面倒くさがり女のうんざり異世界生活 (焼き鳥タレ派)
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一応プロフィール。本編は次からよ。

氏名:斑目 里沙子(まだらめ りさこ)

 

年齢:24

 

性別:女に決まってるでしょ。

 

職業:一応システムエンジニア。外注のアホがバグだらけのゴミよこすから、

それの後始末やらされることが多い。

異世界に来てからは、金になるなら強盗・殺人以外は色々やってる。

 

スリーサイズ:全部スリムとだけ言っとく。

 

趣味:昼寝、美術品鑑賞、ゲーム(スマホゲー除く)

 

特技:難しい質問ね。強いて言えば“出たとこ勝負”。

とりあえずやってみれば出来るってパターンが多い。

 

好きなもの:

 

長くなるわよ。

 

・貴金属(成金臭い金のネックレスとかはNG。熟練した職人が磨いた、

指輪とかに加工されてない、シンプルな形のダイヤとかを眺めてニヤニヤするのが好き)

 

・エール(ビールの一種ね。ラガーもいいけど香りがたまらないわ)

 

・TVゲーム(有名所だとアサシンクリードシリーズが好きね。

別ゲーじゃ絶対登れないようなところをスイスイ上っていって、

頂上までたどり着いた時の達成感は一塩。

そこからのイーグルダイブの爽快感は何度やってもたまらないわ。

マイナーなところじゃメタルマックスシリーズ。

正直どれも売上に恵まれなかった不遇の名作よ。

頑張って4まで出してくれたけど、もうコンシューマ機じゃ新作は出ないでしょうね。

知っている人は知っているテッド・ブロイラーは、

中ボスとしては私がプレイしたゲームの中じゃ、一番おいしいキャラだと思うの。

巨大な火炎放射器、圧倒的な強さ、彼独特の台詞回しは

私の薄い胸を鷲掴みにしてくれたわ。

 

・その他、読書とかインドア系の娯楽はだいたい好き。

 

嫌いなもの:

 

・アウトドア系全般

(別に趣味自体を否定するつもりはないの。ただ疑問に思ってるだけ。

山に登ったり海で泳いだりすることに対してどうしても興味を持てない。

わざわざ休暇を使って疲れに行く理由がわからない。

子供の頃、暑い時期に炎天下にさらされるのが嫌になって、

運動会ボイコットして母さんに殴られて以来、スポーツ全般嫌いになった。

あれは涼しい晩秋にやるべきよ)

 

・混雑

(もともと割りと人嫌いなところがあるからね。USJとか無理。

アトラクション6時間待ちとか正気の沙汰じゃないでしょ。

それだけで一日終わるじゃない)

 

・日本酒

(どうしても飲めない。あの独特の臭いと味が胃袋に入ると気が狂いそうになる。

どうにか飲めるのは“すず音”くらいかしら)

 

好きなタイプ:そっとしといてくれる人、寡黙な人

 

嫌いなタイプ:飯の食い方が汚い奴

 

その他:生まれつき人より早く成長期が終わる何とかって病気だったらしくて、

見た目は高校生で止まってる。三つ編みにメガネ、

シンプルな緑のワンピースに白のストールが、

セーラー服に見えてよく間違えられる。本当間違えられる。

医者には二十歳まで生きられないって言われたらしいけど、

ご覧の通り生きてるわよ、ヤブ医者。

母さんによると、新田義貞のものすごく遠い子孫らしい。

 

 

こんなところかしら。それじゃあ、そろそろ本編に行くわ。

私のしょうもない異世界生活に興味がある物好きさんは読んでちょうだい。

 

 



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異世界で一人暮らし
近所のガキがハロウィンハロウィンうるさい


「トリック・オア・トリート!!」

 

また来やがったわね。このところひっきりなしにこれだからマヂでうんざり。

中途半端に地球と文化融合してんじゃないわよ。

大体ハロウィンが何の儀式か知ってるのかしら、あいつら。

いや、あのアホ丸出しの連中が絶対知ってるわけない。

 

とにかく、今まさに味わおうとしてた、ちょっとお高いエールをお預けにされ、

あたしはぶつくさ言いながら玄関に向かった。

ホコリまみれの聖堂にある出入り口を開ける前に、そばに置いておいた壺を持って、

仕方なくドアを開けた。

 

「トリック・オア・トリート!」

 

「うるさいわね!何回も言わなくても聞こえてるわよ」

 

ご苦労なこと。近所の村からこんな辺鄙なところまで、

わずかばかりの菓子をせしめにやってくるなんて。

あたしは間抜けな仮装をしたガキ共に、

眼鏡の奥からジト~っとした視線を投げかけるけど、やつらはそんなこと気にもせず、

 

「お姉ちゃん、お菓子ちょうだい!」

 

「わかってるわよ、ほら」

 

あたしは壺を奴らに突きつける。中を覗き込むとやつらは顔しかめて後ろに下がる。

 

「うわっ、臭い!お姉ちゃん、何これ!泥にきゅうりが刺さってるよ!」

 

「ぬか漬けよ。見てわからない?」

 

「ヌカヅケってなに!腐ってるよこれ!」

 

「失礼ね、母さん直伝の我が家の味を。一人一本だからね」

 

「いらない!お菓子が欲しい!」

 

「日本じゃこれがお菓子なの。見てわからない?」

 

「こんなの絶対おいしくないもん!もう帰る!お姉ちゃんのケチンボ!」

 

そんでガキ共は逃げるように帰っていった。よっしゃ、今回も凌いだ。

 

「最近のガキは好き嫌いが多くて困るわ」

 

そんなやつらの後ろ姿を見ながら、あたしは壺から一本抜いて

コリコリとかじりながら不敵に笑う。

さて、麦とホップしか使ってないのにフルーツの香りがする、

不思議なビールを味わうとしますか。

 

……と思ったら、ガシャコンガシャコンと派手に金属が打ち付け合う音を鳴らしながら、

ガキ共とは逆方向から身長2mはある大男がやってきた。

さすがに彼にぬか漬けをプレゼントするわけには行かないわね。

佇まいを直して彼に向き合う。

 

彼は重装甲の鎧の兜を脱ぎ、大きな声で話しかけてきた。

本人曰く、これで普通らしいけど正直うるさい。

東京なら通報されてもおかしくないレベルね。

 

「ガッハッハッ、また子どもたちをからかって遊んでおるのか」

 

「人聞きの悪いことを言わないでください。あたしが奴らに嫌がらせされてるんです」

 

焦げ茶の前髪をかき上げ大声で笑う彼は、シュワルツ・ファウゼンベルガー将軍。

このサラマンダラス帝国の、南西の端っこに位置するハッピーマイルズ領で、

軍隊長を務める傍ら、地球で言う警察に当たる自警団をまとめ上げ、

多忙な領主の代理も勤めてる忙しい人。

 

ちなみにハッピーマイルズ領はちっともハッピーなんかじゃない。

市場までは遠いし、商人は悪どい銭ゲバばかりだし、

露店の野菜にはハエがたかってるし、上下水道も通ってない。

つまり、トイレは汲み取り式で飲み水は井戸水。

 

汚水は毎月業者に金払って汲み取りに来てもらってるのよ。

まさか異世界に来てまで律儀に公共料金支払う羽目になるとは思わなかったわ。

まぁ、N○Kの連中が来ないのは助かるけど。

 

将軍をお招きする前に、そろそろ自己紹介した方がいいわね。

 

 

 

あたし、斑目 里沙子(まだらめ りさこ)。東京でSEやってる。

その日、いつも通りデスマーチ中の同僚を横目に定時で退勤して、

一人行きつけのバーで飲んでたんだけど、

ギネス5瓶開けたところで切り上げてお店を出たの。

 

その後フラフラ~と歩いてたら、ゴミ置き場でつまづいて、

ゴミで膨らんだポリ袋に頭から突っ込んだんだけど、

臭いけど柔らかいベッドから離れられずにそのまま寝ちゃったのよね。

で、目が覚めたら広い草原のど真ん中。ここはどこ?どうすればいいの?

……って普通の人は思うんだろうけど、どうしようもなく面倒くさいから

気が済むまで横になってた。

 

 

あたし、子供の頃から頭いいね器用だねって言われてきたんだけど、

そのせいで余計な面倒事頼まれることも多かったの。

親戚の子供の勉強見たり、心底どうでもいい児童館のイベントの企画立案頼まれたり。

なまじそれが上手くいくもんだから、連中調子に乗って何度も仕事押し付けてくるわけ。

やりたくないわ、って言っても母さんが、

“どうせ暇なんだからやったげなさい。それとも友達作って一緒に遊ぶ?”って言うから

少しでも面倒くさくない方を選んで引き受けてた。

そんな子供時代を送ったせいで、少しでも面倒くさいこと感じることに

過敏な拒否反応を示す性格になっちゃった。

 

 

話は戻るけど、仕事帰りに夜道歩いてたら、異世界に飛ばされたわけだけど、

それでガタガタ騒ぐことすら面倒くさい。騒いだところで地球に帰れるわけでもないし。

 

草原で大の字になって眠ってたら、誰かに肩を叩かれた。

目を開けると、戦車みたいな装甲に身を固めた変なオッサンがあたしを見下ろしてた。

思わずハンドバッグのスタンガンに手を伸ばしたけど、彼が先に話しかけてきたから、

ちょっと様子を見ることにしたの。

 

「おやおや、お嬢ちゃん。こんなところで寝ていたら野盗に攫われてしまうよ」

 

「お生憎様、これでも24なの。心配してくれたことは一応ありがとう」

 

「ハッハッハ!こいつは失敬!お詫びに家まで送ろう。

貴女(きじょ)はどこの村の住人かな?」

 

「東京青山」

 

「聞かぬ名だな。とにかく、中心街に案内する。このあたりのことは大体そこでわかる」

 

「何ていうところなの?」

 

「ハッピーマイルズ・セントラルだ。この領地の中枢部と言っていい。

商業、行政、軍事、全てを担っている」

 

「まぁ、カルト宗教みたいな素敵な名前ね。それで、あんたは誰?

よくその格好で身動きが取れてるわね。ガチャピン並みの機動力に姉さんびっくり」

 

「我はシュワルツ・ファウゼンベルガー。階級は将軍である。して、貴女の名前は?」

 

「ああ、自己紹介が遅れたわね。あたし、斑目里沙子。

ファーストネームが里沙子、ファミリーネームが斑目」

 

「うむ!以後よしなに、リサ!」

 

「誰もあだ名で呼べって言ってないんだけど」

 

「細かいことは気にするな!貴女も我を気軽にシュワルツと呼ぶがいい!ハッハ!」

 

「そのまんまじゃない」

 

豪放磊落な将軍と無愛想なあたしが舗装されてない道を歩いてると、

だんだんなんとな~くファンタジーっぽい雰囲気を感じてきたわけよ。

薪を背負った農民とか、すごい狭そうな馬車とか、三角帽子被った魔女っぽい女と

すれ違って、さすがにあたしも、もしかしたら今の状況ヤバイのかも、と思ったの。

 

で、ハッピーマイルズ・セントラルとやらに着いたら、それが確信に変わった。

なんかヨーロッパの中世っぽい街並みに人がごった返してて、

そこらじゅうに人、人、人!ああ、頭痛い。人混み嫌いなのよね。

将軍と会話してなかったら発狂してた、多分。

 

「リサ、ここが中心街である。役所で貴女の身元を確認しよう」

 

「あ、多分無駄だから。ここ、少なくとも日本じゃないし、ぶっちゃけ異世界でしょ」

 

「なら住民登録をしなければなるまい。やはり役所に行くべきである」

 

「さらっと流してくれたわね。

ここにゃ異世界からあたしみたいなのが、ちょくちょく流れてくるっていうの?」

 

「うむ。この帝国、いや、世界全土は古来より“アース”という

異次元より流れ着いた人や物の影響を受けて栄えてきた」

 

「Earth...地球か。やっぱり異世界確定なのね。面倒なことになりそう。

それで、結局帰れたやつはいるの?」

 

「着いたぞ!この古い砦を改装した建物が行政の中心たる役所である!

その歴史は数百年前のサトウキビ畑の領有権に端を発した……」

 

「聞いて」

 

とにかく、そのデカい身体を器用にそらして先に将軍がドアを通り、

カウンターのオッサンに何か喋ってる。

話がついたら、後から付いてきたあたしにオッサンが紙を渡してきた。

 

「こんにちは、お嬢ちゃん!君もアースからやってきたんだね。

おじさん達が面倒見てあげるから心配いらないよ!」

 

すごい心配。その猫なで声はやめたほうがいいわよ、怖気が走るから。

 

「悪いけどこう見えて24なの。あなたと飲み比べも出来るわよ」

 

「おおっと、これは失敬!では、この紙に必要事項を記入してね!」

 

それはともかく、公用語が英語だったのは助かったわ。

クソ面倒な試験突破して英検準一級取った甲斐があったわ。

クソとか言ったら母さんに怒られるけど、運良く今は兵庫の実家で隠居中よ。

固い木の椅子に座ってちょっと待ってると、あたしの名前が呼ばれた。

 

「はい、あなたの住民登録ができましたよ!これが身分証明書。なくさないように」

 

「ありがと」

 

一枚のカードを受け取ると、あたしの名前と、保証人欄に将軍の名前が書いてあった。

一緒に待っていてくれた彼のところに戻ってカードを見せた。

 

「おかげでハッピーターンの住人になれたわ、ありがとう」

 

「ハッピーマイルズである。さて、リサ。貴女は今夜の宿の当てはあるのかな?」

 

「ないわ。面倒だけどこれから探すつもり。お金の心配なら大丈夫。

ただ、貴金属の買い取りをやってる宝石店と、不動産屋があれば教えてほしいわね」

 

「心配無用!街の西外れにメリル宝飾店がある。魔結晶やオーブも取り扱っておる!」

 

「それはいらない。不動産屋は?」

 

「ちょうど宝飾店から右斜め向かいに小屋の看板を掲げた店がある。

そこでこの領地の不動産の売買を行っておるぞ!」

 

「お願い、いちいち叫ばないで。役所なんだから」

 

でも、周りを見ても誰も気にしていない。そいつらも大声で談笑してるから。

やっぱりファンタジー世界のノリにまだ付いていけないあたし。

 

「本当にありがとう。後のことは自分でできそう」

 

「それは良かった。また困ったことがあれば我を訪ねると良い。

この中心街のさらに中央にある城塞に勤めておる。では、さらばだ!」

 

「お世話になったわね。さようなら、元気でね」

 

役所の前で将軍と別れた。

その何枚も装甲を重ねた鎧を揺らしながら、彼は去っていった。

あたしは小さく手を振って見送る。口は悪いけどちゃんと礼も言えるのよ、知ってた?

 

早速あたしは宝飾店に向かう。西に10分程歩くと、上品な雰囲気が漂う店が見えてきた。

あたしは佇まいを直して、しゃなりしゃなりと上等なカーペットが敷かれた店に入り、

スーツを着た店員に声をかけた。

 

「ごめんくださいまし。こちらで貴金属の買い取りをしてくださると聞いたのですが」

 

よそ行きの口調に変える。下品な客だと思われると足元見られるからね。

 

「承ってございます。本日はどのような品をお売りいただけるので」

 

「これですの」

 

あたしはハンドバッグからお気に入りの金のミニッツリピーターを取り出し、

店員が差し出したサテン生地の敷かれたケースに乗せた。さらばあたしの相棒。

学生時代にヤフオクで見かけて一目惚れした気品あふれる懐中時計。

電池もなしに上品な音で時刻を知らせる、数少ない職人しか作れない熟練した技の結晶。

 

その外観の美しさだけじゃなくて機能美にも魅せられたあたしは、

学生時代はアルバイト、就職してからは初任給もボーナスも全部貯金して

ようやく手に入れたの。それ以来ずっと肌身離さず一緒だった。

 

店員があたしの宝物を手に取って、ルーペで全体を観察している。

ふざけた値段つけやがったらマヂぶっ殺。5分程して、店員が査定を終えた。

彼は驚いた様子で息をついて、

 

「これは……!結構なお品物をお持ちで。これをお売りいただけるのですか?」

 

「まぁ、それは……条件さえ見合えば」

 

店員は急いでメモに数字を書いて小さなトレーに乗せてあたしに見せた。10,000,000G。

この世界の物価がわからないから高いのか安いのかわからない。

でも、わたしは顎に指を乗せて、まぁこんなものね、というような顔をする。

 

「わかりました。この値段でお願いしますわ」

 

「かしこまりました。

金額が金額なので、少々お時間を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「ええ。構いません」

 

店員は急いで店の奥に走っていった。

え、何?なんかとんでもないことになってる気がするんだけど。

ふかふかのソファに腰掛けながら内心ドキドキしていた。

途中、女性店員が紅茶を持ってきてくれた。

なにこのお客様扱い。いや、客なんだけど、逆に怖いからやめて?

 

たっぷり15分かけて、査定した店員が重そうなズタ袋を抱えて戻ってきた。

なにそれ、もしかしてあたしの?店員は私の前にドスンと袋を置いた。

ちらっと中を覗くと大量の金貨。

 

「勝手ながら防犯上、このような袋に詰めさせて頂きました。ご確認ください」

 

「お心遣い感謝しますわ。……ふぅ、確かに。ありがとう、わたくしはこれで」

 

ぶっちゃけろくに数えちゃいないけど、

一千万通貨分の金貨を数えるなんて面倒すぎるにも程があるから、

納得したふりして立ち去ろうとした。……けど、動けない!重いのよ!

押しても引いても動かない。両足を踏ん張ってもちあげようとするけど、

ギックリ腰になりそうだから諦めた。そんなあたしを見かねた店員が声をかける。

 

「お客様、当店直属の馬車を手配致しましょうか。現金運びも担当の者が行います」

 

「はぁ…はぁ…お願い、できるかしら」

 

親切な店でよかったわ。店の裏から鋼鉄製の頑丈な馬車がすぐに来てくれた。

ガタイのいい御者の兄ちゃんが、金貨袋を軽々と持ち上げて車内に放り込んだ。

あたしも車内の椅子に座ると兄ちゃんが行き先を尋ねてきた。

 

「お客さん、どちらまで?」

 

「ああ、このあたりの不動産屋に行ってくださるかしら」

 

「すぐそこじゃあないですか。ハイヨー!」

 

兄ちゃんが手綱を振るうと馬車が走り出し……たかと思うと

2分もしないうちに止まった。

 

「ここですよ、お客さん」

 

「ありがとう。ここで少し待っていてもらえますか」

 

「へい」

 

今度は寝床を確保しなきゃ。

将軍が言っていたように、小屋の看板を掲げている店に入った。

すぐ眼鏡を掛けた小太りの店主が話しかけてきた。

 

「はい、いらっしゃい。お嬢ちゃん、どんな家を探してるのかな。

一人暮らしでも始めるのかい?」

 

しばらくよそ行き口調は続けたほうが良さそう。

どうせ不動産屋なんか人の足元見るのが仕事みたいなもんだし。

 

「失礼。このあたりで“別荘”にできるような物件を探しているのですけれど、

手頃なものはないでしょうか」

 

「ハッ、別荘って君。子供は保証人がないと物件は買えないの。

お父さんかお母さんと一緒にまたおいで」

 

こいつ一瞬鼻で笑いやがった。出力最大のスタンガンをぶっ放そうかと思ったけど、

脂で汚れそうだからやめた。あたしはさっき手に入れたばかりの身分証を見せた。

 

「わたくしこれでも成人ですの。保証人はこちらに」

 

「どれどれ……」

 

デブがカードを覗き込む。すると、みるみる顔が青くなり、いきなり態度を改めた。

 

「た、大変失礼致しました!将軍閣下のご親族とはつゆ知らず!

ささ、どうぞお掛けになってください」

 

あの人そんなに偉い人なの?

まあいいわ、デブが慌てて頭を下げる姿を見て溜飲を下げたあたしは、

椅子に腰掛け改めて用件を切り出した。

 

「土地付き一戸建ての別荘を探しておりまして。

そう……ここから遠すぎず近すぎずと言ったところがいいですわ。

近すぎると街の喧騒で落ち着きませんし、遠すぎても何かと不便でしょう?」

 

「おっしゃるとおりで!しかし……そのような条件となりますと、このような物件しか」

 

デブがおずおずと資料を差し出すと、ボロい教会の外観と間取りが書かれていた。

価格はちょうど100万G。多分金額の内訳の殆どは土地代なんでしょうね。

ところでGってなによ。ゴールド?ギル?ゴキブリ?あとで誰かに聞いとかなきゃ。

場所は……ちょうどあたしがぶっ倒れてた草原のあたりね。

別にいいわ、雨風しのげれば。

 

「決めました。この物件をくださいな」

 

「ありがとうございます!それで、お支払方法はどのように……」

 

「現金一括で。ちょうど馬車に持ち合わせがありますの」

 

「それはそれは大変結構なことで!」

 

「少しお待ち頂いてもよろしくて?わたくし一人では持ちきれないので」

 

「はいはい、どうぞごゆっくり!」

 

あたしは一旦店から出ると、御者の兄ちゃんに頼んでズタ袋を店に運んでもらった。

正直100万G数えるのは面倒くさいからデブに回収させることにした。

 

「申し訳ありませんが、わたくし疲れておりますの。この中から代金をお取りになって」

 

「はい、ただいま!」

 

デブが汗を流しながら大量の金貨を取り出し、

100均で売ってるようなコインケースに入れては計算を始めた。

御者の兄ちゃんが腕を組んで目を光らせる。

奴が金をちょろまかさないように居てもらったのだ。

20分ほどで計算が終わり、デブが額の汗を拭った。

 

「確かに頂戴致しました。はー疲れた!……いや失礼、こちらが鍵と権利書です。

では契約書にサインを」

 

「Risako Madarame...と。これでよろしくて?」

 

「はい、かしこまりました!この度はご契約ありがとうございました!」

 

あたしたちが店を後にすると、デブが店先まで来て何度もお辞儀していた。

ただの人間戦車だと思ってたけど、なんか偉い人だったのね。あの将軍様。

将軍様っていうと北のニダニダうるさい国みたいだけど。

窓から顔を出して、黙って馬車を走らせる兄ちゃんにお礼を言った。

 

「ごめんなさいね、すっかり使っちゃって。本当に助かったわ、ありがとう」

 

「……仕事なんで」

 

寡黙な男性は嫌いじゃないわ。あたしを苛つかせることがない。

ボロ教会に向かう間、しばらく兄ちゃんのたくましい背中を眺めてた。

将軍と歩いてきた道を逆戻りすると、歩きの往路とは違い、

帰りは思ったより早く着いた。あたしが倒れてたところの本当近く。

なんで気づかなかったのかと思うくらいの小高い丘に、

塗装がすっかり剥げた十字架を乗せただけのボロ屋が見えた。

 

馬車から下りて鍵を開け、住居にするには大きな扉を開けると、

ホコリ混じりの淀んだ空気が一気に漏れ出してきた。思わず咳き込む。

なにこれ予想以上に酷いわね。その汚ったねえ聖堂に驚いていると、

現金袋を持った兄ちゃんが後ろに立っているのに気がついた。

 

「あっ、ごめんなさい!袋はそこに置いてくださる?

家に帰れば後は自分でなんとかできますので……」

 

彼は黙って今にも底が抜けそうな木の床に重量のある袋を置いた。

ピシッ!と嫌な音がしたが聞かなかったことにした。

そして、兄ちゃんがぼそっとつぶやいた。

 

「……50ゴールドです」

 

Gはゴールドね。リサ覚えた!

あたしは硬貨に掘られた額面を見て50G分を渡し、彼にも10G握らせた。

 

「今日は本当にありがとう。これは感謝の気持ち、受け取って。

やっぱり男手があると助かるわ」

 

「……どうも、ありがとうございました」

 

兄ちゃんを見送ると改めて室内を見回す。うん、汚い。

とりあえず掃き掃除してモップ掛けて、ワックスかけて……

この世界ホームセンターってあるのかしら?ああ、面倒くさい!

今日はもう遅いから寝床だけきれいにしようっと。

家中探して物置らしき部屋でようやく箒を見つけたから

ベッドルームの掃除に取り掛かれた。

その前に箒自体が汚れてたから、そいつを洗うことから始めなきゃいけなかったけどね!

 

 

 

……とまあ、クソ長い回想はこの辺で切り上げて早く将軍をお招きしなきゃ。

 

「お入りになって。焼きリンゴを加えて醸造した珍しいエールがありますの。

一口いかが?」

 

「おお、それは有り難い。遠慮なくいただくとしよう」

 

あたしは将軍をダイニングに招いて、冷蔵庫からリンゴエールを1瓶取り出し、

栓を開けてグラスに注いだ。

ちなみにこの冷蔵庫は電力じゃなくてマナっていう意味不明なパワーで動いてる。

内部に小さな氷結結界が仕込んであって、

マナを動力にして冷気を吐き出してるって店員が言ってた。

マナは毎月使った分だけ魔導教会に支払うことになってる。

公共料金の払い方まで一緒なんて笑えるわ。

 

「それでは、乾杯」

 

「乾杯!!」

 

ラガービールのように一気飲みはしない。

まずは一口含んで口いっぱいに広がる香りを楽しみ、コクを十分に味わってから飲んだ。

 

「うむ、これはなかなかのものだな!」

 

「気に入って頂けてなによりですわ。

……ところで、お忙しい将軍がわざわざお越しになるなんて、一体どんなご用向きで?」

 

「実はまた貴女の知恵を拝借したくてな。

このサラマンダラス帝国を擁する、オービタル島の東に出没する海賊の

掃討作戦が実施されることになったのだが、こやつらがなかなか手強くてな。

何隻もの武装した大型船を保有しており、帝国海軍も手を焼いている。

正面からぶつかりあえば勝てない相手ではないが、

海賊ごときに国の予算を湯水の如く使うわけにもいかん。

貴女ならまた何か上手い兵法を心得ているのではないかと参上した次第である」

 

「なるほど、海賊ですか。海の戦いとなると……

この世界の技術じゃ、近接炸裂弾は、だめで……ガスタービンは作れないし……

46cm砲は……ダメダメ、もっと無理」

 

あたしがどうにか海のゴロツキ共を効率よく殺せる方法を考えていると、

一つの考えが浮かんだ。

 

「そうですわ。機雷ならこの世界の素材でも作成可能です」

 

「むむ!その機雷とは何なのだ」

 

「簡単に言うと海に浮かべる爆弾ですわ。

船が接触すると大爆発を起こして船を真っ二つにします。

まず、樽の内側に油紙を何重にも貼り付けて……」

 

「ふむふむ、なるほど」

 

「カロネード砲の射程外から威嚇射撃して挑発すれば、あとは勝手にドカンです」

 

あたしは原始的な機雷の作り方と運用法を将軍に説明した。

彼は熱心にあたしを見て聞き入っている。説明が終わると将軍は立ち上がって、

 

「こうしてはおれん!帝都に早馬を送って機雷の製法を伝えねば!

協力に感謝する!それでは御免!」

 

どうして走れるのか不思議なほどの重装備で足早にボロ教会を後にした。

なんであたしが将軍に敬語で面倒な相談を引き受けてるのかって?

まぁ、今まで散々世話になったからね。

何があったかは今度にしてね。エールがぬるくなる。

コップに残ったエールを注いで、また一口舐める。ああ、たまんないわ。

もうこの世界に骨を埋めても“トリック・オア・トリート!”

 

「うるさいわね!」

 

 



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買い物行かなきゃ。面倒くさいけど。

「あー……」

 

朝。異世界に転移してから2日目。

一人暮らしだから当然朝食を作ってくれる人なんていない。っていうか食材がない。

だからといってどうこうする気力もなく、あたしは目が覚めてもベッドに腰掛けて、

アホみたいに口開けたまましばらくボケっとしてたの。10分くらいそうしてたかしら。

これ以上じっとしてても無駄だっていう現実をようやく受け入れて、

とりあえず身支度を整えることにしたの。

 

まずは歯磨き……歯ブラシない。とりあえず井戸水で口をすすいだ。

飯はさっき言った通りなんにもない。鏡はこのボロ屋に残ってた、

端がひび割れてるやつを洗って使う。うわぁ、あたしの髪ボサボサ。

ハンドバッグに入れてた携帯用の櫛があって助かったわ。

なんとか浮浪者と間違われない程度に整えたら、いつも通りの三つ編みに結ぶ。

 

これのせいで子供と間違われて面倒な思いすることもあるけど、

楽できることもあるから今のところ変えるつもりはないわ。

訪問販売なんか、ママいないからわかりませんで追っ払えるしね。次は洋服に着替える。

着替えるって言っても昨日脱いだやつをまた着ただけなんだけど。

着の身着のままで来たんだからしょうがないじゃない。

 

とりあえずハッピーマイルズ・セントラルとやらに行って、

いるもの全部買ってこなきゃ。相変わらずホコリまみれの聖堂(玄関とも言う)から

外に出て、昨日将軍に案内された道を辿ってひたすら歩く。長い。

空きっ腹には堪えるわ。タクシーなんて気の利いたもんは走ってない。

昨日金持ちになったっぽいのに、サービスの供給が追いついてないわね。

どうしてくれよう。とにかくハンドバッグに硬貨をふたつかみ程入れてきたけど。

 

早足で20分。ようやくハッピーターンに到着すると、

もう市場は開いてて、人で溢れてた。ああ、また頭痛が。

この世からあたしと店員以外いなくなればいいのに。

とにかく飯が食いたいあたしは、早速食べ物屋を探した。限界が近いわ。

さっさとしないと無意識にそこに落ちてる馬糞食べそう。

 

すると、風に乗ってスープのいい匂いがしてきたから、

匂いに誘われるまま歩いてると、1軒の店を見つけたの。

そう、鼻はこうして使うものなのよ。

聞いてる?豚みたいに人の体臭嗅ぎまくってる某柔軟剤のCM。

西部劇みたいなペコペコ開いたり閉じたりする小さなドアを開くと、

やっぱりそこは酒場だったみたい。背後に無数の酒瓶が並ぶカウンターと、

たくさんの丸テーブル。仕事前の職人らしき連中が朝食を取ってるわね。

 

店に入ると、ガヤついてた周りが静かになって、

みんながあたしをジロジロ見てるのがわかる。お約束はやめて。

あたしはクリント・イーストウッドじゃないの。

邪魔な視線を無視してカウンターに腰掛けると、ウェイトレスが注文を取りに来た。

 

髪は紫。染めたような不自然さがないから多分地毛だと思う。

あと、おっぱいを強調した、ドレスだか給仕服だかわかんない服着てる。

わかんないなら「ディアンドル」で検索。

でかい。あたしが見とれてると、ウェイトレスが注文を聞いてきた。

 

「おはよう、お嬢さん。今朝の注文はなぁに?」

 

「これでも24なの。多分あなたより2.3個上よ。とりあえずお腹が減ってるの。

適当に朝食見繕って」

 

「あらあらウフフ、ごめんなさい。

じゃあ、白パンにサラダとシチューのセットでいい?」

 

「ええ、お願い」

 

ウェイトレスが奥に引っ込むと、手持ち無沙汰になったあたしは、

お冷をちびちび飲みながら店内を見回す。

これから仕事始めらしい職人ぽい筋肉質の兄ちゃん。朝から飲んでるオッサン。

忙しく料理を運ぶウェイトレス達。おおっ、ひょっとしてエルフってやつ?

耳がとんがってる。ますます異世界らしくなってまいりました。

……って珍しそうに見すぎたかしら。

バーカウンターでグラスを磨いていたマスターが話しかけてきた。

 

「嬢ちゃん、アースの人間かい?」

 

「そうらしいわね。将軍によると」

 

「へえ!将軍閣下とお近づきになれたとは嬢ちゃんツイてるね」

 

「本当にあの人なんなの?昨日も将軍の名前出しただけでお客様扱いだったんだけど。

実際客だったんだけどさ」

 

「立派な方さ。あの方のお陰でこのハッピー・マイルズ領は

魔族の侵攻を受けずに住んでる。領地全体の軍事や行政を一手に引き受けておられる。

とても真似できることじゃねえ」

 

「魔族?なにそれ、ややこしい連中なの?」

 

「とんでもねえろくでなしさ!魔王を頂点に魔界から悪魔を送り込んで、

このサラマンダラス帝国を乗っ取ろうと企んでる。

まあ、大抵あの方の軍隊指揮と剛剣で逃げ帰っちゃいるがな」

 

「ふーん。うちに来なきゃどうでもいいわ」

 

「どうでもいいなんてことあるか!魔王軍が本気を出せば、

奴ら一気にここまでなだれ込んでこない保証なんてないんだぜ?」

 

「な、る、ほ、ど……とりあえず身を守る準備はしといたほうが良さそうね。

ねぇ、この辺に武器を買える店はないかしら。銃があればなおよし」

 

「ここから北に行けば銃砲店があるぜ」

 

「すんげえざっくりした説明ありがとう」

 

あたしがマスターと喋っているうちに料理ができたようで、

さっきのウェイトレスが朝食を運んできた。ああ、やっと飯にありつける。

 

「おまちどうさま。たくさん食べて大きくなってね」

 

「おい」

 

「ウフフ……」

 

仕返しにスカートでもめくってやろうと思ったが、

からかうような笑顔を浮かべてウェイトレスは素早く逃げていった。

仕方なくあたしは白パンをちぎって、シチューに浸けながら食べ始めた。

 

あたしはインスタ(ばえ)とかいう害虫には寄生されてないから、

ただ黙って飯を食う。

大の大人が、飯屋ではしゃぎながらスマホでパシャパシャやってる姿は、

見苦しいことこの上ないわ。食事は静かに食うものよ。

シチューは美味かったとだけ言っとく。

 

「ふぅ……ごちそうさま。マスター、お勘定お願い」

 

「5ゴールドだよ」

 

「安っ!昨日の彼にもっと渡しとけばよかったわ」

 

あたしはハンドバッグから10ゴールド銀貨を1枚抜いてマスターに渡した。

そしてお釣りの1ゴールド銅貨を5枚受け取った。

バッグの中が見えたのか、マスターが余計なことを言ってきた。

 

「お嬢ちゃん羽振りがいいね。もしかしてどっかのご令嬢かい?ハハハ」

 

「大事なものを売ったのよ。仕方なかったとはいえ後悔してる」

 

「そいつぁ……あんたも苦労したんだな」

 

「あ……ん!?ちょっと、変な誤解しないでちょうだい!

ミニッツリピーター!超精工な懐中時計よ!」

 

「わかってる、わかってる。何も言わなくていい」

 

「やめろ!」

 

あたしが騒いでると、酔っ払いのオッサンがニヤニヤしながらこっちを見てきたので、

早々に退散することにした。

 

「二度と来るか!」

 

そう叫んで店の外に飛び出した。

……まぁ、結局この店には何度も足を運ぶことになるんだけど。

気を取り直して北へ向かう。けど、北って言ってもどこが北なのよ。

結局、昨日将軍に案内してもらった役所へ行った。

 

「ちょっくらごめんなさいよ」

 

中は相変わらずうるさい。ここで喋らなきゃいけない理由でもあるのかしら。

カウンターの客も受付もよく会話のやり取りしてるもんだわ。

とにかくあたしは昨日のオッサンがいるところに並んだ。

途中、横入りしてきた野郎の股間を蹴り上げつつ、

10分ほど待って自分の番が回ってきた。

 

「やあ、昨日のお嬢さんじゃないか。首尾はどうだった?」

 

「将軍さんのネームバリューのお陰で家も土地も手に入ったわ。今日は買い出しの途中。

後ろがつかえてるから手短に話すわよ。北の銃砲店にはどう行けばいいの?」

 

「うん、やっぱりあの方が味方だと心強いだろう!

でも、銃なんか買ってどうするんだい?その細い指じゃなかなか難しいよ」

 

「ご心配ありがとう。でもハワイのガンショップで何度も練習したから経験済み。

で、場所は?」

 

「この役所は街の中央。出口から見て右手が北さ。つまり正面が西ってことだ。

北に真っ直ぐ進めば案内板があるよ。銃の目印があるからすぐわかるさ」

 

「わかったわ。ありがとう。急いでるのはお互い様だからこれで失礼するわね」

 

「また困ったらおいで」

 

親切なオッサンと別れたあたしは、北に向かって広い歩道を歩き始める……んだけど、

後ろにくっついてる奴がいる。バレてないとでも思ってるのかしら。

そいつはいきなり走り出すと、追い抜きざま、あたしのハンドバッグを掴もうとした。

 

そのタイミングを見計らってバッグを手元に引き寄せ、

中からドン・キホーテで買ったスタンガンを取り出し、

電源を入れてそいつの背中に押し当てた。

 

「がああああ!!」

 

そいつが真正面から地面に倒れ込む。

キャスケット帽をかぶった、あまり上等とはいえない服装の少年。生きてればいいけど。

これ、リミッター外して強化クワトロバッテリーに改造したやつで

最大レベルだと牛が死ぬる。多分、さっきのバーから追いかけてきたんだと思う。

金見せたのはあの時だけだし。

 

「少年、生きてるー?」

 

「ううっ……」

 

スリの少年は立ち上がろうとするけど、

まだ電流が身体に残ってるみたいで動けないみたい。

あたしは立ったまま彼の耳元に口を寄せて囁く。

 

「もう少し相手選んだほうがいいわね。こんなところじゃ金持ちは大抵悪人。

悪人はみんなピストル持ってる。悪人だから子供撃つことなんか躊躇わない。

そんなやり方じゃ、いずれドブ川に浮かぶわよ」

 

「お前も、貴族か……!ガキの癖に……悪党だってのかよ、くそっ!」

 

「あたしがいい人に見えてるなら緑内障を疑ったほうがいいわ。

ついでに言うとガキでもない」

 

騒ぎを見てなんだなんだと人が集まってきた。

ピクリとも動かない少年と、そばに立つ怪しい女。まぁ、ちょっとした殺人事件よね。

鎖帷子を着て槍を持った兵士の一団が近づいてくる。

彼らをかき分けて、見覚えのありすぎる人が近づいてきた。

やはり一歩歩く度ガシャコンと鎧がうるさい音を立てる。

暗殺には向いてなそうね、彼。

 

「誰かと思えばリサではないか!貴女は雷属性の魔道士だったのか!?」

 

「こんにちは将軍さん。あなたのお陰でスムーズに家が買えましたわ。

やんごとなき方だとは知らずにずいぶんと失礼をしました。

……ああ、彼ですか。ただのスリです。私が使ったのは魔法じゃなくてスタンガン。

(普通なら)非殺傷性の電撃を放つ護身用の武器。

死にはしませんが、死ぬほど痛とうございます」

 

「我と貴女の仲ではないか、そう改まることはない。して、怪我はなかったのか?」

 

「私より彼の心配をしてあげたほうがよろしいかと」

 

「むむ……確かに」

 

足元の彼は未だに痛そうなうめき声を上げて立ち上がれないでいる。

スタンガンのダイヤルを見る。レベル2だけど、これはちょっと、アレだからねぇ……

お巡りさんにバレたらカツ丼食う羽目になる。

 

「すぐ、連行させよう。おい……」

 

「あ、お待ちになって」

 

部下にスリの少年を逮捕させようとした将軍を止めた。

どうせこいつ一人牢屋にぶち込んだって、

スリなんかスラム中からいくらでも湧いてくるし。

こっちが気をつけたほうが手っ取り早いわ。

 

「彼は十分に罰を受けましたので、どうかここは穏便にお願いできないでしょうか」

 

あたしは軽くスタンガンのトリガーを引く。バチィッ!と痛そうな電撃が弾ける。

さすがの将軍も一瞬目をしかめた。

 

「……確かに、これ以上の刑は死体に鞭打つようなものであるな。

貴女が良いのであれば、我はこれで失礼しよう。……さぁ、皆の者、往来の邪魔である。

散った散った!」

 

「お心遣い感謝致しますわ」

 

野次馬を追い払いながら兵士の一段に戻っていったシュワルツ将軍を、

小さく手を振って見送る。さて、問題は足元のスリ。

ようやく立ち上がろうとするが、まだ体中が痛むみたい。

 

「痛てて……ちくしょう、てめえ、覚えてろよ!」

 

捨て台詞を残して逃げ出すけど、片足を引きずりながら、

あたしが歩くより遅いスピードで懸命に前に進む。

ちょうどあたしが歩く方向と同じなんだけど、どうすりゃいいのかしら。

とりあえず銃のマークの案内板を探して歩いていると少年が叫んできた。

 

「ついてくんなよ!この悪党!」

 

「お生憎様。あたし善人じゃないけど悪党でもないの。ただ自分に正直なだけ。

銃砲店を探してるんだけど、あんた知らない?」

 

「自分で探せよ、バーカ!」

 

「教えてくれないと痺れきったケツ蹴り上げるかも」

 

「やってみろ……ってえ!!本当に蹴るか普通!?」

 

「しょうもない嘘やハッタリは嫌いなの。もう一度聞くわよ、銃砲店は?」

 

「チッ、ここ真っすぐ行けば嫌でも看板が目に入るよ!」

 

「ありがとう。はい情報料」

 

あたしは少年のポケットに銀貨2枚を入れた。

 

「いらねえよ、悪党の金なんか!」

 

「スリは悪党じゃないのかしら。情報に対する正当な対価なんだから、

意地張ってないで儲けてればいいの。それじゃあね」

 

「いつか後悔させてやるからな!」

 

「あらそう。なら住所と名前が必要ね。あたし斑目里沙子。

街から西に歩いて30分くらいのボロ教会に住んでる」

 

「あのボロ小屋?あんた貴族じゃないのか?」

 

「残念ながら生まれも育ちも平民よ。まあ、あたしの国に階級制度なんてないけどね」

 

「お前、アースから来たのか?」

 

「そういうこと。じゃあね」

 

「待て!」

 

「何よ。これから悪い奴らぶち殺しマシンを買いに行かなきゃいけないんだけど」

 

「……マーカスだ」

 

「わかった。あんたの名前はマーカスね。

次、あたしを狙う時は気をつけなさい。難易度上がってるから」

 

あたしはマーカスを残して北に進む。

確かに、グリーンに塗装された案内板が交差点の角に立って四方を指している。

その中で西方向に“ガンショップ・ピストレーロ すぐそこ”と書かれたものがあった。

左に曲がると、本当にすぐそこだった。二丁拳銃を描いたデカい看板の店。

鉄格子のかかったショーウィンドウにショットガンやライフルが並べられている。

 

店に入ると、宝石店とは違って、

顎髭を蓄えた店主のオッチャンに雑な態度で話しかけた。

ただでさえ見た目で損してるのに、これ以上舐められると、

まともなものを売ってくれない可能性が高い。

 

「ねぇ、1911ガバメントとイングラムM11ちょうだい。弾も」

 

「……ガキにゃ売らねえよ。大体なんだそのへんてこな銃は」

 

「これでも24だっての。ほら身分証。とりあえずリボルバー出しなさい」

 

オッチャンは身分証をしげしげと眺めると、ケッと不機嫌そうに窓際を指差した。

 

「指を折りたいなら好きにしろ。さっさと買ってさっさと帰れ」

 

「最初から出しゃいいのよ」

 

とりあえず大きい銃はいらない。ライフルやショットガンは、

あたしの身体じゃ撃てないことはないけど、長期戦になるとキツい。

それより扱いやすくて構造的に信頼性の高いリボルバー。

 

あたしは棚に並んだいろんな回転式拳銃を見る。

手のひらに収まるくらい小さなものから、

もうショットガンに切り替えろよ、って言いたくなるほどデカいもの。

で、そん中であたしはあるものを見つけて思わずオッチャンに声をかけた。

 

「ねえ、ちょっと!これってコルトSAAじゃないの?」

 

「名前なんざ知らねえよ。アースから流れてきた一品物だ。高く付くぜ」

 

「買うわ。他には……ワーオ、マジ?」

 

黄金に輝く超特大サイズのピストル、Century Arms M100。

9mm弾じゃなくてライフル用の45-70ガバメント弾を撃ち出すハンドキャノン。

さすがにこんなの撃てないけど、

多分これも地球からの移住者が残していったらしいわね。物珍しさに手にとってみる。

あたしはその重さに耐えきれ……る?っていうかすごく手に馴染む。なんで?

 

「ここって試し撃ちできる?」

 

「弾代は実費だ……って、まさかそいつをぶっ放すつもりじゃねえだろうな?

本気で指がぶち折れても知らねえぞ!」

 

「放っといて。さあ行くわよ」

 

店舗から廊下を渡った隣の部屋が射撃場になってて、あたしはM100を持って中に入る。

その馬鹿でかい銃に馬鹿でかい弾を込め、両手で10m先の標的を狙う。

クソ重いはずなのに勝手に姿勢が整い、木でできた人型の標的に照準が合う。

 

あたしは無意識のうちに、少しだけ息を吸い、トリガーを引いた。

爆音が廊下を通って店舗まで轟き、

オッチャンが椅子からずっこけたような物音が聞こえた。標的の頭が吹っ飛ぶ。

 

不思議だけど、間違いないわ。ミニッツリピーターの次の相棒は、こいつで決まり。

あたしは店舗に戻ると、コルトSAAとCentury Arms M100をカウンターに置いた。

 

「これちょうだい。弾を100発ずつ。あとガンベルトも」

 

「……全部で1750Gだ。ガンベルトはサービスしとくぜ。

なあ、嬢ちゃん。この化け物銃で何と戦うってんだ?」

 

「万一の保険よ。魔族っていうならず者がいるって聞いた」

 

「確かにそいつなら悪魔も殺せるだろうが……マジにやる気なのか?」

 

「向こうがちょっかいかけてくるならね。

面倒くさいけど、大人しく殺されてやる気もないの」

 

喋りながらあたしはハンドバッグから苦労して1750Gを取り出した。

どうせならクレジットカードや紙幣制度も流れてきたらよかったのに。

大きな買い物するにはちょっとした覚悟がいるわね。オッチャンも数えるの大変そう。

 

「……確かに。ほらよ、ガンベルトだ。締め方わかるか?」

 

「ええ、ハワイで習ったわ」

 

さっそくあたしは細い体にガンベルトをしっかり巻きつけ、

腰にコルトSAA、左脇にCentury Arms M100を差した。装備はバッチリ。

食料は役所近くの屋台村で野菜やパンを売ってる店がひしめき合ってたから

迷うことはないわ。さっさと用事済ませて昼寝しようっと。

 

「邪魔したわね」

 

「またうちで無駄遣いしてくれよ、嬢ちゃん」

 

ガンマンになったあたしが店を出ると、他に必要なものがないか考えた。

まず食料、歯ブラシと、贅沢言えば最低限の化粧品くらい欲しいわね。

あ、大事なの忘れてた。生理よ“おーい”誰よ鬱陶しいわね。

銃砲店の向かいにある薬局から店員らしき女の子が手招きしてる。

ああ、ちょうど良かったわ。生活必需品は一通り揃いそう。

あたしは誘われるまま店に入っていった。

 

店の中は少し薬品の臭いが漂っていて、四方の棚にいろんな薬が並んでた。

やっぱり薬だけじゃなくて、マツキヨみたいに歯ブラシとかも置いてたわ。

銃砲店と並んで今後も通うことになりそう。

で、あたしを手招きした店員が近寄って来ていきなりあたしの手を取った。

 

「な、なによ」

 

「ふふっ、銃声がしたもんだから、どうせ指を痛めたんだろうと思って。

手当してあげる。当然代金はもらうけど」

 

コロコロと可愛い声だがしっかりしてるとこはしっかりしてる。

見た目も結構可愛い。ムカつくわ。ブルーのロングヘアに、

身体のラインを強調するぴっちりしたナース服にナースキャップ。

目鼻立ちもカワイイ系と美人系が3:7ってとこかしら。

ガールからレディになりかけっていう一番おいしい時期ね。

 

「残念だけど銃は心得があるの。どこも痛くないわ」

 

「あら、何か爆発したかと思うくらい大きな音だったから、

てっきり人差し指脱臼して泣いてるかと思ってたのに」

 

「蹴るわよ」

 

「うふふ、ごめんなさい。用がなかったならごめんなさい、お茶でも飲んでく?」

 

「いらないわ。でも用ならある。生活用品一式と化粧品探し求めてんの」

 

「あるわよ~そこの棚に大体並んでる。最近引っ越してきたの?」

 

「引っ越したっていうかワープしてきたって言った方が適切だわね。

気がついたら町外れの草原で寝てた」

 

「あらあら。アースのお客さん?」

 

「そういうこと。今は所持品売っぱらって買ったボロ屋で寝泊まりしてる」

 

あたしは似非ナースと雑談しながら買い物かごに次々雑貨や化粧品を放り込む。

歯ブラシ、石鹸、シャンプー、洗剤、ファンデーション、口紅……

いろいろあったけどキリがないからこの辺にしとくわ。

とりあえず女子の一人暮らしに必要なものは大体揃ったと思ってちょうだい。

重たい買い物かごをカウンターにどすんと置く。

 

「まぁ、たくさん買ってくれてありがとう。でも計算が面倒くさそう」

 

彼女はマイペースに一つ一つ商品を手にとって、そろばんで計算し始めた。

 

「あたしと気が合いそうね。あたし斑目里沙子。あんたは?」

 

「アンプリって言うの。この薬局の薬剤師と医者の真似事やってる。先生は今留守。

商品の仕入れとかは別の職員の担当。

……ところで、そんな大きい銃買って賞金稼ぎでも始めるの?」

 

「賞金稼ぎ?なにそれ」

 

「この街の中央にあるバーの隅の隣に駐在所があるんだけど、

そこに指名手配のポスターがいくつも貼ってある。

基本的にデッド・オア・アライブだから、

貧乏極まって死ぬしかなくなったらチャレンジしてみるのもいいかもね」

 

「真っ平よ、そんな面倒なこと。これでもそこそこ蓄えはあるの」

 

彼女は大量の物資の値段を計算しながらもおしゃべりをやめない。

頼むから計算ミスらないでよ。

……でも、待ちなさい。もしかして、賞金首を文字通り首だけにして持っていけば、

ミニッツリピーター買い戻せるかも?ちょっと興味が湧いてきたわ。

あたしはアンプリに後ろの棚の代物を注文した。

 

「ふぅ、やっと終わった。買い物袋を出して。詰めるから」

 

「レジは無い癖にエコバッグは普及してるのね。

それより、後ろのそれもついでにちょうだい」

 

「あら、心臓でも患ってるの?」

 

「……知り合いのおじさんの友達がね。とりあえず2瓶。ほら、バッグよ」

 

折りたたみ式のエコバッグを渡すと、アンプリは購入品全部を詰めてくれた。

 

「全部で124Gね」

 

「ちょっと待って。ええと、100G硬貨が1枚と……」

 

ハンドバッグの中身をじゃらじゃら言わせながら代金を引っ張り出す。

小銭入れでも買おうかしら。でも小さいケースに入る金額じゃ大したものが買えない。

本当面倒なシステムね。とりあえず金を払ってバッグを受け取った。

 

「ありがとね。賞金首にやられたらうちに来てね、里沙子ちゃん」

 

「殺るかどうかは決めてないわ。面倒くさそうだし。それじゃあ」

 

重い銃と重いバッグのせいで早くも歩いて帰るのが面倒になる。

とりあえず役所まで戻って、

市場で保存の効くパンをいくつか買ったところで限界が来た。

調味料とか野菜とかは今度にする。

さぁ、帰ろうと思ったところで、偶然駐在所の前を通りかかった。

開けっ放しの出入り口から居眠りする警官の姿が見える。

これじゃあ、指名手配に頼らざるを得ないわね。

そばの掲示板に張り出された手配書を見てみる。

 

・龍鼠団首領 キングオブマイス 1000G

 

頭の悪そうな名前。金額からして、“面倒だから誰か殺ってくれ”ってところかしら。

 

・射殺魔 レオポルド・ザ・スナイパー 15000G

 

なるほど、本当に手を焼いてるのはこういう奴ね。

でも懐中時計を買い戻すには全然足りない。

ボロ屋買うのに100万使ったし、その他諸々含めるともっと必要ね。

 

・魔王 10,000,000G

 

あらシンプル。要するにこいつをぶっ殺せば、

愛しのミニッツリピーターを買い戻せるってわけね。

でもどこにいるかもわかんない奴を殺すのは流石に無理ね。機が熟すのを待ちましょう。

 

気が済むまで手頃なターゲットを見てたけど、

魔王以外は、全部倒したところで一千万Gには遠く及ばない連中ばっかりだった。

もう帰りましょう。あとしばらくは愛しの金時計とはお別れね。

あたしはハッピーマイルズを後にして帰路に着いた。

 

 

 

「あ~疲れた」

 

我がボロ屋に帰り着くと、あたしは荷物を放り出して、歯ブラシと歯磨き粉、

それとパンだけを取り出し、水と惣菜パンだけの寂しい夕食を済ませた。

それから井戸のそばで、朝から磨いてなくて気持ち悪かった歯を磨く。

ああ、歯を磨くってこんなに爽快なことだったのかしら。

 

母屋に戻ると、疲れたからもう寝ようと思ったけど、

ベッドルームにあったコート掛けに引っ掛けたガンベルトを見て思い出す。

う~ん、とりあえず武装は今日中に固めようかしら。

面倒くさいことは放置しておくともっと面倒になる。

あたしは薬局で買ったニトログリセリンを取り出し、

倉庫にあったガラクタをかき集めて、あるものの作成に取り掛かった。

 

「やあ、ゴロリ君、今日は(ピー)を作るよ!たーのしみだな~♪」

 

一人芝居をしながらも慎重に作業を進める。1時間半ほどで材料が尽きた。

5本もあれば十分ね。とりあえずそれで満足したあたしは、

風呂に入ってなかったことに気づいたけど、

今更何度も井戸水組み上げるのが面倒でそのまま寝てしまった。

まあ明日でいいや、面倒だし。おやすみなさーい。

 

 



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魔女とシスターが来た
さっそくエンカウント。どいつもこいつも自分のことばかりで嫌になるわ。人のこと言えないけど。


「ああもう、面倒くさい!無駄に広いのよ一人暮らしに一軒家は!」

 

ザッ、ザッ、と乱暴にすっかり色あせた木の床に箒をかける。

今日もあたしは昼寝の予定をキャンセルして、

せっせと聖堂と住宅スペースの掃除をしてたわけ。

地球にいたころは1LDKの一人向けマンションだったから、

掃除なんか目に付いた時にホコリをモップがけする程度で済んでたけど、

この名前だけの教会は腐っても二階建てなもんで、掃き掃除するだけでも辛い辛い。

 

「メイドさんでも雇おうかしら。

……ダメダメ、自分ちに他人入れるとか金でストレス買うようなもんよ」

 

ぶつくさ言いながらも律儀に精を出してるのはちゃんと理由があるの。ネズミ。

ネズミごときで悲鳴上げるほど可愛い女じゃないけど、

伝染病を媒介する存在に頭上を走り回られちゃ安心して昼寝もできないわ。

殺鼠剤撒くところにゴミが溜まってたら効果が減少するから、

こうして高いところのホコリを落として、そいつを掃き掃除してるってわけ。

 

「今日はもう限界。飯にしようっと」

 

あたしは長椅子に箒を放り出して台所に向かう。ど、れ、に、し、よ、う、か、な、と。

街の魔道具屋で買ったマナ式氷結風対流庫(要するに冷蔵庫)を開いて、

牛乳瓶とパンをひとつ掴む。こないだ冷蔵庫買おうと街をさまよってたんだけど、

さっぱり電器店が見つからないの。仕方なくそこら辺の人に聞き込みしたら、

まさか魔道具屋にあるとは盲点だったわ。魔法なんか使わないし。

 

とにかくテーブルについて牛乳瓶のキャップを開けて一息。と思ったら、

ドンドンドン!とうるさく玄関を叩く音が聞こえてきた。誰よ人の飯時に。

ひとつため息をついて、チーズ蒸しパンを咥えながら聖堂に逆戻りした。

あたしはドアを開けずに向こう側の誰かに問いかける。

 

「はへよ(誰よ)。ひんふんははひははひは(新聞ならいらないわ)」

 

“助けてください!悪い魔女に追われているんです!”

 

口の中の一口を飲み込んで返事をした。

 

「厄介事はお断りよ。警察に通報しなさい。ここの警察組織とかよく知んないけど」

 

“そんな!ここは神のお住いになる教会でしょう?

お願いです!哀れな子羊をお救いください!”

 

「神ならとっくに死んだわよ。ニーチェも言ってたじゃない」

 

“なんてことをおっしゃるの!?私は遍歴の修道女、ジョゼットです。

どうか、狼藉者から助けてください!”

 

「あたしはゴルゴ13でも中村主水でもないの。

野盗退治なら街の賞金稼ぎに500Gでも握らすことね。それじゃあ」

 

あたしが奥に戻ろうとすると、ドアの向こうから争うような声が聞こえてきた。

 

 

“見つけたよ!さあこっちに来な!ほらあんた達、新鮮なシスターの血が手に入ったよ!

うちに帰ったら石臼ですりつぶして肉は丸薬、血は悪魔召喚の触媒にしてやるから

楽しみにしてな!”

“えっへへ、ババ様やるぅ!”

“いや、離して!”

 

 

可哀想だけど、護衛も武器もなしにこんなとこぶらついてたらこうなるわよね。

あたしは牛乳でチーズ蒸しパンを流し込みながら昼寝に戻ろうとした、んだけど……

 

 

“へっ、なんだいこの目障りな十字架は!

ステイシー、こんなゴミ屋敷燃やしちまいな!”

“りょーかーい、ババ様!”

 

 

ふざけんじゃないわよ!ここ燃やしたいなら200万Gよこしなさい!

あたしは慌ててドアを開けると、

杖を掲げてぐるぐる回してた金髪ツインテールの眼鏡に、思い切り牛乳瓶を投げつけた。

赤いローブとマントを着ていたガキの頭に大命中。

 

「痛ったああい!」

 

奴が詠唱(みたいなもの)をやめて悶絶する。

よく見ると、ババア1人とうずくまってる奴含めて若いの4人。

魔法を使う野盗かなんかかしら。相変わらずこの世界の仕組みはよくわかんない。

 

「だ、誰だいあんたは!?」

 

ババアが驚いてあたしを見る。驚きたいのはこっちよ。全員仲良く三角帽子を被って、

いかにも、わたくし魔女ですのオホホと言わんばかりの全身を覆うローブを着てる。

違うのは色と柄くらい。使う魔法によって色変えてるのかしら。

 

もう少しおしゃれに気を使ったほうが良いんじゃない?人のこと言えないけどさ。

そんなどうでもいいことを考えてると、涙目の金髪眼鏡が立ち上がって、

頭をさすりながらあたしを指差す。

 

「痛いわね!あんたこの教会のシスター?

この、火柱のステイシーに手を出したこと、後悔させてやるわ!」

「お願いですシスター!神のご加護を!」

「生意気な小娘だね!あたしら“魔狼の牙”に手向かいする気かい?」

「ねぇ、お婆。こいつ、あたいに殺らせてよ。聖職者殺すのは久しぶりでさぁ。

最近の教会は無駄に守りが固くって」

「相変わらず血の気が多いねえ、氷殺のアリーゼ。ああいいとも。

こいつの手足を氷漬けにして叩き折ってやんな!」

「だめよ、お姉様!こいつはステイシーが焼き殺すのー!」

 

長え。

とにかく埒が明かないからまずこっちの用件を突きつけることにした。

黒いベールの修道服を着た女の子がババアに捕まってる。

なるほど、この子がジョゼットね。あたしなら腹に肘鉄食らわせてとっと逃げるけど、

怯えきってる彼女はそんなこと考えもつかないみたい。

 

「聞きなさい。ハロウィンなら先週終わったわよ。わかったならさっさとお家に帰って、

そのアホ丸出しの格好から着替えなさい。ついでにそのシスターも置いてって。

そいつには聞きたいことが山ほどある」

 

「あんだとコラァ!あたしらの正装にケチ付けるたぁ、生きて帰れると思うなよ!!」

 

グリーンのローブを来た乱暴な口調の魔女が食って掛かる。

そういえばこいつらの服ゴレンジャーみたいね。

初代の黄色は残念なことになっちゃったけど。

 

「帰るもなにもここはあたしの家よ。

あんた、あたしと一人称同じだとややこしいから“アテクシ”に変えてちょうだいな」

 

「てめえ!舐めた口聞けるのも今のうちだぞ!

……脈動せよ、怒れる大地、山岳、我が問いに“あーだめー!”

なんだこの野郎、うるせえな!」

 

一瞬辺りの空気がビリビリと震えるのを感じた。多分魔法の詠唱を始めたんだろうけど、

牛乳瓶に遮られて不発に終わった。

そろそろこの茶番にも飽きたからベッドで昼寝がしたいんだけど、

こいつらが帰ってくれない。

 

「こいつはステイシーが殺すのー!」

 

「チッ、ならさっさとしろよ!」

 

「りょーかい、サンドロック姉様!そこのあんた!

よくもステイシー達をコケにしてくれたわね!

そのボロ小屋ごと消し炭にしてやるから覚悟しなさい!」

 

赤色がぴょんぴょん跳ねて全身で怒りを表現する。うんざりする。

状況に一向に進展が見られない。いい加減眠くなってきたわ。

この辺でケリをつけようかしら。

 

「それは宣戦布告の通達と捉えていいのかしら」

 

「当たり前じゃん!」

 

「そう。ならしょうがないわね。先手は譲ったげる」

 

「アハハ……ねぇ?人間を焼き殺すのって楽しいのよ!

どんな鎧を着た兵士も炎に包まれると、熱い熱いって泣き叫びながら……」

 

「それが先手でいいのかしら」

 

「邪魔しないでよ、うるさいわね!」

 

「ああ、それとちょっと動くわよ。家に燃え移ったら面倒だから」

 

「あー、勝手に動くなー!」

 

あたしは頭の軽そうなガキを無視して太陽に背を向ける。

これで何か飛んできても教会に当たることはない。

あたしは何も言わず軽く両腕を広げて奴を挑発する。

さっそく左手に杖を持ってなにかブツブツ言い始めた。

 

「もういい、頭ったま来た!

……収束する生と死、混沌と光に有りて相反する者、我が眼が捉えし者へ、

其の終焉を今ここに!光あれ、ファイアディザ……」

 

乾いた銃声が奴の口上を遮る。

ステイシーとかいうガキの杖の先端に火球が現れた瞬間、

極端なカーブを描くグリップが特徴のコルトSAA(ピースメーカー)でクイックドローを放ち、

奴の左手を撃ち抜いた。

さすが200年も作られてるだけあって安定した性能ね。

西部劇に出てくる拳銃は大体これだと思ってくれていいわ。

 

「あ、あ、……痛ったあああ!!痛い、痛いよ!

ステイシーの左手……どうしよう、うああん!!」

 

ピースメーカーをぶら下げながら奴に近づく。

大量出血する左手をかばって大声を上げて泣いている。

周りにはちぎれた指が3本落ちてるわね。これでも感謝してほしいわ。

ちゃんと決闘のルールに従って相手が抜いてから撃ったし、

頭は牛乳瓶の一撃で痛いだろうから外してあげたのよ。

あたしはステイシーに銃口を向けたまま問う。

 

「ねぇ、次は?」

 

「痛い!痛い!ババ様ぁ、左手なくなっちゃったよう……」

 

「チィッ、ガンナーか!全員、魔障壁を張るんだよ!どけ!」

 

「キャ!」

 

ババアがジョゼットを放り出し、泣きじゃくるステイシーを無視して、

残りの仲間に指示を出した。

冷たいと思う連中もいるだろうけど、死んだも同然の脱落者に構うより、

残りのメンバーの維持に考えを切り替えるのはリーダーとしては正しい選択よ。

さて、次はどうするべきかしら。とりあえず自由になった邪魔な人質を退避させる。

 

「ジョゼットって言ったかしら。中に入ってなさい。っていうか後で大事な用がある」

 

「は、はい!」

 

あたしは黒衣の修道女が中に駆け込むのを見ると、残り4人の魔女と相対した。

皆、いつの間にか身体の前に輝く魔法陣を浮かべている。

生半可な攻撃じゃ通らなそうね。

 

「よくもやってくれたね!あたしの娘を傷物にしてくれた礼はたっぷりしてやるよ!」

 

「そんなに可愛いなら助けに来てやったら?

うっかりあんたに銃口が向いて暴発するかもしれないけど。

ごめんね、この銃引き金が軽いの」

 

「バカが!ガンナーの玩具で魔法使いのバリアが破れると思うてか!

……ああ、可哀想なステイシーや、こいつをなぶり殺しにしたら

すぐに薬草を擦ってやるよ!」

 

「悪いけど多分この展開のペースだと間に合わないわよ。

出血量から考えて15分がいいとこね。

……ステイシーって言ったわね。あんた、死にたい?」

 

「ぐすっ……いやああ……

ステイシー、ババ様みたいな立派な魔女になって、絶対幸せになって……」

 

「だったら得意の炎で傷口を焼き潰しなさい。

そのまま血を垂れ流してたら、あんたらの大嫌いな教会の前で死ぬことになるわよ」

 

「えっ……焼くの?だって、そんなの……怖い」

 

「あたしは死ぬほうが怖いわねえ」

 

するとステイシーは、そこそこ可愛いのに涙と鼻水で台無しになった顔の前に、

ボロボロになった左手を持ってきた。

そして、決意したようにギュッと目をつむり、ボソボソと呪文を唱え始める。

 

「ううっ……我が左、邪悪な右の爪痕をかき消すがいい……ファイア」

 

短い詠唱を終えると、ステイシーの左手が燃え上がる。

彼女が隣の領地まで届かんほどの悲鳴を上げる。

 

「キャアアアア!!熱い!熱いぃ!ババ様ァ、どうしてステイシーばっかりこんなあ!

うあああん!!」

 

「もう少しだから我慢おし!」

 

ステイシーは草の上を転げ回りながら泣き叫ぶ。肉の焦げる臭いが辺りに広がる。

他の魔女も思わず顔を背ける。あたしはぼんやり眺めながら考える。

最近なんとなくひもじいと思ったら肉食べてないわね、今度サラミでも買ってこよう。

そうこうしてるうちにステイシーの傷が塞がったみたい。

塞がったというより潰れたという表現が適切だけど。

彼女は急いで、姉妹の1人の元へ走っていった。

 

「冷やして!アリーゼ姉様!熱いよう!」

 

「落ち着いて、もう大丈夫だから!」

 

まぁ、氷の魔法を使うんでしょうね。水色のローブの女のところに行ったわ。

思った通り、ステイシーの左手を冷たそうなスライムで包んでる。

気の毒に、綺麗だった手がケロイド状に焼け焦げてる。

処置が終わったらババアが大声を張り上げた。

 

「やっちまいな!このクソガキをぶっ殺せ!」

 

ぶっ殺せ。つまり宣戦布告。つまり逆にこいつらを殺しても私に法的責任はない。

正当防衛ってやつよ。そんなことを考えてたら、

魔女たちが距離を取りながら、それぞれ呪文の詠唱を始めた。

あたしはピースメーカーでとりあえず一番近くにいた緑色の魔女を撃つ。

銃弾は命中したけど、魔法のバリアを激しく揺さぶっただけで止められた。

なるほど、強度はこんくらいね。

 

「ふん、間抜け!銃がなきゃ何もできないガンナーが、

魔女に勝てるとでも思ってんのかよ!」

 

今日のところはピースメーカーはお終い。今度はこいつの出番かしら。

その前に厄介なバリアについて分析しなきゃ。

 

「銃に限らず便利なものはなんでも使うわ。よろしく、あたし斑目里沙子。

最近見た映画はマグニフィセント・セブンよ」

 

そして手を差し出す。彼女はあたしの手をパシンとはたき、

 

「バカかテメエ!?

なんで殺し合いの相手、妹分の仇の手ェ触らなきゃならねえんだよ、ボケが!」

 

「あら冷たい。敵同士でも礼節というものはありましてよ」

 

なるほどね。

その時、サンドロックとかいう魔女の向こうから、

黄色いローブを着た魔女が詠唱を終え、指先から稲妻の球体を放ってきた。

あたしのスタンガンLv6くらいの電撃が迫ってくる。

慎重にタイミングを見計らって、と。

 

「ちょ~っとごめんあそば、せっ!!」

 

「なっ!!」

 

すかさずサンドロックのローブを思い切り引っ張り、彼女を電撃の射線上に蹴飛ばした。

当然直撃を食らうのは彼女でありまして。

 

「げああああああ!!」

 

強烈な電撃を浴び、全身を痙攣させながらその場に倒れ込むサンドロック。

ババアや氷、そしてフレンドリーファイアを起こした雷の魔女が混乱に陥る。

緑の魔女が体中から煙を出しながら、首だけを回してあたしを睨んでくる。

 

「てめえ、よくも、あたしを……」

 

「近くにいたお前が悪い。どっかの脱走犯の名言よ」

 

「汚え真似を……」

 

まあ、読みが当たって良かったわ。

バリアが何でもかんでもシャットアウトするなら、こいつらはとっくに窒息死してるし、

さっき形だけの握手を求めたとき、奴の手が触れた。

つまり、魔女のバリアはある程度殺傷能力があるもの、

あるいはそうだと認識したもの以外は通すってこと。

 

でも同じ手は二度通用しない。ここで仕留めておきましょう。

あたしは左脇のホルスターから、ぎらりと光るCentury Arms M100を抜き、

足元の魔女に狙いを付けた。

 

「今からあんたの頭を撃ち抜こうと思う。死にたくなかったら、全力で頭を守りなさい」

 

「やめろ……やめろォ!」

 

さすがにこの凶暴な特大拳銃が放つ殺意に恐れをなしたのか、

バリアを凝縮して上半身だけを守りだした。

いくらあたしでもここで足を撃つなんて卑怯なことはしないわ。

いいアイデアだとは思うけど。

あたしは魔女の頭部に狙いを定め、重いトリガーをゆっくりと引く。そして。

 

ステイシーの悲鳴とは比較にならないほどの轟音が、ビルもない異世界の草原に轟く。

近くの森から大勢の鳥が飛び去った。そこに残ったのは、頭部を失った魔女の死体。

広がる血痕。徐々にほどけていく穴の空いた魔障壁の術式。

M100の銃声に残りの魔女もただ立ち尽くしていた。

あたしはハンマーを起こしながら彼女達に近づく。

 

「ものには限度があるってことね。

今度は中距離から破れるか試してみようかしら。ねぇ?お嬢ちゃん」

 

「ひっ!」

 

M100の銃口を向けると、地べたに座り込んでいたステイシーが青くなって身を引く。

するとババアが声を上げる。

 

「みんな、ここは退くよ!」

 

「ババ様、逃げるっていうの?」

 

「……サンドが、殺された」

 

納得できない様子のアリーゼと雷の魔女。

 

「儂の言うことが聞けないのかい!?

アリーゼはステイシーを連れて!ヴィオラもボケッとしてないで逃げるんだよ!」

 

「わかったわ……」

 

「……」

 

魔女達はふわりと浮かんで散り散りに飛び去っていった。

この統制の取れた動きはただのゴロツキじゃなさそう。そんで、雷の名前はヴィオラね。

どうでもいいことばかり頭に入って来て嫌になるわ。

どうせ近いうちに殺し合いになるのに。まあいいわ。とりあえず用事を片付けましょう。

 

 

 

で、聖堂に戻るとジョゼットはのんきに十字架の前にひざまずいて祈ってた。

 

「ねえ」

 

「主よお守りください我ら子羊に約束の地から御威光を賜りますよう……」

 

「“ねえ”つってんのよ生臭坊主!!」

 

「はっ!貴方は!?」

 

「貴方は?じゃないわよ人が殺し合いの真剣勝負してたってときに。

まぁ、あんなババアに捕まるような奴に出てこられても邪魔だったけどさ。

それより、奥で話しましょう。あたし、斑目里沙子」

 

「ああ、すみません。申し遅れました!改めまして、遍歴の修道女、ジョゼットです。

諸国を旅して主の教えを広める活動をしております」

 

「主の教えは大変結構だけどね、人気が少ない街道には、

必ずと言っていいほど追い剥ぎやさっきみたいな野盗が出るの。

身を守る武器や武術くらいは身につけなさいな」

 

「それはいけません!仮にもシスターであるわたくしが刃物など!」

 

「神様のくせにより好みしてんじゃないわよ。剣が嫌なら銃になさい。

まぁ、弾が尽きると終わりだし意外とメンテも大変だけど」

 

「ええと……それがわたくし射撃は苦手でして。武器自体はありますの。

出発前にモンブール中央教会から、

いろいろ所持が許される武器を用意していただいたのですが……

10mの先の的に当たったことが一度もありませんの」

 

「そりゃ、やめて正解だったわ。どんなに強力な銃でも当たらないと空気だからね。

ほんで?結局あんた何選んだの?」

 

「これを」

 

ジョゼットはあたしに、鉄くずと変わらないしょぼいメリケンサックを見せた。

頭を押さえる。こりゃ無理だ。……いや、ひょっとするとひょっとするかも。

 

「ねえ、ちょっとあたしの手のひら殴ってみ?本気で」

 

少し前かがみになって彼女に手をかざしてみた。

 

「はい……てやあっ!」

 

パスン。はい終わり。

 

「ごめん、もういい。とりあえずお茶でも出すわ、ダイニングに行きましょう」

 

「ありがとうございます!」

 

それで、あたしは粉コーヒーに湯を注いだだけの粗末な茶を出して、

ジョゼットの事情聴取を開始したの。あたしはブラック派。

混ぜもの入れたらせっかくの香りと苦味が台無しじゃない。

たまに砂糖やミルクを山ほど入れてる人がいるけど、

そんなことするくらいなら最初からカフェオレ頼んだほうが楽でしてよ。

 

「……で、なんであのババア連中に襲われてたの?」

 

あたしは頬杖をつきながら面倒くさそうに質問する。

 

「彼女達は魔女の中でもその力を利用し、強盗、放火、誘拐、暗殺。

様々な悪事に手を染めている、

人呼んで “暴走魔女・エビルクワィアー”という犯罪集団。彼女達はその一部。

でも、誤解なさらないでください。エビルクワィアーのような無法者はごく一部で、

多くの魔女が普通の人間と変わらない生活を送り、法律で規定された触媒だけを使い、

その力で人々の暮らしに貢献しています」

 

「それは知ってる。街で見た。

すれ違う時、三角帽子のツバが邪魔だったからよく覚えてるわ。

あたしは、なんでババアに攫われそうになってたか聞きたいの」

 

「過去に摘発された暴走魔女によると、より強力な魔法や手下となる悪魔召喚の儀式には

聖職者の血肉が最も適しているらしいのです。

彼女達も恐らくわたくしの肉体が目的だったのではないかと……」

 

「あー、そういえば玄関先でそんなこと言ってたわね。

まぁ、あんたとあいつらの目的はわかったわよ。こっからが本題。……はい」

 

あたしはジョゼットに手のひらを差し出した。彼女は喜んでその手を握り、

 

「助けてくれて本当にありがとうございました!

里沙子さん、貴方こそ主の御使いです!」

 

「違ぁーう!!」

 

「えっ?」

 

キョトンとする彼女に世の中のルールってもんを説明する。

 

「使った弾の代金。.45LC(ロングコルト)弾が2発、45-70ガバメントが1発。〆て20G。

いや、待って。さっきのボディーガード料を含めると200Gにはなるわね。

ほら、さっさと出す」

 

「そんなあ……あのう、同じシスターなら助け合いということには……」

 

「ならないわね。あたしはただ100万Gで土地含めて家代わりにここを買ったパンピーよ。

だから本来あんたを守る義務なんかなかったし、余計な敵作ることになっちゃった。

さっきの連中、何人か生き残ったからまた攻めて来る。

だからこれくらいの代金を支払うのは当然なの」

 

「でも、わたくし、これだけしか……」

 

モジモジとブロンドのロングヘアを揺らしながら、

その蒼い瞳を泳がせて困り果てるジョゼット。ついでに言っとくと彼女結構可愛いわよ。

あたしが男なら、本屋にあふれてるハーレムラノベみたいに、

唐突にこの娘と恋仲になったり、

意味もなくパンツが見えたりする展開もあったんでしょうけど残念ね。

生憎ここにはスレた女と大して面白みのない田舎町しか出てこないわよ。

とにかく彼女は、開けなくてもろくに入ってないことがわかる小銭入れを

差し出してきた。

 

「足りてないことはわかってるわよね」

 

「ごめんなさい……」

 

「じゃあ、そろそろお引き取り願えるかしら。その金もいらないわ。お布施ってことで。

後はハッピーマイルズ・セントラルの軍に助けを求めるのね。

東に走れば10分くらいで着くわ」

 

「待って、お願いです!神出鬼没の暴走魔女には軍も自警団も手を焼いているのです!

例え逃げ込めても、街から外に出た途端にまた攫われてしまいます!

わたくし、なんでもしますから!

主の教えをこんなところで途絶えさせるわけにはいかないのです!

どうか、どうかお慈悲を!」

 

「こんなところで悪かったわね。世の中神様信じてる連中ばかりじゃないの。

あなたがどうなろうと、あたしがタダ働きする……ん?ちょっと待って。

今、なんでもするって言ったわね」

 

「はい!」

 

「う~ん、そ・れ・じゃ・あ」

 

 

 

 

 

30分後。あたしは自室で銃にリロードしつつ異常がないかチェックしていた。

1階から声が聞こえてくる。

 

“聖堂の掃き掃除終わりました~”

 

「ちゃんと梁のホコリも落としてくれた?」

 

“バッチリです!”

 

「じゃあ次は窓拭きね」

 

“わかりました……キャア!マリア様のお姿が泥まみれに!おいたわしや……

里沙子さん、ここはいつからこの状態に?”

 

「検討もつかないわ。あたしがこの世界に来たのが一週間くらい前。

その時には既にご覧の通りよ」

 

“じゃあ、里沙子さんもアースから?”

 

「ええ、ゴミ捨て場で寝てたらここにいた」

 

そう。金がないなら働きで返させればいい。

あたしは面倒くさい掃除をジョゼットに押し付けて、

自室でくつろぎながら戦闘準備をしていた。窓の外を見る。

正午から1時間ちょっと過ぎたくらいかしら。

 

「そうそう、ディスプレイの前の皆さん。

プロフィールで“殺人はやってない”趣旨のこと書いてたけど、

さっきのはノーカンだからね。正当防衛だし、あいつら人間じゃなくて魔女だから」

 

“え、なんですか?”

 

「なんでもなーい」

 

あたしの勘だとそろそろ頃合いね。……急に冷え込んできた。さっそくお出ましね。

1階からジョゼットの悲鳴が聞こえてくる。

 

“里沙子さん!さっきの魔女が攻めてきました!助けてー!”

 

「わかった、今行く。あんたは隠れてなさい!」

 

あたしはすっかり綺麗になった聖堂に驚きながら、思い切りドアを開け広げた。

そこには2時間ほど前に会った魔女連中。

いきなり寒くなったと思ったら、草原が一面の雪景色。あの水色ローブの仕業ね。

 

ババアが、左手が使い物にならなくなったステイシー、

確か火炎攻撃してきたガキを連れて2,3歩前に出て声を荒らげた。

ステイシーは声を上げずにさめざめと涙を流している。

ガチ泣きとかテンション下がるからやめてほしいんだけど。

 

「小娘!お前がしたことの結果を見るがいい!この娘の左手はもう元に戻らない。

これがどういうことかわかるかぁ!!」

 

「ボタンはめるのが面倒くさそうね」

 

「粋がるのも大概におし!

お前を酸の風呂につけてこの娘が受けた苦しみを何十倍にもして返してやる!

……魔女に限らず人が魔導書で会得した魔法を使うときにはね、いつも左手を使うのさ。

理由を教えてやろうか。

右手は人の業。食事をしたり道具を使うために存在してきた。

そして左手は神の業。魔力を収束し、それぞれの形に発現するものと

古来から決まってる。

炎の魔女ステイシーはあんたのせいで左手を失った。

この娘にとってそれがどういうことか、わかるかぁ!!」

 

「泣き虫ステイシーの出来上がりね」

 

彼女がキッとこちらを睨む。初めて前向きな感情を見せてくれて姉さん嬉しいわ。

でも、あたしを恨まれても困るのよねぇ。燃やしたのあんたなんだし。

 

「あんたは簡単にゃ殺さないよ!アリーゼ、ヴィオラ!

こいつを死ぬ寸前まで痛めつけておしまい!

エビルクワィアーに歯向かった連中の末路を味あわせてやりな!」

 

「オーケー、婆様。……ねえ、嬢ちゃん。あたいの魔法はもう見てくれてるよね。

辺り一面真っ白。そう、真っ白。うふふ……」

 

「気色悪い作り笑いはやめ、てっ!?」

 

突然降り積もった雪の中から何本のも氷の槍が飛び出してきた。

とっさに横にローリングして回避したけど、一瞬雪の動く僅かな音を聞き逃してたら

串刺しになってたわね、気をつけないと。さすがにあたしも心臓がバクバク言ってる。

 

今度は黄色が何やら呪文の詠唱を始めた。

あたしは妨害しようとピースメーカーを2発撃った。

銃声とほぼ同時に.45LC弾が突き刺さる。けど、だめ。

やっぱり魔法でバリア張ってるみたい。

弾丸は魔障壁を揺さぶっただけで魔女には効かない。

 

ならこっち!急いで左脇のホルスターからM100を抜いて、

ヴィオラとか言う電撃係に照準を合わせる。結構距離があるけど大丈夫かしら。

信じるしかないあたしはトリガーを引く。

銃口からピースメーカーとは比較にならない爆音と炎と大型のライフル弾が飛び出す。

弾丸は真っ直ぐヴィオラへ突き進む。

 

その圧倒的破壊力を察知したのか、詠唱をやめて身体をそらした。

命中はしなかったけど、鉛の牙がバリバリと魔障壁を食い破る。

M100の破壊力にヴィオラがすっ転ぶ。行ける。この隙に小走りで奴らとの距離を詰める。

より近距離でこのハンディキャノンをぶちかませるように。

 

氷と雷。どっちにしようかしら。

魔障壁をぶち破れるM100の威力に狼狽えてる今がチャンス。

また地雷のようにデカい氷柱を出されちゃたまらない。確かアリーゼって言ったかしら。

あたしは水色のそいつの土手っ腹を狙って両手でしっかりグリップを握り、

トリガーを引く。

 

この銃ならヘッドショット狙わなくてもどっかに当たれば殺せる。

また鼓膜に痛い爆音を立ててハンドキャノンが吠える。捉えた!……と思ったけど、

一瞬の差で奴が分厚い氷の壁を召喚。

厚さ1mはある壁と魔障壁に威力を減衰され、弾がアリーゼに届かなかった。

ババアは泣き続けるステイシーに寄り添って動かない。アリーゼが高笑いを上げる。

 

「アハハ、無様ねえ!この雪原はあたいのテリトリー。トラップもバリアも自由自在!

たかがガンナーに出来ることなんてないのさ!」

 

ふぅん、雪を媒介にして自動的に発動する罠や防壁か。

でも、世の中“自由”を謳ってその通りになった例って少ないのよね。

急速に面倒くさい病の発作が起きたあたしは、さっさとケリを着けるべく、

ガンベルトの背中に挟んだものを2本取る。

あの魔障壁の強度が防弾ガラス程度とすると、威力としてはこれくらいかしら。

そして、教会そばの雑木林に逃げ出した。

 

「やってらんないわ、あたしは逃げる!

シスター、あんたのせいでこうなったのよ!出てらっしゃい!」

 

適当に芝居を打ちながら走る。本当に出てこないわよね?

まぁ、多分ヘタレだから大丈夫だとは思うけど、奴らが乗っかってくれるかが問題。

 

「何してるんだい!さっさと追いかけるんだよ!」

 

後ろからババアの声が聞こえてくる。取り越し苦労だったみたい。

背後から2つの殺気が迫ってくる。

木々の合間を縫いながら、あたしはちょうどいいスペースを探す。……あ、見つけた。

4本の木に囲まれた小さな空間。

 

そして、ポケットからライターを取り出し、手に持った2本に火を着けると、

トスっと地面に積もる雪に投げて刺した。あとは退避場所。今度は木が密集してるとこ。

あったわ。太い木細い木が何本も固まってる。

あとはチャンスを待つだけね。ああ、来た来た。

 

「どうしたの、お嬢ちゃん。もうお疲れ?人間は空が飛べないから不便よねぇ」

 

「つくづくそう思うわ。あたしはね、面倒くさいことが死ぬほど嫌いなの。

でも、綺麗な物は好き。……この雪、キラキラしててとてもきれい」

 

あたしは足元の雪を両手ですくって見せた。

 

「でしょう。あたいの作った雪ですもの。あんたの血で染めればもっと綺麗になるよ」

 

「……お前、今から死ぬ。ステイシー、魔女として生きられなくなった。

彼女の人生、破滅させた。お前、許さない」

 

氷と雷がべらべら喋ってる。ヒューズは長めにしといたけど、これ以上はヤバイわね。

最後の仕上げ。

 

「こうしてぎゅっと固めるとね~雪合戦のボールになるの。

あ、石ころ入れるのは反則ね」

 

「……?何がしたいのさ、あんた」

 

「こうすんよ!」

 

あたしはアリーゼに思い切り雪玉を投げつけた。

殺傷能力のないただの雪は魔障壁をすり抜け顔面に命中。

奴は顔中雪まみれにしながらしばらく動かなかったけど、

完全に頭に血が上ってるのがわかる。

 

「あたし、綺麗な物も好きだけど、バカをからかうのも大好きなのよ!じゃあね!」

 

そしてあたしはダッシュで逃げる。もう時間がないわ。

 

「待ちなこのクソガキャァ!!」

「逃がさない……!」

 

アリーゼとヴィオラが宙に浮き、再びあたしの追跡を始めた。ジャストタイム。

突然、雑木林の木々全てをへし折らんばかりの爆音と衝撃波が炸裂。

それを真下から食らった二人の魔女は魔障壁ごとバラバラに粉砕された。

 

密集した木に隠れて耳を塞いでたけど、腹の底に響くわね、ダイナマイト2本は。

こないだ薬局で買った心臓病向けの医療用ニトログリセリンを、

ちょちょいとアレして作っといたやつが早速役に立ったわ。あたしは木陰から出る。

 

そこには木っ端微塵になった魔女2人だったものが散らばってた。

なんかぶよぶよした変な形の肉片が散乱してる。これは……手?足?

流石にあたしも触る気にはならないから、代わりのものを探す。

ああ、これなんかちょうどいいわね。二人の三角帽子。

魔力が宿ってるせいか燃え尽きずに木の枝に引っかかってた。

あたしはそれを持って、もと来た道を引き返した。

 

 

 

 

 

「なんだい!一体何が起こってるんだい!?」

 

二人の娘を追跡に送り出した老魔女は、

地を揺るがすような爆発音に飛び上がる思いをした。

衝撃波は雑木林の外にまで烈風を巻き起こし、ステイシーと老魔女に叩きつけた。

あの女は一体何者なのだ。まさかあの女も魔女?

しかし、これほどの爆発魔法など、よほど永く生きた魔女でなければ使えない。

 

「ババ様、お姉様達どうしちゃったの……?」

 

ステイシーは不安げに老魔女の袖をつまんだ。残った2本の癒着した指で。

すると、緑色の変わった服を着た眼鏡の女が、

気だるげに何かを振り回しながら雑木林から出てきた。

 

 

 

 

 

はぁ、やっと帰ってきた。氷の魔女が死んで雪が消滅したからちょっとは楽だったけど。

あとはババアとの決着ね。

殺した二人の三角帽子をぶらぶらさせながら教会の前まで戻る。

あたしはなんにも言わずにCentury Arms M100を抜き、ババアに近づく。

そして、三角帽子を放り出した。

 

「こいつらは死んだ、つーか殺した」

 

「おお……アリーゼ、ヴィオラ……もう許さないよ!!

ステイシー!姉の仇を取るんだよ!」

 

まさか自分がやらされるとは思わなかったステイシーはババアの声に驚く。

 

「えっ、ステイシーが……?ババ様は戦ってくれないの?

見て、ステイシーの左手、こんななんだよ?」

 

必死に訴える炎の魔女。だけどババアは最後まで動きたくないみたい。

 

「儂に小娘の相手をさせる気かい?つべこべ言わずに殺るんだよ!

人間一人燃やすくらいの術は使えるだろう!

あんたを捨てて別の“娘”を探したっていいんだよ!?」

 

「使う前に殺すけどね」

 

「いや、そんなのいや……」

 

あたしにM100を向けられ、青くなるステイシー。かと言ってババアは助けてくれない。

彼女は座り込んで泣きながら頭を振る。だめね。こいつはもう死んでるのと変わらない。

 

「ねえ、婆さん。あたしらで決着つけましょうよ。

こいつが泣き止むのを待ってたら日が暮れる」

 

「……チッ、ステイシー!お前はもう破門だよ!儂の前から消え失せろ!

とっとと縛り首にでもなるがいいさ!」

 

「そんな……お願い、見捨てないでババ様!」

 

綺麗な右手と醜く焼けただれた左手で必死にすがりつくステイシー。

だが、ババアは冷たく言い放つ。

 

「もう、ろくな魔法も使えないガキなんざ面倒見る気はないよ!

魔法以外は役立たずのとんだグズさ、お前は!

娘の中でも一番見込みのないバカだったけど、

儂の雑用くらいにはなるだろうと思って育ててやったが、

カタワの魔女なんざただの恥さらし。お前はもう用済みだよ」

 

「あ……」

 

魔女としての力も、ババアの後ろ盾も失ったステイシーは、

その場に座りながら、ただ呆然としていた。

いい加減このメロドラマにもうんざりしてきたから、

強引に幕引きを図ることにしましょうか。

 

「婆さん、先手こっちでいい?」

 

「やってみな、小娘が……!」

 

「じゃあね」

 

あたしはM100を構え、ババアの頭に一発お見舞した。今日で何発目?3発目かしら。

とにかく耳に痛い。本当はこういうの、耳栓付けて撃つべきなんだけど、

実戦で聴覚なしで戦えるかって話。

 

硝煙が晴れて頭が砕けたババアの姿が現れるのを待ってたんだけど、

とんでもないもん見ちゃったのよ奥さん。

45-70ガバメント弾がババアの顔に潰れて張り付いてるの。

えらくカルシウムたくさん摂ってるのね。

 

「ヒヒヒ……エビルクワィアーが一団、“魔狼の牙”の頭領を

舐めてもらっちゃ困るねぇ。娘達みたいにヤワな結界に隠れる必要なんてないんだよ。

儂は、肉体を物理的にも魔術的にも強化できるんだからねぇ!」

 

ババアの高笑いを聞きながら考える。どうしたもんかしら。M100が効かないとなると……

 

「ねえ、婆さん。この棒咥えてみる気はない?」

 

「ほう……そいつでヴィオラとアリーゼを殺したのかい!

約束通りお前は酸の風呂で焼き殺してやるよ!」

 

やっぱり駄目か。ダイナマイトならまだ可能性もあったんだけど。

真正面から投げても食らってくれるわけないし。

あれ、なんかババアがブツブツ言ってる。

 

「どうしたの、ボケた?……はっ!」

 

これには驚いたわね。よく見るとババアが超高速で唇を動かしてる。

すると急に辺りが闇に包まれた。

あるいはあたしの視力が奪われてるのかもしれないけど、どっちにしろ何も見えない。

闇の中にババアの声が響く。

 

“儂は闇属性の魔女、ゲルニカ!死ぬまで忘れられない名前になるよ、ヒヒ……”

 

きょろきょろと周りを見るけど、一点の光も差さない完全な闇。

これはちょっとヤバイかも……!?

 

「つっ……!」

 

突然ヒュパッ!と左腕を何かで斬られた。

あえて手加減してるのか、それほど出血は多くない。けど、なんとなく気配でわかる。

あたしの周りに無数の何か、恐らく刃物が飛び回ってる。

 

“次はどこを狙って欲しいんだい?目かい?足かい?

それとも、あんたの左手も指全部詰めてやるのも面白そうだねぇ”

 

「真っ平よ、タンス臭いクソババア」

 

またしても刃物が飛来し、右手の甲を斜に斬られた。思わずM100を落としてしまう。

拾おうとしても足元も闇。どうしてくれよう。ピースメーカーじゃ当たっても効かない。

ダイナマイトは命中率ゼロ、どころか自爆する可能性もある。

本当、面倒っていうか、うんざりっていうか。

 

また、どこかからヒュッと刃が飛んできて、あたしの眼鏡をふっ飛ばした。勘弁してよ。

なくなったら困るものランキング1位なのよ眼鏡っていうものは!

ないとガチで何も見えないから。視力検査の一番でかい輪っかも見えないから。

 

“これで終いにしようかね。あんたの両腕、両足、頂くよ。

心配しなさんな、ちゃんと止血してやるよ、ステーキみたいに傷をこんがり焼いてねぇ、

ヒハハハハ!”

 

……こんなババアに殺されるくらいならいっそピースメーカーで頭ぶち抜こうかしら。

奴のセリフで思い出したけど、せめて最期にステーキくらいは食べたかったわね。

あたしはホルスターの銃に手をかける。その時。

 

 

「うおおおおお!!」

 

 

あら、このM100の銃声並みに難聴を引き起こす危険のあるデカい声は……

次の瞬間、あたしを包んでた闇が唐突に晴れた。

急いで眼鏡とM100を拾い上げたあたしが見たものは、

シュワルツ・ファウゼンベルガー将軍その人だった。

馬から降り、騎馬隊を引き連れた彼はあたしに駆け寄ってくる。

 

「無事か、リサァ!!」

 

「え、ええ。なんとか。でも、どうしてここに?」

 

「うむ!リサの家からひっきりなしにハッピーマイルズ・セントラルまで

爆音が轟いてくるのでな、偵察を差し向けて状況を把握した次第である!

お手柄であるぞ、“魔狼の牙”を壊滅寸前まで追い込むとは!」

 

「まぁ、今は追い込まれ中ですけれど……」

 

「もう心配は不要である!……第一、第二鉄砲隊、放て!!」

 

将軍の指示が下ると、騎馬隊がライフルを構え、

空を舞っていたゲルニカに照準を合わせ、弾丸を放った。

 

「うがああ!痛い痛い痛い!!」

 

無数のライフル弾が鋼鉄の肉体に突き刺さる。

どうもババアの肉体強化は痛みまでは消してくれないみたい。

集中力を削がれたゲルニカは重力の法則に従い落下した。

ドスン、と重い鉄塊を落としたような衝撃が足の裏に伝わってくる。

多分、闇が晴れたのも将軍の大声に気を取られたせいなんだと思う。

将軍がやはり鎧をガチャガチャと鳴らしながらババアに歩み寄る。

 

「うう、腰を打っちまったよ……はっ!?」

 

「“魔狼の牙”が首魁、ゲルニカ!ここで会ったが百年目!

我が剛剣の錆にしてくれる!!」

 

「あああ、やめてくれえ!」

 

彼はそんな命乞いなど一切耳を貸さず、背負った巨大な鞘から、

これまた巨大な剣を抜き取った。よく耳切らないわね。

彼は右手で持った大剣に左手をかざし、呪文の詠唱を始めた。

 

「鍛冶司りし単眼の神に乞う、今一度灼熱の光を我が一振りに!」

 

すると、将軍の剣がマグマの様に熱く燃え上がり、辺りに猛烈な熱風を吹き付ける。

そしてゲルニカに向き合うと、両手で剣を掲げ、

 

「おおお!!」

 

「ああ、やめろ!堪忍し──」

 

振り下ろした。まさしく一刀両断。ババアの身体は縦に真っ二つ。

その断面は溶けた鉄のように燃えながら流れていた。

 

 

 

それからそれから。

ステイシーは封魔の鎖とやらで拘束され、

ハッピーマイルズの果てにある魔導刑務所ってとこに連れて行かれた。

無限に魔力を吸い込む魔界の鉱石が配置された、一切魔法が使えない特別施設らしいわ。

 

去り際に彼女を見たけど、本当に世界が終わったような失った目をしてた。

どうしてあんなババアについてきたのかしら。あたしならピンでやるけど。

そんな独り言を口にすると、珍しく将軍が叫び声ではなく、

一般人並の声で話しかけてきた。

 

「暴走魔女・エビルクワィアーに身を落とす魔女は、大抵崩壊した家庭で育ったか、

苛烈な迫害を受けてきたものが多い。彼女もそのどちらかであったのであろう。

例え紛い物であったとしても、家庭というものを欲していたのかもしれん。

我が想像しても詮無きことであるが」

 

「わたくしに言わせれば、ただのわがまま贅沢病ですわ。

ソマリアに行けばもっと悲惨な連中がいましてよ。だから遠慮なく4人殺せましたの」

 

「貴女は、容赦がないな。きっと、それが貴女の強さなのだろう」

 

「お褒めに預かり光栄ですわ……ってあいつはどこかしら」

 

「あいつ、とは誰のことであるか」

 

「ここに転がり込んできたシスター。

今日のドンパチ騒ぎもあの女が持ち込んだようなものですわ。

こら、ジョゼット!出てらっしゃい!」

 

あたしは玄関をドンドン叩く。すると、恐る恐るジョゼットが顔を出したので

首根っこをふん捕まえて外に引っ張り出した。

 

「キャッ!……あのう、魔女たちは?」

 

「3人殺した。1人は逮捕。頭目は将軍が殺してくれたわ。

ほら、あんたもお礼言いなさい」

 

「ええっ、この領地の将軍閣下!?これこそ主のお恵み!

本当に、ありがとうございます!」

 

ジョゼットは将軍の前にひざまずいて両手の指を絡めた。

ああ、完全に手を合わせたら仏教よね。本当になにもかもが中途半端に混じってるわ。

 

「いやいや、主にお仕えする修道女をお助けするは騎士の勤め。礼には及ばぬ」

 

「そういやこの世界の宗教事情ってどうなってんの?やっぱキリストさん?」

 

無神論者だけどちょっとだけ気になったから尋ねてみる。

 

「キリスト、とはどなたでしょう?」

 

ああやっぱり。違うなら完全に別物にしてほしい。

 

「ごめん、もういいわ。それより、せっかく将軍と直属の騎兵隊が来てるんだから、

街まで送ってもらいなさい。もう同じヘマするんじゃないわよ」

 

「……」

 

「ふむ、こちらの修道女は我に何用かな?」

 

「今日の騒ぎですが、このシスターが暴走魔女に攫われそうになって、

うちに飛び込んできたのが発端でして。これからも旅を続けるそうなのですが、

どうかまともな武装と旅の知識を……」

 

「待ってください、わたくし……残ります!」

 

ジョゼットが小柄な身体を震わせて叫んだ。

 

「は?何言ってんの。残るってどこに」

 

「もちろん、この教会に決まってます!

建物はおろか、聖マリア様までないがしろにされているこの状況は見過ごせません!

それに、わたくしはハッピーマイルズ領に来たばかり。

この地の方々に主の教えを広めるまでここを離れるつもりはありません!」

 

鼻息を荒くしてまくし立てるジョゼット。だけどあたしはたまったもんじゃない。

 

「ちょっとあんた、勝手に決めないでよね!

ここはボロだけどあたしの気ままな一人暮らし生活の場なのよ?

マリアだか布教だか知らないけど……」

 

「ガッハッハ、それは重畳!

住み込みの修道女がいれば、この教会もまともに機能するというわけだな」

 

「将軍までおやめください!

あたしは一人の時間がないと生きていけない難病に罹ってるんです!

居候なんか置くつもりはありませんから!」

 

「だめ、ですか……?」

 

ジョゼットが目を潤ませて懇願してくる、けどあたしに通じると思ったら大間違いよ。

こいつアホだと思ってたけど結構いろんな手使ってくるわね。

 

「女相手に上目遣いはやめなさい。虫酸が走るだけだから。

そういうのは鼻の下伸ばしてる野郎連中にしてやんなさい」

 

「どうしても?どうしても?」

 

「あんまりしつこいと屋根の十字架叩っ壊すわよ」

 

「んん?確か、教会をはじめとした公共施設の運営者には、

領主から補助金が出ると聞いているな。すっかり忘れていた」

 

「補助金!?……オホン、ちなみにそれはお幾らくらい?」

 

「ふむ。この規模の教会であると、月1万Gは出るであろう」

 

「10000G……馬鹿にできない金額ね。

ジョゼットには安物のパンだけ与えとけば、ほぼ丸儲け……

なるほど、市民に優しい行政システムって素敵だわ」

 

結局人を動かすのは金だわね。あたしはジョゼットに幾つかの条件を突きつける。

 

「聞きなさい。置いてあげるけど条件があるわ。

まず、聖堂があるからってうちに人集めて賛美歌合唱したりしないこと。

信者を入れるのは日曜ミサだけ。他の曜日は鍵閉めて誰が来ても入れるんじゃないわよ。

次に、勝手にあたしの部屋に入らないこと。ここに関しては掃除もしなくていい。

同様にあたしのものにも触らないこと。あたしの生活パターンに口出ししないこと。

昼間から酒飲んで寝てても文句言わない。これを必ず守ること。いい?」

 

「えー、それじゃ教会とは言えないです~

いつでも誰でも門戸を開いているのが教会なんですから!

それに昼酒は身体に毒です。駄目なんですよ~」

 

「いきなりルール破ってんじゃないわよ!

それになにが悲しくて自分ちレクリエーション施設にしなきゃなんないのよ!

これでも大幅に譲歩してんの!公共施設として認可受けるために!」

 

小声でやり取りするあたしとジョゼット。

すると将軍と騎兵隊が撤収準備を始めたから、慌てて声をかける。

 

「あ、将軍!お待ちになって!

今日からここは教会として運営することに決まりましたので、手続きを……」

 

「心配せずとも良いリサ。

我の判ひとつで今日からここは正式なハッピーマイルズ教会である」

 

「お手数おかけします」

 

あたしは将軍に一礼した。その隣で馬鹿が大声ではしゃぐ。

 

「やったー!」

 

「両手でピースってあんた歳いくつよ」

 

「16です!」

 

「最悪ね」

 

何の因果かあたしは自由気ままな生活におかしな居候を抱え込むことになってしまい、

本当に、深い深い溜め息をついた。

でも、将軍が去り際に耳寄りな情報を残していってくれた。

 

「おお、確か“魔狼の牙”のメンバーには皆、賞金がかかっていたぞ。

駐在所に証拠となる品を持っていけば懸賞金がもらえよう。

頭目は我が倒してしまったが、その他の手下は確か……4000Gであった」

 

「本当ですか!?4000が3人で1万2000G!

ジョゼット、ちょっと帽子拾ってくるから、掃除の続きやってなさい。

あんたにあの光景はキツい」

 

「いってらっしゃ~い」

 

のんきに手を振るジョゼット。

緊張状態が解けたせいか、だんだん地が出てきたわねあの娘。まぁいいわ。

一人くらいなら掃除の手間と引き換えと考えれば耐えられる、多分。

そう思いながら、あたしはまず頭を粉砕した緑の魔女の死体あさりに向かった。

 

 



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厄年でもないのに、やなこと続きで嫌になる。

本当、今日は最悪な一日ね。

変なシスターが変なババアと変な魔女連れてきて、

なぜかあたしがシスター守ることになって、

インドア派のあたしが飛んだり跳ねたりしてそいつらぶち殺す羽目になって、

しかも成り行きでそいつが居候することになったのよ。まぁ、意外だったのが……

 

「あまねく降り注ぎし不可視の恵み、今輝き持ちて我らが前に煌めかん。

聖母の慈愛、今ここに。ヒールウィンド」

 

シスターらしく光属性の魔法が使えたってこと。

あたしの身体が淡く光ると、ババアとの戦いで体中に付いた切り傷が

みるみる塞がっていく。どんくさそうに見えても一応シスターなのね、

とは流石に失礼だから心の中にしまっとくけど。

 

「はい、終わりです。まだ痛いところはありませんか?」

 

「いいえ、完璧よ。あんたも魔法が使えたなんて正直驚いてる」

 

「よかった。一度使うと主のご加護を蓄えるのに1週間かかりますけど」

 

なにそれ燃費悪……いやいやあるだけマシよ。贅沢はいけないわ。

 

「これでもモンブール中央教会で主の教えと、その恵みを顕現化させる術は

習得したのです、えっへん!」

 

ジョゼットが文字通り思い切り胸を張る。うーん、Bってとこかしら。

 

「えっへんて。お互い、いい年なんだからそういうのよしましょうよ……

まぁ、いいわ。とにかくありがとう。傷跡ひとつないなんて便利なものね。

あんたが信仰してる神様はうちの神さんよりアテになるわ。

こっちの神は祈ったって小遣い一つくれやしない。毎年山ほど小銭もらってるくせに」

 

「主に見返りを求めたらだめなんですぅー!マリア様達は

わたくしたちの死後、約束の地へ導くという大変な御業を成してくださるんですから!」

 

ぷんすかと両腕を振って小さな体で懸命に抗議する姿は、可愛いと言えなくもない。

いっそこの物語の主人公代わってもらおうかしら。DEAD ENDの文字が見え隠れするけど。

 

「そういやこの世界の宗教事情どうなってんのよ。

なんでマリアがいるのにキリストがいないの」

 

するとジョゼットは、待ってましたと言わんばかりにパンと手を合わせて説明を始めた。

 

「里沙子さんも知りたいんですね?知りたいんですね?

うふ、そうならそうと言ってくれればいいのに、コノコノ~」

 

肘であたしをつついてくる。耳元でピースメーカーを弾いてやろうかと思ったけど、

弾薬もただじゃないからやめておいた。

 

「聞いてやるから話してごらんなさいな」

 

魔女連中との戦闘で疲れたあたしは、

ゴロンと長椅子に横になりながらジョゼットの話を聞く。

 

「オホン、まずは基本的なことから。

この世界、ミドルファンタジアでは、約9割の人間が聖母マリアを主神とする一神教、

シャマイム教を信仰しています」

 

「へぇ、この世界自体はミドルファンタジアってんだ。初耳ね。

“人間が”って言うことは、街で見た魔女とかエルフとかは別の神様信じてんの?」

 

「ええ。彼らは独自の精霊や邪神、土着神を崇めています。

それらは極めて多岐に渡り、わたくしの専門外ですのでシャマイム教の教えを簡単に。

マリア様を信仰し清い魂を持つ者は死後、

天上人アフラ・マズダが幸福の光で照らし続ける約束の地、パラノキアヘブンへ赴き、

未来永劫の安寧を得ることができます。

しかぁーし!悪いことばかりしてた人は荒ぶる神シヴァーが統治する地獄で

永遠の責め苦を受け続けることになるのです!

えー、ですから、そんな格好でシスターの話を聞くのは、

あの、いけないと思うんですけど……」

 

急にトーンダウンしたジョゼットの声色に気づいて、危うく寝るところで目が冷めた。

上半身を少しだけ起こして彼女に向き合う。

 

「ん?ああ、ごめん。退屈だから寝落ちしそうになったわ。

とりあえず半分寝ながら、意識の隅っこでちゃんと聞いてたから安心しなさいな」

 

「“ちゃんと”じゃないですー、それ」

 

「まぁとにかく、いろんな宗教グチャグチャだわね。

キリスト教にゾロアスター教に仏教、おまけにヒンドゥー教のフルコース。

ハブられたイエス・キリストが聞いたら、

世界の終末待たずに7つのラッパが吹くわよここ」

 

「ラッパ?キリストさんは音楽家なんですか?」

 

「あ、もういい。永久に終わりそうにないからあたしらの話に戻りましょう。

とにかく、さっきも言ったけどここで説教するなら日曜だけにしてね。

あたしは街で買い物がてら時間潰してるから」

 

「どうしても、日曜しかだめですか……?」

 

また、おねだりするような上目遣いであたしを見る。やめろっつったはずなんだけど。

 

「だ・め。あたしは心理的縄張りがと~っても広くてぶ厚いの。

要するに自分のスペースに他人がいるだけでイライラが募って、

最終的には大量殺人に走るからそこんとこよろしく」

 

それだけ言うとまた身体を倒した。

そろそろ部屋に戻ってちゃんとベッドで寝ようかしら。

 

「わかりました~……じゃあ!街頭に立って道行く人に主の教えを」

 

「ストップ。その街にはどうやって行くつもり?」

 

「ここから東に街があるんですよね?日曜以外は毎日通うつもりです!」

 

「あんた今日の出来事で何学んだの!?街道には、野盗が出るって、言ってんの!」

 

「あ、そうでした。ね~里沙子さん。わたくしを街まで送ってください」

 

えへへ、と頭をかきながら図々しい要求を突きつけるジョゼット。

世間知らずもここまで来ると立派な芸ね。

 

「どっちが寝ぼけてんだかわかりゃしないわ。なんであたしがそんな面倒なこと」

 

「もう、里沙子さんってばワガママ過ぎます!

少しは人助けしようとは思わないんですか!?」

 

「今日死ぬ思いしてあんたを助けたような気がする」

 

相変わらず長椅子で餅になるあたしと、

対象的に黒の修道服をヒラヒラさせながらあちこちウロウロするジョゼット。

はぁ、この全然噛み合わない会話のせいで、せっかくの眠気が覚めちゃったわ。

窓を見るともう夕暮れ。とりあえず飯にしましょう。あたしは長椅子から立ち上がる。

うん、まだ“よっこらせ”が出る歳じゃないわね。

 

「キリがないわ。もうご飯にしましょう。パンと牛乳しかないけど」

 

「え!それでお腹空かないんですか?」

 

「母さんと同じこと聞くのね。現代人はそこそこ腹が膨れりゃなんだっていいのよ。

パイの実1箱だってね」

 

「なにそれ美味しそ……じゃなくて、そんなんじゃ駄目です!栄養が偏ります!

……わかりました。明日からわたくしが里沙子さんの食事を作ります!

明日食材を買いに行きましょう!」

 

「ほっといて。別にあたしは……ちょっと待って。あんた今日からここに住むのよね。

う~ん、歯ブラシは買い置きがあるとして、

ベッドがあたしの部屋以外掛け布団がなかったわ。他にも足りないもんが出てきそう。

どうしたもんかしら」

 

「一緒に寝ればいいじゃないですか!里沙子さんと同じベッドで!

うふふ、里沙子さんって抱きしめたらあったかそう!」

 

「残念。冷え性だから手足冷たいし、抱きつこうと考える意味がわからないし、

ビックリマークなしで喋る努力をして」

 

「んー!里沙子さん冷たい!」

 

「冷え性だって言ったでしょ。それより飯よ、飯」

 

ものすごく不毛な会話を切り上げ、ようやくあたしたちは食卓についた。

冷蔵庫を開けてジョゼットにパンを選ばせて、あたしもひとつ掴んだ。

もう客じゃないからジョゼットにコーヒー入れさせようかとも思ったけど、

うっかりで家燃やされちゃたまらんからあたしが入れた。

 

つまみをパチンパチンと2,3回。火が着いた。

このコンロは単純にマナを燃やしてるシンプルなもの。

ただ内部の雷光石をつまみの動きですり合わせて、

マナに引火する特殊な火花を散らしてるだけ。

 

「ほらコーヒー」

 

「ありがとうございます。いただきま、す……」

 

「なによ」

 

大麦パンをちぎって口に運ぼうとすると、

ジョゼットは両手でパンを持ったまま悲しげな顔をしている。

なんかろくでもないこと言い出しそうな予感。

 

「里沙子さん、このパン冷たいです……」

 

「そりゃさっきまで冷蔵庫に入ってたからね。いただきます」

 

「冷たいです……」

 

今度はウルウル目で訴えてくる。この尼……!

 

「あっためろって言いたいの?家主であるこのあたしに?

あんたいつあたしの亭主になったのよ!熱いコーヒーで流し込みゃいいでしょうが!」

 

「お腹、壊しちゃいます……」

 

「くっ……!今日だけだからね、このVIP待遇は!

明日からあんたが飯を作んのよ、わかってるわね!」

 

「わーい!」

 

あたしはジョゼットからパンをひったくると、

炎鉱石内蔵式オーブン(マナA式)に放り込んでつまみをひねった。

なんだそれって?ただのオーブンレンジよ!イライラしながら加熱時間を待つと、

チンと音が鳴った。本当どうでもいいことは地球と同じよね!

トングでオーブンからパンを取り出すと、ジョゼットの皿に置いた。

 

「ありがとうございます!わぁ、ほかほか!」

 

「しまった、どうせなら自分のも入れときゃよかった。もう最悪……」

 

その後、あたしはブツブツ言いながら、ジョゼットは嬉しそうにパンにかじりつき、

ちっとも楽しくない夕食を取った。まぁ、質素だけどその分片付けは楽ね。

皿2枚。コップ2つ。席を立ちながら念押しする。

 

「ごちそうさま。ねえあんた、わかってると思うけど」

 

「お任せあれ!それくらいやらせてくださいよ!」

 

「やらせてくださいじゃなくて義務だから。家賃代わりの労役だから」

 

やれやれ、腹も膨れてなんとか一段落した感じ。

 

やれやれハーレム系アニメ主人公の諸君、君達が2chで叩かれがちなのは、

日本語を正しく使ってないからよ。“やれやれ”は、魔女と殺し合いをさせられた後に、

居候の飯まで面倒見る羽目になってからようやく使っていい詠嘆なの。

それを君達は“里沙子さ~ん!”何ようるさいわね!

いるかどうかもわからない読者とのコミュニケーションタイムに!

 

あたしが台所に戻ると、ジョゼットが皿を手に半泣きで突っ立ってた。

 

「どうしたの。まさか皿の洗い方すら知らないとか?」

 

「それくらい知ってますよぅ。でも……」

 

「なに?さっさと言う」

 

「お湯が出ないんです!」

 

「はぁ!?出ないなら水で洗えばいいじゃない、どんだけ箱入り娘なのよ!

給湯器が来るのは来週よ、それまで我慢して水で洗いなさい」

 

「そこまで残酷な人だったなんて!……ちょっと、ドン引きです」

 

「あたしゃあんたの使えなさ加減にドン引きだわよ!もういい、貸しなさい!

油物ないんだから、さっと水ですすいで軽くスポンジでキュッとやれば解決でしょう、

はい終わり!」

 

「里沙子さん速~い!」

 

結局皿洗いまで自分で全部やることになった。なにかしら、嫌な予感がするわ。

補助金目当てにこの娘を住まわせることにしたけど、

補助金全部こいつ関連に持って行かれる気がする……!

 

「何度も言うけど、明日からはこれもあんたがやるのよ!

泣こうが喚こうがあたしはなんにもしないから!

ここで湯が出るのはシャワールームだけだからね!

あたしはシャワー浴びるから、じゃあね」

 

「あ、わたくしも入ります」

 

「なんで。言おう言おうと思ってたけどもう言うわ。近寄んな」

 

「里沙子さん、どうしてそんなにわたくしに冷たいんですか?」

 

また半泣き。どうしたもんかしら、この精神年齢幼稚園児の大きなお友達は。

 

「銭湯ならともかく、なんで大の大人が、

狭っ苦しいシャワールームで裸の付き合いしなきゃいけないのよ」

 

「ひとりでシャンプーするの怖いんです。後ろに何かいる気がして。

教会でみんなと共同生活してたときは洗いっこしてたんですけど……

里沙子さん、わたくしの髪洗ってください!」

 

「そろそろ叩き出そうかしら」

 

あたしが履いていたスリッパを抜いて近寄ると、

ようやく“お先にどうぞ!”と逃げていった。

奴のビビり様からして、多分あたしは物凄い形相をしてたらしい。

顔の変なところが痛いし。とんだヘタレの役立たずを抱え込んじゃったもんだわ。

 

あたしは着替えとバスタオルを引っ掴むと、

脱衣所に入って服を脱いで、バスルームに入る。

床のタイルがところどころひび割れてる。どっかいいリフォーム業者ないかしら。

ああ、ミニッツリピーターが遠のいていく。

 

三つ編みを解いてレバーを赤線の方に倒す。いきなり浴びちゃ駄目よ。

最初は冷水で、だんだん温まってくるから。そのうち水から湯気が立ってくる。

うん、頃合いね。あたしは頭からお湯を浴びて汗と疲れを流す。

……ああ、今日は早めに寝よう。色々あってもう眠い。

明日の朝出発してお昼は“失礼しまーす”って何勝手に失礼してんのよ!

 

「入ってくんじゃないわよ!水かけるわよ!」

 

「ごめんなさい!やっぱりひとりじゃ怖くて!」

 

「とにかく閉めて!風入ってくるから寒い!」

 

「はーい」

 

バタン。ああ、何かで叩いてやりたいけどシャンプーしてる途中だから何も見えない!

とにかくあたしは頭を洗うことに専念した。

状況が落ち着いたら石鹸のひとつでも投げてやろう。

 

「あんたねえ……やりたい放題できるのも今のうちよ」

 

「そんなぁ、わたくしはただ……あ、お背中流しますね。

里沙子さんのために何かしたくて」

 

「流さなくていいわよ、ボディタオルあるんだし!

あたしのために何かしたいなら出なさい!狭い!ここは一人用!

順番くらい守んなさい!」

 

「石鹸これでいいんですよね。じゃあ、行きますね~」

 

「話を聞けって言ってんの!」

 

都合の悪い情報を遮断する便利な耳を持ってるシスターがあたしの背中を洗い出した。

結局何もかもこいつの思い通りじゃない。……まぁ初めは鬱陶しかったけど、

自分のゴシゴシ洗いより誰かに丁寧に流してもらうほうが気持ちいいのは確かだったわ。

こんなことは最初で最後だけどね!

 

シャワーで髪の泡を洗い流すと、眼鏡のないぼんやりした視界にジョゼットの姿を見た。

あ、こいつ自分だけバスタオル巻いてる。なんか腹立ったからひっぺがしてやった。

 

「キャッ!里沙子さん、いくらなんでもハレンチです!」

 

「馬鹿も休み休み言いなさい、女の裸なんか興味ないわ。

でも、家主が素っ裸で、居候がご丁寧にバスタオル巻くなんざ、

許されるわけないでしょうが!」

 

「あんまり、見ないでくださいね。そんなに自信はないんで……」

 

言いながらも両腕で身体を隠しながらモジモジするジョゼットの肌は、

眼鏡がなくても色白で綺麗だったわ。あたしも10年前はこんなだったのかしらねぇ。

まぁ、そこら辺とんと無頓着だったから覚えてないけど。

 

「ふぅ、あんたのボディタオルも要るわね。明日の買い物リストに入れときましょう」

 

「え?里沙子さんのを一緒に使えばいいじゃないですか」

 

「冗談やめてよ!なんで他人とボディタオル共用しなきゃいけないのよ」

 

「じゃあ、今日は誰がわたくしの背中を洗ってくれるんですか?」

 

「あたしに洗わすつもりだったの!?人のボディタオルで背中洗ってくれなんざ、

どんだけ世の中自分の思い通りになると思ってんのよ!」

 

「あのう、わたくしの背中は?」

 

「一日くらい我慢なさい。

先に上がるけど、あたしのタオル勝手に使ったら背中に冷水シャワー浴びせるわよ。

こっそり使ってもバレるからね!」

 

「待って、まだシャンプー……」

 

バタン。

馬鹿を無視して脱衣所に戻り、急いで身体を拭いてパジャマに着替えて肩掛けを羽織る。

せっかくのリラックスタイムで余計疲れることになったわ。あいつのせいで。

もう寝たい。一刻も早く寝たい。あたしはコンコンとドアを叩いて呼びかけた。

 

「バスタオルは置いてあるのを使ってよし。使ったら近くの赤いかごに入れといて。

もちろんあんたが洗うのよ」

 

“うう……やっぱり誰かが見てる”

 

「あたししか見ちゃいないわよ!マヂで年齢逆サバ読んでんじゃないの?おやすみ!」

 

“あ、待ってー!”

 

待つわけがなかろうに。あたしはタオルを頭に巻いて2階のマイルームに向かった。

途中、幾つかの部屋を見て回ったけど、やっぱりどこのベッドも掛け布団がなかった。

はぁ。明日は大きな買い物になりそう。さっそく補助金1ヶ月分飛んでく勢いだわ。

向こうに着いたら馬車を雇わなきゃ。

あの力持ちの兄ちゃんがいてくれたらいいんだけど、

宝石店専属御者だから無理っぽいわね。

 

あれこれ考えながらベッドに身を投げ、湯冷めしないようさっさと毛布を被る。

ランプを消してポスンと柔らかい枕に頭を乗せると、急にまぶたが重くなる。

この気が遠くなりそうだった厄日もようやく終わる。おやすみなさい……

 

ガバッ!

 

その時、突然身体に誰かがしがみついてきた。敵襲!?

あたしはそいつに肘鉄を食らわせ、枕の下に隠したピースメーカーを素早く構え、

片手でランプを点ける。そこには。

 

「里沙子さん、痛いです~」

 

頭をさすり床に座り込むジョゼットが。

 

「“痛いです~”じゃないわよ、脅かさないでよ、馬鹿なんじゃないの!

寝てる奴にいきなり抱きついたら強盗だと思われても仕方ないのよ!?

実際あとちょっとでコイツをぶっ放すとこだったわよ!ちょっとは考えて行動なさいな!

そんな脳天気な考え方だと、どんな武器持ってたって、

いずれ殺されるかドジやらかして自分で死ぬことになるのよ!?」

 

とうとうはっきり馬鹿って言っちゃったけど、

この娘にははっきりした表現じゃないと伝わらないみたい。

とりあえずピースメーカーをしまってジョゼットに手を差し出した。

珍しく彼女は黙って手を取り立ち上がった。

 

「……ごめんなさい」

 

「まぁ、ベッドのこと忘れてたのはあたしも悪かったわよ。

明日は馬車雇ってあんたの布団買いに行くわよ。

一日街中歩くことになるから、早めに寝ましょう」

 

「一緒に寝ていいんですか!」

 

目を輝かせて手を握ってくる。ちょっとシュンとしたと思ったらすぐこれだ。

今更だけどこいつは要注意人物ね。

 

「野郎なら床で寝させてたけどね。風呂上がりにそれじゃあ風邪引くでしょ」

 

「やったー!」

 

「だからダブルピースはよしなさい。もう少し大人になりなさいな……はぁ、寝るわよ」

 

「はーい、おやすみなさい!」

 

で、結局同じベッドで寝ることになったんだけど、

やっぱりこいつがしょっちゅう抱きついたり、

背中を指でなぞって“これなん~だ”とかやってくるもんだから、

その度に殴って大人しくさせなきゃいけなかったから、あんまり熟睡できなかった。

本当、今日は厄日だったわ。

さっさと日付が変わることを祈りつつ、おやすみなさい。

 

 



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今日は朝から私のお家は てんやわんやの大さわぎ

「ジョゼット~さっさとなさい!!」

 

何をモタモタしてんのか、ジョゼットが出てこない。

とっくに出発予定の9時を過ぎているってのに。

あたしは教会の前で待ちくたびれていた。

しばらく待つとようやく彼女がバタバタと2階から降りてきた。

 

「ごめんなさ~い!遅くなりました……」

 

「家主待たせてのんびり身支度とはいい度胸してるわねあんた。

こっちは髪整えて化粧しても10分前集合済ませてんだけど」

 

「すみません……どうしても寝癖が取れなくて」

 

「頭巾被ってるうちに取れるでしょうが」

 

「これは頭巾じゃなくてウィンプルと言って……」

 

「どうでもいいわ、さっさと出るわよ」

 

「ああ、待ってくださーい!」

 

あたしは玄関に鍵を掛けると足早に街道に出て東に向かった。

ジョゼットも慌てて追いかけてくる。歩調を緩めることなく進んでいくと、

全力で走ってきたジョゼットがようやく追いついてきた。

 

「はぁ…はぁ…待ってくださいって、言ってるじゃないですかぁ」

 

「あんたがもっと急ぎなさい。

なんでこれ以上あんたに待ちぼうけ食らわされなきゃいけないのよ。

今日はあんたの買い物に行くのよ、わかってる?」

 

「そうですけど……」

 

買い物メモを取り出して目を通す。

女の子ひとりが生活に必要になるものは、大体書き留めたはずだけど。

 

「とにかく、今日買うものは、まず布団。

次に歯ブラシ、ボディタオル、パジャマとかいろいろね。そうだ、あんた化粧する?」

 

「とんでもない!シスターに贅沢は許されていませーん!

聖職者は清貧を美徳としているんですぅ!」

 

「ああ、駄目なエンジンかかってきたわね。叫ばなくても聞こえるから。

ええと、あとは食材。野菜、魚、肉を適当に。

これはすぐ冷蔵庫に入れないと痛みやすいから最後ね。

他にもなんか要るもの思いついたら買っときましょう、せっかく馬車雇うんだから。

なんか欲しいものは?」

 

「えーっと、昨日里沙子さんが言ってたパイの実とか言うものを……」

 

「この世界じゃ売ってない」

 

「ガ~ン」

 

「一口サイズのお菓子が箱にたくさん入っててね。

柔らかいチョコをサクサクしたパイ生地で包んで……」

 

「追い討ちかけないで~」

 

まぁ、向こうでいろいろ見て回れば大体のものは揃うでしょう。

今日一日潰すつもりで来たんだから、街全部回ったっていいんだし。

そうこう考えながら歩いてると、左手の林の中から、

小汚い格好の男がぞろぞろと3,4人ほど出てきて行く手を塞いだ。

どいつもボロい剣や斧を持っている。

 

「お嬢ちゃん、死にたくなかったら有り金全部置いてきな!」

 

テンプレみたいなセリフを吐いて無精髭の臭そうな男が声を上げた。

 

「あわわわ、お助け~!」

 

慌ててジョゼットがあたしの後ろに隠れる。

もともと戦力としては期待してないけど微妙に背中を押すのはやめろ。

まぁ、通行税みたいなもんだと思って諦めてるけど、

朝っぱらからテンション下げる迷惑行為は遠慮して欲しいわね。

 

「おらおらどうした!」「ビビってんのか嬢ちゃん!」

 

こちらが黙っているから調子づいた追い剥ぎ達がジリジリと近づいてくる。

 

「……ジョゼット、運が良かったわね。

うちをスルーしてたらメリケンサックでこいつら始末することになってたのよ。

見てなさい」

 

小声で背中の彼女に話して、ピースメーカーを抜くと、一番近いやつの足元を撃った。

砂がむき出しの地面がえぐれ、まだ昼には早い朝の空に.45LC弾の炸裂音がこだまする。

一気に追い剥ぎ連中が大きく動揺。その心が揺れたタイミングで、

抑揚を付けずに一言だけ告げる。

 

「殺すぞ」

 

一言でいいの。

ごちゃごちゃと銃持ってるだの、お前ら殺せるだの言ったら、

逆上した単細胞と余計な戦闘になりかねない。

弾の無駄だし、なんかの間違いでこっちが怪我したらバカバカしい。

 

「うっ、ずらかるぞ!」「に、逃げろ!」「助けてぇ!」

 

蜘蛛の子を散らすように逃げていく追い剥ぎ達。ようやく道が綺麗になったわ。

 

「ほら、行くわよジョゼット!いつまでくっついてんの!」

 

ずっとあたしの背中にしがみついてたジョゼットを振り落として、さっさと道を進む。

彼女も転びそうになりながらあたしに追いつき、腕を組んできた。なにそれ。

 

「買い物リストにあんたの武器を追加するのすっかり忘れてたわ。

さっきのヘタレ具合だと何持たせても駄目かもしんないけど、

見せるだけで脅しくらいにはなるからね。銃とか」

 

「うう……さっきの里沙子さん怖かったです」

 

「怖くなきゃ意味ないでしょうが。笑顔で名刺でも渡せばよかったっての?

奴らは好きで人のルールから外れた連中なんだから、

こっちも人間扱いしてやる必要なんかないの。

今のはあんたくらいのヘタレっぽかったから威嚇射撃で済ませたけど、

状況によっては別に殺したって構わない」

 

「そんな……彼らだって生きてるんですよ?」

 

「奇遇ね、あたしもよ。ほら、さっさと腕放す」

 

ジョゼットがそっとあたしから離れてうつむき加減で歩きだした。

この娘は武器云々以前に戦うことに向いてないわね、今更だけど。

しばらく無言で歩いていると、ハッピーマイルズ・セントラルの

やかましい喧騒が聞こえてきた。ちょっと意気消沈気味で大人しかったジョゼットが、

一気に有頂天になりはしゃぎだす。

 

「里沙子さん、里沙子さん!街が見えてきましたよ!わぁ、市場!」

 

「何べんも来てるからわかってるわよ、肩叩かないで。……こら、先行かないの!」

 

あの娘、あたしを置いて人混みん中飛び込んじゃった。

まったく、遊びに来たわけじゃないってのに。ああ、朝市の真っ最中で頭が痛い。

店番の掛け声や客の注文が飛び交ってうるさいのなんの。

ここには最後に寄る予定だってのに、どこ行ったのかしら。……あ、いた。

 

 

「ハッピーマイルズ教会で日曜ミサを始めるんです!ぜひ来てくださいね」

「え、あのボロ屋使えるようになったの?」

「はい!みなさんで一緒に賛美歌を歌って主を讃えましょう!……ぐえっ!」

 

 

後ろから思い切り襟を引っ張ると、首が締まったジョゼットが、

踏み潰したヒキガエルのような声を上げた。

 

「なにやってんの馬鹿!今日はあんたの買い物にわざわざ出向いてんのよ?

布教活動したいなら一人でここに来られるようになってからになさい!」

 

「げほ、ごほ!すみませ~ん。人がたくさんいたからつい夢中になっちゃって……」

 

「今日買い忘れがあっても1週間は来ないから、そのつもりで店周りなさい。

ただでさえここに来ると頭痛がするんだから」

 

「はーい。ええと、今日は何買うんでしたっけ」

 

あたしは改めて買い物リストを見た。まずは布団。

こいつと同衾なんて一夜限りで勘弁よ。でも、その前に……

 

「馬車を雇うわ。市場から少し東に、乗り合い馬車の停車場があるっぽい。行くわよ」

 

「わたくし馬車なんて初めてです!ずっと歩きの旅でしたから!」

 

「そうだ、気になってたんだけど、あんた旅の荷物はどうしたの。

まさか手ぶらで出発したわけじゃないでしょう」

 

「あ、えっと、それが……置き引きに遭っちゃいまして!」

 

「あんたらしいわ。経緯は聞かない。どうせ戻っちゃこないんだし」

 

あたし達は役所からちょっと北に行ったところの角を右に曲がった。

そしたら、姿は見えないけどすぐに馬の鳴き声が聞こえてきたわ。ここね。

木で作った柵でかなり広い敷地を囲ってる。

 

進むに連れて、白線で仕切られたスペースで馬車を待つ人や、

大きいの小さいの、いろんな馬車が見えてきた。

地球で言うバスターミナルみたいなところね。

あたしは敷地の隅にある事務所っぽい小屋に入って中の事務員に声をかけた。

 

「ちょっと失礼。1台馬車を貸し切りたいのだけど、手続きはこちらでよろしくて?」

 

「いらっしゃい。どのくらいの大きさが好みだい?」

 

「女の子一人の家財道具一式を買い揃えたいと思ってますの。

2人と十分荷物が乗る、中規模の車をお願いします」

 

「あいよ。となると、料金は200G。前金で100Gいただくよ」

 

「こちらに」

 

乗り逃げ防止の措置ね。あたしが前金を事務員に渡すと、

彼は書類になにやらチェックを記入して、番号札を渡してきた。

 

「まいど。その番号の馬車に乗って、残金は帰りに御者に渡してくれ」

 

「ありがとう」

 

事務所を後にすると、ジョゼットを連れて番号札と同じ3番の馬車を探し始めた。

……んだけど、こいつがあたしから離れようとしない。

 

「ちょっと、ボサッとしてないであんたも3番探しなさいな!

二桁番号振ってるってことは、100台はあるんだからさっさと行く!」

 

ジョゼットの尻を軽く引っ叩いたら、キャア!と大げさな悲鳴を上げて、

ロータリーの真ん中に逃げていった。

とは言え、放っといたら馬に蹴られて死にかねないから、

彼女を視界の端に捉えながらあたしも3番の馬車を探す。

 

……あの娘、考えなしに大型も小型も片っ端から番号確認してるわね。

中サイズに当たりを付けなさいっての。話聞いてたでしょう。

結局あたしが6人が向かい合って足を伸ばせる程度の大きさの3番を見つけて、

年季の入った御者に番号札を渡した。

 

「ああ、お客さんだね。さあ、中に入って。出発するよ」

 

「今日はよろしく。まず、敷地の真ん中でうろついてる馬鹿を拾ってくださいな」

 

「ハイヨー」

 

馬がいななき、パカポコと歩き始めると、

つながれた車部分もガタンと一揺れして走り出した。

あたしはドアを開けてまだ3番を探してるジョゼットに呼びかける。

 

「ジョゼットー!なにグズグズしてんの、早く乗りなさい!」

 

「え、ちょ、待ってください、置いてかないで~!」

 

「走って乗り込みなさい。小刻みに止まったり動いたりしてたら馬が可哀想でしょ」

 

「そんなぁ!受け止めてくださいよ!?……はぁ、はぁ、せーの!」

 

本人としては思い切りジャンプしたと思われるしょぼい跳躍を、

ほとんどあたしの身体で受け止めて、ジョゼットを車の中に放り出した。

 

「あたたた……里沙子さんひどすぎます~わたくしを置いて行くなんて!」

 

「あんたが見当違いのところにいるのが悪いのよ。

中型っつったのに1人乗りの馬車一生懸命調べてどうすんの。

……御者さん!まず布団屋さんまでお願いしまーす!」

 

“うーい”

 

シートは固くて乗り心地がいいとは言えないけど、やっぱり歩くより楽だわ。

鬱陶しい群衆をかき分けてスムーズに目的地まで運んでくれる。

あたしたちが雑談する間もなく、ショーウィンドウの奥に高級生地の布団を展示した、

ミュート寝具店の前で馬車が止まった。

 

店に入ると、なんだか空気があったかい。積み上げられた売り物のおかげかしら。

安物で十分かと思ったけど、

すぐ破れたりペッタンコになるとジョゼットの泣き言がうるさいだろうから、

店員にちょうどいいのを探してもらうことにした。

 

「ちょっと、ごめんください」

 

「いらっしゃいませ」

 

「シングルの掛け布団を探していますの。ダサいので構わないので、

丈夫で長持ちするものを探しておりまして。なにかいいものはございません?」

 

「承知しました。ではこちらへ」

 

キビキビと歩く店員についていくあたし達。途中でジョゼットが抗議してきた。

 

「里沙子さん!今、“ダサいの”って言いましたよね?言いましたよね?

いやです!カワイイのがいいです~!」

 

「黙りなさい。誰が金出すと思ってんの。

どうせ寝てたら見えないんだから贅沢言わない」

 

奴の抗議を切り捨てたところで、店員が足を止めた。

彼が一枚を広げてあたし達に見せる。

 

「こちらの、生地にアイアンペンギンの産毛を使用したものがお勧めです。

内綿は北極ガチョウ100%となっており、10年保証付きです。

お色ですが、あいにくと染色が難しく、白と淡いグリーンと黒しかございませんが……」

 

「色くらいは選ばせてやるわ、ほら」

 

「うぅ、どれもあんまり可愛くないです……」

 

「なら床で寝るか布団のないベッドで寝るか選ばせてあげる」

 

「グ、グリーンで!」

 

「かしこまりました。ではこちらでお会計を。

お持ち帰りですか、それとも配達に致しますか」

 

「馬車があるので持ち帰りで結構ですわ。お幾らかしら」

 

「1000Gでございます」

 

ショルダーバッグから小袋を一つ取り出してカウンターに置く。

ふぅ、昨日のうちに1000G単位のゴールドを詰めた袋いくつか作っといて正解だったわ。

通貨が硬貨しかないって本当不便。

店員は手慣れた様子で、あっという間に金貨を指で器用に弾いて数えていく。

 

「確かに頂戴しました。お買上げありがとうございます」

 

そんで、店員が布団を麻の紐で縛って持ち運びできるようにしてくれた。

さっそくジョゼットの出番よ。

 

「ほら持ちなさい。あんたの布団でしょ」

 

「持てるかなぁ、持てるかなぁ……」

 

そろそろあたしに泣き落としが通じないことを理解し始めたようで、

ジョゼットは弱音を吐きながらも紐に手を通して布団を持ち上げた。

 

「あ、結構軽いです!わたくしでも持てます!褒めてください!」

 

「だからそれはあんたのだって……

まあいいわ、あたしに頼らなかったのは褒めてあげる」

 

店を出て馬車に布団を積み込むと、次の目的地を御者のおじいさんに告げた。

今度は薬局ね。歩くと結構長かった道路も、馬車だと楽で早いから不思議な感覚だわ。

薬局の近くで止まってもらい、店内に入った。

すると、アンプリがあたし達に気づいて笑いかけてきた。

相変わらずピッチリしたナース服だけど、

楚々とした雰囲気をまとってて下品な色気がない。くそ。

 

「いらっしゃい。今日はお友達と一緒?」

 

「違う。居候兼召使い。こいつの生活用品を揃えに来たの」

 

「こ、こんにちは……」

 

「あら残念。あなたの孤独癖が治ったかと思ったのに」

 

「それは不治の病よ、死ぬまで治ることはないわ。それより、ちょっと商品見るわよ」

 

「どうぞどうぞご自由に」

 

ニコリと微笑んでそう言うとアンプリは棚の整理に戻った。

脚立なんか使うと見えるわよ。まあ、そんなことより買い物よ。

メモを見ながら生活必需品を手に取る。

 

「ほら、あんたもぼやぼやしない。要るもの、欲しいもの、探してこのカゴに入れるの。

歯ブラシは入れた。他には?」

 

ジョゼットは珍しそうに周りを見回して、ようやく一つ候補を挙げた。

 

「えっと……石鹸?」

 

「まぁ、それも買っといて損はないわね。他」

 

「以上です!」

 

「違う!昨日馬鹿騒ぎの種になったボディタオル、

歯磨きチューブ、クシ、鏡、シャンプー、リンス!全部探してカゴに入れときなさい!」

 

「えー!?歯磨きやシャンプーとかは同じの使えばいいじゃないですか!」

 

「絶対ご免よ。歯磨きチューブには一度歯を磨いたブラシをこすりつけるわよね?

それを他人と共用することにあんたは疑問を感じないの?

シャンプー、リンスも人によって好みが違う。昨日は仕方ないから見逃したけど、

今日からは自分用のを使いなさい。わかったら自分で好きなの探す!

……あたしは別の買い物があるから」

 

「里沙子さん潔癖症すぎですぅ」

 

「あんたが衛生的にズボラなの。

……ねぇ、アンプリ。またニトログリセリン2瓶、いや3瓶欲しいんだけど」

 

「え、また?隣のおじいさん、そんなに具合悪いの?っていうか隣ってどこ?

あなたの家って周りになんにもないって話だけど」

 

「例え何マイル離れてようと、そこに家があれば隣なのよ。

あたしだって気が向いた時くらい人助けはするわよ。

また胸が痛いらしいから念のために置き薬したいんですって」

 

「……ふぅん」

 

本当は駄目なんだけどね、と言いながら、アンプリが鍵の掛かった棚から

ニトログリセリンの瓶を取り出した。ごめんよアンプリ全部嘘。

ダイナマイト使っちゃったから補充しなきゃ。彼女がブツをカウンターに置くと、

ちょうどジョゼットがカゴに商品を入れてこっちに来た。

どれどれ……おお、ちゃんと揃ってる。

 

「里沙子さ~ん。これでいいですか?たくさん品物が並んでて探すの大変でした……」

 

「うんうん。あんたにしては上出来だわ。

あたしの分は手に持ってるから、一緒に精算しちゃいましょう」

 

あたしが足りなくなりそうな化粧品とシャンプー、

それと大きめのマイバッグをカゴに入れると、カウンターに置いた。

 

「くださいな」

 

「は~い。ありがとうございます」

 

アンプリが大量の品物をひとつひとつ手にとって、金額を計算する。

時折髪をかき上げる仕草がちょっと可愛い。

計算が終わると彼女は商品をマイバッグに詰めてくれた。

そういや、このマイバッグゴリ押し運動、唐突に始まった気がするんだけど、

一体誰が儲かったのかしら。どうでもいいことを考えていると、袋詰めが終わったわ。

まぁ、どうせどっかの役人かそのツテでしょ。死ねばいいのに。

 

「お会計が、172Gです」

 

「ちょっと待ってね。

小銭しか支払い方法がない世の中に怒りを覚えつつ金貨を数えてるから。

……よし、ちょうどね。はい」

 

ショルダーバッグの少額用の巾着袋から172Gを取り出して、トレーに置いた。

アンプリも慣れた手つきでささっと数える。

 

「うん、ありがとうね。はい袋。結構重いわよ、持てる?」

 

「ありがと。こいつに持たせるから大丈夫。ほら、あんた」

 

「は、はい!……重んもい」

 

「店から馬車まで数歩でしょ。頑張るの」

 

「よいしょ、よいしょ……」

 

やる気なくジョゼットを励まして荷物を馬車に積み込ませた。

さすがに馬車のドアは開けてやったけど、

この程度で息切れしてて、よくここまで旅してこれたわね。

なんとか中央教会がどこにあるのか知らないけど、

旅の行程ほとんどヒッチハイクで来たとしか思えないわ。

 

さて、次はどこに行こうかしら。向かいに銃砲店があるけど、今は用はないわ。

装備と弾薬は足りてるし、ジョゼットに使えるものがあるとは思えない。

そうすると……服ね。窓から顔を出して御者に行くところを頼む。

 

「おじいさん、次は婦人服の店に行ってね」

 

「うい」

 

ガタゴト、ガタゴト。馬車があたし達を街のまだ知らないエリアに運んでく。

ジョゼットはもう疲れたのか、珍しく黙り込んでる。だらしないわね。

まぁ、静かで助かるけど。10分ほどで馬車が止まる。

 

「ほら、ジョゼット。着いたわよ」

 

「はい……」

 

「今度はあんたの服を買うの。部屋着や普段着くらいないと困るでしょ」

 

「服!?お洋服買ってくれるんですか?」

 

「ええ。一日中その辛気臭い黒ずくめを見てると気が滅入るという、

あたしの事情もあるけど」

 

「ひどーい!この修道服はわたくしたちの誇りでもあるのに、里沙子さんの意地悪!」

 

「ああ、そういえばホコリ臭いわね。洗濯用に2,3着作ってもらいなさい」

 

「え、新しい修道服まで?なら今の発言は許してあげます!」

 

「別に許してほしくもないけどね。行くわよ」

 

すっかり無駄話で時間を無駄にしてしまったわ。

慌てて馬車から降りるとキャザリエ洋裁店に飛び込んだ。

もう正午を回ったからさっさと用件を済ませましょう。

 

「部屋着とかは既製品を買うしかないわ。オーダーメイドだと3,4日はかかる。

店に並んでる服、好きなの選びなさい。ただし、迅速に。

パジャマも忘れんじゃないわよ」

 

「わーい、里沙子さん太っ腹!……あ、このセーターかわいい!」

 

ジョゼットはリング状のハンガー掛けに吊られているものや、

マネキンに着せられた服を目を輝かせながら選びはじめた。

彼女は次々商品を手に取ると、体に当てて姿見で見る、を繰り返す。

あたしは眼鏡を掛けた店主に声をかけた。

 

「こんにちは。服を3着作っていただきたいのだけど、今よろしくて?」

 

「はいはい、いらっしゃい!じゃあ、まずは採寸から」

 

「ああ、ごめんなさい。私じゃなくて、あそこで騒いでる馬鹿が着ているものを3着」

 

“里沙子さ~ん、これ似合ってます?ちょっとヒラヒラしすぎかな?

シスターたるわたくしがこんなの着てちゃ駄目なのにぃ。

でも似合っちゃうからしょうがないかな?えへへへ~”

 

「迅速に選べと言った」

 

今朝追い剥ぎ共をビビらせた時と同じ声色で告げると、

青くなったジョゼットがスタスタと何着か服を持ってきた。

いちいち手間をかけさせるわね。

 

「服のサイズ図るから、そこでじっとしてなさい」

 

「ちょっと失礼しますよ、シスターさん」

 

修道服の採寸が終わるまで手持ち無沙汰のあたしは、残りの予定を確認する。

市場方面へ逆戻りね。市場の裏手にひっそりと一軒のガラクタ屋があるの。

今日のお楽しみはこれ。何を買うかって?それこそお楽しみよ。

 

後は、駐在所に行って昨日殺した魔女の賞金を受け取って、

市場で食材を買ったらミッションコンプリートよ。……いや待って。

ついでに腹ごしらえして大事なものを買わなきゃ。

色々考えてるうちに採寸が終わったみたい。

 

「はい終わりましたよ、お疲れ様」

 

「ありがとうございます~」

 

「お会計をお願いします。お幾ら?」

 

「ええと、こちらの服と合わせまして、合計1450Gの前払いでございます」

 

「少々お待ちになって」

 

またショルダーバッグから大量の金貨を取り出す羽目になるんだけど、

もう誰も喜ばないこの辺の描写はカットするわよ。

とにかくあたしは金を払って、店主も金額を確認した。それでいいでしょう?

 

「はい、ありがとうございました。出来上がりは土曜日になります。

こちらの引換券をお持ちください」

 

「どうも」

 

あたしは店主のサインと番号が書かれた券を受け取ると、

たくさんの洋服を抱えたジョゼットと店を後にした。

よたよたとジョゼットが馬車に向かって千鳥足で歩く。別にいいんだけどさ、

持ち上げると前が見えなくなるくらい買い込むのはやり過ぎじゃない?

とにかく馬車のドアを開けてやると、流し込むように服を投げ込んだ。

 

「ぷはっ!息が止まるかと思いました~」

 

「持てる量ってもんを考えなさい」

 

「ごめんなさ~い。服屋さんなんて初めて来たので……」

 

「シスターは清貧が美徳だのどうの」

 

「きょ、今日だけです!里沙子さんだって生活必需品だって言ってたじゃないですか!」

 

「わかった、わかったから耳元で大声出さないで!」

 

もう馬車の中は向かいの席が使えないほどいっぱいだから、

二人並んで座るしかないのよ。

布団に日用雑貨、山と積まれた服。もう足も伸ばせやしない。

さっさと終わらせましょう。

 

「おじいさん、今度は中央市場……の手前で。ちょうど裏路地の前まで」

 

「あんなとこへ?お嬢さん物好きだねえ」

 

「ええ、とっても。ではお願いしますわ」

 

「ハイヨー」

 

そして馬車は屋台や出店が並ぶ市場へ続くゲート少し手前に向かって走り出した。

狭い車内でジョゼットが話しかけてくる。

 

「里沙子さん、次は何を買いに行くんですか?」

 

「いろいろ、よ」

 

「もう、意地悪しないで教えて下さいよぅ」

 

「あそこは何でも屋なの。何が置いてあるかはその日によって違うから、

行く度に面白いものが見つかるのよ」

 

「はぁ」

 

5分ほどで“ハッピーマイルズ市場”という、

大きな看板を見上げるところで馬車が止まった。まだ市場には戻らない。

ここから裏路地を通ってお気に入りの店に行くんだから。

馬車から降りると、ジョゼットが不安げに話しかけてきた。

 

「里沙子さん、本当にここに入るんですか……?」

 

まぁ、この娘が怖がるのも無理はないわね。昼間でも薄暗いこの細い通りは、

ひと気も少なくて怪しいスナックやボロい立ち飲み屋が並んでて、

酔っ払った年寄りが地べたで寝てる。

進んで入りたがる奴の方が少ないのはしょうがない。

けど、こういうところに面白い店ってのはあるのよ。

 

「怖いなら馬車で待ってなさい。っていうか来んな」

 

「行きます。そんなに楽しいところ、独り占めなんてずるい!」

 

「あんたはあたしに逆らわないと気が狂うのかしら。

……まあいいけど、珍しいもの見ても馬鹿みたいに、はしゃぐんじゃないわよ。

隙を見せなきゃ見た目より危ない場所じゃないけど、

たまに頭のおかしいやつもいるから、ちゃらんぽらんなことしてると刺されるわよ」

 

「えっ……だ、大丈夫ですよ、大丈夫ですもん!」

 

「はぁ、わかった。あたしから離れないで、キョロキョロせずに前だけ見て歩くのよ」

 

「はーい!」

 

「声がでかい!」

 

「ごめんなさい……」

 

こうしてジョゼットを連れて裏路地に入ることになったんだけど、

やっぱりここの非日常的雰囲気に怯えてるのか、何も喋ろうとしない。

まぁ、寝そべってるジジイにいきなり“姉ちゃん金くれ!”って叫ばれたり、

体育座りしながらひたすら見えない誰かと会話してる丸刈りの男を見たら、

初めての人には衝撃的すぎるかもしれないわね。

 

とにかく面倒起こさずにいてくれるのは助かるわ……って考えてるうちに着いた。

ここよここ。壁に取り付けられ、ひび割れた雷光石がパチパチ音を立てて、

手書きの看板を照らす。“Marie’s Junk Shop”。

宝の山にたどり着いたあたしが立ち止まるとジョゼットが背中にぶつかった。

 

「キャッ!急に止まらないでくださいよ……」

 

「キョロキョロするなとは言ったけど前を見るなとは言ってないわ。

それより着いたわよ」

 

「えっ、入るんですか?」

 

ジョゼットの問いかけを無視してドアを開ける。

そこは大抵の奴にはゴミの山、あたしにとっては宝島。ここだけ地球の匂いがするわ。

とにかく足の踏み場もないほど物があふれてる。

電子部品、古本、薄汚れた雑貨、誰も買わないだろう不細工な人形。

商品を踏まないよう奥に入って店主に声をかけた。

ジョゼットがあたしの服の背中を摘んだままついてくる。

 

「マリー、久しぶり」

 

「おお、リサっち。ずいぶんじゃん。今日は何?どんなオモチャが欲しいの?」

 

黒いロングヘアをカラフルに染めて、

唇にたくさんピアスを開けた女の子、マリーが明るい調子で応えた。

ずっと年下だけどリサっちって呼ばせてるのはこの娘くらいよ。

フランクだけど必要以上に踏み込まない。

 

何時間店をうろついても嫌な顔しないっていうか、

のんきにブラウン管テレビでDVD見たり昼寝したりして、

放っておいてくれるところが気に入って、街に来る度入り浸ってるの。

今もアースから流れ着いたガキの使い垂れ流してるわ。あ、山崎アウト。

 

「んー、オモチャっていうかオモチャの材料が欲しいの。ちょっと見させてもらうわよ」

 

「アハ、また物騒なもん作んの?

まあ、ウチのガラクタで良ければ穴が空くほど見てってよ。私はテレビ見る」

 

そう言って彼女はまたテレビに向き合った。背を向けたまま彼女が聞いてきた。

 

「後ろの娘、どうしたの?ついにリサっちも友達作る気になったかー?」

 

「違う違う、召使い兼居候。ヘタレだから銃の一つも使えやしない」

 

「あのう、本人が目の前にいるんですけど……」

 

「そう?目の前には誰もいないわねえ。後ろで誰か喋ってるみたいだけど」

 

あたしは棚や足元のケースを漁りながら、

店の隅っこに畳んで立てられているダンボールを勝手に広げて、

次々と何かのパーツやプラスチック部品を放り込む。

 

「カハハハ!教会育ちじゃ、しょうがないっちゃしょうがないけどね。

キミ、見たところシスターみたいだけど、聖職者向けの本が入り口右手の本棚にあるよ」

 

「本当ですか!?わぁい、解毒の術式や広範囲治癒魔法がこんなに……

あえっ!これ門外不出の光粒子圧縮破魔術式の本じゃないですか!

使い方を誤ると、悪魔どころか術者自体も消滅する

危険な魔法がどうしてこんなところに?」

 

「そりゃ、教会の誰かが小遣い稼ぎに横流ししたのが、

ここに回ってきたに決まってるでしょうが。

それよりあんたも要るものあったらカウンターに置いといて。

……そうだ、あんたそれ覚えなさい。武器は無理でも魔法は使えたでしょ」

 

「だめだめだめ!こんなの違法です!マリーさん、これを売った人は誰ですか!?

今すぐ通報しないと!」

 

「それは教えらんないなぁ?客の秘密漏らしたら、この商売続けられなくなるからね」

 

いつの間にかカウンターに着いていたマリーがウィンクしながら指を振る。

 

「そんなこと言ってたらここにあるモン殆ど違法よ。

間違っても誰かに喋るんじゃないわよ。

あたしの楽園台無しにしたら、あんたにピースメーカーぶち込むことになる」

 

「里沙子さんまで!いけないことはいけないんですー!」

 

「じゃあ、しょうがないわねえ。

通報したいなら好きにすればいいけど、一人で駐在所に行きなさいよ。

さっきの頭のおかしい奴らに押し倒されてもあたしは知らないから」

 

「そんなぁ……」

 

「ただでさえあんたは戦いじゃお荷物なんだから、治療とかは今あるもので我慢して、

とっとと強力な光属性の攻撃魔法覚えなさい。あたしもそうした」

 

「おんやぁ?リサっち魔法使えたっけ」

 

「ゲームの話よ。略してFFT。白魔道士に初歩の回復魔法1個覚えさせたら、

他は一切無視してスキルポイント貯めまくって、

本来終盤に覚えることを想定されてた最強クラスの攻撃魔法覚えさせたの。

おかげで敵リーダーも一撃で殺せるパワーヒッターになったわ」

 

「ああ、あれねえ。リサっちも黒本に騙されたクチ?」

 

「あの記事の責任者がここに流されてきたらピースメーカーで蜂の巣にしてやるわ」

 

「アッハッハ!やっぱ正宗欲しかったんだ!」

 

「何が“コンマ以下の数値は表示されない”よ!

完全にゼロだったでしょうが詐欺師め!」

 

「あのう、全然話についていけません……」

 

店の隅でぽかんとあたしたちの話を聞いていたジョゼットが、

どうにか会話に入ってきた。

 

「いいのよ。過去の古傷の話。それより禁制本買う決心は着いた?

あたしは別にどっちでもいい。でも、何かしら身を守る手段を身につけないと、

これから街に行きたくても、ずっとあたしの都合と機嫌を窺わなきゃいけないのよ?」

 

そう言うと、ジョゼットはしばらく考え込んで、決心した。

 

「マリーさん。これ……買います!」

 

「おっ、決めたね。うんうん。やっぱり少女も大志を抱くべきよ」

 

マリーが腕を組んで大げさに頷く。ジョゼットはさらに続けて、

 

「他にも、敵を傷つけずに動きを止めたり、視界を奪ったりする魔法があれば、

それもください!これを習得するには、きっとかなりの時間がかかるから……」

 

「隣の棚にもっとたくさんあるよ。強力な閃光を放って目を潰したり、

電気に性質の近い捕縛光線で麻痺させたり。教会も教会で敵が多いと見えるねえ」

 

「全部買ったげるから欲しいもの選びなさい」

 

それからジョゼットは真剣な表情で本棚から何冊も本を抜き取り、カウンターに置いた。

勘定はすぐに終わった。あたしは待ってる間に、

マリーに自分の商品を精算してもらってたから。

 

「うん、全部で5142Gだけど、面倒くさいから5000でいいや」

 

「ありがとう。はいお金」

 

「毎度ありー!また来てね、シスターのお嬢ちゃんも!」

 

「わたくし、ジョゼットと言います!きっと、また来ます!」

 

おっ、ヘタレから一歩前進かしら。5000Gの出費は正直痛い。

おそらく大半は魔導書の価格ね。けど、将来に対する投資と考えればいいわ。

あたしが楽するための。店を後にしたあたし達は裏路地を逆戻りして馬車に戻る。

 

けど、もうジョゼットはあたしの服を引っ張らず、

大事そうに買ったばかりの魔導書を抱えている。

あたしはあたしでダンボール箱一杯のジャンクを抱えてる。

鉄パイプやらプラスチックのケースやら電子基板とか電極とか。

何に使うのかって?ろくでもないことに決まってるじゃない。

 

馬車に戻ったあたし達は、馬車にそれぞれの荷物を放り込んだ。

この辺にしとかないと、お馬さんが悲鳴上げそう。

う~ん、混雑してる市場の真ん中にこいつを乗り入れるのは、

あたしでも気が引けるわね。

あたしはその辺を見回し、道端の露店で売ってたホットワインを買って、

御者のおじいさんに話しかけた。

 

「ごめんなさい、これ飲んでもう少し待っててくれるかしら。

あと、ちょっとで終わるから」

 

「おお、ありがとうよ、お嬢さん。ゆっくり買い物しておいで」

 

さっさと終わらせなきゃ。まずは駐在所。ジョゼットを急かせて小走りに向かう。

 

「行くわよジョゼット。とっととご褒美もらって用事を済ませるわよ」

 

「ご褒美?」

 

「昨日ぶっ殺した魔女の賞金。駐在所にコイツを持っていく」

 

あたしはショルダーバッグから、殺した魔女たちの三角帽子を取り出した。

日本の交番よりかなり広めの駐在所の壁には、賞金首のポスターが張られていた。

ああ、確かに昨日のババア連中もいるわ。

中に入ると、腹の出た保安官がまた居眠りしていた。

 

奥には3室くらいの牢屋がある。なるほど、留置所も兼ねてるのね。

とにかく貰うもん貰いたいあたしは、机を蹴飛ばそうかと思ったけど、

奥の客室に案内されたくはないから、一言呟いた。

 

「将軍閣下、見回りお疲れ様であります」

 

「え、え、将軍閣下!?いえ、眠っているのではなく!自分は、その、精神統一を」

 

「あら、見間違いでしたわ」

 

「なんだ、脅かさないでくれ。では、本官はこれで」

 

また寝ようとするから激しく肩を揺さぶる。

 

「寝るのはこちらの用件を片付けてからにしてくださいまし!賞金!

賞金首を殺したから懸賞金を頂きに参りましたの!」

 

「ほへ、賞金?賞金!?パパが殺したのか?嬢ちゃん、悪いがこういうのは本人が……」

 

「これでも24なので銃の心得はありますの。ほら、こちらに」

 

保安官に身分証を見せて、デスクに3つの三角帽子を放り出した。

 

「氷の魔女アリーゼ、土の魔女サンドロック、雷の魔女ヴィオラ。彼女達の遺品ですわ」

 

賞金首の遺品を目にした保安官は、ぱっちり目が覚めたようで、

ひとつひとつ手にとっては細い目を目一杯開いて見つめている。

 

「う~ん、確かに。よく魔狼の牙3人を相手に生き残れたものだ」

 

「将軍が頭目を倒して下さったお陰でどうにか。それより頂きたいものが」

 

「ああ、そうだな。奴らは1人4000Gだから合計12000Gだ」

 

「ありがとう、確かに。それではわたくしはこれで」

 

「他の奴らも見つけたらぶっ殺してくれ。本官の仕事が楽になる。ハハハ!」

 

保安官の声を背に金貨の詰まった袋を持った駐在所から出た。

人に真面目にやれって言えた義理じゃないけど、

仕事してるふりくらいはしたほうがいいわよ。

本当に将軍が巡回に来てもあたしは知らない。

それより、この賞金で今日、ジョゼット関連に使った金は完全にペイできたわ。

いや、まだ余るわね。そうだ、大事な買い物しなきゃ。次、街に来るまでの食材。

 

「ジョゼットー?どこ?」

 

「あ、こっちです」

 

後ろで賞金首や尋ね人のポスターを熟読していたジョゼットが走ってきた。

 

「なに、あんた賞金稼ぎ目指すの?」

 

「いえ、そっちじゃなくて尋ね人のポスターを見てたんです」

 

「なんだってそんなもん」

 

「なんだかあの手のポスターって怖くないですか?

“あの人はいずこへ…”とかの見出しが放つおどろおどろしさと、

家族の嘆きが詰め込まれてるようで、怖いもの見たさでつい見ちゃうんです」

 

「聖職者のくせにいい趣味してるわね。それよりあんたに司令。

今日から料理するって言ったわよね。

来週の日曜までここには来ないから、それまでの食料買ってきなさい。

あんたが作るんだからあんたが選ぶのよ。そこの酒場にいるから適当に見繕って。

制限時間15分」

 

あたしはジョゼットに最後のマイバッグと200Gを渡した。

 

「ええっ!?今日は外食にしませんか?

わたくし、今日一日の買い物で疲れてるっていうか……」

 

「人の財布アテにしてリッチに外食たぁ、いい度胸ね。

……まぁいいわ、あたしも疲れてるし軽く済ませたいから、今夜もパンにしましょう。

なるべく腹持ちしそうなパンも買ってくること。よいドン!」

 

「行って来まーす!」

 

ふぅ、まだまだ甘え癖は抜けてないわね。

そりゃ一日二日で変われるほど人間便利に出来ちゃいないけどさ。

ああ、なんだか喉が渇いた。ジョゼットを見る。

さっそくパン屋の前で指をくわえて立ちんぼしてる。

 

ちょっと寄るくらいなら大丈夫よね。

あたしはバーのパタパタドア(まだ正式な名前がわからない)を通って、

中に入り、カウンターに座った。あ、ここでも買い物あったんだった。

 

「マスター、冷えたエールちょうだい。それと、ケースで1箱持ち帰りで」

 

「いらっしゃい。ちょっと待ってくんな……ほらよ」

 

マスターは慣れた手つきでエールを注ぎ、

泡とビールのバランスが取れたジョッキをよこした。

あたしは2,3口ぐいっと飲んで渇きを癒やした後、一口ずつ香りを楽しみながら、

冷たいエールでリフレッシュした。

すると店の奥から木のケースに入ったエールの瓶を抱えて、

ウェイトレスがあたしの足元に置いた。

 

「あらお嬢ちゃん、また来てくれたのね。お姉さん嬉しい。ウフフ」

 

「あんた歳言いなさい。絶対あたしのほうが上だから!」

 

この紫髪のおっぱいオバケは会う度あたしを子供扱いしてくる。

腹が立つから掴んでやろうかと思うんだけど、

無駄にしなやかな動きで避けられるのよね、いつも。

 

「レディーに歳なんか聞いちゃダ~メ。ゆっくりしていってね、うふ」

 

「仕事終わったならあっち行って!……まったく」

 

せっかくのエールがまずくなったわ。ジョッキを飲み干すと、

カウンターに今飲んだ一杯5Gとケースの分200Gを置いて、

足元のエール12瓶の箱を持ち上げる。やっぱり重いわね。

軽く一杯とは言え、アルコールが入ってると尚の事気をつけなきゃ。

 

「また来てくれよ」

 

あの紫のウェイトレスどうにかしてくれたら毎日でも通うわよ。

さて、ジョゼットは、と。まだいない。

ここにいると頭が痛くなるから早くして欲しいんだけど。

どうせならもう一杯飲めばよかった。

でもこれ以上フラフラになったらジョゼットの監視役がいなくなるし……

と思ってたら、来た来た。え?何抱えてるのあの娘。

 

「お待たせしました……重い」

 

「馬鹿ね、数日分でいいってのに、何をそんなに買ったのよ」

 

「食材に決まってるじゃないですかー。お肉や、お魚、野菜にパン。

皆さん親切にお買い得品を勧めてくださるので、お得な買い物ができました!」

 

「んなもん誰にでも言ってるから得でもなんでもないわよ。

どうせ売れ残り押し付けたに決まってる」

 

「そんなはずはないです!“お嬢ちゃん可愛いからおまけね”、とか

“君だけに特別サービス”、とか言ってくれて皆さんいい人ばかりでしたよ」

 

「それは商売文句っていう要らないものを売りつける魔法なの。

人生損したくないなら性善説はとっとと捨てるべき」

 

「里沙子さんは何買ったんですか?その重そうな箱」

 

「聞いてる?これはエールよ。晩酌に飲むの」

 

「えー、教会にお酒なんて、シスターのわたくしには信じられないっていうか……」

 

「あんたが飲まなきゃいい話でしょうが。

さて!これでようやく買い物も終わり。馬車に戻るわよ」

 

「ああ、待って。荷物で前がよく見えなくて……」

 

「考えなしに買いまくるとそうなるって服屋で学習しなかったみたいね」

 

ふらつくジョゼットを連れてぶつくさ言いながら馬車に向かう。やっと家に帰れるわ。

市場の外で待ってた馬車にエールと食材を積み込むと、

もう完全に女二人が乗るスペースしか残らなかった。

御者のおじいさんに窓から話しかける。

 

「ずいぶん待たせちゃってごめんなさい。もう家に戻って。

ハッピーマイルズ教会っていうボロ屋」

 

「あそこ人が住んでるのかい?」

 

「最近住み始めましたの。場所はご存知?」

 

「ああ。この辺じゃ有名な幽霊屋敷だったからね」

 

「ふふっ、とんだ事故物件だったってわけね。

あの不動産屋は悪質業者だって言いふらしておかなくちゃ」

 

「ゆ、幽霊!?そんな怖いところに住んでるんですか、わたくし達……!」

 

「その幽霊をどうにかするのがあんたらでしょうが、何怖がってんの。本当ヘタレね。

……あ、ごめんなさい。もう出してくださいな」

 

「ハイヨー」

 

御者のおじいさんが手綱を引くと、馬が歩きだし、

木の車輪の馬車がゴトゴト揺れながら出発した。ああ、これで人混みから解放される。

なんだかどっと疲れが出てきた。やり残したことはないわよね。

自分に再確認をしていると、ふと思いついたことが。

 

「ねえジョゼット」

 

「はい?」

 

「やっぱミサで賛美歌歌うこと許可するわ」

 

「本当ですか!?やっと里沙子さんも神を信じる心構えが……」

 

「違う!そもそも日曜はここで暇つぶしするから聞こえない。ただそれだけよ。

正午には全員叩き出すのよ、いいわね」

 

「うう……もう少し信者の方々を大事に思って欲しいです」

 

「あと、献金箱も必ず回すのよ。ショバ代として毎回500Gは欲しいところね」

 

「そんなにたくさん!?ミサは商売じゃありませーん!

献金はあくまで気持ちなんですから!」

 

「1回10人入れるとしたら、1人50Gも払えない信者なんか、

どうせマリア様も救ってくれやしないわよ」

 

「里沙子さんはお金に執着しすぎです!もう少し心の豊かさを求めるべきです!」

 

「あんたが浮世離れしすぎてんのよ。世の中を動かしてるのは金。

その現実から目を背けるやつは生涯地を這う」

 

「もういいです!帰ったら里沙子さんには聖書第79章を朗読して差し上げます!

お金だけに生きることがいかに貧しいことかわかるはずです!」

 

「勝手になさい。長椅子に寝そべってポップコーン投げつけながら聞き流すことにする」

 

そんな馬鹿馬鹿しい会話をしていると、

いつの間にかハッピーマイルズ・セントラルを離れ、街道を進み、

愛しの我が家の目の前まで来ていた。馬車に乗ってる帰りは山賊の類は出なかった。

公共交通機関の馬車を襲うのは重罪で問答無用で死刑。

騎兵隊も乗り出して犯人の掃討に乗り出すから連中もビビって手出ししてこないの。

 

馬がヒヒンと一鳴きすると馬車が止まった。ちょうど玄関の前。

まずあたしはジョゼットに玄関を開けに行かせて、御者に料金と心付けを払った。

今度は20Gにしてみたけど、どうかしら。

 

「今日は一日ご苦労様。残金の100Gです。あと、これはほんの気持ち。

受け取ってくださいな」

 

「おお、こんなに。ありがとうよ、年寄りに親切にしてくれて」

 

喜んでくれてなによりね。馬車のチップは20Gが相場、と。うん、覚えた。

 

「いえ、寒い中本当にありがとう。すぐに荷物を下ろしますから」

 

「急がんでええよ」

 

とは言え、老人を夜風の中吹きっさらしにしておくわけにはいかないわ。

あたしはデカい荷物を優先的にジョゼットに押し付け、

とりあえず聖堂に荷物を運び入れ始めた。額に汗して何度も往復するジョゼット。

あたしは巧妙に急いでるふりをして、軽めの荷物を小分けにして運ぶ。

やっと全部の荷物を家に入れると、もう陽は完全に沈んで夜の闇が辺りを包んでいた。

 

「それじゃあ、おじいさん。さようなら」

 

「ご利用ありがとうね。お嬢さん方」

 

馬車はUターンして帰っていった。さて、荷解きの前にまず腹ごしらえをしようかしら。

そう言えば忙しくて昼ごはん食べてなかったし。ジョゼットどんなパン買ったのかしら。

酸っぱいパンは遠慮したいわね。あたしアレ苦手“キャー!”なんなのよ一体!

 

聖堂に入ってドアに鍵を閉めると、ジョゼットが住居部分から飛び出してきた。

思い切り抱きついてきて苦しいからゲンコツで黙らせて話を聞く。

 

「なに、何があったってのよ!」

 

「痛い……幽霊です!階段に白い人魂が見えたんです?」

 

「人魂ぁ?馬鹿ね。

そんなの害がなけりゃ、いようがいまいがどっちだっていいでしょう」

 

「良くないですよぅ……里沙子さん、見てきてください!」

 

「はぁ。ここは何とか教の根城だった気がするんだけど」

 

面倒だけど、あたしは2階へ続く階段へ向かった。

段差から踊り場にかけて見上げるけどなんにもいない。

ジョゼットに文句を言ってやろうと戻ろうとしたら、

 

チュチュッ

 

そいつの鳴き声が聞こえた。なんてことはない。

ネズミがあたしの姿を見ると逃げていった。

恐る恐る近づいてくるジョゼットにさっそく暴言を浴びせた。

 

「この、お馬鹿!何が人魂よただのネズミだったじゃない」

 

「え、ネズミ?よかったぁ~本当にオバケだったらどうしようかと」

 

「だからそいつら追っ払うのがあんたらの……って、ああっ!ネズミで思い出した。

あたしとしたことが……」

 

「どうしたんですか、里沙子さん」

 

「殺鼠剤買い忘れたぁ!」

 

「ネズミ除けのお薬ですね。また今度買えばいいじゃないですか」

 

「その“今度”まであたしら病原菌の固まりと同居することになるのよ、

わかってんの!?」

 

「じゃあ、明日また行きましょう!」

 

「うう……」

 

最悪だけどそれしかないみたい。

インドア派のあたしが、2日連続でちょっとした小旅行する羽目になるなんて。

思わず嘆息が漏れる。

 

わて、ほんまによう云わんわ(勘弁してほしいものだわ)……」

 

 



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賞金稼ぎギルドと接触
とにかく肉が食いたい人は、すき家の牛丼キング(裏メニュー)がコスパ良くてお勧めよ。


その日、あたし達は街の酒場で昼食を取っていたの。

メニューはパンとフライドポテト付きハンバーグ、それとサラダのセットね。

あたしはエールも頼んだんだけど、2杯目頼んだところでジョゼットが、

“やっぱり昼酒はダメだと思います!”と入居時に決めたルールを

破りまくってきたので、罰としてポテトを器用にフォークで全部盗んでやった。

 

「あーっ!わたくしのポテトが!

シスターの数少ない嗜好品になんてことを!悪魔めぇ……」

 

「うるさいわね。さっさと食べないからよ」

 

悲しそうに寂しくなった鉄板を見つめるジョゼット。

好物だったらしく涙目になって大人しくなった。言っとくけどあたしは何にも悪くない。

こうしてただ飯を食うために街まで繰り出す羽目になったのもこいつのせいなんだし。

 

朝は彼女に作らせたのよ。まぁ、結論から言うとまずくはないけど美味くもなかった。

ミルク粥は火を通しすぎてて完全に炊き上がったご飯になってたし、

コンソメスープも味が薄すぎて全然パンチが効いてない。

 

断言してもいいけど、あたしの好みじゃなくて、明らかに調味料が足りてない。

ミルク粥も見た目がアレなだけでもしかしたら、と思って一口食べたけど、

変な残り香のするただの飯だった。

たとえ召使いでも人が作ったものにいきなりケチ付けるのは嫌だからまずは聞いてみた。

 

“ジョゼット、これ調味料何使ったの”

 

“塩です!”

 

“少なすぎて全然味がしないわ。ミルク粥は加熱しすぎてお粥になってないし、

スープも薄すぎて白湯と変わらない。

メシマズとまでは行かないけど、毎日これじゃあ、はっきり言ってうんざりよ”

 

“そんなぁ……じゃあ、お下げします”

 

“待ちなさい。とりあえずこれは全部食べる。

飯を粗末にする奴と食い方が汚い奴は、あたし内ヒエラルキーでは汚物より下よ。

とにかく、これ食べ終わったら街に行く。調味料を買い揃えてレシピ本を買うの。

多分、あんた自己流かつ目分量で飯作ってるでしょ。

ちゃんと教本の通りに作ればまともな代物になるわ”

 

“やったー!街に行けるんですね!……あのう、ちょっと時間が余ったら布教活動を”

 

“だめ。用事が済んだらとっとと帰るわよ。頭痛が激しくなる前に”

 

“ぶー!”

 

“ぶーじゃない。確か調味料は市場を西に抜けたところの、

ちゃんとした店舗の雑貨屋にあったわね。

100Gあげるからオリーブオイルや固形コンソメやらガーリックパウダーやら、

入れたら美味しくなりそうなものいろいろ買ってらっしゃい。レシピ本もね”

 

“はーい”

 

てなわけで、いろいろ調味料を買い漁って、若干分厚い料理の教本を買ってきたのよ。

包丁の基本的な使い方まで乗ってる丁寧なやつ。

こいつ一人だとデスソース買いかねないから、面倒だけど結局あたしも付き添った。

 

……しかし、面倒で思い出したけど、

あたしは楽をするためにこいつを住まわせたんだけど、

なんかこいつが来てから面倒な思いばかりしてる気がする。

 

この辺にしとかないとタイトル詐欺になりそうだから、

そろそろこいつを一人前の召使いにして、

あたしの優雅な食っちゃ寝ライフをお送りしないとまずいことになるわね。

店員の“ありがとうございました”を背に店を出ると、太陽が眩しい。

まだ正午には早いけど、お昼にしようかしら。

 

“ジョゼット、酒場でご飯食べましょう”

 

 

 

で、冒頭に戻るわけ。あたしは元々食べるの早い方だし、

ジョゼットは失ったポテトの分、量が減ったから2人ほぼ同時に食べ終わったの。

紙ナプキンで口を拭いて、代金を支払うためにマスターを呼んだ。

 

「マスター、お勘定お願い」

 

「ありがとよ。20Gだ」

 

「はい、ごちそうさま」

 

さて、席を立とうと思うんだけど、

隅っこのテーブル席でこっちをチラチラ見てる連中がいるのよね。

間違いなくなんかちょっかい掛けられそうで、

あたしの頭ん中で警報ランプが点滅してる。

いつでもピースメーカーを抜けるように右手に意識を集中しながら、

ゆっくりと立ち上がると、その一団の中から、赤髪のツインテールの女の子が出てきて、

こっちにやってきた。歳はジョゼットよりちょっと上くらいかしら。

 

女の子はあたしのそばで立ち止まると、ニッコリと笑い、声を掛けてきた。

やっぱり彼女も銃を持ってる。変わった銃ね。

この世界オリジナルの銃かしら、銃身に肉厚の歯車が幾つか取り付けられてる。

歯車の力でスライドとハンマーを引くオートマチック拳銃ってところかしら。

話がそれたわね。とにかくその娘が話しかけてきたのよ。

 

「こんにちは、私ソフィアっていうの!」

 

「……斑目里沙子よ。何か用?」

 

「聞いたわよ!あなた銃だけで魔狼の牙をやっつけたんですって?」

 

「3人だけね。頭目は将軍が殺したし、残りの1人は豚箱行きよ。……で、用件は?」

 

「ねぇ!どうやって奴らの魔障壁を破ったの?

並の銃じゃ傷一つ付かないって話なのに!」

 

ソフィアって娘は小さく跳ねながらあたしに武勇伝を求めてくる。

早く帰りたいんだけど。

 

「簡単よ。でかくて強力な銃を使った。

奴らのバリアも完全無欠ってわけじゃなかったってこと。

もっとも、銃で殺したのは1人で、後の2人はダイナ……じゃなくて、

トラップに引っ掛けて爆弾で殺したのよ」

 

あたしは左胸のCentury Arms M100をポンポンと叩いて見せた。

ホルスターから覗く黄金銃を見たソフィアがますます興奮する。

 

「すごーい!こんな細い指でよくそんな銃使いこなせるわね!」

 

彼女がいきなりあたしの手を取って指を一本一本なで始めた。

何この娘。初対面なのにグイグイ来るわね。

ジョゼットといい、この世界じゃこれが標準なのかしら。

ちょっと気持ちよかったのは内緒よ。

 

「そろそろ用件を話して欲しいんだけど」

 

「あ、そうだった!ごめんなさい!ええとね。あなたに私達のギルドに入って欲しくて」

 

「ギルド?」

 

「そう!あそこのテーブルに座ってるのが私の仲間。

私達みたいにいろんな得意分野を持つ仲間が集まった賞金稼ぎのグループを、

ギルドっていうの。

あなたも“ビートオブバラライカ”に入って一緒に賞金首を追いましょう!

ほら、あそこにいるのが仲間。みんな変わってるけど良い奴ばっかりよ」

 

ソフィアが指差したテーブルには男女数人が座っている。

何人かが軽く手を挙げて会釈してきたから、一応こっちも指をひらひらさせて応答した。

そして心の中でため息をついて、どうやって断ろうか考えた。

基本人嫌いなあたしが、

わざわざ見ず知らずの連中のグループに入りたがるわけもないわけで。

 

「ああ……ごめんなさい。せっかくだけど賞金稼ぎとか目指してるわけじゃないの。

たまたま家に火をつけようとした馬鹿が賞金首だったってだけよ」

 

「ええーっ!?その賞金首を返り討ちにできるくらい強いのに、

腕を活かさないなんてもったいないよ~」

 

「やな言い方だけど、お金には困ってないの。……ジョゼット、行くわよ」

 

「あ、はい!」

 

「あー待って!」

 

あたしが追いかけるソフィアを無視してバーから出ようとすると、

テーブルからテンガロンハットを被って顎髭を生やした男がドアの前に立ちはだかった。

やっぱりこいつも銃持ってる。

 

「邪魔なんだけど」

 

「まぁ、そう急がなくてもいいだろう、姉ちゃん。

ソフィアはああ見えてもこのギルドのリーダーなんだぜ。

あいつが新入りを迎えるなんざ滅多にねえんだ。もう少し考えてもいいんじゃねえか?」

 

「余計なお世話よ。あたしは集団行動がこの世で2番目に我慢ならないの。どいて」

 

「そーいうこと!ねぇ、本当にダメ?」

 

ソフィアが甘えるように後ろから抱きつこうとするふりをして、

腰のピースメーカーに手を伸ばしてきたので、さっと身をかわす。油断も隙もないわね。

伊達にギルドとやらのリーダーを名乗ってるわけじゃなさそう。

 

「一度だけなかったことにしてあげる。次はあんたの腹に穴が開く」

 

「テヘ、バレたか」

 

「そこのデカいのもいい加減にどかないと、

迷惑行為防止条例違反で駐在所のお巡りに突き出すわよ」

 

「面白え、どうやって駐在所まで駆け込むつもりだ」

 

「そのうち店に入れなくて困った客が居眠り保安官叩き起こしてやってくるわよ」

 

「そして、死体になったあんたを見つける、と」

 

「あのね。あたしに銃を抜かせたいならもっと上手くやんなさい。

できもしないこと口にするのは三流の仕事よ。殺したいならさっさとなさいな。

今度はあんたらが賞金首になって一生逃げ隠れする羽目になるけどね。

なんならみんな仲良く牢屋に入ったらどう?かえって今よりいい飯が食えるかもね。

もう面倒だからはっきり言ってやるけどね、

あんたらみたいな貧乏臭い連中とつるむくらいなら死んだほうがマシなのよ、アホ」

 

「なんだと……!」

 

テーブルにいた連中も立ち上がる。その時、揉め事の元凶のソフィアが割って入った。

そのツインテール思い切り引っ張ったら面白そう、と

割りと大事な局面でどうでもいいこと考えちゃうものなのよね、人間て。

 

「まーまーみんな落ち着いて。私がちゃんと事情を説明するから、みんな銃を収める。

ほら、マックスもどこうよ。本当に保安官が来たら面倒だから」

 

有象無象の連中が各々のホルスターにかけていた手を引っ込め、再び席についた。

マックスとかいうデカブツもようやく入口の前からどいたので、

この隙に走って逃げようかと思ったけど、ジョゼットがいない。

周りを見回して探すと、いた。バーカウンターの影で丸くなって隠れてた。

使えないどころかマヂでお荷物!

 

そういうわけで、大きな丸テーブルに移って“ビートオブバラライカ”っていう

ちんどん屋共と卓を囲む羽目になったあたし。ジョゼットは罰として椅子なし。

立ったまま聞いてなさい。

 

「……で、そもそもなんであたしに近づいたわけ?

ただの戦力補強ってわけじゃあないんでしょ」

 

「うん、実はね。私達、ちょ~っとだけあなたにムカついててね」

 

「サーカスのピエロを殺した覚えはないんだけど」

 

「その一言多いとこも含めてね~。あなた、魔狼の牙を殺したじゃん?」

 

「正確には子分3人ね」

 

「そいつら、実はあたしらが狙ってた獲物なんだよね~。

何ヶ月も足取りを追いながら作戦立てて、一気に畳み掛けようと思ってたんだけど……

誰かさんのお陰で先行投資が一瞬でパー」

 

「あんたの頭と一緒ね」

 

「もう!喧嘩になること言わない!」

 

「既にこっちが喧嘩売られてる気が」

 

「とにかく!賞金稼ぎでもない一般人に横から獲物をかっさらわれたままじゃ、

ビートオブバラライカの名が廃るのー!この界隈じゃメンツってものが結構重要でさ。

あなた達にしちゃ馬鹿馬鹿しいだろうけど、

弱小ギルドには情報も依頼も来なくなる死活問題なわけ!」

 

急に癇癪を起こす起こすソフィア。いきなり大声出すところはジョゼットと似てるわ。

 

「あたしにどうしろってのよ。言っとくけど、作戦とやらの通りに戦ってたとしても、

あんたら間違いなく全滅してたわよ。

たまたま将軍が駆けつけてくれたから頭目を倒せたけど、

奴にはM100の近距離射撃も効かなかった」

 

あたしはホルスターからM100を抜いていろんな方向から眺める。

黄金の超大型拳銃を見て、他の雑魚連中が唾を飲む。

 

「9mm弾じゃなくてライフル用の45-70弾を直接撃ち出すハンディキャノン。

こいつを至近距離で撃っても傷一つ付かなかったの。

これでもあんたらの作戦ってやつで殺せてたって本当に言える?

将軍の剛剣でようやく倒せた賞金首を、腰の物でさ」

 

「それは……」

 

「話は終わり。本当にあたしたちは帰るから。大人しく別のターゲットを狙うことね。

ほら、帰るわよポンコツジョゼット」

 

「ええ!?わたくしポンコツじゃないですぅ……」

 

「誰のお陰で無駄に時間浪費したと思ってんのよ、

帰ったらまともな料理「待って!」なんなのよもう!」

 

ソフィアがしつこく食いつくいてくる。いい加減イライラしてきた。

 

「もう結論は出たでしょう!あんたらが獲物を殺せなかったのは、

あんたらが弱かったから!以上!」

 

「それは認める!でも、さっき言った通り、このままじゃ私達の顔が丸潰れなの!」

 

「それがあたしと何の関係があるの?あんたの顔がへちゃむくれだろうが、

グリコ森永事件だろうが、あたしは何にも困らない」

 

「協力して!あなたの力が私達よりずっと上で、

あなたじゃなきゃ魔狼の牙は倒せなかったって証明して欲しいの」

 

「はぁ、おたくらプライドってもんはないの?

あんた、自分達が弱いことを証明しろって言ってんのよ?

それに証明したらあたしになんか得でもあんの?

だいたいそんなもんどうやって証明するのよ。八百長でもやれっての?」

 

「そんなことわかってる……!でも、死んだ賞金首を生き返らせるわけにもいかないし、

かといってこのままじゃ私たちはお先真っ暗なの!

八百長は無理。みんなが見てるから金品のやり取りがあったら必ずばれる。

……決闘して欲しいの!なるべくこっちに有利な条件で。

勝ったらあなたには最高の栄誉が与えられる。街のみんながあなたを尊敬する」

 

「尊敬か。あたし的要らないものランキング第2位を持ってくるとは大したものね。

すごくやる気が出ない」

 

「里沙子さん、受けてあげましょうよ。この人達だって生活がかかってるんですから」

 

ジョゼットが余計な口出しをしてきたので腹立ちまぎれに片乳を掴んでやった。

 

「キャア!里沙子さんのスケべ!」

 

「とにかく、事情があんのはどいつも一緒よ!

会うやつ全員の生活の面倒見てたらキリがないわ!ジョゼット、帰るわよ!」

 

「ああん、待ってください里沙子さ~ん」

 

あたしは席を立って、ジョゼットを連れて店を出ようとした。

その時、突然後ろのテーブルが騒がしくなって、

言い争う声や悲鳴が聞こえてきたから思わず振り返ったんだけど……何やってんだか。

 

「……あなた、里沙子って言ったわね。

帰りたいなら好きにすればいい。私も好きにする」

 

「ソフィア、止めるんだ!」

 

「銃を捨てて、お願いだから!」

 

ソフィアがこめかみに銃を当ててトリガーに指をかけて、必死の形相であたしを見てる。

やめてよ、あたしそういう心のテンション高めの展開苦手なのよ。

引くっていうか、当てられるっていうか。ああ、なんかめまいがしてきた。

 

「あんたさぁ、何やってんの?」

 

「ここであなたをタダで帰したら、もう私たちのギルドはやっていけない。

バラバラになるしかないの。私にはみんなの生活を守る義務がある。

それができないなら、ここで死ぬ」

 

この世界に来て何度めか知らないけど、多分一番大きなため息をついた。

面倒くさいけど、その面倒を元から断ったほうがよさそう。

 

「……ルールはあたしが決める。それが条件よ。外に出なさい」

 

8ビートだかなんだか知らないけど、おかしな連中がワッと喜んだ。

あたしはまたため息。

 

「ありがとう……里沙子」

 

「ふん、さっさと終わらせるわよ。表に出なさい」

 

「やったぁ!里沙子さん優っさしい!

そこに痺れるあ「黙らないとあんたを的にするわよ」」

 

ジョゼットの馬鹿を無視して市場の真ん中にソフィア達を連れ出した。

そこではあたしは適当なものがないかキョロキョロと探す。

お、あれなんかいいんじゃない?

 

「風船は~いかがですか~ひとつ2Gだよ~」

 

「3つくださいな」

 

「ありがとう、お嬢さん。手を離さないようにね」

 

目的のものを買ったあたしはソフィア達のところに戻った。

準備を始めるとマックスとかいうデカブツが聞いてきた。

 

「おい、里沙子。そいつで何をする気だ?」

 

「勝負は早撃ち。ただし、あたしが撃つのは2個。あんたらは1個。

西部開拓時代ではこのルールでガチの殺し合いしてたこともあるらしいわ」

 

「なんだってそんな不利な決闘を」

 

「勝利すればあんたらが後生大事にしてる最高の栄誉ってもんが得られたらしいわ」

 

風船に小石を結びつけながら説明する。

なんとかデュエルっていうルールだったらしいけど、名前は忘れた。

準備が終わるとあたしは広場の真ん中に立って大声で叫ぶ。

 

「聞いてちょうだい!今からあたしたちは決闘をする!

死にたがりの阿呆が居たら、この決闘を見届けて、証人になってちょうだいな!」

 

とたんに市場に悲鳴と歓声が上がり、まともな奴は我先に逃げ出し、

流れ弾を恐れない命知らずが酒の瓶を振り上げながら囃し立てる。

店主がいなくなった肉屋から鶏が一匹逃げ出し、のんきにトテトテ歩いている。

 

あたしはソフィアに風船を2個渡し、あたしは彼女から20mほど距離を取って、

隣に風船を浮かべる。ソフィアも両隣に風船を置いた。これで準備は完了。

 

「昔ながらのルールで行くわよ。

今からあたしがメダルを弾く。地面に落ちたら銃を抜く」

 

「……オーケー」

 

すっかり人気の少なくなった市場に砂を含んだ風が通り抜ける。

ここがエル・パソだったらウィードボールが転がって来たんでしょうけどね。

あたしはポケットから100G金貨を取り出し、まっすぐ左腕を伸ばし、親指に乗せる。

そして、ピィンと空高く弾いた。

 

その瞬間、観衆、ソフィア、そしてあたしの体感時間が限りなくゆっくりになる。

ホルスターに手をかけ、全神経を集中して、メダルが立てる音を待つ。そして、

 

キィン……

 

両者、銃を抜く。

あたしはファニングで標的を撃つ。

ソフィアの銃はオートマチック。その性能は一切が不明。

 

銃声、3つ。

 

それを合図に時間が流れを取り戻した。結果は。

 

酔っぱらい達も目を丸くして黙っている。声が出ないというべきかしら。

それはソフィアも同じだったみたい。

彼女の手は銃口の角度が風船に向く2,3度ほど手前で止まっていた。

そして両隣の風船も割れていた。

 

「……フフッ、なるほど。納得、かしら。本当に2対1で勝つなんてね」

 

「正確には2+αよ」

 

「えっ?」

 

あたしは銃口で肉屋の屋台を指した。そこには首を撃たれた鶏が血を流して倒れていた。

 

「まさか……鶏を撃ってから風船を撃ったっていうの!?」

 

「西部劇の世界じゃ、鶏を撃ってから相手を撃っても栄誉が得られたらしいわよ」

 

数秒の沈黙。

その後、弾けるように、酔っ払い達の歓声が商人のいない市場に響き渡った。

あたしは肉屋の屋台に近寄ると、死んだ鶏を持って、屋台に金貨を10枚ほど置いた。

 

「ごめんね鶏さん。今夜美味しく食べるから。ジョゼット次第だけど」

 

夕食の食材を買ったあたしは、ついでにソフィアに話しかける。

ソフィアが奇妙なカラクリ銃をホルスターにしまう。

 

「……気は済んだでしょ、ソフィア。

あの魔女はあたしと将軍以外誰にも倒せなかった、そういうことで」

 

「ありがとう、本当に、ありがとう……」

 

「今度は誰かに先越されても、下見てないでとっとと次の獲物探すことね。それじゃあ」

 

「……迷惑をかけた、さらばだ」

 

成り行きを見守っていたマックス達に見送られながら、

鶏の死体を怖がってるジョゼットとハッピーマイルズ・セントラルを後にした。

 

「うう……鶏さん血だらけです」

 

「嫌がってもさばかせるからね?

ちゃんとローストチキンなりフライドチキンなり形にしないと、

あんただけ3食酸っぱいパンにするからそのつもりで」

 

「そんなぁ……」

 

そんで、家に帰ってから夕食の準備にかかったんだけど、

さすがにひとりぼっちで鶏の解体させるのは可愛そうだったから、

そばで見ててやったんだけど、いちいち包丁を入れる度に悲鳴上げるから

その度に殴って大人しくさせるのが大変だったのよ。で、出来上がったのがこの代物。

火を入れすぎてカッチカチになった、多分鶏の切り身らしきもの。

 

「なんなのよこれ、固くて噛めやしないじゃない!」

 

「すみませ~ん。教本通りの時間焼いたんですけど、時計が狂ってたみたいで……」

 

「時計?おかしいならなんで早く言わなかったのよ」

 

「そもそもこの世界の時計はあまり正確じゃないんです。

多分うちの時計も狂ってるというか、技術の限界で……

あ!メリル宝飾店にすごく正確な時計が入荷したらしいんです!

時間が来たら音が鳴って、1500万Gもするらしいんですけど」

 

「それ、あたしの!」

 

さっさとしないと、どっかの富豪に買われそうね。

あたしは不安になりながらカチカチの鶏肉をかじった。

ああ、コショウの味しかしない!

 

 

 

 

 

──魔城 ヘル・ドラード

 

 

彼女達を除いてどこにあるのか誰も知らない、闇の瘴気が立ち込める広大な城。

その玉座に鎮座する魔女。世界中に散らばるエビルクワィアーを統率する存在。

闇魔法のベールでその身を覆っているため、側近ですら姿を見たことがない。

彼女は1枚の紙を見てクスリと笑った。

 

「面白い余所者が現れたわね」

 

その白魚のように美しい指で挟むのは、裏世界の手配書。

彼女達の活動を妨害、あるいは殺害したものに報復すれば褒美をもたらすというものだ。

 

「しばらく退屈しなくて済みそう」

 

彼女はトン、とその紙を弾いて暖炉に飛ばした。燃え上がるそれに書かれていたのは、

 

 

──Risako the Gunslinger 15000G

 

 



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泣き虫魔女と出会う
リア充爆発しろっていうけど、実際爆発したら困るのはあたしたち非リアなわけで


「これもハズレ!あ~退屈!」

 

あたしは街で買い漁った三文小説(ダイムノベル)を途中まで読んで放り出した。

退屈しのぎに買ったけど余計退屈になったわ。とにかく読んでて冗長なのよ。

全体的に出来事の説明文になってて、気の利いた修飾が全然ないし、

人物の心理描写が薄っぺらい。おまけに同じような表現が数段落置きに出て来る。

つまり、引き出しが少ない。

 

まったく、誰かが書いたSSみたい。安物買いの銭失いとはこの事ね。

時計を見ると昼の約2時。不正確な時計が示した時間にうんざりする。

今から昼寝すると夜寝られなくなる。

ただでさえ今日起きたのは11時で、寝付きが悪くなるのは確実なのに。

なんらかの対処が必要ね。

 

とは言え、対処って言っても何をすればいいのかしら。

ミドルファンタジアに転移してきてしばらくは、

生活拠点の確保やジョゼットが持ち込む厄介事なんかがいろいろあったから、

毎晩疲れてバタンキューだったんだけど、

いざ生活が落ち着くと、ここには大して娯楽がないことに気づいた。

 

あるものといえば、さっき放り捨てた作者の前で燃やしてやりたくなる三文小説や、

たまに街に来るクオリティ低いサーカスくらい。

どんくらい低いかって言うと、トップレベルの出し物が3人しかいないラインダンスや、

端に火の付いた棒をひたすら振り回すだけのショボい芸しかない。

これで街の連中喜んでるんだからいい商売よね。

火の上を歩くお坊さんの修行姿を見せてやったらあいつら目回すでしょうね。

 

とにかく!晩飯までの時間を何かで潰さなきゃ。

……でも、何かつってもこのボロ教会にPS4があるわけないし、

そもそもテレビ自体存在しないからねぇ、この世界には。ん、テレビ?

確かマリーの店には地球から流れ着いたテレビがあったわね。

以前大規模な買い出しに行った時、のんきにガキのDVD見て笑ってた。

 

やっぱりこれしかないのかしら。

あたしはパジャマ着っぱなしの状態から洋服に着替えて、三つ編みを編んで、

みっともなくない程度に化粧する。

それで部屋から出ると、ジョゼットの部屋のドアを叩いた。

 

「ジョゼット~暇だから今から街に行くんだけど、一緒に行く?いやならいいけど」

 

“え、街に!?行きます行きます!行きますから置いて行かないで~”

 

中からゴトゴトバタンと慌てた様子の物音が聞こえる。

そして次の瞬間、一気にドアが開いた。

ドアは鼻先をかすめて、危うく鼻血まみれになるところだった。

 

「危ないわねえ!別に逃げやしないから少し落ち着きなさいな!」

 

「ああ、ごめんなさい!

里沙子さんが街に連れてってくれるなんて珍しいから嬉しくって!」

 

「ちょくちょく連れてってるでしょうが」

 

「食料の買い出しのときだけじゃないですか!

用事が済んだら布教活動する間もなく帰っちゃうし!」

 

「暇なのよ。今日は布教活動とやらにも付き合ってあげる。

だからあんたも面白そうなもの探すの手伝って……って、あんた何持ってるの?」

 

よく見たら、ジョゼットが脇に厚い紙の束を抱えてる。

 

「はい!布教用の宣伝チラシです。やっと皆さんに配る日が来たんですね……」

 

「紙はどうしたの。そんなにたくさん」

 

「前回の買い出しのときに、ひと束500枚50Gの大安売りしてたんで、

チラシ用に買っておいたんです!

わら半紙とは言え、この値段で買えるなんて、わたくしラッキーです!

やはり日頃マリア様を“ゴツ!”痛った~い!」

 

「んなもん買っていいなんて許可した覚えはないわよ!

いつの間に買い物バッグに入れたのやら!本当にあんたは油断も隙もないわねぇ!」

 

「ひどい!だってしょうがないじゃないですか!

わたくしには物を買うお金なんてないんですから!

このチラシだって物置にあった文房具で一枚一枚丁寧に書いたんですよ?」

 

「え、手書き……?ちょっと見せて」

 

「どうぞ」

 

ジョゼットからポスターを一枚受け取ると、

そこにはハッピーマイルズ教会が活動を開始したこと、日曜にミサをやってること、

マリア教とやらの簡単な教え、そして地図がびっしりと書かれていた。

彼女が持っているのはざっと見て200枚。少し背筋がゾッとする。

なんというか、恐るべき執念だわ。

 

「それ、本当に全部手で書いたの……?」

 

「もっちろん!印刷屋さんに頼んだらお金がかかるじゃないですか~」

 

「あー、わかった。あたしが悪かった。

これからは毎月200Gお小遣いあげるから、こういう気色悪いことはやめて?」

 

「なんてこと言うんですか!シスターの地道な布教活動に!」

 

「はいはい、わかったわかった、それで、行くの行かないの?」

 

アホみたいなやり取りで無駄な時間を使ってしまった。

あ、今日は時間を潰すのが目的だから、これでいいんだ。

 

「行くに決まってます!それじゃ、さっそくハッピーマイルズにレッツゴーです!」

 

「若い子はいいわね、無駄に元気で」

 

それで、あたし達はいつもの街道を歩いてハッピーマイルズ・セントラルに向かったの。

普段は頭痛がするから必要最低限以外の接触を避けてるのに、

わざわざあたしに足を運ばせるとは退屈って罪な存在だわ。

今度はダイムノベルじゃなくて、繰り返し読める面白みのあるハードカバーを

“へい、姉ちゃんそこで止まりな!”うるさいバカ。

 

あたしの尊い思考を邪魔するのは野盗。

いや、得物がダンビラで統一されてるから山賊かしら。

 

「姉ちゃんよぉ……ちょいと俺らに小遣いくれねえか?財布一個分でいいからよ」

「金がねえならしばらく俺らの相手をしてもらうぜ、可愛がってやるからさぁ」

「でへ、おいら、後ろのちっこいシスターちゃんが……」

 

毎度のことながらうんざりするわ。こいつらの生息範囲や横の繋がりは知らないけど、

何度も追い返されて学習ってもんをしないのかしら。

とにかくあたしはいつも通り、無表情でコルトSAA(ピースメーカー)を抜いて、威嚇射撃をしようとした。

そしたら、なんか急に連中の顔が青くなって、

 

「おい、やべえぜ!“早撃ち里沙子”だ!」

「三つ編みに白のマフラー、間違いねえ!ドタマぶち抜かれる前にずらかるぞ!」

「置いてかないで兄貴~」

 

なんか勝手なこと言って勝手に逃げてったわ。これはマフラーじゃなくてストールよ。

 

「なんか里沙子さんのこと知ってるみたいでしたね」

 

「みたいね。ゴロツキの知り合いはいないんだけど。

とにかく無駄弾使わなくて済んだわ。行きましょう」

 

わけわかんない出来事をさっさと頭から追い出して、

あたし達はすっかり見慣れたハッピーマイルズ・セントラルの門をくぐった。

そこでまた妙な現象に遭遇する。

 

「あ、“魔女狩り里沙子”だ!」

「本当だ!おっきいピストル持ってる!」

 

ガキ共がうるさいし、なぜかあたしの下の名前知ってる。

 

「よっ、“早撃ち里沙子”じゃねえか。今日は買い物かい?」

「あんた誰!?知り合いじゃないわよね!」

「もうこの辺じゃあんたを知らないやつなんかいないよ、じゃあな!」

 

馴れ馴れしいオッサンは言いたいことだけ言って去ってしまった。

 

「ジョゼット、とりあえず約束のお駄賃200Gあげるから、

布教でもなんでもしてその辺うろついてなさい。

あたしはこのわけわからん状況について調べる」

 

「わたくしも行きます。

どうして皆さんの里沙子さんへの反応が変わったのか、気になります」

 

「あんたはとりあえずあたしに反抗しないと呼吸が停止するのかしら。まぁいいわ。

邪魔はするんじゃないわよ。具体的には珍しいもん見つけて奇声を発したり」

 

「奇声なんて上げたことないですー!

ちょっと驚いただけですし、さすがにもうこの街には慣れました」

 

「お、言ったわね。

子供だましレベルのサーカスで悲鳴上げてた、あんたのセリフとは思えない」

 

「それは忘れてくださいよぅ」

 

「はい、どうでもいいやり取りはここで終了。

とにかく情報を集めるわ。それにはまず酒場ね」

 

「えー、やっぱり飲むんですか?」

 

「用事が全部片付いたらね」

 

誰も得しない会話を切り上げて、市場の中を進んでいく。

その間にも、“おっ、期待の新人”だの“金持ち賞金稼ぎ”だの

意味不明な名前で呼ばれる。ようやく中央広場に面したいつもの酒場にたどり着くと、

席に着いていた連中が一斉にこっちを見る。

個人的にはもうここの常連気取りなんだけど今更なによ。

 

とりあえずあたしはカウンターに8Gと10Gを置いた。

あたしのエール5Gとジョゼットのオレンジジュース3G、そして情報料。

 

「マスター。あたしは強めのエール。この娘にはオレンジジュース。あと、情報」

 

「……何が知りたいんだい」

 

マスターが手早く飲み物を出しながら小声で尋ねてくる。

ジュースにはしゃぐジョゼットの声がちょうど声を隠してくれるから助かる。

 

「あたし自身のこと。どいつもこいつもあたしを変なあだ名で読んでくるし、

野盗があたしを見て戦いもしないで逃げてった。これ、なんなの?」

 

「なんだって?お嬢さん、いや、お客さん本当になんにも心当たりないのかい」

 

「ないから聞いてる。そんで、なんであんたも呼び方変えた?」

 

「あんたはもう腕利きの賞金稼ぎとして名前が広まっちまったのさ。

魔狼の牙討伐に、この間の決闘での圧倒的勝利。見物人どもが口々に言ってたぜ。

“電光石火の早撃ち”だの“あいつに狙われたら逃げられねえ”だの」

 

「えー……そんなの知らないわよ。あたし目立つの嫌いなんだけど。

某爆弾魔みたいに植物のような平穏な人生がいい」

 

「気をつけな。これから良くも悪くも周りがあんたを放って置かねえ。

もうみんなあんたを多かれ少なかれ尊敬の目で見るが、

間違いなく“奴ら”のブラックリストに載っちまっただろうからな」

 

「奴ら?ブラックリスト?なにそれ」

 

その時、マスターがゴホンと咳払いをした。これ以上は追加料金ってわけね。

あたしはもう一枚銀貨を置いた。マスターは素早く収めると続けた。

 

「ブラックリストってのは、主にエビルクワィアーを中心とした

無法者の間で出回ってる、いわば裏世界の手配書さ。

“仕事”の邪魔になったり、仲間を殺した賞金稼ぎや強者を始末した奴に、

賞金や希少品をやるって寸法さ。その辺は駐在所の賞金首と変わらねえ。

繰り返すが、気をつけるこった。あんたの賞金、多分安くはねえはずだ」

 

「はぁ、そういうことだったのね。

しょうがなかったとは言え、自分で厄介事を呼び込んでたってことか。

……あたしに全く責任はないけどね!」

 

 

「そーいうこと!」

 

 

その時、いきなり後ろから抱きつかれたから、

反射的に左手でピースメーカーを抜いて背後に銃口を向けてた。

そうしてからやっと振り返ると、一昨日あたりに会った女の子が小さく両手を上げてた。

 

「はいはい、降参降参。その物騒なのしまってよ。やっぱり早いなぁ」

 

ソフィアだった。

たしかバラライカだのフラメンコだのいうギルドのリーダーだったわね。

本当に油断も隙もない。今度はM100の方狙ってきたわ。

ジョゼットはジュースを大事そうにちびちびと飲んでる。

 

「二度目はないって言ったはずよね」

 

「冗談だって!もうあなたには勝てるはずないって証明されたじゃない」

 

あたしはエールをぐいっと一口飲んで口を潤してから尋ねた。

 

「……それで何?お互い用事は済んだはずでしょう」

 

「冷たいなぁ。確かに賞金首の件は決着が着いたけど、

あなたをギルドに誘う事自体は諦めてないんだ~これだけの有名人ならなおさらネ!」

 

「あんたも大概しつこいわね。前にも言ったはずよ。

あたしは、集団行動が死ぬほど嫌いなの」

 

「ね!あっちで一緒に飲もうよ!みんなも集まってる」

 

「その“みんな”が嫌って言ってるの。あたしはこうして一人で飲むのが好きなの。

こいつは召使いだからノーカウントね」

 

「ひどーい、お詫びにもう一杯のジュースを要求します……痛あっ!」

 

「えー、それって寂しくない?」

 

ジョゼットを拳で黙らせたあたしは、

またエールを煽って自分の生き方について語りだす。酒が回って舌も回る。

 

「あたしは虫でいうならダンゴムシなのよ。陽の当たらない、影の石の下に隠れた存在。

静かで、涼しい、日陰の空間を求めて生きる。そういう女よ……」

 

「もっとポジティブになろうよ~あたしはミツバチかな。

賞金首という花を求めて自由に大空を飛び回り、

金銀財宝というハチミツをかき集めるの。

奴らの眉間にパキュンと一発お見舞すれば大輪の薔薇が咲く!

そういう生き方って興味ない?」

 

「否定はしないけど肯定もしないわ。

一生懸命蜜を集めても養蜂場に搾取されるのが関の山だし、

ミツバチは一度刺したら死んじゃうの。

どっちかっていうと植物のような平穏な人生を求めたいわ、あたしは。

咲くならそっとスミレ色、目立たぬように咲きましょう、目立てば誰かが手折ります。

なんてね」

 

「む~頑固だなぁ、里沙子は。

今日のところは引き下がるけど、まだ諦めたわけじゃないからね!チャオ!」

 

ソフィアは用件が済むと仲間のところへ戻っていった。

ちらっと後ろを見ると、斜め後方の隅のテーブルでマックスとかいう大男の他に、

いろんな武器を装備した連中が集まってる。なによあいつらも隅っこ好きなんじゃない。

 

……ところで今何時かしら。壁掛け時計を見ると4時位。

ジョゼットによると、この世界の時計の精度は高くないから、

10分前後の誤差を見ておいたほうがいいらしいわ。

まぁ、無駄話だったけどいい感じで時間を潰せたんじゃないかしら。

あたしは残りのエールを飲み干すと、店から出る。

 

「ほら、ジョゼット行くわよ」

 

「うい?あ、はい」

 

「居眠りも結構だけど夜寝られなくなるわよ。だからこうして暇つぶしに来てるのに」

 

店を出て広場に出たけど、次は何しようかしら。ジョゼットを連れてぶらぶらする。

酒場の隣の駐在所に貼られた指名手配のポスターを見る。

流石に先日の魔女連中はとっくに撤去されてたけど、今後どうするか悩ましいわね。

 

ここの物価を考えると、多分生活費には一生困らないけど、

ミニッツリピーターが帰ってくることもない。

だからって考えなしに殺しまくると余計な肩書がついて回る。

やっぱり一千万Gの魔王一択かしら。

でも、あたしが叩き出せる最大火力はM100の近距離射撃。

それもババアの魔女に無効化された。当然格上の魔王にも効果がないと思うべき。

そもそもどこにいるのかわからない。

 

他に一獲千金の方法はないものかしら。教会への毎月の補助金が貯まるのを待ってたら、

どっかの金持ちに買われるし、バイト探しなんか“あのう、もし”真っ平だし…え?

話しかけられたから振り向いたら、眼鏡をかけた気弱そうな魔女が立っていた。

 

灰色の三角帽子に同色のダブダブのローブ。年齢はもうすぐアラサーってとこかしら。

でも顔はカワイイ系の美人。ベースはいいのにファッションが残念ね。

魔女はおしゃれしちゃいけないって法律でもあるのかしら。

 

「なにかしら」

 

「あの、突然すみません。私、ハッピーマイルズ水質管理局の職員、

水たまりの魔女・ロザリーと申します。お呼び止めしてすみません」

 

「2回も謝らなくていいから用件をお話しになって。あたしは斑目里沙子といいますの」

 

「あ、すみません!私は普段魔法で井戸の水質検査、浄化を行っています。

あ、あの!あなたのことは知ってるんです。

えと、それで今日はちょっとお願いがありましてですね……

いえ、初対面でいきなりこんなことをお願いするのは失礼だと承知してはいるんです。

でも頼れる人があなたしかいないというかなんというか」

 

「早く用件を言ってくださるかしら!」

 

ジョゼット並みの優柔不断さにイラついてつい大声を出してしまった。

いや、ジョゼットは気弱なふりして結局自分の要求を押し通してくる図太さがあるから、

彼女とは違うわね。

 

「ああっ、ごめんなさい!実は私達に少し困っていることがありまして」

 

「その困っていることを簡潔に教えてくださると助かるのだけど?」

 

「はいっ!あなたが“魔女狩り里沙子”として呼ばれてることは知っています」

 

「……それで?」

 

「あなたが過日、暴走魔女3人を倒した事実に伴って、

魔女そのもののイメージが悪くなってしまったんです。

私はまだなんともないんですけど、同僚の魔女がロッカーに虫を入れられたり、

人間の職員の方たちがなんだか私達を避けたり……」

 

「ここの単純な連中ならやりそうなことね。

気の毒だとは思うけど、あたしがしてあげられることは多分ないわ」

 

「そんなことはありません!実際に暴走魔女と戦ったあなたが、

私達と友好的な関係を築いているとアピールしてくだされば、

魔女への偏見がなくせると思うんです!」

 

「ようやくまともに喋るようになったと思ったらボランティアの話?

悪いけど、あたしは“友達”っていう一人の時間を奪う存在が

この世で6番目くらいに嫌いなの。ついでにタダ働きはトップ3」

 

もう、よそ行き口調を放り出して、ジトッとした目でおろおろする魔女を見るあたし。

暇つぶしはしたいけど無償労働はお断りよ。

 

「あうう、お願いです!報酬をお支払したいのは山々なんですが、

お金を渡したら、ただのキャンペーンになってしまいます!」

 

「こうして示し合わせてる時点で既にキャンペーンな気が。

あと、いい大人がみっともない声出さないの。

一応聞くけど、どういう手筈でイメージアップを図る気なのよ」

 

「それは……えーと。そうだ、ここで魔女の仲間達と一緒に手を繋いで踊るとか……?」

 

「勘弁亀治郎よ!キャンペーン丸出しだし、

人前でフォークダンスとか公開処刑もいいとこだし、

そもそもあんた何も考えてなかったでしょう!」

 

「ごめんなさい……」

 

「せめて否定してよ」

 

帽子を胸に抱きしめてしょぼくれる水たまりの魔女ロザリー。

人間連中も、こんなやつが人殺せるわけないってことがなんでわかんないのかしら。

 

「……ジョゼット、今何時?」

 

「ちょっと待ってください。……5時前後です」

 

ジョゼットが時間を確認してトートバッグに時計を戻す。

置き時計みたいに大きいけど、これでも携帯サイズなのよ。

10分ものデカい誤差を出す時計しか作れないなら、

当然腕時計みたいな小さい時計もつくれないわけで。

この世界に来たときに宝飾店の店員が驚いてたのも無理ないわね。

 

「とにかく、あたしらは十分暇つぶしできたから。

いじめやパワハラについては上司に相談してちょうだいな。それじゃ」

 

「え!?そんな!私達だけじゃ出来ることに限界があるんです!

上司にも相談しましたが聞くだけで何もしてくれなくて……」

 

「身内がしてくれないなら、他人のあたしはもっとしてくれないことは理解して」

 

あたしが背を向けて手を振りながら立ち去ろうとすると、後ろから鼻をすする音。

まさか。

 

 

「……ううっ、ぐすっ……うえええええん!りさこさあああぁん!!」

 

 

まさかのマジ泣き!やめてよ、大の大人が街中で号泣とか恥ずかしくないの!?

その大泣きを聞きつけた通行人が足を止めてこっちを見てくる。

 

「ちょっと、あんた、何考えてんの!みんな見てるからやめなさい!」

 

「うえええ……だっで、だって、りさこさんがあぁぁ!」

 

 

“あ、里沙子が魔女をいじめてる!”

“よっぽど血に飢えてると見えるぜ……”

“おっかねえ、おっかねえ”

 

 

ふざけんじゃないわよ!こっちはむしろ被害者よ!

あたしは慌ててロザリーの袖を引っ張って酒場の影に隠れた。

中に入ろうとも思ったけど、泣きじゃくるこいつを連れて入ったら

余計な誤解を招くのは間違いない。ましてや情報が行き交う場所なんだから。

 

「さっさと泣き止みなさい!ほら、これで鼻水も拭く!

あんた泣き虫だから水の魔女って呼ばれてるってわけじゃないわよね」

 

「あうっ……すみません……ズビビビビ!違いまふ……

これでも水流の操作には自信が……畑の用水路とか」

 

このハンカチは廃棄処分ね。まったく迷惑極まりないわ。

仕方なしに話を続けることにした。

 

「どうでもいいわ。仕方ないから協力してやっても構わないけど、

あんたも一つくらいまともなアイデア出しなさい」

 

「えっ!助けてくれるんですか、私達を?」

 

「大人なんだからシャキッとしなさい。それで、アイデアは?

何から何までおんぶに抱っこは流石に通らないわよ」

 

「教会に魔女の皆さんを招いてパーティーを開いてはどうですか、里沙子さん!」

 

「あ、それはいいです「却下よ」」

 

ジョゼットの提案に泣き虫ロザリーも賛同しかけたけど、切り捨てた。

 

「えー、どうしてですか?」

 

「それこそキャンペーンじゃない。

ハッピーマイルズの馬鹿連中でもそれくらい見抜くわよ。

魔女があたしに金握らせたんじゃないかってね。

連中を納得させるにはね、もっとインパクトのある客観的事実が必要なの」

 

「インパクト……ですか?」

 

「そう、人間と魔女が組んで何かデカいことをやり遂げる。

読み書きが出来なくてもひと目でわかる、そんなデカいことをね」

 

「でも、ただの水質管理員の私にできることなんか……」

 

「ふぅ……アイデアはもういい。覚悟よ。

命を賭けても現状を変えたいっていう覚悟を奮い立たせなさい。

それすらできないなら本当にあたしはもう知らない」

 

「覚悟?なんの覚悟ですか」

 

「だめ。聞いたらあんた、できそうかできなそうかで線引きするでしょ。

そんなぐらついた覚悟なんか要らない。命を賭けられるかどうか、ただそれだけよ」

 

「少し……考えさせてください」

 

「今よ。あたし達はもうすぐ家に帰る。次いつ来るかはあたしの都合次第。

それまでに嫌がらせはどんどんエスカレートして、

いずれ本格的に仕事場を失うことになるわ。そこまであんたは追い込まれてるのよ。

わかってるの?」

 

ロザリーは鼻水まみれのハンカチを握りしめ、たっぷり1分悩み抜いた。

もう日が暮れそう。濃いオレンジの光があたし達に差し込んでくる。

ゴミや空き瓶のケースが積み上げられた酒場裏に冷たい風が吹く。

その時、ようやくロザリーが決心した。

 

「……やります!私、仲間のために、どんなことでもやります!」

 

「決まりね。付いてらっしゃい」

 

「よかったですね、ロザリーさん!」

 

細い酒場横の道から広場に戻ると、あたしはロザリーを連れて、

黙って駐在所に向かった。その前で足を止める。

 

「里沙子さん、これは……」

 

「そう、賞金首連中よ。いいこと、よく聞きなさい。この中の誰でもいい。

あんたとあたしで、賞金首をぶっ殺すの」

 

「「ええっ!?」」

 

あたしはパシンとDead or Alive(生死を問わず)のポスターを叩く。

ロザリーもジョゼットも飛び上がらんばかりに驚く。

でも、これぐらいのデカい花火を打ち上げなきゃ誰も構ってくれやしないのよ。

 

「あの、私、魔女ですけど誰かと戦ったことなんて……」

 

「これから“できない”は一切禁止。できそうにないなら、別の方法を探す。

やっぱり無理、を抱えたまま勝てるほど賞金首は優しくない!」

 

「ええと、里沙子さん?いくらなんでも……」

 

「黙る」

 

「はい」

 

「……やります!攻撃系の魔法は使えないですけど、

動きを鈍らせるくらいはできますし、ダガーくらいは持ってます」

 

「それでいいのよ。じゃあ、次はターゲットを選びましょう」

 

あたしはポスターから2人で倒せそうで、かつアピールできる賞金首を探す。

 

・龍鼠団首領 キングオブマイス 1000G

 

だめ、雑魚。少なくとも魔狼の牙の1人4000Gは超えなきゃ。

 

・狂走機関車 エンドレスランナー 138000G

 

こいつは強すぎる。工業が盛んな東の領地で、

試験的に作られた自動運転機関車が暴走して、進路上にある人や物を破壊しながら

24時間爆走し続けてるらしいわ。あたしもロザリーも死にかねない。

勇気と蛮勇は違う。次。

 

・【緊急】 中規模悪魔 ケイオスデストロイヤ 12000G

 

これだわ。アレを作ればどうにか手に負えそう。当たればの話だけど。

なになに?……ハッピーマイルズ領の外れにあるアステル村に、

悪魔が魔王への生贄を求めて降り立った。

3日以内に10人の生贄を捧げなければ村を滅ぼすと要求している……か。

 

「ロザリー、こいつにするわよ」

 

「悪魔……私達に……いえ、倒しましょう!」

 

「その意気よ。じゃあ、酒場で打ち合わせしましょうか」

 

あたし達はまた酒場に入って、今度はテーブル席で作戦を練った。

ビートオブバラライカの連中は帰ってた。

残ってたらまたソフィアに茶々入れられそうだから、いいタイミングだったわ。

 

「まずはお互いのスケジュールを確認しましょう。ロザリー、次の休日は?」

 

「来週の日曜なんで5日後なんですけど……いつでもいいです!有給取ります!」

 

「じゃあ、早速だけど、明日決行しましょう。緊急手配だからタイムリミットがあるし、

モタモタしてると他の賞金稼ぎに先を越される可能性が高い。時刻は朝8時集合。

アステル村までの距離は……ああ、地図がないわね」

 

「村までは私が案内します!井戸の浄化と料金の徴収によく訪れているので」

 

「頼りにしてるわよ。次は、お互い何が出来るか知っておかなきゃ。

ロザリー、あなたの魔法はどんなものがあるの?」

 

「はい、主に業務で使ってる浄化の水。解毒作用もあります。

あとは水を多少操って敵を縛ったりできる……かもしれません」

 

「出来る範囲で構わないわ。結局戦いが始まったら出たとこ勝負になるんだから。

次はあたしね。もう知ってると思うけど、まず腰のピースメーカー。威力は標準的な銃。

速射性に優れる。左脇の物がCentury Arms M100。

ライフル用の45-70弾を発射する大型拳銃よ。

悪魔でもこれで撃たれたらチクッとするかもね。

あとは……まだ準備ができてない武器がいくつか」

 

「里沙子さん、ロザリーさん、本当にやるんですか?悪魔なんですよ……?」

 

ジョゼットが不安げに聞いてくる。まぁ、無理もないけど。

悪魔とやらについては多分この娘の方がよく知ってるんだし。

 

「やるしかないの。ロザリーは後がないし、あたしも“早撃ち”はともかく

“魔女狩り”なんてややこしい肩書はさっさと捨てたい」

 

「ジョゼットちゃん、ありがとう。でも、もう決めたから」

 

「ジョゼット、明日はあんた家にいなさい。まだ新しい光魔法は覚えてないんでしょ」

 

「もうちょっとで閃光魔法はなんとかなりそうなんですけど……」

 

「なら家で大人しくしてなさい。生き急いでもどうにもならないわ。

戦場に出るのは十分力を付けてからでも遅くない」

 

「はい……」

 

それから、あたし達は広場で解散し、明日もこの広場に集まることに決めた。

家路の途中、ジョゼットがあたしに話しかけてきた。

 

「里沙子さん、無事で帰ってきてくださいね。悪魔は、本当に強大な存在です……」

 

「情報提供サンクス。死ぬつもりなんかさらさらないわ」

 

家に帰ってからも、夕食の途中、ジョゼットはいつもより口数が少なかった。

……明日は、ちょっと大仕事になりそうね。

 

 

 

 

 

翌朝。午前9時。

あたしが酒場前の広場に行くと、水たまりの魔女・ロザリーが既に来ていた。

昨日と違って、長い木の杖を持ってる。もう完全に魔女スタイルね。

 

「待たせたわね」

 

「いえ、私が早く来すぎたんです。……ずいぶんな荷物ですね」

 

「きっと悪魔は並の兵器じゃ殺しきれない。だから特別な物を作ってきたのよ」

 

ほんの少し背中の物をガシャガシャ揺らす。

 

「その通りです。悪魔には大抵の武器や魔法が効きません」

 

「それでもあたし達はやるしかない。

他の連中でも倒せそうな賞金首じゃ意味がないもの」

 

「そうですね……では、行きましょう」

 

「案内、よろしく」

 

そして、あたし達はまだ朝霞の漂う中、アステル村へと旅立っていった。

魔女と人間。2人で見たこともない強敵を討ち取るために。

 

 



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ただ空飛んで逃げただけのイカロスより、元凶のミノタウロスを倒したテセウスを歌にするべきだと思うのよあたしは

水たまりの魔女・ロザリーとあたしは、市場から北へ続く道を進み、

交差点を更に北へ行く。このあたりは住宅街。

オレンジ色の瓦屋根に、外壁を漆喰で真っ白に塗り固めた家々が立ち並ぶ、

ハッピーマイルズ領市民の住居。あたし達の目的はここからは更に北西。

住宅街を抜けると、徐々に建物は少なくなり、田畑がちらほら見えるようになってきた。

ロザリーが西を指差して言った。

 

「もう少しでアステル村です」

 

「ふぅ、結構歩いたわね。あなたいつもこんなところまで来てるの?」

 

「ここはまだ事務所から近い方ですよ。

一番遠いところは今まで歩いた距離の倍はありますから」

 

「そりゃご苦労ね。空でも飛ばないとやってられないでしょう」

 

「私は空は飛べません。

空を飛ぶには重力を打ち消す、マナを推進力に変える、その推進力を自在に変化させる。

この3つが出来ないと不可能です。

あいにく私にはどれも手に余りますし、先輩たちでも出来る人は少ないです」

 

「意外と大変なのね。魔女はみんな箒にまたがってスイーってイメージがあった」

 

「箒を使っていたのは今より魔術が未発達だった時代です。

私の杖のように、箒を媒体にして、

行きたい場所を思い描きながら魔力を込めるんですが、

到着まで集中力を維持し続ける必要があるので、

ふらついて転落する事故が相次いで廃れたそうです」

 

「そうなの。おとぎ話の魔女は古いスタイルなのね。

ところで目的地まではどれくらい?正直、戦う前からくたびれてちゃ勝率が下がる」

 

「もうすぐです……あ、ほら!あの集落です!」

 

ロザリーが示した方を見ると、見渡す限り田畑に囲まれた集落が見えた。

あれがアステル村ね。あたしは彼女と最後の打ち合わせをする。

 

「あたしは悪魔ってのがどれほどのものか全然知らない。

人間の言葉がわかるのか、そうでないのか。一度話しかけて出方を見るけど、

こっちに気づいた瞬間攻撃してくるかもしれない。

そうなったら、昨日も言ったけど出たとこ勝負よ。自分の身は自分で守る。

あなたは援護をお願い。恐らく並大抵の攻撃じゃ死んでくれないだろうから」

 

「……わかりました。いよいよですね」

 

あたし達は村へ続く真っ直ぐな道を進む。周囲には水を張った田んぼが点在している。

これがロザリーにとって有利に働くといいんだけど。

市街地とは違って、藁葺き屋根の一軒家が円を描くように並んでいる村が目の前に。

 

そして村の入り口に差し掛かると……いるいる、いたわ。

村の真ん中に鎮座していらっしゃるわ。人の姿は見当たらない。

きっと家の中に隠れてるんだと思う。

 

戦うのはあたしたちだから、奴の姿は自由に想像してくれて構わないけど、

一応説明しとくわ。中規模悪魔・ケイオスデストロイヤ。

体長約2.5mの巨体で、恐竜の骨のように太く尖った骨が組み合わさり、

大きな筋肉が幾重にも絡みついた、二足歩行の人間型モンスター。

手にも足にも鋭い鉤爪が付いてて、そのドクロには紫に燃える瞳に長い牙。

人間で言う肋骨から覗く心臓のあたりに巨大な紫の核らしき結晶体がある。

そこが弱点と見てよさそうね。

 

あたしとロザリーは互いの目を見てうなずき合う。

そしてアステル村に同時に足を踏み入れる。

すると、奴もこっちに気づいたようでじっとあたしたちを見る。

そして、お互いあと2,3歩と言う所で、賞金首の悪魔が口を開いた。

 

『貴様らが、2人の生贄か。しかし、まだ足りぬ。残りの8人はどうした』

 

「今日はそのことで参りましたの。魔王様にお伝えいただけるかしら。

“生贄は好評につき終了致しました。馬糞でも食ってろクソ野郎”。

以上ですわ、ウフフ」

 

ニッコリ笑って宣戦布告。しばしの沈黙。

次の瞬間、悪魔は左腕をグォン!と振りかざす。

物凄い風圧でロザリーの帽子が舞い上がり、

一軒の家の屋根がスパンと綺麗に切断された。中にいた住人が悲鳴を上げる。

 

戦闘開始!打ち合わせ通り、あたしもロザリーも跳ねるように左右に駆け出す。

絶対に固まらない。どちらかは狙われずに済む。幸い奴はあたしのところに来た。

まずは奴の力量を測る。ピースメーカーで胴、頭、足を狙ってみる。

立て続けに銃声3つ。

 

命中はしたけど、やっぱり簡単には行かないわね!

心臓を狙ったけど、硬い骨と分厚い筋肉に弾かれて、

頭部に命中した銃弾はほんの少し頭蓋骨を削っただけ。

足も同じ。筋肉は柔らかいかなって期待したけど、

鋼のような肉体に少し血が出ただけだった。

 

『どうした、その程度か。次は吾輩から行くぞ』

 

悪魔は右腕に力を込めて、その鉤爪で縦にあたしを引き裂こうとしてきた。

とっさに後ろにステップを取って回避したけど、地面に5本の深い亀裂が走り、

風圧でバランスを崩しそうになる。おっとあぶない。

 

っていう絵本が幼稚園のころ大人気で同級生とよく取り合いになったのを思い出した。

ああ、なんで正念場に限ってどうでもいいこと考えちゃうのかしら。これはもう病気ね。

悪魔後方でロザリーが何かの隙を窺ってる。でも待ってられないわ。

 

ちょっと早い気もするけど、あたしは武器をCentury Arms M100に切り替えた。

悪魔がその太い二本足でノシノシとこちらに迫ってくる。

ピンチだけどチャンスでもあるわ。接近されるけど、的がでかくなる分狙いやすい。

 

あたしは黄金に輝くハンディキャノンで、奴の胸を再度狙った。

トリガーを引くと、爆発音が鳴り響き、静まり返っていた家々から一斉に悲鳴が上がる。

さぁ、これでどう?

 

『うぐっ!うう……』

 

悪魔は胸を押さえてうずくまっていた。

肋骨が砕けて、筋肉がわずかに破けて核が少しだけ露わになる。

ああっ、もうちょっとだったのに!

でも、M100が有効だってことがわかっただけでも収穫よ。

奴が動けない間に、脇を走り抜けて村の対角線上の位置に陣取る。

そこで大声を上げてロザリーに呼びかけた。

 

「ロザリー!確実に命中させていけば倒せない相手じゃないわ!」

 

“はい!さっきの爆発はなんですか!?”

 

「あたしの銃!これからバンバン撃つから腹に力入れときなさい!」

 

あたし達が言葉を交わしている間に、悪魔が立ち上がりまたこっちに歩いてきた。

あらら、さっきの一撃が再生してる。奴には再生能力があるみたい。

モタモタしてる間に胸の傷が塞がっちゃったわ。

 

『あれしきの攻撃で我輩を滅することなどできぬ。

魔王陛下を侮辱した罪、ジュデッカの果てで償うがよい』

 

まいったわねえ、M100であいつを殺すには集中射撃する必要があるみたいだけど、

威力が高い分発射レートが低いし、何発も撃ってるとあたしの耳がおかしくなる。

少なくともゾンビゲームみたいに何回もリロードして撃ちまくるのは無理。

次はどこを狙うか慎重に判断しなきゃ。

そうこう考えてるうちに、今度は右手で左胸を守りながら歩いてき、た!?

 

え、どこいったのあいつ!と思った瞬間、

強靭な脚力で、目で追えないほど早く接近した悪魔が左腕で薙ぎ払ってきた。

避けられない!ゴウッ、と凶暴な力で風を切り、あたしを引き裂こうとしたその時、

何かに強引に腰を引っ張られ、奴のリーチから逃れることができた。

よく見ると、太い水のロープがあたしの腰に巻かれている。

 

「大丈夫ですか!?」

 

杖を両手で持ったロザリーが村の端から呼びかけてくる。

彼女の水を操る魔法で間一髪助かったわ。

ロープは地面に落ちると元の水に戻って地面に吸い込まれていった。

 

「ありがと!助かったわ!油断大敵ね!」

 

『小癪な……』

 

とどめの一撃を避けられた悪魔はこちらを睨みつける。

さて、今度はこっちから仕掛けなきゃ。長期戦は圧倒的に不利。

短時間で最大火力を叩き込む。あたしは大声でロザリーに呼びかける。

 

「ねぇ!これからさっきの銃声よりもっとデカい音がするかもしれない。

タイミングはあたしにもわからない!それでも落ち着いて魔法を使える!?」

 

「できます……!」

 

「頼りにしてるわよ!」

 

あたしが背負ったものを取り出そうとすると、悪魔が再びこちらに向き直った。

 

『ならば、我が瘴気にのたうち回るがいい!』

 

悪魔は息を吸い込むと、どす黒いガスを吹き付けてきた。

気づいた瞬間、烈風のように吹きすさぶ真っ黒な風を受け、思わず少し吸ってしまった。

反対方向にいたロザリーは無事だったけど、なんか頭がぼやける。

しまった、毒ガスかなんかだったんだと思われ。

 

ああ、もう皮肉も冗談も出やしない。息が苦しい、目が熱い。まともに思考も出来ない。

ただ、口をパクパク開けて、少し声を出すのがやっとだった。

 

「ロザ、リー……たすけて……」

 

あたしはあまりの気持ち悪さに、壁に手を付いて嘔吐した。もう立っているのも辛い。

地を揺らす足音が近づいてくるけど、逃げる足も動かない。

そして、気がついたときにはもう目の前に悪魔が。

奴は左手であたしを鷲掴みにして頭上に掲げ、ゆっくり、じわじわと、握りしめる。

内臓が潰されそう。肺に残った空気も押し出されてもうすぐ窒息する。

 

『所詮人の子、いくら抗おうとその程度』

 

「ああ……くはっ、あああ……!」

 

“里沙子さん、待ってて!!

……地を流れ、空を舞い、天に宿りし尊き輪廻!其の道遮る不浄を清め給え!

キュアポイズン!”

 

ロザリーが水魔法を詠唱すると、

近くの田んぼから一筋の輝く水流が飛んできて、あたしの口に飛び込んだ。

なんとかそれを飲み込むと、あたしの身体に取り憑いていた奴の瘴気が消え去り、

少しだけど抵抗できる程度に体力が回復した。

 

そして、手首だけを動かして、どうにか手放さなかったM100の銃口を悪魔の頭部に向け、

トリガーを引く。再び一発の轟音が農村にビリビリと痺れを伝える。

 

『!?……ヒュゴー……!』

 

よかった、なんとか命中。奴の頭部を粉砕した。

頭ごと両目を失い視界が遮られた悪魔は、パニックになりあたしを放り出した。

なくなった頭を探すように両手をバタバタさせている。

 

でも、核を壊さなきゃ再生するのは時間の問題。

M100の連射を叩きつけたいところだけど、

立ち上がったばっかりのあたしはフラフラでまともに狙うのも無理。

一時退却して体力回復を待つのが現実的ね。

 

ロザリーはどこかしら。あ、向こうで手を振ってる。

生い茂る高い稲穂に隠れながらあたしを呼んでる。

悪魔の目が潰れてる間に少し足を引きずりながら、あたしも稲穂の中に逃げ込む。

彼女が小声であたしに話しかけてくる。

 

「大丈夫でしたか、里沙子さん……!」

 

「ありがとう。おかげで助かったわ」

 

「これからどうしましょう」

 

「聞いて。確かにM100なら十分ダメージを与えられるけど、

あたしはご覧の通り半死半生。反動のデカいこの銃は撃ちまくれない。

だから、もう一撃必殺の最終手段に頼るしかないの。外せばあたし達は終わり」

 

あたしは時折深呼吸しながらロザリーに説明する。

まだ毒のダメージが抜けきってないみたい。二日酔いのほうがまだマシだわ、こりゃ。

 

「え、じゃあどうするんですか!?」

 

「あたし達2人ならできる。これ見て」

 

あたしは背負ったカバンから目的のものを取り出すと、ロザリーに見せた。

 

「里沙子さん、これは?」

 

「今度は奴の足を潰す。そうしたら、あなたの魔法で動きを止めて。

あたしが最後の一発で奴にとどめを刺す」

 

「潰すってどうやって!」

 

「お願い、全部話してる時間がないの。

さっきも言ったけど、とんでもない爆音が起きるから平静さを保って準備をしててね。

……そろそろ別れましょう、奴の再生が終わりそうだから」

 

「……わかりました。里沙子さん、絶対、成功させましょうね」

 

「当然。一人頭6000Gでも馬鹿にできる金額じゃないわ」

 

あたしは用意した兵器その1を手に、再び戦場へ戻った。

村の広場では、ちょうど悪魔が頭部の修復を終えたところだった。

家屋の間から姿を表したあたしは、それに信管を差し込み、足元に置く。

そして悪魔に大声で叫ぶ。

 

「なにをグズグズしてるの!あたしの時間を無駄にするつもり!?」

 

当然奴はこちらを向く。その目の炎は怒りに燃え上がっている。今のところいい感じね。

心があたしへの憎しみで曇ってるから多分乗ってくれる、と思う。

 

「仕切り直しよ。食い物を恵んでほしけりゃこっちにおいでなさいな。

肥溜めがあるから好きなだけ食べてもよくってよ」

 

『おのれ人間風情が!悪魔族を愚弄した者がどうなるか、思い知らせてくれる!』

 

「ふぅ、だったら早くなさいな。ノロマは嫌いよ」

 

あたしは踵を返して背後の麦畑に歩いて行く。

急いじゃだめ。気取られないように、背を見せて。

そして悪魔は、また並外れた脚力を活かし、

瞬間移動のような速度であたしに向かって来ようとした……が、

途中で妙なものを見つけてピタリと静止し、拾い上げる。

フライパンほどの大きさがある円盤。

白のペンキで十字架と、“聖マリア様の領域 立入禁止”と書かれている。

 

『ふん、阿呆が。マリアごときにすがる弱者に救済などないと知れ!』

 

悪魔は鼻で笑い、円盤を放り捨て、その十字架を踏み潰した。その瞬間──

 

 

思えばアステル村もツイてないわね。突然現れた悪魔に占領されて、

生贄集めの人質にされて、きっと集めた所で住人も一緒に生贄にされる運命だったはず。

その上、いきなり現れたおかしな2人組に村を戦場にされて、挙げ句の果てには……

悪魔が踏みつけた地雷の大爆発に驚かされる羽目になったんだから!

直下型地震が起きたかのような振動、轟音がアステル村を襲う。

沈黙を守っていた家屋の全てからまたも恐怖の叫び声が上がる。

 

 

『ぐおおおおおお!!』

 

「対戦車地雷のお味はいかが?腐れ骸骨」

 

あたしは下半身を粉砕され、悲鳴を上げ、上半身だけで暴れまわる悪魔に

一言だけ吐き捨ててやると、最後の仕上げに取り掛かった。

大急ぎで土の乾いた麦畑を駆け、悪魔と十分な距離を取る。

 

「ロザリー、今よ!」

 

「はい!

……命育む恵みの水よ、天翔け空舞い、糾える縄と化し、其を否定せし者を否定せよ!

バインドウォータ!」

 

ロザリーが詠唱を終えて左手を天に掲げると、

水田や井戸からロープ状の形を持った水が何本も飛び出し、

もがき続ける悪魔を縛り上げた。今度はあたしの番。背中のものを下ろして構える。

照準を覗いて奴を捉える。

大丈夫、ちゃんと分度器、定規、糸で発射角を調整したじゃない、信じて撃つのよ!

 

『愚かな!

ならば貴様ら諸共、人間共の肉体から魂を剥ぎ取り、魔王陛下に献上してくれる!

……明けの明星、邪なる光となりて、虚空の果てより来る存在に……』

 

悪魔が最後のあがきに魔法の詠唱を始める。……でも、遅い。これで最後よ!

 

「あたしの好きな言葉。さようなら!」

 

そしてトリガーを引いた。

ありあわせの材料で作った安っぽいRPGから発射された対戦車榴弾が、

煙の尾を引きながらケイオスデストロイヤめがけて突っ込む。

燃える発射薬の乾いた音は悪魔の耳にも届く。

 

奴は首を動かして音の方角を見ると、恐ろしいものを目の当たりにする。

悪魔が知るわけなんかないけど、炸薬を満載したロケット弾が突撃してくる。

当たれば死は免れないことを本能的に悟った奴は、水流の拘束を解こうと全力でもがく。

 

「ロザリー、あとちょっと!頑張るのよ!」

 

「くっ……はい!」

 

『うおおおお!!』

 

強引に水魔法を弾き返そうとする悪魔と、杖を握り必死に耐えるロザリー。

2人とも、その時までが永遠に思えた。着弾まであと、4,3,2,1...爆発、振動、爆音。

あたし達はそれらがもたらす混沌が過ぎるのをただ待った。どれくらい待ったかしら。

命のやり取りの興奮が治まらないあたし達には検討も付かなかった。

やがて、風が煙や砂埃を運び去ると、全ての結果が露わになる。

 

あたしは使い捨てのRPGを投げ捨てた。

ふぅ、今日ほどミリオタで良かったと思ったことはないわ。どこでそんなの習ったって?

今度にして。今はやることがあるから。あたしはロザリーと一緒に悪魔に歩み寄る。

四肢はバラバラになり、胴体の核はむき出しになっていた。

それは衝撃で無数のひび割れが走り、今にも崩れ去ろうとしている。

 

「こんにちは、気分はどう?」

 

『わ、吾輩が、吾輩が敗北を喫するとは……貴様ら、何者……』

 

「あたしは斑目里沙子、こっちは……匿名希望にしときましょうか。

とにかく、死んでくれてありがとう。おかげで目的を果たせるわ」

 

『いい気に、なるな……魔界には無数の同胞がいる……お前ごとき、など』

 

パァン!……と銃声。

コルトSAAで崩れかけの核を撃つと、今度こそ完全に砕け散り、

悪魔が断末魔の声を上げて、その姿がただの大きな骨の寄せ集めになる。

ごめんね、早くまとめに入りたいの。

正直体力も限界に近いし、仕上げにかかりましょう。

 

あたしはケイオスデストロイヤのドクロを持って、もう片方の手でロザリーの手を握る。

彼女が困惑した表情でなにか聞こうとしてきたが、その前にあたしは大声を張り上げた。

 

「アステル村のみんな!もう悪魔は死んだわ!あたし達が殺した!

この斑目里沙子と、水たまりの魔女ロザリーが討ち取ったわ!」

 

その声を聞いて、民家からぞろぞろと住民達が出てきた。

あたしはドクロを高く掲げる。ロザリーはちょっと不気味そうに見てたけど。

 

 

“本当に、死んだのか……?”

“見て、悪魔がバラバラになってる”

“すげえ音だったもんな”

“あれ、水道のお姉ちゃんじゃない?”

“本当だ。どうして賞金首の相手なんか……”

 

 

あたしはぐるっと周りを見る。うん、この人数なら十分ね。そしてまた宣言する。

 

「まぁ……村を若干壊したことは謝るわ!それを承知でお願いがあるの!

この勝利は人間のあたしと、魔女のロザリーがいなければ成し得なかった。

それを知り合い、親戚、友達に一言でいいから伝えて欲しいの。それだけ!」

 

反応はどうかしら。みんな困惑した表情でひそひそ何か話してる。

しばらく待ってると、スキンヘッドの恰幅のいいおじさんが前に出て、

あたし達に話しかけてきた。

 

「俺は村のまとめ役だ。いきなりバンバンドンドンやられたからびっくりしたが、

みんなを悪魔から助けてくれてありがとうよ。

どうせ、悪魔の言うとおりに生贄集めたって、俺たちも連れて行ったに決まってる。

壊れた家のことは気にすんな。

賞金首との戦いで出た損害は領主が保証してくれることになってるからな」

 

「そう言ってくれると助かる。誰も怪我がなくて何よりだわ。

ああ、さっき頼んだことなんだけど……」

 

「わかってるって。

頼まれるまでもなく、こんな武勇伝みんな早く誰かに話したくて

ウズウズしてるだろうさ」

 

「ありがとう。魔女もいたことを強調してね。それじゃ、あたし達は失礼するわ」

 

「皆さん、今日はお騒がせしました!今後共、水質管理業務にご協力お願い致します!」

 

そしてロザリーはペコリと頭を下げた。なんというか、公務員らしいわね。

それで、アステル村を後にしたあたし達は来た道を引き返した。

時刻はちょうど正午くらい。

ハッピーマイルズ・セントラルに戻る頃にはいい感じに人が集まってるはずね。

 

正直しんどいし、あちこち痛いけど休んではいられないわ。

ロザリーが気味悪がって持ちたがらないドクロを左手に持って、

あぜ道を歩いていると、彼女がそっと手を繋いできた。

 

「……ありがとう、里沙子さん。私達のために、こんなに傷ついて戦ってくれて」

 

「別に……ただ気が向いただけよ。それに、助かったわ」

 

「何がですか?」

 

「こいつの毒を食らった時。

“助けて”なんて最後に言ったのいつだったか思い出せない」

 

軽くドクロを持ち上げて見せる。やっぱり苦笑いを浮かべるロザリー。

 

「それは、戦いの時は助け合うのが当然じゃないですか」

 

「うん、そうなんだけど……一応ね」

 

「うふふ」

 

「何笑ってんのよ、気持ち悪い!

ああもう、さっさと駐在所に行ってコイツの賞金いただくわよ!

一人6000G!山分けだからね!?」

 

「ふふっ、はい」

 

もう。お気に入りっていうかトレードマークの緑のワンピースが泥だらけだし、

日差し暑いしで今日はもう最悪。とっとと用事を片付けましょう。自然と早足になる。

 

「あ、待ってください里沙子さん!」

 

「急ぎましょう、あなたも早く休みたいでしょ」

 

そして、あたし達は住宅街を抜け、見慣れた南北をつなぐ道路を通り、

役所前の市場を抜けた。

途中、あたしが持ってるドクロを見て悲鳴上げる奴がいて、ちょっと面白かったわ。

さぁ、ここからが本当のクライマックスよ。今度はあたしがロザリーの手をつなぐ。

同時に駐在所に入るところを見せつけるの。いつも通り居眠り保安官を起こす。

 

「魔王が来たぞ!」

 

「ふげっ!魔王?ままま、魔王など、本官のギアマキシマムの餌食に……」

 

「失礼、悪魔の間違いでしたわ」

 

「なんだ、脅かさないでくれたま……うえっ!」

 

あたしの持ってるドクロに驚く保安官。鉄砲持ってるくせにだらしないわね。

 

「賞金首のケイオスデストロイヤを殺したから賞金くださいな。

おっとその前に、一つ念押ししたいことが。

悪魔は、この水たまりの魔女ロザリーと組んで倒したの。

どちらが欠けても勝てなかった。そこんとこよろしく」

 

「ふが、2人で?ならこの書類の討伐者欄に名前を書いて」

 

「ほら、ロザリー」

 

あたしは後ろにいたロザリーに促す。彼女は少し戸惑って、書類にサインした。

続いてあたしも名前を書いた。うん、これで名実ともに人間と魔女の共同作業の完了ね。

保安官が金庫から賞金を取り出す。

 

「えーっと、奴の賞金は12000Gだから一人6000Gと。

まぁ、取り分は後で自由に決めてくれ」

 

「構わないわ。折半する約束だったから」

 

「わぁ……こんな大金、本当にいいんでしょうか」

 

「いいに決まってるでしょうが。お互い命賭けてやることやったんだから。

一つお節介言わせてもらうなら、一着くらい可愛い服買うといいわ。

あなた顔はいいのに服が地味だから損してる」

 

「ああ、だめ!だめです!これは魔女の正装で、職場の制服でもあって……」

 

「休日に着ればいいじゃない……まあいいわ。

ほら、最後の花火を盛大に打ち上げるわよ」

 

「花火?」

 

「昨日言ったでしょ、みんなを納得させるためにデカいことをやり遂げるって。

それが成功した今、連中に教えてやるのよ。

人間と魔女が組めば悪魔だって殺せるんだって」

 

「あっ……」

 

「そうと決まればさっそく外に出て勝利宣言よ!」

 

そしてあたし達は一旦証拠品のドクロを借りて駐在所の前に出た。

まだお昼過ぎで市場の声がやかましい。すうっと息を吸い込んで大声で叫ぶ。

 

「全員、注もーく!!」

 

広場の皆があたし達を見る。売り出し中の賞金稼ぎと公務員魔女。

奇妙な組み合わせに皆が足を止めて話に聞き入る。

 

「今日はあんた達に言いたいことがあってここに来た。聞いて驚きなさい。

あたし、斑目里沙子と、水たまりの魔女ロザリーは、

共闘して悪魔ケイオスデストロイヤを討ち取った!」

 

そして右手に持ったドクロを高々と掲げる。広場が一斉にどよめく。

 

 

“里沙子が魔女と組んだって!?”

“あの人、ただの水質検査員だろ、なんで?”

“ふたりとも知り合いだったのか?”

 

 

「あたしが言いたいのはね、

当たり前のことがわからないアホが多いことについての文句!

ちょっとタチの悪い魔女が出たからって無関係の魔女まで怖がってるヘタレへの文句!

これを見なさい!魔王への生贄を強要してた悪魔の末路よ!

人間のあたしと魔女のロザリーが組んだからこそ殺せたの!

彼女がいなかったらアステル村は滅んでたし、

ハッピーマイルズにまで来てたことは容易に想像できる!

嘘だと思うなら村の住民に聞いてごらんなさい!」

 

屋台で商売している連中までぞろぞろ広場に集まっていた。

あたしの隣でロザリーが少し居心地悪そうにしている。

場馴れしてないんだろうけど、チャンスは今しかない。

 

「ロザリー、あんたもなにか言いなさい。ふたりの主張じゃなきゃ意味がないの」

 

「……はい。み、みなさん!私は水質管理員をしている水たまりの魔女ロザリーです!

みなさんが暴走魔女を憎む気持ちはわかります。

私も彼女達の身勝手な行動に憤りを感じています。

でも、どうか、だからと言って静かに暮らしている魔女たちを遠ざけないでください。

私達は手を取り合って生きていけるんです。

今日、里沙子さんが協力してくれたことで勝利できたように。

仲良くしろとはいいません。

でも、あなた方の近所にいる魔女の同胞が本当に危険な存在なのかどうか、

曇りのない目でもう一度見てみてください。私からのお願いは以上です」

 

ロザリーはひとつお辞儀をすると、一歩後ろに下がった。広場の連中の反応を見る。

戸惑ってるみたいだけど、多分もう大丈夫。

誰かが拍手すると、連鎖的に、他のやつらも手をたたき始めた。やれやれね。

少し頭を働かせればわかることが、悪魔の死体を見せなきゃわからないなんて、

やっぱりハッピーマイルズはハッピーなんかじゃない。

 

締めくくりになんか言おうかとも思ったけど、

拍手がうるさすぎて聞こえないだろうからやめといた。

あたしはドクロを保安官に返すと、ロザリーに向き合った。

 

「この辺でお別れね。きっと明日には職場の空気も変わってるわ」

 

「里沙子さん。あなたには本当にお礼のしようもありません。

賞金の取り分をお渡ししたいくらいです」

 

「それはだめよ。さっきも言ったけど、それは命を賭けて得たお金。

つまりあんたの命の値段なんだから、大事にするべきだし……

金のやりとりがあったら変な噂立てるバカが出てくるのは、始めに言った通りでしょ」

 

「そう、ですね。このお金は恵まれない子供たちのために寄付することにします」

 

「いいアイデアね。大きなイメージアップになるわ。じゃあ、本当にさよならね。

うちは井戸じゃなくて地面をボーリングして直接地下水組み上げてるから、

多分もう会うこともないでしょうけど、お仕事頑張ってね」

 

「はい、ありがとうございます!でも、この街の組み上げポンプも検査してますんで、

見かけたら声をかけてくれたらうれしいです」

 

「気が向いたらね。本当に、それじゃあ」

 

「さようなら……」

 

そこで一日限りのタッグは解散した。あたしはさっさと家路についたし、

ロザリーは街の連中から武勇伝をせがまれて人気者になってた。

ただでさえ疲労困憊なのに、あんな人混みに巻き込まれたら心臓が止まる。

帰ってジョゼットに飯作らせて早めに休もうっと。

 

あたしは街から愛しの我が家へと続く街道に出る。

昼飯もまだだし、悪魔の毒霧で盛大にゲロ吐いちゃったから何かお腹に入れたいわ。

そんなことを考えながらゆっくりとした歩調で街道を進む。

やがて、カーブする道から外れて草原を進む。

教会への道もあるけど、一刻も早く帰りたいあたしは直線コースを選んだ。

 

ああ、やっと着いた。いつものボロ家。

外壁はともかく、ドアはそろそろ取り替えないと防犯上やばいレベルに達してる。

早くも賞金の使い道が決まりそうで、うんざりしながら鍵を開けて中に入った。

すると、ドアが開く音を聞いたのか、2階からドタドタと階段を駆け下りる音。

そして聖堂にジョゼットが飛び込んできて、あたしに抱きついてきた。

 

「里沙子さん……!よかった、帰って来てくれたんですね!勝ったんですね!」

 

「ふふ。もう、当たり前じゃない。

あたしが死ぬわけないでしょうが。時計を買い戻すまでは!」

 

「ううっ、よかったよぅ……ロザリーさんも、無事だったんですね」

 

「今、街の広場でもみくちゃにされてるけど、五体満足よ。

それよりご飯作って。お腹ペコペコなの」

 

「はいっ!スープ温めてます。それ飲んでチキンが焼きあがるまで待っててくださいね」

 

「お願いね」

 

そしてあたしはすっかり遅くなった昼食にありつくためキッチンへ向かう。

今日は疲れた。本当疲れた。

重いガンベルトを外してとりあえずコート掛けに引っ掛ける。

椅子に腰掛けてそれを見ると、ふと考えた。

 

今日はマリーのジャンク屋で買ったパーツでなんとかしたけど、

そろそろ標準装備をグレードアップする必要があるわね。

ピースメーカーは効かない敵が結構出てきたし、

M100も難聴気にしながらチマチマ撃ってちゃ本来の威力は引き出せないわ。

 

数日後。

あたしは朝のコーヒーを飲みながら、新聞を読んでいた。

キッチンではジョゼットがハムエッグを焼いている。

最近ようやくあの娘の料理もまともになってきたわ。

食材に恨みでもあるのかと思うくらい必ず台無しにしてた時とは大違い。

そうそう、新聞ね。何日も前のことがまだ記事になってる。いつの話してんだか。

やっぱり娯楽が少ないのね。

 

“人間と魔女。2種族コンビが悪魔を撃破!

某月某日、ハッピーマイルズ領外れのアステル村に悪魔が降臨し、

魔王への生贄を要求してきた。すぐさま緊急手配が掛けられたが、

名乗りを上げる賞金稼ぎはおらず、村の壊滅は時間の問題と思われた。

しかし、そこで一人の賞金稼ぎと一人の魔女が立ち上がった。

その名は「早撃ち里沙子」の名で知られる、

射撃では右に出るもののいないセレブ賞金稼ぎ、斑目里沙子女史”

 

セレブは余計よ、時計買い戻すにはまだ数百万足りないってのに。

 

“そしてもうひとりは、普段はハッピーマイルズ水質管理局で水質検査員を務める、

水たまりの魔女・ロザリー女史である。二人は悪魔という強敵を打ち倒すべく手を組み、

アステル村に赴いた。そして、激闘の末についに悪魔を討ち取ることに成功したのだ。

読者諸兄には、獲物の頭を高々と掲げ、勝利宣言をする彼女達を見たものも多いだろう。

その際、彼女達は声高く主張していた。

人間と魔女、お互いどちらが欠けてもこの勝利はなかったと。

そしてロザリー女史は、暴走魔女の存在によって

魔女全体に対する偏見が蔓延る現状について、我々に問題提起した。

人間と魔女は手を取り合っていける。

本当にあなたのそばにいる魔女が忌むべき存在なのかと。

その答えは読者諸兄に委ねたいと思う。ただ、繰り返しになるが、二人が手を取り合い、

ひとつの村を救ったことは紛れもない事実である”

 

そーそー。それでいいのよ。

いつもはどうでもいい記事しか書かないから解約しようかと思ってた新聞だけど、

こういう騒ぎのその後を知ることができる貴重な情報媒体だから、

当面はこのままにしときましょう。

 

“こんちわー!郵便でーす!”

 

あら何かしら。うちに何か届くなんて手紙爆弾くらいしか思いつかないけど。

朝食の準備で手が離せないジョゼットに代わってあたしが受け取った。

それは1通の手紙。差出人は……ロザリーだわ。ダイニングに戻って封を切る。

えーと、なになに。

 

“里沙子さん。先日はお世話になりました。

おかげさまで職場の雰囲気がすっかり変わりました。

友人への嫌がらせはすっかりなくなり、皆さんも私と以前と同じ、

というか正義の味方のような妙な尊敬を受けていて正直苦笑いが浮かびます”

 

「ふふん、それでいいのよ。あたしらの手の上で踊らされてるとも知らずに」

 

「何かいいことでもあったんですか~」

 

ジョゼットが朝食を持ってやってきた。

 

「ええ、とっても。ロザリーの状況が改善された。

少なくとも彼女の職場では魔女への偏見がなくなったらしいわ。

単純な下民は扱いやすいわ。ふふっ……」

 

「それは良かったですけど、里沙子さんの笑顔がなんだか黒いです……」

 

“言葉に尽くせない感謝でいっぱいです。里沙子さんはああ言ってくれましたが、

この勝利はやっぱり里沙子さんのおかげだと思います。

たまたま広場で会っただけの私のために、命がけで戦ってくれて、ありがとう。

仲間が肩身の狭い思いをしなくて良くなったのも、また人間達と共に歩んで行けるのも、

あなたのおかげ。本当にありがとう。そろそろペンを置きます。

あなたの生活がより豊かになりますように。ロザリー

 

追伸:水回りのトラブルの際はすぐご連絡くださいね”

 

「本当に、最後まで生真面目なんだから。ここの公務員って給料いいのかしら」

 

苦笑いをして手紙を書類棚にしまう。

用事が済んだらお腹が減ったわ。朝食にしましょう。

 

「待たせたわね。さぁ、食べましょう。いただきます」

 

「はい。……聖なる母マリア様、今日もわたくしにお恵みを……」

 

ジョゼットのお祈りを無視して先に食う。こっちのお祈りは済ませたんだし。

で、食いながら考える。本当に戦力増強を考えないとこれからやってけないわね。

多分トラブルの方から勝手にやってくるだろうし、

悪魔って奴が強敵だってことも身にしみた。

 

マリーの店で調達した鉄パイプとありあわせのガラクタ、

弾丸から取り出したガンパウダーやニトログリセリンで作った、

RPGや対戦車地雷はもう品切れ。

安定して材料を手に入れる方法を確保するか、別の武器を購入するか。

ライフルでも買おうかしら。

でもそれじゃあ、魔王とやらには勝てなそう。っていうか多分無理。

う~ん、この件に関してはしばらく保留ね。

現状どうにもならない問題を頭の隅に寄せて、あたしはトーストをかじる作業に戻った。

 

 

 

 

 

──魔城 ヘル・ドラード 会議の間

 

 

絶えず空を暗黒の雲が覆い隠し、稲妻が走る。

ここヘル・ドラードの城主、深淵魔女と魔王・ギルファデスが、

長さ10mはあるテーブルにたった二人で座っていた。

深淵魔女は血の色をした葡萄酒が注がれたワイングラスを、

ゆっくりと手のひらで弄ぶが、魔王に振る舞うこともせず、

ただ頬杖をついてその色を楽しんでいた。

何も語ろうとしない魔女の女王に業を煮やした魔王が口を開く。

 

「ワシの送り込んだ生贄の回収役が何者かに殺された。

雑兵の一人とは言え、屈辱の極み!

すぐさま人間界に軍勢を送り込み、彼奴らを根絶やしにしてくれる!」

 

「フフ……おやめになったほうがよろしくてよ。

人間が絶滅したら貴方は何を食べて生きていくおつもりかしら。

減らしすぎても増えるには時間がかかる。

また灰と砂に塗れた魔界植物を食んで満足なさるのかしら」

 

「しかし!せめて犯人のひとりは殺さねばワシの気が治まらぬ!!」

 

ただのガラスならば、一枚残らず割れているほどの大音声が広間の空気を揺るがす。

魔力で表面の大気の流れが止められているので、

ここのガラスは物音ひとつ立てることはなかったが。

 

「だが、一体どこの馬の骨が!人間共のどいつが斯様な狼藉を!」

 

深淵魔女はクスリと笑い、1枚の紙を魔法で飛ばす。魔王の手に収まったその紙には。

 

「ご存知ありませんの?最近異世界から現れた面白い人間。

私としてはただ殺すのでは芸がない。

全く未知の存在を観察する方が面白いと考えますわ」

 

「面白いだと!?全くこやつは……まあ良い。

いずれこいつに文字通り地獄の苦しみを味あわせてくれるわ!」

 

ギルファデスがぐしゃりと紙を握りつぶすと、それは燃え上がり灰になった。

彼が手に取る前にはこう書かれていた。

 

 

──Risako the Destroyer 42000G & Dark Orb

 

 

 



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アースの技術で一獲千金。シスターとケンカ
タレ派先生ありがとう、いつもつまらないSSを書いてくれて……


「む~!なんで私が怒ってるかはわかってるよね!」

 

「だーかーら、いろいろ面倒な事情があったのよ」

 

立ち上がってプンプン怒るソフィア。他のギルドメンバーもじっとあたしを見てる。

まぁ、こうなることは予想はしてたわよ。

こないだ広場で悪魔討伐宣言してたときに、

“あれ、なんかあたしヤバイことしてんじゃね?”って嫌な予感はしてたんだけど、

結局そのときは疲れきってたし、深く考えないで放置してたの。

 

んで、今日買い物がてら酒場で昼飯を食おうとした瞬間こいつらの存在を思い出した。

入りたくねー、と思ったけど、ジョゼットのご飯まだですかに押されて、

中に入ったらこの有様。ソフィアに死角から手を掴まれて連行されて、

ビートオブバラライカの連中から丸テーブルで事情聴取よ。

 

とりあえずジョゼットには先に飯食わせて外で遊ばせてる。

今は広場で嬉しそうに、ようやく日の目を見た怨念のこもった布教チラシを配ってる。

それ、道端に捨てたり踏んだりしないほうがいいわよ。

彼女の生霊が枕元に立ってお宅の冷蔵庫を食い荒らす。……こっちの話に戻るわね。

目の前でソフィアが両手を腰に当てて、今もあたしに抗議してる。

 

「事情ってなに!?私達の誘いを袖にしておいて、

ただの水質管理員と組んで悪魔退治に行くわ、しかも帰ってくるなり大々的な勝利宣言。

当然またあなたの賞金稼ぎとしてのランクは上がる。そしてあたしたちは置いてきぼり。

さぁ、選んで!十分納得する理由を説明する、

もしくは今度こそ私達のギルドに入るか!」

 

「さすがに今度ばかりは俺たちも黙っちゃいられねえ。きっちりカタ付けてもらうぜ」

 

テンガロンハットを目深に被ったマックスも同調する。

面倒だけど、関係ないでしょで済ませると余計面倒くさいことになりそう。

こいつらを納得させないと、今後店に来る度に絡まれるのは目に見えてる。

 

「はぁ。暴走魔女騒ぎの後に、あたしに2つほど肩書き付いたのは知ってるわよね。

“早撃ち里沙子”と“魔女狩り里沙子”。

あたしはややこしい“魔女狩り”の方を取っ払いたかったのよ」

 

「それと、僕達を相手にしてくれないこと、何か関係あるのかな?」

 

初めて話をした男の子は、

0.5mほどの巨大な銃型の注射器みたいな武器を大事に抱えてる。

左側に液体の入ったボトル、右側に圧力メーターと握る二本のグリップが付いてて、

どう使うのかよくわかんない。髪は栗毛のショートカット。

白衣を着てて、ぼく回復役でーすって看板背負ってる勢い。

歳はジョゼットと同じくらいかしら?

 

「悪魔の件に関しては、どうしても魔女とペアで対処する必要があったのよ。

あたしは物騒な肩書きを捨てたい。魔女の娘……ロザリーっていうんだけど、

彼女も暴走魔女のせいで職場で肩身の狭い思いをしてた」

 

「だから!わたし達は、どうしてあなたがわたし達を無視するのか聞いてるノ!」

 

隣の椅子から毛糸の手袋をはめた手でペチペチ叩いてくる女の子は多分まだ10歳位。

ちなみに全然痛くない。ちょっと気持ちいいくらい。

ブロンドのセミロングに、これまた毛糸の帽子、ケープを羽織ってる。

彼女は何役なのかちょっと見当がつかないわ。

 

「こら、やめなさいマオ!里沙子もアーヴィンの質問に答えて。話の続きをお願い」

 

なるほど、男の子はアーヴィン、女の子はマオ。

これからも顔を合わせることになるだろうから覚えておいたほうがいいわね。

 

「無視してるわけじゃないのよ?まず、ロザリーと出会ったのはたまたま。

広場で出会った彼女が“魔女狩り”のあたしに助けを求めてきたの。

魔女への偏見をなんとかして欲しいって。

それで大勢の連中を説得するには、

人間と魔女が共同でなにかドでかいことをやらかさなきゃ駄目だって話になったの」

 

「ふむふむ」

 

「それからはあんた達も新聞で読んだ通りよ。

あたし達は二人連れ立ってアステル村に行って、

悪魔と直接対決してぶっ殺したってわけ。もちろんロザリーも戦ったわ。

っていうか、彼女がいなきゃ死んでた」

 

「えっ、そんなにヤバイ奴だったの?」

 

アーヴィンって男の子が身を乗り出して尋ねてきた。

あたしの心配というより、悪魔について興味津々って感じで。

 

「体長はキミ二人分くらい。家を切り裂く鋭い鉤爪、

核を壊さない限り無限に再生する能力、毒霧、瞬間移動。

まーいろんな芸で手こずらせてくれたわ。

毒霧吹きたきゃ悪役レスラーにでもなれっての。

その時あたし、うっかり毒霧吸い込んでヘロヘロになっちゃって。

ロザリーの解毒魔法がなかったら、動けないまま握りつぶされてたでしょうね」

 

「どーやってそんなやつ倒したノ!?」

 

マオちゃんが聞いてくるけど、どうしようかしら。

この娘、ほっぺが柔らかそうでプニプニしたら気持ちよさそう……じゃない。

対戦車地雷やRPGは、マリーの店で買った違法な部品たくさん使ってたからねぇ。

うっかり口を滑らせたら、芋づる式に彼女の店が摘発されかねない。

あの心躍るカオスな空間を失いたくはないわ。

 

「いろいろ策を巡らせて爆弾に引っ掛けたのよ。

そこですっ転んだ所でR…オホン、銃を撃ちまくって奴の核をぶっ壊したってわけ」

 

具体的なことはぼかして要点だけを話した。

 

「確かに……アステル村の住人にウラ取ったけど、爆発音が何回もした言ってたわね」

 

ソフィアが納得した。よっしゃ危機回避。何がどれの音か今更わかるはずもないし。

 

「そうなのよ~M100の銃声は下手な爆弾よりうるさいからねぇ。

悪魔殺すのに何発撃ったかわかりゃしないわ。

とまあ、そういうわけで、残るは広場での勝利宣言だけど、

あれは魔女と人間は協力関係にあることを、

改めて石頭共にわからせるためのパフォーマンスだったのよ。

別に賞金稼ぎとして名を上げたいとかそういう意味じゃないわ。

実際あれのおかげでロザリーも元通りの生活に戻れたしね」

 

「……なるほど。確かにあれ以来、街の連中の魔女への対応が明らかに変わったな」

 

マックスも事情を把握したようで、

なんとかこいつらから逃げられそうな流れになってきた。

 

「そういうこと。悪魔の件は、賞金や名声目当てじゃなくて、

人間と魔女の間に走ってた気色悪い疑念を解消して、

あたしの厄介な肩書きを消し去るための致し方ない処置だったってわけよ。

決してあんた達を軽く見てたわけじゃないの。わかってくれた?くれたわよね。

それじゃあ、あたしはこれで失礼……」

 

「だめー!」

 

あたしが立ち上がった瞬間、何か温かくて柔らかいものが左腕にくっついてきた。

マオちゃんが腕にしがみついて目を吊り上げてあたしを見てる。

そういえば、この娘はじめからなんだか怒ってるわね。

身体は一番小さいけど、一番の怒りん坊さんみたい。

あたしでも楽々持ち上げられるほど軽い。

 

「里沙子はわたし達の仲間になるノー!」

 

「マオ、よしなさい。里沙子が私達を放ったらかして、

抜けがけしたわけじゃないってわかった以上、今日は諦めるしかないわ」

 

「抜けがけっていうか、別にあんたらと同盟組んだりした覚えはないけどね!」

 

「やだー!」

 

「わがままは駄目だよ、マオ。さ、この人から離れるんだ」

 

「んー!」

 

アーヴィンがマオちゃんを引き剥がそうとするけど、

余計全身に力を入れてあたしの腕に抱きついてくる。

でも、やっぱり全然痛くないし、なんだかお人形さんみたいで可愛いわ。

でも残念だけど、今の自由気ままな生活を捨てる気はないの。

 

「ごめんね、マオちゃん。あたしはその日その日でやることが変わるから、

みんなと一緒に賞金首を追ったりはできないの」

 

「じゃあ、わたしが里沙子のギルドに入るー!里沙子と一緒に冒険するノ!」

 

「ええ?……あたしはギルドなんて作ってないし作る気もないのよ。

召使いのジョゼットと食っちゃ寝生活してるだけ」

 

「ちょっとマオ、何言ってるの!ビートオブバラライカ抜ける気?

あなたが抜けたら誰が魔道士役やるの!」

 

ソフィアが慌ててマオちゃんを止める。

なんかせっかく終わりかけた話が、またややこしくなり始めたんだけど。

っていうかこの子魔道士だったんだ、意外。

 

「あんたも本気にしないの!

マオちゃん連れてかれたくなかったら、この子ひっぺがすの手伝いなさい!」

 

その後、ソフィアと二人がかりでようやくマオちゃんを引き剥がしたけど、

まだマックスの腕の中で暴れてる。

ああ疲れた。やっぱりギルドなんか入らなくて正解だったわ。

毎日こんな騒ぎの中で生活してたら寿命がいくらあっても足りないわ。

そういうのが“楽しい”と感じられるタイプの人じゃなきゃ無理ね。ぼっち万歳。

 

「里沙子まてー!」

 

「じゃあ、そういうことだから。

メンバーの後始末はリーダーがやっとくのよ、ソフィア!」

 

「うん、わかった。でも、やっぱり考えといてね……」

 

「期待はしないで。じゃあ、あたしはこれで」

 

駆け足で酒場から逃げ出して広場に出たあたし。そこでグゥ、と腹が鳴った。

そうだ、昼飯まだ食ってない。はぁ、あいつらに関わるとろくなことがないわ。

パン屋で適当に惣菜パンでも買ってベンチで食べましょう。

 

ジョゼットはどうしてるのかしら。……まだチラシ配ってるわね。

ゆっくり食べても大丈夫そう。あたしは広場から更に奥の店舗が数件並ぶ区画に行って、

パン屋に入った。焼きあがったパンのいい匂いでまた腹が鳴る。どれにしようかしら。

焼きそばパン、グラタンパン、ピザパン。どれも美味しそうだけど……

やっぱり定番の焼きそばパンね。あたしはトングで一つトレーに取ると、

冷温庫から牛乳を一瓶取って会計に持っていった。

 

「いらっしゃいませ。焼きそば1つ、牛乳1つで、4Gですね」

 

「はい、ちょうどね」

 

相変わらず物価安っすいわね。とは言え、ミニッツリピーターを買い戻す目標がある今、

所持金は相対的に見てマイナスなんだけど。

店を出るとあたしは適当なベンチに腰掛けて、紙袋からパンと牛乳を取り出して、

まずはパンを一口かじる。ああ美味しい。

この組み合わせ考えた人が歴史に名を残してないのは歴史上の大きな謎ね。

そして牛乳の柔らかい味で喉を潤し、焼きそばパンをもう一口。

 

腹の虫が治まってきた。空腹が解消されたところで、ふと現実的な問題を思い出した。

さっきのミニッツリピーター。なんとしてもこの手に取り戻したいところだけど、

それには600万G以上稼がなきゃいけない。今の所持金が900万弱。

愛しの相棒は今1500万Gで売られてる。

 

教会運営の補助金月1万Gじゃ、貯まる頃にはババアになってるわ。

どっかのカジノで一獲千金を狙うとか?いやよ。

博打なんて胴元が勝つに決まってるんだし、ギャンブルは嫌いなの。

アホの親父がパチンコで700万借金こさえて家ん中めちゃくちゃにして以来ね。

 

さっきから数字の話ばっかりで悪いわね。

とにかく、何か600万Gに相当する価値ある何かを見つけないと、どうしようもないわ。

あたしは紙袋をゴミ箱に放り込み、牛乳瓶を店先のケースに入れた。

そして広場に戻ると、チラシを配り終えたジョゼットが駆け寄ってきた。

 

「里沙子さーん!」

 

「チラシ配りは上手く行った?」

 

「はい、バッチリです!やっぱり手書きだと心がこもってるせいか、

みなさん快く受け取ってくれました!」

 

「溝に捨てられてても落ち込むんじゃないわよ。配布チラシってそういうもんだから」

 

「失礼ですね!そんなことあるわけない……ああっ!ゴミ箱に捨てられてる……」

 

「きちんとゴミ箱に入れてくれただけまだマシよ。

地面にポイ捨てされて街が汚れると、広告主までイメージが悪くなるんだから。

そうそう、今何時かしら。ええと……」

 

あたしが硬貨だらけのハンドバッグをかき回していると、

しばらく使ってないものが出てきた。内ポケットに入れてたから気づかなかったスマホ。

電源ボタンを押すと、まだバッテリーは50%くらい残ってる。

当然圏外で誰からもかかってこないからすっかり忘れてたわ。

 

うーん、スマホの時計は正確だけど、この世界の技術じゃ量産できないわね。

地球の時刻とミドルファンタジアの時刻がリンクしてるかも不明だし。

……あれ、“量産”?自分で思い至った言葉に何か引っかかり、

急いで画面をスライドすると、お気に入り画像や文書のフォルダが現れた。

 

「それなんですか、里沙子さん?……うわぁ、綺麗!とってもカラフルに光ってる!

ねぇ、これなんですか。アースの美術品ですか?……里沙子さん?」

 

「ふ、ふふ。ふふふふ……」

 

「うっ、里沙子さん。どうしたんですか……?」

 

「これよ、これだわ、これなのよ!」

 

「なにがこれなんですか?わたくしにも教えてください!」

 

「こうしちゃいられないわ、ジョゼット、行くわよ!」

 

「えっ、待ってくださいよ里沙子さん。なにか言ってー」

 

天啓が下ったあたしは、ジョゼットを無視してダッシュで市場を通り抜け、

目的地を目指した。そして裏路地に飛び込み、その店のドアを開けた。

そこは当然マリーのジャンク屋。

 

「はぁ、はぁ、マリーいる……?」

 

「はいな。どうしたのリサっち。そんなに慌てて」

 

マリーはいつも通りTシャツにデニムのホットパンツのラフな格好で、

スナックを食いながら奥から出てきた。

 

「スマホ、スマホの充電がしたいの……

マイクロUSBと、USBからコンセントに繋げるアダプタちょうだい」

 

「あーごめん。基本そういう細かいの置きっぱだから自分で探して。

あたしはテレビ見る」

 

「邪魔するわよ……」

 

マリーのマイペースな対応になんだかほっとしつつ、

あたしは店の奥にある電子部品コーナーという名のガラクタ置き場をあさり始めた。

スマホに繋げる充電用USBとUSBからコンセントに繋げるパーツ。

コンセントは割りと簡単に見つかるっていうかうちにある。

 

絶縁テープを巻いた空き缶に、変圧回路を経由してケーブルを繋いで、

タップに接続して缶に雷光石を入れれば、はい終わり。

雷光石は雑貨屋か、メリル宝飾店で手に入るわ。

でも、宝飾店には純度の高い宝石みたいなやつしか置いてないから、

消耗品として使うにはもったいないわね。

 

問題はスマホ充電用のUSBケーブルがあるかどうか。

あたしはガサゴソとジャンクの山をかき分ける。

これはどうかしら……違う、ガラケー用。こっちは?両方普通のUSBじゃないの、次!

片方がスマホに差さるUSB、小さいやつ小さいやつ……あった!

念のためスマホに差してみて対応してるか確認。うん、ピッタリ!

カウンターに持っていってマリーに声をかける。今日は“真昼の用心棒”見てる。

趣味が広いわね。

 

「マリー、これちょうだい」

 

「3Gでよい。置いといて~」

 

「一応モノくらい見たら?よくそれで店潰れないわね」

 

「結構手広くやってるからねー。……おおっ、飲んだくれ兄貴強ええ」

 

背中を向けたまま商品すら見ないでこの対応。だからここは好きなのよ。

店の収入だけで食っていけてるとは思えないけど、他が何かを知りたいとは思わない。

あたし自身あれこれ詮索されるのはご免だからね。

自分がされたくないことを気の置けない相手にするのは、人として下等な行為よ。

これでも一応良心の燃えカスくらいは残ってる。

それはさておき、目的のブツは手に入ったわ。カウンターに3G置く。

 

「またね、マリー」

 

「ういっす、まいど。ジョゼットちゃんもまたねー」

 

「え、はい、さようなら!」

 

今まで空気だったジョゼットにもちゃんと気づいてたマリーと別れると、店から出た。

裏路地を通っていつもの通りに出ると、帰路につく。

 

「ジョゼット、もう帰るけど、買い忘れはない?」

 

「はい!」

 

「よし、それじゃあ……あ、ちょっと待って!」

 

「どうしたんですか?いつもは早く帰りたがるのに」

 

「どうしても要るものが発生!

雑貨屋までひとっ走り行ってくるから、広場で待ってて!」

 

「はぁ」

 

あたしは息を切らせて雑貨屋まで駆け込むと、

必要なものを一通り買い物かごに放り込み、大きなものは直接店員に注文した。

これでオーケー。今晩が楽しみだわ。

大きな紙袋に入った荷物を抱えるあたしを見たジョゼットは驚いて聞いてきた。

 

「なんですか里沙子さん!?そんなにたくさん荷物抱えて」

 

「一獲千金のチャンスを掴むのよ。こいつでね。フフ……」

 

「あ、なんか悪巧みしてる顔だ。ジョゼットにも教えてください!」

 

「教えたら意味がなくなる性質のものなのよ。帰りましょう」

 

「待って!置いてかないでくださーい」

 

それで、家に帰ったあたし達はジョゼットの作った早めの夕食を食べたんだけど、

食べてる間もワクワクが止まらない。

いつの間にかニヤついていたのか、ジョゼットが怯えた様子で声をかけてきた。

 

「里沙子さん……本当に大丈夫ですか?なんだかキモいです」

 

「ふふっ、ちゃんと気持ち悪いって言いなさい……」

 

「やっぱり変ですよ!いつもの里沙子さんだったら、

キモいなんて言おうもんならゲンコツが10発くらい飛んで来るのに!」

 

「そんなことどうでもいいの。相棒を取り戻すことができるかもしれないんだから……」

 

「相棒って、里沙子さんの時計ですか?危ないことじゃないですよね……?」

 

「“あたしは”危なくないわ、あたしはね」

 

「どういうことなんですか?」

 

「秘密よ。時が来るまで」

 

「ううっ……マリア様、どうか里沙子さんをお救いください。

きっと悪魔との戦いで頭を打ったんです!」

 

「ふぅ、ごちそうさま。あたしは今夜部屋にこもるわ。

大事な作業があるから邪魔しないでね。ああそれと、あたし明日から旅に出るから。

1週間は戻らないから家は頼んだわよ」

 

「え、旅!?一体どこに何しに行くんですか?」

 

あたしは足元に置いた紙袋から1冊のハンドブックを取り出した。

“鍛冶の街 イグニール領観光ガイド”。

折りたたみ式の地図になっているそれを広げると、ジョゼットが立ち上がって覗き込む。

 

「うわぁ。鍛冶屋さんと工場がいっぱいですね」

 

確かに地図には鍛冶屋を表すハンマーや工場の煙突のマークが、

ざっと見て100以上点在してる。全部を回るわけにはいかないわ。

あとで目的の物を作ってくれる店を吟味しなきゃ。

 

「そう。ちょっと作って欲しいものがあるの。

2度も往復はできないから泊まり込んで出来上がりを待つ。

じゃあ、あたしはお先に失礼~」

 

「はぁ……」

 

あたしは地図をしまうと、一旦購入したものを全部私室に持ち込んだ。

そしてベッドの上に脱ぎっぱなしのパジャマを拾ってバスルームに向かい、

シャワーで汗を流して髪を洗う。

そうそう、このシャワーもイグニールの鍛冶屋に作ってもらったのよ。

手洗いで洗濯するスペースをシャワールームに改造したの。

この領地にはリフォーム業者なんて気の利いたものはないけど、

建築家に依頼すればイグニールの工業技術にありつけるってわけ。

 

料金は仲介料込みで10000G。安くはないけど、便利な生活には代えられないわ。

井戸水組み上げなくても水が出るのも、こうしてシャワーを浴びられるのも、

イグニールから来た技術者のおかげ。あたしはシャワーを止めると、脱衣所に出る。

バスタオルで身体を拭いてパジャマに着替えると……いよいよミッション開始よ!

 

私室に戻ると、まずは表が地図になってる折りたたみ式ハンドブックを裏返し、

各工場の生産品、得意分野一覧に目を通す。

ふむふむ。ここは0.01mmの精度で各種パイプを生産できて、

こっちは丈夫で精巧なバネを作れるってわけね。

あたしは目星を付けた鍛冶屋・工場に次々丸をつけていく。

 

「こんなところかしら」

 

これなら必要なものが揃いそう。お店選びを終えたあたしは、

今度は机に雑貨屋で買った文房具用意し、大きな紙を一枚取り出して広げ、

スマホにマイクロUSBを接続して、手作りの雷光石バッテリーのコンセントに差した。

久方ぶりに手持ちのパソコンとも言える文明の利器に命が吹き込まれる。

 

ホーム画面から何ページかスライドし、お気に入り画像のフォルダを開き、

目的の画像を表示した。ちょっと見づらいけどここは我慢ね。

いずれマリーの店にノートパソコンかプリンターが流れ着くのを待ちましょう。

 

あたしは紙に定規で線を引きつつ、スマホ画面をスライド、を繰り返し、

書き上がったら新しい紙に同じく別の部品を描き始めた。

ああ、小さいスマホの画面を見ながら細かい線を書くのは予想以上に疲れるわ。

目が痛くなってきた。あたしは一旦手を止め目頭を押さえ、大きく伸びをした。

 

「んんっ……さて、もうひと踏ん張り」

 

あたしはひたすら紙とスマホとにらめっこを続け、気づくと鶏が鳴く朝になっていた。

結局貫徹か。まだ駆け出しのSEだった頃、時間配分をミスった時たまにあったわね。

それはともかく、完成したわ。あたしに道を切り拓く、かもしれない叡智の結晶が!

どの設計図も満足の行く出来栄え。

 

折り目が付かないように、厚紙の筒に設計図を丸めて入れて、リュックサックに入れた。

そんで、私室の隅に置いてあるあたしの財産袋Aも入れる。

この財産袋はAからJまであって、あたしの全財産を小分けにして入れて

教会の各所に隠してある。

初めてここに来た時、とても1000万G全部を運べなかったっていう事情もあるけど。

そう言えばここ、銀行はあるのかしら。旅から戻ったら調べてみなきゃ。

 

あたしは身支度をして、ずしりと肩に食い込むリュックサックを背負うと1階に下りた。

もうジョゼットが起きて朝食の準備をしている。

一旦リュックサックを下ろしてダイニングのテーブルに着く。

ああ、小分けにしても100万Gを越える金貨はかなり重くて、徹夜明けの身体に堪える。

 

「おはようございます、里沙子さん。朝食ですよー」

 

「おはよ、ジョゼット。朝からいきなり力仕事で姉さん憂鬱」

 

「本当にしっかりしてくださいね。それに、その重そうな鞄、何が入ってるんですか」

 

ジョゼットが朝食を並べながら、早くも疲れ気味のあたしに聞いてくる。

献立はミニサラダ、トースト、ベーコンエッグ、牛乳。

 

「これは先人の残した遺産とそれを具現化するための最高傑作。

心配しないで。どんな物事にも産みの苦しみはついて回るものなのよ。

これが成功したらあたしらは大金持ちになれるかもしれない」

 

「意味わかんないです~とにかく生きて帰ってきてくださいね……」

 

「わかってるわよ」

 

朝食を食べ終えたあたしは、再びリュックサックを背負い、

玄関を出ようとしたんだけど、残念な事実に気がついた。

もちろんイグニール領までは馬車を使うつもりだけど、

ハッピーマイルズ・セントラルの駅馬車広場までは歩きだってことすっかり忘れてた。

出鼻くじかれたみたいでうんざり。野盗が出たら躊躇わず殺そう。

 

「いってらっしゃーい!」

 

「後、頼むわね」

 

ジョゼットに見送られて、一人重量オーバーの行軍に出発したあたし。

よく重量制限の概念があるオープンワールド系のゲームで、

制限無視してアイテムを拾いまくり、

ゆっくり牛歩で街まで持ち帰るってのを楽しんでたんだけど、

実際体験してみると彼らには悪いことしてたわ。ごめんよ、Vault101のアイツ。

 

幸い野盗は出なかったものの、駅馬車広場にたどり着く頃にはすっかり汗だくで、

疲労困憊で事務所になだれ込んだ。事務員もあたしの異様な姿に若干引いてた。

そんなこと気にする余裕もないあたしは、息切れしながらもなんとか用件を伝えた。

 

「馬車、1日、貸し切り……イグニール…中型……」

 

「お、おう。イグニールまでの貸し切りなら300Gだ。前金150G」

 

あたしが黙って金を差し出すと、事務員が番号札を渡してきた。

よたよたと停車場まで行き、指定の番号の馬車を見つけると、

御者に札を渡す前に重いリュックを車に載せた。ドスンという音で馬が驚く。

 

「おい、姉ちゃん、気をつけてくれ。札は?」

 

「これよ。イグニールまでお願い……ああ疲れた!」

 

「あいよ、乗ってくんな」

 

ようやく重い荷物から開放されたあたしは、椅子に座り込んで息をついた。

ガタゴトと音を立てて馬車が走り出す。

ああ、自分の足で歩かなくっていいって素敵だわ。

話によると、イグニールまでは馬車で2時間ほどらしいから、

ちょっと仮眠を取ろうかしら。今日はいろいろ回ることになるんだし。

 

……で、目が覚めると、窓から見える景色が一変してた。

殆どの建造物が木とレンガと石でできていたハッピーマイルズと違い、

産業革命時代のイギリスのように、

鉄とセメントが視界を占める、まさに工業都市だった。

あちこちに工場や、鍛冶屋が立ち並び、

剣山のように突き出る煙突からはモクモクと煙が昇る。

 

機械工学に興味があるあたしとしては、こっちのほうが面白みはあるけど、

空気の味がよろしくないわね。

住むなら退屈でもハッピーマイルズのほうが身体には良さそう。

あたしは地図を広げると、まず、丸を付けて番号を振った鍛冶屋と工場のうち、

1番目の鍛冶屋に向かうよう御者の兄ちゃんに頼んだ。

 

「ねえお兄さん、地図のこの番号に向かってちょうだいな」

 

「ああ。こっからなら10分もありゃ着く」

 

すると、馬車は進路を変えて石畳の続く道を進んだ。すると、兄ちゃんの言った通り、

10分ほどでハンマーと釘の絵が刻まれた看板のかかった鍛冶屋の前に到着した。

 

「ありがとう。ちょっと待っててね」

 

「貸し切りだから別に急がなくていいぞ」

 

あたしは、リュックから筒を取り出すと、店の中に入った。

店にはフライパンやヤカンみたいな金物が並んでる。

奥から金槌を叩く音が絶え間なく響いてくる。

その音を追っていくと、背は低いけど、全身を鋼のような筋肉で包んだドワーフがいて、

あたしに気づくとじろりとこっちを見て言った。

 

「……何の用だ」

 

「ここに腕のいい鍛冶職人がいると聞いて来たの。

精巧でしかも丈夫なパイプを作れる、イグニール随一の職人が、ね」

 

「用件を言え」

 

「単刀直入に言うわ。この設計図に書いてるパイプを6本作って欲しいの。

許容誤差は0.01mm」

 

あたしは筒から取り出した設計図をドワーフに渡した。

彼は乱暴に受け取ると、設計図をちらと見て、

 

「冷やかしなら帰れ」

 

設計図を放り出した。予想通りの反応ね。

あたしはそれを拾い上げると、更に付け加えた。

 

「あら、できないの。イグニール1の名工と聞いてきたのに残念だわ」

 

「お前に払える額じゃないと言っている」

 

「現金一括前払い」

 

「なんだと?」

 

「多少無茶な要求をしてることは承知してるわ。

だから、こっちもそれ相応の対価は用意してる。

高度な技術が安くないことくらいはわかってる。だからこの条件で引き受けて欲しいの。

もう一度お願いするわ。これを、作って」

 

「……見せてみろ」

 

ドワーフはもう一度設計図を受け取ると、端から端まで目を通した。そして口を開く。

 

「6本で6000Gだ。払えるんだろうな」

 

「もちろん。今、持ってくるわ」

 

あたしは馬車に戻ると、通行人の目に触れないように、

馬車の中で100G金貨を60枚ボロい袋に入れて、また店に入った。

それでドワーフに渡すと、彼は何も言わずに金貨を数え、計算が終わると一言。

 

「完成は3日後だ。少し待て。

……ふん、どこの貴族だか知らんがわけのわからん物を欲しがる」

 

ドワーフは店の精算所に行くと、領収書に何かを書いて判を押し、あたしに突き出した。

受け取った料金と、収める品物、納期が記入され、

店主の名前らしき判子が押されていた。なるほど、領収書兼引換券ね。

 

「ほら、用が済んだらさっさと行け」

 

「お願いね」

 

あたしは店を出ると、馬車に乗り込み、地図を広げて次の目的地を探す。

ええと、ここから一番近いのは、と。

最寄りのマーク付き工場を見つけると、また御者の兄ちゃんに行き先を伝える。

 

「ああ、この工場な。お客さん、鍛冶屋や工場なんか回ってどうするんだい。

別に見てて楽しいもんでもないだろう」

 

「どうしても作りたいものがあるの。その部品集め。さあ、工場までお願い」

 

「ハイヨー」

 

次に向かうのは川沿いの小さな工場。

工場のサイズに合わせたのか知らないけど、作ってるものも小さなもの。

小さいけど、停車場もあるからそこに馬車を停めてもらって、

開け放たれた工場の入り口そばにある、

電話ボックスみたいな受付所の中にいる係員に話しかけた。

 

「もしもし」

 

「はい、何か?」

 

「こちらでオーダーメイドのバネを作っていると聞いてきたんだけど、

6つほどお願いできるかしら」

 

「あいすみません。バネの製作依頼は企業向けの大口発注のみ承っておりまして、

最低でも100個以上からの受付となります」

 

「この際100個で構わないわ。こういうバネを作って。しなやかで、それでいて頑丈な」

 

あたしは窓からさっきとは別の設計図を渡す。それを広げて係員が困った顔をする。

 

「う~ん、失礼。少し上司と相談させてください」

 

係員が受付所から出て工場の中へ走っていった。

足元の砂利を蹴ったりして、しばらくぶらぶらとうろついていると、

さっきの係員と上司らしき男が工場から出てきた。

あたしが彼らに向き合うと、上司も困った顔で説明を始めた。

 

「どうも、この工場の主任です。う~ん、お客さんの注文書なんですがね、

作れないことはないんですが、かなり割高になりますよ?

しかもこの精度と強度となると、100個で10000Gはかかっちゃいますね」

 

「構いません。どうしても必要ですの。10000Gで作ってくださいな」

 

「え!?本当にいいんですか?

もうちょっと性能面で妥協すれば街の金物屋で1個から買えますけど……」

 

「極限まで高めた性能が必要ですの。先払いでいいので作ってください」

 

「……わかりました。じゃあ、一旦この設計図はお預かりしてもよろしいでしょうか。

代金はそこの受付で」

 

「よろしくお願いしますわ」

 

あたしはまた馬車に戻って、例によって10000Gを取り出して袋に詰め、

さっきの受付所で代金を払った。大量の金貨を見た係員が目を丸くする。

 

「確かに……受け取りました。

あの、失礼ですが、お客様のような女性の方がバネなど何に……」

 

「訳あってそれは話せませんの」

 

「……そうですか。いや失礼致しました。こちら、領収書です。

出来上がりは2日ですので、それ以降にお受け取りをお願いします」

 

「わかりました。ありがとう」

 

2枚目の領収書を手に入れたあたしは馬車に戻った。

それ以降も、同様にハンドル、車輪なんかの必要な部品を、

いろんな鍛冶屋・工場を回って注文したの。

最後の部品を注文したら、御者の兄ちゃんに宿屋に連れて行ってもらって、

そこでリュックを背負って馬車を下りた。

ほうぼうで派手に金を使ったから、出発したときよりかなり軽くなってたわ。

あとは待つだけよ。

 

「今日はありがとう。残金の150Gね。あと、これは気持ち」

 

「おお、ありがてえ!またうちの馬車使ってくれよな!じゃあな」

 

馬車を見送ると、あたしは宿屋に入り、カウンターの店員に話しかけた。

 

「もしもし、1週間ほど滞在したいのだけど、空き部屋はあるかしら」

 

「あるよ。この宿が出来てから満室になったことなんてないさ。で、部屋はどうする。

エコノミー10G、ファースト25G、キング50G、どれも食事付き」

 

「キングで」

 

安部屋のベッドにはダニや変な虫がいるからね。係の愛想も良くない。

金出して病気と不愉快を買うくらいなら、少し多めの出費も安いものよ。

 

「お客さん羽振りがいいねえ!おーい、キング1名様ご案内だよ!これ鍵ね」

 

奥から“へーい”と背の高い荷物持ちの兄ちゃんが出てきた。

軽くなったとは言え、まだ楽に背負えるとは言えないあたしのリュックを持って

部屋に案内してくれた。

 

「ごゆっくり」

 

「ありがと」

 

あたしはリュックを部屋の隅に寄せると、清潔なダブルベッドに大の字になった。

シャワーを浴びようと思ったけど、さすがに今は疲れてる。一旦仮眠しましょう。

あたしは例の物の完成した姿を想像し、

ニヤニヤしながら、やがてストンと眠りに落ちた。

 

「んふふ……600万……あたしの時計……」

 

 



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↑自虐に頼るようになったらお終いだってことに自分で気づいたことだけは褒めてあげて

ガタゴト、ガタゴト。

 

あれから一週間。ホテルをチェックアウトしたあたしは、

イグニールの駅馬車広場でまた貸し切りした馬車に乗って、

注文した品々の回収に周っていた。足元はもう大小様々な鋼鉄の部品で一杯。

ガイドブックの地図を広げる。

受領忘れがないように、部品を注文した鍛冶屋や工場にチェックを付けてるんだけど、

とうとう次で最後みたい。

 

イグニールに来て最初に寄ったあの鍛冶屋。もう少しで着く頃ね。

ああ、見えてきた見えてきた。ハンマーと釘の看板。

外までカンカン鉄を打つ音が聞こえてくるわ。

 

「御者さん、あそこの店で停めてください」

 

「かしこまりました」

 

あたしは馬車から降りて店に入り、奥に進む。

そこには一週間前に会ったドワーフの鍛冶が焼けた鉄の棒を叩いてた。

他にも弟子らしき人たちが作業してて結構うるさいから、

気持ち大きめの声で呼びかける。

 

「こんにちは!一週間前に注文した物を取りに来たの!ちょっといいかしら」

 

すると、ドワーフのおじさんが振り返り、やっぱりこちらをじろりと見て近寄ってきた。

あたしが領収書を差し出すと、それをちらりと見て、

 

「待ってろ」

 

そう言って別の部屋から麻の布に包んだパイプ6本を持ってきた。

穴を覗いたり表面を眺めたりしてみたけど、精密機械で削り出したように精巧で、

これなら信用して組み立てられるってわかる。

 

「ありがとう。これなら安心して命預けられるわ」

 

「ふん。何作るのか知らんが、せいぜいポンコツにはせんでくれ。行け」

 

「失礼するわね」

 

ドワーフのおじさんの態度は相変わらず無口でぶっきらぼうで、

人によって好き嫌いわかれるだろうけど、あたしは好きよ。

だいぶ前にも言ったけど、寡黙な男性は嫌いじゃないの。

あたしは軽くてしかも丈夫なパイプを抱えて馬車に積み込んだ。

さぁ、買い物旅行はこれでおしまい!早く我が家へ帰りましょう。

 

「御者さん、ハッピーマイルズ教会までの道はご存知?そこで降りたいのだけど」

 

「はい。主要施設の場所は把握しております。それでは、出発いたしますのでお席へ」

 

「よろしく」

 

パカポコと馬が蹄を鳴らして馬車を引く。あたしは足元を見る。

やっぱりバラすと結構な荷物ね。

でも、これを組み合わせるとドリーミーでワンダホーなものに生まれ変わるのよ。

あ・と・は。それをどこにどう売り込むかね。いくらふっかけるかも検討しなきゃ。

 

よく考えたら日々の生活費やら、装備を買い込んだりで、割りと結構使っちゃったから、

600万Gじゃ1500万Gにはわずかに届かない。さすがに1000万は無理よね。

きっと向こうも値切ってくるから、はじめは800万……

 

そんな感じで取らぬ狸の皮算用をしてたら、いつの間にか寝ちゃった。外はもう真っ暗。

御者石にランプが吊るされてるけど、5m位先しか見えない。

この世界は東京みたいな不夜城じゃないから、どこ見ても何があるのかわかんない。

良い子は暗くなったらお家に帰んな、ってことみたいね。

大人しく手に入れた部品の一つを手にとってみたりして暇をつぶしてると、

10分ほどで馬車が止まった。

 

「お客様、到着です」

 

「ありがとう。荷物を下ろすのに少し時間がかかりますけど、ごめんなさいね」

 

「いえ、どうぞごゆっくり」

 

あたしは馬車を降りて急いで玄関に駆け寄ると、鍵を差し込んで回し、ドアを開けた。

そして、ドアを開け放ち、大声でジョゼットを呼んだ。

 

「ジョゼットー!今帰ったわよ!」

 

“え、里沙子さん!?おかえりさなーい!”

 

ジョゼットが奥の住居から走ってきて思い切り抱きついてきた。

彼女を押しのけると、手短に用件を伝える。

 

「ええい、暑苦しい!それよりジョゼット、仕事よ。

この聖堂にある長椅子全部隅に寄せてスペース作りなさい。

あたしは荷物を運び込むから」

 

「え?スペースって……それより、マリア様の聖堂で何するつもりなんですか!」

 

「いいからさっさと手ぇ動かす!それが終わったら荷物運び手伝うのよ?いい?」

 

あたしは返事を待たず、馬車にとんぼ返りし、

まずはドワーフから受け取ったパイプを持って聖堂に運び込んだ。

ジョゼットは一生懸命長椅子を後ろに下げている。ああ、まだ戦力にはならないか。

 

今度は厚紙の箱に詰まった100個入りバネを持ってくる。

必要なのは6個だけど、メンテナンスで交換が必要になるかもしれない。

持っていても損はないわ。次は車輪ね。両手に二つ持って、これもまた運び込む。

どれもこれも精度が命だから乱暴には扱えない。

 

「ふぅ~やっと終わりました。何を運んでるんですか、一体?」

 

「ああ、よかった。手が空いたなら今度はこっちね。馬車の荷物を一緒に運んで。

替えの効かない一品物だから慎重にね」

 

「えー、まだあるんですか」

 

「文句言わないの。

あたしらの生活をより豊かにしてくれるかもしれない代物なんだから」

 

「は~い」

 

ジョゼットが加わったところで、今度は心臓部とも言える部分を運ぶ。

これは暇つぶしに馬車の中である程度組み立てといたから、かなり重い。

麻の布に乗せて端を持ち、二人がかりで運搬する。

 

「重い~腕が千切れそうです」

 

「お願いだから落とさないでよ。ミリ単位の傷が命に関わるんだから」

 

「そろそろこれで何するのか教えてくださーい……」

 

「今のバラバラの状態じゃ、何言っても多分さっぱりだわよ。

後で説明したげるから大人しく組み立て完了を待ちなさい」

 

「重いよー」

 

まあ、この心臓部以外はハンドルとか付属品だけだったから、

ぶっちゃけ搬入完了と考えていいわ。

それはジョゼットに任せて、あたしは御者さんに残金とチップを支払った。

 

「残金の150Gです。あと、これを貴方に。安全な旅をありがとう」

 

「これは……誠にありがとうございます。是非またイグニール交通をご利用ください」

 

馬車が帰って行くのを見届けると、あたしは長椅子が隅っこに寄せられ、

鈍色に光る大小様々なパーツが並べられた聖堂に戻った。

それを悲しそうな目で見るジョゼット。

 

「あうぅ……マリア様の部屋がすっかり散らかっちゃいました」

 

「今夜中に徹夜してでも完成させるから一日くらいマリアさんも許してくれるわよ。

あーお腹すいた。ジョゼット、パンでもなんでもいいから晩ごはん作って。

簡単なのでいいから」

 

「スープとパンを温めますね。

……本当に、すぐ片付けてくださいね?明後日は日曜ミサですから」

 

「わかってるって。本当、疲れた」

 

とりあえず本格的な作業は夕食の後にしましょうか。

あたしはダイニングのテーブルで自分の肩を揉みながら待っていた。

5分ほどで、ジョゼットが温めたスープと、

オーブンで焼き直したチーズ入りパンを持ってきてくれた。

スープを一口飲む。おおっ、以前の色が付いたお湯より格段にレベルが上がってる。

人間進歩するものね。パンはお店で買ったものだから当然美味しい。

 

「ジョゼット、料理の腕前上がったんじゃない?

スープが美味いことにこんなに驚いたのは初めてだわ」

 

「褒められてるのかどうか微妙ですけど、嬉しいです!」

 

「あたしの性格考えると褒めてるってわかるでしょ。喜んでいいのよ」

 

「えへへ、やったー」

 

それで、あたしは夕食を食べ終えると、いよいよ例の物の制作に取り掛かることにした。

 

「ごちそうさま。それじゃ、あたしは大事な仕事があるから」

 

「あの鉄の部品ですね。もう、里沙子さんたらすっかり夢中なんだから」

 

「そうまで人を惹きつけてやまない宝物なのよ、アレは」

 

あたしは物置部屋に寄ると、工具箱を取り、多数の部品を並べた聖堂に行った。

さぁ、今からあんた達に命を吹き込んであげるからね!

あたしはあぐらをかいて床に座り込むと、筒から設計図を取り出し、

それを参考にしながら組み立てを開始した。

 

「ええと、まずはパイプをこの円形の鉄板に差して固定する。

それから心臓部に半刺しして仮止め。

そしたらまずこれは置いといて、心臓部を本格的に駆動するよう仕上げましょう」

「この鉄の棒にバネを噛ませて伸縮する部分にする。6本全部ね。

これがハンドルに接続されたリールと連動して回転。連続して物体を叩くってわけ」

「移動用に車輪を着ける必要があるんだけど、かなり重いわね。

一度横にして、縦から軸と車輪を差し込んで、

あとはテコの原理でひっくり返して、もう片方の車輪をつければいいわね」

「ひとまずこれで形にはなったけど、動作確認が必要ね。

ここで本物使うわけにはいかないから、えーっと、あった。試運転用のゴム製品。

これをケースに入れて、上から差し込む。

あとはハンドルを回すと……おおっ、出てきた出てきた!

ようやくここまでの苦労が実を結んだわ!」

「後はそうね……顧客への売り込み用に組み立て方も書いておきましょうか。

紙はまだ残ってたし」

 

とうとう完成にこぎつけたあたしの傑作を売り込むため、私室に戻り、

また先日のようにスマホ、定規、分度器、コンパスを駆使して説明書を作成する。

時刻はとうに深夜を周ってる。

でも、あたしは手を止めることなくひたすら線を引き続けた。

 

翌日。ドンドンドン!

 

ジョゼットのうるさいノックで目が覚めた。

 

「里沙子さーん!起きてください!なんなんですか聖堂のアレ!」

 

「んさいわねぇ、朝っぱらから」

 

「もうお昼の12時ですよ!いくらなんでも寝すぎです!」

 

「はへっ!?」

 

思わず時計を見た。たしかに昼の12時5分くらいを指している。

しまった、いくら誤差があるとは言え寝すぎたわ。今日の売り込みは諦めましょう。

情報収集もまだだしね。おっと、説明書は?大丈夫、完成してる。よだれも付いてない。

 

「今出るわ。顔洗って着替えるから、お昼ごはん用意しといて」

 

「お昼の後はアレ片付けてくださいね!」

 

「わかってるわよー」

 

あたしは洗面所で顔を洗って歯を磨いた。それで私室に戻り、

昨日から着っぱなしだった服を着替えて、髪を解いて三つ編みを作る。

今日は出かける予定だから化粧も済ませて、ガンベルトを巻くといつも通りのあたし。

準備が終わると階段を下りてダイニングのテーブルに着いた。

 

「朝ごはん残っちゃったから、それ食べてくださいね」

 

「うい」

 

あたしはテーブルに身体を預けながら考える。

うーん、できれば一番高く買ってくれるとこがいいんだけど、

それって具体的にはどこなのかしら。作ったはいいけどその辺全然考えてなかった。

……餅は餅屋か。あそこで聞いてみるのが良さそう。

 

「ねえ、ジョゼット。今日街に行くんだけど、あんたも行く?」

 

「今日は、やめときます」

 

「あら珍しい。布教活動しなくていいの?」

 

「その前にマリア様のお部屋を元通りにしなくちゃいけませんから!

出かける前にアレを移動しといてくださいね!」

 

「悪かったわよ。悪かったからご飯まだー」

 

「今、温めが終わりました!……はいどうぞ」

 

アハハ、さすがにジョゼットもちょっと怒ってるわね。

まぁ、あの娘がこの家で自由になる数少ない空間を工場にされたんだから無理もないか。

お土産になんかお菓子買って帰りましょう。

 

「いただきまーす」

 

「マリア様、今日のお恵みをお与えくださり……」

 

朝食はいつも軽めだし、

急いで食べたからジョゼットのお祈りが終わると同時に食べ終わっちゃったわ。

ジョゼットの呆れたような視線を無視して聖堂に行く。

そこには昨夜完成したばかりの物の堂々たる姿が。

あたしは一旦そいつの前で満足げにニヤリと笑い、玄関のドアを開け放つと、

重心を低くして後ろから押した。

 

パーツごとだと持ち運びに一苦労だけど、車輪が着いてるからスムーズに動き始めたわ。

あたしはそのまま教会裏手にそれを運んで、

砂埃から守るように麻のシートを被せて車輪を固定した。こんなところね。

さぁ、今日は情報収集だけで1日が終わりそうだけど、

街に行くのが楽しみなのは初めてかも。

 

楽しい気分で街道を歩く。今日は野盗も出ない。

まさにハッピーな気分でハッピーマイルズに到着した。

まず、手近なところから片付けましょうかね。

あたしは街に入ってすぐ右手の役所に入った。ここに来るのも久しぶりね。

受付の列に並んでる間に頭の中で聞きたいことを整理する。

あれこれ考えていると、自分の番が来た。やっぱり担当は見覚えのあるオッチャン。

 

「ごきげんよう。少し聞きたいことがあるんだけど」

 

「お久しぶり、お嬢さ……いや、里沙子」

 

「あら、あたしが子供じゃないってわかってくれたのかしら」

 

「もうここらでおたくを知らない人はいないからね。それで今日はどんな用だい?」

 

「ちょっと聞きたいんだけど、この世界に銀行ってのはあるのかしら」

 

「あるよ。北へ続く道を進んだ十字路を東に進むと、

企業の建物や銀行がある区画にたどり着く」

 

「そこはまだ行ったことはなかったわね。ありがとう。後ろつかえてるからこれで失礼」

 

「またどうぞ」

 

あたしは役所を後にすると、いつもの通りを北に進む。

十字路に差し掛かると、東には行かず、一旦左に曲がる。目当ては銃砲店。

ドアを開けて中に入ると、ずかずかとカウンターに歩み寄り、50G置いた。

 

「情報が欲しい」

 

「……なんだ」

 

「銃火器の販売事情について。どの会社が上位2位までのシェアを占めてるのか。

2位のトップとの差はどれくらい?2位の本社がどこにあるのかも教えて」

 

「やたら2位にこだわるな。おかしな女だ。

まず、業界トップはナバロ社、続いてパーシヴァル社だな。

シェアはナバロが4割、パーシヴァルが3割、

残りの3割は多数の中小企業が隙間産業的な尖った商品で稼いでる。

パーシヴァルはハッピーマイルズに本社があるぜ。

ここからずっと東に行ったビジネス街だ」

 

「そう、ありがと。ところでサブマシンガンが欲しいんだけど、何かいいものある?」

 

「サブマシンガン?なんだそりゃ」

 

「ないならAK47でもM16でもなんでもいい。弾を連発できるもの」

 

「寝ぼけてんのか?銃は狙って撃つもんだ。連発なんかできっこねえ」

 

「ここじゃ機関銃の類はない、と。面白くなってきたわ」

 

「用事が済んだなら帰れ」

 

「ええ、またね」

 

銃砲店から必要な情報を得ると、店から出て、今度こそ東のビジネス街へ向かった。

歩くこと15分。市場とは対象的な、やや殺風景な印象すらある通りにたどり着いた。

コンクリート製の3階から5階程度の銀行や、様々な企業の本社ビルがある。

目的のビルを探して首を振りながら歩いていると、ようやく見つけた。

 

“パーシヴァル・ハッピーマイルズ本社”。入り口に真鍮製の看板が掲げられたビル。

そのガラスドアを開く。自動ドアだと思いこんでぶつかりそうになったのはご愛嬌よ。

ここにそんなもんあるはずないのに。とにかく中に入って受付嬢に話しかけた。

 

「ごめんくださいまし。わたくし、斑目里沙子と申します。

社長とお会いしたいのでアポを取りたいのですが」

 

「はい。どういったご用件でしょうか」

 

「御社にわたくしが開発した新兵器とその特許を買い取って頂きたくて参りました」

 

「特許……ですか。少々お待ち下さい」

 

すると、受付嬢は天井からいくつも伸びるラッパのような通話口の紐を引っ張り、

短いやりとりをした。

ラッパがビリビリと震え、ああ、これは内線電話みたいなもんなんだな、と

興味深く眺める。会話を終えると、受付嬢が回答した。

 

「大変お待たせしました。本日の面会はできかねますが、

明日の正午ならお会い出来るとのことです」

 

「ありがとうございます。必ず気に入って頂ける品をお持ち致しますわ。

では、わたくしはこれで」

 

あたしは深く一礼すると、本社ビルを後にした。よっしゃ、こんなもんでいいでしょう。

昨日の疲れもまだ取れてないし、十分目的は達したわ。

今日のところはさっさと帰って明日のために早く寝ましょう。エールも我慢よ。

二日酔いのまま商談なんてできやしない。

パン屋で買ったバウムクーヘンを手にその日は家路に着いた。

うちに帰ってジョゼットに円形のケーキを与えると、すっかり機嫌を直してくれた。

チョロいわね。

 

翌日。あたしは昼食も取らずに駅馬車広場にいた。

肩に掛けた大きなトートバッグから取り出した時計を見ると、時刻は大体9時くらい。

早すぎると思うかもしれないけど、ちょっと面倒な順序が必要なのよね。

まず、やっぱり事務所で馬車の貸し切りを申し込む。

 

「こんにちは。荷馬車を貸し切りたいのだけど」

 

「いらっしゃい。どんなサイズが好みだい?」

 

「重さ100kg以上ある鉄の固まりを運べるほどパワーがあって、

多少の銃声じゃ驚かない度胸のある馬がいいんだけど、そういう車はある?」

 

「度胸があるっていうか、耳が聞こえない馬で良ければ強力な荷馬車があるよ。

お客さんは御者席に乗ってもらうけど」

 

「それでお願い。相当重い荷物を運ぶことになるから」

 

「じゃあ、400Gだから前金で200G頂くよ」

 

「はい、これ」

 

あたしは番号札を受け取ると、今日は後ろが荷台になってる馬車を探した。

後ろが箱型じゃないのは珍しいから見つけやすい。

ちょっと見渡すと、なんだか反応が鈍そうな馬に

木製の頑丈なリヤカーがつながれてる馬車を見つけた。番号も同じ。これね。

あたしは御者の兄ちゃんに番号札を渡す。

 

「こんにちは。まずハッピーマイルズ教会までお願い。そこで荷物を積みたいの」

 

「あいよ。じゃあ、俺の隣に座ってくんな。後ろは揺れが酷くて乗れたもんじゃねえ」

 

あたしが兄ちゃんの隣りに座ると、兄ちゃんが手綱を鳴らす。一回目は反応なし。

 

「動け、動けったら!」

 

兄ちゃんが何度も手綱をパシパシ叩きつけると、

ボケてるのか知らないけど、鈍い馬はようやく動き出した。

馬車があたしが来た道を逆戻りしていく。まずは荷物を取りに戻らなきゃ。

ええっと、それからパーシヴァル本社に行って、と。

あたしが脳内で今日のスケジュールと交渉の手順をまとめていると、

あっという間に教会に到着。

 

「ちょっと待っててくれるかしら。大きな荷物なんで」

 

「ああ。わかった」

 

あたしは教会裏に向かって、麻のシートを被せた物の車輪のロックを外し、

また腰を低くして押し始めた。車輪が付いてるとはいえ、やっぱり重いものは重い。

聖堂からジョゼット達の賛美歌が聞こえてくる。今は手伝わせるのは無理ね。

 

それでもあたしは頑張って、ゴロゴロと重たいそれをなんとか荷馬車後ろまで転がした。

すると、御者の兄ちゃんが下りてきて、こっちに来た。

彼はリヤカーに備えられた鉄板の留め金を外して斜めに倒し、スロープを作ると、

一緒にブツを押して荷台に乗せてくれた。

 

「ずいぶん重いな。これほど重いのは珍しい」

 

「ふぅ、ありがとう……客に収めるかも知れない商品なの」

 

「なんだかよくわからんが、まあいいや。次はどこに行く?」

 

「街のパーシヴァル本社へ」

 

「銃器メーカーの?ああなるほど。じゃあ、出すぜ。ハイヨー……えい、動けって!」

 

また兄ちゃんを煩わせて、やっと馬が動き出す。おおっ、すげえ。

後ろの荷物が存在しないかのように今までと同じスピードで走ってる。

街道を走り、役所前を抜け、通りを北上、交差点を右折して道なりに進むパワフルな馬。

並の馬なら途中でへばってるだろうけど、

この馬は強力、というより重さに気付いてないって表現がしっくり来る。

それくらいのんびりした馬よ。

 

さあ、着いたわ。パーシヴァル本社。買い叩かれないよう、交渉のイメトレはバッチリ。

ハンドバッグから時計を取り出して時刻を確認。11時半過ぎを指している。

誤差を考慮してもほんの少し早いけど……太陽を見ると、ほぼ真上。

うん、突撃しても大丈夫そう。

 

あたしは馬車から下りて、荷台の物を覆っていた麻のシートを取り払い、

兄ちゃんにしばらく待っててくれるよう伝えた。いよいよ本番ね。

あたしはパーシヴァル社エントランスに足を踏み入れた。

昨日と同じく受付嬢に名乗って用件を伝える。

 

「ごめんください。昨日社長と面会のお約束をした斑目里沙子です。

社長はいらっしゃいますか」

 

「少々お待ち下さい」

 

受付嬢がラッパの紐を引いて、小さめの声で会話する。

話が終わると、すぐあたしに話しかけてきた。

 

「社長が5階の社長室でお待ちです。どうぞ奥の階段へお進みください」

 

「ありがとうございます」

 

はぁ、5階か。微妙にしんどい高さね。

この世界にエレベーターなんてないだろうから、仕方ないけど。

5階に着くと、真鍮を掘って作った案内板があった。えーっと、社長室は……一番奥ね。

落ち着いた色で正方形に区切られた、大理石の床を奥に向かって進むと、

高級な木材に模様を刻んだ立派なドアが見えた。ここが社長室ね。

あたしは一つ咳払いをしてドアをノックした。

 

「ごめんくださいまし。面会のお約束を頂いた斑目里沙子と申します」

 

“どうぞ、入ってください”

 

「失礼致します」

 

落ち着いた声が帰ってきたのであたしは中に入る。

そこにいたのは、斜めにストライプの入った紺色のネクタイを締め、

グレーのウェストコートに同色のパンツ姿のビジネスマンだった。

ゴルフ練習用の人工芝に立って、狙いを定めパターを振る。

コツンと練習台でボールを一打すると、ボールが綺麗な軌道を描いてカップに入った。

それを見届けると、パターをデスクに立てかけて、

ゆっくりとした動きであたしに近づいてきた。

 

「ふふ、失敬。さ、そこにお掛けになって」

 

「ありがとうございます」

 

どこか得体の知れない微笑みを浮かべながら、社長はあたしにソファを勧めた。

あたしが座ると、社長も向かいのソファに身を預けた。

白髪交じりの髪をオールバックにして、口ひげを生やした細身で背が高い、眼鏡の紳士。

 

「初めまして。斑目里沙子と申します。

今日は貴重なお時間を頂き、本当に感謝しております」

 

「いいえ。私も、興味がありましてね。

特に、あなたのような、凄腕の賞金稼ぎが作った銃となれば。

“早撃ち里沙子”、そして、悪魔すら粉々にする“破壊者里沙子”。

そんなあなたの作品、とても興味深い」

 

ちょっと、“魔女狩り”の次は“破壊者”!?どこの馬鹿が考えてるのか知らないけど、

責任者出てきなさい!文字通り破壊してやるから!あたしは動揺を隠したまま答える。

 

「いやですわ、そんな名前が付いているなんて存じませんでした。

ただ、必要に駆られて致し方なく最小限の敵を倒しただけだというのに」

 

「ふふ、あなたは、もう少し、ご自分がどのような評価を受けているか、

注意なさったほうが、よろしい。良くも、悪くも」

 

「肝に銘じますわ」

 

ゆっくりと独特なペースで話す社長は、

どうにも言い表し様のない静かな威圧感というか、存在感を纏ってる。

さすが大企業の社長だけはあるわね。彼の雰囲気に呑まれないよう気をつけなきゃ。

あたしは話題を戻す。

 

「それでは、さっそく本題を。

まずはわたくしの作品をご覧いただきたいのですが、よろしいでしょうか。

実はこちらの社屋の前に止めた馬車に積んでありますの。

ちょうどあちらのガラス窓から見下ろせますわ」

 

あたしは窓というより一面ガラス張りの壁を指差した。

彼はポンポンと両手を合わせ、眼鏡の奥でニヤリと笑う。

 

「それは、好都合。拝見しましょう」

 

あたしたちはガラスの壁に近づき、エントランスの前に止めたリヤカーを見下ろす。

そこには6本の銃身を束ねた回転式機関銃が鎮座している。

驚くでもなく、ただ不思議なものに微笑みで興味を示す彼にあたしは説明する。

 

「ハンドルを回すことで連続して給弾・装填・発射・排莢を行い、

毎分数百発という発射レートで銃弾を連発できる新兵器。

その名も、“ガトリングガン”です」

 

「ほう……!連発銃。素晴らしい。そのスペックなら、一人で百人と戦えるでしょうね。

この世界では、一発一発の精度、威力を追求しておりまして、

銃弾を連射するという構想がないので、この兵器は非常に珍しいものです。

それを実現する技術がないという事情も、ありますが」

 

まずは彼の心を掴めたみたい。この調子でもっと突っ込んでいきましょう。

 

「そう、このスペックの連発銃はこの世界では初。

それを御社の新製品として市場に投入すれば、

一気にシェアを伸ばすことが可能かと存じます。

失礼ながら、御社の市場に占める売上高の割合を調べさせていただきました。

今のところ、銃火器の業界では某社が1位を占めており、

御社は惜しくも2位に甘んじているとか。その差は約10%。

この新式連発銃を御社が発表すれば、その10%をひっくり返し、

1位に躍り出ることが可能……

確かに、これだけ大掛かりな兵器となると、民間向けとは言えなくなりますが、

このサラマンダラス帝国には領地の数だけ軍がございます。

それらがこぞってあの銃を導入し、大量生産・納入することになれば、

御社が得る利益は莫大なものになるでしょう」

 

「よく、お調べになられているようですね。なるほど、なるほど……

そうそう、一点気になることが。

あなたは、今、“この世界では”とおっしゃいましたが、

あなたは、ひょっとして、アースから来られたのですか」

 

鋭いわね。下手にごまかしても意味がないし不信感を招くだけ。

洗いざらい話しましょう。

 

「はい、そのとおりです。わたくしはアースから参りました。

ガトリングガンはこの世界でも製造可能な兵器を選んで再現したものです。

このスマートフォンという、本来は離れた相手と通話する装置に記録していた、

ガトリングガンの設計図を紙に描き起こして、

イグニールを周って部品を集めて制作しました。

わたくし個人で作ると、かなりの額になってしまいましたが、

大きな工場をいくつも持つ御社の資金力なら、

大量生産でもっとコストを下げることが可能かと」

 

あたしはスマホを取り出して、電源を入れて社長に見せた。

彼は大きく動揺することなく、眼鏡を掛け直して画面をじっと見る。

 

「美しい。なぜ、通話をする装置で、画像を見ることができるのでしょう」

 

画像フォルダを開いて、当たり障りのない画像を開いて見せる。

 

「もっと、もっと、を追求し続けた結果ですわ。

はじめはスマートフォンではなく、携帯電話という名前で、

本当に通話しかできませんでした。

それがやがて、電子文書を送信したい、その文書に画像を添付したい、音楽を聞きたい、

写真を撮りたい、映像を撮りたい……消費者の要求に応えて様々な機能を搭載するうち、

ボタン式ではキーが足りなくなり、

このような画面に指を滑らせたり、指先で叩くことで操作可能な形になりました」

 

「素晴らしい。あなたは、そのスマートフォンに、

ガトリングガンの設計図を記録していたから、あの兵器を再現できたのですね」

 

「仰る通りです。特許権についてはご心配なく。

すでに100年以上経過していますので、もう誰のものでもありません」

 

「ふむ……」

 

彼は顎に指を当ててしばらく考え込んだ。あたしはただじっと待つ。

そして、次に彼が口を開いた時、とうとう肝心な話が出た。

 

「ガトリングガン……もし、設計図を売ってくださるなら、

いくら程度の額を、希望されますか?」

 

よし来た!最低でも600万。いや、楽な生活を続けるなら700は欲しいわね。

 

「設計図の再現や部品収集、製造の試行錯誤にかなりの金額を費やしました。

1000万……とは言いません。900、いや、800万でご納得頂けると、

生活が続けていけます」

 

「わたしは、良いものには、出費を惜しみません。だから、示して欲しい。

ガトリングガンが、我が社で量産するに、相応しい性能を持っているか」

 

「と、おっしゃいますと?」

 

社長はガラスから見える景色の向こう。古びた設備が立ち並ぶ工場施設を指差した。

そして話を続ける。

 

「我が社の工場だったのですが、最近、良くない魔女が住み着きました。

召喚士が工場の敷地を、魔王降臨のゲートしようと、企んでいるようなのです。

我々としても、一刻も早く、工場を取り戻したい。

弊社所有の私兵部隊を送り込んだのですが、彼女が呼び寄せる大勢の魔物の前に、

撤退せざるを得ませんでした。

駐在所に手配書を提出しようにも、どう言えばいいのか……

あそこでは、余り褒められない製品も作っていましたので、

軍の調査が入る前に、なんとか自力で奪い返したいのです」

 

「事情は飲み込めました。では、わたくし一人で工場を奪取してまいります。

流れ弾が設備を破損することが予想されますが、その点についてはご了承頂けますか?」

 

「もちろんです。魔女が排除され次第、解体処分にする予定ですから」

 

「かしこまりました。

では、ガトリングガンで御社の敷地に巣食う魔女を始末してきます。

社長はこちらでご覧になっていてください。

わたくしが劣勢になったとしても救援は不要です。

馬鹿な女が自殺を図ったということで処理していただいて結構です」

 

「それは、頼もしい。手配前の魔女を殺すことについては、気になさらなくて結構です。

ハッピーマイルズ領地法第57条3項に、

地主は無断で私有地に侵入せし者を独自の判断で殺害・排除する権利を有する、

とありますから」

 

「ご丁寧にありがとうございます。では、一旦失礼致します」

 

「お待ちなさい」

 

退室しようとドアノブに手を掛けた時、不意に声を掛けられた。

振り返ると、彼はじっとあたしを見て続けた。

 

「我々の業界は、商品の特性上、必ず“死の商人”という、

不名誉な名前で呼ばれることが少なくありません。

あなたが、魔女を討ち倒し、弊社にガトリングガンを収めることになれば、

あなたにもそのようなレッテルが貼られることになりますが、

それについてはどのようにお考えですか」

 

「物の道理がわからない連中の喚き声など無に等しいと存じます。

銃があるから人が死ぬのではありません。人が人を殺すのです。はっきり申し上げます。

例えわたくしのガトリングガンで1万人が死ぬことになろうと、

何ら感傷を抱くことはないでしょう。

ガトリングガンが勝手に走り出して道行く者を射殺することがないように、

人間が引き金を引かなければ銃はただの置物でしかない、

殺意を持った人間が使用して初めて凶器となるのです」

 

あたしが話し終えると、社長はニィ、と笑って一言だけ告げた。

 

「あなたとは、分かり合えそうな、気がします」

 

「……失礼致します」

 

あたしは腰を折って深くお辞儀すると、社長室から退室した。

コツコツと大理石の床を歩きながら考える。よーし、最後の関門ね!

あたしの最高傑作の性能をアピールするチャンスよ。

階段を下りながら、あたしは内心ワクワクしていた。

1階に降りると、最後に受付嬢に頭を下げてからガラスドアを開き、

一旦パーシヴァル社から出る。すぐさま御者の兄ちゃんの隣に座り、行き先を告げた。

 

「ねえ、あそこに見える廃工場に行ってちょうだい」

 

「本気か!?あそこにゃ暴走魔女が大勢の魔物を飼ってるって話だぜ!」

 

「その悪い魔女を後ろの物でぶっ殺しに行くの。

もちろんあなたを巻き込んだりしないわ。工場手前の安全な場所で、

ガトリングガンを下ろしてあたしが戻るのを待っててちょうだい。

日が沈むまでに戻らなかったら死んだと思って帰って。先に残金渡しとくから」

 

あたしは兄ちゃんにトートバッグから取り出した残金の200Gを渡した。

 

「なら……廃墟になった作業員宿舎があるから、俺はそこで待ってる。

あれ、ガトリングガンっていうのか?」

 

「ええ。物凄い銃声がするけど、逃げないで待っててくれたらチップ弾むわ」

 

「そりゃチップは欲しいが……無茶はすんなよな。

あんたが早撃ち里沙子だってことは知ってるが、暴走魔女は並の相手じゃねえ。

日没までは待ってるぜ」

 

「心配してくれてありがとう。それじゃあ、そろそろ行きましょう」

 

すると、兄ちゃんは例によって、何度も手綱を弾いて鈍感な馬を歩かせ、

廃工場に向かった。決して乗り心地がいいとは言えない馬車に揺られること15分。

ガラス窓が割られ、家具が全て撤去された廃墟にたどり着くと、兄ちゃんが馬を止めた。

そして、またリヤカーにスロープを作って、ガトリングガンを下ろしてくれた。

 

「ここだ。俺はここで待ってるからな」

 

「ご苦労様。勝利を祈ってて」

 

工場まではガトリングガンは手押しだったけど、

もう正門が目と鼻の先だったからそれほど苦にはならなかった。

正門前に立つと、オレンジ色の三角帽子とローブを来た女が、

ずっと何かブツブツ言ってる。

 

「魔王様魔王様。私の愛する魔王様。どうかこの地にお越しください。

私はあなたが望む限りいくらでも生贄を捧げます。その血、その目、その心臓。

全てをあなたに捧げ尽くし……」

 

うわあ、完全にイッてるわ。目はくぼんでクマができてるし、

ろくに食事も取ってないのか、ローブからわずかに覗く腕は、

ほとんど骨と皮しか残ってない。まぁいいわ、死にかけならあたしにとっては好都合。

 

ガトリングガンを正面に向けると、トートバッグからマガジンを取り出し、

銃身上部に差し込む。ハンドルをほんの少しだけ回して、

スムーズに回転することを確認する。……よし、バッチリね!

そして、あたしはイカれた召喚士に戦いを挑む。

 

「そこのあんた!大人しくコイツの餌食になりなさい!不法侵入者は即射殺!」

 

すると、召喚士はぐりん、と首だけを回してこちらに視線を向ける。

そいつがくぼんだ目であたしを見て、左手に魔力を集中すると、

周囲に幾つもホログラフで描かれた魔術式らしき円が現れ、

中から多種多様な魔物達が現れた。そしてあたしもハンドルに手をかける。

こうして長い旅の終着点。暴走魔女との対決が始まった。

 

 



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唐草模様の手ぬぐいでほっかむりして、口髭生やした泥棒って誰が考えたのかしら。逆に目立つわよ。

魔女が召喚魔法を放ち、あたしがガトリングガンのハンドルを回す。

彼女が開いたゲートから、

ゴブリンの大群が角材や鉄棒を持ってあたしに突っ込んでくる。

さぁ、来なさい。今日ばかりはあたしも本気よ!

6本の銃身が唸りを上げて回転し、ついにガトリングガンが火を噴く時が来た。

マガジンからガラガラと銃身に給弾され、内部のハンマーが連続して弾薬を叩き発砲、

排出口から空薬莢を排出。高速でそのサイクルを開始した。

 

絶え間ないマズルフラッシュ、そして銃声と共に放たれる銃弾の嵐で敵軍を薙ぎ払うと、

鉛玉を食らったゴブリンの群れが赤い水風船のように砕け散る。

頭部が破壊され、腹を撃ち抜かれ、胸に穴が開いたゴブリン達が瞬く間に死んでいく。

工場のコンクリートで舗装された敷地があっという間に血に染まる。

現れては真っ赤に弾けるゴブリン、飛びゆく弾丸、止まらない銃声。

こんなに銃を撃ちまくったのは初めて。ハンドルを回すあたしも段々ハイになって、

 

「聞こえるだろう……ギロチンの鈴の音がさぁ!!」

 

と、これを読んでくれてる最低23名の方々(11月25日現在)の、

誰にも伝わらないであろう意味不明な言葉を口走りながら、攻撃を続ける。

 

それを見た魔女が、こちらをじっと見ながら新たな魔法円を造り出すと、

狭そうにゴブリンの親玉が抜け出してきた。青い肌の大きな棍棒を持った巨人。

おっと、3mはあるかしら!?でもこの程度で退くわけにはいかないの。

デカブツがグオオオ!とひとつ吠えると、棍棒を振り回しながらこっちに突進してきた。

あたしは腰に力を入れて銃身の角度を変える。そして奴の頭部めがけてハンドルを回す。

 

ガトリングガンが、激しいエレキギターの演奏のごとく、

けたたましい銃声をかき鳴らし、銃弾の連射で敵をズタズタに引き裂く。

目を潰され、突進の勢いを殺された巨人は、

思わず目を押さえ、その場に立ち尽くしてしまう。

その隙を逃さず、あたしは奴の左胸を狙って集中砲火。

 

わずか数秒の射撃で胸の筋肉が弾き飛ばされ、露出した心臓に何発も弾丸が命中。

バシャン!と音を立てて巨体に血液を送るポンプが破裂。巨人は悲鳴も上げずに絶命。

後ろに倒れてドシンと地面を大きく揺らした。1ウェーブ目は楽勝。

でも、こんなもんで終わるはずがない。

オレンジの魔女はあたしを見ると悲鳴に近い大声で呼びかけてきた。

 

「はぁ…はぁ…あなた、一体誰なのよ!どうしてこんなことするのよおぉ!!」

 

「駄目じゃない、人の土地を勝手に化け物ハウスにしちゃったら。

お掃除するこっちの身にもなって欲しいわ」

 

「違う!ここは!魔王様降臨の聖地になるの!」

 

「違う。ここは、お金持ち所有の私有地なのよ。それ以外の何物でもない。

それよりあなた、何か滋養の付くもの食べたほうがよくってよ。

魔女だかスケルトンだかわかりゃしない」

 

無駄話で時間を稼ぎながら、マガジンを交換し、銃身が冷えるのを待つ。

ガトリングガンは調子に乗って撃ちまくるとオーバーヒートしやすいのよね。

まぁ、実戦配備に当たってその辺はプロの軍事企業がなんとかしてくれるでしょう。

 

「私は、ここを守らなきゃいけないの!侵略者には容赦しないわ!」

 

「どっちが侵入者だかわかってないわね」

 

召喚士が再び体内のマナを魔力に変換し、左手に収束すると、

今度は空に2つ魔法円が現れた。プテラノドンを思わせる長いクチバシを持ち、

大きな翼で空を舞う魔物が2体。今度はワイバーンかしら。

なんで奴らの名前を知ってるかって?

メ○ンブックスで買ったファンタジー関連の書籍に……ってうわっ、火を噴いてきた!

酷いことするわね!

 

慌てて横に転がって回避したけど、いきなりピンチ。

銃身を目一杯上に向け、ハンドルを回して銃を連射する。

でも、空中を高速で飛び回るワイバーンには全然当たらない。

地対地のガトリングガンでは少々不利。高角砲も欲しいところね。

まぁ、これが上手く行ったらもう何も作る気はないけど!

 

ワイバーンがまた甲高い鳴き声を上げ、滞空して狙いを定め、また炎で攻撃してきた。

あらチャンス。炎が届く前にハンドルを高速回転して、

5,6発放ってまた横にジャンプして回避。

ギイイィ!という悲鳴を聞いて起き上がると、墜落した1匹のワイバーン。

ガトリングガンが炎を食らったけど、さすが鋼鉄の塊。平然としてる。問題は敵の方。

敷地の奥で、血まみれになって地面を這ってる。

銃弾に羽根を破かれ、飛べなくなったみたい。

 

すぐさま奴に狙いを付けて、ガトリングガンで鉛玉を浴びせる。

飛行能力に特化し、装甲が薄いワイバーンは柔らかい肉を銃弾で貫かれ、

耳に痛い甲高い声を上げて絶命した。残り1体!

また銃身の角度を変えて奴を狙おうとしてるんだけど、

相棒が殺された様を見て警戒しちゃったらしいわ。

 

攻撃を控えるようになって、

代わりにスピードを上げて高速で四方八方を飛び回るようになっちゃった。

ガトリングガンの対空砲火で捉えるのは無理っぽい。

ピースメーカーの早撃ちで、奴の翼を撃ち抜くこともできなくはないけど……

それは駄目。あくまで奴らはガトリングガンで殺さなきゃ、

社長へのアピールにならない。

 

ならM100。撃ち殺すわけじゃないわ、まあ見てて。

あたしは指と腕で両耳を塞いで、真上に向けて大型拳銃を放った。

爆発音に近い銃声が大空に轟く。突然空を揺らした爆音に驚いたワイバーンが、

バランスを崩して落下し始める。奴が慌てて羽ばたいて上空に戻ろうとするけど、

十分な揚力を得るには時間がかかる。つまりホバリング状態。

 

あたしはガトリングガンの角度を調整し、ハンドルを回し、そいつを狙い撃ちする。

十数発もの真鍮製弾丸が空を裂き、ワイバーンを刺し殺す。

クチバシから胴にかけていくつもの風穴を開けられたワイバーンは、

一瞬翼の筋肉をピクつかせたきり、動かなくなった。第2ウェーブ通過。

またも息を切らせた召喚士の魔女が絶叫する。

 

「ぜぇ、ぜぇ、……なんで!どうして邪魔をするのよおおぉ!!」

 

「あんたこそ魔王なんか呼んでどうしたいのよ、一体」

 

「この人間界を魔界にしていただくの!

私達魔女が大手を振って生きられる世界を作るのよォ!」

 

「大抵の魔女は大手を振って生きてるけど?」

 

「嘘!私の故郷では、魔女に生まれた、ただそれだけで悪魔の申し子だと石を投げられ、

家族は村では除け者にされ、親類縁者からも絶縁状を突きつけられた!」

 

「引っ越せば良かったじゃない。そんなサルの巣窟なんかさぁ」

 

喋りながらもリロードは怠らない。あたしの見立てでは多分。

 

「お前は分かってない!故郷、家、土地を捨てる事の辛さが!

放浪し、飢えと寒さに蝕まれることへの恐怖が!」

 

「だからって、こんなボロい工場に住むことないじゃない。

お腹すいてるなら、サンドイッチ食べる?ランチに買ったんだけど、まだ食べてないの。

あんたガリガリじゃない」

 

「黙れ!人間など魔王様が降臨なされば、ただその瘴気で、

苦しみのたうち回り死に絶える。そう、私達魔女の時代が来るのよ……」

 

恍惚とした表情で語るオレンジの魔女。そろそろかしら。銃身も冷えた。

第3ウェーブ、あるいは……

 

「悪いけど長くなるならこっちから行くわよ。

可哀想だけど、あんたには最後まで可哀想でいてもらう。

魔王は来ない。あんた以外の魔女は平穏無事。世は全てこともなし」

 

「やってみなさいよォ!!あたしは魔女の理想郷を作る!」

 

魔女が持てる全ての魔力を左手に集め、天に掲げる。

すると、工場上空に巨大な魔術式の輪が現れ、

中から体長10mはあるゴーレムが出現し着地。その重量で大地が揺れる。

 

「キャアッ!」

 

振動で足元から突き上げられ、つい情けない悲鳴を上げてしまった。

100kgを越えるガトリングガンすら、わずかに跳ねたほど。

ああ、やめてよね!大事な売り物なんだから!

おっと、相棒の心配してる暇はなかったわ。新手の敵を見上げる。

そいつは巨大な岩の集合体。見たところ、無数の岩に魔法石を打ち込んで、

魔力を通わせることで手足や頭部を形作り、自在に操ってるらしいわね。

 

それぞれの岩は色も材質も違ってて、苔が生えてるものや、蔦が絡んでるものもある。

その不揃いな岩の巨人が、あたしに目を向ける。

と言っても、眼球なんかないから頭を向けるって言ったほうが正確だけど。

ああ、呑気に分析してる場合じゃないわね!ゴーレムがその岩塊の腕で殴りつけてきた!

ガトリングガンがやられるとアウトだから、

一旦大げさに横に走って、距離を置いて逃げる。

銃は無事、あたしは……無事とは言い難いわね。

直撃は避けたけど、岩の拳が地面を殴りつけた衝撃で

軽く宙を飛んで地面に叩きつけられた。

 

「ゴホッ……お約束、お約束」

 

そう、お約束。あたしは身体の痛みを強引に無視してガトリングガンに戻る。

ゴーレムは地面に食い込んだ拳を抜くのに手間取ってる。攻撃するなら今。

あたしは目の前のゴーレムの右足に打ち込まれてる魔法石に狙いを定め、

ハンドルを回し弾丸を集中的に浴びせる。

ガンシューティングでボスキャラの弱点といえば、これ見よがしに露出した何かよね。

 

幸い岩ほどの強度がなかった魔法石が、パリンと砕ける。

すると、口のないゴーレムが苦痛を訴えるように、

どこからか大気を震わせる波動を放つ。同時に右足の岩のいくつかが転げ落ちる。

コイツの弱点は身体を構成してる魔法石で間違いない。

でも、今までみたいに正門前で固定砲台になって戦うのは無理そうね。

 

あたしは右足のダメージで奴が動けないうちに、

全力でガトリングガンを押して、工場内部へ進む。

その途中、ギョロッとした目で魔女があたしを見たけど何もしてこなかった。

やっぱり魔女自身は特に攻撃手段を持ってないみたい。

 

迷路のように入り組んだパイプや鉄骨、何かのタンク、放置された資材。

結構奥に入ったわね。これだけゴミゴミしてたら、

あのデカブツも自由には動けないんじゃないかしら?

汗だくになりながらガトリングガンをゴーレムが見えるわずかな隙間に向ける。

 

奴が起き上がったわ。

完全に立ち上がって、全身の魔法石が見えた所で、今度は左足を狙う。

ハンドルを回し、マガジンから弾薬が銃身に流れ、

内部のハンマーが連続して弾丸を叩く。

6門の銃身が連続して弾を発射し、ゴーレムの左足に一点射撃を行う。

でも、今度は完全に魔法石を壊せなかった。とっさに右手でガードしたの。やるわね。

 

そして、発砲であたしの存在に気づいた奴が、

あたしを追いかけてドスドスと足音を立てて工場に突撃してきた。

右足を痛めたのに、思ったより速度が早い。

鉄骨やパイプを馬鹿力で押しのけ、こちらに迫ってくる。

その間も、露出してる魔法石を狙うけど、

重いガトリングガンで素早いゴーレムを狙い撃つのは難しくて、

破壊できたのは左腕の1個。もっとマシな立ち位置探さなきゃ!

具体的には……わかんない!再びあたしはガトリングガンを押して後退する。

 

で、逃げたはいいけど、完全に息が上がってる。

きっと明日は全身筋肉痛で死んでると思う。ここで死ななければの話だけど。

あたしは緩いスロープを上ったところにある大型クレーンの真下に来た。

背後から大きな物音が聞こえてくる。

そこには崩れ落ちた鉄骨や足場の中でもがいているゴーレムが。

 

チャンスに恵まれたあたしは再び機銃を浴びせる。今度は頭に3つある魔法石のうち2つ。

苦痛を感じてるのか、今度は怒りの波動を放ってきて、

風もないのに飛ばされそうになる。

次の瞬間には、瓦礫を吹き飛ばして立ち上がり、また奴が追ってきた。

ハンドルを回し、とにかく紫に光る石を撃ち続けるけど、

当たらない、岩の身体には効かない、勝機が見えない。勝機、勝機……あ、あった。

 

DANGER NO FLAMMABLE(危険、火気厳禁)

 

奴の予想進路に、それはもう、大きなタンクが4つも並んでる。

神様からの、今日一日頑張ったご褒美かしら。無神論者なのに、悪いわね。

ありがたく頂くわ!あたしは狙いをゴーレムからタンクに向けて、奴の接近を待った。

この距離なら間違いなくヒット……あれ?それってもしかしたらヤバイ気がする。

でも、もっとヤバイのがコンクリートの地面をバリバリ割りながら目の前に迫ってきた。

選択の余地なし。あたしは覚悟を決めてハンドルを回した。

 

ゴーレムがあたしの7,8m前に迫った瞬間。数発の焼けた銃弾が燃料タンクを貫いた。

当然のこと、大爆発。爆風で今度こそ思い切り吹き飛ばされる。

何回もバウンドして金網のフェンスに受け止められてようやく止まった。

これでもマシだと思わなきゃ。上手くゴーレムが盾になってくれたおかげで、

爆死は免れたんだから。その証拠に、衝撃で全ての魔法石が砕かれ、

ただの岩の山になったゴーレムが煙を上げている。

 

あたしは咳き込みながら、よたよたとガトリングガンに抱きついて、無事を確認する。

よく生き延びてくれたわ、私の相棒。でも、安心するのはまだ。

最後の仕上げが残ってる。

あたしはマガジンを取り替えると、ガトリングガンを押して、正門に向かった。

 

「ぜー…ひゅー、ぜー…ひゅー」

 

そこでは、息絶え絶えの召喚士が、立っているのもままならず、

四つん這いで息をするのに必死だった。

きっとろくに食事も取らないでここで何かをしてたんでしょうね。

そんな状態で生命力とイコールの魔力を使いまくったんだから当然よね。

 

「気分はどう?続ける?」

 

「わたしは……はぁ、はぁ……魔女の、楽園……」

 

「ごめんね。それはもうとっくにあるの。そしてあたしはあんたを殺さなきゃならない」

 

あたしは銃口を召喚士の魔女に向ける。

すると、彼女が震える左手をこちらにかざし、魔障壁を張った。

それは、切れかけた電球のように弱々しく。

あたしはハンドルに手をかけて、銃身を回転させた。

 

……銃口からこぼれる硝煙が鼻を刺す。

ゆっくりと魔女の死体に近づくと、穴だらけの三角帽子を拾い上げた。帰らなきゃ。

彼女の死体を振り返る。方法さえ間違えなきゃ、違った結末もあったでしょうに。

幸せは意外と近くに転がってるものよ。

あたしはガトリングガンを押して馬車が待つ廃屋に戻った。

急ぐ必要はないけど、なんだか早く帰りたい気分。

馬車に戻ると、兄ちゃんが荷台にガトリングガンを積み込みながら、聞いてきた。

 

「一体何があったってんだ!?銃声どころか、地響きや爆発がここまで響いてきたぞ!」

 

「はぁ、いろいろあったのよ。死ぬ思いをしたってことは確かよ。

お願い、パーシヴァル社に戻って。ちゃんとチップも忘れてないから。少し休ませて」

 

「あ、ああ。とにかく無事でなによりだ」

 

それで、兄ちゃんがいつも通り手綱を何回もパシパシやって、

今度はあんまりにも反応がないから痺れを切らして尻を蹴り上げると、

ようやく馬が動き出した。ああ、疲れてるけど少しはマシな身なりをしとかないと。

あたしはコンパクトを取り出すと、自分の顔を見る。

 

うわぁ、最悪。顔はススだらけだし、髪もちょっと焦げてる。

せめてススは拭いとかないと。ハンカチで顔をぬぐって、

先っぽが焦げた三つ編みを結んで応急処置。焦げた毛先は家に帰ったら切りましょう。

そうこうしてるうちに、数時間前に出発したばかりなのに、

懐かしさすら感じる社屋に着いた。

 

「じゃあ、行ってくるわ……」

 

「おう」

 

あたしはエントランスから1階ホールに入ると、

受付嬢にニコリと笑って、奥の階段へ進んだ。

正直疲れてるから変な顔になってたかもしれないけど、

とりあえず不審者扱いされなかっただけで万々歳よ。

で、5階への階段が疲れきった身体にまた堪える。

上りきってもしばらくその場で呼吸を整えてた。

ようやくまともに息ができるようになってから社長室のドアを叩く。

社長さんは気に入ってくれたかしら。これで買取不可だったらその場で泣く。

 

「斑目里沙子です。ただいま戻りました」

 

「お入りください」

 

入室すると、首から望遠鏡を下げた社長が、また不思議な笑みを浮かべつつ、

拍手であたしを迎えた。

 

「お見事です。ガトリングガンの威力、確かに、拝見しました」

 

「恐縮ですわ。お見苦しい格好で申し訳ありません」

 

「いやいや、その程度の傷で、あの魔女を倒すとは、恐れ入りました」

 

「魔女の遺品はこちらに」

 

「どれどれ」

 

魔女が被っていたオレンジ色の三角帽子を社長に手渡す。

その帽子は銃弾で穴だらけになり、血で染まっていた。

 

「素晴らしい。これは、素晴らしい。ガトリングガンと共に、展示するとしましょう」

 

「あの、それでは……」

 

すると、社長はデスクの引き出しから長方形の台紙に署名し、

切り取り線でちぎってあたしに渡した。

 

「好きな、金額を、書いてください」

 

出所不明のお約束来た!小切手だー!本当に?本当にいくらでもいいの?

手が滑って1000万って書くかも知れない女よあたし!……ってそうじゃなかった。

もらうもんもらったんだから、渡すもの渡さなきゃね。

あたしはトートバッグから設計図の入った筒を取り出し、社長に渡した。

彼は設計図を広げると、感情の読めない微笑みを浮かべたまま、全てに目を通した。

 

「なるほど、素晴らしい出来栄えですが、改善の余地は、ありますね。

構造上、熱膨張を起こしやすく、上空の標的には不向きです」

 

「……おっしゃるとおりです」

 

「ですが、これが銃火器業界に、革命をもたらす品であることは、確かです。

弊社の技術部で改良を進めれば、更に軽量化、信頼性の向上、

そして、最終的には携行可能な連発銃に進化を遂げ、

戦いの在り方を一変させる存在になるでしょう」

 

「恐れ入ります」

 

そして彼は、ポンと手を叩いて、ガラス壁に歩み寄り、真下の馬車を見下ろした。

 

「物は相談ですが、あのガトリング砲、よろしければ、譲っては頂けませんか。

1階のロビーに展示したいと思います」

 

「ええ、もちろん。わたくしにはもう用がありませんので、

サンプルとして進呈致します」

 

「ありがとう。では、商談が成立した所で」

 

彼が手を差し出したので、あたしもそっと手を握り返した。

誰かと握手するなんて滅多になかったから、なんだかそわそわした気持ちだったわ。

 

「それでは、わたくしはこれで失礼致します。

この度はお買上げ、誠にありがとうございました」

 

「また、良い品があれば、お売り頂けると幸いです。お気をつけて」

 

あたしは社長に一礼すると、社長室を後にした。

ドアを閉めると、無意識に緊張していたのか、どっと汗が吹き出した。

そして、手にした金額の書かれていない小切手を見る。

あたしのよね?本当にいくらでもいいのよね?まだ見ぬ大金を手にしたあたしは、

現実を受け入れるのに時間がかかり、嬉しさよりも迷いが勝っていた。

 

ゆっくり階段を下り、1階ロビーに着いても、

受付嬢に“さよーなら”と言うのがやっとで、ふらふらと社屋から出た。

そんなあたしを見て御者の兄ちゃんが心配して声を掛けてきて、

そこでやっと我に帰った。

 

「お客さん、大丈夫かい!しっかりしなよ!」

 

「……え、あ、そうだ!成功したのよ!商談成立!

あたしのミニッツリピーターがこの手に戻る日が間もなく訪れるのよ!」

 

「本当に大丈夫か?意味がわからんけど」

 

「ああ、それよりガトリングガンを下ろすのを手伝って。

もう会社のものだからここに置いていくわ」

 

「あ、ああ。ちょっと待ってな」

 

兄ちゃんはもう手慣れた様子で、重量物を軽々と下ろしてくれた。

ありがとう、さようなら、あたしの傑作にして最後の作品。

ちょっと名残惜しい気持ちで小さく手を振る。

馬車に乗り込むと、あたしはビジネス街から去っていった。

単なる商談のつもりが、とんだ力仕事になっちゃったけど。

今日はくたびれ果ててるから、

銀行口座の開設やら小切手の換金やらは明日にしましょう。動ければの話だけど。

あたしはぐったりして行き先を告げる。

 

「ハッピーマイルズ教会まで、お願い……あたしからの、最後のお願い」

 

「おいおい、病院行ったほうがいいんじゃねえのか?」

 

「順番待ちの間に死ぬ。早くベッドに潜り込みたい……」

 

「そうか?じゃあ行くぜ」

 

うつむくあたしを乗せたまま馬車は進む。今更ながら疲れが出始めた。

景色を眺める余裕もない。今、どこをどう進んでるのか。首を上げる気力もない。

ただ馬車に身を任せて時間が過ぎるのを待っていた。

昼の太陽が夕焼けに変わったことだけは、足元の日差しからわかり、

同時に馬車が一揺れして止まった。

 

「お客さん、着いたよ」

 

「……ん、ああ。ありがとう。約束のチップね」

 

死にかけのあたしは数えるのも億劫で、

財布から金貨をひとつかみ取り出して、兄ちゃんの膝に置いた。

 

「じゃあね……」

 

「え、おい、多すぎだろ!?ちょっと!」

 

後ろの兄ちゃんの大声も耳に入らず、ただひたすら十字架の建物目指して歩く。

ドアにたどり着くと、小さな鍵を取り出すのが面倒で、

ドアを叩いてジョゼットを呼んだ。

 

「ジョゼット~開けてちょうだい、今帰ったわ……ねえ!」

 

ドンドンドン。なかなか出ない。

鍵を出したほうが早かったかしら、と思った時ようやく返事が帰ってきた。

 

“はーい、ちょっと待ってくださいね”

 

ガチャッと鍵が開く音と同時にあたしは聖堂に倒れ込んだ。

死体のように床にへばりつくあたしにジョゼットが軽く悲鳴を上げる。

 

「キャッ、どうしたんですか、里沙子さん!」

 

「……ジョゼット、お願いがあるの。

あたしの部屋からパジャマと替えの下着持ってきて。夕食も要らない。

汗流したらすぐに寝る」

 

「そんなに汗だくになって、何してたんですか?里沙子さんらしくない」

 

「お願い早く~」

 

「あ、はい!」

 

あたしは残る力を振り絞ってシャワールームに向かった。

とりあえずこの気持ち悪い汗だけは流しておきたい。

きっと明日になったら全身筋肉痛になって身動きが取れなくなる。

汗まみれの服を洗濯かごに放り込むと、タイル張りの空間に入った。

三つ編みを解いて、頭からシャワーを浴びる。

あぁ、少しは疲れが流されるようで気持ちいい。

汗でベタベタの頭をシャンプーすると更に気持ちいい。

すると、外からジョゼットの声が。

 

“お着替え、ここに置いときますね~”

 

「ありがとー」

 

あたしはシャワーを止めると、脱衣所で身体を拭いて、パジャマに着替える。

トートバッグを持って私室に行くと、ベッドの上に座り込んだ。

そして、バッグから小切手を取り出して改めて見つめる。

署名しか書かれてない薄緑の紙片。これが大金に化けるのね。

とりあえずこれを使えるようにするために、あたしはデスクに座って、ペンを取った。

 

“好きな金額を書け”。

書くわよ?本当に書くわよ?最終確認よ?誰も聞いちゃいないけどさ。

そしてあたしは、金額欄に8,000,000と記入した。

これで現金袋A~Jと合わせて所持金17,000,000G弱。

やった……!とうとうあたしの元にミニッツリピーターが戻ってくる!

諸々面倒な手続きはあるけど、焦ることはないわ。

ゆっくり身体を癒やしてから買い戻しましょう。小切手を現金袋Aに入れると、

今度こそあたしはベッドに潜り込み、即座に眠りについた。

 

翌日からは地獄だったわ。予想通りひどい筋肉痛で、ロボットみたいにしか動けない。

両腕というか背中というか腰というか、とにかく全身痛い。

食事も、くいだおれ太郎みたいに(関東の方はご存知かしら)スプーンの上げ下ろししか

できないから、スープやシチューしか食べられなくて、腹が減るったらありゃしない。

それを見てジョゼットがケラケラ笑ってるけど、今は我慢よ。

奴には後で地獄が待っている。恨みはらさでおくべきか。

 

数日後。全快とは言えなくても、大分筋肉痛も治まって自由に動けるようになったから、

またこうして馬車を呼び寄せて待たせてるの。

ジョゼットは聖堂に集めた現金袋A~Jを運ばせてる。あたし?見てるだけ。

数日前にあたしの食事を笑った罰よ。今度はお前がくいだおれ太郎になるがいい。

 

「里沙子さ~ん、手伝ってくださいよ~あたしだけじゃ無理です~」

 

「何時間かかってもいいからあんたひとりでやんなさい。

今日も馬車は貸し切りだから安心なさいな」

 

「ひどいー」

 

ひどくない!ガトリングガンはもっと重かったわよ。

その重量物を押しながら正々堂々と戦ったあたしは賞賛されて然るべき。

あ、やっとJの袋を積み終えたわ。

全く、たった10個の袋運ぶのに丸々1時間かかるなんて。

まぁ、今回の件でインドア派のSEにも、時として筋力が必要だってことがわかったから、

少しは鍛えようかしらね。ジョゼットも付き合わせて。

とにかく、出発の準備が整ったから馬車に乗ると、

あたしは中からジョゼットに呼びかける。

 

「ねぇ、街に行くんだけど、あんたもなんか用事ある?」

 

「行きまーす!」

 

膝に手をついて息を整えていたジョゼットも乗り込んできた。出発ね。

 

「御者さん。まずハッピーマイルズ・セントラルで一番大きな銀行に行ってくださいな」

 

「それなら、セレスト銀行本店だね。じゃあ、行くよ」

 

「お願い」

 

すると、馬車が走り出し、街までのいつもの道のりを進みだした。

足元には10個の現金袋。これとハンドバッグの小切手を合わせれば……合計1700万Gよ!

金時計を買い戻して十分な生活費を確保。まぁ、こんなところじゃないかと思う。

 

「ジョゼット、遊ぶのはあたしの用件を片付けてからだけど、

かなり時間がかかると予想されるわ。ぶーたれずにちゃんと待つのよ。

あと、さっきの労働もう一回あるから」

 

「ええっ、またですか!?里沙子さんの悪魔―!」

 

「今度はあたしも手伝ってあげるから文句言わないの。

昼食は酒場で好きなもん好きなだけ食べていいから」

 

「えっ、本当に?それじゃあ、前から気になってしょうがなかった、

ウィンターポークの照り焼きなんかが食べたいかも……」

 

「あらあらそれだけでいいの?デザートにチョコレートパフェなんか欲しくない?」

 

「欲しいです!今日の里沙子さん、天使みたい!」

 

「節操ないわねあんた」

 

と、馬鹿話で時間を潰していると、いつの間にかビジネス街に到着。

セレスト銀行本店の前に到着。馬が一鳴きして停車した。

 

「着きましたよ」

 

「ありがとう。結構待たせちゃうと思うけど、ごめんなさいね」

 

「構いませんよ。新聞読んで待ってます」

 

あたしは銀行に入ると、暖房の効いた屋内で何人か番号札を持って並んでる。

あたしがキョロキョロしてると、行員が近づいてきて、

 

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

 

「口座を開きたいの。あと、小切手を換金して、手持ちの現金と一緒に預け入れを」

 

「かしこまりました。では、こちらの番号札を持ってお掛けになってお待ち下さい」

 

店員から14番の番号札を受け取って、待合ソファに座る。

窓口は3つだけど、飲み込みの悪いバカが受付に何度も同じことを聞いてて、

一向に空く気配がないから実質2つね。

バカのくせに証券取引なんかに手ぇ出してんじゃないわよ。

市役所にもよくいる手合いね。

そいつのせいで順番の進むペースが遅くなって、たっぷり30分は待たされた。

 

「14番の方ー!14番の番号札をお持ちのお客様、いらっしゃいますか」

 

「はーい」

 

「大変お待たせしました。本日のご用件は何でしょうか」

 

「まずは口座の開設を。それと小切手の換金、

手持ちの現金を合わせて預け入れしたいのでよろしくお願いします」

 

「身分証明書等はお持ちでしょうか」

 

あたしは財布から将軍の署名付き身分証明書を抜いて、受付に渡した。

受付は内容を確認すると、あたしに申込書を差し出した。

 

「はい、結構です。ではこちらの申込書、太枠の線の中にご記入お願いします」

 

今度は備え付けのペンで、氏名年齢住所、簡単な個人情報と暗証番号書いて提出した。

 

「ありがとうございます。

では、小切手の換金も同時に行いますので、お預かりできますでしょうか」

 

「これを」

 

あたしは、8,000,000を記入した薄緑の小切手を差し出した。

流石に受付も一瞬言葉に詰まったみたい。

 

「こちらは……そうですね、はい。

問題ございませんので、もうしばらく番号札をお持ちになってお待ち下さい」

 

「よろしくお願いします」

 

何事もなかったかのようにソファに戻ったあたし。

正直に言うと、平静を装っちゃいたけど、今更やっちまった感で冷や汗をかいてた。

でも一方では、800万が通るなら、小遣い程度にプラス25万くらいしてもよかったかも?

とか我ながらせこいこと考えてた。

窓口1で相変わらず迷惑ジジイが受付に食って掛かってたけど、

もうそんなことも気にならないほど緊張しながら、時が来るのをひたすら待ってた。

すると、また14番が呼ばれたから、また窓口2に向かう。

 

「大変お待たせしました。お客様の通帳です」

 

受付が差し出したのは、一冊の藤色の通帳。

表紙には確かにあたしの名前と口座番号が印刷されてる。

恐る恐る手にとって広げてみる。

そこには、“残高8,000,000”と確かに印字されていた。やべ、鼻血出そう!

あたしは軽くめまいを覚えながら、震えそうな声でさらに受付に用件を告げる。

 

「あと、手持ちの現金を、この口座に……少し多いのでお待ち頂けるかしら。

馬車に積んでありますの」

 

「はい、どうぞ」

 

受付がカウンターに“現在処理中です”のプレートを立てると、

あたしはダッシュで外に出た。で、外からドンドンとドアを叩いてジョゼットを呼ぶ。

 

「仕事よ、ジョゼット!袋を持てるだけ持って中に運ぶの!」

 

「うう……里沙子さん、ここ寒いですぅ」

 

「ああ、中で待たせてやればよかったわね。

って、そんなペラペラの修道服着てるあんたもあんたよ!

もう冬場なんだから羽織るもんくらい持ってらっしゃい。まぁいいわ、それより仕事!」

 

「はーい。よいしょ、と」

 

「たった1個て……2つくらい持てるでしょう。

あたしだって両腕が伸びそうだけど耐えてるってのに」

 

「無理ですよ~うんしょ、うんしょ」

 

まあ、文句言ってるより、1人1個でもいないよりマシと考えるほうが前向きね。

あたしは両手が塞がってるから、身体でガラスのドアを開いて銀行に持ち込んだ。

重い袋2つを持ち上げて窓口2にドスンと置くと、

受付の姉ちゃんが驚いて、何か言いたげにあたしを見る。

 

「ごめんなさいね、これが全部で10個あるの……」

 

「それでしたら、床に置いていただければ、係の者が運び込みますので……

あと、もう一度通帳をお願いできますか」

 

「助かりますわ。通帳はこちらに。ジョゼット?袋はここに置いて」

 

「はい~」

 

その後も何往復かして、急いで現金袋を運び込んだ。

今、ここに強盗が乗り込んできたら躊躇なく射殺できる自信ある。

床に積まれた現金袋A~J。あんた達にも世話になったわね。

さようなら、金時計になって帰ってらっしゃい。

行員が袋を次々と奥に運び入れて計算を始めた。

 

そういや、すっかり窓口2を独占しちゃってるわね。

隣の迷惑ジジイと変わらないじゃない。気づくと、待合ソファから恨みがましい視線が。

知らないふりをして、せめて立ったまま待つこと15分。

番号札14が呼ばれたからカウンターに駆け寄る。

 

「大変お待たせしました。通帳をお返しします」

 

「手間をかけてごめんなさい。私はこれで。どうもありがとう」

 

「ありがとうございました」

 

あたし達は逃げるように銀行から飛び出すと、馬車に乗った。

確かに寒いわね。隙間風が冷たい。御者に次の行き先を指定する。

 

「御者さん、次はメリル宝飾店へ行ってください」

 

「わかりました」

 

またガタゴトと車体を揺らしながら馬車が走り出す。あの宝飾店に行くのは久しぶりね。

たしか、ミドルファンタジアに来て最初の日にミニッツリピーターを売却した店。

さぁ、今こそ愛しの相棒を取り戻すのよ。念のためあたしは通帳をチェックする。

……1700万。すげえ。本当にある。ここまで来るのにどれだけ苦労したかわかんない。

地球でミニッツリピーターを買った時と同じくらいの艱難辛苦を乗り越えてきたと思う。

 

「ねぇ、ジョゼット。これ見てご覧なさいよ」

 

「通帳ですか……うわあ!1700万!?どこでこんな大金!」

 

「ふふっ、まずはあたしの金時計を売って得た1000万。

土地付きの教会と、生活用品や装備一式その他諸々買ってマイナス100万ちょい。

それプラス、こないだ開発した新兵器の設計図800万。〆て1700万也。

もう金儲けに頭悩ませる必要はないわ。これから暇になるだろうから、

布教活動にも付き合ってあげる。……どうしたの?やっぱ驚いて声も出ないか当然よね」

 

ジョゼットは通帳ではなく、なんかあたしをじっと見てる。

 

「……里沙子さん、帰ったらお話があります」

 

「今じゃ駄目なの?」

 

「はい。とっても大事で長くなるお話なので」

 

「そう?まあいいわ。今日は金時計が戻った記念日よ。

大抵の願いは聞き入れてしんぜよう。オホホのホ」

 

なんだかジョゼットの様子が変だけど、今はそれどころじゃないわ。

西の外れにあるメリル宝飾店で馬車が止まった。

あたしはバタンと馬車のドアを開け放ち、道に飛び出し、

一旦宝飾店の前で深呼吸して、小幅に歩きながら店に入った。

 

「いらっしゃいませ」

 

店主の落ち着いた声に迎えられ、あたしは目的の物を探す。

指輪でもない、ネックレスでもない、イヤリングでもない。

……あった!あたしのミニッツリピーター!

