面倒くさがり女のうんざり異世界生活 (焼き鳥タレ派)
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一応プロフィール。本編は次からよ。

氏名:斑目 里沙子(まだらめ りさこ)

 

年齢:24

 

性別:女に決まってるでしょ。

 

職業:一応システムエンジニア。外注のアホがバグだらけのゴミよこすから、

それの後始末やらされることが多い。

異世界に来てからは、金になるなら強盗・殺人以外は色々やってる。

 

スリーサイズ:全部スリムとだけ言っとく。

 

趣味:昼寝、美術品鑑賞、ゲーム(スマホゲー除く)

 

特技:難しい質問ね。強いて言えば“出たとこ勝負”。

とりあえずやってみれば出来るってパターンが多い。

 

好きなもの:

 

長くなるわよ。

 

・貴金属(成金臭い金のネックレスとかはNG。熟練した職人が磨いた、

指輪とかに加工されてない、シンプルな形のダイヤとかを眺めてニヤニヤするのが好き)

 

・エール(ビールの一種ね。ラガーもいいけど香りがたまらないわ)

 

・TVゲーム(有名所だとアサシンクリードシリーズが好きね。

別ゲーじゃ絶対登れないようなところをスイスイ上っていって、

頂上までたどり着いた時の達成感は一塩。

そこからのイーグルダイブの爽快感は何度やってもたまらないわ。

マイナーなところじゃメタルマックスシリーズ。

正直どれも売上に恵まれなかった不遇の名作よ。

頑張って4まで出してくれたけど、もうコンシューマ機じゃ新作は出ないでしょうね。

知っている人は知っているテッド・ブロイラーは、

中ボスとしては私がプレイしたゲームの中じゃ、一番おいしいキャラだと思うの。

巨大な火炎放射器、圧倒的な強さ、彼独特の台詞回しは

私の薄い胸を鷲掴みにしてくれたわ。

 

・その他、読書とかインドア系の娯楽はだいたい好き。

 

嫌いなもの:

 

・アウトドア系全般

(別に趣味自体を否定するつもりはないの。ただ疑問に思ってるだけ。

山に登ったり海で泳いだりすることに対してどうしても興味を持てない。

わざわざ休暇を使って疲れに行く理由がわからない。

子供の頃、暑い時期に炎天下にさらされるのが嫌になって、

運動会ボイコットして母さんに殴られて以来、スポーツ全般嫌いになった。

あれは涼しい晩秋にやるべきよ)

 

・混雑

(もともと割りと人嫌いなところがあるからね。USJとか無理。

アトラクション6時間待ちとか正気の沙汰じゃないでしょ。

それだけで一日終わるじゃない)

 

・日本酒

(どうしても飲めない。あの独特の臭いと味が胃袋に入ると気が狂いそうになる。

どうにか飲めるのは“すず音”くらいかしら)

 

好きなタイプ:そっとしといてくれる人、寡黙な人

 

嫌いなタイプ:飯の食い方が汚い奴

 

その他:生まれつき人より早く成長期が終わる何とかって病気だったらしくて、

見た目は高校生で止まってる。三つ編みにメガネ、

シンプルな緑のワンピースに白のストールが、

セーラー服に見えてよく間違えられる。本当間違えられる。

医者には二十歳まで生きられないって言われたらしいけど、

ご覧の通り生きてるわよ、ヤブ医者。

母さんによると、新田義貞のものすごく遠い子孫らしい。

 

 

こんなところかしら。それじゃあ、そろそろ本編に行くわ。

私のしょうもない異世界生活に興味がある物好きさんは読んでちょうだい。

 

 



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近所のガキがハロウィンハロウィンうるさい

「トリック・オア・トリート!!」

 

また来やがったわね。このところひっきりなしにこれだからマヂでうんざり。

中途半端に地球と文化融合してんじゃないわよ。

大体ハロウィンが何の儀式か知ってるのかしら、あいつら。

いや、あのアホ丸出しの連中が絶対知ってるわけない。

 

とにかく、今まさに味わおうとしてた、ちょっとお高いエールをお預けにされ、

あたしはぶつくさ言いながら玄関に向かった。

ホコリまみれの聖堂にある出入り口を開ける前に、そばに置いておいた壺を持って、

仕方なくドアを開けた。

 

「トリック・オア・トリート!」

 

「うるさいわね!何回も言わなくても聞こえてるわよ」

 

ご苦労なこと。近所の村からこんな辺鄙なところまで、

わずかばかりの菓子をせしめにやってくるなんて。

あたしは間抜けな仮装をしたガキ共に、

眼鏡の奥からジト~っとした視線を投げかけるけど、やつらはそんなこと気にもせず、

 

「お姉ちゃん、お菓子ちょうだい!」

 

「わかってるわよ、ほら」

 

あたしは壺を奴らに突きつける。中を覗き込むとやつらは顔しかめて後ろに下がる。

 

「うわっ、臭い!お姉ちゃん、何これ!泥にきゅうりが刺さってるよ!」

 

「ぬか漬けよ。見てわからない?」

 

「ヌカヅケってなに!腐ってるよこれ!」

 

「失礼ね、母さん直伝の我が家の味を。一人一本だからね」

 

「いらない!お菓子が欲しい!」

 

「日本じゃこれがお菓子なの。見てわからない?」

 

「こんなの絶対おいしくないもん!もう帰る!お姉ちゃんのケチンボ!」

 

そんでガキ共は逃げるように帰っていった。よっしゃ、今回も凌いだ。

 

「最近のガキは好き嫌いが多くて困るわ」

 

そんなやつらの後ろ姿を見ながら、あたしは壺から一本抜いて

コリコリとかじりながら不敵に笑う。

さて、麦とホップしか使ってないのにフルーツの香りがする、

不思議なビールを味わうとしますか。

 

……と思ったら、ガシャコンガシャコンと派手に金属が打ち付け合う音を鳴らしながら、

ガキ共とは逆方向から身長2mはある大男がやってきた。

さすがに彼にぬか漬けをプレゼントするわけには行かないわね。

佇まいを直して彼に向き合う。

 

彼は重装甲の鎧の兜を脱ぎ、大きな声で話しかけてきた。

本人曰く、これで普通らしいけど正直うるさい。

東京なら通報されてもおかしくないレベルね。

 

「ガッハッハッ、また子どもたちをからかって遊んでおるのか」

 

「人聞きの悪いことを言わないでください。あたしが奴らに嫌がらせされてるんです」

 

焦げ茶の前髪をかき上げ大声で笑う彼は、シュワルツ・ファウゼンベルガー将軍。

このサラマンダラス帝国の、南西の端っこに位置するハッピーマイルズ領で、

軍隊長を務める傍ら、地球で言う警察に当たる自警団をまとめ上げ、

多忙な領主の代理も勤めてる忙しい人。

 

ちなみにハッピーマイルズ領はちっともハッピーなんかじゃない。

市場までは遠いし、商人は悪どい銭ゲバばかりだし、

露店の野菜にはハエがたかってるし、上下水道も通ってない。

つまり、トイレは汲み取り式で飲み水は井戸水。

 

汚水は毎月業者に金払って汲み取りに来てもらってるのよ。

まさか異世界に来てまで律儀に公共料金支払う羽目になるとは思わなかったわ。

まぁ、N○Kの連中が来ないのは助かるけど。

 

将軍をお招きする前に、そろそろ自己紹介した方がいいわね。

 

 

 

あたし、斑目 里沙子(まだらめ りさこ)。東京でSEやってる。

その日、いつも通りデスマーチ中の同僚を横目に定時で退勤して、

一人行きつけのバーで飲んでたんだけど、

ギネス5瓶開けたところで切り上げてお店を出たの。

 

その後フラフラ~と歩いてたら、ゴミ置き場でつまづいて、

ゴミで膨らんだポリ袋に頭から突っ込んだんだけど、

臭いけど柔らかいベッドから離れられずにそのまま寝ちゃったのよね。

で、目が覚めたら広い草原のど真ん中。ここはどこ?どうすればいいの?

……って普通の人は思うんだろうけど、どうしようもなく面倒くさいから

気が済むまで横になってた。

 

 

あたし、子供の頃から頭いいね器用だねって言われてきたんだけど、

そのせいで余計な面倒事頼まれることも多かったの。

親戚の子供の勉強見たり、心底どうでもいい児童館のイベントの企画立案頼まれたり。

なまじそれが上手くいくもんだから、連中調子に乗って何度も仕事押し付けてくるわけ。

やりたくないわ、って言っても母さんが、

“どうせ暇なんだからやったげなさい。それとも友達作って一緒に遊ぶ?”って言うから

少しでも面倒くさくない方を選んで引き受けてた。

そんな子供時代を送ったせいで、少しでも面倒くさいこと感じることに

過敏な拒否反応を示す性格になっちゃった。

 

 

話は戻るけど、仕事帰りに夜道歩いてたら、異世界に飛ばされたわけだけど、

それでガタガタ騒ぐことすら面倒くさい。騒いだところで地球に帰れるわけでもないし。

 

草原で大の字になって眠ってたら、誰かに肩を叩かれた。

目を開けると、戦車みたいな装甲に身を固めた変なオッサンがあたしを見下ろしてた。

思わずハンドバッグのスタンガンに手を伸ばしたけど、彼が先に話しかけてきたから、

ちょっと様子を見ることにしたの。

 

「おやおや、お嬢ちゃん。こんなところで寝ていたら野盗に攫われてしまうよ」

 

「お生憎様、これでも24なの。心配してくれたことは一応ありがとう」

 

「ハッハッハ!こいつは失敬!お詫びに家まで送ろう。

貴女(きじょ)はどこの村の住人かな?」

 

「東京青山」

 

「聞かぬ名だな。とにかく、中心街に案内する。このあたりのことは大体そこでわかる」

 

「何ていうところなの?」

 

「ハッピーマイルズ・セントラルだ。この領地の中枢部と言っていい。

商業、行政、軍事、全てを担っている」

 

「まぁ、カルト宗教みたいな素敵な名前ね。それで、あんたは誰?

よくその格好で身動きが取れてるわね。ガチャピン並みの機動力に姉さんびっくり」

 

「我はシュワルツ・ファウゼンベルガー。階級は将軍である。して、貴女の名前は?」

 

「ああ、自己紹介が遅れたわね。あたし、斑目里沙子。

ファーストネームが里沙子、ファミリーネームが斑目」

 

「うむ!以後よしなに、リサ!」

 

「誰もあだ名で呼べって言ってないんだけど」

 

「細かいことは気にするな!貴女も我を気軽にシュワルツと呼ぶがいい!ハッハ!」

 

「そのまんまじゃない」

 

豪放磊落な将軍と無愛想なあたしが舗装されてない道を歩いてると、

だんだんなんとな~くファンタジーっぽい雰囲気を感じてきたわけよ。

薪を背負った農民とか、すごい狭そうな馬車とか、三角帽子被った魔女っぽい女と

すれ違って、さすがにあたしも、もしかしたら今の状況ヤバイのかも、と思ったの。

 

で、ハッピーマイルズ・セントラルとやらに着いたら、それが確信に変わった。

なんかヨーロッパの中世っぽい街並みに人がごった返してて、

そこらじゅうに人、人、人!ああ、頭痛い。人混み嫌いなのよね。

将軍と会話してなかったら発狂してた、多分。

 

「リサ、ここが中心街である。役所で貴女の身元を確認しよう」

 

「あ、多分無駄だから。ここ、少なくとも日本じゃないし、ぶっちゃけ異世界でしょ」

 

「なら住民登録をしなければなるまい。やはり役所に行くべきである」

 

「さらっと流してくれたわね。

ここにゃ異世界からあたしみたいなのが、ちょくちょく流れてくるっていうの?」

 

「うむ。この帝国、いや、世界全土は古来より“アース”という

異次元より流れ着いた人や物の影響を受けて栄えてきた」

 

「Earth...地球か。やっぱり異世界確定なのね。面倒なことになりそう。

それで、結局帰れたやつはいるの?」

 

「着いたぞ!この古い砦を改装した建物が行政の中心たる役所である!

その歴史は数百年前のサトウキビ畑の領有権に端を発した……」

 

「聞いて」

 

とにかく、そのデカい身体を器用にそらして先に将軍がドアを通り、

カウンターのオッサンに何か喋ってる。

話がついたら、後から付いてきたあたしにオッサンが紙を渡してきた。

 

「こんにちは、お嬢ちゃん!君もアースからやってきたんだね。

おじさん達が面倒見てあげるから心配いらないよ!」

 

すごい心配。その猫なで声はやめたほうがいいわよ、怖気が走るから。

 

「悪いけどこう見えて24なの。あなたと飲み比べも出来るわよ」

 

「おおっと、これは失敬!では、この紙に必要事項を記入してね!」

 

それはともかく、公用語が英語だったのは助かったわ。

クソ面倒な試験突破して英検準一級取った甲斐があったわ。

クソとか言ったら母さんに怒られるけど、運良く今は兵庫の実家で隠居中よ。

固い木の椅子に座ってちょっと待ってると、あたしの名前が呼ばれた。

 

「はい、あなたの住民登録ができましたよ!これが身分証明書。なくさないように」

 

「ありがと」

 

一枚のカードを受け取ると、あたしの名前と、保証人欄に将軍の名前が書いてあった。

一緒に待っていてくれた彼のところに戻ってカードを見せた。

 

「おかげでハッピーターンの住人になれたわ、ありがとう」

 

「ハッピーマイルズである。さて、リサ。貴女は今夜の宿の当てはあるのかな?」

 

「ないわ。面倒だけどこれから探すつもり。お金の心配なら大丈夫。

ただ、貴金属の買い取りをやってる宝石店と、不動産屋があれば教えてほしいわね」

 

「心配無用!街の西外れにメリル宝飾店がある。魔結晶やオーブも取り扱っておる!」

 

「それはいらない。不動産屋は?」

 

「ちょうど宝飾店から右斜め向かいに小屋の看板を掲げた店がある。

そこでこの領地の不動産の売買を行っておるぞ!」

 

「お願い、いちいち叫ばないで。役所なんだから」

 

でも、周りを見ても誰も気にしていない。そいつらも大声で談笑してるから。

やっぱりファンタジー世界のノリにまだ付いていけないあたし。

 

「本当にありがとう。後のことは自分でできそう」

 

「それは良かった。また困ったことがあれば我を訪ねると良い。

この中心街のさらに中央にある城塞に勤めておる。では、さらばだ!」

 

「お世話になったわね。さようなら、元気でね」

 

役所の前で将軍と別れた。

その何枚も装甲を重ねた鎧を揺らしながら、彼は去っていった。

あたしは小さく手を振って見送る。口は悪いけどちゃんと礼も言えるのよ、知ってた?

 

早速あたしは宝飾店に向かう。西に10分程歩くと、上品な雰囲気が漂う店が見えてきた。

あたしは佇まいを直して、しゃなりしゃなりと上等なカーペットが敷かれた店に入り、

スーツを着た店員に声をかけた。

 

「ごめんくださいまし。こちらで貴金属の買い取りをしてくださると聞いたのですが」

 

よそ行きの口調に変える。下品な客だと思われると足元見られるからね。

 

「承ってございます。本日はどのような品をお売りいただけるので」

 

「これですの」

 

あたしはハンドバッグからお気に入りの金のミニッツリピーターを取り出し、

店員が差し出したサテン生地の敷かれたケースに乗せた。さらばあたしの相棒。

学生時代にヤフオクで見かけて一目惚れした気品あふれる懐中時計。

電池もなしに上品な音で時刻を知らせる、数少ない職人しか作れない熟練した技の結晶。

 

その外観の美しさだけじゃなくて機能美にも魅せられたあたしは、

学生時代はアルバイト、就職してからは初任給もボーナスも全部貯金して

ようやく手に入れたの。それ以来ずっと肌身離さず一緒だった。

 

店員があたしの宝物を手に取って、ルーペで全体を観察している。

ふざけた値段つけやがったらマヂぶっ殺。5分程して、店員が査定を終えた。

彼は驚いた様子で息をついて、

 

「これは……!結構なお品物をお持ちで。これをお売りいただけるのですか?」

 

「まぁ、それは……条件さえ見合えば」

 

店員は急いでメモに数字を書いて小さなトレーに乗せてあたしに見せた。10,000,000G。

この世界の物価がわからないから高いのか安いのかわからない。

でも、わたしは顎に指を乗せて、まぁこんなものね、というような顔をする。

 

「わかりました。この値段でお願いしますわ」

 

「かしこまりました。

金額が金額なので、少々お時間を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「ええ。構いません」

 

店員は急いで店の奥に走っていった。

え、何?なんかとんでもないことになってる気がするんだけど。

ふかふかのソファに腰掛けながら内心ドキドキしていた。

途中、女性店員が紅茶を持ってきてくれた。

なにこのお客様扱い。いや、客なんだけど、逆に怖いからやめて?

 

たっぷり15分かけて、査定した店員が重そうなズタ袋を抱えて戻ってきた。

なにそれ、もしかしてあたしの?店員は私の前にドスンと袋を置いた。

ちらっと中を覗くと大量の金貨。

 

「勝手ながら防犯上、このような袋に詰めさせて頂きました。ご確認ください」

 

「お心遣い感謝しますわ。……ふぅ、確かに。ありがとう、わたくしはこれで」

 

ぶっちゃけろくに数えちゃいないけど、

一千万通貨分の金貨を数えるなんて面倒すぎるにも程があるから、

納得したふりして立ち去ろうとした。……けど、動けない!重いのよ!

押しても引いても動かない。両足を踏ん張ってもちあげようとするけど、

ギックリ腰になりそうだから諦めた。そんなあたしを見かねた店員が声をかける。

 

「お客様、当店直属の馬車を手配致しましょうか。現金運びも担当の者が行います」

 

「はぁ…はぁ…お願い、できるかしら」

 

親切な店でよかったわ。店の裏から鋼鉄製の頑丈な馬車がすぐに来てくれた。

ガタイのいい御者の兄ちゃんが、金貨袋を軽々と持ち上げて車内に放り込んだ。

あたしも車内の椅子に座ると兄ちゃんが行き先を尋ねてきた。

 

「お客さん、どちらまで?」

 

「ああ、このあたりの不動産屋に行ってくださるかしら」

 

「すぐそこじゃあないですか。ハイヨー!」

 

兄ちゃんが手綱を振るうと馬車が走り出し……たかと思うと

2分もしないうちに止まった。

 

「ここですよ、お客さん」

 

「ありがとう。ここで少し待っていてもらえますか」

 

「へい」

 

今度は寝床を確保しなきゃ。

将軍が言っていたように、小屋の看板を掲げている店に入った。

すぐ眼鏡を掛けた小太りの店主が話しかけてきた。

 

「はい、いらっしゃい。お嬢ちゃん、どんな家を探してるのかな。

一人暮らしでも始めるのかい?」

 

しばらくよそ行き口調は続けたほうが良さそう。

どうせ不動産屋なんか人の足元見るのが仕事みたいなもんだし。

 

「失礼。このあたりで“別荘”にできるような物件を探しているのですけれど、

手頃なものはないでしょうか」

 

「ハッ、別荘って君。子供は保証人がないと物件は買えないの。

お父さんかお母さんと一緒にまたおいで」

 

こいつ一瞬鼻で笑いやがった。出力最大のスタンガンをぶっ放そうかと思ったけど、

脂で汚れそうだからやめた。あたしはさっき手に入れたばかりの身分証を見せた。

 

「わたくしこれでも成人ですの。保証人はこちらに」

 

「どれどれ……」

 

デブがカードを覗き込む。すると、みるみる顔が青くなり、いきなり態度を改めた。

 

「た、大変失礼致しました!将軍閣下のご親族とはつゆ知らず!

ささ、どうぞお掛けになってください」

 

あの人そんなに偉い人なの?

まあいいわ、デブが慌てて頭を下げる姿を見て溜飲を下げたあたしは、

椅子に腰掛け改めて要件を切り出した。

 

「土地付き一戸建ての別荘を探しておりまして。

そう……ここから遠すぎず近すぎずと言ったところがいいですわ。

近すぎると街の喧騒で落ち着きませんし、遠すぎても何かと不便でしょう?」

 

「おっしゃるとおりで!しかし……そのような条件となりますと、このような物件しか」

 

デブがおずおずと資料を差し出すと、ボロい教会の外観と間取りが書かれていた。

価格はちょうど100万G。多分金額の内訳の殆どは土地代なんでしょうね。

ところでGってなによ。ゴールド?ギル?ゴキブリ?あとで誰かに聞いとかなきゃ。

場所は……ちょうどあたしがぶっ倒れてた草原のあたりね。

別にいいわ、雨風しのげれば。

 

「決めました。この物件をくださいな」

 

「ありがとうございます!それで、お支払方法はどのように……」

 

「現金一括で。ちょうど馬車に持ち合わせがありますの」

 

「それはそれは大変結構なことで!」

 

「少しお待ち頂いてもよろしくて?わたくし一人では持ちきれないので」

 

「はいはい、どうぞごゆっくり!」

 

あたしは一旦店から出ると、御者の兄ちゃんに頼んでズタ袋を店に運んでもらった。

正直100万G数えるのは面倒くさいからデブに回収させることにした。

 

「申し訳ありませんが、わたくし疲れておりますの。この中から代金をお取りになって」

 

「はい、ただいま!」

 

デブが汗を流しながら大量の金貨を取り出し、

100均で売ってるようなコインケースに入れては計算を始めた。

御者の兄ちゃんが腕を組んで目を光らせる。

奴が金をちょろまかさないように居てもらったのだ。

20分ほどで計算が終わり、デブが額の汗を拭った。

 

「確かに頂戴致しました。はー疲れた!……いや失礼、こちらが鍵と権利書です。

では契約書にサインを」

 

「Risako Madarame...と。これでよろしくて?」

 

「はい、かしこまりました!この度はご契約ありがとうございました!」

 

あたしたちが店を後にすると、デブが店先まで来て何度もお辞儀していた。

ただの人間戦車だと思ってたけど、なんか偉い人だったのね。あの将軍様。

将軍様っていうと北のニダニダうるさい国みたいだけど。

窓から顔を出して、黙って馬車を走らせる兄ちゃんにお礼を言った。

 

「ごめんなさいね、すっかり使っちゃって。本当に助かったわ、ありがとう」

 

「……仕事なんで」

 

寡黙な男性は嫌いじゃないわ。あたしを苛つかせることがない。

ボロ教会に向かう間、しばらく兄ちゃんのたくましい背中を眺めてた。

将軍と歩いてきた道を逆戻りすると、歩きの往路とは違い、

帰りは思ったより早く着いた。あたしが倒れてたところの本当近く。

なんで気づかなかったのかと思うくらいの小高い丘に、

塗装がすっかり剥げた十字架を乗せただけのボロ屋が見えた。

 

馬車から下りて鍵を開け、住居にするには大きな扉を開けると、

ホコリ混じりの淀んだ空気が一気に漏れ出してきた。思わず咳き込む。

なにこれ予想以上に酷いわね。その汚ったねえ聖堂に驚いていると、

現金袋を持った兄ちゃんが後ろに立っているのに気がついた。

 

「あっ、ごめんなさい!袋はそこに置いてくださる?

家に帰れば後は自分でなんとかできますので……」

 

彼は黙って今にも底が抜けそうな木の床に重量のある袋を置いた。

ピシッ!と嫌な音がしたが聞かなかったことにした。

そして、兄ちゃんがぼそっとつぶやいた。

 

「……50ゴールドです」

 

Gはゴールドね。リサ覚えた!

あたしは硬貨に掘られた額面を見て50G分を渡し、彼にも10G握らせた。

 

「今日は本当にありがとう。これは感謝の気持ち、受け取って。

やっぱり男手があると助かるわ」

 

「……どうも、ありがとうございました」

 

兄ちゃんを見送ると改めて室内を見回す。うん、汚い。

とりあえず掃き掃除してモップ掛けて、ワックスかけて……

この世界ホームセンターってあるのかしら?ああ、面倒くさい!

今日はもう遅いから寝床だけきれいにしようっと。

家中探して物置らしき部屋でようやく箒を見つけたから

ベッドルームの掃除に取り掛かれた。

その前に箒自体が汚れてたから、そいつを洗うことから始めなきゃいけなかったけどね!

 

 

 

……とまあ、クソ長い回想はこの辺で切り上げて早く将軍をお招きしなきゃ。

 

「お入りになって。焼きリンゴを加えて醸造した珍しいエールがありますの。

一口いかが?」

 

「おお、それは有り難い。遠慮なくいただくとしよう」

 

あたしは将軍をダイニングに招いて、冷蔵庫からリンゴエールを1瓶取り出し、

栓を開けてグラスに注いだ。

ちなみにこの冷蔵庫は電力じゃなくてマナっていう意味不明なパワーで動いてる。

内部に小さな氷結結界が仕込んであって、

マナを動力にして冷気を吐き出してるって店員が言ってた。

マナは毎月使った分だけ魔導教会に支払うことになってる。

公共料金の払い方まで一緒なんて笑えるわ。

 

「それでは、乾杯」

 

「乾杯!!」

 

ラガービールのように一気飲みはしない。

まずは一口含んで口いっぱいに広がる香りを楽しみ、コクを十分に味わってから飲んだ。

 

「うむ、これはなかなかのものだな!」

 

「気に入って頂けてなによりですわ。

……ところで、お忙しい将軍がわざわざお越しになるなんて、一体どんなご用向きで?」

 

「実はまた貴女の知恵を拝借したくてな。

このサラマンダラス帝国を擁する、オービタル島の東に出没する海賊の

掃討作戦が実施されることになったのだが、こやつらがなかなか手強くてな。

何隻もの武装した大型船を保有しており、帝国海軍も手を焼いている。

正面からぶつかりあえば勝てない相手ではないが、

海賊ごときに国の予算を湯水の如く使うわけにもいかん。

貴女ならまた何か上手い兵法を心得ているのではないかと参上した次第である」

 

「なるほど、海賊ですか。海の戦いとなると……

この世界の技術じゃ、近接炸裂弾は、だめで……ガスタービンは作れないし……

46cm砲は……ダメダメ、もっと無理」

 

あたしがどうにか海のゴロツキ共を効率よく殺せる方法を考えていると、

一つの考えが浮かんだ。

 

「そうですわ。機雷ならこの世界の素材でも作成可能です」

 

「むむ!その機雷とは何なのだ」

 

「簡単に言うと海に浮かべる爆弾ですわ。

船が接触すると大爆発を起こして船を真っ二つにします。

まず、樽の内側に油紙を何重にも貼り付けて……」

 

「ふむふむ、なるほど」

 

「カロネード砲の射程外から威嚇射撃して挑発すれば、あとは勝手にドカンです」

 

あたしは原始的な機雷の作り方と運用法を将軍に説明した。

彼は熱心にあたしを見て聞き入っている。説明が終わると将軍は立ち上がって、

 

「こうしてはおれん!帝都に早馬を送って機雷の製法を伝えねば!

協力に感謝する!それでは御免!」

 

どうして走れるのか不思議なほどの重装備で足早にボロ教会を後にした。

なんであたしが将軍に敬語で面倒な相談を引き受けてるのかって?

まぁ、今まで散々世話になったからね。

何があったかは今度にしてね。エールがぬるくなる。

コップに残ったエールを注いで、また一口舐める。ああ、たまんないわ。

もうこの世界に骨を埋めても“トリック・オア・トリート!”

 

「うるさいわね!」

 

 



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買い物行かなきゃ。面倒くさいけど。

「あー……」

 

朝。異世界に転移してから2日目。

一人暮らしだから当然朝食を作ってくれる人なんていない。っていうか食材がない。

だからといってどうこうする気力もなく、あたしは目が覚めてもベッドに腰掛けて、

アホみたいに口開けたまましばらくボケっとしてたの。10分くらいそうしてたかしら。

これ以上じっとしてても無駄だっていう現実をようやく受け入れて、

とりあえず身支度を整えることにしたの。

 

まずは歯磨き……歯ブラシない。とりあえず井戸水で口をすすいだ。

飯はさっき言った通りなんにもない。鏡はこのボロ屋に残ってた、

端がひび割れてるやつを洗って使う。うわぁ、あたしの髪ボサボサ。

ハンドバッグに入れてた携帯用の櫛があって助かったわ。

なんとか浮浪者と間違われない程度に整えたら、いつも通りの三つ編みに結ぶ。

 

これのせいで子供と間違われて面倒な思いすることもあるけど、

楽できることもあるから今のところ変えるつもりはないわ。

訪問販売なんか、ママいないからわかりませんで追っ払えるしね。次は洋服に着替える。

着替えるって言っても昨日脱いだやつをまた着ただけなんだけど。

着の身着のままで来たんだからしょうがないじゃない。

 

とりあえずハッピーマイルズ・セントラルとやらに行って、

いるもの全部買ってこなきゃ。相変わらずホコリまみれの聖堂(玄関とも言う)から

外に出て、昨日将軍に案内された道を辿ってひたすら歩く。長い。

空きっ腹には堪えるわ。タクシーなんて気の利いたもんは走ってない。

昨日金持ちになったっぽいのに、サービスの供給が追いついてないわね。

どうしてくれよう。とにかくハンドバッグに硬貨をふたつかみ程入れてきたけど。

 

早足で20分。ようやくハッピーターンに到着すると、

もう市場は開いてて、人で溢れてた。ああ、また頭痛が。

この世からあたしと店員以外いなくなればいいのに。

とにかく飯が食いたいあたしは、早速食べ物屋を探した。限界が近いわ。

さっさとしないと無意識にそこに落ちてる馬糞食べそう。

 

すると、風に乗ってスープのいい匂いがしてきたから、

匂いに誘われるまま歩いてると、1軒の店を見つけたの。

そう、鼻はこうして使うものなのよ。

聞いてる?豚みたいに人の体臭嗅ぎまくってる某柔軟剤のCM。

西部劇みたいなペコペコ開いたり閉じたりする小さなドアを開くと、

やっぱりそこは酒場だったみたい。背後に無数の酒瓶が並ぶカウンターと、

たくさんの丸テーブル。仕事前の職人らしき連中が朝食を取ってるわね。

 

店に入ると、ガヤついてた周りが静かになって、

みんながあたしをジロジロ見てるのがわかる。お約束はやめて。

あたしはクリント・イーストウッドじゃないの。

邪魔な視線を無視してカウンターに腰掛けると、ウェイトレスが注文を取りに来た。

 

髪は紫。染めたような不自然さがないから多分地毛だと思う。

あと、おっぱいを強調した、ドレスだか給仕服だかわかんない服着てる。

わかんないなら「ディアンドル」で検索。

でかい。あたしが見とれてると、ウェイトレスが注文を聞いてきた。

 

「おはよう、お嬢さん。今朝の注文はなぁに?」

 

「これでも24なの。多分あなたより2.3個上よ。とりあえずお腹が減ってるの。

適当に朝食見繕って」

 

「あらあらウフフ、ごめんなさい。

じゃあ、白パンにサラダとシチューのセットでいい?」

 

「ええ、お願い」

 

ウェイトレスが奥に引っ込むと、手持ち無沙汰になったあたしは、

お冷をちびちび飲みながら店内を見回す。

これから仕事始めらしい職人ぽい筋肉質の兄ちゃん。朝から飲んでるオッサン。

忙しく料理を運ぶウェイトレス達。おおっ、ひょっとしてエルフってやつ?

耳がとんがってる。ますます異世界らしくなってまいりました。

……って珍しそうに見すぎたかしら。

バーカウンターでグラスを磨いていたマスターが話しかけてきた。

 

「嬢ちゃん、アースの人間かい?」

 

「そうらしいわね。将軍によると」

 

「へえ!将軍閣下とお近づきになれたとは嬢ちゃんツイてるね」

 

「本当にあの人なんなの?昨日も将軍の名前出しただけでお客様扱いだったんだけど。

実際客だったんだけどさ」

 

「立派な方さ。あの方のお陰でこのハッピー・マイルズ領は

魔族の侵攻を受けずに住んでる。領地全体の軍事や行政を一手に引き受けておられる。

とても真似できることじゃねえ」

 

「魔族?なにそれ、ややこしい連中なの?」

 

「とんでもねえろくでなしさ!魔王を頂点に魔界から悪魔を送り込んで、

このサラマンダラス帝国を乗っ取ろうと企んでる。

まあ、大抵あの方の軍隊指揮と剛剣で逃げ帰っちゃいるがな」

 

「ふーん。うちに来なきゃどうでもいいわ」

 

「どうでもいいなんてことあるか!魔王軍が本気を出せば、

奴ら一気にここまでなだれ込んでこない保証なんてないんだぜ?」

 

「な、る、ほ、ど……とりあえず身を守る準備はしといたほうが良さそうね。

ねぇ、この辺に武器を買える店はないかしら。銃があればなおよし」

 

「ここから北に行けば銃砲店があるぜ」

 

「すんげえざっくりした説明ありがとう」

 

あたしがマスターと喋っているうちに料理ができたようで、

さっきのウェイトレスが朝食を運んできた。ああ、やっと飯にありつける。

 

「おまちどうさま。たくさん食べて大きくなってね」

 

「おい」

 

「ウフフ……」

 

仕返しにスカートでもめくってやろうと思ったが、

からかうような笑顔を浮かべてウェイトレスは素早く逃げていった。

仕方なくあたしは白パンをちぎって、シチューに浸けながら食べ始めた。

 

あたしはインスタ(ばえ)とかいう害虫には寄生されてないから、

ただ黙って飯を食う。

大の大人が、飯屋ではしゃぎながらスマホでパシャパシャやってる姿は、

見苦しいことこの上ないわ。食事は静かに食うものよ。

シチューは美味かったとだけ言っとく。

 

「ふぅ……ごちそうさま。マスター、お勘定お願い」

 

「5ゴールドだよ」

 

「安っ!昨日の彼にもっと渡しとけばよかったわ」

 

あたしはハンドバッグから10ゴールド銀貨を1枚抜いてマスターに渡した。

そしてお釣りの1ゴールド銅貨を5枚受け取った。

バッグの中が見えたのか、マスターが余計なことを言ってきた。

 

「お嬢ちゃん羽振りがいいね。もしかしてどっかのご令嬢かい?ハハハ」

 

「大事なものを売ったのよ。仕方なかったとはいえ後悔してる」

 

「そいつぁ……あんたも苦労したんだな」

 

「あ……ん!?ちょっと、変な誤解しないでちょうだい!

ミニッツリピーター!超精工な懐中時計よ!」

 

「わかってる、わかってる。何も言わなくていい」

 

「やめろ!」

 

あたしが騒いでると、酔っ払いのオッサンがニヤニヤしながらこっちを見てきたので、

早々に退散することにした。

 

「二度と来るか!」

 

そう叫んで店の外に飛び出した。

……まぁ、結局この店には何度も足を運ぶことになるんだけど。

気を取り直して北へ向かう。けど、北って言ってもどこが北なのよ。

結局、昨日将軍に案内してもらった役所へ行った。

 

「ちょっくらごめんなさいよ」

 

中は相変わらずうるさい。ここで喋らなきゃいけない理由でもあるのかしら。

カウンターの客も受付もよく会話のやり取りしてるもんだわ。

とにかくあたしは昨日のオッサンがいるところに並んだ。

途中、横入りしてきた野郎の股間を蹴り上げつつ、

10分ほど待って自分の番が回ってきた。

 

「やあ、昨日のお嬢さんじゃないか。首尾はどうだった?」

 

「将軍さんのネームバリューのお陰で家も土地も手に入ったわ。今日は買い出しの途中。

後ろがつかえてるから手短に話すわよ。北の銃砲店にはどう行けばいいの?」

 

「うん、やっぱりあの方が味方だと心強いだろう!

でも、銃なんか買ってどうするんだい?その細い指じゃなかなか難しいよ」

 

「ご心配ありがとう。でもハワイのガンショップで何度も練習したから経験済み。

で、場所は?」

 

「この役所は街の中央。出口から見て右手が北さ。つまり正面が西ってことだ。

北に真っ直ぐ進めば案内板があるよ。銃の目印があるからすぐわかるさ」

 

「わかったわ。ありがとう。急いでるのはお互い様だからこれで失礼するわね」

 

「また困ったらおいで」

 

親切なオッサンと別れたあたしは、北に向かって広い歩道を歩き始める……んだけど、

後ろにくっついてる奴がいる。バレてないとでも思ってるのかしら。

そいつはいきなり走り出すと、追い抜きざま、あたしのハンドバッグを掴もうとした。

 

そのタイミングを見計らってバッグを手元に引き寄せ、

中からドン・キホーテで買ったスタンガンを取り出し、

電源を入れてそいつの背中に押し当てた。

 

「がああああ!!」

 

そいつが真正面から地面に倒れ込む。

キャスケット帽をかぶった、あまり上等とはいえない服装の少年。生きてればいいけど。

これ、リミッター外して強化クワトロバッテリーに改造したやつで

最大レベルだと牛が死ぬる。多分、さっきのバーから追いかけてきたんだと思う。

金見せたのはあの時だけだし。

 

「少年、生きてるー?」

 

「ううっ……」

 

スリの少年は立ち上がろうとするけど、

まだ電流が身体に残ってるみたいで動けないみたい。

あたしは立ったまま彼の耳元に口を寄せて囁く。

 

「もう少し相手選んだほうがいいわね。こんなところじゃ金持ちは大抵悪人。

悪人はみんなピストル持ってる。悪人だから子供撃つことなんか躊躇わない。

そんなやり方じゃ、いずれドブ川に浮かぶわよ」

 

「お前も、貴族か……!ガキの癖に……悪党だってのかよ、くそっ!」

 

「あたしがいい人に見えてるなら緑内障を疑ったほうがいいわ。

ついでに言うとガキでもない」

 

騒ぎを見てなんだなんだと人が集まってきた。

ピクリとも動かない少年と、そばに立つ怪しい女。まぁ、ちょっとした殺人事件よね。

鎖帷子を着て槍を持った兵士の一団が近づいてくる。

彼らをかき分けて、見覚えのありすぎる人が近づいてきた。

やはり一歩歩く度ガシャコンと鎧がうるさい音を立てる。

暗殺には向いてなさそうね、彼。

 

「誰かと思えばリサではないか!貴女は雷属性の魔道士だったのか!?」

 

「こんにちは将軍さん。あなたのお陰でスムーズに家が買えましたわ。

やんごとなき方だとは知らずにずいぶんと失礼をしました。

……ああ、彼ですか。ただのスリです。私が使ったのは魔法じゃなくてスタンガン。

(普通なら)非殺傷性の電撃を放つ護身用の武器。

死にはしませんが、死ぬほど痛とうございます」

 

「我と貴女の仲ではないか、そう改まることはない。して、怪我はなかったのか?」

 

「私より彼の心配をしてあげたほうがよろしいかと」

 

「むむ……確かに」

 

足元の彼は未だに痛そうなうめき声を上げて立ち上がれないでいる。

スタンガンのダイヤルを見る。レベル2だけど、これはちょっと、アレだからねぇ……

お巡りさんにバレたらカツ丼食う羽目になる。

 

「すぐ、連行させよう。おい……」

 

「あ、お待ちになって」

 

部下にスリの少年を逮捕させようとした将軍を止めた。

どうせこいつ一人牢屋にぶち込んだって、

スリなんかスラム中からいくらでも湧いてくるし。

こっちが気をつけたほうが手っ取り早いわ。

 

「彼は十分に罰を受けましたので、どうかここは穏便にお願いできないでしょうか」

 

あたしは軽くスタンガンのトリガーを引く。バチィッ!と痛そうな電撃が弾ける。

さすがの将軍も一瞬目をしかめた。

 

「……確かに、これ以上の刑は死体に鞭打つようなものであるな。

貴女が良いのであれば、我はこれで失礼しよう。……さぁ、皆の者、往来の邪魔である。

散った散った!」

 

「お心遣い感謝致しますわ」

 

野次馬を追い払いながら兵士の一段に戻っていったシュワルツ将軍を、

小さく手を振って見送る。さて、問題は足元のスリ。

ようやく立ち上がろうとするが、まだ体中が痛むみたい。

 

「痛てて……ちくしょう、てめえ、覚えてろよ!」

 

捨て台詞を残して逃げ出すけど、片足を引きずりながら、

あたしが歩くより遅いスピードで懸命に前に進む。

ちょうどあたしが歩く方向と同じなんだけど、どうすりゃいいのかしら。

とりあえず銃のマークの案内板を探して歩いていると少年が叫んできた。

 

「ついてくんなよ!この悪党!」

 

「お生憎様。あたし善人じゃないけど悪党でもないの。ただ自分に正直なだけ。

銃砲店を探してるんだけど、あんた知らない?」

 

「自分で探せよ、バーカ!」

 

「教えてくれないと痺れきったケツ蹴り上げるかも」

 

「やってみろ……ってえ!!本当に蹴るか普通!?」

 

「しょうもない嘘やハッタリは嫌いなの。もう一度聞くわよ、銃砲店は?」

 

「チッ、ここ真っすぐ行けば嫌でも看板が目に入るよ!」

 

「ありがとう。はい情報料」

 

あたしは少年のポケットに銀貨2枚を入れた。

 

「いらねえよ、悪党の金なんか!」

 

「スリは悪党じゃないのかしら。情報に対する正当な対価なんだから、

意地張ってないで儲けてればいいの。それじゃあね」

 

「いつか後悔させてやるからな!」

 

「あらそう。なら住所と名前が必要ね。あたし斑目里沙子。

街から西に歩いて30分くらいのボロ教会に住んでる」

 

「あのボロ小屋?あんた貴族じゃないのか?」

 

「残念ながら生まれも育ちも平民よ。まあ、あたしの国に階級制度なんてないけどね」

 

「お前、アースから来たのか?」

 

「そういうこと。じゃあね」

 

「待て!」

 

「何よ。これから悪い奴らぶち殺しマシンを買いに行かなきゃいけないんだけど」

 

「……マーカスだ」

 

「わかった。あんたの名前はマーカスね。

次、あたしを狙う時は気をつけなさい。難易度上がってるから」

 

あたしはマーカスを残して北に進む。

確かに、グリーンに塗装された案内板が交差点の角に立って四方を指している。

その中で西方向に“ガンショップ・ピストレーロ すぐそこ”と書かれたものがあった。

左に曲がると、本当にすぐそこだった。二丁拳銃を描いたデカい看板の店。

鉄格子のかかったショーウィンドウにショットガンやライフルが並べられている。

 

店に入ると、宝石店とは違って、

顎髭を蓄えた店主のオッチャンに雑な態度で話しかけた。

ただでさえ見た目で損してるのに、これ以上舐められると、

まともなものを売ってくれない可能性が高い。

 

「ねぇ、1911ガバメントとイングラムM11ちょうだい。弾も」

 

「……ガキにゃ売らねえよ。大体なんだそのへんてこな銃は」

 

「これでも24だっての。ほら身分証。とりあえずリボルバー出しなさい」

 

オッチャンは身分証をしげしげと眺めると、ケッと不機嫌そうに窓際を指差した。

 

「指を折りたいなら好きにしろ。さっさと買ってさっさと帰れ」

 

「最初から出しゃいいのよ」

 

とりあえず大きい銃はいらない。ライフルやショットガンは、

あたしの身体じゃ撃てないことはないけど、長期戦になるとキツい。

それより扱いやすくて構造的に信頼性の高いリボルバー。

 

あたしは棚に並んだいろんな回転式拳銃を見る。

手のひらに収まるくらい小さなものから、

もうショットガンに切り替えろよ、って言いたくなるほどデカいもの。

で、そん中であたしはあるものを見つけて思わずオッチャンに声をかけた。

 

「ねえ、ちょっと!これってコルトSAAじゃないの?」

 

「名前なんざ知らねえよ。アースから流れてきた一品物だ。高く付くぜ」

 

「買うわ。他には……ワーオ、マジ?」

 

黄金に輝く超特大サイズのピストル、Century Arms M100。

9mm弾じゃなくてライフル用の45-70ガバメント弾を撃ち出すハンドキャノン。

さすがにこんなの撃てないけど、

多分これも地球からの移住者が残していったらしいわね。物珍しさに手にとってみる。

あたしはその重さに耐えきれ……る?っていうかすごく手に馴染む。なんで?

 

「ここって試し撃ちできる?」

 

「弾代は実費だ……って、まさかそいつをぶっ放すつもりじゃねえだろうな?

本気で指がぶち折れても知らねえぞ!」

 

「放っといて。さあ行くわよ」

 

店舗から廊下を渡った隣の部屋が射撃場になってて、あたしはM100を持って中に入る。

その馬鹿でかい銃に馬鹿でかい弾を込め、両手で10m先の標的を狙う。

クソ重いはずなのに勝手に姿勢が整い、木でできた人型の標的に照準が合う。

 

あたしは無意識のうちに、少しだけ息を吸い、トリガーを引いた。

爆音が廊下を通って店舗まで轟き、

オッチャンが椅子からずっこけたような物音が聞こえた。標的の頭が吹っ飛ぶ。

 

不思議だけど、間違いないわ。ミニッツリピーターの次の相棒は、こいつで決まり。

あたしは店舗に戻ると、コルトSAAとCentury Arms M100をカウンターに置いた。

 

「これちょうだい。弾を100発ずつ。あとガンベルトも」

 

「……全部で1750Gだ。ガンベルトはサービスしとくぜ。

なあ、嬢ちゃん。この化け物銃で何と戦うってんだ?」

 

「万一の保険よ。魔族っていうならず者がいるって聞いた」

 

「確かにそいつなら悪魔も殺せるだろうが……マジにやる気なのか?」

 

「向こうがちょっかいかけてくるならね。

面倒くさいけど、大人しく殺されてやる気もないの」

 

喋りながらあたしはハンドバッグから苦労して1750Gを取り出した。

どうせならクレジットカードや紙幣制度も流れてきたらよかったのに。

大きな買い物するにはちょっとした覚悟がいるわね。オッチャンも数えるの大変そう。

 

「……確かに。ほらよ、ガンベルトだ。締め方わかるか?」

 

「ええ、ハワイで習ったわ」

 

さっそくあたしは細い体にガンベルトをしっかり巻きつけ、

腰にコルトSAA、左脇にCentury Arms M100を差した。装備はバッチリ。

食料は役所近くの屋台村で野菜やパンを売ってる店がひしめき合ってたから

迷うことはないわ。さっさと用事済ませて昼寝しようっと。

 

「邪魔したわね」

 

「またうちで無駄遣いしてくれよ、嬢ちゃん」

 

ガンマンになったあたしが店を出ると、他に必要なものがないか考えた。

まず食料、歯ブラシと、贅沢言えば最低限の化粧品くらい欲しいわね。

あ、大事なの忘れてた。生理よ“おーい”誰よ鬱陶しいわね。

銃砲店の向かいにある薬局から店員らしき女の子が手招きしてる。

ああ、ちょうど良かったわ。生活必需品は一通り揃いそう。

あたしは誘われるまま店に入っていった。

 

店の中は少し薬品の臭いが漂っていて、四方の棚にいろんな薬が並んでた。

やっぱり薬だけじゃなくて、マツキヨみたいに歯ブラシとかも置いてたわ。

銃砲店と並んで今後も通うことになりそう。

で、あたしを手招きした店員が近寄って来ていきなりあたしの手を取った。

 

「な、なによ」

 

「ふふっ、銃声がしたもんだから、どうせ指を痛めたんだろうと思って。

手当してあげる。当然代金はもらうけど」

 

コロコロと可愛い声だがしっかりしてるとこはしっかりしてる。

見た目も結構可愛い。ムカつくわ。ブルーのロングヘアに、

身体のラインを強調するぴっちりしたナース服にナースキャップ。

目鼻立ちもカワイイ系と美人系が3:7ってとこかしら。

ガールからウーマンになりかけっていう一番おいしい時期ね。

 

「残念だけど銃は心得があるの。どこも痛くないわ」

 

「あら、何か爆発したかと思うくらい大きな音だったから、

てっきり人差し指脱臼して泣いてるかと思ってたのに」

 

「蹴るわよ」

 

「うふふ、ごめんなさい。用がなかったならごめんなさい、お茶でも飲んでく?」

 

「いらないわ。でも用ならある。生活用品一式と化粧品探し求めてんの」

 

「あるわよ~そこの棚に大体並んでる。最近引っ越してきたの?」

 

「引っ越したっていうかワープしてきたって言った方が適切だわね。

気がついたら町外れの草原で寝てた」

 

「あらあら。アースのお客さん?」

 

「そういうこと。今は所持品売っぱらって買ったボロ屋で寝泊まりしてる」

 

あたしは似非ナースと雑談しながら買い物かごに次々雑貨や化粧品を放り込む。

歯ブラシ、石鹸、シャンプー、洗剤、ファンデーション、口紅……

いろいろあったけどキリがないからこの辺にしとくわ。

とりあえず女子の一人暮らしに必要なものは大体揃ったと思ってちょうだい。

重たい買い物かごをカウンターにどすんと置く。

 

「まぁ、たくさん買ってくれてありがとう。でも計算が面倒くさそう」

 

彼女はマイペースに一つ一つ商品を手にとって、そろばんで計算し始めた。

 

「あたしと気が合いそうね。あたし斑目里沙子。あんたは?」

 

「アンプリって言うの。この薬局の薬剤師と医者の真似事やってる。先生は今留守。

商品の仕入れとかは別の職員の担当。

……ところで、そんな大きい銃買って賞金稼ぎでも始めるの?」

 

「賞金稼ぎ?なにそれ」

 

「この街の中央にあるバーの隅の隣に駐在所があるんだけど、

そこに指名手配のポスターがいくつも貼ってある。

基本的にデッド・オア・アライブだから、

貧乏極まって死ぬしかなくなったらチャレンジしてみるのもいいかもね」

 

「真っ平よ、そんな面倒なこと。これでもそこそこ蓄えはあるの」

 

彼女は大量の物資の値段を計算しながらもおしゃべりをやめない。

頼むから計算ミスらないでよ。

……でも、待ちなさい。もしかして、賞金首を文字通り首だけにして持っていけば、

ミニッツリピーター買い戻せるかも?ちょっと興味が湧いてきたわ。

あたしはアンプリに後ろの棚の代物を注文した。

 

「ふぅ、やっと終わった。買い物袋を出して。詰めるから」

 

「レジは無い癖にエコバッグは普及してるのね。

それより、後ろのそれもついでにちょうだい」

 

「あら、心臓でも患ってるの?」

 

「……知り合いのおじさんの友達がね。とりあえず2瓶。ほら、バッグよ」

 

折りたたみ式のエコバッグを渡すと、アンプリは購入品全部を詰めてくれた。

 

「全部で124Gね」

 

「ちょっと待って。ええと、100G硬貨が1枚と……」

 

ハンドバッグの中身をじゃらじゃら言わせながら代金を引っ張り出す。

小銭入れでも買おうかしら。でも小さいケースに入る金額じゃ大したものが買えない。

本当面倒なシステムね。とりあえず金を払ってバッグを受け取った。

 

「ありがとね。賞金首にやられたらうちに来てね、里沙子ちゃん」

 

「殺るかどうかは決めてないわ。面倒くさそうだし。それじゃあ」

 

重い銃と重いバッグのせいで早くも歩いて帰るのが面倒になる。

とりあえず役所まで戻って、

市場で保存の効くパンをいくつか買ったところで限界が来た。

調味料とか野菜とかは今度にする。

さぁ、帰ろうと思ったところで、偶然駐在所の前を通りかかった。

開けっ放しの出入り口から居眠りする警官の姿が見える。

これじゃあ、指名手配に頼らざるを得ないわね。

そばの掲示板に張り出された手配書を見てみる。

 

・龍鼠団首領 キングオブマイス 1000G

 

頭の悪そうな名前。金額からして、“面倒だから誰か殺ってくれ”ってところかしら。

 

・射殺魔 レオポルド・ザ・スナイパー 15000G

 

なるほど、本当に手を焼いてるのはこういう奴ね。

でも懐中時計を買い戻すには全然足りない。

ボロ屋買うのに100万使ったし、その他諸々含めるともっと必要ね。

 

・魔王 10,000,000G

 

あらシンプル。要するにこいつをぶっ殺せば、

愛しのミニッツリピーターを買い戻せるってわけね。

でもどこにいるかもわかんない奴を殺すのは流石に無理ね。機が熟すのを待ちましょう。

 

気が済むまで手頃なターゲットを見てたけど、

魔王以外は、全部倒したところで一千万Gには遠く及ばない連中ばっかりだった。

もう帰りましょう。あとしばらくは愛しの金時計とはお別れね。

あたしはハッピーマイルズを後にして帰路に着いた。

 

 

 

「あ~疲れた」

 

我がボロ屋に帰り着くと、あたしは荷物を放り出して、歯ブラシと歯磨き粉、

それとパンだけを取り出し、水と惣菜パンだけの寂しい夕食を済ませた。

それから井戸のそばで、朝から磨いてなくて気持ち悪かった歯を磨く。

ああ、歯を磨くってこんなに爽快なことだったのかしら。

 

母屋に戻ると、疲れたからもう寝ようと思ったけど、

ベッドルームにあったコート掛けに引っ掛けたガンベルトを見て思い出す。

う~ん、とりあえず武装は今日中に固めようかしら。

面倒くさいことは放置しておくともっと面倒になる。

あたしは薬局で買ったニトログリセリンを取り出し、

倉庫にあったガラクタをかき集めて、あるものの作成に取り掛かった。

 

「やあ、ゴロリ君、今日は(ピー)を作るよ!たーのしみだな~♪」

 

一人芝居をしながらも慎重に作業を進める。1時間半ほどで材料が尽きた。

5本もあれば十分ね。とりあえずそれで満足したあたしは、

風呂に入ってなかったことに気づいたけど、

今更何度も井戸水組み上げるのが面倒でそのまま寝てしまった。

まあ明日でいいや、面倒だし。おやすみなさーい。

 

 



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さっそくエンカウント。どいつもこいつも自分のことばかりで嫌になるわ。人のこと言えないけど。

「ああもう、面倒くさい!無駄に広いのよ一人暮らしに一軒家は!」

 

ザッ、ザッ、と乱暴にすっかり色あせた木の床に箒をかける。

今日もあたしは昼寝の予定をキャンセルして、

せっせと聖堂と住宅スペースの掃除をしてたわけ。

地球にいたころは1LDKの一人向けマンションだったから、

掃除なんか目に付いた時にホコリをモップがけする程度で済んでたけど、

この名前だけの教会は腐っても二階建てなもんで、掃き掃除するだけでも辛い辛い。

 

「メイドさんでも雇おうかしら。

……ダメダメ、自分ちに他人入れるとか金でストレス買うようなもんよ」

 

ぶつくさ言いながらも律儀に精を出してるのはちゃんと理由があるの。ネズミ。

ネズミごときで悲鳴上げるほど可愛い女じゃないけど、

伝染病を媒介する存在に頭上を走り回られちゃ安心して昼寝もできないわ。

殺鼠剤撒くところにゴミが溜まってたら効果が減少するから、

こうして高いところのホコリを落として、そいつを掃き掃除してるってわけ。

 

「今日はもう限界。飯にしようっと」

 

あたしは長椅子に箒を放り出して台所に向かう。ど、れ、に、し、よ、う、か、な、と。

街の魔道具屋で買ったマナ式氷結風対流庫(要するに冷蔵庫)を開いて、

牛乳瓶とパンをひとつ掴む。こないだ冷蔵庫買おうと街をさまよってたんだけど、

さっぱり電器店が見つからないの。仕方なくそこら辺の人に聞き込みしたら、

まさか魔道具屋にあるとは盲点だったわ。魔法なんか使わないし。

 

とにかくテーブルについて牛乳瓶のキャップを開けて一息。と思ったら、

ドンドンドン!とうるさく玄関を叩く音が聞こえてきた。誰よ人の飯時に。

ひとつため息をついて、チーズ蒸しパンを咥えながら聖堂に逆戻りした。

あたしはドアを開けずに向こう側の誰かに問いかける。

 

「はへよ(誰よ)。ひんふんははひははひは(新聞ならいらないわ)」

 

“助けてください!悪い魔女に追われているんです!”

 

口の中の一口を飲み込んで返事をした。

 

「厄介事はお断りよ。警察に通報しなさい。ここの警察組織とかよく知んないけど」

 

“そんな!ここは神のお住いになる教会でしょう?

お願いです!哀れな子羊をお救いください!”

 

「神ならとっくに死んだわよ。ニーチェも言ってたじゃない」

 

“なんてことをおっしゃるの!?私は遍歴の修道女、ジョゼットです。

どうか、狼藉者から助けてください!”

 

「あたしはゴルゴ13でも中村主水でもないの。

野盗退治なら街の賞金稼ぎに500Gでも握らすことね。それじゃあ」

 

あたしが奥に戻ろうとすると、ドアの向こうから争うような声が聞こえてきた。

 

 

“見つけたよ!さあこっちに来な!ほらあんた達、新鮮なシスターの血が手に入ったよ!

うちに帰ったら石臼ですりつぶして肉は丸薬、血は悪魔召喚の触媒にしてやるから

楽しみにしてな!”

“えっへへ、ババ様やるぅ!”

“いや、離して!”

 

 

可哀想だけど、護衛も武器もなしにこんなとこぶらついてたらこうなるわよね。

あたしは牛乳でチーズ蒸しパンを流し込みながら昼寝に戻ろうとした、んだけど……

 

 

“へっ、なんだいこの目障りな十字架は!

ステイシー、こんなゴミ屋敷燃やしちまいな!”

“りょーかーい、ババ様!”

 

 

ふざけんじゃないわよ!ここ燃やしたいなら200万Gよこしなさい!

あたしは慌ててドアを開けると、

杖を掲げてぐるぐる回してた金髪ツインテールの眼鏡に、思い切り牛乳瓶を投げつけた。

赤いローブとマントを着ていたガキの頭に大命中。

 

「痛ったああい!」

 

奴が詠唱(みたいなもの)をやめて悶絶する。

よく見ると、ババア1人とうずくまってる奴含めて若いの4人。

魔法を使う野盗かなんかかしら。相変わらずこの世界の仕組みはよくわかんない。

 

「だ、誰だいあんたは!?」

 

ババアが驚いてあたしを見る。驚きたいのはこっちよ。全員仲良く三角帽子を被って、

いかにも、わたくし魔女ですのオホホと言わんばかりの全身を覆うローブを着てる。

違うのは色と柄くらい。使う魔法によって色変えてるのかしら。

 

もう少しおしゃれに気を使ったほうが良いんじゃない?人のこと言えないけどさ。

そんなどうでもいいことを考えてると、涙目の金髪眼鏡が立ち上がって、

頭をさすりながらあたしを指差す。

 

「痛いわね!あんたこの教会のシスター?

この、火柱のステイシーに手を出したこと、後悔させてやるわ!」

「お願いですシスター!神のご加護を!」

「生意気な小娘だね!あたしら“魔狼の牙”に手向かいする気かい?」

「ねぇ、お婆。こいつ、あたいに殺らせてよ。聖職者殺すのは久しぶりでさぁ。

最近の教会は無駄に守りが固くって」

「相変わらず血の気が多いねえ、氷殺のアリーゼ。ああいいとも。

こいつの手足を氷漬けにして叩き折ってやんな!」

「だめよ、お姉様!こいつはステイシーが焼き殺すのー!」

 

長え。

とにかく埒が明かないからまずこっちの要件を突きつけることにした。

黒いベールの修道服を着た女の子がババアに捕まってる。

なるほど、この子がジョゼットね。あたしなら腹に肘鉄食らわせてとっと逃げるけど、

怯えきってる彼女はそんなこと考えもつかないみたい。

 

「聞きなさい。ハロウィンなら先週終わったわよ。わかったならさっさとお家に帰って、

そのアホ丸出しの格好から着替えなさい。ついでにそのシスターも置いてって。

そいつには聞きたいことが山ほどある」

 

「あんだとコラァ!あたしらの正装にケチ付けるたぁ、生きて帰れると思うなよ!!」

 

グリーンのローブを来た乱暴な口調の魔女が食って掛かる。

そういえばこいつらの服ゴレンジャーみたいね。

初代の黄色は残念なことになっちゃったけど。

 

「帰るもなにもここはあたしの家よ。

あんた、あたしと一人称同じだとややこしいから“アテクシ”に変えてちょうだいな」

 

「てめえ!舐めた口聞けるのも今のうちだぞ!

……脈動せよ、怒れる大地、山岳、我が問いに“あーだめー!”

なんだこの野郎、うるせえな!」

 

一瞬辺りの空気がビリビリと震えるのを感じた。多分魔法の詠唱を始めたんだろうけど、

牛乳瓶に遮られて不発に終わった。

そろそろこの茶番にも飽きたからベッドで昼寝がしたいんだけど、

こいつらが帰ってくれない。

 

「こいつはステイシーが殺すのー!」

 

「チッ、ならさっさとしろよ!」

 

「りょーかい、サンドロック姉様!そこのあんた!

よくもステイシー達をコケにしてくれたわね!

そのボロ小屋ごと消し炭にしてやるから覚悟しなさい!」

 

赤色がぴょんぴょん跳ねて全身で怒りを表現する。うんざりする。

状況に一向に進展が見られない。いい加減眠くなってきたわ。

この辺でケリをつけようかしら。

 

「それは宣戦布告の通達と捉えていいのかしら」

 

「当たり前じゃん!」

 

「そう。ならしょうがないわね。先手は譲ったげる」

 

「アハハ……ねぇ?人間を焼き殺すのって楽しいのよ!

どんな鎧を着た兵士も炎に包まれると、熱い熱いって泣き叫びながら……」

 

「それが先手でいいのかしら」

 

「邪魔しないでよ、うるさいわね!」

 

「ああ、それとちょっと動くわよ。家に燃え移ったら面倒だから」

 

「あー、勝手に動くなー!」

 

あたしは頭の軽そうなガキを無視して太陽に背を向ける。

これで何か飛んできても教会に当たることはない。

あたしは何も言わず軽く両腕を広げて奴を挑発する。

さっそく左手に杖を持ってなにかブツブツ言い始めた。

 

「もういい、頭ったま来た!

……収束する生と死、混沌と光に有りて相反する者、我が眼が捉えし者へ、

其の終焉を今ここに!光あれ、ファイアディザ……」

 

乾いた銃声が奴の口上を遮る。

ステイシーとかいうガキの杖の先端に火球が現れた瞬間、

極端なカーブを描くグリップが特徴のコルトSAA(ピースメーカー)でクイックドローを放ち、

奴の左手を撃ち抜いた。

さすが200年も作られてるだけあって安定した性能ね。

西部劇に出てくる拳銃は大体これだと思ってくれていいわ。

 

「あ、あ、……痛ったあああ!!痛い、痛いよ!

ステイシーの左手……どうしよう、うああん!!」

 

ピースメーカーをぶら下げながら奴に近づく。

大量出血する左手をかばって大声を上げて泣いている。

周りにはちぎれた指が3本落ちてるわね。これでも感謝してほしいわ。

ちゃんと決闘のルールに従って相手が抜いてから撃ったし、

頭は牛乳瓶の一撃で痛いだろうから外してあげたのよ。

あたしはステイシーに銃口を向けたまま問う。

 

「ねぇ、次は?」

 

「痛い!痛い!ババ様ぁ、左手なくなっちゃったよう……」

 

「チィッ、ガンナーか!全員、魔障壁を張るんだよ!どけ!」

 

「キャ!」

 

ババアがジョゼットを放り出し、泣きじゃくるステイシーを無視して、

残りの仲間に指示を出した。

冷たいと思う連中もいるだろうけど、死んだも同然の脱落者に構うより、

残りのメンバーの維持に考えを切り替えるのはリーダーとしては正しい選択よ。

さて、次はどうするべきかしら。とりあえず自由になった邪魔な人質を退避させる。

 

「ジョゼットって言ったかしら。中に入ってなさい。っていうか後で大事な用がある」

 

「は、はい!」

 

あたしは黒衣の修道女が中に駆け込むのを見ると、残り4人の魔女と相対した。

皆、いつの間にか身体の前に輝く魔法陣を浮かべている。

生半可な攻撃じゃ通らなそうね。

 

「よくもやってくれたね!あたしの娘を傷物にしてくれた礼はたっぷりしてやるよ!」

 

「そんなに可愛いなら助けに来てやったら?

うっかりあんたに銃口が向いて暴発するかもしれないけど。

ごめんね、この銃引き金が軽いの」

 

「バカが!ガンナーの玩具で魔法使いのバリアが破れると思うてか!

……ああ、可哀想なステイシーや、こいつをなぶり殺しにしたら

すぐに薬草を擦ってやるよ!」

 

「悪いけど多分この展開のペースだと間に合わないわよ。

出血量から考えて15分がいいとこね。

……ステイシーって言ったわね。あんた、死にたい?」

 

「ぐすっ……いやああ……

ステイシー、ババ様みたいな立派な魔女になって、絶対幸せになって……」

 

「だったら得意の炎で傷口を焼き潰しなさい。

そのまま血を垂れ流してたら、あんたらの大嫌いな教会の前で死ぬことになるわよ」

 

「えっ……焼くの?だって、そんなの……怖い」

 

「あたしは死ぬほうが怖いわねえ」

 

するとステイシーは、そこそこ可愛いのに涙と鼻水で台無しになった顔の前に、

ボロボロになった左手を持ってきた。

そして、決意したようにギュッと目をつむり、ボソボソと呪文を唱え始める。

 

「ううっ……我が左、邪悪な右の爪痕をかき消すがいい……ファイア」

 

短い詠唱を終えると、ステイシーの左手が燃え上がる。

彼女が隣の領地まで届かんほどの悲鳴を上げる。

 

「キャアアアア!!熱い!熱いぃ!ババ様ァ、どうしてステイシーばっかりこんなあ!

うあああん!!」

 

「もう少しだから我慢おし!」

 

ステイシーは草の上を転げ回りながら泣き叫ぶ。肉の焦げる臭いが辺りに広がる。

他の魔女も思わず顔を背ける。あたしはぼんやり眺めながら考える。

最近なんとなくひもじいと思ったら肉食べてないわね、今度サラミでも買ってこよう。

そうこうしてるうちにステイシーの傷が塞がったみたい。

塞がったというより潰れたという表現が適切だけど。

彼女は急いで、姉妹の1人の元へ走っていった。

 

「冷やして!アリーゼ姉様!熱いよう!」

 

「落ち着いて、もう大丈夫だから!」

 

まぁ、氷の魔法を使うんでしょうね。水色のローブの女のところに行ったわ。

思った通り、ステイシーの左手を冷たそうなスライムで包んでる。

気の毒に、綺麗だった手がケロイド状に焼け焦げてる。

処置が終わったらババアが大声を張り上げた。

 

「やっちまいな!このクソガキをぶっ殺せ!」

 

ぶっ殺せ。つまり宣戦布告。つまり逆にこいつらを殺しても私に法的責任はない。

正当防衛ってやつよ。そんなことを考えてたら、

魔女たちが距離を取りながら、それぞれ呪文の詠唱を始めた。

あたしはピースメーカーでとりあえず一番近くにいた緑色の魔女を撃つ。

銃弾は命中したけど、魔法のバリアを激しく揺さぶっただけで止められた。

なるほど、強度はこんくらいね。

 

「ふん、間抜け!銃がなきゃ何もできないガンナーが、

魔女に勝てるとでも思ってんのかよ!」

 

今日のところはピースメーカーはお終い。今度はこいつの出番かしら。

その前に厄介なバリアについて分析しなきゃ。

 

「銃に限らず便利なものはなんでも使うわ。よろしく、あたし斑目里沙子。

最近見た映画はマグニフィセント・セブンよ」

 

そして手を差し出す。彼女はあたしの手をパシンとはたき、

 

「バカかテメエ!?

なんで殺し合いの相手、妹分の仇の手ェ触らなきゃならねえんだよ、ボケが!」

 

「あら冷たい。敵同士でも礼節というものはありましてよ」

 

なるほどね。

その時、サンドロックとかいう魔女の向こうから、

黄色いローブを着た魔女が詠唱を終え、指先から稲妻の球体を放ってきた。

あたしのスタンガンLv6くらいの電撃が迫ってくる。

慎重にタイミングを見計らって、と。

 

「ちょ~っとごめんあそば、せっ!!」

 

「なっ!!」

 

すかさずサンドロックのローブを思い切り引っ張り、彼女を電撃の射線上に蹴飛ばした。

当然直撃を食らうのは彼女でありまして。

 

「げああああああ!!」

 

強烈な電撃を浴び、全身を痙攣させながらその場に倒れ込むサンドロック。

ババアや氷、そしてフレンドリーファイアを起こした雷の魔女が混乱に陥る。

緑の魔女が体中から煙を出しながら、首だけを回してあたしを睨んでくる。

 

「てめえ、よくも、あたしを……」

 

「近くにいたお前が悪い。どっかの脱走犯の名言よ」

 

「汚え真似を……」

 

まあ、読みが当たって良かったわ。

バリアが何でもかんでもシャットアウトするなら、こいつらはとっくに窒息死してるし、

さっき形だけの握手を求めたとき、奴の手が触れた。

つまり、魔女のバリアはある程度殺傷能力があるもの、

あるいはそうだと認識したもの以外は通すってこと。

 

でも同じ手は二度通用しない。ここで仕留めておきましょう。

あたしは左脇のホルスターから、ぎらりと光るCentury Arms M100を抜き、

足元の魔女に狙いを付けた。

 

「今からあんたの頭を撃ち抜こうと思う。死にたくなかったら、全力で頭を守りなさい」

 

「やめろ……やめろォ!」

 

さすがにこの凶暴な特大拳銃が放つ殺意に恐れをなしたのか、

バリアを凝縮して上半身だけを守りだした。

いくらあたしでもここで足を撃つなんて卑怯なことはしないわ。

いいアイデアだとは思うけど。

あたしは魔女の頭部に狙いを定め、重いトリガーをゆっくりと引く。そして。

 

ステイシーの悲鳴とは比較にならないほどの轟音が、ビルもない異世界の草原に轟く。

近くの森から大勢の鳥が飛び去った。そこに残ったのは、頭部を失った魔女の死体。

広がる血痕。徐々にほどけていく穴の空いた魔障壁の術式。

M100の銃声に残りの魔女もただ立ち尽くしていた。

あたしはハンマーを起こしながら彼女達に近づく。

 

「ものには限度があるってことね。

今度は中距離から破れるか試してみようかしら。ねぇ?お嬢ちゃん」

 

「ひっ!」

 

M100の銃口を向けると、地べたに座り込んでいたステイシーが青くなって身を引く。

するとババアが声を上げる。

 

「みんな、ここは退くよ!」

 

「ババ様、逃げるっていうの?」

 

「……サンドが、殺された」

 

納得できない様子のアリーゼと雷の魔女。

 

「儂の言うことが聞けないのかい!?

アリーゼはステイシーを連れて!ヴィオラもボケッとしてないで逃げるんだよ!」

 

「わかったわ……」

 

「……」

 

魔女達はふわりと浮かんで散り散りに飛び去っていった。

この統制の取れた動きはただのゴロツキじゃなさそう。そんで、雷の名前はヴィオラね。

どうでもいいことばかり頭に入って来て嫌になるわ。

どうせ近いうちに殺し合いになるのに。まあいいわ。とりあえず用事を片付けましょう。

 

 

 

で、聖堂に戻るとジョゼットはのんきに十字架の前にひざまずいて祈ってた。

 

「ねえ」

 

「主よお守りください我ら子羊に約束の地から御威光を賜りますよう……」

 

「“ねえ”つってんのよ生臭坊主!!」

 

「はっ!貴方は!?」

 

「貴方は?じゃないわよ人が殺し合いの真剣勝負してたってときに。

まぁ、あんなババアに捕まるような奴に出てこられても邪魔だったけどさ。

それより、奥で話しましょう。あたし、斑目里沙子」

 

「ああ、すみません。申し遅れました!改めまして、遍歴の修道女、ジョゼットです。

諸国を旅して主の教えを広める活動をしております」

 

「主の教えは大変結構だけどね、人気が少ない街道には、

必ずと言っていいほど追い剥ぎやさっきみたいな野盗が出るの。

身を守る武器や武術くらいは身につけなさいな」

 

「それはいけません!仮にもシスターであるわたくしが刃物など!」

 

「神様のくせにより好みしてんじゃないわよ。剣が嫌なら銃になさい。

まぁ、弾が尽きると終わりだし意外とメンテも大変だけど」

 

「ええと……それがわたくし射撃は苦手でして。武器自体はありますの。

出発前にモンブール中央教会から、

いろいろ所持が許される武器を用意していただいたのですが……

10mの先の的に当たったことが一度もありませんの」

 

「そりゃ、やめて正解だったわ。どんなに強力な銃でも当たらないと空気だからね。

ほんで?結局あんた何選んだの?」

 

「これを」

 

ジョゼットはあたしに、鉄くずと変わらないしょぼいメリケンサックを見せた。

頭を押さえる。こりゃ無理だ。……いや、ひょっとするとひょっとするかも。

 

「ねえ、ちょっとあたしの手のひら殴ってみ?本気で」

 

少し前かがみになって彼女に手をかざしてみた。

 

「はい……てやあっ!」

 

パスン。はい終わり。

 

「ごめん、もういい。とりあえずお茶でも出すわ、ダイニングに行きましょう」

 

「ありがとうございます!」

 

それで、あたしは粉コーヒーに湯を注いだだけの粗末な茶を出して、

ジョゼットの事情聴取を開始したの。あたしはブラック派。

混ぜもの入れたらせっかくの香りと苦味が台無しじゃない。

たまに砂糖やミルクを山ほど入れてる人がいるけど、

そんなことするくらいなら最初からカフェオレ頼んだほうが楽でしてよ。

 

「……で、なんであのババア連中に襲われてたの?」

 

あたしは頬杖をつきながら面倒くさそうに質問する。

 

「彼女達は魔女の中でもその力を利用し、強盗、放火、誘拐、暗殺。

様々な悪事に手を染めている、

人呼んで “暴走魔女・エビルクワィアー”という犯罪集団。彼女達はその一部。

でも、誤解なさらないでください。エビルクワィアーのような無法者はごく一部で、

多くの魔女が普通の人間と変わらない生活を送り、法律で規定された触媒だけを使い、

その力で人々の暮らしに貢献しています」

 

「それは知ってる。街で見た。

すれ違う時、三角帽子のツバが邪魔だったからよく覚えてるわ。

あたしは、なんでババアに攫われそうになってたか聞きたいの」

 

「過去に摘発された暴走魔女によると、より強力な魔法や手下となる悪魔召喚の儀式には

聖職者の血肉が最も適しているらしいのです。

彼女達も恐らくわたくしの肉体が目的だったのではないかと……」

 

「あー、そういえば玄関先でそんなこと言ってたわね。

まぁ、あんたとあいつらの目的はわかったわよ。こっからが本題。……はい」

 

あたしはジョゼットに手のひらを差し出した。彼女は喜んでその手を握り、

 

「助けてくれて本当にありがとうございました!

里沙子さん、貴方こそ主の御使いです!」

 

「違ぁーう!!」

 

「えっ?」

 

キョトンとする彼女に世の中のルールってもんを説明する。

 

「使った弾の代金。.45LC(ロングコルト)弾が2発、45-70ガバメントが1発。〆て20G。

いや、待って。さっきのボディーガード料を含めると200Gにはなるわね。

ほら、さっさと出す」

 

「そんなあ……あのう、同じシスターなら助け合いということには……」

 

「ならないわね。あたしはただ100万Gで土地含めて家代わりにここを買ったパンピーよ。

だから本来あんたを守る義務なんかなかったし、余計な敵作ることになっちゃった。

さっきの連中、何人か生き残ったからまた攻めて来る。

だからこれくらいの代金を支払うのは当然なの」

 

「でも、わたくし、これだけしか……」

 

モジモジとブロンドのロングヘアを揺らしながら、

その蒼い瞳を泳がせて困り果てるジョゼット。ついでに言っとくと彼女結構可愛いわよ。

あたしが男なら、本屋にあふれてるハーレムラノベみたいに、

唐突にこの娘と恋仲になったり、

意味もなくパンツが見えたりする展開もあったんでしょうけど残念ね。

生憎ここにはスレた女と大して面白みのない田舎町しか出てこないわよ。

とにかく彼女は、開けなくてもろくに入ってないことがわかる小銭入れを

差し出してきた。

 

「足りてないことはわかってるわよね」

 

「ごめんなさい……」

 

「じゃあ、そろそろお引き取り願えるかしら。その金もいらないわ。お布施ってことで。

後はハッピーマイルズ・セントラルの軍に助けを求めるのね。

東に走れば10分くらいで着くわ」

 

「待って、お願いです!神出鬼没の暴走魔女には軍も自警団も手を焼いているのです!

例え逃げ込めても、街から外に出た途端にまた攫われてしまいます!

わたくし、なんでもしますから!

主の教えをこんなところで途絶えさせるわけにはいかないのです!

どうか、どうかお慈悲を!」

 

「こんなところで悪かったわね。世の中神様信じてる連中ばかりじゃないの。

あなたがどうなろうと、あたしがタダ働きする……ん?ちょっと待って。

今、なんでもするって言ったわね」

 

「はい!」

 

「う~ん、そ・れ・じゃ・あ」

 

 

 

 

 

30分後。あたしは自室で銃にリロードしつつ異常がないかチェックしていた。

1階から声が聞こえてくる。

 

“聖堂の掃き掃除終わりました~”

 

「ちゃんと梁のホコリも落としてくれた?」

 

“バッチリです!”

 

「じゃあ次は窓拭きね」

 

“わかりました……キャア!マリア様のお姿が泥まみれに!おいたわしや……

里沙子さん、ここはいつからこの状態に?”

 

「検討もつかないわ。あたしがこの世界に来たのが一週間くらい前。

その時には既にご覧の通りよ」

 

“じゃあ、里沙子さんもアースから?”

 

「ええ、ゴミ捨て場で寝てたらここにいた」

 

そう。金がないなら働きで返させればいい。

あたしは面倒くさい掃除をジョゼットに押し付けて、

自室でくつろぎながら戦闘準備をしていた。窓の外を見る。

正午から1時間ちょっと過ぎたくらいかしら。

 

「そうそう、ディスプレイの前の皆さん。

プロフィールで“殺人はやってない”趣旨のこと書いてたけど、

さっきのはノーカンだからね。正当防衛だし、あいつら人間じゃなくて魔女だから」

 

“え、なんですか?”

 

「なんでもなーい」

 

あたしの勘だとそろそろ頃合いね。……急に冷え込んできた。さっそくお出ましね。

1階からジョゼットの悲鳴が聞こえてくる。

 

“里沙子さん!さっきの魔女が攻めてきました!助けてー!”

 

「わかった、今行く。あんたは隠れてなさい!」

 

あたしはすっかり綺麗になった聖堂に驚きながら、思い切りドアを開け広げた。

そこには2時間ほど前に会った魔女連中。

いきなり寒くなったと思ったら、草原が一面の雪景色。あの水色ローブの仕業ね。

 

ババアが、左手が使い物にならなくなったステイシー、

確か火炎攻撃してきたガキを連れて2,3歩前に出て声を荒らげた。

ステイシーは声を上げずにさめざめと涙を流している。

ガチ泣きとかテンション下がるからやめてほしいんだけど。

 

「小娘!お前がしたことの結果を見るがいい!この娘の左手はもう元に戻らない。

これがどういうことかわかるかぁ!!」

 

「ボタンはめるのが面倒くさそうね」

 

「粋がるのも大概におし!

お前を酸の風呂につけてこの娘が受けた苦しみを何十倍にもして返してやる!

……魔女に限らず人が魔導書で会得した魔法を使うときにはね、いつも左手を使うのさ。

理由を教えてやろうか。

右手は人の業。食事をしたり道具を使うために存在してきた。

そして左手は神の業。魔力を収束し、それぞれの形に発現するものと

古来から決まってる。

炎の魔女ステイシーはあんたのせいで左手を失った。

この娘にとってそれがどういうことか、わかるかぁ!!」

 

「泣き虫ステイシーの出来上がりね」

 

彼女がキッとこちらを睨む。初めて前向きな感情を見せてくれて姉さん嬉しいわ。

でも、あたしを恨まれても困るのよねぇ。燃やしたのあんたなんだし。

 

「あんたは簡単にゃ殺さないよ!アリーゼ、ヴィオラ!

こいつを死ぬ寸前まで痛めつけておしまい!

エビルクワィアーに歯向かった連中の末路を味あわせてやりな!」

 

「オーケー、婆様。……ねえ、嬢ちゃん。あたいの魔法はもう見てくれてるよね。

辺り一面真っ白。そう、真っ白。うふふ……」

 

「気色悪い作り笑いはやめ、てっ!?」

 

突然降り積もった雪の中から何本のも氷の槍が飛び出してきた。

とっさに横にローリングして回避したけど、一瞬雪の動く僅かな音を聞き逃してたら

串刺しになってたわね、気をつけないと。さすがにあたしも心臓がバクバク言ってる。

 

今度は黄色が何やら呪文の詠唱を始めた。

あたしは妨害しようとピースメーカーを2発撃った。

銃声とほぼ同時に.45LC弾が突き刺さる。けど、だめ。

やっぱり魔法でバリア張ってるみたい。

弾丸は魔障壁を揺さぶっただけで魔女には効かない。

 

ならこっち!急いで左脇のホルスターからM100を抜いて、

ヴィオラとか言う電撃係に照準を合わせる。結構距離があるけど大丈夫かしら。

信じるしかないあたしはトリガーを引く。

銃口からピースメーカーとは比較にならない爆音と炎と大型のライフル弾が飛び出す。

弾丸は真っ直ぐヴィオラへ突き進む。

 

その圧倒的破壊力を察知したのか、詠唱をやめて身体をそらした。

命中はしなかったけど、鉛の牙がバリバリと魔障壁を食い破る。

M100の破壊力にヴィオラがすっ転ぶ。行ける。この隙に小走りで奴らとの距離を詰める。

より近距離でこのハンディキャノンをぶちかませるように。

 

氷と雷。どっちにしようかしら。

魔障壁をぶち破れるM100の威力に狼狽えてる今がチャンス。

また地雷のようにデカい氷柱を出されちゃたまらない。確かアリーゼって言ったかしら。

あたしは水色のそいつの土手っ腹を狙って両手でしっかりグリップを握り、

トリガーを引く。

 

この銃ならヘッドショット狙わなくてもどっかに当たれば殺せる。

また鼓膜に痛い爆音を立ててハンドキャノンが吠える。捉えた!……と思ったけど、

一瞬の差で奴が分厚い氷の壁を召喚。

厚さ1mはある壁と魔障壁に威力を減衰され、弾がアリーゼに届かなかった。

ババアは泣き続けるステイシーに寄り添って動かない。アリーゼが高笑いを上げる。

 

「アハハ、無様ねえ!この雪原はあたいのテリトリー。トラップもバリアも自由自在!

たかがガンナーに出来ることなんてないのさ!」

 

ふぅん、雪を媒介にして自動的に発動する罠や防壁か。

でも、世の中“自由”を謳ってその通りになった例って少ないのよね。

急速に面倒くさい病の発作が起きたあたしは、さっさとケリを着けるべく、

ガンベルトの背中に挟んだものを2本取る。

あの魔障壁の強度が防弾ガラス程度とすると、威力としてはこれくらいかしら。

そして、教会そばの雑木林に逃げ出した。

 

「やってらんないわ、あたしは逃げる!

シスター、あんたのせいでこうなったのよ!出てらっしゃい!」

 

適当に芝居を打ちながら走る。本当に出てこないわよね?

まぁ、多分ヘタレだから大丈夫だとは思うけど、奴らが乗っかってくれるかが問題。

 

「何してるんだい!さっさと追いかけるんだよ!」

 

後ろからババアの声が聞こえてくる。取り越し苦労だったみたい。

背後から2つの殺気が迫ってくる。

木々の合間を縫いながら、あたしはちょうどいいスペースを探す。……あ、見つけた。

4本の木に囲まれた小さな空間。

 

そして、ポケットからライターを取り出し、手に持った2本に火を着けると、

トスっと地面に積もる雪に投げて刺した。あとは退避場所。今度は木が密集してるとこ。

あったわ。太い木細い木が何本も固まってる。

あとはチャンスを待つだけね。ああ、来た来た。

 

「どうしたの、お嬢ちゃん。もうお疲れ?人間は空が飛べないから不便よねぇ」

 

「つくづくそう思うわ。あたしはね、面倒くさいことが死ぬほど嫌いなの。

でも、綺麗な物は好き。……この雪、キラキラしててとてもきれい」

 

あたしは足元の雪を両手ですくって見せた。

 

「でしょう。あたいの作った雪ですもの。あんたの血で染めればもっと綺麗になるよ」

 

「……お前、今から死ぬ。ステイシー、魔女として生きられなくなった。

彼女の人生、破滅させた。お前、許さない」

 

氷と雷がべらべら喋ってる。ヒューズは長めにしといたけど、これ以上はヤバイわね。

最後の仕上げ。

 

「こうしてぎゅっと固めるとね~雪合戦のボールになるの。

あ、石ころ入れるのは反則ね」

 

「……?何がしたいのさ、あんた」

 

「こうすんよ!」

 

あたしはアリーゼに思い切り雪玉を投げつけた。

殺傷能力のないただの雪は魔障壁をすり抜け顔面に命中。

奴は顔中雪まみれにしながらしばらく動かなかったけど、

完全に頭に血が上ってるのがわかる。

 

「あたし、綺麗な物も好きだけど、バカをからかうのも大好きなのよ!じゃあね!」

 

そしてあたしはダッシュで逃げる。もう時間がないわ。

 

「待ちなこのクソガキャァ!!」

「逃がさない……!」

 

アリーゼとヴィオラが宙に浮き、再びあたしの追跡を始めた。ジャストタイム。

突然、雑木林の木々全てをへし折らんばかりの爆音と衝撃波が炸裂。

それを真下から食らった二人の魔女は魔障壁ごとバラバラに粉砕された。

 

密集した木に隠れて耳を塞いでたけど、腹の底に響くわね、ダイナマイト2本は。

こないだ薬局で買った心臓病向けの医療用ニトログリセリンを、

ちょちょいとアレして作っといたやつが早速役に立ったわ。あたしは木陰から出る。

 

そこには木っ端微塵になった魔女2人だったものが散らばってた。

なんかぶよぶよした変な形の肉片が散乱してる。これは……手?足?

流石にあたしも触る気にはならないから、代わりのものを探す。

ああ、これなんかちょうどいいわね。二人の三角帽子。

魔力が宿ってるせいか燃え尽きずに木の枝に引っかかってた。

あたしはそれを持って、もと来た道を引き返した。

 

 

 

 

 

「なんだい!一体何が起こってるんだい!?」

 

二人の娘を追跡に送り出した老魔女は、

地を揺るがすような爆発音に飛び上がる思いをした。

衝撃波は雑木林の外にまで烈風を巻き起こし、ステイシーと老魔女に叩きつけた。

あの女は一体何者なのだ。まさかあの女も魔女?

しかし、これほどの爆発魔法など、よほど永く生きた魔女でなければ使えない。

 

「ババ様、お姉様達どうしちゃったの……?」

 

ステイシーは不安げに老魔女の袖をつまんだ。残った2本の癒着した指で。

すると、緑色の変わった服を着た眼鏡の女が、

気だるげに何かを振り回しながら雑木林から出てきた。

 

 

 

 

 

はぁ、やっと帰ってきた。氷の魔女が死んで雪が消滅したからちょっとは楽だったけど。

あとはババアとの決着ね。

殺した二人の三角帽子をぶらぶらさせながら教会の前まで戻る。

あたしはなんにも言わずにCentury Arms M100を抜き、ババアに近づく。

そして、三角帽子を放り出した。

 

「こいつらは死んだ、つーか殺した」

 

「おお……アリーゼ、ヴィオラ……もう許さないよ!!

ステイシー!姉の仇を取るんだよ!」

 

まさか自分がやらされるとは思わなかったステイシーはババアの声に驚く。

 

「えっ、ステイシーが……?ババ様は戦ってくれないの?

見て、ステイシーの左手、こんななんだよ?」

 

必死に訴える炎の魔女。だけどババアは最後まで動きたくないみたい。

 

「儂に小娘の相手をさせる気かい?つべこべ言わずに殺るんだよ!

人間一人燃やすくらいの術は使えるだろう!

あんたを捨てて別の“娘”を探したっていいんだよ!?」

 

「使う前に殺すけどね」

 

「いや、そんなのいや……」

 

あたしにM100を向けられ、青くなるステイシー。かと言ってババアは助けてくれない。

彼女は座り込んで泣きながら頭を振る。だめね。こいつはもう死んでるのと変わらない。

 

「ねえ、婆さん。あたしらで決着つけましょうよ。

こいつが泣き止むのを待ってたら日が暮れる」

 

「……チッ、ステイシー!お前はもう破門だよ!儂の前から消え失せろ!

とっとと縛り首にでもなるがいいさ!」

 

「そんな……お願い、見捨てないでババ様!」

 

綺麗な右手と醜く焼けただれた左手で必死にすがりつくステイシー。

だが、ババアは冷たく言い放つ。

 

「もう、ろくな魔法も使えないガキなんざ面倒見る気はないよ!

魔法以外は役立たずのとんだグズさ、お前は!

娘の中でも一番見込みのないバカだったけど、

儂の雑用くらいにはなるだろうと思って育ててやったが、

カタワの魔女なんざただの恥さらし。お前はもう用済みだよ」

 

「あ……」

 

魔女としての力も、ババアの後ろ盾も失ったステイシーは、

その場に座りながら、ただ呆然としていた。

いい加減このメロドラマにもうんざりしてきたから、

強引に幕引きを図ることにしましょうか。

 

「婆さん、先手こっちでいい?」

 

「やってみな、小娘が……!」

 

「じゃあね」

 

あたしはM100を構え、ババアの頭に一発お見舞した。今日で何発目?3発目かしら。

とにかく耳に痛い。本当はこういうの、耳栓付けて撃つべきなんだけど、

実戦で聴覚なしで戦えるかって話。

 

硝煙が晴れて頭が砕けたババアの姿が現れるのを待ってたんだけど、

とんでもないもん見ちゃったのよ奥さん。

45-70ガバメント弾がババアの顔に潰れて張り付いてるの。

えらくカルシウムたくさん摂ってるのね。

 

「ヒヒヒ……エビルクワィアーが一団、“魔狼の牙”の頭領を

舐めてもらっちゃ困るねぇ。娘達みたいにヤワな結界に隠れる必要なんてないんだよ。

儂は、肉体を物理的にも魔術的にも強化できるんだからねぇ!」

 

ババアの高笑いを聞きながら考える。どうしたもんかしら。M100が効かないとなると……

 

「ねえ、婆さん。この棒咥えてみる気はない?」

 

「ほう……そいつでヴィオラとアリーゼを殺したのかい!

約束通りお前は酸の風呂で焼き殺してやるよ!」

 

やっぱり駄目か。ダイナマイトならまだ可能性もあったんだけど。

真正面から投げても食らってくれるわけないし。

あれ、なんかババアがブツブツ言ってる。

 

「どうしたの、ボケた?……はっ!」

 

これには驚いたわね。よく見るとババアが超高速で唇を動かしてる。

すると急に辺りが闇に包まれた。

あるいはあたしの視力が奪われてるのかもしれないけど、どっちにしろ何も見えない。

闇の中にババアの声が響く。

 

“儂は闇属性の魔女、ゲルニカ!死ぬまで忘れられない名前になるよ、ヒヒ……”

 

きょろきょろと周りを見るけど、一点の光も差さない完全な闇。

これはちょっとヤバイかも……!?

 

「つっ……!」

 

突然ヒュパッ!と左腕を何かで斬られた。

あえて手加減してるのか、それほど出血は多くない。けど、なんとなく気配でわかる。

あたしの周りに無数の何か、恐らく刃物が飛び回ってる。

 

“次はどこを狙って欲しいんだい?目かい?足かい?

それとも、あんたの左手も指全部詰めてやるのも面白そうだねぇ”

 

「真っ平よ、タンス臭いクソババア」

 

またしても刃物が飛来し、右手の甲を斜に斬られた。思わずM100を落としてしまう。

拾おうとしても足元も闇。どうしてくれよう。ピースメーカーじゃ当たっても効かない。

ダイナマイトは命中率ゼロ、どころか自爆する可能性もある。

本当、面倒っていうか、うんざりっていうか。

 

また、どこかからヒュッと刃が飛んできて、あたしの眼鏡をふっ飛ばした。勘弁してよ。

なくなったら困るものランキング1位なのよ眼鏡っていうものは!

ないとガチで何も見えないから。視力検査の一番でかい輪っかも見えないから。

 

“これで終いにしようかね。あんたの両腕、両足、頂くよ。

心配しなさんな、ちゃんと止血してやるよ、ステーキみたいに傷をこんがり焼いてねぇ、

ヒハハハハ!”

 

……こんなババアに殺されるくらいならいっそピースメーカーで頭ぶち抜こうかしら。

奴のセリフで思い出したけど、せめて最期にステーキくらいは食べたかったわね。

あたしはホルスターの銃に手をかける。その時。

 

 

「うおおおおお!!」

 

 

あら、このM100の銃声並みに難聴を引き起こす危険のあるデカい声は……

次の瞬間、あたしを包んでた闇が唐突に晴れた。

急いで眼鏡とM100を拾い上げたあたしが見たものは、

シュワルツ・ファウゼンベルガー将軍その人だった。

馬から降り、騎馬隊を引き連れた彼はあたしに駆け寄ってくる。

 

「無事か、リサァ!!」

 

「え、ええ。なんとか。でも、どうしてここに?」

 

「うむ!リサの家からひっきりなしにハッピーマイルズ・セントラルまで

爆音が轟いてくるのでな、偵察を差し向けて状況を把握した次第である!

お手柄であるぞ、“魔狼の牙”を壊滅寸前まで追い込むとは!」

 

「まぁ、今は追い込まれ中ですけれど……」

 

「もう心配は不要である!……第一、第二鉄砲隊、放て!!」

 

将軍の指示が下ると、騎馬隊がライフルを構え、

空を舞っていたゲルニカに照準を合わせ、弾丸を放った。

 

「うがああ!痛い痛い痛い!!」

 

無数のライフル弾が鋼鉄の肉体に突き刺さる。

どうもババアの肉体強化は痛みまでは消してくれないみたい。

集中力を削がれたゲルニカは重力の法則に従い落下した。

ドスン、と重い鉄塊を落としたような衝撃が足の裏に伝わってくる。

多分、闇が晴れたのも将軍の大声に気を取られたせいなんだと思う。

将軍がやはり鎧をガチャガチャと鳴らしながらババアに歩み寄る。

 

「うう、腰を打っちまったよ……はっ!?」

 

「“魔狼の牙”が首魁、ゲルニカ!ここで会ったが百年目!

我が剛剣の錆にしてくれる!!」

 

「あああ、やめてくれえ!」

 

彼はそんな命乞いなど一切耳を貸さず、背負った巨大な鞘から、

これまた巨大な剣を抜き取った。よく耳切らないわね。

彼は右手で持った大剣に左手をかざし、呪文の詠唱を始めた。

 

「鍛冶司りし単眼の神に乞う、今一度灼熱の光を我が一振りに!」

 

すると、将軍の剣がマグマの様に熱く燃え上がり、辺りに猛烈な熱風を吹き付ける。

そしてゲルニカに向き合うと、両手で剣を掲げ、

 

「おおお!!」

 

「ああ、やめろ!堪忍し──」

 

振り下ろした。まさしく一刀両断。ババアの身体は縦に真っ二つ。

その断面は溶けた鉄のように燃えながら流れていた。

 

 

 

それからそれから。

ステイシーは封魔の鎖とやらで拘束され、

ハッピーマイルズの果てにある魔導刑務所ってとこに連れて行かれた。

無限に魔力を吸い込む魔界の鉱石が配置された、一切魔法が使えない特別施設らしいわ。

 

去り際に彼女を見たけど、本当に世界が終わったような失った目をしてた。

どうしてあんなババアについてきたのかしら。あたしならピンでやるけど。

そんな独り言を口にすると、珍しく将軍が叫び声ではなく、

一般人並の声で話しかけてきた。

 

「暴走魔女・エビルクワィアーに身を落とす魔女は、大抵崩壊した家庭で育ったか、

苛烈な迫害を受けてきたものが多い。彼女もそのどちらかであったのであろう。

例え紛い物であったとしても、家庭というものを欲していたのかもしれん。

我が想像しても詮無きことであるが」

 

「わたくしに言わせれば、ただのわがまま贅沢病ですわ。

ソマリアに行けばもっと悲惨な連中がいましてよ。だから遠慮なく4人殺せましたの」

 

「貴女は、容赦がないな。きっと、それが貴女の強さなのだろう」

 

「お褒めに預かり光栄ですわ……ってあいつはどこかしら」

 

「あいつ、とは誰のことであるか」

 

「ここに転がり込んできたシスター。

今日のドンパチ騒ぎもあの女が持ち込んだようなものですわ。

こら、ジョゼット!出てらっしゃい!」

 

あたしは玄関をドンドン叩く。すると、恐る恐るジョゼットが顔を出したので

首根っこをふん捕まえて外に引っ張り出した。

 

「キャッ!……あのう、魔女たちは?」

 

「3人殺した。1人は逮捕。頭目は将軍が殺してくれたわ。

ほら、あんたもお礼言いなさい」

 

「ええっ、この領地の将軍閣下!?これこそ主のお恵み!

本当に、ありがとうございます!」

 

ジョゼットは将軍の前にひざまずいて両手の指を絡めた。

ああ、完全に手を合わせたら仏教よね。本当になにもかもが中途半端に混じってるわ。

 

「いやいや、主にお仕えする修道女をお助けするは騎士の勤め。礼には及ばぬ」

 

「そういやこの世界の宗教事情ってどうなってんの?やっぱキリストさん?」

 

無神論者だけどちょっとだけ気になったから尋ねてみる。

 

「キリスト、とはどなたでしょう?」

 

ああやっぱり。違うなら完全に別物にしてほしい。

 

「ごめん、もういいわ。それより、せっかく将軍と直属の騎兵隊が来てるんだから、

街まで送ってもらいなさい。もう同じヘマするんじゃないわよ」

 

「……」

 

「ふむ、こちらの修道女は我に何用かな?」

 

「今日の騒ぎですが、このシスターが暴走魔女に攫われそうになって、

うちに飛び込んできたのが発端でして。これからも旅を続けるそうなのですが、

どうかまともな武装と旅の知識を……」

 

「待ってください、わたくし……残ります!」

 

ジョゼットが小柄な身体を震わせて叫んだ。

 

「は?何言ってんの。残るってどこに」

 

「もちろん、この教会に決まってます!

建物はおろか、聖マリア様までないがしろにされているこの状況は見過ごせません!

それに、わたくしはハッピーマイルズ領に来たばかり。

この地の方々に主の教えを広めるまでここを離れるつもりはありません!」

 

鼻息を荒くしてまくし立てるジョゼット。だけどあたしはたまったもんじゃない。

 

「ちょっとあんた、勝手に決めないでよね!

ここはボロだけどあたしの気ままな一人暮らし生活の場なのよ?

マリアだか布教だか知らないけど……」

 

「ガッハッハ、それは重畳!

住み込みの修道女がいれば、この教会もまともに機能するというわけだな」

 

「将軍までおやめください!

あたしは一人の時間がないと生きていけない難病に罹ってるんです!

居候なんか置くつもりはありませんから!」

 

「だめ、ですか……?」

 

ジョゼットが目を潤ませて懇願してくる、けどあたしに通じると思ったら大間違いよ。

こいつアホだと思ってたけど結構いろんな手使ってくるわね。

 

「女相手に上目遣いはやめなさい。虫酸が走るだけだから。

そういうのは鼻の下伸ばしてる野郎連中にしてやんなさい」

 

「どうしても?どうしても?」

 

「あんまりしつこいと屋根の十字架叩っ壊すわよ」

 

「んん?確か、教会をはじめとした公共施設の運営者には、

領主から補助金が出ると聞いているな。すっかり忘れていた」

 

「補助金!?……オホン、ちなみにそれはお幾らくらい?」

 

「ふむ。この規模の教会であると、月1万Gは出るであろう」

 

「10000G……馬鹿にできない金額ね。

ジョゼットには安物のパンだけ与えとけば、ほぼ丸儲け……

なるほど、市民に優しい行政システムって素敵だわ」

 

結局人を動かすのは金だわね。あたしはジョゼットに幾つかの条件を突きつける。

 

「聞きなさい。置いてあげるけど条件があるわ。

まず、聖堂があるからってうちに人集めて賛美歌合唱したりしないこと。

信者を入れるのは日曜ミサだけ。他の曜日は鍵閉めて誰が来ても入れるんじゃないわよ。

次に、勝手にあたしの部屋に入らないこと。ここに関しては掃除もしなくていい。

同様にあたしのものにも触らないこと。あたしの生活パターンに口出ししないこと。

昼間から酒飲んで寝てても文句言わない。これを必ず守ること。いい?」

 

「えー、それじゃ教会とは言えないです~

いつでも誰でも門戸を開いているのが教会なんですから!

それに昼酒は身体に毒です。駄目なんですよ~」

 

「いきなりルール破ってんじゃないわよ!

それになにが悲しくて自分ちレクリエーション施設にしなきゃなんないのよ!

これでも大幅に譲歩してんの!公共施設として認可受けるために!」

 

小声でやり取りするあたしとジョゼット。

すると将軍と騎兵隊が撤収準備を始めたから、慌てて声をかける。

 

「あ、将軍!お待ちになって!

今日からここは教会として運営することに決まりましたので、手続きを……」

 

「心配せずとも良いリサ。

我の判ひとつで今日からここは正式なハッピーマイルズ教会である」

 

「お手数おかけします」

 

あたしは将軍に一礼した。その隣で馬鹿が大声ではしゃぐ。

 

「やったー!」

 

「両手でピースってあんた歳いくつよ」

 

「16です!」

 

「最悪ね」

 

何の因果かあたしは自由気ままな生活におかしな居候を抱え込むことになってしまい、

本当に、深い深い溜め息をついた。

でも、将軍が去り際に耳寄りな情報を残していってくれた。

 

「おお、確か“魔狼の牙”のメンバーには皆、賞金がかかっていたぞ。

駐在所に証拠となる品を持っていけば懸賞金がもらえよう。

頭目は我が倒してしまったが、その他の手下は確か……4000Gであった」

 

「本当ですか!?4000が3人で1万2000G!

ジョゼット、ちょっと帽子拾ってくるから、掃除の続きやってなさい。

あんたにあの光景はキツい」

 

「いってらっしゃ~い」

 

のんきに手を振るジョゼット。

緊張状態が解けたせいか、だんだん地が出てきたわねあの娘。まぁいいわ。

一人くらいなら掃除の手間と引き換えと考えれば耐えられる、多分。

そう思いながら、あたしはまず頭を粉砕した緑の魔女の死体あさりに向かった。

 

 



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厄年でもないのに、やなこと続きで嫌になる。

本当、今日は最悪な一日ね。

変なシスターが変なババアと変な魔女連れてきて、

なぜかあたしがシスター守ることになって、

インドア派のあたしが飛んだり跳ねたりしてそいつらぶち殺す羽目になって、

しかも成り行きでそいつが居候することになったのよ。まぁ、意外だったのが……

 

「あまねく降り注ぎし不可視の恵み、今輝き持ちて我らが前に煌めかん。

聖母の慈愛、今ここに。ヒールウィンド」

 

シスターらしく光属性の魔法が使えたってこと。

あたしの身体が淡く光ると、ババアとの戦いで体中に付いた切り傷が

みるみる塞がっていく。どんくさそうに見えても一応シスターなのね、

とは流石に失礼だから心の中にしまっとくけど。

 

「はい、終わりです。まだ痛いところはありませんか?」

 

「いいえ、完璧よ。あんたも魔法が使えたなんて正直驚いてる」

 

「よかった。一度使うと主のご加護を蓄えるのに1週間かかりますけど」

 

なにそれ燃費悪……いやいやあるだけマシよ。贅沢はいけないわ。

 

「これでもモンブール中央教会で主の教えと、その恵みを顕現化させる術は

習得したのです、えっへん!」

 

ジョゼットが文字通り思い切り胸を張る。うーん、Bってとこかしら。

 

「えっへんて。お互い、いい年なんだからそういうのよしましょうよ……

まぁ、いいわ。とにかくありがとう。傷跡ひとつないなんて便利なものね。

あんたが信仰してる神様はうちの神さんよりアテになるわ。

こっちの神は祈ったって小遣い一つくれやしない。毎年山ほど小銭もらってるくせに」

 

「主に見返りを求めたらだめなんですぅー!マリア様達は

わたくしたちの死後、約束の地へ導くという大変な御業を成してくださるんですから!」

 

ぷんすかと両腕を振って小さな体で懸命に抗議する姿は、可愛いと言えなくもない。

いっそこの物語の主人公代わってもらおうかしら。DEAD ENDの文字が見え隠れするけど。

 

「そういやこの世界の宗教事情どうなってんのよ。

なんでマリアがいるのにキリストがいないの」

 

するとジョゼットは、待ってましたと言わんばかりにパンと手を合わせて説明を始めた。

 

「里沙子さんも知りたいんですね?知りたいんですね?

うふ、そうならそうと言ってくれればいいのに、コノコノ~」

 

肘であたしをつついてくる。耳元でピースメーカーを弾いてやろうかと思ったけど、

弾薬もただじゃないからやめておいた。

 

「聞いてやるから話してごらんなさいな」

 

魔女連中との戦闘で疲れたあたしは、

ゴロンと長椅子に横になりながらジョゼットの話を聞く。

 

「オホン、まずは基本的なことから。

この世界、ミドルファンタジアでは、約9割の人間が聖母マリアを主神とする一神教、

シャマイム教を信仰しています」

 

「へぇ、この世界自体はミドルファンタジアってんだ。初耳ね。

“人間が”って言うことは、街で見た魔女とかエルフとかは別の神様信じてんの?」

 

「ええ。彼らは独自の精霊や邪神、土着神を崇めています。

それらは極めて多岐に渡り、わたくしの専門外ですのでシャマイム教の教えを簡単に。

マリア様を信仰し清い魂を持つ者は死後、

天上人アフラ・マズダが幸福の光で照らし続ける約束の地、パラノキアヘブンへ赴き、

未来永劫の安寧を得ることができます。

しかぁーし!悪いことばかりしてた人は荒ぶる神シヴァーが統治する地獄で

永遠の責め苦を受け続けることになるのです!

えー、ですから、そんな格好でシスターの話を聞くのは、

あの、いけないと思うんですけど……」

 

急にトーンダウンしたジョゼットの声色に気づいて、危うく寝るところで目が冷めた。

上半身を少しだけ起こして彼女に向き合う。

 

「ん?ああ、ごめん。退屈だから寝落ちしそうになったわ。

とりあえず半分寝ながら、意識の隅っこでちゃんと聞いてたから安心しなさいな」

 

「“ちゃんと”じゃないですー、それ」

 

「まぁとにかく、いろんな宗教グチャグチャだわね。

キリスト教にゾロアスター教に仏教、おまけにヒンドゥー教のフルコース。

ハブられたイエス・キリストが聞いたら、

世界の終末待たずに7つのラッパが吹くわよここ」

 

「ラッパ?キリストさんは音楽家なんですか?」

 

「あ、もういい。永久に終わりそうにないからあたしらの話に戻りましょう。

とにかく、さっきも言ったけどここで説教するなら日曜だけにしてね。

あたしは街で買い物がてら時間潰してるから」

 

「どうしても、日曜しかだめですか……?」

 

また、おねだりするような上目遣いであたしを見る。やめろっつったはずなんだけど。

 

「だ・め。あたしは心理的縄張りがと~っても広くてぶ厚いの。

要するに自分のスペースに他人がいるだけでイライラが募って、

最終的には大量殺人に走るからそこんとこよろしく」

 

それだけ言うとまた身体を倒した。

そろそろ部屋に戻ってちゃんとベッドで寝ようかしら。

 

「わかりました~……じゃあ!街頭に立って道行く人に主の教えを」

 

「ストップ。その街にはどうやって行くつもり?」

 

「ここから東に街があるんですよね?日曜以外は毎日通うつもりです!」

 

「あんた今日の出来事で何学んだの!?街道には、野盗が出るって、言ってんの!」

 

「あ、そうでした。ね~里沙子さん。わたくしを街まで送ってください」

 

えへへ、と頭をかきながら図々しい要求を突きつけるジョゼット。

世間知らずもここまで来ると立派な芸ね。

 

「どっちが寝ぼけてんだかわかりゃしないわ。なんであたしがそんな面倒なこと」

 

「もう、里沙子さんってばワガママ過ぎます!

少しは人助けしようとは思わないんですか!?」

 

「今日死ぬ思いしてあんたを助けたような気がする」

 

相変わらず長椅子で餅になるあたしと、

対象的に黒の修道服をヒラヒラさせながらあちこちウロウロするジョゼット。

はぁ、この全然噛み合わない会話のせいで、せっかくの眠気が覚めちゃったわ。

窓を見るともう夕暮れ。とりあえず飯にしましょう。あたしは長椅子から立ち上がる。

うん、まだ“よっこらせ”が出る歳じゃないわね。

 

「キリがないわ。もうご飯にしましょう。パンと牛乳しかないけど」

 

「え!それでお腹空かないんですか?」

 

「母さんと同じこと聞くのね。現代人はそこそこ腹が膨れりゃなんだっていいのよ。

パイの実1箱だってね」

 

「なにそれ美味しそ……じゃなくて、そんなんじゃ駄目です!栄養が偏ります!

……わかりました。明日からわたくしが里沙子さんの食事を作ります!

明日食材を買いに行きましょう!」

 

「ほっといて。別にあたしは……ちょっと待って。あんた今日からここに住むのよね。

う~ん、歯ブラシは買い置きがあるとして、

ベッドがあたしの部屋以外掛け布団がなかったわ。他にも足りないもんが出てきそう。

どうしたもんかしら」

 

「一緒に寝ればいいじゃないですか!里沙子さんと同じベッドで!

うふふ、里沙子さんって抱きしめたらあったかそう!」

 

「残念。冷え性だから手足冷たいし、抱きつこうと考える意味がわからないし、

ビックリマークなしで喋る努力をして」

 

「んー!里沙子さん冷たい!」

 

「冷え性だって言ったでしょ。それより飯よ、飯」

 

ものすごく不毛な会話を切り上げ、ようやくあたしたちは食卓についた。

冷蔵庫を開けてジョゼットにパンを選ばせて、あたしもひとつ掴んだ。

もう客じゃないからジョゼットにコーヒー入れさせようかとも思ったけど、

うっかりで家燃やされちゃたまらんからあたしが入れた。

 

つまみをパチンパチンと2,3回。火が着いた。

このコンロは単純にマナを燃やしてるシンプルなもの。

ただ内部の雷光石をつまみの動きですり合わせて、

マナに引火する特殊な火花を散らしてるだけ。

 

「ほらコーヒー」

 

「ありがとうございます。いただきま、す……」

 

「なによ」

 

大麦パンをちぎって口に運ぼうとすると、

ジョゼットは両手でパンを持ったまま悲しげな顔をしている。

なんかろくでもないこと言い出しそうな予感。

 

「里沙子さん、このパン冷たいです……」

 

「そりゃさっきまで冷蔵庫に入ってたからね。いただきます」

 

「冷たいです……」

 

今度はウルウル目で訴えてくる。この尼……!

 

「あっためろって言いたいの?家主であるこのあたしに?

あんたいつあたしの亭主になったのよ!熱いコーヒーで流し込みゃいいでしょうが!」

 

「お腹、壊しちゃいます……」

 

「くっ……!今日だけだからね、このVIP待遇は!

明日からあんたが飯を作んのよ、わかってるわね!」

 

「わーい!」

 

あたしはジョゼットからパンをひったくると、

炎鉱石内蔵式オーブン(マナA式)に放り込んでつまみをひねった。

なんだそれって?ただのオーブンレンジよ!イライラしながら加熱時間を待つと、

チンと音が鳴った。本当どうでもいいことは地球と同じよね!

トングでオーブンからパンを取り出すと、ジョゼットの皿に置いた。

 

「ありがとうございます!わぁ、ほかほか!」

 

「しまった、どうせなら自分のも入れときゃよかった。もう最悪……」

 

その後、あたしはブツブツ言いながら、ジョゼットは嬉しそうにパンにかじりつき、

ちっとも楽しくない夕食を取った。まぁ、質素だけどその分片付けは楽ね。

皿2枚。コップ2つ。席を立ちながら念押しする。

 

「ごちそうさま。ねえあんた、わかってると思うけど」

 

「お任せあれ!それくらいやらせてくださいよ!」

 

「やらせてくださいじゃなくて義務だから。家賃代わりの労役だから」

 

やれやれ、腹も膨れてなんとか一段落した感じ。

 

やれやれハーレム系アニメ主人公の諸君、君達が2chで叩かれがちなのは、

日本語を正しく使ってないからよ。“やれやれ”は、魔女と殺し合いをさせられた後に、

居候の飯まで面倒見る羽目になってからようやく使っていい詠嘆なの。

それを君達は“里沙子さ~ん!”何ようるさいわね!

いるかどうかもわからない読者とのコミュニケーションタイムに!

 

あたしが台所に戻ると、ジョゼットが皿を手に半泣きで突っ立ってた。

 

「どうしたの。まさか皿の洗い方すら知らないとか?」

 

「それくらい知ってますよぅ。でも……」

 

「なに?さっさと言う」

 

「お湯が出ないんです!」

 

「はぁ!?出ないなら水で洗えばいいじゃない、どんだけ箱入り娘なのよ!

給湯器が来るのは来週よ、それまで我慢して水で洗いなさい」

 

「そこまで残酷な人だったなんて!……ちょっと、ドン引きです」

 

「あたしゃあんたの使えなさ加減にドン引きだわよ!もういい、貸しなさい!

油物ないんだから、さっと水ですすいで軽くスポンジでキュッとやれば解決でしょう、

はい終わり!」

 

「里沙子さん速~い!」

 

結局皿洗いまで自分で全部やることになった。なにかしら、嫌な予感がするわ。

補助金目当てにこの娘を住まわせることにしたけど、

補助金全部こいつ関連に持って行かれる気がする……!

 

「何度も言うけど、明日からはこれもあんたがやるのよ!

泣こうが喚こうがあたしはなんにもしないから!

ここで湯が出るのはシャワールームだけだからね!

あたしはシャワー浴びるから、じゃあね」

 

「あ、わたくしも入ります」

 

「なんで。言おう言おうと思ってたけどもう言うわ。近寄んな」

 

「里沙子さん、どうしてそんなにわたくしに冷たいんですか?」

 

また半泣き。どうしたもんかしら、この精神年齢幼稚園児の大きなお友達は。

 

「銭湯ならともかく、なんで大の大人が、

狭っ苦しいシャワールームで裸の付き合いしなきゃいけないのよ」

 

「ひとりでシャンプーするの怖いんです。後ろに何かいる気がして。

教会でみんなと共同生活してたときは洗いっこしてたんですけど……

里沙子さん、わたくしの髪洗ってください!」

 

「そろそろ叩き出そうかしら」

 

あたしが履いていたスリッパを抜いて近寄ると、

ようやく“お先にどうぞ!”と逃げていった。

奴のビビり様からして、多分あたしは物凄い形相をしてたらしい。

顔の変なところが痛いし。とんだヘタレの役立たずを抱え込んじゃったもんだわ。

 

あたしは着替えとバスタオルを引っ掴むと、

脱衣所に入って服を脱いで、バスルームに入る。

床のタイルがところどころひび割れてる。どっかいいリフォーム業者ないかしら。

ああ、ミニッツリピーターが遠のいていく。

 

三つ編みを解いてレバーを赤線の方に倒す。いきなり浴びちゃ駄目よ。

最初は冷水で、だんだん温まってくるから。そのうち水から湯気が立ってくる。

うん、頃合いね。あたしは頭からお湯を浴びて汗と疲れを流す。

……ああ、今日は早めに寝よう。色々あってもう眠い。

明日の朝出発してお昼は“失礼しまーす”って何勝手に失礼してんのよ!

 

「入ってくんじゃないわよ!水かけるわよ!」

 

「ごめんなさい!やっぱりひとりじゃ怖くて!」

 

「とにかく閉めて!風入ってくるから寒い!」

 

「はーい」

 

バタン。ああ、何かで叩いてやりたいけどシャンプーしてる途中だから何も見えない!

とにかくあたしは頭を洗うことに専念した。

状況が落ち着いたら石鹸のひとつでも投げてやろう。

 

「あんたねえ……やりたい放題できるのも今のうちよ」

 

「そんなぁ、わたくしはただ……あ、お背中流しますね。

里沙子さんのために何かしたくて」

 

「流さなくていいわよ、ボディタオルあるんだし!

あたしのために何かしたいなら出なさい!狭い!ここは一人用!

順番くらい守んなさい!」

 

「石鹸これでいいんですよね。じゃあ、行きますね~」

 

「話を聞けって言ってんの!」

 

都合の悪い情報を遮断する便利な耳を持ってるシスターがあたしの背中を洗い出した。

結局何もかもこいつの思い通りじゃない。……まぁ初めは鬱陶しかったけど、

自分のゴシゴシ洗いより誰かに丁寧に流してもらうほうが気持ちいいのは確かだったわ。

こんなことは最初で最後だけどね!

 

シャワーで髪の泡を洗い流すと、眼鏡のないぼんやりした視界にジョゼットの姿を見た。

あ、こいつ自分だけバスタオル巻いてる。なんか腹立ったからひっぺがしてやった。

 

「キャッ!里沙子さん、いくらなんでもハレンチです!」

 

「馬鹿も休み休み言いなさい、女の裸なんか興味ないわ。

でも、家主が素っ裸で、居候がご丁寧にバスタオル巻くなんざ、

許されるわけないでしょうが!」

 

「あんまり、見ないでくださいね。そんなに自信はないんで……」

 

言いながらも両腕で身体を隠しながらモジモジするジョゼットの肌は、

眼鏡がなくても色白で綺麗だったわ。あたしも10年前はこんなだったのかしらねぇ。

まぁ、そこら辺とんと無頓着だったから覚えてないけど。

 

「ふぅ、あんたのボディタオルも要るわね。明日の買い物リストに入れときましょう」

 

「え?里沙子さんのを一緒に使えばいいじゃないですか」

 

「冗談やめてよ!なんで他人とボディタオル共用しなきゃいけないのよ」

 

「じゃあ、今日は誰がわたくしの背中を洗ってくれるんですか?」

 

「あたしに洗わすつもりだったの!?人のボディタオルで背中洗ってくれなんざ、

どんだけ世の中自分の思い通りになると思ってんのよ!」

 

「あのう、わたくしの背中は?」

 

「一日くらい我慢なさい。

先に上がるけど、あたしのタオル勝手に使ったら背中に冷水シャワー浴びせるわよ。

こっそり使ってもバレるからね!」

 

「待って、まだシャンプー……」

 

バタン。

馬鹿を無視して脱衣所に戻り、急いで身体を拭いてパジャマに着替えて肩掛けを羽織る。

せっかくのリラックスタイムで余計疲れることになったわ。あいつのせいで。

もう寝たい。一刻も早く寝たい。あたしはコンコンとドアを叩いて呼びかけた。

 

「バスタオルは置いてあるのを使ってよし。使ったら近くの赤いかごに入れといて。

もちろんあんたが洗うのよ」

 

“うう……やっぱり誰かが見てる”

 

「あたししか見ちゃいないわよ!マヂで年齢逆サバ読んでんじゃないの?おやすみ!」

 

“あ、待ってー!”

 

待つわけがなかろうに。あたしはタオルを頭に巻いて2階のマイルームに向かった。

途中、幾つかの部屋を見て回ったけど、やっぱりどこのベッドも掛け布団がなかった。

はぁ。明日は大きな買い物になりそう。さっそく補助金1ヶ月分飛んでく勢いだわ。

向こうに着いたら馬車を雇わなきゃ。

あの力持ちの兄ちゃんがいてくれたらいいんだけど、

宝石店専属御者だから無理っぽいわね。

 

あれこれ考えながらベッドに身を投げ、湯冷めしないようさっさと毛布を被る。

ランプを消してポスンと柔らかい枕に頭を乗せると、急にまぶたが重くなる。

この気が遠くなりそうだった厄日もようやく終わる。おやすみなさい……

 

ガバッ!

 

その時、突然身体に誰かがしがみついてきた。敵襲!?

あたしはそいつに肘鉄を食らわせ、枕の下に隠したピースメーカーを素早く構え、

片手でランプを点ける。そこには。

 

「里沙子さん、痛いです~」

 

頭をさすり床に座り込むジョゼットが。

 

「“痛いです~”じゃないわよ、脅かさないでよ、馬鹿なんじゃないの!

寝てる奴にいきなり抱きついたら強盗だと思われても仕方ないのよ!?

実際あとちょっとでコイツをぶっ放すとこだったわよ!ちょっとは考えて行動なさいな!

そんな脳天気な考え方だと、どんな武器持ってたって、

いずれ殺されるかドジやらかして自分で死ぬことになるのよ!?」

 

とうとうはっきり馬鹿って言っちゃったけど、

この娘にははっきりした表現じゃないと伝わらないみたい。

とりあえずピースメーカーをしまってジョゼットに手を差し出した。

珍しく彼女は黙って手を取り立ち上がった。

 

「……ごめんなさい」

 

「まぁ、ベッドのこと忘れてたのはあたしも悪かったわよ。

明日は馬車雇ってあんたの布団買いに行くわよ。

一日街中歩くことになるから、早めに寝ましょう」

 

「一緒に寝ていいんですか!」

 

目を輝かせて手を握ってくる。ちょっとシュンとしたと思ったらすぐこれだ。

今更だけどこいつは要注意人物ね。

 

「野郎なら床で寝させてたけどね。風呂上がりにそれじゃあ風邪引くでしょ」

 

「やったー!」

 

「だからダブルピースはよしなさい。もう少し大人になりなさいな……はぁ、寝るわよ」

 

「はーい、おやすみなさい!」

 

で、結局同じベッドで寝ることになったんだけど、

やっぱりこいつがしょっちゅう抱きついたり、

背中を指でなぞって“これなん~だ”とかやってくるもんだから、

その度に殴って大人しくさせなきゃいけなかったから、あんまり熟睡できなかった。

本当、今日は厄日だったわ。

さっさと日付が変わることを祈りつつ、おやすみなさい。

 

 



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今日は朝から私のお家は てんやわんやの大さわぎ

「ジョゼット~さっさとなさい!!」

 

何をモタモタしてんのか、ジョゼットが出てこない。

とっくに出発予定の9時を過ぎているってのに。

あたしは教会の前で待ちくたびれていた。

しばらく待つとようやく彼女がバタバタと2階から降りてきた。

 

「ごめんなさ~い!遅くなりました……」

 

「家主待たせてのんびり身支度とはいい度胸してるわねあんた。

こっちは髪整えて化粧しても10分前集合済ませてんだけど」

 

「すみません……どうしても寝癖が取れなくて」

 

「頭巾被ってるうちに取れるでしょうが」

 

「これは頭巾じゃなくてウィンプルと言って……」

 

「どうでもいいわ、さっさと出るわよ」

 

「ああ、待ってくださーい!」

 

あたしは玄関に鍵を掛けると足早に街道に出て東に向かった。

ジョゼットも慌てて追いかけてくる。歩調を緩めることなく進んでいくと、

全力で走ってきたジョゼットがようやく追いついてきた。

 

「はぁ…はぁ…待ってくださいって、言ってるじゃないですかぁ」

 

「あんたがもっと急ぎなさい。

なんでこれ以上あんたに待ちぼうけ食らわされなきゃいけないのよ。

今日はあんたの買い物に行くのよ、わかってる?」

 

「そうですけど……」

 

買い物メモを取り出して目を通す。

女の子ひとりが生活に必要になるものは、大体書き留めたはずだけど。

 

「とにかく、今日買うものは、まず布団。

次に歯ブラシ、ボディタオル、パジャマとかいろいろね。そうだ、あんた化粧する?」

 

「とんでもない!シスターに贅沢は許されていませーん!

聖職者は清貧を美徳としているんですぅ!」

 

「ああ、駄目なエンジンかかってきたわね。叫ばなくても聞こえるから。

ええと、あとは食材。野菜、魚、肉を適当に。

これはすぐ冷蔵庫に入れないと痛みやすいから最後ね。

他にもなんか要るもの思いついたら買っときましょう、せっかく馬車雇うんだから。

なんか欲しいものは?」

 

「えーっと、昨日里沙子さんが言ってたパイの実とか言うものを……」

 

「この世界じゃ売ってない」

 

「ガ~ン」

 

「一口サイズのお菓子が箱にたくさん入っててね。

柔らかいチョコをサクサクしたパイ生地で包んで……」

 

「追い討ちかけないで~」

 

まぁ、向こうでいろいろ見て回れば大体のものは揃うでしょう。

今日一日潰すつもりで来たんだから、街全部回ったっていいんだし。

そうこう考えながら歩いてると、左手の林の中から、

小汚い格好の男がぞろぞろと3,4人ほど出てきて行く手を塞いだ。

どいつもボロい剣や斧を持っている。

 

「お嬢ちゃん、死にたくなかったら有り金全部置いてきな!」

 

テンプレみたいなセリフを吐いて無精髭の臭そうな男が声を上げた。

 

「あわわわ、お助け~!」

 

慌ててジョゼットがあたしの後ろに隠れる。

もともと戦力としては期待してないけど微妙に背中を押すのはやめろ。

まぁ、通行税みたいなもんだと思って諦めてるけど、

朝っぱらからテンション下げる迷惑行為は遠慮して欲しいわね。

 

「おらおらどうした!」「ビビってんのか嬢ちゃん!」

 

こちらが黙っているから調子づいた追い剥ぎ達がジリジリと近づいてくる。

 

「……ジョゼット、運が良かったわね。

うちをスルーしてたらメリケンサックでこいつら始末することになってたのよ。

見てなさい」

 

小声で背中の彼女に話して、ピースメーカーを抜くと、一番近いやつの足元を撃った。

砂がむき出しの地面がえぐれ、まだ昼には早い朝の空に.45LC弾の炸裂音がこだまする。

一気に追い剥ぎ連中が大きく動揺。その心が揺れたタイミングで、

抑揚を付けずに一言だけ告げる。

 

「殺すぞ」

 

一言でいいの。

ごちゃごちゃと銃持ってるだの、お前ら殺せるだの言ったら、

逆上した単細胞と余計な戦闘になりかねない。

弾の無駄だし、なんかの間違いでこっちが怪我したらバカバカしい。

 

「うっ、ずらかるぞ!」「に、逃げろ!」「助けてぇ!」

 

蜘蛛の子を散らすように逃げていく追い剥ぎ達。ようやく道が綺麗になったわ。

 

「ほら、行くわよジョゼット!いつまでくっついてんの!」

 

ずっとあたしの背中にしがみついてたジョゼットを振り落として、さっさと道を進む。

彼女も転びそうになりながらあたしに追いつき、腕を組んできた。なにそれ。

 

「買い物リストにあんたの武器を追加するのすっかり忘れてたわ。

さっきのヘタレ具合だと何持たせても駄目かもしんないけど、

見せるだけで脅しくらいにはなるからね。銃とか」

 

「うう……さっきの里沙子さん怖かったです」

 

「怖くなきゃ意味ないでしょうが。笑顔で名刺でも渡せばよかったっての?

奴らは好きで人のルールから外れた連中なんだから、

こっちも人間扱いしてやる必要なんかないの。

今のはあんたくらいのヘタレっぽかったから威嚇射撃で済ませたけど、

状況によっては別に殺したって構わない」

 

「そんな……彼らだって生きてるんですよ?」

 

「奇遇ね、あたしもよ。ほら、さっさと腕放す」

 

ジョゼットがそっとあたしから離れてうつむき加減で歩きだした。

この娘は武器云々以前に戦うことに向いてないわね、今更だけど。

しばらく無言で歩いていると、ハッピーマイルズ・セントラルの

やかましい喧騒が聞こえてきた。ちょっと意気消沈気味で大人しかったジョゼットが、

一気に有頂天になりはしゃぎだす。

 

「里沙子さん、里沙子さん!街が見えてきましたよ!わぁ、市場!」

 

「何べんも来てるからわかってるわよ、肩叩かないで。……こら、先行かないの!」

 

あの娘、あたしを置いて人混みん中飛び込んじゃった。

まったく、遊びに来たわけじゃないってのに。ああ、朝市の真っ最中で頭が痛い。

店番の掛け声や客の注文が飛び交ってうるさいのなんの。

ここには最後に寄る予定だってのに、どこ行ったのかしら。……あ、いた。

 

 

「ハッピーマイルズ教会で日曜ミサを始めるんです!ぜひ来てくださいね」

「え、あのボロ屋使えるようになったの?」

「はい!みなさんで一緒に賛美歌を歌って主を讃えましょう!……ぐえっ!」

 

 

後ろから思い切り襟を引っ張ると、首が締まったジョゼットが、

踏み潰したヒキガエルのような声を上げた。

 

「なにやってんの馬鹿!今日はあんたの買い物にわざわざ出向いてんのよ?

布教活動したいなら一人でここに来られるようになってからになさい!」

 

「げほ、ごほ!すみませ~ん。人がたくさんいたからつい夢中になっちゃって……」

 

「今日買い忘れがあっても1週間は来ないから、そのつもりで店周りなさい。

ただでさえここに来ると頭痛がするんだから」

 

「はーい。ええと、今日は何買うんでしたっけ」

 

あたしは改めて買い物リストを見た。まずは布団。

こいつと同衾なんて一夜限りで勘弁よ。でも、その前に……

 

「馬車を雇うわ。市場から少し東に、乗り合い馬車の停車場があるっぽい。行くわよ」

 

「わたくし馬車なんて初めてです!ずっと歩きの旅でしたから!」

 

「そうだ、気になってたんだけど、あんた旅の荷物はどうしたの。

まさか手ぶらで出発したわけじゃないでしょう」

 

「あ、えっと、それが……置き引きに遭っちゃいまして!」

 

「あんたらしいわ。経緯は聞かない。どうせ戻っちゃこないんだし」

 

あたし達は役所からちょっと北に行ったところの角を右に曲がった。

そしたら、姿は見えないけどすぐに馬の鳴き声が聞こえてきたわ。ここね。

木で作った柵でかなり広い敷地を囲ってる。

 

進むに連れて、白線で仕切られたスペースで馬車を待つ人や、

大きいの小さいの、いろんな馬車が見えてきた。

地球で言うバスターミナルみたいなところね。

あたしは敷地の隅にある事務所っぽい小屋に入って中の事務員に声をかけた。

 

「ちょっと失礼。1台馬車を貸し切りたいのだけど、手続きはこちらでよろしくて?」

 

「いらっしゃい。どのくらいの大きさが好みだい?」

 

「女の子一人の家財道具一式を買い揃えたいと思ってますの。

2人と十分荷物が乗る、中規模の車をお願いします」

 

「あいよ。となると、料金は200G。前金で100Gいただくよ」

 

「こちらに」

 

乗り逃げ防止の措置ね。あたしが前金を事務員に渡すと、

彼は書類になにやらチェックを記入して、番号札を渡してきた。

 

「まいど。その番号の馬車に乗って、残金は帰りに御者に渡してくれ」

 

「ありがとう」

 

事務所を後にすると、ジョゼットを連れて番号札と同じ3番の馬車を探し始めた。

……んだけど、こいつがあたしから離れようとしない。

 

「ちょっと、ボサッとしてないであんたも3番探しなさいな!

二桁番号振ってるってことは、100台はあるんだからさっさと行く!」

 

ジョゼットの尻を軽く引っ叩いたら、キャア!と大げさな悲鳴を上げて、

ロータリーの真ん中に逃げていった。

とは言え、放っといたら馬に蹴られて死にかねないから、

彼女を視界の端に捉えながらあたしも3番の馬車を探す。

 

……あの娘、考えなしに大型も小型も片っ端から番号確認してるわね。

中サイズに当たりを付けなさいっての。話聞いてたでしょう。

結局あたしが6人が向かい合って足を伸ばせる程度の大きさの3番を見つけて、

年季の入った御者に番号札を渡した。

 

「ああ、お客さんだね。さあ、中に入って。出発するよ」

 

「今日はよろしく。まず、敷地の真ん中でうろついてる馬鹿を拾ってくださいな」

 

「ハイヨー」

 

馬がいななき、パカポコと歩き始めると、

つながれた車部分もガタンと一揺れして走り出した。

あたしはドアを開けてまだ3番を探してるジョゼットに呼びかける。

 

「ジョゼットー!なにグズグズしてんの、早く乗りなさい!」

 

「え、ちょ、待ってください、置いてかないで~!」

 

「走って乗り込みなさい。小刻みに止まったり動いたりしてたら馬が可哀想でしょ」

 

「そんなぁ!受け止めてくださいよ!?……はぁ、はぁ、せーの!」

 

本人としては思い切りジャンプしたと思われるしょぼい跳躍を、

ほとんどあたしの身体で受け止めて、ジョゼットを車の中に放り出した。

 

「あたたた……里沙子さんひどすぎます~わたくしを置いて行くなんて!」

 

「あんたが見当違いのところにいるのが悪いのよ。

中型っつったのに1人乗りの馬車一生懸命調べてどうすんの。

……御者さん!まず布団屋さんまでお願いしまーす!」

 

“うーい”

 

シートは固くて乗り心地がいいとは言えないけど、やっぱり歩くより楽だわ。

鬱陶しい群衆をかき分けてスムーズに目的地まで運んでくれる。

あたしたちが雑談する間もなく、ショーウィンドウの奥に高級生地の布団を展示した、

ミュート寝具店の前で馬車が止まった。

 

店に入ると、なんだか空気があったかい。積み上げられた売り物のおかげかしら。

安物で十分かと思ったけど、

すぐ破れたりペッタンコになるとジョゼットの泣き言がうるさいだろうから、

店員にちょうどいいのを探してもらうことにした。

 

「ちょっと、ごめんください」

 

「いらっしゃいませ」

 

「シングルの掛け布団を探していますの。ダサいので構わないので、

丈夫で長持ちするものを探しておりまして。なにかいいものはございません?」

 

「承知しました。ではこちらへ」

 

キビキビと歩く店員についていくあたし達。途中でジョゼットが抗議してきた。

 

「里沙子さん!今、“ダサいの”って言いましたよね?言いましたよね?

いやです!カワイイのがいいです~!」

 

「黙りなさい。誰が金出すと思ってんの。

どうせ寝てたら見えないんだから贅沢言わない」

 

奴の抗議を切り捨てたところで、店員が足を止めた。

彼が一枚を広げてあたし達に見せる。

 

「こちらの、生地にアイアンペンギンの産毛を使用したものがお勧めです。

内綿は北極ガチョウ100%となっており、10年保証付きです。

お色ですが、あいにくと染色が難しく、白と淡いグリーンと黒しかございませんが……」

 

「色くらいは選ばせてやるわ、ほら」

 

「うぅ、どれもあんまり可愛くないです……」

 

「なら床で寝るか布団のないベッドで寝るか選ばせてあげる」

 

「グ、グリーンで!」

 

「かしこまりました。ではこちらでお会計を。

お持ち帰りですか、それとも配達に致しますか」

 

「馬車があるので持ち帰りで結構ですわ。お幾らかしら」

 

「1000Gでございます」

 

ショルダーバッグから小袋を一つ取り出してカウンターに置く。

ふぅ、昨日のうちに1000G単位のゴールドを詰めた袋いくつか作っといて正解だったわ。

通貨が硬貨しかないって本当不便。

店員は手慣れた様子で、あっという間に金貨を指で器用に弾いて数えていく。

 

「確かに頂戴しました。お買上げありがとうございます」

 

そんで、店員が布団を麻の紐で縛って持ち運びできるようにしてくれた。

さっそくジョゼットの出番よ。

 

「ほら持ちなさい。あんたの布団でしょ」

 

「持てるかなぁ、持てるかなぁ……」

 

そろそろあたしに泣き落としが通じないことを理解し始めたようで、

ジョゼットは弱音を吐きながらも紐に手を通して布団を持ち上げた。

 

「あ、結構軽いです!わたくしでも持てます!褒めてください!」

 

「だからそれはあんたのだって……

まあいいわ、あたしに頼らなかったのは褒めてあげる」

 

店を出て馬車に布団を積み込むと、次の目的地を御者のおじいさんに告げた。

今度は薬局ね。歩くと結構長かった道路も、馬車だと楽で早いから不思議な感覚だわ。

薬局の近くで止まってもらい、店内に入った。

すると、アンプリがあたし達に気づいて笑いかけてきた。

相変わらずピッチリしたナース服だけど、

楚々とした雰囲気をまとってて下品な色気がない。くそ。

 

「いらっしゃい。今日はお友達と一緒?」

 

「違う。居候兼召使い。こいつの生活用品を揃えに来たの」

 

「こ、こんにちは……」

 

「あら残念。あなたの孤独癖が治ったかと思ったのに」

 

「それは不治の病よ、死ぬまで治ることはないわ。それより、ちょっと商品見るわよ」

 

「どうぞどうぞご自由に」

 

ニコリと微笑んでそう言うとアンプリは棚の整理に戻った。

脚立なんか使うと見えるわよ。まあ、そんなことより買い物よ。

メモを見ながら生活必需品を手に取る。

 

「ほら、あんたもぼやぼやしない。要るもの、欲しいもの、探してこのカゴに入れるの。

歯ブラシは入れた。他には?」

 

ジョゼットは珍しそうに周りを見回して、ようやく一つ候補を挙げた。

 

「えっと……石鹸?」

 

「まぁ、それも買っといて損はないわね。他」

 

「以上です!」

 

「違う!昨日馬鹿騒ぎの種になったボディタオル、

歯磨きチューブ、クシ、鏡、シャンプー、リンス!全部探してカゴに入れときなさい!」

 

「えー!?歯磨きやシャンプーとかは同じの使えばいいじゃないですか!」

 

「絶対ご免よ。歯磨きチューブには一度歯を磨いたブラシをこすりつけるわよね?

それを他人と共用することにあんたは疑問を感じないの?

シャンプー、リンスも人によって好みが違う。昨日は仕方ないから見逃したけど、

今日からは自分用のを使いなさい。わかったら自分で好きなの探す!

……あたしは別の買い物があるから」

 

「里沙子さん潔癖症すぎですぅ」

 

「あんたが衛生的にズボラなの。

……ねぇ、アンプリ。またニトログリセリン2瓶、いや3瓶欲しいんだけど」

 

「え、また?隣のおじいさん、そんなに具合悪いの?っていうか隣ってどこ?

あなたの家って周りになんにもないって話だけど」

 

「例え何マイル離れてようと、そこに家があれば隣なのよ。

あたしだって気が向いた時くらい人助けはするわよ。

また胸が痛いらしいから念のために置き薬したいんですって」

 

「……ふぅん」

 

本当は駄目なんだけどね、と言いながら、アンプリが鍵の掛かった棚から

ニトログリセリンの瓶を取り出した。ごめんよアンプリ全部嘘。

ダイナマイト使っちゃったから補充しなきゃ。彼女がブツをカウンターに置くと、

ちょうどジョゼットがカゴに商品を入れてこっちに来た。

どれどれ……おお、ちゃんと揃ってる。

 

「里沙子さ~ん。これでいいですか?たくさん品物が並んでて探すの大変でした……」

 

「うんうん。あんたにしては上出来だわ。

あたしの分は手に持ってるから、一緒に精算しちゃいましょう」

 

あたしが足りなくなりそうな化粧品とシャンプー、

それと大きめのマイバッグをカゴに入れると、カウンターに置いた。

 

「くださいな」

 

「は~い。ありがとうございます」

 

アンプリが大量の品物をひとつひとつ手にとって、金額を計算する。

時折髪をかき上げる仕草がちょっと可愛い。

計算が終わると彼女は商品をマイバッグに詰めてくれた。

そういや、このマイバッグゴリ押し運動、唐突に始まった気がするんだけど、

一体誰が儲かったのかしら。どうでもいいことを考えていると、袋詰めが終わったわ。

まぁ、どうせどっかの役人かそのツテでしょ。死ねばいいのに。

 

「お会計が、172Gです」

 

「ちょっと待ってね。

小銭しか支払い方法がない世の中に怒りを覚えつつ金貨を数えてるから。

……よし、ちょうどね。はい」

 

ショルダーバッグの少額用の巾着袋から172Gを取り出して、トレーに置いた。

アンプリも慣れた手つきでささっと数える。

 

「うん、ありがとうね。はい袋。結構重いわよ、持てる?」

 

「ありがと。こいつに持たせるから大丈夫。ほら、あんた」

 

「は、はい!……重んもい」

 

「店から馬車まで数歩でしょ。頑張るの」

 

「よいしょ、よいしょ……」

 

やる気なくジョゼットを励まして荷物を馬車に積み込ませた。

さすがに馬車のドアは開けてやったけど、

この程度で息切れしてて、よくここまで旅してこれたわね。

なんとか中央教会がどこにあるのか知らないけど、

旅の行程ほとんどヒッチハイクで来たとしか思えないわ。

 

さて、次はどこに行こうかしら。向かいに銃砲店があるけど、今は用はないわ。

装備と弾薬は足りてるし、ジョゼットに使えるものがあるとは思えない。

そうすると……服ね。窓から顔を出して御者に行くところを頼む。

 

「おじいさん、次は婦人服の店に行ってね」

 

「うい」

 

ガタゴト、ガタゴト。馬車があたし達を街のまだ知らないエリアに運んでく。

ジョゼットはもう疲れたのか、珍しく黙り込んでる。だらしないわね。

まぁ、静かで助かるけど。10分ほどで馬車が止まる。

 

「ほら、ジョゼット。着いたわよ」

 

「はい……」

 

「今度はあんたの服を買うの。部屋着や普段着くらいないと困るでしょ」

 

「服!?お洋服買ってくれるんですか?」

 

「ええ。一日中その辛気臭い黒ずくめを見てると気が滅入るという、

あたしの事情もあるけど」

 

「ひどーい!この修道服はわたくしたちの誇りでもあるのに、里沙子さんの意地悪!」

 

「ああ、そういえばホコリ臭いわね。洗濯用に2,3着作ってもらいなさい」

 

「え、新しい修道服まで?なら今の発言は許してあげます!」

 

「別に許してほしくもないけどね。行くわよ」

 

すっかり無駄話で時間を無駄にしてしまったわ。

慌てて馬車から降りるとキャザリエ洋裁店に飛び込んだ。

もう正午を回ったからさっさと要件を済ませましょう。

 

「部屋着とかは既製品を買うしかないわ。オーダーメイドだと3,4日はかかる。

店に並んでる服、好きなの選びなさい。ただし、迅速に。

パジャマも忘れんじゃないわよ」

 

「わーい、里沙子さん太っ腹!……あ、このセーターかわいい!」

 

ジョゼットはリング状のハンガー掛けに吊られているものや、

マネキンに着せられた服を目を輝かせながら選びはじめた。

彼女は次々商品を手に取ると、体に当てて姿見で見る、を繰り返す。

あたしは眼鏡を掛けた店主に声をかけた。

 

「こんにちは。服を3着作っていただきたいのだけど、今よろしくて?」

 

「はいはい、いらっしゃい!じゃあ、まずは採寸から」

 

「ああ、ごめんなさい。私じゃなくて、あそこで騒いでる馬鹿が着ているものを3着」

 

“里沙子さ~ん、これ似合ってます?ちょっとヒラヒラしすぎかな?

シスターたるわたくしがこんなの着てちゃ駄目なのにぃ。

でも似合っちゃうからしょうがないかな?えへへへ~”

 

「迅速に選べと言った」

 

今朝追い剥ぎ共をビビらせた時と同じ声色で告げると、

青くなったジョゼットがスタスタと何着か服を持ってきた。

いちいち手間をかけさせるわね。

 

「服のサイズ図るから、そこでじっとしてなさい」

 

「ちょっと失礼しますよ、シスターさん」

 

修道服の採寸が終わるまで手持ち無沙汰のあたしは、残りの予定を確認する。

市場方面へ逆戻りね。市場の裏手にひっそりと一軒のガラクタ屋があるの。

今日のお楽しみはこれ。何を買うかって?それこそお楽しみよ。

 

後は、駐在所に行って昨日殺した魔女の賞金を受け取って、

市場で食材を買ったらミッションコンプリートよ。……いや待って。

ついでに腹ごしらえして大事なものを買わなきゃ。

色々考えてるうちに採寸が終わったみたい。

 

「はい終わりましたよ、お疲れ様」

 

「ありがとうございます~」

 

「お会計をお願いします。お幾ら?」

 

「ええと、こちらの服と合わせまして、合計1450Gの前払いでございます」

 

「少々お待ちになって」

 

またショルダーバッグから大量の金貨を取り出す羽目になるんだけど、

もう誰も喜ばないこの辺の描写はカットするわよ。

とにかくあたしは金を払って、店主も金額を確認した。それでいいでしょう?

 

「はい、ありがとうございました。出来上がりは土曜日になります。

こちらの引換券をお持ちください」

 

「どうも」

 

あたしは店主のサインと番号が書かれた券を受け取ると、

たくさんの洋服を抱えたジョゼットと店を後にした。

よたよたとジョゼットが馬車に向かって千鳥足で歩く。別にいいんだけどさ、

持ち上げると前が見えなくなるくらい買い込むのはやり過ぎじゃない?

とにかく馬車のドアを開けてやると、流し込むように服を投げ込んだ。

 

「ぷはっ!息が止まるかと思いました~」

 

「持てる量ってもんを考えなさい」

 

「ごめんなさ~い。服屋さんなんて初めて来たので……」

 

「シスターは清貧が美徳だのどうの」

 

「きょ、今日だけです!里沙子さんだって生活必需品だって言ってたじゃないですか!」

 

「わかった、わかったから耳元で大声出さないで!」

 

もう馬車の中は向かいの席が使えないほどいっぱいだから、

二人並んで座るしかないのよ。

布団に日用雑貨、山と積まれた服。もう足も伸ばせやしない。

さっさと終わらせましょう。

 

「おじいさん、今度は中央市場……の手前で。ちょうど裏路地の前まで」

 

「あんなとこへ?お嬢さん物好きだねえ」

 

「ええ、とっても。ではお願いしますわ」

 

「ハイヨー」

 

そして馬車は屋台や出店が並ぶ市場へ続くゲート少し手前に向かって走り出した。

狭い車内でジョゼットが話しかけてくる。

 

「里沙子さん、次は何を買いに行くんですか?」

 

「いろいろ、よ」

 

「もう、意地悪しないで教えて下さいよぅ」

 

「あそこは何でも屋なの。何が置いてあるかはその日によって違うから、

行く度に面白いものが見つかるのよ」

 

「はぁ」

 

5分ほどで“ハッピーマイルズ市場”という、

大きな看板を見上げるところで馬車が止まった。まだ市場には戻らない。

ここから裏路地を通ってお気に入りの店に行くんだから。

馬車から降りると、ジョゼットが不安げに話しかけてきた。

 

「里沙子さん、本当にここに入るんですか……?」

 

まぁ、この娘が怖がるのも無理はないわね。昼間でも薄暗いこの細い通りは、

ひと気も少なくて怪しいスナックやボロい立ち飲み屋が並んでて、

酔っ払った年寄りが地べたで寝てる。

進んで入りたがる奴の方が少ないのはしょうがない。

けど、こういうところに面白い店ってのはあるのよ。

 

「怖いなら馬車で待ってなさい。っていうか来んな」

 

「行きます。そんなに楽しいところ、独り占めなんてずるい!」

 

「あんたはあたしに逆らわないと気が狂うのかしら。

……まあいいけど、珍しいもの見ても馬鹿みたいに、はしゃぐんじゃないわよ。

隙を見せなきゃ見た目より危ない場所じゃないけど、

たまに頭のおかしいやつもいるから、ちゃらんぽらんなことしてると刺されるわよ」

 

「えっ……だ、大丈夫ですよ、大丈夫ですもん!」

 

「はぁ、わかった。あたしから離れないで、キョロキョロせずに前だけ見て歩くのよ」

 

「はーい!」

 

「声がでかい!」

 

「ごめんなさい……」

 

こうしてジョゼットを連れて裏路地に入ることになったんだけど、

やっぱりここの非日常的雰囲気に怯えてるのか、何も喋ろうとしない。

まぁ、寝そべってるジジイにいきなり“姉ちゃん金くれ!”って叫ばれたり、

体育座りしながらひたすら見えない誰かと会話してる丸刈りの男を見たら、

初めての人には衝撃的すぎるかもしれないわね。

 

とにかく面倒起こさずにいてくれるのは助かるわ……って考えてるうちに着いた。

ここよここ。壁に取り付けられ、ひび割れた雷光石がパチパチ音を立てて、

手書きの看板を照らす。“Marie’s Junk Shop”。

宝の山にたどり着いたあたしが立ち止まるとジョゼットが背中にぶつかった。

 

「キャッ!急に止まらないでくださいよ……」

 

「キョロキョロするなとは言ったけど前を見るなとは言ってないわ。

それより着いたわよ」

 

「えっ、入るんですか?」

 

ジョゼットの問いかけを無視してドアを開ける。

そこは大抵の奴にはゴミの山、あたしにとっては宝島。ここだけ地球の匂いがするわ。

とにかく足の踏み場もないほど物があふれてる。

電子部品、古本、薄汚れた雑貨、誰も買わないだろう不細工な人形。

商品を踏まないよう奥に入って店主に声をかけた。

ジョゼットがあたしの服の背中を摘んだままついてくる。

 

「マリー、久しぶり」

 

「おお、リサっち。ずいぶんじゃん。今日は何?どんなオモチャが欲しいの?」

 

黒いロングヘアをカラフルに染めて、

唇にたくさんピアスを開けた女の子、マリーが明るい調子で応えた。

ずっと年下だけどリサっちって呼ばせてるのはこの娘くらいよ。

フランクだけど必要以上に踏み込まない。

 

何時間店をうろついても嫌な顔しないっていうか、

のんきにブラウン管テレビでDVD見たり昼寝したりして、

放っておいてくれるところが気に入って、街に来る度入り浸ってるの。

今もアースから流れ着いたガキの使い垂れ流してるわ。あ、山崎アウト。

 

「んー、オモチャっていうかオモチャの材料が欲しいの。ちょっと見させてもらうわよ」

 

「アハ、また物騒なもん作んの?

まあ、ウチのガラクタで良ければ穴が空くほど見てってよ。私はテレビ見る」

 

そう言って彼女はまたテレビに向き合った。背を向けたまま彼女が聞いてきた。

 

「後ろの娘、どうしたの?ついにリサっちも友達作る気になったかー?」

 

「違う違う、召使い兼居候。ヘタレだから銃の一つも使えやしない」

 

「あのう、本人が目の前にいるんですけど……」

 

「そう?目の前には誰もいないわねえ。後ろで誰か喋ってるみたいだけど」

 

あたしは棚や足元のケースを漁りながら、

店の隅っこに畳んで立てられているダンボールを勝手に広げて、

次々と何かのパーツやプラスチック部品を放り込む。

 

「カハハハ!教会育ちじゃ、しょうがないっちゃしょうがないけどね。

キミ、見たところシスターみたいだけど、聖職者向けの本が入り口右手の本棚にあるよ」

 

「本当ですか!?わぁい、解毒の術式や広範囲治癒魔法がこんなに……

あえっ!これ門外不出の光粒子圧縮破魔術式の本じゃないですか!

使い方を誤ると、悪魔どころか術者自体も消滅する

危険な魔法がどうしてこんなところに?」

 

「そりゃ、教会の誰かが小遣い稼ぎに横流ししたのが、

ここに回ってきたに決まってるでしょうが。

それよりあんたも要るものあったらカウンターに置いといて。

……そうだ、あんたそれ覚えなさい。武器は無理でも魔法は使えたでしょ」

 

「だめだめだめ!こんなの違法です!マリーさん、これを売った人は誰ですか!?

今すぐ通報しないと!」

 

「それは教えらんないなぁ?客の秘密漏らしたら、この商売続けられなくなるからね」

 

いつの間にかカウンターに着いていたマリーがウィンクしながら指を振る。

 

「そんなこと言ってたらここにあるモン殆ど違法よ。

間違っても誰かに喋るんじゃないわよ。

あたしの楽園台無しにしたら、あんたにピースメーカーぶち込むことになる」

 

「里沙子さんまで!いけないことはいけないんですー!」

 

「じゃあ、しょうがないわねえ。

通報したいなら好きにすればいいけど、一人で駐在所に行きなさいよ。

さっきの頭のおかしい奴らに押し倒されてもあたしは知らないから」

 

「そんなぁ……」

 

「ただでさえあんたは戦いじゃお荷物なんだから、治療とかは今あるもので我慢して、

とっとと強力な光属性の攻撃魔法覚えなさい。あたしもそうした」

 

「おんやぁ?リサっち魔法使えたっけ」

 

「ゲームの話よ。略してFFT。白魔道士に初歩の回復魔法1個覚えさせたら、

他は一切無視してスキルポイント貯めまくって、

本来終盤に覚えることを想定されてた最強クラスの攻撃魔法覚えさせたの。

おかげで敵リーダーも一撃で殺せるパワーヒッターになったわ」

 

「ああ、あれねえ。リサっちも黒本に騙されたクチ?」

 

「あの記事の責任者がここに流されてきたらピースメーカーで蜂の巣にしてやるわ」

 

「アッハッハ!やっぱ正宗欲しかったんだ!」

 

「何が“コンマ以下の数値は表示されない”よ!

完全にゼロだったでしょうが詐欺師め!」

 

「あのう、全然話についていけません……」

 

店の隅でぽかんとあたしたちの話を聞いていたジョゼットが、

どうにか会話に入ってきた。

 

「いいのよ。過去の古傷の話。それより禁制本買う決心は着いた?

あたしは別にどっちでもいい。でも、何かしら身を守る手段を身につけないと、

これから街に行きたくても、ずっとあたしの都合と機嫌を窺わなきゃいけないのよ?」

 

そう言うと、ジョゼットはしばらく考え込んで、決心した。

 

「マリーさん。これ……買います!」

 

「おっ、決めたね。うんうん。やっぱり少女も大志を抱くべきよ」

 

マリーが腕を組んで大げさに頷く。ジョゼットはさらに続けて、

 

「他にも、敵を傷つけずに動きを止めたり、視界を奪ったりする魔法があれば、

それもください!これを習得するには、きっとかなりの時間がかかるから……」

 

「隣の棚にもっとたくさんあるよ。強力な閃光を放って目を潰したり、

電気に性質の近い捕縛光線で麻痺させたり。教会も教会で敵が多いと見えるねえ」

 

「全部買ったげるから欲しいもの選びなさい」

 

それからジョゼットは真剣な表情で本棚から何冊も本を抜き取り、カウンターに置いた。

勘定はすぐに終わった。あたしは待ってる間に、

マリーに自分の商品を精算してもらってたから。

 

「うん、全部で5142Gだけど、面倒くさいから5000でいいや」

 

「ありがとう。はいお金」

 

「毎度ありー!また来てね、シスターのお嬢ちゃんも!」

 

「わたくし、ジョゼットと言います!きっと、また来ます!」

 

おっ、ヘタレから一歩前進かしら。5000Gの出費は正直痛い。

おそらく大半は魔導書の価格ね。けど、将来に対する投資と考えればいいわ。

あたしが楽するための。店を後にしたあたし達は裏路地を逆戻りして馬車に戻る。

 

けど、もうジョゼットはあたしの服を引っ張らず、

大事そうに買ったばかりの魔導書を抱えている。

あたしはあたしでダンボール箱一杯のジャンクを抱えてる。

鉄パイプやらプラスチックのケースやら電子基板とか電極とか。

何に使うのかって?ろくでもないことに決まってるじゃない。

 

馬車に戻ったあたし達は、馬車にそれぞれの荷物を放り込んだ。

この辺にしとかないと、お馬さんが悲鳴上げそう。

う~ん、混雑してる市場の真ん中にこいつを乗り入れるのは、

あたしでも気が引けるわね。

あたしはその辺を見回し、道端の露店で売ってたホットワインを買って、

御者のおじいさんに話しかけた。

 

「ごめんなさい、これ飲んでもう少し待っててくれるかしら。

あと、ちょっとで終わるから」

 

「おお、ありがとうよ、お嬢さん。ゆっくり買い物しておいで」

 

さっさと終わらせなきゃ。まずは駐在所。ジョゼットを急かせて小走りに向かう。

 

「行くわよジョゼット。とっととご褒美もらって用事を済ませるわよ」

 

「ご褒美?」

 

「昨日ぶっ殺した魔女の賞金。駐在所にコイツを持っていく」

 

あたしはショルダーバッグから、殺した魔女たちの三角帽子を取り出した。

日本の交番よりかなり広めの駐在所の壁には、賞金首のポスターが張られていた。

ああ、確かに昨日のババア連中もいるわ。

中に入ると、腹の出た保安官がまた居眠りしていた。

 

奥には3室くらいの牢屋がある。なるほど、留置所も兼ねてるのね。

とにかく貰うもん貰いたいあたしは、机を蹴飛ばそうかと思ったけど、

奥の客室に案内されたくはないから、一言呟いた。

 

「将軍閣下、見回りお疲れ様であります」

 

「え、え、将軍閣下!?いえ、眠っているのではなく!自分は、その、精神統一を」

 

「あら、見間違いでしたわ」

 

「なんだ、脅かさないでくれ。では、本官はこれで」

 

また寝ようとするから激しく肩を揺さぶる。

 

「寝るのはこちらの要件を片付けてからにしてくださいまし!賞金!

賞金首を殺したから懸賞金を頂きに参りましたの!」

 

「ほへ、賞金?賞金!?パパが殺したのか?嬢ちゃん、悪いがこういうのは本人が……」

 

「これでも24なので銃の心得はありますの。ほら、こちらに」

 

保安官に身分証を見せて、デスクに3つの三角帽子を放り出した。

 

「氷の魔女アリーゼ、土の魔女サンドロック、雷の魔女ヴィオラ。彼女達の遺品ですわ」

 

賞金首の遺品を目にした保安官は、ぱっちり目が覚めたようで、

ひとつひとつ手にとっては細い目を目一杯開いて見つめている。

 

「う~ん、確かに。よく魔狼の牙3人を相手に生き残れたものだ」

 

「将軍が頭目を倒して下さったお陰でどうにか。それより頂きたいものが」

 

「ああ、そうだな。奴らは1人4000Gだから合計12000Gだ」

 

「ありがとう、確かに。それではわたくしはこれで」

 

「他の奴らも見つけたらぶっ殺してくれ。本官の仕事が楽になる。ハハハ!」

 

保安官の声を背に金貨の詰まった袋を持った駐在所から出た。

人に真面目にやれって言えた義理じゃないけど、

仕事してるふりくらいはしたほうがいいわよ。

本当に将軍が巡回に来てもあたしは知らない。

それより、この賞金で今日、ジョゼット関連に使った金は完全にペイできたわ。

いや、まだ余るわね。そうだ、大事な買い物しなきゃ。次、街に来るまでの食材。

 

「ジョゼットー?どこ?」

 

「あ、こっちです」

 

後ろで賞金首や尋ね人のポスターを熟読していたジョゼットが走ってきた。

 

「なに、あんた賞金稼ぎ目指すの?」

 

「いえ、そっちじゃなくて尋ね人のポスターを見てたんです」

 

「なんだってそんなもん」

 

「なんだかあの手のポスターって怖くないですか?

“あの人はいずこへ…”とかの見出しが放つおどろおどろしさと、

家族の嘆きが詰め込まれてるようで、怖いもの見たさでつい見ちゃうんです」

 

「聖職者のくせにいい趣味してるわね。それよりあんたに司令。

今日から料理するって言ったわよね。

来週の日曜までここには来ないから、それまでの食料買ってきなさい。

あんたが作るんだからあんたが選ぶのよ。そこの酒場にいるから適当に見繕って。

制限時間15分」

 

あたしはジョゼットに最後のマイバッグと200Gを渡した。

 

「ええっ!?今日は外食にしませんか?

わたくし、今日一日の買い物で疲れてるっていうか……」

 

「人の財布アテにしてリッチに外食たぁ、いい度胸ね。

……まぁいいわ、あたしも疲れてるし軽く済ませたいから、今夜もパンにしましょう。

なるべく腹持ちしそうなパンも買ってくること。よいドン!」

 

「行って来まーす!」

 

ふぅ、まだまだ甘え癖は抜けてないわね。

そりゃ一日二日で変われるほど人間便利に出来ちゃいないけどさ。

ああ、なんだか喉が乾いた。ジョゼットを見る。

さっそくパン屋の前で指をくわえて立ちんぼしてる。

 

ちょっと寄るくらいなら大丈夫よね。

あたしはバーのパタパタドア(まだ正式な名前がわからない)を通って、

中に入り、カウンターに座った。あ、ここでも買い物あったんだった。

 

「マスター、冷えたエールちょうだい。それと、ケースで1箱持ち帰りで」

 

「いらっしゃい。ちょっと待ってくんな……ほらよ」

 

マスターは慣れた手つきでエールを注ぎ、

泡とビールのバランスが取れたジョッキをよこした。

あたしは2,3口ぐいっと飲んで乾きを癒やした後、一口ずつ香りを楽しみながら、

冷たいエールでリフレッシュした。

すると店の奥から木のケースに入ったエールの瓶を抱えて、

ウェイトレスがあたしの足元に置いた。

 

「あらお嬢ちゃん、また来てくれたのね。お姉さん嬉しい。ウフフ」

 

「あんた歳言いなさい。絶対あたしのほうが上だから!」

 

この紫髪のおっぱいオバケは会う度あたしを子供扱いしてくる。

腹が立つから掴んでやろうかと思うんだけど、

無駄にしなやかな動きで避けられるのよね、いつも。

 

「レディーに歳なんか聞いちゃダ~メ。ゆっくりしていってね、うふ」

 

「仕事終わったならあっち行って!……まったく」

 

せっかくのエールがまずくなったわ。ジョッキを飲み干すと、

カウンターに今飲んだ一杯5Gとケースの分200Gを置いて、

足元のエール12瓶の箱を持ち上げる。やっぱり重いわね。

軽く一杯とは言え、アルコールが入ってると尚の事気をつけなきゃ。

 

「また来てくれよ」

 

あの紫のウェイトレスどうにかしてくれたら毎日でも通うわよ。

さて、ジョゼットは、と。まだいない。

ここにいると頭が痛くなるから早くして欲しいんだけど。

どうせならもう一杯飲めばよかった。

でもこれ以上フラフラになったらジョゼットの監視役がいなくなるし……

と思ってたら、来た来た。え?何抱えてるのあの娘。

 

「お待たせしました……重い」

 

「馬鹿ね、数日分でいいってのに、何をそんなに買ったのよ」

 

「食材に決まってるじゃないですかー。お肉や、お魚、野菜にパン。

皆さん親切にお買い得品を勧めてくださるので、お得な買い物ができました!」

 

「んなもん誰にでも言ってるから得でもなんでもないわよ。

どうせ売れ残り押し付けたに決まってる」

 

「そんなはずはないです!“お嬢ちゃん可愛いからおまけね”、とか

“君だけに特別サービス”、とか言ってくれて皆さんいい人ばかりでしたよ」

 

「それは商売文句っていう要らないものを売りつける魔法なの。

人生損したくないなら性善説はとっとと捨てるべき」

 

「ジョゼットさんは何買ったんですか?その重そうな箱」

 

「聞いてる?これはエールよ。晩酌に飲むの」

 

「えー、教会にお酒なんて、シスターのわたくしには信じられないっていうか……」

 

「あんたが飲まなきゃいい話でしょうが。

さて!これでようやく買い物も終わり。馬車に戻るわよ」

 

「ああ、待って。荷物で前がよく見えなくて……」

 

「考えなしに買いまくるとそうなるって服屋で学習しなかったみたいね」

 

ふらつくジョゼットを連れてぶつくさ言いながら馬車に向かう。やっと家に帰れるわ。

市場の外で待ってた馬車にエールと食材を積み込むと、

もう完全に女二人が乗るスペースしか残らなかった。

御者のおじいさんに窓から話しかける。

 

「ずいぶん待たせちゃってごめんなさい。もう家に戻って。

ハッピーマイルズ教会っていうボロ屋」

 

「あそこ人が住んでるのかい?」

 

「最近住み始めましたの。場所はご存知?」

 

「ああ。この辺じゃ有名な幽霊屋敷だったからね」

 

「ふふっ、とんだ事故物件だったってわけね。

あの不動産屋は悪質業者だって言いふらしておかなくちゃ」

 

「ゆ、幽霊!?そんな怖いところに住んでるんですか、わたくし達……!」

 

「その幽霊をどうにかするのがあんたらでしょうが、何怖がってんの。本当ヘタレね。

……あ、ごめんなさい。もう出してくださいな」

 

「ハイヨー」

 

御者のおじいさんが手綱を引くと、馬が歩きだし、

木の車輪の馬車がゴトゴト揺れながら出発した。ああ、これで人混みから解放される。

なんだかどっと疲れが出てきた。やり残したことはないわよね。

自分に再確認をしていると、ふと思いついたことが。

 

「ねえジョゼット」

 

「はい?」

 

「やっぱミサで賛美歌歌うこと許可するわ」

 

「本当ですか!?やっと里沙子さんも神を信じる心構えが……」

 

「違う!そもそも日曜はここで暇つぶしするから聞こえない。ただそれだけよ。

正午には全員叩き出すのよ、いいわね」

 

「うう……もう少し信者の方々を大事に思って欲しいです」

 

「あと、献金箱も必ず回すのよ。ショバ代として毎回500Gは欲しいところね」

 

「そんなにたくさん!?ミサは商売じゃありませーん!

献金はあくまで気持ちなんですから!」

 

「1回10人入れるとしたら、1人50Gも払えない信者なんか、

どうせマリア様も救ってくれやしないわよ」

 

「里沙子さんはお金に執着しすぎです!もう少し心の豊かさを求めるべきです!」

 

「あんたが浮世離れしすぎてんのよ。世の中を動かしてるのは金。

その現実から目を背けるやつは生涯地を這う」

 

「もういいです!帰ったら里沙子さんには聖書第79章を朗読して差し上げます!

お金だけに生きることがいかに貧しいことかわかるはずです!」

 

「勝手になさい。長椅子に寝そべってポップコーン投げつけながら聞き流すことにする」

 

そんな馬鹿馬鹿しい会話をしていると、

いつの間にかハッピーマイルズ・セントラルを離れ、街道を進み、

愛しの我が家の目の前まで来ていた。馬車に乗ってる帰りは山賊の類は出なかった。

公共交通機関の馬車を襲うのは重罪で問答無用で死刑。

騎兵隊も乗り出して犯人の掃討に乗り出すから連中もビビって手出ししてこないの。

 

馬がヒヒンと一鳴きすると馬車が止まった。ちょうど玄関の前。

まずあたしはジョゼットに玄関を開けに行かせて、御者に料金と心付けを払った。

今度は20Gにしてみたけど、どうかしら。

 

「今日は一日ご苦労様。残金の100Gです。あと、これはほんの気持ち。

受け取ってくださいな」

 

「おお、こんなに。ありがとうよ、年寄りに親切にしてくれて」

 

喜んでくれてなによりね。馬車のチップは20Gが相場、と。うん、覚えた。

 

「いえ、寒い中本当にありがとう。すぐに荷物を下ろしますから」

 

「急がんでええよ」

 

とは言え、老人を夜風の中吹きっさらしにしておくわけにはいかないわ。

あたしはデカい荷物を優先的にジョゼットに押し付け、

とりあえず聖堂に荷物を運び入れ始めた。額に汗して何度も往復するジョゼット。

あたしは巧妙に急いでるふりをして、軽めの荷物を小分けにして運ぶ。

やっと全部の荷物を家に入れると、もう陽は完全に沈んで夜の闇が辺りを包んでいた。

 

「それじゃあ、おじいさん。さようなら」

 

「ご利用ありがとうね。お嬢さん方」

 

馬車はUターンして帰っていった。さて、荷解きの前にまず腹ごしらえをしようかしら。

そう言えば忙しくて昼ごはん食べてなかったし。ジョゼットどんなパン買ったのかしら。

酸っぱいパンは遠慮したいわね。あたしアレ苦手“キャー!”なんなのよ一体!

 

聖堂に入ってドアに鍵を閉めると、ジョゼットが住居部分から飛び出してきた。

思い切り抱きついてきて苦しいからゲンコツで黙らせて話を聞く。

 

「なに、何があったってのよ!」

 

「痛い……幽霊です!階段に白い人魂が見えたんです?」

 

「人魂ぁ?馬鹿ね。

そんなの害がなけりゃ、いようがいまいがどっちだっていいでしょう」

 

「良くないですよぅ……里沙子さん、見てきてください!」

 

「はぁ。ここは何とか教の根城だった気がするんだけど」

 

面倒だけど、あたしは2階へ続く階段へ向かった。

段差から踊り場にかけて見上げるけどなんにもいない。

ジョゼットに文句を言ってやろうと戻ろうとしたら、

 

チュチュッ

 

そいつの鳴き声が聞こえた。なんてことはない。

ネズミがあたしの姿を見ると逃げていった。

恐る恐る近づいてくるジョゼットにさっそく暴言を浴びせた。

 

「この、お馬鹿!何が人魂よただのネズミだったじゃない」

 

「え、ネズミ?よかったぁ~本当にオバケだったらどうしようかと」

 

「だからそいつら追っ払うのがあんたらの……って、ああっ!ネズミで思い出した。

あたしとしたことが……」

 

「どうしたんですか、里沙子さん」

 

「殺鼠剤買い忘れたぁ!」

 

「ネズミ除けのお薬ですね。また今度買えばいいじゃないですか」

 

「その“今度”まであたしら病原菌の固まりと同居することになるのよ、

わかってんの!?」

 

「じゃあ、明日また行きましょう!」

 

「うう……」

 

最悪だけどそれしかないみたい。

インドア派のあたしが、2日連続でちょっとした小旅行する羽目になるなんて。

思わず嘆息が漏れる。

 

わて、ほんまによう云わんわ(勘弁してほしいものだわ)……」

 

 



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とにかく肉が食いたい人は、すき家の牛丼キング(裏メニュー)がコスパ良くてお勧めよ。

その日、あたし達は街の酒場で昼食を取っていたの。

メニューはパンとフライドポテト付きハンバーグ、それとサラダのセットね。

あたしはエールも頼んだんだけど、2杯目頼んだところでジョゼットが、

“やっぱり昼酒はダメだと思います!”と入居時に決めたルールを

破りまくってきたので、罰としてポテトを器用にフォークで全部盗んでやった。

 

「あーっ!わたくしのポテトが!

シスターの数少ない嗜好品になんてことを!悪魔めぇ……」

 

「うるさいわね。さっさと食べないからよ」

 

悲しそうに寂しくなった鉄板を見つめるジョゼット。

好物だったらしく涙目になって大人しくなった。言っとくけどあたしは何にも悪くない。

こうしてただ飯を食うために街まで繰り出す羽目になったのもこいつのせいなんだし。

 

朝は彼女に作らせたのよ。まぁ、結論から言うとまずくはないけど美味くもなかった。

ミルク粥は火を通しすぎてて完全に炊き上がったご飯になってたし、

コンソメスープも味が薄すぎて全然パンチが効いてない。

 

断言してもいいけど、あたしの好みじゃなくて、明らかに調味料が足りてない。

ミルク粥も見た目がアレなだけでもしかしたら、と思って一口食べたけど、

変な残り香のするただの飯だった。

たとえ召使いでも人が作ったものにいきなりケチ付けるのは嫌だからまずは聞いてみた。

 

“ジョゼット、これ調味料何使ったの”

 

“塩です!”

 

“少なすぎて全然味がしないわ。ミルク粥は加熱しすぎてお粥になってないし、

スープも薄すぎて白湯と変わらない。

メシマズとまでは行かないけど、毎日これじゃあ、はっきり言ってうんざりよ”

 

“そんなぁ……じゃあ、お下げします”

 

“待ちなさい。とりあえずこれは全部食べる。

飯を粗末にする奴と食い方が汚い奴は、あたし内ヒエラルキーでは汚物より下よ。

とにかく、これ食べ終わったら街に行く。調味料を買い揃えてレシピ本を買うの。

多分、あんた自己流かつ目分量で飯作ってるでしょ。

ちゃんと教本の通りに作ればまともな代物になるわ”

 

“やったー!街に行けるんですね!……あのう、ちょっと時間が余ったら布教活動を”

 

“だめ。用事が済んだらとっとと帰るわよ。頭痛が激しくなる前に”

 

“ぶー!”