1500万なんて立派な値段付けられちゃってまあ。あたしは店主に声を掛ける。

 

「ごめんください。この金時計を頂きたいのですけど」

 

「ありがとうございます。お支払いはどのように?」

 

「口座引き落としでお願いできるかしら」

 

「かしこまりました。口座引き落としですと、

基本的には残高確認後に宅配という形になりますが、

銀行によっては確認に30分ほどお時間を頂ければ、この場でお受け取りが可能です。

いかがなさいますか」

 

「ここで受け取ります。口座はセレスト銀行ですわ」

 

「それでしたら可能です。お手数ですが、通帳を拝見できますでしょうか」

 

「こちらに」

 

すると、店主は口座番号と名前を控えて、別の店員を呼んでメモを渡した。

店主は彼に、小声で“セレスト、口座確認”と最低限の言葉で指示を出して、

あたしに通帳を返した。店員は急ぎ足で店の奥へ去っていった。

 

「それでは、通帳をお返しします。

申し訳ありませんが、しばらくお掛けになってお待ち下さい」

 

「よろしくお願いします」

 

さて、今度はジョゼットも呼んであげようかしら。

あたしは店から出て馬車の外からジョゼットに呼びかける。

 

「ジョゼット~寒いなら店の中で待ってなさい」

 

「はい……」

 

やっぱりなんだか元気がないジョゼットを連れて店に戻る。

あたしはワクワクしながらショーケースの中のミニッツリピーターを眺めてた。

うっとりとその他の宝石にも見惚れてると、店主が声を掛けてきた。

 

「お客様、大変お待たせしました。確認が取れましたので商品をお渡しします」

 

「はい」

 

あたしがショーケースに歩み寄ると、店主が中からあたしの金時計を取り出して、

1枚の書類と一緒に渡してきた。

 

「こちらの書類に受け取りのサインを。

これで商品の所有権がお客様に移りましたので、どうぞお持ちください。

防犯対策を施した警備兵付き馬車をご用意できますがいかが致しましょう」

 

「いえ、結構ですわ。別の馬車を待たせていますので」

 

あたしは書類にサインをしながら答えた。店主が書類を確認すると、売買契約完了。

 

「はい、確かに。お買上げ、誠にありがとうございます」

 

ついに、ついに、取り戻したわ!ふふ、紺色の綺麗なケースに入れられちゃって。

竜頭の小さな傷は、確かにあたしのミニッツリピーターである証。

ヤバイ薬でもキメたみたいに幸福感でいっぱい!使ったことはないけどね。

とにかく、家も土地も手に入れて、贅沢しなけりゃ一生生きて行ける金も手に入れて、

この世に二つと無い相棒を取り戻したあたしは、

もうこの世界で恐れるものなんてないわ。ビバ異世界!

 

「ジョゼット、用事は済んだわ。酒場でお昼にしましょう。」

 

「嬉しそうですね……」

 

「当たり前じゃない。約束通りなんでもおごるわ。好きなだけ食べるが良い」

 

その後、馬車に乗ったあたし達は、酒場に入ってまずはエールで祝杯を上げた。

ジョゼットはジュースだけど。

 

「かんぱーい!」

 

「乾杯」

 

「マスター、この娘にはウィンターポークの照り焼き。

あたしには特A級メタルバッファローのヒレステーキ300g!

それから粗挽きウインナーとフライドポテト!じゃんじゃん持ってきて!」

 

「景気がいいな。なんかいいことでもあったのか?」

 

「ええ、とっても。離れ離れになっていた相棒とようやく再会できたのよ」

 

「ほう……生きててなによりじゃねえか。一匹狼のあんたにもそんな奴がいたのか」

 

「ああ、違うのよ。これよこれ。

何年も働いて欲しいものも我慢して貯金に貯金を重ねてようやく手に入れた代物。

この世界に来た時に、生活するためにしょうがなく売ったものをやっと買い戻したのよ」

 

あたしはカチ、カチ、と規則正しく時を刻む、正確無比の金時計を、愛おしくなでた。

 

「なるほど、そいつは確かに上物だな。滅多に手に入る代物じゃねえ」

 

「わかる~?これはあたしの汗と涙の結晶なのよ~ところで料理まだ?」

 

「は~い、ウィンターポークの照り焼きと、メタルバッファローのヒレ300gね~」

 

む、出たなおっぱいオバケ。でもまあいいわ。今日に限りいかなる狼藉も許す。

彼女が料理を並べると、身体が近づく。

いつも子供扱いしてくる仕返しをしてやろうと思えばできなくもないけど、

今日はめでたい日よ。そんなことより料理よ料理。豪勢に行こうじゃないの。

 

「ポテトとウインナーはもう少し待っててね、里沙子ちゃん。

たくさん食べて大きくなってね」

 

「きょーに限って聞き流すわ。歳も聞かない……ぷはっ。マスター、もう一杯」

 

「あいよ」

 

あたしはエールをおかわりして高級ステーキを口に運ぶ。

うん、グルメ気取るわけじゃないけど、

やっぱり口に入れれば安物と高級品の違いはわかるわ。赤身多めのミディアムレア。

ロースステーキのような柔らかい肉とは違って、

弾力があって噛めば噛むほど旨味が出る。

ジョゼットはいつも通りマリア様にお祈りしてる。さっさとしないと冷めるわよ。

あたしが2杯目のエールを飲み終えるころにようやく食べ始めた。

 

ナイフで切ってフォークで口に運ぶと、ようやく彼女に笑顔が戻った。

それからは二人共お互い自分の料理を食うのに必死で、

食べられるだけ追加注文を繰り返した。まさに至福の時。

アルコールで食が進むあたしは、結局ステーキをもう一皿頼んで、

ジョゼットはデザートのチョコレートパフェ美味しそうに食べてる。

ステーキ2枚はちょっと無謀かと思ったけど、意外と入るものね。

 

「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」

 

二人がほぼ同時に食べ終わると、マスターに会計を頼んだ。

 

「122Gだよ」

 

「あっはっは!やっぱ物価安すぎ、ここ!」

 

あたしは財布から金貨2枚を取り出してカウンターに置いた。

 

「お釣りは要らないわ!ミニッツリピーターに乾杯!それではみなさんさようなら~」

 

「また来いよ!」

 

若干へべれけ気味のあたしと、満腹になったジョゼットは、

もう用事もないので帰ることにした。走り出した馬車の窓から駐在所が見える。

そこには見慣れた賞金首ポスターが並んでる。“魔王 10,000,000G”。

うんうん、こいつを追ってたこともあったけど、もうあなたに用はないの。

勝手にやってちょうだいな。あたしは似顔絵のない最高額のポスターに投げキッスした。

 

で、さんざん贅沢したあたし達が教会に帰ると、またジョゼットがしょぼくれてる。

一体なんなのかしら。さっきはあんなに喜んでたのに。

首を傾げながら住居に入ろうとすると、後ろから手を掴まれた。

もちろん掴んでるのはジョゼット。

 

「なあに?今日、ちょっと変よあんた」

 

「座ってください」

 

「え?」

 

「座ってください!」

 

いきなり大声出さないでよ、びっくりするじゃない。

まぁ、暴飲暴食で疲れ気味だから座るけど。

あたしが長椅子の一つに腰掛けると、ジョゼットがあたしの前に立って、

眉を吊り上げてこう言ったの。

 

「里沙子さん、あなたにお説教です!!」

 

今回はちょっと長くなったから次回に持ち越しね。

皆さん、風邪引いてジスロマック飲む羽目にならないよう、身体にはお気をつけて。

 

 



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昔は2リットルのペットボトル売ってる自販機もあったんだけど、いつの間にか見なくなったの。どこに行ったのかしらね。

前回までのあらすじ。

魔女殺した。大金ゲット。金時計奪還。酒場で祝杯。なぜかジョゼットお冠。今ここ。

 

ジョゼットが両手を腰に当てて怒りの感情を表そうとしてる。

でも、顔が顔だから怒ってることがわかる程度で、威圧感の欠片もない。

とにかく、なんだか知らないけど勘弁してよ。せっかくいい感じで酔ってるってのに。

首ふり人形みたいに頭をフラフラさせてるあたしを、ジョゼットが指差して宣言した。

 

「里沙子さん、あなたに言いたいことがあります」

 

「んもう、いいからさっさと言いなさいな。今日はどんな説教でも付き合ってあげる。

聖書の第何章、第何節?」

 

「その説教じゃありません。里沙子さん……わたくしは、あなたを見損ないました!」

 

「なんで~?」

 

そしたら、ジョゼットがあたしの金時計を指差してこう言うのよ。

 

「金時計欲しさのために、兵器を作って軍事企業に売るなんて、

それじゃあ“死の商人”じゃないですか!しかもそれをマリア様の前で!」

 

ああ、そういうこと。通帳見てからおかしかったのはそれが原因か。

 

「何かと思えばそれ?

あたしが作った作品のデビューが見たいなら、昨日か今日の新聞ごらんなさい」

 

「そこで待っててください……」

 

ジョゼットが物置部屋に行ってしばらくすると、

昨日の古新聞を持って急ぎ足で戻ってきた。そして新聞の中一面をあたしに見せつける。

 

「なんですかこれは!

“銃火器産業に革命!

一撃ちで銃弾を連発し、瞬く間に数十名を倒す、全く新しいコンセプトの新兵器が登場、

その名もガトリングガン!”

里沙子さんが作ってたのは、これだったんですね!」

 

「そーいうこと。一週間ほどイグニールに旅に出たのは、その部品集め。

鍛冶の街で製造された精巧な部品が必要だったのよ」

 

「……最低です」

 

「最低って誰が、なんで」

 

「マリア様のお部屋で、何人もの人を殺す武器を、お金目当てで作ってたなんて!

確かに里沙子さんは意地悪で横暴で乱暴で口が悪いけど、

こんなことする人だとは思いませんでした!」

 

あたしはひとつため息をついて、返事をする。

 

「確かに、そもそもここはあたしの家だけど、

聖堂の管理を任せてるあんたに何も言ってなかったことは悪かったわよ。

説明してる暇がなかったってこともあるけどさ。

でも、ガトリングガンを作って企業に買い取ってもらったこと自体については、

とやかく言われる筋合いはないわねえ」

 

「なんでそんなこと言うんですか……!」

 

「あんたは街の銃砲店に、

人を殺す銃を売るのは残酷だからやめろって言ったことでもあるの?

そもそも、目の前にいるあたしが2丁も拳銃ぶら下げてるのに、

今日に至るまで何も言わなかったじゃない。

今更武器のラインナップが1つ増えたからって、騒ぎ立てられても姉さん困る~」

 

「……でも!それでもこの武器は強力過ぎます!

軍隊に配備されれば戦争で死ぬ人が増えるんですよ?

戦火が広がることを何とも思わないんですか?」

 

「何とも。戦争するかどうかを決めるのは政治家であって軍隊じゃない。

スーツの連中がやると決めたら、ガトリングガンがあろうがなかろうが、

奴らの気が済むまで戦争は終わらない。結局人を殺すのは兵器じゃなくて人間。

武器のせいにするのはお門違いよ」

 

「だからって、

里沙子さんが戦争を利用して儲けたことに変わりはないじゃないですか!」

 

「ん~、今日は記念すべき日だから聞いてあげてるけどね。

だから何、としか言えないわね。

部品集めに遠くの地まで旅に出て、徹夜で部品を組み上げて、

死ぬ思いをして暴走魔女と戦って得た正当な対価よ。

そりゃあ、ガトリングガンがどっかで戦争を加速させることにはなるだろうけど、

世界中の軍がいっせーので武器を収めてれば、そんな利益は発生しなかった。

あたしだけのせいにされてもね」

 

「……これからも、武器を作り続けるんですか」

 

「あーないない!もう時計は手元に戻ったし、一生食べていけるだけの生活費も残った。

これ以上働くのはごめんよ。これからはのんびり食っちゃ寝生活を送るつもりだから、

そこんとこシクヨロ」

 

喋り疲れたあたしは長椅子にゴロンと横になった。なんだかジョゼットの目が赤い。

 

「聖職者の端くれとしてお聞きします。

里沙子さんは、本気で平和を願ったことがありますか。

戦争がなくなればいいと思ったことは?

戦争の道具である銃をなくそうと思ったことは……あるはずないですよね、

新しく作って売りさばいてるんですから!!」

 

叫ぶジョゼットの目から雫がこぼれる。あたしは彼女をじっと見て続ける。

 

「銃がなくなれば戦争が終わるとでも?みんなが幸せになるとでも?

あたしの世界でもね、どっかの大国で有名人が連名で銃規制を呼びかけてるんだけど、

あたしに言わせりゃ金持ちの道楽に過ぎないわ。

なんでかわかる?あいつら金持ってるからよ。いくらでもボディーガード雇えるもの。

でも、ボロいショットガン1丁しか身を守る術がない貧乏人はどうしろってのよ。

大人しく強盗に殺されろとでも?

あと、経済の一翼を担ってる銃火器産業が消滅すれば、

たちまち街が失業者であふれかえる。道路中物乞いだらけ。国が傾く。

ある意味戦争より悲惨な事態に陥るわよ」

 

「それは……」

 

「なーんか白けちゃった。今日はさっさとシャワー浴びて、

寝る前にミニッツリピーターを眺めるとしますか。1時間くらい」

 

あたしが住居に戻ろうと起き上がると、ジョゼットがかすれた声で何かを口にした。

 

「だったら……」

 

「え?」

 

「だったらずっと汚いお金で買った時計と暮せばいいじゃないですか!!

里沙子さんの馬鹿!」

 

バタン!とジョゼットがドアを開けて外に飛び出して行った。

 

「ちょっ、どこ行くの!もう外真っ暗よ!……全く、金に綺麗も汚いもないってのに!」

 

本当に手間かけさせてくれるわね。

あたしは開けっ放しのドアから外に出て、鍵も掛けずにジョゼットを追いかけた。

今はまずい時間帯ね。馬車にでも乗らなきゃ外出は危険。

あたしはピースメーカーを抜いて彼女を探して草原を駆け出した。

5分程走るけど、いない。

 

早いとこ見つけなきゃ。夜は野盗の他に、はぐれアサシン、夜行性オオカミが出るのに。

あたし自身も安全とは言えない。

視界が殆ど無い夜の街道では銃の命中率も格段に下がる。

徐々に焦りが募り始めた頃、街とは逆方向へ続く道から悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 

「来ないでください!」

 

誰、この人達!?みんな黒ずくめの装束で顔を布で隠してるけど……

 

「運が悪かったね、お嬢さん。こんな夜道をぶらついてるからこんなことになるのよ」

「姐さん、こいつどうします。殺して身ぐるみ剥ぎますか」

「こいつらも腹空かせてるからちょうどいいですよ」

 

グルルル……

よく見えないけど、2匹くらいの獣の唸り声が聞こえる。どうしよう。

 

「待ちな。……ほう、殺すよりどこかの娼館に売り飛ばしたほうが金になる。捕らえろ」

「へい」

 

どうしよどうしよ!変な人が近づいてきた。

……まだ一度も成功してないけど、やるしかない!

 

「聖母の後光、今、其の目に焼き付かん。二つの眼、閉じることなかれ!

スティングライト!」

 

ぐあああっ!ギャアッ!ウアオオオン!!

 

前方が昼間より明るくなる。やった、できた!

きっと彼らには強力な光が浴びせられて一時的に目が潰れてるはず。

今のうちに逃げなきゃ。わたくしはうずくまる彼らの横を通り抜けて逃げ出しました。

でも、どこに?あの教会には、もう……街にもわたくしの居場所はないし。

迷った末、さらに西へ逃げることにしました。その時、

 

「どこに行くんだい、お嬢さん」

 

物凄い跳躍力で一人の黒ずくめがあたしの前に降り立ちました。

なんで!?確かに光魔法は発動したのに!

 

「残念だったね。シスターの魔法なんて知り尽くしてんのよ、あたしは。

詠唱は敵に聞かせるもんじゃないよ、タネが知れたら防御は簡単。

目を伏せればそれでいい」

 

そんな……もう一度魔法を唱えようと思いましたが、

わたくしのマナではまだ短時間で2回分の魔力を練成できません。

後ろから、閃光から立ち直った人さらい達が近づいてきます。

やっぱり、わたくしは、ただの無力な理想論者でしかなかったのでしょうか……?

もう、聖職者としての人生を終えるしかないみたいです。

でも、わたくしが諦めかけたときでした。

 

 

 

闇夜に向けて一発発砲。夜の静寂を破裂音が引き裂く。ふ~ん、なるほどね。

状況を把握したあたしは、ピースメーカーに今撃った一発をリロードしながら歩み寄る。

 

「誰だ!」

 

「ねぇ、ちょっとその娘に用があるの。構わないでもらえるかしら」

 

「里沙子さん……?」

 

「動くな!こいつの首をへし折るよ!」

 

ジョゼットに近づこうとすると、女が彼女の首に腕を回して拘束した。

声からして多分女ね。一瞬見えた男二人も身のこなしが野盗とはまるで違う。

やっぱりはぐれアサシンか。そしてオオカミの唸り声。

索敵と攻撃用に飼ってるみたいね。

 

「あんた、聞いたことがあるよ。早撃ち里沙子だね。でも、この暗闇はあたしらの世界。

腐ってもアサシンだからね。あんたの銃より早くこの娘を殺せる」

 

「ジョゼット、あんた新しい魔法覚えたのね。照明弾みたいで見つけやすかったわ。

やるじゃない」

 

「里沙子さん、どうして……」

 

「あんたに言い忘れたことがあってね。……そういうわけでその娘放して。早く」

 

「舐めた口効くんじゃないよ。まさかこの闇の中であたしら全員に当てられるとでも?」

 

「うぐっ……」

 

ジョゼットの苦しそうな声。多分、女が締め上げる腕の力を強めたんだと思う。

そしてザラザラとすり足で慎重に動く音。他の2人が攻撃態勢に入ったらしいわ。

この辺でお開きにしましょうか。あたしはぶら下げていたピースメーカーに意識を集中。

極限まで精神を研ぎ澄ます。

 

……0!1・2・3・4・5!

 

次の瞬間、あたしは全弾6発をファニングで撃ち尽くした。そこに残されたのは。

 

「うっ、ぐあっ!」「……あがぁっ!」「ギャウン!……」

 

「ジョゼット!早くこっちにいらっしゃい!」

 

「はい!」

 

足を撃ち抜かれ、地に倒れるアサシン3人と、頭を撃たれ横たわるオオカミ2匹。

奴らから離れつつ、ジョゼットがあたしのところにたどり着く。

 

「お前……!なぜ視界のない暗闇で正確な射撃を!?」

 

「視界ならあったわよ。あったっていうか作ったっていうか」

 

「まさか!一発目のマズルフラッシュであたしらの位置を照らし、

クイックドローで正確に急所を……くそっ!」

 

「まぁ、そんなとこ。ジョゼット、逃げるわよ!」

 

「あ、はい!」

 

あたしはジョゼットの手を引いて街道を逆戻りして、

明かりつけっぱなしの教会に戻って、急いでドアを閉めて鍵をかけた。

なんか最近走ったり戦ったりばっかりね。やっぱり息が整うまで10分ほどかかった。

疲れたあたしは長椅子に座って、ピースメーカーにリロードを始めた。

シリンダーから空薬莢を取り出していると、ジョゼットが話しかけてきた。

 

「……どうして、助けに来たんですか。あなたを軽蔑していたわたくしを」

 

「今更“あなた”とかやめてくれる?気持ち悪いから。

……さっき言ったでしょ。言い忘れたことがあるって」

 

「それって、なんですか」

 

「……そりゃあたしだってね、世界が平和ならその方がいいってことくらいわかってる。

野盗や暴走魔女とドンパチしなくて住む世界で気楽に生きていたい。

でも、現実問題そうもいかないでしょう。

ちょっと外に出ただけでさっきの連中みたいな奴らにぶち当たる。

そんな世界で武器を捨てろなんて無理な話。銃に頼り切った今の時代ならなおさら」

 

あたしは一発一発丁寧に弾丸を装填しながら語り続ける。

ジョゼットは立ったまま黙って聞いている。

 

「人間はね、まだ銃や争いや戦争を捨てられるほど成熟した存在じゃないの。

きっとこの世界が間違ってて、あんたの思い描いてる世界が正しいんだと思う。

でもね、それが実現するには途方もない年月がかかる。

少なくとも、あんたやあたしが生きてる間には成就しないくらい。

だからって、それを諦めるかどうかは別問題よ。

次の世代に、あんたが信じる教えを残すか。それとも、人間を見限るか」

 

「……いいえ!わたくしは、マリア様を信じ、教えを広め続けます!」

 

視線を横にやると、ジョゼットがキュッと小さな拳を握るのが見えた。

 

「あたしのことは別にどう思おうと構わない。

人殺しの道具で一儲けしたのは間違いないんだから。

でも、あたしは少なくとも自分に嘘をついたつもりはないわ。

金時計を取り戻したかったのも事実だけど、銃が盾になる場合もある。

ましてや、暴走魔女や悪魔がそこら辺歩いてるこの世界じゃ、人間にも対抗手段が必要。

人間で魔法が使える奴なんて一握りでしょう。

それにもし、人同士の戦争に使われることになったとしても、

互いが同じ銃を突きつけ合えば、仮初めとは言え一時的な平穏が訪れる。

それで人が騙し騙しやっていけたらそれでいいんじゃないかな、っていう気持ちが

0.1%くらいはあったわけよ。別に信じなくてもいいけど」

 

「里沙子さん……ごめんなさい、

わたくし、里沙子さんの気持ちも聞かずに、ひどい事を……うっく…ぐすっ」

 

「ちょっとやめてよ、数字の意味を取り違えるんじゃないわよ!

99.9%は金目当てだったって言ってんの!」

 

「ふふっ、そうですね。里沙子さんは、そういう人ですから……」

 

「ふん、何がおかしいんだか」

 

あたしはリロードを済ませたピースメーカーをホルスターに戻すと、立ち上がった。

 

「じゃあ、今日はもうシャワー浴びて寝るわ。愛しのミニッツリピーターと一緒にね」

 

「その金時計、そんなに凄いんですか?」

 

「安くても80万から100万円。高いものだと5000万は下らない。

まぁ、円とGの価値の違いがわからないけど、

とにかく庶民にはとても手がないのは確かよ」

 

「音で時間を教えてくれるって話してましたよね。見えない音でどうやって?」

 

「んふふ、あんたも興味があるの?この気品あふれる機能美の結晶に。

……しょうがないわねえ。

じゃあ、久々に動かすから動作チェックも兼ねて聴かせてあげるわ!」

 

あたしはミニッツリピーターを高く持ち上げて竜頭を押した。

すると、時計内部で二種類のハンマーが、まずは低音で数回。リンリンリン……

続いて二連続の音が2回。リリン、リリン。最後に高音で8回。キンキンキン……

あたしは目を閉じてその美しい音色に酔いしれていた。

 

「嗚呼、何度聴いても美しい……どう?これはもう時計じゃなくて美術品。

そうは思わない?」

 

「はい、とっても綺麗です!ちなみに今、何時を教えてくれたんですか?」

 

「はじめに時の音が8回。15分を指す二連続の音が2回、最後に分の音が8回だから、

8時38分ね。後でこの世界の時計と合わせなきゃ」

 

「里沙子さんは寝坊してばかりですから、それを目覚まし代わりにしたらどうですか」

 

「だめよ!この尊い存在をそんなダサい用途に……

いや、この高貴な鐘の音で目覚めるのもお金で買えない贅沢ね。

どうしようかしら、迷うところね。ふむむ」

 

「うふふ。里沙子さん、金時計のことになると子供みたいです~」

 

「あ、あんたにだけは言われたくないわよ!」

 

ともかく、長い紆余曲折を経て手に入ったミニッツリピーターが、

最後にもう一騒動起こしてくれたけど、やっと何の心配もなく愛でることができるわ。

もう離さないからね。愛しの相棒は細い金の鎖の先でゆらゆらと揺れていた。

 

 




*事情により、クリスマスまで更新できないかもです。
時間ができたら1話くらい書けるかもしれない、という状況です。


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賞金稼ぎと一緒に賞金稼ぎ
西部劇の邦題の付け方って本当適当よね。あれで金もらった連中全員不幸になればいいのに。


「ね、お願い!一回きりでいいの!お願いっ!」

 

「しつっこいわね!あたしは賞金稼ぎじゃないし、もう金儲けする必要なんてないの。

やるならあんたらでやりゃいいでしょ!」

 

「そんなこと言わないでさぁ、お願い!」

 

両手を合わせて必死に拝み込むソフィア。

例によって、あたしとジョゼットは買い物を終えて、

酒場でエールとジュースを飲んで休憩してたのよ。

そこで、また不幸な事に我らがビートオブバラライカの粘着共に絡まれたってわけ。

 

あたしはまたエールを煽るとソフィアに向き合った。

そばには大きなライフルを背負って、ホルスターに二丁拳銃を差したマックスもいる。

子供連中は隅のテーブルでこちらの様子を窺ってる。

 

「俺からも頼む。こいつに挑んだ賞金稼ぎが何人も返り討ちに遭ってる。

お前の力が必要だ」

 

「ふぅ、前から言おうと思ってたけど、あんたら依頼心強すぎなのよ。

例え賞金首だろうと、誰か殺して金稼ごうってんなら、それこそ死ぬ気で突撃なさい」

 

「俺とソフィアだけならそうしてる。

恥を忍んで頼んでるのは……後ろの仲間がいるからだ。

あの歳でまだ死なせるわけにはいかない」

 

「……その事情はわかる。あの歳でこんな稼業に首突っ込んでるんだから、

普通じゃない人生送ってきたことくらい想像はつく。

そこら辺は深入りしないけど、やっぱり断るわ。

死なせたくない人がいるなら、

一獲千金なんて考えないで雑魚狙いで地道に稼ぎなさいな」

 

そしてまた一口。口に広がるマスカットの香り。

ああ、どうして麦芽とホップだけでこの芳しい香りが生まれるのかしら。

ソフィアが隣の席に座り込んで続ける。

 

「賞金が少ないからって、瞬殺して手軽に小遣い稼ぎってわけにはいかないの。

たった1000Gのキングオブマイスだって、

まともにやりあえばマックスの拳一つで倒せるけど、

とにかく逃げ足が早くて隠れるのが上手い。みんな見つけ出すのに手を焼いてるから、

何年もポスターが剥がれないの。奴らを追い続けてる間も私達は食べなきゃいけないし、

寝床もいる。武器弾薬の補給も必要。

獲物を倒すまで収入ゼロで私達は暮らさなきゃいけないの」

 

ぐいっとジョッキに残った泡を飲み干すと、あたしは口を拭いて続けた。

 

「だ~か~ら~前にも言ったかどうか忘れたけど、

稼がなきゃ食えないのはどいつもこいつも一緒なの。

……そうだ!この際、賞金稼ぎなんか廃業して転職なさいな。

地道にクワで畑耕して生きるのが一番健全よ」

 

あたしはご免だけど。と心の中で付け加える。

すると、ソフィアが顔をそむけて苦い顔をした。

 

「あなたは……なんにもわかってない。

賞金稼ぎになる奴が、みんな好き好んで危険な仕事してるわけじゃないって。

学もない、土地もない、戦うことしか知らない流れ者を、

受け入れてくれるところなんて、ありゃしないのよ」

 

「里沙子さん……」

 

ジョゼットが小さくあたしの袖を摘んでくるけど、無視して2杯目を頼む。

すぐにマスターが2杯目のジョッキを置いて、空のほうを下げた。

 

「同じこと何度も言わせないで。事情があるのはみんな同じなの。

大体自分らで手に負えない奴狙ってどうすんの。なんでそんなに大金が必要なのよ」

 

「……もう、何度も賞金首討伐に失敗して生活費が底を突きかけてる。

俺達は木の根を食んででもどうにでも生きていけるが、マオはそうも行かない。

今週奴を倒せなければ、仕事道具の銃を売るしかなくなる。

そうなれば、結局死んだも同然だ」

 

「ふん、今度は子供使って泣き落とし?ちなみにどんなやつ狙ってんのよ」

 

無口な大男が珍しくよく喋るので、状況だけでも聞いてやることにした。

マックスが1枚の手配書を差し出す。

それを見て……あたしは開いた口が塞がらなかった。

 

 

・広域立体制圧兵器 CR銀玉物語 48000G

 

 

手配書に描かれていたのは、工場の壁面に据え付けられた巨大なパチンコだった。

あたしの知ってるパチンコと違って、

本来ドル箱を置く辺りの下部が玉の排出口になってるわね。

 

「ねえ、ふざけてんの?デカいパチンコじゃない」

 

「こいつのこと知ってるの!?これ、一体何なの?弱点とかはないの?」

 

ソフィアが肩を掴んで必死な表情で問いかけてくる。あたしは彼女を押し返して、

 

「顔が近い!

……知ってるも何も、これは地球のギャンブルマシンよ。兵器なんかじゃない。

そもそも、なんでデカいパチンコが作られて、しかも指名手配されてんのよ」

 

「……あんたなら、最近銃器メーカーのパーシヴァル社が、

ガトリングガンっていう新兵器を開発したことは知っているだろう。

そいつが陸軍を中心に爆発的な売上を記録し、

ライバルのナバロ社から業界トップの座を奪おうとしている。

焦ったナバロ社が、アースから流れ着いた、

そのパチンコとやらを参考にして巨大な防衛システムを作ったんだが、

制御装置が不具合を起こして、兵器開発工場に侵入する者全てに、

高速の鉄球で攻撃するようになったんだ。

そこで工場を操業停止に追い込まれたナバロが手配書を出したというわけだ。

こいつは、“工場を守る”という命令を実行し続けるだけだから逃げられる心配もない。

だから、俺とソフィアで攻撃を引き付ければ、なんとか倒せそうだと考えたんだ」

 

あたしは平静を装っちゃいたけど、マックスの話を聞いているうちに心が揺れていた。

横目でジョゼットを見る。何かを訴えるような目であたしを見つめてる。

わかってるわよ。儲けたら儲けっぱなしってのも性に合わないしね。

 

「はぁ、玉を連発するから機関銃の試作品かなにかと間違えたってわけね」

 

「俺にはパチンコと言うものがどういうものかわからんが、

あんたが言うなら恐らくそうなのだろう」

 

今度はスコッチの香りを一口含んでから答えた。

 

「条件がある。

子供2人は後衛にする。全員あたしの指示に従うこと。ヤバくなったら即撤退」

 

「わぁ……ありがとう!本当にありがとう!」

 

「……恩に着る」

 

ソフィアの顔がパッと明るくなり、マックスもやっぱり無愛想に礼を述べた。

 

「まだ勝ってもないのに喜んでんじゃないの。じゃあ、作戦会議。全員席移動!」

 

「里沙子さん……見直しました!」

 

「だからまだ勝ってないって言ってるでしょう!ほらジョゼット、あんたも来る!」

 

あたしはジュースとエール代13Gを置いて、大きな丸テーブルに移動した。

隅の席で待っていたアーヴィンとマオちゃんもやってきた。

全員が席に着いたところで、あたしはこの賞金首について、知ってることを説明した。

 

「いい?まずコイツの盤面を見て。たくさん釘が刺さってて、

風車やチューリップみたいな駆動部がたくさんあるでしょう」

 

「とってもキレイ!」

 

はしゃぐマオちゃんをソフィアがたしなめる。

 

「こーら。大事な話なんだから最後まで聞く」

 

「続けるわよ。他にも閉じたり開いたりする羽根みたいなのや、

小さなポケットみたいなものがあるけど、こういう仕掛けを役物って言うの。

ナバロ社が流れ着いた台を、攻撃能力以外忠実に再現したなら、

賞金首も同じ動作をする可能性が高い」

 

「つまり、どういうこと?」

 

アーヴィンが真剣な表情で聞いてくる。

 

「予めコイツの行動パターンがわかってるから、ある程度有利に立ち回れるってこと。

あたしの予想だと、この巨大パチンコは、前方に向かってだけじゃなく、

盤面の上を滑らせるように斜めにも玉を撃ち出してるんじゃないかと思うんだけど」

 

「そのとおりよ!

大きな鉄球で攻撃してくるけど、意味不明な無駄撃ちも多いって情報が入ってる!」

 

「本来はその無駄撃ちで勝負するものなのよ、ソフィア。

で、一番気をつけて欲しいのはここ。真ん中のスタートチャッカー。

釘や風車なんかに導かれてここに玉が入ると、中央のスロットが回る。

滅多にないけど、このスロットの数字が3つ揃ったら全員即座に退避。

しばらくの間、大量の鉄球が飛んでくる。大当たりってやつよ」

 

「全然当たりじゃないです~」

 

あたしがデカいパチンコの似顔絵に指を滑らせると、ジョゼットが不安げに眺める。

 

「下手すりゃこっちの急所に大当たりなのよ。

あと、下の方に何個かあるポケットにも気をつけて。

ここにも玉が入ると幾つかオマケの玉が出る仕組みになってる」

 

「……つまり、真ん中やポケットに入らないようにすればいいんだな」

 

「そういうことだけど、何か玉の軌道を変える方法でもあるの?」

 

「俺のハデス2207なら重い鉄球でも弾き飛ばせる」

 

マックスが背負ったライフルをトントンと指で叩く。

なるほど、対物ライフル並の威力はありそう。でも、もっと欲を言うなら。

 

「ねえ、ソフィア。こいつの右下に接近するのってやっぱり無理そう?」

 

「どうしても必要なら、あたしが囮になるけど、何かあるの?」

 

「右打ちって言ってね、右下のハンドルを限界まで回せば、

強制的に思い切り飛ばされた玉が外周に沿ってどこにも入らず、

一番下の穴に落ちていくの。大当たりや当たり玉排出を防げるってわけ。

ハンドル部分には敵の玉も届かないからある意味安全でもあるわ」

 

「そっかぁ。誰か一人でもハンドルにたどり着けば、

敵の攻撃の手を緩めることができるってわけね」

 

「その通り。でも危ない賭けよ。

右打ちを続けても、何かのはずみで役物に飛び込む可能性がゼロじゃないから。

……まあ、あたしがコイツについて知ってることはこんなところね。

次は、あんた達が何を出来るか知りたい。

互いの戦力を知らなきゃ作戦も何もないでしょ」

 

「そうね。あたしは銃の早撃ち……なんだけど、

里沙子の前で言うのはちょっと恥ずかしいかな」

 

「ソフィアは僕とペアで行動することが多いんだ」

 

「どういうこと?」

 

アーヴィンが以前見た大きな注射器を取り出してみせた。

奇妙な銃型をしてて、液体ボトルとグリップが付いている。

 

「僕はこの注射器に圧搾空気を送り込んで、

ボトルから中に注入された薬品を噴射して戦うんだ。

例えば、着火剤を遠くの敵に吹き付けて、ソフィアが銃弾を撃ち込むと、

一気に敵が火だるまになるのさ。

他にも瞬間凍結剤や発電ガス、それと治療薬もあるから回復もできるよ」

 

「なるほど。ソフィアはアーヴィンを守りながらペアで攻撃してちょうだい。

多分、このデカブツを物理攻撃だけで沈黙させるのは無理だと思うわ。

発電ガスで電子回路にダメージを与えたり、

凍結剤で役物を凍らせたり、といったサポートをお願い」

 

「わかったわ!」「任せて!」

 

さて、残るは二人ね。マオちゃんがやっぱり不機嫌そうにあたしを見てるけど、

可愛いとしか思えない。彼女が両腕を上げて自己主張してくる。

 

「わたしだって戦えるノ!」

 

「わかってる。マオちゃんは何をしてくれるの?」

 

「火、土、風、水、雷っ!」

 

「えっと、具体的には……?」

 

「ああ、ごめんね里沙子、私から説明する。

この子は光と闇以外全ての属性の攻撃魔法が使えるの。

生まれつき体内のマナと魔力への練成能力が高くて、

いつもはあたしやマックスが守りながら、後ろから遠距離攻撃してもらってる」

 

「よくわかったわ。マオちゃんはすごいのね。

……ソフィア、彼女は一番後ろで主に稲妻で攻撃を」

 

「わかった」

 

「えっへん!」

 

得意げなのになぜか眉がつり上がったまま。ああ、抱っこしたいわね。

最後のマックスは、あたしが聞くまでもなく自分で説明した。

 

「さっきも言ったが、俺の武器は高火力ライフル・ハデス2207と、

打撃戦にも使える頑丈な二丁拳銃、ツインストライカーだ。

まあ、こいつに関しちゃ今回出番はなさそうだが」

 

「役物に行きそうな玉は任せたわよ」

 

「おう」

 

全員の能力を把握した所で、細かいところを詰める。

 

「じゃあ、決行はいつにする?あたしはいつでも構わない」

 

「明日!明日よ!」

 

ソフィアが立ち上がって、切羽詰まった様子で宣言した。

 

「まごまごしてたら他の賞金稼ぎに先を越されるわ!

実際もうイグニールの酒場にたくさんのライバルが集まってるの!」

 

「なら明日で決まりね。酒場前広場に集合。時刻は朝8時。

誤差を計算に入れて早めに来てちょうだい。

あたしはイグニール行き馬車の手配をしとくから」

 

「あっ……その、イグニール行きの旅費なんだけど」

 

彼女がバツの悪い様子で切り出す。あたしはただ表情を変えることなく続ける。

 

「旅費は賞金で返してくれればいいわ。ついでに言うと、賞金の分前もいらない」

 

「えっ!?」

 

ソフィアを始め、マックス達まで驚いてあたしを見る。散々協力を渋っていたのに、

実質無償で賞金首との戦いに手を貸すと言っているのだから、当然と言えば当然だけど。

あたしの動機を察したのか、ジョゼットが微笑んでそっとあたしの肩に指を乗せる。

……よしなさいよ。

 

「……何故だ?」

 

「勘違いしないで。

あたしがあんたらに同情してるわけじゃないってことはわかるでしょ。

ただ、ちょっとコイツには因縁があってね。腐れ縁を断ち切りたいの。

事情は聞かないで」

 

「なんで?上手く行けば一人9600Gなんだよ?

そりゃ、あなたがお金持ちなのは知ってるけどさ、タダで命賭けることないじゃん!」

 

マックスもソフィアもあたしの不可解な行動に疑問を示す。

 

「聞かないでって言ったでしょ。あたしにも色々あるのよ」

 

「教えテー!」

 

「ごめんね。マオちゃんが大きくなったら教えてあげる。

……とにかくそういうことだから。それが不満ならあたしは下りる」

 

「……わかった。もう何も聞かない。

じゃあ、明日は絶対ビートオブバラライカの勝利で祝杯を上げるわよ!」

 

おー!とあたしとマックス以外のメンバーが声を上げる。

同時にその場はお開きとなった。あたしはジョゼットを連れて家に帰路につく。

酒場のドアに手をかけると、ソフィアから一言だけ声をかけられた。

 

「里沙子」

 

「何よ」

 

「ありがとう……」

 

「ふん、遅れんじゃないわよ」

 

酒場から出ると、今度こそ真っ直ぐ教会に向かって歩き出した。

街道を西に進んでいると、ジョゼットが嬉しそうに鼻歌を歌いながら、腕を組んできた。

なにそれ。すぐ振りほどいたんだけど、またニコニコしながら腕を組む。

ええい、鬱陶しい!ポカとゲンコツで小突くとやっと離れた。

 

「痛いです~」

 

「馬鹿やってんじゃないわよ、さっさと帰らなきゃ晩飯の支度に間に合わないでしょ」

 

まー作んのはこいつだけどね!エール飲んで腹が減ってるのよ!

夕食のメニューはネギのグリルとローストビーフ盛り合わせ、白パン、牛乳だった。

食事を終えると、その日は翌日の激戦に備えてさっさと寝た。

 

翌朝。早めに来たつもりだけど、市場では気の早い連中がもう商売を始めてる。

まぁ、あたしらも、これから命がけの商売をするところなんだけど。

お守り代わりに、と思ったけど、やっぱり金時計は置いてきた。

敵の攻撃でぐしゃり、なんてことになったらショックで植物状態になるわ。

 

馬車を広場中央に待たせて待っていると、

西の方から“おーい”という声が聞こえてきた。

ソフィアが手を振りながら近づいてくる。他のメンバーも後ろからついてきてる。

 

「ごめん、お待たせ。待った?」

 

「別に。あたしが早めに来ただけよ。それより早く出発しましょう。

今日中にケリを付けたいから。

ただでさえキツい戦いになるんだから、勝負は明日に持ち越し、なんて真っ平よ」

 

「そうね……急ぎましょう!」

 

あたし達は馬車に乗り込むと、イグニールに向けて出発した。

ほんの一ヶ月ほど前に訪れたばかりの鍛冶の街。こんな形でまた訪れるなんてね。

 

「イグニールまでは2時間以上あるわ。今のうちに休んどきなさい」

 

「やーの!里沙子お話ししよ!」

 

「だめよマオ。今から疲れてちゃまともに戦えないわ」

 

「マオちゃん、勝負がついたら帰りの馬車でお喋りしましょう。だから、今はね?」

 

「むー!」

 

ソフィアがむくれるマオちゃんをなだめて、あたし達は到着まで仮眠を取った。

大体2時間くらいで御者さんが声をかけてきたから、全員目を覚ましたの。

 

「お客さ~ん。イグニール領に着きましたよ。これからどちらへ?」

 

「ナバロ兵器工場へお願い」

 

「えっ、じゃあ、お客さん達もアレを狙ってきたのかい?」

 

「ええ、そうよ。どうしてもアイツを破壊する必要があるの」

 

「悪いことは言わねえ、やめときな。お嬢さん方の手に負える相手じゃねえ」

 

「心配ありがとう。でも、今は殺るか死ぬかの瀬戸際なの。行ってちょうだい」

 

「まぁ、無理はすんなよ……」

 

それから馬車はイグニールの北にある大きな工場の立ち並ぶエリアに進んだ。

有刺鉄線の設置されたフェンスに囲まれた工場がある。

通常は厳重に警備されているはずの正門が開きっぱなしになってた。

作ってるモノがモノだけに、普段なら考えられないけど、

賞金首に占拠されてるんじゃしょうがないわね。そこで馬車を止めてもらった。

 

「御者さん、ここで待ってて。……みんな、降りるわよ」

 

「いよいよね……」

 

「ああ」

 

「こんな大物、初めてだ。上手く行くといいけど」

 

「絶対わたしたちが勝つノ!」

 

あたし達がぞろぞろと馬車から降りると、同じギルドと思われる集団とすれ違った。

仲間の一人を他のメンバーが手当している。

 

「あぐっ!……痛てえよう」

 

「しっかりしろ、すぐ病院に連れてってやる!」

 

「早く鎧を脱がさなきゃ!」

 

「駄目だ、留め金が壊れてて外れない!」

 

地面で横になっている戦士が着ているプレートアーマーは、

全身が強烈なゴルフショットを浴びたように、ベコベコにへこんでいる。

う~ん、生身のあたしらが食らったらへこむ程度じゃ済まなそう。

後ろでアーヴィンが瀕死の賞金稼ぎに目を取られて、知らぬ間に歩調を緩める。

 

「アーヴィン、あたし達はああならない。勝つしかないの」

 

「う、うん。そうだよね!」

 

敵の爪痕を目の当たりにして、少し弱気になりかけたアーヴィンに発破をかけて、

無人の正門を通り抜ける。そして、あたし達はとうとうナバロ兵器工場内部に潜入した。

皆、それぞれの武器を手に黙って工場を進む。

 

銃の組み立てラインらしき、ベルトコンベアと工作機械が並ぶエリアを進んでいると、

隅に火事場泥棒か賞金稼ぎかしらないけど、軽装の男が体中から血を流して死んでいた。

後ろを見る。マオちゃんは気付いてないみたいね。

賞金稼ぎとしてはいずれ通る道なんだろうけど、まだ死体を見るのは早すぎる。

もう少し心が育ってからでないと無意味に傷つくだけよ。

 

あたし達は更に進み、“兵器開発部門 関係者以外立入禁止”と書かれた、

両開きのドアにたどり着く。そこであたし達は一旦足を止める。

中から妙な歌声が聞こえる。

 

<まーもるも せーむるも くーろがねのー♪>

 

「……なんだ、この歌は」

 

「軍艦行進曲。あたしの国の大昔の軍歌よ。

かつてパチンコ屋で必ずと言っていいほど流れてたBGM。

獲物は間違いなく向こう側にいる」

 

マックスの問いに答えると、皆に緊張が走る。あたしも思わず唾を飲む。

この扉を開けると、かつてロザリーと倒した悪魔を上回る強敵が待ち構えているのだ。

全員が覚悟を決めると、両手でドアを開け放つ。

 

その広大なエリアに、色とりどりの電飾が施された、

見上げるほど巨大なパチンコ台・CR銀玉物語が設置されていた。

盤面の野暮ったいイラストといい、役物といい、攻撃用の下部排出口以外は、

ちょっと昔のパチンコを忠実に再現してるわね。

本来あるはずのガラスが破られてるのは、

他の賞金稼ぎから攻撃を受けた結果なんでしょうね。

そこら中に鉄板のバリケードや積み上げた土嚢がある。

多分、こいつにやられた賞金稼ぎ達が残していったんだと思う。

ありがたく使わせてもらいましょう。

 

「全員散開!」

 

あたしの声を合図に、両サイドのバリケードに別れ、

呑気に歌い続ける賞金首に攻撃を開始した。

あたし、マックス、マオちゃんが左。ソフィアとアーヴィンが右に陣取る。

まず仕掛けたのはアーヴィン。注射器のボトルを付け替え、

グリップを何度も握って空気を圧縮する。

そして着火剤を中央のスロットめがけて吹き付ける。

半透明の白い薬剤が霧のように降りかかる。そこをすかさずソフィアが拳銃で撃つ。

すると、焼けた銃弾が着火剤に引火し、スロット周辺で火災を起こす。

 

効いた?全員が様子を見守る中、

ソフィアの拳銃が歯車の力でマガジンから次弾を給弾する。

激しい炎が止むと、盤面だけが黒く焦げたパチンコ台の健在な姿。

ああもう、見た目は不細工でもやっぱり兵器か!耐久力が半端じゃない。

でも、文句を言ってる間も惜しい。今度はあたし達の番。

あたしはM100でスタートチャッカーへ続く釘を狙い撃ちして、

変形させて玉の道を塞ごうとした。

 

「全員、耳塞いで!」

 

トリガーを引くと銃口から炎と爆音が吹き出る。

一直線に進む45-70ガバメント弾が入り口付近の釘に命中。

……でも、まったく微動だにしない。

 

<お客様~ 台を叩くなどの行為、磁石の使用は 固くお断り致し~ます>

 

パチンコ台の間延びした声。要するに全然効いてないってことね!

それでも次の瞬間、敵対行為であることは認識したのか、

台の中からジャラジャラと音が聞こえてきた。

 

「全員隠れて!」

 

あたしが叫んで、皆がバリケードに隠れたと同時に、

玉の排出口から銃弾のようなスピードでゴルフボール大の鉄球がいくつも飛んできた。

厚さ2cmはある鉄板のバリケードが、ガンガンと音を立て、

内側に向かってへこみを作る。あまり長くは持ちそうにないわね!

 

反対側からもソフィア達の悲鳴が聞こえてくる。

よく見ると、後方のコンクリート製の壁にいくつも銀玉が深くめり込んでいる。

こりゃ、1発食らったおしまいね。物理攻撃で破壊するのは無理っぽい。

あたしは後ろのマオちゃんに話しかける。

 

「マオちゃん、雷であいつに攻撃できる?」

 

「できる!」

 

マオちゃんは1冊のノートを取り出すと、

何かがびっしり書き込まれたページをめくって、左手でパン!と叩いた。

すると、パチンコ台の上に小さな雲が出来上がり、

破裂音のような雷鳴と共に一条の稲妻を降らせた。

全身が硬い鋼鉄製の賞金首に鋭い電流が走る。

 

<ガ、ガ……いら、いらし、いらっしゃいま……>

 

よっしゃ、効いてる。奴の弱点は電撃だってことはわかった。

けど、あんまり嬉しくない情報も入って参りました。

 

<ゴト行為を確認しました。係員が来るまでそのままでお待ち下さい>

 

するとパチンコ台両脇のシャッターが開き、警備ロボが2体こちらに向かってきた。

頭に警報ランプを付けて、両足がキャタピラになってる。両手には物騒なチェーンソー。

あたしらの方へ走行してくる。

 

「マオちゃんとアーヴィンは雷で攻撃を続けて!

ロボットはあたしとマックスでなんとかする!」

 

“わかったよ!”

 

アーヴィンの返事を確認すると、あたしはマックスと警備ロボの迎撃を開始した。

でも、やっぱり状況はやっぱり不利。とうとうパチンコ台が盤面に玉を撃ち始めた。

ジャラジャラと釘や風車を通り抜け、下の外れ穴に落ちていく。グズグズしてられない。

スタートチャッカーに入って大当たりが出たら、

多分バリケードが吹き飛ぶほどの銀玉の嵐が襲い掛かってくる。

 

「マックス、大急ぎであのロボット始末するわよ!」

 

「おう!」

 

マックスが大型のボルトアクションライフルに砲弾のような弾丸を装填、

バリケードに銃身を乗せて固定し、

キャタピラを鳴らしながら接近する警備ロボに照準を合わせる。

 

「耳を、塞げ」

 

そして、トリガーを引く。隣から震えるような空気の振動が伝わる。

消炎器からバーナーのような炎が噴き出し、銃弾が警備ロボの一体に襲いかかった。

真っ赤に焼けた銃弾がその胴体に命中。

貫通して向こうの景色が見えるほどの穴を開けた。

制御システムからの司令が断ち切られたロボットはその場で立ち止まり、

動かなくなった。あら、やるじゃないの。あたしもボサッとしてられないわね。

今でも盤面に大量の銀玉が流れてる。

 

あたしはまたM100を構えて警備ロボのキャタピラを狙う。

いくら大型でも、拳銃のM100に対物ライフルほどの威力はないから、

地道に足を奪うことにする。

片割れをやられたことで、完全にこちらに狙いをつけて突進してくる。

好都合ね。直進してくるなら狙いやすい。

 

あたしは銃口を片足に向けて、少し息を吸ってトリガーを引く。

真っ直ぐな軌道を描いて、45-70弾がキャタピラに命中、ベルトを破壊。

警備ロボの片足を奪った。バランスを崩したそいつは、

パニックを起こして姿勢を制御しようとするけど、

全速力で走っていたところに片足を引っ掛けられたようなもので、

左右に大きく身体を揺らしながら、とうとう派手にすっ転んだ。

構造的に自力で立ち上がれないコイツはもう無視していい。

増援を無力化したあたしは、マオちゃんとアーヴィンに確認する。

 

「2人とも大丈夫!?電撃お願い!」

 

“わかったよ!”

 

「みんなバンバンうるさいノ!」

 

「あー、ごめんごめん、また雷お願いできる?」

 

「だいじょうぶ!」

 

アーヴィンは注射器のボトルを付け替えて、グリップを握って圧搾空気を送り込む。

そして注射器を銀玉が流れ続ける盤面に向けて噴射。

発電ガスの雲がパチンコ台上部に降りかかる。

 

「行くわよ!」

 

すかさずソフィアが雲を撃って刺激を与える。

すると、台を包んでいた雲が一瞬閃光を放ち、

巨大な稲妻の塊となって間抜けた外見の賞金首に凄まじい電気ショックを与える。

これは効いたんじゃない?台のあちこちから黒い煙が上がってる。

でも、まだ停止に追い込むことはできていない。もうひと踏ん張りね!

 

と、気を緩めた瞬間、マオちゃん以外の皆が戦慄した。

スロットがピロピロピロ……と回転する。

しまった、警備ロボに気を取られて盤面のほうがお留守だったわ!

つまり、スタートチャッカーに玉が入った。全員がスロットを見守る。

 

7・4・……7

 

ああ、心臓に悪いわ。これ以上スロットを回させる訳にはいかない。

あたしは意を決してバリケードから足を踏み出し、奴に接近しようとした。でも、

 

<立入禁止区域。侵入者を排除します>

 

排出口から、また巨大なショットガンのように無数の銀玉を発射してきた。

こんな時だけ真面目に仕事してんじゃないわよ!慌ててバリケードの内側に飛び込む。

また鉄製の盾がガンガンと音を立てて歪んでいく。もう、あんまり保ちそうにないわ。

無闇に失敗・撤退を繰り返すこともできなくなった。

 

“無茶しないで里沙子!”

 

「もう時間がないの!スロットが揃ったらあたしら全員終わりなのよ!」

 

「あいつは、わたしがやっつけるノ!」

 

ソフィアの呼びかけに返事をしていると、マオちゃんが、またノートを叩いた。

再び小さな雷雲がパチンコ台の上に現れ、雷を落とした。

また金属製のパチンコ台に電流が走る。あいつから漏れ出す黒煙も激しくなってるから、

内部的には相当ダメージを受けてるはず。一気に畳み掛けたいわね。

二人の電撃は確かに有効だけど、この巨体を焼き殺すには時間がかかる。

きっと、大勢の賞金稼ぎが何度もスロットを回してるから、

大当たりの確率は高まってると考えたほうがいい。

 

その時、ドカン!と爆発音がして、盤面の一部が弾け飛んだ。

内部の基盤がショートしたのかしら。

とにかくパチンコ台の体内が目視できるようになった。それを見て、ハッとなる。

ひょっとしたら行けるかも。

投げて届く距離じゃないから使わなかったけど、ハンドルまで行ければ……

 

その時、またもあたし達に緊張が走る。スタートチャッカーに2発目。スロットが回転。

パチンコ台が間抜けな掛け声を上げながら数字をシャッフルする。

思わず皆の手が止まる。

 

<4・4・リーチだリーチだ!ピロピロピロ……>

 

勘弁してよ、正直もう帰りたい。思わせぶりな演出の結果は……

 

<……2!ざんねん!>

 

気づかないうちに息を止めていたあたしは深呼吸する。もう時間がない。

マックスが銀玉を迎撃したり、アーヴィンが役物を凍らせようとしてるけど、

ボルトアクションじゃ次々打ち出される玉に追いつかないし、

凍った役物も重い鉄球に無理やり通過されてしまう。

これ以上スロットを回させるわけにはいかないわね……

あたしは背中のものを1本手に取り、じっと見る。

そんなあたしに気づいたマックスが声をかけてくる。

 

「おい、里沙子。それは」

 

「やるか死ぬかしか無いんなら……やるしかないでしょう!」

 

「待て!無理だ!」

 

マックスの制止を無視して、あたしは再びフロアに飛び出した。

もうバリケードに戻るつもりはない。姿勢を低くしてひたすらダッシュ。

当然賞金首もあたしの存在を探知。攻撃を再開。

無数の鉄球がグォン、グォンと唸りを上げてあたしの至近距離を飛び去っていく。

ぶっちゃけ死ぬほど怖いけど、死ななきゃ問題はないわ!ハンドルまであと10m!

 

あたしは鉄球の雨あられの中、ただ右足と左足を交互に動かす。あと3m!

ハンドルに近づくってことは排出口にも近づくってこと。

ここまで当たらなかったのは奇跡ね。もう一歩で手が届く!

 

その時、真っ暗闇の排出口から飛び出した一発が、あたしの背中をかすめた。

かすめた、ただそれだけなんだけど、鉄球の重量と運動エネルギーが、

やせっぽちのあたしに与えるダメージは大きいわけで。

 

「里沙子!」

 

ソフィアの悲鳴。

床に叩きつけられたあたしは、何も考えずに這ってハンドルの元へ行く。

大丈夫、もう排出口の射程外。ただ進めばいいのよ。

そして、ようやくゴールにたどり着いたあたしは、何も考えずに、

背伸びして大きなハンドルを限界まで回した。

盤面を滑る玉が、全て外周に沿って一番下のハズレ穴に向かっていく。

ふぅ、これで大当たりは回避できたわ。

ほっとしたら、思い出したように体中に激痛が走る。ハンドルのレバーに寄りかかる。

 

「ぐふっ!!……あぐっ」

 

「里沙子!?しっかりして!」

 

「いいから、隠れてなさい……今から、本番だから……」

 

あたしはハンドルにしがみつきながら、手に持ったダイナマイトにライターで火を着け、

崩れた盤面に放り投げた。穴から内部に入った爆弾は、数秒置いて大爆発。

盤面の役物が吹き飛び、縦に大きな亀裂が入り、

とうとう盤面そのものがゆっくりと前に倒れた。硬い床で砕け散る釘の森。

ついにCR銀玉物語がその基盤を露わにした。

見上げると、中央に制御装置らしき、何本もの銅線が張り巡らされた回路が見える。

息をするのも痛いけど、あたしは思い切りマックスに呼びかける。

 

「マックス、あれを撃って!そいつが、パチンコの、心臓…部……」

 

「わかった!すぐ助けに行く!」

 

あたしは、ぼやける意識の中、大型ライフルを構えるマックスと、

そのマズルフラッシュを見た所で気を失った。

 

……目覚めると見えるのは真っ白な天井。あれからどれくらい経ったのかしら。

1日?1週間?それとも、1ヶ月?身体を起こそうとしたけど、まだ背中が痛む。

諦めてまたベッドに横になると、ドアが開いてソフィアが入ってきた。

 

「あ、里沙子!気がついたのね!……みんな!里沙子が目を覚ましたわ!」

 

すると、ドタドタと足音がして、ビートオブバラライカのメンバーが集まった。

集まるのはいいけど、もう少し静かにしてくれないかしら。背中に響く。

 

「よかった……無事で」

 

ソフィアはあたしの手を取って頬に当てる。でも、あたしには状況がわからない。

 

「う~ん、ここ、どこ?」

 

「病院。でも命に関わる怪我じゃなくてよかった。

肋骨に少しヒビが入ってるだけだって」

 

「そう。どれくらい寝てた?あたし」

 

「丸2日。ちっとも起きてくれないから、もう駄目なんじゃないかって……」

 

ソフィアの目に涙が浮かぶ。

 

「わたしの言った通りじゃない。里沙子はしなないノ!」

 

「心配したんだよ?僕の回復剤も効果がなくて」

 

「とにかく……無事でよかった」

 

マオちゃん、アーヴィン、そしてマックスもそれぞれの形で労ってくれるけど、

今はどうでもいいのよそんなことは!

 

「そんなことよりあんた達!賞金はちゃんともらってきたんでしょうね?

放ったらかしにしてたら意地汚い連中に横取りされるわよ!」

 

ソフィアは苦笑いして、赤でバツ印が書かれた手配書を見せた。

 

「大丈夫。ちゃんとマックスが撃ち抜いた制御装置を駐在所に届けて、

48000Gバッチリ頂いたわ!……里沙子、ごめんなさいね。

私達のわがままでこんな怪我させちゃって」

 

「別にあんた達のためじゃないわ。

ここにはあたし自身の因縁にケリを付けに来た。ただそれだけよ」

 

「それってやっぱり……うん、聞かない約束よね。とにかくありがとう。

これで私達の暮らしも救われたわ」

 

「そりゃあ、よかったわね。その代わり、これでもうギルドへのお誘いはなしにしてね」

 

「うん、わかってる。そのことなんだけど……」

 

「何?」

 

「里沙子が眠っている間に話し合ったんだけどね。ギルドを解散しようかと思ってるの。

私とマックスはともかく、

マオやアーヴィンは今ならまっとうな人生を送るチャンスがある。

この賞金で家を借りて、二人を学校に通わせて、私とマックスは安定した仕事を探す。

細々とした生活になるだろうけど、みんなで楽しく暮らして行ければ、

それでいいかなって」

 

「いいんじゃない?毎日怪物や人殺しとドンパチやる生活よりずっと人間らしいわ。

なにより楽だしね、精神的に。ただ……」

 

「ただ?」

 

「ちょっともったいない気はするけどね。あんた達の戦いを見てたけど、

実力がなかったわけじゃない。っていうか、結構やるもんだから驚いたわ。

ただツキが周ってなかった。それだけだと思うわけよ」

 

病室にいる皆が、じっとあたしの独り言を聞いている。

 

「里沙子……ありがとう、誇りを持って生きていけるわ」

 

「やめてよ!“普通”の生き方はある意味賞金稼ぎより辛いことも多いのよ。

今から泣いててどうすんの」

 

「えへへ……そうだよね。くすっ」

 

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。入院代だって馬鹿になんないのよ」

 

あたしは背中の痛みをこらえてベッドから起き上がる。

それを見ると、ソフィアが慌てて止めようとする。

 

「駄目だって!まだ完全に癒えてないんだから!お医者さんもあと1週間は……」

 

「いーの、いーの。大したことないなら後は自宅療養よ。

ホテルのキングより高い入院代払うなんて、バカバカしくてしょうがない。

さぁ、着替えるからみんな出て」

 

「え、でも……」

 

「はいはい出る出る」

 

強引にビートオブバラライカのメンバーを追い出したあたしは、

ロッカーから自分の服を探して病院服から着替えた。

ふと、鏡で背中を見ると、背中に大きな痣。まぁ、ほっときゃ治るでしょ。

とにかくいつものワンピースに着替えたあたしは、部屋から出た。

 

「はい、お待たせ。じゃあ、帰りましょうか。あたしらの、退屈な田舎町へ」

 

「本当に、大丈夫なのか」

 

「大丈夫よ。こんな殺風景な部屋で缶詰になってる方が身体に悪いわ。

じゃあ、支払いの方はよろしく、ソフィア」

 

あたしはソフィアにウィンクした。

 

「う、うん。無理はしないでね?」

 

「わかってるわよ」

 

で、ソフィアが退院手続きをしてる間に、マックスが馬車を呼びに行ったから、

大して待たずに家路に着くことができた。

こうして、ふざけた賞金首をぶっ壊したあたし達は、

イグニールを後にして、ハッピーマイルズへと帰っていった。

 

寝ながら到着を待とうと思ったけど、

馬車の振動が傷に響いて、地味に痛いから全然眠れなかった。

それで暇な二時間を耐え抜いて、やっとハッピーマイルズ教会に帰り着いた。

馬車から降りて、視界に広がる見慣れた景色にほっとする。

 

「ふぅ、やっぱり我が家は落ち着くわ」

 

そして振り返り、ビートオブバラライカのメンバーに小さく手を振る。

 

「それじゃ、あたしはこれで。結構楽しかったわ。あんた達との賞金稼ぎ」

 

「本当に、今までありがとうね……」

 

ソフィアが涙交じりの声で別れを告げる。

 

「やめてよ、今生の別れじゃあるまいし。

どうせ酒場には来るんでしょう?話し相手くらいはするわよ。暇なら」

 

「本当に、世話になった……ありがとう」

 

「あんたはもう少し笑ってジョークのセンスを身につけた方が良いわ。

次元大介のパチもんくらいにはなれるから」

 

不器用なテンガロンハットにも少しの間さようなら。

 

「里沙子、また会おうね!」

「里沙子はわたしのお姉ちゃんなノ!」

 

「アーヴィンもマオちゃんも勉強頑張るのよ。学歴社会はまだまだ終わらないから」

 

未来ある子供たちにちょっとしたアドバイス。

 

「これで、本当にさよならね。

さっさと立地の良い賃貸物件見つけられること祈ってるわ」

 

「本当に、ありがとう、さようなら!」

 

ソフィアの別れと共に馬車が走り出した。

しばらく見送ると、あたしも帰るべきところへ歩きだした。ボロっちい教会。

そのドアの鍵を開け、扉を開いて中に入る。すると、急いで階段を降りる音。そして。

 

「里沙子さん……」

 

目を潤ませてそこに立つシスター。

入院するなんて伝えてるわけないから、心配かけたわね。あたしは、彼女にただ一言。

 

「とりあえず、筋は通してきたわ」

 

「りっ、里沙子さぁん!」

 

ジョゼットが駆け寄って、あたしに抱きつく。となると。

 

「痛い痛い痛い!!」

 

なんでこうも締まらないのかしらねぇ。

 

 




*どうにか1話です。皆さんインフルエンザにはお気をつけて。


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クリスマススペシャルと特別ゲスト
もうクリスマスね。うちにも来たわよサンタ……あ、違う、サンタじゃなくて、


大勢の衛兵や司教、民衆が彼を取り囲む。

あるもの達は彼に罵声、嘲笑、唾きを吐きかけ、

またあるもの達は嘆き、悲しみ、涙した。

幾度も鞭打たれ、血まみれになり、最期の時を迎えようとしている彼は、

天を仰ぎ祈りを捧げた。

空は蒼く、真っ白な鳩が飛んでいく。

 

 

「ううっ…父よ、彼らに、赦しを……なにをしているかわからないのです」

 

 

“自分を救ってみろ、救世主なんだろう!”

“ハハッ、あいつがユダヤの王だとさ!”

“どうしてこんな酷いことをするの!?”

“彼は救い主だやめろ!”

 

 

その時、ジリジリと眩しく丘を照らしていた太陽に突然黒い雲がかかり、

瞬く間に辺りが暗くなりだした。雷鳴が轟き、稲光が走る。

パニックを起こし逃げ惑う民衆。

 

「父よ……我が霊を……御手に、委ねます」

 

そして、男は息絶えた。

 

 

 

 

 

後で聞いたら、彼もあたしと同じ、近所の野っ原に転移してきたらしいわ。 里沙子

 

──面倒くさがり女のうんざり異世界生活 クリスマススペシャル

 

 

 

 

 

“私”は草花が生い茂り、虫達の息づく、広い草原に降り立ちました。

父の教えに従い、かつての人の姿を借り受け、

見聞を広めるためこの世界にやってきました。

私を完全なる存在とみなす者もいるようですが、

混迷を極める現代の人の世を救済するには、

改めて世界を見聞きする必要があると考えます。

全能の存在は我が父と精霊のみなのです。

 

ひとつ深呼吸をしましょう。素晴らしい。

空気が、かつて人の子であったあの時と同じように澄み切っています。

そして、なにやら不思議な力にもあふれています。これは一体何でしょう。

早くも学ぶべきことが現れました。

私はゆっくりと草原を見渡しますが、尋ねるべき人が見当たりません。

 

しかし、丘の向こうに信じられないものを見つけます。なんということでしょう。

父の教えは、確かにこの地にも根付いていたのです。

私は裸足に柔らかな草を感じながら、そこに向かって走り出します。

ようやくたどり着きました。見上げると屋根には立派な石碑、私のはじまり。

そして門戸を叩きます。

 

 

 

 

 

ああ、思い出したくもない。その日もジョゼットの馬鹿が勝手なことしてたのよ。

 

「あんたは、一体、何をやっているのかしら……?」

 

昼寝から起きたあたしが寝ぼけ眼で聖堂に行くと、壁の一面に、

細く切った色紙を輪っかにしてつなぎ合わせたものが半円を描くように吊るされてた。

ほら、小学校の時、学芸会なんかで作ったアレよ。

 

「あ、里沙子さんも手伝ってください!色紙の輪っかづくりって楽しいですよね!

この聖堂全体に吊るすにはあと……」

 

ゴチン!

 

「痛ったああい!」

 

あたしはいつも通りゲンコツを振り下ろす。言っとくけど、殴る方も痛いのよ。

この娘、結構石頭だから指の骨に直に衝撃が跳ね返ってくるんだけど、

こいつが勝手に暴走するから両者悲しい思いをするハメになる。

 

「誰に断って人ん家パーティー会場にしてんのよ、小学生じゃあるまいし!

まさかここに信者共招いてクリスマス特別ミサとかやるつもりじゃないでしょうね!?」

 

「よくわかりましたね!クリスマスを覚えてるなんて、

里沙子さんも大いなる母の教えに興味が……」

 

「もう一発行っとく?今すぐ片付けなさい」

 

「ひえっ、乱暴は駄目だと思うんです……でも、いいじゃないですかクリスマスくらい!

主母マリア様の生誕祭なんですよ?サラマンダラス帝国上げてのお祝いなんです、

わたくし達だって聖夜に祈りを捧げたっていいじゃないですか!」

 

ビビりながらも勝手な主張をぶつけてくるジョゼット。肝が座ってるのかいないのか。

 

「あーうるさいうるさい。IT業界にゃ盆暮れ正月クリスマスなんてありゃしないの。

すっかり忘れられてる設定だけど、あたしがSEって仕事に就いてたときは、

クリスマスなんか平日と同じだったわよ。いつも通り仕様書に沿ったプログラム作って、

どうにもならないバグ抱えたツールを修正というより一から作り直して!

パソコンだけが恋人よ、まったく」

 

「うーん、やっぱり里沙子さんのお仕事、よくわからないです」

 

「そりゃあ、この世界には存在しない職業だし、

何度説明しても理解できないあんたの脳みそも原因ね」

 

「ひどい!そんなこと言ったら里沙子さんだって聖書の教え、

全然覚えてくれないじゃないですか!」

 

「あれは覚えられないんじゃなくて、覚えるつもりがないの。

あんたとは根本的に“ごめんください”って誰よったく」

 

誰かがコンコンとドアを叩いてる。あたしは面倒くさいけど、

一応家主として応対に出たのよ。ジョゼットに任せるといきなりドア開けかねないし。

 

「だーれ?今日は休みよ、日曜に50G持ってまた来て」

 

“私は父に導かれし放浪者です。この祈りの場所に光を見出しました。

どうか私を受け入れてください”

 

「お父さん?悪いけどここは日曜限定営業だってパパに……」

 

「はいはーい!マリア様を信奉する方はどなたでも大歓迎ですよー!」

 

「こら、鍵開けんじゃないわよジョゼット!何勝手に日曜診療ルール変更してんの!

前々から言おうと思ってたけど、あんた腰低いふりして相当やりたい放題よね!

……ってうっわぁ」

 

 

「ありがとう、清き心を持ちたる隣人たちよ」

 

 

あんまりすごくて声も出なかったわ。髪はセミロングっていうか背中まで伸ばし放題。

髭も伸び切ってるし、肌も真っ黒で何日も風呂に入ってないのがひと目でわかる。

服は麻でできた一応服を名乗れる程度のボロ。

腰にもベルトなんて洒落たもん着けてない。紐で縛ってあるだけよ。

あたしは小声で、同じく絶句してるジョゼットに耳打ちした。

 

(ねぇ、あんたの信者?)

(知りません。日曜ミサでも見たことがありませんし……)

(とにかくあんたが入れたんだから、あんたがなんとかしなさい)

(わかってますよぅ。

でも、ちょ~っとだけ里沙子さんにも手伝って欲しいかな~なんて)

(忠告しとくけど、居住スペースに入れるんじゃないわよ。

あたしは焼け石に水程度でも、この状況を改善する準備をしとくから、

こいつをここに留めとくのよ、いいわね?)

(はい……)

 

「あ、はは……だいぶお疲れのようですね、敬虔なる信徒の方。

どうぞお座りになってください。

マリア様は全ての者に等しく光を当ててくださいますから、多分」

 

「ありがとう。母を敬ってくださっているのですね。

とても信心深い方たちに巡り会えたことを、父に感謝します」

 

引きつった声のジョゼットの応対を背に、あたしはバスルームに向かった。

おっとその前に道具置き場から買い置きのスポンジと桶を取ってこなきゃ。

よし、これでいい。バスルームで桶にお湯を入れた。

 

聖堂に戻ったら、ジョゼットは変な男のそばで、

笑顔を貼り付けたまま突っ立ってるだけだった。

男はただ珍しそうに聖堂を見回してるだけ。使えねー。

とにかくあたしは、お湯の入った桶とスポンジを男のそばに置いたの。

 

「はい、これ。床はボロだけど汚れてるわけじゃないの。泥持ち込まれると困るから」

 

「これは、とても、不思議な手触りです。

パンのように柔らかく、それでいてちぎれない。

人の子の創造力は、素晴らしいものです」

 

「足を洗えって言ってんの!じれったいわね、もういい、貸しなさい!」

 

あたしはいつまでもスポンジで遊んでる変な男からひったくると、

お湯を含ませて足を拭いてやった。

ってなんであたしが野郎の足洗わなきゃいけないのよ!

まあ、聖堂汚されても困るからしょうがないけどさ!

 

「ありがとう。私の足を洗ってくれているのですね」

 

「見ればわかること実況しないで……あら、あんたどうしたの。傷だらけじゃない」

 

初めは気づかなかったけど、スポンジで汚れを落としていくと、

しなる鞭で叩かれたようなミミズ腫れが見えてきた。

よくよく観察してみると、足だけじゃなくて腕や足、

とにかく服から出てる部分全部にあったの。

 

「ねぇ、まさかあんた脱走した奴隷?」

 

将軍に聞いたことがあるわ。

このオービタル島の遥か南に奴隷貿易をしてる国があるって。

それにしちゃずいぶん遠くまで来たものね。

 

「いいえ。私はナザレのイエスです」

 

「う~ん、暑さと飢えでやられちゃったか。あたしは斑目里沙子。

こっちのちっちゃいシスターはジョゼットね。

……ジョゼット、とりあえずこの人にパンと牛乳を持ってきて」

 

「は、はいー!」

 

ようやく再起動したポンコツジョゼットが冷蔵庫へ駆け出した。

その間にこの変人の事情聴取を済ませましょう。ちょうど足も洗い終わったし。

 

「奴隷に靴を買えってのが無理な話だけど、わらじくらい作りなさいな。

木枯し紋次郎もしょっちゅう編んでたでしょう……いや、それ以前の問題ね。

そんな酷い怪我、一体何されたの?」

 

すっかり綺麗になった足には、釘を打ち付けたような跡があった。

どう見ても異常な状況だわよね。あたし達の手には負えなそう。

彼の腹ごしらえが済んだら、将軍を訪ねましょう。

 

「ワラジ、とは何でしょうか。この傷は、原罪を背負し証です」

 

目の前の男がかすかな微笑みを浮かべて聞いてくる。

ん?“原罪”というキーワードを耳にした途端、だんだん嫌な予感がしてきた。

 

「どうしてこの世界は肝心なもんは入ってこないのかしら。

わらじってのはね、稲穂を編んで作る簡素な履物よ。ちょっと待ってて。

すぐ裏に積んである藁、取ってくるから」

 

「あなたにとって、よき旅路でありますように」

 

「すぐ裏って言ってるでしょう!人より自分の旅を心配なさい!」

 

まったく何なのかしらあの男。違うと思う、っていうか思いたい。

ただの狂信者が真似しただけ。それも嫌だけど。

あたしは藁を抱えると聖堂に戻り、ロン毛男のそばに置いた。

 

「ほら、足を出して」

 

「こうでしょうか」

 

「そう、わらじっていうのはね……」

 

そんで、ヒゲ男(ロン毛とどっちにしようか迷う)に、

わらじの作り方をレクチャーし終えた頃に、ようやくジョゼットが食事を持ってきた。

なんでわらじなんか作れるかって?そりゃ、紋次郎に憧れて調べたに決まってる。

実際編んだりもしたわ。

 

「こう、藁をねじってね……そう、そこに親指を通して」

 

「藁にこのような使い方があるとは。まさに、目からうろこが落ちてきそうです。

役目を終えた稲に再び生を与えるとは尊い行い。あなたに祝福がありますように」

 

「そりゃどーも」

 

視聴率じゃ必殺シリーズに水を開けられたけど、あたしは木枯し紋次郎派ね。

必殺も必殺で面白いけど、渋さは紋次郎が段違いだわ。

まぁ、それについて語ると長くなるから置いといて、

とにかくあたし達は彼を素足からマシな状態にして食事を振る舞ったの。

 

「はい、召し上がれー!」

 

足を洗って綺麗になった彼に若干慣れてきたのか、

ジョゼットも無駄に元気よく、彼の隣に食事の乗ったトレーを置いた。

 

「ありがとう……父よ、心優しき聖女達を遣わし、

私に恵みを与えてくださったことに感謝いたします。アーメン」

 

ロン毛は両手の指を絡めると、祈りの言葉を口にして、

ゆっくりとした手つきでパンを食べ、牛乳を飲み始めた。

あー……これ、なんか確定っぽい。

あたしは食事を続ける彼を置いて、ジョゼットを隅に引っ張る。

 

「ジョゼット、ヤバイことになったわ」

 

「確かに……あの人色々変ですねぇ」

 

「そうじゃない!恐らくなんだけど……うちの世界の神様が来ちゃったのよ」

 

「それって、以前里沙子さんが言ってたイエス、えーと……」

 

「キリストよ!マリアさんの息子!地球で一番信者が多い一神教の神!

怒らせたら、空から硫黄の火を降らされて街ごと焼き尽くされるわよ!」

 

「ええっ!?マリア様にご子息がいらっしゃったなんて!

それに、そんな怖い人には見えないですけど……」

 

「とにかく!なんでこんなとこに来たかは知らないけど、

丁重にさっさとお帰り願うわよ。

とりあえず将軍に似たような前例がないか聞きに行くの。

それには今の格好じゃ問題が多い」

 

「お買い物ですか!?」

 

「目ぇキラキラさせない!あんたのものは買わないわよ!

将軍に会うに相応しい格好をさせんの!速やかに出かける準備をしなさい」

 

「わっかりました!」

 

ジョゼットが家屋スペースに走り、あたしがイエス(仮)のところへ戻ると、

彼はもう食事を終えた後だった。あたしを見ると、静かな笑顔を浮かべて、

 

「とてもおいしかったです。ありがとう。次の安息日には私がパンを振る舞いましょう」

 

「はは、そりゃあよかったわ。で、イエスさんって言ったわね。

とりあえずこれからどうするつもり?その格好じゃどこ行っても迫害されるわよ」

 

「なんと。この世界にもファリサイ派の手が及んでいるというのですか」

 

「そーじゃない。端的に言うと、あなた汚すぎなの。

旅を続けて教えを説くにしても、もうちょっとマシな身なりをしないと、

誰も相手にしてくれないし話も聞いてくれないわよ。

あなたが人間だった頃はともかく、今はそういう時代なの」

 

「それは困りました。私はこれから世界を見聞きし、

悲しき者、病める者を救済しなければならないというのに、

一体どうすればいいのか……父よ、私を導いてください!」

 

大げさに両手を握り、天に掲げるイエス(仮)。

そこに祀られてるのはマリアなんだけどね。

 

「お父様困らせないの。今からあたし達と一緒に街に行くのよ。

そこで体を綺麗にして、ちゃんとした服を買う」

 

「しかし……私が持っているデナリウス銀貨3枚で立派な服が買えるでしょうか」

 

「そこんとこは気にしなくていいわ、あたしが持つ」

 

「やはりあなたは清き人。私のために財産を投げ打つというのですか!」

 

「あー間違っちゃあいないんだけど……訳あって金には困ってない、ただそれだけよ」

 

いちいち大げさなイエス(仮)と二人きりだとなんだか疲れるし変な汗が出る。

ジョゼットはまだかしら。

 

「すみませーん、ちょうどいいトランクが見つからなくて」

 

「なんでもいいから早くする!……ほら、イエスさん。行きましょう」

 

「新たなる旅の始まりですね」

 

「2,3時間で帰ってくるから旅っていうか買い物ね。とにかく出発するわよ!」

 

んで、あたし達は教会を出てハッピーマイルズ・セントラルに向かったわけ。

野盗のバカ共が出ないことを祈ってたけど、取り越し苦労に終わったわ。

今日の街道は至って平穏そのものだった。神のご加護ってやつ?

街のゲートを越えると、イエス(仮)は出店で賑わう街を感激した様子で眺めてた。

あたしはいつも通り人いきれで頭痛が爆発寸前。

アホ共が茶々入れてきて怒り爆発寸前。……もうちょっと頑張ればラップになったかも。

 

「ははっ、どうした里沙子。男連れか?」

「その格好、南の国から奴隷なんて……恐ろしい子!」

「お金持ちなら服買ってあげなよ~」

「今からその服買いに行くの!とっとと黙らないと乱射事件起こすわよ!」

 

あたしが街の連中からいじられてるのを尻目に、

呑気に両腕を広げて満面の笑みでイエス(仮)に街を紹介するジョゼット。

 

「イエスさーん、ここがハッピーマイルズ・セントラルです!賑やかでしょ!」

 

「はい、エルサレムの街を思い出します」

 

「お願いだからここで暴れないでね。ここはちゃんと商売をする場所なんだから」

 

「正しき所で正しき行いをすれば、それはやがて自分自身を豊かにするでしょう」

 

「答えになってるようでなってない回答どうも。まずは風呂ね。

街の北東に公衆浴場があるわ。そこで体を綺麗にしてきてね」

 

ちょっと歩くこと10分。北へ伸びる道を歩いて東に曲がる。

そう、銃砲店や薬局とは正反対の方向よ。

さらに数分歩くと、煙突から白い煙が昇る大きな建物に着いた。

ここが公衆浴場、つまり銭湯ね。

 

「ほら、イエスさん。右側のドアから入って目の前の店員にこれを渡すの。

それから、湯船に入る前に体の汚れを綺麗さっぱり落としてね。

他のお客さんに迷惑だから」

 

あたしは念押ししてイエス(仮)に5Gと家から持ってきたスポンジを渡した。

でも、勘の良い読者はこの後の展開読めてると思う。

 

「ありがとう。やはりデナリウス銀貨ではないのですね」

 

「まぁ、銀には違いないから両替商に持ってけば、

この世界の通貨に変えてくれるだろうけど、多分雀の涙でしょうね。

さ、早くあったまってきて」

 

「では、少しの間失礼します」

 

彼がドアに入って金を渡すところを擦りガラス越しに見届けたら、

今度はジョゼットにミッションを発令した。

 

「ジョゼット、1000G渡すから30代男性用の紳士服の上下買ってらっしゃい。

キャザリエ洋裁店までダッシュで」

 

「ええっ、ここからですか!?走っても10分もかかりますよぅ……」

 

「グズグズ言わない、さっさと行く!聖堂の輪っか全部引きちぎるわよ!」

 

「うわーん、里沙子さんの鬼ー!」

 

半泣きで走り出すジョゼットを見送る。ふぅ、ようやく一段落した。

と思ったらそんなことはなかったわ。

 

 

“ぎゃああああ!!”

“うわっ、なんだこれ!”

“くせえ!”

 

 

はい、答え合わせの時間です。あたしは深く深くため息をついて男湯のドアを開けた。

脱衣場は風呂から飛び出した客で一杯になってたけど、

あいにく男のナニでビビるほどヤワじゃないの。

浴場に飛び込むと、困惑したイエス(仮)が立ってた。

 

「里沙子、私は間違いをしてしまったようです……」

 

「うん、確かに間違ってるわね。結婚式で振る舞っても誰も喜ばないわ」

 

何があったって?湯船の湯が全部ワインになってたに決まってるでしょう!

アルコールとワインの臭いが湯気と混じり合って、なんつーか本当に、くせえ。

とうとうイエスの名前から(仮)が取れちゃったわ。

何とも言えない悪臭にふらつきそうになってると、後ろから大きな気配が。

 

「……おい、姉ちゃん。この兄ちゃんの知り合いかい?」

 

「え、あの、知り合いっていうか羊と羊飼いの間柄っていうか……」

 

ガッチリした体格の店主があたしらににじり寄ってきて──

 

 

“二度と来るねい!”

 

 

イエスの着替えもそこそこに、銭湯から放り出されてしまった。

しょんぼりするイエスに仕方なく声を掛ける。

 

「ねえイエスさん?

その……奇跡を起こすときはあたしに相談してもらってもいいかしら」

 

「申し訳ない里沙子。あなたにもらった銅貨5枚を無にしてしまった……」

 

「体はちゃんと洗えたみたいだから別にいいわよ。

とりあえず風の当たらないところに行きましょう」

 

あたしらはとにかくイエスさんが湯冷めしないよう、

近くの古びた喫茶店に入ってジョゼットを待ってたの。

 

とりあえず注文取りのおばちゃんにコーヒーを2つ頼む。

おばちゃんもギョッとした目でイエスさんを見てた。

そりゃ普段ミミズ腫れだらけのボロを着た客なんて来ないから当然よね。

 

5分ほど経ってコーヒーが運ばれてきたけど、ジョゼットはまだ来ない。

イエスさんは一口飲むと渋い顔をした。

 

「この“コーヒー”という飲み物は、温かいがとても苦い。

温もりを得るには苦しみを乗り越えなければならないという、

父の与えし試練なのでしょうか」

 

「あなたが子供舌なだけよ。ミルクとお砂糖入れればマシになるわ、

そこに置いてるやつ」

 

「この壺ですか。……おお、これは素晴らしい。

四角く形を保った砂糖に、とろみのついた牛乳。これらが生み出す優しい味わい。

最後の晩餐に弟子たちにも振る舞いたかった。

そうしていればきっとイスカリオテのユダも……」

 

「あーあー、自分で古傷えぐって落ち込まないの!

どうにもならない過去を悔やんでもしょうがないし、

コーヒー一杯で銀貨30の誘惑に勝てたとも思わない」

 

「そうですね……私は未来を照らさなければ」

 

だべりながら20分くらい待ってると、

ジョゼットが汗だくになって角から飛び出してきたの。

 

“里沙子さーん!イエスさーん!どこですかー!?”

 

窓ガラスの向こうであの娘が叫んでる。

コンコン、と軽く窓を叩くと、こちらに気づいて店に入ってきた。

 

「はぁ、よいしょっと!」

 

ジョゼットが重そうにトランクをあたしたちのテーブル近くに置く。

今更だけど、リスキーな賭けをしてたことに気づいたわ。

この娘に紳士用の服を選べるセンスがあるかどうか。

念のため中身をチェックすることにした。

 

「中、見せてごらんなさい」

 

「はい。これなんですけど……」

 

疲れた様子でジョゼットがテーブルに広げたのは、

糊の効いたシャツと丈夫でスラッとした黒のジーンズ。あら、意外ね。

 

「やるじゃない。褒美としてミルクセーキをおごるわ。

イエスさん、ジョゼットが休んでる間にこれに着替えてきて。

もう街を歩いていても馬鹿にされる心配はないわ」

 

「おお、ありがとう、神の子よ。この施しは未来永劫忘れることはないでしょう」

 

「本当に大げさね。早くお手洗いに行ってらっしゃい。あの男女マークがある個室」

 

イエスさんは洋服を持って嬉しそうにお手洗いに入っていった。

頼むから今度は奇跡起こさないでね。

 

「よくやったわ、ジョゼット。あんたに男物のセンスがあったとは驚きだわ。

別にミルクセーキじゃなくてもいいから、なんでも好きなの頼みなさいな」

 

「疲れました~。あの服ですか?お店の人に聞いたんです!

フリーサイズの男性用衣類をくださいって。あ、ミルクセーキください!

……そうだ、イエスさんちゃんとお風呂に入れましたか?」

 

「人任せかよ。まあいいけど、とにかくよくやってくれたわ。

こっちは半分成功、半分失敗ってとこかしら。

体を洗うことには成功したけど、

イエスさんが間違えて湯船の湯をワインに変えちゃったから出禁食らった」

 

「え?なにをどう間違ったらワインに変わるんですか!?」

 

「神様もミスの一つや二つくらいするわ。

ラストは床屋ね。あの伸び放題の髪と髭をさっぱりさせる」

 

「ちゃんと答えてくださ~い」

 

「あたしだってわかんないわよ、水がワイン変わる過程なんて!

とにかく彼が戻ったら市場への道に引き返して途中の床屋に寄るわよ」

 

「なんか納得行きませんけど……はーい」

 

すると、店の隅のお手洗いのドアがガチャッと開いて、

着替えを済ませたイエスさんが出てきた。その変わりようには正直驚いたわ。

ちゃんとした格好すれば割りとイケメンじゃない。

 

「里沙子、ジョゼット。これで私は迫害から逃れることができるのでしょうか」

 

「うんうん、もう街を歩いても誰にも馬鹿にされないわ」

 

「とってもお似合いですー」

 

「ありがとう……見ず知らずの私にこんなに親切にしてくださって。

その献身の心は父も見ておられます。

あなた方の魂は、時が来れば楽園へと導かれるでしょう」

 

「やった!楽園にはマリア様もいらっしゃるんですか?」

 

「もちろん、母も暮らしています」

 

「はいはい、二人共服くらいで喜びすぎ。まだ仕上げが残ってるんだから。

イエスさん、これから床屋に行きましょう」

 

「床屋、とはどのような商いをする店なのでしょうか」

 

「その伸びた髪や髭を剃ってくれるの。

服がまともでもその顔じゃあ、将軍に失礼でしょ」

 

「将軍。つまり神殿警察を統率する指導者たる存在……

ああ、どうか何があっても大司祭の耳を切り落とすことのないよう切に願います」

 

「誰がそんなことするかっての!神殿警察も存在しない!とにかく、

将軍は心の広い方だし、地球からの転移者が珍しくないこの世界に暮らしてるんだから、

絶対あなたを捕らえて十字架にかけたりなんかしないわよ。

この領地のことについてはとりあえず彼に聞けばわかるってくらい詳しいから、

イエスさんが地球に戻る方法も知ってるかもしれない。

今日、いろんな店に回ったのは、彼に会うための身支度を整えるためよ。

やんごとなき立場の方だからね」

 

「なるほど、あなたが保証してくれるなら心強いです」

 

「そうと決まればさっさと出ましょう。ジョゼット、いつまで飲んでんの!」

 

「待って、まだ少し!」

 

ズズーッとみっともないストローの音を立てて、

ミルクセーキを飲み干したジョゼットが立ち上がった。

 

「ぷはっ、それじゃレッツゴーですね!」

 

「何あんたがはしゃいでんのよ」

 

喫茶店から出たあたし達は市場への道を逆戻りして、

ちょうど中間に当たる場所にあるその店を目指したの。でもその前に……

 

「ねえ、イエスさん。その服要らないなら捨てましょう。そこにゴミ箱がある」

 

「しかし、洗えばまだ」

 

「使えない。汚れを落としても、そんなもの着てうろついてたら、

それこそ迫害受けるわよ」

 

「そうですか……では仕方ありませんね」

 

彼が名残惜しそうにポスンとボロ着をゴミ箱に入れた。

さぁ!見栄えも荷物もスッキリしたところで床屋へGOよ。

なんか後ろがうるさいけど、かまってる暇はないわ。もう太陽が夕陽に変わりつつある。

 

 

“こいつは俺のだ!”

“俺が先に見つけたんだよ!”

“なんでこんなもん欲しいんだよ、俺に譲れ!”

“うるせえ、なんか知らないけど欲しいんだよ!”

“くじ引きにしようぜ、くじ引き!”

 

 

やっと着いたわ。市場と薬局や銃砲店のあるエリアを南北に結ぶ道。大体その真ん中。

地球みたいに店先にサインポールがないからちょっと見つけにくい。

とりあえず店にイエスを連れて入って、

暇そうに新聞を読んでいた中の親父に声を掛けた。

 

「おじさん、彼を綺麗にしてやってくださいな」

 

「ああ、いらっしゃ……ちょっとやり過ぎだろ、兄ちゃん」

 

あたしは素早く親父に近寄り、金貨を20枚握らせた。

 

「お願い、チップ弾むから何にも聞かずに彼の髪と髭を整えて。顔剃りもね」

 

「や、やばい客じゃないだろうね」

 

「もちろんよ」

 

今のところは、という続きを“言い忘れた”。

 

「ただちょっとおおっぴらにされたくないの。だから、ね?」

 

「わかったよ……お兄さん、こっちへどうぞ」

 

あたしの真剣な表情と一握りの金貨を見た親父は、

平静を装ってイエスを理容椅子へ促した。彼は椅子に座るなりまた感激しだす。

そりゃ2000年ぶりの地上じゃ驚くことも多いだろうけど、

ヒヤヒヤしてるこっちの身にもなって欲しい。

 

「おお……これほどまでに柔らかい玉座は、

きっとローマ皇帝も座ったことがないに違いない。そして、一点の曇りもない大きな鏡。

数多くの熟練した職人によって磨かれたのでしょう。

この映り具合、まるで父の御業。私がもう一人いるようです」

 

「ははっ、そんなに床屋が珍しいかい。兄ちゃんどこから来た。

おっと、まず髪にタオルを巻くよ」

 

「ガリラヤのナザレです。ああ……とても温かい。

私の髪が優しい温もりに包まれていく。これは何の儀式なのでしょうか」

 

「髪を柔らかくして散髪しやすくする俺達の大事な儀式さ。それでどうする。

せっかくここまで伸ばしたのに、ショートにしちまうのはもったいない気がするね。

髭だってそうだ」

 

“偉い方とお会いしても恥ずかしくない程度に切りそろえてくださいな”

 

「あいよ」

 

あたしが後ろの待合席から親父に注文をつけた。

彼に任せたらどんな奇跡を起こすかわかったもんじゃない。それから待つこと30分。

あたしは新聞を読み、ジョゼットは退屈そうに足をぶらぶらさせて、

鬱陶しいとあたしに叩かれながら待ってたの。散髪もそろそろ終わりそう。

めまいがしそうな会話が聞こえてきたからわかった。

 

 

“じゃあ、兄ちゃんシャンプーするから、洗面台に前かがみになって目を閉じててくれ”

“おお、これは!とてもいい香りだ。オリーブ油の一種ですか?”

“そんなもん付けたら頭ギトギトになっちまうよ。さぁ、口も閉じて”

 

 

やっぱ思考が人だった頃のまんまなのよね。

とにかくこれでようやく彼の身支度が終わった。窓の外を見る。もう完全に夕方ね。

今日将軍にお会いするのは無理そう。

まぁ、ほとんどの目的は達成したんだし、一日くらい大丈夫でしょう。

 

今日の寝床は“父よ私をお救いください!”“暴れないでくれ兄ちゃん!”

ああっ!どうしてこうも人生スムーズに行かないものかしら!

新聞を放り出して、散髪椅子に向かう。

そこには三本指を絡めた右手を掲げて必死に祈るイエスさんと、困惑する親父の姿が。

 

「どうしたの!イエスさん、どうしたの!?」

 

「里沙子、助けてください。彼の手から嵐が!

彼は御使いですか?それとも悪魔なのですか?」

 

「頼むから落ち着いてくれって兄ちゃん。

ドライヤーすらないって、一体どこの田舎だよ、ナザレってのは!」

 

「……ああ、イエスさん落ち着いて。この人が持ってるのは髪を乾かす道具よ。

彼もただの人間でそれ以上でも以下でもない」

 

「はぁ、はぁ、そうでしたか。ご迷惑をおかけして申し訳ありません……

しかし、不思議な道具があるものです。

私が天上にいる間に地上は大きく変わってしまったようですね」

 

「いいのよ、そりゃ2000年もあればいろいろ変わるわ。親父さん、ごめんなさいね。

最後の仕上げをお願い」

 

「あ、ああ……ドライヤーかけてちょちょっと整えれば終わりだよ」

 

ひとつため息をついて待合席に戻る。

ジョゼットは何をしてたかというと、寝てやがった。

ムカつくからアイアンクローをお見舞いする。

激痛と驚きで椅子からずり落ちるジョゼット。ざまあ味噌漬け。

 

「いだだだだ!痛~い……里沙子さん、何するんですか!」

 

「召使いのくせにあたしが右往左往してる間お休みとはいいご身分ねぇ、

イエス関連で大騒ぎだったってときにさぁ?」

 

瞬きせずに作り笑いを浮かべて、丸めた新聞でジョゼットを小突き回す。

 

「ああっ、ごめんなさいごめんなさい!何かあったんですか!?」

 

「危うくお父様呼ばれるところだったわよ。面倒だから説明はしない」

 

「それじゃなんだか叩かれ損な気がします……」

 

 

“どうする兄ちゃん、ワックス付けるかい?”

“私は全ての施しを拒みません”

“付けるってことかい?まあいいや。こんくらい手にとって、と

……はい、兄ちゃん終わったよ。男前になったじゃねえか”

“ありがとうございます。あなたの人生に精霊の導きがありますように。アーメン”

 

 

さてさて、どうなったのかしら。今度はジョゼットもついてくる。……おお、すげえ。

まさに、読者がイエス・キリストという名前を聞いて連想するような顔になった。

無神論者のあたしでも思わず神々しさに胸が締め付けられる思いがしたわ。

ジョゼットなんか目を潤ませて“ああ、確かにマリア様の面影が……”と、

会ったこともないくせに馬鹿なことを言ってた。

 

「やったじゃない、イエスさん。これなら将軍にも堂々と謁見を求められるわ。

今日は無理だけど」

 

「イエスさん……こんなにカッコよかったなんて」

 

「これも二人のおかげです。持たざる私に金銭だけではなく、

労苦という形で惜しみない慈愛を恵んでくださった。

ボロを纏うだけであった私を、ここまで導いてくださったあなた方は、まさに聖女です」

 

「だから大げさなのよ。あたしは善人じゃない。ただやりたいように生きてるだけよ。

ジョゼットはイエスさんのこと“知らない”って言ってたから多分悪人だけど。うぷぷ」

 

「違います!それは今までイエスさんがこの世界にいなかったからであって……

里沙子さんの意地悪!」

 

その時、散髪椅子から立ち上がったイエスさんが両手を伸ばしてきた。

その手のひらには、やっぱり釘の痕。

 

「ありがとう。本当にありがとう。人は誰しも罪、とが、憂いを背負うもの。

例えあなた方が何某かの罪を背負っていたとしても、

悔い改めれば父は必ずお赦しになります」

 

その言葉を聞いたあたし達は、その手を取って、そっと握った。

彼がかすかな微笑みを浮かべる。その瞳を見つめると、優しく心が洗われる気分。

こんなの初めてだわ。……でも、こうしちゃいられないわね。

完全に日が落ちる前に帰らなきゃ。

 

「それじゃ、今日のところは教会に戻りましょう。

イエスさん、明日またここに来ることになるわ。今夜は早めに休みましょう」

 

「わかりました。帰りましょう。母の祀られし聖なる家に」

 

「そういえば、イエスさんの世界の教えでは、

マリア様はどういう位置づけで信じられてるんでしょうか。

帰ったら詳しく教えて欲しいです!」

 

「今度になさい。今日はイエスさんも疲れてんだから」

 

「構いません。父の御言葉や教えを伝えるために私は遣わされたのですから」

 

「あー、もういい。……とにかく親父さん、ありがとうねー

この事はあんまり言いふらさないでくれると姉さん助かる」

 

「わかってるよ。まいどー」

 

床屋から出たあたし達は帰路に着いた。市場へ続く道を南へ。

そしてぶらぶら歩いてると、イエスさんがいきなり足を止めた。どうしたってのかしら。

 

「聞こえます。救いを求める祈りの声が」

 

するとイエスさんが突然裏路地に駆け込んだ。これには流石にびっくりね。

一体何の用だってのかしら。

 

「えっ、ちょっとイエスさん!そこは裏路地!ろくなことにならないわよ!」

 

ああ、行っちゃった。あたし達も後を追う。

例によって頭のおかしい浮浪者のうめき声を無視して彼を追いかけると、いた。

道にダンボールを敷いて何かブツブツ言ってる物乞いの前で立ってた。

 

「あー追いついた。いきなりなに?イエスさん。……ああ、そのおじいさん?

目が見えないからここで物乞いしてるのよ。ここは結構長いみたいだけど」

 

「うう……マリア様、マリア様。哀れなじじいにお慈悲をお与えください。

わしにあなたの光をもたらしてください……」

 

その白く濁った瞳でただ宙を見るだけの老爺。

イエスさんはあたしの問いに答えず、おじいさんの前で膝を突いた。

 

「……怖がらなくていい。聖母は常にあなたのそばにある」

 

そして自分の手に唾をかけると、その手で優しくおじいさんの目をなでた。

おじいさんもされるがままにイエスさんの手を受け入れてた。そしたら、

 

「さぁ、勇気を出して目を開いて。あなたを包んでいた闇は取り払われた」

 

おじいさんがまぶたを震わせながら、少しずつ目を開く。

すると、濁っていた目は澄んだブラウンに変わり、彼が歓喜の声を上げた。

 

「ああ……見える!目が見える!なんという救い!

もしや、あなたはマリア様が遣わされた天使では……?」

 

イエスさんは黙って首を横に振り、

 

「あなたの信仰が、あなたを救った。そして、この出来事は誰にも話してはなりません」

 

「な、何故ですか?」

 

「左手に告げるなかれ。父の教えです。光がもたらされた今、あなたも我が友のように、

隣人に見返りなき施しを行うことを私は望みます」

 

それだけ言うと、“せめてお名前だけでも”という

おじいさんの声に耳を貸すこともなく、イエスさんは通りに戻っていった。

いわゆる神の奇跡を目の前で見たあたしたちは、しばらく声が出なかったわ。

黙って彼についていくしかなかった。通りに出ると、イエスさんが振り返った。

 

「ああ里沙子、すみません。あなたに黙って、つい奇跡を起こしてしまいました。

救済を求める声に、居ても立ってもいられなくなりました」

 

「いいの。あなたのしたことは正しかったわ」

 

「これが、神の御業なんですね……」

 

ごちゃ混ぜ宗教のシスターも目の前で起きた奇跡に、まだ驚きが抜けない様子だった。

 

「じゃあ、今度こそ帰りましょう。特に買うものはないから市場はスルーして、と」

 

「帰るべき家があるのは良いものですね。私の人生は旅の連続でしたから」

 

「イエスさん、帰ったらいっぱいお話しましょうね!」

 

で、あたし達が役所前の市場を通り過ぎようとしたら、

なんだかいつもと雰囲気が違うのよ。

いつも馬鹿騒ぎのように商売してる連中が大人しい。

代わりにヒソヒソと噂話が聞こえてくる。

 

 

“まだ二十歳だったんですって”

“可哀想にねえ。一人息子だったらしいじゃない”

“せっかく努力して騎兵隊に入ったってのに”

“盗賊団との銃撃戦で命を落としたらしい”

“旦那さんにも先立たれて、お母さんこれからどうするんだろうねぇ”

 

 

殉職か。決して日本より治安がいいとは言えないここじゃ珍しくない話だけど、

あたしより若いうちに死んじゃうなんてさすがに気の毒ね。

市場の真ん中の大広場に、棺桶がひとつ置かれ、多数の兵士、

そして将軍に囲まれている。

白髪を後ろで束ねただけの老婆が、棺桶にすがりついて泣き崩れている。

 

「あああっ!ライアン、目を覚ましておくれ、ライアン!

おっ母を残して逝かないでおくれ!ううっ、ああ……!」

 

「あなたがライアン三等兵の母君であるか……

彼は第7騎兵連隊の一員として、最後まで立派に戦った。

そして、彼の死は全て我の責任である。

ライアンをあなたの元に帰すことができず、お詫びのしようもない」

 

「うっく……ライアンは、一人前の兵士になるのが子供の頃からの夢だった!

……でも、こんな姿になって帰ってくるなら、行かせるべきじゃなかった!!」

 

号泣し、中にいる物言わぬ息子にそうするように、体で棺をなでる母親。

あたし達もその様子を見ていると、イエスさんがあたしに向き合った。

何も語らず、あたし達は意思を通わせる。

 

「……左手に告げるなかれ。事が済んだらすぐに走って帰りましょうね」

 

「ありがとう、里沙子」

 

彼は市場を一歩一歩踏みしめながら、兵士に囲まれた棺に近づく。

やがて、その見慣れぬ姿に気づいた民衆達からガヤガヤと声が上がる。

そして、イエスさんが棺に近づくと、気づいた兵士達が彼に銃を向け、静止を命じる。

でも、彼は気にせず、棺に涙を落とし続ける母親の肩を抱いて優しく告げた。

 

「泣かないで。もう悲しむ必要はありません」

 

「あなた…は?」

 

イエスさんはただ微笑むと、周りの兵士に言ったの。

 

「棺を開けてください。彼がいるべきはここではない」

 

「何を言っている!きさ…ま……」

 

銃を向けていた兵士も、彼のどこまでも優しい眼差しに毒気を抜かれて、

目で将軍に指示を乞う。将軍も彼に瞳に何かを見たようで、

 

「棺を開けよ!」

 

と、相変わらずうるさい声で命令した。すかさず兵士達が棺桶を開ける。

中には立派な騎兵隊の軍服に身を包んだ若者が眠っていた。

胸に銃創。きっとこれが致命傷だったのね。

それを見たイエスさんは、ただ、一言を告げた。

 

 

「若者よ、起きなさい」

 

 

異様な光景にその場にいた全ての者が口を閉じ、夕陽が照らす広場を静寂が包む。

その時、奇跡は再び起きた。棺の中で眠っていた若い兵士の指がわずかに動き、

目が徐々に開かれ、ついにその身体を起こした。

そして、そばにいた母親にこう言ったの。

 

「……母さん?」

 

「ライアン!!」

 

母親がライアンという兵士を思い切り抱きしめる。

ライアンもまた母を抱きしめ、背中を撫でる。そのあり得ない奇跡を目の当たりにし、

言葉を失っていた皆が、一人、また一人と我に返り、口々に驚きの声を上げ始める。

 

 

“奇跡だ……”

“生き返ったわ!”

“あの男は一体誰なんだ!?”

“マリア様の御使いだ!そうに違いない!”

 

 

まずいわね、騒ぎになり始めた。あたしはイエスさんに駆け寄って、その手を取る。

すると、気づいた将軍があたしに問いかけてきた。

 

「待て、リサ!その御仁は貴女の知り合いなのか……?」

 

「今日出会ったばかりですの!明日この人とお会いいただきたく存じます!」

 

「それは構わんが、彼は一体何者なのだ!?」

 

「イエス・キリストです!ごめんあそばせ!」

 

どんどん騒ぎが大きくなる。急いで逃げなきゃ、既に物好き共が追いかけてきてる!

 

「ジョゼット、遅れるんじゃないわよ!」

 

「はいー!」

 

「やはり群衆の前で奇跡を起こすのは無謀だったのでしょうか」

 

「さっきの場合はやむを得ないわね!イエスさんも早く走って!」

 

そして、街道を全速力で走って野次馬を振り切ったあたし達は、

すっかり息切れ状態で教会に飛び込んで鍵を掛けた。

確かあたしはインドア派って話だったはずだけど、

毎回何かしら体力勝負みたいなことやらされてる気がする。

とにかく呼吸が整うまで10分くらいかかったわ。

窓の外を見ると、とっくに陽は落ちてる。

 

「もう、ここまで逃げれば大丈夫でしょ。ああ疲れた」

 

「やっぱり死者を蘇らせるのはインパクト強すぎましたね~」

 

「どうしましょう。これでは父の教えを広めることができません」

 

「そーだ!わたくしにいい考えがあるんですけど……」

 

「悪いけど二人共後にしてちょうだい。あたしは疲れた。飯食って寝る。

ジョゼット、惣菜パン3つ温めて。あたしは牛乳出しとくから。

あんたもあたしも今から料理するとか苦行でしょ」

 

「はぁい」

 

それから、あたし達はジョゼットが温めた惣菜パンと牛乳1瓶の夕食を済ませた。

やっぱりイエスさんは、いただきますの代わりに父上と精霊に祈りを捧げてた。

簡単な夕食だったけど、イエスさんが文句を言うはずもなく、

全員風呂に入って寝ることにした。

 

食事の後、イエスさんにシャワーの使い方を教えて

あたしが脱衣場でバスタオルを準備していると、

中から“恵みの雨”だの“天界の温もり”だの聞こえてきた。

クリスチャンの方々に朗報よ。天国は結構簡単に再現できるらしいわ。

 

あらやだ。大事なこと忘れてた。ベッドがない。

ベッド自体は空きがあるけど、布団がないのよ。しまったわ……

しょうがない。またジョゼットと2人で寝ましょう。

寝てる間にちょっかい掛けないよう釘を差すため、彼女を探していると、

聖堂の長椅子に座ってなにやら難しい顔をしてた。

 

「どうしたの、考え事なんてあんたらしくない」

 

「ひどっ!まるでわたくしが直感だけで生きてる野生児みたいに!」

 

「大して違わないでしょうが。

それより、今日、イエスさんのベッドがないからあんたの貸してあげなさい。

あんたはあたしと一緒に寝るの」

 

「本当ですか?やったー!」

 

「もうすぐ四捨五入したら30の女と寝て何が楽しいの?

とにかく、寝てるときに背中つついたりしたら、またゲンコツだからね。わかった?」

 

「里沙子さんもわたくしをつついてくれていいんですよ?つつきあいっこしましょうよ」

 

「じゃあお言葉に甘えて拳でつつくことにしましょうか」

 

「うっ、冗談ですよぅ……」

 

その後、シャワーで汗を流したイエスさんも聖堂にやってきた。

 

「今度は水をワインに変えずに沐浴をすることに成功しました。

とても気持ちがよかった。ありがとう」

 

「それはなによりだわ。あのワイン風呂の臭いは正直吐き気がしたから。

ああ、それとごめんなさいね。パジャマ買うのすっかり忘れてたわ。

悪いけど、今夜は服のままで寝てちょうだい」

 

「こんなに素敵な服を着て寝られる私は幸福です。では、私はお先に休ませて頂きます」

 

「ええ、おやすみなさい……ってちょっとちょっと!」

 

「あの、何か?」

 

何か、じゃないわよ。いきなり長椅子に布団も掛けずに横になるからびっくりしたわ。

 

「そんなところで寝てたら風邪引くわよ。

住居の2階、階段から見て右手の部屋にジョゼットのベッドがあるからそこで寝て。

この娘はあたしと寝るから」

 

「朝から夜まであなた方が与えてくださった厚意は、まるで日輪の輝きのようです。

旅の間は野宿ばかりだったので、このような安らぎは久しくありませんでした。

ありがとう」

 

「本当に大げさなんだから。グンナイ」

 

で、今度こそイエスさんは2階に上がっていった。

お願いだから今日はこれ以上の騒ぎは勘弁してね。マヂで疲れてるから。

 

「ジョゼット、あたし達もシャワー浴びてさっさと寝るわよ。

明日将軍に会いに行くんだから、9時には出たい。

遅刻は理由の如何を問わず極刑に処す」

 

「ど、努力しま~す」

 

その後、あたし達もシャワーで汗を流してパジャマに着替えて早々にベッドに入った。

ジョゼットと一緒に寝るのは何話ぶりかしら。まぁ、どうでもいいわ、そんなこと。

ランプを消すと真っ暗になる。おやすみなさい。

 

地球では豆球付けないと寝られない派と、付けると寝られない派がいるけど、

違いは何なのかしら。あたしは付けない派。

あんなのが天井にあったら鬱陶しくて寝てらんないわ。

しかし……さすがに釘を刺しといたから抱きついたりはしてこないけど、

ジョゼットが微妙に身体を押し付けてくる。本当、子供じゃないの?

お陰で前回よりはよく眠れたけど。

 

翌朝。時計を見ると朝7時。ジョゼットはまだ寝てる。

とりあえずのんびり身支度しようとジョゼットをまたいでベッドから下り、

顔を洗って歯を磨く。そんで服に着替えていつも通り三つ編みを編んで軽く化粧する。

ガンベルトも装着完了。朝食はイエスさんが起きてからでいいわよね。

 

と、思ったら廊下から足音が。あら、もう起きたみたい。

あたしは私室のドアを開けて話しかける。

 

「おはよう、イエスさん」

 

「おはようございます。里沙子」

 

「ちょっと待っててね。今ジョゼット叩き起こしてパン焼かせるから」

 

「いいえ、朝食は私に任せてください」

 

「あ、そう言えば」

 

その後、起きてきたジョゼットが身支度を終えるのを待ったあたし達は、

テーブルに着いていた。出したのは1人1瓶の牛乳だけ。

 

「あのう、わたくし、本当に何もしなくていいんですか?」

 

「今日だけはね。見ててごらんなさい。面白いことが起きるから」

 

イエスさんは棚に積んであったカゴを手に取り、語りだした。

 

「里沙子、ジョゼット。昨日は本当にありがとう。

私にはこのようなことしかできませんが、感謝の気持ちとして受け取ってほしい」

 

さあさ、お立ち会い。彼がカゴを天に掲げると、不思議な事が起こる。

空のカゴに次々と白パン、クロワッサン、塩パン、色々なパンが現れたの。

たちまちパンで山盛りになったカゴを見て仰天するジョゼット。

 

「ええっ!ええ?なんですかこれ!?どうなってるんですか!」

 

「父の恵みです」

 

「イエス・キリストの奇跡の一つよ。パンを生み出し多くの人に食べさせる」

 

「神様って凄すぎる……」

 

「さぁ、どうぞ召し上がれ。温かいうちに」

 

実際どのパンもホカホカで、

街のパン屋でも食べられないような焼き立てのいい香りに食欲が刺激される。

ちぎって口に運ぶ手が止まらない。シンプルな味付けだけど、

それが素材の味を引き立ててる。素材の出どころは不明だけど。

 

「ふぅ。ごちそうさま」

 

「おいしかったですー」

 

「喜んでもらえて、私も嬉しい」

 

朝っぱらから満腹になるまで食べちゃったわ。

さて、そろそろ将軍のところに出かけましょう。片付けは帰ってからでいいわ。

 

「じゃあ、イエスさん、ジョゼット、出かけましょう」

 

「はい!手土産の砂糖菓子もバッチリです!」

 

「参りましょう。この地を守る百人隊長の居城へ」

 

それで、あたしらは連れ立ってハッピーマイルズ・セントラルの将軍を訪ねるべく、

外に出る。……ことができなかった。玄関のドアを開けた瞬間、また閉めて鍵を掛けた。

 

「何考えてんのよあのアホ共は!」

 

「どうしたんですか~?」

 

「窓から外見てごらんなさい!」

 

「外って……キャア!」

 

教会が市場、いや、ハッピーマイルズの連中全部に包囲されてて、

外に出たら間違いなくもみくちゃにされる。外からなにやら声が聞こえてくる。

 

 

“マリア様の御使いに会わせてくれー!”

“天使様、お顔だけでも!”

“聖母様バンザーイ”

“あのお方がわしの目を治して下さったんじゃあ!”

“乞食の爺さん!?詳しく聞かせてくれ!”

 

 

「イエスさん、悲しいお知らせ。外に出られなくなった」

 

「何故でしょう」

 

「昨日、あなたの奇跡を見た連中が押し寄せてる。

次にドアを開けた瞬間、この教会がパンクするほどの人間がなだれ込んでくるわ。

とりあえず今は将軍のところへは行けない」

 

「ああ、父よ。これも一つの試練だというのですか。

私に空を飛べとおっしゃるのですか」

 

「あなた一人ならできるかもね。でも生憎あたしたちには翼がない」

 

外の連中の声はますます大きくなる。

いっそ野盗の襲撃ならダイナマイトでドカンだったのに……!

どうしてくれよう。イエスさんを連れ出すにはどうすればいいのかしら。

 

 

 

 

 

ちっとも楽しくねえクリスマスは始まったばかり。続きは今夜18時頃ね(怒)!!

 

 




キリスト教に関する知識は付け焼き刃なので、いろいろ矛盾があると思われますが、
広い心でお許し頂けると幸いです。


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キリストだったわ、ごめんごめん。ああ言ってるつもりでこう言ってることってあるわよね。

教会を取り囲む声がどんどん大きくなる。このままじゃ街まで行けないわ。

里沙子一生の大ピンチ。いっそ空に一発ぶっ放して追い払おうかしら。

いや、群集心理を甘く見ないほうがいいわね。

かえって興奮して混乱が大きくなる可能性のほうが高い。

あたしがあれこれ考えてると、イエスさんが不安げに尋ねてきた。

 

「里沙子、彼らは何故我々を包囲しているのでしょうか」

 

「あなたが目的に決まってるじゃない!昨日の死者復活がやっぱり堪えたみたい。

みんな救いを求めて押し寄せてるのよ。

たまったもんじゃないわ、ここは病院じゃないっつーのに!」

 

「こんなにたくさん人が入ったら、聖堂が壊れちゃいます~」

 

今でさえドアを叩きまくるアホ共のせいでボロい扉が壊れそう。

ねぇ、なんとかこいつら追っ払えないかしら……って頼もうとした矢先におい!

イエスさんがドアを開けると、さっさと人間の群れの真ん中に歩いていった。

 

ちょっと、一体何考えてんの!圧死しても知らないわよ、死なないんだろうけど!

でもイエスさん、あたしを無視して演説始めちゃった。

今まで人生で見たことのない人の密度に一瞬プチゲロが出る。当然頭も痛い。

 

「ちょ、イエスさん、戻って!」

 

 

“おお、天使様だ!”

“御使いだー!”

“もっとお顔を見せてください!”

 

 

「静まりなさい」

 

その優しくも厳かな声に群衆共が一気に大人しくなる。

女たちは恍惚とした表情で彼を見つめ、

男たちも尊敬のまなざしでイエスさんに期待を寄せる。彼はこう続けたわ。

 

「私はアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。

私は、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる」

 

ヨハネ黙示録21章6節ね。

少しだけ開けたドアから覗き込んで成り行きを見守ってると、イエスさんが続けた。

 

「この中に病苦に苛まれるもの、悪霊に取りつかれているもの、身体の不自由なものは、

前に出なさい」

 

その言葉を切欠に、次々と病人共がイエスさんを取り巻いて助けを求めた。

 

 

“長年病気に苦しめられています、お助けください……”

“この子は暴走魔女の呪いにかかり、口がきけないのです。救済を!”

“皮膚病の業からお救いください……我らに光を!”

 

 

結構深刻な病気が多いわね。やっぱハッピーマイルズはハッピーなんかじゃないわ。

さて、イエスさんはどう出るのかしら。

だんだんあたしもジョゼットも興味が湧いてきて、いつの間にか外に出てた。

彼が病人の一人に話しかける。

 

「病気に苦しめられているのは、あなたなのか?」

 

「うう、ごほっ!もう38年になります……

咳が止まらず足腰が痛くて動くこともままなりません。

きょ、今日も!親戚の者にここまで運んでもらいました。がはっ!」

 

担架の上で苦しそうに横たわってるおじいさんにイエスさんが問う。

 

「治りたいのか」

 

「み、御使いよ、どの医者もわたしを診てはくれません。

ごほ、ごほ!治らなければ、評判にならないからです。ぜぇ、ぜぇ!」

 

イエスさんは優しく囁くように病人に促す。

 

「起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい」

 

とうとう来たわ。奇跡累計4発目。

 

「あ、ああ……痛みが消えていく。もう咳が出ることもない……

ありがとうございます、ありがとうございます……!

マリア様と御使いに、幸多からんことを」

 

すると、おじいさんは何度もお辞儀をして、乗せられてきた担架を担いで、

自分の足でスタスタと歩いて帰っていったわ。その光景に群衆がまたもどよめく。

続いて、2人目。いや3人目かしら。今度は親子連れだった。母親と少年。

子供は悲しげにイエスさんを見つめ、母親が彼に話しかけた。

 

「どうかお救いください天使様!この子は暴走魔女の呪いによって悪霊が取り付き、

喋ることができなくなってしまったのです」

 

「いつごろから、こんなになったのか」

 

「幼いときからです。悪霊は言葉を奪っただけでは飽き足らず、

たびたびこの子を火や水の中に放り込み、殺そうとしました。

もしできれば、わたしどもを憐れんでお助けください」

 

「もしできれば、と言うのか。信ずる者には、どんな事でもできる」

 

「信じます。不信仰なわたしを、お助けください!」

 

イエスさんはただうなずき、魔女の汚れた霊を叱った。

 

「私がおまえに命じる。この子から出て行け。二度と、はいって来るな」

 

すると、子供に取り付いていた霊が物凄い悲鳴を上げて出ていった。

同時に子供が痙攣を起こしてぶっ倒れちゃったから、また大騒ぎになりかけたんだけど、

イエスさんが子供の手を取って起こすと、その子が立ち上がったの。

ええ、健康そのものだったわ。

母親は何度も頭を下げて、子供にも笑顔が戻ってイエスさんに手を振った。

 

それを目の当たりにした群衆が歓声と言うか雄叫びを上げる。ああ、うるさい!

でも、誰かがイエスさんを求めてよたよたと歩み寄ると、

みんな静まり返って道を開けた。多分男だと思う。

顔を手ぬぐいで隠して、身体がすっぽり隠れるように何枚を重ね着してるから

年の頃は分からない。でもうるさい連中を黙らせたのはGJだわ。

 

 

“おい、あいつだぜ……近寄るな”

“下がれ下がれ、業病が感染るぞ”

“押さないで!触っちゃったらどうすんのよ”

 

 

なーんか気に入らない空気ね。ともかく幸か不幸か、

彼がなんとなく嫌われてるおかげで、スムーズにイエスさんのところまでたどり着けた。

それで、覆面の彼がイエスさんの前に跪いて祈ったの。

その時初めて顔を覆っていた手ぬぐいを取った。

……なるほど、ハンセン病ね。彼はねじれた口びるでなんとか言葉を紡ぐ。

 

「あなたのお心一つで、私はきよくしていただけます」

 

イエスさんは深く憐れんだ表情で、手を伸ばして、彼に触れて言ったわ。

 

「私の心だ。きよくなれ」

 

そう言うと、不適切な処置で歪んだ顔が瞬く間に整った形になり、膿が取れ、

彼の体内から、らい菌が取り除かれ、病苦に冒された彼は完全に治った。

するとイエスさんは丁寧に、彼を何重にも覆っていた布を取り去っていった。

 

救われた彼は、初めは怯えていたようだったけど、手を握って耐えて、

やがて最後の1枚が剥がされると、服から覗く肌はすっかり綺麗になって、

固まった膿がさらさらと砂になって消えていったの。

彼はなめらかになった自分の両腕を見ると、感激して泣き出した。

 

「おお、わたしの業病が……ありがとうございます!あなたこそ奇跡の人です!」

 

「この事は、誰にも話さないように、注意しなさい」

 

いや、意味ないから。この衆人環視の中で。実際周りの連中がまた大騒ぎを始めた。

心のなかでツッコんでると、イエスさんはその後も次々と

病気や身体の不調に苦しむ人達を助けて回った。

それはいいんだけど、気になるのはやっぱり時間ね。

 

「ジョゼット、今何時?」

 

「ええと、待ってください。大体9時半ですね。この時計は10分前後の誤差込みです」

 

「昼前には将軍のところに行きたいから、急いでこいつらさばいてもらいたいわね」

 

あたしの不安をよそにイエスさんは救済を続ける。はぁ、いつまで待てばいいのかしら。

長椅子に寝そべりながら、あたしはひたすら客が帰るのを待ち続けた。

体内時計で1時間くらい経ったかしら。ジョゼットに様子を尋ねる。

 

「ジョゼット、今どんな感じ?ついでに時間も教えて」

 

「11時前後です。病気の方は皆さん彼に癒やされてお帰りになったみたいですね~

今は他の信者さんがイエスさんに祈りを捧げてます」

 

「はぁ!?病気でもないくせに何居座ってんのよ!ジョゼット、馬鹿共叩き出すわよ!

こちとら急いでるってのに!」

 

「ええっ、そんなことしていいんですか?」

 

「良いに決まってんでしょうが!」

 

あたしは外に飛び出すと、大声で有象無象を怒鳴りつけた。

 

「あんたら、病気でもないくせになにやってんの!用事がないなら帰りなさい!

イエスは今日大事な用があんのよ!」

 

 

“えーそんな”

“もっと御使いのそばにいたいわ”

“里沙子だけずるいぞー”

“独り占めイクナイ”

 

 

「あらそう。だったら気が済むまで彼の邪魔を続けなさいな。

昔、それに近いことをした街が硫黄の炎で焼かれたけど、

そんなことは関係なかったわね。神罰ってやつじゃない?じゃあ、さいなら」

 

 

“ええっ!?街ごと?”

“ああ、天使様!お許しを!”

“みんな散れ散れー!”

 

 

まさに蜘蛛の子を散らすようにうるさい連中が帰っていった。

やっと我が家に平穏が戻ったのはいいけど……

この分だとハッピーマイルズ・セントラルに足を踏み入れたら

同じことの繰り返しになるわね。状況がちっとも良くならない。

でも、あたしが考え込んでると、イエスさんが話しかけてきた。

 

「里沙子、すみません。私のせいでまたあなたを困らせてしまったようです。

かつての旅を思い出してしまって」

 

「ううん、あなたは悪くない。悪いのは人の都合考えないアホ共よ。

予定もクソもありゃしない。っていうかもう街には入れない。

今回はなんとか追い払ったけど、またハッピーマイルズに行けば元の木阿弥よ」

 

「行けたとしてもきっと将軍も今はお昼ごはんの途中ですからね~」

 

「はい、馬鹿は黙る。どうすればいいのかしらねぇ……」

 

でも、そんな心配を一気に吹き飛ばす存在が駆けつけてくれた。

4騎ほどの蹄の音が近づいてくる。そして馬のいななきと共に教会の前で止まったの。

その見間違えようのない姿は……将軍!?彼が護衛を連れてやってきた。

あたしは慌てて彼に駆け寄る。

 

「将軍!なぜこちらに!?」

 

「なに、リサ達の到着が遅いので偵察の者を寄越したら、

大変な目に遭っていたらしいではないか。人気者は辛いものだな!ガッハッハ!!」

 

本当にありがたいわ。これで頭の血管が切れずに済む。でも、もう少し声は落として?

 

「大変恐縮ですわ。こちらの都合なのにわざわざ来て頂くなんて……

ジョゼット、ボサッとしてないでさっさとお茶!」

 

「はい、ただいま!」

 

「イエスさんも将軍も中へ。

あ、部下の方たちもせめて聖堂へ。外は冷えるでしょうから」

 

「心遣い痛み入る!では者共、馬を止め、教会に入るのだ!」

 

それから。さすがに戦車1人含む4人じゃ狭いダイニングのテーブルに着けないから、

聖堂の長椅子を4つ向かい合わせて話を始めた。

部下の人達は銃を持ったまま四隅に控えて警戒に当たってくれてる。

 

あたしはまず、将軍にキリスト教の存在と、

イエス・キリスト、彼自身の神になるまでの経緯や、エピソードを簡単に説明した。

将軍は顎髭をねじりながら真剣な面持ちで聞いていたわ。

黙ってる彼を見るのは珍しいことよ。

あたしが話し終えると、心底驚いた様子で口を開いた。

 

「ううむ……斯様に偉大なる存在がミドルファンタジアに転移してきたことは、

これまでに例がない。我としてもイエス殿をどうお迎えすべきか検討が付かぬ」

 

「どうか、私のために悩み苦しまないでください。ただ、私を受け入れて欲しい。

それだけなのです。世界を見聞きし、混沌とした世を救済する術を学ぶために、

私は父に遣わされたのです」

 

「お茶です~ちゃんとお砂糖ミルクもありますよ、イエスさん」

 

「温かいコーヒーをありがとう、ジョゼット」

 

「ありがと。でも、ここまで大事になったら難しいんじゃない?

もうとっくに噂は他の領地まで広がってると思ったほうがいい。

一歩歩く度にイエス様イエス様じゃ、あなたも勉強どころじゃないでしょう」

 

「やはり、私はここに来るべきではなかったのでしょうか……」

 

「そんなことない。そんなことないけど、

アホ共に大人しくイエスさんの教えを伝える方法は検討する必要があるわね」

 

「うむ。お触書に書いて配るのはどうだろうか」

 

「う~ん、失礼ながら将軍、その方法は無理があるかと。

主の教えを記した聖書は何百ページもあり、とんでもない分厚さがあります。

その全てを書き物に記して全市民に配るのは不可能に近いと存じます」

 

「なんと。貴殿はとてつもない見識を有しているのだな」

 

「いいえ。たしかに私の旅の記録が記されていますが、

聖書は弟子たちが書き残したものです」

 

「あの~言いそびれちゃってて今更あれなんですけど、

それに関してわたくしに考えがあるんですけど、なんていうか……」

 

「前置きはいいから、言いたいことはさっさと言う」

 

「はい。里沙子さんの世界の教えでは、

イエスさんはマリア様の息子、ということになってるんですよね」

 

「そうよ」

 

「なら、書き足しちゃえばいいんですよ!」

 

「「「書き足す?」」」

 

意味不明なジョゼットの案にイエスさん含めて全員が目を丸くする。

とりあえず聞くけど、頼むから恥かかせないでよ。

 

「書き足すって何をどこに書き足すのよ」

 

「もちろん、この世界の聖書に、アースの聖書を書き足すに決まってるじゃないですか~

ミドルファンタジアの殆どの人間にとってはマリア様の教えが絶対。

そのマリア様から生まれたイエスさんの教えもまた尊いもの。

だから、両方書いちゃえば解決なんじゃないかって。

そうすればあとはその通りに聖書を印刷すれば、

徐々に教えは広まっていくんじゃないかな~なんて!」

 

やっぱりみんな目を丸くする。あたしはこの娘からまともな意見が出たことに、

イエスさんは彼女のアイデアの良さに、将軍は聖書に手を加える考えの大胆さに驚いて。

 

「あんたにしちゃいいアイデアだと思うけど……どう思う?イエスさん。

確かにここのマリア様も元を正せば地球の存在だけどさ」

 

「素晴らしい知恵をありがとう、ジョゼット。

この地で育まれた母の教え、そして父の教え。二つをこの世界に広めることができる。

まさにあなたは神に仕えるに相応しい方だ」

 

「いや、しかし……聖書に手を加えることなど可能なのだろうか。

聖書は帝都にあるシャマイム教の中枢、大聖堂教会の許可がなければ

一言一句変えることは許されん」

 

「変えるんじゃなくって、足すんです。きっと大丈夫ですよ!」

 

「あのね。“きっと”で将軍に危ない橋渡らせるわけにはいかないの。

こういう宗教関連の罪は刑罰が重くなってるんだから。

シスターのあんたが知らなくてどうすんの」

 

「えー、でも~」

 

 

「待ってください」

 

 

その時、イエスさんが発言した。みんなが彼を見る。なんだか緊張した面持ちね。

 

「それについては、私に任せて欲しい。ただ、皆さんの前から去ることになりますが」

 

「ちょっと、それってどういうこと?方法は置いといて、あなたが去るって」

 

「それは……」

 

彼が続きを語ろうとした時、外から地を揺るがすような轟音。

実際テーブルのコーヒーカップが1cm跳ねた。

すぐさま兵士達が外に飛び出し銃を構える。敵の姿を見た兵士がすぐさま発砲。

でも、すぐに銃声が悲鳴に変わる。

あたしたちも外に出ると、異様な光景が広がっていた。

 

兵士達が実体のない黒いガス状の何かに縛り上げられ、身動きが取れなくなっている。

そして、それを嬉しそうに笑う一人の魔女。

三角帽子ではなく、紫の頭巾を被って幼い少女の姿をしている。

白いエプロン姿のそいつは、クスクス笑うとあたしたちに宣言した。

 

「よくお聞きなさい。私はエビルクワィアー随一の悪霊使い・ベネット。

私の可愛いペットを滅してくれた礼をしにきましたの」

 

「ペットって何よ!もうすぐクリスマスだから無益な殺生は控えてる」

 

わけのわかんないこと言ってるガキにピースメーカーを向けながらあたしが応えた。

将軍も前に出る。

 

「おのれ魔女め!我が部下を放すのだ!」

 

「よくってよ。た・だ・し。

私のペットをやっつけてくれちゃった犯人の身柄と引き換えよ。

せっかく成長途中の人間に根付かせて、苦しみ、嘆きを餌に

ゆっくり大きく育てようとしていましたのに」

 

「……では、あの少年に悪しき霊を取り憑かせたのは、あなたなのですね?」

 

聖堂から出てきたイエスさんが問う。そう言えば、今朝そんな男の子助けてたわね。

ベネットとかいうガキが彼をしげしげと見る。

 

「ふぅん。大きな神性を纏っていますわね。あなたが犯人と考えてよさそう。

さ、早くこっちにおいでなさいな。この4人の命が惜しいなら、ね?」

 

バカね。誰に喧嘩売ってるのかわかってるのかしら、あの頭巾は。

やっぱりイエスさんが前に出て、一言告げた。

 

 

「けがれた霊よ、この人たちから出て行け」

 

 

その瞬間、兵士達を拘束していた黒い霧が悲鳴を上げて掻き消え、彼らが自由になった。

皆が驚いてるけど、やっぱりベネット本人がパニックに陥っている。

 

「そんな!全く詠唱なしで私の霊を祓うなんて!あなた、何者ですの!?」

 

「……私は、アルファであり、オメガである」

 

「意味がわかりませんわ!」

 

「悪いことは言わない。この人だけはやめときなさい。

暴れ足りないならあたしたちが相手してあげるからさ」

 

「それで勝ったつもりですの?クサレ聖職者が……見てるだけで腹が立ちますわ!

私の力の前に跪きなさい!」

 

ベネットは左手を掲げると、手のひらに濃紫の魔力を収束し、炸裂させた。

飛び散った魔力は黒く燃え上がる球体となり、悪霊の軍勢に姿を変える。

 

「総員、射撃開始!」

 

将軍の指示で兵士達がライフルを撃つけど、実体がない球体には効果がなかった。

あたしもピースメーカーで応戦したけど、まるで手応えがなかったわ。

だったら、元から断てばいい。

Century Arms M100を抜いてベネットの胴に狙いを付ける。

 

「全員耳ふさいで!」

 

あたしがトリガーを引く。そして、爆発音。

強烈なマズルフラッシュと共に飛び出した45-70ガバメント弾が

魔女の心臓めがけて突き進む。命中まで、あと0.01秒。その時だった。

ベネットの身体を紫のガスが覆い、クッションのように銃弾をふわりと受け止めた。

 

「アハハハ、無駄ですわよ!私の究極魔法の暗黒ガスは、

物理攻撃はおろか、あらゆるエレメントを食い尽くす完全無欠の防護壁!

さぁ、今度はこちらの番!やってしまいなさいな!」

 

ベネットが指示を出すと、宙を漂っていた黒い球体が、一瞬力を蓄えるように縮み、

また膨らむと同時に体内からエネルギー弾を放ってきた。

正体はわからないけど、ろくでもないものには違いない。皆、必死に弾を回避する。

すると暗黒の弾は着弾と同時に爆発を起こし、爆風で吹き飛ばされる。

 

「げほっ!」「ぐはあ!」「ううっ……」「くそっ」

 

「しっかりしろ、お前たち!!」

 

騎兵隊の人達も直撃は免れたけど、そこそこダメージは受けたらしいわ。

とはいえ、あたしもノーダメージってわけには行かなかった。右手をひねったみたい。

もうM100は持ってるのも辛いからホルスターにしまう。

だからってピースメーカーが効くわけじゃないんだけど……!

 

「ウフフッ、運のいい方達ですわね。でも次はどうかしら?

今度はしっかり狙いますから、一生懸命お逃げになって?フフ、ウフフフ……」

 

ベネットが左手を上げて、人差し指をぐるぐる回すと、

黒い球体の群れが整列し、再びエネルギーを蓄え始めた。

うーん、ざっと数えて10体くらい?今度は誰かが犠牲になりそう。

 

どうしましょう。このままじゃ……このままね。

結局なにもできないまま、敵の攻撃を許してしまった。

わざとフラフラした軌道を取り、回避を難しくしたエネルギー弾があたし達に迫る。

 

その時、彼がまたあたしたちの前に出た。

 

 

「もういちど言う。けがれた霊よ、去りなさい」

 

 

すると、黒の球体も、そいつらが放ったエネルギー弾も、

あたしたちに命中する直前で消滅した。

そして、イエスさんは何が起きているのかわからないベネットに語りかけた。

 

「悪しき魔女よ、罪を告白し、懺悔なさい。悔い改めるのです。

そうすれば、父はあなたをお赦しになる」

 

「……ハ、ハハッ!なによ、その上から目線!

私は人間共の上に立つ大魔女、悪霊使いベネット!

ちょっと腕が立つだけのエクソシストが図に乗るんじゃないわよ!」

 

「あなたにも天界への門は開かれている」

 

「余計なお世話!私は闇に生き、自由を愛する、誰にも触れられない無上の存在!

神の指図なんか反吐が出ますわ!

……いいでしょう、いかにあなたが無力な存在か思い知らせて差し上げます。

その教会もろとも吹き飛ぶがいい!!」

 

「おやめなさい。

決してこの祈りの場所を汚してはなりません。人を傷つけてもなりません。

それはあなたにとって幸せなことではありません」

 

「へったくそな命乞いありがとう!でも手遅れ!バイバーイ!アハハハ!!」

 

ベネットを取り巻く空気が、重く暗いものに変わり、

彼女が天に向けた左手のひらから、紫の魔力が上空に集まる。

集まり、集まり、集まって、巨大な魔力の爆弾となり、彼女が手を振り下ろすと、

イエスさんめがけて襲いかかった。

隕石の落下の如く、大きく空を切りながら圧倒的破壊力の塊が、

ほぼ45度の角度から飛来する。

 

彼は何も言わず、眉間にしわを寄せて深い嘆きを表し、右手の3本の指を合わせた。

指で三位一体を形作った時、教会を丘ごと吹き飛ばす威力を秘めた魔力の球体は、

フッと消え去った。

 

「行っけええ!……って、あれ、え、なんで……?」

 

最大出力で放った魔法すら消されてしまったベネットは呆然とするしかなかった。

なんで?なんでなの?人間に、あんなヤツがいるなんて!!

知りうる魔法の中で最強の一撃を、右手の印ひとつで無効化されたベネットに

手は残されていない。そして、恐れをなした彼女に追い打ちを掛ける出来事が。

 

「だめ、こんなのに関わっちゃ!逃げなきゃ……あれ、脚が変?

なにこれ、いや、助けて!」

 

その場で必死にもがく魔女の姿を見てジョゼットが不思議がる。

球体の総攻撃から立ち直っていた皆も同様だった。

 

「一体何をしてるんでしょう、彼女……」

 

「塩の柱、よ」

 

あたしは聞きかじった伝説を説明する。

かつて、悪徳と退廃の街が神の炎で焼き尽くされる時、

イエスは善人の家族に事前にそれを伝えていた。

その時、主は、逃げる間決して街を振り返ってはならないと命じた。

しかし、やはり残した我が家が心配になったのか、妻が途中で振り返ってしまう。

するとたちまち妻の身体は塩に変わり、“塩の柱”として現在に至るまで残されている。

 

「それでは、あの魔女はイエス殿の言いつけに背いたから……」

 

将軍も驚きを隠せない様子で、魔女の最期を見つめている。

パキ、ペキ、ポキと音を立てて、

ベネットの下半身が赤茶色い土の混じった岩塩に変わっていく。

 

「いや、いや!わかった、私の負けよ!なんでもするから許してぇ!!」

 

だけど、魔女の命乞いにもイエスさんは悲しげな瞳で彼女を見守っているだけだった。

 

「お願い!お願いよ!マリア様でもなんでも信じるから、呪いを解いて!私を許して!」

 

「……種を蒔く人が種まきに出た。種は、神の言葉です。あなたは岩地に落ちた種です。

岩地に落ちるということは、聞いてその時は喜んで受け入れるが、

根がないので、しばらく続くだけで、試練が来るとすぐぐらつく。

今、あなたが魔女としての生き方をあっさり捨ててしまったように」

 

「そんな……お願い……」

 

もう、魔女は首まで塩になっている。最期の時が近い。

あたしもジョゼットもその悲惨な末路に言葉が出ない。

 

「死に、たく……ない」

 

それが、涙の一筋まで完全に塩と化した魔女の遺言だった。

その場にいた皆がイエスさんを見る。彼は塩の柱に向かって十字を切っていた。

 

 

 

 

 

戦いを終えて落ち着きを取り戻したところで、またあたし達は聖堂で話し合っていた。

 

「とんだ邪魔が入ったけど、議論再開ね。

たしかジョゼットの案で聖書を書き足すことになったんだけど、

そうするとイエスさんがいなくなっちゃうってとこまで話が進んでたわね。

それはどうしてなのかしら、イエスさん」

 

「うむ、我も気になる。

このミドルファンタジアでは異世界からあらゆる物事が流れ着き、受け入れ、

独自の発展を遂げてきた。あれほどの力を持つ貴殿なら、

帝都の大聖堂教会で救い主として君臨することもできよう」

 

「それはなりません。この力はひとつところではなく、

あまねく人々に分け与えられなければならないのです。

あなた方のそばにいられなくなる理由は、

父の教えを広めることによって、私の役割は終わり、

父と精霊の元へ帰らなければならなくなるからです」

 

「では、貴殿には大聖堂教会の司教達を説得する術があると?」

 

「今夜、私は彼らに夢の中で語りかけます。母マリアと父の御言葉に従えと。

この大地からは大きな信仰を感じます。皆、必ずわかってくれるでしょう」

 

「そりゃ、説得力抜群ね。問題は、地球側の聖書をどう手に入れるかってこと。

スマホにもダウソなんてしてないし、

こないだマリーの店あさってみたけど見かけなかったわ」

 

「それは……私が書き記しましょう。

書籍という形ではなくとも、弟子たちが残した遺志は私の心に届いています。

たくさんの紙とペンが必要です。貸してください」

 

「へぇーっ、イエスさん記憶力いいんだ!」

 

「そういう次元の話じゃないの、引っ込んでなさい」

 

「むー!わたくしのアイデアなのに」

 

「あら、綺麗な輪飾りね。引きちぎったら面白そう」

 

「だめだめ!これだけはだめー!」

 

ジョゼットが輪飾りを守るように壁際でぴょんぴょん跳ねる。

かなり真剣な話してるのに、あれのせいでなんだか間抜けな雰囲気だわ。

本当にちぎりたくなってきた。

 

「して、イエス殿。その聖書を書き上げるには、どれくらいかかるであろうか」

 

「3日もあれば十分です」

 

「早いわね。あの分厚い本を3日で?」

 

「はい。心に映った言の葉をただ書き連ねるだけなので」

 

「うむ、それならちょうど帝都の大聖堂教会に許可を得て戻ってくることができよう」

 

「ご足労おかけしますわ」

 

「いやいや。この世界の宗教の歴史的転換点に立ち会うことが出来て、

我も年甲斐もなく胸が踊っておる」

 

「では、さっそく取り掛かりましょう。

私は死ぬことも疲れることもありません。心配は不要です」

 

「じゃあ、紙とペンを用意するわ。デスクはあなたの個室にあるから。

暗くなったらランプを付けて」

 

「では、時間が惜しい。早速我らは帝都に向かうとしよう。失礼する!」

 

「道中お気をつけて」

 

将軍がやっぱりガシャガシャと鎧を鳴らしながら部下を連れて出ていった。

しばらくすると、蹄の音が遠ざかっていくのが聞こえた。

さて、こっちはこっちでやることやらなきゃ。

 

「さてと。紙は確かジョゼットが布教用チラシ作りとか言って、

勝手に買い込んだやつが物置にあったわね。

イエスさん、すぐに持っていくからお部屋で待っててね」

 

「ありがとう、里沙子」

 

 

 

 

 

まぁ、それからは殆どやることもなかったから別に書くようなこともないわ。

イエスさんの部屋に抱えるほどの紙を持っていって、ペンとインク瓶を渡すと、

彼が物凄い速さでペンを滑らせだしたの。

まばたき一つせずに、一心不乱に教えを紙に書き連ねてた。

 

邪魔しちゃ悪いからそっと部屋から出た。あたしにできることはここまでね。

朝からどんちゃん騒ぎでぶっちゃけ疲れてるから、先に休ませてもらいましょう。

シャワーを浴びてパジャマに着替えると、そのままベッドに飛び込んだ。

柔らかいベッドに身体が沈み、気持ちいい眠りに落ちていく。

 

 

……

………

 

 

ん?寝てるのになんだか明るいわね。ランプは消したはず。

枕元であんなの点けてたら寝られやしない。妙な夢だわ。

なんだか眠ったまま光が満ちる天に浮かんでるみたい。

でも、今眠いから面倒くさいかも。

 

“……さこ、里沙子”

 

「あれ、イエスさん?

もうあなたが何しても驚かないけど、あたしの夢なんかに入って何がしたいの?」

 

眠りながら意識だけで会話する。これが明晰夢ってやつ?

 

“あなたにお別れと礼を述べるためにお邪魔しました”

 

「まぁ、お別れは寂しいけど世の常よ。紋次郎が背中で語ってた。

それに礼なんか必要ないわ。ただ成り行きに任せてただけ」

 

“はじめて私と会った時、あなたは私の足を拭いてくれました。

2000年前に会ったあの女性のように。そして履き物を与えてくれた”

 

「……床、汚されたくなかっただけよ」

 

“それだけで自らの手を汚して、私を洗い清めてくれる者がどれだけいるでしょうか。

それにあなたは自らの財産を投げ打ち、私に施しをしてくれました。

里沙子、あなたの清い心に私は感銘を受けました。

父はあなたが最期を迎えた時、必ず天界へあなたを迎え入れるでしょう。

もちろん、ジョゼットも。彼女も私のために額に汗して衣類を整えてくれました”

 

「……夢壊すようだけどね、あなたはあたしを買いかぶり過ぎなのよ。

イエスさん、旅してた頃に言ってたらしいわね。銀貨2枚だけを捧げた老婆に、

 

“この人は誰よりも多く捧げた。金持ちは有り余る中からほんの少しを捧げただけだが、

でも彼女は、生活費の全てを、惜しみなく投げ込んだ”って。

 

あたしも所詮そこにいた金持ちにすぎないの。

たまたま金が余ってたからなんとなく手助けしただけ。

もしあなたと同じように貧乏だったら見向きもしなかったでしょうね」

 

“なぜ自分を否定するのでしょう。

あなたが施してくれたのは確かに財産のほんの一部かもしれません。

しかし、それを活かすために街へ赴き、

苦難もつ人々を救う機会を与えてくれたのは他でもないあなた方だというのに”

 

「別に、事実を言ってるだけよ。あたしはこれまでも、これからも、

“こうしたい”とか“なんとなく”で生きていく。

それで神様に嫌われるならしょうがないわ。今の生き方変えるよりマシよ」

 

“父は必ずあなたをお赦しになります。

いずれ時が来た時、あなたと楽園(パラダイス)で逢えることを楽しみにしています”

 

 

………

……

 

 

いつの間にかあたしは目を覚ましてた。なぜかしら。少し泣いてたみたい。

 

「……あたしは仏教徒だっての」

 

 

 

 

 

それからの3日間は穏やかだったわ。

イエスさんが夢でみんなに必要なことを言い聞かせてくれたみたい。

ミーハー共が押し寄せることもなかったし、食事の買い出しに行く必要もなかったから、

あたしも珍しくごろ寝の生活が出来たわ。

何しろ食べ物はイエスさんが無限にパンを出してくれるんだもんね。

 

まぁ、それでも食事以外は一日中頑張ってるイエスさんに悪いから、

パジャマからは着替えようかしらね。三つ編みを編んで、洋服に着替える。

今日も出かける予定はないから、すっぴんでいいかしら?と、思った瞬間、

外から大音声が響いて雷でも落ちたのかと思った。

 

 

「リサアァァ!!イエス殿オォ!!我は帰ってきぞォ!」

 

 

正直、イエスさんの奇跡で彼の声を小さくしてもらいたいわ。

驚いて落っことしたビューラーを拾うと、急いで玄関から出て将軍を出迎えた。

あ、やっぱり化粧しとくんだった。

 

「長旅お疲れ様でした、将軍」

 

「うむ、朗報であるぞ、リサ!」

 

「それで、結果は……?」

 

将軍の大声に気づいたジョゼットとイエスさんも出てきた。

彼は馬から降りながら二人に挨拶した。

 

「おはよう!ジョゼット!イエス殿!」

 

「うう……おはようございます、将軍」

 

「おはようございます。今日もあなたにとって良き日でありますように」

 

あたしと同じく将軍の大音声に辟易するジョゼット、

イエスさんは気にも留めずいつも通りね。さすが神様というかなんというか。

 

「あの、将軍、結果を……」

 

今度は間近で食らったあたしは、若干ふらつきながら、

将軍から一本のスクロール(西洋の巻物ね)を受け取って広げる。

そこには大聖堂教会からの許可、というか命令が記されていた。

 

「なになに?

“聖母マリアの息子、イエス・キリストの教えを直ちに書き記し、

大聖堂教会に提出せよ。 法王ファゴット・オデュッセウス12世”」

 

「それって……イエスさんの教えが認められたってことですよね!

聖書に加えてもいいって!」

 

「許可って言うより命令だけど、そういうことになるわね。

よほどイエスさんの夢に感激したんでしょ」

 

「我も昨夜、イエス殿から“剣を取る者は、剣で滅びる”と

耳に痛い忠言を頂いたところだ。しかぁし!剣に倒れるは騎士の誉。

残念ながら我は天に赴くことはできないらしい、ガハハ!!

……して、イエス殿。聖書の進捗具合はいかがですかな」

 

「将軍殿、争いは人の常。父の教えを常に心に留めてさえおけば、

あなたも時が来れば天上界で生きることができます。

聖書ですが、先程書き上げたばかりです。お持ちください」

 

「おお、それはありがたい!さっそく原稿を頂きたい!帝都に提出しなければ。

聖書の印刷は大聖堂教会認定の印刷商会しか行えない」

 

「少し、お待ち下さい」

 

そう言ってイエスさんは一旦家に戻って、すぐ持ってきたわ。うわ、すごい量。

抱えるようにして持ってる。

手伝ったほうがいいかしら、と思ってるうちに紐で通した原稿が将軍に手渡された。

 

「おおっ、これはとんでもない量だ。

さぞかしためになる教えが認められているのだろう。

イエス殿、貴殿の汗の結晶、確かに預かり申した。さっそく帝都に届けなくては!」

 

「ええっ!?今帰ってきて、また帝都に行かれますの?

少しお休みになられたほうが……」

 

「心配無用である、リサ!我も、愛馬ファイブチャンピオン号も、

一週間程度の行軍でへばるほどヤワにできてはおらん!」

 

「あ、その、それならいいんですけど……」

 

「では諸君、一度さらばだ!ハハハ!」

 

行っちゃった。本当に嵐みたいな人ね。

確かにあの将軍と、彼を乗せて走れるあの馬なら大丈夫そうだけど……

 

「さ、そういうわけよ。あたしたちにできることはなんにもないわ。どうする?」

 

「わたくしは飾り付けの続きをします。輪飾りの準備がもう少しで終わります」

 

「え?あ、いつの間にか増えてる!こいつ!

やったもん勝ち根性が身につく前に、少しキツめのお灸をすえる必要があるわね!」

 

「ああ、暴力反対ですぅ」

 

「悪いことをすると叩かれるの、この意味わかる?」

 

拳でジョゼットのこめかみをグリグリしてやろうとするけど、

身体の小ささを活かして逃げ回る。ええい小癪な。

 

 

「アハハハ……」

 

 

その穏やかな笑い声に気づいてあたし達は馬鹿騒ぎをやめた。

視線の先には洋服を着たかつての救世主(メシア)

草原に立ち、静かに微笑んであたし達の戯れを見つめている。そうか。そうなのね。

 

「イエスさん。これで、もう、お別れなのね」

 

「え、どうして!?もうちょっといいじゃないですか」

 

彼はゆっくり首を横に振る。

 

「父の教えが芽吹き始めた今、私の役割は終わりました。父と精霊の元へ帰ります。

里沙子、ジョゼット。あなた方の惜しみない献身は未来永劫忘れません。

その清き心のある限り、我々は再び相まみえることでしょう」

 

「行っちゃやです!もっともっと、たくさんの事教えて欲しいです!」

 

教会を包む草原が、風にさらされ、静寂という音を立てる。

そこにいるのはあたし達3人だけ。

 

「ジョゼット、困らせないの。イエスさんにも待ってる人がいるんだから」

 

「だって、だって……」

 

「泣かないで。また逢える日を信じて、あなたの道を歩んで欲しい」

 

「うくっ……わかり、ました……」

 

「ねえ、イエスさん」

 

「はい」

 

「夢でも言ったけど、あたしはやりたいことしかしない。楽することばかり考えてる。

成り行きで巻き込まれた面倒事に対処はするけど、それ以上はしない。

こんなちゃらんぽらんな生き方でも、道って言えるのかしら」

 

「なぜ、あなたがその生き方をしたいのか考えてください。

私が人の子であった時と違い、生き方の有り様が千差万別であることを学びました。

だから、本当にあなたがそうでありたいと願うならそれでよし。

もし、他に可能性を見出すのであれば、それに向かって踏み出すべきです」

 

「……ありがとう。当分はこのやり方で行くと思うけどね」

 

「時間です……里沙子、ジョゼット。

もう一度人の世に来ることが出来て本当に良かった」

 

彼が一歩ずつ後ろに下がる。今度はジョゼットも涙を見せず、彼の姿を目に焼き付ける。

眩しい太陽が彼を照らし出す。

 

「ありがとう」

 

その光は徐々に強くなり、一瞬強く煌めいた。

思わず目を閉じ、再び目を開くと、そこにはもう誰もいなかった。

 

「……さようなら」

 

その一言だけを残して。

 

「さようなら」

 

そしてあたし達も、誰もいない風そよぐ草原でつぶやいた。

 

 

 

 

 

クリスマス・イヴ。

あたしは自室で珍しくエールじゃなくてワインを飲んでいた。

下ではジョゼットが信者を集めて賛美歌を歌ったり、

数百年ぶりに改定された聖書を朗読したりしてる。

なんとなく気が変わったから、ミサをやることを許可してやった。

あたし?真っ平ごめんよ、知らない連中と肩並べて歌うなんて。

ここで甘口ワイン飲んで一人の時間を楽しむのが、ぼっち流よ。

 

片手にワイングラス、もう片方に瓶を持って窓際の椅子に座る。

あら、ホワイトクリスマスだわ。ちらほらと白い雪が月明かりで輝きながら夜空に舞う。

サンタさんから悪い子へのプレゼントかしら。素敵ね。

あたしはまたワインを一口飲んで月に向かってささやいた。

 

「メリー・クリスマス」

 

 

 

 

 



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年末に来た迷惑絵師
この独り言タイトル、番号振ったほうがいいのかしら。そろそろごちゃついてきたし。


「う~ん、幸せ……」

 

あたしは昼寝から目覚めると思い切り伸びをした。

ベッドのそばの窓際では、苦難の末に取り戻したミニッツリピーターが日差しを浴びて、

上品な輝きを放っている。

この世界に来てから、色々面倒事厄介事喧嘩事の連続で心労が溜まってたのか、

昼寝をしても夜に熟睡出来るスキルが身についた。

喜んでいいのか微妙だけど、あたしは今、幸せよ。

 

幸せだから面倒な来客にも対応する。

ジョゼットはどこほっつき歩いてるか知らないけど、

とにかく玄関のドアを叩く音がするから聖堂に向かう。

開けるかどうかはまだわかんないけどね。

また、コンコンとドアを叩く音と、のんびりした女の声がする。

はいはい、ちょっと待ってちょうだいな。

 

“ごめんくださ~い”

 

「どなた?この教会は日曜以外お休みなの、ごめんなさいね~」

 

“え~?そんなこと言わないで、見学だけでもさせてくださいよ~”

 

「だめだめ、一人特別扱いしたら我も我もになっちゃうでしょ。

日曜になったら5G持ってまた来て」

 

50Gから大幅に値下げしたのには理由がある。

1つは、あたしにとっては未だにピンと来ないんだけど、

街の連中にとって50Gは割りとキツい金額らしく、要求した所で初めから出せないこと。

ジョゼットにそれとなくもっと出せと言わせても、無い袖は振れないらしく、

ノルマには到底及ばない。ないものねだりしてもしょうがないわ。

 

2つ目。あんまりしつこく大金ふっかけても、客足が遠のく。

ミサに行ったら大金ぼったくられたなんて噂が立ったら誰も来なくなるわ。

そうなったら50どころか0よ。うちはどっかのカルト宗教じゃないの。

 

3つ目。金時計を取り戻した時に儲けたお金が有り余ってて、

もうそれほど金集めに精を出さなくても生活していけるから、

貧乏人から巻き上げる必要がなくなったってことね。

教会運営の補助金もあるからなおさら。

 

でも、日曜限定営業を変えるつもりは絶対にない。

自分のスペースに誰かがいるだけでイラつきが頂点に達するようなあたしの家に、

毎日他人が出入りする事態になったら、精神的負荷で脳細胞が急速に死んでいく。

だから、この女もなんとしても追い返さなきゃいけない。

 

“お願いします~先日、こちらに尊いお方がお見えになったと聞いて、

帝都から飛んで来たんです~”

 

ああ、そういうことか。イエスさん騒ぎがまだ尾を引いてるのね。

とっくにクリスマスも終わったってのに熱心なこと。

でも、どこから来たのかなんて知ったこっちゃないわ。

あんまりしつこいようなら、窓から威嚇射撃を敢行しよう。

……と思ったらジョゼットが聖堂に駆け込んできた。

 

「どうしたんですか、里沙子さーん?」

 

「どこ行ってたのよ。イエスさん目当ての信者が来たんだけど、

ちっとも帰る気配がない。あんたからも今日は休みだって言ってやんなさい」

 

「え、駄目じゃないですか!確かにイエスさんの存在は認知されましたけど、

教えそのものはまだまだ広まってないんですから!

熱心な信者さんに地道に教えを説いていかなくちゃ。今開けまーす」

 

「ちょっ、馬鹿、何やってんの!?」

 

ガチャッ。あ、開けやがった!この尼……!

この家が誰のものなのか完全に忘れてやがる!

ははっ、思い出させるには10発じゃ済みそうにないわねぇ?

笑顔で変なやつ招き入れてんじゃないわよ、後で覚えてらっしゃい!

 

「お邪魔しま~す」

 

そいつがトランクを抱えながらぴょんと敷居を飛び越えて聖堂に入ってきちゃった。

どうせまともな奴じゃないんでしょうね。昼寝の余韻がイラつきに変わる。

彼女があたしを見てニッコリ笑う。歳はあたしと同じくらいかしら。

顔は悪くない。というか、柔らかい雰囲気を持った美人だけど、

顔がいいやつがまともだとは限らないのは経験上学習済みよ。

 

眼鏡を掛けたミディアムロングで、

後ろだけ腰まで長く伸ばして、編んだ一房を垂らしてる。先端がなんだか絵筆みたい。

明るいベージュのベレー帽を被ってて、同色のセーター、

赤いチェックのロングスカートを履いてる。

まぁ、都会から来ただけあって身なりはきちんとしてるけど、

何考えてるかわかりゃしない。

 

「あなたにも会いたかったのよ、斑目里沙子さん」

 

「もうあたしを知ってても別に驚かないわ。

イエスさん騒ぎで良くも悪くも有名んなっちゃったからねぇ、家も住人も!

ならイエスさんの言いつけ、夢で聞いたわよね?

無闇にここに押しかけんな、あたしらに迷惑かけんなって!」

 

「わたくしはお茶を入れておきますね~」

 

「こら、待ちなさいジョゼット!あたしに変なの押し付けて逃げんじゃ……

くそ、逃げやがった。まあいいわ、後で百叩きにするとして、とにかくあんた!

今日はコーヒー飲んだらさっさと帰るのよ!?」

 

「里沙子ちゃん」

 

「何よ」

 

「くんくん、くんくん……」

 

「ちょっと、何してんのよ!何いきなり人の臭い嗅いでんの!

寝汗で濡れてるから、ちょ、やめ!」

 

お巡りさんこっちです!変な女が接近してあたしの首筋を入念に嗅いできた。

やっぱ変質者だった!あたしも迂闊だったわ。この物語が始まってから、

突然訪ねてきたやつにまともなのがいた試しがないって、今更ながら思い出した。

あたしがピースメーカーに手をかけようとした時、

そいつは嗅ぐのをやめて、喋りだした。

 

「やっぱり!強い神性が残ってるわ。きっと“彼”の恵みを受けたのね~」

 

「出ていきなさい。退去命令無視は射殺されても文句は言えなくてよ」

 

今度こそピースメーカーを謎の女に向けて警告する。

でも、そいつは急に真剣な表情になって、あたしの手を両手で包み込み、

優しい声で語りかけてきた。

 

「私は、芸術の女神マーブル。突然押しかけてごめんなさい。

どうしても彼が降り立った聖地を訪れたかったの……」

 

「馬鹿、やめなさい!トリガーに指がかかってる!

わかったから、とりあえず話だけ聞いてやるから放しなさい!」

 

マーブルとか言う女が手を放すと、慌ててホルスターに銃を戻した。

芸術の女神ですって?どうでもいいけど、変な奴には逆らうなって母さんも言ってたし、

結局あたしは諦めてこいつの相手をしてやることにした。

 

「……で、さっきの質問だけど、イエスさんは夢に出なかったの?」

 

「同じ神である私のところにはおいでになりませんでした。

彼はあくまで人を導く存在ですから」

 

「よーするにハブられたのね。

まあ、とにかく。お茶くらいは出したげるから、本当にすぐ帰るのよ?」

 

「ああ……この空間も神聖な空気に満ちています~くんくん」

 

「聞いてんの!?」

 

あたしはマーブルとかいう自称芸術の女神をダイニングに連れて行った。

その頃にはもうジョゼットがコーヒーとお茶菓子を用意して待っていた。

 

「さあどうぞ召し上がれ~」

 

「ありがとうジョゼットちゃん」

 

「あれ、自己紹介しましたっけ?」

 

「どっかで聞きつけたんでしょ。

イエスさんの件以来、あたしら変な方向で有名になっちゃったから」

 

「それはもう。帝都でもお二人のことは有名ですよ~私は芸術の女神マーブル。

普段はこの人の姿で路上の似顔絵描きをしています」

 

「……ふん、なんで芸術の神様とやらがそんなショボい商売してんのよ」

 

あたしはテーブルに着いてコーヒーを一口飲んで尋ねる。

そしたら、マーブルがチョコチップクッキーに伸ばしかけた手を止め、

自嘲気味の笑顔を浮かべてつぶやいた。

 

「お金が、ないとです……」

 

どよ~んとした雰囲気を出してうなだれる。これはマジっぽいわね。

ちょっと面白くなったあたしは、もう少しつついてみることにした。

 

「なーんで神様がお金なんか欲しいのよ。別に食べなくても死なないんだし、

あたしみたいにごろ寝生活してればそれでいいじゃない」

 

「仮にも芸術の神である私が、みすぼらしい格好をしている訳にはいきませんから、

流行や季節に合わせたファッションを整える必要があるんです!

つ、つまり……素敵な服や靴が欲しい!

それに、神様だって死ななくてもお腹は空くんです。

飢えを凌ぐために3食パンの耳で過ごす日なんて珍しくありません、まる」

 

後ろ髪の束がしょぼくれた犬の尻尾ように垂れ下がる。

 

「呆れた。ファッションオタクのクソ女じゃない」

 

「里沙子さん、ストレート過ぎます!いつものひねりはどうしたんですか!?」

 

「ハハ……いいのよジョゼットちゃん。

どうせ私なんて神様ランキングでも下から数えたほうが早いへっぽこなんだし」

 

「もう、なんなのよ。いきなり押しかけてきたと思ったら、今度は急にへこみだすし。

あんた本当に神様?最初の勢いはどこ」

 

まぁ、へこませたのはあたしなんだけど。

ちょっと可哀想だから前向きな方向に話を持っていく。

 

「神様だったらさぁ、うちの教会みたいに、献金集める場所とかないの?

縁のある古代建築とか、ほこらでもなんでもいいわ。

コイン投げ込んだら幸せになれる噴水とか」

 

「あるにはあるんですけど、ちょっと古くて。写真見ます?」

 

マーブルがトランクを開けて荷物を探りだした。

中を覗くと、絵を書いてるのは本当らしく、

絵の具やパレットといった画材道具がたくさん入ってた。

ようやく彼女が1枚の写真を取り出してあたしに渡した。

受け取りながらやる気なく励まそうとしたけど……

 

「大丈夫よ。うちだってボロボロだけど毎週客が──」

 

絶句。ひどすぎる。誰に撮ってもらったのか知らないけど、

ところどころ壁が崩れた赤レンガの洋館前で、マーブルが笑顔でピースしてる。

なんで自分ちの窓ガラス全部割られてるのに笑っていられるのかしら。

壁面の大部分が蔦で覆われてるし、明かりもついてないから、

入ってくんなオーラ丸出し。

 

「なにこれ、バイオハザード7?腕ちょん切られた屋敷とそっくり」

 

「なんだか知らないけど里沙子ちゃんさっきからひどいです!

ジョゼットちゃ~ん、里沙子ちゃんがいじめる~」

 

マーブルがジョゼットの手を握って情けない声を出す。

ジョゼットに泣きつくようじゃお終いよ、と言いかけたけど、

流石にこれ以上は死体蹴りになるからやめといた。

 

「里沙子さん!いくらなんでも言い過ぎです!女の子泣かせるなんて!

……マーブルさん、大丈夫ですよ。

里沙子さん、口は悪いけどなんだかんだで、どうにかしてくれる人ですから!」

 

「はぁ!?あたしにどうしろってのよ!っていうか勝手に決めないでよ!」

 

「本当ですか!?私の信仰を取り戻してくださるとおっしゃるの?」

 

「まるで昔はあったみたいな言い方ね」

 

「そう、かつてこの屋敷は神殿であり美術館でもあったんです。

画家志望の学生が集い、その腕を磨き、私に信仰を寄せる彼らの才能に働きかけて、

多くの有名画家を育ててきました。才能ある学生の人生を花開かせる美術館として、

私はこの屋敷で崇められてきたのですが……

やがて帝都に売れっ子絵師の講師がたくさんいる美術大学が出来ると、

私の存在は徐々に忘れ去られ、館に来る者はいなくなり、

結果寄付金もみるみるうちにゼロになってしまったんです。ヨヨヨ……」

 

「それで、嘘泣きしてあたしらにどうして欲しいわけ?」

 

「もう、里沙子ちゃん全然容赦な~い!

……別に、学生を呼び戻してくれとか、屋敷を綺麗にしてくれとか、

図々しいお願いをするために来たわけじゃないんです。

ただ、アースで最も信仰を集める神様の、神としての在り方を勉強したくて……

でも、イエスさんはもうお帰りだし、

マリア様はどちらにいらっしゃるのか見当も付きません。

だからせめて、彼が降臨した教会に仕える聖職者の方々にお話を聞きたかった、

ただそれだけなんです。それはどうか信じてください……」

 

両手でコーヒーカップを握りながら寂しそうに語るマーブル。

尻尾みたいな後ろ髪も元気なく揺れている。そうは言われてもね。

帝都なんて正確な距離は知らないけど、このオービタル島のど真ん中。

このハッピーマイルズ領のはるか遠くに住んでる彼女のために出来ることなんてねぇ。

とりあえず状況を整理しましょうか。

 

「……まずね。イエスさんを参考にしようってのが無理な話。

彼のしてきたことは、どれもこれも、それができりゃ苦労しねえよレベルだから。

あんたに出来ることを地道にやってくしかないでしょう」

 

「それがわからないからマーブルさんは困ってるんじゃないですか!

わたくし達で何か考えましょうよ!」

 

「はい、どうせなんにも考えてないやつは黙る。とりあえず帝都まで行くとしても、

交通費だけで何千Gかかるかわかんないからねぇ……」

 

あたしが考え込んでると、マーブルが立ち上がってちょっと無理した笑顔を浮かべた。

 

「いいんです。困らせちゃってごめんなさい。今日は本当にありがとう。

話を聞いてくれただけでも気持ちが楽になりました。

しょうがないですよね、絵を書くことしか取り柄のない神様なんて、

それなりの信仰しか集まらなくって当然なんです。

……それじゃあ、私はそろそろ失礼します」

 

帰るって言ってるんだから別に放っといてもいいんだけど……

なーんか負けた気になるわね。マーブルがトランクを持って立ち去ろうとする。

彼女が歩く度に、中身の画材道具がガタガタと音を立てる。ん、絵を書く?

あたしは最後の可能性に賭けて、その背中に問いかける。

結局ジョゼットに乗せられた形になって癪だけど、余計な出費を浮かせられる。

 

「ねえ、あんた。絵が描けるって言ったけど、塗装も出来るの?」

 

「えっ?」

 

「もう見たと思うけど、この教会さ、

外壁の塗装がボロボロでそろそろ塗り直さなきゃって思ってるの」

 

マーブルがはっと振り返り、答える。

 

「もちろん、できます!壁も、大きなキャンバスと変わりませんから!」

 

あたしは空になったコーヒーカップを弄びながら、後ろを向くことなく聞いてみる。

ジョゼットはじっとあたしを見つめている。

 

「物は相談なんだけどさ、うちの壁塗り直してくれないかしら。

それで、絵を書いて欲しいの」

 

「何の絵、ですか……?」

 

「もちろん、マリアさんとイエスさんよ。

ここに来る信者が思わず跪くほど神々しい絵を壁一面にね。

そこにあんたのサインを入れるの。“芸術の女神マーブル”ってね。

代わりと言っちゃなんだけど、あたしらも少しはミサであんたのこと宣伝するからさ。

やるのはジョゼットだけど」

 

「里沙子さん……それ、とってもいいアイデアだと思います!

イエスさんの一件以来、いろんな領地の信者の方が訪れるようになりました!

皆さんが、マーブルさんの素敵な絵を見て土産話を持ち帰れば、

帝都の方たちも彼女を思い出してくれます!」

 

「まー、本来主母の肖像を看板にするのは違法なんだけど、

教会だって曲がりなりにも神様のやることに、いちゃもんつけたりはしないでしょう。

……やるかどうかはあんた次第だけど」

 

「……里沙子ちゃん、ありがとう!すぐ作品作りに取り掛かるわ!」

 

マーブルは駆け足で教会の外に飛び出していった。ふふっ、上手く行ったわ。

 

「すごいです!やっぱり、里沙子さんって根は優し……あ、笑顔が黒い」

 

「ふっ、塗装工雇う手間と金が浮いたわ。ふふふ……」

 

さてさて、芸術の女神様はどんなお仕事をしてくれるのかしら。

あたしは様子を見るため、ラングドシャを一つ口に放り込んで、外に出た。

おおっ、これにはちょっと驚いたわね。

マーブルが身体から淡い光を放つと、彼女の姿が都会的な洋服から、

真っ白な法衣に変わり、周りに幾つもの原色のオーブが現れた。

そして、ふわりと上空に浮上して、教会全体を見渡す。

 

「え~と、まずはざっと下地の色を塗りますね~」

 

マーブルが目を閉じ集中すると、後ろで束ねた長い絵筆のような髪が、

意思を持った生き物のように動き出して、

青と白のオーブに浸かり、毛先が水色に染まる。ああ、やっぱりあの髪、筆だったのね。

彼女が身体をひねって色付けした毛先を大きく振ると、

水色に光る粒子が教会に降りかかり、

ペンキよりむき出しの木の面積の方が多かったボロボロの壁を、

あっという間にムラのない水色に染め上げた。

これだけでも十分完璧なんだけど、肝心の神様を描いてもらわなきゃね。

マーブルが東側の壁近くに浮遊して、あたしに尋ねる。

 

「里沙子ちゃん、

マリア様の肖像画はたくさん見たことがあるのでイメージは湧くんですが、

イエスさんのお姿は見たことがありません。

どんなお顔立ちだったのか教えてくれませんか」

 

「そうね。まず、髪はセミロングで……」

 

あたしはマーブルにイエスさんの特徴をなるべく詳しく伝えた。

すると、彼女は納得した様子でうなずいた。

 

「わかりました。ここからは細かい作業も必要ですね。任せて~!」

 

マーブルがトランクに手をかざすと、

中から画材道具一式が飛び出して、彼女の手に収まった。

再び彼女が色のオーブに髪の絵筆をつけると、広い範囲の色を迷いなく塗り広げ、

細部を手に持った筆でどんどん仕上げていく。

その仕事の速さに、ふと、どうでもいいことを思い出してしまったあたしは

口に出してしまう。

 

「さあ、ここでバンダイキブラウンを使いましょう」

 

「え?この頭頂部の髪にはキャラバン・キャメルが良いと思うんですけど……」

 

「あ、ごめん、なんでもない。続けて。

昔、30分で油絵一枚描いちゃう凄い絵描きがいたのよ。

彼がしょっちゅう使ってたのがバンダイキブラウン。妙に面白くて毎週見てたの。

もう亡くなったけど、懐かしくなってつい声に出しちゃった」

 

ごめんなさい。趣味に走りすぎたわ。

知らない方は適当な動画サイトで“ボブの絵画教室”を検索してちょうだい。

一見の価値はあるわ。

 

「凄い人がいたんですね~私はのんびりしてるから、そんなに早くは描けません」

 

とは言え、彼女のスピードもなかなかの物よ。

ただの水色だった壁に、もう人の顔らしきものが浮かんでる。

髪の絵筆、ナイフ、ヘラ、刷毛を巧みに使い分け、どんどん描き進めて行く。

徐々に“彼”と“彼女”の姿が形になる。ジョゼットも呼んでやろう。

 

「ジョゼットー!ちょっといらっしゃい。凄いものが見られるわよ!」

 

「はーい!……わぁ、本当だイエスさんそっくり」

 

ジョゼットも未完成とは言え、壁一面に描かれたマリアさんとイエスさんに言葉を失う。

これが芸術の神、なのね。あたし達が立ち尽くしていると、

作業が一段落したマーブルが額の汗を拭って、さらに陰影を付けていく。

彼女は真剣に、でもどこか楽しそうに壁画を描き続ける。そして、1時間後。

 

「できたわ~!そういえば、こんなに大きな絵を描いたのは久しぶりです。

腕が鈍ってなくてよかった」

 

あっけにとられるしかなかった。

教会の壁で、あの日出会ったイエスさんと、はじめましてのマリアさんが微笑んでいる。

ジョゼットなんか目を潤ませて言葉も出ないみたい。

あたしも一言声をかけるのがやっとだったんだけどね。

 

「まだよ。サ・イ・ン!あんたの名前をこれでもかってくらい大きく書かなきゃ」

 

「あら、そうでした~最後の仕上げですね!

……う~ん、やっぱり主張しすぎてもだめね。いつも通り右下に、と」

 

マーブルは絵のバランスを崩さない程度の大きさで、“芸術の女神マーブル”と書いた。

そして、髪の太い絵筆を透明なオーブに付けると、

思い切り振って、また光る粒子を壁画に浴びせかけた。

 

「うん、保護剤で仕上げもバッチリ!里沙子ちゃん、ジョゼットちゃん、できました~」

 

あたし達のそばに降り立つと、

マーブルは法衣姿から洋服姿に戻ってその出来栄えに喜ぶ。

でも、あたし達は返事をするのに時間がかかった。

マリアさんとイエスさんが肩を寄せ合って優しい笑顔を浮かべている。

絵の中とはいえ、イエスさんとの思わぬ再会に言葉が詰まる。

でも、ずっとこうしてもいられない。

 

「マーブル。あんまり凄くて正直言葉が出ない。

来週のミサで信者が泣き出さないか心配なくらいよ。実際ジョゼットが泣きそうだし」

 

あたしの隣でジョゼットが顔を真っ赤にして涙をこらえている。

 

「やった!一生懸命描いた甲斐があります~!

……こんなに全力で絵を描いたのは随分昔のような気がします。

私、この絵がどんな結末を迎えようと後悔はありません。

楽しんで描く。一番基本的で大切なことを思い出せたんですから」

 

「今からそんな弱気でどうすんのよ。この絵は必ず、信者達の心を掴む。

これを描いたあんたへの信仰も、絶対に戻ってくる。

少し時間はかかるだろうけど、ちょっとの我慢よ」

 

「里沙子ちゃん、ありがとうございます。私にチャンスを与えてくれて。

既にイエスさんのご加護があるのに、こんなちっぽけな神を相手にしてくれて」

 

「別にいいわよ、礼なんて。イエスさんに言ったけど、

あたしは“なんとなく”で生きてるだけ。

ただ“なんとなく”で思いつきを言ってみただけよ。

まあ、塗装代……じゃない、お互いの利益になってよかったんじゃないの?」

 

「よくわかりませんけど、本当にありがとうございます。

私も帝都に帰って、自分に出来ることをしようと思います。

まず、自分のお家くらいは掃除することにしようかと。毎日少しずつね」

 

「それがいいわね。

信者が戻るにしても、神殿が使い物にならなきゃどうにもならないから」

 

「それでは、里沙子ちゃん、ジョゼットちゃん、お元気で。

帝都に来ることがあれば、是非私の教会を訪ねてくださいね」

 

「ほら、ジョゼット。いつまで泣いてんの。お別れくらい言いなさいな。

……それじゃあね、マーブル。ファッションも大事だけど、腹が減っては戦はできぬよ。

収入が安定するまで、なるべく着回した方が良いわ」

 

「えへへ、こればっかりは趣味も兼ねてるんで~」

 

「うぐっ、マーブルざん。ありがとうございばず!

マリア様とイエスさんがこんなにそばに……」

 

「ふふっ。気に入ってくれたみたいでなによりです。

私から人が離れていったのは、いつの間にか私自身が、

絵を描く楽しさを忘れていたせいかもしれませんね。

……では、これでお別れですね。

あなた達が信じる神が、光をもたらしてくれますように。さようなら~」

 

すると、マーブルの身体がゆっくりと空に浮かび上がり、

上空からあたしたちに手を振った。

そして彼女が帝都の方角へ向くと、次の瞬間、北へ向かって飛び去っていった。

あたしたちは彼女の姿が点になって消え去るまで見送っていた。

 

家に戻ったあたしは、特にやることもなく、寝転がってただぼんやりしていた。

隣の部屋からジョゼットの“痛いよ~”という泣き声が聞こえてくる。

今回も奇妙な客人が来たけど、撃ち合い殺し合いにもならず、

比較的平穏に過ごせたので、百叩きのところを25叩きで勘弁してやった。

1/4にまで減らしてやるなんて、あたしもお人好しが過ぎるわね。

悪い人に誘拐されないか自分が心配になるわ。

 

一ヶ月後。

あたしの元に一通の手紙が届いた。差出人は“芸術の女神マーブル”。

あれからミサに来る客は、皆一様に壁に描かれたマリアとイエスに圧倒されて、

ミサが始まる直前まで祈りを捧げていたらしいわ。

あたしは街で暇つぶししてたから現場は見てないけど。

ジョゼットにもそれとなくマーブルの紹介をするよう命じておいたから、

少なくとも状況は悪くはなってないはず。どれどれ。あたしは手紙の封を切る。

 

“里沙子ちゃん、ジョゼットちゃん

 

お久しぶりです。お二人はいかがお過ごしでしょうか。

私はあれから幸せな日々を過ごしています。

あの絵を見た人達が、私の話を持ち帰ってくれたおかげで、

かつて神殿で修行していた人達が私のことを思い出して、

再び立ち寄ってくれるようになりました。

その荒れた状況を見た皆さんが、清掃や補修工事を買って出てくれたおかげで、

神殿は元の姿を取り戻しつつあります。

また、美術大学に通っている学生たちも、芸術の女神である私の存在を知って、

祝福を求めて新たに神殿を訪れるようになりました。

少しずつですが、私の家にも賑わいが戻り始めました。本当に、ありがとうございます。

お二人のおかげで、まだ少しですが、信仰を取り戻すことができました。

その力の一部を同封しておきます。好きなものを絵に書いて必要な時に念じると、

なんでも1時間だけ実体化させることができます。

まだこの程度のことしかできませんが、何かのお役に立てば幸いです。

それではお体にお気をつけて。 芸術の女神 マーブル

 

追伸:自炊をはじめました。ちゃんと3食食べてます”

 

「まったく、貧乏なのに自炊もしてなかったなんて。

節約メニューならもやし炒めがお勧めよ。

塩コショウで炒めるだけで立派なおかずの出来上がり……じゃなくて、

他にも何か入ってるわね」

 

封筒を覗いてみると、手紙の他に1枚の真っ白なカードが入ってた。

なんでも1時間だけ創り出せるって話だけど、何にしようかしら。

1時間で消えるなら……武器はだめね。お金は、あんまりにもつまらない。

今のあたしに必要なのは、以前も考えたけど、強力な兵器ね。

でも、今言った通り、1時間で消えちゃうからアテにならない。

まあ、別に今すぐ決める必要はないんだし、後でゆっくり考えましょう。

あたしはスマホにイヤホンを差し込んで、気分転換に音楽を聞き始めた。

 

<キュオーン、チャラララ、チャラララ、チャララララ……♪>

 

あっ!懐かしの音楽を聞いて閃いた。武器が駄目ならボディーガードを作ればいいのよ。

悪魔も震え上がるほど、とびきり強力なやつ。正念場の一戦を凌げればそれでいい。

あたしはデスクに着いて、色鉛筆でカードに絵を描き始めた。

ふふふ、こいつに勝てるやつはいるのかしら。

あたしは鼻歌を歌いながらその勇姿を描く。できた。

カード自体が小さいから10分ちょいで描き終えたけど、

これなら財布に入るからちょうどいいわ。

まぁ、これを発動することなんてそうそうないだろうけど。

 

って思ってたのよ、その時のあたしは。

 

 




*みなさん、良いお年を。


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新年早々冤罪騒ぎ
戌年ね。今年もよろしく。おせちの黒豆って本当人気ないわね。我が家でも毎年最後まで残ってたわ。


ガタガタ、ゴトン。ヒヒーン!

 

馬の一鳴きと共に馬車がハッピーマイルズ・セントラルの広場に停止した。

乗合馬車には彼、いや、彼女。とにかくわからないが、

たった一人しか乗客がいなかった。

その存在は、馬車から降りると、御者に運賃とわずかばかりのチップを支払う。

 

「……料金だ」

 

「ひい、ふう、みい、……ありがとうよ。年が明けたばっかりなのに忙しそうだな」

 

「ああ。これからもっと忙しくなるさ」

 

「みんな休みだってのにそいつは難儀だな。お互い頑張ろうや。じゃあな」

 

そして馬車は去っていった。

凍てつくような寒さだが、後に残された存在からは吐く息も吸う息も発せられない。

ただその瞳に燃えるような憎しみをたたえて。

 

「待っていろ……斑目里沙子!」

 

 

 

 

 

今日もジョゼットがうるさいけど、まぁ、めでたい日くらいは大目に見ましょうか。

 

「ハッピーニューイヤーです、里沙子さん!」

 

「はーい。あけましておめでとう、ジョゼット」

 

1月1日。つまり元旦。この世界の暦に元旦なんて祝日はないらしいんだけど、

やっぱりこうやって年明け自体はお祝いするみたい。

今も、ささやかながら普段よりちょっと豪華なご馳走に舌鼓を打ちながら、

朝っぱらから飲んでる。

日本酒は苦手っつーかこの世界にはないからやっぱりエールだけど。

ジョゼットも小皿に少しずつ盛り付けられた料理に目を輝かせ、

次はどの料理にしようかとフォークを彷徨わせている。

 

「迷い箸はよしなさい。いや、迷いフォークか。

とにかくみっともないから、決めてから取りなさい」

 

「はーい」

 

ちなみに、このおせちもどきの料理はあたしも手伝ってやった。

ローストビーフ、数の子、伊達巻、ソーセージ、シーザーサラダ、その他諸々。

おせちは年末忙しかった女性を正月に休ませる意味もあったらしいから、

あたしも召使いを休ませようと思って、年明け祝いの手伝いを買って出た。

そしたらやっぱりジョゼットが余計なこと言い出して。

 

 

“えーっ!?里沙子さんが料理を手伝ってくれるなんて……明日は雨と雪と稲妻の嵐が、

というかそもそも料理ができるなんて意外すぎてわたくし”

 

“それ以上しょーもないこと言うなら給湯器のマナ止めるわよ。

12月の冷え切った水で料理なさい”

 

“ああ、ごめんなさい!嘘です嘘!”

 

 

まったく、最初から黙って手伝われてりゃいいのにこいつは。

それで、あたしが出来る範囲でおせちを再現しようとしたら、

ジョゼットが興味を示して、

この際オードブル形式にして形だけでもおせちに近づけようってことになったわけ。

お雑煮も作りたかったんだけど、お餅がないんじゃしょうがないわね。

 

「ん~!里沙子さんの“ダテマキ”って卵焼き、ケーキみたいで美味しいです!」

 

「そりゃあ、なによりよ。

栗きんとんも欲しいところだったけど、まだ母さんに習ってなかったのよね」

 

「キンコンカン?なんですかそれ」

 

「甘く煮た栗をねっとりした黄色い餡で混ぜたものよ。伊達巻より甘い」

 

「美味しそう……それも食べたかったです~」

 

「来年までに和食の料理本が流れ着いてくるのを期待なさい。

さて、数の子の具合はどうかしら」

 

ニシンを丸ごと一匹買って、腹から卵を取り出して塩抜きして、

調味料に漬け込んどいた。……うん、久々に作ったにしてはそこそこね。

コリコリと噛む音に気づいたジョゼットも気になったのか、

割れやすい数の子をフォークとナイフで器用に口に運ぶ。

 

「……ん!?不思議な味と食感ですね。初めて食べたけど、美味しいです!」

 

「気に入ってもらえてなにより。

こいつには子孫繁栄の意味が込められてるの。卵がいっぱいあるでしょ。

数の子だけじゃなくて、おせち料理にはそれぞれ験を担いだ意味があるのよ。

さっきの伊達巻は巻物に似てるから学問なんかに縁起が良いって話よ」

 

「へぇ。アースの文化ってやっぱり面白いです!もっとおせち料理食べたいなぁ」

 

「母さんもミドルファンタジアに来たら全部食べさせてあげられるんだけどね。

あ、あたしが拳銃持ってるところ見たら、目回してぶっ倒れるわ。アハハ」

 

酔っ払い気味のあたしも、ご馳走で年明け早々幸せ気分のジョゼットも、

おせちとエールで平和な正月を満喫していた。

 

「ふぅ、お腹いっぱいです~新年とはいえ、朝からこんなに贅沢していいんでしょうか」

 

「いいに決まってんでしょ。

どうせ街の連中もおんなじようなグータラ正月送ってるんだし。

このどうでもいい物語の読者も、今頃は初詣や帰省で忙しいんだし、

三が日ぐらい寝正月送っててもバチ当たんないわよ」

 

あ。言ってから気がついた。変なフラグ立てちゃったことに。もう手遅れだ。

多分あと……

 

 

斑目里沙子オォ!!出てこい親の仇!お前だけは絶対に殺してやる!

 

 

正月終了。あ、わかってるだろうけど将軍じゃないわよ。

まったく、元旦に厄介事ぶっこんでくるとか、この物語の作者マヂで頭おかしい。

放っとこうと思ったけど、喚き声がうるさくて止まる様子もない。

あたしはうんざりしながら、まだご馳走が残るテーブルを後にして、

なぞのぶったいを出迎えるためにマフラーを巻いて、聖堂の玄関から寒い外へ出た。

 

そこに立ってたのは、本当に“なぞのぶったい”だった。

とりあえず人間型なんだけど、作り物丸出しなの。要するに人形。

そいつが突っ立ってあたしを睨んでるんだけど、人形に凄まれてもねぇ。

ジョゼットが遅れて出てきた。流石にこの寒さに耐えかねたのか、

小遣いで買ったケープを着てる。なんだか笑えてきた。

 

「里沙子さん、大丈夫ですか?」

 

「ねえ、大変よジョゼット!ロボットか操り人形か知らないけど、

変なのが新年の挨拶に来たわよ!見てよ、この肘とか関節!

ロー○ンメ○デンのビッグサイズじゃない!

あたし“まきます”に丸した覚えないんだけど!

アハハ、こりゃトランクにも入らんわ!」

 

あたしはなぞのぶったいを指差してジョゼットにも見せてやった。

 

「ちょっ、里沙子さん……」

 

実際そいつは関節が球体な以外はよくできてて、

季節外れの半袖とマントがなかったら人間と思ってたかもね。

髪も赤毛のロングで黄色い瞳をしてるけど、

よーく見ると皮膚も目も何かの人工皮革とガラス玉でできてることがわかる。

声からして女型だと思う。今もあたしを睨んでるけど、珍妙な現象に笑いが止まらない。

 

「くふふっ、ごめんなさいね!

あんた今までこの教会に押しかけてきたやつの変な奴ランキングナンバーワンだわ。

でも、悪いけど仇討ちならよそでやって?マネキンの不法投棄した覚えはないの。

ああ、新年初笑いだわ!」

 

「里沙子さん、失礼です!まずお話を……」

 

「話?ないない!OSかなんかがバグってるだけでしょ。

保証書持ってメーカーに電話しなさい。

わたしのあたまがこわれちゃったよ~って!うふふっ、おかしい!腹痛い!」

 

「……今のうちに笑っていろ。二度と笑えないようにその顎を砕いてやる。

その銃で父さん達を殺した指を引きちぎるのはそれからだ」

 

なぞ(略)が何か怒ってるけど、酔いが回ってるせいか本当に笑いをこらえきれない。

もう少しこいつで遊びましょう。どうせ正月暇なんだし。

ぐるぐるする意識の中から引っ張り出した規定を、な(略)に突きつけてみる。

 

「あーハハ。息が苦しい。ねえ、あんた。ロボット三原則って知ってる?

まずひと~つ!ロボットは人間に危害を加えちゃだめ!次に、人間の命令には絶対服従!

そうねぇ、あとは……ロボットは自分を守らなきゃならない、だったかしら?

これ、あんた達が守るべき法律ね。あんたにはこれがちゃんと実装されてないらしいわ。

やっぱり不良品だから取扱説明書のQ&A読んでから修理依頼なさいな。ういっく」

 

「貴様……!!その手前勝手な理屈で父さんや母さんを殺したのか!

オートマトンは人間に搾取されていろとでも言いたいのか!」

 

「……里沙子さん、それ以上はやめてください」

 

んー?なんかジョゼットまで段々怒ってきたんだけど。

絶対こんなの信者じゃないのにね。それ以前に人じゃないっていうか。

……わかったわよ、もうちょっとだけ遊んだら追い返すから。

 

「んふふ、あんたのCPUだかHDDだか見せてごらんなさいな。

頭パカっと開いてどこが悪いのか姉さん見てあげる。あたしハード面も割りと行けるの。

アメリカでAK47の修理習ったくらいだからね~ジョゼット?ノコギリ持ってきて」

 

「そうやって、父さんや母さんの命を盗んだのか……!もういい、死ね!」

 

あ、なぞ(略)がホルスターの拳銃に手をかけた!

けど、相手にそれを認識させてるようじゃ遅すぎるわね。

やっぱりあたしのピースメーカーがなぞ(略)の眉間を捉えるほうが早かった。

まぁ、一応これで命繋いでることもあるし、

変なロボットに負けるわけには行かないのよねえ。

 

「は~い、残念」

 

「くそっ!」

 

「う~ん、もうこのバグまみれの一品は修復不能ってことで、

破砕処分したほうがいいわね。とりあえず頭からHDD引っ張り出して叩き割る。

ディスプレイの前のみんなもHDDを処分するときは物理的に破壊するか、

金があるならデータ抹消ソフトを……」

 

「里沙子さん」

 

「ん?」

 

パァン!

 

銃声じゃない。横っ面を張られた。チタンフレームの眼鏡がカラカラと床に転がる。

思わず痛む頬に手をやると、酔いが吹っ飛び頭が真っ白になる。

あたしは考える前に思い切りジョゼットの胸ぐらを掴んだ。

 

「……何の真似?」

 

「彼女に謝ってください」

 

徐々に腹の中が煮えたぎる。そしてこの尼はさらに意味不明な要求をしてくる。

それが更に怒りを加速させる。

 

「人間がガラクタに頭を下げろって?あんたも脳にバイ菌でも入ったのかしら」

 

「彼女達にもこのサラマンダラス帝国の住人として人権が認められてるんです!

里沙子さんの言動は全てのオートマトン達の尊厳を踏みにじるものです!」

 

「オートマだの軽四だのどうでもいい。な・ん・で、お前に殴られなきゃならない。

いい機会ね。立場の違いってもんを……」

 

パシン!

 

また、叩かれた。本当に頭に来ると怒りも湧いてこないものなのね。え、怒り?

怒りっていうか、なによ、これ。

 

「彼女達はオートマトンという立派な命ある種族なのです。

確かに身体を形作っているものは人工物です。

でも、その胸には、極稀に天から降ってくる天界晶というものが埋め込まれています。

天界晶をその身に受けた人形は、人と同じ思考・感情を持つ、

オートマトンという一人の存在になるのです……ここが街中でなくて幸いでした。

先程のような差別的発言を聞かれていたら、

里沙子さんの社会的信用は失墜していました。今ならまだ間に合います。

彼女に、謝罪してください」

 

あたしは語り続けるジョゼットを睨みつける。熱くなった目で。

歯を食いしばるけど、だめだった。

 

「うくっ……なによ。召使いの癖に、あたしに指図してんじゃないわよ!!

そんなにロボットが好きなら、そいつと一緒に出ていけばいいでしょう!

勝手にしなさいよ!好きなだけ退職金持って優しいご主人様探せばいいじゃない!」

 

「里沙子さん!」

 

あたしは眼鏡を拾うと、ジョゼットに財布を投げつけて、

両頬を伝うものを拭いながら私室へ駆けていった。最悪。何やってんのかしら。

元旦くらいはのんびり出来ると思ったのに、

おかしな事しか喋らないロボットが来たから、暇つぶしに遊んでたら、

まさかジョゼットごときに泣かされる。

一年の計は元旦にありっていうけど、今年はなんにも期待できそうにないわね。

あたしはベッドに身を投げると、しばらく枕に顔を埋めていた。

 

「……なんであたし、泣いてんだろ」

 

 

 

 

 

わたくしは、しばらく右手のひらを見つめていました。まだヒリヒリします。

どうしてあんなことをしてしまったんでしょう。……わたくしは、最低です。

 

「まったく、余計なことをしてくれた。奴を泣かせるのは私の役目だったというのに」

 

オートマトンの彼女がゆっくりと聖堂に入ってきました。

 

「あの、貴女は……?」

 

「私はルーベル。両親の仇討ちに来た。……斑目里沙子に殺された父さん達の」

 

「待ってください!里沙子さんはそんなことする人じゃありません!」

 

「確かに見たんだよ!両親を撃ち殺した後、2つの天界晶を持って逃げていく後ろ姿を!

三つ編みに白のストール!新聞で奴を見た時は驚いたよ。

この領地じゃ強盗が英雄扱いされてるんだからな!」

 

「なにかの誤解です!ルーベルさん、貴女がオートマトンということは、

ログヒルズ領からいらしたんですよね?

面倒くさがりの里沙子さんは、そんな遠くに行ったことなんてありません!」

 

「じゃあ誰が両親を殺したと言うんだ!!」

 

ルーベルさんが澄んだ目でわたくしを睨み、怒鳴ります。

まずは落ち着いた所でお話を聞かないと。こんなこと絶対間違いに決まってます。

 

「とにかく中へ。詳しい事情を聞かせてください」

 

「……ああ、聞かせてやるさ。奴が犯した罪を」

 

わたくしはルーベルさんをダイニングに案内しました。

彼女が椅子に座ったので、お茶を出そうとしましたが、やめました。

 

「失礼しました。貴女がたには飲食する習慣がないんでしたね」

 

「そう。嗜好品として味わうことはあるが、

基本的にはこの身に宿る天界晶の力が全てだ。

それが破壊されたり、奪われたりさえしなければ、

人間とほとんど同じ時を生きられたんだ。……それを、あの女に!」

 

「では、その経緯を話してくれませんか。

わたくし達もいきなり強盗扱いされて戸惑っているんです。

貴女が嘘をついているとは思っていません。

ただ、誤解や勘違いが重なった結果という可能性もあります。

だからお願いです、今は里沙子さんに時間をください。

それまでにわたくしが状況を整理しておきますから……」

 

「……いいだろう。ちょうど半月前のことだった」

 

ルーベルさんは少し目を閉じて興奮を押さえ込んだ後、語り始めました。

 

 

……

………

 

 

あの時もいつも通りのつまらない一日だったよ。

私は母さんにお使いを頼まれて、面倒だけど結局行くことになった。

 

「ルーベル、隣のお婆さんに塗り薬を届けて」

 

「えー!またかよ。あそこ隣つっても往復で30分はかかるじゃねえか……」

 

「まだ身体の節が痛むらしいの。お願いね」

 

「母さん行きゃいいじゃん」

 

「行ってやりなさい。母さんは冬の支度で忙しいんだ。それになんだその言葉遣いは。

ちゃんと女の子らしく喋りなさいといつも言っているだろう」

 

「あーはいはいわかった、行ってきまーす」

 

それで、私は父さんの小言から逃げるようにお使いに出たんだ。

まあ、面倒だけどそれほど嫌だったってわけでもない。

婆さん家に行くのはしょっちゅうだったからな。

ちょっと長い道のりをぶらぶら歩いて私は婆さんに薬を届けたのさ。

 

「ああ、ルーベル。すまないねえ、歳になると身体のあちこちにガタが来ちまって」

 

「大丈夫か、婆さん。

そんなに痛むなら、神療技師に新しい身体作ってもらったらどうだ」

 

「いいさ。あたしゃもう長くない。薬で痛みが和らげば、それで十分さ」

 

「……そうか、まあ婆さんがそれでいいなら別にいいけどさ」

 

知ってるかもしれんが、神療技師ってのは、私達オートマトンの身体を作ったり、

新しい身体に天界晶を移し替える特殊な技能を持った、いわば私達の医者だよ。

オートマトンは身体は成長しないが、心は年を取る。

数年、あるいは数十年に一度、神療技師に精神年齢に相応しい身体を作ってもらって、

それに天界晶を移す。一度宿った天界晶が身体を出るのはその時だけさ。

……基本的にはな。

 

「はい、お駄賃だよ。いつもありがとうね」

 

「いいって、もう子供じゃねえんだから!」

 

「もう寒いから、これであったかいもんでも食べな」

 

「私ら飲み食いしねえだろ、まったく。……まぁ、サンキュ」

 

「そうだったそうだった。長く生きると考えが人に近くなっちまう。また来ておくれ」

 

「じゃあな、婆さん。無理はすんなよ」

 

私は婆さんにもらった結構な小遣いをポケットにしまって帰り道に着いた。

もと来た道を歩いて15分。

小さな家の屋根が見えた瞬間、凄い銃声が2つ連続で外まで響いてきた。

慌てて玄関へ走ると、天界晶を抱えた変な女が家から飛び出して、

一瞬こっちを振り向いてニヤリと笑ったんだ。間違いない、顔も姿も、あの女だった!

 

私は逃げるそいつを追うより先に、家にいた母さん達を探したんだ。

そしたら……二人共、床に倒れてた。胴から下を砕かれて。

胸の中を覗くと、そこにあるはずの天界晶が抜き取られてて、

わずかな光の帯が舞っているだけだった。あたしは父さん達に駆け寄って呼びかけた。

 

「父さん!母さん!何があったんだ!!」

 

「ルーベル……お前は、無事だったのか……」

 

「ああ、なんともねえ!どうしちまったんだよ、父さん!」

 

「強盗だ……俺達を撃って、胸から天界晶を引っ張り出した」

 

「そんな!母さん?しっかりしろよ母さん!」

 

「ルーベル……あなたをお使いに出してよかった。

最期にあなたの顔を見られて、よかった……」

 

「諦めんなよ!待ってろ、今すぐ神療技師を……」

 

立ち上がろうとした私の袖を、母さんが弱々しい手で引っ張った。

 

「もう、いいの。せめて、最期まで一緒にいてちょうだい。

わたし達の可愛い、一人娘……」

 

「いやだ!いやだいやだ!」

 

「ルーベル、仇討ちなど、馬鹿なことを、考えるんじゃないぞ」

 

「なんでだよ!さっきの女が犯人なんだよ!

地獄の果てまで追いかけて、絶対に殺してやる!」

 

「頼む、最期まで、お前の心配をしながら、死に、たくは、ない……」

 

「ルーベル、わたし達の、ルーベル……」

 

コトンと母さんの指が床に落ちた。

そして、二人にわずかに残っていた天界晶の力が完全に消え去った時、

父さんと母さんは、ただの木の人形に還っていったんだ。

 

「あ……う、うああああ!!」

 

私は叫んだ。涙を流すことすらできない私は、ただ叫ぶことしかできなかった。

 

 

………

……

 

 

「それが、あの日の出来事だ」

 

「そんな……」

 

ルーベルさんは語り終えると、テーブルの上で組んだ手に目を落としました。

 

「それからは死に物狂いで犯人の足取りを追った。

犯人は近くの商店街の宝石店で天界晶を売り払ったらしい。

神の涙とも呼ばれるほど美しい天界晶にはとんでもない値段が付く。

恐らく金目当ての犯行だったんだろう。そしてやっと見つけたのさ。

新聞の一面で悪魔の骸を掲げ、英雄のごとく讃えられる奴の姿を!」

 

抑えきれない感情を噴き出すかのように、彼女がテーブルを叩きます。

食べかけのたくさんの小皿が音を立てて跳ねました。……やっぱり、おかしいです。

 

「ルーベルさん。辛いお話をさせてしまってごめんなさい。

でも、わたくしには、どうしても里沙子さんが犯人だとは思えないんです」

 

「……一応理由は聞いてやる」

 

「俗な話になるんですが、

里沙子さんはもう一生食べていけるだけのお金を持っているんです。

実際毎日食っちゃ寝生活を楽しんでますから、

犯罪行為を働いてまでお金を得る必要が無いんです。

だから、さっきもお話ししたと思いますが、

ものぐさな里沙子さんがわざわざ遠くの領地まで出向いて強盗に及ぶとは思えません。

ログヒルズ領って、ここから相当離れた北西の領地ですよね」

 

「とにかく金をかき集めてここまで来た。家も家具も、何もかも売り払って……」

 

「わかりました。わたくし、里沙子さんと話をしてきます!」

 

「ふん、犯人の言い訳をわざわざ?」

 

「違います!

今のルーベルさんの話を聞いて、なにか、こう、違和感のようなものを覚えたんです!

わたくしにはその正体がわからないのですが、里沙子さんは頭の切れる人ですから、

きっと何かおかしな点に気づいてくれるはずです。

だから……お願いですから、それまでは、決闘とか仇討ちとか、

血が流れるようなことは待ってください!」

 

しばしの沈黙。ルーベルさんはじっとわたくしを見つめます。

 

「一度きりだ。

奴と話して現状を覆す事実が浮かばなければ、ドアを蹴破っててでも奴を撃ち殺す」

 

「ありがとうございます……里沙子さん、2階の私室に向かいました。

今から話してきます」

 

「私も行く」

 

わたくしはルーベルさんと2階へ続く階段を上ります。

……でも、里沙子さんはわたくしなんかと口を利いてくれるでしょうか。

いえ、迷っている場合じゃありません!絶対里沙子さんは犯人なんかじゃない。

それを証明してもらわないと。自分じゃ何もできないのが悔しいですけどね……

 

 

 

 

 

誰かが階段を上ってくる。二人?誰でもいいわ、寝たふりしよう。

こんな顔じゃ、人に会う気も失せるわ。これが本当の寝正月よ。

コンコンとノックが聞こえるけど無視する。

 

“里沙子さん……ジョゼットです。少し、お話しできませんか”

 

「……」

 

“さっきは、ぶったりしてすみませんでした。アースから来た里沙子さんが、

この世界のルールを知らなくても仕方がないことに気が回らなくて……

本当に、ごめんなさい”

 

「……」

 

“でも、このままじゃいけないと思うんです。

ルーベルさん。ああ、今日訪ねて来られたオートマトンの方なんですが、

彼女が里沙子さんを憎んでいるのは大きな誤解があると思うんです。

さっき、事の経緯を伺いました。確かに彼女は里沙子さんの姿を見たらしいんですが、

どうも何か引っかかるんです。里沙子さんも、一度話を聞いてください。

わたくし、このまま里沙子さんが身に覚えのない罪で憎まれ続けるのは嫌なんです!”

 

あたしは横になったまま、ミニッツリピーターを指先で撫でると、ぼそりと呟いた。

 

「……喋りたいなら勝手になさい」

 

“ありがとうございます!”

 

それからジョゼットはルーベルとやらの家族が殺害された当日の状況を、

ドアの向こうから事細かに説明した。

……なるほど。銃になんか触らないジョゼットは気づかないでしょうね。

確かに、あたしが犯人だとすると、どうしても辻褄の合わない点がある。

 

「ルーベルって早とちり馬鹿に確認」

 

“なんだと!”

 

“お願いです、今は話を……”

 

“チッ、なんだ!?”

 

「銃声の間隔。

2発の間に1,2秒ほど間はあった?それとも1発目が鳴り止まないうちに2発目が来たの?」

 

“それがなんだと言うんだ!”

 

「寝るわよ」

 

“ふん、連続して2発だ!”

 

「そう……だったらそれはあたしの銃じゃない。

ピースメーカーもM100もシングルアクションだから、そんな連射はできない。

どういうことかって言うと、1発ごとに手動でハンマーを起こさなきゃいけないから、

銃声に間が生まれる。

そりゃピースメーカーならファニングで早撃ちできないことはないけど、

命中率は下がるし、成人サイズの木製の胴体を粉々にするほどの破壊力はない。

とっととずらかりたい強盗がそんな曲芸やってる暇あるのかしら」

 

“里沙子さん……!ほら、やっぱり里沙子さんは犯人なんかじゃ!”

 

“だが!私は見たんだ。両親の命を持ち去った奴の、顔も姿も!

あいつしかいないんだ!”

 

頑固な奴ね、しょうがない。不幸続きの元旦を少しでも明るくしようと、

あたしはミニッツリピーターを首から下げた。

そしてベッドから起き上がると、ドアを開けた。そこには見覚えのある顔が2つ。

 

「里沙子さん!あの……」

 

「財布」

 

「え?」

 

「よこしなさい。今から事件現場に行くのよ。馬車代が要るでしょう!

そこの石頭に何があったかわかりやすく説明して、真犯人をぶちのめしに行くの」

 

「は、はい……」

 

ジョゼットがおずおずと白い大きな財布を差し出してきた。早くしなさいよ。

これ、でかくてオバサン臭くて正直気に入ってないんだけど、

紙幣がない世界だと大きい財布じゃなきゃ不便なの。

 

「あの、里沙子さん」

 

「もう、さっきから何。言いたいことはさっさと言う!あんたの悪い癖よ」

 

「わたくしを、殴ってください。

理由はどうあれ、聖職者でありながら、乱暴な手段を取ったわたくしは、

同じ痛みの罰を受けなければいけません。

気の済むまでわたくしを殴って、どうか許してください……」

 

ジョゼットがぎゅっと目を瞑る。やれやれ。

馬鹿みたいに頑固で、馬鹿みたいな方向で真面目なんだから手に負えないわ。

あたしは人差し指で軽くジョゼットの顎を持ち上げて顔を近づける。

少し驚いた様子で彼女が目を開けた。

 

「同じ痛み?馬鹿にしないで。

あんたのへなちょこビンタなんかちっとも効きやしないのよ。

ボケた老人の右ストレートの方がもっと腰が入ってたわよ。

いいからさっさと出掛ける準備!そこの赤ロン毛もボサッとしない!」

 

「里沙子さん……はい!」

 

「変な名前で呼ぶな!私はルーベルだ!」

 

「はいはい」

 

あたしは階段を下りながらガンベルトを身に着けてマフラーを巻いた。

玄関を出るとトランクを持ったジョゼットと、

ルーベルとかいうオートマトンって奴が続いて来た。ドアの鍵を閉めて、

ハッピーマイルズ・セントラルの駅馬車広場へ向かおうとしたんだけど……

 

「ねえ、あんた。その格好寒くないの?正直見てるこっちが寒い」

 

改めてその格好を見ると、水兵のような半袖の洋服にジーンズの半ズボン。

白のマントは全く防寒対策になってない。

今の時期、人間が同じ格好で外出したら街に着くまでに行き倒れるわね。

 

「ふん、物知らずめ。

天界晶の守護があるオートマトンは、多少の熱や冷気ではびくともしない」

 

「よーするに鈍感ってことね。

季節に合わせた身なりってもんを考えないと、そう取られても仕方なくてよ」

 

「なにを!」

 

「二人共やめてくださーい!

これから一緒に旅をするんですから、今からこんなでどうするんですか!」

 

「わーったわよ」

 

ジョゼットがどうでもいい会話を打ち切る。こういう時はたまに役立つのよね。

とにかく、あたし達は街の駅馬車広場を目指して街道を歩き始めたの。

野盗達も正月くらいは休みたいのか、静かなものだったわ。

毎年冬が開けると、森や洞窟から凍死者が何人も見つかるらしいけど、関係は知らない。

 

歩いてる間もルーベルがこっちを睨んでるのを背中で感じるけど、

痛くも痒くもないわねえ。

むしろ、あたしの無実が証明されたらこいつがどう出るのかが今から楽しみ。

そうこう考えてるうちに勝手に足が動いて、街に着いた。

門をくぐっても、いつものうるさい連中がいない。いつもこうだといいのにね。

商品だけ並べて“代金は箱に入れてください”ってのにしてくれないかしら。

 

さて、駅馬車広場はこっちだったわね。ここは年中無休。

どの世界も公共交通機関は休み無しなのね。頭の下がる職業だわ。

広場に入って、いつもの事務所に入って受付に話しかけた。

 

「こんにちは。馬車を一台貸し切りたいのだけど」

 

「新年おめでとうございます、斑目様。本日はどちらへ?」

 

「今年もよろしく。ログヒルズ領へ行きたいのだけど。3人乗るから中型でお願い」

 

「それはまた遠くに。

ログヒルズで中型となりますと、2000G。前金で1000Gでございます」

 

「こちらに」

 

「確かに頂戴しました。では、こちらの番号札をお渡しください。よい旅を」

 

「ありがとう」

 

あたしと受付の間で、いとも簡単にやり取りされる大金をポカーンと見てるルーベル。

これが金持ちの力よ、参ったか。

いつものように、中型馬車が並ぶ停車場で札の番号を探していると、

ブツブツとルーベルの独り言が聞こえてくる。

 

「くそっ、本当に金持ってやがる……事務所でもVIP扱いだったし……

私なんかボロ馬車を乗り継いで……」

 

くくく、羨ましいか。あたしは若干いい気分になりながら、指定の馬車を探す。あった。

黒塗りの高級感が漂う装飾が施された馬車。

御者席すら木のフレームとガラスで守られてて、

極寒の中をフルスピードで走れる作りになってる。

あたしは御者に番号札を渡して乗り込む。

 

「この馬車よ、乗りましょう。……御者さん、長旅になるけどよろしくね」

 

「いつもご利用ありがとうございます。さぁ、外は寒うございます。どうぞ中へ」

 

おおっ、高級車だけあってシートがフカフカ。

足元には炎鉱石とファンで温風を送るヒーターまである。

あたしが驚くくらいだから後ろの2人にはもっと衝撃的なわけで。

 

「わ~凄い!王様の馬車みたいです!」

 

「これが、馬車だって言うのか?……お、お前、私をどこに連れて行く気だ!」

 

「ログヒルズ領に決まってるでしょ。

払うもんは払ってんだからこれくらいでオタオタしないの」

 

「だっ、誰がオタオタなん「出してくださいな~」」

 

「かしこまりました。それでは、出発致します」

 

うるさいルーベルを無視して馬車は旅立った。

さて、面倒くさいけどログヒルズ領まで、いくつも領地をまたいでの小旅行になるわ。

着いたら着いたでもっと面倒なことになるんだけど、

そこまで書いてると長くなるから一旦この辺で。続きはすぐ上げるわ。

みんな良い一年になるといいわね。

 

 



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子供の頃通ってた塾で飼ってた犬が、ゴミでもなんでも食べるアホ犬だったんだけど、まだ元気かしら。

前回のあらすじねー

オートマトン殺害容疑、ジョゼットからビンタ、事件現場へ、今ここ。

 

 

二頭の筋骨たくましい黒馬が全速力で駆け抜ける。途中ちょっと雪がちらついたけど、

丈夫な馬はそんなこと気にも留めず、真っ白な息を吐きながらひたすら北へと疾走する。

トートバッグから地図を取り出して現在位置を確かめる。あら凄い、あっという間ね。

3つも領地を超えて、今の領地を超えたらログヒルズ領ね。

 

「ルーベル、向こうに着いたら、あんたが道案内するのよ」

 

「えっ、案内ってどこへ?」

 

「しっかりしなさいよ、あんたの村に決まってるじゃない。現場検証よ」

 

「あ、ああ。そうだな!」

 

教会に押しかけたときの勢いはどこへやら。

小さなシャンデリアが揺れるこの高級車に、まだ圧倒されてるみたい。

多分、向こうで真犯人を見つけたら戦闘になる。

ルーベルは……明らかに戦い慣れてない。

 

というより、ここ2,3日で初めて銃を持ったんじゃないかしら。

あたしとクイックドロー対決した時も、かなりもたついてたし。

はぁ、やっぱりあたしが殺り合うことになるんでしょうね。

考えを巡らせていると、ルーベルが前に乗り出して御者に話しかけた。もうすぐね。

 

「なあ、あの針葉樹がたくさん生えてる村に行ってくれ!」

 

「かしこまりました」

 

「あそこがあんたの故郷なの?」

 

「故郷だった、だ。……もう、帰る家なんかない」

 

「ルーベルさん……」

 

「売りに出した家にはとりあえず入れるのかしら?」

 

「”FOR SALE(販売中) 見学自由”だとよ……!」

 

ルーベルが歯噛みして答える。そういう看板が掛かってるらしいわね。

何にせよ、立入禁止じゃなかったのはよかったわ。

ひょっとしたら証拠品が見つかるかもしれない。

しばらくすると、馬がいななき、馬車が止まった。

 

「お客様、村の入り口に着きました。奥に進まれますか?」

 

「いいえ、ここで結構ですわ。ほら、二人共降りるわよ」

 

「ううっ、寒いです~!馬車に戻りたい!」

 

「あんたの小遣いで2000G払えるなら好きにしなさい」

 

「ああ、降ります、降ります!」

 

「……」

 

無言で降りるルーベル。針葉樹が広がる村を見渡し、何を思っているのかはわからない。

あたしは運賃の支払いを済ませる。

 

「ご苦労様、これが料金と……お正月だから貴方に、ね?」

 

あたしは料金と、チップとしては多すぎる金貨1枚を御者に渡した。

 

「えっ、こんなに頂いては……」

 

「“お年玉”という祖国の習わしですの。

年始めには、ちょっとした知り合いや、お世話になった人に心付けを配る。

本来のチップとの合算ですから気になさらず受け取ってくださいな」

 

「なるほど。では、お年玉をありがとうございます!」

 

今度は御者さんは喜んで受け取ってくれた。美麗な馬車が去っていく。

誤解しないで。ちょっとした茶目っ気よ。

さて、さっさとやること済ませちゃいましょうか。ジョゼットの言うとおり本当に寒い。

 

「ルーベル、あんたの家に案内して」

 

「……こっちだ」

 

そこはスギ、松、といった針葉樹に囲まれた奥に長い村だった。

細長い小川に沿うようにずっと向こうに続いている。あたし達はルーベルを先頭に、

手頃な高さのゴールドクレストとすれ違いながら村を進む。薄っすらと雪化粧の土地に、

ポツポツとログハウスが点在してる。いくつもの小さな橋が小川に掛かって、

分かたれた土地を繋いでて、広さを最大限に活かしてるわね。

 

人の姿は見当たらない。オートマトンの村だからとかじゃなくて、

そのオートマトンもいないのよ。やっぱり正月だからお家でパーティー?

それ抜きにしてもなんだか寂しいところね。

あたしの疑問を察したのか、ルーベルが前を向いたまま答える。

 

「みんな、喪に服してくれてるんだ。……こんな事件は、初めてじゃないしな」

 

「そう」

 

それだけを答えた。

確かに、高値が付く天界晶を持つオートマトンがたくさんいる村は、

外道にとっては宝の山でしょうね。

 

「騎兵隊は?」

 

「こんな山奥まで巡回になんて来てくれない。自分の身は自分で守るしかない。

私は、守れなかった」

 

「……ルーベルさん、」

 

あたしは、何か言おうとしたジョゼットを手で制した。

陳腐な慰めなんか下手な罵倒より相手を傷つけるだけ。黙ってルーベルに付いていく。

すると、一件の家にたどり着いた。

 

「ここだ」

 

彼女が言っていた通り、FOR SALEの看板が掛かったログハウス。

全体的に砂埃が薄く積もって、手入れされていないことがわかる。

 

「入るわよ?」

 

「……好きにしろ」

 

「里沙子さん、絶対に犯人を捕まえましょうね!」

 

あたしは、ジョゼットに返事をせず古びたドアを開いた。

内部は見通しの良い作りになっている。

暖炉以外の家具がなくなっていることもあるけど。

あたしは視線を走らせながらゆっくりと、慎重に家屋の内部を捜索する。

 

ふと気になるところを見つけてしゃがみ込んだ。

掃き残した細かい木片が散らかっている場所が2ヶ所。

恐らく、ルーベルの両親はここで殺された。

いつの間にか入ってきていた彼女も言葉少なに答える。

 

「……そう、父さんと母さんはここで死んだ」

 

「凶器が銃なのは間違いない。

だとすると、二人の位置関係から見て、向こうに何か残ってるはず」

 

あたしも努めて事務的に話すと、目星を付けたところに歩いていった。

そして、組み上げられた丸太の壁にそれはあった。

下手なコンクリートより頑丈な丸太に穴を開けて食い込んだそれ。

あたしは折りたたみ式のポケットナイフを取り出すと、穴から何かをほじくり出す。

 

コロンと出てきたそれは、潰れた金属。凶器の銃弾ね。あら、これって……

あたしは、銃弾の特徴から犯人への糸口を掴んだ気がした。

 

「ルーベル、この辺で銃を売ってるところは?」

 

「南に10分ほど歩いたところに商店街がある。銃砲店もな。

だが、大抵オートマトン相手の商売だから人の役に立つものはあまりないぞ」

 

「他はどうでもいい。とにかく銃砲店に行くわよ」

 

「え、手がかり、見つかったんですか!?」

 

「まだ取っ掛かりに過ぎないわ。さあ二人共」

 

「ああ」

 

あたしは、その特徴的な使用済み弾丸をポケットに入れて一旦村から出た。

またルーベルに案内してもらって、

あたし達はなだらかな斜面に宿屋、雑貨屋、神療医などが並ぶ小さな商店街に到着。

ジョゼットが小さな身体で、大きなトランクに振り回されそうになりながら、

あたしに聞いてきた。

 

「さっき、ルーベルさんの家で何を見つけたんですか?」

 

「凶器の銃弾。これで犯行に使った銃が絞り込めた。つまりそれを持ってるやつが犯人」

 

「本当か!?」

 

村に入ってから塞ぎ込んでいたルーベルが、あたしの肩を掴んで必死に問いかける。

 

「間違いない。これはアースの銃。つまり一点物でこの世界では作られてない」

 

「よし……絶対見つけ出して、今度は私の銃で殺してやるんだ!!」

 

「行きましょう、ほらあそこ」

 

ハッピーマイルズの銃砲店のように、

ピストルの看板を掲げたガンショップが右手に見える。

あたし達は微かに鉄の臭いが漂う店内に入ると、

カウンターにいる筋肉質の親父に話しかけた。

この寒いのに、鍛えた身体を見せつけるようにタンクトップ1枚で煙草吹かしてる。

 

「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」

 

「……ゴホン」

 

「.45LC弾を10発」

 

「100Gだよ」

 

「はいどうぞ」

 

あたしが金を払って商品を受け取ると、親父が話を聞く体勢に入った。

 

「何が聞きたい」

 

「最近この弾を使う銃を売らなかった?そいつに聞きたいことがあるの」

 

カウンターに、ログハウスで見つけた潰れた銃弾を置く。

 

「ああ、それか。アース製の一品だったからよく覚えてるぜ。

半月ほど前に……ん?後ろの嬢ちゃんが買ってったじゃねえか」

 

「え!?」

 

ルーベルが自分を指差して固まってる。え、じゃないし。驚きたいのはこっちの方よ。

犯人にたどり着いたと思ったら、容疑者が身内とかマヂ勘弁。

 

「あんた腰の銃、家ん中で撃ったりした?」

 

「いや、知らない!本当だって!」

 

「ええっ……どういうことなんですか~」

 

「騒ぐなら出てけ」

 

「あ、うん。邪魔したわね。とりあえず出るわよ」

 

銃砲店から出たあたし達は未だに混乱が収まってなかった。

 

「本当に買ったのはそれ1丁だけなのね?」

 

「ああそうだよ!事件がなけりゃこれだって買わなかったさ!」

 

確かにルーベルの銃はハンマーが歯車状の特殊な銃。つまり、ミドルファンタジア製。

アメリカ製のあの銃じゃない。どうしようもないから、疑問を抱えたまま、

もう一つの手がかりに当たってみることにした。

 

今度は宝石店。恐らく犯人が奪った天界晶を売り払った店。

店員が犯人に心当たりがあるかもしれない。

商店街の奥にある、小じんまりした宝石店に入った。

ショーケースの奥にモノクルを掛けた老紳士がいる。

あたしは小幅に歩いて近づき、声を掛けた。

 

「どれも素敵な品ですわね。失礼致しました、少々お聞きしたいことがあるのですが」

 

「なんですかな、お嬢さん」

 

老紳士はニッコリ笑って応えてくれた。

後ろの二人はあたしの口調の変わりように目を丸くしている。

 

「最近、天界晶を2つまとめてこちらに売却した方がいらっしゃると聞きまして。

どのような方がお売りになったのか教えては頂けないでしょうか」

 

「それは……どのような用件で?」

 

相手が少し警戒の色を見せる。

まぁ、言ってみれば顧客の情報を嗅ぎ回ってるんだから当然よね。

 

「わたくし、天界晶に目がなくて、どの宝石店に行ってもなかなか見つかりませんの。

きっとその方はたくさん天界晶をお持ちだと考えまして。

是非、お会いして売買交渉をしたいと思いますの」

 

すると、老紳士がますますその表情を険しくして答えた。

 

「ええ、確かにお売りいただきましたよ……貴女にね」

 

はい、こちら宝石店前。

ただいまルーベルがヒステリーを起こして大変ご迷惑をおかけしております。

 

「騙しやがったな!やっぱりお前が犯人だったんじゃねえか!!」

 

「落ち着きなさいって!あたしだって何がなんだかさっぱりよ!服引っ張んないで!」

 

「ルーベルさん、落ち着いて!

里沙子さんが犯人ならそもそもここまで来るはず無いじゃないですか!」

 

ジョゼットがルーベルの腰に手を回して止めようとしてるけど、

“ようとしてる”だけで、全然役に立ってない。

 

「大体なんだ、あのお嬢様口調は!私はぶりっ子が一番嫌いなんだ!」

 

「渡世術の一つでしょうが!

あんたもいい大人なら、よそ行き口調くらい身につけなさいな!」

 

「私がガサツで蓮っ葉だって言いたいのかよ!」

 

「もう怒るなとは言わないから、せめて怒りは1方向に絞って!

自分でパニックになるだけだから!」

 

「私がいつ怒った!?」

 

「いーかげんにしてくださーい!!」

 

ジョゼットの渾身の一声に、あたし達は状況を理解した。

いろんな店から客や店員が顔を出して、あたし達を珍獣を見るかような目で見てる。

商店街の真ん中で女二人がギャンギャン喚いてればこうなるわよね。

 

あたしもルーベルも冷静さを取り戻した、というより赤っ恥をかいて大人しくなった。

まったく、あたしとしたことが。ルーベルが雑貨屋前の階段に座り込んで続ける。

 

「……で、これからどうすんだ。もう手がかりなんかないだろ」

 

「いや、おぼろげな後ろ姿程度はまだ残ってる」

 

「なに!本当か!?」

 

「今更あんた担いでどうすんのよ。……金の流れ」

 

「どういうことだ?」

 

「正直、天界晶にどれほどの値段が付くのか知らないけど、

ひとりじゃ持ち運べないような大金になることは想像できる。

硬貨しか流通してないこの世界じゃ尚更ね」

 

「つまり?」

 

「銀行に張り込みよ。こんな片田舎で不審なほどの大金を入出金してる奴が怪しい」

 

「田舎言うな!……まぁ、私達に残された道はそれくらいしかないからな。行こうぜ」

 

で、あたし達は小さな銀行の向かいにある、建物の隙間に移動したの。

ここなら相手から見られず、銀行の出入りを監視できる。ついでに北風もしのげるしね。

待つことしばし。1人目はさっきの宝石店の店主。

少し待ったけど、記帳だけして帰っていった。

また待機。今度はどっかのおばさん。

店の奥を覗いたけど、銀貨5枚を引き出しただけだった。これじゃあ、ただの利用客ね。

 

「里沙子さ~ん、寒いです……」

 

「我慢なさい、あたしだって寒いのよ」

 

「人間は難儀だな。私はなんともないが」

 

風が吹かない代わりに日差しもないここは、やっぱりじっとしてると寒い。

季節が季節だから結局どこ行っても寒いってことね……

おっと、今度は銃砲店の親父が肩で風を切って中に入っていった。

 

店員となにか話し込んでるわね。あら、ソファに座ったわ。何を待ってるのかしら。

ん!しばらく待っていると、店員が重そうな袋を2つカートに積んで運んできた。

親父はそれを両肩に軽々と持ち上げると、銀行から出てきた。

 

「二人共、あたしが合図するまでここで待ってて。

間違ってもいきなり襲撃するんじゃないわよ」

 

「わかりました」

 

「何をする気だ?」

 

「奴は “本物”じゃない。銃砲店の親父は多分あたしと同じタイプ。

大金があるなら仕事なんか辞めてる」

 

そう言うとすぐさま、あたしは建物の陰から出て、

気配と足音を殺して親父の偽物に近づく。

その大きな背中に一歩、二歩、三歩と近づいて、

 

「騒ぐな。袖に毒針を仕込んでる」

 

右の拳をそっと背中に当てる。もちろん針なんかない。

 

「ひっ、やめて!」

 

「騒ぐなと言っている。一切喋らず前だけを見て、目的地まで歩け」

 

親父がオッサンらしからぬ悲鳴を上げた。確定ね。

あたしは左手で、残した二人をちょいちょいと手招きする。

2つの気配が後ろからゆっくり近づく。親父の偽物とあたし達はしばらく歩き続けた。

村の前を通り過ぎ、街道を進み、昼間でも薄暗い脇道にそれる。

それから2,3分歩くと、ボロい小屋に着いた。

 

「金を下ろしなさい」

 

偽物が金貨袋をドスンと置いた瞬間、今度は奴を突き飛ばして、

ピースメーカーを突きつけた。尻もちをついた奴が慌てて両手を上げる。

ジョゼットとルーベルも追いついてきた。

 

「今度は質問タイム。その金はどこで手に入れた?」

 

「こ、殺さないで!天界晶を売ったの!」

 

「その天界晶はどこから?」

 

「あー……オートマトンから奪った。近くの村の」

 

「事件は半月前。何故今頃になって金を引き出した?」

 

「それは、ほとぼりが冷めるを待ってて……」

 

「被害者は男性型、女性型、1人ずつ。凶器は拳銃。何か間違いは?」

 

「そ、そのとおりよ……出来心だったの、お願い許して!」

 

その時、あたしの脇からルーベルが奴に飛びかかった。

 

「ふざけるな貴様アァ!!」

 

バコン!と豚肉の塊をまな板に叩きつけるような音が響く。

ルーベルが偽物を思い切り殴った。歯が一本折れて飛んでいく。

 

「お前の!お前なんかのために!父さんと母さんは!!」

 

「や、やべて……おねがい……いたひ……」

 

彼女は何度も殴り続ける。見る間に痣だらけになる偽物の顔。

その時、奴の身体にテレビの砂嵐のようなノイズが走った。

徐々にノイズが晴れると、奴の正体が明らかになる。

 

「お前は……!」

 

「お願い、もうぶたないで……この通り、なんでもするから……」

 

緑色のネックウォーマーをした10代前半の少女。やっぱり無残に顔中が腫れ上がってる。

今度はあたしが問う。

 

「つまりあんたは暴走魔女で、魔法であたし達に化けてたってことで良いのかしら」

 

「そう……新聞で見た遠くの有名人なら足がつかないかと思って……」

 

「ふん!」

 

ルーベルが今度は魔女の腹を蹴り上げた。奴が床に倒れ込み嘔吐する。

 

「ぐっ、がはっ!あああ……」

 

「なんでだ……なんで父さんと母さんを狙った!」

 

「げほっ、げほっ!お金が、生きていくお金が欲しかったの……

私が使える魔法は、この変身魔法だけ。親もいない、受け入れてくれるギルドもない。

一人ぼっちの私が生きていくにはこうするしかなかったの!」

 

「だから私の親を殺したのか!」

 

「待って。それ以上やる前に、殺すか駐在所に突き出すかをきちんと選びなさい」

 

「え……?」

 

あたしはこのまま勢いで魔女を殺しかねないルーベルを一旦制止した。

ジョゼットから大体の経緯は聞いてる。

 

 

“ルーベル、仇討ちなど、馬鹿なことを、考えるんじゃないぞ”

 

“頼む、最期まで、お前の心配をしながら、死に、たくは、ない……”

 

 

「父さん……」

 

「殺すかブタ箱にぶち込むかは、あんたが決めなさい」

 

「それは……うん、わかった。最後くらい父さんの言うこと聞くよ」

 

「決まりね。それじゃあ何か縛るものは、と」

 

その時だった。あたしが視線を外した一瞬の隙を突いて、魔女が外に飛び出した。

懐から取り出した銃を背後に撃ちながら、

小屋から走って10mほど離れたところで止まった。

あたしたちが小屋の外に出た瞬間、また銃撃で足止めを食らう。

大型の銃弾があたしの足元をえぐった。

 

「アハハ、バカじゃないの!この便利な能力があれば、なんだって盗み放題じゃない!

銃はロッカーの鍵が見つからなかったから普通に買ったけどさぁ、

投資した以上の見返りは十分あったわよ!フフッ、アハハハ!」

 

「野郎!」

 

「おっと、動かないで。この銃の破壊力は凄まじいものがあるわよ。

バカみたいに硬いオートマトンもバラバラにできるくらいね!」

 

「ぶっ殺す!!」

 

「待って、ルーベル。

戦い慣れしてないあんたが、このまま突撃しても犬死にするだけ。

さっきの言葉、忘れたの?」

 

「じゃあ、どうしろってんだよ!」

 

「ジョゼット、ルーベルと小屋の中に入ってなさい。身を低くしてね」

 

「はい!ルーベルさん、中へ!」

 

「くそっ!絶対捕まえてくれよ、頼む……」

 

二人が小屋に入ると、あたしはゆっくりと魔女に近づいた。すかさず敵が銃を構える。

思った通りだったわね。注意深く魔女の動きを観察しながら近づくと、

魔女が一発、発砲。森の木々に轟くような銃声が反響する。あたしは瞬時に回避。

前進を続ける。

 

「運が良かったわね!でも近づくとどんどん食らいやすくなるわよ!」

 

奴の言葉を無視して一歩ずつ歩く。

また魔女がステンレスボディが光るオートマチック拳銃を放つ。これも回避。

流石に奴も焦ったのか、今度は2発連続で発砲。当たらない。

慌てて慣れない手つきでリロードする。

 

「なんなのよ、こいつ!さっさと死になさいよ!」

 

半ば破れかぶれの魔女が銃を連射する。その時。

 

「あ、あれ?弾が出ない、引き金が引けない……どうして!?」

 

機を見たあたしは一気に接近し、魔女の腕を捻り上げ、首に腕を回した。

色々面倒事があったせいで無駄に筋肉が付いたから、小娘一人なら締め上げられる。

 

「か、はっ……どうして」

 

「ゲロ臭いからあんまり喋らないで。あんたが買った銃は.44オートマグ。

確かに見た目はイカすし強力だけど、

実戦で活躍できるのは残念だけど映画の中だけなのよね。

設計がイマイチで弾詰まりが起きやすいの。

オートジャム(作動不良)なんて呼ばれてたくらいだから、

あんたみたいにバカスカ撃ちまくると簡単に故障するってわけ」

 

「当たら、ないのは!なんで?」

 

「弾を避けるんじゃなくて、銃口から身を反らすのよ。

あんたエイミング雑だから弾道読むの簡単だったわ。

……じゃあ、そろそろ寝てちょうだいな」

 

「うぐうっ!!」

 

あたしは全力で魔女の首を締める。奴があたしの腕をパンパン叩いて抵抗するけど、

ものの数秒でだらんと身体から力が抜けた。魔女を片付けたあたしは二人を呼ぶ。

 

「もう大丈夫よ。今度こそぶちのめした」

 

ジョゼットを残してルーベルが駆け寄ってくる。

地に横たわる魔女を、憎しみで貫かんばかりに睨みつける彼女。

 

「こいつさえいなけりゃ……!」

 

「どうするの?やっぱり」

 

「いや、いい。父さんの、最後の願いだ。駐在所に連れていく」

 

「そう。なら、行きましょうか。

小屋の金貨忘れるんじゃないわよ。親の遺産なんだから」

 

「ああ。里沙子」

 

「何?」

 

「……ありがとう」

 

「ふん、急ぐわよ。日没までには馬車に乗りたいから」

 

それからは結構ワタワタしてた。魔女を駐在所に突き出すと、

色んなところで泥棒やってたせいで、正体不明の暴走魔女として賞金が掛けられてた。

当然全額あたしが頂いたわよ。

封魔の鎖で手が後ろに回った魔女は、泣きながら騎兵隊の護送馬車に乗せられていった。

 

まぁ、自分の運命については察しが付いてたみたい。

保安官によると、度重なる窃盗及び2名殺害。良くて懲役80年以上。もしくは縛り首。

懲役刑になっても、出てくる時に吸魔石を身体に埋め込まれて、

二度と魔法は使えなくなるらしいわ。

 

さて、死んだも同然の魔女はどうでもいいとして、そろそろ帰らなきゃ。

ログヒルズ領の駅馬車広場にルーベルに案内してもらってると、

彼女が不意に立ち止まって両肩に持っていた金貨袋を下ろして、あたし達に向き合った。

そして、深々と頭を下げる。

 

「里沙子、ジョゼット。本当に、済まなかった!

お前の命を奪おうとしたばかりか、私の間違いのせいで、

お前達の絆を引き裂いてしまうところだった!済まない……本当に済まない!」

 

ああもう、どうしようかしらねえ。

本音を言えば、どうでもいいから早く帰りたい、だけど。

 

「はぁ、やめてよね。ジョゼットとの絆、ですって?気色悪いこと言わないで」

 

「ひどっ!それ、冗談ですよね?わたくし達、友情で固く結ばれてますよね?」

 

「友達は嫌いなものランキング第4位だって前にも言った。それで、ルーベル」

 

「私のことは好きにしろ……胸の天界晶を差し出してもいい」

 

「話聞きなさいな。

あたしは面倒事が嫌いだから、終わったことでウダウダやるのもご免なの。

それに知ってるでしょ、あたしはもう金持ちなの。あんたの心臓も必要ない。

だから、あんたはこれからの自分の身の振り方だけ考えなさい。

馬車乗り場に着いたら、そこで、さようならよ」

 

「でも、それじゃあ……」

 

「あ、わたくし良いこと思いついちゃいました!」

 

ジョゼットが頭を下げ続けるルーベルを無理やり立たせて割り込んできた。

嫌いな言葉だけど、空気読め。

他に表現の仕方を知らない輩のために言い直すと、

状況を適切に判断してその場に最適な言動を取りなさい。

ジョゼットは大抵の奴は自然に身につけるこの能力が欠けているから困る。

……で?良いことって何。

 

「ルーベルさん、うちで一緒に住めばいいんですよ!」

 

「「はぁ?」」

 

思わず同時に声が出る。何を言い出すかと思えば。

 

「ルーベルさんが何かしないと気が済まないんなら、

うちで色々お手伝いしてもらえばいいと思うんです。

オートマトンの方って力持ちですし!」

 

「また良くない暴走癖が出てきたわね。治療薬を頭に叩きつけようかしら」

 

「えええ、だって~!」

 

あたしは拳を作る。ジョゼットは怯える。ルーベルは、

 

「いや、それが良いかもしれない……」

 

「は!?あんたまで何言ってんの!

その金で家を買い戻して、元の生活に戻れるでしょうが!」

 

「あそこには……辛い思い出が多すぎる。

里沙子も見ただろう、父さん達の欠片、壁の弾痕。

それと一緒に生きていくのは、やっぱり悲しいんだ。

里沙子、勝手な願いだとは承知しているが、私をお前の家に置いてくれ。

お前のためにできることを探したいんだ!」

 

また深く頭を下げた。少し言葉に詰まる。

確かに、あの事件現場で人生をやり直せってのは無理な話かもしれない。

……あーもう!結局またジョゼットの思惑通りでMK5(意味わかる人は30以上)!

こいつ天然気取った策士じゃないでしょうね?

 

「はい、条件3つ!

まず、あたしの生活スタイルに口出ししない!

具体的には朝から飲んで昼まで寝てても愚痴言わない!

次、家の中ではあたしがルール!全てにおける決定権はあたしにある!

最後、家での階級は上から順にあたし、ルーベル、ジョゼット!これを理解すること。

以上!」

 

「いいのか……?」

 

「……これ全部守れるならね」

 

「ちょっと里沙子さん、最後のなんなんですか!

順当に行けばわたくしがルーベルさんの先輩に……」

 

「年功序列は死んだのさ」

 

「すいませんすいません」

 

ジョゼットが不服を申し立てたけど、拳を握るとあっさり引き下がった。

扱いやすいのかにくいのかよくわからん生物ね、本当。

ともかく、馬車の乗員が1人増えちゃったところで、帰りましょうか。

日没までに乗れれば問題ない。

3人パーティーになったあたし達は、だべりながら駅馬車広場に向かって歩きだす。

 

「なあ、里沙子。今度私にも教えてくれよ」

 

「何を?」

 

「ほら、あれだよ……お嬢様言葉。父さんが少しは女らしくしろって言ってたからさ」

 

「まずは気持ちから入ることね。自分は貴族のお嬢様だって思い込むのがコツ」

 

「なるほど。ああ、それとあと!早撃ちも教えてくれ!あんたの戦力になれるように」

 

「う~ん、実戦じゃ速さより正確さが求められるんだけど。

とにかく、右手の意識を銃まで走らせて……」

 

「ふむふむ」

 

ジョゼットを放ったらかして、

そんな会話をしながらあたし達は我が家への家路についた。

馬車から降りると、もう日付が変わる頃だったけど、

よく考えたら昼食もろくに食べてなかったことに気づいたあたし達は、

残ったおせちで腹を満たしたの。

冬の寒さで家自体が冷蔵庫になってたから、幸いどれも傷んでなかったわ。

 

ルーベルも珍しそうにおせちもどきを見てたけど、

数の子を噛んだ時、一瞬パニックになってちょっと笑えた。さて、こんなところかしら。

慌ただしい元旦になっちゃったけど、残りの三が日は何が何でもだらけるわよ!

 

 



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新住人の買い物
こんなどうでもいい話じゃなくて、さっさとバイオ7の続き書きなさい。あっちのほうが読者多いんだから。


あたしの感覚では多分朝だと思うんだけど、

頭の中がぐるぐるしてて時間の感覚があやふや。

そういえば、地球にいたときも昼寝のし過ぎで、

目を覚ますと夕方か明け方かわからなくて一瞬焦ったこともあるわね。

そんなあたしにルーベルが呆れた口調で話しかける。

 

「確かに、お前の生活には口出ししないって約束したよ。

でも、この有様は酷すぎるだろ……起きろ里沙子!」

 

「う~ん、あと5分だけ……」

 

「その台詞は一時間前にも聞いた」

 

あたしはベッドに寝そべりながら首を動かして、両手を腰に当ててるルーベルを見た。

あらやだ、ノックもなしに女性の部屋に入るなんて、はしたないわね。

 

「まったく、はしたないのはどっちだ。

ノックはしたし、それで全く反応がなかったんだからしょうがないだろ。

それに見ろ、これが“女性の部屋”って言えるのか!?」

 

「心読まないで。……わかったわよ、今起きるって」

 

朝っぱらからエール2本開けて気持ちよく寝てたんだけど、

とっくにお日様が高く上ってるんじゃ、そろそろ起きたほうがいいわね。

パジャマ姿で、寝ぼけ眼をこすりながらベッドから立ち上がる。

と、足裏に激痛が走った。

 

「いだっ!なんか踏んだ!」

 

「言わんこっちゃない。年明けから全く片付けをしないからそうなる。

とりあえず身支度をしてこい。手伝ってやるから片付けろ」

 

「わかったって。顔洗ってくるから待ってて」

 

それで、部屋から出ようと眼鏡をかけたら……ああ、確かにひどいわね。

脱ぎ散らかした服や、なんで床に落ちてるのかわからない化粧道具、

スマホ、各種ガジェット、などなど。

足の踏み場もないとはこのことね。さすがにどうにかしないと。

あたしはアルコールが抜けかけて少し痛む頭を押さえながら、洗面所へ向かった。

 

「先に始めとくぞ?顔洗ったらすぐ戻るんだぞ」

 

「悪いわね……」

 

よろよろと階段を下りて洗面所にたどり着くと、

鏡の中に頭がかわいそうな人っぽい、だらしない顔の女がいた。こりゃあ、ひどい。

朝酒の後、ジョゼットがなんだか目を合わさないのはこれが原因だったのね。

とにかく慌てて眼鏡を置いて顔を洗った。冷水の刺激がボケた脳を目覚めさせる。

意識がはっきりして顔もいつものあたしに戻ったところで、私室に戻る。

中ではルーベルがせっせと片付けをしてた。

 

「ええと、洗濯物はとりあえずこっち、

このわけのわかんないものは……とりあえずここ」

 

「ああ、そんなに急がなくていいわよ。

まだまだ正月なんだから、そんなに慌てなくっても」

 

「駄目だ!もう年明けから何日経ってると思ってる。一週間は過ぎてるぞ」

 

「アースにいた頃、近所のバイク屋なんか13日まで休んでたわよ。

つまり、それくらいは正月休みとして認められる。

商売する気あるのかしらね、あそこ。アハハ」

 

「笑ってないでお前も手を動かせ。お前の部屋には物が多すぎる」

 

「ああ!言っとくけど金時計にだけは触らないでね!

そいつを取り戻すために何度も死ぬ思いしたんだから」

 

「わかってるわかってる。それに関しちゃジョゼットから聞いてる。

お前を起こしてくれって彼女に泣きつかれた時にな!」

 

「なら何も問題ないわ。これ終わったらジョゼットに何か出してもらうとしますか。

お昼まだだからお腹空いちゃった」

 

それでいよいよ片付け開始。

ルーベルが手を付けてくれたところは割りとマシになったけど、

やっぱり本来の位置にあるのは金時計とガンベルトくらいしかない。

床に広がるカオスにうんざりしたあたしは、

婆さんみたいな動きでひとつひとつ物を拾い始めた。

 

「うう、めんどいわー」

 

「だらけていたツケが回ってるんだ。ほら、もっとテキパキやる!」

 

「母さんにも似たようなこと言われてた気がする。

……このドライバーいつ使ったのかしら。酒で記憶が飛んでて思い出せない」

 

「呆れたやつだぜ。私が来る前もこんな調子だったのか?」

 

「失礼ね。今は正月だからこんなだけど、年明け前は結構忙しかったんだから。

変な客がいっぱい来たり、賞金首と戦って死にかけたり」

 

「賞金首って……悪魔以外にも倒したのか?」

 

「どっかのマヌケがこしらえた巨大なパチンコ台とかね。思い出したら古傷が痛むわ」

 

「ふ~ん、一応本気を出せば強いんだな」

 

「あたしだって、ちゃんとするときはちゃんとしてるのよ。

面倒だから滅多にやらないけど」

 

あたし達はくっちゃべりつつ、ガラクタを拾い集めては定位置に戻す。

その作業を繰り返していると、ふと気がついて手が止まった。

 

「そうだルーベル。あんたここでの生活どうしてるの。

あんたが来てから常に酒が入ってたから気が付かなかったわ」

 

「どうって?」

 

「この一週間、どこで寝てたの?ベッドは空きがあるけど、布団がないの。

あと替えの服は?」

 

「言っただろう、私はオートマトンだから寒さや暑さには強い。

空いてるベッドにそのまま寝てたし、

人間のような新陳代謝もないから服もほとんど汚れない。

布団はいらないし、服も洗濯用に今着てるのと合わせて2着あればいい」

 

「だめよ、あたし以下じゃない。寝る時は布団を被って、服は毎日着替える。

ここにいるからには人間らしい生活をしてもらうわよ。

人のこと言えないのはわかってるけどね!」

 

「ちぇー、面倒くせえな」

 

「面倒くさがりはあたしの専売特許よ。

とにかく、これ片付けてあたしの腹ごしらえが済んだら街に行くわよ。

あんたの私物を買い揃えるの。ジョゼットの時もそうした」

 

「へぇ……里沙子って案外面倒見がいいんだな。じゃあ、私も、ちゃんとするよ」

 

「あ、もちろん金は自分で出すのよ?」

 

「前言撤回」

 

それからあたし達は、大急ぎで部屋を片付ける、というよりガラクタを隅に寄せて、

ジョゼットにパンを温めさせた。ダイニングのテーブルで軽い食事をしながら、

今日の予定について話すと嬉しそうな顔をした。

この娘、殴る以外のことなら何しても喜びそうね。

 

「わぁ、いいですね!みんなで街にお出かけなんて」

 

「私は別にこのままでもいいんだがな……」

 

「ふがふが、んぐ。見てるこっちが落ち着かないのよ。

さすがに年明けから6日も経ってるんだから店も開いてるでしょ。

この時間なら、布団や服とかあんたの要るものを買い周ると、ちょうど夕飯時だから、

酒場で食事して帰りましょう」

 

「はぁ、まだ飲むのかよ?」

 

「“今日は”もう飲まない。多分」

 

「すげえ信用してるよ」

 

あたしが最後の一口を水で飲み込むと、さっそく出発の準備を整えた。

ジョゼットにトランクを用意させて、あたしはガンベルトを装備。

ルーベルに関しちゃ、オートマトンは素で強いって話だし、

こないだの事件で買った銃を腰のホルスターに差してるから大丈夫でしょ。

 

全員用意が出来ると、教会の外に出た。

あたしが玄関のドアに鍵を駆けると、ハッピーマイルズ・セントラルに出発。

いつもの街道を東に進む。

 

「あー、この微妙にしんどい道のりにはいつもうんざりさせられるわ。

この世界に自動車があるなら100万G払ってもいい」

 

「自動車?なんだそりゃ」

 

「馬じゃなくて、ガソリンって液体燃料で動くエンジンで動力を得る鋼鉄の車よ。

時速100km以上出るから、野盗が出てもそのまま轢き殺せる」

 

「そりゃ便利だな。あいにく私の知る限り、この世界にガソリンなんてもんはないが」

 

「耳寄りな情報ありがとう。はぁ」

 

「あああ、そんなこと言ってるから来ちゃいましたよ……」

 

ジョゼットがあたしの後ろに隠れる。

もはやお馴染み、スライム的存在の野盗が3びきあらわれた!

左脇の森からぞろぞろとナタや斧を持った汚い格好の男が3人……

だから、隠れるなとは言わないから、微妙にあたしを押すのをやめなさいジョゼット!

 

「待ちな姉ちゃん達。悪いがここ通るにはな、通行料がいるんだよ!」

「あんまり手間かけさせんなよ、な?」

「持ってんだろ、財布」

 

う~ん、結構あたしの顔と名前も広まってるって話だったと思うんだけど、

こいつらは知らないみたい。新人かしら。

どっかに無限に野盗を生み出すジェネレーターでも存在するんじゃないかって、

本気で考えちゃうわね。しょうがなくあたしがピースメーカーに手をかけようとすると、

ルーベルが黙って手で止めた。ん、どしたの。

 

「……ジョゼット、この前話してたメリケンサック。要らないならくれないか」

 

「は、はいどうぞ」

 

ジョゼットが、初めて会った時以来見せてなかった、

ショボいメリケンサックをルーベルに手渡した。

それを右手にはめると、ルーベルが野盗に向かってつかつかと歩きだした。

ちょっと興味深い展開ね。お手並み拝見と行きましょうか。

 

「あんだぁ、なんだその目は。やる気かオラァ!」

 

「……生憎こういう目でな!」

 

次の瞬間、ルーベルがそばの崖をノーモーションで殴りつけた。

ダイナマイトの爆発のような轟音と共に、

むき出しになった岩肌が半径約3mに渡って砕け散る。驚いて武器を落とす野盗。

爆風に煽られてあたし達も思わず目を閉じる。

 

「あ、あ……」

 

「よく聞こえなかった。通行料がどうしたって?」

 

「いや、な、なんでもねえ。い、行くぞおめえら!」

 

すっかり怖気づいた野盗は森の中へ逃げていった。

ルーベルは右手の調子を確かめるように手首を回している。

 

「へえ、やるじゃない。おかげで無駄弾使わずに済んだわ」

 

「ルーベルさん、すごいです~」

 

「なかなか便利じゃねえか、メリケンサック。手に傷を付けずに済んだ。

オートマトンは食べなくても生きられる代わりに、

人間みたいな自然治癒力がないからな」

 

「あー、そういうデメリットもあんのね」

 

「かっこよかったです、ルーベルさん!」

 

「よせよ。邪魔もんもいなくなったし、行こうぜ」

 

そんで、あたし達は年末以来初めての市場に来た。途端に頭痛に襲われる。

酒のせいじゃない。人混みよ。あたしとしたことが迂闊だったわ。

年明けには正月セール的なものがあるってことに気が回らなかった。

ああもう、何がそんなに楽しいのか、

大声で笑いながら金品をやり取りする連中をかき分けて、

とりあえず市場から離れた南北エリアをつなぐ通りに出た。

 

「はぁぁ……死ぬかと思った」

 

「大丈夫か?里沙子。酒が残ってんじゃねえのか?」

 

「里沙子さんは人混みが苦手なんです。ランキングでは何位でしたっけ?」

 

「3位くらいだったと思う……

とにかく、今日買うものはルーベルの服、布団、その他の3種よ。

それが終わったらさっさと引き上げましょう」

 

「本当に大丈夫か?この街は初めてだからお前しか頼れないんだよ」

 

「あ……ルーベルさん、今さりげにわたくしのことスルーしませんでしたか?」

 

「うん、もう大丈夫。まずキャザリエ洋裁店で服、3着くらい買いましょう」

 

「そんなに要るか?まあその辺はお前に任せる」

 

「あの……」

 

別に急ぎでもないからキャザリエ洋裁店まで、てれてれと歩く。

ショーウィンドウの奥にドレスを着せたマネキンを展示した店に到着すると、

洒落たドアノブを回して中に入る。

店の棚には既製品の服や、オーダーメイド用の織物が並んでいる。

他にもハンガーラックに掛けられた一着いくらのお手頃価格の服がたくさん。

 

「ほら、ルーベル。あんたが着たいと思うもの選びなさい。

少なくとも春夏用、秋冬用、それと洗濯用にいつ着てても不格好じゃない薄手の長袖、

それぞれ1着ずつね」

 

「選べって言われてもなぁ……

いつも母さんが買ってきたやつ適当に着てたから、わかんねえよ」

 

「喪男みたいなことしてんじゃないわよ。う~ん、見たところMサイズってとこね。

しょうがないからあたしも選ぶの手伝ってあげる。

ジョゼット?あんたもルーベルに似合いそうなの探しなさい」

 

「はい!わかりました」

 

それぞれ店内をうろついて赤いロングのルーベルに似合うような服を探す。

ルーベルは組木パズルでも解いてるような難しい顔で、

あたしはとにかく無難な奴に目星を付けて、30分ほどかけて選んだ。

店の中央でそれぞれが見つけた良さそうなのを見せ合う。まずジョゼット。

 

「は~い!これなんか絶対カワイイと思いまーす!」

 

「うっ!そんなの着られるかよ!」

 

「ジョゼット。ルーベルはルーベルであって魔法少女ま○かマギカじゃないの。

戻してらっしゃい」

 

「ええっ……わかりました」

 

ジョゼットは全体にピンクをあしらった、たっぷりフリルのスカートのドレスを持って、

すごすごと引っ込んでいった。ルーベルは何持ってきたの?

 

「春夏用を見つけたんだが、これはイカすと思うぜ」

 

「却下」

 

「なんでだよ!」

 

「どこで見つけたのよ、そのクソT。プリントされてる文字ちゃんと読んだ?

なにが“あっかんベロンチョ”よ。そんなの着てたらアホだと思われるわよ」

 

「ううっ!だ、だったらお前はどうなんだよ!

そこまで言うなら良いもん見つけて来たんだろうな!」

 

「当たり前でしょ。秋冬用にこんなのはどう?」

 

あたしは髪の赤が映える白のブラウスに、

裾にさり気なくダイヤのマークをデザインしたグレーのロングスカートを取り出した。

ルーベルの身体に当ててみて、姿見でチェックする。うん、悪くない。

 

「いけるじゃない。似合ってるわよ」

 

「こ、れは……うん、いいな」

 

なんだかモジモジしてるルーベル。文句がないってことは、これでいいってことよね。

1着決まり。あと2着だけど、ルーベルがずっと姿見から離れない。

 

「どうしたのよ、自分に恋でもした?」

 

「ば、ばっか言え!……でも、オシャレっていうのも、悪くないもんだな」

 

「お?目覚めたわね。よしよし、里沙子さんが春夏用も選んでしんぜよう」

 

「そうだな……私には洋服選びはわかんねえから、里沙子に任せる」

 

まぁ、そういうわけで後の2着も結局あたしが選んだのよ。

ジョゼットは精神年齢相応のものしか持ってこないから、

ルーベルのそばで待機を命じた。そんでお会計。

春夏は秋冬とは逆に髪と同系色のワインレッドのワンピース。

赤をより強調したいのよね。洗濯用の普段着は無難に、白のシャツとジーンズ。

 

「お買上げありがとうございました」

 

ルーベルが会計を済ませて、ジョゼットが服をトランクに詰める。

ふぅ、第一関門はクリアで。バカでかい布団は最後にして、薬局に行きましょう。

別に怪我したわけじゃないわ。ドラッグストアみたいに、

薬だけじゃなくていろんな雑貨も置いてあるってことは、ずいぶん前にも話したと思う。

 

あたしが先導して、通りを北に進んで左折。

歩いて1分もかからないところにある薬局に案内した。ここに来るのも久しぶりね。

少し薬の臭いがする店内に入ると、アンプリが奥から出てきて話しかけてきた。

 

「あら、里沙子ちゃんいらっしゃい。その人は……新しいお友達?」

 

「ん~まあ色々とね。一緒に住むことになったから生活用品が要るの。

オートマトンが必要なものって置いてる?」

 

「あるわよ~うちの先生、神療技師の資格も持ってるから、

腕が吹き飛んだらいつでもうちに来てね。もちろんお代は貰うけど。

よろしくね、赤髪のお嬢さん。私はアンプリっていうの」

 

「やなこと言うなよな……私はルーベルだ。よろしく」

 

「きれいな顔して銭ゲバなとこあるから気をつけなさい。

じゃあ、今度はあんたが要るもの選びなさい。

オートマトンの生活用品とか今度こそわかんないから」

 

「ああ」

 

それから、ルーベルは店の隅に並べられた、

聞いたこともない薬やら特殊な形状の小型ナイフやらをカゴに入れていった。

何に使うのかさっぱりだけど、

ルーベルはいつも通りって感じで次々手にとっては放り込む。

10分ほどして、あらかた必要なものはそろったのか、カゴをカウンターに置いた。

 

「はい、ちょっと待ってね。これが、50Gで。これは……20Gね。それから……」

 

アンプリが計算を終え、ルーベルが代金を支払った。第二関門クリアね。後は布団だけ。

 

「ありがとうね~これからもよろしく。はい、商品」

 

「こっちもよろしくな。まさか南の果てに神療技師が居るとは驚いたぜ」

 

「先生はなんでもできる方なの、うふふ」

 

「その先生とやらは一度も見たことがないんだけど?」

 

「多忙な人だからね。また来てちょうだい」

 

なんかはぐらかされた気がするけど、構ってる暇はないわ。

布団を買いにミュート寝具店へGOよ。

……と言っても、ここでは別段特筆するべきこともなかったから詳細は省くわ。

とにかく通年用掛け布団を買って、紙で包んで紐で縛って、

持ち帰れるようにしてもらった。それだけよ。

店から出るともう夕方。さて、酒場で夕食食べて帰りましょうか。

 

「ジョゼット、悪いな。私の服とか持たせちまって。布団担いでて手が塞がっててさ」

 

「いいのよ、召使いなんだから気にしないで」

 

「あの、今私に話しかけられたと思うんですけど……」

 

「あー疲れた!酒場で食事にしましょう。冷えたエールでリフレッシュしたいわね!」

 

「やっぱ飲むのかよ!」

 

「……一杯だけだってば」

 

あたし達は酒場のドアを通ると、荷物と人数が多いから珍しくテーブル席に座った。

そう言えばここでテーブルに座るなんて初めてね。

まさか人嫌いのあたしが2人とルームシェアするなんて、

地球にいるころは考えられなかったわ。

人間は思った以上に環境に適応できる生物らしいわね。

おっと、どうでもいいこと考えてる場合じゃないわ。

 

「ルーベル、気をつけて」

 

「どうしたんだ?いきなり」

 

「ここには客を子供扱いする不届きなおっぱいオバケがいるの。

無駄に“デカい”ウェイトレスが来たらその怪力で掴んでやって」

 

「意味わかんねえぞ……とにかく、みんなメニュー決まったなら呼ぶぞ?」

 

「お願い」

 

ルーベルが店員を呼ぶと、ウェイトレスがメモを持って近寄ってきた。

 

「少々お待ち下さーい」

 

思わず伏せて警戒するあたし。……あれ?いつもと違うわね。ボリュームでわかった。

それで、よくよく見ると……驚いたわねえ。

 

「ソフィアじゃない!」

 

「里沙子!?」

 

「久しぶりっていうか、こんなとこで何してんの?」

 

「なんだ、知り合いか?」

 

「うん。ちょっとね」

 

あたしはルーベルにソフィアとの関係について話した。

かつてビートオブバラライカっていうギルドのリーダーをしてて、

事あるごとにあたしにまとわりついてたんだけど、

一緒に大物の賞金首を倒したことをきっかけにギルドを解散。

メンバーは同居しながらそれぞれの道を歩み始めた。そんなとこ。

 

「そんなことがあったのか」

 

「そう。まさかここにあんたがいたとはね、ソフィア。マオちゃん達元気?」

 

「うん……みんな里沙子のおかげで新しい可能性を掴めたわ。

私は見ての通りこの店で雇ってもらえたし、マックスはパン屋で修行を始めた。

マオは元々魔術の才能に恵まれてたから、飛び級で魔術大学に入学できたし、

アーヴィンも科学技術大学入学に向けて受験勉強の真っ最中」

 

「そう、よかったじゃない。収まるところに収まって。

一生続けられる仕事じゃないからね、賞金稼ぎは」

 

「ホントに、ありがとね。里沙子」

 

「……もう、いいって。アレはあたしの都合だったって言ってるでしょ。

とにかくオーダー取ってよ。とりあえずエール!それとおっぱいオバケに言っといて。

あたしは24だってことをいい加減覚えろってね!」

 

「あはは……先輩はお客さんからかうの好きでさ」

 

おっぱいオバケで通じるってことは、

やっぱりこの店でその悪名をほしいままにしてるってことね。

アンケート用紙があったら“接客”に1付けてやるとこなんだけど、

残念ながらここにそんな気の利いたもんは置いてない!

とにかくソフィアに注文を伝えると、彼女が厨房に引っ込み、

元気のいい声でオーダーを通した。

 

「……ま、これで本当に仕事の終わりってとこね」

 

「ソフィアさん達、元気そうでよかったですね!」

 

「彼女とは長いのか?」

 

「まあ、出会ったのは割りと最近なんだけど、思い返すとずいぶん昔な気もするわ」

 

「奇妙なご縁です~」

 

しばらくだべりながら待っていると、注文した食事が運ばれてきた。

で、今度こそ現れやがったわ、紫色のショートヘア!

 

「は~い、お待たせしました。あら、里沙子お嬢ちゃん久しぶり。

今日はお姉さんとお食事?年末年始はパパと旅行に行ったの?ねえ、ねえ?」

 

「今よルーベル!その無駄にデカいのを握りつぶすのよ!」

 

「おい、落ち着けって……」

 

生憎テーブルの奥に座ってるあたしじゃ手が届かない!恨みはらさでおくべきか!

紫髪はニコニコ笑いながらテーブルに料理を並べる。

ああもう、こいつが運んだエールなんて旨さ半減よ!

 

「ご注文は以上でよろしいですか~?」

 

「うん、ありがとう」

 

「それじゃあ、里沙子ちゃん。ステーキはよく噛んで食べるのよ、ウフフ……」

 

「さあ殺るのよ、ルーベル!……ああ、取り逃がした!

なんであいつを懲らしめてくれなかったのよ!」

 

「だから落ち着けって。もう少し心に余裕をだな……」

 

「もういい、今日は飲む!」

 

あたしは一杯目のエールを一気飲みした。

しまった、香りを味わう間もなく飲み干しちゃった。

本当、アイツにぶち当たると踏んだり蹴ったりでマヂうんざり。

気分を変えようとルーベルに話しかける。

ジョゼットは目の前でハンバーグプレートを食べてる。

 

「ルーベルも、エールにしたの?」

 

「ああ。オートマトンは飲み食いしなくてもいいんだが、

お前が好きなエールというものに興味が沸いてな。一杯試してみることにした」

 

「そりゃいいことだわ。エールの旨さを知らないのは人生の損失だからね。

さあ、一口含んでその香りを楽しんで。ラガーと違ってワインのように味わうの」

 

「どれどれ……確かにいい香りだが、苦いな。これは、果実の香りだな。

ジュースを入れているのか?」

 

あたしは指を振って否定した。

 

「ところがどっこい。ラガーと原料は同じなの。違うのは製法だけ。

それでこの芳醇な香りが生まれるんだから不思議よね」

 

「そうかもしれんが、この苦味はどうも好きになれねえな」

 

「慣れればその苦味が心地よい刺激に変わるのよ。まあ無理強いはしないけど」

 

「うん……やっぱり私には合わないみたいだ。とりあえずこれ一杯にとどめとく」

 

「じゃあ、私も牛ステーキ450gに取り掛かるとしますか」

 

全員、それぞれのメニューを平らげると、

あたしは少しふわふわした気分で、カウンターに伝票を持っていって会計を済ませた。

 

「もー帰りましょう。荷物忘れないで」

 

「はいっ!大丈夫です」

 

「こっちもオーケーだ。布団なんか忘れようがないからな」

 

酒場から出ると夕日が地平線に沈みかけてる。

今から帰れば日没までにギリ間に合うわね。馬車を雇う必要はないわ。

あたしたちはハッピーマイルズ・セントラルを後にして帰路についた。

昼間ルーベルが開けた岩の大穴を見ながら教会に向けて街道を進む。

千鳥足で教会にたどり着くと、玄関の鍵を開けてドアを開いた。

 

「今帰ったわよー!」

 

「おかえりなさい」

 

酔った勢いで誰もいない家に叫んだ。……ん!?じゃあ今の返事誰よ!

後ろの二人を見るけど、目を丸くして首を振るだけ。

雷光石の明かりを点けると、聖堂の真ん中に一人の少女が立っていた。

もう、何よ。年明けから厄介事ばっかりじゃない。

13日まで休んでても客がキレない理由を教えてよ、バイク屋のオッチャン!

 

 



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またまた新住人
バレンタインの正確な日付が覚えられない。祝日じゃないから毎年忘れるの。今年は2月の第2火曜だと勝手に思ってたら違ってた。


*向こうにケリが付いたから再開するわね。
見捨てないでいてくれた36名(2/14現在)の皆さん、本当にありがとう。 里沙子


「あんた……誰なのよ!」

 

聖堂の真ん中に変な女の子が不思議な微笑みを浮かべて、ただそこに立っている。

緊張感が張り詰め、いつになくシリアスっぽい雰囲気にあたしたちは唾を飲む。

彼女がゆっくりと白い素足で一歩一歩近づいてくる。

 

同時にあたしもルーベルも、それぞれのホルスターに手を近づける。

なんだか彼女からは人ならざる気配を感じるわ。

そして、謎の少女があたしの前に立つと、とうとうその口を開いた。

 

「寄付金払ってください」

 

「帰れ」

 

ごめんなさいね。こんなウワバミ女のエッセイに、

謎の組織だの、影で野望を膨らます能力者だのを期待させちゃったのなら謝るわ。

とにかく、金の話ならこっちのものよ。

こいつが誰かなんて、はっきり言ってどうでもいい。

変なやつならこの世界には腐るほどいる。

 

「とにかくどいてくれるかしら。あたしたち荷物抱えてんの」

 

「持ってんのは私だけどな!」

 

いつもの流れに戻ったところで、

ディスプレイの前の皆さんに、変な女の子の見た目でも説明しましょうかしらね。

服装はなんとなく聖職者っぽい感じ。黒のジョゼットとは逆に全体的に真っ白で、

縁に青いラインが走ってる。

 

首には使い道の分からない、足まで届きそうなほど、長くて細いクロスを掛けてる。

胸元には十字架が刺繍されてるわね。

肌も色白で、薄桃色のセミロングの上に、

やっぱり白くて幅の広い頭巾みたいなのを被ってる。

年の頃はジョゼットと同じくらいだけど、なんというか、

纏ってるオーラがぜんぜん違う。

 

こんなところかしら。本題に戻るわね。

ルーベルはデカい荷物をとりあえず長椅子に置いて、勝手に荷解きを始めてる。

あたしはとにかく怪しい借金取りを叩き出そうと試みる。

 

「あんた、なんの権限があってうちから税金取り立てようっての?

名前と所属機関を言いなさい」

 

「はい。わたしは、エレオノーラ・オデュッセウスと申します。

大聖堂教会から、機能を再開した教会から寄付金を徴収にやって参りました」

 

「オデュッセウス!?里沙子さん、大変です!

オデュッセウスと言えば、法王猊下のご血縁ですよ!無礼を働いたら大変なことに!」

 

「はいジョゼット黙る。

こういう、どっかのお偉いさんの親族騙って小銭だまし取る連中は、

アースにゃ山ほどいるの。大体“寄付”って自分の意志で差し出すもんでしょう。

新聞代みたいに誰かが取り立てに来るもんじゃない。そうじゃなくて?」

 

あたしはビシッ!とエレオノーラとかいう女の子を指さした。

ふふん、数多の新聞勧誘を追っ払ってきた百戦錬磨のあたしを謀ろうったって、

そうは行かないわ。彼女は相変わらず微笑みを浮かべて答える。

 

「いいえ。これは聖書の教えに基づく正当な支払いです。昨年改定された聖書によると、

マリア様のご子息、つまり、イエス・キリスト様には、

収入の10分の1を捧げなければならない。そう記されています。

そして、イエス様の教えをミドルファンタジアに取り入れたのは、斑目里沙子さん。

他でもない貴女です」

 

「うぐっ!」

 

くそっ、ただの小娘だと思ってたら結構やるわね。

なんでこいつがあたしの名前知ってるかはどうでもいい。

今まで悪目立ちしすぎちゃったからね。

確かにキリスト教には、そんな決まりがあったような、なかったような……

何か反撃の糸口はないかしら。あ、そうよ!

 

「ま、まあイエスさんに納めるってんなら払ってもいいけど、

それはあんたが本当に法王の親族だったらの話よ。何か証明書でもある?

そこのポンコツシスターでも理解できるようなの」

 

「わたくしポンコツじゃないです~!もうすぐ聖光捕縛魔法も……」

 

「でい!!」

 

「ごめんなさいごめんなさい」

 

すると、エレオノーラがクスリと笑い、

 

「書面等による証明はできません。そのようなものは持ち合わせておりませんから」

 

「ほらごらんなさい!やっぱり……」

 

「もっとわかりやすい方法がありますので」

 

「え?」

 

彼女は目を閉じ、静かに詠唱を始めた。

 

「総てを抱きし聖母に乞う。混濁の世を彷徨う子羊、某が御手の導きに委ねん」

 

そしたら、エレオノーラの姿がパッと消えてなくなった。

思わずあたしも、我関せずを貫いていたルーベルも、

隅っこで小さくなってたジョゼットも、キョロキョロ見回して彼女を探す。

すると、天井から今聞いたばかりの声が。

 

「わたしは、こちらです」

 

思わず見上げると……これにはたまげたわねえ。

真っ白なシスターがあたし達の上でフワフワ浮いてたの。

エレオノーラは徐々に下りてきて、また裸足の足でボロい木の床に音もなく降り立った。

ポカーンとするしかないあたし達に、彼女は微笑みかけた。

 

「納得して頂けましたか?」

 

「なによ!どんな手品使ったっての!?」

 

「里沙子さん!これは法王家の血を引く聖職者にしか使えない、

超上級聖属性魔法“神の見えざる手”ですよ!」

 

「オカルトか経済学かどっちかにしてよ!アダム・スミスが一体何!?」

 

「この魔法は、マリア様のご加護を受けた聖域、

つまり教会などへ自由に瞬間移動できるんです!世界中どこだろうと!

やっぱり、彼女は法王猊下のご親族なんですよ!」

 

「貴女は、よく勉強なさっているようですね。

そう、これは聖母様から賜った力の、ひとつの現れ。

……これで、おわかり頂けたと思います」

 

なるほど、教会をロケーションとしてファストトラベルできるってわけね。

オープンワールド系のゲームでは定番の機能だけど、

ファストトラベルでわかんないなら“ルーラ”って言えば伝わるかしら。

あたしは最後の抵抗を試みる。

財布から銀貨を一枚取り出して掲げた。

 

「ええと、誰の肖像が刻まれていますか」

 

「シーザーです。神のものは、神に返してください」

 

「うぐぐ」

 

イエスさんのエピソードをパクってみたけど、あっさりかわされた。それに……

う~ん、ここまではっきりしたマジック見せられたらしょうがないわね。

ため息をついて軽く両手を上げる。

 

「降参。払えばいいんでしょ。10分の1だっけ?

……まったく、税金は嫌いなものランキング第10位だってのに」

 

「里沙子さんにしてはやけに順位が低いんですね?」

 

「まあ、税収がなきゃ社会インフラが停滞して、余計面倒くさいことになるからね。

……ほれ」

 

あたしはジョゼットとだべりながら、月1万Gの教会運営補助金の一割、

つまり金貨10枚を真っ白シスターによこした。彼女はゆっくり首を横に振る。

 

「足りません」

 

「調子に乗るんじゃないわよスカポンタン!なにが不満だってのよ!

1000Gよ、1000G!雑魚賞金首1人に匹敵する金の何が足りないっての!?」

 

「貴女が教会を立て直してから開いたミサで集めた献金、その一割が含まれていません。

信者の皆々様の信仰心が詰まった献金をきちんと頂かなくては、

わたしがお祖父様に叱られてしまいます」

 

「どこまでがめついのよあんた!

ジョゼットが勝手に集めた金なんか、いくらになってるか知ったこっちゃないわよ!」

 

「あ、わたくし帳簿付けてます。ちょっと待っててください!」

 

「コラァ!あんたどっちの味方よ!」

 

住居に向かうジョゼットの襟首を捕まえようとしたけど、一瞬の差で逃げられた。

あああ!払わなくて済んだかも知れない金を払う羽目になった!

奴の小遣いから払わせようかしら!

 

しばらくして、ジョゼットが一冊のノートを持って部屋から戻ってきた。

あたしはそれをひったくると、エレオノーラに投げた。

彼女は羽根が舞うように滑らかな所作でそれをキャッチ。

 

「計算くらい自分でしてよね!そろばん一つ貸す気はない!」

 

「ご心配なく。正しく、嘘偽りない数字を導き出して、貴女に求めます。

……算術の神テレクライタよ。

某が与えし十の数、ここに集い、絡み、真実を照らし出さんことを。瞬間計数!」

 

また、エレオノーラが呪文を唱えると、ノートが光輝き、

宙に浮いてパラパラとページをめくった。

それほど厚くないノートはあっという間に最後のページにたどり着き、

また彼女の手に戻った。ちなみにルーベルは早速新しい布団を被って長椅子で寝てる。

 

「わかりました。貴女がイエス様をお迎えしてから集めた献金は5142G。

その一割、514Gを頂きたく思います」

 

「……くそっ、銭ゲバシスター」

 

あたしは小声で悪口を言いながら、デカい財布から硬貨を取り出し、また支払った。

ほんと!しっかりした集金システムですこと!

 

「確かに受け取りました。貴女がたに聖母と主のご加護がありますように」

 

「用事が済んだならさっさと帰ってくれるかしら!?」

 

「突然ですが、お願いがあるんです」

 

「一切何も聞く気はないわ!」

 

「ここ、イエス様降臨の地で、未来の後継者となるべく見聞を広めるよう、

お祖父様から命ぜられました。わたしをここに住まわせてください」

 

「寝ぼけてないで、お嬢ちゃまはとっとと帰んな!」

 

今度こそ、はっきりと聞こえるように言い放ち、親指を下に向けた。

 

「そんな……マーブル様からもここの方々は心優しい人ばかりだと伺っていましたのに」

 

あのファッションオタク、余計なこと言ってんじゃないわよ!

みんなとっくに忘れてるだろうから説明しとくけど、

マーブルってのは帝都に住んでる芸術の神。

信仰を失って住処もボロボロになってた彼女は、

やっぱりイエスさんの神としての在り方を参考にしたくて、

わざわざこんな田舎まで飛んできたの。年の瀬に押しかけてきやがった迷惑女よ。

 

で、そんな状況を利用……じゃなくて工夫して、

外壁の補修ついでにマリアさんとイエスさんの絵を描かせたの。

それを見た信者たちが噂を持ち帰って、少しずつ彼女の信仰は戻り始めたってわけで、

めでたしめでたし。で、終わりにしときゃよかったっていうのに、あのクソメガネは。

おっと、それはあたしにも跳ね返ってくるからやめときましょう。

 

「所詮噂話なんてその程度ってことよ。さあ帰った帰った」

 

「わかりました。……嗚呼、わたしを下宿させてくださる場合は、

献金に限らず全ての税を免除するとお祖父様から言付かっておりましたが、

貴女にも都合があります。仕方ありませんね、では」

 

「まーまー!そう急ぐことないじゃない!

せっかく来たんだからゆっくりしていきなさいな!

ジョゼット、ボサッとしてないで彼女にお茶!

そうだ、あんたコーヒー派、それとも紅茶派?

緑茶はあいにくこの世界じゃ手に入らないのよ~ごめんなさいね?」

 

エレオノーラがワープする一瞬前に、彼女の肩を掴んで引き止めた。

毎月1000G以上の税金が浮くなら、女の子一人住まわせるくらい安いもんよ。

確かにあたしは金持ちだけど、金ってもんは油断すると一気になくなるの。

 

「できれば、お紅茶を」

 

「うう、どっちが銭ゲバだかわかんないです……」

 

「急ぐ!」

 

「はいぃ~!」

 

ジョゼットが台所に駆け込むと、あたしはエレオノーラを長椅子に座らせた。

ルーベルは布団被ってグースカ寝てる。うん、完全にここに来た経緯忘れてるわね。

 

「まぁ、とりあえず座って話しましょうよ。ほら、隣」

 

「では、失礼して」

 

「う~ん、勉強とは言ったけど、うちはご覧の通り、

十字架が乗っかってるだけのボロ屋よ?外壁はなんとかまともになったけどさ」

 

「そんなことはありません。

この聖堂は、マリア様の愛とイエス様の神々しさに満たされています。

日々、その両方を身に浴びながら生きている貴女がたが羨ましいです」

 

「だからって、この近眼と左目の乱視が治ったりするわけでもないけどね。

まあいいわ、具体的には何かしたいってこと、ある?」

 

「この静謐な空間で聖書を学び、信者の方々と祈りを捧げ、

マリア様とイエス様のご加護を受け、この身を清めて行きたいと考えています」

 

「そんくらいなら全然OKよ。どうせ日曜ミサにはあたしはいないし、

聖書は長椅子後ろのポケットに突っ込んであるやつ勝手に読んで」

 

「貴女はミサには参加されないのですか?」

 

「あたしは自分の空間に誰かが入ってくるのが我慢ならないの。

だから、その状況から目を背けるために毎週日曜は近くの街で時間潰してる。

そっちもそっちで人多過ぎで頭が痛いけど、イライラの爆発力は前者の方が上」

 

「そんな。一度くらい神の教えを学ぶ集いに参加してみてはいかがですか?」

 

「お願い。ここで銃乱射事件を起こしたくはないの。この件についてはそっとしといて」

 

「お茶が入りましたよ~」

 

その時、ジョゼットがコーヒーと紅茶を持って戻ってきた。

あたしとエレオノーラにカップが渡る。

 

「お、ありがと」

 

「ありがとうございます。……ああ、いい香り」

 

濃いめのブラックが、心地よい刺激と香りで心を落ち着かせる。

食後のコーヒーは良いものだわね。

あ、ずっと更新してなかったから、あたし達が夕食後だってこと忘れてた。

 

「そうだ、あんた夕食食べた?あたしらは食べてきたところなんだけどさ」

 

「いいえ、まだ」

 

「そう、じゃあ、ジョゼット。今度はパンを温めて。

っていうか、みんないい加減うちに入りましょう。……ほら、ルーベルも起きる!」

 

「んが?ああ、悪りい。この布団、結構寝心地が良くてな」

 

「あんたは自分の部屋に荷物を運んでから来なさい。

それと、エレオノーラだったかしら?あんたはあたしと一緒にダイニングね。

腹を満たしてから今後の会議よ」

 

「おう、ちょっと行ってくるぜ」

 

「ありがたく、イエス様の身体を頂戴します」

 

「そういうのいいから。どうせこれから毎日食べることになるんだし」

 

 

 

だいたい10分後。あたし達は全員食卓に着いて、エレオノーラに夕食を振る舞った。

まあ、3人に囲まれて彼女一人だけでも食べづらいだろうから、

あたし達も各自コーヒーのおかわりや水を飲みながら彼女が食べ終わるのを待ってた。

 

「天にまします母なる神よ、今宵の恵みに感謝致します。あなたの限りない愛が……」

 

やっぱり聖職者だから食事の前のお祈りはするのね。

どっかの悪ガキは“メシメシサンキューバーベキュー“で済ませてたけど、

あたし的にはそっちのほうが手っ取り早くて好きよ。

エレオノーラは温めた惣菜パンをちぎって丁寧に一口ずつ食べる。

あたしなら遠慮なくかぶりつくけど、

こういうとこで育った環境の違いって出るものなのね。

 

「ごちそうさまでした。ありがとう、ジョゼット」

 

「いえ。お皿、下げますね」

 

さて、新たな住人の腹が膨れたところで今後の予定について話し合い。

と言っても、決めることなんかほとんど決まってるんだけど。

全員落ち着いたのを見計らってあたしが開口一番に宣言した。

 

「みんな。今日からこの娘、うちで住むことになったから」

 

「わたしは、エレオノーラ・オデュッセウスと申します。よろしくお願いしますね」

 

「ふーん、私はルーベル。よろしくな。見ての通りオートマトンだ。

力仕事が手に負えないなら私を呼んでくれ」

 

「北の領地出身のオートマトンの方と出会えることは滅多にありません。

どうぞよろしく」

 

「改めまして、わたくしはジョゼットと申します!

あの、法王猊下のご親族とお目にかかれて……」

 

「どうか、わたしにお気遣いなく。無理をお願いしたのはわたしなのですから」

 

「そうよ。あたしが決めたんだから、あんたが気にすることないの。

一応言っとくけど、うちでの階級は、

“あたし>ルーベル=エレオノーラ>│14万8000光年│>ジョゼット”ね」

 

「え!?なんなんですかそれ!」

 

「今までと大して変わらないでしょう。大声出さないの。次行くわよ次」

 

「女王様一人しかいない星まで行けそうです……」

 

「次は生活上のルールね」

 

「はい」

 

「あたしのやること成すことに口出さない。以上」

 

「それだけですか?」

 

「そう。具体的には毎日朝寝朝酒朝湯に溺れてても不干渉プリーズ」

 

「朝からお酒を飲まれているのですか?

お客様が見えたときはどうされているのでしょう」

 

「そこなんです~何があるかわからないのに、

里沙子さんってば、朝晩関係なく飲みたい時に飲むから困っちゃいます」

 

「グータラ生活は金持ちの特権よ」

 

「でも、今朝みたいな状況になったら流石に口は出すからな。

一応客を迎えてるってこと忘れんなよ」

 

「わかってるわよ、うるさいわねえ……

まぁ、それさえ理解してくれれば、そこそこ自由にしてくれて構わないから」

 

「はい。わかりました」

 

「んふ。飲み込みの早い子は好きよ。

あとは……あらやだ、今夜のベッドどうしましょう。

ベッドはあと2つくらいあるけど、やっぱり布団がない」

 

「それじゃあ、私のベッド貸すぜ?

一日くらい平気っていうか、元々なくても問題ないからな」

 

「だーめ。ルーベルは人の生活に慣れるのが優先。他の解決策は、と……」

 

 

 

というわけで、エレオノーラにあたしのパジャマを貸して、シャワー浴びさせて、

とりあえず今日はあたしと一緒に寝ることにしたの。

明日にはまた生活用品買いに行くことになると思うけど、

もう買い物イベントも2回目で正直読者も飽きてるだろうし、

書く方も楽しいかどうか疑問に思ってるから、次回では何の説明もなく、

唐突に彼女の布団やら何やらが揃った状態で始まる可能性があることを、

予めお断りしておくわ。

 

と言うわけで、今、エレオノーラが隣でスヤスヤ寝てる。

やっぱりジョゼットより精神年齢は高いみたいね。

馬鹿みたいなちょっかい掛けてくることもなく、布団に入るとすぐ寝ちゃったわ。

そろそろランプを消してあたしも寝ようかしらね。おやすみなさい。

 

……いつの間にかあたし含めて4人か。

割りと大所帯になったけど、拒絶反応は今のところ起きてない。

あたしの人嫌いも改善傾向にあるのかしら。

そうなったらこの企画の売りが大幅減だけど、その時はその時よ。今度こそおやすみ~

 

 



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一人焼肉って意外とハードル低いわよ。ピーク時を外して大きな店に入れば、お一人様がポツポツいる。

よく考えたら、この娘テレポートできるんだから、

わざわざ布団や私物を買いに行く意味はなかったわね。

今、実家から布団やら生活用品やらを持ってきたエレオノーラが、

ベッドにシルクのシーツを敷き終わったところ。

また買い物イベント書くのが面倒になったんじゃないかって?

そんなことはタレ派の野郎に聞いてちょうだい。あたしの知ったこっちゃないわ。

 

「ずいぶん豪華な布団とシーツだこと。

かなり昔にジョゼットが修道女は清貧が美徳だのどうの」

 

エレオノーラが白魚のような細指をほっぺにあてながら、困ったような表情をする。

 

「う~ん、わたしが買ってきたものではないので、どうにもなりません。

そもそもわたしが外に出て買い物をすることはありませんから。

身の回りの世話は、全て教育係の修道司祭がしてくれます。

わたしはお祖父様の後を継ぐため、ひたすら勉強と祈りに精を出す毎日です」

 

「買い物に行かなくて済むのは便利そう、とか一瞬思ったけど、

勉強とかお祈りとかも面倒くさそうね。

関係ないけど、法王とかの世継ぎは男性のみってイメージがあるんだけど、

あんた兄弟いないの?ドロドロした跡目争いのエピソードがあるならキボンヌ。

食事に毒入れるとか」

 

「そんな制限はありませんよ?そもそも崇める対象のマリア様が女性ですから。

イエス様も偉大な存在ですが、シャマイム教の主神はあくまでマリア様なので。

あと、わたしに兄弟姉妹はおりません」

 

「なんだつまんないの」

 

「つまんないの、ってお前……人の平和を残念がるなよ」

 

「アースの女達にはこういう醜い争いがウケるのよ。

……ところで、なんであんたらまでここにいるの。正直狭い」

 

エレオノーラの部屋に、いつの間にかルーベルとジョゼットまで入ってきてた。

なによ、邪魔だからあっちいってなさい。

 

「いいじゃねえか、新しい住人の部屋がどんなのか気になってさ。

いいだろ、エレオノーラ?」

 

「わたくしも法王家の聖女様がどんな暮らしをなさっているのか気になります~」

 

「ふふ、あいにく全部は持って来られませんでしたが、

大聖堂教会で祝福を受けた品々もありますので、興味があるならご覧になってください」

 

「あーいいのに……こいつら甘やかすと調子に乗るわよ?」

 

「この変な形の飾り一体なんだ?輪っかと十字がくっついてて、ピッカピカに光ってる」

 

「ルーベルさん、それはマリア様のお姿を模した魔除けですよ!

……わぁ、大聖堂教会謹製の聖水まで!香水のように身につけるだけで、

下級悪魔なら近寄っただけで消滅するという」

 

「違う!それはアンクって言う、エジプトって国の古代模型!

……ほら見なさい、さっさと追い出さないからややこしいことになるのよ」

 

それでも彼女はクスクスと笑いながら、

自分の持ち物を物色する変態二人を見つめている。

 

「いいんです。自分の部屋に歳の近い人がいるのは初めてで、

なんだかお友達ができたような気分です」

 

「おう!私はもう友達のつもりだぜ!」

 

「あの……もしお許し頂けるなら、わたくしもそう名乗らせて頂けると」

 

「もちろんです。改めて、よろしくお願いしますね」

 

彼女は居候共に、今度は明るい笑みを投げかけた。

よしゃいいのに。どうなっても知らないわよ。

 

「あーはいはい。あたしはただの管理人で結構ですから」

 

冷めた目で3人を見てると、エレオノーラが少し寂しそうな顔をする。

 

「里沙子さんは、お友達にはなってくれないのですか……?」

 

「あたしでいいならなってもいいけど、もし作るのなら、友達は深く狭くが基本よ。

増えすぎても面倒が増えるだけ。

アースにいた頃、同僚の女の子が絵に描いたような八方美人で、

影でLINEに返信するのに必死になってたわ。

アプリは人が使うためにあるのに、あの子は完全にアプリに使われてた。

ああなったらもう駄目ね。

悪いことは言わないから、長く付き合おうと思うならここの連中+1,2人にしときなさい」

 

「やっぱり里沙子さんの話は時々わからないです……ラインってなんですか?」

 

「メールや通話で済ませるのがどうしても我慢ならない連中御用達の謎アプリよ。

とにかく、付き合う相手は選べってこと。

……ま、こんなところね。ちゃんとした部屋になったじゃない」

 

「里沙子さんが荷解きを手伝ってくださったおかげです。ありがとうございます」

 

「いいのよ、あんたは大事な金づ……住人なんだから。

さあ、もうここはあんたの家だから、お祈りでも勉強でも好きにしてちょうだい。

あたしは奥の部屋で昼寝するから。じゃあね~」

 

あたしが愛しのミニッツリピーターが待つベッドに向かおうとすると、

ルーベルとジョゼットが余計なことを言い出した。

 

「お、おい待てよ!これで放ったらかしかよ!」

 

「そーです!いくら“神の見えざる手”で帝都と行き来ができると言っても、

教会の外は全くご存じないんですから!

……そうだ、みんなでハッピーマイルズ・セントラルに行きませんか?

エレオノーラさんに街を案内しましょうよ!」

 

「それいいな!実は私もろくに見て回ったことがないんだ。

みんなで街に繰り出そうぜ!」

 

「わぁ、楽しみです。わたし、小さな頃から教会の外に出たことがあまりないのです。

よその街にお出かけできるなんて、思っても見ませんでした」

 

ぶ・ち・こ・ろ・し・か・く・て・い・ね

 

新約になってから読んでないけど、

とにかく日に日に図々しさを増していくジョゼットには、

改めて鉄拳制裁で立場ってもんを思い知らせる必要があるわね。

みんな気づいてた?ここまで誰もあたしの意見を聞こうとしなかったことに!

 

「あんたら勝手に行ってきなさいよ!

あたしは物資の補給とやむを得ない事情がある時以外、

あの原罪のるつぼに飛び込むつもりはない!」

 

「なんだよ里沙子~冷たいぞ。

エレオノーラはまだこの辺に慣れてないんだから、

ここで預かるって決めたお前が案内してやってもいいだろ?」

 

「あ・ん・た・は!一体なんのためにここに来たの!?

確か“あたしのためにできることを探すため”だったわよね?

だったら、シスター2人の引率くらい引き受けてちょうだいな!」

 

「だって、私もまだこの辺詳しくねーもん。ジョゼットはアテになんねえし」

 

「あ、また……」

 

「あんた元旦にここきてから2ヶ月ちょい何やってたの!1回買い物には行ったけどさ!」

 

「それだけじゃん。街の様子なんかすっかり忘れちまったよ~」

 

そっぽ向いて口笛を吹くルーベル。

このアマ……!ジョゼット菌が伝染ったに違いないわね!

今日のところは引き下がるけど、何か対策を講じなければ。

 

「……滞在時間は1時間!主要施設を見て回るだけ!いいわね!?」

 

「やったぜ!」「わーい!」

 

「ありがとうございます、里沙子さん。お心遣い、本当に感謝します」

 

エレオノーラが白くて小さな手をそっと差し出す。仕方なしに握り返す。

あら、すべすべしてて気持ちいいわ。じゃなくて、

 

「ここまでのやり取り見てなかったの!?

お心遣いじゃなくて、あたしはこいつら二人にしてやられたの、謀られたの!

……いや、もういいわ。全員、出掛ける準備」

 

「イエーイ!」「わぁい!」

 

「うるさい!」

 

そんで、結局買い物イベントをやる羽目になったわけよ。

ささっと終わらせるし、なんか工夫はするからブラウザバックは勘弁ね。

少しでもやる気を奮い立たせるために、ミニッツリピーターを首に下げる。

金時計、あたしに力を分けてちょうだい。

とぼとぼ歩くあたしを先頭に街まで続く街道を歩く。

 

「エレオノーラ、この辺には金目当ての野盗や山賊が出るから気をつけて、っていうか

遭遇したら殺していいから」

 

あたしはやる気なく説明する。

 

「そんな乱暴な……里沙子さんは彼らを手にかけたことはあるのですか?」

 

「今のところは、ない。

あと、小銭稼ぎに人殺しやってる連中のほうが乱暴だと思うがどうか」

 

「世界の敵は悪魔だけではないのですね……」

 

「悪魔以外の方が多いわ。

あんたの場合、この手の小悪党は衛兵がぶっ殺してくれるから、

見る機会もないでしょうけどね」

 

「だ、大丈夫ですよエレオノーラ様!

里沙子さん、なんだかんだで優しい人だから、いつも急所は避けてますし……」

 

「うるさい。今日は機嫌が悪いから心臓ぶち抜くと思う。

……もうすぐ街だけど、主だったところ回るだけだから、さっさと終わらすわよ」

 

ようやくいつもの微妙にあたし達を疲れさせる道のりを踏破して、

ハッピーマイルズ・セントラルに辿り着いたの。

門をくぐると、いつも通りあたしを苦しめる、市場連中のやかましい声。

エレオノーラにとっては珍しいようで、楽しそうな声を上げる。

 

「まぁ、色々なお店がたくさん!とても活気にあふれています!」

 

「見た?見たわよね?じゃあ、次。薬屋に行くわよ。

市場とここさえ押さえときゃ、生活には問題ないから。

……でもよく考えたら、あんた実家からいくらでも物資を持ってこれるんだから、

やっぱりこんなとこ来る必要なかったんじゃない?」

 

「いいえ。信者の皆様の生活、息遣いを直に感じることができて、

とても勉強になります。わたしがマリア様からお預かりした力。

それをどのように発現していくべきか、きっと将来参考になるでしょう」

 

「はぁ。とことん真面目ね。じゃあ、さっさと薬屋行ってお終いにしましょう」

 

「そんな急ぐことねえだろ?他にも酒場とかいろいろあるじゃねえか」

 

「主犯格お黙り。

特に用事もないのにこんなとこに来てるのは、誰のせいだと思ってんの。

ああ、ここにダイナマイト投げ込んだらどれだけ楽しいことかしら。

梶井基次郎も、きっとこんな気持ちだったに違いないわ。

せめてレモンでも置いていこうかしら」

 

「お前さー、なんでそんな人間嫌いになっちまったんだよ。

ずっとそのままじゃ、年寄りになったらひとりぼっちで死ぬことになるぜ?」

 

「お生憎様。今の時代、結婚してようが友達たくさんいようが、

孤独死しない保証なんてどこにもないの。

最後の一瞬のために、煩わしい人生送るくらいなら、

ボロアパートの一室で腐乱死体になる方がマシよ。

ちなみにあたしの性格に関しちゃ、人間嫌いっていうか、

人に好かれようと必死になることの馬鹿馬鹿しさに気づいたって言う方が正確ね。

すがってくる連中の要求にハイハイ応えるのに疲れたっていうか。

長くなったわね。もう行きましょう」

 

「ひねくれてんな~私のやるべきこと、見つかったかも」

 

「何よ」

 

「お前を真人間にする!

私がお前に友達の作り方、幅広い人間関係の築き方を教えてやる!」

 

ルーベルがドン、と硬い胸を叩いて宣言。あたしは軽く鼻で笑う。

 

「はん、やれるもんならやってごらんなさい。

あたしは今まで通り、昼からエールかっくらって、やりたくないことは全部パスして、

面倒な奴はピースメーカーで追っ払う」

 

「お、言ったな?そのうち友達が欲しくてたまらない、って言わせてやるからな?」

 

「具体的プランは?」

 

「ない!」

 

「あんた本当ジョゼットに似てきたわね」

 

馬鹿話でずいぶん時間を使っちゃったわ。一刻も早く帰りたいのに。

あたし達は街の南北エリアをつなぐ通りに入った。

そこで、ジョゼットが袖を引いてあたしを引き止める。

 

「何よ」

 

「あの、せっかくだからマリーさんに会っていきませんか?

最後に会ったのはだいぶ前ですし」

 

「マリーはそんなの気にするような娘じゃないわよ。

頭良いから一度会った客の顔と名前は絶対忘れないし」

 

「マリーさんというのは、里沙子さんのお知り合いですか?」

 

げっ、エレオノーラに聞かれてた。

間違ってもあの娘の店に連れていく訳にはいかないわ。

違法な売り物が多い、っていうより違法じゃないものを探したほうが早い。

あたしはジョゼットを引っ張って木陰に連れて行った。

 

「お馬鹿!あの店には教会の禁制本も置いてあること忘れたの!?」

 

「あっ、そうでした」

 

「あ、じゃないわよ。あんたを除く教会関係者にアレが見つかると店がヤバいの。

戻ったらちゃんと口裏合わせんのよ?」

 

「はい~……」

 

で、あたしはジョゼットの首根っこを掴みながら2人のところへ戻ったの。

 

「どうしたんだ?」

 

「何か、問題でも?」

 

「違う違う、個人的な話。五番街のマリーの家に行ったら、

どんな暮らししてるか見といて欲しいって言われてたのを思い出しただけ」

 

「本当かー?」

 

「あんたに嘘ついてどうすんのよ、ほら薬屋行きましょ……はぐあ!!」

 

その時、ルーベル達の後ろにとんでもないのがいたのよ。

いつもの派手に染めたロングヘアに薄手のセーター、そしてダメージジーンズ。

そう、件のマリーがそこにいて、話しかけてきたのよ奥さん。

 

「おんやあ?リサっち久しぶりじゃん。ジョゼットちゃんも、おひさ~

……あれ、こちらのお二人さんはお友達かな?

段々リサっちの人嫌いも治りつつあるようでマリーさん安心だよ、うんうん」

 

「……おーい、五番街のマリーさんがいらっしゃるぞ」

 

「ち、違うの!」

 

ルーベルがジト~っとした目であたしを見る。なんか上手い言い訳はないかしら。

 

「マリー!いつも店にこもりっきりのあんたが、どうしてこんな陽のあたる場所に!」

 

「ひどいなぁ。マリーさんだって食べ物を摂取しなきゃ死ぬんだよ?

とにかく、新顔のお二人さん。よかったらウチの店に寄ってってよ。

ガラクタばっかりだし、五番街じゃなくて二番街裏通りだけど」

 

「行く行く!前は里沙子連れてってくんなかったからさ!」

 

「わたしも、とても興味があります!」

 

「じゃ、行こっか。すぐそこだから。

途中変なやつがいるけど、ジロジロ見たりしなきゃ何もしてこないから大丈夫だよ」

 

「あばばばば!」

 

自己紹介しながら勝手に裏通りに向かう3人。

ルーベルはともかく、エレオノーラに門外不出の禁制本を見られたらマズい。

おじいちゃんにチクられたら、あたしの楽園がお取り潰しになる。

迷いながら、どうすることもできずただ付いていく。

いつもの薄暗くて空気の冷たい路地を進むと、

しばらくぶりに訪れる、ボロいドアの“マリーのジャンク屋”。

みんな、とうとう入っちゃったわ……

 

「うわー!ひっでえな、こりゃ。里沙子の部屋みたいだ!」

 

「くははは!これでも一応商品の分類はしてあるんだよ~」

 

「見たことないものばかりで、とても楽しいです」

 

ブラウン管テレビにスイッチを入れるマリーになんとか近づこうとするけど、

元々狭い店内に5人も詰め込んだもんだから、動きにくいことこの上ない。

 

「わあ、箱の中で景色が動いています!これはなんという魔道具ですか?」

 

「テレビとDVD。アースから流れ着いたマリーさんのお気に入りだよ~」

 

「この、こんがらがってる線は何に使うんだ?」

 

「USBケーブル。用途は使う人次第」

 

うんしょ、よいしょ。ああ、邪魔なのよ、この不細工人形!

なんとか商品を踏まないようにマリーに近づく。

ようやく彼女に手が届くところまでたどり着くと、

気がついた向こうの方から話しかけてきた。

 

「ん~?どしたリサっち」

 

「ちょっと大事な話があるの……!」

 

あたしはマリーの耳を借りて、エレオノーラが法王の孫で、教会関係者。

つまり、ジョゼットに売ったような、教会からの流出品を見られたら店がヤバいから、

さっさと隠せってことを小声で簡潔に伝えた。

 

「ふむむ、そっかぁ」

 

「そっかぁ、じゃないでしょ!

あの子に見られないうちに、光属性の魔導書全部隠すのよ!」

 

「その必要はないと思うな~」

 

「なんでよ!下手すりゃあんたの……」

 

「もう見てるし」

 

「えっ!?」

 

振り返ると、以前ジョゼットが色々魔導書を買い漁った棚を、

エレオノーラが興味深げに見つめ、一冊取り出して開いて読み始めた。

慈しむようにページをめくり、その顔に笑みが浮かぶ。

 

「懐かしい。わたしが幼い頃、初めて覚えた術式です」

 

「あ、あ、あのね、エレオノーラ。それはなんていうか、あの、

ブックオフっていうアースの本屋が勝手に横流ししてきたやつで、

マリーは知らなくて……」

 

彼女はわたしを見ると、静かに首を横に振った。

 

「本は、人に読まれてこそ生まれてきた意味を持つものです。

わたしは、ここで幼少の思い出に浸っていただけ。

里沙子さんのご友人のマリーさんがきちんと管理してくださるなら、

わたしから何も言うことはありません」

 

エレオノーラは、パタンと本を閉じ、丁寧に本棚に戻した。

ほっとしたあたしが後ろを向くと、マリーがウィンクしてた。

まったく、肝が冷えたわよ。

最悪ピースメーカーの出番になってたかもしれないってのに。

 

「マリー、どういうつもりよ!最初からあの娘が次期法王だってこと知ってたわね!?」

 

「そうだよ。マリーさんは事情通だし、

あの格好で教会とは無関係ですって言われてもね」

 

あっけらかんと答えるマリー。本当にこの娘は……

 

「あたし一人冷や汗かいて損したわ。あれ、そういえばジョゼットは?」

 

「ふふっ。この子、ぶちゃいくだけど、なんだか愛嬌があります。

うりうり~……げはっ!」

 

家主のあたしが右往左往している間、不細工人形と戯れていたジョゼットに鉄槌を下す。

 

「痛いです~!」

 

「あんたは一体何やってんの!

切れそうなロープの上で綱渡りしてたあたしをほっぽらかして!

少なからずあんたにも関係あるってのに、全く」

 

「くははは、君達は相変わらずだねぇ」

 

「笑ってんじゃないわよ!

……で?なんでこの娘が教会関係者だと分かった上で、禁制本見せたりしたの」

 

「マリーさんは人選眼もあるのです。

シスターちゃんが頭の柔らかないい子だってことも、

ひと目見てピンと来たってことであります」

 

あたしは頭を抱えた。マリーのことは好きだけど、時々こうしてあたふたさせられる。

くたびれ果てたあたしは、そろそろ撤収することにした。

 

「みんな~帰りましょう……今日はもう疲れて里沙子さん動けない。薬屋は今度にして」

 

「大丈夫ですか?」

 

「これ以上あたしの心に波立てる出来事さえなければ、家までは帰れる」

 

「あー、その前に。このグローブ買ってくぜ。これなら殺さずに相手を叩きのめせる」

 

ルーベルが片方の古いボクシンググローブをカウンターに置いた。

 

「毎度あり。2Gだから置いといて」

 

「本当にマジで商売する気ある?」

 

「手広くやってるって言ったじゃ~ん。

じゃあ、エレオノーラちゃんもルーベルも、今後ともヨロシク」

 

「はい。きっとまた来ますね」

 

「私も!ここ、よく見たら掘り出し物が一杯あるな!」

 

「それじゃあ、マリー。またね……」

 

二人共、満足したようだから、あたし達はマリーの店を後にした。

精神的に疲れきったあたしは、また市場の方に戻る。

行きたくないけど、行かないと死ぬまでお家に帰れない。

途中でエレオノーラが背中をさすってくれてなかったら、途中で呼吸停止してたと思う。

とにかく人混みをかき分け、頭痛に耐えながら街から出ると、

ようやく息が落ち着いた。

 

「あ~!今日は散々だったわね!」

 

「そうか?私は楽しかったけどな。また行こうっと、マリーの店!」

 

「わたしも、見たことのないものばかりで、とても楽しい時を過ごせました」

 

「う~ん、あのお人形さん買おうかな。いくらするんでしょうか」

 

「どいつもこいつも、人の気持ちも知らないで……」

 

わて、ほんまによう言わんわ。

だいぶ昔に呟いた台詞を残して、あたしは帰り道をとぼとぼと歩き始めた。

後ろをついてくる連中は何が楽しいのか、笑顔で談笑してる。

はぁ、あたしのことをわかってくれるのは、あなただけよ。

あたしはミニッツリピーターを手にとり、規則正しく時を刻む秒針を見て、

わずかながら心の力を取り戻した。

 

 



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魔王編
市役所に住民票取りに行った時、暇な待ち時間にパスポートでも作ろうかと思ったら5万もしたの。貧乏人は日本で大人しくしてろってことね…【魔王編開始】


「暇ねえ」

 

「暇だ」

 

特にやらなきゃいけないイベントもなければ、今は酒の気分でもない。

あたしとルーベルは、聖堂の長椅子で横になりながらだべってたの。

 

「ねえねえ、アースで働いてた頃さ、暇だって言うと

“仕事は自分で作るものどぅあ!”って、ドヤ顔で適当なこという奴が上司に居たのよ。

無いときゃ本当に無いっつーの。……あんたの周りではそういうのいなかった?」

 

「いたいた、そんな奴。みんなウザがってたぜ。

妙に一人だけ張り切って、人望もねえのに仕切りたがる奴。

私の村では毎年、村上げての間伐作業があるんだけどさ、

よっぽど仕事が欲しいみたいだから、みんなで示し合わせて、

そいつに固くて太い木ばかりが当たるように手ぇ回してたもんさ」

 

「ふふ、あんたもやるじゃない」

 

「里沙子ほどの悪知恵はねえよ」

 

「ウヒャヒャヒャ」「ゲラゲラゲラ」

 

さあ、今どっちがどっちの声で笑ったでしょーか?

……とまあ、こんな馬鹿話に花を咲かせるほど退屈極まってたのよ、あたし達は。

エレオノーラは後ろの方で聖書を読み耽ってる。

初めて会った時はどうなることかと思ったけど、手のかからない子で助かってるわ。

いつも大人しいから、ひとつ屋根の下に暮らしてても心理的負荷がほとんどない。

 

バタン!

 

「里沙子さん里沙子さん!見てほしいものがあるんです!大事なお話も!」

 

それに比べてこいつと来たら。あたしらの憩いの時を邪魔する不届き者、

すなわちジョゼットが騒がしく聖堂に飛び込んできた。

というか、なんで外から入ってきた?

面倒だから無視してたら、あたしの前に立って勝手に話を始めた。

 

「ああ、姿が見えないと思ったらこんなところに居たんですね!ほら、これ!」

 

「うるさいわねえ。聞く気がないから返事をしなかったの。

悪いけれどそんな思い察してほしい」

 

「マリーネタ引っ張ってる場合じゃないです!

……あ、ちょっと関係あるかもしれません」

 

鬱陶しい事この上ないけど、自分の要求を押し通すまで絶対引かないこの子の図太さは、

割りと昔に述べたと思う。

あたしは仕方なく起き上がって、

ジョゼットが持ってきた紙切れを受け取って目を通した。なになに……?

 

 

『多岐に渡る才能に恵まれながら、極度の面倒くさがりで

必要最低限のことしかしようとしないSE、斑目 里沙子(まだらめ りさこ)

(中略)

しかし、そんな彼女の能力を奇妙な住民たちは放っておかず、

日々の困りごとに助けを求め、挙句の果てに魔王討伐まで任される始末。

鬱陶しく思いながらも生活費の報酬欲しさに引き受けてしまう彼女の物語』

 

 

この世に存在する印刷物の中で最も存在価値のない紙切れを紙飛行機にして飛ばした。

しばらく宙を漂ってエレオノーラの近くに落ちると、

彼女も興味深げに手に取って飛ばし始めた。

 

「ああっ!なんてことをするんですか、里沙子さん!」

 

「どうもこうもありゃしないわよ。この異世界モノの出来損ないのあらすじじゃない。

これが今更なんだっての?」

 

「そう!この物語は出来損ないなんです!」

 

「ふあぁ、そんな分かりきったこと今になって言うか?

せっかく気分良くダラケてたってのに。今日のお前ちょっとウザいぞ」

 

ルーベルは寝転んだままあくびをする。

 

「ほら、ルーベルさんにまで里沙子さんの怠け癖が伝染っちゃったじゃないですか!」

 

「本題に入るか、ゲンコツ食らうか、泣きながらお部屋に戻るか、5秒で選びなさい」

 

いつも通り右の拳にパワーチャージを始めると、

ようやく鈍くさいジョゼットが要点を口にした。

 

「つ、つまり!今のままだとこのお話は、

あらすじ詐欺になっちゃうってことなんです!」

 

ごめんなさいね。

今回はメタ話全開だけど、すっかり駄目になっちゃった、このSSの軌道修正に必要なの。

とにかく、ジョゼットの話を聞いてやってくれるかしら。

 

「……ほれ、続き」

 

「さっきの紙……ああ、エレオノーラ様まで大事な資料を!

……とにかく、わたくし達はあらすじに書いたことをちゃんとできていないんです!

今の資料によると、この話は、いろんな住人が訪ねてきて、里沙子さんがパパっと解決!

みたいな展開になってなきゃおかしいんです!

あと、魔王も倒すどころか探そうともしてませんよね。

最後に名前が出てきたのはいつでしたっけ……」

 

「魔王?ああ、そんなのあったね」

 

「過去形じゃなくているんです!

今もサラマンダラス帝国を侵略する機会を、虎視眈々と狙ってるんですから!」

 

「この国の名前聞くのも久しぶりだわ。

作者がしっかり世界設定構築しないまま書き始めちゃったから、

小二レベルのネーミングになっちゃったのよね」

 

「おいおい、それじゃあ私の故郷のログヒルズも適当に名付けたのか?」

 

「ああ大丈夫。流石にあいつも反省して、

物語の舞台に合った名前をちゃんと考えるようになったから。

ログヒルズは木がたくさんある丘陵地帯でしょ?だからLog Hillsってわけ。

サラマンダラスやハッピーターンは手遅れだけどね」

 

「あーよかった」

 

「とは言え、それでも読者が小二と受け取ってる可能性は捨てきれないけど」

 

「そう!だから里沙子さん!」

 

話が脱線したところで、いきなり肩を掴んで顔を近づけられたもんだから驚いたわ。

 

「な、何よ……」

 

「魔王を倒してください!」

 

「「はぁ?」」

 

う~ん、馬鹿だ馬鹿だと思ってたけどここまでとは。

 

「ねえ。2分ほど前にあたしが言ったこと忘れた?魔王はね、行方不明なのよ!!

いないやつどうやって殺せって言うの!」

 

「探しましょう!」

 

「は?」

 

「実は問題はもう一つあるんです。心の目でトップページのタグを見てください……」

 

「面倒くさいわねえ」

 

 

タグ:R-15 残酷な描写 オリジナル作品 不定期更新 異世界 ファンタジー

   日常 主人公最強

 

 

「これがなんだってのよ。そうね……“残酷な描写”はここに来たばっかりの頃。

そう、確かあんたが魔女集団に追われて駆け込んできた時よ。

一番アホそうなやつの指をピースメーカーで弾き飛ばしたから一応付けてるだけで、

あれ以来このタグに該当するような展開はひとつもないわねえ」

 

「そこじゃありません。ここ!」

 

「一応読者に断りは入れたけど、

内輪ネタも大概にしないと一昔前に流行ったクソアニメみたいになるわよ。

はぁ、見ればいいんでしょ。……“ファンタジー”?これがどうしたのよ」

 

「わたくし達、全然ファンタジーしてません!」

 

「あんたね、自分が分かってるなら必ず他人にも伝わってると思ったら大間違いよ。

分かるように伝える努力をしなさい。ちょっとくらいならしてるわよ。

物語開始当初、酒場で見かけたエルフ。ガトリングガンの部品作ってもらったドワーフ。

あとは……魔女大勢。そんくらいかしら」

 

「わかりました。……では、お聞きます。

今の状況は、本当に里沙子さんが望んだような世界ですか?」

 

なによ、急に改まって。うるさいのが静かになったせいで、余計空気がしんとなる。

 

「確かに、働かずに飲み食いできてる今の生活に不満はない。だけど……」

 

「だけど?」

 

「やたらタイトルの長いライトノベルみたいな世界観に対する憧れ、

みたいなものがあったのも事実よ。あくまで世界観だけよ?

いきなりレベルカンストで、出会う女の子全部とイチャイチャして、

努力もなしに皆から賞賛されて、最強モンスターも一撃、

みたいなダサい展開はいらない。

クリスタルで出来た古代の神殿、透き通るようなマナの泉、蔦の生えた古城。

そういう素敵な舞台をのんびり散歩してみたいな、って気持ちが

なかったとは言わないわ」

 

「まだ間に合いますよ!

わたくし、これでも旅の途中で世界に散らばる素敵な場所の噂を、

いくつも聞いてきたんです!さあ、今こそ出発の時です!

世界を旅しながら魔王の居所を突き止めるんです!」

 

あたしは大きく大きくため息をついた。

 

「あんた、あたしのプロフィール読んだ?あたしはアウトドア系の活動が苦手なの。

小学校の頃、運動会の途中で暑い中走り回るのが馬鹿馬鹿しくなって脱走して、

近所のコープで駄菓子買ってるところを逮捕されて母さんにビンタされて以来ね。

たとえさっき挙げたような素敵なロケーションがあるとしても、

馬車雇ったり荒れた獣道を歩いて行くくらいなら家で寝てる方がマシよ。

そういうところは大抵人が入りづらいところにあるのがお約束だからね。

エレオノーラみたいなテレポートができるならともかく……」

 

「できますよ」

 

後ろから耳に心地いい声がしたからみんな振り返る。

まさにエレオノーラがいつの間にか立ってたの。

 

「できるってどういうこと?あたしらが、あんたみたいな瞬間移動を?」

 

「はい。“神の見えざる手”は術者と輪になるように手をつなぐことで、

全員がテレポートできるのです。

マリア様のご加護を受けた地には美しい景色がたくさんあります。

ご希望ならわたしが皆さんをお連れします」

 

「それは……初耳ねえ」

 

「里沙子さん、できるんですよ!わたくし達にもまともな冒険物語が!」

 

「ふ~ん、そいつはすげえな。

ちょうど目も覚めたし、どっか面白いとこ連れてってくれよ」

 

急な展開にさすがにあたしもちょっとパニクる。う~ん、この駄文の寄せ集めが今更?

あたしとしては今のグータラ生活でも……駄目ね。弱気になってどうするの。

固着した現状を変えるには思い切りが必要よ。

確かにジョゼットの言うことは間違ってない。

このあらすじ詐欺の状況は早急に是正する必要があるわ。

とりあえずやらなきゃいけないことは。

 

1・住民連中の依頼を解決する。

2・ファンタジーする

3・魔王殺す

 

こんなところね。まず3について。

魔王が何やらかしたのか知らないけど、みんな生きていて欲しくないのは確かみたい。

生きてて誰にも喜ばれないなんて可哀想な気もするけどね。

あら?1って今までわりとやってきた気がするんだけど。

 

水たまりの魔女ロザリーと悪魔殺したり、バラライカの連中の賞金稼ぎに手を貸したり、

ファッションオタクに入れ知恵して壁画を描かせたり。

よーするに、2番を楽しみつつ、

テレテレと魔王に関する情報を集めるって展開にすれば悪くないんじゃないかしら。

うん、決まりね。

 

「ねえ、エレオノーラ。綺麗な景色が見られて、

ちょっとでも魔王のこと知ってそうな連中が住んでるところに送ってくれないかしら。

歩くの楽そうなとこプリーズ」

 

「里沙子さん!とうとうやる気になってくれたんですね……」

 

「旅行か?はいはい!私も行く!」

 

「わかりました。それでは皆さん、お手を」

 

エレオノーラが小さくて白い両手を差し出す。

あたしが彼女の右手を取って、ジョゼット、ルーベル、

最後にまたエレオノーラの左手と、輪になって手を握りあった。

 

「ちなみにどんなところに行くの?」

 

「聖緑の大森林です。樹齢2000年の神木を中心とした、

見渡す限り美しい樹海の広がる聖なる地です」

 

「とにかく清潔だってことはわかったわ。お願い」

 

「では……

総てを抱きし聖母に乞う。混濁の世を彷徨う我ら子羊、某が御手の導きに委ねん」

 

彼女が目を閉じ詠唱を始めると、両手から魔力が流れ出し、あたし達の身体を伝わり、

ひとつの光る輪になる。なんだか身体がふわふわしてきた。

どう言えばいいのかしら、エレベーターで下層に一気に下りるような、

あの感覚に似てる。光がますます強くなる。

その閃光があたし達を包み込んで、一瞬視界を奪うと……

 

「……こりゃまぁ、凄いとしか言いようがないわ」

 

「わーい!大きな木がたくさん!ああ、空気もきれい」

 

「へえ……ここの木で私らのパーツ作ったら一生モンになるだろうな」

 

「皆さん、どこもお変わりありませんか?

たまに転移魔法で酔う方もいらっしゃいますので」

 

「うちの連中がこんなもんでヘタるわけないでしょ。

ジョゼットは微妙だけど、喉に指突っ込んでいっぺん吐かせれば問題ない」

 

「それはよかったです。では、行きましょうか」

 

「あの、今ひどいこと言われた気が……」

 

「行くってどこへ?」

 

改めて周囲を見回す。東西南北どこを向いても立派な広葉樹が並んでる。

足元には柔らかな野草の絨毯。時折巻き起こる風が美味しい。

うん、なかなか良いところね。

 

「あの神木です」

 

エレオノーラが指さした先を見ると、樹海の多分中心辺りに、

大きな樹が突き出すようにそびえ立っている。

ちょっと遠いけど、見に行く価値はアリね。

神木まで誘うように広い草の道が続いてるから、

たどり着くまでに崖を登ったり、川を泳いだりしなくても良さそう。

テレポートがあるから帰りの体力も気にしなくていいし。

 

「みんな、ゆっくり歩いて行きましょう。獣の気配もしないし、焦ることはないわ」

 

「おう、身体が木でできてるせいか、なんかあったかいもんに包まれてる気がするぜ」

 

足音もしないほど柔らかな雑草を踏みながら歩くこと10分。

獣の気配はしないけど、別のもんの気配はする。

広葉樹の奥から一直線に届いてくる殺気。

気づいた瞬間、ビュオっと一本の矢が飛んでくる。狙いやすい急所は頭か胸。

風切り音の鳴る高さ、角度、あたしはそれらを総合して着弾ポイントを計算。

結果、頭をずらした。すると同時に、矢があたしの三つ編みをかすめて飛んでいった。

 

「ルーベル、GO!」

 

「任せろ!」

 

ルーベルが地を蹴って森に突進していった。

鉄のように硬いオートマトンの彼女は、弓矢程度じゃ倒せない。

しばらく争うような音が聞こえると、次第に一方的な打撃音に変わって、

やがて元の静寂に戻る。少し待つと、ルーベルが一体の人間型生物を抱えて戻ってきた。

 

「ありがと、お疲れ」

 

「楽勝。こないだ買ったグローブのおかげで殺さずに捕らえられた」

 

そして、謎の人物を地面に放り出す。あらまあボコボコじゃない。

うーん、整っ(て)た目鼻立ちに痩せ型の体型、特徴的な尖った耳。

さてはこいつ、エルフね!第一村人発見したところで、

早速尋問タイムと行きましょうか。髪を引っ掴んで顔を近づける。

 

「うぐぅ……」

 

「さあ、聞かせてちょうだいな。

あたし、あんたを一族郎党皆殺しにした覚えはないんだけど、さっきの弓は何?」

 

「黙れ、汚らわしい人間め!」

 

「意味もなく人間を憎んでる、あるいは見下してるエルフ。

まさしくファンタジーにおけるテンプレね。

でも残念だけど時代はどんどん進歩してるの。

あたしを狙った理由と仲間の居場所と魔王に関する情報と神木への道を言いなさい」

 

「お前は我々エルフの聖地に土足で踏み込んだ。仲間は神木に向かって西側に住んでる。

魔王がこの世界に完全体として現れることはない。

奴の瘴気が全ての命を殺し尽くしてしまうからだ。エサがなくなるという事だな。

神木ならもう見えてるだろう。それを目指してまっすぐ進めば迷わず着く。

……だからそいつを引っ込めろ!」

 

「んふふ、物分りのいい子は好きよ」

 

あたしはエルフに突きつけていたピースメーカーをホルスターに戻した。

拳銃の存在を理解できるほど文明が進んでるか正直心配だったけど。

 

「まあ、ひどい。少し、じっとなさってて」

 

エレオノーラが半殺しにされたエルフの側に座り込んで、彼に手をかざす。

すると、手のひらから優しい光の泡が現れ、それが音もなく弾ける度に、

折れた歯や痣を治していく。

 

「凄いです~あれは中級回復魔法。

聖女様ともなると、このレベルなら詠唱なしでも使えるんですねぇ」

 

「そういやあんたも1個回復魔法使えたわね。誰も覚えてないだろうけど。

あれはどんくらいのレベル?」

 

「えと……一番簡単なやつです」

 

「あんたらしいわ」

 

その時、なんだかエルフの様子がおかしくなった。

なぁに?殴られすぎて脳内出血でも起こした?

 

「エ、エレオノーラ様!?なぜこのようなところに!」

 

「魔王を倒す手がかりを得るために旅をしているのです」

 

「なぜ汚らわしい人間などと!護衛は私共エルフから精鋭を派遣致します!」

 

彼女はゆっくり首を振る。

 

「彼女達でなければならないのです。

数百年前にミドルファンタジアに半身を現した魔王を撃退した勇者も、

やはり人間でした。わたしは彼女達に、未だ勇者の遺物に宿る勇気を見出しました。

あなた方に勇気がないと言っているのではありません。

ただ、魔王を屠るに足る輝きを生み出し得るのは、人でしかないと信じています」

 

「尊きお方の言葉は……私には理解できない!

しかし、せめて神木までの護衛をお任せください。

先程のような揉め事も避けられましょう」

 

「はい。是非、お願いします」

 

エレオノーラはゆっくりと、頭を下げた。

 

「では聖女様、こちらへ。……おい、お前ら、遅れるな!」

 

「へいへい」

 

「現金な奴ねえ。まあいいわ、使ってやりましょう」

 

そんで。あたし達は気を取り直して、エルフの青年についていって神木を目指したの。

10分くらい歩いたかしら。最初は目を奪われた景色にも段々飽きてきて、

正直退屈になってきた。ちょっと先頭の奴をつついてやろうかしら。

 

「ねーエルフ君」

 

「うるさい!俺の名はシャリオだ!」

 

「なんで人間を汚物扱いしてるのに、エレオノーラは神様扱いなワケ?

ひょっとしてこの子、人間じゃなくて精霊とか?」

 

「いいえ。わたしはれっきとした人間です」

 

「ふん!何にでも例外はあるということだ!

エレオノーラ様は幼少の頃から汚れた人間と交わることなく、

マリア様の祝福を受け続け、その力を現世に顕すことのできる尊いお方!

人間族と我らエルフ族に等しく神の教えを説いてくださる。

本来貴様ら下郎と近づくことなどあってはならんのだ!」

 

「ふーん。で、そもそもなんで人間が嫌いなの?」

 

「チッ、黙って歩け!」

 

「あ~里沙子さん退屈すぎて、

あんたの背中に銃口向けてるピースメーカーのトリガー引いちゃうかも」

 

「馬鹿、やめろ!……約500年前だ。

サラマンダラス帝国が今の領地に分割される前、この森はもっと広かった。

我々エルフ族も神木に降り注ぐマリア様の恵みを受け、静かに暮らしていた。

だが、人間が領地争いに持ち出した火薬や鉄砲で、神聖な森に火の手が上がり、

炎は森の半分をあっという間に焼き尽くした!

エルフ族は命を掛けて消し止めようとしたが、まるで火山のように襲いかかる炎を前に、

次々と同胞は焼かれ死んでいったのだ。

……そして、全てが終わった時、我々は、何もかもを失っていた。

村も、仲間も、美しい木々も。

我々は人間族に戦争を止めるように求めたが、返ってきたのは返事ではなく鉛玉だった!

だから我々は同胞すら愛することのできない、全てを奪った人間を憎み、蔑んでいる。

この恨みは未来永劫消えることはないだろう」

 

退屈だから話を聞いてみたけど、余計退屈になったわ。

そばのエレオノーラは悲しそうな顔をしてるけど、あたしはこの子とは違う人種なの。

 

「歴史の授業ありがとね。

つまり、今を生きるあんたは何の損害も被っておらず、

あたしもあんたらに何かしたわけじゃない。

これからは無闇にあんた自身とは無関係の恨み節ぶつけるのはよしなさいな。

今日はわりと機嫌がいいから最後まで聞いたけどね、タイミングが悪いと、

悲しい思い出と一緒に脳ミソ吹き飛ぶことになるからそのつもりでね。

このアンポンタン」

 

「もう一度言ってみろ!!」

 

シャリオがあたしに食って掛かってきた。拳銃持ってるのは見えてるはずなんだけど。

根っからの腰抜けってわけでもなさそう。

 

「里沙子さん……それは乱暴な理屈です。シャリオさんもどうか落ち着いてください。

確かに、その時代を生きていなかった里沙子さんにもシャリオさんにも、

互いを傷つけたり憎む権利はないのかもしれません。

ですが、この戦乱のない時代は先人達の苦難を礎に築かれたものです。

そこに生きる以上、その歴史から目を背けることは許されないと、わたしは考えます」

 

「お人好しねえ。こういう怒りの矛先の向け方もわかんない馬鹿、ほっときゃいいのよ」

 

「だから人間は汚れていると言うんだ!

屁理屈をこねて自らの過ちから逃げ出す、そして過ちを繰り返す!

どうせ人間など自ら創造した武器で殺し合い、死に絶えるに決まっている」

 

「はいはーい。そうだといいわね~」

 

「貴様……!」

 

「いい加減になさい!!」

 

おおっ!?意外な人物から怒鳴られて流石にビビったわ。

いつも微笑みを浮かべているエレオノーラが、

眉間にしわを寄せて怒りを露わにしている。

 

「何故、人間も、エルフも!

数百年経ったというのに、どうして今なお分かり合えないのですか……!?」

 

「あー、エレオノーラ?そんなマジにならないで……」

 

「お黙りなさい!」

 

「わかった黙る。だからそんなにエキサイトしないで、ね?」

 

シスターに怒られる。なんだかデジャヴな状況ね。

下手なこと言うとビンタが飛んできそう。シャリオがエレオノーラにひざまずく。

 

「申し訳ございません、聖女様!恥ずかしながら下郎の振る舞いに我を失い……」

 

「やめなさい!」

 

「っ!?」

 

「先程はああ言いましたが、彼女の言い分にも理はあるのです。

里沙子さんは、たまたまこの時代に人間として生まれただけ。

いきなり矢を射られる理由など無いのです!

憎しみだけで命を奪うなど、マリア様の教えに背く非道な行為と知りなさい!」

 

「申し訳ございません!お許し下さい!」

 

ひたすら頭を下げるシャリオ。

エレオノーラを刺激しないように、ゆっくり近づいてみると……

やだもう、本当マヂで勘弁して。彼女の両頬に涙。どうすんの。どうすんのよ、これ。

 

「……エレオノーラ、ごめん。悪気はなくってさ、ちょっとからかってみただけなの。

もうここで銃は抜かないし、暴言吐いたりもしないから。

でも、何でもかんでも人間のせいにされたままでもいかなかったのよ。

今の人間が、どうにもできない昔の出来事で、

一方的な攻撃や罵倒を受けるのを認めることはできない。それはわかって?」

 

「……はい。大声を出したりして、すみませんでした」

 

「聖女様は間違っておりません!

……確かに、私の軽率な行動は、一歩間違えば此奴の命を奪うところでした。

一時の感情でシャマイム教の禁忌“殺害”を犯そうとした私を、どうかお許し下さい」

 

「その罪と向き合う懺悔の心は、マリア様もご覧になっています。

貴方の罪は赦されるでしょう」

 

「ありがとうございます……!」

 

ふぅ、なんとか爆弾は爆発直前で停止したわ。エレオノーラが袖で両頬を拭う。

すっかり時間食っちゃったわね。

 

「ねー、綺麗に締まったところで、そろそろ進みましょう?

もう無駄口叩かないから連れてってよ。お願い」

 

「うむ……こっちだ。もうそれほど遠くない」

 

ようやく神木に向けて前進を再開したあたし達。とんだ修羅場になるとこだったわ。

エレオノーラも怒ることがあるってことがわかったのは、ここに来た収穫ね。

ところでここはどこの領地なのかしら。

 

「ねえ、ここってどこの領地なの?馬車で来れる?」

 

「サラマンダラス帝国のどこか、としか。

聖緑の大森林の位置はエルフ族によって秘匿されていて、わたしにもわからないのです。

エルフ達が結界を張って外部から侵入できないようにしているので、

偶然たどり着くこともありません」

 

「ふーん、道理で人の気配がなさすぎると思った」

 

もう神木は目の前。でかい。この木なんの木よりでかい。横幅じゃなくて高さがね。

どれくらい高いかって言うと、この森全体を日時計にできるくらい。

 

「ありゃま。間近で見るとスケールが違うわね」

 

「はい~大きいのもそうですけど、なんだか神聖な空気も漂ってます」

 

「ヒュー、立派なもんだなぁ」

 

見上げると、空を突くほど巨大な緑。頂上が見えなくて、登れば天国まで行けそう。

歩いて木の幹を一周するのに5分掛かった。

そうそう、これなのよ。ファンタジー汁があふれ出ているわ。

時々こんなところを周りながら、適当に仕事していれば、

この増改築を繰り返して違法建築状態のSSもまともになるかも。

 

「みなさん、これがご神木です。いかがですか」

 

「すげえよ!こんなデカいのによく倒れないな!

こんだけ大きいとかえって風で倒れやすい気もするが……」

 

「ふん、2000年もマリア様の加護を受け続けた神木が、

ただの風で倒れるわけがないだろう。

……地下50mまで広く根を張っているということもあるが」

 

「多分そっちが正解なんだろうけど、そんなことはどうでもいいわ。

良いものが見られてあたしは満足よ。

もう魔王なんか別にいいから幸せ気分のままお家に帰りたい気分」

 

「駄目ですー!ちゃんと魔王の手がかりも探さなきゃ、ここに来た意味がないです!」

 

「わかってるわよ。冗談よ冗談。……しかし、魔王と木なんて何か関係あるかしら」

 

さっき、ぐるっと一周してきたけど、めぼしいものもなかったしねぇ。

今回は空振りってことで……

 

「里沙子さん!」

 

「ん、エレオノーラどうしたの?」

 

「こっちに来てください!」

 

珍しくエレオノーラが大きな声であたしを呼ぶ。

まさかさっきの怒りがぶり返してヤキ入れられるのかしら。

若干ビビりながら壁のように広く硬い幹のそばに寄る。

 

「何か変わったものでも見つかった?」

 

「はい。木の幹に不思議な力が。このウロに風が渦巻いているのがわかりますか」

 

大人一人が余裕で入れるウロ。中には何にもない。あ、違う。正確には。

 

「風が止まないわね」

 

「その通りです。

ここには森に清められ、神木の祝福を得た風の力が吹き溜まっています」

 

「この風の力がどうなんの?」

 

「少し、待ってください」

 

エレオノーラが、ウロに向かって手をかざし、目を閉じて集中した。

すると、中でグルグルと回っていた風が光を帯び、今度は一点に収縮し始めたの。

思い思いに神木を眺めてたみんなも、珍現象に集まってきて、

何かが生まれるような過程を、息を呑んで見守った。

 

やがて光の風がひとつの光の粒になって一瞬光ると、

ウロの中に緑色のクリスタルがコロンと転がった。

素敵。エメラルドだったらあたしにちょうだい。

 

「これ、何なの?」

 

「風のクリスタルです!

清められた風の力に、ほんの少しわたしの力を注いで実体化させました。

これならきっと、魔王の瘴気を祓うこともできるはず!」

 

「ええっ!それって魔王討伐への大きな一歩じゃないですか!

エレオノーラ様さすがです!」

 

「わたしは大自然の力とマリア様の慈愛をわかりやすい形にしただけです。

しかし、わたし達の旅が大きく前進したのは事実ですね」

 

「謙遜すんなよコノコノ~」

 

「エレオノーラ様、お見事です!

エルフの魔術師でも習得に50年はかかる風の結晶化を、お若くして……」

 

「シャリオさん。このクリスタルですが、

どうしてもわたし達にはこの力が必要なのです。一度長老にお会いして……」

 

「いえ、どうぞお持ちください。

エレオノーラ様が、魔王討伐という崇高な行いをなさるのです。

誰も反対するものはおりません。長老には私から話を通しておきます」

 

「ありがとうございます!」

 

「へぇ~あんた意外と気前いいじゃん。ちょっとだけ見直したわ」

 

「うるさい!お前じゃない、エレオノーラ様に託したのだ!」

 

「ふふっ、分かってるって。とにかくありがとね」

 

あたしは軽く指だけでヒラヒラと会釈を送った。

……さて、ここでのフィールドワークはお終いかしら。

 

「思いがけず貴重なブツも手に入ったし、そろそろ家に戻らない?

もう森林浴も十分でしょう」

 

「今日は思いっきりファンタジーできましたね、里沙子さん!」

 

「ええ。これくらい楽なら、たまには外に出るのも悪くないわね」

 

「私は疲れにくい身体だからいくらでも付き合うぜ」

 

「それでは、帰りましょうか。

……シャリオさん、今日はいきなり来てお騒がせしてすみませんでした。

また、次の説法会でお会いしましょう」

 

「とんでもありません!またお会いできる日を、心待ちにしております!」

 

「そんじゃね~あんたも銃を覚えると良いわよ。

狙いは正確だったから、スナイパーライフルで狙撃してたらあたし殺せてた」

 

「うるさい!人間の殺戮兵器など誰が使うか!用が済んだのならさっさと帰れ!」

 

「はいはい。じゃあ、エレオノーラ。お願いね」

 

「では、皆さんお手を」

 

カタブツのエルフと別れると、またエレオノーラの両手で円になって、

彼女の詠唱を邪魔しないよう口を閉じた。すると、往路のような内臓が宙に浮く感覚。

気持ちいいような気持ち悪いような、不思議な感じ。

そして、強い光に包まれると、そこはいつもの聖堂。

1時間半ほど前までは寝そべって無駄話してた我が家。

 

「無事、転移ができました」

 

「ありがとうございます、エレオノーラ様。おかげで魔王討伐の鍵も手に入りましたし、

なにより、あらすじ詐欺の現状がわずかに改善されました」

 

「いえ、まだよ」

 

「えっ……まさか、今更面倒くさいからやだ、とか本当にやめてくださいね?」

 

「そーじゃない。

とっくに捨てたけど、あんたが持ってきた紙切れの一文思い出してごらんなさい」

 

“日々の困りごとに助けを求め、挙句の果てに魔王討伐まで任される始末。”

 

「これが何か?」

 

「あたしら誰かに魔王殺してくれって頼まれた?」

 

「あ」

 

こんな感じで、今まで何も考えずに書いてきたツケを精算していこうと思うんだけど、

どうかしら。今日の話は、ラノベっていうよりドラクエっぽかったけど。

まぁ、それでも書きたいエピソードが出てきたら横道にそれると思うし、

ただの観光旅行に終わる話も出てくるかもしれないことをお断りしておくわ。

それでは皆さん、今後ともよろしくね。

 

 



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シャンゼリゼ通りって言うほど綺麗でもないらしいわよ。行くほどの金も元気もないから別にいいんだけど。

前回までのあらすじ

森に行った、クリスタル拾った、別に魔王放っといてもいい説急浮上→今ここ!!

 

こんにちは。突然お気に入りが激増して若干パニック気味の里沙子よ。

いつも応援してくれてる人が推薦を書いてくれたみたい。本当にありがとう。

 

……と、挨拶はここまでにして、聖緑の大森林で持ち上がった問題。

魔王を倒してほしい奴がいない。

そりゃそうよね。あたしらだって別に魔王がいて困った試しなんかないんだし。

今、聖堂で長椅子を向かい合わせて会議中。

 

「どうすんの?レアアイテム手に入れたけど、使う機会がないって事実が判明した」

 

あたしは風のクリスタルを窓から差し込む陽の光にかざして、

宝石のように美しいきらめきに少し見惚れる。

何よ、あたしだって女らしい趣味はあるのよ。

 

「確かに、私も魔王なんかおとぎ話で聞いただけだからなぁ」

 

「実を言うとわたくしも、モンブール中央教会の授業で習ったこと以上のことは……

エレオノーラ様、何か魔王に関する詳しいことはご存知ありませんか?」

 

「お恥ずかしい話ですが、わたしも図書室で読んだ伝説と、

自らは決して姿を現すことなく、手下の悪魔を送りつけ、

生贄を収集しているという事実しか……」

 

「へー、おとぎ話とか伝説ってどんなの?あたしアース出身だからわかんない」

 

すると、エレオノーラが数百年前、

エルフの森が燃えるより、もっと前の時代のお話をしてくれた。

 

──数百年前、上半身だけをこの世に顕現させた魔王が、

悪魔の軍勢を引き連れて、サラマンダラス帝国に侵攻を開始。

数十万人の兵が、津波のごとく押し寄せる悪魔と激突して命を落とした。

人類の滅亡は目前と思われたその時、

勇者ランパード・マクレイダーが立ち上がり、捨て身の一撃で魔王に手傷を追わせ、

魔界に追い返した。ランパードは魂を燃やして放った剣撃で命を落としたが、

大聖堂教会に保管されている彼の剣の欠片には、今尚その力が残されているという。

 

「……これが、第一次北砂大戦の概要です」

 

「ありがと。なるほどね。……でも、第一次ってことは次もあるってことでしょ?

あと“北砂”ってどっから引っ張ってきたの?」

 

「お話しした通り、かつての大戦では、

勇者の一撃を以ってしても、魔王を倒し切ることができませんでした。

よって、また魔王の襲来がないとは言い切れないからです。

“北砂”とは、このオービタル島北端にあるホワイトデゼール領に由来します」

 

ご新規さんのために説明すると、オービタル島っていうのは、

サラマンダラス帝国がある大きな島よ。面積は大体オーストラリアくらい。

 

「ホワイトデゼールは文字通り何もない領地です。北砂大戦の傷跡で今も作物が育たず、

川も枯れ、真っ白な岩地と砂だけが広がる寂しいところです。

隣接する領地が交代で監視は続けていますが、

悪魔の穢れが残っていると言って近づきたがる者は誰もいません」

 

「わかった、ありがとー。要するに魔王は何百年も、大した動きはしてないってことね」

 

「あ!でも、悪魔自体は送り込んで来てるじゃねえか。

里沙子、悪魔殺して新聞に載ってたじゃん」

 

「ああ、ロザリーの件ね。でもねえ?

あれは悪魔は生贄が欲しかった。あたしは誰かが勝手に付けた変な肩書き捨てたかった。

つまり、変な話Win-Winの関係だったのよね」

 

「まあ、悪魔はお前に殺されたからWin-Loseだけどな」

 

「えっ、里沙子さんが悪魔を?わたしに、そのお話を聞かせてくれませんか?」

 

若干エレオノーラが興奮した様子で聞いてきた。

まぁ、こんなクソ田舎のローカルニュースなんて、帝都に届いてなくても無理ないわね。

あたしは、ロザリーという魔女と知り合って、

力を合わせて悪魔と戦って撃滅した経緯を簡潔に説明した。

話が終わると、彼女は感銘を受けた様子で、

 

「……素晴らしいです。

異なる種族の者が手を取り合い、悪魔という強大な敵を打ち破った。

お祖父様がわたしをここに留学させたのは間違いではなかったようです」

 

目を閉じて両手の指を絡め、祈りを捧げる。

 

「あ……いや、これに関しちゃあたしの都合50%、ロザリーの都合40%、

賞金目的10%だから、あんまり感激されても困るわ。

あと、悪魔殺した手段については、知らん振りしてくれると嬉しい。

ほら、マリーの店で見たアレ関連のものがいっぱい、ね……」

 

「わかっています。人の身で悪魔に立ち向かうには相応の装備が必要です。

……そうです、装備で思い出しました。次は帝都に向かいましょう!

大聖堂教会に勇者ランパードの遺品が安置されています。

お祖父様に事情を話せば、きっと持ち出しを許可してくださるはずです。

必ず魔王打倒の力となるでしょう」

 

「でもよう、誰も魔王なんか相手にしてないって状況は相変わらずだぜ?

頼まれてもいないのに、私らだけで頑張っても

正直モチベーション上がらないっていうか」

 

「それには賛成。あたしなんてやらなきゃいけない仕事すら面倒なのに、

わざわざボランティアで殺し合いするなんて、考えただけで眠たくなるわ」

 

「ご安心ください。

事情を話せば、必ずお祖父様から正式に魔王討伐の命が下るでしょう。

既に風のクリスタルを手に入れ、事態は動き出しているのですから」

 

「いやいやちっとも安心できない!

別にやらなくてもいい仕事する許可を貰いに行くなんて、

それこそタイトル詐欺でしょう!?あたしが働き者になったら、

このお話が単なる独身女のドキュメンタリーになっちゃうじゃない。

“その時、異世界へ─あたしの生きる道”みたいなタイトルでN○Kが9時頃にやりそう」

 

「なんだ?エネーチケーって」

 

「ナレーションは小山茉美キボン」

 

「お前の言うことは時々さっぱりわからん。とにかくわざわざ帝都に行くことも、

それはそれで問題だってことはわかったが……はっ!?」

 

その時、凄まじい銃声とともに外から一発の銃弾が飛び込んできた。

窓ガラスが派手な音を立てて割れ、ボロい床を半径30cm程度粉々にした。

 

「全員、奥へ!!」

 

即座に号令を掛けると、皆が奥の住居に避難。外から見えない位置でしゃがみ込む。

ダイニングで4人がハムスターみたいに寄り添ってひそひそと小声で話す。

 

「い、今の何だったんでしょう!」

 

「静かに。銃声と破壊力から見て、対物ライフルでの狙撃。

人間が食らったら粉々になる」

 

「やべえぞ。犯人が乗り込んできたらどうするんだ」

 

「う~ん、帝都に行く理由、できちゃったかも。エレオノーラ、急げる?」

 

「はい、皆さん手を!」

 

急いで全員が手を繋いで、エレオノーラが“神の見えざる手”を詠唱する。

同時に、ドン!と聖堂のドアが蹴破られる音がした。

ああ、やめてよ。

確かに壊れかけだったけど、あと一ヶ月くらいは使おうと思ってたのに。

あたしが嘆いている間に、不審な足音はどんどん近づいてくる。

そして、奴がダイニングに足を踏み入れた瞬間、詠唱が完了し、

あたし達は遥か遠くの地へ瞬間移動した。

 

「チッ、逃げやがったか。兄貴、どうします?」

 

「……追うぞ」

 

大型のライフルを構えた男と、全身を真っ黒なローブで包んだ男は、

足早に教会を後にした。

 

 

 

 

 

急いでワープしたもんだから、

あたし達はみんなレンガの敷き詰められた道路に投げ出された。

 

「いだっ!」「きゃっ!」「おおっと」

 

とは言え、エレオノーラはホバリングができるし、

身体能力が高いルーベルは空中でバランスを取って着地。

結局痛い思いをしたのは、あたしとジョゼットだけだった。

 

「あだだだ……腰打った」

 

「ごほごほ!うう、痛いです~」

 

「大丈夫ですか?お二人共」

 

「これ大丈夫に見える?色んなとこぶつけたし、手ぇ擦りむいちゃったー」

 

赤レンガの上で転がりながら、半泣きで血が滲む手を見せる。

 

「待ってください、今すぐ回復魔法を」

 

エレオノーラが、あたしの傷に手をかざすと、血が止まり、身体の痛みも治まった。

ふぅ、これで万事OKね。

 

「OKじゃないです~!わたくしも見捨てないでください、エレオノーラ様!痛いよー」

 

「あ、ごめんなさい!すぐに助けますから!」

 

「ああ、別にいいのに。一応こいつも回復魔法使えるんだから」

 

「ひどい!わたくしだって聖女様の祝福を受けてみたいんです~」

 

「さあほら、じっとなさって」

 

ジョゼットにも回復魔法を掛けるエレオノーラ。

どこ怪我したのか知らないけど、どうせ大げさに痛がってるに決まってる。

 

「うう、あったかいよ~里沙子さんは冷たいけど。

エレオノーラ様、ありがとうございます!」

 

「いいえ、このくらい」

 

「ところでさぁ。ここ、どこなんだ?」

 

ルーベルがつぶやく。そうだ。帝都でマリアさんの加護を受けてるとこって言えば……

そう考えて後ろを振り向くと絶句した。

巨大な教会らしき建物が視界の左右を埋め尽くしていた。

首を真上に向けると、これまた大きな十字架が設置されてるから、きっと教会。

これがなかったら軍事要塞と見分けが付かない。

高さ2mはある扉が3つ開け放たれ、大勢の信者達が出入りしていた。

 

うわ~あたしらの家とはえらい違いね。人混みの中でも頭痛が起きないのは、

ここが大通りに面した広場で、人同士のスペースが十分あるから。

ざっと周りを見回しても、広大な帝都がいくつものブロックに分かれてて、

パン屋、ブティック、花屋がたくさん並んでる。

道路の中央には、等間隔でガス灯が設置されてて、

消耗品の雷光石を入れ替える必要がない。インフラ設備も先進的。さすが都会ね。

 

「さあ、皆さん。ここがシャマイム教の中枢、大聖堂教会です。

ご案内しますから付いてきてください」

 

「へー、じゃあここがあんたの実家ってことね。あたしもちょっとワクワクしてきたわ。

そうなると、お祖父様にも一応ご挨拶……あおっ!」

 

最後のはあたしが何かにぶつかって転がった声。

やめてよ、今日転ぶの2回目なんだけど。まぁ、よそ見してたあたしが悪いんだけどさ。

とりあえずぶつかった奴に声を掛けようと思ってそいつの姿を見ると……

 

「エレオー!怖いおじさんがいるわ!」

 

異様としか言えない存在が立っていた。

体長2.5mはある巨漢。頭部をすっぽり覆う鉄仮面を被ってるから顔が見えない。

分厚い鋼鉄の鎧で身を包み、その上から大きな十字架が刺繍された法衣を着ているから、

かろうじて教会関係者だっていうことはわかる。

あと……広い背中に2枚のタワーシールドを背負ってる。

でも、これ盾なの?なんか内部に複雑な仕掛けがあるんだけど。

 

シュワルツ将軍ともガチ喧嘩できそうな堂々たる姿が手を差し伸べてきたから、

恐る恐る手を取ると、力強くあたしを引っ張り上げてくれた。

何を言うべきか迷ってたら、彼が話しかけてきた。

 

「……君は、知っているか」

 

「え、何を?」

 

「詠唱は職業に応じて性質が異なる。

魔術師・魔道士は願望、聖職者は祈り、私は……懺悔だ」

 

「ごめ。さっぱり意味わかんない」

 

その声は変声機を通したように、くぐもっていて、元の声は全く想像がつかない。

ほら、プライバシー保護のため音声を変えていますってやつ。

多分男だとは思うんだけど。

そして、あたしがいないことに気づいたエレオノーラ達が戻ってきて、

驚いた様子で声を挙げた。

 

「里沙子さん、すみません先に……神罰騎士(パラディン)!どうして貴方がここに!?」

 

パラディン?ああ、いろんなゲームの上級職の常連ね。戦闘も回復もできるアレ。

 

「エレオノーラ様……」

 

「滅多にお祖父様のそばを離れることがない貴方が、なぜこんな大通りまで?」

 

「それは」

 

パラディンっていう大男の周りに集まるあたし達。その時、視界の端に不審な光。

あたしは考える前にエレオノーラに飛びついて、頭を守りながら彼女を押し倒した。

次の瞬間、大通りを轟音と弾丸が駆け抜け、大型ライフル弾が道路の赤レンガを砕いた。

 

「何奴!」

 

広場の平穏な空気が一瞬で破られ、悲鳴と喧騒が巻き起こった。

皆、安全な場所を求めて教会に殺到する。

 

「スナイパーよ!誰かがあたしらを狙ってる!多分、さっきあたしらを撃ってきた奴!」

 

あたしはエレオノーラを屋内に追いやりながら答える。

 

「ええっ!?ハッピーマイルズから帝都まで直線距離で500kmはあるんですよ!」

 

「あわわわ、助けてください~!」

 

「そうだよ!まだ10分程しか経ってねえ!空飛べる魔女でも無理だ!」

 

「いいから隠れる!ほら、そこのでっかいあなたも!」

 

パラディンとか言う巨漢が、銃弾の飛んできた方角をじっと見たまま動かない。

鉄仮面の下にある瞳は、帝都の街に隣接する小高い山を見つめているに違いないわ。

そう、さっきの変な光はライフルのスコープに反射した日光。

かなり遠くでも気づかれるから、プロは射撃直前まで蓋を閉じておくものなんだけど。

あたしはピースメーカーを抜きながら、急いで彼に話しかける。

 

「あなたの思ってる通り、敵はあっちの方から撃ってる!

腕は素人に毛が生えた程度だけど、問題は銃。

対物ライフルっていう、戦車の装備も破損させる……ねえ聞いてるの!?」

 

彼の大きな体を揺すって教会に連れて行こうとするけど、

デカい体はちっとも動く気配がない。

すると、彼が背負っていたタワーシールドを両手に持って、

やはりくぐもった声で宣言した。

 

「最重要警護対象に対する敵対行為を確認。……神罰を執行する!!」

 

その2つのタワーシールドは、少し身をかがめれば、

パラディンの巨体もカバーできるほど広く重厚なものだった。

実際彼は逃げる様子もなく、2枚の塔で前方を守りつつ、

中腰になりながら前進を開始した。

そして、また山の方向からフラッシュ。遅れてライフルの爆発音と大型弾が飛んでくる。

 

が、パラディンは構うことなく、タワーシールドで銃弾を受け止めた。

ガオン!と鋼鉄の盾が耳に痛い音を立てるけど、

ただただ戦車のように全てを圧倒しながら、ひたすら歩を進める彼。

なるほど?だったらあたしも参加させて貰おうかしら。

 

「ねえ、パラディンさん。悪いけど、あなたの背中貸してくれない?

向こうのバカぶっ殺さなきゃ落ち着いて話もできないわ」

 

「……命の保証は、できない」

 

「大丈夫、大丈夫。元々そんなもん、どこにもありゃしないんだから」

 

あたし達は赤レンガの通りを踏みしめながら、ゆっくりと確実に山へ近づく。

途中、何度も銃撃を食らったけど、パラディンの盾はへこむ様子すら見せない。

……ただの鉄じゃなさそうね。

そうこうしてるうちに、ついに街から外れて山のふもとに。あたしは、彼に提案する。

 

「ねえ、ここからは二手に分かれましょう?

街の中は遮蔽物がなかったから、あなたに隠れてたけど、

ここまで踏み込んだら視界が遮られるこっちが有利。

弾の飛んできた角度から考えて、敵は少し登ったところにいる。

二人で東西から追い詰めましょう」

 

「承知した。もし犯人を確保したら、どうか殺さずに」

 

「うん、わかった。ゴツい格好でもやっぱり聖職者なのね」

 

そしてあたし達は行動方針を変え、一旦別れてスナイパーの捜索を再開した。

木々が身を隠してくれる山では、今度はすばしっこいあたしが有利。

またフラッシュが見えた瞬間、太い木の幹を背に隠れる。

空を裂く銃声と同時に背後から衝撃が伝わってくる。

 

遅い。照準から発砲までのタイムラグが大きすぎる。

奴に王手を掛けるのも時間の問題ね。その時、東から銃声を受け止めた甲高い金属音。

パラディンも頑張ってるみたいね。

あたしはピースメーカー片手に、また山肌を駆け出した。

 

 

 

 

 

地面に腹ばいになって大型の対物ライフルを構えていた男は舌打ちした。

スコープを覗いてデカブツとチビ女を探すが、

この邪魔な障害物だらけの山奥ではまともにターゲットを探せない。

おまけにデカブツを撃ってもバカみたいに硬い盾に弾かれるし、

チビには狙いを付けた瞬間逃げられる。

次第にイラつきが募り、後ろにいた人物に叫んだ。

 

「兄貴、場所を変えてくれ!こんなクソみてえな場所じゃ……あれ、兄貴?」

 

振り返って目的の人物を探すが、既にどこにも誰もいなかった。

 

「おい、どういうことだよ……

ナマのターゲット撃ちまくらせてくれるんじゃなかったのかよ!

くそったれ、裏切りモンがぁ!!」

 

男はまた腹ばいになり、索敵を開始した。

焦りを無理矢理ねじ伏せ、極限まで集中力を高めて。

 

 

 

 

 

う~ん。パラディンはまだ、と。

あたしはとりあえずスナイパーは放っておいて、

結構高めの位置をひたすら目指してたの。

やっぱり高いところから見下ろすほうが楽そうじゃない?

赤茶色の土がむき出しになった足場に片足を乗せて、

近くの木に掴まりながら眼下を見下ろす。やっぱり都会だけあって帝都って素敵な街ね。

……ごめん、そうじゃないわね。

さて、ちょっと下の方を見ると、案の定、

バカが必死になって居るはずのないあたしをスコープで探してる。

そろそろ行きましょうか。

 

 

 

 

 

いくら探しても見つからない。痺れを切らした男は、銃を持って立ち上がろうとした。

しかし。

 

「はいストップ。銃を置いて両手を頭に。おかしな事したら頭に.45LC弾が大命中」

 

「わ、わかった……言うとおりにするから殺さないでくれよ!」

 

男が言われたとおりに手を頭に置くと、

三つ編みにメガネを掛けた女がこちらに銃を向けていた。

 

「スナイパーは二人一組で行動するものよ。あんたにはお友達がいなかったのかしら」

 

 

 

 

 

やっぱ銃だけが取り柄のバカだったわね。とりあえず犯人確保。

あたしは大声で彼を呼ぶ。

 

「パラディーン!犯人はここよ!高い一本杉の近く!」

 

“感謝する!今、そちらに向かう!”

 

程なくして彼が両手の重量物を物ともせずに、軽々とした足取りで山を登ってきた。

さあ、事情聴取と行きましょうか。

 

「あんた、名前は?」

 

「レオポルド……“レオポルド・ザ・スナイパー”って世間の連中は呼んでる」

 

「レオポルド?ああ、そういえばそんな賞金首がいたわね。何やらかしたの?」

 

「アースから流れてきたこの銃の魅力に取り憑かれちまってよう……

どうでも良さそうなやつで“試し撃ち”してたんだ。乞食、商売女、しけた行商人。

いや、出来心だったんだよ、マジで!別にいいじゃんか!

死んで困るような奴らでもなし!」

 

「そうね。このピースメーカーもしばらく撃ってないから、

死んだところで誰も悲しまないあんたで試し撃ちしようかしら」

 

「や、やめろ!……そうだ、今から俺は軍に自首する!

デッドオアアライブの賞金首でも、自首すれば裁判を受ける権利が発生する!

お前が俺の命を奪う権利なんてないんだ!」

 

「こいつ……!」

 

クズの逃げ口上にさすがにあたしも頭に来る。

トリガーに掛かった人差し指に力が入りそう。

パラディンは黙ったまま、ただそこにいる。相変わらず表情、というか感情が読めない。

仕方がないから全部の疑問を解消してから連行することにした。

 

「1時間程前、あたしらの教会を狙撃したのはあんた?」

 

「ああ、そうだ……」

 

「どうやってあの短時間であたしらを帝都まで追いかけてきたのかしら?

空を飛べても数時間かかる距離なのに」

 

「それは、兄貴が瞬間移動の術で送ってくれた」

 

「兄貴?」

 

「ついさっきまでそこにいたんだよ!でも、気づいたら俺を置いて逃げやがった!

畜生め!」

 

「エレオノーラを狙った理由は?」

 

「あのシスターを殺せば、

これからいくらでも一般人のマトをくれてやるって言われて……」

 

あたしは、ふぅ、と大きく息をついた。怒りを通り越して呆れ果てる。

人を殺さないのがこんなに難しいことだとは思わなかったわ。

パラディンがレオポルドに歩み寄る。奴が彼の巨体にすがりつく。

 

「な、なあ、あんた聖職者だろ!?俺を軍基地まで連れてってくれ!

あの女がもうキレそうなんだ、俺を守ってくれよ!」

 

本当に撃ち殺そうかと思った時、異変に気づいた。パラディンの身体が震えている。

声を掛けようとした瞬間、彼が、吠えた。

 

「うおおおおお!!」

 

とうとう彼も怒りが頂点に達したの?いや、違う。これは……泣いてる!?

 

「聖母よ!再び大罪を犯す私めをお赦しください!

神に仕えながら神に背を向けし罪、人でありながら人を裁く罪、そして──」

 

パラディンが両手のタワーシールド内部に施された機械仕掛けを操作する。すると。

 

「この十字架を血に染める罪を!!」

 

ガシャン!とタワーシールドの表面から、ナイフの先端のような刃が無数に突き出した。

守りの盾があっという間に殺しの拷問器具に変わる。

パラディンがそれを両手に、レオポルドに歩み寄る。彼の突然の変貌に奴も腰を抜かす。

 

「お、おい、やめろ。何すんだよ、何するつもりだよ……ギャアアーーーッ!!」

 

パラディンが片方の盾で思い切りレオポルドをすくい上げる。

体中に棘が刺さった奴が激痛で絶叫。そして、彼は叫んだ。

 

「懺悔する!神の造りし人の型、引き裂き破壊し、今こそ土塊に還さん!

神罰第十三章二十三節、絡繰り仕掛けの飽食刃!!」

 

さらに、もう片方のタワーシールドで一方の盾に刺さったレオポルドを両挟みにし、

完全に処刑の体勢を整えた。

 

「いでえええ!!なに、なにすんだぁああ!俺は、自首して……」

 

「ぐおおおお!」

 

敵の戯言には一切耳を貸さず、両手の凶器をおろし金のように上下し始めた。

無数の刃で罪人の肉体が抉られ、引き裂かれ、ちぎり取られていく。

奴の絶叫と共にパラディンの法衣が瞬く間に血に染まっていく。

 

「あぎゃああ!!いだい、いだい!やべてぐれええ!さいばん!おれ、けんりいいぃ!」

 

あまりに凄惨な光景にあたしも突っ立って見てるのが精一杯だったわ。

目の前で人間がミキサーに掛けられるように、ただの肉片に変わっていく。

一瞬、巨大な壁に削られる哀れな賞金首と目が合った。

でも、顎をもぎ取られ、涙を流すことしかできない奴を、

助けてやるつもりもなかったし、できなかった。

 

パラディンはただひたすら凶器と化した盾を擦り合わせる。

やがて、レオポルドは悲鳴を上げる力もなくなり、

両方の盾は徐々にその距離を縮めていく。

彼の足元には、つい今しがたまで人間だったものが盛り上がっていた。

ピンク色の肉片、何かの管、割れて骨髄の見えた骨。

うええ……人間って体の中にあんな汚いもの抱えてるのね。

 

やがて、ガツン!という音を立てて2つのタワーシールドが接触。

つまり、死刑執行が完了した。

パラディンがタワーシールド内側の機械を操作し、刃を引っ込める。

あたしは何度も深呼吸して、ようやく彼に話しかけた。

 

「あんた……何やってるのよ。そりゃ、このクズが言ってたことは屁理屈に近いけど、

一応筋は通ってたのよ?軍に引き渡せばあんたが殺さなくても死刑に……どうしたの?」

 

盾を元に戻した彼は、血に染まった両手を見て、またその大きな体を震わせていた。

 

「うああああ!!マリア様、この穢れた我が身をご覧下さい!私は救いを求めません!

ただ求めるは、いずれ死して裁きを受ける時、この罪深き魂に永劫の罰を!

ぐおおおお!!」

 

また泣いてる。

どうしてマリアさんに嫌われてまであんな残虐ファイトしなきゃならないのかしら。

なんか彼には事情がありそう。

いくらなんでも直接彼には聞けないから、エレオノーラと話してみよう。

 

「……ねえ、もう帰りましょう?エレオノーラ達も待ってるわ」

 

「君は、先に戻るといい……私は、この血に塗れた身を清めなければならない」

 

「そう……今日は助かったわ、ありがとうね」

 

「私は、自ら“穢れ”として生きる道を選んだまで。さらばだ。

……これを持っていくといい。この男は賞金首だったのだろう。

軍に持っていけば、賞金を得られる」

 

彼が足元を見ると、そこには大型の対物ライフルが。なによ、わりと最近の銃じゃない。

こんなものまで流れてくるなんて。

運悪くバカの手に渡ったせいで、名も知れぬ犠牲者が出たわけね。

考えなしに何でもかんでも取り込む、この世界のシステムも一長一短だわ。

 

「あたしが殺した訳じゃない。人の獲物横取りするほど落ちぶれてないわ」

 

「私は、もう“人”ではない。帝都の者に事情を話せば誰もが納得する。

いいから、持て」

 

「……一応、状況説明のために持っていくわよ」

 

あたしは対物ライフルと残りの弾を拾って、

まだ風に吹かれて悲しみに暮れるパラディンを残して帝都に戻っていった。

 

 

 

 

 

大聖堂教会の扉は全て閉じられていた。中から大勢の人間の不安げな声が聞こえてくる。

エレオノーラが、そんな信者達を懸命に励ましているようだった。

あたしは大きな扉を力いっぱいドンドン叩いて叫んだ。

 

「みんなー!射殺魔は死んだわ!パラディンに殺された!

もうドタマ撃たれる心配はないから出てらっしゃいな!」

 

 

“パラディンが?恐ろしいことだ……”

“マリア様、罪深きあの方に、どうか救いの手を”

“パラディンは、我々のために業を背負ってくださっているのだ”

 

 

3つの扉が全部開き、中から顔色の悪い信者達がぞろぞろと出てきた。

今日は日曜でもないし、ミサの気分でもないみたい。無理もない話だけど。

人混みの中からエレオノーラ達が出てきて、あたしを出迎えてくれた。

 

「大丈夫ですか、里沙子さん……」

 

「うう……凄い銃声で怖かったです~」

 

「よく生きて帰って来れたな。どうやって倒したんだ?」

 

「デカい盾を背負った人は見たでしょ?

彼、パラディンって言うんだけど、敵の懐までは彼が文字通り盾になってくれたの。

対物ライフルが不向きな山中に飛び込んだら、高所まで登って見下ろして、

見事あたしに気づいてない間抜けを発見できたってわけ」

 

「なるほどな。そこをお前の早撃ちでパンパーンと……」

 

「違う……!」

 

「えっ、どうした?」

 

あたしはルーベルの問いを無視してエレオノーラに向き合った。

そして、今日出会った本名を聞きそびれたパラディンについて問いただした。

普段は他人に必要以上に干渉しないタチだけど、彼は、あまりにも普通じゃない。

 

「……そんなわけで賞金首は死んだんだけど、エレオノーラ、パラディンって何者?」

 

彼女は少し顔を伏して悲しげな表情を見せた。

 

「彼は、神罰騎士(パラディン)。それ以上でも以下でもありません。

私達、大聖堂教会の幹部を外敵から守るのが唯一絶対の使命です。

その為なら、手段を選ぶこともありません。

例え聖職者の戒律に背く刃物の使用や……そう、殺人ですら」

 

「そりゃあ、お偉いさんの護衛に特例は付き物だけどさ……

彼、本当、普通じゃなかったわよ?

トゲだらけの盾で賞金首すりつぶしたと思ったら、マリアさんに泣きながら謝ったり」

 

「はい。普通ではありません……

そもそもパラディンになる事自体、並大抵のことではありませんから。

まず、5年に一度、大聖堂教会所属の警備兵から、

最も信仰心が厚く戦闘能力が高い者が選抜され、法王、つまりお祖父様から

直々に洗礼を受け、神罰騎士の任を受けます。その時、人としての名前を捨て、

ただパラディンとしての使命を全うする人生が始まるのです。

力なき神職を守るため、神を裏切り、聖職者でありながら咎を背負う者として。

敗れることの許されないパラディンには、

大聖堂教会技術部が開発した最強の武器が支給されます。

それが、里沙子さんの見た巨大な盾なのです。

あの盾には他にも様々な武装が内蔵されています。

どれも神の教えを踏みにじる罪深い存在。

それらを運用できるのは、マリア様に限りない信仰を抱きながら、

神の教えに背を向けたパラディンだけなのです。

そして、彼の二つ名が“歩く処刑台”。

本来、罪人は裁判で有罪判決を受けた後、刑務所なり絞首台なりで罪を償うのですが、

パラディンには特権が与えられています。

つまり、教会に危害を加える可能性があると判断すると、

それだけで諸々の手続きを経ることなくその場で対象を殺害する権利が発生するのです」

 

……そう。彼に名前なんてなかったのね。あの大きな背中には、

2つの盾だけじゃなくて、あたしじゃ背負いきれない、というより

最初から避けて通るほど重たいものを積んでいた。

目の前の小さな女の子や、大事なおじいさんを守るために。

 

「わかったわ。あたしがまた彼に会う機会はあるかしら」

 

「ないと思います。彼は実質お祖父様直属の護衛ですから。

今日出会ったのは、あのハプニングで突然帝都に戻ったことによる偶然。

高位の神官でなければ、普段お祖父様がいる教会最奥の玉座に入ることはできません。

恐らく里沙子さんが彼に出会うことはもうないかと」

 

「そう。会って一言くらい礼が言いたかったんだけど。

彼に会ったら伝えといて。“マリアさんが駄目でもイエスさんがいる”って」

 

「ふふっ、里沙子さんらしい優しさですね。伝えておきます」

 

エレオノーラが笑顔を取り戻したところで、

あたしはレオポルドの遺品をルーベルに渡した。

 

「そうだルーベル。あんたこれ使いなさい。あのバカが使ってたライフル」

 

「えっ?なんだよこれ」

 

「バレットM82。まぁ、今日見た通り物凄く強力なライフルよ。

身体が小さいあたしには手に余るの。

人間なら二脚に立てかけて腹ばいになったり、

台座に据えて撃たなきゃ当たらないくらい反動がデカいんだけど、

パワーのあるあんたなら普通のライフルと同じ感覚で使えるわ。

撃ち方と手入れの仕方は帰ったら教えてあげる。

魔王は無理でも、子分の悪魔なら急所にヒットすれば一撃で殺せるはずよ」

 

「やったぜ!腰のピストルじゃ物足りないと思ってたんだよな!」

 

ルーベルが大喜びで指をパチンと鳴らした。

 

「良かったですね、ルーベルさん!」

 

「あんたはさっさと新しい光魔法覚えるのよ。そっちは何にもしてあげられないから」

 

「そうだ!わたくし、ついに聖光捕縛魔法を覚えたんです!褒めてください!」

 

「へー、やるじゃない。あんたにしてはよくやったわ。素直に褒める。

で、消滅攻撃魔法は?」

 

「ちんぷんかんぷんです!」

 

「いつも通りのあんたで安心した。エレオノーラにでも教えてもらうのね。

……じゃあ、エレオノーラ」

 

あたしは教会を見て彼女に促す。彼女も黙って頷く。

そしてエレオノーラがおじいさんのところへ向かおうとすると、

奥から真っ白で背の高い帽子を被った神官ぽい人が走ってきた。

 

「エレオノーラ様、法王猊下の元へお急ぎください!」

 

「はい。今、参ります」

 

「そして、お仲間の皆様も!」

 

どこで時間潰そうか考えてたら、あたしらにもお呼びがかかって驚いた。

 

「え、あたしらも?」

 

「はい!法王猊下がお会いになりたいと。どうかお急ぎを!」

 

あたしらは少し困惑してお互いを見る。

でも、エレオノーラのおじいちゃん待たせるわけにもいかないから、

結局4人で教会の中に入っていった。

中は教会というより、高級ホテルの大ホールと言ったほうがいいくらい豪華。

それでいて必要以上に華美でなく、

あくまで神を崇拝するための装飾、ステンドグラス、大きな十字架、

巨大なパイプオルガンが揃っていた。

 

「こちらです」

 

神官が聖堂の脇にあるドアを開き、

通常関係者以外立入禁止のエリアにあたし達を案内する。

さぁ、この先に何があるのかしら。

エレオノーラのおじいちゃんなら、当然よそ行き口調よね。あ・あ。

廊下を歩いているうちに軽くボイスチェックした。

 

 

 

 

 

──魔城 ヘル・ドラード 会議の間

 

 

一切太陽の光が差さない魔界にそびえる広大な城。

ここを照らすのは絶えず空を走る稲光だけだ。

 

ヘル・ドラードの城主、深淵魔女と魔王ギルファデスが、

長いテーブルにたった二人で座っていた。魔王は不機嫌だった。

もっとも、彼の機嫌が良かった日など、ここ1000年で一日もないのだが。

 

「小癪な人間共!あくまで余に歯向かうつもりか!

思念体を差し向け、鉄砲玉をけしかけたが、余に仇なす小娘の暗殺に失敗し、

教会の兵に処刑されるとは!どいつもこいつも役に立たん!」

 

激高したギルファデスが拳をテーブルに叩きつける。

 

「やめてくださいな。ここは私達上位魔族の共用施設。

大事にしていただかなくては困りますわ」

 

「黙れ!おのれ教会め!北砂大戦以来、小細工だけは一人前になりおって!」

 

その時、一羽のカラスがどこからから飛び込み、深淵魔女の肩に乗った。

彼女はカラスから何事かのメッセージを受け取る。

 

「ふんふん、そうなの。ありがとう」

 

「何をしておる」

 

「今回も、教会だけじゃなかったみたいね……」

 

「一人で納得しておらんと、余にわかるよう説明しろ!」

 

「ふふ、説明するまでもありませんわ。

この件に絡んでいたのは、もちろん、あ・の・子」

 

そして、深淵魔女が最新の裏手配書をそっと指で突き、ギルファデスに飛ばした。

彼の手に収まったそれに書かれていたのは。

 

──Risako the Punisher 1000000G & Shadow Crystal

 

 



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年々エアコンが稼働しない時期が短くなってる気がするんだけど。一人暮らしでも真夏は電気代が一月5000円する。

真っ赤な高級絨毯が敷かれた大広間で、あたし達は法王を待っていた。

まだ誰も座っていない玉座は背が壁のように高く、

手すりに職人が細やかな火龍の彫刻を施している。

あたしでも分かるくらい上質な木材で作られた玉座は、

天井のシャンデリアから光を浴びて上品な艶を放っている。

まだ法王専属のボディーガードっぽいパラディンは戻ってないみたいね。

 

さて、もうすぐエレオノーラのおじいちゃんが来るはずなんだけど、やけに遅いわね。

今のうちにブリーフィングしときましょうか。

 

「ジョゼット、ルーベル。法王が来たら、まずひざまづいて、頭を下げるのよ。

多分彼がなんか言うから、そこで自己紹介……って聞いてんの!?」

 

「えっ?ああ!大丈夫だ、多分!」

 

「うう、法王猊下に謁見するなんで初めてで、自信ないです~」

 

「安心してください。お祖父様は形式張った作法などにはこだわりません。

ただ心の込もった礼節さえ尽くして頂ければ」

 

「そうは言うけどねぇ」

 

高価な調度品が並ぶ部屋をキョロキョロしながら見てるルーベルと、

同じ聖職者のお偉いさんにビビってるジョゼット。

はぁ、こいつらの面倒見てまで魔王殺さなきゃいけない理由が、

ちょくちょくわからなくなる。僕、なんで戦ってるんだろう。

 

その時、広間の脇にある大きな両開きの扉が開き、

神官っぽいのが二人並んで入ってきた。いよいよね。

彼らの後ろに杖を持った影が見える。

少し腰は曲がってるけど、足取りにはまだ十分な力がある。

そして神官に促され、法王ファゴット・オデュッセウス12世その人が玉座に着いた。

一宗教の頂点に立つ彼が無意識に放つ、

圧倒的ながら威圧しない、清らかな雰囲気にエレオノーラ以外の全員が一瞬息を呑む。

 

おっと、突っ立ってる場合じゃないわ。

あたしはすぐさまひざまづいて二人に目配せする。

ジョゼットは慌ててその場に膝を突いて両手の指を絡め、

ルーベルはロボットみたいにぎこちない動きで片膝と拳をついた。

エレオノーラは立ったまんま。

まぁ、おじいちゃんに会うのに、あたしらみたいにかしこまるのも変だしね。

 

法王が十字架を象った杖を床に立て、視線を上げてあたし達を見る。

金の鮮やかな刺繍で、綺羅びやかな紋様が描かれた法衣に身を包んだ、

白髪の老神父が口を開いた。

 

「……顔を上げ、楽にしてほしい」

 

そう厳かな声で彼が告げると、

エレオノーラが小声で“みなさん立ってください”と言ったから、

あたし達はゆっくり立ち上がった。それでも両手は前に組んで、姿勢は正しく。

就職活動を思い出すわね。深く一礼してあたしも答える。

 

「法王猊下。本日は急な来訪にもかかわらず、謁見に応じていただき、

感謝の念に堪えません。

わたくし、名を斑目里沙子と申します。お孫様にはいつもお世話になっております」

 

主に税金関係でね。

 

「ほう。貴女がハッピーマイルズでは、向こうところ敵なしと噂の

“早撃ち梨沙子”であるか。神がかった射撃の噂は、帝都にも届いておる。

わしの方こそ、急な孫の留学を受け入れてもらい、感謝しておる」

 

「お恥ずかしいですわ。わたくしはただ降りかかる火の粉を払ったまで。

むしろ、わたくし達がお孫様に助けられているくらいで。

そして法王猊下、大事なエレオノーラ様を、

イエス・キリスト降臨の地で次期法王になるべく修行の旅に出した、

あなたのご決断に心から敬意を表します。

肉親として高位聖職者として、大切な存在をそばからお放しになる。

わたくしどもには想像もつかない葛藤を抱かれたことでしょう」

 

「そうでもない。2,3日に一度は転移魔法で戻っておる」

 

てめえいつの間にこのやろ!思わずエレオノーラを見るけど、

こっちに背を向けてるから睨みつけることができなかった。

 

「そ、それは何よりですわ。

では、エレオノーラ様と同居させていただいている仲間を紹介致します。ルーベル?」

 

あたしはルーベルを促す。いきなり声が掛かったルーベルは、

やっぱりロボットのように変な動きで立ち上がってパクパク口を動かした。

 

「えと、あの、私はログヒルズ領出身のルーベルだ。です。

えーと、種族は、オートマトンで、里沙子の教会で用心棒や手伝いをやってるます」

 

やっぱり場馴れしてないのね。どせいさんみたいな喋り方になってる。

形式ばかりの面接試験も一応体験しとくと、こういう時に役に立つってことか。

一応シスターのジョゼットに望みを託す。

 

「はわわわ!法王猊下!あの、わたくしは、遍歴の修道女ジョゼットと申します!

遍歴とは言っても、今は里沙子さんの教会に住み込んで、

日曜ミサを開いてマリア様とイエス様の教えを広める活動をしています!

モンブール中央教会出身で、年齢は16歳です!

大聖堂教会がある帝都にはいつか行きたいなー、と思っていたのですが、

思いがけない出来事で来ることができて……ヒッ!

と、とにかくどうぞよろしくお願い致します」

 

あたしが刺し殺すような視線を送ると、ようやくジョゼットが口を閉じた。

緊張すると、喋れなくなるタイプと、口が止まらなくなるタイプ、

2つがあるって聞いたけど、この子は後者だったみたいね。

どうでもいい情報を手に入れたところで本題に入りましょうか。

エレオノーラが一歩前に進み出る。

 

「お祖父様、今日はお願いがあって参りました。実はわたし達は……」

 

法王が彼女を手で制した。

 

「よい。既にエルフ族の長老から魔術転送で文が」

 

そして、彼が吐息とも詠唱とも付かない囁きを口にすると、その手に一枚の紙が現れた。

 

「既にお前達はエルフの森で風のクリスタルを手に入れたそうじゃな。

……なるほど、魔王討伐に賭けるその信念、しかと受け取った」

 

「ありがとうございます、お祖父様。

つきましては、勇者ランパード・マクレイダーの遺品をお貸し願いたく存じます」

 

「ふむ……」

 

法王は、丁寧に手入れをされた顎髭に触れながら、少しの間考え込む。

ほぼ全ての人間がひざまづく彼が思いを巡らす姿は、あたし達の視線を奪う。

なんだかこの空間が彼の世界になったみたい。そして、結論を出した彼が言葉を紡ぐ。

 

「エレオノーラよ」

 

「はい」

 

「確かに法王の血筋たるお前は、人より秀でた才に恵まれているかもしれん。

だが、魔王の力は余りに強大。奴と相対するにはまだまだ未熟。

後ろに控える同士の助けが必要なのは明白である」

 

「おっしゃる通りです」

 

「うむ。よって、次期法王、そして我が孫の命を預けるに相応しいか、

その力を試させてほしい。……里沙子嬢、よろしいかな?」

 

え、あたし!?いやいや聞いてないんだけど。

とりあえずお行儀よくしてればいいと油断してたから、

動揺を顔に出さないようにするのが大変だった。

 

「も、もちろんです。しかし、具体的には何をすればよろしいのでしょうか」

 

すると、法王が立ち上がって、手にした彼の背より高い杖をトン、と床に突いた。

そして、次にまばたきをしたら、景色が一変し、あたし達全員が、

様々な木々や草花が植えられている広い庭園にワープしてた。

たまげたわね。エレオノーラの“神の見えざる手”の上位互換かしら。

パニックになるルーベルとジョゼット。

 

「きゃあ!ここどこですか!天国ですか?」

 

「え!私のせい!?私のせいじゃないよな!」

 

あたしはこの怪奇現象について小声でエレオノーラに尋ねる。

 

「ちょっと、これなあに!?

詠唱なしで手も繋がないで強制移動とか、インド人もびっくりなんだけど」

 

「お祖父様の“神の見えざる手”です。

法王となる儀式を経て、信者を導く神に近しい存在になった際には、自らのマナに加え、

信者達の信仰がその身に宿り、全ての魔法の効果が爆発的に上昇します」

 

「ねえ、もう法王に魔王殺してもらわない?」

 

「それはいけません。いくら強大な魔力を持っているお祖父様も、やはり人の子。

年相応に体力の衰えは生じていますし、

なにより、魔王を倒すのは次代を担うわたし達でなければなりません。

もし、お祖父様が魔王を倒すことがあれば、

何か困ったら法王様、という弛緩した考えが民に広まってしまいます。

それは、人が自らの足で試練を乗り越える強い気持ちを奪ってしまう行為です」

 

「あたし的には“何か困ったら法王様”の方が楽チンだけどね。

それなら献金払っても良い」

 

「そろそろ、よいかの」

 

「はい、お待たせして申し訳ございません!」

 

本当にお待たせしちゃったわ。あたし達は法王の前に集まる。

ゆっくりとあたし達を見回すと、彼が語りだした。

 

「ここは、大聖堂教会中庭の花園じゃ。聖母の光が降り注ぐこの庭には、

春には春の花が咲き、冬には冬の花が咲く。

……里沙子嬢、ここで貴方の力を見せてもらいたい」

 

「と、おっしゃいますと?」

 

彼が、杖であたし達の後ろに広がる庭を指した。

 

「見るが良い。散り散りに鉢植えが並んでおるじゃろう。今からわしが、銀貨を投げる。

銀貨が地に落ちるまでに鉢植えを7つ撃ち抜く。それが、貴女への試練である。

決して貴女の力を疑っているわけではない。ただ、信じたいのだ。

愛しい孫を預ける老体の気持ち、どうかわかってもらいたい」

 

「ま、待ってくれ、ください。里沙子の銃には6発しか入りませんです!

いくら早撃ちが得意でも……」

 

「いいのよ、ルーベル。あたしは銃を2丁持ってる。

コルトSAA(ピースメーカー)とCentury Arms M100。両方合わせて12発あるじゃない」

 

「いちいち持ち替えてたら間に合うわけないだろう!」

 

「法王猊下。その試練、お受け致します」

 

あたしは、スカートの両端を摘んで、軽く腰を下げた。

 

「うむ。その意気やよし。……では」

 

法王が懐からピカピカの銀貨を取り出し、親指に乗せる。

デジャヴと思ってたら、西部劇で定番のシチュエーションね。

もしかしたら、彼も好きなのかしら。さて、脳内雑談はおしまい。

あたしは軽く庭園を見回す。銃撃する鉢植えの順序を決定。右手に全神経を集中する。

 

「参る!」

 

ピィン!と銀貨が弾かれる。同時にあたしの視界の色が反転。体感時間がスローになる。

すかさずピースメーカーを抜き、ファニングで銃弾を連射。

曲芸に近い射撃で、陶器や素焼きの鉢植えを撃ち抜いていく。そして、6つ目で弾切れ。

 

そのままピースメーカーを放り投げ、M100を抜き……今度は後方に一発発射。

そして、最後の鉢植えを撃った。

強力過ぎる45-70ガバメント弾で、土を撒き散らして粉々になる。

全てが終わると、あたしの世界が、時間の流れを取り戻す。

無意識に息を止めていたのかしら。荒い呼吸が治まらない。

 

キィン……

 

一瞬の差で、銀貨が地面に落下。エレオノーラが、不安げに法王に問いかけた。

 

「お祖父様!結果は、どうだったのですか!?里沙子さんは、7つに命中させました!」

 

「ふむ……なるほど、これは面白い」

 

法王がゆっくりとした動作で銀貨を拾い上げた。

そして、メダルを眺めてクツクツと笑う。

 

「里沙子嬢、貴女はなかなかの食わせ者じゃのう?」

 

「ご無礼をお許し下さい。銀貨を撃ってはいけないとは言われておりませんでしたので」

 

「えっ、どういうことだ?」

 

そして手のひらの銀貨を見せる法王。皆がそれに注目し、驚きの声を上げた。

 

「ぐにゃぐにゃに、曲がってます……」

 

「って、おい!お前ひょっとしてまさか!」

 

「そ。普通に撃ったら間に合わないから、

M100に持ち替えた時点で、メダルを撃ち上げて時間を稼いだの」

 

「よろしいのですか?お祖父様!いえ、里沙子さんには勝ってほしいのですが……」

 

「構わぬ。魔王相手に正々堂々など何の役にも立たん。

それに、銀貨を撃つなと言わなかったのも他ならぬわしだ。

里沙子嬢、貴女はこの試練、見事に達成した。エレオノーラを、よろしく頼みますぞ」

 

そう言って、法王が深く頭を下げた。ああっと、何してんのよ!

誰かに見られたら面倒なことになるって!

 

「ああ、およしになってください法王猊下!人に見られたら事です!

チャンスを下さった礼を述べなければならないのは、わたくしの方で……」

 

「貴女達なら、必ずやエレオノーラの大きな助けになってくれるに違いない。

……よろしい、地下の聖遺物庫から、勇者ランパードの剣の欠片を持たせよう」

 

「感謝いたしますわ。では、その前に忘れ物を」

 

ようやく法王が頭を上げると、

あたしはさっき投げ捨てたピースメーカーを拾いに行った。

あたしの命綱が壊れていないことを確認すると、ホルスターに戻す。

 

「お待たせしました」

 

「うむ」

 

そして、彼がまた杖で地面を突くと、瞬時に玉座の間に戻った。

2回目だけど、やっぱりすごいわね。法王は玉座に着くと、杖を軽く指で弾いた。

小さく金属音が鳴る。すると、音に色が付いたように、

目で見える小さな波紋が空中に現れ、彼がそれに向かって小声で何かを言った。

 

「手筈は整えた。しばし待たれよ。すぐに聖遺物が届くはず」

 

「ありがとうございます、お祖父様!」

 

「恐悦至極に存じますわ」

 

それから、エレオノーラと法王の雑談を聞きながら3,4分ほど経ったかしら。

法王が入ってきたドアから、赤いクロスを敷いたトレーを持った神官が現れた。

クロスの上には、尖った小さな石ころみたいなもの。

 

「法王猊下、ご指定の品をお持ちしました」

 

「ご苦労。下がってよいぞ」

 

「失礼致します」

 

謎の品を受け取った法王が、それをエレオノーラに手渡した。

彼女が両手に聖遺物とやらを乗せて唾を飲む。

 

「これが、勇者ランパードの剣……」

 

「うむ、世には偽物が大量に出回っておるが、これは間違いなく勇者の遺物。

それを持って少し念じてみるがよい」

 

「はい……」

 

エレオノーラが変な欠片を両手で握って、祈り始めた。

少々退屈だったあたし達もつい前に出た。出た瞬間……!

 

「キャア!」

 

「うおい!」「あわわ!」「なにこれ!」

 

彼女の手から長さ2mくらいの光の束が飛び出した。

エレオノーラ自身も驚いているようで、ゆっくり手を開いて聖遺物の様子を見る。

確かに、あの欠片が輝いて光の帯を発してる。

 

「それが、勇者が命と引き換えに放った聖剣技“アルデバランの咆哮”、その一部。

もっとも、威力も消費魔力も本物の100分の1に満たないが。

エレオノーラ、お前が更に知識と力を磨けば、

深手を負った魔王にとどめを刺すことはできよう」

 

ふーん。イデ○ンソードみたいに、

あの欠片は魔力を実体のない剣に変える効果があるってことね。

変な剣持ってたあのオモチャは間違ってるわよ。……ってちょっと待ちなさいよ!

 

「法王猊下、よろしいでしょうか!」

 

「何かな?里沙子嬢」

 

「では、その剣を使うということは、

エレオノーラ様の命を削るということになるのでしょうか!?」

 

「心配は無用。この剣は見ての通り欠片しか形を留めておらん。

要するに、元々注ぎ込める魔力も限られており、勇者ランパードが命を落としたのは、

己の魂を剣に込める禁術を使用したため。その禁術は既に失われて久しい。

つまり、今この聖遺物を使用しても命を落とすことはない」

 

「そうでしたか……出過ぎたことを申し上げました」

 

「いや、我が孫を案じてくれたことに礼を言う」

 

「里沙子さん……」

 

いや、それもあるんだけど、命と引き換えに世界を~なんて展開、

この話の読者は求めてないっていうか。こっちまでテンション下がるっていうか。

 

「それではお祖父様、わたし達は魔王討伐の旅に戻ります。

しばらくお会い出来なくなるかもしれませんが、どうか、お元気で」

 

「この老体も帝都で旅の成功を祈っておる。……里沙子嬢、ルーベル嬢、ジョゼット嬢。

どうか、孫をよろしく頼み申す」

 

「かしこまりました。お任せください」

 

あたしはペコリと頭を下げる。……後ろの連中はちゃんとできる?

 

「あー、えっと。はい、できるます!」

 

「もちろんです、わたくし達に任せてください!

あ、わたくし最近、聖光捕縛魔法を覚えたばかりでして、

悪魔が最も苦手な光属性でどんな敵でもビリビリ痺れさえちゃうんで……

あ、ごめんなさいぶたないで」

 

ルーベルは慣れの問題だから仕方ないとして、ジョゼットは法王の前じゃなかったら、

ゲンコツを振り下ろしてるところだった。また目で黙らせたけど。

 

「長々と失礼致しました。それではわたくし達はこれで」

 

最後にもう一度一礼して、あたし達は玉座の間から出ようとした。すると。

 

「里沙子嬢」

 

法王に呼び止められた。なにかしら。壊した銀貨弁償しろとか?

 

「はい。何でしょうか」

 

「……貴女は、魔法の心得があるのかね?」

 

「まさか。わたくしは、生まれも育ちもアースの人間です」

 

「そうか……ふむ、妙じゃのう」

 

「あの、何か?」

 

彼が何か腑に落ちない様子だったから尋ねてみた。

 

「先程の中庭での出来事じゃ。

貴女が目にも留まらぬ早撃ちで、見事全ての的を撃ち抜いた」

 

「他に芸のない女ですから」

 

「その時、貴女の体内に凄まじい魔力の奔流を見た」

 

「えっ……?」

 

さすがにあたしもうろたえる。兵庫県出身東京青山在住(だった)あたしが、

魔法なんて使えるわけがない。

でも、目の前に居るのは魔法のエキスパートで、馬鹿な冗談を言うはずのない人物。

 

「あの、わたくしには心当たりが……」

 

「そうか。しかし、あの時貴女の体内でマナから魔力が錬成され、

猛烈な速度で駆け回っていたのは事実。

その実体を掴めれば、あるいは貴女の新たな力になるやもしれぬ」

 

「そうですか……助言に感謝致します。

初めて聞いた話なので、今のわたくしにはどうにもできかねますが」

 

「身体の外に出ることがないから、察知できる者がいなかったのであろう。

……ああ、引き止めてすまない。お仲間が待っている。もう行かれるがよい」

 

「はい、失礼致します」

 

今度こそ玉座の間から退室したあたしは、廊下を歩きながら考えていた。

法王にはああ言ったけど、実は思い当たる点がないわけじゃない。

早撃ちをする時のあの感覚。極限まで意識を研ぎ澄ますことで、

変な脳内ホルモンが分泌されてるのかと思ってたけど、どうもそれだけじゃないみたい。

 

地球にいた頃は気づかなかったけど、あたしにも魔力が宿ってるらしい。でもなんで?

ミドルファンタジアに来たら人間も魔法が使えるようになるのかしら。

答えの出ない問いに考えを巡らせていると、

いつの間にか一般信者の集まる聖堂に出ていた。

 

「里沙子さーん!」

 

ドアの近くでジョゼット達が待ってる。

そうだ、魔法のことは使えるやつに聞いてみることにしましょう。

ああ、ドアで思い出した。パラディンにミンチにされた馬鹿に破られた家のドア、

急いで修理して貰わなきゃ。とっとと戻って大工の工房にGOよ。

 

「お待たせ」

 

「やけに遅かったな。なんかあったのか?」

 

「ああ、ちょっと今日のお礼と挨拶をね」

 

「そっか。それにしても、里沙子のお嬢様言葉は凄いよな。

いつものお前とは別人じゃねえか。私もちょっとずつ練習はしてるんだけどな……」

 

「あれはある程度場数を踏まないと身につかないからしょうがないわ。

ジョゼットは後でタコ殴りね」

 

「えーっ!どうしてわたくしだけ!?」

 

「あたしは自己紹介しろって言ったの。

だ・れ・が、どうでもいい近況報告しろって言った!」

 

「里沙子さん……」

 

「なあに!?」

 

今にもジョゼットの頭に落下しようとしていた拳が止まった。ふん、命拾いしたわね。

 

「どうしたの、エレオノーラ」

 

「今日は、本当にありがとうございました。

あなたが厳しい試練を乗り越えてくれたおかげで、

無事にランパードの剣が手に入りました。

そして、それを扱うわたしの心配までしてくれましたね。……嬉しかったです」

 

「別に……自己犠牲的な展開なんて今時流行んないから一応確認しただけよ。

早撃ちだってあのくらい楽勝だし」

 

「おっ、里沙子照れてんのか~?」

 

「どせいさん黙る」

 

「んっ!意味はわかんないが、なんか馬鹿にされた気がする!」

 

「大正解。馬鹿にしたのよ。なによ、“できるます”って」

 

「このっ……!さっきはしょうがないとか言ってたくせに!」

 

「ふふふっ……」

 

エレオノーラの上品な笑い声。二人共毒気を抜かれる。

まばらな信者達があたし達見てクスクス笑ってるし。

 

「はぁ、馬鹿馬鹿しい。もう帰りましょう」

 

「そうだな。もう帝都には手がかりは無いっぽいからな」

 

「もう帰っちゃうんですか!?さっきそこで素敵なパーラーを見つけたんですけど……」

 

「そうね。あんただけ500km果ての都会に捨てて帰るのも面白そう」

 

「嘘ですごめんなさい」

 

「それでは、皆さんわたしの手を」

 

エレオノーラがハッピーマイルズに戻るべく、また両手を差し出す。

……けど、その異変に気づかないほど間抜けじゃない。

 

「ねえ、あんた。本当に魔法で家に戻っても大丈夫なの?」

 

「どういうことでしょう」

 

「ちょっと顔色が悪いわよ。もしかしたら、瞬間移動って、

移動距離に応じて魔力の消費量増えたりするんじゃないの?

ただでさえ今日、大急ぎで1回長距離ワープしてるんだし」

 

「……その通りです。でも、帰り道くらいなら」

 

「駄目。無理して体壊したら旅どころじゃなくなるわよ。今日はここで休みましょう」

 

「おいおい、なんで黙ってたんだよ。里沙子の言うとおり、宿を探そうぜ」

 

「その必要はないわ。タダ宿があるのよね~」

 

「あれ、里沙子さん帝都に来たことあるんですか?」

 

「ないけどちょっとした知り合いがね。ちょっと待ってて!」

 

「ああ、どこ行くんだよ!」

 

あたしは教会の前の広場で、学生っぽい子に声を掛けて、知りたいことを尋ねた。

やっぱりそこそこ有名になってるらしく、すぐに情報が集まった。

駆け足で皆のところに戻る。

 

「お待たせ。じゃあ、行きましょう」

 

「行くってどこへ?」

 

「着いてからのお楽しみよ」

 

「なんだか不安です……」

 

それからあたしは、大通りを2ブロック進み、角を右折。

しばらく真っすぐ進み、帝都の中心街から外れて、

ポツポツ小さな森や雑木林が見られるエリアに出た。

途中でふと疑問がひとつ。今日、エレオノーラのお祖父様に会ったわけだけど、

彼女のご両親はどうしてるのかしら?なんとなく気軽に聞くのがはばかられる。

いつかタイミングを見計らって尋ねることにしましょう。

更に5分ほど歩くと、……あったあった。崩れた壁がレンガで補修され、

窓ガラスも張り直されてる。その屋敷のドアの前に集合した。

 

「里沙子さん、ここってどなたの家なんですか?」

 

「あら、ジョゼット覚えてない?このボロ屋」

 

「私はさっぱりだ」

 

「あ、ここって……」

 

「はい、エレオノーラ正解。ルーベルは見たことないはずよ。

うちに来る前のことだから」

 

そして、あたしは修復されたとは言え、ボロさは変わらない家屋のドアを、

思い切り殴った。

 

「おるかー!借金返さんかい!風呂沈めたろかー!」

 

「お、おい!何やってんだよ!」

 

でもその時、中からバタバタとうるさい音が聞こえてきた。

 

“ごめんなさーい!雷質マナの料金はもうちょっとだけ待ってくださいー!”

 

「はよ出んかー!行政代執行で財産差し押さえるぞー!」

 

「里沙子さん、少し乱暴では……仮にも神さ」

 

ガチャッ

 

「お願いです、それだけは……キャッ!」

 

ドアが開いたところで、

あたしは大きくなったジョゼットみたいな女の首根っこを捕まえた。

 

「いやー!乱暴しないで……って、里沙子ちゃん?」

 

「久しぶりねぇ、ファッションオタク!」

 

あたしは目をぱちくりさせるマーブルにご挨拶した。

 

 



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続きが思いつかないのでこれまでの話はなかった事にしてください…冗談よ。本当にやった漫画家いるけど。

「いたい、いたい、いたい!里沙子ちゃんやめて~!」

 

「どこの誰が?心優しくて、困ってる人なら誰でもウェルカムなわけ?ねえ!!」

 

「そこまで言って……あだだ!お願いやめてー!ジョゼットちゃん助けて~」

 

「あの、マーブルさんだって神様なんですから暴力は……」

 

「里沙子さん落ち着いてください!突然どうしたのですか!?」

 

「おいおい!何怒ってんだよ」

 

マーブルの館に、アイアンクローの激痛に悶える彼女の悲鳴が響く。

エレオノーラを始めとした後ろの連中が混乱してるけど、これでも手加減してるのよ。

壊れたら困る眼鏡は外してる。

 

「あたしらを今晩泊めたら許す」

 

「泊める、泊める!私のベッド一つしかないけど、

大きめのクイーンサイズだから、女の子5人ならなんとか並んで寝られますー!」

 

「ふん、これからは余計なこと言うんじゃないわよ。

来たのがエレオノーラだからまだ良かったけど、

頭のおかしい奴が居座ったらピースメーカーぶっ放す事態になってたんだから」

 

あたしはようやくジョゼット2号ことマーブルの顔面を解放した。

 

「痛~い!」

 

「手間かけさせるわね。入るわよ。みんな、ここが今日の宿よ。入った入った」

 

「ここ、私のお家……」

 

「あー……なんか悪いな。邪魔するぜ」

 

「ご無沙汰しておりますマーブル様。……あの、しっかりなさってくださいね」

 

「お久しぶりですね、マーブルさん!……わあ、素敵な美術館!」

 

ドアの近くにうずくまって半泣きになっているマーブルを放って、

あたし達は彼女の神殿を見回した。

去年見た写真からは想像もつかないほど綺麗になってて驚いたわ。

古いけど内部はきちんと清掃されていて、

広いホールに年季の入った石膏の胸像や、昔の絵画が飾られてる。

あら?これはまだ絵の具が新しい。最近描かれたみたいね。

興味深げに見ていると、うしろからマーブルがよろよろと近寄ってきた。

 

「そうです……それはここに通う美術大学の学生が描いたものなんです。いたた……」

 

「そういう大げさな痛がりもジョゼットそっくりね。本当に人が戻ったようでなにより。

とりあえずお腹空いてるの。夕食出してちょうだいな」

 

「居住スペースは神殿の奥です。うう、まだ公共料金の催促のほうがマシでした……」

 

「ん?そういやおかしな状況ね。食べながら事情を聞きましょう」

 

それからあたし達は奥のダイニングに移って、

食卓でマーブルの作った夕食を食べ始めた。スライスしたフランスパンに、

とろけるチーズとオイルサーディンを乗せて、オーブンで焼いたもの2つ。

それとコンソメスープ。

 

まあ、シンプルなものだけど、

それで人が作った食事にケチつけるほど図々しくはないし、

腹さえ膨れればなんでもいい。

で、みんな少しずつ夕食を口に運びながら今の状況について会話を始めた。

 

「マーブル様、申し訳ありません。突然押しかけて夕食まで頂いて……」

 

「悪いな。知り合いでもないのに泊めてもらって。私はルーベルってんだ」

 

「マーブルさん、ちゃんとご飯食べられるようになったみたいで嬉しいです!」

 

「ああ、いいのよ気にしなくて。貸しを返してもらっただけなんだから。

ゆっくりくつろいで」

 

「あのう、今、私に言われたような気がするんだけど……あ、いいわ。

それより里沙子ちゃん、どうして急に帝都に?」

 

「うん、それがね……」

 

かくかくしかじか。と言うわけで、

マーブルにあたし達があらすじ詐欺の現状を打開するため、

大義もへったくれもない魔王討伐の旅をしていることを説明した。

 

「そうだったの……

法王様が急にエレオノーラちゃんを里沙子ちゃんの教会に送り出したのは、

こうなることを予見していたのかもしれないわね」

 

「この作品の性質的にそれはないわ。あいつ馬鹿だからプロット作れないの。

だから未だにこいつの出番もない」

 

あたしは、財布からいつでも使えるように持ち歩いているカードを取り出した。

いつかマーブルから貰ったカード。

描いたものをなんでも1時間だけ実体化出来るんだけど、既に最強の戦力を描いてある。

それを見たルーベルが珍しそうに聞いてきた。

 

「なんだそりゃ?へんてこな奴が描いてあるけど」

 

「実際目の当たりにしたら、へんてこなんて言ってられないわよ。

とりあえず今、彼の出番はない」

 

「あ!私の送ったカード、使ってくれたんですね!」

 

「うん。銃や剣はすぐ消えちゃうし、金はたくさんあるし、

だったら1時間大暴れしてくれる助っ人にしようと思ったの」

 

「里沙子さん、そのカードは?」

 

「ああ、ごめん。ずっと前にマーブルから貰ったの。

好きなものをなんでも1時間だけ作れるカード。らしいわ」

 

「まあすごい!わたし達が旅を始めてから、魔王討伐の装備が次々と手に入っています。

きっとマリア様の思し召しですね」

 

「これは去年末にもらったものなんだけど、まあいいわ。

便利な道具は多いに越したことはないし」

 

あたしはチーズパンをかじって、スプーンでコンソメスープを一口。

手紙に書いてあったけど、自炊始めたのは本当みたい。普通に美味しいわ。

 

「マーブルさん、だっけ?誤解しないで聞いてくれよ。

こうして見てると、普通の姉ちゃんにしか見えねえ。

確か芸術の女神だったかな。さっき里沙子から聞いたんだが」

 

「はい、普段はこうして人の姿をしています。

この神殿を尋ねる芸術の道を志す者と直に接するには、

やはり市井の者と同じ姿をしていたほうが、何かと都合が良いので」

 

「本当かしら。ただオシャレしたいだけなんじゃないの?

前はそれで金欠状態になってたみたいだし。

っていうか、光熱費が滞ってる今も怪しいもんだわ。

人が戻って献金も増えてきたって手紙に書いてたけど」

 

マーブルが思わずスプーンを落としかけて弁解を始める。

 

「そそ、そんなことはありません!

さっきのアレは、えーと、あの、今月はたまたま出費が重なって……

ほら、このセーターだって去年の流行なんですけど、

今年の新作は我慢して着回してるんですよ?」

 

「限りなく黒に近いグレーね。こっそり新しい服や靴買ってる疑いが」

 

「本当ですー!」

 

「マーブル様、ここでの暮らしが難しいようでしたら、

いつでも大聖堂教会にお越しくださいね。教会からこの聖堂までは歩いて通えますので」

 

「あのう、わたくし、あとで献金箱に100G入れときますね……」

 

「私も200G入れとく。宿泊費としてな」

 

「年下の女の子3名に生活の心配される神様ってどうよ。あたしは1Gも入れないけど」

 

目をぐるぐるさせて頭を抱えるマーブル。情けない神様ランキング暫定1位ね。

 

「あうあう……私も、ただ信者の献金を待ってるだけじゃないんです。

週2日絵画教室を開いて、運営費を賄おうとはしてるんです~!」

 

「暇な主婦の手芸教室じゃないんだから、週5日やんなさいよ!」

 

すると、マーブルが両手の人差し指を突き合わせながら、もじもじと言い訳を始めた。

 

「でもぉ~あんまり神様が人前に出ると威厳が~

私としては今のペースで学生のみんなに自由に作品を作ってもらったり~

見学に来てもらったほうがいいかな~なんて。だめ?」

 

「はい出ました、デモデモダッテ。

一瞬であたしのイラつきを爆発させる精神攻撃を放ってくるとは大したものね。

まあ、こっちの生活に影響があるわけじゃないからどうでもいいわ。

勝手になさい、クソ女」

 

「ひどい!」

 

「ちょっと里沙子さん!だからひねりを加えてくださいって言ったじゃないですか!

暴言の中にも笑える要素を取り入れて!」

 

「もうよしましょう。

こいつの懐事情についてだべっても、あたしらにとって何のプラスにもならない」

 

「あの、マーブル様?里沙子さんは口は悪いですけど、

本当に困ったときは助けてくれる優しい人ですから……」

 

「エレオノーラちゃん、それ、ジョゼットちゃんにも言われた。

でも、それ以上に傷つけられてる気がする……」

 

あらら、マーブルが完全に落ち込んじゃった。あたしも流石にいじめすぎたみたい。

せめて会話の方向を変えましょうか。とは言え何を話したものかしら。

魔王殺すのに役立つアイテムの場所?だめだめ。ファッションオタクが知るわけない。

……う~ん、今日ちょっと気になったことを尋ねてみましょうか。

 

「ねえマーブル。神様のあんたに聞きたいことがあるんだけど」

 

「……こちらクソ女マーブル。どうぞ」

 

「わかったわよ、悪かったわよ、言い過ぎた!

……ひとつ聞きたいんだけどさ、アースからこの世界に来た人間が、

無意識のうちに魔法を使えるようになることってあるのかしら」

 

みんな一斉にあたしを見て、食卓がざわっとした空気になる。

 

「里沙子、まさかお前……」

 

「違う違う!もしあたしが核兵器レベルの爆破魔法使えるようになってたら、

魔王とか瞬殺じゃない?だったら楽かな~って思っただけよ!」

 

法王に言われたことを確かめたかったんだけど、

なんとなく今は伏せといた方が良い気がして、ついごまかしてしまった。

 

「それでどうなの、マーブル?」

 

「普通はありえないわ。

ミドルファンタジアの人間が魔導書から学んだ知識で魔法を使えるのは、

マナに満たされたこの世界で生まれ育ったから。

マナがない代わりに高度な技術で発展してきたアースの人の体には、

このマナが備わっていないの。

だから魔道具屋で魔導書を買って知識を得ても、それを発現するエネルギーがないから、

魔法を使えるようにはならないわ」

 

「細かいとこ突くけど、“普通は”ってどういうこと?」

 

「この世界はアースから流れ込んだ人や物で発展してきたってことは知ってるわよね。

でも、極稀にミドルファンタジアの人間がアースに流れ着くこともあるの。原因は様々。

転移魔法の事故、天災による次元断層の発生、その他諸々。

そしてアースにたどり着いたミドルファンタジア人間がアースの者と子を成すと、

親のマナが子供に受け継がれる。

その子が何らかの方法で魔法を習得すれば、それを行使することはできるわ」

 

「なるほど……」

 

アースの人間が魔法を使える可能性はゼロじゃない。

でも、日本では何をするにも戸籍ってもんが必要になってくる。

ましてや結婚して子供を作るならなおさら。

ちょっとした自慢だけど、うちは新田義貞のすんげえ遠い子孫なの。

少なくとも出自不明の人間は家系にはいない。

親父に浮気する甲斐性なんかないし、母さんも性格的にありえない。

人の道に外れたことを善悪抜きに侮蔑してる。

 

「里沙子ちゃん、あとでちょっといいかしら」

 

「え!?じゃあ、やっぱり里沙子さんは!」

 

「ああ、違うのよ、エレオノーラちゃん。ちょっと後片付けを手伝ってほしいだけ」

 

「そゆこと。

いくらタダ宿でも、食い散らかしてそのまんまにしとくほど、育ちは悪くないの」

 

「だったら私達も」

 

「ルーベルちゃんとジョゼットちゃんは、

先にベッドの用意をしておいてくれないかしら。里沙子ちゃんと話もしたいしね。

寝室は奥の突き当りよ」

 

「う~それなら、わたくし達だって、マーブルさんとお話ししたいです……」

 

「ベッドで横になってからでもいいでしょう。とにかく、お願い」

 

「わかりました……」

 

夕食を終えると、あたしとマーブルだけがキッチンに残り、皿洗いを始めた。

他のメンバーは奥の寝室ではしゃいでる。

 

“わぁ、大きなベッド!それにおしゃれな服がたくさん!”

“おーい、遊んでないでシーツ張るの手伝ってくれ”

“それでは、左側はわたしが”

 

しばらく黙って皿を洗って水切りカゴに入れる作業をしていたけど、

頃合いを見て話を切り出した。

 

「……いつから気づいてたの?」

 

「里沙子ちゃんが尋ねてきた時からずっと。体の中で魔力が渦潮のように渦巻いてた。

とても高度な魔法を使った後みたいにね」

 

「法王にも似たようなこと言われたの。あたしの中に激しい魔力の奔流を見たって」

 

「それはいつ?」

 

「勇者の遺物を借りるために、ちょっとした試験みたいなのにチャレンジしたの。

いつもの早撃ちよ。

集中力を極限まで高めて、投げたメダルが落ちるまでに7つ植木鉢を撃った。その直後」

 

「そう……わかったわ」

 

マーブルが水瓶から洗い桶に井戸水を汲んで、仕上げに残った皿の泡を洗い流した。

そして布巾で手を拭きながら、あたしを裏口に連れ出す。

 

「ちょっと、外に出ましょうか」

 

「ええ」

 

台所から裏口にでると、古ぼけた木の台があり、枯れた草の伸びた植木鉢があった。

マーブルが台の上に足元に転がってるレンガを3つ置いた。

 

「このレンガを的だと思って、いつもの早撃ちのように集中してみて。

本当に撃たなくてもいいわ。もう夜だし、近所の皆さんが驚くから」

 

「わかったわ」

 

あたしは少し息を吸うと、ホルスターの側に手をやる。

そして、まばたきを止めて集中力を高める。

集中力が限界まで達すると、またしてもあたしの視界の色が反転する。

羽ばたくカラス、揺らめく木の枝、目に映る動体全てがスローになる。

 

念のため、あたしはピースメーカーを抜いて、形だけレンガに狙いを着ける。

ふと気づくと、不思議なことに、あたしだけはゆっくりとした世界の中で普通に動ける。

もし目の前のレンガが敵だったら、射撃もリロードも思いのまま。一方的に攻撃できる。

……ちょっと何なのこれ!?

驚いていると、精神力が限界を迎えたのか、世界の色が元に戻った。

 

「……はぁっ!はぁっ!ゲホゲホッ!」

 

同時にあたしは、全速力で帝都の大通りを往復したような、凄まじい息切れに襲われた。

思わず両手を膝につく。ひたすら空気を求めて必死に呼吸していると、

マーブルが近寄って、あたしの背中を撫でた。

 

「これではっきりしたわ。間違いない」

 

「はぁ……はっきりしたって、何が?」

 

「里沙子ちゃん。あなたは、魔法使いになっちゃったのよ」

 

「ええっ?なんでそんなこと……」

 

マーブルがいつになく真剣な面持ちで語り始めた。

彼女の丸メガネに街灯の光が反射して、目の表情が見えない。

 

「さっきあなたが的に向かって集中していた時、

体内のマナが一瞬にして膨張して莫大な量の魔力に変わったの。

次の瞬間、それがあなたの体内を時計回りに猛スピードで駆け巡ってた。

その時、何か異変は感じなかった?」

 

「異変っていうか、いつもどおり限界まで集中した。

そしたら、またいつもどおり世界の流れがゆっくりになって。鳥も、木も、全部……

でも、その中でもあたしだけは普通に動けた。

今までは脳内ホルモンか何かの影響だと思ってたんだけど」

 

すると、マーブルが首を横に振った。

 

「いいえ。それはあなたが自然に身につけた魔法。

というより、特殊能力と言ったほうがいいかしら。

どういう経緯で習得したのかはわからないけど」

 

「……なるほど、今まで無意識に体感時間を遅くして、

擬似的に超スピードで動いてたってことなのね。まあいいわ。

ずっと前から新しい武器が必要だと思ってたのよ。

こういう形の戦い方もあるってことね。

そう言えば、この世界で戦い始めたときから、集中出来る時間が伸びてる気がする。

もっと使いまくって長く時間を制御できれば……」

 

「駄目よ」

 

なぜか反対を受け、マーブルを見る。

 

「え、なんで……?」

 

「その能力を今のまま使い続けると、あなた、死ぬわ」

 

死ぬ?マーブルのくせに何を似合わない台詞を、と言おうとしたけど、

ようやく見えた瞳に気圧されて言葉が出なかった。

彼女がじっとあたしを見ている。ジョゼット2号ではなく、一柱の神として。

 

「死ぬって、どういうことよ……?」

 

「今、体感した通りよ。その特殊能力は体に凄まじい負担を掛ける。

これまでみたいにタイムオーバー、つまり限界まで使ってばかりいると、

確実に命を削る。本来人の手に余る力を連発しているのだからそれも当然。

里沙子ちゃん、あなたは自分の能力について正しく知る必要がある」

 

「知るって言ったって……発動したらそれまでなのに、具体的にどうしろってのよ」

 

「知り合いの魔道具店の魔女を訪ねて。後で紹介状を書くわ。

とにかく彼女に会うまでは能力を使うのはやめて。

どの程度なら安全に時間を止める能力を使えるのか、

そもそも途中で能力を解除する方法はあるのか、

どうすればその制御法を習得できるのか。あの人に相談してちょうだい。

帝都にはしばらく居てもらうことになるわ」

 

「……わかった。こればっかりは面倒くさいとか言ってられないわね。

自慢の商売道具が下手すりゃ死ぬような代物だったとはね」

 

「うん。じゃあ、みんなのところに戻りましょうか。今日は疲れたでしょう」

 

そして、あたしとマーブルは裏口から館に戻った。

既にベッドメイクを終えて待ちかねたルーベルが出迎える。

 

「やけに遅いと思ったら、外で何やってたんだ?」

 

「あー、井戸から水を汲んでたのよ。

ここ、あたしの家みたいに自動ポンプ組み上げ式じゃないから」

 

「それなら私呼んでくれりゃよかったのに。まあいいや、ベッドの用意はできてるぜ」

 

「ありがとー、ルーベルちゃん。それじゃあ、早いけど今日はもう休みましょうか」

 

帝都に来てからスナイパー騒ぎやら何やらで疲れ切ってたあたしは、無言で同意した。

なんだかどっと疲れが出てきた。よたよたとマーブルの寝室に足を踏み入れた瞬間。

 

「うっ!」

 

あたしとは違うタイプの汚部屋が広がってた。

何のつもりで買ったのか、部屋の大半を

1人で寝るには大きすぎるクイーンサイズのベッドが占めてる。

それはいい。おかげであたし達が寝られるんだし。でも、他が酷すぎる。

数少ないスペースに2段式ハンガーラック。そこに40着はある季節ごちゃ混ぜの洋服。

余った場所には天井まで届くほどの靴箱。

 

……まあいい、まあいいわ。眠って疲れが取れるならそれでいい。

あたし達は、両サイドを無駄に多い服や靴に囲まれて、5人並んでベッドに横になった。

ゴロンと寝転んで、やっと休めると思ったのも束の間。

あたしの目にとんでもないもんが飛び込んできた。

 

「マーブル~?」

 

「はい?」

 

「夕食ん時だっけ?服は着回すようにしたって言ってたわよね。

あのハンガーラック上段に掛かってる洒落たコートは何かしら。

昼間偶然見ちゃったんだけど、

ブティックのショーウィンドウに“今年の新作”って書かれてた気が」

 

「えっ!?あのう、それは、突発的な欲望に背中を押されて、

一時の気の迷いで買ってしまったものでありまして、

私は決して“あ、この色カワイー”とか“今年の流行は押さえとかなきゃ”とは、

全く思っておりませんです、はい」

 

「反省の色なし。化けの皮が剥げたわね、ファッションオタク。

公共機関に迷惑かけてまで贅沢した罪は重い。

ジョゼット、ルーベル、小銭納める必要はないわよ。存分に貧乏生活を味わうがよい」

 

「おう」「ごめんなさい、わたくしが後で叩かれるので……」

 

「うそっ!なにげに楽しみにしてたのに!里沙子ちゃん許して~」

 

「この無駄に多い服を質に入れることね」

 

「マーブル様、いつでも大聖堂教会は門戸を開いておりますので……」

 

「うう、明日からまたモヤシ炒め……」

 

茶色いシミの付いた天井を見ながら、どうでもいい話をしていると、

皆いつの間にか眠りについてしまった。

 

そして翌朝。

アホな失敗で300G儲けそこねて、

朝っぱらから落ち込み気味のマーブルに見送られながら、

あたし達は彼女の館の前に集まっていた。

 

「マーブル様、貴女の施しに感謝致します。

是非、大聖堂教会の近くにお越しの際はお立ち寄りを。心尽くしの歓迎を致します」

 

「ありがとうね、エレオノーラちゃん。私の味方はあなただけよ……」

 

「自業自得でしょうが。モヤシは強火でサッと炒めるのがコツよ」

 

「泊めてくれてサンキューな。神様がこんなに身近にいるなんて、帝都は凄いな」

 

「サンキューなら200Gのお恵みを……」

 

「だあっ!!」

 

「ごめんなさいもうしません」

 

「ったく、本当にジョゼット2号の名前がピッタリね」

 

「え、なんですかそれ!まるでわたくしがマイナスステータスみたいな名前!」

 

「ええっと、今日の予定は、と」

 

「あの……」

 

あたしが“予定”と口にすると、

マーブルが近寄ってきて、あたしのポケットにこっそり一通の手紙を入れた。

 

「……無理は、だめだからね?」

 

「わかってるわよ。世話になったわね。それじゃあ」

 

そして、あたしは金貨3枚をマーブルのスカートに突っ込んだ。

 

「えっ?」

 

「誤解すんじゃないわよ。紹介状の代金。

ひもじい思いしたくなかったら、節制ってもんを身に着けなさい」

 

「里沙子ちゃん……やっぱり大好き!」

 

マーブルがいきなり、がばっと抱きついてきた。

やめなさいよ、みんな見てる!頬ずりすんな!

 

「おー、どしたどした。もう仲直りか?」

 

「事情はよくわかりませんが、お二人とも楽しそうで何よりです」

 

「あたしのどこが幸せそうだってのよ……ええい、いい加減離せ!」

 

「あの、ジョゼット2号について説明を……」

 

こんな感じでしばらく馬鹿騒ぎが続いた後、本当に出発の時が来た。

あたしはマーブルに書いてもらった地図を見て確認する。

 

「ここに行けば、魔道具屋なのね?」

 

「そう。ちょっと気難しい人だけど、必ず力になってくれるわ」

 

「わかった。ありがとね」

 

「ん?もうハッピーマイルズに帰るんじゃないのか?」

 

「どこかにご用事でも?」

 

「うん。もしかしたら、あたしの新しい武器が手に入るかもしんない」

 

「すごいですー!里沙子さんの大きい方の拳銃よりも?」

 

「ある意味ね」

 

「ある意味?」

 

「急ぎましょう。モタモタしててもしょうがないわ」

 

あたしはジョゼットの問いには答えず、さっさと歩き始めた。

皆も慌てて追いかけてくる。

 

「おーい、武器ってなんだよ。私にも教えてくれよ」

 

「ごめん。ちょっと込み入ってるの。向こうに着いたらどういうものかわかるわ」

 

「なんかはっきりしねえ表現だな。里沙子らしくねえ」

 

「……」

 

沈黙を守りながら、ただ両足で赤レンガの道路を歩く。

ケーキ屋、インテリア雑貨の店、レストランが並び、何台もの馬車が行き交う。

地図を広げてみる。あの路地の先が魔道具店らしいわ。

あたし達は左右の建物の日陰になり、薄暗い路地に入る。

すると同時に、10m程先に怪しい店が視界に入った。

 

屋根も壁もバーナーで炙って炭化させたような黒。

ショーウィンドウの奥には用途不明の道具が値札も貼られずに並べられてる、

というか放置されてる。転がってようが倒れてようがお構いなし。

やっぱり黒い木製の小さなドアに、カボチャのランタンが吊り下げられている。

 

「あの、里沙子さん……ここ、本当に入るんですか?」

 

「当然」

 

このV.A.T.S(*1)みたいな能力を完全に制御しないとあたしの命が危ないのよ。

あたしはガタついた真鍮のドアノブを回して、ドアを開けた。

そして、天井の低い店内に入る。中が薄暗いから様子がよくわからない。

その時、突然店の奥から声を掛けられた。

 

「ここはガキの来るところじゃないよ」

 

思わず目を丸くした。

だって、マーブルからは魔道具屋の店主で魔女だって聞いてたから。

 

「聞いてんのかい。用がないなら出ていきな」

 

シガニー・ウィーバーがカウンターの奥で座ってんのよ!?

ツナギ姿で、黒のセミロングをパーマにした目付きの鋭い30代後半の女性が、

カウンターに右腕をどかっと乗せて、あたしを睨むように見つめてる。

あたしは慌ててマーブルからの紹介状を取り出して彼女に差し出す。

 

「はじめまして。あたし斑目里沙子。

どうしても自分の能力について知らなきゃいけないの。力を貸して。

これ、芸術の女神マーブルから紹介状」

 

「マーブルから?……貸しな」

 

シガニーはあたしから紹介状をひったくると、乱暴に封を破ってさっと目を通す。

そして、くしゃくしゃと丸めて近くの暖炉に投げ捨てた。

手紙はあっという間に燃え尽きる。大丈夫かしら。念のため確認する。

 

「ねえ、あなたがここの店主の魔女、で間違いないわよね……?」

 

「何、魔女はブカブカのローブ着て三角帽子被ってなきゃいけないっての」

 

「そうじゃないけど、あなたの場合、

パルスライフルや火炎放射器ぶっ放してる方が似合いそうだと思っただけ」

 

「ぶん殴るよ。……まったく、面倒な小娘よこしてくれたもんだね。

私は黒鉄(くろがね)の魔女ダクタイル。どっちかっていうと錬金術のほうが本業だけど。

ほら、後ろの連中も突っ立ってないでさっさと来な」

 

ダクタイルの強烈な存在感に、みんな何も言えずに素直に集まってきた。

 

「まどろっこしいことは嫌いだ。単刀直入に言うよ。この小娘は、魔法使いだ」

 

打ち明けるタイミングを図っていたあたしの気持ちも知らないで、

シガニー・ウィーバーは言い放った。

 

 




*1 知らない方ごめんなさい。Falloutってゲームシリーズに出てくる、
時間を止めて敵を狙える機能よ。
3は完全停止だったけど、4ではスローに機能縮小されてた。
いつもは小ネタにいちいち注釈入れないんだけど、
検索に引っかかりにくいみたいだったから。


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今後の展開を見据えて作詞にチャレンジしたけど、1文字も思いつかなかったの…

「……そういうわけで、

この子は擬似的に時間を止めることができるようになったらしい。マーブルによると。

あいつの言うことだから眉唾ものだけどね」

 

「マジで!?里沙子、お前いつの間に魔法なんか勉強してたんだ!」

 

「えー!里沙子さんって実は魔女だったんですか?」

 

「そんな、体感時間とは言え、時を操るなんて、

それこそ神話に登場する時空の神でもなければ……!」

 

リプリーお願いやめて。あたしがどう切り出そうか迷ってたデリケートな問題を、

バケツに溜まった雨水みたいにぶちまけることを今すぐやめて。

 

「うるさいねえ!まだ喋ってるんだから静かにしな!

……そう言えば、大聖堂教会のお嬢。あんたこんなところで何してるんだい。

どっかの田舎に引っ越したって聞いたけど」

 

「あ、はい。イエス様降臨の地で、将来法王としての職を全うすべく……」

 

「もういい、大体わかった。話を続けるよ。今度ワーキャー騒いだら叩き出すからね」

 

黒鉄の魔女ことダクタイルはブルドーザーの如く強引に話を進める。

あたしに一切喋らせないこの迫力は、やっぱり年の功なのかしら。

 

「こいつが超人的な能力を手に入れたことはもう話した。だが、それには副作用がある。

体に掛かる負担が大きすぎるってこと。

何も考えず、この能力で戦い続けると、この娘は遠からず死ぬ」

 

“……!!”

 

あたし以外の全員が口に手を当てて言葉を飲み込んだ。

言いたい事はあるんだろうけど、大人しくしてないとガチで殴られると思ってるみたい。

あたしもそうだから。

 

「で、あんたに聞くけど、自分の体内に宿るマナや、マナが昇華して流れる魔力を、

自分で感じ取ることはできるのかい」

 

発言を許可されたあたしは、ただ首を横に振るだけ。

 

「いいえ。そもそもマナとか魔力自体さっぱり」

 

すると、ダクタイルは髪をかき上げながらため息をつく。

 

「はぁ。本当にやっかいなもん押し付けてくれたね。

今度あいつの美術品2,3個失敬しなきゃ割に合わんわ。……まずは基礎の基礎からだね。

蒸気機関に例えると、マナってのは人間に限らず、

ミドルファンタジアに生きる生命全てに備わってる、いわば石炭。

その石炭を燃やして得られる蒸気の力が魔力。

人も魔女もエルフも、この魔力をいろんな形で魔法として使ってるのさ。

あんたはどういうわけか、知らないうちにマナを燃やして魔力にして、

時間停止の魔法として発動してる。ここまではいい?聞き直すなら今のうちだよ。

後でやっぱり忘れましたとかほざいたら、ひっぱたくよ」

 

「だ、大丈夫。魔法を使うには体内のマナから魔力を生み出して、

エネルギーにしなきゃならない。間違いないわよね?」

 

「そー。それでいいのよ。で、あんたは厄介な事に自分の意志とは無関係に、

命を削るほどマナや魔力を使ってる。まるで暴走機関車。

これをなんとかするには、

魔道士みたいに意識的にマナや魔力を制御できるよう修行しなきゃならないけど、

一日二日で身につくもんじゃあない。それまで、何某かの魔道具で補助する必要がある」

 

「魔道具?」

 

「あんたのやせっぽちの体じゃ、例の時間停止を制限時間一杯まで使うと、

体中の細かい血管がぶち切れるから、そうだねえ……大体60%使うと、

魔力の生成と魔法の発動を強制的に停止させる器具が要るようになるね。」

 

「お願い、それを作って。この能力がないと、多分魔王とまともに戦えない」

 

「魔王か……手紙にも書いてあったけど、あんたらも物好きだねえ。

誰も相手にしてない奴のためにわざわざ命賭けるなんて。

駐在所や軍本部前の手配書も北砂大戦から続くただの慣習さ」

 

「それは自分でも分かってる。馬鹿みたいなことに首突っ込んでるなってことは。

でも……なんて言ったらいいのかしら、自分自身の生きる理由?

みたいなもんを守るために必要なことなの。その為に必要なら金に糸目はつけない。

その魔道具が欲しいの」

 

みんなが口を閉じたまま何度も頷く。ダクタイルがじっとあたしの目を見て語りだした。

 

「……ふん、若造が“金に糸目つけない”なんてナマ言ってんじゃないよ。

1億G出せつったら出せんのかい。

まあいい。作ってやらなくもないけど、何から手を付けたもんかねえ。

まず、肝心のあんたの能力を見せてみな。ここでいい。

目の前のムカつくババアを撃ち殺す勢いで精神を集中してごらん」

 

「わかったわ……」

 

正直この狭い店の中じゃ、あまり調子が出ないけど、贅沢は言ってられない。

あたしは昨夜と同じように、ホルスターに手を近づけ、ダクタイルを見据えて、

早撃ちの体勢を整えた。次の瞬間、また周囲の色が反転。

カウンターに置かれたランプの火が、波打つようにゆっくりと揺れる。

あたしが動けることを確認しようと自分の手を見ようとしたその時。

 

「うくっ……!!」

 

軽く腹を殴られた。お腹にはダグタイルのたくましい拳。

 

「えっ、どうしていきなりお腹殴ったんですか!?」

 

ジョゼットが軽く悲鳴を上げる。

 

「あんた達から見たらほんの一瞬だったろうけどね、この子は今、数秒間

自分だけの停止した世界にいたのさ。だから限界になる前に力ずくで止めた。

なるほどわかった。今のあんたが体への負担なしに能力を使えるのは、9秒程度だね。

おまけに自分じゃ能力を停止できないし、瞬時に発動することもできない。

このままじゃ、1対1の決闘ならともかく、乱戦になったらまるで役に立たない。

宝の持ち腐れさ。こりゃ大仕事になるよ」

 

「大仕事って、どれくらいかかりそう?」

 

「能力の性質上、どうしても時計型の魔道具になる。

それに、手のひらくらいの大きさに収めないと、実戦で邪魔になる。

知り合いの時計職人にも声かけなきゃいけないし、術式の構築にも時間がかかる。

相応の出費は覚悟しとくんだね」

 

時計型?それを聞いてあることを思いついた。

あたしは小さい鞄と言っても通るくらい大きな白い財布から、

覚悟を決めてミニッツリピーターを取り出し、ダクタイルに見せた。

 

「ねえ……時計が必要ならこれ使えないかしら。

アースの技術で作られた超精密な懐中時計なの」

 

「超精密だ?見せな」

 

ミニッツリピーターを手渡すと、ダクタイルは愛しの金時計を、

ぶっきらぼうな態度とは対象的に、赤子を撫でるように丁寧に調べ始めた。

5分程眺めると、彼女はまた大きく息をついた。

 

「なんで小娘がこんな代物持ってんのかね……ああ、使えるとも。

そこいらの下手くそな職人が作った時計よりよっぽどね。

既にコイツの機構が魔道具の域に達してる。

私の術式と、この魔術的な構造がリンクするか、中身を見て確かめるけど、いいね?」

 

「えっ!?もしかしてバラすの!それはちょっと勘弁してほしいんだけど!」

 

「慌てんじゃないよ。これでも魔女なのさ。壊さずに中を見る方法くらい心得てる」

 

「それなら全然構わないけど、それ、あたしの命の次に大事なものなの。

面倒がりのあたしがいくつもバイト掛け持ちして、

就職してからも給料の大半をつぎ込んで……」

 

「うるさいね!舐めんじゃないよ、そこらの三流鍛冶屋と一緒にしないで貰いたいね。

……大地に眠る鋼鉄の獅子、某が叡智、某が息吹、封じられし汝が臓物を今暴かん。

こじ開けな!マシナリズム!」

 

すると、魔法の詠唱を終えたダクタイルの指先に青白い光がぽうっと現れ、

ミニッツリピーターにそっと触れた。

やっぱり魔法よりアセチレンバーナーの方が似合いそうね。口には出さないけど。

馬鹿なことを考えていると、金時計から次々と同じく青白い光が飛び出し、

ホログラフのように内部の部品が映像化し、ダクタイルの周りを取り巻いた。

 

彼女は目を左右に動かして、宙を舞う無数の部品を睨むように見つめる。

時間にしてほんの数秒だったかしら。

ダクタイルが軽く指を鳴らすと、ホログラフが消え去った。

 

「なるほど。媒体はもう出来上がってる。

後は私が術式を組み上げてコイツに宿らせれば、あんたの能力のリミッターが完成。

コイツは預かるよ。3日後にまた来な」

 

「わかった。よろしくお願いするわ」

 

「ああ、任せな。……手数料は工賃込みで10万Gだ。忘れんな」

 

「ええもちろん」

 

そして、あたし達は真っ黒なダクタイルの店を後にした。魔時計の完成は3日後。

この後どうしよう。と、思った瞬間、後ろの3人が一斉に騒ぎ立てた。

 

「里沙子!なんで黙ってたんだよ!魔法使いになったこと!」

「そうです!気づいたのはいつなんですか?」

「しかも命を縮めるほど危険な魔法だなんて!」

 

「あー!うるさいうるさい!言い出すタイミングを考えてたら、

シガニー・ウィーバーに全部ぶちまけられたのよ!

……魔法について知ったのは、マーブルの館に泊まった時。腐っても神様みたいね。

あたしを見た時から、体内に大きなマナと激しく流れる魔力が見えてたんだって。

法王猊下にも似たようなことは言われてたんだけど」

 

「お祖父様が?どうしてわたしには教えてくださらなかったんでしょう……」

 

「だから、彼はあたしに心の整理をつける時間をくれたんでしょうよ。

とにかく、一旦ハッピーマイルズに戻らない?

もうエレオノーラの体力も回復したし、3日後までやることがない」

 

「それには賛成だけどよう……

里沙子、また何か危ないことがあったら今度はちゃんと言ってくれよな」

 

「そうです~水臭いじゃないですか……」

 

どうしよう。こういう友達らしき存在がいなかった奴は大人になってから困る。

こんな時どう言ったらいいのかしら。笑えばいいと思うよ?

……ふざける場面じゃないわね。

 

「悪かったわよ。次はちゃんと言うから。

あたしも急なことだったから、どうすれば良いのかわかんなかったのよ」

 

「本当に、約束ですからね?

里沙子さんの異変に気づけなかった、わたしにも責任はありますが」

 

「法王猊下やポンコツ神様でなきゃ見抜けなかった変化だもの。しょうがないって」

 

「あ、わたくしでは飽き足らずマーブルさんまで……」

 

「それじゃあ、エレオノーラ。ハッピーマイルズまでお願い!

魔時計が出来上がるまでここに留まっても宿泊費がかさむだけだからね。

これ以上マーブルにたかるのも流石に酷だし」

 

「そうですね。それでは、皆さん手を」

 

あたし達はいつも通り手を繋いで輪になって、

エレオノーラの“神の見えざる手”の効果範囲に収まった。

彼女が詠唱を始め、あたし達が無重力状態になったような感覚を覚えると、

まばゆい光に包まれる。視界が元に戻ると、いつもの我が家。

エレオノーラの体調にも異常はなさそう。やっぱり1泊してよかったわね。

 

……さて、ドアが壊れたまま随分家を空けちゃったわね。

空き巣に入られてなきゃいいんだけど。

まぁ、金時計は帝都にあるし、通帳は暗証番号がなきゃ使えない。

ここに盗るようなもんなんてないけど、一応家の中は調べときましょうかね。

あたしが住居に入ろうとした瞬間。

 

「うおおおお!!リサアァァ!!無事であったか!」

 

ああ!最後に聞いたのはいつだったかしら。

この人間が発することができる限界を軽く超えてる大音声は。皆、思わず耳を塞ぐ。

こっちの気も知らないで、将軍が分厚い装甲を何枚も重ねた鎧を、

相変わらずガシャガシャ鳴らしながら聖堂に入ってくる。

彼の正体を知らないルーベルやエレオノーラが思わず身構える。

 

「二人共、大丈夫よ。この人は、シュワルツ・ファウゼンベルガー将軍。

この領地の軍を率いていて、あたしも何度もお世話になってる方よ」

 

「そう、なのか?いきなり鉄の塊が突進してくるからびっくりしたぜ」

 

「里沙子さんがそういうなら大丈夫ですね。わたしもびっくりしましたが」

 

二人がほっとした様子で彼と向き合う。彼も珍しそうに二人を見る。

 

「おや、こちらのお嬢さん方はリサのご友人であるか?」

 

「まぁ……そんなところです。ご紹介しますわ。こちらがルーベル。

訳あってログヒルズ領からうちに来たオートマトンです」

 

「ルーベルだ。悪い、将軍さんとは知らなくて、挨拶が遅れちまった」

 

「ガハハハ!気にすることはない!将軍とは言っても大した身分でもない。

気軽にシュワルツと呼ぶがよい!」

 

「ですから、そのまんまじゃありませんか。

彼女はエレオノーラ。法王ファゴット・オデュッセウス12世のお孫さんです。

イエスさんが降臨したこの教会に留学することになりました」

 

「はじめまして、将軍殿。よろしくお願い致しますね」

 

「なんと!!法王猊下の孫君とはつゆ知らず!失礼つかまつった!」

 

「あ、お気になさらないでください。

今はまだ、何も成していない、いちシスターに過ぎませんから」

 

「将軍。彼女は本当に特別扱いを望むタイプではありませんので、

どうか肩肘張らずに接して頂けると、彼女も嬉しいと思います」

 

「はい、その通りです」

 

「そうであるか……気遣い痛み入る。

して、本題に入るが、急に教会を空けた理由を教えてはもらえないだろうか。

ミサが開かれないどころか、ドアが破られ何者かが押し入った形跡があると、

不審に思った信者が軍本部に駆け込んできた。

慌てて部下を引き連れ、捜索を行っていたところ、

リサ達が突然神殿に現れたという次第である」

 

「それは、お忙しいところ大変ご迷惑をおかけしました。

教会をお守り頂いたことにも感謝致します。

実は、昨日このようなことがありまして……」

 

あたしは将軍に、昨日のスナイパー騒ぎから、パラディンとの出会い、

法王との謁見やマーブルで発覚した特殊能力、

それを制御するための魔道具の完成を待つため帰還したことを、掻い摘んで説明した。

 

「リサ、貴女はあのパラディンと共闘したと言うのか……」

 

「ええ。私達を狙撃した犯人が賞金首のスナイパーだったのですが、

彼に……惨殺されました。

何か彼には特別な事情があるように見えたのですが、

深く立ち入らない方が良いような気がして、あまり多くを聞くことはしませんでしたが」

 

「……賢明な判断である。

彼は悪を滅するため、人であることを捨て、自ら家族との縁を断ち切り、

穢れを負うことを選んだ戦士。

触れられ、自らの穢れを他者に移すことは彼も望んではおらぬ」

 

「とても、悲しい話ですね……彼の背中はたくましく、頼りになる殿方でした。

できればもう一度会って礼を述べたかったのですが」

 

「その気持ちだけで、彼は満足であろう。さて、気になることはまだある。

リサ、貴女に芽生えた特殊能力である。

それは貴女が魔道士になったということであろうか?」

 

「それについては何とも。

芸術の女神マーブルは、魔法というより特殊能力に近いと言っておりました」

 

「どのような能力なのか、聞かせてはくれまいか」

 

「はい。自らが感知出来る時間をほぼ停止させ、

その中で自分だけが好きなように動くことができる。擬似的な時間停止能力です」

 

「なんと!そのようなものを持ち出された日には、どの賞金首にも勝ち目はない」

 

あたしは頭を振って続けた。

 

「この能力は不完全なのです。

発動に集中力を極限まで高める必要があるため、使用にタイムラグが生じ、

また、一度発動すると、精神力が尽きるまで停止できません。

そして、今のまま何度も繰り返し使用すると、少しずつ命を削り、やがて死に至ります」

 

「なっ……!諸刃の剣とはまさにこのこと!斯様に危険なものは使うべきではない!」

 

「ご安心ください。能力の発動を制御するための魔道具を帝都で注文してきました。

3日後には出来上がります。もっとも、それを身につけると停止時間は9秒に減少します。

今の私が肉体に負担をかけることなく安全に能力を使えるのは、

現状この程度ということです」

 

「そうであったか。それは一安心である。……それはそうと、

そもそもなぜリサがその能力を発動する機会が訪れたのか、聞かせてはくれまいか」

 

「そうですね……話すと長くなります。まずは座りましょう。

ルーベル、長椅子を動かすのを手伝って。ジョゼットは将軍にお茶を」

 

「ああいいぜ」

 

「はい、お任せくださーい!」

 

ダイニングには大きな鎧を着た巨体の将軍が入れないから、

長椅子を向かい合わせて聖堂での話し合いになった。

皆、コーヒーや紅茶のカップを手にしながら話を始める。

まずあたしは、自分の能力が発覚するきっかけとなった、法王の試練について話した。

 

「……その時、世界の色が何もかも反転したのです。

すると、飛ぶ鳥や木々の揺らめきが、ほぼ停止状態になり、

私だけがその中で動けることに気が付きました」

 

「ふむう。聞けば聞くほど不思議な話だ。

つまり、リサは今まで無意識のうちにその能力を使っていたのだな?」

 

「今まではただの限界まで達した集中による、脳の活性化だと思っていたのですが、

いつの間にか私に宿っていたマナと魔力が、

体内で何らかの術式を発動していたらしいのです」

 

「しかし、リサはアースの人間であろう。魔法が使えるとは考えにくいが」

 

「この世界からアースに転移した者が子を成すと、その身にマナが宿るそうなのですが、

私の家系に身元の怪しい者はおりません。私にも何が原因なのか……

あの、私からもよろしいでしょうか」

 

「何でも聞いてほしい」

 

「どういうわけか私の身体にマナが宿っていることはわかりました。

そのマナは、修練などによって絶対量を増やすことは可能なのでしょうか?」

 

「可能である。方法は至って簡単。

筋肉を鍛えるように、何度もマナを消費し、

身体をこの世界に満たされたマナに慣れさせるのだ。

我も剛剣を使う際、魔法で炎の神の力を借りるのだが、何度も剣を振るううち、

いつの間にかこの身体にマナがパンパンに詰まっていた。ガハハ!」

 

なるほど。FF2みたいに使えば使うほど魔力が増えるってわけね。

決定キャンセルの裏技は使えないけど。

 

「確かに、将軍殿のお体からは、力強い魔力を感じます」

 

「おお、そう言えば!エレオノーラ女史は高度な光属性魔法の使い手であったな。

リサ、魔道具が完成した暁には、彼女の知恵を借りてはどうか」

 

「それはいい考えですわ。エレオノーラ、お願いできる?」

 

「はい。もちろん」

 

「ん?」

 

その時、将軍が何か腑に落ちない様子で首をかしげた。

 

「これまでの話をまとめると、リサは新しい力を求めているように思えるのだが、

何か倒すべき敵でも現れたのかな?」

 

急に核心を突いてきた将軍に皆戸惑う。

お互い顔を見合わせるが、ルーベルが口を開いた。

 

「話してもいいと思うぜ。

もしかしたら将軍さんが他の力の手がかりを持ってるかもしれねえし」

 

「……そうね、隠す意味もないし」

 

あたしは、あらすじ詐欺と言うしょうもない問題から始まった、

魔王討伐の旅について将軍に話した。彼の顔色がみるみるうちに変わっていく。

 

「いかん、いかん!あまりにも危険すぎる!!」

 

ああ、鼓膜がジンジンする。将軍がここの屋根からヤッホーしたら帝都まで届きそうね。

 

「魔王一体ならまだしも、奴は無数の悪魔の軍勢を従えておるのだぞ!

いくら強力な装備を手に入れても、その数に押し切られる!

その悪魔ですら人間を遥かに凌駕する力を持っている!

目で追うことすらできぬ俊足で相手に接近し、刃のように鋭い鉤爪で獲物を切り裂き、

魔力を直接砲弾に変えて離れた敵を焼き尽くす!

魔王がこの世に現れたのは数百年前の北砂大戦が最後。

平穏な世に生まれた貴女達が無理に立ち向かうことなどない!」

 

そりゃ、あたしだって何でこんなことしてるんだろうってちょくちょく思うけど。

 

「明日……」

 

「明日?」

 

「明日、その平穏な世が消え失せる保証がどこにありましょう。

今も魔王は手下の悪魔をこの世に送り込み、生贄を捕らえているとか。

つまり、魔王の侵略行為は小規模ながらも続いている。

いつ、第二次北砂大戦が勃発してもおかしくないのです。

ならば、先にこちらから仕掛け、目の上のたんこぶは治療したほうが早いというもの」

 

「しかし……」

 

決定を渋る将軍に、今度はエレオノーラが声をかけた。

 

「将軍殿、どうかわかってください。既におじ…法王猊下の許しも得ています。

里沙子さんの言うとおり、魔王にとって数百年という時は、

ほんのわずかな休息時間にすぎないのです。

何もせず手をこまねいていては、かつての悲劇の繰り返しにしかなりません」

 

「……エレオノーラ女史。うむ、わかった。魔王との決戦には我も参加しよう」

 

「えっ!?よろしいのですか!ハッピーマイルズの大黒柱たる将軍が」

 

「そうだよ!将軍って確か、軍の運営を担っている偉いさんだよな?

そいつがいなくなったらどうすんだよ!」

 

すると、将軍はニヤリと笑って、

 

「だからこそ、である。貴女達が魔王打倒に必要な装備を揃えている事は分かった。

足りないのは、数である」

 

「数?」

 

彼の言わんとすることがわからなくて、今度はあたしが首をかしげた。

 

「リサ。貴女の魔道具を取りに帝都に戻る時、皇帝陛下に謁見を求めるとよい。

サラマンダラス帝国が誇る精鋭部隊を貸していただくのだ。

我が紹介状を書く。それがあれば、陛下も話をする時間をくださるであろう」

 

「軍隊!?」

 

「そう。なにも皆が皆、平和ボケしているわけではなかったということだ。

帝都の軍本部には、日夜悪魔を殺す兵法を研究し、

厳しい訓練に明け暮れている特殊部隊が存在している。

彼らの力を借りられれば、文字通り百人力である。

そして、時が来れば我の率いる軍も戦いに加わる」

 

「確かに、わたくしが習ったかつての戦いでは、

地平線を埋め尽くすほどの悪魔との激突があったとされています。

勇者の遺品や風のクリスタルだけでは、とても太刀打ちできません……」

 

「しかし、将軍……」

 

後に続く言葉が見つからない。どうでもいい理由で始まった旅をふらふら続けてたけど、

まさか見ず知らずの他人を巻き込む事態になるなんて。

でも、将軍の言うとおり、あたしたち4人じゃどんな兵器があっても魔王には勝てない。

知らないうちに現実から目を逸らしていたことに気づく。

なんにも起きないうちに、なあなあで旅が終わるんじゃないかって。

 

「わかりました。将軍、皇帝陛下への紹介状をください」

 

「任せるがよい!明日にでも部下に届けさせよう!

我はこれから歩兵行軍演習があるので、これにて失礼する!」

 

「本当に、ありがとうございます……」

 

あたしは立ち上がって、深く頭を下げた。彼はいつものように大きく明るい声で笑う。

 

「ハッハッハ!まさかリサが自分から魔王討伐を買って出るとは、

民草の噂も当てにならんものよ!」

 

「噂?」

 

「ハッピーマイルズ教会の早撃ち里沙子は、ものぐさで人嫌い。

街では公然の秘密である」

 

「ちょっ、嫌ですわ!誰がそんなことを!」

 

「決してミサに現れない家主を不思議に思った信者が、ジョゼットに尋ねたところ、

リサの人となりが皆に知れ渡ることになった次第である」

 

「ああっ、将軍。それはちょっと……」

 

「ジョゼット~?後でね……」

 

張り付いた笑顔をジョゼットに向けると、あたしは将軍を外まで見送った。

彼は大型バイクより頑丈で速そうな黒馬にまたがる。

 

「今日は、ありがとうございました。いつもお手数をお掛けして」

 

「リサと我の仲ではないか。それより魔王討伐の件……無理はせぬようにな」

 

「承知しております」

 

「うむ、ではしばしの間さらばだ。行くぞ、ファイブチャンピオン号!」

 

力強い、いななきを上げて走り出した愛馬と将軍を手を振って見送る。

さて、魔道具が出来上がるまでできることはないわね。

まだ正午を回ったところだし昼寝でもしようかしら。でも教会に戻ろうとして気づく。

 

「あちゃー、ドアぶっ壊されたままだわ。

……しょうがない、街まで行って大工の工房に修理依頼しましょうか」

 

「あ、街まで行くんですか?わたくしも連れてって……いだだだ!!」

 

「やることもうひとつあったわ。誰が、ものぐさで人嫌いよ、ええ?」

 

両手の拳でジョゼットのこめかみをグリグリする。

確かにものぐさで人嫌いだけど、勝手にジョゼットに触れ散らかされるのは腹が立つの。

 

「痛い痛い!ごめんなさい、もうしませんから!」

 

「ああ里沙子さん、どうかその辺で……」

 

「はぁ、家に戻った途端にこれかよ」

 

その後はこれと言って特別なことはなかったわ。

ジョゼットに制裁を加えた後、あたしは3人に留守番を頼んで街の大工を尋ねたの。

もちろん用件はドアの修理。

今度は大聖堂教会のドアと同じ素材を使った頑丈なものにしてもらったわ。

鍵もオモチャに毛が生えたものから、

凄腕シーフでも手に余る複雑な錠に変えてもらった。

 

これで去年から気にはなってたけど、

ズルズルと引き延ばしになってたドアの強度は解決。

今度こそ魔道具完成までやることないから、3日間、みんな思い思いに過ごした。

 

そして3日目。

昨日中途半端に夜更かししたせいで、半分覚醒半分睡眠の奇妙な状態で、

頭の中が夢か現実かわからない。

多分夢だとは思うんだけど、なんだか意識がはっきりしてる。

当然あたしは横になってるんだけど、なにかベッドの質感が違う。

……というか運ばれてる?動こうとしても動けない。

周りの人が急いであたしをどこかに運ぶ。そのうち謎の人物の声が聞こえてきた。

 

 

“バイタル確認”

 

“血圧102の60!先生、低下が止まりません!”

 

“心マ続けて。患者の状況は?”

 

“17時頃、左折したトラックに撥ねられ頭部打撲、左上腕部骨折、内蔵損傷の可能性が”

 

“緊急手術。頭部CT撮って。患者の血液型は?”

 

“B型です!”

 

“B型準備して。麻酔は?”

 

“既に麻酔科の先生が手術室に!”

 

“了解、輸血しながらCT。写真でき次第、手術開始”

 

“わかりました!”

 

 

そして、バタンとドアの閉じる音で完全に目が覚めた。ん~何だったのかしら。変な夢。

ああそうだ!今日はあたしの魔道具の完成日。

さっさと取りに行かなきゃリプリーにどやされそう。

あたしはいつも通り身支度を整え、身体にしっかりとガンベルトを巻いた。

そうそう、10万G入った袋も忘れちゃ駄目。

トートバッグに金貨の詰まったズタ袋を入れると、私室を後にした。

 

 



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最近ハイペースで書いてたからクオリティが低下してるわね。反省。元々低いだろってツッコミは勘弁して。

ヴォン!と、あたし達は、エレオノーラの術で3日ぶりに大聖堂教会の前に降り立った。

彼女も前回みたいにアホに急かされず、詠唱に集中できたから、

正常に転移して地面に叩きつけられずに済んだ。

 

「なんとか無事に転移できたわね。エレオノーラ、体調はどう?」

 

「はい。今度は落ち着いて詠唱できたので、全く問題ありません。

帰りの魔力も十分残っているので、今回は日帰りできそうです」

 

「本当、無茶はやめてくれよ。

別に急いだって、魔王の居所も分かっていない今、どうしようもないんだから」

 

「ありがとう、ルーベルさん」

 

「それで、今日はどこに行くんでしたっけ?2つあったような……」

 

「数を覚えてただけあんたにしちゃ上出来よ。まずは、と」

 

あたしは、トートバッグから2枚の書類を取り出して確認する。

ひとつは数日前マーブルにもらった地図。

もうひとつは、将軍に書いてもらった皇帝陛下への紹介状。

とりあえず、完成した魔道具を取りに行きましょう。

10万Gの金貨が肩に食い込んで正直痛い。

紹介状をバッグにしまって、地図を頼りにダクタイルの魔道具店へ向かい始めた。

この広い帝都の街は一日滞在したくらいじゃ全体を把握しきれない。

 

「ええと、このまま真っ直ぐ進んで右だから……うん、あってるあってる」

 

「あのう、里沙子さん」

 

「何よ、慣れない街で気を抜いたら迷いそうなの。ほら、用件なに」

 

「あの、用事が早く済んだら、この前見つけたパーラーに行きませんか?

美味しそうなチョコレートパフェが頭から離れないんです。

ずっと夢に出てくるんです……わたくしがお金出しますから、ね、ね?」

 

全くこいつはなんというか。アル中患者でもあるまいし。

 

「清貧の心得はどこに行ったのかしら。あまりに哀れで、何も言えないわ。

……しょうがないわね、日が沈むまでに用事が片付いたら連れてったげる。

エレオノーラのブドウ糖補給のためにね!」

 

「やったー!里沙子さん大好き!」

 

「はしゃぐな抱きつくな鬱陶しい!

本当、マーブルと行動パターンそっくりね!行くわよ!」

 

いきなりわがまま発作を起こしたジョゼットをどうにかなだめ、

あたし達は再び歩きだした。

すると、徐々に景色が見覚えのあるものに変わっていくことに気づく。

 

「もうすぐね。ダクタイルの魔道具店」

 

「里沙子さんの魔道具、素敵なものができているといいですね」

 

そうじゃなきゃ困る。上手くあたしの能力を活かしてくれなきゃ話にならないし、

そもそもあの時計は長年の相棒。ポンコツにされちゃたまんないわ。

……見えたわ、あの薄暗い路地。

 

「みんな、もうすぐよ。店では静かにね~」

 

「わかってるって。あのオバサンおっかなかったからな。

怒らせたらマジで殴られそうだ」

 

「チョッコパフェ、チョッコパフェ、ふわふわクリームにとろ~りチョコ~!」

 

「それ店で歌ったらコロコロしちゃうから」

 

「はい」

 

ジョゼットが間抜けな歌を止めたところで、ちょうどダクタイルの店に着いた。

やっぱりガタついてるドアノブを回して、店内に入る。

彼女を探してカウンターを見ると、相変わらず険しい顔でこっちを見返してきた。

トートバッグから金貨袋を取り出して、彼女に話しかける。

 

「おはよう。3日前に……」

 

「里沙子だろう。できてるよ。さあ、金を出しな」

 

相変わらず、こっちに喋らせようとしないダクタイル。

野盗みたいな言い方しなくてもいいのに。まあ、威圧感はこっちが段違いだけど。

あたしは仕方なく黙ってカウンターに袋を置いた。彼女は袋を手に取ると、

脇に置いてある小銭の計算機らしきものに中身を全部ぶちまける。

 

大きな漏斗型容器の底に開いた溝に、金貨が次々と飲み込まれ、

側に設置されたアナログ式数字表示がパラパラと音を立てて計算した金額を示す。

ごちゃごちゃ説明したけど、郵便局とかに置いてある小銭計算機と見かけは大体一緒よ。

まぁ、いくら自動とは言え10万Gの計算には時間がかかるみたい。

退屈しのぎにダクタイルが話しかけてきた。

 

「なんだい、さっきの間抜けな歌は」

 

「犯人は後ろにいる黒いほうのシスターよ。イラついたなら殴っていいわ」

 

「そうか。……そこの黒いの」

 

「ひゃいっ!」

 

身の危険を感じても、彼女の目つきに射すくめられ、身動きができないジョゼット。

 

「……あそこに行くなら、極厚ぷるぷるパンケーキは食っていきな。

あれを食わなきゃ帝都に来た意味がないくらいの一品だ」

 

「「えっ?」」

 

あたしもジョゼットも意外過ぎる返答に声が裏返る。

 

「ああん?なんだい、私がパーラーでケーキ食ってちゃおかしいのかい!?」

 

「「いいえちっとも」」

 

二人共全力で否定する。ついでにルーベルとジョゼットもぶんぶん首を振ってる。

 

「ふん、計算が終わったね。ちょうど10万G……

何してかき集めたんだか知らないが、いいだろう。ブツはこれだよ」

 

ダクタイルが、カウンター上の柔らかいマットに、愛しの金時計を置いた。

会いたかったわ、愛する我が子!見た目も全く変わってない。ほっとしたわ。

 

「まず、首から下げてみな」

 

言われた通り、細い金の鎖でミニッツリピーターを胸に下げる。

あら、少し感触が違うわ。そっと手で触れてみる。

不思議がるあたしに気づいた彼女が語る。

 

「その通り。

そいつはこの世界で唯一無二と言ってもいいほど精巧だったが、それゆえに脆かった。

それじゃあ、戦場に持ってったところであっという間にグシャリだから、

あたしの錬金術で耐久力を底上げしたよ。それに関しちゃサービスだ。

次は動作チェック。ちょっと待ってな」

 

するとダグタイルは、後ろのキャビネットを漁って何かを探し始めた。

 

「うん。これがちょうどいいね。

……いいかい?今から3,2,1でこの砂時計をひっくり返す。

その瞬間、能力を発動して限界まで時間停止しな。

ちょうど半分砂が落ちたところで能力が解除されるはずだ」

 

「わかった……」

 

あたしは、ホルスターに手を近づけ、精神を研ぎ澄ます。

 

「いつでもOKよ」

 

「行くよ。3,2,…1!」

 

砂時計がひっくり返る。同時にあたしの世界も停止。

砂がまるでスノードームのパウダーのようにゆっくり落ちていく。

ふと胸元を見ると、ミニッツリピーターの長針が通常ありえない速度で回っている。

なるほど、これが能力のタイムリミットってことか。

 

それに気づき長針が一周した瞬間、世界が流れを取り戻す。

軽く散歩した程度の身体の火照り。砂時計の砂はちょうど半分。

ダクタイルがあたしをジロジロ見てから納得したように告げた。

 

「上手く行ったね。もうその時計はあんたと一心同体。主のあんたに無茶はさせない。

今の能力発動でも身体に傷一つ着いちゃいない」

 

ほっとしたと言うより脱力した。能力が安全に使えるようになったこともあるし、

金時計が無事に戻ってこともあるし、美しさに強度がプラスされて単純に嬉しいし、

どう言って良いか。

 

「良かった……里沙子さんが無事に力を使えるようになって」

 

「これで里沙子も立派な魔術師ってことだな!」

 

「それじゃあ!今からお祝いにパーラーで」

 

「9秒間で何発殴れるか試してみようかしら」

 

「嘘です冗談です」

 

「まぁ、それは置いといて、あたしが本当に魔術師を名乗れるのは、

金時計に頼らずに自分の能力を制御できるようになったとき。

エレオノーラ、魔法の使い方や感じ方、これから教えてね」

 

「もちろんです。でも、全く魔力について無意識だった人が、

その流れを掴むのは第六感を養うのと同じこと。厳しい訓練になりますよ」

 

「鬼教官エレオの誕生ね。とにかく、よろしくね」

 

「ああ、うるさい!いつまでくっちゃべってんだい!用が済んだなら出ていきな!」

 

おっと。ここが黒鉄の魔女ダクタイルの根城だってこと忘れてたわ。

あたしらはそそくさと撤退する。

 

「ありがとう、ダクタイル。おかげであたしの金時計の魅力が増したわ」

 

「ふん、報酬に見合った仕事をしただけだよ。

今度来る時は、また金になる仕事を持ってきな」

 

「仕事?」

 

「その金時計の能力をアップグレードしたい時だ。

例えば、マナをチャージして、能力一回分の魔力・身体的負荷を肩代わりしてくれる、

とかね」

 

「えっ、そんなこともできるの?」

 

「まだ先の話。あんたのマナじゃ当分無理だ。

せめて1分止められるようになってから、また来るんだね。次は20万貰うけど」

 

「覚えておくわ。それじゃあ……ありがと」

 

「……せいぜい頑張んな」

 

ぶっきらぼうだけど仕事に誠実で、ちょっとだけ優しい魔女に小さく手を振りながら、

店を後にする。

あたし達はとりあえず路地から出て道路に戻った。さあ、ここからが本番よ。

 

「エレオノーラ、皇帝陛下はどこにいるのかしら。

そこにはあなたの“神の見えざる手”で行けない?」

 

「ここからは見えづらいですが、

皇帝陛下は帝都の北端にあるサラマンダラス要塞にお住まいです。

ですが、マリア様の祝福を受けられない場所なので、わたしの術では移動できません。

帝国の全領地の軍を配下に置く要塞は、いわば争いの象徴ですから。

馬車で移動したほうが早いかと」

 

「わかったわ。みんな、ちょっと待ってね」

 

あたしは、広い道路を流れていく馬車を捕まえようと、手を振る。

 

「ヘイ、タクシー!」

 

ガタゴト、ガタゴト……

馬車はあたしを無視して走り去っていく。10分くらいしたかしら。

段々腹が立ってきたあたしは、さっそく新しい力を悪用することにした。

次に空車が来たらチャンスよ。……来た!

あたしは道路を飛び出し、馬車の前に立ちふさがる。

 

「うわあ!!」

 

御者が驚いて急に手綱を引っ張ったせいで、

同じくびっくりして前足を上げ、いななく馬。ごめんねお馬さん。

 

「バカヤロー!どこ見て「どうしてみんなあたしを乗せてくれないのかしら」」

 

「ギャッ!」

 

突然後ろから話しかけられて、御者がまた驚く。

ふふ、馬の前に飛び出して、轢かれる前に時間停止で馬車に乗り込んだの。

上手く行ったわ。あたしはニコニコしながら話を続ける。

 

「ねえ。どうせ空車なんでしょ?あたし達乗せて」

 

「あん?お前金持ってんのかよ」

 

「少なくともコイツを買えるくらいは」

 

あたしは左脇のホルスターからM100を抜いて、いけ好かない運ちゃんに、ぎらつかせる。

 

「やめろよ!わかったよ、どこ行きゃいいんだよ!」

 

「ちょっと待ってね。……みんな~車を確保したわ!」

 

ルーベル、エレオノーラ、ジョゼットが乗り込んでくる。

出発進行、と思ったけど、先に確認することがあるわね。

 

「サラマンダラス要塞までの料金はいくらかしら」

 

「100Gだからそいつをしまえよ!」

 

「支払いは到着後でいいでしょ。はい、しまった。もう出して」

 

「わかった……ハイヨー」

 

やっと要塞に向けて馬車が走り出した。

事前にタクシー料金を確認するのは地球の海外旅行でも必要なことよ。

到着後にふんだくられることになる。しばらく楽が出来るわね。

と、思ったら隣のエレオノーラがちょいちょいと袖を引っ張ってきた。

あら、なあに?怖い顔して。

 

「……里沙子さん、さっき能力を使いましたね?

わたしも目に魔力を集中して観察したら、里沙子さんを流れる魔力が見えました」

 

「そう。全然客乗せようとしない怠け者に仕事をくれてやったの」

 

「いけません!」

 

うおぅ!聖緑の大森林でのトラウマが。なぜかエレオノーラさんご立腹。

 

「制御装置を手に入れたとは言え、短時間で連続して使えば無意味。

やはり命を削ることになります。

それに、天から賜った力を私利私欲のために使うなんて、言語道断です!」

 

「わ、わかったから怒んないでよ。

さっさと皇帝に会わなきゃいけなかったのは事実なんだし、

そもそもこいつらが仕事しなかったことが原因で……」

 

「それに、あんな危険な真似は二度としないでください!

能力の発動が遅れていたら、あなたは命を落としていたんですよ!?」

 

「もうしないって。勘弁してよもう……」

 

早くも鬼教官エレオ誕生かしら。一回り年下の女の子に叱られてげんなりする。

バレてないと思ってるジョゼットが後ろでクスクス笑ってる。

パーラーに行ったら何かしらの罰を与えようと思う。

そもそもパーラー行きをキャンセルするのも面白そう。

しょんぼりした気持ちで馬車に揺られていると、10分程で馬車が止まった。

なんだかムカつくから、あたしは運ちゃんに金貨2枚を突きつける。

 

「はい、代金100Gとチップね!」

 

「お、おいマジで!?」

 

「田舎モンだからってあたしを無視してたら、あんた100G儲け損ねてたのよ。

客選んでないで、ちっとは真面目に仕事しなさいな。金持ってそうな奴は意外とケチよ」

 

「わかったよ……また俺を見たら手を挙げてくれ。チップ、ありがとう」

 

「どーいたしまして」

 

「あ、待ってくれ!」

 

馬車から降りようとした時、運ちゃんに呼び止められた。

 

「あの時、どうやって馬車に乗り込んだんだ?眼の前でいきなりあんたが消えたんだ!」

 

「ふふっ。女性はね、たくさん秘密を抱えてるものなのよ。じゃあ、ご苦労様!」

 

「待っ……」

 

ちょっとだけ彼をからかって、あたしは馬車から飛び降りて、

先に降りた3人にさっさと交じる。

彼は首をかしげて、仕方なく馬を走らせ去っていった。

さて、ようやくサラマンダラス要塞にご到着。

広大な敷地を囲う高いレンガの壁に、有刺鉄線が張り巡らされている。

射撃演習をしてるのかしら、時折遠くから銃声が響いてくる。

 

重そうな鋼鉄製のスライド型門扉で厳重に出入りが管理されている。

学校の校門思い出すわね。

両サイドには……あら!AK-47を担いだ黒い軍服の兵士が配置されてるわ。

そりゃ、世界中でコピー生産されてるから、

複数ミドルファンタジアに転移しててもおかしくないけどさ。

敷地の奥には、三階建ての城塞が堂々とそびえ立っている。

 

「はい。あそこが皇帝陛下がお住まいのお城です。

……皆さん、今度はお祖父様のようには行かないと思ったほうがいいです。

相応のお覚悟を」

 

エレオノーラの言う通り、今度は冗談通じないところみたい。

門の兵士は、壁の近くでうろちょろしてるあたし達に、ずっと鋭い視線を向けている。

 

「必要以上に畏まる必要はないけど、二人共気をつけてね。

特にジョゼット。あんたのせいで独房入りなんて勘弁よ」

 

「は、はい。今度は大丈夫です、多分」

 

「ん~なんて?」

 

「絶対大丈夫です!自己紹介だけで終わります!」

 

「わ、私だって大丈夫だぞ!もう法王さんの時とは違うから!」

 

「とっても信用してるわ。はぁ」

 

あたしは一抹の不安を抱えながら、兵士の一人に近づく。

トートバッグに手を突っ込むと、彼がすかさずAK-47の銃口をあたしに向ける。

あらやだ、あたしったらうっかりしてたわ。

こういうところで、何が入ってるか分からない鞄に

いきなり手を入れたらこうなるわよね。あたしは先に用件を告げる。

 

「驚かせてごめんなさい。あたしの名前は斑目里沙子。

皇帝陛下にお会いしたくてやってきたの。

ハッピーマイルズ領の将軍、シュワルツ・ファウゼンベルガーの紹介状を持ってきたわ。

取り次いでもらえないかしら」

 

「……ゆっくり、手を出せ」

 

警戒を緩めない彼。あたしは言われた通りに、紹介状を持った手をゆっくり出して、

彼に手渡した。封を切って中身に目を通す。

すると、今度は門の内側にいる紫の軍服を着た女性兵士に突き渡した。

 

「皇帝陛下に、転送」

 

「了解」

 

彼女は、手に持っているアクリル板のようなものに紹介状を押し当て、

少しだけ唇を動かして、聞こえないように詠唱を始めた。

すると、板がやっぱり紫色に光って、コピー機のように内容を読み取る。

読み取りが終わると、一旦アクリル版の光が止んで、

女性兵士は何かを待つようにそのまま立ち続ける。

 

「おーい、あの女の人なにやってんだ?」

 

「しっ。静かに」

 

しばらくすると、彼女の板が再び光って、文字のようなものを浮かび上がらせたけど、

こっちからはよく見えない。

それを確認した女性兵士が、AK-47を持った兵士に近寄り、耳元で何かを囁いた。

すると、あたしに銃口を向けていた兵士が、銃を下げ、あたしを手招きした。

 

「ついてこい。あまりよそ見をしないように」

 

もうひとりが腰を入れて、大きなゲートを少しだけ開けてくれた。

あたし達はその隙間を通って、遂にサラマンダラス要塞に潜入。

キョロキョロするなとは言われたけど、やっぱり中の様子は気になるわね。

歩きながら目だけを動かして、様子を窺う。広いグラウンドに兵員の宿舎らしき建物、

訓練用のアスレチック施設、遠くには射撃演習の的が見える。

 

気づかぬうちに、どんどん城塞に近づいていた。近づくにつれ、その細部が見えてくる。

外壁を頑丈なレンガと積石で固めていて、

多数の銃眼、各階のテラスにカロネード砲数門ずつ。

サラマンダラス帝国の政治と軍事を司ってるだけあって、守りは完璧ってわけね。

あたし達は黙って肩幅の広い兵士についていく。

 

中は材質のせいか空気がひんやりしている。

1階は広い廊下の両脇に等間隔でドアが設置されている。

作戦会議室だの、資料室だの、武器保管庫だのが描かれたプレートが突き出してるけど、

窓がないから中の様子がわからない。

やがて階段にたどり着くと、兵士がトトトト、とすばやく上りだすもんだから

危うく置いてかれそうになった。

 

彼は3階まで上り切ると、ようやく止まった。

遅れてきたあたし達を表情のない顔で待っている。はぁ、すっかり息切れしちゃったわ。

お願い、あたしがインドア派だって設定を忘れるなって、

みんなからもあいつに言ってやって。

 

「はぁ…はぁ…ごめんなさい、遅れちゃって」

 

「……皇帝陛下は、奥の“火竜の間”でお待ちだ。

あまり陛下をお待たせすることのないように」

 

それだけ言い残すと、兵士は階段を下りて持ち場に戻っていった。

3階には部屋が2つしかない。ひとつは大掛かりな通信指令室、

そしてもうひとつが、“火竜の間”。

あたし達は皇帝陛下の部屋に向かう前に念押しする。

 

「ジョゼット、ルーベル。脅すわけじゃないけど、これから会うのはこの国のトップ。

無礼にならない程度の礼儀は忘れないで。

エレオノーラの立場だってここじゃあまり効き目がない。

自己紹介の後は聞かれたことに答えるだけでいいから。お願いね」

 

「おう、任せろ……」

 

「大丈夫です~何だかここ、喋りたくなる雰囲気じゃないです……」

 

小声で打ち合わせて、階段の踊り場から廊下に出る。

さっきも言った通り部屋は2つしかないから迷うことはなかった。

大舞台の入場口のように重厚で大きな扉の前に立つあたし達。

 

「行くわよ」

 

また小声で告げると、皆、無言で頷いた。

そして、火竜の姿が彫られた立派な扉をノックする。

 

「失礼します。ファウゼンベルガー将軍からご紹介頂いた斑目里沙子でございます」

 

“……入るがよい”

 

中から、腹に響くような低い声が帰ってきた。

あたし達は扉を開き、不安げにこの国を束ねる皇帝の間に入った。

中は驚くほど簡素で、きらびやかなシャンデリアも無ければ、純金の燭台もない。

ただ、皇帝の玉座とそれに続く赤い絨毯が敷かれているだけ。

他にあるとすれば、壁に等間隔で開く大きな窓。

玉座の後ろの窓で皇帝らしき人物が背を向けて外の景色を眺めている。

 

「晴れていれば……北砂の大地が見えるのだが」

 

そう呟くと、彼が振り返って、玉座の前に移動した。

青白い金属で打たれたフルプレートアーマーと、真っ赤なマントに身を包んだ壮年。

ブロンドのショートカットに素材よりデザインを重視した冠を被っている。

彼の鎧はシュワルツ将軍ほどの分厚さはないけど、なんだか不思議な力を感じるわ。

気のせいかしら。おっと、ボケっとしてる場合じゃないわ。

あたしは皆に目配せして、ひざまづく。

 

「皇帝陛下、わたくしは斑目里沙子と申します。

本日は貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます」

 

「私の名前は、ルーベルです。よろしくお願い致します」

 

「遍歴の修道女、ジョゼットでございます。お目にかかれて光栄です」

 

「同じく大聖堂教会のシスター、エレオノーラでございます。

お久しぶりです、皇帝陛下」

 

みんな100点よ!とりあえず滑り出しは好調。次に皇帝がどう出てくるかが不安だけど。

 

「そう畏まるな。

我輩が147代サラマンダラス帝国皇帝、ジークフリート・ライヘンバッハである。

……エレオノーラ嬢、大きくなられたな。

最後に会ったのは公開射撃訓練の来賓席であっただろうか。

事情は魔導通信兵から送られてきた。

あの幼子が、魔王討伐を志すようになるなど、光陰矢の如しとはこのことよ」

 

「里沙子さんの決起がわたしを後押ししてくれました。

魔王打倒に賭ける彼女の勇気のおかげで旅に出る決心が着いたのです」

 

エレオノーラ。あなたの受け答えは完璧だけど話盛るのはやめて?

この旅が始まった、くだらねえ理由を彼が知ったら、

さっきのAK-47でバラバラにされかねないから。

 

「そうか。その格好では話もできまい。

皆、顔を挙げて立って欲しい……さて、里沙子嬢。遠路はるばるご苦労である。

そなたの魔王撃滅への意志は、聞き及んでおる。

ガトリングガンの開発も、その一環であろう」

 

「えっ、何故その事を?」

 

心臓が飛び跳ねる思いをした。

あたしとパーシヴァル社の社長しか知らないことを、なんで?

 

「我輩とて伊達に皇帝を名乗っているわけではない。

帝国全土に放った斥候から、主だった出来事とその背景は聞いている。

彼らは時として会社員、パンの配達人、行商人の格好をしている。

完全に市民に溶け込んでおり、気づかれることはまずない。……そして、里沙子嬢。

そなたが我々以外、相手にもしていない魔王を倒す決意を固めたきっかけを、

聞かせてはくれぬか」

 

地味に痛いとこ突かれたわねぇ。理由ったって、この物語の欠陥修正くらいしか……

あ、シュワルツ将軍に説明したお題目があったわね。

 

「魔王の二度目の攻撃は、明日起きてもおかしくありません。

現に、魔王は配下の悪魔を送り込み、散発的な侵略行為を行っています。

事実、わたくしも一度悪魔と遭遇し、どうにか退けることはできましたが、

彼らの力は強大です。

第二次北砂大戦に備えて、戦力を集めるべきだと思い至った次第です」

 

「うむ。魔王がサラマンダラス帝国征服を諦めていない事は明白。

だから我々もこうして日夜悪魔を撃滅する戦略、兵器開発に力を入れておる。

さて、堅苦しい話ばかりでも何だ。少し肩の力を抜こうではないか」

 

あー、なんとか納得してもらえたみたいでよかったわ。

肩の力を抜け、って言われても、皇帝の前であぐらをかくわけにもいかないし、

何なのかしら。

 

「里沙子嬢、このサラマンダラス要塞に来ることは、初めてのことだと思う。

この砦を見て、どのような感想を抱いたのか、聞かせてほしい」

 

「驚くことばかりですわ。

門番の兵士の方はアースの銃を装備し、魔法を使う女性の兵士もいらっしゃいました。

防衛設備も万全で、ハッピーマイルズでは見られないものばかりです」

 

「その女性兵士は魔導科部隊の所属である。

何も我々とて銃や砲だけで悪魔を滅ぼせるとは考えておらんからな。

……というと、里沙子嬢は“あの銃”について知っているのだろうか」

 

「AK-47という自動小銃です。性能、耐久性、

そして平易に量産可能なシンプルな設計が評価され、

アースのほぼ全域で生産されています」

 

「なかなか興味深い。

あれらは偶然アースから転移したもので、この要塞では5丁保有している。

携行型連発銃など、この世界ではありえないほど強力な代物でな。

分解して構造を調べようにも、元通りに戻せなくなる事態に陥ると大きな痛手。

ただ手に入った物を使っているのが現状だ。……さて、本題に戻ろう」

 

やっぱりあの女性兵士も軍人だったのね。

魔法でファックスみたいに紹介状の内容を転送してたのかしら。

AK-47に関しても、絶対量が多いものほど流れ込みやすいみたい。

ここだけで5丁もあるって話だし。

 

「今日、里沙子嬢がここに来た理由だ。

シュワルツからの紹介状に大体の事情は書かれていた。我が兵を、借りたいようだが」

 

「はい。その事でお願いに上がりました。

皇帝陛下は悪魔撃滅のスペシャリストを集めた特殊部隊をお持ちだと聞いています。

魔王との決戦には、是非その力をお貸しいただきたいのです。

突然押しかけて不躾なお願いをしていることは承知しています。

しかし、来るべき第二次北砂大戦に勝利するには、わたくし達の力では不十分なのです」

 

「確かに、我が軍は、対悪魔特殊部隊“アクシス”という、

装備も練度もトップクラスの精鋭を抱えている。

無数の軍勢をけしかける魔王に対抗するには数が必要なこともわかる。

……だが、その前に証明してほしい。

そなたらが珠玉の部隊を貸すに足る力を持っているか。

聞けば、里沙子嬢は、並の魔女では太刀打ちできぬほどの力を手に入れたとか」

 

お、来たわね。法王猊下の時と同じチャレンジタイム。

でも、大丈夫。あたしはさり気なく指先で胸の金時計に触れた。

不意に目が合ったエレオノーラが軽くうなずく。

 

「かしこまりました。何をすれば良いのでしょうか」

 

「今、我輩が着けているマントを、正面から我輩に気づかれぬように盗んでほしい」

 

なるほど。時間停止の能力が見たいわけね。

なんでこの能力について知ってるかはどうでもいい。

諜報機関の目について考えたところでキリがないわ。

どこにもいないようでどこにでもいるんだし。

 

「わかりました。では、合図をお願いできますでしょうか」

 

あたしは、ホルスターじゃなくて、ミニッツリピーターにそっと手をかざす。

さあ、集中!

 

「良かろう。では……始め!」

 

少しだけ息を吸って、じっと皇帝を見る。

いつも通り……いや、ちょっとずつ時間停止までの時間が短くなってる。

1コンマ何秒程度だけど。

とにかく、停止したあたしだけの世界で皇帝に駆け寄る。

そして、両肩の留め金を外して、マントを失敬。9秒は短い。

あたしは走って元いた場所に戻る。その瞬間、タイムオーバー。

 

「これは……!?」

 

皇帝は、あたしの両腕に掛かった、金糸で火竜の紋章が刺繍されたマントを見て、

驚いた様子で両肩に触れ確かめる。

多分、彼の目には、突然あたしの腕に自分のマントが現れたように見えたんだと思う。

あたしは、ゆっくり皇帝に歩み寄る。

 

「皇帝陛下、こちらをお返しします」

 

「うむ……これが時間停止の力か」

 

「あくまで擬似的なものですし、効果はほんの数秒ですが。失礼します」

 

彼にマントを返すとお辞儀して、また自分の位置に戻った。

 

「よくわかった。確かに貴女の力は我が兵の命を託すに足るものである。

よかろう。時が来れば、いつでも連絡するがよい。“アクシス”は常に出動可能である」

 

「ありがとうございます、皇帝陛下!」

 

あたしが礼を述べて、またお辞儀すると、皆も雰囲気だけで喜んだことが感じ取れた。

 

「我々人類が魔王に勝利する日は近い。

さあ、もうよかろう。決戦に備えて支度に戻るがよい」

 

「本日は、これにて失礼致します。ご多忙の中、本当にありがとうございました」

 

そして、あたし達はぞろぞろと火竜の間から出ていこうとした。その時、

 

「里沙子嬢、そなたには少しだけ話がある。済まないが他の皆は外してもらいたい」

 

正直戸惑ったけど、

彼の言うとおりにするしかなかったあたし達は、皇帝の部屋で二人きりになった。

皇帝はあたしに向き合い、目を見つめると、話を切り出した。

 

 

 

 

 

皇帝との会話を終えて退室し、1階に下りると皆が退屈そうに待っていた。

ちょっと待たせすぎちゃったわね。ルーベルが待ちかねたように話しかけてきた。

 

「どうしたんだよ。待ちくたびれたぞ」

 

「ああ、ごめんみんな。ずいぶん待たせちゃったわね。パーラーおごるから」

 

「ええっ!本当ですか!?チョッコレイト、チョッコレイト……げふ!」

 

「場所をわきまえなさい。ふざけてると額に穴が開くわよ!

殺されるならせめてあたしになさい」

 

「里沙子さんの愛が激しすぎます……」

 

「皇帝陛下と何をお話ししてたんですか?」

 

「ん~長くなるし、とりあえずここから出ましょう?

用事もないのに留まるところじゃないし」

 

「そーだな。みんな行こうぜ」

 

あたし達は城塞から出て、正門近くに戻ると、紫色の軍服の女性兵士に話しかけられた。

やっぱり、タブレットみたいなアクリル板を携えている。

 

「……待って」

 

「あら、今日はお世話になりました。わたくし達はこれで失礼します」

 

「話が、あるの……」

 

「なんでしょうか」

 

「皇帝陛下から、連絡。あなた達は、今後出入り自由。

ワタシか、同じ軍服の娘に声を掛けて」

 

「わざわざありがとうございます。皇帝陛下にもよろしくお伝え下さい。では」

 

「あ、待って……!」

 

「はい?」

 

紫の女性兵士は、キョロキョロしながら言葉を紡ぐ。人見知りする方なのかしら。

軍人には珍しいタイプね。

 

「あの、ワタシ……カシオピイア。アクシス第7魔導普通科連隊所属。

多分、いつか、あなた達と、いっしょに、戦う……かも?」

 

目の前のおどおどした彼女が、アクシス。いずれ生死を共にする存在との突然の出会い。

あたしは手を差し出した。

 

「あたしは斑目里沙子。力を貸してくれて、ありがとう。

面倒がりの性格だけど、命を賭けて協力してくれる仲間を裏切るほど腐ってもいないわ。

ここまで来たら全力で魔王をぶっ潰して、

苦労した分、朝寝朝酒朝湯に溺れるつもりだから、そこんところよろしく」

 

カシオピイアは差し出された手に一瞬怯えた様子だったけど、

すぐ優しく握り返してくれた。さて、恒例のニューカマー紹介タイムに入りましょうか。

 

彼女の名前はカシオピイア。アクシス第7魔導普通科連隊所属(コピペ万歳)。

軍服と同じ紫のロングヘア。歳はあたしと同じか2個くらい下かしら。

切れ長の目をした美人系。肌身離さず持ってるアクリル板は、

魔女の杖みたいな魔法の媒体だと思う。

 

軍服は楕円形の略帽に、軍服と言うよりスーツに近い上着にネクタイを締めて、

動きやすい短めのスカート。

アクシスは特殊部隊だって聞いてたから、

デカい銃持ったゴツい軍人ばっかりだと思ってたけど、

彼女みたいに魔法が使える女性も動員されてるみたいね。

 

以上、新人紹介はここまで。帝都で出来ることはお終い。……今のところはね。

 

「仲間……うふふ」

 

「カシオピイア?」

 

「え、あの、なんでもない。また、来る?」

 

「……ええ、細々した用事がまだ残ってる」

 

「なら、さっき言った通り、ワタシに声を……エヘヘ」

 

なにがおかしいのかしら。首をかしげつつ、正門を出て思い切り伸びをする。

 

「あーっ!やっと一仕事片付いたってことでいいのかしら?」

 

「まだですよ、みんなでパーラーでパフェを食べるんですから!

わたくしが案内します!」

 

「道案内って……あんたにできんの?」

 

「はい!馬車の中でここから大聖堂教会への道を見て暗記しましたから。

一旦教会に戻ったほうが近道です!」

 

「こんな時だけ記憶力発揮してんじゃないわよ。じゃあ、道案内とやらを頼むわね」

 

「まっかせてください!チョッコレイト~」

 

「ふふっ、ジョゼットさん嬉しそう」

 

「基本食い物与えればなんでも喜ぶわ」

 

それから、ジョゼットに先導されて、見慣れない通りを進んでいくあたし達。

15分ほど歩くと、驚くべきことに本当にジョゼットは大聖堂教会まで帰り着いた。

 

「パーラーはこの三叉路の中央です~」

 

何も言わずに付いていくと、オープンテラス席がオシャレなパーラーがあった。

いつの間にこんなところ見つけたのかしら。

こないだ来た時はスナイパー騒ぎやらで自由時間なんてなかったと思うんだけど。

この娘の能力時々謎。

 

「ここです!さ、さ、入りましょう!」

 

「お店は逃げないから落ち着きなさいな」

 

緑のペンキでわざと刷毛の跡が残るように塗られたドアを開くと、

温かみのあるランプが店内を照らしていた。結構素敵なところじゃない。

ジョゼットはもう4人がけのテーブルに着いて、

写真付きメニューを一心不乱に見つめている。

 

「う~ん、チョコレートもいいけど、

ダクタイルさんが言ってた極厚ぷるぷるパンケーキも捨てがたいです。どうしよう……」

 

「ちゃんと全部食べ切れるなら両方頼んでいいわよ。

皇帝の前で自制できたことと道案内のご褒美。あたしはコーヒーとパンケーキでいい。

ほら、二人も何か選んで」

 

「はい、ありがとうございます。

あ、このベリー&ベリーは、パンケーキにシロップに漬けたいちごと、

ブルーベリーがたくさん乗ってて美味しそうです……じゅる」

 

最後のは聞かなかったことにしてあげて。エレオノーラも普通の女の子なの。

 

「私は、どうしようかな。モンブラン?なんだこりゃ。麺のケーキか?」

 

「それは麺じゃなくて栗で作ったクリームよ。

ケーキに乗せた生クリームの上に、巻きつけるように糸状の栗のクリームを巻いて、

甘く煮た栗をトッピング。栗好きでもそうでなくてもオススメ」

 

「へえ……私の故郷では栗がよく採れたんだ。なんか懐かしいな。これにする」

 

全員の注文が決まったところで、店員を呼んでオーダーを取ってもらう。

店員は厨房にオーダーを通すと、ついでにお冷とおしぼりを持ってきてくれた。

一口水を飲むと、緊張で疲れた神経の糸がほぐれる気がする。

あたしは、さっきの皇帝との会話を思い出していた。

 

 

 

“では、魔王を倒す準備はほぼ整ったということだな”

 

“はい。魔王が放つ瘴気をかき消す風のクリスタル、

魔王に唯一とどめを刺せる勇者ランパードの剣、

そして皇帝陛下がお貸しくださった精鋭部隊アクシス。

いつでも決戦に挑むことができるかと”

 

“ふむ……”

 

皇帝は、ゆっくりと窓辺に近づき、眼下に広がるグラウンドを眺める。そして呟いた。

 

“まだだな”

 

“え?これだけの準備が整っても、まだ足りないと仰るのですか”

 

“最後のピースが欠けている”

 

“最後のピース、ですか……?”

 

“そう。それは”

 

彼が手を挙げて、あたしを指差した。

 

“わたくし、ですか!?

しかし、わたくしの能力はまだ実戦レベルに達しておりません。それに……”

 

皇帝はゆっくりと首を振る。

 

“そうではない。里沙子嬢、そなたがアステル村に降り立った悪魔を撃破した時、

またパーシヴァル社にガトリングガンを納入した時、

アースの兵器技術を使用したと聞いている”

 

“大企業に収めたガトリングガンはともかく、田舎のアステル村の出来事まで……”

 

“その知識が必要だ。この際、隠し事はすまい。

今挙げた全戦力をもってしても、魔王を倒すことはできない”

 

“!?”

 

“第一次北砂大戦の記録によると、敵の数は数千。

対してこちらは全領地から悪魔に対抗しうる実力者を全てかき集めても、

その数、千足らず。

ただでさえ数に圧倒的な差を付けられている上、

奴らは一体一体が常軌を逸した力を持っている。

アクシスと里沙子嬢達が全力でぶつかったとしても、敗北は必定”

 

“では、わたくしはどうすれば……”

 

“我らに戦う力を与えてほしい。その、叡智の詰まった小さな箱で。

必要なものは、全て都合しよう。通常所持使用禁止の品を手にする特権も与える”

 

“……”

 

あたしは、トートバッグの上から、スマートフォンを握りしめた。

 

 

 

「……い、おい、起きろ里沙子!注文届いたぞ」

 

気づくと、目の前にあたしが頼んだコーヒーとパンケーキが、

湯気と共にいい香りを立てていた。

 

「どうしたんだ?ボーっとして」

 

「ごめんごめん。ちょっと緊張しっぱなしで疲れてた」

 

「ま、無理もないけどな。

私も皇帝に会うなんて、母さん達がいた頃は一生ないと思ってたからな」

 

「ルーベル、あんたどせいさんからレベルアップしてたわよ。

ちゃんとはっきり喋れてたじゃない」

 

「なんか褒められてるのか馬鹿にされてるのか微妙だな、それ」

 

「うわぁ、チョコレートとぷるぷるパンケーキがわたくしに食べてと言っています!」

 

「マリア様、本日のいちごとブルーベリーに心からの感謝を……」

 

「とにかくみんな食べましょう。ちょうどお昼時だしお腹も空いてるでしょ」

 

あたしを含む変人だらけの4番テーブルはカオスな空間を生み出しながらも、

皆、それぞれの食事を楽しんだ。

ジョゼットがよっぽど楽しみにしてたのか、半泣きになりながらパフェを頬張る。

大げさね、欠食児童でもあるまいし。

 

それで、食べ終えたジョゼット除くあたし達は、

ちびちびお冷を飲みながら、食事の余韻に浸っていた。

ちなみに今は、大量注文したメニューを消化してるジョゼット待ち。

あたしら全員ジョゼット待ち。どうしてくれよう。確かに頼んでいいとは言ったけどさ。

 

「ぷはっ!はぁ、すみません。おまたせしました。……げぷっ」

 

これは指差して笑ってもいいわ。全員食べ終えてようやく席を立つ。

あたしは先に皆を店から出して、伝票を持ってレジに行く。

会計を済ませて店を出ると、皆が道路であたしを待っていた。

 

「よっ、ごちそうさん」

 

「ありがとう、里沙子さん」

 

「ありが……うぷ」

 

「いいのよ。今日はみんな頑張ったし。それじゃあ、帰りましょうか」

 

あたし達は、大聖堂教会へ向けて歩き出す。

腹が苦しいのか、ジョゼットが遅れてよろよろと付いてくる。

お願いだから転移の途中で吐かないでね。

心配しつつ真っ直ぐな道を進んでいくと、教会前の大広場にたどり着く。

そこでいつものごとく輪になる。そしてエレオノーラが“神の見えざる手”を詠唱。

 

「……総てを抱きし聖母に乞う。混濁の世を彷徨う我ら子羊、某が御手の導きに委ねん」

 

あたし達は帝都を後にした。

 

で、元の我が家に戻ったわけ。ふぅ、まだお昼だけど、なんだか疲れちゃったわ。

思い切り昼寝しよう。晩ごはんまでまだまだ時間がある。

 

「お疲れ、エレオノーラ。あたしは昼寝するわ。部屋に戻ってるから」

 

「私も何して暇潰すかな~」

 

「わたしも特に予定はないので、ここでイエス様の教えの続きを読むことにしようかと」

 

「あ、エレオノーラ様!

よかったら、高位魔法のわからないところを教えていただけませんか?

六角陣と光粒子の収束方程式がどうしても合致しなくて……」

 

「いいですよ。ここはわかりにくいところですね。

まず、陣は置いておいて光エネルギーの絶対値を微分しましょう」

 

 

 

 

 

聖堂から、みんながそれぞれ時間を過ごす声が聞こえてくる。

ゴロンとベッドに転がり、あたしの新たな命綱になったミニッツリピーターを見つめる。

能力発動時以外は普通に時を刻んでいる。

これからは愛しの金時計が戦友にもなってくれるわけね。それは嬉しい。

そして、やることがもう一つ。あたしはスマホを取り出し、

電源を入れ、“military”フォルダーを開いた。

それはつまり、あたしが戦争を引き起こすってことになることになるんだけど。

 

 



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レーシック受けようかと一瞬思ったことあるけど、リスクと手術が怖くてやめたの。眼鏡愛してるわ。

あたしは聖堂の長椅子に腰掛けながら、スマートフォンをいじっていた。

スライドする度にいろんな兵器や設計図の画像が現れる。

途中で画面に滑らす指が止まる。

 

「……」

 

この世界の技術力で再現できるのは、このくらい。

ガソリンエンジンもディーゼルエンジンも無理。蒸気機関はあるらしい。

ダクタイルも話の中でほんの少し触れてたし、暴走した機関車の賞金首もいる。

試してみるしかないわね。その時、住居の扉がキィ、と開いてジョゼットが姿を現した。

 

「里沙子さん……」

 

「ジョゼット。そんなところにいたの。立ってないで入りなさいよ」

 

ジョゼットは暗い面持ちで、ゆっくりとあたしに近づいてきた。

いつもの若干イラつくほどの明るさは鳴りを潜めてる。

 

「なに暗い顔してんの。あんたらしくもない」

 

「里沙子さんこそ、どうしたんですか?帝都に行ったときから、ずっと元気がないです。

最近部屋にこもりがちですし……」

 

「別に、あたしはいつもどおりよ。昼寝ばかりしてること含めてね」

 

「嘘!皇帝陛下と何を話したんですか!?お城を出てからずっと様子が変でした!」

 

動物的直感は鋭いから困るわね、この娘は。

 

「ちょっとした世間話よ。もう行かなきゃ。今日の訓練が始まるわ」

 

「どうして話してくれないんですか?わたくしが馬鹿だからですか?違いますよね。

エレオノーラ様やルーベルさんにも、なんにも言ってくれないんですから!」

 

「もう行くわ。エレオノーラが待ってる」

 

「里沙子さん!……里沙子さん」

 

あたしはジョゼットの呼びかけにも聞こえない振りをして、教会の外へ出た。

一週間ほど前、サラマンダラス要塞を後にしてから、

あたし達は戦いの準備に余念がなかった。

ジョゼットが言った通り、あたしは街で買い込んだ設計図向け方眼紙で、

再現可能なアースの兵器を紙に起こしてる。

 

自身の戦力強化も怠ってない。今日もエレオノーラを先生にして、時間停止の訓練。

本当、タイトル詐欺もいいとこ。何のために戦ってるんだか。

彼女が教会の裏手で待っていた。

 

ちなみにルーベルは近所の岩山でバレットM82の射撃演習してる。

マリーの店で奇跡的にサイレンサーが見つかったの。

あんな代物バリバリ撃ちまくってたら、将軍が飛んでくるからね。

 

「さあ、準備はいいですか。里沙子さん」

 

「ええ。よろしく頼むわ」

 

「まずは、時間停止を時計の制限まで」

 

「わかった」

 

無心になることで、能力が発動。ここ一週間の訓練で、だいぶ能力発動のコツが掴めた。

落ち着いた状況なら、ほぼノータイムで発動できるようになったわ。

停止時間も少しずつ伸びてる。

ツバメが空を飛んでいく姿のまま停止している。あの鳥はどこへ飛んでいくのかしら。

そんな事を考える余裕もできるくらい。

 

そして、スッ…と世界が動きを取り戻す。体感時間で25秒。

時計に頼れないから大体でしかないけど。

いつもどおり軽くストレッチしたような僅かな身体の火照り。さあ、楽なのはここまで。

今度は鬼教官エレオのしごきが待っている。

 

「こんなところかしら」

 

「いかがですか、練習の結果は」

 

「ゼロコンマ単位だけど、やる度に停止時間は確実に伸びてる。

発動時間も短縮されてる」

 

「それはよかったです。次はマナと魔力の感知訓練をしましょう」

 

「うっ……アレ、今日は定休日にしない?」

 

「完全に能力を自分のものにしたくはないのですか?」

 

「わかったわよ……」

 

あたしは後ろを向いて柔らかい草に座り込む。

すると、エレオノーラが近づいて、あたしの両肩に手を置く。

これさえなきゃ本当楽なんだけど。

 

「行きます……では!」

 

バリバリバリ!

 

「あぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」

 

電気椅子に掛けられたような貫く痛みが全身に走る。

別に電撃魔法を食らってるわけじゃないわ。

エレオノーラが、あたしのマナや魔力に働きかけて、痛覚を刺激させてるだけ。

これを繰り返すと、自分のマナと魔力を感知する精神が養われるらしいんだけど、

ご覧の通り、死ぬほど痛い。

 

「痛い痛い痛い!」

 

バリバリバリ!

 

「ぎゃああ!友情・努力・勝利なんかクソ食らえよ!!」

 

バリバリバリ!

 

「はぎゃー!大体あの海賊マークは一体なに!」

 

バリバリバリ!

 

「だべばー!昔は青いページがあった事を知ってるかー!」

 

その後も、あたしは拷問に近い訓練を受け続けた。

今日のメニューが終わると、あたしは精根尽き果てて草の上に横たわる。

エレオノーラが、そんなあたしに近寄って尋ねる。

 

「どうですか。少しは魔力の流れは掴めましたか?」

 

「ゲホゲホッ、体の中を、気の抜けかけたビールが流れるような、気は、する……」

 

「マナの方は?この辺りに昇華する前の魔力が固まってる気がするんですが。えい」

 

彼女が、あたしの左脇腹辺りを指で押す。訓練の刺激が残っている身体が悲鳴を上げる。

 

「痛い痛い痛い!やめてやめてやめて!」

 

「痛いほどいいんですよ。心がそこに向かっていきますから。えいえい」

 

やめてくれる様子のないエレオノーラ。

大変よみんな、次期法王はドSよ!と、叫びたかったけど、激痛で声も出せない。

のたうち回ることしかできないあたしを、容赦なくつっつき回す。

毎回訓練が終わる頃には叫びすぎて喉が痛い。

更に、今日は彼女が寝転んだままのあたしの身体を丹念に撫で回す。

ちょっとちょっと、そっち系の趣味はないんだけど!?

 

「う~ん、1時間と言ったところですね」

 

「何が、よ、変態スケベ……」

 

「へ、変なことおっしゃらないでください!

能力が肉体に与える負荷を調べていたんです!

時間停止に関しては、自主的に訓練できるレベルに達したので、

その場合は1回の発動ごとに1時間インターバルを置いてください」

 

「ゲームは一日一時間。彼は間違ってなかったってことね……」

 

「では、今日はここまでにしましょう。わたしはこれで」

 

「待って……」

 

あたしはまだ痺れの残る身体を起こして、立ち去ろうとするエレオノーラを呼び止めた。

 

「どうしましたか?まだ訓練を続けたいとか」

 

「冗談やめてよ……

悪いんだけど、後で帝都に送ってくれないかしら。皇帝に渡すものがあるの」

 

「渡すもの?」

 

「うん。魔王関連でいろいろとね」

 

「わたしはいつでも構いません。立ち上がれるようになったら声を掛けてください」

 

「ありがと……ふぅ」

 

あたしは痛めつけられた身体をいたわるように、

しばらく草原に横になって痺れが抜けるのを待つ。

……5分くらいして、ようやく身体がほぐれ、動けるようになったあたしは、

ゆっくり歩いて、まずは私室に荷物を取りに行った。

 

 

 

 

 

もうここに来るのも3回目かしら。

エレオノーラに術で大聖堂教会前の広場に転送してもらった。

相変わらず教会に出入りする大勢の信者や、

オリジナルの賛美歌を歌う流しの歌声で騒々しい。

 

「わたしは、お祖父様に挨拶してきます。

後は聖堂で聖書を読んでいますので、ごゆっくり」

 

「うん。ありがとね」

 

一旦彼女と別れると、広場で馬車を拾おうと空いた馬車を待つ。

少し待つと、空車が来たので手を挙げた。前回とは違ってすぐに止まってくれた。

ツイてるわ。すぐさま乗り込むと……あら、見たことある顔だわ。

 

「お客さん、どちらまで?……あ。あんた」

 

「こないだの運ちゃんじゃない。商売どうよ。サラマンダラス要塞まで」

 

「ハイヨー。あんたの言う通り、いちいち客を選ばず数で稼ぐことにしたよ。

本当にチップの額は見かけじゃわからないもんなんだな」

 

だべりながらも行き先を告げ、馬を走らせるあたし達。

 

「そりゃ賢い選択だわ。アースっていうかあたしの祖国じゃ、タクシーが増えすぎて、

熾烈な値下げ競争でみんな悲鳴上げてるからね。客がいるうちが華よ」

 

「まったくだ。ところで、要塞は二度目だよな。

あんたみたいな姉ちゃんが、あんな殺風景なところに何の用だい?」

 

「実は私、皇帝陛下に見初められちゃったの……なんてね。

ガチな話、詳しくは話せない。あんたにも累が及ぶ」

 

「まぁ、要塞関連の用事ならそうなんだろうな……やめとくわ」

 

この運ちゃん、第一印象は、やなやつだったけど、打ち解けると意外と話が弾む。

世間話しながら馬車に揺られてると、

あっという間に重装兵に守られた重厚な正門の前に到着した。

あたしは財布に手を掛けるけど、料金確認するのを忘れてた。

とりあえず前と同じく金貨2枚差し出すと、運ちゃんは軽く笑う。

 

「ははっ、100Gでいいって。チップも貰いすぎだ。

商売の知恵を教えてくれたんだ。これからも固定料金でいいよ」

 

「ありがとう」

 

あたしは金貨を1枚引っ込め、銀貨を2枚渡した。それを受け取ると彼は嬉しそうに笑う。

 

「ありがとな!それじゃ、まいどっ」

 

「ご苦労さま」

 

走り去る馬車を手を振って見送る。さて、用事を済ませなきゃ。

あたしがこの前出会ったアクシスの……カシオピイアね。

彼女を探そうと正門に向き合った瞬間、ガシャン!と何かがゲートに飛びついてきた。

 

「うわおっ!」

 

「えへ!里沙子……!来たのね、来てくれたのね!えへ、えへへへ……」

 

スライド式ゲートの鉄骨にしがみつくように現れた彼女に驚いて、

変な声を上げてしまった。

やっぱり何がおかしいのかずっと笑ってるし、まるで檻に入れられてるような絵面。

目を見開いてこっちを見てる様は、言い方悪いけど、昔の精神病院みたい。

とりあえず服を掴まれないよう一歩下がる。

 

「仲間、うふ、仲間……ワタシの……」

 

どうしよう。これでちゃんと話が通じるのかしら。

皇帝陛下との約束の時間が迫ってるんだけど。

あたしはとにかく、近くにいた黒い軍服の門番に助けを求めた。

 

「あ、あのう。彼女、話しかけても大丈夫?」

 

すると、彼はため息をついて、AK-47の銃把で鉄製の門を叩いた。

大きな金属音にカシオピイアが驚いてパニックを起こし、髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。

 

「あああ!ごめんなさい!叩かないで、謝るから!」

 

「こら、カシオピイア!勤務中であるぞ!」

 

「はいっ!ワタシは、アクシス第7魔導普通科連隊所属、カシオピイアであります!」

 

彼が一喝すると、カシオピイアはビシッと姿勢を正して敬礼した。

やだもう、アクシスってこんなのばっかりだったりするの?

 

「もう大丈夫だ。……すまない、実力はあるのだが、妙な癖がな。

なぜか君が来てから悪化した」

 

ふざけんじゃないわよ。この娘が○○みたいになったのは、あたしのせいだっていうの?

まあ、いいわ。本当に時間が迫ってる。

あたしは門から若干距離を置いて、向こう側のカシオピイアに話しかける。

 

「ね、ねえカシオピイア。あたし、斑目里沙子。一週間前ここに来たの。覚えてる?

皇帝陛下にお会いする約束があるんだけど、ここを通してもらえるかしら」

 

「はっ、少々お待ちください!」

 

すると、別人のような凛々しさを得た彼女は、アクリル板のような媒体を取り出し、

左手の指でキーボードを打つように、凄まじい速さで情報を入力していく。

 

「姓名、斑目里沙子。顔認証、問題無し。体格、一致。体内マナ波動計数、適合。

全ての認証をクリアしました。入場を許可します」

 

さっきの(ピー)と同じ人物とは思えないほど、スラスラと何かの認証を読み上げると、

黒の軍服が門を開けて、中に入れてくれた。

……一瞬、彼と門番代わった方がいいんじゃないかと思ったけど、

あの娘を外に出す方が怖い気がしたから、その考えはさっさと捨てた。

さあ、急がなきゃ。遅刻したら事よ。

 

 

 

 

 

無事、定刻までに城塞に到着したあたしは、

“作戦会議室”というプレートが突き出た部屋のドアをノックした。

あたしはトートバッグの中に入れた筒に触れた。もう、後戻りはできない。

 

「遅くなりました。斑目里沙子です。お約束の品をお持ちしました」

 

“入るがよい”

 

この声は皇帝陛下ね。木製だけど、濃い色で頑丈そうなドアを開けると、

そこには楕円形の大テーブルに腰掛けた幹部たちと、最奥に皇帝陛下が座っていた。

あたしは一礼して中に入る。

 

「お待たせして申し訳ありません。皆様、この度は魔王討伐に……」

 

「ああ、前置きなどいい!早くアースの技術を見せんか!」

 

胸にたくさんの勲章を着け、でっぷり腹の出た幹部があたしの言葉を遮った。

なによこいつ。挨拶くらい聞きなさいな。

 

「よさぬか!帝国軍人としての礼節を忘れるな!」

 

「も、申し訳ございません……」

 

うぷぷ、皇帝さんに怒られてやんの。そんなことはおくびにも出さず、

あたしはただトートバッグの筒を取り出し、

中から一枚の大きな紙を抜き取って、テーブルに広げた。

 

「こちらが、帝国軍全体の戦力底上げに必要な、AK-47の設計図です」

 

今度は、幹部達が声に出さずに身体をわずかに反らして驚きを示す。

皇帝陛下が、設計図を手に取り、やはり驚いた様子で顎髭を触りながら目を通す。

十分に眺めた後、テーブルに戻し、ひとつ息をついて、口を開いた。

 

「あの強力な連発銃が、たったこれだけの部品で作られているというのか……」

 

「この銃を発明したミハイル・カラシニコフ自身が、

AK-47を開発したことを後悔しているくらいです。

それほど簡単に量産でき、多くの命を奪ってきた故です」

 

“あれが1枚の設計図に収まるというのか?”

“これなら誰でも作れてしまうではないか……!”

“アースの兵器、恐ろしいものだ……”

 

皇帝陛下が発言したことで、幹部も次々と思いを漏らす。

あたしもいずれ、カラシニコフと同じ自責に苛まれるのかもしれない。

今は必要ない考えを頭の隅に追いやり、次の設計図を広げる。

 

「次は、対戦車地雷です。

地面に設置、もしくは地中に埋め込み、踏んだ瞬間大爆発を起こします。

わたくしがありあわせの材料で作ったものですら、中級悪魔を瀕死に追い込みました。

貴国の技術なら、間違いなく即死させるものが製造可能です」

 

「それは、何があれば作成なのかね!君はどこで材料を手に入れた!?」

 

丸メガネを掛けた痩せ型の将校が立ち上がって問いかける。

 

「もしこの世界に存在するなら、トリメチレントリニトロアミンとトリニトロトルエン。

トリニトロトルエンは振っただけで爆発するほど不安定なので、

製造は科学技術の専門家に任せることをお勧めします」

 

「わかった。それに関しては科学兵器班に問い合わせよう。

……君は、この対戦車地雷で悪魔を討伐したと聞く。

その時はどうやってこの兵器を製造したのかね?」

 

このメンツの中では比較的若手のオールバックが聞いてきた。

 

「わたくしの場合は、

薬屋で買った医療用ニトログリセリンからニトログリセリンを抽出し、

残りはガンパウダーで代用しました」

 

「雷管は?金物屋で手に入る代物ではないが」

 

「それは、あの……事情がありまして、お察し頂けると」

 

思わず口ごもる。マリーの店で買ったなんて言えない。巻き込むのは軍人だけで十分よ。

でも、その時作戦会議室のドアが開いて、

 

「喋ってもいいよん、リサっち!」

 

聞き慣れた声が聞こえたと思ったら……マリー!?

振り返ると彼女が、カシオピイアと同じ紫の軍服に身を包んで飛び込んできた。

 

「マリー!?あんた、どうしてここに?」

 

「あはは、手広くやってるって言ったじゃ~ん!

実はマリーさん、帝国軍諜報部ハッピーマイルズ領担当の軍人さんなのであったー!」

 

フォーマルな格好も似合うわね、なんて考えてる場合じゃない。

いつもと同じ、呑気な口調で衝撃的な事実を告げる彼女。

 

「じゃあ、あたしの行動がいちいち筒抜けだったのは……」

 

「うん。私が帝都に報告してたんだ……ほら、この唇のピアス。通信術式の媒体なの」

 

「なによ……ずっとあたしを監視してたってわけ?」

 

思わぬ真実にさすがにあたしもショックを受ける。

あのガラクタに埋もれて自由に行きてたマリーが諜報部員だったなんてね。

 

「……ごめん。

私の任務は、禁制品を集めて国家転覆を企む危険分子を監視・排除すること。

ホントにごめん。でも、リサっちはそんなことする娘じゃないって思ったから、

これまで帝都に報告もしなかった。それは、信じて」

 

「その軍規違反については、追って処分を下す。今は下がりたまえ」

 

髪の薄い幹部が言い放つ。

 

「はい。誠に、申し訳ありませんでした」

 

マリーが、らしくない口調で詫びると、深々と頭を下げる。ちょ、何やってんのよ!

ああ、どうしようかしら、

なんか最近切羽詰まった選択を迫られてばかりいるような気がする。

思わずあたしはテーブルの設計図をかき集めて声を上げていた。

 

「君、何をしているのかね!」

 

「あの、その、マリーの軍規違反については不問にしていただきたく存じます!

これらの設計図に描かれているものは、

ほぼ全てがマリーの店で買ったものがなければ製造できなかったもの!

つまり彼女は協力者!彼女を処罰するなら。わたくしも独房に放り込んでください!

聞き入れてくださらないならば、魔王との決戦は5丁のAK-47で挑んで頂きたく!」

 

何言ってんのかしら、あたし。

そんなことしたら、今度は教会のみんなに迷惑がかかるのに。

あたしって、自分で思ってるほど賢くないみたい。幹部達があたしを睨む。

張り詰めた空気が漂う。でも、そんな雰囲気を一言で吹き飛ばしてくれた人がいた。

 

「よかろう。

帝国軍諜報部員マリーは、永続的にハッピーマイルズ領監視の労務刑とする」

 

あたしは思わず最奥に座っていた皇帝陛下を見た。マリーもそれは同じ。

諜報部員の裏切りといえば、極刑が相場なのに。

 

「よろしいのですか、皇帝陛下!」

「此奴の罪は軍規に照らし合わせても重罪!」

「兵を呼べ!設計図など、ここで接収すれば……」

 

お生憎様、あたしには時間停止の能力が!マリーの手をぎゅっと掴んだ。その時。

 

 

──静まれい!!

 

 

重たい石の壁さえ震えさせるほどの大音声で、皇帝陛下が怒鳴り声を上げた。

あたしもマリーも、思わず立ちすくむ。幹部達も震え上がって声が出せない。

 

「貴官らには大局を見る視点がないのか!

今、諜報部員一人の処罰に揉めている(いとま)があると本気で考えているのか!?

魔王との決戦を間近に控えた我々に必要なのは、里沙子嬢の知識だ!

彼女はまだまだ我々の力となる兵器・兵法を心得ている!

一兵卒の身柄でそれが手に入るのなら、安いというもの!

良い大学を出ていながら、その程度のこともわからぬかぁ!!」

 

「し、しかし、恐れながら皇帝陛下……」

 

「我輩に異を唱えるなら、単身で悪魔の一体を屠ってからにせよ!

魔女の助けがあったとは言え、彼女はそれを成し遂げた。

つまり教えを乞うべきは我々である。

どうしても貴官らの言う通り、彼女を手放すというのなら、

それによって生じた結果については全て責任を負ってもらう」

 

今度こそ幹部達が黙り込む。

 

「では、諜報部員マリーは里沙子嬢に協力した。よって処罰は先に述べた通り。

異論は?」

 

誰も手を挙げる者はいなかった。

あたし達も何も言わなかったけど、マリーが手を握り返してきた。

 

「……議論を再開する。騒がせたな、里沙子嬢。話を続けてくれ。マリーは退室せよ」

 

「はっ、失礼致します!」

 

マリーは綺麗な敬礼をして、作戦会議室から出ていった。

去り際、一瞬だけ目が合ったけど、彼女の目に光るものがあった気がした。

……もう、腹くくったわ。あたしはあたしに出来ることをやるだけよ。

改めて設計図をテーブルに広げる。

 

「お恥ずかしいところをお見せしました。

雷管についてはイグニール領の精密機器工場に依頼すれば量産可能です。

対戦車地雷についてはここまでです」

 

「次の兵器を見せてもらいたい」

 

まだ皇帝に怒鳴られたショックから立ち直れてない幹部に代わって、彼が話を進める。

あたしは次の設計図を広げた。

 

「次は、わたくしが中型悪魔にとどめを刺したRPG-7…の模造品についてご説明します。

あいにくこれは使い捨てで誘導性能もないのですが、

アースのゲリラには鉄パイプで製造するものがいるほど、

強力で簡素な仕組みになっております。大量生産して一斉射撃すれば、

大きく敵の戦力を削ぐことが可能かと」

 

「ふむ、続けてくれ」

 

「ご覧の通り、砲身はシンプルなものです。肝心なのは弾頭。

この対戦車榴弾は、弾頭、ロケットモーター、安定翼と発射薬で構成されています。

弾頭にはやはり信管が必要になりますが、

対戦車地雷と同じく、イグニールで生産可能なレベルです」

 

「先程から戦車の名ばかり出てくるが、

武装した兵士を乗せた騎馬を倒すには、いささか強力過ぎる気がするのだが」

 

「いいえ。アースにおける戦車とは、主に125mm滑空砲や7.7mm機銃を装備し、

鋼鉄の装甲で防御し、無限軌道で地を走る、

大型のものでは重量80tに及ぶ自走兵器を指します。

……残念ながら、こればかりは機密解除されておらず、建造法はわかりません」

 

「なんと。アースの軍事力は空恐ろしいほどよ」

 

皇帝陛下が顎髭をねじりながら、長く息を吐く。

 

「ですが、大昔の代用品程度なら、再現可能かもしれません」

 

「そ、それは本当かね?」

 

ようやく落ち着きを取り戻した将校が身を乗り出して、食いついてくる。

 

「はい。それについてはまだ設計図が完成しておりませんし、

希少な素材も大量に用意していただく必要があります」

 

「よい。それで勝利が勝ち取れるなら、吾輩の冠であろうと差し出そう」

 

「もったいないお言葉。

皇帝陛下の象徴を鋳潰すことのない品を、必ず造り出してご覧に入れます。

……本日ご紹介できるものは以上です。

可能な限り多くの兵装を設計図に起こすつもりですが、

次回の会合はいつがよろしいでしょうか」

 

幹部達が決定を求めて互いに互いを見合わせる。

せめて提案くらいしなさいな。決められない部下ってどこの世界にもいるものね。

業を煮やした皇帝陛下が、大声で言い放った。

 

「次回会合は同じく一週間後、同時刻!参加者も同様!

里沙子嬢にはなるべく強力な兵器の設計図を持参頂きたい!」

 

「かしこまりました。ご期待に添える品をお持ちします」

 

皇帝の鶴の一声で、その日の会合は幕を閉じた。

幹部達がぞろぞろ作戦会議室から出ていく。

皇帝以外の全員が退室したところを見計らって、彼に話しかける。

 

「恐れ入りますが、お側で申し伝えたいことがあります」

 

「参るがいい」

 

あたしは彼に近寄ると、鞄をテーブルに置いて、中身が見えるように広げ、

中の財布を取り出した。

そして、チャックを開け、いつでも使えるよう中に入れている例のカードを彼に見せた。

 

「これは、なにかね」

 

あたしはこのカードの出自と、能力。そして描かれている怪物の正体について説明した。

少し彼の顔色が変わる。

 

「それは、誠か……?」

 

「彼にはバズーカ砲も全くと言っていいほど効き目がありません。

もちろん魔王との決戦に投入するつもりですが……

タイミングは皇帝陛下にお任せしようかと」

 

彼は難しい顔をしてしばし考え込む。そして、決断を下す。

 

「そのカードは、貴女に任せよう。彼の能力を知り尽くしている里沙子嬢に」

 

「かしこまりました。最大限有効に活用させていただきます」

 

「しかし、貴女は考えなかったのか?

そのカードを女神マーブルに量産させ、無敵の軍隊を作ろうと」

 

「う~ん、憚りながら、彼女はまだ信仰の結晶たるカードを複数作れるほど、

十分に神としての力を取り戻しておりません。……というか、ヘッポコです」

 

その言葉に皇帝があたしをじっと見据えた。そして、

 

「実はな……我輩もそう思っておる!フハハ!」

 

「いやですわ、皇帝陛下!アハハ」

 

「ハハッ、決して本人に言うでないぞ!」

 

「わたくし達の秘密ということに致しましょう!クフフッ!」

 

思わず笑い声が素に戻っちゃったわ。誇りに思っていいわよ、マーブル。

あなたは皇帝陛下公認のヘッポコだから大手を振って表を歩きなさい。

さあ、そろそろお開きね。

あたしも退室しようと、トートバッグを肩に下げ、ドアの前で彼に一礼した。

そしてドアノブに手をかけた時、唐突に声を掛けられた。

 

「里沙子嬢」

 

「はい、なんでしょう」

 

「……友は、大切にな」

 

「ありがとうございます……」

 

そして、作戦会議室から出て、空気の冷たい廊下に出た。

出口に向けて、考え事をしながら、てれてれと歩く。

 

「友、か……」

 

もうランキングで何位か忘れたけど、

あたしに友達って呼んで良い人間なんているのかしら。

基本、自分の都合最優先で、人嫌いで、干渉したりされたりするのが大嫌い。

こんなあたしが友達、ね。らしくない考え事をしていると、

後ろからヒールで走る音が近づいてきた。

 

「リサっち!」

 

振り向くと、そこには髪を振り乱したマリーが。

あたしが何か言おうとすると、突然抱きしめられた。

やっぱり軍人としての訓練も受けてるのかしら。腕を離そうとしても全く動かない。

 

「ちょっと、だからあたしはそっち系の趣味は……」

 

「……ありがとう」

 

「えっ?」

 

「うっく…かばってくれて、ありがとう……わたし、リサっちの事裏切ってたのに。

許してくれて、ありがとう……くっ」

 

もう、まったくこの娘は。ジョゼットと同年代とは思えないほど優秀なのに、

やっぱり年相応の女の子なのね。あたしは彼女の背中を優しくさする。

 

「気にしちゃいないわよ。

あたしは、あんたと、あのガラクタだらけのパラダイスが好きなんだから」

 

「うるさい、ガラクタ言うなっ……ふふ」

 

マリーが両頬を濡らしていた物を拭う。あたしは呆れ半分で彼女から離れる。

 

「今日お店、放ったらかして大丈夫なの?本当、商売する気あるのやら」

 

「替え玉を置いてきたけど、客なんて来ない日の方が多いから大丈夫」

 

「でしょうね」

 

「うるさいなー!もう」

 

あたし達は、笑い声を抑えながら、帰り道に着いた。

明日からマリーはジャンク屋の店主に戻るから、一旦私服に着替えに別室に入る。

軍服のままだと何かと問題が多いらしい。

そりゃ、諜報部員が軍服着て目立ってたらそれこそ仕事にならない。

彼女と待ち合わせて、一旦城塞の外へ出ると、突然誰かに組み付かれた。

誰!?なんとか動揺を抑え込んで時間停止すると……呆れ返った。

 

「カシオピイア?」

 

まだ12秒程度だから聞こえてるはずないけど。ようやく25秒経って時間が動き出すと、

彼女がいきなりいなくなったあたしに驚いてキョロキョロする。

そしてあたしを見つけると、また飛びかかってきたから、

今度は落ち着いてアイアンクローをお見舞いした。

 

「痛い痛い!里沙子……仲間なのに……どうしてこんなことするのぉ……」

 

「それはこっちの台詞よ!いきなり人のこと締め上げてどういうつもり?」

 

「マリー、ずるい……ワタシも……ナデナデ……お願い」

 

ああ、さっきのやり取りを見てたのね。

幽霊みたいな恨めしそうな顔で見てるからせっかくの美人が台無し。

また○○モードに戻っちゃったみたい。門番の兵士を呼ぼうかしら。と、思ってたら。

 

「ピア子、ハウス!」

 

私服に着替えたマリーの声が飛んできた。

途端に、カシオピイアのスイッチが切り替わる。

目に常人らしい光が戻り、背筋を伸ばして、あたしに敬礼してきた。

 

「先程は失礼致しました。お許しを。では、ワタシは任務に戻ります」

 

そう言うと、返事も聞かずに正門の側に走っていった。

 

「ごめんねー。あの娘、変な癖があってさー」

 

「それ、門番の人にも言われたけど、癖ってレベルじゃないわよ」

 

「まーまーそう言わずに、温かい目で見てやってよ」

 

「これからしょっちゅう通うあたしの身にもなってよね……もういいわ、帰りましょう。

知ってるだろうけど、大聖堂教会に転移魔法が使える子がいるの。

ついでだからハッピーマイルズに送ってもらうといいわ」

 

「んー、せっかくだけど、やめとく。

あんまりハッピーマイルズ以外で顔覚えられるの、良くないんだー。

教会の近くまで見送るよ」

 

「そっか。そっちの仕事に差し障るからね。

じゃあ、カシオピイアが元に戻らないうちに出ちゃいましょう」

 

あたし達が、正門に近づくと、彼女が話しかけてきた。

またアクリル板を左手で操作する。

 

「少々お待ちください。氏名、斑目里沙子。入場時のデータと完全一致。

どうぞお通りください。

続いて、コードネーム、マリー。各ステータス、登録情報と一致。

どうぞお通りください」

 

さっきの幽霊とは別人のようなキビキビした口調で退場を許されたあたし達は、

門を通って要塞の外に出た。ふぅ、なんか色々あって疲れた。

いつもお部屋でダンゴムシのあたしが、

急に外出することが増えたからしょうがないんだけど。

 

「よーし、ここからはマリーさんが案内するよ」

 

「お願いね」

 

それから、あたしはマリーとくだらない世間話をしながら、

大聖堂教会を目指して歩き始めた。

馬車で10分の道のりも、誰かと話していると気が紛れるものね。

少し足は痛くなったけど、不思議と苦にはならなかった。

そして、段々大聖堂教会の高い屋根が見えてきたところでマリーが足を止める。

 

「マリーさんはここまでー。リサっち、これから大変だと思うけど、がんばれー」

 

「あんたもね。……そうそう、あんたの店の不細工な人形、いくらするの?

ジョゼットが欲しがってた」

 

「ごめーん、あれ非売品なんだ。ああ見えてお気に入りなの」

 

「お気に入りならもっと大事にしてやったら?じゃあね」

 

「ばいならー」

 

マリーに見送られて、あたしはエレオノーラが待つ大聖堂教会の聖堂へ入って行った。

炎鉱石のストーブがあるのか、温かい空気に包まれている。彼女はどこかしら。

少し視線を左右すると、見つけやすい真っ白な後ろ姿が見つかった。

 

「ごめん、エレオノーラ。待った?」

 

「いいえ。先程お祖父様と別れたばかりです。用事は上手くいきましたか?」

 

「バッチリ。それじゃあ、帰り道、お願いできる?」

 

「はい。では外に出ましょうか」

 

 

 

 

 

そして、エレオノーラの“神の見えざる手”で自宅に戻ったあたしは、

また聖堂でスマートフォンの画面に見入っていた。

やっぱり、ジョゼットが入ってきて、何も言わずにあたしの側に立つ。

あたしは、様々な兵器の画像を選びながら、彼女につぶやいた。

 

「……ねえ。もし魔王との戦いに勝ったら、この教会、あんたにあげる」

 

 



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番外編:自業自得という言葉はご存知よね。今回はまさにその話よ。

ワイワイ…… ガヤガヤ……

 

「……みなさん、こんばんは。

今日はハッピーマイルズ教会パーティー会場からお送りしてるわ。

この会合で……なんというか、

これまでの懺悔というか、贖罪というか、膿を出したいと思ってるの」

 

「里沙子さん、なんだか元気ないですね?大丈夫ですか」

 

「大丈夫なわけないでしょう!見なさいよ、この聖堂の有様を!!痛たた……」

 

“ワーワー!”“ギャーギャー!”“きゃあああ!”“ぶるわああ!”

 

「これまで“面倒くさがり女のうんざり異世界生活”に登場した連中の、

ほとんどを詰め込んだから、あたしの頭痛がストレスでマッハなのよ!

結構広いと思ってたけど、ちょっと人を集めるとすぐ満員になるのね。

知らなかったわ……」

 

「里沙子さん、日曜ミサに顔出したことありませんからね。毎週こんな感じですよ」

 

「これに耐えられるなんて、ちょっとだけあんたのこと尊敬するわ」

 

「そもそもどうして今日はこんなパーティー開いたんだ?」

 

「冒頭でも述べたけど、作者の技量不足によって生じた、

伏線の放置、矛盾、キャラの使い捨てを解消しようと思うの。

皆が皆ルーベルみたいなレギュラーになれるわけじゃないからね。

……だから全員静まりなさい!」

 

パァン!と、あたしは天井に向けて一発撃つ。

一気に場が静まり返って、少し頭痛が和らぐ。

 

「ああっ!里沙子さん、撃ちましたね!マリア様のお部屋で拳銃を!」

 

「うるさい!100均で買ったピストル型のクラッカーだから問題ない!話進めるわよ!」

 

また興奮したせいで頭がズキズキする。あたしは何度か深呼吸して、来賓客に挨拶した。

 

「えー、みなさん。今日はお集まりいただきありがとう。

さっそくだけど、始めのプログラムを始めるわね。

まずは!“可哀想なキャラに愛の手を”……ほら、拍手」

 

白けた目であたしを見る有象無象ども。

まったく、誰のせいで苦労してると思ってるんだか。

恩知らず連中を無視してイベントを開始する。

 

「まずは、エントリーナンバー1。マーカス君。

温かい拍手でお迎えくださらないと、今度こそピースメーカーぶっ放す。

さあ、ステージに上がって!」

 

パチ、パチ、と嫌々ながらの拍手に包まれ、久々の出番を得たマーカス君は、

なぜか怒り心頭と言った表情でステージに上がった。

 

「では、自己紹介をどうぞ!」

 

「……マーカスだ」

 

「はい、ここにいる全員が知らないだろうけど、彼はプロフィールを除く2話目で、

あたしの財布をスろうとして、スタンガンのカウンターを食らった不遇のキャラです。

キャスケット帽をかぶった、あまり上等とはいえない服装の少年」

 

「うるせえよ……」

 

なぜかポケットに両手を突っ込んで、やさぐれてるマーカス君。

 

「ん?何十話ぶりか忘れたけど、何が気に入らないの。ショボいけど出番は出番よ」

 

「思わせぶりな伏線張っといてどれだけ放ったらかしにしてたと思ってんだ!

住所まで教えといて!どうせ今の紹介だって、服装のあたりは過去話のコピペだろ!」

 

「それは否定しないけど……」

 

「しろよ」

 

「許してあげてよ。艦これとのクロスしかできなかった作者が初めて挑戦した、

完全オリジナルだったの。何もかも手探りだったことはわかってあげて」

 

「じゃあ、俺は、なぜ生きてきたんだ!」

 

「イデ○ンのラストじゃないんだから大げさだって。

……一応奴にもあんたを活躍させる構想はあったみたいよ?」

 

「どんな!」

 

「あの後、あたしの仲間になって、ハッピーマイルズで起きる事件解決に協力する、

少年探偵団的なポジションにしようと思ってたらしいんだけど、

結局魔女襲撃やら何やらで忘れ去られたの。

思えばこのころからあらすじ詐欺のほころびは芽吹いていたのね、アハハ」

 

「ざっけんな!」

 

「はい、マーカス君にご出演いただきました。席に戻って。はよ」

 

「くそったれ……」

 

しぶしぶ席に戻るマーカス。諦めないで。魔王編が終わったらワンチャンあるわ。

 

「次は、エントリーナンバー2。名もなき召喚士。

かじりついてるサンドイッチを手放してこちらに来てくださる?」

 

「ん!?んがんぐ!」

 

「そんなハムスターみたいに詰め込まなくても、

これ終わったらゆっくり食べていいから」

 

ガリガリに痩せた身体に、

オレンジのローブと三角帽子を被った魔女がステージに上がった。

 

「今日は来てくれてありがとー!

本当はもう死んでるけど、番外編特権で生き返ってもらったわ」

 

「名無しの暴走魔女よ……魔女が迫害される世界に絶望して、

魔王様をお迎えしようと思ったんだけど……この女に殺された」

 

「そーそー。駄目じゃない。

自分が不幸だからって、他人まで巻き添えにしようだなんて。

あたしのように一人でも力強く……」

 

「もっとも、こいつはあたしを殺した兵器を売りさばいて大儲けしたらしいけどね!」

 

「ちょっ、それは今言わなくていいの!」

 

ブーブー!!

 

会場からブーイングが巻き起こる。ああ、なんとかしなきゃ。とりあえずインタビュー。

 

「ね、ねえ!さっき迫害された言ってたけど、具体的にはどんな事をされたの?」

 

彼女の背中をなでながら、優しく問いかける。少しでもイメージ回復を図らなきゃ。

 

「私の故郷では、魔女に生まれた、ただそれだけで悪魔の申し子だと石を投げられ、

家族は村では除け者にされ、親類縁者からも絶縁状を突きつけられた」

 

オォーウ……(米国ホームドラマのアレ)

 

「なんて酷い……そんな人権侵害が蔓延ってるなんて、許せないわ!」

 

彼女の両手を握って同情する。ふりをする。

 

「コピペだけどね」

 

「え?」

 

「今言ったことも作者の手抜きだって言ってんの!改行や整形してもごまかせないわよ」

 

うげあああ!!

 

会場のブーイングが更に激しさを増す。

っていうか、さっきから知的生命体以外が交じってる気が。

 

「もういい、あんた帰りなさい!一生サンドイッチ食ってろ」

 

「なによ、そっちが呼んどいて!」

 

役立たずの召喚士をステージから蹴落として、あたしは出演者リストに目を通す。

ふん、これと言って他に可哀想なキャラはいないわね。

次のプログラムに移ろうとした時。

 

「はいはーい!次はわたくしです!」

 

あっ、せっかく忘れてた頭痛がぶり返してきた。

ジョゼットが呼ばれてもいないのに勝手にステージに上がりやがった。

 

「ちょっと、何考えてんのあんた!」

 

「可哀想なキャラはここにもいます!この遍歴の修道女、ジョゼットです!」

 

おおーっ、と会場から歓声が上がる。

ああ、そういや忘れてたわ。この娘は結構カワイイ設定あったこと。

アホキャラに成り下がった今では見る影もないけど。

 

「言おうとしてたことを地の文で言わないでください!

そうです、自分で言うのもなんですが、わたくしにはそういう設定があったんです!

それが今となっては、里沙子さんにこき使われ、蹴られ殴られの毎日……」

 

ブーブー!

 

なーにが不満なのやら。毎月小遣いあげてるし、外食は基本あたし持ちだし。

 

「皆さんは、“聖者の行進”というドラマをご覧になったことはあるでしょうか。

知的障害を抱えた主人公たちが働く、とある工場が舞台です。

そこでは抵抗する術を持たない彼らに対する、

社長や工員による凄惨な暴力が横行していたのです。確かにわたくしは馬鹿です。

でも、だからといって、ぶたれなければならない理由があるのでしょうか。

そう、この教会は、竹上製作所なのです!」

 

鬼や、こいつは鬼やで!

 

ギャラリーうるさいわよ!本当こいつは被害者面するのは得意なんだから!

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ!あのね、あんたはまだ幸せな方なのよ。

紹介しきれなかった、マーカスみたいな使い捨てキャラは他にもたくさんいるんだから。

レギュラーの座を勝ち取ったあんたは幸せなの!」

 

「マーブルさんがいらした時、25発殴られました……」

 

やっぱり竹上製作所じゃねーか!

 

「ジョゼット、黙って」

 

「助成金目当てで教会運営してるのも一緒ですよね……」

 

うわーえげつな~い!

 

「里沙子さん……あなたそんなことを」

 

キシャアアア!!

 

「待って、冷静に考えてエレオノーラ。

これらの出来事は、あたしじゃなくて、これ書いてるバカが決めたことなのよ。

……そうよ。どうにもならないことで、

非難を浴びてるあたしが一番可哀想なキャラだと思うがどうか」

 

ふざけんなー!

それをなんとかするのが主人公だろーが!

その語尾の元ネタ誰もわかってねえぞ!

 

「わかった!あたしの負けよ!

今度パーラーで食い放題連れてくから、お願いだから黙って!」

 

「は~い!」

 

何が“抵抗する術を持たない”よ!なんだかいずれこいつに教会乗っ取られる気がする!

それにこいつら……!あたしの苦労も知らないで!

強引に次のゲストを呼び寄せるべく名簿をめくるけど、手頃な奴が見つからない。

 

ビートオブバラライカの連中は呼んでない。

全員まともな職に就いたり学校に行ったから。リア充に用はない。

ええと、哀れな奴、哀れな奴……

 

イエスさんにも頼りすぎた。

世界設定にまで食い込んでるから、これ以上出すと冗談抜きでバランスが崩壊する。

そう言えば、イエスさんに塩の柱にされた、ベネットって魔女もいたけど、

ゴッドパワーで未だに元に戻れない。

ディスプレイの前の皆さんからは見えないだろうけど、ステージの端に飾ってる。

 

結局、強引に次のプログラムを開始するしかなかった。

 

「皆さんお待ちかね!続いてのプログラムは“ここがダサいよ!うんざり生活”」

 

基本全部ダセえだろう!

 

……いきなりブーイングが飛んでくる。

本当に、ここでガトリングガン乱射して何もかもなかった事にしようかしら。

 

「ええと、ここでは会場の皆さんに具体的に、

これダサいなーと思うものを挙げてもらいたいと思います。

これだ!というものがある方は挙手願いま~す!」

 

すると、大きな影が手を挙げた。

 

「ありがとうございます!では、将軍殿、どうぞ!」

 

「我の名前自体がやっつけ仕事だと考える。シュワルツ・ファウゼンベルガー。

いかにも作ったような名前ではないか。

キャラ命名サイトで適当に探した感が見え見えであるぞ」

 

「えっと……それは、その」

 

「既出の問題であるが、地名の稚拙さも同様である。

他の領地の将軍に自己紹介する時に、我が恥をかいているのがわからぬか。

“ハッピーマイルズの将軍です”と名乗る恥ずかしさは、貴女にわかるまい。

それに、ちょくちょく出番はあるものの、

単に貴女が困った時に辻褄合わせに登場させられている感は否めない。

これは先程のプログラムに通じるところがある」

 

うん、うん。

 

どいつもこいつも納得してんじゃないわよ。

数少ない味方にも裏切られて、泣きたいのはこっちのほうよ。

 

「あの、それは、将軍殿が非常に頼りになる存在であるが故でありまして……

お名前に関してはタレ派の野郎とご相談頂けると非常に助かります」

 

「要するに、貴女は我については何もしてくれぬと、そういう事であるな?」

 

「あの、つまりは……そういう事に。他に意見のある方―!」

 

無理矢理話を打ち切って、別の意見を求めた。っていうか逃げた。

 

「俺だ」

 

「はいどーぞ!誰か知らないけど」

 

「シャリオだ!割と最近登場したばかりだぞ!」

 

「あー、あんたね。一応意見は聞くけど、文句は受け付けないわよ。

いきなりあたし撃ってきたんだから」

 

「この銀シャリみたいな名前は何だ!」

 

「だから、あたしに聞かれても困るんだって。

ええと、確か、キャラ名考案サイトの一つに、星座の名前を集めたサイトがあって、

その星のひとつにシャリオみたいな名前の星があったらしいわよ」

 

「奴に伝えておけ、もう少しセンスを身に着けろとな!……あと、言っておくぞ。

ここにお前の味方はいない。

一番まともな名前をもらったのはお前なんだからな!」

 

「えっ……?」

 

思わず会場を見渡す。今度はブーイングすらない。みんな冷たい目であたしを見るだけ。

 

「ねぇ、みんなどうしたのよ。あたしの名前は斑目里沙子。

……ははっ、これも作った感丸出しじゃない?みんなと一緒よ?

そんな怖い顔しないで……」

 

その時、両側から肩を掴まれた。

 

「なぁ、里沙子……私の名前の由来、何だ?」

 

やめてルーベル。目が笑ってない。

 

「あの、それは宝石の名前一覧から髪と同じ赤い宝石を選んだの。

当初はガーネットって名前にするはずだったんだけど、

あんまり直球すぎるから、他の宝石の名前をもじって……」

 

「里沙子さん、わたしの名前の由来はなんですか……?」

 

どうしてこの笑顔に恐怖を感じるのかわからない。

 

「うう……外人の名前一覧サイトから、綺麗っぽい名前を選びました」

 

「里沙子、後でスパーリングに付き合ってくれよ……」

 

「里沙子さん、後でマナ感知能力の特別授業を……」

 

「あ、里沙子さん。ついでにわたくしの名前も出処を教えてくださると……」

 

「世界樹の迷宮シリーズでいつも女の子キャラに付けてる名前。由来は今となっては謎。

1作目から使ってるから」

 

「そんな……」

 

こいつは即脅威にはならないけど、後で何を要求してくるかわからない。

ギャラリー共も騒ぎ出す。

 

ひどいぞー!

管理責任がなってない!

 

「なによ、なによ、何なのよ!皆であたしのせいにして!

悪いのは全部ダサいセンスで名付けたアイツじゃない!」

 

みんながあたしを傷つける!あたしを責め立てる!どうして!?

クソだけどフリーな世界で、

主人公という、ある意味一番辛い役割を演じてきたこのあたしが!

その時、誰か知らないけど会場から声が飛んできた。

 

“お前の名前の由来はなんだー”

 

あ、そうよ……どうしてあたしは斑目里沙子なのかしら。手元の資料を慌ててめくる。

あった。

 

「あったわ!ええと、名字の斑目は、“名字 珍しい”で検索して見つけた。

名前の里沙子については記憶にない、とあるわ。

……そうよ!あたしも半分はみんなと同じ、誰かに頼って命名された、

可哀想な存在なのよ!みんな、あたしを抱きしめてー!」

 

観客と一体になったことを確信したあたしは、ステージから客席に思い切りダイブした。

 

 

 

 

 

「……殴ることないじゃない。四方八方から」

 

ほうほうの体で暴徒から逃げ出し、ステージに座り込む。

 

「黙れ、この女江頭2:50が」

 

「おら、聖なるマリア様云々」

 

ルーベル、あたしのために出来ることを探しに来たなら守ってよ!

エレオノーラはウンコ座りしながら、回復術式を込めた指先で、

ぐりぐりとほっぺをねじってくる。お願い睨まないで。法王猊下が見たら泣くわよ。

あたしは彼女の雑な治療魔法を受けながら、

この茶番の最後のプログラムを始めようとしていた。

 

「最後よ。現時点での一番新しい仲間。

会場一番後ろの檻に入れられている、カシオピイアを紹介するわ。

ついでに、キャラ設定もここで固めるわよ。同じ悲劇を繰り返さないように」

 

「人間は反省するが学習はしない。ヤツの昔の上司が言ってた言葉だぜ」

 

「ワキャアア!里沙子!ワタシの、仲間……カシオピイアだけの!」

 

「どーどー。おやつの時間よ。ほら、(コトッ)アップルパイ」

 

「えへへぇ……おやつ、食べるぅ……里沙子?、いっしょにィ!!」

 

ペットのようにお菓子をもらって、一瞬下がったボルテージを爆発させ、

全身を檻に叩きつけるカシオピイア。

ああ、カシオピイア。例え(ピー)でも、あたしの味方はあなただけよ。

あなたがこんな扱いを受けているのは、本当に悲しい。

2mくらい距離を取らなきゃ安心できないのは、本当に悲しい。

側の長椅子に調教師のマリーが座っている。

軍服なのに誰も気にしないのは番外編ならではのフリーダム。

 

「あら、この娘よく見たら2丁拳銃じゃない。ポテンシャルはあるのかしら。

やっぱりアクシスの一員なのね」

 

「あんまり無駄に設定膨らませないほうが身のためだぜ。後々今みたいな状況になる」

 

「くはは。リサっち、すっかりピア子に懐かれちゃったみたいだねぇ。

……ところで、マリーさんの名前の由来、知りたいな~。さっき聞きそびれちゃった」

 

「えーと?資料になかった……諜報部員だから極秘なのよきっと」

 

「マリーさん、嘘は嫌いだな~……教えろ」

 

「別作品のキャラから流用したそうです!

こんだけストーリーに絡むとは思ってなかったそうです!

あたしのせいじゃないの!だからアサシンブレードみたいなのしまって!」

 

「よし、檻を開けようか。みんなの前で骨の髄までしゃぶってくれるよ」

 

「やめてって言ってるでしょ!条件は!?」

 

「ジョゼットちゃんと一緒にパーラー」

 

「わかったわよ、好きなだけ食べなさいな……」

 

「交渉成立~!じゃあ、このままじゃ喋りにくいだろうから、元に戻すね~

ピア子、ハウス!」

 

マリーの合図と同時に、暴れてるのか、はしゃいでるのかわからないカシオピイアが、

ピタリと動きを止め、軽く髪を直して立ち上がった。

アレ状態の記憶がないのか、左右を確認して、側のマリーに話しかけた。

 

「情報官マリー、ここはどこでしょう。今の状況についてご説明願います」

 

「どっちが“元”だかわかりゃしないわ……」

 

「うん、ここはリサっちの家。

また君が興奮気味だったから、ちょっと窮屈な思いをしてもらってるよ~」

 

「里沙子氏の家!?お手数をお掛けして申し訳ございません。

心の安定を保ったまま要塞の外に出られれば良いのですが。

……里沙子氏、少しお話ししたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

 

どうしよう。檻に入ってるし、今は正気を保ってるみたいだけど。

あたしは、いつでも逃げられるように、50cmだけ近づいて彼女のそばに立った。

すると、彼女がいつも携えているアクリル板をずいと差し出してきた。

 

「な、なに……?」

 

「あの……できれば、サインを、頂けないでしょうか?」

 

「サイン?」

 

まともな精神状態なら美人の彼女が、少し頬を赤らめてコクコクとうなずく。

別にいいんだけど、こんなただのちっさい女のサインなんかどうするのかしら。

要塞の入出場に必要なの?とにかく、それくらいで済むならお安い御用よ。

 

「……ジョゼット、演説台のマジック持ってきて」

 

「はい」

 

ジョゼットからマジックを受け取り、“Risako Madarame”と普通に書いた。

芸能人でもないから、書き崩したりできないし。

署名したアクリル板をカシオピイアに檻の隙間から返した。

 

「これで問題ないかしら?」

 

「ありがとう……ございます」

 

彼女は嬉しそうにアクリル板を抱きしめて、黙りこくってしまった。

こうして大人しくしててくれると、目鼻立ちも整ってて、きれいなんだけど、

もったいないわね。お互いずっと黙ってるのも妙な感じだから、声をかける。

 

「あと、あたしは呼び捨てでいいから。これからよろしく」

 

「!?……本当に、よろしいのですか?」

 

「うん。里沙子氏、とかアキバのオタクじゃないんだから」

 

「はい!では、里沙子。もう一つお願いがあるのですが」

 

「っ……何かしら」

 

少し嫌な予感がして、一瞬言葉に詰まってしまった。今は大丈夫なのはわかってるけど。

 

「この、ワタシの媒体……名前を付けるように、言ってくれないでしょうか。

“アクリル板”じゃないです……」

 

「あー、本当ごめん。さっさとちゃんとした名前考えるように言っとくわ。

ダサいなりに由来も一緒に頭ひねって考えろってね」

 

「よろしく、お願いします」

 

綺麗な背筋でお辞儀するカシオピイア。うん、やっぱりもったいない。

なんでせっかくの美人を、サイコブレイクのラウラにしちゃうかしらね。

自分が不細工だからって、キャラクターに当たるのは良くないわ。

ちなみに、ネットでの評価は最悪だったけど、1作目も大好きよ、あたしは。

さて、こんなところかしら。

 

「みんな、パーティーはお開き!

このクソみたいな会合が、今後のうんざり生活発展に寄与することを祈ってるわ。

次回から、また魔王編が始まるけど、今日のことはなかったように振る舞うのよ。

わかった!?」

 

「“クソ”はお母様に叱られるんじゃなかったですか?」

 

「母さんだって、この有様を見たら大声でFxxkって叫ぶわよ。

さあ、者共、帰った帰った!」

 

この物語を構成する亡者達が去っていく。

後に残されたのは、食い散らかされた軽食と演説台。あと、ベネットだった塩。

 

「ふぅ、今日は大変でした~

客席から妙な生き物の声が聞こえてくるし。あれは何だったんでしょう」

 

「リプリーがエイリアンでも連れてきたんでしょ」

 

「黒鉄の魔女ダクタイルさん、ですね。

エイリアンネタもその辺にしないと、読者が混乱します」

 

「わかってるわよ!……あー、疲れた。こんなことは二度とご免だわ」

 

「タイトル読み返せ。誰のせいだと思ってる」

 

「だから、あたしだって登場人物の一人に過ぎないんだって……

みんなあたしのせいにしないでよ。もういい、片付けは明日にして、今日はもう寝るわ。

……あ、最後に、読者の皆様にお断りがあるわ。

3月末にファークライ5(PS4)が発売されるの。

えーと、つまり……それにかかりきりになるから数週間ほど更新が滞るわ。

マジでごめんなさい。

十中八九オンライントロフィーがあるから、過疎る前に取得しておきたいの。

終わったら頑張るから許して。お願い」

 

「トロコンするころには、お気に入りが0になってるかもしれませんね」

 

「冗談抜きでやめて」

 

 




*皆さん、今後ともお見捨てなきようお願いします…
他にもおかしいところがあればご指摘頂ければ幸いです。


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さっそくお気に入り減少。原因は心当たりが多すぎてわかんない。

昼間だから明かりを点けてないけど、

マリア像が直射日光を浴びて傷まないようにできてるから、結構薄暗いのよね。

静かで暗い聖堂で、あたしとジョゼット二人だけ。

 

「……どうして、いきなりそんなことを?」

 

「前に、ここでガトリングガン作った時、ジョゼット凄く怒ったでしょ。

今度は、もっと怒るような事するから。それで勘弁してちょうだいな。

毎日ミサが開けるわよ」

 

「だったら!」

 

彼女があたしの前に座り込んで、あたしの手を握る。

……よして、変な方向にスライドしちゃったじゃない。

 

「まだ間に合います!里沙子さんが何をしてるのかわかりませんし、

聞いたところで馬鹿なわたくしにはわからないと思います!

けど、わたくし達で力を合わせれば、ものぐさな里沙子さんが必死にならなくても、

別の方法が見つかると思うんです!だから……!」

 

「ごめん……無理。もうあたし達だけの問題じゃなくなったの。

大勢の人間が動き出してて、大勢の人間が戦って、大勢の人間が、死ぬ。

あたしだってガトリングガンの件で何も学ばなかったわけじゃないわ」

 

ジョゼットが声を出さずに息を呑む。

そして、目に涙を浮かべてようやく言葉を口にした。

 

「里沙子さん、この旅をやめにしませんか?

皇帝陛下にも法王猊下にも謝って、全部なかった事にするんです。

まだ魔王と接触すらしていない、今なら!」

 

あたしは黙ってジョゼットの手を取り、ゆっくりと彼女の膝に戻す。

 

「里沙子さん……!」

 

「前にも言ったかもしれないけど、魔王は明日来てもおかしくないの。

殺せるときに殺しとかないと、おちおち昼寝もできないわ」

 

「嫌です!もし負けちゃったら、里沙子さん、死んじゃうじゃないですか!」

 

「魔王みたいな時代遅れのジジイの顔色窺いながら生きてくなんて、

それこそ死んだも同然よ」

 

「うくっ……里沙子さんの馬鹿!」

 

聖堂に乾いた音。頬に走る痛み。カラカラと音を立てる眼鏡。

はぁ、歴史は繰り返すっていうけどサイクル短すぎない?

ジョゼットは走って奥に引っ込んじゃった。そろそろ、今日のメニューね。

眼鏡を拾うと、外に出て裏手に向かった。

 

 

 

 

 

いつも通り、彼女は草原に裸足で立っていた。魔力でほんの数ミリほど浮かんでるけど。

まぁ、裸足で馬の糞とか踏んづけたら洒落にならないしね。

ちなみに、この世界では犬の糞より馬の糞の方が格段に遭遇率が高い。

糞の話ばっかりで申し訳ないわね。

いちいち馬鹿話挟まないと話が進まないのは、この物語の宿命なの。

 

「待たせてごめん、エレオノーラ」

 

「……彼女と、なにがあったんですか」

 

「毎度のことよ。勝手なことしたからぶん殴った。それだけよ」

 

「嘘をつく人には、何も教えられません」

 

彼女が立ち去ろうとするから、慌てて肩を掴む。

まだ停止時間45秒で、マナの位置もあやふやなまま、見捨てられちゃたまんないわよ。

エレオノーラは前を向いたままあたしに問う。

 

「もう一度聞きます。彼女と、何があったんですか」

 

「わかったわよ……どこから話せばいいのかしらね。

ジョゼットが戦争を止めるように言った。あたしがそれを断った。

だからあの娘がすねて出ていったのよ」

 

「それだけですか?」

 

「……戦争に勝ったら、教会をあげるって言った」

 

「どうしてそんなことを!

勝っても負けても、あなたが去ることになるじゃありませんか!」

 

「そう、去るの。教会に住めるような人間じゃなくなるから。

決戦では、あたしが伝えた武器を抱えて大勢の兵士が死ぬ。それだけじゃない。

例え魔王に勝利しても、今度は人間同士の戦いに転用されるのは間違いない。

誰が言ったかは忘れたけど、手にした銃を撃たずにはいられないのが人間」

 

「だからといって!」

 

「この世界には色んな国があるらしいけど、

魔王を打倒した時には、サラマンダラス帝国が、

恐らくこの世界トップレベルの軍事大国になることは間違いない。

そんな時、他国との諍いに火が着いたらもう止められない。

彼我の死者は数万、数十万、いや数百万に及ぶ。

別にあたし一人が世界紛争を左右できると思うほど自信家じゃないけど、

その導火線に火を着けといて神様の家でごろ寝続けるほど図々しくもないの」

 

「面倒事厄介事が大嫌いな里沙子らしくありません!

ジョゼットさんが泣くのも当然じゃないですか。

……どうしてあなた一人で罪を抱え込もうとするのですか。

時が来れば、わたしもルーベルさんも共に戦うというのに!」

 

「まだまだ償いきれない罪があるのよ。あたしが帝国に持っていった“地雷”の設計図。

地面に撒いたり埋めたりして、踏むと爆発する爆弾。

皇帝に渡したのは複雑なものだけど、簡単なものなら、

ちょっとした知識と材料があれば簡単に大量に作れちゃうの。

アースの紛争地帯では、世界地図に色付け出来るほど広範囲に散らばってる。

そんな国にも人は住んでる。そこじゃ片足のない子供なんて珍しくない。

一度撤去してもゲリラがまた撒くの。“撤去済み”の道を歩いて死んだ子もいるわ」

 

「何が言いたいんですか……」

 

「結局、あたしがしてたことは平和の前借りだったってこと。

初めは、物見遊山で旅しながら、自分の居場所を守れればいいやって思ってたけど、

そのうちなりふり構わなくなって、とんでもないことしてたことに、

手遅れになってから気づいた。

地雷もそのうち誰かが改良してミドルファンタジアに拡散する。

足のない子たちが生まれる。

だから、あたしが教会で、温かいベッドで寝ることは許されないの」

 

「里沙子さん」

 

エレオノーラは、首から何かを外して、あたしの首に掛けた。

銀のロザリオが着いた、細い銀のネックレス。

 

「これは?」

 

「あなたがその懺悔の気持ちを忘れない限り、

マリア様、イエス様は、必ず里沙子さんをお赦しになります。

あなたに必要なことは、人間を信じること。

決してこの国は弱者に斧を振り下ろすことはしません。

どうか、お祖父様や、皇帝陛下を信じてください」

 

「……あたし達が生きてるうちに、結論が出ることはないわ。

次々代の法王や皇帝が平和を貫く保証なんかどこにもない。

でも、せめて……人間以外に滅ぼされることは避けて見せるわ」

 

「今は、それだけに集中しましょう。

まずは里沙子さんの能力を完璧なものにしなければ」

 

「そうね。お願い」

 

ダラダラと長話続けて悪かったわね。

精神と時の部屋があれば、この魔王編も3分の1くらいに収まったんだろうけど。

いつも通り、あたしは適当な小石でお手玉しながら時間停止を発動する。

うん、多少作業や邪魔が入っても自在に発動できる。

 

後は時間ね。1分が目標だけど、あと一歩ってところ。45秒は意外と長い。結構暇ね。

……ちょっといたずらしてやろうかしら。エレオノーラに忍び寄って、地面に横になる。

うへへ、姉ちゃん、どんなパンツはいてんの~と、スカートをめくろうとした時、

時間停止が解除された。しまった、スカートに気を取られて集中が途切れた!

 

「……里沙子さ~ん?」

 

「あ、いや、違うの。どんな姿勢でも時間停止を維持できるかをちょっとね?」

 

「うふふ、わたしのスカートを掴んだ姿勢で、

時間停止する必要が発生する状況を答えてくださいますか」

 

エレオが笑ったまま、近づいてくる。あ、よく見ると細目開けてる。怖いからやめて?

 

「さっそくですが、マナと魔力の感知訓練に移りましょうか?」

 

「あのね、その前にお願いがあるっていうか、手加減と言うか、いつも通りに……」

 

「うふふ……さあ、こっちへどうぞ」

 

 

──あろぱるぱ!!こいつの元ネタググらずにわかる奴は神いぃぃ!!

 

 

あたしの悲鳴が草原を駆け巡る。結局こうなんのよね。どんだけ真面目に語ろうとも!

いつもよりキツめの拷問的訓練を受けたあたしは、無様に地面に這いつくばっていた。

 

「いかがですか。マナの感知は進んでいますか」

 

「はびばっ……」

 

「はびばでは分かりません。

あら、わたしとしたことが。いつものマッサージを忘れていましたね」

 

「うえ~い、やだ~、おうちかえる~」

 

身体をよじって逃げようとしたけど、ナメクジ程度の速度しか出せず、

すぐ捕まってしまった。

エレオノーラは情け無用とばかりに、左脇腹を親指でぐっと押し込む。

そこでまた、あろぱるぱよ。以降の展開は省略する。

読んでて面白くもないし、2話前に書いたしね。痛めつけられた。ただそれだけよ……

 

「では、今日はここまでにしましょう」

 

「げべっ……エレオ……あとで、帝都……」

 

「……わかりました。準備ができたら声を」

 

大地に液体のごとく広がりながら、

鬼教官エレオに散々押しまくられた、左脇腹に触れる。

本当にこれでマナが感じられるようになんのかしらね。毎回痛いだけで……

あら?ちょっと、あったかい。

 

 

 

 

 

先週と同じく、エレオノーラに帝都に連れてきてもらって、

サラマンダラス要塞の前まで来た。頑丈なゲートも、屈強な兵士も、見慣れた光景よ。

……この娘含めて。

 

「キャアア!里沙子、こっち見て!ワタシだけの、仲間ァ!」

 

「……お願いして良いかしら」

 

「すまない……」

 

また、AK-47を抱えた門番さんに頼んで、カシオピイアを大人しくしてもらう。

銃把で門を叩くと、彼女が耳に痛い音に驚いて、しばらくパニック状態になった後、

ぷっつりと糸が切れた人形みたいに動かなくなる。

 

2秒ほどしたら、突然直立姿勢になり、キビキビとした歩調でこちらに近づいてきた。

そして、どこに隠してたのか、例のアクリル板をあたしにかざして問いかけてくる。

 

「斑目里沙子様、ですね。ご用件をどうぞ」

 

「あの、皇帝陛下とお会いする約束があるの。通してもらえるかしら」

 

彼女は少しだけアクリル板に目をやり、浮かび上がった文字を見て答えた。

 

「……皇帝陛下との謁見予定を確認。入場を許可します。どうぞ」

 

門番さんがゲートを開けてくれて、やっと要塞に入ることができた。

ここでわかったことがひとつ。この世界には通信機の類がない。

だから猛獣みたいなあの娘が入退場の管理やってる。

豆知識を増やしたところで、城塞の門をくぐり、先週と同じく作戦会議室に入る。

 

「ごめんください。斑目里沙子でございます」

 

“入りなさい!”

 

今日は皇帝陛下じゃないわ。ハズレ。ドアを開けて中に入る。

前回と同じく皇帝陛下を最奥に、幹部達が集まっていた。

 

「お待たせして申し訳ございません。

早速、新規に描き起こした兵器の設計図をご紹介します」

 

「おお、待ちわびたぞ。早くしたまえ!」

 

丸眼鏡の将校が立ち上がって急かす。あたしは無駄だと知りつつも用件を切り出した。

 

「その前に、本日は皆様にお願いしたいことがあります」

 

「ええい、なんだ!」

 

「今まで提出したもの含め、わたくしがご紹介した兵器は、

悪魔以外には一切使用しないとお約束頂きたいのです」

 

一瞬、間を置いて、どっと幹部達の笑い声が起こった。

あざ笑う彼らの中、皇帝陛下だけが、あたしをじっと見つめている。

 

「ハハ。今更何を言うかと思えばバカバカしい。

この世界にはサラマンダラス帝国しか存在しないわけではないのだよ?

我々を仮想敵国として、いつ宣戦布告してくるかわからない国も存在する。

連中が魔王との戦争で疲弊した時を狙って攻め込んでくる可能性は高い。

その時こそ、AK-47やRPG-7が威力を発揮するのではないか!」

 

「実は……」

 

あたしは、エレオノーラに自分が提供している軍事技術の危険性について説明した。

特に、地雷や今日説明する予定のものを重点的に。

でも、腹の出た幹部は苛ついた様子でそれを一蹴した。

 

「そんなことは君が心配することではない。

難しいことは我々に任せて、情報提供だけを行っておれば良いのだ!」

 

「しかし、これらは敵だけではなく、自国民にも……」

 

「くどいぞ!そもそもAK-47を始めとした近代兵器を持ち込んだのは君ではないか!」

 

「はい、わたくしが軽率でした。ですからこうしてお願いに!」

 

「もういい!衛兵、この女を捕らえろ!要塞の外に出すな!設計図を取り上げろ!」

 

「待ってください、あの……」

 

ドアが乱暴に開かれ、黒い軍服の兵士が2人踏み込んできた。

彼らがあたしの肩を掴んで外に引きずり出そうとする。その時だった。

 

 

──待たぬか!!

 

 

またも皇帝陛下の大声が響いた。一国の主が放つ言葉は、皆を凍りつかせる威力を持つ。

 

「……諸君は、我輩を無視して事を進めようとしたな」

 

「た、大変失礼致しました!ですがこれしきの事、皇帝陛下を煩わせるほどの……」

 

「喧しい!!」

 

再び声を荒らげる皇帝。今度こそ幹部達は言葉を失う。

 

「“これしきの事”なら、貴官は我輩が地雷原を歩くことになってもよいと言うのか?」

 

「いえ、滅相もございません!」

 

「では何故我輩に上申せぬ」

 

「此奴の越権行為につい我を失い……申し訳ございません。

ほ、ほらお前達、彼女を放さんか!」

 

青くなってしきりに汗を拭う幹部達。

時間停止のタイミングを覗ってたけど、皇帝陛下のおかげで兵士の手から開放された。

彼らが退室すると、同時に皇帝が口を開いた。

 

「……部下の非礼、本人に代わって詫びよう。

里沙子嬢、すでにAK-47を始めとした兵器の製造法が放たれた以上、

貴女の危惧している事態は恐らく起こるであろう。

こんな要塞が存在していること自体がそれを証明している。

だが、部下の意見にも一理もないわけではない。

つまり、サラマンダラス帝国を狙っているのは魔王だけではないということだ」

 

「では、わたくしがしていることは、無駄だということなのでしょうか」

 

「結論を急ぐべきではない。……そうだな、約束しよう。

貴女がもたらした兵器の数々は、侵略行為には用いない。

だが当然、我が国に攻め込もうとする輩は全力で排除する。

もちろん貴女の兵器の使用も厭わない。

しかし、他国への攻撃に用いることも決してない。専守防衛に徹することを誓う。

……これが、落とし所だと吾輩は思うのだが」

 

「皇帝陛下……ありがとうございます!」

 

思わず見えた一筋の光に、皇帝の瞳を見つめたまま、考えを止めてしまう。

幹部達がガヤガヤ騒ぎ出したけど、聞こえていても頭に入ってこない。

 

「皇帝陛下、よろしいのですか!」

「あの国を黙らせるチャンスなのですよ!」

「小娘の戯言に耳を貸す必要など!」

「魔王から賠償金など得られません、国益を考えれば……」

 

今度は何も言わず、ただ前を睨む皇帝。

彼が放つ激しい怒りを感じ取った幹部達は、慌てて着席し、口をつぐんだ。

 

「……皆の者、今日の会議を始めようではないか。里沙子嬢、設計図を」

 

「は、はい。少々お待ちを」

 

あたしも正直ビビってたから、声が裏返った。

急いで厚紙の筒から設計図を1枚取り出して、広げる。

 

「これは、ずいぶんと簡素なものだが、どんな兵器かね?」

 

「ワイヤートラップです。杭を2本打ち込み、

片方にワイヤーの刺さった爆弾をくくりつけ、

もう片方に真っ直ぐワイヤーを張って結びつけます。

足を引っ掛けてワイヤーが抜けると、爆弾が作動して敵を殺傷する、

別のタイプの地雷と言ってもいいでしょう」

 

「皇帝陛下、発言してもよろしいでしょうか……?」

 

まだ怯えてる髪の薄い幹部がおずおずと口を開く。

 

「よかろう」

 

「その、肝心の爆弾が見当たらないのですが、どのように……」

 

「失礼しました。右下に補足してあるものが爆弾です。

必要なのはアルミニウム粉末と酸化鉄。

これはもう、イグニールでなくとも金物屋で手に入るものなので、

空きスペースに記載しました。少々特殊な部品が、起爆用マグネシウムリボンですが、

その名の通りマグネシウムをテープ状にすれば簡単に作れます」

 

今度は会議室が別の意味でガヤつく。

 

「こ、これは一体どれくらいの威力なのかね!」

 

「一瞬で鉄を溶解させるほどの熱を発します。

方法さえ分かれば子供でも作れるレベルなので、効果範囲は良くて半径1m程度ですが。

戦場の至るところに設置すれば、対戦車地雷と合わせて、

悪魔の進撃を遅らせることができます。間抜けにはさっさと死んでいただきましょう。

作り方はイラストを再現するだけです。

ワイヤートラップについては以上ですが、何かご質問は」

 

皆、何も言わない。ざっと眺めれば誰でもわかるものだから特に聞くこともないわね。

あたしは筒から次の設計図を抜き取った。今度は数枚。一筋縄じゃ行かないわ。

 

「これが、わたくしが提供できる最後の設計図になります」

 

「最後、ということはつまり」

 

「はい。前回お話した戦車の代替品、132mm BM-13でございます」

 

皇帝陛下を始めとした全員が立ち上がって、

テーブルいっぱいに広げられた設計図を眺める。

角ばった車体に何本も鋼鉄のレールを背負った、自走兵器。

 

「これが、無敵の戦車なのか……」

 

オールバックが呟くように尋ねる。

 

「残念ながら無敵を名乗るには及びません。

ご覧の通り、装甲は無いに等しく、大砲も機銃もありません。

ですが、車体後部に並んだ8本のレール。ここから発射されるロケット弾が、

雨あられの如く敵の頭上から降り注ぎ、悪魔の群れを粉砕します。

誘導性能がなく、命中率も決して高くありませんが、

約8kmから超長距離攻撃が可能です」

 

「これが最後の決戦兵器か……」

「魔王討伐が現実味を帯びて来たな」

「諸元、弾頭重量・18.5kg。推進薬重量・7.08kg。直撃すれば悪魔も粉々だろう」

 

「しかし、やはりまだまだ欠点が。

ご覧の通り、製造に膨大な資材と予算、そして技術が必要になるということです。

車体・ロケット弾には大量の鉄と炸薬が。

動力となるエンジンですが、燃料となるガソリンや軽油が無く、

緻密な鋼材加工が必要となり、残念ながらこの世界では再現不可です」

 

「では、どうすればいい。必要な物を言うが良い」

 

皇帝陛下がシャシーの設計図を読みながら告げる。

 

「恐れ入ります。では、BM-13一両。そしてロケット弾補給車一両につき、

限りなく純度100%に近い、獄炎石1つ。これで重い車体を動かす蒸気を得られます。

あと、ロケット弾点火のために雷帝石も」

 

「待て、獄炎石が一ついくらすると思っている。それこそ爆弾にしたほうがマシだぞ!」

 

「よい。暴発させて一度使えばそれまで。

継戦能力の高いBM-13の動力にするほうが賢明であろう。続きを」

 

飲み込みの早い皇帝が話を進めてくれた。

正直な話、あたしが作った蒸気機関は欠点だらけ。

イグニールや帝都の兵器工廠を信じるしかないところもある。

彼もそれはわかってるはずなのに、知らんふりをしてくれてるのは明らか。

……だから、最後までやりきるのよ。

 

「蒸気機関型BM-13の運用には、3名の乗員が必要に必要になります。

運転手、ロケット弾の射手、蒸気機関を管理する機関士。

出来るだけ早く試作品を完成させて頂き、乗員の訓練を始める必要があります」

 

「それは理解した。……この車輪は見たことのない形だが、外周は何でできている?」

 

「軸となるホイールを包んでいるのは、

天然ゴムを始めとした各種素材で作れている緩衝材です。

内部に圧縮空気を詰め込むことで、走行中の振動を軽減し、

安定性を上昇させることができます」

 

「ゴムか……この巨体を支えるには、相応の強度と柔軟性が必要になるであろう。

東のミストセルヴァ領で良質ゴムが産出されていたはずだ。どうにかなる」

 

「ありがとうございます」

 

蒸気機関型BM-13は、お世辞にも本物と同レベルの性能とは言えない。

無理矢理蒸気機関に変え、機関士のスペースを作ったせいで胴長になり、

機動性はガタ落ち。燃料もそう。

多分、ホワイトデゼールに着いたら、結果はどうあれ乗り捨てることになる。

 

「さて、この複雑な設計図を理解するには少々時間がかかる。

BM-13についてはしばらく吾輩達に任せてもらうとして、

今度は我々が語ろうではないか」

 

「と、おっしゃいますと?」

 

「そろそろ具体的な戦略を練った方が良い。……北砂の地形図を出してくれ」

 

「はっ、ただいま!」

 

丸眼鏡がいそいそと設計図をしまい、壁に立てかけてあった大きな地図を広げた。

初めて見る領地のカラー地図。とは言え、その殆どが真っ白な砂と岩しかない荒野。

 

「まず、第一次北砂大戦の概要を説明しよう。

数百年前、北の海岸近くに魔王が魔界からのゲートを開き、

無数の悪魔を引き連れ突如サラマンダラス帝国に侵攻してきた。

帝国も全兵力でこれを迎え撃ったが、圧倒的戦力差の前に数十万の兵が命を落とした。

勇者ランパード・マクレイダーの決死の一撃がなければ、帝国が陥落していた事は、

貴女も知るところであろう」

 

「はい。存じ上げております」

 

「しかし、今回は状況が全く異なる。

貴女と仲間達が集めた品々。そしてアースの近代兵器。帝国が擁する特殊部隊アクシス。

これら全戦力を用いて、魔王を、討つ!」

 

皇帝の宣言に、あたしも幹部達も、黙って唾を飲む。

 

「では、里沙子嬢。この地図を見て、どう思う」

 

「遮蔽物がほぼないので、

対戦車地雷やワイヤートラップを広範囲に設置する必要があるかと」

 

「それについては、北の海岸付近に集中配備するべきであると吾輩は考える」

 

「それは、何故でしょう」

 

「かつて魔王は北部の海に魔界からのゲートを開けた。

魔王と言えど、次元を超えるには莫大な魔力を消費する。

実は、目に見えぬがこのゲートは閉じきっておらぬのだ。

奴が生贄を捕らえる際、このゲートの隙間から手下の悪魔をワープさせている。

第二次北砂大戦でも、奴が力と時間の節約を兼ねて、

使用済みのゲートを再起動する可能性が極めて高い」

 

「なるほど、攻めて来るなら北から、ということですね」

 

「うむ。それを踏まえて里沙子嬢、改めて貴女の考えを聞かせてもらいたい」

 

「……まず、中央に2階建ての強固な砦が必要です。

AK-47及びガトリングガン部隊、そしてRPG-7部隊を配置し、正面から悪魔を叩きます。

砦後方南にはBM-13部隊を展開、悪魔の軍勢にロケット弾を一斉発射。

わたくしの知る戦力を活かすにはこの方法が最良かと」

 

「トラップで足をすくわれた連中を一気に攻めるというわけか。

よかろう。今度は我輩の手駒を配置しよう。

既に大聖堂教会と協定を結んで、パラディンも出動することが決っている。

まず、砦左翼にパラディンを配備。右翼にはアクシスの精鋭を派遣しよう。

……これで、全戦力を吐き出したわけだが、魔王を殺し切るには、

エレオノーラ嬢にも戦場に立ってもらわねばならぬ。

時が来るまで彼女を退避させる安全な場所はあるだろうか」

 

「彼女は……わたくしが守ります。例え危うくなっても、彼女を逃がすことはできます」

 

「根拠に乏しい発言だな。ほぼ真っ平らな平地でどうやって逃げる」

 

あら、能力についてはこの人達に伝わってなかったみたい。

皇帝陛下に何か考えがあるのかもしれない。とりあえずぼかす。

 

「わたくしも、その日は最大限の武装で望みます。

彼女自身も防御魔法の心得はありますので」

 

「なんだそれは!悪魔に接近されたら一巻の終わりではないか!」

 

「構わぬ。エレオノーラ嬢の件については里沙子嬢に一任する」

 

「しかし皇帝陛下!」

 

「構わぬ、と言った」

 

「承知しました……」

 

納得行かない様子で席に戻る丸眼鏡。やっぱり、意図的に伏せてたみたい。

なんとなく助かったような気がする。

空気が乾いたところで少し喋りすぎたのか、皇帝がゴホンと咳払いをした。

 

「今日決めるべきことは全て決まったと思うのだが、どうだろうか。

後は、我々が帝都を挙げて、里沙子嬢が描き上げた悪魔殲滅兵器を具現化する」

 

あたしも賛成だから無言のままでいようと思ったんだけど、

ひとつ大事なことを聞き忘れてた事に気づいたから手を挙げた。

 

「皇帝陛下、ひとつお聞きしたいことがあるのですが」

 

「なにかね」

 

「戦闘開始の準備が整ったことは理解できました。

しかし、敵がいなければ話になりません。

肝心の魔王はどのようにして誘い出せば良いのでしょうか」

 

皇帝陛下はニヤリと笑って答えた。

 

「フフッ、我らから貴女に情報提供できるとは、少しは我輩の顔も立つというもの。

帝国軍も伊達に数百年、悪魔と相対してきたわけではない。

まず、魔王はその名をギルファデスという。

悪魔全体に言えることだが、奴は特にプライドが高く、

自らを侮辱した者を種族ごと滅ぼすまで決して許さない。

そこでだ。中央の砦に、高々とサラマンダラス帝国旗を掲げようと思う。

奪いそこねた領地を勝手に支配宣言される。奴の頭の線がはち切れるであろう」

 

「なるほど。

最後まで考えあぐねていた問題を解決して頂き、”目から鱗が落ちる”思いです」

 

「イエス・キリストの奇跡か……」

 

「使徒行伝、第九章です。

もっとも、祖国ではもっぱら慣用句として使われ、由来を知る者は少ないですが」

 

「この戦いでも、キリストの加護があることを祈ろうではないか。

……他に議題のある者は?」

 

皆、黙ったまま。皇帝は一度だけ頷いて会議の閉会を宣言した。

 

「よろしい。では、BM-13について細かいことは明日貴官らと詰めるとしよう。

里沙子嬢は……2週間後、自走兵器の試作品を見に来て貰いたい」

 

「かしこまりました」

 

「では、これにて解散!……里沙子嬢は少し残ってくれ。伝言がある」

 

「はい」

 

幹部達が怪しげな目であたしを見ながら、ゴソゴソと出ていく。

特に腹の出た一人は、動きにくそう。ちょっとダイエットしたほうがいいわよ。

……さて、これから皇帝陛下と秘密のお喋りタイム。

あたしは一歩だけ彼に近づいて、頭を下げる。

 

「皇帝陛下、わたくしのわがままを聞き入れてくださり、本当にありがとうございます」

 

「元々貴女に兵器の製造法を求めたのは我輩だ。貴女の兵器がそれほどまでに危険で、

世界平和を阻み続けているとは思いも寄らなかった。

我輩の浅はかな考えで里沙子嬢に重荷を背負わせてしまったこと、実に申し訳ない」

 

「とんでもありません!

魔王に勝つには力を出し惜しみしていられなかったのは事実です。

それに……わたくしの能力について伏せていただいたことに感謝しています」

 

「……彼らは、勝利を収めるためなら多少の手段を選ぶことがない。

それは我輩も同じことであるし、軍人のサガであるが。あの能力は強力すぎる。

我輩の目の届かぬところで貴女を捕らえ、

非人道的な“調査”を行うことは目に見えている。

悲しいかな、軍隊とはそういう組織だ」

 

「個人的にはある意味人間的、と言えるとも思いますが。……ところで、皇帝陛下」

 

「何であろう」

 

あたしは彼の目をじっと見て口を開く。

 

「カシオピイア、正直なんとかなりませんか?」

 

「ならんな」

 

あっさり希望を断ち切られ、軽く絶望する。

はぁ、アクシスの精鋭だって聞いたけど、

まさか○○モードで敵に突撃してるだけじゃないでしょうね。皇帝が苦笑して続ける。

 

「まぁ、そんな顔をするでない。戦場に出た彼女は別人だ。我輩が保証しよう。

……そうでなければ、とっとと除名しておる。こちらからもひとつ良いかな?」

 

「何なりと」

 

「……初めから気になっていた。いくら、叡智の詰まった箱があるとは言え、

貴女のような年若き女性が、何故斯様な武器の製造法や兵法を熟知しているのか。

貴女の祖国では徴兵制があるのだろうか」

 

「いいえ。わたくしの世界には、

インターネットという情報網が世界中に張り巡らされていて、

パソコンという誰でも買える端末で、知りたい情報を閲覧できるのです。

ネットの海は広大で、70年以上前の大戦で使われた兵器の設計図や仕組みは、

簡単に手に入ります。

あと……ネットが普及し始めたばかりで、あまり法整備が整っていないころに、

偶然通信販売で手に入れた“腹腹時計”という兵法書も参考にしています。

ここだけの話、テロ組織が発行した非合法な一冊なのですが……」

 

やっぱり彼が苦笑してククッと笑う。

 

「一体何をしておるのかね、里沙子嬢は。こんな血なまぐさいものに熱中しておらず、

もっと洒落た洋服や飾りを買ったり、化粧の腕を磨いたりしようとは思わないのかね」

 

「ふふっ、そんな金があるならエールをケース買いしてますわ。

化粧も服も、相手に失礼にならない程度で十分。趣味だけが恋人ですわ」

 

「ハハハッ、そなたは、本当に自由であるのだな。今日はここまでとしよう。

貴女との会話は一服の清涼剤である。石と鉄しかないここは息が詰まる」

 

「ご苦労、お察し致します」

 

「なに、大したことではない。さあ、日が落ちる前に戻られるがよい」

 

「はい。失礼します」

 

あたしは、皇帝に一礼すると、作戦会議室を後にした。

もう帰ろう、と城塞の外に出た時、ゲートが2つあることを思い出して、

心の中で頭を抱える。ああ、聞こえてきた。

 

「ピャアアア!!里沙子、里沙子!来てくれたのね、会いたかった、ワタシの、仲間!」

 

紫の影が全身でしがみついてきた。やめろ苦しい!

どんなタネを使えばこいつが戦力になるっての!

黒の軍服達は、一応AK-47を構えて警戒してるけど、こっちに来ようとはしない。

この薄情者が!

 

「カシオピイア、落ち着いて!これじゃお話もできないでしょ?

お互い離れて一歩ずつ後ろに下がりましょう」

 

「いいぃやあぁぁ!!里沙子が行っちゃう!行けば里沙子が来なくなるうぅ!」

 

「どこにも行かないから。どーどー、叫ぶと疲れるでしょう?深呼吸、深呼吸……」

 

あたしはなんとかこの状況を打開すべく、

なんとか片腕を彼女の背中に回して、撫で始めた。

すると、わずかにカシオピイアの発作が治まってくる。

 

「うう……里沙子、里沙子……」

 

「そうそう。大丈夫。どこにも行ったりしないから、落ち着いて、ね?」

 

その時、彼女のベルトの腰に差してあったものに手が当たった。

 

「あうあう……それ……ピア子の大事なもの……」

 

「一人称も安定しないのね。ちょっと失礼するわよ」

 

抜き取ると、それは例のアクリル板だった。なぜかあたしの名前が書いてある。

すると彼女はアクリル板をスッと手に取った。

 

「大変失礼しました。斑目里沙子様ですね。ご用件をどうぞ」

 

本当、何がスイッチかわからないわね。

これから付き合いながら探っていくしかないみたいね。すんげえ面倒臭そう。

お願いだから彼女がうちに同居、なんて展開は勘弁してよ?アホ作者。

 

「退場の手続きを、と思ったけど、少しお話できるかしら。個人的なお喋り」

 

「はぁ……ワタシでよければ」

 

「ええと、あなたは、あたしが来ると……ちょっと、はしゃいじゃう所があるけど、

来客がある度そうなのかしら」

 

カシオピイアは少し目を伏せて、非礼を恥じた様子で答える。

 

「申し訳ありません。なぜか、あなたの姿を見ると、その、頭が真っ白に……」

 

「その時のあなたは、“仲間”のあたしにこだわってるみたいだけど、

何か心当たりは?」

 

「あの、ごめんなさい……」

 

あ、追い込んじゃったみたい。これ以上は踏み込まない方が良さそうね。

まだ付き合いは始まったばかりなんだから、おいおい話してくれるのを待ちましょう。

 

「ああ、こっちこそ色々聞いちゃってごめんなさい。話を変えましょう。

……あなたが持ってるアクリル板みたいなの、凄いわね。まるでタブレットみたい。

色々情報を管理してるみたいだけど」

 

「はい!これはワタシに与えられた、“聖母の眼差し”という魔法触媒です。

帝都から西端の地で発見された、古代の教会のステンドグラスを切り取り、

錬金術で軽量化し、耐久性を増したものです。

ご存知の通り、城塞3階の通信指令室と情報をやり取りし、

入退場その他の情報処理を行うことが可能。

さらに戦闘にも使用でき……あ、具体的にはお答えできませんが」

 

「ううん。色々教えてくれてありがとう。凄いものを持ってるのね。

これからもよろしく」

 

「はっ!」

 

彼女はやはり綺麗な姿勢で敬礼する。

 

「じゃあ、今日はもう帰るから、退場処理、お願いできるかしら」

 

「少々お待ち下さい。氏名、斑目里沙子。入場時のデータと完全一致。

どうぞお気をつけて」

 

「また今度ね」

 

ちょっと、というか、かなり変な娘だけど、慣れれば頼れる仲間になれそう。

あたしは、門番さんにゲートを開けてもらって外に出た。

 

「……次は、ちょっとくらい手伝ってね?」

 

「すまない。彼女は……少し複雑なのだ」

 

「それはわかる。今は深く突っ込まないわ。じゃあ、お疲れ様」

 

そして、要塞を後にしたあたしは、エレオノーラが待つ大聖堂教会へ向かった。

こないだマリーと一緒に歩いて帰った記憶を頼りに、なんとか迷わずにたどり着けたわ。

 

 

 

 

 

明るい教会前広場から、薄暗い聖堂へ一瞬でワープ。本当にこの娘の術は助かるわ。

 

「ありがとう、エレオノーラ。疲れたでしょう。ゆっくり休んで」

 

「いいえ。落ち着いて時間を置けばこのくらい。また用事があれば……」

 

バタン!

 

その時、ルーベルとジョゼットが住居から駆け込んできた。

 

「ただいまー。熱烈な歓迎は嬉しいけど、

そのドアもボロいから丁寧に扱ってくれると姉さん助か……うあっ!」

 

ルーベルが顔に怒りを浮かべて、あたしの胸ぐらを掴んだ。

 

「……何考えてんだ、教会を引き払うって!

お前がいなくなったらここの連中がどうなるか考えたことがあるのか!」

 

彼女の背後では暗い表情のジョゼットがこっちを見てる。

 

「やーい、ジョゼットのチクリ魔」

 

「真面目に答えろ!」

 

「ルーベルさん、まずは手を放して下さい。それでは話ができません」

 

「チッ!」

 

エレオノーラにたしなめられて、乱暴にあたしを手放すルーベル。

ちょっとみんな、今日は女性に対する扱いが酷いわよ。

そんなだからボーイフレンドの一人もいないのよ。あ、モロに跳ね返ってきた……

 

「ジョゼットやエレオノーラから事情は聞いたんでしょ?それが答え。

教会に住むような人間じゃなくなったから、全部にケリが着いたらここを出る。

木枯し紋次郎みたいに楊枝を加えながら、ぶらぶらと国中を旅して回るのもいいかもね」

 

「馬鹿野郎!お前がいなきゃ困るんだよ!私はまだお前に何も恩返しできちゃいねえ、

ジョゼットはお前がいなきゃ危なっかしくてしょうがねえ、

エレオノーラは主がいなくなった教会で何を学べってんだ!」

 

「……あたしにも事情があるの。放っといて」

 

「何だと……?」

 

「あんたはそのバレットM82で、魔王との戦いに参加してくれればそれで十分。

ジョゼットは馬鹿だけどやるときはやる。

エレオノーラは、イエスさんの残り香が漂うここで聖書を熟読すればいい」

 

「……お前は馬鹿だ!本当の馬鹿だ!」

 

「ルーベルさん!」

 

ルーベルは自室に戻っていった。2階から荒っぽくドアを閉じる音が響く。

 

「まあ、そんなとこ。次の会議は2週間後。

大してなんにもやることないから、みんな好きにやってちょうだいな」

 

誰もなんにも答えない。今日はいつも以上に疲れたわ。夕食まで一眠りしましょうか。

あたしはひらひらと手を振りながら、私室へ戻っていった。

 

 

 

 

 

2週間後。あたしはダクタイルの店の前にいた。

肩に下げた20万G入りのトートバッグが腕をちぎりそう。

あら、修理したのかしら。

ガタついてたドアノブがしっかりした新品に付け替えられてる。

ドアを開いて、黙ってカウンターの奥にいる彼女の前に立つ。

 

「……ノルマは達成できたのかい」

 

「ええ」

 

「まず、魔力を制御できるか確かめる。時計なしで1分時間を止めてみな」

 

ダクタイルが1分計測の砂時計を置く。

あたしは、ミニッツリピーターを外してトートバッグに入れる。そして、ひとつ深呼吸。

世界が、あたしだけのものになる。

砂時計が、無重力空間を舞うように、ゆっくりと一粒一粒落ちていく。長い長い1分間。

全ての砂が落ちきった時、あたしは魔力の生成をやめた。世界が時間を取り戻す。

 

「なるほど。マナの制御も魔力の生成も意識的にできてる。肉体への負荷もなし。

時計に頼らなくても時間停止はできるようになった。だったら、今日は例の用件だね」

 

「そう、時計をアップグレードして……どっこいしょ、はぁ」

 

あたしはカウンターに20万Gを置いた。ああ、ギックリ腰になりやしないかしら。

なんとか金を置くと少し息が切れた。そんなあたしを見たダクタイルは呆れた様子。

 

「少しは身体を鍛えな。体力とマナの絶対量は比例してるんだからね」

 

「そんな面倒なこと、御免被るわ」

 

彼女はあたしが苦労して担いだ金貨袋を片手で軽々と持って、

中身を硬貨計算機に流し込んだ。

前にも暇を持て余したダクタイルは、計算値の数値を眺めながらあたしに話しかける。

 

「これで、あんたの能力は立派な魔法になったわけだが、名前は考えてあるのかい」

 

「名前?」

 

「新しく作ってやった魔法は、名前を着けてやって初めて自分のものになるのさ。

私は“ああああ”でもなんでも構わないけどね」

 

「名前……そうね」

 

あたしは顎に指を当てて少し考える。

そして、時間に干渉する能力に相応しい単語をいくつも思い浮かべ、

ようやく時間停止能力に命名した。

 

「……クロノスハック、なんてどうかしら」

 

カチン、と計算機が最後の1枚を飲み込んだ。

 

 



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メ○ンブックスの送料がまた値上がりしたの。今までが安すぎたんだろうけど、3冊で690円は泣ける。

黒鉄の魔女ダクタイルは珍しくキョトンとした表情であたしを見る。

耳慣れない言葉の組み合わせだから無理も無いけど。

 

「クロノスハック?確かに“ああああ”でもいいとは言ったけどさ、なんだいそりゃ」

 

「クロノスはアースの時の神。

ハックは複雑なプログラムやシステムを改変するって意味よ。

神の造った時の流れにイタズラしちゃおうって意味の、あたしが作った造語よ」

 

「よくわからんが、あんたがそれでいいなら好きにしな。……よし、ちょうど20万G。

うっかり2,3枚多めに入れてもいいんだよ?ほら、時計を貸しな」

 

「お願い」

 

あたしはトートバッグからミニッツリピーターを取り出して、ダクタイルに預けた。

この金時計触らせるのは彼女くらいね。

無愛想で口調も荒っぽいけど、その分飾らない人間味があって、

いい加減なこともしなそう。

 

「この小さな時計に閉じ込められるのは、クロノスハック1回分だ。それでいいね」

 

「構わないわ」

 

「よし……命なき、人に非ざりて人に寄り添いし者、主の奇跡受け取りし映し身となれ。

二重魔素!」

 

ダクタイルが時計を手にとって魔法を詠唱すると、金時計が淡いブルーに光りだして、

全部の針が凄い速さで回りだす。そして、一瞬強く光ると。針は元の位置に戻り……

あら、一本増えてる。さっきの淡いブルーで形作られた一本の長くて細い針。

 

「それが、今溜め込んでるマナを示してるのさ。

満タンの時、あるいはカラの時は12時の位置にある。

カラの状態になった時、勝手に大気中からマナの充填を開始する。

その時そいつが逆時計回りに動く。

別の充填する間は身につける必要はないが、マナを身体に補充する時は、

首から下げとくなりポケットに入れとくなりして、持っておかなきゃ駄目だ。

まあ、どの道発動するには竜頭を2回連続で押さなきゃいけないから、

手放しとく意味はあんまりないけどね。

チャージ時間は今んとこ1時間だけど、もっと体内のマナが増えると長くなる。

一戦闘一回って考えといたほうが無難だね」

 

あたしはアップグレードされた時計を手にとって、不思議な針が増えた相棒を見つめる。

思わず唾を飲んだ。これで合計2分。あたしが世界を掌握できる時間。

新しい金時計に目を取られてると、

ダクタイルが仕事は済んだとばかりに、椅子に腰掛けて新聞を広げた。

 

「はぁ、最近要塞の方がドンドンバンバンうるさいったらありゃしない。

これで負けやがったら張り飛ばすよ」

 

「それは怖いわね。ついでに溶鉱炉に投げ込まれそう、ふふ」

 

「今投げ込んでやろうかい?

いいさ、負けそうになったらうちに来な。魔王のキンタマ蹴り潰してやるから。

それは50万Gだ」

 

「さすがに生活費がなくなりそうだから全力で殺すことにするわ。じゃあ、ありがとう」

 

「ああ、せいぜい頑張んな」

 

あたしは、ダクタイルの店から出て、一旦大聖堂教会の前に戻る。

彼女の言ってたみたいに、もう街は戦争ムード一色。

なんだかみんなの雰囲気がピリピリしてるし、店という店が帝国旗を掲げて、

賛美歌を歌ってた流しは、勇ましい軍歌を歌っている。

 

すっかり雰囲気が変わってしまった帝都の街を、あたしは目的地に向けて歩き続ける。

要塞に近づくに連れて、銃声や爆音が大きくなってくる。

見えてきた。もう見慣れた2重ゲート。……慣れなきゃね。

あたしは真正面から入場処理を依頼しようと試みる。

 

「キャアア!!里沙子!里沙子が来たわ!ピア子の!カシオピイアの!仲間!ウフフ!」

 

ゲートに体当たりしながら叫びまくるカシオピイア。

あたしはゲート越しに彼女に近づく。門番さんがギョッとして止めようとする。

 

「何をしている!今日はマリーもいないから、止められるやつがいないんだぞ!

彼女が疲れるまで丸一日拘束される!」

 

「いいから。……こんにちは、カシオピイア。あたしよ、斑目里沙子。わかる?」

 

「フヘヘヘ!里沙子ォ……里沙子が!カシオピイアの仲間が!ヒィッ、ヒィッ!」

 

長引かせると彼女がひきつけを起こしかねない。

物凄い力で服を引っ張られて、あちこちぶつけて正直痛いし。

あたしは、彼女の略帽をそっと外して、その頭を撫で始めた。

 

「そう。あたしはカシオピイアの、仲間。どこに行かない。慌てなくてもいいのよ」

 

「はぁっ、はぁっ!里沙子!カシオピイアの……?」

 

「仲間。大丈夫、ずっと一緒だから」

 

根気強く彼女の頭をなで続ける。だんだん落ち着いてきたわね。

頭ばっかりじゃなくて、今度は喉を触ってみましょう。

 

「うう~ん、ふへへ。ゴロゴロ……」

 

猫みたいに喉を鳴らしてあたしの手にすがりつくカシオピイア。

お、彼女のスイッチのひとつを見つけたかもしんない。

その隙に腰のアクリル板……じゃない、“聖母の眼差し”にそっと触れる。

 

その瞬間、カシオピイアの正面を向いたままの瞳が正しい位置に戻り、

ピシッといつもの綺麗な姿勢で立ち上がった。

うまく行ったわ。色んな所をゲートで打って痛い思いした成果が得られた。

苦笑いするあたしに彼女が話しかけてきた。

 

「里沙子、ワタシ、またご迷惑を……」

 

「ん?ああ、違う違う。ちょっと違う方のあなたとコミュニケーションしてただけよ。

さっそくだけど、いつものお願い」

 

「……はい。斑目里沙子、本日皇帝陛下と謁見予定。どうぞ」

 

いつものごとく黒い軍服の兵士が開けてくれたゲートをくぐる。

その時、そばにいた兵士に話しかけられた。

 

「よく、彼女を手懐けられたな……我々の誰も手に負えなかったというのに」

 

「いつも鉄骨ガーン!じゃかわいそうでしょ。

女同士なら多少のボディタッチもセクハラにならないし」

 

「やはり君はただ者ではないな。いや、呼び止めてすまない。通ってくれ」

 

「失礼~」

 

今日は作戦会議室じゃないの。グラウンドの方へ向かう。

始めて来たときにはなかった、大量の砂で作られた斜めの防護壁が、

否が応でも目に着く。

兵士の訓練を視察するために、皇帝陛下を始めとして幹部達が集まっている。

皆が見つめているのは、AK-47を始めとした、

あたしが設計図を持ち込んだ武器の射撃演習。あたしは、皇帝陛下達に挨拶した。

 

「ごきげんよう、皇帝陛下、幹部の皆々様方」

 

青白く光る姿が振り返り、笑いかけてきた。

 

「里沙子嬢、よく参られた。見よ。現在AK-47、RPG-7の射撃演習の真っ最中である」

 

土嚢を積み上げたバリケードから、兵士達がAK-47やRPG-7を発射する。

ミドルファンタジアで作られたアースの兵器。

砂の防護壁に着弾する度、連続して砂をえぐり、大爆発して壁を吹き飛ばす。

うん、威力は申し分ないわ。

 

「素晴らしいですわ。たった2週間でこれほど忠実に再現なさるなんて」

 

「ふん、国が傾くほどの金が飛んでいったがな!」

 

丸眼鏡の幹部が後ろから飛ばしてきた文句を無視して、あたしと皇帝は話を続ける。

 

「ガトリングガンについてはパーシヴァル社に委託生産しておる。

今日は肝心のBM-13に関して貴女の指導を受けたい。

見たこともない乗り物で、皆、扱いに苦慮しておる。

動力部は、機関車の技師を呼んで蒸気機関の扱いを学んでおるが、

“自動車”という円形の操縦桿で操る乗り物がなかなかの曲者でな」

 

「ああ、無理もありませんわ。

車はアースでも、一月ほど教習所に通わなければ、

公道を走る免許が得られないほど難しいものですから。

わたくしが運転手の隣でコツをお教えします。

とりあえず今必要ないロケット弾射手には降りていただいて」

 

「では、さっそく頼もう。向こうを見たまえ」

 

皇帝が指差したのは、あたしの左斜め後ろ。

兵員宿舎の前に、胴長のBM-13が5両並んでいた。

十数名の整備士や、運転士が忙しく車両の点検をしている。

一番多くの悪魔を殺してくれるのは、多分あれ。

70年の時を経て蘇った、不格好な多連装ロケット砲。

 

皇帝陛下と共に訓練中の兵士の後ろを通りながら、BM-13の元へ歩いていく。

途中、後ろから“あまり撃ちすぎるな、弾もただではないのだぞ!”と、

幹部の喚き声が聞こえてきた。この声はあの腹の出た奴ね。

広いグラウンドを横切って、あたし達が車両の側に寄ると、

全員が皇帝陛下に向けて敬礼した。

 

「皆の者、聞くが良い。彼女が斑目里沙子。

BM-13を始め、アースの近代兵器の設計を担当した。

今日は彼女に車両の運転、及びロケット弾発射について教えてくれる。

正直なところ、あまり燃料も弾薬も余裕がない。

一度で覚えるよう、集中して訓練に臨んでもらいたい」

 

“はっ!”

 

「いいか、お前達!陛下の仰る通り、燃料もロケット弾にも金が掛かっておる!

炎鉱石1gたりとも無駄にすることのないように!」

 

丸眼鏡が声を張り上げる。皇帝じゃないから今度は誰も反応しない。

みんなさっきから同じようなことばっかり言ってるわね。

確かに切実な問題なんだろうけど、前線で命張る人達を後ろからせっついてどうすんの。

 

「ご紹介に預かりました、斑目里沙子です。

今日は癖の強い車両の運転技術をお伝えします。どうぞよろしくお付き合いください」

 

“はっ!”

 

そして、ペコリと一礼する。態度には出さないけど、みんな困惑してるのがわかる。

まあ、こんなしょっちゅう高校生に間違えられるほど小さい女が、

ゴツい兵器の設計と運用指導担当だってんだから当然だけど。

 

「里沙子嬢。さっそくではあるが、1号車に乗車し、運転手の指導に当たって欲しい」

 

「はい。かしこまりました」

 

あたしはドアに1とペイントされたBM-13の、射手席。

つまり乗用車で言う助手席に乗り込んだ。

運転席には既に兵士が乗り込んでおり、少々緊張した様子。

彼の緊張をほぐすために、少し軽い調子で挨拶する。

 

「こんにちは。あたし、斑目里沙子っていうの。里沙子でいいわ。

皇帝陛下から、運転の仕方を教えるように言われたの。よろしくね」

 

「じ、自分は、ウィリアム伍長であります。よろしくお願いします」

 

「固くならないで。あなたが緊張したって悪魔が死ぬわけじゃないわ。

……あらやだ、ごめんなさい。後ろの彼もよろしくね」

 

あたしは、後部の蒸気機関に安物の炎鉱石をスコップで足して、

出力を管理している機関士にも声を掛けた。

 

「あいよ、よろしく。オーキッドだ。こっちはいつでも準備できてる」

 

あたしは挨拶を済ませると、白線で引かれたテストコースをざっと眺める。

うん、日本の自動車教習所と大して変わらないわね。

 

「さあ、とりあえず出発……と、行きたいところだけど、

ここが苦手かな~ってところはある?」

 

「曲線カーブと、角型カーブが、上手くいかないであります」

 

S字カーブとクランクね。みんな苦労するところだわ。

 

「大丈夫、コツをつかめば両方大して変わらないの。発車してテストコースに入って」

 

「了解!」

 

やっぱり彼は緊張の残る手付きでキーを回して、エンジンを起動した。

ガタン、と車体が一揺れして、車の外で蒸気の吹き出る音が鳴る。

やっぱり乗り心地が乗用車と違う。

ある程度練習は重ねてたのか、ウィリアムはテストコースまでは問題なく走行できた。

 

「じゃあ、まずはコースを一周してみましょうか。失敗してもいいから」

 

彼は、硬い表情のまま、アクセルを踏み込む。

直線、カーブ、安全確認、ここまでミスなし。基本的な動作は問題ないみたい。

さあ、例のS字カーブとクランクが来たわ。

 

「多分、あなたは早めに曲がりすぎてるんだと思う。

車の内輪差は意外と大きいから、若干遅めにハンドルを切ってもいい。

焦らずスピードを落としてその辺を意識してみて」

 

「わ、わかりました」

 

とうとう彼がS字に進入。慎重にハンドルを切る。

危なげだけど、白線を踏まずにゆっくり曲線を曲がっていく。

 

「そう。できてるじゃない。出る時は視線を出口に。

身体が勝手にハンドルを切ってくれるわ」

 

結局彼は脱輪することなく、そーっと、S字から脱出した。

単にちゃんとした教官がいなかったから、つまづいてただけみたいね。

 

「成功致しました!」

 

「やるじゃない!次はクランクだけど、見た目が違うだけで実質S字と同じものよ。

コツはさっき話したのと同じ。大事なのは、焦らないこと、視線をゴールに。

レッツゴーよ」

 

「了解!」

 

自信を付けた彼は、今度はクランクに進入。1つ目のクランクは通過。でも……

 

「ああっ!」

 

2つ目のクランクで脱輪。ちょっとゴールを急ぎすぎたみたいね。

自信をなくしてドツボにハマる前に、すかさず声を掛ける。

 

「大丈夫。ここは誰でも苦労するところなの。

落ち着いてハンドルをそのままにバックして。気にしないの。

練習なんだから何度失敗してもいいのよ」

 

人にぶつけさえしなきゃね。という言葉を飲み込む。

彼は一旦バックして、再度クランクからの脱出を試みる。

今度は落ち着いてコースの脇に車を寄せて、脱輪に注意しつつ、

ゆっくりゴールに向かう。タイヤがパチパチとグラウンドの砂を踏みつける。

そして、とうとうクランクからも出ることができた。

 

「やりました。できたであります!」

 

「やったじゃない!あなた飲み込みが早いのね。

いつまでもこれが克服できない人もいるのに。

他に、失敗しがちなところとか、不安なところって、ある?」

 

「いえ、特には」

 

「あら。それじゃあもうコースは完璧なのね?あなた凄いわ。

これからはあなたが教官ね。

まぁ、帝都さえ出られれば、

あとは真っ平らなホワイトデゼール領に直進するだけだから、心配ないわ。

じゃあ、悪いけど皇帝陛下の側まで送ってくれないかしら。

次はロケット弾の発射実験があるの」

 

「了解。……里沙子教官は、これからはいらっしゃらないのですか?」

 

「ごめんなさい。帝都に来る時は知り合いに結構負担を掛けてるから、

あまり頻繁には来られないの。これからは運転をマスターしたあなたが教官。頼むわね」

 

「はい。本日は、ありがとうございました」

 

「こちらこそ。オーキッドさん、あなたの出力調整も完璧だったわ。

速度にバラつきがなかった」

 

「いんえ。これくらい」

 

それからあたし達は、グラウンド中央にある、横の太い白線に車を止めて、一旦降りた。

様子を見ていた皇帝陛下達が近づいてくる。

 

「……どうだったろう。兵士の練度は」

 

「思った以上に熟練していて驚きました。

ウィリアム伍長はもう運転手として問題ありません。

これからは他の運転手の指導役ができるでしょう。

機関士については既に実戦レベルに達していました。

他の機関士も彼と同レベルだとすれば、動力の安定供給は実現しているかと」

 

「うむ。では、いよいよロケット弾の発射実験に移ろう。

……アーノルド一等兵、準備を開始せよ。

繰り返すがロケット弾にも余裕がない。一回の発射で手順を頭に叩き込んで欲しい」

 

「了解致しました!」

 

皇帝の側に控えていた兵士が、今度は助手席側に乗り込んだ。

 

「では、わたくしも行ってまいります。

発射の際、バックブラストが激しい熱を発します。城塞近くまでお下がり下さい」

 

「わかった。貴女の切り札、我々に見せてくれ」

 

皇帝陛下達が見学用安全地帯に退避したことを見届けると、

あたしは運転席に乗り込んだ。今度は機関士は必要ない。

射手席に設置されたスイッチが、

雷帝石の電力でロケット弾を乗せたレールを上下したり、発射を行う。

雷帝石のエネルギーも無限じゃないから、発射はこの一発だけ。

あたしは未知の兵器を預けられた兵士に、改めて声を掛ける。

 

「アーノルドさん、て言ったわね。斑目里沙子よ、よろしく。

BM-13が悪魔に鉄槌を下せるかどうかは、あなたに掛かってるわ」

 

「ああ……俺にできるのかどうか。いや、やらなきゃいけないのは分かってるけど」

 

やっぱり緊張気味の彼の手を握って、緊張をほぐすよう試みる。

 

「大丈夫。やることは簡単よ。落ち着いて、手順通りに、恐れずに撃つの」

 

「わかった」

 

「手順は簡単よ。まず、フロントガラスに描かれた照準を見て」

 

あたしが設計したほうのBM-13は、フロントガラス全体を使って、

狙撃用スコープのようにT字型のレティクルが描かれている。

それを指差して読み方を教える。

 

「まず、このTの線が交差している部分が予想着弾地点なんだけど……

はっきり言ってあまり当てにならない。無誘導のロケット弾は誤差が大きすぎるの。

レティクルから外れすぎない程度のだいたいどこか、としか言えない。

でも、全車両が一斉発射すると、それが敵にとって脅威になるの」

 

「どういうことだ?」

 

「まっすぐ正確に飛んでくる爆弾と、

ふらふらと風に吹かれてどこに落ちるか分からない爆弾。どっちが避けやすいと思う?」

 

「あっ……そういうことか」

 

「そう。軌道の読めない爆弾を降らせ続けるのがあなたの使命。

話を続けましょう。肝心なのはここ」

 

T字の縦線に、上から2,3,4,5,6,7,8と、補足を入れるように数字が記されている。

 

「これは、目標までの距離。単位はkm。

やっぱり誤差が大きいけど、ないよりはずっとマシ。

あなたは運転手に指示を出して、敵軍に照準を合わせるの。まず、これが第一段階」

 

「次は?」

 

「そのスイッチを見て」

 

ダッシュボードの辺りに、ツマミが8個付いている簡素なスイッチがある。

そこから電気コードが車内を伝って、車体後方につながっている。

 

「それがBM-13の、いわば引き金。ツマミをONにひねれば……ロケット発射よ。

さっきも聞いたけど、皇帝陛下から一発だけ発射する許可を得てる。

今回はもう車の位置を調整してあるから、ただ一番上のスイッチをひねればいい。

発射したあとは必ずOFFにすることを忘れないで。装填手が危険だから」

 

「ああ、わかった……このスイッチが」

 

彼が唾を飲む音がこちらにまで聞こえてきた。

 

「凄まじい炸裂音がするけど、この一回で慣れて。

無茶を言って申し訳ないけど、他の射手も見てる。さあ、あなたが先陣を切るのよ」

 

「やってやる……やってやるぞ!」

 

そして、アーノルドが1番のスイッチをひねった。

電気コードを伝って、雷帝石の電力が変電回路を経由し、

後部レールに積載したロケット弾の推進薬に点火した。その瞬間。

味方の恐怖すら掻き立てるような、不気味な音と共に、

ロケット弾が激しく燃え盛る炎の尾を引きながら飛翔していった。

 

どこまで飛んでいくのか。それは砂の防護壁も飛び越え、要塞から飛び出し、

8km先の彼方へ飛んでいく。30秒ほど後、遠くの荒野で大爆発が観測され、

遅れて爆音が轟いてきた。

 

「これが、俺達の、力……」

 

M-13の攻撃力に驚きと恐れを抱くアーノルド。恐れの方を自信に変えるよう試みる。

 

「そう。あたし達は、勝てる。恐れることはなにもないの。あなた達の力があればね」

 

「ああ、これなら行けるさ!アースとミドルファンタジアが手を組めば、何だって!」

 

「その通りよ。あ、スイッチをOFFにして。雷帝石を無駄に消費しちゃうし、危険だわ」

 

「あ、すまない……」

 

彼が慌ててツマミを倒すと、皇帝陛下達が近づいてくるのが見えた。

あたしは車を降りて、彼に駆け寄った。

 

「ロケット弾発射も問題ありません。

電気系統は正常に動作し、命中精度も予想したほど低くはありませんでした」

 

皇帝は上品な所作で手を叩く。

幹部達は、未だにバックブラストの熱が残るレールを、瞬きも忘れて見つめている。

 

「眼を見張るほどの威力であった。亡霊の叫び声のような風切り音と共に、

あれほど強力な爆弾を振らされた日には、悪魔も恐れ慄くであろう」

 

「特徴的な発射音から、スターリンのオルガンという呼び名もあります。

BM-13を開発した国の指導者。既に国も指導者も消滅していますが」

 

「栄枯盛衰は世の常か……しかし、我らはまだまだ滅びるわけにはいかぬ。

必ず勝利し、栄光を掴まねば」

 

「はい。その通りです。わたくし達はまだ、始まったばかりなのですから。

……それで、今日、わたくしは他にいかが致しましょう」

 

「うむ。兵の訓練や各種兵装の生産にもう少し時間を取りたい。

本日のところはこれにて散開としよう。次回の会合は一週間後の今。

次回こそは決戦の日取りを決める」

 

“はっ!” 「承知致しました」

 

ここに来て、幹部もようやく覚悟を決めたみたい。

別にこいつらが戦うわけじゃないからどうでもいいんだけど。

とにかく、やることのないあたしは、皇帝陛下に別れの挨拶をして、正門に向かった。

ああ、最後の関門があるのよね。頑丈なゲートに近づくと……

あら?カシオピイアがちゃんと来客対応してる。グッドタイミングだわ。

 

「ごきげんよう、カシオピイア。退場処理をお願いしたいんだけど」

 

「お疲れ様でした。里沙子。あの……」

 

「なあに?」

 

「今日は、ありがとう……その、優しくしてくれて。

ワタシ、おかげで、今日は、落ち着いて、その……」

 

「いいのよ。あなたが落ち着いていられる時間が増えれば、あたしも楽だしね」

 

「はい……では、氏名、斑目里沙子。入場時のデータと完全一致。じゃあ、さようなら」

 

「さよーなら、またね」

 

カシオピイアにバイバイしたあたしは、

いつもどおりエレオノーラが待つ大聖堂教会に向かった。

毎度嫌な顔ひとつせず、あたしを帝都に連れてきてくれるけど、

きっとかなりしんどいはず。魔法使いになった今ならわかる。

決戦の日は、魔力温存のために馬車で来なきゃね。

あたしは聖堂で寛いでいた彼女に声をかける。

 

……で、うちに帰って夕食の真っ最中なんだけど、

針のむしろっていうか、これほど居心地の悪い空間で食う飯が美味いはずもなく。

酒だって美味いはずがない。ケース買いしたエールも手付かずで少しホコリを被ってる。

この状況が改善されるまで栓を開けるつもりはない。

チェリーの香りが漂うらしい、お高い一品なのよ。

ルーベルはふくれっ面。ジョゼットは葬式みたいな顔。

態度に出さないのはエレオノーラだけ。あたしは我慢できずに声を上げる。

 

「あのさぁ!この辛気臭い状況どうにかならないのかしら!

これじゃあ何食べても味がしないんだけど!」

 

すると、ルーベルがドンとテーブルを叩いた。

 

「誰のせいだと思ってんだよ!

お前が馬鹿なこと言い出したから、こんなことになってんだろうが!」

 

「いい大人なら聞き分けなさいな!

自分の人生、自分でケリ着けなきゃいけなきゃいけない事くらい分かるでしょう!

あたしは将来この世界をメチャクチャにするような事をした。

その代償として、この教会から出ていく。あんた達に家を残す。

それほど難しい理屈じゃないと思うんだけど!?」

 

「意味不明なんだよ!銃は撃つ奴がいて初めて人殺しの兵器になる。

なんでお前が遠い先の人間の世話までしなきゃいけねえんだよ!馬鹿か!」

 

「脳筋馬鹿に馬鹿とか言われたくないわよ!」

 

「何だと、もういっぺん言ってみろ!」

 

「もうやめてください!!」

 

ジョゼットの叫びが言葉のドッジボールを遮った。

やっぱりその青い瞳は涙に濡れている。

 

「ぐすっ……もう、嫌です……

みんなケンカばかりして、里沙子さんはいなくなっちゃうし……

こんなことなら、旅なんて始めるじゃなかった!!」

 

「待ちなさいジョゼット!」

 

あたしを無視して、ジョゼットは自室に駆け込んでしまった。

もうやだ、こんな最悪な晩餐、新入社員歓迎会以来よ。

 

「……追いかけねえのかよ」

 

「追いかけたら笑顔で出迎えてくれるとでも?」

 

「チッ、もういい!……お前なんか、どこにでも行っちまえ!」

 

今度はルーベルが自室に戻る。みんな行儀が悪いわよ。

はぁ、この残り物、誰が片付けると思ってんだか。

エレオノーラだけが表情を変えずに、パンをちぎって口に運んでいた。

 

一週間後。

例によって作戦会議室に集まっていたあたし達は、

第二次北砂大戦の最終準備に入っていた。皇帝陛下が口火を切る。

テーブルには、以前見た戦場となるホワイトデゼール領の地図が広げられていた。

所々に各勢力が書き加えられている。

 

「以前作成した戦力配置に変更を加える。

各領地から、腕利きの者を募ったところ、強力な戦力が集まった」

 

近代兵器の威力を目の当たりにした丸眼鏡の将校が、上機嫌で口を挟む。

 

「ハハッ、お言葉ですが皇帝陛下。はっきり申し上げてこの戦い、

M-13やRPG-7が手に入った今、これ以上の戦力増強は無意味かと。

かえって遠距離射撃の邪魔になるのでは……」

 

「バカ者!!」

 

皇帝に一喝され、丸眼鏡が棒立ちになる。なんかこの人達、毎回怒られてる気がする。

 

「我らには守り抜くべき、勇者の剣を扱うエレオノーラ嬢がいるのだぞ!

彼女が命を落とすことがあれば、その時点でこの戦の敗北が確定する!

この布陣は強固であるが、一匹の悪魔も通さず殲滅できる保証などない!

接近戦では我ら人間が圧倒的に不利!それでも彼女への護衛は要らぬと申すか!」

 

「滅相もございません!自らの浅慮を、恥じております!」

 

将校はさっさと着席し、地図に目線を向けたまま呆然としていた。

 

「続けるぞ。パラディン部隊の後方に、エレオノーラ嬢を待機させ、

各領地の将軍に周囲を固めさせる。さらに、里沙子嬢を付き添いに」

 

「失礼ながら、里沙子嬢には特別な能力でも?

悪魔との戦場に出すのはいささか危険かと」

 

オールバックが当然とも言える疑問を示す。

彼らの間では、あたしは兵器の設計図を持ってくるだけの女でしかないから当然だけど。

あと、危険というより邪魔だって言いたいんだと思う。

 

「……彼女には、通信士の役割を担ってもらう。少しばかり魔法の心得があるそうだ」

 

「そうですか……かしこまりました」

 

それで彼は納得した。丸眼鏡の二の舞を避けたのかもしれないけど。

 

「そして、砦の側に、里沙子嬢の知り合いを一人、防衛兵として配置する」

 

「その知り合いとやらは何ができるのですかな」

 

頭の薄い幹部が興味なさげに尋ねる。どうでもいいけど一応確認した感丸出し。

 

「彼女は強力な狙撃銃で戦うオートマトン。

接近した悪魔から砦を守ってくれるであろう」

 

「了解しました」

 

「各部隊には、通信士を一人置き、戦況をやり取りできるように手筈を整える。

以上、質問がなければこれが最後の作戦会議となる」

 

誰も何も言わないから、あたしが手を挙げた。

 

「ひとつ、よろしいでしょうか」

 

「何かね」

 

「開戦の日時について、皇帝陛下のお考えをお聞かせ頂きたいと思います」

 

すると彼は、しまったと言うように顔をしかめて、

 

「すまぬ。我らには兵と武装の準備、貴女には色々と支度があろう。やはり一週間後。

この要塞に皆が集まるように頼む。朝8時にホワイトデゼールを目指して発つ」

 

「承知致しました」

 

元々ほとんどの重要事項が決定しており、補足程度の伝達しかなかった会議は、

早々に幕を閉じた。

例によって、幹部が全員退室した後、あたしは皇帝陛下と二人きりだったけど、

今日に限って会話が弾まない。

 

「ふむ。なにやら不思議な感じだ。

貴重な里沙子嬢との時間なのだが、何を言ったものやら」

 

「……申し訳ございません」

 

「いや、貴女のせいではない。用事もないのに呼び止めたのは我輩だ。

……思い違いなら済まぬ。貴女はなにやら悩みを抱えているように思えるのだが、

よければ我輩に打ち明けてみぬか」

 

「いえ、あの、悩みというか、家庭の事情というか」

 

「……」

 

「本来、皇帝陛下のお耳に入れるようなことではないのですが」

 

軽くため息をつく。

女は生まれつき隠し事が上手いっていうし、あたしもそうだと思ってたけど、

帝国のトップの前ではあっさり化けの皮が剥がれるものらしいわ。

いつの間にか、戦後の身の振り方について、

仲間内で不和が生じていることを洗いざらい話してしまっていた。

 

「……つまらない話をお聞かせして、申し訳ありませんでした」

 

「何を言うか!事の発端は我が力を求めた事にある」

 

「その力が必要になったのは、わたくし達の旅が原因ですし……」

 

「我輩の意見だ。貴女は教会に留まるべきである。ルーベル嬢の意見ももっとも。

何故貴女が人間の業に責任を負わなければならないのか。

我輩の目が黒いうちは、近代兵器の拡散は絶対に許さぬ。それより先の世代。

50年か60年先かは分からぬが、生まれてもいない者達が犯すかもしれない罪に、

貴女が縛られなければならない理由などどこにもない!」

 

「しかし!その罪を加速させたのは……」

 

「やかましい!」

 

皇帝に怒鳴られ、思わず黙り込む。

ああ、せっかくお行儀よくしてたのに、幹部連中の仲間入りね。

 

「まだ分からぬか。例え貴女が設計図を持ち込まなかったとしよう。

しかし、ミドルファンタジアの人間が遠い未来に、

それを発明しないという保証がどこにある。

未来永劫に渡って貴女が彼らの分まで罪を背負うというのか。

そのようなことができるのは、まさに、イエス・キリストのみである」

 

「……では、わたくしはどうすれば」

 

彼はいつものように顎髭を触りながら考える。目を閉じ、考えに考えた後、告げた。

 

「里沙子嬢に、特別任務を与える」

 

「任務……ですか?」

 

「来週の開戦までに、仲間達と仲直りをしてくること。

斯様に揺れた心のままでは、ろくに戦うこともできぬうちに、貴女は死ぬ」

 

「でも、わたくしには」

 

「拒否権はない。任務失敗も認めぬ。……よいな?」

 

その言葉に威圧はなく、ただ厳しい優しさだけ。

 

「……はい!」

 

あたしはただそう答えるのが精一杯だった。

 

「よろしい。では、帰るべき家へ戻るがよい」

 

「失礼致します。……皇帝陛下、ありがとうございます」

 

「ふっ、確実に任務を遂行するのだぞ」

 

笑顔で応えたあたしは退室して、要塞を後にした。

長い散歩道のゴールに待つエレオノーラを目指して。

そして、教会に入ると、白い後ろ姿の肩に手を置く。

 

 

 

 

 

教会に戻ると、あたしはすぐにハッピーマイルズ・セントラルに向かった。

ここから帝都までは馬車で丸一日かかる。だから事前に馬車を予約する必要がある。

駅馬車広場の事務所に入って、手続きを始めた。

 

「お久しぶりです斑目様。本日はどちらまで?」

 

「帝都行きの馬車を予約したいの。一週間後……いや、5日後の朝に」

 

一日中馬車に揺られてクタクタの状態で戦いたくはない。

ましてエレオノーラは、勇者の剣をできるだけ万全の状態で発動する必要がある。

向こうで1泊して休憩しなきゃ。

 

「はい。そうなりますと、10000Gの前金となります」

 

「お願い」

 

あたしは前金を払うと、番号札を受け取った。

用事が済んだら、今度は弾薬補給のために銃砲店に向かった。久方ぶりに訪れる店。

あたしがピースメーカーを買って以来かしら。

.45LC弾100発と45-70ガバメント弾30発を買おうと思うんだけど、

少し大きい銃も仕入れてみようかと思う。

ゆっくり店内を見て回ると、見覚えのあるライフルが。

 

「ねえ、おじさん。これいくら?」

 

「そいつは……5000Gだな」

 

一瞬値段を釣り上げようとしたけど、あたしの顔見てやめたっぽい。

一応銃のプロで通ってるのよね、ここじゃ。みんな忘れてるかもしれないけど。

 

「決めた。この銃と欲しい弾薬がいくつかあるの」

 

“まいどー”の声に送られて店を出た。

新しい銃を背負うための、ガンベルト用パーツもついでに購入。

M-13といい、このライフルといい、あの国の発明品にはずっと助けられてるわね。

ウラー。

 

教会に戻って鍵を開けると、誰の気配もしない。別にいいけどね。

結構歩いて疲れたから、ベッドのある私室へ戻る。

廊下の途中、あるドアの奥から布団を引き寄せて抱きしめるような音がした。

無視しようか、ノックするか。……握った手をうろうろさせる。

ああ、悩むのも面倒だわ!出たとこ勝負よ!ドアを乱暴にノックした。

 

「ちょっとジョゼットー!聞こえてるんでしょう!?」

 

“……”

 

「確かに、ルーベルの言ってた通り、あたし馬鹿だったかも。

顔も見たことのない連中の罪を背負うなんて、

イエスさんが体張ってようやく実現したようなこと、やろうとしてたんだから」

 

相変わらず返事はない。でも、あたしは構わず続ける。

 

「あたしも何考えてんだか。

面倒事避けようとして、いつの間にか自分でかき集めてたんだから。

あらすじ詐欺のまま放置しといたほうがまだマシだったっての」

 

その時、ギシギシ床のきしむ音が近づいて、少しだけドアが開いた。

そこから覗くブロンドと青い瞳。

 

「……なら、里沙子さん、これからも一緒にいてくれますか?」

 

「ごめん……その事については、まだ自分の中で答えが出てないの。

お願い、時間をちょうだい。でも、これだけは約束する。

あんた達が帰るこの教会は必ず守ってみせる。魔王を片付けたら、結論を出す。

絶対うやむやにしない。だから、もう少しだけ待って」

 

ドアが開いて、寝巻きのままのジョゼットが出てきた。そしてあたしを抱きしめる。

 

「絶対、生きて帰ってくださいね……」

 

「もう、何やってんの。朝寝昼寝はあたしだけの特権だってのに」

 

「待ってますから。ずっと」

 

「当然。魔王を殺せば今度こそあらすじ詐欺が解消される。

またどうでもいい変人連中の馬鹿話に戻れるのよ」

 

「……わたくし、顔を洗ってきますね!」

 

「そうしなさい。髪もくしゃくしゃよ」

 

ジョゼットは1階の洗面所に走っていく。

足音が通り過ぎた後に、今度は別のドアが開いた。

赤髪の人影が背を向けたまま、あたしに問う。

 

「私は、何をすればいい」

 

「何をって?」

 

「決戦だよ!私はどこでどいつを撃てばいいんだ!」

 

「戦場の真ん中に砦がある。接近した敵から守って」

 

「……わかった。それと、約束、絶対守れよな」

 

「言われなくても。

……ところで、約束は守るけど、なんかろくでもない結末が待ってる気がするの。

心当たりは?」

 

「ない。じゃあな」

 

バタンとドアが閉じられる。何かしら、この嫌な感じ。

この作品で嫌な予感が当たらなかった試しなんてなかった気がする。

とりあえず私室へ戻って、ガンベルトと金時計を下ろして、ベッドに大の字になった。

 

う~ん?そう言えば、最近働き詰めだし、

今回はこれと言ったおふざけすらなかったわね。タイトル詐欺にあらすじ詐欺。

既に2つも大罪を犯してるのに、これ以上ダラダラ引き延ばしたらガチで見放されるわ。

あ、でも次回と次次回で、おもっくそハチャメチャやる予定だからそれでトントンかも?

下らないことを考えてると、いつの間にかまぶたが下りて意識を手放していた。

 

 

 

 

 

一週間後。ホワイトデゼール領。

 

決戦の日。白く硬い岩の大地にあたし達は立っていた。

ついに魔王との直接対決に臨む時が来た。北の遠くには、重装甲のパラディン部隊。

あの日、出会った彼も、あの中にいるのかしら。

 

「まさか……本当に貴女と戦場を同じくする日が来るとはな」

 

あたしの隣に立つシュワルツ将軍。

 

「わたくし自身も驚いています。

戦う将軍殿を間近で見ることなどないと思っていました。

今日は……戦いに参加して頂き、本当にありがとうございます」

 

「祖国のために命を賭けるは騎士の誉。礼を言われるようなことではない」

 

他にも初めて会う人達が。他領地の将軍らしいわ。

 

「むむっ、見えます!わたしの眼鏡は全ての真理を映し出すのです」

 

クイッと眼鏡を直して意味不明なことを言う女性。

 

「えと、あの、具体的には……?」

 

「間もなく、禍々しき存在がこの地に降り立つでしょう!……ところで、あなた」

 

「何かしら」

 

アンダーリムのオシャレな眼鏡を掛けた女性が、ずいっと顔を近づけてきた。

グレーのセミロングをセンター分けにして、大胆なチェック柄のドレスを着てる。

で、誰?

 

「わたしが沼地だらけのミストセルヴァ領主秘書だからといって、

泥臭い田舎者だと思ってるわけではないでしょうね!?」

 

「思ってないわよ!っていうか、領主さんはどこ?そもそもあなた、誰」

 

「オホン、わたしはミストセルヴァ出身・ヴェロニカ。

領主様は表立った戦いをするタイプではありません。

執務がお忙しいので、魔術の心得があるわたしが名乗り出たわけです。

ああ、早く帰って先月の決済をまとめなければ」

 

「そ、そう。さっさと魔王殺してお互い早く帰りましょう。よろしくね」

 

あと一人、退屈そうにガムを噛みながら地面を蹴っている少年。

アースなら高校3年ってとこかしら。一応挨拶しときましょう。

 

「こんにちは。あたし、斑目里沙子。

君もどこかの領主様の息子さんだったりするのかしら?」

 

金髪に染めた髪をライオンのように立てた目つきの悪い少年が、あたしをジロジロ見る。

 

「ああん?誰に口効いてんだオメー。

俺は、北東の雪国、サグトラジルが領主、雷神トライデント様だ!」

 

「あら珍しい。君みたいな子供が領主になることもあるのね。とりあえずよろしく。

あと、雷神を名乗るのはまだ止めときなさい。オルランドゥには絶対勝てないから」

 

「舐めてんのかテメエ!ガキはテメエだろ!大体俺とタメか1個下だろうが!

なら領主様の俺様のほうが偉いってことだ。わかったら挨拶やり直せ!」

 

「残念、あたしは24よ。エールの良さもわかんないお坊ちゃんとは違うの。

身分証見る?」

 

「あ・ん・だ・と!?悪魔ごと俺のチェーンブレードでぶった斬んぞ!」

 

「よさんか、二人共!」

 

「おっさんは黙ってろよ!」

 

トライデントがレイピアの大きめの柄のような装備からジャラジャラと鎖を発射した。

これで悪魔を逮捕するっぽいわ。そう言えば魔王のしたことって、

日本の刑法に照らし合わせると何罪に引っかかるのかしら。

案外証拠不十分で無罪になるかも。

 

「みなさん、どうか落ち着いてください。

戦う前からいがみ合っていては、勝てる戦にも勝てません」

 

パラディンの言葉を借りると、最重要警護対象に当たる、この第二次北砂大戦の要。

エレオノーラが初めて口を開いた。

 

「ケッ、せいぜい真っ先に殺されないよう気をつけな!」

 

「ごめん。あなたが一番頑張らなきゃいけないのに、

あたしらが浮足立ってちゃ駄目よね」

 

「いいえ。わたしこそ守られることしかできないのに」

 

「あなたには一番最後に大事な締めくくりが待ってるでしょう?

力を温存することだけ考えて。……さて、魔王襲来はいつかしら」

 

ポケットを探ると、片手に小さな音叉。

アクシスのメンバーの魔力が込められた、いわば通信機。

各部隊に同じものが配られている。話したい相手を思い浮かべながら、

これに向かって話せば、少なくともホワイトデゼール領内全域で通話ができるらしい。

 

さすがは精鋭部隊。機械にできないことを魔法で解決しちゃうとは。

感心していると、音叉が振動して、皇帝陛下の声が聞こえてきた。

意外な人物の声にいきなり驚かされる。

 

“皆の者、只今より砦に国旗を掲揚する!総員、死力を尽くして悪魔を迎え撃て!”

 

「皇帝陛下!?どうしてここに!あなたが倒れては帝国が……」

 

“我輩の心配は不要である。簡単には死なないようにできているのでな。

さあ、開戦の狼煙を上げよ!”

 

思わず砦を見ると、金糸で火竜を縫った真っ赤な旗が鉄塔に掲げられる様子が見えた。

あらら、始めちゃった。どうなっても知らないわよ!

……と、思ったその時、空で地震が起こったかのように空気が揺れた。

 

ただの突風でも竜巻でもない。怒りの波動で大気が揺れているのよ!

皆が息を呑んだ次の瞬間、

焼き潰した喉から絞り出したようなおぞましい声が、戦場に響き渡った。

 

【身の程を知らぬ愚か者共!!

この魔王ギルファデスを侮辱した罪、永劫の苦痛を以って償わせてくれる!

人類という種を根こそぎ殺し尽くし、その魂を食らい尽くしてくれよう!

このミドルファンタジアを魔界と融合させ、我ら魔族の領地としてくれる!

後悔に塗れて息絶えよ!】

 

すると、北の海岸付近にどす黒いエネルギーが集まり、ブラックホールの様に渦巻くと、

突然中から巨大な両手が突き出し、バリバリと強引に次元をこじ開け始めた。

やっぱり……!皇帝の見立て通り魔王は北から現れた。

そして、20mはある全身が現れると、続いて奴の足元から無数の悪魔が姿を現した。

 

不思議と恐怖は感じなかった。

なぜなら魔王の巨体が、あたし達の旅の終着点にしか見えなかったから。

 

「覚悟しろ」

 

あたしは届かないと分かっているCentury Arms M100を一発撃って、言い放った。

 

 



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彼を知らない人は、とりあえず名前で画像検索して。それが全てよ。

この世界に来てから何度目の春かしら。

あの時も冬が去って暖かくなり始めた、こんな時期だったわね。

ちょっと休憩して、思い出話でもしましょうか。

実際見た事や後から聞いた話、いろいろだけど、暇だったら聞いていってちょうだい。

 

 

 

 

 

魔王ギルファデス。完全体でその姿を顕すのは人類史上二度目。

20mを超える筋骨隆々の人間型巨人。肌の色はどこまでも深い紫色で、

腹部に3つ目の巨大な眼球。頭部に二本の鋭い角。

背中からは巨大な刃となる翼が何対も突き出している。

その大きな体を包むマントから、ゆらゆらと漆黒のガスが陽炎のように立ち上っていた。

あたしがそれを認識した瞬間、マントから怒涛のように瘴気が噴き出した。

いけない、あれの直撃を食らったらみんな死ぬ!

 

「エレオノーラ!」

 

「任せて下さい!」

 

エレオノーラが風のクリスタルを懐から取り出して、思い切り大空に放り投げた。

すると、クリスタルが輝き出し、パッと空中で弾けて大気に溶け込み、

一陣の烈風となって魔王に吹き付けた。

キラキラと輝く風を受けた魔王の瘴気は、瞬く間にかき消され、

聖なる風は魔王にいつまでもまとわりつく。もう瘴気での攻撃はできないはず。

よし、まずは一手封じた!

 

《ぐおおっ!なんだこの鬱陶しい風は!ええい、余の身体を穢れた光で冒涜した罪は、

もはや贖い切れるものではないと知れ!……者共、かかれ!》

 

北の方角から、地響きが足を通じて伝わってくる。

空にはまだ点にしか見えないけど、飛行型悪魔。

皇帝陛下はああ言ったけど、本当の開戦の狼煙はもうじき上がる。

これから忙しくなるから、ナレーションはしばらく第三者に任せるわ。

 

 

 

 

 

外部にはみ出した鋼鉄のように硬い骨を、

これまた強靭で分厚い筋肉で包み込んだ悪魔の軍勢は、

凄まじい速さでホワイトデゼールの北部を中央の砦に向かって突き進む。

大地に蛇が這うような足跡が無数に生まれ、人間達を血祭りに上げようとひた走る。

その速さは、並の動体視力では目で追うことすらできないほどであったが、

それ故、足元の異質な存在に気づくことができなかった。

 

パチン

 

《!?》

 

何かが弾ける音がして、一瞬足を止めてしまった。周囲の悪魔たちも同様。

これが最初の判断ミス。粗末な木の杭が、突然凄まじい熱を伴って爆発を起こしたのだ。

 

《何事…ギャアアア!!》

 

まともに戦えば、騎兵隊一個小隊の犠牲は覚悟しなければない程強力な悪魔は、

ワイヤートラップで発動したテルミット爆弾で、

骨、筋肉、そして心臓とも言えるコアもろとも燃やし尽くされた。

彼自身が聞くことはなかったが、同胞の悪魔たちも同じトラップに引っかかり、

悲鳴を上げ、コアを失いただの骨と化し、北砂の大地に転がるのみとなった。

 

これは何だ……?パチンパチンと妙な糸が弾ける度に、部下が焼け死んで行く。

不可解な事態に魔王も戦略を変える。

目を凝らすと、人間共の生命反応は大きく3地点に分かれている。

部隊を分け、それぞれを一気に攻略する。彼は叫んだ。

 

《総員!南西、南、南東に別れて進め!奴らの陣はそこにある!》

 

うおおおお!!

 

魔王の命を受け、尚も悪魔達は進撃を続ける。

どういうわけか仲間が見えない敵に殺されていくが、

悪魔達は構わず3方向に別れて突撃を続ける。

逃げ帰れば死より恐ろしい罰が待っている。

 

そして、速やかに人間共をずたずたに引き裂き、敵将の首を持ち帰れば、

魔王様から褒美に新たな力を拝領できる!

恐怖と欲望が交じり合った心が、地中に眠る命を持たない殺人者に感づくはずもなく。

 

カチッ

 

《なっ!?》

 

足裏に妙な感触。気づいた瞬間には手遅れだった。

地面が大爆発を起こし、どんなに硬かろうが知ったことかと言わんばかりに、

骨も肉もコアも一切合切区別なく、粉々に粉砕した。

あらかじめ敵の予想進路に配置されていた対戦車地雷が、あちこちで爆発。

 

巻き添えを食った悪魔達も重傷を追い、地面に這うばかりだ。

正体の分からない攻撃に、思わず足を止める悪魔。

フルスピードで地を駆けていた彼らが急停止したため、

地を揺らすほどの将棋倒しが起こる。

 

 

 

 

 

鳴り止まない爆発音、そして、悲鳴。北の海岸近くで連続する爆発の列を見て、

里沙子は笑みをこぼす。呵々大笑とはこのことね。そう思いながら。

 

「お、おい!何が起こってんだ!?悪魔は誰に撃たれてんだ?」

 

「強いて言うなら地面よ。急に招集されたあなた達には伝わってなかったみたいだけど」

 

「意味わかんねえぞ!」

 

「そうですわ!わたし達にも詳しい説明を!」

 

「むっ!その時間はないようであるぞ!」

 

気づくとポケットの音叉が震えている。すぐさまポケットから抜き取って耳を澄ます。

 

[魔王軍の足が止まった!

これより、パラディン、砦、アクシス、各部隊による攻撃を開始する!]

 

皇帝陛下からの通信。さて、撃ち漏らしを始末する準備を始めなきゃね。

里沙子は背負っていたライフルを構えた。

 

 

 

 

 

帝国軍北西部隊。すなわちパラディン部隊は、重装甲の鎧に身を包み、

両手にタワーシールドを持って敵が地雷やワイヤートラップを消費し尽くし、

立ち上がる時を待っていた。やや射程圏外の今は、機が熟すのを待つ。

やがて、将棋倒しの混乱から立ち直った悪魔の軍勢が、

こちらに向かって再び瞬間移動に近いダッシュでこちらに向かってくる。

 

“進め進め進めーーー!!”

 

その瞬間を見計らい、隊長が号令を出した。

 

「神罰第二十八章六節、用意!」

 

"了解!!"

 

パラディン達は、タワーシールドに仕込まれたカラクリを操作。

すると、盾の表面に無数のゴルフボール大の穴が開く。

直後、全員思い切りタワーシールドを地面に突き刺して固定。

速度の早い悪魔達があっという間に射程内に入った。

 

「……神罰執行!」

 

“神罰第二十八章六節、俄仕込みのアヴェ・マリア!!”

 

彼らが盾内部のトリガーを引くと、表面の穴から連続して爆弾が発射された。

爆弾内部の火薬に、細かくちぎった聖書を混ぜ込むことによって、

無理矢理光属性を持たせた罰当たりな代物。

 

咎を背負う彼らだけが扱えるグレネードランチャーの面攻撃を受けた悪魔達は、

一発一発の直撃を食らう度、再生することも許されず、

強固な外殻と筋肉を吹き飛ばされ、コアに食らった一発で絶命する。

 

時折、魔界から放たれたガーゴイルが空から急降下し、彼らに攻撃を仕掛ける。

が、その瞬間、ガーゴイルの額に穴が空き、遅れて乾いた銃声が届いた。

絶命したガーゴイルは力なく落下する。

パラディンの一人が、ほんの一瞬だけ後方に目をやると、

少女らしき人物がライフルを構えていた。

 

 

 

 

 

ふぅ、やっぱり仕入れといて正解だったわね。

彼女は間一髪、味方への攻撃を迎撃して安堵する。

対空兵装が少なくて上からの攻撃が少々不安だったの。

里沙子はドラグノフを構えながら、上空警戒を続けていた。

 

「あー!なんだそれ、お前だけずるいぞ!」

 

敵はまだ遥か向こう。暇を持て余したトライデントが、ドラグノフを見て駄々をこねる。

 

「ずるいぞ、じゃないわよ。

あたしら空が手薄なんだから、あんたも対空兵器があるなら手伝って」

 

「そりゃあ……ねえけどさ」

 

「さあ、どんどん来るわよ。エレオノーラ最優先!」

 

すでに空からギャアギャアとうるさい怪鳥の鳴き声が迫っている。

ゲパルトの設計図もあればよかったんだけど。

里沙子はひたすら狙撃を続けながら考える。

 

 

 

 

 

帝国軍の主力とも言える砦でも、悪魔の迎撃が始まっていた。

二階建ての一階ではAK-47、

そしてハンドルではなくトリガー方式に改良されたガトリングガン。

二階ではRPG-7による攻撃が行われていた。

 

「一階、正面敵部隊に向け斉射開始!二階、後方の敵に向け、RPG-7発射開始!」

 

“了解!”

 

一階から無数の機銃弾が放たれ、

自動小銃と原始的なマシンガンが薬莢をばら撒き、辺りを硝煙に包む。

火薬で打ち出された鉛玉は、ただ正面から突撃してくる悪魔に突き刺さり、

肉体を引きちぎり、前方の空間を肉の紫や骨の白に染め上げる。

二階でも3人の射手が、簡素な砲身から

弾頭が丸みを帯びたPG-7VL対戦車榴弾を発射し、後続の敵軍を爆破していく。

 

しかし、ここにも大空からの敵が。

鶏、ドラゴン、蛇を融合したキメラのような姿を持つ、

コカトリスが射手を燻り出さんと、毒の息を吐こうとしていた。

 

「おっと危ねえ!」

 

その時、耳を裂く銃声と共に地上から一条の火線が奔り、

コカトリスの首を引きちぎった。

ルーベルがバレット M82で強力な12.7mm弾を放ったのだ。

血を撒き散らしながら、コカトリスの死体が、回転しつつ地面にどさりと落ちる。

 

「なんかこのスコープ、邪魔だなぁ。絶対中央に当たるわけでもないし、

木の肌で風の流れを感じたほうがわかりやすいっていうか。

里沙子に外し方聞いとくんだった」

 

 

 

 

 

一方、北東での迎撃を命ぜられた特殊部隊アクシス。

男女ともに明るい紫の軍服に身を包み、それぞれの武器・魔法で迎撃に当たっていた。

特に異彩を放つのはカシオピイア。

彼女は“聖母の眼差し”を目の前にかざし、そっと手を離す。

触媒は落下することなく、彼女の視界の間に浮かぶ。

その向こうに見えるのは、やはり悪魔の軍勢。カシオピイアは、小さくつぶやいた。

 

「……目標、追尾」

 

すると、触媒の中に収まる敵に、赤い四角の照準が現れる。その数、約20。

 

「目標、ロックオン。標的を撃滅する……!」

 

次の瞬間、彼女はホルスターに下げた2丁拳銃を素早く引き抜き、

腰だめ撃ちで連射を開始した。銃口に穴が空いていない不思議な拳銃の先端から、

エネルギー弾が発射される。

火薬を使わない銃は、マズルフラッシュが炎ではなく、小さな魔法陣。

所有者の魔力を弾丸に変えて放つ魔導武器。

 

放たれたエネルギー弾は、誘導性能を持ち、正確に悪魔の急所を撃ち抜く。

敵を撃ち尽くしては視線を動かし、再度ロックオン。射撃を開始。

体内に膨大な魔力を持つ彼女は、弾切れを気にすることなく、ただ敵を撃ち続ける。

 

他の隊員も攻撃を開始。

敵軍の間で反射し続け、魔力を失うまで攻撃を止めない魔法の矢を放つクロスボウ。

取り憑いた敵を道連れに自爆する人工精霊。

短い射程距離と引き換えに大爆発を起こす魔導爆弾。

悪魔を殺すために結成されたアクシスは、戦い続けた。

 

 

 

 

 

魔王は苛立っていた。何を人間ごときに手間取っているのか。

初めから出鼻をくじかれる。3つに分けた部隊はどいつもこいつも役立たず。

北砂の大地が広く紫の体液で染まっていく。

醜態を晒し続ける部下に、怒りが頂点に達したギルファデスは、歯ぎしりして吠えた。

 

《参れ、全ての我が眷属よ!人間共を根絶やしにしろ!奴らの頭の首を取れ!》

 

再びゲートに魔力送り込み、増援を呼び寄せる。

恐ろしい数の悪魔が、呻き声を上げながらミドルファンタジアに乗り込んできた。

力を出し惜しむのはもう飽きた。ただ全力で蹂躙し、人間共を殺し尽くす。

それだけでいい。

 

今度は、体長だけならギルファデスと並ぶほどの、

単眼の巨人サイクロプスが棍棒をぶん回し、

悪魔神官ダンタリオンがゲートから舞い降り、

炎を吐く凶鳥ワイバーン、そして、かつて里沙子に殺された、

ケイオスデストロイヤとゴブリンの群れが北砂めがけて殺到した。

 

《かかれぇ!!》

 

どの種も圧倒的な数。

魔王は残存兵力と合流させ、敵将もろとも押しつぶす作戦に出たのだ。

 

 

 

 

 

「皇帝陛下!各部隊損耗なし!こちらが押しています!」

 

嬉しそうに告げるのは、

ホワイトデゼールのどこかにいる皇帝の足元に座っている、アクシス隊員。

精神集中のため、目隠しをしているので、皇帝に守られている。

 

「お姉さん、気を抜いては駄目。現在敵軍の損耗率25%……いえ、敵増援出現!」

 

叫ぶように報告するのは、同じく目隠しをして座り込むアクシス隊員。

この二人は双子で、

探知・通信魔法を用いて戦場の通信士とレーダーの役割を務めている。

 

「ついに、死神の呼び声を聞かせてやる時が来たらしい。

タンゴ、BM-13部隊に攻撃命令、総攻撃だ。

ワルツ、他の各部隊に注意喚起。爆発に巻き込まれないよう500m後退せよ」

 

“了解!!”

 

 

 

 

 

そして、とうとうBM-13が火を噴く時が来る。

ホワイトデゼール南端に展開していた全車両が、距離と発射角を調整し、

敵増援に向けて照準を合わせた。砲兵隊隊長が全てのロケット弾射手に通信。

 

“飛翔弾、全弾発射!”

 

その号令と共に、車両後部のレールから無数の炎の槍が、

悲鳴のような風切り音を上げて飛び立っていく。

ロケット弾は砦の上空を通過し、再度出撃しようとしていた魔王軍に襲いかかる。

 

やはり無誘導の装備は正確にヒットすることはなかったが、それが逆に敵の混乱を誘う。

風に煽られ、無秩序な軌道で大地に降り注ぐ炸薬の塊は、

敵にとって回避の難しい脅威でしかなかった。

 

 

 

 

 

ロケット砲弾M-13は、敵増援や周辺に雨あられの如く降り注ぎ、着弾と同時に爆発。

最終的に8両生産されたBM-13が放つ飽和攻撃。到底避けきれるものではない。

数だけの尖兵でしかなかったケイオスデストロイヤとゴブリンは瞬く間に粉砕され、

単眼の巨人サイクロプスも腕をもぎ取られ、苦痛の叫び声を上げる。

その様を見た仲間の巨人達が後退しようとするが、

 

《馬鹿者!!敵に背を向けるな!逃げるものは裏切り者だ!

裏切り者は余の翼でひき肉にしてくれる!》

 

ギルファデスの怒りの前に、不気味な風切り音を鳴らしながら落下する

ロケット弾の雨の中、突き進むしかなかった。

頭を砕かれ数を減らしつつも、南西へ突撃する。

そして、悪魔神官ダンタリオンの群れは、思念だけで意思をやり取りする。

 

(……?)

 

(……!)

 

魔法陣を描いた黒地のローブを身に着け、

天使のような白い翼が生えている人間型悪魔、ダンタリオンは、

魔障壁を張ってロケット弾から身を守りつつ、3方向に飛んでいった。

 

 

 

 

 

パラディン部隊。

青い肌の巨人達が、棍棒を持って彼らに襲いかかる。

しかし、皇帝の命令通り500m下がった以上は、全く退く様子がなかった。

爆弾を撃ち尽くした彼らは、新たな神罰を執行する。

 

「神罰第十九章二節!」

 

隊長が指示を出し、全員がタワーシールドを高く掲げて宣言。

 

“神罰第十九章二節!大司教猊下の隠し包丁!”

 

すると、タワーシールドの四方から巨大な刃が飛び出し、手裏剣のような形になる。

 

“おおおお!!”

 

全員がその強肩で超重量の盾を投げつける。

グオングオンと回転しながら巨人めがけて飛び立つ凶器。

とある1枚は棍棒を持っていたその手を斬り飛ばし、

別の1枚はうまく敵の喉元に飛び込み、重い頭を支える太い首を刎ねた。

投げたタワーシールドは、ブーメランのようにパラディンの手元に戻ってくる。

だが、大技が多い彼らパラディンは、数で勝る巨人の群れに徐々に押されていく。

 

一人が棍棒の直撃を食らい、動けなくなった。

重装甲で動きが鈍重なパラディンは、暴れ狂う巨人との接近戦は不利という他なかった。

敵の重い一撃はタワーシールドでも受け止めきれず、

一人、また一人となぎ倒されていく。そして最悪の事態が。

巨人の何体かがパラディンを無視して、エレオノーラのいる南へ向かってきたのだ。

 

 

 

 

 

「おい、デカブツが来るぞ。どうすんだ」

 

トライデントが誰ともなしにつぶやく。とは言え、その言葉に危機感はまるでないが。

 

「……ふぅ、しゃあねえな。アテになんねーやつばっか。

やっぱ俺がリーサルウェポンってやつ?」

 

「馬鹿言ってないでなんとかして。……もうっ、全然効きやしない!」

 

里沙子がドラグノフを向かってくる巨人の頭部に命中させていくが、致命傷に至らない。

 

「わたしにお任せを。敵の接近まで、もう少々待ちましょう」

 

「危険な賭けだが、我らに有効な遠距離射撃がない以上、仕方あるまい……」

 

ヴェロニカの策にシュワルツ将軍が同意する。

 

「残念だけど、そのようですわね。わたくしは頭上の害虫退治にシフトします」

 

ドラグノフの標的をワイバーンに変えた里沙子。今度は効果があった。

首を撃ち抜き、目にヒット。

有翼恐竜のような悪魔の死骸が、ただボトリと地面に落ちる。

そうしていると、単眼巨人の群れが接近。

 

「まずはわたしが!」

 

ヴェロニカが左手に魔力を収束し、詠唱を始める。

 

「其が踏み入りしは底なし沼。見えざる霧に囚われ、惑い、沈みゆくがいい!

後悔遅し、ブラインドミスト!」

 

彼女の左手に集まった魔力が解放されると、一瞬だけ周囲が霧に包まれた。

里沙子達は錯覚かと勘違いしたが、

巨人たちは、敵を見失ったように立ち止まってキョロキョロしている。

 

「魔法の霧で敵の視界だけを奪いました。

では、最強のトライデントさん。お手並みを拝見したいと思います」

 

「あんがとよ姉ちゃん。

ま、俺は魔法なんかなくても全然ヨユーだけど?……おらぁっ!」

 

トライデントがレイピアの柄のような奇妙な装備を振りかざすと、

飛び出した長い鎖が、巨人たちの首に巻き付く。驚いた敵が鎖を振りほどこうとする。

 

「じっとしやがれ、木偶の坊!」

 

彼が柄のスイッチを入れると、鎖を通じてバリバリと強力な電撃が伝わり、

巨人の大きな身体を痺れさせた。

 

《ぐぁおおおおん!!》

 

その機を逃さず、トライデントは身体のバネを使い、全力で鎖を引っ張る。

 

「おらぁ!!」

 

すると、鎖は敵を縛り上げることなく、複数体の巨人の首をちぎり取った。

ドシンと残った胴体を地面に横たえる巨人。得意げに笑みを浮かべるトライデント。

 

「ふふん、弱過ぎマジ」

 

「あら、あんた結構やるじゃない。どんなタネ?」

 

「タネじゃねえ!チェーンブレードって俺の武器だ!鎖の輪全部に刃を仕込んでんだよ!

あと俺の魔力を雷撃に変える触媒だ!」

 

「見事である。さすがはサグトラジル領主であるな」

 

「へ、へん!別にこんくらい余裕だし?まだまだ来て欲しいくらいだし?」

 

「よかったわね。さっそく願い叶ったわよ」

 

「え?」

 

里沙子が指さした方を見ると、異様な存在が宙に浮かびながらゆっくりと近づいていた。

ひと目だけでは、天使と間違えるような、純白の翼を持った存在。

悪魔神官ダンタリオンは、里沙子達の100m程先で停止すると、

両手を合わせて、魔力を球形に集め始めた。瞬時に危機を察知した里沙子が叫ぶ。

 

「ごめん!エレオ以外は自分で避けて。……逃げるわよ!」

 

「えっ!?」

 

「急ぐ!他の連中も!」

 

皆、散り散りに走り、里沙子はエレオノーラの手を取って、全速力で東に走る。

次の瞬間、ダンタリオンの手から、青白く光る太い魔力のレーザーが、

下からすくい上げるように放たれた。

それは地を深くえぐりながら、猛スピードで接近してくる。

敵はヴェロニカに狙いを付けたようだ。

 

「あっ……」

 

だがその時、慌てた彼女がドレスの裾を踏み、転んでしまった。

レーザーが迫る。悲鳴も出せない。このままでは胴を両断される。

でも、立ち上がって避ける時間など、残されていなかった。

 

「ヴェロニカ!?」

 

どうにかエレオノーラを連れて回避に成功した里沙子は、その光景を目の当たりにする。

考える前に体内に魔力を循環させていた。

 

──クロノスハック!

 

体感時間をほぼ停止状態にした里沙子は、ヴェロニカに駆け寄り、

彼女の体を引っ張って、敵攻撃の射線から脱出させた。そこで能力解除。

あまり多くを使いたくはない。大体15秒使っただろうか。

 

次の瞬間、彼女が横たわっていた位置がレーザーで薙ぎ払われた。

やはり地下深くまで抉られ、直撃していたら彼女は死んでいただろう。

ヴェロニカが里沙子の腕の中で軽く混乱する。

 

「え…わたし、どうして……?」

 

「時間止めた。以上。お姫様守るために全力出したいから、あんまり使わせないで」

 

「時間を!?そんなことどうやって!」

 

「質問タイムも……ないっぽいわね」

 

里沙子のポケットで音叉が激しく振動する。

取り出すと、他の部隊からの救援要請が殺到して、何を言っているのかわからない。

 

 

 

 

 

そう。他の陣地もダンタリオンの猛攻の前に窮地に陥っていた。

砦に立てこもり、機銃やRPG-7を撃ち続けていた部隊は、

悪魔の魔障壁の前に何もできずにいた。

 

「銃撃が効いていない!」

「RPG-7はどうした!」

「当てたさ!でも傷一つ付いてないんだ!」

 

懸命に反撃を続ける砦の銃撃部隊だが、ダンタリオンの魔法防御を貫く術がなかった。

 

「くそっ!上も上で忙しいってときに!」

 

ワイバーンやコカトリスを撃墜していたルーベルも、

時折バレットM82でダンタリオンを狙撃するが、やはりバリアに銃弾が弾かれる。

静かに人間の反撃を見つめていたダンタリオンが、左手を差し出し、魔力を集中する。

 

それは次第に大きな塊となり、悪魔は紙風船を投げるようにそっと投げる。

やがてふわりと壁に着弾すると、大爆発を起こし、

石とセメントと土嚢で固められた砦を大破させた。

 

「ぎゃああっ!!」「あがあっ!腕が!」「逃げろ、弾薬箱に引火する!」

 

外部に露出していたRPG-7隊は、

爆風を受け、後方に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、動かなくなった。

崩れた砦から這い出てきた兵士も、皆、血塗れで装備も失い、

戦うことすらままならなくなっていた。白の大地が見る間に真っ赤な血で染まる。

その惨状に戦慄するルーベル。

 

「くそったれ!」

 

何度もダンタリオンにバレットM82を連射するが、やはり強固な魔障壁を破れない。

後方には、BM-13の砲撃から生き残った低級悪魔達もいる。空には凶鳥の叫び声。

くそ、誰をどうしろってんだ!

 

 

 

 

 

特殊部隊アクシスが守る陣地にもダンタリオンの魔の手が迫る。

カシオピイア達の反撃により、低級悪魔は片付けたが、

やはり悪魔神官の魔障壁に手を焼く、というより手も足も出ないと言った方が正確だ。

カシオピイアが2丁拳銃で攻撃を続けながら、“聖母の眼差し”で敵能力をスキャン。

 

「……攻撃の効果が見られません。こちらが放った熱量の100%が吸収されています。

撤退を進言します」

 

「駄目よピア子!ここで私達が引いたら、皇帝陛下達が……」

 

皇帝達は、アクシスの後方200mの位置に待機していた。

だが、カシオピイアの仲間も心の奥で理解している。

どの道自分達はこの悪魔神官に殺される。

そうなれば、皇帝の存在に気づいた彼らが、この国の長の首を取る。

もう、おしまいなのだ。彼女が諦めかけたその時、胸ポケットの音叉が震えた。

 

──全員、聞いてちょうだい!!

 

 

 

 

 

長らくお待たせしたわね。ここからはいつもの一人称でお送りするわ。

まず、あたし達の状況から。あたしはエレオノーラの手を引きながら、

砦に向かって走っていたの。

後ろから追いかけてくるサイクロプスは、シュワルツ将軍が剛剣で一刀両断したり、

ヴェロニカが霧で足止めしてくれてる。

トライデントには一緒にエレオノーラを守ってもらってるわ。

 

目的地は砦。壊滅状態らしいわね。ルーベルが保ってくれるといいんだけど。

そんな事を考えながら、あたしは音叉に叫び続ける。

 

「動ける人は、全員砦に集まって!最終兵器を使う!

超広範囲を攻撃するから、散らばってると危険なの!」

 

「おい、最終兵器ってなんだよ!」

 

「後にして!……生存者は応答を!」

 

すると、次々返答が帰ってきた。まだ希望はある。

 

“こちら、パラディン部隊2から4号……目的地、砦。了解した”

“アクシスよ!まだ死傷者はいないけど、これ以上はピア子が保たない!すぐ行くわ!”

“こちら皇帝、アクシスに告ぐ!以後、里沙子嬢の指示に従うように!以上!”

“ありがとうございます!”

“ルーベルだ、早く救援をよこしてくれ!怪我人だらけでどうしようもねえ!

偽天使に全員やられた!とにかく手が足りてねえ!”

 

「みんな、もう少しだけ頑張って!あたし達もすぐに行く!」

 

後ろからエレオノーラの荒い息が聞こえてくる。

でも、彼女は弱音を吐くことなく付いてくる。……急がなきゃ。

 

 

 

 

 

その時ルーベルは孤軍奮闘してた。

まともに戦える兵士がいなくなって、目の前のダンタリオンや生き残りの悪魔、

上空のコカトリスと戦わなきゃいけなかったらしいわ。

 

「ちくしょう!こんなところで、終われるかよ!」

 

対物ライフルを腰だめ撃ちして、殺せる敵から殺していく。

でも、どうしても瀕死の兵士たちに目線が行く。

私も、回復魔法くらい勉強しとくんだった……!そんなふうに歯噛みしてたみたいよ。

 

そして、とうとうダンタリオンが身体の前に魔力を集めて、

ルーベルにとどめを刺そうとする。四方からの攻撃を受けている彼女に回避はできない。

彼女が死を覚悟した時。

 

シュルシュルと強力な電気を帯びた鎖が飛んできて、ダンタリオンに命中。

魔障壁を貫通しなかったものの、体勢を崩すことはできた。

奴が放った青白い光の波動は空に放たれ、

不運なワイバーン一匹を焼いて不発に終わった。

 

「里沙子……!」

 

「よくやってくれたわ、ルーベル!」

 

同時に、生き残った各部隊の隊員も集まってきた。

パラディン達が大きな姿を現したけど、

その数はあたしたちが最初に見たときより明らかに減っていた。

アクシスは無事だったけど、血まみれの兵士たちを見て衝撃を受けた様子。

すぐに回復魔法を使える隊員(メディック)が救護に当たるけど、人手は全く足りてない。

 

エレオノーラが加わろうとしたけど、肩を掴んで首を振る。

彼女は目を伏せただうなずいて、後ろに下がった。

……ごめんなさい。

彼女には、最大限の魔力で勇者の剣を振るってもらわなきゃいけないの。

 

「おい、早くしろよ!最終兵器ってなんだ!何をどうするってんだ?」

 

「何をするかって?」

 

今更何を。あたしは、各部隊を追いかけてきた悪魔達を目の前に、宣言した。

 

「一発逆転に決まってるでしょう!」

 

そして、ポケットから取り出したカードを高く掲げた。

マーブルからもらった、文字通り1回限りの切り札。カードが光り輝き、宙に消える。

すると、あたしのそばに、見えない力が収束し、

カードに描かれたものの輪郭が形作られ、色づけられ、

やがてはっきりした実体を伴い、その正体を現した。

 

「さあ、思い切り暴れなさい!」

 

『ふしゅるるる……』

 

皆が、その姿に圧倒される。体長4mはある巨体。死人のように白い肌。

その身体に密着するブルーの耐火服。腰に巻かれたチャンピオンベルト。

背中に背負った巨大な2基の燃料タンク・ブロイラーボンベ。

ホースで燃料タンクと接続され、両手の甲に設置された火炎放射機。

そして、その頭に堂々と立ち上がる真っ赤なモヒカン。その名こそ。

 

 

──邪魔する奴は殺す!このテッド・ブロイラー様が

  丸焼きにしてくれるわ!ががが──っ!

 

 

戦車に乗って戦えるRPGで、戦車なしのタイマン勝負を挑まざるを得なかった、

あたしの知る中で最強最悪の中ボス。

多くのプレイヤーの心を折ってきた、彼の戦いぶりをとくとご覧あれ。

戦いの火蓋が切って落とされた時、彼は叫んだ。

 

『オーーーバーーードリッーープ!』

 

その声とともに、彼の後方から巨大な点滴スタンドが現れ、何かの薬を打ち込んだ。

薬が身体に回ったことを感じた彼は、その厚い唇でニヤリと笑う。

彼は準備を整えると、真っ赤なブーツで大地を踏みしめながら、

あたし達の前に集まっていた悪魔達に宣戦布告した。

 

『炎に包まれて死ぬがいい!このテッド・ブロイラーさまが

遺伝子のかけらまで焼きつくしてやるがががーっ!』

 

敵も味方も、驚きというより、開いた口が塞がらないと言った感じで、

あっけに取られていた。

が、ようやく我に返って、彼を敵だと認識したダンタリオンが、

様子見にケイオスデストロイヤ3体をけしかける。

悪魔は目で追えないほどの素早さで駆け寄り、鉤爪をぎらつかせて飛びかかった。

しかし。

 

カキン、カキン、カキン!

と、物理攻撃を弾き飛ばされ、地面に転げ回る。何が起きたか理解できない悪魔3体。

並の戦車を遥かに上回る防御力を誇るテッド・ブロイラーに、

傷一つつけることができなかった。バズーカ砲も効かないしね。

あたしは危険を察知して、みんなに呼びかける。

 

「みんな、適当なもので肌を隠して!物凄い熱が来るわ!」

 

「お、お前、一体何したんだよ!あれは人か、悪魔か!?」

 

「急いで、早く!」

 

皆、瓦礫に隠れたり、上着で顔をかばったりして防御する。

あたしはストールを顔に巻いて、エレオノーラを体でかばう。

あと2秒も遅れてたら危なかった。

片膝を突いて、両腕を真っ直ぐに伸ばして、テッド・ブロイラーは、叫んだ!

 

『テッド・ファイヤー!がががっ!』

 

その時、背中の燃料タンクが唸りを上げ、両手の火炎放射機から凄まじい炎が放たれた。

広範囲に炎の大河が広がり、北砂の大地が、今度は異なる赤に染め上げられる。

ケイオスデストロイヤを始めとした低級悪魔は文字通り黒焦げになり、

コアの存在を確かめるまでもなかった。

 

3体のダンタリオンは、魔障壁でどうにか火炎放射の直撃から逃れたものの、

周囲に撒き散らされた燃料が燃え続け、激しい炎に包まれ悶え苦しんでいる。

熱風で味方からも苦情が出る。

 

「熱いですわ!なんですの、あのメチャクチャな攻撃は!」

 

「ふざけんな、耳やけどしちまったよ!」

 

「ぐっ、なんと凄まじい力だ……彼は一体何者だ」

 

「人でも悪魔でもありませんわ、将軍。奴はグラップラー四天王の一人。

それ以上でも以下でもありません」

 

「なんだよ、ちゃんと説明してくれよ!」

 

「あたし達が生きて帰れたらゆっくり説明するわ、ルーベル。

とにかく今は、彼の攻撃に巻き込まれないことに集中して」

 

あたし達がだべっている間に、

彼の危険性を認識したダンタリオン3体が、彼に魔法攻撃を仕掛ける。

一体が魔力のレーザー、一体が圧縮した魔力の球。

そしてもう一体が魔力の爆弾で彼に攻撃。

さすがにこれはテッド・ブロイラーにもダメージが通ったらしいわ。

 

彼が軽く血の混じった咳をした。でも、彼はやはり不敵な笑顔を浮かべる。

戦闘開始時に射ったオーバードリップの効果で、減った体力は徐々に回復していく。

元気を取り戻した彼は反撃に出ようと、手元に巨大な注射器を呼び寄せた。

 

『地獄へ案内してやろう!』

 

テッド・ブロイラーはダンタリオンの1体に狙いを定めて、

一気にその注射針を突き刺した。

 

《!?…!!??!》

 

彼の腕力が細い一点に集中し、魔障壁を突き通した。

そして、ダンタリオンの急所を貫通。コアを貫かれた悪魔は、即死。

宙に浮いていた身体が、羽根を散らしながらゆっくりと堕ちていく。

 

慌てた生き残り2体が、全力で魔力の塊を連射して、突然現れた化け物を殺そうとする。

その集中攻撃に、彼が無視できないダメージを受ける。今度は一度大きく吐血。

大きな手で口の血を拭った。

 

あと少しで奴を殺せる。きっとダンタリオン達はこう思ってたと思うの。でも……

 

『まんたーんドリーーンク!』

 

彼はベルトに差していたドリンク剤を一本飲み干した。

すると、彼の怪我が一瞬にして完治。

内臓に与えていたダメージもなかったことにされ、ダンタリオンの努力は水泡に帰した。

減らしたはずの生命エネルギーが元に戻った現実を前に、

悪魔達は生まれてから抱いたことのなかった感情に直面する。すなわち、絶望。

 

一方、完全回復したテッド・ブロイラーは、

その大きな口の口角を目一杯上げて喜びを表現し、次なる攻撃を宣言。

 

『モヒカーン・スラッガー!がががっ!』

 

彼は、素材も材質も全く不明のモヒカンを取り外し、

ダンタリオンに向けてブーメランのように思い切り投げつけた。

やはり魔障壁を張って防御するけど、

その桁外れの破壊力にバリバリと破られ、本体に直撃。

 

ダンタリオンは、まるでチェーンソーで両断されるように、縦半分に真っ二つにされた。

コアが無事なはずもない。2体目も羽根のチリとなって死亡。

 

こうでなくっちゃ困るわ。あたしのタイガーⅡを一発で大破させてくれたんだもの。

あ、4で登場する時は戦車で戦えるのよ?

テッド・ブロイラーは戻ってきたモヒカンをキャッチ。元通り頭に戻す。

最後に残された悪魔一体が、どうするべきかわからずパニックになり、逃げ出した。

 

「おい、逃げてったぜ!」

 

トライデントの視線の先には、魔王の元へ敗走するダンタリオン。

 

「みんな、追うのよ!残りはあいつと魔王だけ!もうちょっとだけ頑張って!」

 

「了解……」「承知しました」「行くぞ皆の者!」「おう!」

 

各々の力強い返事を聞くと、兵士の手当をしているアクシス隊員だけを残して、

あたし達はとうとう魔王との直接対決に挑む。

前方を歩くテッド・ブロイラーについていきながら、北の海岸目指して進撃する。

ちょうど逃げていくダンタリオンが目印になってくれてる。

 

『がはは!逃げろ逃げろ!はやく逃げないとまっくろこげだががーーっ!』

 

「本当、笑えら。どっからあんなもん仕入れてきた?」

 

「ちょっとしたコネよ。あんたも出会いは大事になさい。変な連中はもう勘弁だけど」

 

興味深げに聞いてくるトライデント。

さっきまであたし達を取り巻いていた負の感情は希望に変わり、その足取りは力強く。

いくら歩いたかわからないけど、

とうとうあたし達は海の見えるホワイトデゼール北部にたどり着く。

さっきのダンタリオンが魔王に何か言っている。

 

《;lkjkcw!!》

 

《それで貴様は逃げ帰ってきたというのか!この悪魔族の面汚しめ!!》

 

そして、魔王は鋭い翼で、ダンタリオンを細切れに引き裂いた。

断末魔も上げずに死んでいく悪魔。これで、残る敵は魔王ただひとり。

皆、それぞれの武器を構える。一番先頭にいたあたしが無言で宣戦布告した。

ドラグノフで頭部を一発。今度は命中。

 

ほとんど効いてないけど、そんなことはどうでもいい。

こちらの殺意を届けられればいいんだから。

魔王が大きな目であたしを睨み、手をかざして魔力の収束を始めた。

人類と魔王の決着が着くのは、もう間もなく。

 

 



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魔王編なんて読みたくないやい、って人は「市役所に住民票~」からこの話までをスキップしてね。急に状況が変わって多分混乱するけど。

魔王がその手に魔力を収束する。まるでブラックホールのように真っ黒な球体が、

バチバチと紫の稲妻を伴い、ちょうど手のひらを覆い隠すようなサイズになった。

そしてあたしに狙いを定め、その力を解き放つ。

 

()っ!!》

 

ゴウッ!と空を斬って迫りくる暗黒魔法。

でもあたしは両腕を組んで、ただ魔王を見つめるだけ。

別にクロノスハックで避けようってわけじゃないわ。

のんびり状況説明してるけど、着弾まであと1秒ちょっと。

皆が驚いてあたしを見る。かばうのも押しのけるのも間に合わない。

でも、大丈夫だ、問題ない。

 

ヒュオン!

 

暗黒球は、空中で迎撃され、消滅した。

テッド・ブロイラーが目からレーザーを発射して、飛び道具を撃ち落としたから。

 

《ぬおっ!?》

 

明らかに異質な存在に攻撃を打ち消され、驚愕するばかりの魔王。

相変わらず大きな口で笑う彼。

あたしが魔王に向けて歩き出すと、皆、戸惑いながらも覚悟を決めてついてきた。

 

遂に巨大な魔王と対峙する人類代表あたし達。

と、グラップラーよりお越しのテッド・ブロイラー。

しばらく両者睨み合っていたけど、やがて魔王が口を開いた。

聞くものを押し潰すほどの威圧感を孕んだ声が帝国最北の大地に響く。

 

《……人間にしては、やるものだ。

ダンタリオンは余の手駒の中でも、選りすぐりの精鋭だったのだが。

いいだろう。貴様らに最後のチャンスをやる。降伏しろ。

そうすれば、せめて人の形を保ったまま、奴隷として余に仕える栄誉をくれてやろう。

どうだ》

 

決戦前の前口上。

ラスボスイベントでは定番だけど、リロードしたりあくびを噛み殺したりして、

正直ろくすっぽ聞いちゃいなかった。どうせもうすぐ死ぬやつの話なんか聞いてもね。

あたしは気づかれないよう、テッド・ブロイラーのたくましい足にそっと触れて、

返事を促した。

 

『ふしゅるるる……よくぞ、ここまでたどり着いた。褒めてやるがががっ!

だが、このテッド・ブロイラーが生きている限り……

貴様をここから先へは行かせんぞ!』

 

《このギルファデスに生意気な口を……だが、お前の力は気に入った。余に付くがいい。

相応の地位を約束しよう》

 

『もうじき我らの主、バイアス・ブラド様は、不死の存在へと進化なさる!

いや、もう既に不死の存在になられたかもしれぬ!ふはははは!

そうなれば、このオレもブラド様から不死の体を授かるのだ!がががーっ!

邪魔はさせんぞ!我らに逆らう愚かな人間どもめ!

炎に包まれて死ぬがいい!このテッド・ブロイラー様が

遺伝子の欠片まで焼き尽くしてやるがががーっ!』

 

《貴様……!下手に出れば図に乗りおって!!

ジュデッカの果てで、永遠の後悔に塗れるが良い!》

 

微妙に噛み合ってない上に、意味不明だし、お互い上から目線の会話に、魔王がキレた。

しょうがないじゃない、ゲームのキャラなんだし。

ともかく最初から結末がわかっていた交渉は決裂。……戦闘開始!

 

即座に全員散開。あたしはドラグノフで、いかにも弱点っぽい腹の目玉を狙う。

7.62x54mmR弾を3発撃ち込んだ……んだけど、

弾頭が空中で急速にスピードを失い、そのまま地面に落ちた。

 

《ククク……どうした、その程度か》

 

「なによ!あからさまに狙ってくれって外見しといて、弱点詐欺よこれ!」

 

「ならば我が!うおおおっ!!」

 

シュワルツ将軍が、大剣で果敢に魔王に立ち向かう。

渾身の力で魔王の足に自慢の剣を叩きつける。刃物と鈍器の強さを持つ将軍の剣。

それが魔王の膝に命中。したと思ったんだけど、

奴の肉体に届く1cm手前で押し止められた。ちょっとこれ、どうなってんのよ!?

わけのわかんない状況に戸惑ってると、

お仕事モードのカシオピイアの声が聞こえてきた。

 

[皆さん、魔王は正体不明の力場に守られています!

このままでは、物理・魔法、あらゆる攻撃の威力が吸収されてしまいます!

力場を解除する方法を探して下さい!ワタシは、引き続き力場を分析致します!]

 

「力場ってバリア的なもの?探して下さいって言われてもねぇ。

テッド・ブロイラー、とりあえず、頼むわ」

 

『ががっ!!』

 

テッド・ブロイラーが、両手の火炎放射機から、火球を一発ずつ放つ。

ひりつくほど熱い風を巻き起こして、火球が魔王に向かって放たれる。2発とも命中。

でも、激しい炎を食らったはずの魔王は笑っている。炎もすぐに消えてしまった。

 

《弱き者が、あがく姿ほど面白きものはない!今度は余の力を見せてくれる!》

 

魔王がゴオオォ……と、深く息を吸い込むと、周辺の大気がビリビリと震える。

魔力をチャージすると、さっき撃った魔王の腹の目玉が不気味に光り、

一気に瞳孔が開いた。絶対何かやらかす気ね!

 

「魔王から遠距離にいる人はさらに後退!接近してる人は懐に飛び込んで!」

 

なんでそう判断したのかは未だにわからないけど、とにかくみんな即座に移動した。

直後、目玉がまばゆい光を放ち、巨大なレーザーで半円を描くように、

周囲を太いレーザーで薙ぎ払う。地面に伏せて回避できたけど、

真上を通過する時にすごい熱で髪が焦げた。

確かにオシャレには無頓着だけど、チリチリパーマになりたくもないのよ!

 

圧倒的な出力のレーザーをやり過ごすと、すぐさま立ち上がって状況確認。

うん、どうにか全員回避できたみたいね。地面はまだ焼けた鉄板みたいに熱いけど。

 

《ガハハハ!運が良かったな!では、これはどうかな?》

 

「調子こいてんじゃねえぞ、悪魔野郎!」

 

トライデントが、攻撃態勢に入る魔王に、

電気を帯びたチェーンブレードをムチのように叩きつけた。

しかし、パチパチと弾ける音がするだけで、やっぱりバリアに防がれる。

魔王が両腕をバッと広げると、4対。つまり8枚の翼が天を覆うほど大きく広がる。

 

気づくと、その闇の翼から、何かの大群が迫ってくる音が聞こえてくる。

次の瞬間、異次元から大型なコウモリが無数に飛来してきた。

その翼は魔王のものと同じく、鋭い刃になっている。今度は避けようがない。

さっきと同じように這いつくばるしかなかった。でもその時、あたしの前に大きな影が。

 

「リサ、そのまま頭を伏せるのだ。顔は女性の命であるぞ」

 

「将軍!?無茶をなさらないで!」

 

「なに、この鎧は飾りではない。守るのは自分自身だけではないということだ」

 

何か言おうとしたけど、あたし達に殺到してきたコウモリに遮られた。

シュワルツ将軍は顔の前で腕をクロスし、顔を防御する。

でも、その重厚な鎧は、銃弾のような速さと硬さと斬れ味を持つコウモリの群れに、

どんどん装甲を剥がされ、傷ついていく。

 

カバーしきれなかった部分を裂かれたのか、地面にポタポタと赤い雫が落ちる。

音叉を通じて、あちこちから悲鳴が聞こえてくる。思わず砂を掴む。

ただ、悲鳴以外の連絡も入ってきた。この声は、カシオピイア?

 

[力場の分析が完了しました。

魔王の体から、魔界に生息する死霊バクテリアが検出されました。

どうやら魔王は、死霊バクテリアの吹き溜まりに、

長い年月を掛けてその身を浸すことで、体内で飼いならすことに成功したようです]

 

「その、なんとかバクテリアって何?」

 

[原理は分かっていませんが、形の有無を問わず、

あらゆるエネルギーを食い尽くす魔界生物です]

 

「う~ん。殺す方法とかって、ある?」

 

[死霊バクテリアは、聖属性であれば光を浴びただけで瞬時に分解されます。

何か、魔王の体全体に効く聖属性攻撃魔法があれば何とかなるのですが]

 

「聖属性?光属性じゃなくて?」

 

[光属性を更に発展させたのが聖属性です。

法王の血縁者でなければ使用不可ではありますが]

 

「そんなのエレオノーラしかいないじゃん……あの娘は、勇者の剣のために……」

 

万策尽きたと思ったあたしはゴロンと仰向けになる。

その時、いつもの感触を覚えて、ふと気がつく。

 

「ねえ、カシオピイア。聖属性じゃなくてもいいから、

とりあえず魔王全体をなんかで覆う方法ってないかしら」

 

[可能です。アクシス隊員に標的の群れを乱反射する矢を放つ能力者がいます]

 

「それで?」

 

[開戦当初、魔王に放たれた風のクリスタルの粒が、

彼の周辺を舞い散りながら、瘴気の噴出を防いでいます。それに彼女の矢を放てば]

 

「情報サンクス、ちょいといってくらあ!」

 

あたしは、パラディンのタワーシールドに守られているエレオノーラの元へ走り出した。

後ろを見ると、将軍の顔は血だらけだった。さっさとケリを付けないと!

 

「エレオー!お願い、すぐに来て!」

 

「里沙子さん!?」

 

パラディンのタワーシールドに何羽ものコウモリが突き刺さってる。

マヂで時間ないわね、泣けてくる。

 

「走りながら説明するわ!あなたじゃないと魔王のバリアを外せないの!

……ねえ、この娘連れてくわよ!?」

 

「……了解。死ぬな」

 

相変わらずプライバシー保護の声だし、素顔もわからないけど、なんとなくわかった。

彼は一緒にスナイパーと戦ったパラディン。無事で良かったけど、喜んでる暇はない。

事情がわからないけど、他に打開策もないパラディンは、

知り合いのあたしにエレオノーラを託してくれた。

あたしは彼女の手を引きながら、アクシス隊員の元へ走る。

道中、あたしの作戦という名の賭けを説明する。

 

「でも、それじゃ勇者の剣が!」

 

「大丈夫、手はある!それより、この方法は実行できるかしら!?」

 

「はい!単にわたしの魔力を注ぎ込むだけですから!」

 

二人共すっかり息切れ状態になりながら、アクシスと合流した。

カシオピイアが駆け寄ってくる。

 

「一体どうしたのですか、急に通信が切れてしまって」

 

「はぁ、はぁ、……さっき言ってた能力者の人、どこ?」

 

あたしはカシオピイアを始めとしたアクシス隊員達に、

今からやろうとしていることを改めて説明した。隊員のひとりが進み出る。

 

「それは私!必ず命中させて見せるわ!」

 

「お願いね。エレオノーラ、この人と協力して魔王を撃つの」

 

「わかりました!」

 

正確には別のものだけど、今はそんなことどうでもいい。

黒檀で作られたクロスボウを構えた隊員の手に、エレオノーラが手を添える。

 

「わたしは魔力を注ぐだけでいいのですね?」

 

「ええ、矢の具現化と発射は私がやる!絶対成功させましょう!」

 

「はい!では……」

 

エレオノーラがクロスボウに魔力を注ぐと、隊員がそれを矢の形に収束。

白く光る矢が現れると、とても小さな的に照準を合わせた。

潮風が吹き荒れる中、難しい射撃を成功させるべく、隊員が息を止める。

 

一瞬の静寂。チャンスが訪れた瞬間、彼女はトリガーを引いた。

クロスボウから放たれた聖なる矢が、白い尾を引きながら魔王に向かって突き進む。

それに気づいた魔王が、払いのけようとしたが、

矢は自分ではなく、真後ろに飛んでいった。

 

《ふん、外れか。阿呆め!》

 

いいえ。見事に命中したのよ、魔王さん。

スタート地点、つまり、彼の後ろに浮かんでいた、風のクリスタルの粒子に大当たり。

後の展開はお察しの通り。

アクシス隊員の反射矢が、魔王の回りに無数に舞う粒子を、次から次へと伝っていく。

聖なる光を放ちながら。

 

《なっ!なんだ!何事か!》

 

聖属性で輝きながら、魔王の周辺を猛スピードで飛び回るエレオノーラの矢。

風のクリスタルの粒子を経由しながら空を舞う。

光る軌道は、瞬く間に魔王を包み込み、

その光を浴びた、魔王に寄生している死霊バクテリアが死滅していく。

 

《やめろ!やめろおぉぉ!!》

 

魔王が必死になって矢を追いかけようとするけど、もう手遅れ。

彼は全身に聖なる光を浴びてしまった。

 

《おのれえええ!!余が300年掛けて構築した無敵の防護壁が!》

 

「なーにが防護壁なんだか。バイ菌飼ってただけじゃない。

……エレオノーラ、隊員さん。ありがとう。

これで遠慮なくあいつを集団リンチできるわ」

 

「やりました、里沙子さん!」

 

「これで魔王に攻撃が通るわね!」

 

あたしは音叉を取り出すと、大声で叫んだ。

 

[全員に業務連絡!

魔王を守っていたバリアが消えたので皆さん頑張って殺しましょう、以上!]

 

ふぅ、あとはこの娘を守りながら魔王を死亡寸前まで追い込むことね。

とことん弱らせないと、勇者の剣が届かないらしいわ。

 

「さ、エレオノーラ。行きましょう。もう怖がるものは何もないわ」

 

「はいっ!」

 

「では、ワタシ達も!」

 

もう散開してチマチマやる意味はない。

全員で一気に畳み掛けて、勇者の剣でぶった斬る。

ただそれだけのために、再び魔王の前まで舞い戻ったあたし達。

シュワルツ将軍は、乾いた血で顔を紅く染めながら、立ち上がって剣を執っていた。

致命傷じゃなかったみたいね。一安心したあたしは、魔王に一声掛けてやった。

 

「お久しぶりね。気分はどう?」

 

《貴様らあああ!!これで勝った気になるな!!》

 

あら怖い。でも、その体の色も、今となっちゃ青ざめてるようにしか見えないわよ。

そう言えばガミラス星人も、最初は地球人と同じ肌色だったわね。

昭和版の話よ。2199で後付け設定が生まれたけど。

さあ、そろそろ死んでいただこうかしら。

 

あたしは彼の大きな足に触れる。

退屈していた彼が、ニヤリと笑い、膝を突き、両腕で狙いを定めた。

ブロイラーボンベが駆動し、ホースを通じて、ドクドクと火炎放射機に燃料を供給。

時が満ち、ついに、テッド・ブロイラーは叫んだ!

 

『テッド・ファイヤー!がががっ!』

 

約20mある魔王の巨体を、グラップラー四天王が放つ猛烈な火炎が包み込む。

本気を出したテッド・ブロイラーが、

油田火災と見紛うほどの炎を悪魔の首領に叩きつける。

 

《ギャアアアアーーーアアアァ!!》

 

全身を食い破る激しい炎に、魔王が悲鳴を上げながら、みっともないほどジタバタして、

火を消そうと暴れまわる。

テッドの真後ろにいるけど凄い熱風ね。みんな蜘蛛の子を散らすように逃げちゃったし。

追撃を掛けたいけど、火が消えるのを待つしかなさそう。

普通に力尽きるかもしれないしね。

……あ!後ろの海に走って飛び込んだわ!卑怯者―。あんたの名前、明日から藤木君ね。

 

 

 

 

 

《はぁっ…はぁっ…何という屈辱!!》

 

魔王は体に回った火を消すために、ひたすら海を泳いでいた。

身体に浴びた特殊燃料を燃焼させた炎は、なかなか消えない。

この魔王が、斯様な醜態を晒すことになろうとは……!

ドブネズミの如く逃げ回る羽目になろうとは……!

塩水が熱傷を負った体に染みる。苦痛に耐えながら魔王は泳ぎ続ける。

 

だが、水をかく腕に鎖が飛んできてグルグルと巻き付く。

これは?と、異変に気づいた瞬間、高圧電流が全身を駆け巡り、

激痛と共に体中の筋肉という筋肉が痙攣する。

 

《あがががげああああ!!》

 

岸を見ると、人間の小僧が何かを持って、こちらに鎖を飛ばしていた。

 

「おいコラ、オッサン!逃げないで戦え!また電撃食らいてえかよ!こんな風にな!」

 

その直後、また稲妻が鎖を伝って、体に電流が流れる。

 

《ひぎえあああ!!》

 

耐え難い痛みに、もはやプライドもかなぐり捨て、

言われた通りに岸に向かって泳ぐ魔王。

なまじ初めから最強の存在として生まれた故に、

痛みに対する抵抗力が養われなかったのだろうか。

とにかく彼は必死に戦場へ戻ることしか考えていなかった。

 

 

 

 

 

あ、帰ってきた帰ってきた。魔王が海水浴を終えて岸に上がってきたわ。

よっぽど電撃ビリビリが効いたみたい。あたしはトライデントに音叉で呼びかけた。

 

「ありがと。君は本当に頼りになるのね。

二十歳になったら、姉さんお礼にエール奢っちゃう」

 

[うっせ!尊敬してんなら領主様って呼べ!チビ女!]

 

「スコッチの香りを楽しみにしてて。一旦切るわ。やることあるから。ばいなら~」

 

あたしは音叉をしまうと、左脇ホルスターからCentury Arms M100を抜き、

半死半生の魔王腹部、つまり巨大な目玉に狙いを付け、トリガーを引いた。

火薬の詰まった大型弾の銃声が轟く。ど真ん中にヒット。

充血しきった眼球が、45-70ガバメント弾で破裂する。

こいつで敵を撃つのは久しぶりね。

弱点詐欺した罰よ。あたしは結構根に持つタイプなの。

 

《はがっ……げはああぁぁ!!》

 

弾けた眼球から大量出血する。それをきっかけに、みんなが総攻撃を開始。

パラディンが、タワーシールドを手裏剣みたいにして、力任せにぶん投げる。

巨大な回転刃が魔王の右腕を斬り飛ばす。

 

《ギャアッ!はっ!?馬鹿な!余の、余の腕があぁ!!》

 

腕をなくしたショックと痛みにパニックを起こす魔王。

もう戦える状態じゃないけど、攻撃は受け続けてもらうわ。

次は見慣れた背中が前に出た。

 

「先程の意趣返しをさせてもらおう。

……陰る月、照らす月、某が身に受けし光を我が剣に!問答無用!一閃万火!」

 

将軍が呪文を詠唱すると、彼の剣が燃え上がり、周囲を熱風が薙いだ。

彼は一瞬精神を統一すると、目を見開き、魔王に向けて剣を振りかざす。

その剣閃は、三日月のような炎に変わり、巨大化しつつ魔王へと飛んでいった。

まるで燃える月のような炎の魔法剣が命中。魔王は再びその身を焼かれることになった。

 

《あがっ、ぐるああああ!!》

 

叫び声を上げる力も弱くなってきてる。最後も近いわね。あたしは準備を始めなきゃ。

 

「ねえ、エレオノーラ」

 

「はい」

 

ミニッツリピーターを外して、エレオノーラの首にかける。

 

「えっ!これは、里沙子さんの金時計ですよね。どうして……?」

 

「さっき光の矢で消費した魔力の補充。竜頭を2回連続で押して」

 

「こう、でしょうか」

 

彼女がカチカチと竜頭を押すと、ブルーの針が逆回転を始める。足りるといいんだけど。

 

「すごい……体に魔力が満ちていきます」

 

針はまだ止まらない。お願い、1回でいいの。あたしのマナで足りてちょうだい。

祈る気持ちで待っていると、針の回転スピードが急激に落ちて、

文字盤の12直前で止まった。よっしゃ、完璧。

 

このやり取りの間も、アクシスから集中攻撃を受けたり、

ヴェロニカの毒霧魔法で体力の殆どを奪われた魔王は、ほぼ死にかけていた。

死なないのは、奴のコアは勇者の剣でなければ破壊できないから。

なら、やることはあと一つ。

あたしはエレオノーラと手をつないで、横たわる魔王に向き合った。

なぜか奴は海に向かって這いずっている。

 

「止まれ、オッサン。また電撃食らわすぞー」

 

《撤退、しなければ……ゲートで、魔界に……》

 

「非常にまずい状況です。

魔王はどこかに隠し持った魔力で魔界に逃げようとしています、はい」

 

ヴェロニカの言葉に皆が焦る。魔王が、残った左手の人差し指で、宙を差す。

すると、時空が歪んで、ぼんやりとゲートの向こう側、灰色の世界が見えてきた。

 

「エレオノーラ、最後の仕上げよ。できる?」

 

「もちろんです!」

 

彼女は、勇者ランパードの剣の欠片を取り出し、握りしめた。

エレオノーラの聖なる力に呼応して、欠片が光り始めた。

 

“やべえ!ゲートが開くぞ!”

“爪に塗ったマニキュアです!粉末状にした魔石が練り込まれて……”

“もう一撃加えれば!”

“駄目です!開いてしまえばゲート自身が魔王を吸い込みます!”

 

みんなが魔王を取り逃がすことを心配して慌ててるけど、あたしはこの娘を信じてる。

 

「聞いて。今からクロノスハックであなたを魔王の前まで運ぶ。

死にかけとは言え、次の瞬間には目の前に魔王がいる。

それでも冷静に勇者の剣を発動して、奴のコアをぶった斬る。……やってくれるわね?」

 

「はい……わたしも、里沙子さんを信じています!」

 

“駄目だ、もうゲートが開く!”

“そんな!これまでに払った犠牲は!?”

 

「……じゃあ、行くわよ」

 

「いつでも!」

 

 

──クロノスハック!

 

 

この世界はあたしのもの。

色が反転した世界で、目の前の女の子をお姫様抱っこして、海岸に向かう。

いくらこの娘が軽くても、余計な肉体的負荷がかかれば、

停止可能時間は劇的に減少する。

時間がない。時間止めといて言うのもなんだけど。

砂浜を踏みしめ、徹底的に痛めつけられた、今や名ばかりの魔王を目指す。

 

呼吸が苦しくなってきた。もう安全停止時間はとっくに過ぎてる。どうでもいい。

時計を預けっぱなしにしといて正解だった。

強制的に能力解除されてたら、この作戦は失敗だったわ。

今度ダクタイルに時計のリミッターを外してもらわなきゃ。

骨がきしむ。前だけ見なさい。あと5歩。4歩。3歩。2歩。

……エレオノーラをゆっくりと下ろし、能力解除。同時にあたしはその場に倒れ込む。

 

「……はああぁ!!」

 

見上げると、真っ白な修道服を着た少女が、

天を衝くほど長い、真っ白に輝くエネルギーの束、つまり伝説の勇者の剣を手にし、

 

《や、やめろおおおお!!》

 

「てやあああっ!!」

 

魔王を一刀両断する姿だった。やったじゃない、エレオノーラ。

この面倒くさい旅もようやく終わり。あなたのおかげよ。

少し疲れたあたしは、ちょっと眠らせてもらうことにした。勝手にまぶたが下りてきた。

……じゃあ、おやすみなさい。

 

 

 

 

 

……ん、だあれ?もうちょっと寝かせといて欲しいんだけど。誰かがあたしを呼ぶ。

わかったわよ、起きるから耳元で叫ぶのは勘弁して。

 

「……さん、里沙子さん!」

 

目を開くと、必死にあたしに呼びかけるエレオノーラ。

どうしちゃったのよ、そんなに目真っ赤にして。

 

「よかった、目を覚ましてくれて!わたし、もう駄目かと……!」

 

今度はあたしに思い切り抱きつく。

あたしは大事な仕事をやり遂げてくれた彼女の頭を、くしゃっと撫でる。

首を動かして、魔王の死骸を確認する。

うん。輪郭さえ見えないほど、どこまでも黒いコアが綺麗に真っ二つにされてて、

日光を浴びても全く反射すらしない。

そろそろ起きようかしらね。いたた。無茶しすぎたみたい。明日は筋肉痛だわ。

 

「あー、ごめ。あたしどれくらい寝てた?」

 

「30分ほど。

里沙子さん、呼吸も止まってて、皆さんの回復魔法でもどうにもならなくて。

……でも、皇帝陛下の蘇生魔法で息を吹き返してくれたんです」

 

「皇帝陛下?」

 

なんで皇帝?と思った時、後ろからいつもの声が聞こえてきた。

 

「うむ。我輩のミスリルで打たれた鎧を媒体に発動する蘇生魔法。

死亡して1時間以内なら蘇生可能である。

……里沙子嬢、此度は何も力になれず、貴女に無理をさせて済まなかった」

 

「あたた、とんでもない。司令官が前線に出て、どうするんですか。

それに、死んでたわたくしを……っとと!」

 

「ああ、無理をするでない!……おや?」

 

皇帝につられて皆が魔王の死骸を見ると、骨だけになった魔王が光り輝き、

何故か消滅しないコアの残骸を残して、骨が微粒子になって空に舞った。

勇者の剣を浴びて、聖属性に変換された魔王の身体が、

ホワイトデゼール全土に降り注ぐ。

それは、命なき大地に舞い落ちると、すうっと地面に吸い込まれていく。

 

「あはは、綺麗ね。季節外れの雪みたい」

 

実際それは、ほんの1時間前まで魔王だったとは思えないほど、

美しく儚げなものだった。雪のような粒子が地面に落ちる度に不思議なことが起きる。

岩と砂しかなかった大地に、柔らかな土が生まれ、

早くも小さな芽すらポツポツと生えている。

 

「これは……」

 

「魔王が絶命したことによって穢れが取り払われ、

聖属性の一撃を浴びて清らかな肥やしとなった骸が、

この地に命を与えているのでしょう」

 

驚く皇帝陛下に、律儀に説明するエレオノーラ。

 

「もう、この地は不毛の荒野などではなく、新たな始まりの地なのだな」

 

「そのようですわね。

……エレオ、そろそろ帰りましょう。“神の見えざる手”、お願いできるかしら」

 

あ、馬鹿な事を言ったことに、口に出してから気づいた。

フルパワーで魔力使った後だっての。

 

「気にしないでください、大丈夫です!

さっきアクシスの方に分けていただいたエーテルを飲んだので、

全員を転送する魔力は十分にあります!」

 

「そ、そう……」

 

時々この娘、あたしの心読んでる気が。っていうか、そんな便利なもんあるなら、

20万G払って金時計改造しなくてもよかったんじゃ……

 

「もっとも、抽出に時間と多額の資金が必要なので、大量生産はできないそうですが」

 

うん。読んでるわね。この娘の前で下手なこと考えるのはよそう。

エレオのバーカバーカ。

 

「お借りした金時計、いらないようなので叩き潰しておきますね」

 

「ウソですごめんなさいすみませんでした」

 

馬鹿なやり取りを眺める皆から笑い声。

いつの間にやら、辺り一面は緑の生い茂る草原に。

ホワイトデゼールの地名が過去のものになり、

誰かが誰かにその由来を昔話として語る日も遠くないでしょうね。まぁ、そんなわけで。

 

「皆さん、お手をおつなぎになってください」

 

「あっと、流石にテッド・ブロイラーはもういないわね」

 

「あいつなら、マドの町に行くとか訳わかんねえこと言って消えちまったぜ」

 

「ハンターがいないから最初からやり直すことにしたわけね。

ごめんなさい、待たせちゃって。エレオノーラ、お願い」

 

「はい。では、皆さん。これ程の大規模転移は初めてです。心を一つに」

 

皆が目を閉じ集中する。エレオノーラが詠唱を始める。あたし達の身体が光に包まれる。

身体の重さが限りなくゼロになる。

空に放り出されたような浮遊感がしばらく続くと、意識の中に閃光が走った。

気づいた時には身体の異変は治まり、ゆっくり目を開けると見慣れた光景。

大聖堂教会前の広場だった。

 

 

 

 

 

一週間後。

あの日、帝都に到着した後、皆はそれぞれ帰るべきところに帰っていった。

流石にエレオノーラに“神の見えざる手”2連発させるのはキツいから、

あたしとルーベルは、彼女の言葉に甘えて、教会の客室で一泊させてもらうことにした。

 

でも、聖堂に入った瞬間、神官や信者達の割れんばかりの拍手。

気持ちはありがたいけど、頭痛いからマヂ勘弁。

知らないやつから握手を求められ、大声でねぎらいの言葉を浴びせられ、肩を叩かれ、

全然前に進めない。

客室に通された時には、疲労困憊で、ベッドに身を投げると即、眠りについた。

今度こそ死ぬんじゃないかと思うくらい疲れた。

しんどい思いはこれで最後だと思いたい。

 

そんで。体力の戻ったエレオノーラと、まぁ、いつものボロ教会に戻ってきて、

今日の朝食を取ってるわけなんだけど。みんな何も言わない。

ジョゼットが新聞受けから新聞を取って戻ってきた。

椅子に座ると、沈黙を破るため、気持ち大きめの声で見出しを読み上げる。

食事中よ後になさい。いつもなら、そう言うんだけど。

 

「すごいですね~どの紙面も魔王討伐のニュースばかりです~

 

“帝国軍圧勝、人類と魔王の戦いに終止符を打つ!”

“1000年以上に渡る戦いに幕!”

“エレオノーラ様の次期法王就任に早くも期待が高まる”

“戦死者28名。皇帝陛下、法王猊下、共に哀悼の意を表する”

 

でも、どこにも里沙子さんとルーベルさんのことが書いてません。

どうして隠してるんでしょう……」

 

「隠してるんじゃなくて、伏せてくれてるの。イエスさん騒ぎを思い出しなさいな。

また悪目立ちしたら、今度こそ教会がパンクする」

 

「あ、そうですね」

 

療養のために留まってるって形にはなってるけど、

そろそろ約束通り答えを出さなきゃね。ベーコンエッグを切るナイフを止める。

同時に皆が何かを察して、ダイニングがしんとなる。

 

「……ジョゼット、あのね」

 

「はい……」

 

ルーベルは黙って聞いている。

 

「あたし、やっぱり──」

 

言いかけた言葉は金切り声に遮られた。全員がギョッとなる。まさか……!

 

 

──キャアア!ここが里沙子のハウスね!里沙子!ピア子よ!こっち、向いてえぇ!!

──ピア子シャラップ!近所迷惑でしょ!あ、この辺家なんかないか!アハハ!

 

 

あたしは文字通り頭を抱えた。なんであの娘がここにいるのよ!

間もなく玄関のドアを叩く音が聞こえてきた。状況を飲み込めない3人があたしを見る。

 

「知り合いよ。悲しいことに。それはそうと、あたし、

人は時としてハリネズミ的な付き合い方を選ばなきゃいけないときがあると思うの。

離れすぎても寂しいし、近づきすぎると傷つけ合う。

あたしは生まれつき針の長いハリネズミであって、人と触れ合うことが苦手だからこそ、

自由という名の……」

 

「現実から逃げんな。行ってこい」

 

血も涙もないルーベルにダイニングから追い出され、渋々聖堂のドアに向かう。

 

「答え分かってるけど一応聞くわ。誰!!」

 

“マリーさんだよ~今日はリサっちにサプライズゲストを連れてきたんだ。知りたい?”

 

「分かってるって言ってるでしょう!さっさと、入れえぇ!!」

 

やけくそ気味にドアを開ける。予想はしてたけど、涙が出るような光景が。

いつもの私服姿のマリーと、

身体を縛られた○○モードのカシオピイアがなだれ込んできた。

意味がわからない。帝都の兵士がなんでこんなとこに?

 

「……状況説明」

 

恨みがましい目でマリーに吐き捨てる。お構いなしに彼女は続ける。

カシオピイアが目を見開いてあたしに飛びかかろうとするけど、

マリーがうまく抑えてる。

さすがに彼女の奇声に異常を察知したのか、3人が食事を中断して聖堂に入ってきた。

 

「ハハ、ちょっと待ってよ……ピア子、ステイ!ステイだからね!

ええと、皇帝陛下からの届け物があってさ」

 

「届け物?」

 

「まずはこれね」

 

マリーがいかにも重たそうな袋を差し出してきた。やっぱり軍人ね。力持ち。

あたしはバランスを崩しそうになりながら、なんとか両手で受け取った。

床に置いて中身を確認すると、目もくらむほどの大量の金貨。

後ろのみんなも恐る恐る覗き込む。

 

「ワオ、これいくらなの?なんであたしに?」

 

「大金です~」

 

「おいおい、今度はどんな金儲け考えたんだ?」

 

「まあ。お金がたくさん」

 

「アハ、魔王討伐の報奨金に決まってんじゃ~ん。

形だけとはいえ、元々奴は賞金首でもあったからね。

ま、ひとりで倒したわけじゃないから満額支給とは行かなかったけど、

100万G入ってるよん」

 

「素敵な贈り物ありがとう!そのまま回れ右して帰ってくれるともっと嬉しい!」

 

「ダメダメ。そいつを受け取るには条件があるんだな~ほら、ピア子。

リサっちに渡すものがあるんでしょう。はじめてのおつかいだよ~」

 

「うふ、うふ、里沙子、ワタシ、仲間、届けるの。アハ、ウフフ……」

 

「ちょと!マリー何やってんの!その子の拘束を解くんじゃない!

開けてはならないパンドラの箱よ!」

 

マリーはあたしの声を無視してカシオピイアの縄を解く。

案の定、きちんとした軍服姿の美女が、理性のタガが外れた様子であたしにじゃれつく。

3人共彼女の姿にドン引きした様子。

エレオノーラの半笑いを見られたことだけが唯一の報酬かしら!?

 

「カシオピイア、会いたかった!里沙子、仲間あぁ!!」

 

「ほらステイ!おつかい忘れちゃだめでしょーが」

 

調教師の一声で一時的に大人しくなった。

しぶしぶ抱きついていた、あたしから離れて、一通の手紙を差し出す。

もう、くしゃくしゃじゃない。

 

「う、ふふ……里沙子、ラブレター?……だめー!里沙子、ピア子のォ!」

 

いちいち大声でないと喋れないピア子をあしらいながら封を切る。

 

「うちにそんな洒落たもん来るわけないでしょう。

赤報隊の犯行声明のほうがまだ可能性あるわ。どれどれ……」

 

 

“前略。里沙子嬢、我輩である。

元気でいてくれることを信じて文を送る。我輩は戦後処理に忙殺されているところだ。

サラマンダラス帝国の為に尽くしてくれた貴女の献身は、

いくら感謝の言葉を口にしても労い切れない。

ミドルファンタジアを魔王の呪縛を解き放ってくれた、

アースの勇者に心から敬意を表する。だが、残念ながら、その事を知る者は僅かである。

自白すると、我輩が貴女達に関して情報統制を敷いた。

事が公になれば、貴女とご友人の平穏な生活が脅かされると考えた我輩の独断である。

どうか許して欲しい”

 

願ったり叶ったりよ。有象無象が押しかけてきたら、このボロ屋が倒壊する。

ここって多分耐用年数過ぎてるけど、

見たら信じなきゃいけないから、調査は依頼してない。

 

“お詫びと言ってはなんだが、マリーに報奨金を持たせた。

貴女の功績には見合わぬと理解しているが、収めて欲しい。遠慮は不要。

魔王の死骸から残ったコアの正体は、千年闇晶という、

莫大な値が付く魔界の鉱物であった。

帝国の財政立て直しに大いに役立ってくれよう”

 

やっぱりモンスターは殺されて金落としてなんぼよね。

兵器の大量生産にだーいぶ金使っちゃったみたいだから、どうなることかと思ったけど、

大恐慌が避けられてなにより。……ん?なんか続きの文章に不気味な印象が。

 

“さて、マリーと共にカシオピイアもそちらを訪ねていると思う。

兵士から聞いたのだが、貴女は一度暴走状態の彼女を大人しくさせたとか。

カシオピイアの癖の強さは貴女も知るところである。そこでだ。

彼女が自分を制御できるように、助けてやってはくれないだろうか。

彼女は暴走癖に目を瞑れば非常に優秀な女性だ。

このまま入退場の管理人にしておくには、あまりに惜しい。

有事の際にはまともになるものの、確実性が乏しい。どうか助けて欲しい。

あと……報奨金には、彼女の生活費も含まれておる。

もし、既に金貨を受け取ったなら、自動的に彼女の世話を焼く義務が発生する。

以上、健闘を祈る。

 

敬具

 

147代目皇帝、ジークフリート・ライヘンバッハ

 

追伸 済まない。悪い。許せ。ごめん。マジで by皇帝”

 

 

手紙を持つ手が震える。カシオピイアが、無言で後ろから抱きついてくる。

でも、今はどうでもいい。あたしは、力の限り、叫んだ!

 

──あの、クソ親父いいぃ!!

 

なんで、あたしばっかりこんな目に……後ろで不安げにあたしを見つめるジョゼット達。

バツが悪いったらありゃしない。

 

「ねえ、ジョゼット。今更こんな事言いにくいんだけどさ。

その、あたし、この娘の面倒見なきゃだし、やっぱり罪は罪だと思うわけよ。

この教会で、その償いっていうか懺悔っていうか、

それっぽいことさせてくれないかなって思うのよ。……駄目?」

 

「里沙子さん……!!」

 

ジョゼットがあたしの胸に飛び込んできた。

もう、この娘ったら……その柔らかなブロンドを優しく撫でる。

 

「オチが見えてる真似はよしなさいな」

 

「ひぎいいぃ!!ピア子も、カシオピイアも、ナデナデ!里沙子、ワタシの!」

 

見てよみんな。この作品にしちゃ、わりと感動的なシーンもこの有様よ。

カシオピイアに頭をぐしゃぐしゃにされながら、深い深い嘆息を漏らす。

この長々とした旅は、あたしの嘆きで幕を閉じた。

 

……ん、ピア子が来る前のあたしの答えは何だったのかって?ご想像にお任せするわ。

話したところでこの状況がどうにかなるわけじゃないんだし!

 

 

 

 

 

──魔城 ヘル・ドラード 私室

 

 

深淵魔女は、やることもなく私室で寛いでいた。

その時、カラスがバサバサと次元を超えて、テーブルに止まった。

 

「どうしたの?」

 

カラスは、見た目にはただ首を動かしたり、魔女を見つめたりしているだけだが、

彼女はそれだけでミドルファンタジアの情報を受け取った。

 

「あらあら、ギルファデスのおじさま殺されちゃったの?

……寂しいけれど、しょうがないわね」

 

魔女は、少しだけ指先に魔力を集める。

すると、一枚の紙が現れ、彼女はそれを手に取る。

 

「う~ん、賞金を更新しなきゃいけないけど、もうお金じゃ釣り合わないわね。

賞品を何にしようか、いつも悩むのよね」

 

彼女は羽ペンで、手配書の賞金を二重線で消した。頭を悩ませながら独り言を漏らす。

 

「でも彼女……」

 

二重線の下に希少な魔道具を書き込みながら、呟く。

 

「私も会いたくなっちゃった」

 

 

Risako the Unknown

 

Award : Castle of Gilfadeth & 100 Shadow Crystals

 

 



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カードバトラーとの腐れ縁の始まり
深酒して翌日の14時あたりに目が覚めると、身体がボロボロになっていく感じがする。真似しちゃだめよ。


こんにちは。あたし斑目里沙子。趣味は昼寝昼酒。

夢はハーメルン界のポ○テピ○ックになること。

最近見たDVDは“劇団四季ミュージカル 異国の丘”よ。

もう鬼の目に涙、あたしの鼻に鼻水って感じで感動の嵐が……

 

「だから現実から逃げてねえで手伝えぇ!!」

 

「ワキャアア!里沙子!ピア子と、おててつないで!」

 

「ちょっと待ってって!もうすぐ終わるから!ピア子も大人しくしなさい!」

 

スキップした方のために簡単にこれまでの経緯を。

時間停止習得、テッド様登場、魔王殺害、新しい住人来た(後ろで叫んでるの)。以上。

ごめん、もう行かなきゃ。今んとこあの娘止められるのあたししかいないのよ。

 

「あー、ルーベルごめん。交代するわ」

 

「遅いぞ!なんだよコイツ、すげえ力だ!」

 

テキストメッセージ収録から戻ると、ルーベルとピア子がもみ合っていた。

オートマトンと単純な力比べでいい勝負するとは、あの娘もやるわね。

 

「感心してんじゃねー!早くしろ!」

 

「わかった悪かったって。

コラ、ピア子!家では大人しくするって約束したでしょう!……キャア!」

 

「アハ!里沙子だ!ピア子の!ワタシのぉ!ンンン~」

 

あたしを押し倒して全身に頬ずりしてくる。

当たり前だけど、これが男だったら確実にお巡り呼んでる。

いや、その前に腰の物でドタマぶち抜いてるわ。

とにかくスイッチのひとつらしき、喉を撫でてみる。

 

「んんっ?んふぅ、ゴロゴロ~」

 

やっぱりここが弱点らしいわね。動きが弱まった瞬間、

以前やったみたいに、腰のベルトに差してる“聖母の眼差し”に触れる。

彼女の身体が一瞬こわばり、ゆっくりと立ち上がった。

カシオピイアはゆっくり聖堂を見渡し、不可解な様子で略帽を直す。

 

「あの、ワタシ、どうしてここに……?」

 

「発作だよ発作!お前がまた暴れだして、押さえつけるの大変だったんだぜ?

まったく、勘弁してくれ。毎日これじゃ、いくら私でもくたびれちまうよ」

 

「本当に、ごめんなさい……」

 

暗い面持ちでつぶやくカシオピイア。

……この娘が来てから一週間くらいになるけど、暴走癖は一向に治る気配がない。

 

「でも、さっきのカシオピイアさん、猫ちゃんみたいで可愛かったです~」

 

「それは……言わないで」

 

彼女が頬を染めて目を背けた。

 

「ポンコツ黙る。なんにも手伝わなかった分際で!」

 

「だって、しょうがないじゃないですか!

わたくしに彼女を引き剥がす力なんてありませんし」

 

「この前覚えた捕縛光線魔法はどうしたのよ」

 

「だめだめ!あれ、すっごく痛いんですよ!?

えーと、確かに、アレだとしても女の子に使うなんて可哀想です!」

 

「だったら次は身体張ってあたしやルーベル手伝いなさい!

説教台に隠れて微笑ましく見てないで!」

 

「あ、バレてました?」

 

「来月の小遣いなしね。ガチで」

 

「えーん!」

 

「埒が明かないわ!このままじゃまともな共同生活ができないから、緊急会議!!」

 

そんで、全員ダイニングに移動。ジョゼットにコーヒーや紅茶を用意させる。

 

「急いでね。いつ元に戻るかわかんないから」

 

「はい、すぐにー」

 

「それじゃあまずは、前回前々回の展開を踏まえ、

この作品に“メタルマックス”タグを追加するかどうかという議題」

 

「普通のメタルマックスファンが、がっかりするだ。やめとけ。以上」

 

「同意。この案件については結論が出ました」

 

ジョゼットの返事と同時に、聖堂が明るくなって、光が差し込んできた。

すかさず追加注文。

 

「エレオが帰ってきたわ。紅茶もう一つ」

 

「は~い」

 

そのうち、小さな気配が近づいてきて、ダイニングにエレオノーラが入ってきた。

 

「ただいま帰りました」

 

「お帰りー。エレオは大変よね。

立場的に魔王の件で顔出しNGってわけにもいかないからさ」

 

「今日はどんな用事だったんだ?」

 

「大聖堂教会で、魔王にとどめを刺した時の状況を、

信者の皆さんにお話ししてきました。

……やむを得ない事とは言え、信じてくださる皆さんに、

作り話をするのは心苦しいのですが」

 

エレオノーラが若干浮かない表情で椅子に座る。

そう言えば、もうこの椅子も空きがないわ。これ以上住人が増えるとヤバいから、

話に詰まったからって新キャラに頼るんじゃないわよ?

 

「気にするこたぁないのよ。肝心なのは、魔王はもういないってことなんだから。

ホラでもなんでも武勇伝聞かせてやれば、連中も喜ぶし、教会も儲かるってもんでしょ。

みんなハッピーじゃない」

 

「そうかもしれませんが……

里沙子さんと、ルーベルさんの努力が誰にも知られないのは、やっぱり悲しいです」

 

「名誉は要らないものランキング第2位だって前にも言った。

あ、その時エレオいたっけ?まあいいわ。とにかくそういう事だから」

 

「里沙子に同意。私は自分の筋を通しただけだ。面子もそろったし、会議始めようぜ」

 

とにかくあたしは、帰ったばかりの彼女に、なんで寄り集まってるかを説明した。

 

「なるほど……

確かに、彼女はふとしたはずみで、感情の抑制が効かなくなる事が多いですね。

新しい仲間のために知恵を出し合いましょう」

 

「皆さん。ワタシのために……ごめんなさい……」

 

「その“ふとしたはずみ”は全部里沙子なんだけどな」

 

「お茶が入りました~」

 

「ありがと。その原因も全く不明なのよ。

アクシスの仲間の方が、ずっと長い間近くにいたはずなのに、なんであたし?」

 

「ごめんなさい……それも、わからない……

ただ、里沙子を見てると、段々頭の中が真っ白になって、気がついたら……」

 

ぽつぽつと語る彼女は、発狂モードからは考えられないほど、儚げな美しさを持ってる。

なんでこんな綺麗な娘がねぇ。やっぱり作者は頭おかしい。

濃いめのブラックをすすりながら考える。

 

「あ、それじゃあ、とりあえず里沙子さんを凝視することをやめてみては?」

 

「そう気をつけてるんだけど……いつの間にか、チラチラと……」

 

「なるほど。まずは基本的なとこ行ってみるか。里沙子のどんなとこが好きなんだ?」

 

「えっ!?好きって……あの、ワタシ、そんなんじゃ……」

 

ああ。カシオピイアが赤くなって黙り込んじゃった。慌ててフォローする。

 

「ルーベル、変な聞き方しないの。カシオピイア?ルーベルが言いたいのは、

あたしのどういうところを見ると、特に意識を失いやすくなるのかってことなの」

 

「ごめんなさい……わからないの……強いて言うなら、全部。

本能が衝動的に、里沙子を求めるっていうか」

 

「ヒュー、愛されてんなぁ。全部愛してるだって、ククッ」

 

「だからルーベル、茶化さない!今度やったらクロノスハックで顔に落書きするわよ!」

 

「へへ、悪りい悪りい」

 

その時、沈黙を守っていたエレオノーラが、深刻な表情で口を開いた。

 

「今のやりとりでわかりました……皆さん、彼女は重篤な病に侵されているのです!」

 

「ええっ、本当ですか?」

 

「あのーエレオ?いくらこの娘がアレだからって、病人扱いは可哀想だと思うわよ?」

 

「いいえ、間違いありません。

先日、カシオピイアさんの衝動をなんとかできないかと、

帝都の古書店で精神的疾患に関する本を探していたのですが、

偶然見つけたアースの書物のいくつかに、彼女と同じような症例が記されていました」

 

「マジ!?治療法とか書いてあった?」

 

思わず立ち上がって解決策を求める。

 

「残念ながら、そこまでは。やはり愛されてしまった方は、

激しすぎる愛情と、うまく付き合っていくしかなかったようです」

 

「はぁ……ぬか喜びね。

でも、アースにカシオピイアみたいな人がいるなんて、聞いたことないわ。

ちなみに病名は?」

 

「ヤンデレです!愛する対象に近づくためなら、手段を選ばず、

その人を自分のものにするためなら最終的には暴力に訴えることも厭わなくなる、

とても恐ろしい病気なのです!」

 

あたしはテーブルの上で頭を抱える。

エレオノーラ、あなたはこの変人屋敷の中で唯一の良心なんだから、しっかりして。

お願いします。

 

「……ちなみに、その本のタイトルは?」

 

「色々あったのですが、特に具体的な症例が描かれていたのが、未来日……」

 

「その本は今すぐ捨てなさい。会議が終わったら速やかに。

……まったく、帝都にまで取り締まるべき書物が流れ込んでるなんて。話を続けるわよ」

 

マリーにチクって、帝都の古物商全部を抜き打ち検査してもらう必要があるわね。

でも、これ以上話し合うことがないことにも気づく。

結局今の所彼女にできることはない。わかったのはそれくらい。

行き詰まりか、と思ったら紅茶派のジョゼットが手を挙げた。

 

「はいはいはーい!わたくしにアイデアがありまーす!」

 

「いちいち大声出さなくても、この狭苦しいダイニングじゃ内緒話もできない!どうぞ」

 

「カシオピイアさんを、街の薬屋さんへ連れていきましょう!」

 

「んんっ!」

 

あらやだ、この娘がまともな意見を出したからうっかり驚いちゃったわ。

そうね。アンプリはともかく、“先生”は腕利きの医者らしいから、

心療内科もやってるかもしれない。

 

「へー、あんたの意見が役に立つとはね。さっきの小遣いカットは免除してあげる。

みんな、早速だけど出かける支度をしてちょうだい」

 

「やったー!」

 

「よっしゃ。じゃあ行くとするか」

 

「わたしはこれで2度目ですね」

 

「皆さん……よろしく」

 

ガチャリ。

この前新調したドアの防犯性の高い鍵を掛けると、

全員連れ立って街へ続く街道を進みだした。

 

もう買い物イベントはこれっきりにしたいわね。

まぁ、今回は買い物じゃなくて心の病を診てもらうだけなんだけど。

あとは夕食を酒場で済ませて「おい姉ちゃん、金出しな!」はいはいお久しぶり。

 

野盗くん達が行く手を塞いでくる。

多分風呂にも入ってない4人の乱暴者が、ボロい剣を持って金をせびってくる。

誰かひとりくらい、あたしらの顔知っててもおかしくないんだけど、

渡り鳥みたいに生息域を変えてるのかしら。

 

「ここを通りたきゃ財布置いてきな!」

「怪我したくなけりゃさっさとしろ!」

「へへっ、金がないならしばらく付き合ってもらうぜ」

 

あたしはカシオピイアに目配せする。

ごめんなさいね。新入りの通過儀礼みたいなもんなの。

彼女は、ほんの少しうなずくと、野盗達に歩み寄っていった。

 

「なんだテメエ!やる気かコラ!」

「面白えじゃねえか、ああん!」

 

喚き散らす野盗達の前に立つと、彼女はホルスターから左手で銃を抜きながら、

右手で胸ポケットから手帳を出して連中に見せた。

火竜のエンブレムが施された黒革の手帳。

 

「……帝国立刑法第37条脅迫罪、並びに52条強要罪の現行犯でお前達を逮捕する。

お前達には黙秘権がある。供述は法定でお前達に不利な証拠として用いられる事がある。

お前達は弁護士の立会いを求める権利がある。

弁護士を呼ぶ経済力がなければ、国選弁護人を付けられる権利がある」

 

スラスラとミランダ警告を読み上げながら連中に迫るカシオピイア。

手帳と軍服を見て、今更彼女が軍人であることに気づく野盗。

 

「マジかよ、何で帝都の軍人がここに!」

「今の全部冗談だからな!本気じゃねえからな!」

「ブタ箱はやだー!」

 

帝国最強の軍隊の隊員に銃を突きつけられ、

法律的にも追い詰められた野盗達はあっさり逃げていく。やっぱり逃げ足だけは早い。

あたしは、カシオピイアの肩をポンと叩いた。

 

「ありがと!やるじゃない。さすがアクシスの隊員ね」

 

「要塞の軍人には、逮捕権、調査権限もあるから……」

 

「凄いです~!わたくし、初めて本物のアレ聞きました!

刑事物の小説で、お前には黙秘権が~ってやつ!」

 

「へえ、あんた小説読むんだ。内容理解できてる?」

 

「いいえ、途中経過は複雑でさっぱり。

最後に刑事が悪者を退治するところが楽しみです!」

 

「ま、それも楽しみ方のひとつね。

急ぎましょう、とんだ邪魔が入ったせいで無駄な時間を食ったわ」

 

ようやくあたし達がいつものハッピーマイルズ・セントラルに足を踏み入れると、

早速街の連中が騒ぎ立てる。よっぽど娯楽に飢えてるみたい。

 

「おい、里沙子がまた女連れてるぞ」

「やっぱりあの娘○○なのよ」

「しかも今度はキャリアウーマンかー。趣味が広いな」

 

頭痛と激怒が同時に襲い来る。

プッツンしながらも銃に手をかけなかったあたしを褒めて。

 

「でい!!」

 

一喝でアホ連中を追い払ったが、それでもニヤニヤしながら去っていく。

ああもう、こいつらは!さっさとこの忌まわしき罪悪の街を立ち去るべく、

薬屋への道を急ぐ。

 

「おーい里沙子。市場とか案内してやんなくていいのか?これからここに住むんだろ?」

 

「うっさい!今日は気分じゃない!」

 

「ちぇー冷たいな」

 

「里沙子さん。落ち着いてくださいね」

 

あたしは後ろの声を無視して北部エリアへ続く広い道をズンズン歩く。

途中カシオピイアが、あたしに追いつこうとしてつまづきそうになったことは謝る。

それだけは謝る。他に関しては一切の責任はない。

 

しばらく歩いて十字路に差し掛かると、もう案内板を見なくても分かる。

左折すればすぐに薬屋と銃砲店が目に入る。ルーベルだのジョゼットだのを連れてきた、

いつも世話になってる店に、今回はカシオピイアを連れて入る。

 

「こんにちは。アンプリいる?」

 

相変わらず薬の臭いが漂う店に入って呼びかけると、

すぐに奥から、ナース服を着た淡いブルーのロングヘアが出てきた。

 

「はいは~い。あら里沙子ちゃん、お久しぶり。元気だった?

たまには腹膜炎にでも罹ってくれると経済的に助かるんだけど」

 

「相変わらずの銭ゲバね。そんなあんたに嬉しいニュースよ。

今日は患者を連れてきたの」

 

「まあ嬉しい。どなた?」

 

「今度うちに住むことになった娘。カシオピイア、ほら」

 

戸惑う彼女をアンプリの前に押し出す。

アンプリが少し不審な顔をしたけど、すぐに引っ込めて、

いつもの微妙に何考えてるか分からない笑顔で聞いてきた。

 

「う~ん、元気そうに見えるんだけど」

 

「怪我や病気じゃないの。実はね」

 

あたしはアンプリに、カシオピイアがあたしを見ると、

結構な頻度で獣のように襲いかかってくるから困ってる。

本人もそれは自覚しててどうにかしたいと思ってることを説明した。

 

「だから、あんたご自慢の先生に診てもらいたいのよ。ここ、心療内科はやってない?」

 

「・・・先生は、今出張中よ。いつお戻りかは患者の容態次第」

 

「なによ、いつもいつも外出中って!仮にもここ病院でしょ!患者診る気あるの?」

 

「ここは病院じゃなくてあくまで薬屋ね。とりあえず問診票だけは作りましょう。

カシオピイアさんだったかしら。この書類の太枠内の必要事項を記入して」

 

「はい……」

 

アンプリがバインダーに挟まれた問診票とペンをカシオピイアに渡した。

彼女が名前を初めとした個人情報を書き込んでいく。

途中、不意に手が止まって、あたしに聞いてきた。

 

「里沙子、“保護者”の欄は、誰を書けば……?」

 

「空欄でいいわよ。それ子供用の項目だから」

 

“書いてねー。死んじゃったらどこに連絡したらいいかわからないから”

 

何が入ってるか分からないダンボール箱を動かしながら、

奥の部屋からアンプリが注文を付けてきた。面倒くせえ。

 

「ああもう!とりあえずあたしの名前書いて。斑目里沙子。

あ、もう何回も言ったわよね」

 

後は簡単な質問。アレルギーはあるかだの、飲酒や喫煙の習慣だの。

そこら辺は地球の病院と大して変わらなかった。

カシオピイアが書き終えた問診票をアンプリに渡す。

アンプリは、余白らしき所に先生宛の連絡事項のようなものを記入。

彼女は改めて問診票に目を通しながら、あたし達に質問してきた。

 

「ねえ、里沙子ちゃんとカシオピイアさん。最初に出会ったのはいつ?」

 

「大体1月前くらいかしら」

 

「ええ……それくらい」

 

「そうなの?ふーん……」

 

アンプリはどこか腑に落ちないような表情で、首をかしげる。

 

「何よ。何かわかったの?」

 

「えっ?ううん、私にはなんとも……

とにかく先生に問診票を見せないと、なんとも言えないわ。

とりあえず採血だけして、今日はおしまいにしましょう。2人共、処置室に来て」

 

「ちょっとちょっと。カシオピイアはともかく、なんであたしまで?」

 

「…この娘は、里沙子ちゃんを見ると酷く興奮するんでしょう?

何らかの体内物質がカシオピイアちゃんの脳に働きかけてるかも知れない。

ちゃんと両方検査しなきゃ」

 

「そう、よね……」

 

確かに言うとおりなんだけど、

なんだかうまくはぐらかされたような気がするのは、思い過ごしかしら。

でも、アンプリの言うことも、もっともだから二人共大人しく採血を受けた。

 

「はい、おしまい。2人分の処置と血液検査、合わせて50Gね」

 

あたしは銀貨5枚をカウンターに置く。これで何か分かるといいんだけど。

 

「結果は……そうね、2週間後にわかるわ。また来てね」

 

「お願いね。先生によろしく」

 

「ええ。お大事に」

 

結局その日は何もわからないまま、あたし達は薬局を後にした。

ドアが閉まった後、アンプリが、

 

「困ったわ。どう伝えたものかしらね……」

 

そんな事をため息交じりにぼやいていたとは知る由もなく。

 

一方、余計な寄り道する気なんかさらさらないあたし達は、

飯を求めて酒場への道を歩いていた。

また南側エリアへ向かうべく、南北をつなぐ広い街道を進む。

 

「そんじゃあ酒場で飯食って帰りましょうか。

少しだけど血を抜いたから、あたしはステーキ食う」

 

「わたくしはチーズハンバーグプレートがいいです!」

 

「では、わたしはシチューと白パンのセットを」

 

「えと……ワタシは……」

 

「別に向こう着いてから決めりゃいいわよ。メニューに色々載ってるし」

 

飯の会話で盛り上がっていると、市場を抜けて広場に出た。

酒場や駐在所があって、更に西のエリアにもつながってる。ここに来るのも久しぶりね。

来たいわけじゃないけど。

駐在所の前を通りかかると、やっぱり指名手配の看板が目につく。

魔王のポスターが剥がされてる。近づいて感慨深げに眺めると、妙な賞金首を見つけた。

 

 

・悪ガキ アルティメットカードバトラー(自称)・青龍のシグマ 100G

 注:生け捕りのこと

 

 

「なにこれ、最安値更新来たわね。アルティメットカードバトラー(笑)って一体何?」

 

“ああ……早撃ち里沙子じゃないか。しばらくぶりだな。なんかあったのか?”

 

珍しく居眠りしてない小太りの保安官が、背もたれの大きな椅子に身を預け、

相変わらずやる気なさそうに、開け放ったスライド式ドアの奥から話しかけてきた。

なんとなく興味が湧いたから、金貨たった1枚の賞金首について聞いてみた。

 

「ちょっと旅行に行ってたの。それで、こいつは何やらかしたの?」

 

“大したことじゃあない。俺は最強のカードバトラーだの、頂点に立つ男だの、

意味不明なことを喚き散らしてて近所迷惑だから通報が来た。

追い出そうと近づくと、変なカードで魔物を呼び寄せてくる。

おまけに奴が陣取ってる場所が麦畑の真ん中だから、収穫の邪魔で困ってる。

いくら馬鹿でもガキを殺すのは忍びないから、

誰か追い出してケツをひっぱたいてくれって事さ”

 

「魔物を召喚って……結構ヤバい奴なんじゃないの?本当に賞金これでいいの?」

 

“大丈夫だ。間近で見たやつによると、どいつもただの立体的な映像だったって話だ。

何か攻撃能力がある可能性がゼロじゃないから、賞金はそのしけた確率の危険手当だ。

ボランティア精神があるなら挑んでくれ”

 

なるほど。他の賞金稼ぎなら見向きもしない額だけど、

この娘はこれからこの街に通うことになる。顔見せにはちょうど良さそう。

あたしは振り向いて、カシオピイアに提案した。

 

「ねえ、カシオピイア。こいつを退治してみる気はない?」

 

「ええっ!ハッピーマイルズに来ていきなり賞金稼ぎなんて……無茶です!」

 

「でもよう、たった100Gだぜ?しかもコイツはプロの軍人だし」

 

「確かに油断は禁物ですが、賞金額にはそれ相応の理由があります。

本当に100G程度の相手なのでしょう」

 

「そういう事。まぁ、無理強いはしないわ。

面倒くさいなら、このまま酒場で派手に飲み食いしてもいいし」

 

「……ます」

 

カシオピイアがぽつりとつぶやいた。

 

「えっ?」

 

「ワタシ、この賞金首を捕まえます。

皆さんの役に立って……この街に、溶け込みたいです」

 

「お、やる気になったわね。

これからハッピーマイルズでも戦いにならない保証はないからね。

確かに地の利を把握するにはショボくても実戦が一番よ。

……保安官さん、その馬鹿はどこに?」

 

“ここから更に西へ進んだところにある小さな麦畑だ。やってくれんならありがたい。

クレーム対応で本官はもう眠い。ふあぁ”

 

「ありがとー。パッと行ってサッと帰ってくるわ。

みんな、悪いけどご飯はちょっと待って」

 

「ああ。100Gぽっちの賞金首がどんな奴か見たくなったぜ」

 

「きっと軍人さんだから、あっという間にやっつけちゃいますよ~」

 

「注意書きにもありましたが、くれぐれも命を奪うことのないように」

 

「……わかった」

 

あたし達は市場前広場から更に進み、次第に建物より畑のほうが目につくエリアに出た。

収穫間際の小麦が金色に光る様を眺めて目を楽しませていると、例の賞金首が目に入る。

すんごい見つけやすい奴だから見落としようがなかった。

 

何色にも染めた髪を、ギザギザの形に固めた変人。

左腕に、“く”の字型の機械を装備してる。

あたし達は小麦畑に入り込んで、アルティメットカードバトラー(笑)に声を掛けた。

 

「ねー君が100Gぽっちのカードバトラー君?」

 

「ふん……新たなる挑戦者が来たか。面白い、受けて立とう。

だが!貴様がこの青龍のシグマに勝つことはできない!

カードも、実力も、そしてカードバトラーたる魂も!

全てにおいて貴様を遥かに上回っているからだ!フゥーハハハ!!!」

 

「戦うのはあたしじゃないの。この娘」

 

カシオピイアをシグマの前方に連れ出す。

念の為いつでもクロノスハックを発動できるようにはしてある。

けど……左腕の装備は明らかに遊○王の影響丸出し。というか丸パクリ。

一体どこから仕入れたのか知らないけど、何やらかすかちょっと楽しみね。

 

「カードバトラーなら誰でも構わん。

しかし!バトルの果てに勝利の栄光を掴むのは、この俺において他にいない!

フゥーハハハ!」

 

「……あなたがここにいると、農夫さんが迷惑。お願い、どいて」

 

「貴様っ!この青龍のシグマに指図するとは、100年早いわ!俺は俺のロードを往く!

立ちふさがるものは、全て我が下僕達が粉砕してくれるわ!」

 

「どうしても、だめ?」

 

「俺を退けたければ、カードバトルで俺を倒すがいい!

しかぁし!貴様は既に死地に足を踏み入れていることに気がついていない!

何故なら!カードバトルで常勝無敗を誇る、青龍のシグマという、

眠れる獅子を目覚めさせてしまったからだ!」

 

龍かライオンかどっちかにしなさいな。ルーベルは既に飽きて寝転んでる。

 

「さあ、構えろ!いざ尋常に、レディ・マキシマイザー!!」

 

>シグマ LP4000

>カシオピイア LP4000

(ピロリロリロリロ)

 

シグマは左腕の装備(仮にカードホルダーとでもしましょうかね)の、

タッチパネルに触れる。

すると、画面内でルーレットが回りだし、シグマの名を表示した。

 

「先攻は俺だ!往くぞ、俺のターン、ドロー!」

 

ホルダーから1枚カードが排出される。

それを手に取ると、シグマは不敵な笑みを浮かべ、宣言した。

 

「やはり天は俺に勝利しろと言っている!