 

“ぶーじゃない。確か調味料は市場を西に抜けたところの、

ちゃんとした店舗の雑貨屋にあったわね。

100Gあげるからオリーブオイルや固形コンソメやらガーリックパウダーやら、

入れたら美味しくなりそうなものいろいろ買ってらっしゃい。レシピ本もね”

 

“はーい”

 

てなわけで、いろいろ調味料を買い漁って、若干分厚い料理の教本を買ってきたのよ。

包丁の基本的な使い方まで乗ってる丁寧なやつ。

こいつ一人だとデスソース買いかねないから、面倒だけど結局あたしも付き添った。

 

……しかし、面倒で思い出したけど、

あたしは楽をするためにこいつを住まわせたんだけど、

なんかこいつが来てから面倒な思いばかりしてる気がする。

 

この辺にしとかないとタイトル詐欺になりそうだから、

そろそろこいつを一人前の召使いにして、

あたしの優雅な食っちゃ寝ライフをお送りしないとまずいことになるわね。

店員の“ありがとうございました”を背に店を出ると、太陽が眩しい。

まだ正午には早いけど、お昼にしようかしら。

 

“ジョゼット、酒場でご飯食べましょう”

 

 

 

で、冒頭に戻るわけ。あたしは元々食べるの早い方だし、

ジョゼットは失ったポテトの分、量が減ったから2人ほぼ同時に食べ終わったの。

紙ナプキンで口を拭いて、代金を支払うためにマスターを呼んだ。

 

「マスター、お勘定お願い」

 

「ありがとよ。20Gだ」

 

「はい、ごちそうさま」

 

さて、席を立とうと思うんだけど、

隅っこのテーブル席でこっちをチラチラ見てる連中がいるのよね。

間違いなくなんかちょっかい掛けられそうで、

あたしの頭ん中で警報ランプが点滅してる。

いつでもピースメーカーを抜けるように右手に意識を集中しながら、

ゆっくりと立ち上がると、その一団の中から、赤髪のツインテールの女の子が出てきて、

こっちにやってきた。歳はジョゼットよりちょっと上くらいかしら。

 

女の子はあたしのそばで立ち止まると、ニッコリと笑い、声を掛けてきた。

やっぱり彼女も銃を持ってる。変わった銃ね。

この世界オリジナルの銃かしら、銃身に肉厚の歯車が幾つか取り付けられてる。

歯車の力でスライドとハンマーを引くオートマチック拳銃ってところかしら。

話がそれたわね。とにかくその娘が話しかけてきたのよ。

 

「こんにちは、私ソフィアっていうの!」

 

「……斑目里沙子よ。何か用?」

 

「聞いたわよ!あなた銃だけで魔狼の牙をやっつけたんですって?」

 

「3人だけね。頭目は将軍が殺したし、残りの1人は豚箱行きよ。……で、要件は?」

 

「ねぇ!どうやって奴らの魔障壁を破ったの?

並の銃じゃ傷一つ付かないって話なのに!」

 

ソフィアって娘は小さく跳ねながらあたしに武勇伝を求めてくる。

早く帰りたいんだけど。

 

「簡単よ。でかくて強力な銃を使った。

奴らのバリアも完全無欠ってわけじゃなかったってこと。

もっとも、銃で殺したのは1人で、後の2人はダイナ……じゃなくて、

トラップに引っ掛けて爆弾で殺したのよ」

 

あたしは左胸のCentury Arms M100をポンポンと叩いて見せた。

ホルスターから覗く黄金銃を見たソフィアがますます興奮する。

 

「すごーい!こんな細い指でよくそんな銃使いこなせるわね!」

 

彼女がいきなりあたしの手を取って指を一本一本なで始めた。

何この娘。初対面なのにグイグイ来るわね。

ジョゼットといい、この世界じゃこれが標準なのかしら。

ちょっと気持ちよかったのは内緒よ。

 

「そろそろ要件を話して欲しいんだけど」

 

「あ、そうだった!ごめんなさい!ええとね。あなたに私達のギルドに入って欲しくて」

 

「ギルド?」

 

「そう!あそこのテーブルに座ってるのが私の仲間。

私達みたいにいろんな得意分野を持つ仲間が集まった賞金稼ぎのグループを、

ギルドっていうの。

あなたも“ビートオブバラライカ”に入って一緒に賞金首を追いましょう!

ほら、あそこにいるのが仲間。みんな変わってるけど良い奴ばっかりよ」

 

ソフィアが指差したテーブルには男女数人が座っている。

何人かが軽く手を挙げて会釈してきたから、一応こっちも指をひらひらさせて応答した。

そして心の中でため息をついて、どうやって断ろうか考えた。

基本人嫌いなあたしが、

わざわざ見ず知らずの連中のグループに入りたがるわけもないわけで。

 

「ああ……ごめんなさい。せっかくだけど賞金稼ぎとか目指してるわけじゃないの。

たまたま家に火をつけようとした馬鹿が賞金首だったってだけよ」

 

「ええーっ!?その賞金首を返り討ちにできるくらい強いのに、

腕を活かさないなんてもったいないよ~」

 

「やな言い方だけど、お金には困ってないの。……ジョゼット、行くわよ」

 

「あ、はい!」

 

「あー待って!」

 

あたしが追いかけるソフィアを無視してバーから出ようとすると、

テーブルからテンガロンハットを被って顎髭を生やした男がドアの前に立ちはだかった。

やっぱりこいつも銃持ってる。

 

「邪魔なんだけど」

 

「まぁ、そう急がなくてもいいだろう、姉ちゃん。

ソフィアはああ見えてもこのギルドのリーダーなんだぜ。

あいつが新入りを迎えるなんざ滅多にねえんだ。もう少し考えてもいいんじゃねえか?」

 

「余計なお世話よ。あたしは集団行動がこの世で2番目に我慢ならないの。どいて」

 

「そーいうこと!ねぇ、本当にダメ?」

 

ソフィアが甘えるように後ろから抱きつこうとするふりをして、

腰のピースメーカーに手を伸ばしてきたので、さっと身をかわす。油断も隙もないわね。

伊達にギルドとやらのリーダーを名乗ってるわけじゃなさそう。

 

「一度だけなかったことにしてあげる。次はあんたの腹に穴が開く」

 

「テヘ、バレたか」

 

「そこのデカいのもいい加減にどかないと、

迷惑行為防止条例違反で駐在所のお巡りに突き出すわよ」

 

「面白え、どうやって駐在所まで駆け込むつもりだ」

 

「そのうち店に入れなくて困った客が居眠り保安官叩き起こしてやってくるわよ」

 

「そして、死体になったあんたを見つける、と」

 

「あのね。あたしに銃を抜かせたいならもっと上手くやんなさい。

できもしないこと口にするのは三流の仕事よ。殺したいならさっさとなさいな。

今度はあんたらが賞金首になって一生逃げ隠れする羽目になるけどね。

なんならみんな仲良く牢屋に入ったらどう?かえって今よりいい飯が食えるかもね。

もう面倒だからはっきり言ってやるけどね、

あんたらみたいな貧乏臭い連中とつるむくらいなら死んだほうがマシなのよ、アホ」

 

「なんだと……!」

 

テーブルにいた連中も立ち上がる。その時、揉め事の元凶のソフィアが割って入った。

そのツインテール思い切り引っ張ったら面白そう、と

割りと大事な局面でどうでもいいこと考えちゃうものなのよね、人間て。

 

「まーまーみんな落ち着いて。私がちゃんと事情を説明するから、みんな銃を収める。

ほら、マックスもどこうよ。本当に保安官が来たら面倒だから」

 

有象無象の連中が各々のホルスターにかけていた手を引っ込め、再び席についた。

マックスとかいうデカブツもようやく入口の前からどいたので、

この隙に走って逃げようかと思ったけど、ジョゼットがいない。

周りを見回して探すと、いた。バーカウンターの影で丸くなって隠れてた。

使えないどころかマヂでお荷物!

 

そういうわけで、大きな丸テーブルに移って“ビートオブバラライカ”っていう

ちんどん屋共と卓を囲む羽目になったあたし。ジョゼットは罰として椅子なし。

立ったまま聞いてなさい。

 

「……で、そもそもなんであたしに近づいたわけ?

ただの戦力補強ってわけじゃあないんでしょ」

 

「うん、実はね。私達、ちょ~っとだけあなたにムカついててね」

 

「サーカスのピエロを殺した覚えはないんだけど」

 

「その一言多いとこも含めてね~。あなた、魔狼の牙を殺したじゃん?」

 

「正確には子分3人ね」

 

「そいつら、実はあたしらが狙ってた獲物なんだよね~。

何ヶ月も足取りを追いながら作戦立てて、一気に畳み掛けようと思ってたんだけど……

誰かさんのお陰で先行投資が一瞬でパー」

 

「あんたの頭と一緒ね」

 

「もう!喧嘩になること言わない!」

 

「既にこっちが喧嘩売られてる気が」

 

「とにかく!賞金稼ぎでもない一般人に横から獲物をかっさらわれたままじゃ、

ビートオブバラライカの名が廃るのー!この界隈じゃメンツってものが結構重要でさ。

あなた達にしちゃ馬鹿馬鹿しいだろうけど、

弱小ギルドには情報も依頼も来なくなる死活問題なわけ!」

 

急に癇癪を起こす起こすソフィア。いきなり大声出すところはジョゼットと似てるわ。

 

「あたしにどうしろってのよ。言っとくけど、作戦とやらの通りに戦ってたとしても、

あんたら間違いなく全滅してたわよ。

たまたま将軍が駆けつけてくれたから頭目を倒せたけど、

奴にはM100の近距離射撃も効かなかった」

 

あたしはホルスターからM100を抜いていろんな方向から眺める。

黄金の超大型拳銃を見て、他の雑魚連中が唾を飲む。

 

「9mm弾じゃなくてライフル用の45-70弾を直接撃ち出すハンディキャノン。

こいつを至近距離で撃っても傷一つ付かなかったの。

これでもあんたらの作戦ってやつで殺せてたって本当に言える?

将軍の剛剣でようやく倒せた賞金首を、腰の物でさ」

 

「それは……」

 

「話は終わり。本当にあたしたちは帰るから。大人しく別のターゲットを狙うことね。

ほら、帰るわよポンコツジョゼット」

 

「ええ!?わたくしポンコツじゃないですぅ……」

 

「誰のお陰で無駄に時間浪費したと思ってんのよ、

帰ったらまともな料理「待って!」なんなのよもう!」

 

ソフィアがしつこく食いつくいてくる。いい加減イライラしてきた。

 

「もう結論は出たでしょう!あんたらが獲物を殺せなかったのは、

あんたらが弱かったから!以上!」

 

「それは認める!でも、さっき言った通り、このままじゃ私達の顔が丸潰れなの!」

 

「それがあたしと何の関係があるの?あんたの顔がへちゃむくれだろうが、

グリコ森永事件だろうが、あたしは何にも困らない」

 

「協力して!あなたの力が私達よりずっと上で、

あなたじゃなきゃ魔狼の牙は倒せなかったって証明して欲しいの」

 

「はぁ、おたくらプライドってもんはないの?

あんた、自分達が弱いことを証明しろって言ってんのよ?

それに証明したらあたしになんか得でもあんの?

だいたいそんなもんどうやって証明するのよ。八百長でもやれっての?」

 

「そんなことわかってる……!でも、死んだ賞金首を生き返らせるわけにもいかないし、

かといってこのままじゃ私たちはお先真っ暗なの!

八百長は無理。みんなが見てるから金品のやり取りがあったら必ずばれる。

……決闘して欲しいの!なるべくこっちに有利な条件で。

勝ったらあなたには最高の栄誉が与えられる。街のみんながあなたを尊敬する」

 

「尊敬か。あたし的要らないものランキング第2位を持ってくるとは大したものね。

すごくやる気が出ない」

 

「里沙子さん、受けてあげましょうよ。この人達だって生活がかかってるんですから」

 

ジョゼットが余計な口出しをしてきたので腹立ちまぎれに片乳を掴んでやった。

 

「キャア!里沙子さんのスケべ!」

 

「とにかく、事情があんのはどいつも一緒よ!

会うやつ全員の生活の面倒見てたらキリがないわ!ジョゼット、帰るわよ!」

 

「ああん、待ってください里沙子さ~ん」

 

あたしは席を立って、ジョゼットを連れて店を出ようとした。

その時、突然後ろのテーブルが騒がしくなって、

言い争う声や悲鳴が聞こえてきたから思わず振り返ったんだけど……何やってんだか。

 

「……あなた、里沙子って言ったわね。

帰りたいなら好きにすればいい。私も好きにする」

 

「ソフィア、止めるんだ!」

 

「銃を捨てて、お願いだから!」

 

ソフィアがこめかみに銃を当ててトリガーに指をかけて、必死の形相であたしを見てる。

やめてよ、あたしそういう心のテンション高めの展開苦手なのよ。

引くっていうか、当てられるっていうか。ああ、なんかめまいがしてきた。

 

「あんたさぁ、何やってんの?」

 

「ここであなたをタダで帰したら、もう私たちのギルドはやっていけない。

バラバラになるしかないの。私にはみんなの生活を守る義務がある。

それができないなら、ここで死ぬ」

 

この世界に来て何度めか知らないけど、多分一番大きなため息をついた。

面倒くさいけど、その面倒を元から断ったほうがよさそう。

 

「……ルールはあたしが決める。それが条件よ。外に出なさい」

 

8ビートだかなんだか知らないけど、おかしな連中がワッと喜んだ。

あたしはまたため息。

 

「ありがとう……里沙子」

 

「ふん、さっさと終わらせるわよ。表に出なさい」

 

「やったぁ!里沙子さん優っさしい!

そこに痺れるあ「黙らないとあんたを的にするわよ」」

 

ジョゼットの馬鹿を無視して市場の真ん中にソフィア達を連れ出した。

そこではあたしは適当なものがないかキョロキョロと探す。

お、あれなんかいいんじゃない?

 

「風船は~いかがですか~ひとつ2Gだよ~」

 

「3つくださいな」

 

「ありがとう、お嬢さん。手を離さないようにね」

 

目的のものを買ったあたしはソフィア達のところに戻った。

準備を始めるとマックスとかいうデカブツが聞いてきた。

 

「おい、里沙子。そいつで何をする気だ?」

 

「勝負は早撃ち。ただし、あたしが撃つのは2個。あんたらは1個。

西部開拓時代ではこのルールでガチの殺し合いしてたこともあるらしいわ」

 

「なんだってそんな不利な決闘を」

 

「勝利すればあんたらが後生大事にしてる最高の栄誉ってもんが得られたらしいわ」

 

風船に小石を結びつけながら説明する。

なんとかデュエルっていうルールだったらしいけど、名前は忘れた。

準備が終わるとあたしは広場の真ん中に立って大声で叫ぶ。

 

「聞いてちょうだい!今からあたしたちは決闘をする!

死にたがりの阿呆が居たら、この決闘を見届けて、証人になってちょうだいな!」

 

とたんに市場に悲鳴と歓声が上がり、まともな奴は我先に逃げ出し、

流れ弾を恐れない命知らずが酒の瓶を振り上げながら囃し立てる。

店主がいなくなった肉屋から鶏が一匹逃げ出し、のんきにトテトテ歩いている。

 

あたしはソフィアに風船を2個渡し、あたしは彼女から20mほど距離を取って、

隣に風船を浮かべる。ソフィアも両隣に風船を置いた。これで準備は完了。

 

「昔ながらのルールで行くわよ。

今からあたしがメダルを弾く。地面に落ちたら銃を抜く」

 

「……オーケー」

 

すっかり人気の少なくなった市場に砂を含んだ風が通り抜ける。

ここがエル・パソだったらウィードボールが転がって来たんでしょうけどね。

あたしはポケットから100G金貨を取り出し、まっすぐ左腕を伸ばし、親指に乗せる。

そして、ピィンと空高く弾いた。

 

その瞬間、観衆、ソフィア、そしてあたしの体感時間が限りなくゆっくりになる。

ホルスターに手をかけ、全神経を集中して、メダルが立てる音を待つ。そして、

 

キィン……

 

両者、銃を抜く。

あたしはファニングで標的を撃つ。

ソフィアの銃はオートマチック。その性能は一切が不明。

 

銃声、3つ。

 

それを合図に時間が流れを取り戻した。結果は。

 

酔っぱらい達も目を丸くして黙っている。声が出ないというべきかしら。

それはソフィアも同じだったみたい。

彼女の手は銃口の角度が風船に向く2,3度ほど手前で止まっていた。

そして両隣の風船も割れていた。

 

「……フフッ、なるほど。納得、かしら。本当に2対1で勝つなんてね」

 

「正確には2+αよ」

 

「えっ?」

 

あたしは銃口で肉屋の屋台を指した。そこには首を撃たれた鶏が血を流して倒れていた。

 

「まさか……鶏を撃ってから風船を撃ったっていうの!?」

 

「西部劇の世界じゃ、鶏を撃ってから相手を撃っても栄誉が得られたらしいわよ」

 

数秒の沈黙。

その後、弾けるように、酔っ払い達の歓声が商人のいない市場に響き渡った。

あたしは肉屋の屋台に近寄ると、死んだ鶏を持って、屋台に金貨を10枚ほど置いた。

 

「ごめんね鶏さん。今夜美味しく食べるから。ジョゼット次第だけど」

 

夕食の食材を買ったあたしは、ついでにソフィアに話しかける。

ソフィアが奇妙なカラクリ銃をホルスターにしまう。

 

「……気は済んだでしょ、ソフィア。

あの魔女はあたしと将軍以外誰にも倒せなかった、そういうことで」

 

「ありがとう、本当に、ありがとう……」

 

「今度は誰かに先越されても、下見てないでとっとと次の獲物探すことね。それじゃあ」

 

「……迷惑をかけた、さらばだ」

 

成り行きを見守っていたマックス達に見送られながら、

鶏の死体を怖がってるジョゼットとハッピーマイルズ・セントラルを後にした。

 

「うう……鶏さん血だらけです」

 

「嫌がってもさばかせるからね?

ちゃんとローストチキンなりフライドチキンなり形にしないと、

あんただけ3食酸っぱいパンにするからそのつもりで」

 

「そんなぁ……」

 

そんで、家に帰ってから夕食の準備にかかったんだけど、

さすがにひとりぼっちで鶏の解体させるのは可愛そうだったから、

そばで見ててやったんだけど、いちいち包丁を入れる度に悲鳴上げるから

その度に殴って大人しくさせるのが大変だったのよ。で、出来上がったのがこの代物。

火を入れすぎてカッチカチになった、多分鶏の切り身らしきもの。

 

「なんなのよこれ、固くて噛めやしないじゃない!」

 

「すみませ~ん。教本通りの時間焼いたんですけど、時計が狂ってたみたいで……」

 

「時計?おかしいならなんで早く言わなかったのよ」

 

「そもそもこの世界の時計はあまり正確じゃないんです。

多分うちの時計も狂ってるというか、技術の限界で……

あ!メリル宝飾店にすごく正確な時計が入荷したらしいんです!

時間が来たら音が鳴って、1500万Gもするらしいんですけど」

 

「それ、あたしの!」

 

さっさとしないと、どっかの富豪に買われそうね。

あたしは不安になりながらカチカチの鶏肉をかじった。

ああ、コショウの味しかしない!

 

 

 

 

 

──魔城 ヘル・ドラード

 

 

彼女達を除いてどこにあるのか誰も知らない、闇の瘴気が立ち込める広大な城。

その玉座に鎮座する魔女。世界中に散らばるエビルクワィアーを統率する存在。

闇魔法のベールでその身を覆っているため、側近ですら姿を見たことがない。

彼女は1枚の紙を見てクスリと笑った。

 

「面白い余所者が現れたわね」

 

その白魚のように美しい指で挟むのは、裏世界の手配書。

彼女達の活動を妨害、あるいは殺害したものに報復すれば褒美をもたらすというものだ。

 

「しばらく退屈しなくて済みそう」

 

彼女はトン、とその紙を弾いて暖炉に飛ばした。燃え上がるそれに書かれていたのは、

 

 

──Risako the Gunslinger 15000G

 

 



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リア充爆発しろっていうけど、実際爆発したら困るのはあたしたち非リアなわけで

「これもハズレ!あ~退屈!」

 

あたしは街で買い漁った三文小説(ダイムノベル)を途中まで読んで放り出した。

退屈しのぎに買ったけど余計退屈になったわ。とにかく読んでて冗長なのよ。

全体的に出来事の説明文になってて、気の利いた修飾が全然ないし、

人物の心理描写が薄っぺらい。おまけに同じような表現が数段落置きに出て来る。

つまり、引き出しが少ない。

 

まったく、誰かが書いたSSみたい。安物買いの銭失いとはこの事ね。

時計を見ると昼の約2時。不正確な時計が示した時間にうんざりする。

今から昼寝すると夜寝られなくなる。

ただでさえ今日起きたのは11時で、寝付きが悪くなるのは確実なのに。

なんらかの対処が必要ね。

 

とは言え、対処って言っても何をすればいいのかしら。

ミドルファンタジアに転移してきてしばらくは、

生活拠点の確保やジョゼットが持ち込む厄介事なんかがいろいろあったから、

毎晩疲れてバタンキューだったんだけど、

いざ生活が落ち着くと、ここには大して娯楽がないことに気づいた。

 

あるものといえば、さっき放り捨てた作者の前で燃やしてやりたくなる三文小説や、

たまに街に来るクオリティ低いサーカスくらい。

どんくらい低いかって言うと、トップレベルの出し物が3人しかいないラインダンスや、

端に火の付いた棒をひたすら振り回すだけのショボい芸しかない。

これで街の連中喜んでるんだからいい商売よね。

火の上を歩くお坊さんの修行姿を見せてやったらあいつら目回すでしょうね。

 

とにかく!晩飯までの時間を何かで潰さなきゃ。

……でも、何かつってもこのボロ教会にPS4があるわけないし、

そもそもテレビ自体存在しないからねぇ、この世界には。ん、テレビ?

確かマリーの店には地球から流れ着いたテレビがあったわね。

以前大規模な買い出しに行った時、のんきにガキのDVD見て笑ってた。

 

やっぱりこれしかないのかしら。

あたしはパジャマ着っぱなしの状態から洋服に着替えて、三つ編みを編んで、

みっともなくない程度に化粧する。

それで部屋から出ると、ジョゼットの部屋のドアを叩いた。

 

「ジョゼット~暇だから今から街に行くんだけど、一緒に行く?いやならいいけど」

 

“え、街に!?行きます行きます!行きますから置いて行かないで~”

 

中からゴトゴトバタンと慌てた様子の物音が聞こえる。

そして次の瞬間、一気にドアが開いた。

ドアは鼻先をかすめて、危うく鼻血まみれになるところだった。

 

「危ないわねえ!別に逃げやしないから少し落ち着きなさいな!」

 

「ああ、ごめんなさい!

里沙子さんが街に連れてってくれるなんて珍しいから嬉しくって!」

 

「ちょくちょく連れてってるでしょうが」

 

「食料の買い出しのときだけじゃないですか!

用事が済んだら布教活動する間もなく帰っちゃうし!」

 

「暇なのよ。今日は布教活動とやらにも付き合ってあげる。

だからあんたも面白そうなもの探すの手伝って……って、あんた何持ってるの?」

 

よく見たら、ジョゼットが脇に厚い紙の束を抱えてる。

 

「はい!布教用の宣伝チラシです。やっと皆さんに配る日が来たんですね……」

 

「紙はどうしたの。そんなにたくさん」

 

「前回の買い出しのときに、ひと束500枚50Gの大安売りしてたんで、

チラシ用に買っておいたんです!

わら半紙とは言え、この値段で買えるなんて、わたくしラッキーです!

やはり日頃マリア様を“ゴツ!”痛った~い!」

 

「んなもん買っていいなんて許可した覚えはないわよ!

いつの間に買い物バッグに入れたのやら!本当にあんたは油断も隙もないわねぇ!」

 

「ひどい!だってしょうがないじゃないですか!

わたくしには物を買うお金なんてないんですから!

このチラシだって物置にあった文房具で一枚一枚丁寧に書いたんですよ?」

 

「え、手書き……?ちょっと見せて」

 

「どうぞ」

 

ジョゼットからポスターを一枚受け取ると、

そこにはハッピーマイルズ教会が活動を開始したこと、日曜にミサをやってること、

マリア教とやらの簡単な教え、そして地図がびっしりと書かれていた。

彼女が持っているのはざっと見て200枚。少し背筋がゾッとする。

なんというか、恐るべき執念だわ。

 

「それ、本当に全部手で書いたの……?」

 

「もっちろん!印刷屋さんに頼んだらお金がかかるじゃないですか~」

 

「あー、わかった。あたしが悪かった。

これからは毎月200Gお小遣いあげるから、こういう気色悪いことはやめて?」

 

「なんてこと言うんですか!シスターの地道な布教活動に!」

 

「はいはい、わかったわかった、それで、行くの行かないの?」

 

アホみたいなやり取りで無駄な時間を使ってしまった。

あ、今日は時間を潰すのが目的だから、これでいいんだ。

 

「行くに決まってます!それじゃ、さっそくハッピーマイルズにレッツゴーです!」

 

「若い子はいいわね、無駄に元気で」

 

それで、あたし達はいつもの街道を歩いてハッピーマイルズ・セントラルに向かったの。

普段は頭痛がするから必要最低限以外の接触を避けてるのに、

わざわざあたしに足を運ばせるとは退屈って罪な存在だわ。

今度はダイムノベルじゃなくて、繰り返し読める面白みのあるハードカバーを

“へい、姉ちゃんそこで止まりな!”うるさいバカ。

 

あたしの尊い思考を邪魔するのは野盗。

いや、得物がダンビラで統一されてるから山賊かしら。

 

「姉ちゃんよぉ……ちょいと俺らに小遣いくれねえか?財布一個分でいいからよ」

「金がねえならしばらく俺らの相手をしてもらうぜ、可愛がってやるからさぁ」

「でへ、おいら、後ろのちっこいシスターちゃんが……」

 

毎度のことながらうんざりするわ。こいつらの生息範囲や横の繋がりは知らないけど、

何度も追い返されて学習ってもんをしないのかしら。

とにかくあたしはいつも通り、無表情でコルトSAA(ピースメーカー)を抜いて、威嚇射撃をしようとした。

そしたら、なんか急に連中の顔が青くなって、

 

「おい、やべえぜ!“早撃ち里沙子”だ!」

「三つ編みに白のマフラー、間違いねえ!ドタマぶち抜かれる前にずらかるぞ!」

「置いてかないで兄貴~」

 

なんか勝手なこと言って勝手に逃げてったわ。これはマフラーじゃなくてストールよ。

 

「なんか里沙子さんのこと知ってるみたいでしたね」

 

「みたいね。ゴロツキの知り合いはいないんだけど。

とにかく無駄弾使わなくて済んだわ。行きましょう」

 

わけわかんない出来事をさっさと頭から追い出して、

あたし達はすっかり見慣れたハッピーマイルズ・セントラルの門をくぐった。

そこでまた妙な現象に遭遇する。

 

「あ、“魔女狩り里沙子”だ!」

「本当だ!おっきいピストル持ってる!」

 

ガキ共がうるさいし、なぜかあたしの下の名前知ってる。

 

「よっ、“早撃ち里沙子”じゃねえか。今日は買い物かい?」

「あんた誰!?知り合いじゃないわよね!」

「もうこの辺じゃあんたを知らないやつなんかいないよ、じゃあな!」

 

馴れ馴れしいオッサンは言いたいことだけ言って去ってしまった。

 

「ジョゼット、とりあえず約束のお駄賃200Gあげるから、

布教でもなんでもしてその辺うろついてなさい。

あたしはこのわけわからん状況について調べる」

 

「わたくしも行きます。

どうして皆さんの里沙子さんへの反応が変わったのか、気になります」

 

「あんたはとりあえずあたしに反抗しないと呼吸が停止するのかしら。まぁいいわ。

邪魔はするんじゃないわよ。具体的には珍しいもん見つけて奇声を発したり」

 

「奇声なんて上げたことないですー!

ちょっと驚いただけですし、さすがにもうこの街には慣れました」

 

「お、言ったわね。

子供だましレベルのサーカスで悲鳴上げてた、あんたのセリフとは思えない」

 

「それは忘れてくださいよぅ」

 

「はい、どうでもいいやり取りはここで終了。

とにかく情報を集めるわ。それにはまず酒場ね」

 

「えー、やっぱり飲むんですか?」

 

「用事が全部片付いたらね」

 

誰も得しない会話を切り上げて、市場の中を進んでいく。

その間にも、“おっ、期待の新人”だの“金持ち賞金稼ぎ”だの

意味不明な名前で呼ばれる。ようやく中央広場に面したいつもの酒場にたどり着くと、

席に着いていた連中が一斉にこっちを見る。

個人的にはもうここの常連気取りなんだけど今更なによ。

 

とりあえずあたしはカウンターに8Gと10Gを置いた。

あたしのエール5Gとジョゼットのオレンジジュース3G、そして情報料。

 

「マスター。あたしは強めのエール。この娘にはオレンジジュース。あと、情報」

 

「……何が知りたいんだい」

 

マスターが手早く飲み物を出しながら小声で尋ねてくる。

ジュースにはしゃぐジョゼットの声がちょうど声を隠してくれるから助かる。

 

「あたし自身のこと。どいつもこいつもあたしを変なあだ名で読んでくるし、

野盗があたしを見て戦いもしないで逃げてった。これ、なんなの?」

 

「なんだって?お嬢さん、いや、お客さん本当になんにも心当たりないのかい」

 

「ないから聞いてる。そんで、なんであんたも呼び方変えた?」

 

「あんたはもう腕利きの賞金稼ぎとして名前が広まっちまったのさ。

魔狼の牙討伐に、この間の決闘での圧倒的勝利。見物人どもが口々に言ってたぜ。

“電光石火の早撃ち”だの“あいつに狙われたら逃げられねえ”だの」

 

「えー……そんなの知らないわよ。あたし目立つの嫌いなんだけど。

某爆弾魔みたいに植物のような平穏な人生がいい」

 

「気をつけな。これから良くも悪くも周りがあんたを放って置かねえ。

もうみんなあんたを多かれ少なかれ尊敬の目で見るが、

間違いなく“奴ら”のブラックリストに載っちまっただろうからな」

 

「奴ら?ブラックリスト?なにそれ」

 

その時、マスターがゴホンと咳払いをした。これ以上は追加料金ってわけね。

あたしはもう一枚銀貨を置いた。マスターは素早く収めると続けた。

 

「ブラックリストってのは、主にエビルクワィアーを中心とした

無法者の間で出回ってる、いわば裏世界の手配書さ。

“仕事”の邪魔になったり、仲間を殺した賞金稼ぎや強者を始末した奴に、

賞金や希少品をやるって寸法さ。その辺は駐在所の賞金首と変わらねえ。

繰り返すが、気をつけるこった。あんたの賞金、多分安くはねえはずだ」

 

「はぁ、そういうことだったのね。

しょうがなかったとは言え、自分で厄介事を呼び込んでたってことか。

……あたしに全く責任はないけどね!」

 

 

「そーいうこと!」

 

 

その時、いきなり後ろから抱きつかれたから、

反射的に左手でピースメーカーを抜いて背後に銃口を向けてた。

そうしてからやっと振り返ると、一昨日あたりに会った女の子が小さく両手を上げてた。

 

「はいはい、降参降参。その物騒なのしまってよ。やっぱり早いなぁ」

 

ソフィアだった。

たしかバラライカだのフラメンコだのいうギルドのリーダーだったわね。

本当に油断も隙もない。今度はM100の方狙ってきたわ。

ジョゼットはジュースを大事そうにちびちびと飲んでる。

 

「二度目はないって言ったはずよね」

 

「冗談だって!もうあなたには勝てるはずないって証明されたじゃない」

 

あたしはエールをぐいっと一口飲んで口を潤してから尋ねた。

 

「……それで何?お互い用事は済んだはずでしょう」

 

「冷たいなぁ。確かに賞金首の件は決着が着いたけど、

あなたをギルドに誘う事自体は諦めてないんだ~これだけの有名人ならなおさらネ!」

 

「あんたも大概しつこいわね。前にも言ったはずよ。

あたしは、集団行動が死ぬほど嫌いなの」

 

「ね!あっちで一緒に飲もうよ!みんなも集まってる」

 

「その“みんな”が嫌って言ってるの。あたしはこうして一人で飲むのが好きなの。

こいつは召使いだからノーカウントね」

 

「ひどーい、お詫びにもう一杯のジュースを要求します……痛あっ!」

 

「えー、それって寂しくない?」

 

ジョゼットを拳で黙らせたあたしは、

またエールを煽って自分の生き方について語りだす。酒が回って舌も回る。

 

「あたしは虫でいうならダンゴムシなのよ。陽の当たらない、影の石の下に隠れた存在。

静かで、涼しい、日陰の空間を求めて生きる。そういう女よ……」

 

「もっとポジティブになろうよ~あたしはミツバチかな。

賞金首という花を求めて自由に大空を飛び回り、

金銀財宝というハチミツをかき集めるの。

奴らの眉間にパキュンと一発お見舞すれば大輪の薔薇が咲く!

そういう生き方って興味ない?」

 

「否定はしないけど肯定もしないわ。

一生懸命蜜を集めても養蜂場に搾取されるのが関の山だし、

ミツバチは一度刺したら死んじゃうの。

どっちかっていうと植物のような平穏な人生を求めたいわ、あたしは。

咲くならそっとスミレ色、目立たぬように咲きましょう、目立てば誰かが手折ります。

なんてね」

 

「む~頑固だなぁ、里沙子は。

今日のところは引き下がるけど、まだ諦めたわけじゃないからね!チャオ!」

 

ソフィアは要件が済むと仲間のところへ戻っていった。

ちらっと後ろを見ると、斜め後方の隅のテーブルでマックスとかいう大男の他に、

いろんな武器を装備した連中が集まってる。なによあいつらも隅っこ好きなんじゃない。

 

……ところで今何時かしら。壁掛け時計を見ると4時位。

ジョゼットによると、この世界の時計の精度は高くないから、

10分前後の誤差を見ておいたほうがいいらしいわ。

まぁ、無駄話だったけどいい感じで時間を潰せたんじゃないかしら。

あたしは残りのエールを飲み干すと、店から出る。

 

「ほら、ジョゼット行くわよ」

 

「うい?あ、はい」

 

「居眠りも結構だけど夜寝られなくなるわよ。だからこうして暇つぶしに来てるのに」

 

店を出て広場に出たけど、次は何しようかしら。ジョゼットを連れてぶらぶらする。

酒場の隣の駐在所に貼られた指名手配のポスターを見る。

流石に先日の魔女連中はとっくに撤去されてたけど、今後どうするか悩ましいわね。

 

ここの物価を考えると、多分生活費には一生困らないけど、

ミニッツリピーターが帰ってくることもない。

だからって考えなしに殺しまくると余計な肩書がついて回る。

やっぱり一千万Gの魔王一択かしら。

でも、あたしが叩き出せる最大火力はM100の近距離射撃。

それもババアの魔女に無効化された。当然格上の魔王にも効果がないと思うべき。

そもそもどこにいるのかわからない。

 

他に一獲千金の方法はないものかしら。教会への毎月の補助金が貯まるのを待ってたら、

どっかの金持ちに買われるし、バイト探しなんか“あのう、もし”真っ平だし…え?

話しかけられたから振り向いたら、眼鏡をかけた気弱そうな魔女が立っていた。

 

灰色の三角帽子に同色のダブダブのローブ。年齢はもうすぐアラサーってとこかしら。

でも顔はカワイイ系の美人。ベースはいいのにファッションが残念ね。

魔女はおしゃれしちゃいけないって法律でもあるのかしら。

 

「なにかしら」

 

「あの、突然すみません。私、ハッピーマイルズ水質管理局の職員、

水たまりの魔女・ロザリーと申します。お呼び止めしてすみません」

 

「2回も謝らなくていいから要件をお話しになって。あたしは斑目里沙子といいますの」

 

「あ、すみません!私は普段魔法で井戸の水質検査、浄化を行っています。

あ、あの!あなたのことは知ってるんです。

えと、それで今日はちょっとお願いがありましてですね……

いえ、初対面でいきなりこんなことをお願いするのは失礼だと承知してはいるんです。

でも頼れる人があなたしかいないというかなんというか」

 

「早く要件を言ってくださるかしら!」

 

ジョゼット並みの優柔不断さにイラついてつい大声を出してしまった。

いや、ジョゼットは気弱なふりして結局自分の要求を押し通してくる図太さがあるから、

彼女とは違うわね。

 

「ああっ、ごめんなさい!実は私達に少し困っていることがありまして」

 

「その困っていることを簡潔に教えてくださると助かるのだけど?」

 

「はいっ!あなたが“魔女狩り里沙子”として呼ばれてることは知っています」

 

「……それで?」

 

「あなたが過日、暴走魔女3人を倒した事実に伴って、

魔女そのもののイメージが悪くなってしまったんです。

私はまだなんともないんですけど、同僚の魔女がロッカーに虫を入れられたり、

人間の職員の方たちがなんだか私達を避けたり……」

 

「ここの単純な連中ならやりそうなことね。

気の毒だとは思うけど、あたしがしてあげられることは多分ないわ」

 

「そんなことはありません!実際に暴走魔女と戦ったあなたが、

私達と友好的な関係を築いているとアピールしてくだされば、

魔女への偏見がなくせると思うんです!」

 

「ようやくまともに喋るようになったと思ったらボランティアの話?

悪いけど、あたしは“友達”っていう一人の時間を奪う存在が

この世で6番目くらいに嫌いなの。ついでにタダ働きはトップ3」

 

もう、よそ行き口調を放り出して、ジトッとした目でおろおろする魔女を見るあたし。

暇つぶしはしたいけど無償労働はお断りよ。

 

「あうう、お願いです!報酬をお支払したいのは山々なんですが、

お金を渡したら、ただのキャンペーンになってしまいます!」

 

「こうして示し合わせてる時点で既にキャンペーンな気が。

あと、いい大人がみっともない声出さないの。

一応聞くけど、どういう手筈でイメージアップを図る気なのよ」

 

「それは……えーと。そうだ、ここで魔女の仲間達と一緒に手を繋いで踊るとか……?」

 

「勘弁亀治郎よ!キャンペーン丸出しだし、

人前でフォークダンスとか公開処刑もいいとこだし、

そもそもあんた何も考えてなかったでしょう!」

 

「ごめんなさい……」

 

「せめて否定してよ」

 

帽子を胸に抱きしめてしょぼくれる水たまりの魔女ロザリー。

人間連中も、こんなやつが人殺せるわけないってことがなんでわかんないのかしら。

 

「……ジョゼット、今何時?」

 

「ちょっと待ってください。……5時前後です」

 

ジョゼットが時間を確認してトートバッグに時計を戻す。

置き時計みたいに大きいけど、これでも携帯サイズなのよ。

10分ものデカい誤差を出す時計しか作れないなら、

当然腕時計みたいな小さい時計もつくれないわけで。

この世界に来たときに宝飾店の店員が驚いてたのも無理ないわね。

 

「とにかく、あたしらは十分暇つぶしできたから。

いじめやパワハラについては上司に相談してちょうだいな。それじゃ」

 

「え!?そんな!私達だけじゃ出来ることに限界があるんです!

上司にも相談しましたが聞くだけで何もしてくれなくて……」

 

「身内がしてくれないなら、他人のあたしはもっとしてくれないことは理解して」

 

あたしが背を向けて手を振りながら立ち去ろうとすると、後ろから鼻をすする音。

まさか。

 

 

「……ううっ、ぐすっ……うえええええん!りさこさあああぁん!!」

 

 

まさかのマジ泣き!やめてよ、大の大人が街中で号泣とか恥ずかしくないの!?

その大泣きを聞きつけた通行人が足を止めてこっちを見てくる。

 

「ちょっと、あんた、何考えてんの!みんな見てるからやめなさい!」

 

「うえええ……だっで、だって、りさこさんがあぁぁ!」

 

 

“あ、里沙子が魔女をいじめてる!”

“よっぽど血に飢えてると見えるぜ……”

“おっかねえ、おっかねえ”

 

 

ふざけんじゃないわよ!こっちはむしろ被害者よ!

あたしは慌ててロザリーの袖を引っ張って酒場の影に隠れた。

中に入ろうとも思ったけど、泣きじゃくるこいつを連れて入ったら

余計な誤解を招くのは間違いない。ましてや情報が行き交う場所なんだから。

 

「さっさと泣き止みなさい!ほら、これで鼻水も拭く!

あんた泣き虫だから水の魔女って呼ばれてるってわけじゃないわよね」

 

「あうっ……すみません……ズビビビビ!違いまふ……

これでも水流の操作には自信が……畑の用水路とか」

 

このハンカチは廃棄処分ね。まったく迷惑極まりないわ。

仕方なしに話を続けることにした。

 

「どうでもいいわ。仕方ないから協力してやっても構わないけど、

あんたも一つくらいまともなアイデア出しなさい」

 

「えっ!助けてくれるんですか、私達を?」

 

「大人なんだからシャキッとしなさい。それで、アイデアは?

何から何までおんぶに抱っこは流石に通らないわよ」

 

「教会に魔女の皆さんを招いてパーティーを開いてはどうですか、里沙子さん!」

 

「あ、それはいいです「却下よ」」

 

ジョゼットの提案に泣き虫ロザリーも賛同しかけたけど、切り捨てた。

 

「えー、どうしてですか?」

 

「それこそキャンペーンじゃない。

ハッピーマイルズの馬鹿連中でもそれくらい見抜くわよ。

魔女があたしに金握らせたんじゃないかってね。

連中を納得させるにはね、もっとインパクトのある客観的事実が必要なの」

 

「インパクト……ですか?」

 

「そう、人間と魔女が組んで何かデカいことをやり遂げる。

読み書きが出来なくてもひと目でわかる、そんなデカいことをね」

 

「でも、ただの水質管理員の私にできることなんか……」

 

「ふぅ……アイデアはもういい。覚悟よ。

命を賭けても現状を変えたいっていう覚悟を奮い立たせなさい。

それすらできないなら本当にあたしはもう知らない」

 

「覚悟?なんの覚悟ですか」

 

「だめ。聞いたらあんた、できそうかできなさそうかで線引きするでしょ。

そんなぐらついた覚悟なんか要らない。命を賭けられるかどうか、ただそれだけよ」

 

「少し……考えさせてください」

 

「今よ。あたし達はもうすぐ家に帰る。次いつ来るかはあたしの都合次第。

それまでに嫌がらせはどんどんエスカレートして、

いずれ本格的に仕事場を失うことになるわ。そこまであんたは追い込まれてるのよ。

わかってるの?」

 

ロザリーは鼻水まみれのハンカチを握りしめ、たっぷり1分悩み抜いた。

もう日が暮れそう。濃いオレンジの光があたし達に差し込んでくる。

ゴミや空き瓶のケースが積み上げられた酒場裏に冷たい風が吹く。

その時、ようやくロザリーが決心した。

 

「……やります!私、仲間のために、どんなことでもやります!」

 

「決まりね。付いてらっしゃい」

 

「よかったですね、ロザリーさん!」

 

細い酒場横の道から広場に戻ると、あたしはロザリーを連れて、

黙って駐在所に向かった。その前で足を止める。

 

「里沙子さん、これは……」

 

「そう、賞金首連中よ。いいこと、よく聞きなさい。この中の誰でもいい。

あんたとあたしで、賞金首をぶっ殺すの」

 

「「ええっ!?」」

 

あたしはパシンとDead or Alive(生死を問わず)のポスターを叩く。

ロザリーもジョゼットも飛び上がらんばかりに驚く。

でも、これぐらいのデカい花火を打ち上げなきゃ誰も構ってくれやしないのよ。

 

「あの、私、魔女ですけど誰かと戦ったことなんて……」

 

「これから“できない”は一切禁止。できそうにないなら、別の方法を探す。

やっぱり無理、を抱えたまま勝てるほど賞金首は優しくない!」

 

「ええと、里沙子さん?いくらなんでも……」

 

「黙る」

 

「はい」

 

「……やります!攻撃系の魔法は使えないですけど、

動きを鈍らせるくらいはできますし、ダガーくらいは持ってます」

 

「それでいいのよ。じゃあ、次はターゲットを選びましょう」

 

あたしはポスターから2人で倒せそうで、かつアピールできる賞金首を探す。

 

・龍鼠団首領 キングオブマイス 1000G

 

だめ、雑魚。少なくとも魔狼の牙の1人4000Gは超えなきゃ。

 

・狂走機関車 エンドレスランナー 138000G

 

こいつは強すぎる。工業が盛んな東の領地で、

試験的に作られた自動運転機関車が暴走して、進路上にある人や物を破壊しながら

24時間爆走し続けてるらしいわ。あたしもロザリーも死にかねない。

勇気と蛮勇は違う。次。

 

・【緊急】 中規模悪魔 ケイオスデストロイヤ 12000G

 

これだわ。アレを作ればどうにか手に負えそう。当たればの話だけど。

なになに?……ハッピーマイルズ領の外れにあるアステル村に、

悪魔が魔王への生贄を求めて降り立った。

3日以内に10人の生贄を捧げなければ村を滅ぼすと要求している……か。

 

「ロザリー、こいつにするわよ」

 

「悪魔……私達に……いえ、倒しましょう!」

 

「その意気よ。じゃあ、酒場で打ち合わせしましょうか」

 

あたし達はまた酒場に入って、今度はテーブル席で作戦を練った。

ビートオブバラライカの連中は帰ってた。

残ってたらまたソフィアに茶々入れられそうだから、いいタイミングだったわ。

 

「まずはお互いのスケジュールを確認しましょう。ロザリー、次の休日は?」

 

「来週の日曜なんで5日後なんですけど……いつでもいいです!有給取ります!」

 

「じゃあ、早速だけど、明日決行しましょう。緊急手配だからタイムリミットがあるし、

モタモタしてると他の賞金稼ぎに先を越される可能性が高い。時刻は朝8時集合。

アステル村までの距離は……ああ、地図がないわね」

 

「村までは私が案内します!井戸の浄化と料金の徴収によく訪れているので」

 

「頼りにしてるわよ。次は、お互い何が出来るか知っておかなきゃ。

ロザリー、あなたの魔法はどんなものがあるの?」

 

「はい、主に業務で使ってる浄化の水。解毒作用もあります。

あとは水を多少操って敵を縛ったりできる……かもしれません」

 

「出来る範囲で構わないわ。結局戦いが始まったら出たとこ勝負になるんだから。

次はあたしね。もう知ってると思うけど、まず腰のピースメーカー。威力は標準的な銃。

速射性に優れる。左脇の物がCentury Arms M100。

ライフル用の45-70弾を発射する大型拳銃よ。

悪魔でもこれで撃たれたらチクッとするかもね。

あとは……まだ準備ができてない武器がいくつか」

 

「里沙子さん、ロザリーさん、本当にやるんですか?悪魔なんですよ……?」

 

ジョゼットが不安げに聞いてくる。まぁ、無理もないけど。

悪魔とやらについては多分この娘の方がよく知ってるんだし。

 

「やるしかないの。ロザリーは後がないし、あたしも“早撃ち”はともかく

“魔女狩り”なんてややこしい肩書はさっさと捨てたい」

 

「ジョゼットちゃん、ありがとう。でも、もう決めたから」

 

「ジョゼット、明日はあんた家にいなさい。まだ新しい光魔法は覚えてないんでしょ」

 

「もうちょっとで閃光魔法はなんとかなりそうなんですけど……」

 

「なら家で大人しくしてなさい。生き急いでもどうにもならないわ。

戦場に出るのは十分力を付けてからでも遅くない」

 

「はい……」

 

それから、あたし達は広場で解散し、明日もこの広場に集まることに決めた。

家路の途中、ジョゼットがあたしに話しかけてきた。

 

「里沙子さん、無事で帰ってきてくださいね。悪魔は、本当に強大な存在です……」

 

「情報提供サンクス。死ぬつもりなんかさらさらないわ」

 

家に帰ってからも、夕食の途中、ジョゼットはいつもより口数が少なかった。

……明日は、ちょっと大仕事になりそうね。

 

 

 

 

 

翌朝。午前9時。

あたしが酒場前の広場に行くと、水たまりの魔女・ロザリーが既に来ていた。

昨日と違って、長い木の杖を持ってる。もう完全に魔女スタイルね。

 

「待たせたわね」

 

「いえ、私が早く来すぎたんです。……ずいぶんな荷物ですね」

 

「きっと悪魔は並の兵器じゃ殺しきれない。だから特別な物を作ってきたのよ」

 

ほんの少し背中の物をガシャガシャ揺らす。

 

「その通りです。悪魔には大抵の武器や魔法が効きません」

 

「それでもあたし達はやるしかない。

他の連中でも倒せそうな賞金首じゃ意味がないもの」

 

「そうですね……では、行きましょう」

 

「案内、よろしく」

 

そして、あたし達はまだ朝霞の漂う中、アステル村へと旅立っていった。

魔女と人間。2人で見たこともない強敵を討ち取るために。

 

 



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ただ空飛んで逃げただけのイカロスより、元凶のミノタウロスを倒したテセウスを歌にするべきだと思うのよあたしは

水たまりの魔女・ロザリーとあたしは、市場から北へ続く道を進み、

交差点を更に北へ行く。このあたりは住宅街。

オレンジ色の瓦屋根に、外壁を漆喰で真っ白に塗り固めた家々が立ち並ぶ、

ハッピーマイルズ領市民の住居。あたし達の目的はここからは更に北西。

住宅街を抜けると、徐々に建物は少なくなり、田畑がちらほら見えるようになってきた。

ロザリーが西を指差して言った。

 

「もう少しでアステル村です」

 

「ふぅ、結構歩いたわね。あなたいつもこんなところまで来てるの?」

 

「ここはまだ事務所から近い方ですよ。

一番遠いところは今まで歩いた距離の倍はありますから」

 

「そりゃご苦労ね。空でも飛ばないとやってられないでしょう」

 

「私は空は飛べません。

空を飛ぶには重力を打ち消す、マナを推進力に変える、その推進力を自在に変化させる。

この3つが出来ないと不可能です。

あいにく私にはどれも手に余りますし、先輩たちでも出来る人は少ないです」

 

「意外と大変なのね。魔女はみんな箒にまたがってスイーってイメージがあった」

 

「箒を使っていたのは今より魔術が未発達だった時代です。

私の杖のように、箒を媒体にして、

行きたい場所を思い描きながら魔力を込めるんですが、

到着まで集中力を維持し続ける必要があるので、

ふらついて転落する事故が相次いで廃れたそうです」

 

「そうなの。おとぎ話の魔女は古いスタイルなのね。

ところで目的地まではどれくらい?正直、戦う前からくたびれてちゃ勝率が下がる」

 

「もうすぐです……あ、ほら!あの集落です!」

 

ロザリーが示した方を見ると、見渡す限り田畑に囲まれた集落が見えた。

あれがアステル村ね。あたしは彼女と最後の打ち合わせをする。

 

「あたしは悪魔ってのがどれほどのものか全然知らない。

人間の言葉がわかるのか、そうでないのか。一度話しかけて出方を見るけど、

こっちに気づいた瞬間攻撃してくるかもしれない。

そうなったら、昨日も言ったけど出たとこ勝負よ。自分の身は自分で守る。

あなたは援護をお願い。恐らく並大抵の攻撃じゃ死んでくれないだろうから」

 

「……わかりました。いよいよですね」

 

あたし達は村へ続く真っ直ぐな道を進む。周囲には水を張った田んぼが点在している。

これがロザリーにとって有利に働くといいんだけど。

市街地とは違って、藁葺き屋根の一軒家が円を描くように並んでいる村が目の前に。

 

そして村の入り口に差し掛かると……いるいる、いたわ。

村の真ん中に鎮座していらっしゃるわ。人の姿は見当たらない。

きっと家の中に隠れてるんだと思う。

 

戦うのはあたしたちだから、奴の姿は自由に想像してくれて構わないけど、

一応説明しとくわ。中規模悪魔・ケイオスデストロイヤ。

体長約2.5mの巨体で、恐竜の骨のように太く尖った骨が組み合わさり、

大きな筋肉が幾重にも絡みついた、二足歩行の人間型モンスター。

手にも足にも鋭い鉤爪が付いてて、そのドクロには紫に燃える瞳に長い牙。

人間で言う肋骨から覗く心臓のあたりに巨大な紫の核らしき結晶体がある。

そこが弱点と見てよさそうね。

 

あたしとロザリーは互いの目を見てうなずき合う。

そしてアステル村に同時に足を踏み入れる。

すると、奴もこっちに気づいたようでじっとあたしたちを見る。

そして、お互いあと2,3歩と言う所で、賞金首の悪魔が口を開いた。

 

『貴様らが、2人の生贄か。しかし、まだ足りぬ。残りの8人はどうした』

 

「今日はそのことで参りましたの。魔王様にお伝えいただけるかしら。

“生贄は好評につき終了致しました。馬糞でも食ってろクソ野郎”。

以上ですわ、ウフフ」

 

ニッコリ笑って宣戦布告。しばしの沈黙。

次の瞬間、悪魔は左腕をグォン!と振りかざす。

物凄い風圧でロザリーの帽子が舞い上がり、

一軒の家の屋根がスパンと綺麗に切断された。中にいた住人が悲鳴を上げる。

 

戦闘開始!打ち合わせ通り、あたしもロザリーも跳ねるように左右に駆け出す。

絶対に固まらない。どちらかは狙われずに済む。幸い奴はあたしのところに来た。

まずは奴の力量を測る。ピースメーカーで胴、頭、足を狙ってみる。

立て続けに銃声3つ。

 

命中はしたけど、やっぱり簡単には行かないわね!

心臓を狙ったけど、硬い骨と分厚い筋肉に弾かれて、

頭部に命中した銃弾はほんの少し頭蓋骨を削っただけ。

足も同じ。筋肉は柔らかいかなって期待したけど、

鋼のような肉体に少し血が出ただけだった。

 

『どうした、その程度か。次は吾輩から行くぞ』

 

悪魔は右腕に力を込めて、その鉤爪で縦にあたしを引き裂こうとしてきた。

とっさに後ろにステップを取って回避したけど、地面に5本の深い亀裂が走り、

風圧でバランスを崩しそうになる。おっとあぶない。

 

っていう絵本が幼稚園のころ大人気で同級生とよく取り合いになったのを思い出した。

ああ、なんで正念場に限ってどうでもいいこと考えちゃうのかしら。これはもう病気ね。

悪魔後方でロザリーが何かの隙を窺ってる。でも待ってられないわ。

 

ちょっと早い気もするけど、あたしは武器をCentury Arms M100に切り替えた。

悪魔がその太い二本足でノシノシとこちらに迫ってくる。

ピンチだけどチャンスでもあるわ。接近されるけど、的がでかくなる分狙いやすい。

 

あたしは黄金に輝くハンディキャノンで、奴の胸を再度狙った。

トリガーを引くと、爆発音が鳴り響き、静まり返っていた家々から一斉に悲鳴が上がる。

さぁ、これでどう?

 

『うぐっ!うう……』

 

悪魔は胸を押さえてうずくまっていた。

肋骨が砕けて、筋肉がわずかに破けて核が少しだけ露わになる。

ああっ、もうちょっとだったのに!

でも、M100が有効だってことがわかっただけでも収穫よ。

奴が動けない間に、脇を走り抜けて村の対角線上の位置に陣取る。

そこで大声を上げてロザリーに呼びかけた。

 

「ロザリー!確実に命中させていけば倒せない相手じゃないわ!」

 

“はい!さっきの爆発はなんですか!?”

 

「あたしの銃!これからバンバン撃つから腹に力入れときなさい!」

 

あたし達が言葉を交わしている間に、悪魔が立ち上がりまたこっちに歩いてきた。

あらら、さっきの一撃が再生してる。奴には再生能力があるみたい。

モタモタしてる間に胸の傷が塞がっちゃったわ。

 

『あれしきの攻撃で我輩を滅することなどできぬ。

魔王陛下を侮辱した罪、ジュデッカの果てで償うがよい』

 

まいったわねえ、M100であいつを殺すには集中射撃する必要があるみたいだけど、

威力が高い分発射レートが低いし、何発も撃ってるとあたしの耳がおかしくなる。

少なくともゾンビゲームみたいに何回もリロードして撃ちまくるのは無理。

次はどこを狙うか慎重に判断しなきゃ。

そうこう考えてるうちに、今度は右手で左胸を守りながら歩いてき、た!?

 

え、どこいったのあいつ!と思った瞬間、

強靭な脚力で、目で追えないほど早く接近した悪魔が左腕で薙ぎ払ってきた。

避けられない!ゴウッ、と凶暴な力で風を切り、あたしを引き裂こうとしたその時、

何かに強引に腰を引っ張られ、奴のリーチから逃れることができた。

よく見ると、太い水のロープがあたしの腰に巻かれている。

 

「大丈夫ですか!?」

 

杖を両手で持ったロザリーが村の端から呼びかけてくる。

彼女の水を操る魔法で間一髪助かったわ。

ロープは地面に落ちると元の水に戻って地面に吸い込まれていった。

 

「ありがと!助かったわ!油断大敵ね!」

 

『小癪な……』

 

とどめの一撃を避けられた悪魔はこちらを睨みつける。

さて、今度はこっちから仕掛けなきゃ。長期戦は圧倒的に不利。

短時間で最大火力を叩き込む。あたしは大声でロザリーに呼びかける。

 

「ねぇ!これからさっきの銃声よりもっとデカい音がするかもしれない。

タイミングはあたしにもわからない!それでも落ち着いて魔法を使える!?」

 

「できます……!」

 

「頼りにしてるわよ!」

 

あたしが背負ったものを取り出そうとすると、悪魔が再びこちらに向き直った。

 

『ならば、我が瘴気にのたうち回るがいい!』

 

悪魔は息を吸い込むと、どす黒いガスを吹き付けてきた。

気づいた瞬間、烈風のように吹きすさぶ真っ黒な風を受け、思わず少し吸ってしまった。

反対方向にいたロザリーは無事だったけど、なんか頭がぼやける。

しまった、毒ガスかなんかだったんだと思われ。

 

ああ、もう皮肉も冗談も出やしない。息が苦しい、目が熱い。まともに思考も出来ない。

ただ、口をパクパク開けて、少し声を出すのがやっとだった。

 

「ロザ、リー……たすけて……」

 

あたしはあまりの気持ち悪さに、壁に手を付いて嘔吐した。もう立っているのも辛い。

地を揺らす足音が近づいてくるけど、逃げる足も動かない。

そして、気がついたときにはもう目の前に悪魔が。

奴は左手であたしを鷲掴みにして頭上に掲げ、ゆっくり、じわじわと、握りしめる。

内臓が潰されそう。肺に残った空気も押し出されてもうすぐ窒息する。

 

『所詮人の子、いくら抗おうとその程度』

 

「ああ……くはっ、あああ……!」

 

“里沙子さん、待ってて!!

……地を流れ、空を舞い、天に宿りし尊き輪廻!其の道遮る不浄を清め給え!

キュアポイズン!”

 

ロザリーが水魔法を詠唱すると、

近くの田んぼから一筋の輝く水流が飛んできて、あたしの口に飛び込んだ。

なんとかそれを飲み込むと、あたしの身体に取り憑いていた奴の瘴気が消え去り、

少しだけど抵抗できる程度に体力が回復した。

 

そして、手首だけを動かして、どうにか手放さなかったM100の銃口を悪魔の頭部に向け、

トリガーを引く。再び一発の轟音が農村にビリビリと痺れを伝える。

 

『!?……ヒュゴー……!』

 

よかった、なんとか命中。奴の頭部を粉砕した。

頭ごと両目を失い視界が遮られた悪魔は、パニックになりあたしを放り出した。

なくなった頭を探すように両手をバタバタさせている。

 

でも、核を壊さなきゃ再生するのは時間の問題。

M100の連射を叩きつけたいところだけど、

立ち上がったばっかりのあたしはフラフラでまともに狙うのも無理。

一時退却して体力回復を待つのが現実的ね。

 

ロザリーはどこかしら。あ、向こうで手を振ってる。

生い茂る高い稲穂に隠れながらあたしを呼んでる。

悪魔の目が潰れてる間に少し足を引きずりながら、あたしも稲穂の中に逃げ込む。

彼女が小声であたしに話しかけてくる。

 

「大丈夫でしたか、里沙子さん……!」

 

「ありがとう。おかげで助かったわ」

 

「これからどうしましょう」

 

「聞いて。確かにM100なら十分ダメージを与えられるけど、

あたしはご覧の通り半死半生。反動のデカいこの銃は撃ちまくれない。

だから、もう一撃必殺の最終手段に頼るしかないの。外せばあたし達は終わり」

 

あたしは時折深呼吸しながらロザリーに説明する。

まだ毒のダメージが抜けきってないみたい。二日酔いのほうがまだマシだわ、こりゃ。

 

「え、じゃあどうするんですか!?」

 

「あたし達2人ならできる。これ見て」

 

あたしは背負ったカバンから目的のものを取り出すと、ロザリーに見せた。

 

「里沙子さん、これは?」

 

「今度は奴の足を潰す。そうしたら、あなたの魔法で動きを止めて。

あたしが最後の一発で奴にとどめを刺す」

 

「潰すってどうやって!」

 

「お願い、全部話してる時間がないの。

さっきも言ったけど、とんでもない爆音が起きるから平静さを保って準備をしててね。

……そろそろ別れましょう、奴の再生が終わりそうだから」

 

「……わかりました。里沙子さん、絶対、成功させましょうね」

 

「当然。一人頭6000Gでも馬鹿にできる金額じゃないわ」

 

あたしは用意した兵器その1を手に、再び戦場へ戻った。

村の広場では、ちょうど悪魔が頭部の修復を終えたところだった。

家屋の間から姿を表したあたしは、それに信管を差し込み、足元に置く。

そして悪魔に大声で叫ぶ。

 

「なにをグズグズしてるの!あたしの時間を無駄にするつもり!?」

 

当然奴はこちらを向く。その目の炎は怒りに燃え上がっている。今のところいい感じね。

心があたしへの憎しみで曇ってるから多分乗ってくれる、と思う。

 

「仕切り直しよ。食い物を恵んでほしけりゃこっちにおいでなさいな。

肥溜めがあるから好きなだけ食べてもよくってよ」

 

『おのれ人間風情が!悪魔族を愚弄した者がどうなるか、思い知らせてくれる!』

 

「ふぅ、だったら早くなさいな。ノロマは嫌いよ」

 

あたしは踵を返して背後の麦畑に歩いて行く。

急いじゃだめ。気取られないように、背を見せて。

そして悪魔は、また並外れた脚力を活かし、

瞬間移動のような速度であたしに向かって来ようとした……が、

途中で妙なものを見つけてピタリと静止し、拾い上げる。

フライパンほどの大きさがある円盤。

白のペンキで十字架と、“聖マリア様の領域 立入禁止”と書かれている。

 

『ふん、阿呆が。マリアごときにすがる弱者に救済などないと知れ!』

 

悪魔は鼻で笑い、円盤を放り捨て、その十字架を踏み潰した。その瞬間──

 

 

思えばアステル村もツイてないわね。突然現れた悪魔に占領されて、

生贄集めの人質にされて、きっと集めた所で住人も一緒に生贄にされる運命だったはず。

その上、いきなり現れたおかしな2人組に村を戦場にされて、挙げ句の果てには……

悪魔が踏みつけた地雷の大爆発に驚かされる羽目になったんだから!

直下型地震が起きたかのような振動、轟音がアステル村を襲う。

沈黙を守っていた家屋の全てからまたも恐怖の叫び声が上がる。

 

 

『ぐおおおおおお!!』

 

「対戦車地雷のお味はいかが?腐れ骸骨」

 

あたしは下半身を粉砕され、悲鳴を上げ、上半身だけで暴れまわる悪魔に

一言だけ吐き捨ててやると、最後の仕上げに取り掛かった。

大急ぎで土の乾いた麦畑を駆け、悪魔と十分な距離を取る。

 

「ロザリー、今よ!」

 

「はい!

……命育む恵みの水よ、天翔け空舞い、糾える縄と化し、其を否定せし者を否定せよ!

バインドウォータ!」

 

ロザリーが詠唱を終えて左手を天に掲げると、

水田や井戸からロープ状の形を持った水が何本も飛び出し、

もがき続ける悪魔を縛り上げた。今度はあたしの番。背中のものを下ろして構える。

照準を覗いて奴を捉える。

大丈夫、ちゃんと分度器、定規、糸で発射角を調整したじゃない、信じて撃つのよ!

 

『愚かな!

ならば貴様ら諸共、人間共の肉体から魂を剥ぎ取り、魔王陛下に献上してくれる!

……明けの明星、邪なる光となりて、虚空の果てより来る存在に……』

 

悪魔が最後のあがきに魔法の詠唱を始める。……でも、遅い。これで最後よ!

 

「あたしの好きな言葉。さようなら!」

 

そしてトリガーを引いた。

ありあわせの材料で作った安っぽいRPGから発射された対戦車榴弾が、

煙の尾を引きながらケイオスデストロイヤめがけて突っ込む。

燃える発射薬の乾いた音は悪魔の耳にも届く。

 

奴は首を動かして音の方角を見ると、恐ろしいものを目の当たりにする。

悪魔が知るわけなんかないけど、炸薬を満載したロケット弾が突撃してくる。

当たれば死は免れないことを本能的に悟った奴は、水流の拘束を解こうと全力でもがく。

 

「ロザリー、あとちょっと!頑張るのよ!」

 

「くっ……はい!」

 

『うおおおお!!』

 

強引に水魔法を弾き返そうとする悪魔と、杖を握り必死に耐えるロザリー。

2人とも、その時までが永遠に思えた。着弾まであと、4,3,2,1...爆発、振動、爆音。

あたし達はそれらがもたらす混沌が過ぎるのをただ待った。どれくらい待ったかしら。

命のやり取りの興奮が治まらないあたし達には検討も付かなかった。

やがて、風が煙や砂埃を運び去ると、全ての結果が露わになる。

 

あたしは使い捨てのRPGを投げ捨てた。

ふぅ、今日ほどミリオタで良かったと思ったことはないわ。どこでそんなの習ったって?

今度にして。今はやることがあるから。あたしはロザリーと一緒に悪魔に歩み寄る。

四肢はバラバラになり、胴体の核はむき出しになっていた。

それは衝撃で無数のひび割れが走り、今にも崩れ去ろうとしている。

 

「こんにちは、気分はどう?」

 

『わ、吾輩が、吾輩が敗北を喫するとは……貴様ら、何者……』

 

「あたしは斑目里沙子、こっちは……匿名希望にしときましょうか。

とにかく、死んでくれてありがとう。おかげで目的を果たせるわ」

 

『いい気に、なるな……魔界には無数の同胞がいる……お前ごとき、など』

 

パァン!……と銃声。

コルトSAAで崩れかけの核を撃つと、今度こそ完全に砕け散り、

悪魔が断末魔の声を上げて、その姿がただの大きな骨の寄せ集めになる。

ごめんね、早くまとめに入りたいの。

正直体力も限界に近いし、仕上げにかかりましょう。

 

あたしはケイオスデストロイヤのドクロを持って、もう片方の手でロザリーの手を握る。

彼女が困惑した表情でなにか聞こうとしてきたが、その前にあたしは大声を張り上げた。

 

「アステル村のみんな!もう悪魔は死んだわ!あたし達が殺した!

この斑目里沙子と、水たまりの魔女ロザリーが討ち取ったわ!」

 

その声を聞いて、民家からぞろぞろと住民達が出てきた。

あたしはドクロを高く掲げる。ロザリーはちょっと不気味そうに見てたけど。

 

 

“本当に、死んだのか……?”

“見て、悪魔がバラバラになってる”

“すげえ音だったもんな”

“あれ、水道のお姉ちゃんじゃない?”

“本当だ。どうして賞金首の相手なんか……”

 

 

あたしはぐるっと周りを見る。うん、この人数なら十分ね。そしてまた宣言する。

 

「まぁ……村を若干壊したことは謝るわ!それを承知でお願いがあるの!

この勝利は人間のあたしと、魔女のロザリーがいなければ成し得なかった。

それを知り合い、親戚、友達に一言でいいから伝えて欲しいの。それだけ!」

 

反応はどうかしら。みんな困惑した表情でひそひそ何か話してる。

しばらく待ってると、スキンヘッドの恰幅のいいおじさんが前に出て、

あたし達に話しかけてきた。

 

「俺は村のまとめ役だ。いきなりバンバンドンドンやられたからびっくりしたが、

みんなを悪魔から助けてくれてありがとうよ。

どうせ、悪魔の言うとおりに生贄集めたって、俺たちも連れて行ったに決まってる。

壊れた家のことは気にすんな。

賞金首との戦いで出た損害は領主が保証してくれることになってるからな」

 

「そう言ってくれると助かる。誰も怪我がなくて何よりだわ。

ああ、さっき頼んだことなんだけど……」

 

「わかってるって。

頼まれるまでもなく、こんな武勇伝みんな早く誰かに話したくて

ウズウズしてるだろうさ」

 

「ありがとう。魔女もいたことを強調してね。それじゃ、あたし達は失礼するわ」

 

「皆さん、今日はお騒がせしました!今後共、水質管理業務にご協力お願い致します!」

 

そしてロザリーはペコリと頭を下げた。なんというか、公務員らしいわね。

それで、アステル村を後にしたあたし達は来た道を引き返した。

時刻はちょうど正午くらい。

ハッピーマイルズ・セントラルに戻る頃にはいい感じに人が集まってるはずね。

 

正直しんどいし、あちこち痛いけど休んではいられないわ。

ロザリーが気味悪がって持ちたがらないドクロを左手に持って、

あぜ道を歩いていると、彼女がそっと手を繋いできた。

 

「……ありがとう、里沙子さん。私達のために、こんなに傷ついて戦ってくれて」

 

「別に……ただ気が向いただけよ。それに、助かったわ」

 

「何がですか?」

 

「こいつの毒を食らった時。

“助けて”なんて最後に言ったのいつだったか思い出せない」

 

軽くドクロを持ち上げて見せる。やっぱり苦笑いを浮かべるロザリー。

 

「それは、戦いの時は助け合うのが当然じゃないですか」

 

「うん、そうなんだけど……一応ね」

 

「うふふ」

 

「何笑ってんのよ、気持ち悪い!

ああもう、さっさと駐在所に行ってコイツの賞金いただくわよ!

一人6000G!山分けだからね!?」

 

「ふふっ、はい」

 

もう。お気に入りっていうかトレードマークの緑のワンピースが泥だらけだし、

日差し暑いしで今日はもう最悪。とっとと用事を片付けましょう。自然と早足になる。

 

「あ、待ってください里沙子さん!」

 

「急ぎましょう、あなたも早く休みたいでしょ」

 

そして、あたし達は住宅街を抜け、見慣れた南北をつなぐ道路を通り、

役所前の市場を抜けた。

途中、あたしが持ってるドクロを見て悲鳴上げる奴がいて、ちょっと面白かったわ。

さぁ、ここからが本当のクライマックスよ。今度はあたしがロザリーの手をつなぐ。

同時に駐在所に入るところを見せつけるの。いつも通り居眠り保安官を起こす。

 

「魔王が来たぞ!」

 

「ふげっ!魔王?ままま、魔王など、本官のギアマキシマムの餌食に……」

 

「失礼、悪魔の間違いでしたわ」

 

「なんだ、脅かさないでくれたま……うえっ!」

 

あたしの持ってるドクロに驚く保安官。鉄砲持ってるくせにだらしないわね。

 

「賞金首のケイオスデストロイヤを殺したから賞金くださいな。

おっとその前に、一つ念押ししたいことが。

悪魔は、この水たまりの魔女ロザリーと組んで倒したの。

どちらが欠けても勝てなかった。そこんとこよろしく」

 

「ふが、2人で?ならこの書類の討伐者欄に名前を書いて」

 

「ほら、ロザリー」

 

あたしは後ろにいたロザリーに促す。彼女は少し戸惑って、書類にサインした。

続いてあたしも名前を書いた。うん、これで名実ともに人間と魔女の共同作業の完了ね。

保安官が金庫から賞金を取り出す。

 

「えーっと、奴の賞金は12000Gだから一人6000Gと。

まぁ、取り分は後で自由に決めてくれ」

 

「構わないわ。折半する約束だったから」

 

「わぁ……こんな大金、本当にいいんでしょうか」

 

「いいに決まってるでしょうが。お互い命賭けてやることやったんだから。

一つお節介言わせてもらうなら、一着くらい可愛い服買うといいわ。

あなた顔はいいのに服が地味だから損してる」

 

「ああ、だめ!だめです!これは魔女の正装で、職場の制服でもあって……」

 

「休日に着ればいいじゃない……まあいいわ。

ほら、最後の花火を盛大に打ち上げるわよ」

 

「花火?」

 

「昨日言ったでしょ、みんなを納得させるためにデカいことをやり遂げるって。

それが成功した今、連中に教えてやるのよ。

人間と魔女が組めば悪魔だって殺せるんだって」

 

「あっ……」

 

「そうと決まればさっそく外に出て勝利宣言よ!」

 

そしてあたし達は一旦証拠品のドクロを借りて駐在所の前に出た。

まだお昼過ぎで市場の声がやかましい。すうっと息を吸い込んで大声で叫ぶ。

 

「全員、注もーく!!」

 

広場の皆があたし達を見る。売り出し中の賞金稼ぎと公務員魔女。

奇妙な組み合わせに皆が足を止めて話に聞き入る。

 

「今日はあんた達に言いたいことがあってここに来た。聞いて驚きなさい。

あたし、斑目里沙子と、水たまりの魔女ロザリーは、

共闘して悪魔ケイオスデストロイヤを討ち取った!」

 

そして右手に持ったドクロを高々と掲げる。広場が一斉にどよめく。

 

 

“里沙子が魔女と組んだって!?”

“あの人、ただの水質検査員だろ、なんで?”

“ふたりとも知り合いだったのか?”

 

 

「あたしが言いたいのはね、

当たり前のことがわからないアホが多いことについての文句!

ちょっとタチの悪い魔女が出たからって無関係の魔女まで怖がってるヘタレへの文句!

これを見なさい!魔王への生贄を強要してた悪魔の末路よ!

人間のあたしと魔女のロザリーが組んだからこそ殺せたの!

彼女がいなかったらアステル村は滅んでたし、

ハッピーマイルズにまで来てたことは容易に想像できる!

嘘だと思うなら村の住民に聞いてごらんなさい!」

 

屋台で商売している連中までぞろぞろ広場に集まっていた。

あたしの隣でロザリーが少し居心地悪そうにしている。

場馴れしてないんだろうけど、チャンスは今しかない。

 

「ロザリー、あんたもなにか言いなさい。ふたりの主張じゃなきゃ意味がないの」

 

「……はい。み、みなさん!私は水質管理員をしている水たまりの魔女ロザリーです!

みなさんが暴走魔女を憎む気持ちはわかります。

私も彼女達の身勝手な行動に憤りを感じています。

でも、どうか、だからと言って静かに暮らしている魔女たちを遠ざけないでください。

私達は手を取り合って生きていけるんです。

今日、里沙子さんが協力してくれたことで勝利できたように。

仲良くしろとはいいません。

でも、あなた方の近所にいる魔女の同胞が本当に危険な存在なのかどうか、

曇りのない目でもう一度見てみてください。私からのお願いは以上です」

 

ロザリーはひとつお辞儀をすると、一歩後ろに下がった。広場の連中の反応を見る。

戸惑ってるみたいだけど、多分もう大丈夫。

誰かが拍手すると、連鎖的に、他のやつらも手をたたき始めた。やれやれね。

少し頭を働かせればわかることが、悪魔の死体を見せなきゃわからないなんて、

やっぱりハッピーマイルズはハッピーなんかじゃない。

 

締めくくりになんか言おうかとも思ったけど、

拍手がうるさすぎて聞こえないだろうからやめといた。

あたしはドクロを保安官に返すと、ロザリーに向き合った。

 

「この辺でお別れね。きっと明日には職場の空気も変わってるわ」

 

「里沙子さん。あなたには本当にお礼のしようもありません。

賞金の取り分をお渡ししたいくらいです」

 

「それはだめよ。さっきも言ったけど、それは命を賭けて得たお金。

つまりあんたの命の値段なんだから、大事にするべきだし……

金のやりとりがあったら変な噂立てるバカが出てくるのは、始めに言った通りでしょ」

 

「そう、ですね。このお金は恵まれない子供たちのために寄付することにします」

 

「いいアイデアね。大きなイメージアップになるわ。じゃあ、本当にさよならね。

うちは井戸じゃなくて地面をボーリングして直接地下水組み上げてるから、

多分もう会うこともないでしょうけど、お仕事頑張ってね」

 

「はい、ありがとうございます!でも、この街の組み上げポンプも検査してますんで、

見かけたら声をかけてくれたらうれしいです」

 

「気が向いたらね。本当に、それじゃあ」

 

「さようなら……」

 

そこで一日限りのタッグは解散した。あたしはさっさと家路についたし、

ロザリーは街の連中から武勇伝をせがまれて人気者になってた。

ただでさえ疲労困憊なのに、あんな人混みに巻き込まれたら心臓が止まる。

帰ってジョゼットに飯作らせて早めに休もうっと。

 

あたしは街から愛しの我が家へと続く街道に出る。

昼飯もまだだし、悪魔の毒霧で盛大にゲロ吐いちゃったから何かお腹に入れたいわ。

そんなことを考えながらゆっくりとした歩調で街道を進む。

やがて、カーブする道から外れて草原を進む。

教会への道もあるけど、一刻も早く帰りたいあたしは直線コースを選んだ。

 

ああ、やっと着いた。いつものボロ家。

外壁はともかく、ドアはそろそろ取り替えないと防犯上やばいレベルに達してる。

早くも賞金の使い道が決まりそうで、うんざりしながら鍵を開けて中に入った。

すると、ドアが開く音を聞いたのか、2階からドタドタと階段を駆け下りる音。

そして聖堂にジョゼットが飛び込んできて、あたしに抱きついてきた。

 

「里沙子さん……!よかった、帰って来てくれたんですね!勝ったんですね!」

 

「ふふ。もう、当たり前じゃない。

あたしが死ぬわけないでしょうが。時計を買い戻すまでは!」

 

「ううっ、よかったよぅ……ロザリーさんも、無事だったんですね」

 

「今、街の広場でもみくちゃにされてるけど、五体満足よ。

それよりご飯作って。お腹ペコペコなの」

 

「はいっ!スープ温めてます。それ飲んでチキンが焼きあがるまで待っててくださいね」

 

「お願いね」

 

そしてあたしはすっかり遅くなった昼食にありつくためキッチンへ向かう。

今日は疲れた。本当疲れた。

重いガンベルトを外してとりあえずコート掛けに引っ掛ける。

椅子に腰掛けてそれを見ると、ふと考えた。

 

今日はマリーのジャンク屋で買ったパーツでなんとかしたけど、

そろそろ標準装備をグレードアップする必要があるわね。

ピースメーカーは効かない敵が結構出てきたし、

M100も難聴気にしながらチマチマ撃ってちゃ本来の威力は引き出せないわ。

 

数日後。

あたしは朝のコーヒーを飲みながら、新聞を読んでいた。

キッチンではジョゼットがハムエッグを焼いている。

最近ようやくあの娘の料理もまともになってきたわ。

食材に恨みでもあるのかと思うくらい必ず台無しにしてた時とは大違い。

そうそう、新聞ね。何日も前のことがまだ記事になってる。いつの話してんだか。

やっぱり娯楽が少ないのね。

 

“人間と魔女。2種族コンビが悪魔を撃破!

某月某日、ハッピーマイルズ領外れのアステル村に悪魔が降臨し、

魔王への生贄を要求してきた。すぐさま緊急手配が掛けられたが、

名乗りを上げる賞金稼ぎはおらず、村の壊滅は時間の問題と思われた。

しかし、そこで一人の賞金稼ぎと一人の魔女が立ち上がった。

その名は「早撃ち里沙子」の名で知られる、

射撃では右に出るもののいないセレブ賞金稼ぎ、斑目里沙子女史”

 

セレブは余計よ、時計買い戻すにはまだ数百万足りないってのに。

 

“そしてもうひとりは、普段はハッピーマイルズ水質管理局で水質検査員を務める、

水たまりの魔女・ロザリー女史である。二人は悪魔という強敵を打ち倒すべく手を組み、

アステル村に赴いた。そして、激闘の末についに悪魔を討ち取ることに成功したのだ。

読者諸兄には、獲物の頭を高々と掲げ、勝利宣言をする彼女達を見たものも多いだろう。

その際、彼女達は声高く主張していた。

人間と魔女、お互いどちらが欠けてもこの勝利はなかったと。

そしてロザリー女史は、暴走魔女の存在によって

魔女全体に対する偏見が蔓延る現状について、我々に問題提起した。

人間と魔女は手を取り合っていける。

本当にあなたのそばにいる魔女が忌むべき存在なのかと。

その答えは読者諸兄に委ねたいと思う。ただ、繰り返しになるが、二人が手を取り合い、

ひとつの村を救ったことは紛れもない事実である”

 

そーそー。それでいいのよ。

いつもはどうでもいい記事しか書かないから解約しようかと思ってた新聞だけど、

こういう騒ぎのその後を知ることができる貴重な情報媒体だから、

当面はこのままにしときましょう。

 

“こんちわー!郵便でーす!”

 

あら何かしら。うちに何か届くなんて手紙爆弾くらいしか思いつかないけど。

朝食の準備で手が離せないジョゼットに代わってあたしが受け取った。

それは1通の手紙。差出人は……ロザリーだわ。ダイニングに戻って封を切る。

えーと、なになに。

 

“里沙子さん。先日はお世話になりました。

おかげさまで職場の雰囲気がすっかり変わりました。

友人への嫌がらせはすっかりなくなり、皆さんも私と以前と同じ、

というか正義の味方のような妙な尊敬を受けていて正直苦笑いが浮かびます”

 

「ふふん、それでいいのよ。あたしらの手の上で踊らされてるとも知らずに」

 

「何かいいことでもあったんですか~」

 

ジョゼットが朝食を持ってやってきた。

 

「ええ、とっても。ロザリーの状況が改善された。

少なくとも彼女の職場では魔女への偏見がなくなったらしいわ。

単純な下民は扱いやすいわ。ふふっ……」

 

「それは良かったですけど、里沙子さんの笑顔がなんだか黒いです……」

 

“言葉に尽くせない感謝でいっぱいです。里沙子さんはああ言ってくれましたが、

この勝利はやっぱり里沙子さんのおかげだと思います。

たまたま広場で会っただけの私のために、命がけで戦ってくれて、ありがとう。

仲間が肩身の狭い思いをしなくて良くなったのも、また人間達と共に歩んで行けるのも、

あなたのおかげ。本当にありがとう。そろそろペンを置きます。

あなたの生活がより豊かになりますように。ロザリー

 

追伸:水回りのトラブルの際はすぐご連絡くださいね”

 

「本当に、最後まで生真面目なんだから。ここの公務員って給料いいのかしら」

 

苦笑いをして手紙を書類棚にしまう。

用事が済んだらお腹が減ったわ。朝食にしましょう。

 

「待たせたわね。さぁ、食べましょう。いただきます」

 

「はい。……聖なる母マリア様、今日もわたくしにお恵みを……」

 

ジョゼットのお祈りを無視して先に食う。こっちのお祈りは済ませたんだし。

で、食いながら考える。本当に戦力増強を考えないとこれからやってけないわね。

多分トラブルの方から勝手にやってくるだろうし、

悪魔って奴が強敵だってことも身にしみた。

 

マリーの店で調達した鉄パイプとありあわせのガラクタ、

弾丸から取り出したガンパウダーやニトログリセリンで作った、

RPGや対戦車地雷はもう品切れ。

安定して材料を手に入れる方法を確保するか、別の武器を購入するか。

ライフルでも買おうかしら。

でもそれじゃあ、魔王とやらには勝てなさそう。っていうか多分無理。

う~ん、この件に関してはしばらく保留ね。

現状どうにもならない問題を頭の隅に寄せて、あたしはトーストをかじる作業に戻った。

 

 

 

 

 

──魔城 ヘル・ドラード 会議の間

 

 

絶えず空を暗黒の雲が覆い隠し、稲妻が走る。

ここヘル・ドラードの城主、深淵魔女と魔王・ギルファデスが、

長さ10mはあるテーブルにたった二人で座っていた。

深淵魔女は血の色をした葡萄酒が注がれたワイングラスを、

ゆっくりと手のひらで弄ぶが、魔王に振る舞うこともせず、

ただ頬杖をついてその色を楽しんでいた。

何も語ろうとしない魔女の女王に業を煮やした魔王が口を開く。

 

「ワシの送り込んだ生贄の回収役が何者かに殺された。

雑兵の一人とは言え、屈辱の極み!