俺は手札より、モンスターカード、“敗者の行進”を攻撃表示で召喚!

このカードが攻撃表示で召喚された時、

デッキから敗者の行進をもう一体特殊召喚できる!」

 

ホルダーからカードがもう一枚。奴がホルダーの読み取り機に置く。

何がしたいのかはさっぱりだけど。

単純に攻撃力と防御力で勝負が決まってた頃が懐かしいわ。

サンダーボルト使いまくってた男子がひんしゅく買ってたっけ。

あと、保安官は一応心配してたけど、やっぱりただのホログラフみたい。

ジョゼットとエレオノーラが珍しそうに触ってる。

 

「さらに!俺は2体の敗者の行進を生贄に、レベル4のモンスターを一体特殊召喚できる!

俺が召喚するのは……“ステルス戦車ブラック・ウィドウ”!

同時に、ブラック・ウィドウの特殊効果が発動!

ブラック・ウィドウは攻撃表示で召喚された時、

相手モンスターにバトルを仕掛けるまで、

一切の攻撃・魔法・特殊効果によるダメージを無効化する!」

 

「……」

 

「フッ、この鉄壁の盾に驚くのはまだ早い!

カードを1枚伏せ、ターンエンド……ではないのだよ!

さらに手札よりマジックカード、“終わらないファイナルラップ”を発動!

このカードの効果により、貴様のターンはスキップされる!

よって、またしても俺のターン、ドロー!

……やはり、俺は知と力とカードの神に愛されているようだ。

俺はモンスターカード、“弾切れ寸前のマシンガンタレット”を攻撃表示で召喚!

震えるがいい!弾切れ寸前のマシンガンタレット1体を墓地に送ることにより、

その特殊効果で、LV2以下の機械系モンスターを2体特殊召喚することができる!

俺は召喚するのは、“当たらない改造銃”2体!

クックック……これがどういう事か貴様にわかるか?

俺のフィールドに、合計3体の機械系モンスターが出現した!

この時、手札よりマジックカード“千年生きたガンスミス”を発動!

このカードは、攻撃表示の機械系モンスター3体を融合し、

LV8の超高レベル機械モンスターを特殊召喚することができるのだ!

出でよ!“フルメタル・ドラムファイアー・ドラゴン”!!戦慄するがいい!

手持ちモンスターの無い貴様は、

フルメタル・ドラムファイアー・ドラゴンの攻撃で2800のダメージを受けてもらう。

だが、恐怖はまだ終わらない。フルメタルドラゴンの特殊効果で、ライフを1000払い、

更にLV4以下の機械系モンスターを召喚!

爆走せよ!“あの世送りの寝台特急”!寝台特急の攻撃力は1200、

2体の攻撃力は合わせて4000!フルメタルドラゴン特殊効果のペナルティで、

俺のターンは強制終了だが、貴様のターンが終了した時、それが即ち貴様の最期!

さあ、あがけ!盾となるモンスターを召喚し、ただただ無為に命をつなぐがいい!

もっとも、それを許す俺では」

 

「うるさい」

 

バシン!

 

一発の銃声。彼女の右手に紫の鉱石を削って形作った銃が。

ドローはドローでも意味が違うわよ。イラつくのはわかるけど。

 

「あ、がが……ドローした瞬間、相手プレイヤーにダイレクトアタックだと?ガクッ」

 

>シグマ LP0

(ピロリロリロリロブー)

 

「だめじゃない、カシオピイア。殺すなって言われたでしょう?」

 

「大丈夫。魔力を調節した衝撃弾。気絶してるだけ」

 

「あら便利。その銃も魔道具なのね。……ほら、ルーベル起きて」

 

「んあ、終わったのか?」

 

地面に敷かれていた藁から身体を起こすルーベル。

カシオピイアはシグマの両腕を稲穂で縛って、担ぎ上げた。

それを見たジョゼットとエレオノーラが彼女に駆け寄る。

 

「わーい!カシオピイアさんが勝った!」

 

「おめでとうございます。

見返りは少なくとも、街の皆さんからの信頼が得られるでしょう」

 

「うん、ありがとう……」

 

それからあたし達は来た道を引き返して、駐在所に馬鹿を放り込んだ。

保安官が細い目を丸くする。

 

「おおっ?本当にやってくれたのか。いや助かる。

まぁ、金貨1枚で大げさだが、手続きは手続きなんだ。こいつに記入してくれ」

 

「はい……」

 

カシオピイアが、受け取り証に名前と必要事項を記入すると、

保安官が金庫ではなく鍵の付いた小銭入れから、金貨を取り出し、彼女に渡した。

 

「ご苦労さん。本官はコイツを留置所にぶち込むので、これにて失礼」

 

「ありがとう」

 

あたし達が駐在所から出ると、後ろから大声が聞こえてきた。

 

“待てえぇ!勝負はまだだ!俺のトラップカードにより戦闘ダメージは……!”

 

“黙れこのバカタレ!今日一日は臭い飯を食ってもらうぞ!オモチャも没収だ!”

 

“やめろぉ!それには俺が組み上げた最強のデッキが!!”

 

“本官に触れると公務執行妨害で懲役刑になるぞ!”

 

“……”

 

手にした金貨を珍しそうに見つめながら歩くカシオピイアに声を掛けた。

軍人は上からの命令でターゲットが決まるから、賞金稼ぎは初めてなんでしょうね。

 

「よかったじゃない。もうみんなの噂になりはじめてるわよ、あなた」

 

「もう?」

 

「酒場ってのは、いち早く情報が集まる場所なのよ。行けば分かるわ」

 

多分、史上最も哀れな賞金首を無事退治したあたし達は、隣の酒場に入る。

一見さんのカシオピイアを連れたあたし達を見た客たちが、

さっそくひそひそ話を始める。

 

“おい、里沙子んとこの新入りだぜ”

“いきなり賞金首ふんづかまえたらしい”

“帝都の軍服じゃない。安い仕事でも手を抜かないとは、さすがね”

 

「ほら、ね?」

 

カシオピイアは嬉しそうな、少し照れた様子でうなずいた。

あたし達がテーブルに着くと、ソフィアがオーダーを取りに来てくれた。

 

「あ、里沙子久しぶり!最近見なかったけど、どっか行ってたの?」

 

「ソフィアも久しぶりね。ちょ~っと遠くまで旅行にね。さあ、みんな注文注文」

 

全員がそれぞれ好みのメニューを注文する。

ドリンクは、ジョゼットとエレオノーラがオレンジジュース。

食事を取らないルーベルは、飯を兼ねたクリームメロンソーダ。お気に入りらしいわ。

あたしとカシオピイアは、りんごが香るエール。

要塞にいた頃は飲んだことがなかったらしいから、あたしが勧めたの。

 

……さて、料理もドリンクも揃ったところで、食事を始めましょうか!

 

“かんぱーい!”

 

みんな、それぞれの夕食を口に運ぶ。

まぁ、新人歓迎話としては割と問題なく終わったんじゃない?

カシオピイアの生活用品や布団なんかは、ここに来た時に持ってきたから、

誰もが飽きてる買い物話を繰り返さずに済んだし。

エールが上手い。いつもこうだと助かるんだけど。お味はどう?

 

「……さこ」

 

「どうしたの?エールの香りは気に入った?」

 

「里沙子おぉぉ!つきゃあああ!ピア子を抱きしめてええ!!」

 

「は!?」

 

一日ずっと落ち着いてきたピア子が発狂モードになって襲いかかってきた。

周りで悲鳴が上がり、驚いた客が騒ぎ出す。

 

「どうしちゃったの、ピア子!さっきまで大人しくしてたじゃない!……はっ!」

 

よく見ると彼女の顔が真っ赤。もしかしてあなた、お酒弱いの?

勘弁してよ、これ4.5%よ?

 

「ピア子だけのおぉ!仲間!里沙子、ワタシと、暮らすのおお!」

 

「カシオピイアさん落ち着いてください!」

 

「あうあう……止めなきゃまた叱られるけど、やっぱり怖い!」

 

「ひでえ馬鹿力だ!里沙子なだめろ!」

 

“ああ、やっぱり里沙子は○○なのか……”

“ちょっといいな、って思ってたのに、残念”

“道理で女の子ばっかり……”

 

「今勝手なことほざいた奴、ドラグノフの照準調整に使ってやるから横一列に並べ!」

 

どうしてもこの世界は、あたしの幸せが気に入らないみたい。

店員もみんなパニックになったから、食事もそこそこに、

金貨をひとつかみテーブルに置いて、ピア子を引きずって逃げ帰った。

 

 

 

 

 

……今日も里沙子やみんなに迷惑を掛けてしまった。布団の中で自己嫌悪に陥る。

どうしてなんだろう。

里沙子を見ていると、ずっと求めていたものがそこにある気がして、

何としても手放したくなくなる。

やっぱりエレオノーラが言っていたヤンデレという病気なのだろうか。

目を閉じて考えを巡らせていると、いつの間に夢の世界に落ちていた。

 

 

“ううっ……ごめんなさい、カシオピイア”

 

ワタシを呼ぶのは、誰?

 

“ここなら、軍人さんが守ってくれるから……”

 

待って。行かないで。

 

“あなたを育てられないママを、許して”

 

置いて行かないで!

 

“悪いママで、ごめんなさい……”

 

 

気づくと夢から醒めていて、なにもない宙を掴んでいた。

 

 



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昔、赤い羽根募金に協力したら貰える羽根の先端は針だったの。子供心に危ないもん配んなと思ったものよ。

“心拍、更に低下!”

 

“電気ショック用意”

 

“用意できました!”

 

“全員離れてー。3,2,1!” (ショック音)

 

“心拍は?”

 

“再鼓動せず……ゼロです”

 

“……18時25分。ご家族の方は?”

 

“待合室にいらっしゃいます” (駆け寄ってくる足音。しばらくしてドアが開く)

 

“困ります!ここは関係者以外立入禁止で!”

 

“お願いです、その子を諦めないで下さい!”

 

“……親御さんですか?”

 

“違います!でも、お願いします、私の血を使って下さい!そうすれば、まだ……”

 

“**さん、病室に戻りましょうね?”

 

“私の血なら助かるはずなんです!説明になってないのはわかっています!

でも、その子なら、きっと!”

 

“……血液型は?”

 

“先生!?”

 

“O型です!”

 

“再度蘇生を試みる。輸血にご協力下さい”

 

“はい!ありがとうございます!”

 

 

昨日酒場でピア子が発作起こして、大して飲めなかったから、

部屋で宅飲みしてたらついつい飲みすぎちゃったわ。頭痛が酷いし、変な夢まで見る。

一話前のタイトルで自分を戒めたはずなのに。

やめたくてもやめられない、まさに未成熟。

あたしは這いずるようにベッドから床にこぼれ落ちる。

 

「うえーん、あたまいたいよー」

 

ジョゼットみたいな情けない声を出しながら、

クローゼットに向かってほふく前進していると、更に追い打ちを掛ける出来事が。

ドアに遠慮なく体当たりを繰り返す大きな音。アルコールが残った頭にガンガン響く。

 

「あがががが……!頭が!」

 

そのうち体当たりの効果が無いと見るや、ドアノブを乱暴にガチャガチャする。

やめて、この教会、玄関以外はガチでボロなの。

鍵掛けといて助かったけど、クロックタワーでもあるまいし、

なんで自分ちで逃げ隠れしなきゃいけないのよ……

 

“里沙子おぉ!!ピア子よ!ここを開けてええ!おはようのハグして!”

 

「ぜつぼうは、あまい罠……」

 

思わず口に出るほどの絶望。こんくらいなら規約に引っかからないわよね?

ちなみに、ロックオンが生き返った経緯は未だによく知らない。

なんとなく2期目はスルーしちゃったのよね。

ともかく、これほど部屋のドアが頼もしいと思ったことはないわ。

 

しばらく無視していると、大人しくなった。

ホッとしながら立ち上がり、パジャマから着替えようとしたその時、

ドアノブからカリカリという不穏な音が。

まさか!と、思うと同時に鍵が開き、紫の影が体当たりをぶちかましてきた。

 

「ぐほっ!」

 

「会いたかったー!里沙子、ピア子を抱きしめてえぇぇ!」

 

軍隊じゃピッキングまで習うわけ!?

解錠に使ったと思われる、曲がったヘアピンを放り出して、

あたしに両腕を回して締め上げるピア子。

彼女は相変わらずあたしに顔をこすり付けて嬉しそうだけど、こっちは苦しい!

思わず弱々しく助けを呼ぶ。

 

「ああ、ルーベルや。哀れなババアを助けておくれ」

 

“うるさい!午前中ずっとピア子の世話で、もうクタクタなんだよ!

昼までピア子放ったらかしといた罰だ!今回は自分でなんとかしろ!”

 

「この薄情者―!あたた……」

 

今度は大声出したから頭に響いた。しょうがないわね、いつものアレやりますか。

何とか身をよじって右腕を解放し、彼女の喉を撫でる。

 

「んんっ?んー……」

 

やっぱり拘束が少し弱まる。仕上げに背中のアクリル板にタッチ。

これ、名前があった気がするんだけど、

今の脳は情報の入出力機能が極端に低下してて思い出せない。

 

ようやくピア子からカシオピイアに戻った彼女が、やっぱり記憶喪失っぽい感じで、

あたしを解放しながらキョロキョロする。

やがて、自分がまたやらかした事に気づいた彼女が、暗い表情でつぶやく。

 

「ごめんなさい……ワタシ、また……」

 

「いいのよ、あと1週間くらいで血液検査の結果が出るんだし。

アンプリの先生とやらを信じましょう。

とりあえず着替えるからエレオ達のところへいってらっしゃい」

 

「はい……」

 

カシオピイアはしょぼくれた様子であたしの部屋を出ていった。

あたしは着替えを済ませて三つ編みを編んだら、とにかく洗面所で顔を洗って歯を磨く。

ちなみにあたしは朝食前に歯を磨く派なんだけど、みんなはどうよ?

 

食べ終わった直後に磨くと、食べカスが歯ブラシにくっつくし、

寝てる間に粘ついた口もスッキリするから、起きたらすぐに歯磨きしてる。

よし、身支度バッチリ、ジョゼットに変質者扱いされずに済むわ。

あたしは多分みんながいるダイニングに、ふらふら足を運んだ。

 

「みんなー、おはよー。ジョゼット、ご飯はいらないからジョッキに水を沢山注いで。

アルコールの分解には水分が必要」

 

「何かお腹に入れないと身体に毒ですよ。トースト焼きますから食べて下さい」

 

「情けねえな。大の大人が潰れるまで飲むんじゃねえ。飲み方ってもんを覚えろ」

 

「一旦ブーストかかると止まらなくなるのよ、アハハ」

 

「酒は百薬の長と言いますが、飲み過ぎはやはり身体に負担をかけます。

量を決めて飲んではどうですか」

 

「ごめん。あればあるだけ飲んじゃうの。ウフフ」

 

「いちいち笑うんじゃねえって。まだ酔ってんのか?」

 

「今から気合い入れてアセトアルデヒドを分解するからちょっと待って」

 

あたしはルーベルやエレオノーラと雑談しながら、

ジョゼットが入れてくれた水を一気飲みする。

これ全部、ワインだったら、いいのにな。里沙子酔いどれ川柳。

 

やだわ、二日酔い中にこんな事考えるようになったらアル中に片足突っ込んでるわね。

少し禁酒してみましょう。トーストをかじりながら反省する。

途中、気になってた事を思い出した。

 

「エレオ、昨日のけしからん本はちゃんと処分した?」

 

彼女が帝都のどっかから集めたヤンデレに関する書籍諸々。

ヤンデレってのはとどのつまり、社会の繁栄と引き換えに失われた、

他人と接する機会を求めて、寂しさをこじらせた女の精神的疾患よ。

あたしは心療内科が必要なのはこっちだと思う。

 

現代日本とは違って、

まだ人同士の繋がりが濃いミドルファンタジアでは、必要ない概念よ。

例え娯楽だとしても。説教臭くて悪いわね。まだ酒が回ってるみたい。

 

「はい。本を捨てるのはいささか抵抗があったので、危険物として軍に提出しました」

 

「お金は後で払う。知らないほうがいい事もあるのよ、世の中には」

 

「それはお気になさらず。事情を説明したら、軍が代金を支払ってくれましたから。

それにしても、アースからはいろんな物事が流れ着くものですね。

何十年も昔のものを中心に、宗教、武器、技術。

これらを礎に今後もこの世界は発展していくのでしょう」

 

「なんか東の方のシューティングゲームみたいな設定ね。

誓って言うけど、パクったわけじゃないわ。

昔は毎作追いかけてたけど、ノーコンクリアできない下手くそなのに、

買い続けることが虚しくなって、ダ○ルスポイラーを最後に引退したの。

たまにメ○ンブックスで本を見るけど、

キャラが増えすぎてもう訳がわからないって言ってたわ」

 

「何の話ですか?」

 

ジョゼットが2杯目の水を置きながら尋ねる。

かじったトーストを大量の水で流し込んで答えた。

 

「この世界を構築するシステムについて語ってたのよ。

確かに大抵の場合、アースで廃れたものや、

大量に生産されて抱えきれなくなったものが流れてくることが多い感じがするわ。

ちょっと間口の広い幻○郷って感じね。

この件に関しては、これ以上触れると一部の狂信者が、

報復0点評価入れてきそうだからここまでにしとくけど」

 

「う~ん、やっぱり里沙子さんの話って時々難しいです……」

 

「ああ、どうってことないのよ。ただ、向こうの娯楽だから知らないだけ。

蓋を開けると、ただの玩具よ。さて……カシオピイアはどこかしら」

 

「聖堂でしょげてるぜ。行ってやれよ」

 

「そうするわ。ルーベルにも苦労かけてるわね。……ありがと」

 

「べ、別に。私は自分のやることやってるだけだ」

 

「ふふ、照れちゃって」

 

「うるせえ!もう行けよ!」

 

軽い食事を取りながら雑談していると、段々頭痛も抜けてきた。

あたしは流しに皿とジョッキを置くと、聖堂に向かった。

カシオピイアが何をするでもなく、長椅子に座ってうつむいてる。

 

「隣、いい?」

 

彼女が一度だけうなずく。

 

「さっきのことなら気にすることないわよ。もうみんな慣れっこだし。

そういやあたしも、物語開始当初は、

他人がそばにいるだけでイライラが爆発寸前だったけど、今となってはこんな大所帯。

誰かと同じ屋根の下で寝ることなんて考えられなかったのに」

 

「でも……みんなに、迷惑……」

 

「んああ、いいのよ。どうせここにいるやつは、エレオ以外、暇な連中ばっかなんだし。

あんたの癖を治すのに付き合わせてやったほうが有意義ってもんよ」

 

“聞こえてんぞー”

 

「お願い、見捨てないで……」

 

「情けないこと言わないの。皇帝陛下からもらうもんはもらってんだし、

そんな小さくなってないで、もっとのびのび堂々としてりゃいいのよ。

ほれ、こんな風に」

 

あたしは両足を前の長椅子に乗せた。う~ん、楽チン。

 

「あんたもやってみなさいな。男いないからパンツ気にしなくてもいいし」

 

「でも……」

 

「一度やると病みつきよ。ジョゼットが見たら怒るだろうけど。ふふっ」

 

“え!?聖堂で何してるんですか!”

 

「あらま。ここの喋り声はダイニングまで丸聞こえみたいね」

 

慌てた様子のジョゼットの足音が近づいてくる。

どんな怒り方するのか、若干楽しみにしながら足を組み直すと、

玄関をノックする音が聞こえた。ちぇっ。

足を下ろさざるを得なくなったあたしは、まだ新しい木の香りがするドアに近づいた。

 

「誰?ミサは日曜限定よ」

 

“ここをお開けなさい。斑目里沙子に用があるの!”

 

「開けるわけないでしょ。せめて名乗りなさいな」

 

“このユーディ・エル・トライジルヴァに指図するとは何様のつもりですの!?

いいからお開けなさい!”

 

「用件を言え、アホ」

 

“まあ、なんてことを!田舎者は高貴な者への口の効き方も知らないのね!

とにかく出ていらっしゃい!”

 

さっそく面倒事の臭いがプンプンする。カシオピイアや他のメンバーも集まってくる。

 

“トライジルヴァ家の力があれば、こんなボロ教会今すぐ取り潰しにできましてよ!”

 

お取り潰しねえ。思わず苦笑いが出る。

ちょうどすることもなかったし、ちょっとこのバカをつついて見ましょうか。

鍵を外してドアを開ける。

 

真っ白な日傘を差して、やっぱり白のドレスを着た女が、しかめっ面で立ってた。

栗毛のショートカットをカールにしてて、歳は……あたしと同じくらいかしら?

顔は色白でちょいカワってとこ。小さなそばかすがアクセントね。

後ろには執事らしき、黒のスーツに身を包んだ初老の男性が控えてる。

 

「なに、何の用?」

 

「先日、弟が世話になった礼をしにきましたの!

よくも名門貴族の顔に泥を塗ってくれましたわね!」

 

先日?ああ、アルティメットカードバトラー(笑)の家族か。

カシオピイアを見る。彼女も気づいたみたい。少しうなずいた。

 

「何かと思えば、金貨1枚の賞金首の家族?

普通こういう時は、謝りに来るのが筋なんだけど、

逆ギレしてアポ無しで家に押しかけるとか、どういう教育受けたんだか。

貴族だかなんだか知らないけど、はっきり言ってあんたの存在自体が恥だから、

とっととお家に帰って部屋にこもって鍵かけて永久に一人じゃんけんやってなさい」

 

少し大げさに挑発してみる。なんだか面白いことになりそう。

 

「この平民風情が……!爺や、言っておやりなさい!」

 

そしたら、執事が一歩前に出て演説を始めた。

 

「オホン。南の果てに住む君達が知らないのも無理はないがね、

口を慎んだほうが身のためというものですぞ。

この方は、トライジルヴァ家長女、ユーディお嬢様でいらっしゃいます。

先祖代々に渡って、皇帝陛下よりホワイトデゼール監視の任を命ぜられた、

由緒正しき名門家。まだご長男のシグマお坊ちゃまが幼い故、

ユーディお嬢様が当家を取り仕切っておられます。

……身の程をわきまえた振る舞いをしたほうが君達のためですぞ」

 

思わず失笑が漏れる。皇帝陛下ねぇ。多分その中途半端なコネが後々首を締めると思う。

 

「要するに、魔王が死んで無職になった成金が、八つ当たりしにきたっていうわけね」

 

「なんですって!口の効き方に気をつけろという、爺やの忠告が聞こえなかったの!?」

 

「無礼者!お坊ちゃんに手を挙げただけでは飽き足らず、お嬢様にまで汚い言葉を!

これだから礼儀作法のなっていない平民は!」

 

頭に血が上ったユーディと執事が叫ぶ。あたしは無視して後ろのルーベルに問う。

 

「ねえ、ルーベル。ホワイトデゼールは北の方よね。

北って言ったら、あんたの故郷に近いけど、トライなんとかって聞いたことある?」

 

「あー……ログヒルズの横にある、ちっさい領地に、

そんな貴族がいたようないなかったような」

 

「物知らずもここまで来ると哀れですわ!

ログヒルズ領東、スノーロード領の80%の土地を所有する大地主。

領主ですら政治的判断を下す時は、私の顔色をうかがいに来るというのに」

 

だんだん飽きてきたから、ささっと用件を済ませて追い返すことにした。

 

「あんたは結局何しに来たわけ?

確かに暇だけど、このやり取りもそろそろ退屈になってきた」

 

「まずは、そこに手をついてお謝りなさいな。

弟に手を上げたこと。私に対する数々の暴言について!」

 

「マジでやると思ってんなら脳にウジが湧いてるわよ。

で、拒否したらどうするつもり?」

 

「反逆罪の容疑でこの教会を取り潰します」

 

「縁もゆかりもない領地にあんたの権限が及ぶとでも?」

 

「爺や、こやつらに再教育を」

 

長くて覚えられない名前の貴族が、執事っぽい者に続きを喋らせる。

そう言えば、貴族って設定があること自体完全に忘れてた。

最後に聞いたのは確か……イグニール領のドワーフからだったかしら。

 

「かしこまりました。……君達は、人の話を聞いていなかったのかね?

トライジルヴァ家は、長きに渡って皇帝陛下直々の命を受け、

その任務を全うしてきた、並の貴族とは歴史も風格も品格も異にする名門家!

このようなボロ屋敷、皇帝陛下に一言申し上げれば、今日中にでもこの国から……」

 

「では、聞いてみてくださいな。お・じ・さ・ま」

 

「えっ?」

 

あたしは金時計を眺めながら言った。

もうWordで6000字近く行ってるから、ダラダラやってると読者の方がうんざりする。

……あら、カシオピイアどこ行くの?奥に引っ込んじゃった。

 

「皇帝陛下に今のやり取りを伝えて、彼が取り潰すべきと判断したなら、

火を放つなり解体するなりしてくださいな」

 

「……最後の警告ですぞ。お嬢様に」

 

「いるんですよね。貴族やら、やんごとなき方の親族を騙って金をせびる輩が。

……あなた方が同類ではないという保証が必要ですの」

 

「なんですって!?爺や、この女を死ぬほど後悔させてやって!」

 

「はい、只今!……ええい、なんだこんな時に!」

 

執事の胸ポケット辺りがブルブル震えて、彼がそこからケースを取り出す。

ケースから抜き取った1枚のカードに、

図形化した電波のようなホログラフが浮かんでる。

あと、遊○王みたいに、カード自体にもなんかの象徴的なイラストが描かれてるわね。

二人の人物がテレパシーを送り合ってるような絵。それに向かって執事が詠唱する。

 

「万物に告ぐ、彼の者の言の葉、遮ることなく、我が手に届け給え!

……誰かね、こんな時に!」

 

『久しいな、ベルグマン。我輩である。そこで、何をしているのかね』

 

「ええっ!?皇帝陛下でいらっしゃいますか!お久しゅうございます!

はい、実はあの……」

 

なによ、携帯みたいなのあるんじゃない。

通話の相手が皇帝陛下と知って、カードに頭を下げながら喋りだす執事。

お嬢も一気に青くなって様子を見てる。

 

「……というわけでありまして、一時的に皇帝陛下の権限をお借りして、

この不心得者共の巣窟を一層したく!」

 

『君は、そこがどういう場所か知っているのかね』

 

「はい?」

 

『ただの教会などではない。

サラマンダラス要塞が擁する、特殊部隊アクシスの訓練施設でもある。

今は1名だけであるが、既に隊員が常駐している』

 

「えっ!?」

 

執事がドアに目をやると、いつの間にかあたしの隣にカシオピイアが戻っていた。

その手には魔王との戦いで使った小さな音叉。んふふ、GJよ。

 

『何を考えているのかは知らんが、

我輩も帝国も将来的な部隊編成を踏まえて、その教会を維持している。

やめてくれたまえ』

 

そして、カードに浮かんだ紋様が消え、一方的に通話が切れた。

二人がカードを見つめたまま固まってるから、あたしの方から声を掛けた。

 

「どうすんの。あんた達の夢は潰えたわけだけど、

このまま帰るか、皇帝陛下に楯突くか、好きな方選びなさい」

 

ユーディがブルブル震えながら、ようやく叫ぶように声を上げた。

 

「何よ!こんな教会がなんだといいますの!?

これからの時代、宗教なんて古臭いもの、廃れていくに決まってますわ!

土地も資産も歴史もある、私達貴族が政治の中枢を担っていきますのよ!」

 

別段気分を害した様子もなく、ぼんやり聞いていたルーベルが腑に落ちない様子で呟く。

 

「でもよう、今の状況見ると、

魔王討伐の快挙を成した帝国軍には入隊志願者が殺到してるし、

教会の方も入信者の増加傾向が止まらないって新聞に書いてあったぜ?

どっちかって言うと、貴族のほうが落ち目っていうか」

 

「なっ……!落ち目ですって!?」

 

「私、ログヒルズ出身なんだが、多分あんたの屋敷見たことあるぜ。

確かに立派だったけど、みんな言ってた。

“何やってるかわからない”、“あそこには幽霊が出る”、“実は住人全員集団自殺”、

とか。もうちょっと地元の人とコミュニケーション取ったほうがいいんじゃね?」

 

「馬鹿おっしゃい!なぜ私が平民などと!」

 

「わかったわかった。お前は落ち目なんかじゃない。私が保証する」

 

ルーベル。天然で死体蹴りするのはやめてあげなさい。面白いけど。

お、ユーディの雰囲気が変わった。面倒くさいから回避したい。

 

「……爺や、本を」

 

「只今」

 

ベルグマンという名前が判明した執事が、

アルバムみたいに分厚い本を馬車から持ってきて、彼女に手渡す。

 

「……斑目里沙子、貴女に決闘を申し込む。命が惜しければ、カードを渡しなさい」

 

ユーディがアルバムを開いて手を差し出す。カードって言ってもねえ。

 

「ごめん。遊戯王カードなら持ってない。

実家にしまってあると思うんだけど、あたしアース出身なのよね。

ガンバライドならキラのゼロノス持ってるんだけど」

 

「黙らっしゃい!!」

 

おおっ!今までのヒラヒラした雰囲気とは違って覇気がある。

ただの頭の軽い女だと思ってたけど、やる時にはやるみたい。

でも、あいにく他のカードには縁がないの。

 

「そんなにカードが欲しいなら、鏡に向かって神崎士郎にお願いしなさい。

頑張ればSURVIVE貰えるかもね。カニが当たったらご愁傷様だけど」

 

十分暇を潰したあたしが聖堂に戻ろうとした時、やっぱり。

 

「逃げることは許しません!」

 

……どうやら、おふざけはここまでね。あたしはユーディに向き合って再度問う。

 

「本当にカードなんて知らないの。そもそもカードなんて何に使うの?」

 

「私に勝ったら教えて差し上げます。爺や、準備はいい?」

 

「いつでも!」

 

「斑目里沙子。あなたの銃の腕前は調査済みですが、

なんでも銃で解決できるとは思わない方がよろしくてよ。

私が勝ったら、あなたが隠し持っている情報全てを差し出すと誓いなさい。

弟とは違って、私のモンスター達は実体を持つ本物。命を捨てる覚悟でいらっしゃい」

 

「……そんなこと、あたし自身が一番知ってる。

いいわ。あんたが勝ったら何でも言うこと聞いてあげる。抜きなさい、あんたの武器。

みんな、下がってて」

 

全員、聖堂の中に避難する。

それを確認したら、あたしも思考をクリアにしてその時を待つ。

 

 

──いざ尋常に!カード・オープン!!

 

 

ユーディが大きな本からカードを1枚ドロー。指先からカードに魔力を込める。

 

「召喚、“懲役280年のガロット刑”!」

 

椅子に縛り付けられ、首を金具で締め付けられた、おぞましいモンスターが出現。

 

『ぐ、ぐえええ……コロス……』

 

確かに、シグマの偽物とは違って殺気を放ってる。

続いてベルグマンも携帯用カードケースから1枚ドロー。

 

「リンクカード、“嘘の五三八”発動!

名前に数字が含まれるモンスターの攻撃力を1ターン倍に……」

 

「はい、残念。二人共、銃を突きつけられてることくらい分かるわよね?」

 

「なっ!」

 

「どう、して……?」

 

目の前にいた女が気づいたら後ろにいて、殺意を抱えた銃を背中に向けている。

ユーディもベルグマンも何が起きたかわからず、動けない。

 

「今度こそ選んで。去るか、死ぬか」

 

「何をしたというの!?」

 

「クロノスハック。あたしはそう呼んでる。

体感時間をほぼ停止させて、自分だけがその世界を自由に動く能力」

 

「それで……!魔王を屠ったというの!?」

 

「う~ん、大きな戦力にはなったのは間違いないけど、

魔王を倒したのは、そこの白い方のシスター」

 

顎でエレオノーラを差すと、ドアから様子をうかがっていた彼女が静かに微笑んだ。

 

「で、では、あのお嬢様が、次期法王のエレオノーラ・オデュッセウス様ですと!?」

 

「そーいうこと。で、どうすんの?

帝国最大宗教の総本山、並びにこの国の政治、軍事、全てを敵に回すか、

それとも大人しくサレンダーするか」

 

ユーディは、何も言わずに本をパタンと閉じた。

 

「お嬢様!」

 

「いいの、ベルグマン。貴族がみっともなくあがくものではないわ。

……さあ、斑目里沙子。勝負はあなたの勝ち。煮るなり焼くなり好きになさい」

 

「……玄関先で死なれても困るのよね。ちょっと、話を聞かせてちょうだいな」

 

そして、聖堂の長椅子を動かして、全員が向かい合って話せるようにすると、

ユーディ達に話を聞いた。

ベルグマンは彼女の後ろに立って控えている。お茶を勧めたが遠慮された。

ユーディは紅茶を手に、少しずつ話を始めた。

 

「……そう。さっき、そこのオートマトンが言っていた通り、

アースの技術で急速に発展していく世界の中で、時代遅れなのは貴族の方……

かつては政治や軍事にも、中枢にはいつも私達の姿がありましたの。でも、今は昔。

見た目は華やかかも知れないけど、

実際は時々帝都の企業や要塞から委託を受けて、内職のような仕事で食いつなぐだけ」

 

「う~ん、それと、カードに何の関係があるの?

っていうか、そもそもあたし、さっき言ったオモチャのカードしか持ってないわよ?」

 

「そんなはずありませんわ!当家の偵察員が確かに見たと言っていましたの!

貴女が不思議なカードを発動し、巨大な鶏の怪物を召喚して、

上級悪魔や魔王を焼き尽くしていく様を!」

 

あー、全部に得心が行ったわ。芸術の女神マーブルからもらった魔法のカード。

そこに描いたテッド・ブロイラーが大暴れする様子を目撃したってわけね。

っていうか見てたなら手伝いなさいよ。それはいいとして、どうしたものかしらねぇ。

いくらヘッポコ神様とは言え、変な連中を連れて押しかけるのはちょっと気が引けるし。

 

「……仮に、仮によ?あたしがそんなカードを持ってたとして、

あんた達はそれを手に入れてどうしたかったわけ?」

 

「それほど強大なカードがあれば、

再びトライジルヴァ家は帝国の軍事力としての力を示すことができる。

……いえ、それは建前ですわね。本当は、符術士一族の名誉を回復したかったの」

 

「お嬢様!」

 

「いいの!もう私達のことを卑怯者と覚えてくれてる人すらいないんだから。

第一次北砂大戦のことはご存知?」

 

「ええ。一回目の魔王の襲撃。

帝国兵何十万の犠牲が出て、勇者の剣でその場しのぎはできたとか」

 

「そのとおりですわ。でも、その物語には歴史に記されていない悲劇がありますの」

 

「隠れた物語ってなんだ?」

 

わかってるだろうけど、これ以上はやめてあげてね?ルーベル。

 

「その大戦には、先程見せたような、

カードに封じられた多様な力を開放する能力者、“符術士”達も参加していましたの。

でも、背後から敵軍の奇襲を受けた符呪士達は、散り散りになり、

後方から援護する予定だった、帝国軍本隊との合流が遅れ、彼らを見殺しにする結果に。

……そして、戦後私達は、命惜しさに逃げ出した卑怯者と、

国中から罵られるようになりましたの。

顔を見れば石を投げられる、食べ物を売ってもらえない、家を借してもらえない。

そんな境遇の中、流浪の旅を続け、長い年月の中で符術士の一族は、

その力と正体を隠しながら帝国中に散っていきましたの」

 

……あたしは話を聞きながら考える。全部で何人かしら。

 

「私は、同族としてそんな彼らを助けたい。貴族である前に、一人の符術士として。

偶然金持ちになれた私達はいい。

でも、ほとんどの符術士の末裔は哀れな生活を送っている。

だから……第二次北砂大戦で、

私達の歴史の中でも見たことのないようなカードの情報を聞いた時、

チャンスだと思った。弟の事も、貴族のプライドも、あなたに近づくための口実。

シグマは反省するまで納屋に閉じ込めてあるし、

夢が叶うなら、貴族の名を捨ててもいい」

 

「お嬢様……」

 

や~ね。あの娘に借りを作るの嫌なんだけど。これまでの仕返しに何要求されるか。

 

「……ユーディって言ったっけ?」

 

「何かしら……」

 

「あたしが使ったカードの正体、教えてあげる。エレオノーラ、お願いできるかしら」

 

「もちろんです!」

 

 

 

 

 

あの後、あたし達は手をつないで輪になり、エレオノーラの“神の見えざる手で”、

大聖堂教会前にワープした。通行人達がちらっと見るけど、散々見て慣れたのか、

特に騒ぎ立てることなく歩いていく。

 

「むむっ!ここは、帝都ですぞ!お嬢様!」

 

「これが、聖女の力なのね……」

 

「驚くことないでしょう。ちゃんと帝都に行くって言ったじゃない」

 

「どうやら、田舎者は爺やの方だったようでありますな……はぁ」

 

「気にしないの。世界は広いってことよ。さあ、みんな行きましょう」

 

大所帯のパーティーを引き連れて、あたしは目的地に向かう。

そう言えばしばらく顔見せてないわね。迷わないといいんだけど。

そんな事を考えながら、途中、ある店の前で後ろに声を掛ける。

 

「ねえ!みんな少し待っててもらえるかしら。必要なものがあるの!」

 

「何かカードの材料でも必要ですの?」

 

「ここが画材屋に見える?とにかくちょっと待ってて!」

 

あたしが店に入ると、みんなが首を傾げた。

要るものを要るだけ買うと、足早に店を出る。

 

「ごめ、お待たせ。行きましょうか」

 

「それが必要なものですの?」

 

「そう。もうあの娘とは貸し借りなしだから、一応ね」

 

再び歩き出したあたし達は、大通りから外れた路地を進んで、

街路樹やむき出しの崖が目立つエリアに入った。

ああ、よかった。道、忘れてなかったわ。

帝都は広いから、酔いが残ったままうろつくと、確実に迷う。

 

「ねえ、里沙子。あなたにカードを授けた存在って、どんな方ですの?」

 

「実際会った方がわかりやすいわ。ただのファッションオタクよ。

色々疑問はあるだろうけど、本人がいなきゃどうにもならないわ」

 

「そう……?」

 

喋りながらも歩き続ける。おー、見えてきた見えてきた。

素材が違うだけで、うちの教会と同じくボロい建築物。

あたし達は、その屋敷のドアの前に立つ。そこに小さな看板が掛けられていた。

 

“絵画教室 本日お休み”

 

まったく、前にも言ったけど、貧乏でしかも暇な癖に平日休んでんじゃないわよ。

とにかくドアをノックする。トントン。

 

「おるかー?」

 

“ああ、ごめんなさい!燃焼マナA式の料金は春まで待って下さ~い。お願いお願い!”

 

「あたしよ、里沙子。ちょっと相談したいことがあるの」

 

“え!里沙子ちゃん!?待って。今、開けるわねー”

 

ドアを開けると、マーブルと久しぶりの再会。

確か、具体的にクロノスハックの存在を指摘されて以来だから、1月は軽く超えてる。

相変わらず無駄に凝った服装。ちゃんと着回してるんでしょうね。

 

「いらっしゃーい。あらあら、お客さんが沢山。

そちらの方たちは、はじめましてですね」

 

「うん、ちょっとこの二人の事で相談したくてさ。今、いい?あ、これお土産」

 

あたしはさっきの店で買った手土産をマーブルに渡す。

中身を見たマーブルが軽くジャンプした。よしなさいよ、子供じゃあるまいし。

 

「これは!ちょっとどころか、かなりお高いケーキ店、パティシエール・スメラギの

“こだわりイチゴショート”!里沙子ちゃんって、本当は優しい子だったのねぇ!

マーブル感激!」

 

「ケーキひとつでみっともないわね。とりあえず、中入っていい?」

 

「もちろんよ!皆さんどうぞ!」

 

「……失礼致しますわ」

 

「失敬」

 

美術館でもあり神殿でもある内部を珍しそうに見渡しながら、

ユーディとベルグマンが入ると、後のメンバーも付いてきた。

マーブルは神殿の隅にある応接スペースを片付けている。

忙しく片付けを終えると、奥の居住区に入って行った。

向かい合わせの大きめソファがテーブルを挟んで並ぶ。

キッチンからマーブルの声が聞こえた。

 

“今、お茶入れますから~”

 

「手伝うわ」

 

「あの……私は?」

 

“どうぞ座っててください。お客さんですから”

 

“それより、今度はおじさまも座ってくださる?

みんな座ってる中、一人だけノッポが立ってると落ち着きませんから”

 

「う、うむ……」

 

10分後。全員ソファに着いてテーブルにさっきのケーキと、よく合う紅茶が並んだ。

コーヒー派の人もいるかもしれないけど、一度に沢山作った方が早かったの。

まずいわけじゃないから我慢して。マーブルがさっそくフォークでケーキを口に運ぶ。

 

「ん~!シンプルな見た目だけど、新鮮なイチゴと甘すぎない生クリームが、

上品な香りと口溶けを生み出してる!

さり気なく散らしたホワイトチョコも高ポイント!」

 

「だから、ケーキひとつではしゃぎすぎなのよ。

はぁ、この分じゃ食べ終わるまで話は無理ね」

 

とは言え、ケーキが美味かったのは間違いないから、

結局あたし達も先にケーキを平らげた。

 

「あー、ごちそうさま。こんな贅沢久しぶり……」

 

「何、あんたまた貧乏なの?

やっぱり公共料金滞納してたみたいだし、一体何に使ってるんだか」

 

「今度は、ちゃんとした出費が重なった結果なのよ?

画材が古くなって丸ごと買い替えたの」

 

「で、一番高かったのは?」

 

「春物のブラウスが私を誘ってきて……」

 

「もういいわ。死ぬまでモヤシ食ってなさい。

こっちの用件済ませたいんだけど、いいかしら」

 

「えーと、それじゃあ、愛の献金箱に100Gを……」

 

「今食ったケーキがちょうど100Gよ。グッドタイミングね」

 

「しょぼーん」

 

アホ丸出しの会話で二人を待たせるのは流石に悪いから、強引に用件を切り出した。

以前もらった、一度だけ好きなものを一時間実体化させるカードの性質。

それが量産可能かどうか。永続的に使用可能にはならないか、の3点。

 

「うん、そうね。里沙子ちゃんの言う通り、あれは一度限りの効果なの」

 

「そうですの……」

 

「量産化も難しいわね。カードに封じたのは私に集まった信仰の力。

まだまだ力の弱い私には、何枚も作るなんてできない。

同じ理由で効果を永続させることもできないわ」

 

「信仰の力?」

 

「やだ、私ったらごめんなさい!ケーキに夢中で自己紹介が遅れたわ!

私は芸術の女神マーブル。

この神殿で芸術家を志す人間達に加護を与えたり、絵画教室を開いたり」

 

「神様!?ウソでしょう?」

 

「なんと!」

 

「残念ながら本当よ。

あと、さっきも言ったけど、ファッションオタクで金にだらしない女」

 

「やっぱり里沙子ちゃんひどい!」

 

「ひどくない!全部事実!

それより、せめてこの二人が新しくカードを作る方法とかはないの」

 

「んっ?ピコーン、ひらめきました!みんな、ちょっと待っててね」

 

マーブルは立ち上がると、自室件寝室へ飛び込んでいった。

あの汚い部屋になんかめぼしいもんあったかしら?

少しぬるくなった紅茶を一口飲んで考える。

しばらく待つと、ドタドタとマーブルが何かを抱えて戻ってきた。

テーブルに広げられた大量の白紙のカード。

 

「何よこれ、これが何?」

 

意味不明な物体を目にして、思わず左右対称っぽい聞き方になる。

マーブルが息を切らせながら、説明を始めた。

 

「ふぅ、ええっと、これはね?里沙子ちゃんにあげたカードと同じものなんだけど、

信仰の力が入ってないの。このままじゃ絵を描いても発動できない。

でも、人間が魔力を注ぎ込めば、同じ効果が得られるの!

しかも魔力を再充填すれば何度でも使えるお役立ち!」

 

「マジ!?すごいじゃない!あんたもやればできるのね!」

 

「では、このブランクカードがあれば、新たな力を手に……」

 

「やりましたな、お嬢様!」

 

「でも待って」

 

マーブルがいきなり佇まいを変えて、二人に語りかける。

……あたしがクロノスハックを覚えたての時に見せた、あの表情。

 

「カードに描くものは慎重に考えてね。

仮にモンスターを召喚したいなら、自分が手に負えるものにすること。

いざとなったら精神力で縛り上げられるような強さに留めて。

強すぎるモンスターはあなたに襲いかかって、命や心を奪う。魔法のカードもそう。

オービタル島を吹き飛ばすような爆発魔法を作ったら、使用した瞬間、

起動に必要な魔力やマナを根こそぎ吸い取られて、枯れ木のようなミイラになる。

過ぎた力は身を滅ぼす。世の常ですね」

 

二人共、黙って彼女の話に聞き入っている。が、次の瞬間には元のマーブルに戻って、

 

「まあ、それさえ気をつけてくれれば問題ナッシン!

カードは全部持って行っていいわよ~素敵なカードを作ってね!」

 

「ありがとう、女神様……私、必ず人の役に立つカードを使って、

符術士の汚名を雪いで、きっといつか、みんなで暮らせるように頑張りますわ」

 

「ありがとうございました。芸術の女神マーブルよ。

私も、お嬢様の力となり、符術士の一族を絶やさぬよう、努力致します」

 

深々と頭を下げるユーディとベルグマン。その時、急にマーブルがまたはしゃぎだした。

 

「あっ!今、私に信仰心が届いたわ!

もらっちゃった、もらっちゃった~二人の信仰心もらっちゃった~」

 

「曲がりなりにも客の前で恥かかせないで。ジャンクにするわよ」

 

「コホン、とにかくそういうことだから。

あなた達に良いインスピレーションがありますように」

 

下手くそなりにも神様らしく締めたマーブル。

用の済んだあたし達は、ぞろぞろと彼女の神殿を後にする。

最後になったあたしが出ようとすると、袖を摘まれた。

マーブルが子犬のような目であたしを見てくる。

 

「私、二人の幸せ、願ってる……」

 

「うっさいわね、わかってるわよ!ほら、カード代!今度こそ生活費だけに使うのよ?」

 

あたしはマーブルに金貨3枚を握らせた。

 

「ありがとー里沙子ちゃん!あなたにも良きインスピレーションが……」

 

「いらないわよ!絵画なんて面倒くさい作業、誰がやるかっての!」

 

「しょぼーん」

 

で、大聖堂教会の前に戻って、

再度エレオノーラの術で自宅の教会にワープしたあたし達。

太陽が夕日に変わろうとしている。馬車の前でユーディとベルグマンが別れを告げる。

 

「里沙子……今日は、本当にごめんなさい。私達、ただ必死でしたの。

貴族としての立場を守り、符術士再興の責務を果たさなければならない。

その思いだけで、こんな真似を……」

 

「どうか、お嬢様を責めないでください。

全ての責任は、別の選択肢を提示できなかった、私にあります」

 

「あー、いいのいいの。実害はなかったし、久しぶりに帝都行けたし、

何より済んだことでウダウダやるのが面倒だから」

 

「私達はこれで失礼致しますけど……

もし、符術士に出会うことがあれば、伝えていただけるかしら。

スノーロード領のトライジルヴァ家があなたを待ってる、と」

 

「伝えとく。あんたも元気でね」

 

「さようなら……」

 

高級だけど、ところどころ傷んでる馬車が走り去っていく。カードで戦う流浪の民、か。

見つかったら路銀くらいは渡しときましょう。

さあ、ケーキ食べたからご飯はもう少し後でいいわ。

私室に戻ろうとしたら、カシオピイアが近づいてきて、音叉を渡してきた。

手にとって問いかける。

 

「だあれ?」

 

『我輩である。貴女と話すのは久しぶりであるな』

 

「皇帝陛下!?あの、今日はお忙しいところ……」

 

『ああ、構わん。カシオピイアが世話になっていることであるし、

貴女の教会は何かとトラブルが多いことで有名であるからな』

 

「あー……お恥ずかしいですわ」

 

『しかし今回の件、

長年の付き合いであるトライジルヴァ家が、斯様に困窮しているとは知らなんだ。

我輩にも責任はある。

今後は豊かな土地となった、ホワイトデゼールの管理を任せることにしよう』

 

「お心遣い感謝致します」

 

『いや、貴女の尽力の賜物である。では、これから会議があるので今日は失礼する』

 

鳴り止んだ音叉をカシオピイアに返した。

今回は鉄砲撃たずに済んだし、痛い思いもしなかったし、こんなもんだと思うわよ?

色々あったけど、今日学んだことは、酒は飲みすぎるとやっぱり毒ってこと。

 

 



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第37話。なんとなく区切りをいれてみたの。この無駄に長い目次をなんとかしたくて。

前回は酔っぱらいスタートでお見苦しいところをお見せしたから、

今日は一日シラフで行くわよ。

ここ2,3日、酒は飲んでないし、間違っても途中で呑むなんて醜態を晒すこともないわ。

前振りじゃなくて本当に。

 

「里沙子さん、誰と喋ってるんですか?もうお昼ですよ~」

 

「天国にいる人達よ。今行くわ」

 

今行くわ、と変換しようとしたら、“今いくよ・くるよ”が予測変換に出てきたの。

いくよにしろ、島木譲二にしろ、あたしの思い出の吉本芸人が、

次々世を去っていくのは悲しいものね。関東の方には全然伝わらないと思うけど。

そんなわけで、小走りでダイニングに向かったの。

 

「何遊んでたんだよ、みんな待ちくたびれてるぞ」

 

「ごめんごめん、聖堂で故人を偲んでたら遅くなっちゃった」

 

「まぁ、里沙子さんも大事な方を亡くされたのですか……?」

 

「古い話よ。

まだ小学校の土曜に午前授業があった頃、学校が終わると駆け足で家に帰って、

昼ごはんを食べながら、吉本新喜劇で彼の姿を見るのが楽しみだったわ」

 

「素敵な方だったのですか?」

 

「ええ。身体を張ってあたし達に笑いを届けてくれたわ」

 

「アースのコメディですか!?どんな笑いだったのか気になります~!」

 

「大阪名物パチパチパンチや!とか、ひえ~山延暦寺!とか、ポコポコヘッドや!とか」

 

「……」

 

「あと、ご存命だけど、お気に入りの新喜劇芸人は他にもいるわ。

藤井隆は毎週出てくる度に、今日は“ホットホット”やるのかしらって、

ワクワクしながら待ってたし。ある時期を境にぱったりやらなくなったけど」

 

「……」

 

「最近調べたんだけど、アスパラガスの人が意外と若くて驚いたわ。

小学生の頃から見てるのに。ほら、大阪ガスのCMの」

 

「……食おう、みんな」

 

ルーベルの冷たい宣言と共に、各自、食事前のお祈りを始めたり、

ジョッキの水を飲み始めた。なによ、みんな実際見てないから面白さがわかんないのよ!

あたしは無理解な住人に失望しつつ、オムライスを頬張り始めた。

 

「そう言えば里沙子さんとカシオピイアさん、

今日血液検査の結果が出るんじゃないですか?」

 

「あ、そういやそうだった。最近はこの娘もわりと大人しいからすっかり忘れてたわ」

 

「お前なあ……」

 

「そう。今日なの」

 

「じゃあ、これ食べ終わったら薬局に行きましょうか。食料の買い出しもあるし」

 

「やったー!」

 

「……前から思ってたんだけど、あんたあの街の何がそんなに好きなわけ?

あたしは酒場のエールとマリーの店以外はなにもない。

特に市場の馬鹿騒ぎには恨みすらある」

 

「えーっ?楽しい所一杯じゃないですか。人々で賑わう市場とか、

わーっと走り出したくなる広場とか、いろんな物を売ってる商店とか」

 

「まさに、LOWとCHAOSの対極ね。特殊合体したらシヴァが生まれそう。

つまり、人混みで頭痛がする市場や、モニュメントのひとつもなくて殺風景な広場や、

油断してるとぼったくる商店が好きなわけね。

あの街には適度な娯楽が必要だわ。カジノのひとつでもあれば、

くだらん噂話で喜んだり、不実な商売ばかり考える連中も減るってもんよ」

 

「お前が遊びたいだけじゃないのか~?」

 

「悪いけどあたしはギャンブルが嫌いなの。

街の連中の邪念を発散してくれる施設を作ってくれないか、

今度将軍に会ったら聞いとかなきゃ」

 

気がついたらオムライスを平らげてた。みんなはまだ少し残ってるから手持ち無沙汰。

母さんにもいつも言われてたわね。

あんたは食べるのが早いからもっと噛んで食べなさいって。

 

でも、自分じゃ普通のペースで食べてるつもりだし、

20回噛むなんて、かったるいことやってらんない。

学生時代から、ずっと一人でお弁当食べてたことも原因だと思うけど、

楽に治す方法はないかしらねえ。

 

コツ、コツ、

 

その時、玄関をノックする音が聞こえてきた。

ちょうどいいわ。みんな食ってる最中だし。

 

「あたしが出るわ。みんなは食ってて」

 

「……ありがとう」

 

聖堂に行くと、またノックが。はいはい、ちょっと待っててちょうだいな。

 

「どなた?ミサは明後日なの、ごめんなさいね」

 

“斑目里沙子に用があってきたの。わたしに、カードをちょうだい!”

 

あらー?これ、前回の再放送じゃないわよね?

 

“前回のうんざり生活で、掲載済みの作品を、まちがって掲載してしまいました。

本当にごめんなさい。これからも、どうか、応援してください。”

 

一応お詫びのテロップは用意したけど、やっぱり違う!

今日は酔ってないし、誰もオムライスなんて食ってなかった!

とにかくあたしは情報を引き出す。

 

「名前を教えてくださるかしら。田舎だけど、近頃なにかと物騒だから」

 

“パルカローレ・ラ・デルタステップ。

ホワイトデゼール東に隣接するレインドロップ領の領主よ”

 

ふーん。こないだの貴族よりは大人しいわね。ドアを開けても良さそう。

後ろに食事を終えた連中がぞろぞろ集まってる。

念の為、ホルスターに手をやりながら、左手でゆっくりドアを開けた。んだけど、

髪を整えた若い執事らしき男性しかいない。

 

「あら?あんたがさっきの女の子?」

 

「いえ、領主様は……」

 

「どこを見ているの!?わたしは、ここ!」

 

思わぬ方向からの声に驚きながら下を見ると、黒のロングヘアを腰まで伸ばした、

小さな女の子が、魔女っぽいクリーム色のダブダブのローブに身を包み、

不機嫌そうな顔であたしを見てた。

 

「あら、たまげたわね。

トライデントの例もあるけど、こんな幼女が領主になれるなんて。あなた、いくつ?」

 

「くっ……わたしは、二十歳よ!7つや8つで領主が務まるわけないでしょう!!」

 

パルカローレって女の子が、袖の余った手をパタパタさせて怒りを表現する。

そういう仕草も幼女っぽく見えるんだけど、忠告したほうがいいのかしら。

 

「二十歳ぃ?いや、ごめ。自分自身って事例があったの忘れてたわ。

あたしも24だけど、よく高校生に間違えられるの。

あなたの苦労、少しはわかるつもりよ」

 

「ふん……まあいいわ。わたしの用件を聞いてくれたら許してあげる」

 

「用件って?」

 

さあ、盛り上がってまいりました。

この物語で盛り上がるってことは、すなわち、面倒事が起きること。

 

「わたしにもカードをちょうだい!

あなたが先日、トライジルヴァ家に新しいカードの材料を渡したことは筒抜けなのよ!

ホワイトデゼールの西側と東側、魔王が倒れるまでは同じ危険地帯を監視してきたのに、

これじゃ不公平よ!いくつ渡したの?いくらで売るの?」

 

めまいがしそう。ユーディの件については、カードを渡したのはマーブルだし、

よく考えたら1Gも儲かってない。お土産代で足が出たくらい。

 

「はぁ。しょうがないわね」

 

「なるべく強いのをお願い!」

 

あたしは財布から、ゼロノスのキラカードを抜いて、彼女に渡した。さらば思い出。

パルカローレが不思議そうに緑色の勇姿を眺める。

 

「……何これ?」

 

「いつかこの世界にガンバライドが流れ着いたら、大きな力になってくれるわ」

 

「ガンバライド?何それ」

 

「子供たちを中心とした大人気(だった)カードゲームよ。

それあげるから、王蛇かカイザが当たったら、あたしにちょうだい」

 

「馬鹿にしないで!」

 

彼女がゼロノスを足元に叩きつけた。ああ、なんてことを。

 

「どうしてトライジルヴァが新たな力で、デルタステップが子供のオモチャなの!?

不公平だわ!ちゃんとした戦力になるカードをちょうだい!」

 

そもそもあんた達に何かやる義理はないんだけど……

とりあえず、ぷんすか怒る彼女をなだめようと試みる。

 

「落ち着いて。最近のオモチャは馬鹿にできないのよ。

しっかりした出来栄えで大人も集めるくらいなの。

ほら、一緒にガンバライドのテーマ歌いましょう。

……二つのカード結びつける~」

 

最近よく歌うね、って?どの程度までなら運営の目をかいくぐれるか、研究してるの。

まさしく神をも恐れぬデスゲーム!明日もし、この作品が削除されてたら、

やり過ぎたんだと察して、手を合わせてやってくれるかしら。

明日もし?……明日もし君が壊…。

 

「自殺行為はやめてくださるかしら!わたし達まで巻き添えを食うのよ!」

 

「わかった、わかった、悪かったって」

 

「頭撫でないで!」

 

どうしたもんか思案中。今回は暴れたりしない分、皇帝陛下の印籠も使えない。

かと言って、またマーブルにカード貰いに行くのも嫌。

今度借りを作ったら、新しいお洋服買って~とか言ってへばりついてくるに決まってる。

別に大した金額じゃないけど、これ以上贅沢を覚えさせるのはよろしくない。

 

「相応の代金は支払うと言っているの!

トライジルヴァ家に後れを取る訳には行かないわ!」

 

ん?何かひっかかるわね。まるで2つの勢力間で争ってるような?

 

「確かにユーディは沢山カードをもらったの。ねえ、頼んで少し分けてもらったら?

あと、カードを渡したのはあたしじゃない」

 

「やっぱり、あいつらにカードをあげてたのね……!

それ、誰のことなの?教えて!トライジルヴァなんかに頭を下げるのはご免なのよ!」

 

うーん、教えたら今話した問題が起きるし、なんか腑に落ちない。

 

「一個人のプライバシーに関わるから、そう簡単には教えられないわ。

カードを集めてるってことは、あんた符術士なのよね?

ユーディは過去の行き違いで汚名を着せられた一族を集めて、

名誉を回復するって言ってたんだけど、

あんたとはうまく行ってないっぽいのはなんで?」

 

「そう、わたしは符術士だし、

恵まれない一族をレインドロップ領に集めて、符術士の楽園を作るのが夢なの。

皆がコソコソと人の目を気にせず、仲間同士で切磋琢磨して符術の腕を磨く。

そんな領地を作るのがわたしの夢。

なのに、ただの金持ちのトライジルヴァがしゃしゃり出て、

自分達が符術士達を率いると言って聞かないの!

没落貴族が皆の人生に責任を持てるはずなんてないわ!

自由に領地法を作れるし、領有地の運用権を持つレインドロップ家が、

一族をまとめ上げるに相応しいに決まってる!」

 

今度はリーダー争いかー。こりゃ前回よりややこしくなるかもね。

う~ん、カードカード……あ!あそこならひょっとしたら可能性あるかも?

 

「ねえ、今からみんなで街に行きましょう。どうせこの後行くつもりだったんだし」

 

「わ~い!お出かけお出かけ!」

 

「何か良い考えでも浮かんだのですか?」

 

「う~ん、やっぱり考えより賭けって感じだけど、何もしないよりはマシって程度」

 

「いいじゃねえか。ここでじっとしてるよりずっといいぜ。

真昼の陽気で眠くてしょうがねえんだ。ふわ~あ、と」

 

ルーベルが遠慮なく大口を開けてあくびする。

 

「決まりね。それじゃあ、カシオピイアも支度して」

 

「どこに、行くの?」

 

「あんたの知り合いの店よ」

 

「あ……」

 

それだけで納得した彼女は、一旦自室に戻る。

待ちかねたパルカローレが癇癪を起こした。

 

「何をグズグズしているの!とっくに馬車の準備はできてるのよ!」

 

「あのね、例え目的地が腐敗した臓物みたいな街でも、

女の子が出掛けるときには準備ってもんがあるの。

そこんとこ理解してないと、ますます子供扱いされるわよ。

ところで今日はあんた、すっぴんなの?」

 

「わ、わたしにはそんなもん必要ないわよ!ほら、素のままで結構可愛いでしょ?」

 

彼女が作り笑いをしてみせる。

んー。確かに可愛いっちゃ可愛いんだけど、手付かずなのは多分別の理由。

 

「なるほど、化粧の仕方がわからない、と。

正直に言えば姉さんメイクの手ほどきしちゃう」

 

「領主の仕事は忙しいのよ、マジで……顔いじってる暇なんてないわ」

 

自嘲気味につぶやくパルカローレ。

本当に疲れてるみたい。よく見るとちょっと肌が荒れてるわね。

 

「簡単な時短メイク教えるわ。その分じゃ化粧道具もなさそうね。

薬局行ったら簡単なセット買ってあげる。あ、カシオピイアおかえりー」

 

「それで、あなたは化粧しなくていいの?」

 

「クロノスハックでもう済ませた」

 

「意味がわからないんだけど。……あ、確かにさっきと違う」

 

「うん。あたしが顔に落書きしてるシーンなんて、誰も喜ばないから省略したわ」

 

「……お待たせ」

 

雑談で時間を潰してる間に、カシオピイアが支度を終えて戻ってきた。

地球じゃどうか知らないけど、ジョゼットやエレオノーラくらいの年齢なら、

まだ化粧しなくても十分行けるみたい。

羨ましいわね、歳を取るとどこに行くにも面倒くさい作業を余儀なくされるのよ。

 

「みなさん、どうぞこちらへ」

 

執事らしき人が大きな馬車のドアを開けてくれた。

全員が乗り込んでも狭苦しくないし、シートも座り心地がいい。

やっぱり金持ちの資産は幸せを運ぶものね。

 

「それじゃあ、お願いジョセフ」

 

「かしこまりました。……はっ!」

 

ジョセフっていう執事が手綱を握ると、2頭の馬が走り出した。

いつもは面倒な道のりも、今回は楽に通り抜けられる……と思ったのも束の間。

また野盗よ。出すなとは言わないから、

いい加減こいつらにまともな活躍のチャンスをあげたら?

公共交通機関じゃなくて、個人の馬車だから大丈夫だと思ってるらしいけど。

 

“こらー!止まれ!全員降りろ!”

 

外からやかましい声が聞こえる。あたしはため息をついてピースメーカーを抜く。

 

「ジョセフさんでしたっけ?

すぐ撃ち殺すから、そのままスピードを落とさず突っ込んで」

 

「馬が銃声で驚くわ。わたしに任せて」

 

彼女もひとつため息をついて、懐から小さなカードバインダーを取り出した。

そして、カードを1枚ドロー。

弾丸の側を駆け抜ける人影が描かれたカードに、魔力を込め、宣言した。

 

「マジックカード、“アクセル・F”発動。全味方モンスターは2回行動が可能」

 

“この爆弾が見えねえかー!……あれ?”

 

野盗が叫んだ瞬間、もう目の前に馬車はいなかった。

その頃、あたし達は馬車の中でもみくちゃになっていた。

いきなり超加速した馬車が、野盗をすり抜けていったのはいいんだけど、

シートベルトがない車内の状況はご覧の通り。

 

「あんたねえ……何したか知らないけど、加減ってもんを考えなさいよ。

いたた、変なとこ打った」

 

「痛いです~」

 

「カシオピイアさん、そろそろどいて頂けると……」

 

「あっ!ごめんなさい……」

 

「マジックカードで馬たちの足を早くしたんだけど、

モンスター向けのカードは、思ったより効き目が強すぎたみたい。

まぁ、とりあえず街には一瞬で着けたんだからよかったじゃない」

 

「え?」

 

窓の外には、ハッピーマイルズ・セントラルの門が見える。

ちなみに、この長過ぎる地名を短縮するため、

“セントラル”をフェードアウトさせようか思案中。そんな事はどうでもいいとして、

とりあえず崩れ落ちるように馬車から降りたあたし達は、

大勢連れ立って目的地に向かう。

 

ワイワイガヤガヤ。飽きもせずに商人や客がいちいち大声を上げながら商売してる。

馬車は門の近くに停めた。馬は雑草を食んでるけど、

銃声よりこのやかましい人混みのほうが精神的に悪影響だと思うがどうか。

それはともかく、あたし達は雑踏をかき分け強引に前に進む。

 

「お願いだから、“街を案内して~”なんて言わないでね。

ジョゼットが言い出す前に釘を刺しておく」

 

「心配無用よ。わたしも忙しいの。今週中には帰らなきゃ、秘書が過労死する」

 

「ミドルファンタジアにも過労死の概念があるなんて、

案外異世界も夢の国じゃないのね。分かりきってたことだけど。……こっちよ」

 

ようやく市場周辺の混雑から抜け出し、南北エリアをつなぐ道に出た。

でも、用があるのはその外れにある裏通りへの入り口。

いつも日当たりが悪くて冷たい風が吹く、異様な空間が口を開けて待っている。

パルカローレがその雰囲気に当てられて若干尻込みする。

 

「もしかして、ここ、入るの?」

 

「この先にお宝があるかも知れないのよ。迷う理由がどこにあるの。それに領主なら、

どこにでもこういう、別の意味で日の当たらないところがあることは、知ってるでしょ」

 

「わかってるけど、実際入ったことは……」

 

「じゃあ、みんな行きましょう。

途中、変なやつがいるけど、こっちから構わなければ何もしてこないわ」

 

慣れたあたし達はどんどん裏路地を進んでいくけど、

パルカローレはカシオピイアの服をつまみながら、

怪しいホームレスの前を不安げに通り抜ける。

 

「着いたわー。ここに来るのも久しぶりね。エレオノーラが来た次の日くらいかしら」

 

相変わらず“マリーのジャンク屋”のボロい看板が、

パチパチ弾ける雷光石で照らされていた。

 

「入るわよ。中、狭いから気をつけてね」

 

朽ち掛けた木のドアを開けると、いつも通り……いえ、以前よりガラクタが増えて、

パラダイスからユートピアにランクアップした、混沌の世界が広がっていた。

パルカローレは言葉を失ってドアの近くで突っ立ってる。

 

「こんにちはマリー」

 

「おおっ、今日は団体さんだねえ。うちが開店してから初めてだよー。

おんやあ?そこにおわすはレインドロップ領主、パルカローレさんではありませんか。

ご機嫌麗しゅうってやつ?アハハハ」

 

敬っているのかいないのか、あっけらかんとした口調で話しかけるマリー。

まあ、諜報員の彼女が各領地のトップを知らないはずはないけど、

本人はかなり驚いたみたい。

 

「どうしてわたしを?ハッピーマイルズとレインドロップは、

オービタル島の対角線上でほぼ正反対の位置にあるのに!」

 

「マリーさんは事情通なのであります!官民問わず有名人の顔は大体知ってるよん」

 

「そう……?」

 

なんだか納得してないパルカローレだったけど、口をつぐむしかなかった。

彼女の正体は帝都以外では知られてないみたいね。今度はマリーを見たカシオピイアが、

通常モードからお仕事モードにレベルアップ。敬礼しながら彼女に話しかける。

 

「情報官マリー、任務ご苦労様であります。本日は物資の補給要請に参りました」

 

「あー、知らない人の前でその呼び方はやめてほしいかなぁ……」

 

「はっ、失礼致しました!申し訳ありません!」

 

「いいよん。要するに買い物に来たってことでいいのかな?」

 

「はい。発掘品及び押収品の提供をお願いしたく」

 

「……ねえ、あの二人ってどういう関係?」

 

「さあ。付き合いは長いみたいだけど」

 

二人のやり取りを見ていたパルカローレの疑問を華麗にスルー。

ちゃらんぽらんな姉ちゃんと、帝都の軍人が上司と部下のように喋ってるから

無理も無いけど、こればっかりは教えられないわねえ。

今度はあたしがカウンター越しのマリーに声を掛けた。

 

「探し物があるの。あたしじゃなくて、後ろの領主さんが欲しがってるんだけど、

今から店をひっくり返す程、家探ししてもいい?」

 

「既にひっくり返ってるようなもんだから別にいいよ~何が欲しいのかな?」

 

「うん。カード型で、いろんな象徴的なイラストが描いてあって……」

 

あたしは、パルカローレが探しているカードの特徴を告げた。

マリーは目を閉じて腕を組み、時々うなずきながら聞いている。

 

「そういうアイテム、置いてない?」

 

「あるともないとも言えないなぁ……

どういうわけか、魔王が死んで以来、アースからの漂着物が増えてるんだー。

カード類はあそこら辺のスペースに押し込んであるけど、

正直どこに何があるのかわかんない」

 

「探すわ!よくわからないけど、ここは不思議な臭いがする。

わたしの求めるものがきっとある……ような気がする」

 

「うんうん。気が済むまで見てってよ、領・主・さ・ま」

 

彼女は幾つも並んだ棚に駆け寄り、必死に符術士用カードを探し始めた。

あたしも手伝おうとカウンターから離れようとしたとき、そっと腕を掴まれた。

マリーがいつか見たような真剣な眼差しであたしを見つめる。

 

「……また、来てくれたんだ」

 

「言ったでしょう。ここはあたしのパラダイスなの。

少し見ないうちにユートピアに変貌してたけど。……あっちの方の仕事は?」

 

「順調順調。まぁ、処分通り、ずっとここで働くことにはなったけどさ」

 

「いいんじゃない?帝都は綺麗な街だけど、住むにはちょっと騒々しいから」

 

「ふふっ。じゃあリサっちは駄目だね」

 

「地価も高いしね。

市場というダメージゾーンがないだけ、やっぱり向こうの方が素敵だけど。

じゃあ、行ってくる」

 

「なんか必要ならいつでも来てよ」

 

「あの不細工人形は?」

 

「だめー」

 

「やっぱりか。それじゃあ」

 

「うん、見つかったら呼んで。私はテレビ見る」

 

“松本アウトー(ダダーン) なんでやねん!おかしいやろ今の!!ああっ!”

 

それからあたし達は、マリーが見てるテレビの声を聞きながら、カード探しに没頭した。

最初はヴァンガードや遊戯王、

使い切ったプリペイドカードくらいしか出てこなかったけど、

次第に異質なカードが現れ始めた。

 

「パルカローレさん、これなんかそれっぽいと思うんですけど……」

「ビンゴよ!ありがとうジョゼットさん!」

「それが当たりなら、こっちもそうだと思うんだが」

「それそれ!ルーベルさんもありがとう!」

「この札にも不思議な力を感じます」

「どんどん出てくるわ!みんなこの調子でお願い!」

「これ……使い道が、わからない……」

「あるある!貴重なマジックカードよ!」

 

そんなこんなで、たくさん符術士用カードを手に入れたパルカローレが、

ホクホク顔でカウンターに向かった。

 

「店主、これ全部買うわ!いくらでも出すわ!」

 

「あー、10Gでよい。置いといて」

 

「へ……?」

 

やっぱりテレビを見ながら商品に目もくれず、適当な値段を付けるマリー。

符術士が喉から手が出るほど欲しがるほどのカード約10枚を、

たった銀貨1枚と言い放たれ、しばし呆然とするパルカローレ。

あたしは彼女の肩に手を置いて説明する。

 

「彼女が10Gと言ったら、例え金のインゴットだろうと10Gなのよ。ここはそういう所。

だから社会の片隅は面白いの」

 

「うん、そーいうことー。まいど」

 

「あ、ありがとう?」

 

「ほら、行くわよ」

 

キョトンとしたまま金を置いた彼女を連れ出して、元の大通りに出た。

あらやだ、もう夕暮れ間近じゃない。薬屋は今日は諦めましょう。

別に急いでるわけじゃないんだし、

夜になると、さっきの野盗より厄介なのが出るからね。

 

「みんな、もう帰りましょう。夜が近いわ。やっぱり馬車は楽でいいわね」

 

「……ねえ、あなた、他に用事があったんじゃないの?」

 

「ああ、別に一日遅れたからどうなるものでもないわ。夜の街道進むほうが面倒だしね」

 

「ごめんなさいね……」

 

「だからいいって」

 

あたし達はすっかり人気が少なくなった市場前を快適に通り抜けて、

街の前に停めておいた馬車に乗り込んだ。

馬がひと鳴きすると、あたし達の教会へ向けて走り出す。

ものの5分で屋根の十字架が見えてきた。

 

「着いた着いた。いつも微妙に疲れさせてくれる街道も、馬車だと楽チンね。

今度BM-13の武装を取っ払った、小型自動車作るのもいいかもね」

 

「それって、魔王の軍勢を壊滅させた……あ、あの女!」

 

ヤバいことに気づかれそうになったけど、別の対象に興味を移してくれて助かった。

ほんで、あの女って?草を踏みしめながら教会に近づくと……

うわあ、こないだ会ったばかりのお嬢様が、日傘を杖にしながら、

何故か死にそうになりながら立っている。顔が青ざめて目に隈もできてる。

 

「ユーディ・エル・トライジルヴァ!こんなところで何をしているの!」

 

「はぁ…はぁ…パルカローレ・ラ・デルタステップ……抜け駆けとは卑怯ですわよ」

 

「ふん!抜け駆けはどっちだか!あなたが里沙子に泣きついて、

新しいカードを工面してもらったのは、うちの諜報員から聞いているのよ!」

 

「あなたも、同じような、ものでしょう……

いくら金や土地を持っていても、カードの腕前は買えませんわよ。

さあ、こんな時間まで、何をしていたのかしら」

 

「新たな叡智を求める旅に出ていたのよ!

あなたこそ、北の果てからこんなところまで何をしに来たの!」

 

「マジックカード“アイル・オブ・スカイ”や“ワールウィンド”を駆使して、

ここまで来ましたの……ずっこいデルタステップの企みなど、全てお見通しですのよ」

 

「ずっこいのはあなたでしょうが!皇帝陛下との縁がなければ、何もできない癖に!」

 

「あなたこそ領主の権威を乱用して、符術士だけに有利な統治をして、

何も知らない領民から、重税を巻き上げているのはわかっていますのよ!」

 

どっちもどっちって言葉がこれほどまでに当てはまる状況があるかしら。

スパイ合戦してる暇や人があるなら、符術士の仲間探せばいいのに。

アホらしくなったあたし達は、夕食を取ろうと教会に入る。

 

「あ、待って里沙子!この決闘を見届けて!

わたしが勝利した姿を、みんなに伝えて欲しいの!」

 

「もう二人共やめときなさいな。ユーディ死にかけじゃない。

勝っても自慢になりゃしないわよ」

 

「い、いいのよ里沙子。これくらい、小娘相手にはちょうどいいハンデですわ……」

 

「あんたも。こないだのカードで満足したんでしょ?

こんなとこで馬鹿やってないで、一族探しに力入れなさい」

 

「やはり……符術士以外にはわからないようね!この因縁は!」

「その点についてのみ同感ですわ!ならば……」

 

 

──いざ尋常に!カード・オープン!

 

 

「ルールが必要なら、どっちかがぶっ倒れるまで続けなさい。骨は拾ってあげるわ」

 

ふぅ、始まった。果てしなくどうでもいい喧嘩を背に、あたしはドアを閉じた。

その後、夕食を取っている間も、シャワーを浴びている間も、ベッドに入った時も、

ずっと怒鳴り声や爆音が続いていた。

 

“マジックカード!「フォーチュンタロット・(タワー)

敵味方両フィールドのモンスター全てを破壊する!”

 

“オホホ!そう来ると思っていましたわ!トラップカード発動!

「フォーチュンタロット・皇帝(エンペラー)」破壊された自軍モンスターを復活させ、

復活したモンスター1体につき相手プレイヤーに300のダメージを与える!”

 

“皇帝におんぶにだっこのトライジルヴァらしいわね!

モンスターカード「鬼女ハンニャ」召喚!”

 

“受けて立ちますわ!モンスターカード!「モンジロウ・ザ・ノーザンウィンド」”

 

魔法の類に詠唱が必要なのはわかる。

でも、なんで、いちいち大声で奥の手の名前を叫ぶ必要があるのかわからない。

どうしてもわからない。あたしに言わせりゃこいつらもシグマと同類よ。

ひょっとしたら、符術士の末裔は、見つからないんじゃなくて、

単にこいつらと関わりたくないんじゃないかとすら思えてくる。

結局この騒ぎは朝まで続いて、よく眠れなかった。

 

翌朝。

身支度も朝食も済ませたあたしは、玄関のドアを開け放つ。

外には死体女2人が転がっていた。

 

「おはよー。死んでる?」

 

「まだよ…まだですわ。マジックカード、“その一口がブタになる”

ライフを300払って2枚ドロー。えっ、もうカード切れ……」

 

「ふふん、初歩的なミスね。ドローできるカードがなくなれば、そのプレイヤーは敗北。

このターンを消化すれば……あ、ない」

 

「はい、どっちも負け。適当に休んだらさっさと帰れ。

パルカローレ、化粧道具とレシピなら後で送ってあげるから、

ちゃんと睡眠は取るのよ?」

 

あたしはアホ2人を引っ掴んで、聖堂に放り投げた。

 

「ギャッ!」

「いだい!」

 

まったく、最近うちを困った時の無料相談所と勘違いしてる輩が多くて困るわ。

今度から相談料10000Gほど取ろうかしら。成功報酬でさらに5000。こんなところね。

さて、今日こそ薬局に行かなきゃ。

 

で、あたし達は足裏が少し痛くなる程度の道のりを歩いて、薬局にたどり着いた。

今日もカシオピイアは落ち着いている。彼女を見ると、うなずきだけで返事をした。

そして、あたしは入り口のドアノブを回して中に入った。

 

 



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軍人の正体とチビ助3人衆
フレンドいないやつにオントロはキツいわね。オフ専になったアサシンクリード万歳。


薬屋の中は、いつも通り薬品の臭いが微かに漂ってて、

アンプリがカウンターの向こうに腰掛けて何かをメモしていた。

話しかけようとしたら、先に向こうがこっちに気づいた。

 

なんだか浮かない顔をしているような気がする。

酒場で待ってろって言ったんだけど、ルーベル達もぞろぞろとついてきたの。

そのせいかもしれない。

まぁ、カシオピイアの暴走癖が治るかどうかのチャンスだからしょうがないけど。

 

「……あら、里沙子ちゃんにカシオピイアちゃんじゃない。他のみんなも。

どうして昨日来なかったの?」

 

「ごめん、ちょっとゴタゴタがあってさ。血液検査の結果、出たんでしょ?

先生に会わせて。

……あ、そうそう、あんた達。ただでさえ狭い店占領してんだから、

帰りにお菓子のひとつでも買って帰りなさいよ」

 

「わかってるよ、うるせーな。まず自分の心配しろよ」

 

「そうです~みんな里沙子さんとカシオピイアさんの体調が心配なんです」

 

「店主さん、大勢で押しかけてすみません。

結果が分かり次第すぐに立ち去りますので……」

 

「いいのよ。大体いつも暇だし。先生なら往診でいらっしゃらないわ。

患者の容態が思わしくないらしいから、いつ戻られるかもわかんない」

 

「ええ!?ちょっと、どういうこと!こういうのって、医師が直接患者に……」

 

「大声出さないで。昨日はいらしてたのよ?あなた達のために時間を割いて。

ちゃんと昨日来てくれてたら、直接結果を聞けたんだけど」

 

「まぁ、それに関しちゃこっちに落ち度はあるけど……じゃあ、結果はまた2週間後?」

 

「それは大丈夫。先生から所見を預かってるわ。検査の結果は私から伝える」

 

思わず胸を撫で下ろした。いつ眠れるピア子が目覚めるかわかんないからね。

アンプリが大きな封筒から、長い文章が書かれた紙を抜き取る。

ちょっと覗いてやったけど、ドイツ語。こればっかりはお手上げだわ。

書類に目を通すと、彼女があたしとカシオピイアを交互に見る。

 

「もう一度聞くわ。本当に二人が出会ったのは二ヶ月近く前のことなのね?」

 

「当然じゃない。あたしはアースの人間なんだし」

 

「ワタシは……この世界の、人間。出会ったのは、最近……」

 

「ふーん……これじゃどういうことなのか、先生にもわからないわねぇ」

 

「もったいぶってないで、教えてよ。結局何もわからなかったの?」

 

「違う。この結果が何を意味しているのかがわからない、っていう意味」

 

「ああじれったいわね!とにかく何がわかったのか聞かせてちょうだい!」

 

段々苛ついてアンプリを急かすあたし。

でも、彼女があたしの目を、ただじっと見てきて、

なぜかその水色の瞳を前に何も言えなくなった。

 

「じゃあ、結論から言うわね。里沙子ちゃんと、カシオピイアちゃん。

二人には同じ母親の血が流れてる」

 

「えっ?」「っ!?」

 

まるであたしが時間を止めたような静寂が、アンプリを除く全員に広がる。

しばらく口が効けなかった。カシオピイアと母親が、同じ?

当事者でないが故に、いち早く冷静さを取り戻したルーベルが声を上げた。

 

「待てよ!それじゃあ何か?里沙子とピア子は姉妹だったってのかよ!」

 

「お願い、今は二人に事実を伝えるのが先。静かにして」

 

「ああ……すまねえ」

 

事実って言われてもねぇ。ルーベルの仮説を成立させるには、

まずミドルファンタジアの人間がアースに転移して、何らかの手段で戸籍を取得、

そいつが父さんか母さんと結婚して、あたしを産んで、さらに成長したあたしが、

またミドルファンタジアに転移したっていう、

面倒極まりないルートを通らなきゃいけない。

あたしもひとつ息を呑んでからアンプリに続きを促す。

 

「……具体的な根拠を説明して」

 

「先生によると、あなたとカシオピイアちゃんの体内に存在する、

マナや魔力の波動がほぼ完全に一致してるの。

実の親兄弟でも珍しいくらいの適合率でね。

体力とイコールの魔力がここまで合致してるということは、

里沙子ちゃんとカシオピイアちゃんは、姉妹とは言い切れなくても、

親類であることは間違いないの」

 

黙って話を聞くうち、徐々に鼓動が早くなる。

得体の知れない事実を告げられ、必死に不安を顔に出さないよう努めていると、

カシオピイアがそっと手を握ってくれた。気のせいかしら、なんだかほっとする。

もう落ち着いてアンプリの話を聞くことができた。

 

「次は肉体的な見地から。血液を分析した所、

母親から受け継いだ遺伝子だけが一致してた。父親の方は似ても似つかないのに」

 

「DNA配列を解析?ここ、結構医学進んでるのね。

怪我したらアロエでも塗ってるのかと思ってた」

 

「コラ!お前がちゃんと聞かなくてどうすんだよ」

 

「ごめん、ごめん、お願い続けて」

 

軽口が出るくらい、いつものペースに戻る。カシオピイアは黙りこくったまま。

アンプリは気にした様子もなく、また所見に目を通す。

 

「この世界じゃ魔法はあらゆる分野に絡んでて、

アースの科学技術と同レベルまで押し上げてるところもあるの。医学もそのひとつ。

ふぅむ……ねぇ、本当にあなた達の親族に知り合い同士の人はいない?」

 

「何度も言うようだけど、あたしはアース出身。身内なんているわけない」

 

「ワタシに……家族はいない」

 

「親戚は?」

 

「ワタシは、赤ん坊の頃に捨てられたの……

要塞の前に捨てられたワタシは……生まれ持った魔力を見込まれて、

軍人として育てられた。ワタシにとっては、要塞が世界の全てだった……今までは。

だ、だから!ここでの生活を失いたくない。ワタシ、里沙子達と、一緒にいたい!!」

 

人前で喋るのが苦手なカシオピイアが拳を握って、声を振り絞って訴える。

あたしは黙って彼女の背中を撫でる。

 

「落ち着いて、カシオピイアちゃん。まだ何も結論は出ていないわ。

次は、そもそもどうしてこんな状況が生まれたのか考えて見ましょう。

実は不可解な状況がもう一つあるの。

どういうことかと言うとね、里沙子ちゃんの方が血が薄いっていうか、

マナに定着している母親の遺伝子が足りてないの。

なんて言えばいいのか……半分は生まれ持ったものじゃなくて、

後天的に注入された遺伝子が定着した。残りは産みの親から受け継いだ。そんな感じ」

 

「なんか、あたしが試験管の中で人工的に培養されたクローン人間みたいで素敵ね」

 

「だったら片方の遺伝子が、ぴったり一致してないとおかしい」

 

「サラッと流してくれてありがとう。

それじゃあ……今の所わかるのはここまでってこと?」

 

「現時点ではね。……いえ、カシオピイアさんの出自は不完全ながらわかった。

問題は里沙子ちゃんよ。覚えてる範囲でいいから、一番古い記憶から掘り起こしてみて。

妙な注射を射たれたとか、薬を飲まされたとか」

 

皆があたしを凝視する。やめて、集中できないでしょうが!

……とにかく、あたしは物心が付いた時からの記憶を回想し始めた。

昔のものほど断片的。

スタートは確か、幼稚園に上る前、宇宙戦艦ヤマトの再放送を見てたこと。

当時は何をやってるのかさっぱりわからなかった。この時点では他にない。次。

 

幼稚園ではアンパンマンの絵を描いたり、同級生と絵本の取り合いになったこと。

それと、何のためにやるのか未だに不明なお泊まり会。これくらいかしら。

小学校に入ると、唯一楽しみだったのが給食だけど、当たり外れが激しかった。

カレーライスが来たときはラッキーだと思ったけど、

水分出まくりでドレッシングがシャバシャバになった大根サラダは最悪だったわ。

 

あと、以前にも述べたけど、運動会ボイコットで母さんにビンタされた思い出。

あれ以来あたしのアウトドア嫌いに拍車が掛かった。他には、そうねえ、

なんか下校途中に横断歩道を渡った瞬間の記憶がぶつ切りになってる。

ビデオ見てる途中でいきなりデッキを停止したような……?

その空白を思い出そうとすると、いきなり激しい頭痛に見舞われた。

 

「ううっ!!」

 

思わずカウンターにより掛かる。息も荒くなる。

カシオピイアとルーベルに支えられて、どうにか足を踏ん張れたけど、

気持ち悪い現象が後を引いていて、まだ頭がズキズキする。

ここは飛ばして次行きましょう、次。

 

今度は……さっぱりわかんない。天井の蛍光灯が流れていく。

何人もの人があたしを運びながら、呼びかけてくる。見えるのはそれくらい。

ここ、どこだっけ?

 

 

“里沙子!死んだらあかん!!”

 

“ご家族の方はこちらへ!緊急手術が始まります!”

 

“先生、CTの結果が出ました!”

 

“貸してー……頭蓋骨骨折、頭頂葉付近に脳内出血。開頭手術を優先する”

 

“先生!先生、お願いします!”

 

“最善を尽くしますから、落ち着いてお待ち下さい!”

 

 

何?この意味不明な映像。病院っぽかったけど、さっきは家に帰ろうとしてたような。

また、足がふらついて倒れそうになる。

とっさにカシオピイアが支えてくれたけど、また変な映像が始まった。

 

 

“心拍、更に低下!”

 

“電気ショック用意”

 

“用意できました!”

 

“全員離れてー。3,2,1!” (ショック音)

 

──やめてよ、人が動けないのをいいことに針だの管だの差しまくって、

  挙句の果てに電気ショックとか。Dr.ミンチでもあるまいし。

 

“心拍は?”

 

“再鼓動せず……ゼロです”

 

“……18時25分。ご家族の方は?”

 

──あー死んだ。コンティニューさえできれば。

 

“待合室にいらっしゃいます” (駆け寄ってくる足音。しばらくしてドアが開く)

 

“困ります!ここは関係者以外立入禁止で!”

 

──なんか変なのが乱入してきた。乱入じゃなくてコンティニューをさせろと。

 

“お願いです、その子を諦めないで下さい!”

 

“……親御さんですか?”

 

──違う違う。このオバサン誰?本物はもっとオバサンよ。

 

“違います!でも、お願いします、私の血を使って下さい!そうすれば、まだ……”

 

“**さん、病室に戻りましょうね?”

 

──肝心の名前はどうしても思い出せない。

  この、下手すると○○扱いで拘束されても文句言えない、意味不明なオバサンが、

  なおも食い下がる。

 

“私の血なら助かるはずなんです!説明になってないのはわかっています!でも、その子なら、きっと!”

 

──とうとう訳のわからない事を言い出した。

  この人にも電気ショックが必要かもしれない。

 

“……血液型は?”

 

“先生!?”

 

──先生も納得してんじゃないわよ。怖いもの知らずね貴方。

 

“O型です!”

 

“再度蘇生を試みる。輸血にご協力下さい”

 

──え、輸血……?なら、思い当たるのは。

 

“はい!ありがとうございます!”

 

 

目を覚ますと、床に倒れたあたしをカシオピイアが抱きかかえていた。

眼前に、切れ長の目をした綺麗な顔。思い出した。

直接血の繋がりはないけれど、この娘は。

 

「しっかりして……里沙子!お願いだから、行かないで……!」

 

そっと彼女の頬に手をやる。

 

「わかったわ。そうだったのね……大丈夫、どこにも行かないわ。

あなたはあたしの、大事な、妹だから」

 

アンプリ以外が騒然となる。彼女はただ事の成り行きを見守っている。

 

「あたしの頭を見て。髪を分けると、縫ったような傷跡があるはず。

昔あたしが事故に遭って死にかけたとき、あなたのお母さんから血を貰ったの。

なぜかアースから来たあたしにマナが宿っていたのも、

あなたと同じ母親の血が流れているのも、きっとそのせい」

 

「お姉ちゃん……」

 

カシオピイアが、あたしの頭を優しく探ると、顔に熱いものが滴ってくる。

 

「泣くんじゃないの。あたし達は、同じ母親から命を貰った、姉妹。

まさか異世界で離れ離れになってたなんて、姉さんびっくり……」

 

そして、彼女が思い切りあたしを抱きしめる。

ピア子じゃなくて、普通の女の子として、優しく強く。

髪の香りがあたしの嗅覚を心地よく刺激する。

 

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!……会いたかった!もう、どこにも行かないで!」

 

「ふふ……さっきも、言ったでしょう?あたし達は二人だけの姉妹。

これからも、あの家で一緒に暮らすの」

 

「うくっ……ずっと、寂しかった!要塞しか帰るところがなくて、

寂しさが募ると暴れだして、みんながワタシを避けて、マリーしか仲間がいなくて……」

 

「もう大丈夫よ。お姉ちゃんはここにいる。

帰るお家もあるし、誰もあなたを避けたりなんかしないわ」

 

「お姉ちゃん……お姉ちゃん!」

 

堰を切ったように泣き出すカシオピイア。今度はあたしも彼女を抱きしめる。

結局あたし達に命を与えた女性は誰だったのか、今となってはわからないけど、

その命の片割れは腕の中にいる。それだけでいいの。

 

「里沙子とピア子が、本当に姉妹だったなんてな……」

 

「わだじも……なんだがもらい泣きが……」

 

「人の縁とは、本当に不思議なものですね」

 

カシオピイアが十分に泣いて落ち着きを取り戻すと、

あたしの肩を抱えながら立ち上がった。アンプリが所見にメモをして、封筒に戻す。

 

「これで、あなた達の関係は明らかになったわけね。

里沙子ちゃんの場合は、ある女性がミドルファンタジアからアースに転移し、

彼女から輸血された血に流れていた魔力が身体に宿り、

やがて体内でマナとして蓄積し、徐々に成長した。

その女性はカシオピイアちゃんの母親。

つまり、直接的ではないにしろ、二人は血縁関係にあった。これらの事実を総合すると、

カシオピイアちゃんの場合、里沙子ちゃんを見ると暴走するのは、

分かたれたマナが惹かれ合ったというところかしら。

里沙子ちゃんの方から飛びつくことがなかったのは、

受け継いだ血が薄かったからでしょうね。

普通輸血された血は、代謝で消えていくものなんだけど、

マナと血液が絡みついて今まで残ってたみたい。

……ふぅ、まさかこんな事があるなんてね。先生には私から報告しとく」

 

「うん。“先生”に、ありがとう、って言っといて」

 

「伝えとく。じゃあ、今日の診察代と所見作成、合わせて300Gね。

他のみんなは入り口そばの募金箱にいくらか入れといてね。

収益は当店の運営資金として有効活用される」

 

「ふふっ、相変わらず銭ゲバね。堂々と寄付金着服する病院なんて聞いたことない」

 

あたしは少し笑いながら、金貨を3枚置いた。

みんなもコトンコトンと何枚か募金箱に硬貨を入れる。

 

「医療機関の維持管理は回り回ってみんなのためになるのよ。私からの結果報告は以上。

さあ、もう行きなさい。今後のことは家で話し合って」

 

「ええ。ありがとうね」

 

「ありがとう……」

 

薬局を後にしたあたし達は、大通りを歩きながら、しばらく無言だった。

けど、途中でカシオピイアが手を握ってきた。あたしも、白く細い指を握り返す。

ルーベル達も、何か言いたかったと思うんだけど、黙って後から付いてきてくれた。

 

教会に戻ってからも、あたしとカシオピイアは、

長椅子に並んで座っているだけだったけど、そのうちあたしの方から口を開いた。

 

「ねえ、今となっちゃどうでもいいかもしれないんだけど、

あなたが暴走したとき、“聖母の眼差し”に触れると大人しくなったの。

その触媒には精神安定の効果でもあるのかしら」

 

彼女があたしの肩に頭を乗せながら首を振る。もう、大人なのに甘えん坊なんだから。

 

「いいえ。多分、お姉ちゃんのマナが、触媒を通してワタシに共鳴して、

安らぎを与えていたんだと思う……」

 

「そうなの……でも、もう心配いらないわ。

あたしはずっとここにいるし、あなたもここにいる。

気がつくのが遅れたけど、あたし達は姉妹なんだから」

 

「お姉ちゃん……」

 

そして、また手を握る。今くらいは気が済むまで甘えさせてあげましょう。

実際、それからカシオピイアが暴走モードになることはなくなった。

遠縁の姉妹として、あたし達は仲間達と一緒に、これからも一緒に生きていく。

時々おかしな訪問者に悩まされながら。

 

 

 

 

 

……で、きれいに締めたのはいいんだけど、まだ6000字くらいしか書けてない。

あのバカは無駄に字数にこだわってて、1話最低1万字前後をノルマにしてるから、

ミニエピソードの1つくらいぶっ込んでくるかもしれない。警戒は怠れないわね。

 

悪い予想というものは当たるもので。あれからまた一週間。

もう暴走ピア子はぱったり姿を消したけど、今度は今度で別の問題が。

黙って朝食を口に運んでるんだけど、皆がニヤニヤしながらこっちを見る。

エレオ、真顔になりきれてないわよ。

 

「……ねえ、カシオピイア」

 

「なに?」

 

「少し椅子を離してくれないかしら。ちょっとくっつき過ぎで正直食べづらい」

 

カシオピイアがあたしの真横に椅子を持ってくるもんだから、

身体が密着して動きにくいのなんの。

さっきもうっかり手が当たって、水の入ったコップを落としそうになった。

 

「……いや」

 

「あのねえ!?いくら姉妹でも大人なら独立心云々!」

 

「へへっ、いいじゃねえか。

20年越しに巡り合った姉妹なんだから、たっぷり甘えさせてやれよ」

 

「勝手なこと言うんじゃないわよ!どこ行くにもぴったりくっついて来て、

挙句の果てには一緒に風呂に入って、同じベッドで寝ようとするし!」

 

「だめ……?」

 

「だめに決まってんでしょうが!

ここ一週間ずっとこうなんだから、暴走モードとは違う意味で厄介だわ、まったく!」

 

そう。○○全開だった以前とは違って、理性を保ったまま甘えてくるから手に負えない。

喉を撫でると、余計喜んで抱きついてくるし、

背中の媒体に触れようとすると、軍人の鍛えられた反射神経で手を掴まれる。

 

そんなわけで、現状放置する他ないあたしは、

オーブンで温めたピザパンをかじって、煽るように水を飲む。

こんなあたし以外にとって面白い状況に、奴が黙っているわけもなく。

 

「でも、里沙子さん達、本当に可愛い姉妹です~

どう見てもカシオピイアさんがお姉さんなのに、

小さな里沙子さんに甘えてるとこにキュンと来ちゃいます……」

 

「石のように硬い安物フランスパンで百叩きされたくなかったら食事に戻れ」

 

「ああ、ごめんなさいごめんなさい!ぶたないで!」

 

「いいじゃないですか、里沙子さん。

生まれてからほぼ全ての歳月を孤独に過ごしてきた、

彼女の心の隙間を埋めてあげるのも、姉の務めだと思いますよ」

 

「はぁ。エレオノーラまで適当なこと言わないでよ。

あたしゃ黒服のサラリーマンじゃないっての。

……カシオピイア、甘えん坊は今週いっぱいまでだからね!?」

 

「……いや」

 

「こいつは本当に……!」

 

今まで一人っ子で育ってきたから分からなかったけど、

聞き分けのない妹を持つのがこれほど大変だったとはね。のんびり朝食も取れやしない。

とは言え、人から見たらあたしは早食いらしいから、

いつも通り一番先に食べ終えたんだけど。みんなはまだ食べてる。

この微妙な時間を水だけで過ごすのは、確かに退屈というか、変な気持ちね。

……いや?あらら、大事な話題を忘れてたわ。

 

「ねえ、この件について皇帝陛下はなんて言ってるの?」

 

「はい」

 

カシオピイアが例の音叉を差し出してきた。これをどうしろってのよ。

 

「……3回、弾いて」

 

「3回?これでいいの?」

 

人差し指で軽く音叉を弾くと、ぐわんぐわんと震え、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

“里沙子嬢、我輩である。事情はカシオピイアから聞いた。

……いや、まさか彼女が貴女の妹であったとは、我輩も驚きを隠せない。

どうしたものか、頭を悩ませておるところだ。

軍としてはアクシスの一員を失うのは大きな痛手だ。

だが、我がサラマンダラス帝国も、20年ぶりに出会った姉妹を引き裂くほど、

冷酷ではない。……よって、まずこの件は我輩の耳に止めておき、

最終的判断は貴女に委ねようと思う。

1つ、機密扱いになっているとは言え、先の戦で大きな要となり、

重要機密を握っている貴女の護衛をカシオピイアに任せる。

2つ、カシオピイアを再び要塞でアクシスの任に就かせる。

3つ、貴女が帝都に移住する。我輩の考えつく選択肢は以上だ。

しかし、我輩も忙しい。今日中に返事をもらいたい。

もし、返答なき場合は自動的に選択肢1が適用されるのでそのつもりで。

おっと、これより会議がある。貴女の結論を待つ。以上”

 

あたしは音叉を持ったまま、カシオピイアに聞いた。

この世界に留守電、いやどうでもいい。

 

「……ねえ、このメッセージが届いたのは、いつ?」

 

「おととい」

 

「じゃあとっくに手遅れじゃないの、このアホ妹が!」

 

思わず立ち上がって音叉を持ったままの手を振り上げると、

カシオピイアが怯えて小さくなる。

 

「ごめんなさい、お姉ちゃん……ワタシ、どうしていいか、わからなかった……

また、要塞に戻れって言われたら、ワタシ……」

 

黙って振り上げた拳を下ろす。ちょっと興奮しすぎたみたい。

 

「ごめん。いつの間にかジョゼットみたいな扱いになってたわね。

あたしもあなたに甘えてたのかも。心配するんじゃないの。カシオピイアの家は、ここ。

これからはなんか心配なことがあったら、あたしに相談しなさい。いいわね?」

 

ポンと妹の頭に手を置く。やっぱり身長差があるから、ちょっと変な格好になったけど。

 

「うん……ありがとう」

 

「あの、里沙子さんが今、気になることを……」

 

みんながジョゼットを無視しつつ、あたし達を見守ってくれる。

よく考えたら、あらすじ詐欺はすっかり解消されたわけだし、

もう細々したことにカリカリする必要ないのよね。

 

これからは底辺ユーチューバーみたいに、人に見せるに値しない、

あたしのグータラ生活をお送りすることになると思うわ。

ようやくあたしの望んだ世界が手に入ったことに、今更ながら気づいた。

このメンバーがあと何年一緒にいられるかはわからないけど、少なくともあたしは……

 

コン、コン、

 

そんなあたしの独白を邪魔するノックが。

みんなも何かを感じ取ったようで、聖堂の方へ首を向ける。

オーケー、オーケー、落ち着くのよあたし。新聞の勧誘だったら追い返せばいいし、

そうでなくても撃ち殺せばオールオッケー。

 

「みんなは食べてて。あたしが出るから」

 

「おい、気をつけろよな……」

 

「ごくわずかながら邪な気配がします。気をつけて」

 

「お姉ちゃん……」

 

「大丈夫、大丈夫だから。何のためにクロノスハック身につけたと思ってるの」

 

そう言いつつも聖堂の玄関に向かいながら、

あたしは少しばかり鼓動が早まるのを感じた。コツコツと古い木の床を歩きながら、

ドアの真正面に立たず、少し身をずらして呼びかけた。

 

「誰!」

 

返事がない。あたしは5秒だけ時間を止めて、

ドアを開けて外で待つ人物の正体を確認し、ドアを締めた。……はぁ、なにこれ?

世界を元に戻し、もう一度問いかける。

 

「黙ってたら永久に扉は開かない。名前くらい言えるでしょ?」

 

“どうすんの?マリモちゃん”

“マリモじゃないもん!ピーネちゃん言ってよ……”

“そういうのは!ガイアの役目でしょう”

“えーっ!どうしてこんな役ばっかりいつも僕なの?わかったよ、やればいいんでしょ”

 

そして、今度はゴツゴツと重いノック。

新調したばっかりだから傷つけないでほしいんだけど。

 

“あのう、こんにちは。僕はゴーレムのガイア。

それとあと、ヴァンパイアのピーネちゃんと、ゴーゴンのワカバちゃんです。

……お願いです、食べ物をわけてください。まだらめ・りさこさん”

 

あたしの名前を知ってることはどうでもいい。

問題はなんで知ってるのが“こいつら”だってこと。

とりあえず、ちゃんと挨拶出来たご褒美にドアを開けてあげましょう。

まず?ざっと説明すると変なやつが3人。

どいつもこいつもあたしの腰くらいの身長しかない。

 

どうせすぐお別れになりそうだけど、一応特徴を説明しときましょうかね。

はじめに、苔が生えてたり元々緑色だったりする小石で人の型を作ったようなゴーレム。

目だけが黄色く光ってる。

 

それと、勝ち気そうな雰囲気のドレスを着た女の子。

一見人間と変わらないけど、背中と頭に1対ずつコウモリのような羽を生やしてる。

赤が混じった黒のロングヘア。

 

最後に、みすぼらしい、うぐいす色のローブを着た、

気弱そうな緑のショートカットの女の子……だけど、

重要な点を見落とすところだったわ。束にしているように見える髪が、小さな蛇。

でも、宿主同様腹を空かせてるのか、ぐったりして襲ってくる様子はないし、

勘でしかないけど、噛まれたところで毒もないと思う。

ジョゼットに銃を持たせたら眼の前の野盗を撃ち殺せるか、で想像してくれると

分かってもらえるんじゃないかしら。

 

こんなところで十分ね。

これだけ出番貰えればゲストキャラとしてはいいところだと思う。

さて、追い出しにかかるとしますか。

 

「そう。ガイア君に、ピーネちゃんに、ワカバちゃんね。

今後があれば今後ともよろしく。食料は他を当たってちょうだいな」

 

「ちょっと!待ちなさいよ!いたいけな子供たち3人がお腹を空かせてるのよ!?

この可哀想な姿を見てなんとも思わないの?」

 

ピーネって言ったかしら。やっぱりこの中で一番声が大きそうな子が声を張り上げた。

あたしは軽口を叩くこともなく、からかうこともなく、ただ事務的に尋ねる。

 

「ねえ。なんでうちに来たらご飯が貰えると思ったの?」

 

「ここに、魔王様を殺した、“まだらめりさこ”がいるって聞いたの!

私達が魔界に帰れなくなって、ひもじい思いをしてるのも、あんたのせいよ!」

 

ピーネが眉を釣り上げて訴える。朝食を食べ終えたメンバーが後ろに集まって、

特にジョゼットが不安げに様子を見守ってる。

どうも皇帝陛下の箝口令が行き届いてないみたい。人の口に戸は立てられぬってことか。

あたしは表情を変えずに質問を続けた。

 

「親は?」

 

「……ママは、戦争で、死んだ。人間が作った、隕石を降らせるカラクリで。

そーよ!私達は、“せんさいこじ”なのよ!大人は子供を助ける義務がある!」

 

「魔王は、あんた達みたいな子供まで戦わせてたの?」

 

今度は、首を横に振る。

 

「ママが、連れてきた。魔界にひとり残しておくのは不安だったから。

私もママと行きたかったし、兄弟達はみんな敵。

跡目争いに毎日殺し合いに明け暮れてた。私だっていつ殺されてもおかしくなかった。

だから、ママと一緒にこの世界に来たの」

 

「ふーん。ちょっと待ってね。……エレオノーラ、あなたは部屋に戻ってて。

いくら子供でも、次期法王がモンスターとつるんでるって知られたら、

何かと面倒でしょ」

 

「でも……」

 

「カシオピイア。あなたの媒体でこの子達について調べて。

危険度が高ければ、この場で処分する」

 

「えっ!……わかった」

 

“聖母の眼差し”を取り出すと、

カシオピイアは3人のモンスターの子達をスキャンした。

 

「お姉ちゃん、結果が出た。

……古文書を検索した結果、ゴーレム、ヴァンパイア、ゴーゴン。

いずれも成体になるには400年から500年かかる。幼少期は比較的無害。

でも、成体になれば人類にとっては大きな脅威となる」

 

「そっか。ありがとう……」

 

あたしは、モンスターの幼子3人に向き合う。

空気の変わったあたしに少し怯えて、全員一歩下がる。

構わずあたしは言葉を投げかける。

 

「上を見て。ボロだけどここは教会。そこに住んでるのは魔王を殺した主犯の一人」

 

左胸のホルスターから、Century Arms M100をすらりと抜く。

ガチッとハンマーを起こすと、殺傷能力の高すぎる大型拳銃に威圧されて、

3人が青ざめて寄り集まる。ピースメーカー1発じゃ殺しきれないかもしれない。

特にゴーレム。一撃で楽にしてあげるにはこれしかない。

 

「いやだ!どうして撃たれるの?」「いや、殺さないで……」「助けてー!」

 

「おい、何やってんだ里沙子!」

 

「ルーベル、黙ってて。……ピーネって言ったわね。

確かにあたしはあの戦争に一枚噛んでた。

だから、生じた結果については責任を負わなくちゃいけないの」

 

「じゃあ、私達を、助けてよ……ホワイトデゼールから、やっとここまで来たのに……」

 

あたしがやろうとしていることを理解したピーネが、唇を震わせながら、ただ声を出す。

 

「判断を誤ったわね。教会、しかも戦争の主犯の根城なんかにモンスターが来たら、

食べ物をくれるどころか、殺される可能性の方が高いと思わない?」

 

怯えるヴァンパイアの子供に銃口を向ける。……グリップから手汗が滴る。

 

「あ、あ……」

 

「許してくれ、なんて言わないわ。目一杯恨むといい。

いつか生まれ変わったら、あたしを殺しにいらっしゃい。……じゃあね」

 

そしてあたしはトリガーを引いた。

爆発音と共に銃口から45-70ガバメント弾が飛び出す。──!?

同時に、誰かが射線上に飛び出した。

 

「駄目です!」

 

ほんの0.01秒一瞬反応が遅れてたら間に合わなかった。

クロノスハックを発動して、世界を停止させる。明るく暗い世界で見たものは……

空中に飛び出したジョゼット、その胸元に突き刺さる寸前のライフル用大型弾、

その場で立ち尽くすだけのピーネだった。まったく、何やってんだか!

 

あたしはアホジョゼットを蹴飛ばし、とりあえずピーネを着弾点からどけた。

そこで能力解除。45-70弾は何もない地面を吹き飛ばし、

ジョゼットは草むらに頭から突っ込み、

ピーネも突然変化した視界に驚いてる様子だった。

 

「あたた、痛いです~」

 

「痛いですじゃないでしょう!!」

 

軽率にも程があるジョゼットに一喝すると、皆がハッとしてあたしを見る。

つかつかと彼女に近寄って、更に怒鳴りつける。

 

「あんたが今生きてるのは、

千分の1の幸運と、百年に一度の偶然と、ささやかな神のご加護とやらのおかげ!

どちらかと言えば死んでなきゃおかしいくらいの状況なのよ!

何考えてたのか知らないけど、少しは考えて行動しなさいな!」

 

まだ心臓がバクバク言ってるのは、きっと怒りだけのせいじゃない。

銃を持つ手が震えてる。あたしが銃をホルスターにしまうと、

ジョゼットが草の上に座ったまま、ぽつぽつ語り始めた。

 

「……だって、おかしいじゃないですか。

あの子達は、戦いに来たわけでもない、誰かを傷つけたわけでもない。

ただ、食べ物が欲しくてここに来ただけなのに……」

 

「今は無害でもいつか人を襲うようになるの!

400年後、指名手配のポスターに成長したモンスターの似顔絵が載って、

こいつらが大暴れした挙げ句、皆に憎まれ、やがて殺される!

そうなるとわかっていながら、温かいスープを振る舞って、

生きてる間はペットのように可愛がって、後のことは子孫に任せれば、

それでいいっての!?」

 

あたしの怒鳴り声に、とうとう子供たち3人が泣き出した。言葉が止まらない。

ただ、怒りとも焦りともつかない感情が冷たく身体を支配する。

 

「だ、だからって、わたくし達にこの子の命を奪う権利なんて……」

 

「ない。人だろうがモンスターだろうが、殺す権利なんか誰にもない。

でも、権利がなかろうが、責任からは逃げられないの。あたし達が引き起こした戦争で、

本当はここにいるはずのないモンスターが来てしまった。

今の平和を享受するなら、生じた負の遺産は今消化すべきなの。

次の世代にこっそりなすりつける事は許されない。

確かにあたしは面倒がりだけど、人間としての義務を放棄するほどクズでもないのよ!」

 

「一体これはどういうことですか!?何があったんですか、里沙子さん!」

 

銃声を聞きつけたのか、あたしの怒鳴り声を聞いたのか、どっちかは知らないけど、

エレオノーラが教会から飛び出してきた。その呼吸は酷く荒れている。

 

「だめじゃない、エレオノーラ!あなたは部屋にいないと!」

 

「はぁ…はぁ…今、お祖父様に事の仔細を説明して、

皇帝陛下と緊急連絡を取ってもらいました!

その子達は戦災孤児ではなく、戦争捕虜として扱うことが決まりました。

ですから、子供達には国際法に則って、最低限の食事と住処を!」

 

……無理して“神の見えざる手”で往復したのね。今日は、よしましょう。

 

「ねえ、そこの君達」

 

あたしが声を掛けると、3人共怯えて自分達を殺そうとしたあたしを見る。

 

「そっちの白いシスターさんにお礼言っときなさい。あと、黒い方の馬鹿にも」

 

そう言い残して立ち去ると、後ろから声が聞こえた。

 

“ワカバ達、助かったの?”“あ、ああ……ママぁ!”“うえーん、怖かったよー!”

 

教会に入ろうとしたとき、後ろから肩を掴まれた。この独特の感触は、ルーベル。

 

「待ってくれ」

 

「どうしたの?」

 

「もう、あんなことはやめてくれ。確かに里沙子の言ってることは正しいよ。

でも、お前が銃で子供の命を奪うところなんて、見たくないんだ。

……思い出すんだよ、母さん達を!」

 

うつむきながら一言一言、言葉にする。そうだったわね、ルーベルは……

 

「……ごめん、約束はできない。子供の姿をしていても人を殺す悪魔もいるし、

さっきの話だって、エレオノーラがいてくれなきゃ、結局撃つしかなかった」

 

「わかってる!でも、嘘でもいいから“わかった”って言ってくれ。

敵が来たら私が撃つ。そのためにここに来た。

お前が“やれ”って言ってくれたらいつでも撃つ!」

 

そっとルーベルの手を取って、短く告げる。

 

「わかったわ。あたしも撃ちたくて撃ってるわけじゃないの。それはわかって」

 

「ああ。里沙子はそんなやつじゃない。……悪かった、困らせるようなこと言って」

 

「いいのよ。その分あんたが働いてくれるんでしょう?もう中に入りましょう」

 

ルーベルが黙ってうなずく。それ以後、あたし達は何も言わずに住居に入っていった。

キッチンに入ると、珍客に食事を出すために、紙袋に入ったフランスパンを一本抜いた。

チーズパンを作るために、無心でパン切り包丁を滑らせる。

すぐ聖堂に子供達の声が響いてきた。

 

どうしたものかしらね。とりあえず戦争捕虜という形に落ち着いたけど、

きっと同じようなことが帝国全土で起きてると思う。……ああ、面倒くさい!

なんで魔王倒しただけで、こんなに煩わしい思いしなきゃいけないのかしらねえ!

 

普通魔王倒したら、金銀財宝の山に埋もれて、

死ぬまで楽して暮らせなきゃおかしいんですけど!

度数キツめのエールで一杯やらなきゃやってられないわ。

あたしは心の中で愚痴りながらフランスパンを切り続けた。

 

「あたた……怒鳴りすぎた、腹筋痛い」

 

 



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保存してるWordファイル数と、ハーメルンの表示話数が何度数えても一致しないの。なんで!?

何かがおかしい。絶対に間違ってる。

あたしの私室には、教会の個室の中でも一番広くて、ベッドの大きい部屋を使ってる。

家主として当然の権利でしょう?でも、見てよこれ。

ベッドはチビ助共に占領されて、あたしは床にマットを敷いて、

どうにか取り上げた枕に頭を沈めて、

一枚余ってたシーツを被って眠りに落ちるのを待ってる。

春だからいいけど、冬だったら凍死もんよ、これ。

 

最初は誰かと床を共にするなんてまっぴらだったから、

ルーベル達に少し窮屈な思いをしてもらって、

4人のうち3人と一緒に寝させようって案もあったんだけど、

子供とはいえモンスターとくっついてると、

エレオノーラにどんな影響があるかわからない。てことは、残り3人。

 

結局子供は、あたしとエレオノーラ以外と一緒に寝るってことで、

決定しようとしてたんだけど、

本人がみんなだけ狭いベッドで寝させるのは心苦しいから自分も、って

言い出したもんだから、おじゃんになったの。

ねぇ、エレオ。世の中正しいことが正しいとは限らないのよ。

 

言っとくけど!

あたしはこんな連中、聖堂の長椅子にでも寝かせときゃいいって、最初に言ったのよ?

でも、ジョゼットが何も言わずに、半泣きでただ見つめてくるもんだから、

殴るわけにもいかなくて、とうとう気色悪さに耐えきれなくなって、

現状に落ち着いたってわけよ。

 

しかし明日からこの連中、どうしてくれよう。番外編の悪ふざけを採用して、

本当にここを竹上製作所にして、内職でもさせようかしら。

捕虜虐待にならない範囲の労働時間は何時間くらいだっけ。

こういうのって、皇帝か法王、どっちに聞けばいいのかしら。

あと、何作らせれば売れるのかしら。目を閉じて考えてると……眠くなってきた。

金時計を見ると午前0時過ぎ。明日にしましょう。

 

んで翌朝。

ジョゼットがスープの入った鍋を持って聖堂にやってきた。

 

「は~い、温かいスープですよ~」

 

「わーい!」「遅いですわよ!」「僕は食べられないけど、いい匂いだな~」

 

チビ助含む、みんなのスープ皿にコーンスープを注ぐ。

それはいいんだけど、やっぱり見てよこれ。室内ピクニックとかダサすぎワロタ。

ダイニングの椅子にもう空きがないことは、いつか話したと思う。

そこに居候3人が現れたもんだから、当然足りないわよね?足りないわよね?

 

だからあたしは、またも連中には長椅子で食べさせるように提案したの。

そしたらまたジョゼットが、昔、某消費者金融のCMで散々ウザいほど使われてた、

子犬みたいな目で見つめてくるから、吐き気に耐えかねて了承したの。

ちなみにあたしはチワワ嫌い。

足元を走り回られると、うっかり踏み潰しそうで落ち着かないの。

 

「ガイア君、さあどうぞ」

 

エレオノーラが引っ越してくる時に持ってきた小物に交じってた、小さな魔石を渡した。

 

「ありがとう、エレオノーラさん!」

 

ガイアが口っぽいところでポリポリと魔石をかじる。ゴーレムはこうして魔石を食うか、

魔法使いから直接魔力を流し込んでもらう以外、エネルギー摂取の方法がないらしい。

エレオノーラを帝都までパシリに使う訳にはいかないから、

雑貨屋で純度の低い安物を買い置きする必要があるわ。

 

ああ、現状説明の途中だったわね。

簡単に言うと、長椅子をどけて、聖堂にレジャーシートを敷いて、

食べ物並べてみんなで食べてるのよ。

あたしはふてくされてトーストをやけ気味にかじる。

 

「りさこさん、機嫌悪いの?」

 

この子はワカバだったかしら。

食料補給して元気が戻ったのか、髪の蛇たちもそれぞれ好き勝手に動き回ってる。

とりあえず、答えわかってる質問はしないでほしい。

 

「当たり前でしょ。

あぐらかきながら、床に並んでるスープをすするのが、どれだけしんどいかわかる?

それよりあんた達、昨日あたしのベッドでおねしょしなかったでしょうね。

吐くなら今のうちよ。

後で発覚したら朝から晩まで穴を掘ったり埋めたりする労働刑に処す」

 

「ワカバ、おねしょなんかしないもん……」

 

「僕は石だから水なんて出ないよ」

 

「ちょっと!レディに対して失礼なんじゃないの!そこに直りなさい!

このラスティブラッド家長女、ピーネスフィロイト……ひっ!」

 

「……なによ」

 

食事中に騒ぎ出したから、たしなめようとしたら目が合った。

ピーネはその瞬間座り込んで、ひたすらトーストを食べる作業に逃げた。

 

「よせ、里沙子。……昨日の今日だろうが」

 

「あたしが悪いっていうの?」

 

「里沙子さん。例え種族は違っても、子供はデリケートなものです。

幼少時代の経験から、人間嫌いになったり、

あるいは友好的存在になる可能性もあります。十分気を使ってあげてください」

 

「まぁ、エレオがそういうなら、しょうがないけどさ……」

 

なんで自分ちで居候に気を使わなきゃいけないのか全く意味不明。

それに加えて、子供ってもんは扱いがめんどい。珍しいもん見たらいちいち騒ぐ。

言いたいことをはっきり言わない。

ピーネとか自己主張強そうな子も、意外と本心隠すのよこれが。

オカマみたいなおっさん教師が言うには、そのサインを大人がキャッチしろだって。

寝・ぼ・け・ん・な。

 

あと、腹が減ったらピーピー喚く。きちんと3食与えてるのに。

この現象は結構な頻度で起きる。

昨日はおやつまで要求してきたから、硬ってえフランスパンで素振りしたら、

蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

まかり間違って、結婚して子供を産むなんて暴挙に出なかった、

今までの自分を褒めてやりたいわ。

こんなのが一人でもいたら、おちおちエールで気持ちよく酔っ払うこともできやしない。

育児放棄に走る連中の気持ちがちょっとだけ分かってしまった。

でも、あたしは独身非リアだけど、無計画に不幸な子供を作ったりしない分、

少しだけマシよ。目くそ鼻くそだと笑うなら笑いなさい。

 

おっと、そろそろ本題に入らなきゃ。

どうすればこいつらを魔界まで蹴り飛ばせるか、方法を探らないと。

エレオノーラ!大聖堂教会の用意はどうか!

 

「ねえ、エレオノーラ。大聖堂教会か要塞から、何か連絡は来てる?」

 

「いえ。なにぶん、まだ一日と経っていないので、返事はまだ」

 

「まあ……そうよね」

 

ちょっと焦りすぎたわ。まだ24時間も経過してないのに。

何か動きがあるまで状況整理で時間潰すしかないわね。

あたしは食べ終えたトースト皿とスープ皿を持ってキッチンに向かう。

後ろの連中に忠告も忘れずに。

 

「3人共、いや2人か。食べた皿はちゃんと流しに持っていくのよ」

 

「はーい!」「ふん、ここにはメイドの一人もいないの!?どうして吸血鬼一族の長女」

 

「おい」

 

「……」

 

黙ってカチャカチャと皿やスプーンを片付ける音がする。よーしよし。

あたしは育児放棄しない分、スパルタ教育で行くことに決めたわ。

ひとまず皿は流しに置いといて、作戦会議のため聖堂に戻った。

定位置に着くと、やっぱりカシオピイアが、

サラサラとした髪が触れるほどくっついてきて、やめさせようと思った時、

ルーベルまでくっついてきた。え、何?さすがにあんたとは血はつながってないわよ。

 

「あー、お姉ちゃん……スー……」

 

「やめろ、頭を嗅ぐんじゃないわよ!そんで、ルーベルは一体何!?」

 

「何回も言わせんなよ。ピーネは昨日の事で特にお前に怯えてる。

もっと優しくしてやれ」

 

「これ以上どう優しくしろってのよ!

人間ならともかく、モンスターのチビ助3人居候させてやってんのよ?

普通なら見世物小屋か奴隷船行きが関の山だっての」

 

「あのう……」

 

「今度はジョゼット?何考えてるか知らないけど、どうぞ」

 

「みんなを街に連れて行ってあげたらどうでしょうか。きっと退屈だと思いますし」

 

「なるほど、事故を装ってアレしようってわけね。

ふふふっ、ジョゼット君、君もなかなかやるではないか」

 

「ち、違います!」

 

「街の連中はモンスターと見るや、鍬や鋤でタコ殴り。

最終的に、騒ぎを聞きつけた騎兵隊からバキュンと一発」

 

「いやだ、やっぱりヒスイ達、殺されるの!?」「ここにいさせてよー、街は怖いよ!」

 

「いい加減にしろ!そんなにこいつら怖がらせて楽しいのか!?」

 

ルーベルが掴みかかってきて、右腕が痛い。すぐカシオピイアが引き離してくれたけど、

さすがに怒ったオートマトンの力に苦戦してる。

 

「……っ、やめて」

 

「くそ、離せ!そんなに自分だけが可愛いのかよ!

私を助けてくれたときのお前は、もっと人間らしかったぞ!」

 

「現実問題そうなんだからしょうがないでしょう。

モンスターでしかも、あの大戦の生き残りだなんて知れたら、

帝国の9割超の人間がそうする。

こいつらが戦災孤児じゃなくて、戦争捕虜とみなされたのもそのせい。

要塞や大聖堂教会からの返事も期待しないほうがいいわ。

それほどヤバいもん抱えてるの、あたし達は。そろそろ理解して」

 

「もういい、勝手にしろ!」

 

ルーベルは肩を怒らせて自室に戻ってしまった。

ヒスイとガイアがあたしを見て、また怯える。別に喋ることもないから、

あたしも部屋に戻るとしましょうかね。あ、いやいや。ガイアの飯を買いに行かなきゃ。

 

「ちょっと出かけてくる」

 

「どちらへ?」

 

「街の雑貨屋まで。おーいはに丸くんの食料買いに行ってくるわ。

悪いけど、エレオノーラは帝都から連絡があるかもしれないから、

待っててくれるかしら。カシオピイアはみんなの護衛、頼むわね」

 

「意味はわかりませんが、ガイア君の食べ物、ということですね。いってらっしゃい」

 

「……わかった」

 

カシオピイアが露骨に残念そうな顔をする。

 

「あ、待って下さい!わたくしも行きます!」

 

「おや、自ら荷物持ちを買って出るなんて結構結構。やめるなら今よ」

 

「いつものことじゃないですか。行きます!」

 

「やけに素直ね。じゃあ、行くわよ?」

 

なんか必死なジョゼットを連れて、

冬が去り際に残した冷気が混じり合った、涼しい春風が通り抜ける草原を歩く。

街道に出ると、歩き慣れた道を東へ。野盗もいない春うらら。

桜が咲いてたら、適度に冷えたエール片手にお花見でもしたいわね。

ぼんやりとそんな事を歩きながら考えてたら、ジョゼットが間を詰めてきた。

 

「……里沙子さん」

 

「何よ」

 

「どうして、さっきはあんなことを?」

 

「ふん、当たり前でしょう。寝床取られるわ、飯くれ飯くれうるさいわ、

あたしの生活スペース圧迫するわ、

せっかくの短い春だから毎日昼寝満喫しようと思ってたのに、

連中のせいで当分安心できない。マヂで勘弁して欲しいんだけど!

とっとと魔界にお帰り願いたいもんだわね」

 

「本当に、それだけですか?」

 

なによ、ジョゼットのくせにあたしの心探ろうなんて生意気よ。

そんな所業が許されるのはエレオノーラくらい。

……まあ、別に隠すようなことでもないからいいんだけど。

少し付き合ってみましょうか。

 

「……あたしはね、基本人付き合いが苦手っていうか嫌いなんだけど、

中でも一番嫌いなのは、“けじめのない付き合い”。この意味わかる?」

 

「いえ……」

 

「アースに昔、こんな出来事があったの。ある女性が親を失った仔熊を育ててた。

彼女は懸命に愛情を注いで仔熊の世話をして、

仔熊も女性を本物の母親と思い、懐いてたの」

 

「なんの話ですか……?」

 

「彼女がどうなったのか教えてあげる。死んだわ。大きくなった仔熊に食い殺されてね。

人を含め、生きとし生けるものは本能というものからは逃れられない。

仔熊も成長して捕食動物としての本能が目覚め、抑制が効かなくなった」

 

「あの子達も、いずれそうなると?」

 

「400年後にはね」

 

「そんなこと……やってみなきゃわからないじゃないですか!」

 

「そこよ」

 

足を止めて、ジョゼットの額に人差し指を押し付けた。

 

「それは人間の勝手な期待。

このまま大人しく育ってくれるかもしれない、人間と共存してくれるかもしれない、

その力で人間に尽くしてくれるかもしれない。

全部、子供達の生まれ持った性質を無視したエゴよ。

それでも“かもしれない”を続けたくて、試す資格があるとすれば、

それは400年後の人間だけ。

将来ほぼ確実に危険な存在となるモンスターと馴れ合いを続けて、

ある日突然噛みつかれるより、人間はろくでもない連中だって土産話を片手に、

さっさと魔界にお帰りいただく。そっちのほうがまだ健全だと思うがどうか。

結論を言うと、人と魔族は角突き合わせて拮抗状態でいるのが正しい姿。以上」

 

ひとしきり喋って、ひとつ深呼吸。喉が渇いた。この世界にも自販機があればいいのに。

そろそろ行こうかとジョゼットを見たら、彼女が強い目であたしに訴えてきた。

 

「里沙子さんは……頑固です!頭でっかちです!理屈ばっかりで、優しくありません!」

 

「そう、優しくないの。自分が一番大好きなワガママ人間だからそこんとこシクヨロ」

 

「茶化さないでください!

だったらどうしてルーベルさんにそう伝えなかったんですか!?」

 

「……今みたいな感じで言い争いになるに決まってる。ややこしいだけよ」

 

「嘘です」

 

「何ですって?今日は素直だと思ったらいきなり反抗的になるし、なんなの一体」

 

「里沙子さんは馬鹿です!大馬鹿です!

自分一人が悪者になって、みんなを守った気になって!!」

 

「意味はわかんないけど、よっぽどフランスパン百叩き食らいたいみたいね!

お望み通り、当分仰向けじゃ寝られないようにしてやるから覚悟しときなさい!」

 

「だったら言いたいこと全部言っちゃいます!里沙子さんは面倒がりなくせして、

肝心なときにはいつも一人で抱え込むじゃないですか!

わたくしがそんなに信用できませんか?

いえ、わたくしが馬鹿でノロマなのはわかってます。

第二次北砂大戦でも、エレオノーラ様とルーベルさんだけ連れて行ったのもわかります。

でも、今度は何もかも自分ひとりで背負いこもうとしてるじゃないですか!」

 

「わかったようなこと言わないで!あたしは家主として、

住人の最低限の安全確保をする義務があるの、一応だけど!面倒だけど!

あと、百叩きじゃ不満なら、千叩きにしてもあたしは全然構わない!」

 

「構いません!だから、せめて、もう少しだけ彼らに優しくしてあげてください!」

 

「何のために!?どんな結果にせよ、もうすぐ帝都送りになるのよ!

……ただ、虚しいだけでしょうが」

 

野盗が視界の端に現れたけど、あたし達の怒鳴り合いを見て、

そそくさと退散していった。

 

「里沙子さん、虚しくなんかないんです。確かにみんなじきに魔界に帰るんでしょう。

でも、この世界で得られた思い出は、きっと遠い未来に芽吹くと思うんです」

 

「……要するに、魔族と人間が和平?馬鹿馬鹿しいわ。もう行くわよ。

野盗にまで見捨てられた。やってらんない」

 

あたしはジョゼットに背を向けて、再び街道を歩き出す。

ジョゼットはそれ以上何も言わずについてきた。

彼女がどんな目であたしを見てたのかはわからないけど。

 

街に着いたら、頭痛に耐えながら市場の人混みに身体をねじ込み、

広場に出て、ようやく少し西にある商店の集まった区画にたどり着いた。もうヘトヘト。

しばらく雑貨屋のドアにへばりついて息を整える。荷物持ち連れてきて正解だったわ。

 

「大丈夫ですか?里沙子さん」

 

「大丈夫なわけないでしょうが……さっさと買うもん買って帰るわよ。低純度の魔石」

 

あたしはドアを開けて店内に入る。

初心者用の武器防具、消耗品、食品なんかが、棚いっぱいに並んでる。

えーと、魔石魔石、あった!

あまり広くない店の隅に、1袋いくらで石や不純物の混じった魔石が売られてたから、

ひとつ抱えようとした瞬間にやめた。重い。

 

「ジョゼット、カモン」

 

「ありましたか~?」

 

「これ。重いからカウンターまで持っていって」

 

「はいっ、よいしょ!」

 

すいっと持ち上げてカウンターまで運ぶジョゼット。

可哀想に。あたしにこき使われるうちにこんなに力持ちになっちゃって。

思えば、あんたもうちに来たのが運の尽きね。

……で、せっかく来たんだから、足りないものでも買っていこうかしら。

カウンターからジョゼットがあたしを呼ぶ。

 

「里沙子さーん、お会計です」

 

「ちょっと待って。……あんたも欲しいものがあったら探しなさい。

荷物持ちのご褒美よ」

 

「本当ですか!?やったー!」

 

ジョゼットがカウンターから離れると、

あたしは適当なものをひとつかみして、レジに向かった。

大きめのトートバッグを差し出して小声で店主にささやく。

 

「これ全部、一度精算してくれるかしら」

 

「いいのかい?あの嬢ちゃんのは」

 

「それも払うから、お願い早く」

 

「お、おう……」

 

魔石とあたしの買い物の代金を払うと、店主がトートバッグに品物を詰めてくれた。

同時にジョゼットも板チョコを持って走ってきた。

 

「店の中でドタバタしないの。チョコレートは逃げないから」

 

「はぁ…だって…里沙子さんのことだから、

いきなりご褒美中止、とか言うんじゃないかと」

 

「あたしもそこまで鬼じゃないわよ。面白そうだとは思うけど」

 

「ああ、やっぱり!」

 

「うるさいわね、さっさとレジに出しなさいな!」

 

「ごめんなさいごめんなさい」

 

ジョゼットがレジにチョコレートを差し出すと、10G。

お菓子にしては高価ね。多分カカオが手に入りにくいんでしょう。

店主は、またチョコレートをバッグに入れると、あたしによこしてきた。

今度は肩に担げるかチャレンジしてみた瞬間後悔した。左肩が外れるかと思った。

もう少しでアンプリの薬局に寄らなきゃいけなくなるところだったわ。

 

「里沙子さん、わたくしが持ちますから」

 

「悪いわね……」

 

ジョゼットはやっぱり重たそうな様子もなく、両手でトートバッグを運ぶ。

あたしも少し鍛えようかしら。

生まれてこの方ドラグノフ狙撃銃より重いものを持ったことがないの。

 

どうにかこうにか目的のものを手に入れたあたし達は、店を後にして、

また市場という名の地獄に身体をめり込ませ、

ようやく向こう側に抜け出すことに成功した。

うん、馬鹿みたいに重い魔石を持ちながら通過を試みてたら、

多分途中で泣いてたと思う。

 

「ぜー…はー…」

 

「しっかりして下さい、里沙子さん。市場はもう終わりましたよ」

 

「そうね。もう、帰りましょう……」

 

精根尽き果てたあたしは、お家に帰ることしか考えてなかった。

ふらふらになりながら街道を西に引き返す。

喋る気力もないから黙って歩いてると、途中、

ジョゼットがトートバッグの中身が増えていることに気づいた。紙袋に入った品物。

 

「あれ?里沙子さん何か買いました?」

 

「ん、ああ……それあたしの」

 

「何か必要だったんですか?」

 

「まぁ、急ぎじゃないんだけど、色々ね」

 

それからは本当に無言でひたすら帰路を進んだ。

教会の十字架が見えた時は心底ホッとしたわ。

アレがあんなにありがたく見えたのは初めて、あるいは忘れるほど昔のことよ。

鍵を開けて、中に入る。嗚呼、愛しのマイホーム。

 

「帰ったわよー」

 

「おかえりなさい」

 

ちょっと昼寝でもしようかしらね。この時間なら子供らも起きてるでしょ。

おっと、その前にやることがあったわ。

 

「留守番ありがと、エレオノーラ。……さて、チビ助共はどこかしら」

 

「里沙子さん、魔石はここに置いときますね。ウフッ、チョコレート……」

 

「子供達なら、裏庭で遊んでますよ」

 

「そう。帝都から何か連絡はあった?」

 

「いえ、まだですね……」

 

「わかった、ありがとう。ちょっと外に行ってくるわ」

 

「まだ何か?」

 

「んー、少しばかり野暮用。外すわね」

 

あたしはトートバッグから紙袋を取り出し、裏庭に向かった。

建物や木の陰で薄暗く、子供が遊ぶには十分以上のスペースで、連中が缶蹴りをしてた。

 

「隙あり、シュート!」

 

「ピーネちゃん、空を飛ぶのはずるいよー」

 

「そうよ……ワカバ達は足も遅いのに」

 

「ふふん、選ばれし者の特権よ!さあ、次の鬼は……あ」

 

あたしの姿に気づくと、3人とも黙り込んだ。

誰も見てないところで暗殺でもされるんじゃないか、

フランスパンの刑が始まるんじゃないか、とか考えてる姿を想像するのは、

意外と楽しかったわ。

 

「あの……ワカバ達、何も悪いことしてないです」

 

「んなこと見りゃ分かる。それよりピーネ、さっき1点取ったわね」

 

「そ、それが何よ!あっち行って!」

 

「あら、そんなこと言っていいのかしら。せっかくボーナスステージが始まるのに」

 

「なんですか、ボーナスステージって……」

 

「全員、黙って両手を出しなさい」

 

みんな、おずおずと両手を差し出した。あたしは紙袋に手を突っ込む。

 

「じゃあ、今からチクワか鉄アレイを投げまくるから、

死ぬ気で避けて、死ぬ気でキャッチしなさい」

 

「ええっ!?頭おかしいんじゃないの、あんた!」

「止めてよ、そんなの当たったら僕でも怪我するよ!」

「頭の蛇さん死んじゃいます!」

 

「逃げたり手を引っ込めたやつには集中的に鉄アレイを投げるからそのつもりで」

 

「話聞きなさいよ、サイコパス女!」

 

「ボーナスステージ、スタート!」

 

ゲームスタート宣言と同時に、全員が目を閉じる。

それを見計らって、紙袋の中身をそれぞれの手の中に放り投げた。

チクワのように柔らかくもなく、鉄アレイのような重い感触でもない、

軽いものが手のひらにどんどん積み上げられていく。

不思議な感覚に、3人共少しずつ目を開ける。

と、ちょうどその時紙袋の中身がなくなった。皆のそれぞれ小さな手に収まったものは。

 

「わあ……お菓子がたくさん」

 

「チョコレートと、キャンディー?」

 

「やった、飴玉なら僕でも食べられるよー!」

 

あたしは役目を終えた紙袋をくしゃくしゃに丸めて、

開きっぱなしの焼却炉に投げ込んだ。

 

「本当はチクワと鉄アレイでやるのが正しい作法なんだけど、

チクワは売り切れだったし、鉄アレイは持ってくるのがダルいから、

適当なもので代用したの。残念だったわね」

 

「りさこさん、ありがとー!」

 

ワカバは頭の蛇にもチョコレートを分けながら。

 

「ふ、ふん!まあまあの味ですわ!チクワよりマシっていう意味ですわよ!」

 

ピーネは相変わらず意地っ張りで。

 

「魔界じゃ、お菓子なんてめったに食べられないんだ……僕、ここに来て良かった」

 

ガイアが駄菓子ひとつで大げさに喜ぶ。こんなところかしら。

あたしは一言だけ言い残して中に戻る。

 

「……次はちゃんと鉄アレイでやるから。それだけはごめんなさい」

 

後ろの子供達が黙り込んだけど、どんな表情をしているかはわかんない。

とにかく、あたしは聖堂に戻って、エレオノーラと一緒に

帝都からの連絡を待つことにした。ドアを開けて中に入る。

エレオはいつも通り聖書を読み、カシオピイアは何か言いたげにあたしを見て……

一人メンバーが増えてた。

ルーベルが壁に背を預けて、床を見つめながら何の気なしに問いかけてきた。

 

「……なんで、最初からああしてやらなかった」

 

「何?」

 

「2階から見てた。

やっぱりお前にも優しい心があるのに、なんで突き放したりするんだよ!」

 

「……大人しく留守番に協力した褒美よ。

本当に“ボーナスステージ”が始まると思った、あいつらの顔は結構笑えたわ。ウヘヘ」

 

「やめろ!ジョゼットから相談を持ちかけられたよ。

里沙子にも里沙子なりの考えがあるのに、肝心のお前が誰にも心の内を見せないってな!

こんな生き方してたら、本当にひとりぼっちで人生終わっちまうぞ!」

 

「……ふぅ。もう千発じゃ済まないかもね。あたしは言葉より行動で語るタイプなの。

前にも言ったけど、最後の一瞬のために、

長い人生の身の振り方を変えるつもりはないわ。自分の生き方は自分で決める。

その結果も自分で引き受ける。」

 

「嘘つけ。じゃあ、さっきのあれはなんだ。

ジョゼットの言葉を受け入れたから、子供達に歩み寄ろうとしたんじゃないのか」

 

「頑固だの嘘つきだの、今日は罵声ばかり浴びてる気がする。

もういいわ。お昼にしましょう。今日はあたしが作る。

腹いせにスープはサイ○リヤのランチスープ並に薄くしてやるからそのつもりで」

 

キッチンに向かうとルーベルが背中に呼びかけてきた。あたしも足を止めて背中で聞く。

 

「今朝のことは……!謝らないからな!

お前が誰にも相談しないで、乱暴な手段に出たのが原因なんだからな!」

 

「はいはい、結構結構。謝罪はいらないものランキング第5位くらいだったかしら、

ルルル~謝るくらいなら~金を~出せ~」

 

「ケッ、どうしようもねえやつだ、こいつはよ!」

 

あたしは宝塚の真似をしながら、華麗にキッチンに進入。

まず、鍋を手にとって、適当な量の水をぶち込む。

多分7人くらいだったから、このくらいかしらね。

鍋を火にかけ、固形コンソメを3粒くらい放り込む。なんとも簡単なお手軽レシピ。

料理は愛情?ごめん今切らしてる。

 

そうだ、一人暮らしで自炊してる人にアドバイス。

調理用チーズを常備しておけば、どんな失敗しても多少リカバリーできるわ。

たっぷりひとつかみ足すのがコツ。こってりまろやかなトロ~リチーズが、

苦さも甘さも苦しみも悲しみも罪も罰も、全てを包み込み、

とりあえず食えるレベルに救い上げてくれるわ。

そもそも人生破滅するほどの失敗なんて、めったに起こるはずもないんだし。

 

さあ、今度はちょっと贅沢に、斜めに切ったフランスパンにローストビーフを乗せて、

千切りにした玉ねぎをトッピング。

最後に、オリーブオイルを垂らしてブラックペッパーを散らす。下ごしらえは完了。

そいつをオーブンにぶち込んで5分くらい待つ。

うん、次のメニューはこれで行きましょう。

 

紙袋に入ったフランスパンを抜くと、

いつの間にかダイニングの隅にジョゼットが経ってた。

なにそんなとこでボケっとしてんのよ。

 

「どうしたの、まだあたしに罵詈雑言浴びせる気?」

 

「ごめんなさい……」

 

「なによ、今度はしおらしくなっちゃって。忙しい娘ねあんた」

 

「里沙子さんも、子供達の付き合い方に迷ってたのに、

あんな言い方して、本当にごめんなさい……」

 

「ルーベルもあんたもチクリ屋ね。

しかも、たかが一回菓子配ったくらいで、母性本能に目覚めたかのように勘違いしてる。

良い機会よ、一つ憶えておくといい、ジョゼット君。母性は理解から最も遠い感情よ。

……とまあ、それは置いといて」

 

あたしは片手のフランスパンで、うつむくジョゼットの顎を上げた。青い瞳が潤んでる。

この娘はコロコロ表情が変わるし、平常心ってもんが欠けてる。

そう頻繁に怒ったり泣いたり笑ったりしてたら疲れるでしょうが。

どーでもいいやって放り投げることも自分を守るために必要なことよ。

 

「フランスパン百…いや、千叩きだったわね」

 

「……っ」

 

黙ってうなずく。それでいて馬鹿みたいに素直なんだから。

 

「ふぅ。そうしたかったんだけど、

食い物をオモチャにするなって十戒を忘れる所だったわ。あたしとしたことが。

運が良かったわね。もう行きなさい」

 

あたしは振り返ってキッチンに戻り、まな板の上のフランスパンを切る作業に入った。

両端を切り落としたところで、背中に温かい感触が。

 

「やっぱり、里沙子さんは優しいです……」

 

「よしなさいよ。邪魔でしょうが」

 

「お願いです、少しだけ」

 

「……まったく、どいつもこいつも」

 

身長少ししか違わないから、本当作業の邪魔なんだけど。

こんなスレた女の小さい背中、何がいいんだか。本当、意味不明な生物ね。

ひたすらフランスパンに刃を通しながら心の中でぼやいた。

 

20分後。

聖堂にあたしが作った手抜き料理が並ぶ。目分量で作ったから明らかに薄いスープ、

若干まともなフランスパンのローストビーフ乗せ。

ガイアは安定した食料が手に入ったから、皿の上に魔石を3つ。

 

「へえ~里沙子の料理か。珍しいな」

 

「暇だったの」

 

「う、ふふ……お姉ちゃんの、手料理……くんくん」

 

「やめなさい。ピア子に戻りかかってるわよ」

 

「では皆さん、頂きましょう。この恵みを神に感謝して」

 

みんながお祈りだのいただきますだのを済ませて、食事に取り掛かる。で、次の瞬間、

ブーイングが巻き起こった。

 

「……なにこれ!里沙子、このスープ薄すぎて味がしないんだけど!」

 

ピーネが先陣を切る。だから、食事中に立ち上がるのはよしなさい。

 

「わかってない、わかってないわよ、ピーネ。一口目で味がはっきりしてるスープは、

飲んでるうちに塩辛くなってくるものなのよ。これが普通なの」

 

「いや、違う!絶対必要な何かが足りてない!」

 

「ピーネに賛成だ!このスープは最後までこのままだ!」

 

「里沙子さんには申し訳ないのですが、濃いか薄いかと問われると……無」

 

「ルーベルもエレオもひどいんじゃないかしら!?あたしの最高傑作なのに!

ワカバはわかるわよね?主張しすぎない大人の味が!」

 

「うう……ヘビさんがお湯だって言ってる。あと、おいしくないです」

 

「そんな爬虫類捨てておしまい!もう良いわ。

スープはパンを流し込むドリンクだと割り切って、文句言わずに食べなさい」

 

「こっちは割と良さげだな」

 

ルーベルがパンをかじる。

まぁ、パンと玉ねぎ切って、肉と玉ねぎ乗せて焼いただけだから、

失敗の仕様がないんだけど。

 

「うん……パンの方は行けるな」

 

「お姉ちゃんの手料理……美味しい」

 

「でしょでしょ?これ、あたしの最高傑作だから」

 

「それ、さっきの落第スープでも言ってたよな」

 

「変な名前付けないでよ!

スープも手間暇かけて作った傑作だから、それを忘れてもらっちゃ困るわ!」

 

「当家自慢のグリルステーキに比べればどうってことはないけど、

及第点はあげてもいいわ。

でも、このパンにしても、ローストビーフに頼ってる感が……」

 

「でい!!」

 

「やめろ、里沙子!」

 

そんな感じで、落ち着いて昼食を取ることもできなくなったわけよ。

変な連中が一度に3人も増えたから無理もないけどね。

最後に言いたいこと。チーズは偉大。チーズは苦手?コンビニでなんか買えば。

 

 



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今週、缶・びん・ペットボトルの収集が来なかったの。正月以外は必ず来るのになぜかしらね。

「はい、全員横一列に並ぶー」

 

朝早くに目が覚めたあたしは、もう一度寝ようとしたけど寝付けなかったから、

暇つぶしを兼ねて道連れにチビ助共を叩き起こし、教会前の草っ原に整列させた。

当然連中から文句の声が上がる。

 

「なんですか、りさこさん。まだ眠いです……」

 

頭の蛇も宿主と同じく眠そうにフラフラしてる。

 

「ふあぁ、まったくよ。一体何のつもり?」

 

ヴァンパイアのくせに夜ぐっすり寝てんじゃないわよ。

 

「僕、まだ寝ていたいよ」

 

君についてはコメントのしようがないわ。

 

東を見るとまだ日が昇りきってない、茜色に染まる空。大体午前5時くらいだと思う。

あたしは嘘が嫌いだから相手が子供だろうと本音で喋る。

 

「うん、実はあたしさっき目が覚めたばかりなんだけど、

それきりちっとも寝られないから、

あんた達に夜明けまで付き合ってもらおうと思ってね。

みんなはまだ寝てるから、一番暇そうな奴らを起こすことにしたの」

 

「えー、なんですかそれ!」「ふざけるんじゃないわよ!」「横になってればいいのに」

 

まあ、こんくらいのクレームは想定済みよ。

あたしだって、ただの嫌がらせでこいつらの安眠妨害を企んだわけじゃないわ。

ちゃんと考えあってのことよ……っていうのは真っ赤な嘘で、

なんにも考えなんかありゃしないわ。

ただ眠れない八つ当たりに、目についた奴をベッドから引きずりおろしただけ。

 

じゃあ、さっきの嘘は嫌いって台詞はなんだって?それが嘘だって言ってるのよ。

嘘を嘘と見抜けない奴は(略。

とりあえずだべりながらそれっぽい理由を考えましょうか。

 

「うっさいわね、冗談よ。最後まで聞きなさいな。これはあんた達のためでもあるのよ」

 

「私達の?一体なんだってのよ!」

 

「よく考えたら、あたし達、あんたらのこと、ほとんど知らないじゃない。

もしかしたら今日帝都から連絡が来て、

偉い人のところまで行くことになるかもしれない。

その時、なんにもわかりませんじゃ、

皇帝陛下や法王猊下に余計な時間を取らせることになるでしょう?

それに、きちんと情報を渡さないと、多少強引な“取り調べ”が待ってるかもしれない。

だから夜明けまでに話をしておく必要があるの」

 

あたしは古い樽に腰掛けながら、自分でもうっかり重要なことを忘れてた事に気づく。

そうよ、ろくにこいつらの事知らないじゃない。

 

「やだ、乱暴なことされるの……?」

 

「ふ、ふん、に人間なんて、このピーネスフィロイト・ラル「黙って」」

 

「……」

 

「やめてよー。僕、帝都なんて行きたくない!」

 

ふふふ。喋ってるうちにもっともらしい理由が出てきたわ。ヤツのSSの書き方と一緒。

スタートダッシュが掛かればこっちのものよ。

 

「行きたくなくてもいずれ必ず行くことになるの。魔界に帰りたいんじゃないの?

だったら、あんたらに何ができるか、どういう性質を持ってるか、

過激派思想を持ってないか、北朝鮮との繋がりはないか、

ちゃんとあたし達が把握しておかなきゃ」

 

「うーん、そうだね……じゃあ、りさこさん。僕たちは何をすれば良いのかな」

 

「んふ、聞き分けの良い子は好きよ。

じゃあ、あんた達は3人共別種族だけど、今の所何ができるのか教えて。ワカバから」

 

いきなりあたしに指されて戸惑うワカバが一歩前に出て、じっとあたしを見つめてきた。

 

「……」

 

「どうしたの?黙りこくっちゃって。別に恥ずかしがる事でもないでしょう」

 

「いえ、今りさこさんに能力を使っています!」

 

「どんな」

 

「ゴーゴンの瞳は、目が合った相手を石にしてしまいます!」

 

とりあえず右手を見て開いたり握ったりしてみる。何も、変化は、ない。

 

「ああ、動かないでくださーい!

石化するまでには10日と19時間46分かかるんですから!」

 

「はぁ!?それまで敵に待っててもらうつもり?餓死するほうが早いわ、お馬鹿!次!」

 

すごすごと引っ込んだワカバの代わりに、

ピーネがしゃなりしゃなりとした歩調で前に進み出た。別の意味で期待が持てるわね。

 

「今度は私ね?ヴァンパイア一族の力に恐れ慄くがいいわ!」

 

「この中じゃ、あんたが一番の期待株なんだから、しっかりしてよ?レディ、ゴー」

 

「ほら里沙子、腕を出しなさいな」

 

ちょちょいとピーネがあたしを手招く。何するつもりかしら、面白くなってきた。

とりあえず袖をまくって腕を差し出す。

すると、突然ピーネがあたしの腕に噛み付いてきた。ちっちゃな牙が肌に食い込む。

チューチュー言ってるから、多分血を吸ってると思われ。

痛い・気持ちいいメーターで測定すると……痛い方にほんの少し針が触れる程度。

 

「ぷはっ!ふー」

 

気が済むまで血を吸ったピーネが満足げに口を拭う。

あたしは噛まれた部分を見つめるけど、ちょっと血が滲んでるだけ。

壊死したりヴァンパイアに変身したりする気配はまったくない。

 

「ねえ、もしかして噛み付くだけの物理攻撃ってオチ?」

 

「違うわよ!私に血を吸われたら、あんたも不老不死の存在になって、

永遠に私の奴隷となって奉仕し続けるのよ!さあ続き!」

 

「続きってことは?」

 

「私の恵みを受けてヴァンパイアになるには、20リットルの血液が……」

 

「ワカバと同じ理由で不合格!

人間が20Lも血を失ったら、間違いなくトリアージタグに“黒”が着くし、

そもそも悠長にムシャムシャしてる隙に、敵に土手っ腹ぶっ刺されるわ!」

 

「トリアージ…何?」

 

「怪我人が大勢出た時なんかに、素早く治療にかかる順番を決めるカードよ。

黒は死亡もしくは救助不能。要するに、今んとこあんたの能力は役立たず」

 

「役た……しょうがないじゃない。

血の契約には、宿主の妖力と触媒、つまり血の量のバランスが重要なんだけど、

まだ妖力の小さい私は、その分大量の血液が必要になって……」

 

ピーネがしょぼくれそうになったので、慌ててフォローする。

またルーベルに何言われるかわかりゃしないし。

 

「あー、悪かった悪かった。本来の趣旨から外れてるわね。

何ができるか知ることが目的だから、さっさと次に行きましょう。

ガイア、準備はいい?」

 

岩というより、石を人型に集めた姿のガイアが前に出る。けど、何かする様子もない。

 

「りさこさん。ゴーレムは長い年月をかけて、

身体の中心にあるコアに魔力を蓄えて大きくならないと、大したことができないんだ。

今は人より力持ちで丈夫な事くらいが取り柄で……

あと、コアを壊されない限り、バラバラにされても元通りになれるだけ」

 

「卑下しないの。自分の力を客観的に把握することは大切な事よ。

少なくとも他の2人よりは、どのRPGに雑魚敵と出しても恥ずかしくない」

 

「なんだかよくわからないけど、褒められてない気がする……」

 

「褒めてる褒めてる。中盤に差し掛かるあたりの勇者達といい勝負しそうよ、君。

次のお題行きましょうか」

 

あたしは3人にも樽の椅子をよこして、完全に雑談モードに入る。

 

「ちょっと気になったんだけど、あんた達が暮らしてた魔界ってどんなとこなの?」

 

いい感じに日が顔を出し始めたところで、3人がそれぞれの印象を語り始めた。

 

「えと、とにかくいつも真っ暗で、砂と灰しかないです。

あと、ゴロゴローって雷が鳴ってて怖いです。

魔王様や上級堕天使なんかは、立派なお城に住んでますけど、

ワカバ達みたいな、あんまり強くない魔物は、

石を積んだり、枯れ木を組んだ小さな家に住むのが普通です」

 

「食べ物とかは?」

 

「大地の表面に栄養がないから、人間みたいに野菜や麦を育てたりできません。

土を深く掘ったらたまに出てくる魔界植物を、焼いたりスープにしてます。

あと……乱暴な部族は共食いをしたり!」

 

そう語ったワカバは身を震わせる。

あー、なんとなく魔王が、こっちの世界を欲しがってた理由が見えてきた気がする。

そしてピーネが続く。

 

「魔界を支配するのは、力。ただそれだけよ。

例え肉親でも、一族の長になるためなら、躊躇いなく始末する。

下級魔族が下剋上のために上位魔族と戦争をするなんて日常茶飯事。

……私の家もそうだった。12人居た兄弟は5人に減った。

ひょっとしたら今はもっと減ってるかもしれない。

前にも言ったと思うけど、ママが私をこの世界に連れてきたのがその理由」

 

やや暗い面持ちになるピーネ。思った以上に酷いところね。

行けたとしても行きたくないわ。ガイアの故郷はどんな感じなのかしら。

 

「僕もワカバちゃんと同じようなところだよ。

洞穴の中で暮らしてて、時々魔力が吹き溜まって石になった魔石を探して食べてた。

さっきピーネちゃんが言ってた、悪魔同士の戦争が起こると、

放った魔法が燃えきらずに、余った魔力が石ころに張り付いて融合することがあるんだ。

それが僕たちの食料になる」

 

「なるほどね」

 

まとめると、魔界は人間界より遥かに厳しい弱肉強食の世界で、

資源もまったくと言っていいほどない。う~ん、子供の生育には全く向いてないけど、

魔界に帰さないのもそれはそれで問題なのよね。

次はピーネからちょっとだけ聞いてた重要事項。

 

「あんた達が第二次北砂大戦の生き残りだってことは、ピーネからなんとなく聞いてる。

つまり、3人はホワイトデゼールで出会って、

このクソ田舎までえっちらおっちら歩いてきたことでいいのかしら」

 

「ええ、そうよ……」

 

「じゃあ、今度はあんた達の出会いと、

ハッピーマイルズまでの旅について聞かせてくれる?」

 

そう問いかけると、3人共暗い表情でうつむいてしまった。

ガイアは表情よくわからんけど。あたしはただじっと待つ。

すると、ピーネが口を開いて少しずつ語り始めた。

 

「……魔王様からの呼び出しがあった時。

ママは私の手を引いて一緒にこの世界にワープしてきた。

転移が終わると同時に、物凄い熱風が吹き付けて、沢山の悪魔の死体が転がってたの。

私もママも、何が起きているのかわからなかったわ。

とにかくママは私を連れて、人間達の砦に向かおうとした。その時よ……」

 

 

……

………

 

《参れ、全ての我が眷属よ!人間共を根絶やしにしろ!奴らの頭の首を取れ!》

 

「ピーネ、いらっしゃい!この戦に勝てば、ママとあなただけのお家が貰えるのよ!」

 

「うん、私も頑張る!」

 

「あなたはママの後ろにいて!ここでは不気味な何かが起こってる。

人間達の武器が異様なまでに進歩してるわ。

ママが先導するから、危なくなったらすぐに下がって!」

 

「私も戦う!レッドヴィクトワール家の長女として……」

 

「もう何百人も同胞が死んでるの!お願い、ママの言う通りにして!」

 

「……わかった」

 

それから、私達は仲間の死体を踏み越えて人間達の砦に向かって飛び立った。その時よ。

大空からファントムの叫び声のような恐ろしい声がいくつも襲いかかってきて、

上を見ると、圧倒的な数の燃える隕石が降ってきたの。

 

みんな避けようとしたけど、隕石は真っ直ぐ飛ばずに、

頭上でふらふらと揺れながら落ちてきたから、落下地点が読めずに、

一人また一人と直撃を食らったり、爆発で粉々になって死んでいった。

 

一番体の大きいサイクロプスの巨人が上半身を吹き飛ばされるのを見た時、

危機を察知したママが私を抱きしめて背中に魔障壁を張って、嵐が過ぎるのを待ったの。

逃げれば魔王様に処刑される。かといって突っ込めば人間の新兵器の餌食になる。

そして、私は見たの。隕石がママの背中めがけて降ってくるのを。

 

「ママ!上よ!」

 

「……少し、辛抱してね!」

 

その言葉から2秒と経たずに、隕石がママの背中に直撃した。

背骨を砕くほどの大爆発が起きたのが、ママの体越しに伝わってきた。

魔障壁なんて一撃で粉々になって、

衝撃でママの身体が引き裂かれていく不気味な感触は今でも忘れられない。

 

「ああっ、がふっ!!」

 

「ママ、しっかりして!」

 

「だめよ!じっとして……!」

 

二度目の爆発がママを襲う。耳を突き破るほどの爆音。隕石がママの身体を奪っていく。

そして、ママが吐き出した大量の血が私の顔に降り掛かった。

私は悲鳴を抑えることができなかったわ。

 

「もうすこし、だから、がんばれるわね……!?」

 

「あ、あ…いやあああ!!」

 

これでも吸血鬼だもの。血なんて怖くない。叫んだのは、それが“ママ”だったから。

顔を触ると、両手の指がべったりと紅く染まった。

それでも人間達の攻撃は容赦なく私達を襲う。

第3波が見えた時、ママが私をより一層強く抱きしめた。

 

「ママ、逃げなきゃ!」

 

「さいごまで、まもれなくて、ごめんね……」

 

直後、隕石がママに突き刺さった。最期にママは、命を振り絞って、

自分じゃなく、私に防御魔法を使って、死んでいったの。身体を真っ二つにされて……!

命が尽き果てる時、ママが唇でこういったの“みなみ、にし”って。

 

「ママ?……ママぁ!!」

 

だから、私は泣きながら思い切り走った。

仲間の死体を踏み越えて、息が切れても、行く当てなんかなくても。

 

途中、人間や悪魔が砦に集まりだしたのが見えたけど、

そんなこと気にしている余裕なんかなかった。

力尽きて倒れ込んだときには、ホワイトデゼール南西の端にたどり着いてた。

ふと気がつくと、真っ白な大地は肥沃な大地に変わって、

辺り一面が草花に覆われてたの。

 

どうしてそんな事が起きたのかわからない。

けど、なんだか無性に腹が立って、無意識にそこら中の花を引きちぎってた。

どうしてお前達が生きているのに、ママは死んでしまったんだって。

ただそこに咲いているだけの花が、

何もできなかった自分を見ているようで腹立たしかった。

 

………

……

 

 

「ワカバやガイアと出会ったのは、その時。

私が草原に座り込んでいるところにワカバ達がやってきたの。事情は似たようなものよ」

 

「そうです。ワカバもお母さんと一緒に戦争に行ったんですけど、

敵の目を見る前に、すごい速さで弾を撃つ銃や、あの隕石の直撃を受けて……」

 

「人間の武器は、マスケット銃や簡単な大砲しかないから大丈夫って聞かされてたのに、

実際は違った。父さんも隕石にコアを砕かれて、ただの岩になっちゃったから、

誰もいなくなった南西に逃げてきたんだ」

 

なるほどね。この子達がミドルファンタジアに来た経緯は大体わかった。

わからないのはその後ね。

 

「それからあんた達はどうしたの?真っ直ぐうちまで来たのかしら。

それと、なんであたしがここに住んでて、あの戦争に噛んでるって知ってたの?」

 

「三人組になった私達は、とにかく人目を避けて帰る方法を探していたの。

でも、魔王様はもういない。つまり、魔界へ続くゲートも存在しない。

自分がどこの領地にいるかもわからなくて、あてもなくさまよってたら、

こんな噂を聞いたの。

“早撃ち里沙子も参加した”、“ハッピーマイルズの斑目里沙子だ”、

“彼女も功労者だ”。

それからは拾ったボロ布で頭を隠して、あんたの噂を聞いたり、

新聞を盗んだりして行方を追ったわ。ガイアは隠れるしかなかったけど。

ハッピーマイルズに来てからはすぐだった。

あんた、ここらへんじゃずいぶん有名らしいじゃない。でも、そこまでが限界。

いくら人間より耐久力がある魔族でも、食べなきゃいずれ死ぬ。

だから戦争に関わったあんたに、

ええと、“せんさいこじ”としての保護を要求したのよ」

 

「んー、大体わかった。じゃあ、最後の質問。あんた達これからどうしたいの?」

 

一番重要な質問。多分、聞いたところで何もしてやれることはないんだろうけど。

 

「ワカバは、魔界に帰りたいです。パパや妹達が待ってます。

せめて、お母さんがいなくなったことはちゃんと伝えないと……」

 

「僕も帰りたいよ。兄弟が待ってる。うちに母親はいないけど、誰かが面倒をみないと。

造られた存在のゴーレムには、親がいたりいなかったりするんだ」

 

「ふむふむ。それが賢い選択よね、帰れる家や家族があるなら。

うちらとしても、下手に残るって言われたらどうしようかと思ってたの。

じゃあ、帝都からの連絡があり次第その方向で……」

 

「ふざけないで!!」

 

ピーネが突然激高して立ち上がった。椅子代わりの樽が草原に転がる。

2人はその様子に言葉を失い、あたしは黙って続きを待つ。

 

「ママを殺されて、ろくでなししかいない魔界におめおめと逃げ帰れっていうの!?

私は嫌よ!

絶対にママを殺した奴ら、あの兵器を作った連中に復讐するまでは帰らない!」

 

「あのね、兵器は一人で作れるわけじゃないの。

設計する人、材料を調達する人、部品を作る人、組み立てる人、輸送する人。

色んな人達の努力によって成り立っているのです、おしまい。制作著作NHK」

 

「真面目に聞く気がないなら戻るわよ!

100人が関わってるなら、100人全員殺すまで魔界に帰る気はないわ!」

 

あたしはピーネを追わず、玄関に戻ろうとする彼女に、

いつも長めに結ってる三つ編みをもてあそびながら、つぶやいた。

 

「……BM-13、多連装ロケット砲」

 

「なに……?」

 

「使用ロケット砲弾“M-13”諸元。弾頭重量18.5kg 最大射程8500m」

 

「何を言っているの!?」

 

「通称“スターリンのオルガン”。ロケット弾に誘導機能は無いため、

大量に撃ち込むことでその欠点を補っている。でも、それゆえ弾道が読みづらく、

敵兵に心理的脅威をもたらす副次的効果があった。……70年前の兵器よ」

 

「それじゃあ……あんたが!!」

 

「そう。あたしはアースの人間。

趣味で集めた古典的兵器の設計図が、こんな形で役に立つなんて思わなかったわ。

あんたが隕石って呼んでるロケット砲の製造法を持ち込んだのは、このあたし。

若干オリジナルに手を加えたところもあるけどさ」

 

「殺してやる!」

 

ピーネが飛びかかってきたけど、掴みかかられる直前、

クロノスハックを発動して立ち上がり、彼女の後ろに立った。

能力解除と同時に、ピーネが樽に抱きついて大きく縦に宙返りした。

可哀想に。草っ原とは言え、まともに転ぶと痛いでしょう。

 

「うう、痛い……なん、で?」

 

「ピーネちゃん、しっかりして!」「やめようよ、こんなこと!」

 

頭から地面に突っ込んで、鼻血を出すピーネを止めようとする二人。

あたしは座り込むピーネに近づいて告げた。

 

「前にも言ったでしょう。憎むなら好きなだけ憎むといい。

でも、今のあんたじゃあたしを殺すのは無理。

あたしが生きている間に強くなるのも無理。わかったらさっさと顔洗ってらっしゃい。

……全員解散」

 

薄暗い草原が明るくなり、あたし達を温かく包む。

完全に朝日が上ったから、今度はあたしが玄関に向かう。

 

「待て、里沙子おおぉ!!」

 

二人の静止を振り切って、またあたしに突っ込んで来るピーネ。

今度は避けずに尻で受けてやったけど、

まだ人間と同等の力しかない彼女は、あたしを押し倒すこともできない。

 

「……鼻血付けないでほしいんだけど」

 

「うああっ!ママ!お前がっ!殺した!ママと、わたしの、お家!」

 

泣きじゃくりながらあたしを殴る拳を、手のひらで受け止めるけど、

やっぱりその力は哀しいほど弱い。

ピーネに向き合って、最後にもう一度だけ付き合ってやることにした。

無意味なこととはわかってるけど。

 

「ねえ。この戦争で悪かったのはどっちだと思う?

約1000年もの間、人間を脅かし続けた魔王?それともあの大戦で、

一方的にあんたの母親含む悪魔を、近代兵器で殺しまくった人間?」

 

「うるさい!人間なんか、みんな、死ねばいいんだ!!」

 

「答えは、両方。悪魔に人間を殺す資格なんてない。逆もまた然り。

人間にもあんたの母親の命を奪う権利なんてなかった。

数とか正当防衛とかの問題じゃない。こうして親を亡くした子供が3人も集まった。

あんたはそれを許す必要はないし、許しちゃいけない。

ヴァンパイアじゃなくて、一人の少女として、

戦争なんかをおっ始めた悪魔と人間を許しちゃいけないの」

 

「なら、死ね!今すぐ死ね!地獄に落ちてママに詫びてこい!」

 

目を血走らせて、涙を散らして、

なおも掴みかかってくるピーネの両腕を抑えながら続ける。

 

「こうも言ったはずよ。いつでも殺しにいらっしゃい。

今は無理でも、60年か70年かしたら、

ババアになったあたしの首を締めることくらいはできるはずよ。

そのチャンスをみすみす溝に捨てるつもり?」

 

「……くっ、あああん!ママー!悔しいよー!!」

 

その場で泣き崩れるピーネ。騒ぎを聞きつけたルーベル達も外に飛び出してきた。

 

「おい、どうしたんだ一体!」

 

「何があったのですか!?」

 

「ルーベル、エレオ。おはよ。……全部話したのよ、この子に」

 

「なんでそんな……いや、いい。でも、今じゃなきゃ駄目だったのか……?」

 

「先延ばしにしたって、その分一緒に過ごした記憶が、憎悪に変わるだけよ。

親殺しの犯人と楽しくテーブルを囲んだ記憶なんて、腐って心にへばりつく」

 

「……里沙子さんの対応は、正解とは言えなくても、間違っているとも言えません。

確かに、真実を告げるのが後になればなるほど、彼女は騙されたと感じ、

余計に憎悪を膨らませていたでしょう。

政治的な面で言うと、敵愾心を持っていてくれるほうが、

戦争捕虜としてかえって守られやすくなります。

つまり、モンスターではなく人間の兵士と同じ扱いをされるので、

有無を言わさず射殺、という事態は避けられるかと。

今日には帝都から返事が来るでしょうから」

 

エレオノーラが冷静な分析を述べる傍ら、ピーネが地に伏せて号泣している。

ワカバとガイアは、彼女を慰めようとしても、何を言っていいかわからず、

彼女を見たまま聖堂に入っていった。今の彼女を慰められる言葉なんて存在しないのよ。

ただ心の中で忠告する。

 

「みんな行きましょう。落ち着くまでそっとしとくしかないわ」

 

「そうだけどよ……」

 

「里沙子さんの言う通りです。ここは彼女一人に」

 

「ああ……」

 

ピーネを残して、皆が聖堂に入ると、ドアが閉じられた。

ただ己の無力さにむせび泣き、手元の草を握る。

 

「悔しいよ……力が欲しいよ……里沙子を、里沙子を倒す力が!」

 

 

──そんなに強くなりたい?

 

 

その声に見上げると、いつの間にかピーネの側に、不思議な女性が立っていた。

魔女らしい三角帽子を被っている。

ただ、その色は黒、というより光が飲み込まれた影と表現した方が近いだろう。

大胆に胸元やくびれを露出した漆黒のドレスを着て、

やはり黒のマントを羽織っているが、ふちが不気味な紫に光っている。

ピーネは顔を鼻血や鼻水でぐしゃぐしゃにしたまま、女性に話しかけた。

 

「あなた、誰?」

 

「あらあら可哀想。きれいなお顔が台無し」

 

何かの魔法だろうか。女性は真っ白な左手にハンカチを呼び出し、

ピーネの顔を優しく拭った。顔を触れられるとピーネは気づいた。

この女性は魔界の存在だと。

すっかり顔が綺麗になると、彼女はピーネに話しかけてきた。

 

「こんなところで、どうして泣いていたの?」

 

「私が……弱いから。斑目里沙子を殺せないから……!」

 

「そう。だから悔しくて、泣いていたのね?」

 

「ええ、そうよ!力さえあれば!里沙子も、人間も、戦いしか頭にない悪魔も!

全部殺してやるのに!!」

 

「わかったわ。あなたに、力をあげる」

 

「えっ?」

 

唐突な申し出に戸惑うピーネ。

女性は構わず、人差し指に口づけし、その指をピーネの唇に当てた。

 

「いきなり何……んっ!?」

 

その瞬間、彼女の体内で何かが稲妻のように駆け巡る。

しかし、それは苦痛を伴うものではなく、

彼女に宿る何かを解放し、増幅し、やがて、暴走させる。

 

「わ、わ、何これ……わからないけど、凄い!!これなら、殺せる!里沙子も人間も……

何もかも!!」

 

ふふ、頑張ってね、お嬢さん。

その声に辺りを見回すが、漆黒の魔女は、もうどこにもいなかった。

 

 

 

 

 

あたしらはいつもどおり、聖堂に朝食を並べて待ってたんだけど、

ピーネがいつまで経っても来ない。

 

「……みんなは先、食べてて。あたしはあの娘と話があるから。あと、あんた達にも」

 

「ワカバ達ですか?」

 

「僕にもなにかあるの?」

 

「私はいいよ。別に食わなくてもいいんだし、一緒に待ってる」

 

「そうですね。ジョゼットさん。すみませんが、もう少し……」

 

「いいんです。スープは温め直せばいいんですし」

 

彼女をドアの近くで待ってると、

突然ガラスを割らんばかりの大音声で、外から声が聞こえてきた。

 

『斑目里沙子ォ!!出てらっしゃい!

あなたの臓物を引きずり出して、剥製にしてあげる!』

 

聞き覚えのあるのような無いような、とにかく殺意と狂気に満ちた声が聖堂に響き渡る。

あたしはすぐさまピースメーカーを抜いて、ドアを開けた。

そこで見たものは、さっきそこで泣いていたピーネとは似て非なる者。

真紅に目を光らせて、幅4mはある翼をはためかせて宙に浮き、

溢れ出る魔力で発する雷を物ともせず、

小さな身体に似合わない、異様に発達した指と鋭い爪を備えている。

 

「一体どうしたの、ピーネ!」

 

『黙れ!私はピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワールだ!下衆め!』

 

同時にあたしは外に飛び出し、1対1の状況に持ち込む。

今のピーネは何をしてくるかわからない。教会への被害は避けないと。

 

「誰かに変なクスリでも射たれた?とにかく正気に戻って!」

 

『うるさい!お前達と馴れ合いごっこしていた私が愚かだった!

間違いは、正さなきゃならない!』

 

ピーネがひとつ羽ばたくと、凄まじい速さで接近し、鋭い爪で斬りつけてきた。

避けきれないと判断し、瞬時にクロノスハックで左回りに回避したけど、

途中でギョッとするものを見た。回避直後に能力解除したけど……間違いない。

停止した時間の中で、あたしを目で追ってた。

 

『アハハ!便利な能力よねェ!それで何人殺したの?人、それとも悪魔?』

 

「意外と殺しに使ったことはないの!割と覚えたてだから!」

 

『じゃあ、もっと使わせてあげる!』

 

ピーネが左手に魔力を収束し、空を引っ掻くように振り下ろすのを見た。

考える前にすかさず時間停止。

次の瞬間には、5条の縦の雷が、放射状に地を割りながら眼の前まで迫っていた。

思わずドキッとする。

やめてよね!無駄に興奮したり緊張すると停止可能時間が縮まるのよ!はぁ、解除。

 

『あー、またズルした!だったら私も本気出しちゃうから!』

 

すると、またピーネが羽ばたき、

1回目を上回る超スピードで左右にこちらをかく乱しながら飛んできた。

……今度こそあたしを仕留めるつもりなんだろうけど、

別にクロノスハックが奥の手ってわけでもないのよ。

 

あたしは目を見開き、限りなく実体に近い残像を凝視する。

今は右だから、次は左。それから中央に来た時が勝負。

今、クロノスハックは使ってない。なんとなくよ。

ホルスターに手を掛け、彼女の殺気を読み取り、次の移動地点を計算。3,2,1,……

その刹那、ピースメーカーを抜いてファニングで6発全弾撃ち尽くす。

右腕と銃に神経を走らせ、左手で弾くようにハンマーを起こした。

 

『きゃあっ!!』

 

飛行中に銃弾を食らったピーネが地面に放り出される。.45LC弾、1発命中。

能力なしならこんなところね。ピーネの羽根に穴が一つ空いている。

もう今までの高速移動は無理そう。

シリンダーを回しながら速やかに排莢しつつ、うずくまる彼女に近寄る。

 

「頼れる銃と技量。なにも魔法だけが絶対じゃないの」

 

『ああ、痛い。……お願い、殺さないで!』

 

ピーネが悲しげな紅い瞳を向けて懇願してくる。排莢が済んだらすかさず装填。

 

「殺しゃしないわ。どこでそんな力を手に入れたの?

この辺はぐれメタルなんていないでしょう」

 

『真っ黒な服を着たお姉さんよ……手を貸して、羽根が痛くて動けないの……』

 

「しょうがないわね、ほら」

 

あたしは左手を差し出した。

その時、ピーネが鋭い牙を見せてニヤリと笑い、左手を掴んで引き寄せてきた。

ガクンッ!と身体が彼女に接近し、肩に飛び込む体制になる。

 

「ぐっ!」

 

『引っかかったわね!

あんたを奴隷にしてあげるぅ!お前は永遠に私の城で便所掃除よ!キャハハハ!』

 

そのままあたしの首筋に噛み付こうとした時、

彼女の腹が連続して突き刺すように殴られた。

回数6。足から力が抜け、崩れ落ちるピーネ。

 

『かふっ、え…なんで……?』

 

あたしの右手にはリロードを済ませていたピースメーカー。銃口からは硝煙が立ち昇る。

 

「さっきも言ったでしょう。最後に頼れるのは銃と技量。

敵がホルスターに銃を収めるのを確認しないからこうなる。

さて、今度はこっちで行こうかしら。お仕置きにはちょうどいいでしょう」

 

左脇ホルスターから黄金に輝く巨大な銃を抜く。

 

「Century Arms Model 100。通常の拳銃弾は使用不能。

ライフル用の45-70ガバメント弾を発射する特大拳銃よ。

悪魔でも至近距離なら脳ミソが吹っ飛ぶ」

 

そして、ハンマーを起こし、額に狙いをつける。

 

『いや、やめて……』

 

「もう一度言うわ。許してくれとは言わない。好きなだけ恨みなさい。

地獄で会ったらその時は、喧嘩の続きをしましょう。……じゃあね」

 

『お願い!また私から奪うの!?今度は母だけじゃなく、命まで!……私を、助けてよ』

 

ギリギリとトリガーを引く。カチン。そして、草原に爆発音が6つ駆けた。……そして

 

「貰い物の力じゃトップになんか、なれはしないわ。必ずそいつに殺される」

 

『う、う、うええええん!ママー!』

 

ピーネが泣き出すと同時に、身体からボスンと黒い霧が抜けて宙に消え、

同時にピーネ自身も元の姿に戻った。

もっとも、羽根はM100を6発食らってボロボロだけど。

別に羽根はなくても生きられるから、まあいいでしょう。

戦いを見守ってたエレオノーラ達が駆け寄ってくる。

 

「里沙子さん、無事でしたか!?」

 

「なんとかね。でも、クロノスハックも無敵の能力じゃないってことがわかったわ」

 

「どういうことですか?」

 

「あたしの想像を上回る速さを持つ敵には効果が無いってことよ」

 

「彼女もそうだったと?」

 

「目で追う程度だったけどね。……さて、こいつを連れて帰ってお尻ペンペンしないと」

 

ピーネのそばに寄って、右手を差し出す。

 

「ほら、立てるわよね。レディが這いつくばって泣いてちゃみっともないわよ」

 

「ぐすっ…泣いてないもん!」

 

そして、しっかりと彼女を引っ張り上げて立たせる。

そのまま手を引いて、あたし達は聖堂に入っていった。

途中、ルーベルが何も言わず、ポンポンと肩を叩いて早足で中に入った。なにそれ。

 

 

 

 

 

そんな里沙子達を見つめる一つの影。

黒ずくめの女が遥か上空で、雲の上に寝そべりながら、彼女達の教会を眺めていた。

 

「うふ。やっぱり面白い娘ね。まぁ、ギルファデスのおじさまを倒したくらいですもの。

ヴァンパイアの少女に後れを取るようじゃ面白くないわ。

……さて、今日はそろそろ帰りましょう。

スカルパンプキンのウィスキーがもうすぐ熟成されるわ。楽しみ」

 

女は立ち上がると、前方に手をかざす。すると、奥に何があるのか何も見えない、

暗黒のゲートが開き、彼女はその中に消えていった。

 

 

 

 

 

あの後、聖堂に集まったあたし達は、まだ泣き止まないピーネと遅い朝食を取った。

 

「ええ~ん!むしゃむしゃ、ほんどに、もふもふ、ごめんなざぁ~い!」

 

「食いながら謝っても誠意は伝わらないってこと、ママに教わらなかったのかしら!」

 

「まぁまぁ、いいじゃねえか里沙子。事情が事情だったんだからよ」

 

「そうですね……彼女のような子供達が存在するうちは、

戦争はまだ終わっていない現実を思い知らされます」

 

エレオノーラがワカバとガイアに視線を送る。そう、不思議だったのよ。

こいつらもピーネと同じような境遇なのに、暴走しないどころか、

人間というかあたしを恨んでる様子もない。この際だから思い切って聞いてみる。

 

「ねえ。ワカバ、ガイア」

 

「なんでしょう」

 

「なに?」

 

「あんたたちも、あの戦争に関しちゃ、ピーネと同じく、

あたしが持ち込んだ兵器で親を亡くしてるはずなのに、

どうしてあたしを恨んだり殺そうとは思わないのかしら」

 

二人が持っていた皿に目を落として黙り込む。少し、突っ込みすぎたかしら。

しばらくして、ガイアが語り始めた。

 

「わからないんだ……きっとゴーレムは造られた存在だから、

憎しみとか、怒りとか言った、創造者にとって都合の悪い感情は、

最初から組み込まれてないんだと思う。

ただ、何か胸に穴が空いたような感じがずっと消えない」

 

「そいつは……なんつーか、寂しい話だな」

 

「ワカバは?」

 

「ワカバも、わかんないです。りさこさんの言ってたこと、ずっと考えてて……」

 

「あたし?」

 

「悪魔と人間、どっちが悪かったのか。

りさこさんは両方だって言ってたけど、ほとんどの悪魔はいつもお腹を空かせてて、

この世界の豊かな食べ物が欲しかった。人間は、ただ生き残りたかった。

どっちもただ生きたかっただけなのに、でも、お母さんは死んじゃいました。

とっても寂しいけど、今は誰のせいなのか、誰が悪いかとか、

考えるほど心の整理がついてないです……」

 

「……いつか答えが出て、あたしのせいだって結論に達したら、いつでもいらっしゃい。

あたしはここにいるから。ピーネと同じ条件で勝負を受ける」

 

「里沙子さん、もうこんな無茶は……!」

 

「いいんだ、エレオノーラ。こいつなりのケジメなんだ。私もついてるから」

 

結局、二人の運命については自分自身で決着を付けてもらうしかないってことか。

それにあたしが絡んでるっていうなら、カタがつくまで付き合うだけよ。

 

「ぐすっ…おかわり……パンもほしい」

 

「はーい。ちょっと待ってね~」

 

「ねえ、あんたマヂで反省してる?」

 

「ううっ、しょうがないでしょ、力使いすぎてお腹が空いてるんだもん……

あ、それに!あんたに羽根ボロボロにされたから、飛べなくなっちゃった。

一杯食べて栄養補給しなきゃ……」

 

当分ベッドじゃ寝られそうにないわね。寝袋でも買おうかしら。

ぼんやりそんな事を考えていた。

 

 



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世界の先進国と小さな首相
壁ドンとか言うのが流行ってるみたいだけど、あたしにやったらアッパー食らわすから。


サラマンダラス要塞 2階 円卓の間

 

サラマンダラス帝国の意思決定を行う、ここ円卓の間に、

主要各国のトップが一堂に会していた。

静寂を好む皇帝の、寂しげとも言える火竜の間とは違い、

床には真っ赤な高級絨毯が敷かれ、

天井には熟練職人の細工が施された豪奢なシャンデリア、広間を囲む黄金の燭台、

そして、磨き抜かれたマホガニー材の円卓が据えられている。

険しい顔をした皇帝が口火を切る。

 

「……諸君らの要請を受け、主要国非公式会談を設けたわけだが、

何を話し合う必要があるのか甚だ疑問である」

 

「またまた~とぼけちゃって、ジークフリートのお・じ・さ・ま」

 

キモノという東の島国の民族衣装を着て、

ブラウンのツインテールに髪をまとめた少女が、椅子の中で彼を冷やかす。

しかし、彼女は若干15歳にして神都大学に飛び級で入学、主席で卒業し、

経済学、心理学で学位を取得した天才。

人呼んで、最も幼き首相、パルフェム・キサラギである。

 

彼女が治めるは、桜都連合皇国。

国民の殆どが天皇を唯一絶対の存在として崇め、あまり宗教に感心がない。

南北に長い列島で、季節による天候の変化が大きい。海軍力では世界トップクラス。

国旗は白地に国花である菊の紋章。立憲民主主義を採っている。国号は皇。

 

「無論、貴国が倒した魔王の事に決まっておろう」

 

大山の如き大統領こと、アルベルト・ヴォティスが、パルフェムに続く。

彼が代表を務めるは、中立国家ルビア。

オービタル島北西に広がる、広大なブランストーム大陸西端に位置する、

四角い領土を持つ国家である。面積約65万キロ平方メートル。

建国以来中立を貫き、侵略も他国との同盟もしないが、

国際会議には出席し、議決権もある。国旗は、夜空を表す紺色に、

決して揺らぐことのない中立性を意味する北極星が中央に据えられている。国号は流。

 

「そこで用いられた兵器について、軍縮条約に抵触する恐れがあると報告がありました。

この件について納得の行く説明を願います」

 

縁が見えないほど透明なノンフレームの眼鏡を掛けた、背の高い中年の魔女。

斜めに水色のストライプが入った三角帽子、同色のドレスに紫のマントを羽織っている。

五属性の支配者、ヘールチェ・メル・シャープリンカー。

彼女は魔術立国MGDの代表である。

 

機械技術にはほぼ頼らず、工業・農業・経済、全てが魔術によって左右される。

徹底した秘密主義で、人口、面積、GDPなど、

ほとんどの国内情勢が明らかになっていない。国際会議加盟国の一つ。

社会的地位の高い者、国政に関わる重要人物は、ほとんど魔女が占めているのが特徴。

高純度魔石や新開発魔法の使用権輸出で利益を得ていると考えられている。

国旗は紫の生地の左側に三日月、右側に六芒星。国号は魔。

 

「そして、魔王の死体から削り取った千年闇晶で、しこたま儲けたというではないか!

これを無法と言わずに何という!」

 

共産主義国家マグバリスの代表は、熱砂の暴君・大帝ガリアノヴァ。

マグバリスは、サラマンダラス帝国の遥か南に位置する、ドラス島に存在する国家。

国際会議参加国とは認められていない。サラマンダラス皇帝の言葉では、

「国際社会に進出したければ、人間並みの品格を身につけよ」

年中灼熱の太陽が照りつける気候もあり、農業・科学技術・魔法知識、

いずれも発展途上国と紙一重レベルでしかない。

そのため、治安の悪い小国と奴隷貿易を行い、大麻の密売で荒稼ぎをしているが、

国家としては“根も葉もない噂”と否定している。

国旗は、赤の下地の中央に、白の線を縦に走らせ、

矢を番えた弓を真上に向けたエンブレムを描いている。国号は岩。

 

「貴様の口から法という言葉が出るとは、我輩も驚きを隠せない。わずかとは言え、

ようやく識字率が上がるほどまともな内政をする気になったのは喜ばしい。

お前を呼んだ覚えはないが、まあ良い、座れ」

 

「ケッ、気取りやがって。邪魔するぜ」

 

国のトップというより、海賊の親玉と言った風体のガリアノヴァは、

大きな椅子にドシンと寄りかかるように腰掛け、スキンヘッドを一度叩いた。

 

「シャープリンカー殿、先程の軍縮条約について、貴女の主張を詳しく説明願いたい。

我が国は強敵に対し、必要な装備を整えたまで、と認識している」

 

彼女は眼鏡を直すと、皇帝を見つめたまま必要最低限の事を述べる。

 

「先の第二次北砂大戦で使用された武装は、

アース製連発銃、ミドルファンタジア製連発銃、こちらもアースによる影響が濃厚。

果ては数キロ先まで飛翔し爆発を起こすロケット発射台、しかも自走式。

いずれも他国への先制攻撃に使用されうる兵器の使用、製造の禁止という

国際法に反しています」

 

「呆れたものだ。

諸君が慌てて非公式会談を求めたかと思えば、今度は聡明な貴女が曖昧なことを。

魔王との決戦に、貴女が述べた兵器が使用されたのは事実だが、

それらが他国への先制攻撃に使用されうる、という明確な根拠を述べて頂きたいものだ。

我が国は、専守防衛の立場を取ると国際的に宣言しており、

これらの兵器が貴国に対して向けられることは、ない」

 

今度はヴォティスが発言する。

顎髭を蓄えた口元で手を組み、ただ視線を前に向けて告げる。

 

「ごちゃごちゃした理屈はいい。

私が聞きたいのは、貴国が行き過ぎた武装を放棄するつもりがあるのか否かだ。

できない、とは言わせん。中立国家たる我々は、

侵略に使用しうる全ての武装、軍隊を放棄しているが、千年に渡る平和を享受している」

 

「ククッ、いや失敬。平和の意味を履き違えている貴国の意見は、

全くと言っていいほど当てにならないのでな。

ルビアが武力を持たず今日の平和を維持できているのは、

両隣の国に実質軍事を委託しているからであろう。

他に理由があるとすれば、ただの運だ。

第一第二北砂大戦でも、たまたま魔王が貴国に現れなかった。

でなければ、今頃ルビアは世界地図から消えていなくてはおかしい」

 

「口が過ぎるぞ!我が国が戦う意思のない臆病者だと申すか!」

 

「いずれの大戦でも、ほっかむりをしてだんまりを決め込んでいた国に、

戦を語る資格などないということである。決してルビア一国を非難しているのではない。

人類の存亡を賭けた戦いだと言うのに、どの国も戦いに加わろうという者はいなかった。

結局魔王は我が国の軍だけで退けたわけだが、

第一次では数十万人、第二次では28名もの犠牲者を出した。

それほど多くの血を流し、ようやく人類を魔王という脅威から救った我々の戦いに、

今更ノコノコ出てきてあれこれ口を出すなど、滑稽極まりない」

 

「暴論ですわ!あなた方が国際法違反の兵器を使用していたのは事実!

この責任をどう取るおつもりですか!」

 

「同じことを二度語らせないで欲しい。我が国が専守防衛に徹している以上、

先制攻撃に使用されることはない。

よって、我が軍の保有する軍事力は国際的に抵触しない」

 

「仮にも一国の代表が、言葉遊びをしに来たわけではありませんのよ!?

誠意ある回答が得られない場合は……」

 

「ガタガタうるせえんだよ、さっきから!」

 

ここに来て、出された水を煽るように飲んでいたガリアノヴァが、

水差しをテーブルに叩きつけ、初めて口を開いた。

 

「俺らが知りたいのはよう、結局いくら出すかってことなんだよ!ああん!?

そっちは魔王の死体でいくら儲けたんだよ?

確か千年闇晶はMGDが喉から手が出るほど欲しがってたって聞いたぜ。

お前ら、いくらで売った、いくらで買った。

ズルして儲けた金ならよう、公平に分配するのが筋ってもんだろうが。んん?」

 

「やはり貴国の識字率は低下傾向にあるらしい。嘆かわしいことだ。

サラマンダラス帝国の軍事力の正当性は何度も説明した。

それによって倒した魔王から得られた資源で確かに貿易を行った。

結果、戦役で被った甚大な損害を補填できたのも事実。全て、当たり前のことだ。

貴国に何かを恵んでやる理由などない。理解できたのなら座れ。

本来この場にいる権利などない貴様は、警備兵に射殺されてもおかしくないのだぞ」

 

皇帝は苛立つ。こうしている間にも里沙子達が待っているというのに。

戦争でミドルファンタジアに取り残されたモンスターの子供達の処遇について、

一刻も早く法王と協議を再開する必要がある。

 

「あんだとクソ皇帝が!アースの知恵が無けりゃ何もできねえ……」

 

「うるさいですわ、ハゲー」

 

大人の口喧嘩にうんざりした、という様子で、

テーブルに上半身を乗せながら、パルフェムが退屈な様子で言い放った。

 

「誰が勝ったとか、いくらとか儲けたとか、どうでもよくってよ。

というか、貴方最初からウザいですわ。

発展途上国なら途上国らしく、

農地開拓や教育水準の向上から始めたほうがよろしいんじゃなくて?

先進国の仲間入りを果たしたと思い上がっているなら、大きな間違いでしてよ」

 

「な、なんだとこのガキが!

俺の3分の1も生きちゃいねえ青二才の分際で、政治の何が判るってんだ!」

 

彼女はため息を着いて、キモノの帯から扇子を抜いてバッと広げた。

扇面に描かれているのは、羽ばたく一羽の丹頂鶴。

そして、彼女が扇面に向かって宣言する。

 

「さようなら 去りゆく影に 冬の風」

 

五七五の短い詩を読むと、ガリアノヴァの身体を冷たい風が激しく包み込み、

やがて猛烈な吹雪を伴い、彼の身体を隠し始めた。

 

「お、おい!なんだこりゃ!どうなってんだ!」

 

「貴方、少し邪魔ですわ。物乞いなら他所でやってくださいな」

 

「うわー!!」

 

吹雪が完全に彼の身体を覆うと、ガリアノヴァは、一瞬にして何処かに強制転送された。

それを見ると、パルフェムは嬉しそうに座ったまま椅子の上で跳ね、

他の元首らが驚く姿を気にも留めず、皇帝にまくしたてた。

 

「おじさま、面倒な野郎は追い出しましたわ!今度はパルフェムとお話ししましょう!」

 

「不見識な輩を追放してくれたことには礼を言うが、少し落ち着きたまえ。

奴は一体どこへ消えたのだ?」

 

「知りませんわー。彼の記憶にあるどこか、としか。

そんなことより!先の戦の話を聞かせて下さいまし!」

 

彼女は少し首を傾げてろくに考えもせず答え、

他の元首とは違い、単純な興味から第二次北砂大戦について話をせがむ。

 

「具体的には?」

 

「貴軍が使用した新兵器とかー、それらを運用した戦術とかー、

あと、設計した人物に是非お会いしたいとも思いますわ!」

 

「すまないが、全て軍事機密だ。

特に設計者は本来軍人ではない。民間人である者の生活を脅かすことになる」

 

それを聞いたパルフェムは何かに思い至ったようで、頬に人差し指を当てる

 

「な~るほど。では、設計者は十中八九アース出身ですわね。

嗚呼、こうしてはいられませんわ。

おじさま、今度お会いしたら武勇伝をたっぷり聞かせて下さいませ。

それでは皆さんごきげんよう~」

 

「待つのだ、何をする気だ!」

 

皇帝の制止も聞かず、パルフェムは皆に手を振ると、また扇子を広げ、短い詩を読む。

 

「春景色 まだ見ぬあなたに 逢いたくて」

 

詠唱を終えると、今度は彼女の周りに桜吹雪が舞い散り、

花びらにさらわれるように、彼女は一瞬にして姿を消した。

ひらひらと舞う桜は、床に落ちると、振り始めの雪のように消えていく。

やはり読めない少女だ。一体今日は何をしに来たのだろうか。

だが、ちょうど都合がいい。

 

「3人しかいなくなった状況では話し合いにもなるまい。

皆、今日のところはお引取り願いたい」

 

「……話の続きは、後日ゆっくりと」

 

シャープリンカーがヒソヒソと何らかの呪文を唱えると、足元に魔法陣が現れ、

エレベーターのようにせり上がって、やはり彼女をどこかに転移させた。

 

「運が良かったな。3年後の国際会議を楽しみにしていろ!」

 

ヴォティスは胸ポケットから、表紙に自国旗のプリントされたパスポートを取り出すと、

目的地の記されたページを開き、親指を押し付けた。

すると、彼の身体が瞬時に粒子化し、消滅した。

厄介者がいなくなり、一人残された皇帝は、大きく息を吐く。

すぐ里沙子嬢の問題に取り掛かる必要はあるのだが、

ほんの少しだけこの静寂に浸っていたい。

苦労多き皇帝は、首を回して、しばし天井を見つめていた。

 

 

 

 

 

あーい、ナレーション担当の人ありがとう。ここからはあたしがお送りするわ。

え、お前は誰だって?やあね、あたしよあたし。風邪引いて声が変わったけど、あたし。

久しぶりねぇ。ちょっと悪いんだけどお金のことで相談が……やめた、速攻飽きた。

なんとなく振り込め詐欺の練習してみたんだけど、想像以上につまんなかったわ。

皆も若いからって油断しないでね。

 

今度こそ、あたしこと斑目里沙子の出番よ。ジョゼットを連れて街から戻るところ。

何しに行ってたかって?……寝袋買いに行ったのよ。

流石に本来布団じゃないシーツを掛け布団にするのが、いい加減気持ち悪くなってね。

街道を一陣の春風が駆ける。ああ、気持ちいい。ここもすっかり春。

 

地球じゃ今頃、入学式や入社式の真っ最中ね。

面倒でも受験勉強に打ち込んだり、面接試験の練習をしてた頃が、

あたしにもあったのよ。

大阪大学を初めて見た時は、一つの街みたいな広さのキャンパスに驚いたわ。

ちなみに理学部物理学科。京大は気色悪い左巻きがいるからやめたの。

なーにが、京大を反戦の砦にしよう、だか。

大学は砦じゃなくて学校よ、覚えときなさい。

 

「ほら、ジョゼット、荷物持ちのお駄賃」

 

「わーい、ありがとうございます!」

 

あたしはジョゼットに銀貨5枚を渡した。寝袋は彼女が持ってるトランクに入ってる。

そろそろお小遣いの値上げを考えてもいいかもね。

食事係はもう完璧。パスパスの鶏肉焼いてた頃とはもう違う。

掃除も文句なし。別にチリ一つ残すな、なんて言わない。

殺鼠剤の効果が十分発揮される程度にこなしてくれれば、

自分の部屋くらいは自分で掃除する。

 

なんだか今日は地の文が多くて申し訳ないわね。実はこれだけごちゃごちゃ書いたのに、

まだWordで6000字にも届いてないの。そんなことだから3連続で誤字指摘されるのよ。

あ、活動報告でも書いたけどありがとうねー。

あたしの勘だともうすぐ面白いことが起こりそうな気が……

 

「あれ~?変わった服を着た女の子がいますよ?」

 

いたいた。なんか着物姿の女の子が街道の真ん中で立ち往生してる。

キョロキョロして何か探してるみたいだけど。とにかく声を掛けてみましょう。

 

「こんにちは。ママとはぐれたの?

一人でこんなところ歩いてると、昼間でも危ないわよ」

 

「あー!見つけましたわ!名も知らぬ想い人!」

 

そう叫んであたしに抱きついてきた。やべ、また変なやつ吸い寄せちゃったっぽい。

言ってることが意味不明。でも、こっちから話しかけた以上、

即バイバイは通らないから、一応会話は続けなきゃ。

 

「んー、えーと?とりあえずどこに行きたいのかしら。」

 

「あなたのお家!」

 

「ごめんなさい。あの家では何度も不幸な事件が起きて、

もう知らない人を招き入れるのはやめることにしたの。

駅馬車広場まで送ったげるから、今日はもう帰りなさい。金がないなら運賃くらい出す。

あなた、どこから来たの?」

 

「失礼、申し遅れましたわ。私は、桜都連合皇国首相、パルフェム・キサラギ。

どうしても第二次北砂大戦の立役者にお会いしたくて参りましたの」

 

「桜都連合皇国?どこの領地よそれ。もう面倒なカードマニアとかは勘弁ね」

 

「里沙子さん!皇国と言えば遥か東の島国ですよ!キサラギは現在の総理大臣です!」

 

「このどう見てもあんたより年下の女の子がぁ?

その総理大臣閣下が、どうしてこんな、

どうにもならないクソ田舎でほっつき歩いてんのよ」

 

「里沙子さん、もう少し自分が住んでる土地を好きになる努力をしてみませんか?」

 

「そんな薄気味悪いことするくらいなら死んだほうがマシ」

 

クスクス……

 

パルフェムって娘は、子供扱いされても気分を害した様子もなく、

あたしらのどうでもいいやり取りを微笑ましく見守っている。

それに気づいたジョゼットが、慌てて佇まいを直し、彼女に話しかける。

 

「ああっ、失礼しました、キサラギ首相!あの、わたくし達にどんなご用件で?」

 

「ふふ、そう畏まらないでくださいな。パルフェムで結構。

首相の肩書など堅苦しいだけですわ。

たまに他国へ遊びに来た時くらい、ただの少女でいたいものです」

 

「ごめんねパルフェム。ジョゼットに話の軌道修正されるなんて、

この娘が成長したのか、あたしが老いたのかわかりゃしない。

見た所怪しい娘じゃなさそうだし、やっぱり家でお茶しながら話しましょうか」

 

「まあ!ご自宅に招待いただけますの?わーい!」

 

パルフェムはバンザイして喜ぶ。この娘が総理大臣ねぇ。

やっぱり年相応の女の子にしか見えないけど。

とにかくあたし達は教会目指して歩き出した。

 

「とにかく、野盗に絡まれないうちに合流できてよかったわ。

この辺には、いくら叩きのめしても物取りが出るのよ」

 

「無作法な方たちのことなら何度かお会いしましたわ。

用はないのでお引取り願いましたけど」

 

「ええ?あなたが野盗を追っ払ったっていうの?」

 

すると、パルフェムが帯から扇子を抜いて口元で広げ、目だけで妖しく笑う。

子供らしからぬ相手を飲む雰囲気に少しぞっとする。

 

「パルフェムの言葉には力がありますの。

五七五の十七音に願いを込めれば、大抵のことは思い通り……」

 

「へえ、あなたは俳句を魔法にするのね」

 

「あは!俳句をご存知なんて、やっぱりあなたは日本からいらしたのね!」

 

「桜都連合皇国だっけ?そこには日本人は住んでるの?」

 

「いいえ、今は一人も。しかし、太古の昔に皇国に流れ着いた、

日本人の影響を色濃く残して発展したのが我が国ですわ」

 

「ふ~ん、やっぱりいろんな地球人が来てるのね、ここ」

 

「あの、ちょっと質問が……」

 

すっかり会話から置いてきぼりを食らっていたジョゼットが、

遠慮がちに入り込んできた。

 

「どうしたの?」

 

「あのう、里沙子さんの祖国がニホンというところだと言うことはわかったのですが、

ハイクって何なんですか?」

 

「さっきパルフェムが言ってた通り、

五七五の十七音で、情感や風景を詠む日本の詩歌の一種。

あと、季語って言う、季節を感じさせる言葉を一つ入れるのが作法」

 

パルフェムが両手をポンと叩いて喜ぶ。

 

「その通りですわ!

異国の地で遠い祖先の日本人と出会えるなんて、パルフェム嬉しい!」

 

「こんなもうすぐアラサー女で喜んでもらえるなら、それで何より。

……ほら、あそこがあたし達の家」

 

だべりながら歩いていると、目印の十字架が視界に現れる。

パルフェムが壁面に描かれたマリアさんとイエスさんの肖像画に興味を示す。

 

「あの壁に書かれているのは、どなたですの?」

 

「えっ!?マリア様とイエスさんですよ。

パルフェムさんの国では、シャマイム教は広まっていないんですか」

 

「と言うより、国民が宗教自体に興味がないと言ったほうが正確ですわ。

別に祈ったり小銭を投げ入れたところで、何が変わる訳でもありませんし」

 

「それに関しちゃパルフェムに賛成。

目が痛くなるほど文字が小さい聖書読んでる暇があるなら、

射撃練習してたほうがよっぽど身になるわ」

 

「お二人共ひどいです~里沙子さんなんてマリア様の家に住んでるのに……」

 

「違ぁ~う!ここは100万Gで買ったあたしの家!権利書にもそう書いてある。

……さあ、着いたわ。入って」

 

あたしは玄関の鍵を開けると、中にパルフェムを招き入れた。

 

「里沙子さんとは気が合いそうですわ。その合理主義は皇国の国是に通じるところが……

わあ、本物の教会を見るのは初めてです。

桜都連合皇国にもわずかながら神を信じる者がいるのですが、

自宅で小さな集会を開く程度ですから」

 

「ちょっと座って待っててくれるかしら。ジョゼットは彼女にお茶。

あたしは……色々準備してくる」

 

「は~い」

 

あたしは急いで私室に入って、モンスターのチビ助3人組が揃っていることを確認する。

 

「あんた達、今から一歩もここを出るんじゃないわよ」

 

「えっ、どうしてですか?」

「納得できないわ!説明しなさい!」

「外で遊びたいなって思ってたのに……」

 

「特別なお客さんが来てるのよ。あんたらがいるとややこしくなる。

出てきたやつは永遠におやつ抜き。いいわね!?」

 

返事を聞かずにドアを閉めると、また慌ただしく1階へ急ぐ。

途中、ルーベルが部屋から出て声を掛けてきた。

 

「おい、どうしたんだ里沙子。また揉め事か?」

 

「幸い今回はオールグリーンよ。異国のお客さんをお迎えするのに忙しいから、後でね」

 

「異国ってサラマンダラスの外か?

へぇ、面白そうだな。私も会わせてくれよ。準備手伝うからよ」

 

「う~ん、大丈夫?桜都連合皇国の首相なんだけど」

 

「うっ、多分……いや絶対大丈夫だ!」

 

廊下の話し声を聞いたエレオノーラやカシオピイア達が次々出てきて、

結局チビ助を除く全員でパルフェムの応対をすることになった。

ダイニングの椅子がちょうど人数分だから、

聖堂の長椅子動かして、飲み食いしづらい体勢でお茶する事態は避けられたわ。

パルフェムは嬉しそうに足をぶらぶらさせてる。

 

「ねえ、パルフェム。コーヒーと紅茶、どっちにする?」

 

ジョゼットと一緒にお茶の準備をしながら、彼女に好みを聞く。

 

「できれば緑茶を」

 

「あー、ごめ。この国じゃ緑茶は手に入らないのよ」

 

「うふふ、緑茶を淹れるのに最適な湯の温度はぬるめ?熱め?」

 

「大体ぬるめの60~70℃かしら。沸騰したお湯で淹れると渋みが出る」

 

「やったー、やっぱり日本人だ。なら、紅茶を頂けるかしら」

 

「へい、まいど」

 

またバンザイをしながらニコニコ笑うパルフェム。

そんな彼女を見てルーベルが安堵する。

 

「一国の首相だって聞いたから、

また法王や皇帝の時みたいな緊張強いられるのかと思ったぜ。普通の女の子じゃねえか。

私はルーベルだ、よろしくな」

 

「わたしは修道女エレオノーラ。そのお召し物は、皇国の伝統的な衣装ですね。

貴国では、神を信奉する習慣がほとんどないと伺っていますが、

あなた方から見てサラマンダラス帝国の印象はどうなのでしょうか」

 

「パルフェム・キサラギっていうの!

ええと、まずはルーベルさんもエレオノーラさんも、気楽に喋ってほしいなー。

確かに皇国は合理主義で神様とか信じてないけど、

だからってこの国を嫌ってるわけじゃないよ。

むしろ、いろんな種族、魔法系統、宗教が交じり合ってる、

遥か西の国に興味津々って感じ。だって、一応総理のパルフェムがそうなんだから!」

 

すっかりよそ行き口調をやめてこの場に馴染むパルフェムに、紅茶を出す。

最後にお茶菓子の入ったカゴを置くと、あたしも椅子に座った。

 

「まあ、ゆっくりしてってよ。

まともな客なら一応歓迎できるくらいには、あたしの人嫌いも緩和されてきたから」

 

「……お姉ちゃん、頑張った」

 

「あら、その軍服は……要塞の特殊部隊ね。どうしてここに?」

 

「実はこの娘、あたしの妹なの。ちょっと色々あってここに住んでるんだけどね」

 

「カシオピイア……よろしく」

 

「よろしくねー、カシオピイアさん。

……ところで、さっき2階でバタバタしてたみたいだけど、何かあったの?」

 

まだ帝都からの返答がない状況で、他国の首相に今の状況がバレるとまずいわね。

 

「あー、ちょっとペットを飼っててね。ケージに入れるのに手間取ってたの」

 

「ふ~ん……クシシシ」

 

パルフェムが妙な声で笑って、帯に差した扇子を広げる。そして朗々と一句詠み上げた。

 

「君恋し 柳向こうに 其の姿」

 

すると、扇子の先にホログラフの立体映像が浮かび上がって……やだ、チビ助共!

 

「ずいぶん可愛らしいペットを飼っているのね、里沙子さん」

 

「あの、ええと、ちょっと待ってね、これは一種の社会実験であって」

 

「ふふっ、冗談ですわ。しかーし、このパルフェムに隠し事はできないので、あ~る」

 

「お、お前今、何をした!?」

 

「今の詩歌は確か、ハイク?」

 

さすがにルーベルもエレオノーラもこれには驚く。

カシオピイアは状況が分かっているのかいないのか、ただ前を向いている。

 

「エレオノーラさん、正解。

パルフェムは、俳句に詠んだ事を魔力の範囲内で実現できるのでーす。

ちなみに今の句は、

“会うことのできない貴方が恋しい。

せめて柳の向こうにその姿だけでも見せてください”という気持ちを

詠唱として詠んだの。つまり透視」

 

「はぁ、世界は広いもんだなぁ、おい」

 

「国が違えば魔法形態も別物、とは聞いていましたが、

これは極めて特殊な術式ですね……」

 

「パルフェム、この件については皇帝陛下や法王猊下が協議中なの。

あまり事態を荒立てないでくれると助かるんだけど……」

 

「もちろん!そんなことより、もっと里沙子さんとお話がしたいわ!」

 

何かふと嫌な予感がした。

タイミングを図ってあたしにターゲットを絞ってきた気がする。

 

「……ちょっと気になったんだけどさ、

あなた、最初からあたしが魔王との戦いに関わってたこと知ってたわよね。

確かにこの辺じゃ少しは名前は広まってるけど、

遠い東の国の首相が知ってるのは何か変だな~って里沙子さんは思うわけですよ」

 

パルフェムは笑顔を浮かべたまま、何も言わない。

 

「すっかり情報は漏れちゃったけど、

皇帝陛下が緘口令を敷いてた、あたしらの身元を知ってるのはなんでかな~って、

気になっちゃってさ」

 

やっぱりパルフェムは黙ったまま。ただ、笑っている。

その笑顔が今となっては不気味に思える。

 

「街道で会ったのも偶然なんかじゃない。

あそこであたし達を待ってたんじゃないかな、って気がして。

……そろそろ何か答えてくれると助かるんだけど」

 

何の気なしを装いながら問い詰めて行くと、パルフェムが沈黙を破って口を開いた。

 

「里沙子さん……一緒に皇国で暮らしませんか?」

 

「なっ!お前、最初から里沙子が目的だったのかよ!?」

 

「駄目、お姉ちゃんは……渡さない!」

 

皆が慌て出すけど、あたしはパルフェムとの話を続ける。

 

「答えになってないんだけど」

 

「……そう、初めからあの場所で里沙子さんを待っていたの。

パルフェムの俳句でも、さすがに帝都からの正確なワープは難しくて、

それでも近くにいるのは間違いないから、ずっとあそこにいたの。

ちなみに居所の分からないあなたのところへ転移した方法は、

“会ったことのない人のそばにだけワープできる”一句」

 

「里沙子、そいつから離れろ」

 

「いいから。銃をしまって、ルーベル」

 

いつの間にか立ち上がって拳銃を抜いていたルーベルをなだめる。

もっとも、パルフェムはそんな事気にしちゃいなかったけど。

 

「ご要望なら、みんな一緒に来てくれても構わない。快適な住居を用意させてもらうわ。

もっとも、この国と建築様式は全く違うから慣れるのは大変だと思うけど」

 

「海外に引っ越すなんて面倒くさいこと御免被るわ。あたしを連れて帰りたい理由は何」

 

ダイニングに緊張感が張り詰める。やっぱりパルフェムは笑ったまま。

 

「皇国の祖先たる日本人を迎えたいのがひとつ。

圧倒的に数でも力でも勝る魔王の軍勢を、

一網打尽にした兵器の設計者を迎えたいのがもうひとつ」

 

「どちらかと言えば後者の方がメインなんじゃない?

言っとくけど、設計図は要塞に保管されてるから、

力で強奪するなら死ぬ気で掛かったほうがいいわ」

 

「そんな事ないわ。パルフェム達にとって、日本人は本当に憧れなの。

今なら天皇皇后両陛下に次ぐ、国民の絶大な尊敬が得られる。

それに、別に新兵器をものにして、

どこかの国を侵略しようなんてつまらないこと考えてないわ。本当よ?

ただ、知りたいの。その設計思想、構造、機関部、その他諸々。

技術は戦争と共に発展してきた。それはご存知でしょう?

パルフェム達は、戦いの爪痕を平和的に利用したい。ただそれだけなの。」

 

「尊敬は要らないものランキング……何位だったかしら。で、断ったら?」

 

「なにも、しない。せっかくお友達になれた里沙子さんに嫌われたくないもの。

でも、これだけは覚えておいて。

パルフェムはね、パルフェムはね、欲しいものは絶対に手に入れるの!

さっきも言ったかしら。力ずくなんて野蛮な行為に走らなくても、

なんだって結局最後にはパルフェムの手の中にあるんだから。ウフフ……」

 

「……今日はもう帰って。お互い話すこともないでしょう」

 

「そうね。そろそろ国に帰らなきゃ。国会も山場だし、それでは皆さんこれにて」

 

「ちょっと待ってください!桜都連合皇国までは数千kmあります!

とても人間の魔力で跳躍できる距離では……」

 

エレオノーラが、また扇を広げてワープしようとしたパルフェムを慌てて止める。

確かに、多量のマナを抱えるエレオノーラでも帝都まで一往復するのがやっとなのに、

彼女がやろうとしていることは無謀極まる。でも、パルフェムはひとつウィンクして、

 

「ご心配なく。パルフェムの魔法は、

必ず詠唱を五七五に収めなければならないという縛りがある分、

消費魔力が抑えられますの。まぁ、その制約が俳句の魅力ではあるのですけど。

では、里沙子さん。また近い内に……」

 

──花の香に 友を想いて 風を抱く

 

彼女が一句詠み終えると、シュンとその姿が消え去った。

同時にダイニングの緊張感もほぐれる。

 

「あいつ一体何がしたかったんだ?

あんな力があるなら、里沙子を攫っていってもおかしくなかったのに」

 

「よっぽど自信があるんじゃない?ああ、コーヒー冷めちゃった」

 

「お姉ちゃんは……渡さない!」

 

「どうどう、落ち着けー」

 

あたしはカシオピイアの背中を撫でると、冷え切ったコーヒーを一気に飲み干した。

一息ついて考える。今回の客は……△ってところかしら。

厄介事は起こさなかったけど、今後に不安が残る要注意人物。

でも、泊まり込むことになって、あたしの寝袋占領しなかったから、

やっぱり○マイナスくらい?

手の中でカラのマグカップを遊ばせながら、今日の出来事を振り返っていた。

 

 



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チビ助2人が堕天使と帰った
また奴のクロスオーバー癖が出そうな気配。両方の作品を熟知してないと駄目なんだって何回言えばわかるのかしら。


桜の花も終わりを迎え、すっかり冬の装いが暑くなった今日このごろ。

ハッピーマイルズ教会の愉快な面々も、冬と夏の間に訪れる穏やかな気候に包まれ、

いつもどおりの生活を送っていた。

つまり、斑目里沙子は、荒れていた。

 

「だぁ~かぁ~らぁ~!ウォッチドッグスは、例えるなら1作目がダーティハリーで、

2作目がビバリーヒルズコップなのよ!うぃっく」

 

「ああ、また里沙子さんの意味不明談話が始まっちゃいました!

とにかく、わたくしのベッドに横になって下さい!」

 

ジョゼットの肩を借りて、彼女の寝室に向かう里沙子。

千鳥足で一歩一歩階段を上る様子は、なんとも頼りない。

 

「2作目も2作目で面白かったけど、

あたしが期待してたのは、1作目のような渋いクライムサスペンスだったのよ。

ああいうリア充の冒険物語じゃない!

アメリカのお菓子をばらまいたようなカラフルさは求めてないのよぉ!!」

 

「ほら、ベッドに寝ててください。お水持ってきますから」

 

「あうあ……悪いわね」

 

ルーベルは呆れ半分苛立ち半分と言った様子でその様子を眺め、

エレオノーラは焦りと心配の入り交じった感情で里沙子に問う。

 

「どうして飲んでしまったのですか!?今日にも帝都から返事があるというのに……!」

 

「放っとけ、放っとけ。

同じ失敗繰り返す馬鹿は、簀巻きにして皇帝の前に捨てっちまえばいいんだ。

そのみっともない姿を見てもらえ!」

 

ベッドに寝転んだ里沙子が、ヘラヘラと笑いながら意味不明なうわ言を繰り返す。

 

「ごめんね~エレオ。

チビ助共が来てから事が済むまで禁酒しようとは思ってたんだけど~

つい我慢できなくなっちゃって。

ちょっと舐めるだけのつもりだったんだけど~アルコールが入るとペースが、

スピーダッ!スピーダッ!って感じで加速度的に急上昇しちゃったの。

なんでボスなのに放置しとくだけで死んじゃうのかしらねぇ……」

 

「……わたしは下で連絡を待っていますから、なるべく早く体調を戻してくださいね」

 

エレオノーラはこりゃだめだ、と言いたげに、首を振ってその場を離れた。

すると、入れ替わるように、ワカバ達が心配そうに様子を見に来る。

 

「りさこさん、大丈夫ですか?」

「アハハハ!ざまあないわね里沙子!まるでタコみたい!」

「どうして人間は、お酒を飲むとフラフラになるのかな」

「よーく見とけ。お前らはこんな大人になるなよ」

 

彼女達の言葉も耳に入っていない里沙子は、

ただ仰向けになりながら回転する世界を楽しむだけだった。

そして、階段を駆け上がる控えめな足音が近づいてくる。

 

「は~い、みんな。ちょっと通してね……里沙子さん、お水です」

 

ジョゼットが水差しとコップをお盆に乗せて戻ってきた。

すぐにコップに水を注いで、里沙子に飲ませる。

 

「あう~助かるわ……ぷはっ。

やっぱり装備は、ミサイル上下にオプション5個引き連れてレーザー斉射が最強よね。

他は使い所わかんない」

 

「意味はよくわかりませんが、

それ以上は古参の人達からクレームが来そうなのでやめてください。

里沙子さん、魔王がいなくなってからちょっとずつダメ人間化が進んできてますよ。

もうちょっとピシッとしてください。

前はもっと締めるとこは締める人だったじゃないですか」

 

「もう一杯ちょうだい……ありがと。

ふぅ、だんだんジョゼットの方がしっかり者になって、

あたしがアル中で肝硬変になって、この物語もそろそろ終わりかもね」

 

わずかながら酒が抜けた里沙子が遠い目をして語る。

 

「ダメです!せめてこの子達が落ち着く所は見つけてもらわないと」

 

「そうですよー。永遠に寝る前にワカバ達が魔界に帰る方法見つけてくださーい!」

 

「あ、私は絶対嫌だからね!?魔界なんてホコリ臭い所、二度とごめんだから!」

 

「ん~お願い、酒が入ってる時に両立し得ない要求突きつけるのはやめて。

ああ、頭痛が」

 

その時、音もなくエレオノーラがカシオピイアを連れて舞い戻ってきた。

 

「お姉ちゃん。大変」

 

「帝都から呼び出しが掛かりました!今すぐ出発の準備を!」

 

「帝都ぉ?あたし今、世界と戯れてるから無理。

みんなで行ってきて、結果報告だけキボンヌ。ウヘヘ」

 

「こんのやろ!」

 

呑気にゴロンと寝返りを打つ里沙子を見て頭が真っ白になったルーベルは、

ふにゃふにゃになった里沙子に襲いかかった。

 

 

 

 

 

ええと、エレオノーラの、何だったかしら。

そう、“神の見えざる手”で、久しぶりに帝都まで来たのよ。

チビ助共に穴の開いたズタ袋被せて、それから……ああっ!

 

「本当に簀巻きにすることないでしょうが!聞いてんの、ルーベル!」

 

「うるさい!へべれけのお前を担いでやってるのは誰だと思ってる!さっさと行くぞ!」

 

「うぃ~っ、怖いお姉さんに誘拐される~」

 

「里沙子さん、本当に静かにしてください。

今、皇帝陛下とお祖父様が謁見の間でお待ちですから」

 

「お姉ちゃん、大人しくして……」

 

エレオノーラがあたしを心配しながら、教会の関係者専用出入り口に皆を先導する。

通行人があたし達を珍しそうに見るけど、幸い顔が見えてるあたしに集中して、

チビ助共には気が向いてないっぽい。

とにかく、あたしはルーベルに担がれながら、

いつもとは別ルートで教会に入ったわけよ。

それにしても、最近ルーベルがあたしに厳しい気がするのは気のせいかしら。

 

「ほら、お前たち。もう袋脱いでいいぞ」

 

「蒸し暑かったです……」「どうして私がこんな目に!」「転ばなくてよかったー」

 

チビ助がエレファントマンよろしく素顔を隠していたズタ袋を脱ぎ捨てた。

連中が法王の前で“I’m a human(僕は人間だ)!”って叫んだら、

“いやいや、悪魔やないかい!”って突っ込みが成立するんだけど。

あら、このボケ結構行けるんじゃないかしら。

う~ん、まだ酒は抜けきってないみたい。どうでもいいことに笑いが漏れてしまう。

 

「何笑ってんだ。お前は罰としてそのままだ。自分でそうなった理由を説明するんだぞ」

 

「ウヘヘ」

 

とりあえずルーベルがゴミにならないよう、ズタ袋を拾って鞄にしまう。

初めてここに来た時はあたしが引率してたもんだけど、すっかり彼女がリーダーね。

あたしの地位が階段から転げ落ちるように急落していくわ。

 

……虚しいから話を戻しましょうか。

それほど高価な素材じゃない、防音用と思われるカーペットが敷かれた廊下を進むと、

突き当りに年季の入った扉があって、エレオノーラがノックする。

 

「お祖父様、エレオノーラです。子供たちを連れて参りました」

 

“入るが良い”

 

「あの、その前にお断りしたいことが……里沙子さんの体調が思わしくなくて、

少々お見苦しいところをお見せしなくてはならないかと」

 

“里沙子嬢が?一体どうしたというのだ。とにかく顔を見せて欲しい”

 

お、この渋い声は皇帝陛下ね。最後にお会いしたのは魔王編の最後かしら。

嫌だわ、化粧くらいしてくるんだった。ぐへへ、この有様じゃ意味ないっての。

エレオノーラがドアを開けて、みんながぞろぞろと謁見の間に入っていく。

 

恐らく来賓用の豪華な椅子に座る皇帝陛下と、同じく玉座に腰掛ける法王猊下が、

あたしを担ぐルーベルを見てギョッとする。

そしてあたしは、無残に部屋の真ん中に放り出されたの。

 

「ギャッ!ルーベル痛い!この状態じゃ受け身取れないから!悪いけれどそんな想い─」

 

「うるさい。身から出た錆だ。ネタの使い回しをするな。

さっさと簀巻きになってる理由をお二人に説明しろ」

 

なんとかくねくねと身をよじって、藁の束から上半身だけ抜け出したあたしは、

まだぐらつく視界の先にいる二人に、大きな声で元気よく挨拶した。

 

「キャー、ピースして~!皇帝様、法王様、こんにちは!

呼ばれて飛び出て斑目里沙子よ!こんな格好してるけどね、あたし全然酔ってないの。

シラフよシラフ。今日だってちゃんと言われた通りチビ助連中連れてきたんだから!

ぐへへへ」

 

「もういい、お前は黙ってろ!お前は連れて来られたほうだろうが!」

 

突然、法王の部屋に現れた変質者に、さすがの二人も状況を飲み込めない。

 

「皇帝陛下、お祖父様、申し訳ありません!里沙子さんは最近辛い出来事が重なって、

一人でそれを抱え込むうちに、お酒に手を……」

 

「ふむ、しこたま飲んだようじゃな。深くは聞くまい。

エレオノーラ、今日はお前が里沙子嬢の代理を務めるのだぞ?」

 

「はい、承知しました」

 

「確かに、対応に手間取り、急に呼び出した我々に落ち度はあるのだが……

酒は控えめにせぬとやはり毒だ。気をつけよ」

 

「ハイ、かしこまり!」

 

ウィンクして元気よく返事をした。これで挨拶はバッチリね!

 

「黙れと言ってる!さあお前たち、法王猊下と皇帝陛下にご挨拶するんだ」

 

悪魔の子供3人の対応が後回しになるほどの飲んだくれが一騒動起こした後、

ワカバ達がようやくお二人の前に並んだの。法王猊下と皇帝陛下はただ彼らを見つめる。

3人は法王達を前にして立ったまま。

ルーベルがもう一度促そうとした時、ワカバが意を決して声を上げた。

 

「あ、は、はじめまして!ゴーゴンのワカバです!

ここに来れば魔界に帰してもらえるって聞いてきました!」

 

残りの2人もワカバに続く。

 

「私は誉れ高き吸血鬼一族、ピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワールよ!

特別にピーネと呼んでもよくってよ。ちなみに魔界に帰る気はないから」

 

「僕は、ゴーレムのガイアです。よろしくおねがいします」

 

皆の自己紹介を聞いた皇帝と法王が納得した様子でうなずく。

あたしは相変わらず床でイモムシ状態。藁がチクチクして痛いわ。

 

「うむ。君らの事情はエレオノーラから聞いておる。本日諸君に急な招集を掛けたのは、

なにぶん帰還のための時間が残されていないというのが理由だ」

 

「それはどういうことでしょう、お祖父様」

 

「仔細については我輩から説明しよう。

魔王が倒れ、魔界へのゲートが完全に消滅した今となっては、

直接行き来する方法はない。だが、アクシスの能力者を結集して対策を練ったところ、

一人の天文術士がひとつの可能性を提示した」

 

「と、おっしゃいますと?」

 

「大堕天使の象徴たる、明けの明星は知っていることと思う。つまり、金星。

実は金星が最も輝く時が3日後に迫っておるのだ」

 

「金星と、この子達になんの関係があるのでしょう?」

 

「その天文術士が言うには、当日の晩、彼の術式で金星の光を増幅することで、

大堕天使が地球上にいる魔族の存在を察知し、

その光の翼で同族、すなわち子供らを魔界へと連れ帰るらしい」

 

光の翼?ああ、V2のあれね。ルシファーはVガン。理解した。

理解したからちょっとくらい居眠りしても許されるわよね……

温かい藁に包まれて寝ようと思ったら、突然ピーネが甲高い声を上げた。

やめてよ、耳と頭に痛いったらありゃしない!

 

「そんなの嫌よ!さっきも言ったでしょう!?私は魔界になんて帰らない!

みすみす殺されに行くようなものじゃない!

あいつらは、最後の一人になるまで戦い続ける。

魔界に帰ったって知れたら絶対私を生かしておかない。

私は、家督なんて継ぎたくないのに……」

 

ピーネは必死に皇帝と法王に訴える。二人は困惑した様子で顔を見合わせる。

エレオやカシオピイアの報告から事情は分かっていても、

これだけは答えが出せなかったんだと思う。

 

「そもそも、私は人間と魔王様の戦いなんて知らなかったのに!

ただ、ママと一緒に暮らせるところに行きたかっただけなのに……

ねぇ!あなた達が戦争を始めたなら、あなた達が責任を取ってよ!

人間界にいてほしくないなら、誰も私を知らないところに連れてってよ!

ひとりぼっちだっていい。ママの思い出と一緒に生きていける、

どこか別の世界に……!」

 

……ピーネの嘆きを聞いているうちに、やっとまともな思考力が戻り始めたあたしは、

横になりながら彼女に問いかけた。

 

「ピーネ。悪いけど、まだあなたの問題についてはどうにもならないの。

人間はまだ、魔王との戦いから悪魔に対してピリピリしてて、

見つかれば何されるかわからない。

だからって、魔界に戻れば兄弟にいつ暗殺されてもおかしくない。

ちゃんと方法は探すから、とりあえずワカバとガイアは帰してあげない?

2人には待ってる人がいる」

 

「……わかったわよ、勝手にすればいいじゃない!

どうせ人間なんか、悪魔の子供がどうなろうと知ったこっちゃないんでしょ!?

気の済むまで争って、奪い合って、後のことは放ったらかし!

もう人間も悪魔も、大嫌い!!」

 

「ピーネちゃん……」「僕たち、どうすればいいんだろう」

 

涙交じりの彼女の叫びが、謁見の間に響く。

ピーネを見ていた皇帝陛下が、床を這いつくばるあたしに目を落とし、語りかけてきた。

 

「里沙子嬢に頼みがある。

ピーネについては、引き続き貴女の教会で預かってはもらえないだろうか。

カシオピイアもいる。力を持つ貴女には安心して預けられるのだが」

 

「ええ、もちろんで……」

 

「嘘つき!里沙子だって最初は私を殺そうとしたくせに!

また都合が悪くなったら私を切り捨てるんでしょう!

もうやだ、ママに会いたいよ……うあああん!」

 

ピーネがしゃがみこんで泣き出してしまった。困ったわ。

疑心暗鬼に陥って自分の殻に閉じこもっちゃった。

 

「なあピーネ。私達ができることには限界がある。

お前の問題は特に難しいから、まずはワカバとガイアを送り出してやろうぜ?」

 

ルーベルがそっとピーネを抱きしめる。そうね。こういう役は彼女の方がいいわ。

色々ひどいことしたのは本当だし。徐々に泣き止んで、ピーネもルーベルを抱き返す。

 

「ぐすっ……本当に、私のこと見捨てたりしない……?」

 

「するもんか。それに里沙子だって。確かにお前たちにきつく当たったこともあったよ。

でも、みんなとの付き合い方に本気で悩んだり、必要なものを買いに行ったり、

頑張ってたんだ。

里沙子だけじゃない。教会のみんなが、どうすればお前たちをあるべき場所に返せるか、

必死になって考えてたんだ。それは、信じてやれ」

 

「……わかった。私はここに残る」

 

「よし、偉いぞ」

 

そうして、ルーベルはピーネの頭をポンと撫でた。

頭の翼がピクッと動く。というか、あれは耳なの、翼なの?翼にしては小さすぎる気が。

……酔いが覚めてきたらどうでもいいこと考えるようになっちゃったわ。

 

「では、皇帝陛下、法王猊下。3日後にワカバとガイアを帰還させたいと思います。

何卒お力添えを」

 

「よかろう。場所は当教会の庭園が良かろう。

外から誰にも見られず、星空がよく見える」

 

「例のアクシス隊員も既に準備は整っている。後は機が熟すのを待つのみだ」

 

ああ、ルーベル。どせいさんから立派に成長して、里沙子さん嬉しいわ。

今回若干あたしを放置気味の点に目を瞑れば。ちょっとくらいまともなこと言わないと。

 

「このような格好で誠に申し訳ないのですが、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」

 

「ようやく酒が抜けたようじゃが、まだ身体は辛かろう。楽にして話すがよい」

 

「明けの明星を利用して堕天使を呼び出すという計画ですが、

危険性はないのでしょうか。つまり、我々に襲いかかってくることは」

 

「心配無用。

大堕天使は、自らを天界から追放し、悪魔たらしめた神への復讐しか頭にない。

歴史書を紐解くと、幾度かこの地上に降り立ったことが記されているが、

人間に対し害を及ぼしたという記録はない。……今の所は、だが」

 

「ありがとうございます。では、安心して2人を送り出すことができます」

 

「ふぅ、やっとまともに喋れるようになったみたいだし、

こっちのミノムシも紐解いてやるとするか。……ほら起きろ」

 

ルーベルがあたしを縛っていた紐を解いて、簀巻き状態から解放してくれた。

若干頭がふらつくけど、あたしは元気です。じゃなかった。慌てて二人に頭を下げる。

 

「本日は、お見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした。

また、二人の帰還についてお忙しい中ご尽力頂き、誠に感謝しております」

 

「そう固くなることはない。戦争の後始末は我輩達の責務。

むしろ今まで貴女やピーネ達に負担を強いてきた。

それに……貴女の酔いつぶれた姿は中々に見ものであったぞ。

そうではないか?法王猊下」

 

「その通りじゃ。思い返すと笑いが止まらぬ」

 

「ああ、それは……どうかご容赦ください」

 

あたしも思い出すと顔から火が出そう。何が“ピースして”よアホじゃないかしら。

こんな思いをしても、結局時間が経てばまた飲むんでしょうね、あたしってば。

お酒って麻薬のような中毒性があるわ。法律で規制されないのが不思議なくらい。

 

「では、3日後の晩、大聖堂教会の庭園に集合ということでよろしいかな」

 

「はい。よろしくお願い致します」

 

もう一度深く頭を下げる。

 

「今度は飲むなよ」

 

「わかってるわよ!次は日程が決まってるから我慢できる」

 

「怪しいもんだ」

 

そして小声で下らないやり取りをひとつ。

 

「では皆の者、準備は万端怠らぬよう。また3日後に。解散」

 

法王猊下の一声で、その場はお開きとなった。

今度は裏口じゃなくて、聖堂に続く廊下を歩く。

チビ助達が、またズタ袋を被りながら一足早い別れを惜しむ。

 

「ピーネちゃん、新しいお家、見つかるといいね」

 

「会えなくなるのは寂しいけど、応援してるよ」

 

「大丈夫に決まってるでしょ。私の辞書に不可能の文字はないの。まあ……ありがと」

 

ボロい麻袋の群れが喋ってるのは、中々シュールな光景だったけど、

とにかく外に出たあたし達は、またエレオノーラの術で我が家に転移した。

 

別れの日。

エレオノーラは、今度は大聖堂教会の庭園に直接ワープした。

いちいちズタ袋脱ぎ着させるのも面倒だし、この時間なら人の目のないだろうしね。

連れてきたのはワカバとガイアの二人だけ。ピーネには自宅で待ってもらってる。

堕天使がまとめて彼女まで連れていきかねない。

 

「では、ワカバ、ガイア。準備は良いか?」

 

「はい!いつでもだいじょぶです!」

 

「僕も大丈夫です!」

 

庭園の中央では、アクシス隊員と皇帝陛下が堕天使を呼び寄せる準備をしてる。

隊員が、チョークで地面に魔法陣…というより、星図を書いてる。

杖の先端に取り付けたチョークをコツコツと走らせて、

どんどん細かい図を描き上げていく。こっちの準備はOKよ。

彼の作業が終わるまで、あたし達はただ待ち続ける。

 

「陛下、準備が整いました!」

 

「うむ。さっそく儀式を開始せよ。里沙子嬢、子供たちをこちらに」

 

「はい。さあ、二人共。出発の時間よ」

 

ワカバもガイアも、緊張した様子で星図に近づく。

それを確認した隊員が、描いた金星を杖で指し、詠唱を開始。

 

「千里の果て、我ら見下ろし神を見上げる燃ゆる金星、其の昏き光を我らの元に!」

 

彼が呪文を唱え終えると、星図の金星に夜空の星々の光が、

吸い込まれるように一瞬にして集まり、目もくらむほどの光を一度だけ放った。

思わず目をかばうと、次に目を開けた時に、

星図の上に不思議な存在が立体ホログラフのように実体を伴わない姿で現れていた。

 

「ふむ……これが、魔王と双璧を成す、大堕天使」

 

「よもや、このような姿をしておるとは。いや、これが真の姿ではあるまい」

 

皇帝と法王が驚くのも無理はなくて、彼は人間と変わらない姿形に、

パーマを当てたブロンドのショートカット。

クリーム色のシャツにオレンジ色のジャケットのジーパン姿だった。

ごめん、はっきり言ってかなりダサい。

シャダイのルシフェル参考にしたほうがいいわよ。同じ長身なのにもったいないわ。

どうでもいいことを考えていると、彼の方から口を開いた。

 

『う~ん、この静謐な空気は、教会かな。僕を呼んだのは君達かい?』

 

予想外にフランクな態度に、皆が少し戸惑ったけど、法王が一歩前に出て答えた。

 

「左様、ここはシャマイム教最大の教会。汝に頼みがあり、こうして呼びかけた」

 

『僕に?一体なにかな』

 

「ここにいる二人の悪魔を魔界に戻してやってはくれぬか。

先の魔王との戦いの中、親を失い、人間界に取り残された」

 

『なるほど?なにか教会に似つかわしくない気配がすると思ったら、

この子達だったんだね。まだ生まれたてだから、反応が微弱で気づかなかったよ。

何しろ、金星から思念だけでやり取りしてるもんだからね。ごめんよ』

 

やっぱり本体じゃなかったわけね。

別にいいんだけど、実物が来てたら何か良くないことが起きてた気がする。

 

『それにしても、君達って面白いよね。魔王の事は僕も知ってるけどさ、

彼を殺したってことは、人間は悪魔を憎んでるって認識でいいのかな。

なのにどうしてわざわざ未来の災厄になりうる悪魔の子を生かしておいたんだろう。

これって矛盾してるような気がするね』

 

「……人間も臆病者ばかりではないということだ。

ここに集った、心優しき者達のように。

例え人にあらずとも、抗う力を持たぬ者の命を奪うことを良しとせず、

彼女達は未来に賭けたのだ」

 

法王が少し身をずらして、堕天使にあたし達の姿を見せた。

彼はしげしげとあたし達を見て、カラカラと笑う。

 

『うん、うん。おさげの娘から少しばかり魔族の匂いがするよ。

この2人の子供とは別種のね。この匂いというか波動は……ヴァンパイアかな?』

 

「……ピーネの事、知ってるの?」

 

チャラいけど、どこか不気味な威圧感を持つ堕天使に、

あたしは彼女の境遇について掻い摘んで説明した。

彼女の現状を変える何かを知ってるかもしれない。

 

『ふぅん、その娘ピーネっていうんだ。じゃあ、僕からひとつヒントを。

まぁ、こうして僕は金星と契約して大宇宙の一部になって、

人間界を眺めたり、魔界の乱れた秩序を正したりしてるんだけど、

僕みたいにこの宇宙を構成する星々の力を手に入れると、大抵のことは意のままになる。

彼女に伝えといてよ。その力で自分だけの静寂の世界を構築するか、

本能の赴くままに破壊と騒乱を世にもたらすか、それは君次第だって。

もっとも?力を手に入れる前に身体だけ大きくなって、

欲望に飲み込まれたらそれまでだけど』

 

「伝えとくわ。必ずあたしが生きてるうちにピーネに星の力を掴ませる」

 

『さて、こんなところかな。他に用事はない?交信も今回限りだよ。

僕、暇そうに見えて結構忙しいんだ』

 

「大堕天使さま!ワカバ達を魔界に帰してください!」

 

「お願いします!兄弟たちのところに戻らなきゃいけないんです!」

 

『オーケー、オーケー、待たせちゃったね。

魔界までは金星を経由して、自己の存在を次元の狭間に滑り込ませればひとっ飛びさ。

僕はいつでもいいよ。後ろの人達とのお別れは済ませたかな?』

 

そう問われると、ワカバとガイアが振り返ってあたし達に呼びかける。

 

「りさこさん、あなたの家で過ごした時間、とっても楽しかったです!

ルーベルさんは優しくって、えと、ジョゼットさんの料理がおいしくって……」

 

「エレオノーラさん、大事な魔石をありがとうございました。

カシオピイアさんも、僕たちのために、帰る方法を探してくれて、

ありがとうございました!

……りさこさん、僕らのこと、見捨てないでくれてありがとうございました。

あの、だから、ピーネちゃんのことも、よろしくおねがいします!」

 

二人のつかえながらも心のこもった感謝の言葉に、あたしも決意を固めて答える。

 

「ピーネの事は任せなさい。必ずあの娘だけの家を探して見せる!」

 

「ありがとう。りさこさん、ピーネちゃんをよろしくです!」

 

「もっと一緒にいたかったけど、行かなきゃ……さようなら!」

 

ワカバとガイアが星図に向き合う。みんな、何か言おうとしたけど、言葉にならなくて。

堕天使が、その背中から光の翼、というより、数万本もの細い光の糸を広げる。

その光は、闇夜に包まれていた庭園を照らし出し、

かつて大天使だった頃の片鱗を匂わせる。

光の翼は、優しく二人を包み込み、その姿が見えなくなると、

同時に堕天使も消滅し、再び庭園に夜の帳が下りる。

 

「……行っちゃった、か」

 

堕天使が去った後には静寂だけ。庭園の花の香りだけが確かな感覚として残された。

 

「成功、と考えて良いのだろうか……?」

 

「そのようじゃ。堕天使が無害なうちに接触できたことは、

運が良かったとしか言いようがない」

 

「魔王のように、ミドルファンタジアを侵略しに来ると?」

 

「奴は友好的というより気まぐれという感じだった。気を許すには危険な存在であろう」

 

皇帝陛下と法王猊下は難しい話をしている。あたしはなんとなく足元の石ころを蹴る。

では、帰ろう。二人のどちらが言い出したかはともかく、

その言葉で、皆も帰るべき場所へ向かい始めた。

こんなに早く別れるなら、もっとチクワ投げてやれば良かったかな、って

ほんの少し未練がましい事を考えながら、

あたし達はエレオノーラの術で我が家に戻った。

 

教会に着くと、少しダイニングで時間を潰し、みんながそれぞれの部屋に戻るのを待つ。

そして、2階へ続く階段を上り、私室の前で足を止めた。

中からピーネのすすり泣く声が聞こえてくる。

 

“ぐすっ、うう……ピーネ、またひとりになっちゃった。

やっぱり一緒に行けばよかったのかな……”

 

あたしがノックすると、彼女が少し驚いたような声を出して、

ゴソゴソと布団に潜り込むような音がした。

自分の部屋に入るのにノックするのもなんだか妙な感じだけど。

返事がなかったから、勝手に中に入る。

ベッドを見ると、やっぱりピーネが布団に包まって団子になってた。

 

「……みんな、帰っていったわ」

 

「そう……今日からベッド独り占めで足を伸ばして寝られるわ!」

 

鼻声で強がる彼女を誘ってみる。

 

「ねえ、ちょっと付き合ってよ。外で空を眺めるの」

 

「ふ、ふん!どうして里沙子なんかと!一人で行けばいいじゃない!」

 

「堕天使から、ピーネが自分だけの世界を手に入れるためのヒントをもらったの。

星に関係あることだから、二人で眺めましょう」

 

すると、布団の中から鼻をひとすすりする音の後に、

ピーネが布団からもぞもぞと出てきた。やっぱりその目は真っ赤で。

 

「……早く連れていきなさい」

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

あたし達は玄関先に移動し、座りこんで満天に輝く星々を眺める。

夜は危険だけど、家の前なら大丈夫でしょ。金星を指差してピーネに説明する。

 

「あの明るい星が、堕天使が契約して力を得た金星」

 

「星と契約?」

 

「ごめん、意味はよくわからない。でも、それで魔界を行き来したり、

魔王と対等の力を持ったり、自分の世界を手に入れたって聞いた」

 

「私だけの、世界?」

 

「そう。あなたも魔力を高めて力を付けて知識を蓄えれば、

あの星のどれかと契約を結んで、誰にも邪魔されないピーネだけの世界を作れるのよ」

 

「本当!?」

 

「本当よ。でも、それができるかどうかはあなたの努力次第だし、

できればあたしが生きてるうちにやり遂げて、安心させてくれると姉さん助かる」

 

「……じゃあ、ずっとここにいていいの?要らなくなって捨てたりしない?」

 

「しない。できない約束は初めからお断りだから。

でも、あたしが寿命か急性アルコール中毒で死ぬ前に達成しないと、

結局は宿なしになるからね?頑張るのよ」

 

「うん。……ねえ里沙子」

 

「どうしたの?」

 

ピーネが夜空に向かって手を伸ばす。

 

「あのお星様のどれか一つに、ひょっとしたらママが住んでいるのかしら」

 

「宇宙に広がる星全部を、ひとつひとつ探せば見つかる可能性があるかもね。

でも、人間が宇宙について知ってることなんて、ほんの一握りしかない。

あなたが迎えに行った方が早いわね」

 

「……私、頑張る」

 

「あなたがやる気なら、あたしらも手伝うからさ。

そろそろ戻りましょうか。子供はおねむの時間よ」

 

「うっさい、子供扱いすんなー!」

 

「ふふふ、はいはい」

 

春とは言え、まだ朝晩は冷える。こんなところかしら。

ピーネを連れて聖堂に入り、ドアに鍵を掛ける。

私室に戻ると、緊張が張り詰めてたのか、

子供たちの先行きに目処が付いてほっとしたのか、急に眠くなってきた。

あたしはしばらくぶりのベッドに、ボスンと飛び込んだ。

右向きに寝るのがあたしのスタイル。

 

「あー、そこ私のベッド!」

 

「今日からはあたしのベッド。っていうか元々あたしのよ!

ワカバとガイア、子供2人分のスペースが空いたんだから、一緒に寝られるでしょうが」

 

「あなたと一緒なんて冗談じゃないわ!」

 

「なら、そこの固いマットか寝袋で休みなさいな。あたしはもう疲れた。

ちなみに、そこで寝てると疲れが取れるどころか、どんどん溜まっていくから。

おやすみ~」

 

「ああ、待ちなさい!パジャマに着替えるから」

 

「あと言っとくけど、正式にうちの住人になったからには、

あたしの指示が絶対だからね。面倒くさい要望は一切聞き入れないし、

ものぐさで部屋の片付けを命じることもあるからそのつもりで」

 

「はぁ!?何よそれ!私をこき使おうっての?横暴よ横暴!」

 

「もしもの話よ、フフフフ」

 

「もう最悪!なんでこんなとこに来ちゃったのかしら」

 

ブツブツ文句を言いながら着替えるピーネ。

服をハンガーに掛けると、ベッドに近づいて、そっとあたしの隣に入り込む。

そして、あたしの背中を抱くようにそっと両手を当ててきた。

 

「おっ、里沙子さんの背中に興味があるのかしら。子供だから多少くっついても許す」

 

「い、いらないわよそんなの!いいから早くランプ消して!」

 

「はいはい」

 

そっとランプのつまみをひねって、小さな火を消すと、室内が真っ暗になる。

ちょっと背中のピーネの様子をうかがうけど、泣き疲れたのか、

すぐに寝息を立てて寝てしまった。

あたしも精神的疲労が溜まってたから、すとんと眠りに落ちた。

明日からは平穏な日々が待っている。そう信じたいものだわね。ないんだろうけど。

 

 



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小さな首相とカード馬鹿
あたしの名前でググったら、この企画のレビューが引っかかったの。落第点じゃなかったけど、課題もあったわ。好き放題に書いてるからどうしても方向性がね。


桜都連合皇国 私立小児がんケアセンター“きぼう”

 

夜も更けた頃、黒塗りの高級車が、とある病院の職員用駐車場に止まる。

かつて軍事用だった雷撃魔法陣を、

大気中のマナを自動的に魔力に変換して蓄積するオリハルコンに彫り込む事によって、

燃料不要のモーターの動力源にし、

排ガスもエンジン音もほとんどない最新型電動自動車にすることに成功した。

ただ、あまりに高価なため、まだ一般市場に出回ってはいない。

駐車場の白線内に停止すると、二人の人物が降車した。

 

その最新式電気自動車に乗る彼らは、

幼くして癌を患った子供たちが入所する、小児がんケアセンターを尋ねる。

一人は桜都連合皇国首相、パルフェム・キサラギ。

そして彼女の秘書、シノブ・ミコシバ。

 

ミコシバが裏の通用口のインターホンを押すと、

優しく、それでいて、よく響く音が鳴る。

同時に、奥から急ぎ足でセンター長が駆けつけ、電子ロックを解除し、

二人を迎え入れた。

若干興奮気味のセンター長が二人を中に通すと、

最低限の明かりが点けられている広いロビーに通す。

そこでは大勢の職員が彼女達の来訪を待ちわびていた。

彼らもパルフェムの到着を待ちきれない様子だった。

 

「本日は首相自らお越しいただき、誠に光栄です!」

 

センター長が代表で歓迎の意を述べる。

 

「とんでもありません。

お忙しい中いきなり電話一本で押しかけて、恐縮すべきはこちらですわ、センター長」

 

二人共、患者を起こさないよう控えめな声で挨拶を交わす。

 

「職員一同、首相の到着を楽しみにしておりました」

 

「わたくしも皆様とお目にかかれて、感激ですわ。

日夜、病に苦しむ子供達を心身ともにサポートする、

尊い仕事をなさっている方々がいらっしゃると聞いて、

居ても立ってもいられなくなってしまいました。

……あの、こちらは皆様の活動のほんの手助けになれば嬉しいのですが、

是非お納めください。ミコシバ?」

 

「はっ」

 

秘書はアタッシュケースから、ふくさに包まれた、紙の束を取り出した。

見た目だけで重さが伝わってくるそれを、センター長に手渡す。

どう見ても、大量の紙幣。

それを受け取ったセンター長は、少しよろけながら、パルフェムに何度も頭を下げる。

 

「ありがとうございます、ありがとうございます!

恥ずかしながら、当センターの資金繰りは決して良好とは言えない状況でして」

 

「いいえ。安価な入所費で親御さんの負担をできるだけ抑え、

子供たちの支えになっている皆様にはとても敬服しますわ。

……ちなみに、それはわたくしの個人資産ですので、

無用な心配はなさらないでくださいね」

 

「あなたは本当に立派な方だ!次回の国民選挙でも必ず……」

 

「お待ちになって。今夜の件に関しては、ここだけの話になさってください。

投票先の判断を揺るがすことのないよう、できればお忘れになって。

不幸な子供たちを支持率のネタにすることは、わたくしにとって不本意なことですから」

 

その言葉に感銘を受けた職員たちから、ため息が漏れる。

 

「……わかりました。余計なことを申し上げました、お許しください。

それでは、少し施設をご覧になって行かれますか?」

 

「う~ん、せっかくですが、遠慮しておきますわ。

夜の病棟は足音が響きます。子供たちを起こしてもいけませんし」

 

「はい、かしこまりました。では、外までお送りさせてください」

 

「お手数をおかけします。

職員のみなさんも、大変かと思われますが、陰ながら応援しております。

今宵はこれで失礼致します」

 

パルフェムが小さく手を振ると、職員たちも、音を立てずに拍手をして彼女を見送る。

センター長が車の側までパルフェム達を見送ると、彼女達は車に乗り込み、

ミコシバがエンジンキーを回す。

 

車が動き出すと、パルフェムはセンター長に笑顔で手を振りながら、

医療センターを後にした。都会のイルミネーションが輝く3車線道路に出ると、

パルフェムは一仕事終えた、という様子でひとつ息をついた。

 

「ふぅ、志は立派ですけど、見切り発車が過ぎますわね、あそこは。

寄付金だけであの規模の医療機関を維持しようというのは無理がありましてよ。

まずは安定した収入源を確保しなければ、どんな大義も成り立ちませんわ」

 

「……よろしかったのですか?票集めなら、より効率的な方法を私がご提案しますが」

 

「わかってませんわね。人は“言うな”と言われれば逆に言いたくなるもの。

神国党の支持基盤のひとつであるこのエリアは、

早いうちに押さえておく必要がありますの。

選挙が始まれば寄付行為も公職選挙法違反になりますからねぇ。

……ふあぁ、少し疲れましたわ。今、何時?」

 

「9時を回ったところです」

 

「そう、ありがと……ん?ちょっと待って、皇国で夜の9時ということは、

あそこはお昼ね。ミコシバ、わたくしは直接家に帰ります。車は入れておいて」

 

パルフェムは帯から扇子を抜き、バッと広げた。秘書はため息をつく。

 

「……1日でお戻りくださいね。週明けのお仕事に障りますので」

 

「わかってますわ。総理にも息抜きが必要ですの」

 

彼女はいたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべて、一句詠んだ。

 

──枯れすすき 駆ける先には 貴女の背

 

詠み終えると、もうルームミラーに彼女の姿はなかった。全く困った首相だ。

ミコシバは彼女の気まぐれに悩まされながら、自宅の方角へハンドルを切った。

 

 

 

 

 

「あのね、どうしても聞きたいことがあるの」

 

あたしは玄関先に座りながら、やる気なく二人に問いかける。あら、足元に蟻さんの列。

こいつらも蟻さんみたいに小さかったら遠慮なく踏み潰せるのに。

 

「参りなさい!モンスターカード“千本刀のからくり武者”!」

 

『クカカカカ!』

 

「ねえ、聞いてる?」

 

「そんな攻撃が通ると思ってるの?

“動けないモンスタートラック”を守備表示で召喚!」

 

ドォン!

 

「オホホ、こちらにフィールドカード“機械工場”があるのをお忘れかしら!

場の効果で、からくり武者の攻撃力が……」

 

「聞きなさいって言ってんのよ!」

 

とうとう堪忍袋の緒が切れたあたしが、空に向けてピースメーカーをぶっ放す。

銃声が轟くと、さすがのアホ二人も驚いてカードごっこの手を止める。

 

「あんたらね、何でわざわざ人んちの前で、

ドンドンバリバリやらなきゃ気が済まないのよ、毎日毎日!

一個領地挟んで隣同士なんだから、ホワイトデゼールでやりゃあいいでしょうが!」

 

「立会人が必要だからに決まってるじゃありませんの。

わたし達に新たなカードを与えたあなたの公平で平等な審判がね!」

 

ユーディがあたしにカードを見せつけながら、不退去罪を無視する屁理屈を垂れ流す。

あたしにそんなもん見せられても意味ないのよ!

 

「そうよ、今日にも私達の因縁に決着が着くっていうのに!

あの女の手垢が着いた土地で決闘なんてできっこない!」

 

パルカローレのその言葉には何度も裏切られた。

 

「それ言い出してから何日経つと思ってるの!

言っとくけど、寝床貸すのも飯を提供するのも今日が最後だからね!?」

 

「無責任だわ!大体寝床って言っても聖堂の長椅子だし、

食事だって安物のフランスパンと、ちっとも味がしない玉ねぎスープだけじゃない!

審判として求められる義務を果たしてないわ!」

 

とんでもねえ図々しさに頭を抱える。こいつらがまたも襲来したのは一週間前。

いつか、いがみ合ってる両者に、別々の方法でカードをくれてやったのは事実だけど、

ここまで世話してやる義理なんかない。

それがいきなり押しかけてくるなり、“決闘を見届けて!”だもんね。

それだけなら、と油断してたあたしも迂闊だったけどさ。

 

毎回カードか魔力切れになって、引き分けになったかと思うと、

当然のように教会に上がり込んで、

横になってグースカ寝るし、腹が減ったら飯を要求する。

一度はルーベルに叩き出してもらったんだけど、

幽霊みたいに窓ガラスに張り付いて壁をバシバシ叩いて、

“寒いですわー”“魔力がなくて帰れなーい”を連呼。

 

ピーネの教育上よろしくないから一晩だけ泊めてやったのが運の尽き。

こうして7日間飽きもせずうちの前でカードごっこしてる。

奴らにとっては譲れない何かがあるんだろうけど、

あたしとしては一日中ガンバライジングに金をつぎ込む方が有意義だと思うがどうか。

あ、一回プレイしたら後ろのお友達に代わるのよ?

一応ピーネに関しては、

誰かに喋ったらカード取り上げて全部燃やすって警告はしてある。

 

「パルカローレ。安物だろうが味が薄かろうが、

恵んでもらえるだけありがたいと思いなさい。

あと、あたしの祖国の京都ってところに、いつまでも帰らない客に、

さっさと失せろという意味で、ぶぶ漬けって軽食を出す文化があるんだけど、

玉ねぎスープがそれに該当すると思ってもらって構わない。

いつもはちゃんと味のついたスープを出してるんだけど、

ジョゼットに命じてあんたらの分は特別薄く作らせてるのよ」

 

「陰険よ!帰ってほしいなら帰れって……」

 

「何回言ったと思ってんの!京都の人に言わせりゃ、あんたらのほうが“空気読め”よ!

それに、ユーディ!」

 

「なんですの?何かわたしに落ち度でも」

 

「ありすぎて困ってる。ねえ、あなたそのドレス何日洗ってないの?

パルカローレには洗濯機貸してるけど、全然使ってる様子ないわよね?

はっきり言ってほしいなら言うけどさ、あなた、臭いわ」

 

「く、臭い?名門貴族のデルタステップ家長女に対して、臭いですって!?

くんくん……うっ!仕方ないじゃありませんの!

このシルクのドレスはデリケートで、お宅の乱暴な電動式洋服洗浄機や、

固い洗濯板では洗えませんのよ?」

 

「だったらいつもはどうしてるのよ」

 

「メイド長の婆やが30℃のぬるま湯で優しく手洗いを」

 

「もう帰れ、二人共。

大の大人が仕事ほっぽらかしてカード遊びとか、馬鹿なんじゃないの」

 

「馬鹿ですって!?仕事ならちゃんと爺やに任せてますわ!」

 

「失礼ね!私もちゃんと秘書に一任してるわ!」

 

「それはね、仕事じゃなくて、丸投げっていうのよ!!マジで帰ってくんないかしら!?

これ以上居座るなら、尻にM100ぶっ刺して、

ロケット花火みたいにホワイトデゼールまでふっとばすわよ!」

 

こいつらのせいであたしまで声が大きくなる。言っとくけど、怒鳴る方も大変なのよ?

無駄に興奮して精神的にも疲れるし、腹筋は痛くなるし。

教会の前でギャンギャン言い争ってると、ふと柔らかい風が頬を撫で、

最近感じたばかりの気配が背後に立つ。アホ二人は喧嘩の真っ最中で気づいてないけど。

 

「……あなたに香水はまだ早いんじゃない?」

 

「あら、お気に召しませんでした?お久しぶりですわね、里沙子さん」

 

パルフェムが小幅な足取りであたしの隣に立つ。

彼女を見下ろすと、やっぱり年相応の少女らしい笑顔。

でも、正体のつかめない不気味な何か。

 

「今日はお友達もご一緒ですの?わたくしにも紹介していただけません?」

 

「総理の仕事はどうしたの。あなたもサボり?」

 

「皇国では明日は休日ですの。せっかくのお休みですし里沙子さんの顔が見たくなって」

 

「そう……悪いけど、あまり相手はできないわよ。

ご覧の通りアダルトチルドレンが喧嘩の真っ最中で、大人しく帰さなきゃならない。

結構骨が折れそう。かれこれ一週間よ、信じられる?」

 

「ふふっ、ぶぶ漬けでもお出しになったら?」

 

「それに近いもんは出してるけど、それで体力回復してまた暴れだすのよ。

殺すわけにも行かないから困ってんの。……あ、今日はおしまいみたい」

 

ユーディとパルカローレが、怒鳴り合い掴み合いに疲れて、

また自分ちのごとく教会に入ろうとする。ああ、今日こそ追い出さないと。

玄関に向かおうとすると、パルフェムが二人に向かって駆け出して、

振り向きつつあたしに呼びかける。

 

「ここは私にお任せになって。きっと私の思い通りにしてみますから!」

 

「大丈夫かしら……」

 

心配しながら様子を見守っていると、パルフェムが玄関の前に立ちはだかって、

笑顔で二人に挨拶する。

 

「お姉さま方、こんにちは!」

 

「……どなた?私、疲れておりますの」

 

「どいてくださる?明日の戦いに備えて体力を付けなきゃ」

 

「いいえ、お二人には直ちにお引取り願います。

里沙子さんが迷惑がっている事がおわかりになりませんか?

あなた方も、何処の馬の骨ともわからない変質者に一週間も居座られたら、

衛兵を呼ぶでしょう」

 

「変質者ですって!まったく、最近の子供は口の効き方がなっていませんわ!」

 

「そうよ、あなたには関係ないじゃない!大体あなた、誰?」

 

「申し遅れましたわ。わたくしは桜都連合皇国の首相、パルフェム・キサラギ」

 

「首相ですって?……そんな口からでまかせ」

 

“本当よ~その娘は皇国の総理大臣。

怒らせたら皇帝陛下から間接的に鉄拳が飛んでくるかもね”

 

「あばば!」

 

「マジ!?」

 

あたしが離れたところから補足してやると、

二人が慌ててお互いを前に押し出そうともみ合いを始めた。

なんだかんだ言って中央権力には弱いのよね、貴族も領主も。

 

「い、一応礼儀としてこちらも名乗っておきますわ。

わたしはユーディ・エル・トライジルヴァ。トライジルヴァ家の長女」

 

「私も、一応、一応ね?レインドロップ領主パルカローレ・ラ・デルタステップよ」

 

「お目にかかれて光栄ですわ。ユーディさん、パルカローレさん。

物は相談なのですが、ここでの決闘は今日限りにしてくださいな」

 

「そんなことできないわ!この女を叩きのめして、カードを全部奪い取るまではね!」

 

「それはこっちの台詞でしてよ!

いくら首相でも他国領地の外交に口を出すのは内政干渉というものですわ!」

 

「落ち着いてくださいな。何も無条件で帰れと言っているわけではありません。

わたくしと里沙子さんとで勝負をして、あなた方が敗北すれば大人しく帰る」

 

「勝った場合はどうなりますの?」

 

「あなた方は見た所、護符で戦う能力者のようですわね。

でしたら……国の宝物殿から、この護符を進呈しましょう」

 

パルフェムが扇子を広げて扇面を水平に倒すと、その上に、

1枚のカードの姿が浮かび上がった。

連中が使ってるカードとフォーマットは同じなんだけど……あら?

 

「こ、このカードは“サウザンドアームド・メサイア”!

当家の最も古い書物に、わずかながら存在が示唆されていただけの幻のカード!」

 

「1バトル中一度だけ、召喚しただけで術者の体力をLPにして1000ポイント回復!

常に2回行動可能、守備表示中、常に自分含め味方モンスターの攻撃力・防御力を

1500アップ!まさにイカサマじゃないイカサマ!」

 

連中が急に色めき立つ。あたしにはよくわからないけど、

大人2人が子供の扇子に群がる姿は物悲しいものがあるわね。

 

「受けるわ、その勝負!必ずそのカードをものにして、トライジルヴァ家なんかより、

デルタステップの方が上だということを証明して見せる!」

 

「まあ、なんて図々しい!そのカードに相応しいのは、

このユーディ・エル・トライジルヴァよ!

……ところで、あなたはカードセットはお持ちなの?」

 

「いいえ、1枚も。でも、わたくしにはちょっと特殊な魔法がありますの。

それに、心強い友人も。一緒に戦ってくれますわよね、里沙子さん?」

 

「んが。えっ、あたし!?」

 

半分寝てたら、いきなりこっちに話が向いたから、大げさに驚いちゃったわ。

う~ん、面倒だなって一瞬思ったけど、こいつらにはちょっとムカついてたし、

お灸を据える意味でも、とっととお帰り願う意味でも、

一度しばき回すのも悪くないわね。

 

「わかったわ。一緒にアホ共をホワイトデゼールまで蹴り飛ばしましょう」

 

「わーい、里沙子さんと共闘だ!」

 

パルフェムが子供らしく顔いっぱいに笑みを浮かべる。

 

「里沙子!あなたはわたしの味方だと思ってましたのに!」

 

「何言ってるの!里沙子はレインドロップ領の発展に力を貸したのよ?私の味方に……」

 

「さっさと位置に着きなさい!お馬鹿コンビ!」

 

「まぁ!里沙子ったら、わたしという者がありながら!

街で聞いたあなたが○○だって噂は本当でしたのね!しかもそんな小さな子供にまで!」

 

「わー……幻滅だわ」

 

「うぐぐぐ……おごあああああ!!マ・ヂ・ぶっ殺おぉ!!」

 

怒りが爆発したあたしは、奥歯が砕けるほど咆哮し、

空に向けてピースメーカーを撃ちまくる。よし、殺そう。

あたし達は2対2のチームの別れて、決闘の開始を待つ。

パルカローレがルールを説明する。

 

「私達符術士チームは、召喚したモンスターやマジックカードで戦う。

あなた達はそれぞれ自分の得意な武器や魔法で戦っていいわ。

ただし、お互い術者への直接攻撃はなし。魔力や弾丸が尽きた者から脱落。

最終的に一人が生き残ったチームが勝ちよ。

私達が勝ったら、決着が付くまでここでカードバトルを続ける。負けたら大人しく帰る。

いい?」

 

「ふへへへ……ねえ、今日は銃の調子が悪くてさ、

暴発して誰かに当たりそうな気がするのよね。主にそっちのアホ貴族に」

 

「不慮の事故でも誰かを死なせたり重傷を負わせてもそのチームの負けよ。いい?」

 

「チッ」

 

せっかくの楽しみをお預けにされたあたしは、

とっととこいつらを叩きのめすべく、ピースメーカーにリロード。

他の3人もカードや扇子を構え、戦闘態勢を取る。

 

「合図はそっちに任せるわ」

 

「じゃあ、メダルで決めましょう」

 

パルカローレが懐から銀貨を取り出し、親指で真上に弾いた。全員に緊張が走る。

あたしも、クロノスハックが発動するかしないかというところまで、精神を集中する。

 

ピィン

 

銀貨の落下と同時に、戦闘開始!全員が手にした得物で攻撃を始める。

先に動いたのは符術組。パルカローレがカードを1枚ドロー。

 

「行くわよ!モンスターカード“ペガサスナイト”を召喚!」

 

「わたしのターンですわ!モンスターカード“血まみれの騎士”を攻撃表示で召喚!」

 

ペガサスに乗って浮遊する騎士と、甲冑が血で錆びた不気味な騎士が出現。

 

「「アタック!」」

 

2体があたしに向かって突撃してくる。硬そうな敵を迎撃するため、

すかさず銃を破壊力の大きいM100に持ち替える。

そしてハンマーを起こして血まみれの騎士の胴を狙い、発砲。

強力な45-70弾が甲冑を貫き、血まみれの騎士は断末魔を上げて、

空中に同化するように消えていった。

 

でも、素早いペガサスナイトまでは倒しきれなかった。

再びハンマーを起こしたちょうどその時、サーベルがあたしの左腕を貫いた。

やだ最悪!痛……くない?服も破けてない。

パルカローレが向こうから試合についてルールの追加を入れてきた。

 

“私達のモンスターは、実体に干渉できないようリミッターを掛けてあるわ。

つまりあなた達の場合、戦闘でダメージを受けると、体力の代わりに魔力が減るの。

もちろん0になると負けね!”

 

思わず、首から下げたミニッツリピーターを見る。

残り魔力を示すブルーの長針が4分の1減っている。

よく出来てるわね、って感心してる場合じゃないわ。反撃しなきゃ。

あたしはさっきのペガサスに狙いを定め、再びM100をぶっ放す。

弾丸はペガサスの首を貫いて、騎士の腹を貫いた。騎士と天馬が鳴き声と共に消滅する。

ごめんよペガサス。

 

「まだまだほんの小手調べよ!来なさい!“三人兄弟の暴走トロッコ”」

 

「手伝ってあげるわ、感謝なさい!アイテムカード“無限弾倉式マグナムライフル”!」

 

“ヘイヘイヘーイ!”と、斧を持っていた部族3人組が、

大型拳銃を持ってパワーアップし、トロッコに乗って突撃してきた。

やばいわね、遮蔽物が全然ない草原で3人から集中砲火を浴びるとまずい。

 

「ここはわたくしに。里沙子さんは伏せていてくださいな」

 

「頼むわよパルフェム!」

 

彼女はマグナム弾を撃ちまくる凶暴な部族に怯むことなく、扇子に向かって一句詠む。

 

──夏草や 兵どもが 地に還り

 

彼女の本歌取りの句が発動すると、辺りの草が一瞬にして大蛇のように太く長く成長し、

トロッコを縛り上げて強引に停止させた。

当然慣性で部族達は、拳銃もろとも宙に放り投げられる。

 

『Noooooo!!』

 

地に叩きつけられた3人組は、パニックになり、その場でもがくだけ。チャンスね。

あたしはM100で筋肉隆々の男たちを、落ち着いて射殺した。第2ウェーブ突破かしら?

あいつらの残りMPが知りたいところね。

ガンベルトのケースを探ると……M100もピースメーカーもあまり余裕はないわ。

あと1回リロードしたらお終いね。

 

“何をしていますの!折角のわたしのサポートが文字通り無駄撃ちでしてよ!?”

“うるさいわね!あんたならどうしてたっていうのよ!”

 

ユーディとパルカローレが喧嘩している隙に、パルフェムと作戦会議。

 

「ねえ、パルフェム。弾丸を増やす俳句とかない?」

 

「できなくはないと思いますが、きっと作るのに時間が掛かると思いますわ。

それより、里沙子さん、少し相談したいのですけど……」

 

「なあに?」

 

パルフェムに耳を貸すと、彼女が一つの提案をしてきた。

そうねえ……どう考えても奴らの手駒の方が多そうだし、できないことはないけど。

 

「わかった。やばくなったらそれで行きましょう!それまでは銃や俳句でしのぐのよ。

お題だって無限じゃないし」

 

「おまかせあれ。ほら、敵が来ますわ」

 

パルフェムがユーディ達を指差すと、

やっと喧嘩を一時停止した二人がバトルに復帰した。

 

「もういいわ!あんたなんか頼らない!召喚、“終わらないループバグ”!」

 

「あなたの腕前じゃ、どんな援護も無意味ですわ!

“セキュリティシステム第7層”召喚!」

 

空中に元SEとしてあまり見たくない物体が2つ。

見た目には全く処理を進める様子のないコマンドプロンプトと、

複雑怪奇なセキュリティプログラム。

地球で何度も手を焼かされたこいつらが、またもあたしの前に立ちはだかる。

プログラムの塊が、一瞬フラッシュを放ち、電撃で攻撃を仕掛けてきた。

食らうか!?……と思ったら、あらあら、大事なこと忘れてたわ。

 

あたしはクロノスハックで時間停止し、3歩前で止まった電撃を回避。

続いて、忌まわしき人類の過ちをM100で撃ち抜いた。

どうでもいいけど、カードモンスターは地味に固い。

ずっとM100で戦ってたことに今更気づく。

急いでシリンダーから空薬莢を取り出し、弾丸をリロードする。

もう弾がない。長期戦は不利ね。能力解除。

 

プログラム型モンスターが放った電撃はあたしの後方で地面に激突し、空振りに終わる。

同時に、モンスターも身体にドでかい穴を開けられ、コードの塵となって消滅。

 

「えっ!?なんなのあれ!」

 

「ご存知ありませんの!?里沙子は瞬間移動ができますのよ!」

 

「信じられない、卑怯だわ!」

 

そういえばパルカローレには見せたことなかったわね。

とにかく、あいつらに共通してることは、

自分に不利な状況は何であろうと卑怯呼ばわりすることね。

 

「こうなったら少々荒っぽく行くわよ!神聖なバトルフィールドを守るために!」

 

「それについてのみ同感ですわ!」

 

「ここは、あたしの家だって、言ってんだ!!」

 

駄目だ。こいつらは完膚なきまでに叩きのめさないと、

自分がしていることの愚かさに気づかないらしい。

何をする気か知らないけど、来るなら殺るまでよ。

でも、魔力切れは敗北だからクロノスハックの乱用は禁物。

考えるうちに、二人がカードをドロー。

 

「おいでなさい!“戦車を凌ぐワイルドバギー”!」

 

「わたしに勝利をもたらすのよ!“翼をもがれた大天使”!……ううっ」

 

ガトリングガンや大砲を強引に取り付けたバギーカーと、

なんだか元気がない巨大な天使が現れた。

ん?なんか天使を召喚したユーディの様子がおかしい。

よろよろと草むらに隠れたと思うと……書きたくないほど汚い音。リバースしやがった。

服洗わねえわ、ゲロ吐くわ、貴族もクソもあったもんじゃないわね。

 

「ねえー、ユーディ!死にそうならやめときなさい!魔力ないんでしょ、正直」

 

“まだまだですわ……こうして立っていますもの。

そう、最後に立つ者はわたしですのよおぉ!!”

 

もう、何がこいつらを駆り立ててているのかわかんない。

でも、一気に魔力を大量消費するほどのカードを発動したってことは、

このモンスターには要警戒ね。

思った矢先に、バギーがガトリングガンを撃ちまくりながら、

フルスピードで体当りしてきた。幸い直撃は避けられたけど、数発弾を食らった。

時計を見る。3時の辺りを指してるわ、そろそろまずい。

 

「パルフェム、そっちはどう?あたしは次、大技食らったらゲームオーバー」

 

「ごめんなさい。わたくしも避けきれませんでしたわ。

早く風情をとらえて一句詠まなければ……」

 

さすがにパルフェムも追い詰められてるっぽい。負けても死なないとは言え、

こんな馬鹿二人にあたしの家をたまり場にされちゃ敵わない。

あたしは走り回るバギーにM100を撃ち込むけど、車体を少しへこませただけで、

まるで効いちゃいない。

 

……次はもっとヤバいのが来るわ。鉄仮面のような表情の天使が、

あたし達に顔を向けて、天に両腕を掲げる。

すると空から眩い光が幾条も降り注いで来る。それがレーザー光線だと気づいた瞬間、

考える前に残り少ない魔力でクロノスハックを発動。

パルフェムを押し倒して、どうにか全部避けきった。ああ、時計の針が12スレスレ。

 

「大丈夫?」

 

「ありがとう、里沙子さん。

もう、どうして今日に限ってうまく発想が浮かんでこないのかしら!」

 

「ねえ、そろそろやるしかないんじゃないの、あれ。

多分次の奴らの行動であたし達は負ける。撃ち合いしてる余裕、ないと思うんだけど」

 

「そうですわね……今こそ連歌を始めましょう!」

 

せっかくの着物を砂だらけにしながらも、パルフェムは立ち上がる。

一応解説しとくと、連歌っていうのは、誰かが五七五の発句で初めて、

別の誰かがそれを受けて七七の下の句、

そして下の句に続いてまた誰かが上の句を詠んで数珠つなぎしていく和歌の一つよ。

 

あたし達は、相手モンスターに向き合い、感性を膨らませ、

思いつく限りのキーワード、自然の情景で心を満たす。

 

「うう、ゲホゲホ……どうしたの、もう降参かしら?」

 

挑発するパルカローレも、よく見ると顔色が悪い。

ゲロったユーディを冷やかす余裕もないことから、

お互い魔力の取り合いは次で決着が付く。

 

「里沙子さん、僭越ながら発句はわたくしから」

 

「……オーケー」

 

そして、パルフェムが全ての始まりとなる五七五を読み上げた。

 

──戦場(いくさば)に 惑いて集う 桜かな

 

桜の木なんてどこにもないのに、桜吹雪が戦場に吹き込み、

敵味方問わずあたし達を包み込む。

次はあたしの番ね。連歌なんて洒落たことは初めてだけど、やるしかない。

 

──流るる涙 薙ぐ春疾風(はるはやて)

 

一首出来上がると、パルフェムの能力が発動し、

舞い散る桜吹雪が凄まじい風圧を伴って、

暴れ狂うバギーや、大天使の巨体を竜巻のように巻き込んで吹き飛ばした。

バギーは完全にひっくり返って、大天使はなかなか起き上がれずにいる。

ついでに、ユーディとパルカローレも一緒にふっ飛ばされてた。

 

「何!?何が起きているの!」

 

「あうう……爺や、お水をちょうだい」

 

「パルフェム、次のコンボよ!」

 

「ええ、お任せを!」

 

 

──雷の 奔る雲間に 魅せられて

──流るる涙 薙ぐ春疾風

 

 

おっ、今度はあたしの下の句と合体して、なんだか物騒なことが起こりそうな予感。

物騒なことっていうのは、この企画では面白い事とイコールよ。

案の定、空に雷雲が広がって、あっという間に辺りが薄暗くなる。

そしてゴロゴロと身をすくませるような雷鳴が雲間を駆け、次の瞬間、空が光り、

相手モンスターに降り注いだ稲妻が直撃。

バギーは大破し、大天使も、その破壊力で光の粒子に分解された。

パニックになるユーディとパルカローレ。

 

「ちょっと!わたし達のモンスターが全滅じゃない!早く次のモンスターを召喚して!」

 

「うるさいわよゲロ女!もう殆ど魔力が残ってないのよ!」

 

やっぱり喧嘩になる二人を見ながら、あたしはピースメーカーとM100の弾丸を抜く。

 

「ねえ、パルフェム、次で最後にしたいんだけど、こんなことってできる?」

 

今からやろうとしていることを説明すると、彼女は首をかしげながらも同意してくれた。

 

「できますけど、下の句はできていますか?」

 

「バッチリ。当分足腰立たないようにしてやるわ」

 

「わかりました。では……」

 

パルカローレも何とか立ってるけど、足元がおぼつかない。

それでも何とかカードをドロー。

 

「はぁ、はぁ、モンスターカード“霊力切れの式神・十二体セット”

……これでお願い」

 

残り少ない魔力で召喚したのは、人型に切った紙細工の群れ。

よっしゃ、これならまとめて吹き飛ばせるわ。

 

「ラスト行くわよ!」

 

「ええ、最高の句を!」

 

 

──雷の 奔る雲間に 魅せられて

──曇天の果て ボラーレ・ヴィーア(飛んで行きな)

 

 

あたしの二丁拳銃に、若草色に渦巻くパルフェムの魔力が宿った。

強力な魔力の弾丸が装填された銃の振動が、グリップを通して両手に伝わってくる。

照準に捉えるは、死にかけのアホ二人。

 

「……アリーヴェデルチ(さよならだ)」

 

両方の銃のトリガーを引くと、銃口から巨大な風圧が発射され、

最後のモンスター共々、文字通りに雲の向こうまで吹っ飛んでいった。

 

“ギャアアア!!”

 

ギャグアニメよろしく、奴らが飛んでいった空がお星様のように光る。

奴らの悲鳴が心地いい。

心配しなくても、多分方角からしてちゃんとホワイトデゼールに落ちるっぽいわ。

まあ、別にどっかの岩山とか海に落ちても、あたしは知らないけど。

これが本当の挙句の果てね。とにかく迷惑女を追い払って気分が良くなったところで、

ようやく彼女を出迎えることができた。

 

「ごめんねーパルフェム。

あいつらには“また来やがったらカード全部燃やす”って脅迫文出しとくから」

 

「いいえ。人気者は辛いですわね。

それに、里沙子さんとの連歌も楽しゅうございました。

異国の言葉を入れ込むとは、面白い付合(つけあい)でしたわ」

 

「あなた、連歌も魔法にできるのね。

素人の思いつきだけど、うまくあなたとコンボがつながって助かったわ。

さ、中で休みましょう。ジョゼットにお茶を出してもらわなきゃ」

 

「うふふ、和歌なら何でも具現化できますの。

出来がいいほど強力で、低コストの魔法が発現できますわ。

それにしても、ここはいつ来ても不思議なところです」

 

玄関のドアを閉じると、あたし達は一息つくためダイニングに向かった。

もう何も面倒事がないといいんだけど。

今度あいつらに会ったら、今日使いまくった弾代請求しなきゃ。

 

 



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強装弾と魔国のスパイ
いつの間にか40話突破!…のはずなんだけど?とにかくみんなありがとう!


再びパルフェムと住人全員でダイニングのテーブルを囲む。

ピーネはルーベルが日曜大工で作ったお子様椅子にご不満な様子。

あと、態度には出さないけどルーベルもパルフェムへの警戒を解いてない。

そんな事を知ってか知らずか、彼女は嬉しそうに皆と語らう。

 

「とまぁ、そんなわけで彼女があの馬鹿2匹を一緒に追っ払ってくれたのよ」

 

「また皆さんとお会いできて嬉しいですわ!」

 

「なるほどな。

なーんか、外がいつも以上にうるさいと思ったら、そんなことがあったのか。

ただ二人の喧嘩がヒートアップしてるだけかと思ってたぜ」

 

「とにかく、誰かが怪我する前に戦いが収まってなによりです」

 

「今頃どっかの岩に激突して潰れたトマトになってるかもね、アハハ」

 

「は~い、お茶が入りましたよ」

 

「ありがとう、ジョゼットさん!」

 

皆が、それぞれ好みのお茶をジョゼットから受け取る。

前にも言ったけど、ジョゼットの家事スキルが向上したから、

こないだ小遣いを月500Gにアップしてやったのよ。

そう通達したら、ジョゼットがバジリスクと見つめ合ったみたいに、

硬直して動かなくなったもんだから、急いで2,3発ビンタしたら、

やっと正気に戻ったの。

 

“一体どうしたってのよ、いきなり”

 

“はっ!?いえ、里沙子さんが自分から出費を増やすなんて言い出すものだから、

きっとわたくしは、里沙子さんに化けた這い寄る混沌に魅入られてしまったのかと”

 

ついでに軽くもう一往復ビンタしておいた。本当にこいつは。

雉も鳴かずば撃たれまいって言葉は、この世界には伝わってないみたいね。

余計なこと言わずに受け取ってれば、痛い思いせずに500Gもらえたのに。

何も考えずに喋る癖はまだ治らないみたい。

 

「ピーネも、もう窓に張り付く女に怯えなくていいのよ」

 

「だ、誰が人間なんかを怖がったりなんかするもんですか!それにこの椅子!

赤ん坊でもあるまいし、

階段とミニ背もたれ付きの椅子なんてレディにふさわしくないわ!」

 

「あら、そう?毎晩夜中にカシオピイアを起こして、

トイレに同行させてたお子様の台詞とは思えないわ。

無口なこの娘ならバラさないと踏んだんだろうけど、うぷぷ」

 

「ちょ、喋ったの!?カシオピイア!」

 

「……喋ってない。お姉ちゃんが鋭いだけ。眠い」

 

「なんだよー、せっかくお前のために作ったのに」

 

「クスクス……」

 

静かな笑いを浮かべて、あたしらの馬鹿話に聞き入るパルフェム。

三人寄れば文殊の知恵って言うけどありゃ嘘ね。

女6人集めたところで、知恵どころか恥の活造りしか出やしないじゃない。

彼女の声を聞いたルーベルが、水を一口飲むと、パルフェムに話しかけた。

 

「なあ、皇国の偉いさんが、なんでまたこんな遠くまで来たんだ?」

 

「もちろん、嫌がる里沙子さんを無理矢理攫いに来ましたの」

 

ルーベルは何も言わずにただ彼女を見据える。

今度は無闇に銃を抜かないあたり、彼女が本気じゃないことはわかってるみたい。

 

「……ふぅん、こんな飲んだくれで良けりゃ持ってけよ」

 

「それ酷いんじゃない?」

 

「酷い。お姉ちゃんはワタシのお姉ちゃん」

 

「あらら、予想外に反応が薄くて残念ですわ。もちろん冗談ですけど、

もう少し慌ててくださらないと、パルフェムの立つ瀬というものがありません。

たまたま休暇が入ったから会いに来た、それだけですの」

 

「そうは言っても、あなたもいい趣味してるわよね。

実際ルーベルの言う通り、ただ日本に生まれただけの呑兵衛の何がいいんだか」

 

「あなたはご自分の魅力に気づいていなくてよ、里沙子さん。

こうして沢山の仲間が集まっているのは、あなたの意思によるものではないでしょう?」

 

「まぁ……私がここにいるのも、里沙子との縁があったからだしな」

 

ルーベルがカラになったコップの底を眺めながらつぶやく。

 

「そうですね。わたしがここに来た目的は留学でしたが、

勉強だけでなく、ここに居て楽しい、という思いも確かにあります」

 

「私は!自分だけの世界を見つけるまで、寝床として使ってるだけだからね!

……里沙子なんて嫌いなんだから」

 

エレオノーラとピーネもそれに続く。あ、ひとつだけ例外が。

 

「そうだ、ジョゼットに関してはあたしの意思で住まわせてるわ」

 

「里沙子さん!やっぱりわたくし達の間には厚い友情が」

 

「雑用係がいなくなったら不便だしね」

 

「時々旅に出たくなるんです」

 

パルフェムが扇子で口を隠しながら声を抑えて笑い出す。

こればっかりはしょうがないわ。

傍から見たら、こんな変人ファミリー、笑いのネタにしかならないだろうし。

だからって、このメンバーが全員、

休日潰してでも河原でバーベキューやりたがるようなリア充だったとしたら、

今頃あたしの頭はクルクルパーになってたと思う。結局現状が一番落ち着くってことね。

人の目気にしたってしょうがないわ。

 

「んんっ、ふわあ……あら失礼」

 

パルフェムが大きく伸びをしてあくびした。

何の足しにもならないやりとりに退屈したのかしら。

 

「どうしたの、眠いの?」

 

「少し。今、皇国は夜中ですから。仕事帰りに思い立って飛んできましたの」

 

「ちょっとあたしの部屋で休んだら?階段上がって突き当り」

 

「まあ!里沙子さんのベッドで眠ってもよろしいの?」

 

「成り行きとは言え、アホ共の処理に付き合わせちゃったからね。

一番大きいベッドで寝る権利を与える」

 

「わーい!里沙子さんの香りに包まれて寝るなんて、

海を超えてきた甲斐がありましたわ!」

 

「妙な表現するんじゃないの!あと、晩飯くらいは食べていきなさいな。

ジョゼット、今夜は1人前追加ね?」

 

「は~い。とっておきのチーズグラタンを焼きますね」

 

「ジョゼットさんもありがとう!では、わたくしは暫しの間失礼……」

 

そしてパルフェムが2階へ向かおうとしたけど、はたと足を止めた。

振り向くことなく彼女は告げる。

 

「……そうそう、里沙子さん」

 

「何?」

 

「里沙子さんを狙っているのは、わたくしだけではなくってよ。

戦うとすれば、きっと敵は強大な戦力を備えてくるはず。

あなたも強力な手札を揃えることをお勧めしますわ」

 

「おい、それどういうことだよ!」

 

「敵、とおっしゃいましたが、魔王が倒れた今、戦うべき相手など一体どこに?」

 

「今の段階ではこれ以上のことは言えませんわ。

ひょっとしたら何も起こらない可能性もゼロではありませんし、

こちらから仕掛けたら、向こうに引き金を引く口実を与えることになりますから。

それでは失礼~」

 

「待てよ、何か知ってるなら話していけよ!里沙子の味方なんだろう!?」

 

「ルーベル、落ち着いて。パルフェムの本意はともかく、

あたしの武器もそろそろ物足りなくなってきたのは事実なのよね」

 

「あいつの言うこと真に受けるのかよ!」

 

「聞いて。アホ相手とは言え、今日の戦いに勝てたのも、パルフェムがいたおかげ。

今のままじゃ、今後一人で対処できない相手が出てくる。そんな気がするの」

 

あたしは左脇ホルスターから、Century Arms M100を抜く。

黄金色のフレームが鈍く輝く。こいつも効かない敵が増えてきたわね。

夕食までにはまだまだ時間がある。

パルフェムが起きるまでやることもないし、彼女に相談してみましょう。

 

「エレオノーラ、悪いんだけど、帝都まで連れて行ってくれないかしら。

会いたい人がいるの」

 

「もちろん構いませんが、どちらまで?」

 

「あたしの銃を強化してくれる、かもしれない人」

 

「ああ、なるほど!きっとあの方なら、銃にも詳しいでしょう」

 

「なんだなんだ?私にも教えてくれよ。っていうか私も連れてってくれよ」

 

「用事が済んだらとんぼ返りだし、

あのおっかない店主にわざわざ会いに行きたいなら別にいいけど」

 

「あ……やっぱいい」

 

ルーベルも行き先に察しが着いたようで、椅子に戻った。

あたしとエレオノーラは手をつないで、彼女の“神の見えざる手”で、

少し懐かしさすら感じるほどの帝都にワープした。

 

 

 

「では、いつもと同じく、聖堂で待っていますので」

 

「ごめんね、すぐ済ますから」

 

大聖堂教会前でエレオノーラと別れたあたしは、

目的の店を目指して、歩き慣れたルートを通る。到着まで徒歩で約15分。本当久しぶり。

あの薄暗い路地の先が目的地よ。シガニー・ウィーバーは元気かしら。

 

屋根も壁も真っ黒で、ショーウィンドウにガラクタが転がるだけの店の佇まいは、

相変わらず客を歓迎する気など一切ない。ドアを開いて中に入る。

カウンターの奥には、やっぱりツナギ姿の黒鉄の魔女ことダクタイル。

険しい顔で新聞を読みながら話しかけてきた。

 

「……いつものうるさい連中はどうしたんだい?」

 

「今日はちょっとした用事だから、あたし一人」

 

「用事?金になる仕事なんだろうね。あんたが勝ったせいで50万儲け損ねた」

 

「もちろん依頼よ。あたしの銃を強化してほしいの。

錬金術士でもある、あなたならできると思って」

 

「ああ、大抵の銃ならお手の物さ。出しな」

 

カウンターに、ピースメーカーとM100を置く。

でも、それを見たダクタイルが不機嫌そうな顔を更にしかめた。

 

「あんた、この銃手に入れてからどれくらい経つ?」

 

「う~ん、中古品だから正確にはわからないけど、買ってから半年くらいかしら」

 

「何発撃ったか知らないが、2つとも寿命が近づいてるよ」

 

「寿命!?これ、もう撃てないってこと?」

 

「当たり前だろう。銃ってのは、火薬を爆発させて弾頭を打ち出す武器だ。

発砲すると当然内部から強力な圧力が掛かる。いくら頑丈だろうが、

何百発も撃てば、銃身が圧力に耐えきれなくなって、いつか暴発する。

次にこいつで戦ってたら、あんた死んでたよ」

 

「間に合ってよかったって言えるのか、正直微妙だけど。

……ねえ、これどうにかならない?

数だけの敵なら瞬殺できるピースメーカーと、一発の破壊力が飛び抜けてるM100。

両方揃わないと意味がないの。ドラグノフはやっぱりあたしの体に合わない」

 

「耐用年数回復なら、拳銃1丁につき40年延長で2万5千Gだ。30分待てば今やってやる」

 

「本当!?お願い、両方直して!」

 

「待ってな、今取り掛かる」

 

あたしはほっと胸を撫で下ろした。危うく命綱がなくなるところだったわ。

ダクタイルは2丁の相棒を持って作業場に引っ込み、

魔法陣が描かれ、煤で汚れた台の上に置いた。

銃の側には素材らしき細い鋼鉄の棒を5本程度並べる。

用意ができると、彼女は台の縁に手をついて、呪文を詠唱した。

 

「綻びし鉄鎖の絆、見えざる手と手を取り合い、今一度其の命を紡ぎ出せ!

メタルリバイブ!」

 

彼女が詠唱を終えると、魔法陣が魔力で光り、

あたしの銃をグリーンの半透明なドームで包み込んだ。

鋼鉄の棒が少しずつ空中に溶け出し、銃に染み込んでいく。

それを確認したダクタイルがカウンターに戻り、また椅子に座って新聞を読み始めた。

 

「30分。そこで待ってな」

 

「ねえ、修復が終わったら、強化もお願いしたいんだけど、それっていくらくらい?」

 

「拳銃は1丁10万Gだ」

 

正直迷う。確かに銃の強化は必要だけど、既に魔王戦の前にここで何十万も使ってる。

暮らしには困らないとは言え、

これからはあまり湯水のように使える状況でもなくなった。

M100だけ頼もうかしら、そんなことを考えて返事に詰まってると、

見かねたダクタイルが新聞をテーブルに投げ出してあたしに尋ねてきた。

 

「あんた、魔法は勉強してんのかい」

 

「え、魔法……?」

 

「え、じゃないだろう。

あれだけ時計改造したり、マナを蓄えたりして、魔法使いになったんだ。

魔術書の一冊くらいは読んでるんだろうね」

 

すっかり忘れてた。いつの間にかクロノスハックに頼りっぱなしで、

あたしも魔力を操れるようになったことに気が向いてなかった。

 

「馬鹿だね、とんだ宝の持ち腐れじゃないか」

 

ダクタイルは立ち上がると、

奥の棚からすっかり色あせた本を2冊取ってきて、手で払った。

舞い上がるホコリに二人共軽く咳き込む。あたしは一冊を手にとって表紙を見る。

小さな銃弾が大きな銃弾に変化していく様子を、簡易的に表す図が描かれている。

 

「ゴホゴホ!私に頼む金がないなら、自分の魔法でやるこった。

もっとも、それで強化するのは銃弾の方だけどね」

 

「銃弾?」

 

「今あんたが持ってるのは、弾倉やシリンダーに働きかけて、

中の弾を強装弾に変化させる魔法」

 

「強装弾って、通常より多く発射薬を詰め込んだ強力な弾よね。

これを覚えれば、あたしの銃も相対的に強化されるってことでいいのかしら!」

 

「そう。逆にこっちは火薬を減らして、威力と引き換えに、

反動を極限まで抑えて発射レートを引き上げる軽装弾に変える」

 

「これを覚えれば、多少威力は落ちてもM100でファニングができるかも!

両方買うわ、いくら?」

 

「本なら1冊5000Gでいい」

 

「2冊ともちょうだい!」

 

あたしはカウンターに1万G置いた。

ダクタイルはそれをレジに収めてから、軽装弾の本を差し出す。

これで新しい力は2つ揃ったわけだけど、一体何と戦えっていうのかしら。

あの娘の考えは読めない。と、考え込んでたら、ダクタイルが信じがたい事を言った。

 

「あんたも物好きだね。こんなゴミ同然の魔術書に1万も払うなんざ」

 

「ゴミ!?本当だとしても客の前で言う?普通!」

 

「大昔に知的財産権が切れたほとんどタダの代物さ。

魔法の次は目利きと値切りを覚えるんだね」

 

そしてまた新聞を広げる。確かに1万くらい、いいんだけどさ、いいんだけどさ!!

……あたしはなんだか腑に落ちない気持ちを抱えながら、

銃の強化が終わるまで強装弾の魔術書の立ち読みを始めた。

クロノスハック習得前に、マリーの店でちらっと見た時は、

意味不明でしかなかった魔術書も、今ならわかる。

 

まずは左手に魔力を集める。次に球体をイメージして、

内部に火薬を増幅する文字列、圧縮する文字列、銃弾の形状を固定する文字列、

その他諸々を立体的に絡み合わせる。

全ての文字列が噛み合い、準備が整ったら、術者が詠唱。

銃で言うならトリガーを引く。なるほどね。

 

実戦で落ち着いて一連の動作をするには、完全に頭に叩き込んで、

何度も練習するしかなさそう。だけど、新しい力が手に入ったのは収穫よ。

はっきり言って、これ以上どうでもいい戦いなんかしたくないんだけど、

抵抗もできないまま殺されるのはもっと嫌だからね。

面倒だけど必要最低限の備えはしておきましょう。

 

でも、このくらいの厚さなら、C#の手引書熟読するよりずっと楽だわ。

軽装弾の方もなんとか行けそうね。

あたしが2冊目を手に取ろうとすると、店の奥からチン!という音が聞こえた。

 

「ん、終わったね」

 

ダクタイルが奥に引っ込む。もしかして今の、修復完了の合図?

そういう魔法なのか、彼女の遊び心か知らないけど、電子レンジでもあるまいし。

そう言えば、この世界に電子レンジってあったかしら。

あったとしても冷凍食品が存在しないからイマイチ影が薄くなりそうだし、

温めならうちのオーブンで事足りてるから考えたこともなかったわ。

思えばミドルファンタジアの技術レベルって

 

「…い!おい、なにボケっとしてんだい!」

 

「あっ、つい考え事してたわ」

 

「まったく、それで良く魔王に殺されなかったもんだ。できてるよ」

 

カウンターを見ると、新品同様に磨かれ光を放つ、あたしの相棒たち。

手に取ると、確かに何かが違う。上手く言えないけど、

なんというか、グリップの手に食い込む感触とか、銃身の重量感とか。

 

「5万だよ」

 

「うん、ちょっと待ってね」

 

あたしはトートバッグから財布を取り出すと、麻袋に詰め込んだ金貨を苦労しながら、

コインケースで計量しつつ500枚取り出した。

今回は事前に料金がわからなかったから、多めに持ってくるしかなかったのよね。

この面白くもない料金支払いシーンはいつ以来かしら。

ダクタイルもイライラしながら待ってる。

 

「終わった。5万Gあるはずよ」

 

「まどろっこしいね!袋ごと渡しゃ、計算機で一気に数えてやるのに。

ちょっと入れすぎを見落とす可能性はあるけどね」

 

「悪いわね。もう大富豪って呼べるほどの金持ちでもなくなったの。

金貨1枚も無駄にはできないわ」

 

「まあいいさ。とにかく修復は終わった。

金属分子の結合も強化してるから好きなだけ撃ちまくって大丈夫だ。

そいつらがぶっ壊れる前にあんたがぶっ壊れる方が先だから安心しな」

 

「それは頼もしいわね。じゃあ、あたしはこれで帰るわ。魔術書の勉強もしたいし。

またね」

 

「ああ。次はもっといい仕事持ってきな」

 

あたしはホルスターに若さを取り戻した銃を差すと、ダクタイルの店から出ていった。

早く帰らなきゃ。エレオを待たせてるし、もう軽装弾の魔術書も読みたい。

いい気分で大聖堂教会に向けて足を早めた。

 

……んだけど、このまま帰るわけにも行かなくなった。

気づかれてないと思わせなくちゃ。誰かが尾行してる。

あたしは帝都の中心の外れ、複雑な路地を縫うように早足で歩きながら、

相手の集中力を削ぐ。奴も必死にあたしを追いかける。

背中で距離を測りながら、タイミングを待つ。よし、次の角ね。

あたしは突然ダッシュし、角を曲がった。慌てた足音が走ってくる。

奴が路地を飛び出した瞬間。

 

「死にたいなら追跡を続けなさい」

 

「なっ!」

 

その人影に、さっきに命を吹き込んでもらったばかりのピースメーカーを突きつける。

鈍色に光る銃身に圧倒された謎の人物が動きを止める。

あと少し、というところで手が届かない微妙な距離を保ちながら、

あたしは尋問を始めた。

 

「あたしの質問に答えて。

他のことをしたり、あたしがイラッとしたら、あんたの額に穴が空く」

 

「……そんなもので、私が殺せるとでも」

 

ようやく口を利いた追跡者は、魔女だった。

20代半ばってところで、典型的な魔女スタイル。

白い三角帽子に、足元まで裾が伸びるグレーのローブ。

そんな格好でよくここまで追いかけっこできたもんだわ。

 

「ご希望ならもっと大きい銃もあるけど」

 

今度はM100を抜き取る。やっぱり黄金のボディが新品のように輝き、

謎の魔女を睨みつける。さすがに今度は大砲のような銃にビビったみたい。

 

「や、やめて!私は頼まれただけ!」

 

「誰に?」

 

「それは、言えない……」

 

「左手にバイバイする?」

 

ガチッと2丁拳銃のハンマーを起こすと、魔女が青くなる。

 

「やめてったら!……私は、魔国の命を受けて、お前を監視していた工作員」

 

「魔国?まあいいわ、続けて。なんで魔国とやらがあたしを監視する必要があるわけ?」

 

「馬鹿め、少しは世界情勢を学ぶことね!お前がアースからもたらした軍事技術で、

魔王に深手を負わせたことは既に世界中に知れ渡っている。

私の任務はお前の行動を把握し、隙あらば拘束し本国に連れ帰ること」

 

「あたしを?何のために。

ついでに今ちょっとイラッと来たから言葉気をつけたほうがいいわよ」

 

体をなぞるようにM100の銃口をゆらゆらさせる。

 

「くっ!……お前がこの国にもたらした近代兵器の技術を接収し、主要国で分配する。

皇帝の口先だけの専守防衛など信用できるものか!何もかもお前のせいだ!」

 

「昔、某アニメで国家ぐるみの犯罪は罪に問われないって言ってたんだけど、

あれだけは帝国の外に出すわけにはいかないの。

理由を説明する気はないし、説明されないとわからない連中には、

なおさら渡すわけにはいかない。そろそろ、さよならね」

 

「何をするの、やめて!」

 

怯える魔女にピースメーカーを1発。

人気の少ない路地とは言え、整地された道路が伸びる帝都を銃声が駆け抜ける。

 

「……え?」

 

魔女の足元に弾痕1つ。意図のわからない発砲に戸惑う彼女。

 

「魔国だかなんだか知らないけど、

あんたを殺すより雑巾を絞るように事情を吐かせた方がよさそうね。

ちょっと待ってなさい。今の銃声を聞きつけたお巡りさん達が迎えに来てくれるから」

 

あたしの予想通り、間もなくAK-47を抱えた兵士達が駆けつけてきて、

魔女を取り囲んで自動小銃を突きつけた。

 

「お怪我はありませんか!斑目女史!」

 

「大丈夫です。奴は魔国からわたくしを監視、拉致して、軍事技術を持ち帰るよう

命ぜられていたようです」

 

「わかりました。

おい、封魔の鎖を持て!皇帝陛下にも連絡、魔国のスパイ行為を確認!」

 

「はっ!お前、立ち上がって壁に両手を着け!」

 

「くそっ!離せ、離せこの……うっ!」

 

その時、名もなき魔女が急に苦しみだし、胸のあたりを押さえてその場に崩れ落ちた。

目が真っ赤に充血し、呼吸もままならない様子。

 

「あああ……うぐう、がはっ!!」

 

苦しみぬいた後、とうとう大量に吐血。レンガの歩道が彼女の血に染まる。

それを最後に魔女は動かなくなった。

……多分、事前に口封じの毒か何かを仕込まれてたのね。

 

 

 

サラマンダラス要塞 城塞 円卓の間

 

あの後、要塞まで同行を求められた後、軍の馬車で一度エレオノーラを迎えに行って、

皇帝陛下に直に経緯を説明することになった。あたし達以外には書記官が1人いるだけ。

 

「まずは、無事でなによりである、里沙子嬢。

エレオノーラ嬢が巻き込まれなかったのが、不幸中の幸いであろう」

 

「お手数をおかけします、皇帝陛下」

 

「里沙子さんを助けて頂いて、ありがとうございます」

 

「何を言うか、スパイは我が国に対する敵対行為。国家が総力を上げて撃退せねば。

では早速だが詳しい事情を教えてもらいたい」

 

「はい。わたくしが魔道具屋から帰る途中、不審な気配を感じたので、

裏路地に誘い込んで銃を突きつけたところ、

はっきりと魔国というところから派遣された工作員だと言いました」

 

「MGDか……あの女狐め」

 

「あの、一つお伺いしてもよろしいでしょうか。

魔国とはどのような存在なのでしょうか」

 

「正式名称、魔術立国MGD。産業、経済、政治。

あらゆる分野が魔法を中心に動いている、実体のよくわからない国だ。

何しろ徹底した情報封鎖で、外部に何一つ情報を漏らさない」

 

「そんな国があるなんて知りませんでしたわ。

このサラマンダラス帝国と桜都連合皇国くらいで」

 

皇帝は困った顔で大きく息をついた。

 

「皇国を知っているということは、

既にパルフェム嬢がそちらを訪ねたことがある、という認識で間違いないか?」

 

「はい。……というか、今も家に遊びに来ています」

 

「他の連中よりマシな部類とは言え、

観光ならせめてパスポートに印を押してから楽しんで貰いたいものだ」

 

「他の連中?」

 

「この世界に大小含めて約150の国家があるのだが、

サラマンダラス帝国を含めた4つの先進国が存在し、

これらの動きが他の国々の経済に影響を与えているのが現状だ。

まず、貴女も知るところのサラマンダラス帝国、桜都連合皇国。

続いて中立国家ルビア、そして今日、里沙子嬢を狙った魔術立国MGDだ」

 

「その、MGDという国は何のために武装強化を目論んだのでしょう……」

 

「実はMGDだけではない。

皇国を除き、他の先進国も我が国の軍事力を快く思っていない。事情は様々であろう。

その魔女が言っていた通り、帝国の専守防衛を信用しておらず、疑心暗鬼に陥り、

自らも武力を強化しようと考えるもの。

強力過ぎると言って良い、アースの武力を紛争状態の小国に売りさばこうとするもの。

いずれにしても、どの国も里沙子嬢を手にするためなら、

どのような手段に出てもおかしくないということである」

 

う~ん、先進国だけでも国が4つあることすら知らなかったわ。

ひょっとしたらパルフェムが言っていた“敵”ってこいつらのことかしら。

 

「あの、皇帝陛下!」

 

「なにかね」

 

「桜都連合皇国について詳しく教えていただけないでしょうか。

パルフェム…じゃなくて、首相はあまりそういった武力強化や、

外貨獲得に積極的な人物とは思えないのです」

 

皇帝がまたひとつため息。やっぱり彼女には手を焼いてるみたいね。

 

「あの少女については、そう深刻になるだけ無駄だと言っておこう。

首相としての仕事は完璧にこなしており、

サラマンダラス帝国とも比較的良好な関係を築いているが、

知っての通り、好奇心の赴くままフラフラと動くものであるから、

周りの者はたまったものではない。

……おっと、話を戻そう。とにかくMGDには正式に抗議しておく。

奴らのことだ、どうせ知らぬ存ぜぬだろうが」

 

あたし達の会話の間に入り込むように、

書記官が叩いていたタイプライターを思わせる機械が1枚の紙を吐き出した。

彼は素早くそれを皇帝に手渡す。皇帝が速読で目を通すと、顎に指を当てて告げた。

 

「うむ、死亡した魔女の検死の結果が出た。

外傷なし。毒物の類は検出されず、魔術による攻撃を受けた形跡もない。

原因不明の内臓出血による失血死。なるほど、奴らのやり口と見て間違いない」

 

「やり口?ですか」

 

「里沙子さん、

間諜の魔女には、あらかじめ所属する組織に呪いを掛けられるのが普通なんです。

もし、今回のように正体がばれ、機密漏洩の疑いが生じると自動的に発動し、

死に至らしめる。そして、発動後は自動的に魔術式を解除し、痕跡も残さず消えていく。

……今に始まったことではありません」

 

エレオノーラが補足してくれた。

この世界に来てから半年くらい経つけど、ほとんどなんにも知らなかったことに気づく。

この島国が世界の全てだと、どこかで思ってた。

 

「その通り。里沙子嬢、気をつけられよ。

今日の一件でMGDが貴女の確保に動き出したことは明らかだ」

 

グッドタイミングと言えるのかわかんないけど、銃を修復して新たな魔法を手に入れた。

頭のおかしな国と戦う準備はできてる。今度マリーの店も覗いてみましょう。

他に役に立つ魔法があるかも。

 

「かしこまりました。今日は力をお貸しいただき、ありがとうございました」

 

「構わぬ。貴女は自分の身を守ることだけを考えよ。

我輩らもこれまで以上に緻密な警戒網を敷く」

 

「わたしには祈ることしかできませんが、どうか里沙子さんをお守りください」

 

エレオノーラが両手の指を絡めて、祈りを捧げる。ちょっと、どうすんの、これ。

帝都に来てから2時間ちょっとで状況がすっかり変わっちゃった。

 

「もうじき日が暮れる。今日は戻られたほうが良い。

大聖堂教会までは部下に送らせよう。

聞けば、里沙子嬢はエレオノーラ嬢の魔法で帝都に行き来しているらしいが」

 

「はい、お気遣いありがとうございます。……では、わたくし達はこれで失礼します」

 

「絶対に里沙子さんは何者にも渡しません。家に帰れば心強い仲間がいますから」

 

「うむ。魔王の野望を打ち払った我々に不可能はない。

必ず貴女を守り抜くと約束しよう」

 

皇帝の心強い言葉に見送られて、あたし達は要塞を後にして、

軍用馬車で大聖堂教会まで送ってもらった。

手を振って馬車を見送ると、もう夕陽が落ちて空が赤く焼けるだけ。もう帰らなきゃ。

 

「エレオノーラ、帰りましょうか。

変なことになっちゃったから、急いでみんなに知らせなきゃ」

 

「そうですね!では、手を」

 

あたし達は手を握りあって、“神の見えざる手”で我が家にワープした。

 

 

 

我が家に戻ると、とっくに日は暮れていていて、聖堂の明かりが点けられていた。

みんなに、帝都での出来事を報告しなきゃ。

ダイニングに駆け込むと、パルフェムはもう起きていて、

ジョゼット達は夕食の準備で忙しそうだった。

 

「みんな聞いて!」

 

「お、帰ったのか。どしたどした」

 

「お姉ちゃん、おかえり……」

 

「何かあったんですか~?」

 

「里沙子さんのベッド、最高の寝心地でしたわ。あなたの香りが最高のアロマに」

 

「悪いけど突っ込んでる暇ない。ちょっと厄介なことになったのよ。

飯は少し我慢してあたしの話を聞いてちょうだい!」

 

それから、ちょうど集まっていた全員に、今日の事件を説明した。

MGDって型番みたいな名前の国が、あたしの身柄及び兵器の知識を狙ってるってこと。

実際スパイに狙われて、あたしを捕らえ損ねたそいつが、何某かの組織に消されたこと。

その後、皇帝陛下と話し合ったことを掻い摘んで説明した。

 

「スパイだって!?マジかよ!」

 

「本当よ。魔国ってとこが、あたしごとアースの技術狙ってる」

 

「杞憂に終わることを願っていましたが、

とうとう魔国が動き出したということですのね」

 

パルフェムが珍しく真剣な表情で考え込む。

そうだ、外交に長けている首相である彼女に尋ねてみましょう。

 

「ねえパルフェム。MGDってどういう国なの?」

 

「一言で言えば、“守りの国”ですわ。

自国の情報は明かさない。他国の武力増強は徹底抗議で手段を選ばず阻止する。

あの国にもそれなりの軍事力はあるはずなのですけど、

臆病とも言えるほど武力に対して過敏ですの。

彼らに言わせれば“平和主義”らしいですけれど、胡散臭さが隠しきれてませんわ」

 

「単純に弱いんじゃねーの?」

 

「それはないかと。

MGDは、魔女の中でも特に選りすぐりのエリートを集めた空撃部隊を抱えていますの。

高高度から爆破魔法を放ち、音速で空を飛び回り、

魔力の矢を連射して地上の敵を薙ぎ払う。まともに戦うと面倒な敵ですわ」

 

「う~ん、奴らが何したいのかイマイチわかんないわねえ。

平和主義の割には工作員まで送り込んでアースの兵器を欲しがるし、

それを先進国で分配するとも言ってたわね」

 

「パルフェムなら、里沙子さんさえ手に入れば、

この際他はどうでも構いませんけど!うふふ」

 

隣に座ってたパルフェムが、あたしの腕をペタペタ触ってくる。

本当にこの娘はなんというか。なんだか張り詰めてた気が緩んじゃったわ。

考え込んでもわかったことと言えば、結局相手が動くまで何もわからないってこと。

 

「これ以上話してもどうにもならないみたいね。

ごめんね、みんな。夕食の支度手伝うわ」

 

「大丈夫ですよ~後はオーブンに入れたグラタンの焼き上がりを待つだけですから」

 

「あー里沙子が変な敵作るせいでお腹ペコペコ」

 

「ごめんごめん、ピーネ。一口あげるから」

 

それからあたし達は、ジョゼットのチーズグラタンとフォッカチオでお腹を満足させた。

ファミレスのグラタンとか、石焼ビビンバの店って、

ガチガチにこびりついた汚れはどうやって落としてるのかしらね。

皿を洗った後、私室に向かうとパルフェムに呼び止められた。

 

「里沙子さん」

 

「パルフェム。どうしたの?」

 

「そろそろお暇しようと思いまして。半日後には仕事が始まりますので」

 

「そう。ろくなもてなしも出来なかったけど、まともな客なら歓迎よ。

またいらっしゃい」

 

“まとも”の基準は、これまでこの教会に来た客の中での比較になるけど。

 

「やったー!これからは毎週来ちゃおうかしら」

 

「総理クビになっても知らないわよ」

 

あたし達は、聖堂に集まってパルフェムを見送る。

彼女は帯に差した扇子を広げ、最後に皆に別れを告げた。

 

「皆さんの歓迎に感謝しますわ。

多分、1,2週間後くらいにまた来ると思いますが、今日のところはお別れを」

 

「また来いよって言いたいとこだが、いろいろ片付くまでしばらくかかりそうでな」

 

「あなたの国にも、マリア様の御光が在りますように」

 

「いいこと?今度来る時はヴァンパイアに相応しい貢物を持ってらっしゃい」

 

「こーら」

 

「ふふっ、では次に来る時は、甘さとしょっぱさがたまらない、

名店の桜餅を秘書に用意させますわ。……それでは」

 

──我が心 異国の地より 桜乞う

 

詠み終えた瞬間、彼女の姿が消えた。やっぱり便利な魔法ね。

彼女を見送ったあたし達はそれぞれの部屋に戻る。

私室に戻ったあたしは、ダクタイルの店でボラれた魔導書のうち、

まだ手を付けてない軽装弾の本を机に広げた。

 

「さて、もうひと頑張りしましょうか」

 

 

 

 

 

魔術立国MGD 宵闇岬

 

大海原を臨む真っ黒な岬に二人の人影。

弱く光を吸い込む闇鉱石の粒子を多分に含む地質により、昼間でも薄暗い。

ここで彼女達は太陽を沈みゆく様を見つめていた。

 

ひとりは魔国総帥ヘールチェ・メル・シャープリンカー。

もうひとりは、地球の基準に照らし合わせるなら、

まだ高校を卒業しているかいないか、という少年。

 

ただ、その若さに似つかわしくない白髪が多く交じった髪、痩せ型長身の体型。

ぼんやり宙を見る窪んだ目……そして、両手を戒める頑丈な長方形型の手枷。

持ち上げることすら難しい鋼鉄製の手枷には、何本も棒状の封魔石が仕込まれているが、

彼の大きすぎる魔力を完全には抑えきれない。

 

ヘールチェが、左手の中指にはめた指輪を見つめると、

それまで宝石が放っていた光が、ゆっくりと消えていった。

 

「……あの娘が、逝ってしまいました。必ず戻ってくると言っていたのに」

 

悲しみを飲み込むように語るヘールチェ。

 

「あの国が、ただ一歩引いてくれてさえいれば、こんなことには……!

確かに我が国を支えるのは卓越した魔法の技術。

しかしそれを支えるのは、純粋で濃いマナを放つ神界塔あってのこと。

古代に神から賜った巨大なアーティファクトが力を失いつつあります。

それが完全に消失すれば、私達には何も残らない。

もし、丸裸になった魔国にアースの兵器で攻め込まれたら……考えただけで恐ろしい!」

 

魔国の中央には神界塔と呼ばれる、個体化したマナで構成される巨大な塔がある。

この塔が発する、通常より純度も魔力も高いマナを頼りに、MGDは発展してきた。

だが、近年神界塔の力が弱まりつつあり、

半世紀を待たずして塔は消え失せる、と唱える学者もいる。

 

そうなれば、高濃度マナで起動するMGDの複雑なほぼ全ての魔術は停止。

インフラを始め、経済はおろか、食糧生産、流通網もストップする。

なぜ存在しているのかすらわからない塔の修復は、全く目処が立っておらず、

今の所、国の崩壊を座して待つより他なかった。

 

「……ごちゃごちゃうるせえよ、クソババア」

 

彼女が、自ら放った魔女の冥福を祈っていると、手枷の少年が暴言を吐き捨てた。

 

「要するに失敗したから死んだんだろうが、あのバカは。

どいつもこいつもバカばっかりだ、この国は。

自分で個体マナも作れねえくせに、

クソデカいだけの塔にテメエの命預けてきた結果がこれだ。笑わせんな」

 

「口を慎みなさい、魔女(ヘクサー)

国はともかく、死んでいったあの娘の冒涜は許しません!お前など、

本来ならマグマの奔流で骨だけにされても文句の言えない立場なのですよ!」

 

「御託はいいんだよ、ババア!さっさと殺らせろ。どこだ、どいつを殺しゃいいんだ!」

 

「暗殺ではなく、捕獲です!

もし彼女を死なせたら、MGDが総力を上げて今度こそお前を処刑します!

それが嫌なら、さあ、よくご覧なさい!」

 

ヘールチェがヘクサーと呼ばれた少年の手枷に、左手の指輪をかざす。

指輪から手錠に一本の光が届くと、手枷のつなぎ目部分から、映像が投影された。

ターゲットの画像と、大まかな位置情報。

それを見たヘクサーが顔を歪ませ不気味に笑う。

 

「うへへへ……こいつかぁ。魔王ぶっ殺したクソ女は。

あいつはよう、俺の獲物だったんだよ。わかるか?

俺はなぁ、好き勝手しやがる鼻持ちならねえ女を見るとクソムカつくんだよ!

だから、魔法しか取り柄がねえくせに、

偉そうなツラして歩いてる魔女連中をぶち殺してきたんだ、今までよォ。ヒヒヒ」

 

「……任務を達成し監視付きの仮釈放を得るか、

懲役1572年を拘束衣に包まれて過ごすか、

お前の運命は二つに一つよ。もうお行きなさい」

 

「アヒャヒャヒャ!行くぜ行くぜ行くぜえぇぇ!!」

 

ヘクサー。つまり男の魔女は、

手枷の重量で前かがみになっていた上半身をグォンと上げ、

宵闇岬を駆けて、海に向かって跳躍した。

崖から転落したと思われた次の瞬間、彼は急上昇し、

サラマンダラス帝国へ向けて、戦闘機のようなスピードで飛び去っていった。

 

「……時間が、ないのです」

 

そんな彼の後ろ姿を、不安を抱えながら見守るヘールチェだった。

 

 



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ナイトスラッシャー見参
ファイル数と話数不一致の原因がわかったわ。クリスマス編のファイル名を特別編にしてて番号を振ってなかったの。こんなだから誤字が減らないのよ。


龍鼠団アジト

 

草木も眠る丑三つ時。夜の闇に多くの白い目だけがうごめく。

その正体は、わずか1000Gとは言え、

何年も賞金稼ぎからの追跡から逃れ続けている龍鼠団。

もはや彼らの逃走技能は擬態動物並に発達しており、

誰も彼らを発見し、倒すことは不可能であると言われていた。

 

たった1000Gに、そこまで苦労したがる賞金稼ぎがいないという事情もあるが、

彼らは農作物の盗難や空き巣と言ったケチな悪事を繰り返し、

地味に住民たちを苦しめていた。

そんな龍鼠団は、ハッピーマイルズ北端にある、瀬の高い穂の生い茂る荒れ畑で、

次なる標的を求めて寄り集まっていた。

 

「兄貴、次の獲物はどれにしやす?

俺は南のじゃがいも畑を掘り尽くしてやるのがいいと思うんですが、どうですかね」

 

素肌にねずみ色のレザーアーマーを着て、

肋骨が浮き出るほど痩せた部下が、首領に進言する。

同じくねずみ色をしたフード付きローブ姿の痩せぎすの男が答えた。

白い出っ歯が不気味に光る。

 

「キキキキ、悪くねえ。最近はじゃがいもの値段も上がってるからな。

だが、先月はさつまいも畑を荒らしたばかりだ。

2ヶ月連続で芋ばかりってのも芸がねえ。

よし、じゃがいもをふんだくったら、ついでに東のリンゴ畑に突撃だ!

近頃モソモソしたもんしか食ってなかったからな。

“すいーつ”祭りと洒落込もうじゃねえか!」

 

“へい、兄貴!”

 

十数名の子分達が一斉に声を上げる。

 

「よし、まだ夜明けには十分時間がある。善は急げだ、南の畑に突っ込むぞ!

……ただし、慎重に、息を潜めて、闇に溶け込む。3つの掟を忘れんな!

わかったら、行くぞお(めえ)ら!」

 

 

──フハハハハハ!

 

 

その時、朧月夜に謎の高笑いが響き渡る。

驚いた龍鼠団は、すかさず短刀を抜き、声の主をさがして辺りを見回す。

 

「誰でいテメエは!どこに居やがる!!」

 

首領が大声で怒鳴り散らす。すると、謎の存在が言葉を返した。

全員が声の方向を見ると、一際高い杉の木の頂上に、

両腕を組み、風に黒のマフラーをなびかせた人影が。

 

“コソ泥ごときが隠密の極意を語るとは片腹痛い!そこまでだ、龍鼠団!

農夫達の苦心の結晶、それは即ち生きる糧、そして喜び。

人々の希望を決してお前達に渡しはしない!”

 

「俺達を追って来やがっただと!?てめえ、一体何者だ!」

 

“悪党共に名乗る名などない!我が素顔を知るは闇夜に浮かぶ満月のみ!

だが、あえて名乗るとするなら、俺をこう呼ぶがいい!──とうっ!”

 

謎の人物は、10mはある木からジャンプし、膝を抱えて回転しつつ、

バランスを取って超人的身体能力で着地、そして宣言。

 

「影に忍びて悪を討ち、闇に潜みて民救う。

シノビの魂受け継ぎし、ヤマトの忍法ここに在り!

隠密戦士・ナイトスラッシャー、推参!」

 

名乗りを上げると、今度は見得を切る。

美しい直立姿勢を取り、一度両手で印を結ぶと、歌舞伎のように右手足を後ろに下げ、

左手足を前に出し、首を軽く回して龍鼠団を睨みつけた。

 

「覚悟しろ!悪党共に、七転八倒待ったなし!」

 

奇妙な姿だった。頭部をブルーのマスクで覆い、

顔面は手裏剣を思わせる、黒い四ツ刃のゴーグルで隠されている。

体も動きやすいブルーのアーマーと鎖帷子を身にまとい、

両腕には何らかのデバイスを装着している。

あっけにとられて乱入者の登場を眺めていた龍鼠団だが、

リーダーが慌てて部下に指示を飛ばす。

 

「お、おかしな野郎だが、ここを知られたからには生かしちゃおけねえ!

野郎ども、やっちまえ!」

 

“うおおおお!”

 

短刀を腰に構えたグレーの集団がナイトスラッシャーに襲いかかる。

しかし、彼は並外れた跳躍力で敵集団を飛び越え、後ろを取る。

敵を見失った龍鼠団は、混乱に陥った。

その機を逃さず、ナイトスラッシャーは右腕のデバイスを敵に向け、

タッチパネルでコードを入力。必殺技を放つ。

 

「2016・ENTER、ブレードランチャー!!」

 

すると、デバイスの排出口から無数の手裏剣が放たれ、子分達の腕や足に突き刺さる。

 

「ぐわっ」「ぎゃあ!」「ひげえ!」

 

痛みにもがきながら、子分達は短刀を落として地面に倒れ込む。

あっという間に全滅した子分を見て、サブリーダー達が、首領を守るように、

斧を構えながらジリジリとナイトスラッシャーに歩み寄る。

 

「死ねやぁ!!」

 

「甘い!」

 

身長2mの巨漢が大斧を振り下ろす。だが、ナイトスラッシャーは直立不動のまま、

一瞬にして真横に移動し、致命傷となる一撃を回避。

同時に、背中に背負っていた忍者刀をスラリと抜いた。

 

「悪を切り裂け、菊一文字!!」

 

次の瞬間、目で見えない一閃が巨漢の背中を薙いだ。

強靭にして繊細な一撃を受け、敵は気を失い、その巨体を枯れた大地に横たえた。

 

「げ、げべっ……」

 

「安心しろ、峰打ちだ」

 

残るはサブリーダーと首領だけ。ふざけた格好に油断していた首領は、

焦って懐から銃を取り出した。

ミドルファンタジア式オートマチック拳銃が謎のヒーローを狙う。

 

「そこまでだシャドウなんとか!いくらお前が素早くとも、銃弾は避けられまい!」

 

「……哀れだな」

 

「何だと!?」

 

「大菩薩流忍術は、拳銃などに敗れはしない!」

 

「うるせえ、この野郎!」

 

銃声が闇夜をつんざく。森から野鳥が一斉に羽ばたく。

硝煙の向こうに見えるは、彼の亡骸か、それとも。

 

「な、なんだ、どこに行きやがった!?」

 

しかし、そこには何もなかった。一本の丸太を除いて。

 

──忍法、変わり身の術!

 

そこには銃弾がめり込んだ丸太が落ちているだけだった。

ただ、どこからかナイトスラッシャーの声だけが聞こえてくる。

慌てて首領達は彼を探すが、隠れ蓑としていた穂が仇となり、視界を遮られる。

敵を見つけられないまま、龍鼠団は次の行動を許してしまった。

 

──これで、終いだ!0310・ENTER、雷迅の術!

 

ひび割れた荒れ畑に、稲光が走り、雷鳴と龍鼠団の悲鳴が上がった。

 

 

 

 

 

またやってる。何回ゲンコツ食らえば気が済むのかしら。

ジョゼットが朝食を食べながら新聞を広げてるわ。

 

「ジョゼット、食事中に新聞読むのはやめなさいって何回言えば分かるの!

子供の前でガミガミ怒られるのがそんなに楽しい?」

 

「ああ、叩かないで!違うんですよ!

今日は速報性の高いお知らせがあるんで、皆さんにもお知らせしようと……」

 

ジョゼットが抱きしめるように新聞を引き寄せる。

後でみんなも読むんだから、くしゃくしゃにしないで。

 

「アハハ!ジョゼットま~た怒られてる」

 

「見てなさい、ピーネ。大人でも悪いことをしたら叩かれるの。

ほら言いなさい。速報性の高いニュースって何。死刑執行まであと一歩よ」

 

「聞いてくださいよ!

“十年以上逃走を続けた龍鼠団がついに御用!

去る25日、ハッピーマイルズ駐在所の前に、

縄打たれ失神した龍鼠団が放り出されていた。賞金稼ぎの功績かと思われたが、

それらしき人物の姿はなく、現場に[天誅 ナイトスラッシャー]という、

謎の文書が残されるのみであった。

当局はナイトスラッシャーなる人物に賞金を支払うため、その行方を追っているが、

今の所手がかりは全くない”

……どうですか、里沙子さん!」

 

「こんなところね」

 

ゴツン。ジョゼットの頭に、握り拳から出した中指の第二関節を叩きつけた。

 

「痛ったーい!えーん、里沙子さんが叩いた!」

 

「うるさい。飯は静かに食いなさい。これのどこが緊急速報ニュースよ。

どっかの物好きが、

ボランティアで1000Gぽっちの賞金首生け捕りにしただけでしょうが。

あと、耳障りな嘘泣きを止めないと第二波が来るわよ」

 

「うっ……でも、かっこいいじゃないですか。

悪者を退治して、賞金も受け取らず姿を消すなんて、

マリーさんの店で読んだ漫画のヒーローみたいです」

 

「漫画を読むなとは言わないけど、それに影響されて新聞記事で大声出してると、

何発でも拳が飛んでくるから今後は気をつけなさい。

……ごめんね、みんな。食事の途中だったわね。さあ食べましょう」

 

「しかし、ナイトスラッシャーなる人物の善行は、

マリア様もご覧になっているでしょう。その奉仕の心は、称賛されて然るべきかと」

 

「ああ、エレオ。こいつを調子づかせないで。また同じ過ちを繰り返すから。

痛みはどんなアレでも学習するって法則は、ジョゼットには当てはまらないの。

大体、龍鼠団なんてアホ丸出しの看板ぶら下げてる連中なんて、

ただ誰にも相手にされてなかっただけでしょ。

本当にヤバイ奴なら、帝都の軍が動いてるはずよ。ねえ、カシオピイア?」

 

でも、意外なことに彼女は首を振った。

 

「……一度アクシスが追跡班を結成して掃討に乗り出したことがあった。

でも、ハッピーマイルズ領を根城にしていることはわかったけど、それまで。

結局彼らを見つけることは出来なかった。

とにかく敵の行動を読んだり、身を隠すのが上手くて、作戦は失敗。

多分、今捕まってなかったら、そろそろ賞金額が引き上げられてたと思う。ふぅ……」

 

話し終えると、水を飲んで喉を潤した。

 

「あなたにしちゃよく喋ったわ、お疲れ。なるほど、賞金額だけじゃわからないものね。

とにかく、もうお縄になったならあたし達には関係ないわね。

ジョゼットもいつまでも暇人に構ってないで、さっさと食べなさい」

 

「はーい」

 

ジョゼットが、テーブルの隅に新聞を置いた。確か今日は食材の買い出しだったわね。

別に急ぐ必要はないけど、ダラダラ先延ばしにしても余計面倒になるだけ。

あたしは馬鹿騒ぎのせいで、すっかり冷たくなったベーコンエッグにナイフを入れた。

 

 

 

そんで、朝食を終えたあたしは、ジョゼットを連れて、

ハッピーマイルズ・セントラルに来たの。

前にも言ったと思うけど、大した名物もないくせに無駄に長い名前を、

どうにか半分くらいにできないものかと思う。

そのための言い訳というか、やむを得ない事情というか、何か方便が欲しいところね。

 

おまけにいつもどおりの大混雑。早くも頭がズキズキしてきた。

市場に近づくにつれ、吐き気すら催してくる。

貧血を起こしたように足元がふらついて、

大きな工具箱を持った作業着のおっちゃんと肩がぶつかった。

 

「おう、悪いな姉ちゃん」

 

「ごめんなさいね……」

 

とりあえず一旦市場を突っ切る。そこは酒場や駐在所と面した広場。

みんな市場に集中してて、人気は殆ど無い。

ああ、何もないって、こんなに素晴らしいことなのね。深呼吸してベンチに座る。

 

「はぁ、ようやく落ち着けた。

ジョゼット、これ渡すから、必要なもの全部買ってきて。お願い」

 

「大丈夫ですか?」

 

「少し休んだから大丈夫度Lv4には持ち直した。

もう少し休めば、帰りの体力がチャージできる。財布からお駄賃50G持ってっていいわ」

 

「無理はしないでくださいね?」

 

「うい」

 

あたしはジョゼットに財布と買い物袋を渡して、ベンチに横になった。

なんであの娘は市場の混雑が平気なのかしら。

視界に飛び込む人の波に目がチカチカしたり、周囲からの圧迫感で気分が悪くなったり、

ちっとも前に進めないイライラ感で頭が爆発したりするのが普通だと思うんだけど、

あたしの方がはみ出し者なのかしら。……わかったところでどうしようもないわね。

あたしは考えるのを止めて目を閉じた。

 

 

 

 

 

……俺は、腕を拘束する鉄の板を引きずりながら、この田舎町に降り立った。

別に重くはねえが、ションベンするにもいちいち邪魔だ。斑目里沙子は見つからない。

手がかりも何もなしだ。イラついてしょうがねえ。

やっぱり魔国に戻って、

あのクソババアを血祭りに上げたほうが、面白かったかもしれない。

 

“やだ、あの人誰?なんだか怖いわ”

“重そうな手枷。脱獄囚かしら”

“だったら緊急手配が出てるわ。南の奴隷じゃない?”

 

周りのブタ共がうるせえが、連中を殺してもつまらねえ。

ブタがブタらしく生きてるだけだ。俺が殺してえのは──

 

「はい、これで役場のポンプの水質検査が終わりました。水にも機器にも異常なしです。

では、こちらに作業完了のサインを」

 

「わかった。……こんなもんでいいかな?」

 

「ありがとうございます。公共施設の検査ですので、料金は領主様への請求となります。

それでは、私はこれで」

 

「いつもご苦労さん!」

 

建物の裏手から、ノコノコと歩いて来やがった。

俺は一旦物陰に隠れて、そいつが通りに出てくるのを待つ。

表に出ると、女は呑気に三角帽子を揺らしながら鼻歌を歌いつつ、通りを北に進む。

俺は立ち上がって、気配を殺して背後に回る。段々歩幅を広げながら、徐々に差を詰め、

手が届く距離まで近づいたら……飛びついて、腕で女の口を塞いだ。

 

「んんっ!?モゴモゴ!」

 

「……騒ぐんじゃねえ、首ィへし折るぞ。こっちだ」

 

俺は女を街道外れの裏路地に引きずり込んだ。

周りには死にかけのジジイやキチガイしかいねえ。女を湿気た地面に放り出す。

 

「はぁっ!誰なんですか、あなた……うっ!」

 

「黙れ、静かにしろ、俺の質問にだけ答えろ」

 

俺は女の腹を一発殴る。内蔵を潰さないように加減するのが難しい。

 

「こほこほ!お金なら持ってませんよ!今は皆さん口座引き落としで……あうっ!」

 

「誰が喋れつった!テメエは、俺の質問に、答えてりゃいいんだよ!」

 

今度は横っ面を張ってやった。女の眼鏡が軽い音を立てて転がる。

危うく手枷で殴り殺すところだった。何をするにもこいつが邪魔だ。

煮えるようなイラつきが湧き上がってくる。

 

「名前は」

 

「……ロザリー。水たまりの魔女・ロザリー」

 

「ふん。ロザリー、か。ロザリーちゃんよう、これからいくつか質問だ」

 

「なあに……?」

 

「お前、金は持ってんのか」

 

「財布に小銭と、貯金は、少しだけ。公務員は、あんまりお給料高くない……」

 

「カカカ、そうかそうか……そうだよな、贅沢はいけねえよなぁ?次だ。お前の仕事は」

 

「……水属性の魔法を使った水質検査と浄化。担当はハッピーマイルズ領西部」

 

「ハァ!なるほど、そうだよ。魔女だろうが人間だろうが地道に働くのが一番だ。

俺、お前のこと少し気に入ったぜ。次の質問。あんた、この世をどう思う」

 

「ど、どうって……?」

 

「俺の国じゃあな、魔女はどいつもこいつもクズばっかりなんだ。

魔女に生まれたってだけで、無条件にチヤホヤされて、

魔法しか取り柄のないくせに気が向いた時にしか働かねえ。

便利な道具があるってのに、毎日食っちゃ寝生活してるんだ。

しかもそれが社会的ステータスであるかのように、大手を振って歩いてんだぜ。

そんで、誰もそいつを疑問に思わねえ。現実はただの豚小屋生活の分際で。

信じられるか、ん?」

 

「……あなたの国にはそういう人もいるかも知れませんが、少なくともこの領地では、

人間も魔女も協力して社会全体を支えています。

この国から出たことのない私にはよくわかりませんけど」

 

「まあいいさ。最後の質問だ。斑目里沙子って奴はどこにいる」

 

「っ!……知らない」

 

嘘が下手だな。鈍臭え女だ。心臓が跳ねる音が聞こえたぞ、マジで。

もう一度顔を張ってやった。

 

「ああっ!」

 

「俺はよう、嘘つきと怠け者はヘドが出るほど嫌いなんだよ。

そこんとこ分かってくれよ、頼むからさぁ!?

……ラストチャンスだ。里沙子は、一体、どこなのかなぁ!」

 

奴の髪を引っ掴んで頭を揺する。もしかしたら耳からこぼれてくるかもな。

 

「うう、知らない!!」

 

「魔女にしちゃあ、ちょいと気に入ってたんだが、

ここまで話が通じねえとはガッカリだ。

役立たずのオツムにさよならして終わりとするか」

 

俺は鋼鉄の手枷を振り上げた。ロザリーとやらがギュッと目をつむる。

ビビるくらいなら初めから喋っときゃ良かったのによ。やっぱり魔女は、バカだ。

奴の頭を叩き潰そうとした時。

 

 

──その続きやったら殺すわよ、僕ちゃん

 

 

銃声、そして、右腕に銃弾が。効いちゃいないが、後ろから撃たれたらしい。

振り返ると、三つ編みの女と修道女。……ん、待てよ?

 

 

 

 

 

ジョゼットに呼ばれて追いかけてきたんだけど、間一髪だったわね!

いつもどうでもいいことしか言わないくせに、たまに重要なことを漏らすから、

聞き流すわけにも行かないのよ。本当、よくわからん生物だわ。

 

「ロザリーから離れなさい、変態野郎」

 

あたしは手枷を着けられた男の頭にピースメーカーを向けながら、徐々に距離を詰める。

 

「里沙子さん!」

 

「久しぶり、元気だった?何十話ぶりだったか思い出せないけど。

待ってて、今こいつを再起不能にするから」

 

「ク、カカカカ!お前だァ!斑目、里沙子オォ!!」

 

年寄りみたいに白髪だらけで肌もガサガサの少年の叫びを無視して、

今度は両手足を狙い撃つ。

銃声で周りのホームレス達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

4発ともヒットしたけど、ガリガリの体にまるで効いてる様子がない。

ここは狭いわね、場所を変えたほうがよさそう。

 

「ジョゼット、街道の連中を逃して!

撃ち合いになるし、こいつはまともな敵じゃない!」

 

「は、はい!……みなさーん!ここは危険です、逃げてくださーい!」

 

今の銃声とジョゼットの警告で、街の南北をつなぐ街道から人が消え去った。

あたしは、すり足で後退しながら、ピースメーカーからM100に持ち替える。

視線の先には、不安げにあたしを見る、顔の腫れたロザリー。

銃のハンマーを起こすと、囚人みたいな男が話しかけてきた。

 

「ハハハァ、やっと会えたぜ斑目里沙子!」

 

「あんたが誰だか知らないけど、その重そうな手枷、両腕ごと落としてやるわ。

来なさい」

 

本当にこんな奴知らない。

でも、とにかくロザリーからこっちに注意が向いたから、安心して戦える。

囚人男に照準を合わせながら、街道に出る。これで巻き添えを出す心配はなくなった。

安心してバカに教育できるわ。激痛を伴うけどね!

 

「……ねえ、見ず知らずの女性に暴力を振るったらどうなるか、あなた知ってる?」

 

「世界は、なんにも変わりゃしねえ……」

 

「あんたの片腕がなくなるのよ!」

 

奴の左腕を狙い、M100を発射。45-70ガバメント弾が、

骨のような腕をもぎ取るには十分過ぎる威力を持って、突き進む。命中まで0.1秒。

でも、そのコンマ1秒を切ることが出来なかった。

敵は恐るべき反射神経で、両腕を拘束する鉄塊で、銃弾を受け止めた。

ガォン!と強烈な金属音が鳴り響く。

 

「……やっぱり、なんも変わりゃしねえだろうが」

 

「今のところはそうみたい。なら、ちょっとチートさせてもらおうかしらね」

 

敵は、腕をぶらぶらさせながら、うつろな目で告げる。

あたしは、もう一度ハンマーを起こすと、精神を集中して、クロノスハックを発動した。

世界の色が反転して、一切が動きを止める。そして、狙いを定めて再び左腕を狙撃。

囚人男の片腕を吹き飛ばした……と、思ったんだけど?

弾丸は腕にめり込んだだけで、血の一滴を流すこともできなかった。

 

「なんなのこいつ……どうなってるわけ?」

 

思わず能力を解くと、奴が叫びだした。

 

「ああ、ああ、骨にヒビが入ってやがる!痛え、痛えよおおォ!!」

 

すると、奴が地を蹴って、こちらに体当たりをぶちかましてきた。

そいつ自身の体重は軽くても、両手にぶら下げてる物の重量は半端じゃない。

またクロノスハックで回避出来たけど、発動した瞬間、奴の顔を間近に見た。

ギョロリとした窪んだ目は、まるでグールのようで、

こいつが生あるものかどうかを疑わせる。

 

走って10mほど距離を取って能力解除。でもCentury Arms M100が効かないとなると……

しまった!せっかく覚えた強装弾の魔法を忘れてたわ。あたしの馬鹿!ジョゼット!

覚えたとは言っても、敵は体を揺らしつつ近づいてる。

ええと、魔法を発動するには、まず火薬を増大、じゃなくて、まず魔力でしょうが!

囚人男が更に接近。どうしても焦る。ヤバい、考えてたこと忘れちゃった!

 

「アハハハハァ!そうかよ、そうだったのかよ。テメエも魔女だったってことか。

ゾクゾクしてきたぜ!」

 

「……種族としての魔女じゃないし、まだ新米だけどね」

 

「さっきの一発もテメエの仕業かァ?」

 

「そーいうこと。そろそろあんたの名前教えてくんない?」

 

「ヘクサー。俺の名前を知ってる奴はあんまりいねえんだ。大抵の奴は死んじまった。

忘れねえでくれ。寂しいからよォ!!」

 

「忘れないわ、墓に刻む名前がないと困るもの」

 

「ハッハァ!テメエの脳ミソぶちまけて肥やしにしてやるよ!」

 

ヘクサーが両腕の手枷を振り上げながら、また飛びかかってきた。

迎撃しようとM100を構えた瞬間、何か小さな物がヒュルヒュルと音を立てて飛んできて、

奴の体にわずかに刺さった。

痛みでバランスを崩したヘクサーは、そのまま落下し、地面に叩きつけられた。

奴に刺さった物を見ると、手裏剣!?

 

「うぎぎ……誰だテメエは!」

 

奴もあたしも手裏剣の飛んできた方向を見る。そこには。

 

──罪なき女性に手を上げ、戦いを挑んだ勇気ある者を手に掛ける。

  悪鬼の如き蛮行、許すまじ!貴様のような悪党には、

  このナイトスラッシャーが天誅を下す!

 

近くの建物の屋上に、忍者っぽいっていうか、

黒いマフラーを巻いた完全に忍装束の男が立っていた。

なんか両腕に変な機械着けてるけど。

 

「とうっ!」

 

謎の男は、縦回転しながら、人間離れした運動神経で、高い家屋から街道に飛び降りた。

続いて、ヘクサーを真っ直ぐ指差し再び宣言。

 

「覚悟しろ!悪党共に、七転八倒待ったなし!……変・身!!」

 

忍者は、両腕をクロスし、器用に腕に装着した機械をタッチした。

なんかあれ、スマホっぽい?

 

[7110・ENTER][4648・ENTER]

 

入力が終わると、そいつの身体が光って、思わず目をつむる。

数秒後に光が収まって、ようやく目を開けられるようになると、

そこに変なやつが立っていた。なにこれ。ライダー?レンジャー?

いや、ベルトがないからライダーじゃないわね。

 

「影に忍びて悪を討ち、闇に潜みて民救う。

シノビの魂受け継ぎし、ヤマトの忍法ここに在り!

隠密戦士・ナイトスラッシャー、ここに推参!」

 

そして、歌舞伎のような見得を切る。その見た目は、何々レンジャーのブルーっぽい。

全身をブルーを基調としてて、頭部を覆うマスクや、

動きやすそうな鎖帷子をあしらったアーマーで身を固めてる。

顔には大きな手裏剣のような真っ黒なゴーグル。両腕には謎のデバイス。

とりあえず、変なやつだけど、味方ってことでいいのかしら?だって。

 

「うおおお!痛え、痛えぇ!

なんてことすんだよテメエ……血が出ちまったじゃねえかよォ!」

 

ヘクサーに投げられた手裏剣の刃は、ほんの僅かだけど奴に刺さり、

縞模様の囚人服を赤く染めているから。

 

「かしましい!理不尽な暴力を受けた女性の心は、更に傷ついていると知れ!!」

 

奴をビシッと指差しながら、ナイトスラッシャーは言い放つ。

変な格好だけど、その通りよ。味方と考えていいわね。思い切って話しかける。

 

「ねえ、ナイトスラッシャーさん。こいつの硬さは半端じゃないわ。

二人がかりで叩きのめさない?悪党相手に情けは無用よ」

 

「……君も、サムライの心を持つ戦士なのだな。よし、俺達であの妖魔を討とう!」

 

「よ、妖魔?この際なんでもいいわ。とにかく知り合い傷物にされてムカついてんの。

死ぬまで独房で寝たきりライフをプレゼントしましょう!」

 

ナイトスラッシャーと共闘することになったあたしは、改めてヘクサーと向き合う。

 

「ああ、うへへ……ただの野郎じゃ面白くねえんだよ。撃てよ、お前も。魔法、銃、剣。

なんでもいいから俺をキレさせろ!」

 

「望み通り、我が菊一文字の錆にしてくれる!」

 

彼は、背負った鞘から、一振りの忍者刀を抜いた。

まるで三日月のように光が美しく刀身に反射し、素人目にもそれとわかる業物。

素早く構えて敵と対峙する。

 

「んな細っこい剣で俺を殺せると思ってんのか?

テメエは真面目に殺し合いもできねえのかァ!」

 

刀の特性を知らないヘクサーが激高し、

ナイトスラッシャーに飛び掛かり攻撃を仕掛ける。

 

「甘い!」

 

ナイトスラッシャーも迫る敵に向かって跳躍し、すれ違いざま一閃を浴びせた。

両者が着地すると、ヘクサーに変化が現れる。腹を横一直線に斬られていたのだ。

皮一枚ではあったけど、みるみるうちに奴の服が血で染まる。

一方、立ち上がったナイトスラッシャーは、鈍器となる手枷の一撃を回避していた。

敵が腹に手をやると、その手にべっとりと血が。

 

「……なんだよ、なんなんだこれはよおおォ!」

 

「刀傷は痛かろう。因果応報、即ち、人を傷つけた報いはいずれ己に帰ってくる。

覚えておくことだ」

 

「なんでだ!俺の防御魔法は最強だって言ってたじゃねえかよ!

やっぱ魔女は嘘つきでアバズレのクズばっかりだ、畜生が!!」

 

「今、最強じゃなくなったってことよ。死ぬ前に気がつけてよかったじゃない。

ナイトスラッシャー!このまま出血を続けさせれば、いずれ倒れるわ。持久戦よ!」

 

「テメエは黙ってろクソ魔女が!」

 

ヘクサーが、今度は血まみれの姿で突進してくる。完全に頭に血が上った様子。

今度は時間停止するまでもないわね。

あたしはピースメーカーの早撃ちで、奴の足元を撃った。

傷は与えられなくても、軸足を支える地面を弾かれたヘクサーは、前にすっ転ぶ。

 

「ぐあっ!」

 

「今よ、ナイトスラッシャー!」

 

「うむ!……大菩薩流忍法、雷光手裏剣!」

 

彼は再び両腕のデバイスにコードを入力する。

 

[0310・ENTER][2010・ENTER]

 

コード認証が完了すると、左側のデバイスから右側のデバイスに

黄色いエネルギーが流れ、ナイトスラッシャーの右腕に稲妻のような力が宿る。

 

「天誅!」

 

彼が右腕のデバイスをヘクサーに向けると、

その排出口から電撃を帯びた手裏剣が無数に放たれ、標的の肉身に突き刺さる。

やっぱり傷は浅いけど、そこから流れ込んだ電流が奴の体内で暴れまわる。

 

「あがががぎが!!……ああっ、うう」

 

体中から煙を出して、ヘクサーはついに地べたに倒れ込んだ。

その姿を見たナイトスラッシャーが、懐から半紙を抜き取り、奴の背中に置いた。

そこに書かれていたのは、“天誅 ナイトスラッシャー”。

あたしが今朝の新聞の事を思い出して、彼に話しかけようとすると、

半紙が突然細切れになって、何やら紅いオーラがヘクサーの身体を取り巻き、

奴が跳ねるように飛び起きた。

 

「むむっ!まだ倒れぬというのか!」

 

「弾丸足りるかしら」

 

「あーははははは……わかったよ。思い出したんだ。そうなんだよ」

 

暴れる様子もなく、独り言を呟くヘクサー。

 

「どした。電撃で脳の配線焦げちゃったか」

 

「まだ、まだ本気を出してなかったからなんだよ。

ずっと両手のもんに邪魔されてて、俺、これが普通だと思い込んでた」

 

キチガイ地味た今までとは打って変わって、落ち着いた様子で語り続けるヘクサー。

よく見ると全身の出血も止まってる。刀の一撃はかなり血が出るはずなんだけど。

 

「今日は、もう行くぜ。

……斑目里沙子。俺は、お前を殺す。お前が俺を殺さない限り。あばよ」

 

ヘクサーはそう言い残して、その場で軽く跳ねると、

一気に上空に飛翔し、北の方角へ飛んで行った。

あたしもナイトスラッシャーも、止める間もなく見ていることしかできなかった。

そうそう。彼、一体何者なの?

 

「ナイトスラッシャーさん、でよかったかしら。助かったわ。

あたし一人じゃヘクサーを追っ払うことも出来なかったわ」

 

「俺は眼前の邪悪を打ち払ったまで。もっとも、今回は取り逃がしてしまったが。

奴の名前はヘクサーと言うのか」

 

「少なくとも自分でそう名乗ってたわ。で、あなた一体誰?

なんか、こう言っちゃアレなんだけど、変な格好してるのはなんで?」

 

「これは隠密戦士たる者の戦装束。そして俺はナイトスラッシャー以外の何者でもない。

悪を斬り捨て、弱き民を救うことこそ我が使命」

 

「龍鼠団を壊滅させたのもあなた?」

 

「左様。……むっ、人が集まってきたな。では、さらばだ。サムライの魂持つ少女よ!

はっ!」

 

「あ、待って!」

 

彼は、相変わらず凄い跳躍力で、建物の屋根に飛び乗り、屋根から屋根へと、

目にも留まらぬ速さで飛び去って行った。

あまりの速さに伸ばした手を引っ込めるのも忘れて、

聞こえちゃいない一言を口にするのがやっとだった。

 

「……あたしゃ24だっての」

 

同時に、通りの北からジョゼットの声が聞こえてきた。あ!大事なこと思い出したわ!

 

「里沙子さーん!大丈夫でしたか?あの変質者は?」

 

「ジョゼット!急いでこっち来て!」

 

「はわわわ!」

 

あたしはジョゼットの手を引っ張って、裏路地に入っていった。

 

 

 

彼女は、冷たい地面に座り込んで、呆然としていた。

頭のおかしい男に殴られたショックか、あたし達の戦いに気を取られていたのか、

どっちかはわからないけど、すぐ対処しなきゃ。

 

「ロザリー、大丈夫?」

 

「えっ……あ、里沙子さん!お久しぶりです」

 

「ええ、本当に久しぶりの再会が、とんだ災難になっちゃったわね。ジョゼット!」

 

「はい、なんでしょう」

 

「なんでしょう、じゃないでしょう。回復魔法で彼女を治してあげて」

 

「あ、そうでした!今すぐに!」

 

ジョゼットがロザリーの側に寄ると、彼女に手をかざし、回復魔法を詠唱した。

これ使ったのって、3話目くらい以来だから、きちんと作動するか正直心配だけど

 

「あまねく降り注ぎし不可視の恵み、今輝き持ちて我らが前に煌めかん。

聖母の慈愛、今ここに。ヒールウィンド」

 

赤く腫れたロザリーの顔が、輝く風に包まれて、みるみるうちに治っていく。

眼鏡は、割れてなかったみたいでなにより。眼鏡派にとっては命綱だからね、本当に。

これがないと視力検査の一番上のCも見えないから。

 

「うう、ありがとうございます。すっかり腫れも痛みも引きました」

 

「よくやったわ、ジョゼット。次は一週間待ちだけど」

 

「そんなわけないじゃないですか!あれからどれだけ時間経ってると思ってるんですか!

わたくしだって、勉強やお祈りを重ねて、

身体に貯められるマリア様の加護の絶対量は増えてるんですー!

エレオノーラ様の下位互換とか言ったら里沙子さんでも怒りますからね!」

 

「落ち着いてよ、誰もそんなこと言ってないじゃない。言ってるとしたら読者くらいよ」

 

いきなりエキサイトしたジョゼットをなだめる。やっぱり気にしてたのね。

おっと、他にもやることがあったわ。

 

「ロザリー、また会えたばかりで悪いけど、

さっきの変態を駐在所に通報しなきゃならない。立てる?」

 

「はい!大丈夫です」

 

 

 

それからあたし達は、駐在所に行き、

居眠りしてる保安官の鼻提灯を、デスクのペンで突いて起こした。

そして、まだ寝ぼけ眼の彼にヘクサーの存在と、

ナイトスラッシャーがそいつを追い払った経緯を説明した。

忍者のヒーローに話が及ぶと、さすがに彼も興味があったのか、細い目を見開いた。

 

「……ふむふむ、犯人はヘクサーを名乗っており、人相は年齢10代から20代。

老人のように白髪交じりで、痩せ型、両腕に頑丈な手枷をはめており、

服装は縞模様の囚人服、と。君はそいつに裏路地で暴力を受けた。間違いないかね?」

 

「はい、その通りです……」

 

「止めに入った、わたしも現場を見ているので、間違いありません」

 

「それで!里沙子君は、どこからともなく現れたナイトスラッシャーと共に、

ヘクサーを倒したというわけなのだね?」

 

「いいえ、逃げられてしまったので、倒してはいません」

 

「なるほど、彼はどんな姿だった?詳しい情報を教えて欲しい。

いや、帝都の軍も行方を掴めなかった龍鼠団を捕らえた、

ナイトスラッシャーなる人物について、軍本部から情報要請が殺到しておるのだよ。

おかげでここ2,3日は昼寝の暇もない」

 

あたしは保安官にナイトスラッシャーの姿形、武器の特徴について説明した。

悪いけど詳細は省くわ。これ以上長引くと、お話がダレる。

 

「ふぅむ。一個人の酔狂にしては出来過ぎているな。

里沙子君でも手を焼いた相手を、倒さないまでも、そこまで追い詰めたとは」

 

「はい。彼の装備は、アースの子供向け物語のヒーローを思わせるものですが、

その性能は目を見張るものがありました」

 

「わかった!本官はこれから現場検証に行く。被害届は受理しておいた。

一両日中にもヘクサーは指名手配される。しかし、新たな賞金首と新たなヴィジランテ。

喜んで良いやら悪いのやら」

 

「あの、わたしも立ち会わせて頂いてもよろしいでしょうか。

ヘクサーの行方について手がかりが見つかるかもしれません。

奴は言っていました。わたしを、殺すと」

 

「うむ、実際ヘクサーと戦った君なら何か見つかるかもしれん」

 

「里沙子さん、あの、私も……」

 

ロザリーも同行を申し出たけど、首を振って断った。

 

「奴は魔女を憎んでいたんでしょう?今日はもう帰ったほうがいいわ。

仕事が心配なら、このまま職場に戻って上司に事情を説明して、

泊まり込んだほうがいい」

 

「……そうですね。私にできることはなさそうですし」

 

「再会を祝して、酒場で一杯やりたかったんだけど、こんなことになって悪いわね」

 

「いえ、そんな!」

 

「奴にぶたれても、あたしの住所言わなかったんでしょう?

ありがとうね。あたしをかばってくれて」

 

「里沙子さんは、私を助けてくれましたから……」

 

「いいのよ。次こそヘクサーはあたしが半殺しにしとくから、ゆっくり休んで」

 

「はい……では、私はこれで。里沙子さん、気をつけてくださいね」

 

「任せときなさいって」

 

 

 

駐在所でロザリーと別れ、保安官とヘクサーとの戦いを繰り広げた現場に戻ると、

既に騒ぎは収まっており、いつもどおり街道を人々が行き交っていた。

ビジネスマン、行商人、買い物に来たおばさん。色んな人がいる。

 

“ヤベえ、ヤベえ、箱忘れるところだった”

 

雨漏り修理か知らないけど、工具箱を持った作業着の男が屋根を歩いている。

あら、ぼーっとしてる場合じゃないわ。何か、彼の痕跡を探さなきゃ。

保安官と一緒に地面を調べていると、彼の武器が見つかった。

四方に刃を突き出した投擲武器。つまり、手裏剣。

 

「保安官、こんなものが」

 

「どれどれ……これは、なんだろうか」

 

「忍者という、数百年前アースに存在した密偵が用いた武器です。

ナイトスラッシャーの姿も、明らかに忍者をモチーフにしたものでした」

 

「ふむ、これは証拠品として持ち帰ろう。こいつを見せれば上も納得するだろう」

 

「はぁ……他には何もなさそうですね。

ヘクサーはそもそも手枷以外何も持っていない様子でしたし」

 

実際、その後も奴と戦ったエリアを軽く調べてみたけど、

あれだけばらまいた手裏剣は、結局1個しか見つからなかった。

彼が証拠隠滅を図ったのか、物好きが拾っていったのかはわからないけど。

 

「ナイトスラッシャーを深追いしても意味がない。対処すべきはヘクサーであるからな。

本官はこれにて。里沙子君なら心配はないと思うが、暴漢には気をつけられよ」

 

「え、ええ。さようなら」

 

謎のヒーローの痕跡を手に入れて満足げの保安官は、駐在所へ戻っていった。

あたしは……全然満足じゃない。奴との戦いでほとんど何も出来なかった。

ヘクサーはもう一度来る。ナイトスラッシャーが誰とかは今はいい。

もっと強くならなきゃ。

 

 

 

 

 

帰宅したあたしは、人気のない近所の森で、射撃練習をしていた。

でも、ただの射撃じゃない。魔法を使った射撃。

今度こそ何が起ころうと正確に発動しなきゃ。

あたしは魔導書で学んだ手順を心の中で繰り返す。

 

まず、左手に魔力を集めて、次に球体を思い浮かべる。

そして内部に火薬を増幅する文字列、圧縮する文字列、

銃弾の形状を固定する文字列を噛み合わせる。

すると、あたしの左手に淡い緑の球体が現れる。それを右手のM100に押し込めると、

シリンダー内部から、何かがギシッと圧縮される感覚が伝わってきた。

 

準備はオーケー。

あとは、拳銃の射程を大きく超える50m前方の的に狙いを定めて、命中させるだけ。

弾薬が強装弾に変化し、威力が爆発的に上昇したM100のハンマーを起こし、

トリガーを引いた。一瞬後には、森の木全てを大きく揺らすほどの轟音、砕けた的。

 

「いつでも、来なさい」

 

 



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GWって真夏以上のカンカン照りになることあるけど、あれってなんで?

「まったく、昨日はとんだ災難だったわ。

なんで魔法使えるだけで、骸骨みたいなガキに殺されなきゃいけないのよ」

 

もうお昼だからみんなで昼食。メニューはミートソースのパスタとミニサラダ。

フォークをクルクル回して、麺を巻取り、口に運ぶ。

 

「えー、良いこともあったじゃないですか!本物の、本物ですよ?

ナイトスラッシャーが助けに来てくれたんですから!」

 

……言いたいことは山ほどあるけど、なんとなく面倒だからスルー。

欧米ではフォークを回して麺をすくわないって聞いたけど、

その人達はどうやってパスタ食べてるのかしら。

 

「へー、まさか本物がこんなところに来るなんてな。

どんな格好してたんだ?どれくらい強かったんだ?」

 

「それは……隠れてたからわかりません!里沙子さん、ご説明を!」

 

「わたしも気になります。

無償で危険な存在に立ち向かう人物について、教えてくれませんか?」

 

「ナイトスラッシャー?そんなものに夢中になるのはお子様だけよ。私は興味ないから。

……喋りたかったら好きにすれば?」

 

「……アクシスを上回る索敵能力、気になる」

 

スルーしても結局こっちに飛んでくるのよね。

とりあえず奴に一発お見舞いして、仕方なく彼について語り始めた。

 

ゴチン

 

「痛い~!なんで叩くんですか!」

 

「自分で始末を着けられない話をぶち上げて、人に押し付けようとしたからよ。

ピーネ、これも悪い事のひとつよ。覚えた?」

 

「覚えたけど……毎日のように殴られて、流石に私も可哀想になってきたわ」

 

「えーん、わたくしの味方はピーネちゃんだけです!」

 

「こいつが歳相応の振る舞いを覚えれば、あたしもこんな真似しなくて済むの。

言うわよ?」

 

かくかくしかじか、はい終わり。

 

「なるほど、つまりそいつのシュリケンってやつは、里沙子の銃くらい強いってことか」

 

「そうなのよ。なんか彼の衣装自体は、なんとなく手作り感漂ってるんだけど、

両腕のデバイスが馬鹿にできない性能なの」

 

「彼は両腕の装備をどこで手に入れたのでしょうか……」

 

「検討もつかな…くも無いわね。変身したり技を発動するときに、

デバイスのスマホみたいな部分にコードを入力してたから、

どっかで拾ったスマホを改造したのかも」

 

「スマホってなんだ?」

 

「ああ、ごめ。ルーベルは見たことない?」

 

「実はわたしもです」

 

あたしはポケットからスマートフォンを取り出して電源を入れた。

スマホを知らない面々が食い入るように見つめる。

 

「小さな箱が美しく光っていますね。」

 

「綺麗だが、それで何ができるんだ?」

 

「本来は離れた相手と通話するものなんだけど、

アプリっていう色々な機能をたくさん搭載できて、もうただの電話じゃなくなってる。

魔王編の兵器も、フォルダーっていう場所に保管してた、

設計図の画像を紙に書き起こして作ったの」

 

「……それに隕石を降らせる兵器も?」

 

「え、ああ、ピーネ。……そういうことになるわね」

 

しまった。余計なこと言っちゃったわね。さっさとしまいましょう。

電源を切ってスマホをポケットに入れると同時に、玄関先から声が聞こえてきた。

 

“こんちわータグチ修理店です。ご依頼の修理に来ました”

 

「お、来たな。はーい、ちょっと待ってくれ!」

 

ルーベルが立ち上がって応対に出る。ちょっと待って、修理店って何?

 

「ねえ、修理店ってどういうことよ。あたしなんにも聞いてなーい!」

 

「いーや、水道の出が悪いから修理頼んでくれって何回も言った。

お前が面倒がって後回しにしてるうちに忘れてただけだ。今行くー!」

 

ルーベルはドカっとあたしの椅子にぶつかりながら聖堂に向かった。

 

「あうっ!酷いわルーベル。この家の決定権はあたしにあるって約束したじゃない……」

 

「でも……お姉ちゃんが修理を呼んでくれないから、シャワーが浴びにくい。

しょうがないと思う」

 

「確かに、最低限の義務を果たしていれば、

ルーベルさんも何もしなくて済んだと思いますよ?」

 

妹もエレオも助けてくれない。

なんだか最近、この家におけるあたしの地位が、右肩下がりになってる気がする。

ルーベルがなんとなくあたしに厳しいのも、そのせいかしら。なんとかしなければ。

ああ、そんなことを考えてると、ルーベルが修理工を連れてダイニングに戻ってきたわ。

 

「頼みたいのはキッチンとシャワールームなんだ」

 

「失礼しまーす」

 

作業着を来たノッポの中年の男が入ってきた。

あら、寡黙で背の高い某俳優にちょっと似てるわ。いいじゃない。

彼は、大小1つずつの工具箱を持って、まだ食ってるあたしに構わず、

とりあえずキッチンの蛇口を開いて、すぐに閉めた。

 

「なるほど……他に水回りはありませんか?」

 

「あとはシャワールームだけだ。トイレは汲み取り式」

 

「んー、だとしたら、個々の破損じゃなくて、地下水の組み上げ装置が怪しいですね。

そっちの方も見せてもらってよろしいですか」

 

「頼むよ。物置から裏手に出られる」

 

「じゃ、一旦失礼します」

 

まるで一家の主のように事を進めていくルーベル。里沙子危うし。

呑気にパスタ食ってるあたしがニートみたいじゃない。

修理工が去り際に会釈していった。あら……?何かしら、この既視感。

彼と目が合ったときに感じたんだけど。

 

修理を終えたらしく、30分後、2人が裏口から戻ってきた。

 

「やっぱり組み上げ装置の駆動系が古くなってましたね。

ボルトを2,3交換して、動力部の歯車に油差しときましたんで、

問題なく水も出ると思います。念の為動作確認していただけますか?」

 

「わかった。ジョゼットー!キッチンの水がちゃんと出るか見てくれ。

カシオピイアはシャワールーム!」

 

「はーい……あ、出ます!勢いが戻りましたよ!」

 

“……出た”

 

「ふぅ、助かったぜ。代金はいくらだ?」

 

「出張費工賃込みで1000Gになります」

 

「よし、里沙子は料金の支払いだ」

 

「うー……財布2階に置きっぱなの。ルーベル立て替えといてくれない?」

 

「私も2階に置いてんだ。どっちが払っても大して変わんねえだろ。ほら早く」

 

「わかったわよ。行くわよ」

 

あたしはしぶしぶ階段を上り私室に向かう。……でも待って?もしかしたら行けるかも。

部屋に置いてたデカい財布を取ると、ダイニングに向かい、修理工に代金を払った。

 

「ご苦労さま。これ、料金ね」

 

「はい確かに!ありがとうございます。では、私はこれで」

 

「待って、ちょっといいかしら。

そっち工具箱、ずいぶん大きいけど、いろんな道具が入ってるんでしょうね」

 

彼が持っている2つの工具箱のうち、岡持ちくらいのサイズのものを指差した。

 

「ええ、いろんな修理請け負ってるんで!」

 

「そうなの。ところでこれ見てくれるかしら。

スマートフォンっていうんだけど、アース製の通信機器。……基本的にはね」

 

あたしは電源を入れて彼に見せてみた。

彼は驚いた様子を見せてスマホの画面を見つめた。

 

「へえ!こんな不思議なもん見たこともありません。

きっと、こいつの修理は私には無理ですね」

 

「なるほど、よくわかったわ。なら、これはどうかしら」

 

「おい、何やってんだ里沙子。この人も忙しいんだぞ」

 

ルーベルの声を無視して、ポチポチとスマホをいじる。

地球に居た頃、緊急時に備えてトランシーバーアプリをちょっといじって、

相手がアプリを持ってなくても、強引に端末を起動して、通信できるようにした代物。

そいつをタップして起動する。

 

画面に簡易的なレーダーが現れると……反応が2つ。

そのうち1つをタップして、接続を確認。

あんまりあたしが彼を引き止めるもんだから、そろそろ皆が不審に思い出した時、

スマホで接続した端末に話しかけた。

 

「見たこともないはずのスマホと会話ができてるんだけど、どうしてかしら?」

“見たこともないはずのスマホと会話ができてるんだけど、どうしてかしら?”