すぐさま人間界に軍勢を送り込み、彼奴らを根絶やしにしてくれる!」

 

「フフ……おやめになったほうがよろしくてよ。

人間が絶滅したら貴方は何を食べて生きていくおつもりかしら。

減らしすぎても増えるには時間がかかる。

また灰と砂に塗れた魔界植物を食んで満足なさるのかしら」

 

「しかし!せめて犯人のひとりは殺さねばワシの気が治まらぬ!!」

 

ただのガラスならば、一枚残らず割れているほどの大音声が広間の空気を揺るがす。

魔力で表面の大気の流れが止められているので、

ここのガラスは物音ひとつ立てることはなかったが。

 

「だが、一体どこの馬の骨が!人間共のどいつが斯様な狼藉を!」

 

深淵魔女はクスリと笑い、1枚の紙を魔法で飛ばす。魔王の手に収まったその紙には。

 

「ご存知ありませんの?最近異世界から現れた面白い人間。

私としてはただ殺すのでは芸がない。

全く未知の存在を観察する方が面白いと考えますわ」

 

「面白いだと!?全くこやつは……まあ良い。

いずれこいつに文字通り地獄の苦しみを味あわせてくれるわ!」

 

ギルファデスがぐしゃりと紙を握りつぶすと、それは燃え上がり灰になった。

彼が手に取る前にはこう書かれていた。

 

 

──Risako the Destroyer 42000G & Dark Orb

 

 

 



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タレ派先生ありがとう、いつもつまらないSSを書いてくれて……

「む~!なんで私が怒ってるかはわかってるよね!」

 

「だーかーら、いろいろ面倒な事情があったのよ」

 

立ち上がってプンプン怒るソフィア。他のギルドメンバーもじっとあたしを見てる。

まぁ、こうなることは予想はしてたわよ。

こないだ広場で悪魔討伐宣言してたときに、

“あれ、なんかあたしヤバイことしてんじゃね?”って嫌な予感はしてたんだけど、

結局そのときは疲れきってたし、深く考えないで放置してたの。

 

んで、今日買い物がてら酒場で昼飯を食おうとした瞬間こいつらの存在を思い出した。

入りたくねー、と思ったけど、ジョゼットのご飯まだですかに押されて、

中に入ったらこの有様。ソフィアに死角から手を掴まれて連行されて、

ビートオブバラライカの連中から丸テーブルで事情聴取よ。

 

とりあえずジョゼットには先に飯食わせて外で遊ばせてる。

今は広場で嬉しそうに、ようやく日の目を見た怨念のこもった布教チラシを配ってる。

それ、道端に捨てたり踏んだりしないほうがいいわよ。

彼女の生霊が枕元に立ってお宅の冷蔵庫を食い荒らす。……こっちの話に戻るわね。

目の前でソフィアが両手を腰に当てて、今もあたしに抗議してる。

 

「事情ってなに!?私達の誘いを袖にしておいて、

ただの水質管理員と組んで悪魔退治に行くわ、しかも帰ってくるなり大々的な勝利宣言。

当然またあなたの賞金稼ぎとしてのランクは上がる。そしてあたしたちは置いてきぼり。

さぁ、選んで!十分納得する理由を説明する、

もしくは今度こそ私達のギルドに入るか!」

 

「さすがに今度ばかりは俺たちも黙っちゃいられねえ。きっちりカタ付けてもらうぜ」

 

テンガロンハットを目深に被ったマックスも同調する。

面倒だけど、関係ないでしょで済ませると余計面倒くさいことになりそう。

こいつらを納得させないと、今後店に来る度に絡まれるのは目に見えてる。

 

「はぁ。暴走魔女騒ぎの後に、あたしに2つほど肩書き付いたのは知ってるわよね。

“早撃ち里沙子”と“魔女狩り里沙子”。

あたしはややこしい“魔女狩り”の方を取っ払いたかったのよ」

 

「それと、僕達を相手にしてくれないこと、何か関係あるのかな?」

 

初めて話をした男の子は、

0.5mほどの巨大な銃型の注射器みたいな武器を大事に抱えてる。

左側に液体の入ったボトル、右側に圧力メーターと握る二本のグリップが付いてて、

どう使うのかよくわかんない。髪は栗毛のショートカット。

白衣を着てて、ぼく回復役でーすって看板背負ってる勢い。

歳はジョゼットと同じくらいかしら?

 

「悪魔の件に関しては、どうしても魔女とペアで対処する必要があったのよ。

あたしは物騒な肩書きを捨てたい。魔女の娘……ロザリーっていうんだけど、

彼女も暴走魔女のせいで職場で肩身の狭い思いをしてた」

 

「だから!わたし達は、どうしてあなたがわたし達を無視するのか聞いてるノ!」

 

隣の椅子から毛糸の手袋をはめた手でペチペチ叩いてくる女の子は多分まだ10歳位。

ちなみに全然痛くない。ちょっと気持ちいいくらい。

ブロンドのセミロングに、これまた毛糸の帽子、ケープを羽織ってる。

彼女は何役なのかちょっと見当がつかないわ。

 

「こら、やめなさいマオ!里沙子もアーヴィンの質問に答えて。話の続きをお願い」

 

なるほど、男の子はアーヴィン、女の子はマオ。

これからも顔を合わせることになるだろうから覚えておいたほうがいいわね。

 

「無視してるわけじゃないのよ?まず、ロザリーと出会ったのはたまたま。

広場で出会った彼女が“魔女狩り”のあたしに助けを求めてきたの。

魔女への偏見をなんとかして欲しいって。

それで大勢の連中を説得するには、

人間と魔女が共同でなにかドでかいことをやらかさなきゃ駄目だって話になったの」

 

「ふむふむ」

 

「それからはあんた達も新聞で読んだ通りよ。

あたし達は二人連れ立ってアステル村に行って、

悪魔と直接対決してぶっ殺したってわけ。もちろんロザリーも戦ったわ。

っていうか、彼女がいなきゃ死んでた」

 

「えっ、そんなにヤバイ奴だったの?」

 

アーヴィンって男の子が身を乗り出して尋ねてきた。

あたしの心配というより、悪魔について興味津々って感じで。

 

「体長はキミ二人分くらい。家を切り裂く鋭い鉤爪、

核を壊さない限り無限に再生する能力、毒霧、瞬間移動。

まーいろんな芸で手こずらせてくれたわ。

毒霧吹きたきゃ悪役レスラーにでもなれっての。

その時あたし、うっかり毒霧吸い込んでヘロヘロになっちゃって。

ロザリーの解毒魔法がなかったら、動けないまま握りつぶされてたでしょうね」

 

「どーやってそんなやつ倒したノ!?」

 

マオちゃんが聞いてくるけど、どうしようかしら。

この娘、ほっぺが柔らかそうでプニプニしたら気持ちよさそう……じゃない。

対戦車地雷やRPGは、マリーの店で買った違法な部品たくさん使ってたからねぇ。

うっかり口を滑らせたら、芋づる式に彼女の店が摘発されかねない。

あの心躍るカオスな空間を失いたくはないわ。

 

「いろいろ策を巡らせて爆弾に引っ掛けたのよ。

そこですっ転んだ所でR…オホン、銃を撃ちまくって奴の核をぶっ壊したってわけ」

 

具体的なことはぼかして要点だけを話した。

 

「確かに……アステル村の住人にウラ取ったけど、爆発音が何回もした言ってたわね」

 

ソフィアが納得した。よっしゃ危機回避。何がどれの音か今更わかるはずもないし。

 

「そうなのよ~M100の銃声は下手な爆弾よりうるさいからねぇ。

悪魔殺すのに何発撃ったかわかりゃしないわ。

とまあ、そういうわけで、残るは広場での勝利宣言だけど、

あれは魔女と人間は協力関係にあることを、

改めて石頭共にわからせるためのパフォーマンスだったのよ。

別に賞金稼ぎとして名を上げたいとかそういう意味じゃないわ。

実際あれのおかげでロザリーも元通りの生活に戻れたしね」

 

「……なるほど。確かにあれ以来、街の連中の魔女への対応が明らかに変わったな」

 

マックスも事情を把握したようで、

なんとかこいつらから逃げられそうな流れになってきた。

 

「そういうこと。悪魔の件は、賞金や名声目当てじゃなくて、

人間と魔女の間に走ってた気色悪い疑念を解消して、

あたしの厄介な肩書きを消し去るための致し方ない処置だったってわけよ。

決してあんた達を軽く見てたわけじゃないの。わかってくれた?くれたわよね。

それじゃあ、あたしはこれで失礼……」

 

「だめー!」

 

あたしが立ち上がった瞬間、何か温かくて柔らかいものが左腕にくっついてきた。

マオちゃんが腕にしがみついて目を吊り上げてあたしを見てる。

そういえば、この娘はじめからなんだか怒ってるわね。

身体は一番小さいけど、一番の怒りん坊さんみたい。

あたしでも楽々持ち上げられるほど軽い。

 

「里沙子はわたし達の仲間になるノー!」

 

「マオ、よしなさい。里沙子が私達を放ったらかして、

抜けがけしたわけじゃないってわかった以上、今日は諦めるしかないわ」

 

「抜けがけっていうか、別にあんたらと同盟組んだりした覚えはないけどね!」

 

「やだー!」

 

「わがままは駄目だよ、マオ。さ、この人から離れるんだ」

 

「んー!」

 

アーヴィンがマオちゃんを引き剥がそうとするけど、

余計全身に力を入れてあたしの腕に抱きついてくる。

でも、やっぱり全然痛くないし、なんだかお人形さんみたいで可愛いわ。

でも残念だけど、今の自由気ままな生活を捨てる気はないの。

 

「ごめんね、マオちゃん。あたしはその日その日でやることが変わるから、

みんなと一緒に賞金首を追ったりはできないの」

 

「じゃあ、わたしが里沙子のギルドに入るー!里沙子と一緒に冒険するノ!」

 

「ええ?……あたしはギルドなんて作ってないし作る気もないのよ。

召使いのジョゼットと食っちゃ寝生活してるだけ」

 

「ちょっとマオ、何言ってるの!ビートオブバラライカ抜ける気?

あなたが抜けたら誰が魔道士役やるの!」

 

ソフィアが慌ててマオちゃんを止める。

なんかせっかく終わりかけた話が、またややこしくなり始めたんだけど。

っていうかこの子魔道士だったんだ、意外。

 

「あんたも本気にしないの!

マオちゃん連れてかれたくなかったら、この子ひっぺがすの手伝いなさい!」

 

その後、ソフィアと二人がかりでようやくマオちゃんを引き剥がしたけど、

まだマックスの腕の中で暴れてる。

ああ疲れた。やっぱりギルドなんか入らなくて正解だったわ。

毎日こんな騒ぎの中で生活してたら寿命がいくらあっても足りないわ。

そういうのが“楽しい”と感じられるタイプの人じゃなきゃ無理ね。ぼっち万歳。

 

「里沙子まてー!」

 

「じゃあ、そういうことだから。

メンバーの後始末はリーダーがやっとくのよ、ソフィア!」

 

「うん、わかった。でも、やっぱり考えといてね……」

 

「期待はしないで。じゃあ、あたしはこれで」

 

駆け足で酒場から逃げ出して広場に出たあたし。そこでグゥ、と腹が鳴った。

そうだ、昼飯まだ食ってない。はぁ、あいつらに関わるとろくなことがないわ。

パン屋で適当に惣菜パンでも買ってベンチで食べましょう。

 

ジョゼットはどうしてるのかしら。……まだチラシ配ってるわね。

ゆっくり食べても大丈夫そう。あたしは広場から更に奥の店舗が数件並ぶ区画に行って、

パン屋に入った。焼きあがったパンのいい匂いでまた腹が鳴る。どれにしようかしら。

焼きそばパン、グラタンパン、ピザパン。どれも美味しそうだけど……

やっぱり定番の焼きそばパンね。あたしはトングで一つトレーに取ると、

冷温庫から牛乳を一瓶取って会計に持っていった。

 

「いらっしゃいませ。焼きそば1つ、牛乳1つで、4Gですね」

 

「はい、ちょうどね」

 

相変わらず物価安っすいわね。とは言え、ミニッツリピーターを買い戻す目標がある今、

所持金は相対的に見てマイナスなんだけど。

店を出るとあたしは適当なベンチに腰掛けて、紙袋からパンと牛乳を取り出して、

まずはパンを一口かじる。ああ美味しい。

この組み合わせ考えた人が歴史に名を残してないのは歴史上の大きな謎ね。

そして牛乳の柔らかい味で喉を潤し、焼きそばパンをもう一口。

 

腹の虫が治まってきた。空腹が解消されたところで、ふと現実的な問題を思い出した。

さっきのミニッツリピーター。なんとしてもこの手に取り戻したいところだけど、

それには600万G以上稼がなきゃいけない。今の所持金が900万弱。

愛しの相棒は今1500万Gで売られてる。

 

教会運営の補助金月1万Gじゃ、貯まる頃にはババアになってるわ。

どっかのカジノで一獲千金を狙うとか?いやよ。

博打なんて胴元が勝つに決まってるんだし、ギャンブルは嫌いなの。

アホの親父がパチンコで700万借金こさえて家ん中めちゃくちゃにして以来ね。

 

さっきから数字の話ばっかりで悪いわね。

とにかく、何か600万Gに相当する価値ある何かを見つけないと、どうしようもないわ。

あたしは紙袋をゴミ箱に放り込み、牛乳瓶を店先のケースに入れた。

そして広場に戻ると、チラシを配り終えたジョゼットが駆け寄ってきた。

 

「里沙子さーん!」

 

「チラシ配りは上手く行った?」

 

「はい、バッチリです!やっぱり手書きだと心がこもってるせいか、

みなさん快く受け取ってくれました!」

 

「溝に捨てられてても落ち込むんじゃないわよ。配布チラシってそういうもんだから」

 

「失礼ですね!そんなことあるわけない……ああっ!ゴミ箱に捨てられてる……」

 

「きちんとゴミ箱に入れてくれただけまだマシよ。

地面にポイ捨てされて街が汚れると、広告主までイメージが悪くなるんだから。

そうそう、今何時かしら。ええと……」

 

あたしが硬貨だらけのハンドバッグをかき回していると、

しばらく使ってないものが出てきた。内ポケットに入れてたから気づかなかったスマホ。

電源ボタンを押すと、まだバッテリーは50%くらい残ってる。

当然圏外で誰からもかかってこないからすっかり忘れてたわ。

 

うーん、スマホの時計は正確だけど、この世界の技術じゃ量産できないわね。

地球の時刻とミドルファンタジアの時刻がリンクしてるかも不明だし。

……あれ、“量産”?自分で思い至った言葉に何か引っかかり、

急いで画面をスライドすると、お気に入り画像や文書のフォルダが現れた。

 

「それなんですか、里沙子さん?……うわぁ、綺麗!とってもカラフルに光ってる!

ねぇ、これなんですか。アースの美術品ですか?……里沙子さん?」

 

「ふ、ふふ。ふふふふ……」

 

「うっ、里沙子さん。どうしたんですか……?」

 

「これよ、これだわ、これなのよ!」

 

「なにがこれなんですか?わたくしにも教えてください!」

 

「こうしちゃいられないわ、ジョゼット、行くわよ!」

 

「えっ、待ってくださいよ里沙子さん。なにか言ってー」

 

天啓が下ったあたしは、ジョゼットを無視してダッシュで市場を通り抜け、

目的地を目指した。そして裏路地に飛び込み、その店のドアを開けた。

そこは当然マリーのジャンク屋。

 

「はぁ、はぁ、マリーいる……?」

 

「はいな。どうしたのリサっち。そんなに慌てて」

 

マリーはいつも通りTシャツにデニムのホットパンツのラフな格好で、

スナックを食いながら奥から出てきた。

 

「スマホ、スマホの充電がしたいの……

マイクロUSBと、USBからコンセントに繋げるアダプタちょうだい」

 

「あーごめん。基本そういう細かいの置きっぱだから自分で探して。

あたしはテレビ見る」

 

「邪魔するわよ……」

 

マリーのマイペースな対応になんだかほっとしつつ、

あたしは店の奥にある電子部品コーナーという名のガラクタ置き場をあさり始めた。

スマホに繋げる充電用USBとUSBからコンセントに繋げるパーツ。

コンセントは割りと簡単に見つかるっていうかうちにある。

 

絶縁テープを巻いた空き缶に、変圧回路を経由してケーブルを繋いで、

タップに接続して缶に雷光石を入れれば、はい終わり。

雷光石は雑貨屋か、メリル宝飾店で手に入るわ。

でも、宝飾店には純度の高い宝石みたいなやつしか置いてないから、

消耗品として使うにはもったいないわね。

 

問題はスマホ充電用のUSBケーブルがあるかどうか。

あたしはガサゴソとジャンクの山をかき分ける。

これはどうかしら……違う、ガラケー用。こっちは?両方普通のUSBじゃないの、次!

片方がスマホに差さるUSB、小さいやつ小さいやつ……あった!

念のためスマホに差してみて対応してるか確認。うん、ピッタリ!

カウンターに持っていってマリーに声をかける。今日は“真昼の用心棒”見てる。

趣味が広いわね。

 

「マリー、これちょうだい」

 

「3Gでよい。置いといて~」

 

「一応モノくらい見たら?よくそれで店潰れないわね」

 

「結構手広くやってるからねー。……おおっ、飲んだくれ兄貴強ええ」

 

背中を向けたまま商品すら見ないでこの対応。だからここは好きなのよ。

店の収入だけで食っていけてるとは思えないけど、他が何かを知りたいとは思わない。

あたし自身あれこれ詮索されるのはご免だからね。

自分がされたくないことを気の置けない相手にするのは、人として下等な行為よ。

これでも一応良心の燃えカスくらいは残ってる。

それはさておき、目的のブツは手に入ったわ。カウンターに3G置く。

 

「またね、マリー」

 

「ういっす、まいど。ジョゼットちゃんもまたねー」

 

「え、はい、さようなら!」

 

今まで空気だったジョゼットにもちゃんと気づいてたマリーと別れると、店から出た。

裏路地を通っていつもの通りに出ると、帰路につく。

 

「ジョゼット、もう帰るけど、買い忘れはない?」

 

「はい!」

 

「よし、それじゃあ……あ、ちょっと待って!」

 

「どうしたんですか?いつもは早く帰りたがるのに」

 

「どうしても要るものが発生!

雑貨屋までひとっ走り行ってくるから、広場で待ってて!」

 

「はぁ」

 

あたしは息を切らせて雑貨屋まで駆け込むと、

必要なものを一通り買い物かごに放り込み、大きなものは直接店員に注文した。

これでオーケー。今晩が楽しみだわ。

大きな紙袋に入った荷物を抱えるあたしを見たジョゼットは驚いて聞いてきた。

 

「なんですか里沙子さん!?そんなにたくさん荷物抱えて」

 

「一獲千金のチャンスを掴むのよ。こいつでね。フフ……」

 

「あ、なんか悪巧みしてる顔だ。ジョゼットにも教えてください!」

 

「教えたら意味がなくなる性質のものなのよ。帰りましょう」

 

「待って!置いてかないでくださーい」

 

それで、家に帰ったあたし達はジョゼットの作った早めの夕食を食べたんだけど、

食べてる間もワクワクが止まらない。

いつの間にかニヤついていたのか、ジョゼットが怯えた様子で声をかけてきた。

 

「里沙子さん……本当に大丈夫ですか?なんだかキモいです」

 

「ふふっ、ちゃんと気持ち悪いって言いなさい……」

 

「やっぱり変ですよ!いつもの里沙子さんだったら、

キモいなんて言おうもんならゲンコツが10発くらい飛んで来るのに!」

 

「そんなことどうでもいいの。相棒を取り戻すことができるかもしれないんだから……」

 

「相棒って、里沙子さんの時計ですか?危ないことじゃないですよね……?」

 

「“あたしは”危なくないわ、あたしはね」

 

「どういうことなんですか?」

 

「秘密よ。時が来るまで」

 

「ううっ……マリア様、どうか里沙子さんをお救いください。

きっと悪魔との戦いで頭を打ったんです!」

 

「ふぅ、ごちそうさま。あたしは今夜部屋にこもるわ。

大事な作業があるから邪魔しないでね。ああそれと、あたし明日から旅に出るから。

1週間は戻らないから家は頼んだわよ」

 

「え、旅!?一体どこに何しに行くんですか?」

 

あたしは足元に置いた紙袋から1冊のハンドブックを取り出した。

“鍛冶の街 イグニール領観光ガイド”。

折りたたみ式の地図になっているそれを広げると、ジョゼットが立ち上がって覗き込む。

 

「うわぁ。鍛冶屋さんと工場がいっぱいですね」

 

確かに地図には鍛冶屋を表すハンマーや工場の煙突のマークが、

ざっと見て100以上点在してる。全部を回るわけにはいかないわ。

あとで目的の物を作ってくれる店を吟味しなきゃ。

 

「そう。ちょっと作って欲しいものがあるの。

2度も往復はできないから泊まり込んで出来上がりを待つ。

じゃあ、あたしはお先に失礼~」

 

「はぁ……」

 

あたしは地図をしまうと、一旦購入したものを全部私室に持ち込んだ。

そしてベッドの上に脱ぎっぱなしのパジャマを拾ってバスルームに向かい、

シャワーで汗を流して髪を洗う。

そうそう、このシャワーもイグニールの鍛冶屋に作ってもらったのよ。

手洗いで洗濯するスペースをシャワールームに改造したの。

この領地にはリフォーム業者なんて気の利いたものはないけど、

建築家に依頼すればイグニールの工業技術にありつけるってわけ。

 

料金は仲介料込みで10000G。安くはないけど、便利な生活には代えられないわ。

井戸水組み上げなくても水が出るのも、こうしてシャワーを浴びられるのも、

イグニールから来た技術者のおかげ。あたしはシャワーを止めると、脱衣所に出る。

バスタオルで身体を拭いてパジャマに着替えると……いよいよミッション開始よ!

 

私室に戻ると、まずは表が地図になってる折りたたみ式ハンドブックを裏返し、

各工場の生産品、得意分野一覧に目を通す。

ふむふむ。ここは0.01mmの精度で各種パイプを生産できて、

こっちは丈夫で精巧なバネを作れるってわけね。

あたしは目星を付けた鍛冶屋・工場に次々丸をつけていく。

 

「こんなところかしら」

 

これなら必要なものが揃いそう。お店選びを終えたあたしは、

今度は机に雑貨屋で買った文房具用意し、大きな紙を一枚取り出して広げ、

スマホにマイクロUSBを接続して、手作りの雷光石バッテリーのコンセントに差した。

久方ぶりに手持ちのパソコンとも言える文明の利器に命が吹き込まれる。

 

ホーム画面から何ページかスライドし、お気に入り画像のフォルダを開き、

目的の画像を表示した。ちょっと見づらいけどここは我慢ね。

いずれマリーの店にノートパソコンかプリンターが流れ着くのを待ちましょう。

 

あたしは紙に定規で線を引きつつ、スマホ画面をスライド、を繰り返し、

書き上がったら新しい紙に同じく別の部品を描き始めた。

ああ、小さいスマホの画面を見ながら細かい線を書くのは予想以上に疲れるわ。

目が痛くなってきた。あたしは一旦手を止め目頭を押さえ、大きく伸びをした。

 

「んんっ……さて、もうひと踏ん張り」

 

あたしはひたすら紙とスマホとにらめっこを続け、気づくと鶏が鳴く朝になっていた。

結局貫徹か。まだ駆け出しのSEだった頃、時間配分をミスった時たまにあったわね。

それはともかく、完成したわ。あたしに道を切り拓く、かもしれない叡智の結晶が!

どの設計図も満足の行く出来栄え。

 

折り目が付かないように、厚紙の筒に設計図を丸めて入れて、リュックサックに入れた。

そんで、私室の隅に置いてあるあたしの財産袋Aも入れる。

この財産袋はAからJまであって、あたしの全財産を小分けにして入れて

教会の各所に隠してある。

初めてここに来た時、とても1000万G全部を運べなかったっていう事情もあるけど。

そう言えばここ、銀行はあるのかしら。旅から戻ったら調べてみなきゃ。

 

あたしは身支度をして、ずしりと肩に食い込むリュックサックを背負うと1階に下りた。

もうジョゼットが起きて朝食の準備をしている。

一旦リュックサックを下ろしてダイニングのテーブルに着く。

ああ、小分けにしても100万Gを越える金貨はかなり重くて、徹夜明けの身体に堪える。

 

「おはようございます、里沙子さん。朝食ですよー」

 

「おはよ、ジョゼット。朝からいきなり力仕事で姉さん憂鬱」

 

「本当にしっかりしてくださいね。それに、その重そうな鞄、何が入ってるんですか」

 

ジョゼットが朝食を並べながら、早くも疲れ気味のあたしに聞いてくる。

献立はミニサラダ、トースト、ベーコンエッグ、牛乳。

 

「これは先人の残した遺産とそれを具現化するための最高傑作。

心配しないで。どんな物事にも産みの苦しみはついて回るものなのよ。

これが成功したらあたしらは大金持ちになれるかもしれない」

 

「意味わかんないです~とにかく生きて帰ってきてくださいね……」

 

「わかってるわよ」

 

朝食を食べ終えたあたしは、再びリュックサックを背負い、

玄関を出ようとしたんだけど、残念な事実に気がついた。

もちろんイグニール領までは馬車を使うつもりだけど、

ハッピーマイルズ・セントラルの駅馬車広場までは歩きだってことすっかり忘れてた。

出鼻くじかれたみたいでうんざり。野盗が出たら躊躇わず殺そう。

 

「いってらっしゃーい!」

 

「後、頼むわね」

 

ジョゼットに見送られて、一人重量オーバーの行軍に出発したあたし。

よく重量制限の概念があるオープンワールド系のゲームで、

制限無視してアイテムを拾いまくり、

ゆっくり牛歩で街まで持ち帰るってのを楽しんでたんだけど、

実際体験してみると彼らには悪いことしてたわ。ごめんよ、Vault101のアイツ。

 

幸い野盗は出なかったものの、駅馬車広場にたどり着く頃にはすっかり汗だくで、

疲労困憊で事務所になだれ込んだ。事務員もあたしの異様な姿に若干引いてた。

そんなこと気にする余裕もないあたしは、息切れしながらもなんとか要件を伝えた。

 

「馬車、1日、貸し切り……イグニール…中型……」

 

「お、おう。イグニールまでの貸し切りなら300Gだ。前金150G」

 

あたしが黙って金を差し出すと、事務員が番号札を渡してきた。

よたよたと停車場まで行き、指定の番号の馬車を見つけると、

御者に札を渡す前に重いリュックを車に載せた。ドスンという音で馬が驚く。

 

「おい、姉ちゃん、気をつけてくれ。札は?」

 

「これよ。イグニールまでお願い……ああ疲れた!」

 

「あいよ、乗ってくんな」

 

ようやく重い荷物から開放されたあたしは、椅子に座り込んで息をついた。

ガタゴトと音を立てて馬車が走り出す。

ああ、自分の足で歩かなくっていいって素敵だわ。

話によると、イグニールまでは馬車で2時間ほどらしいから、

ちょっと仮眠を取ろうかしら。今日はいろいろ回ることになるんだし。

 

……で、目が覚めると、窓から見える景色が一変してた。

殆どの建造物が木とレンガと石でできていたハッピーマイルズと違い、

産業革命時代のイギリスのように、

鉄とセメントが視界を占める、まさに工業都市だった。

あちこちに工場や、鍛冶屋が立ち並び、

剣山のように突き出る煙突からはモクモクと煙が昇る。

 

機械工学に興味があるあたしとしては、こっちのほうが面白みはあるけど、

空気の味がよろしくないわね。

住むなら退屈でもハッピーマイルズのほうが身体には良さそう。

あたしは地図を広げると、まず、丸を付けて番号を振った鍛冶屋と工場のうち、

1番目の鍛冶屋に向かうよう御者の兄ちゃんに頼んだ。

 

「ねえお兄さん、地図のこの番号に向かってちょうだいな」

 

「ああ。こっからなら10分もありゃ着く」

 

すると、馬車は進路を変えて石畳の続く道を進んだ。すると、兄ちゃんの言った通り、

10分ほどでハンマーと釘の絵が刻まれた看板のかかった鍛冶屋の前に到着した。

 

「ありがとう。ちょっと待っててね」

 

「貸し切りだから別に急がなくていいぞ」

 

あたしは、リュックから筒を取り出すと、店の中に入った。

店にはフライパンやヤカンみたいな金物が並んでる。

奥から金槌を叩く音が絶え間なく響いてくる。

その音を追っていくと、背は低いけど、全身を鋼のような筋肉で包んだドワーフがいて、

あたしに気づくとじろりとこっちを見て言った。

 

「……何の用だ」

 

「ここに腕のいい鍛冶職人がいると聞いて来たの。

精巧でしかも丈夫なパイプを作れる、イグニール随一の職人が、ね」

 

「要件を言え」

 

「単刀直入に言うわ。この設計図に書いてるパイプを6本作って欲しいの。

許容誤差は0.01mm」

 

あたしは筒から取り出した設計図をドワーフに渡した。

彼は乱暴に受け取ると、設計図をちらと見て、

 

「冷やかしなら帰れ」

 

設計図を放り出した。予想通りの反応ね。

あたしはそれを拾い上げると、更に付け加えた。

 

「あら、できないの。イグニール1の名工と聞いてきたのに残念だわ」

 

「お前に払える額じゃないと言っている」

 

「現金一括前払い」

 

「なんだと?」

 

「多少無茶な要求をしてることは承知してるわ。

だから、こっちもそれ相応の対価は用意してる。

高度な技術が安くないことくらいはわかってる。だからこの条件で引き受けて欲しいの。

もう一度お願いするわ。これを、作って」

 

「……見せてみろ」

 

ドワーフはもう一度設計図を受け取ると、端から端まで目を通した。そして口を開く。

 

「6本で6000Gだ。払えるんだろうな」

 

「もちろん。今、持ってくるわ」

 

あたしは馬車に戻ると、通行人の目に触れないように、

馬車の中で100G金貨を60枚ボロい袋に入れて、また店に入った。

それでドワーフに渡すと、彼は何も言わずに金貨を数え、計算が終わると一言。

 

「完成は3日後だ。少し待て。

……ふん、どこの貴族だか知らんがわけのわからん物を欲しがる」

 

ドワーフは店の精算所に行くと、領収書に何かを書いて判を押し、あたしに突き出した。

受け取った料金と、収める品物、納期が記入され、

店主の名前らしき判子が押されていた。なるほど、領収書兼引換券ね。

 

「ほら、用が済んだらさっさと行け」

 

「お願いね」

 

あたしは店を出ると、馬車に乗り込み、地図を広げて次の目的地を探す。

ええと、ここから一番近いのは、と。

最寄りのマーク付き工場を見つけると、また御者の兄ちゃんに行き先を伝える。

 

「ああ、この工場な。お客さん、鍛冶屋や工場なんか回ってどうするんだい。

別に見てて楽しいもんでもないだろう」

 

「どうしても作りたいものがあるの。その部品集め。さあ、工場までお願い」

 

「ハイヨー」

 

次に向かうのは川沿いの小さな工場。

工場のサイズに合わせたのか知らないけど、作ってるものも小さなもの。

小さいけど、停車場もあるからそこに馬車を停めてもらって、

開け放たれた工場の入り口そばにある、

電話ボックスみたいな受付所の中にいる係員に話しかけた。

 

「もしもし」

 

「はい、何か?」

 

「こちらでオーダーメイドのバネを作っていると聞いてきたんだけど、

6つほどお願いできるかしら」

 

「あいすみません。バネの製作依頼は企業向けの大口発注のみ承っておりまして、

最低でも100個以上からの受付となります」

 

「この際100個で構わないわ。こういうバネを作って。しなやかで、それでいて頑丈な」

 

あたしは窓からさっきとは別の設計図を渡す。それを広げて係員が困った顔をする。

 

「う~ん、失礼。少し上司と相談させてください」

 

係員が受付所から出て工場の中へ走っていった。

足元の砂利を蹴ったりして、しばらくぶらぶらとうろついていると、

さっきの係員と上司らしき男が工場から出てきた。

あたしが彼らに向き合うと、上司も困った顔で説明を始めた。

 

「どうも、この工場の主任です。う~ん、お客さんの注文書なんですがね、

作れないことはないんですが、かなり割高になりますよ?

しかもこの精度と強度となると、100個で10000Gはかかっちゃいますね」

 

「構いません。どうしても必要ですの。10000Gで作ってくださいな」

 

「え!?本当にいいんですか?

もうちょっと性能面で妥協すれば街の金物屋で1個から買えますけど……」

 

「極限まで高めた性能が必要ですの。先払いでいいので作ってください」

 

「……わかりました。じゃあ、一旦この設計図はお預かりしてもよろしいでしょうか。

代金はそこの受付で」

 

「よろしくお願いしますわ」

 

あたしはまた馬車に戻って、例によって10000Gを取り出して袋に詰め、

さっきの受付所で代金を払った。大量の金貨を見た係員が目を丸くする。

 

「確かに……受け取りました。

あの、失礼ですが、お客様のような女性の方がバネなど何に……」

 

「訳あってそれは話せませんの」

 

「……そうですか。いや失礼致しました。こちら、領収書です。

出来上がりは2日ですので、それ以降にお受け取りをお願いします」

 

「わかりました。ありがとう」

 

2枚目の領収書を手に入れたあたしは馬車に戻った。

それ以降も、同様にハンドル、車輪なんかの必要な部品を、

いろんな鍛冶屋・工場を回って注文したの。

最後の部品を注文したら、御者の兄ちゃんに宿屋に連れて行ってもらって、

そこでリュックを背負って馬車を下りた。

ほうぼうで派手に金を使ったから、出発したときよりかなり軽くなってたわ。

あとは待つだけよ。

 

「今日はありがとう。残金の150Gね。あと、これは気持ち」

 

「おお、ありがてえ!またうちの馬車使ってくれよな!じゃあな」

 

馬車を見送ると、あたしは宿屋に入り、カウンターの店員に話しかけた。

 

「もしもし、1週間ほど滞在したいのだけど、空き部屋はあるかしら」

 

「あるよ。この宿が出来てから満室になったことなんてないさ。で、部屋はどうする。

エコノミー10G、ファースト25G、キング50G、どれも食事付き」

 

「キングで」

 

安部屋のベッドにはダニや変な虫がいるからね。係の愛想も良くない。

金出して病気と不愉快を買うくらいなら、少し多めの出費も安いものよ。

 

「お客さん羽振りがいいねえ!おーい、キング1名様ご案内だよ!これ鍵ね」

 

奥から“へーい”と背の高い荷物持ちの兄ちゃんが出てきた。

軽くなったとは言え、まだ楽に背負えるとは言えないあたしのリュックを持って

部屋に案内してくれた。

 

「ごゆっくり」

 

「ありがと」

 

あたしはリュックを部屋の隅に寄せると、清潔なダブルベッドに大の字になった。

シャワーを浴びようと思ったけど、さすがに今は疲れてる。一旦仮眠しましょう。

あたしは例の物の完成した姿を想像し、

ニヤニヤしながら、やがてストンと眠りに落ちた。

 

「んふふ……600万……あたしの時計……」

 

 



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↑自虐に頼るようになったらお終いだってことに自分で気づいたことだけは褒めてあげて

ガタゴト、ガタゴト。

 

あれから一週間。ホテルをチェックアウトしたあたしは、

イグニールの駅馬車広場でまた貸し切りした馬車に乗って、

注文した品々の回収に周っていた。足元はもう大小様々な鋼鉄の部品で一杯。

ガイドブックの地図を広げる。

受領忘れがないように、部品を注文した鍛冶屋や工場にチェックを付けてるんだけど、

とうとう次で最後みたい。

 

イグニールに来て最初に寄ったあの鍛冶屋。もう少しで着く頃ね。

ああ、見えてきた見えてきた。ハンマーと釘の看板。

外までカンカン鉄を打つ音が聞こえてくるわ。

 

「御者さん、あそこの店で停めてください」

 

「かしこまりました」

 

あたしは馬車から降りて店に入り、奥に進む。

そこには一週間前に会ったドワーフの鍛冶が焼けた鉄の棒を叩いてた。

他にも弟子らしき人たちが作業してて結構うるさいから、

気持ち大きめの声で呼びかける。

 

「こんにちは!一週間前に注文した物を取りに来たの!ちょっといいかしら」

 

すると、ドワーフのおじさんが振り返り、やっぱりこちらをじろりと見て近寄ってきた。

あたしが領収書を差し出すと、それをちらりと見て、

 

「待ってろ」

 

そう言って別の部屋から麻の布に包んだパイプ6本を持ってきた。

穴を覗いたり表面を眺めたりしてみたけど、精密機械で削り出したように精巧で、

これなら信用して組み立てられるってわかる。

 

「ありがとう。これなら安心して命預けられるわ」

 

「ふん。何作るのか知らんが、せいぜいポンコツにはせんでくれ。行け」

 

「失礼するわね」

 

ドワーフのおじさんの態度は相変わらず無口でぶっきらぼうで、

人によって好き嫌いわかれるだろうけど、あたしは好きよ。

だいぶ前にも言ったけど、寡黙な男性は嫌いじゃないの。

あたしは軽くてしかも丈夫なパイプを抱えて馬車に積み込んだ。

さぁ、買い物旅行はこれでおしまい!早く我が家へ帰りましょう。

 

「御者さん、ハッピーマイルズ教会までの道はご存知?そこで降りたいのだけど」

 

「はい。主要施設の場所は把握しております。それでは、出発いたしますのでお席へ」

 

「よろしく」

 

パカポコと馬が蹄を鳴らして馬車を引く。あたしは足元を見る。

やっぱりバラすと結構な荷物ね。

でも、これを組み合わせるとドリーミーでワンダホーなものに生まれ変わるのよ。

あ・と・は。それをどこにどう売り込むかね。いくらふっかけるかも検討しなきゃ。

 

よく考えたら日々の生活費やら、装備を買い込んだりで、割りと結構使っちゃったから、

600万Gじゃ1500万Gにはわずかに届かない。さすがに1000万は無理よね。

きっと向こうも値切ってくるから、はじめは800万……

 

そんな感じで取らぬ狸の皮算用をしてたら、いつの間にか寝ちゃった。外はもう真っ暗。

御者石にランプが吊るされてるけど、5m位先しか見えない。

この世界は東京みたいな不夜城じゃないから、どこ見ても何があるのかわかんない。

良い子は暗くなったらお家に帰んな、ってことみたいね。

大人しく手に入れた部品の一つを手にとってみたりして暇をつぶしてると、

10分ほどで馬車が止まった。

 

「お客様、到着です」

 

「ありがとう。荷物を下ろすのに少し時間がかかりますけど、ごめんなさいね」

 

「いえ、どうぞごゆっくり」

 

あたしは馬車を降りて急いで玄関に駆け寄ると、鍵を差し込んで回し、ドアを開けた。

そして、ドアを開け放ち、大声でジョゼットを呼んだ。

 

「ジョゼットー!今帰ったわよ!」

 

“え、里沙子さん!?おかえりさなーい!”

 

ジョゼットが奥の住居から走ってきて思い切り抱きついてきた。

彼女を押しのけると、手短に要件を伝える。

 

「ええい、暑苦しい!それよりジョゼット、仕事よ。

この聖堂にある長椅子全部隅に寄せてスペース作りなさい。

あたしは荷物を運び込むから」

 

「え?スペースって……それより、マリア様の聖堂で何するつもりなんですか!」

 

「いいからさっさと手ぇ動かす!それが終わったら荷物運び手伝うのよ?いい?」

 

あたしは返事を待たず、馬車にとんぼ返りし、

まずはドワーフから受け取ったパイプを持って聖堂に運び込んだ。

ジョゼットは一生懸命長椅子を後ろに下げている。ああ、まだ戦力にはならないか。

 

今度は厚紙の箱に詰まった100個入りバネを持ってくる。

必要なのは6個だけど、メンテナンスで交換が必要になるかもしれない。

持っていても損はないわ。次は車輪ね。両手に二つ持って、これもまた運び込む。

どれもこれも精度が命だから乱暴には扱えない。

 

「ふぅ~やっと終わりました。何を運んでるんですか、一体?」

 

「ああ、よかった。手が空いたなら今度はこっちね。馬車の荷物を一緒に運んで。

替えの効かない一品物だから慎重にね」

 

「えー、まだあるんですか」

 

「文句言わないの。

あたしらの生活をより豊かにしてくれるかもしれない代物なんだから」

 

「は~い」

 

ジョゼットが加わったところで、今度は心臓部とも言える部分を運ぶ。

これは暇つぶしに馬車の中である程度組み立てといたから、かなり重い。

麻の布に乗せて端を持ち、二人がかりで運搬する。

 

「重い~腕が千切れそうです」

 

「お願いだから落とさないでよ。ミリ単位の傷が命に関わるんだから」

 

「そろそろこれで何するのか教えてくださーい……」

 

「今のバラバラの状態じゃ、何言っても多分さっぱりだわよ。

後で説明したげるから大人しく組み立て完了を待ちなさい」

 

「重いよー」

 

まあ、この心臓部以外はハンドルとか付属品だけだったから、

ぶっちゃけ搬入完了と考えていいわ。

それはジョゼットに任せて、あたしは御者さんに残金とチップを支払った。

 

「残金の150Gです。あと、これを貴方に。安全な旅をありがとう」

 

「これは……誠にありがとうございます。是非またイグニール交通をご利用ください」

 

馬車が帰って行くのを見届けると、あたしは長椅子が隅っこに寄せられ、

鈍色に光る大小様々なパーツが並べられた聖堂に戻った。

それを悲しそうな目で見るジョゼット。

 

「あうぅ……マリア様の部屋がすっかり散らかっちゃいました」

 

「今夜中に徹夜してでも完成させるから一日くらいマリアさんも許してくれるわよ。

あーお腹すいた。ジョゼット、パンでもなんでもいいから晩ごはん作って。

簡単なのでいいから」

 

「スープとパンを温めますね。

……本当に、すぐ片付けてくださいね?明後日は日曜ミサですから」

 

「わかってるって。本当、疲れた」

 

とりあえず本格的な作業は夕食の後にしましょうか。

あたしはダイニングのテーブルで自分の肩を揉みながら待っていた。

5分ほどで、ジョゼットが温めたスープと、

オーブンで焼き直したチーズ入りパンを持ってきてくれた。

スープを一口飲む。おおっ、以前の色が付いたお湯より格段にレベルが上がってる。

人間進歩するものね。パンはお店で買ったものだから当然美味しい。

 

「ジョゼット、料理の腕前上がったんじゃない?

スープが美味いことにこんなに驚いたのは初めてだわ」

 

「褒められてるのかどうか微妙ですけど、嬉しいです!」

 

「あたしの性格考えると褒めてるってわかるでしょ。喜んでいいのよ」

 

「えへへ、やったー」

 

それで、あたしは夕食を食べ終えると、いよいよ例の物の制作に取り掛かることにした。

 

「ごちそうさま。それじゃ、あたしは大事な仕事があるから」

 

「あの鉄の部品ですね。もう、里沙子さんたらすっかり夢中なんだから」

 

「そうまで人を惹きつけてやまない宝物なのよ、アレは」

 

あたしは物置部屋に寄ると、工具箱を取り、多数の部品を並べた聖堂に行った。

さぁ、今からあんた達に命を吹き込んであげるからね!

あたしはあぐらをかいて床に座り込むと、筒から設計図を取り出し、

それを参考にしながら組み立てを開始した。

 

「ええと、まずはパイプをこの円形の鉄板に差して固定する。

それから心臓部に半刺しして仮止め。

そしたらまずこれは置いといて、心臓部を本格的に駆動するよう仕上げましょう」

「この鉄の棒にバネを噛ませて伸縮する部分にする。6本全部ね。

これがハンドルに接続されたリールと連動して回転。連続して物体を叩くってわけ」

「移動用に車輪を着ける必要があるんだけど、かなり重いわね。

一度横にして、縦から軸と車輪を差し込んで、

あとはテコの原理でひっくり返して、もう片方の車輪をつければいいわね」

「ひとまずこれで形にはなったけど、動作確認が必要ね。

ここで本物使うわけにはいかないから、えーっと、あった。試運転用のゴム製品。

これをケースに入れて、上から差し込む。

あとはハンドルを回すと……おおっ、出てきた出てきた!

ようやくここまでの苦労が実を結んだわ!」

「後はそうね……顧客への売り込み用に組み立て方も書いておきましょうか。

紙はまだ残ってたし」

 

とうとう完成にこぎつけたあたしの傑作を売り込むため、私室に戻り、

また先日のようにスマホ、定規、分度器、コンパスを駆使して説明書を作成する。

時刻はとうに深夜を周ってる。

でも、あたしは手を止めることなくひたすら線を引き続けた。

 

翌日。ドンドンドン!

 

ジョゼットのうるさいノックで目が覚めた。

 

「里沙子さーん!起きてください!なんなんですか聖堂のアレ!」

 

「んさいわねぇ、朝っぱらから」

 

「もうお昼の12時ですよ!いくらなんでも寝すぎです!」

 

「はへっ!?」

 

思わず時計を見た。たしかに昼の12時5分くらいを指している。

しまった、いくら誤差があるとは言え寝すぎたわ。今日の売り込みは諦めましょう。

情報収集もまだだしね。おっと、説明書は?大丈夫、完成してる。よだれも付いてない。

 

「今出るわ。顔洗って着替えるから、お昼ごはん用意しといて」

 

「お昼の後はアレ片付けてくださいね!」

 

「わかってるわよー」

 

あたしは洗面所で顔を洗って歯を磨いた。それで私室に戻り、

昨日から着っぱなしだった服を着替えて、髪を解いて三つ編みを作る。

今日は出かける予定だから化粧も済ませて、ガンベルトを巻くといつも通りのあたし。

準備が終わると階段を下りてダイニングのテーブルに着いた。

 

「朝ごはん残っちゃったから、それ食べてくださいね」

 

「うい」

 

あたしはテーブルに身体を預けながら考える。

うーん、できれば一番高く買ってくれるとこがいいんだけど、

それって具体的にはどこなのかしら。作ったはいいけどその辺全然考えてなかった。

……餅は餅屋か。あそこで聞いてみるのが良さそう。

 

「ねえ、ジョゼット。今日街に行くんだけど、あんたも行く?」

 

「今日は、やめときます」

 

「あら珍しい。布教活動しなくていいの?」

 

「その前にマリア様のお部屋を元通りにしなくちゃいけませんから!

出かける前にアレを移動しといてくださいね!」

 

「悪かったわよ。悪かったからご飯まだー」

 

「今、温めが終わりました!……はいどうぞ」

 

アハハ、さすがにジョゼットもちょっと怒ってるわね。

まぁ、あの娘がこの家で自由になる数少ない空間を工場にされたんだから無理もないか。

お土産になんかお菓子買って帰りましょう。

 

「いただきまーす」

 

「マリア様、今日のお恵みをお与えくださり……」

 

朝食はいつも軽めだし、

急いで食べたからジョゼットのお祈りが終わると同時に食べ終わっちゃったわ。

ジョゼットの呆れたような視線を無視して聖堂に行く。

そこには昨夜完成したばかりの物の堂々たる姿が。

あたしは一旦そいつの前で満足げにニヤリと笑い、玄関のドアを開け放つと、

重心を低くして後ろから押した。

 

パーツごとだと持ち運びに一苦労だけど、車輪が着いてるからスムーズに動き始めたわ。

あたしはそのまま教会裏手にそれを運んで、

砂埃から守るように麻のシートを被せて車輪を固定した。こんなところね。

さぁ、今日は情報収集だけで1日が終わりそうだけど、

街に行くのが楽しみなのは初めてかも。

 

楽しい気分で街道を歩く。今日は野盗も出ない。

まさにハッピーな気分でハッピーマイルズに到着した。

まず、手近なところから片付けましょうかね。

あたしは街に入ってすぐ右手の役所に入った。ここに来るのも久しぶりね。

受付の列に並んでる間に頭の中で聞きたいことを整理する。

あれこれ考えていると、自分の番が来た。やっぱり担当は見覚えのあるオッチャン。

 

「ごきげんよう。少し聞きたいことがあるんだけど」

 

「お久しぶり、お嬢さ……いや、里沙子」

 

「あら、あたしが子供じゃないってわかってくれたのかしら」

 

「もうここらでおたくを知らない人はいないからね。それで今日はどんな用だい?」

 

「ちょっと聞きたいんだけど、この世界に銀行ってのはあるのかしら」

 

「あるよ。北へ続く道を進んだ十字路を東に進むと、

企業の建物や銀行がある区画にたどり着く」

 

「そこはまだ行ったことはなかったわね。ありがとう。後ろつかえてるからこれで失礼」

 

「またどうぞ」

 

あたしは役所を後にすると、いつもの通りを北に進む。

十字路に差し掛かると、東には行かず、一旦左に曲がる。目当ては銃砲店。

ドアを開けて中に入ると、ずかずかとカウンターに歩み寄り、50G置いた。

 

「情報が欲しい」

 

「……なんだ」

 

「銃火器の販売事情について。どの会社が上位2位までのシェアを占めてるのか。

2位のトップとの差はどれくらい?2位の本社がどこにあるのかも教えて」

 

「やたら2位にこだわるな。おかしな女だ。

まず、業界トップはナバロ社、続いてパーシヴァル社だな。

シェアはナバロが4割、パーシヴァルが3割、

残りの3割は多数の中小企業が隙間産業的な尖った商品で稼いでる。

パーシヴァルはハッピーマイルズに本社があるぜ。

ここからずっと東に行ったビジネス街だ」

 

「そう、ありがと。ところでサブマシンガンが欲しいんだけど、何かいいものある?」

 

「サブマシンガン?なんだそりゃ」

 

「ないならAK47でもM16でもなんでもいい。弾を連発できるもの」

 

「寝ぼけてんのか?銃は狙って撃つもんだ。連発なんかできっこねえ」

 

「ここじゃ機関銃の類はない、と。面白くなってきたわ」

 

「用事が済んだなら帰れ」

 

「ええ、またね」

 

銃砲店から必要な情報を得ると、店から出て、今度こそ東のビジネス街へ向かった。

歩くこと15分。市場とは対象的な、やや殺風景な印象すらある通りにたどり着いた。

コンクリート製の3階から5階程度の銀行や、様々な企業の本社ビルがある。

目的のビルを探して首を振りながら歩いていると、ようやく見つけた。

 

“パーシヴァル・ハッピーマイルズ本社”。入り口に真鍮製の看板が掲げられたビル。

そのガラスドアを開く。自動ドアだと思いこんでぶつかりそうになったのはご愛嬌よ。

ここにそんなもんあるはずないのに。とにかく中に入って受付嬢に話しかけた。

 

「ごめんくださいまし。わたくし、斑目里沙子と申します。

社長とお会いしたいのでアポを取りたいのですが」

 

「はい。どういったご用件でしょうか」

 

「御社にわたくしが開発した新兵器とその特許を買い取って頂きたくて参りました」

 

「特許……ですか。少々お待ち下さい」

 

すると、受付嬢は天井からいくつも伸びるラッパのような通話口の紐を引っ張り、

短いやりとりをした。

ラッパがビリビリと震え、ああ、これは内線電話みたいなもんなんだな、と

興味深く眺める。会話を終えると、受付嬢が回答した。

 

「大変お待たせしました。本日の面会はできかねますが、

明日の正午ならお会い出来るとのことです」

 

「ありがとうございます。必ず気に入って頂ける品をお持ち致しますわ。

では、わたくしはこれで」

 

あたしは深く一礼すると、本社ビルを後にした。よっしゃ、こんなもんでいいでしょう。

昨日の疲れもまだ取れてないし、十分目的は達したわ。

今日のところはさっさと帰って明日のために早く寝ましょう。エールも我慢よ。

二日酔いのまま商談なんてできやしない。

パン屋で買ったバウムクーヘンを手にその日は家路に着いた。

うちに帰ってジョゼットに円形のケーキを与えると、すっかり機嫌を直してくれた。

チョロいわね。

 

翌日。あたしは昼食も取らずに駅馬車広場にいた。

肩に掛けた大きなトートバッグから取り出した時計を見ると、時刻は大体9時くらい。

早すぎると思うかもしれないけど、ちょっと面倒な順序が必要なのよね。

まず、やっぱり事務所で馬車の貸し切りを申し込む。

 

「こんにちは。荷馬車を貸し切りたいのだけど」

 

「いらっしゃい。どんなサイズが好みだい?」

 

「重さ100kg以上ある鉄の固まりを運べるほどパワーがあって、

多少の銃声じゃ驚かない度胸のある馬がいいんだけど、そういう車はある?」

 

「度胸があるっていうか、耳が聞こえない馬で良ければ強力な荷馬車があるよ。

お客さんは御者席に乗ってもらうけど」

 

「それでお願い。相当重い荷物を運ぶことになるから」

 

「じゃあ、400Gだから前金で200G頂くよ」

 

「はい、これ」

 

あたしは番号札を受け取ると、今日は後ろが荷台になってる馬車を探した。

後ろが箱型じゃないのは珍しいから見つけやすい。

ちょっと見渡すと、なんだか反応が鈍そうな馬に

木製の頑丈なリヤカーがつながれてる馬車を見つけた。番号も同じ。これね。

あたしは御者の兄ちゃんに番号札を渡す。

 

「こんにちは。まずハッピーマイルズ教会までお願い。そこで荷物を積みたいの」

 

「あいよ。じゃあ、俺の隣に座ってくんな。後ろは揺れが酷くて乗れたもんじゃねえ」

 

あたしが兄ちゃんの隣りに座ると、兄ちゃんが手綱を鳴らす。一回目は反応なし。

 

「動け、動けったら!」

 

兄ちゃんが何度も手綱をパシパシ叩きつけると、

ボケてるのか知らないけど、鈍い馬はようやく動き出した。

馬車があたしが来た道を逆戻りしていく。まずは荷物を取りに戻らなきゃ。

ええっと、それからパーシヴァル本社に行って、と。

あたしが脳内で今日のスケジュールと交渉の手順をまとめていると、

あっという間に教会に到着。

 

「ちょっと待っててくれるかしら。大きな荷物なんで」

 

「ああ。わかった」

 

あたしは教会裏に向かって、麻のシートを被せた物の車輪のロックを外し、

また腰を低くして押し始めた。車輪が付いてるとはいえ、やっぱり重いものは重い。

聖堂からジョゼット達の賛美歌が聞こえてくる。今は手伝わせるのは無理ね。

 

それでもあたしは頑張って、ゴロゴロと重たいそれをなんとか荷馬車後ろまで転がした。

すると、御者の兄ちゃんが下りてきて、こっちに来た。

彼はリヤカーに備えられた鉄板の留め金を外して斜めに倒し、スロープを作ると、

一緒にブツを押して荷台に乗せてくれた。

 

「ずいぶん重いな。これほど重いのは珍しい」

 

「ふぅ、ありがとう……客に収めるかも知れない商品なの」

 

「なんだかよくわからんが、まあいいや。次はどこに行く?」

 

「街のパーシヴァル本社へ」

 

「銃器メーカーの?ああなるほど。じゃあ、出すぜ。ハイヨー……えい、動けって!」

 

また兄ちゃんを煩わせて、やっと馬が動き出す。おおっ、すげえ。

後ろの荷物が存在しないかのように今までと同じスピードで走ってる。

街道を走り、役所前を抜け、通りを北上、交差点を右折して道なりに進むパワフルな馬。

並の馬なら途中でへばってるだろうけど、

この馬は強力、というより重さに気付いてないって表現がしっくり来る。

それくらいのんびりした馬よ。

 

さあ、着いたわ。パーシヴァル本社。買い叩かれないよう、交渉のイメトレはバッチリ。

ハンドバッグから時計を取り出して時刻を確認。11時半過ぎを指している。

誤差を考慮してもほんの少し早いけど……太陽を見ると、ほぼ真上。

うん、突撃しても大丈夫そう。

 

あたしは馬車から下りて、荷台の物を覆っていた麻のシートを取り払い、

兄ちゃんにしばらく待っててくれるよう伝えた。いよいよ本番ね。

あたしはパーシヴァル社エントランスに足を踏み入れた。

昨日と同じく受付嬢に名乗って要件を伝える。

 

「ごめんください。昨日社長と面会のお約束をした斑目里沙子です。

社長はいらっしゃいますか」

 

「少々お待ち下さい」

 

受付嬢がラッパの紐を引いて、小さめの声で会話する。

話が終わると、すぐあたしに話しかけてきた。

 

「社長が5階の社長室でお待ちです。どうぞ奥の階段へお進みください」

 

「ありがとうございます」

 

はぁ、5階か。微妙にしんどい高さね。

この世界にエレベーターなんてないだろうから、仕方ないけど。

5階に着くと、真鍮を掘って作った案内板があった。えーっと、社長室は……一番奥ね。

落ち着いた色で正方形に区切られた、大理石の床を奥に向かって進むと、

高級な木材に模様を刻んだ立派なドアが見えた。ここが社長室ね。

あたしは一つ咳払いをしてドアをノックした。

 

「ごめんくださいまし。面会のお約束を頂いた斑目里沙子と申します」

 

“どうぞ、入ってください”

 

「失礼致します」

 

落ち着いた声が帰ってきたのであたしは中に入る。

そこにいたのは、斜めにストライプの入った紺色のネクタイを締め、

グレーのウェストコートに同色のパンツ姿のビジネスマンだった。

ゴルフ練習用の人工芝に立って、狙いを定めパターを振る。

コツンと練習台でボールを一打すると、ボールが綺麗な軌道を描いてカップに入った。

それを見届けると、パターをデスクに立てかけて、

ゆっくりとした動きであたしに近づいてきた。

 

「ふふ、失敬。さ、そこにお掛けになって」

 

「ありがとうございます」

 

どこか得体の知れない微笑みを浮かべながら、社長はあたしにソファを勧めた。

あたしが座ると、社長も向かいのソファに身を預けた。

白髪交じりの髪をオールバックにして、口ひげを生やした細身で背が高い、眼鏡の紳士。

 

「初めまして。斑目里沙子と申します。

今日は貴重なお時間を頂き、本当に感謝しております」

 

「いいえ。私も、興味がありましてね。

特に、あなたのような、凄腕の賞金稼ぎが作った銃となれば。

“早撃ち里沙子”、そして、悪魔すら粉々にする“破壊者里沙子”。

そんなあなたの作品、とても興味深い」

 

ちょっと、“魔女狩り”の次は“破壊者”!?どこの馬鹿が考えてるのか知らないけど、

責任者出てきなさい!文字通り破壊してやるから!あたしは動揺を隠したまま答える。

 

「いやですわ、そんな名前が付いているなんて存じませんでした。

ただ、必要に駆られて致し方なく最小限の敵を倒しただけだというのに」

 

「ふふ、あなたは、もう少し、ご自分がどのような評価を受けているか、

注意なさったほうが、よろしい。良くも、悪くも」

 

「肝に銘じますわ」

 

ゆっくりと独特なペースで話す社長は、

どうにも言い表し様のない静かな威圧感というか、存在感を纏ってる。

さすが大企業の社長だけはあるわね。彼の雰囲気に呑まれないよう気をつけなきゃ。

あたしは話題を戻す。

 

「それでは、さっそく本題を。

まずはわたくしの作品をご覧いただきたいのですが、よろしいでしょうか。

実はこちらの社屋の前に止めた馬車に積んでありますの。

ちょうどあちらのガラス窓から見下ろせますわ」

 

あたしは窓というより一面ガラス張りの壁を指差した。

彼はポンポンと両手を合わせ、眼鏡の奥でニヤリと笑う。

 

「それは、好都合。拝見しましょう」

 

あたしたちはガラスの壁に近づき、エントランスの前に止めたリヤカーを見下ろす。

そこには6本の銃身を束ねた回転式機関銃が鎮座している。

驚くでもなく、ただ不思議なものに微笑みで興味を示す彼にあたしは説明する。

 

「ハンドルを回すことで連続して給弾・装填・発射・排莢を行い、

毎分数百発という発射レートで銃弾を連発できる新兵器。

その名も、“ガトリングガン”です」

 

「ほう……!連発銃。素晴らしい。そのスペックなら、一人で百人と戦えるでしょうね。

この世界では、一発一発の精度、威力を追求しておりまして、

銃弾を連射するという構想がないので、この兵器は非常に珍しいものです。

それを実現する技術がないという事情も、ありますが」

 

まずは彼の心を掴めたみたい。この調子でもっと突っ込んでいきましょう。

 

「そう、このスペックの連発銃はこの世界では初。

それを御社の新製品として市場に投入すれば、

一気にシェアを伸ばすことが可能かと存じます。

失礼ながら、御社の市場に占める売上高の割合を調べさせていただきました。

今のところ、銃火器の業界では某社が1位を占めており、

御社は惜しくも2位に甘んじているとか。その差は約10%。

この新式連発銃を御社が発表すれば、その10%をひっくり返し、

1位に躍り出ることが可能……

確かに、これだけ大掛かりな兵器となると、民間向けとは言えなくなりますが、

このサラマンダラス帝国には領地の数だけ軍がございます。

それらがこぞってあの銃を導入し、大量生産・納入することになれば、

御社が得る利益は莫大なものになるでしょう」

 

「よく、お調べになられているようですね。なるほど、なるほど……

そうそう、一点気になることが。

あなたは、今、“この世界では”とおっしゃいましたが、

あなたは、ひょっとして、アースから来られたのですか」

 

鋭いわね。下手にごまかしても意味がないし不信感を招くだけ。

洗いざらい話しましょう。

 

「はい、そのとおりです。わたくしはアースから参りました。

ガトリングガンはこの世界でも製造可能な兵器を選んで再現したものです。

このスマートフォンという、本来は離れた相手と通話する装置に記録していた、

ガトリングガンの設計図を紙に描き起こして、

イグニールを周って部品を集めて制作しました。

わたくし個人で作ると、かなりの額になってしまいましたが、

大きな工場をいくつも持つ御社の資金力なら、

大量生産でもっとコストを下げることが可能かと」

 

あたしはスマホを取り出して、電源を入れて社長に見せた。

彼は大きく動揺することなく、眼鏡を掛け直して画面をじっと見る。

 

「美しい。なぜ、通話をする装置で、画像を見ることができるのでしょう」

 

画像フォルダを開いて、当たり障りのない画像を開いて見せる。

 

「もっと、もっと、を追求し続けた結果ですわ。

はじめはスマートフォンではなく、携帯電話という名前で、

本当に通話しかできませんでした。

それがやがて、電子文書を送信したい、その文書に画像を添付したい、音楽を聞きたい、

写真を撮りたい、映像を撮りたい……消費者の要求に応えて様々な機能を搭載するうち、

ボタン式ではキーが足りなくなり、

このような画面に指を滑らせたり、指先で叩くことで操作可能な形になりました」

 

「素晴らしい。あなたは、そのスマートフォンに、

ガトリングガンの設計図を記録していたから、あの兵器を再現できたのですね」

 

「仰る通りです。特許権についてはご心配なく。

すでに100年以上経過していますので、もう誰のものでもありません」

 

「ふむ……」

 

彼は顎に指を当ててしばらく考え込んだ。あたしはただじっと待つ。

そして、次に彼が口を開いた時、とうとう肝心な話が出た。

 

「ガトリングガン……もし、設計図を売ってくださるなら、

いくら程度の額を、希望されますか?」

 

よし来た!最低でも600万。いや、楽な生活を続けるなら700は欲しいわね。

 

「設計図の再現や部品収集、製造の試行錯誤にかなりの金額を費やしました。

1000万……とは言いません。900、いや、800万でご納得頂けると、

生活が続けていけます」

 

「わたしは、良いものには、出費を惜しみません。だから、示して欲しい。

ガトリングガンが、我が社で量産するに、相応しい性能を持っているか」

 

「と、おっしゃいますと?」

 

社長はガラスから見える景色の向こう。古びた設備が立ち並ぶ工場施設を指差した。

そして話を続ける。

 

「我が社の工場だったのですが、最近、良くない魔女が住み着きました。

召喚士が工場の敷地を、魔王降臨のゲートしようと、企んでいるようなのです。

我々としても、一刻も早く、工場を取り戻したい。

弊社所有の私兵部隊を送り込んだのですが、彼女が呼び寄せる大勢の魔物の前に、

撤退せざるを得ませんでした。

駐在所に手配書を提出しようにも、どう言えばいいのか……

あそこでは、余り褒められない製品も作っていましたので、

軍の調査が入る前に、なんとか自力で奪い返したいのです」

 

「事情は飲み込めました。では、わたくし一人で工場を奪取してまいります。

流れ弾が設備を破損することが予想されますが、その点についてはご了承頂けますか?」

 

「もちろんです。魔女が排除され次第、解体処分にする予定ですから」

 

「かしこまりました。

では、ガトリングガンで御社の敷地に巣食う魔女を始末してきます。

社長はこちらでご覧になっていてください。

わたくしが劣勢になったとしても救援は不要です。

馬鹿な女が自殺を図ったということで処理していただいて結構です」

 

「それは、頼もしい。手配前の魔女を殺すことについては、気になさらなくて結構です。

ハッピーマイルズ領地法第57条3項に、

地主は無断で私有地に侵入せし者を独自の判断で殺害・排除する権利を有する、

とありますから」

 

「ご丁寧にありがとうございます。では、一旦失礼致します」

 

「お待ちなさい」

 

退室しようとドアノブに手を掛けた時、不意に声を掛けられた。

振り返ると、彼はじっとあたしを見て続けた。

 

「我々の業界は、商品の特性上、必ず“死の商人”という、

不名誉な名前で呼ばれることが少なくありません。

あなたが、魔女を討ち倒し、弊社にガトリングガンを収めることになれば、

あなたにもそのようなレッテルが貼られることになりますが、

それについてはどのようにお考えですか」

 

「物の道理がわからない連中の喚き声など無に等しいと存じます。

銃があるから人が死ぬのではありません。人が人を殺すのです。はっきり申し上げます。

例えわたくしのガトリングガンで1万人が死ぬことになろうと、

何ら感傷を抱くことはないでしょう。

ガトリングガンが勝手に走り出して道行く者を射殺することがないように、

人間が引き金を引かなければ銃はただの置物でしかない、

殺意を持った人間が使用して初めて凶器となるのです」

 

あたしが話し終えると、社長はニィ、と笑って一言だけ告げた。

 

「あなたとは、分かり合えそうな、気がします」

 

「……失礼致します」

 

あたしは腰を折って深くお辞儀すると、社長室から退室した。

コツコツと大理石の床を歩きながら考える。よーし、最後の関門ね!

あたしの最高傑作の性能をアピールするチャンスよ。

階段を下りながら、あたしは内心ワクワクしていた。

1階に降りると、最後に受付嬢に頭を下げてからガラスドアを開き、

一旦パーシヴァル社から出る。すぐさま御者の兄ちゃんの隣に座り、行き先を告げた。

 

「ねえ、あそこに見える廃工場に行ってちょうだい」

 

「本気か!?あそこにゃ暴走魔女が大勢の魔物を飼ってるって話だぜ!」

 

「その悪い魔女を後ろの物でぶっ殺しに行くの。

もちろんあなたを巻き込んだりしないわ。工場手前の安全な場所で、

ガトリングガンを下ろしてあたしが戻るのを待っててちょうだい。

日が沈むまでに戻らなかったら死んだと思って帰って。先に残金渡しとくから」

 

あたしは兄ちゃんにトートバッグから取り出した残金の200Gを渡した。

 

「なら……廃墟になった作業員宿舎があるから、俺はそこで待ってる。

あれ、ガトリングガンっていうのか?」

 

「ええ。物凄い銃声がするけど、逃げないで待っててくれたらチップ弾むわ」

 

「そりゃチップは欲しいが……無茶はすんなよな。

あんたが早撃ち里沙子だってことは知ってるが、暴走魔女は並の相手じゃねえ。

日没までは待ってるぜ」

 

「心配してくれてありがとう。それじゃあ、そろそろ行きましょう」

 

すると、兄ちゃんは例によって、何度も手綱を弾いて鈍感な馬を歩かせ、

廃工場に向かった。決して乗り心地がいいとは言えない馬車に揺られること15分。

ガラス窓が割られ、家具が全て撤去された廃墟にたどり着くと、兄ちゃんが馬を止めた。

そして、またリヤカーにスロープを作って、ガトリングガンを下ろしてくれた。

 

「ここだ。俺はここで待ってるからな」

 

「ご苦労様。勝利を祈ってて」

 

工場まではガトリングガンは手押しだったけど、

もう正門が目と鼻の先だったからそれほど苦にはならなかった。

正門前に立つと、オレンジ色の三角帽子とローブを来た女が、

ずっと何かブツブツ言ってる。

 

「魔王様魔王様。私の愛する魔王様。どうかこの地にお越しください。

私はあなたが望む限りいくらでも生贄を捧げます。その血、その目、その心臓。

全てをあなたに捧げ尽くし……」

 

うわあ、完全にイッてるわ。目はくぼんでクマができてるし、

ろくに食事も取ってないのか、ローブからわずかに覗く腕は、

ほとんど骨と皮しか残ってない。まぁいいわ、死にかけならあたしにとっては好都合。

 

ガトリングガンを正面に向けると、トートバッグからマガジンを取り出し、

銃身上部に差し込む。ハンドルをほんの少しだけ回して、

スムーズに回転することを確認する。……よし、バッチリね!

そして、あたしはイカれた召喚士に戦いを挑む。

 

「そこのあんた!大人しくコイツの餌食になりなさい!不法侵入者は即射殺!」

 

すると、召喚士はぐりん、と首だけを回してこちらに視線を向ける。

そいつがくぼんだ目であたしを見て、左手に魔力を集中すると、

周囲に幾つもホログラフで描かれた魔術式らしき円が現れ、

中から多種多様な魔物達が現れた。そしてあたしもハンドルに手をかける。

こうして長い旅の終着点。暴走魔女との対決が始まった。

 

 



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唐草模様の手ぬぐいでほっかむりして、口髭生やした泥棒って誰が考えたのかしら。逆に目立つわよ。

魔女が召喚魔法を放ち、あたしがガトリングガンのハンドルを回す。

彼女が開いたゲートから、

ゴブリンの大群が角材や鉄棒を持ってあたしに突っ込んでくる。

さぁ、来なさい。今日ばかりはあたしも本気よ!

6本の銃身が唸りを上げて回転し、ついにガトリングガンが火を噴く時が来た。

マガジンからガラガラと銃身に給弾され、内部のハンマーが連続して弾薬を叩き発砲、

排出口から空薬莢を排出。高速でそのサイクルを開始した。

 

絶え間ないマズルフラッシュ、そして銃声と共に放たれる銃弾の嵐で敵軍を薙ぎ払うと、

鉛玉を食らったゴブリンの群れが赤い水風船のように砕け散る。

頭部が破壊され、腹を撃ち抜かれ、胸に穴が開いたゴブリン達が瞬く間に死んでいく。

工場のコンクリートで舗装された敷地があっという間に血に染まる。

現れては真っ赤に弾けるゴブリン、飛びゆく弾丸、止まらない銃声。

こんなに銃を撃ちまくったのは初めて。ハンドルを回すあたしも段々ハイになって、

 

「聞こえるだろう……ギロチンの鈴の音がさぁ!!」

 

と、これを読んでくれてる最低23名の方々(11月25日現在)の、

誰にも伝わらないであろう意味不明な言葉を口走りながら、攻撃を続ける。

 

それを見た魔女が、こちらをじっと見ながら新たな魔法円を造り出すと、

狭そうにゴブリンの親玉が抜け出してきた。青い肌の大きな棍棒を持った巨人。

おっと、3mはあるかしら!?でもこの程度で退くわけにはいかないの。

デカブツがグオオオ!とひとつ吠えると、棍棒を振り回しながらこっちに突進してきた。

あたしは腰に力を入れて銃身の角度を変える。そして奴の頭部めがけてハンドルを回す。

 

ガトリングガンが、激しいエレキギターの演奏のごとく、

けたたましい銃声をかき鳴らし、銃弾の連射で敵をズタズタに引き裂く。

目を潰され、突進の勢いを殺された巨人は、

思わず目を押さえ、その場に立ち尽くしてしまう。

その隙を逃さず、あたしは奴の左胸を狙って集中砲火。

 

わずか数秒の射撃で胸の筋肉が弾き飛ばされ、露出した心臓に何発も弾丸が命中。

バシャン!と音を立てて巨体に血液を送るポンプが破裂。巨人は悲鳴も上げずに絶命。

後ろに倒れてドシンと地面を大きく揺らした。1ウェーブ目は楽勝。

でも、こんなもんで終わるはずがない。

オレンジの魔女はあたしを見ると悲鳴に近い大声で呼びかけてきた。

 

「はぁ…はぁ…あなた、一体誰なのよ!どうしてこんなことするのよおぉ!!」

 

「駄目じゃない、人の土地を勝手に化け物ハウスにしちゃったら。

お掃除するこっちの身にもなって欲しいわ」

 

「違う!ここは!魔王様降臨の聖地になるの!」

 

「違う。ここは、お金持ち所有の私有地なのよ。それ以外の何物でもない。

それよりあなた、何か滋養の付くもの食べたほうがよくってよ。

魔女だかスケルトンだかわかりゃしない」

 

無駄話で時間を稼ぎながら、マガジンを交換し、銃身が冷えるのを待つ。

ガトリングガンは調子に乗って撃ちまくるとオーバーヒートしやすいのよね。

まぁ、実戦配備に当たってその辺はプロの軍事企業がなんとかしてくれるでしょう。

 

「私は、ここを守らなきゃいけないの!侵略者には容赦しないわ!」

 

「どっちが侵入者だかわかってないわね」

 

召喚士が再び体内のマナを魔力に変換し、左手に収束すると、

今度は空に2つ魔法円が現れた。プテラノドンを思わせる長いクチバシを持ち、

大きな翼で空を舞う魔物が2体。今度はワイバーンかしら。

なんで奴らの名前を知ってるかって?

メ○ンブックスで買ったファンタジー関連の書籍に……ってうわっ、火を噴いてきた!

酷いことするわね!

 

慌てて横に転がって回避したけど、いきなりピンチ。

銃身を目一杯上に向け、ハンドルを回して銃を連射する。

でも、空中を高速で飛び回るワイバーンには全然当たらない。

地対地のガトリングガンでは少々不利。高角砲も欲しいところね。

まぁ、これが上手く行ったらもう何も作る気はないけど!

 

ワイバーンがまた甲高い鳴き声を上げ、滞空して狙いを定め、また炎で攻撃してきた。

あらチャンス。炎が届く前にハンドルを高速回転して、

5,6発放ってまた横にジャンプして回避。

ギイイィ!という悲鳴を聞いて起き上がると、墜落した1匹のワイバーン。

ガトリングガンが炎を食らったけど、さすが鋼鉄の塊。平然としてる。問題は敵の方。

敷地の奥で、血まみれになって地面を這ってる。

銃弾に羽根を破かれ、飛べなくなったみたい。

 

すぐさま奴に狙いを付けて、ガトリングガンで鉛玉を浴びせる。

飛行能力に特化し、装甲が薄いワイバーンは柔らかい肉を銃弾で貫かれ、

耳に痛い甲高い声を上げて絶命した。残り1体!

また銃身の角度を変えて奴を狙おうとしてるんだけど、

相棒が殺された様を見て警戒しちゃったらしいわ。

 

攻撃を控えるようになって、

代わりにスピードを上げて高速で四方八方を飛び回るようになっちゃった。

ガトリングガンの対空砲火で捉えるのは無理っぽい。

ピースメーカーの早撃ちで、奴の翼を撃ち抜くこともできなくはないけど……

それは駄目。あくまで奴らはガトリングガンで殺さなきゃ、

社長へのアピールにならない。

 

ならM100。撃ち殺すわけじゃないわ、まあ見てて。

あたしは指と腕で両耳を塞いで、真上に向けて大型拳銃を放った。

爆発音に近い銃声が大空に轟く。突然空を揺らした爆音に驚いたワイバーンが、

バランスを崩して落下し始める。奴が慌てて羽ばたいて上空に戻ろうとするけど、

十分な揚力を得るには時間がかかる。つまりホバリング状態。

 

あたしはガトリングガンの角度を調整し、ハンドルを回し、そいつを狙い撃ちする。

十数発もの真鍮製弾丸が空を裂き、ワイバーンを刺し殺す。

クチバシから胴にかけていくつもの風穴を開けられたワイバーンは、

一瞬翼の筋肉をピクつかせたきり、動かなくなった。第2ウェーブ通過。

またも息を切らせた召喚士の魔女が絶叫する。

 

「ぜぇ、ぜぇ、……なんで!どうして邪魔をするのよおおぉ!!」

 

「あんたこそ魔王なんか呼んでどうしたいのよ、一体」

 

「この人間界を魔界にしていただくの!

私達魔女が大手を振って生きられる世界を作るのよォ!」

 

「大抵の魔女は大手を振って生きてるけど?」

 

「嘘!私の故郷では、魔女に生まれた、ただそれだけで悪魔の申し子だと石を投げられ、

家族は村では除け者にされ、親類縁者からも絶縁状を突きつけられた!」

 

「引っ越せば良かったじゃない。そんなサルの巣窟なんかさぁ」

 

喋りながらもリロードは怠らない。あたしの見立てでは多分。

 

「お前は分かってない!故郷、家、土地を捨てる事の辛さが!

放浪し、飢えと寒さに蝕まれることへの恐怖が!」

 

「だからって、こんなボロい工場に住むことないじゃない。

お腹すいてるなら、サンドイッチ食べる?ランチに買ったんだけど、まだ食べてないの。

あんたガリガリじゃない」

 

「黙れ!人間など魔王様が降臨なされば、ただその瘴気で、

苦しみのたうち回り死に絶える。そう、私達魔女の時代が来るのよ……」

 

恍惚とした表情で語るオレンジの魔女。そろそろかしら。銃身も冷えた。

第3ウェーブ、あるいは……

 

「悪いけど長くなるならこっちから行くわよ。

可哀想だけど、あんたには最後まで可哀想でいてもらう。

魔王は来ない。あんた以外の魔女は平穏無事。世は全てこともなし」

 

「やってみなさいよォ!!あたしは魔女の理想郷を作る!」

 

魔女が持てる全ての魔力を左手に集め、天に掲げる。

すると、工場上空に巨大な魔術式の輪が現れ、

中から体長10mはあるゴーレムが出現し着地。その重量で大地が揺れる。

 

「キャアッ!」

 

振動で足元から突き上げられ、つい情けない悲鳴を上げてしまった。

100kgを越えるガトリングガンすら、わずかに跳ねたほど。

ああ、やめてよね!大事な売り物なんだから!

おっと、相棒の心配してる暇はなかったわ。新手の敵を見上げる。

そいつは巨大な岩の集合体。見たところ、無数の岩に魔法石を打ち込んで、

魔力を通わせることで手足や頭部を形作り、自在に操ってるらしいわね。

 

それぞれの岩は色も材質も違ってて、苔が生えてるものや、蔦が絡んでるものもある。

その不揃いな岩の巨人が、あたしに目を向ける。

と言っても、眼球なんかないから頭を向けるって言ったほうが正確だけど。

ああ、呑気に分析してる場合じゃないわね!ゴーレムがその岩塊の腕で殴りつけてきた!

ガトリングガンがやられるとアウトだから、

一旦大げさに横に走って、距離を置いて逃げる。

銃は無事、あたしは……無事とは言い難いわね。

直撃は避けたけど、岩の拳が地面を殴りつけた衝撃で

軽く宙を飛んで地面に叩きつけられた。

 

「ゴホッ……お約束、お約束」

 

そう、お約束。あたしは身体の痛みを強引に無視してガトリングガンに戻る。

ゴーレムは地面に食い込んだ拳を抜くのに手間取ってる。攻撃するなら今。

あたしは目の前のゴーレムの右足に打ち込まれてる魔法石に狙いを定め、

ハンドルを回し弾丸を集中的に浴びせる。

ガンシューティングでボスキャラの弱点といえば、これ見よがしに露出した何かよね。

 

幸い岩ほどの強度がなかった魔法石が、パリンと砕ける。

すると、口のないゴーレムが苦痛を訴えるように、

どこからか大気を震わせる波動を放つ。同時に右足の岩のいくつかが転げ落ちる。

コイツの弱点は身体を構成してる魔法石で間違いない。

でも、今までみたいに正門前で固定砲台になって戦うのは無理そうね。

 

あたしは右足のダメージで奴が動けないうちに、

全力でガトリングガンを押して、工場内部へ進む。

その途中、ギョロッとした目で魔女があたしを見たけど何もしてこなかった。

やっぱり魔女自身は特に攻撃手段を持ってないみたい。

 

迷路のように入り組んだパイプや鉄骨、何かのタンク、放置された資材。

結構奥に入ったわね。これだけゴミゴミしてたら、

あのデカブツも自由には動けないんじゃないかしら?

汗だくになりながらガトリングガンをゴーレムが見えるわずかな隙間に向ける。

 

奴が起き上がったわ。

完全に立ち上がって、全身の魔法石が見えた所で、今度は左足を狙う。

ハンドルを回し、マガジンから弾薬が銃身に流れ、

内部のハンマーが連続して弾丸を叩く。

6門の銃身が連続して弾を発射し、ゴーレムの左足に一点射撃を行う。

でも、今度は完全に魔法石を壊せなかった。とっさに右手でガードしたの。やるわね。

 

そして、発砲であたしの存在に気づいた奴が、

あたしを追いかけてドスドスと足音を立てて工場に突撃してきた。

右足を痛めたのに、思ったより速度が早い。

鉄骨やパイプを馬鹿力で押しのけ、こちらに迫ってくる。

その間も、露出してる魔法石を狙うけど、

重いガトリングガンで素早いゴーレムを狙い撃つのは難しくて、

破壊できたのは左腕の1個。もっとマシな立ち位置探さなきゃ!

具体的には……わかんない!再びあたしはガトリングガンを押して後退する。

 

で、逃げたはいいけど、完全に息が上がってる。

きっと明日は全身筋肉痛で死んでると思う。ここで死ななければの話だけど。

あたしは緩いスロープを上ったところにある大型クレーンの真下に来た。

背後から大きな物音が聞こえてくる。

そこには崩れ落ちた鉄骨や足場の中でもがいているゴーレムが。

 

チャンスに恵まれたあたしは再び機銃を浴びせる。今度は頭に3つある魔法石のうち2つ。

苦痛を感じてるのか、今度は怒りの波動を放ってきて、

風もないのに飛ばされそうになる。

次の瞬間には、瓦礫を吹き飛ばして立ち上がり、また奴が追ってきた。

ハンドルを回し、とにかく紫に光る石を撃ち続けるけど、

当たらない、岩の身体には効かない、勝機が見えない。勝機、勝機……あ、あった。

 

DANGER NO FLAMMABLE(危険、火気厳禁)

 

奴の予想進路に、それはもう、大きなタンクが4つも並んでる。

神様からの、今日一日頑張ったご褒美かしら。無神論者なのに、悪いわね。

ありがたく頂くわ!あたしは狙いをゴーレムからタンクに向けて、奴の接近を待った。

この距離なら間違いなくヒット……あれ?それってもしかしたらヤバイ気がする。

でも、もっとヤバイのがコンクリートの地面をバリバリ割りながら目の前に迫ってきた。

選択の余地なし。あたしは覚悟を決めてハンドルを回した。

 

ゴーレムがあたしの7,8m前に迫った瞬間。数発の焼けた銃弾が燃料タンクを貫いた。

当然のこと、大爆発。爆風で今度こそ思い切り吹き飛ばされる。

何回もバウンドして金網のフェンスに受け止められてようやく止まった。

これでもマシだと思わなきゃ。上手くゴーレムが盾になってくれたおかげで、

爆死は免れたんだから。その証拠に、衝撃で全ての魔法石が砕かれ、

ただの岩の山になったゴーレムが煙を上げている。

 

あたしは咳き込みながら、よたよたとガトリングガンに抱きついて、無事を確認する。

よく生き延びてくれたわ、私の相棒。でも、安心するのはまだ。

最後の仕上げが残ってる。

あたしはマガジンを取り替えると、ガトリングガンを押して、正門に向かった。

 

「ぜー…ひゅー、ぜー…ひゅー」

 

そこでは、息絶え絶えの召喚士が、立っているのもままならず、

四つん這いで息をするのに必死だった。

きっとろくに食事も取らないでここで何かをしてたんでしょうね。

そんな状態で生命力とイコールの魔力を使いまくったんだから当然よね。

 

「気分はどう?続ける?」

 

「わたしは……はぁ、はぁ……魔女の、楽園……」

 

「ごめんね。それはもうとっくにあるの。そしてあたしはあんたを殺さなきゃならない」

 

あたしは銃口を召喚士の魔女に向ける。

すると、彼女が震える左手をこちらにかざし、魔障壁を張った。

それは、切れかけた電球のように弱々しく。

あたしはハンドルに手をかけて、銃身を回転させた。

 

……銃口からこぼれる硝煙が鼻を刺す。

ゆっくりと魔女の死体に近づくと、穴だらけの三角帽子を拾い上げた。帰らなきゃ。

彼女の死体を振り返る。方法さえ間違えなきゃ、違った結末もあったでしょうに。

幸せは意外と近くに転がってるものよ。

あたしはガトリングガンを押して馬車が待つ廃屋に戻った。

急ぐ必要はないけど、なんだか早く帰りたい気分。

馬車に戻ると、兄ちゃんが荷台にガトリングガンを積み込みながら、聞いてきた。

 

「一体何があったってんだ!?銃声どころか、地響きや爆発がここまで響いてきたぞ!」

 

「はぁ、いろいろあったのよ。死ぬ思いをしたってことは確かよ。

お願い、パーシヴァル社に戻って。ちゃんとチップも忘れてないから。少し休ませて」

 

「あ、ああ。とにかく無事でなによりだ」

 

それで、兄ちゃんがいつも通り手綱を何回もパシパシやって、

今度はあんまりにも反応がないから痺れを切らして尻を蹴り上げると、

ようやく馬が動き出した。ああ、疲れてるけど少しはマシな身なりをしとかないと。

あたしはコンパクトを取り出すと、自分の顔を見る。

 

うわぁ、最悪。顔はススだらけだし、髪もちょっと焦げてる。

せめてススは拭いとかないと。ハンカチで顔をぬぐって、

先っぽが焦げた三つ編みを結んで応急処置。焦げた毛先は家に帰ったら切りましょう。

そうこうしてるうちに、数時間前に出発したばかりなのに、

懐かしさすら感じる社屋に着いた。

 

「じゃあ、行ってくるわ……」

 

「おう」

 

あたしはエントランスから1階ホールに入ると、

受付嬢にニコリと笑って、奥の階段へ進んだ。

正直疲れてるから変な顔になってたかもしれないけど、

とりあえず不審者扱いされなかっただけで万々歳よ。

で、5階への階段が疲れきった身体にまた堪える。

上りきってもしばらくその場で呼吸を整えてた。

ようやくまともに息ができるようになってから社長室のドアを叩く。

社長さんは気に入ってくれたかしら。これで買取不可だったらその場で泣く。

 

「斑目里沙子です。ただいま戻りました」

 

「お入りください」

 

入室すると、首から望遠鏡を下げた社長が、また不思議な笑みを浮かべつつ、

拍手であたしを迎えた。

 

「お見事です。ガトリングガンの威力、確かに、拝見しました」

 

「恐縮ですわ。お見苦しい格好で申し訳ありません」

 

「いやいや、その程度の傷で、あの魔女を倒すとは、恐れ入りました」

 

「魔女の遺品はこちらに」

 

「どれどれ」

 

魔女が被っていたオレンジ色の三角帽子を社長に手渡す。

その帽子は銃弾で穴だらけになり、血で染まっていた。

 

「素晴らしい。これは、素晴らしい。ガトリングガンと共に、展示するとしましょう」

 

「あの、それでは……」

 

すると、社長はデスクの引き出しから長方形の台紙に署名し、

切り取り線でちぎってあたしに渡した。

 

「好きな、金額を、書いてください」

 

出所不明のお約束来た!小切手だー!本当に?本当にいくらでもいいの?