 

その場の全員が騒然となる。スマホなど知らないと言っていた修理工の工具箱から、

スマホの音声が聞こえてきたのだから。

 

「あなた、スマートフォンを見るのは初めてなのよね。

どうして工具箱からあたしの音声が漏れているのかしら」

 

この言葉も、工具箱の中からジンジンと箱を震わせる。皆が目を丸くして修理工を見る。

 

「こ、こんなもの、私は知らない!失礼する!」

 

彼が工具箱を持って立ち去ろうとする。でも、ちょっとだけ話を聞いてほしいの。

仕方がないから時間停止、そして彼の前に立つ。

 

「なっ!」

 

「驚かせてごめんなさい。でも、誤解しないで聞いて欲しいの。

別にあなたの正体を触れ散らかしたり、ましてや脅そうなんて考えてない。

あなたが助けてくれなかったら、多分、いえ、きっとあたしは殺されてた。

あたしを助けてくれて、大切なまともな知り合いのために戦ってくれた。

ただ、昨日のお礼が言いたかったの。ナイトスラッシャーにね」

 

“えーっ!?”

 

大陸の片田舎を騒がせている謎のヒーロー、その意外な正体に全員が驚きの声を上げる。

 

「……そんな人は、私は知りません」

 

「お願い、面白半分であなたの心の内を探ろうとしているわけじゃないの。信じて。

他のメンバーも、あなたの秘密をバラしたりするような人間じゃない。

人間じゃないのも2人いるけど、とにかく、修理工のタグチさんじゃなくて、

隠密戦士ナイトスラッシャーにお礼を言いたいの」

 

「私は……俺は……」

 

「ヘクサーは今日来たっておかしくない。奴とは次で決着を付けるつもり。

でも、心に気がかりがつっかえてたら、全力で戦えないの。

ここだけの話にするって誓うわ。……だから、お願い」

 

「……ならば」

 

タグチさんは、大きい方の工具箱を置いて、蓋を開けた。

 

 

 

10分後、聖堂に忍装束に着替えたタグチさん改め、ナイトスラッシャーの姿があった。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

「彼がナイトスラッシャーの正体だったのですね」

 

「わー!カッコいいです!そう思いますよね、ピーネちゃん?」

 

「ふん、子供だましもいいとこだわ!……チラッ」

 

みんなも聖堂に集まり、それぞれに驚きを口にする。

 

「……そう、俺が、隠密戦士ナイトスラッシャーだ」

 

「打ち明けてくれてありがとう。敵と戦うときは、両腕のもので変身するのよね?」

 

あたしがそっと彼の手を取ると、そこにはやっぱり手作りのデバイス。

背面カバーを外したスマホが埋め込まれてて、魔力で動作するらしいわ。

 

「えっ、まだ別の姿があるのかよ!?」

 

「そう。でも今は必要ないわ。ナイトスラッシャー、やっとお礼が言えるわ。

助けてくれてありがとう。ロザリーのために戦ってくれて、ありがとう」

 

「俺は、シノビの掟に従ったまでだ……」

 

「どうしてそこまでして忍者にこだわるのかしら」

 

「元々俺は、桜都連合皇国で修理屋を営むただの修理工だった。

ある日、店の裏にあるスクラップ置き場に行くと、不思議なものが2つあった。

君の持っているスマートフォンというものだ。

持ち帰ってボタンを押すと、小さな画面に不思議な世界が広がった。

指を滑らせるだけで生き物のように画面が動くんだ。

いろいろ調べると、“新しいフォルダー”という冊子の中に、

動画を再生するマークが沢山並んでいて、再生すると、未知の世界が広がっていた」

 

「あなたは、そこで何を見たの?」

 

「三人のシノビが、悪の忍者軍団と戦う姿だ。

彼らの勇気に感銘を受けた俺は、自らもシノビとして生きる覚悟を決めた。

影に潜みて悪を討つ、一人のシノビとして。

君がスマートフォンと呼ぶ小型機器を分解するうちに、色々なことが分かってきた。

この2つの機械にはとんでもない計算能力と記憶能力がある。

俺はしがない修理工だったが、マナを持っていないわけじゃない。

こいつに魔導書を記憶させて、発動させれば、長い年月をかけて魔法を習得せずとも、

戦う力を得ることができると気づいたのだ」

 

「まあ、魔導書って言っても、テキストデータなら多くても数GBだしね」

 

「それからは魔導書を買いあさり、装備を整え、己自身も鍛錬に励む日々だった。

スマートフォンに魔導書を記録させ、

それを具現化する両腕のデュアルニンジャーXの開発に余念がなかった。

古本屋でアースの忍者に関する書物を買い集めて、在るべきシノビの姿も学んだ。

だが、仕事も放り出して、理想とするシノビ像を追い求めていたら、

いつの間にか妻と子供にも逃げられてしまったよ」

 

ハハ、と自嘲気味に笑う彼。さすがに物悲しいエピソードね。こっちは笑えないわ。

三人組で忍者ものヒーローって小さい頃に見たことある、多分。

 

「そして、ついに完成したのだ。俺にシノビを目指すきっかけを与えた彼らのような、

魔術結晶式隠密衣装。つまり、変身システム!

ここに来るまで多くを捨てた。家族、工場、自宅。だが、それは構わない。

俺は隠密戦士ナイトスラッシャーに生まれ変わり、悪と戦う覚悟を決めたのだから」

 

「その決意は立派だけど、どうしてそこまで?悪人なら皇国にもいるじゃない。

こんな遠くの島国まで来た理由を聞かせてくれる?」

 

「……皇国では、サラマンダラス帝国のように、

一市民が悪を成敗することが認められていない。

犯罪者を取り締まるのは、いつも遅れてやってくる警察官、手に負えなければ国防軍。

軍の出動ともなれば国防省の承認や国会の議決が必要となり、最低でも3日はかかる。

暴れまわる犯罪者を3日間放っておけ、だぞ!?

しかし、この国では力ある者が、悪党共に天誅を下すことができる!」

 

「日本と同じシステムね。納得行かない気持ちはわかるけど、

この国のシステムが完全というわけでもないの。

賞金首と人違いで殺された人もいるし、銃撃戦の巻き添えになった人もいる」

 

「では、俺のしていることは間違いだと言うのか!」

 

「落ち着いて、正解なんてないの。

この国も皇国も手探りで最善の形を探してるところだから。

それに、手配書の連中には、あなたの人生を賭けるほどの価値なんてない。

まだ間に合うわ。故郷の奥さんと子供さんを迎えに行ってあげて」

 

「しかし……俺はシノビとして悪を討ち、弱きを救うと決めたのだ!」

 

“わー、大変だ!”

“助けて、囚人が暴れてるわ!”

“早く逃げないと殺される!”

 

あたしが彼に掛ける言葉を探していると、急に外が騒がしくなった。

玄関のドアを開けると、街道を東から西に逃げていく人の列。

魚屋の親父、買い物のおばちゃん、肉屋のおっちゃん。明らかに街から逃げてきた。

ということは、来たのね。

 

「……行ってくるわ」

 

ガンベルトを締め直して、一歩外に出る。

 

「里沙子さん!ひとりでは無茶です!」

 

「そうだよ、私もデカい銃持ってるから!」

 

エレオとルーベルが止めようとするけど、あたしが決着を付けなきゃ。

 

「ごめん。一人で行かせて。奴は初めからあたしを狙ってきた。

援軍を連れて下手に刺激したら、どんな行動に出るかわからない」

 

「……くそっ、死ぬんじゃねえぞ!」

 

「あうぅ、里沙子さん。気をつけてくださいね~」

 

「負けないで、お姉ちゃん」

 

「当たり前じゃん、ササッと片付けて帰ってくるわよ」

 

そして、あたしは草原を駆け出して、ハッピーマイルズ・セントラルの街を目指した。

今度こそ、再起不能にしなきゃね!

 

「俺は……」

 

ナイトスラッシャーの呟きを背に、M100を抜いてひた走る。

 

 

 

街道を疾走すると、5分ほどで異様な光景が見えてきた。

街の広場辺りが、赤黒いオーラで包まれている。

門にたどり着くと、人っ子一人いないガランとした市場。

確かに人多すぎだって常々言ってるけど、

店番までいなくなったら買い物できないでしょうが。

雰囲気がまるで変わった市場を走り抜けると、奴がいた。

 

ヘクサーは何をするでもなく、広場の中央に立って、

全身からあの赤黒いオーラを放出している。

あたしはM100を構えて、ゆっくり奴に向けて歩を進める。散発的な銃声。

よく見ると、駐在所の保安官が拳銃を撃っている。

 

「おのれ賞金首め、本官のギアマキシマムを食らえ!」

 

昼寝ばかりしてるようで、急場じゃしっかり仕事はするのね。見直したわ。

でも、彼の放った銃弾は、奴に届く直前でサラサラと錆の砂になって消えていく。

 

「保安官!あとはわたしが引き受けます!奴は危険過ぎます!あなたも早く避難して!」

 

「おお、早撃ち里沙子君ではないか!ちょうどよかった!

奴は本官の手に負えそうにない!済まないが、1級賞金稼ぎの君に任せる!

この街を守ってくれ!」

 

「了解!」

 

保安官が退避したことを確認したら、とうとうヘクサーとの対決。

突っ立ったまま、前を見ている奴にまずはM100を一発。

やっぱり、保安官の銃と同じように、身体に届くと同時に弾丸が消滅。

不気味なオーラの中に足を踏み入れると、

奴はふと気がついたような様子であたしを見る。

 

「……銃。火薬の爆発力で金属製の弾丸を撃ち出し、離れた敵を殺傷する武器」

 

「やけに大人しいじゃない。昨日の元気はどした」

 

「思い出した。全部。俺は力を出し惜しみしてた。

だからバカみたいな捕まり方して、ババアの飼い犬やる羽目になった。

全部俺のせいだったんだよ。だから、全力で終わらせることにした。こんな風に」

 

うっかり見た目的には冷静になったヘクサーの話に聞き入っていたせいで、

回避が遅れた……!奴が軽く拘束されたままの手を挙げると、紅い竜巻が現れ、

銃弾のような速さで飛んで来た。横にジャンプして、直撃を避けたけど……

 

「痛ったあ!マヂ最悪!」

 

本当、涙が出そうなほど痛い。真空波で太ももが斜に斬られてる。

スカートも破けてるし、もうやだ。広場の灰色の石畳があたしの血で赤く染まる。

あんにゃろう!思わずヘクサーを睨む。

 

奴が全力を出しているのは本当みたい。

両手の手枷が、ガタガタ言ってて、今にもぶっ壊れそう。

あれが壊れたら、あいつの全魔力が放出されて、街が吹っ飛ぶ。

撃つにも慎重にならないと。冗談抜きで痛い。痛いよ母さん。

 

「血。生物の体内を流れ、栄養素や酸素を運ぶ液体。俺の好物」

 

 

 

 

 

その頃、教会では皆が里沙子の帰りを不安げに待っていた。

 

「あー、ここからも街の不気味な空が見えます……」

 

タグチは、長椅子に座りながら、ただ足元を見つめている。

その様子に気づいたエレオノーラが、彼の隣に腰掛け、優しく語りかけた。

 

「迷っていらっしゃるのですか」

 

「俺は、何のために戦っているのかわからなくなってしまった。

悪を討つ、民を救う、今はどちらも本物の俺と言い切れない……」

 

「では、あなたがシノビを志した理由から思い出してみてはどうでしょう」

 

「あの小さな箱に記録されていたシノビ達に憧れて……いや、違うな。

ずっと不満だった。力あるものが悪を裁くことが許されない、国の在り方に」

 

「なるほど。では、そもそも何故その状況が不満だったのでしょうか。

皇国の警察も、全く無力だったわけではないでしょう?」

 

タグチは答えを探して少し黙る。……そして、口を開いた。

 

「ただ、救いたかった。力を手に入れ、それが可能になった時、

俺はナイトスラッシャーの仮面を被り、悪に蹂躙される弱き者を、救う事を決めた」

 

「だったら、その尊い信念に正直になるべきです。今、まさにハッピーマイルズの民が、

ささやかな生活を送る場所を破壊されようとしています。あなたは、どう思われますか」

 

「俺は……俺は、戦う!」

 

タグチが立ち上がり、聖堂の中央に立ち、最奥のマリア像を力強く見据えた。

その様子に他のメンバー達も思わず彼を見つめる。

 

「もし、この世に神と言うものが存在するのなら、見ててくれ、俺の変身!」

 

[7110・ENTER][4648・ENTER]

 

両腕のデバイスに変身コードを入力すると、彼の身体が激しく光り、皆、目をかばう。

その光はマリア像の微笑みを眩しく照らす。

 

「変・身!ナイトスラッシャー!!」

 

光が止んで、聖堂に静寂が戻り、目を開けると、

皆、変貌を遂げたタグチの姿を目の当たりにした。

ブルーを基調とし、鎖帷子をあしらったアーマーに身を包み、

大きな手裏剣を象ったゴーグルが特徴的なマスク。

そして両腕のデバイス、デュアルニンジャーX。

そう、彼こそ隠密戦士・ナイトスラッシャーなのだ。

 

「あれが……修理屋のおっちゃんだって?」

 

「ピーネちゃん見て見て!

あれが本物のナイトスラッシャーです!初めて見ましたけど!」

 

「うるさいわね、肩叩かないで!へえ……あれがねぇ」

 

「成すべきことが、見つかったようですね」

 

「俺は戦う!天下泰平の世を目指し、悪鬼魍魎斬り捨てて、か弱き民に手を伸べる。

ナイトスラッシャー、ここに推参!」

 

そして、ナイトスラッシャーは歌舞伎のような決めポーズを取る。

 

「急いで悪鬼討伐に向かわねば!俺は往く!」

 

エレオノーラが扉を開けると、

ナイトスラッシャーは風のような速さで外に飛び出し、草原を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

痛い。そろそろ強装弾を使うべきかしら。

でも、それでも効かなかったら?さっきみたいに銃弾を溶かされたら?

それは嫌。見たら信じなきゃならない。

今度はヘクサーが両手を掲げて、自分を中心に巨大竜巻を作り始めた。

 

「風。大気の流れ。気象条件によって局地的に暴風が巻き起こる」

 

竜巻はどんどん広がって、へたり込むあたしに迫ってくる。

もうやだ、首チョンパとか勘弁なんだけど。あ、その前に指詰められるのが先かしら。

どっちにしろ、あと1mで嫌でも選ばされるんだけど。

このナイトスラッシャー編、いいとこなしじゃない、あたし。

死にたい。死にたくないけど。

 

[0000・ENTER][2016・ENTER]

 

──大菩薩流忍法、封魔手裏剣!

 

その時、聞き覚えのあるシステム音声と男の声が聞こえ、

小さな物体が竜巻を突き破って、ヘクサーに突き刺さった。

やっぱり傷は浅いけど、精神集中を邪魔されて、竜巻を解除した。

 

「……誰だ」

 

手裏剣が飛んできた方向を見ると、見覚えのありすぎる姿。

変身したナイトスラッシャーが、横に旗を吊り下げるポールの上に立っていた。

 

「せいやっ!」

 

掛け声と共に、彼は鍛え上げた跳躍力で、あたしの側に降り立った。

 

「遅れて済まない。まだ、戦えるか。サムライの魂を持つ少女よ!」

 

相変わらずのヒーローに、思わず笑いがこぼれる。

一見妙ちきりんな彼の姿を見て、気合が戻ってきた。

 

「ふふっ、当然。あと、あたしは24だから」

 

「そいつは、おどろ木ももの木さんしょの木。それはさておき、奴とはどう立ち回る。

俺の忍術発動機デュアルニンジャーXは、様々な忍術を記録しているが、

のんびり作戦会議をしている暇もなさそうだぞ」

 

「それなのよね。とりあえず、奴の手枷が外れたらお終い。

今とは比べ物にならない魔力が暴発して、街が吹っ飛ぶ。

かと言って、放置してても、奴の盾にされる有様なのよ」

 

「つまり、あの手枷が奴の魔力を抑制しているのか」

 

「そーいうこと。強化したあたしの銃を正確に頭にヒットさせれば……ああ、駄目駄目。

あの様子じゃ無理だわ」

 

ヘクサーは、痛がる様子もなく、身体に刺さった手裏剣を抜いて、

珍しそうに眺めている。同時に巨大竜巻も復活。

 

「……正体不明の物体。投擲武器と思われる」

 

竜巻は石畳をバリバリと引き裂きながら、あたし達に接近してくる。

ナイトスラッシャーは、再びデバイスにコードを入力。

 

「2111・ENTER!火遁の術!」

 

デバイスが赤く光り、ヘクサーの全身を炎が包む。

でも、一瞬で奴の手枷に吸い込まれるように消えていった。

 

「あの手枷は厄介だな!押しても引いても俺達の負け、か」

 

「残念だけどその通りよ。時間停止も竜巻に守られてて意味ないし」

 

その時、ナイトスラッシャーが目を閉じて、何かを決意した表情を見せた。

 

「……里沙子と言ったな。君と俺で、奥の手を使い、奴を討ち取る」

 

「討ち取るったって、どうすればいいのよ」

 

「俺の最終奥義を使う。そうすれば奴の魔力を無に帰することができよう。

ただし、チャンスは1回きりだ。あれを放てばデュアルニンジャーXは破損する」

 

「あれが壊れたら変身できなくなるじゃない!」

 

「二言はない。里沙子、君は奴の手枷を破壊するんだ!」

 

「……わかった。タイミングは?」

 

「俺が跳躍し、最終奥義を宣言した時だ。

発動コードには、無を有に、有を無に帰する魔導書のデータが記録されている。

魔法の竜巻を消し去りながら、それを奴にぶつけるには、あの手枷が邪魔なのだ」

 

「オーケー……合図は任せるわ」

 

あたしはM100を構え、強装弾の詠唱を始める。

ナイトスラッシャーも、背中の刀を抜いて、両手で真っ直ぐに構える。

ヘクサーは、やはりその場から動こうとせず、竜巻の中で独り言を繰り返している。

 

「炎。熱による物質の酸化現象」

 

その竜巻はもう目の前。あたしも腹くくるしかないわ。

少し息を吸い込んで、生まれて初めての魔法詠唱。

 

「収束せよ、鋼に秘めし其の力、猛る混沌、死の鐘響、無慈悲に終末を奏でんことを!」

 

ぽうっと、あたしの左手に淡いグリーンの魔力の球。やった、上手く行った!

珠を柔らかく握ったまま、

Century Arms Model 100のシリンダーを人差し指で軽く回すと、

魔力が弾丸に流れ込んで、

やっぱり何かがギシッと詰め込まれるような感触が伝わってきた。こっちの準備は完了。

あとはナイトスラッシャー次第。

 

あたしが視線を送ると、彼も頷いて、その並外れた脚力で大空に跳躍した。

そして、両腕のデュアルニンジャーXに最終コードを入力。

 

[9999・ENTER][9999・ENTER]

 

同時に空中で身体をひねり、刀の切っ先をヘクサーに向ける。

すると、彼の全身を黒いオーラが包み込み、巨大なカラスの形を成した。

天高く羽ばたく一羽の鳥となったナイトスラッシャーが叫ぶ。

 

──大菩薩流忍術奥義!封・魔・烈・風・斬!

 

その瞬間、あたしもヘクサーの手枷を狙って発砲。

爆発した火薬でシリンダーから炎が吹き出し、

銃口からハンディキャノンの域を超えた暴力の塊が、標的目掛けて突き進む。

あたしの銃弾と、ナイトスラッシャーの最終奥義が共に空を舞う。

 

ぼんやりしていたヘクサーも、ここにきてようやく、

竜巻を消し去りつつ飛来する巨大なカラスと、

空をえぐりながら突撃してくる強化ライフル弾の接近に気づいた。

手元に魔力を集めようとするけど、一瞬こっちが早かった。悪いわね。

 

真っ赤に燃える45-70ガバメント弾が手枷に命中。

元々大きすぎる魔力を抑え込んで限界が来ていた鋼鉄製の手枷は、

悲鳴のような金属音を立てて砕け散った。

次の瞬間、菊一文字を構えたナイトスラッシャーが、

ヘクサーの魔法防御を無効化しつつ体当たり。封魔烈風斬が炸裂。

奴の腹に深々と刀が刺さる。

 

「ぐへああっ!!」

 

とうとう奴に倒れる時が来た。

 

「……急所は外した。止血すれば助かるだろう。だが、お前のマナを無に還した。

二度と魔法は使えまい」

 

ヘクサーの身体から刀を抜いて懐紙で血を拭い、鞘に治める。

同時に、街を包んでいた不気味なオーラが消え去り、奴がその場に崩れ落ちた。

 

「なんで。だ?俺ハ、ちゃんト、殺ったんだ。ゼンブ、だし切った、ハズなのニ?」

 

「ろくに自分の生き様も決められないまま人生終わるなんて、哀れなもんね」

 

片足を引きずりながら、動きを止めたヘクサーの側に寄って、

ハンカチで圧迫して止血してやった。このまま楽に死なれちゃ困るのよね。

なんであたしの怪我より、こいつ優先なのか、世の中は理不尽だわ。

 

心の中でぼやきながら手当していると、

パチパチと電気が弾けるような音が聞こえてきた。

音の方向を見ると、ナイトスラッシャーのデュアルニンジャーXが、

最終奥義の負荷に耐えかねて、モニターが割れ、漏電して煙を吹いている。

気づくと、彼の変身が解けて、元の忍装束に戻っていた。

 

「……ありがとう。それしか言えないけど」

 

「影に生きるシノビには、その一言で十分過ぎる」

 

「この街を守ったのは、他でもないあなたよ。

人生をつぎ込んでまで作った武器を犠牲にして」

 

「君の協力なしには倒せぬ相手であった。

もうナイトスラッシャーとして戦うことはできないが、

サムライの魂持つ少女の存在は、決して忘れはしない」

 

「だから24だっての……ふふっ」

 

“里沙子さーん!ナイトスラッシャーさーん!”

 

ちょうど戦闘終了後の緩んだ空気が流れ込んで来た時、

ジョゼットがあたし達を迎えに来た。

 

 

 

 

 

後日、街の復興を見届けたあたし達は、ハッピーマイルズ南端の船着き場にいた。

ナイトスラッシャー改め、フリント・タグチさんを見送るために。

あの後、あたしもヘクサーもエレオノーラの治療を受けて、どうにか死なずに済んだ。

奴は帝都の要塞に連行された。二度とシャバの空気を吸うことはないってさ。

 

「いろいろ世話になったわね。本当にありがとう」

 

「それは私も同じだ。ありがとう」

 

「やっぱり皇国に帰っちゃうんですかー?寂しいです……」

 

「笑顔で送ってやれ、ジョゼット。悲しい別れじゃないんだから」

 

「この国に私は必要ないと分かったからね。故郷で自分に何ができるか探すことにする」

 

「あなたの人生にマリア様の導きがありますように……」

 

あ、そうそう。大事なことが2点。

 

「ねえ、壊れちゃったけど、

デュアルニンジャーX、本当に軍に渡しちゃってもよかったの?」

 

「ああ、例え残骸でも、私の発明が犯罪抑止の手助けになれば本望だ」

 

「そう……じゃあ、これを持っていって」

 

「これは?」

 

あたしはヘクサーの賞金が入った袋を渡した。

 

「あのバカをぶちのめした賞金よ。あなたラッキーね。

あいつを倒したのがちょうど指名手配された日だったから、

もう一日早かったからタダ働きになるところだったわよ」

 

「しかしこれは」

 

「お願いだから受け取って。っていうか最後の一撃を決めたのはあなたじゃない。

皇国の通貨との変換レートはわからないけど、悪くない金額になるはずよ。

工場や自宅を買い戻して、奥さんと子供さん迎えに行ってあげて」

 

「……かたじけない」

 

別れの時を告げるように、蒸気船の汽笛が響く。

 

「じゃあ、さよならね」

 

「皆、ありがとう。この国に来て、自らの進む道が、少しは見えた気がする」

 

そして、彼が桟橋から船に乗り込む。船頭が鐘を鳴らすと、ゆっくりと船が動き出す。

 

「また会いましょうねー!」

 

「新しいスーツが出来たら、見てあげても構わないわよー!」

 

ジョゼットとピーネも手を振って別れを惜しむ。あたしはただ小さく手を振って。

赤い蒸気船はどんどん海を進んで、やがて彼の姿も見えなくなった。

また一騒動片付いて、あたしはほっと息をつく。

 

「ふぅ、なんか今回の件は彼に出番持ってかれた気がするわ。

思いつきで変な企画やるからこうなるのよ」

 

「いいじゃありませんか。終わり良ければ全て良し、ですよ」

 

「ちっとも良くない。死ぬほど痛い思いしたし、ワンピース一着駄目にした。

あのね、いいこと教えてあげる。太ももをパックリ斬られるとね、泣くほど痛いのよ。

心の中で母さん呼んだ」

 

「エレオノーラに跡形もなく治してもらったんだからいいだろ。もう帰ろうぜ」

 

「“跡形もなく”ってのは割とバイオレンスな状況の表現だと思うがどうか」

 

こんな感じで、あたしらの馬鹿話でナイトスラッシャー編はお終いなの。

要するにいつも通りよ。

作者が飽きるまでこのワンパの繰り返しだけど、よかったらこれからも読んでやって。

 

 

 

 

 

サラマンダラス要塞 取調室

 

「名前は」

 

「……ヘクサー」

 

「出身は」

 

「魔国」

 

「率直に聞く。お前は魔国のスパイか」

 

「知らね。斑目里沙子を殺せ……いや、連れてこいだったか。多分どっちかだ」

 

「それを命じたのは誰だ」

 

「魔国トップのクソババア。ババア、ババア、言ってたら名前忘れた。

……あと、皇帝の野郎に伝えとけ」

 

「何だ」

 

「ババアにこう言え、俺の事しらばっくれやがったら、俺が何もかもぶちまけるってな。

……ククク、カカカ、アヒャヒャヒャ!!」

 

冷たく表面に湿り気が帯びる石の部屋に、ヘクサーの笑いがこだました。

彼の存在が二国間にどのような影を落とすのか、今は何もわからない。

 

 

 




隠密戦士・ナイトスラッシャー、テーマソング「隠密戦士、影を征け!」

作曲:募集中
作詞:焼き鳥タレ派
歌:里沙子、ジョゼット、ルーベル、エレオノーラ、ナイトスラッシャー

1番)
仮面の奥に秘めし顔(かんばせ) 果て無き使命 冷たき心に宿し(里
明鏡止水の境地に立つは 我らがヒーロー(ジ
平和を狙う悪鬼魍魎 一刀両断!(ル
孤独な戦士が唯一頼る(エ
くらえ、菊一文字!(ナイト・シャウト

※サビ(全員
影を征け ナイトスラッシャー!
東で悪が高笑い
疾風(かぜ)となりて切り捨てろ

影を征け ナイトスラッシャー!
西で誰かが泣いている
誰知らずとも、救いの手を差し伸べろ

・ナレーション
説明しよう!遥か東の国からやってきた来た修理工、フリント・タグチは、
全身に宿るチャクラ(魔力)を、両腕のデュアルニンジャーXに通わせることにより、
隠密戦士・ナイトスラッシャーに変身することができるのだ!

2番)
風にたなびく黒いマフラー 平和の礎 築くためなら(里
遠き日誓った 愛など要らぬ(ジ
悪も妖魔も覚悟しろ 手裏剣さばきが逃しはしない(ル
冷たい月にその背を向ける(エ
コード入力、変・身!(ナイト・シャウト

※繰り返し

・台詞
例え命尽き果てようと、俺は…決して悪に屈しはしない!(ナイト
立ち上がって!ナイトスラッシャー!(里
皆が信じる心を失わない限り、彼は絶対に諦めない!(ジ
今だ!お前の全てを解き放て!(ル
必殺!大菩薩流忍法奥義、封・魔・烈・風・斬!(ナイト

※繰り返し

(終)


『……ねえ、あたし達何やってんの?』
『知らねえよ。タレ派のバカに聞け。……ピーネとカシオピイアはどこだ?』
『カシオピイアはあの通り歌なんて歌える性格じゃないし、ピーネはお昼寝の時間』
『お水が飲みたいですね。こんなに大声を出したのは初めてです』
『あ、お皿まだ洗ってませんでした。もう帰っていいですか?』
『うん。みんなお疲れ、解散解散』
『こんなの作ってるから更新が遅れるんだ、ケッ』



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魔国編(ライダーシステム登場)
昭和歌謡って良いわよね。絶対新曲が出ないから、ゆっくり名曲を発掘できるもの。


サラマンダラス要塞 円卓の間

 

先日のヘクサー襲撃を受け、激怒した皇帝は、

魔国総帥ヘールチェ・メル・シャープリンカーを呼び出し、

大テーブルで向かい合っていた。他には議事録作成の書記官がいるだけだ。

皇帝がヘールチェを睨みつけながら、しかし、声を荒らげることなく語り始めた。

 

「……我輩の記憶では、貴国は確か“平和主義”を掲げ、

他国の軍備増強に反対の立場を貫いていたのだが、我輩の記憶違いだったのだろうか」

 

「いいえ、その通りです……」

 

「我が国が何か貴国に敵対行為と受け取られるような行動を取ったことがあるだろうか」

 

「……ありませんわ」

 

「では斯様な狼藉をどう説明する!!

口先だけで平和主義を謳いながら、我が国の専守防衛は真っ向から否定し、挙げ句、

不意を突いた先制攻撃で甚大なる被害をもたらした!

魔術立国MGDは我がサラマンダラス帝国を侮辱しているのか!?」

 

怒りが頂点に達した皇帝がテーブルを殴る。ヘールチェも思わず身が固くなる。

 

「貴女が放ったヘクサーなる魔術師の攻撃により、領地のひとつが壊滅状態に陥った!

幸い有志の能力者により、ヘクサーは無力化され、人的被害はなかったが、

街は今も復興の途中である!

繰り返しになるが、これは国際法を無視した卑劣な先制攻撃であり、

宣戦布告であることは言うまでもない!」

 

「おっしゃる通りです、しかし決して宣戦布告などでは!私達はただ……」

 

ヘールチェは、肘掛けを少し握りながら、皇帝の怒りを身に受ける。

だが、全ての事情を公表することもできないジレンマに陥っていた。

 

「では、なんだというのかね。

シャープリンカー女史、貴女はもう少し賢い女性だと思っていたのだが、

我輩にはもう貴女のことがわからぬ!

世界情勢を見ても、戦を仕掛ける状況でもなかったではないか!」

 

皇帝はグラスの水を一口飲んで口を湿らせる。

 

「……ふん。少し、興奮しすぎた。まず、聞こうではないか。ヘクサーとは何者だ。

報告によると、奴はハッピーマイルズをまるごと吹き飛ばすほどの

魔力を秘めていたという」

 

「……そんな人は知りません」

 

皇帝はヘールチェの目を真っ直ぐに見つめる。

焦りつつ僅かの間、思考を走らせた末に、彼女はそう答えた。

 

「なるほど、そうか。そう答えるのか……君」

 

「はっ!」

 

書記官がバインダーに挟まれた一枚のメモを皇帝に渡した。

皇帝はそれを指先で挟んでヘールチェに見せる。

 

「これは、彼からの伝言だ。読み上げよう。

“ババアにこう言え、俺の事しらばっくれやがったら、俺が何もかもぶちまける”

以上だ。少々粗雑な言葉で申し訳ないが、

文書の性質上ありのままを伝えさせてもらった」

 

「えっ!?」

 

「ふむ、貴女は今ヘクサーについて関与を否定した。

よって我が軍は文書の通り、彼に更なる事情聴取を行うことに決めた。

魔国に関して洗いざらい喋ってもらうとしよう。

宣戦布告も行わず、他国に爆弾を落とす危険な国について、

他の国家と情報共有し、警戒網を張ろうとも考えている。

このまま何ら誠意ある回答が得られない場合、

報復措置として帝国と同盟を組む非先進国15と共に、

経済封鎖、銀行口座凍結、関税の1000%引き上げ等に踏み切らざるを得ない」

 

皇帝の決定に青ざめたヘールチェが思わず立ち上がる。

 

「どうかお待ち下さい!確かにヘクサーを放ったのは、私です!

虚偽の回答をしたことも謝罪します!

だから、どうか、我が国の内情を世界に広めることだけは、待って頂きたいのです!

ヘクサーへの事情聴取には、何卒お時間を!」

 

「その、“ちょっと待ってくれ”の間に、MGDお抱えの空撃部隊を編成する、か。

フッ、構わんよ。我々も専守防衛に則って、国に仇なすものから民を守り抜くだけだ」

 

「違います!決してそんな事は考えていません!」

 

「もはや貴女の言葉に何の信憑性もないことは、ご理解頂けているだろうか。

後ろ暗いところがなければ、

我が国で大規模な破壊活動を行った犯人の事情聴取を止める理由などないはずだが」

 

皇帝の側に駆け寄って、ひざまずいて懇願するヘールチェ。

書記官が銃に手を掛けようとしたが、皇帝は手で制した。

 

「お願いします!詳しくは申し上げられませんが……

我が国は窮地に立たされているのです!全てが公になれば、

マグバリスの乱暴者が喜び勇んで銃や大砲を持って押し寄せて来ます!

魔国の民に、どうかお慈悲を!」

 

「他国の民を危険に晒しておいて何を宣うか。……と、言いたいところであるが、

別の当事者への意見聴取がまだであった。正式な結論を出すのは時期尚早であろう。

シャープリンカー女史、当分は要塞の客室に留まってもらう。

仮にも一国の首脳に監視など不躾なものを付けるつもりはないが……

貴女の行動が招く結果については、責任は持てない。そこは理解していると信じている」

 

「ああ、寛大な心に感謝します!また、謝罪が遅れて申し訳ありません!

ヘクサーの破壊行為の責任は全て私にあります!

後日きちんとご説明させていただきますが、

決して侵略を目的とした行動ではなかったのです!」

 

「そもそも貴国について何か分かった試しなどないが、

此度の件でますます貴女方がわからなくなった。君、彼女を部屋にお連れしろ」

 

「はっ。……総帥、どうぞこちらへ」

 

「本当に、申し訳ありません。失礼します……」

 

書記官とヘールチェが退室し、ドアが閉じられると、

皇帝は椅子の背もたれに身を預けて、一息ついた。

一体あの国は何を考えているのか、話していても意図が読めない。

確かに魔国との政治的関係は良好とは言えなかったが、

貿易は盛んで両者利益を上げていたはず。

戦争がしたいなら、ただ宣戦布告の手続きを経れば良いものを。

……あの女性には済まないが、また要塞に足を運んでもらうことになるだろう。

 

 

 

 

 

サラマンダラス帝国軍 ハッピーマイルズ基地

 

ハッピーマイルズ中央にある軍事基地。近隣には領主の邸宅もある。

ここの領主つっても、この物語始まってから影も形も現してないけど、

とにかく存在はしてるのよ。

あたしは今日、シュワルツ将軍に招かれて、

この基地で新兵器の完成を見届けるところなの。

 

こないだ皇国から来たタグチさんことナイトスラッシャーが、忍者ヒーローになって、

一緒にヘクサーっていう襲撃者を退けた事件は覚えてるかしら。

彼が最終奥義を放って破損した変身デバイスを置いていったんだけど、

それを軍が分析して、変身能力を再現したらしいの。

 

この世界に、改造スマートフォンの半導体や電子回路をどうこうする技術力は、

なかったと思うんだけど、どんな裏技使ったのやら。

とにかく現物を見せてもらいましょう。

……おっと、その前に基地の外観だけでも説明ときましょうかね。

後々必要になるかも知れないし。

 

まあ、やっぱり帝都の要塞よりは手狭ね。

一階建ての武器庫、宿舎、事務所らしき建物が合計3棟。

あとはやっぱり要塞のより小さめの訓練用グラウンド、射撃演習場。

今、そのグラウンドの隅であたしと将軍、そして大勢の兵士が集まって、

一人の兵士を眺めてる。気のせいか彼も若干緊張気味な感じ。

 

「リサ、今日はよく来てくれた。

他国の強大な侵略者を退けた戦士の装備を、完璧とは行かずとも復元に成功したのでな。

共に彼と戦った貴女の意見を聞きたい」

 

「お招きいただきありがとうございます、将軍。

彼の装備の核となるスマートフォンの仕組みには少しばかり知識がありますので、

なにかしら意見は申し上げられるかと」

 

「それは心強い。では、さっそく変身してもらう。君、やってくれたまえ!」

 

「はっ、了解しました!」

 

彼は側にあるトランクから一本のベルトを取り出した。

これで変身するとか仮面ライダーみたいね、って……あれ!?

焼けて壊れたスマホが直ってる!

ベルトのバックルに据え付けられたスマホが元通り直ってるのよ奥さん!

これにはあたしも、おどろ木もも(略。

 

「将軍、ベルトの修復は一体誰が?あれは人間の指ではつまめないほど

微細な部品を大量に使用していますし、そもそも電子基板が焼け焦げて……」

 

「まぁ、聞きたいことはあるだろうが、まずは実機の性能を見てもらいたい。

さあ、続けてくれ!早撃ち里沙子が見ておるぞ」

 

「了解!」

 

兵士がベルトを腰に巻いて、Googleのマイクアイコンを押す。

あたしが目を細めて、その様子を見るけど、小さくて見えづらい。

ルーベでも持ってくりゃよかったわ。婆さんみたいなことを言ってると、

彼が“認識しています”を表示し続ける画面に宣言した。

 

「変身!」

 

同時に、ピガガガ……、という聞いたことのないビープ音と共に、変身処理が始まった。

 

>SATSへようこそ。只今起動中。しばらくおまちください。

 

おお、喋った。

驚いているうちに彼を光の粒子が取り巻いて、やがて全身を覆うアーマーになった。

周りの兵士もどよめく。見た目はFalloutのパワーアーマーみたいに無骨で重厚。

いかにも強そうだけど、肝心なのは性能。

変身した彼は無言で6あたりのボタンをタッチ。

すると、右腿あたりがガシャンと開いて、巨大なオートマチック拳銃が姿を現した。

 

「魔術装甲専用銃・バトルクーガーMK48。人間には扱えぬ重さと反動であるが、

威力も魔獣を一撃で倒せるほどで、射程距離も申し分ない。

地平線に隠れない限り、どこまでも敵を追いかける」

 

口径から見ると44マグナムは軽く超えてる。デザートイーグルをベースにして、

銃身を一回り大きくしてバレルを思い切り長くしたような感じ。

彼がバカでかい銃を手に取ると、

グラウンド北端に設置されていた厚い鉄板に狙いを定め、5発発射。

 

思わず耳を塞ぐけど、手を通して鼓膜がビリビリする。弾丸は全弾命中。

鉄板は大きな穴が開き、

撃ち終える頃には足元にわずかに鉄くずらしきものを残すだけだった。

思わずあたしも言葉を失う。

 

「これは……とても言葉にならないほどの性能です。これほどの物を一体誰が?

いくらナイトスラッシャーが残した装備の状態が良好でも、

この世界に半導体やフラッシュメモリを製造する

精密技術はなかったと思うのですが……」

 

「うむ、リサのお墨付きを得られて、皇帝陛下もさぞお喜びであろう!

確かに、スマートフォンなるアースの機械は、

街の修理屋では手も足も出ないほど複雑であったが、

まあ、なんというか、我の姪がアースの技術に通じておって「はーい!」」

 

将軍の声を遮って、元気のいい声が飛び込んできた。

そして、どこに隠れていたのか、白衣を着た女性が彼に飛びついた。

その鎧、装甲が何枚も重なってるから肉挟んだら痛いわよ。

 

「ええい、落ち着かんか、アヤ!」

 

「シュワルツおじさま、今アヤのこと呼んだでしょう!?

変身システムのことが知りたくて?いいわよいいわよ!

アヤの知識は全帝国民が注目すべきなので、あーる!」

 

「離れろと言っている!

もう二十歳にもなったのだから、少しは落ち着きというものを身につけよ!」

 

「わかったのであーる……おじさまの肩は顎を乗っけるのに最適なのに」

 

「我のショルダーガードは顎を乗せるためにあるのではない。早く下りるのだ」

 

将軍と謎の女性のやり取りをぽかーんと見ていると、

今度はあたしにロックオンしてきた。

 

「あは!あなたが早撃ち里沙子で、

処刑人里沙子で、殺し屋里沙子で、命知らずの里沙子なのね!

会いたかったので、あーる!」

 

「ちょっと待ちなさいよ!まともなやつ、最初の1個しかないじゃない!

誰が誰に断ってそんな意味不明な二つ名付けた!?」

 

「二つ名は世の中が生み出すものであって、

その人物の社会的貢献、あるいは罪罰を示すものだから、大切にすべきであーる」

 

「ふざけんじゃないわよ!これから酒場に行く度、なんて呼ばれるかわかりゃしない!

そもそもあんた誰!?」

 

「むふ。自己紹介が遅れてかたじけのうござる。

アヤの名は、アヤ・ファウゼンベルガー。

シュワルツおじさまの姪で、国立サラマンダラス工科大学卒。

こう見えても機械工学、電子工学の博士号を持っていて、

錬金術、雷属性、無属性魔法各種に通じているので、あーる。えっへん」

 

そう言って胸を張る変な女は、さっきも言ったけど白衣を着ていて、

黒のセミロングに大胆な白のメッシュを入れてる。

ひょっとしたらブラックジャック意識してるのかしら。あとは、牛乳ビンの底。

つまり、分厚い丸眼鏡よ。

将軍の親族とは思えないトンチキ女にとりあえず疑問をぶつけてみる。

 

「……はじめまして。

あの変身ベルトに使われてるスマートフォンを直したの、もしかしてあなた?」

 

「当たり前田のなんとやら!

そう、このアヤが、あの叡智の箱に再び命を吹き込んだので、あーる!」

 

「でも、どうやって?

あれに入ってるのは、熟練の鍛冶だろうが人間が作れるような部品じゃないわよ」

 

すると、アヤがチッチッチッと指を振った。

 

「そこが世の人々の限界なわけですよ。人は空ばかりを見て無限の世界を夢見るけれど、

手元に収まる小さな箱にこそミクロの世界が無限に広がっているので、あーる」

 

「う~ん、具体的にどうやったのか教えてくれると嬉しいかも」

 

「その機械が壊れる前まで時間を巻き戻してあげるのだー!

焼けた基盤にも生き残った部分はある。

そこを十分に観察し、壊れた部分はどんな機能をしていたのか、

想像と分析を繰り返し、少しずつ修繕する。

もちろん元の部品をそのまま再現ってわけにゃあ行かないんだな、これが。

そこで役立つのが魔法の技術。錬金術で溶けた部分をバイパスして、

機械に残っている記憶をもとに、

同じ機能を持つ魔力の回路を作ってあげるので、あーる!」

 

「ごめ、最後のほうがよくわかんない。機械の記憶って一体なに?」

 

「形あるものには、どれもあるべき形の記憶がある。

石は丸くて硬い。木は背が高くて葉っぱが生えてる。そんなふうにねー

リサが知りたいスマートフォンの修繕方法は、この性質を利用したもの。

ぶっ壊れてもあまり時間が経ってなければ、物は自分の姿を覚えてる。

錬金術はその記憶を呼び覚まして、素材となる触媒を足して、元に戻して上げるのだ!

それでも手に負えない時は、アヤ達プロの出番。

さらに高度な錬金術で、魔力の塊に物の記憶を宿して失った部分に移植し、

補修してあげるので、あーる!

う~ん、スマートフォン内部の小さな記憶媒体が無事だったのは不幸中の幸い!」

 

「ふーん。わかった、ありがとね。あと、今サラッとあたしのことリサって呼んだけど、

あたし達、初対め「しかーし!」」

 

あたしの言葉をぶちぎって、話を続けるアヤ。気が済むまで喋らせるしかなさそう。

それはともかく、物の記憶か……やっぱりこの世界には知らないことが一杯だわ。

 

「壊れて時間が経ちすぎたもの、経年劣化は直せないのだー!悲しきことに!

なぜなら、時の流れとともに、物がその状態を在るべき姿だと記憶してしまうから!!

それは人とて同じこと!すなわち、昔の戦争の傷跡や、失った片腕などは、

光属性の回復魔法でも治せない!

リサもそのきれいな顔をふっ飛ばされないよう、気をつけるべきで、あーる!」

 

「もうリサでいいわ。とにかく注意する。よろしくね、アヤ」

 

やっと終わった。あたしは彼女に手を差し出す。すると瓶底眼鏡を掛け直して、

 

「おぉ~?リサは運命線が長いでありますなぁ。

これからも不思議な事に沢山遭遇すること間違いなし!アヤは趣味で手相占いも」

 

「握手を求めてんだけど!」

 

「うへへ、これからもよろしくであーる。

皇帝陛下にアヤが復元した変身システムを見てもらうのが楽しみなのだー!」

 

アヤが袖が少し長過ぎる手でやっと握手した。白衣のサイズなんとかなさいな。

なんか酔っぱらい相手にしてるみたいで疲れたわ。

彼女が変身解除した兵士から変身ベルトを受け取ると、いそいそとトランクに詰める。

蓋にSMART BRAINとでも書いときなさい。ちょっと箔が付くわよ。

将軍の姪とは思えない変人からようやく開放されると、

馬に乗った兵士がやってきて、彼の近くに馬を停めて駆け寄ってきた。

 

「皇帝陛下から、ハッピーマイルズ領の将軍に伝言であります!」

 

兵士が封蝋で閉じられた手紙を将軍に渡し、彼はすぐ中身を確認した。

 

「ご苦労……うむ。確かに受け取った。皇帝陛下にすぐ向かうと伝えてくれ」

 

「かしこまりました!では、失礼いたします!」

 

兵士の彼は馬に乗って、あっという間に帰ってしまった。あたしも帰ろう。

変身システムは、この物理オタクがいい感じに仕上げてくれるでしょう。

 

「将軍、本日は素晴らしいものを……」

 

「待ってくれ、リサ。突然ですまないが、貴女も帝都に来てもらいたい。

……先日の件だ。首謀者と呼べる人物を要塞に留めている」

 

先日の件と言えば、ヘクサーしかいない。皇国から来たヒーローがいなければ、

この領地があたしごとメチャクチャになっていたのは想像に難くない。

 

「わかりました。出発はいつですか?」

 

「すぐにでも出発したいところだが、貴女にも支度が必要であろう。

済まないが一日で準備を整えてほしい。あと、家族の方たちの同行はご遠慮願いたい。

国の動きを左右する重要な会議が行われる予定だ。情報の漏れる可能性は極力排したい」

 

「では、そのように。時間はいつくらいに?」

 

「朝の8時頃、ハッピーマイルズ教会に迎えに行く。

リサの都合を無視して申し訳ないが、あまり猶予がないのだ」

 

「とんでもありません。明日8時にお待ちしております。

では、今日のところは失礼致します」

 

将軍に一礼して軍基地を後にすると、後ろから

『アヤも一緒に行くからねー!

アースの話をいっぱい聞かせて欲しいので、あーる!』と、

変人の声が聞こえてきたけど、無視して家路についた。

 

途中、街の市場や戦場になった広場が見えるところを通るんだけど、酷い有様なのよ。

広場の石畳は荒々しく砕かれて土が見えてる。

心のオアシスの酒場も窓ガラスが全部破られてるし、

市場の屋台は、台風の直撃こそ避けたものの、その暴風で倒壊したり、

店ごとふっ飛ばされて、営業再開は当分無理ね。

 

いつもは大嫌いな市場だけど、大事な商売道具を破壊されて嘆いている店主達を見て、

何も感じないほど心は死んでない。多分。

将軍は首謀者を捕まえたって言ったけど、“一発なら誤射”とかほざいたら、

平和を作る物(ピースメーカー)で綺麗に殺してあげようと思う。

 

で、家に帰ったあたしは、急いで荷造りを始めた。

たまたま部屋から出てきたルーベルが、開けっ放しにしたドアの向こうから、

あたしの様子を見て不思議に思ったらしい。

 

「何やってんだ、里沙子?どっか出かけるのか」

 

「明日からしばらく帝都に行くことになったの。ちょっといつ帰れるかわかんないから、

家のことは頼むわね。朝8時には迎えの馬車が来る。」

 

「どうしたんだよ、いきなり。帝都ならエレオノーラに頼めばいいじゃん」

 

「将軍達と一緒に行くからエレオの魔法じゃ無理なの。ほら、ヘクサーの件よ。

アレを放った奴を要塞に実質投獄してるから、会議兼事情聴取」

 

「犯人が捕まった!?じゃあ、私達も」

 

「ごめん。国の先行きが決まる重要な会議だから、

参加者は最低限にしなきゃいけないの。

……下手したら、MGDと戦争になるかもしれないから」

 

「そうか……危ないことはすんなよな」

 

「言われるまでもなく、そんな面倒なことご免だわ」

 

そう答えると、あたしはトランクをパタンと閉じた。

 

 

 

翌日。家の前で馬車を待っていると、みんなが見送ってくれた。

 

「里沙子さん。なるべく早く帰ってきてくださいね?みんな心配なんです……」

 

「わかってる。あたしがいない間、みんなの食事頼むわよ」

 

「ねえ、里沙子……」

 

ピーネが浮かない顔で、もじもじしている。言いたいことがありそう。

 

「どうしたの、ピーネ」

 

「その、会議ってのが、上手く行かなかったら、また戦争になるの?隕石が降るの?」

 

「そうならないように話し合うの。

確かに魔国は今の所この国の敵である可能性が捨てきれない。

でも、世の中には戦争の最中でも平和を求める人が必ず存在するの」

 

「人間に……?ふん、誰よそれ」

 

「相手の出方で決まるものだから、今は何も言えない。

戦争が始まったらあたしの負けだもの。でも約束する。

もうロケット弾が降るようなことには絶対しない」

 

「うん……」

 

「ピーネちゃん、里沙子さんを信じましょう。

きっと彼女なら魔国との開戦という最悪の事態は避けてくれます」

 

「わかった。なにか、お土産買って来なさいよね」

 

「美味しいロールケーキがあるの。みんなで食べましょう」

 

「あ、馬車が来たぜ」

 

ルーベルが差した方を見ると、将軍と護衛の兵士を載せた頑丈な馬車が2両やってきた。

馬車が教会の前で止まると、将軍が降りてきて、

地に足を乗せると、彼の鎧がガシャンと音を立てた。

 

「皆、おはよう。……リサ、来たばかりで済まないが時間がない。早速出発しよう」

 

「はい、すぐに。ルーベル、あたしがいない間、ここをお願い」

 

「任せろ。里沙子はお前にしかできないことを果たしてこい」

 

「うん。ちょっとした長旅になるだけよ、心配しないで」

 

あたしと将軍が馬車に乗り込み座席に着くと、いきなり白い物体が飛びついてきた。

 

「アーハハハ!おはようリサ!アヤはおめめパッチリすこぶる快調で、あーる!」

 

「やめんかアヤ!これは遠足ではないのだぞ!」

 

将軍が笑い続けるアヤを引っ剥がして、無理やり席に座らせた。あーびっくりした。

勘弁して、朝は弱いのよ。あんたのテンションにはついていけない。

将軍が合図を出すと、馬車が動き出した。みんなが手を振って見送ってくれる。

魔国の連中がなに考えてるのか知らないけど、あたしの寝床がなくなるようなら、

世界地図から抹消する必要があるわね。

 

馬車に揺られることしばし。美しい田園風景を見ながらも、うんざりした気分になる。

魔王殺したと思ったら、今度は人間と戦う羽目になるかもしれないなんて、

マヂふざけんなって感じ。正直、会談自体も面倒くさいからやりたくない。

魔国とか初めからなかったことにならないかしら。

 

そういえば、魔王倒して得したことって、

馬車の乗り心地が良くなったことくらいしかない。タイヤの普及でね。

あとは……マリーが報奨金100万G持ってきたけど、

あれはカシオピイアの生活費やお小遣い、それとあと、

いつか結婚式を挙げたり嫁入り道具を買う資金に置いときたいのよね。

 

……で、さっきからワクワクした視線をこれでもかとぶつけてくるアヤ。

時々将軍を何かをおねだりするような目で見る。

知らんふりをしていた彼も、ついに耐えかねたらしい。

 

「リサ。済まぬが少々アヤの相手をしてやってはもらえないだろうか」

 

「え、ええ、喜んで。アヤさん、少しお話ししましょうか」

 

「んふふ、キタコレ!アヤでいいよん、あたしもリサって呼ぶからさ!」

 

既に断りもなく呼んでた気が。

 

「アースの技術に興味があるのは昨日話したよね、話してないかな?どっちでもいいや。

スマホの他にアースを代表するテクノロジーにアヤは大変興味がある!」

 

「やっぱりパソコンかしら。昔は高くて一部のマニアしか持ってなかったけど、

今はもう一家に一台はあるの。

スマホは小さくなったパソコンだと思ってもらっていいわ」

 

「ふむふむ」

 

「一番の特徴はインターネットね。

世界中のパソコンやサーバーっていう大きな処理を行うパソコンに接続して、

情報収集したり、見ず知らずの人と一緒にゲームしたり。

あと、ビジネス的用途ではメールっていう電子文書をやりとりしたりできるわ。

形がないから、この前将軍に届いたような手紙を、

この星の反対側からでも一瞬で送れるの。

リアルタイムで遠距離の会議室にいる相手と打ち合わせすることだってできる。

スマホでも出来なくはないけど、やっぱり小さい分CPUやメモリの性能差があるから、

多人数で同時にゲームしたり、容量の大きい動画を見るとカクついたりする」

 

「ほうほう……あ、ひとつしつもーん!」

 

「アヤ、馬車の中である。わざわざ手を挙げる必要はない……」

 

ライオン髪を振って嘆く将軍の心などつゆ知らず、

好奇心の塊はずっとあたしに食いついてくる。

 

「そのインターネットだけど、通信するには媒体が必要だよね?

魔法が存在しないアースなら尚更。

一体どうやって世界中のパソコンと接続しているのか、

それとインターネットの成り立ちについて。

世界中の端末に接続する情報網をどのように構築したのか、

アヤは非常に気になるので、あーる」

 

将軍の隣で居眠りこくほど女捨ててないつもりだけど、アヤがいる限り心配なさそうね。

悪い意味で。

 

「簡単に言うと、インターネットはアメリカっていう大国が、

軍事目的で研究してたのが始まり。

核戦争っていうカタストロフィが起こっても通信を確保できるよう、

蜘蛛の巣のように通信網を張り巡らせることによって、

切断された部分を迂回させるっていうのが基本的な考え」

 

「な~るほど。で、肝心の通信媒体は?」

 

「落ち着きなさいな。まず代表的なのは有線ね。家庭用のパソコンは大体これ。

多分一番普及してるADSLっていうネットの世界につながる電話回線は

アナログ信号なんだけど、パソコンのデータはデジタル信号。

だからパソコンと電話回線の間にモデムっていう信号を変換する装置を、

LANケーブルという特殊なコードでつなぐ必要がある。

まず有線はここまで。わかってもらえた?」

 

「うんうん!アヤは続きを求めている!」

 

「次は無線ね。これはスマホだったり、ノートパソコンっていう

ビジネスマンや忙しい学生が主に持ち歩く、その名の通りノート型二つ折りパソコン。

共通してるのは、手軽に持ち運べる端末で、文字だけを送ったり、

出先で文書を作ったり、それほど重くない仕事をする人が主なユーザーだってこと。

スマホにしろノートにしろ、目に見えない電波で情報をやりとりしてるんだけど、

それを可能にしてるのが、国中に立てられたアンテナ。

通話品質を確保するために、電話会社が到るところに立てまくってる。

あと、通信衛星とかもあるんだけど、宇宙の話とか絡んでくるからまた今度ね。

無線に関しちゃこんなところ。これでいい?」

 

「うん、ありが…いや、まだあるのであーる!」

 

「……どうぞ」

 

「リサはインターネットをどっちの方法で使ってたのかな。

使い心地とか感想も聞きたい!」

 

「両方ね。家ではずっとデスクトップ、つまり演算機を据え置いて

モニターにその処理内容を表示するタイプのパソコンでネットやってたんだけど、

ネットがなかったらとっくに自殺してたわね。

もう生活も娯楽も情報もネットなしじゃ回らない。

ここで生きてられるのは、美味いエールと召使いに家事を押し付けた食っちゃ寝生活、

それとありがたくもない騒動で死ぬことを忘れてられるからよ。

スマホはメールとか母さんとのメッセージのやりとり。

あと、そうねえ……大きな不満がひとつ」

 

「えっ、なになに。そんな夢のシステムのなにが?」

 

「バカでも使えるってことよ。

多分クソガキか、実生活じゃろくに異性と会話もできないクズが、

掲示板っていう誰でも書き込みができる場所に、必ずと言っていいほど現れるの。

誰彼構わず悪口を書き込んだり、無意味な連続投稿で場を荒らすのよ。

それと、最近になって現れだしたのが、ユーチュー○ーっていう、

人様に迷惑かけて再生数稼いでるパッパラパー。

あたしはよくわからないんだけど、YouTubeっていうサイトに動画を投稿して、

沢山再生して貰えると、サイトの運営から金が入るらしいのよ。

だから再生数欲しさに、人の邪魔になる所で悪ふざけしたり、

業務妨害罪に当たるような迷惑行為で客の目を引くのよ。

異論は認めるけど、あたしは国際的なネット警察を組織して、

動画運営サイトに無条件でこういうバカの情報を提供させて、

逮捕・執行猶予なしの実刑判決に処することを提唱したい」

 

「ふむむ……夢のような世界にも影の部分はあるってことかー。なるほどー」

 

最後まで聞いてくれてありがとう。なんだか今回は説教臭いし、今更知識全開だし、

なによりストーリーがちっとも進んでない。

今度あいつに、無理に書くくらいなら、

時間かけてノートにでもアイデア整理しろって文句言っとくわ。

それからもアヤの質問攻めに会いながら時間を潰していると、

すっかり半日経って、帝都の明かりが見えてきた。

街の中心部に入ると、馬車がとあるホテルの前に停まり、将軍に降りるよう促された。

 

「リサ、ここで降りるがいい。今夜はもう遅い。会談は明日になるだろう。

既に予約済みであるから、フロントで名を告げると客室に案内してくれる」

 

「将軍はどうなさるのですか?」

 

「一度要塞に顔を出す。今夜は泊まり込みになるだろう」

 

「それでは!アヤも夜を徹してリサの秘密をチェックチェー…グェッ!」

 

「いい加減にせぬか!リサは丸一日お前の相手で疲れておる!

お前はこれから皇帝陛下に、

例のスマートフォンと変身ベルトの分析結果をご説明するのだ!」

 

「オェッ、おじさま、襟首を掴まないで……」

 

「アハハ……」

 

「ではリサ。明日も同じく8時頃に迎えに来る。今夜はゆっくり休んで欲しい。

さらばだ」

 

将軍はアヤを馬車の中に放り出すと、去っていった。長旅の後なのにご苦労様。

あたしもうクタクタ。お言葉に甘えてホテルにチェックインした。

 

なかなかいいホテルを用意してくれたおかげで、ベッドもタオルも清潔。

シャワーを浴びてガウンに着替えると、ベッドに飛び乗るように大の字になった。

同時に一日馬車に揺られた疲れが、遅れたように身体に沈み込んでくる。

もうこのまま寝ようかしら、と思ったら、今朝ピーネと約束したことを思い出した。

 

例え戦になろうとも、平和を求め実現する。二度とロケット弾を降らせない。

 

……あたしにできるのかしら。

歴史は繰り返すっていうけど、あたしの勘だと、戦争が近づいてる。

その時どう動けばいいのかしら。

こりゃSEの専門外だわ、と考えを放り出そうとしたとき、

学生時代に習った歴史を思い出した。

 

「いざとなったら、これ、提案する他ないわね」

 

正解でもあり間違いでもあったあの構想。温故知新。

間違っていた部分を削ぎ落として、未来へつながる糸口を結びつける。

他に方法はないわ。できる限りの心づもりをしたあたしは、今度こそ眠りに落ちた。

 

 

 

翌朝。あたしは身支度を整えて、ホテルをチェックアウトすると、

エントランス前で将軍を待った。

それほど待たずに将軍が来てくれて、あたしは昨日と同じ馬車に乗り込んだ。

 

「よく眠れたか、リサ?」

 

「ええ、おかげさまで。良い部屋を用意して頂けたので」

 

「今回貴女は賓客なのだ。堂々としていれば良い」

 

「そうよお!リサの存在はアヤの知的好奇心をくすぐりまくりなので、あーる!」

 

こいつを忘れてた。頭を抱える。なんで2人しかいないのに頭がガンガンするんだろう。

 

「……アヤもおはよう。朝は苦手だから大声は控えてくれると姉さん嬉しいわ」

 

「お任せあれ!アヤとしてはリサと一緒の部屋に泊まりたかったのであーるが、

仕事が深夜まで伸びて結局要塞に泊まり込み!まさに痛恨の極み!

あ、ところで昨日のインターネットの話について疑問が……」

 

「馬鹿者!これから重要な会談があるのだぞ!浮かれるのも大概にせい!」

 

「しょぼーん、ごめんなさい、おじさま……」

 

死ぬかもしれない。

アヤを止めてくれたことにはお礼を言うけど、貴方の声も爆発音のように頭に響くの。

みんな知ってた?馬車ってものは便利なもので、

歩かなくても目的地に連れてってくれるの。

要するに、好きなタイミングで場面転換できるから、

実力のないSS書きにとっては便利な要素なの。と言うわけで、要塞に到着。

門番にゲートを開けてもらい、馬車のまま中に入る。

 

時間にしちゃ10分くらいだけど、

濃いメンツと同席して30分くらい揺られてたような気がする。

少々ふらつきながら馬車から降りて、久しぶりに来る要塞を見渡す。

まあ、用事もなしに来る所じゃないからしょうがないけど。

……あら?城塞のテラスに新しい装備が並んでるわ。

三連装の大型機銃のような外観は、高射砲?

 

「ねえ、あれって……」

 

「その通りであーる!リサが残した銃火器の設計図を元に、アヤが開発した三連対空砲!

車輪付きで移動もラクラク、仰角調整も自由自在!

更に魔力反射式ソナーを利用し、空を海に見立てた近接信管によって……」

 

「そこまでだ。行くぞ馬鹿者。リサ、案内しよう。こっちだ」

 

アヤは将軍に首根っこを掴まれて連行されていく。

あたしはただそれについていくだけだった。他にどうしろってのよ。

 

 

 

サラマンダラス要塞 円卓の間

 

話の肝にたどり着くまで何をダラダラやってたのかって話。テンポ上げて行くわよ。

あたし含むヘクサーが起こした事件の関係者が席に着いた。

まずは皇帝、隣に魔国の総帥っていう人が座ってる。

更に将軍、リサ。あとヘクサーは後ろ手に縛られて、

兵士にAK-47を突きつけられたまま立たされてる。

 

「皆の者、よく集まってくれた。先日ハッピーマイルズで起きた事件。

諸君も良く知っていると思う。

その首謀者たる魔国総帥ヘールチェ・メル・シャープリンカー。

彼女の処遇と共に、今後魔国との政治的交流を決定したいと思う」

 

首謀者、と言われている魔女姿の中年女性は、何も言わず伏し目がちのまま座ってる。

 

「先の事件は明らかに悪意ある先制攻撃であり、

ヘクサーを放ったことは本人も認めている。

未だ戦争が勃発していないのが不思議なほどであるが……

実際、ヘクサーと相対した当事者の斑目里沙子君、

ハッピーマイルズ領将軍のファウゼンベルガー氏の意見を聞いていない。

魔国への処置はどうするかは二人の意見を加味して決めようと思う」

 

皇帝があたし達に意見を求めようとした時、彼の後ろから、小さな姿がぴょんと跳ねた。

 

──わたくしをお忘れじゃございません?お・じ・さ・ま

 

パルフェム!?あの娘がいつもの振り袖姿でニコニコ微笑んでいる。

なんで?ありきたりだけどそんな言葉しか出ない。

 

「……パルフェム嬢。これはサラマンダラス帝国の先行きを決める会合。

外部の意見は無用である」

 

「あら冷たい。

友好国である帝国が、魔国から攻撃を受けたと聞いて飛んできましたのに。

もちろん野暮な口出しなど致しませんわ。ただ……会議の結果によっては、

皇沙共同防衛条約に基づいて、MGD本土に武力行使も止む負えませんから」

 

魔女姿のおばさんの顔色が悪い。この人がなんのためにヘクサーを放ったのか。

黙り込んでるからなんにもわかんない。

 

「……席に着かれよ」

 

「やったー!ごきげんよう、里沙子さん!」

 

「んああ、久しぶり……」

 

パルフェムがやっぱりあたしの隣に座る。

ん、武力行使!?なんか笑顔で物騒なこと言ってたんだけど。

あたしに発言の順番が回ってきたら、なんとか話の方向性を変えなきゃ。

っていうか、おばさんも黙ってないでなんか言ってよ!まだ発言権ないんだろうけど!

 

「まずはファウゼンベルガー将軍、貴殿の意見を伺いたい」

 

「先の攻撃によって、ハッピーマイルズの中心街は計り知れない打撃を受けました。

通常なら即座に反撃に出るべきであると考えますが、

斑目女史の意見と、魔国総帥の弁解がまだ得られていません。

申し訳ありませんが、私の結論は、後にさせて頂きたいと思います」

 

「もっともである。では、斑目女史。貴女の意見を」

 

ペンネーム“勝手にどんぶり物に黄身乗せんな”さんからのリクエストで、

「ハチのムサシは死んだのさ」をお聞きいただきました。

あれムカつきますよねえ。あたしも生卵嫌いなんですよ。

さあ!スタジオではいきなり戦争するかしないかで激論の真っ最中なんですけど、

どうすれば穏便に事が運ぶのか。リスナーの皆さんから、

スマートなご意見を大募集しております!FAX番号078-xxx……

ああ、馬鹿やっている間に時間が過ぎていく!とりあえず金よ金!

世の中大抵のことは金でカタが付く!

 

「あの、わたくしとしては、開戦に至った場合、敗れた国だけでなく、

戦勝国にも莫大な損害をもたらします!

よって、今回は人的被害がなかったことを踏まえ、MGDには相応の賠償金を支払わせる、

ということで、どうか、な~と、思うんですけど……」

 

死―ん。冷たい石の壁にあたしの声が響く。なんか言ってよ。みんな黙ってないでさ。

……ん?よかった!皇帝陛下がようやく口を開いてくれたわ!

 

「ふむ、賠償金か……確かに戦争を始めるとなれば、

兵力の投入、兵站に膨大な予算を割かねばならぬ。そして無傷の勝利は存在しない。

つまり多かれ少なかれ兵士の命が失われることを意味する。

なるほど、無為な犠牲を払わず、

此度の損害及びそれに付随する経済的損失の賠償で手打ちにする。

正直あまり納得は出来かねるが、それが一番であろう。

……シャープリンカー女史、賠償額がいくらになろうと払い切る覚悟はあるな?」

 

「はい!必ず……」

 

その時だった。

ふと窓の外を見ると、ゴーグルを掛け、黒いローブを着た人間が飛んできた!

そいつが両手に持ってる鐘を鳴らすと、鐘の前方に水色の魔法陣が現れ、

中から真っ白に凍る氷柱が機関銃のように放たれた。

氷柱は円卓の間に何本も飛び込んできて、分厚いテーブルを貫き、

砕けた氷が部屋中を跳ね回り、皆、パニックになる。

 

「え、何!?魔女が撃ってきたんだけど!」

 

「リサ、あれは魔国の空撃部隊である!」

 

「おのれ女狐め!やはり時間稼ぎであったか!マグバリスに劣る野蛮人め!」

 

皇帝が魔女の胸ぐらを掴んで怒鳴りつけている。

 

「違います!信じて下さい!どうしてあの娘達が!?私は何も!」

 

「ではこの状況をどう説明する!!」

 

「皇帝陛下、第二波が来ます!壁に隠れてください!」

 

今度は緑色の魔法陣を作った魔女が攻撃を仕掛けてきた。

両腕の魔法陣から、ミサイルのように大きな岩の槍が放たれる。

 

「みんな避けて!」

 

全員部屋の隅に避けたけど、重い岩の塊が、石を積み上げた壁を突き破り、

土煙を上げた。

城外でも戦闘が始まった。警鐘が鳴らされ、三連対空砲の銃声が響いてくる。

空から爆発した近接炸裂弾の爆音が打ち付けてくる。

 

「ケホケホッ!どうなってんのよ、これ。アヤ、大丈夫?」

 

「らいじょうぶれふ……アヤの最高傑作を皇帝陛下にお見せするまでは……」

 

「ああ、あんたは大丈夫そうね。あの連中一体何?」

 

黒いローブを着た魔女が編隊を組んで明らかにこちらを狙っている。

とにかく状況がわからない。あのおばさん魔女が嘘ついてるようにも見えない。

かと言って他に攻撃を受ける理由が……

 

「……教えてやろうか」

 

「えっ?」

 

その時、ヘクサーがうつむきながらニヤリと笑った。そして、苦しそうな声を上げて、

何かを吐き出した。

 

カラン……

 

高い音を立てて転がったのは、小さな音叉だった。

魔王との戦い以来、何度も見た、あの音叉。それがなんでここに?

 

「カカカ……いろんな部屋連れ回される途中、軍服の女からスリ取ったんだよ。

こいつが何かくらいは俺にも分かるし、魔国への周波数なんか覚えてて当たり前だ」

 

「まさかあんた……!」

 

「しんどかったぜぇ、鉄の棒一本食道に収めとくのはよォ!

……だが、こいつのおかげで楽しいパーティーになりそうで嬉しいぜ!

これって便利なもんだよなぁ?魔力がなくても使えるしよぉ。

言うまでもなく軍のアホ共を焚きつけたのは俺だが、簡単なんだよこれが。

“トップが危ない”の一言で済むからなァ!

“酷い拷問を受けている”“指が2本なくなった”“早く助けて”

俺が言ったのはこの3つだ。たった3つ。

それだけで後先考えず、頼まれてもいねえのに突っ込んでくるんだから、

やっぱりバカだよなァ、魔女って奴はよう!アハハ、ゲヘヘ、ウヒャヒャヒャ!!」

 

「こいつ!」

 

ヘクサーを撃ち殺してやろうかと思ったけど、また氷柱の機銃弾が飛び込んできた。

ヤバいわね!壁が崩れて遮蔽物がどんどんなくなってる。

あたしはクロスハックで時間を止めつつ、M100の銃弾を魔法で強装弾に変化させた。

これでスナイパーライフル並の射程距離になったわ!

時間停止を解除すると、銃砲店でオーダーメイドしたスコープを取り付けて、

空撃部隊に反撃を開始。

 

「みんな耳塞いで!」

 

全員が両手を耳に当てると、あたしは飛び回る武装した魔女をスコープに収め、

中央よりわずかに右上を狙い、発砲。

大砲のような銃声が大空に轟き、空撃部隊を一瞬怯ませた。一発命中。

遥か向こうで、血に塗れた物が空に舞う姿が見えた。あんまり近くで見たくはないわね。

接近してきたらピースメーカーに切り替えましょう。

 

床に転がった音叉から、魔女達の声が聞こえてくる。

 

 

“エリオットが被弾!奴らにやられたわ!”

“今すぐ総帥を解放しろ!”

“人道に反する蛮行に断罪を!”

 

 

硬い床の上で音叉がビリビリと震えていた。

 

 



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ダサさと個人的趣味はもうこの企画のウリにするしかないけど、愚痴だけは書くなって叱っといたから。

空撃部隊の激しい攻撃はなおも続く。

みんな遮蔽物に隠れながら、反撃のチャンスを待つ。

あたしがM100強装弾で地道に撃ち落とし、テラスの三連対空砲が近接炸裂弾で迎撃し、

ヘクサー監視役の兵士がAK-47を連射する間に、

皇帝がフルーチェみたいな名前の魔女を怒鳴りつける。

 

「シャープリンカー!関与を否定するなら今すぐ奴らを撤退させろ!!」

 

ヘールチェ(ああ、思い出せた)は、左手にいくつかはめた指輪に向かって叫ぶ。

 

「は、はい、今すぐ!空撃部隊の皆さん、どうして来てしまったのですか!?

直ちに攻撃を中止してください!ヘクサーの言葉に惑わされてはいけません!」

 

“ママ、ご無事だったのですね!?”

“我々を下がらせろと脅されているのですか?でも大丈夫です!”

“安心して下さい、すぐ救出に向かいます!”

 

「違います!ほら見て、この通り指も無事です!お願い、今すぐ攻撃をやめて!」

 

“みんな騙されないで、沙国の罠よ!”

“義指を付けられてるに決まってる!”

“ママを取り戻して、私達で沙国の虐待行為を世界に告発しましょう!”

 

本人が無事だって言ってんのに、なんでヘクサーの言葉を優先しちゃうのかしらね。

フルーチェもフルーチェよ。奴らの意志かもしれないけど、

部下にママって呼ばせてるあたり、ちょっとキモいわ。

近接炸裂弾で、快晴の空に小さな黒雲がいくつもできる。

何人も榴弾の破片を食らって墜落していくけど、

彼女達は素早く陣形を組み直し、反撃してくる。

 

「ヘクサーが面白半分で戦争を起こそうとしてるの!私の話を聞きなさい!」

 

「もう良い!奴らが貴様の差金でないのなら、お前自身が奴らを殺して証明せよ!」

 

「えっ、そんな事は!皇帝陛下、お願いです!彼女達は私の娘同然で……」

 

「今、選べ!首都にまで攻め込んで来た連中を撃退するか、

我が国と戦い全てを失うか!」

 

「……っ、ごめんなさい!」

 

ヘールチェは嘆きを顔に浮かべるように、目を閉じながら魔法の発動を開始した。

 

「怒れ雷帝!太古に眠りし汝の裁き、虚空の邪悪を薙ぎ払え!ライトニングワールド!」

 

叫ぶように魔法を詠唱すると、大空に黄色く輝く大きな球体が現れ、

次の瞬間、それは稲妻の爆弾のように弾けて、空全体を覆う雷撃の網となり、

宙を舞っていた空撃部隊を一網打尽にした。

稲妻に焼かれた魔女達が墜落し、あっという間に部隊は壊滅状態になった。

 

“ママ……?どうして……”

 

「ごめんなさい、ごめんなさい!……全部私のせいなの!!」

 

泣いてるヘールチェには悪いけど、あたしらに取っちゃ大助かりよ。

 

“貴様らァ!……よくもママに私達を殺させたな!!”

 

でも、まだ油断は禁物!雷撃を並外れた身のこなしで回避したエースが、

両手の鐘を鳴らして、今度は前方に巨大な火炎弾を造り出した。

あれ食らったら室内全焼するからヤバいなり!

あ、今の語尾は予測変換で出てきて、面白くて使っただけだから気にしないで!

Google日本語変換って便利よね!ヘクサーはただ、笑っている。

 

「ああ、アア、マジで笑えるよ!神が存在するならよォ、贅沢は言わねえ。

戦争が勃発する瞬間までは生かしてくれ。

空撃部隊も頑張って、悪い王様をぶっ殺してママを助けなきゃ駄目じゃあねえか。

ヒヒ、ヒハハハ!!」

 

後でこいつは日本刀でケツバットね!とにかく今は敵機撃墜に集中。

M100で狙撃するけど、恐らく部隊最速のエースに当たる気配がない!

やっぱり拳銃で長距離の狙撃って無理があるのかしらね。

残念だけどドラグノフは持ってきてない!

 

「お願い、誰か早く奴を撃ち落として!」

 

「空が爆炎で曇って、上手く情景が詠めませんわ!」

 

「くそっ、リサの銃が当たらないなら、我の剛剣などもっと当たらんぞ!」

 

「ピコーン!ひらめきました!」

 

「アヤ?こんなときに何よ一体!」

 

半分に割れたテーブルに隠れて様子をうかがっていたアヤが、妙なことを言った。

もう、何よ。思わずそっちを見ると、緑色のトランクを蹴って滑らせていた。

 

「足で失礼致しま~す!皇帝陛下、アヤの傑作を受け取ってー!」

 

滑ったトランクが皇帝の側で止まる。……え、マヂで?

トランクを受け取った皇帝が、何かに気づいた様子で蓋を開いて、

中の変身ベルトを取り出した。皇帝がベルトを装着。

マイクアイコンにタッチし、“認識しています”画面に切り替わった事を確認。そして。

 

「変、身……!」

 

厳かな声で変身を宣言。すると昨日見たように、光る粒子が皇帝を包んで、

体長2mのプロトタイプ仮面ライダー(仮にプロトライダーにしましょうか)に変身した。

その姿は、昨日はFalloutのパワーアーマーに例えたけど、

わかりにくければザクの縮小版と言ってもいいわ。

皇帝は自らの変貌を気に止める様子もなく、破られた壁のへりに立ち、

空撃部隊の生き残りに向き合う。真っ黒なゴーグルが、ヴォン!と赤く光り索敵を開始。

 

“悪魔め!お前がママを傷つけた!みんなを殺した!この怒り、思い知れ!”

 

「……もはや、言葉に意味はないのだろう」

 

皇帝はタッチパネルに、2816を入力。スマホが命令を認識すると、

アーマーの左腿が開き、先端に何本も刻まれた細かい排熱機構が特徴的な、

ジャイロジェットライフルが現れ、彼が即座に抜き取り構えた。

同時に、最後の魔女も限界まで膨れ上がった火球を放つ。

 

両者同時に発砲。ジャイロジェットライフルが放った13mmロケット弾が、

魔女が放った火球に命中し、貫いた。

尖ったミサイルのような弾丸に突き刺され、安定を失った火球が、

こちらに届くことなく空中で爆発。

小さな火の玉になってグラウンドに降り注いだ。

 

それを確認すると、皇帝は銃を構えたまま、空を飛び続ける魔女に照準を合わせた。

後でアヤに聞いたら、ヘルメットに自動照準補足機能が搭載されてて、

ロックオンした敵に合わせて自動的に腕を動かしてくれる、とのこと。

そう言えば、皇帝もどことなくロボットみたいな動きで狙いを付けてる。

そして、彼の腕が止まった時。

 

「さらばだ」

 

トリガーを引く。フレームの強度と引き換えに、弾速と精密性を得た銃身から、

予測射撃で放たれた小さなロケット弾が、銃口から飛び出し、

燃える直線を描き、空を飛び交う魔女に命中。赤い霧が一瞬空を染める。

 

“あ!…うう、ママ……ごめんなさい”

 

「お前に罪はない。咎は指導者が負うものだ」

 

ヘールチェの指から、空撃部隊最後の言葉。

彼女は嗚咽を漏らしながら、詫びるように、その場でうずくまる。

そんな彼女に構うことなく、プロトライダーになった皇帝は、

ベルトに2010を入力しながら、ヘクサーに歩み寄る。

ボディの両腕からブレードが飛び出し、2本の刃を金具で接続。

皇帝がツヴァイハンダーになった大剣を構える。

 

「……サラマンダラス帝国皇帝の名において、貴様を処刑する」

 

その気になれば成人男性を縦半分にできそうな刃を持って近づいてくる巨体に、

恐れをなしたヘクサーが命乞いを始める。

 

「おい、待て、バカなこと考えんじゃねえ!

……そうだ、ちょっと待て、魔国の面白え話がまだまだあんだよ!

あ、それに!そもそも俺はこの国に来て誰も殺しちゃいねえ!そうだろ?

なんとかって街で暴れたのは謝るよ!でも結局誰も死んでねえんだろ?

だったら俺は……ぐはああっ!!」

 

皇帝はもう何も言わず、構えたツヴァイハンダーを、ヘクサーの腹に深々と突き刺す。

刀身が奴の腹にめり込み、背中から血に塗れた刀身が飛び出る。

死刑囚だった男が今度こそ死を前にして断末魔の声を上げる。

 

「うごおあっ!!あががが……!」

 

「ふんっ!」

 

皇帝は大剣を抜くことなく、左に刃を振り払った。

痩せた身体を切り裂いて大剣が飛び出し、

返り血が変身した皇帝のアーマーを赤く染める。

胴をほぼ真っ二つにされたヘクサーが、己の血の海に倒れ込んだ。

 

「なんでだ…俺は……間違って……」

 

それだけを言い残して、男の魔女ヘクサーは絶命した。

奴の最後を見届けた皇帝は、エスケープキーをタッチして変身を解除。

最後まで魔女という存在を憎み続けた男の骸を見下ろし、一言だけ告げた。

 

「……二度と、生まれてくるな」

 

 

 

その後、あたし達は救護班から手当を受けたけど、

幸い大怪我した人は誰もいなかったから、簡単な応急処置だけ受けて、

3階の火竜の間に場所を移して会議を再開したの。

今は兵士が持ってきてくれた簡易テーブルに着いて、

城塞の破損箇所の修理や、負傷者の有無を確認している皇帝待ち。

 

「ふぅ、どえらい目に遭ったもんだわ。

それにしても、この世界で初めて実戦を経験した仮面ライダーが、

まさか皇帝陛下だなんて、おもろい世界よね」

 

「……申し訳ありません、全ての責任は「ぶっつけ本番だけどアヤの発明大成功!」」

 

せっかく神妙な顔して謝ってたのに、変態科学者になかったことにされて可哀想。

皇帝は、この魔女が一連の事件の主犯だって言ってたけど、

一体何が目的なのか、さっぱりわかんない。会議の再開を待つしかないわね。

しょうがない。とりあえずアヤとだべって時間潰しましょうか。

 

「ねえ。さっきの皇帝陛下、見事に変身ベルト使いこなしてたわね」

 

「当然っ!昨晩アヤが手取り足取り、

スマートフォン内部の構造、記録術式、使用法をご説明した結果で、あーる!」

 

「あの変身した姿って、もう名前付けてるの?」

 

「しょぼーん。実はそれだけがまだ決まってないのであーる……

アヤ、発明は得意だけど、名前を付けるのが苦手なのだー。

名前がなければ未完成も同然!システム自体はどうにか

S.A.T.S(Saramandalas Automatic Transforming System)と、

命名したのであーるが……」

 

「変身後の姿がまだってわけね。うふふ、それについて提案があるんだけどさぁ」

 

「おおっ!?リサがアヤの研究に力を貸してくれると?」

 

「仮面ライダー○○ってのはどうよ?○○には任意のキーワードが入る。

実はさ、架空の物語なんだけど、アースには皇帝陛下みたいに、

ピンチになると腰のベルトで変身してパワーアップするヒーローがいるのよ。

歴史が長いからもう何十人とね。あたしらで新しい仮面ライダー考えてみない?」

 

「なんと、それはスンバラシイ!そうね……全身が重厚な金属で守られてて、

強力な銃器を装備して、あと、単純な格闘戦にも優れてて、ん~と」

 

アヤが乗り気で名前を考え始めた。

案外オタ同士興味が噛み合えば、話が弾むのかもしれないわね。

あたしも何かをモチーフにした新ライダー名を考えていると、

重要な事を見落としていることに気づいた。

 

「アヤ、あの変身システムって、必殺技とかあるの?できれば飛び蹴りっぽいやつ」

 

「必殺技?う~ん、今の所搭載している銃器が全部であーるよ」

 

「作るべきよ!仮面ライダーは全員、

個性を生かしたライダーキックで敵にとどめを刺すの」

 

「ふむむ……確かに、強力な鎧と銃だけじゃあ、没個性な感は否めないと考えるのだ。

よし!アヤはハッピーマイルズの我が研究室に戻ったら、

仮面ライダー○○に相応しいライダーキックを実装することに決めたのだ!」

 

アヤが立ち上がって両手を上げて決意表明。

発明の材料を手に入れて嬉しそう。将軍は悲しそう。

 

「アヤ。皇帝陛下が戻られる前に座るのだぞ……」

 

「里沙子さ~ん。パルフェムともお話ししてー」

 

パルフェムが、あたしの袖を軽くつまんで話をせがむ。

 

「もうすぐ皇帝陛下が戻られると思うから、後にしましょう。

そうだ、またハッピーマイルズの教会に泊まって行きなさいな」

 

「むー!泊まりますけど!」

 

「ほら、むくれないの」

 

噂をすればなんとやら。皇帝が大きなドアを開けて入ってきた。

自分の席に着くと、会議の再開を宣言した。

 

「皆、待たせてすまぬ。幸い我が方に死傷者はいなかった。

さて、どこまで進んだものか。

ああ、里沙子嬢が賠償金で手を打とうという、提案を出してくれたが、

これはもう実現不可になった。理由は説明するまでもあるまい」

 

皇帝が目だけを動かして、隣のヘールチェを見る。

もうすっかりやつれて、テーブルの上に視線を落とすだけ。

皇帝がひとつ咳払いをして彼女に弁明を求める。

 

「では、説明してもらおう。魔国、いや、貴様がヘクサーを放った合理的理由を」

 

「はい……」

 

うわあ、皇帝陛下ご立腹だわ。

小学生の頃、アホな男子が馬鹿やらかして先生がキレてた時、

いたたまれない気分になったことはあるかしら。そんな感じ。大迷惑この上ない。

ともかく、ヘールチェが意を決した様子で打ち明けた。

 

「まず、この国の皆様に多大なご迷惑をおかけしたこと、

お詫びのしようもございません」

 

「前置きなど要らん」

 

「失礼しました。結論から申し上げます。

今回、私がこのような暴挙に出てしまったのは……魔国は後50年で息絶えるからです」

 

50年で国が死ぬ?わけのわからない言葉に、皇帝も何も言わず続きを待つ。

彼女はぽつぽつと語り続ける。

 

「魔国は高度な魔術で発展を続け、豊かな生活を送って来ました……これまでは。

しかし、それも終わりが近づいています。

そもそも魔国が魔術で栄えてきたのは、神界塔という千年以上前から存在している、

誰が何故作ったのかわからない巨大なマナの結晶が放つ、

濃密で純度の高いマナの恩恵を受けてきたからです」

 

「ふむ、そいつは初耳だ。続きを」

 

「ですが、最近になって神界塔の力が急激に弱まってきたのです。

原因も修復方法も、何ひとつ分かっていません。

わかっていることと言えば、塔が完全に機能を失えば、魔法に頼り切った魔国も、

完全に国として立ち行かなくなるということです。

食糧生産、社会インフラ、経済、物流、全てを並レベルの魔女が

担わなければならなくなり、あらゆる分野の効率が10%以下にスケールダウン。

失業率は80%に上り、国民が飢えと貧困に追い詰められ、

とても軍の維持に回す魔力などありません。

そうなればもう、MGDは先進国どころか発展途上国に転落します」

 

「それで、先手を打って脅威となる国を潰そうと?」

 

「違います!それだけは信じて下さい!私は、戦いを仕掛けるのではなく、

どの先進国からも侵略戦争という選択肢を奪いたかったのです!

せめて崩壊後の魔国を、戦争の魔の手から守り、仮初めだろうと他国から脅かされない、

復興に専念できる平穏な国土を残すために!」

 

彼女は立ち上がって全員に訴える。それがなんでヘクサーになるのかしら。

皇帝も同じ疑問を抱いたらしいわ。

 

「……では、ハッピーマイルズにおける先制攻撃はどう説明する」

 

「私が浅はかでした。

先の魔王との戦いで、アースの近代兵器をもたらした、斑目里沙子さんを捕らえるため、

本来千年を超える懲役刑を受けた、超人的能力を持つ囚人ヘクサーを放ったのです。

仮釈放と引き換えに、特注の手枷で両手と魔力を拘束した上で、

彼女の誘拐を指示しました」

 

「あたし…あ、いや、わたくしを?彼はいきなり殺しにかかってきましたが」

 

「里沙子さん……あなたには本当に申し訳ない事をしました。

仮釈放を餌にすればヘクサーが言うことを聞く。

私の甘い見通しで、あなたを傷つけてしまいました。本当に申し訳ありません」

 

ヘールチェが深く頭を下げる。よくその帽子落ちないわね。

しまった、またどうでもいいことを。みんながあたしを見てる。何か聞けって雰囲気ね。

 

「ヘールチェさん、でいいかしら。あなたはわたくしを攫って何をしたかったの?」

 

「あなたが持っている近代兵器の知識を、先進4カ国で共有すること。

互いが同じ戦力を持っていれば、相打ちを恐れて侵略行為に及ぶ者はいなくなる。

そう考えた結果です……

もちろん、誘拐という強引な手段を取ったことは、

如何様に責められても仕方ありません。ですが、里沙子さんを拷問に掛けたり、

自白剤で狂わせようなどとは考えていませんでした!

誰に言われたわけでもなく、魔王討伐に乗り出した正義の心を持つあなたなら、

全てを打ち明ければきっと分かってくれると信じたのです!」

 

火竜の魔に沈黙が下りる。先進国たる魔術立国MGDが、半世紀後に崩壊する。

その事情はよくわかった。でも、よほど焦ってたみたい。手段を間違えたわね。

戦争なんて、トップがやると決めたら、どんな状況だろうと誰かが引き金を引くものよ。

 

まぁ、気持ちはわからなくもないけどね。もし地球上から電気がなくなったら、

あちこちに死体の山が出来上がる。病院、上下水道、食糧生産、全部ストップ。

それに伴う暴動、犯罪、内紛が起こって日本もソマリアみたいになる。

 

「魔国の状況は理解できた。

だが、シャープリンカー女史、貴女が採った方法は軽率極まりないと言わざるを得ない。

当然無罪放免とも行かぬ。貴国が傾くほどの賠償金に加え、

なんらかの責任を取ってもらうぞ。

まずは、貴女の話を裏付けるため、無条件で我が国の査察団を受け入れるように。

神界塔なるものが本当に存在するのか、確認する必要がある」

 

「はい……」

 

「更に、貴国の情報は全て開示してもらう。GDP、人口、貿易収支、全てだ。

また、今後武力の使用については、事前に我が国に通達を出すように。

特にこれが破られることがあれば、魔国は未だ我々に敵意を抱いていると見なし、

宣戦布告と捉え、全戦力を持って貴国を沈黙させる」

 

ヤバいわね。陛下は相当カッカしてるみたい。

落とし穴に落とされたくないから口には出さないけど。馬鹿言ってる場合じゃないわね。

このまま放っといたら間違いなく戦争になる。ええい!後は野となれ山となれ、よ。

 

「里沙子嬢、どうしたのだ。手を挙げたままじっとして」

 

「あー、あの、皇帝陛下にお願いがあるのですが!」

 

「ふむ。言いたまえ」

 

「魔国への査察を行う際、わたくしも査察団に入れて頂きたいと思いまして!」

 

「貴女が査察に?

心配せずとも、アクシスや学識者から選りすぐりの人物を選ぶつもりなのだが」

 

確かに素人のあたしが行く理由はないんだけど……あ、そうだ。

 

「本件の被害者のひとりとして、

魔国の現状を把握しないことには、安心して夜も眠れません。

具体的には、ヘクサーと戦ったときに、竜巻で太ももをパックリ斬られました。

とっても痛かったです。血があふれました。涙も出ました。お母さん呼びました」

 

皇帝は顎髭をねじって考える。どうかしら。

 

「うむ……そうであったな。

貴女にはヘクサーを沈黙させた功績と、魔国の後始末を見届ける権利がある。よかろう。

出立の日程が決まり次第、連絡しよう」

 

「ありがとうございます!」

 

頭を下げながら考える。あの構想について提案するのはまだ早そう。

魔国の実情すらわかってないんだから。

着席すると、皇帝がようやく会議の幕を下ろした。

 

「では、諸君。今日はご苦労であった。これにて散開としたい。

……シャープリンカー女史、帰国を許可する」

 

「恐れ入ります……」

 

あたし達はみんなバラバラに歩いて1階を目指す。誰もなんにも言わない。

確かにあんまり騒ぐようなところじゃないけど、

アヤがオタク談義のひとつでも始めないかしら。

城塞から出ると、ヘールチェが、グラウンドに並べられたシートに向かって駆け出した。

シートの中を見て座り込み、慟哭するヘールチェ。

 

「みんな、ごめんなさい!私のせいで!

私がバカだったからこんな事に……ああっ、うああ!!」

 

あたしも近づいて、カバーをどけて中を見る。なるほど、戦死した空撃部隊の遺体ね。

炸裂した榴散弾で綺麗だった顔が穴だらけになった死体、そもそも首がない死体。

黒焦げになった死体。そしてあれは……隅に、明らかに人の形でない死体がある。

M100の強装弾を食らった魔女に違いない。

さすがに見る気にはなれなかったから、あたしは振り返って、帰りの馬車に乗り込んだ。

 

 

 

なんだか気持ちが沈んだから、

馬車の中でうるさく話しかけてくるアヤがかえってありがたかった。

 

「さっきの仮面ライダーの話なんだけど、やっぱり外観と戦闘スタイルを象徴し、

なおかつカッコよくて覚えやすい名前が必然的に求められると思うので、あーる!」

 

「そんな山盛りの要求を満たすライダーなんていないわよ。

もっとシンプルで、一言でそのライダーが想像できるような、例えば……メタル?

だめだめ既出。リコイル(反動)?うーん、いまいちインパクトに欠けるわね」

 

「リサ、戦いの後で疲れておろう。無理にアヤの相手をする必要はないのだぞ」

 

「構いません、将軍。わたくしも、気分を変えたくて、話し相手が欲しかったので」

 

「む、貴女がいいなら我が言うことはないが」

 

「ついていけませんわ。ライダーだのメタルだのさっぱり。

里沙子さんを取られちゃったから、ふて寝することにしますわ。

しばし、ごめんあそばせ」

 

小さな体を横にするパルフェム。悪いわね、くだらないようで重要な話の最中なの。

 

「そーですわおじさま!

ガールズトークに男性が口を出すのは、野暮というもので、あーる!」

 

たった二人で仮面ライダーの名前考えるガールズトークなんて、

色気もなにもあったもんじゃないわけどね。

 

「あの姿から連想されるのは……岩、山、無敵、不動の存在。あ、ひらめきましたわ!」

 

「何、どんなの?」

 

「フォートレス(要塞)!皇帝陛下のお住まいも要塞だからピッタリだと思うのだー!」

 

「仮面ライダーフォートレス……

ふむふむ、もうちょっとパンチが欲しいけど、良いと思うわ。

駄目なら変えてもらえばいいんだし、当面それで行きましょう」

 

「やったー!」

 

それからもあたし達は主にヒーロー物に関する雑談で時間を潰し、

ようやくハッピーマイルズに帰り着いた。将軍とアヤは先に軍事基地で降りたけど、

もうとっくに日は暮れてるから、教会まで送ってくれることになった。

 

「この度はご苦労であった、リサ。今夜はゆっくり休んで欲しい」

 

「いいえ、将軍こそ。おやすみなさい」

 

「リサ、また面白いアースの流れ物を見つけたら教えて欲しいので、あーる!」

 

「はいはい、アヤもあんまり将軍困らせんじゃないわよ。お休み」

 

二人と別れて、街から出ていつもの街道を進む。ここまで来たらすぐそこね。

我が家の明かりが見える。やがて馬車が止まると、あたしはパルフェムを抱っこして、

馬車から降りて御者さんに声を掛けた。

 

「今日はありがとう、ご苦労さま」

 

「恐縮です。では斑目様、お気をつけて」

 

帰って行く馬車を見送ると、あたしは2日ぶりくらいの我が家に入った。

 

 

 

帰宅すると、とりあえずパルフェムをベッドに寝かせた。

ピーネもここで寝るから……ああ、今夜は久しぶりに寝袋ね。

ダイニングに下りると、ジョゼットが簡単な夕食を出してくれた。

夕食の余りのスープ、トーストにトマトソースと調理用チーズを振りかけて

オーブンで焼いたピザパン。小腹が空いてたから助かった。

帝都での会談の結果が気になったみんなが下りてきたから、

あたしは食べながら結果報告。

 

「んがんぐ……つまり、あたしが生きてるうちにMGDは死ぬ。

だから焦った代表があたしを連れて行くためにヘクサーを放ったんだけど、

結果はご存知の通りよ。

追い詰められてたのはわかるけど、あたしを頼んないでよ、まったく」

 

「それで、お前は魔国でどうするんだ?」

 

「まずは現状把握。神界塔とやらが本当に存在するのか。

そもそもそっから始めなきゃならない。エレオ、神界塔について何か知らない?」

 

「すみません。国外のアーティファクトについては図書室にも資料がなくて……」

 

「ああ、いいのよ。向こうに行きゃなにかわかるでしょ」

 

「ねー、里沙子」

 

ピーネが部屋の隅で、後ろに手を組みながらあたしを見ないで声を掛けてきた。

 

「その魔国ってところと、戦争になるの?」

 

指遊びが落ち着かないピーネに、あたしは言葉を選んで返事をした。

 

「今日、魔国の空撃部隊がやってきて戦闘になったの。

でも、それは全部ヘクサーの差金。

その後の話し合いで、魔国の意思じゃないってことは、はっきりした。

MGDも帝国も、賠償金を支払うことや、国の情報を明らかにすることで合意した。

今の段階で戦争になることは、ないと言っていいわ」

 

「うん……わかった」

 

「里沙子を信じてやれ。酒ばっか飲んでるけど、やるときにはやるやつだからさ」

 

ルーベルがポンと頭を撫でると、ピーネは黙ってうなずく。

 

「大丈夫。お姉ちゃん、約束は守る」

 

「ピーネはもう寝なさい。いつもなら、とっくにおやすみの時間でしょう。

あ、パルフェムが来てるから起こさないようにね」

 

「えー!またあの変な娘?」

 

「ぶーたれないの。変な娘同士仲良くしなさい」

 

「私のどこが変だっていうのよ!」

 

「しーっ!あたしは寝袋なんだから我慢して」

 

「もう、わかったわよ!じゃあ、お休み!」

 

「はーい、お休み」

 

ピーネがあたしの私室に引っ込んで行く。

ドアがパタンと閉じられると、ルーベルが話を再開した。

 

「戦闘になったって、どういう事だ?」

 

「ヘクサーが誰かからスリ取った音叉を飲み込んで、

魔国の軍にデマを触れ散らかしたのよ。総帥が拷問受けてるだの、指落とされただの。

それで愛しのママを助けるために空撃部隊がいきなり攻撃してきたってわけ」

 

「国が後50年の命ってのは本当らしいな。国のトップに精鋭部隊、

焦りで判断能力が落ちてやがる。さっさと何とかしないとやべえぞ」

 

「そうですね。

神界塔の修復はできないと考えて、国を新しい体制に移行させるとなれば、

50年はギリギリのタイムリミットになるでしょう」

 

「うん。だけど今の所できることはなにもないのよね。皇帝陛下からの連絡待ちだから」

 

そう。今できることと言えば、仮面ライダーの名前考えることくらい。

あとは……明日資料を探してみましょう。あ、肝心なことがひとつ。

 

「ジョゼット、一本空けていい?」

 

「……一本にしてくださいね?」

 

 

 

次の日、あたしは手がかりを求めて、

ぶらぶらとハッピーマイルズ・セントラルにやってきた。小さな子と一緒にね。

 

「うふふ、里沙子さんとお出かけなんて初めてですわ。とっても賑やかで楽しいです!」

 

「何故かみんなそう言うのよ。

人だかりと生魚の臭いでゲロ吐きそうって意見には、誰も賛同してくれない。

パルフェムも家で待ってりゃよかったのに。着物に臭いが付いても知らないわよ」

 

「替えなんていくらでもありますから平気です。里沙子さんは、今日どちらに?」

 

あたし達は仮店舗で営業中の市場の側を通り抜けながら、目的地へ歩みを進める。

 

「ここよりはマシなとこって言っとく。

ええと、昨日の魔国とのいざこざについては覚えてるわよね」

 

「当然!パルフェムもそんな鳥頭じゃなくってよ。失礼しちゃう、ふーんだ」

 

「アハハ、ごめんごめん。こっちよ」

 

わざとらしく、すねるパルフェムと、裏路地に入る。

彼女はここの独特の雰囲気に身構える様子もなく、あたしについてくる。

ちょっと歩いて、馴染みの店のドアを開いた。

 

「マリー、こんちゃー」

 

「おお、リサっち久しぶり。

それと……おやおや皇国の偉い人じゃないですか。汚い所ですがどーぞ」

 

「ここで言うと、それ謙遜にならないから」

 

「タハー!言われてしまいました。見学はご自由に。私はテレビ見る」

 

そう言って、いつものテレビの前に陣取った。

あたし達はお言葉に甘えて、とにかく古本のある棚を虱潰しに探す。

 

“昭和に戻って何になるんだ……ぬるま湯に浸かった平和な時代に戻って何になる”

 

DVDの音声をBGMに、神界塔に関する記述を探しながらも、

マリーに例の物がないか尋ねてみる。

 

「ねえ、マリー。ここ、スマートフォンは置いてない?あたしのコレみたいなの」

 

「置いて“た”。つまり今はない」

 

「売り切れ?」

 

「そう。牛乳ビンの底を目につけた女の人が買い占めていった」

 

アヤか~。まぁ、手に入ったら渡すつもりだったから別にいいんだけど、

あたし以外に、このユートピアの存在を知ってるやつがいたとは意外ね。

類は友を呼ぶってことかしら。一冊手にとっては目に通し、また戻すを繰り返す。

ふむむ、サラマンダラス帝国の歴史書ばっかりね。

あと、ピーネが欲しがりそうな本。星と契約。何をどうすればいいのか見当もつかない。

彼女の努力に任せるしかないのかしら。

 

神界塔に関する本を諦めて、魔導書の棚を覗く。各属性の攻撃魔法は…いらない。

後は無属性のツールっぽい魔法。

50mジャンプしたり、100tまでの物体を10秒間軽くしたり、隠密行動用かしらないけど、

周囲の大気の振動を止めて、音を消す魔法。……あら?これは結構使えそう。

銃は強くなったけど、その分うるさくなったからねえ。

あたしだけじゃ “…沙子…ん、聞…えて…す?” なくて、

周りの味方まで鼓膜を突き破るほどの

 

「里沙子さん!」

 

「わ、びっくりした!急に大声出さないでよ」

 

「急じゃありませんわよ。さっきから何度も呼んでいるのに……」

 

「ごめんごめん。本に夢中になってさ。とりあえず今日はこれ買って帰りましょうか」

 

あたしはカウンターに消音術式の本を置く。

 

「マリー、これちょうだい」

 

「んー。それは100G。置いといて」

 

「はい、またねマリー」

 

「ばいなら~」

 

なんてお高い!ここの商品に3桁以上の値が付くのは珍しいことよ。

カウンターに金貨1枚を置くと、マリーの店を後にした。

裏路地から通りに戻るけど、パルフェムはご機嫌斜め。

 

「里沙子さんたら冷たいわ。せっかくまたお会いできたのに、本のことばっかり」

 

「ごめんったら。帰りに酒場でジュースおごるから」

 

「わーい!二人っきりでお茶を飲みながらお喋りしましょう!」

 

「うん……」

 

それで、壁の損傷だけで被害を免れた酒場に入って、テーブル席に着く。

あ!久しぶりに、おっぱいオバケに遭遇。ニヤニヤしながらなんか言ってるけど、

テレビの音量を、生活音で簡単にかき消されるほど小さくしたような声で喋るから、

何言ってるのかよくわからない。

 

わかったところでムカつくだけだろうから、ただアイスティーを注文した。

すると、オバケがキョトンとした顔で、

パルフェムのオーダーを取って厨房に引っ込んだ。

なによ。なんか言いたいのはこっちの方よ。あら、パルフェムがなにか言ってる。

 

「失礼よ、あのウェイトレス!パルフェムを里沙子さんの娘だって!姉妹ならまだしも」

 

「ん、そんなこと言ってたの。悪いやつね」

 

「聞いてませんでしたの?

里沙子さんなんて、いつの間に結婚したの、なんて言われてましたのに!」

 

「そう……駄目ね。うん、あいつは駄目なウェイトレスだー」

 

その後も適当に相づちを打ちながら、パルフェムとおしゃべりしてたんだけど、

どうも聞こえにくくてイライラする。

汚い話で申し訳ないけど、多分耳クソが詰まってるんだと思う。帰ったら掃除しよう。

綿棒はあったかしら。なかったら二度手間になるから、今買って帰りましょう。

あったらあったで物置にストックすればいいんだし。

 

「ねえ、パルフェム。帰る前に薬局に寄ってもいいかしら。必要なものがあるの」

 

「もちろん、よろしくてよ」

 

「ありがとね」

 

笑顔だから承諾したんだと思う。

それからあたし達は、街道を北に向かって、交差点で左折。

目と鼻の先にある薬局に入った。

ドアを開けるといつもどおり、アンプリがカウンターの奥に座っている。

 

「邪魔するわよ」

 

「……」

 

こっちを見たけど、なんにも言わない。なによ、返事くらいしてよね。寂しいから。

あたしは勝手に棚から綿棒を探し始めた。日用品コーナーを探していると、

厚紙で出来た箱に入った50本入りの綿棒を見つけた。

カウンターに持っていこうとすると、パルフェムが慌てた様子で手を引っ張る。

どうしたの?アンプリを指差してるけど。

彼女がヤッホーするように口に手を当てて、あたしに呼びかけてる。

 

「ねえ、里沙子ちゃん!私の声、聞こえてる!?」

 

「大声出さなくても聞こえてるわよ!今、耳クソ詰まってて聞こえにくいの!

第一話から耳掃除したシーンがないから間違いない!」

 

カウンターに綿棒を置いて代金を払おうと財布を取り出す。

近づくと、やっとアンプリの声がまともに届くようになった。でも、彼女は首を振る。

 

「そうじゃない。あなた、聴覚を傷つけてるわ。

放って置くと、何も聞こえなくなるわよ」

 

「え?」

 

今度はあたしがキョトンとする番だった。

 

 



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一時中止、耳がヤバい。↓再開
蜘蛛とかを殺さずに見逃したら、後日人の姿になって恩返しに来たっていう、昔話とかにあるシチュ、おかしいと思わない? 人間に置き換えたら、その辺歩いてる奴刺さなかったから、後でお礼に来るようなもんよ。


トントントン、ツーツーツー、トントントン。

今あたしは、薬局の奥にある処置室で、丸椅子に座りながら、

アンプリに耳の検査をしてもらってるところ。

いきなりだけど、耳を失うかどうかの瀬戸際なの。泣けるわ。

 

彼女が耳鏡を耳に入れて、あたしの耳の状態を外部からチェックする。

隅っこではパルフェムが不安げに様子を見てる。

誰にも伝わらない系ギャグのひとつでも飛ばしてやろうかと思ったけど、

あいにく凹みきってるあたしは、親指を立てるのが精一杯だった。

 

確かに、話数と更新頻度くらいしか取り柄がないこの企画は、

お世辞にも評価バーが真っ赤な優秀作品と比べ物になるとは言えないけど、

あたしはあたしなりに頑張ってきたのよ。

頭のおかしい連中とドンパチやって、痛い思いして、真面目にトラブル解決してきた。

その代償が聴覚だなんてどう考えても変でしょう?帰ったらやけ酒するしか

 

「完治するまではお酒も控えてね。まず中を見てみましょう。

……ああ、鼓膜が傷だらけ。血が滲んでるし、一ヶ所化膿してるわね。

一応抗生物質を塗っとくけど、この分だと内部も怪しいわね」

 

「ねえ、今あたしの心読まなかった?

前々から気になってたけど、この世界の連中、時々人の考え読むのよね。

あと、先生はどこよ。

こういう医療行為って看護師がやっちゃいけないんじゃなかった?」

 

あたしの両耳を覗いた後、アンプリは薬棚から、

薬品チューブと綿棒を取り出して戻ってきた。

 

「アースの規定を持ち出されても困るわ。先生は学会に出席中。

最後に、あなたは顔に出やすいタイプなのよ。お酒飲みたいって顔に書いてたわよ。

ほら、耳」

 

「やっぱりなんかごまかされてる気がする……はい」

 

耳を差し出すと、アンプリが綿棒にチューブの軟膏を塗りつけて、鼓膜に塗布する。

確かにちょっとしみるわね。

塗り終わると、今度は片方だけのヘッドホンが付いた小さな機械を持ってきた。

この世界で聴力検査のアレを見るとは驚きね。正しくはオージオメーターって言うのよ。

……ググった結果。

 

「じゃあ、今の聴力を測りましょう。これをまず右耳に当てて。

音がしたら手を挙げてね。ほら向こう向いて。始めるわよ」

 

あたしは黒いゴム製のヘッドホンを当てて集中する。長~い長~い退屈な時間。

実際には30秒ほどなんだけど、何もしない時間って、本当退屈だわ。

ようやく片方終わったらしい。計器を見てアンプリが首をかしげる。

 

「……じゃあ、今度は左耳。今みたいに、音が聞こえたら手を挙げてね」

 

「わかった」

 

今度はヘッドホンを左耳に回す。あんまり静かだから検査音だか耳鳴りだかわかんない。

 

「終わりよ」

 

アンプリにヘッドホンを返しながらクレームを付ける。

 

「なんにも聞こえやしないじゃない。ボリューム上げてよ」

 

「それ新しいギャグ?とにかく里沙子ちゃんの聴力低下が著しいわ。

こんなになるまで、どれだけ耳を酷使してたの?」

 

「うう……左脇の物で変な奴らを挽肉にしてたら、こうなりましたです」

 

彼女があたしのM100を見て、呆れたようにため息をつく。

 

「撃つときに耳栓は?」

 

「射撃場じゃないの。実戦よ?着けられるわけないじゃない」

 

「耳が完全に治って、耳を守りながら戦う方法を見つけるまでは銃は撃たないで」

 

「えーっ!あたしの商売道具なんだけど」

 

「耳が使い物にならなくなってもいいの?」

 

「嫌だけどさ……」

 

「里沙子さんの耳、そんなに酷くなっていますの?」

 

パルフェムが袖を抱きしめるように、小さくなりながら恐る恐る尋ねる。

……うーん、この娘なら妹にしてもいいかも。

 

「それを今から調べるんだけど、心の準備はしておいて」

 

「検査前に患者不安にさせないでよ!」

 

「はーい、じっとして。

耳に検査用の術式をかけるけど、痛みはないから驚かずにそのままでね」

 

「え、あんた魔法使えるの……?」

 

アンプリはあたしの問いに答えず、

精神を集中して、両手に魔力を集め、詠唱を開始した。

 

「カルテNo.01321、斑目里沙子。

悪意なき悪意、彼の物に残せし汝の爪痕、白日の下、顕にせよ。サーチイレギュラー」

 

彼女がささやくような声で呪文を唱えると、

両手にぼんやりとしたブルーの球体が現れて、あたしの両耳に当てた。確かに痛くない。

彼女の冷たい指先が耳に当たってヒヤッとしたけど。

 

「ふぅ。データは取れたわ」

 

アンプリは魔力で光ったままの両手を、デスクの上の正方形の紙に置いた。

すると、魔力が紙に流れ込んで、何かの絵を浮かび上がらせた。

よく見ると、あたしの耳の断面図だわ。

ご丁寧に愛用の眼鏡まで書いてくれてるから間違いない。

単に外せって言い忘れたと思われ。

各部位に但し書きが書かれてるけど、やっぱりドイツ語だからわかんない。

彼女は紙を手に取ると、困った顔をしてあたしに告げた。

 

「なるほど……三半規管から蝸牛にかけて、過度の負担が重なって機能が落ちてる。

蝸牛内の有毛細胞もボロボロだし、あとちょっと遅かったら、

脳とつながる聴神経も危なかったわ」

 

「ちっとも意味わかんないんだけど」

 

「あと一発それ撃ってたら、

あなたの耳を構成する臓器が完全にダメになってたって話よ。

当分は耳を守るために、これ着けてね。外的刺激から耳を守ってくれる。

レンタルだから大事に使ってね」

 

アンプリが中耳炎の人が付けるヘッドホンをよこしてきた。

根拠もなく、あたしは一生着ける機会はないと思ってたけど、

人生って~不思議なもの

 

「里沙子さん、歌は禁止でしてよ」

 

「ツッコミが素早いわね。やっぱり心読んでるでしょ。プライバシー侵害だわ」

 

「一週間後にまた来て。

さっきの軟膏処方しとくから、一日一回、誰かに清潔な綿棒で塗ってもらってね」

 

「えーっ?どうしましょう……」

 

「時間に任せるしかない。

一日二日で治るものじゃないから、根気よく治療していくしかないわ」

 

「ねえ……あたし、多分一週間以内に遠出する用事ができると思うの。

きっと来週は来られないと思うわ」

 

「できればキャンセルして欲しいけど、どうしても外せないなら、銃撃戦は駄目よ?

身体も安静を心がけて」

 

「大丈夫。

さっき周囲の大気の振動を止めて、銃声を遮断できる魔導書を買ったの。ほら」

 

あたしはトートバッグからマリーの店で買った、

隠密行動向けの魔導書を取り出してアンプリに見せた。

効果を手元に限定すれば、人の声を遮ることなく、

強力な銃を撃ちまくれるってこともついでに説明。

それを見てアンプリが呆れて首を振る。

 

「……なんでもっと早くそれ買わなかったの?」

 

「しょうがないじゃない、さっきマリーの店で見つけたばかりなんだから。

あそこは行く度に品揃えが変わるの」

 

「とにかく、今後はそれで銃声を抑えて戦うのよ。さあ、もう行っていいわ。

あ、その前にお会計ね」

 

あたしは丸椅子から立ち上がる。

気のせいだろうけど、急激に歳を取ったみたいに身体がフラフラする。

カウンターに戻ると、アンプリが処置内容を書いた紙と、

薬チューブの入った紙袋を持ってきて、あたしに渡してレジを叩く。

 

「ええと、診察代、処方代、薬代、合わせて1250Gね」

 

「地味に高いわね。ええと……はい」

 

「まいどありがとうね」

 

「ほら、里沙子さん。もう行きましょう。帰って休んだほうがよくってよ」

 

「ありがとうや、パルフェム……ババアはもう駄目じゃ」

 

「しっかりしてくださいな。人って身体を病むとここまで弱るものなのかしら」

 

パルフェムに手を引かれて薬局を出る。

今、酒場に行ったら、親子どころか婆さんと孫みたいだって言われるんでしょうね。

3段ほどの小さな階段を一緒に下りる。

目を失ったわけじゃないんだけど、なんだか世界が変わったみたい。

 

「怖いわ」

 

「弱気にならないで。里沙子さんらしくなくてよ」

 

ヘッドホンを通して、小さくパルフェムの声が聞こえてくる。マジどうしよう。

事情を伝えて査察団から外してもらうこと自体は別に難しくない。

既に選抜されてる将軍に頼んで、皇帝に伝えてもらえばいい。

もともと数に入ってなかったんだし、事情が事情だから皇帝も分かってくれると思う。

 

でも……それじゃ戦争の火種は消滅しない。神界塔とやらが本当に存在するなら、

50年経てばその後MGDは、自国の防衛すらままならなくなる。

弱りきった魔国を狙う国が、存在しないと考えるほうがおかしい。

人より長生きのヴァンパイア、つまりピーネがそれを見てどう思うか。

……それだけは避けなきゃ。

 

あら、将軍?その名前でいいこと思い出した。

家路に着こうとしていたあたしは、パルフェムに声を掛けて行き先を変える。

 

「ごめん!パルフェム。もう1ヶ所だけ!どうしても行きたい所があるの」

 

「構いませんけど、一体どちらに?」

 

「将軍がいるところ。頼みたいことがあるの」

 

「やっぱり査察は中止に?」

 

「まさか。ただ、今のままじゃ不便だから、いろいろと、ね」

 

「はぁ……」

 

南北をつなぐ街道の途中にある道をあたしから見て右に曲がり、しばらく進む。

遠くから微かに銃声が聞こえてきた。

さらに歩くと、ハッピーマイルズ領の軍事基地が見えてきた。

ここは正門の警備兵はひとりだけ。あたしは身分証を見せながら、ゆっくり彼に近づく。

彼はヘッドホンを着けた変な女に、少しギョッとした様子だった。

 

「ごめんください。わたくし、斑目里沙子といいますの……」

 

「斑目様でございますね。あいにく将軍は会議中でして、

1時間ほどお待ちいただくか、後日アポを取っていただくか……」

 

「彼じゃありませんの。姪御さんのアヤ・ファウゼンベルガー博士にお会いしたくて」

 

「了解しました。彼女は毎日研究室にいらっしゃいます。しばしお待ちを」

 

彼は、ゲートを通って、吹きさらしでひさしのある詰所のテーブルに置いてある、

内線電話でどこかに電話を掛けた。なんか最近色んな所で電話っぽいもの見るんだけど、

別にアースの技術いらなくね?って時々思うの。

 

「アヤ女史がすぐに来られます。しばらくお待ちを……」

 

その時、“ワキャアアア!”と、ゲートの向こうから、

かつてのピア子みたいな奇声を発しつつ、斜めになった地下室のドアがバタンと開き、

何かが飛び出してきた。それはしばらく宙を舞った後、あたしの前に着地。

 

「来てくれたのね、リサ!唯一の同好の士が訪ねてくれるとは、アヤ感激で、あーる!

仮面ライダーに搭載するライダーキックに必要なスーパージェットパックが……

おや、耳に着けてる変なものはなんであーるか?」

 

「その事で相談したくてきたの。実はね……」

 

あたしはアヤに、耳を大事にしてこなかったツケが回ってきたことを簡単に説明した。

 

「なんと!それでは、リサは一緒に魔国へは行けないという結論に達せざるを得ない?」

 

「違う!どうしても魔国へは行かなきゃならない。

でも、そのためにはあなたの力が必要なの」

 

「お任せあれ!唯一の友人のためなら、このアヤ・ファウゼンベルガー、

類稀なるしわだらけの頭脳を惜しみなく回転させて、

解決策をひねり出して見せるのだー!」

 

嬉しい台詞だけど、“唯一の”って部分で少し悲しい気分になるわね。

人のこと言えた義理じゃないことはわかってる。

 

「ありがとう。でも、今回はそれほどあまりアヤの脳みそを煩わせずに済みそうなの。

基礎的な技術は既に存在してて、それを形にできる技術者がいなくて困ってた」

 

「およ?基礎的な技術ということは……まさかアースの?」

 

「そう。ちょっと話すと長いんだけど、昔こんな音楽家がいてね」

 

それから、アヤに作って欲しいものの原理を説明して、

なるべく邪魔にならないような形に作ってもらえるよう頼んだ。

 

「なーるほど!人は耳だけで音を聞いているのではないのだなー。

それさえ分かれば後は簡単!アヤの腕の見せ所!大船に乗った気持ちでいるがよい!」

 

「助かるわ。どれくらいでできそう?」

 

「帝都から連絡があったのだ。査察団の出発はちょうど1週間後。

完成はちょいギリギリかなー?現地で渡すことになると思うので、あーる」

 

「ありがとう、お願いね」

 

「心配ご無用!ドクトル・アヤを信じなさーい!」

 

「ええ、信じてるわ。それじゃあ、出発の日に、また会いましょう」

 

「うむ!おっと、その前に」

 

アヤがいきなりあたしのヘッドホンを外して、耳や周りを丹念に探り始めた。

 

「ちょっ、何?くすぐったいんだけど」

 

「ブツのサイズを図っているのである。しばし、待たれよ……よし、わかったー!」

 

「手だけでサイズがわかるもんなの?」

 

あたしはヘッドホンを着け直して訪ねた。

 

「アヤの指先には通常の3倍の神経が通っているので、あーる。

耳の軟骨、周辺の頭蓋骨の形状も完璧に記憶したー!」

 

「そ、そう。頼りにしてるわ。今度こそさよならね。いきなり来て悪かったわ」

 

「リサならいつでも歓迎であーる。

普段は急ぎの研究はないから、気兼ねなく遊びに来るが良ーい!」

 

アヤが長い袖を振って見送る。

あたしも手を振って別れると、今度こそ自宅への帰路に付いた。

街道を進みながらパルフェムと会話する。やっぱり聞こえにくい。

 

「ごめんね、パルフェム。すっかり付き合わせちゃって」

 

「びっくりしましたわ。いきなり何を言っても里沙子さんの反応がなくなるんですもの」

 

「大丈夫、対策はしたし、あとは薬を塗って回復を待てばいい。

完全に耳が潰れる前に気づけて良かったと考えるほうがいいわ」

 

野盗も出なくて助かった。

今出てこられても、意思疎通が上手くできないから、殺すしか方法がない。

しばらく歩くと、あたしの家。教会の玄関を開けると、ちょうど昼食時だったみたいで、

みんなダイニングに集まってた。

耳に変な装置を着けたあたしの姿を見て、ジョゼットが何事かと尋ねてくる。

 

「里沙子さん?どうしたんですか、その耳」

 

「うん、実はね」

 

かくかくしかじか。

これって便利だけど、乱用すると物書きとしての成長が阻害されるから注意が必要よ。

とりあえず、自分の耳がぶっ壊れる寸前だったことを説明した。

 

「だからあんまり大きな声とか音は出さないでくれないと嬉しい。

これ以上悪化すると、完全に何も聞こえなくなるから」

 

“ええーっ!?里沙子(さん)の耳が!!”

 

この世界であたしのお願いを聞いてくれる人は少ない。

ヘッドホン越しにも響く連中の叫び声が、あたしの耳を痛めつける。

 

「あたし今、静かにしてくれって趣旨のお願いをしたんだけど伝わらなかったのかしら」

 

「あ、ごめんなさい……」

 

「悪りい、ついうっかり」

 

「ごめん。お姉ちゃん……」

 

あなたは叫べって言っても、ささやき程度の声しか出せなかっただろうから対象外よ。

 

「すみません!わたしったら。

あの、それはわたしの治療魔法ではどうにかならないんでしょうか?」

 

「う~ん、なるならアンプリがそう言ってたから望み薄だけど、

念の為お願いできるかしら」

 

「はい。では、椅子に座ってください」

 

「お願いね」

 

あたしがテーブルのひとつに腰掛けると、

エレオノーラ後ろからそっとあたしの耳に手を掛けて、回復魔法を詠唱した。

 

「我望む、御主の造りし命の器、非ざる姿より救い給わんことを。瞬間手術!」

 

魔法使いになったから、彼女がありったけの魔力を注いでくれてるのがわかる。

だから、体の中で何が起きてるかもわかる。

 

「くうっ!はぁ…はぁ…」

 

「ごめんね、エレオ。もういいわ。よくやってくれたわ」

 

「すみません。

耳の器官が想像以上に複雑で、損傷箇所の特定と出力調整が上手くいかなくて……」

 

「大丈夫、大丈夫。しばらく耳を休ませれば治るんだし、魔国への出発にも問題ない。

もう手は打ってある」

 

「パルフェムも同じ理由で何もできませんの。

誰かの聴力をピンポイントで回復するような、都合のいい句が浮かばなくて……」

 

「だーかーらー、大丈夫だって言ってるでしょ。

すでに対策済みなんだし、気長に治すわ。ジョゼット、お昼まだ?」

 

「あ、はい!もうすぐポテトグラタンが焼き上がりますから」

 

「う~ん、楽しみ。結構歩いたから疲れたわ」

 

伸びをしてからコップの水を一気飲みして渇いた喉を潤すあたしを、

心配そうに見る面々。みんな心配性なのよ。

まぁ、耳の損傷がギリギリだったことは伏せといたほうが良さそうだけど。

 

その晩。シャワーを浴びてパジャマに着替えたあたしは、

カシオピイアの部屋のドアを叩いた。そういやあの娘、暇な時間は何してるのかしらね。

 

“……誰?”

 

「あたしよあたし。ちょっと風邪引いて声が変わったの。

悪いけど、会社のお金なくしゃちゃって、明後日までに10万G必要なの」

 

“明日、振り込んどく。……お休み”

 

「あー、ごめんごめん!冗談よ!同じネタ使い回すとこうなるってよくわかった!

ちょっと耳に薬を塗って欲しいの。

鼓膜がちょっとアレだから、薬局でもらった塗り薬を塗ってほしくて」

 

あたしの手には薬チューブと買ったばかりの綿棒。遠慮がちにドアが開く。

カシオピイアもパジャマ姿。スケスケのネグリジェでも着てるのかと思ったら、

あたしと同じゆとりのある綿の上着とパンツ。ちぇっ。

 

「中で、ね?」

 

「うん。入るわよ」

 

やっぱり中は片付いてて、軍から持ってきた兵法の本と、小説が本棚に並んでる。

あら、恋愛物が中心ね。この娘も恋に興味があるのかしら。

あたしに似なくてよかったわね。自分の生き方否定する気はないけど、

この娘にはひとりぼっちでいてほしくない。

 

「座ってね」

 

「ありがとー。これお願いね」

 

カシオピイアに薬チューブと綿棒を渡すと、綿棒の先にたっぷり塗り薬を付けた。

 

「もう少し、上」

 

「ん」

 

言われた通りに首を曲げて、耳を差し出す。けど、なかなか綿棒を突っ込む様子がない。

あたしの耳の状況を見た彼女が一言つぶやいた。

 

「ひどい、傷……」

 

「それ、アンプリにも言われたけど、見た目ほど酷くはないわ。心配はいらない。

ささっとやってちょうだいな」

 

「うん。……ふーっ」

 

「ギャワッ!」

 

いきなりなにすんのよ、この娘ったら!耳に息吹きかけられたから鳥肌が立ったわ!

 

「なにやってんの、あなたは!見てこの鳥肌!」

 

「痛いの痛いの、飛んでけ……」

 

「子供じゃないんだからよしなさいよ!あたしあなたより4つ上だから!」

 

“うるさいぞー”

 

隣のルーベルから苦情。二人共一瞬黙った後、治療を再開。

しようと思ったら、騒ぎの元になりそうなのが飛び込んできた。

 

「里沙子さんの手当ならパルフェムにお任せになって。さあ、里沙子さんこっちへ!」

 

パルフェムがカシオピイアから薬と綿棒を奪い取ると、

ベッドの上に立ってあたしが来るのを待つ。しょうがないわね。

 

「悪いけど気が済むまでやらせてあげて」

 

「うん」

 

あたしがベッドに座ると、小さなパルフェムとちょうど高さが同じくらいに。

首を傾けて耳を見せると、パルフェムがあたしの肩に手を乗っけて覗き込む。

 

「ふむふむ。里沙子さんの耳の穴はこんな風になってますのね。

産毛が生えてて可愛らしいですわ。小さなお耳にキュンと来ます」

 

「耳穴フェチとかどこの変態よあんたは!

世界中探しゃいるだろうけど、これの読者にはいないと信じたい!」

 

「ちょっとした冗談ですわ。ほら、薬を塗りますからじっとして」

 

「はい、お願い!」

 

「それじゃあ、お薬を。……ふーっ」

 

「ギャワッ!あんたまで同じ馬鹿やってんじゃないわよ!

耳に息吹きかけられるとどうなるかわかってんの!?

あんたにも同じ苦しみを味あわせてやるわ!」

 

「近くで聞いててパルフェムもやりたくなりましたの!キャッ、ウフフフ!」

 

「待ちなさい、コラ!」

 

“(ドン)うるせえぞ!”

 

三人共一瞬固まる。昔流行った修羅パンツの如く。

謝るけど、この家全体的にボロいから、オートマトンの力で殴るのはやめて?

 

「えーと、じゃあ、早く終わらせましょうかね」

 

「誰のせいだと思ってんのよ……」

 

その後は、悪ふざけなしで耳に薬を塗ってもらって、静かにそれぞれの床についた。

次の日から数日は特に変わったこともなく、あたしは消音魔法の勉強に打ち込んでいた。

 

「うーん、単体なら強装弾と難易度は同じくらいなんだけど、

両方を同時に使えるかって言われると結構集中力が要るわね」

 

気分転換に聖堂で魔導書を読んでいると、誰かが玄関のドアを叩いた。

 

“郵便でーす!”

 

ドアを開いて手紙を受け取る。

 

「ありがとう。ご苦労さま」

 

その手紙はあたしとカシオピイア、二人宛になっていた。さっそく封を切って中を見る。

 

「……とうとう来たわね」

 

 

 

3日後。将軍の馬車が教会まで迎えに来てくれた。あの手紙は査察の出発日程と参加者、

つまり、あたしとカシオピイアの名が書かれていた。

あたし達は、一度帝都で皇帝陛下と査察団と合流し、

ホワイトデゼールの船着き場で船に乗り換え、MGDに出発するらしい。

今度もみんなが見送りに来てくれてる。

 

「里沙子さん、無事で帰ってきてくださいね?」

 

「無事じゃなくなるようなことする気はさらさらないわ。

あんたこそ一人でフラフラ外に出るんじゃないわよ」

 

「……私から言うことはねえよ。いつもどおり、帰ってこい」

 

「あたしも何も言うことはないわ。いつもどおり、みんなをお願い」

 

「政(まつりごと)となると、わたし達聖職者にできることは何もありません。

ただ、里沙子さんの無事を祈るばかりです」

 

「居てくれるだけで、立派に世の人たちの支えになってくれる人がいるものよ。

例えばあなたのお祖父様や、この教会に限れば、あなたとか、ね?」

 

「ありがとう、ございます……」

 

エレオノーラが両手の指を絡めて、あたし達に祈ってくれた。

あたしは神様は信じてるけど、アテにはしてないから、ただ親指を立てて返事をした。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

「うん」

 

一旦教会のメンバーと別れて馬車に乗り込むと、既に先客がいた。

将軍は前を走ってる馬車に乗ってるみたい。

4人乗りの馬車でも、彼がいると3人乗りになっちゃうからしょうがないわね。

で、誰が乗ってたかというと。

 

「おっはーリサ!……おや、そっちのグラマーな美女はどなたかなー?」

 

「おはようアヤ。実はこの娘、なんていうか、あたしの遠い妹で、

アクシスの一員としての能力を買われて査察団に選定されたの」

 

「カシオピイア……よろしく」

 

「おおおっ!リサに妹君がいたとは、さすがのアヤも驚きの一言!よろしくピアっち!」

 

「また勝手にあだ名を……」

 

「いい。ワタシもアヤって呼ぶ」

 

「いーとも、いーとも!気が済むまで、存分に、

この偉大なる発明家、アヤの名を口にするが良いのだー!!フハハハハ!」

 

“うるさいぞアヤ!はしゃぐんじゃない!!我らに貸せられた重要な使命を忘れるな!”

 

「……はい」

 

前方車両から将軍の怒鳴り声。ほんの数日前に似たような事案があったような気が。

 

「アヤだけのせいじゃないのに……」

 

一気にしょぼくれて座るアヤ。

 

「そうね、アヤだけが悪くないわ。わかってるから気を落とさないの」

 

「あ、そうだ!リサに渡すものがあったのだー!はい、これ!」

 

そして一気に気力を取り戻し、小さな黒い箱を渡してきた。

箱を開けると、一週間くらい前に頼んだものが。

カナル型と耳掛け型イヤホンを合体させたような装置。

さっそくヘッドホンを外して、装着する。……おお!みんなの声がはっきり聞こえる!

 

「これは……凄いわ!クリアな音声がまるで耳で直接聞いてるかのように流れてくる!」

 

「ふふん、アヤの手に掛かれば、これくらい朝飯前……と、言いたいところであーるが、

骨伝導という全く未知の技術に、驚かされつつ造り出したのだー!」

 

そう。アヤに頼んでいたのは、イヤホン式骨伝導マイク。

耳にマイクを差し込んで、耳の近くの骨にアンテナが当たるような形状になってる。

マイクが拾った音を、アンテナの振動で頭蓋骨に直接伝えることで、

耳と同じような音を聞けるの。

ベートーベンも耳を患った時、

同じ原理で音楽を捨てることなく、作曲を続けたらしいわ。

 

「ありがとう、アヤ!ここまで精巧なものを作るのは大変だったでしょう。

あ、工賃いくら?部品代も」

 

トートバッグから財布を出そうとすると、アヤがそれを押し止めた。

 

「ノン!骨伝導という新技術を知ることが出来ただけで、発明家としては大きな報酬!

材料も余り物の部品で賄ったから元手ゼロなのだー!」

 

「でも、これ作るのに何時間かかったの?」

 

一度骨伝導マイクを外して、外観を見る。艶のある部品は明らかに新調されたものだし、

2,3時間で作れるようなものじゃないことは素人でもわかる。

 

「ストーップ!それ以上の詮索は不要である!

フレンズならこの程度の助け合い、当然で、あーるよ?」

 

「そう、ありがとう……」

 

あたしは骨伝導マイクを着け直すと、複雑な気持ちで箱をしまった。

アヤはニコニコ笑っているけど、友達の助け合いの範疇を超えてる労働に、

何も見返りを求めないのは普通じゃない。

 

……顔では笑っているけど、彼女も孤独なんだと思う。

笑っているから悲しくないとは限らないのは人間。

そもそも人間以外に笑う生き物はいないんだけど、だから余計ややこしいのよ、

心ってもんは。

 

前回と違うメンバーで馬車に揺られながら、帝都を目指すあたし達。

アヤが今度はカシオピイアに一生懸命話しかけてたけど、話題が全然合わないし、

この娘が元々無口だから、早々に諦めちゃった。

次はパルフェムに話しかけるけど、やっぱり話が合わないし、

彼女が退屈そうに袖で口を隠しながら、何度もあくびをするから、寂しそうに引っ込む。

 

黙ってトランクの中身をあさり始めたアヤ。

……中途半端な同情でしかないのはわかってるんだけど。

 

「ねえ。この前アヤ、空飛んでたじゃない?

あのジェットなんとかっていつの間に作ったの?」

 

彼女がパッと笑顔になって、またうるさい口を回し始める。

 

「ふむ!前回の課題であった、ライダーキックに必要なパーツができたのであーるよ!」

 

「ちょ、マジ?どんなキックよ。おせーて」

 

「それはリサでも言えぬのだー!

一応、軍事機密にあたる代物であーるから、詳しくは言えぬのだー!許すが良い!」

 

「まー、皇帝陛下の必殺技になるものだからね」

 

その後も、アヤとだべりながら時間を潰し、

ようやく帝都に着いた頃には夜も更けていた。

ハッピーマイルズの田舎と違ってガス灯があるから、真っ暗ってほどじゃないけど。

既に何両もの馬車が到着してる。他の査察団のメンバーね。

要塞内に入って馬車から下りると、案内役の兵士が駆けつけてきた。

 

「みなさん、ご苦労様でした。本日は客室でお休み頂き、

明日皇帝陛下と共にホワイトデゼールの船着き場に向かっていただきます!」

 

あたし達は兵士に着いていって、客室に通された。

2階の1エリアにたどり着くと、兵士が恐縮したような顔で告げた。

 

「申し訳ありません。あいにく全員分のお部屋がなく、

どなたか数名は2人ずつの相部屋となります」

 

少し辺りがざわっとなる。……あたしはアヤの手を取って、兵士に申し出た。

 

「わたくしはアヤ博士と同室で結構です。……いいわよね、アヤ?」

 

「え、えええ?アヤとリサが同室。それは全く問題ナッシン!

だけど……リサは良いのかなー?」

 

「あー!ちょっと、里沙子さん!あなたはパルフェムをお見捨てになるの!?」

 

「この娘も一緒でーす!大人用のベッドなら二人並んで寝られますので!」

 

ついでにパルフェムの手も挙げて、二人の意見を無視して強引に部屋割りを決めた。

 

「大変助かります。元々要塞は数名の賓客しか想定しておりませんので……」

 

他のメンバーは自分で決めてもらうとして、

あたし達はあてがわれた客室に入って、ドスンと荷物を置いた。

他の二人もベッドやテーブルに持ち物を置いて、一旦落ち着く。

 

「キャッホーイ!夕食は円卓の間で立食パーティーだそうですぞ!」

 

「布団の上で跳ねないの。子供の前でみっともない」

 

「うへへ、アヤの胃袋はもう限界なのである!一足先に御免つかまつる!」

 

アヤが部屋から飛び出すと、さっそくパルフェムが文句を付けてきた。

 

「里沙子さん、どういうことですの!

同室するならパルフェムだけでいいじゃありませんの!」

 

「パルフェム、聞いて。アヤのこと」

 

「あの眼鏡の方?パルフェム、あの人苦手ですわ。

お話も機械のことばかりで退屈ですし!」

 

ベッドに並んで座った彼女の肩に手を置いて、続ける。

 

「彼女、いつも笑ってるけどね。きっと心を許せる間柄の人がいないの。

いつも研究室でひとりきり。彼女が望んでそうなったなら別に構わないけど、多分違う。

将軍の姪で、大学でも成績トップ。

人はね、自分より優秀過ぎる人には近づきたがらないものなの。

あなたなら、わかるんじゃない」

 

「それは……確かにパルフェムに好んで近づいてくる奴にろくな奴がいませんけど。

突然現れてどこかへの口利きを頼んでくる図々しい奴。

野次を飛ばすことしか出来ない野党の能無し。

飛び級で入った大学には、大したビジネスプランも無いくせに、

ベンチャー企業設立の出資をしつこくせがんでくる阿呆もいましたわね。

全部ミコシバが追い払いましたけど」

 

「その中に、友達と呼べる人はいた?」

 

「いるわけないじゃありませんか!みんな総理の肩書と財産だけを当てにして、

パルフェムの事なんて無視してばかりですもの!」

 

彼女の目に涙が浮かぶ。総理って立場上、わかっていたつもりだったけど、

小さな子がこんな辛い思いをしてたとはね。

 

「だったら。彼女の気持ちもわかるでしょう?あなたはいつでも家に来られる。

でも、帝都に納入する秘匿物資を作ってるアヤは、そうそう基地の外には出られないし、

気軽に教会でお泊り、なんてことも無理。

だから、少しだけアヤに思い出を作る時間を分けてあげて?」

 

「……じゃあ、しばらくぎゅっとしててくださいまし」

 

「わかった。眠くなったらそのまま寝てていいわ」

 

パルフェムがあたしにしがみついて、あたしもパルフェムを抱きしめる。

結局立食パーティーでは食べ損ねたけど、

二人共、ひとつのベッドですぐ眠りに落ちたから、大して気にはならなかった。

 

朝ぼらけが帝都を包む。

翌朝、朝食もビュッフェスタイルだったから、

昨夜食べられなかった分を取り戻すように食べまくったから、お腹パンパン。

お昼には出港したいらしいから、早朝の出発になった。

帝都の街並みを馬車の車列が進む。

 

一番前を一番豪華な馬車が走ってる。

豪華と言っても、金や宝石で飾り立てた成金趣味じゃなくて、

ワインレッドに近い深い紅の木材を、熟練の職人が削り磨き抜いた、

本物の気品を備えた馬車。

 

あら、インペリアルクロスじゃ一番重要な人物が一番後ろに来るはずなんだけど。

覚悟して戦え、の方なのかしら。

馬鹿なことを考えていると、いつの間にかニヤけてたらしく、

パルフェムにキモいですわ、と突っ込まれた。

 

それから、アヤの発明談義に付き合ったり、

トートバッグの櫛でパルフェムの髪をすいてあげたり、

それを羨ましそうに見てるカシオピイアも結局すいてあげたり、

いろいろやってるうちにホワイトデゼールに到着。

ハッピーマイルズから帝都より、帝都より港の方が近かったみたいね。

あ、ホワイトデゼールって言ったらカード馬鹿の貴族の管理地域ね。

やつが飛んでこないうちに出港したいもんだわね。

 

魔王が死亡した辺りに造られた港には、木製とは言え、巨大な戦艦が停泊していた。

見上げるほど圧倒的な船体。全長約150m。

帆は最も高いメインマストと、前方のフォアマスト、

後方のミズンマストの3本を備えて、平均17ktで航行可能。

両舷に船体から飛び出すように30門ずつカロネード砲が装備され、

甲板前方に250mm連装砲、同じく両舷に三連対空砲が3基ずつ備えられている。

聞いた話だけどねー。

ん?皇帝陛下の話が始まったわ。みんなが港で整列する。

 

「諸君!本日君達に集まってもらった理由は、もう説明するまでもないだろう!

幾度に及ぶ魔術立国MGDの先制攻撃は皆も知るところである!

MGDの代表は、その動機をあくまで滅びゆく祖国を、

侵略戦争から守るためだと証言した!その言葉が誠か嘘か、未だもって不明である!

しかし、MGDは己の潔白を証明するため、この査察団を受け入れた!

諸君の中にも魔国に対して思う所がある者もいるだろう。

しかし!君達はサラマンダラス帝国の代表であり象徴であることを忘れないで欲しい。

彼の国では、礼儀を忘れず節度ある行動を求める!

到着後の行動予定に関するブリーフィングは艦内で行う!以上、総員乗船!」

 

アクシスのメンバーや、魔女、学者らしき四角棒を被った人たちが、

次々と船に乗り込んでいく。あたし達も行かなきゃ。

桟橋を渡り、甲板へ続く足場を渡って、

ついにあたし達はサラマンダラス帝国の戦艦に乗り込んだ。

約20名の査察団全員が乗っても、まだ広すぎるくらいの甲板を見回す。

艦首に立つ皇帝が出港の合図を出した。

 

「碇を上げろ!帆を張れ!面舵一杯、全速全身!」

 

水夫達が雄叫びのような応答を上げる。

真っ白な帆が張られると、その巨体を少しずつ加速させ、戦艦が大海原を泳ぎ始めた。

皇帝はまだ艦首で潮風を浴びている。あたしは彼に近づいて尋ねた。

 

「皇帝陛下、この度はわたくしの願いを聞き入れてくださり、ありがとうございます」

 

「おお、里沙子嬢。気にすることはない。

先日申した通り、貴女にも真実を見届けてもらわねばならん。

魔国到着までには3日かかる。長旅の疲れを船内で癒やすがよい。

……ん?耳のものは飾りだろうか」

 

「少し耳を痛めまして。

大したことはありませんが、あまり大きな音は良くないとのことなので」

 

「そうか。無理はせぬようにな」

 

「ところで、お尋ねしたいことがあるのですが」

 

「何かね」

 

「とても素晴らしい艦ですね。名前を聞かせて頂きたいのですが」

 

「うむ、この艦は名を、クイーン・オブ・ヴィクトリーという」

 

勝利の女王はあたし達を乗せて、魔国へと海を往く。

そこで何が待っているのか、あたし達は知る由もなく。

 

 



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↑大して進展もないのに長くてごめんなさい。

航海2日目。

天候にも恵まれ、戦艦クイーン・オブ・ヴィクトリーは、

順調にあたし達を乗せて海を突き進んでいる。

あたしは与えられた船室で、戦艦の巨体にほんの少し揺られながら、

消音魔法習得の最終段階に入っていた。

 

「大気はギアチェンジするように、その速さによって性質を変える。

歩けば風、走れば突風、全速力で台風……」

 

それを踏まえた上で、魔術を構成する命令文をイメージし、詠唱する。

 

「停止せよ、空流る風、歩みを止め、我に歌無き静寂(しじま)の世界を。

サイレントボックス」

 

魔法を発動すると、あたしにしか見えない透明な箱に包まれた。

う~ん、全身じゃなくて手だけで良いんだけど。とりあえず試射してみましょうか。

あたしは部屋から出て、階段を上り、甲板に出る。

サイレントボックスは、狭い船内に引っかかることなく、壁にめり込み、

足音を吸収しながら、あたしを中心に付いてくる。

舷側に立ち、視界に何もないことを確認。

 

次は弾丸の強化。あたしはM100を抜いて、強装弾の魔法を詠唱。

分かっちゃいたけど、サイレントボックスに魔力を注ぎながら、

もう一つの魔法を構築するのって難しいわね

 

「収束せよ、鋼に秘めし其の力、猛る混沌、死の鐘響、無慈悲に終末を奏でんことを」

 

左手にグリーンの球体が出現。両方の魔力を切らさないよう慎重に銃に触れる。

すると、やっぱり弾丸の内部が圧縮された感覚がグリップを通して伝わってくる。

最後よ。あたしは遠くの海面を狙ってトリガーを引いた。

 

無音の世界で大型拳銃が火を吹き、サイレントボックスから、

強化された45-70弾が飛び出し、彼方の海に突き刺さった。大きな水柱を確認。

……なんかおかしいわね。あ、大事なことに気づいてなかった。

この箱、内側から外の音を聞くこともできない。

波の音もなんにも聞こえてないことに今更気づいた。

 

微妙に融通がきかないわね、この魔法。

確かに銃声は消してくれたけど、これじゃ耳栓して戦ってるのと変わらない。

さっさと手元に範囲を集中させるように、魔力の流れをコントロールしなきゃ。

と、思案してると、いきなり肩を叩かれて、驚いて両方の魔法を手放してしまった。

 

「わ、びっくりした!脅かさないでよ!」

 

「お姉ちゃんが、返事してくれないから……」

 

「あ、そっか。ごめん。消音魔法の練習してたから、外の声が聞こえなかったの。

銃声だけ消してくれればいいんだけど」

 

能力が解除されて、船体が海を切る音が遅れて来たように聞こえてきた。

カシオピイアがいつもの軍服姿であたしを見つめてる。肝心の用件は?

まぁ、会話が途切れがちなのはいつものことよ。

 

「で、どうだった?そっちに銃声は聞こえた?」

 

「ううん、全然……」

 

「よかった。それなら完成度70%ってとこかしら。

ああ、ごめん。そっちの用事忘れてた。どうしたの?」

 

「アヤさんが、探してた。2階の船室」

 

「アヤが?ライダーキックでも開発できたのかしらね。ありがとう、すぐ行くわ」

 

「うん」

 

船内に戻る途中、振り返ってカシオピイアの様子を見ると、

まだその場でボーっとしてた。あの娘時々ああなるのよね。

何か考え事してるんだろうけど、海を眺めたりして体裁を繕わないと、

アホの子に見られるわよ。

 

アヤの船室の前に立ち、ノックする。

ドアを開いた瞬間、殆ど間髪を入れずに白衣の人影があたしに突っ込んできた。

いきなりだったから、後ろに倒れて尻もちをつく。

 

「キャー!よくぞ参られたリサ!早速S.A.T.S Ver2.0を見に来たであーるね?」

 

「あたた…ちょっと、どきなさい!はしゃぎすぎよ、お馬鹿」

 

「ガーン!馬鹿なんて、親にも言われたこと」

 

「帝都に向かう途中、将軍に言われてた気が」

 

「おじさまは厳しいお人なのだ……」

 

「もういい、中で用件!」

 

あたしは強引に無意味なやり取りを打ち切って、

アヤを部屋に押し込んで、話を再開させた。

 

「わざわざカシオピイアに呼び出させてまで見せたいものって、一体何?」

 

「これ!」

 

アヤは一枚のペラペラした小さな正方形のプラスチック板を見せてきた。

あら、懐かしい。これって……

 

「フロッピーディスクなる記憶媒体である。

とある店で大量に投げ売りされていたものを幸運にもゲットしたのだー!

構造も簡単で、これならこの世界の技術でも読み書きが可能であーるよ!」

 

「1.44MBしか容量ないけどね。昔はうちわになるほどデカいのもあったのよ。

それじゃあ、記憶媒体ってことは……」

 

「その通り!

これにより初代S.A.T.Sより利便性を大幅アップした、Ver2.0が完成したのだ!」

 

「今までと何が違うの?」

 

「従来は変身や装備変更の際に、

スマートフォンのタッチパネルに暗証番号を入力する必要があったのであーるが、

その際、敵から視線を外さなければならないという欠点があった!

律儀に小さな画面をポチポチ操作していると、何をされるかわかったものではなーい!」

 

「まあ、それはあたしも思ってた。

帝都襲撃のときは、十分なチャンスがあったからよかったけど、

突然の襲撃があったら結構面倒よね」

 

「イェア!そこでこのフロッピーディスクの出番!」

 

アヤはVer2.0になった変身ベルトを見せつけてきた。

両方の腰にケースみたいなものが付いてるわ。……あら、これっていいのかしら?

 

「左の腰にはディスクホルダー。

手をかざすだけで、任意のフロッピーディスクが排出されるのだ!

そして右の腰にはフロッピーディスクドライブ!

中央のスマートフォンに接続され、挿入したフロッピーの命令を受け取り、発動する!

フロッピー自体には大したデータが入らないから、

スマートフォンへ暗証番号入力だけを代行させる!

つまり、外部デバイスにより装備や技の発動時の隙を劇的に減少させたので、あーる!」

 

「凄いじゃない!龍騎のアドベントカードみたい!神崎士郎もびっくりだわ。

これから鏡になるものには気をつけなさい」

 

「むむっ?リサの話は難しいであーるよ。鏡とベルトに何の関係が?」

 

「ごめん。ちょっとしたおちゃらけよ、気にしないで。

ってことは、ライダーキックも?」

 

「フシシ、もちろんもちろん!」

 

あたし達は密談するように、すっかり新型ベルトに夢中になる。

彼女はフロッピーディスクを1枚取り出し、あたしに見せた。

ラベルにサラマンダラス帝国旗の火竜のエンブレムが描かれたフロッピー。

なぜか二人共小声になる。

 

「この中に、ライダーキックの発動コードが収められているのだ……!」

 

「むふ。どんな技なの?おせーて、おせーて。皇帝陛下のファイナルベント」

 

「済まぬ友よ。そればかりはガチで機密事項に当たってしまう!

涙を飲んで口をつぐむしかないのだ……」

 

「それならしょうがないわ、気にしないで。

え、それじゃあ、今までの新型ベルト自体の話は大丈夫だったの?」

 

「厳密言えば良く無いレベル。

だが、我が友のリサは情報漏洩などしないと信じているので、あーる」

 

なんだか部屋の空気が妙な感じになる。それまでの湧いた空気が一気に引いていく。

 

「……ねえアヤ。確かにあたし達は親しい間柄だけど、けじめは大事だと思うの。

秘密を教えてくれたのは嬉しいけど、それでアヤの立場が悪くなったら、

結局どっちも嬉しくなくなっちゃうじゃない。

これからは、あなた自身のリスクも考えて。ね?」

 

彼女が明らかに悲しそうな表情を見せて、つぶやくように続けた。

 

「アヤのしたことは、間違いだったのであるか……?ただ、リサに喜んで欲しくて……」

 

彼女が両手に持ったベルトに目を落とす。本当は嫌だけど、言うことは言わなきゃ。

まだ目的地にも着いてないのに、トラブル発生とかマヂで勘弁。

だけど、責任から逃げるのはそれはそれで嫌だから。

 

「間違いよ。

そりゃ、あたしも人に話すつもりはないけど、もしあたしが酒場でベロベロになって、

今の話を喚き散らしたら、あなたが監獄行きになる可能性がないって言い切れない。

ただでさえ情報はどこからでも漏れるものだもの。

あれだけ仮面ライダーの話で盛り上げといたあたしも悪かった。本当にごめんなさい。

でも、自分を後回しにすることはもうやめて。お願いだから」

 

彼女のベルトを持つ手が震え、牛乳瓶に滝のような涙があふれて、頬を濡らす。

 

「うくっ……もういい。アヤの研究成果を褒めてくれない人なんて、嫌いなのだ!」

 

「落ち着いて。研究成果じゃなくて、あなたを求めてくれる人を見つけて欲しいの」

 

「出て行け!アヤの発明はアヤの分身である!

アヤが要らない人なんて、アヤだって要らないのだー!」

 

「ちょっと待って、話を聞いて。落ち着いて!」

 

「うるさーい!」

 

部屋から追い出され、ドアを閉められ、鍵を掛けられた。

……中から、枕か何かで抑え込んだ嗚咽が聞こえてくる。

とにかくあたしはドア越しに声をかける。

 

「今は何を言っても信じてもらえないだろうけど、あたしは、アヤが必要。

耳の補聴器をくれたからじゃない。

これから一緒に正体のわからない国を旅する仲間でしょう?

もしかしたら危険な目に遭うかもしれない。

それがただのギブアンドテイクの関係じゃ、ちょっと寂しいと思うの。

……じゃあ、また明日ね」

 

応答なし。彼女が落ち着くまでしばらくかかりそう。

今日のところは部屋に戻りましょう。廊下の角を曲がると、小さな人影が立っていた。

彼女が前を向いたまま言葉を紡ぐ。

 

「まだあの人にこだわってますの?」

 

「立ち聞きはよくないわ、パルフェム」

 

「あの人の声が大きすぎますの。

まったく、大の大人が物で釣ることでしか人と付き合えず、

里沙子さんが差し伸べた手を振り払って泣きべそなんて、

情けないにも程がありますわ」

 

「やめて。3日前に言ったじゃない。アヤもあなたと同じなの」

 

「里沙子さんもらしくないですわ。

煩わしい人間関係なんていらない、があなたの生き方だそうですけど、

彼女の友達になってあげるつもりですの?」

 

「……大事な、仲間よ」

 

ここまで来て友達って単語を出さない辺り、あたしも大概頑固よね。

実際どうしたいのかしらね、あたし。耳の骨伝導マイクに触れる。

確かにあたしは人嫌い。でも、このまま彼女との関係を中途半端で終わらせたくもない。

 

期限を決めましょう。サラマンダラス帝国に帰るまでに、

彼女と貸し借りなしの対等な関係を築く。

それができなきゃ、独り身で生きていくことなんってできっこない。

そのためには、まず目の前の問題を片付けなきゃ。

 

「用がないなら失礼するわ。魔法の微調整が残ってる」

 

「えーっ、パルフェムと遊んでくださらないの?」

 

「ごめんね。向こうに着くまでに完成させたいの」

 

「帰国したら、いっぱい構ってくださいね?

あんまり寂しいと、パルフェム、どんな行動に出るかわからなくってよ。うふふ……」

 

あたしが振り向いた瞬間、彼女も振り向いて去っていった。暗い船内。

振り向きざま、彼女の顔にぞっとさせるような笑みが浮かんでいたような気がした。

 

 

 

航海3日目。

起床して身支度をすると、冷たい潮風を浴びるために甲板に上がる。

正午には魔国に到着するらしい。今日も清々しいほどの快晴。

でも、心につっかえたものが取れない。気を紛らすために、一度伸びをして深呼吸。

 

10時には査察団のメンバーを集めて、皇帝陛下からのお言葉があるらしい。

……今のうちにやっときましょうかね。

あたしはM100を構えると、体内のマナから魔力を生成、手に集中して詠唱を始めた。

 

「眠れ疾風、我が手に声無き、仮初めの静寂を。サイレントボックス」

 

あたしの両手を透明な立方体が包み込む。よし、ここまではオーケー。

魔力の流れと集中を切らさないように、強装弾の魔法を詠唱。

銃身内の弾薬が通常より多く火薬の詰まった強装弾に変化。

昨日のように、何もない海面を撃つ。銃口で大きなマズルフラッシュが光り、

グリップから確かにいつもの強烈な振動が伝わってきたけど、一切音はしなかった。

 

うん、完成。後は慣れね。今は全然邪魔が入らない状況だからできたけど、

乱戦の状況で落ち着いて発動できるようにしないと。

2つ同時の魔法はキツいわ、やっぱ。

リロードしながら一旦船室に戻ろうとすると、例の箱を抱えたアヤに出会った。

ちょっと言葉に詰まって、とりあえず挨拶した。

 

「おはよう、アヤ」

 

「おはようである……」

 

顔を伏せながらも、一応返事はしてくれた。

 

「それ、皇帝陛下に持っていくの?陛下は艦首の艦長室よ」

 

「リサには関係ないのだ」

 

「あれだけ便利なベルトなら、きっと陛下も喜んでくださるわ」

 

「お世辞なんか要らないのだー!」

 

アヤは叫ぶと、あたしを押しのけて船長室へ走り出してしまった。

まだ、時間が掛かりそうね。

それから、水夫が運んでくれた朝食を食べて、改めて魔導書の復習をしていると、

カランカランと鐘の音が鳴った。お、始まるわね。

あたしは本を置いて、甲板へ上がった。

 

階段を上がると、既に査察団約20名が整列していて、

なんだか遅刻したような気になって、こっそり最後尾に着いた。

金時計を見ると、10時5分前。ギリ間に合ってる。あたしはなんにも悪くない。

心の中で言い訳してると、皇帝陛下が列の前に立ち、演説を始めた。

 

「諸君、おはよう。もう見えているだろうが、

あの天高くそびえる塔が神界塔、すなわち魔術立国MGDである。

出発前にも述べたが、今回の査察、魔国側に非があるとは言え、

我が国の代表として、礼節を忘れず行動してもらいたい。

また、現地住民の我々に対する感情は決して良好ではないが、

トラブルを起こすことのないように。速やかに神界塔の調査のみを行い、

MGDとの外交方針を決定する。そのために諸君の知識を発揮してもらいたい。以上!」

 

“はっ!”

 

ジークハイル!……心の中って何言っても怒られないから素敵。

皇帝陛下の言った通り、もう遥か前方に、

てっぺんが見えないほど高い、青白く輝く、宝石のような塔が見える。

MGDはブランストーム大陸ってとこの東端にあるらしいわ。帝国から北西に約3500km。

後少しね。あたしはもう甲板に戻らず、ひたすら消音魔法の練習を繰り返した。

 

 

 

そして、とうとう上陸の時。

そりゃあ確かに皇帝がそんな感じのことを言ってたけどさぁ……見てよこれ。

戦艦クイーン・オブ・ヴィクトリーが港に停泊すると、右側の桟橋に並んだ“歓迎客”。

大段幕を掲げて各自のスローガンを示してる。曰く、

 

“沙国の国際法違反に断罪を!”

“汚い手で神界塔に触れるな”

“殺人国家は島国に帰れ!”

 

他の連中も似たような内容を叫んでる。あはは、楽しい連中だわ。

おっと、今誰かが投げた小石が船体に当たったわ。先制攻撃上等。

あたしは近くの水兵さんに聞いてみる。

 

「ねえ、手が滑って右舷のカロネード砲が一斉発射される事例ってあるのかしら」

 

「やりてえもんだが、皇帝陛下の許可がないと一発も撃てねえんだな、これが」

 

涙がちょちょぎれるほど温かい歓迎を受けながら、

あたしたちは足場を下りて、とうとう魔術立国MGDに上陸した。

そこで待っていたのは、護衛を付けていない、

魔国総帥ヘールチェ・メル・シャープリンカー。

周りのヤジに構わず、皇帝陛下と握手をしている。

 

「久しいな、シャープリンカー総帥。

査察団受け入れという、賢明な選択に感謝している」

 

「申し訳ありません、皇帝陛下。

事の経緯については、あらゆるメディアで国民に伝えたのですが、

一部の者が情報を曲解しているようで……」

 

「構わぬ。

我々はただ神界塔の存在を確認し、必要であれば有能な査察団で対策を講じる」

 

「感謝致します。ただ、神界塔はあまりに広大です。長旅でお疲れでしょう。

今日は皆様には、こちらが用意したホテルでお休み頂き、

本格的な調査は明日からにしたいと思うのですが、どうでしょうか」

 

「心遣い痛み入る。早速案内をお願いしたい。……諸君、彼女に着いて行くのだ!」

 

全員ぞろぞろと皇帝についていく。

あちこちで舌打ちが聞こえるけど、それでも銃を抜かない点、みんな大人だと思う。

あたしはさっき船体に隠れて一発投げ返した。

姿は見えなかったけど、“ギャッ”って声が聞こえたからヒットしたと思われ。

ざまあ味噌漬け。

 

港を抜けると、見たこともない光景が広がっていた。

銀座のように、洒落たガラス張りの店が4方向の大通りに沿って並んでる。

なにより、空気が違う。やっぱり神界塔の効果があるのか、

息をする度澄み切ったマナが体内に広がる。環境はいいところね。

あたし達は、北東の方角に進んでいく。

 

しばらく歩くと、先導するヘールチェが足を止めた。なんだかおかしな所。

一見ただのおしゃれな5階建てホテルなんだけど、高層階の壁にドアが付いてるのよ。

転落事故必至じゃない。首をかしげながら見ていると、答えがわかった。

空を飛べる魔女が、鍵を開けて中に入っていた。

なるほど、客が空飛べることが前提なのね。

異国の文化を面白がっていると、皇帝が声を上げた。

 

「諸君、今日はここで休んでくれたまえ。我輩と総帥、ファウゼンベルガー将軍は、

この先の総領事館で打ち合わせがある。外出は自由であるが、明日に疲れを残さぬこと。

また、くどいようであるが、魔国民とのトラブルは避けるように。解散!」

 

全員がホテルに入ってチェックアウトを始める。

人数が人数だから、事前に任されていたらしいアクシス隊員が、

全員分の鍵を受け取ってみんなに配る。ちっとも楽しくなかった修学旅行思い出すわ。

順番待ちの間に内装を見回すと、ホールが吹き抜けになってて、

宿泊客の魔女が2階から5階へ直接飛んだりして自由に移動してる。

 

「斑目里沙子君、君の鍵だ」

 

「あ、はい!」

 

ホテルの不思議な景色に見とれてたら、鍵をもらい損ねるところだった。

ええと、あたしの部屋は201、と。階段を上がって自分の部屋に入る。

ちなみに、2階だけど階段を探すのに苦労して、

自室にたどり着くまで割と時間がかかった。必要最低限の階段しか作ってないみたい。

 

トランクを置くと、ベッドにゴロンと横になる。柔らかいベッドが気持ちいい。

うん、飽きた。天井見ててもしょうがないわ。

皇帝から許可が出てるし、ちょっと魔国を見物しましょう。

 

 

 

 

 

アヤの鍵は303なのだ。床にリュックサックを置いて荷解きを済ませると、

ふかふかのベッドに横になったのである。少し疲れたのだ。アヤは仮眠をとるぞー。

 

 

“ベティ殿、頼まれてたラジオの修理が終わったのだー!”

“ありがとう、アヤちゃん!あー、パパに怒られなくて済むわ”

“落下の衝撃でパーツが外れてただけであったのだ!

こういう軽微な原因で破損とみなされた物品は……”

“シルビアちゃん!一緒にMr.ラッキーのぐるぐるマンデー聴こうよー!”

“聴くー!屋上行こう!”

“……うん、屋外の電波状況が良いのは周知の事実であーる”

 

 

“軍曹殿、これ以上の軽量化は無理であーるよ……こんな手榴弾、

空き缶と変わらないのだ。石ころをぶつけただけで暴発するのは必定であーる”

“君の意見は聞いていない。ただ我々の注文通りの品を作っていればよい”

“アヤの話を聞いて欲しいのだー。無謀な改造は兵士の命を奪うのであーる……”

“黙れ。君の叔父上に迷惑が掛かってもいいのか”

“いえ……”

 

 

“この沢山のガラクタはなんであーるか?”

“金物屋のジャンクコーナーで見つけたの。

アースのお宝が交ざってるかもしれないっていうから、買い占めて来ちゃった。

お願い、直して!”

“えっ、これ全部であーるかな?”

“うん、お願い。私達、友達でしょ?役に立ちそうなものがあったら、ちょうだい!”

“友達……わかったであーるよ”

“じゃ、頼んだわよ。私、ピアノのレッスンがあるから”

“……バイバイ”

 

 

“お願い” “直して” “できるんでしょ?” “そのくらい” “友達だから”

 

 

──自分を後回しにすることはもうやめて。

 

 

ぷはっ!つい眠り込んで変な夢を見てしまったのだ。

……それもこれもリサが変な話をしたせいである。

気分を変えるには、外の空気を吸うのが効果的であると、

アヤは経験上熟知しているのだー!早速工具箱を持って街の外にGO、であーる!

新式魔術回路の素材が見つかるかもしれない確率72%!根拠などない!

 

……と、ホテルから飛び出したはいいけど、

都市開発が進んでいて、自然の素材なんかどこにもないのだ。

何か買おうにも、通貨が違うから魔道具屋や金物屋で、

異国の道具やパーツを買うことも不可。生殺しなのだー。

 

あと、街のみんなも様子が変なのだ。

確か時差を計算に入れても今日は平日であーるというのに、

昼間からレストランでワインを飲んだり、宝石の指輪やネックレスを自慢し合ったり、

お仕事をしている気配が皆無なのだ。

あくせく働いてるのは、作業着姿の配送業者や、窓拭きのおじさんばかりであーる。

 

ガシャン!

 

何かが割れる音がしたので、そっちを見ると、

3人組の魔女がレストランのオープンテラスで食事をしていたのだ。

小さい魔女、太っちょの魔女、痩せた魔女。みんなオバサンであーる。

 

小さい魔女の足元には、割れた皿と混ざってしまった美味しそうなクリームパスタ。

うむむ、いかにアヤの知識を以ってしても、あれを元通りに復元するのは不可能!

彼女が叫びだしたから耳を傾けるとしよう!

 

「ちょっとウェイター!シェフを呼んでらっしゃい!」

 

「はい、ただいま!」

 

しばらくすると、シェフが店から出てきたのだ。キンキン声がうるさいのであーる。

 

「お待たせしました!私が当店のシェフです!」

 

「なんなのこのパスタは!アルデンテになってないじゃないの!

この店は客に三流のゲテモノを食べさせる気!?」

 

「申し訳ございません!すぐに作り直しますので!」

 

「お待ち!その前に足元のゴミを片付けなさい!

私がテーブルからどけてやったんだから、後始末くらい自分でおやり!」

 

じゃあ、そのパスタは自分で捨てたという解釈でよいのであーるか?

もったいないことをするのだ。

 

「はい!今すぐ」

 

「ワインの味もイマイチだねぇ、この店。

まさかこれで金を取る気じゃないだろうねえ、ウェイター?」

 

今度は一番太ってるのが文句を付け始めたのだ。

遠回しにタダにしろと要求しているのは、アヤの目にも明らか。

 

「あの、それはちょっと……」

 

「ああん!このリガリドール家の三姉妹に喧嘩売ろうってのかい!?」

 

「いえ、滅相もありません!」

 

──間違いよ。

 

……えーい!なんでこんな時にリサの言葉が出てくるのだ!

アヤだって自分に正直に生きているのだ!

リサが居なくたって大丈夫なのは確定的に明らか!

 

「待つのだー!あなた達は料理の代金を支払い、

故意に破損した皿を弁償すべきで、あーる!」

 

店員と魔女の間に割って入ると、3人の魔女がアヤを睨んでくる。

しかし、既にアヤが間違っているという説を、

間違いだと証明する必然性が生じてしまっているのだー。

 

「なんだいこのおかしな娘は。……ああ、沙国のハエ共か」

 

「私らの舌がおかしいとでも言いたいのかい!」

 

「おかしいのは行動であーる。自分で落としたパスタの替えを要求したり、

既に飲んだワインの支払いを逃れようとしたり……っ!」

 

アヤはいきなり左の頬に痛みが走った現象に戸惑いを隠せない!

 

「小娘が生意気に説教してんじゃないよ!この国を支えてる私ら上級魔女に、

田舎から来た余所者が意見するなんて10年早いんだよ!」

 

「食べた分と壊した分は支払うべきである!」

 

「しつこいねえ!……ふん、こいつには少々しつけが必要だね。バインドロープ!」

 

なぬっ!痩せっぽちの魔女が放った魔力の縄で動けなくなったのだ!これは残念無念。

 

「そんなに食い物が大事ならさぁ、お前が食えばいいだろう!

……ほら、たんとお上がり」

 

一番ちっさい魔女が、地面にこぼれたパスタをフォークですくい上げて、

アヤの口に持ってくる。一度落ちたパスタを食することが衛生的に好ましくないことは、

科学的に証明されていることであって……

 

「助けてー!」

 

タイムリミットが迫っていることは時計がなくても判断できるのであった。

 

 

 

 

 

評価☆1つ。5段階評価でね。アマゾンで誰にも買われないクソゲーレベル。

街の中一通り歩いた結果、ろくなものが見つかりませんでした、おわり。

夏休みの絵日記風に締めくくると、あたしはスタート地点の中央広場に戻って、

ベンチで休みながら、今日見たものを整理していた。

 

まず、あたしが見た限りここ魔女は99%怠け者。それは構わない。

あたしだって、いつもは昼間から酒飲んで寝転んでるんだから。問題は怠け方。

 

一例として、農夫が世話してるじゃがいも畑の監督をしている魔女が、

ちょくちょく現場を離れて、近くの喫茶店でアイスコーヒーを飲んでるところを見た。

中抜けってやつよ。あたしは怠けるけど、不本意でも仕事を引き受けちゃったら、

報酬分の働きはする。給料泥棒しながらグータラ生活送れると思ったら大間違いよ。

 

2つ目。物が買えない。

何か異国の新兵器がないか、銃砲店のショーウィンドウを覗いて気づいた。通貨が違う。

サラマンダラスはG(ゴールド)。魔国はΩ(オーム)。

先端に四角錐状に削られた、純度の高い魔石を装着したライフルがあったんだけど、

絶対レーザーガン的な物だったと思う。お金があるのに買えない歯がゆさ。

 

3つ目。また魔女の話に戻るけど、みんな無駄に自尊心が高くて公共心が低い。

どんな甘やかされ方したのかしらないけど、

今日ここで銃乱射事件を起こさなかった自分を褒めてやりたい。

 

魔女がチョコレートを食べながら歩いてきて、すれ違いざまに食べ終わったら、

銀紙を丸めて捨てたの。

だから、それを拾って落としましたよ、とご丁寧に返却してやったら、

“あなた捨てておきなさい”ですってよ、奥さん。

だから時間を止めて、小さく押し固めた銀紙を、鼻の穴奥深くに捨ててあげた。

 

今、ホテルに戻ったほうがマシだと判断して、途中の広場で一旦休憩中。

ベンチに座って伸びをする。本当、ここの名物はマナしかないわね。

もう帰ろうかと思った時、レンガ造りの小さな建物から、呼びかけられた。

 

「ねーえ。あなた沙国のお客さん?くだらないもんしかなかったでしょう」

 

よく見るとそこは駐在所。デスクに座ってる婦警さんが、

タバコ吹かしながら気だるげな雰囲気を隠さず話しかけてきた。

歳は30くらいだけど、制服着てなかったら、場末のスナックのママに見える。

 

「ええ、帝国から来たの。今、暇つぶし中。

本当、少しでもヘクサーの気持ちが分かった自分が嫌になる」

 

すると婦警はカラカラと笑う。

 

「アハハ、少し?私は9割以上わかるつもりよ。毎日ろくでなしの世話してるとね」

 

「お巡りさんとしては問題発言じゃない?それに、あなたも魔女でしょう」

 

「構やしないわよ。首になったら旅にでも出るわ。

この国じゃ魔法があれば食うには困らないし。

そうだ。あなた、退屈だったら賞金稼ぎでもやってみたら?

そこに指名手配ポスターがある」

 

「あいにくここで揉め事は起こすなって厳命されてるの。

でも、せっかくだから顔だけでも拝ませてもらうわ」

 

あたしはポスターの貼られた看板に近づいて、帝国では見られない顔ぶれを眺める。

 

・魔女 ヘクサー(死亡 ご協力ありがとうございました) 200,000Ω

    魔女のみを狙う連続殺人鬼。危険度極めて高し。

 

・妖魔 ユキオンナ 50,000Ω

    美しい女性の姿をした悪霊。ブランストーム大陸山岳地帯に出現。

    遭難者を小屋に招き入れ、眠っている間に冷気を吹き付け凍死させる。

 

・魔獣 雷帝氷王 120,000Ω

    巨大なヒヒの怪物。その真っ白な巨体で猿のように飛び回り敵を翻弄。

    鋭い鉤爪で敵を引き裂き、周辺を焼き尽くす強力な稲妻を呼び寄せる。

 

・幽霊船 ジャックポット・エレジー 1,000,000Ω

     MGD領海をうろつく幽霊船。宝島を夢見て死んでいった船乗りたちの怨念が、

     魔国特有の濃縮マナでモンスター化。

     射程内に入ったあらゆる船を強力な砲で粉砕する。

 

なかなか愉快なメンツが揃ってるわね。雪女までこっちに来てるってことは、

雪山整備されてとうとう日本に居場所がなくなった?

いや、今でも軽装で突撃する間抜けがいるから、もうちょっと踏ん張れそうね。

 

ヘクサーについては、一瞬賞金貰えるかなって思ったけど、

あいにくとどめを刺したのは皇帝陛下であって、あたしじゃない!

……はぁ、もう帰ろう。婦警にさよならして広場を後にする。

 

「じゃあね。あなた、この国で出会った唯一まともな魔女だったわ。

縁があったらまた会いたいわね」

 

「そいつぁどうも。こんな不良警官が褒められるとは世も末ね」

 

彼女がまた一服すると、あたしはホテルに向かった。確かここから北東だったわね。

ん?どうしたのかしら。なだらかな坂を下ると、知り合いの姿が見えた。

 

 

 

 

 

「やーめーるーのーだー!!」

 

魔力の縄で動けないアヤの口に、

小さい魔女がホコリまみれのパスタを押し込もうとしている現状は、

実に嘆かわしく抜本的対策が求められているのは、紛れもない事実!

 

「ほら、ほら、もったいないんだろう?とっとと食いな!」

 

アヤはできたてのパスタが食べたいのであって、駄目になったパスタは、

遺憾ながら廃棄せざるを得ないという結論に達したのであーる!

平たく言えば、助けてー!

 

 

──うふふ、その続きやったら殺す~

 

 

みんなが振り向くと、驚くべきものが見えたのだ!

リサが小さい魔女の背後に突然現れ、彼女に銃を突きつけているのであったー!

 

 

 

 

 

坂を下るとすぐに、どうしようもなく我慢ならんものが見えた。

そいつを認識した瞬間、クロノスハックを発動。

ピースメーカーを抜きながら小さいババアに歩み寄り、背後から銃を突きつけた。

停止解除。

 

「うふふ、その続きやったら殺す~」

 

「リサ……?」

 

「な、なんだいお前は!」

 

「そんなことはどうでもいいの。状況を見る限り、あんたは、

このパスタを故意に破棄して、その娘に食べさせようとしている。オーケー?」

 

「だったらなんだい!茹で上がってない不味いパスタを捨てて、

口答えした小娘に食わせてやろうとしてんだ!邪魔するでないよ!

……それとも何だね、私らに手向かいしてこの国で生きて行けるとお思いかい!」

 

「へっ、ついでにワインの味も最悪だよ!」

 

百貫デブがワインをドボドボと足元に流す。あたしの頭に花火が上がる。

 

「……知恵遅れが分不相応に人間様の食べ物にがっつくとこうなるのよね。

このパスタはあえて固めに茹でることで、

厨房から客に届いて、わずかに間を置くと余熱でアルデンテになるの。

一番温かいタイミングで、最高の茹で加減を客に出す、

コックの意図がわからない物知らずに、手作りの料理を食べる資格はないわ。

ドッグフードでも食べてなさい」

 

「なんだって!?もういっぺん言ってみな!」

 

「アヤ、その工具箱に接着剤的な物はあるかしら。とびきり強力なやつ。

あったら貸してほしいんだけど」

 

「一番細いチューブが瞬間接着剤であーる……」

 

あたしは3人組を無視してアヤの工具箱を探り始めた。

……あったわ、これならちょうどいいかも。

 

「やい、小娘!そんな銃が脅しになると思ってるのか!

善良な市民を撃ち殺せば、首が飛ぶのはお前だよ!」

 

今度はガリガリババアが喚き散らす。ふぅん、この国はギロチン刑なのね。

 

「聞いてんのかい!人様の事情に首を突っ込むとどうなるか教えてやる!」

 

「知ってるわ。犬畜生以下の品性しか無いババアの頭の血管がぶち切れる」

 

「こいつめ!お前も泥のパスタを食うがいい!バインドロー……」

 

魔法が発動しかけると同時に時間停止。さて、お仕事を始めなきゃ。

まず百貫デブとガリガリババアを、瞬間接着剤でくっつける。

終わったら、小さいババアが持ってるフォークを取り上げて、

台無しになったパスタを口に入るだけ突っ込む。仕上げに接着剤でお口をチャック。

 

「……食い物粗末にするとそうなるのよ」

 

聞こえちゃいないけど、バカ共を振り返り一言残す。アヤを連れて帰らなきゃ。

あたしは彼女を抱きかかえると、ホテルに向かった。

そして入り口に彼女を立たせると、停止解除。

人一人抱えながら結構歩いたけど、実は今の時間停止は、金時計の竜頭を2回押して、

消費魔力と身体的負荷を肩代わりしてもらったの。

 

潤沢なマナにあふれてるなら、贅沢に使わせて貰いましょう。

ブルーの長針が示す時計内のマナが急速に回復していくのを見ていると、

遠くのレストランから声にならない悲鳴が聞こえてきた。

 

「「もがもが!ほがああ!!」」「うっ!うごごが!!」

 

今頃、ガリとデブが唇同士をくっつけられてディープキスの真っ最中で、

キノコは口にあふれる砂まみれのパスタを吐き出せず、飲み込むしか道がない。

さっさと食べないと、喉に詰めて窒息するかもしれないわよ。

そう考えたら、アロンアルファの接着力って、

もはや凶器の域に達してると思うがどうか。

 

「早く入りましょう。またバカに絡まれちゃたまんない」

 

ホテルの入口ドアを開けようとするけど、アヤが突っ立ったまま。

 

「どうしたの?」

 

「どうして……アヤを助けたであるか?アヤ、リサのこと、要らないって言った……」

 

「借りをまだ返してないからよ。

あなたがくれた骨伝導マイクのおかげで、あたしは耳の治療と仕事を同時にできる。

あなたがあたしを要らなくても、あたしにはあなたが必要」

 

トントンと右耳のマイクを指先で叩く。

 

「借り……?」

 

「ええ。もっとも、これで返しきれたとは思ってないけど。

……アヤ?あたしはね、あなたとは対等な関係でいたいの。

どっちかが我慢したり、一方に何かを与え続けたり。そんな関係、歪だと思わない?

あたしはそんなの嫌。アヤとは……なんて言えばいいのかしら。

そう、信用して互いの背中を預けられる、そんな仲間でいたい」

 

「じゃあ、アヤとリサは、友達?」

 

「ごめん、その言葉は個人的な事情で使いたくないの……

友達ってものには思うところがあって。でもアヤが大事な存在だってことは確か。

それだけは信じて欲しいの。……じゃあ、先に行くわね」

 

またドアノブに手を掛けたら、いきなり後ろから抱きつかれた。

そのまま何も言わないから戸惑ってると、小さく鼻をすする声が。

 

「……うええん!リサ、リサー!

アヤの発明に、うぐっ、気持ちで何かを返してくれたのは、リサだけであーるうぅ!」

 

「ちょっと、よしなさいって!たくさん人が通ってるでしょ?」

 

「リサの背中はあったかいであーる!ずっとこうするのだー!わああん!」

 

「もう、子供みたいに甘えん坊なんだから……」

 

もしかしたら、子供の時に子供らしく甘えさせてもらったことがないのかもしれない。

あたしはしばらく立ち止まって、アヤの気の済むまで背中を貸すことにした。

 

 

 

 

 

翌日。

査察団は、レンガで道路が舗装されている街から外れ、

あぜ道を進み、草原を超え、山道を歩き、

ようやく魔術立国MGD中央に位置する神界塔にたどり着いた。

固体マナっていうらしいけど、巨大なクリスタルが折り重なって、

頂上が見えないほど高い塔を形成してる。

 

思わず引き込まれそうなほどの美しさ。

これほど立派な塔が、あと50年でなくなるなんて想像が付かない。

倒壊するのか、溶け出して水のように流れるか、蒸発して宙に消えゆくのか。

意味のない予想をしていると、皇帝陛下がカシオピイアに指示を出した。

聖母の眼差しを取り出して、瞬時にお仕事モードに切り替わる。

 

「カシオピイア、外部から塔の分析を」

 

「了解!少々お待ち下さい。分析開始、……分析完了。

やはりこの塔自体がマナの塊となり、魔国に純度の高いマナを放ち続けています。

濃度は塔の上層階に進むに連れ上昇。最上階は……最大拡大率でも観測できません」

 

「そうか。それが分かれば十分だ。

医療班5名のうち3名はこの場で待機。負傷、撤退者の治療に当たれ。

アクシス5名は分析班10名の護衛及び戦闘を命ずる。

里沙子嬢は無理のない範囲で臨機応変に各班を援護、

アヤは分析班と共に塔内部の調査、

ファウゼンベルガー将軍はアクシスと共に戦闘に参加してほしい。

では、諸君。これより、神界塔調査を開始する!」

 

“はっ!”

 

そして、あたし達は、まるで人が来ることを想定していたかのような、

入り口らしき美しいアーチをくぐって行った。

 

 



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50話達成を祝ってくれた方、今まで付き合ってくれた皆さんありがとう!でもまたファイル数のミス(解決済)!

青白いクリスタルが形作る美しい塔の内部を進んでいく、サラマンダラス帝国査察団。

あたしは一応戦闘要員になるべく、前方のアクシス隊員後方に付いていく。

本当に人間が来ることを望んでいたように、塔内部には天然のスロープが形成され、

どんどんあたし達を上層階に導いていく。

 

時折、査察団は足を止めフロアの調査に当たるけど、分析班の結論はいつも同じ。

それは固体化したマナの結晶。壁のサンプルを採取しようとした研究員もいたけど、

とんでもない硬さに工具の方が刃こぼれし、傷一つ付けられなかった。

 

休憩を兼ねた調査も一旦終了。あたし達はまた塔を上り始める。

ある程度の階層までたどり着くと、ヘールチェが足を止めて皆に呼びかけた。

 

「皆さん、ここから先はモンスターが出現します。十分な警戒を」

 

アクシスは各々の武器を構え、

パルフェムも扇子を抜いて不可思議な空間に想いを巡らし、

あたしもピースメーカーを抜いて、小声でサイレントボックスを詠唱した。

貼り付けた緊張の中、次の階層へのスロープを上る。

なぜかしら。塔を上るにつれ、太陽に近づいているはずなのに、

少しずつ薄暗くなっている気がする。

 

次のフロアで突然雰囲気が変わる。

今までは自然にできた構造物のような、むき出しの巨大な結晶や、

つららのように垂れた固体マナが天井に広がっていたけど、

この階は明らかに人の手が入っている。壁が多数の垂直な平面で、多角形の階を構成し、

足元にはダクトのような穴が空いている。今度はスロープがない。行き止まりかしら。

 

「ああ、せっかく一句浮かびそうでしたのに、無駄骨になりましたわ!」

 

地形の変化に文句を言うパルフェム。

研究員がダクトを調べようと覗き込んだけど、何もなかったらしく、

肩をすくめて戻ってきた。でも、彼の後ろからカサカサと不気味な音が近づいてきて、

蜘蛛型モンスターが姿を表した。

 

《カリカリカリ……》

 

「伏せて!」

 

足が固体マナ、胴体が肉身のある有機体のモンスターが研究員に飛びかかる。

研究員が伏せた瞬間、ピースメーカーで照準し、発砲。

無音の空間から飛び出した.45LC弾が胴体に命中すると、クモがひっくり返ってもがき、

動かなくなった。でも攻撃はまだ終わらない。

ダクトからぞろぞろとクモが現れ、あたし達を取り囲む。

 

「総員、分析班を囲み輪形陣!」

 

皇帝の指示が飛ぶ。

アクシスもあたし達も、分析班を守りながら、クモの群れと戦闘を開始する。

多分、足に攻撃は効かない。効くかどうか試してる余裕も弾もないから、

ひたすら胴に.45LC弾を撃ち込んで行く。

周りは滑りやすくて硬い結晶。跳弾に気をつけなきゃ。

 

「なんのこれしき、手足で十分である!」

 

将軍が、無数のクモにたかられながらも、足で踏み潰し、手で握りつぶし、

肩にくっついた一匹を壁に投げ飛ばし、殴りつけた。

 

「小さいからって、舐めないでくださいまし!」

 

パルフェムが近接戦闘用の鉄扇で、一匹ずつ確実にクモを叩き潰す。

アクシス隊員も、マナを燃焼させる火炎放射器や、

魔力をエネルギー散弾に変えるショットガンで応戦。

徐々にクモの増援は減っていき、やがて室内に静寂が訪れた。

 

「これで、全部のようだな。負傷者は?」

 

「現在確認中……負傷者なし!」

 

「では、行くぞ。進む道を探すのだ」

 

すると、皇帝の声に答えるように、壁の一部がスライドし、次の階層への階段が現れた。

階段ってことは、やっぱりこの塔は人為的に造られたってことらしいわね。

次の階へ上る前に、分析班がクモの死骸を調べるけど、弱点の肉体は消滅し、

固体マナで出来た足が残っているだけだった。

あたしはピースメーカーのローディングゲートを開けて、

排莢・装填しながら一歩一歩慎重に階段を歩む。

 

長い螺旋階段を上りきると、今度は高いドーリア式の柱と、

鏡のように磨かれた天井しかない、吹きさらしの広大な円形スペースに出た。

ちょっと怖いけど、端に近寄って下を見る。

あたし達が宿泊してるMGDの首都が一望できた。

とんでもない高さまで来たもんだけど、あたしらこんなに歩いたかしら?

 

「パルフェム、もうクタクタですわ~」

 

「私達が調査出来たのはここまでです。

先程のクモとは比較にならない、強力な敵に阻まれたので、

中断せざるを得なかったのです」

 

「では、また来るということだな」

 

皇帝が判断したように、第二の敵襲。

空の向こうから、重い叫び声を上げながら、巨大な生物が飛来してきた。

 

《グオオオオン!!》

 

ティラノサウルスのような大きな顎と胴体に、大きな翼を生やした化け物が3体。

 

「総員戦闘態勢!分析班は後退せよ!」

 

今度は戦力を3つに分け、空飛ぶ猛獣を迎撃する。

柱の間から首を突っ込み、両腕をぶんまわし、鉤爪で切り裂こうとしてくる。

ありがたいことに、フロア中央まで下がれば顎は届かないけど、

腕はリーチが長くてしっかり届くのよ!

 

これはピースメーカーじゃキツいわね!あたしは急いでM100に持ち替えると、

即座に腕を伸ばしてきた一体の口に、45-70弾をお見舞いした。

音もなく放たれたライフル弾が命中。

 

《ギャオオン!グオオ……》

 

当たったけど、殺しきれなかった!

口から血を流しながら、なおも鉤爪や噛みつきで攻撃してくる。

あれだけの巨体が暴れても何故か壊れない柱のおかげで、どうにかなってるけど……!

 

「ぐあっ!」

 

「しっかりしろ!テトラが負傷!」

 

「分析班と共に後退させよ!」

 

一瞬だけ後ろを見ると、アクシス隊員の誰かが、腕を鋭い爪で裂かれたみたい。

水晶の床に、滴る赤の血が鮮明に映し出される。さっさと片付けないと!

あたしは2,3歩下がって、呼吸を整えて強装弾の魔法を詠唱。

M100のシリンダー内の弾を強化。再度、凶暴な恐竜鳥に銃口を向ける。

 

そいつが噛み付いてきた瞬間、

トリガーを引いて強化45-70ガバメント弾を放ち、口に叩き込んだ。

一切炸裂音がなく、しかし、両手に強烈な反動を打ちつけてくる銃弾は、

今度こそ上顎から後頭部に掛けて貫通し、恐竜鳥の命を絶った。

脳を破壊された大きな巨体は、血を撒き散らしながら落下してく。

一発目は奴らの猛攻に押されて強化できなかったのよね。あと2匹!

 

「お願いです!少しだけ時間を稼いで下さい!……風神、雷神、天より下りて空奔り」

 

「ならば我輩が盾となろう」

 

皇帝陛下が物資の中から鋼鉄製のケースを開け、中からベルトを取り出し、装着した。

お、あれの出番ね!

 

「……変身!」

 

[音声認識完了。S.T.A.Sを起動します]

 

皇帝陛下が変身を宣言すると、彼の体を光の粒子が瞬時に包み込み、

仮面ライダーフォートレスに変身!

要塞の名に相応しい厚い装甲。そして、新方式の装備デバイス。

彼が左腰に右手をかざすと、ケースからフロッピーディスクがカシャンと一枚飛び出し、

手に収まったフロッピーを右腰のドライブに装填。

データが中央のスマートフォンに送信されると、システム音声が。

 

[DEFENSE CODE]

 

コードが発動すると、皇帝の左手に棺桶の蓋のように大きく分厚い鋼鉄の盾が現れた。

彼はそれを両手で構えて腰を落とし、へールチェをかばう。

まさに要塞と化した皇帝は、巨大な恐竜鳥に噛みつきにも、鉤爪にも、びくともしない。

時折、数センチ押し戻されるだけで、完璧に後ろのへールチェを守り切る。

 

“やったー!アヤの改良大成功であーるよ!”

 

下の階からアヤの大喜びが聞こえてくる。

そう言えば、仮面ライダーフォートレスの名前、ちゃんと皇帝に許可取った?

やだ、馬鹿なこと考えてる場合じゃないわ。

あたしもなんかしなきゃ、と思った時、ヘールチェの詠唱が完了した。

 

「……怒りの拳、振り下ろさんことを!サンダーインパクト!」

 

同時に、皇帝に攻撃を続けていた恐竜鳥を、

高圧電流を孕んだ強烈な衝撃波が横から殴りつけた。

 

《ギャァァス!!》

 

電撃で黒焦げになり、見えない力にバラバラにされた怪物が、

遥か下の地面に堕ちていく。あと1匹は!?

見回すと、将軍がアクシスの援護射撃を受けつつ、大剣で最後の怪物に果敢に挑む。

 

「うおおお!冷たき鋼、弧を描き、地を穿ち、我が求むる剣技となれ!月影山河!」

 

彼は珍しく炎を使わず、純粋な魔力を剣に纏わせ切れ味を増し、

恐竜鳥になぎ払いを浴びせ、跳躍からの下段突きという連続攻撃を叩き込んだ。

両腕を落とされ、頭に深く大剣を刺された敵は、声を上げずに絶命。

他の2体同様、ブランストームの大地に堕ちていった。

 

360度を見回し、状況を確認。……増援はないみたい。

あたしは銃にリロードしながら次の戦闘に備える。ここは屋上じゃない。

だったらまだ上がある。そこを素通りできるはずがない。

 

でも、しばらく待っても上階へつながる何かが現れない。

安全を確認した分析班もぞろぞろと上がってきた。ここで終わりなの?

皆も同じ疑問を抱いたその時、フロア中央に淡いブルーに光るサークルが現れた。

その不思議な現象に皆驚く。少し近づいて見たけど、なんだか圧倒的な威圧感を覚える。

あたしは皇帝の判断を待った。

 

「……分析班はここで待機。戦闘要員が先に進み、安全を確保する」

 

誰も何も言わなかった。それほどまでに、サークルの先から放たれる存在感は大きい。

 

「戦闘員、前進せよ!」

 

皇帝の命令で、皆が一斉にサークルの中に入った。最後にあたしが足を踏み入れると、

突然身体が軽くなり、エレオノーラの神の見えざる手とは異なる違和感に襲われた。

まるで原子レベルまで分解されて、風に乗ってどこまでも運ばれていくような、

どこまでも自分が軽くなる感覚。時間にしてわずかだと思う。

その未体験の感覚を認識できたときには、転送は終わっていた。

 

黄金色に輝く不思議な空間。太陽が見えないのに神々しい光に包まれている。

地平線の果てまで水晶の床が続き、手が届くと錯覚させるほど、

質量の大きい雲がいくつも浮かぶ。固体は床の水晶以外何もない。

……先に佇む存在を除いて。

 

「総員、前進」

 

皇帝の言葉で皆が正体不明の存在に向かって歩みだす。

出発時に比べて寂しいパーティーになったわね。

戦えるのは、撤退した2名を除くアクシス隊員3名、将軍、パルフェム、ヘールチェ、

皇帝陛下改め仮面ライダーフォートレス、そして、あたし。

少なくなった足音がそこで止まる。

 

あたし達の頭上に浮かぶ存在。それは天使だった。天球儀を象った長い杖を持ち、

純白の大きな翼で空に位置し、微妙に形を崩した十字架を刺繍した、

司祭のようなローブを身にまとっている。

静かに目を閉じ、ルネサンス期の石像のような固く整った表情をしていて、

性別はわからない。皇帝が話しかけようとした時、天使が先に口を開いた。

 

『よく来ましたね、人の子らよ。私は、大天使アークエンジェル。

主の御言葉に従い、神界への道を守る者』

 

清らかな声で真実を告げられ、皆の間に動揺が走る。

神界塔の調査に来たら、本当に神界の天使に出会ったのだから。皇帝がその言葉に続く。

 

「大天使よ、我々はこの塔が放つ力が消えゆく原因を探しに来た。

我々はこの塔を神界塔と呼んでいるが、

塔が力を失いつつある原因について心当たりはないだろうか」

 

「お願いです、大天使様!

神界塔のマナがなくなれば、多くの国民の命が落とすことになるのです!

どうか、今一度、塔の力をお貸し下さい!」

 

皇帝とヘールチェの言葉を反芻するように、しばし沈黙した後、

アークエンジェルがまた口を開いた。

 

『……それが、是あるいは非なのか、彼にしかわからないことです。

私にできることは、ただ、神界に続くこの場所で使命を果たすことだけ』

 

「使命、とは?」

 

『あなた達が彼の玉座に手を伸ばす資格があるかどうか。戦いの中で見極めること』

 

「要するに、通りたかったら力ずくってことね。わかりやすくてありがたいわ」

 

あたしはM100にリロードして、改めて弾丸を強装弾に変化させる。

それに気づいたアークエンジェルが、あたしに顔を向ける。

 

『斑目里沙子。あなたは……いいえ、私が多くを語ることに意味はありません。

さあ、おいでなさい』

 

アークエンジェルがふわりと高度を上げると、杖を掲げた。

先端の天球儀が回転を始める。

きっと嬉しくない事が始まる予感がしたあたしは、皆に叫んだ。

 

「危ないわ!みんな散らばって!」

 

全員が散開すると同時に、天球儀が光り、描かれた星座を写し取るように、

無限に広がる床に隕石が召喚される。

床にも大きく星座が浮かび上がるから、星を回避すれば直撃は避けられるけど、

10tはある隕石の落下で床が激しく振動し、足を取られそうになる。

 

「キャアッ!」「ふぬっ!」「ああっ!」

 

アクシス隊員達も回避に必死で反撃もままならない。

そんな中、一人だけ安定した足運びで隕石を避け続ける者が一人。変身した皇帝。

彼自身も隕石の如く重量のあるアーマーで身を固め、更に大きな盾で重量を増し、

反撃のチャンスを窺う。攻撃の第一波が止んだ。

それを好機とばかりに、右手をディスクケースにかざし、フロッピーを一枚ドロー。

ディスクドライブに装填。

 

[SNIPE CODE]

 

コード発動と同時に、皇帝の右手にジェイロジェットライフルが現れた。

二度目の隕石の攻撃が始まる瞬間、彼がアークエンジェルに照準を合わせ、

トリガーを引いた。弾速に優れた13mmロケット弾が銃口から飛び出し、

大天使の手元に命中。天球儀の杖を弾き飛ばした。

 

『ああ……!』

 

杖がカランと床に落ちると同時に、隕石の落下も停止し、

あたし達にも反撃のチャンスが生まれる。

M100にスコープを装着し、アークエンジェルに狙いを定め、トリガーを引く。

螺旋を描きながら突撃する強装弾が天使の腹部にヒット。これは結構効いたんじゃない?

 

『うぐうっ!!』

 

強化ライフル弾の衝撃で、上空にいたアークエンジェルが高度を落とした。

それを狙って他のメンバーも次々と反撃に転じる。

 

「許せ、大天使よ!……我が剣閃、闇夜に翻り、総てを照らす月となれ!煌煌三日月!」

 

将軍が大剣にさっと手をかざすと、刃が紫に光る。

そして、真っ直ぐ前方に剣を構え、

渾身の脚力で宙返りジャンプしつつ剣を振り上げると、

太刀筋が三日月のような形を成して、将軍が着地した瞬間、

アークエンジェルに向かって飛翔。

光のような速さで突き進む剣技が大天使を切り裂いた。

 

『私の、身体が崩れていく……彼を、守らなければ』

 

アークエンジェルが苦痛に顔を歪ませながら、両腕を広げ、目を閉じて魔力を集中。

すると、手のひらの空間が歪み、小さな重力球を形成。

重く暗い球体は、分裂しながらゆっくりとあたし達に向かって飛んできた。

 

多分、当たると痛いじゃ済まない黒い球から逃げ回るけど、

どういう原理か、絶対距離を少しずつ減少させて確実に近づいてくる。

要するにいくら逃げても、いつか追いつかれる。ヘールチェが逃げながらも魔法を詠唱。

 

「呪わしき声、飛び交う闇の牙、光のベールで我らを守れ!マジックバリア!」

 

魔法が発動すると、あたし達をぼんやりしたグリーンの球体が包む。

 

「魔障壁を張りましたが、恐らく一度しか保たないでしょう!油断なさらないで!」

 

「ありがと!もう一発くらい撃てそう……ごめ、やっぱ無理!」

 

アークエンジェルの攻撃を避けるのに必死で、

いつの間にかサイレントボックスも強装弾も解いてしまってた。

急いで魔法をかけ直すけど、その隙に重力球に追いつかれた。

重力球は強固な魔障壁を、グォン!と音を立てて飲み込み消滅した。

 

深呼吸して心を落ち着けて、サイレントボックスだけでも、と詠唱を再開するけど、

重力球のひとつが、無防備になったあたしに向かって浮遊してくる。

詠唱を中断して迎撃せざるを得ない。

 

あたしはピースメーカーを抜いた瞬間、重力球を狙い撃つ。

力のバランスを崩した重力球が、周囲の空間ごと一瞬だけブラックホールになって消滅。

耳が痛いけど、M100よりはずっとマシ。あたしは援護に回るしかなさそう!

 

次々とアークエンジェルの手から重力球が生み出される。

こいつは大小関係なく、何か吸い込むと消滅するみたい。

あたしは味方に接近する重力球をファニングで撃ち落としながら、

皆に攻撃のチャンスを作る。

 

5発撃って排莢。そしてリロードしようと腰の弾薬箱に手を回すと、青くなった。

弾切れ。M100は最上階に存在するであろう、神界塔の主との戦闘に残したい。

そもそも、もう一度撃ったら耳がヤバい。

 

「誰か!誰か弾を持ってない!?.45LC弾よ!もう弾がないの!」

 

“済まない!実弾兵器はないんだ!”

 

アクシス隊員の誰かの返事が帰ってきた。

彼らも命を奪い取ろうと迫る重力球の群れに防戦一方。

ふらふらと敵弾のひとつが、あたしの頭上からゆっくりと近づいてくる。

やだもう、黒いマリモがあたしをお掃除しに来てるんだけど!

 

絶望的な状況に、慌てて何か投げつけられるものがないかポケットを探るけど、

ごちゃごちゃしたものが引っかかって上手く取り出せない。

もう、人って切羽詰まるとここまで役立たずになるのね!

 

クロノスハックも、彼我の距離を強制的に縮める重力球には意味がない。

もう死ぬるしか……そう思った時、遠くから届いた小さな銃声と共に、重力球が消滅。

音の方向を見ると、皇帝がジャイロジェットライフルを構えて、

味方に近い敵弾を撃ち抜いていた。

 

1マガジン撃ち尽くして、ほんの少しだけ戦況に余裕ができると、

皇帝はカラになったライフルを投げ捨て、フロッピーを1枚ドロー。

ラベルにサラマンダラス帝国の紋章が描かれたフロッピーをドライブに装填。

あ、あれって!

 

「済まない、尊き者よ……!」

 

[DEADLY CODE]

 

皇帝が盾を構えながらアークエンジェルに突進。

途中ヘールチェのバリアを吸い取られたけど、足を止めることなく走りつづける。

またひとつ重力球が行く手を遮るけど、盾を投げつけ、強引に突破。

標的まであと数メートルのところで、最後の一発が邪魔をするけど、

両足に搭載されたジャンプ用スプリングで大きく跳躍。

重力球を飛び越え、アークエンジェルに飛びついた。

 

『はっ!?』

 

「うおおおお!!」

 

鋼鉄の兵士に組み付かれ、驚愕するアークエンジェルにライダーキックを発動。

敵を捕まえ、ジェットパックに点火し急上昇を開始。

上昇しつつ、何度もロボットアームで強烈なパンチを浴びせる。

人間の頭部なら粉々にするほどの拳が、

アークエンジェルの強固な顔を徐々に砕いていく。

 

『ああっ!……私が、私が終わってしまう!』

 

限界高度に達し、一瞬静止した瞬間、皇帝は相手を放り出して両手を握り、

鋼の拳で殴り落とした。そして、ヘッドギア内部のゴーグルが、

高速で落下するアークエンジェルの、予測落下地点を計算。

 

[SEARCHING...LOCK ON]

 

「往くぞ!」

 

同時に、右足で狙いを定めてジェットパックを逆噴射させ、

空中から地上の敵を目掛けて、自由落下と噴射の威力を乗せて、

錐揉み回転しながら彗星の如き速さで落下し、

地上でもがくアークエンジェルに鋼鉄の脚を突き刺した。

 

地上から見ていたあたし達は、

高速で落下し、硬い床に叩きつけられるアークエンジェルを、

ただ息を呑んで見つめるしかなかった。

次の瞬間、身動きすらままならない敵に、

皇帝が正確なコントロールで大空から高速で落下し、真上からキックを命中させた。

その破壊力は、ただ硬いこと以外何もわからない床に、大きなクレーターを作り、

あたし達に爆風を吹き付けた。

 

両腕で顔をかばいながら、爆風が止むのを待ち、ようやく目を開けると、

そこには立ち上がれないアークエンジェルと、

そばに仮面ライダーフォートレス改め皇帝陛下が立っていた。

彼のファイナルベント、完成したのね。アヤにも伝えてあげなきゃ。

皆、ヘビースパイラルライダーキック

(後で彼女が名付けた。皇帝は“好きにせよ”とのことだった)の直撃で、

戦闘不能になったアークエンジェルに恐る恐る近づく。

 

その芸術的彫刻のような顔には大きなヒビが入り、翼からは無残に羽が抜け落ちている。

皇帝はアークエンジェルを見下ろす。

当然ながら表情を読むことは出来ず、ただ一言を告げた。

 

「……他の解決策を見いだせなかった我輩を、いつの日かあなたの手で裁いてほしい」

 

『良いのです。あなた達の魂の輝きを、確かに認めました。私の役目はここまでです。

もう、お行きなさい……』

 

そう言って事切れたアークエンジェルの亡骸が、柔らかな光に包まれ、

美しい羽となって空に舞う。

羽はフロア中央に集まり、風で巻き上げられるように、いつまでも落ちることなく、

こっちにおいでと誘うように、ひらひらと飛び続ける。

 

あたし達は、互いに目を見合わせると、ひとり、またひとりと羽の集まりに飛び込む。

羽は飛び込んだ者を不思議な力で、遙か上空に運び去っていく。

勘でしかないけど、次で最後。

サイレントボックスと強装弾の魔法を唱えて準備を整える。

覚悟を決めて、あたしも飛び込むと、優しく、それでいて大きな力で、

あっという間に身体を打ち上げられていった。

 

……ほんの一瞬だけ意識を失っていた。

あたし達が辿り着いたのは、恐らく神界塔の頂上。

これまでのフロアと決定的に違うのは、床がない。

アークエンジェルと出会った階層と同じく、太陽がないのに、黄金色の空が広がり、

眼下に雲海が広がる。

 

いや、それだけじゃない。

見渡す限りの空間にびっしりと、魔力の光で何かの数式が記されている。

読んでみたけど、何を求めようとしているのか、まるでわからない。

数学は結構得意なつもりだったんだけど。

 

ひとまずそれは放っておきましょう。全員が転送されてきたら、

奥にいるその人物の後ろ姿に、否が応でも目を引きつけられる。

彼は空間にひたすら数式を書き続けている。

やがて、キリのいいところまで計算が終わったのか、

宙に浮かぶプレートに、チョークのような魔力の結晶を置くと、あたし達に向き合った。

 

『やあ。みんな揃ったね』

 

謎の人物は優しい声で告げた。

グレーのスーツを着て眼鏡を掛けた、白髪で背の高い老紳士。見た目だけは一般人。

だけど、彼がこの階と言うより、神界塔の主に違いない。

微笑みを湛えながらも、凄まじい覇気をあたし達に放ち続ける。

彼は何も言えずにいるあたし達に構わず、襲いかかってくる様子もなく、語り始めた。

 

『ここまでやってきた人間は、君たちが初めてだよ。

やはり人には勇気と力が、残されていたんだね。とても嬉しい、そして、とても残念だ』

 

彼のペースに飲まれながらも、一度深く呼吸して、あたしはようやく彼に話しかけた。

 

「……それって、アークエンジェルを殺したこと?」

 

『それは、違うよ。大天使も神に寵愛されし存在。決して滅びることはないんだ。

いつかまた会える。悲しむことはない』

 

あちこちにテーブルの役割をしているプレートが浮かんでいる。

彼はそのうち1つに乗せられている顕微鏡を覗き込む。

何を見ているか尋ねようとしたら、彼が背を向けたまま話しだす。

 

『そうそう、床の数式は踏まないでくれると助かる。ちょうど今、面白いところなんだ』

 

「何を計算しているの?」

 

『今は惑星の誕生から寿命を迎え超新星爆発を起こすまでの過程を、数式に表してる。

わかったところでどうにもならないけど、

ここじゃ、それくらいしか楽しみがなくてね』

 

「ここにはどれくらい?」

 

『この塔ができてから。いや少し違うな、僕が来たからこの塔ができたんだ。

ちなみに、ここはもう神界塔じゃあない。文字通り神々の住まう神界なんだ。

神界塔。誰が名付けたかは忘れてしまったけど、言い得て妙だと思うよ』

 

マイペースに語る彼だけど、あたし達にとってはとんでもない事実。

ひたすら神界塔を上っていると、いつの間にか神の世界に来てたんだから。

とりあえず、みんな彼とこのフロアの雰囲気に慣れてきたのか、彼に話しかける。

まず、後ろのヘールチェが飛び出して、彼にひざまずく。

 

「お願いします、尊きお方!どうか神界塔修復にお力をお貸し下さい!

なぜ塔は力を失いつつあるのでしょうか!

神界塔の力がなければ、魔国の将来は絶望的なのです!」

 

彼女の懇願に、彼は少し悲しそうな顔をして答えた。

 

『うん、あれなんだけどね。

僕はそろそろ天界に持ち帰って、ただのマナに還そうと思っているんだ。

力が弱まりつつあるみたいだけど、どう言えばいいのか……

僕の迷い、のようなものが塔に反映されてるんじゃないかな。紅茶はどうだい?』

 

「結構です!貴方の迷いとは何なのでしょうか!

どうか神界塔を人間から取り上げないで下さい!」

 

必死に祈るヘールチェ。

彼の話を聞いていると、段々その正体に心当たりが浮かんでくる。

彼の出現で現れた、神界まで届く塔。アークエンジェルを上回る存在。

確かめてみるしかないわね……!あたしは一歩前に出て、再び彼に問いかけた。

 

「ねえ、貴方なら知ってると思うけど、私は斑目里沙子。地上でプータローやってる。

もしかして貴方は……」

 

すると彼は振り返り、真っ直ぐにあたしを見つめる。

 

『君は不思議な存在だね。別の世界から、僕たちが位置している世界に、

何の理由もなく流れ着き、平和と混沌をもたらしている。

僕の判断を鈍らせているのは、他ならぬ君なんだよ』

 

「どういうこと……?」

 

『君が邪悪な魔王を打ち倒すために、仲間と共に旅をし、

故郷の次元から持ち込んだ兵法で人類を勝利に導いた。

しかし、その軍事技術を巡って新たな争いが生まれた』

 

「それは否定しないわ。でも、結局貴方は何が言いたいの?」

 

『人類は救済に値するか』

 

全員がハッとなる。

彼がその気になれば、ミドルファンタジアを滅ぼすことなど造作もない。

本能的にそれを悟ってしまったから。そう、確かに可能。あたしの予想が正しければ。

 

「そろそろ教えて。貴方の名前を」

 

『失礼。すっかり自己紹介が遅れてしまった、申し訳ないね。僕の名前は、メタトロン。

……とは言え、僕には76通りの名前があるから、どう名乗るのが一番適切なのか。

とりあえず、“神の代理人”としておくよ。

誰が考えてくれたかは、もう思い出せないけど』

 

「神の代理人だと!?」

 

「皇帝陛下、彼の言っていることは本当です!

メタトロンとは、あらゆる天使の頂点に立つ、最も神に近い存在!

戦いを挑むのは無謀です!彼が真の姿を表したら、それだけで世界が滅びます!」

 

メタトロンが苦笑いをして答える。

 

『誤解しないで欲しい。別に君達を炎で焼き尽くすためにこの世界に来たわけじゃない。

ただ、落とし物を回収するか、君たちに託すか、考えていただけなんだ』

 

「落とし物……?」

 

ヘールチェが問いかけると、メタトロンが指を鳴らした。

すると、一瞬にして景色が変わる。あまりの高さによくわからないけど、

足元を見ると魔国上空。側には天まで続く神界塔が伸びている。

つまり神界塔上層階にワープしたってことなんだけど、

見えない床で落下することがない。とは言え、高所恐怖症じゃなくてもやっぱりビビる。

 

『この神界塔はね。僕が初めてこの世界に来た時に生まれたものなんだ。

炎の柱たる僕が降り立った時、その炎が冷えて固まったのが神界塔なんだよ。

その頃、人間はまだ地上に数えるほどしかいなくて、この星の支配者ではなかった。

だから僕は、この知恵を持つ人間達が何を成すのか、神界から見守ることにしたんだ』

 

「……貴方の判断をお聞きしたい。人は、生きるべきか、死ぬべきか」

 

『それがわからなくて困ってるんだ。

……さて、そろそろいつもの姿に戻らないと失礼だね。少し、待っててほしい』

 

「え、ちょっと待っ……!」

 

あたしが声を上げると同時に、

人の姿をしたメタトロンから目が潰れるほどの光が放たれ、

思わずしゃがみこんで目をかばう。光と共に大きな波動があたし達に叩きつける。

見えてないけど、神の代理人がその姿を形成しつつあるんだと思う。

そして、まばゆい光が止み、あたし達が立ち上がると、巨大な柱が二本現れていた。

 

……いや、柱じゃない。これは、メタトロンの足!

全員が空を見上げると、想像を絶する存在があたし達を見下ろしていた。

上空から、大気を震わせ、荘厳な声が響いてくる。

 

『私こそ、天使長メタトロン。

時を超え、空を超え、生まれては消えゆく人の終末を見守りし存在。さあ、今こそ示せ。

自らの存在する理由、その意味を!』

 

 



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↑何があったかというと、1話目に当たるプロフィールのファイルに番号振ってなくて、他のも全部ズレてた。

天使長メタトロン。その姿、体長は50m超。鋼のような筋肉で覆われた真っ白な身体を、

縁や十字架を黄金の糸で刺繍した巨大な法衣で包み、

風を受け、輝くように揺らめいている。その綺羅びやかな姿は、

下から見上げるあたし達を、オーロラのゆらぎを見ているかのように錯覚させる。

 

どうにか見える巨大な顔は、まつげに稲妻が走り、目から炎が吹き出し、

髪も燃え盛る炎に包まれ、常軌を逸した力を放って、あたし達を見下ろしている。

 

顔だけじゃない。体全体が燃えるような熱を帯びていて、

背中に羽織ったマントがはためく度に、星々の輝く宇宙空間が見え隠れする。

吹き付ける熱風に汗がにじむ。

圧倒的な力の前に、みんなただ立っていることしかできなかったけど、

ようやく皇帝がアーマーの内部から話しかけてきた。

 

「里沙子嬢!貴女はメタトロンについて知っているようだが、

我々の取り得る最善手について手がかりはないだろうか!」

 

「戦って勝てる相手ではありません!あれすら仮の姿です!

本来の姿に戻れば、彼の身体と翼は世界を覆い尽くし、人の生きる世界は崩壊します!」

 

「くっ!彼は一体何が目的だというのだ!」

 

「……皇帝陛下、どうかここはわたくしにお任せ下さい!

決して話の通じない相手ではないはずです!」

 

「待て、待つのだ里沙子!」

 

あたしは皇帝の静止を無視して、激しい熱風の吹き荒ぶ中、

近づける限りメタトロンに駆け寄った。勝てない敵には交渉一択!

ボスキャラは仲魔にできないけど、お小遣いくらいはくれるかもしれない!

大声で頭上の大きな顔に呼びかける。さあ、高圧的に行くか、友好的に行くか。

アフロ君ならどうするのかしら。

 

「こーんにちはー!さっきも言ったけど、あたし、斑目里沙子!

あなた、時空を超えられるって言ってたけど、他の世界や、

あたしが来た世界の事も知っているのかしら!」

 

メタトロンがほんの少しだけ首を曲げて、あたしを見下ろすと、

テレパシーを送ってきた。

 

『……叫ぶ必要はない。君の心は私の心と響き合う。質問の答えだが、その通り。

神の造りし幾千幾万の世界を旅し、三十六万五千の目で全てを見通すのが私の役目。

当然、君が生まれた世界も眺めてきた』

 

天使長の姿を一部ながらも取り戻し、口調も人柄も変わるメタトロン。どうしよう。

声が枯れるほど叫ばなくてもよくなったけど、今度は何を伝えればいいのかわからない。

とりあえず世間話的なものを。

 

「ねえ。神様にこんな事聞くのも変なんだけどさ、イエスさんはお元気?」

 

『神は永久不滅の存在である。その理が揺らぐことは決して無い』

 

「元気ってことね?よかった。彼にはお世話になったから」

 

『人の身でありながら、神の側に仕えた君に対して、

つい嫉妬という罪を犯しそうになる』

 

「罪、ね……話戻って悪いんだけど、あたしの世界って今どうなってるの?

ついにどっかのバカが核のボタン押して、第三次世界大戦おっ始まったりしてたり?」

 

『暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、傲慢、嫉妬。七つの大罪に塗れた世界。

神は既に見捨て給うた。あの世界に審判の日が訪れることはない。

ただ醜くお互いを食い合い、滅びるのを待つだけだ。

神が何を思い、君をこの世界にお送りになられたのかはわからないが、

慈悲の心で、君を穢れた世界から逃がそうとされたのかも知れない』

 

この受動的エクソダスに対してどう答えたものかしら。

どうもありがとう?今すぐあたしを帰せ?あたしの故郷を見捨てるな?

形式がFalloutのスピーチチャレンジみたくなってきたわ。

思いつく限りの選択肢の中から、あたしが選んだのは。

 

「そう……別にあの世界は好きでも嫌いでもなかったけど、

母さんが生きてるうちに滅びるとしたら、それは悲しいわね」

 

『母を想う子の心。子を想う親の心。いずれもやがて失われ果てるだろう。

罪深き世界の中で』

 

「地球も嫌われたものね。仕方ないと言えば仕方ないけど。

ところであなた、自らの存在理由やその意味を示せって言ったけど、

どうして知りたいのかしら。生まれついて使命を与えられてるあなた達と違って、

人間にとってその質問は意外と難しいの」

 

『言ったはずだ。“人類は救済に値するか”。救済か、断罪か。

二つを秤にかけ、必要とあらば、やり直す』

 

「やり直す……?」

 

心がそわそわする。あまりよろしくない展開になってきた。

どこかで選択ミスったのかしら。

 

「もしやり直すことになれば、具体的に何が起きるのかしら」

 

『その質問に答える前に、足元を見てほしい』

 

下を見ると、やっぱり目が眩みそうな高さの先に、地上が見える。MGDの中心街。

大勢の魔女や労働者が行き交っている。

ベンチで足を伸ばしてアイスクリームを舐めたり、

昼間からワインをラッパ飲みする魔女。

そして脇目も振らず忙しく働いている、魔法を使えない労働者。

二つの立場がはっきりと分かれてる。

 

『君は、この中で救済に値する者が何人いると思う』

 

「……正直、大していない。あたしが結論を出すことじゃないけど」

 

『自分の心に素直になるべきだ。本当は分かっているのだろう?

この地もじきに七つの大罪が膨れ上がり、裁きの時が訪れる』

 

「裁き?ちょっと待って!確かに地上はろくでもない連中ばかりだけど、

地道に生きてるやつらもいるの!あなたにも見えてるんでしょう!?」

 

『誤解しないでほしい。私は人類を滅ぼすために天界で地上を眺めていたのではない。

とても、遠い、過去の話だ。私が降り立ったことで、思いがけず神界塔が出来上がり、

面白いことが起きた。人が、塔に群がり、神の奇跡を真似し始めたのだ。

現在君たちが魔法と呼ぶ物の始祖だ』

 

「それと、裁きがどうつながるの?」

 

『私はこの世界の人間に期待したのだ。

かつて知恵の実を食べ天界から追放された人間が、その知恵で新たな知識を造り出し、

自らの意思で歩み始めた。

もしかしたら、人はいつか自らの愚かさに気づき、神に傅き、悔い改め、

幾億万の世界を巡っても実現しなかった、神との和解が成るのではないのかと』

 

「でも、その願いは」

 

『それは君も知る所だろう。私は待ち続けた。しかし、人は神から背を向け、

自らの欲望を満たし、争い、弱者を虐げるために魔法を振りかざした。

それでも私は、やがていつかは、きっといつかはと信じ続け、

最後の希望たるこの星を見守り続けた。だが……!』

 

「お願い待って!あなたの言いたいことはわかる!

それでも神様を信じて、種族の垣根を超えて魔法で助け合ってる者達がいるの!」

 

『無論承知している。繰り返すが、私は人を根絶やしにしたいわけではない。

ただ、やり直す必要があるのだ』

 

「さっきも言ってたけど、やり直すってどういうこと?」

 

『勤勉で心清き種族、動物を、四頭立ての太陽戦車(メルカバ)に集め、

残った罪深き生物を、我が炎で焼き尽くす』

 

「ノアの大洪水を繰り返すつもり!?そんな真似はやめてちょうだい!

その大きな目で、もっと人間や他の種族を見て!」

 

『……何千年と、見つめ続けた結果だよ。神にも過ちを正す権利はあるはずだ。

今ならまだ間に合う』

 

「手段を選んでって言ってるの!

どうしても神罰を実行するって言うなら、人類も全力で抗うわ!」

 

あたしはメタトロンにM100を向ける。効く効かないは問題じゃない。

抵抗の意思を示すことが重要なのよ!

 

『……君なら、わかってくれると思っていたのだが。

では、私が見た人の性質、その1つを見て判断してもらおう。

今から、私と君とのこれまでやり取り、思念を全ての知的生命体と共有する。

少し、失礼するよ』

 

「待って、どこに行くの!」

 

メタトロンがゆっくりと、しかし高層ビルが飛び上がるような圧力を伴いながら、

どこかを目指して空を飛び始めた。莫大な量の物理的空間を埋め尽くしながら、

彼はブランストーム大陸の雪山の尾根に降り立った。

彼の放つ熱で、万年雪に覆われている山々のあちこちで水蒸気爆発が起き、

一斉に雪崩が起きる。

 

魔国の中心街でパニックが起きている様子が見える。

魔女も人も、突然現れた巨大な天使、つまり神の代理人に恐れ慄く。

メタトロンは大きく口を開け、人の耳に聞こえない何かを叫んだ。

同時に、世界中の人とネットワークで思念が共有されたような、

奇妙な感覚に見舞われる。

 

空から見ているあたし達は、ようやく彼の威圧感から開放され、

味方の無事を確認する余裕が出来た。

皇帝が、いつの間にか膝の笑っていたあたしに話しかける。

 

「里沙子嬢、よくやってくれた。無理をさせてすまなかったな。ひとつだけ教えてくれ。

ノアの大洪水とは何なのか。それでなぜ人が滅びる」

 

「……太古の昔、世界が悪で満たされた時、神は鍛冶のノアに方舟を作らせ、

心清き人間と、全ての動物ひと(つが)いずつを乗せ、

大洪水で世界を洗い流したのです。

結局、方舟に乗ることができたのはノアだけでしたが、

メタトロンは太陽戦車で同じことをしようとしているのです!」

 

「そんな!確かに今の魔国の魔女に模範的な人物は少ないと言わざるを得ませんが、

だからといって、ふるいに掛けて焼き殺すなど!

里沙子さん、次は私に説得させてください!

魔女を優遇し、彼女らに甘え、甘やかしてきた魔国……

つまり私が責任を取るべきです!」

 

「落ち着いて、早まった行動は駄目。

今は彼の動きを見定めて、もう一度説得のチャンスを……」

 

その時、異変が起きる。時空の彼方から、燃え盛るたてがみを生やした、

4頭の巨大な馬に引かれた馬車が現れた。

戦艦4隻を集めても、まだ足りないほどの容積を持つ車を牽いた太陽戦車(メルカバ)が、

メタトロンの側に止まると、

どうにか彼らの姿を見つめるだけの平静さを取り戻した魔国民が、

飛べるものは一斉に太陽戦車に向かって飛び立ち、

そうでないものは、ただその場に伏せるだけだった。

 

“私が一番乗りだ!”

“そこをおどき!神の戦車に乗るのは私だよ!”

“あたいの魔法が一番優れてるんだ!神はあたいを選ぶに決まってる!”

 

「“傲慢”の体現たる醜き姿……二度と見ることはないだろう。さらばだ」

 

メタトロンが軽く手を払うと、太陽戦車に向かっていた魔女達が、

突然凄まじい炎に包まれ、悲鳴を上げる間もなく炭の骨になり、

バラバラと砕けながらブランストーム山脈に散っていった。

その様子をヘールチェが受け入れがたい様子で、まばたきも忘れてただ見続ける。

 

「そんな……」

 

「あれが、神の代理人たる存在の力だと言うのか……!」

 

「ヘールチェさん、魔国のみんなに呼びかけて!彼には絶対手を出すなって!」

 

「は、はい!……皆さん、落ち着いて行動してください!

天使は敵ではありません!手出しは無用に願います!」

 

ヘールチェの言葉に忠実な空撃部隊は出動していないけど、彼女の呼びかけも虚しく、

中央広場に大勢の魔女が集まり、それぞれの触媒に魔力を込めて、

魔法でメタトロンに対して攻撃を開始した。衝撃波、火球、レーザーが彼に飛んでいく。

 

“死ね、デカブツ!”

“いきなり現れて、私らの国でデカい面すんじゃないよ!”

“これでも食らいな!ほらほら、どうした!”

 

放った魔法は、彼の身体が放つ灼熱に全てが、かき消される。

その時、駐在所から婦警が出てきて、笛を鳴らした。昨日会った不良警官。

 

“おーいこら、そこのあんたら。総帥に暴れんなって言われたでしょ、散った散った”

 

その声に耳を貸す者はなく、メタトロンが攻撃を続ける彼女達を睨みつける。

 

「私に仇なす者は、神を冒涜する者と見做す。世界の終末を待たず死に絶えるがよい」

 

メタトロンが言葉(ロゴス)を口にすると、魔女達の足元から無数の槍が飛び出して、

彼女達を串刺しにした。まるで広場が処刑場の如く、背の高い鉄の槍に埋め尽くされ、

全身を突き刺された魔女が、肉体との摩擦で槍に引っかかったまま、

地面に落下することすらできず、うめき声を上げる。

 

“ぎゃっ!”“ああっ、ぐう!”“いたい、いたい、いたい……”

 

魔女は全滅したけど、まだ死にきれてないやつの声が届いて気持ちが悪い。

マヂでミュートにしたい、これ!

 

“ああ、よせって言ったのに。誰が片付けると思ってんだか。

騒ぎが収まるまで一服しましょう。この分だとまだ増えそう”

 

婦警が駐在所に戻っていく。あら?それを見てピンと来た。

あたしは改めてヘールチェに国民に避難指示を出すよう伝え、

再度メタトロンとの交信を試みる。

 

「ねえ、あなたは国民に家や建物から出ないよう指示を出して!

あたしはもう一度彼を説得してみる!」

 

「なんということを……!お願いします、今の私にはとても神の代理人を説得など!」

 

「任せて。彼は怒ってるかもしれないけど、理性は残ってる。

さっきの攻撃で、止めに入った婦警は、同じ魔女でも攻撃しなかった」

 

「まだ可能性はあるということか?」

 

「時間稼ぎ程度ならできるかと。……メタトロン、あたしの声に応えて!」

 

彼は身動きひとつせず、思念であたしに返事をした。

 

『見ただろう。腐り果てた地に住まう、思い上がった者共の所業。

祖国の危機に立ち上がろうともせず、

他者がどうにかしてくれるだろうと飽食や堕落に耽る“怠惰”。

力無き者に手を差し伸べることなく、

神の乗り物、太陽戦車に土足で踏み込もうとする“傲慢”。

……本来私の持つ全ての目で見通せば、

直ちに神が定めた7つ全ての罪が浮き彫りになることだろう。

その時こそ!この星に生きるに相応しい命をメルカバに乗せ、

悪徳に満ちた世界を浄化するのだ!』

 

「手段を選んでって言ったじゃない!見てよ、血と肉に染まりきった地上を!

これが本当に神が望んだ世界だっていうの?

あたしだってアロンアルファで我慢したっていうのに!」

 

『君こそ同じことを二度言わせないで欲しい。

“私に仇なす者は、神を冒涜する者と見做す”。

斯様な者共は、私の眼前で1阿摩羅秒とて生かして置くわけには行かないのだ!』

 

「過ちは人の常、許すのは神!

確かにこの世界の命は何某かの罪を抱えて生きているけど、まだ途中なのよ!

手探りで、時には争いながら、傷つけ合いながら!それでも少しずつ前進しながら!

その未熟な生命を、少しは大目に見てくれたっていいじゃない!」

 

『見てきたさ!

何千年もの永きに渡り、“やがて”と“いつか”を夢見て、光と雲が支配する天界から!

変わらぬさ!人が手に五本の指を持つ限り、屠り、奪い、憎む!その連鎖は止まらない!

君とてその輪に絡みついた存在のひとつだろう、斑目里沙子!』

 

「違う!」

 

『何が違う!私に突きつけた銃で一体いくつ命を奪ってきた!?』

 

「少なくとも自分の欲望のためだけに引き金を引いたことはないわ!」

 

『面白い!では、何故2つも銃をぶら下げている!?

殺すことにしか使い道のない、人の造り出した争いの道具を!』

 

あたしは一瞬視線を動かして、後ろの皇帝やヘールチェ、パルフェムを見る。

 

「……平和よ。あたしの目の届く範囲でしか無いけど」

 

『君の言葉を借りるなら、私も“平和”の為に動き出したつもりなのだが!』

 

「平和って言葉は凄く曖昧。

誰にとっても同じ意味を持つ平和なんて、あたしには思いつかない。

少しだけ時間をちょうだい。あなたが嫌ってる魔術立国MGD、

銃を置けないあたしが住んでるサラマンダラス帝国、神の教えを捨てた桜都連合皇国。

せめてこの三国であなたが夢見てきた平和を実現してみせる。

だから、少しだけ“救済”は待って。お願い」

 

『……3日だ。3日だけ君を信じてここで待つ。もう行くといい。

君達には大きく見えているだろうが、

神とてこれ以上裏切られ続けて耐えられるほど丈夫にはできていない』

 

「わかったわ。必ず3日で答えを出す」

 

そう答えると、あたし達の身体が再び輝く羽根で包まれて、視界が光で満たされる。

一瞬羽根に舞い上げられたと思うと、あたし達は遠く離れた、

魔国中心街中央広場にいた。

 

鉄の槍は消滅し、死体は片付けられてたけど、

惨劇の痕、おびただしい血痕は、未だに石畳を真っ赤に染めている。

なるべく見ないようにしながら、とにかく素早く状況確認。

 

分析班や負傷して撤退した者も同じくワープしていた。アヤもカシオピイアも健在。

皇帝とヘールチェは……いた。あたしは皇帝に駆け寄る。

 

「皇帝陛下、ご無事ですか!?」

 

「我輩の心配は不要だ、里沙子嬢。怒る天使長相手に、よく譲歩を引き出してくれた」

 

「ごほごほっ!皆さん、申し訳ありません……

我が国のせいで、人類の危機を招いてしまいました」

 

血の匂いにむせながら、ヘールチェもなんとか自力で歩いてくる。

もう少しだけ頑張って。

 

「お二人とも、時間がありません!どこか、会議の行える場所はありませんか?」

 

「うむ。シャープリンカー女史、先日打ち合わせを行った、

総領事館をお借りできないだろうか。人類存亡を賭けた3日という時間はあまりに短い」

 

皇帝が変身を解いて、ブランストーム山脈に立ち続けるメタトロンを見上げる。

彼はただ腕を組み、全く動こうとしない。

初めてこの国に来た時は少し肌寒かったけど、今は彼が放つ熱で汗ばむくらいの暑さ。

 

「もちろん使用可能です。急ぎましょう!」

 

あたし達は街を北東に進み、ホテル前を通り過ぎて、さらに進む。

すると、高いポールに魔国の国旗が掲げられた総領事館が見えてきた。

 

「皆さん、あの建物です!」

 

ヘールチェが総領事館を指差し、皆が急いで駆け込む。

歴史ある木造の内部が放つ独特な香りが、

興奮しきった精神をわずかながら静めてくれる。

廊下の最奥、一番大きいドアを開け放つと、中央に演説台、

通路を挟んで両脇に背もたれの大きい高級椅子が階段状に並んでいる大会議場に出た。

 

とにかくあたし達は左右関係なく所属ごとに席に着いた。金時計を見ると、21分経過。

まだ3日あるのはわかってるけど、タイムリミットで訪れる結末があたし達を焦らせる。

皇帝陛下が口火を切る。

 

「急がなければ!我々は何から決めれば良い!?

三国でメタトロンの納得する“平和”を実現するには!」

 

「まず、この状況の発端となった、我が国の改革から始めましょう……」

 

ヘールチェが顔色を悪くしながらも、提案をした。

 

「具体的には?」

 

「魔女、魔法に頼り切った現状を改めます。

魔国は長年、魔女、魔法に対する行き過ぎた優遇政策を採ってきたため、

彼女達に誤った特権意識を根付かせてしまいました。

それがメタトロンの怒りを買う原因となった、七つの大罪を生み出してしまったのです。

法律を改正し、今後は魔女にのみ認められていた無期限有給休暇、

魔法所持手当等を廃止、平日昼間は嗜好品・贅沢品に50%課税し、

人と魔女に平等な労働条件を造り出します」

 

「ちょ、そんな事勝手に決めちゃっていいの?」

 

案の定、メタトロンのテレパシーで接続されたあたし達の意識に、

無数のメッセージが殺到してきた。余りに多すぎて聞き取れないけど、

不平、不満、怒り、ヘールチェへの罵倒であることは感じ取れる。

 

「お黙りなさい!世界が太陽戦車に踏み潰されても責任が取れるというのなら、

対案を出しなさい!どこかに逃げ出した議員諸君、あなた達にも言っているのです!」

 

思わずヘールチェが声に出して叫ぶ。うるさかったテレパシーの波が一気に引いていく。

次は皇帝陛下の発言。

 

「当然帝国も魔国にだけ負担を押し付けるつもりはない。

シャープリンカー女史の政策で下がった生産性を補填すべく、

我が国の魔国に対する関税を引き下げ、領海内での漁業を制限付きで認めよう。

……良いな!?」

 

帝国側からも不満の声が上がり始めたけど、皇帝の一括で無音になった。

専制君主制はこういう時楽ね。で、最後に桜都連合皇国。

なんだけど、パルフェムが不満そうな顔で足をぶらぶらさせて何も言おうとしない。

 

「ねえ、パルフェム。皇国も何か協力してもらえないかしら?」

 

沈黙に耐えかねて、あたしが彼女に話しかけるけど……

 

「……この協定、皇国に何のメリットもありませんわ。

ろくに付き合いもなかった国の後始末に、国有財産を差し出す義理がどこにありますの?

そもそも首相とは言え、立憲民主主義を採っている皇国では、

パルフェムの独断で重要な外交案件を決められるわけではありませんの」

 

「あのね?パルフェム。

人類社会の崩壊を回避できることって、大きなメリットだと思うの。

テレパシーで議会と連絡を取って、緊急会議で話を付けてくれないかしら。

ねえ、里沙子一生のお願い!」

 

「やーだぷ~」

 

このガキは……!と、一瞬思ったけど、続きがありそう。

 

「……ただし、里沙子さんが皇国に来てパルフェムのお姉さんになってくれるなら、

総理を首になってでも、なんだって強行採決しますわ!」

 

パルフェムが扇で、にやける顔を隠し、場がざわつく。

三国の和平まであと一歩というところで、急ブレーキがかかる。

メタトロンとは3つの国で平和を作ると約束した。皇国が抜ければ当然彼は納得しない。

でも、パルフェムの条件を飲むこともできない。

 

「聞いて。この講和が成立しないと、例えあなたのお姉さんになったところで、

メタトロンの炎で焼け死ぬの。

別に引っ越しなんてしなくても、いつでも遊びに来ればいいじゃない」

 

「嫌ですわ。パルフェム言ったはずでしてよ?

パルフェムは欲しいものは必ず手に入れるって!」

 

「だから!彼が言うにはあたしも何らかの罪を背負っていて、この銃が……」

 

彼女を説得しながら弾切れのピースメーカーに目を落として気がついた。

駄々をこねる女の子に言うことを聞かせるには刺激が必要。

一か八かだけど、やってみるしかないわね。

あたしは席を離れて、中央の演説台に立った。

そして、Century Arms Model 100を抜いて、一旦弾を全て取り出す。

不可解な行動に皆が落ち着きをなくす。

 

「里沙子嬢、何をしているのかね?」

 

「うふふ。まさか、か弱い少女を銃で脅そうなんて……」

 

「思ってない。ちょっと賭けをしようと思ってね」

 

「賭け?」

 

M100に3発弾を込めて、シリンダーを回してシャッフルし、

自分のこめかみに銃口を当てた。

ハンマーを起こすと、皆が席を立って止めようとしてくる。でもあたしは、

 

「動かないで!トリガーに指が掛かってる!」

 

全員、動けなくなり、ただ様子を見守るしかない。

パルフェムも青くなって上ずった声で呼びかけてくる。

 

「何を、何をしていますの、里沙子お姉さま……?」

 

「賭けだって言ったでしょ。あたし、火に焼かれて死ぬのは真っ平なの。

苦しみ抜いて死ぬくらいなら、ここで脳ミソぶちまけたほうがマシ。

……でも、皇国に行って三国が協定を結んだら、

ひょっとするとメタトロンが人類を赦してくれるかもしれない。

トリガーを引いて弾が出たら文字通り天に昇る。出なかったら皇国で末永く暮らす。

確率は2分の1。どっちにしろあたしは楽になれる」

 

「やめて……パルフェム、ただお姉さまが欲しくて……」

 

パルフェムが目に涙を浮かべながら、手を差し伸べてくる。

 

「最後になるかもしれないから言っとく。

なんでも思い通りにできる存在なんて、それこそ神しかいないのよ。

それと……さよなら」

 

そして、トリガーを引く。

 

「いやあっ!」

 

カチッ……

 

大会議場にパルフェムの悲鳴と固い金属音が響いた。

ロシアンルーレットの結果は、当たり。ハズレとも言えるけど。

 

「パルフェム、賭けはあなたの勝ちよ。

ただし、あたしを連れて帰るのは、ここで3カ国の協定を結んで、

メタトロンをどうにかしてからにしてちょうだい。あと……」

 

「ううっ、うぐっ……あと?」

 

「……皇国が期待はずれだったら、今度は本気でやるから」

 

6発入りでやるとは言ってない。

 

「うえええん!里沙子お姉さまの馬鹿あぁ!!びえええ!」

 

パルフェムが、かわいい顔を涙と鼻水まみれにしながら抱きついてきた。

彼女の頭を優しく撫でる。

ごめんね、世界の命運のためには手段は選んでいられなかったの。

装填した3発が空薬莢だったことは、なるべく考えないようにしましょう。

 

 

 

しばらくしてパルフェムが泣き止んだところで、議論再開。

すっかりしょぼくれた彼女が、うつむいてぽつぽつと語りだす。

 

「……ミコシバに命じた。

今後魔国とは、金利ほぼ0%で融資を行い、軍事力の均衡化を図るため、

駆逐艦3隻を譲渡する。今、思いつくのはそれだけ」

 

「ごめんなさいね。無理させて」

 

「きっと帰ったら内閣不信任案可決ですわ……」

 

「仕事がなくなったら、家にいらっしゃい。何日でも泊めてあげるから」

 

これで一区切り付いたわね、と思ったら、いつの間にか隣にカシオピイアがいた。

 

「うわお!幽霊みたいな現れ方すんじゃないわよ!」

 

「……えい」

 

無表情のままポカリとゲンコツで殴られた。痛い。あなた結構手が大きいのね。

 

「痛った~い……何すんのよ、いきなり!」

 

「……お姉ちゃんの、馬鹿」

 

「え、どういうことよ」

 

あたしがぽかーんとしていると、皇帝からの叱責が飛んできた。

 

「妹君の言う通りである!先程の見世物は一体何だ!

弾が出ていたら全てが無に帰していたのだぞ!メタトロンの問題ではない!

カシオピイアや貴女を慕う者達が、永遠に貴女を失うところだったのだぞ!」

 

「……本当に、申し訳ありませんでした」

 

今更イカサマでしたとはとても言えないから、素直に頭を下げる。

 

「全く……良くも悪くも貴女は何をしでかすか時々わからぬ。

ところで、三国の協定が成ったところで、この同盟について何か良い名はないだろうか」

 

来たわね。船の中でぼんやり思い描いていた昔のお話。

 

「皇帝陛下、それについてヒントになりうる過去の出来事があるのですが、

もし陛下や総帥に異論がなければ、

それを元に意見を求めて最良の形にしてはどうでしょうか」

 

「ヒント、とはなんでしょう?」

 

「貴女にしては珍しく持って回った言い回しであるな。申してみよ」

 

「“大東亜共栄圏”です」

 

「大東亜共栄圏?一体それが何なのか説明が欲しいところだ」

 

あたしは唾を飲んで語り始めた。大東亜共栄圏。

かつて日本が太平洋戦争中に提唱した構想。欧米列強による植民地支配を排して、

日本中心の東亜諸民族による共存共栄を掲げた、対アジア政策。

ミドルファンタジアの住人にも分かるよう、できるだけ丁寧に、

具体的事実を交えながらその内容について説明した。

 

歴史家による大東亜共栄圏の評価が、未だに賛否が分かれている事に関しては、

特に慎重に解説した。アジア圏を欧米の植民地支配から独立させ、

国家間連合を実現させるものとして打ち出された方針。

 

当初の理想通りに進んだと言える部分は、

大東亜共栄圏下では、学校教育の拡充、現地語の公用語化、在来民族の高官登用、

華人やインド人等の外来諸民族の権利の剥奪制限等、

原地民の権利を一定の範囲で回復したことが挙げられる。

 

しかし、フィリピンを初めとした国家は、日本政府や日本軍の監視下に置かれ、

実質的には日本の傀儡政権であり、戦局の悪化に伴い、人物問わず資源の接収が行われ、

新たな植民地支配の始まりに過ぎなかったという意見もある。

結局、大東亜共栄圏の功罪の面では、議論が続いたままだ。

 

「あの、私にはその大東亜共栄圏が、完全に間違いとは言えなくても、

単なる日本の資源獲得のためのお題目に過ぎなかったように思えるのですが……」

 

「シャープリンカー女史に賛成だ。

結局は太平洋戦争の一局面だったのではないだろうか。

それを3カ国同盟の旗印にするには些か疑問が残る」

 

そう。大東亜共栄圏は間違っていたし、正しくもあった。

でも、外せない事がひとつだけあるの。

 

「八紘一宇」

 

「はっこういちう?何かねそれは」

 

「これも大東亜共栄圏を推し進めるスローガンに使われましたが、

言葉そのものに罪はありませんし、神武天皇がお造りになった言葉です。

これは、天地四方八方の果てにいたるまで、この地球上に生存する全ての民族が、

あたかも一軒の家に住むように仲良く暮らすこと。

つまり世界平和の理想を意味しているのです(橿原神宮より)」

 

「貴女の国では、天皇の言葉は絶対であったな。理想としては賛同できる」

 

「今日団結に至った我々も、八紘一宇の精神の下、単なる同盟に終わること無く、

互いの発展に力を出し合い、この度のような危機に結束して立ち向かう、

未来的先進国家の共同体・共栄圏を目指しませんか?ほら……」

 

あたしは、大会議場の奥に掲げられた世界地図を指差す。

サラマンダラス帝国の北西に魔術立国MGD、少し遠くの東に桜都連合皇国。

 

「3つを線で繋げば傘のように見えませんか?

この傘の下で皆を雨から守り、仲良く暮らしていく。

まだ夢物語でしかないことは承知しています。

でも、人間の物語なんて始まったばかりじゃありませんか。

わたくし達で、新たな国の在り方を示して、

メタトロンに大きな眼で見てもらいましょう」

 

あー、疲れた。50話超えたけど、こんだけ喋ったのは初めてじゃないかしら。

皇帝も総帥も考え込んでいる。二人はどんな結論を出すのかしら。

最悪、通常の3カ国同盟でも大丈夫だとは思うんだけど、

同盟が一方的に破られた例なんていくらでもあるしねぇ。ん?皇帝がなにか話しそう!

 

「八紘一宇か……これまでの人類、いや、ミドルファンタジア自体になかった概念だ。

これを盛り込まずしてメタトロンを説得などできまい」

 

「そうですね。今の私達に実現できるかどうかはまだ分かりませんが、

目標は高いに越したことはないでしょう。難しい言葉ですが、素敵な言葉ですね」

 

ようやく大会議場に張り詰めていた緊張が解け、

皇帝、ヘールチェ、そしてパルフェムが歩み寄る。

そろそろ今日の締めに入りましょうか。

 

「略式、また略称ではありますが、3カ国共同体の締結をここに行いたいと思います。

賛同して頂ける各国元首の方はお手を」

 

ミスリルの籠手で覆われた手が差し出され、

宝石のはめられた指輪の手がそっと乗せられ、

背伸びした小さな手が、二人の手に吊り下がるように危なっかしく乗る。

お互い言葉はないけれど、それぞれの顔にそれぞれの笑みが浮かんでいた。

 

「ありがとうございます。ここに3カ国共同体が成立致しました」

 

大会議場両脇の椅子に座っていた査察団メンバーから拍手が上がる。

ようやく3つの国を巻き込んだ騒動も終わろうとしている。残りの問題はメタトロンね。

満足して帰ってくれるといいんだけど。

 

 

 

 

 

総領事館で解散したあたし達は、ホテルに向かっていた。

でも、小さいのがくっついて話さないから歩きにくい。

 

「む~!里沙子お姉さまの馬鹿!あんな無茶して……」

 

「悪かったわよ、パルフェム。悪かったからスカート引っ張らないで」

 

「お姉ちゃん、ワタシも、怒ってる……」

 

完全に無表情で怒るカシオピイア。

 

「ふふん、アヤには全てお見通しなのだー!

ハンマーの打撃音から判断して、シリンダー内の弾は……もごもごもご!」

 

「あら大変、鼻血が出てるわよ~!?……余計なこと喋んな!」

 

アヤがあまり話して欲しくないことを話そうとしたから、

慌ててハンカチで口を押さえる。

 

「苦しいのであーる……鼻血なんて出てないのだ」

 

「あーごめん、鼻クソだったわ。さあ、帰りましょう!」

 

「里沙子お姉さま、今日は一緒に寝て下さいまし!」

 

「んー、それじゃあ、また耳に軟膏塗ってくんない?

今日の戦いでまた何発か撃って痛めちゃったのよ」

 

「もっちろん!パルフェムが優しく丁寧に塗って差し上げますわ!」

 

後ろから小さく袖を引っ張られる。あたしより背の高い妹が何か言いたげ。

 

「わかったわよ!パルフェムは左、カシオピイアは右お願いね!」

 

「……うん」

 

「なんだかアヤがハブられてる気がするのは気のせいなのか気になるので、あーる……」

 

空を見ると相変わらずメタトロン。彼のせいで今日は散々だったわ。

来るならもっとイエスさんみたいに穏やかに訪問して欲しいわ。

夕陽を浴びてホテルに帰ったあたし達だけど、連戦で疲れたあたし以外はみんな元気で、

人の部屋で騒ぎまくるもんだから、全然寝られなかった。はぁ。

 

 

 

翌日からは、あたしの出番は殆どなくて、

総領事館で総帥、皇帝、パルフェムが、3カ国共同体の細かいところを詰めていた。

一応あたしも出席したけど、もう口を出すことなんてなくて、

難しい話だけど、前向きに進んでることは理解できた。

 

議員から国民の支持率が急激に下降していることを踏まえ、

ヘールチェの退陣を求める声が出かけたけど、

国難の時に逃げだした議員を睨みつけて、黙らせた。

あたしの中では押しの弱い人、影が薄い人、と思ってたけど、

やっぱりやる時はやるみたい。

 

その日は、3カ国が互いの関税を大幅で引き下げることで合意し、お開きとなった。

帰ろうとすると、場内アナウンスで呼び出された。

何かしら。領事館前で集合ってことだけど。

駆け足で向かうと、3カ国首脳が待っていた。

 

「お待たせしてすみません!何のご用でしょうか!」

 

「おお、待ちかねたぞ。さぁ、里沙子嬢もこちらへ」

 

「あなたがいなくては話になりません。どうぞ一緒に」

 

「里沙子お姉さまもこっちへ!パルフェムと一緒に記念撮影ですわ!」

 

「記念撮影?」

 

前を向くと、大きな旧式カメラを用意した技師が、

スイッチを持ってタイミングを待っていた。

あたしはパルフェムの隣に着くと、じっと姿勢を正してシャッターチャンスを待った。

 

カシャッ

 

その一枚が、後世の歴史家にどのような観点で見られるのかはわからない。

ただ、あたしは自分の行動に何も後悔はしていない。それは事実よ。

 

 

 

今宵は、アヤの相手に忙しかった。皇帝陛下が新型ベルトを発動して、

ファイナルベントならぬ、“DEADLY CODE”発動時の様子を根掘り葉掘り聞かれた。

 

「ひゃっほーい!アヤのS.A.T.S Ver2.0は、

ここに完全成功したと言って過言ではなーい!」

 

「ベッドの上で跳ねないで!柔らかくても下の階に響くから!」

 

それからも、別の武装は正常に作動したかだの、着心地はどうかだの、

彼女の知的好奇心に散々付き合わされた。そんなことは本人に聞いて欲しい。

とっぷり夜も更けた頃、ようやくアヤは満足した様子で部屋から出ていった。

出てけ、さっさと。

 

……あん?勝手に閉まるタイプのドアが閉まらない。

あたしが目をやると、そこには綿棒を持ったパルフェムとカシオピイアが!

 

 

 

 

 

最後の日。あるいは最期の日。あたしはもうそんなことどうでもいいほど寝不足だった。

うつらうつらしながら、総領事館の大会議場で、調印式の始まりを待った。

 

[皆様、長らくお待たせしました。

これより、トライトン海域共栄圏設立の調印式を執り行いたいと思います]

 

トライトン。なるほどね。どの国も海に接してるから海の神様から名前を借りたのね。

大会議場演説台が取り払われ、横長のよく磨かれたテーブルが並ぶ。

そこには、皇帝、総帥、パルフェムが着席している。

少しだけ照明が暗くなると、ざわざわした雰囲気が静まる。いよいよね。

会場東側の扉から、係官がトレーに乗った条約章を持って入場してきた。

 

彼がまずヘールチェの前の条約章を置くと、彼女がそれに調印。

条約章を皇帝に回すと、黙って彼も調印。

それはヘールチェを通してパルフェムに回ると、彼女も歳相応の字で署名した。

 

[只今、ここにトライトン海域共栄圏が成立致しました。皆様拍手を願いします]

 

大会議場が拍手に包まれる。あたしもいつの間にか拍手してた。なんでかしらね。

鳴り止まない拍手。でも、そのうち拍手の中に、

異質な存在が交じっている事に皆が気づき始めて、少しずつ拍手は小さくなり、

ただひとりが手を叩くだけになった。

 

大会議場の入り口に、いつの間にか一人の男性が立っていた。

グレーのスーツに白髪の、眼鏡を掛けた男性。

彼が拍手をやめると、中央の3人に向かって歩き出した。

彼が皇帝達の前で止まると、優しい声で語りかけた。

 

『やあ。調子はどうだい』

 

「……その条約章が、我々の出した結論だ。貴方自身で確かめて欲しい。」

 

『失礼するよ』

 

彼は調印文書を丁寧に手に取ると、文言に指を滑らし、最後に3人の署名に目を通した。

そして人間体のメタトロンは何度もうなずき、労を労った。

 

『よく、頑張ったね。

君達が撒いた種が芽吹くのか、枯れてしまうのか、今はわからないけど、

この時代を君達に任せても大丈夫みたいだね。

ありがとう。僕の早まった結論を正してくれて。僕に希望を見せてくれて。

本当は、知っていたんだ。時を超えられる僕が、

この世界で何度も人同士で滅ぼし合う様を。

でも、異世界から来た不確定要素たる彼女によって、未来は書き換えられた。

ようやくわかった。人は自分を変えられる』

 

メタトロンの目から一筋の涙が見えたような気がしたんだけど、気のせいかしら。

とにかく彼が、両手を広げると、天から迎えが来るように、光が頭上から降り注ぐ。

 

『100年後に、また来るよ。今より更に素敵な世界になっていることを信じて。

それまで、戦車は預けておくよ。さようなら。さようなら……』

 

光に包まれ、議員達がどよめく中、スーツ姿の天使長は天に舞い上がった。

それは同時に、世界の危機が去ったことを意味していた。

皆、しばらく状況を受け入れられず、無言だったけど、やり遂げたことを理解すると、

周りの者と抱き合い、涙を流して喜びあった。あんたら何にもしてないけどね!

ついでに、あたしに抱きつこうとしたおっさんにグーパンしといた。

 

 

 

2日後。帰国の準備を終えたあたし達は、

クイーン・オブ・ヴィクトリー号の停泊する埠頭に集まっていた。

出迎えにヘールチェや、多くの議員、大段幕を掲げた野次馬が集まっていた。

んー、今度は何書いてんだ~?

あたしがちょっとでもイラつくこと書いてたら、サイレンサー付きリボルバーで……

 

“平和をありがとう!”

“あなたたちの勇気に感謝と敬意を!”

“ゼッタイまた来てね!”

 

……ふん、現金なやつらめ。もっと褒めるが良い。あ、ヘールチェと皇帝が握手してる。

入国時と状況が似てるようで全然違うわね。

 

「ありがとうございました……

サラマンダラス帝国皇帝、そして桜都連合皇国の幼き姫よ。

この国のみならず、この世界全ての命を救って頂き、感謝してもしきれません。

当分は事後処理でお会いできないかと思いますが、

後日改めて表敬訪問並びにお礼に伺います」

 

「我が国のことは気を遣う必要はない。

むしろ世界の危機をいち早く知らせた、貴国の功績も決して無視はできない。

これからはトライトン海域共栄圏の発展のため、共に力を尽くそうではないか」

 

「皇帝陛下……はい、多くの国民の誤った選民意識の改革には、

長い年月が掛かるでしょうが、必ず成し遂げて見せます。100年後の子孫のために」

 

「はは、パルフェムは100年どころか、今帰っても総理の椅子は無いでしょうけど……」

 

自嘲気味に笑うパルフェム。ちっちゃい子がそんな顔するもんじゃないわよ。

 

「キサラギ首領、あなたには多くを手放す選択を強いてしまい、

お詫びのしようもありません……」

 

「でも構いませんの!里沙子お姉さまが妹にしてくれるって言ってましたから!」

 

と、思ったらパッと表情を変えるパルフェム。

お別れとかそういうの苦手っつーか面倒で、船首のへりで風を浴びてたあたしは、

とんでもない話に危うく海に落ちそうになった。

 

「ちょっとー!誰がそんなこと言ったの!家に泊めるって言っただけで!」

 

「波の音でちっとも聞こえませんわー!

そういうことですので、今後はパルフェム・マダラメとお呼び下さいませ!」

 

「あはは……」

 

「ハハ、彼女にかかっては里沙子嬢も型なしであるな!」

 

「話を聞きなさいよ!あたしは「間もなく出港でーす」うるさい!」

 

ラストシーンが海だから、

“ゼロの焦点”みたいな黄昏れたラストを一瞬でも期待したあたしが馬鹿だったわよ!

もういい、部屋戻って泣く。お家に帰るまで絶対出ないから、飯時以外は!

 

 

 

 

 

いろいろあったけど、魔国ともお別れなのだー。

政治のことはチンプンカンプンであーるが、

アヤの発明があれば上手く行くこと間違いなしなのだ!

……あ、皇帝からお預かりしたS.A.T.S Ver2.0の点検整備をしなければ!

部屋の鍵を開けると、アヤは、アヤは!?おおおお!

 

なんと!S.A.T.S Ver2.0のケースが紅く光っているではないかー!一体これは何ぞや!

急いで開けようとしたが、とんでもない熱さに思わず手を引っ込めてしまったー!

このままではアヤの最高傑作が~……あれ?紅い光はすぐに収まって、

それまでの熱さが嘘のように、元の鋼鉄製ケースのひんやりした感触が戻ったのだ。

 

すぐさま開けて中身の無事を確かめるー。よかった、異常は無いみたいなのだー!

むむっ?フロッピーが2枚飛び出ているのだ。壊れてないといいのであーるが……

手にとって確認するけど、アヤはこんなフロッピー作った覚えはないのだ。

 

[CHARIOT CODE]

[DEADLY CODE - the SUN]

 

 



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1.幽霊船 2.婚約者?
1.鋼鉄の咆哮シリーズの続編、いつまでも待ってるわ。できればガンナー希望。


「あー……」

 

魔国で世界滅亡の危機を乗り越えたあたしは、

クイーン・オブ・ヴィクトリー号の自室で、ぼんやりと天井を見ながら、何も考えず、

ベッドにへばりつくように横たわっていた。

本来面倒くさがりなのに、いろんなことがありすぎて、もう何もする気が起きない。

今思うと、あたしも何で必死になってたのかしら。数日前の記憶がもうあやふや。

もーいい。マンマごはんたべさせてー。

 

小さくつぶやいても、要介護度3辺りの寝たきり老人のようなうわ言を漏らしても、

ただ疲れに蝕まれるあたしを介護してくれる人は誰もいない。

海を進む戦艦に、ゆりかごのように揺られて、眠りに落ちようとした、んだけど。

 

ドゴン!と、腹に響く重い爆音と揺れに叩き起こされた。

やめてよ!心臓が飛び出るかと思ったじゃない!

うっかり南海トラフ地震が来たのかと思ったわ。

 

そう言えば、阪神大震災の時も夜中っていうか明け方で真っ暗だったから、

てっきり親父の気が狂って、両肩を掴んで上下に揺さぶられてるのかと思ったもんよ。

ん、年齢と時期が合わない?この企画は時空がねじ曲がってるからいいのよ。

壁に固定されてるランプを点ける。

 

揺れでトランクが隅っこに放り出されて、中身が散らばってたけど、ガンベルトは無事。

とにかく銃を装備して、サイレントボックスを唱えて、

ピースメーカー片手に部屋を飛び出す。

 

甲板に出ると、既に皇帝陛下が到着してて、

ダイヤモンドの装飾が光る剣の柄に向かって、

何者かと通信、というより怒鳴り合っていた。

 

「一体何の真似だ、ガリアノヴァ!!」

 

“お前らが止まってくれねえから、仕方なく発砲せざるを得なかったんだよ!ガハハ!”

 

「貴様と話すことなどない!

帝国に帰還したら、我が艦隊が総力を挙げて貴様らを海の藻屑にしてくれる!」

 

“おお怖い怖い、

確かてめえらは八紘一宇とかいうモンで、世界平和をおっ始めたんじゃなかったのか?

マグバリスだけ除け者にするってことは、

いきなり神さんに嘘つくってことになるんじゃねえのか、ん?”

 

「奴隷貿易や薬物密売の国際犯罪を繰り返す野蛮人を放置しておく方が、

余程平和に対する罪だ!とにかく貴様を相手にしている暇はない!」

 

“おいおい、何急いでんだよ。ちょっとくらい遊んでくれてもいいだろうが、

こんな風によう!”

 

一旦そこで通信が途切れる。その間を見計らって、皇帝に駆け寄る。

 

「皇帝陛下、一体何が起こっているのですか!?」

 

「マグバリスの大帝ガリアノヴァが攻撃を仕掛けてきた。

戦艦を引き連れて待ち伏せしていたらしい!」

 

「あの、マグバリスとは?」

 

「犯罪行為で国益を得ている厄介な発展途上国だ!

里沙子嬢、とにかくアヤからベルトを受け取ってきてくれ!

我輩はここで指揮を執り、奴らの攻撃を回避しつつ、全力で魔国領海から離脱する!」

 

「はい、今すぐ!」

 

今でもパニクってるあたしは、ひたすらアヤの船室を目指し、何度もドアをノックした。

 

「アヤ、大丈夫!?ベルトを貸してちょうだい!皇帝陛下に必要なの!」

 

ドアが開く。アヤも混乱気味で飛び出してきて、頭がボサボサ。

だけどベルトのケースだけはしっかり抱えていた。

 

「はわわわ!これがベルトであーるよ!

一体何が起こったのかアヤにはわからないのだー!」

 

「マグバリスっていう北朝鮮みたいな国が攻撃してきたのよ!

あなたは船内に隠れてて!」

 

「かたじけのうござる!アヤはここで作成中の我が子を守っているのだー!」

 

彼女を船内に避難させると、急いで甲板に戻ると、その瞬間、皇帝の大声が飛んできた。

 

「伏せろ!敵の砲弾だ!」

 

考える前に身を伏せると、頭上を無数の砲弾が通り過ぎて行った。

操舵手が舵を切って回避行動を取るけど、一発が後ろのミズンマストに命中、

柱にダメージ。全速前進を続けると、帆が受ける風圧に耐えきれず、

最悪折れかねないから、やむを得ず水兵が一枚帆を畳んだ。

あたしは素早く皇帝に駆け寄り、ベルトのケースを渡した。

 

「皇帝陛下、これを!」

 

「おお、済まぬ!」

 

皇帝は早速ケースからベルトを取り出し、装備。そして宣言。

 

「変身!」

 

仮面ライダーフォートレスに変身した皇帝だけど、残念ながら空は飛べないし、

海にドボンしたら永遠にさよならすると思うから、ゆっくり行動していってね!

皇帝はフロッピーディスクをドロー。ドライブに装填。

 

[ATTACK CODE]

 

システム音声と共に、皇帝の右腕に魔術装甲専用銃・バトルクーガーMK48が収まる。

彼がバトルクーガーを構える。あたしはその時になってようやく、

クイーン・オブ・ヴィクトリー号を追いかけてくる敵艦隊の姿を見た。

戦艦が3隻、巡洋艦クラスが……4隻かしら。あと、小型の奇妙な船がたくさん。

 

「耳を閉じておれ!」

 

あたしが両手を耳に当てると同時に、皇帝の銃が火を吹いた。

音速を突破した銃弾は、先頭の戦艦艦首に据え付けられた連装砲を貫通、

直後に爆発した。すると、また敵艦から通信。

 

“ハッハァ!やるじゃねえか!サラマンダラスの王様に、全門斉射で乾杯だ!”

 

戦艦や巡洋艦が艦首に装備した砲を発射してきた。皇帝が総員に司令。

 

「全員、何かに捕まって伏せろ!」

 

その一瞬後に、敵のカロネード砲弾が左舷に命中、激しく船体を揺さぶる。

あたしは舷側に捕まってなんとか耐えたけど、後ちょっとで吹っ飛ばされそうだった。

重装甲の皇帝すら、足を取られそうになった。

……どうでもいいけど、何か寒気がするのはなぜかしら。

青い空で太陽があたし達を照らしてるのに。

 

「いい加減にしろガリアノヴァ!このままではお前達も死ぬのだぞ!」

 

“皇帝陛下様が命乞いか?だがな、そういうときはもう少し下手に出るもんだぜ。

じゃないと、こんなものが飛んでくることになるんだよォ……”

 

通信が終わると同時に、小さな船が多数、

敵艦隊を離れて小柄な船体を活かしてハイスピードで迫ってきた。

 

「あれは……火船です!」

 

「迎撃するぞ!手を貸してくれ!」

 

火船ってのは、火薬を満載して敵にぶつける小型の船よ。

魚雷の先祖と言ってもいいかもね。

ただ、装甲は殆どゼロだから、狙いが正確なら迎撃は簡単。

 

「陛下、わたくしの耳は気になさらず、狙撃に集中してください!

しばらく魔法で体全体を無音状態にします!」

 

腹をくくったあたしは、サイレントボックスをかけ直す。

激しい戦いの中、あたし一人が音のない世界に包まれる。

あたしはピースメーカーを構えると、うようよ近づいてくる小舟に山積みされている、

赤い樽を狙い撃つ。弾丸が命中すると、火船が大爆発を起こした。

 

隣では皇帝がバトルクーガーが同じく火船を迎撃している。やっぱり変ね。

いくら数で差を付けられてると言っても、こっちだって戦艦なんだから、

何か武装で反撃すればいいのに。時間稼ぎはできると思うんだけど。

ああ、それにしても寒い!海ってこんなに寒いものなのかしら。

 

今は会話すらできないし、火船の迎撃で忙しいから、その疑問は置いときましょう。

皇帝は考えなしの行動を取る人じゃない。今は眼の前の敵に集中!

あまり火船との距離はないと思った方がいいわ。爆発でこの艦まで損傷を受ける。

実際爆風が艦を揺らしてる。

 

まず6発を撃ち尽くし、リロード開始。

ローディングゲートを開け、人差し指で素早く排莢、そして一発ずつ急いでリロード。

言っとくけど、この作業結構辛いのよ。

発射薬の爆発で熱を持ったシリンダーを回しながら、

火傷するほど熱い空薬莢を排出するんだから。熱い。手袋買おうかしら。

とにかくリロード完了。再び火船の迎撃に移る。

 

皇帝がリロード中に標的を減らしてくれたから、火船の数も減ってきてる。

その時、また通信が入ったらしく、アーマーの通信機で何か話してる。

会話の内容が気になったあたしは、サイレントボックスを掛け直して、

手元に効果を限定。二人の会話が聞こえてきた。

 

“降参するなら今のうちだぜ、皇帝さんよ!”

 

「何度言えばわかる!

貴様も我々も一刻も早くこの海域を離れなければ、どうなるのかわからんのだぞ!」

 

“あーあー、悪あがきも聞き飽きたぜ。とりあえず、こっちの要求だ。

マグバリスもなんとか共栄圏に入れろや。

確かそこじゃあ、お互い経済発展について協力するんだよな?

当然貧乏な俺達にも、資金援助や技術協力やってくれんだろうな。嫌とは言わせねえ。

それがお前らのぶち上げた理想なんだからな。……あと”

 

「あと、何だ!……操舵手!速度を緩めるな!もうじき魔国の領海を抜ける!」

 

“知ってるぜ。皇国のチビ助も乗ってるんだろう?そいつ渡せ。

アイツのせいで俺の国沖合で10時間も泳ぐ羽目になったんだからよう!”

 

「慈悲の心でこの言葉を送る。バカも休み休み言え。

貴様ら蛮族が皇国に戦で勝てるとでも思っているのか?

お前が鋼鉄の戦艦に殴られて泣いて帰る様が目に浮かぶ」

 

“……てめえ、死にてえのかよ!もう遊びは飽きたぜ。全艦、全武装再装填。

目標の……なんだ、うるせえな!何、なんだありゃ!魔国の援軍か!?”

 

冷たい風の吹き荒ぶ中、皇帝に尋ねる。

敵艦隊の向こう側でなにやら戦闘が起こっている。

あら?いつの間にか雲ひとつなかった青空が、暗い雲に覆われてるんだけど。

 

「魔国の空撃部隊でしょうか」

 

「違う……!魔国はまだ混乱が収まりきっておらず、軍を動かす余力がない。

間に合わなかったか!」

 

「どういうことですか?」

 

皇帝が答えようとしたその時、艦の見張員が叫んだ。

 

《超巨大幽霊戦艦、ジャックポット・エレジー出現!》

 

ジャックポット・エレジー!?確か、魔国の駐在所で見た、幽霊船の賞金首!

賞金額がとんでもないことになってたから、まともに戦うと……厳しいわね。

敵艦隊後方に展開している巡洋艦が、何者かの攻撃により粉砕され、轟沈していく。

 

マグバリスの艦隊が次々と粉砕され、強引に前進してくる正体不明の何か。

まだ先頭の戦艦が邪魔で見えないけど、

まるで塔のように高く青白いオーラが立ち上っているのは確認できた。

 

“全艦、回頭!幽霊船に総攻撃!”

 

すると、あたし達を狙っていたマグバリス艦隊が、

幽霊船に向けてUターンし、戦闘を開始した。

でも、敵主砲の直撃を受けた巡洋艦が、轟沈。

粉々に砕けて空を残骸が空を舞う姿は、沈没したというより、

単純に破壊されたとしか表現のしようがない。

 

“撃て、撃て撃て!”

 

皇帝の通信媒体から、マグバリス艦隊の混乱と悲鳴が聞こえてくる。

ようやくあたし達にもその姿が見えてきた。

両舷に備えられた無数のカロネード砲を全門発射し、

砲弾は人魂のように青い尾を引いて、巡洋艦に命中。全艦を粉砕。

ジャックポット・エレジーは残る戦艦にも容赦なく襲いかかる。

 

艦首に搭載された三連装三基の主砲が一斉発射され、

今度は人魂ではなく、青白いエネルギーの束を放った。

9本のレーザーを食らった戦艦の一隻が、跡形もなく燃え尽きた。

もう完全にその姿が見える。クイーン・オブ・ヴィクトリー号を上回る巨大な船体。

 

両舷には60門ずつのカロネード砲。後甲板にも副砲らしき連装砲二基。

高い帆が3本立ってるけど、よく見ると風を受けていない。

その巨体を突き進ませているのは、怨念。

新たな仲間を求める殺意のままに、ただ目につく船をひたすら沈め続けているのだ。

 

「皇帝陛下、後ろの連中が囮になっている間に撤退しましょう!」

 

「……無理だ、奴の速度は我が艦より遥かに上だ。

ただでさえマストにダメージを受けている。マグバリスを始末したら、

今度は我々を追いかけてくるだろう」

 

「陛下はこのことを!?」

 

「うむ、出港の際、シャープリンカー女史から警告を受けていた。

曇りの日は幽霊船が出没するため、晴れているうちに全速力で領海を離れるようにと!」

 

あたし達が話していると、また爆音が。

戦艦が真正面からレーザー砲を食らい、消滅した。

 

“助けてくれぇ!殺される!”

 

「お前など要らん。我々は幽霊船の対処について協議中だ。自慢の砲を食らわせてやれ」

 

“頼むよ、バカみてえに固くて何も効かねえんだ!”

 

「幽霊船のスペックが少しでもわかったことは収穫ですわね」

 

“そっちに泳いでいくから、引き上げてくれ、頼む!”

 

「モタモタとお前に構っていたら2隻仲良く轟沈だ。さらばだ」

 

“そんな!?もうお前らには手を出さねえから!後生だ!頼む……”

 

次の瞬間、幽霊船の主砲が光り、

輪郭が揺らめく炎のように燃え上がるレーザー砲が放たれた。

 

“ギャアアアーーーーッ!!”

 

ガリアノヴァの悲鳴と共に、敵艦隊旗艦が凄まじい衝撃波で、

舳先から見えない壁に激突するように、散り散りに粉砕されていく。

砕かれた破片が、熱エネルギーで燃え尽きていく。

 

「無法者の末路か……だが、次は」

 

そう、あたし達。ジャックポット・エレジーはガリアノヴァ艦隊を殲滅すると、

しばらく動こうとはしなかった。

 

カラン…カラン……

 

ただ悲しげな鐘の音を響かせながら、

クイーン・オブ・ヴィクトリー号の後方500mで停止している。

ひょっとしてチャンスかも?

 

「陛下、どうしますか?動いていない今なら逃げられる可能性が」

 

「無理だ。奴は今、ガリアノヴァ艦隊の乗組員の魂を取り込んでいるだけだ。

間もなく動き出すぞ」

 

皇帝の言った通り、幽霊船は1分も経たないうちに、

聞く者の不安を掻き立てる不気味な汽笛を上げ、こちらに向かって進み始めた。

即座に皇帝が指示を飛ばす。

 

「全ての帆を張れ!折れても構わん!」

 

《アイアイサー!!》

 

ダメージを受けたミズンマストを含め、全てのマストをフル稼働して、

限界まで風を受ける。

ギシギシとミズンマストが悲鳴を上げるけど、皇帝は次の命令を下す。

 

「面舵一杯!奴の正面に立つな!何としても後ろを取れ!」

 

《おもかーじ、いっぱーい!》

 

戦艦の巨体が海面に大きな弧を描いて、

ジャックポット・エレジーの背後に回ろうとするけど、

動き出した敵が徐々にスピードを上げ、なかなか後ろを見せない。

もっとも、後ろが無防備だなんて保証もないんだけど!

しかも、そこにたどり着くまでには試練が待ち受けてる。

60門のカロネード砲を備えた奴の横腹の前を横切らなきゃならない。

 

《右舷に発射反応!攻撃、来ます!》

 

「総員、対衝撃姿勢を取れ!」

 

ジャックポット・エレジーの右舷カロネード砲60門に、

人魂のような青白い炎が一斉に現れた。

あたしもまた適当な出っ張りに掴まって衝撃に備える。

そして、全速前進を続けたままのクイーン・オブ・ヴィクトリー号に、

60発の砲弾が放たれた。

 

着弾までじっとしてたわけじゃないから、全弾食らってはいないけど、

10発程度が右舷に命中。大爆発を起こした。あちこちで悲鳴が聞こえる。

いや、よく聞くと乗組員だけじゃない。炸裂した砲弾から、

ジャックポット・エレジーを構成する怨念が心に滑り込んでくる。

 

【次こそ、次こそ宝の島に違いないんだ……】

【キャリー、ボビー、父ちゃん宝島を見つけたぞ!また一緒に……】

【ちくしょう、何でこんなところに来ちまったんだ……】

【父さん、母さん、先立つ不孝をお許しください。本艦は間もなく沈没……】

 

《俺達も、ここで死ぬのか……?》

《あんな化物勝てっこない!》

 

良くない傾向ね。死んでいった船乗りの怨念に当てられて、船員の士気まで下がってる。

あたしは銃をM100に持ち替えて、早口で強装弾の魔法を掛ける。

奴のカロネード砲を狙って、トリガーを引き、45-70ガバメント弾を放った。

 

揺れる船上で狙いを着けるのに少し手間取ったけど、的がデカいから見事に命中。

1門の砲に飛び込んで、内部で炸裂。

致命傷を与えたらしく、1門だけとは言え、霊体の砲がかき消えた。

たった1門。だけどこれが効いたらしく、弱気になっていた船員の士気が戻った。

 

「みんな見て!拳銃でも砲が潰せたのよ!諦めないで!」

 

《よーし……俺達もやってやる!残った砲はいくつだ!》

《食らったのは右舷!まだ22門生きてる!》

《全部装填済みだ、いつでも撃てる!》

 

「里沙子嬢、礼を言う。……右舷、目標巨大幽霊戦艦、全砲門、放て!」

 

皇帝の号令とともに、こちらの舷側からカロネード砲が一斉発射され、

22発の砲弾がジャックポット・エレジーに飛びかかった。

ほぼ全ての砲弾が命中、爆発し、60門の砲を約半分にまで減らした。

同時に、ほんの数秒敵艦のスピードを減少させ、

舷側の砲の射程圏内から抜け出すことに成功。

 

問題は艦尾の副砲。

ぴったり後ろに張り付けば大丈夫だってことは、皇帝もわかってると思うけど、

やっぱりスピードの差が歴然。操舵手の操艦でなんとか後ろを取ってるけど、

これ以上引き離されたら、副砲の餌食になる。とっとと沈めなきゃ。

いつの間にか雲の黒が濃くなり、嵐の中での戦いになっていた。

 

今度は皇帝の指示で、甲板前方の250mm連装砲が吠える。

至近距離で砲弾がジャックポット・エレジーの艦尾に命中する……

だけど、確かにとんでもない硬さだわね!装甲の表面が剥げた程度。

弾薬庫の砲弾全部浴びせても、こいつを倒すのは無理そう。

 

うねうねと自由に海を駆ける敵艦の後ろのポジションを取り続けるのは難しい。

操舵手のコントロールが一瞬乱れ、敵艦の船体から離れてしまった。

つまり、副砲の射線上に入ったってこと。連装砲二基にエネルギーが収束する。

甲板上にいた全員が死を覚悟する。

 

[DEFENSE CODE]

 

そのシステム音声が聞こえると、大きな盾を構えた巨大な影があたし達の前に立ち、

ジャックポット・エレジーが副砲のレーザー砲を発射。同時だった。

皇帝が砲撃を受け止めた。いや、受けきれていない。

盾を完全に焼き消され、重装甲のアーマーも大破し、後ろにふっ飛ばされた。

 

「ぐああああっ!!」

 

「皇帝!?どうしてこんな無茶を!」

 

「……ぐっ、艦が沈めばどの道死ぬ。より生存率の高い行動に出たまでだ」

 

「あなたが死ねば国はどうなるのですか!

そもそも、一度攻撃を凌いだだけではどうにも……」

 

「ふっ、なるものだよ……」

 

その時皇帝が、かろうじて生きていたフロッピーディスクホルダーに手をかざし、

1枚のフロッピーを取り出した。

タロットの“戦車”を思わせるイラストがラベルに描かれている。

 

「それは!?」

 

彼は何も答えずドライブに装填。

 

[CHARIOT CODE]

 

“戦車”の力を得たフロッピーのデータがバックル部分に送り込まれると、

皇帝のアーマーが炎のようなオーラに包まれ、あたしも思わず後ろに下がる。

彼を包む炎は眩しく光り、何者も寄せ付けない。

そのオーラが静まり、あたしの視界が戻ると、思いもよらない物を見た。

 

皇帝陛下が、更に変身を果たし、新しいライダーに変貌していた。

ボロボロになった装甲が完全に修復され、一回り大きくなった。

特にショルダーガードと脚部ユニットが大型化されている。

カラーがメタトロンを思わせる白になり、

その姿はまさに、人間サイズになった天使長そのものだった。

 

新形態のライダーは起き上がると、ドシンドシンと大きな足音を立てながら甲板を歩き、

黙ってフロッピーホルダーから一枚フロッピーをドロー。ドライブに装填した。

 

[ATTACK CODE]

 

バックルがコードを読み込むと、

彼の右手に巨大な銃、新式バトルクーガーMK48が現れた。

身長の半分はあろうかというほど銃身が大型化し、100発は入る長いマガジンが特徴。

命中精度も威力も飛躍的に上昇している。

 

強化された魔術装甲専用銃を手にすると、今度は両方の脚部ユニットの足が光りだし、

その重量のあるボディを持ち上げた。

低高度のホバー移動が可能になった仮面ライダーフォートレスが、

ふわりと空を舞い、ジャックポット・エレジーに接近。

バトルクーガーを構え、ヘッドギアのサーチアイが照準を定める。

あたしはとっさに耳を閉じる。

 

「そこだ!」

 

バトルクーガーの銃口から、燃える衝撃波と小口径砲クラスの銃弾が吹き出した。

皇帝に狙いを変え、砲身を空に向けようとしていた副砲二基に命中。

弾丸は砲塔を貫通し、内部で爆発し、敵艦の後甲板武装を無力化した。

そのまま皇帝は、甲板に着地。フロッピーをドロー。ドライブに装填。

 

[DEADLY CODE – the SUN]

 

皇帝が“太陽”のフロッピーをドロー、装填。最後の時が訪れる。

コードが発動すると、次元を超えて、

人間が側に近づけるほどの大きさになった太陽戦車が、彼の側に降り立ち、

光を放って融合を始めた。時間にしてほんの一瞬だったけど、次の瞬間には、

燃えるたてがみの4頭の馬が、ライダー用の側車付き大型バイクに変身していた。

 

「……はっ!」

 

バイクに飛び乗ると、皇帝はエンジンを唸らせ甲板から飛び出し、

空飛ぶ太陽戦車の力で、海面の上を疾走する。

危機を察知したジャックポット・エレジーが、

60門砲で皇帝の駆るバイクに無数の砲弾を浴びせるけど、

彼のバイクは桁外れの加速力で、着弾までに散布界から抜け出していた。

 

「往くぞ!」

 

攻撃をくぐりぬけた皇帝は、そのまま海の彼方へ走り去り、

あたし達が目視できない位置で引き返した。

そしてギアを最速にし、フルスピードでジャックポット・エレジーに向けて突進。

アクセルを限界まで吹かし、急加速を続け、やがて音速を突破。

 

ついには大気との摩擦で全体が燃え上がり、

それでも温度上昇はとまらず、ひとつの小型太陽と化す。

再びヘッドギアのサーチアイが目標を捉える。狙うはジャックポット・エレジー艦首。

 

「うおおお!!」

 

海を焼く巨大なバイクは、

運動エネルギーと、その身にまとった全てを焼き尽くす炎で、敵艦に激突した。

皇帝の太陽戦車は超大型幽霊戦艦に真正面から突っ込み、装甲を貫通し、

一気に艦尾まで飛び出し、内部を食い破り燃え上がらせた。

 

チャリオット形態のDEADLY CODE、

チャージ・オブ・バーニングサン(アヤが命名。皇帝は勝手に〈略)で、

致命傷を受けたジャックポット・エレジーに最期の時が訪れる。

既に形を保つのも困難な損傷を受けた幽霊船は、崩れゆきながら、

輝く人の姿を天に舞い上げる。多分、悲劇的な最期を遂げた船乗り達の魂だと思う。

 

【うああ……助けてくれ、助けてくれ……】

 

スキンヘッドの男は天に召されることなく、

最後まで海でもがきながら、最後まで助けを求めながら、やがて力尽きて沈んでいった。

見たことはないけど、最初にあたし達を襲ってきた艦隊のリーダーね、きっと。

 

皇帝の戦いを見ていることしかできなかったあたし達は、

いつの間にか天気が元の快晴に戻っていることに気づいた。

悲しい霊が形を成した、ジャックポット・エレジーの呪いから解き放たれ、

穏やかな潮風が再びクイーン・オブ・ヴィクトリー号をゆっくりと運んでいく。

 

あたし達が安堵していると、皇帝が甲板に戻ってきた。

彼が変身を解くと、海上に待機させていたバイクが、

再び元の4頭立ての太陽戦車に戻り、空を駆けて在るべき世界に戻っていった。

 

「うむ。神の戦車の力は凄まじいものがある」

 

「皇帝陛下、お怪我はありませんでしたか?」

 

「気遣いは無用である。二度目の変身を果たした時、痛めていた身体が完全に回復した。

まさしく、神のご加護であろう。むしろ里沙子嬢、心配すべきは貴女の方である。

すっかりずぶ濡れであるぞ。風邪を引く前に着替えるがよい」

 

「……あら、いやですわ。みっともないところを」

 

なんか動きにくいと思ったら、嵐や大時化で服がびしょびしょで身体に張り付いてる。

濃い色の服だからよかったけど、白のブラウスだったら色々見えてたところだったわ。

別に気にするほど御大層なもんじゃないけど。

 

「一旦失礼致します。

わたくしは特に負傷しておりませんので、服だけ着替えて参ります」

 

「済まぬ。我輩は人員や船体の被害状況を確認しなければならん。

……各班のリーダーは点呼を取れ!」

 

あたしは、水兵達の力強い返事を聞きながら、自分の船室へ戻った。

すぐに濡れた服を脱いで、バスタオルで身体を拭いて替えの服に着替える。

でも、まだ足が気持ち悪い。靴って服より乾きにくいのよね。

これで歩き回るの、なんだかやだわ。

 

う~ん、別に皇帝に連絡事項もないし、このまま休ませてもらいましょう。

ベッドに入ると、乾いた服の心地よさと、溜まった疲れですぐ眠ってしまった。

 

 

 

 

 

そして、クイーン・オブ・ヴィクトリー号は、予定より大幅に遅れたものの、

サラマンダラス帝国、ホワイトデゼール領の港に無事到着した。

航海が長引いて、食糧不足の心配が出てきたタイミングでの帰国だったから、

ギリギリセーフね。

 

査察団は、迎えの馬車に乗り込んで、一度帝都に向かう。

あたし達は行きと同じメンバーで馬車に揺られている。

当然黙っているのはカシオピイアくらいのもので。

 

「リサ、リサ、新型S.A.T.S Ver2.0について詳しく教えて欲しいのだー!

この目で仮面ライダーフォートレスを見たのは一度だけであーる!

いつも間近で見てるリサが羨ましいのだー!」

 

「しょうがないじゃない。あたしが使う使わない決めてるわけじゃないんだから。

えーと、こないだの新型はね……」

 

「ほうほう!」

 

あたしはアヤに更に強固になったアーマーやら、新しい必殺技を始めとして、

その他細々した点を、彼女の気が済むまで説明させられた。

 

「……まあ、こんなところよ。Ver3.0にでもすれば良いんじゃない?」

 

「わああ……まさか神秘の力と機械技術が奇跡の融合!

アヤも皇帝と戦えるよう、剣を習得すべきなのか思案のしどころで、あーる!」

 

「将軍に稽古でも付けてもらったら?」

 

それでパルフェムがこれ以上我慢してるはずもなく。

 

「機械オタクばっかりずるいですわ!

里沙子お姉さま、パルフェムともお喋りしましょうよ!」

 

「わかってる。わかってるけど、機械オタク呼ばわりはやめてあげなさい。

アヤのおかげで助かったこともあるんだから」

 

「むー、わかりましたー。今度会う時までに呼び名を考えておきます~」

 

「普通にアヤさんでいいんじゃない?」

 

「普通じゃつまらなくてよ。それじゃあさっそく、パルフェムの髪を梳いてください!

久しぶりにお姉さまの手で!」

 

「はいはい、こっちいらっしゃいな」

 

パルフェムを膝に座らせて、彼女の髪に櫛を滑らせる。

気持ちよさそうにあたしに身を預けてる。

もし今、彼女のツインテールを全力で真横に引っ張ったら、

彼女との関係はどうなってしまうのかしら。

あたし、時々気がついたらそんな破滅的な想像をしてることがあるの。

 

幸いそんな潜在的破壊願望を実行に移すことなく、

いつの間にかパルフェムはあたしの上で寝てしまった。

頭皮を櫛で刺激されて気持ちよくなったのかしらね。

そんなあたし達を、ほんの少しだけ眉をハの字にして見つめるカシオピイア。

 

「わかってるわよ。後であなたもやったげるから」

 

「うん。お姉ちゃんは、ワタシの、お姉ちゃんだから」

 

「15の娘に対抗意識燃やすんじゃないわよ、みっともない」

 

それから、往路と同じくサラマンダラス要塞で一度降りて一泊。

トライトン海域共栄圏成立を記念して、軍楽隊の演奏があたし達を出迎えた。

勇ましいマーチに迎えられながら考える。

正直、この構想が上手くいくかはまだ不透明だと思う。

 

メタトロンをなだめるための、その場しのぎだったって言うやつもいるだろうし、

それもあながち間違いじゃない。

多くの反対意見を半ば無視した、急ごしらえの協定なのは事実なんだし。

あたしの膝で寝息を立てるこの娘は特にそう。

多数の議員で構成される政党の賛否を問わず勝手に決めちゃったんだから、

今後の立場は決して望ましくない。

 

あと、皇帝の鶴の一声で参加が決まったけど、サラマンダラス帝国だって例外じゃない。

内心不満を抱いている幹部は多いだろうし、共存共栄は決まったけど、

具体的に何をどうしていくかは、今後の国同士の判断に委ねるしか無い。

 

つまり、あたしにできることはもうないってこと。

二人に両側から耳に綿棒突っ込まれてる、今のあたしにはね。

 

翌日、査察団は解散され、それぞれの故郷への馬車に乗る。

その前に解散式として皇帝から一言。演説台に立った皇帝が、皆を見回して言葉を紡ぐ。

 

「諸君、幾多の困難を乗り越え、よく任務を全うしてくれた。

一人も欠けることなく、こうして帰還できたことを嬉しく思う。

神界塔の調査のみならず、

トライトン海域共栄圏の構築という大事を成すことができたのは、

ひとえに諸君の尽力あってのことである。我輩は諸君の勇気と力に敬意を表す。

平和を誓うことは容易い。それを守り続けられるかどうかで人は試される。

今後、サラマンダラス帝国は難しい局面に入るだろうが、

諸君が我が国の誇りであることに変わりはない。

他国での任務、長期に渡る航海。疲労も溜まっているだろう。

皆、故郷に戻り、ゆっくりとその身を休めて欲しい。本当に、感謝している。

我輩からは以上だ」

 

皇帝が演説台から下りると、査察団や周囲の兵士から拍手が湧き上がる。

さあ、帰りましょう。あたし達の田舎町に。

馬車に乗り込んで、再び同じメンツでハッピーマイルズを目指す。

半日馬車に揺られて、辺りが真っ暗になった頃、ハッピーマイルズ軍事基地に到着。

まず、先に降りた将軍とアヤにお別れ。

 

「此度も貴女に世話になったな。貴女が提唱した共栄圏は長く歴史に残ることだろう」

 

「わたくしは過去の反省を、未来の平和に活かしたかっただけです。

将軍もゆっくりお休み下さい」

 

アヤがバツの悪そうな様子で近づいてきた。

 

「リサ。アヤは仕事がたくさんあったり、人に言っちゃいけない研究もしてるから、

これからはあんまり会えないのだ……」

 

あたしは指を顎に当てて少し考える。

 

「……ねえ?マリーの店でスマホ買い占めたの、あなたでしょ」

 

「あわわ!どうしてそれを?」

 

「あんなの欲しがるやつなんて、

変身システム知ってる、あたしかあなたしかいないでしょ。

それでちょっと提案があるんだけど」

 

「提案?」

 

「毎週うちのシスターが日曜ミサ開くから、イラつき回避のために、

午前中街で時間潰してるんだけど、マリーの店待ち合わせ場所にして日曜に遊ばない?」

 

「えっ、いいのであーるか!?リサはミサに参加しなくても」

 

「あたしが家主だからどう動こうと勝手なのよ。それでどう?」

 

「行く!流石に日曜はアヤもお休みなのだ!」

 

「決まりね。次の日曜会いましょう。おやすみなさい」

 

「おやすみなのだー!」

 

馬車が出ると、大きく手を振る彼女に、窓から手を振り返しながら、

あたし達の家、ハッピーマイルズ教会に向かった。

馬車なら市街から教会まで10分足らず。明かりの点いている建物。

要するにあたしの家に到着。

 

馬車から降りた瞬間、ホッとした空気が胸に湧き上がり、緊張がゆるむ。

旅行から帰る度に感じるあの感覚。

よくオジサンオバサンが“やっぱり家が一番だ~”って言ってるけど、

だったら最初から家でゴロゴロしてればいいと思う。

さて、この娘をどうしようかしら。ニコニコしながらあたしを見てる。

 

「里沙子お姉さま、中に入りましょう!」

 

「だーめ。例えクビ確定でも、国会には顔出していらっしゃい。

不信任決議食らっても、あなたが信じた平和を議員連中に叩きつけてくるの。

そしたら何日でもいていいから」

 

「むぅ~パルフェムあんまり乗り気じゃなかったのですけど……

里沙子お姉さまと暮らせるなら、行ってきますわ」

 

パルフェムが帯から抜いた扇子を広げ、久々に一句読む。

 

──夏至の風 我を運ばん 故郷へ 

 

詠み終えると、彼女の身体を緑の光が包み込む、

 

「発動が遅いですわ。今ひとつの出来でしたわね。

それではお姉さま、しばらくお別れですわ。さようなら~」

 

徐々に彼女の身体が透明になり、一陣の風が吹くと、彼女の姿は消えてなくなった。

もうやることはないわね。

 

「ありがとう。ここでいいわ。ご苦労さま……じゃあ、行きましょうか。カシオピイア」

 

「うん」

 

御者さんを見送ると、教会に向かって歩き出す。

鍵を開けてドアを開くと、待ちかねたようにジョゼットが走ってきた。

この教会最初の住人。大人しそうで暴走癖のある困ったシスター。

一体どうしてこいつの顔を見たら安心するのかしらね。

 

「おかえりなさい!」

 

心の中で苦笑いしつつ、あたしも返事をする。

 

「……ただいま」

 

 



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2.あ、出来れば魔神転生Ⅱリメイクも…

ふぅ、やっと休暇中の業務引き継ぎ書類ができあがりました。

わたしはしばらく旅に出ます。

“わたし”と言っても、誰も覚えてなんかいないんでしょうけど。

とにかくわたしは、椅子から立ち上がると、領主様の前に立ち、

有給休暇申請書を提出します。

 

「領主様、以前からお伝えしていた長期休暇の書類です。承認をお願いします」

 

「よろしい。んっ!これは……う~ん、海外旅行にでも行くのかね?」

 

「いいえ。国内の知り合いに会いに行こうかと」

 

「そうか……まあ、いつも働き詰めの君だ。ゆっくりしてくると良い。

署名捺印して……うむ、承認したよ」

 

「ありがとうございます」

 

ボーン…ボーン…

 

振り子時計が定時を針と音で示しました。

今日は昼休み返上で仕事を片付けたので、これで帰ろうと思います。

 

「領主様、本日はこれで失礼致します。お疲れ様でした」

 

「うむ。気をつけて帰りたまえ」

 

わたしは執務室から退室すると、出入り口のある1階へ続く階段へ向かいました。

その間にも心に浮かぶのは愛しい人。鞄から新聞を取り出し、一面を眺めます。

各国首脳に交じって写真に写るあの方。

噂で、新聞で、あの方の活躍を知る度、心は踊るばかりです。

 

知らないうちにまた助けられていた……

謎の存在からの思念を受け取ったときは驚きましたが、

またあの方がやってくれたのですね。ぎゅっと新聞を抱きしめます。

魔王との戦いの時、不思議な能力でわたしを助けてくれた凛々しい人。

あの両腕で抱きしめられた背中の感触が今でも忘れられません。

 

気になる人から、尊敬する人、憧れの人、そして……

きっとこの想いは、あの方にとって迷惑でしかないでしょう。

でも、これ以上じっとしていると胸が張り裂けそうなのです。

せめて、もう一度お会いしたい。

 

あたしは領主様の邸宅のドアを出て、湿気の多い空気を吸い込むと、

精神を集中し、マナを燃やし、魔力を増幅させ、身体を宙に浮かせました。

そして、西へ向かって空を飛び始めます。あの方の待つところへ。

 

 

 

 

 

あたしは力なくダイニングの椅子に座って、軽く絶望しながら声の暴力に晒されていた。

警察の取り調べでは、

鬼のような刑事が犯行を認めない容疑者を怒鳴りまくるっていうけど、

彼らの顔を笑顔に取り替えたら、ちょうど今みたいな状況になると思う。

 

「なーなー!山よりデカい天使ってどうやって立ってたんだ!?

飛んでたのか?触ったりしたのか?もっと教えてくれよ!!」

 

ルーベル、あんたにはこの家の大人の世話役として期待していたのだけれど。

 

「わたくし、神様の声が聞こえてきた時、感激して飛び上がっちゃいました!!

あの後、聖書を読み返してメタトロン様に関する記述を探したんですが、

なかなか見つからなくて、エレオノーラ様に、

エノクという存在が彼に該当すると教えていただいた時は、

もうページが擦り切れるほど読み返して(略」

 

ジョゼットはいつも通りうるさい。

いつも通りだからと言って、許されるわけでは決してない。挙句の果てには。

 

「里沙子さんの身体から神々しい神の息吹が、未だに漂ってきます!!

天使長メタトロンが残した言葉を、どうかもっと聞かせて下さい!!」

 

エレオノーラ、あたしあなたのこと信じてたのよ。

物静かでおしとやかなエレオに戻って。

 

「まだ奴の臭いがするわ!もう一度身体洗ってきて!いやー!!」

 

隅っこで丸くなるピーネ。

悪魔が神レベルの天使怖がるのはわかるけど、いい加減に慣れてちょうだい。

あたしが帰ってきてからもう一週間なんだけど。

 

「みんな、お姉ちゃんは、耳が……」

 

唯一の理解者であるカシオピイアの声も、舞い上がってる連中には届かない。

7日経っても、お茶時なんかにあの事件に話題が変わるとすぐこれよ。

そりゃ、近頃あたしらしくないことばっかりやって、

わざわざ自分から目立ってたあたしにも責任はあるけどさ。

あ、こんなフレーズ思いついた。

 

──小さな好奇心が、誰かを傷つけているかもしれない。 AC~♪

 

そろそろあのコール、元に戻しても良いと思うんだけど。

あと、最近のCMはライト過ぎるわ。

また“あよね”や海岸の砂人形クラスのキツい奴来ないものかしらね。

子供を震え上がらせるほどのインパクトがないと、どんなメッセージだって、

ボケーッとテレビ見てる奴には馬耳東風なのよ。

 

コンコン。ごめんくださいまし。

 

お、燃料は来ないけど客は来た。逃げ出すチャンス!

 

「あらあら、お客さんが来ちゃったわ!

面倒くさいけど家主として応対に出ないわけにはいかないわ。ちょっと待ってね~!」

 

あたしはバタバタとダイニングから逃げ出し、玄関に向かって走った。

聖堂に入ると、静寂が冷たく耳を休めてくれる。束の間とは言え、気持ちがいい。

ドアの向こうの人物に向かって話しかけた。

 

「お待たせしたわね。どちら様かしら」

 

「あっ……あの、わたしは、魔王との戦いでお会いした、

ミストセルヴァ領のヴェロニカと言います。

斑目里沙子さんにお会いしたくて参りました。突然の訪問、ご容赦くださいませ。

アポを取ろうと思ったのですが、正確なご住所がわからなくて」

 

ヴェロニカ?やべ、思い出せない。

必死にハーメルンのマイページから各話を検索して、その名を探す。

……あった、これだ!魔王編のラスト3話でちょっと出てきたあの人ね。

一日限りとは言え、一緒に命がけで戦った仲だし、見た感じ変な人でもなかったから、

開けても大丈夫そう。鍵を外してドアを開く。

 

そこに佇むトランクを持ったひとりの女性。あーはいはい、確かに会ったわ。

グレーのセミロングに、アンダーリムの眼鏡。

はっきり白黒分かれたチェック柄のドレス。

単独で会ったら彼女もかなり目立つんだけど、

ここではもっと強烈なのがたくさんいるからねぇ。

 

「久しぶり。元気だった?まあ入ってよ。うるさい連中黙らせる口実が出来て嬉しいわ」

 

「ありがとうございます……では遠慮なく」

 

助かった。これで奴らを蹴散らせる。あたしはヴェロニカをダイニングに通す。

 

「あんたらお客さんよ。どいて、ほら、早く、さっさと、はよ、スタンダップ!」

 

「わ!なんだよー」

 

「あんたらが居るとお客さんが座れないのよ。いっそ全員部屋に戻りなさい。

あ、ジョゼットはその前にお茶!

……ごめんねー騒がしくて。コーヒー、紅茶どっちにする?」

 

「紅茶を、いただきます」

 

「少し待ってて下さいね~」

 

「関係ないのはさっさと移動!

エレオとルーベルとお茶係のジョゼット以外は、部屋で大人しくしてなさい」

 

彼女と面識がある(はず)のエレオノーラとルーベル以外を追い出しに掛かるけど、

よほどボロいダイニングに執着があるらしく、

席は立ったものの、誰も部屋に戻ろうとしない。

あたしはとりあえずヴェロニカの前に座るけど、全員暇を持て余してるようで、

退去命令に応じない。

 

これはジョゼット菌蔓延の疑いがあるわね。

症状はあたしに逆らわずにはいられなくなること。

治療法はゲンコツでぶん殴ることだけど、

ジョゼット以外にはあまり使いたくないのよね。

ほらー!ヴェロニカがなんか不機嫌ぽいじゃない。

 

「ちょっと待ってね。今、その他大勢追い出すから」

 

「お茶ですよ~」

 

ジョゼットがヴェロニカに紅茶を出し、

テーブルに着いてるあたし達も、お茶のおかわりを受け取った。

 

「ありがとうございます」

 

「お久しぶりですね、ヴェロニカさん。その節はお世話になりました」

 

「え、あ、いやー、本当そうだよな!元気そうでなによりだ」

 

「こちらこそ。皆さんもお元気そうで……」

 

ちゃんと憶えてたエレオノーラと、絶対忘れてるルーベルの違いが浮き彫りに。

まぁ、自己紹介する暇もなかったからしょうがないけど。

あ、ヴェロニカが無表情で眼鏡を直してる。

またやっちゃった。早く本題に入りましょう。

 

「あんたら、そろそろ引っ込まないとマヂでヘッドバッド食らわすわよ」

 

「あの……!用件を伝えに来ただけなので、構いません」

 

「そう?悪いわね。いやぁ、魔王編終わってからどうだった?こっちは散々よ。

カードオタクが押しかけてきたり、耳痛めたり、基本出不精のあたしが、

行きたくもない海外旅行に行く羽目になったり……ああ、ごめん。

用件はなんだったかしら」

 

「好きです」

 

3人共一斉に飲み物を吹き出し、立ってる連中も唖然とする。

即座に牛すき鍋一丁!で返せなかったあたしもまだまだね。

鼻から紅茶を出してるエレオをからかうのは後よ。彼女の真意を確かめなきゃ。

 

「ゴホゴホッ!

……その、好きっていうのはここに2人いる神様オタクみたいな意味で?」

 

「里沙子さん。帰国以来、わたしに対する接し方まで雑になっていませんか……?」

 

悲しそうなエレオノーラを無視してヴェロニカが続けた。

 

「いいえ、異性としての愛情です。同性ですが」

 

「頭の中がぐるぐるするわ……なんでまた魔王編もとっくに終わった今頃になって?」

 

「わたしの中ではまだ終わっていないのです。あの時、あなたに助けてもらった時から」

 

「あの時?」

 

記憶のページをめくる。ええと……確か、そんなことあったわね。

 

「すっ転んだあなたを敵のレーザーから逃した時、でいいのかしら」

 

「そう。不思議な力で私を瞬間移動させてくれた時、

あなたの腕の中で見た表情が今まで忘れられずにいたのです。

以来、ずっとあなたの活躍を耳にする度、

私の中であなたの存在が大きくなっていったという次第です」

 

生真面目な口調で話し終えると、そこでまた眼鏡を直す。

 

「里沙子さん。あなたに真剣な交際を申し込みます」

 

“えーっ!?”

 

申し込みますって……よく無表情でそんなことが言えるわね。あ、お耳が真っ赤。

どう答えるべきかしら。真面目に考えなきゃいけない時に限って脳内BGMが止まらない。

今は「3本のベルト」カイザ編がループしてる。

 

そう言えば、センター試験当日も何故か伯・方・の・塩!が止まらなくて、

軽くピンチだった思い出が。……違う、そうじゃない。

無理なものは無理だからちゃんと断らないと。

 

「ヴェロニカ。あたし達って女同士じゃない?あなたのことは嫌いじゃないけど、

そういったお付き合いをするには色々無理が出てくると思うの。

ましてあたしは天下一品の人嫌い。神戸から遊びに来た母さんが、

PC作業中のあたしの部屋うろつくだけで、

イラつきのボルテージが5秒でマックスになるくらい。

あなたが嫌いってわけじゃないの。でも、あたしにはそういう精神的疾患が……あ」

 

無表情で微動だにせず涙を流してる。

結末が変わらない以上、上手い断り方なんて存在しない事くらいわかってたのに。

どうしましょうかしらねえ。とりあえずハンカチで涙と鼻水を拭いて?

 

「ああ、これで顔を拭いてちょうだいな。お化粧が台無しよ」

 

「ぐずびっ……ずびばせん。わだしとしたことが。ブババッ!」

 

あたしのハンカチが鼻水まみれに。昔同じようなことがあった気が。

歴史は繰り返すとも昔言ったけど、今度はサイクル長すぎ。

 

「おい里沙子、ちょっと冷たいんじゃないか?

せっかく東の果てからお前を慕って飛んできたってのに」

 

「黙って、ルーベル。

初めから受け止められないとわかってる気持ちは、さっさと断ち切った方がいいの。

曖昧な返答で下手に期待を持たせる方が余程残酷よ」

 

「でもよう……」

 

「ぐすっ、いいんです……わたしはただ、想いを伝えられただけで満足ですから。

決して同性婚が認められてるミストセルヴァに連れて帰って式を挙げようとか、

ハネムーンは有名観光地のベルベットオーシャン島で、

ひとつのグラスに入ったサングリアを2本のストローで一緒に飲もうだとか、

子供は3人養子をもらって、長女にはピアノを習わせようとか、

次女は里沙子パパに銃を教えてもらおうとか、

末っ子にはバイオリンを弾かせようとか、全然考えてませんでしたからっ……!」

 

「ちっとも満足してないでしょうが、この欲望丸出し女!

バッチリ自分の人生にあたしを組み込んでるじゃない!

大体なんであたしが父親ポジなわけ!?

さらっと言うもんだから、危うく突っ込み忘れるとこだったわ!」

 

「あなたの強さに父性を感じました」

 

「だから真顔でそういうこと言わないで!異常さが際立つから!」

 

「里沙子さん、落ち着いてください」

 

「今度はエレオが一体何!?あたしあなたに治療薬叩きつけるの嫌なんだけど!」

 

「聞いて下さい。

確かに二人の気持ちが通じ合わない以上、この恋は諦めていただくしかありません」

 

「そんな、恋だなんて……わたしはただ里沙子さんを娶りたいだけで」

 

「恋どころかいろいろすっ飛ばしてるでしょうが!黙ってなさい、クソメガネ!

さあ、エレオノーラさん、続きをどうぞ!」

 

叫びまくっていい加減のどが渇くわ、もう。

いつの間にか立ち上がってたあたしは、席に着いて、ジョゼットに水を頼んだ。

 

「ジョゼット、悪いけど水くれない?」

 

「はいどうぞ。うぷぷ」

 

「最後の笑い方が気に入らない。後で拳を交えて真意を質すとして、

今度こそ話を再開しましょう。エレオ、お願い」

 

「はい。とは言え、このまま彼女を帰らせるのはあんまりです。

ここはひとつ、思い出だけを作って頂いてはどうでしょう」

 

「思い出って……?」

 

嫌な予感しかしないけど、聞くしかない。

 

「一日デートです!結婚は無理でも、今日だけ恋人のようにデートして、

せめて思い出だけを持って帰ってもらう。

これがちょうどいい落とし所だと思うのですが。

ヴェロニカさん、それでよろしいですか?」

 

「……わかりました。この一日の思い出を胸に生きていきます!

例え結ばれることはなくても!」

 

「おっし、それじゃあ決まりだな。私の時みたいにハッピーマイルズ案内してやれよ」

 

「ウシシ、女同士でデートだって~」

 

「お姉ちゃん、絶対に心を許しては駄目……」

 

ターゲットロック。今夜は拳の嵐が吹き荒れそうね。

 

「ピーネを初めとした数名は後でお仕置きするとして、

みんな時々あたしを無視して話進めるわよね。そういうの困るんだけど」

 

「ヴェロニカさん、どこか行きたい観光スポットはありますか?」

 

「わたしは、里沙子さんにリードして頂くことを希望します。

さあ、わたしをどこまでも連れ去ってください」

 

「うん、そういうところよ。問題が片付いたら、多少暴力的な住人会議を開きましょう。

とりあえず、ハッピーマイルズは駄目。

ただでさえあたしがアレだって噂が立ってるんだから。

そうねえ……帝都、帝都がいいわ。

人や店が多いから、二人で歩いてても友達同士で遊んでるようにしか見えない、と思う。

エレオノーラ、発案した責任取って向こうまで送って」

 

「わかりました。ではお二人共、手を」

 

「どうして手を?」

 

「この娘、神の見えざる手っていう、教会とか神様に縁のあるところなら、

どこでもワープできる魔法が使えるんだけど、

彼女を中心に手をつなぐと一緒に移動できるの。さ、早く」

 

「は、はい。さすが法王家の聖女様ですね。お願いします」

 

あたしは慣れたもんだけど、恐る恐る次期法王の手を取るヴェロニカ。

準備が整ったところで、あたしが音頭を取る。

 

「じゃあ、いっせーのーせで詠唱を終わらせてね」

 

「えっ!?そんな、詠唱時間とのタイミングが!」

 

「行くわよ、いっせーの……せ!」

 

「総てを抱きし聖母に……ちょっと待ってくださいってば!」

 

 

 

 

 

はい、見事な着地で無事到着。この方法で帝都に来るのはいつ以来かしらね。

大聖堂教会もこうして真正面から見るとやっぱり圧倒されるわ。

って思い出に浸ってたらエレオが文句を言ってきた。

 

「里沙子さん!移動魔法を急かすのはやめて下さい!

何が起こるかわからないんですよ!?

わたしもヴェロニカさんも空を飛べたからよかったものの!」

 

「ごめ、ターニングポイントの6000字超えたからスピードアップする必要があったの」

 

「まったくもう……

いつも通り教会で待っていますから、彼女をきちんとエスコートしてくださいね?」

 

「わかってるわよ。ヴェロニカ、行きましょう。教会なんか見たって面白くもないわ」

 

「それを居住者の前で言い放つ里沙子さんのどこに惹かれたのか理解に苦しみますが、

お気をつけて」

 

「はい、ありがとうございました」

 

「あんまり時間がないわ。急ぎましょう」

 

時間は正午過ぎ。思い出づくりに残り時間はあんまりない。

あたしはヴェロニカの手を引いて、歩き出す。

彼女の白い手を握ると、小さく声を上げた。

 

「あっ……」

 

「何よ」

 

「い、いえ、なんでも」

 

やっぱり表情を崩さずに顔だけ赤く染める彼女。

エレオノーラがいつまでもこっちを見てる。あなたも大概暇人よね。

ごそごそ懐を探ってごまかしてるけど。まあいいわ、とりあえず最初の目的地に直行よ。

 

あたしは目的もなくショッピングモール的なところをうろつく行為が大嫌いなの。

いわゆるウィンドウショッピングってやつよ。いずれ買うつもりならともかく、

買う気もないものをブラブラと眺めることに意味を感じないの。疲れるし。

 

世の女性はこれを楽しいと感じるらしいけど、

あたしには時間の流れを遅く感じる事ができる、ストレス充填エクササイズでしかない。

だから目的地まで一直線。

 

「ヴェロニカ、お昼まだでしょう?パーラーで昼食代わりに何か食べましょう」

 

「はい、里沙子さんがそう言うなら……」

 

以前、半泣きジョゼットの要望で来ることになったパーラーに到着。

相変わらずおしゃれな都会的店構えは、やっぱりハッピーマイルズとは違う。

ドアを開けてテーブルに着くと、すぐ店員がおしぼりとお冷を持ってきた。

 

「好きなもの頼んで。今日はあたしが持つから」

 

「そんな、悪いです……割り勘にしたほうが」

 

はぁ、とひとつ息をついて彼女を説得。

 

「そりゃあね、あたしゃ時々生きること自体面倒になるほどの面倒くさがりだけど、

中途半端も同じくらい嫌いなの。

成り行きとは言え、今日だけはあなたの恋人になるって決めたんだから、

あなたもあたしの恋人のつもりでいればいいの」

 

「里沙子さん……!ありがとう」

 

やめて、目ぇ潤ませるのはやめて。ほら、涙腺しっかり締めて。

 

「それで、何にするか決めた?」

 

「はい!是非これを里沙子さんと一緒に!」

 

「一緒に?」

 

彼女が嬉しそうに見せたメニューの写真を見ると、

大きなグラスに清涼感のある澄んだブルーのジュースが注がれ、

ストローが2本差された、“カップル限定トロピカルジュース”ですってよ、奥さん。

……まあいい、まあいいわ。

 

「あの……嫌でしたら無理にとは」

 

「ストップ。さっき言ったこと忘れた?

カップル限定なら、このチャンスを逃す手はないでしょう」

 

「……はい!」

 

あたしは店員を呼ぶと、例のデカいジュースと、腹を満たすものが欲しいから、

2人ともジャムパンケーキを頼んだ。トロピカルジュースと言った瞬間、

店員がわずかに動揺したのを見逃さなかったけど見過ごした。

で、待ち時間で唐突に訪れた沈黙。ヴェロニカは緊張してるのか、

背筋をピンと伸ばして真正面を見てる。この際話題はなんでも良いわよね?

 

「ねえ、ヴェロニカ」

 

「ひゃい!?」

 

変な声出すから周りの客が一斉にこっちを見た。……話が途切れないようにしなきゃ。

 

「あなた、普段はどんな仕事をしてるの?」

 

「ええと、あの、領主様の秘書をしていまして、

収支報告をまとめたり、職員の各種申請の決済をしたり、

領地の予算関係の仕事を任されることが多いです、はい」

 

「あたしは知っての通り無職よ。以前は大富豪だったけど、最近はそうでもないわ。

お金っていつの間にか減ってくのよね。ドライアイスみたい」

 

「ちょ、帳簿を付けてはどうでしょうか」

 

「やめてよ、そんな面倒くさいことするくらいなら、枕の中のビーズ数えるほうがマシ。

ところでさ、あなた今いくつ?あたし24」

 

「わたしは……25です」

 

「あら、一個上なのね。まあ1つオマケしてタメってことで勘弁してよ」

 

「大丈夫です!全然気にしませんから」

 

色々くっちゃべってると、メニューが運ばれてきた。

髭男爵が持ってるような、デカいワイングラスに注がれたあのカップル用ジュースも。

パンケーキとジュース、どっちから先に手を付けるべきかしら……と考えるまでもなく、

ヴェロニカがジュースを凝視してる。

 

「じゃあ、先にこの派手なやつを試してみましょうか」

 

「は、はい。あの……わたし、こういうのは初めてで……」

 

「飲み慣れてるやつの方が少ないと思うわよ。あたしも飲んだことはない。

さあ行くわよ。レディ、ゴー……いでっ!」

 

あたし達がストローに口を近づけたら、盛大に頭をぶつけた。

 

「ああっ、ごめんなさい!大丈夫ですか里沙子さん!」

 

「はは…言ったでしょ、飲み慣れてるやつなんていないって。

もう一度やり直し、レディ、ゴー」

 

今度こそ二人で慎重にストローをくわえ、ちゃんとジュースを飲む。

あら、美味しいじゃない。周りがヒューヒューと囃し立てる。うるさい。うぜえ。

うちの住人ならベリィトゥベリィ食らわせてるところよ。

 

「ふぅ、美味しいです……」

 

「はらよはっはは(ならよかったわ)。

正直飲みきれるか心配だったけど、2人なら意外と余裕ね」

 

カップル限定ジュースを制覇したあたし達は、パンケーキを食べて食料補給。

残念ながらあたしは、食事をしながら会話を楽しむという並行作業ができないから、

今度は黙々と食べざるを得なかった。二人共腹を満たしたから店を出る。

 

“ありがとうございました”

 

「ごちそうさまでした、里沙子さん」

 

「お粗末様。次、行きましょうか」

 

パーラーで食事を済ませたあたし達は、今度は通りを少し歩いて、

アクセサリーショップを覗く。

ショーウィンドウの奥には、若い女の子でも手が届くカラフルでお手頃なものや、

宝石を埋め込んだ高級宝飾品が並んでる。

あ、言っとくけどちょっと前に述べた、無意味な散策じゃないわよ。

ヴェロニカに似合うものがあれば買う予定だから。

 

「わぁ……綺麗な物がいっぱいですね」

 

少女のように目を輝かせて、アクセサリーを眺める。

あら、そんな顔もできるんじゃない。

 

「こういうところに来るのは初めて?」

 

「はい。多分、わたしには似合わないので……」

 

「なんでそんな事わかんのよ。あたしが良いもの見つけてあげる。

ドレスとイヤリングはそれで十分おしゃれよ。髪飾りなんてどうかしら」

 

「……こんな、わたしの髪に似合うものなんて」

 

「あるわよ絶対。ほら入るわよ」

 

ヴェロニカの手を引いてショップの中に入ったけど、何故か複雑な表情な彼女。

少なくともあたしには似合わない、

ピンク色の壁紙やファンシーな調度品にMPを吸い取られつつ彼女に尋ねると、

少しうつむきながらぽつぽつと話し始めた。

 

「こういうお店嫌いだった?実はあたしもそうなんだけど。

なんか甘ったるい臭いするし。

いっそ塩素ガス吸い込んだほうが刺激的な体験ができると思うがどうか」

 

「泥の色をした髪に似合う飾りなんて……」

 

「泥?泥ですって?それどこ情報よ。嘘なら全力で潰すが」

 

「昔から。学校じゃ男子から沼女とか言われて、

大きくなってもミストセルヴァの沼に落ちたのかい、なんて言われる事は

しょっちゅうで……」

 

「真に受けないの。

そんな目と頭と胃袋と大腸と魂が壊死してる連中が、まともなこと言うわけないでしょ。

あなたの髪は、艶のある銀色。これが正しい認識。OK?」

 

「銀色?そんな風に言われたの、初めてです」

 

「周りにろくな奴がいなかったのね。可哀想に。

それじゃあ、銀色の髪をさらに引き立てるアクセサリーを、

里沙子さんが選んであげましょう」

 

「えっ、そこまでしてもらっては……」

 

「法案は可決されました」

 

強引にヴェロニカを連れて、あたし達は店内を見て回る。何がいいかしら。

あまり淡い色だと彼女の銀色と同化して目立たない。

思い切った色で、大人が身に付けるさりげないデザイン。

どこにいるのか出ておいで……あった!

ラピスラズリを散りばめた、小さな三日月を象った髪飾り。

 

「見て、これなんかいいんじゃない?」

 

「素敵……でも、わたしなんかに似合うでしょうか」

 

「絶対似合う。あたし自分はおしゃれしないけど、人にさせるのは得意なの。

……店員さん、これちょうだい。ここで付けてくから、包みはいらないわ」

 

「ありがとうございます。1000Gのお支払いです」

 

「はい、代金」

 

「8,9…ちょうどですね。ありがとうございました」

 

「え!?こんなものを頂いては、わたし……」

 

「いいから。デートにプレゼントは付き物でしょう。

ほら、ちょっと屈んで。付けてあげる」

 

買ったばかりの髪飾りをヴェロニカの髪に着ける。うん、バッチリ。

髪の色とラピスラズリの紺が引き立てあってる。

彼女を鏡の前に立たせて、アクセサリーひとつで変身した自分を見せる。

 

「似合ってるじゃない。

今後のアドバイスとしては、泥とかほざいた連中の口に泥を突っ込んでやるといいわ。

浅倉威だって食べてたんだから大丈夫よ」

 

「きれい……これが、わたし?」

 

「そう、あなたよ。さっそく街の連中に、あなたの魅力を見せびらかしてやりましょう」

 

店から出たあたし達は、店先で一旦立ち止まる。

 

「……ごめん、ヴェロニカ。ちょっとそこで待っててくれるかしら。

さっきどっかで何か忘れ物しちゃった」

 

「え?それなら駐在所で尋ねてみては……」

 

「イテキマース!」

 

で、あたしは積み上げられた木箱に隠れている小さな存在に言い放った。

 

「真っ白な紙にインクが垂れてたら誰でも気づくと思うんだけど?」

 

「り、里沙子さん!どうしてわかったのですか……?」

 

「逆にどうしてバレてないと思ったのか聞きたいわよ。……エレオ!」

 

いつもの修道服にサングラスを掛けただけのエレオノーラがうろたえる。

どこで買ってきたんだか。

 

「一体なんのつもり?」

 

「ああ、あの、里沙子さんがちゃんとヴェロニカさんとデートできてるかどうかを、

陰ながら……」

 

「ほう!君は人のデートの優劣判定ができるほど経験豊富なわけだ?」

 

「ち、違います!聖職者たる、わたしがそんなふしだらな!」

 

「ねえエレオ。ジョゼット3号のポストが空いてるの。

毎日あたしに蹴られ殴られ怒鳴られるだけの簡単なお仕事よ」

 

「うう……こっそり覗いてたことは謝ります。心配だったんです。

ひょっとしたら里沙子さんがヴェロニカさんと一緒に、

ミストセルヴァに行ってしまうのではないかと……」

 

「あのね。そうならないために、今思い出づくりしてるんでしょうが。

わかったら教会に戻った戻った」

 

「わかりました……」

 

とぼとぼと去っていくエレオノーラを確認すると、ヴェロニカのところへ駆け足で戻る。

 

「ごめーん、お待たせ。あったわ、サブの財布」

 

「見つかってよかったですね。では、今度はどこに行きましょうか」

 

「う~ん、時間的に次が最後になりそう。どこか行きたいとこリクエストある?

他にもショッピングしたいとか、賑やかな場所がいいとか」

 

少し浮かない顔を見せたヴェロニカが答えた。

 

「一番……景色のいいところに行きたいです」

 

「オッケー!馬車捕まえるから、ちょっと待ってて」

 

あたしは歩道の端に寄って、馬車が来るのを待った。

すると、見覚えのある馬車が来たからすかさず手を挙げる。

馬車はあたしのすぐ側で止まった。

 

「よう、お客さん。ずいぶん久しぶりじゃないか」

 

「あら、あなたじゃない。商売は順調?」

 

「まあまあってところだな。今日も要塞かい?」

 

「ううん。遠くから知り合いが来たから遊んでるとこ。

一番景色がいいところに連れてって」

 

「それなら、中心街から外れて坂を登った展望台だな。

今日は天気がいいからホワイトデゼールの草原が見えるぜ」

 

「そこ、お願い!……ヴェロニカ、行きましょう!」

 

「あ、はい!」

 

ヴェロニカを馬車に乗せると、あたしも乗り込んだ。

馬車が展望台に向けて動き出すと、彼女が不思議そうに尋ねてきた。

 

「里沙子さん。御者さんと話し込んでいましたが、お知り合いですか?」

 

「まあね。初めて帝都に来た時は、やな奴だったんだけど、

何度も帝都に足を運ぶうちに打ち解けて、話も弾むようになったの」

 

「へっ、言ってくれるぜ。

あんただって初めはいきなり飛び出して来るもんだから、頭がおかしいのかと思ったさ」

 

「あながち間違っちゃいないわ。後で仲間にも怒られたし」

 

「里沙子さんは、顔が広いんですね」

 

「いろいろあって、いろんなところ駆けずり回ってるうちにいつの間にかね」

 

「おっと、展望台までは150Gだかんな?」

 

「あら、うっかりしてたわ。ありがとう。

最近は軍用馬車とかにばっかり乗ってたから、料金確認を忘れてたわ」

 

「相変わらずヤバそうな事に首突っ込んでるみたいだな。

新聞で見たんだが、最近出来たなんとか共栄圏の写真でもあんたを見たぜ。

あれって何か良くなるのか?俺にはよくわかんねえんだが」

 

「なるかもしれないし、ならないかもしれない。とりあえず戦争を回避できたのは事実」

 

「うげ、戦争は勘弁して欲しいぜ。一気に客が減るんだよ」

 

「当分大丈夫よ。思う存分荒稼ぎするといいわ」

 

いけない、御者さんとの話に夢中になってヴェロニカを置いてけぼりにしちゃったわ。

展望台で盛り返さないと。ちょうどもうすぐ到着みたいだし。

ドーム状の屋根が設置された展望台手前で馬車が止まった。

 

「着いたぜ。ここからの眺めは絶景だ」

 

「ありがとう。お釣りはチップね」

 

あたしは御者さんに金貨を2枚渡した。

 

「サンキュ!また遊びに来たら使ってくれ。後ろの嬢さんも元気でな」

 

「はい、お気をつけて」

 

馬車を見送ると、あたし達は少し歩いて展望台に入る。

北側の手すりに近づくと、確かに黄金色の光が差し込む、美しい景色が広がっていた。

遥か向こうに、ホワイトデゼールの豊かな緑が見える。

 

「綺麗ですね……」

 

「ええ。あたし達が出会った時には岩と砂しかなかったのに。

世の中何がどうなるか、わからないものね」

 

「そうですね。この気持ちも、あなたに抱きしめられた時から……」

 

「ヴェロニカ。……あたしね」

 

「わかっています!

今日は、わたしのわがままに付き合わせてしまって、すみませんでした。ただ……」

 

「ただ。なあに?」

 

「……もう一度、もう一度だけ抱きしめてくれませんか」

 

黙って彼女に歩み寄り、あたしよりずっと背の高い彼女を抱きしめた。

ヴェロニカもあたしを抱き返してくる。あたし達の長い影が展望台の床を二つに分かつ。

 

「同じです。あの時と同じ。力強くて、凛々しくて。

……あの時、どうやってわたしを助けたんですか?瞬間移動の魔法?」

 

「体感時間を極限まで遅くすることで擬似的に時間を止めたの。

魔法と言うより特殊能力なんだけど、いつの間にか身についてたから、

いつ、どうやって習得したかは自分でもわからないの」

 

「そう……本当に、不思議な方ですね。里沙子さんは。

だから、こんな気持ちになれたのかもしれません」

 

「あたしみたいなスレた女を気に入ってくれたことは嬉しいわ。

もし、あたしがまともに人と生きられる人間だったらよかったんだけど」

 

「お別れ、ですね……」

 

「ごめんなさいね」

 

「いいえ、謝らないでください。

今日の事はずっと忘れません。あなたがくれた、幸せな一日」

 

「そろそろ、行きましょう。お互いの帰るべき場所へ」

 

「はい。里沙子さん、ありがとう、さようなら……」

 

ヴェロニカは、すっと宙に浮かび、あたしに小さく手を振ると、

展望台から飛び去っていった。

あたしはその姿が小さくなって、やがて見えなくなるまで見送っていた。

 

 

 

 

 

エレオノーラとハッピーマイルズ教会に戻ると、有象無象共が、まだダイニングにいた。

なに?誰か金貨でも落としたの?あたしに気づくと、全員が駆け寄ってきた。

 

「里沙子さん、デートはどうでした!?まさかキ…キs…キャーッ!!

里沙子さん進んでる……ギャフン!」

 

「ええ、あたしのマーシャルアーツは時代の一歩先を進んでるわ」

 

最先端の格闘術でアホジョゼットを黙らせる。

 

「実際どうなんだよ!ヴェロニカとは上手く行ったのか!?」

 

「曖昧な聞き方しないで。ちゃんときれいにお別れしたわ」

 

「それは保証します。わたしがちゃんと見ていましたから」

 

「それはそれで問題だってことわかってる?エレオ」

 

「ちぇー、つまんねえの!」

 

「あー、足痛い。展望台からの帰り道が徒歩だったから足が棒よ、まったく。

馬車どころか人っ子一人いやしないんだから」

 

どかっと椅子に座り、疲れを癒やしていると、後ろにぬっと人の気配が。

 

「お姉ちゃん……」

 

「わっ!おばけみたいな現れ方はやめなさい、カシオピイア!」

 

「これからも、ずっと一緒?」

 

「ふぅ、そうよ。どっちかって言えば、あなたが嫁入りしてここを出ていくほうが先ね」

 

「ううん。ワタシもずっとここにいる」

 

「姉としては複雑ね。

お互いヨボヨボのババアになっても、このボロ屋で酒に溺れてるなんて。

“朝日のあたる家”で一曲作れそう。

母さんは西山のパートだった。昼飯にカップ麺を置いてくれた……ちょっと面白いわね」

 

「ふふっ!その時こそ、私がこの屋敷の支配者になるのよ!!」

 

「ピーネ、もう遅いんだからさっさと風呂に入りなさい。

あと、こんなボロ屋を“屋敷”にカテゴライズしてるようじゃ、ビッグになれないわよ」

 

「放っといて!“星”が見つからなかった時の保険よ!」

 

「そういえば、人間体のメタトロンが星の一生を数式で表してたわね。

スマホで撮っとけばよかったかも」

 

「えー!なんで撮ってないのよ!」

 

「大丈夫、見たところであんたにゃ1ミリも理解できないから。

ほら、もうお風呂に入る時間よ。さっさと行く!」

 

「ぶー!里沙子の馬鹿!」

 

ピーネがシャワールームに行くと、他の連中もこの騒ぎに飽きたのか、

自分の部屋に戻っていった。あたしにやすらぎが訪れる。今日はもう疲れた。

テーブルに上半身を預けてしばしの休憩。

 

今回のお話の総評。

無駄な戦いがなかった+200点。奇妙な来客はいつも通り+200点。

鼻垂れエレオが見られた+50点。住人がうるさかった減点-50。

う~ん、5段階評価で星4つってとこかしら。あ、重要な連絡があったのを忘れてた。

 

耳を痛めている人のそばでは、声を落としましょう。 AC~♪

 

 



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需要は多分ない<番外編
番外編2:ピッツァが食べたい!!


注)ふざけまくってます。ストーリー的にも進展はありません。


……ゲホゲホッ!なんですのここは!どうして私がこんな汚い物置に!?

やだもう、服がホコリまみれですわ。どこに行けば良いのかしら。

どこかの家みたいですけれど、とりあえず住人を捕まえて話を聞き出しましょう。

住居に通じるドアがありますわ。

 

空気の悪い物置から廊下に出ると早速人を……いや待って。待つのよ私。

なんだか数ヶ月単位で記憶がすっぽり抜けてるような気がしますわ。

話を聞くにも何が知りたいのか自分でもわからなくてよ。

ええと、最後の記憶は、変な男に石にされて動けなくなって……

そうですわ!今はいつなのかしら。手がかりを探してダイニングに行こうとすると、

突然後ろからガッと肩を掴まれましたの。

 

 

 

「変身コードは913~カイザギアの復刻版が高くて買えなかった~♪」

 

あたしは今、私室でくつろぎながらピースメーカーの整備をしてる。

銃身内に溜まったススをブラシで落としてるの。ピーネは1階でジョゼットと戯れてる。

お馬鹿同士、息が合うのかしら。さて。あたしの予想だと奴がそろそろ厄介事を

 

“いや!離してー!”

 

“大人しくしろ!里沙子、空き巣だぞ!”

 

“離しなさいよ、馬鹿力!”

 

“ロープかなんか持ってこい!駐在所に突き出すぞ!”

 

……1階から悲鳴と怒号が飛んできた。行きゃいいんでしょ!

なんなのよもう。馬鹿な空き巣ね。もうちょっと金持ってそうな家狙えばいいのに。

とりあず、ピースメーカー片手に一階への階段を下りる。

そしたらまぁ、懐かしいもんがルーベルに腕を捻り上げられながら暴れてたのよ。

 

「あら、塩人形じゃない。いつの間に元に戻れたの?」

 

「あんたは……教会のシスターね!一体私に何をしたの!?あの男はどこ!」

 

「なんだ。里沙子、知り合いか?」

 

「ルーベルが来るずっと前の話だから、知らないのも無理はないわね。

こいつの名前は、えーと、塩人形。

去年のクリスマスにイエスさんに逆らって塩にされたの」

 

「まるで塩人形になる前から塩だったみたいな話だな。そこんとこもう少し詳しく」

 

「どーでもよくてよ、そんなこと!私は塩人形じゃない!

私はエビルクワィアー随一の悪霊使い・ベネット!

名乗りもやっぱりコピペじゃないの!」

 

「海老?なんだそりゃ」

 

「エビルクワィアーっていう魔女の悪党集団が存在してるって設定があるんだけど、

正直作者も今回こいつを出すと決める瞬間まで存在を忘れてたの。

魔王やらヘクサーやらいろいろ濃ゆいのが出たからね」

 

「ふざけないで!私が1人いれば並の魔女が100人いたって……」

 

あたしらがワイワイサタデーやってると、騒ぎを聞きつけた連中が集まってきた。

 

「里沙子さん、その娘はどなたですか~?」

 

「ぷぷっ。何、その汚い頭巾」

 

「……お昼寝してたら、目が覚めちゃった」

 

ジョゼットとピーネもようやく駆けつけ、カシオピイアが2階から降りてきて、

最後にエレオノーラも聖堂から姿を表した。

 

「気をつけてください、里沙子さん!彼女には闇属性の気配が……あれ?」

 

一瞬危険を感じた様子のエレオだったけど、すぐ困った顔をして警戒を解いた。

 

「あー、そう言えば、あんた変なガスでいろんな攻撃防げたんだっけ。

段々思い出してきた」

 

「私ほどの強敵の存在を忘れるなんて、とんだ能天気ですわね。まぁ、いいですわ。

とにかく、このホコリだらけの身体をどうにかしたいの。

シャワールームを借りますから、私がシャワーを浴びている間に、

服をきれいにしておきなさい」

 

「ちょっと待ちなさいよ!

あんたみたいなホコリの塊が風呂場使ったら、排水口が詰まるでしょうが!

まずは体中に積もったホコリを外で落としてらっしゃい」

 

「ふん、言ったはずよ。

私はエビルクワィアー随一の悪霊使い・ベネット。誰の指図も……」

 

「ルーベルGO」

 

「おk」

 

 

 

そういうわけで、全員の装備は完璧。大きめの三角巾でマスクをして、箒を持ってる。

ベネットはルーベルが力ずくで外に連れ出して、

都合よく一本だけ立ってた杭に縛り付けた。

 

「こらー、離しなさい!後悔しても知らないわよ!」

 

「みんな用意はいーい?哀れな浦島太郎にぶりぶりを開始します!はい、ぶーりぶり!」

 

「ぎゃっ!!」

 

バシンと音を立てて箒がヒット。ホコリが舞い上がる。

ぶりぶりって言うのは、足抜けしようとした遊女なんかに行われてた拷問で、

本来は猿ぐつわを噛ませて逆さ吊りにしてしばき回すってものだったの。

 

でも、それはあんまりにも残酷だからあたしなりにアレンジしたってわけよ。

参ったわね。最近あたしも、連載当初に比べて優しくなりすぎだの、

人付き合い良すぎだのって指摘されて、キャラ崩壊が懸念されてるの。とにかく再開。

 

「こんなもんか?ぶーりぶり!」

 

バシンともう一発。

 

「いだい!調子に乗るのもいい加減になさいよ!?私が本気になればいつだって!」

 

「そういや無効化ガスはどうしたのよ。そろそろ出してくれないと読者が不審に思う」

 

今度は竹で尻の辺りを叩いてやった。

 

「いったーい!!今に見てなさい!全てを否定する虚空の果てに……あれ」

 

ポスン。一瞬ホコリかガスかわからん気体が出ただけで、なんの変化もない。

 

「……隙あり」

 

カシオピイアに竹でコツンとやられても構わず、自らの異変にパニックに陥るベネット。

 

「どうして暗黒ガスが出ないのよ!あんた達、私に何をしたの!?」

 

ベネットは叫びまくる。

この状況を大げさに例えると、捕虜を虐待してるゲリラみたいね。

 

「あたしが知るわけないでしょ。次、エレオ。ピーネはこいつの頭巾のホコリを払って」

 

「むー!私もぶりぶりやりたい!」

 

「子供の頃から暴力の味を覚えるとろくな大人にならないわ。さあ、エレオ。遠慮なく」

 

「では……マリア様のお仕置きを受けなさい!ぶーりぶり、えい!」

 

「実年齢はともかく、こんなの児童虐待よ……

オレンジリボンにチクってやるから覚悟しときなさい!」

 

「みんな上手いわねー。初めてとは思えない。ほら、ぶーりぶり!」

 

「ほぎゃー!!黒飴ちゃん助けてー!」

 

んで、30分くらいかけて十分ホコリを落としたベネットの縄を解く。

地を這う彼女が、息も絶え絶えに訴える。

 

「うう……頭巾を、頭巾を返しなさい。魔女の装束は魔女の誇りで」

 

「言われなくても返すわよ、こんなの。ピーネにお礼言っときなさい。

あと、さっさと立たないと服に土が着いて、ぶりぶり延長戦に入るわよ」

 

「うっ」

 

ベネットは、どうせすぐ脱ぐのに紫色の頭巾を被り直すと、膝で立ち上がり、

あたしにすがりついて、叫ぶように要求を突きつける。

 

「さあ、約束通りホコリは落としたわよ!早くシャワーを浴びさせなさい!」

 

「はいはい。洗濯機とシャワールームを使う権利を与える。

着替えは確か脱衣所にピーネのパジャマの予備が置いてあったはず」

 

「えーっ!?私のお気に入りなのに!」

 

「また今度新しいの買ってあげるから、子供同士仲良くしなさい」

 

「失礼ね!私、これでも100歳を超えてますのよ!

一旦休憩しますけど、そこで大人しくしてなさい、わかったわね!?」

 

そしてベネットは家の中へ戻っていった。存分にぶりぶりを楽しんだあたし達も、

いい加減疲れたから、ぞろぞろとダイニングに戻る。

そうだ。ベネットについて説明しなきゃね。

ルーベル以降にこの家に来た住人は知らない。つまり大半は誰こいつ状態だから、

奴がシャワー浴びてる間にあいつが誰か話しとかないと。

 

「……とまぁ、去年のクリスマスにこんなことがあったのよ。

なんで元に戻れたのかは知らないけど。ジョゼットは知ってるでしょう?」

 

「はい!もちろん覚えてますよ~はい、みなさんお茶どうぞ。

最近お茶汲みくらいしか出番がない気がしますけど全然気にしてません!」

 

「ふーん、ただの汚いマネキンだと思ってたぜ。さっさと捨てりゃよかったのに」

 

「金がなくなったら、石臼で挽いて街で売ろうと思ってたのよ」

 

「お姉ちゃん汚い。2つの意味で汚い」

 

「お、カシオピイアもお姉ちゃん至上主義から卒業して嬉しいわ。もっと罵りなさい。

それが身となる糧となる」

 

「でもさー、なんでそれほど強力な魔女がさっきみたいな無様な格好してたのよ?」

 

「恐らく、イエス様に赦されたか、忘れられたか、

彼にとってどうでもいい存在に落ちぶれたかのいずれかでしょう」

 

“冗談じゃないわよー!!”

 

ちょうど身体を流して着替えたばかりのベネットが脱衣所から飛び出した。

話を聞いていたようで、バタバタとこっちに走ってくる。

 

「なんで私があんなロン毛野郎に、赦されたり、

どうでもいいとか言われたりしなきゃいけないのよ!」

 

「落ち着きなさいな。別に彼がそう言ったわけじゃないわ。

でも他に原因が考えられないのよ。

アースに実在する塩の柱は2000年経っても塩のままだってのに、

たった半年で復活出来ただけありがたいと思いなさい」

 

「頭ったま来た!あんた、名前を言いなさい!絶対解けない呪いを掛けてあげるわ!」

 

あ、そうだ。そろそろこいつに現実を教えてあげなきゃ。クロノスハック発動。

ベネットの後ろから身体に手を回して、能力解除。耳元でささやきはじめる。

 

──あたしの名は斑目里沙子。年齢24歳。

 

「えっ、何がっ、どうして……!?」

 

「自宅はハッピーマイルズ領西部の草原地帯にあり、結婚はしていない。

仕事は焼き鳥タレ派の持ち込んでくる厄介事の始末で、

毎日遅くとも夜8時に帰宅できないこともある」

 

「え、ええ……?」

 

「タバコは吸わない。酒は浴びるほど飲む。

深夜2時には床につき、必ず12時間は睡眠を取るようにしている。

寝る前によく冷えたエールを飲み、

20分ほどの銃の点検で指先を動かしてから床につくと、ほとんど朝まで熟睡よ。

赤ん坊のように疲労やストレスを残さないまま、

朝、目を覚ますことなんてできやしない。健康診断でも飲み過ぎだと言われたわ」

 

「な、何を話しているの、あんた!!」

 

ベネットがあたしの手を振りほどいて、距離を取る。

 

「あなたが既に過去の存在だということを説明しているのよ。

魔王の顔色をうかがう時代が終わったり、頭を抱えるようなトラブルとか、

夜も眠れないと言った敵が大勢いる、というのが今のサラマンダラス帝国の現実であり、

それがあたしの災厄だということを知っている。

……もっとも、戦ったとしてもあたしは誰にも負けんがね」

 

あたしはガンベルトの背中に差していた、

オートマチック拳銃らしきもののグリップを握る。

 

「う、ああ……!?」

 

「里沙子さん、何を!」

 

「つまりベネットちゃん!

あなたはあたしの睡眠を妨げるトラブルであり、敵というわけよ」

 

「こ、これがぁ!?」

 

「おい、里沙子!やめるんだ!」

 

「キラークイ……「いやー!」あら行っちゃったわ。

ここからがクライマックスだってのに」

 

ベネットが聖堂に駆け込み、一目散に屋外へ逃げていった。よかった。

まかり間違って、あいつが住人になったら、もう焼き鳥タレ派の頭脳では、

満遍なく出番を与えることなんてできない。

この家の住人ですら既に出番の偏りが出ているのに。

 

「里沙子!今のあれは何のつもりだよ!いきなり拳銃抜きやがって!」

 

「そうです!既に力無きものに暴力を……」

 

「あんたらにはこれが銃に見えるの?」

 

あたしは手にしていた物を見せた。安っぽい作りのアレ。

 

「あ、それって!?」

 

「100均で買ったピストル型のクラッカーよ。前の番外編でも使ったでしょ。

大体あたしがオートマ使うわけないじゃい」

 

引き金を引くとパン!と少量の火薬が弾け、色とりどりの細い紙が宙を舞い、

かすかに煙の臭いがただよう。

なぜか紙が集中的にエレオに降りかかり、

服が神聖なのかふざけてるのかわからない間抜けな感じになって、ちょっと笑えました。

 

「オートマ?“おお、トマトだやったー”、の略か?」

 

「あんたの想像力は時々ジョゼットを超えるわね。とりあえず不正解」

 

「あの、里沙子さん。それって褒めてるんですよね?わたくしの想像力が豊かだと……」

 

「ざっくり言うと、あたしの銃はリボルバー。

ルーベルの拳銃はオートマチック。オートマはその略ね。

オートマの特徴は、リロードの方式が、

弾丸の入ったマガジンってケースを差し込むだけで、

ハンマーを起こさなくても連射できる簡単操作。

代わりに弾詰まりや不具合が起こす可能性がリボルバーに比べて高い」

 

「お前の銃はどうなんだ?リボルバーってやつは」

 

「リボルバーの方はね、基本6発しか装填できないし、リロードも一発ずつの手作業。

そのかわり、構造上弾詰まりは起きないし、その他不具合が起きる可能性も低い。

つまり、実戦での信頼性が高いから、あたしはリボルバーにこだわってんの。

まぁ、最近の銃はオートマでもよっぽど乱暴に扱わないと不具合なんて起きないし、

この企画読んでくれてる人には今更知識なんだけど。

さて、時間稼ぎはこれくらいにしましょう。奴が帰ってくる」

 

「奴って、ベネットさんのことですか?

……彼女の服は、罪滅ぼしに里沙子さんが干してあげてくださいね」

 

「もうすぐ洗濯が終わるわ。やりゃいいんでしょ。……ほら来た」

 

“里沙子ー!出てきなさい!”

 

外からベネットの叫び声が聞こえてくる。

面倒だけど放っといて家に放火でもされちゃ敵わないわ。

うんざりした気持ちで席を立ち、玄関のドアを開けた。あら、誰か連れてきたみたい。

男の子かしら、と思う間もなく、ベネットが詰め寄ってきた。

 

「どうして魔王様が死んでるの!?手配書がどこにもないんだけど!」

 

「さっきも話したと思うんだけど。

あたしらっていうか、この国が総力を結集して、ちょっと死んでもらったのよ。

死骸は大切に使わせていただきました。

ついでにいうと、魔王より更に強大な存在がこの世界に降り立ったけど、

彼もとっくに天界に帰ったわ。要するにあんたは時代遅れなのよ」

 

「時代遅れですって!?あ、あと、どういうことよ!この家はどうなってんのよ!

児童虐待容疑で社会的に抹殺してやろうと駐在所に駆け込んだら、

“あの家だからしょうがない”って言われたわ!何がしょうがないの!?

柱に縛られて散々箒で叩かれることの一体何が!」

 

「あの保安官、なんにもしてないようで見るとこはちゃんと見てるのね。

こんなところに来たあんたに運がなかったってことよ。

っていうかクリスマスの時にも何しに来たんだっけ?」

 

「あ、あんたねぇ!私のペット、あの男、変なのが、ロン毛が……石に!んんん!!」

 

言いたいことが多すぎるせいで、半泣きになって地団駄踏むことしかできないベネット。

しょうがないから頭を撫でて落ち着かせる。

 

「おお、よしよし。涙を拭いてひとつずつ里沙子お姉さんに話してごらん?」

 

「泣いてませんし!……頭を触らないで」

 

あたしの手を振り払おうとするけど、手櫛で頭を梳いてあげてると、

段々手の力が弱まってくる。髪を触られると気持ちいいみたいね。

 

「んんっ…えっと、さっき街まで行ったんだけど、空を飛ぶこともできなかったし、

悪霊で、あんたを攻撃することも、できなくなってたのは、なんでかしら」

 

船を漕ぎながらベネットが自分の身に起きた異変について尋ねる。

エレオノーラがあたしに代わって答える。こいつが居眠りこく前に教えてあげてね。

 

「はい。ベネットさん、初めてあなたと会った時、

一瞬だけ闇属性の気配を感じたのですが、本当に一瞬で消えてしまいました。

きっと、イエス様の力で闇の魔力がかき消されたのでしょう」

 

「んあ?冗談じゃない。魔女から、魔法がなくなったら、ふああ…何が残るって」

 

「心配しなくていいわ。

あんたの新しい住処はちゃんと用意してあげるから、今はゆっくり寝てなさい」

 

「ん~、もっと丁寧にやんなさい……スピー」

 

「寝ちゃったわ」

 

「どうするんですか。やはりこの教会に?」

 

「まさか。ここがとっくに定員オーバーだってさっき言ったじゃない。

……いや、それもありかもしれない」

 

「既に満員なのに、どうするんだよ?」

 

あたしはベネットに膝枕しながら、

我関せず焉と言わんばかりに突っ立っていたジョゼットを見る。

 

「ねえ、ジョゼット。確かあんたは“遍歴の修道女”って設定だったわよね」

 

「えっ!?そうですけど、それが、何か……?」

 

「今ググったんだけど、

“遍歴”は「広く諸国をめぐり歩くこと」って意味らしいじゃない?

あんた初登場からずっとハッピーマイルズにいるし、

殺傷能力はなくても捕縛魔法も覚えて身を護る方法も手に入れたんだし、

そろそろ旅を再開してもいいんじゃないかなぁ~って、里沙子さんは思うわけであって」

 

「まさか、里沙子さん!わたくしを追い出してその子と新生活を始める気じゃ!?」

 

「クククッ、冗談よ。

飯炊き係兼雑用係がいなくなったら、あたしにしわ寄せが来るじゃない」

 

「もうっ、里沙子さんの馬鹿馬鹿!」

 

「あー、そこそこ。ガンベルトが食い込んで凝っちゃってさ」

 

ジョゼットがポカポカとあたしを叩く。ちっとも痛くないし肩が気持ちいいくらい。

で、あたしらが馬鹿ばっかりやってるせいで、一向に進展のない状況に、

ある人物がキレた。

 

「お前らいい加減にしろおおぉ!!」

 

キャスケット帽をかぶった、あまり上等とはいえない服装の少年が、

ぶりぶりに使った箒を持って襲いかかってきた。

 

「コピペをやめろって言ってんだぁ!」

 

少年が箒を振り下ろす。

あたしはとっさに膝にベネットを放り投げて竹の一撃を回避した。

彼女の額がパシィン!と痛そうな音を立てる。

 

「いったああい!!里沙子……私を盾にしましたわね!」

 

「よかった間に合って。斑目死すとも自由は死せず!」

 

「てめえは無傷だろうが!相変わらず他人をボロ雑巾のように使い捨てやがって!」

 

「そういう君は……マー君?」

 

紹介するわ。彼の名前はマーカス。

ハッピーマイルズ・セントラルでスリやってる少年よ。

第3話(プロフ含む)と番外編しか出番がない不幸なキャラ。

 

「変な名前で呼ぶな、斑目里沙子!今日はお前に言いたいことがある!」

 

「何よ。あと、どうしてベネットと一緒に来たの?君ら何か接点あったっけ?」

 

「あたた、せっかくいい気分で寝てましたのに……彼とはさっき街で出会いましたの。

駐在所から追い出された時、彼に声を掛けられまして、

里沙子達が私達のような、

出番に恵まれない弱者を弄んで楽しんでいる事実を聞かされましたの!

そこで私達は協力して、里沙子達から主役の座を奪い取ってやろうと、

立ち上がりましたのよ!ふん、人間にも親切な人がいるものですわね!」

 

「里沙子、お前言ったよな?前の番外編の時に!魔王が死んだらワンチャンあるって!

なんにもねえだろうが!お前はいいよ、なんか特殊能力身につけたり、海外進出したり!

俺はハッピーマイルズから一歩も出たことないってのに!」

 

二人が一斉に叫ぶもんだから、頭の中がごちゃごちゃする。

 

「お願いだから一人ずつ喋って。まずベネット。

各キャラの出番を決めてるのはあたし達じゃなくて作者なの。

あたし達にはどうしようもない。それは理解して。

次にマー君。確かにワンチャンあるとは言ったけど、必ず出番が来るとは言ってないわ。

あたし達にも誰かの出番を保証することはできないの。理由はベネットと同じ。

奴の脳内でボウフラのように浮かぶアイデアの断片が、たまたま1話分固まるまで、

誰がどんなストーリーを構成するか、出来上がるまでわからないのよ」

 

「納得できるか、そんなもん!」

 

「納得しようがしまいが、奴の貧しい発想力が全てを左右してる以上、

こんなクソ田舎じゃ、なんの事件も起こりようがないの」

 

「嘘つけ!変なヒーローと一緒にバケモンみたいなのと戦ってたじゃねえか!」

 

「あの中に飛び込んでたら、あんた間違いなく細切れになってたわよ。

あたしだって太ももパックリ斬られて泣きそうになったんだから。

言い換えると、あんたが手に負える事件で、

なおかつ面白みのある事件は起こりえないってこと。わかったらさっさと帰った帰った」

 

「ちくしょう!

貴族からスリまくって貧乏人にばらまく義賊みたいなのがあるだろうが!」

 

「そういうのも考えたらしいけど、

1000字くらいでアイデアがガス欠起こすだろうと思ったから、止めたんですって」

 

「もういい、こんな企画大嫌いだ!俺は帰る!」

 

「野盗に気をつけるのよ~」

 

そう言えば行きは野盗に会わなかったのかしらね。

番外編だからエンカウント率ゼロ設定にしてるんじゃないかと思うけど。

 

「やっぱり人間は頼りになりませんわ!

単刀直入に言います。斑目里沙子、主役の座を私に譲りなさい」

 

「譲ってもいいけどさ、あんただけでどうやってストーリー盛り上げていくのよ」

 

「当然!私を頂点とした世界最大規模のエビルクワィアーを結成して、

この国を蹂躙し、支配するサクセスストーリーを展開しますの!」

 

「そうなると当然、人間その他の生き物と戦争になるわけだけど、

奴は当分バトルものはこりごりだって言ってたわよ。

どんなに工夫しても単調になるから、しばらくやらないって」

 

「……なんですって!底辺レベルとは言え、それでも物書きですの!?

それじゃあ、ただの現実逃避!上手くなるはずなんてありませんわ!」

 

「許してやってよ。

奴の持病のリハビリも兼ねてるんだから、あんまり多くを期待しないであげて?」

 

「ほんっとう!人間は頼りにならなくってよ!馬鹿げたやりとりで少し疲れましたわ。

少し昼寝をします。しばらくさよなら!」

 

話し終えるとベネットは、さも自分の家であるかのように教会に入っていった。

それを見計らって、あたしはスマホを取り出し、電話番号を入力する。

 

「あれ~それってこの世界じゃ使えないんじゃなかったですか~?」

 

「アヤが中古スマホの通話機能を分析して、軍事基地に電波塔を立てたの。

おかげでハッピーマイルズ領内なら通話できるようになったわ。

ついでに主要機関に修理したスマホを配ったから、今そのひとつに電話中」

 

「便利な世の中になりましたね~」

 

「いずれ帝都までつながることを祈ってるわ。……あ、しもしも~?」

 

あたしは通話先と打ち合わせをして、電話を切った。

後はとりあえずやることがないから、ベネットの洗濯物を干すことにした。

今日は天気がいいから、彼女が目を覚ます頃には乾いてるでしょう。

 

 

 

う~ん、よく寝ましたわ。まったく、あの女と関わるとろくな事がなくってよ。

……あら、洗濯済みの私の服が畳んでテーブルに置いてありますわね。

少しは気が利くじゃありませんの。さっそく着替えて外に出ましょう。

聖堂のドアを開けると、里沙子と住人達の他に、見知らぬ顔と馬車が。

 

「あ、ちょうど起きたみたいですね。よろしくおねがいします」

 

「あ~ら可愛いお嬢さん。私共が愛情込めて育てますのでご心配なく!」

 

「本当にありがとうございます。行き倒れていたあの娘を助けたのは良いのですが、

とてもわたくし達では手に負えなくて……

あの、これはほんのお礼というか、寄付金でして」

 

「まあ……お心遣いに感謝致します、オッホホ!」

 

里沙子がなんかの袋を、化粧のキツいオバサンに手渡しましたわ。なにかしら。

あら、里沙子が呼んでる。ちょうどいいタイミングですわ。

まだまだ言い足りないことが残ってますの。

 

「ねえ、里沙子!さっきの「ベネットちゃんごめんね!こうするしかなかったの!」」

 

は?いきなり里沙子が抱きついてきて、意味のわからないことを言ってるのですけれど。

 

「じゃあ、寂しいけど、そろそろお別れしなきゃ。

あなたと過ごした3年間は一生忘れない!」

 

「何を言ってるのかさっぱりですわ!わかりやすく説明を……」

 

「では、先生。この娘を、どうか幸せに!」

 

「もちろん、責任を持ってこの娘を育て上げて見せます。オホホ」

 

「待ちなさいよ!勝手に話を進めないで!」

 

訳がわかりませんけど、

ここにいたらまずいことになるという予感だけは、はっきりしていますわ!

 

「ベネットちゃん、もう馬車に乗らなきゃ。

……あ、先生。この娘は虚言癖と脱走癖が強いので、その辺りの対策もお願いします」

 

「ええ、大丈夫ですとも。当施設には“そういう子”のための部屋もありますから!」

 

「さあ、馬車に乗って。向こうではきっとお友達がたくさんできるわ。

あたし達のことも、忘れないでね……」

 

「いやよ!私をどこに連れて行く気!?」

 

「とっても楽しいところザマスよ。ベネットちゃんもきっと気に入るザマス。ホホホ」

 

「胡散臭さ爆発じゃありませんの!絶対行きませんわ!」

 

「ああ……また発作が起きてしまったわ。

先生、やむを得ませんので、強引にでも連れて行ってください」

 

「心配ご無用。ほら、皆さん。彼女を」

 

なんか、白衣を着た屈強な男達が馬車から降りてきて、私に近づいてくる……

いや、離して!

 

 

 

 

 

ベネットが馬車に放り込まれる。あーこれで厄介事が片付いたわ。

児童養護施設にぶち込めば、もう面倒は起こせないでしょう。

悲しそうな顔を作って、責任者に挨拶する。

 

「では……ベネットのことを、どうぞよろしく」

 

「安心なさって。あなたのせいではありません。

ビリジアンリボン財団にお任せ頂ければ、

彼女の人生はきっと明るいものになります、オホホ。それでは、私共はこれで」

 

「はい、お気をつけて……」

 

あたしは去っていく馬車に手を振って見送る。馬車の後ろ座席では、

必死にリアガラスを叩いて助けを求めるベネットが、職員に抑えつけられてる。

さて、これで一件落着ね。

 

「マジでやっちまったが、これでいいのか……?

あいつ、いつになったら出られるんだ?」

 

「さあ。1年かもしれないし10年かもしれない。

あるいは、領主から定期的に子供1人当たり一定額の助成金が出るから、

例え向こうが異変に気づいても、永久に飼い殺しかも」

 

「お前ガチでやることエゲツないな……」

 

「なーに言ってんの。今のご時世、3食付きで寝床まで用意してもらえる所なんて、

他には刑務所くらいしかないわ。むしろ死亡キャラの救済措置よ」

 

みんなはどう思う?そう、ディスプレイの前のあなたよ。

前回の番外編は大勢のモブキャラの救済企画でなんだかごちゃごちゃしたから、

今回はベネットいじめにフォーカスしてみたの。

死んだはずのキャラが生き返らせてもらえて、しかも安住の地まで手に入れる。

彼女が望んだものとは少し形は違うけど、

これ以上のサクセスストーリーはないと思うがどうか。

 

最後にあなた達に連絡事項。タイトルに特に意味はないわ。

 

 



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また天使。あと首相がメンバーに
薬箱の奥にあった8年前に使用期限が切れた頭痛薬を飲んだんだけど、意外と効くものね。


私は柔らかな草原を踏みしめながら歩き続けます。あの方の御言葉のままに。

ずいぶん探したのですが、まだ目的の場所は見つかりません。

空を飛べば、とも考えましたが、人と同じく、自らの足で道を開き、

彼女に会ってこそ意味があると考え、

今もこうして爽やかな風の吹き抜ける中、目的地を探しています。

 

……あ!ありました。あの教会がメタトロン様がおっしゃった教会ですね。

確かに主の温かな光が今でも尾を引いて、建物を聖域と成しています。

思わず駆け出しそうになりましたが、

主の前でみっともない姿を見せるわけにはいきません。

逸る心を抑えながら、落ち着いた歩調で進みつつ、玄関に近づきドアを叩きました。

 

 

 

 

 

「ふぅ~ん。共産主義国家マグバリスで大規模デモ。

大帝ガリアノヴァ死亡に端を発した奴隷の反乱と、それを鎮圧する軍の衝突で、

現在確認されているだけで200名以上が死亡。

更に政権奪取を試みる軍部が分裂、対立し、戦火はドラス島全域に広がる模様。

混乱が収まる気配はない、か」

 

とっくに朝食を食べ終えたあたしは、新聞を読むとテーブルの端にポンと置いた。

 

「マグバリスってなんですか、里沙子さん?」

 

ジョゼットが食後のコーヒーを入れてくれた。一口すすって答える。

 

「ありがと。南の方にある奴隷貿易や薬物密売で稼いでた無法国家がそれなんだけど、

そこのトップのガリアノヴァってバカが、

艦隊を率いて、魔国から帰る途中であたし達の艦を襲ってきたってことは話したかしら」

 

「ええ、確か自国をトライトン海域共栄圏に加盟させることを迫ったとか」

 

「実際は単なるタカリだったんだけどね。

偶然現れた幽霊船が皆殺しにしてくれて助かったわ。

その後あたし達にも襲いかかってきたんだけど、あの艦には哀れみしか覚えない」

 

「悲しい最期を遂げた人たちの想いが形になった船だったそうですね……

せめて彼らの冥福を祈って」

 

ジョゼットが目を閉じて両手の指を絡める。

一瞬しんとしたけど、すぐに大きな声がダイニングに響く。

 

「なあ!またそいつの話、聞かせてくれよ!皇国の戦艦より強いのか?」

 

幽霊船に話が変わると、ルーベルが身を乗り出してきた。

何がそんなに楽しいのか、帰ってから彼女は特にジャックポット・エレジーに興味津々。

こうして根掘り葉掘り聞かれてるってわけよ。

 

「その皇国の戦艦とやらを見たことがないから、比較のしようがないわ。

少なくとも、木造の帆船がいくら装甲を固めても、あれの前では無意味よ。

主砲で戦艦が文字通り消滅させられた」

 

「すっげえ!世界の海にはそんなでっかいのがゆらゆらしてるんだろ?

私もいつか海を旅してみたいな~」

 

「幽霊船はもういないけど、観光ならいつでも行けるじゃない。

あんた意外と資産持ちなんだし、

家のことなら、みんな自分のことは自分でできるっていうか、やらせるっていうか。

船をチャーターしてクルージングでも楽しんで来なさいな。

トライトン海域共栄圏の三国は互いの領海は航行自由だから、

ついでに皇国の様子も見てきくれない?」

 

「意外とは余計だっての。でも、それもいいかもな~。

そういや、海外旅行って手続きとかどうやるんだろう。

パスポートってのが要ることは知ってるんだけど。

そもそもどこで発行してもらえるんだ?う~ん、色々難しいな……」

 

「はぁ。その前に行くかどうかをはっきり決めたら?

旅行会社のパンフ読むだけで満足するタイプじゃない?あんた。

……ともかく、愚かな指導者を持った民衆ほど哀れなものはない、っぽいことを

ゴルゴ13が言ってた記憶があるけど、本当そのとおりね。

さて、今日は何しようかしら。これと言った予定がないから暇なのよね。

エールは冷蔵庫に入れたばっかで、まだ冷えてないし」

 

「ですから、昼酒は身体に毒で……」

 

 

コンコン、斑目里沙子さんはいらっしゃいますか。

 

 

おおっと!あたしの休日が大嫌いな玄関が呼んでるわ。

もしあたしが神だったら、あのドアを人間にして、

三本ロープのジャングルで正義のパンチをぶちかまして、

どちらの立場が上なのか思い知らせてやりたいと常々思ってる。

……わかったわよ、行くわよ!

聖堂に入ると、いつもどおり、いきなりドアは開けずに名前を聞く。

 

「どちら様?ミサは日曜限定、厄介事はお断り。

あたしを知ってる理由は聞いてあげない」

 

あたしが無愛想に対応すると、ドアの向こうから女性の柔らかい声で返事が。

 

“はじめまして、斑目里沙子さん。私は天使ガブリエルと申します。

あなたにお伝えすることがあり、メタトロン様から遣わされました”

 

ガブリエル?うーん、微妙な線ね。本物の天使かただのキチガイか。

メタトロン降臨は世界中でニュースになったから、誰が知っててもおかしくない。

とりあえず見た目だけでも確認しましょう。息を吸ってクロノスハックで時間停止。

カッと目を見開くと全てが色を失う。この世界はあたしのもの。

そして、止まった時の中でドアを開けてガブリエルの姿を見る。

 

白のセーターに紺の長めのフレアスカート。

髪はブラウンのロングで、顔は美人とまでは行かないけど、素朴な可愛さがある。

いわば隣のお姉さんって感じ。小さなひまわりのブーケを持ってる。

 

まぁ、身なりがちゃんとしてるから頭も大丈夫とは限らないんだけど、

これまでの経験上「素敵な力ですね」嫌な感じはしないから……ええっ!?

びっくらこいて思わず能力を解くところだった。

停止した時の中、女性は話しかけてくる。

 

「きっとそれは神の賜物なのでしょう」

 

「なんであんた動けてるのよ!?擬似的とは言え時間止めてるのに!」

 

思わずホルスターに手が行く。

でも、自称ガブリエルはかすかな笑みを浮かべて、あたしにブーケを渡してきた。

これ以上時間を止める意味もなさそうだから、クロノスハック解除。

 

「驚かせてしまってごめんなさい。ささやかですが、これをあなたに」

 

「ご丁寧にありがとうございます。花なんて柄じゃないけど病気以外は……

いや、そうじゃなくて!一体何しに来たの?またメタトロンがキレた?」

 

「とんでもない。

メタトロン様は、あなた方が撒いた種が芽吹く時を楽しみにしていらっしゃいます。

先程も申し上げましたが、今日はあなたに伝えることがあり、

お邪魔させていただきました」

 

「嫌な予感しかしないけど、あなたが天使だってのは本当みたい。

立ち話もなんだから、中に入って」

 

「失礼します」

 

さあ、今回の奇妙な冒険の始まりよ。

初対面の誰かをダイニングに通すと必ず面倒事が起こる。

この企画のお約束というか、ワンパというか、テンプレというか。

まずはダイニングに集まってる連中を追い払って、彼女のために席を作った。

 

「ほらお客さんよ。座ってる連中は立つかどっか行って」

 

「うるせえな。里沙子、最近私たちの扱いが雑だぞー」

 

「お邪魔します」

 

ガブリエル(仮)が足を踏み入れた瞬間、聖職者2名が騒ぎ出す。

 

「わ、わ!里沙子さん、そちらの方はどなたですか!?

とんでもなく膨大な光を感じるんですけど!」

 

「そうです!お祖父様より強大な神性をその身に宿しています!