手が滑って1000万って書くかも知れない女よあたし!……ってそうじゃなかった。

もらうもんもらったんだから、渡すもの渡さなきゃね。

あたしはトートバッグから設計図の入った筒を取り出し、社長に渡した。

彼は設計図を広げると、感情の読めない微笑みを浮かべたまま、全てに目を通した。

 

「なるほど、素晴らしい出来栄えですが、改善の余地は、ありますね。

構造上、熱膨張を起こしやすく、上空の標的には不向きです」

 

「……おっしゃるとおりです」

 

「ですが、これが銃火器業界に、革命をもたらす品であることは、確かです。

弊社の技術部で改良を進めれば、更に軽量化、信頼性の向上、

そして、最終的には携行可能な連発銃に進化を遂げ、

戦いの在り方を一変させる存在になるでしょう」

 

「恐れ入ります」

 

そして彼は、ポンと手を叩いて、ガラス壁に歩み寄り、真下の馬車を見下ろした。

 

「物は相談ですが、あのガトリング砲、よろしければ、譲っては頂けませんか。

1階のロビーに展示したいと思います」

 

「ええ、もちろん。わたくしにはもう用がありませんので、

サンプルとして進呈致します」

 

「ありがとう。では、商談が成立した所で」

 

彼が手を差し出したので、あたしもそっと手を握り返した。

誰かと握手するなんて滅多になかったから、なんだかそわそわした気持ちだったわ。

 

「それでは、わたくしはこれで失礼致します。

この度はお買上げ、誠にありがとうございました」

 

「また、良い品があれば、お売り頂けると幸いです。お気をつけて」

 

あたしは社長に一礼すると、社長室を後にした。

ドアを閉めると、無意識に緊張していたのか、どっと汗が吹き出した。

そして、手にした金額の書かれていない小切手を見る。

あたしのよね?本当にいくらでもいいのよね?まだ見ぬ大金を手にしたあたしは、

現実を受け入れるのに時間がかかり、嬉しさよりも迷いが勝っていた。

 

ゆっくり階段を下り、1階ロビーに着いても、

受付嬢に“さよーなら”と言うのがやっとで、ふらふらと社屋から出た。

そんなあたしを見て御者の兄ちゃんが心配して声を掛けてきて、

そこでやっと我に帰った。

 

「お客さん、大丈夫かい!しっかりしなよ!」

 

「……え、あ、そうだ!成功したのよ!商談成立!

あたしのミニッツリピーターがこの手に戻る日が間もなく訪れるのよ!」

 

「本当に大丈夫か?意味がわからんけど」

 

「ああ、それよりガトリングガンを下ろすのを手伝って。

もう会社のものだからここに置いていくわ」

 

「あ、ああ。ちょっと待ってな」

 

兄ちゃんはもう手慣れた様子で、重量物を軽々と下ろしてくれた。

ありがとう、さようなら、あたしの傑作にして最後の作品。

ちょっと名残惜しい気持ちで小さく手を振る。

馬車に乗り込むと、あたしはビジネス街から去っていった。

単なる商談のつもりが、とんだ力仕事になっちゃったけど。

今日はくたびれ果ててるから、

銀行口座の開設やら小切手の換金やらは明日にしましょう。動ければの話だけど。

あたしはぐったりして行き先を告げる。

 

「ハッピーマイルズ教会まで、お願い……あたしからの、最後のお願い」

 

「おいおい、病院行ったほうがいいんじゃねえのか?」

 

「順番待ちの間に死ぬ。早くベッドに潜り込みたい……」

 

「そうか?じゃあ行くぜ」

 

うつむくあたしを乗せたまま馬車は進む。今更ながら疲れが出始めた。

景色を眺める余裕もない。今、どこをどう進んでるのか。首を上げる気力もない。

ただ馬車に身を任せて時間が過ぎるのを待っていた。

昼の太陽が夕焼けに変わったことだけは、足元の日差しからわかり、

同時に馬車が一揺れして止まった。

 

「お客さん、着いたよ」

 

「……ん、ああ。ありがとう。約束のチップね」

 

死にかけのあたしは数えるのも億劫で、

財布から金貨をひとつかみ取り出して、兄ちゃんの膝に置いた。

 

「じゃあね……」

 

「え、おい、多すぎだろ!?ちょっと!」

 

後ろの兄ちゃんの大声も耳に入らず、ただひたすら十字架の建物目指して歩く。

ドアにたどり着くと、小さな鍵を取り出すのが面倒で、

ドアを叩いてジョゼットを呼んだ。

 

「ジョゼット~開けてちょうだい、今帰ったわ……ねえ!」

 

ドンドンドン。なかなか出ない。

鍵を出したほうが早かったかしら、と思った時ようやく返事が帰ってきた。

 

“はーい、ちょっと待ってくださいね”

 

ガチャッと鍵が開く音と同時にあたしは聖堂に倒れ込んだ。

死体のように床にへばりつくあたしにジョゼットが軽く悲鳴を上げる。

 

「キャッ、どうしたんですか、里沙子さん!」

 

「……ジョゼット、お願いがあるの。

あたしの部屋からパジャマと替えの下着持ってきて。夕食も要らない。

汗流したらすぐに寝る」

 

「そんなに汗だくになって、何してたんですか?里沙子さんらしくない」

 

「お願い早く~」

 

「あ、はい!」

 

あたしは残る力を振り絞ってシャワールームに向かった。

とりあえずこの気持ち悪い汗だけは流しておきたい。

きっと明日になったら全身筋肉痛になって身動きが取れなくなる。

汗まみれの服を洗濯かごに放り込むと、タイル張りの空間に入った。

三つ編みを解いて、頭からシャワーを浴びる。

あぁ、少しは疲れが流されるようで気持ちいい。

汗でベタベタの頭をシャンプーすると更に気持ちいい。

すると、外からジョゼットの声が。

 

“お着替え、ここに置いときますね~”

 

「ありがとー」

 

あたしはシャワーを止めると、脱衣所で身体を拭いて、パジャマに着替える。

トートバッグを持って私室に行くと、ベッドの上に座り込んだ。

そして、バッグから小切手を取り出して改めて見つめる。

署名しか書かれてない薄緑の紙片。これが大金に化けるのね。

とりあえずこれを使えるようにするために、あたしはデスクに座って、ペンを取った。

 

“好きな金額を書け”。

書くわよ?本当に書くわよ?最終確認よ?誰も聞いちゃいないけどさ。

そしてあたしは、金額欄に8,000,000と記入した。

これで現金袋A~Jと合わせて所持金17,000,000G弱。

やった……!とうとうあたしの元にミニッツリピーターが戻ってくる!

諸々面倒な手続きはあるけど、焦ることはないわ。

ゆっくり身体を癒やしてから買い戻しましょう。小切手を現金袋Aに入れると、

今度こそあたしはベッドに潜り込み、即座に眠りについた。

 

翌日からは地獄だったわ。予想通りひどい筋肉痛で、ロボットみたいにしか動けない。

両腕というか背中というか腰というか、とにかく全身痛い。

食事も、くいだおれ太郎みたいに(関東の方はご存知かしら)スプーンの上げ下ろししか

できないから、スープやシチューしか食べられなくて、腹が減るったらありゃしない。

それを見てジョゼットがケラケラ笑ってるけど、今は我慢よ。

奴には後で地獄が待っている。恨みはらさでおくべきか。

 

数日後。全快とは言えなくても、大分筋肉痛も治まって自由に動けるようになったから、

またこうして馬車を呼び寄せて待たせてるの。

ジョゼットは聖堂に集めた現金袋A~Jを運ばせてる。あたし?見てるだけ。

数日前にあたしの食事を笑った罰よ。今度はお前がくいだおれ太郎になるがいい。

 

「里沙子さ~ん、手伝ってくださいよ~あたしだけじゃ無理です~」

 

「何時間かかってもいいからあんたひとりでやんなさい。

今日も馬車は貸し切りだから安心なさいな」

 

「ひどいー」

 

ひどくない!ガトリングガンはもっと重かったわよ。

その重量物を押しながら正々堂々と戦ったあたしは賞賛されて然るべき。

あ、やっとJの袋を積み終えたわ。

全く、たった10個の袋運ぶのに丸々1時間かかるなんて。

まぁ、今回の件でインドア派のSEにも、時として筋力が必要だってことがわかったから、

少しは鍛えようかしらね。ジョゼットも付き合わせて。

とにかく、出発の準備が整ったから馬車に乗ると、

あたしは中からジョゼットに呼びかける。

 

「ねぇ、街に行くんだけど、あんたもなんか用事ある?」

 

「行きまーす!」

 

膝に手をついて息を整えていたジョゼットも乗り込んできた。出発ね。

 

「御者さん。まずハッピーマイルズ・セントラルで一番大きな銀行に行ってくださいな」

 

「それなら、セレスト銀行本店だね。じゃあ、行くよ」

 

「お願い」

 

すると、馬車が走り出し、街までのいつもの道のりを進みだした。

足元には10個の現金袋。これとハンドバッグの小切手を合わせれば……合計1700万Gよ!

金時計を買い戻して十分な生活費を確保。まぁ、こんなところじゃないかと思う。

 

「ジョゼット、遊ぶのはあたしの要件を片付けてからだけど、

かなり時間がかかると予想されるわ。ぶーたれずにちゃんと待つのよ。

あと、さっきの労働もう一回あるから」

 

「ええっ、またですか!?里沙子さんの悪魔―!」

 

「今度はあたしも手伝ってあげるから文句言わないの。

昼食は酒場で好きなもん好きなだけ食べていいから」

 

「えっ、本当に?それじゃあ、前から気になってしょうがなかった、

ウィンターポークの照り焼きなんかが食べたいかも……」

 

「あらあらそれだけでいいの?デザートにチョコレートパフェなんか欲しくない?」

 

「欲しいです!今日の里沙子さん、天使みたい!」

 

「節操ないわねあんた」

 

と、馬鹿話で時間を潰していると、いつの間にかビジネス街に到着。

セレスト銀行本店の前に到着。馬が一鳴きして停車した。

 

「着きましたよ」

 

「ありがとう。結構待たせちゃうと思うけど、ごめんなさいね」

 

「構いませんよ。新聞読んで待ってます」

 

あたしは銀行に入ると、暖房の効いた屋内で何人か番号札を持って並んでる。

あたしがキョロキョロしてると、行員が近づいてきて、

 

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご要件でしょうか」

 

「口座を開きたいの。あと、小切手を換金して、手持ちの現金と一緒に預け入れを」

 

「かしこまりました。では、こちらの番号札を持ってお掛けになってお待ち下さい」

 

店員から14番の番号札を受け取って、待合ソファに座る。

窓口は3つだけど、飲み込みの悪いバカが受付に何度も同じことを聞いてて、

一向に空く気配がないから実質2つね。

バカのくせに証券取引なんかに手ぇ出してんじゃないわよ。

市役所にもよくいる手合いね。

そいつのせいで順番の進むペースが遅くなって、たっぷり30分は待たされた。

 

「14番の方ー!14番の番号札をお持ちのお客様、いらっしゃいますか」

 

「はーい」

 

「大変お待たせしました。本日のご用件は何でしょうか」

 

「まずは口座の開設を。それと小切手の換金、

手持ちの現金を合わせて預け入れしたいのでよろしくお願いします」

 

「身分証明書等はお持ちでしょうか」

 

あたしは財布から将軍の署名付き身分証明書を抜いて、受付に渡した。

受付は内容を確認すると、あたしに申込書を差し出した。

 

「はい、結構です。ではこちらの申込書、太枠の線の中にご記入お願いします」

 

今度は備え付けのペンで、氏名年齢住所、簡単な個人情報と暗証番号書いて提出した。

 

「ありがとうございます。

では、小切手の換金も同時に行いますので、お預かりできますでしょうか」

 

「これを」

 

あたしは、8,000,000を記入した薄緑の小切手を差し出した。

流石に受付も一瞬言葉に詰まったみたい。

 

「こちらは……そうですね、はい。

問題ございませんので、もうしばらく番号札をお持ちになってお待ち下さい」

 

「よろしくお願いします」

 

何事もなかったかのようにソファに戻ったあたし。

正直に言うと、平静を装っちゃいたけど、今更やっちまった感で冷や汗をかいてた。

でも一方では、800万が通るなら、小遣い程度にプラス25万くらいしてもよかったかも?

とか我ながらせこいこと考えてた。

窓口1で相変わらず迷惑ジジイが受付に食って掛かってたけど、

もうそんなことも気にならないほど緊張しながら、時が来るのをひたすら待ってた。

すると、また14番が呼ばれたから、また窓口2に向かう。

 

「大変お待たせしました。お客様の通帳です」

 

受付が差し出したのは、一冊の藤色の通帳。

表紙には確かにあたしの名前と口座番号が印刷されてる。

恐る恐る手にとって広げてみる。

そこには、“残高8,000,000”と確かに印字されていた。やべ、鼻血出そう!

あたしは軽くめまいを覚えながら、震えそうな声でさらに受付に要件を告げる。

 

「あと、手持ちの現金を、この口座に……少し多いのでお待ち頂けるかしら。

馬車に積んでありますの」

 

「はい、どうぞ」

 

受付がカウンターに“現在処理中です”のプレートを立てると、

あたしはダッシュで外に出た。で、外からドンドンとドアを叩いてジョゼットを呼ぶ。

 

「仕事よ、ジョゼット!袋を持てるだけ持って中に運ぶの!」

 

「うう……里沙子さん、ここ寒いですぅ」

 

「ああ、中で待たせてやればよかったわね。

って、そんなペラペラの修道服着てるあんたもあんたよ!

もう冬場なんだから羽織るもんくらい持ってらっしゃい。まぁいいわ、それより仕事!」

 

「はーい。よいしょ、と」

 

「たった1個て……2つくらい持てるでしょう。

あたしだって両腕が伸びそうだけど耐えてるってのに」

 

「無理ですよ~うんしょ、うんしょ」

 

まあ、文句言ってるより、1人1個でもいないよりマシと考えるほうが前向きね。

あたしは両手が塞がってるから、身体でガラスのドアを開いて銀行に持ち込んだ。

重い袋2つを持ち上げて窓口2にドスンと置くと、

受付の姉ちゃんが驚いて、何か言いたげにあたしを見る。

 

「ごめんなさいね、これが全部で10個あるの……」

 

「それでしたら、床に置いていただければ、係の者が運び込みますので……

あと、もう一度通帳をお願いできますか」

 

「助かりますわ。通帳はこちらに。ジョゼット?袋はここに置いて」

 

「はい~」

 

その後も何往復かして、急いで現金袋を運び込んだ。

今、ここに強盗が乗り込んできたら躊躇なく射殺できる自信ある。

床に積まれた現金袋A~J。あんた達にも世話になったわね。

さようなら、金時計になって帰ってらっしゃい。

行員が袋を次々と奥に運び入れて計算を始めた。

 

そういや、すっかり窓口2を独占しちゃってるわね。

隣の迷惑ジジイと変わらないじゃない。気づくと、待合ソファから恨みがましい視線が。

知らないふりをして、せめて立ったまま待つこと15分。

番号札14が呼ばれたからカウンターに駆け寄る。

 

「大変お待たせしました。通帳をお返しします」

 

「手間をかけてごめんなさい。私はこれで。どうもありがとう」

 

「ありがとうございました」

 

あたし達は逃げるように銀行から飛び出すと、馬車に乗った。

確かに寒いわね。隙間風が冷たい。御者に次の行き先を指定する。

 

「御者さん、次はメリル宝飾店へ行ってください」

 

「わかりました」

 

またガタゴトと車体を揺らしながら馬車が走り出す。あの宝飾店に行くのは久しぶりね。

たしか、ミドルファンタジアに来て最初の日にミニッツリピーターを売却した店。

さぁ、今こそ愛しの相棒を取り戻すのよ。念のためあたしは通帳をチェックする。

……1700万。すげえ。本当にある。ここまで来るのにどれだけ苦労したかわかんない。

地球でミニッツリピーターを買った時と同じくらいの艱難辛苦を乗り越えてきたと思う。

 

「ねぇ、ジョゼット。これ見てご覧なさいよ」

 

「通帳ですか……うわあ!1700万!?どこでこんな大金!」

 

「ふふっ、まずはあたしの金時計を売って得た1000万。

土地付きの教会と、生活用品や装備一式その他諸々買ってマイナス100万ちょい。

それプラス、こないだ開発した新兵器の設計図800万。〆て1700万也。

もう金儲けに頭悩ませる必要はないわ。これから暇になるだろうから、

布教活動にも付き合ってあげる。……どうしたの?やっぱ驚いて声も出ないか当然よね」

 

ジョゼットは通帳ではなく、なんかあたしをじっと見てる。

 

「……里沙子さん、帰ったらお話があります」

 

「今じゃ駄目なの?」

 

「はい。とっても大事で長くなるお話なので」

 

「そう?まあいいわ。今日は金時計が戻った記念日よ。

大抵の願いは聞き入れてしんぜよう。オホホのホ」

 

なんだかジョゼットの様子が変だけど、今はそれどころじゃないわ。

西の外れにあるメリル宝飾店で馬車が止まった。

あたしはバタンと馬車のドアを開け放ち、道に飛び出し、

一旦宝飾店の前で深呼吸して、小幅に歩きながら店に入った。

 

「いらっしゃいませ」

 

店主の落ち着いた声に迎えられ、あたしは目的の物を探す。

指輪でもない、ネックレスでもない、イヤリングでもない。

……あった!あたしのミニッツリピーター!

1500万なんて立派な値段付けられちゃってまあ。あたしは店主に声を掛ける。

 

「ごめんください。この金時計を頂きたいのですけど」

 

「ありがとうございます。お支払いはどのように?」

 

「口座引き落としでお願いできるかしら」

 

「かしこまりました。口座引き落としですと、

基本的には残高確認後に宅配という形になりますが、

銀行によっては確認に30分ほどお時間を頂ければ、この場でお受け取りが可能です。

いかがなさいますか」

 

「ここで受け取ります。口座はセレスト銀行ですわ」

 

「それでしたら可能です。お手数ですが、通帳を拝見できますでしょうか」

 

「こちらに」

 

すると、店主は口座番号と名前を控えて、別の店員を呼んでメモを渡した。

店主は彼に、小声で“セレスト、口座確認”と最低限の言葉で指示を出して、

あたしに通帳を返した。店員は急ぎ足で店の奥へ去っていった。

 

「それでは、通帳をお返しします。

申し訳ありませんが、しばらくお掛けになってお待ち下さい」

 

「よろしくお願いします」

 

さて、今度はジョゼットも呼んであげようかしら。

あたしは店から出て馬車の外からジョゼットに呼びかける。

 

「ジョゼット~寒いなら店の中で待ってなさい」

 

「はい……」

 

やっぱりなんだか元気がないジョゼットを連れて店に戻る。

あたしはワクワクしながらショーケースの中のミニッツリピーターを眺めてた。

うっとりとその他の宝石にも見惚れてると、店主が声を掛けてきた。

 

「お客様、大変お待たせしました。確認が取れましたので商品をお渡しします」

 

「はい」

 

あたしがショーケースに歩み寄ると、店主が中からあたしの金時計を取り出して、

1枚の書類と一緒に渡してきた。

 

「こちらの書類に受け取りのサインを。

これで商品の所有権がお客様に移りましたので、どうぞお持ちください。

防犯対策を施した警備兵付き馬車をご用意できますがいかが致しましょう」

 

「いえ、結構ですわ。別の馬車を待たせていますので」

 

あたしは書類にサインをしながら答えた。店主が書類を確認すると、売買契約完了。

 

「はい、確かに。お買上げ、誠にありがとうございます」

 

ついに、ついに、取り戻したわ!ふふ、紺色の綺麗なケースに入れられちゃって。

竜頭の小さな傷は、確かにあたしのミニッツリピーターである証。

ヤバイ薬でもキメたみたいに幸福感でいっぱい!使ったことはないけどね。

とにかく、家も土地も手に入れて、贅沢しなけりゃ一生生きて行ける金も手に入れて、

この世に二つと無い相棒を取り戻したあたしは、

もうこの世界で恐れるものなんてないわ。ビバ異世界!

 

「ジョゼット、用事は済んだわ。酒場でお昼にしましょう。」

 

「嬉しそうですね……」

 

「当たり前じゃない。約束通りなんでもおごるわ。好きなだけ食べるが良い」

 

その後、馬車に乗ったあたし達は、酒場に入ってまずはエールで祝杯を上げた。

ジョゼットはジュースだけど。

 

「かんぱーい!」

 

「乾杯」

 

「マスター、この娘にはウィンターポークの照り焼き。

あたしには特A級メタルバッファローのヒレステーキ300g!

それから粗挽きウインナーとフライドポテト!じゃんじゃん持ってきて!」

 

「景気がいいな。なんかいいことでもあったのか?」

 

「ええ、とっても。離れ離れになっていた相棒とようやく再会できたのよ」

 

「ほう……生きててなによりじゃねえか。一匹狼のあんたにもそんな奴がいたのか」

 

「ああ、違うのよ。これよこれ。

何年も働いて欲しいものも我慢して貯金に貯金を重ねてようやく手に入れた代物。

この世界に来た時に、生活するためにしょうがなく売ったものをやっと買い戻したのよ」

 

あたしはカチ、カチ、と規則正しく時を刻む、正確無比の金時計を、愛おしくなでた。

 

「なるほど、そいつは確かに上物だな。滅多に手に入る代物じゃねえ」

 

「わかる~?これはあたしの汗と涙の結晶なのよ~ところで料理まだ?」

 

「は~い、ウィンターポークの照り焼きと、メタルバッファローのヒレ300gね~」

 

む、出たなおっぱいオバケ。でもまあいいわ。今日に限りいかなる狼藉も許す。

彼女が料理を並べると、身体が近づく。

いつも子供扱いしてくる仕返しをしてやろうと思えばできなくもないけど、

今日はめでたい日よ。そんなことより料理よ料理。豪勢に行こうじゃないの。

 

「ポテトとウインナーはもう少し待っててね、里沙子ちゃん。

たくさん食べて大きくなってね」

 

「きょーに限って聞き流すわ。歳も聞かない……ぷはっ。マスター、もう一杯」

 

「あいよ」

 

あたしはエールをおかわりして高級ステーキを口に運ぶ。

うん、グルメ気取るわけじゃないけど、

やっぱり口に入れれば安物と高級品の違いはわかるわ。赤身多めのミディアムレア。

ロースステーキのような柔らかい肉とは違って、

弾力があって噛めば噛むほど旨味が出る。

ジョゼットはいつも通りマリア様にお祈りしてる。さっさとしないと冷めるわよ。

あたしが2杯目のエールを飲み終えるころにようやく食べ始めた。

 

ナイフで切ってフォークで口に運ぶと、ようやく彼女に笑顔が戻った。

それからは二人共お互い自分の料理を食うのに必死で、

食べられるだけ追加注文を繰り返した。まさに至福の時。

アルコールで食が進むあたしは、結局ステーキをもう一皿頼んで、

ジョゼットはデザートのチョコレートパフェ美味しそうに食べてる。

ステーキ2枚はちょっと無謀かと思ったけど、意外と入るものね。

 

「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」

 

二人がほぼ同時に食べ終わると、マスターに会計を頼んだ。

 

「122Gだよ」

 

「あっはっは!やっぱ物価安すぎ、ここ!」

 

あたしは財布から金貨2枚を取り出してカウンターに置いた。

 

「お釣りは要らないわ!ミニッツリピーターに乾杯!それではみなさんさようなら~」

 

「また来いよ!」

 

若干へべれけ気味のあたしと、満腹になったジョゼットは、

もう用事もないので帰ることにした。走り出した馬車の窓から駐在所が見える。

そこには見慣れた賞金首ポスターが並んでる。“魔王 10,000,000G”。

うんうん、こいつを追ってたこともあったけど、もうあなたに用はないの。

勝手にやってちょうだいな。あたしは似顔絵のない最高額のポスターに投げキッスした。

 

で、さんざん贅沢したあたし達が教会に帰ると、またジョゼットがしょぼくれてる。

一体なんなのかしら。さっきはあんなに喜んでたのに。

首を傾げながら住居に入ろうとすると、後ろから手を掴まれた。

もちろん掴んでるのはジョゼット。

 

「なあに?今日、ちょっと変よあんた」

 

「座ってください」

 

「え?」

 

「座ってください!」

 

いきなり大声出さないでよ、びっくりするじゃない。

まぁ、暴飲暴食で疲れ気味だから座るけど。

あたしが長椅子の一つに腰掛けると、ジョゼットがあたしの前に立って、

眉を吊り上げてこう言ったの。

 

「里沙子さん、あなたにお説教です!!」

 

今回はちょっと長くなったから次回に持ち越しね。

皆さん、風邪引いてジスロマック飲む羽目にならないよう、身体にはお気をつけて。

 

 



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昔は2リットルのペットボトル売ってる自販機もあったんだけど、いつの間にか見なくなったの。どこに行ったのかしらね。

前回までのあらすじ。

魔女殺した。大金ゲット。金時計奪還。酒場で祝杯。なぜかジョゼットお冠。今ここ。

 

ジョゼットが両手を腰に当てて怒りの感情を表そうとしてる。

でも、顔が顔だから怒ってることがわかる程度で、威圧感の欠片もない。

とにかく、なんだか知らないけど勘弁してよ。せっかくいい感じで酔ってるってのに。

首ふり人形みたいに頭をフラフラさせてるあたしを、ジョゼットが指差して宣言した。

 

「里沙子さん、あなたに言いたいことがあります」

 

「んもう、いいからさっさと言いなさいな。今日はどんな説教でも付き合ってあげる。

聖書の第何章、第何節?」

 

「その説教じゃありません。里沙子さん……わたくしは、あなたを見損ないました!」

 

「なんで~?」

 

そしたら、ジョゼットがあたしの金時計を指差してこう言うのよ。

 

「金時計欲しさのために、兵器を作って軍事企業に売るなんて、

それじゃあ“死の商人”じゃないですか!しかもそれをマリア様の前で!」

 

ああ、そういうこと。通帳見てからおかしかったのはそれが原因か。

 

「何かと思えばそれ?

あたしが作った作品のデビューが見たいなら、昨日か今日の新聞ごらんなさい」

 

「そこで待っててください……」

 

ジョゼットが物置部屋に行ってしばらくすると、

昨日の古新聞を持って急ぎ足で戻ってきた。そして新聞の中一面をあたしに見せつける。

 

「なんですかこれは!

“銃火器産業に革命!

一撃ちで銃弾を連発し、瞬く間に数十名を倒す、全く新しいコンセプトの新兵器が登場、

その名もガトリングガン!”

里沙子さんが作ってたのは、これだったんですね!」

 

「そーいうこと。一週間ほどイグニールに旅に出たのは、その部品集め。

鍛冶の街で製造された精巧な部品が必要だったのよ」

 

「……最低です」

 

「最低って誰が、なんで」

 

「マリア様のお部屋で、何人もの人を殺す武器を、お金目当てで作ってたなんて!

確かに里沙子さんは意地悪で横暴で乱暴で口が悪いけど、

こんなことする人だとは思いませんでした!」

 

あたしはひとつため息をついて、返事をする。

 

「確かに、そもそもここはあたしの家だけど、

聖堂の管理を任せてるあんたに何も言ってなかったことは悪かったわよ。

説明してる暇がなかったってこともあるけどさ。

でも、ガトリングガンを作って企業に買い取ってもらったこと自体については、

とやかく言われる筋合いはないわねえ」

 

「なんでそんなこと言うんですか……!」

 

「あんたは街の銃砲店に、

人を殺す銃を売るのは残酷だからやめろって言ったことでもあるの?

そもそも、目の前にいるあたしが2丁も拳銃ぶら下げてるのに、

今日に至るまで何も言わなかったじゃない。

今更武器のラインナップが1つ増えたからって、騒ぎ立てられても姉さん困る~」

 

「……でも!それでもこの武器は強力過ぎます!

軍隊に配備されれば戦争で死ぬ人が増えるんですよ?

戦火が広がることを何とも思わないんですか?」

 

「何とも。戦争するかどうかを決めるのは政治家であって軍隊じゃない。

スーツの連中がやると決めたら、ガトリングガンがあろうがなかろうが、

奴らの気が済むまで戦争は終わらない。結局人を殺すのは兵器じゃなくて人間。

武器のせいにするのはお門違いよ」

 

「だからって、

里沙子さんが戦争を利用して儲けたことに変わりはないじゃないですか!」

 

「ん~、今日は記念すべき日だから聞いてあげてるけどね。

だから何、としか言えないわね。

部品集めに遠くの地まで旅に出て、徹夜で部品を組み上げて、

死ぬ思いをして暴走魔女と戦って得た正当な対価よ。

そりゃあ、ガトリングガンがどっかで戦争を加速させることにはなるだろうけど、

世界中の軍がいっせーので武器を収めてれば、そんな利益は発生しなかった。

あたしだけのせいにされてもね」

 

「……これからも、武器を作り続けるんですか」

 

「あーないない!もう時計は手元に戻ったし、一生食べていけるだけの生活費も残った。

これ以上働くのはごめんよ。これからはのんびり食っちゃ寝生活を送るつもりだから、

そこんとこシクヨロ」

 

喋り疲れたあたしは長椅子にゴロンと横になった。なんだかジョゼットの目が赤い。

 

「聖職者の端くれとしてお聞きします。

里沙子さんは、本気で平和を願ったことがありますか。

戦争がなくなればいいと思ったことは?

戦争の道具である銃をなくそうと思ったことは……あるはずないですよね、

新しく作って売りさばいてるんですから!!」

 

叫ぶジョゼットの目から雫がこぼれる。あたしは彼女をじっと見て続ける。

 

「銃がなくなれば戦争が終わるとでも?みんなが幸せになるとでも?

あたしの世界でもね、どっかの大国で有名人が連名で銃規制を呼びかけてるんだけど、

あたしに言わせりゃ金持ちの道楽に過ぎないわ。

なんでかわかる?あいつら金持ってるからよ。いくらでもボディーガード雇えるもの。

でも、ボロいショットガン1丁しか身を守る術がない貧乏人はどうしろってのよ。

大人しく強盗に殺されろとでも?

あと、経済の一翼を担ってる銃火器産業が消滅すれば、

たちまち街が失業者であふれかえる。道路中物乞いだらけ。国が傾く。

ある意味戦争より悲惨な事態に陥るわよ」

 

「それは……」

 

「なーんか白けちゃった。今日はさっさとシャワー浴びて、

寝る前にミニッツリピーターを眺めるとしますか。1時間くらい」

 

あたしが住居に戻ろうと起き上がると、ジョゼットがかすれた声で何かを口にした。

 

「だったら……」

 

「え?」

 

「だったらずっと汚いお金で買った時計と暮せばいいじゃないですか!!

里沙子さんの馬鹿!」

 

バタン!とジョゼットがドアを開けて外に飛び出して行った。

 

「ちょっ、どこ行くの!もう外真っ暗よ!……全く、金に綺麗も汚いもないってのに!」

 

本当に手間かけさせてくれるわね。

あたしは開けっ放しのドアから外に出て、鍵も掛けずにジョゼットを追いかけた。

今はまずい時間帯ね。馬車にでも乗らなきゃ外出は危険。

あたしはピースメーカーを抜いて彼女を探して草原を駆け出した。

5分程走るけど、いない。

 

早いとこ見つけなきゃ。夜は野盗の他に、はぐれアサシン、夜行性オオカミが出るのに。

あたし自身も安全とは言えない。

視界が殆ど無い夜の街道では銃の命中率も格段に下がる。

徐々に焦りが募り始めた頃、街とは逆方向へ続く道から悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 

「来ないでください!」

 

誰、この人達!?みんな黒ずくめの装束で顔を布で隠してるけど……

 

「運が悪かったね、お嬢さん。こんな夜道をぶらついてるからこんなことになるのよ」

「姐さん、こいつどうします。殺して身ぐるみ剥ぎますか」

「こいつらも腹空かせてるからちょうどいいですよ」

 

グルルル……

よく見えないけど、2匹くらいの獣の唸り声が聞こえる。どうしよう。

 

「待ちな。……ほう、殺すよりどこかの娼館に売り飛ばしたほうが金になる。捕らえろ」

「へい」

 

どうしよどうしよ!変な人が近づいてきた。

……まだ一度も成功してないけど、やるしかない!

 

「聖母の後光、今、其の目に焼き付かん。二つの眼、閉じることなかれ!

スティングライト!」

 

ぐあああっ!ギャアッ!ウアオオオン!!

 

前方が昼間より明るくなる。やった、できた!

きっと彼らには強力な光が浴びせられて一時的に目が潰れてるはず。

今のうちに逃げなきゃ。わたくしはうずくまる彼らの横を通り抜けて逃げ出しました。

でも、どこに?あの教会には、もう……街にもわたくしの居場所はないし。

迷った末、さらに西へ逃げることにしました。その時、

 

「どこに行くんだい、お嬢さん」

 

物凄い跳躍力で一人の黒ずくめがあたしの前に降り立ちました。

なんで!?確かに光魔法は発動したのに!

 

「残念だったね。シスターの魔法なんて知り尽くしてんのよ、あたしは。

詠唱は敵に聞かせるもんじゃないよ、タネが知れたら防御は簡単。

目を伏せればそれでいい」

 

そんな……もう一度魔法を唱えようと思いましたが、

わたくしのマナではまだ短時間で2回分の魔力を練成できません。

後ろから、閃光から立ち直った人さらい達が近づいてきます。

やっぱり、わたくしは、ただの無力な理想論者でしかなかったのでしょうか……?

もう、聖職者としての人生を終えるしかないみたいです。

でも、わたくしが諦めかけたときでした。

 

 

 

闇夜に向けて一発発砲。夜の静寂を破裂音が引き裂く。ふ~ん、なるほどね。

状況を把握したあたしは、ピースメーカーに今撃った一発をリロードしながら歩み寄る。

 

「誰だ!」

 

「ねぇ、ちょっとその娘に用があるの。構わないでもらえるかしら」

 

「里沙子さん……?」

 

「動くな!こいつの首をへし折るよ!」

 

ジョゼットに近づこうとすると、女が彼女の首に腕を回して拘束した。

声からして多分女ね。一瞬見えた男二人も身のこなしが野盗とはまるで違う。

やっぱりはぐれアサシンか。そしてオオカミの唸り声。

索敵と攻撃用に飼ってるみたいね。

 

「あんた、聞いたことがあるよ。早撃ち里沙子だね。でも、この暗闇はあたしらの世界。

腐ってもアサシンだからね。あんたの銃より早くこの娘を殺せる」

 

「ジョゼット、あんた新しい魔法覚えたのね。照明弾みたいで見つけやすかったわ。

やるじゃない」

 

「里沙子さん、どうして……」

 

「あんたに言い忘れたことがあってね。……そういうわけでその娘放して。早く」

 

「舐めた口効くんじゃないよ。まさかこの闇の中であたしら全員に当てられるとでも?」

 

「うぐっ……」

 

ジョゼットの苦しそうな声。多分、女が締め上げる腕の力を強めたんだと思う。

そしてザラザラとすり足で慎重に動く音。他の2人が攻撃態勢に入ったらしいわ。

この辺でお開きにしましょうか。あたしはぶら下げていたピースメーカーに意識を集中。

極限まで精神を研ぎ澄ます。

 

……0!1・2・3・4・5!

 

次の瞬間、あたしは全弾6発をファニングで撃ち尽くした。そこに残されたのは。

 

「うっ、ぐあっ!」「……あがぁっ!」「ギャウン!……」

 

「ジョゼット!早くこっちにいらっしゃい!」

 

「はい!」

 

足を撃ち抜かれ、地に倒れるアサシン3人と、頭を撃たれ横たわるオオカミ2匹。

奴らから離れつつ、ジョゼットがあたしのところにたどり着く。

 

「お前……!なぜ視界のない暗闇で正確な射撃を!?」

 

「視界ならあったわよ。あったっていうか作ったっていうか」

 

「まさか!一発目のマズルフラッシュであたしらの位置を照らし、

クイックドローで正確に急所を……くそっ!」

 

「まぁ、そんなとこ。ジョゼット、逃げるわよ!」

 

「あ、はい!」

 

あたしはジョゼットの手を引いて街道を逆戻りして、

明かりつけっぱなしの教会に戻って、急いでドアを閉めて鍵をかけた。

なんか最近走ったり戦ったりばっかりね。やっぱり息が整うまで10分ほどかかった。

疲れたあたしは長椅子に座って、ピースメーカーにリロードを始めた。

シリンダーから空薬莢を取り出していると、ジョゼットが話しかけてきた。

 

「……どうして、助けに来たんですか。あなたを軽蔑していたわたくしを」

 

「今更“あなた”とかやめてくれる?気持ち悪いから。

……さっき言ったでしょ。言い忘れたことがあるって」

 

「それって、なんですか」

 

「……そりゃあたしだってね、世界が平和ならその方がいいってことくらいわかってる。

野盗や暴走魔女とドンパチしなくて住む世界で気楽に生きていたい。

でも、現実問題そうもいかないでしょう。

ちょっと外に出ただけでさっきの連中みたいな奴らにぶち当たる。

そんな世界で武器を捨てろなんて無理な話。銃に頼り切った今の時代ならなおさら」

 

あたしは一発一発丁寧に弾丸を装填しながら語り続ける。

ジョゼットは立ったまま黙って聞いている。

 

「人間はね、まだ銃や争いや戦争を捨てられるほど成熟した存在じゃないの。

きっとこの世界が間違ってて、あんたの思い描いてる世界が正しいんだと思う。

でもね、それが実現するには途方もない年月がかかる。

少なくとも、あんたやあたしが生きてる間には成就しないくらい。

だからって、それを諦めるかどうかは別問題よ。

次の世代に、あんたが信じる教えを残すか。それとも、人間を見限るか」

 

「……いいえ!わたくしは、マリア様を信じ、教えを広め続けます!」

 

視線を横にやると、ジョゼットがキュッと小さな拳を握るのが見えた。

 

「あたしのことは別にどう思おうと構わない。

人殺しの道具で一儲けしたのは間違いないんだから。

でも、あたしは少なくとも自分に嘘をついたつもりはないわ。

金時計を取り戻したかったのも事実だけど、銃が盾になる場合もある。

ましてや、暴走魔女や悪魔がそこら辺歩いてるこの世界じゃ、人間にも対抗手段が必要。

人間で魔法が使える奴なんて一握りでしょう。

それにもし、人同士の戦争に使われることになったとしても、

互いが同じ銃を突きつけ合えば、仮初めとは言え一時的な平穏が訪れる。

それで人が騙し騙しやっていけたらそれでいいんじゃないかな、っていう気持ちが

0.1%くらいはあったわけよ。別に信じなくてもいいけど」

 

「里沙子さん……ごめんなさい、

わたくし、里沙子さんの気持ちも聞かずに、ひどい事を……うっく…ぐすっ」

 

「ちょっとやめてよ、数字の意味を取り違えるんじゃないわよ!

99.9%は金目当てだったって言ってんの!」

 

「ふふっ、そうですね。里沙子さんは、そういう人ですから……」

 

「ふん、何がおかしいんだか」

 

あたしはリロードを済ませたピースメーカーをホルスターに戻すと、立ち上がった。

 

「じゃあ、今日はもうシャワー浴びて寝るわ。愛しのミニッツリピーターと一緒にね」

 

「その金時計、そんなに凄いんですか?」

 

「安くても80万から100万円。高いものだと5000万は下らない。

まぁ、円とGの価値の違いがわからないけど、

とにかく庶民にはとても手がないのは確かよ」

 

「音で時間を教えてくれるって話してましたよね。見えない音でどうやって?」

 

「んふふ、あんたも興味があるの?この気品あふれる機能美の結晶に。

……しょうがないわねえ。

じゃあ、久々に動かすから動作チェックも兼ねて聴かせてあげるわ!」

 

あたしはミニッツリピーターを高く持ち上げて竜頭を押した。

すると、時計内部で二種類のハンマーが、まずは低音で数回。リンリンリン……

続いて二連続の音が2回。リリン、リリン。最後に高音で8回。キンキンキン……

あたしは目を閉じてその美しい音色に酔いしれていた。

 

「嗚呼、何度聴いても美しい……どう?これはもう時計じゃなくて美術品。

そうは思わない?」

 

「はい、とっても綺麗です!ちなみに今、何時を教えてくれたんですか?」

 

「はじめに時の音が8回。15分を指す二連続の音が2回、最後に分の音が8回だから、

8時38分ね。後でこの世界の時計と合わせなきゃ」

 

「里沙子さんは寝坊してばかりですから、それを目覚まし代わりにしたらどうですか」

 

「だめよ!この尊い存在をそんなダサい用途に……

いや、この高貴な鐘の音で目覚めるのもお金で買えない贅沢ね。

どうしようかしら、迷うところね。ふむむ」

 

「うふふ。里沙子さん、金時計のことになると子供みたいです~」

 

「あ、あんたにだけは言われたくないわよ!」

 

ともかく、長い紆余曲折を経て手に入ったミニッツリピーターが、

最後にもう一騒動起こしてくれたけど、やっと何の心配もなく愛でることができるわ。

もう離さないからね。愛しの相棒は細い金の鎖の先でゆらゆらと揺れていた。

 

 




*事情により、クリスマスまで更新できないかもです。
時間ができたら1話くらい書けるかもしれない、という状況です。


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西部劇の邦題の付け方って本当適当よね。あれで金もらった連中全員不幸になればいいのに。

「ね、お願い!一回きりでいいの!お願いっ!」

 

「しつっこいわね!あたしは賞金稼ぎじゃないし、もう金儲けする必要なんてないの。

やるならあんたらでやりゃいいでしょ!」

 

「そんなこと言わないでさぁ、お願い!」

 

両手を合わせて必死に拝み込むソフィア。

例によって、あたしとジョゼットは買い物を終えて、

酒場でエールとジュースを飲んで休憩してたのよ。

そこで、また不幸な事に我らがビートオブバラライカの粘着共に絡まれたってわけ。

 

あたしはまたエールを煽るとソフィアに向き合った。

そばには大きなライフルを背負って、ホルスターに二丁拳銃を差したマックスもいる。

子供連中は隅のテーブルでこちらの様子を窺ってる。

 

「俺からも頼む。こいつに挑んだ賞金稼ぎが何人も返り討ちに遭ってる。

お前の力が必要だ」

 

「ふぅ、前から言おうと思ってたけど、あんたら依頼心強すぎなのよ。

例え賞金首だろうと、誰か殺して金稼ごうってんなら、それこそ死ぬ気で突撃なさい」

 

「俺とソフィアだけならそうしてる。

恥を忍んで頼んでるのは……後ろの仲間がいるからだ。

あの歳でまだ死なせるわけにはいかない」

 

「……その事情はわかる。あの歳でこんな稼業に首突っ込んでるんだから、

普通じゃない人生送ってきたことくらい想像はつく。

そこら辺は深入りしないけど、やっぱり断るわ。

死なせたくない人がいるなら、

一獲千金なんて考えないで雑魚狙いで地道に稼ぎなさいな」

 

そしてまた一口。口に広がるマスカットの香り。

ああ、どうして麦芽とホップだけでこの芳しい香りが生まれるのかしら。

ソフィアが隣の席に座り込んで続ける。

 

「賞金が少ないからって、瞬殺して手軽に小遣い稼ぎってわけにはいかないの。

たった1000Gのキングオブマイスだって、

まともにやりあえばマックスの拳一つで倒せるけど、

とにかく逃げ足が早くて隠れるのが上手い。みんな見つけ出すのに手を焼いてるから、

何年もポスターが剥がれないの。奴らを追い続けてる間も私達は食べなきゃいけないし、

寝床もいる。武器弾薬の補給も必要。

獲物を倒すまで収入ゼロで私達は暮らさなきゃいけないの」

 

ぐいっとジョッキに残った泡を飲み干すと、あたしは口を拭いて続けた。

 

「だ~か~ら~前にも言ったかどうか忘れたけど、

稼がなきゃ食えないのはどいつもこいつも一緒なの。

……そうだ!この際、賞金稼ぎなんか廃業して転職なさいな。

地道にクワで畑耕して生きるのが一番健全よ」

 

あたしはご免だけど。と心の中で付け加える。

すると、ソフィアが顔をそむけて苦い顔をした。

 

「あなたは……なんにもわかってない。

賞金稼ぎになる奴が、みんな好き好んで危険な仕事してるわけじゃないって。

学もない、土地もない、戦うことしか知らない流れ者を、

受け入れてくれるところなんて、ありゃしないのよ」

 

「里沙子さん……」

 

ジョゼットが小さくあたしの袖を摘んでくるけど、無視して2杯目を頼む。

すぐにマスターが2杯目のジョッキを置いて、空のほうを下げた。

 

「同じこと何度も言わせないで。事情があるのはみんな同じなの。

大体自分らで手に負えない奴狙ってどうすんの。なんでそんなに大金が必要なのよ」

 

「……もう、何度も賞金首討伐に失敗して生活費が底を突きかけてる。

俺達は木の根を食んででもどうにでも生きていけるが、マオはそうも行かない。

今週奴を倒せなければ、仕事道具の銃を売るしかなくなる。

そうなれば、結局死んだも同然だ」

 

「ふん、今度は子供使って泣き落とし?ちなみにどんなやつ狙ってんのよ」

 

無口な大男が珍しくよく喋るので、状況だけでも聞いてやることにした。

マックスが1枚の手配書を差し出す。

それを見て……あたしは開いた口が塞がらなかった。

 

 

・広域立体制圧兵器 CR銀玉物語 48000G

 

 

手配書に描かれていたのは、工場の壁面に据え付けられた巨大なパチンコだった。

あたしの知ってるパチンコと違って、

本来ドル箱を置く辺りの下部が玉の排出口になってるわね。

 

「ねえ、ふざけてんの?デカいパチンコじゃない」

 

「こいつのこと知ってるの!?これ、一体何なの?弱点とかはないの?」

 

ソフィアが肩を掴んで必死な表情で問いかけてくる。あたしは彼女を押し返して、

 

「顔が近い!

……知ってるも何も、これは地球のギャンブルマシンよ。兵器なんかじゃない。

そもそも、なんでデカいパチンコが作られて、しかも指名手配されてんのよ」

 

「……あんたなら、最近銃器メーカーのパーシヴァル社が、

ガトリングガンっていう新兵器を開発したことは知っているだろう。

そいつが陸軍を中心に爆発的な売上を記録し、

ライバルのナバロ社から業界トップの座を奪おうとしている。

焦ったナバロ社が、アースから流れ着いた、

そのパチンコとやらを参考にして巨大な防衛システムを作ったんだが、

制御装置が不具合を起こして、兵器開発工場に侵入する者全てに、

高速の鉄球で攻撃するようになったんだ。

そこで工場を操業停止に追い込まれたナバロが手配書を出したというわけだ。

こいつは、“工場を守る”という命令を実行し続けるだけだから逃げられる心配もない。

だから、俺とソフィアで攻撃を引き付ければ、なんとか倒せそうだと考えたんだ」

 

あたしは平静を装っちゃいたけど、マックスの話を聞いているうちに心が揺れていた。

横目でジョゼットを見る。何かを訴えるような目であたしを見つめてる。

わかってるわよ。儲けたら儲けっぱなしってのも性に合わないしね。

 

「はぁ、玉を連発するから機関銃の試作品かなにかと間違えたってわけね」

 

「俺にはパチンコと言うものがどういうものかわからんが、

あんたが言うなら恐らくそうなのだろう」

 

今度はスコッチの香りを一口含んでから答えた。

 

「条件がある。

子供2人は後衛にする。全員あたしの指示に従うこと。ヤバくなったら即撤退」

 

「わぁ……ありがとう!本当にありがとう!」

 

「……恩に着る」

 

ソフィアの顔がパッと明るくなり、マックスもやっぱり無愛想に礼を述べた。

 

「まだ勝ってもないのに喜んでんじゃないの。じゃあ、作戦会議。全員席移動!」

 

「里沙子さん……見直しました!」

 

「だからまだ勝ってないって言ってるでしょう!ほらジョゼット、あんたも来る!」

 

あたしはジュースとエール代13Gを置いて、大きな丸テーブルに移動した。

隅の席で待っていたアーヴィンとマオちゃんもやってきた。

全員が席に着いたところで、あたしはこの賞金首について、知ってることを説明した。

 

「いい?まずコイツの盤面を見て。たくさん釘が刺さってて、

風車やチューリップみたいな駆動部がたくさんあるでしょう」

 

「とってもキレイ!」

 

はしゃぐマオちゃんをソフィアがたしなめる。

 

「こーら。大事な話なんだから最後まで聞く」

 

「続けるわよ。他にも閉じたり開いたりする羽根みたいなのや、

小さなポケットみたいなものがあるけど、こういう仕掛けを役物って言うの。

ナバロ社が流れ着いた台を、攻撃能力以外忠実に再現したなら、

賞金首も同じ動作をする可能性が高い」

 

「つまり、どういうこと?」

 

アーヴィンが真剣な表情で聞いてくる。

 

「予めコイツの行動パターンがわかってるから、ある程度有利に立ち回れるってこと。

あたしの予想だと、この巨大パチンコは、前方に向かってだけじゃなく、

盤面の上を滑らせるように斜めにも玉を撃ち出してるんじゃないかと思うんだけど」

 

「そのとおりよ!

大きな鉄球で攻撃してくるけど、意味不明な無駄撃ちも多いって情報が入ってる!」

 

「本来はその無駄撃ちで勝負するものなのよ、ソフィア。

で、一番気をつけて欲しいのはここ。真ん中のスタートチャッカー。

釘や風車なんかに導かれてここに玉が入ると、中央のスロットが回る。

滅多にないけど、このスロットの数字が3つ揃ったら全員即座に退避。

しばらくの間、大量の鉄球が飛んでくる。大当たりってやつよ」

 

「全然当たりじゃないです~」

 

あたしがデカいパチンコの似顔絵に指を滑らせると、ジョゼットが不安げに眺める。

 

「下手すりゃこっちの急所に大当たりなのよ。

あと、下の方に何個かあるポケットにも気をつけて。

ここにも玉が入ると幾つかオマケの玉が出る仕組みになってる」

 

「……つまり、真ん中やポケットに入らないようにすればいいんだな」

 

「そういうことだけど、何か玉の軌道を変える方法でもあるの?」

 

「俺のハデス2207なら重い鉄球でも弾き飛ばせる」

 

マックスが背負ったライフルをトントンと指で叩く。

なるほど、対物ライフル並の威力はありそう。でも、もっと欲を言うなら。

 

「ねえ、ソフィア。こいつの右下に接近するのってやっぱり無理そう?」

 

「どうしても必要なら、あたしが囮になるけど、何かあるの?」

 

「右打ちって言ってね、右下のハンドルを限界まで回せば、

強制的に思い切り飛ばされた玉が外周に沿ってどこにも入らず、

一番下の穴に落ちていくの。大当たりや当たり玉排出を防げるってわけ。

ハンドル部分には敵の玉も届かないからある意味安全でもあるわ」

 

「そっかぁ。誰か一人でもハンドルにたどり着けば、

敵の攻撃の手を緩めることができるってわけね」

 

「その通り。でも危ない賭けよ。

右打ちを続けても、何かのはずみで役物に飛び込む可能性がゼロじゃないから。

……まあ、あたしがコイツについて知ってることはこんなところね。

次は、あんた達が何を出来るか知りたい。

互いの戦力を知らなきゃ作戦も何もないでしょ」

 

「そうね。あたしは銃の早撃ち……なんだけど、

里沙子の前で言うのはちょっと恥ずかしいかな」

 

「ソフィアは僕とペアで行動することが多いんだ」

 

「どういうこと?」

 

アーヴィンが以前見た大きな注射器を取り出してみせた。

奇妙な銃型をしてて、液体ボトルとグリップが付いている。

 

「僕はこの注射器に圧搾空気を送り込んで、

ボトルから中に注入された薬品を噴射して戦うんだ。

例えば、着火剤を遠くの敵に吹き付けて、ソフィアが銃弾を撃ち込むと、

一気に敵が火だるまになるのさ。

他にも瞬間凍結剤や発電ガス、それと治療薬もあるから回復もできるよ」

 

「なるほど。ソフィアはアーヴィンを守りながらペアで攻撃してちょうだい。

多分、このデカブツを物理攻撃だけで沈黙させるのは無理だと思うわ。

発電ガスで電子回路にダメージを与えたり、

凍結剤で役物を凍らせたり、といったサポートをお願い」

 

「わかったわ!」「任せて!」

 

さて、残るは二人ね。マオちゃんがやっぱり不機嫌そうにあたしを見てるけど、

可愛いとしか思えない。彼女が両腕を上げて自己主張してくる。

 

「わたしだって戦えるノ!」

 

「わかってる。マオちゃんは何をしてくれるの?」

 

「火、土、風、水、雷っ!」

 

「えっと、具体的には……?」

 

「ああ、ごめんね里沙子、私から説明する。

この子は光と闇以外全ての属性の攻撃魔法が使えるの。

生まれつき体内のマナと魔力への練成能力が高くて、

いつもはあたしやマックスが守りながら、後ろから遠距離攻撃してもらってる」

 

「よくわかったわ。マオちゃんはすごいのね。

……ソフィア、彼女は一番後ろで主に稲妻で攻撃を」

 

「わかった」

 

「えっへん!」

 

得意げなのになぜか眉がつり上がったまま。ああ、抱っこしたいわね。

最後のマックスは、あたしが聞くまでもなく自分で説明した。

 

「さっきも言ったが、俺の武器は高火力ライフル・ハデス2207と、

打撃戦にも使える頑丈な二丁拳銃、ツインストライカーだ。

まあ、こいつに関しちゃ今回出番はなさそうだが」

 

「役物に行きそうな玉は任せたわよ」

 

「おう」

 

全員の能力を把握した所で、細かいところを詰める。

 

「じゃあ、決行はいつにする?あたしはいつでも構わない」

 

「明日!明日よ!」

 

ソフィアが立ち上がって、切羽詰まった様子で宣言した。

 

「まごまごしてたら他の賞金稼ぎに先を越されるわ!

実際もうイグニールの酒場にたくさんのライバルが集まってるの!」

 

「なら明日で決まりね。酒場前広場に集合。時刻は朝8時。

誤差を計算に入れて早めに来てちょうだい。

あたしはイグニール行き馬車の手配をしとくから」

 

「あっ……その、イグニール行きの旅費なんだけど」

 

彼女がバツの悪い様子で切り出す。あたしはただ表情を変えることなく続ける。

 

「旅費は賞金で返してくれればいいわ。ついでに言うと、賞金の分前もいらない」

 

「えっ!?」

 

ソフィアを始め、マックス達まで驚いてあたしを見る。散々協力を渋っていたのに、

実質無償で賞金首との戦いに手を貸すと言っているのだから、当然と言えば当然だけど。

あたしの動機を察したのか、ジョゼットが微笑んでそっとあたしの肩に指を乗せる。

……よしなさいよ。

 

「……何故だ?」

 

「勘違いしないで。

あたしがあんたらに同情してるわけじゃないってことはわかるでしょ。

ただ、ちょっとコイツには因縁があってね。腐れ縁を断ち切りたいの。

事情は聞かないで」

 

「なんで?上手く行けば一人9600Gなんだよ?

そりゃ、あなたがお金持ちなのは知ってるけどさ、タダで命賭けることないじゃん!」

 

マックスもソフィアもあたしの不可解な行動に疑問を示す。

 

「聞かないでって言ったでしょ。あたしにも色々あるのよ」

 

「教えテー!」

 

「ごめんね。マオちゃんが大きくなったら教えてあげる。

……とにかくそういうことだから。それが不満ならあたしは下りる」

 

「……わかった。もう何も聞かない。

じゃあ、明日は絶対ビートオブバラライカの勝利で祝杯を上げるわよ!」

 

おー!とあたしとマックス以外のメンバーが声を上げる。

同時にその場はお開きとなった。あたしはジョゼットを連れて家に帰路につく。

酒場のドアに手をかけると、ソフィアから一言だけ声をかけられた。

 

「里沙子」

 

「何よ」

 

「ありがとう……」

 

「ふん、遅れんじゃないわよ」

 

酒場から出ると、今度こそ真っ直ぐ教会に向かって歩き出した。

街道を西に進んでいると、ジョゼットが嬉しそうに鼻歌を歌いながら、腕を組んできた。

なにそれ。すぐ振りほどいたんだけど、またニコニコしながら腕を組む。

ええい、鬱陶しい!ポカとゲンコツで小突くとやっと離れた。

 

「痛いです~」

 

「馬鹿やってんじゃないわよ、さっさと帰らなきゃ晩飯の支度に間に合わないでしょ」

 

まー作んのはこいつだけどね!エール飲んで腹が減ってるのよ!

夕食のメニューはネギのグリルとローストビーフ盛り合わせ、白パン、牛乳だった。

食事を終えると、その日は翌日の激戦に備えてさっさと寝た。

 

翌朝。早めに来たつもりだけど、市場では気の早い連中がもう商売を始めてる。

まぁ、あたしらも、これから命がけの商売をするところなんだけど。

お守り代わりに、と思ったけど、やっぱり金時計は置いてきた。

敵の攻撃でぐしゃり、なんてことになったらショックで植物状態になるわ。

 

馬車を広場中央に待たせて待っていると、

西の方から“おーい”という声が聞こえてきた。

ソフィアが手を振りながら近づいてくる。他のメンバーも後ろからついてきてる。

 

「ごめん、お待たせ。待った?」

 

「別に。あたしが早めに来ただけよ。それより早く出発しましょう。

今日中にケリを付けたいから。

ただでさえキツい戦いになるんだから、勝負は明日に持ち越し、なんて真っ平よ」

 

「そうね……急ぎましょう!」

 

あたし達は馬車に乗り込むと、イグニールに向けて出発した。

ほんの一ヶ月ほど前に訪れたばかりの鍛冶の街。こんな形でまた訪れるなんてね。

 

「イグニールまでは2時間以上あるわ。今のうちに休んどきなさい」

 

「やーの!里沙子お話ししよ!」

 

「だめよマオ。今から疲れてちゃまともに戦えないわ」

 

「マオちゃん、勝負がついたら帰りの馬車でお喋りしましょう。だから、今はね?」

 

「むー!」

 

ソフィアがむくれるマオちゃんをなだめて、あたし達は到着まで仮眠を取った。

大体2時間くらいで御者さんが声をかけてきたから、全員目を覚ましたの。

 

「お客さ~ん。イグニール領に着きましたよ。これからどちらへ?」

 

「ナバロ兵器工場へお願い」

 

「えっ、じゃあ、お客さん達もアレを狙ってきたのかい?」

 

「ええ、そうよ。どうしてもアイツを破壊する必要があるの」

 

「悪いことは言わねえ、やめときな。お嬢さん方の手に負える相手じゃねえ」

 

「心配ありがとう。でも、今は殺るか死ぬかの瀬戸際なの。行ってちょうだい」

 

「まぁ、無理はすんなよ……」

 

それから馬車はイグニールの北にある大きな工場の立ち並ぶエリアに進んだ。

有刺鉄線の設置されたフェンスに囲まれた工場がある。

通常は厳重に警備されているはずの正門が開きっぱなしになってた。

作ってるモノがモノだけに、普段なら考えられないけど、

賞金首に占拠されてるんじゃしょうがないわね。そこで馬車を止めてもらった。

 

「御者さん、ここで待ってて。……みんな、降りるわよ」

 

「いよいよね……」

 

「ああ」

 

「こんな大物、初めてだ。上手く行くといいけど」

 

「絶対わたしたちが勝つノ!」

 

あたし達がぞろぞろと馬車から降りると、同じギルドと思われる集団とすれ違った。

仲間の一人を他のメンバーが手当している。

 

「あぐっ!……痛てえよう」

 

「しっかりしろ、すぐ病院に連れてってやる!」

 

「早く鎧を脱がさなきゃ!」

 

「駄目だ、留め金が壊れてて外れない!」

 

地面で横になっている戦士が着ているプレートアーマーは、

全身が強烈なゴルフショットを浴びたように、ベコベコにへこんでいる。

う~ん、生身のあたしらが食らったらへこむ程度じゃ済まなそう。

後ろでアーヴィンが瀕死の賞金稼ぎに目を取られて、知らぬ間に歩調を緩める。

 

「アーヴィン、あたし達はああならない。勝つしかないの」

 

「う、うん。そうだよね!」

 

敵の爪痕を目の当たりにして、少し弱気になりかけたアーヴィンに発破をかけて、

無人の正門を通り抜ける。そして、あたし達はとうとうナバロ兵器工場内部に潜入した。

皆、それぞれの武器を手に黙って工場を進む。

 

銃の組み立てラインらしき、ベルトコンベアと工作機械が並ぶエリアを進んでいると、

隅に火事場泥棒か賞金稼ぎかしらないけど、軽装の男が体中から血を流して死んでいた。

後ろを見る。マオちゃんは気付いてないみたいね。

賞金稼ぎとしてはいずれ通る道なんだろうけど、まだ死体を見るのは早すぎる。

もう少し心が育ってからでないと無意味に傷つくだけよ。

 

あたし達は更に進み、“兵器開発部門 関係者以外立入禁止”と書かれた、

両開きのドアにたどり着く。そこであたし達は一旦足を止める。

中から妙な歌声が聞こえる。

 

<まーもるも せーむるも くーろがねのー♪>

 

「……なんだ、この歌は」

 

「軍艦行進曲。あたしの国の大昔の軍歌よ。

かつてパチンコ屋で必ずと言っていいほど流れてたBGM。

獲物は間違いなく向こう側にいる」

 

マックスの問いに答えると、皆に緊張が走る。あたしも思わず唾を飲む。

この扉を開けると、かつてロザリーと倒した悪魔を上回る強敵が待ち構えているのだ。

全員が覚悟を決めると、両手でドアを開け放つ。

 

その広大なエリアに、色とりどりの電飾が施された、

見上げるほど巨大なパチンコ台・CR銀玉物語が設置されていた。

盤面の野暮ったいイラストといい、役物といい、攻撃用の下部排出口以外は、

ちょっと昔のパチンコを忠実に再現してるわね。

本来あるはずのガラスが破られてるのは、

他の賞金稼ぎから攻撃を受けた結果なんでしょうね。

そこら中に鉄板のバリケードや積み上げた土嚢がある。

多分、こいつにやられた賞金稼ぎ達が残していったんだと思う。

ありがたく使わせてもらいましょう。

 

「全員散開!」

 

あたしの声を合図に、両サイドのバリケードに別れ、

呑気に歌い続ける賞金首に攻撃を開始した。

あたし、マックス、マオちゃんが左。ソフィアとアーヴィンが右に陣取る。

まず仕掛けたのはアーヴィン。注射器のボトルを付け替え、

グリップを何度も握って空気を圧縮する。

そして着火剤を中央のスロットめがけて吹き付ける。

半透明の白い薬剤が霧のように降りかかる。そこをすかさずソフィアが拳銃で撃つ。

すると、焼けた銃弾が着火剤に引火し、スロット周辺で火災を起こす。

 

効いた?全員が様子を見守る中、

ソフィアの拳銃が歯車の力でマガジンから次弾を給弾する。

激しい炎が止むと、盤面だけが黒く焦げたパチンコ台の健在な姿。

ああもう、見た目は不細工でもやっぱり兵器か!耐久力が半端じゃない。

でも、文句を言ってる間も惜しい。今度はあたし達の番。

あたしはM100でスタートチャッカーへ続く釘を狙い撃ちして、

変形させて玉の道を塞ごうとした。

 

「全員、耳塞いで!」

 

トリガーを引くと銃口から炎と爆音が吹き出る。

一直線に進む45-70ガバメント弾が入り口付近の釘に命中。

……でも、まったく微動だにしない。

 

<お客様~ 台を叩くなどの行為、磁石の使用は 固くお断り致し~ます>

 

パチンコ台の間延びした声。要するに全然効いてないってことね!

それでも次の瞬間、敵対行為であることは認識したのか、

台の中からジャラジャラと音が聞こえてきた。

 

「全員隠れて!」

 

あたしが叫んで、皆がバリケードに隠れたと同時に、

玉の排出口から銃弾のようなスピードでゴルフボール大の鉄球がいくつも飛んできた。

厚さ2cmはある鉄板のバリケードが、ガンガンと音を立て、

内側に向かってへこみを作る。あまり長くは持ちそうにないわね!

 

反対側からもソフィア達の悲鳴が聞こえてくる。

よく見ると、後方のコンクリート製の壁にいくつも銀玉が深くめり込んでいる。

こりゃ、1発食らったおしまいね。物理攻撃で破壊するのは無理っぽい。

あたしは後ろのマオちゃんに話しかける。

 

「マオちゃん、雷であいつに攻撃できる?」

 

「できる!」

 

マオちゃんは1冊のノートを取り出すと、

何かがびっしり書き込まれたページをめくって、左手でパン!と叩いた。

すると、パチンコ台の上に小さな雲が出来上がり、

破裂音のような雷鳴と共に一条の稲妻を降らせた。

全身が硬い鋼鉄製の賞金首に鋭い電流が走る。

 

<ガ、ガ……いら、いらし、いらっしゃいま……>

 

よっしゃ、効いてる。奴の弱点は電撃だってことはわかった。

けど、あんまり嬉しくない情報も入って参りました。

 

<ゴト行為を確認しました。係員が来るまでそのままでお待ち下さい>

 

するとパチンコ台両脇のシャッターが開き、警備ロボが2体こちらに向かってきた。

頭に警報ランプを付けて、両足がキャタピラになってる。両手には物騒なチェーンソー。

あたしらの方へ走行してくる。

 

「マオちゃんとアーヴィンは雷で攻撃を続けて!

ロボットはあたしとマックスでなんとかする!」

 

“わかったよ!”

 

アーヴィンの返事を確認すると、あたしはマックスと警備ロボの迎撃を開始した。

でも、やっぱり状況はやっぱり不利。とうとうパチンコ台が盤面に玉を撃ち始めた。

ジャラジャラと釘や風車を通り抜け、下の外れ穴に落ちていく。グズグズしてられない。

スタートチャッカーに入って大当たりが出たら、

多分バリケードが吹き飛ぶほどの銀玉の嵐が襲い掛かってくる。

 

「マックス、大急ぎであのロボット始末するわよ!」

 

「おう!」

 

マックスが大型のボルトアクションライフルに砲弾のような弾丸を装填、

バリケードに銃身を乗せて固定し、

キャタピラを鳴らしながら接近する警備ロボに照準を合わせる。

 

「耳を、塞げ」

 

そして、トリガーを引く。隣から震えるような空気の振動が伝わる。

消炎器からバーナーのような炎が噴き出し、銃弾が警備ロボの一体に襲いかかった。

真っ赤に焼けた銃弾がその胴体に命中。

貫通して向こうの景色が見えるほどの穴を開けた。

制御システムからの司令が断ち切られたロボットはその場で立ち止まり、

動かなくなった。あら、やるじゃないの。あたしもボサッとしてられないわね。

今でも盤面に大量の銀玉が流れてる。

 

あたしはまたM100を構えて警備ロボのキャタピラを狙う。

いくら大型でも、拳銃のM100に対物ライフルほどの威力はないから、

地道に足を奪うことにする。

片割れをやられたことで、完全にこちらに狙いをつけて突進してくる。

好都合ね。直進してくるなら狙いやすい。

 

あたしは銃口を片足に向けて、少し息を吸ってトリガーを引く。

真っ直ぐな軌道を描いて、45-70弾がキャタピラに命中、ベルトを破壊。

警備ロボの片足を奪った。バランスを崩したそいつは、

パニックを起こして姿勢を制御しようとするけど、

全速力で走っていたところに片足を引っ掛けられたようなもので、

左右に大きく身体を揺らしながら、とうとう派手にすっ転んだ。

構造的に自力で立ち上がれないコイツはもう無視していい。

増援を無力化したあたしは、マオちゃんとアーヴィンに確認する。

 

「2人とも大丈夫!?電撃お願い!」

 

“わかったよ!”

 

「みんなバンバンうるさいノ!」

 

「あー、ごめんごめん、また雷お願いできる?」

 

「だいじょうぶ!」

 

アーヴィンは注射器のボトルを付け替えて、グリップを握って圧搾空気を送り込む。

そして注射器を銀玉が流れ続ける盤面に向けて噴射。

発電ガスの雲がパチンコ台上部に降りかかる。

 

「行くわよ!」

 

すかさずソフィアが雲を撃って刺激を与える。

すると、台を包んでいた雲が一瞬閃光を放ち、

巨大な稲妻の塊となって間抜けた外見の賞金首に凄まじい電気ショックを与える。

これは効いたんじゃない?台のあちこちから黒い煙が上がってる。

でも、まだ停止に追い込むことはできていない。もうひと踏ん張りね!

 

と、気を緩めた瞬間、マオちゃん以外の皆が戦慄した。

スロットがピロピロピロ……と回転する。

しまった、警備ロボに気を取られて盤面のほうがお留守だったわ!

つまり、スタートチャッカーに玉が入った。全員がスロットを見守る。

 

7・4・……7

 

ああ、心臓に悪いわ。これ以上スロットを回させる訳にはいかない。

あたしは意を決してバリケードから足を踏み出し、奴に接近しようとした。でも、

 

<立入禁止区域。侵入者を排除します>

 

排出口から、また巨大なショットガンのように無数の銀玉を発射してきた。

こんな時だけ真面目に仕事してんじゃないわよ!慌ててバリケードの内側に飛び込む。

また鉄製の盾がガンガンと音を立てて歪んでいく。もう、あんまり保ちそうにないわ。

無闇に失敗・撤退を繰り返すこともできなくなった。

 

“無茶しないで里沙子!”

 

「もう時間がないの!スロットが揃ったらあたしら全員終わりなのよ!」

 

「あいつは、わたしがやっつけるノ!」

 

ソフィアの呼びかけに返事をしていると、マオちゃんが、またノートを叩いた。

再び小さな雷雲がパチンコ台の上に現れ、雷を落とした。

また金属製のパチンコ台に電流が走る。あいつから漏れ出す黒煙も激しくなってるから、

内部的には相当ダメージを受けてるはず。一気に畳み掛けたいわね。

二人の電撃は確かに有効だけど、この巨体を焼き殺すには時間がかかる。

きっと、大勢の賞金稼ぎが何度もスロットを回してるから、

大当たりの確率は高まってると考えたほうがいい。

 

その時、ドカン!と爆発音がして、盤面の一部が弾け飛んだ。

内部の基盤がショートしたのかしら。

とにかくパチンコ台の体内が目視できるようになった。それを見て、ハッとなる。

ひょっとしたら行けるかも。

投げて届く距離じゃないから使わなかったけど、ハンドルまで行ければ……

 

その時、またもあたし達に緊張が走る。スタートチャッカーに2発目。スロットが回転。

パチンコ台が間抜けな掛け声を上げながら数字をシャッフルする。

思わず皆の手が止まる。

 

<4・4・リーチだリーチだ!ピロピロピロ……>

 

勘弁してよ、正直もう帰りたい。思わせぶりな演出の結果は……

 

<……2!ざんねん!>

 

気づかないうちに息を止めていたあたしは深呼吸する。もう時間がない。

マックスが銀玉を迎撃したり、アーヴィンが役物を凍らせようとしてるけど、

ボルトアクションじゃ次々打ち出される玉に追いつかないし、

凍った役物も重い鉄球に無理やり通過されてしまう。

これ以上スロットを回させるわけにはいかないわね……

あたしは背中のものを1本手に取り、じっと見る。

そんなあたしに気づいたマックスが声をかけてくる。

 

「おい、里沙子。それは」

 

「やるか死ぬかしか無いんなら……やるしかないでしょう!」

 

「待て!無理だ!」

 

マックスの制止を無視して、あたしは再びフロアに飛び出した。

もうバリケードに戻るつもりはない。姿勢を低くしてひたすらダッシュ。

当然賞金首もあたしの存在を探知。攻撃を再開。

無数の鉄球がグォン、グォンと唸りを上げてあたしの至近距離を飛び去っていく。

ぶっちゃけ死ぬほど怖いけど、死ななきゃ問題はないわ!ハンドルまであと10m!

 

あたしは鉄球の雨あられの中、ただ右足と左足を交互に動かす。あと3m!

ハンドルに近づくってことは排出口にも近づくってこと。

ここまで当たらなかったのは奇跡ね。もう一歩で手が届く!

 

その時、真っ暗闇の排出口から飛び出した一発が、あたしの背中をかすめた。

かすめた、ただそれだけなんだけど、鉄球の重量と運動エネルギーが、

やせっぽちのあたしに与えるダメージは大きいわけで。

 

「里沙子!」

 

ソフィアの悲鳴。

床に叩きつけられたあたしは、何も考えずに這ってハンドルの元へ行く。

大丈夫、もう排出口の射程外。ただ進めばいいのよ。

そして、ようやくゴールにたどり着いたあたしは、何も考えずに、

背伸びして大きなハンドルを限界まで回した。

盤面を滑る玉が、全て外周に沿って一番下のハズレ穴に向かっていく。

ふぅ、これで大当たりは回避できたわ。

ほっとしたら、思い出したように体中に激痛が走る。ハンドルのレバーに寄りかかる。

 

「ぐふっ!!……あぐっ」

 

「里沙子!?しっかりして!」

 

「いいから、隠れてなさい……今から、本番だから……」

 

あたしはハンドルにしがみつきながら、手に持ったダイナマイトにライターで火を付け、

崩れた盤面に放り投げた。穴から内部に入った爆弾は、数秒置いて大爆発。

盤面の役物が吹き飛び、縦に大きな亀裂が入り、

とうとう盤面そのものがゆっくりと前に倒れた。硬い床で砕け散る釘の森。

ついにCR銀玉物語がその基盤を露わにした。

見上げると、中央に制御装置らしき、何本もの銅線が張り巡らされた回路が見える。

息をするのも痛いけど、あたしは思い切りマックスに呼びかける。

 

「マックス、あれを撃って!そいつが、パチンコの、心臓…部……」

 

「わかった!すぐ助けに行く!」

 

あたしは、ぼやける意識の中、大型ライフルを構えるマックスと、

そのマズルフラッシュを見た所で気を失った。

 

……目覚めると見えるのは真っ白な天井。あれからどれくらい経ったのかしら。

1日?1週間?それとも、1ヶ月?身体を起こそうとしたけど、まだ背中が痛む。

諦めてまたベッドに横になると、ドアが開いてソフィアが入ってきた。

 

「あ、里沙子!気がついたのね!……みんな!里沙子が目を覚ましたわ!」

 

すると、ドタドタと足音がして、ビートオブバラライカのメンバーが集まった。

集まるのはいいけど、もう少し静かにしてくれないかしら。背中に響く。

 

「よかった……無事で」

 

ソフィアはあたしの手を取って頬に当てる。でも、あたしには状況がわからない。

 

「う~ん、ここ、どこ?」

 

「病院。でも命に関わる怪我じゃなくてよかった。

肋骨に少しヒビが入ってるだけだって」

 

「そう。どれくらい寝てた?あたし」

 

「丸2日。ちっとも起きてくれないから、もう駄目なんじゃないかって……」

 

ソフィアの目に涙が浮かぶ。

 

「わたしの言った通りじゃない。里沙子はしなないノ!」

 

「心配したんだよ?僕の回復剤も効果がなくて」

 

「とにかく……無事でよかった」

 

マオちゃん、アーヴィン、そしてマックスもそれぞれの形で労ってくれるけど、

今はどうでもいいのよそんなことは!

 

「そんなことよりあんた達!賞金はちゃんともらってきたんでしょうね?

放ったらかしにしてたら意地汚い連中に横取りされるわよ!」

 

ソフィアは苦笑いして、赤でバツ印が書かれた手配書を見せた。

 

「大丈夫。ちゃんとマックスが撃ち抜いた制御装置を駐在所に届けて、

48000Gバッチリ頂いたわ!……里沙子、ごめんなさいね。

私達のわがままでこんな怪我させちゃって」

 

「別にあんた達のためじゃないわ。

ここにはあたし自身の因縁にケリを付けに来た。ただそれだけよ」

 

「それってやっぱり……うん、聞かない約束よね。とにかくありがとう。

これで私達の暮らしも救われたわ」

 

「そりゃあ、よかったわね。その代わり、これでもうギルドへのお誘いはなしにしてね」

 

「うん、わかってる。そのことなんだけど……」

 

「何?」

 

「里沙子が眠っている間に話し合ったんだけどね。ギルドを解散しようかと思ってるの。

私とマックスはともかく、

マオやアーヴィンは今ならまっとうな人生を送るチャンスがある。

この賞金で家を借りて、二人を学校に通わせて、私とマックスは安定した仕事を探す。

細々とした生活になるだろうけど、みんなで楽しく暮らして行ければ、

それでいいかなって」

 

「いいんじゃない?毎日怪物や人殺しとドンパチやる生活よりずっと人間らしいわ。

なにより楽だしね、精神的に。ただ……」

 

「ただ?」

 

「ちょっともったいない気はするけどね。あんた達の戦いを見てたけど、

実力がなかったわけじゃない。っていうか、結構やるもんだから驚いたわ。

ただツキが周ってなかった。それだけだと思うわけよ」

 

病室にいる皆が、じっとあたしの独り言を聞いている。

 

「里沙子……ありがとう、誇りを持って生きていけるわ」

 

「やめてよ!“普通”の生き方はある意味賞金稼ぎより辛いことも多いのよ。

今から泣いててどうすんの」

 

「えへへ……そうだよね。くすっ」

 

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。入院代だって馬鹿になんないのよ」

 

あたしは背中の痛みをこらえてベッドから起き上がる。

それを見ると、ソフィアが慌てて止めようとする。

 

「駄目だって!まだ完全に癒えてないんだから!お医者さんもあと1週間は……」

 

「いーの、いーの。大したことないなら後は自宅療養よ。

ホテルのキングより高い入院代払うなんて、バカバカしくてしょうがない。

さぁ、着替えるからみんな出て」

 

「え、でも……」

 

「はいはい出る出る」

 

強引にビートオブバラライカのメンバーを追い出したあたしは、

ロッカーから自分の服を探して病院服から着替えた。

ふと、鏡で背中を見ると、背中に大きな痣。まぁ、ほっときゃ治るでしょ。

とにかくいつものワンピースに着替えたあたしは、部屋から出た。

 

「はい、お待たせ。じゃあ、帰りましょうか。あたしらの、退屈な田舎町へ」

 

「本当に、大丈夫なのか」

 

「大丈夫よ。こんな殺風景な部屋で缶詰になってる方が身体に悪いわ。

じゃあ、支払いの方はよろしく、ソフィア」

 

あたしはソフィアにウィンクした。

 

「う、うん。無理はしないでね?」

 

「わかってるわよ」

 

で、ソフィアが退院手続きをしてる間に、マックスが馬車を呼びに行ったから、

大して待たずに家路に着くことができた。

こうして、ふざけた賞金首をぶっ壊したあたし達は、

イグニールを後にして、ハッピーマイルズへと帰っていった。

 

寝ながら到着を待とうと思ったけど、

馬車の振動が傷に響いて、地味に痛いから全然眠れなかった。

それで暇な二時間を耐え抜いて、やっとハッピーマイルズ教会に帰り着いた。

馬車から降りて、視界に広がる見慣れた景色にほっとする。

 

「ふぅ、やっぱり我が家は落ち着くわ」

 

そして振り返り、ビートオブバラライカのメンバーに小さく手を振る。

 

「それじゃ、あたしはこれで。結構楽しかったわ。あんた達との賞金稼ぎ」

 

「本当に、今までありがとうね……」

 

ソフィアが涙混じりの声で別れを告げる。

 

「やめてよ、今生の別れじゃあるまいし。

どうせ酒場には来るんでしょう?話し相手くらいはするわよ。暇なら」

 

「本当に、世話になった……ありがとう」

 

「あんたはもう少し笑ってジョークのセンスを身につけた方が良いわ。

次元大介のパチもんくらいにはなれるから」

 

不器用なテンガロンハットにも少しの間さようなら。

 

「里沙子、また会おうね!」

「里沙子はわたしのお姉ちゃんなノ!」

 

「アーヴィンもマオちゃんも勉強頑張るのよ。学歴社会はまだまだ終わらないから」

 

未来ある子供たちにちょっとしたアドバイス。

 

「これで、本当にさよならね。

さっさと立地の良い賃貸物件見つけられること祈ってるわ」

 

「本当に、ありがとう、さようなら!」

 

ソフィアの別れと共に馬車が走り出した。

しばらく見送ると、あたしも帰るべきところへ歩きだした。ボロっちい教会。

そのドアの鍵を開け、扉を開いて中に入る。すると、急いで階段を降りる音。そして。

 

「里沙子さん……」

 

目を潤ませてそこに立つシスター。

入院するなんて伝えてるわけないから、心配かけたわね。あたしは、彼女にただ一言。

 

「とりあえず、筋は通してきたわ」

 

「りっ、里沙子さぁん!」

 

ジョゼットが駆け寄って、あたしに抱きつく。となると。

 

「痛い痛い痛い!!」

 

なんでこうも締まらないのかしらねぇ。

 

 




*どうにか1話です。皆さんインフルエンザにはお気をつけて。


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もうクリスマスね。うちにも来たわよサンタ……あ、違う、サンタじゃなくて、

大勢の衛兵や司教、民衆が彼を取り囲む。

あるもの達は彼に罵声、嘲笑、唾きを吐きかけ、

またあるもの達は嘆き、悲しみ、涙した。

幾度も鞭打たれ、血まみれになり、最期の時を迎えようとしている彼は、

天を仰ぎ祈りを捧げた。

空は蒼く、真っ白な鳩が飛んでいく。

 

 

「ううっ…父よ、彼らに、赦しを……なにをしているかわからないのです」

 

 

“自分を救ってみろ、救世主なんだろう!”

“ハハッ、あいつがユダヤの王だとさ!”

“どうしてこんな酷いことをするの!?”

“彼は救い主だやめろ!”

 

 

その時、ジリジリと眩しく丘を照らしていた太陽に突然黒い雲がかかり、

瞬く間に辺りが暗くなりだした。雷鳴が轟き、稲光が走る。

パニックを起こし逃げ惑う民衆。

 

「父よ……我が霊を……御手に、委ねます」

 

そして、男は息絶えた。

 

 

 

 

 

後で聞いたら、彼もあたしと同じ、近所の野っ原に転移してきたらしいわ。 里沙子

 

──面倒くさがり女のうんざり異世界生活 クリスマススペシャル

 

 

 

 

 

“私”は草花が生い茂り、虫達の息づく、広い草原に降り立ちました。

父の教えに従い、かつての人の姿を借り受け、

見聞を広めるためこの世界にやってきました。

私を完全なる存在とみなす者もいるようですが、

混迷を極める現代の人の世を救済するには、

改めて世界を見聞きする必要があると考えます。

全能の存在は我が父と精霊のみなのです。

 

ひとつ深呼吸をしましょう。素晴らしい。

空気が、かつて人の子であったあの時と同じように澄み切っています。

そして、なにやら不思議な力にもあふれています。これは一体何でしょう。

早くも学ぶべきことが現れました。

私はゆっくりと草原を見渡しますが、尋ねるべき人が見当たりません。

 

しかし、丘の向こうに信じられないものを見つけます。なんということでしょう。

父の教えは、確かにこの地にも根付いていたのです。

私は裸足に柔らかな草を感じながら、そこに向かって走り出します。

ようやくたどり着きました。見上げると屋根には立派な石碑、私のはじまり。

そして門戸を叩きます。

 

 

 

 

 

ああ、思い出したくもない。その日もジョゼットの馬鹿が勝手なことしてたのよ。

 

「あんたは、一体、何をやっているのかしら……?」

 

昼寝から起きたあたしが寝ぼけ眼で聖堂に行くと、壁の一面に、

細く切った色紙を輪っかにしてつなぎ合わせたものが半円を描くように吊るされてた。

ほら、小学校の時、学芸会なんかで作ったアレよ。

 

「あ、里沙子さんも手伝ってください!色紙の輪っかづくりって楽しいですよね!

この聖堂全体に吊るすにはあと……」

 

ゴチン!

 

「痛ったああい!」

 

あたしはいつも通りゲンコツを振り下ろす。言っとくけど、殴る方も痛いのよ。

この娘、結構石頭だから指の骨に直に衝撃が跳ね返ってくるんだけど、

こいつが勝手に暴走するから両者悲しい思いをするハメになる。

 

「誰に断って人ん家パーティー会場にしてんのよ、小学生じゃあるまいし!

まさかここに信者共招いてクリスマス特別ミサとかやるつもりじゃないでしょうね!?」

 

「よくわかりましたね!クリスマスを覚えてるなんて、

里沙子さんも大いなる母の教えに興味が……」

 

「もう一発行っとく?今すぐ片付けなさい」

 

「ひえっ、乱暴は駄目だと思うんです……でも、いいじゃないですかクリスマスくらい!

主母マリア様の生誕祭なんですよ?サラマンダラス帝国上げてのお祝いなんです、

わたくし達だって聖夜に祈りを捧げたっていいじゃないですか!」

 

ビビりながらも勝手な主張をぶつけてくるジョゼット。肝が座ってるのかいないのか。

 

「あーうるさいうるさい。IT業界にゃ盆暮れ正月クリスマスなんてありゃしないの。

すっかり忘れられてる設定だけど、あたしがSEって仕事に就いてたときは、

クリスマスなんか平日と同じだったわよ。いつも通り仕様書に沿ったプログラム作って、

どうにもならないバグ抱えたツールを修正というより一から作り直して!

パソコンだけが恋人よ、まったく」

 

「うーん、やっぱり里沙子さんのお仕事、よくわからないです」

 

「そりゃあ、この世界には存在しない職業だし、

何度説明しても理解できないあんたの脳みそも原因ね」

 

「ひどい!そんなこと言ったら里沙子さんだって聖書の教え、

全然覚えてくれないじゃないですか!」

 

「あれは覚えられないんじゃなくて、覚えるつもりがないの。

あんたとは根本的に“ごめんください”って誰よったく」

 

誰かがコンコンとドアを叩いてる。あたしは面倒くさいけど、

一応家主として応対に出たのよ。ジョゼットに任せるといきなりドア開けかねないし。

 

「だーれ?今日は休みよ、日曜に50G持ってまた来て」

 

“私は父に導かれし放浪者です。この祈りの場所に光を見出しました。

どうか私を受け入れてください”

 

「お父さん?悪いけどここは日曜限定営業だってパパに……」

 

「はいはーい!マリア様を信奉する方はどなたでも大歓迎ですよー!」

 

「こら、鍵開けんじゃないわよジョゼット!何勝手に日曜診療ルール変更してんの!