失礼ですが、あなたは一体どのような存在なのですか!?」

 

ジョゼットとエレオノーラが立ち上がって目を丸くする。

あたしには普通の姉ちゃんにしか見えないんだけど。

よく考えたら聖職者ってのもよくわからん生き物だわ。

それとも仏教徒は対象外なのかしら。

 

「あー紹介する。彼女は天使ガブリエル、らしいわよ。

ねえ、ジョゼット。この花何かに生けといて。彼女からのプレゼント」

 

「「ええーっ!!」」

 

珍しくエレオノーラまで大声を上げて驚く。

 

「ガブリエル様と言えば、メタトロン様の次に位置する、3大天使の……」

 

「はい。エレオ、ストップ。まずお客さんをお通しするのが先でしょう。

……すっかり待たせちゃったわね。どうぞ座って。コーヒーと紅茶、どっちにする?」

 

「お紅茶を、お願いします」

 

「ですって、ジョゼット。ガブリエルさんにお茶入れて。

ああ、お茶が沸くまでこれでもつまんでよ」

 

「ありがとうございます」

 

あたしも彼女の前に座って、

お茶菓子の入ったカゴを引き寄せてテーブルの中央に置いた。

 

「“つまんで”って酒盛りでもするわけじゃねえんだからよ……」

 

「そういやピーネは?」

 

いつも暇を持て余してるせいで、

妙なことが起きると絶対ダイニングから離れないメンバーのうち、

ピーネの姿が見当たらない。

 

「裏から、出ていった……

悪魔が嫌いなものばかり持ってくるお姉ちゃんなんて嫌い、だって」

 

「間一髪ってところね。直接ご対面してたら死んでたかもしれない」

 

「すみません。私がいきなり訪ねたせいで、

吸血鬼の子供を怖がらせてしまいました……」

 

ガブリエルが若干恐縮したような顔をする。

 

「ええと……全部バレてるなら直球でお願いするけど、あの娘のことは見逃して?」

 

「もちろん。事情は全てメタトロン様から伺っています。

吸血鬼の少女が教会に住んでるのは、

あなたを始めとする心優しき者達が協力した結果であると」

 

「お紅茶です。お口に合うかはわかりませんが」

 

「ありがとう。ああ……いい香り」

 

ジョゼットがいつもより時間を掛けて入れた紅茶をガブリエルに出した。

あたしはいつものブラック。好物のラングドシャをひとつ口に放り込んで、

コーヒーをすすって甘さと苦味を味わう。

美味しそうに紅茶を飲む彼女を見て、なんとなく気になったことを聞いてみる。

 

「メタトロンも自分の部屋っていうか空間に用意してたんだけどさ、

天使って紅茶が好きなの?」

 

「はい。透き通るような赤、芳しい上品な香り、豊かな味わいは、

汚れなき嗜好品として多くの天使に好まれています」

 

「ふーん。神様達にも私生活ってもんがあるのね。

あ、マーブルっていうわかりやすい例を忘れてたわ」

 

「ふふっ、あまり彼女をいじめないであげてくださいね」

 

「へえ、やっぱ知ってんだ。あたしはただ貸し借りをなくしてるだけよ……

ああ、ごめんなさい。そっちの用件が放ったらかしだったわね。

それで、今日は何を伝えに来たの?」

 

すると、ガブリエルは佇まいを直して、真剣な表情であたしに告げた。

 

「神の告知者として申し上げます。

今日、あなたのもとに、心打ちひしがれた少女が現れるでしょう。

メタトロン様は、あなたがその慈愛の心を以って彼女を救うことを期待しています」

 

「その、可愛そうな少女が誰かは置いといて、慈愛の心とかは勘弁して。

あたしの頭にあるのは楽することと飲むことだけよ。

誰かのために生きたことなんてないわ。

そう見えることがあったとしても、それにはあたしの利益が絡んでるからよ」

 

今度は彼女が寂しそうな顔をする。

 

「……まだ、ご自身の優しさを遠ざけていらっしゃるのですね。

何故、心の内の輝きから目を背けるのでしょうか」

 

「元々そんなもんありゃしないからよ。誤解しないで欲しいんだけど……」

 

あたしが何か言いかけると、ダイニングにビュオっと一瞬風が吹いて、

一人の少女が姿を表した。その着物姿の女の子は……

 

「パルフェム!?来るならせめて玄関から入りなさいよ!」

 

「う…うう、う……」

 

立ち上がって彼女に近寄るなり、パルフェムは目に涙を浮かべて、

やがて大声で泣き出した。

 

「うわああん!ぎゃおお!びいあおええ!うっおおん!」

 

「落ち着いて!泣くならもう少し人間らしく泣きなさいな!どうしたっていうの!?」

 

「もう皇国にパルフェムの居場所はありませんわー!あああん!」

 

「……そうね、なんとなくわかったわ。ほら泣かないの」

 

「びえええん!!内閣不信任案が可決されて、政党にも見放されて、

総理の地位も失って、みんなパルフェムの元から去っていきましたわ!

元々どうでもいい連中でしたけど、散々面倒見て差し上げたのに、

まるでパルフェムなんて初めから知らなかったように!」

 

ああ、やっぱり駄目だったのね。

言ってみれば、皇国はトライトン海域共栄圏設立でただ一国、“割りを食った”だけで、

何ら利益がなかったんだもの。

メタトロンを説得するためとは言え、経済的に安定している皇国が、

他国のために国有財産を差し出す義理なんて全くなかった。

 

にもかかわらず、国家の舵取りに余りにも影響の大きい協定を独断で可決したんだから、

国会で散々槍玉に挙げられた挙げ句、総理の地位を追われたのは容易に想像できる。

彼女が失ったものは大きい。とにかく彼女を抱きしめて、何度も背中を撫でる。

 

「ちゃんとケリを付けてきたのね。よく頑張ったわ。

大人でも自分の後始末も出来ない奴が沢山いるのに、あなたは立派よ」

 

「しかも新内閣で総理になったのは誰だと思います?ミコシバですのよ!

パルフェムの目を盗んで、野党を焚き付けて、

神国党内で反パルフェム派が総選挙後に多く大臣に起用されるよう、

議員達と共謀していましたのよ!信じられます!?

パルフェム、もう誰も信じられませんわ!」

 

「大丈夫、あたし達は裏切ったりしない。約束は守る。

約束通りここで暮らしてもいいから」

 

相変わらずあたしの腕の中で泣きじゃくるパルフェム。

彼女が泣き止むまでには、少し長い時間を要した。

 

 

 

「……みっともないところをお見せしましたわ」

 

散々泣いて落ち着いたパルフェムもテーブルに着かせて、ジョゼットの紅茶を飲ませる。

 

「いいのよ。それじゃあ、これからはここに住むってことでいいのね?」

 

彼女は黙ってうなずく。

 

「財産は全て現金化して預金口座にまとめて来ましたの。

しばらく戻りたくはありませんから……」

 

「辛い思いをしたのですね。もう悲しむことはありません。

あなたの救い主は目の前にいます」

 

ガブリエルが隣りに座ったパルフェムの手に、そっと自分の手を乗せた。

パルフェムは知らない顔に驚いて、キョトンとした目でガブリエルを見返す。

 

「あなたは?」

 

「天使ガブリエル。

今日、あなたが来ることを里沙子さんに伝えに、天からやってきました」

 

「……そう。まだ冗談の気分じゃありませんの」

 

「パルフェムさん、その方は本物の天使です。

つまり、里沙子さんがきっと助けてくれるのです。希望を捨てないで」

 

「そ、そうです!天使様に触れていただいたんですから、きっといいことがあります!」

 

何のつもりか、しれっとあたしの両隣に座ってるエレオノーラとジョゼット。

小声で下がらせようとする。

 

(ちょっとあんたら、何やってんのよ。大事な話の途中なんだけど)

 

(あの…里沙子さん、お願いです。どうか、わたしにも天使様との語らいを)

 

(わたくしも今日は3回もお茶を入れたんですから、

ご褒美に同席させてくださいよ……)

 

(2人共ガチの神様オタクね、本当に。変な横槍入れないでよ?)

 

(わかりました)(わかってますよう……)

 

気を取り直して話を再開。何から決めたものかしらねえ。あ、寝床!

ピーネとパルフェムがベッドに寝たら、

またあたしが固いマットの上で寝袋に入ることになる。

 

「一か八か、あそこを使うしかないのかしらねえ。

でも、いろいろ片付けなきゃだし、そもそも入る方法が……

ごめん、ガブリエル。ちょっと考えをまとめるから、

このミーハーなシスター共とお喋りしてあげてくれないかしら。

白がエレオノーラ、黒がジョゼット」

 

「はい、もちろん。お二人とも、改めまして神の告知者ガブリエルです。

どうぞよろしく。あなた方の熱心な祈りは主に届いていますよ」

 

「もったいないお言葉です!何百万人もの信者達が、

お姿を想像することしかできない天使様にお目にかかれただけで、わたしは果報者で、

胸がいっぱいになってしまって……

申し訳ありません、今の感情を上手く言葉にできなくて」

 

「わたくす、いえ、わたくしもなんだか舞い上がっちゃって、

さっきのお紅茶も上手く入れられたか心配になってるくらいで、

ちゃんと天使様をおもてなし出来たかな~って心配になっちゃってるんです。

あ、そうだ!ガブリエル様、今日はお泊りになっていってください!

わたくしのベッドが空いておりますので、そちらをお使いください」

 

「それはいい考えですね!不躾なお願いですが、聖書と神の真意との齟齬についても、

是非教えを乞いたいのですが……」

 

「それじゃ、今夜はガブリエル様とパジャマパーティーをしましょう!

わたくし、念入りにベッドメイクしておきますから!」

 

相手を無視して暴走気味のアホシスター二人にも、ガブリエルは微笑んで答える。

あたしが考え事に集中して何も聞いてないと思ったら大間違いよ。

2,3話くらい前にも言ったけど、エレオにもジョゼット菌感染の疑いがあるわね。

悲しいけど彼女に治療薬が落下する日も遠くないかも。

 

「ふふ、エレオノーラさんもジョゼットさんも固くならないでください。

魅力的なお誘いですが、私が必要以上に人に干渉することは許されていません。

人間の自由な選択を捻じ曲げてしまうことになりかねませんから。

心配なさらないで。書物に記されている教えも重要ですが、

最も大切なのはあなた方の純粋な祈りです。この教会の神性な空間が保たれているのも、

あなた達の日々の信仰あってのことなのですよ」

 

「……ありがとうございます!祖父にも胸を張って報告できます!」

 

「エレオノーラさんのお祖父様は法王猊下でいらっしゃいますね。

神が彼に大きな力をお貸し下さっているのは、長年の研鑽と祈りの賜物。

あなたにもそうあって欲しいと思います」

 

「はい、がんばります!」

 

ドアがどうしても開かないのよね、使うにしても。

不動産屋からもらった鍵束にもそれらしい鍵はなかったし。

 

「あの、ガブリエル様……わたくし、本来は遍歴の修道女として旅に出た身で、

いろいろあって今はここで家事をしながら、ミサを開いたり聖書を読んでるのですが、

諸国を旅して教えを説く使命を果たせていないんです。

わたくしはやはり、いずれここを離れて

旅に戻ることを考えるべきなのでしょうか……?」

 

客に人生相談してんじゃないわよ。ガブリエル、言ってやんなさい。勝手にしやがれ。

 

「ジョゼットさん。心配しないで。

教えを説いて回るにしても、あなた自身が経験や知識を積んでいなければなりません。

この教会は、自分自身を磨き教えを学ぶには最適な環境です。

あなたはまだお若いのですから、旅に戻る前に、

焦らずここで自分を高めてはどうでしょうか」

 

「そうですね……えへ、そうでした。わたくし、まだ2つしか光魔法使えませんし、

まだ人に何かを教える立場じゃありませんよね」

 

あんたいつもミサで何やってんのよ。とにかく、やるべきことは決まった。

ドアはこの際仕方ない。

 

「おーし、雑談はそこまで。みんな、今から一仕事始めるわよ」

 

あたしは立ち上がって宣言した。

 

 

 

 

 

もし、この企画を1から読み返すほどの酔狂がいたら気がつくかもしれない。

紹介してなかったけど、この教会にはまだ一部屋あるのよね。

もっとも、鍵が開かないし何が入ってるかわからない開かずの間なんだけど。

1階の物置、バスルームの更に奥。2階のあたしの私室のちょうど真下。

 

「よーし、みんな!今日はワクワクちびっこランドを作るよ!」

 

面倒くさい仕事を前に、少しでも気分を盛り上げようとワクワクさんの真似をしながら、

ボロいドアの前でみんなに言った。

今から行う作業を手伝わせるために集めたメンバーが、狭い廊下にひしめき合ってる。

 

「何をなさいますの?里沙子お姉さま」

 

いつもの彼女に戻ったパルフェムが聞いてくる。

 

「言ったでしょう。あなたのために新しく寝室を作るの。

多分広さからしてシングルベッド2つは置けるから、ピーネの分のベッドも入るわ。

二人共、自分だけの寝床で足伸ばして寝られるのよ」

 

「えー、パルフェムは里沙子お姉さまと一緒のベッドがいいです。

その部屋はピーネさんでお使いになって」

 

「勝手に決めないで!……っていうかそこのあんた!

用事が済んだならさっさと帰ってよ!そばにいるだけで肌がざわざわするんだけど!」

 

ルーベルに連れ戻され、カシオピイアの足に隠れながらガブリエルに文句を言うピーネ。

強気を装ってるけど膝が笑ってる。ガブリエルは困った顔で彼女に語りかける。

 

「お願い、怖がらないで。私が告げた事実に対する、里沙子さんの行いを見届けるよう、

メタトロン様から仰せつかっているの。もう少しだけ、我慢してね?

私のせいで窮屈な思いをさせてごめんなさい……」

 

「そうは言っても大したことはしないわよ。

名前の通り、ちびっこ2人の寝室を作るだけだから。問題は鍵。どこにもないの。

不動産屋から受け取った鍵には入ってなかった。というわけで、カシオピイア、カモン」

 

「なあに、お姉ちゃん」

 

すっと音もなくカシオピイアがあたしのそばに歩いてくる。

急に頼りの隠れ場を失ったピーネが慌てて右往左往する。

 

「ちょ、ちょっとどこいくのよ!あ、ルーベル。あんたでいいわ!」

 

「ビビってんじゃねえよ。普通のやさしそーな姉ちゃんだろうが」

 

「ビビってないわよ!いいからあたしの前に立ってなさい!」

 

「へいへい」

 

「騒がないで!どうでもいいやり取り挟みまくったせいで、

今回は文字数オーバーでダレ気味なんだから!

カシオピイア。このドア、ピッキングして開けてちょうだい」

 

「どうして?」

 

「どうしてワタシが解錠技術を持っていることを知ってるの?って言いたいのね。

あなたがピア子だった頃、

それであたしの部屋の鍵開けて突撃してきたことがあったのよ」

 

「……ごめんなさい」

 

「あー違う!責めてるわけじゃないの!

ただ、とっととこのドア開けてくれると、お姉ちゃん嬉しいってことなのよ」

 

「わかった」

 

暗い顔をしていたカシオピイアが明るい顔になる。

他人が見てもほとんど変化はわからないだろうけど。

さっそく彼女はドアノブの前で膝をついて、

髪から抜いたヘアピンでカリカリと鍵穴の中をいじり始めた。

 

Falloutの鍵開けならあたしも得意なんだけどねえ。

まず大雑把に左右の半分で反応を見る。少し回るところを見つけたら、

そこから更に半分のエリアに分けてまた反応を見る。

それを繰り返すと大体の鍵穴は楽勝よ。どうでも良いことを考えつつ待つこと約5分。

カシオピイアが振り返って、悲しそうな顔で首を振る。

 

「どうしたの?」

 

「駄目。鍵穴にゴミがたくさん。ピンも錆びてて動かない」

 

「そっかー。そんなに古かったのね。ありがとう、カシオピイア。

こうなりゃ最終手段に出るしかないわね」

 

「何をするの?」

 

「原始的かつ確実な解錠手段よ。……はい全員下がるわよー!」

 

ぞろぞろとみんなとダイニングに下がる。顔には出さないけど、

ガブリエルもあたしが何をしでかすのか、興味深げな様子で見てる。

なら少しだけ楽しんでもらおうかしら。

あたしはピースメーカーとM100を抜いて、ドアを正面に見据えて誰ともなく呟いた。

二丁拳銃のあたしを見たジョゼットが怯える。

 

「ふええっ!?里沙子さん、どうして家の中で銃なんか……」

 

「……あたしが突入したら明かりを消して」

 

「今、昼だぜ?」

 

「行くわよ」

 

ルーベルのツッコミを無視してあたしは駆け出す。

十分に助走を付けたら、ドアの前でジャンプしてドロップキックを叩きつけた。

バリッ!と大きな音を立ててドアが破れ、あたしは未知の空間に突入。

暗い部屋、もうもうと立ち上がる煙で視界はゼロ。

しばらくあたしがじっとしていると、反体制派の集中射撃が……あるわけない。

何の映画のパロかわかった人には20ポイントあげちゃう。

 

とにかく息もできないほどのホコリをなんとかすべく、

袖でマスクをしながら、わずかに光の差す場所へ歩いていく。

最悪。窓に木の板が打ち付けられてて、開けられない。今度こそガチでこれが要るわね。

サイレントボックスを唱えて、十分に距離を取って、

木の板の壁に食い込んだ釘を狙い撃つ。

 

音もなく放たれた弾丸が、朽ちた板ごと釘を弾き飛ばす。

なんか最近、ピースメーカーを撃っても手応えがないのよね。

耳痛めてるからしょうがないんだけど、銃声ってやっぱりロマン。

 

そんなことは置いといて仕事仕事。

1枚板が外れたおかげで、部屋が少し明るくなって、多少内部が見えるようになった。

それを察知したダイニングのみんなが、恐る恐る部屋を覗き込む。

 

「なんだこりゃあ。ホコリだらけじゃねえか」

 

「ルーベル、手伝って。

他にも窓があるはずだから、バリケードっぽい板を外して欲しいの」

 

「おっし。物置からバール取ってくる」

 

すると、ルーベルと一緒に他のメンバーも物置に向かった。

 

「これは、お掃除が必要ですね~わたくし、雑巾とバケツを取ってきます」

 

「わたしも手伝います。拭き掃除の前にホコリを掃き取らないと」

 

「……ガラクタ、どけるね。軍手、あるかな」

 

あたしが銃把で殴ったり、強引に手で引っ張ったりして、

邪魔な板を外して窓を開け放つと、

すごい量のホコリが逃げ出すように外に流れ出ていった。

 

「うわっぷ!何十年放ったらかしだったのよ、ここは!ゴホゴホ!」

 

「本当ひでえな。とにかく窓を全部開けてホコリを追い出さなきゃな」

 

ルーベルが、持ってきたバールで手早く封じられた窓を開けていく。

ものの10分で、全部の窓が元通りに開き、新鮮な空気が入り込んでくる。

真っ暗だった部屋も3つある窓のおかげで明るくなった。

改めて部屋を眺めると、あるのは本棚やテーブル、誰なのかわからない肖像画。

使えないものばかり。ただの物置だったのね。

 

……だったらバリケードなんか貼るんじゃないわよ!

歴代神父のミイラでもあるのかと思ったけど、とんだ肩透かしね。

再利用できるもんがないかと思ったけど、木の板と同じく耐用年数がとっくに過ぎてて、

脆くて使い物にならない。

 

外に運び出して、ゴミの回収業者を呼ぶしかないわね。

裏手に放り出しておこうとも思ったけど、

ゴミ屋敷の始まりになりそうだから、きちんと処分することにした。

 

「里沙子さーん、雑巾持ってきました」

 

「サンクス。とりあえずデカいガラクタを、

ざっとでいいから乾拭きしてくれないかしら。

このままだと運び出す時に体中がホコリまみれになる。

まず邪魔な物どけてから掃き掃除したいの」

 

「それでは、わたしもお手伝いします」

 

「木のささくれとか気をつけてね。どんなバイ菌がいるかわかんないから」

 

「待って。私も、やるわ!一人用ベッドが手に入るんですもの。

ちょうどあの女もいなくなったことですし!フシシ」

 

「パルフェムもやりますわ!

うふっ、今日から里沙子お姉さまとひとつ屋根の下で暮らす部屋なんですから」

 

「偉いわよー、二人共。そこに積んである木の板には近づかないでね。

釘が刺さったままだから。エレオ達の拭き掃除を手伝って」

 

確かにガブリエルの姿が見えないわね。退屈になって帰ったのかしら。

そういういい加減そうな感じでもなかったけど。

まあいいわ。とにかく部屋の汚れをなんとかしないと。

 

その後、全員の苦労の甲斐あって、あたし達は、

ホコリが落とされた邪魔なガラクタを全部物置から裏手に運び出した。

まだ床や木枠の隅にチリが残る部屋を見渡す。

 

「ふー、物がなくなると結構広いわね。

二人分のシングルベッドと衣装棚は余裕で置けるんじゃないかしら」

 

「はぁ~まだ掃き掃除と拭き掃除が残ってますけどね……」

 

「掃き掃除についてはお任せになって」

 

パルフェムが帯から扇子を抜いて、慣れた手付きでバッと広げる。

 

「お、久々にアレやるのね」

 

「もちろん!では、僭越ながら……」

 

──眠る塵 夏空めがけて 風となり

 

彼女が一句詠み終えると、部屋中隅々のホコリが、

部屋の中央に竜巻のように渦巻きながら集まって、窓から飛び出し、

まさに爽やかな夏空と一体となって、流れていった。

 

「ワオ、まさに人間ダイソン。あなた何でもできるのね。

面倒な工程をまるごと1つすっ飛ばせたわ。助かった」

 

「喜んで頂けて光栄ですわ。ふふん」

 

得意げに扇子で仰ぐパルフェム。なんか知らんけど、それに対抗意識を燃やすピーネ。

 

「うー……私だって、部屋の掃除くらいお手の物ですわ!

エレオノーラ、モップを貸しなさい!」

 

「はいはい。床の隅から線を描いて往復するように拭いていくのがコツですよ」

 

自分からやってくれて、また助かったわ。あたしが司令を出すと絶対嫌がるから。

あたしらは雑巾で細かいとこ仕上げて行きましょうか。

大半のホコリはパルフェムが掃除してくれたけど、撫でるとまだザラッとするのよね。

 

で、1時間後。開かずの間はすっかりピカピカになり、

人間が住むにふさわしい清潔さを取り戻した。

初夏の空気が通り抜け、清々しい気分になる。

 

「みんなお疲れ……部屋ってここまで汚れることができる存在なのね。疲れたー」

 

「だらしねえぞ、里沙子。掃除くらいでへばる奴があるか」

 

「あんたが無意味に体力充実してるのよ」

 

「なんだとー!」

 

「いえ、確かにこの汚れきった広めのスペースを掃除するのは骨が折れました……

里沙子さん。あとは何をすれば良いんでしょう」

 

「街の家具屋で二人のベッドと衣装棚の発注。

ちょっと狭くなるけど、手頃なテーブルも欲しいわね。

それは街であたしがやってくるわ。はぁ」

 

「それって今日中に届きますの?」

 

「届くわけないじゃない。注文した家具が完成して届くまで1週間は寝袋生活よ。はぁ」

 

「里沙子お姉さまがパルフェムとベッドで寝ればいいんですわ!

丈夫な吸血鬼の方には寝袋で我慢して頂いて」

 

「勝手なこと言ってるんじゃないわよ!いいこと!?

この家じゃ私の方が先輩なんだから、ベッドのスペースは私に譲るべきよ!」

 

ややこしくなりそうだから、パンパンと手を叩いて、ややこしいケンカの種をもみ消す。

 

「はいはい、あたしが寝袋でいいんでしょ。そのかわり、二人共ケンカはなし。

あたしの頭の血管がぶち切れるから」

 

「それじゃあ、みなさん休憩しましょうか。わたくし、お菓子を用意します。

昨日の買い出しで買ってきた、塩パンがあるんです。

あのパン屋の人気商品で、冷めてもフカフカで美味しいんですよ!

温め直しますからちょっと待ってくださいね~」

 

「では、わたしはお茶の準備を」

 

「おやつ!?食べるー!」

 

「まあ!パルフェムも御相伴に預からせてもらいますわ」

 

「子供はいいわね。おやつ1つで元気になれるんだから。あたしもうヘトヘト。

街に行くのはお茶の後にするわ」

 

あたしは婆さんみたいに前かがみになりながらダイニングに向かう。

椅子に座る頃にはもう体力が尽きかけていた。

 

「ぶわああ」

 

「変な声出すなよ。そんなにしんどいなら明日にしたらどうだ?」

 

「1日延びると寝袋で寝る日も1日延びる。

それにあたしは一度休むと、エンジン再始動まで余計にエネルギーが要るタイプなの。

やることは今日中に全部片付けて、明日からまた食っちゃ寝生活に勤しむのよ」

 

「もーこれからはそうも行かねえぞ。子供が2人もいるんだからな。

みっともない姿は見せられない」

 

「うっ……鍵かけて、閉じこもって、エールをラッパ飲みすれば問題ないわ」

 

「大問題だ。明日から9時以降も寝てるようなら、

部屋の前でドラムを叩き続けるからな」

 

「……寂しい時代だ」

 

「まっとうな時代だ。休んだらちゃんと街に行くんだぞ。……私も半分持つから」

 

「えっ、金出してくれんの!?」

 

「半分だぞ?まぁ、なんていうか、人嫌いなお前が、

泣いてるパルフェムを受け入れて、ちょっと見直したっていうか、そんなところだ」

 

そう言うとルーベルはコップに入った水をゴクゴクと飲んだ。

刺激物は人工物の身体の劣化を招きやすいから、彼女はいつも水を飲んでいる。

あたしは頬杖をついて、そんなルーベルを眺める。

ふと気づいた彼女がやっぱり文句を言う。

 

「何ニヤニヤ見てるんだよ!さっさとパン食って買い出し行くぞ!」

 

「ふふふ、はいはい」

 

その後、パターの優しい味と散らした岩塩の塩気が生み出す旨味を味わい、

体力が30ポイントくらい回復したあたしは、出かけることにした。ホイミ。

 

「じゃあ、行ってくるわ。ジョゼット、悪いけど片付けお願いね」

 

「行ってらっしゃ~い」

 

あたしは一度部屋に戻り、トートバッグを取ると、小走りで玄関に向かう。

ルーベル達はもう集まってる。あら、同行者がもうひとり。

 

「そっか。自分のベッドは自分で選びたいもんね」

 

「それもありますけど……」

 

パルフェムが口ごもる。

 

「里沙子お姉さま、耳の具合はどうですの?」

 

やべ。前に軟膏もらってから一度も薬局行ってなかったわ。

 

「本当に呆れたやつだな。耳治らなくてもいいのかよ!」

 

「そんな怒らないでよ……そうだ、家具屋のついでに薬局寄ってもいい?」

 

「最優先で行け!まったく」

 

「わかった、わかったから。そろそろ出かけましょう」

 

で、あたし達はいつもの街道を進んで、ハッピーマイルズ・セントラルの街に着いて、

いつもの街を南北に分ける大通りを北に進んで薬局にたどり着いたの。

やだ、もう12000字。さっさと入らなきゃ。

 

カランコロンカラン。ドアにベルが付いてるわけじゃなくて、あたしが口で言ったの。

そしたら、カウンターの奥のアンプリが、少しムッとした顔で見てきた。

茶目っ気にそんな怒ることないじゃない。

話しかけようとすると、彼女が前置きなしに聞いてきた。やっぱり口調も不機嫌そう。

 

「どうして来なかったの?」

 

「ほら、魔国のあの事件に巻き込まれちゃってさあ……」

 

「それは知ってる。でも、帰国してからずいぶん経つわよね」

 

「ごめん、ごめんってば。あと、このヘッドホン結局ほとんど使わなかったから返す」

 

アンプリが表情を呆れ顔に変えて、ひとつ息をつく。

 

「もう、耳の保護器具まで放り出して……あら、左耳に付けてるのは何?」

 

「知り合いが作ってくれた骨伝導補聴器。

頭蓋骨に直接微弱な振動を伝えて、脳に音声信号を送るの」

 

「へえ……聴力の補助にそんな方法があるなんて知らなかったわ。

とにかく奥へ。検査しましょう」

 

店内にルーベルとパルフェムを残して、診察室に入ると、クルクル回る丸椅子に座った。

アンプリが医療器具を乗せたトレーから耳鏡を取り出して、

あたしの耳に突っ込んで、両方の耳を検査した。

 

「う~ん。前よりはマシだけど、やっぱり治りが遅いわね。

化膿はなくなったけど、細かな傷が少し残ってる」

 

「お薬はちゃんと使ったのよ?それは褒めて」

 

「褒めない。あなたのためでしょう。まさか、また耳栓なしで銃を使ったんじゃない?」

 

「いきなり敵襲があってさあ、2,3発やむを得ず……

消音魔法を使う間もなかったのよ!信じて」

 

「はいはい。言っとくけど、本当にあなたのためなんだから、気をつけてね。

はいじっとして……

カルテNo.01321、斑目里沙子。悪意なき悪意、彼の物に残せし汝の爪痕、

白日の下、顕にせよ。サーチイレギュラー」

 

アンプリがあたしの両耳に手をかざすと、ささやくように診察魔法を唱えた。

彼女の両手に青い光の球が現れ、あたしの耳の中にある異常を照らし出す。

痛みも音もない不思議な魔法。変な放射線の一種だったらどうしよう。

耳って脳に近いんだけど。

 

あたしの取り越し苦労を知る由もなく、アンプリは繊維の綺麗な紙を手に取って、

魔法で得た情報を流し込む。真っ白な紙にあたしの耳の内部が描かれる。

 

「……期待はずれという点では期待どおりね。やっぱり治りが遅い。

今度こそ銃は撃たないで。大人しく家でごろ寝生活してなさい。

お金持ちなんでしょう?あなた」

 

「あ、ちょっと待った!その言葉に朝昼晩、必ずアルコールを摂取するようにって、

付け加えてくれない?」

 

「くれるわけないでしょう。前にも完治するまで酒を控えるようにって……

あ!飲んでるんじゃないでしょうね?」

 

「え、いや、そんなわけないじゃない。口さみしい時に舐めたりなんかしてないわ」

 

「耳が腐っても知らないわよ。この分じゃアルコール依存症の疑いもありそう。

そっち方面は専門外だから、どっかよそを当たってね!」

 

「わかったわよ……酒も控えるから怒んないでよ」

 

「しょうがない患者ね。今日はおしまい。

また軟膏出しとくから、なくなる頃にまた来て。

薬が残ってても、痛みを感じたり、化膿が再発したらすぐ見せてね」

 

「はーい。ありがとーございました」

 

あたしは店に戻ると、治療代を払うためカウンターの前に立つ。

例によってアンプリがレジを打ち、明細と軟膏の入った紙袋を差し出して代金を請求。

 

「ええと、診療代、処方代、薬代、保護器具レンタル代1月。合計で3000Gね」

 

「3000!?代金の大半はヘッドホンのレンタル代よね?

前回そんなに高くなかったもんね?ほとんど使ってないのにそんなに取るの?

そもそもなんでそんなに高いの?」

 

「里沙子ちゃんの言う通り、代金の半分以上はレンタル代よ。

この保護器具は精密な部品が沢山使われてて、

1つ当たりの価格が高いからレンタル代も当然高くなる。

それに使わなかったのはあなたの判断でしょう。

ちゃんとこれを着けて大人しくしていれば、今頃もっと病状も良くなっていたんだけど」

 

「うう……骨伝導マイク着けてるとヘッドホンが着けられないのよ」

 

「じゃあ、なるべく耳をかばって療養するしかないわね。お大事に」

 

金を払ったあたしが力なく薬局から出ると、ルーベルとパルフェムも後に続く。

 

「どうだったんだ?耳」

 

「あんまり良くなってなかった上に、怖い看護婦さんに怒られた」

 

「まあ……里沙子お姉さまの耳を治す一句が思い浮かべばいいのですけど」

 

「はは、パルフェムは優しい子ね。聞いてよ、禁酒まで命じられたのよ。

自宅で療養しろって言うけどね、酒を飲めなきゃ一体何して一日過ごせって言うのよ」

 

「酒しかねえのかよ、お前は!」

 

「酒以外何があるってのよ。しょんぼり」

 

傷心のあたしは、ふらふらと本命の家具屋へ足を向けた。

ごめん、このお話にはまだちょっと続きがあるんだけど、

長くなりすぎたから今回はここまでにするわ。なんだかどっと疲れが出たわ……

それではみなさんお元気で~

 

 



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うちのエアコン、センサーが馬鹿で何度に設定してもフルパワーで冷やし続けるから、寒いのなんの。

はい、前回のあらすじー

ガブリエル来た、パルフェムも来た、子供部屋作った、病院行った←今ここ

 

前回ちょっと落ち込み気味で終わっちゃったけど、

今から家具屋行くからちょっとだけ気分が明るい方向に上昇したの。

地球にいた頃、ニトリやイケアに行くと意味もなく楽しい気持ちになったものよ。

でも、イケアのトイレ集中配備には参ったわ。

だだっ広い店の真ん中で行きたくなったら怖いじゃない。

 

そんなことはさておいて、あたしはルーベルとパルフェムを連れて、

街の南北をつなぐ中央通りを西に進んで、古風な建物が並ぶ一角にある店に入ったの。

ガラス張り大きな店舗と、ノコギリや金槌の音が響く工房が隣接する家具店。

まずは縦長の金属製ドアノブを押して、店舗の方に入る。

 

「わあ~」

 

「まあ素敵」

 

「懐かしい匂いがするぜ」

 

パルフェムが小さく歓声を上げて子供らしさを見せる。

あたしやルーベルも思わず目を奪われるくらい店は広く、

いろんな種類の家具が並んでいて、木のいい香りが漂ってくる。

あたし達がキョロキョロしていると、スーツを着た女性店員が声を掛けてきた。

 

「いらっしゃいませ。本日は何かお探しでしょうか」

 

「ええ。シングルベッドと、衣装棚を2つずつ。

あと、子供部屋の広さにちょうど手頃なテーブルも欲しいの」

 

「かしこまりました。まず、ベッドコーナーへご案内します」

 

上品な所作の店員が、あたし達を広い店の1コーナーへ連れて行く。

そこには各種サイズ、高級なものから安価なものまで、様々なベッドが展示されていた。

店員が笑顔で商品を紹介する。

 

「シングルはこちらになります。どうぞゆっくりご覧になってください」

 

「ほら、欲しいの選びなさい。耐久消費財は丈夫なのにした方がいいわよ、パルフェム」

 

「わーい!ありがとう、里沙子お姉さま!」

 

パルフェムは嬉しそうに自分のベッドを選ぶ。

けど、元総理が選ぶベッドが何なのかちょっと不安になってきた。

あんまり高級品ばかり選ばれても予算ってもんがねぇ。

肩に食い込むトートバッグの重さを確かめる。でも意外にも彼女が選んだのは。

 

「お姉さま、これが良いですわ!」

 

「シンプルね。それでいいの?」

 

特にヘッドボードに模様が彫り込まれているわけでもない、

なんの変哲もないただのベッド。

サイドレールが引き出しになってて収納に便利だけど、それだけ。

 

「あの部屋にはこれくらい簡素なものが溶け込みますの。

これから長く住む空間ですもの。派手なものが1つだけポツンと普通の部屋にあると、

アンバランスで落ち着きませんわ」

 

「そのセンス、ナイスだわ。ツイッターなら、いいね押しちゃう。

初めて3日で飽きたけど。

来られなかったピーネに選ばせるのも無理だから、同じものにしましょう。

……店員さん、まずはこれを2つ」

 

「ありがとうございます」

 

店員さんはメモに商品番号と個数を書き留めると、次のコーナーへあたし達を案内。

 

「お決まりのようでしたら、衣装棚のコーナーをご覧頂けますが、いかが致しましょう」

 

「お願いするわ」

 

あたし達はまた、ぞろぞろと店員さんに付いていき、店内の角あたりの、

素材や大きさのバリエーションの多い衣装棚が並ぶコーナーに案内された。

 

「こちらです。ご入用の物があれば、なんなりと」

 

「ありがとう。パルフェム、欲しいの選んで」

 

「はーい!」

 

パルフェムがゆっくり歩きながら、ひとつひとつ商品を吟味する。

買うわけじゃないけど、あたしも衣装棚を眺めながら暇をつぶす。本当色々あるわね。

ブラウンからほとんど黒の素材まで。あらまあ、桐の箪笥まであるわ。

この国にもタグチさんみたいな日本人の末裔がいるのかしら。

 

「里沙子お姉さま、これにしますわ」

 

「んー、どれどれ」

 

今度は部屋の隅にピッタリ収まるハイチェストの衣装棚。濃いめの茶色の木材を使った、

やっぱり平凡な商品。なんか変に思ったあたしは尋ねてみる

 

「……パルフェム。あなたまさか遠慮してるんじゃないでしょうね。

着物をしまうなら、こっちの桐箪笥の方が向いてると思うんだけど」

 

でも得意げに答える彼女の回答は、あたしの予想と違ってた。

 

「ふふん。確かに桐と着物の相性はよろしいですけど、

部屋の湿気に気をつけて、こまめな虫干しをすれば、

普通の衣装棚でも十分保管は可能ですの。それを選んだ理由はさっきと同じですわ。

洋室に一番マッチするものを選びましたの」

 

「激しい喜びはいらない……そのかわり深い絶望もない……見事な審美眼よ。

流石に世間の荒波に揉まれた娘は、本当の美しさを知ってるのね。

店員さん、これも2つ!」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

また店員さんが商品番号をメモする。次で最後ね。店員さんに通されたところは、

机やナイトチェスト、ダイニングテーブルまで揃うコーナー。

 

「パルフェム、選び放題よ。ラストだから一番いいの選びなさい」

 

「では失礼して」

 

パルフェムが様々な形や用途のテーブルの間をすり抜けながら、

めぼしい商品を選び始める。

その間、ルーベルが何気なく木のテーブルのひとつに指を滑らせ、独り言を口にする。

 

「ログヒルズでも、こんなの作って街で売ってたっけ。

……海に出る前に、一度故郷に帰ってみるもの悪くないかもな」

 

「そうね。心に何かつかえてるなら、今の故郷を見て、

気持ちに整理を付けるのもいいわ」

 

「うえっ!?なんだ里沙子か、脅かすなよ……」

 

「あんたがブツブツ言ってたんじゃない」

 

無意識のうちに口に出してたみたい。そう言えば、彼女の家は今どうなってるのかしら。

既に買われて誰かが住んでいるのかもしれない。あたしの考えではそれはそれで救いね。

悲劇の舞台が、誰かの家庭を守る温かい住処になっているなら。

まぁ、あたしがどうこう言うことじゃないけど。

 

「お姉さま~これを買って欲しいですわー」

 

「ほいほい。今度は何にしたの?」

 

「これ!」

 

パルフェムが指差したのは、チーク材のラウンドテーブル。理由はもう聞かない。

これであの部屋に適度なスペースを残して、家具を並べることができる。

 

「店員さん、これをひとつください」

 

「承知しました。ベッド2点、衣装棚2点、テーブル1点でよろしゅうございますか?」

 

「ええ、精算をお願い」

 

「どうぞこちらへ」

 

あたし達がカウンターに着くと、店員さんがレジを打って、代金を計算。

合計金額を領収書に書いて、あたし達に差し出した。

 

「合計、こちらの金額になります」

 

70000Gね。

後ろでパルフェムが他の商品を眺めているうちに、デカい財布から金貨を取り出す。

同時にルーベルもバッグから半額分の金貨を直接つかみ取りして、

大雑把に計算を始めた。ちょっ、財布くらい買いなさいな……

そういや、この退屈な代金支払いシーンも久々ね。

初期の頃は買い物する度、律儀に毎回書いてたけど、誰も喜ばないことに気づいて

 

「お客様?」

 

「おーい、里沙子。立ったまま寝るな」

 

「あ、ごめんなさい。考え事してて」

 

「しっかりしろよ。店員さん困ってるぞ」

 

「代金の方、確かに頂戴いたしました。領収書をどうぞ。お届けはどちらに?」

 

「ハッピーマイルズ教会にお願いします」

 

「完成からお届けには一週間ほど頂く事になってしまいますが、よろしいでしょうか」

 

「ええ、なるべく急いでくださると嬉しいですけど……」

 

「申し訳ございません。なにぶん、職人の数が限られておりまして。

やはり最短で一週間となってしまいます」

 

「あ、いいんです、いいんです、今すぐ必要というわけでもありませんから」

 

「どっちだよ」

 

「恐縮です。では、本日はお買い上げありがとうございました」

 

店員さんがすらりと背筋を伸ばして頭を下げる。これでミッションコンプリートね。

あたしは食器棚の戸を開けて中を覗いていたパルフェムを呼ぶ。

 

「パルフェムー、帰るわよ」

 

「はい。里沙子お姉さま」

 

あたし達は店を出ると、他に用事もないから家路についた。

中央通りをてれてれと歩きながら、雑談を交わす。

 

「あー疲れた。もうやることは全部やったし、家で昼寝しようかしらね。

昼寝くらいは大目に見なさいよね、ルーベル」

 

「ああ。お前にしちゃ今日はよく働いたよ。よく休め。酒は駄目だけどな」

 

「一番妥協して欲しい点を許してもらえない嘆きを誰が解ってくれようか」

 

「ふふっ、お姉さま。今日はパルフェムのためにいろいろ買ってくれて、

ありがとうございます。帝国の貨幣は持ち合わせがなくて。

後日、国際銀行で両替しますけど」

 

「あたしはいいから、ルーベルにお礼言っといて。家具代半分出してくれたから」

 

「まぁ!あまりお話ししたことはありませんでしたが、優しい方でしたのね。

感謝致しますわ!これからルーベルお姉さまと呼んでもよろしくて?」

 

「里沙子!そういう事は言うんじゃねえよ、馬鹿。

お姉さまも却下だ。背中がムズムズする」

 

「照れなくてもよろしいのに~」

 

「うっせ!照れてねえ!」

 

「フヒヒ。ルーベルお姉さま、里沙子に冷えたエールおごってぇ~ん」

 

「ぶっ飛ばすぞ!」

 

そんな感じで馬鹿やりながら街から出て、街道を逆戻りして、

教会に帰り着いたあたし達。もーいいでしょう。宣言通り昼寝するとしましょうかね。

 

「ただいまー」

 

「おかえりなさい、里沙子さん」

 

「必要なものは買えましたか?」

 

「バッチリ。一週間後には3人共ベッドで眠ることができるようになるわ」

 

「ちゃんと私にふさわしい天蓋付きゴールデンベッドを注文したんでしょうね?」

 

「ピーネに調和って言葉はまだ難しいみたいね。

パルフェムがいいもの見繕ってくれたから安心しなさい」

 

「パルフェムが?大丈夫かしら。私も街に行けたら最高の物を選んだのに!」

 

「あーはいはい。どっちにしろ注文したからもう手遅れよ。……あれ、パルフェムは?」

 

「例の空き部屋に行ったぜ」

 

「どうしたのかしら」

 

あたしとルーベルが子供部屋に行くと、パルフェムが何もない部屋の真ん中に立って、

両腕を広げて全体を見回していた。

 

「楽しみですわ~。一週間後には、ここがパルフェム達の部屋になりますのね」

 

「そうよ。あなたの新しい家。変なやつばっかり来るから覚悟しときなさい」

 

「ええ。そして、いつでも里沙子お姉さまがいるお家……」

 

パルフェムがそっと近づいて、あたしの脚に抱きついてきた。

 

「ありがとう。お姉さまがいなかったら、パルフェムはきっと、

今もひとりぼっちで皇国の屋敷でじっとしているしかありませんでしたわ」

 

「……ご両親は?」

 

彼女はあたしのスカートに押し付けた顔を横に振る。

 

「母はパルフェムを産んだ時に力尽き、父は後を追うように食道がんで……

生きていくために、両親の遺産で生活しながら必死に勉強して、大学に入って、

政治の世界に飛び込みましたの。今はこの様ですけど」

 

「長めの夏休みに入ったと思いなさい。

あなたはずっと頑張ってきたんだから、このボロ屋でいいなら、

何も考えずあたしのようにグータラ生活送ったってバチは当たらないわ」

 

「里沙子お姉さま……パルフェム、幸せです」

 

スカートの布越しに温かい何かが染み込んでくる。……ごめんね、パルフェム。

この企画はこういう感動的なシーンをぶち壊すのが大好きなの。恨むなら奴よ。ほら。

 

 

──うわああん!いい話だわぁ!

 

 

突然どこからともなく、謎の声が部屋に響く。

パルフェムを抱き寄せ視線を走らせるけど、誰もいない。と、思ったら!

壁がマシュマロになったかのように、柔らかい人型になって、やがて女性の姿となって、

みょんと抜け出してきた。その正体は。

 

「きゃあっ!」

 

「ガブリエル!あなた帰ったんじゃなかったの!?」

 

なぜかボロ泣きのガブリエルがハンカチで涙を拭きながら答える。

 

「うう……違いますよう。メタトロン様に事の結末をご報告しなければなりませんから。

私の告知通り、傷ついた少女が現れてからは、

里沙子さんの判断への干渉をできるだけ小さくするため、

壁や道路と融合して皆さん方を見守っていたのです」

 

「ごめん、それ気持ち悪い。事情はわかるけどさ、

もっと人間の精神が受け止めきれるような現れ方をしてくれないかしら!?

ターミネーターやニャルラトホテプじゃあるまいし!」

 

「今日の一部始終を見て、私感動しました!

少女を我が家に受け入れるため、皆が一丸となって彼女の居場所を用意し、

里沙子さんとルーベルさんは私財を投げ売って彼女の寝床を……

今の殺伐とした世にも、こんないい話があったんですねぇ!ズビビビ!」

 

今度はハンカチでおもっくそ鼻をかむ。どうしてくれよう。

人間体で神様や天使らしいカリスマ性があったのって、

イエスさんとメタトロンくらいしかいない気が。

 

「たった2話とは言え、キャラも崩壊気味よ。

とにかく、メタトロンに会う時はお化粧直してからにしなさいね」

 

「はひ……さっそくメタトロン様に事の仔細をご報告申し上げないと!

それでは皆さん、今日は突然押しかけて申し訳ありませんでした。

皆様に主のご加護がありますよう、お祈りしています」

 

「えっ、もうお帰りになるんですか?せめて今日いっぱいは……!」

 

ジョゼットとエレオノーラが部屋に飛び込んでくる。

 

「ご無礼を承知でお願いします!もう少しだけあなたのお姿を!」

 

でも、ガブリエルが軽く両手を広げると、

彼女の背に部屋の幅一杯に広がるほどの純白の翼が現れて、彼女が別れを告げる。

 

「ごめんなさい。私もあなた達と今しばらく一緒にいたかったのですけれど、

使命を果たせばすぐに戻らなければならない決まりなのです。

大丈夫、あなた達が清い心を忘れない限り、私は空から見守っています」

 

「はい……わたくし、もう迷いません!」

 

「……取り乱したりして申し訳ありません。

わたしも、お祖父様の後を継ぐに相応しい聖職者になるよう、努力を続けます!」

 

「頼りになる方ばかりなのですね、この教会は。

では、名残惜しいですが、どうかお元気で……」

 

ガブリエルの頭上から金色の光が降り注ぎ、彼女を照らし出す。

あの日、天界で見た眩い光。徐々に彼女の身体が光と同化し、消えていく。

そして、光が止むとガブリエルの姿は消え、彼女は天に帰っていった。

静寂だけがその場に残る。

 

「行っちゃった、か」

 

「わたくし!なんだかファイトが湧いてきました!

頑張って聖光消滅魔法を習得します!」

 

「わたしもです。ガブリエル様のお言葉を裏切らないよう、努力を重ねましょう」

 

「あんたら本当ミーハーね。

1円も儲かってないのに、なんでそんなに元気になれるのかしら」

 

「ぶー!里沙子さんにはわかりませーん!」

 

「だからあたしは仏教徒だっての。さあ、昼寝昼寝。

朝から動き回ったからもう眠くなってきたわ」

 

あたし達は1週間後まで用がない子供部屋から出て、ダイニングに戻った。

みんなそれぞれの暇つぶしを始め、

あたしは久しぶりに柔らかいベッドで寝ようと2階に……

 

 

ドンドンドンドン!里沙子ちゃん開けてー!

 

 

ねえ、信じられる?1日で2回よ、2回。変な奴専用ドアが2回もあたしを呼んでるの。

……もういいわよ、これで終わるにはちょっと短めだし。

あたしは何もかも諦めて聖堂に向かう。

外の奴がうるさくドアを叩き、なおもあたしを呼ぶ。

 

“里沙子ちゃーん、私よ私!入れてー!”

 

「あいにくオレオレ詐欺に引っかかるほど年じゃないの。誰?」

 

声で正体はわかってるけど、一応名前を言わせる。

 

“あなたが大好きな女神様、マーブルよ!”

 

「ごめん、今日マヂで疲労困憊だから今度にして」

 

“そんな事言わないで~。お土産もあるから!”

 

お土産?ガブリエルはひまわりのブーケをくれたわね。

こいつは何を持ってきたのか、確かめてみましょう。

今度は身体をドアの横側に寄せて、ドアノブに手を伸ばして一気に開いた。

ドアにすがりついて叩き続けていた人物が、倒れ込んで床に叩きつけられる。

 

「ぎゃっ!いったーい!里沙子ちゃんてばひどい!」

 

「酷いのはそっちでしょうが。人が昼寝しようと思ってた時に」

 

「はっ!こんなことしてる場合じゃないわ!

ガブリエル様ー!どちらにいらっしゃるんですかー!」

 

全く何なのよ、どいつもこいつもガブリエル様って。

まあ、シスターコンビ含めて3人だけど。

勝手に人ん家にあがりこむマーブルを追いかける。

ダイニングに戻ると……こいつぁひでえや。

 

「ああ~ガブリエル様の全てを包み込む優しい温もりが……くんかくんか」

 

ガブリエルが座ってた椅子に抱きついて匂いを嗅ぎ回ってる。

ファッションオタクで変態とかガチで終わってるわね。

 

「子供も見てるから、そのような変態的行為はご遠慮願いたい」

 

「ごめんなさいやめておねがい」

 

あたしが拳を振り上げると、マーブルが慌てて立ち上がって頭を守る。

いきなり侵入してきた変人にパルフェム達が怪しげな目で見てる。

 

「里沙子お姉さま、そちらの方は……?」

 

「誰よ。こいつも敵っぽいけど、弱そうだから別にいいけど」

 

「帝都に住んでるヘッポコ神様。

過去話読んで知ってるやつ知らないやつ確認するの面倒だから、一応全員に自己紹介」

 

「やっぱりひどい!皆さん、私は芸術の女神マーブルですよ~

この教会の壁画を書いたのも私なんです。えっへん」

 

「えっへんはいいけど、わざわざ帝都から何しに来たのよ。髪ボサボサじゃない」

 

「あっ、そうでした!ガブリエル様、ガブリエル様に会わせてください!

今、あの方はどちらに?」

 

あたしはコホンと咳払いをひとつ。

 

「お土産があるんじゃなかったの?ガブリエルはひまわりの花束をくれたんだけどな~」

 

「あああ、あるある!ほら、これ!」

 

スカートのポケットから1枚のカードを抜き取り、差し出してきた。

何も描かれてない白紙のカード。あら、これって。

 

「もしかして、もう一枚作れたの?なんでも作れる魔法のカード」

 

「そうなのよー!しかも今度は1週間効果が続くの!」

 

「へえ……あんたにそんなに信仰が集まってるなんて意外だわ。素直に驚いた」

 

「実はね。実はね。美術大学の非常勤講師として招かれたの!

そしたら信仰がうなぎ登りで!生徒達が私を先生、先生って。

えへっ、私先生になっちゃった~」

 

頭をかきながらペロリと舌を出す表情が果てしなくウザい。

魔王編読んでない人、忘れた人に説明すると、

以前マーブルから描いたものを1時間だけ実体化できるカードをもらって、

それで最強の助っ人を呼び出したのよ。

今回それが1週間に効果が伸びてパワーアップした、らしいわ。

 

「ふーん。しばらくバトルはないから使うのは当分先になるでしょうけど、

とにかくありがとう」

 

「で、で、ガブリエル様はどちらに?」

 

「ついさっき天界に帰ったわ。

もうちょっと早かったら会えてたんだけど、残念だったわね」

 

「ガーン!そんな、約束が違う~」

 

「土産について聞いただけよ。ここにいるなんて一言も言ってない」

 

「そんなぁ、あの方の波動を感じて、

100年ぶりにお会いできると思って飛んできたのに……」

 

「まぁ、そう気を落とすんじゃないわよ。晩飯くらい食べて行きなさいな」

 

「マーブルさん?

今夜はチーズたっぷりのカルボナーラを作りますから、元気を出して下さい……」

 

「本当!?モヤシ炒め以外のご馳走を食べられるなら、来た甲斐があったわ!

ジョゼットちゃん大好き!」

 

「ああん?まだモヤシ炒め食ってるってことは、

服の買いすぎで生活用マナの支払いが滞ってるってことでいいのかしら」

 

「そ、そんなことないわよ。これだって去年の服なんだしぃ?」

 

人差し指同士を押しながら否定するマーブル。

明らかに目が泳いでるけど、余りに哀れだから今回は見逃すことにした。

 

「しょーがない神様ね。とにかく、あたしは夕食まで寝るから。

ジョゼットにお茶でも入れてもらいなさい。さいなら」

 

「わたくし、今日お茶入れるの通算5回目くらいだと思うんですけど……」

 

ジョゼットのつぶやきを無視して2階の私室に戻り、ベッドに身を預ける。

肉体的にも精神的にも疲れ切っていたあたしは、

夜になってルーベルが起こしに来るまでぐっすりと眠った。

 

寝ぼけ眼で1階に下りると、もう夕食が出来上がってて、

カルボナーラとサラダの味を堪能しているうちに目が覚めてきた。

う~ん、今夜は寝付きが悪くなるかも。

 

「ねえルーベル。今日あたしって結構頑張ったと思うの。

それで疲れて昼寝をしたのは当然の結果で、

夜に寝付きが悪くなるのも自然な流れだから、それを正すためにエールを1本……」

 

「ゴホン!」

 

「わかった、わかったわよ。そんなデカい咳払いすることないじゃない。もう」

 

「はぁ……1本だけだぞ」

 

「マジ!?やったー!さすがルーベル話がわかる!そこに痺れ…やめた。

昔やったパロだわ」

 

「おいしいよう、おいしいよう、一袋1Gのモヤシはもういやだ……」

 

マーブルは難民の子供のようにジョゼットの料理をかきこんでいる。

泣くぐらいなら節約しろと言ったはずなのに。

衣食住削ってでも趣味に金をつぎ込む、オタク的心理は理解できなくもないけど、

いくらなんでも金遣いが荒い。

信仰は前より戻ったらしいけど、収入には結びついてないのかしら。

 

夕食後、一応客のマーブルを見送るため、皆で玄関先に集まる。

 

「ごちそうさまでした。美味しかったわ、ジョゼットちゃんの手料理」

 

「喜んでもらえて嬉しいです~」

 

「あんまり人の懐事情にあれこれ言いたくないけどね、

節約を覚えないと本当にカイジみたいになるわよ。あんたじゃ利根川に勝てないわ」

 

「もう!里沙子ちゃんてば私にばっかり厳しい~」

 

「お生憎様、他の連中とも公平な基準で接しております。

仮にも神様なんだからしっかりして、ってことよ」

 

「うっ、わかりました……じゃあ、今日はこれでお別れします。皆さんさよなら~」

 

マーブルが目を閉じ、軽く深呼吸すると、

彼女の身体が重さを失ったように浮かび上がり、上空に達すると、

帝都の方角へ飛んでいった。

珍客2名をもてなしたあたし達は、その日の夜は早めに床についた。……あたし以外は。

 

ダイニングで雷光石の明かりをひとつだけ点けて、エールをちびちびと舐めながら、

マーブルからもらったカードを指で挟んでひらひらさせる。

見た目は前のカードと全く同じ。

まぁ、しばらくはバトルなしの、のんびり生活ができるって話だし、

これを使う機会はまだまだ先でしょうね。

 

 

 

一週間後。

 

「こんにちはー!シンディ家具店です!」

 

とうとうワクワクちびっこランドに家具がやってきた。

作業着を来た配達員が、

バラバラのパーツに分けられた家具を運び込んで、手早く組み立て。

30分ほどでガランとした子供部屋に、ベッド、衣装棚、テーブルが配置され、

ようやくパルフェムとピーネの部屋が完成した。

中に入った彼女たちが喜びの声を上げる。

 

「どう、気に入った?」

 

「わあ、パルフェムの想像通り……!

壁の色、窓の配置、部屋の広さを計算した最適な選択に成功しましたわ!」

 

「ふ、ふ~ん。地味だけど、こういうのもアリなんじゃない?」

 

無関心を装いつつも、何も入ってない衣装棚を開けたり、ベッドに転がったりして、

自分の家具を手に入れた嬉しさを隠しきれてないピーネ。

とにかく二人は自分の部屋を手に入れた。

なんか色々遠回りした気がするけど、住人全員にまともな寝床が行き渡ったってわけよ。

もう二度と寝袋生活はごめんだから、これ以上住人増やすんじゃないわよ。絶対。

 

 



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13番の男
聖母の慟哭 第1話(凄い太字でお願い)


PART1 悪魔の呪い

 

共産主義国家マグバリス ── 軍都レザルード ──

 

 

「熱い、熱い、苦しい……」

 

「マリア様……うう、どうか、お助けください……」

 

「身体が痛い……痛え、痛えよ……」

 

ドラス島北東。兵士宿舎、武器・弾薬庫、兵器工廠等、軍事施設が集中する、

ここレザルードで、最も大規模な軍事基地の一室。

分厚いガラス張りにされ、3重の扉で厳重に管理された空間で、

多くの血まみれの奴隷たちが苦悶の声を上げ、

麻の布を敷いただけの床に寝かされている。

それを部屋の外から眺め、冷たい笑みを浮かべる緑の軍服の青年がひとり。

 

アルバトロス・シュルネドルファー。

 

強烈な日光で、年中灼熱の熱さに苦しめられる大地の生まれに似つかわしくない色白。

そして、白い髪をショートカットにした端正な顔立ちの青年。

彼はかつて類稀なる頭脳で、ガリアノヴァの参謀として

マグバリスの政治、経済、あるいは国際犯罪の助言者として暗躍していた。

 

だが、彼の死後勃発した奴隷の反乱、その機に乗じて、

分裂した軍部の一部を掌握し、クーデターを実行。

持ち前の戦略、謀略で抵抗勢力を内外から突き崩し、

ついにマグバリスの次期トップに立つに至った。

死にゆく奴隷達を眺める彼に、部下が駆け寄って敬礼した。

 

「大帝殿!培養の進捗状況は予定通りであります!」

 

部下の報告に苛立ちを覚えた青年は、舌打ちをして叱責する。

 

「貴様。また、その蛮族の階級で俺を呼んだな。俺の事は元帥と呼べと言った筈だ!!

もうマグバリスは、ガリアノヴァのような海賊崩れの集まりではない。

やがて世界を掌握する先進的軍事国家に生まれ変わったのだ。それを忘れるな!」

 

「はっ!申し訳ございません、元帥閣下!」

 

「ふん、無能が。まずはあの国から落とす。既に例の物は送ったのだろうな!?」

 

「はい。船便なので約3日で到着します。拘束した奴隷共はいかが致しますか?」

 

「殺せ。既に“あれ”の性能テストは十分に行った。性質も完全に捉えた。

被検体は必要ない」

 

「承知致しました!」

 

「下がってよし。俺は後少しこれを眺めたら屋敷に戻る。入り口に馬車を待たせておけ」

 

「はっ!失礼致します!」

 

「いや待て」

 

「はい……?」

 

「こいつらも、もう要らん。空間ごと焼却処分しろ。念入りにな」

 

アルバトロス元帥は顎でガラスの向こうにいる奴隷達を差す。

 

「はっ、かしこまりました!」

 

部下が足早に去っていく。アルバトロスはガラスの向こうに視線を移す。

重い鉄製の机に、鎖で厳重に縛り付けられた対ショック・耐熱性ジュラルミンケース。

表面には、警戒色で描かれたマークが。

黒の三角に囲まれた黄色の背景に、4つの円が重なりあっている。

それを見て、再び口元で笑う。

 

その時、部屋の内部の各所にある投入口から、炎帝石が投げ込まれた。

それらはしばらく転がると、弾け飛んで広範囲を超高熱の炎で包み込んだ。

まだ生きている奴隷もろとも。

 

“ギャアアアーーーアア!!うああ、あつい!だしてくれえぇぇーー!!”

 

「フッ、我々は既に勝っているのだよ。

この国に黒人、奴隷、性病、大麻しかないと思い上がっている連中を

震え上がらせてやる」

 

燃え盛る炎が彼の笑みを激しく照らす。

若き独裁者は、奴隷達の断末魔にも眉ひとつ動かさず、胸の内で野望を膨らませていた。

 

 

 

 

 

PART2 破られた平穏

 

サラマンダラス帝国 ── ハッピーマイルズ教会 ──

 

 

ありがとう、浜村淳です。関東の方がご存知かは知らないけど、

関西では誰もが知ってるほど有名な映画解説者がいるの。

独特な語り口が評判で、時々勢い余って映画のラストまで喋っちゃうのよ。

昔、島田紳助が「あの人の解説聞いたらな、映画観に行かんでええねん」とか

言ってたくらいよ。

 

うん、何が言いたいかというとね、ガキ共がうるさいったらありゃしないのよ!

 

「やった!クリーンヒットですわ!」

 

「やったわねー!お返しよ!」

 

「こらー!静かにしなさい!なんで昼間から枕投げ大会やってんのよ!」

 

「うふふ、このベッド居心地がよろしくて!」

 

ああ!もう、ダイニングから子供部屋に怒鳴ったらコーヒーちょっとこぼしちゃった。

パルフェムが本格的にこの家に住み始めてからの、弾けっぷりがひでえ。

毎日ピーネとじゃれ合ってる。

友達になるのは結構だけど、あたしをうんざりさせない程度になさい。

 

「ジョゼット、ちょっと布巾取って。あんたら、遊ぶなら外で遊びなさい!

その部屋ドアがないから直接声が響くのよ!……うん、ありがと」

 

「そーだぞー。静かにしないと駄目だぞー」

 

新聞を読みながらやる気なく注意するルーベル。

あんたもベッド買った共犯なんだから、もっとしっかり言い聞かせて!

 

「とにかく遊ぶなら外で遊べー!聞こえてんの!?」

 

テーブルを拭きながら大声を張り上げるけど、一向に止める気配がない。

これ以上続けるようなら、二人共尻を引っ叩こうと思った時。

 

 

ドンドンドン! 斑目様、斑目里沙子様!いらっしゃいませんか!?

 

 

いつもの不浄なるドアの嫌がらせかと思ったけど、かなり切迫した声ね。

すぐ行ったほうが良さそう。ダイニングの連中もただ事でない気配を感じてついてくる。

あたしはドアの向こうの客人に問いかける。

 

「あたしが里沙子ですけど、どなた?」

 

“帝国軍通信連絡兵であります!皇帝陛下より、緊急のお手紙をお持ちしました!”

 

緊急?とにかく返事もせずドアを開けると、黒い軍服の兵士が息を切らせて立っていた。

 

「こちらです!今すぐ内容のご確認を!」

 

彼は高級な封蝋で閉じられた手紙をあたしに渡した。即座に開いて中身を確認する。

その文面に目を通すと……

 

「すぐに行きます!あなたは帝都に戻って!」

 

「はっ!」

 

急いで馬に戻る兵士を見送ると、あたしは振り返って、

心配そうにこちらを見ていたエレオノーラに早口でまくしたてた。

 

「お願い、エレオ。あたしとカシオピイアを帝都に連れて行って!

大変な事が起こったの!」

 

「きゃっ、大変な事?一体何が……」

 

「行きながら話す。時間がないの!」

 

「お、おい落ち着けって。またなんか敵が来たのか?だったら私達も……」

 

思わずエレオの肩を掴んでいたあたしに、ルーベルが同行を申し出たけど、首を振った。

 

「今回の事件に関わるのは一人でも少ないほうがいい。

カシオピイア、軍人としてあなたにも出動命令が出てる、一緒に来て!」

 

「わかったわ、お姉ちゃん!」

 

お仕事モードに切り替わりつつある妹が駆け寄って来た。

 

「少ないほうがいい、ってどういうことだよ?」

 

「話してる時間が惜しいの。詳しくはこれ見て!さあ、エレオノーラお願い!」

 

あたしは読み終えた手紙をルーベルに押し付け、エレオに手を差し出した。

 

「は、はい!それではカシオピイアさんも……」

 

「ええ、要塞に急がなきゃ!」

 

「では行きますよ。

……総てを抱きし聖母に乞う。混濁の世を彷徨う我ら子羊、某が御手の導きに委ねん!」

 

手を取り合って3人で輪になり、エレオノーラが神の見えざる手を詠唱すると、

全員が光と浮遊感に包まれ、その場から消失した。

後に残されたルーベル達は、突然の展開にあっけに取られていたけど、

とりあえず手紙を広げて読んだ。すると、彼女の顔色がみるみる青くなる。

 

「ねえ、ルーベルさん。里沙子お姉さま達どちらへ行かれたの?」

 

「やべえぞ……戦争が始まった」

 

ルーベルは答えにならない答えを返すのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

PART3 中枢へ続く蹄

 

サラマンダラス帝国 ── 大聖堂教会前 ──

 

 

里沙子達はエレオノーラの移動魔法で帝都の大聖堂教会前に転移した。

教会の扉は全て閉じられ、パラディン達が守りを固めている。

その教会の前には既に軍用馬車が待機しており、里沙子達の到着を待っていた。

彼女らの姿を認めた兵士の一人が、里沙子の元へ走ってくる。

 

「お待ちしておりました。さっそく馬車へ!」

 

「わかりました!」

 

全員急いで馬車に乗り込むと、

慌てた転移魔法で乱れた呼吸を整えたエレオノーラが、里沙子に尋ねた。

 

「里沙子さん、一体何が起きたというのですか?」

 

「ええ、ワタシにも事前情報が必要。教えて、お姉ちゃん」

 

「うん。ちょっと複雑な話になるけど、よく聞いて……」

 

里沙子はエレオノーラとカシオピイアに手紙の内容を詳しく説明した。

話を聞くうちに、二人は驚愕に目を見開いた。

 

「そんな……何かの間違いでしょう!?」

 

「お姉ちゃん、本当にアースにはそんなものが……?」

 

「残念だけど本当。今回は、あたし達が出張ってもどうにもならないかも……」

 

「お祖父様……」

 

エレオノーラが振り返る。今も大聖堂教会は厳重に入り口が閉鎖され、

パラディンが両手にタワーシールドを持ち、体を張って警戒している。

しかしこれは演出。エレオノーラの呟きを耳にした、運転役の兵士が説明する。

 

「帝都内の住民には、法王猊下の命を狙う脅迫文が届いた、と通達しています。

事実が住民の間に広がれば、大パニックが起こりますので」

 

それも十分危険な状況なのだが、今回はそれを上回る非常事態。

事情を語り終えた里沙子が目を落とすと同時に、馬車が止まった。

 

「行くわよ。まずは皇帝陛下に会わなきゃ、始まらない」

 

彼女達は急ぎ足で、案内役の兵士と共に、城塞内部へ向かった。

 

 

 

PART4  2人目のイレギュラー

 

── サラマンダラス城塞 円卓の間 ──

 

 

ゴンゴン、と兵士が里沙子達に代わって、大きな両開きのドアをノックする。

 

「斑目様御一行をお連れしました!」

 

“入ってもらえ”

 

中から耳慣れた声が聞こえた。兵士がドアを開けて入室を促す。

里沙子達が円卓の間に足を踏み入れると、大きな円卓に皇帝を始めとして、

オールバックの若手幹部、丸眼鏡の将校、

彼女の知り合いで、諜報員を務める軍服姿のマリーが座っていた。

里沙子が挨拶をしようとすると、皇帝が手で押し止めた。

 

「互いに挨拶は省こう。なにぶん時間が足りぬ。

急に呼び出してすまないが、事情が手紙に書いたとおり切迫しておる。

まずは掛けてくれ」

 

「はい、失礼します」

 

3人が着席すると、皇帝が口火を切った。

 

「手短に状況を説明しよう。マグバリスが我が国に宣戦布告をしてきた」

 

誰も驚く者はいなかった。

幹部らは既に状況は知らされていたし、里沙子達も手紙で簡潔ながら情報は得ていた。

 

「我が軍とトライトン海域共栄圏加盟国で一気に叩く……ことが出来ないことは、

聡明な諸君は解っているだろう。

それができるなら、このように慌てて要人を緊急招集する必要などないのだからな」

 

「通信兵の連絡で状況は知らされています。

では、わたくし達はマグバリスとどう戦うべきなのでしょうか」

 

初めて里沙子が発言する。皇帝は、テーブルの上に広げられた雑多な書類をどけて、

1通の封書を手に取り、里沙子に手渡した。

 

「情けない話だが、それが分からず、皆の妙案を聞くため諸君を集めた。

里沙子嬢、まずは敵国の宣戦布告書面と添付写真を見て欲しい。だが……」

 

「何か問題でも?」

 

一瞬ためらう皇帝に問う。

 

「写真は心して見るのだぞ。深呼吸して、腹に力を入れて」

 

「……はい」

 

覚悟を決めて里沙子は封筒の中身を取り出す。宣戦の書面の内容は簡潔なものだった。

 

“我が共産主義国家マグバリスは、貴国に対し宣戦を布告する。

 直ちに降伏せよ。一週間返答を待つ。

 開戦と同時に我が国の工作員が新兵器を散布する。

 抵抗の意思が見られた場合、全サラマンダラス帝国民が写真と同じ末路を辿る。

 元帥アルバトロス・シュネルドルファー”

 

そして、封筒に残った写真を少しずつ抜き取って観察する。

……思わず悲鳴を漏らしそうになったが、必死に息を止めて飲み込んだ。

カシオピイアが彼女の異変に気づき、背中を撫でる。

里沙子は何も言わず封筒をカシオピイアに渡す。彼女もまた書類と写真に目を通した。

 

軍人の彼女が取り乱すことはなかったが、

やはり凄惨な死体の写真を見て、わずかに目を見開く。

写真を封筒に戻して、書面だけをエレオノーラに回した。

彼女が白い小さな手で受け取り、黙読。

しかし、書面に記された写真がないことを不思議に思い、カシオピイアに尋ねた。

 

「あの……写真がないのですが、わたしにも見せて下さい」

 

「だめよ!」

 

里沙子が声を上げる。

 

「えっ、どうしてですか?」

 

「いくら優秀なあなたでも、今は無意味に傷つくだけ。

まだ16歳の人格形成が終わっていない女の子に見せられるものじゃない」

 

「そんな……」

 

「リサっち…いや、斑目様の言う通りです。我々もあの写真は十分精査しました。

それでも何も反撃の糸口が見つからなかったのです。

ここは彼女の忠告を聞き入れて下さい」

 

マリーも里沙子に同調し、エレオノーラを止める。

 

「……わかりました」

 

その時、カシオピイアが馬車で聞いた話を思い出し、

小声で里沙子に皇帝への進言を促した。

 

「お姉ちゃん、皇帝陛下にあの話は?」

 

「ああ、そうだったわね。……皇帝陛下、お伝えしたいことがあります!」

 

「申すがいい。今はどんな情報でも欲しい」

 

里沙子は自分の考えを皇帝に述べた。

するとカシオピイアとエレオノーラを除いた全員に動揺が広がる。

 

「どんな殺し方をすればああなるのかと不可解だったが、

アースにそんな危険なものが!」

 

「既に工作員が侵入しているとなると、手の打ちようがないぞ!」

 

若い幹部も、丸眼鏡の将校も驚きを隠せない。当然、皇帝も。

 

「我々は、手も足も出せぬまま、マグバリスに降伏するしかないのか……!?」

 

「そ、そうです陛下!炎で熱消毒すれば!」

 

「広大なオービタル島全土を焼き払うなど、不可能だ」

 

将校の提案も非現実的で、却下された。里沙子が疑問を口にする。

 

「しかし不可解です。あのウィルスがマグバリスに流れ着いたなら、

彼らも無事では済まないはず。

戦争兵器として運用可能なほど、あの国の技術レベルは高くないと聞きましたが……」

 

「ガリアノヴァ死亡をきっかけに、

マグバリス全土で反乱やクーデターが発生したことは、里沙子嬢も知っての通りだ。

クーデターを指揮、勝利を収め、ガリアノヴァの後釜に着いたのが、

アルバトロス・シュネルドルファーである。

情報筋によると、奴は相当な切れ者で、政治学、薬学、生物学を初めとした、

多くの学問に通じているらしい。

……このウィルス兵器が完成したのも奴の入れ知恵だろう」

 

マリーがそっと袖を撫でながら皇帝に進言する。

 

「陛下、ご命令を。……そのアルバトロスを暗殺すれば、

専門知識のない雑魚がウィルスを触ることはできないはず」

 

「いかん。もはやマグバリスは徹底的な軍国主義に生まれ変わった。

魔王戦の跡地で回収したAK-47のコピー品で武装した、

兵士やならず者達がドラス島全土に散らばっており、虫の一匹すら入り込めはしない。

他にもまだ隠し玉を持っている可能性すらある。

優秀な諜報員をみすみす死にに行かせるわけにはいかない」

 

「しかし!」

 

「やめてマリー。ドラス島は広いわ。標的がどこにいるのかわからないのに、

あなたが一人で突っ込んでも、敵の本陣を探しているうちに殺される。

あたしもあなたに死んでほしくない」

 

「だったらどうするのよ!

一週間後には、マグバリスの新兵器と戦うか、降伏しなきゃいけないのよ!?」

 

彼女らしくない大声で問うマリー。

打開策があるわけでもない里沙子も、黙るしかなかった。

そう、あと一週間で悲劇的状況が訪れる。

……だが、その時、彼女の脳裏にある考えがよぎった。一週間。

 

 

 

PART5 "母"への祈り

 

 

「どなたか、何か書くものを貸して頂けませんか!」

 

里沙子の唐突な申し出に、皆が腑に落ちない様子で彼女を見る。

 

「君!今は国の命運を左右する……」

 

「お願いです!急がなければ間に合わないのです!」

 

オールバックの若手幹部が舌打ちをして、

胸ポケットに差した万年筆を投げるように寄越した。

皇帝も彼女の意図が読めず、彼女に尋ねる。

 

「里沙子嬢、君は一体何がしたいのかね」

 

「これです……!」

 

里沙子はポケットから、真っ白なカードを取り出し、万年筆で何かを必死に描き始めた。

彼女の真意に気づいた彼がハッとする。

 

「それは、魔王との決戦で強大な使い魔を呼び出したカードではないか!

……しかし、この戦いは純粋な火力のぶつかり合いではない。

下手に攻め込めば、国民が写真の二の舞に……!」

 

「いいえ。次に呼び出すのは、超A級スナイパー。

銃器の扱いはもちろん、サバイバル能力、体術、医学、心理学、分析能力、

あらゆる分野において超人的な能力を持つ暗殺者……!

彼にアルバトロスの狙撃を依頼すれば、必ず完遂してくれるでしょう」

 

カードに筆を滑らせながら答える里沙子。

 

「超A級スナイパー?人間を呼び出すというのかね!?」

 

「皇帝陛下にお願いがあります!集められるだけの貴金属をご用意頂きたいのです!

彼の報酬は約20万ドルですが、この世界にはドル紙幣がありません!」

 

「おい!陛下の質問に答えないか!」

 

将校が里沙子を怒鳴るが、それでも彼女は描くことと喋ることを止めない。

必死の形相でカードに向かう里沙子を見た皇帝は、マリーに指示を出した。

 

「……情報官マリー。地下の金庫室からダイヤ1ケースを。

地金は大銀行の地下に眠っていて、引き出しには手続きに2日かかる」

 

「はっ!」

 

マリーが風のような動きで円卓の間から出ていくと、将校が驚いて立ち上がる。

 

「陛下、よろしいのですか!?そいつが何者かは知りませんが、たった一人で、

ドラス島に潜入し、アルバトロスを暗殺できると本気でお思いなのですか!」

 

「魔王との戦いでも、人類の勝利は夢物語でしかなかった。

だが、今も我らはこうして生きている。

我輩は再び里沙子嬢、彼女の信じる超A級スナイパーに賭けることにする」

 

将校がへたり込むように椅子に座り、宙に視線を泳がせる。

 

「描けた……!」

 

一方里沙子は、全てを解決してくれるかもしれない男の姿を描き終えて、

若干安堵してカードを見つめる。

同時に足の早いマリーが、鍵付きの鋼鉄製ケースを持って飛び込んできた。

 

「お待たせしました!ダイヤ10個、要塞に保管されている貴金属、全てこちらに!」

 

「ご苦労」

 

彼女がケースをテーブル中央に置くと、里沙子が頷いて口を開いた。

 

「皆さん、こちらも召喚の準備ができました。

ですが、その前に必ず守っていただきたい注意点があるので聞いて下さい。

命に関わるものばかりです」

 

「もったいつけずに早く言いなさい!」

 

「まず、決して彼の後ろには立たないで下さい。

彼は非常に警戒心が強いので、反射的に殴られます」

 

「ふぅ、ただの精神的異常者ではないのかね?」

 

幹部の白けた様子を意に介さず、里沙子は続ける。

 

「次に、彼の素性を探ろうとしないでください。

彼を知ろうとした者は、皆消息を断つか、死体で発見されています」

 

円卓の間に訝しげな表情と緊張した面持ちが入り交じる。

 

「最後に、彼に嘘をついたり、裏切りとみなされるような行為は絶対にやめてください。

彼は依頼人の嘘を決して許しません。同じく死の制裁が待っています。

あと、彼は相手に利き手を預けること、つまり握手はしないので、

あらかじめご了承ください。わたくしからは以上です」

 

「ずいぶん臆病な殺し屋がいたものだ。本当に頼りになるのかね」

 

「臆病だからこそ、一流なのです。

……では、彼を呼び出します、準備はよろしいですか?」

 

「うむ。貴女の思い描く最強の人間を呼び出したまえ」

 

里沙子は立ち上がりカードを高く掲げた。

 

「来て、お願い!」

 

するとカードが輝きだし、室内を明るく照らす。

だが、カードはしばらく光ると、力を閉じ込めるように、内部に光を戻してしまった。

 

「えっ、なんで……?」

 

魔王戦の時はこの方法でカードに描いた対象を呼び出すことができた。

何を間違えたのだろう。手にしたカードを呆然と見つめる里沙子。

 

「なにをやらかすかと思えば。

皇帝陛下、彼女は今回の事案には不適格ではないかと思いますが?」

 

「同感ですな。やはりトライトン海域共栄圏の連合軍で一気に畳み掛ける他……」

 

将校達の話し声も耳に入らない。一体何が足りないというのか。

一度深呼吸して心を落ち着け、冷静に考える。彼の物語を思い返して、ヒントを探す。

依頼に必要な報酬は用意した、あと何が……!

 

「大変失礼致しました。彼とのコンタクトに重要な要素が抜けていました……!」

 

「要素?済まないが、また上手くいかないようなら帰ってくれたまえ。

今は国難の危機への対策会議中だということを忘れてもらっては困る」

 

「もちろん。では……」

 

そして里沙子はカードをテーブルに置き、人差し指で押さえながら、

ある言葉を口にした。

 

──同志に告ぐ。賛美歌13番を斉唱し、これをただひたすら願う。

  母の命に賭けて、すべてを誓いつつ。

 

 

 

PART6 その名はG

 

 

里沙子が呪文のような一節を読み上げると、カードが再び輝き始め、

今度は窓から外を照らすほど強い光を放ち、内に蓄えた力で、ひとつの存在を形作った。

目も眩むほどの閃光に皆、目をかばうが、次の瞬間、カードは消滅し光も収まった。

ようやく異常現象が終わり、しばらくして皆が落ち着きを取り戻す。

 

「ううっ、なんだったのだね、今のは!」

 

「お姉ちゃん、上手く行ったの?」

 

カシオピイアが不安げに問う。

 

「カードが消え去った。成功したのよ。安心して」

 

「里沙子さん、今のは新しく覚えた呪文でしょうか……?」

 

「違う。彼に依頼するときのメッセージ。

重要なのは内容じゃなくて、文章に仕込んだ13の数字。

いろんな方法で広く“13”を示すと、彼から連絡が来るの」

 

「しかし里沙子嬢、その超A級スナイパーの姿が見えないのだが」

 

「ご心配なく。メッセージを受け取った以上、すぐに来てくれるはずです」

 

その時だった。

 

 

──用件を聞こうか……

 

 

突然闇から響いた抑揚のない男の声に、全員がその一点を見る。

部屋の奥、太い柱の影に白のスーツ姿の大柄な男が立っていた。

東洋系の顔立ちで、角刈りの頭と整った太い眉、

そして見る者を凍てつかせる、剃刀のような鋭い目つきが特徴。

皆がその視線に射すくめられ、皇帝ですら唾を飲んだ。

しかし、冷静さを取り戻した里沙子が立ち上がり、彼に話しかけた。

 

「来てくれたのね、デューク・東郷!いえ、ゴルゴ13!」

 

「……依頼人は、お前か」

 

「いいえ、こちらの皇帝陛下がいわば責任者で……」

 

「いや、構わん。里沙子嬢、彼との交渉は貴女に一任しよう。

ミスター、東郷。依頼内容は彼女から聞いてくれ」

 

「いいだろう……その前に、銃をテーブルに置け」

 

里沙子の銃を見て、東郷が武器を置くよう指示した。

彼女は黙ってガンベルトを外して、銃ごとテーブルに置いた。

デューク・東郷ことゴルゴ13は、それを確認すると、一歩ずつ皆が集う円卓に近づく。

その時、幹部が立ち上がり、ホルスターに手をやりつつ、

早足で彼に近づきながら停止を指示する。

 

「止まれ!皇帝陛下に近づく前に、身体検査を済ませてもらおうか!」

 

「……」

 

「両手を頭の後ろに上げて大人しくしているんだ!早く!……うぐっ!」

 

一瞬の出来事。

幹部が手の届く距離に入った瞬間、ゴルゴが左手で彼の服を掴んで強引に引き寄せ、

右手で腹を殴りつけた。みぞおちに強烈な拳を食らった相手の足から力が抜けると、

今度は左腕を首に回し、彼の手から銃を奪い、こめかみに突きつけた。

 

「かはっ!」

 

「……銃を抜こうとしている相手に接近を許すほど、俺は自信家ではない」

 

室内がにわかに騒然となるが、皇帝の一声で落ち着きを取り戻す。

 

「静まれい!……東郷よ、部下の非礼、本人に代わって詫びよう。

どうか、彼を離して我々の依頼を聞いて欲しい」

 

「……」

 

ゴルゴは幹部を放り出して、今度こそ壁を背にして立ったまま円卓を前にした。

彼の視線は既に卓上の書類に向いている。里沙子は彼に席を勧めた。

 

「あなたも座って。話はきっと長くなるから」

 

「気にするな……立っていても話は聞ける……」

 

「そう……」

 

気を取り直して彼女はさっそくゴルゴに依頼内容の説明を始めた。

 

「繰り返すけど、来てくれてありがとう。ゴルゴ13。

今回あなたに依頼したいのは……あ、ごめんなさい。

あのね、信じられないかもしれないけど、実はこの世界は地球とは別の世界なの」

 

「……そうらしいな。続けろ」

 

ゴルゴは葉巻に火を着け、紫煙を吐き出す。

里沙子の戯言と切り捨ててあしらったわけではない。

異世界に来たことを受け入れた上で耳を傾けているのだ。

 

「わかった。なら、あなたがこの世界の住人だという前提で話をさせてもらうわね。

単刀直入に言うわ。アルバトロス・シュネルドルファー元帥を狙撃(スナイプ)して欲しいの。

このサラマンダラス帝国の南に位置する、共産主義国家マグバリスが、

宣戦を布告してきたの。アルバトロスはマグバリスのトップ。

相手は一週間以内に降伏宣言しなければ、ウィルス兵器でこの国を汚染すると言ってる。

既に工作員を送り込んで、いつでも攻撃の準備ができてるとも。

でもこの世界の技術力じゃ対BC兵器装備なんて作れない。

そもそもそんなものが存在しなかったから。これまでは……」

 

「工作員の話を信用したということは、既に一部で攻撃が始まっているということか?」

 

「いいえ、そうじゃない。ただ、こんなものが送られてきたの」

 

里沙子は席を立って、ゴルゴに直接封筒を手渡した。

彼は書類と写真に目を通したが、全く表情を変えること無く呟いた。

 

「……エボラ出血熱の典型的な症状だ」

 

写真に写っていたのは、全身の毛穴から血を流し、口内が血だらけになり、

顔中に発疹が現れた凄惨な遺体だった。

 

「ゴルゴ13。君は、やはり知っているのか……?」

 

「スーダンで発見されたエボラウイルスに感染することで発症する。潜伏期間は約7日。

初期の段階では発熱や悪寒など、風邪に似た症状が現れ、

やがて発疹や肝機能障害を起こし、最終的には全身から出血、死に至る。

感染すれば致死率は50%から90%だ」

 

「ち、治療法はあるのかね!?」

 

丸眼鏡の将校が怯えた様子で問いかける。

 

「経口薬やワクチンの研究が進んでいるが、治癒率100%には程遠い。

この国の技術で確実な治療薬を生産することは、不可能だろう」

 

「なんということだ……」

 

肩を落とす将校。だが、希望を捨てるものばかりではない。

皇帝達はゴルゴの様子をじっと見守る。

 

「だから、あなたにアルバトロス暗殺を依頼したいの」

 

「……元帥のスナイプとウィルス兵器に何の関係がある」

 

「マグバリスは、ほんの2ヶ月ほど前までは、

奴隷貿易や薬物密売で外貨を得るだけの発展途上国だったの。

それが先代の大帝が死亡してから、アルバトロスがクーデターで政権を乗っ取り、

軍事国家へと国の舵を切ったの。

そいつは薬学や生物学に通じるインテリで、

彼がいなければ、エボラウィルスをウィルス兵器に転用することなんて、

とても出来なかっただろうし、運用もできない」

 

灰を落として痕跡を残さないため、ゴルゴは携帯灰皿に葉巻の先端を押し付け、

残りをポケットにしまった。

 

「アルバトロスを亡き者にすれば、

他の有象無象は目に見えない死のウィルスを恐れて、触ることもできなくなる!

ミドルファンタジアでのバイオテロを防ぐことは、あなたにしかできないの!」

 

ゴルゴ13は必死に訴える里沙子を、相変わらず鋭い目でじっと見つめる。

 

「お願い、“引き受ける”と言って、ゴルゴ13!

国が十分な報酬を用意したつもりなのだけど、USドルが準備できないことは仕方ないの。

それはわかって?」

 

里沙子が円卓の上に置かれた鋼鉄製ケースを持ってきて、彼に見せる。

その刹那、ゴルゴがショルダーホルスターから0.17秒の速さでS&W M36を抜き、

里沙子の眉間を正確に狙った。

 

“はっ……!”

 

またしても皆が凍りつく。

しかし里沙子は彼のルールを思い出し、すぐに落ち着きを取り戻す。

 

「ゆっくりと……ケースを開けろ。ゆっくりとだ」

 

「ええ、わかったわ。……今、用意できるのはこれで全部。どうかしら」

 

ゴルゴの言う通り少しずつケースを開けると、

中には握りこぶし大のダイヤ10個が収められていた。

やはり感情のない目でそれらを見るゴルゴ。彼の出した答えは。

 

「……わかった、引き受けよう」

 

そしてケースを受け取った。里沙子に安堵の心が戻る。

いつの間にか緊張で呼吸も浅くなっていたのだろう。思わず大きく息を吐いた。

 

「ありがとう……!」

 

「いや、待て!報酬を渡すのは任務が成功してからだ!カバンを置け、ゴルゴ!」

 

先程叩きのめされた幹部が腹を押さえながら戻ってきた。

 

「皇帝陛下も何故こんな男を!奴がダイヤを持ち逃げしない保証がどこにあるのです!

そうでしょう!?」

 

「メルカトル図法と…正距方位図法の世界地図を用意してくれ」

 

「仕事をするふりだけして、隙を見て持ち出すつもりか!?答えろ東郷!」

 

幹部を無視していたゴルゴが、一言だけ答えた。

 

「……お前の仕事は、当分黙っている事だ……」

 

「なんだと!」

 

「控えよ!今に至ってもまだ状況がわからぬか!

貴官にエボラ出血熱の蔓延を食い止める手段があるというなら申してみよ!」

 

「い、いえ!申し訳ございません……」

 

ゴルゴに冷たくあしらわれ、皇帝から一喝を受けた若い幹部は、

言われたとおり黙って椅子に座るしかなかった。

 

「失礼した、ゴルゴ13。他に必要なものがあれば言って欲しい」

 

「……この世界に、アサルトライフルはあるか?」

 

「突撃銃のことであろうか。ならば里沙子嬢が復元したAK-47がある。

オリジナルにこだわるなら5丁あるが」

 

「あ、ゴルゴ。言い忘れたけど、あたしも地球からこの世界に来たの。

酔っ払ってゴミ置き場で寝てたらいつの間にか」

 

「それで俺にコンタクトを取ったということか。……M-16は?」

 

「ないわ。あったとしても探し出すには時間がかかる。

あ、この世界の仕組みについて説明するわね」

 

「結構だ。地図をくれ」

 

「うむ、マリー情報官。今度は彼の指定した地図を資料室から」

 

「……かしこまりました」

 

マリーは横目でゴルゴを見ながら、再び部屋から出ていった。

ゴルゴもまたマリーの後ろ姿を目だけで見送った。

唐突に静寂に包まれた部屋で、残された者達は、改めて異質な存在に目を向ける。

ただ立っている。それだけで静かな殺気を放ち、どの方向から見ても隙がない。

皆が沈黙に耐えかねている様子を見た皇帝が口を開いた。

 

「ところでゴルゴ13。里沙子嬢は貴殿の能力を実に高く評価していた。

知識、技術、全てにおいてパーフェクト。依頼はほぼ100%確実に達成する。

それほどまでに完璧であるには何が必要か。

今後の兵士の育成のため、聞かせてはもらえぬか」

 

「……10%の才能と20%の努力…そして、30%の臆病さ……

残る40%は……”運”だろう…な……」

 

「人の意思で介入できるのは、努力と、臆病さ、のみか……

到底真似の出来ぬ領域に居るのだな。そなたは」

 

「俺は、ただ……依頼者が絶対的に求める、技量と、価値観を身につけるよう

心がけているだけだ……」

 

ゴルゴは鏡のように磨かれた銀のライターを取り出し、

開いては閉じるを繰り返し、呟いた。

 

「まず、言っておく……宣戦布告の文書に記されていた工作員。

あれは…開戦前に降伏を引き出すためのブラフだ」

 

「うむ、そのような気はしていたが、確証が持てなかった。是非根拠を聞かせて欲しい」

 

「……エボラウィルスは多くの要因で死滅する。

身近なものでは、熱・アルコール・直射日光。

対BC兵器装備のない世界で、ウィルスを守りながら、

また自らも感染しないよう海外から運搬できるのは、アルバトロスだけだと考えていい。

工作員の可能性は、ほぼゼロだ」

 

「“ほぼ”では意味がないのだ!完璧にゼロである確証を述べよ!」

 

将校がヒステリックに叫ぶ。

 

「100%の安全など存在しない。それほど不安なら石鹸で手を洗え。

それでもウィルスを殺菌できる」

 

「何を言うか!この無責任な役立たずめ!……っ!」

 

ゴルゴが叫び散らす将校をその鋭い目で見ると、彼は思わず口をつぐんだ。

またも皇帝の怒りが飛ぶ。

 

「いい加減にしたまえ!

彼を無責任だと言うなら、“100%の安全”の具体例を挙げるがよい!

出来ぬ者に彼を役立たず呼ばわりする資格はない!

もうよい、貴官は以後発言の際には我輩の許可を取れ!着席せよ!」

 

「ひっ!た、大変失礼致しました……」

 

すごすごと将校が椅子に座ると、同時に地図を持ったマリーが入室した。

 

「お待たせしました。こちらが指定の地図です」

 

「うむ。彼に渡してくれ」

 

「はっ。……どうぞ」

 

何も言わずに受け取るゴルゴ。マリーが彼に地図を渡す時、一瞬目が合った。

彼女は指示をこなすと、再び席に着いた。

ゴルゴはミドルファンタジアの世界地図を広げ、

ターゲットの居るマグバリスに目を向けた。

オーストラリアに似た地形のサラマンダラス帝国の南西、逆三角を描くドラス島。

彼が後に死闘を演じる舞台である。

 

「それで不足はないだろうか。他に物資の提供が必要なら……」

 

「……不要だ。仕事に取り掛かる」

 

ゴルゴはダイヤの入ったケースを持って、退室しようとする。彼の背中に皇帝が告げた。

 

「2階に客室がある。好きな部屋に滞在するが良い」

 

「結構だ……俺はどこででも眠れる……」

 

そして、彼が退室し、バタンと扉が閉じられると、冷え込んだ空気が一気に緩んだ。

皆、一様に緊張が解けた様子で口々に思いを吐き出す。

 

「はぁ……わたし、一言も口が利けませんでした。

彼からは感情のようなものが全く感じられませんでしたが、

パラディンとも全く異質な存在です」

 

「我輩も同意見だ。あれほど心というものを見せない人間が存在するとは」

 

「ですが、必ず依頼は達成します。彼に、賭けましょう」

 

「お姉ちゃん。あの人、怖いけど、強いと思う。ワタシもお姉ちゃんを信じる」

 

「しかし一週間だぞ。ダイヤだけを持って何をどうする気なんだ!」

 

「大方、国外逃亡の準備でも……いえ失礼、これはただの独り言で……」

 

「……皇帝陛下。ゴルゴに全てを任せる事になった以上、

ここに集まっていても無意味かと。私も任務に戻る必要があるので、解散を具申します」

 

マリーがテーブルの上で手を組みながら、皇帝に進言した。

 

「そうであるな。情報官マリーの言う通り、本日は解散としよう。

済まぬが、里沙子嬢達は全てが解決するまで、客室に泊まって欲しい」

 

「わかりました。わたくしは彼に依頼した責任があります。

結末を見届けるまで、こちらでご厄介になります」

 

「わたしも、里沙子さん一人に全て任せきりにはできません。

何ができるわけではありませんが……」

 

「アクシス隊員として、不測の事態に備え、ワタシも待機させていただきます」

 

「うむ。皆の団結に期待している。それでは解散!」

 

皇帝の一声で円卓の間に集まったメンバーは解散した。

里沙子は部屋を出て、久しぶりに会うマリーに声を掛けようとしたが、

既に彼女の姿はなかった。

 

 

 

 

 

PART7 タイムリミットは7日間

 

 

その頃、マリーはダイヤを持って帝都の街を歩くゴルゴを追跡していた。

 

リサっちは絶賛してたけどさ、マリーさんの鼻には、なぁ~んかキナ臭いんだよね、彼。

……具体的には、私と似た業種の人間っていうか。

本当にアルバトロスを仕留める技量があるのか、今日1日は見定めさせてもらうよん。

もし、ぶん殴られた彼の言う通り、ダイヤだけ持ってドロンする気なら……

 

マリーは軍服の袖にそっと触れてみる。仕事道具の感触。

 

ふむふむ、誰かに道を聞いているね。どこに行く気なのかな。

むむっ、お高いレストランや高級ホテルが並ぶ繁華街に足を向けたぞ。

残念ながらマリーさんのお給金じゃあ、仕事以外で立ち入ることはまずないんだなぁ、

寂しいことに。

 

立ち止まって葉巻にライターで火を着けて一服。

あまりのんびりしてる暇はないと思うんだけど。あ、また歩き始めた。

どこに行くのかな~。お、宝石店に入っていった。

なるほど、早速ダイヤを換金するんだね。

少なくとも、今の所この世界で活動する気はあるってことでいいのかな。

 

15分ほどして、ゴルゴが店から出てきた。隠れなきゃ。

次の目的地で大体彼が考えてることが予測できそうなんだけど。

角に身を隠したり、ウィンドウショッピングをするふりをしつつ、

気配を察知されない距離を保つ。ああ、また葉巻吸ってる。

……あんれ?繁華街を離れて、今度はちょっと汚い裏路地に入ったよ。

 

慌てて追いかけて、角からほんの少しだけ覗き込むと、

座り込むホームレス達のひとりと話し込んでる。

時たま、ホームレスの空き缶の中に銅貨を投げ込んでる。

普通は会話の内容はここからじゃ聞こえないけど、

情報官マリーさんを舐めてもらっちゃあ困るなぁ。

魔法媒体の唇のピアスに魔力を共鳴させると、

周囲の音声情報が壁をすり抜けて、より遠くから送られてくるんだ~

 

“この世界じゃあ、

基本的には火、土、風、水、雷の魔法をうまく活用して生活してるんだ。

あと2つくらいあるけど、聖職者か悪魔しか使えんよ。

いい情報だったろ。ついでにもうひとつどうだい?”

 

“ああ。この国で最も工業が盛んなのは?”

 

ゴルゴがまた空き缶に銅貨を投げ入れたぞー?

 

“毎度あり!イグニールっていう領地さ。民家より工場や鍛冶屋の方が多い。

一般人が何か作って欲しいならドワーフの鍛冶屋が一番だよ。

どの鉄器も丈夫で長持ち、機械より精密な部品だって作れる。

いい情報だったろ。ついでにもうひとつどうだい?”

 

“ああ。イグニールに行く方法は?”

 

それで銅貨をもう一枚。

 

“馬車を雇うことを勧めるね。半日くらいで着くよ。帝都の東側に駅馬車広場がある。

そこら辺走ってる流しの馬車は駄目だ。街の中しか行ってくれない。

いい情報だったろ。ついでに……”

 

う~ん、かれこれ1時間以上ホームレスの今更情報に聞き入ってる。

こんなことさっき要塞で聞けばわかったのに。マリーさんもう足が痛いよ。

 

“……もう十分だ。これは、チップだ……”

 

“うひょー、金貨を見るなんて何年ぶりだろう!ありがとよ、兄ちゃん!”

 

おっと、ゴルゴが再始動!足音を殺して追跡再開!

今度はホームレスすらいない薄暗い路地へ進んでいく。

こんな人気のないところで何をするつもりなのかな~?

角を曲がった!見失わないように、でも、気取られないよう慌てず急がず。

 

そっと角を覗くと……あれ、いない!

急いで追いかけるけど、くそっ、見失った!どこに行ったの?

すぐさま手のひらでシュッと袖を撫でると、音もなく刺殺用暗器が飛び出す。

武装して警戒を始めたその時。

 

 

──動くな。前だけを見て質問に答えろ。

 

 

突然背後に現れた不気味な気配。マリーさんピーンチ。

銃を突きつけられてることくらいわかるよ……大人しく両手を挙げる。

 

「俺をつけた理由は」

 

「あー、まずその物騒なのしまってくれると嬉しいな~」

 

「……」

 

「わかった、答えるからハンマーは下ろしてよ!

私もゴルゴさんの事疑ってたっていうか、

ちゃんとお仕事してくれてるかな~って見学を……」

 

「見学にわざわざ腕から伸びているものが必要なのか」

 

「しょうがないのよ、仕事柄!

ろくでもないこと考えてる連中に、ちょっと永遠に寝てもらうことがよくあってさ。

……仕事で思い出したんだけど、どうしてマリーさんの尾行、バレちゃったのかなぁ。

ステルス行動には結構自信があったんだけど」

 

「お前は、安全のための三原則を…知っているか?」

 

「な、何の話……?」

 

「1、目立たない。2、行動を予知されない。3、用心を怠らない……だ。

お前は、派手な紫の軍服を着たままターゲットの追跡を続けた。

それは、安全のための三原則に全て反している。

俺はお前ほど大胆な、神経を持ち合わせてはいない……」

 

「要塞の軍人が帝都をパトロールするのは、割と普通な感じがする~……」

 

「あらゆる店が銃で武装した警備員を雇っている繁華街を、たった一人で、か?」

 

「えっ!いきなりバレてたの?どうして……はっ!」

 

マリーは思い出した。ゴルゴが繁華街の路上で葉巻に火を着けていた。

鏡のような銀のライターで。

 

「ライター!ボディーの反射を利用して、後方確認をしていたというの!?

なんてやつ……!じゃあ、なんでわざわざホームレスからこの世界の情報を?

会議の場で説明の申し出があったのに!」

 

「どの組織にも属していない、しがらみのない第三者からの、

偽りない情報でなければ意味がないからだ……」

 

「どれだけ神経質なのかなぁ、おたく!」

 

「……そして、お前が依頼人でなかったことは…幸運でしかない」

 

「どういうこと?……あぐっ!」

 

ゴルゴは彼女の問いに答えること無く、

大きな手でドスッとマリーの後頭部に手刀を当てた。

彼女は背後の存在を見る前に、意識を手放した。

 

 

 

 

 

「…リー!?マリー!」

 

「んあ?……うう、頭痛い」

 

ガヤガヤという人だかりの中から、友人の声が聞こえる。

徐々に視界も意識もはっきりしてきた。

 

「あれ、リサっちじゃん。どうしたの?」

 

「“どうしたの”はこっちの台詞よ!

急にあんたの姿が見えなくなったから探しに来たら、

ゴミ捨てコンテナですやすや寝てるんだもん。何があったの?」

 

「いや~それがお恥ずかしい話なんだけど……」

 

マリーさんはゴルゴの偵察に失敗した経緯を説明したのであった……

 

「馬鹿!あんた殺されるところだったのよ!」

 

「それはしみじみ感じております、はい。あ、手貸して」

 

とりあえずリサっちはマリーさんに手を貸して、コンテナから出してくれた。

ついでに彼女の肩も借りて、要塞への帰路につく。いたた。まだ歩く度に頭に響く。

 

「どうしてこんな事したの?」

 

「職業病ってやつでして。

どうしても同業者やそれに近い人には疑り深くなっちゃうんだな、これが。それに……」

 

「それに?」

 

「いんや、なんでもないよん」

 

あんまりリサっちが彼に夢中だから、ちょっと妬いちゃったなんて言えるわけないし。

 

「あんたの店に“ゴルゴ13”置いてない?

200巻近く出てるから、1冊くらい流れついて来ててもおかしくないんだけど……

とにかくそれ読んだら、どれだけ危ないことしてたかわかるわ。

お願いだからこんなことはもう止めて」

 

「は~い。素直に謝る」

 

 

 

── サラマンダラス城塞 火竜の間 ──

 

 

里沙子に付き添われて要塞に戻ったマリーは、

皇帝にゴルゴの監視に失敗したことを説明した。

 

「……軽率だな。情報官らしくもない。我輩はそのような命を下した覚えはない」

 

「本当に、申し訳ございません」

 

深々と頭を下げるマリー。

 

「我々にはもう時間がないのだ。7日。7日間だ。

君がどれだけ彼を疑おうと、我々に残された時間はそれだけだ。

ゴルゴ以外にこの国を救える者はいない。そう信じる他にできることは何もない。

それを忘れるな」

 

「はい、承知致しました」

 

「だが……情報官の裏をかくとは、やはり只者ではないようだな。頼むぞ、ゴルゴ13」

 

皇帝は陽の落ちた暗い空を見ながら呟いた。

 

 



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聖母の慟哭 第2話

PART8 M-16(アーマライト)を入手せよ!

 

サラマンダラス帝国 ── 帝都立図書館 ──

 

 

マリーがゴミ置き場で目を覚ましてから、時を遡ること1時間。

 

ゴルゴは街の画材屋で購入した広い紙と鉛筆で、ひたすら複雑な設計図を描いていた。

店内をうろついていた時、“芸術の女神様御用達!”という

意味不明なポップが貼られており、一瞬気になったが、

不要な情報は次の瞬間、脳から削除した。

 

とにかく必要な文房具を揃えたゴルゴは、出入りが自由な図書館の読書スペースの隅で、

仕事道具の構造を思い浮かべながら、定規、コンパス、分度器を駆使して

必要になるパーツを描き続ける。

 

一切迷いなく筆を滑らせ、脇目も振らず、だが背後に警戒を怠ることなく、

精巧で複雑な設計図を描き続ける。

そして日没を迎え、閉館時刻を伝えるチャイムが鳴ると同時に、彼もまた作業を終えた。

 

「……これで、問題はないだろう」

 

図書館から退館したゴルゴは、次の目的に向かう。駅馬車広場。

ホームレスから仕入れた情報によると、ここから北西にあるらしい。

静かに街を照らすガス灯の光を浴びながら、ただ歩を進める。

旅行者のように、落ち着きなく珍しいものを指さしながら歩いたりはしない。

まるで日頃歩き慣れているかのように、前だけを見て前進する。

 

やがて、馬から外された多数の馬車が並ぶ、広い駅馬車広場に到着した。

何やらバチバチと電気が弾ける石で明かりを得ている、事務所がある。

ゴルゴは事務所の職員に話しかけた。

 

「急ぎの用で、イグニールに行きたい……馬車を雇いたいのだが」

 

「イグニール?う~ん、今からだと、追加で深夜料金がかかっちゃうけど、どうする?」

 

「構わない。いくらだ」

 

「ええと、イグニールなら深夜代込みで4500Gだ。前金で半額いただくよ」

 

「……全額前払いでいい」

 

ゴルゴは料金トレーに金貨45枚を置いた。

 

「えっ……?お客さんがそれでいいならこっちは大助かりだけどさ。

じゃあ、この番号札を同じ番号の馬車の御者に渡してくれ。良い旅を」

 

「ありがとう……」

 

“支払い済み”の赤いテープが貼られた番号札を受け取ると、

ゴルゴは視線を走らせ、自分の馬車をすぐさま探し出した。

馬車に歩み寄ると、若い御者が車体を磨いていた。ゴルゴは彼に番号札を差し出す。

 

「イグニールまで頼む」

 

「いらっしゃい!こんな時間に出発なんて、急ぎの仕事か何かかい?」

 

「……そんなところだ」

 

「それじゃあ乗ってくれ。ちょっと長旅になるぜ」

 

「ああ、頼む」

 

ゴルゴが乗り込むと同時に、馬車がイグニールに向けて発車。帝都を離れ街道を進む。

足元には、ガラス製のドームがあり、中に先程見た電気を放つ石がはめ込まれていて、

車内を明るく照らしている。それを見たゴルゴは、御者に話しかけた。

 

「車内の……明かりを消してもいいか」

 

「いいとも、こっちのランプさえついてりゃ。

仮眠でもとるのかい?ライトの横っちょにあるつまみをひねれば消せるよ。」

 

「……」

 

 

 

PART9 不可視のスナイプ

 

 

ゴルゴは言われた通りに明かりを消した。

だが、目を閉じて眠ることもなく、ただ真っ暗でしかない景色を眺めていた。

そして、帝都を離れて1時間後、異変が起きる。

黒衣装や同色の布で身体や顔を隠した男女6人が、道に広がって行く手を遮っていた。

御者は慌てて手綱を引き、停車した。

 

「うわっと、危ないだろう!なにをしてるんだ、どいてくれ!」

 

「それはできないねぇ。有り金全部置いて行ってもらおうか」

 

「はっ!お前ら、はぐれアサシンか!?

国営馬車を襲撃したらどうなるか、わかってるんだろうな!」

 

「騎兵隊が出てくる、だろ。残念だが、あたしら闇に溶け込むのが得意でね。

もらうもんもらったら、夜のうちに森を抜けて別の領地に高跳びさ」

 

「……」

 

外の言い争いを聞きながら、

ゴルゴは静かにS&W M36をホルスターから抜き、減音器を取り付けた。

 

「無駄な抵抗はおよしよ。最近はあたしらの間でもこんなもんが流行っててね」

 

はぐれアサシン達は、懐から拳銃を取り出した。

リボルバー、オートマチック、様々な形状の凶器が御者を狙う。

 

「や、やめろ!」

 

「客を下ろしな。運賃の残り半額を持ってるはずだ」

 

どうしていいかわからない御者は、後ろの乗客に助けを求める。

 

「なあ、助けてくれ!あんた強そう……」

 

が、彼が言い終わる前に、ゴルゴは馬車から降りていた。

しかし、リーダーらしき女アサシンが、目ざとくゴルゴの右手に銃を見つける。

すかさず短く口笛を吹くと、アサシン達は散開して、草むらや木陰に身を潜める。

全く明かりのない夜道に、黒ずくめの彼らの姿が同化し、

常人に彼らを発見することは不可能。どこからともなく女の声が響く。

 

“アハハハ!撃てるものなら撃ってごらん!

この暗闇であたしらを見つけられるならねえ!”

 

「……御者、お前のライトも消せ」

 

「わ、わかった!」

 

御者がすぐさま御者席のランプも消した。

 

“バカだねえ、これでお前は完全に闇の中!あたしらに蜂の巣にされて……”

 

ドシュッ、ドシュドシュ!!

 

「あうっ!」「うぎゃっ!」

 

アサシンが何か言い終わる前に、ゴルゴの銃がこもった銃声と共に火を吹いた。

6発撃ち、6発が命中。即死を免れた者のうめき声が夜空に吸い込まれていく。

絶命間際のリーダーが、信じがたい状況に、地を這い胸から出血しながら、

“何故”を突きつける。

 

「なんで、どうして……なぜあたしらの位置が……」

 

「……闇が、お前達だけに味方するとは思わないことだ」

 

そして、暗闇での狙撃に成功した理由に気づいた御者が、思わず声に出す。

 

「そうか!あんた車内の明かりを消していたよな!?

あれは暗さに目を慣らすためだったんだな、敵襲を警戒して!!」

 

「バカな……そんなことが…ちく、しょう……」

 

リーダーは息絶えた。他の生き残りもすでに血を失って死んでいた。

ゴルゴはリロードを済ませると、再び馬車に乗り込んだ。

 

「出してくれ……」

 

「ははっ、あんたすげえよ!6対1で、はぐれアサシンを返り討ちにしちまうなんて!」

 

御者は興奮しながら再び手綱を握り、馬を走らせた。

ゴルゴはやはり暗い車内で、ただイグニールへの到着を待つ。

 

 

 

 

 

PART10 職人(プロ)の流儀

 

イグニール領 ── 工場街 ──

 

 

ちょうど夜が明け、朝霞が漂う中、馬車がイグニール領に到着した。

御者がゴルゴに話しかける。

 

「お客さん、ここが鍛冶の街イグニールさ。どこで降りるんだい?」

 

「……ここで、一番腕のいい鍛冶屋へ行ってくれ。ドワーフの職人がいる、工房だ」

 

「ああ。やっぱりあんたもあの爺さんの腕を頼ってきたのか。

頑固だが腕は超一流って評判だからな。10分くらいで着くよ」

 

更に馬車が街の中に入っていくと、

道路の両脇に金物屋や工房が立ち並ぶ区画に到着し、馬車が止まった。

木の板に、ハンマーと釘の絵が彫り込まれた看板のかかった店の前。

ゴルゴは鞄を持って馬車から降りた。御者が番号札を確認し、別れを告げる。

 

「料金は全額もらってるから、あんたとはここでお別れだな。ご利用ありがとう!

いやー、仕事仲間にいい土産話ができたぜ。ゆうべのあんたの戦い、凄かったからな!」

 

「……チップと、忘却料だ」

 

「えっ?どういうことだよ」

 

ゴルゴは御者に一掴みの金貨を渡した。

 

「お、おい。こりゃ多すぎだって」

 

「昨日見たことは忘れろ。誰にも話すな。絶対にだ」

 

「どうして。あんな武勇伝……ひっ!」

 

ゴルゴはただ御者を見る。睨まれたわけでもないのだが、

彼と目が合った瞬間、御者は得体の知れない恐怖に駆られ、黙って金貨を受け取った。

 

「またのご利用を……」

 

御者はそそくさと馬車を走らせ去って行った。

それを確認したゴルゴは、店に入っていく。

店先には斧や鍬、薬缶などの金物が並び、奥には職人達が朝早くから働く工房があった。

ゴルゴはゆっくりと工房の入り口前に立って、目的の人物を探す。

 

見つけるのに苦労はしなかった。背は低いが、鋼のような筋肉で身を固め、

真っ白な顎髭を長く伸ばしたドワーフが、赤く燃える鉄の板を金槌で何度も叩いている。

その様子をしばらく見ていると、彼は背を向けたまま、

大きな声で怒鳴りつけるように問いかけてきた。

 

「何を突っ立っている!」

 

「……“部品”の制作を依頼したい。パーフェクトに精密なものを、だ……」

 

「なぜそんなところで突っ立っているのかを聞いてんだ!」

 

「……プロ同士の流儀は大事にしたいものだ。

俺は…職人の仕事場に無断で立ち入る趣味はない」

 

金槌を木箱に収め、燃える鉄板を炉に突っ込むと、ドワーフが振り返った。

 

「ふん、ワシみたいに頑固な野郎だ!将来ろくなジジイにならんぞ。

……しょうがねえな。いいから来い」

 

「失礼する……」

 

「いちいちワシに依頼するってことは、ワシにしか作れんものなんだろうな。

店先に並んでるようなやつだったら、炉に放り込むぞ」

 

「これを、3日以内に作ってくれ」

 

ゴルゴは帝都の図書館で作成した設計図をドワーフに渡した。

すると彼の顔が険しくなる。

 

「馬鹿かお前は」

 

「ああ……馬鹿なことをやらかすための、道具だからな」

 

「しかも3日だ?冷やかしなら帰れ」

 

「報酬なら…ある」

 

ゴルゴは鞄を置いて、開いて見せた。

9個。最初に換金した1個以外は、まだほとんど残っている。

ドワーフがひとつを手に取り、色々な方向から眺める。

そして鞄に戻すと、少し考えて答えた。

 

「3つだ。3つで引き受けてやる」

 

「……助かる。前払いだ。ダイヤは置いていく。3日後にまた来る」

 

「待て、領収書を書く」

 

ドワーフは店舗スペースの精算所の引き出しから台紙を取り出し、

注文品と代金を記し、判を押した。

 

「……だいぶ前に来た変な娘っ子も、妙なものを欲しがってたな。

金持ちの考えることはわからん」

 

愚痴りながら領収書を作成したドワーフは、

ゴルゴに判の乾ききっていない紙片を渡した。

 

「これを持ってまた来い」

 

「……頼みがある」

 

「今度はなんだ!」

 

「完成したら、設計図は燃やして処分してくれ」

 

「ますますわからん野郎だ。ワシの炉なら、あんな紙切れ灰も残らん。

あんなもん欲しがる奴は、お前くらいだ。お望み通り燃やしてやる。

言っとくが、あとで後悔しても知らんぞ」

 

「問題ない。俺はもう行く」

 

「はぁ、もうトシで目が効かねえってのに、こんな細けえもん寄越しやがって」

 

ゴルゴはドワーフの愚痴を背に、店を後にした。必要なものはまだある。

ショートストロークピストンの機構に必要な燃焼ガスを通すガスチューブ、

ボルトキャリアに装着するバネ。鍛冶屋では扱わない部品がいくつかある。

考えながら、ゴルゴは金物屋、雑貨屋、町工場を覗きながら足りないピースを求め、

集め続ける。

 

 

 

「柔らかいものなら何でも揃うよ!スポンジ、クッション、ホース、パテ!」

 

「……この口径のホースはないか。耐熱性に優れたものだ」

 

「うーん、この細さで熱に強いものですか~

もう少し太いのでよければ、丈夫なのがあるんですが……」

 

「それでいい」

 

「お買い上げどうも!」

 

 

 

「耐久性と柔軟性に優れたバネはないか。サイズはこれくらいだ」

 

「ああ……このサイズで高性能となりますと、

工場でオーダーメイドになってしまいます」

 

「その場合、どれくらい掛かる」

 

「一週間は見てもらわないと……」

 

「なら、サイズを優先してくれ。すぐ必要になる。性能は多少妥協する」

 

「それでしたら、このMR-2001がぴったりです」

 

「それを、10個くれ……交換が必要になるかもしれない」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 

 

「大安売りだよ!ドライバー30点セットがたったの20Gだ!在庫限りだよ!」

 

「……ひとつくれ」

 

「よしきた!まいど!」

 

 

 

「A-26とD-07のネジを30本ずつくれ」

 

「お買い上げありがとうございます!小袋に分けますので少々お待ち下さい!」

 

 

 

……そして準備を整えたゴルゴは、観光客を装って駐在所で尋ねた、

旅行者向けホテルに宿泊する。フロントの係に声を掛けた。

 

「4日泊まりたい」

 

「いらっしゃいませ!当ホテルはエコノミー10G、ファースト25G、キング50G、

どれも食事付きとなっております。どの部屋がお好みですか?」

 

「……ロイヤルがあるはずだ」

 

「ええっ!?」

 

係があからさまに動揺する。ございます、と言っているようなものだ。

 

「フロント脇の階段からしか入れない、邪魔の入らない部屋がいい」

 

「あー、申し訳ございません。

ロイヤルは一見様お断り、ご予約のみとなっておりまして……」

 

「……」

 

ゴルゴは、黙って係のポケットに金貨を3枚入れた。思わず係の顔がほころぶ。

 

「いやあ、これは失礼しました。確か去年もお越しいただきましたよね?

ご確認までに、ロイヤルは一泊1000Gとなっております。では、こちらにご記帳を」

 

差し出された宿泊名簿に、ゴルゴは偽名を記入し、

係は予約表に走り書きでその名前を書き足した。

 

「それでは、チャールズ・ブロンソン様。こちらが鍵です。では、お荷物を……」

 

「……いや、いい。自分で持つ」

 

「そうですか?では、よいご宿泊を!」

 

ゴルゴはフロント脇にある階段を上り、

番号ではなくFOREST, OCEAN,などの名前が付いた一室に入った。

豪華な家具や大きなシャワールームが完備された、

3LDKマンションのような広さの部屋が広がる。

彼はここでドワーフに頼んだパーツの完成を待つことになる。

 

もちろん、その3日間をスイートルームでくつろぎながら過ごすわけではない。

自ら定めた筋トレメニューをこなし、

バレルに重りを垂らした拳銃を構えた体勢を続けて、銃を照準するセンスを養う。

そうして、超A級スナイパーに必要な身体的能力を維持しつつ過ごすこと、

2日目のことだった。

 

 

“信じられませんわ、ロイヤルが満室だなんて!

このトライジルヴァ家長女が、キングにしか泊まれないなんて何かの間違いですわ!”

 

“お嬢様、どうかお静かに。ですから事前に予約をと……

あと、同胞とカード探しはこの領地で一旦切り上げましょう。

そろそろスノーロードに戻らなければ、

お嬢様の承認が必要な書類がえらいことになっているかと”

 

“お黙り、爺や!

のんびりしていては、デルタステップに差を開けられてしまいますの!”

 

ゴルゴはどうでもいい他の客の文句を無視して、ひたすらトレーニングに打ち込む。

 

 

 

 

 

まったく、このわたしがただのキングに泊まる羽目になるなんて。

広さが屋敷のわたしの部屋の5分の1しかないじゃありませんの。

でも、間違いありませんわ。イグニールに新たなカードが存在する。

アースの書物で読みましたもの。そこにあった気になる記述。

 

“まるでお札を刷っているようだ”。ある男性の言葉らしいですけど、

彼の会社が作っているカードが、わたし達、符術士の使役するカードと瓜二つでしたの。

これはもう、印刷機を製造しているイグニールに、

カードがあるという証拠に他なりませんわ!

 

「爺や!明日から本格的にカード捜索を始めますわよ!

めぼしい印刷屋、古書店、印刷機製造会社をピックアップしておいて!」

 

「はぁ。それでは近くの書店でイグニールの地図を買ってまいります。

しばらくの間失礼致します」

 

「お願いね」

 

バタンとドアが閉じられると、

貴族の女性は、大きなベッドに横になり、一旦休憩を取る。

大きさも清潔さも申し分ないが、彼女にとっては不満らしい。

だが、横になるうちに段々ウトウトとして、気づかぬうちに眠りに落ちてしまった。

 

トントントン……

 

ノックの音で目が覚めた。爺やが帰ってきたのかしら?

 

”お客様、ホテルの者です。忘れ物がありましたよ!”

 

忘れ物?荷物はいつも爺やが持ってくれてる。落とし物でもしたのかしら。

わたしはベッドから身を起こすと、ドアに向かいました。

 

「忘れ物ってなんですの?……きゃっ!ううっ!んん!」

 

わたしがドアを開けた瞬間、トレーナーを着た男が部屋に乗り込んで来て、

口を抑えつけられて押し倒されましたの!カードは爺やのトランクの中!

 

「おとなしくしろ!貴族は金持ちだろ?さっさと金を出せ!」

 

男がナイフを取り出しましたわ!爺やはどこなの!?

 

「……やめろ」

 

その時、いつのまにか大柄な男が、

開きっぱなしのドアの前に立っていたのに気が付きましたの。

彼は部屋に入るとドアを閉め、強盗に2歩近づきました。

 

「なんだお前は!こっちにはナイフがあるぜ!」

 

凶器をちらつかせる強盗でしたが……男性は目にも留まらぬ速さで強盗の腕をつかみ、

捻り上げました。ううっ…関節が外れる嫌な音がこっちにまで。

 

「ぎゃあああっ!!」

 

強盗の手からナイフが落ち、男性が強盗を放り出しました。

 

「警官に骨をついでもらうんだな。……出て行け」

 

「お、覚えてやがれっ!!」

 

強盗が痛む腕をかばいながら去っていきましたわ。

最初に襲われてから一分も経たないうちに終わった出来事に、

わたしは呆然としていましたの。

男性がナイフを拾い上げてテーブルに置くと、わたしに忠告を。

 

「他の領地は他国に等しい。用心することだ」

 

「か、感謝致しますわ……」

 

すると彼は黙って出ていこうとしましたが、

わたしはあることに気がついて、彼を呼び止めましたの。

 

「お待ちになって!」

 

彼が振り向いてわたしをじっと見ます。

 

「わたし、この領地に来るのは初めてで、しばらく滞在する必要がありますの!

安全な旅をするにはどうしたらいいか、教えて下さらなくて?」

 

「……」

 

「もちろん、それ相応のお礼は致しますわ!」

 

「……」

 

「お願い、人助けだと思って、引き受けてくださいな!」

 

「あいにくだが、こういう“形”で出せる俺の答えは……“NO”以外にない」

 

「ああ……」

 

「相手も確かめずになぜ、ドアを開けたのか……」

 

「えっ!?」

 

「ホテルは……お前の家ではない。

部屋にいる時は防犯チェーンを掛け、相手を確認してから、ドアを開ける。

そんな事は常識だ。それがわからない愚か者に、他国に来る資格はない……!

領地に限らず海外では、常に危険と隣り合わせという自覚がなければ、ならない。

ほんの少しの油断が命取りになる……」

 

「わたしは、他国を旅する心構えができていなかったのね……!わたしが馬鹿だった!」

 

「それがわかれば、まだ、やり直す事は可能……だ」

 

彼は手厳しい指摘の後、わたしの肩に手を置いて、

まだわたしにチャンスがあると言ってくれましたの。

 

「ありがとう……これからは慎重に行動することにします」

 

「……では」

 

彼が出ていくのと、ほぼ同じタイミングで地図を持った爺やが戻ってきました。

 

「遅くなりまして申し訳ありません、お嬢様。

むむっ、これはナイフ!こんな物騒なものがなぜ!」

 

「爺や!外から戻ったら、すぐにドアを締めてドアロックを掛けなさい!」

 

 

 

 

 

PART11 ワン・アンド・オンリー

 

 

ゴルゴのイグニール到着から3日後。

ドワーフの店に彼の姿があった。

もちろん、出来上がっているはずのパーツを取りに来たのだ。

工房の入り口で黙ってドワーフを見つめるゴルゴ。

やはり彼は背を向けたまま大きな声で呼びかける。

 

「……」

 

「だから突っ立ってないで入ってこいって言ってんだ!注文の部品ならそこだ!

全部包むのに、弟子に手伝わせても丸々1時間はかかったぞ!

古新聞が足りなくなったなんざ、ワシが店を開いて以来初めてだ!」

 

「……見せてもらおう」

 

ゴルゴは、工房の隅にあるテーブルに並ぶ、

古新聞に包まれた無数のパーツのひとつを手に取り、中身を取り出した。

まるで銃の製造工場で造られたかのような、あるいはそれ以上に精巧な完成度。

小数点以下のミリ単位の指定に応えた技術に満足した彼は、

部品を包み直すと、新たに購入した、ダイヤのケースとは別の鞄に部品をしまった。

 

「完璧な、出来栄えだ……」

 

「当たり前だ。誰が徹夜したと思ってる」

 

「設計図は……?」

 

「とっくに天に上った。お祈りでもしてやるこった」

 

「……ありがとう。俺も安心して仕事ができる」

 

「ふん、さぞかし変な仕事なんだろうな。行け」

 

「ああ。さらばだ……」

 

ゴルゴは店から去ると、滞在中のホテルの部屋にこもり、

集まったパーツの組み立てを始めた。

床に座り、ドワーフから受け取ったパーツや、街で買い漁った代用品を広げる。

彼は適切な順番で一つずつ手に取り、組み立てを始めた。

 

レシーバーを初めとした駆動部にグリスを塗りながら考える。

地図によると、ターゲットのいるドラス島はこの国から南西。

海上移動には帆船が使われているらしい。

サラマンダラスからマグバリスまでは船で約3日。今は4日目。

 

今日中に帝都を経由して海岸地帯まで馬車を雇うと更に1日。

それから普通に船に乗れば7日目をオーバーする。だが、問題はない。

ドライバーを回す彼の手の中で、パーツが徐々に何かの形を成していく。

敵の本陣は……奇襲を防げる、山脈を背にした北東地帯だと見ていいだろう。

 

そして、1時間半は経っただろうか。とうとう“それ”は完成した。

ミドルファンタジアで初めて生まれたアーマライトM-16。

もっとも、本来のM-16は軽量なアルミニウム製のレシーバーが内蔵され、

銃床やハンドガードなどに強化プラスチックが使用されているが、

この世界には存在しないため、ほぼ全ての部位が鋼鉄製。スコープもない。

 

銃床内部に充填される発砲プラスチックもなく、中はカラで、

衝撃吸収用ゴムで外部を覆っている。

ボルトキャリアに高圧ガスを送る、ホースで代用したガスチューブも、

サイズの問題から外部に露出しており、外観も歪だ。本来のM-16より重量があり不安定。

だが、これは確かにM-16なのだ。

 

恐らくワン・ミッションでこの銃は壊れて使い物にならなくなるだろう。

だが、それでいい。アルバトロス元帥の眉間を貫くまで耐えてさえくれれば。

ゴルゴは鞄にM-16をしまうと、チェックアウトするため、

部屋から出てフロントに向かった。

 

フロントに着くと、係が愛想良く話しかけてきた。

 

「ごきげんよう、ブロンソン様。なにか御用ですか?」

 

「急用ができた。

俺はチェックアウトするが、宿泊リストではきっちり4日泊まったことにしてくれ」

 

そしてゴルゴは鍵と小袋に詰まった金貨を置く。中身を見て目を丸くする係。

思わず一瞬言葉に詰まる。

 

「……っ、これは!いえ、承知致しました。またのご利用をお待ちしております!」

 

深く礼をする係を背に、ゴルゴはホテルから立ち去った。

そのままその足を駅馬車広場へ向ける。あくまで帰郷する旅行者として。

 

 

 

 

 

PART12 斑目里沙子の憂鬱

 

サラマンダラス帝国 ── 帝都・円卓の間 ──

 

 

その日も円卓の間には、ゴルゴ13召喚に居合わせたメンバーが集っていたが、

全てを彼に任せた以上、できることは何もなく、

ただミッション完了の知らせを待つのみだった。

 

付け加えるなら、里沙子は毎回落ち着きのない者が大声で喚くのにうんざりしていた。

皇帝の前であったが、もう頬杖をつきながら白い目で彼らを見る

 

「ゴルゴ13が消息を絶った!私の情報筋によると、奴は図書館を出たのを最後に、

行方をくらましました。やはり私の言う通りダイヤを持ち逃げしたのです!

皇帝陛下、なぜあのような男に前金を支払ったのです!?」

 

オールバックの幹部がうろつきながら叫ぶ。

あたしは、とんでもない話に思わず立ち上がってしまった。

 

「情報屋を雇ったですって!?彼を追跡していたら危うく殺されかけたという、

マリーの報告を聞いてくださらなかったのですか!」

 

「うるさい!奴がどれほどの腕前かはしらんが、

私は元々たった一人の殺し屋に国の命運を託すつもりなどなかった!」

 

本当にこの人らは……!何回同じ話をすれば気が済むのかしら。

殺し屋が自分の仕事現場を人に見せるわけがないでしょうに。

 

「そのとお……いや、自分も発言してよろしいでしょうか!」

 

「はぁ、構わん……」

 

そりゃ皇帝陛下もため息のひとつも出るわ。

一応偉いさんになれたからには馬鹿ではないんでしょうけど、

想定外の事態で実力を出せないタイプらしいわね、二人共。

 

そういや、ジョゼットにしばらく帰れないって手紙は送ったけど、

ちゃんとチビ助共の面倒見てくれてるかしら。

……あ!急いで来たから金時計持って来るの忘れた!

チビ助がイタズラしてなきゃいいんだけど。

 

「彼の言う通り、ゴルゴはもうアテにはできません!

やはり共栄圏の軍事力を結集して電撃戦を仕掛けるべきであると自分は思います!」

 

散々否定された非現実的な具申を繰り返す丸眼鏡の将校。

ゴルゴからの連絡に待ちくたびれ、同じやり取りを繰り返させられている皇帝が、

うなだれながら答える。

 

「……ウィルスの問題はどうする。

アルバトロス以前に、エボラウィルスがどこにあるのかもわからんのだぞ。

敵国上陸と同時にウィルス兵器を散布されれば、誰も帝国に帰ることができなくなる」

 

「それは……ゴルゴの言う通り、石鹸で身体を……」

 

心の中で頭を抱える皇帝の姿が目に浮かぶようだわ。

あたしもこの世界に来る前に、ローソンで廉価版コミック買っとくべきだった。

1冊読ませれば少しは黙ってくれるんだろうけど。

 

あれ、楽に鞄に収まるし、暇な移動時間を過ごすのに打って付けなのよね。

さいとう・たかを先生万歳。

あ、マリーが立ち上がった。今度は期待できそう。お願い、死ぬほど退屈なの。

 

「失礼ながら、ゴルゴ逃走の可能性は低いと考えます。

くどいようですが、彼は行動開始直後、ダイヤを我が国の貨幣に換金し、

ホームレスからこの国の常識、仕事に必要な情報を聞き出していました。

所属のない第三者から、歪みのない情報を得るためです。

ダイヤを持ち逃げするなら、そのような面倒な手順を踏むことなく、

そのまま立ち去ればよかったはず。

私も諜報員の端くれ。そんな私を欺くほどの人物なら、容易なことでしょう」

 

「うむ、我輩もそう考える。

そもそも、仮に降伏するにしろ、外交員を派遣するにはもう時間がない。

彼が船の上にいる間に戦争が始まってしまう。

口を酸っぱくするほど繰り返して諸君には申し訳ないが、我々にはもう、待つしかない」

 

偉いさん二人に口を挟ませず即座にマリーを支持し、結論を出す皇帝陛下。

もう喋んなっていう無言の命令が伝わってくるわ。

さすがに二人もそれは理解したみたいで、ようやく黙ってくれた。

 

開戦の危機だってことはわかってるけど、

やっぱり4日も同じメンバーで部屋に缶詰だと眠くなるわ。

頼むから早く狙撃完了の連絡をちょうだい、ゴルゴ。

……その時、部屋に一人の兵士が飛び込んできた。

 

「突然申し訳ございません!ゴルゴの、ゴルゴ13の目撃情報が入りました!」

 

 

 

 

 

PART13 嘲笑う天才

 

共産主義国家マグバリス ── 軍都レザルード・軍本部大会議場──

 

 

時を同じくして、マグバリスの軍本部で、

アルバトロス・シュルネドルファー元帥を初めとした幹部が集まり、

サラマンダラス帝国への上陸作戦について議論を続けていた。

フロアの端から端まで届こうかというテーブルに、アルバトロスを最奥として、

上級士官が着席している。

大佐が全員に配られたA4サイズの地図を見ながら説明を続ける。

 

「……以上が、沙国の海軍力配備状況です。

仮に敵国が我が国との戦いを選んだ場合……」

 

「待て、大佐」

 

アルバトロスが大佐の説明を遮った。

 

「なんでしょうか元帥」

 

「お前は今、“仮に”と言ったな。無意味な仮定は必要ない。

既に我々は交戦状態に入っている前提で説明しろ」

 

「ですが……」

 

「貴官は足し算もできないのかね。降伏勧告を送ってから既に7日。

つまり相手に届いてから4日が過ぎた。連中の返答が可だろうが否だろうが、

3日かかる船便では、こちらに期限の7日以内に伝達することは不可能なのだよ。

よって、どうあろうと開戦は必至。攻撃の準備は早いに越したことはあるまい?」

 

冷たい目で大佐を見ながら語るアルバトロス。慌てて大佐が解説の形式を変える。

 

「申し訳ございません!

敵艦隊との会敵予想ポイントは、南緯15度、東経59度であります!

こちらの編成はいかがなさいますか?」

 

「捨て置け」

 

「はい……?」

 

元帥の意図が理解できない大佐が聞き返す。

 

「近距離でカロネード砲を撃ち合う時代はもう終わったのだよ。

わざわざ莫大な国家予算をつぎ込んで艦艇を動かさずとも、宣戦布告の通達通り、

小型船で民間人に扮して沙国に上陸、俺が帝都で生物兵器を散布する。

後は敵国の都市機能が麻痺するのを待つのみ。伝染病が蔓延し、要塞が死に絶えたら、

俺の指示した手順で消毒を行う。全てが終わり次第、堂々と入城式を行えばそれでいい」

 

「よろしいのですか?もし沙国に上陸した際、敵兵に発見されれば」

 

「俺が失敗するとでも言いたいのか?」

 

「いえ、決してそのようなことは!ただ元帥の御身が心配で……」

 

「ふん、白々しい。散布の方法などいくらでもある。防御の方法も知っている。

それこそ、培養した生物兵器を詰めた試験管を体中に巻き付けて、

往来の真ん中を歩いてもいい」

 

「では、敵海軍については問題ないと?」

 

「海岸に見張員を1人配置して、敵艦が近づいたら叫ばせろ。

“生物兵器で汚染されているぞ”とな。クククッ」

 

小さく笑いをこぼすと元帥は立ち上がり、

テラスへの入り口にもなっている大きなガラス窓に近づく。

立ち止まると、アルバトロスは砂地と岩場、そしてわずかな草原地帯を眺めつつ、

部下に問うた。

 

「さて。これまでの話で、

この戦いと、歴史上繰り返されてきた戦争との違いに気づいた者はいるか?」

 

皆、彼の質問に困惑し、互いを見やるだけだ。元帥は心中ため息をつく。

部下の教育にはまだまだ時間が掛かりそうだ。

ましてや俺の思想に付いてこられる、理想の右腕を育て上げるには。

 

アルバトロスは、腰に差していた刀を抜いて、陽にかざした。

刀身が三日月のように美しい光のカーブを描く。

 

「これは、ニホントウというアースの剣だ。

見ての通り刀身は薄く細身で、ロングソードのような耐久性はない。

だがそれを犠牲にしても余りある、恐ろしいまでの斬れ味と美しさを備えた一品だ」

 

そして、また鞘に収める。

 

「しかし、いくら優れた剣でもこんなものはもう古い。

銃や魔法での遠距離戦が当たり前になった今の時代では、な」

 

彼は席に戻って演説を続ける。

 

「何が言いたいかというとだ。大勢の兵と、大金と、時間を費やして、

互いに血みどろになりながら体当たりを繰り返すような戦いは、もう古いのだよ。

これからは、より低予算、少人数でより多くの敵を殺すことが要となる。

世界にその新たな戦の有り様を示すのが、このマグバリスなのだ」

 

完全にアルバトロスの話に聞き入る軍幹部達。

場を支配する若き指導者が足を組み、コップの水を飲んで喉を潤す。

その時、会議場の扉がノックされ、一人の兵士が入室してきた。

 

「失礼します!」

 

「なんだ」

 

元帥は、カラになったコップを指先で転がしながら報告を聞く。

 

「偵察兵より報告!沙国帝都の要塞から、不審な男が出てくるのが目撃されました!

軍服姿ではありませんが、大柄で何かの鞄を持っており、

入った形跡はなく突然中から出てきたとのことです!」

 

「なるほど。それが奴らの駒か。脆く、頼りない、チェック間際の。

フフフ、ハハハハ……!」

 

大会議場にアルバトロスの笑いが響く。笑顔の彼とは対象的に、

他の幹部は凍えるような沈黙に耐え、じっとしているしかなかった。

 

 

 

 

 

PART14 生還率0パーセント!

 

サラマンダラス帝国 ── ホワイトデゼール領、海岸 ──

 

 

魔王討伐後、美しい田園地帯となったホワイトデゼールは、

緑豊かな草原でピクニックをする者や、海水浴を楽しむ者、

かつての激戦地を見学する客でごった返す、一大観光地に生まれ変わっていた。

 

ゴルゴがたどり着いたのは、スーツ姿の彼にはいささか不似合いなところだった。

彼もそれは自覚しているようで、馬車から下りると、御者に多めにチップを渡し、

早々に準備に取り掛かった。

 

どこかに、あるはずだ。海岸を歩きながら、潮の流れを見る。

すると、比較的流れが穏やかな場所が見えてきた。

実際、“初心者向け”という看板が立てられ、子供や母親、

慣れない泳ぎの練習をする者が、波の小さな海に浸かって楽しそうな声を上げている。

 

そこに、壁にカヌーやボートを立てかけた、小屋を見つけた。

革靴で砂を踏みしめながら小屋に近づく。窓やドアが開け放たれ、風通しの良い室内で、

近隣の監視局から海洋情報を受け取ったラジオが、

今日は絶好の海水浴日和であると告げている。

 

ゴルゴの目的はこの貸しボート屋だった。

受付カウンターで新聞を読んでいる店員に近づく。気づいた店員が料金説明をした。

 

「らっしゃい!貸出は1時間。カヌーは5G、ボートは10Gだよ」

 

「ボートを、借りたい……」

 

料金をカウンターに置くと、店員が小さい円形の鉄板に番号を刻んだ札を渡してきた。

 

「あいよ。えーと、今空いてるのは、8番だね。この番号札なくさないでね。

ボートは向こうに並んでる。……でもお客さん、海にスーツで大丈夫かい?

海水に濡れたら傷んじまうよ?」

 

「いいんだ」

 

「そうかい?じゃあ、楽しんでくれ」

 

支払いを済ませたゴルゴは、貸しボート屋から離れる。

一瞬開けっ放しのドアの前で立ち止まり、ボートが何隻か停められている桟橋に向かい、

番号札と同じ番号のボートに乗り込んだ。

そして両手でオールを持ち、目的地へ向かって漕ぎ出した。

 

一方、さっきの店員は妙な客がボートを漕ぐ姿をなんとなく眺めていた。

力強く、速く漕ぐ様は見ていて少し驚かされるほどだった。

だが、すぐさま異変に気づいて外に飛び出した。

 

「おーい!そっちは遊泳禁止だよー!潮の流れが早いんだ!戻れー!」

 

しかし、男は耳を貸す様子もなく、沖へ沖へと進んでいく。

 

「あ、こんにゃろう!ボート泥棒だな!返せー」

 

店員もボートに乗って追いかけようとしたが、いくら漕いでも差は縮まるどころか、

どんどん離され、やがて岬の影に隠れて見えなくなってしまった。

全力でボート泥棒を追いかけた店員は、疲れ切って肩を落としながら小屋に戻った。

同僚が興奮した様子で彼を出迎える。

 

「おい、ジョージ。何やってたんだ!」

 

「やられた。ボート泥棒だ。すげえ速さで逃げてった」

 

「馬鹿、違うんだよ。あの客はボートを買ってったんだよ!」

 

「えっ?」

 

同僚が何かがたっぷり詰まった重そうな袋を持ち上げてみせた。

力いっぱい持ち上げた彼の顔が赤くなる。

 

「なんだよそれ」

 

「ドア近くに落ちてた。まあ、見てみろ!」

 

彼が袋を床に置いて口を広げると、中には目も眩むほどの大量の金貨が。

 

「おい、マジかよこれ!」

 

「マジじゃなかったら何なんだよ!

こりゃ、あのボートを買い直しても、ほとんどそっくりそのまま残るぜ!」

 

「これ、余りは山分け、山分けだかんな!オーナーには内緒だぞ!」

 

「うるせえな、わかってるよ!」

 

店員達が袋に夢中になっている間、貸しボート屋の前には、行列ができていた。

 

 

 

 

 

そして、店員の追跡を振り切って、外海へ出たゴルゴは、一旦ボートを止めて、

鞄から賞金稼ぎ向けの店で買った、迷彩服やコンバットナイフと言った

装備品を取り出し、スーツから着替えた。次に太陽の位置から方角を確認。

支度を終えると、またオールを握り、ひたすら海を進む。

 

ゴルゴは考える。地図によると、サラマンダラス帝国と、マグバリス。

そして2つの国土の間に点在する島が、ほんの一筋だけ長い海流を生み出すはず。

そう、マグバリス南端へ導く高速海流。

通常の船舶なら気にもとめないほど細い、いわば隠し通路。

その海流に乗ってボートを漕ぎ続ければ、通常3日のところ、1日で敵地に着く。

 

だが、ゴルゴの作戦はあまりにも危険としか言いようがなかった。

まず、この速い潮の流れを遊覧用のボートで乗り切らなければならない。

転覆、難破、遭難の危険を回避し、無事マグバリスにたどり着いたとしても、

残りはたった1日。24時間で一国を相手に戦い抜き、

ターゲットをスナイプしなければならないのだ。

 

余りにも低い成功率。0パーセントと言ってもいい成功率。

だが、ゴルゴは臆することなく、ボートを漕ぎ続ける。

時折船体が、ギシ…ときしむような音を立てる。

ゴルゴは極力ボートに掛かる負担を小さくするため、波に抗わず、

海を流れるようにオールを漕ぐ。

 

そして。水平線に、地図で見た山脈が見えてきた。

ゴルゴは鞄から水筒と果物を取り出し、すばやく食べ、飲み、

戦いに備えて水分とエネルギーを補給した。さらに漕ぐこと1時間……

砂浜にボロボロになったボートと不要になった鞄が打ち捨てられ、足跡が続いていた。

ゴルゴがついにマグバリス上陸を果たしたのだ。

 

「……」

 

彼は広がる砂漠を見据えて、ダイヤのケースを背負い、

M-16を携えながら灼熱の大地へ突入していった。

 

 



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聖母の慟哭 第3話

PART15 ひとかけらの慈悲

 

共産主義国家マグバリス ── ドラス島南端 ──

 

 

ゴルゴは遂に、共産主義国家マグバリスを擁するドラス島上陸に成功した。

彼は再び太陽を見て、M-16を手に北へ向けて駆け出す。

一面に広がる砂、岩、ほんの少しの緑。陽炎が目測を狂わせる。

平らに見えても小さな坂や岩の段差、そして足がめり込む砂地が邪魔をする。

 

だがゴルゴは、チーターのような俊足でひたすら走り続ける。

タイムリミットまで24時間を切ったが、着実に目的地へと近づいている。

つまりそれは、最も危険なエリアへと飛び込もうとしていることになるのだが。

 

その時、大きな岩の影から老人のうめきが聞こえて来た。

ゴルゴは足を止め、ゆっくりと彼に近づく。

目から血を流し、顔に多数の疱瘡が見られるターバンを巻いた老人が、

横になってただ苦しんでいた。

老人もゴルゴに気がつくと、荒い呼吸をしながら彼に話しかけてきた。

 

「待て!わしに、近づいてはならん……あんたも、呪われるぞ……悪魔の呪いに……」

 

「それは、呪いではない……伝染病だ。何があった…?」

 

「伝染病?そうだったのか……軍人が、わしら奴隷を捕まえて、変な液体を注射した。

仲間が隙を見てわしを逃してくれたが……この様だ。うっ!ごほごほ!」

 

老人が咳と共に大量に吐血した。白い岩地が真っ赤な血に染まる。

苦しみながらも老人は続ける。

 

「あんた、見た所、ここの軍人じゃないようだな……頼みがある。

わしが死んだら、わしの死体を燃やしてくれ……

伝染病なら、それできれいに消え失せる。他のやつらに、同じ苦しみは……がはっ!」

 

「……俺には、お前を救ってやることは…できない。

できるのは、ただひとつ選択肢を与えてやることだけだ」

 

ゴルゴはS&W M36をホルスターから抜く。老人が疱瘡だらけの顔で笑みを浮かべる。

 

「ありがたい……それで、一思いに楽にしてくれ」

 

「お前の覚悟が、誰かを救ったのかもしれない。……それは、誇るべきだ」

 

ドゥッ!

 

銃声ひとつ。弾丸が正確に老人の額を貫き、彼は苦しむことなく息絶えた。

ゴルゴは、ほんの数秒だけ老人の亡骸を見つめると、ポケットからハンカチを取り出し、

ライターオイルを振りかけ、ライターで火を着け、遺体に放り投げた。

炎はみるみるうちに老人とその周辺を包み込み、黒い煙が空に昇っていく。

 

敵に位置を知らせることになる行為だが、構わない。

どの道アルバトロスと対決するまでに、無数の敵を倒さなければならないのだから。

勇気ある老人の遺体を背に、ゴルゴは再び走り出した。

 

 

 

PART16 自由の代償

 

 

進み続けるゴルゴ。ジープがあればよかったのに、などと考えてはいない。

車がないのは敵も同じ。悪路で戦わなければならないのは、彼だけではない。

ならば戦いの鍵は、経験の差。

それが敵軍の装備を上回るかどうかは、戦ってみなければわからない。

 

予定コースの半分近くを進んだところで、

ポツポツと不思議な素焼きの置物が見られるようになった。

腕を組んで大きく口を開けている。この土地の民間信仰だろうか。

他にも割れた陶器や、カラの水瓶、壺がちらほら見られる。

 

近くに人が住んでいるらしい。ゴルゴは警戒しつつ歩を進める。

すると、小高い丘の上に、小さな村があった。白い石造りの家が数件立ち並んでいる。

だが、様子がおかしい。ゴルゴは一旦ケースを下ろし、M-16を肩に掛け、様子を見守る。

 

明らかに村民ではない、派手なモヒカンと

素肌に装着したメタルアーマーが嫌でも目を引く男たちが、

民家から奪った食料を持ち出したり、

水瓶に溜まった水をがぶ飲みしている。

住民は、肩を寄せ合って、ただそれを不安げに見ているだけだ。

 

「何を、している」

 

ゴルゴは水を飲んでいる男に問いかけると、

略奪者の男がこちらを睨みながら近づいてきた。

 

「あんだテメエ!文句あんのかよ!……ん?ここらじゃ見ねえ格好だな。外国人か?

ハッ、今日はツイてるぜ!来いよお前ら!」

 

男が仲間に呼びかけると、村中からぞろぞろと略奪者達が集まり、

ゴルゴの行く手を阻んだ。

少しだけ視線を反らすと、男たちの向こう側で、村民の女性が、

首を振ってゴルゴに逃げるよう促す。

だが、彼は立ち去ろうとせず、黙ってその場に立つだけだ。

 

「テメエ、どこの軍隊だ?こんなところでうろついてるってことは、

仲間とはぐれちまったんだろうな。可哀想によう!

この国じゃあな、外国人は全員賞金首なんだよ!

生け捕りにして軍に渡せば俺達は報奨金がもらえる!

軍はそいつの母国に身代金を要求したり、新しい奴隷にできる!

みんなハッピーってわけだ!」

 

「お前には……無理だ」

 

ゴルゴの一言に、モヒカン男の頭に血が上る。

 

「いい気になってんじゃねえぞ!!」

 

モヒカンが青龍刀を抜いて襲いかかってきた。M-16を肩に掛けたままのゴルゴに油断し、

彼に接近して刀を振り下ろした瞬間、斬撃を見切ったゴルゴは青龍刀の攻撃を回避。

男の腕に強烈な手刀を打ち付けた。枯れ木が折れるような、骨にヒビが入る音。

 

「いでええええ!!」

 

そしてすかさずコンバットナイフを抜き、男の首を切り裂いた。

頸動脈を切断され、出血性ショックで男は即死した。

予想だにしない展開で、驚きの余り仲間達の動きが一瞬止まる。その隙が命取りとなる。

ゴルゴにM-16を構える時間を与えてしまったのだ。

 

ダァン、ダダァン──!!ダン!

 

異世界で初めて、アーマライトM-16が咆哮した。

10人近くいた敵のうち、4人を瞬時に射殺。

発砲時の燃焼ガスが、外部に露出したホースに満たされ、ボルトキャリアが作動。

正常に発射機構は作動している。村民は悲鳴を上げて家に避難する。

 

「ふざけやがって、この野郎!!」

 

生き残りがコピー品のAK-47でゴルゴを狙う。

彼は最初に殺したモヒカンの死体を肉の盾にして、ほんの一瞬銃撃を防御。

横に飛びジャンプし、地上で転がりつつ、落ちていた青龍刀をその強肩で投げつけた。

 

剣先がわずかに湾曲した剣が、敵の頭部に命中、顔面を貫いた。

声もなく絶命した男が後ろに倒れ、トリガーに指がかかったままのAK-47が、

7.62x39mm弾を吐き出しながら地面に転がる。

敵の死を確かめる間もなく、ゴルゴは背を低くして動きを止めず戦場を駆ける。

 

「撃ちまくれ!奴の首ねじ切ってカカシにしてやらあ!!」

 

コピー品の自動小銃を撃ち続ける荒くれ者達。

しかし、ゴルゴは素早く来た道を引き返し、丘を下る。当然、敵も追いかけてくる。

ゴルゴは丘の向こうを見ながらタイミングを待つ。M-16のトリガーに指を掛けながら。

彼の集中力が極限まで達した時、多数のモヒカンが顔を覗かせた。

次の瞬間、瞬時に狙いを定め、略奪者達の眉間を撃ち抜いた。

 

ダダン!ダァーン!

 

「ひいっ!」

 

地の利を活かして敵の急所を的確に狙い撃ったゴルゴ。だが、まだ生き残りがいる。

ゴルゴはゆっくりとM-16を構えて坂を登りながら、敵の居場所を探す。

少し離れたところに、更に見通しのいい坂があり、

両脇には、先程も見た大きく口を開けた何かの像が並んでいる。

坂の上から生き残りが話しかけてきた。

 

「ま、参った降参だ!」

 

「……」

 

銃を捨て、両手を上げて話を続ける略奪者。

 

「そうだ!あんた、俺達のボスになってくれよ!

まだ他に仲間はいるんだが、あんたに敵うやつなんかいねえ!

そうだとも、悪い話じゃないと思うぜ?」

 

「……」

 

「奴隷にさえ生まれなきゃ、この国は結構いいとこなんだ!

力さえありゃ、何もかも“自由”なんだよ!

さっきも見ただろ?腹が減ったら百姓連中から奪えばいい、

上手くお上のご機嫌を取れば、小遣いだって手に入るしな、へへ。

クソ以下の法律も、ハエみたいなポリ公もいねえ。とにかく、この国は自由なんだ!

年中クソ熱いが、慣れちまえば下手な外国より快適なんだ!

とりあえず、仲直りの握手だけでもしてくれよ!こっち来て、な、な?」

 

手を差し伸べる男。

だがゴルゴは、黙って興味なさげに、点在する民家を縫いながら去っていった。

残されたモヒカンひとり。

 

「……ケッ、バカな野郎だ。さて、死んだ連中はともかく、銃を回収しなきゃな。

あれだってタダじゃねえ。んーどこに落ちた?」

 

モヒカンが丘の上からAK-47を探していると、不意に大きな気配が後ろに立った。

驚いて振り返ると、さっきの男が。

 

「あ、ああ。あんたか!やっぱり気が変わったのか?歓迎するぜ」

 

「”利き腕”を人に預けるほど、俺は”自信家”じゃない……

だから、握手という習慣も……俺にはない」

 

「それでこっちまで来てくれたのか。まぁ、これからよろしくな……!」

 

「そして、“自由”の代償は、お前自身の命で払ってもらう」

 

「えっ!?」

 

という声を上げた時には手遅れだった。

ゴルゴの太い腕で思い切り胴を押された略奪者は、坂の中ほどに放り出された。

同時に、板と砂で隠したスイッチが作動。

両脇の像の口から、矢が飛び出し、モヒカンの全身を貫いた。

 

「ぎゃひっ!うげげげ!!いでえっ!……うう、なんでっ……!?」

 

「世界が変わろうと、人間の根源的思考パターンは変わらない……

俺がお前なら、こんなに通りやすい道があれば…地雷のひとつでも仕掛けるだろうな」

 

「お見通し、だったってのか、よ……」

 

そして事切れた略奪者。敵の全滅を確認すると、ゴルゴはモヒカンのAK-47を拾い上げ、

坂道の像を斉射して破壊し、安全を確保。ダイヤのケースを回収しに、村に戻った。

再びケースを担ぐと、民家からぞろぞろと村人が出てきて、外の様子に驚いた。

 

奪われ続け、抵抗できずにいるしかなかった略奪者達が、全滅していたのだ。

彼らをたった一人で皆殺しにした謎の軍人。

皆、彼を遠巻きに見ていたが、やがて彼にひとりの女性が近づいた。

 

「あの……乱暴者達を倒してくれてありがとうございました。

大したお礼はできませんが、食事でも食べていって下さい」

 

ゴルゴは少し間を置いて答えた。

 

「水を…水を少しだけ分けて欲しい」

 

「ええ、もちろん!私の家に水瓶があります。どうぞこちらへ!」

 

女性についていくと、真っ白な石造りの家の日陰に、大きな水瓶があった。

 

「水はこちらです。好きなだけお飲みください。

大したものはありませんが、今、食べ物を……」

 

「いや、いい」

 

ゴルゴは水筒に半分ほど水を汲み、ひしゃくで軽く2杯飲むと、

再びターゲットを目指して村から去ろうとする。

 

「あの!?少し待って下さい。遠慮なさらず、まだまだ水は……」

 

「4人で分ければ……あっという間だ」

 

「あっ……」

 

軽く振り返ると、家の中から夫らしき男性と2人の子供がこちらを見ている。

この砂漠地帯で水を得る方法は限られている。滅多に降らない雨を祈るか、

水位が膝くらいしかない井戸から、村民の間で分配するしかない。

その状況を察していたゴルゴは、引き止める女性に構わず、村を後にした。

 

 

 

 

 

PART17 激突

 

── 軍都レザルード・軍事地区 ──

 

 

「敵襲!敵襲!」

 

ブオオオン!!と、マグバリスの軍の中枢に、けたたましい警報が鳴り響く。

兵士宿舎や弾薬庫、武器製造工場。

ありとあらゆる建物から、マグバリス軍が現れては押し寄せてくる。

 

老人を荼毘に付した煙、村での戦闘行為でゴルゴの到着自体は既に察知されており、

軍隊は武装を固めて待っていた。弾薬にも限りがある。

ゴルゴはひたすらヘッドショットで一発ごとに一人殺し、

 

ダン、ダアァ──ン!

 

殺した兵士からやはりAK-47を奪い、M-16を温存する。

 

「突撃ィ!!」

 

背丈ほどある大きな鋼鉄の盾で身を守り、シャムシールを持った兵士の一団が、

横一列に並んで銃撃を防ぎながら、近接戦闘を挑んでくる。

ゴルゴは、ライターオイルの缶を投げつけ、空中の缶を左腕のAK-47で撃ち抜いた。

缶が爆発し、火の付いた油が、一枚の壁となってゴルゴに迫っていた兵士達に降り注ぐ。

 

「ぐわっ、熱ちい!!」

 

兵士の一人が思わず盾の守りを崩してしまう。

その機を逃さず、盾の隙間から7.62x39mm弾を撃ち込む。

一人が倒れると、兵士の壁は総崩れとなる。

パニックに陥った兵士達は隊列を崩し、その身をゴルゴの前に晒す。

 

ダダダダ、ダダァン──!

 

頭を撃たれた兵士のヘルメットが宙に舞う。

ゴルゴは、M16を肩に掛けると、AK-47をメインウェポンに切り替え、

盾を拾い、進撃を続ける。時折敵弾が盾に当たり、激しい金属音を立てる。

すかさず弾丸の飛来した方向へ反撃。こちらを狙う敵兵を射殺。

そして弾が切れたAK-47を投げ捨て、死体から新たな銃を拾う。

 

「……」

 

右手で軽く銃を振って重さを測り、装弾数を計算する。残り18発。まだ使える。

彼はこうして装備を切り替えながら、政治と軍事を司る軍本部を目指し、

立ちふさがる敵を射殺しつつ、最も規模の大きい要塞へ突き進んでいった。

 

 

 

 

 

── 軍本部・実験室 ──

 

 

アルバトロス・シュネルドルファー元帥は、青白い光が照らす実験室で、

手を後ろに組み、何かの液体に満たされた巨大なシリンダーを眺めていた。

薄い水の膜に包まれながら。

シリンダーは実験室内に多数、規則的に配置されている。

 

その時、実験室のガラスを慌ててコンコンと叩く音が聞こえた。

兵士がこちらに向かって何か叫んでいる。ガラスの向こう側。

その上、水の膜で覆われているから音が届きにくい。面倒だが、彼が窓に近づいた。

 

「なんだ!」

 

「敵襲です!沙国の軍人が、こちらに向かっています!」

 

「数は」

 

「一人です!!」

 

「何?だとすると、お前達は奴を素通りさせていることになるが!?」

 

「申し訳ございません!奴の戦闘能力が凄まじく、こちらの被害が甚大です!

元帥はどうか今のうちに……」

 

「逃げろ、と言いたいのか。バカが。ここにあるものが見えないのか?

俺が、ここにいる限り、敗北はない。お前は戦闘に戻れ。せいぜい犬死にするがいい」

 

「かしこまりました……」

 

兵士が引き下がると、アルバトロスは、またシリンダーを眺める。

 

「ふむ、良い実験サンプルになるかもしれないな。

前時代的戦争のプロと、未来的兵器との戦闘データ。さぞかし役に立つだろう。ククッ」

 

酷薄な笑みを浮かべ、抑えきれない笑い声を上げるアルバトロスだった。

 

 

 

その頃、ゴルゴは遂に要塞に突入するところだった。

兵士の集団が正門を固めて待機していたが、彼は一旦引き返し、

弾薬庫の弾丸の詰まった木箱をカートに乗せ、足で蹴飛ばした。

 

闇の向こうからゴトゴトと何かが近づいてくる。警戒を強める敵集団。

しかし、その正体に気づいた時には遅すぎた。

撤去しに行けば射殺される。そして放置すれば──

 

そう、ゴルゴはカートが近距離まで近づいたところで箱を狙撃。

大型爆弾となった弾薬箱が大爆発を起こし、敵兵を一網打尽にした。

煙が晴れるのを待ち、生き残りがいないことを確認すると、鋼鉄製のゲートを開く。

そして、カラシニコフを拾い直し、水筒の水を飲み干し、

とうとう敵の本陣へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

PART18 黒く赤い死の鎮魂歌(レクイエム)

 

── 軍都レザルード・要塞 ──

 

 

ダン!ダダダ!ダァーン──!!

 

「ぐああっ!」「ぎゃっ!」「あうっ、がはあ……」

 

激闘は要塞内でも続く。

オブジェや家具、通路の角など、カバーできる物体が多い室内は、

外での戦いよりゴルゴに取って有利であった。兵の大半を失ったマグバリス軍。

もはや上級士官までが自ら銃を手にゴルゴに戦いを挑んでいる。

 

「撃てー!元帥閣下をお守りしろ!」

 

大ホールでの戦闘。半ばやぶれかぶれの将校や生き残った兵達が、

ピストルやカービン銃で応戦するが、顔を出した先から、

眉間を撃たれて死んでいく。ゴルゴは敵の姿を注意深く観察する。

 

「……」

 

そして、とうとう最後の3人になった敵に再びM-16を構え、

最も勲章の飾りが多い上級士官を残し、他の兵士を狙撃した。

2発の銃声、そして、2人が倒れる音と共に、ホール内に静寂が訪れる。

一瞬だけ身体の一部を見せても、士官は撃ち返してこない。弾切れに陥ったのだろう。

 

ゴルゴは銃を構えながら、敵の隠れているオブジェに慎重に近づく。

そこには銃を放り出した、震える士官の姿が。

 

「や、やめてくれ!なんでもするから!」

 

「アルバトロスは、どこだ……」

 

「それを喋ったら、私が殺されてしまう!勘弁してくれ……ひっ!」

 

黙ってM-16を突きつけると士官はあっさり口を割った。

 

「地下の実験室だ!いつもそこで“あれ”をご覧に」

 

ズドォ──ン!

 

「……」

 

ゴルゴは用済みになった敵を始末すると、地下へ続く階段に向かった。

 

 

 

 

 

── 要塞・実験室 ──

 

 

ゴルゴはM-16を抱えながら大理石の階段を降りていく。

段差を降りきると、そこだけ科学技術が進歩したような、

全面ガラス張りのブルーのライトで照らされた実験室があった。

外から内部を見ると、今までの敵の中で最も立派な軍服に身を包んだ青年が立っている。

 

彼がゴルゴに気づくと、少し笑って軽く手招きした。

青年が指差した方向に分厚いドアが。

ゴルゴは青年から目を離さず、ドアに向かい、実験室に侵入した。

コツコツと音を立てながらタイル張りの床を歩いて、ゴルゴはアルバトロスと対峙する。

元帥は拍手で彼を出迎えた。

 

「古風な軍人にしては、やるな。たった一人で俺の手駒を殲滅するとは。

サラマンダラスの軍隊にお前のような奴がいるとは驚きだ」

 

「俺は”一人の軍隊”だ。どの国にも属してはいない」

 

「単なる傭兵ということか?

まあいい。また人材育成に時間を取られると思うと気が重いが、別にいいさ。

どうせ役立たずばかりだったからな。次はもう少し賢い奴なら、奴隷から募ってもいい」

 

「お前に、次は…ない」

 

少し笑ってアルバトロスは答えた。

 

「ハハッ、言うと思ったよ。勝利を確信した殺し屋の決まり文句。

だが、お前の仕事はまだ終わっていないし、終わることもない」

 

「ああ……お前を殺すまで、勝利を確信することはない」

 

「面白い奴だな、お前は。

どんな手品を使って俺を殺すつもりなのか、聞かせてもらいたいものだ。

こいつがひしめいている空間で、その銃で」

 

アルバトロスは側のシリンダーに目をやる。粘性のある透明な液体が詰まっている。

 

「……エボラ出血熱の、病原体か」

 

「お前の国ではそう呼んでいるのか。

そう言えば名前をまだ決めていなかったが、そうさ。これが生物兵器のタンクだ。

これをひとつ沙国の真ん中で叩き割れば、オービタル島は、

二度と人間の生息域としては使用できなくなるだろうな」

 

「……」

 

「もちろん、ここで叩き割ったらお前はただでは済まない。

犠牲者に俺が含まれてない理由を教えてやろう」

 

アルバトロスが、足元の蓋が空いた一斗缶を蹴倒した。

中から液体がこぼれ、床に広がる。鼻を突くツンとした臭いが立ち上る。

 

「漂白剤、か。……エボラウィルスは漂白剤で死滅する」

 

「よく知っているようだな。

だが、このままでは意味がないことくらいは理解できるだろう」

 

そう言うと、アルバトロスは吐息と共にわずかに唇を震わせ、

聞き取れないほど小さな声で魔法を詠唱した。

魔法が発動すると、彼の足から、床に広がる漂白剤に魔力が流れ込み、

水の膜となってアルバトロスを包み込む。

 

「……それが、魔法というものか」

 

「皮肉なものだろう。

砂漠の広がる荒野に生まれた、この俺の魔法適性が、水属性だったんだからな。

そろそろ始めようか!来い、一人の軍隊(ワンマンアーミー)!」

 

言うやいなや、アルバトロスはゴルゴに向けて牽制射撃をしながら、後ろに駆け出し、

シリンダーの間を素早く駆け抜け、ゴルゴへ攻撃を開始した。

素早く鋼鉄製のデスクに身を隠しM-16を構えるが、

エボラウィルスの封入された無数のシリンダーが邪魔で、

標的を見つけられない。

 

相手が撃ってきた時、すかさず机の陰に伏せ、打ち返そうとするが、

一発でもシリンダーに当たれば、終わり。

再び銃を構えた時には既に敵は姿を消している。

 

不利な銃撃戦。ゴルゴをウィルスから守るものが何もない以上、

不用意に発砲することはできない。ふと、壁に沿った通路にアルバトロスが姿を表した。

一発発砲。排出された5.56mm弾の薬莢がタイルの床に落ち、小さな金属音を立てる。

 

だが、シリンダー間の僅かな隙間に動き回る相手を、

射線上に捉えることができなかった。

銃弾は壁の窓ガラスに突き刺さり、命中には至らず。

 

“ハハハハ!遠慮せずにもっと撃つがいい!

こう見えて俺は寛容でな、シリンダーの一つや二つ壊したところで怒りはしないさ!”

 

アルバトロスの笑い声と共に、

フロアの奥からオートマチック拳銃の的確な射撃が2発飛んできた。

唯一と言っていい退避場所の鉄製のデスクに隠れるが、

一発が頬を裂き、もう一発が右腕の肉を少し削り取っていった。

 

「……!!」

 

敵の正確な射撃がゴルゴを苦しめる。

瞬時にM-16を左手に持ち替え、弾が飛んできた方向へ撃ち返すが、手応えがない。

 

“どうした。あまり俺を退屈させないでくれ。

うっかりシリンダーをひとつ割ってしまうじゃあないか”

 

長期戦は不利。それこそ敵がしびれを切らしてウィルスを撒き散らせば終わりだ。

起死回生の一手を探して、ゴルゴはデスクに隠れながら辺りを見回す。

……その時、実験用の折りたたみ式木製デスクの上に置かれたものに目が留まった。

すかさずそれを手に取り、M-16を肩に掛け、出入り口に駆け出す。

階段に足を置くが、それを敵が見逃すはずもない。

 

「どこへ行く気だ?最強の傭兵が何を恐れる!?」

 

いつの間にか接近していたアルバトロスが、大型拳銃を片手に、

両腕を広げながらゴルゴに近づいてくる。

 

「……逃げる」

 

「そんなことを俺が許すとでも思っているのか?さあ、撃てよ。

服の下にウィルスが詰まった試験管の束を巻いているかもしれんがな!

……いや待て、案外何もないかもしれんぞ。

お前の度胸が試されている時なんじゃあないのか?」

 

「お前を、狙撃(スナイプ)してからだ……!」

 

「なっ!」

 

ゴルゴはアルバトロスの姿が見えた瞬間、茶色い瓶を投げつけた。

アルバトロスが反射的に拳銃で怪しい物体を迎撃。

撃ち抜いた瓶から液体が散らばり、彼に降り掛かった。

すると、アルバトロスを包む水の膜から、薄い黄緑色の気体が発生。

 

「何だこれは……ぐっ!!」

 

慌てて水魔法を解いて気体から逃げ出すが、

突然の現象に対応が間に合わなかったアルバトロスは、一呼吸、吸い込んでしまった。

途端に肺に激しい痛みが走り、咳が止まらなくなり、吐き気に見舞われる。

めまいまで始まってきた。

 

「がはっ、がはっ!貴様ァ……!一体何をした!ごほごほっ……」

 

「塩素ガスだ」

 

「何っ!?」

 

足元を見ると、割れた瓶のラベルには“消毒用アルコール”と書かれている。

漂白剤とアルコールを混合すると、化学反応で強い毒性を持つ塩素ガスが発生する。

ゴルゴはアルバトロスをウィルスから守っている漂白剤に、

実験室に備えられていたアルコールを浴びせることで、

水のバリアから叩き出し、ダメージを与えることに成功した。

 

「ごほあっ!ちくしょう、こんなバカなことが……!」

 

アルバトロスはふらつきながらシリンダーの森に逃げ込み、ゴルゴから距離を取る。

もう、今までのように走り回ることはできないだろう。

M-16を構え直し、今度こそアルバトロスと決着を付けるべく、改めて実験室に入る。

その時。

 

“六花の神!今こそ集いて円陣を組み、輝く手で邪悪の行く手を阻め!

タワーオブアイス!”

 

フロア内にアルバトロスの詠唱が響く。

ゴルゴがシリンダーの間を歩きながら彼の姿を探すと、そこにターゲットがいた。

一区画をシリンダーごと氷漬けにした、巨大な氷の壁の向こうに、

アルバトロスがいたのだ。

彼はまだ呼吸が荒く、塩素ガスのダメージが抜けきっていない。

だが、目を血走らせてゴルゴに叫ぶ。

 

「ハハ……見ろ!俺の無敵の防護壁だ!…ぐふっ、ただの、氷じゃないぞ。

通常の結晶構造を更に強化した、銃弾ごときでは絶対に破れない、上級魔法だ……!」

 

「……」

 

ゴルゴは氷の向こうにいるアルバトロスを、ただじっと見る。

彼もゴルゴを見返して続ける。

 

「お前の知と力は解った。俺につけ。

お前と俺ならこの世界のシステムをひっくり返せる。

このマグバリスが、発展途上国の汚名を着せられている理由を教えてやろう。

まさにお前が仕えている、サラマンダラスを初めとした先進国の狼藉だ!

先進国が勝手に決めたルールを長年押し付けられてきたのだよ!」

 

「……」

 

「勝手に決めた貨幣価値、勝手にこちらの足元を見て決めた穀物価格、

自分たちの都合のいいように勝手に決めた国際法!

お前達は我が国を無法国家と言うが、大麻も一昔前までは合法だったのだよ。

それを主力産業としていたマグバリスは、突然はしごを外され、貧乏国家に転落した。

その理由が“大麻は身体に悪いと思います”だとさ!

大麻愛好家で有名だった議員が人気取りに放った言葉だ!」

 

「……」

 

「俺にはこの国の民を救う義務がある!軍事力で世界トップに立ち、

国際会議で対等な発言権を手にし、対等な貿易を行い、公平に利益を民に分配する!

それが俺の描く理想の正義だ!そのために手段を選ぶつもりはない!

お前にも信じる正義があるだろう!?ならば、俺達につけ!」

 

「……その正義とやらはお前たちだけの正義じゃないのか?」

 

アルバトロスを見据えて、ただ一言だけを返すゴルゴ。

たった一人のマグバリス軍となった彼は、自嘲的に笑い出す。

 

「クックッ、アハハハ!お前ならわかってくれるかと思ったが、残念だよ。

間もなくこの部屋にシリンダーからウィルスが散布される。

俺は漂白剤を呼び寄せて悠々とこの部屋から脱出する。

実につまらん幕引きだったが、お前のような強敵に出会えたことは、

暫くの間、思い出に残るだろう」

 

ゴルゴは黙ってM-16を構える。そして、氷の壁に向かって、5.56mm弾を放つ。

弾丸は強固な壁に弾かれた。

 

「無駄だ。いくら優れた銃でも俺の壁は破れない」

 

ドシュン、ドシュ、ズキューン!!

 

「見苦しいあがきだ。諦めて今度こそ逃げ出したらどうだ。

次は背中に氷の矢をプレゼントすることになるがな!」

 

それでもゴルゴは撃つことをやめない。

 

「ふぅ、こんな男に少しでも──」

 

その時、異変が起きる。全てを拒むかのような氷の壁に、亀裂が生じ始めたのだ。

 

「なっ!?」

 

ズキュン、ズキュズキュ──ゥゥン!!

 

5.56mm弾が命中する度、どんどん亀裂は大きくなる。

 

「何が起こっている!……まさか!」

 

そう。ゴルゴは1mmのズレもなく、

ピンポイントで5.56mm弾を氷の壁の一点に集中射撃していたのだ。

そこに集まった威力はダイナマイトに匹敵する。そして時は訪れる。

氷の壁全体に亀裂が走り、砕け散った。

氷の破片を浴びて、思わずアルバトロスは後ろに転倒する。

 

「そんな……!俺の魔法が、ただの銃に!……はっ!」

 

壁がなくなれば、目の前にいるのはM-16を構えた超A級のスナイパー。

もう魔法を詠唱する時間を与えてはくれないだろう。

最期を悟ったアルバトロスは、彼に問う。

 

「……名前を、聞いていなかったな。最後に教えろ」

 

「俺は……ゴルゴ13」

 

実験室に最後の銃声が鳴り響いた。

同時に、M-16のガスチューブが圧力に耐えかねて飛び跳ね、

内部でファイアリングピンが折れる音がした。

ゴルゴは額から血を流すアルバトロスの胸から階級章を剥ぎ取り、

破損したM-16を投げ捨てた。

 

彼が実験室から立ち去ろうとすると、銃撃戦でカバーしていた鋼鉄製のデスクの上に、

ジュラルミンケースが置かれているのを見つけた。

 

表面にはバイオハザードを示すマーク。そして、

Centers for Disease Control and Prevention(アメリカ疾病管理予防センター)の

文字が。

 

「……」

 

ゴルゴはジュラルミンケースを手に取ると、出入り口前のスペースに置き、

背負っていたダイヤのケースから、深い赤に美しく輝くルビーのような鉱石を取り出し、

ジュラルミンケースのそばに置いた。そして、廊下に敷かれたカーペットを引き寄せ、

赤い鉱石まで導火線のように敷き直すと、ライターで火をつけ、地下階から立ち去った。

 

 

 

ゴルゴが要塞から脱出してすぐ、要塞の地下階で猛烈な熱爆発が置き、

地下が崩壊した要塞は地面に吸い込まれるように崩落、鉄壁の城は瓦礫の山と化し、

吹き上げるような炎が全体に周り、もはや修復される可能性はなくなった。

 

その後も、ゴルゴは弾薬庫、兵員宿舎に赤い鉱石を設置し、

最後に宿舎から十分距離を取って、道中拾ったAK-47で狙撃した。

弾丸が命中した鉱石は、3000℃の熱を放って爆発し、弾薬庫を巻き込み、

中にあった鉱石に更に誘爆。太陽の表面温度の約半分に匹敵する熱で、

軍事地区はエボラウィルスもろとも焼き尽くされた。

 

鉱石の正体は獄炎石。火山のマグマ内で炎のマナが結晶化したもの。

長い期間を経て蓄えられた熱エネルギーの美しい塊は、宝石としても珍重されており、

ゴルゴはエボラウィルス処分のため、予め宝石店で購入していたのだ。

 

後始末を済ませた彼は、船を調達するため、西にある軍港に向かった。

 

 

 

 

 

PART19 依頼完了

 

── サラマンダラス城塞 火竜の間 ──

 

 

タイムリミット当日を迎えたサラマンダラス帝国。

里沙子を初めとした、ゴルゴ召喚に立ち会ったメンバーは、場所を皇帝謁見の間に移し、

祈る気持ちで彼を待っていた。

 

「里沙子さん、もう日が暮れます……」

 

「大丈夫よエレオ。彼は絶対にやり遂げるから」

 

そっとエレオノーラの背中を抱く里沙子。

一方、幹部と将校は青くなって部屋の中をウロウロしていた。

 

「ゴルゴの連絡はまだなのか!もう開戦まで数時間しかないのだぞ!」

 

「……ゴホン。あの……いえ、なんでも」

 

怯える幹部と、

発言許可を得ようとしても、ただ目を伏せ玉座に座る皇帝に何も言えない将校。

その時、兵士がノックせずにドアを開けて駆け込んできた。

 

「失礼致します!ゴルゴが、ゴルゴが帰還しました!!」

 

“ええーっ!?”

 

皆が窓から正面ゲートを見下ろすと、

ボロボロの迷彩服を着たゴルゴが、ダイヤのケースを持って立っていた。

 

 

 

そして、みんなが彼を出迎えたの。ああ、長らくナレーション担当ご苦労様、天の声。

そうよ、もうあたしこと斑目里沙子が、お話の語り部を交代してるの。

とにかく火竜の間にゴルゴ13を迎えたけど、

未だにみんな彼の生還が信じられないみたい。それこそ幽霊を見るような目で見てる。

 

「アルバトロスを、始末した……」

 

彼は皇帝に一言だけ告げた。それを聞いてみんなが更にどよめく。

 

「そんな馬鹿な!たった7日でマグバリスを陥落させ、元帥を暗殺だと!?

一体どうやって!……っ」

 

幹部が彼に詰め寄るけど、例によって鋭い目で睨まれて口を閉じた。

ゴルゴは仕方ない奴だ、と言いたげに、彼に布切れを放り投げた。

それを拾った幹部がまた目を丸くする。

 

「これは、元帥の階級章!!

本当にドラス島まで往復して、軍隊を相手に戦い、元帥を暗殺したというのか……!

何をどうすればそんなことができる!?」

 

「……今更方法を知ることに、意味があるとは、思えんが」

 

「しかし──」

 

更に食い下がろうとした将校を遮って、皇帝陛下がゴルゴの功績を讃えた。

 

「その通り!貴殿の奮闘に心から敬意を表する!ゴルゴ13、いや、デューク・東郷!!

貴殿の活躍でこの国、いや、この世界は救われた」

 

「……そうだ、ウィルスだ!エボラ出血熱は食い止めてくれたのか!?」

 

もう、なりふり構わずゴルゴにすがりついて必死に問う幹部。

肝っ玉小さいわねぇ、本当。

 

「獄炎石3つをばらまいた。……これで満足か」

 

「はぁ……助かった~!」

 

床に崩れ落ちる彼。皇帝の前でくらい、しゃんとなさいな!

 

「ふむ、貴殿には本来勲章を授与すべきなのだが……

この世界にいられる時間は長くないのであったな」

 

「報酬は…既に受け取っている。気遣いは、不要だ」

 

皆がはっと気づく。彼の帰還までもう時間は残されてない。あたしも何か言わなきゃ。

 

「ゴルゴ13!あたしよ、斑目里沙子よ!この国を守ってくれて本当にありがとう。

あなたを信じて、本当によかった。

時々変なやつが押しかけてくることを除けば、ここは嫌いじゃないの。

帰る場所を守ってくれて、ありがとう」

 

「……なぜ、お前は玉座の後ろに隠れている?」

 

うん、あたしずっと皇帝陛下の玉座の後ろで喋ってたの。

 

「依頼人には二度と会わない。あなたの流儀でしょう?」

 

「律儀なほどに、ルールに忠実か……お前が俺について知った経緯はしらんが、

その方が…長生きできるだろうな」

 

「時々いつの間にか棺桶に片足突っ込んでるけどね。

ついでに言うと、あなたの物語は世界中のファンが夢中になって読んでるわ。

世界の壁を通してね。今回の依頼が描かれることはないだろうけど」

 

ゴルゴは葉巻に火を着け、一服してから応えた。

 

「では…俺からも言っておく。

武器は、リボルバーにこだわっているようだが、そんな執着は捨てることだ。

戦場で足を引っ張るだけだ。俺は必要なら……銃以外の武器も使う」

 

「う~ん、オートマチックがやだってわけじゃないんだけど、

この2丁は妙にしっくり来るのよ」

 

珍しく饒舌なゴルゴ。ただの気まぐれか、彼なりに伝えたいことがあるのか。

皇帝陛下が彼に問う。

 

「ゴルゴ13。アルバトロスはどこからウィルス兵器を手に入れたのか。

何か戦いの中でわかったことはないかね?」

 

「なぜか……地球のアメリカ疾病管理予防センターに保管されていたサンプルが、

奴の手に渡っていた……もちろんセンターは今でも健在だ。

これでバイオテロの脅威が完全になくなったとは…思わないことだ」

 

「なんと!

今後もアースから、世界的脅威が流れ着く可能性があるということなのか!?」

 

「世界や、国は、関係ない……そこに人間が住んでいる限り、な。

……なぜアルバトロスがウィルス攻撃に踏み切ったのか、考えてみることだ」

 

「それはどういうことかね……?」

 

「俺の口から説明することに意味はない。その時間もない……」

 

そしたら、ゴルゴ13がまばゆい光に包まれて、

波打つように次元の狭間に飲み込まれている。

皆が目をかばいながら、その不思議な現象を見ていることしかできない。

やがて、彼の身体が一際輝くと、光は一気に引いていき、

葉巻の灰すら残さずゴルゴもいなくなっていた。当然ダイヤのケースも。

 

「行っちゃった?」

 

「はい。帰って行かれました……」

 

「そう」

 

それを確認すると、あたしは玉座の裏から出てきた。

みんな、現実を受け入れるのに時間がかかっているようで、

彼が立っていた場所をじっと見ている。

まだ、突然現れて唐突に消えていった、救国の英雄の姿が目に焼き付いているのだ。

あたしはポンと手を叩いて音頭を取る。

 

「さあみんな、今回の騒動も一件落着っていうか、

あたし達はほとんど何にもしなかったけど、

とにかく全部解決ってことで、撤収しましょう!」

 

 

 

20分くらい後。

みんな帰り支度をしたり、精神的疲労が重なった幹部達が早退けする中、

エレオノーラが窓際に立っていた。そんな彼女に気づいて話しかける。

 

「どうしたの、エレオ。あたし達も帰りましょう。あたしらのボロ教会へ、ね?」

 

「……降ってきましたね」

 

「あら、本当だわ」

 

外を見ると、昼間は快晴だったのに、気づけばしとしとと雨が降り始めた。

 

「まるで……」

 

「ん?」

 

「まるでマリア様が泣いておられるようです」

 

「どういうこと?」

 

「確かに彼の活躍でサラマンダラス帝国の民が救われました。

しかし、戦死したマグバリス兵の数は決して少なくないはず。

何もできなかったわたしが口にすべきことではありませんが、

我が子が生き延びるために殺し合いを続ける、

そんな様を見て聖母マリアが涙しているように思えてならないのです」

 

「エレオノーラ嬢の言うとおり、悲しい雨だ」

 

「皇帝陛下……」

 

ミスリス製の鎧の擦れる美しい音が心地よい。皇帝があたし達に歩み寄ってきた。

 

「ゴルゴ13が残した言葉の意味を考えていた。

アルバトロス元帥が過激な手段を取らざるを得なかった理由を。

我輩にも心当たりがないわけではない。

思い返せば、確かに先進国は、非先進国並びに発展途上国の事情を、

無視して振る舞って来たと言われても、仕方がない点が多々ある。

いつの間にか、先進国がその手で世界の安寧を維持しなければ。

そんな思い上がりが宿っていたのだ」

 

「しかしそれは」

 

「仕方ない、では済まされない。エレオノーラ嬢の言うように、

マグバリス側に出た悲惨な犠牲の責任を負うべきは、我々である。

せめてもの罪滅ぼしに、無政府状態になったドラス島の住民が、

安心して生活を送れるよう、物資の供給、治安部隊の派遣、水源確保に、

共栄圏の力を結集して、新政府樹立まで考えられる限りの支援をしようと思う。

それが、ゴルゴに教わった我輩の成すべきことだ」

 

「それは、素晴らしいお考えだと思います」

 

「アースから何かが来る度、里沙子嬢には助けられてばかりであるからな。

せめて後始末は自分達の手でしなければ」

 

「なるほど……」

 

あたしは曖昧な返事をすることしかできなかった。

つまり、今回のように、元はと言えば地球で生まれた負の遺産が、

ミドルファンタジアに災厄をもたらし得るということ。

何から何まで自分のせいだと思うほど傲慢じゃないけど、

地球の繁栄を享受して生きていた以上、これからも何かがあれば、

解決に向けてなんとかしようとは思う。帰る場所を、守りたいから。

 

「じゃあ、エレオ。そろそろお暇しましょう。皇帝陛下、わたくし達はこれで……」

 

「貴女にも礼を言う。そなたのカードがなければ、我々に手の打ちようがなかった」

 

「それについてはマーブルにお小遣いでもあげてください。それでは」

 

そして城塞から出たあたし達は、駆け足で軍用馬車に乗り込んだ。

雨合羽を来た兵士が手綱を握ると、2頭の馬がいななき、走り出した。

あたし達の、ハッピーマイルズ教会へ。

 

 

 

 

 

PART20 そして日常へ

 

── サラマンダラス帝国 ハッピーマイルズ教会 ──

 

 

2日後。

要塞に7日間こもりきりで、半日馬車に揺られっぱなしだったあたし達は、

精神的にも肉体的にも疲労が溜まりきっていた。ジョゼット達が出迎えてくれたけど、

帰るなり、おかえりただいまもそこそこに、布団に倒れ込んで、眠り込んでしまった。

 

そんで。たっぷり12時間くらい寝て、シャワーを浴びて着替えて、

ようやく朝食を取りながら事の顛末を説明することができるようになった。

 

「……そう、だからゴルゴがいなかったら今頃あたし達はお陀仏だったってことよ」

 

「一週間でマグバリスを落としたって……そいつ本当に人間かよ?」

 

「紛れもなく超人的人間。今度マリーの店を引っ掻き回して、単行本探してみるわ。

久しぶりに読みたくなったし」

 

「目に見えず、人から人へ伝染し、命を奪う生物兵器……聞いただけで恐ろしいです」

 

ジョゼットにわかるよう生物兵器の概念を説明できるか不安だったけど、

理解してくれたようで何より何より。

 

「残念だけど、エボラ出血熱に限らず、アースには他にもやっかいな疫病が沢山あるの。

デング熱、ラッサ熱、マールブルグ出血熱。あ、コーヒーおかわりちょうだい」

 

「いくらパルフェムでも、見えない敵を倒す句なんて思いつきませんわ……」

 

「まぁ、そんなもんこっちに来ないに越したことはないけどね。あ、ありがと」

 

「ねえ……それって、ヴァンパイアにも伝染るの?」

 

ピーネが子供椅子に座りながら不安な様子で聞いてくる。

この話はこの辺にしといたほうがいいかも。

 

「人とヴァンパイアは身体の作りが違うからわからないわ。

感染しても生き延びた人もいるし、ウィルスについては、解明されてないことも多いの」

 

「心配すんなって。なんか変なもんが来ても里沙子がなんとかするだろうさ」

 

「人を変なもの処理班にしないで、ルーベル。

……ふぅ、あんたらの顔でも、事件が終わってから久しぶりに見るとホッとするわ」

 

あたしは一口コーヒーを飲んで一息つく。

 

「なんだとー!いつもは私たちの顔が不満だって言いたいのかよ」

 

「もう見飽きたわ」

 

「よーし、お前の三つ編み堅結びにしてやろう!」

 

「ちょっ、止めなさい!食事中に遊ぶなっての!」

 

食卓に皆の笑い声が響く。でも、あたしの脳裏にほんの一瞬だけ、

この笑顔が消え失せる幻影が浮かんだ。

キノコのような雲。遅れてやってきた衝撃と熱波が全てを塵に変え、

死の灰が降り注ぎ、大地を生物の存在できない荒野に変える。

 

よしましょう。取り越し苦労なんて疲れるだけだわ。

あ、この一週間大人しくしてたから、耳も結構良くなってるかも?

だったらせめてもの収穫ね。小さな喜びを噛みしめると、

ありえない未来の想像は頭から消え去った。

 

 

 

 

 

地球では今も大量破壊兵器が製造され続けている。

近年ではシリアで反体制派を制圧するため、化学兵器サリンを使用し、

一般市民に多くの犠牲者を出したことは記憶に新しい。

アメリカはロシア、中国、イランなどの核保有国の脅威に対する

安全保障上の理由として、核兵器を保有している。

そして某貧国やカルト教団が、いつか来る開戦に備え、

また“教祖”の教えの元に生物兵器を製造。実際に使用された例もある。

皆、それぞれの正義の名のもとに。

人が人である限り、ミドルファンタジアにABCの脅威が揃う日は、

決して遠くはないのかもしれない。

 

 

 

 

 

──その正義とやらはお前たちだけの正義じゃないのか?

 

 

 



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ザコ敵大量発生
↑慣れないことして驚かせてごめんなさいね。でもこの企画ってこんなだから…


「あ~!やってらんないわ!」

 

あたしは飲み干したビールのジョッキをカウンターに叩きつけると、

マスターにまた愚痴り始めた。

今日は思い切り煽りたい気分だから、エールじゃなくてラガーの大ジョッキ。

 

今、病院の帰り。

こないだゴルゴが仕事を全部片付けてくれたおかげで、

図らずも身体を休めることができたから、

耳の治りが良くて、適度な飲酒が認められたの。それはいいんだけど……

 

「この前なんか一日に2回来たこともあんのよ、信じられる!?」

 

「里沙子お姉さま、そんなに一気飲みしたら身体に毒ですわ」

 

「大丈夫よ!適度な飲酒はオーケーってお墨付きが出たんだから!

だぁ~いじょうぶよ、パルフェム。

あたしが本気で酔ったらこんなもんじゃ済まないから」

 

「どう見てもベロベロでしてよ。……マスター、お勘定をこちらに」

 

「ありがとよ。里沙子さん、今日はそのくらいにしとくんだな。

あんたはもう“みんな”の憧れなんだから、しっかりしてくれよ」

 

「“みんな”なんて、大っきらいよ……」

 

オレンジジュースを飲み終えたパルフェムに手を引かれて、

あたしは酒場から千鳥足で出ていった。薬局で定期診察の帰りに酒場に寄ったの。

さっきも言ったけど飲酒許可が出たから久しぶりにエールを飲んだんだけど、

酒は酒を呼ぶもんで、ちょっとだけ飲みすぎたみたい。

 

散々マスターに愚痴った上に、酔っ払って女の子におてて引いてもらってる姿なんて、

ルーベルに見られたら何言われるかわかんない。

でも、あたしにも飲みたくなる事情があったのよ。

 

まぁ、詳しいことは歩きながら話すわ。

ああ、アルコールが麻酔薬になって、市場の混雑も気にならないわ。

これからはスキットルにウィスキーでも入れて持ち歩こうかしらね。

……ごめんなさい、本題がまだだったわね。

 

 

 

異変が始まったのはゴルゴが帰ってから半月くらい後からだったかしら。

ある日、聖堂にいきなりレンガが投げ込まれたの。

窓を開け放ってたからガラスは割れなかったけど、冗談にしちゃ悪質だから、

ピースメーカーを抜いて、壁に身体を隠しながら手を伸ばしてドアを開けたの。

 

他のメンバーも聖堂に駆けつけてきた。

サイレントボックスを唱えながら、少しずつ視界を外に向けると、

ゆるい丘の下に、手斧だけを持った貧乏くさい野盗が一人。

野盗なんてみんな貧乏くさいけど。

 

「うわああ!

俺は、里沙子ファミリーを倒して、クソみてえな人生変えてやるんだー!うわあ!!」

 

あたしは重大なルール違反をしている野盗に警告した。

 

「こらー!あんたらの役割は街道で待機して、

新キャラが出る度に、能力をお披露目するためにやられる事でしょうが!

誰があたしの家を襲撃していいって言った!?」

 

「僥倖っ……何たる僥倖!!突如として現れた敵の親玉!

ここで退けば、生涯これ以上の金は掴めないかもしれない!

そんな予感が脳裏によぎる……っ!」

 

「これっぽっちも儲けちゃいないでしょうが、あんた!」

 

「殺せ…自分を殺せっ!!なに怯えてやがる!区切るなよっ!自分を区切るな!

だから俺は負け続けてきたんだろうが……!

命を捨てろ、逸脱してなきゃ悪魔を殺せない!うわああ!」

 

意味不明な言葉を叫びながら、野盗が手斧を振りかぶって丘を駆け上がってきた。

ちなみに、撃ち殺そうと思えばいつでも撃てるほど、ノロノロした足運び。

その時、2階の窓から大きな銃声が轟き、

一発の銃弾が野盗というか変質者の手斧をぶち折った。

 

衝撃で手を痛めた野盗がその場にうずくまる。ルーベルがバレットM82で狙撃したの。

そのまま2階から飛び降りたルーベルは、素早く野盗に駆け寄り、

腕を捻り上げて地面に押さえつけた。

 

「うわああ!痛え!

悶絶!まるで高い建物の鉄骨から落ちたかのような激痛に、悶絶!圧倒的激痛!

教えてくれ、おっちゃん!俺は、一体、どうすればいいんだぁ!?」

 

「動くな。騒ぐな。質問に答えろ。なぜ私達に攻撃を仕掛けた?」

 

頭のおかしい野盗にあたしも近寄る。

 

「ありがとルーベル。でも12.7mm弾は高いから、こんな雑魚に使うべきじゃないわ。

腰のピストルで十分よ」

 

「たまには使わないと狙撃の腕が鈍るからな。……で、なんでうちを襲った。

これで2度目だ。3度目には骨が折れる」

 

「金だっ…!

ハッピーマイルズ教会の里沙子ファミリーを倒せ、悪魔を殺せと言っている!

しかし、一攫千金のこのチャンス、掴むことができず敗北、地に沈む!

ああ……それにしても金が欲しい……っ!!」

 

「答えになってないわねえ。それに里沙子ファミリー?

健全なシェアハウスをマフィアの巣窟呼ばわりして、失礼しちゃうわ。今、2.5よ。

10秒以内に答えないと本当に骨、ポキっと行くわよ」

 

「あんたら全員に裏社会の手配書で賞金がかかってる。

それを目当てに決死の覚悟で挑戦してきたってわけなんだ」

 

素に戻った賭博黙示録口調の野盗が、ようやくまともな口を利いた。

ああ、そんなのあったね。犯罪者や魔族の間で出回っていた、裏の手配書。

仕事の邪魔者や同族の仇に賞金を掛けて、

見事殺した暁には多額の賞金が貰えるっていう設定が、昔あったの。

なんで今更復活したのやら……

 

「ルーベル、離してやって。どうせそいつにゃ何もできないわ。

元の当て馬稼業をやらせたほうが、まだ社会のためよ」

 

「社会っていうか企画だけどな。ほらよ」

 

ルーベルは奇妙な野盗を放り出す。彼はよろめきながら引き返していく。

 

「くそっ、負けた、悔しい!……悔しい。

悔しい!……悔しい。

悔しい!!悔しい、だが、それでいい!」

 

「うるせえ」

 

今度は拳銃でルーベルが威嚇射撃をすると、野盗は脱兎のごとく逃げていった。

あたしらが教会に戻ると、ジョゼット達が心配そうに見てたから、

肩をすくめて呆れた顔で言ってやった。

 

「大丈夫でしたか、里沙子さん……?」

 

「ダメダメ、とんだ雑魚。おまけにアホだったし」

 

「しかし、野盗が縄張りを出てきて教会に襲撃を掛けてきたのは、

今までに例がありません。少し、心配です……」

 

「大丈夫よエレオ。どの業界にも変人はいるものだから。

また来たらあたしらがシメるし。カシオピイアなんてプロの軍人だしね」

 

「うん、そのために、ワタシがいる……」

 

「パルフェムも忘れてもらっては困りますわ。

里沙子お姉さま、またいつかのように連歌を詠いましょう!

戦いでなくとも、二人で一緒に情感を読むのも楽しくてよ」

 

「ええ。Wordに向かい合ってるバカが新作思いついたら、そのうちね」

 

「あ、パルフェムずるい!私もやる!」

 

「ピーネさんはまず、俳句から始めることをお勧めしますわ」

 

「なら、俳句を教えて!」

 

「教えますけど、ピーネさんも絵本をたくさん読んで、

言葉の引き出しを増やしてくださいね」

 

「失礼ね!絵本なんてとっくに卒業したわよ!」

 

「ほらほら、ケンカしないの」

 

その日はそれで済んだのよ。でも問題は翌日から。

お昼を食べ終わると、今度はまともな野盗が徒党を組んで、玄関ドアをドンドン叩くの。

やっぱりルーベルがボクシンググローブをはめて、2階から飛び降りて、

全員半殺しにしてくれた。

 

で、銃を突きつけながら事情聴取すると、やっぱり例の手配書の話が出てきたの。

なんなのよもう。結局そいつらも野に返して本来の役割に着かせるしかなかった。

 

さらに翌日。今度はちょっと強力なのが出てきたわ。放浪騎士。

軍隊からリストラされたり、領主から戦力外通告されたり、

いろんな理由で職を失った騎士が、野盗に身を落とした存在。

装備も経験もただの野盗とは段違いだから油断ができない。

 

そいつがただ一人突撃してきたの。フルプレートアーマーで全身を覆った放浪騎士が、

雄叫びを上げつつ、ロングソードを構えて走ってくる。

 

あたしは、M100を抜いて外に飛び出して、サイレントボックスを唱えて銃声を消して、

騎士の金属で覆われたかかと辺りを狙う。

その時、2階からルーベルの声が聞こえてきた。

 

“やめとけ、やめとけ。間違えて足ふっ飛ばしたら出血多量で死ぬだろ。私に任せろ”

 

そうなんですよねえ。あたしが人間を殺しちゃったら企画上問題があるんですよ。

プロフィールに強盗・殺人はやってないって書いちゃってるから、

今までの野盗も殺しそうで殺さなかったんです。

こっそり削除してもいいんですけど、どんな暇人が見張ってるかわかりませんからね。

ウヒヒ

 

あたしが脳内雑談をしていると、また頭上から貫くような銃声。

ルーベルの操るバレットM82の12.7mm弾が、大気を突き進み、

放浪騎士の腿辺りの装甲をかすめた。

鋼鉄の装甲が弾け飛び、出血は免れたものの、衝撃で受けた痛みに膝をつく。

 

「今度は頭が消し飛ぶわよ。お家に帰んなさい」

 

M100を向けると放浪騎士は悔しそうに、ロングソードを鞘に収めて、

痛む左足を引きずりながら逃げ去っていった。もう偶然じゃ済まないわね。

妙なことが起こってる。

いや、いつも妙なことだらけなんだけど、今回はその中でも取り分け異常っていうか。

ダイニングに全員を集めて緊急会議。

 

「ここ数日の連続襲撃事件、明らかにおかしいわ」

 

「確かに、今までは建物の中にいれば野盗には襲われない、が常識でしたのに、

これはちょっと……」

 

「わたしたちも戦いに参加します!」

 

「そ、そうです!せっかく覚えたのに長い間出番がない聖光捕縛魔法が……」

 

でも、あたしはジョゼットとエレオノーラの申し出は断った。

ましてやエレオノーラは次期法王なんだから。

 

「だめ。まだ高校生くらいのあなた達に怪我はさせらんない。荒事はあたし達に任せて。

今はとにかく、この異常現象の原因を突き止めなきゃ」

 

「そうだな。

なんで奴らが躍起になって里沙子や私らを狙うようになったのか、調べる必要があるな」

 

「そうだ。あたし街の酒場に行ってくる。

ハッピーマイルズに限らず、あらゆる領地の情報が集まるあそこなら、

野盗が凶暴化した原因がわかるかもしれない」

 

「いい考え、だと思う……留守はワタシに任せて」

 

「さらっとスルーされてますけど、パルフェムも教会を守りますわ!

お姉さまの家は必ずパルフェムが!これでも実戦経験は豊富ですの」

 

「ありがとう、頼りにしてるわ。悪いけどルーベルも一緒に来て。

この分じゃ街道にも野盗がひしめいてると思ったほうがいい。

あたし一人じゃさばき切れないかも」

 

「わかった。さっそく行こうぜ」

 

「ええ。みんな気をつけて」

 

それで、あたし達はハッピーマイルズ・セントラルに向かったんだけど、

やっぱりいつもより野盗が出てきて、そいつらをあしらうのに一苦労だった。

左手の指と右肩で耳栓をして、ピースメーカーで威嚇射撃したり、

ルーベルの体術で叩きのめしたりしながら、鈍足で進んだもんで、

いつもの倍以上の時間がかかった。しんどい思いをしてようやく酒場にたどり着く。

 

「はぁ、疲れたわ。入ったらまずは何か飲みましょう」

 

「酒以外な」

 

「……わかってるわよ」

 

で、西部劇のパタパタドアを通ると、店の中がざわっとした雰囲気になる。

 

“おい、里沙子だぜ。この酒場に戻ってきやがった……”

“あんまジロジロ見るなよ……!怒らせたらどんな目に遭うか”

“そうだよ、もうハッピーマイルズは里沙子に牛耳られてんだよ”

“でも、やっぱり素敵。私もあんな強い女になりたいわ……”

 

意味不明。とにかく無視して二人ともカウンターに座る。

あたしはアイスコーヒー。ルーベルはたまの贅沢にとクリームメロンソーダを。

たまの贅沢がクリームソーダってのは少し涙を誘うけど。

飲み物の注文のついでに、黙って銀貨を1枚置いて、マスターに話しかける。

彼はさっと銀貨をしまって、注文を聞いてきた。

 

「“質問”があるの」

 

「……“ご注文”は?」

 

「あたしの教会が野盗共に襲撃を受けてるの。ここんとこずっと。

例の裏手配書が出回ってるらしいけど、野盗が縄張り出てくるって異常じゃない?

何か原因とか知らないかしら」

 

するとマスターは呆れつつ答えた。

 

「里沙子さん、あんた自分のことには本当無頓着なんだな。

まさにその裏手配書が原因だよ。あんたの賞金額がとんでもない事になってる。

金だけじゃない。大量の貴重なダークオーブまで副賞に付いてる」

 

あたしはもう一枚銀貨を置いて続きを促す。彼もまた素早く銀貨を収めて話し続けた。

 

「なんでそんなことになってんのよ。あたし聞いてないんだけど」

 

「まず里沙子さんに付いてる多くの二つ名の中から、派手なやつを選ぶとだ。

“早撃ち里沙子”。それから“破壊者里沙子”、“魔王殺し”、“時魔術師”、

“平和の導き手”、“召喚士里沙子”。

こんなとこだが、最後の二つがデカかったな。

トライトン海域共栄圏設立の立役者で、なおかつ

現在再建中のマグバリスを陥落させた超人的戦士を召喚した話は、もう出回ってる」

 

「ちょっと待って!新聞で写真が乗った共栄圏についてはともかく、ゴ…じゃない、

その強い人を呼び出した話がどうして漏れてんのよ!機密扱いなのに!

あと、クロノスハックも!」

 

「情報ってのは必ずどこかから漏れるもんさ。だからあんたもここに来たんだろう?

とにかく、とんでもない強者で、しかも国の舵取りにまで影響力を持つあんたや仲間は、

裏社会では超一級の賞金首なのさ。

額は想像もつかねえ。小国の政権を買えるほどだって噂もある。

だから、人生の一発逆転を狙った野盗共や、その道で名を上げたい連中が、

命がけで教会に押し寄せてるんだろうさ」

 

「勘弁してよ!うちはラスベガスじゃないのよ!?

アメリカンドリームはよそで追いかけて!」

 

「俺に言われても困る。有名税だと思って諦めるこった。

どうせあんたなら楽に捻れる連中ばかりだろう」

 

「戦い慣れてない子供やシスターも住んでるの。なんとかならない?」

 

「もっと奴らにとってハードルを高くしたらどうだ?」

 

「どういうこと?」

 

「建物に大量のガトリングガンや大砲を設置すれば、存在自体が威嚇になる」

 

「うーん、曲がりなりにも教会だし、ジョゼットがキレる。キレても黙らせるけどさ」

 

「とにかく、俺から言えることはこれで全部だ。後は自分でなんとかしてくれ」

 

「わかった……」

 

あたしは少し残ったアイスコーヒーを、ストローでズッと音を立てて飲み終えると、

美味しそうにクリームソーダを飲むルーベルにも相談する。

 

「ですって。どうしましょう」

 

「やっぱアイスとメロンソーダの相性は抜群……ん?ああ、そうだな!

えーと、つまりこの異常事態は里沙子が目立ちすぎたのが原因で、

野盗共はお前の賞金目当てに教会に集まってると。

……そうなると、奴らが諦めるまで、

来たやつをぶっ飛ばして行くしかないんじゃねえか?

まぁ、私も手伝ってやるから我慢しろ」

 

「はぁ、ようやくニート生活を取り戻せたと思ったらこれよ。

嫌になるったらありゃしない」

 

それで、酒場から出て教会に戻ったあたし達だけど、

帰りの道もエンカウント率が爆発的に上昇してて、

数歩歩く度に出てくる雑魚の相手を余儀なくされる。

連中を蹴散らしながら教会に戻ると、すっかり疲れてまだ昼だけどベッドに倒れ込んで、

そのまま寝た。嬉しくない昼寝で枕を濡らすあたし。

 

 

 

さて、クソ長い回想にお付き合い頂きありがとう。

結論から言うと、状況は全く好転していない。今も街道に野盗達が立ちふさがってる。

いつもは小銭を要求してくる奴らが、あたしを指差して開戦の口上らしき物を叫んでる。

酔っ払ってて詳しい内容が理解できない。ぼやける視界の中で、

一人がナイフを腰に構えてあたしに突進してきた。ような気がする。

 

とりあえず戦えばいいのかしら。

あたしはピースメーカーを抜いて、ろくに狙いも付けずに適当に撃ちまくる。

野盗もパルフェムもびっくりしてあたしを見る。慌てて退散する野盗達。

う~ん、今日のワタクシ95点!

 

「お姉さま、何をしていますの!?

いつもはスマートな威嚇で、無駄撃ちせずに追い払いますのに!

それに、もし急所に当たって死んでしまったら企画的にまずいことは、

さっき言ったばかりじゃありませんか!」

 

「うぃ~、ごめん。今やってたことも覚えてないわ。

あはは、リロードするんだったわね。そうそう、そうなのよ」

 

震える指先でシリンダーを回しながら一発ずつ排莢、装填。

うん、バッチリ。いつものあたし。

 

「全然バッチリじゃありませんわ。これ以上歩くのは危険ですわね……」

 

──梅雨空を 背負う十字架 我ら抱き

 

あ、パルフェムの和歌魔法が発動。

きっとプレバトの夏井先生に見せたら、才能ナシ間違いなしなんだろうけど、

彼女の魔法は素敵よ。あたしは信じてる。

信じてるから、気がついたら教会の中に居たの。

 

「ほら、しばらくベッドでお休みになって」

 

パルフェムに導かれながら私室のベッドへ歩いていると、

いつの間にか帰っていたあたし達に気づいたルーベル達が集まってきた。

あたしはベッドに身を投げるけど、ルーベルが寝ることを許してくれない。

 

「こら里沙子!また昼間から飲みやがったな!

しかも10近くも年下の子に連れて帰ってもらって、情けないとは思わないのかよ!」

 

「ぶ~残念でした。

耳の治りがいいから、アンプリが適度に飲むのは大丈夫って言いました~」

 

「何が適量だ、みっともねえ!毎日野盗共の相手で忙しいってのに、呑気なもんだぜ!

さっさと酔いを覚まして、対策のひとつでも考えろ!」

 

ルーベルが肩を怒らせて出ていったわ。ちぇ、メロンソーダで喜んでる子供舌のくせに。

 

「あのう……耳がよくなったって本当ですか」

 

「ああ、ジョゼット。あたしの心配してくれるのはあんただけよ。

あの時あんたを助けて本当によかった。うぃ~」

 

「初めは見殺しにされましたけどね……とにかく、お水を持ってきます。

お酒を消す薬はないので、時間が経つのを待つしかありませんから」

 

「あーりがとう、ジョゼットちゃん!愛してるわ!」

 

その後、あたしは水差しから直接水をがぶ飲みして深い眠りに落ちた。

目覚めたのは夜中だったけど、また台所で水を飲みまくって、

シャワーを浴びて二度寝した。安らかな明日が来ることを祈って。

 

でも、翌日はこれまで以上の激戦だった。いつもは夜にしか動かないはぐれアサシンや、

放浪騎士達が結託して、集団で押し寄せてきた。

 

窓や玄関をほとんど締め切って、

2階ではルーベルがバレットM82の絶妙な狙撃で、放浪騎士の装甲を弾き飛ばし、

カシオピイアが魔道具の銃から、手加減した衝撃弾を放ち、敵の動きを奪う。

1階のあたしはピースメーカーで急所を外しつつ、アサシンの腕や足を撃ち抜く。

 

駆けつけたジョゼットが両手に魔力を収束して、あたしの後ろから聖光捕縛魔法を放つ。

 

「神に問え!其が(かいな)、其が心、二つが成したる結末、正しき道に有りや無しや!

バインドフラッシュ!」

 

ジョゼットの両手から光の帯が、あたしの頭を飛び越えて、敵軍の真ん中で炸裂。

電撃に性質が近い光が、襲撃者達を麻痺させる。

彼らが悲鳴を上げて痙攣しながら、地面に這いつくばる。

 

「ジョゼット、何してるの!危ないから下がってなさい!」

 

「嫌です!もう守られてばかりいるのは!まだバインドフラッシュは2回撃てます!」

 

「……絶対頭を出すんじゃないわよ!」

 

あたし達が手加減してるせいもあるし、単純に敵の数や練度が高いこともあって、

思わぬ長期戦になった。皆にも疲れの見え始める。

その時、異変が起こった。鋼鉄で装甲を固めた大型馬車が坂の下に停まり、

中からビジネススーツ姿の紳士が姿を表した。……あれ、あの人っていつかの。

 

彼に気づいた何人かが、目標を彼に変更して襲いかかるけど、彼は静かに微笑みながら、

特徴的な外観のオートマチック拳銃を取り出し、ただ前方に突き出し、

トリガーを数回引いた。

銃声と共に発射された銃弾は、正確にアサシンの頭部や、

放浪騎士の兜の覗き穴に飛び込んで、致命傷を与えた。

変ね……あんな撃ち方じゃ当たるはずないのに。

 

その後も彼は、丘に広がっていた敵に銃弾を放ち続ける。その全てが急所に命中。

敵軍が彼に躍りかかるけど、彼は逃げる様子もなく、

時折慣れた手付きでマガジンを入れ替えながら、

本来なら圧倒的不利な状況の中、次々敵を射殺。ただ銃声と悲鳴が響き渡る。

 

敵も異常な事態に気づいて、撤退するけど、彼は微笑みを崩すことなく、

はぐれアサシンや放浪騎士の背中目掛けて発砲。

銃弾は奇妙な弾道を描いて、やはり頭部に突き刺さった。

敵の全滅を確認した紳士は、ネクタイを直して、

馬車で待機していた部下に指示を出した。

 

「清掃班の、皆さん。後始末を、お願いします。私は、彼女に、挨拶を」

 

“了解!”

 

サングラスを掛けた黒スーツの屈強な男たちが、

ゴム製の袋に次々死体を放り込んでいく。紳士は丘を登ってこっちに近づいてくる。

そして、玄関のドアを上品にノックして名乗った。

 

──失礼。斑目里沙子さんは、いらっしゃいますか?私は、パーシヴァル社、社長です。

 

 

 

ダイニングに社長を招き、中央の彼にあたしが向き合い、

お茶を入れているジョゼットの他全員がテーブルに付いた。

そういえば、ここに通した客でコーヒーを頼んだのって、彼が最初じゃないかしら。

 

「突然の訪問、大変、失礼、致しました」

 

「とんでもありません。その節はお世話になりました。

先程もご助力頂きありがとうございます」

 

「なあ、このおじさん誰なんだ?」

 

小声でルーベルが聞いてくる。当然よね。あたし以外会ったこともないし、

かろうじて存在を知っているのもジョゼットだけ。

このダイニングで異彩な気配を放つ中年の紳士。銀の織物のネクタイを締め、

グレーのウェストコートに同色のパンツ姿のビジネスマン。

 

白髪交じりのオールバックで、口ひげを生やして、細身で背の高い、眼鏡の紳士。

以前会った時と違うのは、腰に銃のホルスターを下げていること。

謎の存在に、みんな緊張気味で彼を見ている。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう、ございます。うん、とても、おいしいコーヒーです。

ああ、すみません。里沙子さん以外には、自己紹介が、まだでしたね。

私は、ラジエル=D=パーシヴァルと申します。

ここハッピーマイルズで重火器の会社を営んでいます」

 

「……パーシヴァルって、帝都の軍にも武器を納入している、あの会社?」

 

「その通りです。見た所、あなたは、帝都の軍人さんですね。

いつも、皇帝陛下には、お世話になっています」

 

「いえ、こちらこそ……」

 

ゆっくり喋り二人が話していると、なんだか不思議空間が出来上がるわね。

とりあえず彼とあたしが知り合った経緯から話そうかしら。

 

「みんなに聞いて欲しいことがあるの。あたしと社長がどうして知り合いなのか」

 

ジョゼットが目を伏せる。エレオノーラは知らないのよね。

あたしはまだこの家にジョゼットと二人きりだった時、

ミニッツリピーターを買い戻すために、

スマホに記録していたガトリングガンの設計図を書き起こして、製造して、

社長に莫大な金額で買い取ってもらったことを率直に話した。

 

「そんな、嘘ですよね?里沙子さんが、銃を作って、お金儲けをしていたなんて……」

 

「事実よ。設計図と実物1基を合わせて800万Gで買い取ってもらったの」

 

「……すみません。わたし、少し、失礼します……」

 

エレオノーラが袖で両目を覆いながら自室に向かっていった。

今、追いかけても意味はないわ。

ルーベルが怒鳴ると思ったけど、静かにあたしに一言告げた。

 

「これが終わったら、すぐ迎えに行け……」

 

「ええ、わかってる」

 

「あの武器が、お姉ちゃんが作ったものだったなんて……」

 

「この世界で初の連発式銃が、里沙子お姉さまの作品だったとは、

運命とは不思議なものですね……」

 

ピーネはただ口を曲げながら、指遊びをしている。

こうしちゃいられない。早く用事を済ませなきゃ。

 

「それで社長。今日はどういったご用件で?」

 

「はい。実は、里沙子さんに、

我が社の新商品の、テストを、していただきたいと、思いまして」

 

「テスト?」

 

「いくつか、アースの銃が、手に入りまして。

それをベースに、新商品を、開発しました。

そこで、ダミーのターゲットを、撃って頂き、忌憚ないご意見を、頂きたいのです。

もちろん、謝礼というか……、お礼は致します」

 

あたしは少し考える。これって、間接的に、また銃の製造をするってことよね。

ジョゼットも居ることだし、断ろうかと思った時、ルーベルが意外なことを言った。

 

「……里沙子。お前が決めろ。お前が断ったって、別の誰かがやるだけだ。

私はただお前の判断を信じる。あの時決めたみたいに。

ただし、ちゃんと後でエレオノーラと話を付けるならな」

 

「ルーベルさん……」

 

「ジョゼット。お前の気持ちはわかるつもりだ。私も銃には因縁がある。

確かに里沙子は昔、金儲けのために銃を作って売ったのかもしれねえ。

命の次に大事な金時計を取り戻すためにな。

だが、銃は使いようによっちゃ、誰かを助けたり、何かを守ったり、

新しい何かを造る手伝いだってできるんだ。

私はここに来て、里沙子が何度もそうするのを見てきた。

だから、今度の話も里沙子の判断を見守ろうと思う。

……ピーネ、お前には話してなかったが、私も両親を強盗に銃で殺された。

でも、銃は手にするやつによって、道具にも凶器にもなる。そこんとこ、わかってやれ」

 

「ふん、勝手にすれば、いいじゃない……」

 

ピーネは今にも泣き出しそうなほど、顔をくしゃくしゃにしながら答えた。

今度はあたしが答えを出す番ね。

 

「社長。その話、お受け致します。ただし、報酬は結構です。

その代り、このような依頼は今回限りということで」

 

「それは、ありがたい。

私の、せいで、皆さんを傷つけてしまったこと、深く、お詫び申し上げます。

しかし、無報酬というのは、いただけない。危険な、仕事を、するのですから」

 

「あ、あの……」

 

その時、カシオピイアがおずおずと発言した。どうしたの?

 

「そのテストは、ワタシじゃ、駄目なんでしょうか。一応、ワタシも軍人です」

 

「申し訳、ありません。里沙子さんでなければ、意味が、ないのです」

 

「そう…ですか」

 

「ありがとう、カシオピイア。でも、やっぱりあたしがケリを付けなきゃいけないの。

社長、さっそく仕事に取り掛かりましょう」

 

「ええ。それでは、馬車に乗りましょう。皆さん、今日は、どうも、失礼致しました」

 

社長とあたしは席を立つ。みんな、しんとした雰囲気だけど、口を結んでただ歩く。

外に出ると、野盗達の死体はどこに行ったのか、血痕以外は全て撤去されていた。

 

「さあ、どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

社長がドアを開けてくれた。

あたしは馬が引っ張れるのか心配なほどの、重装甲が施された馬車に乗り込む。

彼も座席に着くと、すぐさま馬車が発射した。

ゴトンゴトンと大型馬車が車体を揺らしながら走り続ける。

目的地まで黙り込んでいるのも何だから、社長に話しかけてみた。

 

「その後、どうでしょうか。ガトリングガンの売上は」

 

「大好評です。やはり、陸軍を中心に、大量の受注が入り、

おかげさまで、ナバロ社を追い抜き、業界トップに、立つことができました。

僅差なので、まだまだ、油断はできませんが」

 

「そうですか……おめでとうございます。しかし、申し訳ない気もしています。

ご存知でしょうが、

あの後わたくしが携行可能な自動小銃AK-47を帝都の軍に提供したことで、

ガトリングガンの需要が薄れたのでは?」

 

「いえいえ、AK-47は、あまりの強力さ、運用の簡便さゆえ、製造・配備は、

帝都軍にしか許されていません。

それに、使用弾薬の口径、つまり火力の点では、ガトリングガンが、勝っています。

まだまだ、受注は、途切れていません。お気になさらず」

 

すると、社長はハッと何か思い出した表情で、話を続けた。

 

「そうそう。今回、あなたに、テストを依頼した理由です。

アースの銃から、新商品を開発したことは、お話ししました。

そこで、実際にあなたに使用して頂き、気に入ったものだけ、

あなたの名前を使わせていただいて、宣伝したいのです。

時には“魔王殺し”、時には“平和の導き手”である、あなたのネームバリューを、

お借りしたい。ナバロ社との差を、更に引き離したいのです」

 

「……構いません。

ただ、繰り返しになりますが、お取引は今回で最後ということでお願い致します」

 

「はい。承知しています。報酬の話が、途中でしたね。

あなたの家が、ここ最近、ならず者の襲撃を、受け続けているとか。

さぞ迷惑されていることでしょう。……こういうのはどうでしょうか。

テストが完了したら、ベースとしたアースの銃と、少しばかりの礼金を、お渡しする。

これらの銃の威力は、圧倒的です。

一撃ちすれば、誰もあなた方に、手出ししようと考える者はいなくなるでしょう」

 

アースの銃は魔法がない世界で造られたそれより強力なものばかり。

確かに野盗達への威嚇には申し分ない。

ガトリングガンや大砲で教会を要塞化するより、まだ現実的だし、

……正直、金の話で心が動かなかったと言えば嘘になる。

 

今、手持ちの全財産は40万Gくらい。贅沢しなきゃ一生食べてはいけるけど、

突然の出費があるといつか底をつく。特に魔王編じゃ、派手に使いまくったからね。

今後も似たようなことが起こらないとは限らない。

 

ガタン。世間話で時間を潰していると、馬車が停まり、

いつの間にかハッピーマイルズ北西の耕作放棄地に到着していた。

あたしと社長が馬車を下りると、後ろのドアから社員らしき黒服と、

魔女らしき三角帽子の女性も降りてきて、黒服が素早く準備を始めた。

簡易テーブルを設置し、上に鋼鉄のケースを置いた。

 

「さあ、こちらへ」

 

社長に促されて、テーブルに近づくと、ケースが2つ。

彼がケースを開けていくと、見たこともない銃が姿を表した。

 

「まずは、この銃を。仮称L-07。プロジェクト名“ラッキー7”。どうぞ、手に取って」

 

数字の7を思わせる、極端に短いバレル、

少し大きめのカーブを描くグリップが個性的なオートマチック拳銃。

社長が腰に下げているものと同じ。あたしはスライドを引くと、開始の合図を待った。

 

「社長、こちらは準備完了です。いつでもどうぞ」

 

「わかりました。ジゼル君、ダミーを放ってください」

 

「承知しました!

……我与えん。空駆ける主の恵み、偽りの命結び、舞い、歌い、再び天に還らんことを」

 

すると、彼女の両手から薄い緑に光る精霊が飛び出し、荒野をひらひらと飛び出した。

あら、不思議ね。

 

「彼女は、両手で魔法を、使える、特異体質。とても、優秀な、社員です。

精霊は、攻撃してきません。さあ、あなたの腕を見せてください」

 

「では……」

 

あたしは、飛び回る人型精霊の頭部を狙い、一発発射。

命中し、精霊が悲鳴を上げるように、顔を歪ませ、消滅。途端に異変に気づく。

とりあえずそれは置いといて、あたしはオートマチック拳銃を撃ち続けて、

無抵抗の精霊を殲滅した。ちょうど弾切れ。社長のところに戻って、ケースに銃を戻す。

 

「どうでしたか。未完成とは言え、自信作なのですが」

 

「……社長、この銃、“使って”ますよね。

殺傷能力が跳ね上がるため、重火器に使用禁止されている、強力な物質誘導の術式が、

銃身内部に彫り込まれてはいませんか?

本来は郵便局の仕分け業務などに使用されるものですが、

異様なまでの命中率がそれを物語っています。

最後の数発は、デタラメに撃っても当たってしまいましたから。

まだ個人使用の段階なので、この事は忘れます。

ただし、わたくしが関わった事実も忘れてください」

 

社長はニヤリと不気味な笑顔を浮かべて、特に慌てる様子もなく答えた。

 

「やはり、バレてしまいましたか。

誘導レベルを、4…いや、3に引き下げる必要が、あるでしょう」

 

「発売後に発覚すれば、わたくしも御社もお終いですが……」

 

「“信用”してください。熟練の魔女すら欺く、技術が、弊社にはあります。

では2つめの、テストを。仮称MG-X。プロジェクト名“スピードキラー”」

 

あたしは黙って特徴的な形状の軽機関銃タイプの武器と、マガジン数本を手に取った。

 

「いつでも」

 

社長が手で合図すると、ジゼルという魔女が再び精霊を放った。今度は20体程度。

あたしは軽機関銃を構えて、バースト撃ちで反動を逃しつつ、今度は腹を狙う。

ちょっと銃身が暴れすぎね。ヘッドショットは無理そう。

敵の動きを予測しつつ、銃弾をばらまく。

 

弾切れになると、カラのマガジンをリリースして、予備を差し込み、再度銃撃を開始。

一体につき数発で倒せる。手応えからして、精霊の耐久力は人間より少し固い程度。

威力としては申し分ないと思う。

 

最後の1体を倒すと、銃口から硝煙が溢れる軽機関銃を持って社長のところに戻る。

 

「お疲れ様です。今度は、大丈夫です。“普通”の銃ですから」

 

「威力、スムーズな再装填、重量。

ほぼ全て性能は申し分ありませんが、少々反動が強すぎます。

バースト撃ちをしても、銃口を再度安定させるまでに時間が掛かります。

マガジンストックにショックアブソーバーを装着してはいかがでしょうか。

それさえクリアすれば、問題なく、取り回しのいい軽機関銃として販売が可能です。

もちろん、わたくしの名前をお使い頂いて結構です」

 

「なるほど、なるほど。非常に、参考に、なりました。お疲れ様でした。

貴重な、戦闘データを、入手できました。それでは、帰りましょうか。馬車へ」

 

「はい」

 

あたし達がまた装甲馬車に乗り込むと、黒服社員が手早く撤収作業を終え、

ジゼルも後ろの席に座った。もう少しまともな状況だったら、

窓越しに自己紹介のひとつでもして、世間話くらいしたんだろうけど。

 

今は帰ってからのことで頭がいっぱい。エレオ、どうしてるのかしら。

30分ほどして、教会に帰り着いた。

馬車が教会へ続く坂の前で停まると、社長が後部の社員に指示を出す。

 

「皆さん、彼女の、報酬を、運んでください」

 

“かしこまりました”

 

あたしが馬車から下りると、社長が中から別れの挨拶をしてきた。

 

「お渡しする品は、どれも、ご満足頂けるものと、自負しています。

銃は、守るための道具でも、ありますから。あなた方の、安全を、祈っています」

 

「社長も、お元気で。御社のますますの発展が、ありますように……」

 

最後の方の台詞を言う時、何かに気を取られて頭の中が空っぽだった。

とにかく黒服社員に荷物を持ってもらって、教会に入る。

 

「ありがとうございます。どうぞ荷物は床に置いてください」

 

「わかりました。……社長からこちらを」

 

黒服が差し出した紙は、小切手だった。30万Gの金額が書かれてる。

2つ銃を試し打ちしただけでこの値段。

多分、あの拳銃の口止め料が含まれてるんだと思う。

あたしは、少し黙ってポケットに小切手をしまった。

 

「ありがとう。どうもお疲れ様でした」

 

「いえ。今後共パーシヴァル社をよろしくお願い致します」

 

丁寧な挨拶と共に、社員は帰っていった。彼が乗り込むと、馬車が走り去っていった。

窓際に立ったまま少しその様子を見守っていた。

……ふぅ、終わったことに、いつまでも頭悩ませてもしょうがないわ。

あたしは、彼らが置いていったケースを開こうとした。

すると、ルーベルがダイニングからぶらぶらと歩いてきた。

 

「……それ、報酬か?」

 

「そう。アースから流れてきた銃で、野盗連中を黙らせることができるって。

それとアドバイス料30万G」

 

「そっか。開けてみろよ」

 

「うん」

 

ありのままを話したけど、特にルーベルは普段と違った様子を見せることもなく、

荷物の中身に興味を示した。あたしは、2つのケースを開く。

 

1つには、メカニカルな外観と銃口から短く伸びた、

三筋の消炎器が特徴のマシンピストル、ベレッタ93R。

社長の配慮なのか、サイホルスターまで付いてる。

ほら、峰不二子とかが太ももに巻いてるようなタイプのホルスターよ。

 

2つ目に収められていたのは……銃身全体がVを描くような独特なボディが特徴で、

特有の反動吸収機構を備えたサブマシンガン、クリス ベクターSMG。

なるほど、これで連中の足元を薙ぎ払えば、

二度とあたしに迷惑は掛けられないでしょうね。

ご丁寧にサイレンサーまで付属してるから、

サイレントボックスなしでも撃ちまくれそう。

 

どちらも予備の弾薬付き。これで頑張れってことね。

荷解きをしていると、ジョゼット達が集まってきた。

 

「あ、里沙子さん……お仕事は、どうでしたか?」

 

「銃の試射をして、改善点を挙げた。それだけよ、大丈夫」

 

「それ、新しい銃なの……?」

 

「ピーネさん、怖がらないで。

里沙子お姉さまが間違った銃の使い方をする人じゃないことは、

ルーベルさんが言ったとおりですわ」

 

「変わった銃。見たことない」

 

「そりゃ、アースの銃だからね。要塞にもあるはずないわ」

 

 

──そんな執着は捨てることだ。

 

 

考えた末、彼の言葉を思い出したあたしは、まずベレッタ93Rを装備することにした。

サイホルスターを巻くために、スカートをたくし上げる。

スリットスカートじゃないから、瞬時に切り替えとは行かないけど、

どこかでカバーしながら銃を持ち替えることはできる。

戦場での武器の幅が広がるのは大きなメリットよ。

 

「まっ!お姉さまったら大胆!ウシシ」

 

「り、里沙子さん、こんなところで、ハレンチです!」

 

「しっかり凝視してるくせにうっさいわよ、ジョゼット!

ただのロングスカートだから、着けにくいのよ、これ!」

 

あたしは巻き付けたサイホルスターに、ピースメーカーを差し、

代わりにベレッタ93Rを腰のホルスターに移動。新しい銃には早めに慣れなきゃ。

今度はベクターSMGをガンベルトに背負う。

うん、ドラグノフより軽いし、新しい戦力になってくれそう。

さて……こっちの準備は終わった。もうひとつケリを付けなきゃ。

 

「ねえ。エレオノーラは、どうしてる?」

 

「直接会って確かめた方がよくね?」

 

「それもそうね……行ってくる」

 

あたしは住居スペースに入り、ダイニングから階段を上って、

2階のエレオノーラの部屋の前に立つ。ひとつ呼吸すると、ドアをノックした。

すると、ドアノブがゆっくり回って、目を赤くしたエレオノーラが、

少しずつ身体を滑らせるように出てきた。

 

「さっき帰った所。伝えとく。

重火器メーカーの社長の依頼で、新製品のテストを手伝ってきた。

報酬はアースの銃2つ。それと30万G。間違ってると思うなら軽蔑するといいわ。

シスターのあなたに“わかってくれ”なんて言えた事じゃないから」

 

「違います……!」

 

エレオノーラが涙交じりの声で訴えてきた。

あたしも彼女の意外な反応に、何も言えなくなる。

 

「突然の話にどうしていいか分からず、お祖父様に相談したら、叱られました。

銃販売も商売のひとつ。アースに来たばかりの彼女が、

生きるために売り飛ばした宝物を取り戻すために、自ら作り出したものをお金に変えた。

お前はただそれだけで、共に魔王に立ち向かい、サラマンダラス帝国の敵と戦い続け、

三国の平和のために奔走した彼女の努力を、なかったことにするのか、と」

 

「……エレオは間違ってないわ。戦争の道具で一儲けしたのは事実なんだから」

 

彼女はまた静かに涙しながら首を振る。

 

「その銃でわたし達を守ってきた里沙子さんを、

一瞬でも軽蔑した、わたしこそ罪深い存在なのです。

今日、再び仕事を引き受けたのは、会社との縁を断ち切るためだったのですよね」

 

「確かにそうだけど、報酬に全く興味がなかったと言えば嘘になるわ。

野盗連中を一気に黙らせる新兵器。あと……生活費の足しにもね。

正直、死ぬまでニート生活送れる可能性が低下傾向だったから」

 

エレオノーラはクスッと笑うと、笑顔を浮かべた。

 

「里沙子さんは、本当に正直な人なんですね。

これからも、その武器で、わたし達を守ってくれますか?」

 

「当然。そうじゃなきゃ、これの存在価値はないわ」

 

あたしはホルスターのベレッタをポンポンと叩く。

エレオノーラもあたしもお互いを見つめて笑いを浮かべる。

ホッとした瞬間……外から爆発音が響いてきた。

とっさに向かいの部屋の窓から見ると、今までの戦闘を上回る敵の大群が集まっていた。

荷車に乗せられた大砲や、今度は魔女までいる。あたしは後ろのエレオに叫んだ。

 

「部屋に隠れてて!この家は絶対守るから!」

 

「はい……!」

 

これだけの戦力を返り討ちにすれば、もうバカなことを考える連中はいなくなるはず!

今度こそ最後にしてみせる。あたしは背中のベクターSMGを構えて狙いを定めた。

 

 



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夜型人間を改めなきゃという気持ちと、夜は楽しいから止めたくない気持ちが拮抗しててね。

ヴェクターSMGを構えたあたしは、全員に指示を出す。

敵の有効射程距離到達まで、あと10数秒。

 

「全員2階に集合!パルフェムはカシオピイアの部屋でピーネを守って!

思いついたらでいいから、俳句が浮かんだら援護をお願い!」

 

「わかりましたわ!」

 

「負けたら、許さないから……」

 

「あたしとルーベル、カシオピイアが3人で窓から殺さない程度に敵を撃つ。

ここでお願いが一つ。敵が接近してきても、一切何も喋らないで。

近づいたら無言で撃たれる。その印象を奴らに持って帰らせるの!」

 

「おう、任せとけ!」

 

「了解。戦闘、開始」

 

ルーベルもカシオピイアもそれぞれの銃を構える。

 

「ジョゼットとエレオノーラも裏手側の部屋で避難。

エレオは、いざとなったら“神の見えざる手”で、パルフェム達を逃して!」

 

「はい!ジョゼットさん、こちらの部屋へ!」

 

「里沙子さん、駄目なら一緒に逃げてくださいね?お願いですから……」

 

「あんたは人より自分の心配なさい!……さぁ、こんなとこかしら」

 

あたしは窓の私室から街道側の景色が見える窓を開けて、様子を見る。

うん、今まで登場した当て馬共がうじゃうじゃいる。野盗、はぐれアサシン、放浪騎士、

荷馬車の大砲の側に筋肉隆々の大男。海賊みたいな二本角が生えた兜を被ってるわ。

こいつをどうあしらうかがポイントになりそう。

あとは、魔女数人。遠くの空を旋回してる。

 

海賊男が周りの部下達に命じて、荷馬車を回転して砲をこっちに向けた。

それが開戦の合図となる。

 

“うおおおお!女を殺して名を上げろ!!”

 

賞金稼ぎの軍勢が雄叫びを上げて突進してきた。

 

「来るわよ!」

 

籠城戦開始!連絡用に私室と2室のドアと窓を開けた、あたし達3人の戦闘班は、

一斉に敵軍に向けて銃を向ける。

あたしは、サイレンサー装着済みのヴェクターSMGで狙いを定め、

軍勢の足元を狙い、トリガーを引いた。

 

高速で排出される空薬莢がぶつかり合い、うるさく金属音を立てる。

でも、銃声自体はミシンの音を大きめにした程度。

銃弾は先頭の連中の地面前方をまっすぐ横に薙いで、足を取られた野盗達が転倒、

後続が彼らに躓いて派手に将棋倒しを起こす。

これなら耳を痛めずにバカを叩きのめせるわ!

新兵器の威力に舌を巻きながら他メンバーの状況を確認。

 

「ルーベル、カシオピイア、そっちはどう!?」

 

「鎧野郎を2人仕留めた!這いながら逃げてくぜ!」

 

「野盗5名並びにアサシン3名無力化!」

 

滑り出しは上々ね!……と思ったら、今度は空中の魔女が攻撃を仕掛けてきた!

ホバリングしながら、オカリナを吹きつつ、左手から笛に魔力を込める。

すると魔女の周囲の空間が横に長く歪み、石の礫が嵐のように吹き付けてきた。

石ころでもあのスピードを得れば人を殺すには十分すぎる。

とっさに頭を下げて直撃を回避。でも部屋ん中がメチャクチャ。最悪!

 

「2人共大丈夫!?」

 

「なんともねえよ、こんなもん!」

 

「問題なし。攻撃を続行する!」

 

改めて敵戦力を確認。数えきれないほどの野盗、10人ほどのアサシン、放浪騎士。

移動砲台とみなしていい大男。

まだ撃ってこないのは、死体が細切れになって身元確認ができなくなるから、

タイミングを見計らってるんだと思う。そして、魔女が3人。

 

“怯むな!俺達のチャンスは目の前だ!!”

 

二度目の突撃が始まった。いつもの雑魚とは違って、野盗の目が血走ってる。

これだけ大勢で分配しても十分過ぎるほどの、

懸賞金がかかってると思ったほうがいいわね。

魔女も気になるけど、再びヴェクターSMGで威嚇射撃。

やっぱり大勢が派手に転ぶけど、足元の味方を踏み越えて教会に迫ってくる。

 

魔女からも目が離せないってのに、面倒な連中ね……!ヴェクターの弾にも限りがある。

あたしは腰のホルスターからベレッタ93Rを抜いて、サイレントボックスを唱えて、

狙いを付け、発砲。

奴らの武器や出血量の少ない部位を撃ち抜くと、叫び声を上げながら逃げていった。

 

7,8発撃ったけど、大容量のダブルカラムマガジンに20発入ってるから、

まだまだリロードは必要ない。

ピースメーカーも好きだけど、オートマチックも便利なものね!

下に対処したのも束の間、今度は上からの攻撃。また魔女が暴れ始めた。

 

さっきのオカリナが礫で牽制しながら、もうひとりの魔女が、呪文を唱える。

すると、目に見えるほど青い冷気が彼女を取り巻き、

背中からカマキリのように巨大な鎌を3対計6本生やし、

ブオン、ブオンと素振りをして急降下してきた。まずい!

 

「ルーベル、そっちに行ったわ!」

 

「ああ、わかってる!」

 

氷の魔女は、氷の鎌をルーベルの部屋の外壁に突き刺して身体を固定。

ターゲットのひとりに最接近し、ニタリと笑う。

 

「うふふ、あたしが一番乗りね……この際あんたで構わない。

怖がらないでよ、一瞬で終わらせてやるから、こっちにおいでなさいな……」

 

魔女が手を差し出す。そしてルーベルは。

 

パシン…

 

無言でその手をはたいた。魔女が眉間にしわを寄せて怒りを顕にする。

 

「人形風情が……!図に乗るんじゃないわよ!

ここでバラバラにして胸の天界晶引きずり出してやるから!」

 

「……」

 

やはり無言で、ルーベルは魔女に腰だめ撃ちでバレットM82を放つ。

屋敷中に響くほどの銃声が轟き、

スナイパーライフル用の大型弾が至近距離で発射されたけど、

着弾寸前で魔女の前方にオレンジ色のシールドが現れ、12.7mm弾を受け止めた。

 

「ふふっ、あたしが何の備えもなく近づいてきたと思ってるの?

この魔障壁は並大抵の攻撃じゃ破れないわよ!

今度はあたしの番、まずはその悪い腕を切り落としてやろうかしらねぇ!?」

 

既に獲物を仕留めた気になっている魔女をよそに、

ルーベルはポケットからメリケンサックを取り出し、右手にはめた。

そして構えを取り、全身の闘気を右腕に集める。

 

「食らいなさい!」

 

その瞬間、氷の鎌が彼女を捉えた。ように見えた。

だが、鎌はバキィ!と粉砕され、その先にある魔女の魔障壁が突き破られ、

数トンの力で術者の腹にめり込む。ルーベルの全力の拳を食らったのだ。

 

「ううっ!げぶうっ……!!な、にが……?」

 

複数の内臓が破裂し、大量に吐血した魔女は、氷の鎌と共に力なく落下し、

投げ捨てられた荷物のように地面に転がった。これで生きているほうがおかしい。

1人撃破。

 

「……並大抵じゃねえんだよ」

 

一言だけつぶやくと、ルーベルはバレットM82を構え直し、再び雑魚の狙撃を開始した。

ごめんね。

人間は殺しちゃだめだけど、それ以外の敵ならOKなの、この企画。実績もある。

さて、あたしも頑張るとしましょうか。

 

獲物は仲間を殺られて動揺中のオカリナ魔女。

ベレッタ93Rのセレクターを切り替え、3点バーストに移行。

折りたたみ式のフォアグリップを展開して、両手でしっかり銃を構える。

そして照準を合わせると、トリガーを引いた。

 

マシンピストルが9mmパラベラム弾を3発連続で発射。魔女のオカリナに命中。

驚いた魔女は思わず砕け散ったオカリナを持っていた左手に意識を向けて、隙を見せる。

そこで再び3連射。

 

“あっ……”

 

と、彼女が言ったようだったけど、魔障壁を張る暇も無く、

9mm弾が腹部に2発、顔面に1発突き刺さった。

魔女は悲鳴を上げることなく、空に血の筋を立てながら、墜落。

2人目撃破。なんだけど、3人目がいつの間にかどっか行った。空を見回すけど、いない。

最後の魔女を探していると、嬉しくない情報が!

 

“野郎共!砲を向けろ!里沙子を屋敷から叩き出せ!”

 

海賊男が手下に指示を出してカノン砲をこちらに向けさせた。

即座にヴェクターSMGに持ち替えた……のはいいけど、

アレを撃って破壊するのは難易度が高い。なぜなら周りに人間がいっぱい居るから。

砲だけじゃない。予備の砲弾も積んであるから、

それに引火させずカノン砲だけを無力化するのはちょっとコツが要りそう。

 

“撃てえええ!!”

 

敵が砲身に点火すると、ボロ屋敷を揺らすほどの轟音と共に砲弾が飛んできた。

目を見開くほど集中してクロノスハックを発動する。

心臓に悪いわね、あと一瞬遅かったら直撃してたわ。

あたしはヴェクターSMGで、空中で静止する砲弾を集中射撃して爆破。

 

能力解除。もう弾切れだわ。リロードしなきゃ。

あたしはカラのマガジンをリリースして、新しいマガジンを挿入口前方に引っ掛け、

斜め後ろに引くように装着。モタモタしてられない。

ルーベルやカシオピイアが頑張ってくれてるけど、海賊男が次弾を装填してる。

あら、リロードってことは?

 

あたしはとりあえず奴を泳がせることにして、眼下の大群を追い払う作業に戻る。

だいぶ勢いが弱まってきた。またヴェクターSMGで坂を薙ぎ払う。

やっぱり野盗とはぐれアサシンが突っ込んでくるけど、

サブマシンガンが放つ高速の弾丸に恐れをなして逃げていく。

 

“やってられっか!命がいくつあっても足りねえよ!”

 

“撤退!撤退だよ、あんた達!”

 

今まで氷の魔女以外は一人も敵を寄せ付けてない。

きっと奴らにとっては不気味でしかないでしょうね。近づいてもただ撃たれるだけ。

目の前の建物は教会なのに、攻め込んでも返事もなく、

暗い窓の奥から弾だけが飛んでくる。

ここを乗り切れば目標達成だと思う。

 

“2発目だ!派手に行くぞお前ら!”

 

おっと、二発目のカノン砲発射準備が整ったみたい。軽く右手を振って緊張をほぐす。

 

“撃てぇ!!”

 

また爆裂音と共に砲弾が飛来。クロノスハック発動。

またしても停止している目標を集中射撃。砲弾が爆発し消滅したのを確認すると、

すぐさま次の作業を開始。狙うは砲弾を撃ってカラになったカノン砲内部。

 

少し息を吸い、慎重に照準して、10mmオート弾をバースト撃ちで狭い砲口に叩き込む。

無数の強力な弾丸が砲身内部で暴れまわり、砲腔をズタズタにして、火門を損傷し、

とても安全に次弾発射ができない状況に追い込んだ。クロノスハック解除。

 

“おい、どうなってんだ!弾が当たらねえぞ、次だ次!……なんじゃあ、こりゃあ!”

 

“砲の中がめちゃくちゃだ!出撃前に点検したのに!奴らに撃たれたんですよ、兄貴!”

 

“あそこから鉄砲で砲の中を撃っただと!?何考えてんだ、あの連中は!”

 

“どうしましょう、兄貴……”

 

“退却だー!砲がなくなったら、戦いようがねえ!他の連中みたいに狙い撃ちされる!”

 

ふぅ。砲を乗せた荷馬車と海賊男達が退いていくわ。

二度とバカな連中がうちに来ないように、

逃げてった奴らがどれだけこの戦いについて触れ散らかしてくれるか。

それを宣伝度で表すと、80%くらいかしら。歩兵は全部逃げた。

けど、まだ気になる奴がいる。例えば……後ろにいる奴とかね。

 

「やっと、見つけた……私の、チカラ……」

 

貞子みたいに長過ぎる黒髪を垂らした不気味な魔女。

いろいろ突っ込みたいけど我慢我慢。

 

「あなたを、燃やして、あの方に、新たなチカラをいただくの……うふふ」

 

気色の悪い笑顔を浮かべると、最後の魔女の髪の毛が、液体のように床に溢れて広がる。

自分を液状化して壁の隙間かどっかから入ってきたのかしら。

ベレッタに手を伸ばすけど……

 

「やめたほうがいいわ……私の魔法は、特別だから……」

 

そう言えば臭いわね。多分タールか何か。あたしの部屋汚さないで欲しいんだけど。

今でも礫だらけなんだから。思わず顔をしかめそうになるけど、

ポーカーフェイスで乗り切るのよ、あたし。

 

とにかく銃は使えなくなった。あたしが火だるまになる。

この女が巻き込まれない仕組みになってるのか、自滅覚悟であたしを殺しに来たのか。

正直、後者でも何も不思議に思えない。

 

「お願い、死んで。ね、ね、あの方にあなたの心臓を捧げるの……」

 

魔女はダガーを取り出すと、あたしに近づいてくる。

銃が使えないとなると、もう奴を殺す方法はない。……ないんだけど、

魔女だからって必ず殺す必要はないのよね!

あたしはデスクの上のトートバッグに手を突っ込むと、それを一振りした。

 

シャキンと金属の擦れる音を立てて、2段階伸びたそれを、

ダガーを持つ魔女の腕に、渾身の力で振り下ろした。骨を砕かれて、絶叫する魔女。

 

「いぎやあああ!!」

 

奴が激痛に転げ回る。

あたしは耳の定期検診の帰りに、武器防具店で買いっぱなしだった特殊警棒を、

左手にパシパシ叩きつけながら魔女に近寄る。

痛みで集中力が切れたせいか、変な油はずるずると本体に戻っていった。

 

ついでにオカリナ魔女が放った礫も一緒に吸い込んでいってくれた。

掃除の手間が省けてなによりなにより。

壊れたもんはそれほど大したものじゃなかったし。

というか、金時計以外大したものはない。

 

「いだいいぃ……私の、私の手がぁ……はっ!?」

 

魔女の前に立つと、今度は右脛に強打を打ち付けた。またも教会に叫び声が響く。

 

「ギャアアアァァ!!やめて、おねがい!もうやめて!」

 

泣きながら懇願する魔女。

でも、あたしは表情のない目でただ彼女を見るだけ。

更に恐怖を掻き立てるため、もう少し痛い思いをしてもらいましょう。

両手は流石にかわいそうだから、今度は左足の膝を一撃。皿が割れた感触。

 

「あぐううっ!なんで!?なんで黙ってるの!

おねがい、許して!なにか言ってよぉぉ!!」

 

この辺かしら。あたしは魔女の胸ぐらを掴むと、窓の側に引きずって、

ちょっと重いけど抱えて外に放り出した。

満身創痍の魔女は、魔力を操り、地面に激突する寸前のところで、必死の思いで浮遊。

どうにか木の上まで高度を上げると、ちらりとこちらを見た。

彼女は、やっぱりずっと自分を見つめているあたしに怯えて、

ふらふらと街の方へ浮かんでいった。

 

これで宣伝度100%ね!

もう野盗連中にとって、ハッピーマイルズ教会は何を考えてるかわからない、

何をされるかわからない、キチガイ連中の巣窟ってことになるわ。

それはそれで何かひっかかるけど、

もう雑魚の襲撃に悩まされることもなくなるでしょう。

安心して昼寝もできるってもんよ。

 

あたしは特殊警棒を縮めて、トートバッグに入れた。

どこに装備するかは後で決めましょう。

ゴルゴの影響で、なんか近接戦闘武器も調達したいな、と思ってた時に

これを見つけたの。

ウォッチドッグス(1作目)のエイデン・ピアースが、

これで犯罪者をしばき回す姿がカッコよかったから即購入したんだけど、正解だったわ。

人間だったら殺さずに済むし。

 

「おーい、何やってたんだ。すげえ悲鳴が聞こえたんだが」

 

「敵、来たの?」

 

「来たけど半殺しにして広告塔になってもらった。みんなは?」

 

「大丈夫に決まってるだろ」

 

「ワタシも……」

 

締め切っていたドアが開き、他のメンバーも出てきた。

 

「里沙子さん、さっきの悲鳴は!?」

 

「あたしじゃない誰か。だったら誰だっていいじゃない。

天下泰平。世は全てこともなし」

 

「教えてくださいよ~すごくびっくりしたんですから」

 

「ろくに言葉も交わしてないのに教えようなんてないでしょ。

とにかくこれで平和が訪れたのよ。あたし達にとっての、だけど」

 

ちびっこ2人も無事でよかったわ。

 

「里沙子お姉さま、あまりピーネさんを驚かせないでくださいまし。

まだ部屋で固まってますわ」

 

「ごめん、ごめん。今行くから」

 

パルフェム達が避難していた部屋に行くと、

ピーネがしゃがみこんで、両手で耳をふさいでいた。

こっそり後ろから近づいて、わっ!と背中を押してやると……

 

「キャアッ!え……里沙子?

ふ、ふざけんじゃないわよ!マフィア抗争やるなら私がいない時にして!」

 

「悪かったわよ。あたしらの平穏な生活を取り戻すための、致し方ない措置だったのよ。

機嫌直して」

 

「じゃあ、今のイタズラは何!

あんた、いっつも私の嫌がることしかしないじゃない!仕返しよ!」

 

ピーネがあたしの腕に噛み付いて血を吸ってきた。

でも、だいぶ前にも言ったけど、痛い・気持ちいいメーターでも、

ほんのちょっと痛い方にしか……あら、今日は少し気持ちいいに触れたわ。

そう言えば、定期的に献血して血を入れ替えると、

身体に良いって迷信を聞いたんだけど、本当なのかしら。

 

「ピーネ。これから時々血を吸って、あたしの身体をきれいにしてくれないかしら」

 

「いやよ!あんたの酒臭い血なんて飲めたもんじゃない!あーまずかった!

……それによく考えたら、あんた自分の要求ばっかりじゃないの!」

 

「あはは。それだけ叫ぶ元気があるなら大丈夫ね。ジョゼットー?

小腹が空いちゃったから、お茶にしましょう。あたしはお菓子出す。お茶お願い」

 

「は、はい」

 

「待て里沙子―!」

 

あたしは肩をぐるぐる回しながらダイニングに下りていった。

ホント、何にも悪いことしてないのに、

慎ましやかな生活を送るために戦争ごっこしなきゃいけないなんて理不尽だわ。

しんどいね~生きていくのは。サザンの新曲どうしてCD出ないのかしら。

 

それからあたし達は、まったりとしたお茶の時間を過ごしたわけよ。

お茶菓子と一緒に久方ぶりの平穏を噛みしめる。こんな日常が続けばいいんだけど、

運命ってもんはとことんあたしの幸せが嫌いだから、何があるかわかったもんじゃない。

油断はできないわね。

 

お茶を楽しんだ後、昼寝をしようと私室に戻ったあたし。

ガンベルトを外そうとして、ふと気づく。拳銃はピースメーカーとベレッタ93R、

背中の留め具にはドラグノフとヴェクターSMG。

じゃあ、左脇のCentury Arms Model 100の代わりには何が当てはまるのかしら。

そうだ、これだけ武器が増えたなら、ガンロッカーも必要ね。

これからは慎重な武器選択もしなきゃ。

 

ガンロッカーは家具屋じゃなくて銃砲店で備え付けのカタログから注文だから……

またお買い物ね。今日の戦果が広まるのを待って、またお出かけするしかないわ。

軽くうんざりした気持ちに苛まれながら、ガンベルトをポールハンガーに掛けると、

ベッドに飛び込んだ。

 

 

 

はい、買いました。何をって?ガンロッカーに決まってるじゃない。

あれから一週間。銃砲店で注文したガンロッカーが届いたのよ。

さっき業者が来て、私室の隅に設置してくれたわ。

とりあえず今はピースメーカーとドラグノフを収納してる。

ちびっこがイタズラしないようにしっかり鍵を掛ける。

 

あたし達の奮闘の甲斐あって、もうアホが襲撃かましてくることもなくなったわ。

酒場のマスターによると、無法者曰く、

ハッピーマイルズ教会は“狂気の館”なんですって。

気が狂った住人が無差別に人を撃つんですって。

壁画のマリア様と目が合うと呪われるんですって。

かなり笑える。ジョゼットが聞いたらどんな怒り方するのか、

ちょっと試してみたい気がするわ。

 

今日はもうやることもないし、昼寝するほど眠くもないから、読書でもしましょうかね。

 

今回はちょっと短めだけど、これでおしまいなの。皆さんは良い睡眠を。さよなら~

 

 

 

まぁ、これがあの出来事のきっかけになるとは、夢にも思わなかったんだけど。



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銃のない里沙子
特別編:近所のガキがハロウィンハロウィンうるさい……えっ?


注)「番外編」ではありません。いつものノリもありません。


「う~ん、ど・れ・に・し・よ・う・か・な」

 

デスクのブックスタンドに並ぶ小説や雑誌に指を滑らせる。

夕方と言うには少し早い中途半端な時間。

夕食まで何か暇つぶしにちょうどいいものは、と。指先に何か引っかかる。

本の間に薄いノートを見つけた。

 

「懐かしいわね」

 

あたしはノートを引っ張り出して、開いてみた。

この世界に来たばかりの頃、自衛隊の救助が来る可能性を考慮して、

状況説明のために書き始めた日記兼備忘録。やっぱり3日で飽きたけど。

どれどれ、ちょっと読み返して見ましょうか。

椅子に腰掛けて、ほんの数ページの過去を振り返る。

 

 

1ページ目

 

「トリック・オア・トリート!!」

 

また来やがったわね。このところひっきりなしにこれだからマヂでうんざり。

中途半端に地球と文化融合してんじゃないわよ。

 

>アハハ。そういえば、あたしが来た時はちょうどハロウィンの時期だったわねぇ。

 

とにかく、今まさに味わおうとしてた、ちょっとお高いエールをお預けにされ、

あたしはぶつくさ言いながら玄関に向かった。

ホコリまみれの聖堂にある出入り口を開ける前に、そばに置いておいた壺を持って、

仕方なくドアを開けた。

 

>逃げなさい、子供らよ。その中身はぬか漬けよ。

 

「トリック・オア・トリート!」

 

「うるさいわね!何回も言わなくても聞こえてるわよ」

 

ご苦労なこと。近所の村からこんな辺鄙なところまで、

わずかばかりの菓子をせしめにやってくるなんて。

 

>あれ、近所の村?この辺に人が住んでる集落なんかあったかしら。

ここから西には荒れ地と岩山と海しかない。何か記憶と食い違う。続きに目を通す。

 

あたしは間抜けな仮装をしたガキ共に、

眼鏡の奥からジト~っとした視線を投げかけるけど、やつらはそんなこと気にもせず、

 

>それからは、ぬか漬けを巡る子供達とのどうでもいいやり取りが続く。続くんだけど。

 

(略)

 

「こんなの絶対おいしくないもん!もう帰る!お姉ちゃんのケチンボ!」

 

そんでガキ共は逃げるように帰っていった。よっしゃ、今回も凌いだ。

 

「最近のガキは好き嫌いが多くて困るわ」

 

>やっぱりおかしい。知っての通り、地球のハロウィンは、

仮装した子供達が夜に近所の家を周って、お菓子をせしめるイベントだけど、

この世界で夜に子供が外を出歩くなんてあるわけない。

即座に野犬やはぐれアサシンの餌食よ。

 

ここのハロウィンは、仮装した子供達が、お昼から夕方に近所の公民館とかに集まって、

親に持たされたお菓子を交換したり、おばけ姿で歌ったり遊んだりするイベント。

日が落ちるまでには家に帰る。あたしは更に矛盾だらけの日記を読み進める。

 

 

4ページ目

 

「気に入って頂けてなによりですわ。

……ところで、お忙しい将軍がわざわざお越しになるなんて、一体どんなご用向きで?」

 

「実はまた貴女の知恵を拝借したくてな。

このサラマンダラス帝国を擁する、オービタル島の東に出没する海賊の

掃討作戦が実施されることになったのだが、(中略)

貴女ならまた何か上手い兵法を心得ているのではないかと参上した次第である」

 

「なるほど、海賊ですか。海の戦いとなると……

この世界の技術じゃ、近接炸裂弾は、だめで……ガスタービンは作れないし……

46cm砲は……ダメダメ、もっと無理」

 

あたしがどうにか海のゴロツキ共を効率よく殺せる方法を考えていると、

一つの考えが浮かんだ。

 

「そうですわ。機雷ならこの世界の素材でも作成可能です」

 

「むむ!その機雷とは何なのだ」

 

「簡単に言うと海に浮かべる爆弾ですわ。

船が接触すると大爆発を起こして船を真っ二つにします。

まず、樽の内側に油紙を何重にも貼り付けて……」

 

「ふむふむ、なるほど」

 

「カロネード砲の射程外から威嚇射撃して挑発すれば、あとは勝手にドカンです」

 

あたしは原始的な機雷の作り方と運用法を将軍に説明した。

彼は熱心にあたしを見て聞き入っている。説明が終わると将軍は(以下略)

 

 

>頭が痛くなってきた。あたしが帝都に技術提供を始めたのは、

ずっと後になる魔王との戦いからだし、そもそも機雷なんて作った覚えはない。

作ろうと思えば作れるけど、マグバリスが致命傷からまだ立ち直れていない今、

もう海賊が出ることはない。

 

一体どういう事?腕を組んで考え込むけど、答えが出るはずもなく、

心地よい昼の陽気を浴びながら頭を使っていると、段々眠くなってきた。

今更考えたってわかるわけないわね。

 

日記の文字に目を滑らせていると、ウトウトしてきて、

ベッドに移動するのも億劫になって、デスクに突っ伏して眠ってしまった。

 

 

 

……う~ん、すっかり寝込んじゃったわ。もうとっくに日が落ちて、外は真っ暗。

そろそろ夕食だから、ちょっと顔を洗ってからダイニングに下りましょう。

でも、椅子から立ち上がると異変に気づく。

家具以外の一切の小物や本、なにより銃がなくなってる。

まるで引っ越してきて家具だけ先に運び込んだように。

ガンロッカーを開けようと、ポケットに手を突っ込むけど、

鍵も何者かに抜き取られていた。

 

「ちょっと、誰が触ったのよ!」

 

ガランとした部屋を探そうとすると、

机の上に、特殊警棒と愛しのミニッツリピーターだけが置いてあった。まったくもう。

あたしは金時計を首から下げて、特殊警棒を持つと、

とりあえず部屋から出て、みんなを呼ぶ。

 

「ねーえ!誰かあたしの銃知らない?」

 

返事はない。廊下両脇のドアを手当たり次第にノックするけど、やっぱり梨の礫。

1階に下りると、誰もいないダイニング。

 

「ジョゼット!エレオ!ルーベル!カシオピイア!パルフェムー!?」

 

ピーネが“私を忘れんじゃないわよ!”って飛び出てくれることを期待したけど、

誰も、何も、言ってくれない。さっきから気になるんだけど、視界が微妙にぼやけてる。

眼鏡の度が合わなくなってきたのかしら。

一旦眼鏡を外して目をこするっていると、玄関のドアを叩く音が。

 

コンコンコンコン……

 

いつもまともな来客をよこさないドアが、それも夜に、正気の人間を招くわけがない。

あたしは聖堂に入り、ゆっくりドアに近づいて、向こうに居る誰かに声を掛けた。

 

「誰!?悪いけど明日にしてちょうだいな!」

 

“トリック・オア・トリート!”

 

「トリック・オア・トリートだぁ?今、何月だと思ってんの!

カレンダーちゃんとめくってる!?」

 

相手を確認して、本当に子供だったら今夜は泊めるしかないわね。

あたしはクロノスハックを発動……しようとしたけど、できない。

体内の魔力がなくなってるというより、止まってる。

ミニッツリピーターから魔力を補給しようとして、竜頭を押そうとして、愕然とした。

針が逆回転してる。

 

二回連続で竜頭を押したけど、魔力が共有されてくる様子もない。

時計の内部にマナが蓄えられているのは確か。故障という線も考えにくい。

住人の失踪といい、なにか妙な事が起きているのは間違いない。

 

……コンコンコンコン

 

考え込んでいると、またノックが。

あたしは、現状を把握するために、ドアを開けることを決めた。

特殊警棒を握りながら鍵を開け、ゆっくりドアを開くと、

そこにはジャックランタンのお面を被って、黒いマントを着けた男の子が、

何かを期待するような顔で立っていた。

 

「お姉ちゃん、お菓子ちょうだい!」

 

緊張したあたしが馬鹿だった。呆れてため息をつく。

 

「あのね。ハロウィンは11月!今は6月の梅雨真っ盛り!とりあえず中、入んなさい。

よく生きてここまで来られたわね。今日は泊まって行きなさい。

明日家に送ってあげるから。運賃と宿泊費は親に請求するから安心なさいな」

 

その時、一瞬視界にノイズが走る。

 

「もう帰る!お姉ちゃんのケチンボ!」

 

一回まばたきすると、いつの間にか男の子は、教会から離れ、

街道を西に向かって走っていた。

 

「あ!待って、待ちなさい!外は危ないから……あれ?」

 

男の子が通った後に、ロウソクのような小さな火が灯り、一本の道を作り出していた。

変な光景だけど気にしてる暇はない。彼を追いかけなきゃ。

 

あたしは特殊警棒を手にしたまま、小さな火を辿って走り出す。

街道を西に行くことは滅多にない。試しに一度通ってみて、何もないから戻ってきた。

いつかジョゼットとケンカして追いかけてった。それきり。

 

そんな人がほとんど歩かない雑草が伸び放題の道を、男の子は笑いながら走る。

彼を追いかけてあたしも走る。

勘弁してよ、ジョギングなんて、やりたくないことランキング第4位なんだけど。

 

とか考えてると、次の瞬間、少年が左手に続く高い岩壁にスッと入り込んでいった。

えっ!何が起きたの?と、驚いたのも束の間。

彼が消えたところに近づくと、岩壁の間に、

大人二人が並んでやっと通れるほどの隙間があった。

 

足元のロウソク以外真っ暗な道と、平坦な壁で隠れて見えなかったわ。

あの子はどこかしら。あたしも隙間に入ると、頼りない火を追ってに奥に入っていった。

 

それが、長い夜の始まりになるとは知ることなく。

 

隙間の奥には、小さな村が広がっていた。

10件ほどの木造家屋があり、それぞれに枯れた田畑や、動かない水車などがある。

廃村になった農家かしら。ふと気づくと、側に朽ちた木製の立て看板が。

 

[マウントロックス村へようこそ]

 

消えかかってるけど、どうにか読めた。マウントロックスって村なのね。

現在地を確かめたところで、

とにかくロウソクの火が続いてる1件の家屋へ足を向けた時。

 

「助けて」

 

少年の声に振り返ると、今通ったばかりの隙間が、大きな岩を積み上げて塞がれていた。

 

「ちょっと、何やってるのよ!出しなさい、こら!」

 

慌てて引き返し、力いっぱい押したり、蹴飛ばすけど、まったく動く気配がない。

閉じ込められた。少年のいたずらとは考えられない。

こんな重そうな岩、あたしの背より高く積めるはずなんかないし、

目を離したのは数秒だけ。

 

「……別の、出口を探すしかなさそうね」

 

大声で叫んだところで、向こう側に人はいない。

最悪、野犬やはぐれアサシンを呼び寄せる結果になるかもしれない。

だったら。あたしは足元に視線を落とす。導くように50cm間隔で並ぶロウソクの火。

この村を徹底的に探すしかない。

頼りない手がかりだけど、小さな火が続いている1件の小さな家に、

恐る恐る足を運んだ。

 

「おじゃましまーす……」

 

なんとなく大きな声を出すのがはばかられて、

小声で挨拶してドアでノックしようとしたら、手が当たっただけで開いてしまった。

そっと屋内に入る。やっぱり見た目通り狭い家だった。

左右に通路が別れている。なんとなく左を選ぶ。

 

ランプの明かりだけが差し込んでくる。リビングへ続いてるようだ。

ほんの数歩歩いてリビングに入ると、テーブルの上にカラのウィスキー瓶とグラス。

そしてこちらに背を向けて座る住人。ほっとして声を掛ける。

 

「あの、勝手に入ってごめんなさい。村の入り口が崩れちゃって、戻れなくなったの。

他に外へ……っ!」

 

息と共に悲鳴を飲み込む。住人の正体は、服を着た白骨死体だった。

薄暗くて気づくのが遅れた。病死か事故死か殺人か。答えはすぐにわかった。

服の胸のあたりに鋭く幅の広い刃物で貫かれたような後があった。

犯人が人間かモンスターかわからない。警戒をしないと。

 

あたしは深呼吸して、痛いほど早まる鼓動を少しでも沈めながら、

この状況を把握する手がかりを探す。テーブルには瓶とグラス以外何もない。

クローゼットを開けてみたけど、中は空っぽ。一着も服がない。

どうやって生活してたのかしら、この人。

 

ここには何もないから、廊下に戻って奥に進む。

そこは台所だったけど、あたしの部屋と同じく、

食材どころかフライパンのひとつもない。

マナ燃焼式コンロのつまみをひねるけど、パチパチ音が鳴るだけで、火が着かない。

一応冷温庫の中も調べてみようと、取っ手に手を伸ばした時、

ドアにマグネットでわら半紙に刷られた何かの書類が貼り付けてあった。

手にとって読んで見る。

 

 

・全村民の皆さんに通知

 

ご存知の通り、夜間はモルスロウが出没するため、しっかりと施錠し、

絶対に外出は控えてください。改めて奴らの特徴を記載しておきます。

正しく理解し、対策に努め、領地の軍が到着するまで、安全確保を徹底してください。

 

・モルスロウの視界に入ると、獲物を素早い足で追いかけ、

 腕を刃物に変形して殺しに来ます。絶対彼らの前に立たないでください。

 

・逆に、奴らは耳が聞こえず、非常に鈍感です。

 万一発見された場合は、直ちに物陰に隠れ、連中が諦めるのを待ってください。

 

・ただ、いくら鈍感とは言え、接触すれば気づかれます。油断は禁物です。

 

・仮に、どうしても戦わざるを得なくなった場合、

 手近な武器になるもので頭部を潰しましょう。

 この場合、背を向けるのはかえって危険です。

 

慌てず、恐れず、安全な夜をお過ごしください

 

マウントロックス村長

(署名欄。かすれていて読めない)

 

 

モルスロウ?リビングの彼が死んだ理由と関係ありそうね。もうここには何もなさそう。

他の家を調べるために、玄関から外に出る。

 

「ちょっ、何よこいつら……!?」

 

村の様子が一変していた。

車のヘッドライトのように、あちこちで暗い村を照らしながら、

よたよたした足取りで異形の存在が大勢うろついていた。

片目だけ覗き穴が空いたズタ袋を被って、

ひび割れだらけの真っ黒な革の上下を着ている、どう見ても人間じゃない存在。

いつの間にこんな連中が……多分、こいつらがさっきのメモに出てきたモルスロウね。

 

あたしは、連中の視界に入らないよう、屈みながら少し離れた一軒家に向かう。

奴らの目が放つ光が、ちょうど危険エリアを知らせてくれる。

ライトに当たらないよう気をつけながら進む。

でも、反対側を向いていたズタ袋一体が、急に振り返ったから、

もろに目の光を浴びてしまった。

あたしに気づいたモルスロウが、袋の中で意味不明な言葉を叫ぶ。

 

『リバ、リバ、ヨギガズマリエブ!!』

 

そして、今までの足を引きずるような鈍足とは一転、

猛スピードであたしを追いかけてくる。もう見つかるかどうかなんて気にしてられない!

あたしは全速力で目の前の家に飛び込む。

 

隠れなきゃ。多分、真正面から戦っても、殺される。どこ、どこかに隠れるところは!?

あたしは素早く家中を見回す。……あった、クローゼット!

ほうほうの体で潜り込んでドアを閉める。

同時に玄関のドアが開き、モルスロウの不気味な吐息が近づいてきた。

 

しばらくすると、スリットから奴の姿が見えてきた。

さっきまで、曲がりなりにも人間の形をしていた両腕が、

長く重量感のある長剣に変化している。

なるほど、最初の小屋の住人は、こいつにやられたってことね。

 

『ガザク。イムラーシムルゼバル、ダラ』

 

奴が首を振る度に、室内が強力な目のライトで様々な方向に照らされ、

心臓がバクバクと音を立てる。

耳が聞こえないらしいから大丈夫だとは思うけど、やっぱり神経に堪える。

やがて、諦めたのか部屋から去っていく。

 

“ガガ!”

 

意味のわからない言葉と共に、乱暴に玄関が閉じられる音がした。

……もう、大丈夫よね?あたしはゆっくりクローゼットから出ると、

すぐ周辺を見回して、安全確認。よし、誰もいない。

何度も深呼吸をしてから、家の中を捜索することにした。

 

ここは……やっぱりリビングみたい。丸テーブル1つに椅子が3つ。

1冊のノートが置いてある。あたしは拾って一番最近のページを読んでみた。

 

 

7月4日

 

やはりこの村を出ることにする。

先祖代々受け継いできた畑を捨てるのは苦渋の決断だが……

わけのわからない化け物に殺されるよりはマシだ。

ローラも説得すればきっとわかってくれる。俺は妻とカイルを守らなきゃならない。

家と土地を買い上げてくれないか、村長に相談しよう。

 

 

黙って日記を閉じた。この人達も外の怪物に怯えていたのね。

確かにあんなのが外をうろついてたんじゃ、命がいくつあっても足りない。

他にめぼしいものもないから、次の部屋に入る。

寝室に入ったけど……間に合わなかったみたいね。

大人の白骨死体が2つ。骨には争ったような傷がある。

 

心の中で手を合わせて、寝室の捜索を開始。

シングルベッドが3つ。それぞれ布団をめくってみるけど、何もなし。

ひとつだけ上から突き刺したような痕と、わずかな血の跡があったけど、

今の状況を好転させるようなものじゃなかった。

 

クローゼットもカラ。化粧台にも不自然なほど何もない。

ここにあったのは犠牲者の骨と……少し離れた壁に何か貼ってあるわね。

近づいてみると、色鉛筆で描かれた子供の絵。

 

“パパ ママ だいすき”

 

……真ん中の子供が、隣の父親、母親と、笑顔で手をつないでいる。

そっと触れてみると、視界に激しいノイズが走る。

それはすぐに収まったけど、なんだかセピア色がかかって戻らない。

何度もまばたきするけど、効果がない。

 

「なんなのよ、これ……」

 

その時、ドアから大きな音が聞こえて、また心臓が跳ねた。

振り返ると、誰もいなかった部屋で男性が子供を背にモルスロウと揉み合っている。

あたしはなぜか体が動かせず、見ていることしかできない。

 

 

“ローラ!殴るものを持ってこい!なんでもいい、早く!”

 

“わかった!”

 

“ウー!レマ、レマ、ガルネリヨバンハバ!!”

 

“パパ、怖いよ!”

 

“カイル、ベッドの下に隠れてろ!”

 

“あなた、工具箱に木槌が!”

 

“よし、俺が押さえてるから、思い切りぶん殴れ!”

 

でも、接近しすぎた妻に気づいたモルスロウが、夫を放り出し、

背後の妻に刃物の腕を突き刺した。彼女の手から木槌が滑り落ち、床で重い音を立てる。

 

“あがあっ……うう”

 

“ローラ!?……この野郎、殺してやる!!”

 

素手で掴みかかる夫。だけど、両腕が刃物の怪物が、彼の腕を斬り飛ばした。

 

“ぎゃああっ!!”

 

シャワーのように飛び散る血が壁や天井を赤黒く濡らす。

そして、彼もまた、心臓を貫かれて、その場に崩れ落ちた。

モルスロウはその死体を踏み越えて、ゆっくりした歩調でベッドに近づく。

中央のベッドのそばに立つと、1mはある刃の腕を、真上からベッドを突き立てた。

 

ぎゃっ、という一声だけが部屋に響き、

モルスロウが腕を引き抜くと、血に塗れた刃が現れる。

それはベッドを少しだけ血で汚し、元の人間型の腕に戻っていった。

 

『フゥ、イミ、ガルネリヨ、マギ……』

 

やっぱり意味不明な言葉を残し、3人を惨殺した化け物は部屋から出ていった。

 

 

惨劇の一部始終を見終えると同時に、またあたしの目にノイズが走り、

総天然色の世界に戻った。足も動く。

改めて部屋を眺めると、ちょうど住人が殺されたところに骨がある。

そして、少しだけ血痕があったベッドの下には……まだ成長しきっていない一柱の人骨。

 

「……」

 

もう、行きましょう。最後にキッチンを調べる。

ここもキッチンの形をしているだけで、包丁などの備品が何もない。

あったところで、大して有効な武器にはならないんだろうけど。

冷温庫を開けると、中に一枚の紙が。こんなところに紙?一体何かしら。

読んでみると、破られた家計簿の1ページだった。

 

 

6月24日

 

玉ねぎ 3つ 2G

ニンジン 2本 1G

じゃがいも 3つ 2G

キャベツ 1玉 3G

ベーコン 200g 5G

 

積立金 100G (なんとか今月も工面できたわ)

 

 

慎ましやかな生活をしてたみたいだけど、積立金て?保険にでも入ってたのかしら。

わからない。わからないなら、これ以上ここに留まっていても仕方ないわ。

今度は隣の家を調べましょう。あたしは玄関に向かう。

ドアを開けると……思わず2,3歩後退した。モルスロウが背を向けて立っていたのだ。

やはりその目は前方約20度の範囲を照らしている。

 

でも、その時あたしの頭の中で、ついさっき見た過去の惨劇がフラッシュバックした。

何の理由もなく殺された3人の家族。暗いベッドの下で串刺しにされた少年。

あたしの心の中で何かがゆらゆらと煮えたぎり、恐怖が激しい衝動に変わる。

手に持った特殊警棒を振るって延長し、戦う決意を固めた。

 

「死になさい」

 

その瞬間、奴が振り向いたけど、あたしが特殊警棒を叩きつける方が早かった。

重く、硬い、近接戦闘武器が、モルスロウの頭にめり込む。警棒が脳を砕いていく。

頭蓋骨が人間とは思えないほど脆い。

そもそもズタ袋の下の姿が、どうなっているのかもわからないけど、

そんな事はどうでもいい。

2度3度と殴りつけると、奴は大げさ過ぎるほどの悲鳴を上げて、倒れ込んだ。

 

『ハギャアアアアアーーーアア!!アギエ、アァ……』

 

「はぁ…はぁ…ざまあみなさい」

 

初めて化け物を倒したあたしは、

慎重にモルスロウの死体に近づいて、ズタ袋を取ってみた。

でも、そこには血まみれの頭も何もなく、首から下は骨だけだった。

 

「どうなってんの?……まあいいわ。考えてわかることじゃないだろうし。

調べるのはここを脱出してからでも遅くないわ」

 

さっさと次の手がかりを求めて、隣の家に向かう。

隣と言っても、小さい坂を登って、少し歩かなきゃいけない。

当然途中にはモルスロウの群れ。

奴らの片目が放つ光に当たらないよう、壊れた荷車や積まれた木箱に身を隠しながら、

目的地に向かう。でも、どうしても玄関前から動かない奴がいる。

 

落ち着きなさい。やり方はさっきと同じ。

あたしは家屋の前でずっと立っているモルスロウの一体に、脇から回り込むように接近。

今度は玄関両サイドの仕切りが邪魔になって、後ろが取れない。それなら。

足元にある大きめの石ころを手にとって、モルスロウの視界に入るように放り投げた。

 

『ガザク!!』

 

奴が前進した、今よ。

あたしは思い切って奴に向かって駆け出し、全力で警棒を振るった。

命中したけど、今度は一撃で死ななかった。

敵は振り返ると、平時には考えられないスピードで腕を刃にして、

あたしに刺突を繰り出してきた。

 

横にステップを取って素早く回避し、もう一撃加える。

モルスロウは二度の攻撃でふらつく。

その隙を狙って、正面からトドメに体重を預けた一打を食らわせた。

ズタ袋の中で何かがぐしゃりと潰れる感触。

 

『キヤオオオオオォエ!アアアアーーーッ!!』

 

「もう今までみたいには行かないわよ。覚悟なさい。……いたた」

 

攻撃を完全には避けきれなかったみたい。左腕に切り傷。少しだけど血も垂れてる。

手当したいけど、ポケットのハンカチもなくなってる。

だけど、ここで突っ立ってるわけにも行かない。

あたしは邪魔者がいなくなった家屋に入った。

ドアを閉めると、長い廊下の左右に一部屋ずつ。最奥にキッチン。

 

まずは左側の部屋。3人掛けくらいのソファと、高さ5段の棚。あとは止まった鳩時計。

調べてみたけど、やっぱり棚には何もなかった。他には……壁により掛かる白骨死体。

壁にペンキをぶちまけたような古い血痕が。気の毒に。ここで、刺されたのね。

こんなふうに……!

 

『ヴァルディング!!』

 

振り返ると、一体のモルスロウが眩しいほど目を光らせながら、

気配もなく後ろに立っていた。両手はもちろん歪な刃物。

あたしは考える前に、身体をひねって特殊警棒を横に薙ぎ、

奴のこめかみ辺りを全力で殴りつけた。

 

『バフ!レブルサスカ……』

 

よろけた瞬間を見逃さず、素早く何度も殴り続ける。

ズタ袋の中で何かが弾けると、やはり絶叫しながら動かなくなる。

 

『ハギイイイイィ!!』

 

「……まったく、油断も隙もありゃしないわね」

 

あたしはモルスロウの死体を踏み越えて、向かいの部屋に入った。

最初に見た村長からの警告文もあてにならないわね。

化け物共が家の中に入り放題じゃない。

とにかく、できれば救急箱かなにかがあればいいんだけど。

量は少ないけど左腕の出血が止まってない。放置しておくといずれ動けなくなる。

 

ドアを開けると、絨毯の敷かれた書斎。

デスクと明かりの消えたランプ。部屋の両脇に背の高い本棚。物資と手がかりを探す。

本棚には何もなかったけど、デスクに書類2枚と小さな紙箱があった。

まずは書類を読んでみましょう。

 

 

・メディカルリーフ(仮称)

 

マウントロックス近隣の森で採取。柔らかく広い葉で、強い薬効成分を持つ。

 

使用法:

茎を折り、分厚い葉を2枚に剥がすと、薬用成分を含んだ粘着質が広がる面が現れる。

患部にその葉を貼り付けると、消毒・止血効果が得られる。

 

 

それって、この箱に入ってるのかしら。試しに開けてみる。

……やった!それらしい葉っぱが1枚入ってた。

さっそく茎を折って、肉厚の葉の内部を露出させる。そしてゆっくり剥がしていくと、

ちょうど湿布のように貼り付けられるようになってた。

 

あたしは血を流し続ける傷口を右手の袖で拭ってから、メディカルリーフを貼り付ける。

少しヒリヒリするけど、肌にぴったり張り付いて、血液垂れ流しの状態は脱した。

うん、本当湿布みたいに粘着力が強くて、絆創膏みたいに血を止めてくれてる。

 

欲しいと思ってすぐ薬草が手に入るなんて、なんだか都合が良すぎる気がするけど、

考えるのは後回し。脱出が先よ。もう一枚の書類は?

 

 

6月15日

 

奴を倒さなければ村はおしまいだ。村長の意向はわかる。騎兵隊もあてにはならない。

街の連中は、こんな僻地の村など気にも留めないだろう。

 

だが、結局戦いになれば1対1だ。誰がその役目を引き受けるのか。

“あれ”を手に入れたところで、勝てる保証など、どこにもない。

 

かつてアースには、二束三文の報酬で、

無法者から村を守り抜いた7人の勇士がいたという。

 

この村にもそんな用心棒がいてくれれば、などと無意味な無い物ねだりをしながら、

今月も積立金を収めるしかない自分が情けない。

 

 

気になる記述ね。奴ってのはモルスロウで間違いないけど、“あれ”って何?

ひとつ前の家で、主婦が家計簿に付けてた、積立金てのもわからない。

はっきりしてるのは、みんなで何かしようとしてたってことくらいね。今の所。

最後のキッチンを見たら次に行きましょう。

ドアを開けて廊下の奥にあるダイニング兼キッチンを調べる。

 

例によって一見して何もない寂しいところ。でも、どこに何があるかわからない。

あたしは引き出しや棚を虱潰しに調べる。やっぱりフォークの一本すらなかったけど、

最後の冷温庫に小さなメモがテープで貼ってあった。

 

 

徹底的に節約!ビールも我慢ね!

それにしても、積立金が高すぎるわ。来月は払えるかどうか。

 

 

ここにも積立金。さっきのメモにちょっと出てきた用心棒でも雇おうとしてたのかしら。

あたしが振り返ると、今度は別のものに驚かされた。女性の白骨死体。

女性と分かるのは、一柱の骨に埃の積もったドレスが着せられていたから。

ただそれだけ。すると、また視界にノイズが走り、セピア色の過去を見せつけられる。

 

 

“ラー。エルガザクマズカ……”

 

“お願い……こっちに来ないで……!”

 

“グィ、ガルフォンシス!”

 

“やめて、お願い、いや……ぎゃふっ!ああっ、ああ……!!”

 

“……ドグニカ”

 

 

女性がモルスロウの両腕で刺殺される現場を見せつけられたあたしは、

精神的疲労が溜まりつつあるのを感じた。

 

「今度はモルヒネのシリンジでも落ちてないかしら」

 

あたしは一人軽口を叩いてわずかでも気持ちを奮い立たせ、

重い足を引きずって、家から出た。

次の目的地は……あの大きな2階建ての建物にしましょう。

 

まるで日本の昔の小学校みたいな佇まい。

この村、入り口で見た印象よりかなり広いわね。建物までは結構距離がある。

当然モルスロウを倒すか、隠れながら進むことになる。

 

腐った干し草の山や、錆びついた大型農具に隠れながら少しずつ進む。

不気味な瞳のライトを回避しながら、奴らの様子を見ていると、異質な個体を発見した。

赤い三角帽子を無理やり鼻先まで被り、汚れきった綿のズボンを履いて、

真っ赤な火傷だらけの上半身を晒してうろついている。

 

そいつもやはり目から光を放っているけど、今までのモルスロウと違って、

この赤い個体は初めから大きなナタを持っている。

見つかったらヤバいのは間違いないわね。

 

あたしの見立てでは、今は村の中央にいる。そこには木の柵で囲われた牧草地がある。

今は枯れ草で見る影もないけど。赤モルスロウは木の柵を時計回りに巡回してる。

今度あたしが隠れてる農具の前を通り過ぎたら、

しゃがみながらゆっくり追いかけるように、通り抜けましょう。

 

赤モルスロウがあたしのすぐ隣で足音を立てる。

あたしは中腰になりながら、その後ろに付いていく。

そうしながら、視線の先に2階建て建物を捉えた時、走り出した。

その時、何故か赤モルスロウが振り返り、その光であたしを照らした。奴は即座に反応。

 

『キエアアアアアアァ!!』

 

赤い方のモルスロウは、最初から絶叫し、柵を飛び越えてあたしを追いかけてきた。

ヤバい、ヤバい、絶対ヤバい!!

あたしは全力疾走して、建物の入り口ドアを開けた。けど……!

 

『ハギッ、ハギッ、クアアアアァ!』

 

あとちょっとのところで左腕を掴まれた!奴がナタを振り下ろす。

とっさに特殊警棒で受け止めるけど、とんでもない馬鹿力で、片腕じゃ抑えきれない。

あたしは警棒を左に振り払って、どうにか奴のナタから逃れ、

赤い帽子を警棒で何度も殴った。

けど、こいつは通常体より耐久力が高くてなかなか死なない。

 

「ふん!ああっ!離しなさいよ、ウジ虫サンタ!」

 

『アアアアアア!!』

 

その時、頭部にダメージを受けた赤モルスロウが、

怒りとも苦痛とも付かない雄叫びを上げて、ナタを力任せにぶん回してきた。

また特殊警棒を縦にして、刃を受け止めたようとした。

結果、ナタは止まったけど、あたしの左手から何かが二つ落ちた。それだけじゃない。

みるみるうちに左手が真っ赤に染まる。落ちたのはあたしの小指と薬指。

 

「あ、あ、……ああああっ!いったああい!!うぁあああ……」

 

激痛で涙が出る。血も出る。

パニックに陥ったあたしは、死に物狂いで赤モルスロウを殴り続ける。

 

「死ね!死ね!くたばれ、ゴミクズ!はぁっ…はぁっ…!」

 

目を血走らせて殴り殺す。

決死の連撃で奴は体勢を崩し、反撃の余地もなく、頭を潰された。

 

『オオオン……』

 

赤モルスロウは、その場にうずくまるように倒れ、動かなくなった。

あたしは敵にとどめを刺すと、ドアから建物に飛び込んだ。

調査なんかしてる場合じゃない。

 

痛い、痛い!血も止めないと!こんなところで死んでたまるか!

血の噴き出る左手を抱きながら、棚や引き出しを引っ掻き回す。1階はダメだった。

つまづきそうになりながら、2階への階段を上る。

 

どこか、治療器具のありそうなところは?

無駄に数が多い教室のような部屋は、全部鍵が掛かってる。

廊下を走って突き当りの部屋に、ドアのない白いタイル張りの部屋が。

入り口の上には“医務室”のプレート。ここしかない!

 

転がるように医務室に駆け込むと、

やっぱり包帯や薬品と言った細かい備品は何もなかったけど、

棚の上に数枚のメディカルリーフを見つけた。時間がない!

あたしは1枚ずつ足りない指で葉を剥がし、指の切断面を覆うように巻き付けた。

 

治療効果のある魔法の葉は、本当に、驚くような効果で、出血を止めた。

とりあえず死なずに済んだあたしは、二本指がなくなった左手を見つめて、

ぼそぼそとつぶやく。

 

「くっつくかな……くっつくわよね。

ここから脱出したら、きっとエレオノーラが治してくれる……」

 

血は止まったけど、激しい痛みに挫けそうになる。今度は本気でモルヒネが欲しい。

けど、当然そんな都合のいいもん落ちてない。

ここにメディカルリーフがあったのも奇跡に近い。消沈しつつ建物の捜索に戻る。

わざわざ上った階段を下りることもないわ。もうこの2階から探しましょう。

いくつかの教室を通り過ぎて、突き当りの立派なドアの前に立つ。

 

村長室。そう書かれたプレートの貼ってあるドアを開けて中に入る。

大きな窓を背にして、立派なデスクと椅子がある。

……その椅子には白骨死体が腰掛けている。

キャビネットや本棚があるけど、キャビネットは鍵が掛かってて、

本棚はいつもどおり何もない。デスクの上には書類とノート。

まず書類から。書類というより紙切れだけど。

 

 

マウントロックス村長 様

金額 100,000G

但し (インクが色あせて判読不能)代として

上記正に領収いたしました

 

 

もしかして、みんなが収めてた積立金ってこれの代金なのかしら。

何を買ったのかはわからないけど。

こっちはノート。新品のノートに数ページ日記らしいものが書かれてるだけ。

あたしみたいな三日坊主だったのね。死亡を回避して、ほんの少し心に余裕が戻る。

彼に何が起きたのかしら。

 

 

4月2日

 

なんということだ。なぜ、静かに暮らしている私達にこんなことが。

ここが昔■■■だったなんて。それだけなら、私の胸の内に留めておけばいいのだが、

夜な夜な村をうろつく化け物は、彼らが蘇ったに違いない。

こんなところに村を作るべきではなかった……!

 

4月18日

 

マウントロックスは小さな村だが、10世帯の住人が暮らしている。

私には皆を守る義務がある。決めた。行商人のうわさ話だが、

ハッピーマイルズには伝説の■■があるらしい。

それならモルスロウ(村民会議で命名)を生み出している“奴”を、

再び墓場送りにできるかもしれない。

 

5月10日

 

積立金導入には反対意見も多かったが、既に犠牲者が出ていることを踏まえて、

多少強引ながら議決権を行使させてもらった。

あれが死んでくれるなら、来期の村長選挙など、どうでもいい。

 

6月27日

 

人が、いや、村が死に行こうとしている。村民の半数が死亡。

村を逃げ出そうとした者が、地面から生えてきたモルスロウに刺し殺された。

陽の光を浴びたモルスロウも直後に叫び声を上げて消滅。

奴らが夜にしか現れないという、私の考えは間違っていた。

この村は、捕らえられたのだ。奴らの呪いに。

例え焼け死んでも逃がすものか。そんな執念の前に我々はどうすればいいというのか。

 

7月8日

 

すまない。本当にすまない。

 

4283 地下金庫

 

 

日記を読み終えたあたしは、そっとノートをデスクに置いた。

インクが垂れていて読めないところもあったけど、

肝心なのは、この村の人達は外の化け物達に殺されたってことね。

そして、それを操ってる親玉がいる。

 

あたしは最後の暗証番号のような物を覚え、自分の血で汚れている階段を下り、1階へ。

地下金庫を探して、床を入念に調べる。

そのうち、音楽室らしき、ピアノがある広い部屋に行き着いた。

 

そこには小さな木の椅子が円を描くように並べられていて、

何かのイベントが行われていたことを伺わせる。

一歩足を踏み入れると、また視界にノイズが走り、在りし日の村民の姿が現れた。

 

椅子には子供達がハロウィンの仮装をして座っている。

……あっ。あたしを導いた男の子もいる。

じっと見ていると、彼と一瞬目が合って、あたしを見て微笑んだ。

すると、ピアノの席に着いていた、教師と思われる女性が立ち上がり、

軽く手を叩いて皆に呼びかけた。

 

 

“さあ、みなさんお待ちかね。おやつ交換の時間ですよ。

先生のピアノが鳴り終わるまで、隣のお友達にどんどんお菓子を回してくださいね。

何が来るかは、お楽しみですよ~”

 

“わーい!”

 

“では、はじめますよ。さん・はい!ハッピーハロウィン、ハッピーハロウィン♪”

 

“かぼちゃのランプに火を着けて、みんなでオバケに変身だ♪”

 

教師がピアノを弾き、子供達が歌いながらお菓子を回す。楽しそうな、平和な光景。

でも、あたしがこれを見ているということは。

 

“朝から晩までお祭り騒ぎ、ハッピーハロウィンは楽しいな……ストップ!

はい、みなさんお菓子を止めて~”

 

そして、時が来る。窓ガラスを破って、複数体のモルスロウが侵入。

楽しいお遊戯の場が一瞬にして惨劇の舞台に変わる。

 

“みんな逃げて……いぎゃっ!”

 

“いやああ、先生!!”

 

まず教師が2体がかりで串刺しにされた。

 

“ゼブ、ゼブツバスカス!”

 

“助けてー!先生が殺されちゃったよー!あうっ、かかか……!”

 

子供達も情け容赦無く虐殺される。

頭から腕を突き通され、首をはねられ、

脚を切り落とされて這いながら逃げる子の頭を、踏み潰す。

今日、あたしを連れてきた男の子は、腹を裂かれて内蔵を引きずり出されて、

全身血まみれになって死んでいった。

 

「……」

 

これはあくまで過去の出来事。あたしは見ていることしかできない。

だからといって目を背けるつもりもなかった。一度消えかけた心の火が再び燃え上がる。

最後の一人を丹念に切り裂くと、モルスロウの群れは外に戻っていった。

 

 

そして、あたしの景色も元に戻る。音楽室には大人一人、子供大勢の骨が散乱している。

子供の骨は、何人もの死体が重なり合ったせいで、どれが誰の骨かすらわからない。

 

それでも足が動くようになると、這いつくばって音楽室の床を調べ始めた。

皆の骨をかき分けながら。せめて、あの子が残したメッセージの意味を拾い上げなきゃ。

地下金庫に通じる道は1階のどこかしかない。

 

大事なものをわかりやすいところに隠すはずがない。

だったら、一見脈絡がないこの音楽室も見過ごせない。

あたしはとにかく床を這って、入り口を探し続けた。

 

30分後。全体をくまなく探したけど、隠し通路らしきものは見つからなかった。

他を当たりましょう。あたしは音楽室を出る時に、一度だけ振り返り、

あの男の子が座っていたところに視線を移した。

 

……あの子は、なんであたしのところに来たんでしょうね。

少し物思いに耽ると、あることに気づいた。やだ、まだ調べてないところがあったわ。

 

木製の椅子の下に敷いてあるカーペット。あれの下を見てなかったわ。

音楽室に戻り、カーペットの端を持つ。

 

「……ごめん」

 

一瞬ためらって、思い切り引っ張ると、たくさんの椅子と骨がゴロゴロと転がっていく。

すると、部屋の中央辺りに正方形の蓋のようなものが隠れていた。これだわ!

 

右手で持ち手を引っ張ると、蓋が開いて地下室への急な階段が現れた。

あたしは階段を踏み外さないよう、ゆっくり下りて地下室に入る。

中は空気がひんやりしていて、高さは成人男性が直立すると頭を打つ程度に低い。

問題の金庫はどこかしら。力尽き掛けた雷光石だけが暗い室内を照らす。

 

本来、備蓄食料や工具などが置かれていたと思われる、壁から突き出た棚には何もない。

どんどん奥に進んでいくと、ぽつんとそれが置いてあった。

重量感のある、4桁の数字を入力する方式の厳重な金庫。

あたしはダイヤルを回して4283を入力。

内部でガチッという音がして、錠が外れた。そして扉を開けると……

 

この農村に似つかわしくないものがそこにあった。

手持ちの大砲(ハンドキャノン)の名をほしいままにする、オートマチック拳銃。

その名は、デザートイーグル。

自動式拳銃の王道を行く洗練されたデザインと、

それに相応しい重厚感のあるメタリックな外観が特徴。当然破壊力も桁外れ。

 

「これは…….44マグナム弾を使用するタイプだわ。予備のマガジンもある。

みんなはこれを買うために積立金を収めてたのね。でも、戦う人がいなかった。

これまでは、ね」

 

『イニィケレ……ガブレマデクア!!』

 

闇からあたしの背後にモルスロウが現れる。

あたしは銃の安全装置を外し、不自由な左手の代わりに、

銃身を足で挟んでスライドを引く。そして振り返り、敵と向き合う。

既に両腕を刃物に変えている。

 

あたしは両手でグリップを握れないから、左腕に銃を持った右手を乗せ、

少しでも銃身を安定させてから、狙いを定める。

 

「バケモンに謝れだの償えだの言わないわ。せめて、的になって、死になさい」

 

モルスロウが鋭い刃を伸ばすと同時に、トリガーを引いた。

爆弾の炸裂音と形容できるほどの銃声と共に、.44マグナム弾が撃ち出され、

敵の頭部に食らいつき、ズタ袋ごと頭部を引きちぎり粉砕した。

いつものうるさい断末魔も、なかった。

 

奇妙な感触。大きな銃声は認識できたけど、耳を痛めることがなくて、

撃った時も驚くほど反動が小さかった。

その代り、射撃時に昔のブラウン管テレビのように、一瞬視界にゴーストが現れたけど。

 

変な現象だけど今のあたしには助かる。

繰り返すけど、左手を痛めた状態でハンドキャノンを撃つ事は、本来なら無謀なの。

あたしは地下室から出ると、“奴”と決着をつける覚悟を決めた。

村長の日記にあった、モルスロウを生み出している存在。そいつを探し出して始末する。

 

決意を固めて建物から出ると、大事なことに気がついた。

ドアの前に二本の指。切り落とされたあたしの指。

一応拾っとかなきゃいけないんだけど……自分の指でも気味が悪いわ。

もう結構紫色になってるし。

つまむように拾ってポケットにしまうと、更に村の奥へ進んでいった。

 

北側に目を向けると、もう建物はないけど、

巨大な広葉樹が並んで葉を広げ、自然のトンネルを形作ってる。

当然モルスロウも沢山いる。あまり派手な動きは出来ないわね。

特殊警棒とデザートイーグルをポケットに入れてて、スカートがズレそう。

避けられる敵は避ける。

 

よく動きを観察するのよ。

……なるほど、じっくり動きを見たら、ほとんどのモルスロウは左右に往復してるだけ。

ライトに当たらないよう、慎重に後ろを通れば、トンネルの向こう側に抜けられそう。

牛の死体が腐敗ガスを吐き出すような声を出しながら規則的に歩くだけのモルスロウを、

縫うようにして進む。

 

お願いだから途中で振り向かないでよ。気まぐれで方向転換したこと、あったでしょ。

……でも、あたしの心配は杞憂に終わり、

うまくモルスロウの死角を通って、トンネルの出口付近にたどり着いた。

 

しかし、トンネルの出口で赤モルスロウがこちらを向いていて、微動だにしない。

これは避けられないし、特殊警棒でやりあってたら、

はずみで他の敵の視界に入るかもしれない。

 

あたしはポケットからデザートイーグルを抜いて、再び左腕と右手で構える。

フロントサイトとリアサイトの直線上に、赤い三角帽子を収めると、

迷わず、ゆっくりトリガーを引く。

森全体に響き渡る銃声、そしてゴーストと共に、赤モルスロウの頭が弾け、

やはり声一つ上げずに骨だけの存在になった。

 

「指のお返しよ。いい気味ね」

 

まだ銃口から硝煙が立ち上るデザートイーグルを手に、敵の最期を眺めていると、

突然視界が真上になった。あたた。足元の腐った葉に足を滑らせたみたい。

早く立たなきゃ。ああ、左手が不自由だから上手く立てない。

血は止まったけど、まだ痛いのよ、指。

 

『ガザーアァク!!』

 

しまった!モタモタしてる間に、他の奴に見つかった!

腕が変形を始めてる!逃げなきゃ!また転びそうになりながらも全速力で突っ切る。

お願い、トンネルの向こうにキャリバー50で武装した要塞が、

出入り自由な状態で存在してて!

 

あたしはひたすら暗いトンネルを走り、

とうとう月明かり眩しいくらいのエリアに出たけど、都合のいい願いは打ち砕かれる。

そこは広大な円形の草原で、奥は高い崖に阻まれていて、これ以上先には進めない。

 

中央に何かが崩れたような岩の山があるだけで、逃げる場所も隠れる場所もない。

モルスロウはすぐ後ろに迫っている。思考が停止する。

万事休すって、八方塞がりって、絶望って、こんなに人の心を打ちのめすものなのね。

ふらふらと岩山に近づく。追いついたモルスロウが刃を放つ。

 

……けど、刃はあたしの胸に刺さる直前で止まっていた。彼らは急に慌てだす。

 

『バニス、バニス!リダイバオーマ、グルグ!!』

 

化け物の群れは、何かに怯えて逃げ出していった。安心して、いいのかしら……?

 

そんなわけないって、どこかでわかってたのに、つい考えちゃった。

 

冷たい夜の風が震え、足元から僅かな振動が伝わる。

何かの気配を感じて岩山を見ると、またノイズ。

単なるあたしの勘だけど、過去を見るのはこれが最後。

 

 

大勢の槍と盾を持った兵士が見守る中、

ズタ袋を被せられた男が、木の台の上に押さえつけられ、命乞いをしている。

 

“助けてくれぇ!俺が悪かった!なんでもするから、許してくれ!”

 

だが、彼の言葉に耳を貸す者はおらず、

紫色のマスクを被った巨漢が大きな鎌を持って現れた。

彼が木の台に近づくと、その気配を感じたのか、ズタ袋の男が泣き叫ぶ。

 

“ううっ……いやだ!いやだ!死にたくねえ、死にたくねえよぉ!!”

 

しかし、マスク姿の巨漢は、何かをつぶやくと鎌を振り上げ、次の瞬間。

ゴロン…と、何かが入ったズタ袋が地に転がった。

 

なるほど、ここは処刑場だったわけね。またノイズが走り、場面が切り替わる。

場所は変わらないけど、今度は処刑台が違う。

足元に木材や藁を敷き詰めた柱に縛り付けられた男が、

首まで届く赤い三角帽子を被せられて、やはり死を前に必死に叫んでいる。

 

“違うんだ!俺は何もやっちゃいない!無実なんだ!嵌められたんだ!!”

 

またも彼の叫びは虚しく刑場に響くだけ。

彼が本当に無実だったのかどうか、確かめる術は、もうない。

執行人が松明を持ってきて、赤い帽子の彼の足元に火を着ける。

火は瞬く間に勢いを増し、罪人とされた男を包み込む。

 

“ああああっつああっ!!ひぎゃああーーああぁ!!あづい、あづい!たすけてぇ!!”

 

聞くに堪えない断末魔。生きたまま焼かれる苦痛は言語に絶するものがあるだろう。

ライターか何かで、身体の目立ちにくいところを1秒炙ってみると実感できると思う。

 

 

昔話はお終い。

さあ、出てきなさい。今度はあんたが裁かれる番よ、マウントロックスを殺した犯人!

過去の映像が終わると、崩れた岩山にどす黒いオーラが集まり、

見上げるほど大きな塊となり、輪郭と色を得て、一体のモンスターとなった。

 

3メートルはある巨体を膨張しきった筋肉で包み、裸の上半身は死体のような紫色。

ズボンには様々な工具……恐らく拷問器具がぶら下がってる。

肌の色に合わせるように紫のマスクで頭部を覆い、

半径4mは薙ぎ払えるような巨大な鎌を持っている。

 

『ガス、イン、ネーモブ、ゴッ!エー、ノ、ギィヒィ!!』

 

化け物は意味不明な鳴き声を上げ、ブオンブオンと処刑用の鎌を素振りした。

 

「……何が戻ってくるわけじゃないけど、あんたを生かしておくわけにも行かないの」

 

あたしは重い特殊警棒を投げ捨て、デザートイーグルを構える。

それを見た処刑人が、あたしに鎌を振り下ろしてきた。

横に跳んで縦攻撃を避けたけど、超重量の鎌が叩いた地面が激しく揺れる。

落ち着いて揺れが収まるのを待って、またデザートイーグルを構えた。

 

あのデカい身体ならどこを狙っても当たる。

両手持ちができない今、無理にヘッドショットは狙わなくていい。

処刑人の胴体を狙って、トリガーを引く。

ゴーストを伴う銃声と共に、.44マグナム弾が敵の腹部に命中。

かつて世界最強と謳われた銃の強烈な一発を腹に食らい、思わず腹に手をやる化け物。

 

でも、すぐに体勢を立て直し、雄叫びを上げながら、今度は鎌で横に薙ぎ払ってきた。

曲線を描く巨大な刃が迫りくる。瞬時にあたしは前に跳んで地面に張り付く。

直後にあたしの頭上を鎌が通過。間一髪で回避。

あたしはそのままデザートイーグルを地面に固定し、再度処刑人に発砲。

今度は胸に命中。これはかなり効いたみたい。胸を押さえながら悲鳴を上げる。

 

『フゴオオオォ!!』

 

奴が膝を突いている間に、リロード。

カラのマガジンをリリースして、予備のマガジンを差し込む。

それから銃を足で挟んでスライドを引く。この作業、かなりしんどい。

大型拳銃の発射機構は当然重くなってるから、装填にも力が要る。

ちょうどリロードが終わると同時に、処刑人が持ち直して、頭をブルブルと振った。

 

今度は、鎌を地面に突き刺して、両手で拳を作り、あたしに向かってジャンプしてきた。

敵を慎重に観察したあたしは、大きく横に走って、回避。

ドスン!と奴の空振りが地面を叩くと同時に、その場で跳ね、

地を走る衝撃を続けて避けた。

すかさず振り返って、またデザートイーグルのトリガーを引く。

やった、今度はラッキーショット!奴の頭部に命中!

 

『アア!!ウグオオオ……』

 

流石に効いてるみたい。頭を揺らしながらその場で両膝を突いてる。

このチャンスに続けざまに数発を撃ち込む。胴に2発、腕に1発。

デザートイーグルの3連発はキツいでしょう!奴が立ち上がる姿はもうヨロヨロ。

 

このまま行けば……と思ったら、処刑人が一際大きく咆哮して、

あたしに向かってダッシュしてきた。まだこんな力が残ってたの!?

そう考える間もなく、奴の大きな手で掴み上げられた。

 

こいつ……!あたしを握りつぶす気だわ。体中の骨がきしみを上げる。

でもね、飛び道具持ってる相手に無闇に接近するもんじゃないわよ!

あたしは右手の手首を曲げて、デザートイーグルの銃口を処刑人の頭に向ける。

そして、連続してトリガーを引く。

 

目の前が多重ゴーストでわけがわからない。でも、構わない。

.44マグナム弾が奴の頭に突き刺さる感触と、奴の悲鳴が聞こえるならそれでいい。

 

処刑人が顔を押さえてあたしを放り投げる。痛い。でも奴はもっと痛いはず。

銃の反動がほとんどない不可解な空間だから出来た芸当だけど、

急所に何発もマグナム弾を食らったんだから、もう体力は尽きかけてる。

奴は地面に刺した鎌を再び手に取る。

 

決着、付けましょうか。処刑人はあたしの首を刈り取るべく、大鎌を全力で振り回す。

あたしは銃身に一発だけ残ったデザートイーグルを構える。

処刑人の鎌があたしの左側10mまで迫る。あたしは銃のトリガーを引く。

互いの殺意を込めた武器が唸りを上げる。どちらが先に命中するか、ただそれだけ。

 

そして、時間が停止。

処刑人の大鎌があたしの首の皮をわずかに斬り、音もなく血が滴る。

あたしのデザートイーグルの銃弾は……螺旋を描いて飛翔し、

奴の頭部を消し飛ばしていた。

 

『ゲフ、ゲフ……レバ、バザグダギィィ!!』

 

狂った神罰の代行者が絶命した瞬間、真っ暗な闇夜が、かすかに霧の漂う朝に一転した。

もう処刑人の死体も、鎌も、消えてなくなっていた。

広場に残されたのは、やはり崩れた岩山と、無数の人骨。

 

「数多くの罪人を処刑しているうちに、自分の凶暴性が抑えきれなくなったのかしら。

あるいは神の代行者と思い上がった傲慢?……もう何を言っても無駄だけど」

 

広場中央の崩れた岩を見ながらつぶやくと、あたしの意識が暗転した。

 

 

 

 

 

次に目が覚めたのは、教会のあたしのデスク。

ベッドにも入らずデスクで寝ていたみたい。

 

「ふが。あたし寝てたの?あああ、こうしちゃおれんわ!あたしの指……」

 

慌てて左手を見ると、小指と人差し指は何事もなかったようにくっついており、

左腕の切り傷、破れた服も元通りだった。

……と言うより、最初からそんな怪我はなかったんだろうけど。

 

落ち着いて自分の部屋を見回すと、

ガジェット、スマホ、化粧品等で溢れかえったあたしの部屋。汚ったねえいつもの部屋。

もちろん銃も金時計も特殊警棒も元の位置にある。

ポケットに手を突っ込むと、当然あたしの指じゃなくて、ガンロッカーの鍵。

 

「夢にしちゃリアル過ぎだったわね。気味が悪いわ、まったく」

 

あたしはもう、みんなが待つダイニングへ行こうと立ち上がった。

でも、その時ふと引き出しの一つが気になり、ゆっくりと開けてみた。

思わず、うおう!と変な声を出してしまった。

 

中には、処刑人との決戦で使ったデザートイーグル。

この少々古ぼけた感じは間違いない。マウントロックスで手に入れたものだ。

 

もうひとつ何かが入っている。それはちぎれたメモ用紙。ひどく古くて茶色になってる。

裏返すとそこには、大人か子供、どちらが書いたかわからない歪んだ字で、

 

あ りが と う

 

とだけ。背中に怖気が走る。悪夢はまだ終わってないってこと?

コンコン。混乱してるところでドアをノックされたから飛び上がるかと思った。

 

「だ、誰?」

 

“里沙子さん、夕食ができましたよ。みんな集まってるんで来てください”

 

「ああ、ジョゼット?ありがとう、今行く」

 

 

 

それからダイニングに下りると、みんなから文句が飛んできた。

 

「遅いぞー。せっかくのスープが冷めちまうよ」

 

「そうよ、夜寝られなくなるわよ、里沙子。吸血鬼でもないのに生意気!」

 

「今日はペンネたっぷりのミネストローネと、ハムを挟んだふっくらコッペパンですよ」

 

「ジョゼットさんのお料理はシェフ顔負けですね。いつも食事が楽しみです」

 

「えへへ、そんな事は~ちょっとくらいはあるかな、テヘ!」

 

「里沙子お姉さま、早くパルフェムの隣にお座りになって!」

 

「ワタシの、隣にね」

 

「相も変わらずうるさいわね、あんたら。寝起きなんだから勘弁してよ」

 

あたしはパルフェムとカシオピイアの間に座る。

ジョゼットとエレオノーラがお祈りを始めた。

 

「今日もマリア様のお恵みに預かり……」

 

「いただきまーす」

 

悪いけど付き合ってられん。あたしはスプーンでミネストローネをすくって一口飲む。

うん、美味しい。今度はペンネを頬張ろう。

 

またスプーンで筒型パスタをすくうと、それは、子供の骨だった。

スープも、一瞬目を離した間に、細切れにした野菜が浮かぶ、赤黒い血に変わっていた。

 

心臓が大きく跳ねる。

悲鳴を上げないよう務めて大きく息を吸って、みんなの様子を見る。

ルーベルがコップに入った血を飲んで口の周りを真っ赤にし、

他のみんなは、細い骨をバキバキと噛み砕きながら、血のスープを美味しそうに飲み、

何かの肉にかじりついている。何の肉かは考えたくもない。

 

「……ごめん、ちょっと外の空気吸ってくる」

 

「どうしたんだ。具合でも悪いのか?」

 

「やーい里沙子。お行儀悪いんだ~」

 

あたしは返事をすることなく、聖堂に駆け込んだ。

長椅子に座り込んで、深呼吸を繰り返して酸素を取り入れる。

幻覚に決まってる。まだ夢の影響が残ってるだけ。

悪夢の残滓に苛まれていると、エレオノーラが聖堂に入ってきて、

あたしのそばに立った。

 

「何があったのですか……?」

 

「夢を、見たの。住人が皆殺しにされた村で化け物と戦った」

 

「それは夢ではありません。里沙子さんの背中に、良くないものが憑いています」

 

「夕食、エレオには変なものに見えなかった?……骨とか」

 

「いいえ。里沙子さんに憑いている何かと視覚がリンクしているのです。

今すぐ祓いましょう。背中を見せてください」

 

「お願い……」

 

あたしは反対側を向いてエレオに背中を見せる。

彼女はあたしの背中に両手で触れると、魔法を詠唱した。

 

「在らざる者、還るべき者。生ある者に縋るべからず。聖母の御下へ旅立ち給え!」

 

見えてないけど、エレオノーラの手が光ってるみたいで、

暗い聖堂が、ぼんやりと明るくなる。

だんだん混乱している脳がクリアになって、心が落ち着きを取り戻した。

 

「……終わりました。気分はどうですか?」

 

「最高。身体が凄く軽くなったわ。ありがとうね」

 

「軽くなったというより、それだけ沢山のものを背負い込んでいたということです。

さあ、戻りましょう。食べて体力を付けた方がいいです」

 

「そうね。すっきりしたらお腹が空いてきたわ」

 

それから、あたし達はダイニングに戻って夕食を再開した。

少し冷めたけど、ミネストローネはやっぱり美味しかったし、

コッペパンもちぎってバターを塗ると最高だった。

さっきの光景を思い出さないようにするのに苦労したけど。

明日にでも役所に行って、あの村があった場所の調査を依頼しなきゃ。

 

 

 

 

 

ゴトゴト、ゴトゴト。

里沙子の部屋で何かが音を立てている。

デザートイーグル。彼女が激闘を征した銃の中で、何かが蠢いていた。

 

 



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悲劇の終わり。奇妙な新住人
はい、通常営業に戻りまーす


シュワルツ将軍率いる騎兵隊を先頭に、

あたしとエレオノーラ、大工や石工達が馬車に乗って、街道を西に向かっていく。

もちろん、目的はマウントロックス村の現状視察。

無いとは思うけど、まだモルスロウの生き残りが居るなら掃討する必要があるし、

そもそも何故連中が蘇ったのかを知る必要がある。

 

 

 

悪夢の夜を乗り切った翌日、

朝一で街の役場に駆け込んで事の次第を説明して、現地調査を依頼した。

最初は、受付のオッチャンも半信半疑だったけど、

デザートイーグルと5文字のメモを見せると、とりあえず対応してくれた。

ちなみに今、M100にはお休みしてもらって、

左のショルダーホルスターにデザートイーグルを差してる。

 

「なるほど。モロなんとかって化け物が、まだ居るかもしれない。

将軍殿に調査に兵を派遣して頂けないか伺ってみよう」

 

「お願い。マウントロックスの現状を見ないと、あの事件は終わらないの」

 

そして一旦帰宅して連絡を待っていたら、翌日。

 

“うおおおおお!リサアアアァァ!!”

 

窓ガラスをビリビリ震わせるほどの大音声が近づいてくる。

声の主がシュワルツ将軍だってことは見なくてもわかるけど、一応窓から様子を見る。

街道を愛馬に乗って爆走する装甲の塊は、軽戦車の突撃並の迫力がある。

そして、彼は間もなく玄関先に馬を停め、ドアをノックしてきた。

 

素早く階段を下りてドアを開けると、いきなり彼に両肩を掴まれ激しく揺さぶられた。

頭が首ふり人形みたいにグラングランする。

将軍にしたら軽く揺すってるつもりなんだろうけど。

 

「リサ!!話は聞いた!危うく命を落とすところであったと!無事であったか!」

 

「わわわ、大丈夫です!大丈夫ですから落ち着いてくださいな!」

 

「あの僻地にモルスロウなる怪物が潜んでいたとは!生き残りがいる可能性もある!

リサ、生還したばかりで済まぬが、案内を頼みたい!」

 

ようやく彼の大きな手から逃れたあたしは、軽く咳をして喉を整えてから答えた。

 

「もちろんです。マウントロックス村に何があったのか、

わたくし一人では調査しきれません。ご協力に感謝します。

その前に、少々お待ちいただけますか。

頼れるシスターが必要になると思いますので……」

 

「うむ!我らはここで待たせてもらう!」

 

あたしがダイニングに向かおうとすると、彼女の方から聖堂に入ってきた。

 

「エレオ……」

 

「話は聞かせてもらいました。きっと、浮かばれない者達が今でもいるはずです。

わたしもお力添えできると思います」

 

「ありがとう。

もう化け物はいないだろうけど、殺された住人達を放っておくわけにもいかなくてね。

……将軍、お待たせしました。マウントロックス村に来て頂けますでしょうか」

 

「うむ、準備万端である!ハッピーマイルズ領の地図を持参したのだが、

マウントロックスという村は記されていなかった。リサの案内が必要である。

さっそく出発しようではないか!」

 

 

 

それで、あたし達は馬車で街道を西に進む。

小さな男の子の足でもすぐに着いたくらいだから、5分程度で目的地手前に着いた。

あたしは窓から顔を出して、将軍に声を掛ける。

 

「この辺りで止まって頂けますか?

左手の岩肌に、見落としそうなほど狭い入り口があります」

 

「よし、皆の者!馬を止めい!」

 

数台の馬車が雑草だらけの街道に停まると、

あたしは馬車から降りて、夢で見た村の入り口を探す。

でも、探すと言うほど時間は掛からなかった。

ちょっと進むと、あたしが閉じ込められた村の入り口が見つかった。

やっぱり岩が山積みになってる。

 

「将軍、こちらです。この向こうに例の村があります」

 

あたしを追いかけて、将軍や職人達が岩の壁の前に集まった。

 

「うむむ……これでは通るのは無理だな」

 

そりゃ、あなたの大きさじゃね、と心の中で思っていると、

石工の親方らしき人が積まれた岩に近づいて、隙間を覗き込んだ。

 

「将軍さん、確かに向こう側に村みたいなもんがありますぜ。

岩どけりゃ、中に入れます」

 

「わかった。岩の撤去作業を頼む」

 

「へい。……野郎共、道具の準備だ!テキパキやるぞ、テキパキと!」

 

“はい、親方!!”

 

さすがはプロの石工達だった。絶対人間じゃ動かせないと思ってた岩に、

一つ一つしっかりと丈夫な縄を縛り付け、滑車で引っぱり、テコや細い丸太で移動し、

あっという間に人が通れるだけのスペースを作ってしまった。

 

「ふぅ。馬はちょっと入れやせんが、将軍さんでも横になれば入れます」

 

「ご苦労だった。今度は我々の番であるな。総員、警戒態勢を保ちつつ、突入するぞ!」

 

将軍と騎兵隊の人達が岩の隙間から中に入っていく。

全員が通ったのを確認すると、彼らにあたしとエレオもついていく。

……あの惨劇の舞台へ。また、ここに来るとはね。

 

[マウントロックス村へようこそ]

 

夢の中でここに来た時に見た立て看板を探したけど、

朽ちた木の棒が1本立っているだけだった。そして、改めて村を見回す。

今度は昼間だから、全体像がよく見える。

あたしが最初に飛び込んだ家も、あの男の子が殺された2階建ての家屋も、

何もなかった。

 

何もない、というより正確には、まともな状態を保った家が一件もない。

完全に崩れて家の姿を留めていない。崩れてから相当時間が経っているようで、

屋根だった木の板も踏んだだけで簡単に割れそう。

瓦礫と化した家々や雑草を、6月の湿気を帯びた風が通り抜け、

灰色の木片がカラカラと音を立てて転がり、寂しげな情景を生み出している。

 

「リサ、ここが貴女の戦ったマウントロックス村であるのか?」

 

「はい。夢の中で、ですが。

おそらく、家の跡を掘り返すと、人の骨が出てくるはずです。

住人が殺される光景が何度も意識の中に飛び込んできましたから……」

 

「そうか……では、大工の諸君は廃材の撤去。我が部隊は、皆の護衛。

またモルスロウが出現しないとも限らん」

 

“へい!” “了解!”

 

兵士と大工が作業に取り掛かると、

あたしは改めてマウントロックス村だった場所を見回した。

来たときよりも更に雑草が生い茂っていて、

ここに人が住んでいた事実を覆い隠しているみたい。

でも、確かにここで生きていた人がいる。あたしがそれを忘れりゃ本当にお終い。

その時、エレオがあたしの袖をつまんだ。

 

「里沙子さん。大丈夫です。大丈夫ですから」

 

「ああ、ごめん。なんか怖い顔してたかしら?」

 

「無理もありません。

やはり、無念な想いを捨てきれず、留まっている人達がたくさんいます。

きちんと弔って差し上げなくては。それは、わたしに任せてください」

 

「ありがと。やっぱり頼りになるわね。あなたは」

 

“遺体発見、遺体発見!”

 

あたし達の会話を兵士の報告が遮った。それから、同様の報告があちこちから上がった。

兵士のひとりが持ってきた広い布を何枚も地面に広げ、騎兵隊総出で遺骨を並べた。

大人のもの、子供のもの、完全なもの、上半身しか見つからなかったもの。

様々な形状の遺骨が村の跡地中央に並べられた。

死をかき集めた光景を前に、あたし達はしばし言葉を失った。

 

「何ということだ!

これだけの犠牲者が出ていながら、何の記録も残っていないとは……」

 

「きっと、軍と行政の組織的連携が、

今ほど発達していなかった時代の出来事だったのでしょう。

住人達も騎兵隊をあてにせず、強力な銃で立ち向かおうとしていたようですから」

 

「なんて酷い……彼らの悲しみが、声なき声となって、未だこの地に響いています。

将軍、お願いがあります。わたしが迷わず天に旅立てるよう、彼らに祈りを捧げます。

その後、別の土地に埋葬してあげてください。

この呪わしい地は、死者の眠りに相応しくありません」

 

「承知した。

ハッピーマイルズ北西の人里離れた海沿いに、日当たりの良い空き地がある。

そこに共同墓地を作るのが良いだろう。領主には我から伝えておこう」

 

将軍が地図を調べながら答える。

 

「ありがとうございます。では、わたしは……」

 

エレオノーラは、丁寧に並べられた白骨死体の前に立つと、その場に膝を折り、

指を絡めて、祈りの言葉をささやき始めた。

しばらく見ていたけど、あたしにできることは何もない。

全てが手遅れになってからやってきただけのあたしには。

犠牲者の供養はエレオに任せて、あたしは将軍に声を掛けた。

もうひとつ気になる場所がある。

 

「将軍、もう一ヶ所見ていただきたいところがあるのですが、来て頂けますか?」

 

「リサの通報にあった、謎の広場か?」

 

「はい。あの北のほうに、樹木が形作っているトンネルがありますよね。

それを抜けた先です。そこで、モルスロウを生み出していた処刑人を倒しました。

ひょっとしたら、処刑人の骸もあそこに」

 

「なるほど、それは放置しておけない。調査が必要だ。行こうではないか」

 

あたしと将軍は、村にエレオノーラと護衛の兵士を残して、

謎の広場を目指して歩き出した。

広葉樹のトンネルは薄暗く、空気がひんやりしていて、やっぱり葉が腐ってる。

慎重に歩かないとまた転びそう。

大工達は足場の悪い現場での作業に慣れているのか、スタスタ歩いてるけど。

 

トンネルを抜けると、見覚えのありすぎる円形の草原。中央の崩れた岩山はそのまま。

なぜ、こんなところに処刑人が陣取っていたのか、真実を突き止めなきゃ。

そう思ったあたしの横を通り抜けて、石工達がまっすぐ岩山に向かっていった。

そして、転がる岩を入念に調べる。

 

あらら、なになに?ただの落石じゃないの?

何が気になるのか尋ねようとした時、石工の親分が将軍に大声で呼びかけた。

 

「将軍さん、こりゃ石碑ですぜ!崩れてやすが、積み上げれば元に戻りやす!」

 

「石碑だと?復元にはどれくらい掛かる?」

 

「1時間もありゃ十分でさ!」

 

「では頼む。作業に取り掛かってくれ」

 

石碑……?だとすると、“奴”の復活した原因がおぼろげながら見えてくる。

石工達はさっきのような、手慣れた動きで岩にしっかり縄を掛け、

テコやジャッキを駆使して、壮大なパズルを組み立てるように、岩を積み直す。

作業完了まで少し待つ。その間、将軍にあることを確認する。

 

「……将軍、ところで機雷の製法はお役に立ちましたでしょうか」

 

将軍はきょとんとした顔であたしを見る。

 

「機雷?それは何であるか」

 

「失礼しました、なんでもありません。わたくしの記憶違いだったようです」

 

彼はあたしの妙な質問に、顎髭をねじりながら考え込んでいたが、

あたしはもう黙って気づかないふりを続けていた。

あの日の出来事が全部夢なら、シュワルツ将軍が来ていたことも夢。

自分の記憶の中で一番印象的な事実。

トライトン海域共栄圏辺りの事件と、あたしの知識、

あの子の記憶への干渉がごっちゃになった、

言わばエラーみたいなものだと思う。

 

 

 

「おーし、こんなもんだろう。

あと、土台と右側の出っ張り、ワイヤーでしっかり巻いとけ」

 

“はい!”

 

そして、石工達は宣言通り、ほぼ1時間で石碑を完全に修復した。

ひび割れてはいるけど、高さ3mはある石碑に、文字が刻まれていた。

風化が進んで見えづらい。近づいて一文字ずつじっくり読む。

 

 

この重石にて罪深き血塗られた魂をここに封じる

 

殺人 52名

強盗殺人 31名

放火 9名

放火殺人 17名

執行者 1名 二度とあってはならぬ咎人

 

第67代法王 (欠損している)

 

 

……そういうことだったのね。あたしが戦った処刑人が、ここに刻まれている執行者。

本来、死刑執行人は神職だけど、奴はここに封印されるほどの何かをやらかして、

逆に処刑されることになった。

 

死んでもなお、その殺意は消えることなく、何かの弾みで石碑が崩れたのをきっかけに、

化け物として蘇り、かつて自分が処刑した罪人をモルスロウとして蘇らせて、

欲望のままマウントロックスの住人を虐殺した。こんなところかしら。

 

「これは、墓というより悪霊を封印するための戒めなのだな……」

 

一緒に石碑の文を読んでいた将軍がつぶやく。つぶやき声でもやっぱり腹に響くわ。

とにかくこれであの悪夢の原因はハッキリした。

エレオにも伝えなきゃ、と思ったら、いいタイミングで彼女も広場にやってきた。

 

「皆さん、すぐにその石碑から離れてください!それは穢れにまみれています!」

 

「エレオノーラ女史。穢れとはどういうことか?」

 

「あなたの言う通り、これは墓でもなければ供養塔でもない、

罪人が二度と生まれ変われないよう、魂を封印する石碑なのです。

さあ、石工の皆さん早く!穢れが取れなくなる前に!」

 

“うぇーっ” “勘弁してくれ!” “野郎共、全員撤収だ!”

 

切迫したシスターの声に、石工達はさっと石碑から距離を取る。

あたし達も後退すると、エレオノーラに尋ねた。

 

「やっぱり、これが諸悪の根源だったのね?」

 

「はい。この下にも罪人達の遺骨が眠っているはずですが、

これは掘り返すべきではありません。このまま封印しておくべきです」

 

「石工達が石碑を修復し、形を取り戻した。

これで悪霊は再度封印されたと考えてよいのだろうか?」

 

「問題ありません。見た所、この石碑は魔力でなく、

大聖堂教会で石材に施された封印儀式で罪人の魂を閉じ込めているので、

ここまで修復されていれば、半永久的に封印を続けることができるでしょう」

 

あたしは大きく息をつく。ようやく肩の荷が下りた気がした。

悪夢の始まりから、実時間で24時間経ったかどうかなのに、

ずいぶん長く戦ったような気がした。こうしてマウントロックスの悲劇は幕を閉じた。

 

皆も帰路に着く。

将軍によると、住人の遺体搬送が終わり次第、マウントロックスの入り口は爆破し、

再び人が入れないようにするらしい。

あたしもかつて村があったこの地は、そっとしておくべきだと思う。

 

「皆さん!石碑に触れた人、触れたかもしれない人は、

この光を浴びて穢れを落としてください!」

 

エレオノーラが何かの光魔法で輝くベールを呼び出し、職人達を浄化している。

なんとなくあたしは、その様子をぼんやりと見ていた。

全て解決した。だけど、達成感なんかあるはずもなく。

手に入れたものと言えば、古ぼけたデザートイーグル。

 

トンネルを抜け、雑草だらけの村の跡を抜け、

あたし達はマウントロックス村だった荒れ地を去った。

後のことは将軍が上手くやってくれると思う。あたしは馬車に揺られながら、

嬉しくも悲しくもない、虚な気持ちで教会に運ばれていった。

 

 

 

 

 

サービス期間は終わったのさ……

つまり、特別編のエピローグ的なもんは終わったから、ここからはUFOが飛んできたり、

ブロブが這いずってきたり、フェイスハガーに貼り付かれたりする展開も、

ないとは言い切れないから、そこんとこヨロシク。

 

 

 

教会に戻ったあたし達は、会議室と化しているダイニングで、

みんなにあたしに起こったことについて説明した。

話し終えると、まずルーベルが口を開いた。

 

「……おい、そんな事聞いてねえぞ。なんで黙ってたんだよ!」

 

ドンと口惜しそうにテーブルを叩く。

 

「全部片付いてから話そうと思ったの。

それに、まさか役所に通報してから、翌日に将軍が来てくれるとは思わなかったのよ。

お役所にしては珍しいスピード対応にびっくりしたわ」

 

「お姉ちゃん……そんな怖い思いをしたのね」

 

「ひゃっ。ふふ、慰めてくれてるの?たまには頭なでられるのもいいわね」

 

カシオピイアがあたしを抱き寄せて、頭と頭をそっと突き合わせる。

 

「ずるい!傷ついた里沙子お姉さまを優しく癒やすのは、パルフェムの役目ですのに!」

 

「はいはい、後でパルフェムもあたしの髪をといてくれるかしら?」

 

「ええ、喜んで!やったー」

 

「……しかし、悲しい事件でしたね。

時を越えて、不幸な偶然で惨殺された少年が助けを求めてきた。

里沙子さんの健闘は讃えられるべきなのでしょうが、結局誰も助からなかったなんて」

 

エレオノーラが手元のティーカップに目を落とす。そう、あの戦いに勝者なんていない。

処刑人にも言ったけど、奴を殺したから誰が戻ってくるわけじゃない。

強いて生存者を挙げるなら、このデザートイーグル。

なぜ現世に現れたのかわからないけど。

 

「しかも私達、人間の血や骨を食ってたんだって?マジありえねー」

 

「いい加減気持ち悪い話はやめてよ!あーあー、聞きたくない!」

 

「本当にピーネはビビリだな。吸血鬼ならむしろ血は喜べよ」

 

「冗談じゃない!血は肉体にかぶりついて直に吸うのが作法なの!」

 

「はいはい、わかった。お前は立派だよ」

 

「またそうやって馬鹿にして!やっぱりルーベルなんか嫌い!」

 

ダイニングに笑い声が響く。

こうして生きて帰って、このいつも通りの生活に戻れただけで御の字かしらね。

まあ、一瞬でもそんな事を考えたあたしが馬鹿だったんだけど。

 

 

“拙者もこやつの武勲は百万石に値すると思うわ、のじゃ!”

 

 

一気に部屋がし~んとなる。みんながあたしの方を見る。

 

「里沙子~いくらキャラ立てたいからってそれはないと思うぞ。ハッ」

 

「違うわよ!キャラなら十分立ってるでしょうが!主人公なんですけど、あたし!?

あと、あんた鼻で笑ったでしょ、今!」

 

「そうかぁ?初期のドライな里沙子の方がいいって意見もあるぞ?」

 

「うるさい!あたしはあたしよ!今も昔もない!」

 

「うぷぷ、里沙子ダサ~い」

 

“これ、拙者を無視しないで!いや、するでない!”

 

二度目の謎の声。あたしの方から聞こえてきたけど、今度こそあたしじゃない。

デザートイーグルを抜き、安全装置を解除し、姿の見えない侵入者を探す。

みんなもそれぞれの武器や構えを取り、周囲を見回す。どこにいる……?

モルスロウはもう存在しないし、あたしに憑いていた何かもエレオが祓ってくれたはず。

 

“どこを見ておる。ここよ…じゃ”

 

ため息が出る。もう間違いない。デザートイーグルが喋ってる。

あたしはとりあえず安全装置を掛けて、銃に話しかけてみた。

 

「ねえ、あんたナイトライダーのK.I.T.T.みたいに自分の意思持ってたりする?

アメリカが極秘でトンデモ兵器作ってたとか?」

 

“無礼者!わた…拙者は由緒ある名門武家、シラヌイ家が長女、エリカである!”

 

「うぉう!銃が喋ってるぞ!どうなってんだ!」

 

「キャー!きっとまだ里沙子さんに助けを求めてる霊がいるんですよ!」

 

「……変な銃」

 

「名前からして皇国の存在っぽいですけど、銃に入れる人間なんていなくてよ!」

 

「もうやだ!里沙子の持ってるもの変なのばっかりじゃない!」

 

「あたしのせいにしないでよ!あたしだって知らないわよ!

何かあったら全部あたしの責任ってわけ!?カシオピイアはもっと普通に驚きなさい!

エレオ、この銃、まだ何か憑いてたりする!?……はぁ、はぁ」

 

叫び散らして息を切らしながら、幽霊とかの専門家に助けを求める。

ジョゼットが頼りにならないのは知っての通り。

 

「そんな!確かに先日、里沙子さんに憑いていたものを全て祓ったのに……!」

 

「お願い、この銃もう一回お祓いして!せっかくM100の相棒が見つかったんだから、

まともに使えるようにして欲しいの。悪いけれどそんな想い(略」

 

「はい、すぐに!

……在らざる者、還るべき者。生ある者に縋るべからず。聖母の御下へ旅立ち給え!」

 

エレオノーラの手に淡い光の球が現れ、彼女がその手で銃にそっと触れた。

これで大人しく成仏するといいんだけど。

 

“むはは!拙者にそのような術は効かないわ!…効かぬ!”

 

イライラしてきた。銃の中にいることより、キャラ作ろうとして失敗してる喋り方に。

無理矢理にでも中の奴を叩き出したくなってきた。

 

「……あんた。.44マグナム弾と一緒にお空の向こうに旅立ちたい?」

 

“わた、拙者に鉄砲など効か、ぬ?”

 

あたしは安全装置を解除して、開いている窓から外を狙う。

 

「発砲した時の銃の中って熱いわよ。当然よね。

パンパンに詰まった火薬が爆発して、もんのすごい圧力と燃焼ガスで灼熱地獄になる」

 

“……”

 

「撃つわよ、いいわね?」

 

“そ、そこまで見たいなら見せてやろう。拙者の真の姿を!”

 

すると、銃口から青白く光る大きな餅みたいなのが、にゅるんと出てきて、

宙に浮き、もやもやと変形して人の形になった。現れたのは少女の幽霊。

黒髪ショートに白いカチューシャ。青い瞳。

胸元のボタン周りにフリルが付いただけの、地味な紺色のドレスを着ている。

 

ただ、体の上に、彼女の装備品もふわふわと浮かんでる。

武士の鎧のような籠手、肩当て、そして刀。やっぱり足がない。

完全なる、うらめしや~ね。

 

「キー!おばけ!もういや、こんな化け物屋敷!」

 

ああ、ピーネが裏から出て行っちゃったわ。

みんなもそれなりに驚いてるけど、本当にビビりね。

 

「どうして……確かに迷える存在なのに、わたしの除霊術式が効かないなんて!」

 

「バテレンの妖術なんて効かないわ!あ、いや、効かぬ!

サムライの魂持ちたるわ…拙者には!」

 

「お、おい。これ里沙子が持ち込んだんだろ?お前なんとかしろ!」

 

「こいつが勝手に来たのよ。前にも言ったけど、あたしを変な奴処理班にしないで!」

 

「あ、あのー!とにかく彼女に詳しい事情を聞いてみませんか?

どうして銃に入っていたのか」

 

「……ジョゼットに軌道修正されるとは、あたしもヤキが回ったかもね。そうよね。

まずこいつの処理が先。ねえ、なんであんた、わざわざ拳銃の中に引きこもってたの?」

 

シラヌイ・エリカとやらは、遠い目をして語り始めた。

触れてもすり抜けるけど、目の前を飛び回る装備が鬱陶しい。

 

「そもそも拙者がこの国に来たのは武者修行のためなの…じゃ。

道なき道を旅していると、悪鬼魍魎に脅かされている村にたどり着いたの、だ」

 

「マウントロックス村ね。それで?」

 

「当然!サムライとして弱き民を守るため、奴らの征伐を買って出た!

あの激闘は忘れもしないわ……」

 

「ふむふむ。当時のマウントロックス村に居合わせたってことは、

相当長い間幽霊やってんのね、あんた。で、なんで死んだの?語尾忘れてる」

 

「と、とにかく!拙者は正々堂々と奴らに立ち合いを申し込んだのだ!

しかし、力及ばず拙者は力尽き果て、異国の地で命を落とすことになってしまった!」

 

「モルスロウと正々堂々?そんで立ち合い?どんな感じだったのよ」

 

「あの激闘は、私…拙者も経験のない戦であった……」

 

 

“やーやー我こそはシラヌイ家が長女、エリカである!民を脅かす妖怪共、いざ尋常に”

 

サクッ

 

“無念……”

 

 

「馬鹿なんじゃないの」

 

「馬鹿とは何事か!武士としての誇りを賭けた、天下分け目の大一番を!」

 

「事前に住人から聞かなかった?

奴らは真正面の敵しか認識できない。後ろから殴れば楽勝だって」

 

「武家のサムライたる者がそんな卑怯な、じゃない、

斯様に卑劣な真似ができるものか!」

 

「あーもういい。あんたが死んだ理由はわかった。とりあえずこの銃から出てって。

これはもうあたしの銃。なんであんたがこれに取り憑いてるかはどうでもいい」

 

「いやよ!じゃなくて、断る!」

 

「なんでよ!もう化け物共とその親玉は殺して封印し直したの。

サムライのあんたが銃なんて持っててもしょうがないでしょう」

 

「もちろん拙者のその鉄砲を通して、そなたの戦は見ておった。

拙者が討ち損じた宿敵を倒したその力は目を見張るものがあるが、まだまだ未熟。

そこで拙者は、直々にそなたに戦のイロハを叩き込んでやろうと、

こうして現世に留まったというわけである。……言えたっ」

 

「最後の聞こえてたから。とにかく余計なお世話よ。銃から、出てって」

 

「なんという恩知らず!

重い鉄砲に憑依して、ここまで苦労して飛んできたというのに!」

 

「あー、それで机の引き出しに入ってたのね。

あんた器用ね、デザートイーグルで引き出し開けるなんて」

 

「一時的に定規に乗り移って、隙間に差し込んで引き出しを開けて入ったのよ。

戦には計略も欠かせぬのである。ふっ……」

 

挙動不審者のくせにドヤ顔をした。実体があったら殴ってる。

 

「一ヶ所口調忘れてたわよ。で、一緒に入ってたメモは?」

 

「成仏できずにいた少年から預かった言伝である。

……あの、一ヶ所とはどこのことだ?」

 

「もういいっす。最後通牒よ。デザートイーグルから、出ていきなさい」

 

するとエリカは銃にしがみついて叫ぶ。さっきから距離が近いのよ、離れて!

新聞紙でハエを叩くように奴を払う。

 

「ならぬ、ならぬ!拙者はまだまだ腕を磨きたいの!この依代は渡せない!

人々の強さへの願いが込められた鉄砲は、拙者を現世に留めてくれる!

絶対出ていくもんか!

現世に?……そうだ、お主だ。物の怪を倒したお主の体なら、もっと強くなれるはず!

旅を続けることだってできる!お前の体を……よこせえぇぇ!!」

 

突然亡霊としての本性を表したエリカ。

彼女を取り巻く蒼い炎が燃え上がり、目を見開いて、あたしの身体に潜り込んできた。

みんなが悲鳴を上げるけど……あたしの身体に入ったならこっちのものよ。

 

「大丈夫か里沙子!!」

 

「里沙子さん!?しっかりしてください」

 

「お姉ちゃん!」

 

“嗚呼!血の流れ、肌の感触、温かい!私は生きてる。また命を手に入れたのよ!

再び武士として名を上げる好機が巡ってきたのよぉ!!”

 

「そう……ならしょうがないわね」

 

「えっ、まさか里沙子、そいつと一緒に旅に出る気か?」

 

「冗談。力ずくで引き剥がすに決まってる。

どうやら強さに対する執着が、こいつをこの世に引き止めてるみたい」

 

「しかし、除霊術式が効かなかった相手にどうやって……?」

 

「パルフェム、こいつは確か日本の文化を継承した皇国出身だったのよね」

 

「え、ええ。お名前といい、鎧姿といい、皇国の方に違いありませんわ……」

 

「なら、エレオの除霊が効かないのも納得だわ。

日本人がヘブライ語で悪口を言われても、全く堪えないのと同じでね」

 

「つまり、どういうことなんだ?」

 

「こうするのよ。みんな、少し静かにしててね」

 

あたしは両手を合わせ、合掌する。

子供の頃、お婆ちゃんがいつも口にしてるのを聞いてて、

自然に覚えたものが異世界で役に立つなんてね。

雑念を捨て、精神を集中し、その言葉を紡ぎ出す。

 

──仏説摩訶(ぶっせつまか)般若波羅蜜多(はんにゃはらみた)心経(しんぎょう)

 

“はっ……!”

 

身体の中でエリカが明らかな動揺を見せる。やっぱりね。

エレオの除霊が通じなかったのは、

彼女にとって無意味な記号の羅列でしかなかったから。

あたしは仏教の教えを唱え続ける。

 

観自在菩薩(かんじざいぼさつ) 行深般若波羅蜜多時(ぎょうじんはんにゃはらみったじ) 照見五蘊皆空(しょうけんごうんかいくう)

度一切苦厄(どいっさいくやく) 舎利子(しゃりし) 色不異空(しきふいくう) 空不異色(くうふいしき) 色即是空(しきそくぜくう)

 

“何これ……苦しい!私を追い出さないで!”

 

「里沙子さんに取り憑いた霊が、苦しみ始めました……」

 

空即是色(くうそくぜしき) 受想行識亦復如是(じゅそうぎょうしきやくぶにょぜ) 舎利子(しゃりし) 是諸法空相(ぜしょほうくうそう)

不生不滅(ふしょうふめつ) 不垢不浄(ふくふじょう) 不増不減(ふぞうふげん) 是故空中(ぜこくうちゅう)

 

“痛い、痛い!身体が剥がれちゃう!お願いやめて!”

 

「里沙子、お前何やってるんだ!?」

 

「今は見守りましょう。お姉さま、完全に術式に没頭していますわ」

 

無色(むしき) 無受想行識(むじゅそうぎょうしき) 無眼耳鼻舌身意(むげんにびせっしんい) 無色声香味触法(むしきしょうこうみそくほう)

無眼界(むげんかい) 乃至無意識界(ないしむいしきかい) 無無明亦(むむみょうやく) 無無明尽(むむみょうじん)

乃至無老死(ないしむろうし) 亦無老死尽(やくむろうしじん) 無苦集滅道(むくしゅうめつどう) 無智亦無得(むちやくむとく)

 

“いやだいやだ!私は、武士として天下を取り、シラヌイ家が天下を、天下を……!”

 

「武家社会なんて、100年も前に終わりましたのに……」

 

「そんなに、幽霊としてこの世をさまよってたんですね。かわいそうです……」

 

以無所得故(いむしょとくこ) 菩提薩埵(ぼだいさつた) 依般若波羅蜜多故(えはんにゃはらみったこ)

心無罣礙(しんむけいげ) 無罣礙故(むけいげこ) 依般若波羅蜜多故(えはんにゃはらみったこ)

得阿耨多羅三藐三菩提(とくあのくたらさんみゃくさんぼだい) 故知般若波羅蜜多(こちはんにゃはらみった)

 

“あああああ!!消える、私が消える!私が消えたら、家臣が、乳母が、父上が!!”

 

「なあ、これでいいのか、本当に、なあ?」

 

「死者は、迷わず信じる神の元へ還るべき。わたしが言えることは、それだけです」

 

是大神呪(ぜだいじんしゅ) 是大明呪(ぜだいみょうしゅ) 是無上呪(ぜむじょうしゅ) 是無等等呪(ぜむとうどうしゅ)

能除一切苦(のうじょいっさいく) 真実不虚(しんじつふこ) 故説般若波羅蜜多呪(こせつはんにゃはらみったしゅ)

 

“どうして、どうして私をのけ者にするの……”

 

「あなた、とは、生きられない……ごめんね」

 

即説呪日(そくせつしゅわっ) 羯諦(ぎゃてい) 羯諦(ぎゃてい) 波羅羯諦(はらぎゃてい) 波羅僧羯諦(はらそうぎゃてい)

菩提薩埵訶(ぼじそわか) 般若心経(はんにゃしんぎょう)

 

“ああっ!!”

 

お経の終わりを告げると、あたしの身体からエリカが放り捨てられたように、

転がり出てきた。合掌をやめ、ただ浮かぶだけの幽霊に話しかける。

 

「どうする?大人しくブッダ様のところに帰るか、もう1回リピートするか。

あたしは何回でも行けるわよ」

 

「私は、お家のために……諦めるわけには……」

 

「おーし、アンコール希望ね。オッケー。

舎利子になった気持ちで、耳の穴かっぽじってよく聞きなさい」

 

「おいよせって!」

 

なぜかあたしを止めるルーベル。どういうつもり?まさか仏の教えに目覚めたとか?

 

「なんで!あと少しだってのに!」

 

「そいつ……泣いてるだろ。話だけでも聞いてやれよ」

 

エリカを見ると、器用に空中に手をつきながら、さめざめと涙を流している。

 

「だめよ。この手の霊は“優しい人”に、いくらでもすがりついてくるの。

多少強引にでも成仏させたほうが本人のためなの」

 

「少しだけでいい。時間をくれ」

 

「その少しだけ、がズルズルと……」

 

「お待ちになって、お姉さま」

 

意外なメンバーがルーベルに同調する。パルフェムまでどうしたの。

 

「パルフェム。こんな変な霊に関わるべきじゃないわ。

あなたに入り込まれたら、般若心経じゃどうにもならない」

 

「少しだけ話をさせてください。

パルフェムも同じ皇国出身です。彼女を説得できるかもしれません」

 

「……そこの餅女。

この娘に妙な真似したら、さっきのアレ24時間ぶっ続けで聞かせるからね」

 

「うう……」

 

パルフェムは椅子に乗って、涙で顔に髪が貼り付くエリカに話しかけた。

 

「エリカさん、はじめまして。わたくし、パルフェムといいますの。

あなたと同じ、皇国の生まれですわ」

 

「皇国……?」

 

「そう。あなたは武士として修行の途中、道半ばにして倒れた。間違いありませんね?」

 

「私は……死んだ。化け物に、敗れて……」

 

「それから幽霊として、滅びた村の中で留まり続けていた」

 

「ずっと、考えてた。戦う、方法。化け物、倒して、武勲を、立てる……」

 

「話は変わりますが、エリカさんは今がいつなのか、ご存知ですか?」

 

「行碌七年……」

 

「違います。今は西暦で2018年。あなたが生きていた時代から100年以上経っています。

もう武家社会は終わり、刀で身を立てる時代は終わったのです」

 

「そんな!それじゃ、私は、何のために……」

 

「もう、旅は終わりにしましょう。彼岸でご家族がお待ちです」

 

「ううっ、あああっ……!」

 

とうとうエリカが両手で顔を覆って号泣する。どうすんのよこれ。

さすがにあたしも話の締めどころに困って、とりあえず話しかける。

 

「ねえ、この娘の言う通り、もうあんたも楽になってもいいんじゃない?

現世に留まったって、この国に刀を必要としてる人はいないし、

皇国に戻ってもあんたの知り合いもとっくに亡くなってる。

極楽に昇るなり、輪廻の輪に戻るなり、前向きな生き方考えてもいいと思うわ。

死んでるやつに生き方ってのも変だけど」

 

「前向き……?」

 

「そう、そうよ。さあ、刀を置いて、すべて忘れて、心を穏やかに……」

 

「ならぬっ!」

 

「えっ!?」

 

その時、うつろだったエリカの目に光が戻り、転がっていた鎧や刀が彼女の元に戻った。

あ、変なスイッチ押したっぽい。

 

「拙者は、これからは前向きに、死に武者として生きるわ!この刀に誓って!」

 

シャキンと刀を抜いて、高く掲げる。天井にめり込んで半分隠れてるのが物悲しいけど。

 

「生きるってどうやって……死んでるのに、ってツッコミはもうやめとく。

具体的に何するのよ。あと語尾」

 

「里沙子殿、先程は大変失礼つかまつった。

あなたの中にいた時、幾多の戦いの記憶が流れ込んできたの、だ!

まだまだ世界には悪が蔓延り、助けを求めている者がいることがわかった!

拙者は力なき民のために、この刀を振るうことに決めたのよ、オホホホホ!」

 

「もう完全にキャラめちゃくちゃじゃない。

ちゃんと仕上げないうちに表に出すからそうなるのよ。

力なき民って言っても、誰も戦ってる奴なんていないわよ、この辺。

マウントロックスがラストチャンスだったのよ。諦めなさい」

 

すると、エリカはあたしに向き直って、三つ指を着いて頭を下げた。

 

「連れていってください」

 

「は?」

 

「悪鬼魍魎が蔓延り、民を苦しめている地へ、征伐の旅に連れて行ってください」

 

「寝ぼけんじゃないわよ!誰がそんな面倒くさいこと!行くなら勝手に行きなさいよ!

あたしらに迷惑かけないなら、何しようと構わないから!」

 

「安心しろ。ここにいりゃ、変な奴が向こうからケンカ売りに来るから」

 

「ルーベル黙る!あんたどっちの味方なのよ!」

 

「ありがと…かたじけのうござる!

いや、それが、一旦ここの主人たる里沙子殿に取り憑いたせいで、

この家の何かに憑依しないと外に出られない身体になってしまったから……」

 

「はあ、地縛霊にクラスチェンジ!?それでここに住まわせろって?

般若心経20連発食らわせてでも追い出すから!」

 

そう言い放つと、エリカが涙ながらに懇願してくる。

あたしの周りを旋回するな。目ざわりだー!

 

「お願い致す~!これでも武士の端くれ、用心棒や荒事では役に立つつもりじゃー!」

 

「ルーベルや妹で間に合ってるわ!」

 

「もう諦めたらどうだ?ここから出られなくなっちまったんだろ?

デカい銃持ってきてくれたんだから、面倒見てやれよ」

 

「くっ……!」

 

ちょっと痛いところを突かれた。左脇のホルスターを見る。

確かに、マウントロックスの一件がなかったら、

この一品が手に入ることはなかったかもしれない。悩みに悩む。

今でさえ飽和状態のこの家に、新しい住人、しかも幽霊が来るとは……ぐぬぬ。

 

「あたしが指定したものには絶対取り憑かないこと!特にこの金時計!

勝手に触ったらどんな手を使っても二重に殺すから!わかった!?」

 

「ありがとう、ありがとう……!」

 

「ふん、あとはさっさとサムライキャラ完成させること、以上!」

 

ダイニングの中の雰囲気がわっと盛り上がる。

どうやら、新しい住人を歓迎してるみたい。理解できない感性だわ。

 

「わーい、やっぱりなんだかんだ言って里沙子お姉さまは優しいんだ!」

 

「何が“わーい”なの?言ってごらんなさい。

ヘッポコ幽霊と同居することの、何がわーいなのか言ってみなさい!」

 

「へへ、実際最後には行き場のないエリカを住まわせることにしたんだろ?

さっきの呪文で追い払うこともできたのに」

 

「そうです。あれには驚かされました。

まさか里沙子さんが、わたしにも祓えなかった霊を、

不思議な魔法で身体から追い出すなんて。いつ光魔法の習得を?」

 

「ああ、あれ?般若心経って言ってね、あたしの祖国の宗教で広く読まれてる教えよ。

観自在菩薩って神様みたいな存在が、舎利子という弟子に“空”の概念を説くって内容」

 

「くう?なんだそりゃ」

 

「あたし達の身体や魂は今ここに存在するけど、

それは5つの感覚が構成しているもので、それはどれもあたし自身じゃないし、

他にあたしが居るわけもないから、結局あたしはどこにも存在しない。

その5つの感覚もまた実体がないから、そのこだわりを捨てた観自在菩薩、

つまりお釈迦様は全ての苦しみ、災いもまた捨て去ることが出来たの」

 

「……」

 

聞いているのかいないのか、ルーベルが微動だにしない。

 

「肉体だってそう。身体もまた実体のないもので、

実体がないものが、あるように見えてるだけ。

本当の姿は、実体が“ない”という形で“存在”してて、

真の姿はさっき言った感覚のように幻のような形で身体として存在してるの」

 

「はぁ……」

 

さすがにエレオも“何言ってんだこいつ”という顔。

 

「お釈迦様はこう述べた上で、この世に実体があるものはなくて、

生まれたり消えたり、汚れたり清められたり、増えたり減ったり、

苦しみに陥ったり幸福に満たされることもないと仰ってる」

 

「……」

 

ジョゼットがゆらゆら揺れてる。

 

「こんな風に、何事にも実体がないという境地に達すれば、

身体が受け取る感覚や、心までが一切“無”だってことになる。

ここまで来れば、老いることも死ぬこともないけど、老いることも死ぬこともある。

あたし達を苦しめてるものがないこともあれば、なくなることもない。

そんな感じで苦しみを受けつつ、それを捨て去ることもできる」

 

カシオピイア、立ったまま寝ないの。

 

「つまり、“空”の概念を理解すれば、一切のしがらみからフリーになって、

お釈迦様みたいに開放された存在になれる。……まあ、これはあたしの解釈よ。

本当に空を理解してるのはお釈迦様くらいね」

 

「うんよくわかったありがとう。ジョゼットの頭がオーバーヒートしてるんだが」

 

ルーベルが指先でつついても、ジョゼットの反応がない。

別に理解できてなくても何も問題ないから、放って置きましょう。

 

「これでも600巻の経典の中から、要点だけをかいつまんで記してるのよ」

 

「とても、ありがたい経典なんでしょうね。

わたし、今の説明がほんの少しだけ理解できたような気がします。

つまりわたし達や周りの物事に絶対性はなく、

要は気の持ちようで苦しみから逃れられる、ということでよろしいのでしょうか」

 

「さすがエレオね。その通りよ」

 

「しかし、そんな便利な魔法があるなら、

わたしの力がなくても、あの晩、背中に憑いたものを追い出せたのでは?」

 

「ああ、これは魔法じゃないし、

唱えただけで悪霊を祓えたりご利益が得られる、お手軽便利なものでもないの。

そういうのを求めてるなら、別のお経を探すべきね。

あたしがエリカを叩き出したのは、あくまで心の力」

 

「心の力?」

 

「彼女があたしの中に入り込んできたとき、

このありがたい教えをただ集中して唱えたの。

般若心経で満たされたあたしの心とエリカの執念が、言わば押しくら饅頭してたわけ。

結果、あたしの心の力が打ち勝って、

取り憑いたエリカを心から引き剥がすことに成功したの。アーイ、ウィン!

あたしの精神力も捨てたもんじゃないわね。今なら、まみやふじんも倒せる気がする」

 

「アイテム2つしか持てねえから無理だろ」

 

「とーもーかーく!エリカはあたしが指定した物品で寝泊まりすること。いいわね?」

 

「うむ。かたじけのうござる!」

 

 

 

所変わって、ガラクタだらけの物置。

ここには前の住人が残してったものがいろいろある。エリカの寝床を探さなきゃ。

今回は買い物イベントをスキップできて助かった。別になんでもいいんだけどね。

 

「これなんかちょうどいいかも」

 

錆びきって使い物にならない、石炭式アイロン。

安定もいいし、地縛霊の住処にはこれくらい薄汚れてるほうがいいわ。

 

「エリカー?どこー」

 

「拙者を呼んだであるか?」

 

「うぉっ!壁からところてんみたいに出てくるんじゃないわよ!

……まあいいわ。ほら、これ。あんたの寝床」

 

「えっ……うん、ありがとう」

 

一瞬、素に戻っておもっくそ嫌な顔をした。あたしは適当な台にアイロンを置く。

 

「試しに入ってみなさい。狭くて入れないとかだったら、他の探さなきゃいけない」

 

「拙者はそもそも眠らなくてもいいんだけど……」

 

しゅるしゅると石炭の投入口から、中に入り込むエリカ。問題なく全身が収まってる。

 

“うう、炭の臭いがくさいでござる~”

 

「文句言わない。ここに住ませる事自体、大幅譲歩なんだから」

 

幽霊の住処も用意して一仕事終えたあたしは、パンパンと手を払った。

なんかいつも以上にドタバタしてたから頭が痛いわ。今回はここまでよ。

それでは皆さん、熱中症には気をつけて。

 

あと……お経はちゃんと手打ちで入力したことだけは信じてやって。

断じてコピペじゃない。奴もそこまで罰当たりなことしないわ。

読めない字は予測変換にちょっと頼ったけど……

 

 



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またカード馬鹿。あと新ライダー
風船おじさんって人が昔、風船で世界を旅してたの。どこかの島でひっそり生きててくれるといいんだけど。


特別編がとんだ置き土産を残して行ってくれやがってから数日。

あたしは朝食後、ベッドに横になって二度寝していた。

でも、その置き土産というか残りカスがうるさくて全然寝付けない。

 

「入室許可した覚えはないんだけど」

 

「里沙子殿~里沙子殿~拙者を街に連れて行ってほしいです。でござる。

ルーベル殿が、街には楽しいものが沢山あると言っていたわ。のじゃ」

 

「うっさいわねえ。

そんなの当のルーベルに頼みなさないな。あの汚いアイロン持って一緒にさ。

ちなみに、街は全然楽しくなんか無いわよ。娯楽施設のひとつもありゃしない。

洋服売り場とか家具屋なんかが点々とあるくらいの、田舎のダイエーみたいなところよ」

 

「そんなぁ……」

 

「ソースの曖昧な情報を鵜呑みにしないことね。

Wikipediaだって割と間違ってるところあるのに。

実際、ろくに知識もない作者が、あれに頼り切ってて人様に指摘されたのよ」

 

「拙者は今の世界を知る必要があるのでござる!この通り!」

 

エリカが深く頭を下げるけど、空中にいるから上から見下ろしてる形にしかなってない。

こいつ、石炭式アイロンで寝てる間に箱に詰めて、

“火山に捨ててください”って書いて、皇国政府に送りつけようかしら。

 

半分本気でそんなことを考えてると、

シュルルルル…と、外から何かが吹き出すような音が聞こえてきた。

外を覗くと、あら、珍しい。ちょくちょく会ってはいるけど、家まで来るなんて。

 

「エリカ、外に連れてくのは真っ平だけど、親しい知り合いに会わせてやるわ。

外の様子とか色々聞いてごらんなさい」

 

「本当ですか!?やったー!…あ、今のナシ。真か!?やりけり!」

 

「もう諦めたら?それ」

 

間もなくトントンと玄関をノックする音が聞こえてきた。

変な奴専用ゲートがちゃんとした客を通すなんて、

やっぱり特別編の影響がまだ残ってるのかしらね。

とにかくあたしは、馬鹿を放って部屋から出ると、

トトト…と少し急ぎ足で階段を下りて、聖堂に入った。

 

“リサー!アヤなのだ。会いに来たのだー!開けてほしいのであーる!”

 

「はーい、ちょっと待ってね」

 

あたしは疑いなく鍵を外してドアを開ける。

そこには鉄製のカバンを持った、瓶底眼鏡の発明家が。

日曜が来る度、マリーの店でいつも会ってるんだけど、

魔国編以来、登場するのは初めてだったんじゃないかしら。

 

「あなたがうちに来るなんて珍しいわね、日曜でもないのに。

……で、その背負ってるゴツい奴、何?」

 

「量産型ジェットパックの試作品で、あーる!

これに乗ってハッピーマイルズ軍事基地からひとっ飛びしてきたのだー!

これなら魔女でなくても空を飛べるのであーる」

 

「へぇ、すごいじゃない。

アースと技術力の差がなくなりそうで、話の作り方に悩む奴の姿が目に浮かぶわ」

 

「ただ、燃費の問題をクリアできないのだ……

基地からここに来るだけでバッテリーを使い切ってしまったのだ。しょんぼり」

 

「しょぼくれんじゃないの。

無理だと思ってたことが出来た例なんて、いくらでもあるんだから。

立ち話もなんだから、入って。お茶でも飲みましょう」

 

あたしはアヤをダイニングに通しながら、ジョゼットにお茶を要求し、だべり続ける。

 

「ジョゼットー!お客さんに……あ、コーヒーと紅茶どっちする?」

 

「カフェイン摂取でしゃっきりしたいのだ。アヤはコーヒーを希望するのである!」

 

「ですって。コーヒー2人前おねがーい!」

 

“は~い”

 

で、居住スペースに入ってすぐのダイニングに、あたしとアヤが席に着いた。

落ち着いたところで会話再開。例によって暇人達もわらわらと集まってくる。

 

「みなさんはじめましてー。アヤなのだ。

パルフェムとカシオピイアは久しぶりーなのだ」

 

「あら、またいらしたの?メカオタクさん」

 

「こら、パルフェム!」

 

「あはは、良いのである。

パルフェムも来ているということは、何か外交的事情であーるか?」

 

「それね……この娘、うちで住むことになった。いろいろあったのよ。

あんまり深く聞かないであげて」

 

アヤは牛乳瓶の奥の笑みを引っ込めて、うなずいた。

 

「なるほど。わかったである。人には事情があるものなのだ。

アヤは機械工学だけでなく、心の機微に触れることもできるので、あーる」

 

「……ふん、わかったようなことを言わないでくださいまし!」

 

パルフェムがワクワクちびっこランドに引っ込んでいった。

誰かに手酷く裏切られた古傷が、まだ何かの拍子に痛むみたいね。

ポスポスと何かを叩くような音が聞こえてくる。

 

“ちょっと、やめなさいよ!私が何したっていうの!”

 

“お静かに!ピーネさんの頭は枕で殴るのに最適ですの!”

 

まあ、彼女の事は時間が解決してくれるのを待つとして、

カシオピイアも棒立ちになったまま、部屋に戻ろうとしない。

 

「カシオピイア、あなたまで何やってるの」

 

「……退屈だから」

 

「部屋で趣味の恋愛小説でも読んでればいいでしょうが」

 

すると、彼女が耳まで顔を赤くして言葉に詰まる。

 

「……っ!どうして、知ってるの?」

 

「ずっと前、軟骨塗ってもらいに行った時、いっぱいあったからね。

恥ずかしがることないじゃない。女の子が恋愛小説読むなんて、

男が少年ジャンプ読むくらい普通のことよ」

 

「ほっといて……」

 

それでも、モジモジする妹をちょっとからかってみたくなった。

 

「あの本はどこで買ってるの?」

 

「街の、本屋……」

 

「じゃあ、今度マリーの店で、アースの珍しい恋愛小説を買ってきてあげるわ。

だから機嫌直して?」

 

「本当……?」

 

「本当に本当よ。フランス書院っていう、恋愛小説専門の出版社が出してる一品よ」

 

「わかった。……じゃあ、ごゆっくり」

 

素直に2階の自室に戻っていくカシオピイア。

フヒヒ。こないだの日曜、アヤとガラクタあさりしてたら、一冊だけ見つけたのよ。

なお、後日約束通り彼女にブツを渡したら、一週間口を利いてくれなくなりました。

ちゃんちゃん。

 

やっと人口密度が減少したところで、ジョゼットのお茶も入って、

ようやくアヤとのおしゃべりに集中できるようになった。

 

「どうぞお茶です~ミルクと砂糖はこちらに」

 

「ありがたいのだー。砂糖を多めに落とすと、徹夜明けの脳にブドウ糖が染みる染みる」

 

アヤが白衣の長い袖でマグカップを持って、ふーふーしながらコーヒーを飲む。

 

「ごめんね。こいつら客が来るといつもこうなのよ。

なんか趣味のひとつでも無いのかしらねぇ、本当。

あたし?酒。他にはない」

 

「今日はいきなり来てごめんなのだ。

リサの元気な顔が見たくなって、文字通り飛んできたのであーる」

 

「気にしなくていいわよ。こんないつでも不機嫌そうな女の顔でいいならね。

でも、日曜でもないのに、よく休日どころか外出許可が出たわね。

一体なにがあったの?」

 

「シュワルツおじさまから聞いたのだ……リサが危うく殺されかけたこと。

それでリサの無事をこの目で確かめるために、一生懸命おじさまに無理を言って、

1日だけ休日をもらったと言う次第」

 

「そう……心配かけたわね。でも、もう大丈夫よ。危険地帯はもう封鎖されたし、

あたしも実質悪夢を見てただけだから、怪我とかはなかったの。

何も問題は……ああ、一個だけあった」

 

そう思った時、2階からエリカが私室のドアをすり抜けて、階段を滑り降りてきた。

 

「里沙子殿ー!その方が街からおいでなすったハイカラなお方ですかい?」

 

「あー!まだ出てくるんじゃないの!面倒だけど、あんたの出自とか説明しなきゃ……」

 

でもアヤは、眼鏡を直して、珍しそうにポンコツ幽霊を見る。

 

「ほおぉー!

リサも遂に光魔法と錬金術のノウハウを融合した、立体映像投影機を導入していたとは!

高額さの欠点を補って余りある、あの臨場感あふれる映像美をわかってくれるとは、

同好の士ができてアヤは感激であーるよ!」

 

「残念だけどそんな立派なもんじゃないの。

長所はタダで、収納に困らないことくらいよ。

紹介するわ。エリカっていう100年位前のサムライの成れの果て。

将軍から聞いただろうけど、例の村からやってきた、

斬れもしない刀持って我が家に取り憑いた厄介者」

 

「幽霊!?悪霊なら、アヤがスティック型エレキテルで完全に電子分解してやるから、

リサは大船に乗った気持ちでいるとよいのだー!」

 

アヤが、ベルトの金具に引っ掛けていた、

先端が球になった鉄の棒を抜いてスイッチを入れた。その球がパチパチと電気を帯びる。

一瞬ビクッとしたエリカも、刀の柄を握る。

 

「むむっ!こやつめ、拙者をシラヌイ家長女、エリカと知っての狼藉ですか!?