前々から言おうと思ってたけど、あんた腰低いふりして相当やりたい放題よね!

……ってうっわぁ」

 

 

「ありがとう、清き心を持ちたる隣人たちよ」

 

 

あんまりすごくて声も出なかったわ。髪はセミロングっていうか背中まで伸ばし放題。

髭も伸び切ってるし、肌も真っ黒で何日も風呂に入ってないのがひと目でわかる。

服は麻でできた一応服を名乗れる程度のボロ。

腰にもベルトなんて洒落たもん着けてない。紐で縛ってあるだけよ。

あたしは小声で、同じく絶句してるジョゼットに耳打ちした。

 

(ねぇ、あんたの信者?)

(知りません。日曜ミサでも見たことがありませんし……)

(とにかくあんたが入れたんだから、あんたがなんとかしなさい)

(わかってますよぅ。

でも、ちょ~っとだけ里沙子さんにも手伝って欲しいかな~なんて)

(忠告しとくけど、居住スペースに入れるんじゃないわよ。

あたしは焼け石に水程度でも、この状況を改善する準備をしとくから、

こいつをここに留めとくのよ、いいわね?)

(はい……)

 

「あ、はは……だいぶお疲れのようですね、敬虔なる信徒の方。

どうぞお座りになってください。

マリア様は全ての者に等しく光を当ててくださいますから、多分」

 

「ありがとう。母を敬ってくださっているのですね。

とても信心深い方たちに巡り会えたことを、父に感謝します」

 

引きつった声のジョゼットの応対を背に、あたしはバスルームに向かった。

おっとその前に道具置き場から買い置きのスポンジと桶を取ってこなきゃ。

よし、これでいい。バスルームで桶にお湯を入れた。

 

聖堂に戻ったら、ジョゼットは変な男のそばで、

笑顔を貼り付けたまま突っ立ってるだけだった。

男はただ珍しそうに聖堂を見回してるだけ。使えねー。

とにかくあたしは、お湯の入った桶とスポンジを男のそばに置いたの。

 

「はい、これ。床はボロだけど汚れてるわけじゃないの。泥持ち込まれると困るから」

 

「これは、とても、不思議な手触りです。

パンのように柔らかく、それでいてちぎれない。

人の子の創造力は、素晴らしいものです」

 

「足を洗えって言ってんの!じれったいわね、もういい、貸しなさい!」

 

あたしはいつまでもスポンジで遊んでる変な男からひったくると、

お湯を含ませて足を拭いてやった。

ってなんであたしが野郎の足洗わなきゃいけないのよ!

まあ、聖堂汚されても困るからしょうがないけどさ!

 

「ありがとう。私の足を洗ってくれているのですね」

 

「見ればわかること実況しないで……あら、あんたどうしたの。傷だらけじゃない」

 

初めは気づかなかったけど、スポンジで汚れを落としていくと、

しなる鞭で叩かれたようなミミズ腫れが見えてきた。

よくよく観察してみると、足だけじゃなくて腕や足、

とにかく服から出てる部分全部にあったの。

 

「ねぇ、まさかあんた脱走した奴隷?」

 

将軍に聞いたことがあるわ。

このオービタル島の遥か南に奴隷貿易をしてる国があるって。

それにしちゃずいぶん遠くまで来たものね。

 

「いいえ。私はナザレのイエスです」

 

「う~ん、暑さと飢えでやられちゃったか。あたしは斑目里沙子。

こっちのちっちゃいシスターはジョゼットね。

……ジョゼット、とりあえずこの人にパンと牛乳を持ってきて」

 

「は、はいー!」

 

ようやく再起動したポンコツジョゼットが冷蔵庫へ駆け出した。

その間にこの変人の事情聴取を済ませましょう。ちょうど足も洗い終わったし。

 

「奴隷に靴を買えってのが無理な話だけど、わらじくらい作りなさいな。

木枯し紋次郎もしょっちゅう編んでたでしょう……いや、それ以前の問題ね。

そんな酷い怪我、一体何されたの?」

 

すっかり綺麗になった足には、釘を打ち付けたような跡があった。

どう見ても異常な状況だわよね。あたし達の手には負えなさそう。

彼の腹ごしらえが済んだら、将軍を訪ねましょう。

 

「ワラジ、とは何でしょうか。この傷は、原罪を背負し証です」

 

目の前の男がかすかな微笑みを浮かべて聞いてくる。

ん?“原罪”というキーワードを耳にした途端、だんだん嫌な予感がしてきた。

 

「どうしてこの世界は肝心なもんは入ってこないのかしら。

わらじってのはね、稲穂を編んで作る簡素な履物よ。ちょっと待ってて。

すぐ裏に積んである藁、取ってくるから」

 

「あなたにとって、よき旅路でありますように」

 

「すぐ裏って言ってるでしょう!人より自分の旅を心配なさい!」

 

まったく何なのかしらあの男。違うと思う、っていうか思いたい。

ただの狂信者が真似しただけ。それも嫌だけど。

あたしは藁を抱えると聖堂に戻り、ロン毛男のそばに置いた。

 

「ほら、足を出して」

 

「こうでしょうか」

 

「そう、わらじっていうのはね……」

 

そんで、ヒゲ男(ロン毛とどっちにしようか迷う)に、

わらじの作り方をレクチャーし終えた頃に、ようやくジョゼットが食事を持ってきた。

なんでわらじなんか作れるかって?そりゃ、紋次郎に憧れて調べたに決まってる。

実際編んだりもしたわ。

 

「こう、藁をねじってね……そう、そこに親指を通して」

 

「藁にこのような使い方があるとは。まさに、目からうろこが落ちてきそうです。

役目を終えた稲に再び生を与えるとは尊い行い。あなたに祝福がありますように」

 

「そりゃどーも」

 

視聴率じゃ必殺シリーズに水を開けられたけど、あたしは木枯し紋次郎派ね。

必殺も必殺で面白いけど、渋さは紋次郎が段違いだわ。

まぁ、それについて語ると長くなるから置いといて、

とにかくあたし達は彼を素足からマシな状態にして食事を振る舞ったの。

 

「はい、召し上がれー!」

 

足を洗って綺麗になった彼に若干慣れてきたのか、

ジョゼットも無駄に元気よく、彼の隣に食事の乗ったトレーを置いた。

 

「ありがとう……父よ、心優しき聖女達を遣わし、

私に恵みを与えてくださったことに感謝いたします。アーメン」

 

ロン毛は両手の指を絡めると、祈りの言葉を口にして、

ゆっくりとした手つきでパンを食べ、牛乳を飲み始めた。

あー……これ、なんか確定っぽい。

あたしは食事を続ける彼を置いて、ジョゼットを隅に引っ張る。

 

「ジョゼット、ヤバイことになったわ」

 

「確かに……あの人色々変ですねぇ」

 

「そうじゃない!恐らくなんだけど……うちの世界の神様が来ちゃったのよ」

 

「それって、以前里沙子さんが言ってたイエス、えーと……」

 

「キリストよ!マリアさんの息子!地球で一番信者が多い一神教の神!

怒らせたら、空から硫黄の火を降らされて街ごと焼き尽くされるわよ!」

 

「ええっ!?マリア様にご子息がいらっしゃったなんて!

それに、そんな怖い人には見えないですけど……」

 

「とにかく!なんでこんなとこに来たかは知らないけど、

丁重にさっさとお帰り願うわよ。

とりあえず将軍に似たような前例がないか聞きに行くの。

それには今の格好じゃ問題が多い」

 

「お買い物ですか!?」

 

「目ぇキラキラさせない!あんたのものは買わないわよ!

将軍に会うに相応しい格好をさせんの!速やかに出かける準備をしなさい」

 

「わっかりました!」

 

ジョゼットが家屋スペースに走り、あたしがイエス(仮)のところへ戻ると、

彼はもう食事を終えた後だった。あたしを見ると、静かな笑顔を浮かべて、

 

「とてもおいしかったです。ありがとう。次の安息日には私がパンを振る舞いましょう」

 

「はは、そりゃあよかったわ。で、イエスさんって言ったわね。

とりあえずこれからどうするつもり?その格好じゃどこ行っても迫害されるわよ」

 

「なんと。この世界にもファリサイ派の手が及んでいるというのですか」

 

「そーじゃない。端的に言うと、あなた汚すぎなの。

旅を続けて教えを説くにしても、もうちょっとマシな身なりをしないと、

誰も相手にしてくれないし話も聞いてくれないわよ。

あなたが人間だった頃はともかく、今はそういう時代なの」

 

「それは困りました。私はこれから世界を見聞きし、

悲しき者、病める者を救済しなければならないというのに、

一体どうすればいいのか……父よ、私を導いてください!」

 

大げさに両手を握り、天に掲げるイエス(仮)。

そこに祀られてるのはマリアなんだけどね。

 

「お父様困らせないの。今からあたし達と一緒に街に行くのよ。

そこで体を綺麗にして、ちゃんとした服を買う」

 

「しかし……私が持っているデナリウス銀貨3枚で立派な服が買えるでしょうか」

 

「そこんとこは気にしなくていいわ、あたしが持つ」

 

「やはりあなたは清き人。私のために財産を投げ打つというのですか!」

 

「あー間違っちゃあいないんだけど……訳あって金には困ってない、ただそれだけよ」

 

いちいち大げさなイエス(仮)と二人きりだとなんだか疲れるし変な汗が出る。

ジョゼットはまだかしら。

 

「すみませーん、ちょうどいいトランクが見つからなくて」

 

「なんでもいいから早くする!……ほら、イエスさん。行きましょう」

 

「新たなる旅の始まりですね」

 

「2,3時間で帰ってくるから旅っていうか買い物ね。とにかく出発するわよ!」

 

んで、あたし達は教会を出てハッピーマイルズ・セントラルに向かったわけ。

野盗のバカ共が出ないことを祈ってたけど、取り越し苦労に終わったわ。

今日の街道は至って平穏そのものだった。神のご加護ってやつ?

街のゲートを越えると、イエス(仮)は出店で賑わう街を感激した様子で眺めてた。

あたしはいつも通り人いきれで頭痛が爆発寸前。

アホ共が茶々入れてきて怒り爆発寸前。……もうちょっと頑張ればラップになったかも。

 

「ははっ、どうした里沙子。男連れか?」

「その格好、南の国から奴隷なんて……恐ろしい子!」

「お金持ちなら服買ってあげなよ~」

「今からその服買いに行くの!とっとと黙らないと乱射事件起こすわよ!」

 

あたしが街の連中からいじられてるのを尻目に、

呑気に両腕を広げて満面の笑みでイエス(仮)に街を紹介するジョゼット。

 

「イエスさーん、ここがハッピーマイルズ・セントラルです!賑やかでしょ!」

 

「はい、エルサレムの街を思い出します」

 

「お願いだからここで暴れないでね。ここはちゃんと商売をする場所なんだから」

 

「正しき所で正しき行いをすれば、それはやがて自分自身を豊かにするでしょう」

 

「答えになってるようでなってない回答どうも。まずは風呂ね。

街の北東に公衆浴場があるわ。そこで体を綺麗にしてきてね」

 

ちょっと歩くこと10分。北へ伸びる道を歩いて東に曲がる。

そう、銃砲店や薬局とは正反対の方向よ。

さらに数分歩くと、煙突から白い煙が昇る大きな建物に着いた。

ここが公衆浴場、つまり銭湯ね。

 

「ほら、イエスさん。右側のドアから入って目の前の店員にこれを渡すの。

それから、湯船に入る前に体の汚れを綺麗さっぱり落としてね。

他のお客さんに迷惑だから」

 

あたしは念押ししてイエス(仮)に5Gと家から持ってきたスポンジを渡した。

でも、勘の良い読者はこの後の展開読めてると思う。

 

「ありがとう。やはりデナリウス銀貨ではないのですね」

 

「まぁ、銀には違いないから両替商に持ってけば、

この世界の通貨に変えてくれるだろうけど、多分雀の涙でしょうね。

さ、早くあったまってきて」

 

「では、少しの間失礼します」

 

彼がドアに入って金を渡すところを擦りガラス越しに見届けたら、

今度はジョゼットにミッションを発令した。

 

「ジョゼット、1000G渡すから30代男性用の紳士服の上下買ってらっしゃい。

キャザリエ洋裁店までダッシュで」

 

「ええっ、ここからですか!?走っても10分もかかりますよぅ……」

 

「グズグズ言わない、さっさと行く!聖堂の輪っか全部引きちぎるわよ!」

 

「うわーん、里沙子さんの鬼ー!」

 

半泣きで走り出すジョゼットを見送る。ふぅ、ようやく一段落した。

と思ったらそんなことはなかったわ。

 

 

“ぎゃああああ!!”

“うわっ、なんだこれ!”

“くせえ!”

 

 

はい、答え合わせの時間です。あたしは深く深くため息をついて男湯のドアを開けた。

脱衣場は風呂から飛び出した客で一杯になってたけど、

あいにく男のナニでビビるほどヤワじゃないの。

浴場に飛び込むと、困惑したイエス(仮)が立ってた。

 

「里沙子、私は間違いをしてしまったようです……」

 

「うん、確かに間違ってるわね。結婚式で振る舞っても誰も喜ばないわ」

 

何があったって?湯船の湯が全部ワインになってたに決まってるでしょう!

アルコールとワインの臭いが湯気と混じり合って、なんつーか本当に、くせえ。

とうとうイエスの名前から(仮)が取れちゃったわ。

何とも言えない悪臭にふらつきそうになってると、後ろから大きな気配が。

 

「……おい、姉ちゃん。この兄ちゃんの知り合いかい?」

 

「え、あの、知り合いっていうか羊と羊飼いの間柄っていうか……」

 

ガッチリした体格の店主があたしらににじり寄ってきて──

 

 

“二度と来るねい!”

 

 

イエスの着替えもそこそこに、銭湯から放り出されてしまった。

しょんぼりするイエスに仕方なく声を掛ける。

 

「ねえイエスさん?

その……奇跡を起こすときはあたしに相談してもらってもいいかしら」

 

「申し訳ない里沙子。あなたにもらった銅貨5枚を無にしてしまった……」

 

「体はちゃんと洗えたみたいだから別にいいわよ。

とりあえず風の当たらないところに行きましょう」

 

あたしらはとにかくイエスさんが湯冷めしないよう、

近くの古びた喫茶店に入ってジョゼットを待ってたの。

 

とりあえず注文取りのおばちゃんにコーヒーを2つ頼む。

おばちゃんもギョッとした目でイエスさんを見てた。

そりゃ普段ミミズ腫れだらけのボロを着た客なんて来ないから当然よね。

 

5分ほど経ってコーヒーが運ばれてきたけど、ジョゼットはまだ来ない。

イエスさんは一口飲むと渋い顔をした。

 

「この“コーヒー”という飲み物は、温かいがとても苦い。

温もりを得るには苦しみを乗り越えなければならないという、

父の与えし試練なのでしょうか」

 

「あなたが子供舌なだけよ。ミルクとお砂糖入れればマシになるわ、

そこに置いてるやつ」

 

「この壺ですか。……おお、これは素晴らしい。

四角く形を保った砂糖に、とろみのついた牛乳。これらが生み出す優しい味わい。

最後の晩餐に弟子たちにも振る舞いたかった。

そうしていればきっとイスカリオテのユダも……」

 

「あーあー、自分で古傷えぐって落ち込まないの!

どうにもならない過去を悔やんでもしょうがないし、

コーヒー一杯で銀貨30の誘惑に勝てたとも思わない」

 

「そうですね……私は未来を照らさなければ」

 

だべりながら20分くらい待ってると、

ジョゼットが汗だくになって角から飛び出してきたの。

 

“里沙子さーん!イエスさーん!どこですかー!?”

 

窓ガラスの向こうであの娘が叫んでる。

コンコン、と軽く窓を叩くと、こちらに気づいて店に入ってきた。

 

「はぁ、よいしょっと!」

 

ジョゼットが重そうにトランクをあたしたちのテーブル近くに置く。

今更だけど、リスキーな賭けをしてたことに気づいたわ。

この娘に紳士用の服を選べるセンスがあるかどうか。

念のため中身をチェックすることにした。

 

「中、見せてごらんなさい」

 

「はい。これなんですけど……」

 

疲れた様子でジョゼットがテーブルに広げたのは、

糊の効いたシャツと丈夫でスラッとした黒のジーンズ。あら、意外ね。

 

「やるじゃない。褒美としてミルクセーキをおごるわ。

イエスさん、ジョゼットが休んでる間にこれに着替えてきて。

もう街を歩いていても馬鹿にされる心配はないわ」

 

「おお、ありがとう、神の子よ。この施しは未来永劫忘れることはないでしょう」

 

「本当に大げさね。早くお手洗いに行ってらっしゃい。あの男女マークがある個室」

 

イエスさんは洋服を持って嬉しそうにお手洗いに入っていった。

頼むから今度は奇跡起こさないでね。

 

「よくやったわ、ジョゼット。あんたに男物のセンスがあったとは驚きだわ。

別にミルクセーキじゃなくてもいいから、なんでも好きなの頼みなさいな」

 

「疲れました~。あの服ですか?お店の人に聞いたんです!

フリーサイズの男性用衣類をくださいって。あ、ミルクセーキください!

……そうだ、イエスさんちゃんとお風呂に入れましたか?」

 

「人任せかよ。まあいいけど、とにかくよくやってくれたわ。

こっちは半分成功、半分失敗ってとこかしら。

体を洗うことには成功したけど、

イエスさんが間違えて湯船の湯をワインに変えちゃったから出禁食らった」

 

「え?なにをどう間違ったらワインに変わるんですか!?」

 

「神様もミスの一つや二つくらいするわ。

ラストは床屋ね。あの伸び放題の髪と髭をさっぱりさせる」

 

「ちゃんと答えてくださ~い」

 

「あたしだってわかんないわよ、水がワイン変わる過程なんて!

とにかく彼が戻ったら市場への道に引き返して途中の床屋に寄るわよ」

 

「なんか納得行きませんけど……はーい」

 

すると、店の隅のお手洗いのドアがガチャッと開いて、

着替えを済ませたイエスさんが出てきた。その変わりようには正直驚いたわ。

ちゃんとした格好すれば割りとイケメンじゃない。

 

「里沙子、ジョゼット。これで私は迫害から逃れることができるのでしょうか」

 

「うんうん、もう街を歩いても誰にも馬鹿にされないわ」

 

「とってもお似合いですー」

 

「ありがとう……見ず知らずの私にこんなに親切にしてくださって。

その献身の心は父も見ておられます。

あなた方の魂は、時が来れば楽園へと導かれるでしょう」

 

「やった!楽園にはマリア様もいらっしゃるんですか?」

 

「もちろん、母も暮らしています」

 

「はいはい、二人共服くらいで喜びすぎ。まだ仕上げが残ってるんだから。

イエスさん、これから床屋に行きましょう」

 

「床屋、とはどのような商いをする店なのでしょうか」

 

「その伸びた髪や髭を剃ってくれるの。

服がまともでもその顔じゃあ、将軍に失礼でしょ」

 

「将軍。つまり神殿警察を統率する指導者たる存在……

ああ、どうか何があっても大司祭の耳を切り落とすことのないよう切に願います」

 

「誰がそんなことするかっての!神殿警察も存在しない!とにかく、

将軍は心の広い方だし、地球からの転移者が珍しくないこの世界に暮らしてるんだから、

絶対あなたを捕らえて十字架にかけたりなんかしないわよ。

この領地のことについてはとりあえず彼に聞けばわかるってくらい詳しいから、

イエスさんが地球に戻る方法も知ってるかもしれない。

今日、いろんな店に回ったのは、彼に会うための身支度を整えるためよ。

やんごとなき立場の方だからね」

 

「なるほど、あなたが保証してくれるなら心強いです」

 

「そうと決まればさっさと出ましょう。ジョゼット、いつまで飲んでんの!」

 

「待って、まだ少し!」

 

ズズーッとみっともないストローの音を立てて、

ミルクセーキを飲み干したジョゼットが立ち上がった。

 

「ぷはっ、それじゃレッツゴーですね!」

 

「何あんたがはしゃいでんのよ」

 

喫茶店から出たあたし達は市場への道を逆戻りして、

ちょうど中間に当たる場所にあるその店を目指したの。でもその前に……

 

「ねえ、イエスさん。その服要らないなら捨てましょう。そこにゴミ箱がある」

 

「しかし、洗えばまだ」

 

「使えない。汚れを落としても、そんなもの着てうろついてたら、

それこそ迫害受けるわよ」

 

「そうですか……では仕方ありませんね」

 

彼が名残惜しそうにポスンとボロ着をゴミ箱に入れた。

さぁ!見栄えも荷物もスッキリしたところで床屋へGOよ。

なんか後ろがうるさいけど、かまってる暇はないわ。もう太陽が夕陽に変わりつつある。

 

 

“こいつは俺のだ!”

“俺が先に見つけたんだよ!”

“なんでこんなもん欲しいんだよ、俺に譲れ!”

“うるせえ、なんか知らないけど欲しいんだよ!”

“くじ引きにしようぜ、くじ引き!”

 

 

やっと着いたわ。市場と薬局や銃砲店のあるエリアを南北に結ぶ道。大体その真ん中。

地球みたいに店先にサインポールがないからちょっと見つけにくい。

とりあえず店にイエスを連れて入って、

暇そうに新聞を読んでいた中の親父に声を掛けた。

 

「おじさん、彼を綺麗にしてやってくださいな」

 

「ああ、いらっしゃ……ちょっとやり過ぎだろ、兄ちゃん」

 

あたしは素早く親父に近寄り、金貨を20枚握らせた。

 

「お願い、チップ弾むから何にも聞かずに彼の髪と髭を整えて。顔剃りもね」

 

「や、やばい客じゃないだろうね」

 

「もちろんよ」

 

今のところは、という続きを“言い忘れた”。

 

「ただちょっとおおっぴらにされたくないの。だから、ね?」

 

「わかったよ……お兄さん、こっちへどうぞ」

 

あたしの真剣な表情と一握りの金貨を見た親父は、

平静を装ってイエスを理容椅子へ促した。彼は椅子に座るなりまた感激しだす。

そりゃ2000年ぶりの地上じゃ驚くことも多いだろうけど、

ヒヤヒヤしてるこっちの身にもなって欲しい。

 

「おお……これほどまでに柔らかい玉座は、

きっとローマ皇帝も座ったことがないに違いない。そして、一点の曇りもない大きな鏡。

数多くの熟練した職人によって磨かれたのでしょう。

この映り具合、まるで父の御業。私がもう一人いるようです」

 

「ははっ、そんなに床屋が珍しいかい。兄ちゃんどこから来た。

おっと、まず髪にタオルを巻くよ」

 

「ガリラヤのナザレです。ああ……とても温かい。

私の髪が優しい温もりに包まれていく。これは何の儀式なのでしょうか」

 

「髪を柔らかくして散髪しやすくする俺達の大事な儀式さ。それでどうする。

せっかくここまで伸ばしたのに、ショートにしちまうのはもったいない気がするね。

髭だってそうだ」

 

“偉い方とお会いしても恥ずかしくない程度に切りそろえてくださいな”

 

「あいよ」

 

あたしが後ろの待合席から親父に注文をつけた。

彼に任せたらどんな奇跡を起こすかわかったもんじゃない。それから待つこと30分。

あたしは新聞を読み、ジョゼットは退屈そうに足をぶらぶらさせて、

鬱陶しいとあたしに叩かれながら待ってたの。散髪もそろそろ終わりそう。

めまいがしそうな会話が聞こえてきたからわかった。

 

 

“じゃあ、兄ちゃんシャンプーするから、洗面台に前かがみになって目を閉じててくれ”

“おお、これは!とてもいい香りだ。オリーブ油の一種ですか?”

“そんなもん付けたら頭ギトギトになっちまうよ。さぁ、口も閉じて”

 

 

やっぱ思考が人だった頃のまんまなのよね。

とにかくこれでようやく彼の身支度が終わった。窓の外を見る。もう完全に夕方ね。

今日将軍にお会いするのは無理そう。

まぁ、ほとんどの目的は達成したんだし、一日くらい大丈夫でしょう。

 

今日の寝床は“父よ私をお救いください!”“暴れないでくれ兄ちゃん!”

ああっ!どうしてこうも人生スムーズに行かないものかしら!

新聞を放り出して、散髪椅子に向かう。

そこには三本指を絡めた右手を掲げて必死に祈るイエスさんと、困惑する親父の姿が。

 

「どうしたの!イエスさん、どうしたの!?」

 

「里沙子、助けてください。彼の手から嵐が!

彼は御使いですか?それとも悪魔なのですか?」

 

「頼むから落ち着いてくれって兄ちゃん。

ドライヤーすらないって、一体どこの田舎だよ、ナザレってのは!」

 

「……ああ、イエスさん落ち着いて。この人が持ってるのは髪を乾かす道具よ。

彼もただの人間でそれ以上でも以下でもない」

 

「はぁ、はぁ、そうでしたか。ご迷惑をおかけして申し訳ありません……

しかし、不思議な道具があるものです。

私が天上にいる間に地上は大きく変わってしまったようですね」

 

「いいのよ、そりゃ2000年もあればいろいろ変わるわ。親父さん、ごめんなさいね。

最後の仕上げをお願い」

 

「あ、ああ……ドライヤーかけてちょちょっと整えれば終わりだよ」

 

ひとつため息をついて待合席に戻る。

ジョゼットは何をしてたかというと、寝てやがった。

ムカつくからアイアンクローをお見舞いする。

激痛と驚きで椅子からずり落ちるジョゼット。ざまあ味噌漬け。

 

「いだだだだ!痛~い……里沙子さん、何するんですか!」

 

「召使いのくせにあたしが右往左往してる間お休みとはいいご身分ねぇ、

イエス関連で大騒ぎだったってときにさぁ?」

 

瞬きせずに作り笑いを浮かべて、丸めた新聞でジョゼットを小突き回す。

 

「ああっ、ごめんなさいごめんなさい!何かあったんですか!?」

 

「危うくお父様呼ばれるところだったわよ。面倒だから説明はしない」

 

「それじゃなんだか叩かれ損な気がします……」

 

 

“どうする兄ちゃん、ワックス付けるかい?”

“私は全ての施しを拒みません”

“付けるってことかい?まあいいや。こんくらい手にとって、と

……はい、兄ちゃん終わったよ。男前になったじゃねえか”

“ありがとうございます。あなたの人生に精霊の導きがありますように。アーメン”

 

 

さてさて、どうなったのかしら。今度はジョゼットもついてくる。……おお、すげえ。

まさに、読者がイエス・キリストという名前を聞いて連想するような顔になった。

無神論者のあたしでも思わず神々しさに胸が締め付けられる思いがしたわ。

ジョゼットなんか目を潤ませて“ああ、確かにマリア様の面影が……”と、

会ったこともないくせに馬鹿なことを言ってた。

 

「やったじゃない、イエスさん。これなら将軍にも堂々と謁見を求められるわ。

今日は無理だけど」

 

「イエスさん……こんなにカッコよかったなんて」

 

「これも二人のおかげです。持たざる私に金銭だけではなく、

労苦という形で惜しみない慈愛を恵んでくださった。

ボロを纏うだけであった私を、ここまで導いてくださったあなた方は、まさに聖女です」

 

「だから大げさなのよ。あたしは善人じゃない。ただやりたいように生きてるだけよ。

ジョゼットはイエスさんのこと“知らない”って言ってたから多分悪人だけど。うぷぷ」

 

「違います!それは今までイエスさんがこの世界にいなかったからであって……

里沙子さんの意地悪!」

 

その時、散髪椅子から立ち上がったイエスさんが両手を伸ばしてきた。

その手のひらには、やっぱり釘の痕。

 

「ありがとう。本当にありがとう。人は誰しも罪、とが、憂いを背負うもの。

例えあなた方が何某かの罪を背負っていたとしても、

悔い改めれば父は必ずお赦しになります」

 

その言葉を聞いたあたし達は、その手を取って、そっと握った。

彼がかすかな微笑みを浮かべる。その瞳を見つめると、優しく心が洗われる気分。

こんなの初めてだわ。……でも、こうしちゃいられないわね。

完全に日が落ちる前に帰らなきゃ。

 

「それじゃ、今日のところは教会に戻りましょう。

イエスさん、明日またここに来ることになるわ。今夜は早めに休みましょう」

 

「わかりました。帰りましょう。母の祀られし聖なる家に」

 

「そういえば、イエスさんの世界の教えでは、

マリア様はどういう位置づけで信じられてるんでしょうか。

帰ったら詳しく教えて欲しいです!」

 

「今度になさい。今日はイエスさんも疲れてんだから」

 

「構いません。父の御言葉や教えを伝えるために私は遣わされたのですから」

 

「あー、もういい。……とにかく親父さん、ありがとうねー

この事はあんまり言いふらさないでくれると姉さん助かる」

 

「わかってるよ。まいどー」

 

床屋から出たあたし達は帰路に着いた。市場へ続く道を南へ。

そしてぶらぶら歩いてると、イエスさんがいきなり足を止めた。どうしたってのかしら。

 

「聞こえます。救いを求める祈りの声が」

 

するとイエスさんが突然裏路地に駆け込んだ。これには流石にびっくりね。

一体何の用だってのかしら。

 

「えっ、ちょっとイエスさん!そこは裏路地!ろくなことにならないわよ!」

 

ああ、行っちゃった。あたし達も後を追う。

例によって頭のおかしい浮浪者のうめき声を無視して彼を追いかけると、いた。

道にダンボールを敷いて何かブツブツ言ってる物乞いの前で立ってた。

 

「あー追いついた。いきなりなに?イエスさん。……ああ、そのおじいさん?

目が見えないからここで物乞いしてるのよ。ここは結構長いみたいだけど」

 

「うう……マリア様、マリア様。哀れなじじいにお慈悲をお与えください。

わしにあなたの光をもたらしてください……」

 

その白く濁った瞳でただ宙を見るだけの老爺。

イエスさんはあたしの問いに答えず、おじいさんの前で膝を付いた。

 

「……怖がらなくていい。聖母は常にあなたのそばにある」

 

そして自分の手に唾をかけると、その手で優しくおじいさんの目をなでた。

おじいさんもされるがままにイエスさんの手を受け入れてた。そしたら、

 

「さぁ、勇気を出して目を開いて。あなたを包んでいた闇は取り払われた」

 

おじいさんがまぶたを震わせながら、少しずつ目を開く。

すると、濁っていた目は澄んだブラウンに変わり、彼が歓喜の声を上げた。

 

「ああ……見える!目が見える!なんという救い!

もしや、あなたはマリア様が遣わされた天使では……?」

 

イエスさんは黙って首を横に振り、

 

「あなたの信仰が、あなたを救った。そして、この出来事は誰にも話してはなりません」

 

「な、何故ですか?」

 

「左手に告げるなかれ。父の教えです。光がもたらされた今、あなたも我が友のように、

隣人に見返りなき施しを行うことを私は望みます」

 

それだけ言うと、“せめてお名前だけでも”という

おじいさんの声に耳を貸すこともなく、イエスさんは通りに戻っていった。

いわゆる神の奇跡を目の前で見たあたしたちは、しばらく声が出なかったわ。

黙って彼についていくしかなかった。通りに出ると、イエスさんが振り返った。

 

「ああ里沙子、すみません。あなたに黙って、つい奇跡を起こしてしまいました。

救済を求める声に、居ても立ってもいられなくなりました」

 

「いいの。あなたのしたことは正しかったわ」

 

「これが、神の御業なんですね……」

 

ごちゃ混ぜ宗教のシスターも目の前で起きた奇跡に、まだ驚きが抜けない様子だった。

 

「じゃあ、今度こそ帰りましょう。特に買うものはないから市場はスルーして、と」

 

「帰るべき家があるのは良いものですね。私の人生は旅の連続でしたから」

 

「イエスさん、帰ったらいっぱいお話しましょうね!」

 

で、あたし達が役所前の市場を通り過ぎようとしたら、

なんだかいつもと雰囲気が違うのよ。

いつも馬鹿騒ぎのように商売してる連中が大人しい。

代わりにヒソヒソと噂話が聞こえてくる。

 

 

“まだ二十歳だったんですって”

“可哀想にねえ。一人息子だったらしいじゃない”

“せっかく努力して騎兵隊に入ったってのに”

“盗賊団との銃撃戦で命を落としたらしい”

“旦那さんにも先立たれて、お母さんこれからどうするんだろうねぇ”

 

 

殉職か。決して日本より治安がいいとは言えないここじゃ珍しくない話だけど、

あたしより若いうちに死んじゃうなんてさすがに気の毒ね。

市場の真ん中の大広場に、棺桶がひとつ置かれ、多数の兵士、

そして将軍に囲まれている。

白髪を後ろで束ねただけの老婆が、棺桶にすがりついて泣き崩れている。

 

「あああっ!ライアン、目を覚ましておくれ、ライアン!

おっ母を残して逝かないでおくれ!ううっ、ああ……!」

 

「あなたがライアン三等兵の母君であるか……

彼は第7騎兵連隊の一員として、最後まで立派に戦った。

そして、彼の死は全て我の責任である。

ライアンをあなたの元に帰すことができず、お詫びのしようもない」

 

「うっく……ライアンは、一人前の兵士になるのが子供の頃からの夢だった!

……でも、こんな姿になって帰ってくるなら、行かせるべきじゃなかった!!」

 

号泣し、中にいる物言わぬ息子にそうするように、体で棺をなでる母親。

あたし達もその様子を見ていると、イエスさんがあたしに向き合った。

何も語らず、あたし達は意思を通わせる。

 

「……左手に告げるなかれ。事が済んだらすぐに走って帰りましょうね」

 

「ありがとう、里沙子」

 

彼は市場を一歩一歩踏みしめながら、兵士に囲まれた棺に近づく。

やがて、その見慣れぬ姿に気づいた民衆達からガヤガヤと声が上がる。

そして、イエスさんが棺に近づくと、気づいた兵士達が彼に銃を向け、静止を命じる。

でも、彼は気にせず、棺に涙を落とし続ける母親の肩を抱いて優しく告げた。

 

「泣かないで。もう悲しむ必要はありません」

 

「あなた…は?」

 

イエスさんはただ微笑むと、周りの兵士に言ったの。

 

「棺を開けてください。彼がいるべきはここではない」

 

「何を言っている!きさ…ま……」

 

銃を向けていた兵士も、彼のどこまでも優しい眼差しに毒気を抜かれて、

目で将軍に指示を乞う。将軍も彼に瞳に何かを見たようで、

 

「棺を開けよ!」

 

と、相変わらずうるさい声で命令した。すかさず兵士達が棺桶を開ける。

中には立派な騎兵隊の軍服に身を包んだ若者が眠っていた。

胸に銃創。きっとこれが致命傷だったのね。

それを見たイエスさんは、ただ、一言を告げた。

 

 

「若者よ、起きなさい」

 

 

異様な光景にその場にいた全ての者が口を閉じ、夕陽が照らす広場を静寂が包む。

その時、奇跡は再び起きた。棺の中で眠っていた若い兵士の指がわずかに動き、

目が徐々に開かれ、ついにその身体を起こした。

そして、そばにいた母親にこう言ったの。

 

「……母さん?」

 

「ライアン!!」

 

母親がライアンという兵士を思い切り抱きしめる。

ライアンもまた母を抱きしめ、背中を撫でる。そのあり得ない奇跡を目の当たりにし、

言葉を失っていた皆が、一人、また一人と我に返り、口々に驚きの声を上げ始める。

 

 

“奇跡だ……”

“生き返ったわ!”

“あの男は一体誰なんだ!?”

“マリア様の御使いだ!そうに違いない!”

 

 

まずいわね、騒ぎになり始めた。あたしはイエスさんに駆け寄って、その手を取る。

すると、気づいた将軍があたしに問いかけてきた。

 

「待て、リサ!その御仁は貴女の知り合いなのか……?」

 

「今日出会ったばかりですの!明日この人とお会いいただきたく存じます!」

 

「それは構わんが、彼は一体何者なのだ!?」

 

「イエス・キリストです!ごめんあそばせ!」

 

どんどん騒ぎが大きくなる。急いで逃げなきゃ、既に物好き共が追いかけてきてる!

 

「ジョゼット、遅れるんじゃないわよ!」

 

「はいー!」

 

「やはり群衆の前で奇跡を起こすのは無謀だったのでしょうか」

 

「さっきの場合はやむを得ないわね!イエスさんも早く走って!」

 

そして、街道を全速力で走って野次馬を振り切ったあたし達は、

すっかり息切れ状態で教会に飛び込んで鍵を掛けた。

確かあたしはインドア派って話だったはずだけど、

毎回何かしら体力勝負みたいなことやらされてる気がする。

とにかく呼吸が整うまで10分くらいかかったわ。

窓の外を見ると、とっくに陽は落ちてる。

 

「もう、ここまで逃げれば大丈夫でしょ。ああ疲れた」

 

「やっぱり死者を蘇らせるのはインパクト強すぎましたね~」

 

「どうしましょう。これでは父の教えを広めることができません」

 

「そーだ!わたくしにいい考えがあるんですけど……」

 

「悪いけど二人共後にしてちょうだい。あたしは疲れた。飯食って寝る。

ジョゼット、惣菜パン3つ温めて。あたしは牛乳出しとくから。

あんたもあたしも今から料理するとか苦行でしょ」

 

「はぁい」

 

それから、あたし達はジョゼットが温めた惣菜パンと牛乳1瓶の夕食を済ませた。

やっぱりイエスさんは、いただきますの代わりに父上と精霊に祈りを捧げてた。

簡単な夕食だったけど、イエスさんが文句を言うはずもなく、

全員風呂に入って寝ることにした。

 

食事の後、イエスさんにシャワーの使い方を教えて

あたしが脱衣場でバスタオルを準備していると、

中から“恵みの雨”だの“天界の温もり”だの聞こえてきた。

クリスチャンの方々に朗報よ。天国は結構簡単に再現できるらしいわ。

 

あらやだ。大事なこと忘れてた。ベッドがない。

ベッド自体は空きがあるけど、布団がないのよ。しまったわ……

しょうがない。またジョゼットと2人で寝ましょう。

寝てる間にちょっかい掛けないよう釘を差すため、彼女を探していると、

聖堂の長椅子に座ってなにやら難しい顔をしてた。

 

「どうしたの、考え事なんてあんたらしくない」

 

「ひどっ!まるでわたくしが直感だけで生きてる野生児みたいに!」

 

「大して違わないでしょうが。

それより、今日、イエスさんのベッドがないからあんたの貸してあげなさい。

あんたはあたしと一緒に寝るの」

 

「本当ですか?やったー!」

 

「もうすぐ四捨五入したら30の女と寝て何が楽しいの?

とにかく、寝てるときに背中つついたりしたら、またゲンコツだからね。わかった?」

 

「里沙子さんもわたくしをつついてくれていいんですよ?つつきあいっこしましょうよ」

 

「じゃあお言葉に甘えて拳でつつくことにしましょうか」

 

「うっ、冗談ですよぅ……」

 

その後、シャワーで汗を流したイエスさんも聖堂にやってきた。

 

「今度は水をワインに変えずに沐浴をすることに成功しました。

とても気持ちがよかった。ありがとう」

 

「それはなによりだわ。あのワイン風呂の臭いは正直吐き気がしたから。

ああ、それとごめんなさいね。パジャマ買うのすっかり忘れてたわ。

悪いけど、今夜は服のままで寝てちょうだい」

 

「こんなに素敵な服を着て寝られる私は幸福です。では、私はお先に休ませて頂きます」

 

「ええ、おやすみなさい……ってちょっとちょっと!」

 

「あの、何か?」

 

何か、じゃないわよ。いきなり長椅子に布団も掛けずに横になるからびっくりしたわ。

 

「そんなところで寝てたら風邪引くわよ。

住居の2階、階段から見て右手の部屋にジョゼットのベッドがあるからそこで寝て。

この娘はあたしと寝るから」

 

「朝から夜まであなた方が与えてくださった厚意は、まるで日輪の輝きのようです。

旅の間は野宿ばかりだったので、このような安らぎは久しくありませんでした。

ありがとう」

 

「本当に大げさなんだから。グンナイ」

 

で、今度こそイエスさんは2階に上がっていった。

お願いだから今日はこれ以上の騒ぎは勘弁してね。マヂで疲れてるから。

 

「ジョゼット、あたし達もシャワー浴びてさっさと寝るわよ。

明日将軍に会いに行くんだから、9時には出たい。

遅刻は理由の如何を問わず極刑に処す」

 

「ど、努力しま~す」

 

その後、あたし達もシャワーで汗を流してパジャマに着替えて早々にベッドに入った。

ジョゼットと一緒に寝るのは何話ぶりかしら。まぁ、どうでもいいわ、そんなこと。

ランプを消すと真っ暗になる。おやすみなさい。

 

地球では豆球付けないと寝られない派と、付けると寝られない派がいるけど、

違いは何なのかしら。あたしは付けない派。

あんなのが天井にあったら鬱陶しくて寝てらんないわ。

しかし……さすがに釘を指しといたから抱きついたりはしてこないけど、

ジョゼットが微妙に身体を押し付けてくる。本当、子供じゃないの?

お陰で前回よりはよく眠れたけど。

 

翌朝。時計を見ると朝7時。ジョゼットはまだ寝てる。

とりあえずのんびり身支度しようとジョゼットをまたいでベッドから下り、

顔を洗って歯を磨く。そんで服に着替えていつも通り三つ編みを編んで軽く化粧する。

ガンベルトも装着完了。朝食はイエスさんが起きてからでいいわよね。

 

と、思ったら廊下から足音が。あら、もう起きたみたい。

あたしは私室のドアを開けて話しかける。

 

「おはよう、イエスさん」

 

「おはようございます。里沙子」

 

「ちょっと待っててね。今ジョゼット叩き起こしてパン焼かせるから」

 

「いいえ、朝食は私に任せてください」

 

「あ、そう言えば」

 

その後、起きてきたジョゼットが身支度を終えるのを待ったあたし達は、

テーブルに着いていた。出したのは1人1瓶の牛乳だけ。

 

「あのう、わたくし、本当に何もしなくていいんですか?」

 

「今日だけはね。見ててごらんなさい。面白いことが起きるから」

 

イエスさんは棚に積んであったカゴを手に取り、語りだした。

 

「里沙子、ジョゼット。昨日は本当にありがとう。

私にはこのようなことしかできませんが、感謝の気持ちとして受け取ってほしい」

 

さあさ、お立ち会い。彼がカゴを天に掲げると、不思議な事が起こる。

空のカゴに次々と白パン、クロワッサン、塩パン、色々なパンが現れたの。

たちまちパンで山盛りになったカゴを見て仰天するジョゼット。

 

「ええっ!ええ?なんですかこれ!?どうなってるんですか!」

 

「父の恵みです」

 

「イエス・キリストの奇跡の一つよ。パンを生み出し多くの人に食べさせる」

 

「神様って凄すぎる……」

 

「さぁ、どうぞ召し上がれ。温かいうちに」

 

実際どのパンもホカホカで、

街のパン屋でも食べられないような焼き立てのいい香りに食欲が刺激される。

ちぎって口に運ぶ手が止まらない。シンプルな味付けだけど、

それが素材の味を引き立ててる。素材の出どころは不明だけど。

 

「ふぅ。ごちそうさま」

 

「おいしかったですー」

 

「喜んでもらえて、私も嬉しい」

 

朝っぱらから満腹になるまで食べちゃったわ。

さて、そろそろ将軍のところに出かけましょう。片付けは帰ってからでいいわ。

 

「じゃあ、イエスさん、ジョゼット、出かけましょう」

 

「はい!手土産の砂糖菓子もバッチリです!」

 

「参りましょう。この地を守る百人隊長の居城へ」

 

それで、あたしらは連れ立ってハッピーマイルズ・セントラルの将軍を訪ねるべく、

外に出る。……ことができなかった。玄関のドアを開けた瞬間、また閉めて鍵を掛けた。

 

「何考えてんのよあのアホ共は!」

 

「どうしたんですか~?」

 

「窓から外見てごらんなさい!」

 

「外って……キャア!」

 

教会が市場、いや、ハッピーマイルズの連中全部に包囲されてて、

外に出たら間違いなくもみくちゃにされる。外からなにやら声が聞こえてくる。

 

 

“マリア様の御使いに会わせてくれー!”

“天使様、お顔だけでも!”

“聖母様バンザーイ”

“あのお方がわしの目を治して下さったんじゃあ!”

“乞食の爺さん!?詳しく聞かせてくれ!”

 

 

「イエスさん、悲しいお知らせ。外に出られなくなった」

 

「何故でしょう」

 

「昨日、あなたの奇跡を見た連中が押し寄せてる。

次にドアを開けた瞬間、この教会がパンクするほどの人間がなだれ込んでくるわ。

とりあえず今は将軍のところへは行けない」

 

「ああ、父よ。これも一つの試練だというのですか。

私に空を飛べとおっしゃるのですか」

 

「あなた一人ならできるかもね。でも生憎あたしたちには翼がない」

 

外の連中の声はますます大きくなる。

いっそ野盗の襲撃ならダイナマイトでドカンだったのに……!

どうしてくれよう。イエスさんを連れ出すにはどうすればいいのかしら。

 

 

 

 

 

ちっとも楽しくねえクリスマスは始まったばかり。続きは今夜18時頃ね(怒)!!

 

 




キリスト教に関する知識は付け焼き刃なので、いろいろ矛盾があると思われますが、
広い心でお許し頂けると幸いです。


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キリストだったわ、ごめんごめん。ああ言ってるつもりでこう言ってることってあるわよね。

教会を取り囲む声がどんどん大きくなる。このままじゃ街まで行けないわ。

里沙子一生の大ピンチ。いっそ空に一発ぶっ放して追い払おうかしら。

いや、群集心理を甘く見ないほうがいいわね。

かえって興奮して混乱が大きくなる可能性のほうが高い。

あたしがあれこれ考えてると、イエスさんが不安げに尋ねてきた。

 

「里沙子、彼らは何故我々を包囲しているのでしょうか」

 

「あなたが目的に決まってるじゃない!昨日の死者復活がやっぱり堪えたみたい。

みんな救いを求めて押し寄せてるのよ。

たまったもんじゃないわ、ここは病院じゃないっつーのに!」

 

「こんなにたくさん人が入ったら、聖堂が壊れちゃいます~」

 

今でさえドアを叩きまくるアホ共のせいでボロい扉が壊れそう。

ねぇ、なんとかこいつら追っ払えないかしら……って頼もうとした矢先におい!

イエスさんがドアを開けると、さっさと人間の群れの真ん中に歩いていった。

 

ちょっと、一体何考えてんの!圧死しても知らないわよ、死なないんだろうけど!

でもイエスさん、あたしを無視して演説始めちゃった。

今まで人生で見たことのない人の密度に一瞬プチゲロが出る。当然頭も痛い。

 

「ちょ、イエスさん、戻って!」

 

 

“おお、天使様だ!”

“御使いだー!”

“もっとお顔を見せてください!”

 

 

「静まりなさい」

 

その優しくも厳かな声に群衆共が一気に大人しくなる。

女たちは恍惚とした表情で彼を見つめ、

男たちも尊敬のまなざしでイエスさんに期待を寄せる。彼はこう続けたわ。

 

「私はアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。

私は、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる」

 

ヨハネ黙示録21章6節ね。

少しだけ開けたドアから覗き込んで成り行きを見守ってると、イエスさんが続けた。

 

「この中に病苦に苛まれるもの、悪霊に取りつかれているもの、身体の不自由なものは、

前に出なさい」

 

その言葉を切欠に、次々と病人共がイエスさんを取り巻いて助けを求めた。

 

 

“長年病気に苦しめられています、お助けください……”

“この子は暴走魔女の呪いにかかり、口がきけないのです。救済を!”

“皮膚病の業からお救いください……我らに光を!”

 

 

結構深刻な病気が多いわね。やっぱハッピーマイルズはハッピーなんかじゃないわ。

さて、イエスさんはどう出るのかしら。

だんだんあたしもジョゼットも興味が湧いてきて、いつの間にか外に出てた。

彼が病人の一人に話しかける。

 

「病気に苦しめられているのは、あなたなのか?」

 

「うう、ごほっ!もう38年になります……

咳が止まらず足腰が痛くて動くこともままなりません。

きょ、今日も!親戚の者にここまで運んでもらいました。がはっ!」

 

担架の上で苦しそうに横たわってるおじいさんにイエスさんが問う。

 

「治りたいのか」

 

「み、御使いよ、どの医者もわたしを診てはくれません。

ごほ、ごほ!治らなければ、評判にならないからです。ぜぇ、ぜぇ!」

 

イエスさんは優しく囁くように病人に促す。

 

「起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい」

 

とうとう来たわ。奇跡累計4発目。

 

「あ、ああ……痛みが消えていく。もう咳が出ることもない……

ありがとうございます、ありがとうございます……!

マリア様と御使いに、幸多からんことを」

 

すると、おじいさんは何度もお辞儀をして、乗せられてきた担架を担いで、

自分の足でスタスタと歩いて帰っていったわ。その光景に群衆がまたもどよめく。

続いて、2人目。いや3人目かしら。今度は親子連れだった。母親と少年。

子供は悲しげにイエスさんを見つめ、母親が彼に話しかけた。

 

「どうかお救いください天使様!この子は暴走魔女の呪いによって悪霊が取り付き、

喋ることができなくなってしまったのです」

 

「いつごろから、こんなになったのか」

 

「幼いときからです。悪霊は言葉を奪っただけでは飽き足らず、

たびたびこの子を火や水の中に放り込み、殺そうとしました。

もしできれば、わたしどもを憐れんでお助けください」

 

「もしできれば、と言うのか。信ずる者には、どんな事でもできる」

 

「信じます。不信仰なわたしを、お助けください!」

 

イエスさんはただうなずき、魔女の汚れた霊を叱った。

 

「私がおまえに命じる。この子から出て行け。二度と、はいって来るな」

 

すると、子供に取り付いていた霊が物凄い悲鳴を上げて出ていった。

同時に子供が痙攣を起こしてぶっ倒れちゃったから、また大騒ぎになりかけたんだけど、

イエスさんが子供の手を取って起こすと、その子が立ち上がったの。

ええ、健康そのものだったわ。

母親は何度も頭を下げて、子供にも笑顔が戻ってイエスさんに手を振った。

 

それを目の当たりにした群衆が歓声と言うか雄叫びを上げる。ああ、うるさい!

でも、誰かがイエスさんを求めてよたよたと歩み寄ると、

みんな静まり返って道を開けた。多分男だと思う。

顔を手ぬぐいで隠して、身体がすっぽり隠れるように何枚を重ね着してるから

年の頃は分からない。でもうるさい連中を黙らせたのはGJだわ。

 

 

“おい、あいつだぜ……近寄るな”

“下がれ下がれ、業病が感染るぞ”

“押さないで!触っちゃったらどうすんのよ”

 

 

なーんか気に入らない空気ね。ともかく幸か不幸か、

彼がなんとなく嫌われてるおかげで、スムーズにイエスさんのところまでたどり着けた。

それで、覆面の彼がイエスさんの前に跪いて祈ったの。

その時初めて顔を覆っていた手ぬぐいを取った。

……なるほど、ハンセン病ね。彼はねじれた口びるでなんとか言葉を紡ぐ。

 

「あなたのお心一つで、私はきよくしていただけます」

 

イエスさんは深く憐れんだ表情で、手を伸ばして、彼に触れて言ったわ。

 

「私の心だ。きよくなれ」

 

そう言うと、不適切な処置で歪んだ顔が瞬く間に整った形になり、膿が取れ、

彼の体内から、らい菌が取り除かれ、病苦に冒された彼は完全に治った。

するとイエスさんは丁寧に、彼を何重にも覆っていた布を取り去っていった。

 

救われた彼は、初めは怯えていたようだったけど、手を握って耐えて、

やがて最後の1枚が剥がされると、服から覗く肌はすっかり綺麗になって、

固まった膿がさらさらと砂になって消えていったの。

彼はなめらかになった自分の両腕を見ると、感激して泣き出した。

 

「おお、わたしの業病が……ありがとうございます!あなたこそ奇跡の人です!」

 

「この事は、誰にも話さないように、注意しなさい」

 

いや、意味ないから。この衆人環視の中で。実際周りの連中がまた大騒ぎを始めた。

心のなかでツッコんでると、イエスさんはその後も次々と

病気や身体の不調に苦しむ人達を助けて回った。

それはいいんだけど、気になるのはやっぱり時間ね。

 

「ジョゼット、今何時?」

 

「ええと、待ってください。大体9時半ですね。この時計は10分前後の誤差込みです」

 

「昼前には将軍のところに行きたいから、急いでこいつらさばいてもらいたいわね」

 

あたしの不安をよそにイエスさんは救済を続ける。はぁ、いつまで待てばいいのかしら。

長椅子に寝そべりながら、あたしはひたすら客が帰るのを待ち続けた。

体内時計で1時間くらい経ったかしら。ジョゼットに様子を尋ねる。

 

「ジョゼット、今どんな感じ?ついでに時間も教えて」

 

「11時前後です。病気の方は皆さん彼に癒やされてお帰りになったみたいですね~

今は他の信者さんがイエスさんに祈りを捧げてます」

 

「はぁ!?病気でもないくせに何居座ってんのよ!ジョゼット、馬鹿共叩き出すわよ!

こちとら急いでるってのに!」

 

「ええっ、そんなことしていいんですか?」

 

「良いに決まってんでしょうが!」

 

あたしは外に飛び出すと、大声で有象無象を怒鳴りつけた。

 

「あんたら、病気でもないくせになにやってんの!用事がないなら帰りなさい!

イエスは今日大事な用があんのよ!」

 

 

“えーそんな”

“もっと御使いのそばにいたいわ”

“里沙子だけずるいぞー”

“独り占めイクナイ”

 

 

「あらそう。だったら気が済むまで彼の邪魔を続けなさいな。

昔、それに近いことをした街が硫黄の炎で焼かれたけど、

そんなことは関係なかったわね。神罰ってやつじゃない?じゃあ、さいなら」

 

 

“ええっ!?街ごと?”

“ああ、天使様!お許しを!”

“みんな散れ散れー!”

 

 

まさに蜘蛛の子を散らすようにうるさい連中が帰っていった。

やっと我が家に平穏が戻ったのはいいけど……

この分だとハッピーマイルズ・セントラルに足を踏み入れたら

同じことの繰り返しになるわね。状況がちっとも良くならない。

でも、あたしが考え込んでると、イエスさんが話しかけてきた。

 

「里沙子、すみません。私のせいでまたあなたを困らせてしまったようです。

かつての旅を思い出してしまって」

 

「ううん、あなたは悪くない。悪いのは人の都合考えないアホ共よ。

予定もクソもありゃしない。っていうかもう街には入れない。

今回はなんとか追い払ったけど、またハッピーマイルズに行けば元の木阿弥よ」

 

「行けたとしてもきっと将軍も今はお昼ごはんの途中ですからね~」

 

「はい、馬鹿は黙る。どうすればいいのかしらねぇ……」

 

でも、そんな心配を一気に吹き飛ばす存在が駆けつけてくれた。

4騎ほどの蹄の音が近づいてくる。そして馬のいななきと共に教会の前で止まったの。

その見間違えようのない姿は……将軍!?彼が護衛を連れてやってきた。

あたしは慌てて彼に駆け寄る。

 

「将軍!なぜこちらに!?」

 

「なに、リサ達の到着が遅いので偵察の者を寄越したら、

大変な目に遭っていたらしいではないか。人気者は辛いものだな!ガッハッハ!!」

 

本当にありがたいわ。これで頭の血管が切れずに済む。でも、もう少し声は落として?

 

「大変恐縮ですわ。こちらの都合なのにわざわざ来て頂くなんて……

ジョゼット、ボサッとしてないでさっさとお茶!」

 

「はい、ただいま!」

 

「イエスさんも将軍も中へ。

あ、部下の方たちもせめて聖堂へ。外は冷えるでしょうから」

 

「心遣い痛み入る!では者共、馬を止め、教会に入るのだ!」

 

それから。さすがに戦車1人含む4人じゃ狭いダイニングのテーブルに着けないから、

聖堂の長椅子を4つ向かい合わせて話を始めた。

部下の人達は銃を持ったまま四隅に控えて警戒に当たってくれてる。

 

あたしはまず、将軍にキリスト教の存在と、

イエス・キリスト、彼自身の神になるまでの経緯や、エピソードを簡単に説明した。

将軍は顎髭をねじりながら真剣な面持ちで聞いていたわ。

黙ってる彼を見るのは珍しいことよ。

あたしが話し終えると、心底驚いた様子で口を開いた。

 

「ううむ……斯様に偉大なる存在がミドルファンタジアに転移してきたことは、

これまでに例がない。我としてもイエス殿をどうお迎えすべきか検討が付かぬ」

 

「どうか、私のために悩み苦しまないでください。ただ、私を受け入れて欲しい。

それだけなのです。世界を見聞きし、混沌とした世を救済する術を学ぶために、

私は父に遣わされたのです」

 

「お茶です~ちゃんとお砂糖ミルクもありますよ、イエスさん」

 

「温かいコーヒーをありがとう、ジョゼット」

 

「ありがと。でも、ここまで大事になったら難しいんじゃない?

もうとっくに噂は他の領地まで広がってると思ったほうがいい。

一歩歩く度にイエス様イエス様じゃ、あなたも勉強どころじゃないでしょう」

 

「やはり、私はここに来るべきではなかったのでしょうか……」

 

「そんなことない。そんなことないけど、

アホ共に大人しくイエスさんの教えを伝える方法は検討する必要があるわね」

 

「うむ。お触書に書いて配るのはどうだろうか」

 

「う~ん、失礼ながら将軍、その方法は無理があるかと。

主の教えを記した聖書は何百ページもあり、とんでもない分厚さがあります。

その全てを書き物に記して全市民に配るのは不可能に近いと存じます」

 

「なんと。貴殿はとてつもない見識を有しているのだな」

 

「いいえ。たしかに私の旅の記録が記されていますが、

聖書は弟子たちが書き残したものです」

 

「あの~言いそびれちゃってて今更あれなんですけど、

それに関してわたくしに考えがあるんですけど、なんていうか……」

 

「前置きはいいから、言いたいことはさっさと言う」

 

「はい。里沙子さんの世界の教えでは、

イエスさんはマリア様の息子、ということになってるんですよね」

 

「そうよ」

 

「なら、書き足しちゃえばいいんですよ!」

 

「「「書き足す?」」」

 

意味不明なジョゼットの案にイエスさん含めて全員が目を丸くする。

とりあえず聞くけど、頼むから恥かかせないでよ。

 

「書き足すって何をどこに書き足すのよ」

 

「もちろん、この世界の聖書に、アースの聖書を書き足すに決まってるじゃないですか~

ミドルファンタジアの殆どの人間にとってはマリア様の教えが絶対。

そのマリア様から生まれたイエスさんの教えもまた尊いもの。

だから、両方書いちゃえば解決なんじゃないかって。

そうすればあとはその通りに聖書を印刷すれば、

徐々に教えは広まっていくんじゃないかな~なんて!」

 

やっぱりみんな目を丸くする。あたしはこの娘からまともな意見が出たことに、

イエスさんは彼女のアイデアの良さに、将軍は聖書に手を加える考えの大胆さに驚いて。

 

「あんたにしちゃいいアイデアだと思うけど……どう思う?イエスさん。

確かにここのマリア様も元を正せば地球の存在だけどさ」

 

「素晴らしい知恵をありがとう、ジョゼット。

この地で育まれた母の教え、そして父の教え。二つをこの世界に広めることができる。

まさにあなたは神に仕えるに相応しい方だ」

 

「いや、しかし……聖書に手を加えることなど可能なのだろうか。

聖書は帝都にあるシャマイム教の中枢、大聖堂教会の許可がなければ

一言一句変えることは許されん」

 

「変えるんじゃなくって、足すんです。きっと大丈夫ですよ!」

 

「あのね。“きっと”で将軍に危ない橋渡らせるわけにはいかないの。

こういう宗教関連の罪は刑罰が重くなってるんだから。

シスターのあんたが知らなくてどうすんの」

 

「えー、でも~」

 

 

「待ってください」

 

 

その時、イエスさんが発言した。みんなが彼を見る。なんだか緊張した面持ちね。

 

「それについては、私に任せて欲しい。ただ、皆さんの前から去ることになりますが」

 

「ちょっと、それってどういうこと?方法は置いといて、あなたが去るって」

 

「それは……」

 

彼が続きを語ろうとした時、外から地を揺るがすような轟音。

実際テーブルのコーヒーカップが1cm跳ねた。

すぐさま兵士達が外に飛び出し銃を構える。敵の姿を見た兵士がすぐさま発砲。

でも、すぐに銃声が悲鳴に変わる。

あたしたちも外に出ると、異様な光景が広がっていた。

 

兵士達が実体のない黒いガス状の何かに縛り上げられ、身動きが取れなくなっている。

そして、それを嬉しそうに笑う一人の魔女。

三角帽子ではなく、紫の頭巾を被って幼い少女の姿をしている。

白いエプロン姿のそいつは、クスクス笑うとあたしたちに宣言した。

 

「よくお聞きなさい。私はエビルクワィアー随一の悪霊使い・ベネット。

私の可愛いペットを滅してくれた礼をしにきましたの」

 

「ペットって何よ!もうすぐクリスマスだから無益な殺生は控えてる」

 

わけのわかんないこと言ってるガキにピースメーカーを向けながらあたしが応えた。

将軍も前に出る。

 

「おのれ魔女め!我が部下を放すのだ!」

 

「よくってよ。た・だ・し。

私のペットをやっつけてくれちゃった犯人の身柄と引き換えよ。

せっかく成長途中の人間に根付かせて、苦しみ、嘆きを餌に

ゆっくり大きく育てようとしていましたのに」

 

「……では、あの少年に悪しき霊を取り憑かせたのは、あなたなのですね?」

 

聖堂から出てきたイエスさんが問う。そう言えば、今朝そんな男の子助けてたわね。

ベネットとかいうガキが彼をしげしげと見る。

 

「ふぅん。大きな神性を纏っていますわね。あなたが犯人と考えてよさそう。

さ、早くこっちにおいでなさいな。この4人の命が惜しいなら、ね?」

 

バカね。誰に喧嘩売ってるのかわかってるのかしら、あの頭巾は。

やっぱりイエスさんが前に出て、一言告げた。

 

 

「けがれた霊よ、この人たちから出て行け」

 

 

その瞬間、兵士達を拘束していた黒い霧が悲鳴を上げて掻き消え、彼らが自由になった。

皆が驚いてるけど、やっぱりベネット本人がパニックに陥っている。

 

「そんな!全く詠唱なしで私の霊を祓うなんて!あなた、何者ですの!?」

 

「……私は、アルファであり、オメガである」

 

「意味がわかりませんわ!」

 

「悪いことは言わない。この人だけはやめときなさい。

暴れ足りないならあたしたちが相手してあげるからさ」

 

「それで勝ったつもりですの?クサレ聖職者が……見てるだけで腹が立ちますわ!

私の力の前に跪きなさい!」

 

ベネットは左手を掲げると、手のひらに濃紫の魔力を収束し、炸裂させた。

飛び散った魔力は黒く燃え上がる球体となり、悪霊の軍勢に姿を変える。

 

「総員、射撃開始!」

 

将軍の指示で兵士達がライフルを撃つけど、実体がない球体には効果がなかった。

あたしもピースメーカーで応戦したけど、まるで手応えがなかったわ。

だったら、元から断てばいい。

Century Arms M100を抜いてベネットの胴に狙いを付ける。

 

「全員耳ふさいで!」

 

あたしがトリガーを引く。そして、爆発音。

強烈なマズルフラッシュと共に飛び出した45-70ガバメント弾が

魔女の心臓めがけて突き進む。命中まで、あと0.01秒。その時だった。

ベネットの身体を紫のガスが覆い、クッションのように銃弾をふわりと受け止めた。

 

「アハハハ、無駄ですわよ!私の究極魔法の暗黒ガスは、

物理攻撃はおろか、あらゆるエレメントを食い尽くす完全無欠の防護壁!

さぁ、今度はこちらの番!やってしまいなさいな!」

 

ベネットが指示を出すと、宙を漂っていた黒い球体が、一瞬力を蓄えるように縮み、

また膨らむと同時に体内からエネルギー弾を放ってきた。

正体はわからないけど、ろくでもないものには違いない。皆、必死に弾を回避する。

すると暗黒の弾は着弾と同時に爆発を起こし、爆風で吹き飛ばされる。

 

「げほっ!」「ぐはあ!」「ううっ……」「くそっ」

 

「しっかりしろ、お前たち!!」

 

騎兵隊の人達も直撃は免れたけど、そこそこダメージは受けたらしいわ。

とはいえ、あたしもノーダメージってわけには行かなかった。右手をひねったみたい。

もうM100は持ってるのも辛いからホルスターにしまう。

だからってピースメーカーが効くわけじゃないんだけど……!

 

「ウフフッ、運のいい方達ですわね。でも次はどうかしら?

今度はしっかり狙いますから、一生懸命お逃げになって?フフ、ウフフフ……」

 

ベネットが左手を上げて、人差し指をぐるぐる回すと、

黒い球体の群れが整列し、再びエネルギーを蓄え始めた。

うーん、ざっと数えて10体くらい?今度は誰かが犠牲になりそう。

 

どうしましょう。このままじゃ……このままね。

結局なにもできないまま、敵の攻撃を許してしまった。

わざとフラフラした軌道を取り、回避を難しくしたエネルギー弾があたし達に迫る。

 

その時、彼がまたあたしたちの前に出た。

 

 

「もういちど言う。けがれた霊よ、去りなさい」

 

 

すると、黒の球体も、そいつらが放ったエネルギー弾も、

あたしたちに命中する直前で消滅した。

そして、イエスさんは何が起きているのかわからないベネットに語りかけた。

 

「悪しき魔女よ、罪を告白し、懺悔なさい。悔い改めるのです。

そうすれば、父はあなたをお赦しになる」

 

「……ハ、ハハッ!なによ、その上から目線!

私は人間共の上に立つ大魔女、悪霊使いベネット!

ちょっと腕が立つだけのエクソシストが図に乗るんじゃないわよ!」

 

「あなたにも天界への門は開かれている」

 

「余計なお世話!私は闇に生き、自由を愛する、誰にも触れられない無上の存在!

神の指図なんか反吐が出ますわ!

……いいでしょう、いかにあなたが無力な存在か思い知らせて差し上げます。

その教会もろとも吹き飛ぶがいい!!」

 

「おやめなさい。

決してこの祈りの場所を汚してはなりません。人を傷つけてもなりません。

それはあなたにとって幸せなことではありません」

 

「へったくそな命乞いありがとう!でも手遅れ!バイバーイ!アハハハ!!」

 

ベネットを取り巻く空気が、重く暗いものに変わり、

彼女が天に向けた左手のひらから、紫の魔力が上空に集まる。

集まり、集まり、集まって、巨大な魔力の爆弾となり、彼女が手を振り下ろすと、

イエスさんめがけて襲いかかった。

隕石の落下の如く、大きく空を切りながら圧倒的破壊力の塊が、

ほぼ45度の角度から飛来する。

 

彼は何も言わず、眉間にしわを寄せて深い嘆きを表し、右手の3本の指を合わせた。

指で三位一体を形作った時、教会を丘ごと吹き飛ばす威力を秘めた魔力の球体は、

フッと消え去った。

 

「行っけええ!……って、あれ、え、なんで……?」

 

最大出力で放った魔法すら消されてしまったベネットは呆然とするしかなかった。

なんで?なんでなの?人間に、あんなヤツがいるなんて!!

知りうる魔法の中で最強の一撃を、右手の印ひとつで無効化されたベネットに

手は残されていない。そして、恐れをなした彼女に追い打ちを掛ける出来事が。

 

「だめ、こんなのに関わっちゃ!逃げなきゃ……あれ、脚が変?

なにこれ、いや、助けて!」

 

その場で必死にもがく魔女の姿を見てジョゼットが不思議がる。

球体の総攻撃から立ち直っていた皆も同様だった。

 

「一体何をしてるんでしょう、彼女……」

 

「塩の柱、よ」

 

あたしは聞きかじった伝説を説明する。

かつて、悪徳と退廃の街が神の炎で焼き尽くされる時、

イエスは善人の家族に事前にそれを伝えていた。

その時、主は、逃げる間決して街を振り返ってはならないと命じた。

しかし、やはり残した我が家が心配になったのか、妻が途中で振り返ってしまう。

するとたちまち妻の身体は塩に変わり、“塩の柱”として現在に至るまで残されている。

 

「それでは、あの魔女はイエス殿の言いつけに背いたから……」

 

将軍も驚きを隠せない様子で、魔女の最期を見つめている。

パキ、ペキ、ポキと音を立てて、

ベネットの下半身が赤茶色い土の混じった岩塩に変わっていく。

 

「いや、いや!わかった、私の負けよ!なんでもするから許してぇ!!」

 

だけど、魔女の命乞いにもイエスさんは悲しげな瞳で彼女を見守っているだけだった。

 

「お願い!お願いよ!マリア様でもなんでも信じるから、呪いを解いて!私を許して!」

 

「……種を蒔く人が種まきに出た。種は、神の言葉です。あなたは岩地に落ちた種です。

岩地に落ちるということは、聞いてその時は喜んで受け入れるが、

根がないので、しばらく続くだけで、試練が来るとすぐぐらつく。

今、あなたが魔女としての生き方をあっさり捨ててしまったように」

 

「そんな……お願い……」

 

もう、魔女は首まで塩になっている。最期の時が近い。

あたしもジョゼットもその悲惨な末路に言葉が出ない。

 

「死に、たく……ない」

 

それが、涙の一筋まで完全に塩と化した魔女の遺言だった。

その場にいた皆がイエスさんを見る。彼は塩の柱に向かって十字を切っていた。

 

 

 

 

 

戦いを終えて落ち着きを取り戻したところで、またあたし達は聖堂で話し合っていた。

 

「とんだ邪魔が入ったけど、議論再開ね。

たしかジョゼットの案で聖書を書き足すことになったんだけど、

そうするとイエスさんがいなくなっちゃうってとこまで話が進んでたわね。

それはどうしてなのかしら、イエスさん」

 

「うむ、我も気になる。

このミドルファンタジアでは異世界からあらゆる物事が流れ着き、受け入れ、

独自の発展を遂げてきた。あれほどの力を持つ貴殿なら、

帝都の大聖堂教会で救い主として君臨することもできよう」

 

「それはなりません。この力はひとつところではなく、

あまねく人々に分け与えられなければならないのです。

あなた方のそばにいられなくなる理由は、

父の教えを広めることによって、私の役割は終わり、

父と精霊の元へ帰らなければならなくなるからです」

 

「では、貴殿には大聖堂教会の司教達を説得する術があると?」

 

「今夜、私は彼らに夢の中で語りかけます。母マリアと父の御言葉に従えと。

この大地からは大きな信仰を感じます。皆、必ずわかってくれるでしょう」

 

「そりゃ、説得力抜群ね。問題は、地球側の聖書をどう手に入れるかってこと。

スマホにもダウソなんてしてないし、

こないだマリーの店あさってみたけど見かけなかったわ」

 

「それは……私が書き記しましょう。

書籍という形ではなくとも、弟子たちが残した遺志は私の心に届いています。

たくさんの紙とペンが必要です。貸してください」

 

「へぇーっ、イエスさん記憶力いいんだ!」

 

「そういう次元の話じゃないの、引っ込んでなさい」

 

「むー!わたくしのアイデアなのに」

 

「あら、綺麗な輪飾りね。引きちぎったら面白そう」

 

「だめだめ!これだけはだめー!」

 

ジョゼットが輪飾りを守るように壁際でぴょんぴょん跳ねる。

かなり真剣な話してるのに、あれのせいでなんだか間抜けな雰囲気だわ。

本当にちぎりたくなってきた。

 

「して、イエス殿。その聖書を書き上げるには、どれくらいかかるであろうか」

 

「3日もあれば十分です」

 

「早いわね。あの分厚い本を3日で?」

 

「はい。心に映った言の葉をただ書き連ねるだけなので」

 

「うむ、それならちょうど帝都の大聖堂教会に許可を得て戻ってくることができよう」

 

「ご足労おかけしますわ」

 

「いやいや。この世界の宗教の歴史的転換点に立ち会うことが出来て、

我も年甲斐もなく胸が踊っておる」

 

「では、さっそく取り掛かりましょう。

私は死ぬことも疲れることもありません。心配は不要です」

 

「じゃあ、紙とペンを用意するわ。デスクはあなたの個室にあるから。

暗くなったらランプを付けて」

 

「では、時間が惜しい。早速我らは帝都に向かうとしよう。失礼する!」

 

「道中お気をつけて」

 

将軍がやっぱりガシャガシャと鎧を鳴らしながら部下を連れて出ていった。

しばらくすると、蹄の音が遠ざかっていくのが聞こえた。

さて、こっちはこっちでやることやらなきゃ。

 

「さてと。紙は確かジョゼットが布教用チラシ作りとか言って、

勝手に買い込んだやつが物置にあったわね。

イエスさん、すぐに持っていくからお部屋で待っててね」

 

「ありがとう、里沙子」

 

 

 

 

 

まぁ、それからは殆どやることもなかったから別に書くようなこともないわ。

イエスさんの部屋に抱えるほどの紙を持っていって、ペンとインク瓶を渡すと、

彼が物凄い速さでペンを滑らせだしたの。

まばたき一つせずに、一心不乱に教えを紙に書き連ねてた。

 

邪魔しちゃ悪いからそっと部屋から出た。あたしにできることはここまでね。

朝からどんちゃん騒ぎでぶっちゃけ疲れてるから、先に休ませてもらいましょう。

シャワーを浴びてパジャマに着替えると、そのままベッドに飛び込んだ。

柔らかいベッドに身体が沈み、気持ちいい眠りに落ちていく。

 

 

……

………

 

 

ん?寝てるのになんだか明るいわね。ランプは消したはず。

枕元であんなの点けてたら寝られやしない。妙な夢だわ。

なんだか眠ったまま光が満ちる天に浮かんでるみたい。

でも、今眠いから面倒くさいかも。

 

“……さこ、里沙子”

 

「あれ、イエスさん?

もうあなたが何しても驚かないけど、あたしの夢なんかに入って何がしたいの?」

 

眠りながら意識だけで会話する。これが明晰夢ってやつ?

 

“あなたにお別れと礼を述べるためにお邪魔しました”

 

「まぁ、お別れは寂しいけど世の常よ。紋次郎が背中で語ってた。

それに礼なんか必要ないわ。ただ成り行きに任せてただけ」

 

“はじめて私と会った時、あなたは私の足を拭いてくれました。

2000年前に会ったあの女性のように。そして履き物を与えてくれた”

 

「……床、汚されたくなかっただけよ」

 

“それだけで自らの手を汚して、私を洗い清めてくれる者がどれだけいるでしょうか。

それにあなたは自らの財産を投げ打ち、私に施しをしてくれました。

里沙子、あなたの清い心に私は感銘を受けました。

父はあなたが最期を迎えた時、必ず天界へあなたを迎え入れるでしょう。

もちろん、ジョゼットも。彼女も私のために額に汗して衣類を整えてくれました”

 

「……夢壊すようだけどね、あなたはあたしを買いかぶり過ぎなのよ。

イエスさん、旅してた頃に言ってたらしいわね。銀貨2枚だけを捧げた老婆に、

 

“この人は誰よりも多く捧げた。金持ちは有り余る中からほんの少しを捧げただけだが、

でも彼女は、生活費の全てを、惜しみなく投げ込んだ”って。

 

あたしも所詮そこにいた金持ちにすぎないの。

たまたま金が余ってたからなんとなく手助けしただけ。

もしあなたと同じように貧乏だったら見向きもしなかったでしょうね」

 

“なぜ自分を否定するのでしょう。

あなたが施してくれたのは確かに財産のほんの一部かもしれません。

しかし、それを活かすために街へ赴き、

苦難もつ人々を救う機会を与えてくれたのは他でもないあなた方だというのに”

 

「別に、事実を言ってるだけよ。あたしはこれまでも、これからも、

“こうしたい”とか“なんとなく”で生きていく。

それで神様に嫌われるならしょうがないわ。今の生き方変えるよりマシよ」

 

“父は必ずあなたをお赦しになります。

いずれ時が来た時、あなたと楽園(パラダイス)で逢えることを楽しみにしています”

 

 

………

……

 

 

いつの間にかあたしは目を覚ましてた。なぜかしら。少し泣いてたみたい。

 

「……あたしは仏教徒だっての」

 

 

 

 

 

それからの3日間は穏やかだったわ。

イエスさんが夢でみんなに必要なことを言い聞かせてくれたみたい。

ミーハー共が押し寄せることもなかったし、食事の買い出しに行く必要もなかったから、

あたしも珍しくごろ寝の生活が出来たわ。

何しろ食べ物はイエスさんが無限にパンを出してくれるんだもんね。

 

まぁ、それでも食事以外は一日中頑張ってるイエスさんに悪いから、

パジャマからは着替えようかしらね。三つ編みを編んで、洋服に着替える。

今日も出かける予定はないから、すっぴんでいいかしら?と、思った瞬間、

外から大音声が響いて雷でも落ちたのかと思った。

 

 

「リサアァァ!!イエス殿オォ!!我は帰ってきぞォ!」

 

 

正直、イエスさんの奇跡で彼の声を小さくしてもらいたいわ。

驚いて落っことしたビューラーを拾うと、急いで玄関から出て将軍を出迎えた。

あ、やっぱり化粧しとくんだった。

 

「長旅お疲れ様でした、将軍」

 

「うむ、朗報であるぞ、リサ!」

 

「それで、結果は……?」

 

将軍の大声に気づいたジョゼットとイエスさんも出てきた。

彼は馬から降りながら二人に挨拶した。

 

「おはよう!ジョゼット!イエス殿!」

 

「うう……おはようございます、将軍」

 

「おはようございます。今日もあなたにとって良き日でありますように」

 

あたしと同じく将軍の大音声に辟易するジョゼット、

イエスさんは気にも留めずいつも通りね。さすが神様というかなんというか。

 

「あの、将軍、結果を……」

 

今度は間近で食らったあたしは、若干ふらつきながら、

将軍から一本のスクロール(西洋の巻物ね)を受け取って広げる。

そこには大聖堂教会からの許可、というか命令が記されていた。

 

「なになに?

“聖母マリアの息子、イエス・キリストの教えを直ちに書き記し、

大聖堂教会に提出せよ。 法王ファゴット・オデュッセウス12世”」

 

「それって……イエスさんの教えが認められたってことですよね!

聖書に加えてもいいって!」

 

「許可って言うより命令だけど、そういうことになるわね。

よほどイエスさんの夢に感激したんでしょ」

 

「我も昨夜、イエス殿から“剣を取る者は、剣で滅びる”と

耳に痛い忠言を頂いたところだ。しかぁし!剣に倒れるは騎士の誉。

残念ながら我は天に赴くことはできないらしい、ガハハ!!

……して、イエス殿。聖書の進捗具合はいかがですかな」

 

「将軍殿、争いは人の常。父の教えを常に心に留めてさえおけば、

あなたも時が来れば天上界で生きることができます。

聖書ですが、先程書き上げたばかりです。お持ちください」

 

「おお、それはありがたい!さっそく原稿を頂きたい!帝都に提出しなければ。

聖書の印刷は大聖堂教会認定の印刷商会しか行えない」

 

「少し、お待ち下さい」

 

そう言ってイエスさんは一旦家に戻って、すぐ持ってきたわ。うわ、すごい量。

抱えるようにして持ってる。

手伝ったほうがいいかしら、と思ってるうちに紐で通した原稿が将軍に手渡された。

 

「おおっ、これはとんでもない量だ。

さぞかしためになる教えが認められているのだろう。

イエス殿、貴殿の汗の結晶、確かに預かり申した。さっそく帝都に届けなくては!」

 

「ええっ!?今帰ってきて、また帝都に行かれますの?

少しお休みになられたほうが……」

 

「心配無用である、リサ!我も、愛馬ファイブチャンピオン号も、

一週間程度の行軍でへばるほどヤワにできてはおらん!」

 

「あ、その、それならいいんですけど……」

 

「では諸君、一度さらばだ!ハハハ!」

 

行っちゃった。本当に嵐みたいな人ね。

確かにあの将軍と、彼を乗せて走れるあの馬なら大丈夫そうだけど……

 

「さ、そういうわけよ。あたしたちにできることはなんにもないわ。どうする?」

 

「わたくしは飾り付けの続きをします。輪飾りの準備がもう少しで終わります」

 

「え?あ、いつの間にか増えてる!こいつ!

やったもん勝ち根性が身につく前に、少しキツめのお灸をすえる必要があるわね!」

 

「ああ、暴力反対ですぅ」

 

「悪いことをすると叩かれるの、この意味わかる?」

 

拳でジョゼットのこめかみをグリグリしてやろうとするけど、

身体の小ささを活かして逃げ回る。ええい小癪な。

 

 

「アハハハ……」

 

 

その穏やかな笑い声に気づいてあたし達は馬鹿騒ぎをやめた。

視線の先には洋服を着たかつての救世主(メシア)

草原に立ち、静かに微笑んであたし達の戯れを見つめている。そうか。そうなのね。

 

「イエスさん。これで、もう、お別れなのね」

 

「え、どうして!?もうちょっといいじゃないですか」

 

彼はゆっくり首を横に振る。

 

「父の教えが芽吹き始めた今、私の役割は終わりました。父と精霊の元へ帰ります。

里沙子、ジョゼット。あなた方の惜しみない献身は未来永劫忘れません。

その清き心のある限り、我々は再び相まみえることでしょう」

 

「行っちゃやです!もっともっと、たくさんの事教えて欲しいです!」

 

教会を包む草原が、風にさらされ、静寂という音を立てる。

そこにいるのはあたし達3人だけ。

 

「ジョゼット、困らせないの。イエスさんにも待ってる人がいるんだから」

 

「だって、だって……」

 

「泣かないで。また逢える日を信じて、あなたの道を歩んで欲しい」

 

「うくっ……わかり、ました……」

 

「ねえ、イエスさん」

 

「はい」

 

「夢でも言ったけど、あたしはやりたいことしかしない。楽することばかり考えてる。

成り行きで巻き込まれた面倒事に対処はするけど、それ以上はしない。

こんなちゃらんぽらんな生き方でも、道って言えるのかしら」

 

「なぜ、あなたがその生き方をしたいのか考えてください。

私が人の子であった時と違い、生き方の有り様が千差万別であることを学びました。

だから、本当にあなたがそうでありたいと願うならそれでよし。

もし、他に可能性を見出すのであれば、それに向かって踏み出すべきです」

 

「……ありがとう。当分はこのやり方で行くと思うけどね」

 

「時間です……里沙子、ジョゼット。

もう一度人の世に来ることが出来て本当に良かった」

 

彼が一歩ずつ後ろに下がる。今度はジョゼットも涙を見せず、彼の姿を目に焼き付ける。

眩しい太陽が彼を照らし出す。

 

「ありがとう」

 

その光は徐々に強くなり、一瞬強く煌めいた。

思わず目を閉じ、再び目を開くと、そこにはもう誰もいなかった。

 

「……さようなら」

 

その一言だけを残して。

 

「さようなら」

 

そしてあたし達も、誰もいない風そよぐ草原でつぶやいた。

 

 

 

 

 

クリスマス・イヴ。

あたしは自室で珍しくエールじゃなくてワインを飲んでいた。

下ではジョゼットが信者を集めて賛美歌を歌ったり、

数百年ぶりに改定された聖書を朗読したりしてる。

なんとなく気が変わったから、ミサをやることを許可してやった。

あたし?真っ平ごめんよ、知らない連中と肩並べて歌うなんて。

ここで甘口ワイン飲んで一人の時間を楽しむのが、ぼっち流よ。

 

片手にワイングラス、もう片方に瓶を持って窓際の椅子に座る。

あら、ホワイトクリスマスだわ。ちらほらと白い雪が月明かりで輝きながら夜空に舞う。

サンタさんから悪い子へのプレゼントかしら。素敵ね。

あたしはまたワインを一口飲んで月に向かってささやいた。

 

「メリー・クリスマス」

 

 

 

 

 



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この独り言タイトル、番号振ったほうがいいのかしら。そろそろごちゃついてきたし。

「う~ん、幸せ……」

 

あたしは昼寝から目覚めると思い切り伸びをした。

ベッドのそばの窓際では、苦難の末に取り戻したミニッツリピーターが日差しを浴びて、

上品な輝きを放っている。

この世界に来てから、色々面倒事厄介事喧嘩事の連続で心労が溜まってたのか、

昼寝をしても夜に熟睡出来るスキルが身についた。

喜んでいいのか微妙だけど、あたしは今、幸せよ。

 

幸せだから面倒な来客にも対応する。

ジョゼットはどこほっつき歩いてるか知らないけど、

とにかく玄関のドアを叩く音がするから聖堂に向かう。

開けるかどうかはまだわかんないけどね。

また、コンコンとドアを叩く音と、のんびりした女の声がする。

はいはい、ちょっと待ってちょうだいな。

 

“ごめんくださ~い”

 

「どなた?この教会は日曜以外お休みなの、ごめんなさいね~」

 

“え~?そんなこと言わないで、見学だけでもさせてくださいよ~”

 

「だめだめ、一人特別扱いしたら我も我もになっちゃうでしょ。

日曜になったら5G持ってまた来て」

 

50Gから大幅に値下げしたのには理由がある。

1つは、あたしにとっては未だにピンと来ないんだけど、

街の連中にとって50Gは割りとキツい金額らしく、要求した所で初めから出せないこと。

ジョゼットにそれとなくもっと出せと言わせても、無い袖は振れないらしく、

ノルマには到底及ばない。ないものねだりしてもしょうがないわ。

 

2つ目。あんまりしつこく大金ふっかけても、客足が遠のく。

ミサに行ったら大金ぼったくられたなんて噂が立ったら誰も来なくなるわ。

そうなったら50どころか0よ。うちはどっかのカルト宗教じゃないの。

 

3つ目。金時計を取り戻した時に儲けたお金が有り余ってて、

もうそれほど金集めに精を出さなくても生活していけるから、

貧乏人から巻き上げる必要がなくなったってことね。

教会運営の補助金もあるからなおさら。

 

でも、日曜限定営業を変えるつもりは絶対にない。

自分のスペースに誰かがいるだけでイラつきが頂点に達するようなあたしの家に、

毎日他人が出入りする事態になったら、精神的負荷で脳細胞が急速に死んでいく。

だから、この女もなんとしても追い返さなきゃいけない。

 

“お願いします~先日、こちらに尊いお方がお見えになったと聞いて、

帝都から飛んで来たんです~”

 

ああ、そういうことか。イエスさん騒ぎがまだ尾を引いてるのね。

とっくにクリスマスも終わったってのに熱心なこと。

でも、どこから来たのかなんて知ったこっちゃないわ。

あんまりしつこいようなら、窓から威嚇射撃を敢行しよう。

……と思ったらジョゼットが聖堂に駆け込んできた。

 

「どうしたんですか、里沙子さーん?」

 

「どこ行ってたのよ。イエスさん目当ての信者が来たんだけど、

ちっとも帰る気配がない。あんたからも今日は休みだって言ってやんなさい」

 

「え、駄目じゃないですか!確かにイエスさんの存在は認知されましたけど、

教えそのものはまだまだ広まってないんですから!

熱心な信者さんに地道に教えを説いていかなくちゃ。今開けまーす」

 

「ちょっ、馬鹿、何やってんの!?」

 

ガチャッ。あ、開けやがった!この尼……!

この家が誰のものなのか完全に忘れてやがる!

ははっ、思い出させるには10発じゃ済みそうにないわねぇ?

笑顔で変なやつ招き入れてんじゃないわよ、後で覚えてらっしゃい!

 

「お邪魔しま~す」

 

そいつがトランクを抱えながらぴょんと敷居を飛び越えて聖堂に入ってきちゃった。

どうせまともな奴じゃないんでしょうね。昼寝の余韻がイラつきに変わる。

彼女があたしを見てニッコリ笑う。歳はあたしと同じくらいかしら。

顔は悪くない。というか、柔らかい雰囲気を持った美人だけど、

顔がいいやつがまともだとは限らないのは経験上学習済みよ。

 

眼鏡を掛けたミディアムロングで、

後ろだけ腰まで長く伸ばして、編んだ一房を垂らしてる。先端がなんだか絵筆みたい。

明るいベージュのベレー帽を被ってて、同色のセーター、

赤いチェックのロングスカートを履いてる。

まぁ、都会から来ただけあって身なりはきちんとしてるけど、

何考えてるかわかりゃしない。

 

「あなたにも会いたかったのよ、斑目里沙子さん」

 

「もうあたしを知ってても別に驚かないわ。

イエスさん騒ぎで良くも悪くも有名んなっちゃったからねぇ、家も住人も!

ならイエスさんの言いつけ、夢で聞いたわよね?

無闇にここに押しかけんな、あたしらに迷惑かけんなって!」

 

「わたくしはお茶を入れておきますね~」

 

「こら、待ちなさいジョゼット!あたしに変なの押し付けて逃げんじゃ……

くそ、逃げやがった。まあいいわ、後で百叩きにするとして、とにかくあんた!

今日はコーヒー飲んだらさっさと帰るのよ!?」

 

「里沙子ちゃん」

 

「何よ」

 

「くんくん、くんくん……」

 

「ちょっと、何してんのよ!何いきなり人の臭い嗅いでんの!

寝汗で濡れてるから、ちょ、やめ!」

 

お巡りさんこっちです!変な女が接近してあたしの首筋を入念に嗅いできた。

やっぱ変質者だった!あたしも迂闊だったわ。この物語が始まってから、

突然訪ねてきたやつにまともなのがいた試しがないって、今更ながら思い出した。

あたしがピースメーカーに手をかけようとした時、

そいつは嗅ぐのをやめて、喋りだした。

 

「やっぱり!強い神性が残ってるわ。きっと“彼”の恵みを受けたのね~」

 

「出ていきなさい。退去命令無視は射殺されても文句は言えなくてよ」

 

今度こそピースメーカーを謎の女に向けて警告する。

でも、そいつは急に真剣な表情になって、あたしの手を両手で包み込み、

優しい声で語りかけてきた。

 

「私は、芸術の女神マーブル。突然押しかけてごめんなさい。

どうしても彼が降り立った聖地を訪れたかったの……」

 

「馬鹿、やめなさい!トリガーに指がかかってる!

わかったから、とりあえず話だけ聞いてやるから放しなさい!」

 

マーブルとか言う女が手を放すと、慌ててホルスターに銃を戻した。

芸術の女神ですって?どうでもいいけど、変な奴には逆らうなって母さんも言ってたし、

結局あたしは諦めてこいつの相手をしてやることにした。

 

「……で、さっきの質問だけど、イエスさんは夢に出なかったの?」

 

「同じ神である私のところにはおいでになりませんでした。

彼はあくまで人を導く存在ですから」

 

「よーするにハブられたのね。

まあ、とにかく。お茶くらいは出したげるから、本当にすぐ帰るのよ?」

 

「ああ……この空間も神聖な空気に満ちています~くんくん」

 

「聞いてんの!?」

 

あたしはマーブルとかいう自称芸術の女神をダイニングに連れて行った。

その頃にはもうジョゼットがコーヒーとお茶菓子を用意して待っていた。

 

「さあどうぞ召し上がれ~」

 

「ありがとうジョゼットちゃん」

 

「あれ、自己紹介しましたっけ?」

 

「どっかで聞きつけたんでしょ。

イエスさんの件以来、あたしら変な方向で有名になっちゃったから」

 

「それはもう。帝都でもお二人のことは有名ですよ~私は芸術の女神マーブル。

普段はこの人の姿で路上の似顔絵描きをしています」

 

「……ふん、なんで芸術の神様とやらがそんなショボい商売してんのよ」

 

あたしはテーブルに着いてコーヒーを一口飲んで尋ねる。

そしたら、マーブルがチョコチップクッキーに伸ばしかけた手を止め、

自嘲気味の笑顔を浮かべてつぶやいた。

 

「お金が、ないとです……」

 

どよ~んとした雰囲気を出してうなだれる。これはマジっぽいわね。

ちょっと面白くなったあたしは、もう少しつついてみることにした。

 

「なーんで神様がお金なんか欲しいのよ。別に食べなくても死なないんだし、

あたしみたいにごろ寝生活してればそれでいいじゃない」

 

「仮にも芸術の神である私が、みすぼらしい格好をしている訳にはいきませんから、

流行や季節に合わせたファッションを整える必要があるんです!

つ、つまり……素敵な服や靴が欲しい!

それに、神様だって死ななくてもお腹は空くんです。

飢えを凌ぐために3食パンの耳で過ごす日なんて珍しくありません、まる」

 

後ろ髪の束がしょぼくれた犬の尻尾ように垂れ下がる。

 

「呆れた。ファッションオタクのクソ女じゃない」

 

「里沙子さん、ストレート過ぎます!いつものひねりはどうしたんですか!?」

 

「ハハ……いいのよジョゼットちゃん。

どうせ私なんて神様ランキングでも下から数えたほうが早いへっぽこなんだし」

 

「もう、なんなのよ。いきなり押しかけてきたと思ったら、今度は急にへこみだすし。

あんた本当に神様?最初の勢いはどこ」

 

まぁ、へこませたのはあたしなんだけど。

ちょっと可哀想だから前向きな方向に話を持っていく。

 

「神様だったらさぁ、うちの教会みたいに、献金集める場所とかないの?

縁のある古代建築とか、ほこらでもなんでもいいわ。

コイン投げ込んだら幸せになれる噴水とか」

 

「あるにはあるんですけど、ちょっと古くて。写真見ます?」

 

マーブルがトランクを開けて荷物を探りだした。

中を覗くと、絵を書いてるのは本当らしく、

絵の具やパレットといった画材道具がたくさん入ってた。

ようやく彼女が1枚の写真を取り出してあたしに渡した。

受け取りながらやる気なく励まそうとしたけど……

 

「大丈夫よ。うちだってボロボロだけど毎週客が──」

 

絶句。ひどすぎる。誰に撮ってもらったのか知らないけど、

ところどころ壁が崩れた赤レンガの洋館前で、マーブルが笑顔でピースしてる。

なんで自分ちの窓ガラス全部割られてるのに笑っていられるのかしら。

壁面の大部分が蔦で覆われてるし、明かりもついてないから、

入ってくんなオーラ丸出し。

 

「なにこれ、バイオハザード7?腕ちょん切られた屋敷とそっくり」

 

「なんだか知らないけど里沙子ちゃんさっきからひどいです!

ジョゼットちゃ~ん、里沙子ちゃんがいじめる~」

 

マーブルがジョゼットの手を握って情けない声を出す。

ジョゼットに泣きつくようじゃお終いよ、と言いかけたけど、

流石にこれ以上は死体蹴りになるからやめといた。

 

「里沙子さん!いくらなんでも言い過ぎです!女の子泣かせるなんて!

……マーブルさん、大丈夫ですよ。

里沙子さん、口は悪いけどなんだかんだで、どうにかしてくれる人ですから!」

 

「はぁ!?あたしにどうしろってのよ!っていうか勝手に決めないでよ!」

 

「本当ですか!?私の信仰を取り戻してくださるとおっしゃるの?」

 

「まるで昔はあったみたいな言い方ね」

 

「そう、かつてこの屋敷は神殿であり美術館でもあったんです。

画家志望の学生が集い、その腕を磨き、私に信仰を寄せる彼らの才能に働きかけて、

多くの有名画家を育ててきました。才能ある学生の人生を花開かせる美術館として、

私はこの屋敷で崇められてきたのですが……

やがて帝都に売れっ子絵師の講師がたくさんいる美術大学が出来ると、

私の存在は徐々に忘れ去られ、館に来る者はいなくなり、

結果寄付金もみるみるうちにゼロになってしまったんです。ヨヨヨ……」

 

「それで、嘘泣きしてあたしらにどうして欲しいわけ?」

 

「もう、里沙子ちゃん全然容赦な~い!

……別に、学生を呼び戻してくれとか、屋敷を綺麗にしてくれとか、

図々しいお願いをするために来たわけじゃないんです。

ただ、アースで最も信仰を集める神様の、神としての在り方を勉強したくて……

でも、イエスさんはもうお帰りだし、

マリア様はどちらにいらっしゃるのか見当も付きません。

だからせめて、彼が降臨した教会に仕える聖職者の方々にお話を聞きたかった、

ただそれだけなんです。それはどうか信じてください……」

 

両手でコーヒーカップを握りながら寂しそうに語るマーブル。

尻尾みたいな後ろ髪も元気なく揺れている。そうは言われてもね。

帝都なんて正確な距離は知らないけど、このオービタル島のど真ん中。

このハッピーマイルズ領のはるか遠くに住んでる彼女のために出来ることなんてねぇ。

とりあえず状況を整理しましょうか。

 

「……まずね。イエスさんを参考にしようってのが無理な話。

彼のしてきたことは、どれもこれも、それができりゃ苦労しねえよレベルだから。

あんたに出来ることを地道にやってくしかないでしょう」

 

「それがわからないからマーブルさんは困ってるんじゃないですか!

わたくし達で何か考えましょうよ!」

 

「はい、どうせなんにも考えてないやつは黙る。とりあえず帝都まで行くとしても、

交通費だけで何千Gかかるかわかんないからねぇ……」

 

あたしが考え込んでると、マーブルが立ち上がってちょっと無理した笑顔を浮かべた。

 

「いいんです。困らせちゃってごめんなさい。今日は本当にありがとう。

話を聞いてくれただけでも気持ちが楽になりました。

しょうがないですよね、絵を書くことしか取り柄のない神様なんて、

それなりの信仰しか集まらなくって当然なんです。

……それじゃあ、私はそろそろ失礼します」

 

帰るって言ってるんだから別に放っといてもいいんだけど……

なーんか負けた気になるわね。マーブルがトランクを持って立ち去ろうとする。

彼女が歩く度に、中身の画材道具がガタガタと音を立てる。ん、絵を書く?

あたしは最後の可能性に賭けて、その背中に問いかける。

結局ジョゼットに乗せられた形になって癪だけど、余計な出費を浮かせられる。

 

「ねえ、あんた。絵が描けるって言ったけど、塗装も出来るの?」

 

「えっ?」

 

「もう見たと思うけど、この教会さ、

外壁の塗装がボロボロでそろそろ塗り直さなきゃって思ってるの」

 

マーブルがはっと振り返り、答える。

 

「もちろん、できます!壁も、大きなキャンバスと変わりませんから!」

 

あたしは空になったコーヒーカップを弄びながら、後ろを向くことなく聞いてみる。

ジョゼットはじっとあたしを見つめている。

 

「物は相談なんだけどさ、うちの壁塗り直してくれないかしら。

それで、絵を書いて欲しいの」

 

「何の絵、ですか……?」

 

「もちろん、マリアさんとイエスさんよ。

ここに来る信者が思わず跪くほど神々しい絵を壁一面にね。

そこにあんたのサインを入れるの。“芸術の女神マーブル”ってね。

代わりと言っちゃなんだけど、あたしらも少しはミサであんたのこと宣伝するからさ。

やるのはジョゼットだけど」

 

「里沙子さん……それ、とってもいいアイデアだと思います!

イエスさんの一件以来、いろんな領地の信者の方が訪れるようになりました!

皆さんが、マーブルさんの素敵な絵を見て土産話を持ち帰れば、

帝都の方たちも彼女を思い出してくれます!」

 

「まー、本来主母の肖像を看板にするのは違法なんだけど、

教会だって曲がりなりにも神様のやることに、いちゃもんつけたりはしないでしょう。

……やるかどうかはあんた次第だけど」

 

「……里沙子ちゃん、ありがとう!すぐ作品作りに取り掛かるわ!」

 

マーブルは駆け足で教会の外に飛び出していった。ふふっ、上手く行ったわ。

 

「すごいです!やっぱり、里沙子さんって根は優し……あ、笑顔が黒い」

 

「ふっ、塗装工雇う手間と金が浮いたわ。ふふふ……」

 

さてさて、芸術の女神様はどんなお仕事をしてくれるのかしら。

あたしは様子を見るため、ラングドシャを一つ口に放り込んで、外に出た。

おおっ、これにはちょっと驚いたわね。

マーブルが身体から淡い光を放つと、彼女の姿が都会的な洋服から、

真っ白な法衣に変わり、周りに幾つもの原色のオーブが現れた。

そして、ふわりと上空に浮上して、教会全体を見渡す。

 

「え~と、まずはざっと下地の色を塗りますね~」

 

マーブルが目を閉じ集中すると、後ろで束ねた長い絵筆のような髪が、

意思を持った生き物のように動き出して、

青と白のオーブに浸かり、毛先が水色に染まる。ああ、やっぱりあの髪、筆だったのね。

彼女が身体をひねって色付けした毛先を大きく振ると、

水色に光る粒子が教会に降りかかり、

ペンキよりむき出しの木の面積の方が多かったボロボロの壁を、

あっという間にムラのない水色に染め上げた。

これだけでも十分完璧なんだけど、肝心の神様を描いてもらわなきゃね。

マーブルが東側の壁近くに浮遊して、あたしに尋ねる。

 

「里沙子ちゃん、

マリア様の肖像画はたくさん見たことがあるのでイメージは湧くんですが、

イエスさんのお姿は見たことがありません。

どんなお顔立ちだったのか教えてくれませんか」

 

「そうね。まず、髪はセミロングで……」

 

あたしはマーブルにイエスさんの特徴をなるべく詳しく伝えた。

すると、彼女は納得した様子でうなずいた。

 

「わかりました。ここからは細かい作業も必要ですね。任せて~!」

 

マーブルがトランクに手をかざすと、

中から画材道具一式が飛び出して、彼女の手に収まった。

再び彼女が色のオーブに髪の絵筆をつけると、広い範囲の色を迷いなく塗り広げ、

細部を手に持った筆でどんどん仕上げていく。

その仕事の速さに、ふと、どうでもいいことを思い出してしまったあたしは

口に出してしまう。

 

「さあ、ここでバンダイキブラウンを使いましょう」

 

「え?この頭頂部の髪にはキャラバン・キャメルが良いと思うんですけど……」

 

「あ、ごめん、なんでもない。続けて。

昔、30分で油絵一枚描いちゃう凄い絵描きがいたのよ。

彼がしょっちゅう使ってたのがバンダイキブラウン。妙に面白くて毎週見てたの。

もう亡くなったけど、懐かしくなってつい声に出しちゃった」

 

ごめんなさい。趣味に走りすぎたわ。

知らない方は適当な動画サイトで“ボブの絵画教室”を検索してちょうだい。

一見の価値はあるわ。

 

「凄い人がいたんですね~私はのんびりしてるから、そんなに早くは描けません」

 

とは言え、彼女のスピードもなかなかの物よ。

ただの水色だった壁に、もう人の顔らしきものが浮かんでる。

髪の絵筆、ナイフ、ヘラ、刷毛を巧みに使い分け、どんどん描き進めて行く。

徐々に“彼”と“彼女”の姿が形になる。ジョゼットも呼んでやろう。

 

「ジョゼットー!ちょっといらっしゃい。凄いものが見られるわよ!」

 

「はーい!……わぁ、本当だイエスさんそっくり」

 

ジョゼットも未完成とは言え、壁一面に描かれたマリアさんとイエスさんに言葉を失う。

これが芸術の神、なのね。あたし達が立ち尽くしていると、

作業が一段落したマーブルが額の汗を拭って、さらに陰影を付けていく。

彼女は真剣に、でもどこか楽しそうに壁画を描き続ける。そして、1時間後。

 

「できたわ~!そういえば、こんなに大きな絵を描いたのは久しぶりです。

腕が鈍ってなくてよかった」

 

あっけにとられるしかなかった。

教会の壁で、あの日出会ったイエスさんと、はじめましてのマリアさんが微笑んでいる。

ジョゼットなんか目を潤ませて言葉も出ないみたい。

あたしも一言声をかけるのがやっとだったんだけどね。

 

「まだよ。サ・イ・ン!あんたの名前をこれでもかってくらい大きく書かなきゃ」

 

「あら、そうでした~最後の仕上げですね!

……う~ん、やっぱり主張しすぎてもだめね。いつも通り右下に、と」

 

マーブルは絵のバランスを崩さない程度の大きさで、“芸術の女神マーブル”と書いた。

そして、髪の太い絵筆を透明なオーブに付けると、

思い切り振って、また光る粒子を壁画に浴びせかけた。

 

「うん、保護剤で仕上げもバッチリ!里沙子ちゃん、ジョゼットちゃん、できました~」

 

あたし達のそばに降り立つと、

マーブルは法衣姿から洋服姿に戻ってその出来栄えに喜ぶ。

でも、あたし達は返事をするのに時間がかかった。

マリアさんとイエスさんが肩を寄せ合って優しい笑顔を浮かべている。

絵の中とはいえ、イエスさんとの思わぬ再会に言葉が詰まる。

でも、ずっとこうしてもいられない。

 

「マーブル。あんまり凄くて正直言葉が出ない。

来週のミサで信者が泣き出さないか心配なくらいよ。実際ジョゼットが泣きそうだし」

 

あたしの隣でジョゼットが顔を真っ赤にして涙をこらえている。

 

「やった!一生懸命描いた甲斐があります~!

……こんなに全力で絵を描いたのは随分昔のような気がします。

私、この絵がどんな結末を迎えようと後悔はありません。

楽しんで描く。一番基本的で大切なことを思い出せたんですから」

 

「今からそんな弱気でどうすんのよ。この絵は必ず、信者達の心を掴む。

これを描いたあんたへの信仰も、絶対に戻ってくる。

少し時間はかかるだろうけど、ちょっとの我慢よ」

 

「里沙子ちゃん、ありがとうございます。私にチャンスを与えてくれて。

既にイエスさんのご加護があるのに、こんなちっぽけな神を相手にしてくれて」

 

「別にいいわよ、礼なんて。イエスさんに言ったけど、

あたしは“なんとなく”で生きてるだけ。

ただ“なんとなく”で思いつきを言ってみただけよ。

まあ、塗装代……じゃない、お互いの利益になってよかったんじゃないの?」

 

「よくわかりませんけど、本当にありがとうございます。

私も帝都に帰って、自分に出来ることをしようと思います。

まず、自分のお家くらいは掃除することにしようかと。毎日少しずつね」

 

「それがいいわね。

信者が戻るにしても、神殿が使い物にならなきゃどうにもならないから」

 

「それでは、里沙子ちゃん、ジョゼットちゃん、お元気で。

帝都に来ることがあれば、是非私の教会を訪ねてくださいね」

 

「ほら、ジョゼット。いつまで泣いてんの。お別れくらい言いなさいな。

……それじゃあね、マーブル。ファッションも大事だけど、腹が減っては戦はできぬよ。

収入が安定するまで、なるべく着回した方が良いわ」

 

「えへへ、こればっかりは趣味も兼ねてるんで~」

 

「うぐっ、マーブルざん。ありがとうございばず!

マリア様とイエスさんがこんなにそばに……」

 

「ふふっ。気に入ってくれたみたいでなによりです。

私から人が離れていったのは、いつの間にか私自身が、

絵を描く楽しさを忘れていたせいかもしれませんね。

……では、これでお別れですね。

あなた達が信じる神が、光をもたらしてくれますように。さようなら~」

 

すると、マーブルの身体がゆっくりと空に浮かび上がり、

上空からあたしたちに手を振った。

そして彼女が帝都の方角へ向くと、次の瞬間、北へ向かって飛び去っていった。

あたしたちは彼女の姿が点になって消え去るまで見送っていた。

 

家に戻ったあたしは、特にやることもなく、寝転がってただぼんやりしていた。

隣の部屋からジョゼットの“痛いよ~”という泣き声が聞こえてくる。

今回も奇妙な客人が来たけど、撃ち合い殺し合いにもならず、

比較的平穏に過ごせたので、百叩きのところを25叩きで勘弁してやった。

1/4にまで減らしてやるなんて、あたしもお人好しが過ぎるわね。

悪い人に誘拐されないか自分が心配になるわ。

 

一ヶ月後。

あたしの元に一通の手紙が届いた。差出人は“芸術の女神マーブル”。

あれからミサに来る客は、皆一様に壁に描かれたマリアとイエスに圧倒されて、

ミサが始まる直前まで祈りを捧げていたらしいわ。

あたしは街で暇つぶししてたから現場は見てないけど。

ジョゼットにもそれとなくマーブルの紹介をするよう命じておいたから、

少なくとも状況は悪くはなってないはず。どれどれ。あたしは手紙の封を切る。

 

“里沙子ちゃん、ジョゼットちゃん

 

お久しぶりです。お二人はいかがお過ごしでしょうか。

私はあれから幸せな日々を過ごしています。

あの絵を見た人達が、私の話を持ち帰ってくれたおかげで、

かつて神殿で修行していた人達が私のことを思い出して、

再び立ち寄ってくれるようになりました。

その荒れた状況を見た皆さんが、清掃や補修工事を買って出てくれたおかげで、

神殿は元の姿を取り戻しつつあります。

また、美術大学に通っている学生たちも、芸術の女神である私の存在を知って、

祝福を求めて新たに神殿を訪れるようになりました。

少しずつですが、私の家にも賑わいが戻り始めました。本当に、ありがとうございます。

お二人のおかげで、まだ少しですが、信仰を取り戻すことができました。

その力の一部を同封しておきます。好きなものを絵に書いて必要な時に念じると、

なんでも1時間だけ実体化させることができます。

まだこの程度のことしかできませんが、何かのお役に立てば幸いです。

それではお体にお気をつけて。 芸術の女神 マーブル

 

追伸:自炊をはじめました。ちゃんと3食食べてます”

 

「まったく、貧乏なのに自炊もしてなかったなんて。

節約メニューならもやし炒めがお勧めよ。

塩コショウで炒めるだけで立派なおかずの出来上がり……じゃなくて、

他にも何か入ってるわね」

 

封筒を覗いてみると、手紙の他に1枚の真っ白なカードが入ってた。

なんでも1時間だけ創り出せるって話だけど、何にしようかしら。

1時間で消えるなら……武器はだめね。お金は、あんまりにもつまらない。

今のあたしに必要なのは、以前も考えたけど、強力な兵器ね。

でも、今言った通り、1時間で消えちゃうからアテにならない。

まあ、別に今すぐ決める必要はないんだし、後でゆっくり考えましょう。

あたしはスマホにイヤホンを差し込んで、気分転換に音楽を聞き始めた。

 

<キュオーン、チャラララ、チャラララ、チャララララ……♪>

 

あっ!懐かしの音楽を聞いて閃いた。武器が駄目ならボディーガードを作ればいいのよ。

悪魔も震え上がるほど、とびきり強力なやつ。正念場の一戦を凌げればそれでいい。

あたしはデスクに着いて、色鉛筆でカードに絵を描き始めた。

ふふふ、こいつに勝てるやつはいるのかしら。

あたしは鼻歌を歌いながらその勇姿を描く。できた。

カード自体が小さいから10分ちょいで描き終えたけど、

これなら財布に入るからちょうどいいわ。

まぁ、これを発動することなんてそうそうないだろうけど。

 

って思ってたのよ、その時のあたしは。

 

 




*みなさん、良いお年を。


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戌年ね。今年もよろしく。おせちの黒豆って本当人気ないわね。我が家でも毎年最後まで残ってたわ。

ガタガタ、ゴトン。ヒヒーン!

 

馬の一鳴きと共に馬車がハッピーマイルズ・セントラルの広場に停止した。

乗合馬車には彼、いや、彼女。とにかくわからないが、

たった一人しか乗客がいなかった。

その存在は、馬車から降りると、御者に運賃とわずかばかりのチップを支払う。

 

「……料金だ」

 

「ひい、ふう、みい、……ありがとうよ。年が明けたばっかりなのに忙しそうだな」

 

「ああ。これからもっと忙しくなるさ」

 

「みんな休みだってのにそいつは難儀だな。お互い頑張ろうや。じゃあな」

 

そして馬車は去っていった。

凍てつくような寒さだが、後に残された存在からは吐く息も吸う息も発せられない。

ただその瞳に燃えるような憎しみをたたえて。

 

「待っていろ……斑目里沙子!」

 

 

 

 

 

今日もジョゼットがうるさいけど、まぁ、めでたい日くらいは大目に見ましょうか。

 

「ハッピーニューイヤーです、里沙子さん!」

 

「はーい。あけましておめでとう、ジョゼット」

 

1月1日。つまり元旦。この世界の暦に元旦なんて祝日はないらしいんだけど、

やっぱりこうやって年明け自体はお祝いするみたい。

今も、ささやかながら普段よりちょっと豪華なご馳走に舌鼓を打ちながら、

朝っぱらから飲んでる。

日本酒は苦手っつーかこの世界にはないからやっぱりエールだけど。

ジョゼットも小皿に少しずつ盛り付けられた料理に目を輝かせ、

次はどの料理にしようかとフォークを彷徨わせている。

 

「迷い箸はよしなさい。いや、迷いフォークか。

とにかくみっともないから、決めてから取りなさい」

 

「はーい」

 

ちなみに、このおせちもどきの料理はあたしも手伝ってやった。

ローストビーフ、数の子、伊達巻、ソーセージ、シーザーサラダ、その他諸々。

おせちは年末忙しかった女性を正月に休ませる意味もあったらしいから、

あたしも召使いを休ませようと思って、年明け祝いの手伝いを買って出た。

そしたらやっぱりジョゼットが余計なこと言い出して。

 

 

“えーっ!?里沙子さんが料理を手伝ってくれるなんて……明日は雨と雪と稲妻の嵐が、

というかそもそも料理ができるなんて意外すぎてわたくし”

 

“それ以上しょーもないこと言うなら給湯器のマナ止めるわよ。

12月の冷え切った水で料理なさい”

 

“ああ、ごめんなさい!嘘です嘘!”

 

 

まったく、最初から黙って手伝われてりゃいいのにこいつは。

それで、あたしが出来る範囲でおせちを再現しようとしたら、

ジョゼットが興味を示して、

この際オードブル形式にして形だけでもおせちに近づけようってことになったわけ。

お雑煮も作りたかったんだけど、お餅がないんじゃしょうがないわね。

 

「ん~!里沙子さんの“ダテマキ”って卵焼き、ケーキみたいで美味しいです!」

 

「そりゃあ、なによりよ。

栗きんとんも欲しいところだったけど、まだ母さんに習ってなかったのよね」

 

「キンコンカン?なんですかそれ」

 

「甘く煮た栗をねっとりした黄色い餡で混ぜたものよ。伊達巻より甘い」

 

「美味しそう……それも食べたかったです~」

 

「来年までに和食の料理本が流れ着いてくるのを期待なさい。

さて、数の子の具合はどうかしら」

 

ニシンを丸ごと一匹買って、腹から卵を取り出して塩抜きして、

調味料に漬け込んどいた。……うん、久々に作ったにしてはそこそこね。

コリコリと噛む音に気づいたジョゼットも気になったのか、

割れやすい数の子をフォークとナイフで器用に口に運ぶ。

 

「……ん!?不思議な味と食感ですね。初めて食べたけど、美味しいです!」

 

「気に入ってもらえてなにより。

こいつには子孫繁栄の意味が込められてるの。卵がいっぱいあるでしょ。

数の子だけじゃなくて、おせち料理にはそれぞれ験を担いだ意味があるのよ。

さっきの伊達巻は巻物に似てるから学問なんかに縁起が良いって話よ」

 

「へぇ。アースの文化ってやっぱり面白いです!もっとおせち料理食べたいなぁ」

 

「母さんもミドルファンタジアに来たら全部食べさせてあげられるんだけどね。

あ、あたしが拳銃持ってるところ見たら、目回してぶっ倒れるわ。アハハ」

 

酔っ払い気味のあたしも、ご馳走で年明け早々幸せ気分のジョゼットも、

おせちとエールで平和な正月を満喫していた。

 

「ふぅ、お腹いっぱいです~新年とはいえ、朝からこんなに贅沢していいんでしょうか」

 

「いいに決まってんでしょ。

どうせ街の連中もおんなじようなグータラ正月送ってるんだし。

このどうでもいい物語の読者も、今頃は初詣や帰省で忙しいんだし、

三が日ぐらい寝正月送っててもバチ当たんないわよ」

 

あ。言ってから気がついた。変なフラグ立てちゃったことに。もう手遅れだ。

多分あと……

 

 

斑目里沙子オォ!!出てこい親の仇!お前だけは絶対に殺してやる!

 

 

正月終了。あ、わかってるだろうけど将軍じゃないわよ。

まったく、元旦に厄介事ぶっこんでくるとか、この物語の作者マヂで頭おかしい。

放っとこうと思ったけど、喚き声がうるさくて止まる様子もない。

あたしはうんざりしながら、まだご馳走が残るテーブルを後にして、

なぞのぶったいを出迎えるためにマフラーを巻いて、聖堂の玄関から寒い外へ出た。

 

そこに立ってたのは、本当に“なぞのぶったい”だった。

とりあえず人間型なんだけど、作り物丸出しなの。要するに人形。

そいつが突っ立ってあたしを睨んでるんだけど、人形に凄まれてもねぇ。

ジョゼットが遅れて出てきた。流石にこの寒さに耐えかねたのか、

小遣いで買ったケープを着てる。なんだか笑えてきた。

 

「里沙子さん、大丈夫ですか?」

 

「ねえ、大変よジョゼット!ロボットか操り人形か知らないけど、

変なのが新年の挨拶に来たわよ!見てよ、この肘とか関節!

ロー○ンメ○デンのビッグサイズじゃない!

あたし“まきます”に丸した覚えないんだけど!

アハハ、こりゃトランクにも入らんわ!」

 

あたしはなぞのぶったいを指差してジョゼットにも見せてやった。

 

「ちょっ、里沙子さん……」

 

実際そいつは関節が球体な以外はよくできてて、

季節外れの半袖とマントがなかったら人間と思ってたかもね。

髪も赤毛のロングで黄色い瞳をしてるけど、

よーく見ると皮膚も目も何かの人工皮革とガラス玉でできてることがわかる。

声からして女型だと思う。今もあたしを睨んでるけど、珍妙な現象に笑いが止まらない。

 

「くふふっ、ごめんなさいね!

あんた今までこの教会に押しかけてきたやつの変な奴ランキングナンバーワンだわ。

でも、悪いけど仇討ちならよそでやって?マネキンの不法投棄した覚えはないの。

ああ、新年初笑いだわ!」

 

「里沙子さん、失礼です!まずお話しを……」

 

「話?ないない!OSかなんかがバグってるだけでしょ。

保証書持ってメーカーに電話しなさい。

わたしのあたまがこわれちゃったよ~って!うふふっ、おかしい!腹痛い!」

 

「……今のうちに笑っていろ。二度と笑えないようにその顎を砕いてやる。

その銃で父さん達を殺した指を引きちぎるのはそれからだ」

 

なぞ(略)が何か怒ってるけど、酔いが回ってるせいか本当に笑いをこらえきれない。

もう少しこいつで遊びましょう。どうせ正月暇なんだし。

ぐるぐるする意識の中から引っ張り出した規定を、な(略)に突きつけてみる。

 

「あーハハ。息が苦しい。ねえ、あんた。ロボット三原則って知ってる?

まずひと~つ!ロボットは人間に危害を加えちゃだめ!次に、人間の命令には絶対服従!

そうねぇ、あとは……ロボットは自分を守らなきゃならない、だったかしら?

これ、あんた達が守るべき法律ね。あんたにはこれがちゃんと実装されてないらしいわ。

やっぱり不良品だから取扱説明書のQ&A読んでから修理依頼なさいな。ういっく」

 

「貴様……!!その手前勝手な理屈で父さんや母さんを殺したのか!

オートマトンは人間に搾取されていろとでも言いたいのか!」

 

「……里沙子さん、それ以上はやめてください」

 

んー?なんかジョゼットまで段々怒ってきたんだけど。

絶対こんなの信者じゃないのにね。それ以前に人じゃないっていうか。

……わかったわよ、もうちょっとだけ遊んだら追い返すから。

 

「んふふ、あんたのCPUだかHDDだか見せてごらんなさいな。

頭パカっと開いてどこが悪いのか姉さん見てあげる。あたしハード面も割りと行けるの。

アメリカでAK47の修理習ったくらいだからね~ジョゼット?ノコギリ持ってきて」

 

「そうやって、父さんや母さんの命を盗んだのか……!もういい、死ね!」

 

あ、なぞ(略)がホルスターの拳銃に手をかけた!

けど、相手にそれを認識させてるようじゃ遅すぎるわね。

やっぱりあたしのピースメーカーがなぞ(略)の眉間を捉えるほうが早かった。

まぁ、一応これで命繋いでることもあるし、

変なロボットに負けるわけには行かないのよねえ。

 

「は~い、残念」

 

「くそっ!」

 

「う~ん、もうこのバグまみれの一品は修復不能ってことで、

破砕処分したほうがいいわね。とりあえず頭からHDD引っ張り出して叩き割る。

ディスプレイの前のみんなもHDDを処分するときは物理的に破壊するか、

金があるならデータ抹消ソフトを……」

 

「里沙子さん」

 

「ん?」

 

パァン!

 

銃声じゃない。横っ面を張られた。チタンフレームの眼鏡がカラカラと床に転がる。

思わず痛む頬に手をやると、酔いが吹っ飛び頭が真っ白になる。

あたしは考える前に思い切りジョゼットの胸ぐらを掴んだ。

 

「……何の真似?」

 

「彼女に謝ってください」

 

徐々に腹の中が煮えたぎる。そしてこの尼はさらに意味不明な要求をしてくる。

それが更に怒りを加速させる。

 

「人間がガラクタに頭を下げろって?あんたも脳にバイ菌でも入ったのかしら」

 

「彼女達にもこのサラマンダラス帝国の住人として人権が認められてるんです!

里沙子さんの言動は全てのオートマトン達の尊厳を踏みにじるものです!」

 

「オートマだの軽四だのどうでもいい。な・ん・で、お前に殴られなきゃならない。

いい機会ね。立場の違いってもんを……」

 

パシン!

 

また、叩かれた。本当に頭に来ると怒りも湧いてこないものなのね。え、怒り?

怒りっていうか、なによ、これ。

 

「彼女達はオートマトンという立派な命ある種族なのです。

確かに身体を形作っているものは人工物です。

でも、その胸には、極稀に天から降ってくる天界晶というものが埋め込まれています。

天界晶をその身に受けた人形は、人と同じ思考・感情を持つ、

オートマトンという一人の存在になるのです……ここが街中でなくて幸いでした。

先程のような差別的発言を聞かれていたら、

里沙子さんの社会的信用は失墜していました。今ならまだ間に合います。

彼女に、謝罪してください」

 

あたしは語り続けるジョゼットを睨みつける。熱くなった目で。

歯を食いしばるけど、だめだった。

 

「うくっ……なによ。召使いの癖に、あたしに指図してんじゃないわよ!!

そんなにロボットが好きなら、そいつと一緒に出ていけばいいでしょう!

勝手にしなさいよ!好きなだけ退職金持って優しいご主人様探せばいいじゃない!」

 

「里沙子さん!」

 

あたしは眼鏡を拾うと、ジョゼットに財布を投げつけて、

両頬を伝うものを拭いながら私室へ駆けていった。最悪。何やってんのかしら。

元旦くらいはのんびり出来ると思ったのに、

おかしな事しか喋らないロボットが来たから、暇つぶしに遊んでたら、

まさかジョゼットごときに泣かされる。

一年の計は元旦にありっていうけど、今年はなんにも期待できそうにないわね。

あたしはベッドに身を投げると、しばらく枕に顔を埋めていた。

 

「……なんであたし、泣いてんだろ」

 

 

 

 

 

わたくしは、しばらく右手のひらを見つめていました。まだヒリヒリします。

どうしてあんなことをしてしまったんでしょう。……わたくしは、最低です。

 

「まったく、余計なことをしてくれた。奴を泣かせるのは私の役目だったというのに」

 

オートマトンの彼女がゆっくりと聖堂に入ってきました。

 

「あの、貴女は……?」

 

「私はルーベル。両親の仇討ちに来た。……斑目里沙子に殺された父さん達の」

 

「待ってください!里沙子さんはそんなことする人じゃありません!」

 

「確かに見たんだよ!両親を撃ち殺した後、2つの天界晶を持って逃げていく後ろ姿を!

三つ編みに白のストール!新聞で奴を見た時は驚いたよ。

この領地じゃ強盗が英雄扱いされてるんだからな!」

 

「なにかの誤解です!ルーベルさん、貴女がオートマトンということは、

ログヒルズ領からいらしたんですよね?

面倒くさがりの里沙子さんは、そんな遠くに行ったことなんてありません!」

 

「じゃあ誰が両親を殺したと言うんだ!!」

 

ルーベルさんが澄んだ目でわたくしを睨み、怒鳴ります。

まずは落ち着いた所でお話しを聞かないと。こんなこと絶対間違いに決まってます。

 

「とにかく中へ。詳しい事情を聞かせてください」

 

「……ああ、聞かせてやるさ。奴が犯した罪を」

 

わたくしはルーベルさんをダイニングに案内しました。

彼女が椅子に座ったので、お茶を出そうとしましたが、やめました。

 

「失礼しました。貴女がたには飲食する習慣がないんでしたね」

 

「そう。嗜好品として味わうことはあるが、

基本的にはこの身に宿る天界晶の力が全てだ。

それが破壊されたり、奪われたりさえしなければ、

人間とほとんど同じ時を生きられたんだ。……それを、あの女に!」

 

「では、その経緯を話してくれませんか。

わたくし達もいきなり強盗扱いされて戸惑っているんです。

貴女が嘘をついているとは思っていません。

ただ、誤解や勘違いが重なった結果という可能性もあります。

だからお願いです、今は里沙子さんに時間をください。

それまでにわたくしが状況を整理しておきますから……」

 

「……いいだろう。ちょうど半月前のことだった」

 

ルーベルさんは少し目を閉じて興奮を押さえ込んだ後、語り始めました。

 

 

……

………

 

 

あの時もいつも通りのつまらない一日だったよ。

私は母さんにお使いを頼まれて、面倒だけど結局行くことになった。

 

「ルーベル、隣のお婆さんに塗り薬を届けて」

 

「えー!またかよ。あそこ隣つっても往復で30分はかかるじゃねえか……」

 

「まだ身体の節が痛むらしいの。お願いね」

 

「母さん行きゃいいじゃん」

 

「行ってやりなさい。母さんは冬の支度で忙しいんだ。それになんだその言葉遣いは。

ちゃんと女の子らしく喋りなさいといつも言っているだろう」

 

「あーはいはいわかった、行ってきまーす」

 

それで、私は父さんの小言から逃げるようにお使いに出たんだ。

まあ、面倒だけどそれほど嫌だったってわけでもない。

婆さん家に行くのはしょっちゅうだったからな。

ちょっと長い道のりをぶらぶら歩いて私は婆さんに薬を届けたのさ。

 

「ああ、ルーベル。すまないねえ、歳になると身体のあちこちにガタが来ちまって」

 

「大丈夫か、婆さん。

そんなに痛むなら、神療技師に新しい身体作ってもらったらどうだ」

 

「いいさ。あたしゃもう長くない。薬で痛みが和らげば、それで十分さ」

 

「……そうか、まあ婆さんがそれでいいなら別にいいけどさ」

 

知ってるかもしれんが、神療技師ってのは、私達オートマトンの身体を作ったり、

新しい身体に天界晶を移し替える特殊な技能を持った、いわば私達の医者だよ。

オートマトンは身体は成長しないが、心は年を取る。

数年、あるいは数十年に一度、神療技師に精神年齢に相応しい身体を作ってもらって、

それに天界晶を移す。一度宿った天界晶が身体を出るのはその時だけさ。

……基本的にはな。

 

「はい、お駄賃だよ。いつもありがとうね」

 

「いいって、もう子供じゃねえんだから!」

 

「もう寒いから、これであったかいもんでも食べな」

 

「私ら飲み食いしねえだろ、まったく。……まぁ、サンキュ」

 

「そうだったそうだった。長く生きると考えが人に近くなっちまう。また来ておくれ」

 

「じゃあな、婆さん。無理はすんなよ」

 

私は婆さんにもらった結構な小遣いをポケットにしまって帰り道に着いた。

もと来た道を歩いて15分。

小さな家の屋根が見えた瞬間、凄い銃声が2つ連続で外まで響いてきた。

慌てて玄関へ走ると、天界晶を抱えた変な女が家から飛び出して、

一瞬こっちを振り向いてニヤリと笑ったんだ。間違いない、顔も姿も、あの女だった!

 

私は逃げるそいつを追うより先に、家にいた母さん達を探したんだ。

そしたら……二人共、床に倒れてた。胴から下を砕かれて。

胸の中を覗くと、そこにあるはずの天界晶が抜き取られてて、

わずかな光の帯が舞っているだけだった。あたしは父さん達に駆け寄って呼びかけた。

 

「父さん!母さん!何があったんだ!!」

 

「ルーベル……お前は、無事だったのか……」

 

「ああ、なんともねえ!どうしちまったんだよ、父さん!」

 

「強盗だ……俺達を撃って、胸から天界晶を引っ張り出した」

 

「そんな!母さん?しっかりしろよ母さん!」

 

「ルーベル……あなたをお使いに出してよかった。

最期にあなたの顔を見られて、よかった……」

 

「諦めんなよ!待ってろ、今すぐ神療技師を……」

 

立ち上がろうとした私の袖を、母さんが弱々しい手で引っ張った。

 

「もう、いいの。せめて、最期まで一緒にいてちょうだい。

わたし達の可愛い、一人娘……」

 

「いやだ!いやだいやだ!」

 

「ルーベル、仇討ちなど、馬鹿なことを、考えるんじゃないぞ」

 

「なんでだよ!さっきの女が犯人なんだよ!

地獄の果てまで追いかけて、絶対に殺してやる!」

 

「頼む、最期まで、お前の心配をしながら、死に、たくは、ない……」

 

「ルーベル、わたし達の、ルーベル……」

 

コトンと母さんの指が床に落ちた。

そして、二人にわずかに残っていた天界晶の力が完全に消え去った時、

父さんと母さんは、ただの木の人形に還っていったんだ。

 

「あ……う、うああああ!!」

 

私は叫んだ。涙を流すことすらできない私は、ただ叫ぶことしかできなかった。

 

 

………

……

 

 

「それが、あの日の出来事だ」

 

「そんな……」

 

ルーベルさんは語り終えると、テーブルの上で組んだ手に目を落としました。

 

「それからは死に物狂いで犯人の足取りを追った。

犯人は近くの商店街の宝石店で天界晶を売り払ったらしい。

神の涙とも呼ばれるほど美しい天界晶にはとんでもない値段が付く。

恐らく金目当ての犯行だったんだろう。そしてやっと見つけたのさ。

新聞の一面で悪魔の骸を掲げ、英雄のごとく讃えられる奴の姿を!」

 

抑えきれない感情を噴き出すかのように、彼女がテーブルを叩きます。

食べかけのたくさんの小皿が音を立てて跳ねました。……やっぱり、おかしいです。

 

「ルーベルさん。辛いお話をさせてしまってごめんなさい。

でも、わたくしには、どうしても里沙子さんが犯人だとは思えないんです」

 

「……一応理由は聞いてやる」

 

「俗な話になるんですが、

里沙子さんはもう一生食べていけるだけのお金を持っているんです。

実際毎日食っちゃ寝生活を楽しんでますから、

犯罪行為を働いてまでお金を得る必要が無いんです。

だから、さっきもお話したと思いますが、

ものぐさな里沙子さんがわざわざ遠くの領地まで出向いて強盗に及ぶとは思えません。

ログヒルズ領って、ここから相当離れた北西の領地ですよね」

 

「とにかく金をかき集めてここまで来た。家も家具も、何もかも売り払って……」

 

「わかりました。わたくし、里沙子さんと話をしてきます!」

 

「ふん、犯人の言い訳をわざわざ?」

 

「違います!

今のルーベルさんの話を聞いて、なにか、こう、違和感のようなものを覚えたんです!

わたくしにはその正体がわからないのですが、里沙子さんは頭の切れる人ですから、

きっと何かおかしな点に気づいてくれるはずです。

だから……お願いですから、それまでは、決闘とか仇討ちとか、

血が流れるようなことは待ってください!」

 

しばしの沈黙。ルーベルさんはじっとわたくしを見つめます。

 

「一度きりだ。

奴と話して現状を覆す事実が浮かばなければ、ドアを蹴破っててでも奴を撃ち殺す」

 

「ありがとうございます……里沙子さん、2階の私室に向かいました。

今から話してきます」

 

「私も行く」

 

わたくしはルーベルさんと2階へ続く階段を上ります。

……でも、里沙子さんはわたくしなんかと口を利いてくれるでしょうか。

いえ、迷っている場合じゃありません!絶対里沙子さんは犯人なんかじゃない。

それを証明してもらわないと。自分じゃ何もできないのが悔しいですけどね……

 

 

 

 

 

誰かが階段を上ってくる。二人?誰でもいいわ、寝たふりしよう。

こんな顔じゃ、人に会う気も失せるわ。これが本当の寝正月よ。

コンコンとノックが聞こえるけど無視する。

 

“里沙子さん……ジョゼットです。少し、お話しできませんか”

 

「……」

 

“さっきは、ぶったりしてすみませんでした。アースから来た里沙子さんが、

この世界のルールを知らなくても仕方がないことに気が回らなくて……

本当に、ごめんなさい”

 

「……」

 

“でも、このままじゃいけないと思うんです。

ルーベルさん。ああ、今日訪ねて来られたオートマトンの方なんですが、

彼女が里沙子さんを憎んでいるのは大きな誤解があると思うんです。

さっき、事の経緯を伺いました。確かに彼女は里沙子さんの姿を見たらしいんですが、

どうも何か引っかかるんです。里沙子さんも、一度話を聞いてください。

わたくし、このまま里沙子さんが身に覚えのない罪で憎まれ続けるのは嫌なんです!”

 

あたしは横になったまま、ミニッツリピーターを指先で撫でると、ぼそりと呟いた。

 

「……喋りたいなら勝手になさい」

 

“ありがとうございます!”

 

それからジョゼットはルーベルとやらの家族が殺害された当日の状況を、

ドアの向こうから事細かに説明した。

……なるほど。銃になんか触らないジョゼットは気づかないでしょうね。

確かに、あたしが犯人だとすると、どうしても辻褄の合わない点がある。

 

「ルーベルって早とちり馬鹿に確認」

 

“なんだと!”

 

“お願いです、今は話を……”

 

“チッ、なんだ!?”

 

「銃声の間隔。

2発の間に1,2秒ほど間はあった?それとも1発目が鳴り止まないうちに2発目が来たの?」

 

“それがなんだと言うんだ!”

 

「寝るわよ」

 

“ふん、連続して2発だ!”

 

「そう……だったらそれはあたしの銃じゃない。

ピースメーカーもM100もシングルアクションだから、そんな連射はできない。

どういうことかって言うと、1発ごとに手動でハンマーを起こさなきゃいけないから、

銃声に間が生まれる。

そりゃピースメーカーならファミングで早撃ちできないことはないけど、

命中率は下がるし、成人サイズの木製の胴体を粉々にするほどの破壊力はない。

とっととずらかりたい強盗がそんな曲芸やってる暇あるのかしら」

 

“里沙子さん……!ほら、やっぱり里沙子さんは犯人なんかじゃ!”

 

“だが!私は見たんだ。両親の命を持ち去った奴の、顔も姿も!

あいつしかいないんだ!”

 

頑固な奴ね、しょうがない。不幸続きの元旦を少しでも明るくしようと、

あたしはミニッツリピーターを首から下げた。

そしてベッドから起き上がると、ドアを開けた。そこには見覚えのある顔が2つ。

 

「里沙子さん!あの……」

 

「財布」

 

「え?」

 

「よこしなさい。今から事件現場に行くのよ。馬車代が要るでしょう!

そこの石頭に何があったかわかりやすく説明して、真犯人をぶちのめしに行くの」

 

「は、はい……」

 

ジョゼットがおずおずと白い大きな財布を差し出してきた。早くしなさいよ。

これ、でかくてオバサン臭くて正直気に入ってないんだけど、

紙幣がない世界だと大きい財布じゃなきゃ不便なの。

 

「あの、里沙子さん」

 

「もう、さっきから何。言いたいことはさっさと言う!あんたの悪い癖よ」

 

「わたくしを、殴ってください。

理由はどうあれ、聖職者でありながら、乱暴な手段を取ったわたくしは、

同じ痛みの罰を受けなければいけません。

気の済むまでわたくしを殴って、どうか許してください……」

 

ジョゼットがぎゅっと目を瞑る。やれやれ。

馬鹿みたいに頑固で、馬鹿みたいな方向で真面目なんだから手に負えないわ。

あたしは人差し指で軽くジョゼットの顎を持ち上げて顔を近づける。

少し驚いた様子で彼女が目を開けた。

 

「同じ痛み?馬鹿にしないで。

あんたのへなちょこビンタなんかちっとも効きやしないのよ。

ボケた老人の右ストレートの方がもっと腰が入ってたわよ。

いいからさっさと出掛ける準備!そこの赤ロン毛もボサッとしない!」

 

「里沙子さん……はい!」

 

「変な名前で呼ぶな!私はルーベルだ!」

 

「はいはい」

 

あたしは階段を下りながらガンベルトを身に着けてマフラーを巻いた。

玄関を出るとトランクを持ったジョゼットと、

ルーベルとかいうオートマトンって奴が続いて来た。ドアの鍵を閉めて、

ハッピーマイルズ・セントラルの駅馬車広場へ向かおうとしたんだけど……

 

「ねえ、あんた。その格好寒くないの?正直見てるこっちが寒い」

 

改めてその格好を見ると、水兵のような半袖の洋服にジーンズの半ズボン。

白のマントは全く防寒対策になってない。

今の時期、人間が同じ格好で外出したら街に着くまでに行き倒れるわね。

 

「ふん、物知らずめ。

天界晶の守護があるオートマトンは、多少の熱や冷気ではびくともしない」

 

「よーするに鈍感ってことね。

季節に合わせた身なりってもんを考えないと、そう取られても仕方なくてよ」

 

「なにを!」

 

「二人共やめてくださーい!

これから一緒に旅をするんですから、今からこんなでどうするんですか!」

 

「わーったわよ」

 

ジョゼットがどうでもいい会話を打ち切る。こういう時はたまに役立つのよね。

とにかく、あたし達は街の駅馬車広場を目指して街道を歩き始めたの。

野盗達も正月くらいは休みたいのか、静かなものだったわ。

毎年冬が開けると、森や洞窟から凍死者が何人も見つかるらしいけど、関係は知らない。

 

歩いてる間もルーベルがこっちを睨んでるのを背中で感じるけど、

痛くも痒くもないわねえ。

むしろ、あたしの無実が証明されたらこいつがどう出るのかが今から楽しみ。

そうこう考えてるうちに勝手に足が動いて、街に着いた。

門をくぐっても、いつものうるさい連中がいない。いつもこうだといいのにね。

商品だけ並べて“代金は箱に入れてください”ってのにしてくれないかしら。

 

さて、駅馬車広場はこっちだったわね。ここは年中無休。

どの世界も公共交通機関は休み無しなのね。頭の下がる職業だわ。

広場に入って、いつもの事務所に入って受付に話しかけた。

 

「こんにちは。馬車を一台貸し切りたいのだけど」

 

「新年おめでとうございます、斑目様。本日はどちらへ?」

 

「今年もよろしく。ログヒルズ領へ行きたいのだけど。3人乗るから中型でお願い」

 

「それはまた遠くに。

ログヒルズで中型となりますと、2000G。前金で1000Gでございます」

 

「こちらに」

 

「確かに頂戴しました。では、こちらの番号札をお渡しください。よい旅を」

 

「ありがとう」

 

あたしと受付の間で、いとも簡単にやり取りされる大金をポカーンと見てるルーベル。

これが金持ちの力よ、参ったか。

いつものように、中型馬車が並ぶ停車場で札の番号を探していると、

ブツブツとルーベルの独り言が聞こえてくる。

 

「くそっ、本当に金持ってやがる……事務所でもVIP扱いだったし……

私なんかボロ馬車を乗り継いで……」

 

くくく、羨ましいか。あたしは若干いい気分になりながら、指定の馬車を探す。あった。

黒塗りの高級感が漂う装飾が施された馬車。

御者席すら木のフレームとガラスで守られてて、

極寒の中をフルスピードで走れる作りになってる。

あたしは御者に番号札を渡して乗り込む。

 

「この馬車よ、乗りましょう。……御者さん、長旅になるけどよろしくね」

 

「いつもご利用ありがとうございます。さぁ、外は寒うございます。どうぞ中へ」

 

おおっ、高級車だけあってシートがフカフカ。

足元には炎鉱石とファンで温風を送るヒーターまである。

あたしが驚くくらいだから後ろの2人にはもっと衝撃的なわけで。

 

「わ~凄い!王様の馬車みたいです!」

 

「これが、馬車だって言うのか?……お、お前、私をどこに連れて行く気だ!」

 

「ログヒルズ領に決まってるでしょ。

払うもんは払ってんだからこれくらいでオタオタしないの」

 

「だっ、誰がオタオタなん「出してくださいな~」」

 

「かしこまりました。それでは、出発致します」

 

うるさいルーベルを無視して馬車は旅立った。

さて、面倒くさいけどログヒルズ領まで、いくつも領地をまたいでの小旅行になるわ。

着いたら着いたでもっと面倒なことになるんだけど、

そこまで書いてると長くなるから一旦この辺で。続きはすぐ上げるわ。

みんな良い一年になるといいわね。

 

 



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子供の頃通ってた塾で飼ってた犬が、ゴミでもなんでも食べるアホ犬だったんだけど、まだ元気かしら。

前回のあらすじねー

オートマトン殺害容疑、ジョゼットからビンタ、事件現場へ、今ここ。

 

 

二頭の筋骨たくましい黒馬が全速力で駆け抜ける。途中ちょっと雪がちらついたけど、

丈夫な馬はそんなこと気にも留めず、真っ白な息を吐きながらひたすら北へと疾走する。

トートバッグから地図を取り出して現在位置を確かめる。あら凄い、あっという間ね。

3つも領地を超えて、今の領地を超えたらログヒルズ領ね。

 

「ルーベル、向こうに着いたら、あんたが道案内するのよ」

 

「えっ、案内ってどこへ?」

 

「しっかりしなさいよ、あんたの村に決まってるじゃない。現場検証よ」

 

「あ、ああ。そうだな!」

 

教会に押しかけたときの勢いはどこへやら。

小さなシャンデリアが揺れるこの高級車に、まだ圧倒されてるみたい。

多分、向こうで真犯人を見つけたら戦闘になる。

ルーベルは……明らかに戦い慣れてない。

 

というより、ここ2,3日で初めて銃を持ったんじゃないかしら。

あたしとクイックドロー対決した時も、かなりもたついてたし。

はぁ、やっぱりあたしが殺り合うことになるんでしょうね。

考えを巡らせていると、ルーベルが前に乗り出して御者に話しかけた。もうすぐね。

 

「なあ、あの針葉樹がたくさん生えてる村に行ってくれ!」

 

「かしこまりました」

 

「あそこがあんたの故郷なの?」

 

「故郷だった、だ。……もう、帰る家なんかない」

 

「ルーベルさん……」

 

「売りに出した家にはとりあえず入れるのかしら?」

 

「”FOR SALE(販売中) 見学自由”だとよ……!」

 

ルーベルが歯噛みして答える。そういう看板が掛かってるらしいわね。

何にせよ、立入禁止じゃなかったのはよかったわ。

ひょっとしたら証拠品が見つかるかもしれない。

しばらくすると、馬がいななき、馬車が止まった。

 

「お客様、村の入り口に着きました。奥に進まれますか?」

 

「いいえ、ここで結構ですわ。ほら、二人共降りるわよ」

 

「ううっ、寒いです~!馬車に戻りたい!」

 

「あんたの小遣いで2000G払えるなら好きにしなさい」

 

「ああ、降ります、降ります!」

 

「……」

 

無言で降りるルーベル。針葉樹が広がる村を見渡し、何を思っているのかはわからない。

あたしは運賃の支払いを済ませる。

 

「ご苦労様、これが料金と……お正月だから貴方に、ね?」

 

あたしは料金と、チップとしては多すぎる金貨1枚を御者に渡した。

 

「えっ、こんなに頂いては……」

 

「“お年玉”という祖国の習わしですの。

年始めには、ちょっとした知り合いや、お世話になった人に心付けを配る。

本来のチップとの合算ですから気になさらず受け取ってくださいな」

 

「なるほど。では、お年玉をありがとうございます!」

 

今度は御者さんは喜んで受け取ってくれた。美麗な馬車が去っていく。

誤解しないで。ちょっとした茶目っ気よ。

さて、さっさとやること済ませちゃいましょうか。ジョゼットの言うとおり本当に寒い。

 

「ルーベル、あんたの家に案内して」

 

「……こっちだ」

 

そこはスギ、松、といった針葉樹に囲まれた奥に長い村だった。

細長い小川に沿うようにずっと向こうに続いている。あたし達はルーベルを先頭に、

手頃な高さのゴールドクレストとすれ違いながら村を進む。薄っすらと雪化粧の土地に、

ポツポツとログハウスが点在してる。いくつもの小さな橋が小川に掛かって、

分かたれた土地を繋いでて、広さを最大限に活かしてるわね。

 

人の姿は見当たらない。オートマトンの村だからとかじゃなくて、

そのオートマトンもいないのよ。やっぱり正月だからお家でパーティー?

それ抜きにしてもなんだか寂しいところね。

あたしの疑問を察したのか、ルーベルが前を向いたまま答える。

 

「みんな、喪に服してくれてるんだ。……こんな事件は、初めてじゃないしな」

 

「そう」

 

それだけを答えた。

確かに、高値が付く天界晶を持つオートマトンがたくさんいる村は、

外道にとっては宝の山でしょうね。

 

「騎兵隊は?」

 

「こんな山奥まで巡回になんて来てくれない。自分の身は自分で守るしかない。

私は、守れなかった」

 

「……ルーベルさん、」

 

あたしは、何か言おうとしたジョゼットを手で制した。

陳腐な慰めなんか下手な罵倒より相手を傷つけるだけ。黙ってルーベルに付いていく。

すると、一件の家にたどり着いた。

 

「ここだ」

 

彼女が言っていた通り、FOR SALEの看板が掛かったログハウス。

全体的に砂埃が薄く積もって、手入れされていないことがわかる。

 

「入るわよ?」

 

「……好きにしろ」

 

「里沙子さん、絶対に犯人を捕まえましょうね!」

 

あたしは、ジョゼットに返事をせず古びたドアを開いた。

内部は見通しの良い作りになっている。

暖炉以外の家具がなくなっていることもあるけど。

あたしは視線を走らせながらゆっくりと、慎重に家屋の内部を捜索する。

 

ふと気になるところを見つけてしゃがみ込んだ。

掃き残した細かい木片が散らかっている場所が2ヶ所。

恐らく、ルーベルの両親はここで殺された。

いつの間にか入ってきていた彼女も言葉少なに答える。

 

「……そう、父さんと母さんはここで死んだ」

 

「凶器が銃なのは間違いない。

だとすると、二人の位置関係から見て、向こうに何か残ってるはず」

 

あたしも努めて事務的に話すと、目星を付けたところに歩いていった。

そして、組み上げられた丸太の壁にそれはあった。

下手なコンクリートより頑丈な丸太に穴を開けて食い込んだそれ。

あたしは折りたたみ式のポケットナイフを取り出すと、穴から何かをほじくり出す。

 

コロンと出てきたそれは、潰れた金属。凶器の銃弾ね。あら、これって……

あたしは、銃弾の特徴から犯人への糸口を掴んだ気がした。

 

「ルーベル、この辺で銃を売ってるところは?」

 

「南に10分ほど歩いたところに商店街がある。銃砲店もな。

だが、大抵オートマトン相手の商売だから人の役に立つものはあまりないぞ」

 

「他はどうでもいい。とにかく銃砲店に行くわよ」

 

「え、手がかり、見つかったんですか!?」

 

「まだ取っ掛かりに過ぎないわ。さあ二人共」

 

「ああ」

 

あたしは、その特徴的な使用済み弾丸をポケットに入れて一旦村から出た。

またルーベルに案内してもらって、

あたし達はなだらかな斜面に宿屋、雑貨屋、神療医などが並ぶ小さな商店街に到着。

ジョゼットが小さな身体で、大きなトランクに振り回されそうになりながら、

あたしに聞いてきた。

 

「さっき、ルーベルさんの家で何を見つけたんですか?」

 

「凶器の銃弾。これで犯行に使った銃が絞り込めた。つまりそれを持ってるやつが犯人」

 

「本当か!?」

 

村に入ってから塞ぎ込んでいたルーベルが、あたしの肩を掴んで必死に問いかける。

 

「間違いない。これはアースの銃。つまり一点物でこの世界では作られてない」

 

「よし……絶対見つけ出して、今度は私の銃で殺してやるんだ!!」

 

「行きましょう、ほらあそこ」

 

ハッピーマイルズの銃砲店のように、

ピストルの看板を掲げたガンショップが右手に見える。

あたし達は微かに鉄の臭いが漂う店内に入ると、

カウンターにいる筋肉質の親父に話しかけた。

この寒いのに、鍛えた身体を見せつけるようにタンクトップ1枚で煙草吹かしてる。

 

「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」

 

「……ゴホン」

 

「.45LC弾を10発」

 

「100Gだよ」

 

「はいどうぞ」

 

あたしが金を払って商品を受け取ると、親父が話を聞く体勢に入った。

 

「何が聞きたい」

 

「最近この弾を使う銃を売らなかった?そいつに聞きたいことがあるの」

 

カウンターに、ログハウスで見つけた潰れた銃弾を置く。

 

「ああ、それか。アース製の一品だったからよく覚えてるぜ。

半月ほど前に……ん?後ろの嬢ちゃんが買ってったじゃねえか」

 

「え!?」

 

ルーベルが自分を指差して固まってる。え、じゃないし。驚きたいのはこっちの方よ。

犯人にたどり着いたと思ったら、容疑者が身内とかマヂ勘弁。

 

「あんた腰の銃、家ん中で撃ったりした?」

 

「いや、知らない!本当だって!」

 

「ええっ……どういうことなんですか~」

 

「騒ぐなら出てけ」

 

「あ、うん。邪魔したわね。とりあえず出るわよ」

 

銃砲店から出たあたし達は未だに混乱が収まってなかった。

 

「本当に買ったのはそれ1丁だけなのね?」

 

「ああそうだよ!事件がなけりゃこれだって買わなかったさ!」

 

確かにルーベルの銃はハンマーが歯車状の特殊な銃。つまり、ミドルファンタジア製。

アメリカ製のあの銃じゃない。どうしようもないから、疑問を抱えたまま、

もう一つの手がかりに当たってみることにした。

 

今度は宝石店。恐らく犯人が奪った天界晶を売り払った店。

店員が犯人に心当たりがあるかもしれない。

商店街の奥にある、小じんまりした宝石店に入った。

ショーケースの奥にモノクルを掛けた老紳士がいる。

あたしは小幅に歩いて近づき、声を掛けた。

 

「どれも素敵な品ですわね。失礼致しました、少々お聞きしたいことがあるのですが」

 

「なんですかな、お嬢さん」

 

老紳士はニッコリ笑って応えてくれた。

後ろの二人はあたしの口調の変わりように目を丸くしている。

 

「最近、天界晶を2つまとめてこちらに売却した方がいらっしゃると聞きまして。

どのような方がお売りになったのか教えては頂けないでしょうか」

 

「それは……どのような要件で?」

 

相手が少し警戒の色を見せる。

まぁ、言ってみれば顧客の情報を嗅ぎ回ってるんだから当然よね。

 

「わたくし、天界晶に目がなくて、どの宝石店に行ってもなかなか見つかりませんの。

きっとその方はたくさん天界晶をお持ちだと考えまして。

是非、お会いして売買交渉をしたいと思いますの」

 

すると、老紳士がますますその表情を険しくして答えた。

 

「ええ、確かにお売りいただきましたよ……貴女にね」

 

はい、こちら宝石店前。

ただいまルーベルがヒステリーを起こして大変ご迷惑をおかけしております。

 

「騙しやがったな!やっぱりお前が犯人だったんじゃねえか!!」

 

「落ち着きなさいって!あたしだって何がなんだかさっぱりよ!服引っ張んないで!」

 

「ルーベルさん、落ち着いて!

里沙子さんが犯人ならそもそもここまで来るはず無いじゃないですか!」

 

ジョゼットがルーベルの腰に手を回して止めようとしてるけど、

“ようとしてる”だけで、全然役に立ってない。

 

「大体なんだ、あのお嬢様口調は!私はぶりっ子が一番嫌いなんだ!」

 

「渡世術の一つでしょうが!

あんたもいい大人なら、よそ行き口調くらい身につけなさいな!」

 

「私がガサツで蓮っ葉だって言いたいのかよ!」

 

「もう怒るなとは言わないから、せめて怒りは1方向に絞って!

自分でパニックになるだけだから!」

 

「私がいつ怒った!?」

 

「いーかげんにしてくださーい!!」

 

ジョゼットの渾身の一声に、あたし達は状況を理解した。

いろんな店から客や店員が顔を出して、あたし達を珍獣を見るかような目で見てる。

商店街の真ん中で女二人がギャンギャン喚いてればこうなるわよね。

 

あたしもルーベルも冷静さを取り戻した、というより赤っ恥をかいて大人しくなった。

まったく、あたしとしたことが。ルーベルが雑貨屋前の階段に座り込んで続ける。

 

「……で、これからどうすんだ。もう手がかりなんかないだろ」

 

「いや、おぼろげな後ろ姿程度はまだ残ってる」

 

「なに!本当か!?」

 

「今更あんた担いでどうすんのよ。……金の流れ」

 

「どういうことだ?」

 

「正直、天界晶にどれほどの値段が付くのか知らないけど、

ひとりじゃ持ち運べないような大金になることは想像できる。

硬貨しか流通してないこの世界じゃ尚更ね」

 

「つまり?」

 

「銀行に張り込みよ。こんな片田舎で不審なほどの大金を入出金してる奴が怪しい」

 

「田舎言うな!……まぁ、私達に残された道はそれくらいしかないからな。行こうぜ」

 

で、あたし達は小さな銀行の向かいにある、建物の隙間に移動したの。

ここなら相手から見られず、銀行の出入りを監視できる。ついでに北風もしのげるしね。

待つことしばし。1人目はさっきの宝石店の店主。

少し待ったけど、記帳だけして帰っていった。

また待機。今度はどっかのおばさん。

店の奥を覗いたけど、銀貨5枚を引き出しただけだった。これじゃあ、ただの利用客ね。

 

「里沙子さ~ん、寒いです……」

 

「我慢なさい、あたしだって寒いのよ」

 

「人間は難儀だな。私はなんともないが」

 

風が吹かない代わりに日差しもないここは、やっぱりじっとしてると寒い。

季節が季節だから結局どこ行っても寒いってことね……

おっと、今度は銃砲店の親父が肩で風を切って中に入っていった。

 

店員となにか話し込んでるわね。あら、ソファに座ったわ。何を待ってるのかしら。

ん!しばらく待っていると、店員が重そうな袋を2つカートに積んで運んできた。

親父はそれを両肩に軽々と持ち上げると、銀行から出てきた。

 

「二人共、あたしが合図するまでここで待ってて。

間違ってもいきなり襲撃するんじゃないわよ」

 

「わかりました」

 

「何をする気だ?」

 

「奴は “本物”じゃない。銃砲店の親父は多分あたしと同じタイプ。

大金があるなら仕事なんか辞めてる」

 

そう言うとすぐさま、あたしは建物の陰から出て、

気配と足音を殺して親父の偽物に近づく。

その大きな背中に一歩、二歩、三歩と近づいて、

 

「騒ぐな。袖に毒針を仕込んでる」

 

右の拳をそっと背中に当てる。もちろん針なんかない。

 

「ひっ、やめて!」

 

「騒ぐなと言っている。一切喋らず前だけを見て、目的地まで歩け」

 

親父がオッサンらしからぬ悲鳴を上げた。確定ね。

あたしは左手で、残した二人をちょいちょいと手招きする。

2つの気配が後ろからゆっくり近づく。親父の偽物とあたし達はしばらく歩き続けた。

村の前を通り過ぎ、街道を進み、昼間でも薄暗い脇道にそれる。

それから2,3分歩くと、ボロい小屋に着いた。

 

「金を下ろしなさい」

 

偽物が金貨袋をドスンと置いた瞬間、今度は奴を突き飛ばして、

ピースメーカーを突きつけた。尻もちをついた奴が慌てて両手を上げる。

ジョゼットとルーベルも追いついてきた。

 

「今度は質問タイム。その金はどこで手に入れた?」

 

「こ、殺さないで!天界晶を売ったの!」

 

「その天界晶はどこから?」

 

「あー……オートマトンから奪った。近くの村の」

 

「事件は半月前。何故今頃になって金を引き出した?」

 

「それは、ほとぼりが冷めるを待ってて……」

 

「被害者は男性型、女性型、1人ずつ。凶器は拳銃。何か間違いは?」

 

「そ、そのとおりよ……出来心だったの、お願い許して!」

 

その時、あたしの脇からルーベルが奴に飛びかかった。

 

「ふざけるな貴様アァ!!」

 

バコン!と豚肉の塊をまな板に叩きつけるような音が響く。

ルーベルが偽物を思い切り殴った。歯が一本折れて飛んでいく。

 

「お前の!お前なんかのために!父さんと母さんは!!」

 

「や、やべて……おねがい……いたひ……」

 

彼女は何度も殴り続ける。見る間に痣だらけになる偽物の顔。

その時、奴の身体にテレビの砂嵐のようなノイズが走った。

徐々にノイズが晴れると、奴の正体が明らかになる。

 

「お前は……!」

 

「お願い、もうぶたないで……この通り、なんでもするから……」

 

緑色のネックウォーマーをした10代前半の少女。やっぱり無残に顔中が腫れ上がってる。

今度はあたしが問う。

 

「つまりあんたは暴走魔女で、魔法であたし達に化けてたってことで良いのかしら」

 

「そう……新聞で見た遠くの有名人なら足がつかないかと思って……」

 

「ふん!」

 

ルーベルが今度は魔女の腹を蹴り上げた。奴が床に倒れ込み嘔吐する。

 

「ぐっ、がはっ!あああ……」

 

「なんでだ……なんで父さんと母さんを狙った!」

 

「げほっ、げほっ!お金が、生きていくお金が欲しかったの……

私が使える魔法は、この変身魔法だけ。親もいない、受け入れてくれるギルドもない。

一人ぼっちの私が生きていくにはこうするしかなかったの!」

 

「だから私の親を殺したのか!」

 

「待って。それ以上やる前に、殺すか駐在所に突き出すかをきちんと選びなさい」

 

「え……?」

 

あたしはこのまま勢いで魔女を殺しかねないルーベルを一旦制止した。

ジョゼットから大体の経緯は聞いてる。

 

 

“ルーベル、仇討ちなど、馬鹿なことを、考えるんじゃないぞ”

 

“頼む、最期まで、お前の心配をしながら、死に、たくは、ない……”

 

 

「父さん……」

 

「殺すかブタ箱にぶち込むかは、あんたが決めなさい」

 

「それは……うん、わかった。最後くらい父さんの言うこと聞くよ」

 

「決まりね。それじゃあ何か縛るものは、と」

 

その時だった。あたしが視線を外した一瞬の隙を突いて、魔女が外に飛び出した。

懐から取り出した銃を背後に撃ちながら、

小屋から走って10mほど離れたところで止まった。

あたしたちが小屋の外に出た瞬間、また銃撃で足止めを食らう。

大型の銃弾があたしの足元をえぐった。

 

「アハハ、バカじゃないの!この便利な能力があれば、なんだって盗み放題じゃない!

銃はロッカーの鍵が見つからなかったから普通に買ったけどさぁ、

投資した以上の見返りは十分あったわよ!フフッ、アハハハ!」

 

「野郎!」

 

「おっと、動かないで。この銃の破壊力は凄まじいものがあるわよ。

バカみたいに硬いオートマトンもバラバラにできるくらいね!」

 

「ぶっ殺す!!」

 

「待って、ルーベル。

戦い慣れしてないあんたが、このまま突撃しても犬死にするだけ。

さっきの言葉、忘れたの?」

 

「じゃあ、どうしろってんだよ!」

 

「ジョゼット、ルーベルと小屋の中に入ってなさい。身を低くしてね」

 

「はい!ルーベルさん、中へ!」

 

「くそっ!絶対捕まえてくれよ、頼む……」

 

二人が小屋に入ると、あたしはゆっくりと魔女に近づいた。すかさず敵が銃を構える。

思った通りだったわね。注意深く魔女の動きを観察しながら近づくと、

魔女が一発、発砲。森の木々に轟くような銃声が反響する。あたしは瞬時に回避。

前進を続ける。

 

「運が良かったわね!でも近づくとどんどん食らいやすくなるわよ!」

 

奴の言葉を無視して一歩ずつ歩く。

また魔女がステンレスボディが光るオートマチック拳銃を放つ。これも回避。

流石に奴も焦ったのか、今度は2発連続で発砲。当たらない。

慌てて慣れない手つきでリロードする。

 

「なんなのよ、こいつ!さっさと死になさいよ!」

 

半ば破れかぶれの魔女が銃を連射する。その時。

 

「あ、あれ?弾が出ない、引き金が引けない……どうして!?」

 

機を見たあたしは一気に接近し、魔女の腕を捻り上げ、首に腕を回した。

色々面倒事があったせいで無駄に筋肉が付いたから、小娘一人なら締め上げられる。

 

「か、はっ……どうして」

 

「ゲロ臭いからあんまり喋らないで。あんたが買った銃は.44オートマグ。

確かに見た目はイカすし強力だけど、

実戦で活躍できるのは残念だけど映画の中だけなのよね。

設計がイマイチで弾詰まりが起きやすいの。

オートジャム(作動不良)なんて呼ばれてたくらいだから、

あんたみたいにバカスカ撃ちまくると簡単に故障するってわけ」

 

「当たら、ないのは!なんで?」

 

「弾を避けるんじゃなくて、銃口から身を反らすのよ。

あんたエイミング雑だから弾道読むの簡単だったわ。

……じゃあ、そろそろ寝てちょうだいな」

 

「うぐうっ!!」

 

あたしは全力で魔女の首を締める。奴があたしの腕をパンパン叩いて抵抗するけど、

ものの数秒でだらんと身体から力が抜けた。魔女を片付けたあたしは二人を呼ぶ。

 

「もう大丈夫よ。今度こそぶちのめした」

 

ジョゼットを残してルーベルが駆け寄ってくる。

地に横たわる魔女を、憎しみで貫かんばかりに睨みつける彼女。

 

「こいつさえいなけりゃ……!」

 

「どうするの?やっぱり」

 

「いや、いい。父さんの、最後の願いだ。駐在所に連れていく」

 

「そう。なら、行きましょうか。

小屋の金貨忘れるんじゃないわよ。親の遺産なんだから」

 

「ああ。里沙子」

 

「何?」

 

「……ありがとう」

 

「ふん、急ぐわよ。日没までには馬車に乗りたいから」

 

それからは結構ワタワタしてた。魔女を駐在所に突き出すと、

色んなところで泥棒やってたせいで、正体不明の暴走魔女として賞金が掛けられてた。

当然全額あたしが頂いたわよ。

封魔の鎖で手が後ろに回った魔女は、泣きながら騎兵隊の護送馬車に乗せられていった。

 

まぁ、自分の運命については察しが付いてたみたい。

保安官によると、度重なる窃盗及び2名殺害。良くて懲役80年以上。もしくは縛り首。

懲役刑になっても、出てくる時に吸魔石を身体に埋め込まれて、

二度と魔法は使えなくなるらしいわ。

 

さて、死んだも同然の魔女はどうでもいいとして、そろそろ帰らなきゃ。

ログヒルズ領の駅馬車広場にルーベルに案内してもらってると、

彼女が不意に立ち止まって両肩に持っていた金貨袋を下ろして、あたし達に向き合った。

そして、深々と頭を下げる。

 

「里沙子、ジョゼット。本当に、済まなかった!

お前の命を奪おうとしたばかりか、私の間違いのせいで、

お前達の絆を引き裂いてしまうところだった!済まない……本当に済まない!」

 

ああもう、どうしようかしらねえ。

本音を言えば、どうでもいいから早く帰りたい、だけど。

 

「はぁ、やめてよね。ジョゼットとの絆、ですって?気色悪いこと言わないで」

 

「ひどっ!それ、冗談ですよね?わたくし達、友情で固く結ばれてますよね?」

 

「友達は嫌いなものランキング第4位だって前にも言った。それで、ルーベル」

 

「私のことは好きにしろ……胸の天界晶を差し出してもいい」

 

「話聞きなさいな。

あたしは面倒事が嫌いだから、終わったことでウダウダやるのもご免なの。

それに知ってるでしょ、あたしはもう金持ちなの。あんたの心臓も必要ない。

だから、あんたはこれからの自分の身の振り方だけ考えなさい。

馬車乗り場に着いたら、そこで、さようならよ」

 

「でも、それじゃあ……」

 

「あ、わたくし良いこと思いついちゃいました!」

 

ジョゼットが頭を下げ続けるルーベルを無理やり立たせて割り込んできた。

嫌いな言葉だけど、空気読め。

他に表現の仕方を知らない輩のために言い直すと、

状況を適切に判断してその場に最適な言動を取りなさい。

ジョゼットは大抵の奴は自然に身につけるこの能力が欠けているから困る。

……で?良いことって何。

 

「ルーベルさん、うちで一緒に住めばいいんですよ!」

 

「「はぁ?」」

 

思わず同時に声が出る。何を言い出すかと思えば。

 

「ルーベルさんが何かしないと気が済まないんなら、

うちで色々お手伝いしてもらえばいいと思うんです。

オートマトンの方って力持ちですし!」

 

「また良くない暴走癖が出てきたわね。治療薬を頭に叩きつけようかしら」

 

「えええ、だって~!」

 

あたしは拳を作る。ジョゼットは怯える。ルーベルは、

 

「いや、それが良いかもしれない……」

 

「は!?あんたまで何言ってんの!

その金で家を買い戻して、元の生活に戻れるでしょうが!」

 

「あそこには……辛い思い出が多すぎる。

里沙子も見ただろう、父さん達の欠片、壁の弾痕。

それと一緒に生きていくのは、やっぱり悲しいんだ。

里沙子、勝手な願いだとは承知しているが、私をお前の家に置いてくれ。

お前のためにできることを探したいんだ!」

 

また深く頭を下げた。少し言葉に詰まる。

確かに、あの事件現場で人生をやり直せってのは無理な話かもしれない。

……あーもう!結局またジョゼットの思惑通りでMK5(意味わかる人は30以上)!

こいつ天然気取った策士じゃないでしょうね?

 

「はい、条件3つ!

まず、あたしの生活スタイルに口出ししない!

具体的には朝から飲んで昼まで寝てても愚痴言わない!

次、家の中ではあたしがルール!全てにおける決定権はあたしにある!

最後、家での階級は上から順にあたし、ルーベル、ジョゼット!これを理解すること。

以上!」

 

「いいのか……?」

 

「……これ全部守れるならね」

 

「ちょっと里沙子さん、最後のなんなんですか!

順当に行けばわたくしがルーベルさんの先輩に……」

 

「年功序列は死んだのさ」

 

「すいませんすいません」

 

ジョゼットが不服を申し立てたけど、拳を握るとあっさり引き下がった。

扱いやすいのかにくいのかよくわからん生物ね、本当。

ともかく、馬車の乗員が1人増えちゃったところで、帰りましょうか。

日没までに乗れれば問題ない。

3人パーティーになったあたし達は、だべりながら駅馬車広場に向かって歩きだす。

 

「なあ、里沙子。今度私にも教えてくれよ」

 

「何を?」

 

「ほら、あれだよ……お嬢様言葉。父さんが少しは女らしくしろって言ってたからさ」

 

「まずは気持ちから入ることね。自分は貴族のお嬢様だって思い込むのがコツ」

 

「なるほど。ああ、それとあと!早撃ちも教えてくれ!あんたの戦力になれるように」

 

「う~ん、実戦じゃ速さより正確さが求められるんだけど。

とにかく、右手の意識を銃まで走らせて……」

 

「ふむふむ」

 

ジョゼットを放ったらかして、

そんな会話をしながらあたし達は我が家への家路についた。

馬車から降りると、もう日付が変わる頃だったけど、

よく考えたら昼食もろくに食べてなかったことに気づいたあたし達は、

残ったおせちで腹を満たしたの。

冬の寒さで家自体が冷蔵庫になってたから、幸いどれも傷んでなかったわ。

 

ルーベルも珍しそうにおせちもどきを見てたけど、

数の子を噛んだ時、一瞬パニックになってちょっと笑えた。さて、こんなところかしら。

慌ただしい元旦になっちゃったけど、残りの三が日は何が何でもだらけるわよ!

 

 



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こんなどうでもいい話じゃなくて、さっさとバイオ7の続き書きなさい。あっちのほうが読者多いんだから。

あたしの感覚では多分朝だと思うんだけど、

頭の中がぐるぐるしてて時間の感覚があやふや。

そういえば、地球にいたときも昼寝のし過ぎで、

目を覚ますと夕方か明け方かわからなくて一瞬焦ったこともあるわね。

そんなあたしにルーベルが呆れた口調で話しかける。

 

「確かに、お前の生活には口出ししないって約束したよ。

でも、この有様は酷すぎるだろ……起きろ里沙子!」

 

「う~ん、あと5分だけ……」

 

「その台詞は一時間前にも聞いた」

 

あたしはベッドに寝そべりながら首を動かして、両手を腰に当ててるルーベルを見た。

あらやだ、ノックもなしに女性の部屋に入るなんて、はしたないわね。

 

「まったく、はしたないのはどっちだ。

ノックはしたし、それで全く反応がなかったんだからしょうがないだろ。

それに見ろ、これが“女性の部屋”って言えるのか!?」

 

「心読まないで。……わかったわよ、今起きるって」

 

朝っぱらからエール2本開けて気持ちよく寝てたんだけど、

とっくにお日様が高く上ってるんじゃ、そろそろ起きたほうがいいわね。

パジャマ姿で、寝ぼけ眼をこすりながらベッドから立ち上がる。

と、足裏に激痛が走った。

 

「いだっ!なんか踏んだ!」

 

「言わんこっちゃない。年明けから全く片付けをしないからそうなる。

とりあえず身支度をしてこい。手伝ってやるから片付けろ」

 

「わかったって。顔洗ってくるから待ってて」

 

それで、部屋から出ようと眼鏡をかけたら……ああ、確かにひどいわね。

脱ぎ散らかした服や、なんで床に落ちてるのかわからない化粧道具、

スマホ、各種ガジェット、などなど。

足の踏み場もないとはこのことね。さすがにどうにかしないと。

あたしはアルコールが抜けかけて少し痛む頭を押さえながら、洗面所へ向かった。

 

「先に始めとくぞ?顔洗ったらすぐ戻るんだぞ」

 

「悪いわね……」

 

よろよろと階段を下りて洗面所にたどり着くと、

鏡の中に頭がかわいそうな人っぽい、だらしない顔の女がいた。こりゃあ、ひどい。

朝酒の後、ジョゼットがなんだか目を合わさないのはこれが原因だったのね。

とにかく慌てて眼鏡を置いて顔を洗った。冷水の刺激がボケた脳を目覚めさせる。

意識がはっきりして顔もいつものあたしに戻ったところで、私室に戻る。

中ではルーベルがせっせと片付けをしてた。

 

「ええと、洗濯物はとりあえずこっち、

このわけのわかんないものは……とりあえずここ」

 

「ああ、そんなに急がなくていいわよ。

まだまだ正月なんだから、そんなに慌てなくっても」

 

「駄目だ!もう年明けから何日経ってると思ってる。一週間は過ぎてるぞ」

 

「アースにいた頃、近所のバイク屋なんか13日まで休んでたわよ。

つまり、それくらいは正月休みとして認められる。

商売する気あるのかしらね、あそこ。アハハ」

 

「笑ってないでお前も手を動かせ。お前の部屋には物が多すぎる」

 

「ああ!言っとくけど金時計にだけは触らないでね!