よかろう、その挑戦受けて立つ!」

 

なんかややこしい事になりそうだから、面倒だけど間に立つ。

 

「アヤ、気持ちだけもらっとくわ。家の厄介事は家で始末を付ける。

エリカ、その豆腐も切れない刀で何するつもり?

とにかく二人共、武器っぽい何かを収めて」

 

両者、相手を警戒しながらも引き下がった。途端にエリカがぶーたれる。

 

「話は変わるが里沙子殿、さっきの紹介、あまりにも雑でござる……

オホン、真実はこうである。拙者はマウントロックスで民草を守るため、

並み居る魔物共と壮絶な死闘を繰り広げ、ついに異国にその生命を散らした、

さすらいの武士。その名も、シラヌイ・エリカである!

刀一つで諸国を渡り歩いてきた歴戦の兵。

おかしなカラクリに頼っている変人とはちがうのよ!のだ!」

 

「なんだとー!微妙にアヤと口調が被ってるくせに、

アヤの発明を馬鹿にするやつはリサの友人でも許さないのだー!

今度はフルパワーなら、破滅的電磁波で0.001秒だけ空間を歪ませる、

オルハリコン線高速回転式超強力電磁石を食らうがいいのであーる!」

 

「だから醜い者同士のケンカはやめろって言ってんの!

エリカ、自分をよく見せたい気持ちは理解できなくもないけど、嘘は関心しないわ。

何が壮絶な死闘よ、話盛り過ぎ。馬鹿みたいに真正面から突っ込んで一撃死した分際で。

それに変人さ加減についてはあんたも人のこと言えないわよ」

 

「あうあう……それは、里沙子殿、拙者は、私は……ちょっとくらいかばってくれても」

 

「アヤも、武器みたいなもんを収めて。同じことを言わされるのは嫌なの。

そんなもんに電気通したら、あたしの銃やミニッツリピーターが壊れるでしょうが。

最悪、銃はともかく金時計がイカれたら、もう二度とあなたに会うことは無いわ。

あと、このポンコツ侍は友達じゃなくてアイロンに入る居候」

 

「うう、ごめんなのだ……」

 

二人共、再度すごすごと引き下がる。

全く、今日は尋ねてきた知り合いとお茶するだけでやり過ごせると思ったのに、

迷惑幽霊に引っ掻き回されて大声上げてばかりよ。あたしは強引に話を元に戻す。

 

「エリカ、あんたはそこに浮かんであたし達の話を聞いてなさい。

発言は一切許可しない。

100年前に死んだあんたには、どれも新しいことばかりだから、それで満足でしょ?」

 

「そんな殺生な……」

 

「嫌ならアイロンに帰りなさい」

 

「わかったわよ…いや、承知したでござる」

 

「そー。そこのみかん箱の上で正座してりゃいいのよ。……ふぅ、騒がしくてごめんね。

今日は座ってゆっくり話をしましょう」

 

「いいのだ!アヤも大人気なかったのを反省しているのだ!

実は今日、里沙子に見せたいものがあって、持ってきたのであーる!」

 

すると、アヤは持ってきた鉄製のカバンを重そうにテーブルに乗せる。

まだジュラルミンケースは開発されてないみたいね。

そんで、カバンを開けると見覚えのあるものを取り出した。

皇帝専用の仮面ライダーフォートレス変身ベルト。

 

「ちょっ!これ外に持ってきていいの?軍事機密の一つなんでしょう?」

 

「皇帝陛下の許可は得ているから大丈夫なのだ。

メンテナンスと作動テストを、実際の戦場となりうる基地外部のフィールドで行うのが、

今回の任務であり、フロッピーディスクもデータの入ってない、

ブランクディスクしか持ってきてないので、あーる!」

 

「そう、ならいいけど。ブランクディスクって要は新品のディスクでしょ?

問題なかったら見せてくれない?懐かしくなっちゃった」

 

「全く問題なしなのだ!はい!」

 

彼女から1枚受け取ると、指先で少しざらざらした感触を確かめる。

 

「ありがと。アハハ、懐かしい。

この薄いアルミのシャッター、シャコシャコやって遊んだもんだわ。

これに新しい魔術式の起動コードとかをぶち込むわけね」

 

中学生の頃、パソコンの授業でお世話になった、

タイピング練習ソフトのフロッピーを思い出す。

ひとしきり思い出に浸ったら、アヤにフロッピーを返した。

 

「そのとーり、なのである!今回のテストは言わば、その下地作りなのだー。

ダミーのディスクを使用して、排出・装填機構が正常に機能しているか……」

 

その時、ちびっこランドの住人がダイニングに駆け込んできた。

パルフェムが枕を持ってピーネを追い回してる。

 

「里沙子、私を助けなさい!パルフェムを叱りなさいよ!……うっ、また幽霊」

 

ピーネに気味悪がられたエリカは、ただ悲しそうな目であたしを見る。

幽霊としての本分を全うしているようで大変よろしい。

 

「待てー!ピーネさんはパルフェムのお友達だから、

枕しばき合い対決に付き合って当然ですわ!」

 

「いい加減にしなさい!お客さん来てるのがわかんない?

それと、ピーネはいい加減エリカに慣れなさい!」

 

ダイニングの隅に逃げていくピーネをパルフェムが追いかける。

でっかいため息が出るわ。

 

「悪いわね、うるさくて。ここで静かにしてられるやつなんて2人くらいしかいないの。

なんでこんな大所帯になったんだか。

これでも正月くらいまではジョゼットと二人きりだったのよ?」

 

「くはは、おじさまに聞いた通り、ここは賑やかで楽しそうであーるよ。

アヤの研究室も楽しいところであるが、住人はアヤ一人で、

たまにおじさまか他局の研究員が尋ねてくる程度で……」

 

“ほぎゃああ!!”

 

本当に落ち着きのないガチんちょ共ね!今の声はピーネ。

一度競走馬のように尻を叩きまくらないとわからないみたいね。

何か、しなるものは無いかしら。新聞は、手ぬるい。孫の手、まだ足りない。

くそ、適当なものが見つからない。あ、ピーネとパルフェムが戻ってきた。

 

「あんたらね、あたしがいつまでも手を上げないと思ったら大間違い……」

 

「うぐううっ……おばけ、おばけがいるううぅ!」

 

ピーネが半泣きであたしにしがみついてきた。もう、なんなのよ。

 

「おばけならそこにいるでしょうか。ごらんなさい、この人畜無害なアイロンの妖精を。

今は幽霊より人間の方が怖い時代なのよ」

 

エリカがぎこちない笑顔で手を振るけど、

この娘はただ、あたしの足に顔をくっつけて首を横に振るだけ。

遅れてやってきたパルフェムがバツの悪そうな顔で説明する。

 

「里沙子お姉さま、ごめんなさい。彼女を追い込み過ぎてしまいました……」

 

「ごめんなさいなら状況説明!!」

 

ついキレ気味な口調になってしまった。

 

「すみません!実は、あの変質者がまた……」

 

パルフェムは、乾物を収納する棚に隠れている窓を指差した。

あたしはピーネをどけて窓に近づく。……そこで、またため息。

とりあえず窓ガラスにへばりついている馬鹿2人の鼻を、ガラス越しに中指で弾いた。

 

“あうっ!” “痛っ!”

 

「ねえピーネ。前から聞こうと思ってたんだけどさ、吸血鬼っておばけより弱いの?」

 

 

 

 

 

聖堂にカード馬鹿二人を正座させて、

子供を騒がせた責任を取らせようと考えを巡らせる。どうしてくれよう。

 

「なぜトライジルヴァ家の当主が、地べたに座らなければなりませんの!?

ドレスも汚れますし、椅子を用意なさい!」

 

相変わらずの図々しさで椅子を要求する不審者A。

知ってる人は知っている、カード馬鹿の1人、ユーディ。

 

「私達はただ、あなたの家に顔を出しに来ただけよ!

こんな仕打ちを受けるいわれはないわ!私も足が痛いから椅子をちょうだい!」

 

お次は自己弁護のプロ、不審者B。カード馬鹿コンビの片割れ、パルカローレ。

 

「ユーディ。貴族とやらの偉いお方が、

人んちの窓に張り付いて覗きをしていた合理的理由を述べなさい。

さぞかし崇高な目的があるんでしょうねぇ?」

 

「それは……」

 

「ほれほれ、言ってみ。新調した銃が不幸にも暴発する前に」

 

「馬鹿!冗談でも銃を向けるのはやめなさい!」

 

「きゃあ!私じゃなくて、こっちの馬鹿に向けなさいよ!」

 

こいつらが安全装置の存在を知らなかったのは小さな幸運。

 

「リサ、この人達はリサのご友人であーるか?」

 

不毛なやり取りをしていると、コーヒーを飲み終えたアヤが様子を見に来た。

あたしはベレッタ93Rを片手に、2人を見たまま答える。

 

「ご友人に正座させて拳銃向けると思う?

こいつらはただのカードオタクで、迷惑者で、

あたしとパルフェムにボラーレ・ヴィーアされても何も学ばないアホ連中よ。

……そうだ。ずっと前、遥か遠くにふっ飛ばしたはずなのになんで生きてんのよ!」

 

「わたしはスノーロードの降り積もった美しい粉雪に優しく受け止められましたの。

この純白のドレスと美貌に相応しい結末でしたわ」

 

「私はレインドロップのため池に突っ込んだの。

運命はいつも私に味方するのよね。ふふん」

 

「間を取って、ホワイトデゼールに残ってる大岩に激突して、

トマトジュースになればよかったのに。で、話は戻るけど、何しにきたの?

またここで決闘始めたら、こいつが火を噴くことくらいわかるわよね」

 

あたしはベレッタのスライドを引く。驚いた連中が後ろに倒れ、尻もちをつく。

 

「お、おやめなさい!すぐ暴力的手段に出る、あなたは何も変わってませんのね!

私達は、ただ決闘の立ち会いをあなたに頼もうと思って尋ねてきただけで、

そこのレインドロップの女と様子をうかがっていただけですわ!」

 

「当施設には玄関という設備が備わっております。

後ろ暗いところがない方は、問題なくそこからご入場頂けるのですが」

 

「わたしは知ってますのよ!?

ならず者達の間では、この教会は狂気の館と呼ばれていると!

近づいただけで暗闇から銃弾が飛んできて、

破壊の衝動に取り憑かれた住人が大砲すら破壊する!

そして不幸にも侵入した魔女は、狂人に叩きのめされ、

未だに寝たきりで身動きも取れない!

当家の情報網を舐めないでくださいまし!」

 

チッ。心の中で舌打ちする。だったら大人しく帰ればいいのに。

 

「それはね、あたしに面倒掛ける奴限定の対応で、こうしてアヤみたいに……」

 

「ほら後ろに!」

 

急にアホ貴族が叫んだから振り返ると、

エリカが恐る恐る聖堂に滑り込んでくるところだった。

ややこしさが加速しそうで、頭をかきむしりたくなる。

 

「エリカ、あんたは下がってなさい!」

 

「うう…里沙子殿、発言禁止を解除して欲しいでござる。お願い。いや、お頼み申す」

 

「だめ。アイロンでじっとしてなさい」

 

「そのハイカラな人達とお話がしたいでござる。

あれもだめ、これもだめじゃあ、あの村で金庫に閉じこもっていた時と変わらないわ。

……やっぱりだめ?でござるか?」

 

「長らく空いていたジョゼット3号のポストが埋まりそうね。

キャラも固まってない奴の出る幕じゃないわ。帰った帰った」

 

「そんなぁ……酷いでござる。えーん」

 

「バレバレの嘘泣きを止めないと、炎が弱点だってことバラすわよ」

 

「そ、それだけは!……しかし、どうしても聞き入れてはもらえぬのでござろうか?」

 

別にバラしたところで、わざわざこんなの燃やしに来る暇人はいないだろうけど、

とにかく状況の改善を阻害する存在にはお戻り頂く。

……と、思ったんだけど、思わぬ人物が待ったをかけた。

 

「リサ、ここは彼女達に変身ベルトのテストを手伝ってもらうのが、

最適かつ最善な解決法であるとアヤは考えるので、あーる!」

 

「え?あなた何言ってるの!あれは軍事機密の固まりなんでしょう。

アホばっかりとは言え、貴族の長と領主に見せてもいいの?」

 

「機密指定されているのは、例の“太陽”を含む各種武装だけなのだ。

ベルトの存在自体は、既に魔国での戦いで明らかになっているから、

格闘攻撃のみの運用なら、なんら問題はないのであるよー。

それに、目的はあくまでカードの物理的運用の動作チェックだから、

大したことはしないのであーる」

 

そして、アヤは持ってきた5枚程度のフロッピーディスクを取り出して見せる。

それを見たカードオタクが色めき立つ。

 

「そ、そのカードは一体なんですの?どういう効果があるのか教えてくださいまし!」

 

「真っ黒でいて、何も描かれていない真っ白な護符……

さすがに軍事機密だけはあるわね。一切の能力が不明だわ!」

 

「あんたら平らだったらなんでもいいの?

こんな正方形の分厚いトレカがどこにあんのよ!」

 

「まあまあ、この様子なら快く協力してくれそうなのだ。

いずれにしろ、テストは終わらせないといけないから、

心配ならリサにも見届けて欲しいのであーるよ」

 

「う~ん、具体的にはどうすんの?」

 

「アヤがS.A.T.S.で変身するのだ。

きっと彼女達も何某かの能力を持っているから、それで攻撃してもらう。

邪魔が入る状況でも、正常にディスクの排出と装填ができるか、確認するだけなのだー」

 

「そこの青風船は?」

 

視線を送ると、エリカがそわそわしながらこっちを見てる。

 

「安全なところで見ててもらうであるよ。

戦い慣れたサムライの霊なら、アーマーの実戦での動きについて、

気づいた点なんかがあれば教えてほしいのだー」

 

「拙者も参加していいでござるか!

やったー!アヤ殿、本当はいい人だったんでござるな!」

 

「まだ誰もいいとは……

もういいわ、あたしの許す範囲で気の済むまでやらせたほうが、さっさと終わりそう。

で、そこのカード馬鹿!」

 

あたしは勝手に体育座りに変更してる符術士二人をズビッと指差す。

 

「話は聞いてたわよね。今からアヤの実験に協力しなさい。詳細は彼女に聞いて」

 

「条件があるわ!実戦形式のテストって言ったわよね?

もし、あなたを行動不能に追い込んだら、その正体不明のカードをちょうだい!」

 

「勝手なこと言ってんじゃ……」

 

「OKであーる!

そこまで高度な戦闘データを提供してくれたなら、何枚でも進呈するのだー!」

 

「やりぃ!交渉成立ね!」

 

「やはりあらゆるカードは、わたしのものになる運命なのですわ!」

 

「ちょ、いいの?カラのフロッピーでも、所有権は皇帝陛下にあるんでしょう?」

 

「負けないから心配ないのだ。S.A.T.S.はVer2.24にパワーアップ済みなのだ!」

 

「バージョンアップ?なら、いいけど……頑張ってね?馬鹿だけど一応能力者だから」

 

「どんと来い、であーる!」

 

 

 

それからあたし達は、教会から少し離れたところにある、開けた場所に集まった。

うっかりあたしの家を壊されちゃ敵わない。

2対1の戦いになるけど、アヤは何の文句もなく受け入れた。あたしが両者に最終確認。

 

「じゃあ、説明した通り、アヤが変身したら開始ね。

魔力切れか後遺症が残らない程度に相手を行動不能にした方の勝ち」

 

「望むところですわ。わたしも伊達に修羅場をくぐってはいませんの。

そう、あれは1月ほど前のイグニールでの出来事……」

 

「カードのレベルは私が上よ。この女とペアなのが不満だけど、かかってらっしゃい!」

 

「皆さん!S.A.T.S.の能力テストへの協力に感謝するのだー!それでは、ポチッとな」

 

アヤが腰に巻いたベルトの画面をタッチすると、

“認識しています”という音声が流れ、彼女が宣言した。

 

「登録使用者名アヤ・ファウゼンベルガー。S.A.T.S.所有者認証をスキップ。

テストモードに移行。全武装をロック。……変身!」

 

すると、アヤを中心として、魔力と電子で構成された二重のリングが回転、

バックルに内蔵されたアーマー情報を実体化し、

見る間に装着者を仮面ライダーフォートレスの姿に変えた。

 

「へぇ、あれがVer2.24ね……」

 

「なんと巨大な甲冑!拙者の肉体が健在なら手合わせを願いたいものね…ものじゃ」

 

バージョンアップしたアーマーは、ゴテゴテした無駄な出っ張りがなくなり、

外観が洗練されていた。特に胴回りの装甲がスリムになって、今までより動きやすそう。

後で聞いたら、希少金属を使用することで、耐久性を12%向上しつつ、

軽量化と省スペース化に成功したらしい。

 

エリカとケンカしてた時に持ち出した何とか電磁石は、その余りで作ったみたいよ。

とにかく、変身が完了したところでルール通りバトルスタート。

まずはパルカローレが先手を取る。カードファイルから1枚ドロー。

 

「遠慮なく行くわよ!モンスターカード、“炎上する幽霊屋敷”!

このモンスターは攻撃後、自ら消滅するけど、直撃すると痛いわよ!」

 

燃え盛る廃屋が現れたけど、一瞬火の勢いを弱めた。

でも次の瞬間、窓ガラスに亀裂が走り、謎の大爆発が起きる。

アヤは迫り来る猛烈な衝撃波を、両腕をクロスし真正面から受け止めた。大丈夫?

バックドラフトを起こした屋敷は、パルカローレの宣言通り自壊。場から消え去った。

 

アヤは反撃に出ることなく、ベルトの動作チェックを行う。

ブランクディスクしか入ってないディスクホルダーに手をかざし、

1枚フロッピーをドロー、ドライバーに装填。

 

”情報がありません”

 

当然何も起こらないけど、結果に満足してる様子。

 

「おお~凄いでござる!

巨大な妖怪を召喚した少女も、それを受け止めたアヤ殿も、驚くべき力でござる!」

 

「言っとくけど、あの娘一応大人だから、本人の前で子供扱いするんじゃないわよ。

癇癪を起こされたら面倒だから。まあ確かに、言動さえまともなら、っての多いのよね。

あたしが知ってるやつには。……ん?」

 

なんか違和感を覚えつつも、あたしを放って試合は進む。

今度はユーディがブックからカードをドロー。魔力をチャージする。

 

「ホホ、そんな次につながらないモンスターでは、一時しのぎにしかならなくてよ!

“差し押さえ寸前の高層ビル”、召喚!

このモンスターは高い防御力を持つけど、攻撃は全くできない。

よって、更にフィールドカード、“内紛勃発による緊急的自衛権”を発動!

このカードは場に存在する限り、攻撃力ゼロのモンスターの攻撃力を2000にする!

さあ、行きなさい!全門発射!」

 

いきなり、ドでかいビルが地面から生えてきて、

窓という窓からグレネードランチャーやミニガンが銃口を覗かせ、

アヤに集中放火を浴びせる。

いくらライダーに変身中のアヤも、これには堪えてるみたいで、

その場でよろめきながらどうにか体勢を立て直そうとする。

 

「くっ、なんの!アヤの発明品は絶対に負けないのだー!」

 

じきに銃撃が止むと、今度はアヤも反撃。

もちろん動作チェックが第一目標だけど、わざと負ける理由もない。

軽くなったボディで軽快に地を駆け、武装したビルに格闘戦を仕掛ける。

 

「やあっ!」

 

アヤが魔導バッテリーから供給されたエネルギーで、

50kNのパンチ、80kNのキックを連続で食らわせた。

壁面がぶち破られ、1階が大きく揺さぶられた武装ビルが斜めに傾く。

横でエリカが目を輝かせる。

 

「息を呑むほどの戦じゃ!身体さえあれば拙者も戦いに加わるものを!口惜しや」

 

「あったところでまた1ターンキルされるのがオチよ。黙って見てなさい」

 

順番が周ってきたパルカローレが、またカードをドロー。

素朴な疑問なんだけど、こいつらがモンスターに割り当ててる攻撃力の単位って何?

 

「ふん、パンチ一つで傾くようなデカブツの何が”次につながる”よ。

モンスターカード、“機械仕掛けの輝く星テラ・ストライカー”、諸元入力開始!

……私のターンは終了よ」

 

カードは発動されたけど、肝心のモンスターが影も形も見えない。

とりあえず、さっさと終わることを祈りつつ、ユーディのターンを見守る。

 

「何をボーッとしていますの!戦いはスピードが命ですのよ!?

わたしのターン、“百年煮込んだ治療マナ”発動!

“差し押さえ寸前の高層ビル”のダメージを完全回復。

但し、高層ビルの使用ペナルティとして、1ターン後は完全に操作不能になる。

……でも、元々壁モンスターだから問題はない。わたしのターンは終了ですわ」

 

「う~、アヤもだんだん燃えてきたのだ!

この勝負を征して皇帝陛下に勝利をプレゼントするのはアヤなので、あーる!!」

 

アヤも本気を出したみたいで、

極限まで筋力を増幅したキックやパンチを連続で繰り出し、高層ビルに戦いを挑む。

でも、いくらライダーでも相手がデカすぎる。

1階部分の外部は破壊できるけど、ビルを支える柱や上層階がちょっとね。

 

タイムアップになったみたいで、アヤはステップを取って敵から離れる。

この制限時間も誰が決めてるのか知らないけどさ。

符術士ってよくわからんわ。なんかパルカローレの笑顔が不気味だし。

 

「時は来たり、ね……私のターン。クラス8カード、

“機械仕掛けの輝く星テラ・ストライカー”、攻撃開始」

 

それだけを告げると、何か上から圧倒的なエネルギーが迫ってくる。

あたしが“それ”に気づいた瞬間……!

 

天から太い光の柱が降り注ぎ、ユーディの高層ビルを粉々に粉砕し、

ライダー姿のアヤに装甲の上から大ダメージを与えた。

 

「きゃーっ!」

 

「はぐううっ!!」

 

ゴロゴロと地面を転がるアヤ。これは、人工衛星!?

なんだってこんなもん持ってるのよ!

 

「フフフ……上空400kmからの一撃はどうかしら。反撃も防御も不可能。

さあ、あなた方に私の最強カードを倒す術が、あるか、し、ら……」

 

あれ?最初だけ得意げに話してたけど、なんか急速に顔色が悪くなって、

ふらふらと木陰に隠れた。まさか。

 

「(嘔吐する音)!!……ほら、あなたの、ターンよ……」

 

やりやがった!とうとう二人共ゲロ女になりやがったわよ、奥さん!

もう他の符術士を見つけても、こいつらには関わらないよう忠告することにしましょう。

 

「……凄まじい攻撃じゃったが、流石に拙者もこれには幻滅である」

 

エリカに引き気味で言われてるようじゃ、本格的に終わってるわね。

それでもパルカローレは青い顔で、アヤに次の行動を求める。

 

「私は、まだ2回撃てるわよ……“マナの間欠泉”3枚で魔力を補給すれば、

ギリ2回分……フヒヒ」

 

「もう止めときなさい!1発で吐いてるくらいなら、2回目は別のもんが出るわよ!」

 

「そうですわ!わたしの高層ビルまで破壊して、はた迷惑なカードですわ!」

 

「あんたは黙ってなさい!元祖ゲロ女!」

 

ヤバイわね。魔力どころか、脳に酸素が足りてないらしく、判断能力まで落ちてる……!

あたしは慌てて止めようとするけど、アヤは立ち上がった。

 

「アヤ!?そんな怪我で何する気?」

 

「テストは……複数回行うのが基本であーるよ。

本来は他者によるクロスチェックが理想だけど、

アヤは自分の仕事は最後までやり通すのだ……」

 

「あなた……」

 

傷ついた仮面の向こうに、彼女の笑顔が見えた気がした。

アヤはディスクホルダーに手をかざし、1枚のフロッピーをドロー。

でも、その時アヤもあたしも異変に気づく。

何も描かれているはずのないラベルに、何かの印が描かれていたのだ。

丸に簡略的な炎を収めた何かのエンブレム。その時、エリカが大声を上げた。

 

「あーっ!あれはシラヌイ家の家紋だわ!のじゃ!」

 

「家紋?……ちょっと、ちょっと待ちなさい。あんた、そもそもなんでここにいるの?

アイロン持ってきた覚えはないわよ」

 

「うむ、皆が急いで出ていってしまうものだから、

とっさにアヤ殿の“ふろっぴー”に憑依したのじゃ。

その際、拙者の霊体の一部がくっついてしまったと考えられるわ」

 

「お馬鹿!あんた、自分が何したのかわかってんの!?変なデータがフロッピーに……」

 

「待って欲しいのだ、リサ」

 

「ああもう!ごめんアヤ、フロッピーに変なもんが……」

 

「テストするのだ」

 

「え?」

 

何を言い出すかと思えば。

まさか何が起こるかわからない、幽霊が取り憑いたフロッピーを使うつもり?

 

「あなたまさか、それ……」

 

「こうするのだー!」

 

アヤはシラヌイ家の家紋が描かれたフロッピーを、ドライブに思い切り差し込んだ。

 

[PHANTOM CODE]

 

聞いたことのないシステム音声が流れると、アーマーが青白い炎に包まれ、

ボディの輪郭が幽霊のようにぼやけた新形態に変身。

構造にほとんど変化はないけど、カラーが全体的に紺色を基調としたものになり、

アーマーに合わせた長い刀を二本差している。

 

「おお、これは新発見!

直ちに性能をテストして、皇帝陛下にご報告する義務が発生したのは、客観的事実!

つまり、やっぱりアヤは勝たなくてはいけないので、あーる!」

 

ゴツいアーマーとは対象的な女の子の声で宣言すると、

アヤは両方の刀をすらりと抜いて二刀流となり、

再度符術士達に戦いを挑むべく歩きだす。

酔っぱらいのような千鳥足でうろつくパルカローレを無視して、

今度はユーディがカードをドロー。

 

「デルタステップが瀕死の今、わたしが勝利する絶好のチャンスですわ!

参りなさい!“ミサイル生花・鋼鉄美人”!」

 

剣山に固定された約40門ミサイルポッドが現れ、アヤにロックオン。

次の瞬間、乾いた噴射音と共に全門同時発射し、誘導ミサイルが彼女に食らいついた。

だが、ライダーアーマーのサーチアイが全弾を補足。

アヤがディスクホルダーからフロッピーをドロー、ドライブに装填。

 

[VANISH CODE]

 

PHANTOM CODEの新しい能力が発動。クロノスハックを使えるあたしだから見えたけど、

アヤもまた超高速で移動し、二刀流で追尾ミサイルを全て両断。

最後に砲身を真っ二つにして、元の時の流れに戻った。

驚くのは一瞬でモンスターとミサイルを破壊されたユーディ。

 

「えっ、どうして!?いつの間に攻撃を受けたと言うの!」

 

「ふ~む。あれは拙者のような幽霊がどろろんと消えるように、

敵から見えないほどの高速移動する能力であると考えられるのじゃ」

 

「説明係乙。まー、そんな感じでこの企画における立ち位置模索するといいわ」

 

あたしらが離れたところで語り合ってると、

死に体のパルカローレがへらへら笑いながら、空に向かって両手を掲げる。

 

「うへへへ、おひさまの光が、あたたかい……来る、私を、迎えに来てー!!」

 

逃げて、という暇もなく、空が眩しく輝き、回避不可能な超広範囲攻撃が降ってきた。

でも、その一瞬前にアヤがまたドローしたフロッピーをドライブに装填していた。

 

[STYX CODE]

 

コードが発動した瞬間、戦闘衛星のレーザー砲が一帯を焼き尽くした。

遠くにいたあたしが坂をスライディングして滑り降り、どうにか直撃を避けられた攻撃。

アヤはどうなってるのか……あたしが最悪の事態を想定して坂を上ると、

そこには無傷で立つアヤの姿。

 

「一体どうなってんのよ、説明係!」

 

「う、うむ。

地面にめり込んで回避する直前、彼女が拙者と同じ存在になったでござる!」

 

「つまり、どういうことよ!」

 

「ほんの数秒だけ三途の川を渡り、この世ならざるものとなることで、

現世の攻撃を完全に無効化した、という表現でいいかしら?」

 

「やりゃできんじゃない。あのライダーシステム、まだまだ伸びしろありそうね。

また後で新フォームの名前、アヤと相談しなきゃね」

 

あたしがエリカとだべっている間に、決着の時が来る。

パルカローレはもう腐敗し始めてるし、ユーディもカードを選んでる隙がないほど、

二刀流のアヤに接近を許してしまった。

 

「やったわね、アヤ。新しいフロッピーを手に入れて、皇帝陛下も喜んで下さるわ」

 

「まだ……終わってないのだ」

 

「え?」

 

「最後のテストが、まだなのだ!」

 

アヤが刀を持ったままの右手を近づけ、指先で最後のフロッピーをドローした。

 

「待って、もう勝負はついてるわ!確かにそいつらは馬鹿だけど、

死んだら困る人がいるタイプの馬鹿なの!思いとどまって!」

 

「テストが終わらなければ……未完成品なのだ!」

 

ガシャンという音と共に、

とうとうアヤは、DEADLY CODEをドライブに装填してしまった。

彼女の二刀流の刀身が、炎のように蒼いオーラをまとい、ゆらゆらと波打つ。

 

一瞬のことだった。目で追うこともできなかった。

アヤが地を蹴ると同時に、剣閃が二本走った。あたし達の時が停まる。

認識が追いついた時には遅かった。

パルカローレとユーディの身体から吹き出たものが、空を染めた。

 

「あっ……」

 

言葉が出てこない。ただ、一歩ずつアヤに近づく。

しかし、徐々に頭が現実を受け入れると、足に力が入り、彼女に駆け寄り、

鋼鉄の鎧につかまって問い詰めた。

 

「なんてことしたのよ!あなた、もうおしまいなのよ!?

謝ったって誰も許しちゃくれない!どうして自分を抑えられなかったの!」

 

アヤは、あたしの肩にポンと手を置く。

 

「何よ!この手はなんの意味なの!?」

 

「ああいう意味なので、あーる」

 

「え……?」

 

いつもの呑気な声で彼女が指差した符術士達の骸を見ると……骸?

パルカローレとユーディは、泡を吹いて倒れているだけだった。

 

 

 

「完全にマナを消費しきって疲弊しているだけなので、

濃いめの砂糖水を飲んで休めば大丈夫です。

お二人とも、今日は無理せずここで休んで行くといいでしょう」

 

「げべれべれ……」

 

「爺や、お家に帰りたいわ……」

 

「最悪。本当、最っ悪……!」

 

エレオノーラの手当を受けた二人は、座って話ができるまでに回復した。

縮んだ寿命を返して欲しい。

 

「わかってるなら一言いいなさいよ、アヤ!

こいつらよりあたしが先に心臓麻痺で死ぬところだったわよ!」

 

「ごめんなのだー。

新機能を目の前にして、我を忘れるほどワクワクが止まらなかったのだ。

反省してるから許して欲しいのであーる……」

 

エリカが言うには、あのDEADLY CODEは、

形のないもの、つまり悪霊や敵魔道士のマナや魔力を斬って消滅・無力化させるもので、

物理的損傷を与えるものではないらしい。

 

「里沙子殿、拙者は自分が恐ろしい。

拙者がふろっぴーに憑依しただけであのような強さが顕現するならば、

もし拙者が肉体を取り戻した時、

それは恐ろしい修羅がこの世に降臨するということに……!」

 

「ならんわ、ワンパン侍。大人しくアイロンの妖精続けてなさい。

……ふぅ、で?そのフロッピーはどうするの、アヤ」

 

「やっぱり皇帝陛下にご報告しなければならないであーるよ。

その際、エリカ殿についても説明が必要になるのは必然であり、

この事実に対する対応策は現在模索中で……」

 

「あ、持ってっていいわよ。アイロンごと」

 

「ひどいわ!私の活躍で新しき甲冑が手に入ったっていうのに!

拙者用の仏壇くらい買ってもいいくらいの成果である!」

 

またキャラを忘れてわめきちらす。こいつも大概図々しいわね。

 

「アヤ、また必殺技でこいつ斬ってよ」

 

「許すのだエリカ殿、リサには借りがあるのだ」

 

「ごめんなさいすみませんやめてください」

 

あたしは呆れながら、ため息をひとつ。

 

「勝手にフロッピーに取り憑いたから-100点。

それで新しいフロッピーが生まれたから100点。

説明係としての可能性を見せたから20点。合計20点だから、そうね……

寝床をアイロンから壊れた魔法瓶にランクアップしてもいいわ」

 

「やったー?余り待遇が変わってない気がするが、一応喜んでおくでござる」

 

「ところでアヤ。よく新しい機能を説明もなしに使いこなせたわね」

 

「むー、フロッピーを手にした時、本能が勝手に身体を動かしたのだ。

不思議なことこの上ないのである……」

 

「そうだったの。エリカ、もうフロッピーに変な残りカスとか残してないでしょうね?」

 

「拙者の分身はカスじゃないのである!全部回収して自分の身体に戻しておる!」

 

「じゃあ、もうあのフロッピーは使えないってこと?」

 

「いや、それは大丈夫だと思うのだ」

 

アヤが新しい4枚のフロッピーのシャッターを開けて、ぶつぶつ何かの魔法を唱えてる。

 

「……鋼鉄の海原、停止した知識の濁流、我が手、我が目に、真実を映し出せ」

 

彼女の指先が光って、ディスクの記録面を照らすと、納得した様子でうなずく。

 

「うん、今日の実験で使用した際に、データが焼き付いたらしいのだ。

このまま持ち帰って使えるから心配無用」

 

「よかったじゃない。きっと将軍や皇帝陛下もお喜びよ」

 

「えへへ、嬉しいのだー」

 

ベルトを抱きしめて笑顔を浮かべるアヤ。だけどもうお別れみたい。

夕陽が差し込みカラスが鳴いてる。彼女はベルトをカバンにしまうと立ち上がった。

 

「今日は楽しかったのである。アヤはそろそろ帰らないと」

 

「うん。次の日曜、いつもの店でね」

 

「エリカ殿も、また会える日を楽しみにしてるのだ」

 

「うむ、苦しゅうない!苦しゅうない!よきにはからえ!」

 

「後で苦しい思いしたくないなら挨拶くらいちゃんとなさい」

 

「アヤちゃんまたね!バイバーイ!」

 

「キャラを捨てろとまでは言ってないわ。とにかく、またね」

 

アヤも別れの言葉を返すと、ドアを通って帰り道についた。

これで今日は一件落着、じゃないのよね。

 

ちびちび砂糖水を飲みながら震えてる死体2人を、明日にでも帰らせなきゃいけない。

こいつらは聖堂の長椅子で雑魚寝でいいわね。

世の中にはアイロンの中で寝ている可愛そうな人もいるんだし。

 

帰る時には宿泊費と治療費合わせて1000Gずつくらい頂こうかしら。

財布がなかったら領地に直接請求しなきゃいけないんだけど、面倒くさそうね。

この世界の損害賠償請求の手続きってどうなってるのかしら。

 

とか考えてると、お腹が減ってきた。

夕食には少し早いから、エリカの新住居、壊れた魔法瓶を取ってきましょうか。

あたしは青い風船と共に、物置に向かった。

 

後で聞いたら、皇帝陛下は非殺傷武器を持つトリッキーな新フォームを、

えらく気に入ったらしく、

自ら「仮面ライダーフォートレス・インビジブルフォーム」と名付けたらしいわ。

 

 



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パロが過ぎた黒歴史
ウィスキー買ったけど、この猛暑が収まるまでは控えることにしたわ。お願い理由は聞かないで。


♪ペールギュント『朝』

 

明るい日差し。小鳥のさえずり。窓から吹き込む爽やかな風。朝はこうでなくちゃね。

身支度を終え、朝食が出来上がるまでの間、一足先にコーヒーを。

マグカップに粉コーヒーをひとさじ。そしてポットを傾けお湯を注ぐ。

注ぎ口からコポコポと音を立てて、熱いお湯が出てきて香ばしい香りが立ち上る。

はずだった。

 

「ふぃ~。あ、里沙子殿。おはようでござる~」

 

脳天気なエリカの顔があたしのマグカップに。錆びついた理性のワイヤーがぶち切れる。

後先考えず、製造から軽く30年は経ってる昭和臭いデザインの魔法瓶を手に取り、

ふざけた一行目に叩きつけた。

 

「何がペールギュントよ!名前も知らないくせに!!」

 

♪ペール ギュ  ント『朝』

 

文字列がガシャンと大きな音を立てて砕け、

驚いたジョゼットやみんなが駆けつけてきた。でも、あたしの怒りは収まらない。

全力でポットを振り回す。

 

「コーヒーの一杯も飲ませやしない!こんなクソみたいな世界、破壊してやる!」

 

「里沙子さん落ち着いてください!完全にポプ○ピピックの丸パクリじゃないですか!

出典書けば許されると思ってるんですか!?」

 

「うるさい!奴のアイデアが枯渇したのよ!」

 

♪ ペー ント『朝

 

あたしは更にポットを叩きつけ、破片を踏みにじって、

人を舐めた冒頭一行を壊し続ける。

 

「おい、危ねえだろ!落ち着け里沙子!」

 

「だったらあたしに落ち着ける環境をちょうだいよ!

大体、誰がこんなとこに悪霊の魔法瓶、置きゃあがった!!」

 

「あう~!これ、拙者のせいでござるか?そうなんでござるか?」

 

エリカが両手を垂らしながら空中を行ったり来たりしてまごまごする。

 

「コーヒーも飲めない朝なんか二度と来るな!」

 

破片だけになった音楽家とタイトルを何度も踏みつける。

 

『朝

 

気がつくと、本当に“朝”っぱらから大声で暴れまわったあたしをみんなが取り囲んで、

頭のおかしい奴を見るような目で見ていた。

ルーベルがあたしを刺激しないようゆっくりと近づき、そっと肩を抱く。

 

「何があったかは知らねえが、とりあえず座れよ、な?

朝飯食えばちょっとは落ち着くから」

 

「……そうね。あたしも言いたいことがあるし」

 

興奮していたあたしは深呼吸を繰り返し、どうにか精神を鎮めると、席に着いた。

数秒様子を見て安全を確認したルーベルは、

『朝やその他の破片を拾い上げ、窓の外に投げ捨て、同じくテーブルのいつもの位置へ。

 

無言の朝食開始。あたしがずっと険しい顔で、

喋んなオーラ出しながらフレンチトーストを切ってるもんだから、

ジョゼットもエレオノーラもお祈りを省略してサラダを口に運ぶ。

 

「……ごちそうさま」

 

朝食を食べ終えると、あたしは皿をシンクに持っていって、

軽く水で流して洗い場に置いた。ああ、今日は出だしから絶不調ね。

調子の悪い日は寝てやり過ごすに限るわ。あたしは私室に戻ろうとした。その時。

 

「待ってください、里沙子さん」

 

呼び止めたのはジョゼット。返事もせずに振り返ると彼女が続けた。

 

「エリカさんのポットを持ってきたのは、わたくしなんです」

 

言うことあるの忘れてたわ。思い出させてくれてあ・り・が・と!ポンコツシスター!

 

「あんたねえ!エリカの寝床は物置から動かすなって言っておいたでしょうが!」

 

「それじゃあ、可哀想です!

姿はどうあれ、わたくし達は同じ屋根の下で暮らす仲間なのに、

あんな埃っぽいところで瓶詰めにされて……」

 

「仲間違う!デザートイーグルにくっついてきたオマケ!

いや、オマケなら残念賞のティッシュでも鼻をかめるけど、

こいつは何にも触れない、すなわち何の雑用もできない!

完全なる役立たずを居候させてるだけでも十分慈悲深いと思うがどうか!」

 

「ジョゼット殿、頑張れ~拙者の存在価値を示して欲しいでござる……」

 

ハクション大魔王の出来損ないが、魔法瓶に隠れながらジョゼットを応援する。

 

「里沙子さんは冷たすぎます!役に立たないなら物置で寝てろなんて!」

 

「あんたは自分の本分思い出しなさい!

本来、死んだやつがいつまでも現世に留まってるのは自然の摂理に反することで、

聖職者であるあんたは、むしろエリカの成仏に向けて動くべきなのよ、わかってる!?」

 

「わかってます。わかってますよぅ……

でも、だからってポットに詰め込んで放ったらかしなんて、酷すぎるじゃないですか。

それに、エリカさんが現世に留まってる理由だって聞いてないのに……」

 

「単にエレオの除霊魔法が効かないから仕方なく放置してるだけで、

こいつの事情なんかどーでもいいわ!ねぇ、エレオ。あなたならわかってくれるわよね?

奴を追っ払う方法があるなら、即座にゴートゥーヘヴンしてくれるわよね?」

 

「えっ、わたしですか?」

 

いきなり言い争いの矛先を向けられたエレオノーラがうろたえる。

 

「ええと、確かに里沙子さんの言う通り、

死者に必要以上に関わることは不幸な結末を招くことになりかねないのですが……」

 

「ほら、ごらんなさい!」

 

「最後まで聞いてください……ですが、ですがですよ?

こうして偶然であろうとこの家に取り憑いてしまい、

本人の意思でもわたし達の魔術でもどうにもならないとなると、

せめて成仏するまでは普通に接してあげてはどうかと、思うのですが……」

 

「しっかりしてよエレオ。あなたには言ったかしら。

無害に見えてもこういう霊は優しくしてるといつまでも留まるの。

どんな手段を使ってでも成仏させるのが一番の親切!」

 

「もう、里沙子さんのイケズ!この家にはもう沢山の仲間がいるのに、

どうしてエリカさんだけ仲間はずれにするんですか!?」

 

「生きてるやつと三途の川を渡るべき存在の違いがわからない!?」

 

その時、あたしらの言い争いに業を煮やしたルーベルが、

テーブルをドンと叩いて立ち上がった。

 

「うるせえええ!!全員聖堂に集合だ!」

 

いきなり怒鳴られたあたし達は、困惑しながら黙って聖堂に移動した。

当のルーベルは物置に行って何かの準備を始めた。

 

 

 

 

 

あたしらは聖堂の長椅子に座って、ルーベルの到着を待つ。

10分ほどして彼女が大きな紙を持って入ってきて、壁にそれを貼り付け、宣言した。

 

『第1回 里沙子のうんざり生活!! チキチキ 里沙子は冷たい人間か?徹底討論会!』

 

みんなどう反応していいか分からず、聖堂が妙な雰囲気になる。

マリアさんも“何やってんだ、このイカレポンチ”と、中指立ててらっしゃる事と思う。

 

「何かと思えば今度はガキ使のパクリ?

テーマもさっきケンカになってたことと、微妙にズレてんだけど」

 

「いーや!元はと言えば、

お前がエリカに対して冷たい態度しか取らないことが原因だ!」

 

「そうである、そうである!里沙子殿はもう少し拙者に人道的な扱いを求めるのじゃ!

死んでたって心はあるんだから!じゃから!」

 

うるさいエリカにあたしが軽く拳を挙げると、ジョゼットがあたしをキッと睨んで、

かばうように魔法瓶を抱きしめた。

エリカはシュルシュルと中に逃げ込む。なによ、結構それ気に入ってんじゃないの?

 

「ふん、馬鹿馬鹿しい。モクでもやらにゃ、やってられないわ」

 

あたしはポケットから小さな紙箱を取り出し、フィルムを剥がして底を叩き、

一本出してくわえた。それを見たジョゼットが、また大声を張り上げる。

 

「あー!聖堂は全面禁煙です!ここはマリア様のお部屋なんですよ!?」

 

「ぶー、引っかかった。ココアシガレットです~。マリーの店で買った駄菓子」

 

あたしはカリッとハッカの香りがする長細いラムネを噛んだ。

 

「り、里沙子さんのそういう意地悪なところも冷たいと思いまーす!」

 

小学生の頃、終わりの会にも似たような訴え方する女の子いたわねえ。

あたしはとりあえず隣にいたピーネにも一本勧めた。

 

「食べる?アースのお菓子。子供の小遣いでも無理なく買える歴史ある駄菓子よ」

 

「駄菓子ですって?高貴な生まれの私には似合わないけど、

アースの文化に触れるのも悪くないわね。いただくわ」

 

ピーネも箱から一本抜いてかじる。

ハッカの味が口に合わなかったらしく、妙な顔をする。

 

「あんまり美味しくはないわね。ココアよりハッカの匂いが勝ってて甘みが少ない」

 

「それは残念。カビが生えてたら言ってね。それ賞味期限3年過ぎてるから」

 

「なんですって!?ペッ、ペッ、なんてもん食べさせるのよ!そして食べてるのよ!

信じられない、最低!はい、はーい!私も里沙子は冷酷非道な殺人鬼だと思いまーす!」

 

「マリーの店は骨董品しか置いてないの。そこに新鮮な食い物が並んでると思う?

大丈夫よ、ラムネなんてちょっとくらい賞味期限過ぎたところで、

ダメになるようなものじゃないわ」

 

「ちょっとどころじゃないし、そういう問題じゃないでしょう!

人に食べられる期限を過ぎたものを!」

 

あたしは指を振って訂正する。

 

「チッチッチ、賞味期限はあくまで美味しく食べられる目安。

飲食した際の安全を保証する消費期限とは似て非なるものなの。

わかったら、ほれ、もう一本」

 

「まだやるかー!」

 

「だぁ!うるせえ!!」

 

一向に進まない議論に怒りが弾けたルーベルが、また大声であたし達を黙らせる。

 

「とりあえず!ここで一旦中間投票するぞ!里沙子が冷たいと思うやつは挙手!」

 

ジョゼットが固く口を結んで手を挙げる。

魔法瓶の中の餅女も中からそっと手だけを出す。見えてないと思ったら大間違いだから。

エレオノーラは困った様子で、視線をさまよわせてる。

気にしなくていいのよ?冷血女、大いに結構。

 

「あの……里沙子さんは、口は悪いし、少々乱暴なところがありますし、

お酒ばかり飲んでますし、意地悪なところもありますけど、

心根は優しい人だと思うんです。

だからこそ、わたし達が共に暮らしているのであって、今すぐ結論を出すのは拙速かと。

もう少しエリカさんへの態度を観察してからでも……」

 

「悪いが今決めてくれ。でないと今晩もエリカが魔法瓶の中で寝ることになる」

 

「そうですか。では……」

 

エレオも決まりが悪そうにゆっくりと手を挙げた。

迷った割には結構酷いこと言ってくれてありがとう。

 

「他には誰かいないのかー?」

 

「ルーベルはさっきの凶行を見なかったの!?私よ、私!

古くなった菓子を食べさせられたピーネが一票を投じるわ!」

 

「うへへ。あと5本くらいあるわよ。一本行っとく?」

 

「いらないわよ!犯行が露見してもなお食わせようとするあんたの神経がわからない!」

 

「なら、パルフェムにも一本頂戴できます?」

 

後ろの席に座っていたパルフェムが声を掛けてきた。

腕を後ろに伸ばして、彼女にも紺色の箱を差し出す。

 

「はいよ。これは駄菓子の中でもちょっと背伸びしたい大人の味っぽい感じね。

だからパッケージもタバコに似せたのかしら」

 

彼女が一本取ってコリコリとかじる。

 

「……うん、パルフェムには好みの味ですわ。爽やかな味が口に広がります」

 

「いい子いい子。最近の連中は食い物に対して潔癖過ぎるのよ。

明らかにまだ食えるものでも、賞味期限たった1日過ぎたらゴミ箱にポイなんだから。

アースじゃ毎日新鮮な野菜やきれいな生モノが大量投棄されてんのよ、信じられる?」

 

「皇国も似たような状況ですわ。最近なんかヒーローのカードが付いたお菓子を、

おまけ欲しさにカードだけ取ってお菓子を捨てる事案が……」

 

「立場を表明して欲しいんだが?」

 

「わかってますわ。もちろん、里沙子お姉さまは優しい方ですわ。

パルフェム、受けた恩は忘れませんの。

お姉さま達は、行き場のないパルフェムのために、

ホコリまみれの部屋をパルフェム達の寝室に改装してくれました。

その優しさは決して忘れません。どこかの吸血鬼とは違って~」

 

パルフェムがニシシと笑いながらピーネをちらりと見る。彼女が少したじろいだ。

 

「うっ……えと、それは、あるんだけど。

あー!私が初めてここに来た時、里沙子に殺されかけたのみんな思い出してよ!

私も恩は忘れないけど、恨みはもっと忘れないのよ!」

 

「ふぅ、何を言い出すかと思えば。ピーネさんが不用意だっただけではなくて?

吸血鬼がいきなり教会に押しかけてきたら、始末されるのは致し方ないことでしょう?」

 

「それそれ。当時あたしも言ったのよ。腹減ってたのはわかるけど、

なんでわざわざ敵の要塞に突っ込むような真似をしたのか未だによくわかんない」

 

「だからそれは、戦争の責任者の里沙子が戦災孤児のあたしを……」

 

「あー、もういい!最後にカシオピイアは!?」

 

強引にエンドレスエイトな会話をぶった切って、最後の有権者に話を向けるルーベル。

 

「……お姉ちゃんは、優しい。髪、といてくれる」

 

「わかりきってたが回答ありがとう。じゃあ、中間結果を発表するぞ?」

 

「ちょっと待って」

 

「ん?」

 

あたしは、最初から気になってたけど、一向に説明がない事柄について尋ねた。

 

「もし、この選挙まがいの議論で、

あたしが冷たい女だって結論に達したらどうなるわけ?」

 

「もちろん!里沙子殿は拙者の待遇を大幅に改善する義務が生じるのである!

仏壇とか、香炉とか、おりんとか!」

 

魔法瓶の注ぎ口から顔だけ出して勝手なことを宣う姿は、腹立つというよりキモい。

というか、ポットにいろと言ったのは寝てるときだけで、

邪魔にさえならなきゃ昼まで律儀に引きこもらなくてもいいのに。

 

「あのね。あんたは、一刻も早く涅槃に旅立たなきゃいけないの!

完全にここで末永く暮らすつもりじゃないの!!」

 

「そんなこと言ったってお迎えが来ないからしょうがないじゃない。ないでござるか」

 

「それじゃあ、一体どうすりゃ成仏するのよ」

 

「多分……シラヌイ家の再興を果たした時でござる、わ」

 

修正すべきところを間違えたエリカに、パルフェムが付け加える。

 

「なら、永久に無理ですわね。皇国から取り寄せた歴史書によると、

シラヌイ家は行碌十年に政府が発表した廃刀令をきっかけに解散。

刀を置いたシラヌイ家一族と家臣は、武家社会終焉と共に一般人となり、

散り散りになったとのことですわ。

かつて25万石を誇ったシラヌイ家はもう、存在しませんの」

 

「それは……わかってる。でも、諦めきれないの……」

 

魔法瓶からずるずると出てきたエリカは、素に戻ってぼそぼそとつぶやく。

しょうがないやつね、本当。

 

「前向きに生きる死に武者になるんじゃなかったの?民を守り悪を討つだのどうの。

今時そんなの、あたしの目の届く範囲にいやしないけどね」

 

「そうですよね……この何も斬れない刀だって、今となっては……」

 

エリカが腰に差した刀を抜いて両手で優しく持つ。見た目だけは立派な刀。

そういや変ね。

 

「ねえ。あんた女だけど、武家って完全に男社会よね。

なんであんたがサムライやってたの?」

 

「オホン、本来なら兄上が家督を継ぐはずだったのであるが……

流行り病に倒れてしまい、拙者がシラヌイ家を守るべく、世継ぎになるため、

修行の旅に出ることを決めたのじゃ。である」

 

「惜しい、今のは別に直さなくてもよかったわね。その辺の事情詳しく」

 

「承知した。あの旅立ちの日は、まるで昨日のことのように思い出されるわ……」

 

いちいち遠い目しなくていいから、ざっくりとお願いね。

 

 

 

……

………

 

私は楚々とした歩調を心がけ、縁側を進みます。

父上の部屋の前に座ると、少しだけ障子を開け、三つ指を着いて頭を下げ、

中の人物に声を掛けました。

 

「父上、絵里香でございます。お呼びでしょうか」

 

「うむ。そこに座るが良い」

 

呼び出しを受けた私は、敷居を踏まないよう部屋に入り、袴姿の父上の前に座りました。

側には腹心の部下、龍ノ丈が控えています。

庭の鹿威しが、石桶に水を流し、コンと音を立てました。

 

皇国も今ほど文明の発達していなかった時代。

しかし、海外の文化を取り入れ、発展を始めようともしていた頃でした。

実際、私も着物より洋服を着ることが多くなっていました。

 

「絵里香、お前を呼び出したのは他でもない。正太郎のことじゃ」

 

「……兄上が、どうなさったのですか?」

 

「お前も知っておろう。正太郎は……もう長くない」

 

「そんな……!」

 

「唯一の世継ぎである正太郎が命を落とせば、不知火家は断絶。

400年の歴史を紡いだこの家も、もう終わろうとしている」

 

父上が表情のない目で鹿威しを眺めながら、そう告げたのです。

 

「それなら、父上に親交の深い方から養子を貰い受ければ!」

 

「絵里香様……!御老公は自らの代で、不知火家を終わりにしようとお考えなのです!」

 

龍ノ丈が、苦渋に満ちた表情で、頭を下げながら私に言いました。

 

「なぜです!なぜ諦めなければならないのですか!」

 

必死に問いかけると、父上が扇子で庭の鹿威しを指しました。

 

「……あれを見よ。

竹筒に満ちた水も、時が来れば古い水は流れ落ち、また新しい水が流れ込む。

我々、武士の時代は、終わったのだ。

新政府に抵抗する動きもあるようじゃが、

わしは静かに消え失せ、新たな時に身を任せるのを潔しと考える」

 

「納得できません!だからといって何故、代々守り継いで来た武士の家を!?」

 

「わしらがどう足掻こうと、時の流れには逆らえんものだ。龍ノ丈、例のものを」

 

「はっ!……絵里香様、こちらを」

 

龍ノ丈が私に、大判の白黒写真を見せました。椅子に座る殿方の写真。

 

「父上、これは?」

 

「この家を畳むに当たって、既に部下や使用人に餞別を配り、

知り合いの道場や宿から働き口を探し、今後の暮らしに困らぬよう務めておる。

もちろん、お前も例外ではない」

 

「……と、おっしゃいますと?」

 

「見合いじゃ。お前も妙齢の女子、そろそろ嫁入りを考えてもよいだろう。

その御仁は若く、家柄も立派な好人物じゃ。お前を任せても、安心して隠居ができる」

 

写真を手にした私の手が震えます。

 

「…です」

 

「どうした」

 

「嫌です!このまま成り行きに任せて、

父上や皆さんが守ってきた不知火家を絶やすことなどできません!

私は嫌です、生まれ育ったこの家を誇りに思っています!」

 

そう叫ぶと、私は写真を放り出し、靴下のまま外に飛び出していました。

 

「絵里香様!?」

 

「待つのじゃ!どこ行く!」

 

裏庭の蔵まで走ると中に飛び込み、刀一振りと私でも身につけられる鎧の一部を掴んで、

玄関に急ぎました。

 

「待つのじゃ絵里香、そんなものを持って何をする気じゃ」

 

「絵里香、どこへ行くんだい?」

 

「兄上が病で動けないなら、私が証明してみせます!

新政府と諸外国に、侍の魂は健在であると!父上、兄上、待っていてください!

この絵里香が、必ずや武勲を立ててこの国に不知火家の旗を掲げてご覧に入れます!」

 

「待て、待つんじゃ!」

 

そして、父上の声にも耳を貸さず、財布に入った路銀だけで旅を始め、

武者修行とは名ばかりの泊まり込みの雑用仕事で日銭を稼ぎ、

この国にたどり着きました。どこをどう彷徨ったのかは、もう覚えていません。

 

ある日、偶然流れ着いた村で、夜になると現れる妖怪の噂を聞き、

人助け半分名誉半分で退治を請け負い……それが私の最期でした。

 

………

……

 

 

 

「サムライじゃなくて箱入り娘だったってわけね。

結婚してりゃよかったのに。とんだ親不孝だわ」

 

人のこと言えないだろう、とはなぜか誰もツッコまなかった。

 

「なんてこと言うんですか、里沙子さん!

立派な志を抱いたまま命を落とした女性に対して!」

 

「そ、そーでござる!これで里沙子殿も拙者が悪霊などではなく、

気高いサムライの魂であることがわかったでしょう?じゃろう?」

 

どうもジョゼットはエリカの味方らしいわね。

元々味方だろうが戦力にはならないから別にいいけど。

あたしはルーベルに会議の進行を求める。

 

「もういいわ。中間結果発表してちょうだい。

好かれようが嫌われようが、来るもの拒まず去る者追わずよ」

 

「おーし、行くぞ。

里沙子は冷たい。エリカ、ジョゼット、エレオノーラ、ピーネ。4票だな。

里沙子は優しい。パルフェム、カシオピイア、本人投票はナシだから2票。

どうするよ、逆転には頑張って3ポイント稼がなきゃだぞ」

 

「それで4人のご機嫌取って3点も取れですって?

こんなどうでもいい勝負に血道を上げるくらいなら、

いっその事しけた2ポイントくれてやるわよ。あたしの負け。これでいい?」

 

最後の一本をかじると、あたしはやる気なく返事した。

こういう運動会に代表される、点取り競争みたいなイベント嫌いなのよね。

なんでかって?面倒くさいからに決まってる。

 

「なんだよー。里沙子、態度悪いぞ」

 

「えーと、映画サタデーナイトフィーバーにこんな感じのセリフがあったの。

“人の注文に応えようとするな、惨めになるだけだ”ってね。

あんたら含む誰かの機嫌を取って、

何の足しにもならない勝利を収めたところでどうなるってのよ。

今言ったけど、もう負けでいいわよ。

あたしの小遣いの範囲内なら好きな物買ってあげるから、昼寝してもいいかしら」

 

あたしはデカくて白い財布を腹の上に置いて長椅子に横になる。

おっと、ごめんピーネ、顔蹴った。ついでに膝に足置かせて。

 

「ギャッ、気をつけなさいよ!足が邪魔!」

 

「里沙子さーん……そういうの白けるからやめましょうよ」

 

「ああそうだ!お前ちょくちょく面倒なことを金で片付けるところがあるぞ!

良くない癖だ!」

 

「失礼ね。あたしは時間という基本的に金で買えないものを買ってるの。

資産の有効活用よ」

 

「起きろ。そもそもこんな馬鹿げた会議開く羽目になったのは、

お前が暴れたのが原因だろう」

 

「その暴れる原因になったのが、そこの青風船だった気がする。

ついでに風船の入れ物を勝手に移動したジョゼット」

 

「人のせいにすんな。もう一度言うぞ。起きろ」

 

「ぐがー、すぴー」

 

「おい」

 

ルーベルの声色が変わる。何だかものすごくつまんない空気になってる気がするわ。

でも、言っとくけどあたしは全然悪くない。

“負けでいい”っていう最大限の譲歩をしてるんだから。

 

「あわわわ、二人共、やめるでござる。拙者のせいでケンカしないでほしいのじゃ……」

 

「ケンカになんてなってないわ。あたしの負けで決着が付いたんだから」

 

「いーや、お前には話がある!」

 

「ちょっと、何すんのよ!やめなさいよ!こら!」

 

ルーベルがあたしを抱えて物置から裏口に出た。

ちょうどダイニングの窓があるところで放り出された。

柔らかい草が生えてるところだからよかったけど、

土の地面だったら腰を痛めてたところよ。

 

「痛ったいわね!あんた一体どういうつもりよ!」

 

「今日のお前は最悪だ!それ全部拾って反省しろ!」

 

「はぁ!?説教は虫酸が走るものランキング殿堂入り……」

 

バタン!と、あたしの声も聞かずに乱暴に戸を閉められた。

最悪だって言いたいのはこっちの方よ。

あたしは眼鏡を直して地面に散らばるものを見る。

 

♪ペ ール ギュ  ント『朝 』

 

「……こんなもん拾って何になるんだか」

 

しょうがないからあたしはまず♪ペから拾い上げる。

意外と重量があるのね。爽やかな朝の雰囲気とは対照的。

文章じゃ伝わらないだろうけど、割と粉々になって数が多くなった

“ペールギュント『朝』”を拾い集める。

スカートの足の間に、拾った破片を置いていく。

しばらく作業を続けていると、家の壁をエリカがぶよんとすり抜けてきた。

 

「どうしたの。ルーベルになんか吹き込まれた?」

 

「……ごめんでござる。拙者のわがままのせいで、ルーベル殿と仲違いを……」

 

「あれが仲違いに見える!?一方的に外に放り出されたの!あたしは被害者!以上!

用がないなら戻ってくれるかしら?今、“―ル”の回収で忙しいの!」

 

「拙者も手伝うでござる」

 

「えっ?」

 

エリカはあたしに答えず、散らばる何かの破片のひとつに取り憑いた。

すると、破片が浮かび上がり、あたしのスカートに飛び込んできた。

彼女は破片から抜け出ると、また別の破片へ。

 

「あんた、何やってんの?」

 

「二人なら早く終わるでしょ?でござろう?」

 

“ギュ”の中から話しかけるエリカ。そのヘンテコな姿に、呆れ半分の笑みがこぼれる。

ああ、馬鹿馬鹿しい。何をイラついてたのかしらね。

ルーベルの悪口でも言いながら、とっとと掃除を済ませましょう。

 

それからあたし達は二人がかりで音楽家と曲名のかけらを集め、

全部回収するころには太陽が真上に昇っていた。

あたしはスカートに破片を集め、物置の作業机に持っていく。

机に欠片をぶちまけると結構な量。

 

「さて、これをきれいにくっつけるとしますかね」

 

「これに取り憑いた時、美しい調べの一部が意識に流れ込んできたのだ。

早く全部聞きたいでござる!」

 

「待ってなさい。AK-47の修理に比べればどうってことないわ。

ええと、必要な工具はバックスペースとデリートキーで……」

 

あたしは自分で破壊し尽くした文字列をつなぎ合わせていく。

欠片は適切な別の欠片に近づくと、磁石のようにくっついて行く。

わくわくしながらあたしの作業を見守るエリカ。

うん、浮かんでる籠手が邪魔だからどけて?

 

「できた……!」

 

♪ペールギュント『朝』

 

今朝、最後まで聴きそこねた、まさしく“朝”に相応しい音色が響く。

 

「やっぱり、断片的にしか聞こえなかったが、美しい音色なのじゃ……」

 

「ふふ、もう朝っていうか昼だけどね」

 

それを聞きつけた他のメンバーも集まってくる。

 

「……すてき」

 

「これをお姉さまがお作りに?流石は里沙子お姉さまですわ!」

 

「作ったというより修復したって言う方が正しいわ」

 

「なにこれ、アースの曲?……ふーん、悪くないんじゃない?」

 

「とても和やかで、寝覚めの朝に聴いたら心地よいでしょうね」

 

「本当は今朝聴ける予定だったんだけど、色々予定が狂ってね。

さて、休憩に今度こそ『朝』をBGMにコーヒーでも飲みましょうか」

 

「わたくし、お湯を沸かしてきます!」

 

伸びをするとジョゼットがキッチンに向かったから、あたしも物置から出ようとすると、

誰かとぶつかりそうになった。ルーベル。

 

「なあに、まだ何か?」

 

「……別に」

 

「そう。……おっと、忘れてたわ。エリカ」

 

「なんでござろう?」

 

「後であんたの名前、漢字で書いといて。

あと…実家が栄えてたころの事業とか家紋とか、ヒントになりそうなものも色々とね」

 

「それは一体、どのような用途で?」

 

「戒名。位牌に書くものが必要でしょう。

仏壇は無理だけど、位牌と香炉くらいは個人輸入で皇国から買ってやれるわ。

さっきの手伝いのお駄賃よ」

 

「真でござるですか!?拙者、ここにいてもいいんでござるか!」

 

「出てけったって出ていく方法がないんだからしょうがないでしょう。今更だけど」

 

「やったー!やっぱり里沙子殿は優しいに一票でござる!」

 

「それまだやってたの?現金なやつね。行くわよ」

 

その時、ルーベルがあたしの前にズイと何かを差し出した。あたしの白い財布。

 

「……忘れ物だ」

 

「ふふっ、どーも」

 

あたしはズシリと金貨が重い財布を受け取った。

 

「な、何笑ってんだ。言っとくが、私は謝らねえからな!」

 

「謝るって何を~?」

 

「うっせ!もういい、さっさと行くぞ!」

 

あたしはエリカと、肩を怒らせながらダイニングに向かうルーベルを追いかけていった。

たまたま虫の居所が悪かっただけで、とんだ厄介事を自分で作り出したなんて、

ついてないわ。

 

明日はテンションの上がるBGMで初っ端から飛ばしていこうかしら。

メタルマックスの『WANTED!』とか。

そんなことを考えつつ、あたしはコーヒーの置かれた席に着いた。

 

熱いコーヒーでリラックスしながら考える。

後で本屋に行って位牌のカタログ見てこなきゃ。

皇国は無宗教の国だけど、インテリアとして仏壇仏具があるらしいのよ。

 

で、位牌が届くまでは、エレオノーラが魔力を通した糸を、

エリカの足っぽいところに結びつけて、あたしの部屋に浮かべといた。

サムライの幽霊は名実ともに風船になりましたとさ。

 

 



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豪華二話構成(笑)
前回の反省を踏まえて、シリアスか日常か迷いながら出来た話がこれよ、ごめんなさいね。


ジョゼットはキッチンの洗い場でお皿をカチャカチャ洗ってる。

あたしはテーブルで手の中のものをカチカチ鳴らしてる。

 

「ねえ、またココアシガレットが食べたくなって、

マリーの店にある、駄菓子コーナーという名の廃棄物の山を見に行ったの」

 

あたしは満足げにそれをいろんな角度から眺める。そしてまたカチカチ。

ジョゼットは皿を洗い続ける。

 

「そしたらいいもの見つけちゃって。プラスチック製のモデルガン。

ブラックカラーの44マグナムリボルバーよ。

まあ、デザインは架空のもので、バレルにぶっとい消炎器が付いてるんだけど、

この急角度のカーブを描くグリップは、コルトのリボルバーを参考にしてるっぽいわ。

ほら、コルトってのは、あたしが持ってるピースメーカーの製造会社よ」

 

「……」

 

「いやあ、さすがメイドインジャパンだわ。

ハンマーやシリンダーと言った細かいところまでよく作り込まれてるのよ。

コンパクトなルガーP89っぽいのもあったんだけど、

音を鳴らす緑色の部品が露出してて、ちょっとリアルさが落ちちゃってたから、

結局名もなきマグナムにしたってわけ。

あえて注文を付けるなら、シングルアクションにして、

ハンマーを起こす感触を味わいたかったわねえ。

あ、ちゃんとアイアンサイトまで付いてる!」

 

「……」

 

「んふふ、あんたにこいつの魅力がわかるかしら。

金メッキの“44MAGNUM”と豹のシンボルがイカスわ。

そりゃ安全装置はただの型抜きだけど、これにつべこべ言うのは贅沢よね。

だって弾なんか出るわけないんだもん。アハハ!」

 

上機嫌に語っていると、ジョゼットが洗い物を終えて、最後の皿を水切りカゴに置き、

エプロンで手を拭きながらあたしに向き合った。

 

「……里沙子さん、確かにこの企画は書きたいものをその時の気分で書く方針ですが、

あまりにも元ネタが伝わらないパロが独りよがりでしかないことは、

前回学習しましたよね」

 

淡々と喋るけど、怒っているのかいないのか微妙な表情。

あら?ジョゼットこんな顔する娘だったっけ?

 

「そ、そうよ?だから今回はパロなしでやって脱線気味の作風を元に戻そうって、

あの後反省会したじゃない」

 

「でもね、企画は里沙子さんの日記帳でもないんです。

その話を聞いた読者の方が、今ではもう珍しくなった駄菓子屋に行って、

置いてあるかもわからないその銃を買うことができると思いますか?」

 

「そりゃあ、あの、多少はあたしの私生活を通して、

異世界の四方山話をお送りしなきゃだしさ……」

 

なんだか心臓がゆっくりと嫌な鼓動を立てる。

助けを求めるようにプラスチックの44マグナムを手の中でもてあそぶ。

 

「さっきのモデルガン云々の話に、読者を楽しませる要素がありましたか?」

 

「それは……。なかったけど。わかった、わかったわよ!

今からこの銃で話を面白くしてやるわよ!」

 

「どうやって?」

 

「誰かにちょっとイタズラしてみる」

 

「自殺ネタとか強盗ネタはやめてくださいね。本気で怒りますから」

 

「うっ……わかってるって。なんとか面白いネタ披露してみせるわよ」

 

「じゃあ、早く行ってください。ここで座ってても何の展開もありませんよ」

 

「行くわよう。行けばいいんでしょ。……あんたも言うようになったわね」

 

「伊達に誰かさんにしごかれ続けてませんから。一応ここの最古参ですし」

 

あたしはすごすごとダイニングから逃げるように立ち去り、私室に戻った。

ぽすんとベッドに座ると、複雑な気持ちを持て余す。

 

頼りないシスターがたくましくなった事実が、嬉しくもあり寂しくもある。どうしよう。

うつむいていると、部屋の隅に設置した位牌から、エリカがにゅるっと抜け出してきた。

 

「里沙子殿、それは新しい鉄砲でござるか~?」

 

「違う。玩具の銃よ……」

 

「なんだか元気がないでござるよ。拙者に話してみるがよい!」

 

ジョゼットにはああ言ったものの、ネタがなくて途方に暮れていたあたしは、

目の前のヘッポコ幽霊に事の経緯を打ち明けた。

8つも下の女の子に叱られたこと。手の中の玩具で面白い話を作る羽目になったこと。

完成どころか着手にも至っていないこと、全部。

 

「あたしってさ……。SかMかで分類すると間違いなくSの方に入ると思うんだけど、

Sは打たれ弱いって俗説は本当だったみたい。マヂへこんでる今回……」

 

うなだれるあたしを見たエリカは、何かを決意した表情で気合を入れた。

輪郭がおぼろげだった刀や甲冑がビシッとはっきりした形を取る。

 

「シャキーン!拙者に任せるでござる!

里沙子殿はシラヌイ家を取り戻してくれたのじゃ!小さくはなってしまったが、

そこにこの不知火・絵里香が住んでいる以上、ここはシラヌイ家なのである!」

 

「家……?」

 

視線の先には皇国から取り寄せた位牌と香炉。

位牌に記された戒名は達筆な行書で書かれていて読めない。

どうにか“不知火”の3文字が分かる程度。

 

「そう!今度は拙者がその恩返しをする番なのよ、だ!」

 

「でも、どう面白くしろっていうのよ、こんな玩具のマグナムで。

ピーネの前で頭ぶち抜く振りして脅かしたら、またジョゼットに怒られる……」

 

「あー……。相当参っているようでござるな。まずは方向性を決めなくちゃね」

 

「方向性?悪いけど、今回は語尾修正してる余裕ないから」

 

「真剣勝負の物語か、それともいつもの生活、どちらをお送りするか、でござる。

……どこで間違ったのかしら?」

 

「まずシリアスかほのぼのかを決めろ、ってことでいいのかしら」

 

「ん~、まあ、そうでござる」

 

「絶対わかってないだろうけど、その案には賛成だわ。

ちょっと道筋が見えてきた気がする」

 

「うむ!では、まずは真剣勝負の物語を紡ぐのじゃ。

拙者が“せってぃんぐ”をするから、玩具の鉄砲に憑依させて欲しいのである」

 

「わかった。じゃあ、とりあえず外に行きましょうか。中に入って」

 

「いざ出陣じゃ~!」

 

そして、エリカは玩具の44マグナムに取り憑き、

あたしはとりあえず家から出て街に向かった。

本音を言えば面倒だけど、ここに居ちゃ何も始まらない。

 

 

 

Episode 1. 荒野の決闘者

 

 

地球のようにアスファルトで舗装なんてされちゃいない、

ただ人や馬車が行き来して道になった、むき出しの砂地を歩くこと1時間。

ようやく目的地に到着した。サンディ・ムーンの町。

 

広く長い通りに沿って、焦げ茶の木造建築が並ぶ小さな町に、

無法者の集団が住み着いた。

 

その知らせがあたしに届いたのは一週間前。皇帝陛下からの討伐依頼。

保安官は既に殺害され、銃で武装した集団が住人から金品を巻き上げ、

抵抗するものは情け容赦なく射殺、とのこと。

 

なんであたしなのか。いろんな事情、可能性が推測できるけど、

考えても無意味なことだと面倒になり、思考を放棄した。

 

断ることもできたかもしれない。死ぬことになるかもしれない。

でも、毎日エールを睡眠剤に、ベッドで泥のように眠る、

崩れきった生活を送っていたあたしは、

何の大義も目的もなく、気がついたら仕事を引き受けていた。

 

サンディ・ムーン。4つの領地の端が重なって、偶然現れた空白地帯にできた町。

周囲は見渡す限りの荒野で、自生する植物はサボテンしかない。

農作物の出荷など望むべくもない住人は、ルート27を進む旅人を相手に、

宿や酒を提供して生計を立てていた。

 

そこに目をつけた、ならず者の集団。

どの領地の騎兵隊も管轄外である絶好の獲物に、彼らが目をつけるのは当然とも言えた。

 

町に着いたあたしは、最初に向かった銃砲店の片隅で、

黙って親父がガンベルトの改造を完了させるのを待っていた。

壁に背を預け、両腕を組む。革を切ったり鋲を打ち込む音だけが店内に広がる。

 

そう言えば、今まであたしのガンベルトの構造を詳しく説明したことはなかったわね。

出来上がるまで、少しお話ししましょうか。

 

まず左脇にショルダーホルスター。それを固定した革のベルトを、

タスキのように右腰まで伸ばし、そこにもう一つホルスターを装着。

腰回りのベルト左側には、

更に上から革を筒型に縫い込んで予備の弾丸を差してある。

 

背中にはヴェクターSMG、ドラグノフ、ダイナマイトを装着するフックの付いた

分厚い革のプレート。今まではあたしはこれで戦ってきたわけよ。

ちなみに、スカートに隠れた右の太ももにはサイホルスターを巻いてあるけど、

それは今回必要ない。親父が工具をしまう。……作業が終わったみたいね。

 

「出来たぜ、嬢ちゃん」

 

あたしはカウンターに近づき、新しいガンベルトを受け取る。

 

「前に4丁差しなんざ、無茶するぜ。

まぁ、あんたの鉄板みたいな胸なら無理なく着けられるだろうが」

 

「殴るわよ。料金は?」

 

改造したガンベルトを装備し、手持ちの銃を差し込みながら尋ねる。

 

「いらねえよ。

……カルロスの野郎とその一味を、1日でも早く墓場送りにしてくれんならな」

 

「奴らに明日は来ない。邪魔したわね」

 

寂れた銃砲店を後にして、

再びルート27沿いの田舎町、サンディ・ムーンの大通りに戻る。

両脇に銀行や安ホテルの木造家屋が立ち並ぶ道路の真ん中を、

目的地に向けて真っ直ぐ進む。

あたしは“BAR”の看板が掛かった店のウェスタンドアを身体で開き、中に入った。

 

「オラ、店主!ビールが冷えてねえぞ!」

 

「す、すみません!すぐ入れ直しますので……」

 

「ネーちゃん、いいケツしてんな!こっち来いよ!」

 

「やめてください……!」

 

入った途端、大声、グラスの割れる音、そしてむせ返るような酒と男の臭い。

垢だらけの無頼漢たちが、

嫌がるウェイトレスを無理やりソファに引き寄せて酒の相手をさせ、

テーブルに両脚を乗せてスコッチをラッパ飲みしている。

 

酒場に関しては、ハッピーマイルズの方がまだマシだと思う。

テーブル席を無法者達が占領し、地元の住民が寄り付かないらしい。

好都合だわ。これから良くないことが起こるから。

 

また一歩足を踏み出すと、銃をぶら下げた無法者連中が一斉にあたしを見る。

こいつらじゃない。

カウンター席で葉巻を吹かしている、赤いポンチョにテンガロンハット、

そしてブロンドのショートヘアの男。

……こいつが街を牛耳ってるカルロスファミリーの親玉らしいわね。

 

「カルロス・バレリアーノさんで間違いないかしら」

 

話しかけると、男はゆっくり体ごと振り返り、あたしを真っ直ぐに見つめ、

口元で不敵な笑みを浮かべる。

 

「ふっ。三つ編みに白のストール、か。

“早撃ち里沙子”がハッピーマイルズから、こんな田舎まで何の用だ」

 

「このアマ!ボスに近づくんじゃねえ!」

 

よれよれのシャツを着た荒くれ者の一人が、銃を抜きながらあたしに近づいてきた。

その瞬間、腕を弾くように胸の4連ホルスターからベレッタ93Rを抜き、

そいつの心臓を撃ち抜いた。後ろに吹っ飛ぶ男の死体。

 

突然の銃声に一気に騒然となる酒場。

マスターやウェイトレスが悲鳴を上げながら奥に逃げ、銃撃戦が始まった。

カルロスの手下があたしに銃を撃ちまくる。

 

右手にベレッタを持ったあたしは、

軽く後ろに跳んで店内を視界に収め、銃弾の射線から身を反らす。

 

そして限界まで集中力を高めて視線を走らせ、敵の人数、配置、手の動きを読み、

攻撃の順番が早い敵を察知。前方160度の敵に弾丸を放つ。

銃声が轟き、薬莢が飛び、銃口から閃光が走る。

 

頭、胸、腹に銃弾が突き刺さった手下達は、

窓から外に放り出され、床に倒れ、シートに寄りかかるようにして絶命した。

ダブルカラムマガジンの20発を使い切る前に、手下は全滅。

 

銃撃戦は、まばたきもなく、2.27秒で決着した。

あたしは誕生日ケーキのロウソクのように、銃口から漏れる硝煙をそっと吹き消す。

カルロスはカウンターにもたれながら、眉ひとつ動かさずその様子を眺めていた。

 

「……こんな用事よ、賞金200,000Gのカルロスさん。

次はあなたと手合わせ願いたいんだけど」

 

「店に入ってから前を向いて歩いちゃいたが、

視界を広げて連中の数と配置を確認してた、か。

なるほど、“こっち”の手配書でとんでもねえ額が付くほどのことはある」

 

「ずいぶん落ち着いてるのね。仲間を全員殺されたってのに」

 

「覚えとけ。お前らみたいな正義のヒーローと違って、俺達の間に仲間は存在しねえ。

金になるなら手を組む。用済みになれば殺す。そんだけだ」

 

「シンプルで素敵ね。でも、生憎あたしも正義の味方を名乗った覚えはないの。

今、働いてるのは、将来楽するための先行投資よ。

それで、決闘を受けてくれるの、くれないの?」

 

「……せっかくのお誘いは残念ながらパスだ」

 

カルロスは葉巻を灰皿に置き、カウンターに置いていたグラスのウィスキーを煽る。

表面が滑らかに解けた氷がカランと小気味よい音を立てた。

 

「物騒な二つ名を山ほど持って帝国中に名を馳せる、無敵のガンマン・斑目里沙子。

無敵、無敵、無敵、ねえ。

……常勝無敗の秘密は時間停止。訳の分からねえ能力で、

動けない敵をただ的のように撃ち殺す。

そんなつまらねえ戦いばかりしてる奴と、命のやり取りすんのは、御免だ。

クズにもクズなりのポリシーってもんがあんだよ。

お前らにしちゃ馬鹿馬鹿しいだろうがな」

 

「そんなことはないわ。立場が違えば、あたし達、分かり合えたかもね。

もちろんそんな卑怯な真似はしない。

時間停止は使わないと誓うわ、皇帝陛下の名のもとに。町の住人全員が証人よ。

もし能力を使えば、場面を切り取ったような不自然な現象が、素人目にもわかる。

そうなれば、あたしの“評判”とやらはガタ落ち。

純粋な早撃ちの腕前で勝負せざるを得ないってわけよ」

 

「ほう……?」

 

グラスを置いたカルロスがあたしの話に興味を向けた。

また葉巻を一服してから続きを促す。

 

「まだ、足りねえ。その平らな胸に拳銃4つ……。気に入らねえな」

 

「あなたを平手打ちしにきたわけじゃないの。銃は多ければ良いってものじゃないわ。

例えば、この一番下に差しているCentury Arms Model 100。

これなんか3kgもあるからクイックドローには絶対に向かない。

実はこれらも条件を対等にするために用意した」

 

「面白くなってきたな……。続けろ」

 

「この4つの中から、あたしが使う銃をあなたが選んで。

実はこの中に、ひとつだけ良く出来たモデルガンがあるの。

ベレッタを今ぶっ放したばかりだから……。実質確率は3分の1。

運良く玩具の銃をあたしに使わせたら、無条件であなたの勝ち。

上からベレッタ93R、コルトSAA(ピースメーカー)、44マグナム、そして、M100」

 

言い終えると、あたしはカルロスから二歩後ろに下がって両手を広げた。

 

「さあ、どれにする?」

 

「はっ……面白い女だな。いいぜ、俺の町に埋めてやる。

そうだな、お前が使うのは……。上から2つ目。ピースメーカーだ」

 

「それで、いいのね?」

 

「これでも目は良い方だ。表に出な」

 

 

 

あたし達は酒場から出て、熱い風が砂を運ぶ、町の大通りに出た。

両脇に並ぶ家屋から、大勢の住人達が不安げにあたしとカルロスの決闘を見守る。

そんな彼らにあたしは叫んだ。

 

「聞いて!今からあたしとカルロスが決闘をする!

あたしは決して能力を使わず、彼が指定したピースメーカーで勝負する!

その条件で戦う事を見届けて!今からこの金時計を1分後に鳴るように設定する!

時計が鳴った瞬間、同時にファイア。

あたしが死んだら……。サボテンの下にでも埋めてちょうだい!」

 

あたしはポケットからミニッツリピーターを取り出し、アラームを一分後に設定し、

そばにある雑貨屋の階段に置いた。

そして、カルロスが指定したピースメーカーを腰のホルスターに差し直す。

 

精巧な金時計が時を刻み始める。二人にとって永遠とも言える時間。

タンブル・ウィードが転がり、風が砂を巻き上げる。

カルロスが通りの向こうからニヤリと笑いながら語りかけてきた。

 

「お前みたいな恵まれてる女が、どうして賞金稼ぎなんかやってる。

皇帝さんお付きの護衛でもやってりゃ、一生安泰だろう」

 

「毎朝時間どおりに出勤する。そんな規則正しい生活なんて真っ平よ。

女捨てようが、あたしは自由に生きていきたい。

朝寝て、昼に飲んで、また夜に飲んで寝る。他の人生なんて考えられないわ」

 

「つくづく惜しい女だよ、お前は。

俺達みたいな生き方も、案外楽しかったのによ……!」

 

そして、カルロスがポンチョを翻し、

同じく古ぼけたピースメーカーが収まったホルスターに手を掛けた。

同時に金時計が美しい音色を奏でる。

あたしもピースメーカーを抜き、ハンマーを起こし、トリガーを引いた。

 

2つの.45LC弾がほぼ同時にサンディ・ムーンの空を疾走る。

銃声は、ひとつにしか聞こえなかった。

 

真っ白な鳩の群れが青空に向かって飛んでいく。

 

……金時計の演奏が終わると、それをポケットにしまい、

道路に大の字になって倒れるカルロスに歩み寄った。

胸から血を流す彼は、あたしを見上げて、へへ、と笑った。

彼の銃弾で肩を裂かれたあたしは、カルロスに問う。

 

「……どうして、マグナムを選ばなかったの」

 

「言っただろう…俺は、目がいいんだ……。そんな、軽そうな銃、あって、たまるか」

 

「確実に勝てたのよ?そのチャンス、いえ、命を捨てるなんて」

 

「“早撃ち里沙子”と、真剣勝負ってもんを、してみたくなった、それだけだ……」

 

「その時の、ただなんとなくで、命を賭ける。

本当、あたし達、似た者同士だったのかもね」

 

「……あばよ。地獄で、待ってる、ぜ……」

 

カルロス・バレリアーノは事切れた。

あたしは、睡る彼の顔をしばし見つめてから、両手を取って、胸の上に乗せた。

 

勝負の行く末を見届けた住人達が、一斉に建物から出てきて、歓声を上げる。

皆、あたしを取り巻いて感謝や感激の言葉を掛けるけど、

ほとんど耳には入っちゃいなかった。

 

仕事を済ませたあたしは、踵を返してサンディ・ムーンから立ち去る。

一人の女性があたしに気づいて呼び止めるけど、

足を止めることなく、2.5マイル先の街にある駅馬車広場に向かって歩き続ける。

 

「待ってください!ならず者達を倒してくれて、本当に、何てお礼を申し上げていいか!

駐在所に隠してある賞金を受け取ってください!私達が少しずつお金を出し合って……」

 

「いらないわ」

 

「えっ?」

 

他にも何か話しかけられた気がするけど、

あたしはストールをマスクにして、ただぼんやりとルート27を進み続けた。

 

ただハッピーマイルズの自宅に戻るため。

明日の保証など何もない毎日に還るため。

酒と銃だけがあたしを待つ、朝日のあたる家に帰るため。

ひときわ強い熱風があたしを叩いた。

 

 

 

 

 

Episode 2. あたしの拳銃どこ行った!

 

 

「ない!どこよ!あたしのピーちゃんどこ!誰が隠しゃあがった!?キー!」

 

あたしは私室をひっくり返す勢いで愛しの拳銃を探していた。

朝起きて、顔洗って身支度整えて、いつものガンベルトを着けたら、

妙に軽い事に気づいた。

そしたら、右腰のホルスターからピースメーカーがなくなってたのよ、奥さん。

 

左のショルダーホルスターにはベレッタ。これは問題ない。

でも右のホルスターに差しといたピースメーカーがどこ探してもないのよ!

 

ガンロッカーは何度も調べた。デスクの引き出しも全部引き抜いて逆さにしたけど、

マナの抜けた雷光石、エールの空き瓶、ガジェットの失敗作、

すなわちゴミしか出てこない。

 

無駄とわかっていても、

部屋の隅にある位牌と香炉をどけて床を這うように探すけど、どこにもない。

左手の位牌から、餅フォームのエリカがにゅるんと出てきて、文句を付けてきた。

 

「あわわわ!世界が回っているのでござるー!

……はぁ、びっくりした。何するのよ、もう!」

 

「起きたとこ悪いけど、あんたもあたしの銃探して!

アースの銃だから替えが効かないのよ!」

 

「里沙子殿の銃?拙者には火縄銃しかわからないでござる」

 

「持ち手がぐりん!と曲がってるあの銃よ。見たことない?」

 

「違いがよくわからないでござる。拙者があの村から持って来た銃しか……」

 

「デザートイーグルはあるのよ、ガンロッカーに。

でもあの銃はこの世界に来て初めて買った……」

 

“うるせえぞ!もう朝食の時間だぞ、早く来い!”

 

階下のダイニングからルーベルの怒鳴り声が響いた。

……しょうがない、一旦ピーちゃん探しは中断しましょう。

あたしはエリカの食事の線香に火を灯してから、1階に下りた。

食卓にはもうみんなが集まっている。

 

「ごめん、みんな。野暮用で遅れた」

 

「遅いわよ!このピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワールを」

 

「さあ食べましょう、待たせたわね」

 

あたしが席に着くと、みんなも食事を始めた。

 

「いただきます……」

 

「沙国にも焼きそばパンがありますのね。パルフェムも大好きですわ」

 

「マリア様に感謝の祈りを捧げます。あなたの恵みを分け与えてくださり……」

 

「聞けー!」

 

ピーネが子供椅子の上で癇癪を起こす。いつものことだから誰も聞いちゃいないけど。

ルーベルがジョッキの水を飲みながら聞いてきた。

彼女は何も食べなくても問題ないオートマトンだけど、みんなが食べてる中、

手持ち無沙汰ってのもアレだから、こうして形だけ水を飲んでるってわけよ

 

「ま、私は水飲むだけだけどな。

ところで里沙子。さっきは朝っぱらから何を騒いでたんだ?」

 

「“朝”って単語にはまだ思うところがあるから、控えてくれると助かる。

あたしのピースメーカーがなくなったのよ。確かにガンベルトに差しておいたのに」

 

「むちゃくちゃ言うな。“朝”なんてすげえ一般的な言葉封印したら、

喋りづらいどころの話じゃねえだろ。それに、銃なくしたなんて危ないじゃねえか。

知らない奴が拾ったらどうすんだ。しっかりしろよ里沙子」

 

「それに関しちゃ返す言葉もない。

そういうわけで、今日は全員の部屋探させてもらうから、そこんとこシクヨロ」

 

「「えーっ!?」」

 

全員が抗議交じりに驚きの声を上げる。

 

「なによ、家主が困ってる時くらい助けてくれたっていいじゃない」

 

「困ってるっていうか、単なるお前のポカミスだろ!?

どうせ部屋中ひっくり返して、片付けもせずにとんずらする気だろうが」

 

「そんなことないわよ~?片付けくらいするし?あたしってきれい好きだし?」

 

「信用できねえ!特に2つ目!

お前の部屋を写真に撮って、アップロードして読者に見せてやりてえよ!」

 

「ごちそーさまー。まずはワクワクちびっこランドから捜索ね」

 

ややこしい言い争いになる前に、あたしは食器を流しに置くと、

ダッシュでまずはピーネとパルフェムの部屋に駆け込んだ。

 

「あ、こら!待ちなさい里沙子!」

 

「まぁまぁ、ピーネさん。お部屋くらい見せて差し上げればいいじゃありませんか。

それとも、何か見られて恥ずかしいものでもあって?」

 

「そ、そんなものないわよ!でも里沙子に勝手に触られるのはムカつくのー!」

 

「はぁ。一日くらい我慢してあげてもよろしいのに。まだトマトが残っていましてよ。

いずれにせよ、それを食べ終える前に席を立つのはレディ失格ですわ」

 

「うう……。これ好きじゃない」

 

助かるわ、パルフェム。精神的年齢の差が出てるわね。

さっそく子供部屋に突入したあたしは、

二人のベッドのサイドボードを引いて、中身を確認。

 

パルフェムは着物の帯。

ピーネはクマのぬいぐるみや、可愛らしい着せ替え人形が入ってた。

いつの間に買ったのかしら。まぁ、二人には毎月200Gずつお小遣いあげてるから、

別にいつ買ってても不思議じゃあないんだけど。

 

お次は洋服ダンス。上の段から次々開けていくけど、見つからない。

やっぱりパルフェムは替えの着物。ピーネは普通にいつものドレスの着替えが入ってた。

こんなところにピースメーカーがあるわけないとは思ってたけど、やっぱりがっかり。

 

でも、肩を落としてる場合じゃないわ。

あたしがドタドタと2階に上がると、手近な部屋から鍵を開けた。

ルーベルの部屋に入ろうとした時、全員朝食を終えたようで、同時に駆けつけてきた。

 

「うぉい!そこは私の部屋だぜ?お前の銃なんかあるわけないだろ!」

 

「可能性は一つずつ潰して行かなきゃいけないの。協力して。

紛失した銃が誰かを傷つける前に!」

 

「……そうだな。別に見られて困るもんでもねえし、早く見つけろよ?」

 

「わかったわ!」

 

真剣そうな表情を作って訴えると、あっさりOKしてくれた。楽勝。

あたしは鍵束を指先でクルクル回しながら、堂々とルーベルの部屋に入った。

そう言えば、彼女のプライベートってどうなのかしら。見るのは初めてね。

 

結論から言うと、この教会で2番目に汚かった。

妙な形の小刀、用途不明の軟膏、片っぽだけのボクシンググローブ。

ベッドの布団が床までずり落ちてる。

あと、バレットM82のメンテナンス器具が使ったまま床に放置されてる。

さすがに銃自体はちゃんと壁のガンラックに掛けてあったけど。

 

「里沙子お姉さま。パルフェム達の部屋にはなかったんですか?」

 

「うん。

そもそもあの部屋に銃が移動するなんて考えられなかったから、望み薄だったけど。

今、この足の踏み場もないカオスを彷徨ってるから、入っちゃだめよ。

踏んづけたら怪我する」

 

「はーい。……あら?」

 

首をかしげるけパルフェムをどけて、ルーベルも部屋に入り文句を付けてきた。

 

「何がカオスだ、お前の部屋よりずっとマシだっての!

まだ作業の途中だから床に置いてるんだ!」

 

「じゃあ、この変な形の彫刻刀は何に使うの?」

 

「オートマトンは木の体にささくれが出来たら、そいつで削って滑らかにするんだ。

人間で言う爪切りみたいなもんだ」

 

「へえ。

あんたが来たばっかりの時、薬局で買ってた謎アイテムの使い道が初めてわかったわ。

こっちの軟膏は?」

 

「関節に塗る潤滑油だ。人間と違って新陳代謝がない私達は、

外部的な方法で身体をメンテする必要があるんだよ」

 

「なるほどね~。おっと、感心してちゃいけない。

ピースメーカー、ピースメーカーは、と……」

 

あたしがガサゴソ部屋を漁ってると、小さな足音が廊下からペタペタと。

 

「ここがルーベルさんのお部屋なんですね。見たこともないものがたくさんです。

……あ、ごめんなさい、わたしったら勝手に」

 

「気にすんなよ、エレオノーラ。お前がうちに来た時、部屋見せてもらったしな。

面白いもの一杯あったな、確か」

 

「ふふ、全部聖職者以外には用のないものですが、

見ているだけで気持ちが安らぐ品もありますから」

 

ルーベルとエレオの昔話を聞きながら、机やクローゼットの中身を確かめる。

 

「ええと……。クローゼットには、ない。ここは駄目ね。

次はジョゼットの部屋に突撃よ」

 

「ええっ!?あの、わたくしの部屋には、その……」

 

「ん?その態度は怪しいわね。

あたしの寝首をかいて、この家乗っ取ろうとしている可能性が微レ存」

 

「違いますよう!女の子の私物を漁ってる自分に何か疑問を感じないんですか!?」

 

「これっぽっちも感じない。

そうだ、いい機会だから、みんなの部屋をお互い見学しましょう?」

 

「素直に探すの手伝ってって言えばいいのに」

 

「ピーネ黙る。見たくないなら無理に見なくてもいいのよ?」

 

「うるさいわね、見るわよ!付き合ってあげるから感謝しなさい」

 

結局ピーネも参加することになった大捜索は続く。次はジョゼットの部屋。

うーん、なかなか片付いてて小ざっぱりしてる。

机には聖書や、何かを書き留めたノート。魔法の勉強でもしてるのかしら。

あたしはシスターじゃないからさっぱりわかんないけど。

 

例によって机の引き出しを次々と開けていく。

机にはマリアさんの模型と勘違いされたアンクや、家計簿の束くらいしかなかった。

ジョゼットがこの家に来てからの支出を全部記録してるから、ノートがたくさん。

 

やっぱり銃は見つからない。次は洋服ダンスね。

あたしが引き出しを開けようとすると、ガッと腕に手を掛けられた。

 

「そこはっ!わたくしが見ますから、みなさん外に出てくださーい……」

 

「あんたじゃ見落とす可能性があるでしょ。ほら、手ぇ邪魔」

 

「ああっ!」

 

ジョゼットの手を振り払い、一番上の引き出しを引っ張った。

中には修道服数セット、下の方の段にはパジャマや下着が詰まってた。

慌ててジョゼットが割り込んでくる。

 

「あうあう!見ないでください!里沙子さんのスケベ!」

 

「なに、もしかして下着のこと気にしてたの?まったく、男がいるわけでもあるまいし。

何これ?普通のデザインじゃない。普通のくせに大げさなのよ」

 

ひとつ、つまんでしげしげと眺める。

 

「やめてください!里沙子さんはデリカシーがなさすぎるんです!

皆さんも出ていってくださーい!」

 

「はいはい、出ていくわよ。出りゃいいんでしょ」

 

ジョゼットに追い出される形で部屋を出たあたし達は、

今度は向かいにあるカシオピイアの部屋の捜索を開始した。

こっちもやっぱり片付いてるわね。

そりゃ、直接的な血縁関係ではないにしろ、どうして姉妹でこうも違うのかしらね。

 

「おじゃましま~す。……おや」

 

机の上のブックスタンドに、恋愛小説が並んでる。その中には……

 

「ウヘヘ。これ読んだ?」

 

先日カシオピイアにプレゼントしたフランス書院の一冊。

抜き取って彼女に表紙を見せると、彼女はカッと顔を赤くして、官能小説をひったくり、

それであたしを叩いた。

 

「いたっ」

 

「お姉ちゃんの……ばか!」

 

まー、こないだは説明し忘れたけど、フランス書院ってのは官能小説、

つまりエロい小説を専門に出版してる会社よ。

この娘がここまでウブだとは思わなかったけど。

 

「赤くなってるってことは、結局最後まで読んだってことでいいのかな?

女教師と男子高校生の禁断の恋を。んー?正直にお姉ちゃんに話してごら」

 

ゴツッ!!

 

「ぎゃうっ!」

 

「お姉ちゃんなんて、もう知らないっ……!」

 

今度はゲンコツで殴られる。

前にも言ったけど、あの娘割と手が大きいから、拳の一撃が地味に痛い。

カシオピイアはフランス書院を放り出して、どこかへ行ってしまった。

 

ちょっとからかいすぎたわね。今度“普通”の恋愛小説を買ってごめんなさいしなきゃ。

まあ、この機会にと言っちゃなんだけど、彼女の部屋も調べさせてもらうわ。

 

机の引き出しには定期的に帝都に送る日報。

あたしに取っちゃ何もなかった日でも、敵襲の有無、街の治安状況、物流の安定性、

ハッピーマイルズの安寧維持に関する情報がびっしり書き込まれてる。

 

あの娘、無口な分、文章を書くのは得意なのね。やっぱり姉妹なのに正反対の性格ね。

あたしなんか、小学校の読書感想文で、いつも“わたしは”で膠着状態だったのに。

 

いけない、いけない。思い出に浸ってないで銃を探さなきゃ。

部屋の主がいないから遠慮なく隅々まで調べさせてもらう。

ベッドの下、ない。洋服ダンス、ない。

中身は至って普通だったけど、それはあくまであたしの主観であって、

彼女が何を身につけているかは読者の想像に任せるわ。

 

何の収穫もないままエレオノーラの部屋に向かう。ここが最後。

これで見つからなきゃ本当にお手上げ。

 

「エレオ、入るわよ?」

 

「どうぞ」

 

「なんで私らには断りなしなのに、エレオノーラは別なんだ?」

 

「文句言わないの。

ここで全てが解決するかもしれないし、手詰まりになるかもしれない」

 

彼女の部屋の鍵を開けて中に入る。

やっぱり部屋はきれいに片付いていたけど、ドアから見て部屋の右の壁沿いに、

アンクと燭台を飾った小さな祭壇があった。

珍しそうに眺めていると、エレオが後ろから説明してくれた。

 

「毎晩寝る前にロウソクに火を灯し、その日を無事に生きられたマリア様のご加護に、

感謝の祈りを捧げているんです」

 

「本当に真面目なのねえ。あたしみたいな苦しい時の神頼みタイプとは大違い」

 

「そんなことないじゃないですか。

エリカさんがいらっしゃった時も、長い呪文を空で唱えていましたし」

 

「う~ん、あれは信仰というよりお婆ちゃんの思い出だからねえ。机、見るわよ?」

 

「はい、どうぞ」

 

「だから、なんで私と扱いが別なんだ」

 

「細かいこと気にしない。

えーと?中身は聖書と聖水、ロザリオ、その他マジックアイテム多数。

あと、クローゼットはいつものローブ2着、他には何もなし。

洋服ダンスも首に下げるクロスや、さっきジョゼットが大騒ぎしてた類のものが数点。

……ああもう、やっぱりここにもないじゃない!

どこ行ったってのよ、あたしのピーちゃんは!」

 

「落ち着け、里沙子!」

 

「……」

 

最後の望みを絶たれたあたしが地団駄を踏み、ルーベルがなだめる。

その時、様子を見ていたパルフェムが後ろから近づき、小さな体を活かして、

突然あたしのロングスカートの中に潜り込んだ。

 

「ちょっ!何してんの、このお馬鹿!

何かひとつでも感想その他の状況説明を口にしたらタコ殴りに……!」

 

もぞもぞと動き回るパルフェム。

脚の周りの何かが動き回る感触が、くすぐったいやら気持ち悪いやら。

 

“フシシシ……”

 

そして彼女がスカートから出てくると、

その手には探し求めたピースメーカーが収まっていた。

 

 

 

全員がダイニングに集まり、あたしの事情聴取が始まった。

みんなが冷たい目であたしを見てる。

 

「里沙子お姉さまのスカートがなんだか盛り上がってましたから、

まさかと思いましたの」

 

「パルフェムのお手柄だな。

……で、なんで散々探していた銃を自分で持っていたんだ?」

 

「あー、なんか段々思い出してきた気がする。

そういや昨日しこたま飲んだんだっけ……」

 

……

………

 

“ウヒャヒャヒャ!見てよこれ!マリーの駄菓子屋で奇跡の銃を見つけたの!

これこそまさにワン・オブ・サウザンドよ!”

 

“(隣の声)里沙子さーん、静かにしてください。寝られないじゃないですか……”

 

“ふん、お上品なシスターにこの銃の魅力がわかるもんですか!

あたしはこれから荒野のガンマンになる!

ええと、ピースメーカーにはサイホルスターに移動してもらって、と。

……いいか?三歩あるいたら銃を抜け。1,2,3,…ダァン!”

 

“うるせえ!今何時だと思ってんだ!”

 

“相手が悪かったわね、ビリー・ザ・キッド!あたしのクイックドローの前には……”

 

“いい加減にしろ!ぶん殴ってベッドに沈めるぞ!”

 

“わかったわよ、寝るわよ!ロマンのわからない連中ね!おやすみなさーい!”

 

………

……

 

「それで、あたしはこれを放り出してそのまま寝ちゃったってわけなのよ」

 

あたしは、プラスチックのモデルガンのトリガーを引いてカチカチ鳴らす。

シリンダーとハンマーが連動して、細かいところが作り込まれている。

 

「わけなのよ、じゃねえだろ!医者に“多少”の飲酒が認められたからって、

馬鹿みたいに酔い潰れて、みんなに迷惑かけて!申し訳ないと思わねえのかよ!」

 

「うん、それは、思ってる。うん、本当ごめん」

 

「里沙子さん、最低です!

酔っ払って記憶が飛んで、わたくしのパ…下着を汚いものでも触るように!」

 

「安心なさい。新品でもない限り、きれいなパンツなんて存在しないから」

 

「全然反省してないじゃないですか!」

 

「そーだ、反省してねえ!ジョゼット、冷温庫のエール、全部処分しろ」

 

「ちょ、ちょっと待った!あたしだって確かに今回の一件、

禁酒令を下されても仕方がないと理解してるわ!でも、酒も立派な飲食物よ?

それを廃棄するのはいかがなものか!

ちゃんとあたしが飲んで処分するのが筋ってものでしょうが!」

 

「ああん?」

 

「すぐ、すぐに飲むから!グラスとエールを全部ちょうだい!

飲み終わったら如何様な処分も受けるつもりよ!」

 

「ま・だ・飲・む・つ・も・り・か?……今、受けろぉ!」

 

怒りで目から光を失ったルーベルが飛びかかってきた瞬間、

全員があたしを取り押さえた。

 

 

 

あのね、確かにこの騒動の原因はあたしにあるわけだけど、

もうすぐアラサー女をみんなでボコることはないと思うの。

一応この家で一番年長者のあたしを、もっといたわるべきだわ。

 

ともかく、教会から追い出されたあたしは、玄関の前で体育座りをしながら、

ただ時が過ぎるのを待っていた。

ふと空を見ると、あたしの私室がある辺りの壁からエリカが抜け出てきた。

 

「里沙子殿~そろそろ新しいお線香を上げて欲しいでござる」

 

「ごめんね……。鍵も取り上げられたから、そっちには……。行けない」

 

「何があったでござるか~?拙者で良ければ力になるでござる」

 

「気持ちだけもらっとく。いや……。ここで一緒に空を眺めてくれるかしら」

 

「お安い御用でござる!今日は良い天気でござるなぁ!」

 

青白い幽霊が哀れなウワバミ女の隣に座る。足がないから座れないんだけど。

 

ピー、ヨロヨロ……

 

野鳥が空を飛んでいく。あたし達はいつまでも自由に羽ばたく鳥を眺めていた。

日没後、ようやく帰宅を許されたけど、

ルーベルが冷温庫に鍵を取り付け、ジョゼットが大変喜んだそうな。めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

………

 

「まぁ、こんな感じでシリアス編、日常編、2本エピソードを書いてみたの。

もちろん完全オリジナルよ」

 

あたしは、酒場で書き上げたシナリオ2本をジョゼットに見せていた。

無表情でページをめくる彼女に、内心ハラハラしていた。

ちなみに、外に出た意味は全くなかった。

むしろ、自分の部屋で書いた方が捗ったと思う。

 

街中でエリカを出すわけにもいかないから、モデルガンの中で待たせといたんだけど、

退屈だの外が見たいだのぐずる度に、一発弾いて大人しくさせないといけなかったから、

むしろ邪魔だった。

 

あ、読み終えたみたい。ジョゼットは、ふぅ、と息をつくと感想を述べた。

 

「……日常編はオチが弱い気がしますけど、

シリアス編はまあまあ良かったんじゃないんですか?」

 

「でしょう!?古典的西部劇をテーマにした、おふざけ抜きの決闘を描いた自信作なの!

本当は“大回転ワゴン撃ち”をやりたかったけど、非現実的になるし、

今回はオリジナルを貫くって決めてたから我慢したのよ!

気になる人は“真昼の用心棒”の予告編をYouTubeか何かで探して。今度こそあるから!

空高くバク転して敵の後ろに回り込んで、ファニングで一網打尽にする大技よ」

 

「努力は認めますが、皆さんの意見も聞かないと。お呼びしてきますね」

 

「うん!」

 

そんで、ジョゼットがみんなを集めて、

ダイニングのテーブルであたしの傑作二編を回し読みした。

全員が読み終えると、あちこちから感想が上がる。

 

「そこそこ面白くはあったが、

決闘編で私達がいないことにされてるのは、この企画としてどうなんだ?」

 

「そこは大目に見てよ。ガンマンってのは一匹狼なのよ。

大勢の仲間と力を合わせることなんてありえない。荒野の七人みたいな例外はあるけど。

まさに、わずかばかりの小銭のために命を賭ける、

明日をも知れぬ人生を送る孤独なストレンジャーなのよ。

あと、ラストにあたしの大好きなナンバー、“朝日のあたる家”を仕込んだのも

大きなポイント。タイトルだけだから規約違反にもならないしね」

 

「日の当たらない人生を送る者達の生き様、興味深く読ませていただきました。

生まれてからの大半を大聖堂教会の中で過ごして来たわたしには、少々刺激的でしたが」

 

「わかってくれて嬉しいわ、エレオ!」

 

「2本目は笑えたわ。里沙子、家から追い出されてやんの!ウフフ!」

 

「その調子で少しくらい、リアル読者からも笑いが取れるといいんだけどね。

パルフェムはどうだった?」

 

「1作目の銃だけに人生を賭ける里沙子お姉さまも、渋くてカッコいいと思いますけど、

パルフェムとしては、2作目にもっと明確な描写が必要だと思いますわ!」

 

「例えばどんな?」

 

「パルフェムがお姉さまのスカートに入った時、そこで何を見たのか!ウシシ!」

 

「悪趣味ねえ。そんなに見たいなら、ほれ」

 

「おほほ、これはこれは……」

 

扇子で口元を隠しながらニヤケ笑いをするパルフェム。

彼女はわかるけど、なんであなたまでしゃがみこんでるの?カシオピイア。

 

「……うん。わかった」

 

「わかったって一体何が!?あなたは言葉と表情から意図が読めないから正直怖い!

あと、あたしも見せたんだから、後であなたも見せなさいよ?

部屋に戻ってからでいいから」

 

「わかった」

 

「なんでもホイホイ言うこと聞かない!」

 

あたし達が馬鹿やってると、ジョゼットが立ち上がって告げた。

 

「では、皆さんに2編の物語が行き渡ったことと思いますので、決を採ります。

このお話しを次回の更新で掲載しても良いと思う方は、挙手を願います」

 

少し悩んだ様子で、まずルーベルが手を挙げた。次にエレオ、ピーネ、カシオピイア。

大体読み終えた順に手が挙がった。こんなところね。

 

「では、次の更新内容が決まったところで、解散したいと思います。

ご協力ありがとうございました。

今夜のメニューはハンバーグとポテトサラダです。以上」

 

ジョゼットの解散宣言で、みんな部屋に戻ったり、裏庭に遊びに行ったり、

思い思いのところに散っていった。残ったのはあたしとジョゼット。

彼女はまた昼食のお皿を洗ってる。なんか話しかけづらいわね……

 

「ああ、あのね、ジョゼット。今回あたしもちょっとくらいは、やり切ったと思うのよ。

短編とは言え2本シナリオ書いて。オリジナルでもやってけるって証明もしたつもり。

この企画の趣旨とは矛盾するけど……。主人公としてちょっとくらいは頑張るからさ、

機嫌直してよ……」

 

ジョゼットの手が止まり、泡の着いた皿を水で流して、水切りカゴに置き、

またエプロンで手を拭きながら近づいてきた。そして。

 

「ジョゼット?」

 

それこそ鉄板みたいなあたしの胸に顔をうずめる。

 

「あのお話し、わたくしが怒ったから書き上げたんですか……?」

 

「ん、えーと、まぁ、そういうことになるわね」

 

ちょっとしどろもどろになっていると、今度はあたしの身体に腕を回す。

 

「わたくしのこと、無視しないでいてくれて、ありがとう、ございます……

嫌なら出てけって言われちゃうんじゃないかって、わたくし……」

 

その言葉に心底安心しつつ、彼女の後ろ髪を撫でる。

 

「無視なんてできるわけないでしょう。

普段怒らないやつがいきなりキレると、かなりビビるでしょ?

心臓に悪いから、もう勘弁してほしいわ。それに、メイドがいなくなっても不便だし」

 

「メイドじゃないですー!ふふっ、わたくしだって、いつまでも子供じゃないんですよ?

また自分の世界に閉じこもってたら、里沙子さんのこと、叱っちゃうんですから」

 

「それはおっかないわね。せいぜいパロも加減をわきまえるよう、あいつに言っとくわ。

……じゃあ、あたしはちょっと昼寝するわ。

朝から短編2本も書いたから、横になってリラックスしたい」

 

「はい。おやすみなさい」

 

あたしは階段を上り、私室に戻ると、

今回の騒ぎの元凶になったプラスチックのモデルガンを手に取った。

ベッドに入る前に、裏庭側の窓を開けて、

定期的に回収を依頼してるゴミを積んであるスペースに放り投げた。

 

ようやく心労から開放されたあたしは、ゴロンとベッドに寝転がり、目を閉じた。

そして、大切なことを思い出す。

 

「やべ、エリカ捨てた」

 

 



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猛暑で全滅寸前
この暑さで体調がメチャクチャ。一日中寝てる日が増えたし、酒で酔う元気すらないわ…


“長らく無政府状態が続いていたマグバリスが、トライトン海域共栄圏の支援を得て、

奴隷解放、武装集団の排除、農業技術・水資源の供給技術の確立を実現した。

そして、史上初となる民主的選挙による初代総裁が誕生。今後の先行きは不透明ながら、

マグバリスは立憲民主主義国家としての道を歩み始めた。

 一方、魔国は皇国に対し、新式魔術回路の特許無償使用を認める声明を発表した。

これにより、皇国は高速演算システムや重工業の発展が大きく前進し、

莫大な利益を得ることになると思われる。

 共栄圏設立からしばらくその恩恵を受けていなかった皇国だが、魔国の決定により、

具体的な形で共存と発展の一歩を踏み出した。

 まだ歪な三角形ではあるものの、トライトン海域共栄圏の動向に世界が注目している”

 

「ふ~ん、なるほどね。

彼が残してくれた戦果は、今のところ良い結果に結びついてるみたい」

 

2度目の冷水シャワーを浴びたあたしは、三つ編みを解いたまま新聞を読み、

ダイニングのテーブルでジョッキ一杯の氷水を飲んでいた。

 

冷やしすぎると身体に毒ですよ。

 

ジョゼットがこう言ってくれたけど、

こうも暑いと内外から肉体を冷却しないとやってらんない。

 

当のジョゼットだって汗まみれだし。律儀に真っ黒な修道服着てるからよ。

一応袖まくりはしてるけど、明らかに焼け石に水だし、背中が汗でびっしょり

 

「ジョゼット、昼食は軽いものでいいわよ。ていうか、軽いものしか食べらんない。

ここんとこエールで酔う気力もないわ」

 

「あ、はい……」

 

「それだけは喜ばしいことだな。この機会に禁酒しろ」

 

くたびれた様子で返事をするジョゼット。

涼しい顔をしてるのは、暑さ寒さに強い、オートマトンのルーベルだけ。

ムカつくほどの猛暑の中、全員、死にかけていた。

あ、正確には魔導空調機の設置されてるワクワクちびっこランドの住人以外ね。

 

魔導空調機なんて御大層な名前だけど、要するにエアコンよ。

暑くなり始めた頃、街の魔道具屋を探して見つけたんだけど、

なんと1台10万Gですってよ、奥さん。

 

なんでも?冷暖房機能を司る水と火属性、送風機能の風属性、

屋内の気温を感知する土属性、それらにエネルギーを供給する雷属性。

5属性の魔法陣を、熟練の魔道士が媒体のプラチナの板に彫り込んで内蔵してるから、

とんでもない値段になるみたい。おまけに公共マナの料金がバカ高い。

これじゃ、とても全員の部屋に設置なんかできない。

 

貯金が全部吹っ飛んで、あたしが働きに出る羽目になる。

だったら死んだほうがマシってことで、

熱中症になりやすい子供の部屋にひとつだけ買ったってわけよ。

あら、食事ができたみたい。ジョゼットがお皿を並べ始める。

けど、その手が微妙に震えてるし顔色も良くない。

 

「お昼は冷製トマトスープパスタです。それだけです……。それでおしまい。うへへ」

 

「十分過ぎるわ。東京で一人暮らししてた頃は、

この時期は飯を食うのが面倒だから3食プロテインだったもの。

ねえ。あんたこれ食べ終わったら、塩を舐めて水飲んで、

しばらく涼しいちびっこランドで横になりなさい。熱中症の初期症状が出てるわよ」

 

「うふふ、わたくしは大丈夫です。ふへへへ……」

 

「ジョゼット、マジで顔色悪いぞ……?

私は人間の身体のこととかわかんねえからさ、里沙子の言うとおりにしとけ」

 

「いい?これは命令よ。食事が済んだら冷水シャワーを浴びて、

クソ暑い修道服から夏用パジャマに着替えて、

エアコンの効いてるちびっこランドで休養すること」

 

「うう、わかりました……」

 

正直あたしも完全にバテてたけど、ジョゼットを座らせて、残りの皿はあたしが並べて、

弱々しい声でみんなを呼ぶ。

 

「……みんな~おいしいお昼ご飯よー。10秒で集まらないとあたしが食う」

 

2皿も食う元気なんてないけど。

皿に目を落としたら、茹で上がったパスタを水で締めて、

酸味が食欲をそそるトマトスープを掛けた美味そうな麺料理。

子供の頃、そうめんが出る度にぶーたれてごめんよ母さん。

クソ暑い中、毎日よくこんなもん茹でてたわね。

 

思い出に浸りながらしばらく待つと、

2階の階段からペタ…ペタ…と、なんだかふらついた足音が聞こえてきた。

 

「遅いわよ。あと1mmあたしの食欲が……ひっ!」

 

思わず悲鳴を上げる。そこには変わり果てた彼女の姿が。

 

「里~沙~子~さん…どーおしたんですか?髪型変えちゃって、イメチェンですかい?」

 

「どうしちゃったの!あなたそういうキャラじゃないでしょう!?ほら、これ飲んで!」

 

すかさずジョッキにたっぷり水を注ぎ、塩を大さじ2杯入れて、

エレオノーラに飲ませた。いつもの儚げで可憐な少女の姿は見る影もない。

真っ白な修道服はジョゼット以上に汗でぐっしょり。

きれいな薄桃色の髪はボサボサで、目に隈ができてる。

床に座らせて看病するけど、視線がうつろ。

 

「う~ん……。しょっぱいです~」

 

「しょっぱくなきゃ意味無いの。こんなになるまで何してたの?」

 

「今日一日を無事終えられたことをマリア様に感謝していました……。3時間くらい」

 

「まだ昼の12時よ!?1日の感覚が半分ズレてる!ああ、世話が焼けるわね!

……総員に告ぐ!動ける者はテーブルの食事を速やかに摂取し、飲めるだけ水を飲め!

動けないものは何かで音を立てなさい、以上!」

 

あたしだってぶっ倒れそうなのに、

結局、死にかけノーラやその他住人の救助に忙殺されることになった。

 

 

 

1時間後。

所変わって子供部屋。唯一魔導空調機が設置されてるワクワクちびっこランドに、

エレオノーラとジョゼットを寝かせて、

他のみんなは立ったまますし詰め状態になっていた。

それでも蒸し風呂状態の自室に戻るよりマシだった。

床に設置するタイプのエアコンが、ごうごうと冷気を吐き出している。

 

「もう!どうして私達がベッドから叩き出されて棒立ち状態なのよ!」

 

「ピーネ静かにして。エレオノーラが熱中症で危険な状態なの。

毎年何人もこれで死んでるのよ」

 

「ジョゼットさんの状況も、決して良くはありませんわね……」

 

パルフェムの言う通り、若干回復したとは言え、

快適な部屋ですやすやと眠る2人の顔色はまだ悪い。

思い返せば、この家、構造的に風が通り抜けにくいから熱がこもるのよね。

何らかの対策を講じないと、同じことの繰り返しになる。考えられる案は3つ。

1.思い切って空調機を買い足す。2.精の付くものを食べる。3.集団疎開。

 

1はありえない。さっき言ったように金がなくなる。

2はウナギなんかを食べてビタミンやミネラルを補給して元気になる方法だけど、

根本的解決にならない。この暑さはまだまだ続く。

またエレオを部屋に戻したら、オウム的修行を始めかねない。

3は……と、最後の案に考えが至ったところで、エレオ達が目を覚ました。

 

「うう……わたしは、何をしていたんでしょう」

 

「まだ頭がふらふらします~」

 

「ほら、無理しないの。あんた達、暑さでクルクルパーになってたのよ。

笑い話じゃなくて、死んでてもおかしくなかった」

 

「それは、ご迷惑をおかけして、すみませんでした。

あの……どうして里沙子さんは髪型を?」

 

「あー、そっから記憶が飛んでるのね。単に水シャワー浴びたから乾かしてるだけよ。

自然乾燥はハゲるらしいけど、病気でもあるまいし、知ったこっちゃないわ。

そんなことより……」

 

あたしは、再び3つ目の案について思いを巡らす。

今は空調の効いてる子供部屋で休んでるけど、

だからって子供を灼熱地獄に放り出したままにして、患者を増やしたら本末転倒だわ。

だったら、一時帰宅(?)しかないわね。

 

「ねえ誰か、帝都の主要機関と連絡取る方法知らない?

今のエレオに魔法使わせるのは危険だし、ジョゼットは移動魔法なんて知らないし」

 

部屋を見回すと、紫の軍服を汗で染めたカシオピイアが、奥に入り込んできた。

この娘も要注意ね。苦しくても表情に出さないだろうから。

 

「はい……」

 

彼女が小さな鉄の棒を手渡す。あら懐かしい。魔王編で活躍した音叉だわ。

……そう、これよ!まだ回線が生きてるなら、皇帝陛下とつながるはず!

そこから大聖堂教会に連絡して、あっちから迎えに来てもらう。これしかないわ。

 

「ありがと!これならなんとかなりそう!」

 

さっそく指先で音叉を弾くと、

高い音色の音波が紫の色を帯びて目に見えるようになり、部屋に広がる。

みんなで美しい音の輪を見ていると、音が鳴り終わり、元の音叉に戻る。

数秒待つと、今度は低い音と黒い音波が発生し、返事が返ってきた。

 

“どうした、カシオピイア隊員。何か問題でも発生したのか。

報告書では平和そのものらしいが”

 

「皇帝陛下、わたくしです!斑目里沙子です!彼女の音叉を借りてお話ししています!」

 

“おお、里沙子嬢。久しいな。

先日受け取った新たなライダーシステムは上々の出来である。

貴女と仲間も開発に関わったとか。

敵を傷つけず無力化する兵器は、専守防衛を国是とするサラマンダラス帝国の……”

 

「申し訳ありません、非常事態なのです!何卒お力をお貸しください!」

 

“!……用件を”

 

非常事態という言葉に世間話を打ち切って、あたしの続きを待つ皇帝。

あたしは現状エレオノーラとジョゼットが熱中症で、油断のできない状況であること、

大聖堂教会に連絡を取って、

空調の効いた教会に迎えに来るよう頼んで欲しい事を手短に伝えた。

 

“了解した。直ちに教会に連絡を取る。

実は我が軍でも、この猛烈な暑さで倒れる者が続出している。

体力のない女性では耐えられまい。とにかく、今すぐ対応する。時間が惜しい、切るぞ”

 

「ありがとうございます!」

 

礼を言うと同時に音叉が振動を止めた。

あたしはほんの少しだけ安堵して、カシオピイアに音叉を返した。

 

「皇帝陛下が大聖堂教会に連絡を取ってくれるって。

……エレオ、ジョゼット。もう少しだけ我慢して」

 

「すみません……。お手数を、おかけして」

 

「あう…お昼のパスタは、どうでしたか」

 

「暑い時期にピッタリのベストチョイスだったわ。おかげであたし達は元気。

でも、軽いものでいいって言ったのに、あんな熱いもの茹でることないじゃない。

こんなに汗だらけになって。あんたはゆっくり寝てなさい」

 

「ふふ…病気になると、里沙子さんが優しいです。

たまには病気で倒れるのも嬉しいかも」

 

「どっかで聞いたような台詞はよしなさい。多分、もうすぐ救助が来ると……」

 

その時だった。

あたし達がだべってると、部屋全体の空間が実体を失って、

洋服ダンスやベッドに手足がめり込み、

ワクワクちびっこランドが目で追えないほど高速回転を始め、

危うく酔うところで思わず目を閉じた。

 

みんなその場でかがみ込んで、突然の現象が収まるのを待っていると、

そのうち周囲の気配が静まったのを感じたので、少しずつ目を開けると、

驚くべき光景が広がっていた。大聖堂教会、法王謁見の間。

 

法王の間には、医療班と思われる白衣とマスクを着けた大勢の神官と、

簡易ベッドを抱えた屈強なパラディン達が待機していた。

当然、高い杖を持った法王猊下も。何か言おうとしたけど、医療班の声に遮られた。

 

「パラディンはエレオノーラ様、ジョゼット女史を医務室に搬送!

医療班は氷嚢で体温を下げ、生食を点滴静注!急げ!」

 

「「了解!」」

 

パラディン達がエレオノーラとジョゼットを簡易ベッドに固定し、

ベッドごと抱えて医務室へ運ぶ。

それを追いかけるように、医療班達が用意していた氷枕や点滴で手早く処置を施す。

 

バタン、と扉が閉じられ、どこかへ連れられていく2人。

あたしはその様子を見ていることしかできなかった。

エレオノーラ達が去っていったドアを、静かに見守る法王猊下がつぶやいた。

うろたえることもなく、長い顎髭を指先で撫でている。

 

「皇帝が魔法文で緊急連絡をくれた。……あまり大事に至らなければ、良いのじゃが」

 

あたしは彼に跪いて、頭を下げた。

 

「申し訳ございません。お孫さんがこのような事態に陥ったのは、

管理責任を怠った、家主であるわたくしの責任です。弁解の余地もありません。

つきましては……」

 

法王猊下は続きを口にしようとするあたしを、そっと手で押し止めた。

 

「面を上げるがよい。エレオノーラも、もう16。自分の身は自分で守れるはずじゃ。

そうでなければならん。つまり、誰の責任でもない」

 

「しかし……」

 

「ここには魔導空調機が完備されているとは言え、

今年の暑さはこの老骨にもずいぶん堪える。自然の力に抗えるものなどおらん。

エレオノーラの心配は、わしがしよう。貴女はお仲間の心配をするとよい」

 

「猊下……。ありがとうございます。

わたくし達は、聖堂で2人の回復を待たせていただきます。では、一旦失礼いたします」

 

「うむ。……おお、そうじゃ」

 

あたし達が退室しようとすると、法王が杖をトンと突いた。

大きな杖を持っていなければ、軽く手を叩いていたと思う。

あ、この杖で“神の見えざる手”を発動して、あたし達を転移させたのね。

 

「里沙子嬢。君達も、当分客室に滞在されるがよい。

せめてこの猛暑が一段落するまでは」

 

思わぬ申し出に慌てて遠慮する。

 

「い、いえ、そこまでお世話になるわけには!

正直な所、エレオノーラさんとジョゼットの受け入れを

お願いしようとは考えていましたが、

わたくし達まで泊まり込むなど図々しいことはできません!」

 

「では、また誰かが暑さで倒れることになってもよいのかね?

後ろの妹君も、だいぶ汗をかいているようじゃが」

 

「それは……」

 

確かにカシオピイアの軍服も、肩口から背中にかけて、汗でびっしょりと濡れている。

やっぱり本人は無表情だけど。この娘を放っといたらジョゼット達の二の舞になる。

 

「何から何まで、本当に申し訳ありません……」

 

「そう気にすることではない。普段孫が世話になっておるのだ。

客室も無駄に多く、たまに使わねば傷んでしまう。すぐに使えるように支度をさせよう。

しばし、待たれよ」

 

こうして、あたし達はエレオノーラとジョゼットの回復を待ちながら、

しばらく大聖堂教会で厄介になることになった。

 

 

 

 

 

その頃、里沙子の部屋でゴトゴトと何かが動いていた。部屋の隅に置かれた位牌。

青白い霊魂が抜け出て、人の形になる。

夜になっても真っ暗で、人の気配がないのを不審に思った彼女は、

キョロキョロと周りを見回し、誰ともなしに呼びかけた。

 

「誰か~?いないでござるかー?里沙子殿、そろそろお線香を上げて欲しいでござる」

 

当然ながら返事はない。教会の中は静まり返っている。

仕方がないので、彼女はドアをすり抜けて廊下に出て、皆の部屋を覗いて回る。

 

「誰かいたら返事をして欲しいのじゃ~!」

 

他のメンバーの個室にも誰もいない。1階に下りる。

ダイニング、聖堂、シャワールーム、子供部屋。

虱潰しに探したが、やはりエリカ以外、人の姿はなかった。

置いてきぼりにされた事実に愕然とするエリカ。

 

「いない!また捨て置かれたのじゃ!里沙子殿の薄情者―!……くすん」

 

ひとりぼっちで教会に取り残されたエリカ。

しばし放心状態でその場でふわふわ浮かぶが、無理やり寂しさを怒りに変えて、

自分を奮い立たせる。

 

「どうも里沙子殿は、幽霊は雑に扱っても良いと思っているフシがあるのじゃ!

このままではシラヌイ家の名が廃るのである!

こうなったら幽霊の恐ろしさを味あわせてやるしかない!」

 

そして、また辺りを見回す。

手近なもので自分の存在をアピールできるものはないだろうか。

適当なものを探していると、メモと文房具が入った箱の中、赤のマジックに目が留まる。

 

「この筆記具に憑依して、台所の壁に大きく“絵里香参上!”と書いてやるのは……。

ダメダメ、里沙子殿がぶち切れるわ。三途の川に沈められてもおかしくない。

あの人ならやりかねない」

 

身震いするエリカ。もうちょっと可愛げのあるイタズラで、

なおかつ自分を表現できるものはないかしら。ないかのう。

 

「うーん、今回は書き置き程度で我慢しておくでござる。

まず、この太い筆記具に取り憑いて伝言を紙に書き、テーブルの上に置いておくのじゃ」

 

今度はマジックに憑依し、メモにひとつメッセージを書いた。これくらいでいいだろう。

というより、物に憑依して動かすのは結構疲れる。

筆記具の場合は、一言書き残すだけで精一杯だ。

若干文字が歪んでしまったが、彼女は満足したようだった。

 

「うむ、これなら里沙子殿も少しは反省するでござろう!はぁ、疲れた……。

だめだめ、これだけで満足してちゃ。あと2,3個はイタズラが必要なのじゃ。

……怒られない程度の。次は何にしようかしら」

 

とりあえずエリカは、今までに里沙子から受けた仕打ちを思い出す。

ええと、確か拙者が取り憑いたままの鉄砲をゴミに出されたから……。

裏庭のゴミを、ちょっとだけ里沙子殿の部屋に散らかしてやるのが良いであろう!

後で自分で片付けろと言われても負担にならない程度に!

 

エリカはつい人間だった頃の癖で、玄関の鍵に取り憑いて鍵を開いたところで、

物置から裏庭に出たほうが早いことに気づき、奥に引き返した。

 

おっと、拙者としたことが。

里沙子殿がいなくても、この建物から離れ過ぎなければ大丈夫なのである。

大丈夫というより離れられないのであるが……

大体3(けん)(約5.4m)程度なら平気なのじゃ。

 

 

 

 

 

ガチャッ……

 

俺は背後の小さな音に思わず足を止めた。夜になっても明かりのひとつもない教会。

つまり住人は不在。だから俺は忍び込んで金目のものを失敬しようと、

玄関の鍵をピックで解錠しようとしたんだが……。くそ、なんて面倒な作りだ。

ここは諦めるか。立ち去ろうとしたその時。

……なぜか向こうから鍵が開いた。

 

思わず振り返ってドアを見るが、人が出てくる様子はない。

空き巣の俺にしちゃ好都合なんだが、気味が悪い。誰か隠れてやがるのか?

とにかく俺は、ゆっくりドアを開く。

 

ボロい聖堂が広がっている。一番高そうな物が、細かいヒビが入った石膏のマリア像。

ここには大したものはなさそうだ。

奥に通じるドアを通って、住人が暮らしているらしい区画に入る。

 

そこはダイニング。住人が食事をしていたらしい。

食べ終えたもの、まだ少し残っているもの。6人分くらいの皿が並んでいる。

通帳かなんかは無いか?俺は書類ケースや食器棚を手当たり次第に開く。

 

食器棚に金品なんてあるのかって?意外とあるんだよ。

泥棒の裏をかいて妙なところに隠せば大丈夫だと思ってるやつが多いんだ。

ま、俺達にはお見通しだがな。ここにもねえか……

 

今度は2階を家探ししようとしたら、テーブルの上に何か書き置きがあるのを見つけた。

夜目が効く俺でも、真っ暗な家の中じゃよく見えなかった。

その紙切れを手にとって読んでみる。

 

 

──みす て ない で

 

 

「ぎゃっ!!」

 

思わず悲鳴が出て、心臓が飛び出るかと思った。

とっさに血で書き残されたメモを投げ捨てる。死に際に書いたと思われる歪んだ字。

一体どうなってる、この屋敷は!?

 

 

 

 

 

よいしょ、よいしょ、と。

壊れた椅子ひとつとは言え、取り憑いて運ぶのは一苦労でござる。

裏庭から物置を通って廊下に戻ったところで一休み、と。その時でござった。

台所から男の悲鳴が!

 

“ぎゃっ!!”

 

「きゃっ!」

 

コホン、不覚にも武士らしからぬ声を出してしまったのじゃ。

やはりこういう時は「うぬう!」と野太い声を……

 

“誰だ!誰かいるのか!?”

 

ああ、気づかれちゃったみたい。とりあえず椅子の中に入ったまま様子を見ましょう。

というか、あの殿方は誰かしら。里沙子殿がお留守番を雇ったのじゃろうか。

全くもう、拙者という頼れる用心棒がありながら。

 

 

 

 

 

“きゃっ!”

 

「誰だ!誰かいるのか!?」

 

暗い廊下から悲鳴が聞こえた。声が聞こえた方を見ると、廊下の真ん中に壊れた椅子が。

……なんでこんなところに椅子が?

俺はジャケットに手を突っ込んで、銃を取り出し、両手で構えながら近づく。

そして、つま先で軽く蹴ってみた。反応はない。

恐る恐る、椅子に銃を向けながら、廊下の奥に見える寝室に向かった。

 

2人用の部屋らしい。ベッドのサイドボード、衣類用チェストを引っ掻き回すが、

ガキの部屋だったらしく、金になるものは何もなかった。それにしても暑い。

ここ数日の猛暑で仕事にも支障が出てる。手汗でピックが滑って解錠がし辛い。

 

おおっ、こんなところに魔導空調機があるじゃねえか。

こんなもんがあるってことは、やっぱり金持ちなんだな。

ちょっとお宝探しは休憩して、少し涼んでいくとしよう。

ええと、ボタンが2つあるが冷房のボタンはどっちだ。ちくしょう、暗くてわからねえ。

両方押して見るか、と思った時。

 

“右でござるよ……”

 

「はうっ!」

 

飛び上がる思いをした。正体不明の声に振り返ると、

さっき廊下にあったはずのボロい椅子が、空中に浮かんで話しかけてきたのだ。

 

「うわあああ!!」

 

俺は思わず椅子を銃で撃った。脆くなっていた椅子が粉々に砕けて床に散らばる。

それでも激しい鼓動が止まらない。こりゃアレか?ポルターガイストって奴か!?

 

「なんだ、なんだ、なんなんだよこの家は!?

もう10Gでいい、小銭でもなんでもひっつかんで、とっととここからおさらばするぞ!」

 

部屋から逃げ出すと、俺はよつん這いになりながら2階への階段を上っていった。

 

 

 

 

 

お留守番の人が子供部屋に行ったのだ。なぜか拙者に鉄砲を向けているが……。

しまったのである。椅子に取り憑いたままであった。

いきなりこんなところに現れては、警戒されるのも必定。以後反省。

 

さて、彼は子供部屋の掃除を始めたのじゃ。

なるほど彼は、お留守番兼お手伝いさんだったのであるな?

しかし、子供とは言え、女子の部屋であるのだから、

もう少し丁寧に扱ってもらいたいと思うのは贅沢であろうか。

 

むっ、彼が確か……魔導空調機とやらを使おうとしてるわ。ふむ。

幽霊の拙者には気温の寒暖は関係ないが、生きた人間にはこの暑さは耐え難いであろう。

使い方を知らぬようであるから、そっと後ろから指南する。

ん?馬鹿にするでない!確かにカラクリには不案内であるが、

スイッチ2つの使い方くらい拙者でもわかるわよ!

 

「右でござるよ……」

 

“うわあああ!!”

 

彼が突然発砲。拙者はいきなり撃たれてしまったー!……ああ、またしても失敗。

椅子の姿のまま話しかけてしまった。また彼を驚かせてしまったでござる。

 

“なんだ、なんだ、なんなんだよこの家は!?

もう10Gでいい、小銭でもなんでもひっつかんで、とっととここからおさらばするぞ!”

 

里沙子殿すまぬ。拙者がお留守番を驚かせたせいで、彼が仕事を辞めようとしているわ。

きっと“たいしょくきん”という物を探しているのよ。

せめてものお詫びに、拙者も一緒に探そうと思う。

この姿では切腹もできぬ。いや、やらないけど……

 

 

 

 

 

俺は廊下両脇の部屋を片っ端から開ける。何か、何かないか!?金になる物!

……ちくしょう、ガラクタやどうでもいい書類!

お、あったぞ!大聖堂教会の聖水、金のマリアの模型、シルクの服!

背負ったリュックを下ろし、急いで詰め込むと、最後の部屋に向かう。

廊下の突き当り、一番奥の部屋。

 

ここが当たりだった。ガラクタだらけの汚ねえ部屋だったが、

踏んづけて足を痛めないよう、すり足で床を進むと、デスクの上に高級な金時計!

間違いない。これを売っぱらえば死ぬまで食うに困らねえ!

訳のわからねえ何かに怯えながら仕事に励んだ甲斐があったぜ……

 

ホッとした俺が金時計に手を伸ばすと、

蒸し風呂のような暑さの中、背筋に凍るような冷たい悪寒が走った。

 

“殺される……”

 

伸ばした手が動かせない。俺の真後ろに、“奴”がいる。

振り向こうなどとは考えもしなかった。

 

“殺される……”

 

悲鳴も出なかった。二度目が聞こえた時、俺は飛び跳ねるようにドアをくぐり、

階段を下り、聖堂を抜け、転がるように呪いの屋敷から脱出した。

 

 

 

 

 

2階へ垂直に通り抜けると、彼は皆の部屋を探し回っているところであった。

“たいしょくきん”が必要なのはわかるが、

里沙子殿が戻るまで待って欲しいでござるよ。それはエレオノーラ殿の私物である。

 

声を掛けるべきかどうか迷っているうちに、

とうとう里沙子殿の部屋に入ってしまったのじゃ。あ、それ以上いけない。

拙者は彼を追って部屋に入る。この部屋でも彼は里沙子殿の持ち物を漁っていたが、

とんでもない行動に出ようとしていた。

 

なんと彼女の金時計を持ち去ろうとしていたのである。

そんな狼藉を働いた日には、里沙子殿に文字通り地獄の果てまで追いかけられ、

どんな目に合わされるかわかったものではない。

拙者は取り返しがつかなくなる前に、意を決して霊体の姿でそっと彼の背に触れ、

声を掛けた。

 

“(里沙子殿に)殺される……”

 

お留守番が金時計に伸ばした手を止めた。うむ、それでよい。命あっての物種である。

しかし、それでも尚その場から動こうとしないので、もう一度警告した。

 

“(グチャグチャにされて)殺される……”

 

今度は素早い動きで部屋から出ていってくれた。

窓から外を見ると、彼の急ぎ足で帰宅する姿が。

もう遅いから、早く帰られるが良かろう。拙者もそろそろ寝るとしよう。

里沙子殿が買ってくれた位牌は、とても寝心地がよい。

 

ずっと外で自由に浮かんでいるのが一番だと思っておったが、

死者を祀る位牌と霊体の相性は非常に良いらしいのだ。

幽霊は寝なくても問題ないのじゃが、位牌の中にいると、つい寝坊してしまうわ。

それにしても里沙子殿や皆はどこに行ったのかしら。

 

 

 

 

 

翌日。

ハッピーマイルズ軍事基地に、空き巣がほうほうの体で駆け込んできた。

猛暑の中、街外れまで走ってきた彼は、

汗だくになりながら門番の兵士にすがりつくように訴える。

 

「助けてくれ!教会に化け物がいる!」

 

「なんだ、いきなり訳のわからんことを」

 

「昨日ハッピーマイルズ教会に、その……。お邪魔したんだが、

勝手に物が動いたり、変な声が聞こえたり。

そうだ!助けを求めるメモもあった!あそこの住人はみんな“奴”に殺されたんだ!」

 

「まるで意味がわからんぞ。暑さでおかしくなったんじゃないのか?」

 

ハハハ、と門番はゲート向こうの詰め所にいる同僚と笑い合う。

たまたま通りかかったシュワルツ将軍がその声を聞きつけ、彼らに近づいた。

 

「どうした。何事か」

 

「はっ!この男がおかしなことを。ハッピーマイルズ教会に化け物がいて、

住人がそいつに皆殺しにされた、とのことです」

 

将軍が厳しい目つきで、男に問いかける。

 

「……その、化け物とやらを見たのは何時頃か」

 

「夜だ!夜8時頃だったと思う!そこで見た、いや、聞いたんだ!亡霊の叫び声を!

調べてくれ、きっと教会の周辺に住人の死体がゴロゴロと……」

 

「馬鹿者!!」

 

思わず言葉を失う男。大きな声で有名なシュワルツ将軍の怒鳴り声に、

周りの兵士たちも身が縮まる思いをする。

 

「え、だって……」

 

「リサと仲間達は昨日の昼から帝都の大聖堂教会で療養中である!

シスター2人が暑さで倒れてな!

……となると、夜に侵入した貴様は盗人であるな?兵士、この男を拘束しろ!」

 

「はっ!」

 

兵士が男に手錠を掛け、リュックの中を調べる。

 

「うわっ、やめろー!」

 

「将軍、所持品の中からこんなものが!」

 

「これは……エレオノーラ嬢の頭巾。そして大聖堂教会謹製の品々。

なぜ貴様がこんなものを持っている!?取調室に連行しろ!」

 

「了解!さあ、立て!」

 

「違うんだ!いや、違わないけど、化け物は確かにいるんだ!あの教会を調べてくれ!」

 

「ついでに頭から氷水でも浴びせておけ」

 

こうして、哀れな空き巣は逮捕された。

そんな事はつゆ知らず、エリカは快適な位牌の中で昼まで眠っていたという。

 

 

 

 

 

法王猊下の計らいで、あたしは冷房が効いた大聖堂教会の客室でくつろいでいた。

もう一日に何回も水シャワーを浴びなくても済むわ。

エレオノーラもジョゼットもずいぶん元気になったし、カシオピイアにも笑顔が戻った。

やっぱりあたし以外には無表情にしか見えないだろうけど。

 

あと一週間もすればこの馬鹿みたいな暑さも少しは収まると思う。

それまではここでお世話になって、3食しっかり食べて、

残りの夏を乗り切れるだけの体力を付けましょう。

とは言え、あたしも少々夏バテ気味ではあったし、昨日からバタバタしてたから、

少々休息を取らせてもらおうかしら。

 

あたしは仮眠をとるべくベッドに横になり、目を閉じた。

そして、大切なことを思い出す。

 

「やべ、エリカ忘れた」

 

 



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3段重ねのアイスクリームって落とさずに食べられるものなのかしら。怖くて頼んだことない。

「では、頂こうかの。今日も心尽くしの食事を用意させた。楽しんで欲しい」

 

法王猊下の言葉で、会食が始まった。

スープ、サラダ、白パン、牛ヒレ肉をとろけるまで煮込んだビーフシチュー。

真っ白なクロスが敷かれた長いテーブルに、

豪華過ぎないけど、庶民が毎日食べるには厳しい程度の、ちょいリッチな食事が並ぶ。

 

あたし達全員が着席すると、エレオノーラ達、聖職者チームはお祈りを始めた。

仏教徒のあたしは祈りの言葉なんてわかんないから、ただ合掌して終わるのを待つ。

 

いつもなら、いただきま~すで構わず先に食うんだけど、

法王がまだ手を付けてないのに、先に食べるわけにはいかないじゃない。

あたしだってそのくらいの慎みはあるのよ?……今、笑った奴ぶっ殺。

 

実際、大聖堂教会には破格の待遇でお世話になってる。

魔導空調機の設置された部屋で快適に過ごせてるし、

3食栄養バランスの取れた食事を提供してもらってるし、

なにより、法王猊下と食事を共にする事自体、普通はありえない。

 

お祈りが終わったわね。これで遠慮なく飯にありつける。

法王が優雅な手付きでナイフとフォークを使い、ビーフシチューの肉を切り、

ルゥに浸して口に運ぶ。

滅多に見れない上流階級の作法を、白パンをちぎって食べながら横目で覗く。

あらまあ、食い物もこんなに綺麗な食べ方されたら飯に生まれた甲斐もあるでしょうね。

その時、一口水を飲んだエレオノーラが、一旦手を止めて口を開いた。

 

「お食事中すみませんが、少し話を聞いていただけますか。

皆さん、今回はわたしの不注意でご迷惑をおかけしました。

素早く対応してくださった方々のおかげで、だいぶ体調も良くなりました。

特に里沙子さん。あなたの応急処置が適切だったので、重症化に至らず済んだそうです。

本当にありがとうございます」

 

まだ本調子ではないものの、すっかり回復したエレオが目を伏せ、あたしに礼を述べる。

 

「お礼を言われることじゃないわ。むしろあなたが倒れたのは、

蒸し風呂状態の家を、さっさとなんとかしなかったあたしのせい。

ごめんね。ジョゼットも」

 

「えっ!里沙子さんが謝ってる……?自分から?わたくしに?1Gも儲からないのに?

ひょっとして里沙子さんも暑さで……」

 

「この長くて硬ってえフランスパンならそっちにも届きそう」

 

「あ、ごめんなさい嘘ですすみません」

 

「まったく。そのいちいち一言多い癖は死にかけても治らないみたいね」

 

クツクツ……テーブルの上座から抑えた笑い声が聞こえる。

法王猊下がしわの多い顔に笑みを浮かべて笑っている。

 

「実に愉快な食卓である。普段はひとりきりでどこか味気ないものだが、

客人が増えるとこうも色豊かなものになるとは思わなんだ。のう、エレオノーラ?」

 

「はい。ハッピーマイルズ教会の食事は、

ジョゼットさんの手料理と、皆さんの団らんで、毎日とても楽しいんです!」

 

思わずいつものノリでジョゼットに仕置きしようとしてしまったことに気づき、

顔から火が出る思いをした。大人しくフランスパンを置いて席に着く。

 

「お、お見苦しいところをお見せしました。なにぶん改まった場に不慣れなもので……

ほらジョゼットも」

 

あたしは、テーブルの下でジョゼットの足を蹴る。

 

「いたっ!あ、いえ、大変失礼致しました……」

 

「いや、気にせんで欲しい。本当に諸君との会食が楽しくて仕方ないのだ。

それに、里沙子嬢。以前にも申したが、孫の件は貴女のせいではない。

自己管理を怠ったエレオノーラ自身の問題である」

 

「その通りです。この暑さを甘く見ていたわたし自身の失態です。

どうかご自分を責めないでください」

 

「ありがとね。でも、教会の状況は放置して置けないわ。

来年もまた暑くなるかもしれないしね。

ここでお世話になってるうちに、何か対策を考えておくわ」

 

「う~ん。パルフェムも協力したいんですが、和歌魔法も余りに季節が違いすぎると、

本来の半分も効果を発揮できないという弱点がありますの。

この真夏に真冬の吹雪を詠んでも、ひとすくいのシャーベット位しかできませんわ」

 

「気持ちだけもらっとくわ。

とりあえず、パルフェムとピーネは自分の部屋にいれば安全だから、

残りのメンバーに一人ずつ対処していくつもり」

 

「じゃあ、私から提案。夏の間は、エレオノーラと私が一緒に寝ればいいんじゃない?

パルフェムはジョゼットと。

二人共体が小さいから、シングルベッドでも並んで寝られると思うけど」

 

思わず目を丸くした。わがままなピーネが寝床のスペースを分けるだなんて。

しばらく何も言えずに見つめていると、彼女が言い訳のように続けた。

 

「べ、別に里沙子に協力しようってわけじゃないわよ!?

ただ、こんなゴタゴタは二度とごめんだって言ってるの!

仮にも悪魔である私が、人間界で最大の教会で施しを受けるなんて、

吸血鬼としての沽券に関わるの!」

 

「ふふっ、はいはい。……ありがとう」

 

「何笑ってんのよ!お礼なんか言ったって、あんたは絶対入れてあげないから!」

 

「カカッ、里沙子嬢。貴女の人を視る眼は確かであるようじゃな。

諸君を見ていると、ひょっとしたら数百年後、

魔族と人間は共存の道を歩んでいるかも知れない。そんな甘い幻想に浸ってしまう。

誰よりも厳しい目で世を見なくてはならない立場であるというのに」

 

「お祖父様……わたしは、そうあるよう望んでいます」

 

「猊下。わたくしには、数世紀先の種族間の関係にまで考えは及びませんが、

必ずピーネの世界は探し当ててみせます。その責任だけは果たすつもりです」

 

「うむ。わしは貴女を信用しておるぞ」

 

法王猊下があたしに笑いかけると、部屋にノックが響いた。

ドアが開くと正装した神官が入室し、うやうやしく一礼して法王の側に立って、

連絡事項を述べた。

 

「お食事中失礼致します。猊下に面会を求めている方がいらっしゃいます。

応接室にお通ししましたが、いかが致しましょう」

 

なんだか妙な立場ね?

アポ無しで法王に面会を求めても、追い返されることなく、中に通される。誰かしら。

法王がナプキンで口を拭いてから神官に問う。

 

「ふむ。どなたかな?」

 

「は。芸術の女神、マーブル様です」

 

「猊下のお食事が終わるまで何時間でも待たせておいてください」

 

思わず口を挟んでしまった。飯時にあのジョゼット2号は何を考えているのか。

神官がキョトンとした顔であたしと法王を交互に見る。

法王は落ち着いた雰囲気を崩さず、グラスの水を飲み干すと、返事をした。

 

「構わぬ、すぐ行こう。さて、女神様の訪問は久しぶりじゃ。何の御用であろうか」

 

「ああ、お食事もまだなのに……

法王猊下、彼女は甘やかすとどこまでも付け上がるタイプなので、

どうかお気をつけください」

 

「ククッ、承知しておる。心配なら里沙子嬢たちも同席するかね?」

 

「是非!」

 

即座に返事をした。あたしが睨みを利かせていれば、法王へのおねだりを阻止できる。

どうせ小遣いでもせびりに来たに決まってる。

あのファッションオタクは万年金欠だからね。

 

 

 

……と、思ったけど、ちょっと様子が違った。

応接室に入ると、そこには力なくソファの背によりかかるマーブルが。

ずれたベレー帽から、パサパサになったブラウンの髪。

くぼんだ目、乾いた唇、そして全身から吹き出す汗。これあかんやつや。

 

さすがに法王も慌てて、エレオノーラと一緒に彼女の正面に座る。

あたし達は人数が多いから遠慮して部屋の隅に立つ。

マーブルはグールのようなぎこちない動きで身体を起こすと、

弱々しい声で法王に言った。

 

「ごはん、たべさせてくださ~い……」

 

 

 

メンバーを1人増やして、全員元の食卓に逆戻り。鬱陶しいわね。

あたしらだって、こんな短いスパンで場面転換させられちゃ敵わないわよ。

冷たい目でマーブルを見ながら、あたしは、ぼそっと吐き捨てる。

 

「……それ食べ終わったら事情聴取」

 

「わ~い!ごはん、ごはん、嬉しいな!」

 

聞こえているのかいないのか、さっきあたし達が食べていたものと同じメニューを前に、

両手のナイフとフォークをチャンチャン鳴らしながら、

最後のスープが出されるのを待つ。最悪。あたしより行儀悪いじゃない。

 

「いただきまーす!」

 

しばらく何も食べてなかったという事実が何の免罪符にもならない食べっぷり。

水の入ったグラスを左手、スープ用スプーンを右手に持ち、

コーンスープと水をズルズルと派手な音を立てながら交互に飲む。

 

それがなくなると、水のおかわりを要求してから、今度はビーフシチューに手を付ける。

肉もスプーンでグチャグチャに崩して、これまた盛大に音を立ててすする。

挙句の果てには白パンをちぎって、残ったルゥに付けて食べる。

それはね、家だから許される食べ方なのよ。よそでやるんじゃありません!

 

ちっとも芸術的でない食事マナーを披露し、

結局マーブルは水を大きめのグラス5杯飲んで、

ルゥの余っていたシチューまでおかわりして、ようやく満足した。

 

「ふぅ~げふ。あ、すみません。ごちそうさまでした、とっても美味しかったです!」

 

「お口に合ったようでなによりである。

さて。皆の昼食も済んだところで、女神マーブルのご用件を伺おうではないか。

貴女が直々においでになるのは何年ぶりであろうか。何か神界で異変でも?」

 

そんなもんあるわけない。タダ飯をたかりに来たに決まってる。

今は法王が喋ってるから黙ってるけど、あたしは無表情で怒ゲージをチャージしていた。

 

「えへ。お久しぶりです法王猊下。

あの、申し上げにくいんですけど、今日伺ったのは、なんと言いますか……

私の神殿の台所事情が、このところあまり芳しくなくって、この猛暑の影響も相まって、

水道とか?いろんなものの支払いがちょっと厳しかったり?

大学も夏休みで時給制の私は収入減になっちゃったり……」

 

「要点!!」

 

「まあまあ、落ち着かれるがよい。

今日は公務もないから、話を聞く時間はいくらでもある」

 

「ひっ、里沙子ちゃん!あなたも来てたなんて、あまりの空腹で気づかなかったわ。

あ、ああ、わかった。ちゃんと話すから伸び縮みする鉄の棒しまって?」

 

「わかりやすく、法王猊下に、お話ししなさい。わかりやすく、よ……?」

 

シャン、と特殊警棒を縮めて腰にしまうと、席に着いた。

怒ゲージがMAXになり、思わず法王の前で大声を出してしまった。

こんなクソみたいな状況を生み出した奴の罪は重い。

改めてマーブルは指をモジモジしながら話を始めた。

いい年した大人の振る舞いとは思えないわね。

 

「実はぁ……神殿の資金繰りが良くなくて、あまりご飯を食べてなかったんですぅ。

水道も料金が…ちょっと払えなくて、喉も渇いてて。

だから、あの、教会に行けばもしかしたら

ご飯を食べさせてくれるんじゃないかぁ?って思って……来ちゃった。テヘ!」

 

怒りも限界を突破すると明鏡止水の境地に達する。あたしの心には怒りも悲しみもない。

法王が何か言う前に、あたしはただ、さっきのフランスパンを掴んで、

マーブルの手を引っ張って廊下に連れ出した。

 

「マーブル、こっちへ」

 

「あら、なに?里沙子ちゃん」

 

「いいから、早く、こっち」

 

お聞き苦しい音をみんなに聞かせたくないから外に出したんだけど、

ドアを締め忘れてたせいで、結局こんなやり取りが聞こえてたらしい。

 

“壁に手をついて、腰はこっちに”

 

“え、なになに?何するの?”

 

“いいから。……そう、そんな感じ。3,2,1”

 

バシィン!!

 

“いったーい!なんで叩くの?暴力反対!”

 

“叩かれた理由を自分で考えるまで一切の抗議は受け付けない。戻るわよ”

 

“納得できなーい!里沙子ちゃんは神様に対する敬意が足りません!めっ!”

 

“(もう)一本行っとく?”

 

“そろそろ戻らなきゃ”

 

そして、半泣きでケツをさするマーブルはともかく、

あたしは素知らぬ顔で部屋に戻った。

ああ、食い物を玩具にするという禁忌を犯してしまったわ。

でも、特殊警棒じゃ流石に尾てい骨辺りが折れるし、

他にケツバットに相応しいものがなかったらどうしようもなかったの。

せめてこのフランパンはあたしが責任を持って食べるから許してちょうだい。

 

あたしもマーブルも席に着くけど、

知りたくもないやり取りを知ってしまった法王猊下も、これには若干引いている。

 

「まあ…里沙子嬢、彼女も人に近いとは言え神である。それなりの手心を。

大聖堂教会は神の家。食事を求めてやってきても、何ら問題はないのじゃ」

 

「まずはお騒がせしたことをお詫びします。

しかし、彼女は非常勤ではありますが、美術大学の講師をしており、

神殿で絵画教室も開いています。つまり、必要十分な収入があり、

人間で言う餓死寸前に陥るほど食事に困ることは、本来ありえないはずなのです」

 

「というと?」

 

「彼女にはとんでもない悪癖がありまして……」

 

「あわわわ!里沙子ちゃんだめー!」

 

「でい!」

 

「はい」

 

テーブルから身を乗り出してくるマーブルを一喝して下がらせた。

コホンと喉を慣らしてから続きを述べる。

 

「いわゆる買い物依存症なのです。おしゃれな洋服に目がなく、

後先考えずブランド物の服や靴を買い漁るため、慢性的な生活費不足。

単なる生活苦で食事を求めてきたのならともかく、

贅沢三昧の末に金がなくなったから、

信者の方々の心のこもった献金で用意された食べ物を恵んでくれなど、言語道断かと」

 

「ふむ、それは……ふむ」

 

法王猊下もさすがに擁護しかねている。

エレオノーラも何も言えずに、微妙な笑顔を浮かべるだけ。

ピーネもパルフェムも、何かよごれたものを見るような目で見ている。

子供にこんな目をさせるようになったらおしまいよ。

 

「あうあうあ…あの、そういうこともありましたけど、今回はそれだけじゃないんです!

この暑さでモヤシの値段が2Gに上がって……

そうだ!猛暑で神殿内の室温が急上昇して、

絵の具や画材の一部がダメになっちゃったんです!美術品数点も!

これらの損失補填にまとまったお金が必要に……」

 

マーブルが最後の抵抗を試みるけど、それで情けを掛けるあたしじゃないってことは、

常連さんならわかってくれてると思う。

 

「ねえ、マーブル。あたし何度も忠告したわよね。

モヤシ炒めの生活から抜け出したかったら、節約を覚えろって。

あと、その度にちょっとしたお金も渡したはず。あれ結局何に使ったの?

トータルで一家四人が一月楽に暮らせる程度の額だったと思うんだけど」

 

「はわわ、それまで滞納してた公共マナの支払いに充てちゃって……」

 

「それだけじゃないはずよ。あなた最近、皇帝陛下から心付けを受け取らなかった?」

 

「えっ、どうして知ってるの!?」

 

あたしはそっと法王に目配せする。すると彼はほんの僅かにうなずいた。

そう、大聖堂教会も共同でマグバリスへの対処に当たったあの事件。

 

「あたしがあなたに褒賞金を送るよう頼んだからよ。

詳しい事情は言えないけど、カードの代金だと思ってくれればいいわ。

そりゃあ、皇帝陛下からのお小遣いだもの。

生活費としては多すぎるほどの金額だったんでしょうねぇ?」

 

「どうして?里沙子ちゃんが?皇帝陛下に?わからない!マーブルわからない!ひー!」

 

パニックと焦燥と混乱で脳の処理能力がオーバーフローしたマーブルは、

とうとうガクッと椅子の上で泡を吹いて気絶した。

果てしなくどうでもいい追求劇の幕が下りる。

ファッションオタクもこれだけ法王の前で赤っ恥をかいたら、今度こそ懲りるでしょう。

あたしはグラスの水で、渇いた口を潤した。これが本当の勝利の美酒。

 

 

 

そんで。あたしは氷の入った水差しをマーブルのほっぺにつけて、目を覚まさせた。

いつまでもここにいられちゃ迷惑なのよ。食事係の人がお皿下げにくいでしょう。

法王猊下は急用で、今は私室でお仕事をされてる。

 

「冷たっ!……あれ、私寝ちゃってた?」

 

「ええ。法王猊下にあんたの浪費癖が全部バレたショックで気絶してたのよ」

 

「な、なんてことするのよう!里沙子ちゃんの意地悪!

いいもん!エレオノーラちゃんは、いつでも来ていいって言ってくれてるし~」

 

でも、エレオは気まずそうな表情で現実を突きつける。

 

「ええと、マーブル様?先程お祖父様と話し合ったのですが、

今後は献金の使い道、例えば来客への待遇に関しては、

より厳しく検討するということになりまして……

なにぶん信者の方々の大切なお気持ちなので。ご理解ください」

 

「ガーン!あなたまで!?わ、私の最後のライフラインが……」

 

「いいと思うわ。クレジットカードの審査みたいで合理的よ。

ていうか今、ライフラインて言った?

ここはね、マ・リ・ア・さ・んの家。あんたの別荘じゃない!

わかったんなら、今すぐゲラウェイ!」

 

聖堂へ続く通路を指差すと、今回もあたしに叩きのめされたマーブルが渋々立ち上がる。

そして恨めしそうな目であたしを見る。

 

「いつか……里沙子ちゃんを題材にした大人向けの薄い本を描いて、

伝説の逆三角形の神殿で売りさばいてやる!……うう」

 

「やってみなさいよ。あんた一人の弱小サークルがスペースなんて貰えるはず無いし、

貰えたとしても1冊も売れなくて、メロンもとらも委託してくれず、

全部廃棄処分が関の山よ。さあ、帰った帰った」

 

あたしはどうしようもねえ神様の尻を軽く叩く。

 

「いたい!まだ腫れてるんだから……え?」

 

スカートのポケットに、硬貨3枚。

彼女が中身を確かめると、それまでのしょぼくれた顔がパッと明るくなる。

でも、あたしは静かに近づき、マーブルの顎を軽く持ち上げて、

感情を顔に出さず警告する。

 

「ラストチャンスよ。

カードの件がなかったら、金貨の代わりにケツバットが飛び込んでたと思いなさい」

 

「里沙子ちゃん……大好き!なんだかんだ言って結局助けてくれるところ、大好き!」

 

「むぐ、抱きつくな!暑苦しい!ただでさえ暑いのに!」

 

「うふふ、ごめんごめん。それじゃあね。今度こそ節約するから」

 

「“今度こそ”は駄目人間の常套句なんだけど……“今度こそ”期待してるわよ」

 

「任せて!あ、それと確かめなきゃいけないことが……」

 

廊下に出たマーブルが振り返った。なにかしら。

 

「里沙子ちゃんって受け?攻め?」

 

「帰れ!!」

 

ついにプッツン来たあたしは、マーブルを怒鳴りつけて神聖な建物から追い払った。

薄い本だの受け攻めだの、意味がわからない人は調べようとしないでね。

知らないってことは、健全な人生を送ってるってことだから。

健全なる精神は健全なる身体に宿るだのどうの。

 

あたしはフランスパンをかじりながら、

嬉しそうに尻尾のような後ろ髪を揺らす芸術の神様を見送った。

パサパサした食感でチョコバットを思い出す。思い出したら急に食べたくなったわ。

ハッピーマイルズに帰ったら、またマリーの店で探してみましょう。

チョコが溶けてるかもしれないけど。

 

 

 

まだ7317文字か……このまま終わるには微妙に短すぎるな。

暑さを理由に手を抜いてると思われかねない。

それに、今回は私の出番というか、台詞すらないじゃねえか。

同じハブられ者同士、適当に絡んでみるか。

そういや、あいつとはまともに世間話もしたことねえからな。

私は、目的の人物の部屋に行き、ドアをノックする。

 

「お~い、カシオピイア。ルーベルだ。

ちょっと文字数が余ったから、暇だったら少し喋らねえか?」

 

応答がない。待つこと30秒。もしかして留守なのか?と、思ったらドアが開いた。

いつものようにピシッと軍服を着込んだ無表情の彼女が立っている。

里沙子に言わせれば、よく見れば変化はわかるらしいんだが、

私にはさっぱりわからねえ。

突然尋ねてきた私に驚いているのかもしれないし、いないのかもしれない。

 

「いきなり悪かったな。ここはいいとこだが、部屋の中でじっとしてるのは退屈でさ。

……迷惑だったか?」

 

カシオピイアは首を振り、短く返事をする。

 

「ううん……入って」

 

「おっ、サンキュー!」

 

彼女は私を招き入れてくれた。遠慮なく中に入ると、部屋は片付いていて、

備え付けの紙とペンで何かをメモしているようだった。

ここに来る時みんな手ぶらだったから、片付いてるのは当然、なはずなんだが……

 

私の部屋は手を拭いたタオルやら、

置いてあったから試しに読んでみた聖書やらが散らばってる。

1ページで飽きちまったが。

まぁ、里沙子の部屋はもっと汚いだろうから、あれくらいは許容範囲だろ。

 

「綺麗な部屋だな。里沙子にも見せてやりてえよ」

 

「お姉ちゃんの部屋は、きれい。よそでは」

 

「あー、そうだった!外ではお行儀がいいんだよな、あいつ。

言葉遣いとかもそうだよな。どこであんなお嬢様言葉覚えたんだか。

私も時々練習してるけど、里沙子ほどスムーズに行かねえんだよ」

 

「うん。不思議。座って」

 

「おう、ありがとな」

 

カシオピイアはデスクの椅子、私が二人がけのソファに座って、彼女と向かい合った。

本当、自分で言うのもなんだが、珍しい組み合わせだ。何を話したもんかな。

ちょっと部屋を見回すと、机の上に一冊の本があった。“月夜の二人”ってタイトル。

私はそれを見ながら聞いてみた。

 

「読書、好きなのか?」

 

「うん」

 

「どんな話なんだ」

 

すると、彼女は少し顔を赤らめて、月夜の二人を手にとって、ぽそっとつぶやいた。

 

「……恋愛小説。本屋で買った」

 

「そっか!そう言えば別に外に出るな、なんて言われてないんだから、

私も帝都を見物すればよかったんだ。うっかりしてたぜ。

話は戻るが、カシオピイアはその手の本が好きだって里沙子が言ってたな。

この前も2冊くらいプレゼントしたって……」

 

「その話はやめて」

 

うっ、固い声ではっきりと拒絶の意思を示された。

相変わらずの無表情だが、今なら私でもわかる。

触れられたくない古傷に触られた嫌悪と怒り……!

里沙子、お前一体何やらかしたんだよ?

 

「わかった。なんか知らないけど悪かったよ。

……そうだ!私は普段読書とかしないんだが、昔、母さんが行商人から買った古本に、

恋愛小説が交じってたから読んでみたんだ」

 

「どんな話?」

 

カシオピイアが明らかに興味を示した。今度は興味と興奮。

段々彼女の表情が読めるようになってきた。私は物語のあらすじを掻い摘んで話す。

 

「タイトルは忘れちまったが、アースの書物でな。

金持ちの息子と、貧乏な家庭に生まれた女が恋に落ちるんだ。

男は親父の反対を押し切って女との愛を育むんだが、その時悲劇が起きる」

 

「うん、うん!」

 

「女が不治の病に罹ってしまうんだ。

治療の甲斐もなく、女は最期にこう言い残して息を引き取った。

“愛とは決して後悔しないこと”ってな。

遺された男は二人の思い出の場所に赴き、物語は終わる。

……私は恋愛って柄じゃないが、その台詞が妙に忘れられなくてな」

 

「とっても悲しいけど、素敵なお話!」

 

短いあらすじだけだが、カシオピイアは喜んでくれたようだ。今度は確かに微笑んでる。

よーく見ないとわからない程度だが。

 

「やっぱりカシオピイアも恋に興味があるのか?」

 

「えっ……?」

 

「暇つぶしでも、わざわざ恋愛小説選ぶってことは、

自分もいい男と恋してみたいんじゃないかと思ってな」

 

「……」

 

「お前美人だから、逆に男、選び放題だろ。

いっその事、色仕掛けで皇帝の玉の輿狙ってみたらどうだ?

まだ独身なんだろ?皇帝さん」

 

すると、急に彼女の表情が曇る。あれ、なんか変なこと言っちまったか?

 

「ワタシなんかじゃ、無理だもん……」

 

「なんで。顔もスタイルもいいし仕事もできる。男が放っとかねえだろ」

 

彼女はまた首を振って、とつとつと語り始める。

 

「ワタシ、全然おしゃべりとか、できない。仕事の話しかできないし、わからないし、

うまく自分の気持ちも伝えられない。お友達もマリーしかいないし……」

 

「喋りだの会話だのは男に任せときゃいいんだよ。そうだ、職場。

ずっと要塞で働いてきたんなら、一人くらいイイ男がいるんじゃないのか?」

 

「ダメ。みんな知ってる。あなたも知ってる。ワタシがずっと、獣みたいに暴れてた姿。

きっと、また、ああなるかもって、みんな思ってる……」

 

……思い出したぜ。

カシオピイアは里沙子と出会った頃は、突然発狂して暴れだす癖があったんだよな。

当時は私も取り押さえるのに苦労したもんだ。

なにしろオートマトンでも手に余るほど凄い力だったからな。

結局、里沙子と遠い姉妹だってわかってからは完全に治まったんだが。

ただ、寂しかったんだろう。

 

「あー、あれか……そうだなぁ。

でも、うちに来てからは、一度もあの状態には戻ってないんだろ?

もう里沙子と一緒に暮らしてるんだから大丈夫だって」

 

「……ワタシには、お姉ちゃんがいてくれれば、いいもん」

 

カシオピイアが“月夜の二人”を抱えて、自分の世界に閉じこもってしまった。

うむむ、これ以上押しても逆効果だろうな。話題というかターゲットを変えてみるか。

 

「そういや里沙子はどうなんだろうな。

教会じゃ一番年長だが、将来結婚する気は……ねえんだろうなぁ」

 

「お姉ちゃんが、結婚!?」

 

今度は誰の目にも明らか。絶望に打ちのめされた表情で私を見る。

こりゃひでえや。慌ててフォローする。

 

「落ち着け!もしもの話だし、ないだろうって仮定しただろ?

自分の時間がなくなるからって友人関係すら毛嫌いしてる里沙子が、

結婚っていうある意味一番面倒くさい人間関係を、自分から築くと思うか?」

 

「そう、よね……お姉ちゃんが結婚なんてするはずない。ずっとワタシといてくれる」

 

おーい、姉に対して結構酷いこと言ってることに気づいてるか?まあいいや。

あいつが結婚に興味ないのは事実だし、何しろ結婚には相手が必要だ。

昼間からエールを瓶から飲んでるような女を、嫁にもらうような物好きはいないだろう。

アプローチを変えてみるか。

カシオピイアが無理なく付き合える範囲を探る必要があるな。

 

「なあ、カシオピイア。お前が里沙子大好きなのはわかったが、私たちはどうなんだ?

好き、嫌い、どっちでもない。どんなタイプなら付き合いやすいか分かれば、

そこから人付き合いの範囲を広げていけると思うんだ」

 

「みんな、大好き。大事な、仲間」

 

「そっか。じゃあ、その“大好き”の中でも、特に一緒にいて気分が楽だな~とか、

なんだか楽しいな~って感じるやつはいないか?」

 

「ええと……」

 

彼女は迷った末に、私を指差した。なるほど私か。……私!?

 

「えっ、私!?ぶっちゃけ、あんまり喋ったこともないのに、なんで」

 

「……ワタシが暴れてたころ、いつも目一杯の力で止めてくれた。

あなたの木の香り、覚えてる。そばにいると、落ち着く」

 

「瓢箪から駒っていうか、意外なところからボールが跳ね返ってきたな。

あ、嫌ってわけじゃないんだ。

ただ、いざ自分が好意を向けられると……なんか照れるな。へへ」

 

照れ隠しについ頭をかく。実際私に微笑む彼女を見ると、心がそわそわする。

 

「そうだな。

よく考えたら、教会の外にこれと言った知り合いがいないのは、私も同じだった。

なあ、ただの提案なんだが、これからは一緒に人付き合いの範囲を広げないか?

まずは……私と、友達になってくれよ。嫌じゃなければ、だが」

 

私が手を差し出すと、カシオピイアが力強く握り返してきた。

 

「うん。ワタシとルーベルは、友達」

 

「おっしゃ!ちょっとだが、さっそく交友関係が深まったぜ。

そのうち里沙子も巻き込んで、人間嫌いも治しちまうのもいいかもな。

実はこれ、だいぶ前に定めた目標なんだが、全然前に進んでないんだよ……」

 

「アヤさんが、いる」

 

「なるほど、将軍さんとこの姪っ子か!変人だが、なぜか里沙子と親しいよな。

本人は否定してるが、ありゃもう友達だ。

確かにあの人から攻めていくのが良さそうだな」

 

 

 

……そしてあたしはそっと立ち去った。

その後も、ルーベルとカシオピイアがあたしについて勝手なことをくっちゃべってた。

軽くため息を漏らす。

ルーベルが妹を訪ねるところを見たから、珍しいこともあるもんだと思って、

悪いけどちょっとだけ立ち聞きさせてもらったの。

 

あの娘は普段無口だし、ルーベルともそれほど親しい感じにも見えなかったから、

この機会に仲良くなってくれたのは嬉しいけど、

あたしの人付き合いに関しちゃ大きなお世話よ。

あと、別にいいんだけど、あたしが結婚する可能性について、

妹にキッパリ否定されたのが地味に堪えてる。いいんだけどさ、本当にいいんだけどさ。

 

心に刺さったトゲの痛みを、盗み聞きをした罰として甘んじて受けながら、

あたしは自分の部屋に戻った。

 

「……もうすぐアラサーなのよね。どうでもいいけど。本当に」

 

 



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猛暑回避とチャラいブン屋
うなぎの蒲焼きをまるごと一尾食べたら胃もたれで動けなくなったわ…


法王謁見の間

 

あたし達は玉座に座る法王の前に整列していた。あたしが一同を代表して前に出る。

エレオノーラもジョゼットも完全回復し、暑さもようやく落ち着いたから、

そろそろハッピーマイルズに帰ることになったの。

もう夕方になれば心地良い風が吹き、秋の足音が聞こえる。

 

そっちはまだ観測史上最高気温?あたしに言われても困るわ。

あなたもこっちまで来るといいんじゃない?

ゴミ捨て場で寝てたらワープできるかも知れない。できなくても知らない。

 

そう言えば、気象予報士が熱中症対策のために、

“迷わずエアコンを使ってください”って言ってるけど、

世界中のみんなが一斉にエアコンを付けたら、

ますます地球温暖化が加速すると思うんだけど、どうすればいいのかしらね。

まさしく負のスパイラル。

 

まぁ、あたしじゃどうにもならないことを気にしててもしょうがないわ。

とにかく法王猊下にご挨拶を。

彼の前に進み出たあたしは、まずはスカートの端をつまんで腰を落とし、西洋式の一礼。

 

「法王猊下、この度は本当にお世話になりました。

おかげ様で皆、酷暑を乗り切ることができ、本当に感謝しています。

来年はこのようなことが無いよう、十分な対策を備えておきます。

重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました」

 

「うむ。今年の夏は一段落したとは言え、残暑がまだまだ厳しい。

もし対処法が見つからなければ、またいつでも気軽に訪ねるが良い」

 

この言葉を真に受けて本当に泊まり込むようじゃ、社会人失格よ。マーブルみたいに。

 

「お心遣い、誠に恐縮です。それでは、わたくし達はこれで失礼させて頂きます」

 

「気をつけて帰られよ。……エレオノーラも、より一層勉学に励むように」

 

「はい、お祖父様。またしばらくお別れですが、お祖父様もお元気で」

 

しばらくつっても、2、3日に1度のペースで帰ってるんだけどね。ワープ魔法って便利。

ダテレポ(FFT)の魔術書とかあったら、500ページあろうが気合いで覚えるんだけど。

あたしは今度は頭を下げて、改めて礼をすると、

みんなを引き連れて大聖堂教会を後にした。

 

開け放たれた大きな玄関扉から外に出ると、暑さの和らいだ陽の光に照らされる。

うん、なんとか馬鹿みたいな猛暑をやり過ごせたみたい。

外の空気を思いっきり吸い込んで深呼吸。いい季節になったわ。

エレオノーラの“神の見えざる手”で家に戻るため、円陣を組んでいると、

ルーベルが話しかけてきた。

 

「なあ、来年に備えて暑さ対策するって言ってたけど、なんかアテでもあるのか?」

 

「そうね。とりあえずみんなにはTシャツと短パンで過ごして貰おうと思う。

“I♡NY”とかプリントされてるやつ。みんなオン・オフの切り替えが必要よ。

ミサもないのに修道服着る意味がわかんない」

 

「エレオノーラとジョゼットにか?ありえねー。

カシオピイアも着たくねえだろ、そんなの」

 

「うん。軍服は、脱げない……」

 

「後は冷温庫フル稼働して、一日中氷嚢を携帯してもらうことくらいね。

今の所思いつくのは」

 

「皆さん、準備ができました。今から詠唱を始めますので……」

 

パシャッ

 

今度は違う光で照らされた。光源を見ると、大きな箱型カメラを構えたチャラい女が。

 

「エブリワン、ストップだよ~自然な感じのポース、おねしゃす!」

 

あたしがじっと見てると、また一枚。

うんざりしつつギャル系のガキにつかつかと歩み寄る。

 

地毛か染めてるのか知らないけど、

ピンクのロングヘアを耳の辺りの両サイドで編んでる。

メイド服とセーラー服足して2で割って、慎みをマイナスしたようなヒラヒラした服。

爪に髪と同じピンクのマニキュアを塗って、変なつぶつぶで飾り付けしてる。

正式名称は知らない。

 

大人として、頭の悪そうな女に注意する。

 

「ちょっとあなた。今、誰に断って写真撮ったの。

普通こういう時は相手に許可を取るのが礼儀ってもんでしょう」

 

「だってぇ~声を掛けたら被写体が逃げちゃうじゃないですか~。

あ、自己紹介が遅れちゃった。テヘペロ!特ダネのためなら、例え火の中水の中!

次元を駆ける新聞記者、マジカル・メルーシャとはメルのことだよ!」

 

「あんたが誰だろうが知ったこっちゃない。何の目的で写真を撮ったのか答えなさい。

あと、言っちゃなんだけど、その服着てられる時期はもう長くないわよ、あんた」

 

「ぐっ!」

 

あ、自覚はしてたみたいね。ちょっと言葉に詰まった。

 

「超ヤガモ……思わぬ塩対応に、メル、鬼おこだよ。

そっちがその気なら、こっちにも考えがあるっぴょん!」

 

バカ女が数枚の写真を見せつけてきた。どれどれ。

……はぁ、何かと思ったら、全部あたしの写真じゃない。

ベッド近くの窓から撮ったと思われる、あたしが腹出して寝転んでる写真。

ダイニング付近から盗撮した、あたしが立ったままエールをラッパ飲みしてる写真。

暑さを凌ぐため、上にキャミソール1枚で、スカートの中にうちわで風を送ってる写真。

はん、これがなんだっての。

 

「よく集めたわねえ。こんなどうでもいい写真」

 

「ハッピーマイルズ教会のみんなをピコって集めた苦労の結晶だっぴょん!

世界を騒がせてる斑目里沙子とその仲間達の写真集を作ろうとしたら、

”偶然”見つけちゃったっぽいンだよ~

ふふ、これをバラまかれたくなかったら……」

 

「鬱陶しいわね」

 

あたしは写真をひったくった。

一般的な女性なら慌てて破り捨てたりするんでしょうけど。

 

「甘い。激甘いっぴょん!写真を奪ったところで……」

 

「ネガがあるんでしょ。甘いのはあんたよ。

今からあんたの努力が、いかに無駄で無意味なものだったか教えてあげる」

 

「や、やってみるぴょん!」

 

「おーい、里沙子。どこ行くんだよ」

 

「ちょっと待ってて。すぐ済むわ」

 

あたしは教会前広場のベンチのひとつに向かう。男性が一人、休憩を取っている。

ちょうどいいわ。あたしは彼に話しかけて、さっきの写真を見せる。

 

「お休みのところごめんなさい。

ところで、あたしの写真を見てくれ。こいつをどう思う?」

 

「すごく…自堕落です…。

あははっ、早撃ち里沙子がものぐさで酒飲みだって噂は本当だったんだな!

でも……3枚目の写真はちょっといいな」

 

「変な趣味してるわね。茶番に付き合ってくれたお礼に進呈するわ」

 

「え、いいのか?うへへ……」

 

「ごきげんよう~」

 

踵を返してバカ女のところに戻ると、残った2枚の写真を突き返した。

奴は目を丸くして、口をパクパクさせる。

 

「なんで?どうして?

普通、あんな写真見られたら、女の子は恥ずかしくて表を歩けないっぴょん!?」

 

「あんたさぁ。取材対象に対するリサーチが全然できてないのよ。

あたしが写真に写ってたような生活送ってる事は、ハッピーマイルズじゃ有名な話よ。

今更、公表されたところで痛くも痒くもないわねえ。

何がしたかったのかはわかんないけど、ヒヨッコのあんたじゃ、

まだまだスクープなんて掴めやしない。10年早いってやつよ」

 

「うぐぐ……」

 

「里沙子ー!早くしてよ!このレインコート暑い!」

 

「ごめん、ピーネ。じゃ、そういう事だから地道に区民だよりでも書いてなさい。アホ」

 

あたしはバカ女に中指を立てると、神の見えざる手の輪に入った。

そして、エレオが詠唱を始め、いつもの浮遊感に包まれながら、

目的の聖母マリア縁の地、すなわちハッピーマイルズ教会に転移した。

 

 

 

 

 

聖堂内に直接ワープしたあたし達は、

帝都で買い揃えたちょっとした生活用品などの荷物を下ろすと、とりあえずほっとした。

 

「んああ、豪華な大聖堂教会もいいけど、このボロ屋のほうが落ち着くわ」

 

仰向けに反って身体を伸ばす。

以前、やっぱり我が家が、的な発言に対して疑問を投げかけたけど、

今回は不可抗力だからノーカンね。

 

「とりあえず窓開けましょう窓。熱い空気が淀んでて更に不快だわ」

 

「そーだな。空気を入れ替えよう。ホコリ臭くてしょうがねえや」

 

「パルフェムは魔導空調機のスイッチを入れてきますわ」

 

「お願いね、この際マナ料金は考えずに、夏が終わるまでつけっぱなしでいいから」

 

で、屋内に新鮮な空気を入れ、各自で当面の暑さ対策をして、

それぞれ自分の部屋に戻った。

あたしも私室に戻る。ドアを開けると、まあびっくり!なんて汚い部屋なんでしょう。

汚したのは自分なんだけど、脱ぎっぱなしの服やら工具やらガジェットやらスマホやら。

惚れ惚れするほどの散らかりようだわ。

 

「りーさーこーどーのー!!」

 

汚ねえ部屋に見とれてると、隅からあたしを呼ぶ声が聞こえ、

位牌からエリカが飛び出してきた。

なんか忘れてるなって思ってたけど思い出せなかった、モヤモヤの正体がわかったわ。

彼女があたしの肩をポカポカ殴るけど、当然幽霊だからすり抜けるだけ。

ひんやりする感触しか伝わらない。

 

「酷いでござる!いきなり姿を消して半月も拙者をほったらかしなど!」

 

「あーごめん。これは本当にごめん。でも、やむを得ない事情があったのよ」

 

「お留守番の人も一日で辞めてしまい、

拙者はずっとひとりぼっちだったでござるよ。……くすん」

 

「お留守番?あんたも暑さでおかしくなったの?

とりあえずお線香焚いてあげるから、機嫌直してよ」

 

「やったー!ずっと灰の香りで、ひもじい気分をごまかしていたの。

幽霊は腹は減らぬが、心が冷えていくのである」

 

「はい、ひとつ間違えた。……ええと、マッチはここね。ほら、新しいの5本」

 

「ん~芳しい香り!心が満たされるわ!やはり位牌と線香は二つで一つなのである!」

 

「確かにいい香りだけど、そこまで大喜びするものなの?」

 

「里沙子殿も死んでみるとわかるのでござる。

この胸に広がる幸福感……まるで、天国にいるみたい」

 

「本当は天国にいなきゃおかしいんだけどね、あんたは」

 

雑談しながら荷解きをして、軽く部屋を片付けて歩くスペースを作ったら、

なんだか疲れが出てきた。

大聖堂教会の待遇は格別だったけど、

やっぱりよそに行くと無意識に気を張るものなのかしら。

 

少し眠くなったから、昼寝をすることにした。ベッドに横になる。

使い慣れて自分に最適な柔らかさになった布団が、あたしを眠りの世界に誘う。

おやすみなさい……

 

「寝れるか」

 

ピークを過ぎたとは言え、まだ夏の暑さが残る中、

扇風機もなしに昼寝なんかできるかっての。扇風機?

もしかしたらマリーの店に、昭和時代のゴツいやつが、1台くらいはあるかもしれない。

今度探してみよう。少なくとも今日じゃない。

 

何か今涼む方法はないかしら。うちわで扇ぎながら寝られるわけないし、

片付けの続きをして暇つぶしなんてもっと勘弁。

ガラクタが散らばる床に目を落とすと、あるものが目についた。そうだ。

 

「エリカ、ちょっと来て」

 

「ううん……なんでござるか~」

 

位牌からにゅるんとエリカが出てきた。

眠そうに目をこすってるってことは、ぐっすり寝てやがってのね。

家主のあたしを差し置いて。

 

「しばらく位牌じゃなくて、こっちであたしと寝てちょうだい」

 

「どうして?位牌が一番身体に馴染むのだけど」

 

「寝ぼけてまるっきり言葉忘れてるわよ。とにかくこっちへ。ほれ」

 

あたしはベッドにスペースを作って、ポンポンと叩いた。

エリカが浮かんできてあたしの隣で横たわる。そして彼女を抱きしめるように手を回す。

 

「ひゃん!何をするの!?するでおじゃるか!」

 

さっき肩を叩かれた時にピンと来たんだけど、やっぱり幽霊は身体が冷たいのよね。

しかもすり抜けるから邪魔にならない。当分エリカで快適に寝られそう。

ああ、霊体が放つ冷気が気持ちいい。全身でエリカを味わう。

 

「やめて!そこは……拙者と里沙子殿は、その、女同士で……」

 

「女同士だからいいんでしょうが。じっとしてなさいよ。あー気持ちいい」

 

そう言えばエリカには謎が多いわね。

DIOみたいに脳みそに手を突っ込んだらどんな反応するのかしら。

指先でこめかみをぐりぐりする。

 

「えい」

 

「ああっ、ダメでござる!そんなところに手を入れられたら……あばばばば」

 

「やっぱりこういうところは弱いのかしらねえ」

 

ちょうどいいサイズの冷たい抱き枕を手に入れて、今シーズンは無事に乗り切れそう。

みんなの部屋は風通しが悪いから、交代で使うのもありかもね。

 

「あたしだけいい思いするのも良くないわね。全員で回しましょう」

 

 

 

おmg!メルのテレポートで里沙子を追いかけてきたら、神ってる展開ktkr!

壁にへばりついて聞き耳を立ててたら、とんでもないやり取りを聞いちゃった!

里沙子が嫌がる少女に無理やり……!

マリア様がお住まいの教会で、あんなことやこんなことが行われてたなんて!

 

“女同士で”

 

里沙子と女の子が!

 

“じっとしてなさいよ”

 

家出少女や借金のカタに売られた女の子を!

 

“あー気持ちいい”

 

一線を超えてしまった!!

 

“そんなところに手を”

 

もうやめて!

 

“こういうところは弱い”

 

まだやるの!?

 

“全員で回しましょう”

 

し、し、しかも多人数でっ……!ショッキングピーポーマックス!!

 

とてもじゃないけどメルはこんな状況直視できないっぴょん!

連続テレポートで擬似的に空を飛びながら、

カメラを持った腕を伸ばして、シャッターを押しまくる。

 

……これで部屋の様子は撮れたはず。

“英雄の隠れた素顔、密室で哀れな少女にあれやこれ!”

ワーオ、特ダネじゃなくない?これ!うん、大スクープ間違いなし!

そうと決まればメルはソクサリ!この悲惨な……アレの現場を現像しなきゃ!

 

 

 

バシャッ!バシャバシャ!

 

あん?いきなり窓からフラッシュが焚かれたから、何事かと思ったら、

カメラを持った手が伸びてる。ってことは何?

エリカを抱きまくらにしてた様子が、写真に撮られたってことでいいのかしら。

なるほどね、おやすみ…………

 

「寝れるか!!」

 

「耳元で叫ばないでほしいし、いい加減拙者を撫で回すのをやめるでござる!

今日という今日は堪忍袋の緒が切れたのじゃ!

里沙子殿、幽霊は置物でもなければ抱きまくらでもないの!

ちゃんと“じんけん”というものが……」

 

「こうしちゃおれんわ、ただでさえ街じゃあたしがアレだって噂が流れてるのに!」

 

あたしは窓の外を見る。

帝都で会ったバカ女が、飛び石のようにワープを繰り返して逃げていく。

 

「エリカ、位牌に入りなさい!」

 

「言われなくても、もう寝るでござるよ!」

 

エリカが入り込んだ位牌を持って、ガンベルトを掴み、素早く身体に巻くと、

窓から飛び降りた。悠長に階段下りてる暇はない。あのバカを逃しちゃいけない。

街道を街に向かって進むターゲットを追って、全速力で走る。

 

炎天下の中、走ったもんだから、滝のように汗が流れる。勘弁してよ気持ち悪い。

奴が街に入って行った。あいつを叩きのめしたら、冷水シャワーで汗を流して、

氷水で祝杯を上げましょう!

 

 

 

大スクープを手にしたメルは、編集部に向かってワープを繰り返していたんだけど……

げっ、里沙子が追いかけて来たっぴょん!

捕まったら死ぬより悲惨な目に遭わされるってゴロツキの間でもっぱらの噂!

メル、こんなところで終わるわけにはいかないぴょん!

 

 

 

ハッピーマイルズ・セントラルに突入したあたしは、いきなり吐きそうになる。

人混みと熱の暴力があたしの精神力を急速に奪う。

頭がぐるぐる揺れて、なんで途中で倒れなかったの自分でもわからない。

どうにか広場に抜けると、目的地に駆け込む。

酒場に入ると、カウンターに銀貨数枚を叩きつけ、息も絶え絶えに告げた。

 

「情報……氷水……」

 

「あ、ああ。何が知りたいんだい」

 

困惑するマスターがジョッキにたっぷり氷と水を注ぎながら訪ねる。

 

「バカ女、新聞記者、所属」

 

「あの派手な姉ちゃんなら、ハッピー・タイムズ紙の新聞記者だよ。

北東のビジネス街に本社がある」

 

あたしは氷水をゴクゴクと飲み干して、気力を幾分回復するとジョッキを置いた。

 

「行かなきゃ……」

 

「どうしたんだよ、里沙子さん。なんか変だぜ、今日」

 

「散弾銃と中古のタイプライターが必要ね。

赤報隊が復活したことを異世界に知らしめてやらなきゃ!」

 

タイプライターはともかく、バカ女を震え上がらせる必要はある。

シカゴタイプライターでバラバラにするのもいいけど。

今度は銃砲店を目指して走り出す。やっぱり残暑厳しい中でのランニングはキツい。

 

南北エリアを結ぶ大通りを駆け抜けて、交差点を一旦左に曲がってすぐの銃砲店に入る。

ここはエアコンが効いてるわね。扱うブツがブツだけに温度管理が必要なんだろうけど。

 

「いらっしゃい。なんだ、あんたか」

 

「はぁ…はぁ…散弾銃はどこ?」

 

「そっちのショーケースと壁に掛けてある」

 

「ありがと……」

 

あたしがフラフラといくつもショットガンが並ぶコーナーへ足を運んだ。

トミーガンみたいな筒型弾倉を持つもの。4連バレルの強力なもの。

デリンジャーみたいな手のひらに収まる単発式。面白いものがたくさん。

じっくり見ていたいけど、今は早急に実用性に優れた物を選ばなきゃいけない!

 

標準的なシルエットの物に素早く目を通すと……あった、これしかない!

 

「おじさん、これちょうだい!12ゲージ弾も20発!」

 

「銃と弾丸、合わせて2万5000Gだ。待ってな」

 

例のデカい財布から代金を取り出してる間に、おじさんはショーケースの鍵を開けて、

中から銃を出し、カウンター奥の棚から12ゲージ弾を一箱抜いた。

ちょうど金貨を並べ終えたところで商品が一通り揃う。

 

おじさんが現金を数える間、

あたしはシルバーボディがイカス、ポンプアクション式ショットガンを手に取る。

鋼鉄の銃身の重さが両手に食い込む。

戦いになるかもしれないから、さっそくバックショットを装填。

 

ハンドグリップを引いてチャンバーを開き、初弾を込めて一旦戻し、

下部のローディングポートから一発一発12ゲージ弾を差し込むように入れる。

念の為、今はボタン式の安全装置を掛けておく。

 

「丁度だな。毎度あり」

 

「邪魔したわね!準備は万端。この斑目里沙子が悪徳記者に誅伐を下してくれるわ!」

 

むき出しのまま銃を持って外に出ていったあたしを、呆気にとられて見ていたおじさん。

道路に出ると、ビジネス街はここから東にまっすぐ。

また灼熱マラソンが始まるけど、今度は新しい相棒を手にした嬉しさで、

辛さを忘れてワクワクした気分で風を切って走る。

 

東京の摩天楼ほど高くはないけど、高層オフィスビルが立ち並ぶエリアに進入した。

ショットガン持ってビル街を走るなんて、

日本でやったら機動隊が出動するレベルだけど、

この世界じゃ誰が銃を持っててもおかしくないから、“まだ”大丈夫。

銃社会も場合によりけりね。

 

……見つけた。3階建ての古い建物。

3階の窓ガラスに「ハッピー・タイムズ本社」の白い文字が、

ステンシルで吹き付けられてる。ここがあのバカ女のハウスね。

あたしはレミントンM870を持ったまま、社屋に入る。

 

散弾銃を持って入ってきたあたしを見て、受付嬢がギョッとする。

構わずあたしはニッコリ笑って彼女に話しかけた。

 

「ごめんください。わたくし、斑目里沙子と申します。

いきなりで申し訳ないのですが、急ぎの用でメルーシャさんとお会いしたいので、

お取次ぎ願えませんでしょうか。

……あらやだ、私ったら!これは気にしないでください。

帰りに買おうと思っていたものをうっかり」

 

「しょ、少々お待ちください……」

 

受付嬢は、各階に延びる真鍮で出来たラッパ状の連絡管のひとつの糸を引いて、

ひそひそと何かを話す。ラッパがビリビリ震えて返事を返してきた。

こうして二言三言会話が続くと、受付嬢がまた糸を引いて連絡管を閉じる。

 

「あのう……大変お待たせ致しました。編集長のデロガが3階でお待ちしております」

 

「ありがとうございました。一旦失礼します」

 

で、あたしは階段に足をかけると、笑顔を般若のような形相に変えて3階に向かった。

途中、ポケットの中の位牌を指先でトントンと叩くと、エリカが抜け出て文句を言う。

 

「里沙子殿、ずっと揺られっぱなしだったから目が回ると思ったじゃない!」

 

「シッ、あんたにミッション。

さっき光る箱を見たでしょ。バカ女がそれ持って現れたらゴニョゴニョ……」

 

「もう、里沙子殿は要求ばかりでござる!

幽霊の都合なんかどうでもいいと思ってるんでしょ!」

 

「本当ごめん!今回ばっかりは時間がないの。

うまく行ったらお詫びとお礼に、おりんを買ってあげるから」

 

「誠でござるか!?……ん~、なら協力しないこともないでござる!」

 

「決まりね。それじゃあ、レツゴー」

 

 

 

その頃、3階の編集部はちょっとしたパニックになっていた。

 

「死にたくねえ、俺は逃げる!」

 

「違う、軍の手入れだ!証拠は紙袋に入れて、空きロッカーに隠せ!」

 

「誰だ!誰のせいだ!」

 

「お前ら落ち着け!目的はあのバカだ!最悪奴を首にすればなんとかなる!」

 

「斑目はトリガーハッピーですよ!?そんな保証がどこに!」

 

良くも悪くも、帝国中に名を知られる斑目里沙子が散弾銃を持って乗り込んできた。

この緊急事態に、非常階段から逃げ出す者もいれば、

粉飾決算の証拠書類を隠すものもいる。

災害にでも見舞われたような混乱に陥るハッピー・タイムズ編集部。

 

「来たぞ!」

 

コツ…コツ…

 

ゆっくりとその足音が近づいてきた。

 

 

 

レミントンM870を携えて、あたしは編集部のある3階にたどり着いた。

ところどころ塗装がひび割れた、社名の書かれているドアをノックする。

 

「ごめんくださいまし~。お取次ぎ頂いた斑目里沙子です」

 

“は、はい、ただいま!”

 

すぐに返答があり、向こうからドアが開いた。

黄色いサングラスを掛けた、タバコの匂いが漂う、編集長らしき人が応対に出た。

 

「お仕事中申し訳ありません。

どうしてもメルーシャさんに、お話ししなければならないことがありまして……」

 

「そうでございますか!

社員は今、席を外しておりまして、すぐにお呼びしますので中でお待ち下さい」

 

「ありがとうございます」

 

あたしは頭を下げて、小幅に歩き、あくまで敵意はないことをアピールする。

壁紙が茶色くなった古い編集部の隅にある、

衝立で仕切られた小さな応接スペースに通される。

対面する2つのソファがあり、片方に腰掛けた。

ドアを開けてくれた編集長があたしの前に座る。

 

「ハッピー・タイムズ紙編集長の、タイコン・デロガと申します。

この度は、どういったご用件で……?」

 

「はい。メルーシャさんが、わたくし達の取材をなさっているのですが、

なんと言いましょう……

少し私生活に踏み込み過ぎているのでは、と思わざるを得ない写真を、

撮られてしまいまして。

わたくしだけならともかく、共に暮らす仲間は、

公人でもなければ芸能人でもありませんので、少々差し支えのある写真については、

使用を控えて頂けないかとお願いに上がった次第です」

 

エレオノーラはおもっくそ公人だけど、ただの方便だから問題ない。

 

「そうでしたか!少々お待ちください。奴は2階の現像室におりますので……」

 

編集長は、受付で見たような、壁に設置されたラッパ型の連絡管の蓋を開き、

大声で怒鳴った。真鍮の管がバリバリ音を立てる。

 

「メルーシャァ!!お前は何をしてるんだ!今すぐ戻れ!」

 

“編集長!?あの、私、今回は何も失敗してないっていうか、

鬼ヤバなスクープ手に入れたっていうか……”

 

「その事で斑目さんが乗り込…訪ねて来られてるんだ!さっさと来い!」

 

“ゲッ、もうここまで!?Bダッシュで行きまーす!”

 

通話が終わると、編集長は連絡管の蓋を閉じた。

 

「いや、すみませんな。

瞬間移動能力を買って採用したものの、くだらんネタしか拾ってこない奴でして」

 

「あらあら、そうですの。便利な能力をお持ちですのね」

 

本当くだらないわ。口には出さないけど。

女性社員が入れてくれたコーヒーに口をつけていると、

突然編集部に一人の気配が現れて、応接スペースに走ってきた。

 

「お待たせしました!メルーシャ只今参上だぴょん!」

 

「そのバカみたいな喋り方をやめろと何度言ったらわかるんだ。

お前、一体何をやらかした。

なんで斑目さんが散弾銃を持って我が社に来るような事態になる!?」

 

メルーシャは口を一文字に結んで、

コスプレ女に似合わない真剣な目であたしに向き合う。

そっとポケットの上から位牌をつついた。

 

「メル、暴力には屈しないぴょん!編集長……メル、見ちゃったんです。

斑目さんの、許されざる罪を!これです!」

 

彼女が大きなカメラを見せつけた。

今よ、傘みたいに広がってるスカートのフリルを伝ってGO!

メルーシャの服を経由してカメラの中にエリカが入る。

服とカメラの間に青白い線がうっすら通ってるけど、幸い二人共気づいてない。

 

「許されざる罪?何を言ってるんだお前は。

また誰かの着替えとかオッサンの立ち小便レベルのネタだったら、

本当に経理部に異動するぞ」

 

「待っててください。すぐに現像して来ますから!1枚目がもうすぐ出来上がるんです!

ミラクル・メルーシャ、プリリンパ!」

 

メルーシャの姿がパッと消える。

1枚目?う~ん、微妙に間に合わなかったっぽい。だったらしょうがない。

趣味がアレな女として生きていくしかないわ。人生時には諦めも肝心よ。

残りの写真はどうにかなるだろうけど。

あたしはまたコーヒーを一口。さて、そろそろかしら。カウントダウンスタート。

5,4,3,2,1…

 

ひぎゃあああ!!

 

連絡管を通さなくても、2階から悲鳴が響き渡った。編集長が舌打ちして席を立つ。

 

「本当に申し訳ない。様子を見てきます」

 

「わたくしも行きます」

 

編集部から出て階段を下りると、現像室の前で腰を抜かしているメルーシャが。

時限爆弾が爆発した。あたしは笑いをこらえながら彼女に近づく。

周りには現像したばかりの写真が散らばってる。

編集長がそれらを拾い上げたから、横から覗いてみる。どれどれ。

 

「まあ!これは一体何なんでしょう!わたくしの隣に悪霊が!」

 

すっとぼけて驚いて見せる。

霊体はカメラのフィルムにうまく焼き付かないらしく、

ベッドの隣に寝かせたエリカが餓死した子供みたいになってる。

他の写真も同様に、何本も走る不気味な光や、ぼやけた顔のアップらしき物が写ってる。

なかなか美人に写ってるわよ、エリカ。

 

「たたた、助けて編集長!メルの写真にマジありえんてぃーなオバケが……」

 

「馬鹿野郎。うちが出してるのは、まともな領地新聞やムック本で、

怪しいオカルト雑誌じゃないんだよ!」

 

「あだっ!」

 

編集長が写真の束で、ピンク色したメルーシャの頭を叩いた。

やっぱり地毛なのか染めてるのかわからない。

 

「もういい、ろくなネタを拾ってこない。訳のわからん騒ぎは起こす。

お前は経理部に行け。写真はもう撮らなくていい」

 

「そんな……私確かに見たんです!いや、厳密に言えば見てないけど、

確かに斑目さんは少女をベッドに寝かせて!」

 

「会社自体クビになりたいのか?」

 

「いえ……」

 

コスプレ衣装と派手なピンクの髪で落ち込む姿は余計悲哀を誘う。どうしようかしらね。

このまま終わりにするのは、あんまりにもつまらない。

何より!せっかく買った新兵器を1発も撃たないなんて、読者が納得しない。

あたしは編集長に声を掛けた。

 

「お取り込み中すみません。あの、先程の話についてなのですが」

 

「いや、うちのバカが失礼しました。写真は全て破棄しますので」

 

「その事なのですが、どうせ捨てるなら、こちらで活用させて頂けませんか?」

 

「活用?」

 

「はい。あと、お話させていただいたと思うのですが、差し支えのない範囲でしたら、

取材をお受け致しますし、写真を撮って頂いても構いません。

彼女の人事については、その結果を見るまで、待っては頂けないでしょうか?」

 

メルーシャが驚いた様子で顔を上げた。編集長は困惑した様子。

 

「取材…と言いましても、どのような題材で?」

 

 

 

 

 

社屋から出たあたしとメルーシャは、いつも射撃練習に使ってる荒れ地にいた。

ちょうど標的を置く台になってる横長の岩に、紐で固く縛った例の写真を置く。

安全な距離にいる彼女に合図をしてから耳栓をする。

 

「じゃあ、今から撃つからしっかり撮るのよ?」

 

「おけ!いつでもいいっぴょん!」

 

レミントンM870の安全装置を解除し、標的に向かって構える。そこで写真が1枚。

集中力を高め、フラッシュに気を散らすことなく、狙いを定めてトリガーを引く。

鋭い銃声が荒野に轟き、バックショットが写真の束を粉砕した。さらば、今回の厄介者。

 

その後も、あたしは家から持ってきた全部の銃の射撃訓練を披露し、彼女がそれを撮る、

ということを繰り返した。

 

何をやってるかっていうとね。

「ガンマニアに捧ぐ・アース製銃器の全て」っていうムック本の制作をしてるの。

あたしが地球の銃を撃って、彼女が射撃の瞬間や、銃器のアップを写真に収める。

そこにあたしのコメントなんかも添えて一冊の本にしようってわけ。

 

「次、行くわよー」

 

「へい、かしこまり!」

 

その後も、ピースメーカーのファニング、ベレッタ93Rの3点バースト、

ドラグノフの長距離狙撃、ヴェクターSMGの10mmオート弾連射、

M100とデザートイーグルの破壊力を披露し、撮影は終了。

 

次は、今日使った銃に関して、使用感や特徴、実戦での威力、

ついでに思い出話なんかを話してメルーシャに聞かせた。

原稿を書くのは彼女の仕事だから、あたしにできるのはここまでね。

 

「ふぅ、久しぶりに全部撃ったら手が痺れちゃったわ」

 

「お疲れ様ぴょん!絶対いい本にして見せるから!」

 

「出来上がりに期待してるわ。元気でね。……で、きれいに終わりになると思った?

結局あんた、誰だったの?」

 

「え、なんで過去形ぴょん?」

 

「二度と現れない使い捨てキャラになるかもしれないから」

 

「そんなことないっし!?

メルは、ハッピー・タイムズ社の社員でも若手のホープ、18歳だよ!

短距離しか飛べないけど、魔力消費が少なくて行き先が自由な、

テレポート能力を持ってる、ミラクルエスパージャーナリストなんだよ?MJD(マジで)!」

 

「エスパーはエスパー伊藤だけで十分なんだけど、とにかくわかったわ。

ムック本売れると良いわね。幸運を祈ってる。それじゃあ」

 

「ちょっと待ったぁ!!」

 

「なによ、もう帰りたいんだけど」

 

今回は丸く収まったし、早く家で汗流したい。

 

「……あなた、あの部屋の中で女の子に何してたの?

ねえ、正直に答えて!写真もあなたの仕業なんでしょう?」

 

トンチキな格好で真っ直ぐな眼差しをして問う。大きく長いため息が出る。

それが残ってたか……写真にはまともに写らないっぽいし、辺りには誰もいないから、

見せても大丈夫そうね。ポケットから位牌を取り出して、エリカに呼びかける。

 

「起きなさい。おりん買ってあげないわよ」

 

「困る、困る、それは困る!」

 

位牌から、どろんと出てきた幽霊にまたも腰を抜かすメルーシャ。

 

「うひゃあああ!お、ば、け……」

 

「何を勘違いしてたのか知らないけど、こいつを抱きまくらにして昼寝してただけよ。

幽霊は身体が冷たいから、暑い部屋の中で寝るのに必要だったの」

 

「だから、拙者は抱きまくらではござらん!」

 

「エリカっていうの。心配しなくても、何もできやしないから。

あんたの写真に変なのが写ってたのは、全部こいつのせい」

 

「そ、そうだったの。心臓が止まるかと思ったぴょん」

 

「お互い疑問が解消したところで、今度こそお別れしましょう。売れるといいわね、本」

 

「ねえ、里沙子」

 

「なによ、まだ引っ張る気!?」

 

メルーシャが立ち上がって、あたしをじっと見てから言った。

 

「どうして、メルにチャンスをくれたの……?」

 

「別に。新兵器を使う理由が欲しかっただけ。

それに、チャンスになるかどうかは売れ行き次第よ。

ぬか喜びにならないよう、気合い入れて良い記事書きなさい。じゃあね」

 

「うん。それじゃあ。……ありがと。MK(マジ感謝)だから」

 

あたしは何も答えず、荒れ地を進んで教会への帰路についた。

 

 

 

 

 

半月後。

出版にこぎつけた「ガンマニアに捧ぐ・アース製銃器の全て」が送られてきた。

読んでみたけど、なかなか良く撮れてるじゃない。

ジャーナリストじゃなくて、普通に写真家目指したほうが良いと思うけど。

まあ、それは本人が好きにすればいいわ。

 

内容が一般向けとは言えないから大ヒットとは行かないけど、

やっぱりターゲットの銃愛好家や賞金稼ぎの間で評判が高くて、

まずまずの売上を出しているらしい。

初めてまともな利益を出したメルーシャは、編集部にいられるようになったんですって。

エロ本にも手を広げたらもっと稼げるわよ。

 

りーん…くゎん、くゎん、くゎん……

 

部屋の隅では、反響するおりんの音色でエリカがトリップしてる。

とにかく、今回も一騒動片付けてあたしは一息つく。窓から吹き込むそよ風が心地いい。

暑さもすっかり和らいで、風に秋を感じるようになった。もうすぐここに来て1年か。

今回みたいに割と平和な日々が続きますように。どうせ通じやしない祈りを天に捧げた。

 

 



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例の魔女と番外編
フグってまんまるなのに、天ぷら食べると結構骨があるのよね。


ダイニングでくつろぎながら社説を読み終えると、あたしは新聞を置いて、

そっちへ呼びかけた。そうそう、これを読んでるあなたの方へよ。

 

「70話も超えた今頃になって申し訳ないんだけど、この企画に出てくる情報には、

作者の知ったかぶりや想像が多分に含まれてる。

誰もしないとは思うけど、うんざり生活を読んで得た知識らしきものは、

他所で披露しないほうがいいわよ。無駄に恥をかく羽目になる」

 

「そんなもんみんな分かってるよ。

図書館に出向く気力すらないあいつに、そんな知識がないことくらい。

色々間違ってても、あえて指摘せずにそっとしといてくれてんだ。

……メタ話はそろそろやめようぜ。前にジョゼットに怒られただろ」

 

ルーベルがコップの水を飲み干した。

ダイニングでは、ジョゼットが野菜を切る包丁だけが音を立てる。

あたし達は、そう、暇だった。

 

「ネタがないのよ。奴の脳みその回路がダンガンロンパにシフトしちゃって、

以前のようにくだらない話題がボロボロ出てこなくなったの」

 

「やめろって言ってるだろう。ネタがないなら無理に書くな。

昔、一月くらい休んだことあるんだろ?」

 

「そろそろ1話くらい投稿して、あたし達の生存報告をしたいのよ。

ルーベルも呑気に構えてないで、話題を提供してよ。

なんかない、なんかない、なんかなーい?ねえお母さん……」

 

「誰もわからんネタも厳禁だ。私はお前のお母さんじゃねえ」

 

「その口うるさいところはお母さんっぽいわよ。ウヒヒ」

 

「んだとー!?」

 

コンコンコン

 

ルーベルが立ち上がってあたしを小突く寸前で、死の呼び声が聞こえてきた。

キチガイ、ろくでなし、厄介者の排出口。すなわち玄関がノックされた。

魔術の力を応用して、そろそろセントリーガンでも設置しようかしら。

 

「あらお客様だわ、すぐ行かなきゃー」

 

「チッ」

 

はぁ。ルーベルの拳から逃げる口実が出来たと、無理に自分を納得させて、

あたしは重い足取りで聖堂に向かった。

コンコンコン。うっさいハゲ出れば良いんでしょ。

今の罵倒はたまたま予測変換に出てきて、あたしの心情をよく表してるから採用した。

一旦ドアの前で立ち止まって、うつむき加減で首を振ってから、

諦めて向こう側に呼びかけた。

 

「……どなた?悪いけど、面白いネタがないなら帰ってちょうだい。

暇だけど、客の相手をする元気もない」

 

“あら、つれないわね。私は……そうね。グリザイユと名乗っておくわ。

少しは話のタネになる自信はあるのだけど”

 

「ああん?一応チェックさせてもらうわよ」

 

あたしは集中力を高めてクロノスハックを発動。

ずいぶん使い込んだから、目安として日常生活程度の動作なら15分。

全速力で走りながらだと2分程度、

身体への負担なしに動きながら時間を止められるようになった。

最近は、こんな風に不審者識別ツールに成り下がってるけど。

 

停止した世界の中で、ドアを開けて訪問者の姿を見る。ダメダメ。

魔女らしく、真っ黒…というより闇が形を持ったような三角帽子。

深い紫と黒を混ぜた色のドレスは、肩口と腰のくびれ、胸元を大きく露出して、

身体のラインを強調してる。履いているのは同じく黒の光沢のあるハイヒール。

唇には明るいパープルカラーの口紅。どんな仕事してるかわかったもんじゃない。

中に戻ってドアを閉めた。能力解除。

 

「五反田のSM嬢に用はないの。帰って」

 

“どうしても、駄目かしら”

 

「こうして喋ってるのもしんどい。ドアに向けた拳銃の引き金に指が掛かってて、

いつ暴発するかわかんないから本当に帰って」

 

そんなもん持ってないけど。

 

“そう……なら、勝手にお邪魔させてもらうわね”

 

同時に、ドアの向こうから闇の思念が吹き込んできた。

色がついた風、なんて単純なものじゃない。

意識を直接黒で塗りつぶすような、負の感情の奔流が、あたしの背後で一瞬渦巻いて、

人の形になった。もっとも、あたしも脇の下から銃口を後ろに向けていたけど。

 

「ふふ、さすがは早撃ち里沙子と言ったところかしら。

ギルファデスのおじさまを倒しただけのことはあるわね」

 

「入れと言った覚えはないし、ギルファデスって魔王の事でしょ?いつの話してんのよ」

 

「今日はその事でもお話があってきたの。勝手に入ったことは謝るわ。

でも、とっても大事な用なの。少しだけ話を聞いてちょうだい。お願い」

 

「……ついてきなさい」

 

「うふ、ありがと」

 

結局こうなるのよね。変な魔女をダイニングに迎えることになってしまった。

例によって暇人達が集まってくる。

 

「ねージョゼット。うちの住人に階級を付けてみようと思うがどうか。

ジョゼットは伍長ね」

 

「ダルいのは分かりますが、お客さんくらいちゃんとお通ししてください。

あと、軍隊のことはわかりませんが、絶対ランク低いやつですよね、それ」

 

「まだ下がいるから大丈夫よ。……ほら、適当に掛けて」

 

「失礼するわね」

 

「おー、また新しいお客さんか?うひょー、大胆な服だな。

おっと悪りい、私はルーベル。よろしく」

 

「うふふ、こちらこそよろしくね。私はグリザイユよ」

 

「追い返そうかと思ったけど、なんか話題提供してくれるっていうから入れてみた」

 

その後、いつも通りどっちのお茶にするか聞いてみたけど、

自称グリザイユは意外にもコーヒーを希望した。

あ、偽名だってことくらい気づいてたわよ。

 

世の女性達は歯が黄色くなるから、

コーヒーを飲んだ後の漂白歯磨き(正式名称がわからない)でのケアに懸命だけど、

お茶を飲むという、人として当然の行為の結果に対して、

ケチをつける悪党どもに鎮魂歌はない。北斗の拳風に言ってみる。

ジョゼットが彼女にコーヒーを出す。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう。小さなシスターさん」

 

「それで?あたしに話ってなに」

 

「ええ。その事なんだけどね……」

 

「ああーっ!!あんたは!」

 

ワクワクちびっこランドから現れたピーネが、グリザイユを指差して大声を上げた。

今回のグタグタ具合は異常ね。とりあえず彼女に注意する。

 

「静かにしなさい、ピーネ!お客さんが来てるのよ!

確かに怪しいけど指をさすのもやめなさい!」

 

「あんた、あの時の女ね!」

 

「お久しぶり。小さな吸血鬼さん」

 

「え、なに?二人知り合いなの?」

 

「私がここに来たばかりの時、

力を制御できなくなって、里沙子に襲いかかったことがあったでしょ……

この女に妙な力を注がれたのよ!」

 

「そうなの?」

 

と、言い終わる前に、ショルダーホルスターのM100を抜いていた。

ちなみに本日のコーディネートはM100、ピースメーカー、背中にレミントンM870、

という装いになっております。

 

「そんなに怖いものを向けないでくださるかしら。

確かに少~しだけ彼女に刺激を与えたけど、

あくまで彼女の本来の力を引き出したに過ぎないわ。

あなたが可愛がっている吸血鬼の子供は、

それほど恐ろしい潜在能力を持っているということなのよ」

 

「……今日は、それを伝えるために?」

 

カシオピイアやエレオノーラも銃や魔力を手に、臨戦態勢に入っている。

しかし、グリザイユは意に介することなく、コーヒーを一口飲んでから話を続ける。

 

「さっきも言ったけど、ギルファデスのおじさまを殺したのは、あなた」

 

「魔王とどういう関係かは知らないけど、その意趣返しをしに来たのかしら?」

 

実際息の根を止めたのはエレオだけど、知らないなら念の為伏せておく。けど……

 

「違ぁーう!!」

 

突然激高したグリザイユが両手でテーブルを叩く。

落ち着いた雰囲気を投げ出して突然叫んだ彼女を、みんなは目を丸くして見てる。

あたしは冷めた目で見てる。

デカい帽子のせいで表情はよく見えないけど、なんか怒ってるっぽい。

室内では帽子は脱ぎなさいよ。

 

「何が違うってのよ、馬鹿みたいに大声出して」

 

「いつになったら私のところに来てくれるのかしら!?」

 

「はぁ?」

 

「魔王には頼まれてもいないのに戦いを挑んだというのに、

暴走魔女を束ねる深淵魔女の私は放ったらかし!」

 

「あーい、みんな持ち場に戻って。

どうやら今回は、シリアスでも日常でもない、馬鹿話に舵を切ったらしいわ」

 

全員、時間を無駄にした、と言いたげに渋い顔をしながら、

ピーネ以外それぞれの元いた場所に戻っていった。

 

「待ちなさい!帰らないで!私の話を聞きなさい!」

 

「どうやらあんたにはコイツをぶっ放すより、完全放置で存在を抹消した方が良さそう。

この際、多少のお気に入り減少は覚悟して、

あたしのエール談義で1万字くらい消化したほうがいいわね。……まず、エールとは」

 

「やめなさい!」

 

「比較的高温の約20度で4日程度の短期間で発酵させたビールのこと。

ここで比較に挙げたのはラガービールのことであり、

日本の市場で出回っている大抵のビールはラガーよ。

エールがラガーと異なる点は、上面発酵製法で製造されていること。

この製法では酵母が上面に浮かび上がり、

それが果実のような風味と香りの成分を生み出し、

エールにフルーティーな味わいをもたらしている。

また、歴史的に見ても、エールはブドウの育たない寒冷地で、

ワインの代替品として製造されてきたという……」

 

「やめてって言ってるじゃない!」

 

「なによ。

これからエールの代表的な品種、ペール・エールについて語ろうとしてるのに。

ラガーとは異なり、アルコール度数が低めの銘柄が多く……」

 

「お願いだから、聞いて!5分でいいから!」

 

「しょうがないわね。で、何の話だっけ?」

 

「そこから!?だから、どうして私のところに来ないのか、その理由を知りたいの!」

 

「ちょっと待って。深淵魔女、深淵魔女……ああ、はいはい!

そう言えば昔は最後の方でちょこちょこ出てたわね。

待ってて、奴に電話して聞いてみる」

 

「奴って誰?」

 

あたしは質問には答えず、スマホの電話帳から奴に電話した。

アヤの作った電波塔を通じて奴の携帯に繋がるはず。

いつも家に居るから1コールで出る。プル…出た。早いわね。

 

「もしもしアタシ。ずっと前にさぁ、深淵魔女っていたじゃない?

そう、来てんのよ、今。……忘れた?なんか当時とキャラも変わってるんだけど。

……知らない?本当無責任ね。

計画性のないヤンキー夫婦みたいにポコポコとキャラ作るからそうなるのよ。

相手するあたしの身にもなって!……で、あたしと絡む可能性は?ない、と。

え?…うん、うん……はぁ!?バカアホもういい!!」

 

「……聞こえてたけど一応聞くわ。私のまとまった出演の機会は?」

 

「ないってさ」

 

「ふざけないで!ここまでの話はなんだったのよ!」

 

「あのね。ピーネの件に関しては実害がなかったから聞いてあげてるの。いい?

ハッピーマイルズの住宅地に、ブラウンさんって役場に勤めてる人が住んでるんだけど、

あたしが用もないのに彼を訪ねる理由がどこにあるのかしら」

 

「私、結構撃たれたような気がするんだけど……」

 

「あのね、ブラウンさんとあなたには何の関係もないけど、

私とあなたは見えないところでつながってるのよ……!」

 

「ちょっと面白くなってきたわね。

あんたみたいな露出狂とあたしがどう関係してるっていうの?」

 

グリザイユは両腕をテーブルに押し付けてうなだれたまま、

人差し指に少し魔力を集めた。収束した魔力が空間から一枚の丸めた紙を吐き出す。

あたしの顔が書かれてて、意味不明な文字でなんか書いてある。

 

「なにこれ」

 

「なにこれ、じゃないわよ。裏社会の手配書。あなたのものよ。

賞金・副賞は途方もない額になってる。

まずギルファデスおじさまのお城は、300人を超えるメイドや兵士付きで、

達成者が人間の場合は魔界での居住権もセット。続いて希少なダークオーブ数百個。

最後に現金10億ゴールド。

悪魔、暴走魔女、悪人がそれを目当てにあなたの命を狙ってくる。

それでも、今のようにのほほんとしていられるかしら?」

 

あたしは、少し身を乗り出してグリザイユの三角帽子をそっと手に取り、被った。

彼女の顔がはっきり見える。美人だけど化粧ケバめなのが残念ね。

髪は完全なブロンドじゃなくてブラウンが少し混じってる。

あ、ハッピーマイルズ在住のブラウンさんじゃないわよ。

あたしの行動の意図が読めない彼女が、怪しいものを見るような表情で聞いてくる。

 

「何がしたいの……?」

 

「似合う?」

 

「返しなさい!!」

 

三角帽子を奪い返されちゃった。

つばが広すぎて邪魔だなって思ってたから、別にいいんだけど。

 

「あなたね!人の話はちゃんと聞く、お母様に教わらなかったの!?」

 

「変な人には関わるな、って教わったわ」

 

「言わせておけば!……」

 

「里沙子さ~ん。今夜の夕飯、肉じゃがと豚の生姜焼き、どっちにします?」

 

「肉じゃが一択」

 

「聞け!!」

 

「わかった、わかったから、そう興奮しないでよ」

 

「今度こそ聞くのよ……?あなたが暴走魔女の首魁たる私を倒しに来ないものだから、

私という存在がおぼろげになりつつあるの。

つまり、死にキャラになろうとしているのよ!

しかもどいつもこいつも、あなたに挑もうとすらしない!

このままじゃ、せっかく死ぬ気で工面した賞金もお蔵入りよ!

一人暮らしで相続人もいないし!」

 

「大きな誤解があるようね。

あなたを無視したわけじゃなくて、最初からあなたを知らなかっただけ。

それに、魔王は前書き詐欺の解消という企画上重要な目的があったけど、

別にあなたとは戦う理由なんかないし。一人暮らしで寂しいならペットでも飼ったら?」

 

「……カラスがいる」

 

「よりよってカラス?やーね。変なバイ菌くっつてんじゃないの?」

 

「失礼ね!ちゃんと私がお手入れしてるから大丈夫に決まってる!」

 

「あのさ」

 

ずっと不毛なやり取りを聞いていたピーネが口を開いた。

 

「里沙子に挑もうとした人ならいたよ?……この前までは」

 

「以前はいたような言い方ね、お嬢さん」

 

「悪者の大群が攻めてきたことがあるんだけど、みんな里沙子達にやられた。

特に里沙子は、命乞いする魔女を何度も鉄の棒で殴って、色んな所の骨を砕いて、

窓から投げ捨てた。

そんなことがあったから、今はもう里沙子を狙おうと考えるやつはいなくなった」

 

「なんですって!あなた、それでも人間なの!?」

 

「残念ながら人間よ」

 

「里沙子、並の悪魔より性格悪いもん。私にもしょっちゅう無茶なこと言うし……」

 

「ピーネ。後でちくわと鉄アレイ投げで遊びましょう。今度は本物で」

 

「ほらー!こんな事言うんだもん。あなた、魔女なら里沙子をやっつけて!」

 

「吸血鬼とは言え身内の女の子にここまで言わせるなんて、

あなた一体どういう生き方してるのよ……!」

 

「まっとうな生き方をしてるつもりよ。人を殺したことはないし。

逆に言えば人間以外は必要なら躊躇いなく殺すけど」

 

「あら、魔王は殺せても同族はひとりも殺せない?勇敢な英雄がいたものね」

 

「そうなのよ。プロフィールに“強盗・殺人はやってませ~ん”て書いちゃったから、

殺すわけには行かなくなったのよ。

この縛りさえなければ、今頃R-18のタグが付くぐらい血の雨が降ってたんだけど」

 

「単なる大人の事情!?勇敢な英雄がいたものね!別の意味で!」

 

「それにあんた。自分が一番可哀想だと思ったら大間違いよ」

 

「……どういう意味かしら」

 

「試しにハッピーマイルズ・セントラルに行って、

マーカスっていうスリの少年に、あたしについて聞いてごらんなさい。

出番ナシ歴では一番の古株よ。

なんたって第2話に登場したきり放ったらかしなんだもの」

 

「ええっ!?ちょっと待ってなさい!

光と闇は表裏一体、闇に隠れし求める真実、光の下に照らし出せ!シャドウリープ!」

 

そして、グリザイユは足元から放射された影に包まれて消えていった。

あたしはすっかり冷めたコーヒーを一気飲みし、苦味と渋みを味わう。

ふぅ、もう帰ってこなきゃいいんだけど、そうもいかないのよね。因果な商売だわ。

うんざりした気持ちをコーヒーで紛らわした瞬間、また椅子に影が集まって、

今度はグリザイユが少年を連れて現れた。

 

「里沙子おぉ!お前、まだこんな事を繰り返してるのか!

何人犠牲にすれば気が済むんだ!!」

 

「あら、マーカス君じゃない。お久しぶり。2回目の番外編以来かしら」

 

「黙れー!この女の人から全部聞いたぞ!

またお前がこの世界の住人を使い捨てにしてるってなぁ!」

 

「しょうがないじゃない。あたしが決めてるわけじゃないんだから」

 

「驚いたわ……本当に2話からまともな出番が全く無いなんて!

人間のやることじゃないわ……!」

 

「何度も言うようだけど、出す出さないはあたしが決めてるわけじゃないの。

こっちに文句を言われても姉さん困る~」

 

「お前言ったよな!?魔王編終わったらワンチャンあるって!

それを信じて今の今まで待ち続けた!その結果がこれだよ!

もう俺のこと覚えてる読者がいるかどうかも疑問だよ!」

 

「ワンチャンってのはあくまで可能性を意味していて、

確実性を保証する言葉じゃないの。要するに運がなかったのよ。諦めなさい」

 

「納得できるかよ!」

 

「お姉さま、さっきから何ですの?これじゃ落ち着いて昼寝もできませんわ」

 

「ああ、ごめんパルフェム。今黙らせるから」

 

「なんだ、やる気か!?こうなったら、いっそお前と戦って華々しく散ってやる!

ボニーアンドクライドのように!」

 

「破滅的人生を送った二人に例えるには、年齢差が大きすぎるわねえ。

魔女が何年生きるか知らないけど」

 

「私がオバサンだって言いたいのかしら!」

 

「そんなレベル超越してるでしょ。

とにかく、あたしを殺したら自分で出番を潰すことになるわよ」

 

「どういうことだ?」

 

そこであたしは、椅子ごと身体を回して、再びそっちに向かった。そう、またあなたよ。

 

「かなり短めだけど、今回はこれでおしまいなの。

結局メタネタ全開だったし、全体的にグダグダだったけど、

勘のいい方はお気づきだと思う。次回、また番外編をやるの。

今日のお話はその前哨戦と言うか、前夜祭だと思って。

それじゃあ、ちょっと時間は掛かると思うけど、書くことは書くから、

しばらくこの企画の存在は忘れて、

思い出した頃に来てくれたら出来上がってると思うわ。それではみなさんさようなら~」

 

「おい、誰と話してるんだ?」

 

「世の中。まぁ、そういう訳で次回は番外編だから、

あんたらは聖堂にでも泊まっていきなさい。

長椅子に雑魚寝だけど、あいにくベッドの空きはない」

 

「……本当に出番が来るんだろうな?」

 

「安心なさい。

ガキ使のハイテンション・ザ・ベストテンで、必ずココリコ田中が10位に来るように、

番外編に限ってあんたは必ず登場することになってるの」

 

「私のことも忘れてないでしょうね?」

 

「ええ。あんたも哀れな奴リストにバッチリ名前が乗ってるから、

次回のメインキャスト間違いなしよ」

 

「何よそのリスト!」

 

「今度こそまた次回。さようならー!」

 

「答えなさいよ!!」

 

 



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番外編3: 冬でもないのに指にあかぎれができるの。なんで?

注)また悪ふざけです。次からちゃんと書きますので許してください…


ワイワイ…… ガヤガヤ……

 

今回は聖堂の長椅子を隅に寄せて、

テーブルに料理を並べて立食パーティー形式にしてみたわ。

みんな食うことに夢中だけど、気にせずステージ上の演説台に上がる。

 

「……会場にお集まりの皆さん、こんばんは。

今夜は第2回番外編パーティーにお集まり頂いて、本当にありがとう。

まぁ、企画の趣旨としては主に、前回と同じくこの会合で、

出番に恵まれない子羊達にチャンスを与えようと思うの」

 

ウマウマ! ぺちゃくちゃ…… うし…うし…

 

「一旦食うのを止めて聞いてくださるかしら。……食うのをやめろと言っている!!」

 

決して食べる手を止めない連中にしびれ切らしたあたしは、

44マグナムを天井に向けて撃った。

 

カチィン!カチィン!

 

マリーの店で手に入れた銃を鳴らすと、ようやく牛どもがあたしの方を向く。

 

「ああっ!里沙子さんたら、またマリア様のお部屋で銃を!?」

 

「100均のクラッカーがなくなったから代用してるのよ!

つか、あんたも散々見たでしょう!モデルガンだけど割と通る音が出るのよ、これ。

……えー、改めまして、第2回番外編パーティーを執り行いたいと思います。

前回の会合及び前話のメタネタは需要がないことがわかっていますので、

さっさと終わらせたいと思います。

特に前話は投稿後、呆れた約2名の方が去ってしまわれたので」

 

「おう、さっさとしろよ。俺達の待遇について早く説明してくれ」

 

「あら律儀に今回も来たのね、マーカス君!

キャスケット帽をかぶった、あまり上等とはいえない服装の少年」

 

「当たり前だ!何回出す出す詐欺に騙されたと思ってる!

あと、いい加減コピペをやめろ!

ちゃんと毎回、場面に合わせた微妙な特徴を考えて手打ちで入力しろ!」

 

そーだ、そーだ!

 

さっそく容姿の説明や登場シーンでコピペを使われた連中が騒ぎ出す。

出してもらえただけありがたいと、どうして思えないのかしら。

無視してプログラムを進行する。

 

「さて、今回は巻きで行きたいから、ちゃっちゃっと進めるわよ。

まず、前回のパーティーから、このハッピーマイルズ教会に増えた仲間を紹介するわ。

一人目は軍人のカシオピイア、あたしの妹よ」

 

「よろしく……」

 

おお~っ……

 

ビシッと軍服に身を包んだ彼女が頭を下げると、野郎連中がため息を漏らす。

当然よね、このあたしの妹なんだもの。美人なんだもの、あたしと違って……

何よ、あたしは正しく現実を認識できる人間なの。次。

 

「オバケのエリカ。以上」

 

唐揚げうめえ お前食い過ぎなんだよ うるせえ、たこせんでも食ってろ

 

「なんじゃーお主ら!そのカシオピイア殿との反応の差は!

なぜ拙者が存在してるかとか、どこから来たのとか、そういう疑問はないのかー!」

 

エリカが何も斬れない刀をブンブン振り回すけど、

連中の優先順位が唐揚げ>>>エリカであることは確定的に明らか。

 

「はーい、じゃあ最初の2人はこのくらいにしましょうかね。

繰り返すけど、予定詰まってるから。ほら、二人共ステージから下りた下りた」

 

「うん」

 

「待てー!話はまだ終わってないわ!終わっとらん!」

 

「はいはい、急ぐ。次、ピーネ。さっさと」

 

「……相変わらず私の扱いが雑ね。コホン、よくお聞きなさい!

私は誉れある吸血鬼一族が長女、ピーネスフィロイト「ありがとうございました」」

 

「終わり!?里沙子、あんたいつか覚えてなさいよ!」

 

「巻きだって言ったでしょ。パルフェム、どうぞ」

 

「皆さん、はじめまして。

元皇国首相のパルフェム・キサラギです。宜しくお願いします。

今の姓はマダラメですが」

 

養子? 初めて聞いたが… そんな事よりカワイイ子ばっかだな やっぱ里沙子は…

 

「その続き言ったら、この特殊警棒で二度と椅子に座れない身体にするわよ。

バカは放っといてどんどん行くわね。

前のパーティーで紹介したメンバーはもう良いわよね?そこの隅っこで立ってるわ」

 

ルーベルが指をひらひらさせ、エレオノーラは小さく頭を下げ、

ジョゼットは手を振ってる。

みんな嫌というほど見てるから、改めて必要する必要はないわね。

 

「お待たせしました、続いてのプログラムは、“出番ナシに愛の手を”です。

エントリーナンバー1。番外編以外の出番ナシ歴最長のマーカス君で……

ちょっと、待ちなさいな!」

 

「うるせえ、マイクを貸せ!」

 

紹介も終わる前にステージによじ登ってきたマーカス君が、

あたしからマイクを奪い取った。せっかちねえ。

 

「このメンバーの間でも変な意味で有名になっちまったマーカスだ!

みんな、里沙子との約束は信用するな!この俺が証拠だ!

第2話に出たっきり放ったらかしなのは知っての通りだ!

こいつが何かと引き換えに出番をちらつかせてきたら、念書でも何でも良い!

絶対約束を守らざるを得ない何かを残しておけ、以上!」

 

本当に聞き分けのない子。散々説明してきた世界の法則を再度説明する。

 

「まるであたしが、あなたに意地悪して出番を取り上げてるような言い方だけど、

出すかどうかは、今キーボードを叩いてる、ろくでなしが決めてるの。

開場前のセッティング中に電話して確認したら、

“どうしてもエピソードが思いつかない”だってさ」

 

「ざけんな!じゃあ、俺の出番は?」

 

「そうね……

やりたくないけど、次回の番外編までには必ず1話書く。っていうか書かせる。

それでいいでしょ?」

 

「……本当に本当だな?」

 

「何ならこのページ、スクリーンショットで残してもいいのよ?」

 

「おし……今度こそ信じるからな?」

 

「もちろんオーケーよ。気が済んだらステージから下りて。もう2000字も使っちゃった」

 

なんとかマーカス君をステージから下ろす。次のゲストは、と……

 

「エントリーナンバー2、黒鉄の魔女ことダクタイルさんです。どうぞ~」

 

女性陣の中でも異彩を放っている彼女が、カツサンド片手に壇上に上がると、

会場をじろりと見渡した。その威圧感で皆が静まり返る。

 

「帝都で魔道具屋をやってるダクタイルだ。

出番だの活躍だのどうでもいいが、タダ飯が食えるっていうから来てやった」

 

さすがはリプリー。

出番なんてどうでもいいとか言ったら、他のやつならブーイングの嵐だけど、

みんな黙って話を聞いている。

 

「だから、そのリプリーってのは誰なんだい!初めてうちに来た時から何度も何度も!

私の名前は、ダクタイルだ!!」

 

「えっ、直接言ったことなんてないはずなのに!?

ちょっと、この世界の人、いつの間にか人の心読んでること多いわよ!

心の中はプライバシーの固まりなんだから、大事にしてくれないと……」

 

「誰だって聞いてんだ!」

 

「ア、アースのエイリアンっていう映画の主人公で、あなたにそっくりなの!

不死身に近い化け物と幾度も激闘を繰り広げた女戦士よ」

 

「ふーん……続けるよ」

 

あーよかった。悪くは思っていないみたい。

 

「とは言え、別に言うこともないんだけどね。

武器防具の補修・強化が必要なら、たっぷり金を持ってうちに来な。

銃でも剣でも金属なら何でも来いだ。私からは以上」

 

彼女は店の宣伝をすると、勝手にステージを飛び降りた。

そして、今度はドリンクコーナーの安物赤ワインを、

グラスになみなみと注いで飲み始めた。

 

彼女は呼ぶかどうかは最後まで迷ったのよね。

魔王編でクロノスハック制御に力を貸してくれたキーパーソンだし、

その後もちょっとだけ出た覚えがある。今頃考え込んでも仕方ないけど。

 

次の哀れな子羊はだ~れだっと。ファイルの名簿に指を滑らせる。

ああ、こないだ来たこいつね。

 

「エントリーナンバー3、深…じゃなくて匿名希望さん。

事情があって顔出し不可だから、ステージに上がれないの。

そちらの窓のそばを見てもらえるかしら」

 

全員、あたしが手で示した方を見ると、

地球の裁判で、被害者や告発者のプライバシーを守るための、

キャスター付き仕切りの中にいる女性が。

 

誰だあの人 知らね 今回初登場ってオチじゃねえよな

 

「ジョゼット、彼女に例のマイクを」

 

「はい、ただいま~……どうぞ」

 

《ありがとうございます……》

 

変声機能付きマイクを渡すと、彼女が一言挨拶をした。

 

「えーと、彼女は事情があって身元を明かせないから、そうね……仮にSさんとするわ。

めったにないチャンスで自分の胸の内をさらけ出して」

 

《はい……私は最初、何を企んでいるか、敵か味方かもわからない、

謎の実力者ポジションとして、物語の締めに何度か登場していました。

ですが、だんだん登場機会は減っていき、

最後には取ってつけたようなギャグキャラに方向転換……!

生前から親交のあった、魔王の次にボスキャラになるものと思っていた私は、

驚きを隠せませんでした。

実際、読者から頂いた感想からも戸惑いがにじみ出ていました》

 

オオーゥ……(アメリカホームドラマのあれ)

 

「何か、奴に言いたいことはある?」

 

《これ以上使い道のない不幸なキャラを作らないでください。

簡単でいいのでプロットを作ってください。

1話でいいので、作った以上、ちゃんと活躍させてあげてください。

私が訴えたいのはそれだけです……ううっ》

 

ひでえ… 鬼畜の所業だぜ 私もいつああなるのか…

 

Sさんがハンカチで涙を拭う。

確かに彼女は、最近迷走を続けてるこの企画の犠牲者と言えなくもないわね。

だから分厚い設定資料集買ってまで、

ダンガンロンパと同時進行するのは無茶だって言ったのよ。

今も隣で澪田唯吹がこっちに向かって敬礼してる。本当どうしようもない奴ね。

可哀想だけど次のプログラムに移らなきゃ。

 

「えー、まだまだお話は聞き足りないけど、次のプログラムに行くわね。

ええと今度は、“斑目里沙子に物申す”?なにこれ。

予定では、あたしの戦いの軌跡を紹介する予定だったんだけど」

 

「悪いな、里沙子。こっちで勝手にプログラムの内容を少し変更させてもらった」

 

「ルーベル!?どうしてあんたが!」

 

彼女がなんか紐で縛った大量の手紙らしきものを持ってる。

 

「実は私のところに大量の嘆願書が届いてたんだよ、お前の被害者からな。

直接お前に渡すと握りつぶされるに決まってるからって、

お目付け役の私のところに来たってわけだ」

 

「聞いてないわよ!勝手なことしないで!」

 

「エントリーナンバー1。悪霊使いベネット。……まだ来てねえな」

 

ルーベルが会場を見渡していると、遠くから大声が聞こえてきた。

 

──斑目エエェェ!里沙子オオォ!!

 

そして、ドアを思い切り開け放って、声の主が現れた。

 

「はぁ、はぁ、ようやく会えましたわね……

ここで逢ったが百年目、積年の恨みを晴らしてくれますわ!」

 

「ああ、塩人形じゃない。施設は楽しい?」

 

「楽しいわけないでしょう!私はエビルクワィアー随一の悪霊使い・ベネット!

人間の幼生体などと……あ!また名乗りをコピペで済ませましたわね!?

私達キャラにとって一番大事なつかみを!」

 

「ふぅ、誰かと思えば塩人形じゃないの。こいつなら害はないわね。

適当に食べ物つまんで楽しんだらホームに帰りなさい」

 

「お断りしますわ!今日、ここに来るため、1日外出権を得るために、

毎日必死でいい子を演じていましたのよ!

ガキ共とおままごとをしたり、学芸会のお芝居で木の役をしたり、

手をつないで輪になって歌ったり……

齢100を過ぎて子供のお遊戯をさせられる屈辱があなたにお分かり!?

嗚呼、思い出すだけでも吐き気がしますわ!」

 

「気分が悪いならそこのドアからトイレに」

 

「お聞きなさい!魔女の力を無くしても、この恨みが消えることはなくってよ!

あんな子供の刑務所みたいなところに、私を放り込んだお前は絶対に許さない!」

 

その時、ベネットがバーベキューの鉄串を抜いて、あたしのところへ走ってきた。

一瞬空気がざわっとなる。本当に一瞬だけ。

どれくらい一瞬かというと、必死にローストチキンにかぶりついてるやつが、

口を閉じるのをほんの少しの間やめた程度。

こんなのにクロスハック使うのも馬鹿馬鹿しい。

ステージに上がったら蹴飛ばしてやりましょう。来た来た。

 

「覚悟なさい、斑目里沙子……!」

 

「もう夜なんだから先生も心配してるわよ。

ご馳走なら箱に詰めてあげるから早いとこ……」

 

「えっ……」

 

あたしが喋ってる途中で、塩人形が呆然とした様子で鉄串を落とした。

カラン…という金属音に、全員が食事の手を止めて鉄串を見る。

なんであたしの安全より鉄串に興味を引かれるのかしら。

 

「せ、“せんせい”!?キ、キキキキキィィィ!!せんせいは嫌アァ!

ごめんなさい!ベネットいい子にしますからぁ!」

 

突然うずくまって髪を振り乱し、意味不明なことを叫び散らす塩人形。

一体なんだってのよ。

 

「おい、里沙子。お前、ちゃんとまともな施設を選んだんだろうな……?」

 

「選択肢がなかった。ハッピーマイルズに児童養護施設は1箇所だけだったから。

悲鳴を上げても誰にも聞こえないような人里離れたところよ」

 

「シャレにならん事件の臭いがするぞ。ちゃんと明日にでも面会に行ってやれ」

 

「気が向いたらね。とにかく、塩人形がうるさいから迎えに来てもらうわ」

 

あたしはスマホでベネットの児童養護施設に電話して、

パニックを起こしてるから迎えに来てくれるよう頼んだ。

職員が来るまで暇だったから、サンドイッチをかじって待っていた。

ああ、もう、塩人形黙ってよ。あんまり叫びまくると舌を噛むわよ。

そのうち、ドアのノックが聞こえたから、職員を迎え入れる。

 

「ビリジアンリボン財団管轄、ハッピーハッピーこども園です。

パニック症状を起こした児童はどちらに?」

 

「ご苦労さまです。途中まで皆と食事を楽しんでいたのですが、突然あんな風に……

わたくし共にも原因がわからなくて」

 

そっとステージを指差す。

 

「お手数をおかけしました。すぐに連れ帰って“治療”しますので」

 

「よろしくおねがいします」

 

白衣を着た筋肉質の職員達が塩人形を肩に担いで連れて行く。途端にやつが泣きわめく。

 

「帰りたくないよー!里沙子でいいからたすけてー!うわああん!」

 

「こら、静かにしなさい!大人しくしないと“おしおき”が待ってるぞ!」

 

「おしおき……?いやー!!おしおきは、もういやあぁ!!」

 

ドアが閉じられるとベネットの悲鳴が徐々に遠くなっていく。

ようやくうるさいのがいなくなった。さて、休憩は終わり。

 

「ルーベル。あんたが勝手にプログラム変えたんだから、

責任持って司会進行しなさいよ」

 

「わかってるって。次のお客さんはっと。皇帝さんに腹を切断されて死んだヘクサーだ」

 

「あいつ?あれも散々出まくったんだから、呼ばなくても良かったんじゃない?」

 

その時、ステージの上に赤い旋風が巻き起こり、あっという間に人間の形になった。

重い鉄の手枷に囚人服。かつて戦った宿敵が現れた。

……けど、番外編じゃ壮絶なバトルとかないから。

 

「思い出した。あいつね。

ナイトスラッシャーことタグチさんにも招待状は出したんだけど、

流石に皇国からは遠すぎて来られなかったの。

今は元の修理工に戻って、奥さんと子供とよりを戻して楽しく暮らしてるらしいわ」

 

「それは素晴らしいことですね。

ひとつの勇気の形を示してくれた彼が幸せになってくれたのは、とても喜ばしいです」

 

「今回はセリフ数少なくてごめんね、エレオ。番外編ってこういうもんだから」

 

あたし達がどうでもいいことをだべってると、ヘクサーが語りだした。

どいつもこいつも勝手に話進めるわね。

この企画の主人公があたしってこと忘れてないかしら。

 

「へへっ……死んだ後地獄からこっちを見てたんだけどよう……

どうしてもわかんねえ事があんだよ。

その答えを求めてクソみたいな地獄から戻ってきたんだ……」

 

「そのままUターンして血の池地獄に帰ってくれないかしら」

 

「ああ。ひとつ質問に答えてくれりゃ、すぐに帰るさ。

三カ国同盟?くだらねえモン作りやがった現世にはなんの未練もねえ」

 

「じゃあ、何が知りたいのかしら。

番外編特権で生き返ったからって、また暴れたらWordファイルごと削除するわよ」

 

「……第66話」

 

「それはっ!!」

 

まさか誰もが忘れてるそれを持ち出されるとは……!

 

「なになに?“ウィスキー買ったけど、この猛暑が収まるまでは控えることにしたわ。

お願い理由は聞かないで。”……理由ってなんだ」

 

「“聞かないで”っていう言葉はね、

特定の事柄について尋ねることをやめて、っていう意味なの。

国語辞典を一冊読破してから出直してらっしゃい」

 

「いーや、私も気になる」

 

「里沙子さんに何があったのか心配です」

 

「そうですよ~仲間なんですから隠し事はなしですよ~」

 

「お姉ちゃん、何があったの?」

 

「里沙子お姉さま、パルフェム達を信じて!」

 

「里沙子の秘密ねぇ。私も気になるわ、ウシシ!」

 

りーさこ! りーさこ! りーさこ!

 

このアホ共……!こんな時だけ一致団結しやがって!ヘクサーは、笑っている。

まさかこのためだけに生き返ったの!?このクソ暇人め!

 

「わ、わかったわよ。言えば良いんでしょ……?」

 

おおーっ!

 

あたしはマイクを取ると語り始めた。

 

「あれは暑い夏の夜だったわ。買ってきたウィスキーをちょっと飲みすぎたの。

瓶から見える減り具合から気づいた時にはもう手遅れ。

フラフラになったあたしは、そのままベッドに倒れ込んで寝たの」

 

「ほう……それで?」

 

「よ、翌朝気がついたらとんでもないことに気づいたの。

パジャマがパンツ辺りがびしょ濡れになってたのよ!

でも、断じて言うけど、寝小便かどうかはわからないわ!

臭いを嗅いだけど、まったく臭わなかったもの!

つまり、猛暑による大量の寝汗だという可能性も決して排除できない!」

 

「プークスクス……里沙子がおねしょだって!」

 

「違うって言ってるでしょう、ヘタレ吸血鬼!

全く臭わなかった以上、寝汗であるという可能性も捨てきれない!

大事なことだから2回言った!本当に全く臭わなかったのよ!」

 

寝小便(笑) ゲラゲラゲラ ゲロの方がまだマシね あれで24らしいぜ

 

「黙れー!腐れモブ共!」

 

「落ち着け。だから酒は控えめにしろと言ってたんだ」

 

「本当にちょっとだったのよ!トリスの瓶でいつもより1cmくらい水位が浅いくらい!

きっと、絶対、猛暑のせいよ!あたしはちっとも悪くない!」

 

「一月くらい前、里沙子さんのパジャマが異様に濡れていたのは、

そのせいだったんですね……」

 

「お黙りジョゼット!あんたはあたしの味方だけしてればいいの!」

 

「クックック……それだけ聞けりゃあ十分だ。俺は地獄に戻るぜ。

悪鬼との潰し合いも案外楽しいもんだぜ、じゃあな」

 

「あ、お待ち……」

 

あたしが呼び止める前に、ヘクサーはまた赤い風になって消えてしまった。

会場を見渡すと、ニヤニヤと笑いながらあたしを見るたくさんの目。

 

「で、出てけー!パーティーなんかクソ食らえよ!」

 

今度こそあたしは天井に向けてピースメーカーをぶっ放すと、

みんなドアに殺到して逃げていった。ご丁寧にワインボトルだけは抱えていって。

 

「あー、里沙子さん!とうとう本物の銃を撃ちましたね!?

ちゃんと穴は修理してくださいね!それまでご飯抜きです!」

 

しばらくその場に立ち尽くして、若干神経の高ぶりが落ち着いたあたしに残されたのは、

食べ残しだらけのパーティー会場。そして手元のピースメーカー。

みんな、もう、部屋に戻っていった。

 

 

 

トントントン。翌日。

あたしは屋根に登って、ひとり寂しく、

昨日勢い余って発砲して穴を開けた屋根の修理をしていた。

トントントン。素人仕事で板を打ち付け、ただ穴を塞ぐ。

そんなあたしは独り言をつぶやく。

 

「酒って、どんな副作用があるかわかったもんじゃないわ。みんなも気をつけてね。

あたしは手遅れだったけど……とにかく、今回の評判を見て、

今後も機を見て番外編をやる、もしくは二度とやらないかを決めるわ。

率直な感想プリーズ。はぁ」

 

“里沙子さーん!まだ光が漏れていますよ!ちゃんと直してくださいね!”

 

「わかってるわよ!」

 

 



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とうとうスリの彼に出番が
あたしの母校は校則フリーで、夏休みの宿題を冬休み前に出したりしてたの。嘘のような本当の話。


「まいど~代金はお気持ちで」

 

とうとうまともに会計する気もなくなったマリーの店を出ると、

あたし達は路地裏でお別れした。

今日もアヤはアース製のジャンクを買い漁って、両手に抱えながらホクホク顔。

 

「じゃあ、またね」

 

「今回もいい収穫があったのだ!

リサとガラクタ屋に来ると、いつもいいものが見つかる気がするのであーる!」

 

「100パー気のせいよ。あなたが無意識に欲しいものを目で追ってるだけ」

 

「リサはまだ用事であーるか?」

 

「うん、ちょっとね」

 

「ならばアヤも付き合うのだー!」

 

「気持ちだけもらっとくわ。

本当にちょっとした野暮用だし、アヤも門限近いんじゃない?」

 

「う、そうだったのだ。遅くなりすぎると将軍のおじさまに怒られるのである……」

 

「今日はここでお別れにしましょう。それじゃあ」

 

「リサも暗くならないうちに帰るのだ。

それが犯罪被害を避ける有効な手段であることは明々白々な事実であるので、

そうするべきなので、あーる」

 

「母さんみたいなこと言ってんじゃないわよ。バイバイ」

 

「ばいなら~で、あーる」

 

白衣の後ろ姿を見送ると、あたしは路地裏を更に奥に進んだ。

この辺はちょっと危ないわね。あたしでも用事がない限り近づかない。

こっちが何もしなくても、ヤクの売人が軍の偵察と勘違いして、

ナイフでブスっとしてくる可能性がゼロじゃない。

決して物見遊山で来るようなところじゃないけど、会いたい人がいるのよ。

 

さっきより、もっと暗くなった辺りで角を曲がると、

目的の人物が空き家前の段差に座り込んでいた。

古くなった継ぎ当てだらけのシャツに、サスペンダー付きのズボンを履いて、

キャスケット帽を目深に被った少年。

彼は足元を見ながら、独り言のように話しかけてくる。

 

「……ハッピーマイルズの英雄さんが、こんな汚ねえところに何の用だよ」

 

「久しぶり。大体1年位ぶりかしら、マーカス君」

 

あたしがミドルファンタジアに来たばかりの頃、街に買い物に来た時、

彼があたしの財布をスろうとしたの。

結局スタンガンのカウンターを食らって失敗したけど。

 

「金も名誉も尊敬もある早撃ち里沙子様が、スラムのガキに何の用か聞いてるんだよ!」

 

「その態度はよくないわね。レデーに対するマナーがなってないわ。

女性が住所まで教えたのに、今の今まで音沙汰なしなんて。

あと、金以外の2つは肝心な時に何の役に立たないから覚えときなさい」

 

「うるせえな!何がレディだチビ女!用がないならもう帰れよ、鬱陶しい!」

 

「お願いがあるの」

 

「俺が知るか!」

 

「もうすぐあたしがこの世界に来て一周年なの。一緒に祝って」

 

「聞け!」

 

「今、ハッピーマイルズ教会でみんなパーティーの準備の真っ最中なの。

ご馳走もたくさんあるわ」

 

「いやだ、つったら?」

 

「誘拐する」

 

「面白え。やってみ」

 

 

 

 

 

「ろ?」

 

俺がポケットに手を突っ込んで飛び出しナイフを取り出そうとしたら、

景色が一瞬で、汚いスラムから草原地帯に佇む教会の前に変化した。

 

「よいしょ。あなた軽いわね。買い物袋持って帰るのと変わらなかったわ。

ちゃんとご飯食べてる?」

 

里沙子は抱きかかえた俺を下ろすと、玄関に鍵を差し込んで、ドアを開けた。

 

「お、おい!俺に何したんだ、今!」

 

「時間止めた。さあ入って」

 

「説明になってないぞ!

くそっ、もう街まで戻ってる時間ねえだろうが!入りゃいいんだろ!」

 

 

 

クロノスハックで無事ゲストをお迎えしたあたしは、

マーカス君が聖堂に入って、

マリア像やステンドグラスを珍しそうに眺めているのを見ると、ドアの鍵を閉めた。

錠の掛かる音にちょっとビクついてたのは、気づかなかったふりをしてあげましょう。

 

「ちょっと待て!鍵なんか閉めてどうする気だ!」

 

「もちろん。あなたを閉じ込めて夕飯のステーキにするためよ。うふふ……」

 

「てめえ、やっぱり!魔女を殺してスープにしてるって噂は本当だったんだな!?」

 

彼が後ずさりしながら飛び出しナイフをあたしに向ける。

 

「冗談よ。

ちゃんと戸締まりしないと、泥棒に入ってくれって言ってるようなもんでしょう。

さあ、奥に入って。もう準備はできてるはずだから。

あと、その変な噂の出処、あとで教えてね。

大丈夫、絶対後日レミントンの一粒弾がどこかで弾けたりなんかしないから」

 

「信用できっか!俺を出せ!」

 

「あら残念ね。なら鍵を開けて街まで帰るといいわ。

野盗や野犬のエサにならずにたどり着けるといいわね」

 

あたしは時間停止で彼の脇を通り抜け、ダイニングに向かった。

停止解除すると、また驚いたマーカス君が、

焦った様子でナイフとあたしに交互に視線を向け、迷った末に渋々ついてきた。

ダイニングではパーティーの準備の真っ最中。

料理はもう出来上がってて、いつかイエスさんが来た時みたいに、

ジョゼットが色紙で輪っかを作って、みんなで飾ってた。

 

「ただいま。特別ゲスト連れてきたわよー。スラム街にお住まいのマーカス君」

 

「お、誰だ誰だー?」

 

「紹介するわ。あたしがこの世界に来たばかりの頃、

財布をかっぱらおうとしてスタンガンLv2を食らったマーカス君よ!

一周年を記念するのに相応しいゲストだと思って来てもらったの。

将軍はお忙しいから、後で挨拶状でも書いとくわ。ルーベル、予備の椅子ある?」

 

「待ってろ、物置にあったはずだ」

 

「お願いね」

 

「いらっしゃいませ~お好きな席に座ってお待ちくださいね。

もう準備が終わりますから」

 

「あっ、どうも……」

 

「はじめまして、マーカスさん。

里沙子さんの記念日を祝いに来てくださって、ありがとうございます」

 

「はじめまして。あの、記念日って?誕生日じゃないのか?」

 

「残念だけどあたしの誕生日は7月でとっくに過ぎてんの。さあ、座った座った」

 

「お、おう……」

 

女の子だらけのダイニングに入った瞬間、

借りてきた猫みたいに大人しくなるマーカス君。

まあ、思春期の少年としては健全な反応だと思うわ。

 

「あら、里沙子お姉さまのお知り合い?はじめまして、パルフェムといいますの。

よろしくお願いしますね」

 

「私はピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワールよ。覚えておきなさい。

特別にピーネと呼ぶことを許すわ」

 

ワクワクちびっこランドから出てきた2人も、珍しい男の子の客に興味津々。

 

「俺はマーカスだ。よろしく……ピーネって言ったか?その格好は」

 

「まーまー細かいことは気にしないの!

小二病ってやつで、自分を吸血鬼だと思い込んでるのよ。

変な格好だけどそっとしといてあげて」

 

「……里沙子、後で話があるわ」

 

あたしはマーカス君の隣に陣取ると、彼の肩に手を回した。

 

「何だよ、やめろっての!」

 

「そう言わないの。あと2人いるから楽しみにしてて。

片方は残念な住人だけど、もう片方はとびきりイケてる女よ。

ちょっとしたキャバレーだと思って楽にしてよ」

 

「できるわけないだろ!」

 

「里沙子殿~そろそろお線香の時間でござる。おりんも鳴らして欲しいでござるよ……」

 

2階からエリカがふわふわと漂ってきた。

あたしらは慣れてるけど、初対面のマーカス君は当然驚くわけでありまして。

 

「うわっ、幽霊!?」

 

「うむ!拙者こそ、シラヌイ家の血を引くサムライの魂、シラヌイ・エリカである!」

 

「確かに幽霊だけど、何も出来ないから心配いらないわ。

風船と戦ったら7割以上の確率で風船に負ける。

残りの3割は乱入したカラスに突かれて風船が割れた場合の不戦勝」

 

「ちがーう!憑依した風船を膨らませて破裂させた場合である!

武士たるもの、敗北を喫するくらいなら、刺し違えてでも敵を倒すものじゃ!」

 

「風船相手に命のやり取りしてる時点で終わってるけどね」

 

「なんか……変なやつもいるんだな。ちょっと気が楽になったぜ」

 

「ま、そゆこと。エリカ、あんたは飲み食いできないから、

今日はその辺で浮かんで飾りの風船になっててよ」

 

「また幽霊を馬鹿にして!失礼しちゃうわ!」

 

「はい、語尾忘れたー。もう諦めて普通に喋ったら?今更引けないのはわかるけどさ」

 

その時、背後に突然人の気配が現れて、

カシオピイアが女の子としては大きめな手で、マーカス君にお冷を出した。

 

「……どうぞ」

 

「あ、ありがとうござい、ます」

 

「わっ!あなたどこにいたの」

 

「ジョゼットの、横」

 

「ねえ、マーカス君。この娘はカシオピイアっていうの。これでもあたしの妹なのよ」

 

「よろしく」

 

「よろしく、お願いします……」

 

パリッとした軍服を着た、紫のロングヘアの美女が急に接近して、しどろもどろになる。

これも少年としては普通の反応なんだけど、

この娘無意味に気配を殺す癖があるから、あたしまで驚いちゃったわ。

カシオピイアとの仲がこじれたら、クロノスハック使う間もなく背中を刺されそう。

 

「みなさーん!会場のセッティングが終わりました!

これより里沙子さん転移1周年パーティーを始めたいと思いまーす!」

 

ささやかながら、

みんなが朝から貧乏くさいダイニングに華を添えてくれた、パーティー会場。

嬉しいと同時に感慨深くもあるわね。

昔はこういうノリは大嫌いだったんだけど、あたしも丸くなったもんだわ。

 

大学時代、数合わせで呼ばれた合コンの雰囲気が、

それはもう怖気がするほど気色悪くて、

テーブルにアイスピックで1万円札ぶっ刺して、開始5分で帰ったのは懐かしい思い出。

言葉を失った、身体のデカい子供連中の凍りついた顔を思い出す度に笑える。

それ以来、友人関係とは無縁の生活を送ることになったけど、

間違ったことをしたとは今でも思っていない。

 

そんな話はさておいて、みんなが一斉にクラッカーを鳴らし、紙テープが空を舞った。

あたしは頭に引っかかった紙テープを払いながら、挨拶を始めた。

 

「ん、あ、えーと。こういう時なんて言ったらいいのかしらね。

今日であたしがミドルファンタジアに来てから大体1年なわけよ。

まぁ、それをこうして祝ってくれるのは、嬉しいっていうか気恥ずかしいっていうか。

君が代でも歌えばいいのかしら。違うわね、天皇陛下でもあるまいし。

とにかく、みんなありがとう。

たった1年でこんなに大勢と生活することになるなんて思わなかったわ。

これからもよろしく。以上」

 

狭いダイニングに拍手が響く。やっぱり、なんというか、照れる。

 

「さあ、皆さん。食べましょう!

マーカスさんも遠慮せずに、好きなだけ食べてくださいね~」

 

「ういっす……」

 

ジョゼットが大きな七面鳥の丸焼きをみんなに運び、各自で好きな分量切り分ける。

あたしはサラダを皿に取るけど、まだマーカス君が緊張気味。

彼の耳元でそっとささやく。

 

「んふふ、どうよ。こん中で気になるタイプの娘とかいる?

ジョゼットみたいなカワイイ系?それともカシオピイアみたいな美人系?

そっちはもれなくあたしという姑が付いてくるけどさ。

あ、白い修道服のエレオノーラって娘はダメよ。

次期法王だから高嶺の花ってレベルじゃない」

 

「うるせえ!俺は女追いかけ回してる暇なんかねえんだよ!」

 

「ふふっ、照れちゃって。それも少年のあるべき姿よ。ほら、チキンが回ってきたわよ。

2cmは食いたいわね。……おっしゃ切れた。いただきまーす」

 

「はい、マーカスさんも好きな分を切ってくださいね~」

 

「……食っていいのか?」

 

「食わなきゃどうしろって言うのよ。なんでもあるわ、ほら。

サンドイッチ、サラミ、煮豆、チャーハン、ピザ、シーザーサラダ。

好きな物好きなだけ取ってとにかく食うのよ、阿修羅のごとく」

 

「おう、いただくぜ!」

 

ご馳走を前に少し自分のペースを取り戻したマーカス君。

まずサンドイッチと煮豆を皿いっぱいに取って、ガツガツと食べ始めた。

あんなに軽くなっちゃうくらいだから、普段からお腹を空かせてたんでしょうね。

 

あたしはとりあえずシーザーサラダとピザを一切れ。

シーザーサラダのソースを発明した人は神。クルトンとの組み合わせを考えた人は仏陀。

みんなも思い思いに料理を食べながら、思い出話に花を咲かせる。

 

「ジョゼットさんは、ここでは一番長く里沙子さんと住んでいるんですよね」

 

「そうなんですよ~初めて会った頃の里沙子ってば本当に冷たい人で……

暴走魔女に連れて行かれそうになってたわたくしを、

本気で見捨てようとしたんですから~」

 

「げっ、マジかよ里沙子。

じゃあ、私もここに来る時期間違えてたら、バラバラにされてたってことなのか?」

 

「結果そうなる。東京砂漠で生きていると、情けってもんがどうしても邪魔になるのよ。

昔やってた不動産会社のCM思い出すわ」

 

「そうやって都合が悪くなると、すぐふざけるんですから……」

 

「あんただって、割と人格破綻者だったじゃない。

水が冷たいってだけで、このあたしに皿洗わせるわ、シャワールームに乱入してくるわ、

勝手にあたしのシャンプー使うわ。ここまで矯正するのに何発殴ったかわかりゃしない」

 

「アハハ……それもどうかと思いますが」

 

「エレオも人のことは言えないわよ。突然聖堂に現れたかと思えば、

開口一番“金よこせ”だもん。反射的に腰のものに手が伸びたわよ」

 

「もう、里沙子さんたら。そんな言い方じゃなかったじゃありませんか。

定められた額の献金を回収に来ただけであって、借金取りのような物言いでは」

 

「どうせ金取るならおんなじよ。

まぁ、エレオと住む事になって各種税金がチャラになったから、

プラマイゼロ……うーん、若干プラスで結果オーライなんだけど」

 

「結局金かよ。お前らしいぜ」

 

「ふむむ、ジョゼットと出会った頃のあたしで居続ければ、

今までに味わった厄介事の約6割は回避できたと思うんだけど、

みんながここに揃うことも多分なかったでしょうね。

いつの間にこうなっちゃったのかしら。禍福は糾えるなんとかって本当だわ。

そう思うでしょ、マーカス君」

 

主に肉類を頬張っていたマーカス君が、急に話を向けられて、

慌てて口の中のものを噛んで飲み込んだ。

あら、ごめんあそばせ。なんかゲストが放ったらかし状態な気がしたからついね。

 

「んぐ、なんだよ、いきなり話しかけんな。

……まるで今は冷たい人じゃないって言いたそうだが、

お前が攻め込んで来たならず者を皆殺しにして、

見せしめに魔女を再起不能にしたって話は、その手の業界じゃ有名だぞ。

あと、俺はマーカスでいい。“君”なんて気持ち悪りいや」

 

「やーねぇ。噂には尾ひれが付くっていうけど、誰も殺してはいないのよ?

痛い目には合ってもらったけど。

魔女はタコ殴りにしたのは事実だけど、死ぬよりマシでしょ」

 

「死んだほうがマシってこともあるぞ。その魔女、未だに寝たきり生活らしいぜ」

 

「あらら。今度菊の花束持ってお見舞いに行かなきゃ」

 

「ん、なんで菊なんだ?」

 

見栄えのいい分厚いガラス製のジョッキで水を飲み、

少しだけシーザーサラダを食べていたルーベルが尋ねる。

 

「ああ、この世界じゃこのギャグ通じないのね。

あたしの国じゃ、菊は葬式で飾ったり、墓に供えるものなのよ」

 

「んなもんギャグにすんじゃねえっての。やっぱ里沙子はどっか壊れてやがる。

エールの飲み過ぎなんじゃないか」

 

「そのなんでもかんでもエールのせいにする論調には大いに反論したいわね。

いい?酒は百薬の長と言われているように、適度なアルコール摂取は」

 

「知ってる。お前の量は過剰だから言ってるんだ。

私の目を盗んで昼間から飲んでること、バレてないと思ったか」

 

「ちょっ!どうしてあたしの行動筒抜けなのかしら!?

まさかあんた、内緒でアサシン教団に所属してて、タカの目でも持ってるの?

だったらこの世界にもテンプル騎士団の魔の手が……」

 

「特定の範囲の人にしかわからないネタはやめるって決めただろ?

知らねえ人は、アサシンクリードってゲームについて調べてくれ。

面倒だって人のために解説すると、

主人公のアサシンは大体タカの目って特殊能力を持ってて、

見つめたターゲットをハイライトさせたり、壁の向こうから追ったり色々出来る。

人間の自由を求めるアサシン教団と、

自分達の手による世界秩序を正義とするテンプル騎士団が、

何千年も争ってるって背景があるんだ」

 

「なあ、食わせてもらっといてアレなんだが、

ここの晩飯っていつもこんなに狂ってんのか?」

 

「恥ずかしながらそうなんだよ。違うとすれば飾り付けされてることくらいだ。

誰かさんのせいでな」

 

「あらー、それは一体誰なのかしらー、見つけたらとっちめないと」

 

「お姉ちゃん……白々しい」

 

「里沙子さん、くどうようですが、お酒は程々になさってくださいね?

その……今までに何度か、お酒で失敗なさっているので」

 

「失敗?へっ、なんだよ聞かせてくれよ」

 

「はい!先月里沙子さんは、ウィスキーの飲み過ぎでおね……へぶっ!」

 

「あ~らごめんなさい!

皮を剥こうとしたリンゴが、手が滑ってそっちに飛んで行ってしまったわ!

ちなみにその件については、液体の正体が白黒ついてないから、

二度と話題に出さないこと。いいわね?」

 

「うう、リンゴはやめてくださいよ~硬さと重さがすごいんですから……」

 

「ジョゼット殿も幽霊になるでござる。霊体なら投擲武器などに負けることはないのだ」

 

「勝てもしないけどね」

 

そんなこんなで、時々マーカスを交えて馬鹿話を繰り広げながら、

いつもより豪華な晩餐を楽しんだあたし達。

夕食を終えて、みんなで皿を洗い場に運んでいる間、

マーカスは壁にもたれながらあたしをずっと見てた。あたしは背中にも目があるのよ。

片付けが一段落したら、後はジョゼットに任せてマーカスを私室に招いた。

 

「ねえマーカス。ちょっと話があるの。あたしの部屋に来てくれない?」

 

「まあ、お姉さまったら、若いツバメを私室に連れ込むなんて。ウププ」

 

「最後まで責任持って引き取ってくれるなら、私は別に構わねえぜ。耳は閉じとくから」

 

「えっ!?お姉ちゃん、まさか……!」

 

「いつまでも馬鹿みたいなノリ引きずってんじゃないわよ!ビジネスの話よ、ビジネス!

こっちよ、マーカス!」

 

「おう」

 

本当、人のことばっかりいじって何が楽しいのかしら。

自分達の身の振り方でも心配してろっての。

あたしはずっと独り身、孤独な旅人、夕陽のガンマン!

 

「悪いわね。いっつも暇な連中でさ」

 

「別に。わざわざ客に俺を呼んだってことは、

なんか俺にしかできない依頼でもあるんだろ?」

 

「さすが、危険なスラムで生き延びてるだけあって察しがいいわね。詳しい話は中で」

 

私室のドアを開いて、マーカスを中に案内する。

案内って言っても一歩中に入っただけで全体像の9割が見えるんだけど。

マーカスにデスクの椅子を出して、あたしはベッドに座る。

お互い向き合うと、彼の方から話を始めた。

 

「さっきはビジネスとか言ってたが、依頼ってなんだ」

 

「児童養護施設の偵察。ついでに救出任務も果たしてくれたら、追加報酬を出すわ」

 

「詳しく聞かせろ」

 

「以前、見た目は子供だけど実年齢が100を超えてる暴走魔女が、

うちを襲撃してきたの。

それ自体はある人によって完全に防がれて、魔女も長生きの生命力以外を奪われたから、

罰として普通の子供として児童養護施設にぶち込んでやったんだけど……

どうもその施設、裏で怪しいことやってるらしいのよ。

別のそのアホ魔女はどうでもいいんだけど、

他の子供達が洗脳教育とかされてたら、助けてあげなきゃだめじゃない?」

 

「なんで、あんたがそこまでする必要があるんだ」

 

「魔女の方も心はババアなのに、ずいぶん長いことお子様向けのお遊戯とかやらされて、

屈辱的な思いもしたらしいから、そろそろ許してやろうかなって思ってさ。

何より、罪のない子供が人体実験の道具とかにされてたら、

急いで救出しなきゃいけない。

偵察任務の報酬は10000G。前金で半額渡すわ。もし、虐待等の事実があった場合、

子供達を救出してくれたら更に成功報酬として10000G追加する。

あと……あたしのツテで安定した仕事も紹介するけど、どう?」

 

「前金で5000か……乗った。

だが、俺がそいつを持ち逃げするとは、どうして考えないんだ」

 

「これでも人を見る目はあるの。だから、この教会にこのメンバーが集まった。

あ、これは誰にも言うんじゃないわよ。前金に口止め料も含むことにする」

 

「後出し条件とか最悪だな。まあいいさ、引き受けてやるよ。施設の場所は?」

 

「地図を用意するわ。それと、必要な“手土産”と手紙も」

 

あたしは例のデカい財布から金貨を全部取り出し、小さな布袋に詰め、

施設への紹介状を書いた。

マーカスは親に捨てられた孤児で、そちらで引き取って欲しい。そんな内容。

それに施設から渡された面会用の地図を添えて、マーカスに渡した。

 

「それで問題なく施設に入所できるわ。

でも、例え何かあったとしても、追加報酬欲しさに無茶はしないで。

目的はあくまで偵察よ」

 

「わかってる。これでもスリだけが脳じゃねえ。引き際はわきまえてるさ。

ええと?……俺は親に捨てられた孤児だから引き取って欲しい、か。

当たらずも遠からずってとこだな」

 

「……前金を用意するわね。ちょっと待ってて、床下の金庫から」

 

「あ、やっぱいい。んな重いもん引きずって偵察なんかできねえしな。

ただ、妙なこと考えたら、俺と知り合いで、

二度とハッピーマイルズでまともな仕事ができなくしてやる。それは忘れんな」

 

「うん。……ありがとう」

 

「よせよ、気色悪い。“魔王殺し”里沙子のセリフじゃねえよ」

 

「あー!また変な二つ名が邪魔をする!やっぱり植物のような平穏な人生が一番ね!」

 

誰かが勝手につけた名前が独り歩きしているわね。

役所で二つ名を削除する手続きとかやってないかしら。

 

「とにかく、今日はここで泊まっていきなさい。

期日は定めないけど、なるべく急いでくれると助かる」

 

「明日にも出発する。1階の長椅子借りるぜ」

 

「ここのベッドで寝なさい。きちんと休まないと、いい仕事はできないわ」

 

「お前はどうすんだよ」

 

「寝袋があるのよ。不本意な経緯で手に入れたやつがね。ハハ……」

 

二度と世話になりたくなかったアレを思い出して、乾いた笑いが出る。

 

「……礼は言わねえぞ」

 

「もちろん。これも福利厚生の一部よ」

 

 

 

そして、俺は今まで寝たことのない柔らかなベッドで一夜を過ごした。

里沙子の言う通り、地べたで寝てるいつもと違って、寝覚めの良さが全然違う。

多少汚い格好の方が怪しまれないってことで、シャワーは浴びなかった。

少し気持ち悪いがいつものことだ。

 

1階に下りて、まず顔を洗って、ダイニングに行く。もう朝食が用意されてた。

食材はいつも確保されてて、誰かが作ってくれる。これが一般人の常識なんだろうな。

俺達は朝が来てから飯を調達するんだ。

パン屋から盗んだり、他の奴と奪い合ったり、生ゴミをあさったり。

 

「あ、マーカス君。おはようございます~」

 

「おはよう」

 

「マーカス……おはよう……」

 

「なんでお前が死にかけてんだ、里沙子」

 

「あの寝袋の寝心地の悪さは異常。

通気性最悪で夏暑く冬涼しい、悪意に満ちた素材で構成されてる。

地球ならクレーム殺到アマゾンで投げ売りの一品よ……」

 

「いっそ床で寝りゃよかったのに」

 

「マヂでその方がよかったと後悔してる……」

 

「大丈夫ですか?

言ってくだされば、多少狭くても、わたしのベッドで一緒に寝ればよかったのでは」

 

「気持ちはありがたいけど、

誰であろうと知的生命体が50cm以内に接近してると眠れないの、あたし」

 

「お前の人嫌いだけは1年経ってもついに治らなかったなぁ。

それだけは残念だよな、カシオピイア」

 

「うん。ワタシでも、駄目?」

 

「ごめん。繰り返すけど、誰なのかは関係ないの。体質の問題。

もしくは精神的疾患の疑い」

 

「せめてご飯をお腹に入れて体力をつけましょう。マーカス君もどうぞ座って」

 

「うっす……」

 

昨日の晩飯もそうだったが、朝食もうまかった。

焼き立てのトースト、サラダ、ベーコンエッグ、コーヒーのシンプルな組み合わせだが、

俺達のスラムじゃお目にかかれないご馳走だ。

少々がっつくように飯をかきこむ。

 

……仕事前の栄養補給は十分できた。

後は街に行って、里沙子から持たされた“預り金”の一部で馬車を雇って、

児童養護施設・ハッピーハッピーこども園に行けばスタートだ。

 

「ごちそうさん。俺はもう行くよ。飯、うまかったぜ。ジョゼットさん」

 

「ああ……もう行っちゃうんですか。

ピーネちゃん達と少し遊んであげて欲しかったんですけど、

マーカス君にも都合がありますし、しょうがないですね」

 

「別に、私は一人で優雅に時間を潰せるもん。一人で平気だし?」

 

「確かに、カワイイ着せ替え人形は一人にカウントされませんものね、ウシシ!」

 

「パルフェムうるさいわよ!」

 

「まぁ、とにかく世話になった。ありがとな」

 

「お気をつけてお帰りくださいね。またいつでも遊びにいらしてください」

 

「じゃあ、マーカス。ね?」

 

「ああ」

 

ね?だけで全てが伝わる。

俺は教会を後にすると、一旦ハッピーマイルズ・セントラルの街に戻った。

 

 

 

 

 

そして、馬車から下りた俺は、ハッピーハッピーこども園の正門前に立っていた。

子供達の養護施設とは思えないほど厳重な警備で、

外から内部が見えないほど高い壁に、有刺鉄線が張り巡らされてる。

依頼が成功すれば、もう少しマシな暮らしが出来るはずだ。日の当たる街での生活も……

俺は金貨袋を握りしめ、謎の施設へと入っていった。

 

 



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一人暮らし始めるとパチ屋のティッシュですらありがたくなるわよ。ソースはあたし。(1/2)

「んまあ!なんて可哀想な子なんでしょう!マーカス君、もう心配いらなくてよ!

このハッピーハッピーこども園で、みんなと楽しくいつまでも暮らしましょうね。

ここでは毎日温かい食事とベッドが保障されてます」

 

「はい、よろしくおねがいします!」

 

哀れな捨て子を装って返事をした。実際似たようなもんなんだが。

化粧のキツいババアがここの園長らしい。

正門を潜ろうとしたら、入り口の警備に止められたから、

里沙子の紹介状と“寄付金”を渡したら、あっさりお客様対応に変わった。

それで、今は園長室で入園手続きの最中だ。

 

「ふむふむ……身元保証人は、ハッピーマイルズ教会のミス・マダラメ。

問題なくってよ!あなたも今日からここの一員!

愉快な仲間と素敵な毎日を過ごしましょうね!私が園長のベティ・カルバーですわ。

よろしくね、マーカス君!」

 

「ありがとうございます、園長先生!楽しみだなあ」

 

いちいち声がデケえんだよババア。でも、しばらくはいい子を演じておく必要がある。

とにかく、これで内部を見られる。建物の外見自体は“ただの”孤児院だった。

問題は中で何をやってるかだ。ババアと園長室を出て、後に続く。

 

「まず、ここがみんなと一緒に眠るベッドルームざます。二段ベッドになってますから、

上下どちらにするかは、他のお友達とよく話し合って。ケンカは駄目ざますよ」

 

「はい、先生。……わー、ふかふかのベッドだ!」

 

ここは問題ねえな。広いスペースに、木製の二段ベッドがたくさん並んでる。

皆はここで眠るらしい。怪しげな装置の類も見られなかった。

 

「うふふ、もうすっかり気に入ってもらえたみたいざますね」

 

「こんなに柔らかいベッドで寝られるなんて、僕はラッキーです!」

 

「そうざましょう、そうざましょう。次は年少組の教室を見学しましょうね。

ちょうどみんなもお遊戯の最中ですから、いいタイミングですわ、

マーカス君を紹介しましょう」

 

よし、ここまでは順調。廊下を通って教室に移動する。何かあるとすれば次だな。

子供達の歌声が近づいてきた。

 

♪まっかな太陽 まっかなリンゴ

ぜんぶ ぜんぶ マザー・レッドのお恵みだ

みんなで歌おう 声合わせ

今日もマザーが ぼくらのことを

すてきな 笑顔で みまもるよ

やがて 世界を 赤く染め

マザー・レッドが みんなをみちびく

 

早くも病原体らしきものが見つかったぜ。

教室の中では、4,5歳くらいの子供達が、訳のわからん奴を称える歌を歌わされていた。

まぁ、こいつらに歌わされてるって自覚はねえんだろうな。

色紙を切って作った、いろいろな動物が壁中に貼られている教室に入ると、

全員が歌を止めてこっちを見た。ババアが手を叩いて俺の紹介を始める。

 

「皆さん、注目ざます!新しいお友達がハッピーハッピーこども園に仲間入りしました!

彼はお兄さんですから、年長組に入ってもらうことになるざます。

これからみんなのお世話をしてもらうこともあるから、お兄さんと仲良くね。

さ、マーカス君。自己紹介を」

 

「はい!みんな、僕はマーカスっていうんだ。

まだわからないことが多いけど、これからよろしくね」

 

“よろしくおねがいしまーす!”

 

さっと子供達を見回すが、事前情報のベネットって魔女らしきやつはいなかった。

恐らくそいつも年長組とやらにいるんだろう。

 

「よくできました。では、あなたがお勉強することになる、年長クラスに行きましょう」

 

「はい。その前に、ひとついいですか。園長先生」

 

「何ざます?」

 

「さっきみんなが歌っていた不思議な歌、僕も覚えたいです。

楽譜を1枚分けてもらえないでしょうか」

 

「んまー!なんて勉強熱心なんざましょう!先生、彼にも楽譜を1枚」

 

「かしこまりました!マーカス君、どうぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

担任らしき女性から、わら半紙に刷られた楽譜を受け取る。証拠品1つゲット。

胡散臭さ爆発の歌詞で、何から考察すればいいのかわかんねえ。

 

「今度はマーカス君の教室になる、年長クラスの教室を見学しましょう。

年長クラスは2階ですから、階段を上りましょうね」

 

おし、来た。年少クラスから出ると、また廊下を進む。

俺は手に入れた歌詞を読みながら、

まずは一番気になる、マザー・レッドについて探りを入れる。

 

「先生、さっきの歌について質問があるんですけど、いいですか」

 

「いいわよ~何でも聞いてちょうだい!」

 

「歌詞の中にマザー・レッドという言葉が出てくるんですが、これは何ですか?

人の名前…みたいですけど」

 

「ああ、それは……話すと長くなるざます。後日丁寧な説明がありますわ、オホホ!」

 

あからさまにごまかしやがった。

どうもマザー・レッドとやらが、この孤児院の気色悪さの正体らしい。

階段を上りきって、また廊下を進み、

“年長組”のプレートが横に突き出た教室に案内された。

 

ババアがスライド式の木のドアを開けると、

学生用の簡易机に座っていた生徒が一斉にこちらを見る。

さすがに年少クラスのようなガキみたいな飾り付けはされてない。

 

「先生、少し失礼するざますよ」

 

「どうぞどうぞ。園長先生」

 

「はい皆さん、少し鉛筆を止めて話を聞いてください。

今日からこのハッピーハッピーこども園で、一緒に生活することになった、

マーカス君です。どうぞ、自己紹介を」

 

「はじめまして。今日からお世話になる、マーカスです。

早く先輩方に追いつけるよう、頑張りますのでよろしくおねがいします」

 

自己紹介しながら教室を見渡す。お、あいつだな。

後ろの方の窓際で、頬杖をついて外を見ている、オレンジの混ざったブロンドの女。

机の横のフックには紫の頭巾を引っ掛けてる。間違いねえ。里沙子の情報と完全一致。

後はどう接触するかだ。

 

「そうですわね……急な話だったので、

マーカス君の教科書や文房具はまだ用意できておりませんの。

今日のところは授業の雰囲気にだけ慣れてもらうざます。

空いた席に座って、先生の話を聞くだけにしておきましょう。さあ、好きな席に座って」

 

「はい、わかりました!」

 

ツイてる。ちょうどベネットって奴の隣が空いてた。

机の間を通りながら、よそ見してるやつの筆箱から鉛筆を一本拝借。

席に着くと、教師が黒板に板書しながら授業をしている……が、

まるで国語のカ行変格活用を解説するかのように、

正気の沙汰とは思えない妄想を生徒に垂れ流していた。

 

「教科書87ページ、世界の成り立ち。ちゃんと復習したかー?

まず、この宇宙はマザー・レッドによって創造され、

その御威光は今なお耐えることなく、宇宙は膨張を続けてる。

ミクロの視点では、先生達が食べてるパン、住んでる家、着ている服に至るまで、

全部マザーのお恵み。これらに対して感謝を忘れることは許されん。

マクロ的視点では、夜空に光る星々。デカいもんだと光輪星だな。

これら惑星の活動も、マザーの深い思慮によって、宇宙の均衡を保ちながら、

誕生と消滅を繰り返してる。この辺、次のテストに出るからなー?

ハインツ、冥落星はもう惑星じゃねえぞ。しょうもないところで点落とすなよ」

 

「わかってますよ~そこはもう復習しました」

 

アハハハ……

 

なんでこいつら笑ってんだ?アホ丸出しの与太話に一生懸命耳を傾けてやがる。

こいつらは手遅れだとしても、とっととどうにかしねえと下のガキ共が危ない。

俺は教師の目を盗んで、鉛筆でさっきの楽譜の裏に走り書きでメッセージを書いて、

ベネットとか言う奴の机にそっと置いた。

 

“里沙子 救助 会いたい”

 

楽譜に気づいたベネットが少し驚いた様子で、

同じく気付かれないように一言書いて戻してきた。

 

“授業後 ベランダ”

 

要救助者との接触に成功。後はこのキチガイの集会が終わるのを待つだけだ。

 

 

 

 

 

施設内にチャイムが鳴る。2限目が終了したらしい。

ベネットが俺を置いて教室から出ていくが、それを慌てて追いかけるほど馬鹿じゃねえ。

少し、間を置いてから……

 

「ねえ、マーカス君だっけ。新入生なんだよね。私ララっていうの。

これからよろしくね」

 

「はい。よろしくおねがいします、ララさん」

 

ちくしょう、邪魔が入りやがった。

 

「ふふっ、敬語なんていらないよ。あなたも同じ年長組なんだから。

年齢なんて関係ないよ」

 

「ありがとう。うっ……」

 

「どうしたの?」

 

「ごめん、急にお腹が痛くなってきた!トイレはどこかな?」

 

「大変、教室から出て右に進んだところよ」

 

「本当にありがとう!しばらく戻れないと思う」

 

「気をつけてね~」

 

上手い口実が見つかってよかった。ベランダとトイレは同じ方向だ。

トイレを通り過ぎて、突き当りにあるベランダへのドアを開く。

そこにさっきのブロンドが待っていた。

 

「……さっきも言ったが、マーカスだ。あんたを助けに来た」

 

「里沙子が今更何のつもりですの!?

この天下無双の悪霊使い、ベネット様をキ印の巣窟に叩き込んで、今度は帰ってこい?

一体何を考えてるのかしら!しかも寄越したのが、こんな薄汚れたガキだなんて。

あいつこそ、このカルト宗教で洗脳されればいいんだわ!

絶対今よりはマシになるはずよ!」

 

「時間が無えんだ。出る気があるのかないのか、はっきりしてくれ。

俺一人なら出るのは簡単なんだが」

 

「待って!……出る。私も出ますわ。何か方法でもあって?」

 

「侵入が困難な守りの固い所ほど、脱出への備えは甘いものだって、

ガラクタ屋の古本に書いてあったし、実際その通りだ。

だが、その前にここがヤバイ施設だって証拠が必要なんだ。

ただクソ以下の理屈を教えてるって事実だけじゃ、正直弱いんだ。

なんか軍が動き出すような、客観的事実が欲しい」

 

「ええ、ええ、ありますとも!両手に抱えきれないほどたくさん!

私なんて、アレで何度も、何度も……キ、キキキキィ!もごもご!」

 

「落ち着け、大声を出すな!」

 

ベネットが突然奇声を上げ始めたから、

ハンカチで口を押さえて、背中を撫でて落ち着かせた。

 

「はぁ、はぁ、嫌な事を思い出させないでくださいまし!

あと、レディに気安く触れないで!」

 

「触れないでなら、いきなり発狂するのもやめてくれ。で?証拠品ってのは」

 

「まず、私が持ってる教科書全部。

一言で言うと、マザー・レッドとやらを信じないと地獄に落ちる」

 

「他には?」

 

「ここには地下階があるのをご存知?

そこにはかろうじて横になれる程度の広さしかない独房や、

マザー・レッドへの信仰が足りないと判断された者を、

再教育と称して拷問する部屋がありますの。

そこにある拷問器具を1つか2つを持ち出せばいいんじゃないかしら」

 

「やけに詳しいんだな」

 

「何度あそこで口にするのもはばかられることをされたことか……!

あなた、園内に白衣を着た屈強な男がうろついているのはご覧になりまして?」

 

「そういや、何度かすれ違ったような気はするな」

 

「奴らは通称“せんせい”。

園の規律を乱す者、マザーを信じない者を、強引に地下階へ引きずり込んで、

真っ暗な独房に丸一日閉じ込めたり、拷問に掛けたり……

さすがの私も、脱走を試みる度に連れ戻され、痛めつけられるうちに、

逃げる気力がなくなってきてますの。

口先だけでマザー・レッド万歳を唱えてれば、一日三食は保証されますし。

もしかしたらそれでいいのかも……」

 

「やっぱり時間はないみたいだな。あんた、もうすぐ教室の連中と同じになるぞ。

そうやって疲れさせて考える力を奪うのは、この手のカルトのやり口だ」

 

「えっ……そんなの、嫌。どうすればいいの?」

 

「証拠品があるのはわかった。

具体的にここの連中が子供達に何をさせてるのか教えてくれ。

マザーなんとかに祈らせてるだけじゃないんだろ。だったら施設の運用ができない。

その資金がどこから出てくるのかって話だよ」

 

「それは、次の“実技”の授業でわかるわ……そろそろ時間ね」

 

ベネットがそう言うと、予鈴のチャイムが鳴った。戻らないとやべえな。

俺達は年長組の教室に戻った。

学生机に座ると、さっきの教師が入ってきて、教壇に変な水晶玉を置いた。

 

「よーし、3限目はみんな大好きな実技だ。嬉しいだろ?」

 

マジー?、勘弁してくれー、と言った声が上がるが、本気で嫌がっているわけではない。

日直や掃除当番が回ってきて、ちょっと面倒だな、という感じでしかない。

ろくでもない事が起ころうとしているのは嫌でもわかる。

 

「マーカス君は初めてだから、今日は見学しててくれ。

マザー・レッドに祈りを捧げる儀式なんだ」

 

「わかりました!」

 

「それじゃあ、全員、いつものように水晶に向かって祈りを込めて。

マザー・レッドに祝福を、マザー・レッドに祝福を……」

 

“マザー・レッドに祝福を” “マザー・レッドに祝福を”

 

生徒達全員が手を握って祈りを捧げる。すると、皆の身体から青白い光が浮かび上がり、

一筋の糸となって水晶に吸い込まれていく。

目を動かして隣のベネットを見ると、同じく青い光を吸い取られてるけど、

その表情は苦しそうだ。

 

「はい、止め。お疲れさん。……ベネット。祈りの力が少し足りないぞ。

もっとマザー・レッドと心を一体化して、精神的ステージを上げる努力が必要だな」

 

「はぁ、うくっ…すみません、先生……」

 

「頑張って。ベネットさんならきっと出来るわ」

 

休憩時間に俺に話しかけてくれた、ララって子がベネットを励ます。

……きっと、何も疑っちゃいないんだろうな。

 

「実技のある日は午前中で授業終了だ。みんな疲れてるだろ?

放課後の過ごし方は自由だが、園の外には出ちゃ駄目だぞ。

銃を持った略奪者がウロウロしてるからな。

ここの安全が保たれてるのも、マザー・レッドの守護のおかげというわけだ」

 

半分俺に説明するように、教師は改めて全員に告げた。

 

「起立、礼。ありがとうございましたー」

 

教師が水晶を持って教室から去ると、すかさずベネットに近づき、小声で問う。

 

「おい、しっかりしろ。顔色悪いぞ」

 

「見たでしょう。あれが“実技”。奴らが集めてるのは……」

 

「マナだろう。でも何のために?」

 

「さあ……でも、実技のあとはひどく疲れますの。

さすがに100歳を超える魔女の私でも堪えますわ。文字通り寿命を削られてますもの」

 

「文字通り?気になる言い回しだな」

 

「……実は、この年長組のほとんどは、去年まで年少組にいた子供達ですの。

人はマナを強制的に抜き取られると、身体の細胞分裂も急速に加速して、肉体が成長、

あるいは老化と言った方がいいかもしれませんわね。

とにかく異様な早さで歳を取りますの。私もここに来て初めて知った事実ですけど」

 

「マジか!?じゃあ、ここの連中、1年前まで下のクラスでお遊戯してたってのかよ」

 

「そういうことになりますわね。

魔法の技術を失っただけでマナが大量にある私は無事で済んでますけど、

他の生徒たちは、ガリガリと寿命を削られてる。

それがこのハッピーハッピーこども園の仕組みですの」

 

「水晶はマナの吸引装置ってわけか。もう悠長な事は言ってられねえ。今夜決行する」

 

「……ねえ。私の事を助けてくれるって、本当?

この際、里沙子の差し金だのはどうでもいい」

 

「心配すんな。報酬分の働きはする」

 

とにかく、ベネットの肩に手を置いて、安心させてやる。

 

「もう……気安く触れないでって言ったじゃない。私は天下無双の悪霊使い……」

 

「ベネットだろ。なあ、ベネット。お前の居場所を確実に知っておきたい。

今から寝るまでの予定を教えてくれ」

 

「予定も何も、実技でクタクタだから、夕飯までベッドで休ませてもらいますわ。

その後も就寝までずっと。そうそう、ベッドの番号は13-Bですわ。

女子用ベッドルームですから、気をつけて入ってくださいまし」

 

「わかった。

夜中に突然背中をつついたりするかもしれねえが、大声出したりするなよ?」

 

「ハンカチでも噛んで待ってますわ。……必ず来てね」

 

「ああ。約束だ」

 

それから、俺達は夕食まで適当に時間を潰し、

食事の時間になったら、また教室に集まって、給食を食べた。

何が入ってるか怪しかったが、食パンを詰めたケースの社名や、

牛乳瓶の蓋を観察すると、食事は外注してるらしく、

とりあえずは安全だと自分を納得させて口にした。

 

深夜1時。俺は9時の就寝時間から、ずっとベッドに入ったまま目を開けていた。

廊下に響く足音。近づいては遠ざかるランプの光から、

“せんせい”の巡回パターンを探っていた。30分ごとに一周。もういいだろう。

俺は行動を開始した。

 

まず、1度目の巡回が過ぎ去ったら、昼の自由時間に目星を着けておいた場所に、

素早くそして足音を殺して静かに忍び込んだ。目的は職員室。

あの水晶やこの施設の資金源に関する手がかりがあるかもしれない。

そっとドアを開けると……危ねえ、まだ誰かが作業してやがった。

 

「今月納品するエーテルには少し足りんなぁ。ベネットのマナ放出量が少なすぎる。

まだマザー・レッドへの信仰心が薄い。もっと、外的刺激が必要だろうか。

……おっと、もうこんな時間だ。ふあぁ、私もそろそろ帰るとするか」

 

中年の職員が、ファイルを閉じて、デスクのランプを閉じて職員室から立ち去った。

室内は真っ暗だが、俺は夜目が効くし、ベッドの中で暗さに目を慣らしていたから、

問題なく捜索できる。さっきのオッサンが見ていた帳簿みたいなものを開く。

 

 

○生徒別マナ(単位Mn)回収量 10月8日

・カザーク 207

・ララ   143

・ベネット 78

・ミーシャ 136

 

(その後も生徒の名前とマナの量が並ぶ。“新入生マーカスに期待”と但し書き)

 

 

昼間生徒から吸い取ってたマナの一覧だな。これも証拠品だ。

後は肝心のマナを奪う手段だが……あった。

職員室後方の、教材や教科書が置かれている棚に、無造作に置かれている。

ツルツルしてるから、滑らないようハンカチで包んだ。

1巡目はこんなところか。一旦戻ろう。

 

ベッドの中に証拠品を隠すと、”せんせい”のランプが通り過ぎていった。

夜が明けたら終わりだ。モタモタしてはいられない。

2巡目は、職員室に逆戻り。目的は、電話だ。

里沙子から聞いていた。領内の主要施設には、

“すまーとふぉん”とかいう奴が配られてて、それで会話が出来るんだと。

いつの間にそうなったのかは知らねえけど。

 

そんな便利なものがあるなら、誰でも使いやすいところにあるはずだ。

すまーとふぉんの特徴や使い方は里沙子に教わってる。あとは見つけるだけだ。

園長の机は、ない。教材の棚、ない。となると、後は……窓際の机。

表面がピカピカの薄い小さな箱。これだな。

 

光が漏れないよう、カーテンにくるまってからボタンを押す。

画面の明るさと綺麗さに少し驚いたが、教えられた通りに操作する。

規則的で不思議な音が何度か続くと、里沙子が出て、前置きなしに聞いてきた。

 

“状況は?”

 

「やっぱここはヤバイことしてる。

子供達をマザー・レッドって奴を信仰するよう洗脳してて、マナを吸い取ってる。

マナを奪われた子供は異常な速さで成長してて、放って置くと命が危ねえ。

証拠品ならある。すぐこっちに騎兵隊をよこしてくれ」

 

“わかった。すぐ軍事基地に出動要請するわ。それまで持ちこたえて。

繰り返すけど、無茶は駄目よ。万一の時はあなただけでも逃げて”

 

「わかってる。他人の犠牲になるのはごめんだ。切るぞ。これ以上はまずい」

 

“気をつけて”

 

通話が切れた。俺はすまーとふぉんを置くと、またベッドルームに戻る。

今度は“せんせい”回避のためじゃない。

ドアを開けて影に身を隠し、慎重にタイミングを見計らう。

巡回に来た“せんせい”が窓の外から中を覗き、

俺がいないことに気づいた瞬間、飛び出す。

 

「貴様、脱そ「すいません、トイレどこですか!?」」

 

白い看護服の大男が、俺にランプを向ける。

 

「お腹が痛くて、もう、でる……」

 

「なんだ、新入生のマーカス君か。このまま、まっすぐ行って左だよ。急ぎなさい」

 

「ありがとございます!」

 

俺は慌てて走る素振りをして、“せんせい”に軽くぶつかってから、

トイレの方向へ走っていった。一旦トイレに入り、奴が背中を見せたことを確認したら、

地下階への階段をトトト、と駆け下りた。

 

地下階は鉄格子で封じられてて、鍵がないと入れない。

つまり鍵があれば入れるってこと。

さっきスリ取った鍵束で鍵を開けて、ゆっくり鉄骨のドアを手前に引いて中に入る。

 

一歩中に入ると、異様な気配に背筋が寒くなった。

一直線に廊下が続いているが、壁は赤茶色に錆びていて、血のような色をしている。

ここにはまるで“生”が感じられない。

右手に多数の独房。幅がドアとほぼ同じで、中も異常な狭さであることが伺える。

 

左手には鉄製のドアが3つ並んでいる。手前から開けていくしかないだろう。

中の様子が見えないから、せめて聞き耳を立てて、人の声がしないかを確認する。

ここでも鍵束が役に立った。

 

1つ目の部屋の鍵を開けて中に入ると、そこは実験室のようで、

四方の隅に鉄製のテーブルが置かれ、中央に何やら訳のわからない装置が、

青白い光を放って稼働していた。

よく見ると、機械上部に、マナを吸い取る例の水晶がいくつかセットされている。

 

そこから流れるマナを辿っていくと、途中でマナに何かの素材を混ぜて液体にして、

小さな瓶に流し込み、一杯に満たされると、

別の装置にコンベアで運ばれキャップが締められる、という仕組みになっていた。

部屋の中を調べると、紙を挟んだクリップボードが置かれていた。こんな内容だ。

 

 

○自家製マナ使用 生エーテル出荷記録(9月分)

 

納入先・数量:

 

私立火属性専門学校 2ケース

無属性研究会 1ケース

国立魔術大学 10ケース

飛行技術を極める魔女の集い 5ケース

相反属性融合調査部 3ケース

 

売上:1,050,000 G

 

備考:

先月度も順調な売上を記録。成長過程にある子供のマナから精製されたエーテルは、

純度・魔力量、共に高品質で、高い評価を得ている。

当然、マナの出処は企業秘密ではあるが。

 

 

……子供の命を商品にしてたってことか。ひでえ話だ。

クリップボードとエーテル2、3瓶取って、ドアから出た。

俺は確実にこの狂った施設を叩き潰せる証拠を求めて、隣の部屋に入った。

 

ここが、ベネットが言ってた拷問部屋だな……

大小様々な拷問器具が並び、今度こそ本物の血が、壁の到るところに飛び散っている。

古いもの、新しいもの、2つが入り混じり、鉄の匂いを放っている。

 

むせ返るような澱んだ空気に軽く吐き気を催しながらも、口と鼻に袖を当てながら、

証拠品となるもの、それも武器になりそうなものを探した。

剥がした爪が先端に残っているペンチ、石を抱かせる三角のギザギザが施された台、

持ち手にスイッチが付いた鉄製の警棒。

 

比較的マシな警棒を手に取り、スイッチを入れてみると、殴る部分に電流が走った。

こいつは、電気ショックで激痛を与える拷問器具だな。

スイッチを切って、柄の底を回して、フタを開ける。

中から出てきたのは、スティック状に加工された雷光石。奥を覗くと……簡単な魔法陣。

これで電力を調整してるようだ。生かさず殺さずってわけか。

 

スタンバトンは数本ある。俺は、2本持ち出すと、拷問部屋を後にした。

こんなところは一刻も早くおさらばしたい。

 

最後の部屋に入ろうとしたが、このドアだけサビがなく、

定期的にきれいにペンキを塗り直されているようだ。

そして、“マザー・レッド”と彫られた金属製のプレートが固定されている。

ゆっくりドアノブを回して、扉を開いた。

 

中には、大きなベッドがあり、うわ言をつぶやく老婆が仰向けに寝ている。

テーブルや本棚、小物を並べるチェストがあり、ここだけ人が住んでいる気配がある。

思い切って老婆に話しかけてみた。

 

「……婆さん、こんばんは。俺のこと、わかるか?」

 

「う、うあ……わたしは……まじょ。あかい……まじょ……」

 

「あんたが、マザー・レッドなんだな」

 

「ど、どど、どーなつが……たべたい……」

 

「あんたの、名前を、教えてくれ」

 

「あれくしあ…かるばー」

 

カルバー。あのババアの母親と見て間違いねえな。

婆さんが無害なことがわかったところで、部屋を調査する。

写真立てには、古くなった写真。

赤い三角帽子を被って、先端に大きな赤い宝石を固定した上等な杖を掲げる魔女。

若い頃の婆さんだろうな。本棚には昔の魔術書。今は関係ない。

チェストには一通の封筒があった。中の書類には、民間の保険会社からの通知書。

 

 

後見人 ベティ・カルバー 様

 

アレクシア・カルバー様の民営年金9月分を振り込ませていただきましたので、

ご連絡致します。

 

振込金額:100,000 G

 

今後共弊社をよろしくお願い申し上げます。

アイアンクロス生命

 

 

そういうことだったのか。ここじゃあ、どっかから孤児を引き取って、

子供達に授業の一貫として、マザー・レッドへの忠誠心をひたすら刷り込む。

そして何の疑いもなくマナを差し出させて、それをエーテルにして売りさばく。

オマケに婆さんの年金までネコババか。とことん腐ってやがる。

 

もうここに用はねえ。ベネットを連れて逃げるだけだ。

俺は一旦“せんせい”の巡回を回避するため、ベッドルームに戻って、布団に潜った。

あの不気味なランプの光が通り過ぎるのを待ち続ける。

 

大男の影が遠ざかったのを確認すると、

今まで集めた証拠品をシーツにくるんで泥棒みたいに背中に担いだ。

少し物音を立ててしまったが、皆ぐっすり眠ってる。昼間の“実技”で疲れてんだろう。

あと回収しなきゃいけないのはベネットだけだ。

 

ドアをそっと開いて女子用ベッドルームに侵入する。13-Bのベッドを探せ。

奥に向かって数字が増えてるから……あの辺りだな。

俺はベッドに記された番号を見て、少し暗さに手間取りながらも、

小さな文字で13-Bを見つけた。

 

下の段には、あのオレンジがかったブロンドが背中を向けてる。寝てんじゃねえよ。

予告通り、背中を何度かつついてやると、ベネットがヒャッと声を出しかけたから、

とっさに口を押さえた。

 

「うむ~ん、何をなさるの」

 

「ベネット、出るぞ。ここはとんでもなくヤバイとこだ。これ持ってろ。脱出に必要だ」

 

俺はベネットに2本のスタンバトンの片方を渡した。

 

「使い方はわかるか?」

 

「……ええ、嫌というほど!」

 

手渡された武器を見て顔をしかめるベネット。

こいつの餌食になったことがあるんだろうな……

 

「窓から外を見たんだが、正門を二人の兵士が固めてる。

そいつに背後から忍び寄って、俺達で同時に仕留める」

 

「そんなことできるの……?」

 

「やらなきゃやられるだけだ。俺達は身体が小さい分、素早く動ける。絶対上手くいく。

自分を信じろ」

 

「わかった。でも待って」

 

ベネットは、ベッドに括り付けていた紫の頭巾を被った。

 

「これでオーケー。行きましょう」

 

ベッドルームから出た俺達は、正面玄関を目指してひたひたと歩く。

 

「こんなに上手く行くなんて。あんた、どっかのスパイでもやってたの?」

 

「言ったろ。入りにくいところほど中は無防備だって。ほら、出るぞ。

……気をつけろよ。外にはもう敵がいる。スイッチを最大出力に上げておけ。

ショックで死んでも構わねえ」

 

「言われなくても。ここの連中に、こいつを振り下ろすの、夢だったのよね」

 

玄関には施錠がされていたが、

中からはサムターンを回すだけで簡単に開けられる構造になっていた。

難なく外に出ると、10mほど先に門の両サイドを固めるように警備兵2人が。

俺とベネットは互いに目配せすると、足音を消して少しずつ近づく。

 

あと5m。ここでしくじれば全てが終わり。覚悟を決めて俺は叫んだ。

 

 



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一人暮らし始めるとパチ屋のティッシュですらありがたくなるわよ。ソースはあたし。(2/2)

「今だ!!」

 

俺の叫びと、ライフルを構えた兵士が振り向くのは、ほぼ同時だった。

そして、俺達が敵の肩や首筋にスタンバトンを叩きつけると、

高圧電流を食らった兵士が絶叫して気絶した。

 

“あぎゃぎゃぎゃががががぁ!!ああ……”

 

「やったわ!」

 

「まだだ!」

 

兵士の凄まじい悲鳴を聞きつけた、他の警備兵や“せんせい”が警報を鳴らし、

今までどこに隠れていたのか不思議に思うほど、大勢の武装した兵士が押し寄せてきた。

 

「走るぞ!」

 

「あ、待って!」

 

俺はベネットの手を握ると、全速力で逃げ出した。

後ろから散発的な銃声と共に、闇夜で赤く光る、焼けた銃弾が俺達の脇をかすめていく。

 

“逃がすなー!追え、追え!”

 

“殺しても構わん!撃てー!”

 

とにかく、暗いところへ。

時折、一瞬後ろに目をやりながら、ベネットの様子を確かめる。

息が切れてるようだが、あと少し耐えてくれ。

 

“魔導兵、炎の矢を放て!”

 

その声を聞いた2秒後に、空から鋭く尖った形をした炎が降り注いで来た。

いくつも俺達の周りに着弾し、荒れ地を火に包み、熱風を浴びせてくる。

まずい、これじゃ、こっちの位置が丸わかりだ。

直撃は避けられたが、既に第二射が打ち上げられた。

これでも食らえ!俺はベルトの左腰辺りを殴った。

 

ベルト内部に仕込んだ、小さなガラスのカプセルが砕ける。

粉末状にした魔石に炎鉱石の欠片を一粒加え、魔女が飲み捨てたエーテル瓶を拾い、

底に残った一滴を混ぜて練ったもの。

外から強い衝撃を与えると、一瞬で魔力の粒子が半径約50mに広がり、

魔法の誘導を30秒ほど狂わせる。

 

里沙子と装備確認した時、

“チャフの原理を応用した魔法の回避兵装ね”とか言ってたな。

チャフが何なのかは知らねえ。興味もなかったからな!

肝心なのは、ちゃんと炎の矢がでたらめな方向に飛んでってくれてるってことだ。

後ろの連中も驚いてやがる。

 

だが、あと2発しかねえ。

ただでさえ俺達には手に入りにくい材料を贅沢に使ってるからな。

楽観もできねえ。大勢の兵隊が俺達を追いかけてきてる。

数撃ちゃ当たる作戦で走りながら人海戦術で銃弾を放ってくる。

……っ、痛え!右腕にかすった!かすっただけだが、血が滴ってくる。

 

「マーカス!?」

 

「構うな!走り続けろ!!」

 

俺の体力も限界だが、ベネットだけでも逃さなきゃ、任務失敗だ。

無理はすんなって言われたが、今、足を止めたら2人とも殺される。なら2人より1人だ。

だったら……!

 

「先に行け!とにかく走れ!」

 

「キャッ!」

 

ベネットを突き飛ばすように前に逃がすと、両腕を上げて兵隊共に向き合った。

 

「マーカス、どうして!」

 

「行けつったろ!……ほら、兵隊。どうした。殺してみろよ。

背中に見られたら困るもん山程抱えてるぜ」

 

「大人しくしろ、そのまま両手を挙げろ。

……おい、奴のボディチェックだ。さっきのような仕掛けを隠してるかもしれん」

 

「はっ!」

 

下っ端らしい部下が俺に銃口を向けながら近づいてくる。

へっ、金貨袋に夢中になって、最初に所持品検査しねえからこうなる。

ベネットは、逃げたみたいだな。すっかり気配が遠くなった。

ここで俺は死ぬんだろうが、まあ、どうせ生きて帰ったところで元のスラム暮らしさ。

今更ジタバタしねえ……

 

──ダララ!ダララララ!!

 

「はわっ!」「ぎゃあ!」「へぶっ!」

 

ギブアップ寸前で、突然闇夜の向こうから、猛烈な銃撃が打ち込まれ、

兵隊の足元を薙ぎ、連中をすっ転ばせた。

何が起こった!?俺も、敵も、状況が全く分からない。

 

 

 

 

 

見せ場を取っちゃって悪いわね、小さなボニーアンドクライド。あたしよ、里沙子。

ヴェクターSMGの制圧力は凄まじいわね。

10mmオート弾の連射で、マーカス達を追いかけてた兵士の足元を弾いてやったら、

連中あっという間に将棋倒しになったわ。

 

「マーカス、今よ!ベネットは無事!」

 

“お、おう!”

 

彼が再び走り出したのを確認したら、ヴェクターを構えたまま敵兵に告げる。

 

「命が惜しかったら下がりなさい!次は当てるわよ!」

 

兵士の集団が立ち上がると、反撃に出る間も与えず、

こども園に追いやるように、また足元を狙い撃つ。

トリガーを引く度、サイレンサーを着けても激しく吠える銃声。

同時に絶え間なく排出される空薬莢がぶつかり、鈴のような音を奏でる。

そして強力な10mmオート弾が、敵兵を瞬く間に後退させる。

こんなところかしら、と思ったら。

 

“せんせい、お願いします!”

 

“悪い子にはあぁ!おしおきィ、です!!”

 

なんかゴツい奴が出てきたんだけど。

鉄のインゴットを全身に貼り付けたようなアーマーを装着して、

右手にミニガンらしきものを持っている。

あ、ミニガンじゃなくてよく見たら、携行可能になったガトリングガンだわ。

パーシヴァルの社長さん、儲かってるみたいね。少し分けて欲しい。

 

流石にヴェクターの集中射撃も効果がなさそう。

奴の装甲を剥ぎ取る前に弾切れになるのがオチ。ああ、ガトリングガン発射前の空転が。

と、考えた時には弾幕が目の前に迫っていた。

横にジャンプして転がるけど、立ち上がる暇すら与えず、

AK-47から流用した7.62x39mm弾の嵐を叩きつけてくる。

 

仕方ないわね。アンタにはこれをプレゼントするわ。

ヴェクターを放り出すと、あたしは地面に伏せて転がりながら、

背中のレミントンM870を抜く。そしてガンベルトのケースから弾を一発取り出し、

銃身下部のシュラウドから装填。スライドを引いた。

 

“悪い子はあああ!皆殺しだあああ!!”

 

黙りなさい。

 

めちゃくちゃにガトリングガンを振り回す巨漢。

あたしは腹ばいになって奴の土手っ腹を狙ってトリガーを引いた。

大きな鉄球がひとつだけ入った一粒弾が炸裂し、強力な破壊力を持つ一発が命中。

奴の腹回りの装甲がバラバラになる。

 

“ご、はああっ!!”

 

攻撃の手が止まった。このチャンスにあたしは再度一粒弾をリロード。

ポンプアクションで排莢し、今度はガトリングガンの弾倉部分を狙って射撃。

眼鏡の向こうに見える巨大な連発銃に照準を合わせると、人差し指をそっと引く。

 

銃口から爆炎と鉄球が飛び出し、多銃身の兵器に食らいつく。

銃撃戦の最中にある者に取っては何分間にも思える時間。

今回クロノスハックは使ってないけど、この感覚だけはいつも訪れる。

 

着弾、そして爆発。

 

“ぎゃああああ!!”

 

鋼鉄で守られたデカブツは、今度こそ全身の金属を弾き飛ばされ、

ガトリングガンの暴発を浴び、地に足をつき、その巨体を横たえた。

まぁ、見たところ大量出血はないみたいだし、大丈夫なんじゃない?

骨は折れてるだろうけど。

あたしは耳栓を抜くと、後ろを確認した。

少し離れたところで、ベネットがマーカスの手当てをしてる。

 

「ほら、傷口にハンカチを当てますから。少し痛みますわよ」

 

「ちょっとかすっただけだ。深くないって」

 

一件落着、とは行かないのよね。

今回は敵が一方向しか来ないことがわかってたから、耳栓しながら戦えたけど、

今後はどうなることやら。

なんでサイレントボックス使わないかって?銃声を耳にできないじゃない。

そりゃ耳栓してても音が軽減されちゃうけど、完全に無音よりマシよ。

やっぱり銃声はロマン。

 

……あら、騎兵隊のラッパが聞こえてきた。

教会を出る時にアヤに電話して、将軍に話を通してもらってたの。

それであたしが先に来たってわけ。う~ん、あたしの根回し92点!

 

“騎兵隊が来たぞ!”

 

“せんせいは!?”

 

”駄目だ!完全に伸びてる!”

 

「うおおお!!全員動くな!銃を捨てて両手を頭の後ろに回せ!!」

 

シュワルツ将軍も駆けつけてくれた。

きっとこの勇ましい声もハッピーマイルズの街まで届いているに違いないわ。

すげえ近所迷惑。

無数の騎兵が陣形を成して、素早くハッピーハッピーこども園を取り囲み、

すかさずライフルを構える。

 

「将軍!来てくださってありがとうございます!」

 

「リサこそ通報感謝する!まさか児童養護施設が子供達を喰い物にしていたとは……」

 

あたし達が言葉を交わす間にも、突入部隊が次々園内に入り込み、

園児の保護、施設の捜索を開始している。

 

“なんですの!なんざますの、あなた達は!?”

 

“ベティ・カルバー。とりあえずは、私兵が子供を殺害しようとした件について、

責任者として話をしてもらう。……連行しろ!”

 

“私に何も落ち度は……!弁護士を呼ぶざます!”

 

護送馬車に乗せられていく化粧のキツいおばさん。名前は忘れちゃった。

すると、マーカスが立ち上がって、白い布に包んだ荷物を将軍に渡した。

 

「将軍……ここじゃ、子供達のマナを奪ってエーテルにして出荷してたんだ。

こいつはその証拠品だよ。

マナを吸い取られた子供は、まだ5歳くらいなのに俺より歳を取っちまった。

子供の寿命を金儲けに使った奴らを、絶対許すな……!」

 

将軍はマーカスから包みを受け取ると、大きくうなずいた。

 

「うむ、約束しよう。よくやってくれた!」

 

そして力強い言葉で、子供達を救った少年の健闘を称えた。

この事件はそれで解決…じゃないのよね。まだゴタゴタが残ってるの。

まず、マーカスとベネットは一旦治療と事情聴取を兼ねて、

馬車でハッピーマイルズ軍事基地に送られた。

 

念の為、通報者のあたしも付き添ったけど、マーカスの怪我は、3針縫う程度で済んだ。

彼が持ち出した証拠品が、世間に大きな衝撃を与えることになるんだけど、

詳しくはまた今度にして。

 

ベネット。彼女の顔を覚えてる将軍は、取調室で彼女をじっと見据えている。

彼女も、何も言わない。一向に状況が進展しないから、

あたしが彼女の生き返った経緯、魔女としての力はほぼ失っている事実を説明した。

 

「ふむ、なるほど……だが、力を失ったとは言え、

暴走魔女を野に放つのは如何なものか」

 

「それにつきまして、わたくしの意見を述べてもよろしいでしょうか」

 

「もちろんだ、リサ」

 

「彼女は一度、主イエス・キリストによって塩の柱にされました。

それが時を経て、再び肉体を得るに至ったのは、

彼女が赦されたからであると私は考えます」

 

「赦された……?」

 

「はい。ベネットが復活と同時に魔女としての力を失ったのは、

イエス様の“人として生きよ”という御言葉に思えてならないのです」

 

「……そうか。確かに一度この魔女はイエス殿の罰を受けている。

まさか神罰が魔力切れ、等というつまらない事情で解かれることもなかろう。

神が赦したというのに、人の子である我らが更に罰するというのも傲慢である。

……よかろう、ベネット。この事実は我の胸に秘めておく。どこへなりとも行くが良い」

 

「ふ、ふん!人間ごときに指図されなくても、初めからそのつもりですわ!」

 

「まーよかったじゃん。これからただの“長生きベネットちゃん”ってことで」

 

「よくありませんわ!なんですの、そのダサい名前は!」

 

「ただし!」

 

シュワルツ将軍のいつも以上に真剣な表情で告げる。

 

「……頭巾は置いていけ。それが条件だ」

 

魔女としての象徴だった、紫の頭巾。

ベネットは少し黙って、頭巾の紐を解き、デスクに置いた。

 

「それでは、ごめんあそばせ……」

 

彼女が若干暗い表情で取調室を出ていこうとしたから、

あたしも将軍に挨拶して、ついていった。

 

「将軍、今夜は本当にありがとうございました。

どうぞアヤさんにもお礼を伝えておいてください。わたくしはこれで失礼します」

 

「リサも、激しい戦闘で疲れたであろう。今夜はゆっくり休まれよ」

 

「それでは……」

 

あたしは静かに取調室のドアを閉じると、ベネットを追いかけた。

彼女は振り返らずあたしに問う。

 

「……情けを掛けたつもり?」

 

「知らないわよ。子供達が虐待されてるって通報があったような気がしたから、

行ってみたらあんたがいたのよ」

 

「マーカスはあんたの依頼だって言ってた」

 

「あら、そうなの。最近アル中気味で、気づかないうちに何かしてるのよね。

それより、これからどうするつもり?」

 

「さあね。戸籍もない名無しの権兵衛なんて、

木の根をかじって生きていくしかないんじゃない?」

 

「そうとも限らないわよ。戸籍がなくても立派に毎日生きてる人がいる」

 

「はん、どうやって」

 

「ついてらっしゃい」

 

「えっ、ちょっと!?」

 

ベネットの手を取って、あたしは廊下を駆ける。向かった先は、医務室。

 

「失礼しまーす」

 

「ベネット?」

 

「マーカス……」

 

軍医に腕の切り傷を縫ってもらい、ガーゼを当てて包帯を巻かれたマーカスが、

いきなり飛び込んできたあたしとベネットにキョトンとしている。

老いた軍医だけが、何事もないかのように、治療記録の所見に記入している。

 

「……傷は縫ったし、消毒もした。清潔にしてりゃ3日もすりゃ治る。帰っていいぞ」

 

「ありがとよ、爺さん。ベネット、お前はどうだったんだ」

 

「な、なんともなくてよ」

 

「ねー、マーカス君~。ベネットちゃんこれから行く当てがないの。

彼女にたくましい生き方を教えてあげてくれないかしら~?」

 

あえて猫なで声でお願いしてみる。特に意味はない。

 

「“君”はやめろつったろうが!

……ベネット。スラムはいいとこのお嬢さんが生きていける場所じゃねえ。

あんたが今いくつかは知らねえが、そういう時期もあったんじゃねえのか」

 

「失礼しちゃう!今も昔も高貴な存在ですわ!」

 

「だったら尚更だ。そんな格好でうろついてたら、一週間と保たずドブ川に浮かぶ」

 

よく見るとベネットのブラウスは綿100%のオーダーメイド。

スカートも、頭巾と同色の紫の手染め生地を手縫いしたプリーツスカート。

綺麗な服を来た、持たざる少女。

善悪抜きにして、彼女の送ってきた人生の複雑さが垣間見える。

 

「う~ん、それでも2人には、一応うちまで来てもらう必要があるのよね~」

 

「ああ、そうだな」

 

「え、どうして?あのボロ屋に何の用がありますの?」

 

「あの施設に潜入して、子供達を助けたら里沙子が報酬をくれることになってたんだよ。

あれ?言わなかったかな」

 

「聞きましたけど、どうして私まで?」

 

「それは明日の、お楽しみ~」

 

わけも分からず、顔を見合わせる2人だった。

ともかくその日は、基地の装甲馬車でハッピーマイルズ教会まで送ってもらい、

ベネットはあたしのベッドで、あたしとマーカスは1階聖堂の長椅子で寝た。

こないだの教訓通り、あの寝袋で寝るより、

椅子で寝たほうが快適だということが証明された。

じゃあ、あの寝袋の存在意義なんなのよ。

 

 

 

翌朝。

うるさい連中の質問攻めを無視して、トートバッグを肩に掛け、

朝食も取らずハッピーマイルズ・セントラルの街に出発した。

割と早めに出たけど、やっぱり市場の混雑が空きっ腹に堪える。

この物語も結構長く続いてると思うんだけど、キャラ設定とか関係なく人混みは死ぬる。

 

「ベネットちゃん、マーカス君、おてて引っ張って~」

 

「しっかりしろよ、だらしねえな」

 

「もう、私が手を触らせるなんて、滅多にないことですわよ。あっ、手を、手……」

 

人混みを抜けると、ベネットがなんだか知らないけど、

左手を愛おしそうに撫でながら見つめてる。

はは~ん。里沙子姉さんのアンテナが面白情報をキャッチしました。

今それは置いときましょう。まずは朝食よ。今度はあたしが2人を連れて酒場に入った。

 

カウンターに着くと、幸いおっぱいオバケは出勤前だったらしく、

ソフィアが応対してくれた。

彼女もずいぶん出番がないけど、落ち着いた家も仕事も手に入れて、

仲間もたくさんいるリア充だから、番外編には呼んでないの。

 

「おはよう、里沙子。あ、今日はお友達?おはよう!」

 

「ソフィア早番?おひさ~」

 

「ああ、おはよう」

 

「……ベネットですわ。おはよう」

 

「とりあえず3人共同じのでいいから、適当に朝食みつくろって。みんな元気?」

 

「元気元気。マックスはやっと自分のパンを店に並べてもらえるようになったし、

アーヴィンは科学技術大学に合格して、今はもう大学生。

マオは魔術大学でみんなのマスコットにされてるよ」

 

「あたしが酒に溺れている間に、世間はどんどん進歩していく……」

 

「あはは、まずお酒をやめてみたら?……オーダー入ります!モーニング3!」

 

“へいー!モーニング3!”

 

「へっ、そんな恐ろしい事するくらいなら、また幽霊村で指チョンパされた方がマシよ」

 

リア充の輝きを前に、くすんだ女が一人吐き捨てる。

だが、この後さらにコウモリにLEDライトを当てるような光景を目にするとは、

この時のあたしは思ってもいなかった。……あたしの仕業なんだけどね。

 

「ざまあ、ありませんわ。何も食べてなくても、里沙子の不幸が美味しくてよ」

 

「酒で身を持ち崩したらスラムに来な。同類がたくさんいるぜ。あんたなら溶け込める」

 

「お気遣いありがとう。マ・ヂ・で・ありがとっ!」

 

やけっぱちで答えたら、ちょうどトースト、ゆで卵、カフェオレの、

シンプルなモーニングセットが運ばれてきた。ここのトーストは隠れた名物。

分厚くてフワフワ。バターもいい感じで染み込んでて、

香ばしいパンと絶妙に絡み合って、鼻でも舌でも味を楽しませてくれる。

 

マーカスもベネットも、このセットを気に入ってくれたみたいで、無心で頬張っている。

ゆで卵の殻を向きながら、そんな2人を横目で見ていた。

うふふ、面白くなりそう。

 

「ごちそうさま」

 

「ごっそさん」

 

「ふぅ。ごちそうさま」

 

みんなほぼ同時に食べ終えて、一日の最初のエネルギーを補給したら、

あたしは銀貨を2枚置いて、席を立った。一食3G。釣りはチップよ。

 

「また来てくれよ、里沙子さん」

 

「ええ、ていうか、あなたいつ来ても居るわね」

 

どの時間帯にも必ずいるマスターに別れを告げると、モーニングで力を付けたあたしは、

市場を気合で突っ切って、その出口正面の役場に入った。

一緒に中に入った二人にもあたしの意図がわからないみたい。

振り返って、クイズを出す。

 

「さて、今から二人がするべきことはなんでしょうか」

 

「知らね」

 

「もったいぶらないで教えなさい!」

 

「ブブー!正解は戸籍を作る、でした!」

 

「戸籍ってなによ?」

 

「戸籍とは、国民一人一人に登録され、出生・氏名・配偶者等家族や

国籍の離脱について明確にし、

婚姻離婚やパスポートの発行を円滑にするものであり……」

 

「言葉の意味は聞いてませんの!なんでそんなもの作るのかを聞いてますの!」

 

「だってあんた、これから普通の人として生きていくんでしょ?

戸籍が無いとなんにもできないわよ?家も借りられないし、銀行に口座も作れない。

マーカス、あなたもよ。このトートバッグにはあなたに渡す報酬が入ってるけど、

そんな現生持ってスラムをうろうろしてたら、物理的に食い殺されるわ」

 

「確かに、そうだな。銀行口座は必要になる。どうすれば戸籍を作れるんだ?」

 

「簡単よ。そこに備え付けてある申込用紙に記入して。

身元保証人の欄はあたしが書くから」

 

二人共、薄い申込用紙に個人情報を書き込み始めた。

とは言え、大して書くことなんてないんだけど。

定住する家、つまり住所がない二人にしてみればね。

 

「書けたぜ」

 

「私も」

 

「どれどれ~」

 

あたしは書類に不備がないかチェックし、身元保証人欄に署名した。

完成した申込用紙を受付に持っていく。

 

「おはよう、里沙子さん」

 

「お久しぶり。この子達の身分証明書を発行してもらいたいんだけど」

 

「ん、ちょっと待っててくださいよ」

 

10分ほど待つと、分厚いカードに名前と保証人が印字された、

ハッピーマイルズの住人であることを示す身分証明書が発行された。

 

「お待たせ。しかし1年で変わるもんですなぁ。

里沙子さんが身元保証する側になるなんて」

 

「それに関しちゃ自分でも驚いてる。じゃあ、またね」

 

そして、あたしは二人に新しい生活へのパスポートを手渡した。

 

「俺の、身分証明書……」

 

「そう。あなたはもうスラムの放浪児マーカスじゃなくて、

ハッピーマイルズの一員なの。大手を振って表を歩けるのよ。そんで、これは約束通り」

 

あたしは20,000Gの入った麻袋をマーカスに手渡した。

やーっと肩の痛みから解放されたわ。はぁ。

 

「おっとと、流石に重いな」

 

「まだまだ報酬は残ってるわよ。二人共ついてきて」

 

「報酬?ああ、そうだったな!」

 

あたしはマーカスとベネットを連れて、昨夜訪れたばかりの軍事基地を訪ねた。

シュワルツ将軍が、門の前であくびをしながら既に待っていた。

 

「おはようございます、シュワルツ将軍。朝早くから申し訳ありません」

 

「おはようリサ。我のことなら構わん。結局昨夜からずっと起きていたからな」

 

「施設の連中は今、どのような状況で?」

 

「詳しいことはまだ言えんが、マーカスの持ち帰った証拠品を眺めると、

絞首刑や終身刑が続出するのは想像に難くない。

しばらく帝都の中央裁判所は荒れるであろう」

 

「子供達の方は?」

 

「別領地の孤児院に振り分けられることになるが、

本当に難しいのは皆の洗脳を解くことである。

赤子の頃からあの園で教育を受けていた者も少なくない。

……で、彼が入隊志願者かね?」

 

「はい、この度は無理をお聞き入れくださり、本当に感謝しております。

ほらマーカス、ご挨拶」

 

「ちょっと待て、どういうことだよ!?」

 

「サブ目標達成したら仕事斡旋するって言ったでしょ。

今日からここで未来の騎兵隊員になるべく訓練生になるの。安いけど給料が出るわ。

頑張って正規隊員になれば額も跳ね上がるわよ」

 

「そっか、そういうことか。……将軍、俺、マーカスです。よろしく」

 

「違ぁう!!」

 

やっぱり起き抜けに将軍の声はキツいわ。

みんな衝撃波のような大音声に思わず腰をかがめる。

 

「“自分はマーカスであります、よろしくお願いします”だ!もう一度!」

 

「じ、自分はマーカスであります!よろしくお願いします!」

 

「よし!訓練は血反吐を吐くほど辛いものになるが、耐え抜く自信はあるか!?」

 

「あります!訓練で背中から刺されることはありません!やってみせます!」

 

「よしわかった!今日は受け入れ準備がまだである!明朝6時にまた基地を訪れよ!」

 

「やったわね。安定収入があれば世界が違って見えるわよ」

 

「でも……」

 

そこでベネットが口を開いた。当然と言えば当然の疑問があるだろうからね。

 

「マーカスの問題は片付いたとしても、どうして私まで?

……役所で別れても、よかったんじゃ」

 

おやおや~?それは本心かしら。

 

「戸籍は手に入れたけどさ、あんたマーカスと違って無一文じゃん。

住む家どころか、食事のパンも買えやしない」

 

「それは、そうですけれど……」

 

「これからあたしはマーカスを不動産屋に連れて行く。手頃な借家を探しにね。

この意味分かる?」

 

「それって、まさか……!」

 

「あんた達、同棲しなさい!ていうか、結婚しなさい!」

 

「はぁっ!?」「へっ!?」「なぬっ!!」

 

先程受信した面白電波が映像を結びました。

 

「な、何勝手なこと言ってんだよ、里沙子!」

 

「待って、ベネットに聞いてるの。あなたはどうしたい?

本当に嫌だったら路銀くらい渡す」

 

「私は、あの、私は……」

 

「ベネット……おい、まさか」

 

「こども園から逃げる時、あんなに男性に強く手を握られたのは初めてで……

昨日からずっとその感触が残ってますの。

私のために流した血で濡れた手の感触が……」

 

「それで、どうしたい?」

 

「あの。マーカス、さん。私、行くところがありませんの。

炊事洗濯は、これから覚えますから、えと、一緒に生活させて頂けませんこと?」

 

「ん、ああ……俺は構わない。同じ家に住むくらいなら」

 

それで許す里沙子さんだと思ったら大間違いよ!

 

「あたしは、結婚しろと言ったんだけど?」

 

「ば、馬鹿野郎!子供同士で結婚なんか!俺、13だぞ!?」

 

「ベネットは100超えてる。何も問題なし。そうですわよね、将軍?」

 

「う、うむ。ハッピーマイルズの法律では、

夫か妻のどちらかが18歳以上であれば結婚は可能だ」

 

「ですって!これで二人を阻む壁は何もないわ!」

 

あたしはベネットとマーカスの手を強引に繋がせる。

 

「じゃあ、マーカスさん。そういうことに、なさいます……?」

 

あらやだ、ベネット結構積極的じゃない。マーカス君の答えは?

 

「……5年。俺も18になるまで一緒に暮らして、気が合うとわかったら、

きちんと手続きしよう」

 

「ちょっと失礼!」

 

マーカスを隅っこに引っ張って、肩を回して小声で忠告する。

 

(あのね、女ってもんはそんなに待ってられないの。

部屋を借りたら、今夜中に“モノ”にしなさい)

 

(ばっ、馬鹿言うんじゃねえよ!)

 

(女はいつまでもケジメつけてくれない男から離れていくものなのよ。

あれくらいカワイイ娘、そうそう見つからないわよ)

 

ディスプレイの前の皆さんには見えないだろうけど、

黙ってればベネットはかなりカワイイ部類に入る。

 

(……わかったよ。話つけて来る)

 

(ガンバ)

 

マーカスは頭をかきながらベネットに近づくと、ポツポツと話し始めた。

 

「んー、報酬もらったけど、今後の生活考えると大きな部屋は借りられないしさ、

贅沢も出来ないと思うんだけど、それで良かったら、俺と……一緒になるか?」

 

「私……今までたくさん悪いことをしてきましたわよ?」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

「うっく……また、手を、握ってくださる?」

 

「ああ」

 

マーカスがベネットの白い手を両手で握り込んだ。

いつの間にか彼女の目には涙が溜まっている。

 

「私より……長生きしなきゃ、許しませんからっ…!」

 

彼女がマーカスに抱きついた。彼もベネットの背に手を回し、抱きしめる。

うん、うん、これで一件落着ね。

彼にはちょっと仕事をしてもらうつもりだったんだけど、

とんだ大騒動になっちゃったわね。

 

「これで、細君を得たマーカスも、

簡単にへこたれるわけには行かなくなったな。ハハハ!」

 

「そうですわね。彼が立派な男性になるのを見守りましょう」

 

それってつまり、あたしがオバサンになるのを座して待とうってことになるんだけどね。

あたしはまだ空気の冷たい空を見上げて呟いた。リア充爆発しろ♪

 

将軍と別れてからは、二人の新居を探しに、不動産屋に付き合った。

忘れもしない、1年前のデブが相変わらず店番をやってた。

今度はスタンガンどころか銃器4丁持ってるから、

足元見やがったらマヂでコロコロしちゃうわよ。

 

身分証のあたしの名前と、背中から突き出てるレミントンにビビってるのか、

過剰なほど丁寧に対応するデブ。

あたしが教会を買ったときは、

ガタイのいい御者の兄ちゃんに見張ってもらったものだけど、

時の流れと共に立場ってもんは変わるものなのね。

 

「お2人でお住まいでしたら、こちらの物件などいかがでしょう!」

 

「基地からも市場からも遠くない……どうするベネット」

 

「マーカスがお決めになって。ややこしい手続きは嫌いですの」

 

「じゃあここにするぞ?契約するから手続きを頼む」

 

あらあらまあまあ。すっかり夫婦みたいなやり取りしちゃって。

 

「ありがとうございます!つきましては、保証金1000Gを頂戴できますでしょうか?」

 

「これでいいか?」

 

「ひいふうみい……はい、確かに!こちら部屋の鍵でございます。

ご不明な点がございましたら、いつでもお尋ねください!」

 

不動産屋を出ると、あたし達はそこでお別れすることにした。

これからは夫婦二人の共同生活。

頼れるのはお互いだけなんだから、これ以上あたしが世話を焼くのはよろしくないわ。

 

「あたしはもう帰るわ。結婚式場に迷ったらうちになさい。特別にタダで貸してあげる」

 

「まっぴらですわ!あんなボロ屋敷!」

 

「まぁ、今は結婚式とか考えてる余裕ないけど……そん時は、里沙子も来てくれよな」

 

「うるさい連中大勢引き連れていくわ」

 

不意に会話が止まる。さよならの時間。ベネットともマーカスとも、出会いは最悪で、

この二人が結婚するなんて予想もしてなかった。人生って、本当不思議。

 

「また、いつかね」

 

あたしは若い(?)夫婦に軽く手を振ると、教会に向かって歩き出した。

彼らの人生も、始まったばかり。なんてらしくないことを言ってみるテスト。

 

 



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↑の事後報告
適当に書いてるこのタイトルが思い浮かばなくて時間取られることがあるの。本末転倒にも程があるわ。


“帝国全土が震撼!児童養護施設が子供の命を売り物に!”

 

“逮捕者は数十名に及ぶ。責任者及び関係者の事情聴取が連日続く”

 

“皇帝陛下の怒りが降り注ぐ!主犯格及び実行犯の絞首刑・終身刑は不可避との見方”

 

“事件を受け、帝国内全ての孤児院・児童養護施設に軍が一斉立ち入り検査”

 

“児童らの洗脳解除には途方もない時間が掛かるだろう。 心理学者ロバート博士”

 

“製造過程など知らなかった。知っていたら買わなかった。 購入者A氏”

 

 

あの事件から数日後。朝食前のコーヒーを飲みながら、あたしは朝刊に目を通していた。

どの面も、カルト集団が子供を生きたエーテル製造機にした、狂った事件を報じている。

 

「うーわ、どこもこども園の事件でいっぱいだわ。“玉ねぎくん”すら休載が続いてる。

地味に朝の楽しみにしてる4コマなんだけど」

 

「そりゃそうだろ。お前があの事件に関わってたなんてな。

……つか、なんで私たちに隠してたんだよ!」

 

「まさかあたしもこんな事が起きてるなんて思わなかったのよ。ベネットの様子から、

体罰くらいがされてるんじゃないかと思って、マーカスに連れて帰るように依頼したら、

瓢箪から駒ってわけ」

 

「許せないです!無理やり大きくされた子供たちはもう元に戻らないんですよね……」

 

「知性も一緒に成長したのがせめてもの救いだけど、

マザー・レッドへの信仰がまだ強いの。

軍を侵略者だと思って抵抗して、みんなへの事情聴取がなかなか進まないって、

将軍やカシオピイアが嘆いてたわ」

 

「鬼畜にも劣る所業。責任者が天界へ赴くことは決してありません。

死後、マリア様の慈悲を受けることなく、

地獄の宰相による永劫の責め苦が待っているでしょう!」

 

珍しくエレオノーラも怒りを顕にする。カシオピイアは今、帝都に出張中。

報道陣が詰めかける中央裁判所での警備、関係者への事情聴取、事件概要のまとめ、

その他の手伝いで忙しい。

田舎の教会の警備兵まで動員されるほど、この事件が社会に与える影響は大きかった。

 

「犠牲になった子供達は、赤ん坊からパルフェム達の年代まで幅広いとか。

もし、パルフェムも今のように恵まれた環境にいなければ、

皆と同じ被害に遭っていたのかもしれませんね……」

 

「あなたは頭がいいから、洗脳された上で、

悪事の片棒を担がされていたかもしれないわね。

昔アースで、カルト教団が毒ガスを撒いて大勢の人を殺害したんだけど、

計画に加担した信者には、やっぱり高学歴のインテリがたくさんいたの」

 

「なら、強くて美しくて賢い私も、格好の餌食になっていたということね。

恐ろしい話だわ……」

 

「そうね。16の平方根は?」

 

「へーほーこん?大根の品種?」

 

「あんたは出家したところで金づる下働きがせいぜいよ。

手を汚すことはないから安心なさい」

 

「ムキー!また私をそうやって馬鹿にして!

今に見てなさい、大きくなったら、あんたの墓にへーほーこんを刻んでやるから!」

 

「なるほど、墓碑に数式や円周率なんかを刻むのも斬新ね。フェルマーの最終定理とか。

あ、ごめん。馬鹿にはしてないのよ?まだピーネには早いって言ってるの。

ほら、朝食ができるまで、社説だけでも読んで勉強しなさい」

 

「社説って何よ!」

 

「ほら、ピーネさん。1面をめくったところにある、このコーナーですよ。

最新の事件や社会情勢について、編集者の提言が短くまとめられてますわ。

まずは社説で新聞に慣れてくださいな」

 

「むむ……なんだか小難しいからわかりやすくまとめて欲しいものだわ」

 

「新聞記事が小難しいから、わかりやすくまとめたものが社説なんだけどね」

 

「そう言えば、マーカスのやつ、結婚したんだってな!これにはたまげたぜ!」

 

どうしようもなくいつも通りの展開を見かねて、

ルーベルがこの事件で唯一明るい話題を持ち出してきた。

 

「おめでたい話ですよね~是非この教会で結婚式を挙げて欲しいです。

わたくしがたくさんご馳走を用意するんですけど」

 

「それ、提案したんだけど、ベネットに全力で拒否されたわ。

昨日野暮用で街に行ったら、一緒に買い物してるのを見かけたの。

マーカスがさっそく荷物持ちさせられてて、尻に敷かれてるっぽかったわ。ウフフ」

 

「結婚式がまだなら、お祖父様に掛け合って、

大聖堂教会の聖堂で挙式ができるよう頼んでみることもできますよ」

 

「う~ん、それはちょっとまずいかもね」

 

「なぜでしょう?」

 

エレオがほっぺに人差し指を当てて首をかしげる。

 

「そうなると大勢の人が集まるわよね。

マーカスはともかく、元暴走魔女のベネットは、

参列者の誰かが顔を覚えているかもしれない。

あの二人に関しては、本人達の意思に任せるのが一番だと思うの」

 

「そうですね。わたしとしたことが、思慮が足りませんでした……」

 

「気にしないの。スラムで培われたマーカスの生存能力と、ベネットの年の功があれば、

なんとでもなるわよ」

 

「はい。わたしは陰ながらお二人の幸せを祈ることにしましょう」

 

「ご飯ができました~」

 

「おーし、全員で配膳作業開始よ!ピーネも一旦新聞を置く」

 

「え、あ、うん。……何だか少し賢さが増したような気がするわ」

 

「気のせいね。社説はあくまで地味な娯楽だから」

 

あたし達はそれぞれの食事をテーブルに置くと、

それぞれの形でいただきますや祈りを捧げて、朝食を開始した。

献立はいつもとそれほど変わらないわ。トースト、コンソメスープ、ゆで卵、サラダ。

朝食としては分量もちょうどいいから、みんなさっさと食べ終えて、

皿を洗い場に持っていき、自分の居場所に戻っていった。

 

はぁ、ピーネはもう社説に飽きたみたいね。これじゃ知的なレディは当分先だわね。

テーブルに置きっぱなしになった新聞を手に取る。

改めて広げるけど、どこも同じ事件……だけど、気になる記述を見つけた。

 

 

“……今回の事件は、ハッピーマイルズ領に児童養護施設が一ヶ所しかない状況を、

長年放置してきた行政にも責任がある。

その批判を受け、領主は北に接するモンブール領との領地合併を視野に入れた会談を、

モンブール領主に申し込んだ。

実現すれば、児童養護施設施設を5つ抱える領地と、

合わせて6ヶ所の孤児院を所有することになり、

一気に孤児の受け入れ先不足は解消されるだろう。

ただ、合併後にどちらの領主が統治の舵取りを行うか、

施設の維持管理費の負担割合をどうするか、議題は山積しており……”

 

 

「ねー、モンブールって確か、あんたがシスターの勉強してたとこじゃない?」

 

「そうですよ~モンブール中央教会で神の教えを学んでいたんです。

教会を卒業して遍歴の修道女として旅に出たんですけど、

あっという間に暴走魔女に捕まっちゃって……」

 

「あたしのところに来たってわけね。あんたも気の毒よね。

ここのほんの少し隣に、戦い慣れた猟師の小屋があれば、

飲んだくれ女の召使いにならずに済んだのに」

 

「そうですね。新米のわたくしには、マリア様の祝福を受け止めきれなかったようです」

 

「……そこは否定しなさいよ。

あ~う~わたくしはーこのきょーかいにこれて~しあわせですよぅ~でへ。ってさ」

 

「わたくしがいつそんな○○みたいな喋り方したんですか!怒りますよ!」

 

「ううっ、マジにならないでよ、冗談じゃない……」

 

洗いかけの包丁持ったまま怒鳴らないでよ、怖いでしょうが。

 

「うぷぷっ。里沙子ってさ、傍若無人に振る舞ってるっぽいけど、

ちょっとやり返されるとすぐビビるわよね。隠れヘタレってやつ?」

 

「うっさいわよピーネ!社説も読めないくせに!」

 

「この前もジョゼットに怒られたからって、シナリオ2本も書いてたくせに~」

 

「あんたにあたしの何が分かるの!ちびっこはちびっこランドに、帰れー!!」

 

「わーい!」

 

丸めた新聞を振り上げると、何しにきたのかわからないピーネが、

ワクワクちびっこランドに帰っていった。まったく最近のガキは!

 

「へへっ、でも実際そうだよな。

お前、大人しいと思ってた相手から急に反撃食らうとオタオタするとこあるぜ」

 

「ボロっちいダイニングの主黙る。

ルーベルまでチビ助のたわ言に乗っかってんじゃないわよ。

いつでも当然のようにここにいるけど、

ろくに趣味のひとつもない暇人にごちゃごちゃ言われたくない」

 

「……何だとコラ」

 

「ひっ……!やめてよ、冗談だって言ってるじゃない!」

 

「ああ、こっちも冗談だ。心配すんなって」

 

ルーベルがこっちに来て、あたしの背中を抱く。彼女の木の香りが、かすかに漂う。

 

「な、なによ?」

 

「私はいつでもお前の味方だ。何があっても守ってやる。だからそんなに意地張るなよ。

辛い時に無理して軽口憎まれ口叩いたりしなくたっていいんだ。

もっと私らを頼ってもいいんだぜ?」

 

「ふざけんじゃないわよ!この企画の数少ない売りを手放してどうすんの!

どいつもこいつもあたしのことコケにして!もういい、エリカにエサあげてくる!」

 

あたしはルーベルを押しのけて、2階の私室に駆け込んだ。

 

「またそうやって自分より立場の弱いやつに甘えるんだから、しょうがねえやつだな」

 

聞こえないふりをして乱暴にドアを閉めた。

 

 

 

 

 

「ねえ、聞いてよ。なんか今朝からみんなあたしのこといじめるのよ。

寄ってたかってからかったり脅したりするの。聞いてる?」

 

あたしは線香立てに一本ずつ火の着いた線香を刺しながらエリカに愚痴る。

 

「やはり匂い線香の香りは幽霊の五臓六腑に染み渡……何か言ったでござるか?」

 

「だから!今日のあたしは孤独なのよ!あんたはあたしを馬鹿にしないわよね?

脅すのはあんたには無理だってことは思い出した」

 

「むっ、また微妙に拙者を馬鹿にしたでござるな!

この際言わせてもらうが、里沙子殿は強くなどないでござる。

無意識に相手を見て、大丈夫そうだと判断した者にしか暴言を吐いてないのじゃ」

 

「あんたまでお説教!?おりん鳴らさないわよ!」

 

「そういう所でござる。

もし拙者の刀が何でも斬れて、戦国武将・東郷靖虎のような外見だったら、

風船扱いしたり線香をエサ呼ばわりしたでござるか?」

 

「あっ……聞こえてた?」

 

「この屋敷は壁が薄いから大抵の会話は丸聞こえよ。知らなかった?」

 

「だって、しょうがないじゃない……

あたしは身体が小さいし、力も弱いから、正面切っての喧嘩とかできないのよ。

銃を武器にしてるのもそれが理由よ。誰が使っても威力が変わらないしね……」

 

肩を落としておりんを鳴らす。長く続く澄んだ音色が室内に響く。

 

「はわわわ~!こ、この音色は癖になる~!痺れるような気持ちいいような……」

 

恍惚に浸りながら宙に浮くエリカを見て、ひとつ息をつく。

誰もあたしのことなんかわかっちゃくれない。

デスクの引き出しに隠した、

ボルカニック・マグマ(この世界のウィスキーね)でも煽ろうかしら。

エールの入ってる冷蔵庫周辺には、まだジョゼットとルーベルがいる。

一番下の引き出しを開けると、空っぽ。スキットルも見当たらない。

 

「ちょっとどうなってんのよ、これ!……ん、何かしら」

 

よく見ると、底に1枚のメッセージカードが。

 

“お姉ちゃん酔っ払うとうるさい!しばらくお酒は預かっとくからね! カシオピイア”

 

「実の妹にまで裏切られたー!勝手に人の部屋入ってんじゃねー!

作戦行動用のピッキング技術悪用すんじゃないわよ!」

 

その時肩にヒヤッとした感覚。振り向くとエリカがあたしの肩に手を置いていた。

 

「落ち着くでござるよ。心配してくれる人がいるだけ感謝するのじゃ」

 

「もう放っといて……今回はこども園事件の結果報告だけで終わることにするわ。

かなり短いけどね」

 

「エレオノーラ殿は何と言ってらっしゃるの?じゃ?」

 

「今日は順調だったのにポカしちゃったわね。惜しい。

……あのね、エレオノーラはジョゼットと同い年なの。16なの。8つ下なの。

それを大の大人がちょっと落ち込んだから泣きつくなんて……

いや、会うだけ会ってみようかしら?」

 

あたしは彼女の部屋に向かおうと、ドアを開けた。

けど、開けた瞬間3人ほどの人影がなだれ込んできた。

床に倒れ込む人物は……ルーベル、ジョゼット、エレオノーラ。

 

「あんた達、何やってんの!」

 

ルーベルが頭をかきながら立ち上がる。

 

「いやあ、部屋に戻るお前の背中があんまりしょぼくれてたから、

様子を見に来たんだが……ちょっとドアの前で聞き耳立ててたんだよ。

でも予想以上の落ち込みようだったから、声かけづらくってさ、ハハ」

 

「ふん、そうやってまたみんなであたしを馬鹿にするのね。

今からふて寝するんだから出てって。

この様子じゃエレオに相談しても、説教されるのは目に見えてるしー!」

 

「そう自棄にならないでください。ルーベルさんもジョゼットさんも、

傷つきやすい里沙子さんの心の内に対して、

思いやりが足りなかったと後悔しているのです」

 

「そうよ。何話か前に言ったけど、Sは打たれ弱いの。

叩くのはいいけど、叩かれるのは駄目なの。わかってくれる?この気持ち」

 

「最低な理屈だが、まぁ、今から3人で傷心のお前を慰めるってことに決めたんだよ。

だから一緒に来い」

 

「行かない」

 

「エール1本だけ飲んでいいからよ」

 

「行く」

 

そして、あたし達はぞろぞろとダイニングに逆戻りしていった。

テーブルの上には、“里沙子を慰める会”と、

マジックで走り書きしたスケッチブックが立てられていた。

なんか腑に落ちないような、モヤモヤした気分になるけど、

エールが飲めるならなんでもいいわ。

 

「さぁさぁ、里沙子さん、座ってください」

 

「言われなくても座るわよ」

 

「いつまでも拗ねてんじゃねえって。ほら、エール出してやるから。

……え~と、どの銘柄がいいんだ?っていうかどこだ?」

 

「冷蔵室。キンキンに冷やすと香りや味わいを感じにくくなるの。

そうね、ブルーのラベルのやつを出してくれるかしら。

ぶどうの香りとしっかりしたコクで嫌な事を忘れたい。度数6%で高めだし」

 

「これでいいか~?」

 

「うん。ありがとう。グラスには自分で注ぐから栓だけ開けてくれる?」

 

「へいへい、里沙子様のおっしゃる通りに」

 

ルーベルがシュポンと栓抜きで王冠を外す。

周りに妙にスペースがあると思ったら、パルフェムとピーネがいない。

 

「ところでチビ助達は?」

 

「今のお前を見せるのは教育上よくないから、小遣いやって街に遊びに行かせた。

パルフェムに関しちゃ精神年齢はお前より上かもしれんが」

 

「怒るべきなのか微妙ね。自分でも薄々そんな感じはしてるから」

 

「さあどうぞ。グラスとエールですよ~」

 

「ありがと、ジョゼット。

エールの美味い飲み方。まず、高いところから落として泡の層を作る。

それから泡立てないよう静かに液体を注ぐ。こうすることで香りが逃げない」

 

「里沙子さんは本当にエールが好きなんですね。

わたしは聖職者でお酒が飲めないので、わからないのですが」

 

「シスターってのも難儀な職業よね。刃物ダメ、お酒ダメ、クスリダメ。

一体何なら良いっていうの?」

 

「アハ…3つ目は誰もがダメだと思うのですが……聖職者にも娯楽はあるのですよ。

お菓子はここに来る前から嗜んでいましたし、お紅茶も」

 

「紅茶じゃ酔えないじゃない。Youこっそりウィスキー入れちゃいなよ。

そういう飲み方もあるのよ」

 

「マリア様に隠し事はできませんから……

わたしの事より、とにかく里沙子さんはエールをどうぞ」

 

「そう?じゃ、遠慮なく」

 

あたしは口を付ける前に、まずワインのように泡の香りを楽しむ。

最適温度で冷やされたエールの香りが花開く。ああ、たまんないわ、やっぱ。

さて、そろそろ一口いただこうかしら。グラス一杯のエールを飲もうとした時。

 

──(なみ)流る 貴女のもとへ 秋の菓子 

 

あら、パルフェムの和歌魔法だわ。随分久しぶりね。

詩が終わってから4,5秒ほどして、

彼女とピーネがダイニングに心地良いそよ風と共にワープしてきた。

 

「パルフェムとピーネじゃねえか!街に行ったんじゃなかったのかよ!」

 

ルーベルだけじゃなく、ジョゼットやエレオノーラも驚いている様子。

 

「ああ、里沙子さん!エールを隠してくださーい!」

 

「オッケー!すぐ胃袋に隠すわ!」

 

「そういう事ではなくて……お二人とも、どうして急に戻ってきたのですか?」

 

「そうだよ、ちゃんと小遣いやったじゃねえか」

 

「ひどいですわ、ルーベルさん。ピーネさんから聞きましてよ。

今朝から里沙子さんが傷心気味だと。きっと優しい皆さんのことですから、

後からフォローをしているだろうと思ったらやっぱり。

パルフェム達もお小遣いで手土産を買ってきましたの」

 

パルフェムの手には少し大きめな紙箱が。

 

「もうパーティーが始まっているようですが、

パルフェム達も仲間に入れてくださいまし」

 

そして、彼女が箱をテーブルに置いて開くと、人数分のショートケーキが。

 

「まぁ……パルフェムもピーネも。ありがとうね」

 

「わ、私は酒場でジュースでも飲もうって言ったけど、

あんまりパルフェムがしつこいから、ちょっと協力しただけよ!

落ち込んでる里沙子が見られて面白かったし?」

 

「ね~本気で里沙子さんを嫌ってる人なんていないんですよ?

だから、いじけるのはやめにして、パーティーを楽しみましょう!」

 

「別にいじけてないし。早くみんなの分のお茶入れてよ。エールがぬるくなり過ぎる」

 

「はい、ただいま~」

 

それから、あたしがエリカを呼んできて、

(飲み食い出来るやつ)全員に、紅茶とケーキが行き渡ったところで、

改めてミニパーティー開始。

 

「“里沙子さんを慰めようパーティー”を始めま~す。ワー、パチパチ~」

 

「花は桜木人は武士。ならば秋は宴の季節。実に目出度きことじゃ!」

 

「フン、ハロウィンでもないのに、なんでそんなに盛り上がれんだか。

元々ハロウィン自体、祝う意味あるのかどうか疑問だけどね!」

 

ようやくエールを一口。ワインよりぶどうの香りが濃い。

昔、物珍しさで買ったエールを飲まなかったら、

一生ラガーしか飲むチャンスしかなかった。

そう思うと、運命ってものを信じざるを得ないわ。

 

「お、その憎まれ口。調子が戻ってきたんじゃないのか?」

 

「そうね。将来立派なクソババアになれそう。……それはそうと、今朝も言ったけど、

モンブールとハッピーマイルズが合併するかもしれないって新聞に書いてたわよね。

だったら前々から気になってた、ハッピーマイルズ・セントラルの、

馬鹿みたいに長い地名も、改変されるんじゃないかしら。

街に行く度に無駄に長い街の名前を打ち込まなくて済みそう。

今日の朗報と言えばそれくらいね」

 

「モンブールには、わたくしの出身校があるので、懐かしいです~」

 

「合併となれば、財政的にはハッピーマイルズの方が下回っているので、

モンブール側の意向が強く反映されそうですわね」

 

「あたしとしては、街の名前がわかりやすくなればどっちでも良いわ。

モンブール2番街とかよさそう」

 

「あまり無闇に地名を変えるのは好ましいことでないのですが……

こればかりは行政の判断に任せるしかありませんね」

 

コンコン

 

頭を抱える。

今回は短いけど、前回の結果報告として、早めに店じまいしようと思ってたのに。

団らんの時には玄関にクレイモア地雷でも仕掛けとこうかしら。

うんざりしながらケーキを切っていたフォークを置き、応対に出る。

 

「行ってくるわ。5分で戻らなかったり銃声がしたら棺桶持って玄関まで来て」

 

「おう、行ってこい家主様」

 

聖堂を通ってドアに近づくと、応対も面倒だから、

クロノスハックで時間を止めてドアを開いて相手を見る。

……そんで、ドアを閉じて能力解除し、一言告げる。

 

「帰れ」

 

“ひどーい!塩対応ってレベルじゃないっぴょん!メルだよ!

里沙子の友達、マジカル・メルーシャ!”

 

「あたしに友人はいないわ。これまでも、これからも」

 

“MJD!?年齢イコール友達いない歴とかエンドってるんですけど!キャッキャ!”

 

「ねえ。ドアの向こうからデザートイーグルがあんたを狙ってるってこと知ってる?」

 

“そんな脅しには”…ヒュン!…「うわお!」

 

勝手に聖堂内にワープしてきたバカ女が勝手に大型拳銃に驚いてる。

 

「あなたには言ったかしら。くだらない嘘とハッタリは嫌いなの。

あれからあたしもギャル語ってもんを勉強してみたんだけど、

その結果言えるのは一言だけ。AKB(アホ消えろバカ)」

 

「ちょまち!ちょまち!メルはただ取材を申込みに来ただけっぴょん!」

 

「住居不法侵入は無警告で射殺されても文句は言えない。ジャーナリストなら常識」

 

「里沙子ー5分経ったから来たぞ。

棺桶がないから大きめのダンボールにしたんだが、これでいいか?」

 

ルーベルが物置からホコリでざらざらしたダンボールを持ってきた。

 

「あざまし。あと数秒で箱に収まるほどバラバラになるから」

 

デザートイーグルを構え直すと、銃身がガチャッと音を立てる。

 

「とりま落ち着いて!本当にちょっとお話が聞きたかっただけだっしー?」

 

「用件は手短に。安全装置が外れてる」

 

「し、新聞で読んだっしょー?児童養護施設の子供を材料にしたエーテル製造事件!

さりげ、あのヤマの解決に至ったのは、

里沙子が雇った人物の活躍だって情報を耳にしたの!

凶悪事件解決の立役者の行方を教えて欲しいっぴょん!」

 

「教えられないわ。その人はもうごく普通の一般人だから、

あなた達に私生活を嗅ぎ回られるとメンディーでしょ。5」

 

「そこをなんとか!メルのジャーナリスト精神が、あげぽよ状態なんだよ!」

 

「知ったこっちゃないわ。4」

 

「この事件で他紙を出し抜けば、

毎月ギリギリのお給金が役所の職員並には上がるっぴょん」

 

「全部あなたの都合でしょうが。3」

 

「そこんとこを、おねしゃす!……ところで里沙子、さっきから何を数えてる系?」

 

「.44マグナム弾があなたのカメラと心臓をぶち抜く残り時間よ。2」

 

「何考えてるっぴょん!?

今日のところはメルはバイビーするけど、諦めたわけじゃないからね!」

 

そう言い残すと、アホ女はワープして外へ逃げていった。

ダイニングに通さず済んでよかったわ。パーティーの続きと行きましょう。

 

“ガチしょんぼり沈殿丸……”

 

外から聞こえる馬鹿の声を無視してダイニングに戻ったあたし。

席に着くと、ぬるくなったエールに、また口を付けた。

エールは多少ぬるくなっても美味いどころか、香りが引き立つことすらある。

 

キンキンに冷やして一気飲みするラガーを否定する気はないわ。

確かにあの爽快感はラガーならではのものだし、ラガーにだってそれぞれ旨味がある。

 

「2人共、里沙子がビール飲んでるけど、今日は特別だからな。

違う日に昼から飲んでたら私に通報しろよ?」

 

「承知しましたわ」

 

「里沙子の酒なんて、全部捨てちゃえばいいのに!」

 

「エールのない家に興味はないわ。

もしそうなったら、世界の酒を求めて放浪の旅に出るのも悪くないわね」

 

「またそういう事言うんですから……」

 

で、エールとケーキの味を楽しんだあたしは、ようやく意気消沈状態から立ち直って、

通常営業に戻ることができた。ちょっと短めだけど、今回はこんなところね。

最後に変な客が来たけど、難なく追い返せたし。

日本のビール業界におけるエールのシェアが増えることを祈りつつ、

今回はさようなら~

 

 



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ピーネと星空
椅子から立ち上がった瞬間、何をしようとしてたか忘れることがあるの。これってヤバイわよね…


“そんであたしは言ってやったのよ!

空飛ぶタイヤは上下巻だから、下巻も買わないと意味ないわよって!

上巻は本屋じゃ見つからなくて友達に探してもらったらしいけど、

母さん結局最後まで読めたのかしらね、ギャハハ!アヤ、聞いてる?

地球にいたら尼で注文してあげてたんだけどね!

さすがにプライムでも異世界じゃ送料に離島料金上乗せされるわ!アッハッハ!!”

 

“お姉ちゃん、うるさい……!もう寝て!”

 

“ごめーん、もう切るから。アヤごめんね~酒が入ると話が長くなって困るわ~。

じゃ、来週の日曜。また”

 

“お酒飲んで、電話するの、やめて”

 

“ウッへへ、ごめんったら。もう寝る、もう寝るからゲンコツは勘弁!”

 

 

 

ほんっと、うるさいわね、あの女は。気持ちよく寝てたのに目が覚めちゃったじゃない。

これじゃ布団に入ってても、もう一度眠れそうにないわ。

外の空気でも吸ってこようかしら。

私はベッドから出ると、寝間着のままドアのない部屋から出る。

 

それしても、よくパルフェムは寝ていられるわね。

呆れて聖堂のドアを開けて、玄関先に座り込む。

夏はとっくに終わり、夜風が涼しいというより、肌寒くなった。

空を見上げると、満天の星。輝く星々が視界に広がる。

 

私はなんとなく手を伸ばしてみた。届くわけもないのに。

数多の星のひとつに、私だけの世界……ママがいるのかしら。

あの日、里沙子は言ったっけ。自分で探しに行ったほうが早いって。

 

「ママ、会いたいな」

 

叶わない願いを口にした時、

一筋の光が特に明るい星のいくつかを駆け抜け、何かの図形を形作った。なにこれ!?

きっと星座ってやつだと思うんだけど、鳥?馬?