そいつを取り戻すために何度も死ぬ思いしたんだから」

 

「わかってるわかってる。それに関しちゃジョゼットから聞いてる。

お前を起こしてくれって彼女に泣きつかれた時にな!」

 

「なら何も問題ないわ。これ終わったらジョゼットに何か出してもらうとしますか。

お昼まだだからお腹空いちゃった」

 

それでいよいよ片付け開始。

ルーベルが手を付けてくれたところは割りとマシになったけど、

やっぱり本来の位置にあるのは金時計とガンベルトくらいしかない。

床に広がるカオスにうんざりしたあたしは、

婆さんみたいな動きでひとつひとつ物を拾い始めた。

 

「うう、めんどいわー」

 

「だらけていたツケが回ってるんだ。ほら、もっとテキパキやる!」

 

「母さんにも似たようなこと言われてた気がする。

……このドライバーいつ使ったのかしら。酒で記憶が飛んでて思い出せない」

 

「呆れたやつだぜ。私が来る前もこんな調子だったのか?」

 

「失礼ね。今は正月だからこんなだけど、年明け前は結構忙しかったんだから。

変な客がいっぱい来たり、賞金首と戦って死にかけたり」

 

「賞金首って……悪魔以外にも倒したのか?」

 

「どっかのマヌケがこしらえた巨大なパチンコ台とかね。思い出したら古傷が痛むわ」

 

「ふ~ん、一応本気を出せば強いんだな」

 

「あたしだって、ちゃんとするときはちゃんとしてるのよ。

面倒だから滅多にやらないけど」

 

あたし達はくっちゃべりつつ、ガラクタを拾い集めては定位置に戻す。

その作業を繰り返していると、ふと気がついて手が止まった。

 

「そうだルーベル。あんたここでの生活どうしてるの。

あんたが来てから常に酒が入ってたから気が付かなかったわ」

 

「どうって?」

 

「この一週間、どこで寝てたの?ベッドは空きがあるけど、布団がないの。

あと替えの服は?」

 

「言っただろう、私はオートマトンだから寒さや暑さには強い。

空いてるベッドにそのまま寝てたし、

人間のような新陳代謝もないから服もほとんど汚れない。

布団はいらないし、服も洗濯用に今着てるのと合わせて2着あればいい」

 

「だめよ、あたし以下じゃない。寝る時は布団を被って、服は毎日着替える。

ここにいるからには人間らしい生活をしてもらうわよ。

人のこと言えないのはわかってるけどね!」

 

「ちぇー、面倒くせえな」

 

「面倒くさがりはあたしの専売特許よ。

とにかく、これ片付けてあたしの腹ごしらえが済んだら街に行くわよ。

あんたの私物を買い揃えるの。ジョゼットの時もそうした」

 

「へぇ……里沙子って案外面倒見がいいんだな。じゃあ、私も、ちゃんとするよ」

 

「あ、もちろん金は自分で出すのよ?」

 

「前言撤回」

 

それからあたし達は、大急ぎで部屋を片付ける、というよりガラクタを隅に寄せて、

ジョゼットにパンを温めさせた。ダイニングのテーブルで軽い食事をしながら、

今日の予定について話すと嬉しそうな顔をした。

この娘、殴る以外のことなら何しても喜びそうね。

 

「わぁ、いいですね!みんなで街にお出かけなんて」

 

「私は別にこのままでもいいんだがな……」

 

「ふがふが、んぐ。見てるこっちが落ち着かないのよ。

さすがに年明けから6日も経ってるんだから店も開いてるでしょ。

この時間なら、布団や服とかあんたの要るものを買い周ると、ちょうど夕飯時だから、

酒場で食事して帰りましょう」

 

「はぁ、まだ飲むのかよ?」

 

「“今日は”もう飲まない。多分」

 

「すげえ信用してるよ」

 

あたしが最後の一口を水で飲み込むと、さっそく出発の準備を整えた。

ジョゼットにトランクを用意させて、あたしはガンベルトを装備。

ルーベルに関しちゃ、オートマトンは素で強いって話だし、

こないだの事件で買った銃を腰のホルスターに差してるから大丈夫でしょ。

 

全員用意が出来ると、教会の外に出た。

あたしが玄関のドアに鍵を駆けると、ハッピーマイルズ・セントラルに出発。

いつもの街道を東に進む。

 

「あー、この微妙にしんどい道のりにはいつもうんざりさせられるわ。

この世界に自動車があるなら100万G払ってもいい」

 

「自動車?なんだそりゃ」

 

「馬じゃなくて、ガソリンって液体燃料で動くエンジンで動力を得る鋼鉄の車よ。

時速100km以上出るから、野盗が出てもそのまま轢き殺せる」

 

「そりゃ便利だな。あいにく私の知る限り、この世界にガソリンなんてもんはないが」

 

「耳寄りな情報ありがとう。はぁ」

 

「あああ、そんなこと言ってるから来ちゃいましたよ……」

 

ジョゼットがあたしの後ろに隠れる。

もはやお馴染み、スライム的存在の野盗が3びきあらわれた!

左脇の森からぞろぞろとナタや斧を持った汚い格好の男が3人……

だから、隠れるなとは言わないから、微妙にあたしを押すのをやめなさいジョゼット!

 

「待ちな姉ちゃん達。悪いがここ通るにはな、通行料がいるんだよ!」

「あんまり手間かけさせんなよ、な?」

「持ってんだろ、財布」

 

う~ん、結構あたしの顔と名前も広まってるって話だったと思うんだけど、

こいつらは知らないみたい。新人かしら。

どっかに無限に野盗を生み出すジェネレーターでも存在するんじゃないかって、

本気で考えちゃうわね。しょうがなくあたしがピースメーカーに手をかけようとすると、

ルーベルが黙って手で止めた。ん、どしたの。

 

「……ジョゼット、この前話してたメリケンサック。要らないならくれないか」

 

「は、はいどうぞ」

 

ジョゼットが、初めて会った時以来見せてなかった、

ショボいメリケンサックをルーベルに手渡した。

それを右手にはめると、ルーベルが野盗に向かってつかつかと歩きだした。

ちょっと興味深い展開ね。お手並み拝見と行きましょうか。

 

「あんだぁ、なんだその目は。やる気かオラァ!」

 

「……生憎こういう目でな!」

 

次の瞬間、ルーベルがそばの崖をノーモーションで殴りつけた。

ダイナマイトの爆発のような轟音と共に、

むき出しになった岩肌が半径約3mに渡って砕け散る。驚いて武器を落とす野盗。

爆風に煽られてあたし達も思わず目を閉じる。

 

「あ、あ……」

 

「よく聞こえなかった。通行料がどうしたって?」

 

「いや、な、なんでもねえ。い、行くぞおめえら!」

 

すっかり怖気づいた野盗は森の中へ逃げていった。

ルーベルは右手の調子を確かめるように手首を回している。

 

「へえ、やるじゃない。おかげで無駄弾使わずに済んだわ」

 

「ルーベルさん、すごいです~」

 

「なかなか便利じゃねえか、メリケンサック。手に傷を付けずに済んだ。

オートマトンは食べなくても生きられる代わりに、

人間みたいな自然治癒力がないからな」

 

「あー、そういうデメリットもあんのね」

 

「かっこよかったです、ルーベルさん!」

 

「よせよ。邪魔もんもいなくなったし、行こうぜ」

 

そんで、あたし達は年末以来初めての市場に来た。途端に頭痛に襲われる。

酒のせいじゃない。人混みよ。あたしとしたことが迂闊だったわ。

年明けには正月セール的なものがあるってことに気が回らなかった。

ああもう、何がそんなに楽しいのか、

大声で笑いながら金品をやり取りする連中をかき分けて、

とりあえず市場から離れた南北エリアをつなぐ通りに出た。

 

「はぁぁ……死ぬかと思った」

 

「大丈夫か?里沙子。酒が残ってんじゃねえのか?」

 

「里沙子さんは人混みが苦手なんです。ランキングでは何位でしたっけ?」

 

「3位くらいだったと思う……

とにかく、今日買うものはルーベルの服、布団、その他の3種よ。

それが終わったらさっさと引き上げましょう」

 

「本当に大丈夫か?この街は初めてだからお前しか頼れないんだよ」

 

「あ……ルーベルさん、今さりげにわたくしのことスルーしませんでしたか?」

 

「うん、もう大丈夫。まずキャザリエ洋裁店で服、3着くらい買いましょう」

 

「そんなに要るか?まあその辺はお前に任せる」

 

「あの……」

 

別に急ぎでもないからキャザリエ洋裁店まで、てれてれと歩く。

ショーウィンドウの奥にドレスを着せたマネキンを展示した店に到着すると、

洒落たドアノブを回して中に入る。

店の棚には既製品の服や、オーダーメイド用の織物が並んでいる。

他にもハンガーラックに掛けられた一着いくらのお手頃価格の服がたくさん。

 

「ほら、ルーベル。あんたが着たいと思うもの選びなさい。

少なくとも春夏用、秋冬用、それと洗濯用にいつ着てても不格好じゃない薄手の長袖、

それぞれ1着ずつね」

 

「選べって言われてもなぁ……

いつも母さんが買ってきたやつ適当に着てたから、わかんねえよ」

 

「喪男みたいなことしてんじゃないわよ。う~ん、見たところMサイズってとこね。

しょうがないからあたしも選ぶの手伝ってあげる。

ジョゼット?あんたもルーベルに似合いそうなの探しなさい」

 

「はい!わかりました」

 

それぞれ店内をうろついて赤いロングのルーベルに似合うような服を探す。

ルーベルは組木パズルでも解いてるような難しい顔で、

あたしはとにかく無難な奴に目星を付けて、30分ほどかけて選んだ。

店の中央でそれぞれが見つけた良さそうなのを見せ合う。まずジョゼット。

 

「は~い!これなんか絶対カワイイと思いまーす!」

 

「うっ!そんなの着られるかよ!」

 

「ジョゼット。ルーベルはルーベルであって魔法少女ま○かマギカじゃないの。

戻してらっしゃい」

 

「ええっ……わかりました」

 

ジョゼットは全体にピンクをあしらった、たっぷりフリルのスカートのドレスを持って、

すごすごと引っ込んでいった。ルーベルは何持ってきたの?

 

「春夏用を見つけたんだが、これはイカすと思うぜ」

 

「却下」

 

「なんでだよ!」

 

「どこで見つけたのよ、そのクソT。プリントされてる文字ちゃんと読んだ?

なにが“あっかんベロンチョ”よ。そんなの着てたらアホだと思われるわよ」

 

「ううっ!だ、だったらお前はどうなんだよ!

そこまで言うなら良いもん見つけて来たんだろうな!」

 

「当たり前でしょ。秋冬用にこんなのはどう?」

 

あたしは髪の赤が映える白のブラウスに、

裾にさり気なくダイヤのマークをデザインしたグレーのロングスカートを取り出した。

ルーベルの身体に当ててみて、姿見でチェックする。うん、悪くない。

 

「いけるじゃない。似合ってるわよ」

 

「こ、れは……うん、いいな」

 

なんだかモジモジしてるルーベル。文句がないってことは、これでいいってことよね。

1着決まり。あと2着だけど、ルーベルがずっと姿見から離れない。

 

「どうしたのよ、自分に恋でもした?」

 

「ば、ばっか言え!……でも、オシャレっていうのも、悪くないもんだな」

 

「お?目覚めたわね。よしよし、里沙子さんが春夏用も選んでしんぜよう」

 

「そうだな……私には洋服選びはわかんねえから、里沙子に任せる」

 

まぁ、そういうわけで後の2着も結局あたしが選んだのよ。

ジョゼットは精神年齢相応のものしか持ってこないから、

ルーベルのそばで待機を命じた。そんでお会計。

春夏は秋冬とは逆に髪と同系色のワインレッドのワンピース。

赤をより強調したいのよね。洗濯用の普段着は無難に、白のシャツとジーンズ。

 

「お買上げありがとうございました」

 

ルーベルが会計を済ませて、ジョゼットが服をトランクに詰める。

ふぅ、第一関門はクリアで。バカでかい布団は最後にして、薬局に行きましょう。

別に怪我したわけじゃないわ。ドラッグストアみたいに、

薬だけじゃなくていろんな雑貨も置いてあるってことは、ずいぶん前にも話したと思う。

 

あたしが先導して、通りを北に進んで左折。

歩いて1分もかからないところにある薬局に案内した。ここに来るのも久しぶりね。

少し薬の臭いがする店内に入ると、アンプリが奥から出てきて話しかけてきた。

 

「あら、里沙子ちゃんいらっしゃい。その人は……新しいお友達?」

 

「ん~まあ色々とね。一緒に住むことになったから生活用品が要るの。

オートマトンが必要なものって置いてる?」

 

「あるわよ~うちの先生、神療技師の資格も持ってるから、

腕が吹き飛んだらいつでもうちに来てね。もちろんお代は貰うけど。

よろしくね、赤髪のお嬢さん。私はアンプリっていうの」

 

「やなこと言うなよな……私はルーベルだ。よろしく」

 

「きれいな顔して銭ゲバなとこあるから気をつけなさい。

じゃあ、今度はあんたが要るもの選びなさい。

オートマトンの生活用品とか今度こそわかんないから」

 

「ああ」

 

それから、ルーベルは店の隅に並べられた、

聞いたこともない薬やら特殊な形状の小型ナイフやらをカゴに入れていった。

何に使うのかさっぱりだけど、

ルーベルはいつも通りって感じで次々手にとっては放り込む。

10分ほどして、あらかた必要なものはそろったのか、カゴをカウンターに置いた。

 

「はい、ちょっと待ってね。これが、50Gで。これは……20Gね。それから……」

 

アンプリが計算を終え、ルーベルが代金を支払った。第二関門クリアね。後は布団だけ。

 

「ありがとうね~これからもよろしく。はい、商品」

 

「こっちもよろしくな。まさか南の果てに神療技師が居るとは驚いたぜ」

 

「先生はなんでもできる方なの、うふふ」

 

「その先生とやらは一度も見たことがないんだけど?」

 

「多忙な人だからね。また来てちょうだい」

 

なんかはぐらかされた気がするけど、構ってる暇はないわ。

布団を買いにミュート寝具店へGOよ。

……と言っても、ここでは別段特筆するべきこともなかったから詳細は省くわ。

とにかく通年用掛け布団を買って、紙で包んで紐で縛って、

持ち帰れるようにしてもらった。それだけよ。

店から出るともう夕方。さて、酒場で夕食食べて帰りましょうか。

 

「ジョゼット、悪いな。私の服とか持たせちまって。布団担いでて手が塞がっててさ」

 

「いいのよ、召使いなんだから気にしないで」

 

「あの、今私に話しかけられたと思うんですけど……」

 

「あー疲れた!酒場で食事にしましょう。冷えたエールでリフレッシュしたいわね!」

 

「やっぱ飲むのかよ!」

 

「……一杯だけだってば」

 

あたし達は酒場のドアを通ると、荷物と人数が多いから珍しくテーブル席に座った。

そう言えばここでテーブルに座るなんて初めてね。

まさか人嫌いのあたしが2人とルームシェアするなんて、

地球にいるころは考えられなかったわ。

人間は思った以上に環境に適応できる生物らしいわね。

おっと、どうでもいいこと考えてる場合じゃないわ。

 

「ルーベル、気をつけて」

 

「どうしたんだ?いきなり」

 

「ここには客を子供扱いする不届きなおっぱいオバケがいるの。

無駄に“デカい”ウェイトレスが来たらその怪力で掴んでやって」

 

「意味わかんねえぞ……とにかく、みんなメニュー決まったなら呼ぶぞ?」

 

「お願い」

 

ルーベルが店員を呼ぶと、ウェイトレスがメモを持って近寄ってきた。

 

「少々お待ち下さーい」

 

思わず伏せて警戒するあたし。……あれ?いつもと違うわね。ボリュームでわかった。

それで、よくよく見ると……驚いたわねえ。

 

「ソフィアじゃない!」

 

「里沙子!?」

 

「久しぶりっていうか、こんなとこで何してんの?」

 

「なんだ、知り合いか?」

 

「うん。ちょっとね」

 

あたしはルーベルにソフィアとの関係について話した。

かつてビートオブバラライカっていうギルドのリーダーをしてて、

事あるごとにあたしにまとわりついてたんだけど、

一緒に大物の賞金首を倒したことをきっかけにギルドを解散。

メンバーは同居しながらそれぞれの道を歩み始めた。そんなとこ。

 

「そんなことがあったのか」

 

「そう。まさかここにあんたがいたとはね、ソフィア。マオちゃん達元気?」

 

「うん……みんな里沙子のおかげで新しい可能性を掴めたわ。

私は見ての通りこの店で雇ってもらえたし、マックスはパン屋で修行を始めた。

マオは元々魔術の才能に恵まれてたから、飛び級で魔術大学に入学できたし、

アーヴィンも科学技術大学入学に向けて受験勉強の真っ最中」

 

「そう、よかったじゃない。収まるところに収まって。

一生続けられる仕事じゃないからね、賞金稼ぎは」

 

「ホントに、ありがとね。里沙子」

 

「……もう、いいって。アレはあたしの都合だったって言ってるでしょ。

とにかくオーダー取ってよ。とりあえずエール!それとおっぱいオバケに言っといて。

あたしは24だってことをいい加減覚えろってね!」

 

「あはは……先輩はお客さんからかうの好きでさ」

 

おっぱいオバケで通じるってことは、

やっぱりこの店でその悪名をほしいままにしてるってことね。

アンケート用紙があったら“接客”に1付けてやるとこなんだけど、

残念ながらここにそんな気の利いたもんは置いてない!

とにかくソフィアに注文を伝えると、彼女が厨房に引っ込み、

元気のいい声でオーダーを通した。

 

「……ま、これで本当に仕事の終わりってとこね」

 

「ソフィアさん達、元気そうでよかったですね!」

 

「彼女とは長いのか?」

 

「まあ、出会ったのは割りと最近なんだけど、思い返すとずいぶん昔な気もするわ」

 

「奇妙なご縁です~」

 

しばらくだべりながら待っていると、注文した食事が運ばれてきた。

で、今度こそ現れやがったわ、紫色のショートヘア!

 

「は~い、お待たせしました。あら、里沙子お嬢ちゃん久しぶり。

今日はお姉さんとお食事?年末年始はパパと旅行に行ったの?ねえ、ねえ?」

 

「今よルーベル!その無駄にデカいのを握りつぶすのよ!」

 

「おい、落ち着けって……」

 

生憎テーブルの奥に座ってるあたしじゃ手が届かない!恨みはらさでおくべきか!

紫髪はニコニコ笑いながらテーブルに料理を並べる。

ああもう、こいつが運んだエールなんて旨さ半減よ!

 

「ご注文は以上でよろしいですか~?」

 

「うん、ありがとう」

 

「それじゃあ、里沙子ちゃん。ステーキはよく噛んで食べるのよ、ウフフ……」

 

「さあ殺るのよ、ルーベル!……ああ、取り逃がした!

なんであいつを懲らしめてくれなかったのよ!」

 

「だから落ち着けって。もう少し心に余裕をだな……」

 

「もういい、今日は飲む!」

 

あたしは一杯目のエールを一気飲みした。

しまった、香りを味わう間もなく飲み干しちゃった。

本当、アイツにぶち当たると踏んだり蹴ったりでマヂうんざり。

気分を変えようとルーベルに話しかける。

ジョゼットは目の前でハンバーグプレートを食べてる。

 

「ルーベルも、エールにしたの?」

 

「ああ。オートマトンは飲み食いしなくてもいいんだが、

お前が好きなエールというものに興味が沸いてな。一杯試してみることにした」

 

「そりゃいいことだわ。エールの旨さを知らないのは人生の損失だからね。

さあ、一口含んでその香りを楽しんで。ラガーと違ってワインのように味わうの」

 

「どれどれ……確かにいい香りだが、苦いな。これは、果実の香りだな。

ジュースを入れているのか?」

 

あたしは指を振って否定した。

 

「ところがどっこい。ラガーと原料は同じなの。違うのは製法だけ。

それでこの芳醇な香りが生まれるんだから不思議よね」

 

「そうかもしれんが、この苦味はどうも好きになれねえな」

 

「慣れればその苦味が心地よい刺激に変わるのよ。まあ無理強いはしないけど」

 

「うん……やっぱり私には合わないみたいだ。とりあえずこれ一杯にとどめとく」

 

「じゃあ、私も牛ステーキ450gに取り掛かるとしますか」

 

全員、それぞれのメニューを平らげると、

あたしは少しふわふわした気分で、カウンターに伝票を持っていって会計を済ませた。

 

「もー帰りましょう。荷物忘れないで」

 

「はいっ!大丈夫です」

 

「こっちもオーケーだ。布団なんか忘れようがないからな」

 

酒場から出ると夕日が地平線に沈みかけてる。

今から帰れば日没までにギリ間に合うわね。馬車を雇う必要はないわ。

あたしたちはハッピーマイルズ・セントラルを後にして帰路についた。

昼間ルーベルが開けた岩の大穴を見ながら教会に向けて街道を進む。

千鳥足で教会にたどり着くと、玄関の鍵を開けてドアを開いた。

 

「今帰ったわよー!」

 

「おかえりなさい」

 

酔った勢いで誰もいない家に叫んだ。……ん!?じゃあ今の返事誰よ!

後ろの二人を見るけど、目を丸くして首を振るだけ。

雷光石の明かりを付けると、聖堂の真ん中に一人の少女が立っていた。

もう、何よ。年明けから厄介事ばっかりじゃない。

13日まで休んでても客がキレない理由を教えてよ、バイク屋のオッチャン!

 

 



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バレンタインの正確な日付が覚えられない。祝日じゃないから毎年忘れるの。今年は2月の第2火曜だと勝手に思ってたら違ってた。

*向こうにケリが付いたから再開するわね。
見捨てないでいてくれた36名(2/14現在)の皆さん、本当にありがとう。 里沙子


「あんた……誰なのよ!」

 

聖堂の真ん中に変な女の子が不思議な微笑みを浮かべて、ただそこに立っている。

緊張感が張り詰め、いつになくシリアスっぽい雰囲気にあたしたちは唾を飲む。

彼女がゆっくりと白い素足で一歩一歩近づいてくる。

 

同時にあたしもルーベルも、それぞれのホルスターに手を近づける。

なんだか彼女からは人ならざる気配を感じるわ。

そして、謎の少女があたしの前に立つと、とうとうその口を開いた。

 

「寄付金払ってください」

 

「帰れ」

 

ごめんなさいね。こんなウワバミ女のエッセイに、

謎の組織だの、影で野望を膨らます能力者だのを期待させちゃったのなら謝るわ。

とにかく、金の話ならこっちのものよ。

こいつが誰かなんて、はっきり言ってどうでもいい。

変なやつならこの世界には腐るほどいる。

 

「とにかくどいてくれるかしら。あたしたち荷物抱えてんの」

 

「持ってんのは私だけどな!」

 

いつもの流れに戻ったところで、

ディスプレイの前の皆さんに、変な女の子の見た目でも説明しましょうかしらね。

服装はなんとなく聖職者っぽい感じ。黒のジョゼットとは逆に全体的に真っ白で、

縁に青いラインが走ってる。

 

首には使い道の分からない、足まで届きそうなほど、長くて細いクロスを掛けてる。

胸元には十字架が刺繍されてるわね。

肌も色白で、薄桃色のセミロングの上に、

やっぱり白くて幅の広い頭巾みたいなのを被ってる。

年の頃はジョゼットと同じくらいだけど、なんというか、

纏ってるオーラがぜんぜん違う。

 

こんなところかしら。本題に戻るわね。

ルーベルはデカい荷物をとりあえず長椅子に置いて、勝手に荷解きを始めてる。

あたしはとにかく怪しい借金取りを叩き出そうと試みる。

 

「あんた、なんの権限があってうちから税金取り立てようっての?

名前と所属機関を言いなさい」

 

「はい。わたしは、エレオノーラ・オデュッセウスと申します。

大聖堂教会から、機能を再開した教会から寄付金を徴収にやって参りました」

 

「オデュッセウス!?里沙子さん、大変です!

オデュッセウスと言えば、法王猊下のご血縁ですよ!無礼を働いたら大変なことに!」

 

「はいジョゼット黙る。

こういう、どっかのお偉いさんの親族騙って小銭だまし取る連中は、

アースにゃ山ほどいるの。大体“寄付”って自分の意志で差し出すもんでしょう。

新聞代みたいに誰かが取り立てに来るもんじゃない。そうじゃなくて?」

 

あたしはビシッ!とエレオノーラとかいう女の子を指さした。

ふふん、数多の新聞勧誘を追っ払ってきた百戦錬磨のあたしを謀ろうったって、

そうは行かないわ。彼女は相変わらず微笑みを浮かべて答える。

 

「いいえ。これは聖書の教えに基づく正当な支払いです。昨年改定された聖書によると、

マリア様のご子息、つまり、イエス・キリスト様には、

収入の10分の1を捧げなければならない。そう記されています。

そして、イエス様の教えをミドルファンタジアに取り入れたのは、斑目里沙子さん。

他でもない貴女です」

 

「うぐっ!」

 

くそっ、ただの小娘だと思ってたら結構やるわね。

なんでこいつがあたしの名前知ってるかはどうでもいい。

今まで悪目立ちしすぎちゃったからね。

確かにキリスト教には、そんな決まりがあったような、なかったような……

何か反撃の糸口はないかしら。あ、そうよ!

 

「ま、まあイエスさんに納めるってんなら払ってもいいけど、

それはあんたが本当に法王の親族だったらの話よ。何か証明書でもある?

そこのポンコツシスターでも理解できるようなの」

 

「わたくしポンコツじゃないです~!もうすぐ聖光捕縛魔法も……」

 

「でい!!」

 

「ごめんなさいごめんなさい」

 

すると、エレオノーラがクスリと笑い、

 

「書面等による証明はできません。そのようなものは持ち合わせておりませんから」

 

「ほらごらんなさい!やっぱり……」

 

「もっとわかりやすい方法がありますので」

 

「え?」

 

彼女は目を閉じ、静かに詠唱を始めた。

 

「総てを抱きし聖母に乞う。混濁の世を彷徨う子羊、某が御手の導きに委ねん」

 

そしたら、エレオノーラの姿がパッと消えてなくなった。

思わずあたしも、我関せずを貫いていたルーベルも、

隅っこで小さくなってたジョゼットも、キョロキョロ見回して彼女を探す。

すると、天井から今聞いたばかりの声が。

 

「わたしは、こちらです」

 

思わず見上げると……これにはたまげたわねえ。

真っ白なシスターがあたし達の上でフワフワ浮いてたの。

エレオノーラは徐々に下りてきて、また裸足の足でボロい木の床に音もなく降り立った。

ポカーンとするしかないあたし達に、彼女は微笑みかけた。

 

「納得して頂けましたか?」

 

「なによ!どんな手品使ったっての!?」

 

「里沙子さん!これは法王家の血を引く聖職者にしか使えない、

超上級聖属性魔法“神の見えざる手”ですよ!」

 

「オカルトか経済学かどっちかにしてよ!アダム・スミスが一体何!?」

 

「この魔法は、マリア様のご加護を受けた聖域、

つまり教会などへ自由に瞬間移動できるんです!世界中どこだろうと!

やっぱり、彼女は法王猊下のご親族なんですよ!」

 

「貴女は、よく勉強なさっているようですね。

そう、これは聖母様から賜った力の、ひとつの現れ。

……これで、おわかり頂けたと思います」

 

なるほど、教会をロケーションとしてファストトラベルできるってわけね。

オープンワールド系のゲームでは定番の機能だけど、

ファストトラベルでわかんないなら“ルーラ”って言えば伝わるかしら。

あたしは最後の抵抗を試みる。

財布から銀貨を一枚取り出して掲げた。

 

「ええと、誰の肖像が刻まれていますか」

 

「シーザーです。神のものは、神に返してください」

 

「うぐぐ」

 

イエスさんのエピソードをパクってみたけど、あっさりかわされた。それに……

う~ん、ここまではっきりしたマジック見せられたらしょうがないわね。

ため息をついて軽く両手を上げる。

 

「降参。払えばいいんでしょ。10分の1だっけ?

……まったく、税金は嫌いなものランキング第10位だってのに」

 

「里沙子さんにしてはやけに順位が低いんですね?」

 

「まあ、税収がなきゃ社会インフラが停滞して、余計面倒くさいことになるからね。

……ほれ」

 

あたしはジョゼットとだべりながら、月1万Gの教会運営補助金の一割、

つまり金貨10枚を真っ白シスターによこした。彼女はゆっくり首を横に振る。

 

「足りません」

 

「調子に乗るんじゃないわよスカポンタン!なにが不満だってのよ!

1000Gよ、1000G!雑魚賞金首1人に匹敵する金の何が足りないっての!?」

 

「貴女が教会を立て直してから開いたミサで集めた献金、その一割が含まれていません。

信者の皆々様の信仰心が詰まった献金をきちんと頂かなくては、

わたしがお祖父様に叱られてしまいます」

 

「どこまでがめついのよあんた!

ジョゼットが勝手に集めた金なんか、いくらになってるか知ったこっちゃないわよ!」

 

「あ、わたくし帳簿付けてます。ちょっと待っててください!」

 

「コラァ!あんたどっちの味方よ!」

 

住居に向かうジョゼットの襟首を捕まえようとしたけど、一瞬の差で逃げられた。

あああ!払わなくて済んだかも知れない金を払う羽目になった!

奴の小遣いから払わせようかしら!

 

しばらくして、ジョゼットが一冊のノートを持って部屋から戻ってきた。

あたしはそれをひったくると、エレオノーラに投げた。

彼女は羽根が舞うように滑らかな所作でそれをキャッチ。

 

「計算くらい自分でしてよね!そろばん一つ貸す気はない!」

 

「ご心配なく。正しく、嘘偽りない数字を導き出して、貴女に求めます。

……算術の神テレクライタよ。

某が与えし十の数、ここに集い、絡み、真実を照らし出さんことを。瞬間計数!」

 

また、エレオノーラが呪文を唱えると、ノートが光輝き、

宙に浮いてパラパラとページをめくった。

それほど厚くないノートはあっという間に最後のページにたどり着き、

また彼女の手に戻った。ちなみにルーベルは早速新しい布団を被って長椅子で寝てる。

 

「わかりました。貴女がイエス様をお迎えしてから集めた献金は5142G。

その一割、514Gを頂きたく思います」

 

「……くそっ、銭ゲバシスター」

 

あたしは小声で悪口を言いながら、デカい財布から硬貨を取り出し、また支払った。

ほんと!しっかりした集金システムですこと!

 

「確かに受け取りました。貴女がたに聖母と主のご加護がありますように」

 

「用事が済んだならさっさと帰ってくれるかしら!?」

 

「突然ですが、お願いがあるんです」

 

「一切何も聞く気はないわ!」

 

「ここ、イエス様降臨の地で、未来の後継者となるべく見聞を広めるよう、

お祖父様から命ぜられました。わたしをここに住まわせてください」

 

「寝ぼけてないで、お嬢ちゃまはとっとと帰んな!」

 

今度こそ、はっきりと聞こえるように言い放ち、親指を下に向けた。

 

「そんな……マーブル様からもここの方々は心優しい人ばかりだと伺っていましたのに」

 

あのファッションオタク、余計なこと言ってんじゃないわよ!

みんなとっくに忘れてるだろうから説明しとくけど、

マーブルってのは帝都に住んでる芸術の神。

信仰を失って住処もボロボロになってた彼女は、

やっぱりイエスさんの神としての在り方を参考にしたくて、

わざわざこんな田舎まで飛んできたの。年の瀬に押しかけてきやがった迷惑女よ。

 

で、そんな状況を利用……じゃなくて工夫して、

外壁の補修ついでにマリアさんとイエスさんの絵を描かせたの。

それを見た信者たちが噂を持ち帰って、少しずつ彼女の信仰は戻り始めたってわけで、

めでたしめでたし。で、終わりにしときゃよかったっていうのに、あのクソメガネは。

おっと、それはあたしにも跳ね返ってくるからやめときましょう。

 

「所詮噂話なんてその程度ってことよ。さあ帰った帰った」

 

「わかりました。……嗚呼、わたしを下宿させてくださる場合は、

献金に限らず全ての税を免除するとお祖父様から言付かっておりましたが、

貴女にも都合があります。仕方ありませんね、では」

 

「まーまー!そう急ぐことないじゃない!

せっかく来たんだからゆっくりしていきなさいな!

ジョゼット、ボサッとしてないで彼女にお茶!

そうだ、あんたコーヒー派、それとも紅茶派?

緑茶はあいにくこの世界じゃ手に入らないのよ~ごめんなさいね?」

 

エレオノーラがワープする一瞬前に、彼女の肩を掴んで引き止めた。

毎月1000G以上の税金が浮くなら、女の子一人住まわせるくらい安いもんよ。

確かにあたしは金持ちだけど、金ってもんは油断すると一気になくなるの。

 

「できれば、お紅茶を」

 

「うう、どっちが銭ゲバだかわかんないです……」

 

「急ぐ!」

 

「はいぃ~!」

 

ジョゼットが台所に駆け込むと、あたしはエレオノーラを長椅子に座らせた。

ルーベルは布団被ってグースカ寝てる。うん、完全にここに来た経緯忘れてるわね。

 

「まぁ、とりあえず座って話しましょうよ。ほら、隣」

 

「では、失礼して」

 

「う~ん、勉強とは言ったけど、うちはご覧の通り、

十字架が乗っかってるだけのボロ屋よ?外壁はなんとかまともになったけどさ」

 

「そんなことはありません。

この聖堂は、マリア様の愛とイエス様の神々しさに満たされています。

日々、その両方を身に浴びながら生きている貴女がたが羨ましいです」

 

「だからって、この近眼と左目の乱視が治ったりするわけでもないけどね。

まあいいわ、具体的には何かしたいってこと、ある?」

 

「この静謐な空間で聖書を学び、信者の方々と祈りを捧げ、

マリア様とイエス様のご加護を受け、この身を清めて行きたいと考えています」

 

「そんくらいなら全然OKよ。どうせ日曜ミサにはあたしはいないし、

聖書は長椅子後ろのポケットに突っ込んであるやつ勝手に読んで」

 

「貴女はミサには参加されないのですか?」

 

「あたしは自分の空間に誰かが入ってくるのが我慢ならないの。

だから、その状況から目を背けるために毎週日曜は近くの街で時間潰してる。

そっちもそっちで人多過ぎで頭が痛いけど、イライラの爆発力は前者の方が上」

 

「そんな。一度くらい神の教えを学ぶ集いに参加してみてはいかがですか?」

 

「お願い。ここで銃乱射事件を起こしたくはないの。この件についてはそっとしといて」

 

「お茶が入りましたよ~」

 

その時、ジョゼットがコーヒーと紅茶を持って戻ってきた。

あたしとエレオノーラにカップが渡る。

 

「お、ありがと」

 

「ありがとうございます。……ああ、いい香り」

 

濃いめのブラックが、心地よい刺激と香りで心を落ち着かせる。

食後のコーヒーは良いものだわね。

あ、ずっと更新してなかったから、あたし達が夕食後だってこと忘れてた。

 

「そうだ、あんた夕食食べた?あたしらは食べてきたところなんだけどさ」

 

「いいえ、まだ」

 

「そう、じゃあ、ジョゼット。今度はパンを温めて。

っていうか、みんないい加減うちに入りましょう。……ほら、ルーベルも起きる!」

 

「んが?ああ、悪りい。この布団、結構寝心地が良くてな」

 

「あんたは自分の部屋に荷物を運んでから来なさい。

それと、エレオノーラだったかしら?あんたはあたしと一緒にダイニングね。

腹を満たしてから今後の会議よ」

 

「おう、ちょっと行ってくるぜ」

 

「ありがたく、イエス様の身体を頂戴します」

 

「そういうのいいから。どうせこれから毎日食べることになるんだし」

 

 

 

だいたい10分後。あたし達は全員食卓に着いて、エレオノーラに夕食を振る舞った。

まあ、3人に囲まれて彼女一人だけでも食べづらいだろうから、

あたし達も各自コーヒーのおかわりや水を飲みながら彼女が食べ終わるのを待ってた。

 

「天にまします母なる神よ、今宵の恵みに感謝致します。あなたの限りない愛が……」

 

やっぱり聖職者だから食事の前のお祈りはするのね。

どっかの悪ガキは“メシメシサンキューバーベキュー“で済ませてたけど、

あたし的にはそっちのほうが手っ取り早くて好きよ。

エレオノーラは温めた惣菜パンをちぎって丁寧に一口ずつ食べる。

あたしなら遠慮なくかぶりつくけど、

こういうとこで育った環境の違いって出るものなのね。

 

「ごちそうさまでした。ありがとう、ジョゼット」

 

「いえ。お皿、下げますね」

 

さて、新たな住人の腹が膨れたところで今後の予定について話し合い。

と言っても、決めることなんかほとんど決まってるんだけど。

全員落ち着いたのを見計らってあたしが開口一番に宣言した。

 

「みんな。今日からこの娘、うちで住むことになったから」

 

「わたしは、エレオノーラ・オデュッセウスと申します。よろしくお願いしますね」

 

「ふーん、私はルーベル。よろしくな。見ての通りオートマトンだ。

力仕事が手に負えないなら私を呼んでくれ」

 

「北の領地出身のオートマトンの方と出会えることは滅多にありません。

どうぞよろしく」

 

「改めまして、わたくしはジョゼットと申します!

あの、法王猊下のご親族とお目にかかれて……」

 

「どうか、わたしにお気遣いなく。無理をお願いしたのはわたしなのですから」

 

「そうよ。あたしが決めたんだから、あんたが気にすることないの。

一応言っとくけど、うちでの階級は、

“あたし>ルーベル=エレオノーラ>│14万8000光年│>ジョゼット”ね」

 

「え!?なんなんですかそれ!」

 

「今までと大して変わらないでしょう。大声出さないの。次行くわよ次」

 

「女王様一人しかいない星まで行けそうです……」

 

「次は生活上のルールね」

 

「はい」

 

「あたしのやること成すことに口出さない。以上」

 

「それだけですか?」

 

「そう。具体的には毎日朝寝朝酒朝湯に溺れてても不干渉プリーズ」

 

「朝からお酒を飲まれているのですか?

お客様が見えたときはどうされているのでしょう」

 

「そこなんです~何があるかわからないのに、

里沙子さんってば、朝晩関係なく飲みたい時に飲むから困っちゃいます」

 

「グータラ生活は金持ちの特権よ」

 

「でも、今朝みたいな状況になったら流石に口は出すからな。

一応客を迎えてるってこと忘れんなよ」

 

「わかってるわよ、うるさいわねえ……

まぁ、それさえ理解してくれれば、そこそこ自由にしてくれて構わないから」

 

「はい。わかりました」

 

「んふ。飲み込みの早い子は好きよ。

あとは……あらやだ、今夜のベッドどうしましょう。

ベッドはあと2つくらいあるけど、やっぱり布団がない」

 

「それじゃあ、私のベッド貸すぜ?

一日くらい平気っていうか、元々なくても問題ないからな」

 

「だーめ。ルーベルは人の生活に慣れるのが優先。他の解決策は、と……」

 

 

 

というわけで、エレオノーラにあたしのパジャマを貸して、シャワー浴びさせて、

とりあえず今日はあたしと一緒に寝ることにしたの。

明日にはまた生活用品買いに行くことになると思うけど、

もう買い物イベントも2回目で正直読者も飽きてるだろうし、

書く方も楽しいかどうか疑問に思ってるから、次回では何の説明もなく、

唐突に彼女の布団やら何やらが揃った状態で始まる可能性があることを、

予めお断りしておくわ。

 

と言うわけで、今、エレオノーラが隣でスヤスヤ寝てる。

やっぱりジョゼットより精神年齢は高いみたいね。

馬鹿みたいなちょっかい掛けてくることもなく、布団に入るとすぐ寝ちゃったわ。

そろそろランプを消してあたしも寝ようかしらね。おやすみなさい。

 

……いつの間にかあたし含めて4人か。

割りと大所帯になったけど、拒絶反応は今のところ起きてない。

あたしの人嫌いも改善傾向にあるのかしら。

そうなったらこの企画の売りが大幅減だけど、その時はその時よ。今度こそおやすみ~

 

 



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一人焼肉って意外とハードル低いわよ。ピーク時を外して大きな店に入れば、お一人様がポツポツいる。

よく考えたら、この娘テレポートできるんだから、

わざわざ布団や私物を買いに行く意味はなかったわね。

今、実家から布団やら生活用品やらを持ってきたエレオノーラが、

ベッドにシルクのシーツを敷き終わったところ。

また買い物イベント書くのが面倒になったんじゃないかって?

そんなことはタレ派の野郎に聞いてちょうだい。あたしの知ったこっちゃないわ。

 

「ずいぶん豪華な布団とシーツだこと。

かなり昔にジョゼットが修道女は清貧が美徳だのどうの」

 

エレオノーラが白魚のような細指をほっぺにあてながら、困ったような表情をする。

 

「う~ん、わたしが買ってきたものではないので、どうにもなりません。

そもそもわたしが外に出て買い物をすることはありませんから。

身の回りの世話は、全て教育係の修道司祭がしてくれます。

わたしはお祖父様の後を継ぐため、ひたすら勉強と祈りに精を出す毎日です」

 

「買い物に行かなくて済むのは便利そう、とか一瞬思ったけど、

勉強とかお祈りとかも面倒くさそうね。

関係ないけど、法王とかの世継ぎは男性のみってイメージがあるんだけど、

あんた兄弟いないの?ドロドロした跡目争いのエピソードがあるならキボンヌ。

食事に毒入れるとか」

 

「そんな制限はありませんよ?そもそも崇める対象のマリア様が女性ですから。

イエス様も偉大な存在ですが、シャマイム教の主神はあくまでマリア様なので。

あと、わたしに兄弟姉妹はおりません」

 

「なんだつまんないの」

 

「つまんないの、ってお前……人の平和を残念がるなよ」

 

「アースの女達にはこういう醜い争いがウケるのよ。

……ところで、なんであんたらまでここにいるの。正直狭い」

 

エレオノーラの部屋に、いつの間にかルーベルとジョゼットまで入ってきてた。

なによ、邪魔だからあっちいってなさい。

 

「いいじゃねえか、新しい住人の部屋がどんなのか気になってさ。

いいだろ、エレオノーラ?」

 

「わたくしも法王家の聖女様がどんな暮らしをなさっているのか気になります~」

 

「ふふ、あいにく全部は持って来られませんでしたが、

大聖堂教会で祝福を受けた品々もありますので、興味があるならご覧になってください」

 

「あーいいのに……こいつら甘やかすと調子に乗るわよ?」

 

「この変な形の飾り一体なんだ?輪っかと十字がくっついてて、ピッカピカに光ってる」

 

「ルーベルさん、それはマリア様のお姿を模した魔除けですよ!

……わぁ、大聖堂教会謹製の聖水まで!香水のように身につけるだけで、

下級悪魔なら近寄っただけで消滅するという」

 

「違う!それはアンクって言う、エジプトって国の古代模型!

……ほら見なさい、さっさと追い出さないからややこしいことになるのよ」

 

それでも彼女はクスクスと笑いながら、

自分の持ち物を物色する変態二人を見つめている。

 

「いいんです。自分の部屋に歳の近い人がいるのは初めてで、

なんだかお友達ができたような気分です」

 

「おう!私はもう友達のつもりだぜ!」

 

「あの……もしお許し頂けるなら、わたくしもそう名乗らせて頂けると」

 

「もちろんです。改めて、よろしくお願いしますね」

 

彼女は居候共に、今度は明るい笑みを投げかけた。

よしゃいいのに。どうなっても知らないわよ。

 

「あーはいはい。あたしはただの管理人で結構ですから」

 

冷めた目で3人を見てると、エレオノーラが少し寂しそうな顔をする。

 

「里沙子さんは、お友達にはなってくれないのですか……?」

 

「あたしでいいならなってもいいけど、もし作るのなら、友達は深く狭くが基本よ。

増えすぎても面倒が増えるだけ。

アースにいた頃、同僚の女の子が絵に描いたような八方美人で、

影でLINEに返信するのに必死になってたわ。

アプリは人が使うためにあるのに、あの子は完全にアプリに使われてた。

ああなったらもう駄目ね。

悪いことは言わないから、長く付き合おうと思うならここの連中+1,2人にしときなさい」

 

「やっぱり里沙子さんの話は時々わからないです……ラインってなんですか?」

 

「メールや通話で済ませるのがどうしても我慢ならない連中御用達の謎アプリよ。

とにかく、付き合う相手は選べってこと。

……ま、こんなところね。ちゃんとした部屋になったじゃない」

 

「里沙子さんが荷解きを手伝ってくださったおかげです。ありがとうございます」

 

「いいのよ、あんたは大事な金づ……住人なんだから。

さあ、もうここはあんたの家だから、お祈りでも勉強でも好きにしてちょうだい。

あたしは奥の部屋で昼寝するから。じゃあね~」

 

あたしが愛しのミニッツリピーターが待つベッドに向かおうとすると、

ルーベルとジョゼットが余計なことを言い出した。

 

「お、おい待てよ!これで放ったらかしかよ!」

 

「そーです!いくら“神の見えざる手”で帝都と行き来ができると言っても、

教会の外は全くご存じないんですから!

……そうだ、みんなでハッピーマイルズ・セントラルに行きませんか?

エレオノーラさんに街を案内しましょうよ!」

 

「それいいな!実は私もろくに見て回ったことがないんだ。

みんなで街に繰り出そうぜ!」

 

「わぁ、楽しみです。わたし、小さな頃から教会の外に出たことがあまりないのです。

よその街にお出かけできるなんて、思っても見ませんでした」

 

ぶ・ち・こ・ろ・し・か・く・て・い・ね

 

新約になってから読んでないけど、

とにかく日に日に図々しさを増していくジョゼットには、

改めて鉄拳制裁で立場ってもんを思い知らせる必要があるわね。

みんな気づいてた?ここまで誰もあたしの意見を聞こうとしなかったことに!

 

「あんたら勝手に行ってきなさいよ!

あたしは物資の補給とやむを得ない事情がある時以外、

あの原罪のるつぼに飛び込むつもりはない!」

 

「なんだよ里沙子~冷たいぞ。

エレオノーラはまだこの辺に慣れてないんだから、

ここで預かるって決めたお前が案内してやってもいいだろ?」

 

「あ・ん・た・は!一体なんのためにここに来たの!?

確か“あたしのためにできることを探すため”だったわよね?

だったら、シスター2人の引率くらい引き受けてちょうだいな!」

 

「だって、私もまだこの辺詳しくねーもん。ジョゼットはアテになんねえし」

 

「あ、また……」

 

「あんた元旦にここきてから2ヶ月ちょい何やってたの!1回買い物には行ったけどさ!」

 

「それだけじゃん。街の様子なんかすっかり忘れちまったよ~」

 

そっぽ向いて口笛を吹くルーベル。

このアマ……!ジョゼット菌が伝染ったに違いないわね!

今日のところは引き下がるけど、何か対策を講じなければ。

 

「……滞在時間は1時間!主要施設を見て回るだけ!いいわね!?」

 

「やったぜ!」「わーい!」

 

「ありがとうございます、里沙子さん。お心遣い、本当に感謝します」

 

エレオノーラが白くて小さな手をそっと差し出す。仕方なしに握り返す。

あら、すべすべしてて気持ちいいわ。じゃなくて、

 

「ここまでのやり取り見てなかったの!?

お心遣いじゃなくて、あたしはこいつら二人にしてやられたの、謀られたの!

……いや、もういいわ。全員、出掛ける準備」

 

「イエーイ!」「わぁい!」

 

「うるさい!」

 

そんで、結局買い物イベントをやる羽目になったわけよ。

ささっと終わらせるし、なんか工夫はするからブラウザバックは勘弁ね。

少しでもやる気を奮い立たせるために、ミニッツリピーターを首に下げる。

金時計、あたしに力を分けてちょうだい。

とぼとぼ歩くあたしを先頭に街まで続く街道を歩く。

 

「エレオノーラ、この辺には金目当ての野盗や山賊が出るから気をつけて、っていうか

遭遇したら殺していいから」

 

あたしはやる気なく説明する。

 

「そんな乱暴な……里沙子さんは彼らを手にかけたことはあるのですか?」

 

「今のところは、ない。

あと、小銭稼ぎに人殺しやってる連中のほうが乱暴だと思うがどうか」

 

「世界の敵は悪魔だけではないのですね……」

 

「悪魔以外の方が多いわ。

あんたの場合、この手の小悪党は衛兵がぶっ殺してくれるから、

見る機会もないでしょうけどね」

 

「だ、大丈夫ですよエレオノーラ様!

里沙子さん、なんだかんだで優しい人だから、いつも急所は避けてますし……」

 

「うるさい。今日は機嫌が悪いから心臓ぶち抜くと思う。

……もうすぐ街だけど、主だったところ回るだけだから、さっさと終わらすわよ」

 

ようやくいつもの微妙にあたし達を疲れさせる道のりを踏破して、

ハッピーマイルズ・セントラルに辿り着いたの。

門をくぐると、いつも通りあたしを苦しめる、市場連中のやかましい声。

エレオノーラにとっては珍しいようで、楽しそうな声を上げる。

 

「まぁ、色々なお店がたくさん!とても活気にあふれています!」

 

「見た?見たわよね?じゃあ、次。薬屋に行くわよ。

市場とここさえ押さえときゃ、生活には問題ないから。

……でもよく考えたら、あんた実家からいくらでも物資を持ってこれるんだから、

やっぱりこんなとこ来る必要なかったんじゃない?」

 

「いいえ。信者の皆様の生活、息遣いを直に感じることができて、

とても勉強になります。わたしがマリア様からお預かりした力。

それをどのように発現していくべきか、きっと将来参考になるでしょう」

 

「はぁ。とことん真面目ね。じゃあ、さっさと薬屋行ってお終いにしましょう」

 

「そんな急ぐことねえだろ?他にも酒場とかいろいろあるじゃねえか」

 

「主犯格お黙り。

特に用事もないのにこんなとこに来てるのは、誰のせいだと思ってんの。

ああ、ここにダイナマイト投げ込んだらどれだけ楽しいことかしら。

梶井基次郎も、きっとこんな気持ちだったに違いないわ。

せめてレモンでも置いていこうかしら」

 

「お前さー、なんでそんな人間嫌いになっちまったんだよ。

ずっとそのままじゃ、年寄りになったらひとりぼっちで死ぬことになるぜ?」

 

「お生憎様。今の時代、結婚してようが友達たくさんいようが、

孤独死しない保証なんてどこにもないの。

最後の一瞬のために、煩わしい人生送るくらいなら、

ボロアパートの一室で腐乱死体になる方がマシよ。

ちなみにあたしの性格に関しちゃ、人間嫌いっていうか、

人に好かれようと必死になることの馬鹿馬鹿しさに気づいたって言う方が正確ね。

すがってくる連中の要求にハイハイ応えるのに疲れたっていうか。

長くなったわね。もう行きましょう」

 

「ひねくれてんな~私のやるべきこと、見つかったかも」

 

「何よ」

 

「お前を真人間にする!

私がお前に友達の作り方、幅広い人間関係の築き方を教えてやる!」

 

ルーベルがドン、と硬い胸を叩いて宣言。あたしは軽く鼻で笑う。

 

「はん、やれるもんならやってごらんなさい。

あたしは今まで通り、昼からエールかっくらって、やりたくないことは全部パスして、

面倒な奴はピースメーカーで追っ払う」

 

「お、言ったな?そのうち友達が欲しくてたまらない、って言わせてやるからな?」

 

「具体的プランは?」

 

「ない!」

 

「あんた本当ジョゼットに似てきたわね」

 

馬鹿話でずいぶん時間を使っちゃったわ。一刻も早く帰りたいのに。

あたし達は街の南北エリアをつなぐ通りに入った。

そこで、ジョゼットが袖を引いてあたしを引き止める。

 

「何よ」

 

「あの、せっかくだからマリーさんに会っていきませんか?

最後に会ったのはだいぶ前ですし」

 

「マリーはそんなの気にするような娘じゃないわよ。

頭良いから一度会った客の顔と名前は絶対忘れないし」

 

「マリーさんというのは、里沙子さんのお知り合いですか?」

 

げっ、エレオノーラに聞かれてた。

間違ってもあの娘の店に連れていく訳にはいかないわ。

違法な売り物が多い、っていうより違法じゃないものを探したほうが早い。

あたしはジョゼットを引っ張って木陰に連れて行った。

 

「お馬鹿!あの店には教会の禁制本も置いてあること忘れたの!?」

 

「あっ、そうでした」

 

「あ、じゃないわよ。あんたを除く教会関係者にアレが見つかると店がヤバいの。

戻ったらちゃんと口裏合わせんのよ?」

 

「はい~……」

 

で、あたしはジョゼットの首根っこを掴みながら2人のところへ戻ったの。

 

「どうしたんだ?」

 

「何か、問題でも?」

 

「違う違う、個人的な話。五番街のマリーの家に行ったら、

どんな暮らししてるか見といて欲しいって言われてたのを思い出しただけ」

 

「本当かー?」

 

「あんたに嘘ついてどうすんのよ、ほら薬屋行きましょ……はぐあ!!」

 

その時、ルーベル達の後ろにとんでもないのがいたのよ。

いつもの派手に染めたロングヘアに薄手のセーター、そしてダメージジーンズ。

そう、件のマリーがそこにいて、話しかけてきたのよ奥さん。

 

「おんやあ?リサっち久しぶりじゃん。ジョゼットちゃんも、おひさ~

……あれ、こちらのお二人さんはお友達かな?

段々リサっちの人嫌いも治りつつあるようでマリーさん安心だよ、うんうん」

 

「……おーい、五番街のマリーさんがいらっしゃるぞ」

 

「ち、違うの!」

 

ルーベルがジト~っとした目であたしを見る。なんか上手い言い訳はないかしら。

 

「マリー!いつも店にこもりっきりのあんたが、どうしてこんな陽のあたる場所に!」

 

「ひどいなぁ。マリーさんだって食べ物を摂取しなきゃ死ぬんだよ?

とにかく、新顔のお二人さん。よかったらウチの店に寄ってってよ。

ガラクタばっかりだし、五番街じゃなくて二番街裏通りだけど」

 

「行く行く!前は里沙子連れてってくんなかったからさ!」

 

「わたしも、とても興味があります!」

 

「じゃ、行こっか。すぐそこだから。

途中変なやつがいるけど、ジロジロ見たりしなきゃ何もしてこないから大丈夫だよ」

 

「あばばばば!」

 

自己紹介しながら勝手に裏通りに向かう3人。

ルーベルはともかく、エレオノーラに門外不出の禁制本を見られたらマズい。

おじいちゃんにチクられたら、あたしの楽園がお取り潰しになる。

迷いながら、どうすることもできずただ付いていく。

いつもの薄暗くて空気の冷たい路地を進むと、

しばらくぶりに訪れる、ボロいドアの“マリーのジャンク屋”。

みんな、とうとう入っちゃったわ……

 

「うわー!ひっでえな、こりゃ。里沙子の部屋みたいだ!」

 

「くははは!これでも一応商品の分類はしてあるんだよ~」

 

「見たことないものばかりで、とても楽しいです」

 

ブラウン管テレビにスイッチを入れるマリーになんとか近づこうとするけど、

元々狭い店内に5人も詰め込んだもんだから、動きにくいことこの上ない。

 

「わあ、箱の中で景色が動いています!これはなんという魔道具ですか?」

 

「テレビとDVD。アースから流れ着いたマリーさんのお気に入りだよ~」

 

「この、こんがらがってる線は何に使うんだ?」

 

「USBケーブル。用途は使う人次第」

 

うんしょ、よいしょ。ああ、邪魔なのよ、この不細工人形!

なんとか商品を踏まないようにマリーに近づく。

ようやく彼女に手が届くところまでたどり着くと、

気がついた向こうの方から話しかけてきた。

 

「ん~?どしたリサっち」

 

「ちょっと大事な話があるの……!」

 

あたしはマリーの耳を借りて、エレオノーラが法王の孫で、教会関係者。

つまり、ジョゼットに売ったような、教会からの流出品を見られたら店がヤバいから、

さっさと隠せってことを小声で簡潔に伝えた。

 

「ふむむ、そっかぁ」

 

「そっかぁ、じゃないでしょ!

あの子に見られないうちに、光属性の魔導書全部隠すのよ!」

 

「その必要はないと思うな~」

 

「なんでよ!下手すりゃあんたの……」

 

「もう見てるし」

 

「えっ!?」

 

振り返ると、以前ジョゼットが色々魔導書を買い漁った棚を、

エレオノーラが興味深げに見つめ、一冊取り出して開いて読み始めた。

慈しむようにページをめくり、その顔に笑みが浮かぶ。

 

「懐かしい。わたしが幼い頃、初めて覚えた術式です」

 

「あ、あ、あのね、エレオノーラ。それはなんていうか、あの、

ブックオフっていうアースの本屋が勝手に横流ししてきたやつで、

マリーは知らなくて……」

 

彼女はわたしを見ると、静かに首を横に振った。

 

「本は、人に読まれてこそ生まれてきた意味を持つものです。

わたしは、ここで幼少の思い出に浸っていただけ。

里沙子さんのご友人のマリーさんがきちんと管理してくださるなら、

わたしから何も言うことはありません」

 

エレオノーラは、パタンと本を閉じ、丁寧に本棚に戻した。

ほっとしたあたしが後ろを向くと、マリーがウィンクしてた。

まったく、肝が冷えたわよ。

最悪ピースメーカーの出番になってたかもしれないってのに。

 

「マリー、どういうつもりよ!最初からあの娘が次期法王だってこと知ってたわね!?」

 

「そうだよ。マリーさんは事情通だし、

あの格好で教会とは無関係ですって言われてもね」

 

あっけらかんと答えるマリー。本当にこの娘は……

 

「あたし一人冷や汗かいて損したわ。あれ、そういえばジョゼットは?」

 

「ふふっ。この子、ぶちゃいくだけど、なんだか愛嬌があります。

うりうり~……げはっ!」

 

家主のあたしが右往左往している間、不細工人形と戯れていたジョゼットに鉄槌を下す。

 

「痛いです~!」

 

「あんたは一体何やってんの!

切れそうなロープの上で綱渡りしてたあたしをほっぽらかして!

少なからずあんたにも関係あるってのに、全く」

 

「くははは、君達は相変わらずだねぇ」

 

「笑ってんじゃないわよ!

……で?なんでこの娘が教会関係者だと分かった上で、禁制本見せたりしたの」

 

「マリーさんは人選眼もあるのです。

シスターちゃんが頭の柔らかないい子だってことも、

ひと目見てピンと来たってことであります」

 

あたしは頭を抱えた。マリーのことは好きだけど、時々こうしてあたふたさせられる。

くたびれ果てたあたしは、そろそろ撤収することにした。

 

「みんな~帰りましょう……今日はもう疲れて里沙子さん動けない。薬屋は今度にして」

 

「大丈夫ですか?」

 

「これ以上あたしの心に波立てる出来事さえなければ、家までは帰れる」

 

「あー、その前に。このグローブ買ってくぜ。これなら殺さずに相手を叩きのめせる」

 

ルーベルが片方の古いボクシンググローブをカウンターに置いた。

 

「毎度あり。2Gだから置いといて」

 

「本当にマジで商売する気ある?」

 

「手広くやってるって言ったじゃ~ん。

じゃあ、エレオノーラちゃんもルーベルも、今後ともヨロシク」

 

「はい。きっとまた来ますね」

 

「私も!ここ、よく見たら掘り出し物が一杯あるな!」

 

「それじゃあ、マリー。またね……」

 

二人共、満足したようだから、あたし達はマリーの店を後にした。

精神的に疲れきったあたしは、また市場の方に戻る。

行きたくないけど、行かないと死ぬまでお家に帰れない。

途中でエレオノーラが背中をさすってくれてなかったら、途中で呼吸停止してたと思う。

とにかく人混みをかき分け、頭痛に耐えながら街から出ると、

ようやく息が落ち着いた。

 

「あ~!今日は散々だったわね!」

 

「そうか?私は楽しかったけどな。また行こうっと、マリーの店!」

 

「わたしも、見たことのないものばかりで、とても楽しい時を過ごせました」

 

「う~ん、あのお人形さん買おうかな。いくらするんでしょうか」

 

「どいつもこいつも、人の気持ちも知らないで……」

 

わて、ほんまによう言わんわ。

だいぶ昔に呟いた台詞を残して、あたしは帰り道をとぼとぼと歩き始めた。

後ろをついてくる連中は何が楽しいのか、笑顔で談笑してる。

はぁ、あたしのことをわかってくれるのは、あなただけよ。

あたしはミニッツリピーターを手にとり、規則正しく時を刻む秒針を見て、

わずかながら心の力を取り戻した。

 

 



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市役所に住民票取りに行った時、暇な待ち時間にパスポートでも作ろうかと思ったら5万もしたの。貧乏人は日本で大人しくしてろってことね…【魔王編開始】

「暇ねえ」

 

「暇だ」

 

特にやらなきゃいけないイベントもなければ、今は酒の気分でもない。

あたしとルーベルは、聖堂の長椅子で横になりながらだべってたの。

 

「ねえねえ、アースで働いてた頃さ、暇だって言うと

“仕事は自分で作るものどぅあ!”って、ドヤ顔で適当なこという奴が上司に居たのよ。

無いときゃ本当に無いっつーの。……あんたの周りではそういうのいなかった?」

 

「いたいた、そんな奴。みんなウザがってたぜ。

妙に一人だけ張り切って、人望もねえのに仕切りたがる奴。

私の村では毎年、村上げての間伐作業があるんだけどさ、

よっぽど仕事が欲しいみたいだから、みんなで示し合わせて、

そいつに固くて太い木ばかりが当たるように手ぇ回してたもんさ」

 

「ふふ、あんたもやるじゃない」

 

「里沙子ほどの悪知恵はねえよ」

 

「ウヒャヒャヒャ」「ゲラゲラゲラ」

 

さあ、今どっちがどっちの声で笑ったでしょーか?

……とまあ、こんな馬鹿話に花を咲かせるほど退屈極まってたのよ、あたし達は。

エレオノーラは後ろの方で聖書を読み耽ってる。

初めて会った時はどうなることかと思ったけど、手のかからない子で助かってるわ。

いつも大人しいから、ひとつ屋根の下に暮らしてても心理的負荷がほとんどない。

 

バタン!

 

「里沙子さん里沙子さん!見てほしいものがあるんです!大事なお話しも!」

 

それに比べてこいつと来たら。あたしらの憩いの時を邪魔する不届き者、

すなわちジョゼットが騒がしく聖堂に飛び込んできた。

というか、なんで外から入ってきた?

面倒だから無視してたら、あたしの前に立って勝手に話を始めた。

 

「ああ、姿が見えないと思ったらこんなところに居たんですね!ほら、これ!」

 

「うるさいわねえ。聞く気がないから返事をしなかったの。

悪いけれどそんな思い察してほしい」

 

「マリーネタ引っ張ってる場合じゃないです!

……あ、ちょっと関係あるかもしれません」

 

鬱陶しい事この上ないけど、自分の要求を押し通すまで絶対引かないこの子の図太さは、

割りと昔に述べたと思う。

あたしは仕方なく起き上がって、

ジョゼットが持ってきた紙切れを受け取って目を通した。なになに……?

 

 

『多岐に渡る才能に恵まれながら、極度の面倒くさがりで

必要最低限のことしかしようとしないSE、斑目 里沙子(まだらめ りさこ)

(中略)

しかし、そんな彼女の能力を奇妙な住民たちは放っておかず、

日々の困りごとに助けを求め、挙句の果てに魔王討伐まで任される始末。

鬱陶しく思いながらも生活費の報酬欲しさに引き受けてしまう彼女の物語』

 

 

この世に存在する印刷物の中で最も存在価値のない紙切れを紙飛行機にして飛ばした。

しばらく宙を漂ってエレオノーラの近くに落ちると、

彼女も興味深げに手に取って飛ばし始めた。

 

「ああっ!なんてことをするんですか、里沙子さん!」

 

「どうもこうもありゃしないわよ。この異世界モノの出来損ないのあらすじじゃない。

これが今更なんだっての?」

 

「そう!この物語は出来損ないなんです!」

 

「ふあぁ、そんな分かりきったこと今になって言うか?

せっかく気分良くダラケてたってのに。今日のお前ちょっとウザいぞ」

 

ルーベルは寝転んだままあくびをする。

 

「ほら、ルーベルさんにまで里沙子さんの怠け癖が伝染っちゃったじゃないですか!」

 

「本題に入るか、ゲンコツ食らうか、泣きながらお部屋に戻るか、5秒で選びなさい」

 

いつも通り右の拳にパワーチャージを始めると、

ようやく鈍くさいジョゼットが要点を口にした。

 

「つ、つまり!今のままだとこのお話は、

あらすじ詐欺になっちゃうってことなんです!」

 

ごめんなさいね。

今回はメタ話全開だけど、すっかり駄目になっちゃった、このSSの軌道修正に必要なの。

とにかく、ジョゼットの話を聞いてやってくれるかしら。

 

「……ほれ、続き」

 

「さっきの紙……ああ、エレオノーラ様まで大事な資料を!

……とにかく、わたくし達はあらすじに書いたことをちゃんとできていないんです!

今の資料によると、この話は、いろんな住人が訪ねてきて、里沙子さんがパパっと解決!

みたいな展開になってなきゃおかしいんです!

あと、魔王も倒すどころか探そうともしてませんよね。

最後に名前が出てきたのはいつでしたっけ……」

 

「魔王?ああ、そんなのあったね」

 

「過去形じゃなくているんです!

今もサラマンダラス帝国を侵略する機会を、虎視眈々と狙ってるんですから!」

 

「この国の名前聞くのも久しぶりだわ。

作者がしっかり世界設定構築しないまま書き始めちゃったから、

小二レベルのネーミングになっちゃったのよね」

 

「おいおい、それじゃあ私の故郷のログヒルズも適当に名付けたのか?」

 

「ああ大丈夫。流石にあいつも反省して、

物語の舞台に合った名前をちゃんと考えるようになったから。

ログヒルズは木がたくさんある丘陵地帯でしょ?だからLog Hillsってわけ。

サラマンダラスやハッピーターンは手遅れだけどね」

 

「あーよかった」

 

「とは言え、それでも読者が小二と受け取ってる可能性は捨てきれないけど」

 

「そう!だから里沙子さん!」

 

話が脱線したところで、いきなり肩を掴んで顔を近づけられたもんだから驚いたわ。

 

「な、何よ……」

 

「魔王を倒してください!」

 

「「はぁ?」」

 

う~ん、馬鹿だ馬鹿だと思ってたけどここまでとは。

 

「ねえ。2分ほど前にあたしが言ったこと忘れた?魔王はね、行方不明なのよ!!

いないやつどうやって殺せって言うの!」

 

「探しましょう!」

 

「は?」

 

「実は問題はもう一つあるんです。心の目でトップページのタグを見てください……」

 

「面倒くさいわねえ」

 

 

タグ:R-15 残酷な描写 オリジナル作品 不定期更新 異世界 ファンタジー

   日常 主人公最強

 

 

「これがなんだってのよ。そうね……“残酷な描写”はここに来たばっかりの頃。

そう、確かあんたが魔女集団に追われて駆け込んできた時よ。

一番アホそうなやつの指をピースメーカーで弾き飛ばしたから一応付けてるだけで、

あれ以来このタグに該当するような展開はひとつもないわねえ」

 

「そこじゃありません。ここ!」

 

「一応読者に断りは入れたけど、

内輪ネタも大概にしないと一昔前に流行ったクソアニメみたいになるわよ。

はぁ、見ればいいんでしょ。……“ファンタジー”?これがどうしたのよ」

 

「わたくし達、全然ファンタジーしてません!」

 

「あんたね、自分が分かってるなら必ず他人にも伝わってると思ったら大間違いよ。

分かるように伝える努力をしなさい。ちょっとくらいならしてるわよ。

物語開始当初、酒場で見かけたエルフ。ガトリングガンの部品作ってもらったドワーフ。

あとは……魔女大勢。そんくらいかしら」

 

「わかりました。……では、お聞きます。

今の状況は、本当に里沙子さんが望んだような世界ですか?」

 

なによ、急に改まって。うるさいのが静かになったせいで、余計空気がしんとなる。

 

「確かに、働かずに飲み食いできてる今の生活に不満はない。だけど……」

 

「だけど?」

 

「やたらタイトルの長いライトノベルみたいな世界観に対する憧れ、

みたいなものがあったのも事実よ。あくまで世界観だけよ?

いきなりレベルカンストで、出会う女の子全部とイチャイチャして、

努力もなしに皆から賞賛されて、最強モンスターも一撃、

みたいなダサい展開はいらない。

クリスタルで出来た古代の神殿、透き通るようなマナの泉、蔦の生えた古城。

そういう素敵な舞台をのんびり散歩してみたいな、って気持ちが

なかったとは言わないわ」

 

「まだ間に合いますよ!

わたくし、これでも旅の途中で世界に散らばる素敵な場所の噂を、

いくつも聞いてきたんです!さあ、今こそ出発の時です!

世界を旅しながら魔王の居所を突き止めるんです!」

 

あたしは大きく大きくため息をついた。

 

「あんた、あたしのプロフィール読んだ?あたしはアウトドア系の活動が苦手なの。

小学校の頃、運動会の途中で暑い中走り回るのが馬鹿馬鹿しくなって脱走して、

近所のコープで駄菓子買ってるところを逮捕されて母さんにビンタされて以来ね。

たとえさっき挙げたような素敵なロケーションがあるとしても、

馬車雇ったり荒れた獣道を歩いて行くくらいなら家で寝てる方がマシよ。

そういうところは大抵人が入りづらいところにあるのがお約束だからね。

エレオノーラみたいなテレポートができるならともかく……」

 

「できますよ」

 

後ろから耳に心地いい声がしたからみんな振り返る。

まさにエレオノーラがいつの間にか立ってたの。

 

「できるってどういうこと?あたしらが、あんたみたいな瞬間移動を?」

 

「はい。“神の見えざる手”は術者と輪になるように手をつなぐことで、

全員がテレポートできるのです。

マリア様のご加護を受けた地には美しい景色がたくさんあります。

ご希望ならわたしが皆さんをお連れします」

 

「それは……初耳ねえ」

 

「里沙子さん、できるんですよ!わたくし達にもまともな冒険物語が!」

 

「ふ~ん、そいつはすげえな。

ちょうど目も覚めたし、どっか面白いとこ連れてってくれよ」

 

急な展開にさすがにあたしもちょっとパニクる。う~ん、この駄文の寄せ集めが今更?

あたしとしては今のグータラ生活でも……駄目ね。弱気になってどうするの。

固着した現状を変えるには思い切りが必要よ。

確かにジョゼットの言うことは間違ってない。

このあらすじ詐欺の状況は早急に是正する必要があるわ。

とりあえずやらなきゃいけないことは。

 

1・住民連中の依頼を解決する。

2・ファンタジーする

3・魔王殺す

 

こんなところね。まず3について。

魔王が何やらかしたのか知らないけど、みんな生きていて欲しくないのは確かみたい。

生きてて誰にも喜ばれないなんて可哀想な気もするけどね。

あら?1って今までわりとやってきた気がするんだけど。

 

水たまりの魔女ロザリーと悪魔殺したり、バラライカの連中の賞金稼ぎに手を貸したり、

ファッションオタクに入れ知恵して壁画を描かせたり。

よーするに、2番を楽しみつつ、

テレテレと魔王に関する情報を集めるって展開にすれば悪くないんじゃないかしら。

うん、決まりね。

 

「ねえ、エレオノーラ。綺麗な景色が見られて、

ちょっとでも魔王のこと知ってそうな連中が住んでるところに送ってくれないかしら。

歩くの楽そうなとこプリーズ」

 

「里沙子さん!とうとうやる気になってくれたんですね……」

 

「旅行か?はいはい!私も行く!」

 

「わかりました。それでは皆さん、お手を」

 

エレオノーラが小さくて白い両手を差し出す。

あたしが彼女の右手を取って、ジョゼット、ルーベル、

最後にまたエレオノーラの左手と、輪になって手を握りあった。

 

「ちなみにどんなところに行くの?」

 

「聖緑の大森林です。樹齢2000年の神木を中心とした、

見渡す限り美しい樹海の広がる聖なる地です」

 

「とにかく清潔だってことはわかったわ。お願い」

 

「では……

総てを抱きし聖母に乞う。混濁の世を彷徨う我ら子羊、某が御手の導きに委ねん」

 

彼女が目を閉じ詠唱を始めると、両手から魔力が流れ出し、あたし達の身体を伝わり、

ひとつの光る輪になる。なんだか身体がふわふわしてきた。

どう言えばいいのかしら、エレベーターで下層に一気に下りるような、

あの感覚に似てる。光がますます強くなる。

その閃光があたし達を包み込んで、一瞬視界を奪うと……

 

「……こりゃまぁ、凄いとしか言いようがないわ」

 

「わーい!大きな木がたくさん!ああ、空気もきれい」

 

「へえ……ここの木で私らのパーツ作ったら一生モンになるだろうな」

 

「皆さん、どこもお変わりありませんか?

たまに転移魔法で酔う方もいらっしゃいますので」

 

「うちの連中がこんなもんでヘタるわけないでしょ。

ジョゼットは微妙だけど、喉に指突っ込んでいっぺん吐かせれば問題ない」

 

「それはよかったです。では、行きましょうか」

 

「あの、今ひどいこと言われた気が……」

 

「行くってどこへ?」

 

改めて周囲を見回す。東西南北どこを向いても立派な広葉樹が並んでる。

足元には柔らかな野草の絨毯。時折巻き起こる風が美味しい。

うん、なかなか良いところね。

 

「あの神木です」

 

エレオノーラが指さした先を見ると、樹海の多分中心辺りに、

大きな樹が突き出すようにそびえ立っている。

ちょっと遠いけど、見に行く価値はアリね。

神木まで誘うように広い草の道が続いてるから、

たどり着くまでに崖を登ったり、川を泳いだりしなくても良さそう。

テレポートがあるから帰りの体力も気にしなくていいし。

 

「みんな、ゆっくり歩いて行きましょう。獣の気配もしないし、焦ることはないわ」

 

「おう、身体が木でできてるせいか、なんかあったかいもんに包まれてる気がするぜ」

 

足音もしないほど柔らかな雑草を踏みながら歩くこと10分。

獣の気配はしないけど、別のもんの気配はする。

広葉樹の奥から一直線に届いてくる殺気。

気づいた瞬間、ビュオっと一本の矢が飛んでくる。狙いやすい急所は頭か胸。

風切り音の鳴る高さ、角度、あたしはそれらを総合して着弾ポイントを計算。

結果、頭をずらした。すると同時に、矢があたしの三つ編みをかすめて飛んでいった。

 

「ルーベル、GO!」

 

「任せろ!」

 

ルーベルが地を蹴って森に突進していった。

鉄のように硬いオートマトンの彼女は、弓矢程度じゃ倒せない。

しばらく争うような音が聞こえると、次第に一方的な打撃音に変わって、

やがて元の静寂に戻る。少し待つと、ルーベルが一体の人間型生物を抱えて戻ってきた。

 

「ありがと、お疲れ」

 

「楽勝。こないだ買ったグローブのおかげで殺さずに捕らえられた」

 

そして、謎の人物を地面に放り出す。あらまあボコボコじゃない。

うーん、整っ(て)た目鼻立ちに痩せ型の体型、特徴的な尖った耳。

さてはこいつ、エルフね!第一村人発見したところで、

早速尋問タイムと行きましょうか。髪を引っ掴んで顔を近づける。

 

「うぐぅ……」

 

「さあ、聞かせてちょうだいな。

あたし、あんたを一族郎党皆殺しにした覚えはないんだけど、さっきの弓は何?」

 

「黙れ、汚らわしい人間め!」

 

「意味もなく人間を憎んでる、あるいは見下してるエルフ。

まさしくファンタジーにおけるテンプレね。

でも残念だけど時代はどんどん進歩してるの。

あたしを狙った理由と仲間の居場所と魔王に関する情報と神木への道を言いなさい」

 

「お前は我々エルフの聖地に土足で踏み込んだ。仲間は神木に向かって西側に住んでる。

魔王がこの世界に完全体として現れることはない。

奴の瘴気が全ての命を殺し尽くしてしまうからだ。エサがなくなるという事だな。

神木ならもう見えてるだろう。それを目指してまっすぐ進めば迷わず着く。

……だからそいつを引っ込めろ!」

 

「んふふ、物分りのいい子は好きよ」

 

あたしはエルフに突きつけていたピースメーカーをホルスターに戻した。

拳銃の存在を理解できるほど文明が進んでるか正直心配だったけど。

 

「まあ、ひどい。少し、じっとなさってて」

 

エレオノーラが半殺しにされたエルフの側に座り込んで、彼に手をかざす。

すると、手のひらから優しい光の泡が現れ、それが音もなく弾ける度に、

折れた歯や痣を治していく。

 

「凄いです~あれは中級回復魔法。

聖女様ともなると、このレベルなら詠唱なしでも使えるんですねぇ」

 

「そういやあんたも1個回復魔法使えたわね。誰も覚えてないだろうけど。

あれはどんくらいのレベル?」

 

「えと……一番簡単なやつです」

 

「あんたらしいわ」

 

その時、なんだかエルフの様子がおかしくなった。

なぁに?殴られすぎて脳内出血でも起こした?

 

「エ、エレオノーラ様!?なぜこのようなところに!」

 

「魔王を倒す手がかりを得るために旅をしているのです」

 

「なぜ汚らわしい人間などと!護衛は私共エルフから精鋭を派遣致します!」

 

彼女はゆっくり首を振る。

 

「彼女達でなければならないのです。

数百年前にミドルファンタジアに半身を現した魔王を撃退した勇者も、

やはり人間でした。わたしは彼女達に、未だ勇者の遺物に宿る勇気を見出しました。

あなた方に勇気がないと言っているのではありません。

ただ、魔王を屠るに足る輝きを生み出し得るのは、人でしかないと信じています」

 

「尊きお方の言葉は……私には理解できない!

しかし、せめて神木までの護衛をお任せください。

先程のような揉め事も避けられましょう」

 

「はい。是非、お願いします」

 

エレオノーラはゆっくりと、頭を下げた。

 

「では聖女様、こちらへ。……おい、お前ら、遅れるな!」

 

「へいへい」

 

「現金な奴ねえ。まあいいわ、使ってやりましょう」

 

そんで。あたし達は気を取り直して、エルフの青年についていって神木を目指したの。

10分くらい歩いたかしら。最初は目を奪われた景色にも段々飽きてきて、

正直退屈になってきた。ちょっと先頭の奴をつついてやろうかしら。

 

「ねーエルフ君」

 

「うるさい!俺の名はシャリオだ!」

 

「なんで人間を汚物扱いしてるのに、エレオノーラは神様扱いなワケ?

ひょっとしてこの子、人間じゃなくて精霊とか?」

 

「いいえ。わたしはれっきとした人間です」

 

「ふん!何にでも例外はあるということだ!

エレオノーラ様は幼少の頃から汚れた人間と交わることなく、

マリア様の祝福を受け続け、その力を現世に顕すことのできる尊いお方!

人間族と我らエルフ族に等しく神の教えを説いてくださる。

本来貴様ら下郎と近づくことなどあってはならんのだ!」

 

「ふーん。で、そもそもなんで人間が嫌いなの?」

 

「チッ、黙って歩け!」

 

「あ~里沙子さん退屈すぎて、

あんたの背中に銃口向けてるピースメーカーのトリガー引いちゃうかも」

 

「馬鹿、やめろ!……約500年前だ。

サラマンダラス帝国が今の領地に分割される前、この森はもっと広かった。

我々エルフ族も神木に降り注ぐマリア様の恵みを受け、静かに暮らしていた。

だが、人間が領地争いに持ち出した火薬や鉄砲で、神聖な森に火の手が上がり、

炎は森の半分をあっという間に焼き尽くした!

エルフ族は命を掛けて消し止めようとしたが、まるで火山のように襲いかかる炎を前に、

次々と同胞は焼かれ死んでいったのだ。

……そして、全てが終わった時、我々は、何もかもを失っていた。

村も、仲間も、美しい木々も。

我々は人間族に戦争を止めるように求めたが、返ってきたのは返事ではなく鉛玉だった!

だから我々は同胞すら愛することのできない、全てを奪った人間を憎み、蔑んでいる。

この恨みは未来永劫消えることはないだろう」

 

退屈だから話を聞いてみたけど、余計退屈になったわ。

そばのエレオノーラは悲しそうな顔をしてるけど、あたしはこの子とは違う人種なの。

 

「歴史の授業ありがとね。

つまり、今を生きるあんたは何の損害も被っておらず、

あたしもあんたらに何かしたわけじゃない。

これからは無闇にあんた自身とは無関係の恨み節ぶつけるのはよしなさいな。

今日はわりと機嫌がいいから最後まで聞いたけどね、タイミングが悪いと、

悲しい思い出と一緒に脳ミソ吹き飛ぶことになるからそのつもりでね。

このアンポンタン」

 

「もう一度言ってみろ!!」

 

シャリオがあたしに食って掛かってきた。拳銃持ってるのは見えてるはずなんだけど。

根っからの腰抜けってわけでもなさそう。

 

「里沙子さん……それは乱暴な理屈です。シャリオさんもどうか落ち着いてください。

確かに、その時代を生きていなかった里沙子さんにもシャリオさんにも、

互いを傷つけたり憎む権利はないのかもしれません。

ですが、この戦乱のない時代は先人達の苦難を礎に築かれたものです。

そこに生きる以上、その歴史から目を背けることは許されないと、わたしは考えます」

 

「お人好しねえ。こういう怒りの矛先の向け方もわかんない馬鹿、ほっときゃいいのよ」

 

「だから人間は汚れていると言うんだ!

屁理屈をこねて自らの過ちから逃げ出す、そして過ちを繰り返す!

どうせ人間など自ら創造した武器で殺し合い、死に絶えるに決まっている」

 

「はいはーい。そうだといいわね~」

 

「貴様……!」

 

「いい加減になさい!!」

 

おおっ!?意外な人物から怒鳴られて流石にビビったわ。

いつも微笑みを浮かべているエレオノーラが、

眉間にしわを寄せて怒りを露わにしている。

 

「何故、人間も、エルフも!

数百年経ったというのに、どうして今なお分かり合えないのですか……!?」

 

「あー、エレオノーラ?そんなマジにならないで……」

 

「お黙りなさい!」

 

「わかった黙る。だからそんなにエキサイトしないで、ね?」

 

シスターに怒られる。なんだかデジャヴな状況ね。

下手なこと言うとビンタが飛んできそう。シャリオがエレオノーラにひざまずく。

 

「申し訳ございません、聖女様!恥ずかしながら下郎の振る舞いに我を失い……」

 

「やめなさい!」

 

「っ!?」

 

「先程はああ言いましたが、彼女の言い分にも理はあるのです。

里沙子さんは、たまたまこの時代に人間として生まれただけ。

いきなり矢を射られる理由など無いのです!

憎しみだけで命を奪うなど、マリア様の教えに背く非道な行為と知りなさい!」

 

「申し訳ございません!お許し下さい!」

 

ひたすら頭を下げるシャリオ。

エレオノーラを刺激しないように、ゆっくり近づいてみると……

やだもう、本当マヂで勘弁して。彼女の両頬に涙。どうすんの。どうすんのよ、これ。

 

「……エレオノーラ、ごめん。悪気はなくってさ、ちょっとからかってみただけなの。

もうここで銃は抜かないし、暴言吐いたりもしないから。

でも、何でもかんでも人間のせいにされたままでもいかなかったのよ。

今の人間が、どうにもできない昔の出来事で、

一方的な攻撃や罵倒を受けるのを認めることはできない。それはわかって?」

 

「……はい。大声を出したりして、すみませんでした」

 

「聖女様は間違っておりません!

……確かに、私の軽率な行動は、一歩間違えば此奴の命を奪うところでした。

一時の感情でシャマイム教の禁忌“殺害”を犯そうとした私を、どうかお許し下さい」

 

「その罪と向き合う懺悔の心は、マリア様もご覧になっています。

貴方の罪は赦されるでしょう」

 

「ありがとうございます……!」

 

ふぅ、なんとか爆弾は爆発直前で停止したわ。エレオノーラが袖で両頬を拭う。

すっかり時間食っちゃったわね。

 

「ねー、綺麗に締まったところで、そろそろ進みましょう?

もう無駄口叩かないから連れてってよ。お願い」

 

「うむ……こっちだ。もうそれほど遠くない」

 

ようやく神木に向けて前進を再開したあたし達。とんだ修羅場になるとこだったわ。

エレオノーラも怒ることがあるってことがわかったのは、ここに来た収穫ね。

ところでここはどこの領地なのかしら。

 

「ねえ、ここってどこの領地なの?馬車で来れる?」

 

「サラマンダラス帝国のどこか、としか。

聖緑の大森林の位置はエルフ族によって秘匿されていて、わたしにもわからないのです。

エルフ達が結界を張って外部から侵入できないようにしているので、

偶然たどり着くこともありません」

 

「ふーん、道理で人の気配がなさすぎると思った」

 

もう神木は目の前。でかい。この木なんの木よりでかい。横幅じゃなくて高さがね。

どれくらい高いかって言うと、この森全体を日時計にできるくらい。

 

「ありゃま。間近で見るとスケールが違うわね」

 

「はい~大きいのもそうですけど、なんだか神聖な空気も漂ってます」

 

「ヒュー、立派なもんだなぁ」

 

見上げると、空を突くほど巨大な緑。頂上が見えなくて、登れば天国まで行けそう。

歩いて木の幹を一周するのに5分掛かった。

そうそう、これなのよ。ファンタジー汁があふれ出ているわ。

時々こんなところを周りながら、適当に仕事していれば、

この増改築を繰り返して違法建築状態のSSもまともになるかも。

 

「みなさん、これがご神木です。いかがですか」

 

「すげえよ!こんなデカいのによく倒れないな!

こんだけ大きいとかえって風で倒れやすい気もするが……」

 

「ふん、2000年もマリア様の加護を受け続けた神木が、

ただの風で倒れるわけがないだろう。

……地下50mまで広く根を張っているということもあるが」

 

「多分そっちが正解なんだろうけど、そんなことはどうでもいいわ。

良いものが見られてあたしは満足よ。

もう魔王なんか別にいいから幸せ気分のままお家に帰りたい気分」

 

「駄目ですー!ちゃんと魔王の手がかりも探さなきゃ、ここに来た意味がないです!」

 

「わかってるわよ