とにかく意味不明な現象に混乱している私に追い打ちをかけるように、

更に不思議なことが起こる。

 

星座を骨組みにして、夜空に大きな輝く姿が現れた。それは羽ばたく一羽の巨大な鳥。

 

「な、なにあれ……?」

 

突然大空のスクリーンに現れた神々しい姿に、思わず後ずさる。

でも、異変はそれだけに留まらなかった。

星々が構成する、何千何万kmと離れた存在が話しかけてきた。

というより、思念を送ってきた。

 

『我は不死鳥フェニックス。この星の生命が鳳凰(ほうおう)座と呼ぶ存在。

我に願いを捧げたのは、君か?』

 

「あ、あの……」

 

私は驚きで声も出せないでいたけど、フェニックスはじっと待ってくれた。

何度か深呼吸して、私はようやく返事ができた。

 

「私はピーネ。ピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワール。吸血鬼よ。

確かにママに会いたいとは思ったけど……

私に召喚術の心得なんてないのに、どうして?」

 

『君の願いに応えて我の方から迎えに来た。その前にもう少し詳しく我について話そう。

元々我らは無数の星の集合体に過ぎなかった。

だが、人間を初めとした心を持つ生き物たちが、その並びに神や英雄の姿を夢見たのだ。

そして彼らが、気が遠くなるほどの年月を掛け、願いを込めるうちに、

心の力が星々をつなぎ合わせ、ついには様々な英雄や神獣として具現化させるに至った』

 

「……あなたも、その一柱だというの?」

 

『そう。我は鳳凰座から生まれし不死鳥フェニックス。

繰り返すが、君の願いを受け取り、迎えに来た。

命尽き果てし、母と共に暮らせる二人だけの世界』

 

「そ、そうよ!私はママに会いたいの!人間や悪魔の争いに巻き込まれることのない、

私達だけの世界でママとずっと暮らしていたいの!」

 

『よかろう。その願い、我が叶えよう』

 

「えっ、本当に、できちゃうの?ママはもう、この世にいないのに……」

 

気づかないうちに立ち上がっていた私はフェニックスに問う。

 

『森羅万象は表裏一体。故に、我の生と死を司る転生の炎で、

死を迎えた者を生ある者に甦らせることは造作もないこと。

そして、無数の星々のひとつを君に与え、

時の概念から解放された君達に永久の安らぎを与えることもまた可能』

 

突然の展開に戸惑う私。

どうしよう、ただ眠れないから外に出たら、

里沙子が生きてるうちに実現するかも怪しかった願いが突然叶っちゃった……

返事に困ったから、とっさに思いついた疑問で考える時間を稼ぐ。

 

「ね、ねえ!さっきも言ったけど、私は吸血鬼なの、悪魔なの!

そんな私に、フェニックスっていうなんとなく神っぽいのが、

願いを叶えちゃっていいのかしら?」

 

『種族の違いなど、無限に広がる宇宙の中では些細な事象。

人であろうと悪魔であろうと、数万光年先にある恒星に比べれば等しく小さい。

君の願いには我を呼ぶだけの力があった。ただそれだけの事』

 

「……そうなの。あ、後もうひとつ!“星との契約”って一体何なの?

大堕天使が金星と契約してそこに住んでて、星との契約って言葉は聞いたんだけど、

それ以上は教えてくれなくて。

今まで何を意味してるのか、さっぱりわからなくて困ってたの……」

 

すると、フェニックスの言葉に初めて感情らしきものが感じられた。

どこか苦虫を噛み潰したような怒りとも苛立ちともつかない声。

大堕天使についてあまり良くは思ってないみたい。

 

『ううむ……奴の契約は契約とも言えぬ。

数千年前に、その力で強引に金星を邪悪な力で染め上げ、星を穢し、自らの住処とした。

その力を独占された金星は、もはや奴の欲望を叶えることしか出来ぬ。話を戻そう。

星との契約とは、我ら星座を守護する英雄や神に、願いが届いた者だけが結べるもの。

神々が無数の星のひとつをその者に与え、その星を守護する使命と力を与えるのだ。

我ら星座神より星を守る義務と力を受け取ること。それが、星との契約だ』

 

「そうだったのね……」

 

『では、参ろう。この星に別れを告げ、新たな星の管理者となるのだ。

無論、君の母のことも忘れてはいない。愛する母と永遠の時を穏やかに過ごすのだ』

 

「えっ、ちょっと待って!今から行くの!?」

 

『何を躊躇う必要があるのか』

 

「あの、えっと、私は今、この教会で色んな変なやつと暮らしてて、

いきなりいなくなったらびっくりすると思うの。

だから、ちょっと時間をくれないかしら?

お別れするにしろ、挨拶のひとつもなしじゃ、

レッドヴィクトワール家の名が廃るっていうか……」

 

フェニックスは夜空に翼を広げて黙ったまま。ドキドキしながら返事を待つ。

 

『一週間。一週間後の夜にまた会おう。返事はその時に。

だが、今夜我と会ったことは誰にも話してはならぬ』

 

「どうして?」

 

『星座の力を知った大勢の者達が、独善的な欲望を空に打ち上げることになれば、

星を任せるに相応しい純粋な祈りを探し出すことが難しくなる。

別れは置き手紙などをしたためておくことだ。

念の為言っておくが、我の同胞が昼夜問わず空から君を見ている。それを忘れるな』

 

「わかっ、た……」

 

そう答えると、夜空の不死鳥は、元の星座に戻り、

何事もなかったような静けさが訪れる。

まだ現実を受け止めきれていない私は、ベッドに戻ってからも結局眠れなかった。

 

 

 

 

 

翌朝。みんなで朝食を食べてるんだけど、やっぱり落ち着かない。

 

「里沙子さん。この食パン、マックスさんが焼いたんですって。

もう立派なパン職人ですね~」

 

「んぐ、そうなの?道理でいつもと味が違うと思ったわ。

美味しいけど、まだ香りと焼き加減は大将には及ばないわね。

まぁ、転職してまだ1年も経ってないんだから、今後に期待は持てるけど」

 

「マックスって誰だ?」

 

「あー、そう言えばジョゼットしか知らないわよね。

ちょうどルーベルがうちに来るちょっと前まで、

あたしに粘着してたギルドがあったんだけど……」

 

みんなの話も頭に入って来ない。

誰かに相談しようにも、誰にも話しちゃ駄目って言われてるし……

どうしてすぐに返事しなかったんだろう。

もう一度ママに会えて、二人だけの世界を手に入れられたのに。

 

「ピーネさん?ピーネさん、どうしたんですか。さっきから元気がありませんわよ」

 

「えっ?ううん、なんでもない。どれから食べようか考えてただけ」

 

「そうですか。なんだか浮かない顔をされていたようなので」

 

「大丈夫よ。そうね、まずソーセージから食べようかしら」

 

「トマトと一緒に飲み込んだほうがよろしいんではなくて?」

 

「うるさいわね!トマトくらい単品で余裕だし!」

 

でも、そうなったら、このケンカ友達ともお別れ。

きっと新しい星はここから遥か遠くにある。二度と会えないと考えて間違いない。

ママと私だけの世界を取るか、このごちゃごちゃした教会での暮らしを取るか。

……もう、なんで迷ってるの、私!

一週間後にはママと再会して、誰にも邪魔されない私達だけの星を手に入れるのよ!

 

 

 

 

 

で、それに気づかない里沙子さんではありませんよ、と。

皿を洗い場に運びながら様子を伺うけど、やっぱりピーネの様子がおかしいのは明らか。

普段からおかしい娘だけど、それはどうでもいい事に騒いだり、

パルフェムと枕しばき合い対決してうるさいっていう意味で、

今みたいに黙り込んだりするのは、やっぱりいつもと違う。

 

まぁ、だからって、”どうしたの?悩み事があるならなんでも相談して!”

……なんて、あたしが言うはずもない。

うちは個人的な事情に関してはセルフサービスよ。

それを最古参のくせに理解していない奴がいるのがあたしの悩みかしら。

あたしは新聞を広げて無視する。

 

「里沙子さん、今日のピーネちゃん、なんだか落ち込んでます……

それとなく悩みを聞いてあげてくれませんか?」

 

「あらあら、今日の“玉ねぎくん”はポトフの具にされちゃってるわ。

いつもツイてないわね、彼」

 

「里沙子さん!小さな子がひとり悩み苦しんでるんですよ、何とも思わないんですか?」

 

「何とも。あのね、個人的な事情については、

周りの助けが要る場合と、自分で答えを出なきゃならない場合があるの。

余計な干渉が鬱陶しいだけってことが往々にしてある」

 

「彼女もそうだって言うんですか?根拠は……どうせないんでしょうね」

 

「あたしの事わかってるのかわかってないのか、相変わらず謎ね、あんた」

 

「やっぱり面倒くさいだけじゃないですか!

いいです、わたくしが彼女の悩みを解決してみせます!……ピーネちゃーん!」

 

ワクワクちびっこランドに駆け込むジョゼットを、

生温かい目で見送るあたしとルーベル。

 

「5秒ってとこだな。読んだら新聞貸してくれ」

 

「あと3秒。はい」

 

「サンキュ。2,1,……点火」

 

──うるさーい!!

 

言わんこっちゃない。散々枕で殴られたジョゼットが敗走してきた。

 

「うう……相談に乗ろうとしただけなのに、なぜか彼女を怒らせてしまいました」

 

「だから言ったでしょう。小さな親切大きなお世話。

ガキの悩みなんて、放っときゃ治る擦り傷みたいなもんよ。口出し手出し一切無用」

 

「もう!最近優しくなったと思ったのに、やっぱり里沙子さんは冷たいです!」

 

「あたしは気まぐれなの。気が向いた時、つまり暇でしょうがない時に、

サンドイッチ片手にスマホいじる程度の人助けしかしない。マーカスの時だってそう。

長い付き合いなんだから、そこんとこわかってよ」

 

「ひどいですー!里沙子さんなんて知らない!」

 

ジョゼットが自分の部屋に閉じこもってしまった。残されたあたしとルーベル。

 

「あの娘はこの企画のタイトルをもう一度読み直すべきね」

 

「……で、実際どうするつもりなんだ?」

 

「当てなんかないわ。でも、さっきのピーネは、

少なくとも悪意ある何かに追い詰められてるって感じじゃなかった。

どっちかって言えば、何かの選択を迫られてるっぽかったわね。

一方を選ぶと、もう一方を捨てることになる。そんなジレンマが顔に出てた」

 

「選択、ねえ」

 

と、つぶやいて、ルーベルは一口コップの水を飲む。あんたいつも水飲んでるわね。

しょうがない。あたしは立ち上がると、面倒だけどワクワクちびっこランドに向かう。

 

「お、里沙子始動」

 

「あたしのイデゲージが1本も立ってないけど、この雰囲気が嫌だから行ってくるわ」

 

重い足を引きずりながら、ピーネとパルフェムの寝室に向かう。

あたしが蹴破って以来、ドアがなくて丸見えなんだけど、

そろそろ修理お願いしたほうがいいかしら。女の子の部屋なんだし。

 

「パルフェム、ちょっと入るわよ」

 

「どうぞどうぞ。良かったらパルフェムと一緒にお布団に」

 

「また今度ね。ピーネ、ちょっと話があるの。あたしの部屋に来て」

 

「ちょっと!今なんでパルフェムだけに許可取ったの!

私も、この部屋の主なんだけど!」

 

「あたしはこの教会の主。というわけでレッツゴー」

 

「ちょ、やめなさい!自分で歩くから!」

 

あたしはピーネをお姫様抱っこして私室に運び込んだ。

羽根が付いてるせいか、軽い軽い。

とりあえずベッドに座らせて、あたしはデスクの机に腰掛けた。

ピーネが、ぷんすかぴーと怒るけど、全く威嚇になってない。

 

「なんのつもりよ!こんなところに連れ込んで!」

 

「こんなところで悪かったわね。いきなりだけどあんたに質問。

……何があった。ほれ、言うてみ、はよ」

 

「そんなの……あんたには関係ないでしょ!」

 

無表情を作ってるけど、惜しいわね。頭の小さい翼がピクピク動いてる。

 

「何かあったのは事実なのね。

だとすると、昨日の夕食の時にはなんにもなかったから……

ベッドに入ってからね、あんたに何か起こったのは」

 

「勝手に分析しないでちょうだい!関係ないって言ってるでしょう!?」

 

ピーネが立ち上がって叫ぶ。しばしの沈黙。あたしは少し目を伏せ、続けた。

 

「そーね。好き好んで人の事情に首突っ込むとか、あたしもヤキが回ったわね。

本気でこの企画の終焉も近いかも。そうやってすぐにやめるやめる言って、

読者の気を引こうとするのも、悪い癖だとは理解してる。

シルバーソウルでもあるまいし」

 

「本気であんたが何したいのか全然わかんないんだけど!」

 

「ごめ、この件に関しては手を引くわ。

そうね、ちょっと暇を持て余してるから散歩に付き合ってくれない?

街までは行かないわ。っていうか行けないのよね。お駄賃100Gあげるから、ね?」

 

“駄目です~お金のありがたさが分からなく……”

 

「でい!!聞くな!!」

 

“すみませんすみません”

 

今回ばかりは盗み聞きしてたジョゼットに黙ってもらった。で、どうなのよ。

 

「……報酬があるなら、別に構わないけど?」

 

「決まりね。じゃあ、かつてジョゼットを誘拐しようとした暴走魔女をぶっ殺した、

原っぱを周ってみましょう」

 

「いい趣味してるわね、本当」

 

それで、あたし達は部屋から出て階段を降り、聖堂を抜けて玄関から外に出た。

妙に行動を詳しく書いたのには理由がある。

ジョゼット、ドアの隙間を開けて無言で人を観察するのはやめなさい。

冗談抜きで怖いから。

 

 

 

 

 

「んあー、いい風ね。四季の中では春と秋が過ごしやすいけど、あたしは秋の方が好き。

春も好きなんだけど、無駄に眠くなるのよ。

地球じゃ温暖化が進んで、どんどん2つの季節が短くなってるのが悲しいけど」

 

「そう……」

 

あたし達は、この物語始まった当初、激戦を繰り広げた草原を歩いていた。

思えばあたしも、地球から来たばっかりなのに、よく頑張ったと思うわ。

確か土属性の魔女をあたし専用ガードベントにして、雷攻撃から身を守ったわね。

 

「秋も深まって、とっくに夏の大三角も見えなくなっちゃった。

デネブ・ベガ・アルタイルが形作る三角の星座」

 

「……何が言いたいの?」

 

「さっき家から出るときね、玄関に鍵が掛かってなかったの。

この世界の治安が決して良くないことはみんな分かってるから、掛け忘れはありえない。

意外とジョゼットも大丈夫なの。そんなうっかりしたらケツバットが待ってるからね。

誰かが夜中に外に出て、鍵を掛けないまま戻ってきたとしか思えないの」

 

「それで?」

 

「その人は何の用で外に出たのかなーって」

 

「さっきの話は終わったんじゃないの!?」

 

「ピーネのことだなんて言ってないじゃない。

ただ、こんなことが続くと泥棒に入られたりするから、何が原因なのか考えてるだけよ」

 

「そ、そう……」

 

喋りながら歩いていると、景色は草原地帯の隣にある森に変わっていた。

ここでは確か……氷属性と雷属性の魔女をダイナマイトでミンチにしたんだっけ。

さすがはあたし。

緑豊かな森林を散策してるのに、一般的な女性らしい思い出がひとつもねえ。

 

「うちの教会はさ、来るもの拒まず去る者追わずな訳よ。あ、違った。

来るものは選びまくってるわ。ただでさえ変な連中がしょっちゅう押しかけてくるから。

まぁ、ピーネも変人屋敷に取り込まれた哀れな犠牲者ってわけよ」

 

「それは言えてるわ。

里沙子さえ真人間になれば、あの教会もまともに機能するってものよ」

 

「ふふっ、あんたも言うようになったじゃん」

 

「常日頃から訴えてるわよ!大声張り上げて!

里沙子が耳を貸そうとしないか、放言を繰り返すばっかりで、

私ばかりが馬鹿を見てるのよ!ちょっとは生き方見直したらどうなの!?」

 

「禁酒以外なら検討する。あと、定職に就くこともお断り」

 

「あんた、なんかの間違いで金がなくなったら本気で死ぬしかなくなるわよ!?」

 

「ハハ、怒らないでよ。ピーネには本当に悪いと思ってることがひとつだけあるの」

 

「ひとつ?たったひとつ!?……ああ、この際何でもいいわ、言ってごらんなさい!」

 

「星の契約」

 

「……っ!」

 

急に核心を突くキーワードを出されて、明らかに動揺するピーネ。

わざわざ夜中に外に出て、それから態度が急変する理由があるとしたら、

彼女が抱えている事情しかない。いつか大堕天使からヒントを得た星の契約。

 

手がかりは今まで全く無かった。星と契約して、母と二人だけの争いのない世界を得る。

それがピーネの願いだった。でも、それはこの星を去る事を意味する。

 

あたしの事は嫌いだとしても、

パルフェムやジョゼット、無口だけどカシオピイアともよく遊んでいた。

わがままだけど姉貴分のルーベルの言うことは比較的聞いてたし、

聖職者のエレオノーラも彼女をかわいがっていた。

あ、エリカ忘れてた。最初はオバケだって怖がってたけど、

ヘッポコ具合に安心したのか、他の連中と同じように接するようになったわね。

 

母と生きるということは、皆と別れること。

何があったかはわからないけど、彼女は昨晩、星と契約する方法を手に入れて、

その狭間で揺れていたんだと思う。

 

「ピーネ。あんたは、どうしたいの」

 

「……言えない」

 

「そう」

 

追求はしなかった。

“言えない”ってことは、契約にそういうルールか何かがあるんだろうし、

行けとも行かないでとも言うつもりはなかった。

あたしは精一杯伸びをして、秋の爽やかな風を満足行くまで浴びると、

ポケットから金貨を1枚取り出し、ピーネに握らせた。

 

「はい、約束のお駄賃」

 

「ありがと……」

 

「もう戻りましょうか。あんまり外に出すぎても身体が冷えるし」

 

それからあたし達は、教会までぶらぶらと来た道を戻っていった。

ピーネは受け取った金貨を指先で回しながら、ずっと眺めていた。

 

 

 

 

 

部屋に戻ると、ドアをノックする音が聞こえた。

 

“私だ”

 

その声を聞いてドアを開けた。

ルーベルがあたしの部屋を訪ねるなんて珍しい。普段ならね。

彼女は勧められるまでもなく、デスクの椅子にドカと座ると、

ベッドに腰掛けるあたしに聞いた。

ワクワクちびっこランドと隣り合ってるダイニングじゃできない話よね。

 

「ピーネについて、何かわかったか?」

 

「星との契約。何があったかはわからない。ゆうべのことよ」

 

「そうか……」

 

必要最低限の言葉で伝わった。

ルーベルも今までピーネの願いについて、

何もできていなかったことは気になってたみたい。

あたしも街の図書館で天文学関連の書籍を調べてみたけど、

星座の位置や季節についてわかっただけで、契約なんて言葉は一度も出てこなかった。

 

「具体的にはピーネに何が起こるんだ?」

 

「聞いてみたけど“話せない”だってさ。

他人に喋ったらおじゃんになるとか、そんな感じの決まりがあるんじゃないの?

多分、契約を結んだらこの星にはいられなくなる。

あたしはともかく、あんたやパルフェム達と離れ離れになることと、

お母さんと会いたい気持ちの間で彼女なりに葛藤があるんでしょ」

 

隣の部屋で、慌てて外に出ようと転ぶ音。

続いてぶつけた足を引きずりながらこっちに近づく足音。そしてドアが開く。

 

「いだだ……タンスの角に小指をぶつけてしまいました。いたい~」

 

「何しに来たのよ馬鹿。ノックくらいしなさい」

 

「馬鹿は酷いです~。

ピーネちゃんが、ひょっとしたら、いなくなっちゃうかもしれないのに……」

 

「ガチで防音性に優れた家屋に建て替えようかしら。金かかるからやらないけど。

……言っとくけどね、ピーネを引き止めることも、

ましてやお別れパーティーなんぞ開くことも禁止だからね」

 

「えー!どうしてですか?」

 

「ピーネの立場になって考えなさいな。

この星を発つつもりなら、未練が残るようなことをされても、

その後に辛い思いが増すだけよ。

ここに残ると決めてる場合も、何も知らないふりをして、

いつも通りの生活を送るべきよ。

間違っても、“思いとどまってくれてありがとう”なんて言わないでよね。

亡くなった母親との再会を諦めたばかりなんだから。いい?」

 

「なるほど。そうですよね。わかりました……」

 

「そう、それでいいのよ。あんたは釘刺しとかないと心配だからね。

……カシオピイアもわかったー?」

 

“わかった”

 

「そこからエレオにも聞いてくれる?」

 

“感度良好です。いつも通りですね?わかりました!”

 

ちょっと、どこまで会話筒抜けなのよこの屋敷!

 

 

 

 

 

それから大体1週間くらい経った日。ピーネの朝食を口に運ぶフォークが重い。

なんだか表情も固い。そう、今日なのね。なんだかみんなも口数が少ない。

やがて、意を決したように、ピーネが打ち明けるように語りだした。

 

「ね、ねえ!みんなは新しい星に住んでみたいとは思わない?」

 

「思わない。流石に宇宙にまでアマゾンは配達してくれないし。将来はわからないけど」

 

「そう……カシオピイア、あなたは?」

 

妹は首を横に振る。

 

「この国や、みんなを、守らなきゃ」

 

「わたしも次の世代の法王を務める義務がありますので……」

 

「わたくしも神の教えを広める務めがありますから」

 

「里沙子お姉さまと遥か遠くに離れてしまうなんて、考えられませんわ」

 

「拙者にはこの国でシラヌイ家を再興する義務があるでござる」

 

「いたんだ、あんた」

 

「もう、すぐそうやって私をのけ者にして!」

 

「……なるほどね。ほんの例え話よ。気にしないで。ごちそうさま」

 

ピーネは珍しく何も言われずにトマトも全部食べて、食器を洗い場に置いて、

裏庭に出ていった。

 

「まあ、どっちに転んでも明日の朝には答えが出るわ。みんな今夜は部屋から出ないで。

パルフェムは何があっても寝たふり、エリカも窓からすり抜けて外覗かないこと」

 

「わかりましたわ」

 

「拙者は夜が早いでござる。位牌に入れば朝までぐっすりでござるよ」

 

大げさに表現すると、今日みたいな日を、

今生の別れとか残された一日とか言うんだろうけど、あたし達はあたし達らしく、

本当にいつもと同じように過ごした。

 

ピーネとパルフェムは、やっぱり昼間から枕投げ大会やってたし、

あたしは冷蔵庫からエールを失敬しようとしてルーベルから説教食らってたし、

エレオは部屋で祈りを捧げてた。

カシオピイアは自室で日報を書き、ジョゼットは家事に精を出す。

 

全てが、本当に、普段と変わらない日だった。

 

「じゃ、みんなお休みー」

 

シャワーを浴びてパジャマに着替えたあたしは、

誰もいない廊下を歩きながら、あくび交じりに呼びかけ、私室のベッドに飛び込んだ。

布団の中から手を伸ばし、ランプのつまみを指先で挟むと、ゆっくりと明かりを消した。

 

 

 

 

 

私は、フェニックスに会うために、夜中まで布団の中で起きていた。

というより、眠れなかった。

言われた通り、置き手紙はベッドのサイドボードに入れておいたけど……

パルフェムは寝てる。ベッドから起きてそっと床に足を下ろす。

そしてパジャマのまま靴を履いて、ダイニングから聖堂を通り、扉を開ける。

 

夜風が冷たい。真夜中なのに、空は星々の光で紺色に明るい。

私が心の中で念じると、また空に光の線が走り、鳳凰座を形作る。

すると、星座が不思議な力を放ち、フェニックスが姿を表した。

 

「フェニックス……」

 

『君を迎えに来た。答えは出たのだろう?』

 

「あのね、私……やっぱり決められなかった。ママには会いたい。

でも、そうすると、この星が見えないくらい遠くに行くから、

ここの変な仲間とはもう会えない。ねえ、私どうすればいいの!?

私、もうわかんないよ……」

 

いつの間にか目に涙があふれる。フェニックスから目を反らすように下を向く。すると。

 

──甘えてはいけません!

 

ずっと聞きたかったその声にハッとなる。そこには、背の高い吸血鬼の女性。

真っ赤な広い翼に整った顔立ち、黒のロングヘアを両耳に掛けた彼女は。

 

「ママ!!」

 

「だめよ!」

 

思わず駆け寄ろうとしたら、手で押し止められた。

 

「えっ、どうして……?」

 

「こちらへ来る前に、答えを出すのです。

いつまでも母に頼って自分の運命を決められないようでは、星の守護者にはなれません」

 

「じゃあ、ママは?」

 

『命が絶える寸前に、白鳥座の同胞が彼女の願いを受け取り、星と契約を結ばせた。

いつまでも愛娘を見守っていたいという、その願いを叶えるため。

彼女は星の守護者として再び生を受けた。次に答えを出すのは、君だ』

 

「そうなのね。ママは、生きていてくれたのね!」

 

「ああ、私のかわいいピーネ。ママは空からずっとあなたのことを見ていたの。

またあなたに会えて、本当に嬉しい。でも、星と契約するかどうかは、慎重に考えて。

その星が寿命を迎えるまで、途方もない年月を共に生きることになるの」

 

「でも、ママと一緒に暮らせるのよね?争いも憎しみもない世界で!」

 

「だけど、喜びも仲間もない。寒々とした世界よ」

 

「そんな……私、ずっとママと会いたくて、それだけを考えて」

 

「ピーネ。ママはいつまでもあなたを見守っていられるけど、

一緒に住んでいる仲間と過ごせる時間は限られているんじゃないかしら。

人間と吸血鬼。寿命の差はどうすることもできない」

 

「人間は、長生きしても、100年しか……」

 

「そう。人間は、私達吸血鬼にとっては短い時間を、とても大切にして生きているの。

悪魔であるあなたが、その限られた時間に寄り添えることは、素晴らしいことだと、

ママは思うの」

 

「……そうよね。いつかは、里沙子も、パルフェムも、みんなも」

 

私は、考えたくない未来から目を背けていた。

いつかはこの教会の住人とも別れの時が来る。でも、それはもう終わり。

ママが背中を押してくれた。迷いを振り切り、宣言した。

 

「ママ。私、最強の吸血鬼になる。家の跡継ぎなんかになるためじゃない。

いつかみんなとの別れを果たした後、

ママがいる遠い星にたどり着けるほどの力を付けるため。ママに会いに行くために!」

 

すると、ママは優しく微笑んでくれた。

 

「たくましくなったわね……ママもその日を楽しみにしてるわ。

あなたなら500年もあれば大規模時空跳躍魔法を身につけられる。

覚えていて。ママは春の星座。白鳥座の一番明るい星にいるわ。必ず迎えに来てね」

 

「絶対行く。何百年かかっても!」

 

「そろそろ、お別れね。フェニックス、無駄足を踏ませてごめんなさい。

私を白鳥座まで送り届けてください」

 

『……無駄ではない。星座神となりて宇宙の中で幾星霜の時を生きる中、

斯様な生ける者の感情に触れることは滅多にないこと。

良きものを見せてもらった。さあ、我が翼に』

 

「はい。……ピーネ、強く生きるのよ!」

 

「ママ、今は、さようなら……」

 

静かに涙を流すママがフェニックスに振り返ると、

その身体が綺麗なオーロラに包まれて、段々その姿が薄くなって、

闇夜に溶け込んで消えていった。私も鳳凰座に背を向けて、教会のドアを大きく開き、

お城に入る女王のような晴れ晴れとした気持ちで教会の中に戻った。

 

 

 

 

 

朝。

代わり映えのない食卓。みんな黙々と朝食を食べてる。

トースト、ゴーダチーズ3切れが乗ったミニサラダ、コーンスープ。ベーコンエッグ。

あたしはまだ使ってないフォークでゴーダチーズをすくって、ピーネの皿に載せた。

 

「あげる」

 

「何よ」

 

「チーズ好きなんじゃないの?」

 

「お行儀悪いわよ。……食べるけど」

 

やっぱり誰もなんにも言わない。だけど、みんなの心にどこかに、ほっとしたような、

何か温かいものが流れたような気がした。あたしは別よ?

さっさと食べて今日の玉ねぎくんを読みましょう。

 

先週の晩も昨日の晩も何があったのかはわからない。

わからないってことは知る必要がないことだと考えることにする。

きっと知ったところで、

あたしがどうこうできる問題じゃないってことでしょうからね。

“今の所”トラブルもなく、ここにいつものメンバーが集まってる。

それだけで万々歳よ。あたしは小さな吸血鬼を少しだけ見ると、そう思った。

 

 



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新たな敵の予感?数は4人
朝っぱらからウィスキーで深酒するとすごく身体に悪いの。知ってた?


魔界の程近く

 

正確にはアースとミドルファンタジアの狭間に存在する次元の境目。

そこに4体の人の形をした人ならざる者達が、

重力そして時の概念が存在しない空間に存在していた。

彼女達が放つ魔力の光しかない、ほぼ完全な闇。

 

 

【挿絵表示】

 

 

絹織物で目隠しをした巫女装束の少女が、

編み棒を指先で忙しなく動かしながら、他の3人に問う。

具現化した魔力の糸が編み込まれ、背後の空間にどこまでも続いているが、

何を作っているのかは彼女しか知らない。

 

「ねえリーブラ。深淵魔女が、来なくなったの。どうして?」

 

「集めすぎた賞金と副賞を管理しきれなくなっているみたいですよ。

あと、カラスの世話」

 

何もない空間に腰掛け、大きな辞典を読みながら答えたのは、

2mはあろうかという黒髪を空間にたゆたわせる、濃紫のローブを着た魔女。

リーブラと呼ばれた彼女は、見た目は編み物の少女より年上。

三角帽子を被らないシンプルな装いだが、

それが柔らかな印象を与える美しい顔立ちを引き立たせる。

 

「ほーっておけばいいのになー。魔王さんが死んだのはちょっと寂しいけど、

長年続いてきた戦いが結末を迎えただけのことでありまして、

人間が魔界に侵攻してきたわけでもなかろーに。

深淵さんも、そう必死にならずに、

蓄えた賞金で贅沢するのが賢い選択だと思うわけですよ、ドクトルは」

 

魔女に続いて、白衣姿の女性が、

得体の知れない液体が入った試験管を眺めながら見解を述べる。

銀髪のロングヘアがきらめく彼女の周りには、様々な実験器具や触媒が浮かんでいる。

 

「何を言うのですか、ドクトル!

魔王様を殺したということは、すなわち魔族に対する宣戦布告!

人間共に身の程を思い知らせてやらなければ!」

 

そう声を上げたのは、グラマラスな身体の線がくっきりと浮かぶ、

ピンク色のナース服を着た、眼鏡の女性。

腕や腰にシリンジや薬瓶、医療器具を収納するケースを固定した、

ホルスターを巻いている。

ブロンドのショートカットを後ろでまとめた彼女は、語り終えると、眼鏡を直した。

 

「別によろしいじゃありませんか。私達超上級魔族は一個体で一種族。

横のつながりなど本来ない。

誰が死んだからといって、仇討ちする必要などないんですよ?」

 

「あなたには魔族としてのプライドはないのですか!?」

 

「人間に殺されるような雑魚が死んだくらいで傷つくようなくだらない誇りは、

持ち合わせていません」

 

次の瞬間、看護婦の姿がリーブラのそばに移動し、彼女に鋭いメスを突きつけた。

その刃物と同様に、刺すような目つきで睨みながら。

 

「……撤回しなさい」

 

しかし、彼女は珍しいものを見るように、メスをキョロキョロと眺める。

時々刃先が顔を切るが、流れる血にも構わず、

左腕に持っていた辞書を1ページめくった。

新しいページは光を放ちながら、文字と図形を構成する。

彼女はやはり自らに向けられた凶器を意に介さず、辞書を読む。

 

「メス。外科手術に使用する医療用刃物。オランダ語のmesが語源。

……なるほど、理解できました!」

 

新たな知識を手に入れたリーブラは、血だらけの顔に笑みを浮かべて喜ぶ。

 

「聞いているのですか!?」

 

「無駄だよ。リーブラは死ぬまで本を手放さない。命より新しいページが大事。

いつものことじゃない。そんなに人間が憎いなら、ローナが何かすればいい」

 

巫女装束の少女が、相変わらず器用に編み物をしながらつぶやく。

ローナという女性が、ため息をつく。

 

「カゲリヒメまで何を言うのです。人間の欲望には際限がない。

魔王様打倒を足がかりにして、やがては魔界すら奪おうと目論むに違いないのです。

もう少し危機感を持ってくださいな!」

 

「ドクトル的にはー。魔王というより、

彼に提供してた死霊バクテリアが、あっさり死んじゃったことのほうが気になるかな。

そりゃ、確かに聖属性が弱点だってことはわかってたけど、

あんな豆球みたいな光で全滅ってあんた……」

 

「別に魔界みたいな何もないところ、差し上げればいいじゃないですか。

人間にそれができたならご褒美として。

私はこの静かな空間で読書ができればそれで十分です」

 

リーブラが軽く袖で顔を拭うと、先程の怪我も血も綺麗になくなっていた。

 

「皆さん揃いも揃って自分のことばかり!深淵魔女さんの苦労も偲ばれますわ!

……わかりました、私が斑目里沙子と聖女エレオノーラの首を切除してきます!

その上は、私がこの四魔会談のリーダーに就任しますからそのつもりで!」

 

「お好きにどーぞー。……細胞分裂のスピードが思ったより遅いなー。

リーブラ原因わかる?」

 

「興味が無いので調べる気になりません」

 

「けちー」

 

「もう結構!事が済み次第、あなた方には魔族を率いる存在となって、

キリキリ働いてもらいますからね!」

 

彼女がその場で軽く跳ねると、その姿が掻き消え、後には3人だけが残された。

 

「なーんでそんなに一生懸命になれるのかね。砂と岩だらけの世界にさ」

 

「それこそ調べる気になれません」

 

「私あのオバサン嫌い。うるさくて編み物に集中できない……」

 

こうして、まとまりのない四魔会談は、次元の片隅にひっそりと存在しているのだった。

 

 

 

 

 

その日のあたしは上機嫌だった。

アマゾンから予約したソフトが届く日のような気持ちで、ある物の到着を待っていた。

 

“ごめんください、パーシヴァル販売部の者です。ご注文の品をお持ちしました”

 

「は~い、ちょっと待ってくださいね!」

 

いそいそとドアを開けると、

作業服姿の大柄な男たちとそのボディーガードが立っていた。

彼らに囲まれるように、待ち焦がれた一品が!

 

「取り付けはどちらに致しましょう?」

 

「ええと、屋外のこの辺りに。

玄関先を狙い撃てるように角度を調整していただけるかしら」

 

「かしこまりました。それでは作業を開始しますので、しばらくお待ち下さい」

 

作業員がボディーガードに守られながらガトリングガンの設置を開始した。

以前からちょくちょく言ってたけど、

あたしの平穏を邪魔する輩を未然に排除するために、

セントリーガン的なものを奮発して導入したの。

 

お値段1基5万G。銃砲店から会社に直接注文書を送った時、あたしの名前を見たのか、

パーシヴァルの社長さんが気を利かせて大幅値引きしてくれたのよ。普通は20万するの。

きっと普段の行いがいいからね。

 

子供部屋の窓から見て左手あたりに、

トンテンカンテンと組み上げられていくガトリングガン。

かつてあたしが持ち込んだものとは、もはや別物。

発射レートも重量も威力も改善され、上から差し込むマガジン方式から、

銃身側部に箱型弾倉を取り付けるボックス方式に変更。よって装弾数も飛躍的に上昇。

ハンドルからトリガー方式に改良されたガトリングガンは、

ミドルファンタジアのミニガンと言えるくらい性能を増していた。

 

作業の音を聞きつけた暇人共が外に出てくる。

ガトリングガン導入に協力してくれたルーベルはともかく、

ジョゼットがまた何か騒ぎ出しそう。と、思ったら案の定。

 

「里沙子さん!何なんですか、それ!ガトリングガンにしか見えないんですけど!」

 

「よくわかってんじゃない。最新式のガトリングガンよ。

変な奴が来て居座ろうとしたらこれでパチパチするの」

 

「駄目ですー!ここはマリア様のお部屋……」

 

「じゃありません。ここは庭です。あたしの土地です。

これが駄目なら、体中に銃を巻き付けてるあたしは家に入れないと思うがどうか。

……この屁理屈は前に使ったわね」

 

「うう……ミサに来る信者の皆さんがびっくりするじゃないですか」

 

「発想の逆転が肝心よ。逆に信者達はこのガトリングガンで安全が確保されるってね。

いつかのようにヤケを起こした野盗達が押し寄せてきても、

この素敵なマシンガンがお掃除してくれる。

教会に逃げ込めば大丈夫って次のミサで言っときなさい」

 

「それは、そうかもしれませんけど……」

 

なんか腑に落ちない様子のルーベルにもお礼を言わなくちゃ。

 

「はい、議論終わり!ルーベルも、ありがとね。

玄関にドアスコープ付けてくれたから、来客が変な奴かどうか、

ドアを開けずにある程度判断できるようになった」

 

「そりゃあ、日曜大工程度だから別にいいんだけどよ。敵が人間だったらどうするんだ?

企画的にヤバイんだろ」

 

「殺すのは全自動のガトリングガンであって、当局は一切関知致しませ~ん!」

 

「とんでもねえ奴だな。

まぁ、買っちまったもんはしょうがねえから、本当に防犯用にだけ使えよ?」

 

「わかったわ!」

 

元気よく返事したその時、取り付けが終わったみたいで、作業員が話しかけてきた。

 

「お客様、設置と動作確認の方、完了致しましたので、

こちらにフルネームでお名前をお願いします」

 

「は~い、ご苦労様です」

 

あたしは、作業員が差し出した書類の署名欄にRisako Madarameと記入した。

これであたしの平穏な生活を脅かす不届き者を、

スイッチひとつでハチの巣にできるわけね。

作業員が帰り際に渡していった説明書を読む。

 

えーと?別添のリモコンのボタンを押すと、微弱な音波魔法が放たれ、

銃身のトリガーに内蔵された受信装置とリンクし……パス。銃撃を開始する、と。

うん、それが分かれば十分だわ。

 

「お姉ちゃん、それって、最新式の装備。どうして?」

 

「何か工事をしていたようですが、それは?」

 

「ああ、カシオピイアとエレオも来たのね。見てよこれ、悪い奴らぶち殺しマシン。

あたし達の生活をより良いものにしてくれる便利グッズよ。

もう変な来客に悩まされることなく、お気に入りが0になるまで、

グータラ生活だけを読者にお送りすることができるの。

もう誰が痛い思いしてバトル展開なんかやるもんですか。

手始めに、今回は1万字くらい掛けて、みんなでカシオピイアの愛称を考えましょうか。

う~ん、エレオみたいに、ピイア?微妙にピーネと被るわね」

 

「今のままで、いい……日報、書かなきゃ」

 

「あまり物騒なフラグを立てないでくださいね。

わたしはお昼のお祈りがありますので……」

 

ピイアもエレオも行っちゃった。

何よう、この素敵な近代兵器にもっと興味を示してもいいと思うんだけど。

代わりにワクワクちびっこランドの住人が、窓から顔を出して、

ガトリングガンのメタリックボディに興奮する。

 

「わ、里沙子お姉さま!

何の工事か気になっていましたが、この大きな連発銃はもしかして?」

 

「フフッ、そうよ!ついに頭のおかしい連中を焼けた銃弾で泣いて帰らせる、

お手軽便利な秘密兵器を購入してしまったのよ!」

 

「ガンガンゴンゴンうるさいから何かと思えば……あんたいくつ銃買えば気が済むのよ」

 

「ピースメーカーやレミントンは勝手に不審者を撃ち殺してくれないでしょ?

その点これは全自動……いや、全自動とはまだ言えないわね。

相変わらずスイッチは手動だから。

敵意の有り無しを魔法で判別して作動させる方法がないか、

図書館やら魔女ギルドに相談して、

放っといても敵を攻撃してくれるよう、改良を施す必要があるわ」

 

「付き合ってらんなーい。もうお昼寝の邪魔はしないでよね!」

 

ぴしゃりと窓を閉めるピーネ。

一家の大黒柱が皆の安全を守ろうとしてるのに、パルフェム以外誰もわかってくれない。

あたしは軽く口をへの字にして失望しながら、家に戻った。

 

 

 

 

 

転移完了。この教会があの女の根城ですのね。

壁画にはマリアと……イエスとかいうポッと出の神。

どちらも我ら四大死姫にかかれば滅することなど容易い。

まずは、邪魔な斑目里沙子を血祭りに上げて、聖女の首を頂くとしましょう。

 

コンコンコン、とドアをノックします。

 

“おっしゃ来たわ!行くわよ、チェンジゲッター、ワン!”

 

“うるせえな、まだ不審者だと決まったわけじゃねえだろ”

 

“あのドアを叩く者の99%は罪業にまみれた咎人だって法律で決まってんのよ。

はーい!どなた~?”

 

「……私は、四大死姫が一人、ローナ」

 

“う~わ、こりゃひでえわ。

確かにうちは変な連中いっぱいいるけど、イメクラじゃないの。

そういう店で働きたいなら、街の裏路地を進んで、

スラムに入る直前で左折すれば風俗街があるわ。

あと、その中二病臭い肩書きは需要ないから、

店長さんに新しいの考えてもらったほうがいい。

プロだからピッタリなの付けてくれるわ”

 

「なんて礼儀知らずな!

長年魔王様の専属医を務めた魔界医師ローナに向かって、よくもそんな口を!

今すぐ出てらっしゃい!」

 

“それとあんた。さっきイエスさんのこと馬鹿にしてたけど、

あんたじゃイエスさんとやりあっても塩の柱どころか甘納豆にされるのがオチよ。

ふふ、今度はあたしが心を読んでやったわ。

実際彼に歯向かった魔女が塩漬けにされたの、そうよね?”

 

「はい」

 

「え!今返事したの誰!?と、とにかく出て来なさい!魔王様の仇!」

 

“魔王?ああ、そんなのあったね。

悪いけど、死んだ奴にいつまでも構ってるほど世間様も暇じゃないの。

あれからどんだけ大騒動があったと思ってんのよ。

ちなみにあたしは暇だけど関わるつもりはない。じゃあね”

 

「減らず口を利けるのも今のうちですわよ。

このボロ屋敷を毒ガスで包み込んで、あなたを叩き出すなど造作も無いこと。

フフ……この濃縮呪素を一滴垂らせば、一瞬で気化。

広範囲に広がり上級悪魔すら数秒で砂に変える猛毒ガスに」

 

“ゲッタービーム!”

 

──ドガアアアアアアァ!!

 

 

 

 

 

“いだああああ!!”

 

スイッチひとつを押すことがこれほどまでに快感だなんて。

ナースのコスプレした女が攻撃宣言をしたから、

早速ガトリングガンのスイッチを押した。

予想以上の威力でガトリングガンが吠え、変態中二女がふっ飛ばされた。

 

「里沙子うるさーい!あれ、別のとこに移してよ!」

 

「さっそく活躍してくれてるみたいですわ。この銃声は20mm機関砲ですわね」

 

「はぁ!?人間の形した生き物に向ける大きさじゃないでしょう!

何が平和を作る者(ピースメーカー)よ!寝ぼけるのも大概にしなさい!」

 

ちびっこの文句を無視して、ドアスコープを覗くんだけど、視界の外に出てしまった。

普通の人間なら粉々になってないとおかしいんだけど、形を留めてるってことは、

それなりに強いってことかしら。四大死姫だのはどうでもいいけど。

 

とりあえずあたしは変態の正体を確かめるべく、外に出た。

20mm弾の集中砲火を受けたコスプレ女は、草原で大の字になって横たわっていた。

 

「おーい、生きてるかい?」

 

「トラップとは、卑怯な真似を……小賢しい」

 

「先制攻撃してきたから反撃しただけじゃない。

魔王の知り合いだかなんだか知らないけど、今更何の用?

さっき言ったように、魔王のことなんか忘れてる人のほうが多い。

あれから色々あったからね。そろそろ起きたら?」

 

「くっ……」

 

変態ナースは服に付いた土を払いながら立ち上がり、改めて名乗りを上げる。

 

「私は魔界医師ローナ。主を殺した犯人を倒せる強者が現れることを信じて、

深淵魔女の手配書に賭けたのだけど、待てど暮らせど賞金が釣り上がるばかりで、

一向に成果が現れない。

だからこうして私が自ら魔王様を殺したお前を奈落の底に突き落としに来たのです。

……覚悟なさい!」

 

言い終わると同時に、ローナが腕に差したシリンジをダーツのように投げつけてきた。

でも、残念ね。あたしはクロノスハックをゆっくり発動させると、

超低スピードで向かってくるシリンジを中指と人差し指で挟んだ。

そしてゴミは持ち主に返却を。

ブルーの液体が入った怪しい注射器をそのまま投げ返し、能力解除。

 

「はっ!?」

 

ローナは何故か跳ね返ってきた注射器を避けきれず、慌てて魔力でバリアを張った。

受け止めた注射器がバリアに当たって砕け、中身の液体が飛び散ると、

足元の雑草が急速に腐り、土が養分を失い、白い粘土と化した。

 

「い、一体何をしたと言うのですか!?」

 

「北斗神拳奥義、二指真空把」

 

“ゲッターか北斗かどっちかにしろ”

 

この客にはあんまり興味がないらしく、

ルーベルがダイニングから出ることなくツッコんできた。

正直あたしも絡んでて面白くない。

いつもは頼んでもいないのに出てくるギャラリーが出てこないのが客観的な証拠。

 

冗談はさておき、クロノスハックを知らないってことは、大した相手じゃなさそう。

酒場のマスターでも知ってるのに。

とっとと終わらせて、残りはミニエピソード1本くらいでお茶を濁しましょうか。

 

「何をしたかって?時間の流れを擬似的に止めたの。

どっちかっていうと、あたしの方が目で追えないほど早く動いてるってこと」

 

「その能力で、魔王様をっ……!?」

 

「ハズレ。あんた新聞読んでないでしょ。魔王の息の根を止めたのは、勇者の剣の欠片。

それに目一杯聖属性の魔力を注いでぶった切ったの。ある人がね」

 

「そいつの正体は知っていますわ。聖女エレオノーラ。今、どこに……!

魔王様を殺した仇は!」

 

「言うわけないでしょ。あんたみたいな変態につきまとわれたら可哀想じゃない」

 

「ならその身体に直接聞くまで!!」

 

ローナは両手の指に色とりどりの薬品が詰まった注射器を挟み、

銃弾のような早さで放ってきた。でも、同じ銃弾ならこちらが有利。

あたしは瞬時にピースメーカーを抜いて、迫る注射器の軌道を読み、

手前から順に撃ち落とした。

 

迎撃に成功し、注射器の直撃を避けたのも束の間。

飛び散った液体から何かのガスが湧き出てきたから、今度はクロノスハックを使い、

ローナの後ろに回り込み、ガスに向かって蹴り飛ばした。

時間の流れを戻すと、ローナは自分の毒ガス兵器に包まれ、パニックを起こす。

 

「うっ、ごほごほ!!何が起こっているの!くうっ、ああっ……」

 

「時間止めてるって言ったじゃない。話聞いてよ。

……パルフェムー!この毒ガスなんとかしてくれる?自然に消える気配がないの。

このままじゃ家の中まで入っちゃう」

 

“はーい!

 

風神の (まなこ)が睨む 秋の空

 

台風18号が接近中ですから、毒ガスを上空で拡散して毒性をかき消してくれますわ!”

 

「ありがとー!」

 

パルフェムが一句読むと、強い上昇気流が発生し、

ローナの放ったガスを遥か遠くへ運び去った。

残ったのは、地面に倒れて、震える手で腕のホルスターから注射器を抜く魔界医師。

 

「う、くっ……!」

 

自分に解毒剤らしき薬を打ったローナは、地に手を付きながら、立ち上がった。

 

「今日はやめといたほうがいいんじゃない?」

 

「まだよ!魔王様の仇を前にして……」

 

「ああもう。だったら強制終了してあげる」

 

あたしは、この企画始まって以来、最もしょうもない理由でクロノスハックを発動した。

そしてローナのホルスターから適当に一本注射器を選んで抜き取る。

それから……彼女のパンツを下ろして、尻に。これ以上説明しなくてもわかるわよね?

心配しなくても針は抜いてやったから。最後に液体を全部注入して、パンツを戻す。

能力解除。

 

「はっ!またしても時間停止とは卑怯な!

飛び道具が効かないなら、私のメスで、その身を、切り裂い……」

 

背後に現れたあたしに気づいたローナは瞬時に距離を取り、警戒を強める。

強めるんだけど。

 

ぐごごごごご……

 

腹の中に猛獣でも飼っているのかと思うほどの轟音。音源はもちろん彼女の腹。

 

「あうっ!こ、これは、この感覚は、ドクトルの調合した下剤!

いつの間に……まさか!」

 

「うん。浣腸ってやつ。危険だから良い子のみんなは真似しないでね」

 

「この……外道め!あ、あ、だめよ私。ゆっくり、慎重に動くのよ」

 

「お願いだから家の近くでしないでね。臭いが風に乗って飛んでくる」

 

「だったら、お手洗いを、貸しなさい……早く」

 

「ん~?よく聞こえなかった。“貸しなさい”って聞こえたんだけど、

お願いする態度じゃないっていうか」

 

「貸して、ください……」

 

「もう一声」

 

「どうか、お手洗いを、貸してください、お願いします……!」

 

「はい、一名様ご案内~!奥行って右ね」

 

ローナがダッシュで聖堂に駆け込む。

ワクワクちびっこランドの近くだし、とりあえず見張っときますか。

あたしもぶらぶらと家に帰る。

 

今、トイレの前にいるんだけど、ちょっとの間あたしの雑談に付き合ってくれるかしら。

文章にするのもはばかられる音が鳴り響いているから。

 

こないだ、生まれて初めてフィギュアを買ったの。バナー広告で一目惚れしたんだけど、

結構なお値段がするから、散々迷ったんだけど、買って正解だったわ。

 

とにかく完成度が高い。寂しいデスクに二刀流のヤイバの勇姿が燦然と輝いてるわ。

それを一つ一つ手作業で着色してるんだから、この値段も納得よね。

でも、開封する時に、保護シートを剥がす必要があるんだけど、

一旦身体のパーツをバラバラにしなきゃいけないのよ。

 

その作業の時に、“ああ、これは人形なんだ”っていう現実に引き戻されて、

ちょっとしょんぼりする。まぁ、実際人形だし、しょうがないんだけど、

完成したらそんなもんは一気に消し飛ぶわ。

人体の構造をリアルに再現した……あ、出てきた。

 

用を済ませたローナは、すっかりやつれ果てていた。

訪ねてきた時は、目鼻立ちの整った美人だったんだけど、その面影は全く無い。

 

「もう大丈夫なの?悪いもの全部出した?」

 

すると、彼女が突然あたしの両肩を掴んで訴えてきた。

なんだか目もくぼんでて怖いんだけど。

 

「四大死姫はぁ……!こんなものじゃないの!

いつか、あなたも、同じ目に合わせてあげますから!」

 

「わかった、やり過ぎた、悪かった。今日はもう帰って横になりなさい」

 

「覚えてらっしゃい……」

 

ローナは魔力で空間に暗黒の渦を作り出すと、お腹をさすりながら入っていった。

彼女が帰ると渦は消滅し、あまりよろしくない臭いだけが残った。

 

「里沙子、すごく臭いんだけど!なにこれ!」

 

「ピーネさん、とにかく窓を開けましょう!」

 

「二人共ごめんね。この部屋トイレに近いもんね……」

 

今日の反省点。

ガトリングガンの前に、トイレを水洗式にして、換気扇を設置するべきだった。

全体的に見ても、新しいボスキャラ考えたけど、大して活躍しなかった上に、

下ネタに走るとか最低よね。

 

二作品同時進行になってから、なんだかアイデアが枯渇気味らしいわ。

以前はタイピングとストーリー展開がほぼ同時だったらしいんだけど、

今は数行書く度に考え込んでるんですって。

 

「里沙子ー、変な奴帰ったか?」

 

「帰った。エレオを倒すとか言ってたけど、メルーシャと一緒で敵のリサーチ不足。

あたしがクロノスハック使えることも知らなかった。パンピーでも知ってるのにね。

魔界の隅っこかどっかに引きこもってたんじゃない?」

 

「わたしもそうそう簡単に殺されはしませんよ?

聖属性には強力な攻撃魔法も色々ありますから。

“天界の落とし球β”や“ブライトスフィア”、“サンビームキャノン”など。

当たると結構痛いですよ」

 

エレオがウィンクして戦闘経験をアピールする。

 

「ほんまに頼りにしてまっせ。変な奴の相手はもういやだ」

 

「それ無くしたらお前の出番もなくなるぜ?」

 

 

 

 

 

次元の狭間

 

「ううっ、はぁ…はぁ…」

 

闇の渦でミドルファンタジアから帰還したローナは、

倒れ込むようにして彼女達の本拠地に帰り着いた。

 

「あ、ローナおかえりー」

 

「首尾はどうでしたか?」

 

「あの女は、卑劣な女です……!時間を止めて、この私に、この私にっ!」

 

「そうよ。斑目里沙子は時間を止める。それで、どうだったの?」

 

「知っていたのですか、カゲリヒメ!?」

 

「千里眼くらい使おうよ。油断はよくない。

あなたの大好きな魔王を殺したくらいなんだから」

 

「それは、そうなんですが……とにかくあの女は卑怯なのです!」

 

「さっきから気になっているのですが、どうしてずっと四つん這いなのですか?」

 

「えっ、いやそれは……立っても横になっても仰向けになっても辛いと言うか……」

 

「浣腸されたのよ」

 

「カ、カゲリヒメ!言ってはならないことを!」

 

「あと、勝手に私達に中二病臭いユニット名つけないで。何が四大死姫よ」

 

「そんな、最強の魔族たる私達に相応しいと思いましたのに!

でしたら、あなたが威厳に満ちた名前を考えてくださいまし!」

 

カゲリヒメはため息を付いてローナに諭す。

 

「あのね、そもそもそんなもの必要ないの。

私達は静かなこの場所が気に入ってるから集まってるだけで。

ついでに言うと、あなたとお友達になったつもりもないわ」

 

「ひどい!私達は魔族の勢力拡大を目的に……」

 

「してない。やりたいなら一人でやって」

 

「え~と……」

 

馬鹿騒ぎに構わずリーブラは辞書のページをめくる。

やはり新しいページが開き、詳細を記す。

 

「浣腸。直腸に薬品を注入し、排泄を促す行為、またはその薬品。

……知識に優劣の差はありませんが、

敵に背後を取られたことは不覚と言わざるを得ませんね」

 

「それでまだお尻がヒリヒリしてるんだよね?」

 

「アハハのハー!辛いならー、ドクトルが軟膏作ってあげようかー?」

 

「結構です……もう、しばらく私のことは、そっとしておいてください……」

 

4人がちっとも噛み合わないおかげで、

ミドルファンタジアの危機は当分の間去ったのであった。

 

 

 

 

 

○反省会(はっきり言って読む価値はないわ)

 

「はい、今日の反省会。

皆さん今回の良くなかった点を挙げて、今後のうんざり生活改善に活かしましょう」

 

いつものようにダイニングに全員が集まる。まず、ルーベルが手を挙げた。

 

「今回、取ってつけたようなバトルがあったが、

相手が雑魚すぎてさっぱり盛り上がらなかったじゃねえか。

魔国編みたいに気合い入れて書けよ」

 

「なんだか最近頭が回らないんですって。

飲み過ぎで若年性アルツハイマーに罹ったのかもしれないわね。次、カシオピイア」

 

「ワタシ、出番、なかった……」

 

「そうですね。わたしとカシオピイアさん、合わせてもたった数行でしたから」

 

「拙者など一行も出ておらん!

感想への返事に書いた“幽霊ならではの戦い”はいつ始まるの!?」

 

「ワンミス。それも思いつかないらしいわ」

 

「なんと無責任な!」

 

「挙句の果てには盛大な下ネタに走る始末。私達の迷惑も考えてほしいわ!」

 

「そうですねぇ、今回のお話はパルフェムもちょっと……」

 

あたしはいくつかの事柄を書き留めたメモを読み上げる。

 

「クオリティ低下の原因として考えられるのは、

さっき挙げたアルツハイマー、冷房病、アル中、

頭の中がダンガンロンパとごっちゃになってる、

睡眠リズムがめちゃくちゃ(原因不明)、以上5点よ」

 

「ふん、この反省会だって、

読者に“そんなことありませんよ”って言って欲しいがためのアピールよ。

あいつらしいしみったれた手口ね」

 

「まぁまぁ、スランプ気味なのは本当らしいから。

以前は1万4000字前後を目安に書いてたんだけど、

今はこんな与太話で水増ししても1万字に届くか届かないかみたいよ」

 

「いっそダンガンロンパが終わるまで休止させたらどうだ?

バイオ7の時もそうだったろ。中途半端なもん投稿するよりマシだと思うぜ」

 

「向こうと交代で続けて行きたいのは本当みたい。

しばらく禁酒させてみて、状況が改善しないなら、検討しましょう」

 

「よしわかった、ついでにお前も禁酒ということで」

 

「なんであたしまで!?」

 

おしまい。

 

 



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病み上がり。↑の一人がやってきた
あたし、復活。だからって大したことはしないんだけど。


「そういうわけだから、待っててくれたみんなには感謝の言葉しかないわ。

でも、このうんざり生活を再開するに当たって、まずやるべきことがあるの」

 

「やるべきことって何だ?」

 

「点呼。2ヶ月以上も休んでたから、

奴がレギュラーメンバーの名前と一人称を忘れてる恐れがあるの。

今から呼ばれた人は、返事して。キャラが狂ってたら修正させるから」

 

「せっかくの復活回だからパーティーでも、と思いましたけど、

確かにそれは肝心ですね。後にします……」

 

ちなみにここは、いつもの貧乏臭いダイニングよ。(多分)全員がテーブルに着いてる。

 

「まず、ルーベル」

 

「私だ」

 

「問題なし。次はジョゼット」

 

「はい、わたくしです」

 

「エレオノーラ?」

 

「わたしの名前はエレオノーラです。久しぶりに会えて嬉しいです」

 

「なんで英語の教科書みたいな喋り方?まあいいわ、カシオピイアは?」

 

「ワタシ……」

 

「パルフェム~?」

 

「私はここですわ、里沙子お姉さま」

 

「ピーネ」

 

「私を呼ぶのが遅いわ!」

 

「ま、これで全員消滅は免れたということで……」

 

「待て待て待てーい!このシラヌイ・エリカを忘れるとは何事かー!」

 

「お約束も押さえてる。とりあえずは安心ね。全員解散」

 

「聞けーい!」

 

二階からすり抜けてきて、何も切れない刀を振り回して喚き散らすエリカを放置し、

みんな定位置に散っていく。あたしはカップの紅茶を一口……あら?

 

「ねえジョゼット。あたしコーヒー派だったはずよね?いや、飲むけどさ」

 

「あら、すみません、わたくしったら」

 

「ああいいのよ。多分、奴がまだ本調子じゃないのよ。

この分だとキャラ設定と世界観を完全に取り戻すには、まだ時間がかかりそうね。

バトル展開を期待されてる読者の方には、大変ご迷惑をおかけすることになると思うわ」

 

「ったく、勘が戻るまで寝てりゃいいのに」

 

ルーベルはコップの水を飲む。これは正解。

モンスターとか飲んでたら完全にアウトで、休載が年明けまでずれ込むところだったわ。

どうせ今年も残すところ2ヶ月足らずだけどさ。

 

「しかし、再開は喜ばしいことですが、

読者の方に何をお伝えするべきかわかりませんね。

このお休みの間、特に大きな出来事もありませんでしたし」

 

「そうなのよ。エレオ、何かない?小ネタでもなんでもいいから」

 

「う~ん、そうですね……あ!マーカスさんとベネットさんの結婚式はどうでしょう!」

 

「いいわね!500字くらい稼げそう。そうそう、そんなのあったってすっかり忘れてた。

確かモンブール領とハッピーマイルズの境目にある、

目立たない無料の国営教会で式を挙げたのよね、あの2人」

 

「私達も招待してくれたんだよな。幸せそうだったなぁ。

マーカスの坊主は照れっぱなしで、胸を張ってるベネットが完全に主役だった」

 

「レンタルのスーツとドレスだったけど、本人達が幸せそうだったし、

参列者も割と豪華で盛り上がったんじゃないかしら。

将軍まで直々にお見えになる式なんてそうそうないわよ。

ありゃかなりご祝儀もらってるわね」

 

「ゴシューギ?なんだそりゃ?」

 

「え?あたしの祖国じゃ、

結婚とか出産なんかの祝い事の際に心付けを渡す習慣があるんだけど、

この世界じゃそういうしきたりはないの?」

 

「少なくともわたしは聞いたことがありませんね。

物品の売買とチップ以外にお金のやり取りが発生する状況は、

税や教会への寄付くらいしか思い当たりません」

 

エレオノーラから衝撃の事実を聞いて愕然とする。

 

「じゃあ何?神父さんに300G入れた手製の祝儀袋を預けたあたし、丸々損ってわけ?

あーっ!道理で神父さんが腑に落ちない顔してたはずだわ。

……今からでも取り返しに行こうかしら」

 

「やめろよ、損とか得とか意地汚ねえ。

あいつらの幸せを祝って渡した金なんだろ?だったらそれでいいじゃねえか」

 

「ふん。本当に他人の幸せを願って祝儀渡すやつなんていやしないわ。

渡さないとケチだと思われるから、嫌々銀行でピン札用意してんのよ」

 

「相変わらずのごうつくばりだな。この辺も正常運転、と。

まぁ、ディスプレイの前でこれを読んでる人には悪いが、

しばらくこんな感じで時々うんざり生活の品質チェックが入ると思う。

完全に動作確認が完了するまで我慢してくれ」

 

「結構字数稼げたんじゃない?今1731文字。

あとは、そうねえ……自宅をちょいリフォームしたことくらいかしら」

 

「あれか。珍しくお前が共用スペースに金を出すって言うから驚いたな。よく覚えてる」

 

「1話前で浮上した問題よ。ワクワクちびっこランドの近くにトイレがあるんだけどね、

漏れる臭いが激しくて子供達が可愛そうだから、換気扇を付けて水洗式にしたの」

 

「なんつったっけな。四…なんとかが攻めてきたときか」

 

「思い出すのも面倒だから、気になる人は前回を読み直してね。

……ごめん、ちゃんと書く。四大死姫とか言ってたわね。

とにかくその一人のコスプレナースが、うちのトイレで大きい方をしていったせいで、

強烈な悪臭が子供達を襲ったの。

これには流石にあたしも反省して、すぐリフォーム業者を呼んだってわけよ」

 

「まあ、そうなったのもお前のせいなんだが」

 

「おかげでわたし達も快適に使用できるようになりました。ありがとうございます」

 

「いいのよエレオ。費用は今度コスプレナースが来たらそいつに請求するから。

換気扇は雷光石を電池代わりに動くモーター式で、

トイレの下水は水属性と土属性の呪文を彫り込んだタンクで

瞬間的に生物分解して近くの川に流すエコ仕様。

……思ったんだけど、雷光石って便利なアイテムよね。

曲がりなりにもファンタジーのタグ付けてるこのSSで、文明の利器を登場させる時は、

こいつを出せば免罪符になるもの」

 

「いくら病み上がりとは言え、今回メタ話が過ぎるぞ。あと地の文がやたら少ない」

 

「しょうがないでしょう。

このどうしようもないやり取りで会話が成立しちゃってるんだもの」

 

「物語は成立してないけどな」

 

「里沙子さん、コーヒーです」

 

ジョゼットがコーヒーを入れ直してくれた。

 

「悪いわね、催促したみたいで」

 

季節はもう11月。もう涼しいと言うより寒い時期。

熱いブレンドコーヒーが身に染みる。たまんないわ。

忙しい東京から異世界に来て良かったことと言えば、

こういう小さな喜びを噛みしめる余裕が……

 

──コン、コン、コン

 

問題はその小さな喜びを邪魔する存在がひっきりなしにやってくるってことね。

また玄関という名の悪魔のあぎとが呻き声を発してる。

ルーベルとエレオノーラがあたしを見る。ジョゼットは裏庭に行って不在。

オーケー、落ち着きなさい里沙子。何のためにゲッタービームを導入したの?

 

あたしは聖堂に入って玄関ドアのドアスコープを覗く。

パッと見、魔女か一般人か区別がつかない。

自身の身長より遥かに長い黒髪を宙に漂わせて、

シルクのような質感の濃い紫のローブを着たネーちゃん。

大きな百科事典を携えて、静かに微笑みを浮かべてるけど、

無意味に笑う奴にろくなやつがいた試しがない。念の為追い返す。

 

「誰だか知らないけど帰って。ミサは日曜よ。献金は一人500Gがノルマ」

 

“斑目里沙子さんとお会いできないでしょうか。

私は、その……先日ご迷惑をおかけした四大死姫を名乗るローナの顔見知りです。

お詫びも兼ねて是非里沙子さんにお目通り願いたいのですが……”

 

「あの浣腸女の知り合い?あいにく謝罪は金銭という形でしか受け付けてないわ。

あなたに会うつもりもない」

 

“そんな。私にはこの世界の貨幣の持ち合わせがありません。

どうしても駄目でしょうか”

 

「駄目。あなたがどんな人か知らないし、一人を認めたら我も我もになっちゃうでしょ。

それでなくても、この教会では何度も悲しい事件が起きてるの」

 

“申し遅れました。私はリーブラ。

ローナからここには新しい知識が豊富に存在すると聞いてきました。

どうしても館の主人の里沙子さんに会わなくてはならないのです”

 

「どうしてもここに入りたいなら、次のミサまで待ってちょうだいな。

残念だけど、今日がミサの開催日だったから、丸々一週間待つことになるけど。

それでもいいなら、そこで待っててちょうだいな。ウププ」

 

“では、そうさせていただきますね”

 

「お、言ったわね。なら7日間そこで突っ立ってなさいな。

飯も水もくれてやるつもりは一切ない」

 

“大丈夫です。お気遣いなく”

 

1日目。就寝前にドアの向こうを覗くと、まだ立ってた。キチガイ宗教の勧誘も真っ青。

2日目。ジョゼットと物置から裏口に出て買い物に行くと、やっぱり立ってる。

    目が合ったけど無視した。

3日目。器用に宙に浮かんで横になって寝てる。魔女っぽいわね。

4日目。これ以上引き延ばすのも無意味だと判断し、

    適当に相手をして追い返すことにした。どうせもうすぐ次のミサだし。

 

「……普通に7日待たれるのもなんか癪だから、話だけでも聞いてあげるわ。

入んなさい」

 

玄関の鍵を開けると、ふわふわした感じの魔女が喜んだ。

いや、飛んでるからとかそういう意味じゃなく。

 

「うわぁ!ありがとうございます!では、遠慮なく」

 

とうとう変人を家に入れてしまった。特に迷惑行為を働いたわけでもないから、

ゲッタービームで消し飛ばすわけにも行かなかったのよね。

家の前で待ち構えるだけじゃ、

迷惑行為とみなされないほどに狂ってしまったのよ、この世界は!!

……ちょっとガンダムっぽくなった気がする。

とりあえず、いつもどおりダイニングに通してジョゼットに茶を要求。

ルーベルとエレオは……今日は部屋にいるみたい。

 

「ジョゼット~?悪いけどお茶2つ。……紅茶?コーヒー?」

 

「紅茶をください」

 

「了解。紅茶とコーヒーね」

 

「はぁい」

 

リーブラとか言う魔女と向かい合うようにテーブルに着く。

微妙に重力無視してるっていうか、ふわふわしながら椅子に座った。

 

「……で?用件は何。新しい知識がどうとか言ってたけど」

 

「これです」

 

バカでかい百科事典を見せる。それがなんだってのよ。

 

「辞書ならお家か図書館で読んで欲しい」

 

「普通の辞書じゃないんです。

知らない物事を見聞きしたり触ったりすると、

それらに関する情報が新たなページとして浮かび上がる、

魔法の辞書、グリモワールなんです」

 

「ふぅん。じゃあ、この家の連中適当にペタペタ触ったら帰ってちょうだい。

誰も見たことないほど変な連中だから」

 

「里沙子さんたら、またそういう事言うんですから……きゃっ」

 

リーブラがテーブルにお茶を置くジョゼットの腕を軽く握った。

そして、左腕だけで大きな百科事典を開くと、

勝手にページがめくれてどこかで止まった。

 

「シスター。修道女。修道誓願を立て、修道院で禁欲的な生活を送る女性のこと……

残念ですが、これは既に参照していますね」

 

残念そうに手を離して、パタンと事典を閉じる。

 

「この娘で駄目なら他も望み薄よ。あと、その情報は間違ってるわ。

別にジョゼットは大して禁欲的な生活してない。

肉やら美味い料理食いまくってるし、たまに街に行けばあたし持ちで外食もする」

 

「里沙子さん……それは、そうなんですけど……」

 

「では、一般的なシスターの情報が記録されているのでしょう。

事実だけを映し出すこの事典が間違うことはありませんから」

 

「むむっ、強力な波動を感じたから来てみれば、こんなところに魔女がいるわ!

里沙子殿には指一本触れさせぬ!」

 

「こらエリカ。1個ミスったし、魔女全部が厄介者じゃないってことは、

これまでのお話でわかりきってるでしょう。

客の相手で忙しいんだから、あんたこそ位牌の中で寝てなさい。

ただでさえ元お嬢様幽霊侍なんて需要ないんだし。ほら帰った帰った」

 

「また拙者を馬鹿にしておるな!?

今日こそ拙者の剣術で幽霊差別をやめさせてやるから覚悟せい!」

 

「言う事聞かないなら、おりんを質に入れるわよ!客の前で般若心経唱えたくはない!」

 

「ならぬ、ならぬ!あれは拙者の宝物じゃ!命に代えても守ってみせるわ!」

 

「じゃあ、位牌の方にしましょうか。

リーブラ、ちょっと待っててね。こいつの寝床を取り上げなきゃ」

 

「はい。いつまでも、待っています」

 

あたしは結構ガチなつもりで位牌をマリーの店で売っぱらおうと、

2階へ行くため席を立った。そしたら突然、リーブラまで騒ぎ出す。

勘弁してほしいんだけど。

 

「里沙子さん、里沙子さん、なんですかそれは!!」

 

「何って何よ」

 

「その、腰に装備しているものです!」

 

「腰?……ああ、これ?」

 

ホルスターに差していたコルトSAA(ピースメーカー)を抜いてみせた。

リーブラは完全に興奮している。

 

「あたしの愛銃よ。アース製だから、見たことないのも当然だけど」

 

「お願いです!見せて下さい!」

 

「ごめん。銃は人に触らせない主義なの」

 

「そんなことおっしゃらず!ねえ、ねえ!」

 

リーブラも立ち上がって掴みかかろうとしてくる。反射的に銃を構えていた。

 

「……3歩下がって。あなたを完全に信用したわけじゃない」

 

「見たい、聞きたい、触りたい!その鋼鉄のカラクリを!」

 

「聞いてるの!?やめなさい、トリガーに指が掛かってるから!」

 

「この重厚な質感!新たな知識の香りがします!グリモワールも反応しています!」

 

「鬱陶しいわね!離れろって言ってるのが……」

 

──ダァン!!

 

その時、ボロい屋敷に鋭い銃声が奔った。

ピースメーカーの銃口が硝煙を吐き出すだけで、呆然としたあたしの時間が止まる。

ジョゼットはまばたきを忘れてあたしを見るだけ。

足元には、胸を貫かれて動かなくなったリーブラの亡骸。

 

他の住人も銃声を聞きつけてやってきた。

誰から見てもあたしが殺したようにしか見えなかったと思う。

 

「里沙子さん、何があったと言うのですか!?まさかその方を……」

 

「ち、違う!もみ合いになったら暴発したのよ!こいつが銃を掴んできて……!」

 

「なんてことしちまったんだよ!

今まで変なやつが来ても、なんだかんだで追い返してきたじゃねえか!」

 

「だから違うんだって、わざとじゃない!殺すつもりはなかったと供述してる!

誰か死体隠すの手伝って!」

 

必死に弁解するけど、リーブラが目を覚ましてくれるはずもない。

 

「里沙子お姉さま、違いますよね?故意ではなかったんですよね?」

 

「殺した……里沙子が、魔女を……」

 

「お姉ちゃん!どうして……?」

 

「あああ!事故だったのよ!

こいつが触るなっていうのに触ってくるから、それでトリガーが!」

 

「はい、事故です。コルトSAA。.45LC弾を使用する回転式拳銃。

コルト社が1873年に生産を開始し、西部開拓時代で広く使われた名銃。

……参照できました!」

 

「えっ?」

 

振り返ると、さっき死んだはずのリーブラが、

満足そうにニコニコ笑いながら立っている。

胸に穴も空いてなければ服に血も付いてない。

訳のわからない存在に、唾を飲み込んでから恐る恐る聞いてみる。

 

「……あんた、死んだんじゃなかったの?」

 

「仮死状態にはなりましたが、すぐに再生してしまうんです」

 

「脅かすんじゃないわよ!馬鹿なんじゃないの!?」

 

「あるいはそうかもしれません。死ぬこともできなくなるくらいですから」

 

「は?どういうことよ」

 

ホルスターにピースメーカーをしまいつつ、意味不明な言葉について説明を求める。

 

「私はご覧の通り魔女なんですが、

長く生き過ぎたせいで、どうすれば死ねるのかを忘れてしまいまして……

こうしてグリモワールに知識を集めているのも、死ぬ方法を見つけ出すためなんです」

 

「呆れた。その辺の崖から飛び降りたら?」

 

「それはもう試しました。でも、気づいたらやはり無傷で目が覚めるんです」

 

「大体わかった。だけど、うちに自殺の方法探しに来られても困るわ。

時間はいくらでもあるんだから、

太陽が寿命を迎えて太陽系ごと吹っ飛ばしてくれるのを待つことね。

それでも駄目なら宇宙空間に漂って考える事をやめなさい」

 

「微妙なジョジョパロもオーケーですわ、お姉さま」

 

「ん~私としては、もう少し知識収集のペースを上げたいと思っているのですが……」

 

「うちでやらないで。今日はもう帰ってちょうだい。無駄に騒いで疲れたわ」

 

「はい。どうも失礼しました」

 

「無礼千万よ、まったく。バイバイ」

 

あたしは妙な客人を玄関まで送り出すと、ようやく面倒事から解放されてほっとした。

……それも束の間。外からリーブラの声が聞こえてくる。

ドアを開けると、彼女が先日設置したガトリングガンの前でしゃがみこんでいた。

 

“ガトリングガン……まだ発展途上で、ひとつの事柄として育ちきっていない。

事典にも反応なし。経過観察の必要があるわ。付箋を貼っておこうかしら”

 

「帰る!!」

 

“は~い”

 

怒鳴りつけると、ようやく彼女は宙に手をかざし、真っ暗な空間へのゲートを作り、

ふわりと中に飛び去っていった。どこに通じているのかは知らない。知りたくもない。

飲みかけのコーヒーで落ち着こうとダイニングに戻る。

みんなが不安げにあたしを見るけど、

軽く手を振って何か聞かれる前にこっちから喋った。

 

「だいじょぶだいじょぶ。今回はただの変人だったから。

今までうちに来た連中の中では比較的無害な部類に入るわ。

わかったら全員持ち場に戻る」

 

ポンと手を叩くと、皆がぞろぞろと解散する。

あたしもテーブルに座って、すっかり冷めてアイスコーヒーになった液体を飲み込む。

苦味とカフェインが高ぶった精神を鎮めてくれる。復活回としてはこんなところかしら。

……そうだ、大事なこと確認しなきゃ。

洗い場で皿を洗い続けるジョゼットに聞いてみる。

 

「ねえジョゼット。今年はクリスマススペシャルやるつもりなのかしら、あいつ」

 

「無理なんじゃないですか?

去年も本編と並行して少しずつ書き溜めていたそうですから。2ヶ月前から」

 

「そうよねえ。この本編ですら大幅縮小しての再開なんだから、

特別編と同時進行は無理ってもんよ」

 

「だから書けないなら休んでろって言ってんだよ。

ダンガンロンパで何も学ばなかったのかよ」

 

「書きたい気持ちだけが暴走してるらしいわ。

な~にが“書けなくなった”よ。太宰治気取りも大概になさい」

 

……さて、今日のお話はここまでだけど、改めて読者のみんなにお詫びとお礼を。

待っててくれた人、本当にありがとう。見切りを付けた人、本当にごめんなさい。

こんな感じで、当分ゆるゆるペースでの進行になるけど、許してね。

それじゃあ、今回はこれで、さようなら~

 

 

 

 

 

次元の境目

 

 

「ただいま帰りました」

 

「おっ、リーブラおかえり~読書ばかりのチミが外出するなんて珍しいなー!アハハ」

 

自ら開いたゲートでミドルファンジアから帰還したリーブラを、

ドクトルが呑気な調子で迎える。

 

「新たな知識を探して、斑目里沙子さんの家を訪ねて来ました」

 

「それで!?結果はどうだったのです!」

 

「結果?どう?言っている意味がわからないのですが」

 

ローナがリーブラにすがりついて問いただす。

 

「斑目里沙子とエレオノーラを倒して、

魔王様と私の仇を取ってくれたのかと聞いているのです!」

 

リーブラがひとつため息をついて答えた。

 

「そんなことに興味はないと以前にも申し上げたはずです。

やりたいならご自分でどうぞ。私は知識の収集に行っただけです」

 

「敵を前にして何もしなかったと!?それでもあなたは上級魔族の……」

 

「うるさいよローナ!編み物に集中できない!静かにして!」

 

「カゲリヒメまで……どうして皆さんにはプライドというものがないのですか!」

 

「んー、チミはアースにお住まいのキクチさんが何者かに殺害されたら、

今のように憤慨して仇討ちに行くのかな~?

つまり、ドクトル達に取って魔王さんは、

その程度の存在でしかなかったというわけだな、うん。

チミ以外のメンバーは、この件について何かするつもりはないから、

そこんとこヨロシク」

 

「賛成~とにかく静かにして」

 

「私もです」

 

「もう結構!あなた達には頼りません!

ドクトル、今度は建造物ごと溶解させるほど強力な酸を作ってくださいまし!

私はもう一度あの世界に行ってきます。失礼!」

 

ローナは時空転移魔法で、次元の狭間から消え去った。

 

「結局頼ってるじゃない。やっとうるさいのがいなくなった」

 

「ドクトル、本当に作るのですか?彼女に頼まれた物は」

 

「やるともやらないとも言ってないから微妙かな~

暇だったら作るかもねー。今はビー玉に生命を与える実験で忙しい」

 

「それ、何の役に立つの?」

 

「研究において、役に立つ立たないは二の次なのだよ、カゲリヒメ~アハハのハ」

 

「ふむふむ、クロノスハック。

体感時間をほぼ完全に停止させ、擬似的に時間を停止させる特殊能力。

現在習得者は斑目里沙子のみ……やっぱり面白いところですね。

また、近い内にお邪魔しましょう」

 

どうしても噛み合わないマイペースな魔族のおかげで、今日も世界は平和だった。

 

 



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いたずらしたら怒られた。あとお便りが
酒って合法的な麻薬だと思うのよ。やる気出る、いい気分になる、気づいたらやめられない。だからまたエールを飲む。


雨。今朝からしとしとと降り続く雨粒が、窓ガラスを叩き続ける。

あたしはデスクに着いて頬杖をつき、昼食後の退屈な時間を持て余していた。

 

天気としての雨は嫌いじゃない。雨音が運んでくる静けさはむしろ好きな方だと思う。

表に出ると漂ってくる埃っぽい匂いも同じく。

だけど、外に出られない退屈さは如何ともし難い。

この世界にも傘はあるんだけど、

地球ほど道路が舗装されてないミドルファンタジアでは、

雨の日に道を歩くと確実に裾が泥だらけになる。

 

元々出不精の癖に何言ってんだこの女は。

みんなそう思ってるだろうけど、あたしだって退屈極まれば、街の酒場で飲んだり、

マリーの店でガラクタ漁ったりする程度には外出するのよ。

家で飲んだらルーベルに怒られるってこともあるけど。

でも、この雨の中ぬかるんだ地面を歩いて、

20分も掛けて街まで行くなんてそれこそ面倒よ。

 

「止まないかな」

 

今度はデスクに顎を乗っけてぼやいてみる。

ブックスタンドには、つまらんつまらんと文句を言いつつ、

結局最後まで読んだダイムノベルと……

あの夜の悪夢を見るきっかけになった三日坊主の日記が並んでる。

処分したいけど、また触るのも嫌だから、そのままにせざるを得ないの。

 

「なーんか面白いことないかなー」

 

ぶつぶつ言いながら、そばのミニッツリピーターに視線を移す。まだ1時過ぎ。

いつもなら昼寝でタイムワープするんだけど、今日に限って目が冴えて寝られない。

この部屋に面白いものなんて……面白いもの?そうだ、外には沢山あるじゃない!

なんで気づかなかったのかしら。

善は急げで、あたしは鍵束を持って部屋から飛び出した。

 

 

 

 

 

日報を書くにはまだ早いし、今日は街の巡回もお休みだから、

本屋で買ったままの本を読むにはちょうどよかった。

ワタシは朝から読んでいる“永久に二人でステップを”に夢中だった。

 

舞台は13世紀のサラマンダラス帝国。

当時はまだ今のように、自治権のある領地に分割されていなくて、

東西に支配権を分けた二つの巨大貴族、カスケードサファイア家と

デロ・ヴァルヴァーレ家が対立し、帝国の主導権争いに明け暮れていたの。

 

あちこちで領地の奪い合いが続く戦乱の時代。

ある時、ふとしたきっかけで、カスケードサファイア家の次期当主サンターナと、

デロ・ヴァルヴァーレ家の令嬢エリーザが恋に落ちるの。当然許されない恋。

逢瀬を重ねるうちにやがて二人はあることを画策する。

戦争に疲弊しきっていた二国間の和平工作。

 

特にハト派で知られていたデロ・ヴァルヴァーレ家当主に、

エリーザが和平交渉を提案する親書を書いてもらい、

国境でサンターナに渡すという手筈だった。

でも、自国の勝利を信じて疑わない両国の軍部と、それを焚きつける間諜に、

その動きを知られてしまい、親書を手渡した直後にエリーザが凶弾に倒れてしまう。

そう、今クライマックスなの。

 

 

 

『エリーザ!!』

 

だが、その銃弾は遅すぎた。

スパイを射殺した銃を投げ捨て、サンターナはエリーザを抱きかかえる。

口元から一筋の血を流しつつ、彼女は言葉を紡ぐ。

 

『サンターナ……これで、戦争は終わるのね?』

 

『ああ終わる、君のおかげだ!必ず平和が訪れる!だから君も死ぬんじゃない!

……我が妻よ!』

 

『嬉しい……私、最後に、あなたの、妻に……』

 

白薔薇のように美しいドレスを真っ赤に染めて、エリーザは最後に微笑むと、

サンターナの腕の中で息を引き取った。

 

『……エリーザ。戦争は終わらない。世界は炎に包まれよう!!』

 

荒野にひざまずき、吠えるサンターナ。

そして親書を奪おうと、四方から現れた密偵が

ゆっくりと二人に魔の手を伸ばしてきた……

 

そしてエリーザの死から1週間後。悲しみに暮れるサンターナは怒る父と相対していた。

 

『息子よ。お前は自分のしたことを理解しているのか』

 

『十分に、理解していますとも、父上』

 

『ヴァルヴァーレの女に惑わされ、挙げ句はサラマンダラス統一の野望を捨て、

和平協定などという甘言に踊らされるなど。それでも次期当主としての自覚があるのか。

恥を知れ!!』

 

『……一人の女性を愛し、平和を求める事が恥だと言うのなら、

その罪、この命で贖いましょう』

 

サンターナはスーツのホルスターからピストルを抜き、銃口をこめかみに当てる。

 

『よせ!何を馬鹿なことを!』

 

『父上、どうか最期にお聞き入れください。国家統一など無意味な幻想です。

この火竜の大地は一貴族が支配するには余りに広大。

デロ・ヴァルヴァーレと手を取り合い、戦乱のない世をお作りください』

 

『銃を捨てよ!』

 

その叫びは銃声にかき消え──

こうして、愛と平和に生きたサンターナ・エル・ジ=カスケードサファイアは死んだ。

700年の時が流れた今、我々の生きる世界は、

あの二人の目にはどう映っているのだろうか。もはやそれを知る術はない。

ただ、ひとつだけ言えることがあるとすれば、

恋人達は今なお二人だけの世界で踊っているということだけだ。

あの日、互いを見つめ合いながらステップを踏んだワルツを、いつまでも。

 

 

 

うん、恋愛小説だけど悲劇。だけどそれが心を締め付けるの。

いつかルーベルが話してくれた物語も、読んでみたいな。

古本屋を探しているけど、アースの本だから、なかなか見つからない。

 

パタンと読み終えた本を閉じる。

別に好きな人がいるわけじゃないけど、恋愛小説は大好き。

愛する二人が幸せになったり、悲劇の末に死を以って結ばれたり。

いろんな愛の形を傍観するのが好きなの。……ワタシには、無理だから。

仕事の時以外、ろくに喋れないし、ずっと無表情だって言われるくらい愛想もないし。

きゅっと分厚い本を抱きしめる。

 

その時、カチャリとドアの鍵が開いた。反射的に銃に手が伸びる。

バタンと乱暴にドアが開かれると、誰かが押し入ってきた。人影の正体は……

 

「やっほー!お姉ちゃんよ。暇だからこの家の住人を構いに来た」

 

驚かせないでよ。

そう言ったら、もっと驚いたような表情を見せなさいって言われるから、黙ってるけど。

 

「ノックくらい、して」

 

「あはは、ごめんね~これも一種のサプライズってことで。

……あら、本読んでたの?また恋愛小説かしら。面白い?」

 

「あ、うん……」

 

お姉ちゃんがワタシにつきまとい、肩を揉みながら聞いてくる。

確かに本は面白かったけど、すっかり興が削がれて余韻が台無し。

自分がされたくないことは人にするべきじゃないと思うの。

いつかお姉ちゃん言ってたじゃない。

 

“馴れ馴れしく肩を揉まれることはイラつくことランキング第2位”だって。

“遊びに来た母さんがはしゃいで肩を揉んでくると、

一瞬で頭の線が2,3本切れる”って。

 

「雨で暇なのよ。ちょっと付き合って。お客さん凝ってますねー。

……鉛とローズマリーで作った湿布を貼ってあげよう!

な~んて、ごく一部の人にしか伝わらないネタもバッチリね」

 

「それ、やめたほうがいいと思う」

 

「こうでもしないと字数が稼げないのよ。質より量のこの企画としては死活問題だし。

……あ、何これ見せて!」

 

「あっ」

 

「ふむふむなるほど。あなた恋愛小説好きだもんね~」

 

お姉ちゃんが、ワタシが抱えてた“永久に二人でステップを”を奪って、

パラパラと流し読みを始めた。どうしてかしら、ワタシまでイライラしてきた。

 

「う~わ。あたしのダイムノベルよりひどい。

歯の浮くような男女の会話がダラダラ続いて、物語が一向に進展しないわ。

これに時間を費やすなら、

アサシンクリードブラザーフッドの旗集めに勤しむほうが楽しい……あふっ!?」

 

とうとう頭が真っ白になったワタシが、強引に本を奪い返した。

何か言おうと思ったけど、お姉ちゃんみたいに口が立つ方じゃないワタシは、

本を持ってただじっと見つめ続けた。

 

「ど、どうしたのよ。なに怒ってるの?」

 

「……出てって」

 

「ああ、もしかしてその本お気に入りだったの?ごめん。つい率直な感想が……」

 

「出てって」

 

「お願いだから睨まないでよ。

そうだ、ガンパウダーと椿油で作ったワックスを塗ってあげよう!」

 

「出てって!!」

 

「大変失礼致しました」

 

すごすごとお姉ちゃんは退散していった。

ワタシとしてことが、頭が真っ白になって、つい大声を出してしまった。

でも、お姉ちゃんが悪い。普通に遊びに来てくれればよかったのに。

ワタシは取り戻した本の表紙をなでる。……ふん、だ。

 

 

 

 

 

あー怖かった。妹に怒鳴られたのは多分初めてだと思う。

もしかしたらあったかもしれないけど、記憶がはっきりしないし、

これまでの話を読み返して確認する手間が面倒だから、

とりあえず“多分”と予防線を張っておきましょう。

 

それにしても、あの娘はどうして真顔で人をビビらせることができるのかしら。

目は口ほどに物を言うって、カシオピイアのためにある言葉だと思う。

さて、妹に拒否られて傷心気味のあたしは、どこに行けばいいのかしら。

ジョゼット?だめだめ、みんな散々見すぎて腹いっぱい。

となると、同じシスターでまだ謎が多いあの娘に決まりね。鍵束を取り出しレッツゴー。

 

 

 

 

 

ひとりでに鍵が外れ、ドアが開きました。

この建物は壁が薄いこともあり、当然先程の騒ぎも耳にしていましたので、

そろそろ来るとは思っていましたが……

 

「こんにちは、エレオノーラ!さっきの反省を踏まえてちゃんと挨拶をして入ったわ」

 

「それだけではないはずです。ノックをしてください。

鍵を持っているからと言って、勝手に入っていい理由にはならないのですよ?」

 

「固いこと言わないでよ。

ちょっと早めのクリスマスを祝いに来たの。プレゼントはないけどさ。

いや、あるわ!このあたしと憩いの一時を過ごせる権利をエレオノーラにプレゼント!

具体的にはこの金時計の短針が6を指すまで」

 

彼女が自慢の懐中時計を見せつけます。

 

「それはプレゼントではなく、

ほぼ半日の間あなたの暇つぶしに付き合えという要求ですね」

 

「ええと。悪意を持ってすれば……そういう表現も、できるわね」

 

「極めて客観的な表現です。

これから午後のお祈りがあるので、すみませんがご退室願います」

 

決して里沙子さんが嫌いなわけではないのですが、

今から本当に大事な儀式があるので、お付き合いはできかねるのです。

 

「じゃあ、あたしも祈る!それならいいでしょ?」

 

「里沙子さんは仏教徒だと伺いましたが」

 

「ああ、大丈夫。日本の神様そこらへんラフだから。

一日体験入信したってバチは当たらないわよ」

 

「シャマイム教の神からバチが当たると思うのですが」

 

「メタトロンが来たら走って逃げるから大丈夫。ねぇお願~い」

 

「……祈らなくていいので、見学だけにしてくださいね?」

 

「やったわ!ありがとうエレオノーラ!」

 

仕方なくわたしは、儀式の準備をはじめました。

儀式と言っても大掛かりなことはしません。白いクロスを敷いた机に、

マリア様を象った十字の御神体を置き

(里沙子さんは“それはアンクだ”と言っていましたが)、

聖水を注いだ銀の皿を捧げます。

 

準備はこれだけです。後はこの手作りの祭壇の前に座り込み、一心に祈りを捧げます。

わたしは物心ついた時から毎日唱えてきた神への感謝を口にしますが、

祈りの言葉を知らなくても、純粋な心で念じれば、マリア様は光を当ててくださいます。

 

くださるはずなのですが、今日は何故か祈りに集中できないのです。

恐らく原因は、後ろで退屈そうにあくびを繰り返す里沙子さんなのですが……

人のせいにしてはいけませんよね。これも試練と考え、続けましょう。

ですが、祈りが神の賛美に差し掛かった頃、原因がはっきりしてしまいました。

 

「ふああ……ん、これは何かしら。ちょっと呼ばれましょうっと」

 

注)呼ばれる=関西弁で「ごちそうになる」の意

 

里沙子さんが妙なイントネーションでそう言うなり、

皿の水に指をつけ、ぺろりと舐めてしまったのです!

祈りを天に映し出す聖杯になんということを!

 

「何をしているんですか!里沙子さん!?」

 

「味も香りもない、混じりっけなしの澄んだ水。

ミネラルウォーターにすれば売れるんじゃないかと思うんだけど、どうかしら?」

 

「大人しく見学すると約束したではありませんか!」

 

「いや、ごめん。15分も立ちっぱでついね」

 

「質素かもしれませんが、

天にいらっしゃるマリア様に、祈りを捧げる大切な祭壇だと言うのに!

ああ祭壇を清め直さなければ。こんな中途半端なお祈りでは神に失礼です!」

 

「マジでごめんて。あたしもなんか手伝うからさ。

この皿洗えばいいの?クレンザー不可?」

 

「結構です!これではカシオピイアさんが怒った理由も察しが付くというものです!

邪魔なので出ていってください!」

 

「邪魔って……そんなに怒ることないじゃない。あなたもカシオピイアも、少し短気よ」

 

「今日の里沙子さんに遠慮がなさすぎるのです!

きっと再開直後で気が緩んでいるからに決まってます!

まだ具合が悪いなら、お部屋に帰ってベッドで休んでいてください!」

 

「それはできない相談だわ。

そうすんのが嫌だからこうしてみんなの部屋にお邪魔してるんだから」

 

「まだこんなことを続けるつもりなのですか?でしたらわたしにも考えがあります!」

 

「なによぅ。あたし、ただ退屈だからみんなとお喋りしたいだけなのに」

 

「大人しくしないなら、ルーベルさんに言いつけます」

 

「部屋に帰るわ。本当ごめんね、バイバイ」

 

「しっかり反省なさってください。いいですね?」

 

肩を落として里沙子さんは出ていきました。

わたしも大きな声を出してしまって大人げありませんでしたが、

今日の里沙子さんはイタズラの度が過ぎます。

自室で静かに信じる神に懺悔してもらいたいものですね。

 

 

 

 

 

はい、部屋に戻りました。フル・シンクロ「部屋に帰る」達成。

1回ドアを開けて約束通り自室に入ると、また廊下にUターン。

今度は誰のお宅を訪問しようかしらね。

それにしても、エレオにまで怒鳴られるとは思わなかったわ。

あたしの何がいけないっていうのかしら。

少しくらい寂しい女の退屈しのぎに付き合ってくれてもいいと思うんだけど。

あ、いいこと思いついた。

 

 

 

 

 

「子供用じゃなくて普通サイズ買ったから、足伸ばしても楽に寝られるわ。気持ちいー」

 

「どきなさいよ里沙子!」

 

ユーチューバー共が今の状況を動画にしてタイトルを付けるなら、

“子供のベッドを取り上げてポヨンポヨン飛び跳ねてみた”ってとこかしら。

ワクワクちびっこランドはドアが無いから楽に入場できたわ。

 

1階に下りて子供部屋に突入するなり、

ベッドに座ってお人形さん遊びをしていたピーネを押しのけて、

無理矢理ベッドに寝転んだの。

 

「あ~ら失礼」

 

「ぎゃっ!何よ里沙子!勝手に私の部屋に入らないで!お尻打った!」

 

「パルフェムの部屋でもありますのよ?ピーネさん」

 

相変わらずピーネと違って落ち着いてるわね、パルフェムは。

あたしは思う存分ピーネのベッドでゴロゴロする。

家具屋で見た時からなんとなく興味があったのよね。

 

「ベッドの定期検査に参りました。寝心地よし、肌触りよし、弾力性よし!検査合格」

 

「合格なら私のベッド返しなさいよ!」

 

「ぬふふ、そう急がないでよ。何なら一緒に昼寝する?

まぁ、寝付けないから遊びに来たんだけどさ」

 

「ふざけないで!何が悲しくてあんたと添い寝しなきゃならないのよ!

昼間から酔っ払ってるんじゃないの!?」

 

「残念でした。今日のあたしはシラフなの。

おかしく見えてるなら、それは酒が入ってない状態のあたしを見慣れてないからよ。

いつもエール飲んでるから、抜けてる状態のあたしを見る機会がなかったのね。

かわいそうに」

 

「両方知ってるわよ!元々ろくな人間じゃないのよ、あんたは!

私がここに来てどれくらい経つと思ってんのよ!」

 

「ちょっと待って、思い出すから。

えっと……魔王編の前か後だったのは確かだった気がする」

 

「後に決まってるでしょうが!魔王が来たから私が来たの!

シラフでその程度のこともわからない?

最後になったけど、魔王編の“前か後”じゃ、

魔王編除く全部の話になっちゃうでしょうが!

本当にアルコール中毒疑った方がいいんじゃないの!?絶対脳が萎縮してるから!」

 

「よくそんなに息が続きますわね。やはりピーネさんはツッコミ役に適任ですわ」

 

「そうそう、後だった後だった。色々あったわねえ。ところで、お宅の宝物拝見」

 

あたしはベッドのサイドボードを開いてみる。

絵本やぬいぐるみ、クレヨンやお絵かき帳。問題なし。

強いて言うなら、もう少し精神的に大人になっていて欲しかった!

 

「よし!」

 

「何がよしなのよ!勝手に見ないで!さっきから無駄に声が大きいのよ!」

 

「保護者として子供が不健全なものに手を出していないか、

しっかり把握しておく必要があるのよ。具体的にはBL物同人誌とかシンナーとか」

 

「あんたに育てられる筋合いはないし、意味不明なこと言わないで。

何よ“BL物同人誌”って」

 

「しっ!間違っても人前でその単語を口にするんじゃないわよ?

社会的立場が急降下する。保護者たるあたしの」

 

「なんで!今日の里沙子は訳わかんない!

いきなり突撃してきたと思えば、ベラベラと減らず口ばかり!

もう私のベッドから出てって!!」

 

「わかった、わかったから。出ればいいんでしょ。ごめんね」

 

「ごめんならいい加減この部屋にドアを作りなさい!

ダイニングから丸見えでプライバシーなんてまるでないわ!朝も昼も、夜も!!」

 

「せめてジョゼットくらい大きくなるまで駄目よ。

子供はさっき言ったようなイケナイものに手を出したがるものだから、

いつでも大人の目の届く状態にしておかないと。これはガチ。じゃあね」

 

「二度と来ないで!」

 

あたしはピーネにベッドを返すと、今度はパルフェムを構い倒そうとした。

でも、元総理の落ち着きで彼女が先手を取る。

 

「里沙子お姉さま~ピーネさんの相手が済んだなら、

今度はパルフェムと一緒にお休みになりませんか?」

 

手のかかる子が嫌いなわけじゃないけど、理解のある子はもっと好きよ。

お言葉に甘えてパルフェムと一緒に布団に入る。

 

「ありがとー!わぁ、このベッドも気持ちいいわ。パルフェムの体温でホカホカ」

 

「うふふ、そうでしょう?サイドボードの中も見てくださってよろしくてよ」

 

「うん、それも興味あるんだけどさ……」

 

「どうしましたの?何か心配事があるなら、パルフェムに相談してくださいまし」

 

「わかった。実はさ、前回の点呼の時、パルフェムだけ一人称間違えちゃったの。

あなたは一人称名前よね。ピーネと同じ“私”にしちゃった。許してソーリー」

 

「……それは、今から修正することは許されないんですか?」

 

「本当にごめん。

それも考えたんだけど、あれは自分の罪の証として背負って行きたいっていうか、

なかったことにしちゃうと、このやり取りがゴッソリ消えちゃうでしょう?

それは字数的に痛いっていうか、別の会話を考えるのが辛いって奴が言ってる」

 

「出てってくださいまし!!」

 

「あうっ!」

 

パルフェムにもベッドから追い出されてしまった。キックで。無残に床に転がるあたし。

2人に拒絶され、冷たい視線を背に受けつつ、

ワクワクちびっこランドから出ようとすると、

目の前に赤ロン毛のネーちゃんが仁王立ち。

 

「あ、ルーベルどうしたの?」

 

「……里沙子。お前、みんなの部屋を荒らし回ってるらしいな」

 

「荒らしてなんかいないわ。ただ、普段は変人やら変な事件に掛かりきりで、

なかなか交流の場を持てない住人と触れ合いたかっただけなの。暇を潰しながら」

 

「そーか、そーか。なら、私の部屋にも来いよ」

 

「え、いいの!?」

 

「プレゼントもある」

 

「本当!?やったー!エール6瓶詰め合わせかしら」

 

階段を上りながら思わぬ幸運をありがたがっていると、

一番ダイニングに近いルーベルの部屋にすぐ到着。

彼女がドアを開けて中に招き入れてくれた。

 

「確か前にも一度来たことがあるのは覚えてる」

 

「ああ」

 

「わあ、やっぱり変な道具がたくさん!」

 

「こっちの道具も見てくれ」

 

「それはマリーの店で買ったボクシンググローブね。片っぽしかない」

 

「そう。パンチの衝撃を吸収して、

悪い奴だけど殺すのは可愛そう程度の敵をやっつける道具だ。……こんな風にな!!」

 

「えっ?」

 

と、声を出した瞬間、そのグローブが目の前に急接近し、あたしの頭に火花が散った。

 

 

 

 

 

あのね。いくらもうすぐアラサー女だからって、顔面殴ることはないと思うの。

眼鏡が無事だったのが不幸中の幸いよ。

 

「いくらなんでも酷すぎるわ」

 

ティッシュを鼻に詰めながら、ダイニングに集まった全員にぶーたれる。

鼻血出したのなんて何年ぶりかしら。

 

「酷いのはお前だろうが。なんだか外がうるせえと思ってたら、

ジョゼットを始めとした2階のみんなから、なぜか私に苦情が来たから対処したまでだ」

 

「ジョゼットォ!!」

 

「ひっ!ごめんなさいごめんなさい」

 

「うるさいぞ里沙子!」

 

「う……」

 

裏切り者を叱りつけるとルーベルがテーブルを殴る。

さっきからドメスティックバイオレンスが激しいわ。

 

「一体何のつもりだ。みんなに迷惑掛けまくってお前らしくもねえ」

 

「……あんまり暇だから遊んで欲しかったのよ。今日雨だし」

 

「やり方ってもんを考えろ。勝手に鍵開けて勝手に部屋荒らして」

 

「わかったわよ。今後は改めるから、お部屋に戻って反省してくる」

 

「座れ、逃げんな」

 

口答えをすると今度こそ眼鏡が割れそうだから大人しく席に戻った。

 

「みんなは今日の里沙子についてどう思った?」

 

「正直、鬱陶しかった……」

 

「う、鬱陶しい……?ねぇカシオピイア。ほら、よく見て。あなたのお姉ちゃんよ」

 

「関係ない」

 

自分を指さしたまま硬直するあたしを放って、ルーベルは次の人に意見を求める。

 

「エレオノーラは?」

 

「わたし自身が被害を受けたわけではないのですが、

午後にマリア様へ捧げるお祈りが駄目になってしまいました」

 

「子供2人。そっちは特に騒がしかったな」

 

「ルーベル、里沙子をもっと痛めつけてよ!

私のベッドを占領して、勝手に持ち物検査まで始めたの!」

 

「パルフェムは……ただ面倒だからという理由で一人称の訂正を拒否されましたわ」

 

「本当にけしからん奴だな、里沙子!ピーネの言う通り、お前には罰が必要だ」

 

少しじゃれついただけのあたしに罰ですって?とんでもない結論にすかさず反論する。

 

「ちょっと待ってよ!あたしは本当にみんなと交流を深めようとしただけで……!」

 

「さんざん暇つぶしとか言っといて今更遅いんだよ。

そうだな……処罰の内容は第三者の私が決めたほうが公平だと思うんだが、

みんなはどう思う?」

 

「それで、いい」

 

「わたしは異論ありません。ルーベルさん、お願いします」

 

「とびきりキツいのにしてよね!」

 

「……今度ばかりは、パルフェムも擁護できませんわ。判決を」

 

「だから待ってって。あら、そろそろ3時じゃないかしら。

わかったわ!きっとみんな虫の居所が悪いだけなのよ。

お茶を飲みながらお菓子を食べれば気分も落ち着くわ。だから」

 

「判決。斑目里沙子を全員から往復ビンタの刑に……処すつもりだったが、仕方ねえ。

人嫌いの里沙子が自分から人と関わろうとしたことはある種の成長とみなし、

1週間アルコール抜きの生活に減刑する。エールはもちろんウィスキーもだ」

 

「ウィスキーまで!?ちゃんとハイボールにして飲むからそれは勘弁してよ!」

 

「何の譲歩にもなってねえよ!あんまり食い下がると半年に延びるぞ!」

 

「嘘、嘘、冗談よ。お上品なハーブティーでハイソな一週間を過ごしましょうね」

 

「それでいんだよ」

 

やだもう最悪。ハーブティーなんてドロップのハッカ味より嫌いよ。

 

「この結論に異議のあるやつは?……いないな。

じゃあ、冷蔵庫のエールは後で私の部屋に保管しておく。

ウィスキーも後で回収に行くから用意しとけよ。……聞いてるのか、里沙子!」

 

「うい、むっしゅ……」

 

「じゃあ、一同解散」

 

「うぷぷ!ざまあ見なさい里沙子」

 

ピーネの悪口に反応する気力もなくしたあたしは、力なく私室へ戻っていった。

棚に目をやると、ボルカニック・マグマの瓶。こいつとも1週間お別れね。

 

スピー……スピー……

 

その時、部屋の隅から妙な音が聞こえてきたから目をやると、位牌の中から寝息が。

しまった、こんなことならエリカで遊べばよかった。灯台下暗し。今回の話の教訓ね。

雨はとっくに上がっていた。

 

 



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勝手にネタにしてごめんなさい

3時になったから、いつものダイニングに集まっておやつの時間。

全員がお茶しながらワイワイ好き勝手言ってるから

何しゃべってるのか聞き取れないけど、共通してるのは、みんな笑顔だってこと。

 

「いつもは紅茶ですが、たまにはハーブティーもいいですね~

すぅっと鼻を抜ける香りがたまりません!」

 

「そーだろ、そーだろ。街の茶屋でブレンドしてもらった特製茶葉だからな」

 

あたしはティーカップに注がれた黄緑色の液体を揺らしてみる。

 

「ピーネさんは隠し事が下手すぎですわ。

嘘をついても、頭の小さな翼が感情に合わせてパタパタ動くんですもの。

まるで犬の尻尾みたい!ウフフ」

 

「犬ですって!?表に出なさいパルフェム!」

 

「怒らないでくださいな。それくらい可愛らしいってことですわ」

 

「それに比べてカシオピイアは言葉の金庫かよ、ってくらい考えが読めねえよな。

付き合いも長くなって、

私もちょっとは表情の変化がわかるようになったつもりなんだが、

それでもわからんときは本当にわからん。

どうだ、またちょっと時間取ってマンツーマンでだべりの練習でもしてみるか?」

 

「うん」

 

「でも、無理をなさることはないのですよ?

物静かなカシオピイアさんの雰囲気は立派な個性なんですから」

 

「ありがとう」

 

「個性においてはこのエリカに勝るものなし!見よ、愛刀白虎丸の煌めきを!」

 

またエリカが何も斬れない刀を自慢する。

自ら進んで恥をかいていることにそろそろ気づいてもいいと思うのだけど。

 

「エリカ、お茶や飯時に浮かんでいいのは高さ1.5mまでだって言っただろ。

あんまり天井近くでうろつかれると、みんなが落ち着かねえ」

 

「うう、かたじけのうござる……」

 

クイズです。この中で一人だけ機嫌が悪い人がいますがそれは誰でしょうか。

ヒント。今日まだ一言も喋ってないやつよ。

 

「ん?どうした里沙子。さっきから黙りこくって」

 

「……あたしのコップにコーヒーが注がれていない理由を考えてるの。

そして代わりに入っている謎の液体は何かしら」

 

「何ってお前、前回自分で言ったんだろうが。

“お上品なハーブティーでハイソな一週間を過ごしましょうね”って」

 

「そんなもん、状況が悪化する前に、

とっとと話を終わらせるための方便に決まってるでしょうが!

真に受けて買ってくる?普通!」

 

「文句を言うな。方便だろうがなんだろうが、言葉には責任を持て。

一週間経つまでは毎日ハーブティーだからな」

 

「勘弁してよ。酒を取り上げられて、コーヒーまで奪われたら、

あたしは何を目的に生きていけばいいの?」

 

「お前の人生にはそれしかねえのかよ!マジで呆れるぜ。なんだっていいんだよ。

世の中には小学生の作文レベルの小説をネットに上げて、

恥ずかしげもなく生きてる奴だっているんだから」

 

「下を見てたらキリがないわ。もっと高尚で面白い趣味はないかしら」

 

「酒が高尚だとでも言いたいのかよ」

 

「このハーブティーじゃないことは確かね。

買ってきてくれたルーベルと愛好家の方々には申し訳ないけど、

あたしハーブティー嫌いなの。理由は単純、臭い」

 

※個人の意見です

 

「え~?わたくしには良い香りに思えるんですが……」

 

「だから文句を言うなって言ってんだ。

これだってお前のために特別に調合してもらったんだぜ?

不眠改善、疲労回復、冷え性改善、血液浄化。

やせっぽちで血色が悪いお前にピッタリじゃねえか」

 

「ん?ちょっと待って!今、不眠改善って言った!?

だったら寝る前のエールの方がなおさら効果抜群でしょうが!」

 

「なんで酒から離れられねえんだよ!」

 

「あたしから酒を取ったら何が残るっていうのよ!」

 

「本当にアル中になっても知らねえぞ!」

 

「アルコールにまみれて死ねるなら本望よ!」

 

「誰が死体を片付けると思ってる!」

 

言い争うあたし達をなだめようと、

パルフェムが着物の袖から何かを取り出して差し出した。

 

「まぁ、まあ、お二人共。今日はお便りが来ていますの。

里沙子お姉さまの趣味については今度にして、急を要するこちらに対処しませんか?」

 

「なによこれ」

 

あたしはパルフェムから受け取った紙切れを読む。

 

 

さみしいならさみしいと、素直にそう言えば良かろうに……。

だがそんな時に限って言わない、それが梨沙子クオリティー。

(匿名G様)

 

 

「何なのよこれ!人を哀れな女みたいに!失礼なやつね!」

 

「パルフェムに文句を言われても困りますわ。

あと、電報なので受け取った時にちらりと文面を見てしまいましたがそこはあしからず」

 

「そんなことはどーでもいい!差出人は……匿名希望!?ざけんじゃないわ。

絶対見つけ出して後悔させてやるから!今夜から背後には気をつけることね!」

 

「実際そうじゃねえか。寂しいなら子供じみた方法で嫌がらせするんじゃなくて、

もっとマシな方法で構ってもらえばよかったんだ」

 

そう言ってコップの水を(略。なんであんたはハーブティー免除されてんのよ!

 

「あれは……うん、あれよ。住人が快適な生活を送れているか、

家主としてチェックする義務を果たす意味もあったのよ」

 

「またまたご冗談を」

 

「後付設定乙。ププッ」

 

「ガキ共うるさい!悪い大人に影響されて真実を見る目が濁ってしまってるようね。

こりゃ当分の間お小遣いをストップして治療するしかないわ。

大人が金に等しい酒を取り上げられたらどういう気持ちになるか、

よーく疑似体験なさい」

 

「お姉さま、そのやり方は少々卑怯かと。

ちなみにパルフェムは総理時代に稼いだ貯金があるので、痛くも痒くもありません。

くれるのでもらっていましたが」

 

「私は反対よ!都合が悪くなったらお金で圧力を掛けるなんて最低だわ!」

 

「そういや、あんたどこで金使ってんのよ。

まだまだ街は悪魔の受け入れ体制に入ってないわよ?」

 

「ピーネちゃんは、時々教会の前を通る行商人からお菓子を買ってるんですよね?」

 

「そーよ!あの人間は悪魔と取り引きする度量がある、豪胆な人物なのよ!」

 

「あいつぁ単に金になれば誰でもいいって感じだったが……

とりあえずピーネ。小遣いなら私がやるから安心しろ。確か月200Gだったな」

 

「ふ、ふん!人間にも良識のある者がいるのね。正義は勝つのよ、わかった里沙子?」

 

「私はオートマトンだが、そういうことだ」

 

みんなが揃いも揃ってあたしを責め立てる。

でもこれしきでへこたれてちゃ、主人公は務まらないのよ。

 

「いいじゃない。受けて立とうじゃないの!

このメンバーじゃ思想にバイアスが掛かってるから、

今度外部の公平な意見を聞いてくる。

きっとあたしの方が正しいことが証明されるに決まってる」

 

「外部の意見って誰だ?」

 

「ほっといて。知り合いよ」

 

「お姉ちゃんの知り合い……将軍の姪御さん?」

 

「一度うちに遊びにいらしたことがありますね。アヤさんとおっしゃいました」

 

「知り合い?お姉さまのお友達ではなく」

 

「友達、違う。知り合い、ただの」

 

「なんで片言なの?それは置いといて、

一番年長の癖に友達の一人もいないなんて、本当に寂しい女ね~キシシシ」

 

「はん、一人の時間の素晴らしさを理解してないチビ助がナマ言ってんじゃないわよ。

アヤ達があたしの方が正しいって言ったら、

あんたの羽を煮込んでスープにしてやるからね」

 

「わかったわかった。お前の頑固さは筋金入りだよ。

で、いつ外部の意見とやらを聞きに行くんだ?」

 

「そうね……」

 

あたしは壁の日めくりカレンダーを見る。今日は土曜日だから……良いタイミングね。

 

「毎週日曜はマリーの店でアヤとガラクタ漁りしてミサの騒音から逃げてるから、

明日決行ね。ついでにマリーの意見も聞けるから一石二鳥だったわ」

 

「ミサを迷惑行為扱いしないでくださ~い……」

 

「このあたしにわざわざ外出を強いている時点で迷惑行為じゃないの。

そういうことだから、結論は明日のこの時間に」

 

「わかったって!もう夕飯の準備も近いから今日は解散な。明日の今が楽しみだ。

……里沙子はそれ全部飲んでから行けよ?」

 

「飲めばいいんでしょ、はぁ……」

 

すっかり冷めてしまった上にどうしても口に合わないハーブティーを一気飲みすると、

無礼極まりない電報を握りしめ、私室に戻った。

ああ、口に残った臭いで頭がクラクラする。

それは夕食にまで響き、せっかくのビーフシチューが変な味になってしまった。

こんなことは明日で終わらせないと。

 

 

 

 

 

翌日。あたしはハッピーマイルズ・セントラルの裏通りに居た。

馬鹿みたいに長い地名が修正されていないのは、モンブール領との合併が、

議会の賛否やら住民投票の可否やらで揉めてて進んでないからって聞いた。

とにかく、名物のひとつもない田舎町のために14文字28バイトも使うのは、

公共のリソースの無駄遣いでしかないから、一刻も早く改善してほしいと願う。

 

どうでもいいことを考えつつ、“マリーのジャンク屋”のドアに手を掛ける。

おっと、うっかり“おるかー”と叫ぶところだった。

危ない危ない、これはマーブル用だった。改めて息を整え、ドアを開けた。

 

「借金返さんかーい。返済期限過ぎた47億3927万2372G」

 

「おっ、リサっちおひさ~

先週も来たのに2ヶ月くらい会ってなかったような気分だねぇ」

 

「気のせいよ。外出先でもメタ話するようになったら、いよいよ奴もおしまい」

 

いつもの派手に染めたロングヘアがトレードマークのマリーがあたしを出迎える。

彼女はスナックをむさぼりながら、人をダメにするソファに寝ころび店の隅を指差す。

まったく、こんなもんまで流れ込んできて……!

後で譲ってもらえないか交渉しましょう。

 

「お客さ~ん。リサっち来たよ」

 

「おおっ!待ち人来るが成就したので、あーる!久しぶりなのだー!」

 

「一週間ぶり。あくまで一週間ぶりだからね」

 

白衣を着た瓶底眼鏡。呑気なエンジニアを見ると、なんだかほっとする。

 

「さっそくリサもお宝を探すのだ。

このカパカパと開閉する番号付きボタンがついた品は、なんであろう?」

 

「それガラケー。しかもモック品。つまりよくできた見本よ。

本物だとしてもスペック的にはスマホには劣る。

ただ、警察や施工業者なんかでは今でも導入されてるから、

どちらが便利かは一概には言えないけど」

 

「相変わらずリサの話は興味深いのであーる。

リサが来る前に店内をざっと見たけど、今日はスマホは見当たらなかったのだ。

残念ながら帝国にスマホが普及するのは、

まだまだ先であるという結論に達せざるを得ないので、あーる」

 

「アースでも今まさに流行真っ只中だからね。廃れて流れ着くのは当分先。

何かのはずみでこっちに来るのを待つ他ないわ」

 

「最近はマリーさん秘密の仕入れ場でもとんと見ないねぇ。

ま、常連さん特典で見つけたらキープしとくから」

 

「ありがと……ああ、そうじゃなかった。

今日は二人にある事情について意見をもらいたいのよ!」

 

興奮して思わず声が大きくなる。マリーが目を丸くしてこちらを見るのを気にせず、

例の怪文書を取り出してカウンターに置いた。

 

「二人共、これを見てちょうだい」

 

「おやおや、マリーさんにラブレターかな?なんつて」

 

「電報であーるよ。何か喫緊の課題でも持ち上がったのであるか?」

 

「ある意味そうとも言える。まあ読んで」

 

 

さみしいならさみしいと、素直にそう言えば良かろうに……。

だがそんな時に限って言わない、それが梨沙子クオリティー。

(匿名G様)

 

 

事情を知らない二人は、意味不明な文章に顔を見合わせる。

その様子を見て、あたしが補足説明をした。

この前の雨の日に、暇を持て余して住人にちょっとだけ行き過ぎた交流を図ったところ、

顔面パンチを食らって、酒を取り上げられた。

 

それだけにとどまらず、毎日ハーブティーを強制され、挙句の果てには、

正体不明のGとやらに哀れな女のレッテルを貼られたことについて、

かいつまんで話した。

二人はそれでもやっぱりどこか腑に落ちない表情で、更に説明を求めてくる。

 

「う~ん、マリーさんにはリサっちが何を言いたいのかわからないのですよ」

 

「アヤ達はこの電報をどうすれば良いのか、皆目検討がつかないので、あーる」

 

「率直な意見を聞きたいの。あなた達から見て、あたしが寂しい女かどうか!」

 

あたしはカウンターに手をついて、ずいと二人に顔を近づける。

彼女たちは戸惑った様子で答えに窮する。

 

「さすがにマリーさんもどう答えていいかわかりませんなぁ……

いつもリサっちは楽しそうに見える故に」

 

「まずは“寂しい”という状態を具体的に定義するべきであるという説を提唱するのだ」

 

「おおっ、さすが科学屋さん。目の付け所が台湾に乗っ取られた家電メーカーだね!」

 

「なら聞かせて。あたしって寂しい?」

 

「まずは落ち着くであーるよ。寂しいとは!

“親しい人が居ないなどで、心が満たされず物悲しい”以上!」

 

「ググった知識、大いに参考になったわ。ありがとう」

 

「では問題は解決ですなぁ。

アヤさんという友達がいて、家にもたくさん家族がいるリサっちは寂しくない。

答えが出たところで買い物はいかが?駄菓子はいっぱい入荷してるよ。

これは人形の頭を後ろに倒すと、ラムネが出てくる変りもので……」

 

「違あぁーう!」

 

また大声を出すあたしを驚いて見つめる二人。

マリーの方は若干鬱陶しそうな表情を見せたけど無視した。

 

「あたしに友達は存在しないし、家にいるのは居候!

そうでなくっちゃ、この企画が成立しないでしょうが。このうんざり生活の!」

 

「じゃあ、アヤはリサの友達ではなかったということであーるか?

魔国編で友達になれたと思っていたのは、アヤの思い過ごしに過ぎなかったと、

そういうことなのであるか?……ぐすん」

 

「あ。泣ーかした泣ーかした。将軍に言ってやろ」

 

アヤがべそをかき始めたから、慌ててフォローする。

 

「ああ、ああ、違うのよアヤ。あなたが嫌いなわけじゃなくて、あたしが言いたいのは、

適度な距離が必要だってことなの。

友達と知り合いの境界線の、限りなく友達に近い位置にいるのよ、あなたは」

 

「うう、なんで友達じゃない?」

 

「それには高度に政治的な判断が関わってくるから、一言で説明するのは難しいの。

この企画のタイトル読んでよ。うちの客はリア充女の私生活なんて求めてないの。

寂しい女が飲んだくれて、鉄砲撃ちまくる、荒んだ生き方を見たいのよ」

 

「リサっち今、自分で寂しいって言った。くはは」

 

「そ、そこら辺のさじ加減が難しいんだってば!

想像してみてよ。ある日突然、この企画のタイトルが

“しあわせ里沙子のほんわか生活”に変わったとしたら!?

予告なしで丸一年放ったらかしにするより、お気に入り0になる確率が高い!」

 

「お、それちょっと興味あるかも。どんなのか少し見せてほしいなぁ」

 

「そうねぇ……」

 

あたしの頭上にモワモワと居るはずのない自分の想像図が描かれる。

 

 

……

 

 

今日も小鳥のさえずりで目が覚める。

いつも寝る前に温かいミルクを飲んでるから目覚めは快調、頭もすっきり。

さあ、みんなにおはようの挨拶をしなきゃ!

 

「おはよう、おはよう、みんなおはよう!」

 

ドアをノックしながら元気に廊下を進む。

ダイニングに下りると早起きのジョゼットちゃんがカモミールティーを入れてくれてる。

あたしハーブティー大好き!

 

「ジョゼットちゃんおはよう!わぁ、良い香り!」

 

「おはようございます。今日は特にうまく仕上がったんです。召し上がれ!」

 

「いただきまーす!……うん、気持ちのいい朝にぴったり。とってもおいしいわ!」

 

「もうすぐ朝食の支度もできますから。今日は日曜ミサの日なので急がないと」

 

「やだっ、大切なミサがあるんだった。いっけなーい」

 

みんなで朝食を済ませると、急ぎ足で聖堂に向かうの。

街の皆さんとマリア様にお祈りしなきゃ。

 

「おはよう、里沙子ちゃん」

 

「おはようございます、パン屋のおじさん!」

 

「今日も元気ね、里沙子ちゃん!」

 

「ありがとう、肉屋のおばさん!」

 

ミサが始まると、エレオノーラちゃんが小さなオルガンを弾いて、

みんなで賛美歌を歌うの。それが済んだらマリア様へお祈り。

説教台で聖書を読むジョゼットちゃんも、もう立派なこの教会のシスターね。

 

アーメンでミサが幕を閉じると、あたしは街へ一直線。空は快晴、心地よい風が吹く。

今日はどんな冒険が待っているのかしら。

胸を躍らせながら、街道をひた走るあたしなのでした。

 

 

……

 

 

「……ねえマリー」

 

「何?」

 

「痰壺置いてない?」

 

「あっても使わせない」

 

「吐き気に耐えきれない。自分で想像しといてあれだけど」

 

「うっぷ……ならば、吐き気を抑えるために、

普段通りのリサを思い浮かべることを推奨するのだ~」

 

「マジ天才」

 

 

……

 

 

今日も悪夢の幻聴で目が覚める。

いつも寝る前に冷たいエールをしこたま飲んでるから目覚めは最悪、頭もガンガン。

居候連中に構ってる余裕なんかない。

 

「頭痛い、頭痛い、あたしは頭が痛いのよ!」

 

いないはずの誰かに怒鳴りながら千鳥足で廊下を進む。

ダイニングに下りるとジョゼットが、あからさまに嫌な顔をして氷水を入れてくれた。

酔い覚ましにはこれね。

 

「ジョゼットおはよう……メシまだ?」

 

「おはようございます。昨日も飲んだんですか?」

 

「1ケース空けちゃった。……うん、気持ちの悪い朝にぴったり。氷水が身に染みる」

 

「もうすぐ朝食の支度もできますから。今日は日曜ミサの日なので急がないと」

 

「うえっ、面倒なミサがあるんだった。さっさと逃げなきゃ」

 

みんなで朝食を済ませると、急ぎ足で聖堂に向かう。

街の連中が早くもマリアさんにお祈りを始めてる。9時まで入るな。

 

「おはよう、里沙子ちゃん」

 

「……おはようさん」

 

「今日も元気ね、里沙子ちゃん!」

 

「頼むからでっかい声出さんといて。二日酔い酷いねん。どこ見て元気やと判断した?」

 

ミサが始まると、エレオノーラがボロいオルガンを弾いて、全員で賛美歌を歌う。

飽きもせんとようやるわ。

 

アーメンでミサが幕を閉じるとっくの前に、あたしは街へ一直線。

無駄に天気が良くてなんか腹立つ。今日はどんな厄介事が待っているのかしら。

胸に鉛のような憂鬱感を抱えながら、街道をとぼとぼと歩くあたしだった。

 

 

……

 

 

「カハハハ!リサっちさぁ。これって実話!?」

 

「ミサがある日はいつもこんな感じ。ああよかった。気色悪い胸焼けが払拭されたわ」

 

「さっきの話とは違う意味で終わってるのだ……

ところで、後半リサの口調が変になっていたが、あれはどうしてであーるか?」

 

「ああ、故郷の方言よ。酔ってたり辛かったりするとたまに出る」

 

「うんうん、リサっちはどうしようもなく寂しい女。マリーさんが保証するよ」

 

「リサ、お酒を睡眠薬代わりにするのはやめたほうがいいのだ。

気絶しているのと変わらないのであーるよ」

 

「なるべくやらないように気をつける。ってそうじゃないわ!

二人共ここに一筆書いて!」

 

あたしはカウンターの電報の上にペンを置いた。

 

「一筆って何かな~」

 

「あたしが寂しい女だって証言よ。……あら?なんかおかしいわね。

あたし今日は何を証明しに来たのかしら。

結局寂しければいいの?寂しくなければいいの?」

 

「リサが自分にとっての最適解を探している間、アヤが書いておくのだ」

 

アヤが電報の余白にカリカリと何かを書き始めた。

 

「マリーさんが思うに、

どこかで論点がずれて妙な展開になっちゃったような気がするんだな」

 

そうよ、そもそもあたしは何をしにきたのかしら。そこから既にごっちゃになってる。

 

「とりあえず書くよ~?」

 

「あっ」

 

マリーもサラサラと何かを書き記すと、すぐ電報を封筒に入れて糊で封をした。

 

「はいな。証言を書いた。みんなに見せるまで開けちゃだめだよ~ん」

 

「なんで」

 

「なんでも。リサっち都合の悪い内容なら、郵便物でもそこらへんに捨てると思ってさ。

年末年始の郵便バイトのように。

それとも、胸を張って第三者の自分に対する意見を見せられない?だったら返して」

 

「わかったわよ……ルーベル達にこいつを叩きつけてぎゃふんと言わせてやるわ」

 

「その意気だよ~」

 

「リサがんばれ~」

 

「アヤもマリーもありがとう。今日はこれで帰るわ。おっと、その前にこれちょうだい」

 

駄菓子コーナーから、フィルムが変色して明らかに賞味期限が切れてるっぽい菓子を、

ひとつかみカウンターに置いた。

 

「ざっと2G。梱包はお客様ご自身でお願いします」

 

「相変わらず値段めちゃくちゃね。ちゃんとトートバッグに自分で詰めますよ、と」

 

銅貨を2枚置き、食べられるかどうか怪しいお菓子をカバンに詰めると、

アヤにお別れする。

 

「ごめんねアヤ。今日はあんまり付き合えなくて。

どうしても今から帰ってやらなきゃいけないことがあるから」

 

「リサの元気そうな顔が見られただけでいいのだ。ばいなら~」

 

「マリーも騒がせたわね。必ず勝利をもぎ取るから」

 

“シースパロー攻撃始め!サルヴォー!”

 

「あー…うん」

 

既にマリーはDVD観賞に戻っていた。ソファの交渉はまた今度ね。

あたしは封筒を握りしめ、裏路地から帰り道へ続く大通りに飛び出した。

 

 

 

 

 

おやつの時間に間に合った。メンバーも全員集まってる。

手元にはやっぱりハーブティー。だけどこんな生活ももう終わる。

 

「んで?結論は出たのかよ」

 

ルーベルが頬杖をつきながら、やる気なさげに聞いてきた。

 

「当たり前じゃないの。ここに信用に足る人物の証言が書いてあるわ。

エレオノーラ、読んでちょうだい!」

 

パシンとテーブルに封筒を叩きつけた。

エレオノーラが小さな手を伸ばして受け取り、封を切った。

 

「では、僭越ながらわたしが読ませていただきますね。ええと……」

 

 

・リサっちは基本人嫌いで間違いないけど、時々一人が寂しくなるんだよ。

 でも立場上自分から甘えられない、ちょい面倒な娘だから、

 定期的に可愛がってあげてね~

 追伸:紫の稲妻が龍を打つ→C

 

・リサは誰よりもみんなのことを考えているのだー。色々と。

 

 

理解不能!マリーの言いたいことが理解不能!追伸も意味不明!

いつあたしが寂しいって言った!?

いや、物語の円滑な続行にはあたしが寂しい女でいることが必要で……

頭痛くなってきた。帰るまでに考えまとめとくんだったわ。

 

「な~るほどな。里沙子、人様から見てもお前は寂しがりらしいぞ?」

 

「やんぬるかな」

 

「里沙子さんがこの教会の維持に尽力してくださっていることはわかっていましたよ。

今度一緒に聖書を読みましょう」

 

「あろぱるぱ」

 

「やーい、里沙子の寂しんぼう!」

 

あたしは黙ってカバンからお菓子を取り出し、ピーネに渡した。

 

「ラムネ?気が利くじゃない。ん?2000:10:01って!

18年前に賞味期限切れてるじゃない!何考えてるのよ!!」

 

「かーらーす なぜなくの」

 

思考を放棄したあたしは、ピーネの抗議を遠くに聞きながら、椅子にもたれかかる。

 

「まぁ、許してやれよ。ラムネなんか腐るもんでもなし。

里沙子がこうして自分の弱さを認めたことは、真人間に向けての大きな一歩なんだから。

禁酒令も今日で解除してやるから、涙拭けよ」

 

「里沙子もルーベルも、衛生観念を疑うわ!」

 

「解除!?マジ?今からエール冷やしとかなきゃ!どこどこどこ?どこにあるの!」

 

「落ち着け。私が冷蔵庫に入れといてやるから。その代り、ハーブティーは……あ」

 

「なによ、急に黙っちゃって」

 

「うん。どっちにしろ、今日で7日目だから、

放っといても禁酒令もハーブティーも終わりだったんだ」

 

「は!?じゃあ、街まで出向いたあたしの苦労は?」

 

「骨折り損のくたびれ儲けってやつだな」

 

「あああああ、こんな世の中大嫌い!

雨のせいで世界まで嫌いになるなんてそうそうないわよ!」

 

「ところで、追伸に書いてある文章の意味がさっぱりなんだが」

 

「それは、ワタシ宛て。マリー情報官から」

 

「なんて意味なんだ?」

 

「言えない。軍事機密だから。今度帝都に行く」

 

「そっか。大変そうだが、頑張れよ」

 

「うん」

 

「マリィィィ!

せめて“時々寂しさを見せるけど、あくまで企画進行のためのポーズである”くらいに

書きなさいよ!ガチでこの企画どうなっても知らないわよ!」

 

「よかったな。もうハーブティー祭りも終わりだから、

口つけてないなら、誰かに飲んでもらっていいぞ。よかったな」

 

「嬉しくねー!!……そうよ。元はと言えばあいつのせいなのよ!

Gが妙な電報よこさなきゃこんなことにはならなかった!」

 

あたしは立ち上がると、Century Arms M100を抜いて、玄関へ向けて走り出した。

久々に握る黄金銃が手に食い込む。

 

「おーい、どこ行くんだよ!」

 

「不届き者に天誅を下す!首を洗って待ってなさい!まずは郵便局から当たらなきゃ」

 

「……やれやれ、本当に落ち着きのないやつだな」

 

ルーベルは開きっぱなしのドアを見ながら手元のコップから一口飲んだ。

飲んだ瞬間派手に吐き出した。

 

「なんだこれ、臭え!」

 

「ひどい!わたくしのハーブティーですよ!」

 

※個人の意見です

 

 




*本当にごめんなさい…


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有人島編
食い物系のニュースがあると、必ずと言っていいほどア○ダイってスーパーが取材されるけど、なんで?


湿気でむせ返るようなジャングルをひたすら歩きながら、

あたしは人を求めてさまよい続ける。

ピースメーカーとデザートイーグルが無事だったのが不幸中の幸い。あと眼鏡。

いや、冗談じゃなくてこれがなくなってたら死亡率がぐーんと上がってただろうから。

あたしは今、名も知れぬ(多分)無人島にいる。

 

 

 

 

 

大体一週間くらい前のことだったかしら。

ジョゼットが買い物から帰るなり、奇声を発してわめき始めたから、

頭に治療薬を振り下ろして黙らせてから事情を聞いたの。

 

「里沙子さん痛いです~せっかくマリア様のお恵みがあったのに……」

 

「つまり気を狂わせて辛い現実を忘れさせること?

そりゃ心の隙間だらけのあんたには、この上ない施しだわね」

 

「なんてこと言うんですか!当たったんですよ!?」

 

「うん。あたしも拳が痛い」

 

「頭に当たったものじゃありません!見事1等当選です!」

 

「ごめ、話が見えない」

 

狂ったジョゼットを見物に、いつものごとく暇人共が集まってくる。

 

「んー?どうしたジョゼット。また里沙子に殴られたか?」

 

「それもありますけど、皆さん聞いてください!

わたくし、街の福引きで1等を当てちゃいました!」

 

「おめでとうございます。なにが当たったのですか?」

 

「聞いてくださいエレオノーラ様!

それも“ガレオン級戦艦で行く、3泊4日南国クルージングツアーペア招待券”ですよ!

こんな幸運、人生で初めてです~」

 

ジョゼットはチケットと思しき紙片が収まった封筒を胸に抱えてくるくる回る。

普段なら鬱陶しいとさっきの方法で大人しくさせるけど、

たまに良いことがあった日くらい好きにさせておきましょう。

 

「よかったですわね。

それで、ペアと言うからにはジョゼットさんと誰かが出かけることになりますが、

どなたと出発なさるおつもりですか?」

 

「あ…そうでした。ごめんなさい、パルフェムちゃん。

招待券の規約に15歳以下の方の参加はご遠慮いただきますって書いてるんです……」

 

「やけに限定的だな。15つったら、もう自分のことは自分でできる歳だろ?」

 

「多分、乗る船が戦艦だから、安全確保のため」

 

「キー!じゃあ、13の私は自動的に除外!?ふざけんじゃないわよ!」

 

「誰もあんたと行くなんて言ってないんだから、怒ってもしょうがないでしょう。

まぁ、出発までに同行する人を決めて、たまには羽伸ばして来なさいな」

 

「でも~ご飯や家事はどうしましょう」

 

「飯くらい適当に作るなり、酒場で食うなりして4日くらいやり過ごすわよ。

掃除だって、自分の部屋も片付けられない甘ちゃんを家に置いた覚えはないわ」

 

「堂々と嘘ついてんじゃねえよ。お前の部屋の汚さは天下一品だ」

 

「困りました……ルーベルさん、一緒に行ってくれますか?」

 

「悪いが腐ってもこの家の用心棒だ。長く空けるわけにはいかないんだ」

 

「じゃあ、カシオピイアさん?」

 

彼女は少し寂しそうに首を振る。

 

「街の、警らがあるから」

 

「そうですか……あの、エレオノーラ様」

 

「すみません。わたしも2日に一度は用事があるので、宿泊旅行は無理なんです。

聖緑の大森林のエルフ達との会合や、

大聖堂教会のお祖父様に学習内容の報告に行ったり」

 

とうとう誰もいなくなったジョゼットが、

椅子に腰掛けコーヒーをすするあたしに近寄ってきた。

 

「あの、里沙子さん?」

 

「パス」

 

「即答!?」

 

「消去法丸出しで選ばれてムカついたこともあるけど、

旅行はめんどくせー事ランキング第2位なの。

これにバーベキューや団体行動が加わると、運動会と1位タイになる。

ともかく、あたしは見ず知らずの連中とわざわざ遠出するつもりはないから。

悪いけれどそんな想い(略:久しぶりね」

 

「そんなぁ」

 

「ねぇ。あたしはその手のペア旅行に当たったことないから知らないんだけど、

それって1人じゃ参加できないの?」

 

「そうは書いてませんけど……」

 

「行ってやれよ、普段から迷惑かけてるんだから。罪滅ぼしだと思ってさ」

 

やっぱり水を飲みながら横槍を入れてくるルーベル。

今度、水の飲み過ぎで死んだやつがいるって話を聞かせてあげましょう。

 

「あたしがいつ迷惑かけたってのよ!」

 

「酔っ払って大声出したり、なくした眼鏡を一緒に探させたり、その他諸々。

ああ、いつか玩具のピストルでゴタゴタして怒らせたこともあったな」

 

「うっ……」

 

「拙者の出番の臭いがしたので下りてきたのじゃ!」

 

今回(も)ガチで活躍の機会がないエリカが2階から浮遊してきた。

 

「家から出られないあんたの出番はないの。

おりんなら後で鳴らしてあげるから引っ込んでなさい。はぁ」

 

「再開後も相変わらず拙者がないがしろにされている状況は変わっておらぬが、

これも運命と大人しくおりんを待つでござる……」

 

すごすごと自分の住処に引っ込んでいくエリカ。話を元に戻す。

 

「わかったわよ、行きゃいいんでしょ。出発前から気が重いわ」

 

「やったー!一人寂しく海外旅行に行かなくて済みました!」

 

「よかったな、ジョゼット」

 

「ちっとも良くない。面倒くさい荷造りが待ってる。本当やる気出ないわ」

 

それから、あたしはえっちらおっちら出発の準備を進めて、

とうとう指定の日にホワイトデゼールの港に集合したの。

金時計は置いてきた。潮風で痛むかもしれない。

 

「わー!大きな船!わたくし、船に乗るのは初めてなんです。

しかもこんな大きいものは見たことありません!」

 

「まー、あたしは2度目だけど確かにデカいわね。そろそろ乗りましょう」

 

艦首に連装砲二基、甲板に対空機銃、舷側にカロネード砲多数を搭載した、

大型戦艦に乗り込むあたし達。

でも、この後厄介な事態に巻き込まれるとは予想もしていなかった。

この企画でまともにストーリーが進むことなんて、あるわけないってわかってたのにね。

 

 

 

 

 

轟く稲光。吹き荒れる嵐。パニックに陥る乗客。悲鳴を上げるジョゼット。警鐘が響く。

あたしは危機感を覚えるよりこの状況に対して心底うんざりしていた。

 

“お客様!落ち着いて行動してください!”

“救命ボートは全員分ございます!”

“1列に並んでお待ち下さい!”

 

うん、わかった。あとお願い。

ハムスターみたいに救命ボートに殺到する他の連中に飛び込むのが嫌だったから、

雨に打たれながら甲板の中央で人が空くのを待っていた。

 

「里沙子さん!ボーッとしてないで、わたくし達も逃げないと!

船が白銀大クジラと衝突して、底に穴が開いたせいで、これ以上保たないんです!

早く救命ボートに乗りましょう!」

 

「あれ見なさいよ。今行って乗れると思う?」

 

あたしはボートの昇降口を指さした。

一刻も早く脱出したい連中が、狭い空間でボートの取り合いに必死。

あれに巻き込まれたら最悪海に落下する。

 

「急いだって乗れやしないんだから、浮き輪でも持って待機するのが最善の対処法」

 

メインマストに背を預けて海を眺める。

こんなに荒れた海を見るのは、ジャックポット・エレジーと戦った時以来ね。

 

「どうしてそんなに落ち着いていられるんですか!

ああ、マリア様!どうか哀れな子羊に救いを……」

 

その時、ドスンという大きな音がして、甲板を横切るように大きな亀裂が走った。

あらら、まずいわ。状況が思ったより酷い。

このままじゃ、艦が真っ二つになるのも時間の問題ね。

 

「ジョゼット、あんたはボートに乗りなさい。

他のやつ蹴飛ばしてでも強引に乗り込むのよ」

 

「里沙子さんは!?」

 

「もうちょい粘る。浮き輪探してくるわ」

 

「無理ですって!浮き輪があってもこの嵐じゃ!」

 

「限界まで混雑を回避する道を模索したいの。ほら、さっさと行く!」

 

あたしはジョゼットを昇降口に向かって突き飛ばすと、

一旦艦内に戻って救命胴衣や浮き輪の類を探し始めた。

でも、人間考えることは同じみたいで、

それらがあったであろう倉庫やフックには何も残ってなかった。

そこでまた艦が激しく振動。壁にへばりついてどうにか体勢を保つ。

 

で、気がついたら足元に浅い水たまり。

諦めてあたしもボート争奪戦に参加するしかないのかしら。

踵を返して甲板に戻ると、昇降口が崩壊して、

もう救命艇に乗ることはできなくなっていた。

 

う~ん、あたしにバイオリンと演奏の心得があれば、

“主よ御許に近づかん”でも弾いてやるんだけど。ジョゼットは逃げられたのかしら。

あの娘もツイてるのかツイてないのかわからないわね。

そもそもうちの教会に来たことはあの娘にとって……

 

呑気に考え事をしていると、巨大な戦艦が崩れ去る激しい音と共に身体が宙に浮き、

次の瞬間全身を冷気が包んだ。息ができない。要するに海に落ちた。

暴れ狂う海水にもみくちゃにされながら、あたしは身体が海面に浮くのを待った。

というより元々泳げない。今回の教訓、本当に危ない時は面倒がらずに急ぎましょう。

 

大型船が沈み、海水が引き寄せられ、まったく身体は浮かぶ様子はない。

これで約1年続いたうんざり生活も終わりなのね。奴もまた寝たきり生活に戻る。

破滅の運命を受け入れるのもひとつの選択肢かしら。

最後までどうでも良いことを考えながら、あたしは暗い意識の底に沈んでいった──

 

 

 

 

 

ぼやけた意識と視界が徐々にはっきりとしてくる。顔には砂の粒の感触。

両手をついて立ち上がると、

そこは見たこともない木々や植物の生い茂る島の海岸だった。

 

「……ここ、どこ?」

 

とりあえず身体をさすってみて、怪我がないか確かめる。

少し擦り傷はあるけど、骨折なんかはない。頑丈に身体に巻いたガンベルトや銃も無事。

一応連載終了は免れたみたい。

今度は状況確認のためにゆっくりと景色を一周見回してみる。

 

嵐はすっかり収まって、気持ちのいい青空だけど、

広がる海には船の一隻も見当たらない。

救助を待つより、この島に人がいないか確かめたほうが良さそう。

見たところかなり広い。遠くに岩肌の見える山もある。

 

あたしはピースメーカーを抜くと、空に向けて一発撃ってみた。

鬱蒼としたジャングルに銃声が響く。

だけど、しばらく待機したものの、誰かが様子を見に来ることもない。

 

「自分でどうにかするしか、なさそうね」

 

覚悟を決めて、銃をホルスターにしまい、獣道に足を踏み入れた。

突然襲われた時に備えて銃は握ったままにしようかとも思ったけど、

まともな住人に出くわした時にトラブルになりかねない。

いざとなったらクロノスハックもあるから、急ぐ必要もないし。

 

それにしても植物独特の臭いがあたしを苦しめる。

湿気と合わさって軽く吐き気を覚えるほど。あたしの大嫌いなフィールドワーク。

足元にはラフレシアや明らかに食べられないキノコが生えている。

どれくらい歩いたかしら。

あと15分歩いて何も見つからなかったら頭をぶち抜いておさらばしたい。

それくらい追い詰められてたのよ。

 

でも、捨てる神あれば拾う神ありで、いきなり前方に開けた場所が見えて、

明らかに人工的な建造物が円を描くように配置されている、

田舎の商店街のようなものが見えた。救われた気持ちになって急に足取りが軽くなる。

 

だけどジャングルを抜けて集落に入った瞬間、喜びは落胆に変わる。

いわゆるシャッター商店街ってやつよ。郵便局、銀行、金物屋、食堂。

色の落ちた看板でかろうじてそれとわかる。

かつては人で賑わってたんでしょうけど、今はただの廃墟ね。

肩を落として立ち去ろうとすると、背後に人の気配を感じて振り返った。

 

そこには立ち飲み屋だった店のカウンターに商品を並べて、

明らかに商売をしている女性がいた。思わず駆け寄って話しかける。

 

「あなたこの島の人!?嵐で海に放り出されてここに流れ着いたの!港か何かない?」

 

「どうか落ち着いてください。私はエレナ。大変な目に遭われたのですね。

残念ですが、この島に船はありません。

どう言えばいいのか……ここは、特別なところですから。

衣食住は全て島内でまかなっています」

 

がっくし。エレナという女性の言葉に落胆し、思わず膝に手をついて前かがみになる。

そんなあたしの状況を見て、彼女が声を掛けてきた。

 

「そうですね。あいにく船はありませんが、

この島のどこかに、空飛ぶ鉄の鳥が眠っているという言い伝えがあります」

 

「空を飛ぶ鉄の鳥?それってもしかして飛行機!?」

 

「飛行機というものがどのようなものかは知りませんが、

この島から外の世界へ出るには、それが一番いい方法だと思います」

 

一筋の光が見えて若干前向きな気持ちになれた。

改めて見てみると、エレナという女性はどこか不思議な雰囲気をまとっている。

 

「情報ありがとう。あたしは里沙子。……ところでここに並んでるのは売り物かしら」

 

「はい。どうぞご覧になってください」

 

カウンターに並ぶ商品はジャンルがぐちゃぐちゃだった。

武器防具から、使いみちのわからない道具、本、水、食料、古びたショットガン、弾薬。

あたしはまずは水と食料を確保しようとした。

 

「そのペットボトルの水とバナナをいただけるかしら。……ん、ペットボトル?」

 

「お水とバナナ。合わせて5Gです」

 

「なんでこの世界にペットボトル?たまたまアースから流れてきたのかしら。

まぁ、とにかくそれを……やだ、財布がない!」

 

海を漂ってるうちに落としたらしい。完全な無一文。

 

「どうしようかしら。お金がないわ」

 

すると、エレナはニコリと笑って、集落の隅を指差す。その先には掲示板らしきもの。

 

「手持ちがなければ、“まともな”住人からの依頼をこなしてはどうでしょう。

賞金稼ぎや植物採取が主です」

 

「ここにも賞金首がいるのね。やるわ。飛行機捜索の前に餓死したら意味ないもの」

 

「それは結構ですね。

ところで、物は相談なのですが、まずは私の依頼を受けてはいただけませんか?」

 

「どんな内容?」

 

「最近ジャングルに化物が住み着いたのですが、それを始末して欲しいのです。

必要なものはここに」

 

エレナは島の地図と中華包丁を差し出した。

地図にはこの集落を中心として、島の全体像が描かれている。

 

「これ、もらっていいの?」

 

「はい。依頼さえこなしていただければ。

この島は広いので、地図がなければ何かと不便でしょう。

それより……賞金首は非常に凶暴ですので、どうか気をつけて」

 

「ありがとう!銃も弾に限りがあるから、近接武器は助かるわ」

 

「それでは、この集落の北東に少し進んだ湿地帯に、全身が苔で覆われた巨人がいます。

そいつの首を持って来てください。成功すれば50Gお支払いします」

 

「わかった。これでも実戦経験は少なくないの。待ってて」

 

「……必ず、帰ってくるのですよ」

 

どこか寂しげな声に送られて、

あたしは地図を頼りにターゲットのいる湿地帯に出発した。

 

 

 

 

 

暑い。ジャングルに舞い戻ったあたしはまた湿気と暑さに苦しめられていた。

早く賞金首を殺して水を買わないと行き倒れになる。

最悪そこらの石や植物を伝ってる雫を飲んでもいいけど、

どんなウィルスがいるかわからないし。

 

地図を確認すると、そろそろ目的の湿地帯に着く頃。

木々の先に視線を送ると、浅い水たまりがあちこちにある沼っぽいところが見えた。

やっと着いた。あそこね。

ジャングルを抜けると、湿地帯の中央に苔に包まれた大きな泥の塊が見えた。

奴が例の賞金首に違いない。

 

中華包丁を構えると、時々沼に足を取られながら苔の巨人に近づく。

名もなき賞金首も足音でこちらに気づいたようで、

乱暴な呼吸音と共にこちらに振り返った。そして立ち上がりその姿を顕にする。

確かに苔が集まって二本足の人間型の巨人を形作っている。体長は3mくらい。

 

あたしを見たそいつは、一度全身を空に向けて木々を揺るがすような大声で吠えると、

こちらに向かって大きな身体をゆらしながら駆け寄ってきた。

すぐさま様子見にピースメーカーを抜いて一発。

腹に命中はしたけど、柔らかい苔の身体を貫通して大したダメージを与えられなかった。

 

なるほど、エレナが中華包丁をくれたのも納得。

下手に貫通力の高い銃より、刃物で肉体を切り落としたほうが効果的ね。

考えるうちに苔男がラリアットを繰り出してきたから、瞬時に伏せて攻撃を回避。

後はクロノスハックで時間を止めて……!?発動しない!

確かに魔力を練り上げて体内に循環させたのに、クロノスハックが使えない。

 

理由を考える間もなく、苔男が向こうを向いたまま後ろのあたしに蹴りを放つ。

油断していたから回避が間に合わず、どうにかガードするのが精一杯だった。

それでも凄い重さで腕が折れるかと思った。

 

「痛った!やったわね、腐ったガチャピンの分際で!」

 

蹴られたまま黙ってるあたしじゃない。中華包丁を振り回し、

あたしを蹴った足に一太刀浴びせ、苔でできた足の肉を削ぎ落とした。

 

『はごおおおおお!!』

 

苔男が痛めた右足をかばい、その場にうずくまる。

その機を逃さず、奴に飛びつき、背中に二度三度と中華包丁を叩きつける。

ただ、攻撃が命中する度に悲鳴を上げるけど、

柔らかい苔の身体に今ひとつダメージが通っているように感じられない。

 

今度は奴が右腕をぶん回してきた。

今度も身長差のおかげで、軽くかがんだだけで回避に成功。

隙なく中華包丁を振り上げて、右腕にめり込ませる。

だいぶ深く刺さったけど、やっぱり痛がるだけで致命傷には至らない。

どうしたもんかしらね。

 

いちいち足を取られる沼地と怪物との戦闘で息が上がってきた。

そろそろ決着をつけないとまずそう。一か八か、あたしは賭けに出た。

パワータイプで動きが緩慢な苔男の後ろを取り、背中の苔を掴んで張り付く。

危険を察知した敵も、身体を激しく揺さぶってあたしを振り落とそうとする。

 

抵抗するということは。あたしは落っこちないように、3mの巨体をよじ登る。

そして、首の辺りにたどり着くと……

 

「はあっ!!」

 

奴の頭部に思い切り中華包丁を叩きつけた。

パックリ頭が二つに割れた苔男は、ビクンと痙攣すると、そのまま前のめりに倒れた。

バシャンと泥が大きく跳ねて、服に降りかかる。最悪。

しかも、頭を割られても苔男はゆっくり腕だけで前進しようとする。

 

「しつこいわね!」

 

とは言え、もうまともに反撃もできないから、安全にとどめを刺せる。

今度は首ごと切り落とす。

柔らかな苔の首に中華包丁を真上に当てて、下に思い切り力を込める。

途中、何か小さな物が引っかかった気がしたけど、あっさり折れて、

首は綺麗に切断できた。

すると、脳を潰されても尚もがいていた苔男は、今度こそ絶命した。

 

「ふぅ、手こずらせてくれたわね。エレナのところに戻らなきゃ」

 

あたしは化物をぬっ殺した証明に、苔男の頭部を拾った。

でも、そこで奇妙なことに気づく。

単に苔がマナかなにかでモンスター化したと勝手に思ってたけど、

切り口を観察すると、頭蓋骨や首の骨のようなものが見える。

 

もっとも、頭蓋骨は厚さ2mm程度で、頚椎も直径1cm程だったけど。

なんとなくその頭部を持っているのが嫌になってきた。早く戻ろう。

急いで商店街を目指して早足でジャングルに入る。

 

だけど様子は一変していた。植物以外何もなかったジャングルのあちこちに、

苔男が徘徊してる。大きさは20代の成人男性程度だけど、

関わってもろくなことにならないのは明らか。幽霊村の体験を思い出す。

あたしは見つからないように、密林を進み商店街に戻った。

立ち飲み屋に駆け込むと、エレナに苔男の頭を突きつけて、問いただす。

 

「ねえ!こいつって何なの?頭の作りが人間そっくりなんだけど!」

 

「依頼を達成されたのですね。おめでとうございます。約束の報酬50Gをどうぞ」

 

「ありがと!……じゃなくて、質問に答えて!こいつは、一体、なに!?」

 

エレナは少し躊躇い、目を伏せて答えた。

 

「恐らくあなたが考えている通り、これも元は人間でした。

苔に寄生されてこのような姿に」

 

「苔が?そんな物騒な話聞いたことない」

 

「はい。この島にのみ自生する危険なものですから」

 

「もしかしたら、あたしもこうなるかも知れないってこと?」

 

「わかりません。苔がどこから来て、どこに生えているのか、私にも見当がつきません」

 

あたしはボリボリと頭を掻いて、ため息をつく。素敵な海外旅行をありがとう。

 

「じゃあ、あたしが生き残るには、

苔に関わらないようにしながら、飛行機を探さなきゃいけないってわけ?」

 

「そうなりますね。今日のところは食事を取ってお休みになられては」

 

「……そうね。とりあえず水とバナナを、あら?」

 

カウンターに並ぶ雑多な商品のラインナップが増えていることに気づく。

一際目を引くのは、赤いボトル型燃料タンクが付いた大型銃器。つまり火炎放射器。

 

「興味がおありですか?」

 

「うん、凄く。でも、お高いんでしょう?」

 

「300Gです。これなら苔男(モスマン)も楽に焼き殺せます。

掲示板の依頼をこなして行けば、手の届かない額ではないと思いますよ」

 

「はぁ、長期滞在確定ね。認めたくなかったけど。

なるほど、モスマンね。ちゃんと名前があったとは驚き。

ところでこの辺に泊まるところはあるのかしら」

 

「シャッターが下りている店舗を自由に使っていただいて構いません。

鍵は掛かっていませんし、水道も通っていますから」

 

「そりゃありがたいけど……

文明が進んでるのかいないのかよくわからないところね、この島は」

 

「ここは、現在・過去・未来が歪に融合している世界なのです。

モスマンも住人も私も、いつかの時代に生きていた」

 

いきなりエレナが訳のわからないことを言い出した。

見えてないだけで彼女も脳内に苔が生えているのかもしれない。

 

「何かの冗談?」

 

「いいえ。この朽ちた廃墟や怪物、水道や銃と言った文明品。

そして島の大半を覆う植物が同居している状況がなによりの証拠だとは思いませんか?」

 

「そりゃそうだけど……」

 

カウンターのペットボトルを手に取ってみる。

これはアースから流れてきたんじゃなくて、

遠い未来にミドルファンタジアで生産が始まったものなのかもしれない。

ラベルが剥がれてて詳しくはわからないけど。

 

「ここであなたを否定してもどうにもならないしね。

今日のところは郵便局で休むことにするわ。なんか安定してる感じがするし。

あ、バナナちょうだい。お腹ペコペコ」

 

「3Gです。モスマンは建物の中には入ってこないので安心してください。

バナナをどうぞ」

 

あたしは代金を支払って、仮の宿に向かう。

 

「じゃあね。色々ありがとう。まだ夕方だけど疲れたから寝るわ」

 

「ごきげんよう」

 

エレナの言う通り、郵便局のシャッターは簡単に開いた。ドアも施錠されていない。

窓口には送り状の束や、インクの瓶やペン、朱肉がまだ使用可能な状態で置かれている。

奥に行くと宿直室があり、シャワールームまで完備されていた。

 

「ラッキーなのか不幸なのかわからないわね」

 

とにかくシャワーで汗と塩水を流すと、居間でバナナを食べ、

その日はさっさと寝てしまった。

 

 

 

 

 

夜が明けて怪しい島生活2日目。

あたしは商店街の掲示板の前で張り紙を熟読していた。

結構な数の依頼が張り出されていて、

エレナ以外にも生存者というか住人がいることがわかる。

 

「おはようございます。依頼を受けられる場合は張り紙をこちらへ」

 

エレナがカウンターから声を掛けてきた。

 

「おはよー。ふむふむ、“薬を届けてほしい:報酬20G”か……

これならモスマンと関わらなくて済みそう」

 

あたしは張り紙を剥がすと、エレナのところに持っていった。

 

「この依頼を受けたいんだけど、仲介プリーズ」

 

「ありがとうございます。これは、北西の村の住人からですね。

この薬を代表に届けてください。

ここから少々遠いので、店の裏手にある乗り物を使っていただいて構いません」

 

「乗り物?」

 

「はい。いつの時代に造られたものかはわかりませんが。これが薬です」

 

エレナが厚紙でできた大きめの箱を渡してきた。

 

「任せて。運び屋なら楽勝よ」

 

「あ、その前に地図を。村の場所はここです」

 

「あらやだ、あたしったら。飲んでもないのに行き先の確認忘れるなんて。

もうアルコールに脳が蝕まれてるのかしらね。アハハ」

 

ゲラゲラ笑うあたしをよそに、

彼女が地図に赤いボールペンで目的地に丸を付けてくれた。

 

「それじゃ行ってきまーす」

 

「お気をつけて……」

 

エレナと別れると、さっそく乗り物とやらを拝見しに立ち飲み屋の裏に回る。

そこで見たのは。

 

「ん~?なんかの弾みで地球に戻ってきたんじゃないでしょうね」

 

真っ白なキャノピーが停まっていた。ピザ屋でお馴染みの屋根付きの原付。

後部のボックスに薬を入れると、運転席に乗り込み、刺さったままのキーを回す。

エンジンが掛かると車体がブルルンと一揺れした。

 

アクセルを回すと、問題なくキャノピーが発進。

あんまり便利すぎると帰る気力がなくなりそう。

冷蔵庫で冷えてるエールを思い出しながら、あたしは商店街を出発した。

 

比較的木が少なくて、乾いた道を走ること10分。

2体のモスマンが突っ立って道を塞いでいる。

 

『ブホオオオ……』

『ヒュゴー!』

 

今回は討伐依頼じゃないから、まともに相手をする必要はない。

左手でピースメーカーを構え、頭部を狙って二発。

頭を貫通すると、モスマンがその場に倒れて這い回る。

 

「ちょっと失礼~」

 

キャノピーで無力化した敵に体当りし、先を急ぐ。ドスンドスンと重い衝撃が伝わる。

 

「ノーヘルにひき逃げ。お巡りがいたら免許取り消しね」

 

免許取り消しってブタ箱行きの次に重い刑罰だと思うの。

30万も払って教習所に通って、卒業検定をパスして、

今度は遠くの運転免許試験場に、イジワル問題だらけの試験を受けに行く。

ここまでしてようやく手に入れた免許がパーになるんだから。

ペーパーのあたしには関係ないけど、みんなは安全運転を心がけてね。

 

脳内で独り言を漏らしつつキャノピーを走らせていると、

やがて木の杭で壁を作った村らしきものが見えてきた。

門が開いていたから、遠慮なく村に入って車を停める。

すると、一人の青年がこっちに走ってきた。周りを見回すと、他にも結構人がいる。

 

「やあ、エレナの使いかな?」

 

「そう。依頼を見て薬を届けに来たの」

 

あたしはキャノピーから降り、ボックスにしまっていた薬を取り出した。

 

「代表に届けなきゃ。どこにいるの?」

 

「俺が渡しておくよ。これ、約束の報酬な」

 

そう言って薬箱を受け取った青年は20Gを手渡した。

これで所持金67G。火炎放射器までは遠い。

 

「これで“進行”が止められる。助かったよ」

 

「お役に立ててなにより。それより進行って?」

 

「君、この島は初めてかい?エレナから何も聞いてないのかな」

 

「全然何にも全く知らない」

 

「これは苔に寄生された者に投与する薬なんだ。

進行は一時的に止められるけど、完治させることはできない。

こうして薬でモスマンになることを防ぐので精一杯なんだよ」

 

「それじゃあ何?あたしも苔に寄生されるかもしれないってわけ?」

 

「されてると思ったほうがいいよ。苔はそこら中に生えてるからね。

薬はエレナから買える。

皮膚に苔が露出したら手遅れだから、2日に1度は薬を射たなきゃだめだ」

 

「ごめん帰る」

 

あたしはキャノピーに飛び乗って、アクセル全開で復路を引き返した。

商店街で急ブレーキし、車から降りると立ち飲み屋に駆け込み、

前置きなしでエレナにまくし立てる。

 

「苔って何!なんで伝染るの!?薬が要るとか聞いてないんだけど!」

 

「ああ、落ち着いて。ごめんなさい、大事なことを言い忘れてました。

苔には感染力があって、定期的にワクチンを射たないと

最終的にモスマンに変化してしまうのです」

 

「言い忘れるんじゃないわよ、んな重要なこと!それで、あたしは感染してるの?」

 

「潜伏期間が長いのでまだ何とも。モスマンと戦ったあなたはもしかしたら……」

 

「と・に・か・く!ワクチンよこしなさい!」

 

「ひとつ5Gです」

 

「金取る気!?わかってたらモスマン殺しなんか引き受けなかったわよ!

責任取ってタダで提供なさい!」

 

「すみません。私も薬の入手にはそれなりの出費があるので……」

 

「よこせと言ってる」

 

あたしはエレナにデザートイーグルを向ける。こっちの方が威圧感あるから。

 

「……残念ですが、現在(いま)の私を殺しても、

過去か未来から別の私が来るので無意味かと」

 

「ふん、そりゃよろしゅうございましたね!」

 

「本当にごめんなさい。始めのひとつは無料でお譲りしますから」

 

エレナが透明な液体の入った四角錐型の容器を渡してきた。なんだか未来的なデザイン。

彼女を言うことを信じるなら、未来で造られた薬なのかもしれない。

 

「これはどうもご丁寧に!

ついでに薬の出処を吐いてくれると拷問する手間が省けて助かる」

 

「……未来です。900年後のミドルファンタジアに存在する製薬会社から、

頂いたお金で一括購入しています」

 

「へー。なんであんたは未来に行き来できる?」

 

「私も、あなたと同じだからですよ。かつて死のうと思った私は、崖から身を投げた。

しかし、目が覚めるとこの島の海岸に。私が不思議な体質になったのはそれが原因です。

ここで何年も世捨て人のような生き方をするうちに、ある変化に気が付きました。

歳を取らないのです。私の中で時が止まってしまったのです」

 

「クロノスハックが使えない事と関係ありそうね。続き」

 

「時が流れるにつれ、私の体質は肥大化していきます。

まず、夢の中でこの島の過去や未来の姿を見るようになりました。

続いて、夢の中を自由に動けるように。

最終的には好きな時代の夢を見て、干渉し、物品を持ち帰ることも可能になりました」

 

「それで薬を仕入れてるってわけね。恐れ入ったわ。

……ところで、あたしは擬似的に時間を止める能力があるんだけど、

なんかこの島じゃ使えないのよね。原因に心当たりない?」

 

「やはり時の概念がエラーを起こしているこの島の地質ですね。

時に働きかける術式がかき乱されているのだと思います」

 

あたしは大きく、大きく、ため息をついた。

 

「あんたのせいでとんだことになったわ。お詫びの印に火炎放射器よこしなさい」

 

「それはできません。

時を超えた品は、正規の手続きを経ないと、現在に実体化できない。

つまりお金を払って買っていただく必要があるのです」

 

「どうだか。怪しいもんだわ」

 

あたしは火炎放射器に手を伸ばし、持ち上げようとした。

でも、確かにそこにある火炎放射器に、手がすり抜ける。

 

「なにこれ」

 

「未来の銃砲店から仕入れました。正式名称パイロマニアGGG」

 

「そんなことどうでもいい。

結局、あたしは飛行機を見つけるまで、お使い仕事をこなしつつ、

あんたから薬を買い続けなきゃいけないってことでOK?」

 

「運び屋だけでなく、討伐依頼は比較的賞金が高めです」

 

「貴重な情報ありがとう。マヂでありがとう!!」

 

ここに来てから何度目かわからないため息をついた。

あたしは何かが狂ったこの島で、

飛行機を求めてあてもなく彷徨う羽目になってしまったらしい。

やっぱり旅行なんて来るんじゃなかった。疲れるだけじゃなく病気までもらうとは。

やだ、こうしちゃいられない。早くワクチンを射たなきゃ。

あたしは妙な形の注射器の先端を、左腕にぶっ刺した。

 

「いづっ!」

 

かなり痛かったけど使い方は間違ってなかったみたいで、

中の液体が体内に注入されていく。

 

「ふぅ、これで2日は安全ってわけね」

 

「もう少し優しく押し当てるように射つと痛みが抑えられますよ」

 

「役に立つのか立たないのかわかんないわね、あんた」

 

毒を吐きつつ、とりあえず命を繋いだことに安堵する。

こうして、いつか帰れる日を夢見て、時に見放された島でのサバイバルが始まった。

 

 



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気に入ったからって何でもかんでも話に盛り込むのはやめろって誰か言ってやってよ。

『うげええ……えああ……』

 

緑の身体をフラフラと揺らしながら、苔男(モスマン)がその場に立ち尽くし、行く手を塞ぐ。

別方向には複数体が固まっていて、一人じゃ不利。

あたしは緩い螺旋を描く枯木を上りつつ、敵に接近する。

 

一歩歩く度に足元の木がきしむけど、苔の化物は鈍感らしく、

よほど近づいたり大きな音を立てないと、こちらには気づかない。静かに深く息を吸う。

右手の中華包丁を握り込む。真下には通常体モスマン一体。覚悟を決めて──

 

「ふっ!!」

 

跳躍した。

緊張が限界まで張り詰め、世界がゆっくりと上に流れていくような錯覚を覚える。

着地寸前に中華包丁を前方に振り下ろす。同時に右手に何かが潰れる感触。

地面に降り立つと同時に時間の感覚が戻り、

目の前にはぬかるんだ地面を這う、頭の割れたモスマンだけ。

 

「……エア・アサシン成功。トチったら死ぬとこだったわ。ふぅ」

 

とどめに慣れた手付きで首を落とす。こんなもん慣れたくはなかったけど、

有人島生活も2週間になると化物のあしらい方もうまくなるってもんよ。

モスマンの頭部に目を落とす。かろうじて残った頭蓋骨には苔がたっぷり詰まってる。

 

「脳がないってことは、苔に意思があってこいつらを動かしてるってことかしら。

気持ち悪いわね」

 

考えてもわからないことにこだわってても時間の無駄ね。

あたしはようやく通行可能になった道を通って北方向へジャングルを抜ける。

そこは風通しの良い草原。あたしの胸くらいの高さの植物があちこちに生えている。

今日の目的はこれ。

大きな葉がたくさんついてるんだけど、これがいい傷薬になるのよね。

 

さっきモスマンに奇襲した時にどっかで擦りむいたみたいで、手に血が滲んでる。

早速葉っぱを一枚取って、何度も噛む。正直かなり苦くて不味い。

この前飲んだハーブティーが甘茶に思えるくらい。

十分噛んで柔らかくなったら、吐き出して傷口にこすりつける。

 

スーッとした清涼感と共に、拭いても拭いても垂れてきた血がピタリと止まった。

殺菌効果もあるから、病院がないこの島では重宝されてるの。

モスマンと戦ってまでここに来た理由は、これの採取が依頼だったからよ。

 

お仕事を始めましょう。中華包丁でススキくらいの高さに伸びた植物を刈り取っていく。

大体1mの紐で縛れる程度に集めると、

エレナに納品するため薬草を背負って商店街に足を向ける。

その時、甲高い声があたしを引き止めた。

 

「待て!誰に断って作物を採ってやがる!」

 

ただでさえデカイ荷物を持って歩くのも億劫なのに、変な奴に絡まれた。なによもう。

振り返ると、そこには人間型のカラスの化物。

全身が黒い体毛で覆われていて、背中に翼が生え、大きなクチバシで器用に喋ってる。

 

「作物?これあんたが育ててんの?」

 

「違ぁう!しかしこの島に自生する薬草・作物の類は全て我ら鳥人族に所有権がある!

その薬草が欲しいなら、代金を置いていってもらおう!」

 

「お断りよ。このエリアの植物は週一回このロープに収まる分だけなら、

誰でも採っていいって決まってるの。原住民の癖にそんなこともわからない?」

 

「黙れ!この島は全て鳥人族の縄張りだ!人間が勝手に決めたルールなど知らん!」

 

「この島があんたらの物だってことは誰が決めたのかしら。

あたしは忙しいの。早く納品しないと萎れちゃう。さよなら」

 

今度こそ商店街に戻るため、また踵を返す。

短気な鳥人が鋭い爪を振りかざして、あたしに飛びかかってきた。

もう振り返るのも面倒だから、その気配が接近するのを感じ取ると、

前を向いたままピースメーカーを抜き、銃口を背後に向ける。

 

「……その爪で、ちょっとだけあたしを斬ってごらんなさい。

.45LC弾がその頭をぶち抜くのが先か、あたしの首が飛ぶのが先か、試してみましょう」

 

後ろの存在がピタリと動きを止めた。

 

「げえっ!銃、銃だああああ!!」

 

「そう、銃よ。それで、どうするの?」

 

「ううっ!……畜生、覚えてやがれ!お前の顔は覚えたからな!」

 

カラス男が飛び去っていく。

限りなくどうでもいい生物を追い払うと、ようやくあたしは帰路に着くことができた。

 

 

 

 

 

商店街に戻り、立ち飲み屋のカウンターに薬草を置くと、エレナが報酬をくれた。

 

「ご苦労さまです。こちらは報酬の20G」

 

「ん、ありがと。ところでさ……」

 

あたしはすっかり革が破けた丸椅子に座り込んで、

さっき会った鳥人とかいう奴について聞いてみた。

 

「……そんで、銃を見せたら異様なくらいビビって逃げたんだけど、

あのカラス男もここの住人なの?」

 

「とうとう鳥人に会ってしまったんですね。彼らはこの島の支配者を名乗る種族。

村人から金品を巻き上げ、時には追い剥ぎや誘拐なども行う、島の鼻つまみ者です」

 

「そんなこと初めて聞いた。あんたって重要なこと何にも言わないわよね。

あ、今日は2日目だった。ワクチン1丁」

 

「すみません。この島に外部から人が来ることはめったにないので、

つい私達の常識で接してしまうのです。ワクチンをどうぞ」

 

5G払ってワクチンを買うと、袖をまくって注射した。全く嫌になる。

もういくつも注射の痕が。人に見せたら変なクスリやってるのかと勘違いされるわ。

 

「これからは苔男だけじゃなくて、鳥人間とまで戦うのね。面倒極まりない」

 

「鳥人は銃を見せるだけで逃げていきますよ。

彼らはとりわけ銃に恐怖心を抱いていますので」

 

「なに。親兄弟でも殺されたの?」

 

「当たらずといえども遠からずです。

太古の昔、人間と鳥人が島の支配権を巡って戦をしていました。

戦いは当初、自由に空を飛ぶ鳥人が優勢でした。

ですが、ある時人間がまだこの世になかった武器、すなわち銃を作り出し、戦局は一変。

鳥人は高速で飛んでくる見えない銃弾の前に大敗を喫します。

その時の苦手意識が未だ彼らの間に根付いているのでしょう」

 

「じゃあ、銃をかき集めてみんなでカラス連中ぶっ殺せばいいじゃない。

そこのショットガンとかさ。

大体、大昔の戦争で負けたのに、なんで今でも鳥人とやらがうろついてるのよ」

 

「戦後、鳥人達は人間の手が届かない場所。

……ほら、島の北西に高い岩山が見えますでしょう?

そこを中心に隠れ潜み、密かに数を増やしていました」

 

エレナが指さした先には、あたしも目印にしてる標高1km程の山。

ところどころ洞窟のようなくぼみや平地もあって、

鳥人間にとっては住みやすいところだと思う。

 

「カラスが増えた理由はわかったけど、戦わないのはなんで?」

 

「私の体質では、一度に持ち込める量に限界が。

村人全員に十分な殺傷能力のある銃を用意し、使用できるよう訓練するには、

途方もない時間と資金が必要になり、鳥人達にも気づかれます。

彼らには銃という弱点はあるものの、

それを除く身体能力では人間を遥かに上回っているので、

今住民を挙げて鳥人と戦争をするわけには行かないのです」

 

「なんか話の流れが嫌な方向に向かってる気がする」

 

噂をすればなんとやらで、村の方向から若者が慌てた様子で走ってきた。

 

「エレナ、大変だ!村長の娘が鳥人に拐われた!

一週間以内に1000Gを里沙子に持ってこさせろって!」

 

「なんですって!?」

 

「あ、里沙子じゃないか!頼む、人質を助けてくれ!」

 

「もう何なのよ、この最悪な展開。敵ばっかり増えていく」

 

「里沙子さん、お願いします!彼女は村長の一人娘で……」

 

「はいはい、やりゃあいいんでしょ。身代金の受け渡し場所は?」

 

「あの岩山の麓の広場だよ。俺たちも行きたいが、あんた一人で来いって」

 

「はぁ……いくつかオモチャが必要ね。エレナ、あんたのガラクタいくつか譲って」

 

「そうしたいのは山々なのですが、以前にもお話した通り、代金は頂かないと」

 

「この期に及んで金取るっての!?あたし下りてもいいんだけど!」

 

「お願いします!代金は報酬に上乗せという形でお返ししますので!」

 

「……色付けてよ?」

 

「はい、もちろん!」

 

席を立つと、あたしはカウンターに並ぶ電子部品や防具と鉄くずなんかを物色し始めた。

今の所持金は182G。その様子を不安げに見守るエレナが声を掛けてきた。

 

「すみません、また大事なことを。

鳥人達は先程お話した事情から、火薬や油の臭いに敏感です。

直接銃を持って行くと彼らを刺激してしまうかと」

 

「ターミネーターみたくバラの花束でショットガン包んで臭いをごまかすってのは?」

 

「彼らの嗅覚は異様に発達しているので、危険な賭けになるかと思います」

 

「あらそう。こりゃ大仕事になりそうね……」

 

その後もぐちぐち文句を言いながら必要な素材を探し、ガラクタを買い集めること15分。

多分これで戦う道具は作れると思う。

 

「これちょうだい。……あれ、なんでこれは手に取れるのかしら。

火炎放射器はパクれなかったのに」

 

「購入する意思と代金があるからだと思います。パクらないでください」

 

「絶対盗まれない良いシステムね。いくら?」

 

「ええと、少々お待ちを……73Gです」

 

「ひでえ出費だ。はい」

 

代金を支払うと、エレナが竹の編みカゴを持ってきてガラクタの山を詰めてくれた。

 

「あ、この編みカゴはサービスです。この時代の村人の民芸品なので譲渡可能なんです」

 

「本当にどうもありがとう。これさえあればモスマンと鳥人皆殺しにできそうだわ。

それじゃ、あたしはしばらく宿にこもるから」

 

「一週間ですので!よろしくおねがいします……」

 

「わあってるって!」

 

それからあたしは仮住まいの郵便局で、ガジェット作りに取り掛かった。

片方しかない籠手にあれをこうする。

次に上等な木片を中華包丁で厚めの短冊状に切って、ロウソクで炙り少し曲げる。

そいつに細い鎖を取り付け、あらかじめ作っておいた土台と連動するようにセット。

余った木材を棒状に細く切って先端に鉄くずを固定。これを20本くらい作る。

こいつも完成。

 

さて、今日のところは栄養バーをかじって休みましょう。作戦決行は明日。

ここんとこ酒を飲んでないから100%の力を出せるかどうかわからないけど。

まったく、あたしが懸命に働いて金を稼ぐなんて、本来あってはならない異常事態よ。

ごろんと寝転んでこの有人島編の先行きを憂いていると、

いつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

太陽が真上に昇る真昼。

あたしは身代金受け渡し場所から少し離れた場所で、敵の様子を探っていた。

身代金つっても、金なんか持ってきてないけどね。

 

木々に囲まれた広い砂地の中央に、檻に捕らわれた人質。

その周りを4体の鳥人が固めてる。

更に上空を2体の鳥人が8の字を描くように飛行し、警戒してるわね。

あと、2体が広場の外周を時計回りに警備してる。

 

次は地形を観察。一言で言うと、広場はゴミに囲まれてる。

錆びついた鉄骨が積み上げられ、岩山、藁山、それからポツポツと茂みが点在してる。

さてと。どれから片付けようかしら。

まず、どう動こうと上の2体がいる限り空から丸見え。

 

「奴らに死んでいただこうかしらね」

 

2体の飛行コースをよく見ると、

ほんの数秒広場から外れてジャングルにはみ出す時がある。

そこを狙い撃ちするってわけよ。

あたしは昨日作ったクロスボウを取り出すと、矢を番えて敵が射程内に来るのを待つ。

弦に頑丈な鎖を使った高威力の弓なら、

標準的な人間型モンスターを殺すには十分。……なはず。

 

来たわ。一体が広場近くの広葉樹の真上に飛来。落ち着いて仕留めましょう。

バサバサと翼を羽ばたかせ、味方から離れた瞬間を狙って、トリガーを引く。

その瞬間、クロスボウの銃身から、先端に鉄の矢尻を備えて威力を増した矢が放たれ、

油断していた鳥人に飛びかかった。

 

命中する直前に気づいたみたいだけど、声を上げる間もなく、目から頭を貫かれて即死。

ジャングルに落下していった。

しばらくすると、相棒がいないことに気づいたもう一体が、

今殺した鳥人の居たあたりに飛んできた。格好の餌食。

 

“おーい、どこだー?サボってんじゃねー”

 

既に死んでいる仲間を探して巡回コースを外れる。

また矢を番え、狙撃のチャンスを待つ。

焦って他の連中の前に死体を落とす訳にはいかない。逆上して人質を殺す可能性大。

広場から離れた瞬間を待って、照準し……2度目のトリガー。

 

“っ!!”

 

今度は心臓に命中、死亡。危うく標的が声を出しそうで肝が冷えたけど。

本番はここからよ。

あたしはクロスボウを背負うと、身を潜めていたヤシの木から広場に接近。

一番見通しのいい茂みに飛び込んだ。変な虫がいなきゃいいんだけど。

作戦開始前に決めた順序で一人ずつ数を減らして行きましょう。

 

クロスボウの次は改造した籠手。装備した左手を握り込むと、

手の甲の辺りから、鋭い両刃の刃物が飛び出した。

うん、思いっきりアサシンブレードのパクリね。

生きて帰れたら、パクるならせめて1作品にしときなさいって言っとかなきゃ。

そのためにも、円を描いて広場を巡回している2体を殺す。

 

早速一体が近づいてきた。でも、ここから飛び出して攻撃したら確実に乱戦になる。

あたしは適当な石ころを手にとって、錆びた鋼材に投げつける。

石が当たり、カンと高い音を立てると、

それを聞きつけた巡回兵の一人がこちらに近づいてくる。

 

「ん~誰かいるのかー?」

 

引っかかった鳥人が、積み上げられた鋼材を調べ始める。

完全に音の正体に気を取られている様子を確認したあたしは、

茂みから忍び足で抜け出し、ゆっくりと背後から鳥人に近づき、

一気に背中に刃をザクリ。

 

「ふぐっ……!!」

 

左手は心臓に。右手は叫ばれないようクチバシを乱暴に掴む。

刃を抜くと、鳥人は膝をつき、事切れた。暗殺成功。

だけど放ったらかしにしとくのも駄目。死体が見つかったらやっぱり大騒ぎになる。

 

「ん~よいしょっと。鳥のくせに重いのよ」

 

あたしは死体を担ぎ、目をつけていた藁山に放り投げた。

死体が藁に沈み込んで完全に見えなくなる。

同じ方法でもう一体……と思ったけど、また死体を担ぐのは面倒ね。

少しだけやり方を変えましょう。さっきの茂みに戻って次のターゲットを待つ。

 

「どうしたあいつ。ションベンか?」

 

片割れの不在を不審に思った鳥人が、鋼材の近くで足を止めた。そこで口笛を一吹き。

 

ピューイ

 

「ああん!?」

 

突然茂みの中から響いた怪しい音に、驚きと警戒の混じった声を出し、

ゆっくりと接近してくる。もうちょい。手の届く所まで来てちょうだい。

 

「この辺が怪しいな……」

 

鳥人があたしの潜む茂みに手を突っ込もうとした瞬間、

中から飛び出し両腕で引きずり込んだ。後は一瞬の勝負。暴れたり大声を出される前に、

右手でクチバシを握りながら、左手の仕込み刃を首に突き刺す。

 

「んぐぐ……ふ!?ん、ああ……」

 

これで邪魔な見張りは全て排除。残るは人質を固めている面倒な4体だけ。

でも、もうすぐ動き出すはず。あたしは死体と一緒に状況の変化を待つ。

 

「おい、見張りはどうした」

 

「そう言えば……どこだ?」

 

「空の担当も消えたぞ」

 

「気をつけろ。誰かがいる。間違いない」

 

「二手に別れるぞ。俺とお前は鉄の山、お前らは猿の餌場の辺りを調べろ」

 

「おう」

 

オーケー。鳥人が人質から離れたわ。あたしは積み上げられた鋼材に登り、

見えないように腹ばいになって、2つのペアの片方が歩いてくるのを待った。

 

「空偵も歩兵も消えた。気を抜くな」

 

「うるせえな。わかってる」

 

ザクザクという足音が迫ってくる。

少しだけ顔を上げて、二人が奇襲可能な距離に届くタイミングを見守る。

左手には仕込み刃、右手に中華包丁。静かに深呼吸して時を待つ。

 

「お前、鉄の山に登ってみろ」

 

「了解」

 

今よ!あたしはすぐさま立ち上がり、

線路のレールのように長い鋼材を駆け、思い切りジャンプ。

鳥人達はいきなり空から現れたあたしに驚き、一瞬反応が遅れた。それで十分。

落下しつつ左手の刃で脳に達するまで目を刺し、右手の包丁で頭をかち割った。

即死した二人は黙ってその場に崩れ落ちる。ふふん、ダブル・エア・アサシン大成功。

 

後はもう普通に戦いを挑むだけ。クロスボウに矢を番える。

人質の檻から離れた薄暗い森の入り口を捜索していた二人組のうち、

1体をそのまま後ろから射殺。最後の鳥人が驚き振り返る。

 

「誰だてめえ!他の連中はどうした!?」

 

「死んだっていうか殺した。死体はその辺探せば出てくるわ」

 

「いい度胸してんじゃねえか!!」

 

鳥人が鋭い爪を構えて一度大きく羽ばたき、こちらに突進してきた。

あたしも両手の武器を構えて迎え撃つ。矢を番える暇がないクロスボウは投げ捨てた。

そして、激突。二人が両手の武器を相手に叩きつける。

鳥人の爪を2つの刃物で受け止める。

だけど、やっぱり純粋な力比べでは向こうが上みたい。

 

押し切られそうになり、あたしは刃で爪を振り払った。

それを逃さず敵が連続して引っかきを繰り出してくるけど、

後ろにステップを取りギリギリ回避。

 

「よそモンの分際で、俺達の縄張りを荒らしやがって!

てめえなんざケツァルコアトル様に呪われちまえ!」

 

「なんでアステカ神話が出てくるんだか。

そっちこそカラスの分際で金儲けの邪魔しないで」

 

この世界は節操なしに地球の文化吸収するから困りものね。

……そう思ったけど、ちょっと気になる。

こいつを叩きのめしたらとことん”質問”してみましょう。

 

「死ねえ!」

 

一旦空高く飛び上がった鳥人が、急降下して鋼のような爪の一撃を放ってきた。

とっさに中華包丁で受け止めたけど、後ろに吹っ飛ばされた。

 

「きゃあ!」

 

「へっへ!ざまあみろ!」

 

5mは砂地を滑ったから、擦り傷が酷い。

また苦い薬草を噛むことになりそう。あの青臭さを思い出して嫌になる。

衝撃であたしはしばらく立ち上がれない。……立ち上がらないと言った方がいいかしら。

 

「けほ、けほ……」

 

「舐めやがってこのアマ。生きたまま皮を剥いで敷物にしてやらあ」

 

鳥人が爪を光らせてにじり寄って来る。あたしはうずくまったまま。

敵がとうとう足元まで近づいて、あたしの足を掴もうとした時。

 

「食らいなさい!」

 

握りこんだ砂を鳥人の顔に思い切り投げつけた。

予想外の反撃に防御が間に合わず、目に砂が入った敵は視界を奪われ、

痛みにパニックを起こす。原始的な攻撃だけど、上手く行けば有効なのよね!

 

「うぎゃっ、痛え!!」

 

跳ねるように立ち上がったあたしは、悶える鳥人に駆け寄り、左手で腹を殴った。

言い換えれば、仕込み刃で腹を刺した。

 

「うぐ!ぐはあ……!」

 

鳥人は腹を押さえたままその場でフラフラと足をぶらつかせると、地に倒れた。

まだ致命傷には至ってないはず。あたしはクロスボウを拾って、矢を装填。

半死半生の奴に近づいた。

 

「急所は外れたから、すぐに治療すれば助かるかもね」

 

矢の先端を敵の頭に向ける。

 

「やめろ、やめてくれ……」

 

「あたしの質問に答えてくれたら、薬草くらい採ってきてあげなくもない」

 

「うぐぅ…わかった、なんでも話す……!」

 

「さっき言ってたケツァルコアトルって何?」

 

「ううっ……俺達の神だ。稲妻より速く飛び、立ち塞がる敵を炎の牙で滅する、

有翼種の畏敬の対象……」

 

「なにそれ、どこ情報?」

 

「俺達の里に預言者がいる。彼女は過去や未来の世界を見ることができるんだ。

鳥人族は、彼女が決めた掟に従って生きている……」

 

「あんた達の里?どこにあんの」

 

「知ってどうする……今度こそお前の小細工が通じるような場所では」

 

「引き金に指が掛かってることを理解して欲しい」

 

「山だ!ここからでも見えるだろう!岩山の頂上に俺達の里がある……

もういいだろう、早く手当を」

 

「ごめ、あれ嘘。誘拐犯の末路ってこういうもんだから」

 

「そんな、あ──」

 

クロスボウが放った矢が、ビシッと乾いた音を立てて鳥人の頭蓋骨を貫通した。

きっと即死だから楽に死ねたと思う。そうだといいな。

敵を殲滅したあたしは、中華包丁を持って木で作られた粗末な檻に歩み寄る。

中には囚われのお姫様。白い綿のワンピースを来た女の子。

 

「助けてください!いきなり鳥人に空に連れ去られて……」

 

「あーあー、お静かに。カラス連中はみんな死んだから、もうお家に帰れるわよ」

 

あたしは扉を閉じていた蔓草を包丁で切り落とした。

軽い木の格子戸が風に吹かれて勝手に開く。

 

「歩ける?歩けないって言っても歩かせるけど。おんぶは勘弁」

 

「大丈夫です。本当にありがとうございました。

もう村には帰れないんじゃないかと……」

 

「安心なさいって。ちゃんと全部殺したから。とりあえず商店街まで帰りましょう」

 

「はい」

 

そんで。あたしはエレナに人質を引き渡すために帰路についた。

途中、モスマンに1回遭遇したけど、通常体の相手はもう慣れてる。

お姫様を下がらせて、中華包丁で何度も殴るように斬りつけて強引に殺した。

 

「一丁あがり。行きましょう」

 

「強いんですね。もしかして、あなたが最近この島に来た外国の方ですか?」

 

「もしかしなくてもそうよ。あたしが特別強いわけじゃないわ。大事なのはメリハリ。

攻める時は一気に攻める。引く時はさっさと逃げる。

どっちつかずでまごまごしてるのが一番ダメ。

あなたも慣れれば雑魚モスマンくらいは倒せるわ」

 

「私には少し難しそうです……あ、お父さん!」

 

「んあ?」

 

お姫様が走り出したから何事かと思ったら、もう商店街のすぐそばまで着いていた。

遅れてジャングルから出て、文明の香りがわずかに残る見慣れた街に入ると、

街の真ん中でお姫様と中年のおじさんが抱き合っていた。

 

「テラ!よく帰ってきてくれた!」

 

「お父さん!もう会えないと思ってた!」

 

ほっと一息。ミッション達成ね。

フル・シンクロを設定するなら、“人質がダメージを受けない”ってとこかしら。

やだ、馬鹿なこと考えてる場合じゃない。

あたしは立ち飲み屋に駆け込んで、前置きもなくエレナに金の話をふっかけた。

 

「里沙子さん、ありがとうございます!無事に村長の……」

 

「報酬は!いくら!?火炎放射器が買える額じゃないとここで永遠にゴネるわよ!」

 

「もちろんご用意しています。250Gです。お受け取りください」

 

「サンクス。ええと、今の所持金が109Gだから、

火炎放射器代300Gを差し引いても59G余るわね!

しばらく食っちゃ寝生活楽しんでから帰る方法模索しようかしら」

 

「ああ、残念ながらその余裕はないと思います……」

 

「え?どういうことよ」

 

「少し未来を見たのですが、今度の件で、

鳥人達が総力を挙げてあなたの命を狙いに来るようになりました。

油断はなさらないほうがいいでしょう」

 

ちょっとは本来の南国リゾートを楽しめるかと思ったけどそんなことはなかったぜ。

とりあえず300Gをカウンターに置く。

 

「……火炎放射器ちょうだい」

 

「どうぞお持ちください。正真正銘、あなたのものになりました」

 

初めて見た時は触ってもすり抜けるだけだった火炎放射器に触れてみる。

今度は固い質感が帰ってきた。持ち上げることもできる。燃料タンクも満タン。

銃口に向けて吹き出す着火用の火がイカすわ。

トリガーを引くと気化した燃料がこいつに引火して前方が火の海になるってわけ。

新しい銃火器を手に入れて、少しだけ気持ちが明るくなる。

 

「なかなかいいわね。これがあればモスマンに対しては実質無敵ね」

 

「鳥人との戦いでも役に立つでしょう」

 

「生物は本能的に火を恐れるってエイリアンでも言ってたしね。

……そうそう、さっき尋問した鳥人がこんな事言ってたんだけど、どう思う?」

 

あたしは鳥人が死に際に言い遺した、ケツァルコアトルという存在。

彼らがそれを崇拝していること。預言者とかいう奴に従ってることを話してみた。

 

「間違いないでしょう。ケツァルコアトルこそ里沙子さんが話していた飛行機。

ですが、預言者なる者が障害になると思われます」

 

「やっぱそう思う?普通のカラス連中なら火炎放射器で無双できそうだけど、

預言者って奴の能力が未知数。だからって行かないわけにはいかないんだけどね」

 

「鳥人の里、ですか」

 

「うん。ちょっと怪我しちゃったし、明日は休んで明後日出発する予定」

 

「私には物を売ることしかできませんが、お気をつけて」

 

「まだ死ぬ気はないわ。あ、そうだ。岩山を登るならそれなりの装備も必要よね。

またガラクタ見せて」

 

「ご自由にどうぞ」

 

あたしはカウンターに並ぶ色んな部品やガラクタを手に取って、金を払う。

 

「くださいな」

 

「はい、合計24Gです」

 

「結構余ったと思ったけど、残り35Gか……念の為ワクチンも2本ちょうだい。

これで25G。明後日勝負を付けないとヤバい水準」

 

今度は編みカゴじゃなくて、ボロい麻袋に入れてくれた。

さっきまでのちょっとリッチな気分はものの数分で吹き飛んだ。

命がけのアサシンクリードごっこの報酬としてはいささか寂しいと言わざるを得ない。

 

「今日は帰るわ。じゃーねー」

 

「では、また明日」

 

郵便局に戻って、まずはシャワーで擦り傷を洗い流す。

凄くしみるし、いくら洗っても浸出液が出てくる。やっぱアレに頼る他ないわね。

あたしはテーブルに並べておいた薬草の葉を口に含み、何度も噛む。

強烈な苦味と青臭さ。ああ、吐きそう。

 

さっさと噛んで団子状にすると、傷口にこすりつける。

薬効成分が出血を止め、傷口を消毒してくれた。効果はあるのよね、効果は。

これで効果がなかったら、さっさと生ゴミに出してる。

 

怪我の方はなんとかなった。次は最終決戦の準備。まず武装。

ピースメーカーにデザートイーグル。普通に便利だから当然持っていく。

火炎放射器はこの旅一番の思い出になりそう。ぶっ放すのが楽しみだわ。

後は中華包丁と仕込み刃。接近戦は少ないだろうから、活躍の機会もないでしょうね。

 

後は、移動手段。岩山を登るために必要な装備を整える。

さっき立ち飲み屋で買った部品を組み合わせる。

籠手の仕込み刃射出機構を流用できるからすぐ完成した。

 

案外すぐ終わっちゃったわ。予定通り明日は傷を癒やして身体を休める。

敵陣に乗り込むのは明後日よ。そうと決まったら、もう寝ましょう。

あたしはエレナから買ったリンゴと干し肉を食べると、横になった。

 

「シークエンス2完了ってところかしら。おやすみなさい」

 

 



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結局全部パクリだったんじゃない

「今までありがとうね。みんな」

 

ガンベルトを締め直すと、

あたしはエレナや見送りに来てくれた知り合いの村人達に別れを告げた。

いつ知り合いになったんだって?この島に来てしばらくしてからよ。

……そういうとこしっかり描写しないからいつまで経っても底辺なの!わかる!?

 

「負けんなよ、里沙子!」

 

「鳥人共を退治しておくれ!」

 

「モスマンに気をつけてな!」

 

「わかってるって。そろそろ行くわ」

 

村人に手を振り、荷物を担ぐと、エレナが話しかけてきた。

 

「里沙子さん……」

 

「ああ、エレナ。あんたにも世話になったわね」

 

「これでお別れになるのは寂しいですが、いくつかお伝えしておきたいことが」

 

「え、また言い忘れ?」

 

「違いますって!……まず、飛行機を手に入れても、報告に戻ろうとは考えず、

そのままこの島を飛び去ってください」

 

「ここ、滑走路になるような直線道路ないもんね。わかった」

 

「そして、里沙子さんに寄生している苔ですが、

島を出たらもうワクチンは必要ありません。

苔は過去か未来からやってきた通常存在しないはずのものですから、

現在の世界に出たら体内から消滅します。

店の商品を持ち去ることができないのと同じ理屈です」

 

「了解。注射の跡は時間が消してくれるのを祈るわ」

 

「里沙子さん、お願いです。この島を時の戒めから解き放ってください。

あなたが脱出に成功した時、島は正常な時の運行を取り戻す。そんな気がするのです」

 

「まぁ、ここの管理人みたいなあんたがそう言うならそうなんでしょうね。

……もうお別れね。今までありがと。じゃあね」

 

「成功をお祈りしています」

 

あたしは少しだけエレナに微笑むと、北西の岩山を目指しジャングルに入っていった。

そう言えば今日は2日目だったような。

少し早いけど念の為、ワクチンを取り出し注射した。

 

この後予想される激しい運動で苔が活性化されるかもしれない。

余計な心配は消しておきましょう。

鉄のように丈夫だけど、燃えるゴミに出せて、しかも自然分解する

都合のいい容器を投げ捨て、ひたすら歩き続ける。

 

更に5分後。広い道を通せんぼするように、大柄のモスマン3体がその場でうろついて、

あたしの邪魔をする。とうとうこいつの出番ね。

ガンベルトの背中に引っ掛けた火炎放射器を構え、一体を狙い、安全装置を解除。

先端の着火用バーナーが点火され、発砲の準備ができると、トリガーを引いた。

 

銃身内部で強力なファンが回転し、気化した燃料を送り出す。

それが銃口のバーナーに引火し、爆発のように猛烈な火炎となって緩い放物線を描き、

モスマンに襲いかかった。凄まじい熱風に、あたしも思わず顔をしかめる。

 

『ぎいああああぁおうう!!』

 

炎に包まれた苔男が絶叫。普段の鈍重な動きから想像もつかないほど、

飛び跳ねるようにジタバタと手足をばたつかせ、

助けを求めるように他のモスマンに抱きつく。

とばっちりを食った残る2体にも炎が回り、

恐らく動力源となっている苔を焼き尽くしていく。

 

『ふごあああああ!!』

『はぎっ、はがががふご!!』

 

戦闘開始から1分程度でモスマン3体が炭人形になり、その場に崩れた。

凄い威力ね。苦労して買って正解だったわ。

あたしは火炎放射器の性能に満足し、再び前進を始める。

旅のゴール地点、鳥人の巣を目指して。

 

 

 

 

 

1時間くらい歩いたと思う。あたしはようやく岩山の裾にたどり着く。

のっぺりした岩が殆どで、たまに狭い草地や、枝が飛び出しているだけで、

斜面は殆ど直角になっていると言ってもいい。手の力だけじゃ登り切るのは無理ね。

 

「届くかしら」

 

あたしは左腕の籠手を頭上の出っ張りに向け、その手を握り込む。

すると返しのあるフックが付いた細いワイヤーが発射され、岩に引っかかる。

2,3回引っ張って、しっかり固定されたことを確認すると、

斜面を歩くようにワイヤーを手繰って山を登る。

 

「よいしょ、よいしょ、軽く進撃やバイオ6までパクってるわね、っと!」

 

フックの部分まで登ると、わずかな取っ掛かりに足と手を掛けて、

今度は左手を思い切り開く。ワイヤーが巻き取られ、また籠手に収まる。

次は人が二人腰掛けられる程度のスペースに向けてワイヤーを発射。

同じ要領でまた岩肌を登り、目星を付けた小さい草地に到着した。

 

一旦貴重な平面に座って休憩を取る。

ミネラルウォーターを飲みながら眼下に広がる景色を見渡す。

さっきまであたしが居た商店街や、村が小さく見える。

後は一面の緑だけど、ただの一色じゃない。

モコモコした広葉樹や、細長い葉をたくさん付けた背の高い木。

いろんな自然が顔を覗かせる。

 

悪くないわね。

誰かがおんぶして連れてきてくれるなら、たまには山登りも良いかもしれない。

それじゃ山登りじゃないって?じゃあやらない。

ミネラルウォーターを飲み干すと、また登山に戻る。

フックを上に向けようとすると、ぎゃあぎゃあとうるさい鳴き声が聞こえてきた。

 

「来やがったか里沙子!」

 

「大勢仲間を殺しやがって!」

 

「……人質さえ取らなきゃ再起不能で勘弁してやったんだけど?」

 

「舐めるな人間風情が!山を下りろ!俺達の里に近づくなら、ここで殺してやる!」

 

「殺されたくないし下りたくもないから、こいつを出さなきゃいけないわね」

 

あたしは鳥人達にピースメーカーを向ける。

山に強く吹き付ける風が火薬の臭いをかき消していたのか、

ここで銃の存在に気づいた連中の顔が青くなった。

 

「ぎゃっ、銃だ!覚えてやがれ!」

 

「てめえなんか預言者様に手も足も出ねえよ!」

 

2体の鳥人は山の頂上へと一気に引き返していった。

 

「それでいいのよ、お利口さん。さてと」

 

あたしは登山に戻る。ワイヤー発射、よじ登る、ワイヤー巻き取る。

このサイクルを繰り返すこと更に1時間。

すっかりくたびれたあたしは、1人が立っていられるほどの出っ張りで休憩していた。

 

「しんどい……帰りたい。上に着いたらさっさと事を済ませて飛行機見つけなきゃ」

 

籠手を上に向ける。空を見ると岩肌が見切れていて、あと一射で頂上に届く。

慎重に狙って。キツい登山で両腕がプルプル震えてる。

多分この後戦闘になるんだろうけど、ちゃんと銃を握れるかどうか。

ちょっとした心配を抱きながら左手を握る。

 

地面のへりにフックが引っかかった。つまり、山登りはこれで最後。

ワイヤーを登りきればそこが頂上。あたしは感覚を失いつつある腕でワイヤーを手繰る。

そして、へりに両腕が届くと、一気に力を込めて上半身と下半身を順番に地面に乗せた。

とうとう岩山を制覇したあたしが見たものは。

 

「よく来やがったな!だがテメエもここでおしまいだ!」

 

3方向、つまり後ろの崖を除く全ての方向に鳥人の群れが控えてる。大体20体ずつ。

ピースメーカーとデザートイーグルじゃ全然弾が足りない。

戦場を見渡す。鳥人の住処は予想外に広かった。

面積は人間の村と同じくらいで、東西に長い道が伸びてる。

あと、藁や石で出来た家が点在していて、

曲がりなりにも知性ある生き物の家だってことがわかる。

 

「ねえ。預言者って奴と話がしたいんだけど、どこ?

それと、あんたらがケツァルコアトルって呼んでるのも見せて欲しい」

 

「お前ごときが預言者様とお目にかかれると思うな!御神体にも指一本触れさせん!

全員、かかれ!」

 

あたしの銃を警戒したのか、

重厚な鉄の盾を構えた鳥人達が羽ばたき、空から突撃してくる。しょうがないわね。

急いで背中のものを構えて、2秒ほどトリガーを引いて威嚇射撃をした。

火炎放射器が龍の吐息のような激しい炎を吹き出し、驚いた鳥人が慌てて後退する。

 

「ぎゃああ!凄い火だ!全員下がれ!」

 

「ゲホゲホっ!油の臭いが酷くて、息が……ゲホっ!」

 

「あんな銃があるなんて聞いてねえぞ!」

 

やっぱり頼れる武器ね。

火炎放射器は、物理的威力より敵に心理的ダメージを与える効果の方が大きいと思う。

 

「頼むから邪魔しないで。あんまり知的生命体には使いたくないの、これ」

 

このまま降参してくれると助かるんだけど、そんな事あるわけないか。

 

《臆してはなりません。なんとしてもケツァルコアトル様をお守りするのです》

 

その時、鳥人の村全体に謎の声が響く。耳じゃなくて、意識に響いてくるような感じ。

……ふぅん。恐らく声の主が預言者とやらなんだと思う。

実際今の声で、一時は下がった鳥人の士気が盛り返した。

 

「そうだ!預言者様と御神体をお守りするんだ!」

 

「やっちまえ!一人や二人やられたところでなんだってんだ!」

 

「行くぞお前ら!」

 

「おう!!」

 

まずいわね。この人数から捨て身で攻撃されたら終わり。

鳥人の兵が一斉に空に舞い上がる。さすがに危機を感じたあたしは、

デザートイーグルを抜いて、空の鳥人に狙いを付け、トリガーを引く。

今度は爆弾の炸裂音のような銃声と共に、44マグナム弾が一体に命中。

鉄の盾を貫通して、腹に風穴を開けた。

 

「ぐはっ……!!」

 

「ちくしょう、なんて威力だ!」

 

「ひるむな!俺達が銃に怯える時代は終わりにするんだ!」

 

《そう。ヒトに我ら鳥人族の力を知らしめるのです!》

 

倒したのは良いけど、変な感じで団結を固めちゃったわね。

気づくと鳥人の群れがあたしを引き裂こうと空から舞い降りてくる。

すかさず前方に滑り込んで、爪の一撃を回避。

素早く体勢を立て直し、今度はピースメーカーを抜いて、背中を見せた鳥人を撃つ。

 

「ぎゃっ!」「うごおっ!」「ああっ!」

 

5体のうち命中したのは3体。

普段は外さない距離だけど、やっぱり慣れない登山のせいで腕が震えてる。

リロードもうまくいかない。そうこうしているうちに敵の第二波。

排莢とリロードを諦めてデザートイーグルに持ち替える。

両手でしっかり狙って、降下する敵を一体ずつ撃ち落とす。

 

今度は全弾命中したけど、

5体ずつのグループに分かれた鳥人達が、あたしの頭上を旋回してる。

まだまだ数は多い。やりたくなかったけど、しょうがない!

 

「戦争に綺麗も汚いもないんだけどさ!」

 

あたしは火炎放射器を上に向けて、空にいる敵軍目がけて炎を放った。

燃焼したゲル化ガソリンで上空が真っ赤に染まる。

鉄の盾も効果がない範囲攻撃を食らい、あっという間に火だるまになる鳥人達。

聞くに堪えない悲鳴を上げて、もがきながらボタボタと落ちてくる。

 

「「いぎゃあああぁぁおおおう!!」」

 

一気に8体くらい殺したけど、やっぱり気分は良くないわね!

味方の凄惨な最期を見て、他の鳥人がまた後ろに下がる。

 

「全員、退避!距離を取るんだ!」

 

「酷え……奴は悪魔か!」

 

「くそっ、やっぱり銃には敵わないのか!?」

 

戦果を喜ぶ余裕なんてあるわけない。

死体の焼ける吐き気を催す臭いが漂ってきて、あたしまで挫けそう。

さっさと勝負がついてくれることを祈っていると、次の瞬間に状況が変わった。

 

《皆の者、退くのです。この女は私が引き受けましょう》

 

「預言者様のお声だ!総員撤退!」

 

「おう!」

 

預言者の声で、一気に遥か遠くへ飛び去る鳥人の兵。

これ以上気が進まない殺戮を続けなくて済んだのはいいけど、

村にポツンと取り残されたあたし。

 

「預言者さーん?あたしどうすりゃいいのよ!」

 

返事はない。だけど、どこからともなくゾゾゾという、

小さく、そして、大量の音が足元を這いずってきた。

ミドリムシ?いや違う!これは……苔だわ!

 

苔が村中からまるで虫のように一点に集まる。

地面は緑に染まり、それらが集約する点に、もぞもぞと苔の山が出来上がる。

見る間にそれは巨大化し、人の形を成していった。

 

「……なにこの罰ゲーム」

 

呟いたあたしの前には、体長10mはある巨大モスマン。

そいつは、辺りをじろりと見回すと、あたしに向かって、ひと吠えした。

 

『ぶうわあああああぁおおお……!!』

 

声とも言えない衝撃波のような大気の振動があたしを襲う。

 

「うっ!」

 

思わず耳を塞ぐけど、大声で脳を揺さぶられたかのように頭がくらくらする。

長期戦は避けなきゃ。迷わず火炎放射器を構え、その巨体に炎を浴びせる。

巨大モスマンが火に包まれ、苔の身体が真っ黒になるけど、

化物は意に介する様子もなく、岩塊のような手で殴りつけてくる。

 

「きゃあっ!」

 

間一髪、横に滑り込んで回避したけど、殴られた地面から衝撃が伝わる。かなり痛い。

フラフラになりながら立ち上がり、

思わず手放した火炎放射器を拾い上げて攻撃を続行する。

相当デカいけどいつかは燃え尽きるはず。もう一度巨大モスマンに炎を浴びせる。

 

『あああああ……はああああ!!』

 

なんとなく苦しんでるっぽい声は上げるけど、大して効いている様子がない。

それどころか、今度は元気に両腕を振り回しながらあたしに突進してくる。

ドスドスという足音を背中で聞きながら必死に逃げ回る。

 

石造りの家に駆け込んだけど、パンチ一発で壁を破られた。

考える前に窓から外に飛び出る。

入ったばかりなのに、崩壊寸前の家から文字通り叩き出されたあたしは、

今度はデザートイーグルを構えた。

 

ひとつだけ嬉しいニュース。火で焼かれ続けた巨大モスマンの身体が黒くなり始めてる。

これなら拳銃も有効なはず。特に炭化が進んでいる右腕の付け根を狙う。

そしてトリガーを引くと、44マグナム弾が弱点になった部位に食らいつく。命中。

読み通り、その太い腕がちぎれてボタリと地面に落ちた。

 

『ああ、ああ、ああ……』

 

巨大モスマンが膝をつき、失った右腕の辺りに左手をあてる。

この調子で身体のパーツを破壊していきましょう。

そう思った時、また足元に苔の大群が現れ、モスマンに向かっていく。

 

「ちょっとまさか!」

 

さっきのニュース取り消し。集まった苔は巨大モスマンと同化。

それと共に徐々に奴の右腕が再生され、

ついに戦闘開始と同様にきれいでたくましい緑色に復活した。

 

『ぶはああああ!!』

 

再生が終わると同時に、巨大モスマンが立ち上がり、また大空に向かって吠えた。

火の勢いも弱まってきてる。軽く絶望してるけど、諦めてる場合じゃない。

武器を火炎放射器にチェンジし、再び炎を浴びせる。

 

それにしてもトリガーに掛けた指が熱い。

本来は耐熱グローブ着用が前提なんでしょうね。むしろあたしの方が焼かれてる感じ。

これ、奴には大して効かないみたい。というより、

無尽蔵に現れる苔で再生し続けてるって言ったほうが良いわね。

 

ダメ押しでもうひとつ。炎を吐き続けてきた火炎放射器に異変が。

シュコッと銃口から音が出ると、空気しか出なくなった。要するに燃料切れ。

 

「冗談顔だけにしなさいよ、もう!」

 

替えの燃料タンクはない。役に立たなくなった火炎放射器を投げ捨て、

弾の残っているデザートイーグルで、化物の弱った部分を狙い撃つ。

命中した部位が破壊されるけど、やっぱり苔が集まり復活する。

 

なんなのよ、この苔!こいつが邪魔しなかったらもう一体デカブツ倒せてた自信ある。

……ん、ちょっと待って。そもそもこいつらどこから来てるの?

この苔が生きてるようには見えない。

歩いているというか、何かに引っ張られてるような動き。

 

あたしはマナを燃やし、魔力を錬成すると体内に循環させた。

クロノスハックは使えないけど、魔力が消えてるわけじゃない。

その魔力が通った目で苔を凝視すると、一筋の魔力の糸が、苔全体を移動させてる。

なるほど、これで駄目だったらお陀仏ね。

敵に後ろを見せて、あたしは糸の発生源に向けて走り出した。

 

燃え続ける巨大モスマンが追いかけてくる。追いつかれたら死ぬ。

火の塊になった手で握りつぶされるのか、単純に踏み潰されるのかしらないけど、

とにかくあたしは生きて帰らなきゃならない。まだ冷蔵庫にエールが3本残ってる。

ブルーのラインをひたすら辿り続ける。体力も限界が近い。急ぎなさい、あたし!

 

巨大モスマンの足踏みのせいで地面が揺れて上手く走れなかったけど、

ようやく見つけた。魔力の糸が岩壁から出てる。だけど、ただの岩壁じゃない。

平らな畳一枚程度の岩盤で隠されてるけど、空間がある。

あたしは岩盤に手をかけて、思い切り引っ張った。

 

後ろに奴が迫ってる。時間がない。身体の重心を低くして、腕がちぎれるほど引くと、

ようやく岩盤が動き出し、後ろに倒れ、大きな音を立てて砕けた。

邪魔な岩をどけると、小さな洞穴があった。

 

もう死が真後ろ。そこからは全てがスローモーションになった。何も考えられない。

身体が勝手に動く。穴に飛び込むと、内部は占い屋敷のよう。

紫のクロスが敷かれたテーブル、その上に水晶、燭台、何かが描かれた札が数枚。

 

そして、椅子に腰掛けて黒いローブを着た鳥人の老婆が、驚いた様子であたしを見る。

中華包丁を握ると、それを振り抜き、彼女の喉を裂いた。

 

鮮血が飛び散ると同時に時が止まり、真っ白な世界が広がる。

あたしと老婆しかいない、不思議な空間。

その場に座り、あたしは、首から血を流す老婆の頭を膝に乗せていた。

 

 

 

「あなたが、預言者ね……?」

 

「私は、同胞に、安息の地を。再び、鳥人族に、かつての栄華を取り戻したかった……」

 

「手段を間違えたわね。モスマンを作ったのも、ヒトと鳥人を対立させたのも、あなた」

 

「異邦人よ、今すぐ島を去りなさい。

私には、見えるのです。遠い未来、お前の魂を、何者かが……」

 

預言者はそれきり言葉を紡ぐことはなかった。

 

「……汝が正義、死によって義とならんことを。眠れ、安らかに」

 

見開かれた彼女の目をそっと閉じる。そして──

 

 

 

気づくと、足元には預言者の遺体。ふと外に目をやると、

暴れ狂っていた巨大モスマンは、ただの苔と泥の山になっていた。

 

「これからどうしようかしらね」

 

飛行機を探さなきゃ。次なる問題に立ち戻ると、テーブルの上の水晶が輝き出した。

でも、よく見ると水晶玉というより、クリスタルのパーツを球形に組み合わせた何か。

これの正体が何なのかはもうわからない。

 

とにかく水晶らしき物体の中からはまた一筋の光が。

導くように光り続ける水晶を持ってあたしは外に出る。

光を追いかけて鳥人の集落を進むと、大きな岩が寄り添うように集まる場所に出た。

 

そのひとつを光が照らす。

水晶を掲げると、岩が重低音を立てながら地面を横に滑り、その奥への道筋を顕にした。

 

「あらまあ、こんな隠し扉があったのね」

 

岩が移動した後には、預言者の館のように、洞窟への入り口が現れた。

輝く水晶を持って中に入る。

暗闇に続く緩やかな下り坂を、水晶の光を頼りに進み続ける。

そして、最奥にたどり着いた時、あたしが求め続けたものを見た。

 

「これが、ケツァルコアトルの正体だったのね」

 

グリーンの機体に日の丸が大きく描かれている。両翼には20mm機銃2挺ずつ。

零戦を凌ぐ高性能戦闘機。その名こそ。

 

「紫電改。まさか現存する4機のひとつが異世界に来ていたなんて」

 

あたしは本物の戦闘機の堂々たる姿に圧倒されながら、

機体の周りを一周して全体像を見る。これで、家に帰れる。

紫電改があたしを乗せて、また大空に羽ばたくのね。

ちょっとした感動に浸りながら、コクピットに乗り込む。

けど、そこでまた問題発生。戦闘機の操縦なんかできない。

 

どうするべきか考えあぐねていると、水晶が光を放ち、操縦桿に力を与えた。

同時に紫電改のエンジンが唸りを上げ、多数の計器が動き出し、タイヤも回転を始め、

洞窟の坂をどんどん上っていく。

外の世界に戻ると陽の光が眩しい。あたしが目をかばう間にも、

機体が方向転換し、集落を横切る真っ直ぐな道の端に移動。

 

とうとうその時が来た。前方のプロペラが加速度的に回転速度を上げ、

機体を一気に前進させる。

紫電改は徐々にスピードを上げ、山の崖に向かって突っ込んでいく。お願い、飛んで。

水晶が一際強く輝くと、紫電改が墜落間際で地を蹴り、空に飛び立った。

 

「やったわ!あたし戦闘機に乗ってる!アハハ、いい眺め!」

 

銃は色々使ったけど、さすがに戦闘機の経験はなかったから、若干ハイになる。

ようやくあたしの有人島生活も終わり。後は家に帰るだけ。

そうなんだけど、どっちに飛べばいいのかしら。

 

羅針盤すらないことに気づいて一瞬不安になったけど、

水晶が勝手に操縦桿を動かして目的地へ機体を向けてくれた。

この辺は南国だから、北へ向かってるってことは、そういうことなんだと思う。きっと。

 

ともあれ、あたしを乗せた紫電改は奇妙な島からどんどん離れていく。

その時、パリンと何かが割れるような音が聞こえたような気がした。

振り返ると、あたしが半月近く過ごした島が、どこか歳を取ったように見えた。

気のせいだと思ったけど、エレナが言っていた通り、

島が正しい時間を取り戻したことで、本来の姿になったんだと思う。

 

「バイバイ」

 

名もなき島に別れを告げると、紫電改は更にスピードを上げて空を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

【シークエンス3完了】

 

 

 

 

 

X世紀後 研究室

 

 

「心拍数正常値、被検体β帰還します」

 

「うむ。脳波の数値には十分な注意を払ってくれたまえ」

 

その声を意識の遠くで聞きながら、私はアニムス(*1)から目覚めた。

接続解除したばかりのぼやけた頭のまま、ベッドから起き上がる。

 

「よく戻ってきてくれた。

帰還直後で済まないが、ケースRMについて報告を頼めるかね?」

 

「大丈夫、です……」

 

まだ眠気が残るけど、私は教授にリサコという人物の体験した記憶を説明した。

彼が納得してくれるといいのだけれど。

 

「ふむ。なぜ1000年近く前の人物がアサシン(*2)の技術を習得していたのか、

非常に気になるところだ」

 

「彼女はアサシンというより、その場しのぎの知恵で戦っていたように思えます」

 

「どんな小さな可能性も見落としてはならんよ。

それで、次世代の〈リンゴ〉(*3)の行方は?大体で構わない」

 

教授に手渡されたタブレットには世界地図が表示されている。

私が墜ちたのは確か……大まかな位置をマークする。

 

「ありがとう。すぐに座標付近をサルベージさせる。

……君。彼女とアウディトーレ(*4)の血縁関係はどうなっている?」

 

「今の所手がかりは。

しかし、自分にはフィレンツェのアサシンと東洋人に繋がりがあるとは思えません……」

 

「私の話を聞いていなかったのかね?

彼女に小さな可能性も見落とすなと言ったはずだが」

 

「申し訳ありません。調査を続行します」

 

「それでいい。全ては我らが理想のために。そして」

 

 

──英知の父の導きがあらんことを

 

 

彼がテンプル騎士団の祈りを口にすると、研究員達も後に続いた。

私はふと、そばの清潔なステンレス製テーブルを見る。

戦死したアサシンから回収した武器や暗殺道具の数々。

それが目に入った瞬間、あたしの意識が混濁し始めた。

 

「あ、あ…私は、あたしは、私は……」

 

「どうしたのかね。気分が悪そうだが」

 

教授が話しかけてくる。だけどその声も遥か遠くのものにしか感じられない。

頭が熱い。世界が歪んでいく。

いつの間にかテーブルのアサシンブレード(*5)に手が伸び、右腕に装着していた。

 

「なるほど。彼らの装備を身につけることで、

 触覚に訴えシンクロ率を高めようという試みか。しかし、今日はもう……!?」

 

話が終わる前に、あたしは刃を射出し、教授の腹に深く突き刺していた。

彼の白衣が赤く染まる。

研究員達は目の前の出来事を受け入れるのに時間が掛かり、呆然としている。

 

「がはっ!!き、貴様……!こんな真似をして、この世界で、生き延びられると……!」

 

「放っといて。あたしはやりたいようにやる」

 

アサシンブレードを抜いて、彼がどさりと倒れた時、ようやく周りの人間が我に返る。

 

「拘束しろ!流入現象(*6)が起きている!!」

 

「教授が重体!医療班、急げ!」

 

散々あたしをモルモットにしてきた敵が大勢近づいてくる。

またテーブルからアサシンの道具を手に取り、ベッドから滑り降りた。

 

「止まれ、射殺するぞ!両手を頭の後ろに回せ!」

 

あたしは耳を貸さずに、足元にボール状の物体を叩きつけた。

ボールが破裂すると、激しい勢いで白煙が発生し、その場が白に塗り上げられる。

 

「ぐわっ!煙幕だ!」

 

「落ち着け、すぐに収まる!奴を逃がすな!」

 

「ごほっ、うごほっ!息が……」

 

タカの目(*7)を使い、周囲の状況を確認。視界がモノクロになり、

完全に視界を失った彼らが右往左往する様子が見える。

走り出したあたしは、進路上にいる邪魔な敵の心臓にアサシンブレードを突き刺す。

 

「ぐううっ!!」

 

「ぎゃあ!」

 

彼らの悲鳴を背後に聞く頃には、

あたしはもう大型テントの仮設研究所から飛び出していた。

そこは、高い、高い、岩山。

多様な木々で囲まれた頂上の平地を、東西に延びる自然の道路。

迷わず西に向かって砂地を駆け、崖に突っ込む。

 

走りながら考える。〈リンゴ〉は私の物。誰にも渡さない。

祖先の記憶は、あたしだけのものだから。

 

テントから飛び出してきた警備兵の銃弾が脇をかすめる。

目の前には大海原が広がる。他に逃げ道はない。

私は、両脚に力を込めると、両腕を広げ、鷹が羽ばたくように崖から飛び降りた。

 

身体が口笛のような音を立てて風を切る。着水寸前、いろいろな考えが頭をよぎった。

さっき教授に見せた座標は、全くのデタラメ。

あの段階では、なんとなくそうした方がいいような気がしただけだったんだけど、

やっぱり正解だったみたい。

このまま泳いででも〈リンゴ〉を取りに行く。それは私の存在証明でもあるから。

 

とうとう海にダイブ。熱帯地域の気温で火照った身体に海水の冷気が心地良い。

しばらく動かず身体が浮き上がるのを待ち、水面近くに到着したら、真上に水を蹴り、

一気に海から顔を出した。

 

休んではいられない。

あたしはとりあえず人がいる他の島を目指して、クロールを始めた。

どこに行ったものかしら。地図も羅針盤もないけど、北を目指す。

帰る場所があるような気がしたから。そんなものあるはずないのに。

だけど、もしどこかに帰れたとしたら……まずはエールを飲みたいわね。

 

これが、被検体βと呼ばれていた私の、ちょっとしたお話。

その後のあたしの結末については、想像に任せるわ。

アサシン教団にもテンプル騎士団にも興味はなかったとだけ言っとく。

さようなら。

 

 




注釈:
(*1)DNA内に存在する祖先の記憶を解析し、追体験するシステム。

(*2)アサシン教団に属する暗殺者。

(*3)旧世界の賢者が造り出したアーティファクト。
  人の心を操る力があるが、自分自身も狂わせる危険性を持つ。

(*4)エツィオ・アウディトーレ。伝説のアサシン。

(*5)アサシンの武器。ガントレットに細長い両刃の短剣を内蔵しており、
  必要な時に射出する。警戒されずに武器を携行することができる。

(*6)アニムスの長期使用による副作用。
  DNAに眠る人物と、現実世界の被験者の記憶が混同し、
  自分がどちらかわからなくなる。

(*7)一部のアサシンが使用可能な特殊能力。
  視界が遮られている状況ではっきり周囲を見通せることをはじめ、
  暗殺の標的を明るく光らせて発見を容易にしたり、
  遺跡に残された象形文字などを浮かび上がらせたりすることができる。


ルーベルより:
ごめんな、これだけじゃさっぱりだよな。
まず、今回奴がやらかしたのは、「アサシンクリード」っていう
ゲームシリーズの世界観との、中途半端なクロスオーバーだ。

このゲームでは、秩序による平和を重んじるテンプル騎士団と、
人々の自由こそ平和だと信じるアサシン教団が数千年以上戦いを続けてる。

注釈にあった〈リンゴ〉で人の心を支配してでも秩序を保とうとするテンプル騎士団と、
リンゴを渡すまいと戦いを続けるアサシン教団との攻防が見ものだ。

本編最後の“シークエンス”ってのはチャプターとか章みたいなもんだと思ってくれ。
里沙子が預言者にらしくない祈りの言葉を捧げてたが、
これもアウディトーレがよくやってたことなんだ。
前話に出てきたエア・アサシンとかもアサシンの技。

とにかくこれで変な島での物語は終わり。
次からはいつもどおりの馬鹿話が進んでいくから、今後共よろしく。



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無事生還。シスターのだべり
新しい元号は何になるのかしら。天皇陛下が変わっても、このダメ企画は何も変わらないんでしょうけど。


「ええええん!りさごさああん!もうだめかと思ってまじたー!!」

 

「うっさいわね!病み上がりなんだから静かに寝かせるかホットエール持ってきて!」

 

謎の島から脱出した後、紫電改でハッピーマイルズまでひとっ飛び、

とは行かなかったのよね。

いきなり機体がガタガタ揺れ始めて、プロペラまで止まっちゃったのよ。

慌てて色んなスイッチを押してみたりしてると、

数ある計器のうち、ひとつだけ理解できるものを見て愕然とした。

 

EとFだけ書かれた計器がEを指してたのよ。要するに燃料切れ。

変な水晶も燃料補給まではしてくれなかった。

機体が急降下を始める。海を相手に特攻とかマヂ勘弁。

あたしは急いでコクピットの窓を開け、身体を丸めて外に飛び出した。

 

それからしばらく後のことは記憶がない。

海をプカプカ漂っていたところを、通りかかった帝国軍の駆逐艦に救助されたらしい。

目が覚めたのは帝都の病院だった。

 

そこで名を告げたら、皇帝陛下が手を回してくれたらしく、

傷病者搬送用馬車でハッピーマイルズまで送ってくれた。

もう体力が戻るまで自宅療養でいいってさ。今日でごろ寝生活2日目。

1日目はちゃんと寝てたけど、さすがにもう退屈。

 

「まったく、酷い目にあったわ。

苔男に追い回されるわ、カラスと殺し合いする羽目になるわ。海外旅行はもう懲りごり」

 

「うくっ……ごめんなさい。わたくしのせいで、

里沙子さんは、もう帰ってこないと……」

 

「勝手に殺さないで。独身の成人女性は自分のことは大抵なんとでもなるの。

あたしとしては、あんたが生きてたことの方が驚きよ。

海で溺れる前に救命ボートで他の乗客に踏み潰されてると思ってた」

 

「たくさん踏まれました」

 

「予想通りのあんたで安心したわ」

 

ベッドに座りながら結局くだらない話に付き合ってるあたし。

それにしても部屋が狭いわ。

教会のメンバーが全員集まってるからしょうがないんだけど。

様子を見に来た連中が、回復したあたしを見ると遠慮なく居座りだしたのよ。

 

「お姉ちゃん……ずっと、心配してた」

 

カシオピイアがそっと手をあたしの手に乗せる。

 

「おお、愛しい妹よ。生きてまたあなたの顔を見られるとは思わなかったわ。

傷つき弱った姉のために、ホットエールを持ってきておくれ」

 

「ホットエール?」

 

「やっぱり酒かよ。ホットエールってなんだ。冷蔵庫のエールとどう違うんだ。

わかったところで昼間っからは飲ませねえけど」

 

「ルーベルったら病人にも容赦ないわね。

ホットエールってのは、冷やしてない常温のエールを勝手にそう呼んでたんだけど、

ググったらちゃんとそういう調理法もあるみたい。

本格的に寒くなってきたから、お腹冷やしたくないのよね~」

 

「病人ってお前なぁ、この国に帰ってきてからもう1週間だろ。

いつまで“安静が必要”なんだ?とにかく晩酌と言える時間帯まで我慢しろ」

 

「一本だけ……」

 

カシオピイアがぽつりと呟いた。

 

「一本だけ、だめ?」

 

「あのなあ、カシオピイア。里沙子を甘やかすとキリがないってことは知ってるだろ」

 

「あの、わたくしからもお願いします!

里沙子さんがこうなったのは、わたくしが福引きなんか当てたせいなんです。

絶対1本だけにしますから、お願いです!」

 

「福引券なんかもらったら誰でも使うだろ。お前の責任じゃねえよ」

 

「あーっ!」

 

重要な確認事項を思い出して思わず大声を上げてしまった。

でも本当に大事なことなのよ!

 

「なんだようるせえな!やっぱり元気じゃねえか!」

 

「ねえ、ジョゼット。今回の旅行を主催した旅行会社はどこ?

チケットの半券やらしおりやらに書いてるでしょう」

 

「はい。え~っと、トリカゴ交通ですけど、これが何か?」

 

「訴訟よ!今回酷い目に遭ったのは、どうでもいい旅行を企画した旅行会社のせいよ!

肉体的精神的苦痛を受けた慰謝料として100万G請求するわ!」

 

「100万Gだ?お前どこまで厚かましいんだよ。金なら十分持ってるだろうが」

 

「金はいくらあっても困らない!……そう言えば、あたしの財産って今いくらかしら。

普段あんまり使わないけど、急に物入りになるとごそっと減るからね。50万くらい?」

 

過去話を調べようか、面倒だからやめようか。迷ってるあたしに小さな姿が近づく。

 

「お姉さま。そうおっしゃると思って、パルフェムが調べておきましたの。

旅行約款によりますと、

“予測不能な事故・テロ・その他天変地異等による損害については保証できかねます”

と、ありますわ。

今回の嵐もこれに該当すると思われますので、勝訴を勝ち取るのは難しいかと」

 

「なんですって!あんだけ死ぬ思いして何にもなし!?

クソ暑い島で怪しい注射を打ち続ける生活を送らされて、泣き寝入りしろっていうの?」

 

「そうは言ってませんわ。ただ、勝つのは難しいと。あと、言葉が汚いですわ」

 

「やめろ里沙子。子供に当たるんじゃねえ」

 

「……もう嫌。お家から出ない。一生」

 

パジャマのまま抱えた膝に顔をうずめるあたしを見かねたのか、

ルーベルがひとつ息をついた。

 

「しょうがねえな、一本だけだぞ?一本飲んだら着替えて、普通の生活に戻ること」

 

「本当!?あらやだ、なんだか悪いわねえ。催促したみたいで」

 

「思いっきり要求してただろうが!

はぁ、ピーネ。悪いが物置からホットエールとやらを持ってきてやってくれ」

 

「え!なんで私が!」

 

「あ、興奮したら暑くなってきたから、やっぱ冷蔵庫のエールでいいわ。よろしく~」

 

「い・や・だ!」

 

「今夜のグリルチキン、わたくしの分半分あげますから、お願いです……」

 

「む~わかったわよ。里沙子の怠け者!」

 

「それ、この企画じゃ褒め言葉だから。サンキュー」

 

ピーネが部屋から出ていくと、今度はエレオノーラがベッドのそばに来た。

あたしは袖をまくって、両腕を出す。

 

「それでは、ピーネさんが戻るまで、今日の分を済ませましょう」

 

「うん、お願いね」

 

両腕には乱暴に刺した注射の痕がいくつも。

だいぶ薄くなったけど、完全に消えるにはまだしばらくかかるらしい。

エレオノーラがぽそぽそと詠唱すると、彼女の両手が光を放ちだした。

 

「痛そうですね……」

 

「お姉ちゃん……」

 

心配そうに見るジョゼットと妹。エレオが両腕を丹念に撫でる。

 

「もうしばらくかかりますが、必ず消えますからね。少しずつ、薄くしていきましょう。

強力な光で無理に消すと、肌に負担が掛かって将来的にシワの原因になりますから」

 

本来、解毒魔法である光魔法を応用して新陳代謝を促し、

ワクチン注射の痕を消してもらってるの。

彼女が今言った理由で消しゴムみたいに一発じゃ消えないけど、

普通に消えるのを待つよりずっと早い。あ、エール…じゃない。ピーネが帰ってきた。

 

「持ってきてあげたわよ!ほら、ありがたくお飲みなさい」

 

「ありがとさん。今、治療中だからそこのテーブル置いといて」

 

「はぁ、治療?まだ仮病使ってるわけ?」

 

ピーネが呆れた様子でテーブルにトンとエールの瓶を置いた。

 

「仮病じゃないし。心の病に罹って寝てるだけだし。

痛ましい事件の傷跡を消してるのよ。……お、ちゃんと栓抜いて持ってきたのね。

えらい、えらい。将来いいお嫁さんになるわ」

 

「余計なお世話よ、この行き遅れ!」

 

「行き遅れでけっこーメリケン粉~♪」

 

歌いながら尻で軽く跳ねてみる。

 

「ああ、動かないでください。上手く患部に照射できません」

 

「ごめん、ごめん」

 

「一番年長のくせにマジで子供みたいなやつだな」

 

「そうですね。

里沙子さん、わたくしが初めてここに来た頃より、ずいぶん変わりました。

あの時の里沙子さんは、なんとなく厳しいと言うか、怖い感じでしたから」

 

「そうお?あたしは昔も今も変わってないつもりなんだけど」

 

「ふふ。わたしには当時の里沙子さんの様子はわかりませんが、

今の里沙子さんはいい意味で砕けた感じの、優しい人に思えます。

さあ、今日の治療が終わりましたよ」

 

「ありがとう。うん、また注射痕が薄れてる。

あなたエステティシャンになれるんじゃない?お店開いたら儲かるわよ」

 

「馬鹿言ってんじゃねえっての。エレオノーラは次期法王になるんだぞ」

 

「わかってるけど……ルーベルは確実に厳しくなったわよねぇ。あたしに対して」

 

ようやく両手が自由になったから、テーブルのエールを手に取り、

コップにも注がずにラッパ飲み。

口に広がるスコッチの香り。至福のひととき。やっぱりこれだけはやめられないわ。

 

「お前が今みたいに昼間から飲んだり、子供みたいなイタズラしなきゃ、

なんにも言わねえよ」

 

「あんたが来てまだ一年も経ってないのが信じられないわ。

思い出すわねぇ。元旦早々押しかけてくるもんだからびっくりしたわよ」

 

「まぁ……いろいろあったな」

 

ルーベルがここに来た理由には本当にいろいろあったから、さり気なく話題を変える。

知りたい人は今年(’18年)の元旦に投稿された話を読んでちょうだい。

みんなも微妙な空気を察して深く聞いてこない。

 

「おおっと!元旦で思い出したわ」

 

「どうした、いきなり」

 

「そろそろ年賀状書かなきゃ。面倒くさい作業ランキング7位に位置する強者だけど、

お世話になった人に挨拶くらいしなきゃね。今から書かないと元旦に届かない」

 

「年賀状?なんだそりゃ。物知りパルフェム教えてくれ」

 

「皇国の習わしなのですが、アースにも存在するみたいですわね。

毎年初めに、旧年中お世話になった人や、友人等に挨拶状を送る慣習がありますの」

 

「へぇ……この国にはそんなもんないからな。初めて知った」

 

二人の会話も耳に入らず、あたしは脳内で送り先をリストアップする。

 

「えっと?まずは皇帝陛下と法王猊下でしょ。

シュワルツ将軍にもいろいろ手を貸してもらったし、

マリーとアヤにもメッセージカード的なものを。

そうそう、誤字がなくならないこの企画の校正をしてくれてるあの人と、

いつもの常連さんに……ん、なんか言った?」

 

「年賀状なんて風習、この国にはないから初めて知ったよ、って言ったんだ」

 

「えっ。それじゃこの国では年賀状出さなくていいの?やったー!

ハガキ買いに行ったり、住所書いたり、干支を調べたりしなくていいのね。

年賀状書くのやーめた」

 

「いや、やれよ!やっちゃいけねえって訳でもねえからな!?

感謝の気持ちがあるなら習慣とか関係なしに出せよ!」

 

「このメンバーのツッコミスキルがまんべんなく上がっているようで何よりだわ。

カシオピイアは特例として見学扱いだけど」

 

「いいか?ツッコミが発生する時ってのは、誰かが何か間違ったことをしてる時だ!

決して喜んでいいことじゃねえ!」

 

「そうね。次はエレオノーラ、チャレンジしてみる?

ノリツッコミから初めましょうか。あたしが振るから。

A:あらでっかいマシュマロ。

B:おう、鼻ちぎって食べてみ…って誰がマシュマロやねーん!

こんな感じで」

 

「わたしは……遠慮しておきます。マシュマロではありませんので」

 

エレオがまるでこのあたしを○○みたいに見ながら後ろに下がる。

確かに即興で作ったから微妙なネタだったけど。

ホント、誰がアダルトチルドレンやねん。なんてひどいオーウィ、云い方。

 

「あの~里沙子さん。歌は……」

 

「違う違う、歌じゃないの。オーウィはゲップよ。エールが美味しいわ」

 

 

 

<読者の皆様へお知らせ>

 

若干時期が早うございますが、この場を借りて年始のご挨拶をさせていただきます。

旧年中は大変お世話になりました。

 

いつも丁寧な誤字修正してくださっている方がいらっしゃいます。

毎回お手数をおかけしてすみません。そしてありがとうございます。

気をつけてはいますが、どうしても見落としてしまうのです。

来年こそ誤字脱字ゼロを目指して執筆しますが、多分出てしまうと思います。

本当にすみません。

 

続いてコメントを寄せてくださる皆様へ。皆様方の感想のおかげで、

墜落寸前の低空飛行を続けながらもこの企画を続けることが出来ています。

書き手にとって感想は何よりの活力です。ありがとうございます。

 

最後になりましたが、

うんざり生活を読んでくださっている全ての方に感謝の言葉を申し上げます。

開始から1年を過ぎても方向性の定まらないSSにお付き合い頂き、

本当にありがとうございます。

 

平成最後の年、そして新しい元号を迎える年が、

皆様にとって素晴らしい始まりとなることをお祈り致します。

 

焼き鳥タレ派

 

 

 

「え、何!?いきなりこの変なメッセージは!さすがにあたしもこれはさばききれない!

ツッコミどころは1つの振りに1、2個にしなさいよ!エレオノーラが困ってるじゃない!」

 

「しないって言ってるじゃないですか!里沙子さんたら……」

 

突然現れた怪文書に皆が少なからずパニックになる。

 

「待て待て!今年はあと半月くらい残ってるぞ!なんで今、年明けの挨拶なんだよ!」

 

「ルーベルさん、お姉さま。この文書を送ってきた奴によると、

これから年明けにかけて、色々立て込んできて、

次話を書く時間が取れない可能性があるみたいですわ」

 

「はぁ!?1日中食うか寝てるかパソコンに向かってるかの、

半分死んでる奴に何の用事があるってのよ!」

 

「そこはパルフェムも疑問に思ったんですけど、

年末だけは家を出ざるを得ない状況が発生しやすいらしいんですの。

実家に帰省した姉を迎えたり、年末年始の休院までに薬をもらいに行ったり、

親戚の家に祖母を迎えに行ったり、ここに書くと差し障りがあるような事もいくつか」

 

「もー嫌!ここまでまともな物語なんて最初の辺りしかないじゃない!

ろくでなしが書いたSSなんて大嫌い!」

 

「癇癪起こさないのピーネ。あたしなんか1話目から付き合ってるのよ。ラパパラー」

 

「ふむむ、静かにして欲しいのである。おちおち昼寝も……あら、どうしたのみんな。

斯様に狭きところに集まって」

 

2つの意味で影が薄いエリカが位牌からその姿を現した。

 

「なんでもないわ。そろそろ無理矢理にでも話題を変えるから、引き続き寝てなさい」

 

あたしはエリカに背を向けてベッドに横になる。

 

「ええい!またこのパターンでござる!

来年こそは拙者の剣さばきを見せぬと容赦しないわよ!」

 

「あたしに言わないで。あ~火炎放射器と紫電改、持って帰りたかったなー」

 

結局、無駄話だけで約5500文字も使っちゃった。この後どうしようかしら。

 

 

 

 

 

で、何の足しにもならないやり取りが終わり、あたしが目を閉じると、

あらかた人が出ていった。残るはジョゼットとエレオノーラだけ。

……なんで残ってんの?薄目を開けて様子を見る。

 

「寝ちゃいましたね、里沙子さん」

 

「はい。こうしてきちんとした彼女の寝姿を見るのは初めてですね」

 

なんか引っかかる表現ね。

 

「普段は酔い潰れて床で寝てるところくらいしか見られませんから。

ルーベルさんの言う通り、あれはピーネちゃん達には見せたくないですね」

 

うっさい。床がベッドに見えたんだからしょうがないじゃない。

 

「それを2階までおぶって行くのはいつもジョゼットさんですね。ご苦労さまです」

 

……お世話んなってます。

 

「いつものことですから」

 

「そう言えば、ジョゼットさんには大抵の家事を担って頂いていますね。

私達も食事の用意を手伝ったりはしますが、

やっぱりジョゼットさんがほとんどをこなしています。

こういう役割に就かれたのは、やはりシスターとしての奉仕の心から?」

 

「はは……そんなわけ、ないじゃないですか」

 

ジョゼットが自嘲気味に笑う。そりゃそうよね。

 

「わたくしがこの教会に来た時のこと、いつかお話したと思うんですけど、

その時わたくしは暴走魔女に拐われそうになっていて、ここに助けを求めてきたんです。

里沙子さん、どうしたと思います?

ドアも開けずに、厄介事はご免だって無視したんですよ!信じられますか!?」

 

「落ち着いて。声を落としましょう。

それは、まあ……里沙子さんらしいと言えばらしいですけど、

今の彼女からはちょっと考えにくい気もしますね。

えと、それで結局魔女はどうなったんですか?」

 

「魔女の一人が教会を燃やそうとしたら、里沙子さんが怒って出てきて、

牛乳瓶を投げつけて追っ払ったんです。

その後一旦中には入れてくれたんですけど、

今度は高い弾代やボディーガード料を請求されて……

当然わたくしの路銀じゃ足りなくて、代わりに家の雑用をすることになりました。

今でも家政婦扱いなのはその名残です」

 

家政婦だからちゃんと月給500G払ってるんでしょうが。

 

「確かに、当時の里沙子さんは、なんというか……

過度に人の問題に触れないというか、あまり人と関わらない性格だったようですね」

 

はっきり言っていいのよ。銭ゲバの冷血女だって。

ジョゼットの待遇が変わることもないけど。

 

「でも、エレオノーラ様や皆さんが来てくださって本当に助かりました。

本人は否定すると思いますけど、

あの冷たくて意地悪でものぐさで酒と金しか頭にない里沙子さんが変わり始めたのは、

やっぱり皆さんとの触れ合いによるものが大きいと思うんです!」

 

あんたは黙ってなさい。

 

「わたしもそれは感じています。この教会に住み始めたころは、

まだジョゼットさんとルーベルさんしかいませんでしたが、

仲間が増えるにつれて、

里沙子さんが少しずつ前向きな性格になっていったように思います。

そう言えば、わたしも初めにこの教会を訪れた時は、

借金の取り立て屋のような扱いを受けたのを思い出しました」

 

「税の免除を話に出すとコロッと態度を変えましたよね。本当、現金な人です。

確かに住人が増えるにつれて、人間関係については山のように動かない里沙子さんに、

マリーさんやアヤさんというお友達もできましたね~」

 

金で動いて何が悪い。あと友達はあたしん中で禁句だから。大人の事情で。

 

「ふふっ、できるならわたしも一度見てみたいですね。冷たくて意地悪な里沙子さん」

 

「意地悪な里沙子さんは今でも見られますよ……そこにいますから」

 

「あらあら。もし彼女が起きていたら大変ですよ」

 

バッチリ起きてるから。いつか事故を装って大変な目に遭わせましょう。

 

「大丈夫ですよ。ぐっすり寝てますから。ちょっとほっぺをつついてみましょうか」

 

触ってごらん、ウールだよ。

 

「やめておいたほうがいいと思います。起こして噛みつかれたら大変」

 

わかってんじゃないの。エレオノーラは賢い。ジョゼットは残念。

 

「アハハ、エレオノーラ様ったら。そうですね。里沙子さん、寝起きが悪いですから。

……でも、わたくし、ここに来たことは後悔していません。

むしろたくさんの家族が出来て幸せだと思ってるんです」

 

「わたしも同じ思いです」

 

「特にわたくしの場合、親に捨てられて両親が行方知れずということもありますから」

 

「まぁ……」

 

なんで急に話方向転換した?この企画じゃ珍しくないけど。あとあんまり重い話は勘弁。

 

「今日みたいに寒い日の夜だったそうです。

神父様のお話によると、玄関先から赤ん坊の泣き声が聞こえるので、

見に行ったら毛布に包まれカゴに入ったわたくしがいたとか」

 

「親御さんにも事情があったのでしょうが、辛い話ですね」

 

雨が降ったら傘を差す。辛い話は胸を刺す。娘十八、紅を差す。元ネタわかる人~?

 

「いえ、そんなに悲しかったわけじゃないんです。

両親のことは全く覚えてませんし、モンブール中央教会の仲間や神父様は、

みんな優しくて良い人達でしたから」

 

「よかったですね。では、どうして北の領地からハッピーマイルズまで?」

 

「わたくしをお救いくださったマリア様の教えを広めたくて、

シャマイム教の基礎学習課程を修了した16の誕生日に、旅に出ることを決めたんです。

まぁ、結局は領地をひとつ移動したところで魔女に捕まっちゃったわけなんですけど。

えへへ」

 

「その後、色々あって里沙子さんに助けられ、ここに住まわれるようになったと。

そうでしたか。これもマリア様のご加護があってのことなのでしょうね」

 

それは間違ってるわ。魔女の代わりに飲んだくれ女に捕まっただけの話。

本気でマリアさんに助ける気があったなら、こんなボロ屋敷じゃなくて、

ブローニングM2重機関銃で武装した要塞を配置してたはず。

 

「はい!だから、わたくしも一人前のシスターになれるよう、

自分なりに一生懸命神の教えを勉強してるんです」

 

「ジョゼットさんの高い志はマリア様も見ていらっしゃいます。

同じシスターとして、一緒にがんばりましょう」

 

「そんな、聖女様と同じだなんて……あ、そうだ!

エレオノーラ様のご両親は今どちらに?

法王猊下とは何度もお会いしているのですが、一度もお姿を拝見したことがなくて」

 

「両親は……その、今、国外にいます。いつ戻るかも未定なんです。

少し事情が込み入っていて、話すと長くなります。とても」

 

「そ、そうですか!法王猊下はお変わりなく?」

 

「おかげさまで。まだまだ現役だと意気込んでいますよ。ふふ」

 

ジョゼットにしちゃ珍しく、

話の雲行きが怪しくが怪しくなったのを、ちゃんと感じ取ったようで感心感心。

エレオの親御さんについてはまだ知るべきじゃなさそう。

あるいは、ずっと触れないほうがいいのかもしれない。

そろそろ起きようかしらね。あたしはムクリと身体を起こして、思い切り伸びをした。

 

「ふぁ~~あ、あいの、どっこいしょ」

 

「あ、里沙子さん起きたんですね」

 

「もう十分寝たからね。これから本格始動しようと……

しまった、エールを飲みきってなかった!まだ水位2cmくらい残ってる!

早く飲まなきゃ」

 

「落ち着いてください。エールは逃げませんから」

 

「瓶は逃げなくても炭酸が逃げるのよ。んぐっ……あら、悪くないわね。

香りは飛んでないし味もなかなか。

エールは温度帯によって異なる味わいを見せるのが魅力のひとつなのね」

 

「里沙子さんは本当にエールがお好きなのですね。

では、着替えもあるでしょうから、わたし達はこれで失礼します」

 

「そうでした、夕ご飯の支度をしなきゃ。里沙子さん、また後で」

 

「うい」

 

パタンと静かにドアが閉じられると、あたしもベッドから下りた。

立ち上がろうとした瞬間つまづきそうになったのは、

寝てばかりいて脚が鈍ったせいであって、歳のせいじゃないと信じたい。

もう3時だけど、一応着替えて顔を洗う。

 

思いがけずジョゼットとエレオのだべりを聞くことになったんだけど、

あの娘にも割と大きい事情があったとはびっくり。

よく考えたら、この家のメンバーで何も事情を抱えてないやつって……あたしだけ!?

異世界に来たことを除けば、まったくフツーの人生送ってきたからね。

なんだか自分だけ脳天気に生きてるような。

 

やめましょう。虚しくなるだけだから。

それにしても今回はいつも以上にどうでもいい話だったわね。

報告までに、夕食のメニューはチキングリルとシーザーサラダ、白パンひとつだった。

そうそう。この更新が今年最後かもしれないから、皆さん、良いお年を。あとメリクリ。

 

 



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2019年の挨拶。バカ記者おせちを取材
世の中には大人になってもお年玉をもらってる連中がいるらしいわ。あたしにもおくれ。


ハッピーニューイヤー!

 

ダイニングに賑やかな声が響く。2018年とお別れして、無事2019年を迎えたあたし達。

一人暮らししてた頃は、元旦なんて去年の続きでしかなかったけど、

去年1年間であっという間に増えた仲間と一緒に祝うと、

なんというか区切りがつくわね。

子供部屋の魔導空調機を持ってきて、暖まったダイニングで新年会。

 

「さあ、食べましょうか」

 

「やったー!」

 

「いただきますが先でしてよ、ピーネさん?」

 

大晦日にジョゼット達と手分けして準備したおせちに、はしゃぐピーネ。

他の大人達も落ち着いてはいるけど、おせちは初めてだから珍しそうに見てる。

しかも、パルフェムが去年食べそこねた栗きんとんのレシピを知ってたから、

今年はきちんとラインナップに入ってる。

 

「わかってるわよー。いただきまーす」

 

「それともう一つ先に、あけましておめでとうもね」

 

「そうですね。無事、新しい年を迎えられたことをマリア様に感謝して……」

 

“あけましておめでとうございます!”

 

まとまりのない企画だけど、年明けの挨拶くらいはちゃんとしましょう。

みんなも同じ考えだったようで、

少々他人行儀の挨拶をしてから、ナイフとフォークを手に取る。

テーブルには色とりどりのおせち料理が皿に盛られている。

 

この世界で手に入る食材の寄せ集めで、しかも平皿盛りだけど、

うまけりゃ形はどうでもいいわ。

昔、夕方のニュースで、

おせちは四角い重箱に詰めないと幸せが逃げるって作法を紹介してたけど、

皿の形くらいでどうこうなる程度の幸せなんか金で買える。

 

数の子、伊達巻、栗きんとん、ごぼう・人参の煮物、ローストビーフ、

チーズの盛り合わせ、シーザーサラダ。餅がないお雑煮代わりのコンソメスープ。

後半はともかく、前半の和食はパルフェムとあたし以外には珍しい。

さっそく各自の皿に取り分けて食べている。

 

「おいしい……」

 

「はい。上品な甘さと歯ごたえがあって、食が進みます」

 

ごぼうがカシオピイアとエレオノーラに人気の模様。

 

「みなさん、みなさん、聞いて下さい!

おせち料理にはですね、その年の幸せを願う色んな意味が込められてるんですよ!」

 

「ジョゼットにしちゃよく覚えてたわね。じゃあ、ごぼうの意味は?」

 

「わかりません!」

 

「正直でよろしい。去年は作ってなかったからね。ちなみにごぼうは深く根を張るから、

その家が安泰で、皆が健康に暮らせるよう願いを込めて使われるの。

今にも崩れそうなこの家にはぴったりね」

 

「素敵ですね。他には何があるのですか?」

 

「はい、ジョゼットGO」

 

「えーっと、なんでしたっけ?」

 

「……まぁ、ジョゼットにしちゃ縁起物の存在を覚えてた分よくやったわ。

まず、ルーベルがかぶりついてるのが数の子。卵が多いから子孫繁栄の象徴ね」

 

「ん、わらひか?」

 

ルーベルが去年口にして以来、癖になっている数の子を頬張っている。

普段少食だけど、これは妙に気に入ったみたい。

 

「あと伊達巻は、巻物に似てるから学業成就の願掛け。

栗きんとんは見た目の金色を財宝に見立てて、金運を招くものとされてる」

 

「さすがですわ、お姉さま。

皇国のルーツである日本の文化に、確かな知識をお持ちですわね」

 

「くだらないものもあるけどね。ここにはないけど、昆布なんて“よろ()()()”よ。

ただの駄洒落だし。それはそうと、1年後の今日までこの企画が続いてたら、

このおせちの豆知識はスキップしようと思う。ピーネも読者も興味ないだろうし」

 

「ピーネちゃん、伊達巻ばかり食べてたら、他のご馳走がなくなりますよ?」

 

「だって、ロールケーキみたいでおいしいんだもん」

 

「甘いものがお好みなら、栗きんとんも召し上がって。伊達巻よりお菓子に近いですわ」

 

「え~?なんかネトネトしてるけど……あ、これもおいしい!」

 

「ふふ、そんなに美味しそうに食べてもらえたら、作った甲斐があるというものです」

 

「アースの新年のお祝いは、とても賑やかなのですね」

 

「というより、うちの連中がやかましいのよ」

 

去年は余り気味だったおせちも、どんどんみんなの口に入っていく。

あたし?もちろん酒に決まってるじゃない。ルーベルも元旦くらいはうるさく言わない。

というより、数の子に気を取られてる。

愛用の栓抜きでエールを開け、口に含んで香りを楽しむ。あら、そう言えば。

 

「ねえ、エレオノーラ。本当に法王猊下のところに帰省しなくてよかったの?

三が日くらい大聖堂教会で過ごしたほうが良かったんじゃない?」

 

「大丈夫ですよ。信者の方への挨拶は年明けはじめのミサですし、

お祖父様にも新年はこちらの家族で祝うよう言われています」

 

「家族、ねぇ。あなたがそれでいいならいいんだけど。

……そろそろあたしも固形物を口にしようかしら」

 

油断してたら、おせちは凄い勢いでなくなりつつある。

ピーネがうまいうまい言うから、あたしまで食べたくなった伊達巻から皿に取る。

カステラに近い食感のおせちをかじってみる。まぁまぁの焼き加減ね。

 

「む~おはようでござる。ややっ!眠っているうちに新年を迎えてしまったわ!

皆の衆、今年もよろしくおねがいします」

 

ああ、すっかり忘れてた。エリカが2階から寝ぼけ眼で漂ってきた。

 

「ふふっ、あけましておめでとうございます。エリカさん」

 

「大体あんたは寝すぎなのよ。寝てるから露出すなわち出番が少ないの。

『吾輩は猫である』で、迷亭が昼寝ばかりしてる苦沙弥先生を、

“毎日少しずつ死んでるようなものだ”って言ってたけど、

あんたもう死んでるじゃない。これ以上死んでどうするの」

 

「そこまで言うことないじゃない……

今日はもう寝ないから、後で初詣に連れて行って欲しいでござる」

 

「残念だけどこの世界に神社仏閣の類は存在しない。うちの聖堂で我慢しなさい」

 

「とほほでござる~」

 

使い古された古典的なオチにみんながどっと笑う。ぼちぼちおせちも片付いてきたわね。

一年の計は元旦にありっていうけど、今年はマシな正月を迎えられたんじゃないかしら。

少なくとも新年早々銃撃戦をやらずには済みそう。

それでは皆さん本年もうんざり生活をよろしく。

 

ちなみに、去年の年明けあたりで触れた13日まで正月休みのバイク屋は、

なんと今年は成人の日と合体して14連休だったわ。

でも、あたしとしてはアレが人としてあるべき姿だと思う。

そもそも、日本人は働きすぎ……

 

 

コン、コン……

 

 

弱々しいノックに、みんながギョッとして聖堂を見る。

エレオまで身を乗り出して玄関の様子を伺う。

うちのおせちには、逃げ出すほどの幸せすら、最初から入ってなかったらしい。

ため息をついて、ストールを羽織り、凍えるような聖堂に入る。

 

くだらん用事だったら玄関先のゲッタービームが黙っていない。

そもそも今日は元旦だから、よほど重要な用事でない限り、相手をする義理もない。

さっさと追い返しましょう。ドアスコープを覗くと……ああ、あのアホ!

急いでドアを開ける。

 

「あけおめ、ことよろ……マジカル・メルーシャ参上だぴょん……」

 

今、奴が参上を惨状と変換ミスしたんだけど、あながち間違いでもない。

久しぶりにご登場のコスプレ新聞記者。

最後に会ったときと違って、ゴスロリとメイド服を掛け算したようなドレスを着ている。

当然ミニスカートで生足も出してる。

年末から続く寒波の中、この格好で来たとしたら相当な命知らずね。

 

「何やってんの、このおバカ!ぐずぐずしてないで入りなさい!」

 

「ああありがとううう」

 

とりあえず外よりは寒くない聖堂に招き入れると、年寄りみたいな足取りで、

ピンク色の頭を首ふり人形のようにガクガク揺らしながら中に入る。

カメラはしっかり持ってるプロ根性だけは立派だけど、その他全てが残念。

残念女をダイニングに通してやると、

泣きそうな顔で誰かが物置から持ってきてくれてた丸椅子に座る。

 

「超あったかいよー!魔導空調機マジぱねぇっす!」

 

「ジョゼット。悪いけど、このバカにスープを恵んでやって」

 

「は、はい!」

 

今の病状ではまともに話もできないだろうから、

スープを飲み終えるまで待つことにした。みんなも、迷惑な珍客を見つめている。

ジョゼットが温かいスープを置くと、スプーンでカタカタと皿を鳴らしながら、

必死になって飲み始めた。

 

「あざまし!ふーふー、おいしい……おいしいよう!

やっぱり里沙子ファミリーが大金持ちで、

リッチな生活を送っているってタレコミは本当だったっぴょん!」

 

「コンソメスープひとつで騒がないで。

さっさと飲んでさっさと帰らないと、もっと温かい鉛玉をご馳走するわよ」

 

「相変わらず里沙子は旧友のメルにも塩対応だヨ……」

 

「ええ、塩まいてやりたい気分だわ。

この凍てつく寒さの中、よくそんな格好で出歩いてられるわね。

あんまり季節外れな格好してると、バカを通り越して知恵遅れだと思われるわよ。

それに、うちが割と金持ちなのも周知の事実。

どこでそんな大昔の情報掴んで来るのか逆に気になるわ。

最後になったけど、あんたと友達になった覚えもない。一度一緒に仕事しただけ」

 

「ひどすぎワロタ!そこまで言われるとTBS(テンションバリ下がる)!

このドレスはメルのトレードマークだから絶対に脱げないっぴょん!」

 

「あーわかったわかった。

スープ飲んだら、今日は何しに来たのか、言うだけ言ってごらんなさい。

何も手伝うつもりはないけど」

 

「あはは…里沙子さん、本当にこの方に厳しいんですね」

 

苦笑するエレオ。子供達は哀れな女ピエロに同情的な視線を送る。

カシオピイアは退屈な展開に飽きたのか、船を漕いでいる。

ルーベルは最後の数の子をかじっているし、エリカはやっぱり蚊帳の外。

 

「ずずっ……ゴチ!

おいしいスープですっかりアゲぽよ状態になったところで、取材だよ!」

 

「帰れ」

 

「なんで!?」

 

「なんでもクソもね。今日は何月何日?」

 

「1月1日だぴょん」

 

「わかってんならどうしてよりによって今日なのよ!

元旦はほとんどの店や銀行が閉まる!

つまりほぼ全ての国民が休みを満喫できる特別な日なの!

一般人のあたしらがマスコミに付き合う理由はない!オーケー!?」

 

「今日でなくちゃ意味がないんだぴょん!

新年初日における里沙子ファミリーのリアルガチをスクープして、

他紙との差をつけなきゃ上司が鬼おこなんだしー!」

 

「あたしの話が聞こえなかった?芸能人じゃなきゃ公人でもないあたし達が、

わざわざ正月にあんたらの金儲けに協力する義務はない!

ちょっと違うわね。エレオノーラは大聖堂教会の偉い人だから、

勝手に写真撮って新聞に載っけたりしたら、怖いパラディンさんが飛んできて、

あんたを紅葉おろしにするからそのつもりで」

 

「メ、メル暴力には屈しないぴょん……」

 

「暴力じゃない。法が定めた正当な自衛権行使よ。

ほら、お巡り呼ばれるか、あたしがキレてピースメーカーぶっ放す前に、

暖かいお家に帰んなさい」

 

「ヤダー!メルの家は小さな暖炉しかなくて、夏暑くて冬涼しい貧乏長屋だぴょん!

編集部クビになったら更に野宿生活にグレードダウン!」

 

「あと10秒で出ていかないと、ジョゼットが煮えたスープをぶっかける」

 

「えっ!わたくしが!?」

 

「里沙子の鬼!単品の意味で鬼っぴょん!」

 

「あと5秒」

 

「お願~い!親友を助けると思って!」

 

「毎週会ってるアヤでも知り合い止まりなのに、どこまで図々しいんだか。

はい、3、2、1」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

これはメルーシャの声じゃない。

醜い言い争いを見かねたのか、エレオノーラが立ち上がって待ったをかけた。

 

「どうしたのエレオ。こういうかまちょは甘やかすと際限なく図に乗るの」

 

「そうおっしゃらずに。

メルーシャさんもこの極寒の中わざわざ遠くからいらしたんですから……

そうです!おせちの写真だけ撮って頂いてはどうでしょう。

先程、様々な一品料理の由来を話してくださったではないですか。

アースの文化を知っていただくいい機会だと思うんです」

 

「はぁ、別に知っていただかなくてもいいんだけどね。

……ピンク頭。エレオに感謝しなさい。食卓のおせちに限って撮影を許す」

 

MJD(マジで)!?里沙子もシスターさんもBIG LOVEだよ!

ところでおせちって何!?」

 

結局こいつの要求通りになったことに腹を立てつつ、

正月におせちを食べる日本の習慣、それぞれの料理に込められた願いについて説明した。

メルーシャは興味深い様子でメモを取る。カシオピイアは完全に寝ていた。

 

「なるほどー、日本人はダジャレや願掛けDS(大好き)民族ってことでおk?」

 

「それは否定しない。

商品名や広告なんかは特に、しょーもないダジャレの出現率が高いわね。

あたしからは以上。あとはテーブルのおせち適当に撮って。気が済んだら帰るのよ?」

 

「かしこまり!で、今からぁ~メルがガメ写撮るんでぇ~写りたくない人は~

フレームアウトしてくれると~ハッピーだったりするかもぉ~」

 

「その喋り方は何なの!!

……って、あたしがあんたの親だったら怒鳴ってるところだわ」

 

「既に怒鳴ってるし!?こわたんだから手早く撮るお……」

 

イラつきを爆発させると、メルーシャが恐る恐るおせちの食い残しを写真に収める。

数の子はルーベルが食べちゃったから、

適当なイラストで代用してもらうしかなかったけど。

 

「撮った?撮れたわよね?じゃあ帰ってほら、早く、急げ」

 

用済みの女を追い出すべく、メルーシャを聖堂に向けてグイグイ押す。

 

「ま、待って。まだおせちの話題に必要な要素が取材できてないぴょん!」

 

「面倒なことだったらクロノスハックで裏の雪山に埋めるわよ。上下逆さにして」

 

「料理の外観は撮れたけど、それだけじゃ読者に伝わらないこともあるかも?」

 

「ない」

 

「味だっぴょん!実食レポに必要だから、メルにもおせち料理を一口プリーズ」

 

あたしはエレオを見る。彼女が目をそらす。ため息が漏れる。

ため息をつくと幸せが逃げるっていうけど、

やっぱりその程度の幸せなら金でどうにかできるのよ!!

 

「言ったじゃない。すぐ調子に乗るからって。はぁ」

 

「すみません……」

 

「……ジョゼット、こいつにも皿と割り箸を出してやって」

 

「は~い」

 

割り箸は分かれたり割れたりするから縁起が悪いらしいけど、

その程度の悪運、金の力で(略)。あ、こいつは貧乏だろうからどうにもならないかも。

 

「どうぞ」

 

「あざ!じゃあ、まずはスイーツからぱっくんちょ」

 

「あー!伊達巻は私のなのにー!」

 

「おせちだからまだいいけどさ、“まずはスイーツ”って発想は理解できない」

 

「ん~、おいしい!ケーキみたい!これマジヤバい」

 

「……甘いのがお好きなら栗きんとんもどうぞ。そこの」

 

「パルフェム、気持ちはわかるけど顎で指すのはよしなさい」

 

「ワーオ、こんなの食べたことないっぴょん!マジヤバい!」

 

「ちゃんとごぼうも食べるのよ。それ」

 

「お姉さま、銃で指すのはもっと良くないと思いますの」

 

「えーと。これもコリコリしててうまい。うん、マジヤバ!」

 

「あんたねえ、新聞記事全部“マジヤバい”で埋めるつもり?

記者として言葉の引き出しの少なさは致命的だからもっと危機感を抱くべき。

ハッピー・タイムズは読んだことあるけど、

本当にあんたが書いてるのか疑わしいくらい適切な言葉選びができてるわよ。

貧乏なくせにゴーストライターでも雇ってるの?」

 

「うぐっ、超ヤガモ!

それは、そのぅ、原稿については先輩が最終的に多少手直しを……」

 

「その様子じゃ9割9分先輩が書いてるようなものね。

正月中に国語辞書の一冊でも読んだほうがいいわよ。またリストラ騒ぎになる前に」

 

「里沙子は情けというものを知るべきだと思うっし~?

明るく楽しい生き方を心がけてるメルーシャだって人並みに傷つくぴょん……」

 

うなだれるメルーシャの肩に、ジョゼットがポンと手を置く。

 

「この家に住んでいると、これがずっと続くんです。

用事が済んだら、メルーシャさんも早く帰ったほうがいいです。

誰もあなたを傷つけない我が家へ……」

 

「ジョゼットさーん!」

 

「メルーシャさん……!」

 

抱きしめ合う二人。なんであたしは呼び捨てでジョゼットはさん付けなのか。

 

「もう気は済んだでしょ。記事のネタも集まったんだから馬鹿やってないで帰る」

 

「最後に、最後にひとつだけ!」

 

「本当にひとつなんでしょうね。あたしの頭の線がマジでヤバい」

 

「皆さんの集合写真で締めくくりたいんだぴょん……だめ?」

 

「それで大人しく帰るのね?」

 

「うん」

 

あたしは仕方なく、隣で寝ているカシオピイアの肩を少し揺すって彼女を起こす。

 

「ん…ん?」

 

「ごめんね起こしちゃって。1枚写真に付き合ってあげて。

そしたらいくらでも寝てていいから」

 

「わかった……」

 

それから全員が寒い聖堂に移動して、一列に並ぶ。

みんな嬉しくなさそうな顔だし、心霊写真になるからハブられたエリカがうるさい。

 

“こりゃー!拙者も仲間に入れるがよいー!”

 

「撮るよ~もっとスマイルでヨロ!」

 

「無理。早く暖かい部屋に戻りたいんだから、つべこべ言わずにさっさと撮る」

 

「むぅ、わかった~!それじゃ…1、2の3でプリリンパ!」

 

バシャッ!

 

「うん!現像しないとわからないけど、いい感じで撮れてると思う的みたいな?」

 

「そう、よかったわね。来年も良いお年をお迎えください。さようなら」

 

「えっ!?今年の出番これで終わり?ガチで?」

 

「それは、正月にこんな駄文をしたためること以外することがない奴の、

気まぐれに期待するしかないわ。ほらほら出た出た」

 

「ああっ、押さないでほしいぴょん!」

 

バタン!

 

ようやくシベリアのごとく凍てつく外気にメルーシャを追い出した。

これで暖かいダイニングで正月の続きができる。

具体的には酒。馬鹿の相手をしてる間にすっかり抜けてしまった。

 

“ひいいい、寒い!里沙子ファミリーの皆さん、ジャネバイ!”

 

「お仕事とは言え、新年早々寒い中を走り回らなければならないなんて。

少し気の毒です」

 

「気の毒じゃない。薄着してるのはあいつの勝手だし、

むしろ気の毒なのは仕事とやらに巻き込まれたあたし達。エレオは優しすぎる」

 

「そうかもしれませんが……」

 

「さー!パーティーの続きよ!」

 

みんなでぞろぞろとダイニングに戻り、再びおせちをパクつく。

今度はあたしも積極的に食べてるんだけど……お正月の切実な悩みが早くも発生。

おせちって、食べ始めは“わー豪華!”って感じでテンション上がるけど、

食べ進めるうちに飽きてくるのよね。

 

チーズの盛り合わせは人気がないようで、最初からあんまり減ってない。

このローストビーフもあと何枚あるのかしら。皆の食べるスピードが明らかに落ちてる。

酒の力で食欲を増幅しても食べ切れそうにないわ。

こりゃ昼飯か晩飯までもつれ込みそう。

 

元旦のお正月気分って極端に変動するのよ。

有頂天のMAXから現実の最下層まで一気にズドン。

重箱に詰められた豪華な料理は、昼になればいつもの皿にラップを掛けられて出てくる。

浮かない気持ちで普通のおかずと化したおせちをモソモソと食べた後は、

毎年代わり映えしない正月番組をごろ寝して見るくらいしか楽しみがない。

外に出ようにも大半の店が休み。

 

「余っちゃいましたね~」

 

「厄介なのよね。この世界にはラップがないから直接冷蔵庫に入れるしかないんだけど、

水気が飛んで味が悪くなる。お昼にはカタをつけたいわね」

 

「私、もう伊達巻食べられない」

 

「甘いもんばかり食べるからでしょうが。

おせちが全部片付くまで、他の料理は食べられないからね」

 

「えー」

 

「えーじゃない。早くしないと傷んじゃうから、みんなも協力してね」

 

「う~ん、来年は少なめに作りましょうか、里沙子さん」

 

「それはそれで足りなくなる恐れがあるのよね。ままならないものだわ」

 

「パルフェムもお腹が……ごちそうさまでした」

 

「無理しなくていいわ。お腹壊すから」

 

あたし達は一旦遅めの朝食をストップして、料理をひとつの皿にまとめた。

昼にはまた食べ飽きた品々と対面しなきゃならない。

しかもテレビがないから暇つぶしの正月番組すら見られない。

マリーもさすがに正月は休んでるだろうから街に行っても意味がない。

昼寝してタイムワープするしかなさそう。

 

「ごちそうさま。あたし部屋で寝るわ。カシオピイアもうたた寝してると風邪引くわよ」

 

「ん?…うん」

 

「あ、そうだった」

 

やること1つ思い出した。

あたしはポケットから小さな封筒を取り出し、パルフェムとピーネに渡した。

 

「はい、二人共。お年玉」

 

「まあ!ありがとうございます!」

 

「お年玉?何それ……えっ、100G!?なんで?」

 

「元旦には大人が子供に小遣いをやる風習があるの。これで午前のイベントは終了ね。

今度こそ寝てくるわ」

 

「ふ~ん。ありがと」

 

部屋に戻ると、体が温かいうちに布団に潜り込む。ここには暖房がないからね。

毎度のことだけど、今年もやっぱり寝正月。あたしらしいと言えばそうなんだけど。

体温で毛布がいい感じに温まると、酒の効果もあって間もなく眠りに落ちた。

新年1発目がただの飲み食いの話でごめんなさいね。今年もよろしく。

 

 

 

 

 

数日後

 

サラマンダラス帝国に三が日という概念はないが、

とにかく年明けから3日以上経ち、多くの店が通常営業に戻り始めていた。

ハッピーマイルズ・セントラル広場に、新聞や軽食を売る屋台がある。

 

「新聞、飲み物、サンドイッチ。いらんかね~」

 

厚手のコートを着てマフラーを巻いた、長いブロンドの女性が売店に立ち寄った。

マガジンラックに並ぶ様々な新聞の中から、気になるものを見つけた彼女は、

1部抜いて代金を払う。

 

「これを」

 

「まいど~」

 

その場で新聞を広げ、1面を飾る写真をじっと見る。

そして、写真の中の一人を撫でるように指でなぞった。

 

「リリアナ……」

 

彼女はそっとつぶやいた。

 

 



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頼れる旅人
テレビの砂嵐みたいな絵をぼーっと見ると何かが浮かび上がるってやつ、一度も出来たことがない。


「全員集まったか?それじゃ会議を始めるぞ。

まず、うんざり生活も80話を超えて目次がごちゃついてる。

これにより、過去に作った設定を参照したくても、

該当のエピソードがわからないという問題が発生してる」

 

例によってダイニングに全員が集まり、ルーベルが会議の口火を切る。

なんつーかもうね、

ここはルーベルの家なんじゃないかって思うくらい立派に仕切ってる。

うちに来た頃、“お前のためにできることを探す!”とか言ってた殊勝な姿はない。

ルーベルが家長であたしがひきこもりの長女みたい。なんとかしなくては。

 

「はいはい!わざわざハーメルンを開かなくても、

手元のWordファイルを検索すればいいんじゃないかしら?」

 

「それはあんまりやりたくねえんだ。

投稿ページにコピペして最終段階のチェックをしてる時に、誤字脱字を見つけたり、

矛盾を発見したり、もっといい表現を思いついたりしてその場で修正することが多い。

つまりネットに上げた完成文とWordの文章は微妙に違うから、

Wordファイルに頼ると何か見落とす可能性がある」

 

「本当に役に立たない存在ですわね!自分の作品すら手に負えないなんて!」

 

「言えてる。カシオピイア、何かいい案はある?」

 

「ううん……日報の、書き方なら」

 

「わたくしも、これと言って……」

 

「ピーネとエレオは?」

 

「せめて各タイトルに番号を振ってみては?」

 

「うーん、悪いがそれじゃ中身がわからねえままだ」

 

「てゆーか、なんで私達がそんな事考えなきゃいけないの!?もうおやつの時間でしょ?

クッキーと紅茶が飲みたい!」

 

「この問題が片付くまで我慢して。

計100話を目前にしてる今のうちにどうにかしないと、読者も読むのが煩わしい」

 

「私から」

 

文句が相次ぐ中、アイーダさんが手を挙げた。

一時的とは言え、うちの住人で最年長者の知恵に期待が高まる。

 

「章管理……」

 

「え?」

 

「この企画は、続き物のエピソードもちょくちょくありますよね。

それらを章ごとにまとめてタイトルを付ければ、

だいたい何をしてたかくらいは見当がつくと思うんです」

 

「なるほど。この機会に奴が面倒がってやらなかった作品整理をやらせようってことね。

いいアイデアだと思うわ」

 

「私もいいと思うぜ。

一話完結が続いてるときは、短いキーワードを複数入れればいいんじゃねえか?」

 

「さすがアイーダさん。旅慣れているだけあって、知識が豊富ですわ」

 

「大人の女性は頼りになります~」

 

「いえ、そんなこと」

 

「あたしも成人なんだけど」

 

アイーダさんは、ふふ、と少し笑って謙遜する。そんな所にも落ち着いた魅力がある。

……ん?ああ、ごめんなさい。さっきから当たり前のように話に加わってるけど、

この人の紹介が遅れたわね。彼女はアイーダ。1週間くらい前からうちに住んでるの。

 

ある吹雪の厳しい日、

彼女がいつもの玄関から訪ねてきたから警戒しつつドアを開けたの。

聞くところによると、旅の途中だけど悪天候に見舞われて先に進めないから、

一晩泊めて欲しいって。

 

で、一晩だけの予定が、ピーネやパルフェムが懐いたり、

ジョゼットの家事を手伝ってもらったり、さっきみたいに知恵を借りたりしてるうちに、

出発が伸びて今に至るってことよ。

何話か読み飛ばしたんじゃないかと過去話読み返した人がいたらごめんなさい。

 

ちょっと変わってるけどいい人だと思う。

ブロンドのロングヘアに蒼眼で、

本人によるとアラフォーらしいけど30くらいにしか見えない美形。

ただ、室内でも絶対ベージュのトレンチコートを脱がないし、

凍えるほど寒い聖堂でも平気で長椅子に寝てるけど、

そんなの他の変態共に比べれば何の問題もない。

 

くだらないけど切実な問題について結論が出たところで、

ピーネのおねだり通りお茶にする。

ジョゼットがお茶の準備を始め、アイーダさんもそれを手伝う。

 

「ああ、いいのよ。そんなのジョゼットにやらせとけば」

 

「いいんです。私が、やりたいので」

 

「気を使わなくていいのよ。

あなたは数少ないまともな客人で、有望な新キャラ候補なんだから」

 

「里沙子さん?わたくしにもたまには気を使っていただけると……」

 

「濃いめのブラックよろしくー!」

 

「わたくしにとってはこの食卓がブラックです、はい」

 

他愛ない会話でお茶の時間を過ごしていると、エリカがやっぱり遅れて漂ってくる。

 

「みんなおはよう。ございます。のじゃ」

 

「全然早くないわよ。今何時だと思ってんの」

 

「ややっ、もう午後三時でござる。これでは“おそよう”が正しゅうござる。ご免」

 

「正しくない。まだ寝ぼけてるの?一度外の空気に当たってきたら?」

 

「すまぬ。幽霊は時間の感覚が曖昧で、

寝ようと思ったら何日でも寝ていられるので、つい寝坊しがちなの。

あと、気温の変化も感じにくいから、氷点下の空気もあまり効果がないのじゃ」

 

「だったら今度から永久に寝ることも選択肢に入れときなさい。

死んだやつはみんなそうしてる」

 

「なぜか里沙子殿はいつも拙者に厳しいのじゃ……」

 

「あんたがちゃんとしてれば何も言わないのよ。アイーダさんを見習うことね」

 

「ふむ、拙者も成人してから幽霊になるべきであった。残念無念であるよ」

 

当のアイーダさんが出来上がったお茶を配りながら、静かな微笑みを浮かべる。

一人旅らしいから、こんなしょうもないダベりでも楽しいのかもしれない。

 

「どうぞ」

 

「ありがとうアイーダさん。悪いわね、お客さんなのにすっかり使っちゃって」

 

「いいえ。こんなに長くお世話になっているんですから」

 

そして彼女も席に戻る。

 

「アイーダさんは旅の途中だと聞きましたが、何か目的があるのですか?」

 

「あてのない旅です。

強いて言うなら……懐かしい人に会えたらいいなと思っているだけで」

 

「その人の居場所に心当たりでも?」

 

「いえ、運良く会えたら昔話でも、と本当にそれだけを楽しみにしています」

 

「会えるといいですね」

 

「はい。ありがとうございます、エレオノーラさん。

時々こうして皆さんのように優しい方の真心に触れられることもあるので、

旅は良いものです」

 

「真心どころか、まともな寝床もなくて申し訳ないわね。

一応寝袋があるんだけど、寝心地が最悪で、床で寝たほうがマシなの」

 

「気にしないでください。雨風が凌げればそれで十分ですから。

里沙子さんの掛毛布を一枚お借りしているので申し訳ないくらいで」

 

「いい機会だから寝袋買い替えようかしら。もう正月明けで店も開いてるだろうし」

 

「あ、本当にお構いなく。コートさえあればどこでも寝られる体質なので」

 

「ごめんなさいね。この家、ガチでこれ以上スペース増やせなくて、

増築したら違法建築丸出しで通報されたら言い逃れができないの」

 

「明日はこの問題について話し合うのはどうだ?

変人は地べたに転がしときゃいいが、まともな客が泊まることになったらまずいだろう」

 

「賛成ですわ。お姉さま、とりあえず明日にでも、

パルフェムときちんとした寝袋を買いに行きませんこと?」

 

「それいいわね」

 

「私も街に行きたいなー」

 

「ピーネもそろそろ大丈夫だとは思うんだけどね。

今度、街の連中が悪魔についてどう思ってるか探り入れてみるわ」

 

「なんだか私のためにすみません」

 

「アイーダさんが気にすることないのよ。いつかは解決しなきゃいけない問題なんだし」

 

珍しく建設的な話題が中心になるお茶の時間。

エリカが空気なのもいつもどおりで何も異常はない。

こんな日常がずっと続いてくれればいいんだけどね。

 

 

 

 

 

モノクロでノイズ混じりの視界に映るたくさんの人。彼女たちの中で唯一光り輝く存在。

手を伸ばせば届くほどに近く、それでいて触れれば消えてしまいそうな儚い光。

不自由な世界の中、引き寄せられるようにその気配をたどってここまで来た。

 

本当はあなたの前に現れるべきではなかった。

だけど、終わりを前にして、抑えがたい願い、

言い換えれば欲望が膨れ上がって自分を形作り、あなたの隣に立っている。

 

「すみません、出来た分から配っちゃってください。数が多いんで」

 

「はい」

 

その声が鐘の響きのように私の身を震わせる。

この家に住み込んでから何度も感じた、喜びのような、幸福のような、

言葉にできない感覚。胸が温かくなる。

でも、同時に何かが剥がれ落ちていくような不安にかられる。

全て失われてしまった時、私がどうなるのか。自分でもわからない。

 

これ以上、ここに留まるべきではない。理性がそう告げても、離れることができない。

それがいわゆる愛というものなのか、独占欲なのか、支配欲なのか、

私にはもうわからない。

胸に抱くものについて語るには、あまりにも時間が経ちすぎてしまった。

 

彼女が笑う度、その姿も光を増す。

どうしても答えは出ないけど、せめて、あと少しだけこのままでいたいと思った。

 

 

 

 

 

「……で?あんたはそこで何してんのよ」

 

「ああ、里沙子さん。お久しぶりです」

 

玄関先に設置してあるガトリングガンの雪下ろしをしに外に出たら、

そばに紫色の人影がしゃがみこんでるから誰かと思えば。

 

「四大死姫だっけ?そのリーブラさんが、一体なんのご用!」

 

「その肩書きはやめてください……破砕機に放り込まれてミンチにされるより辛いので」

 

「確かに厨房が喜びそうなダサい名前付けられたのは気の毒だと思う。

でも、あんたがいると邪魔で雪かきができない」

 

忘れてる人のために説明すると、こいつはリーブラ。

どこかに住んでる高位魔族で、死に方を忘れるほど長生きしてしまったから、

いろんな知識を求めて、

触ったものの詳細が記される魔法の辞典を持ってうろついてる魔女。

 

4人組らしいんだけど、四大死姫ってのはそのうちの誰かが勝手に考えた名前らしい。

ちなみにそいつがうちに攻撃してきたことがあるんだけど、

なんというかまぁ、ひどい奴だった。

 

クロノスハックの対策もしてないわ、

人ん家で下痢便して帰っていくわ、その悪臭がとんでもないわで、

返り討ちにできたけど別の意味でダメージを残していった残念ナース。

賭けてもいいけど、4人の中で一番弱い。

 

「すぐに済みますから、少しだけ」

 

リーブラは雪の積もるガトリングガンをペタペタと触り、

時々納得行かない様子で首を傾げる。

 

「何がしたいのよさっきからさぁ」

 

毛糸のマフラーに帽子を被ってるけど寒いものは寒い。さっさとしてほしい。

 

「育ててるんです」

 

「育てる?」

 

「はい。この兵器に触っても辞典に反応がないのは、

ひとつの事柄として完成しきってない。

つまり、まだまだ進化する可能性があると考え、

こうしてたまに様子を見に来ているのですが……」

 

「は!?あんたこっそりそんなことしてたわけ?

所有者のあたしになんか言ってきなさいよ!」

 

「ごめんなさい。……はぁ、今日もだめでした。ポテンシャルがあるのは確かなのに」

 

「言っとくけど、軍事兵器は物によるけど多くの場合、十年単位の間生産されるから

一朝一夕じゃ何も変わらないわ。

次のフルモデルチェンジには相当な時間が掛かると思いなさい。

あたしのピースメーカーだって、

発売から軽く100年超えてるけど未だに生産されてるんだから」

 

「なるほど、気長に見守るしかないわけですね」

 

「これからもガトリングガンに触るつもりなら、あんた代わりに雪かきしてよ。

そうすれば、あたしはこのダサい毛糸の帽子を脱いで暖かいお部屋に戻ることができる」

 

「この雪をどければいいんですね。……えいっ!」

 

リーブラが指を弾くと、小さな突風が雪を飛ばして、ガトリングガンを掃除してくれた。

 

「あら。本当にやってくれるとは思わなかったわ。助かった。

礼と言っちゃなんだけど、お茶くらい飲んでいきなさいな」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

面倒な作業をスキップしてくれた礼に温かい紅茶でも出そう。

出すのはジョゼットだけど。

あたしはリーブラを連れて玄関を開け、聖堂に入る。

 

「それにしても、あんたって魔族のくせにぶらついてばかりいるのね。

魔王みたいに人間界征服しようとか思わないわけ?」

 

「魔族も人間も欲しいものは人それぞれですよ?

私が欲しいのは知識だけで、土地や人の管理には興味が湧きませんね~」

 

「まぁ、これからも無害でいてくれるならそれで結構。

……ジョゼットー!お客さん。ちょっと前に来た魔女の人!

紅茶ひとつ。あたしはさっき飲んだからいい」

 

“はーい”

 

ダイニングに入ると、ジョゼットはもうポットを火にかけて、

お湯を沸かしているところだった。

あたしもリーブラも座ってできあがりを待つんだけど、リーブラの様子が少し変。

ジョゼットの後ろ姿をずっと見てる。

 

「どしたの。あの娘がなんか変?前に来た時じっくり見たでしょう」

 

「そうなんですけど、何か気になるんです。

何かの影響で彼女に何かしらの変化が起きているようで……」

 

「変化?いつもと変わらないように見えるけど」

 

「私の辞典も微妙に反応しているのですが、今のところはなんとも。

何かが彼女の存在をちぐはぐなものにしている感じで」

 

「ジョゼットは大抵何かがちぐはぐよ。ほら、茶が入った」

 

「どうぞ」

 

ジョゼットがリーブラの前に紅茶を置く。

すると、リーブラが前回と同じくジョゼットの手を掴んだ。

 

「ちょっとごめんなさい」

 

「えっ、またですか!?」

 

「この前見た時、なんにも出なかったんでしょ?今更……」

 

「待って!辞典に反応が出ています!新しいページが生まれる前兆ですよ!楽しみ!」

 

「ええ?ジョゼット。前にリーブラが来た時から、なんか変わった事あった?」

 

「いいえ全然!」

 

ぶんぶん首を振って否定するジョゼット。

でも、リーブラの魔法の辞典が光を放ちながら勝手に開くと、

真っ白なページに文字がにじみ出てきた。

彼女は辞典にへばりつくほど顔を近づけてそれを読むと、

今度は困ったような表情になった。

 

「う~ん……新しい知識と言えばそうなんですが」

 

「なんて書いてあったの?」

 

「ジョゼットさんでしたよね。以前は、あなたの社会的立場が引っかかったんですが、

今度はあなた自身について辞典が知識を呼び寄せたんです。

そしたら、このような記述が出てきたんですが、心当たりはありませんか?」

 

リーブラは大きな辞典を開いてあたし達に見せる。そのページには不可解な文章が。

 

“リリアナ:シスターの少女。現在ジョゼットと名乗っている”

 

「リリアナ?誰よそれ。あんた知らない?」

 

「いいえ、何にもわかりません……」

 

「これ以上のことは検索できない?リーブラ」

 

「できませんねぇ。どう説明していいのか……

たった1行しか情報が参照できないのは、

この情報を構成している要素がすごくおぼろげというか、不安定だからです。

あなたはリリアナさんであり、ジョゼットさんでもある。

この矛盾を生み出している何かがはっきりしないことには、

これ以上の情報は参照できないでしょう」

 

「わたくしが、リリアナ?そんな、わたくしは生まれてからずっとジョゼットで……」

 

「ちょっと待った。あんた、うちに来るまではモンブールって領地の教会にいたのよね。

何歳の頃からそこにいたの?」

 

「あっ……」

 

以前、狸寝入りで盗み聞きしてたエレオとの会話で、

この娘が赤ん坊の頃、教会に拾われたことを知っていたあたしは、

遠まわしに重要な事実を思い出させた。

 

「わたくし、赤ちゃんの頃にモンブール中央教会に拾われたんです。

両親は行方不明で、実質生まれてからずっと教会で暮らしてきて……

ジョゼットという名前は神父様がつけてくださったものです」

 

「それなら、リリアナは実の親がつけた名前で、

今のジョゼットは教会に引き取られた時に神父さんが考えた名前か。

これで辻褄が合うわね」

 

「ふむふむ、辞典の情報が更新されました。

“リリアナは実名、現在の名前は引き取り手の命名”ですって」

 

「そんな……どうして今になって……」

 

「そこは私にもわからないんです。

前回ジョゼットさんに触れた時にページとして現れてもおかしくなかったのに」

 

「あたしにも何がなんだか。とにかくこれ以上悩み込んでも埒が明かないわ。

ジョゼットは自分の名前について考えときなさい。

リリアナに戻すか、ジョゼットのままで行くか」

 

「そう言われても……今になってこの名前をやめるなんて無理です。

ずっとジョゼットと呼ばれ続けてきたんですから。

今までの思い出を否定するようでなんだか嫌です」

 

「あんたがそうしたいならそうすればいい。

名前は自分の人生とセットでくっついてくるものだから、

あたしがどうこう言える問題じゃない」

 

「はい。わたくしはこれからもジョゼットのままで……」

 

「おーい、裏の雪かき終わったぞ」

 

その時、裏庭の雪かきを終えて、ルーベルとアイーダさんが物置から直接戻ってきた。

 

「お疲れ。2人とも寒かったでしょう」

 

「いや、私はオートマトンだから平気だが、アイーダがな」

 

「気になさらないで。私も寒さには慣れていますから」

 

「あっ……私はこれで」

 

同時にリーブラが席を立つ。少し何かに驚いた様子を見せたのは気のせいかしら。

 

「どうしたの?別に今すぐ帰らなくてもいいのよ。夕食時には時間もあるし」

 

「いいんです。今日の所は失礼します。また育った頃にお邪魔しますから」

 

「本当ガトリングガンにご執心ね。別にいいけど。それじゃあ、またね」

 

「なんだ、不死身の姉ちゃん帰っちまうのか。ゆっくりしてけばいいのに」

 

「すぐにまたお会いすることになります。さようなら」

 

リーブラはやっぱり玄関じゃなく、

左手の魔力で造り出した暗黒のゲートを通ってどこかに帰っていった。

 

「今の方は?」

 

「アイーダさんは初めてだったわね。訳あって死ねない魔女。

変わってるけど割と大人しいから客として扱ってる」

 

「なんだか追い出してしまったようで申し訳ないです」

 

「気にすることないわよ。

放浪癖あるっぽい人だから、急に行きたいところができたんでしょ」

 

「ならいいんですけど……」

 

「それより、ルーベルさんもアイーダさんも座って下さい。

温かいお茶を飲んで休んでくださいね。ルーベルさんは白湯でよかったんですよね?」

 

「ああ、悪いな」

 

「ありがとう、ジョゼットさん」

 

ジョゼットがポットの湯を温め直して、二人に飲み物を出す。

まぁ、変わった来客があって、この娘の意外な過去もわかったけど、

それ以外は別段騒ぎもなくのんびりした一日だった。今日の評価は星4つ。

 

 

 

 

 

……どういうわけか、あの魔女は何も言わずに去っていった。

明らかに気づいていたはずなのに。

魔女の考えることはわからない。人と魔女は似ていても別種の生き物だから。

そういう私も、人と言えるのかあやふやな存在なのだけど。

 

でも、そのおかげで彼女が入れてくれた紅茶をまた飲むことができる。

温度として感じることはできなくても、

その手を通してカップに注がれた命の波動が私の中に流れ込む。

この多幸感は何物にも代え難い。

 

ただし、やはりそれは心を守る何かを溶かしていく。

その何かを全てを失った時、とてもおぞましい何かが心から吹き出てくる。

そんな予感が頭から離れないし、じきに予感ではなくなるのだろう。

 

明日、この家を去ろう。私は、決意を固めた。それなのに。

 

「おかわりを入れますから、言ってくださいね~」

 

「もう一杯、いただけるかしら……」

 

「はい!」

 

また紅茶を口にしてしまった。そして、私は一気に崩れ去った。

 

 

 

 

 

最悪、足つったみたい。朝起きて目が覚めた瞬間これよ。嫌になるわ全く。

朝の寒さに加えて、こむら返りとか勘弁して……

ん!?違う、足だけじゃない。全身が動かない。

金縛りかと思ったけど、見えない何かに拘束されてる感触。状況を把握できない。

 

「ちょっと、誰かー!何のイタズラ!?どうなってんのよ!」

 

「むは~。おはようでござる。今日はちゃんと朝に起きたでござるよ。

褒めてほしいのじゃ」

 

「エリカ、あんたでいいわ。動けないの、なんとかして!」

 

「どうやって自分を縛ったでござるか?斯様な霊力で」

 

「霊力!?あたし知らないわよ!とにかく、どうにかできるならなんとかして!」

 

「うむ、しばし待たれよ!」

 

エリカが手足をピンと伸ばすと、

身体の周りに浮かんでいる甲冑や刀がビシッと装着され、侍もどきの少女姿になった。

そして、いつもの何も斬れない刀の柄に手をかざし、目を閉じ集中すると。

 

「一刀三刃!」

 

素早く刀を抜き、剣技を放った。

同時に三本の剣閃があたしを縛っていた何かを断ち切り、身体の自由を取り戻した。

 

「やるじゃない!初めて何か斬ったんじゃない、それ?」

 

「失敬なり!他にも色々斬ったはずよ!多分」

 

──きゃあああ!!

 

エリカが刀を鞘に収めると同時に、1階からジョゼットの悲鳴が聞こえた。

あたしは急いでガンベルトを巻く。準備を終えると、エリカと部屋を飛び出した。

 

「エリカ、行くわよ!」

 

「いざ出陣!」

 

廊下に出る。両脇の皆の部屋を確認したかったけど、

恐らくジョゼットが緊急事態だからそっちを優先するしかなかった。

階段の段差を下りるのももどかしく、手すりをジャンプして1階に着地。

そして、ジョゼットが朝食を作っているはずのダイニングであたし達が遭遇したものは。

 

 



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風邪引いてるか引いてないかの中途半端なだるさに苦しめられてる。

あたしとエリカは、金色に燃え上がるように揺らめく姿を目の当たりにした。

それがアイーダさんだと気づいたのは、顔だけは原型をとどめていたから。

鬼火のように燃えるトレンチコートが、ジョゼットにじりじりと近づく。

 

「いや!やめてくださいアイーダさん!」

 

『あなたの…心を、わたしに…ください』

 

素早くベレッタ93Rを抜き、腕を狙って発砲。

でも銃弾は彼女の身体をすり抜けてタイルの壁に突き刺さる。

3点バーストも効果がない。

その間にも彼女は一歩ずつジョゼットに接近し、その指を身体に這わせる。

喉元からゆっくりと左胸のあたりに。

 

「ひうっ!」

 

『ここ。ずっと、あなたと、いっしょに……』

 

アイーダがジョゼットの心臓に手を差し込もうとする。

やっぱりエレオノーラだけでも解放してくるべきだったのかもしれない!

エリカに視線を移すと…いない!?

だけど、床を伝うように青白い光が二人の元まで伸び、

光に沿って瞬時に移動していたエリカが抜き身の刀を伸ばしていた。

 

「そこまででござる。ジョゼット殿に手を出すなら、拙者が相手を致そう」

 

そのまま振り下ろせばアイーダの腕を切り落とせるように、

刀身をジョゼットに向けた手の上に突き出す。

彼女は刀を刃先から柄まで眺めると、再び言葉を紡ぐ。

 

『そう…あなたは、そうだったものね。でも…あなたには…わたさない』

 

──わたしの、リリアナ!!

 

激情に駆られたアイーダが一層激しく全身を燃やし、後方にジャンプ。

滞空したまま聖堂へ濁流に身を任せるように消えていった。

エリカもさっきの瞬間移動で彼女を追う。遅れてあたしも聖堂へ。

 

 

 

マリア像の前で、刀を構えたエリカとアイーダが対峙していた。

一人の剣客と一体の化物。共通しているのは、この世ならざるもの、ただそれだけ。

遅れてきたあたしに振り向くことなくエリカが告げる。

 

「里沙子殿は下がっているでござる!アイーダ殿は拙者が止めてみせるわ!」

 

「なんで!?ずっと一緒にいたエレオノーラが気づかないなんて!」

 

「話は後でござる!彼女を斬れるのは拙者だけ!里沙子殿はジョゼット殿を!」

 

「わかった!」

 

あたしがダイニングに戻ると、聖堂からアイーダの怨嗟の声が響いてきた。

 

『かえせ、かえせ、わたしの、リリアナァァァァア!!』

 

ジョゼットを介抱しつつ、2階に避難させる。

 

「ジョゼット、立てる?何があったの?」

 

「わかりません。いきなりアイーダさんがあんな姿になって、驚いてしまって……」

 

「よくわからないけど、彼女はエリカに任せるしかないわ。

あたしの部屋に隠れてなさい」

 

「はい……」

 

あたしはジョゼットに肩を貸し、私室に向かった。

 

 

 

拙者は変わり果ててしまったアイーダ殿と対面し、互いに隙を窺う。

なぜこんな事になってしまったのかわからぬが、現世に目覚めてから初めて戦う相手が、

よりによってアイーダ殿だとは皮肉な話でござる。

 

『リリアナ、リリアナ、リリアナを、どこに隠したああぁ!!』

 

「そんな姿の貴女に会わせるわけにはいかないわ!ここでお主を止めてみせる!」

 

『かえせえええ!!』

 

彼女が絶叫すると、足元から無数の悪霊の手が伸びてきて、拙者を捕らえようとする。

とっさに天井近くまで飛行し、回避。

まずいでござる。アイーダ殿の慟哭に呼応して、良からぬ霊が集まっておる。

一気に仕留めなければ。拙者は刀を構えて、上方から真っ直ぐに一太刀を浴びせる。

 

「白閃流し!!」

 

我が白虎丸がアイーダ殿を切り裂く。彼女を形作る執念か怨念かが、一瞬崩れる。

 

『きゃあああ!』

 

悲鳴を上げる彼女だが、とどめを刺すには至らない。

むしろ激怒してさらなる攻撃を仕掛けてくる。

何やらぶつぶつと口元で唱えると、

彼女の背後から津波のような霊力の奔流が押し寄せてきた。

 

「くっ!」

 

拙者は意識を強く持って、その場に存在を留める。

しかし、やせ我慢のツケで私を構成する霊力がどんどん削られていく。

あまり時間はないようね!守りを捨てて攻撃に集中。

刀身に精神を走らせ、刀で宙を横一文字に薙いだ。

 

「真空燕返し!!」

 

刀から放たれた剣閃が、高速でアイーダ殿に向かって飛翔し、命中。

やはり悪霊と化した彼女を鋭く斬る。

 

『ああああ!……この、死にぞこないめ!おまえも、喰らいつくしてやる!』

 

どんどん人らしい形状が崩れていく。

顔が割れ、拙者のように足が形を保てずひらひらした幽体の布になる。

それでも彼女は戦うことをやめない。

両手に魔力を集めると鉛色の雲が集まり、気づいた瞬間、拙者に突撃してきた。

 

「が、ふっ……!!」

 

巨大な重量を持ったガスが拙者を殴り、後ろに放り出された。

まともに飛び道具を食らった拙者は説教台に叩きつけられ、

衝撃でしばし身体の自由が奪われる。

ずるずるとこぼれ落ちるように倒れた私に、彼女が接近してくる。

 

『おまえの、こころを、よこせ……』

 

アイーダ殿の右手が大きく膨張し、拙者を鷲掴みにしようと迫ってくる。

拙者は焦りを押さえ込み、強引に肺を動かし、霊力を練り、術式を口にした。

 

「冥土のアギトよ今開け!

我が盟約に従い、五ツの罪喰ろうて、もがき、苦しみ、泣き叫べ!外道収束波!」

 

5つの属性を無理やり一点に凝縮させ、臨界に達したところで解き放つ。

五曜の反発力を受けたアイーダ殿は、全身にヒビが入り、右手が吹き飛ぶ。

精神修養の座学で学んだ魔術がどうにか成功してくれた。

でも、霊体の拙者は魔力が存在そのもの。今の術で大きく力を損耗してしまった。

 

『ぎああっ!きえる、きえる!わたしが!まだ…まだなのに!!』

 

「けほ…アイーダ殿、そこまでで、ござるよ。これ以上戦える身体ではござらん」

 

とは言え先程受けた攻撃から幾分立ち直った拙者は、

その場に浮かび、彼女に問いかける。

そしてわずかに視界を広げ、聖堂の様子を観察する。

うむ、霊体同士の戦いで助かったでござる。

お互い実体を持っていたら、ここも滅茶苦茶になっていたであろう。

そうなれば、アイーダ殿ではなく里沙子殿に殺されるでござる。

 

『リリアナァァ……』

 

床に倒れ込み半死半生になりながらも、女性の名を呼ぶ彼女。

 

「……リリアナとは、ジョゼット殿のことであるか?」

 

『はぁ…うう…わたしの、たったひとりの、たいせつな、むすめ……』

 

「大切な存在なら、何故彼女をみなしごにしたでござる。

どうしてこんな形で会いに来たでござる」

 

『もうあえない、もう死ぬ、死んでしまう!あああああ!!』

 

アイーダ殿が最後の力を振り絞り、雄叫びを上げると、

天井高く飛び立ち、全身から光を放つ。まだこんな力が残っていたとは!

拙者も高度を上げ、真正面に彼女を見据える。

 

『殺してやる!お前も奪って!リリアナとずっと一緒に……!』

 

「親の心があるならば、このまま屋敷を去るでござる!」

 

『うるさい!なにもかも吹き飛ばして、あの娘とひとつに!』

 

破れかぶれになった彼女が、膨大な量の霊力を抱えるように膨れ上がらせる。

ガラスや調度品がガタガタと揺れる。

まずい、実体に干渉している。あれが弾けたら、今度こそ教会が吹き飛ぶでござる!

 

決着をつけるべく、拙者も刀を刺突の構えに変える。

目を見開き、標的までの瞬間移動の経路を焼き付ける。霊力弾の爆発まで、およそ5秒。

雑念を捨て、彼女に突進する。あと4秒。

アイーダ殿の抱える熱量に焼かれそうになる。あと3秒。

詠唱を開始し、刀と魔術と我が身を一体化する。

 

「静寂の黒、虚空の白、煌めく刃に姿を変えて、総てを無に帰し静寂を!

明暗の太刀・落涙の型!」

 

──!!

 

拙者の世界から音が消える。アイーダ殿の周囲を滑るように旋回しつつ、

白と黒で染め上げられた刃で幾度も空間を斬る。

彼女の悲鳴も、消えゆく霊力弾も、私自身の咆哮も、何も聞こえはしなかった。

 

……ゆらりゆらりと木の葉のように舞い落ちるアイーダ殿。

彼女を追いかけ拙者もゆっくりと降下する。

その姿は元の人の形であったが、

色を失った彼女が間もなく完全に消滅するのは誰の目にも明らかであった。

 

「エリカさん……」

 

仰向けに倒れたまま、力なく拙者に手を差し出す。

 

「アイーダ殿。どうして今になってこのような事を。

教会を訪ねてきた時にジョゼット殿を連れ去ろうとは考えなかったのでござるか?」

 

「始めは、そんなつもりはなかったのです。

元気な姿を最後にひと目見たかった。それだけなのです。

でも、そばにいる時間が長くなるにつれて、欲望を制御できなくなりました。

あの娘といたいという、欲望を」

 

「きっとそれは欲望ではなく愛でござる。

拙者には母が子に抱く愛情というものはわからない。

でも、ジョゼット殿に会えばはっきりするでござる。

アイーダ殿をそうまでさせたものが、

身勝手な欲望なのか、我が子に向ける純粋な愛なのか」

 

「できるなら。ですがもう時間がありません。私はじきに死ぬでしょう」

 

「まだ、諦める必要はないでござる」

 

私は、彼女の手を握りしめた。

 

 

 

 

 

ダイニングにアイーダさんの拘束を解かれた全員が集まる。

あたしの前には彼女が持ってきた青白い鏡餅。

ジョゼットとアイーダさんはずっとうつむいている。

しばらく誰も何も言おうとしなかったから、

あたしがとりあえず当たり障りのない事を言ってみる。

 

「エリカ、本当にあんたが戦えるなんて思ってなかった。割と本気で見直したわ」

 

「うう……霊力の使いすぎでしんどいでござる。形が保てないでござるよ……」

 

「すぐ線香焚いてあげるから」

 

「皆さんごめんなさい。私のために……」

 

聖堂で派手にやりあってたのは聞こえてたけど、

消えかけたアイーダさんに消耗しきった身体で霊力を分け与えたから、

こんな形になっちゃったみたい。

 

「拙者は平気でござる。それより、ジョゼット殿と話を」

 

「えっ、わたくしですか……?あの、まさかアイーダさんがお母さんだったなんて。

ずっとモンブール中央教会やこの家の皆さんが家族だと思っていたので、

どういえばよろしいのか……」

 

「いいの。何か言って欲しくてここに来たわけじゃないんです。

ただ、大きくなったあなたを見届けたら出ていこうと思ったのですが、

気がついたら欲望が抑えきれなくなって。

あなたの魂と一体化することでずっと一緒にいたい。そんな気持ちで頭がいっぱいに」

 

「わたしがあなたの本当の姿に気づけなかったのは、

あなたが死者の魂ではなく、生霊だったからなんですね……」

 

生霊か。死霊とは違って、生きた人間の魂が強い想いで抜け出て彷徨う存在。

微妙にエレオの管轄外だからわからなかったのね。

 

「はい。私の肉体は、今もどこかの孤島で床に臥せっています。

……ジョゼットさん。怖い思いをさせて本当にごめんなさい。

すぐに旅立っていればこんなことにはならなかったのに」

 

「別に、私は……その」

 

やっぱりジョゼットは困惑と戸惑いの表情を浮かべて言葉に詰まってる。

だけどこればっかりは、あたしが尻叩いて口を開かせるわけにもいかない。

 

生まれてから16年も音信不通だった人に、いきなりあなたの母親ですって言われても、

あたしだって何を言えばいいのかわからない。

 

他人同然だった人が肉親だったとわかったとしても、

結局は思い出というものがなければ所詮他人でしかないわけで。

人の心は安物ドラマのようには動かない。

 

「ごめんなさい。私が話すべきですよね。

あなたを捨てた理由。今まで何をしていたのか。

あっ……もちろん聞きたくなければこのまま出ていきます」

 

「それは、ちょっと待って下さい……聞きたいのか、聞きたくないのか、

自分でもよくわからなくて」

 

「ジョゼット殿、決断を急かすようですまぬが、彼女には時間がないでござる。

次の機会はないと思った方が良いのだ」

 

鏡餅の言葉に、つい時間がない理由を聞こうとしたけどやめた。

アイーダの身体が少しずつ透けていく。

 

「……教えて下さい」

 

「はい。あなたを生んだばかりの私は、罪を犯して追われる身でした。

愛した人と追手をかわして逃げ続ける日々。

野を越え、地を走り、海を渡り、ひたすら身体を引きずって安住の地を求めました。

しかしある晩、とうとう力尽きた私は、あなたをこの国の教会の前に置き去りにし、

間もなく逮捕され国に連れ戻されました」

 

「罪って、なんですか……」

 

「私は政治犯。夫は小国のスパイでした。

当時、遥か西に位置する2つの国で諍いが起きて、

双方ともに激しい諜報戦を繰り広げていました。

そんな中、民衆を惑わした容疑で追われる私と、

敵国のスパイとして逃亡を続ける夫が出会ったのは、

ある種の必然だったのかもしれません。

やがて恋に落ち、子を儲けた私達は国外に逃げ出し、

サラマンダラス帝国にたどり着きました」

 

「そのわたくしを捨てた場所が、モンブール中央教会だったんですね?」

 

「いくら詫びても詫びようがありません。

でも、あなたまで国の手に渡すわけにはいかなかったのです。

強制送還された夫は処刑され、私も機密保持のために流刑に処されました。

何の手も打たなければ恐らく反乱軍の娘であるあなたも同じ目に遭っていたでしょう。

それだけは避けたかった。何の言い訳にもなりませんが……」

 

「いいえ。それが分かれば十分ですし、あなたを責めるつもりもありません。

でも、ひとつだけ伝えておきますね。今のわたくしは、幸せです」

 

「……よかった。それがわかれば、私に思い残すことはありません」

 

「あなたは生霊なんですよね。今、本当のあなたはどこに?」

 

「それは言えません。私が消え去っても、躯を探そうとはしないでください。

国はまだ戦いを続けています。当然あなたの存在も許しはしないでしょう。

私のことはお忘れになって、ここであなたを大切にしてくれる人と、

あなた自身の人生を歩んでください」

 

「わかりました……」

 

「ありがとう」

 

そしてアイーダが席を立つ。時々よろけながら聖堂に向かう。

たまりかねたルーベルが立ち上がる。

 

「なあ、ジョゼット。これでいいのかよ!実の母親なんだろ?何か言うこととか……」

 

「ルーベル、やめて。ジョゼットの問題」

 

「でもよう!」

 

「待ってください!」

 

ジョゼットも立ち上がる。

それから少し視線をさまよわせて、意を決した様子で彼女も玄関に走った。

あたし達も後を追う。

 

玄関を開けると、雪の積もった草原に雲ひとつない爽やかな青空。

足跡のない積雪の先に、アイーダがいた。

ジョゼットは雪を踏みしめ、彼女に向かって叫ぶ。

 

「アイーダさん!」

 

「ジョゼット、さん……?」

 

「わたくし、今の生活に満足しています!

たくさんの仲間がいて、おいしいご飯を食べられて!」

 

「そう……よかった、本当に」

 

「でも!ひとつだけ不満なことがあるんです!」

 

「なに?私には……もう何も」

 

「ひとつだけ、ひとつだけ、やりたいことができてないんです!

あなたをこう呼びたかった!……お母さん!」

 

「リリ、アナ……」

 

「しょうがないじゃないですか!

ずっと気づかなかったけど、わかっちゃったんですから!

あなたがわたくしを娘だと言ったように、

わたくしだって誰かをお母さんと呼びたいんです!」

 

「ありがとう。ありがとう……ごめんね、悪いお母さんで」

 

「それだけです。さようなら、お母さん……」

 

「さようなら、リリアナ」

 

アイーダさんが微笑むと、彼女の姿は薄れ、雪化粧の中に消えていった。

ジョゼットは少しその場に立ち尽くしてから、

アイーダさんに背を向けるように、何も言わず家の中に戻った。

今度はジョゼットを追わず、あたしはそのまま外に足を踏み出す。

 

歩きながら考える。彼女の名前。アイーダは本名だったのかしら。

それともオペラ“アイーダ”の悲劇のヒロインを真似たのかしら。

気になりつつも結局聞きそびれてしまった。

アースから楽譜か何かが流れ着いた可能性は否定できない。

ただ、この世界が原作と異なる点は、アイーダとラダメスの間に娘が生まれていたこと。

人の縁って不思議ね。

 

「あなたもそう思わない?」

 

「何がですか?」

 

ガトリングガンを観察している魔女に聞いてみる。

一日そこらじゃ何も変わらないとは言ったんだけど、

どうしても気になって仕方ないみたい。

 

「彼女の正体、気づいてたんでしょ?」

 

「ええ」

 

リーブラは束ねられた銃口をひとつひとつ覗きながら答えた。

 

「別に責めてるわけじゃないんだけどさ、どうして黙ってたの?」

 

「そうですね。アイーダさんが生霊だということは見てわかりましたし、

彼女の正体がはっきりすることで、

リリアナさん…ジョゼットさんの方がいいでしょうか。

とにかくジョゼットさんという存在がひとつの事柄として確定し、

辞典の1ページが完成すると考えたからです。

その頃合いを見て今日お訪ねしたんですが、やはり私の読み通りでした。

よかったら見ます?齢16の人間と言えど、すごい情報量です」

 

「んーやめとく。これ以上ジョゼットに頭悩まされるのは勘弁。

寒いからそろそろ帰るわ。じゃあね」

 

「そうですか。では私もこれでお暇……くしゅん!」

 

「あら、不死身でも風邪引くの?」

 

彼女は鼻をすすって大きな辞典を開く。

 

「ずずっ、そのようです。ドクトルに風邪薬をもらいましょう。

あ、もしかしたら病気に死ぬヒントが……残念、“風邪”は既に参照済みですね」

 

「まぁ、納得行くまで頑張ってよ。バイバイ」

 

「さようなら」

 

リーブラと別れたあたしは教会に戻った。

みんなが気を利かせたのか、ダイニングにはジョゼットと動けない鏡餅だけ。

黙って皿を洗っている。あたしも黙って席に着く。

 

「コーヒー、入れましょうか」

 

「……うん、お願い」

 

ジョゼットがお湯を沸かす間、テーブルの鏡餅をつついてみる。

ひゃうん!と妙な声がした。

面白いからもっとやろうと思ったけど、鏡餅になってる理由を思い出してやめる。

 

「ああ……怒る気力もないでござる。やめるのじゃ」

 

「悪かった、ごめん。今日のあんたは95点よ。武者修行は伊達じゃなかったのね」

 

「当然でござる。拙者は、不知火家の武士なのじゃから。……残りの5点は?」

 

「語尾。ツッコミ役がいなかったから派手に間違ってたわよ」

 

「無念……」

 

エリカと喋ってる間にお湯が湧いた。

ジョゼットが粉コーヒーに湯を注いで持ってきてくれた。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

それだけ。だけどなんとなく誰かいた方が良いような気がして、ここにいる。

あたしはコーヒーを飲みながら新聞を広げた。

今日の“玉ねぎくん”は、飴色になるまで炒めてもらえなかったことに怒ってる。

彼の主張に目を通していると、ふいにジョゼットが話しかけてきた。

 

「里沙子さん」

 

「どした」

 

「いつか、一人前のシスターになったら、旅に出ようと思うんです。

母の足跡を追って、せめて亡骸に祈りを捧げたい。

母が生きた世界も、見てみたいですし。

わたくしにできる親孝行らしいことと言えば、それくらいですから」

 

「……来るなって言われなかった?」

 

「実の娘が言われるまで親の顔がわからなかったんですよ?

どこの国かはわかりませんが、

外国の人にわたくしが誰かなんてわかるわけないじゃないですか」

 

「そう。だったら光魔法だけじゃなくて他属性にも手を伸ばした方がいいわね。

いざとなったらトンズラできるように」

 

「はい!」

 

新聞を置いてジョゼットの顔を見る。

その頬には二筋の涙が~なんて陳腐な展開はなかったけど、

顔いっぱいの笑みと少し赤い目が彼女の気持ちを物語っていたような気がする。

人の心はやっぱり難しい。

 

あたしの母さんは今頃どうしてるのかしらねえ。

もし会えるとしても、懐かしい団地の玄関を開けて“おいす”って呑気に挨拶したら、

何か言う前にひっぱたかれそう。

 

「あたしちょっと部屋に戻るわ」

 

「ええ」

 

さて、そろそろエリカの栄養補給をしなきゃ。

まだ動けないし持ち運べないから、2階から線香と線香立てを持って来る必要がある。

こんな感じで今回の騒動は収まって、またいつもの騒がしい毎日に戻るの。

まともな新キャラを期待してくれた方には申し訳ないけど。

 

階段を上り、線香の束とマッチを取って、ダイニングに戻る。

そこには変わらず小柄なシスターと変な幽霊がいる、日常の風景。

でも、“日常”からとんだ非日常が生まれることもあるってことを今回思い知ったわ。

あたしの夢見る植物のような平穏な人生はまだ遠い。マッチを擦りながらそう思った。

 

 



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1.風邪を引いた里沙子 2.ピーネ街へ行く 3.チョコ
1.世話になってるお医者さんもいつかはあたしより先に死んじゃうと思うと未来が不安になる。


迂闊だったわ。この世界にはインフルエンザの予防接種がないことを失念してた。

いや、インフルかどうかはわかんないけど、

とにかくあたしはベッドの中で39度7分に苦しめられてる。

地球にいた頃は毎年予防接種受けてたのに、

1回熱が出るとそれまでの投資が全部無駄になったような気がするの。

 

「里沙子さん、入りますよ~?おかゆができました」

 

「ん…ありがと。そこ置いといて。今は食欲ない」

 

首だけジョゼットに向けてテーブルを指差す。

 

「そう言って今朝も食べなかったじゃないですか。

そろそろ何かお腹に入れなきゃ駄目です」

 

「……わかった。食べる。このあたしが“エール飲むのが億劫”って思うくらいだから、

きっと重症なんだと思う」

 

「じっとしててください。わたくしが口に運びますから。ふ~ふ~」

 

ジョゼットが卵粥をスプーンですくって息で冷ます。

ちょっとつばが飛んだけど文句を言う気力もない。

 

「はい、あーんしてください」

 

「あー……あづっ!!水ちょうだい水!」

 

「すみません!さあどうぞ!」

 

慌てて水を飲むけど、冷めきってなかった熱いおかゆの攻撃で舌を火傷。

当分何食べてもおいしくないわね。

 

「勘弁してよ……やっぱ自分で食べる」

 

更には怒鳴る気力すらない。正月に散々験担ぎを甘く見たバチが当たったのかしらね。

 

「ああ、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

あたしは小鍋を受け取って自分で卵粥を食べ始めた。

そうそう、さっきの話だけどインフルエンザのワクチン接種料って

病院によってまちまちなのよね。昔、適当に近所の病院で受けたら5000円近く取られて、

べらぼうに高い金額に驚いたのよ。

 

で、ネットで料金について調べたら、

ワクチン代は病院ごとに違うという事実を突き止めたの。

それから何件も内科や耳鼻科ハシゴして、ようやく一回3000円のところを見つけた。

厚生労働省にはみんなが同じ価格で予防接種が受けられるよう、

安い方に値段を統一して欲しいもんだわ。

 

“おーい、できたぞー”

 

熱に浮かされた頭でどうでもいいことを考えながら、ぼそぼそと卵粥をすすっていると、

裏庭からルーベルの声が聞こえてきた。できたって何が?

 

「はーい!すぐ行きまーす」

 

「待ちなさいよ。何作ってるの?」

 

「そろそろ病院でお医者さんに見てもらわなきゃ。そのための移動手段です。

わたくしは支度をしてきますんで、着替えておいてくださいね!失礼しまーす!」

 

行ってしまった。病人の前だってのに忙しない娘ね。

 

「あんたみたいに少しは無口になればいいのに」

 

「うう…里沙子殿、拙者はいつまでこれを続けていればいいでござる? 」

 

発熱してからずっと冷たい手でおでこを触らせてるエリカが嫌そうな顔で聞いてくる。

 

「熱が引くまでずっと」

 

「あと拙者は無口なのではなく出番が少ないだけでござる。

機会さえ貰えれば不知火家に伝わる数々の剣技をお目にかけるのじゃ」

 

「出番交渉は各自でお願い。あたしはマヂでしんどい。……そろそろ起きなきゃ」

 

あたしはベッドから下りると、重い体を引きずって服を着替え、三つ編みを結い、

ガンベルトを巻く。ストールを羽織って準備OK。

 

「行ってくるわ。ジョゼットが待ってる。いい加減エールより薬が欲しくなってきた」

 

「むむっ、それは危険な兆候。早く医者に見てもらうがよい。気をつけてねー」

 

「ありがとう。語尾」

 

ドアを開けて廊下に出ると、

カシオピイアやピーネ、パルフェムが廊下であたしを待っていた。

 

「お姉ちゃん……顔が真っ赤」

 

「だらしないわね。この寒いのに酔っ払って腹出して寝てるからよ」

 

「裏庭でジョゼットさんが待ってますわ。さ、急いで病院へ」

 

「……みんな多分心配してくれてるんだろうけど、意識が朦朧としてて聞き取れないし、

伝染るといけないから離れたほうがいいわ」

 

「わかりました……外は寒いので、気をつけてくださいまし」

 

「ういっすー」

 

それからよろよろと1階に下りて物置から裏庭に出る。そこにルーベル達と変なものが。

 

「来たな。これなら楽に街まで行けるぜ」

 

「何これ」

 

「これにお前を乗せて街の薬局まで行くんだ。水色の髪の姉ちゃんがやってるとこ」

 

「そうじゃなくて、なんで乳母車なんだって聞いてるの。子連れ狼じゃあるまいし。

こんなので街に行ったらいい笑いものよ」

 

大工仕事が得意なルーベルが作ったものは、

大五郎が乗ってた車にガチでそっくりで正直乗る気がしない。

 

「贅沢言うな。作るの結構大変だったんだぞ。車輪とか」

 

「そうですよ。こうしている間にも身体が冷えます。街へ急ぎましょう」

 

「んー、わかった」

 

しょうがなく乳母車に乗り込み体育座りをする。

そしたら、誰かが肩に暖かいケープを掛けてくれた。

 

「少しごわっとしますが、ストール1枚では寒いでしょうから」

 

「ありがとー。エレオのいい匂いがするわ。くんくん。

作られた香水では実現できない、エレオの香り。すぅー……」

 

「ちょっ、何してるんですか!嗅がないでください!」

 

「そうですよ!里沙子さんのスケベ!」

 

「熱でおかしくなってやがんだ。ジョゼット、街まで行ってくる。後は頼むな」

 

「えへへ。子供の頃、道徳の時間なんかに“シンナーはやめよう”ってビデオを

見せられたもんだけど、少年Aもこんな感じでトリップしてたのかしら」

 

「なるべく急いであげてくださいね、なんだかキモいですから……」

 

ルーベルが乳母車を押すと、低い視点のまま自分の身体が前進を始める。

なかなか新鮮な体験だわ。見た目のダサさを大目に見れば、なかなか悪くない。

小高い丘を下りて街道へ。ハッピーマイルズの街に向けて出発。

 

通い慣れた道を初めて馬車以外の乗り物に乗ってどんどん進む。

ルーベルが口笛を吹き、あたしは乳母車の振動で頭をぐらぐら揺らす。

なんとなく穏やかな時間。今回は特別バトルもない日常回ってところかしら。

 

「待ちやがれ!」

「金置いてけや!」

「命が惜しくねえのか、おーん!?」

 

そう思ってたんだけど。こいつらの登場は何ヶ月ぶりかしら。

粗末な刃物で武装した野盗3人が道を塞ぐ。

ちょっと前に十分半殺しにしたはずなのに、流しの野盗かしら。

野盗なんて全部流しだけどさ。

 

「ちょっと待ってろ。今片付ける」

 

「待ってルーベル」

 

退屈していたあたしは、ホルスターからピースメーカーを抜いた。

特徴的なグリップの反発が手に心地いい。

ルーベルが乳母車の後ろに戻ったのを確認すると、

照準もそこそこに3人組に向けてトリガーを引き、.45LC弾を6発全部放った。

連続する銃声が空を貫き、野生動物が一斉に逃げ出す。

うん、ファニングの腕は鈍ってないわ。

 

「ぎゃあっ!いきなり撃ってきやがった!」

「頭イカれてやがる!」

「やってられるか、バカヤロー!」

 

野盗達も逃げていく。連中の後ろ姿を見ながら呟いた。

 

「ああもう、外した。頭フラフラで狙いが上手く定まらない」

 

「何やってんだ!当たってたら死んでたんだぞ!?」

 

「そりゃ殺すために……おっと、それは企画的にNGだったのよね。メンゴメンゴ」

 

「本格的にやべえな。とっとと医者に診せねえと」

 

「アハハ、次も殺さないように気をつける」

 

「もう何も撃つな。私がやるから」

 

薬局への小旅行再開。ピースメーカーのローディングゲートを開けて空薬莢を排出し、

新しい弾を込めながら考える。

あたしという武器を搭載した乗り物って、なんだかメタルスラッグみたい。

大砲は左脇のM100で。

いろんなアニマルスラッグがあるんだから、あたしスラッグがあってもいいはず。

ルーベルが思いっきり車を押せばメタスラアタックもできる。

名前は何にしようかしら。里沙子スラッグ?ウッドスラッグ?一発で大破しそう。

 

メタスラは小学生の頃初めてプレイしたんだけど、

フレイムショットって普通に国際法違反だと思うんだがどうか。

頼れる武器だけど、当時は焼け死ぬモーデン兵の派手な断末魔にちょっとビビったわ。

 

話は変わるけど、ドロップショットが活躍するシリーズと場面を知ってる人がいたら

教えてくれないかしら。

遮蔽物を飛び越えるほど高くも跳ねない、弾速遅い、威力も微妙。

あたしには有効活用する方法を見つけられなかったから、

うっかり取っちゃったらショット連打ですぐ使い捨ててたもんよ。

 

「着いたぞ。もう少しだ」

 

懐かしい思い出に浸っていると、いつの間にか街のゲートをくぐってた。

通行人がジロジロとあたしを見る。

恥を撒き散らしながら、一刻も早く薬局に到着するのをじっと待つ。

なぜ人は、少々見た目が違うというそれだけの理由で、

他者を異物として好奇の目で見ようとするのか。

世界から戦争がなくならない原因をここに見た。

 

南北に走る大通りに差し掛かった時、よく知った声に話しかけられた。

いつもと同じカラフルなロングヘアにベージュのコートを着た年下の知り合い。

 

「あらま。リサっちどうしたのさ。ベビーカーに乗る歳じゃないでしょ。

もしくはそんな趣味?」

 

「うっさいわよマリー。風邪で死にそうなの。

歩いて薬局まで行けないからこのザマなの」

 

「ガラクタ屋の姉ちゃんか。

置き薬で手に負えなくなったから、今から医者っぽいやつに診せるんだ」

 

「そっかぁ。リサっちでも風邪引くんだねぇ。珍しいこともあるもんだ。くはは」

 

「元気だったらあんたの店にバナナのように連なった爆竹放り込むんだけど。

とにかくアヤに次の日曜は来られないって伝えといて」

 

「了解でやんす。引き止めて悪かったよ。ほんじゃ、お大事に~」

 

「うん、バイバイ……」

 

マリーと別れて移動再開。

医者ひとつかかるにも邪魔が入る。マヂで最悪ハッピーマイルズ。

改めて大通りを揺られること5分。やっと例の交差点にたどり着き、左折。

ようやく銃砲店前の薬局で停車した。

 

「自分で降りられるか?」

 

「うん、なんとか」

 

あたしはゆっくり乳母車から右足と左足を順番に下ろすと、薬局のドアを開けた。

カウンターの奥で座ってるアンプリに前置きを省いて用件を告げる。

 

「風邪でもうすぐ死ぬから先生呼んで」

 

「先生は出張中よ。モンブールの学校で風邪がパンデミック状態」

 

「いい加減になさいよ!

この企画始まってから先生なんて出てきた試しがないじゃない!」

 

「落ち着け、里沙子。無駄に体力を使うな」

 

「あなたの間が悪いのよ。風邪くらいなら私が診てあげるから、奥にいらっしゃい」

 

「大丈夫なんでしょうね……」

 

他にアテもないあたしは診察室に入って丸椅子に座った。

アンプリが“先生”用と思しき背もたれ付きの回転椅子に座ると、

まずアイスの棒みたいな木のヘラを一本取った。

 

「お口開けて。あーん」

 

「あ゛ー……」

 

棒であたしの舌を押さえて口の中を見ると、

ふむふむと何か納得した様子でカルテに何かを書き込んだ。

 

「やっぱり喉が腫れてるわね。今朝の熱は?」

 

「39.7度」

 

「咳は?」

 

「たまに…いや、結構ある」

 

「鼻水、頭痛は?」

 

「それはない。とにかく熱がしんどい。身体が痛い。薬おくれ」

 

「そうね。まずはここで1回分飲んでいって。今用意するから」

 

アンプリが席を立って廊下の斜め向かいの調剤室に移動した。

手持ち無沙汰になったから、仕方なく天井の隅を見つめてただ時間が過ぎるのを待つ。

15分くらい待ったかしらねぇ。それとも1時間かしら。

熱は時間の感覚まで狂わせるらしい。

とにかくアンプリが油紙に包んだ粉薬と紙コップに入った水を持って戻ってきた。

 

「はい。これを飲んで」

 

「妙に量が多くてずっしり来る。成分なに?」

 

「粉末状にしたビワの種、アルミニウム、ヒ素、トリカブト、酸化銅」

 

「それは素敵な万能薬ね。病気と心中しなきゃいけない点に目をつぶれば」

 

「冗談よ。解熱剤、ビタミン剤、抗生物質。とりあえず飲んで。だいぶ楽になる」

 

「ったく、冗談に付き合ってる余裕はないのよ」

 

あたしは粉薬が口の中で広がらないよう、ベロでくぼみを作って一点に流し込み、

水で一気に飲み込んだ。

母さんはこれができないらしく、粉薬は苦手だっていつも言ってた。

その度にオブラート使えば?って言ったんだけど、いちいち包むのが面倒くさいらしく、

忠告は結局この世界に来るまで無視され続けた。

今思えば、あたしのものぐさな性格は母さん譲りだったのかもしれない。

 

また考え事をしていると、なんだか熱が引いてきたような気がする。

いくらなんでも早すぎだとは思うんだけど、こういうのって何効果だったかしら。

パブロフの犬?違う気がする。えーと、そうそう。プラシーボ効果だった。

よかった、まだ脳が熱でプリンになってはいないみたい。

 

「一週間分出しとくから、毎食後に飲んでね」

 

「わーった。ありがとセンセ」

 

「先生……?」

 

急にアンプリがカルテに滑らせる万年筆を止めてあたしを見る。

なんなのよ。どいつもこいつも病人を珍獣みたいに。

 

「今はあなたがここの先生なんでしょ。

本当、看護婦が風邪の診察や薬の処方してるなんて、日本じゃ即摘発されるわよ」

 

「あ、そういうこと……まぁ、こことアースじゃルールは違うから。

会計はカウンターで」

 

「うい」

 

調子が良くなったとは言え、アンプリの妙な様子をいつまでも気にしてる余裕もなく、

さっさと診察室を出て支払いを済ませる。

 

「診察料と薬代、合わせて500Gよ」

 

「はい」

 

金貨5枚をトレーに置く。引き換えに大きめの紙袋に入った薬を受け取った。

 

「熱が下がってもしばらくは安静にしててね。目安は3日」

 

「酒は?」

 

「風邪こじらせて死ぬ人は毎年いる」

 

「わかったって。酒がないと暇でしょうがないんだけど。さよなら」

 

「お大事に」

 

あたしは薬局から出ると、外に停めてあった乳母車に飛び乗った。

 

「よっと!」

 

「えらく元気になったな。もう歩けるんじゃないのか?」

 

「薬が効いて楽になったらテンション上がってきた。今度はデコトラのごとく爆走して」

 

「なんだよ初めは嫌がってたくせに。お前が良いなら構わねえけどよ」

 

「お望みなら演歌のひとつでも歌うわよ。レディ、ゴー!」

 

「薬が切れたら泣くパターンだな。いいからもう帰るぞ。スピード出すから掴まれ」

 

「歌います。男一匹夢街道。♪~(規約違反につき削除されました)」

 

奇妙な乳母車と聞き慣れない歌に、道行く人らがやっぱりあたしを見る。

でも、病気の辛さから解放されて有頂天になってて気にならない。

健康の有り難みが身にしみるわ。

広々とした大通りを疾走してると、気になる存在を見つけた。

 

「ルーベル、ストーップ!」

 

「うわっとと。なんだよ」

 

「あれ見てあれ」

 

「あん?」

 

視線の先には見知った顔。パンや果物が入った紙袋を持って、トコトコ歩いてる女の子。

あたしは乳母車の中から大声で呼びかけた。

 

「ベネットちゃーん!こっち向いてー!」

 

こっちに気づいたベネットが、明らかに嫌そうな顔をして早足で近づいてきた。

 

「やめてくださる!?私が同類だと思われるじゃないの!」

 

「まぁ、つれないこと言わないでよ。今日はマーカスと一緒じゃないの?」

 

「うちの人は仕事中!プータローのあなたと違ってね!」

 

「んふふ、“うちの人”ですって!もうすっかり人妻が板についてるわね」

 

「用事がないならもう行っていいかしら!主婦も暇ではありませんの!」

 

「悪りいな。こいつ風邪引いて熱出してて今日は頭がおかしいんだ」

 

「今日は?まるで年がら年中、酔っぱらいみたいな口ばかり利いてるトンチキ女に、

まともな日があるみたいじゃありません?」

 

「せっかく久しぶりに会えたのに冷たいわ。でも、あんた達が元気にやってて安心した。

基本再登場に数ヶ月かかる関係者のその後を知ることができるなんて、

たまには病気になるのも悪くないわねえ。あらやだ、あたしったら大事なことを!」

 

「今度は何よ」

 

「マーカスとはもう“済ませた”の?」

 

「……病人にはお見舞いが必要ね。これでも食べて死になさい!」

 

「あだっ!」

 

硬いリンゴを思い切り頭に投げられた。無残に半分に割れて乳母車の中に落ちる。

 

「二度と声をかけないで!」

 

「あー、なんか悪かったな。お幸せに」

 

ベネットは顔を真っ赤にして去ってしまった。あたしは割れたリンゴを拾って食べる。

今度は“リンゴの唄”でも歌おうかしら。

著作権が健在だからどうせまた消されるんだろうけど。

 

「ん~おいしい。いくつか買って帰ってジョゼットにすりおろしてもらうのもいいかも」

 

「ちょっとは反省しろ。あんまりはしゃいでると肺炎になって本当に死ぬぞ」

 

「はーい」

 

大通りを抜け、役所前を通り、市場の前を過ぎ去り、

ハッピーマイルズの街を後にしたあたし達。

教会へ向かって街道を突き進むも、

今度は野盗が出なかったから里沙子スラッグの活躍の機会がなかった。

 

「着いたぜ。ほら降りろ」

 

「ありがとさん。これ商品化したら案外売れるかもね」

 

「元気になったら金と酒かよ。これなら自宅療養続けさせてた方がマシだったぜ。

しばらくは大人しくしてただろうからな」

 

「ただいまー!」

 

玄関を開けて誰もいない聖堂で叫ぶ。奥からパタパタと複数の足音が聞こえてくる。

 

「里沙子さん、もう具合はいいんですか?あまり体力を使うと風邪が長引きますよ」

 

「ジョゼットからも言ってやれ。薬もらってちょっと持ち直したらこの調子だ」

 

「すぐ横になって下さいね。今は楽でも、体力を消耗しているはずですから」

 

「あ、エレオ。ケープありがとう。いい匂いで幸せだったわ」

 

「やめてくださいって……」

 

あたしはエレオにケープを返すと、忠告通り私室に戻ってパジャマに着替え、

またベッドに潜り込んだ。

 

「ヘイ、ブルースネークカモン」

 

「またでござるか?」

 

エリカが位牌からにゅるんと抜け出て文句を垂れる。

 

「あんたがいればとりあえずあたしは氷嚢いらずだわ。おでこ」

 

「拙者は氷嚢ではござらん!

いつか“ろーどーくみあい”を作って幽霊の乱用をやめさせなきゃ」

 

「仲間が見つかるといいわね。

ところで、その中途半端な知識はどこから仕入れてくるのかしら」

 

「伊達に長生きはしておらぬ。いや、十八で死んだから長死にでござるか?」

 

「知らないわよ。一眠りするから冷えピタ役よろしく。おやすみ」

 

「まったく、いい気なものだわ」

 

そしてあたしは久々に快適な眠りについた。

目が覚めると完全に薬が切れててまた地獄を見たけど。

遊びすぎた反動か、今度は頭痛鼻水も併発。

薬の効きも悪くなってまた寝込む羽目になった。

インフルエンザの流行はまだ続くみたいだからみんなも気をつけてね。

普通の風邪でも油断しないで。それではみなさんさようなら。

 

 



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2.暖かい布団から出なきゃ朝飯にありつけないという現実が辛い

プー、パー、ポー…♪

 

来たわね。いつものラッパの音が聞こえると、

私は小銭入れを握りしめ、教会から飛び出して緩やかな丘を駆け下りた。

街道には背負子に売り物を積んだ行商人が、もうシートを広げて売り物を並べてる。

 

「また会ったわね。今日は何を売るのかしら」

 

「こんにちは、お嬢ちゃん。バター飴なんかが美味しいよ」

 

おじさんというよりおじいちゃんになりかけの行商人は、白いキャンディを指差した。

 

「もらうわ。あと、チョコレートとポテチとマシュマロと……」

 

私は迷いに迷って毎回微妙にラインナップの変わるお菓子を選び、代金を払った。

 

「まいどあり。袋に入れるから待ってておくれ」

 

行商人がゆっくりとした手付きで商品を紙袋に入れていると、後ろから声が。

 

「おじさん、そこの干し肉セットをもらえるかしら。晩酌のアテにする」

 

「10Gだよ」

 

「はい」

 

里沙子も教会から出てきて買い物をする。

おじさんに銀貨1枚を渡すと、袋詰めを断って紐で縛った干し肉をそのまま受け取った。

 

「まいどー。こっちのお嬢さんはこれだよ。落とさないでね」

 

「どうも。……ねえ、貴方の店じゃロールケーキやシュークリームは売らないの?」

 

「日持ちしないから無理だねぇ。おっちゃんは仕入れの後、何日も町を渡り歩くから」

 

「そう……私はこれで失礼するわ」

 

「ありがとさん」

 

行商人と別れてなんとなく里沙子と並んで家に戻る。途中で里沙子が話しかけてきた。

 

「今日は何買ったのよ」

 

「お菓子に決まってるでしょう。見てわからない?」

 

「甘いもんばかり食ってたら太るわよ」

 

「酒ばかり飲んでる里沙子に言われたくないわ。

それだって、エールと一緒に食べるんでしょう」

 

里沙子がぶら下げてる干し肉を見る。

いっぱい香辛料をまぶした牛肉を乾燥させた、いかにもおつまみって感じの食べ物。

 

「今夜はこれでお楽しみよ。コンビニがないこの世界でも近場で手に入る貴重なアテ」

 

「……それより、あのことはどうなってるのよ。

前に聞いといてくれるって言ったじゃない」

 

「あのこと?なにそれ怖い」

 

「はぁ!?何話前か忘れたけど、あんた調べとくって言ったでしょうが!

街で悪魔がどう思われてるか!!」

 

「あーはいはい。そんなのあったね。今度街に行ったらそこら辺のやつに聞いとく」

 

「今度じゃなくて今日行って!どうせまた忘れるんだから!」

 

「めんどいから無理。明日からやる。明日からがんばる」

 

「ふざけんじゃないわよ!この家に来てからどれだけ長い間軟禁状態だと思ってるの!

小遣い貰ったって使い道がたまに来る行商人のお菓子だけじゃどうにもならないわよ!

私だって街のお菓子屋でケーキを買ったり、

本屋で魔導書買って勉強したりしたいのに!」

 

「あー……そういや、あんたろくに家から出たことなかったわね。

今度こそちゃんとやるから、明日まで待って。本当に今日は無理。

不定愁訴がいつもより酷い」

 

「絶対よ?約束したからね?

本当は悪魔との契約を違えたら死ぬより辛い思いをするんだから!」

 

「わかったって。とりあえず家に入りましょう」

 

「……待ってるから」

 

里沙子に玄関を開けさせて、私は紙袋を抱えて家に入った。

吸血鬼の家が教会だなんてやっぱりおかしな話だけど。

 

 

 

 

 

私はベッドの上でポテチを頬張りながら、独り言のように不満をぶちまけていた。

 

「本当に里沙子は無責任だわ!ずっと待ってた約束を“忘れてた”だなんて!」

 

「今に始まったことじゃないじゃありませんか、ピーネさん。

普段は少々いい加減でも、

ここぞという時に決めてくれるのが里沙子お姉さまの魅力なんですから」

 

「パルフェムはいいわよね、好きな時に街へ買い物に行けるんだから!

私は背中と頭の翼のせいで行商人以外の人間に見つかったら袋叩きの目に遭うのよ?」

 

「それって本当に?」

 

「本当にって、どういう意味よ?」

 

ポテチをつまんだままパルフェムの意味するところを聞き返す。

 

「ピーネさんが実際街に行って石を投げられたり殴られたりしたことはあるのか、

と言う意味です」

 

「そりゃあ、ないけど……」

 

「魔王編が終わってからもうすぐ1年でしてよ?

呑気なハッピーマイルズの住民なら、

魔王との戦いがあったことすら忘れてる可能性が高いと思いますわ」

 

「そうかも、知れないわね。……それで、結局あんたは何が言いたいの?」

 

「それほど街に行きたいなら、いっそ乗り込んでみてはどうですか。

お姉さまが無理でも、パルフェムでよければ同行します」

 

「無茶言わないで!もし駄目だったら痛い思いをするのは私なのよ?」

 

「いきなりその姿を見せろとは言いません。少々お待ちを。

そうですわね、この季節なら……」

 

なぜか知らないけど、パルフェムが急に考え込んでしまった。

そして5分くらい経ったところで、ポンと手を叩いた。

 

「できましたわ!ピーネさん、少しじっとしててくださいまし」

 

「な、なによ」

 

パルフェムが扇子で私を指す。そして不思議な詩を読んだ。

 

──氷室より 凍る寒さに 目を伏せて 貴女の秘密は まぶたの向こう

 

すると、私の翼が半透明になった。驚いて触ってみると確かに感触はあるのに。

 

「何これ、どうなってるの!」

 

「死に設定になっていたパルフェムの和歌魔法で、

ピーネさんの翼をパルフェム達にしか見えないようにしましたの。

……しかし、久しぶりに作ったら感性が鈍っていますわね。字余りしてる上に凡作。

それはともかく、さっそく出かけましょう」

 

「出かけるって?」

 

「街に決まっていますわ。人々の悪魔に対する見方をそれとなく尋ねて、

問題ないようでしたら魔法を解いて堂々と買い物を楽しみましょう」

 

「でも、明日里沙子が一緒に行くって」

 

「またお姉さまがお忘れになったり、

あれこれ理由をつけてサボる可能性がありましてよ。

それに、今パン屋では期間限定で

リンゴのはちみつ漬けを挟んだフルーツサンドが売られていますの。

もうすぐ終売ですが、今季を逃すとチャンスは次の冬」

 

「行くわ!」

 

気がついたら里沙子のことは完全に忘れて、私はパルフェムと街に繰り出していた。

 

 

 

 

 

パルフェムに続いて街道を進む。

里沙子がいつも鬱陶しいってぼやいてる野盗って奴が出てくることもなく、

私達はハッピーマイルズの街に着いた。

 

「わぁ……」

 

賑やかな市場と人だかりに思わず声が漏れる。

教会に来るまでに2人の仲間といろんな街を巡ってきたけど、

あの時は逃げるのに必死で景色を楽しむ余裕なんてなかったから。

 

「どうですか、ピーネさん。街まで来るのは初めてではありません?」

 

「うん、なんていうか……楽しそう」

 

「パルフェム達も楽しむ前に、まずは大事な用を済ませましょう」

 

「そうね。でも何から始めたらいいのかしら」

 

「一旦市場を抜けて広場に行きましょう。いい感じで人が集まっているはずですから。

さあ、こっちへ」

 

「ああ、待って!……ぎゅむ!」

 

パルフェムに手を引っ張られ、市場の中を通り過ぎる。

無理やり人をかき分けて進むけど、狭くてなかなか通れない。

身体を押し込んで強引に前進を続けると、いきなり人間の波がなくなって、

向こう側に放り出された。勢い余って転んでしまう。

 

「ぎゃん!」

 

「あらあら、大丈夫ですか、ピーネさん」

 

「大丈夫じゃないわよ、途中で手ぇ放したでしょ!」

 

「ごめんあそばせ。ここはいつもこの混雑ですから。

それより早く調査を開始しましょう。あとでフルーツサンドをご馳走しますから」

 

「絶対よ……?」

 

気を取り直して、私達は広場で思い思いに過ごしている人間に、

適当に目星をつけて話しかけた。

 

「ごめんくださいまし。ひとつお尋ねしたいことが」

 

1人目。ハンバーガーにかじりつく腹の出た親父。

 

「んー、なんだい?」

 

「もしこの娘が悪魔、例えば吸血鬼だったら、貴方はどうなさいますか?」

 

親父は指についたマヨネーズを舐めながら考える。

私は答えを待つ間、正直ドキドキしていた。

 

「……食べたい」

 

「え?」

 

「悪魔って美味いから人間を食うんだろ?

だったらおいしい人間を食べてる悪魔だって美味いはずだ。

甘~いタレで炭火焼きにして食ってみてえ!」

 

思い込みとかそんなんじゃない。親父の目は本気だった。

 

「そ、そうですの!斬新なご意見に目から鱗が落ちましたわ!わたくし達はこれで!」

 

「肉屋に置いてねえかなぁ」

 

呆然とする私を引っ張って、パルフェムが親父から距離を置いた。

広場の中央で留まるけど、息切れしたのは走ったせいだけじゃない。

 

「あまりに予想外な答えについ動揺してしまいましたわ……」

 

「パルフェム。私怖い」

 

返事をする声も固くなる。

 

「ま、まだ諦めてはいけません!たまたま今のおっさんがおかしかっただけです。

今度はまともそうな人に聞いてみましょう。ほら、あの方などが良さそうです」

 

そう言ってパルフェムが扇子で指したのは小さな小屋。

スライド式のドアの奥に座っているのは、眠そうな、というより半分寝てる保安官。

パルフェムがドアを開けて保安官を起こす。

 

「起きて下さいまし!お尋ねしたい事が!」

 

「ふが?……ああ、里沙子んとこのお嬢さんじゃないか。そっちの子はお友達かい?」

 

「そんなところですわ。唐突ですが、貴方にひとつ質問がありますの」

 

「道にでも迷ったのかな?ああ、寒いからドアを閉めてくれ」

 

とりあえず私がドアを閉めるとパルフェムが話を切り出した。

 

「つかぬ事をお伺いしますが、

この娘が悪魔だとしたら、貴方はどう対処なさいますか?」

 

保安官が大あくびをしながら頭をかく。答えはなに?

 

「そうだな……外の掲示板に手配書を貼る」

 

「それだけ?」

 

「以上だ。とは言え、実害が出ていないなら賞金はたかがしれてるだろうが。

本官の仕事が増えないことを祈るのみだ。

手配書を作ったら軍本部に連絡しなければならん」

 

「なるほど……おやすみ中失礼しました。ごゆっくり」

 

「ぐぅ」

 

今度は本当に寝てしまった。

駐在所の主がこの状況じゃ、これ以上聞けることがないから私達は外に出た。

また広場の真ん中で作戦会議。

 

「なんなの、あの保安官。あれじゃ居ても居なくても同じじゃない!」

 

「まぁ……椅子に座っていればとりあえず犯罪抑止力になるんじゃないかと。

少し休憩しませんか?フルーツサンドを食べて一息入れましょう」

 

「それには賛成だわ」

 

広場から北西に開けた敷地に数件の店が並んでて、そのうちのパン屋に入った。

店内は魔導空調機の暖房が効いていて暖かい。

パルフェムがカウンターに立つ背の高い店員に目的の品を注文した。

 

「限定アップルフルーツサンド2つくださいな」

 

「……6Gです」

 

少し無愛想な店員がトングで冷温庫からフルーツサンドを2つ取り、紙袋に入れた。

支払いトレーに銀貨を1枚置いたパルフェムが、紙袋と釣り銭を受け取る。

そして、ついでに例の質問を。

 

「あの、ひとつお聞きしたいのですが、

この店に悪魔が訪ねてきた場合、貴店ではどういう対応を取っていらっしゃいますか?」

 

突拍子もない質問に店員がしばし言葉に詰まる。

答えが出なかったのか、一度厨房に引っ込み、

しばらくして戻ってきたら、回答を示した。

 

「……親方によると、口止め料としてパンやケーキ1つ当たり2G上乗せするそうです」

 

「それで暴れだした場合は?」

 

「麺棒で叩っ殺せと言われました」

 

「貴方が?」

 

「もしくはハデス2207でチェリーパイにしろと」

 

店員が店の隅を見ると、視線の先には大型のライフルが。

なんでパン屋にこんなもん置いてるのかしら。

 

「よくわかりました。ここでは客の安全を確保していらっしゃるのですね。それでは」

 

「またのご来店を」

 

パン屋兼ケーキ屋から出ると、私達はベンチに座ってフルーツサンドをかじりだした。

一口ごとにリンゴからはちみつが滲み出てきて、とっても美味しい。

……そうじゃなかった。

 

「3人目でようやくまともな回答が出てきたことにホッとした自分がすごく嫌」

 

「よかったじゃありませんか。

今の所ハッピーマイルズにおける悪魔への印象は、

それほど悪くないということですから」

 

「良くもないけどね。

正体がバレてたら、1人目の親父に食べられてただろうし、

2人目の保安官にはろくに相手にしてもらえない。

3人目のパン屋でやっと“悪魔は退治すべき”って普通の答えが出てきたけど、

それも金さえ払えば実現しない。この街一体どうなってるの?」

 

「平和でいいと思いますよ?

あと2人くらいに確認して、問題なければ皆さんに本当の姿を見せましょう。

がんばって」

 

「うん……」

 

ちょっと心にゆとりが出てきた私は、今度はパルフェムと酒場に入った。

カウンター席に座るとグラスを磨くマスターがこちらを見ずに口を開いた。

 

「子供に酒は出さないぞ」

 

「ホットチョコレートを2つ。それと“質問”を」

 

パルフェムが銀貨を2枚置く。それをマスターが素早く手元に引き寄せた。

 

「“ご注文”は?」

 

「この街の住人の悪魔に対する印象。例えばこの娘が悪魔なら貴方はどうなさいます?」

 

「何がしたいのかはわからんが、よそでそういう事は口にしないことだ。

確かにここの連中は細かいことは気にしないが、どこでもそうだとは限らない。

酒場には色んな奴が集まる。

悪魔の首なら子供だろうが役所が高値で買い取る領地から来た賞金稼ぎもいるし、

武勇伝を作るために見返りがなくても喜んで悪魔を殺す奴もいる。

実際、この国に悪魔を守る法律なんかないしな。それに……」

 

「それに?」

 

「うちみたいな商売をしている奴の中には、

裏メニューで悪魔の血を使ったカクテルを作ってる所もあるらしい。

どこからどうやって仕入れてるのかはわからんが、

物好きな金持ちに人気で、いい値段で売れるそうだ。

本当にその嬢ちゃんが悪魔なら、人さらいには気をつけるこった。

人じゃねえって文句は無しだ」

 

……青くなってホットチョコレートをすする。

どうも人間界の一部では食物連鎖の順序が狂ってるみたい。

それが魔王が死んでからなのか、生きてた頃からなのかはわからないけど。

私もパルフェムも、温かいホットチョコレートを飲み終えると、酒場を出た。

無言でまた広場の中央に戻ると、パルフェムがしばらく黙ってから切り出した。

 

「……どうしますか?」

 

つまり、予定通りあと一人、悪魔への対応について聞いてみるか。

正直、マスターの話でテンションが下がりきっていた私は、もう帰りたくなってた。

 

「帰ろうかな、どうしようかな……」

 

「ピーネさん、大変ですわ!」

 

私がまごついてると、突然パルフェムが叫んだ。

 

「あなたの翼が!」

 

「えっ?」

 

よく見ると、今まで半透明だった翼が元の色に戻っていた。これって多分……

 

「早くどこかに隠れてください!短歌の出来が悪くて効果が途切れてしまいました!」

 

「いきなり言われても、隠れるったってどこに?」

 

私達が広場で騒ぎ出したせいで、無駄に注目を集めてしまう。

 

「あれ、悪魔だ」「コウモリっぽいから吸血鬼よ」「わーい初めて見た」

 

広場だけじゃない。市場や店舗からも人が出てきて集まってくる。

 

「パルフェム、あんたの魔法でどうにかしてよ!」

 

「ちょっとお待ちを!ええと、冬の季節に合った教会へ帰還する俳句は……

急かされると何も出てきません!」

 

「どうするのよ!」

 

「ですから、急かさないでくださいまし!」

 

ぐずぐずしているうちに、とうとう私達は人間に取り囲まれてしまった。

更に事態は悪化。酒場から冬用迷彩服を着て、拳銃を持った男が飛び出してきた。

 

「どけどけお前ら!そいつは俺の獲物だ!」

 

「うわっ、なんだ」「うっせえな」「酔っぱらいか?」

 

男が乱暴に見物人を押しのけて、私達に近づき、銃を向ける。

パルフェムが私をかばうように前に立つ。

 

「彼女に近づかないでくださいまし!」

 

「下がれ。俺の領地じゃ、悪魔の首は1つ1000Gで売れるんだよ」

 

「ピーネさんはパルフェムの友達で、人間に害を及ぼす存在ではありません!」

 

「お前も死にたいのか?悪魔をかばった罪は重い。

俺の領地なら、まとめて撃ち殺しても罪に問われないんだぞ!」

 

「くっ……!」

 

男がパルフェムに銃口が4つある奇妙な銃を向けた。

しかも、さっきのパン屋から店員が麺棒と大型ライフルを持って出てきた。どうしよう。

彼がノシノシと歩いてこっちに来て、重いライフルを片手で持ち、正確に狙いをつけた。

 

「何っ!?」

 

……ただし、迷彩服の男に向けて。店員は男に無言の圧力を掛ける。

 

「誰だか知らんがお前は悪魔崇拝者なのか!?善良な人間より悪魔に味方するのか!!」

 

「黙れ。その子は悪魔である前にうちの客だ。

客に銃を向ける奴はミートパイにしろと親方に言われている」

 

「詭弁だ!おいお前ら!こんな事を許していいのか!

街に悪魔の侵入させてもいいのか!」

 

迷彩服が今度は野次馬に大声で呼びかける。だけど反応は冷たいものだった。

 

「さっきから悪魔悪魔うっせーぞ!ここはテメーの領地じゃねえ!」

「お前のせいでハンバーガーがまずくなった!責任持ってもう一つ買え!

チーズバーガーを!」

「小さな女の子に銃を向けるなんて最低!さっさと街から出てってよ!」

 

野次馬達から非難の声を浴びせられた男は思わずたじろぐ。

 

「お前ら……後悔するぞ!ハッピーマイルズは悪魔と手を組む邪悪な街だと知れたら」

 

「んあ~何の騒ぎだ?これでは昼寝ができんではないか」

 

今度は駐在所から保安官が出てきた。迷彩服が彼に駆け寄って事の詳細をまくし立てる。

 

「そうか。本当に悪魔だったのか」

 

「そうだ!連中に引き下がるよう言ってくれ!俺には悪魔を殺す義務と権利がある!」

 

「だがなあ……」

 

保安官が頭をボリボリかいて私を見る。

 

「確かにハッピーマイルズの領地法には悪魔を守る法律はないが、

住んではならんという決まりもない。というより、悪魔に関する規定が全く無いのだ。

悪魔狩りをするのは勝手だが、起こした騒ぎは自分で治めてくれ。

でないと君が威力業務妨害及び道路交通法違反でしょっぴかれることになる。

こっちはちゃんと法律書に記載されている」

 

「ふざ、ふざけるな!こいつは魔王の手下なんだぞ!いつ人間に襲いかかるか……!」

 

──それは違うわ!

 

市場から駆け込んできたあの声は……里沙子!!

 

「あ、里沙子だ」「知り合いかー?」「じゃあ、悪魔の子は誰?」

 

「ちょっとごめんなさいよー、通して通して!」

 

里沙子が野次馬をかき分けて私達に走ってくる。

息を切らしながらそばに立つと、切れ切れの言葉を紡ぐ。

 

「ごほごほ、はぁ…なんで、勝手に、街に来たの。明日行くって……」

 

「里沙子が当てにならないからパルフェムに連れてきてもらったのよ!」

 

「この、騒ぎは?ふぅ……深呼吸、深呼吸」

 

「すみません、お姉さま。

パルフェムの魔法で翼を隠していたんですが、効果が切れてしまって」

 

「そう。……みんなー!びっくりさせてごめんなさい!この娘はピーネ。

見ての通り吸血鬼なんだけど、ヘタレだから害はないの!

みんなが悪魔をどう思ってるかわからなかったから今まで家で生活させてたけど、

そもそもピーネがこの世界に来たのは、

魔王との戦いで奴に無理矢理参加させられたから!人を襲うために来たわけじゃないわ。

1年近く一緒に暮らしてるあたしが保証する!」

 

「里沙子が一緒なら大丈夫か」「まあ可愛い吸血鬼」「店番に戻るか」

 

ああ、助かった。周りの人達からは私達に敵意は全く感じられない。迷彩服以外は。

 

「この娘はうちの家族なの。だからあなたも銃を収めてほしいんだけど」

 

「嫌だね。俺はこいつで食って……」

 

その時、保安官の話や里沙子の乱入で、

彼が存在を忘れていたライフルがガチャッと音を立てた。

 

「パイの焼ける時間だ」

 

「わっ、やめろ!!」

 

「あら、マックス。久しぶりね。あなたのパン、なかなかイケてるわよ」

 

「……どうも。それで、どうするのか早く決めてくれ。

こいつもガタが来てていつ暴発するかわからん」

 

「ちくしょう、ただで済むと思うなよ!お前らはうちの領地を敵に回したんだ!」

 

迷彩服の男は逃げていった。野次馬達も騒ぎに飽きたのか元の位置に戻っていく。

マックスと呼ばれた店員も立ち去ろうとする。私は彼の背中を追いかけようとした。

 

「待って!さっき言ってた口止め料だけど、4G!」

 

「子供から小遣いを巻き上げるほど落ちぶれちゃいない。親方なら、そう言うだろうな。

……またのご来店を」

 

そのまま行ってしまった。私は小銭入れを握ったまま、彼を店に戻るまで見守っていた。

 

 

 

 

 

それから、里沙子は駐在所で保安官から厳重注意を受けていた。やーい。

 

「事情は理解したが定住する以上、住民登録をしてくれなければ困る。

保護者である君にだ」

 

「本当に、ご迷惑をおかけしました……すぐに手続きを済ませますので」

 

頭を下げてまともな口を利いてる里沙子は珍しい。

ちょっとしたトラブルがあったけど、今日街に来てよかったわ。

パルフェムが心配そうに問いかけた。

 

「あのう、保安官さんにお聞きしたいことが。手配書の件なのですが……」

 

「ああ、無し無し!さっきのは建前というものだ。

この忙しいのに罪名もない手配申請を軍に持ち込んだら、

白い目で見られるのは本官である」

 

「そうですか!よかったですわね、ピーネさん!」

 

「うん……ありがとう、みんな」

 

里沙子がお説教を食らった後、

役所ってところに連れてこられて、何かの紙に名前を書かされた。

ピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワールを誇らしい気持ちで書き込む。

 

「書けたなら貸して。住所とか保証人欄はあたしが書くから」

 

里沙子もサラサラと何かを書くと、書類を窓口に持っていった。

書類と引き換えに番号札を受け取り、待つこと10分。

番号を呼ばれた里沙子が窓口で何かを手渡され、戻ってきた。

 

「はい。あんたの身分証明書。小さいからなくすんじゃないわよ」

 

厚紙で出来たカードには、私の名前と隅っこに里沙子の名前。

なんだか勲章みたいに見えて嬉しくなる。

 

「よかったですね。

これでもうピーネさんも自由にハッピーマイルズの街でお買い物ができますわ」

 

「うん……でも、あの男が言ってたわよね。私がいるともしかしたら他の領地と戦争に」

 

「ならない、ならない。ここには帝国軍の特殊部隊が常駐してるんだから。

カシオピイア一人だけど。

どこの領地か知らないけど、領主も皇帝陛下にケンカ売るような馬鹿じゃないでしょ」

 

「だといいけど」

 

「そう考えると、あたしも取り越し苦労が過ぎたわね。

ハッピーマイルズの連中が予想以上に呑気だったせいで、

ピーネに窮屈な思いをさせたわ。ごめん」

 

「単にあんたが放ったらかしにしてただけでしょうが!本当ムカつく女ね!」

 

「悪かったって。もう帰りましょう。家に着くころには、ちょうど夕食時だから」

 

「さっきの話だけど、誰がヘタレなのよ!私は誇り高い吸血鬼なんだから」

 

「うん、立派立派。マヂで尊敬してるからここ出ましょう、後ろがつかえてる」

 

「キー!あんたは真面目に人の話が聞けないの!?」

 

「まあまあ落ち着いて。終わり良ければ全て良し、と言うじゃありませんか」

 

「ちっとも良くない!」

 

私達は街から出ると、

言い争いというか、里沙子にずっと文句をぶつけながら家路を急いだ。

日が落ちかけて寒くなる。早く春が来ればいいのに。

今度街に行くときは、コートでも買おうかしら。

ずっと駄菓子しか買ってなかったから結構お金が貯まってる。

パルフェムを誘ってまたケーキを食べるのもいいわね。

私は家に帰ってからも愉快な想像を続けていた。

 

 



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3.やっぱりバレンタインの日付が覚えられない。もう建国記念日でいいじゃん。

「里沙子さん!バレンタインです!」

 

ダイニングのテーブルに着いて自分で入れたコーヒーを飲んでいると、

ジョゼットが訳のわからんことを言い出した。

いつものことだけど、どうでもいいことで憩いの時を邪魔しないで欲しい。

 

「あたしはバレンタイン司祭じゃなくて斑目里沙子なんだけど」

 

「またそんないじわる言うんですから!これ見てくださいよ!」

 

「ん~?」

 

面倒くさいけど、ジョゼットにロックオンされたら、

ある程度付き合ってあげないといつまでもひっついて離れない。

差し出された数年前の古雑誌を見る。日本のものね。

表紙にデカデカと“今年の本命は手作りトリュフで決まり!”だの、

“彼氏のハートを掴もう”だの、全く興味を引かない見出しが踊ってる。

 

「でさ、これをあたしに見せてどうしたいわけ?ていうか、どこで拾ってきた」

 

「街の本屋で買って来ました!うちもやりましょうよ、バレンタイン!」

 

「断る」

 

「え~……多分そう言われるとは思ってましたけど、どうしてですか?」

 

「あたしの性格知ってるなら考えるまでもなくわかるでしょうが。

なんでわざわざ別に祝日でもないバレンタインの日に、

チョコレート用意して配り回らなきゃいけないのよ。

そもそもここ女しかいないじゃない」

 

「でもでも!このアースの書物には“友チョコには変わり種が人気”って書いてますよ!

つまり、友達同士でチョコを交換しても変じゃないんです!ね、やりましょう!」

 

「あんたとあたしは友達じゃない。家主と召使い」

 

「ひどい!傷ついたので、やってくれないとルーベルさんに言いつけます!」

 

「思い通りにならなきゃルーベルけしかければビビると思ったら大間違いよ。

あたしにはバレンタインを断る正当な権利があるんだから」

 

「正当な権利ってなんですか?」

 

あたしはひとつ咳払いをし、

自分の中でバレンタインデーがどれほど意味のないことかを説明し始めた。

 

「オホン、あのね。当たり前だけどチョコレートを渡すかどうかは本人の自由。

実際あんたらにチョコをくれてやったことなんかなかったわよね。

あと、チョコを配る習慣を始めたのはアースの菓子メーカー。

彼らの販促に乗るか無視するかも個人の自由。

それに、日本が毎年バレンタインデーで盛り上がるのは事実だけど、男女問わず、

チョコの準備やホワイトデーのお返しにうんざりしてる人達がいるのも確かなの。

会社によっては名簿を作って、

義理チョコ欲しい人だけ丸をつける方法を取り入れてるところもある。

あたしも義理チョコや年賀状を始めとした気持ちの伴わない虚礼には

反対の立場を表明してるから、バレンタインデーに参加する気も全く無い。

要するにあたしは、どれを選んでも誰も文句のつけようがない選択肢から

NOを選んだだけ。

どう?ここまででいつもの屁理屈が1つでもあるなら言ってごらんなさい。

っ!……げほ、すぅーはぁ~!」

 

一気にまくし立てて呼吸が追いついてなかった。

 

「む~!……里沙子さんに好きな人はいないんですか?」

 

「あんたが想像している意味での“好き”はいない」

 

「……そうですか。一旦失礼します」

 

「わかればよろしい。あっちいけ」

 

ジョゼットが肩を落として2階に戻っていった。

危ない所でミドルファンタジアに面倒な文化が根付くところだったわ。

あたしはクッキーをかじってブラックを一口。

菓子なんて食いたい奴が自分で買えばいいのよ。

 

また一人きりになって静けさが戻ると、ふと妙な想像が頭に浮かんだ。

あたしに男がいるとしたら、どんな奴とどんなことをして生きてるのかしら。

寡黙な人は必須条件。チャラい奴は地球から追い出したいほどイラつくからね。

 

顔に贅沢は言わない。価値観が第一よ。

ベラベラと余計なことを喋らず、それでいて一緒にいて落ち着く。

人だらけのデートスポットとやらに連れ出そうともせず、

何も言わずただお互いの存在だけを認識してる。

そんな人間がいるすればひょっとしてひょっとするかもしれない。

 

雨降りの日に、開け放った縁側で背中合わせになって、あたしは銃の整備をし、

そいつは足の爪を切ったり文庫本を読み耽る。

そこに会話はなく静かな雨音を聞きながら二人きりで「里沙子さーん!」

 

こいつは自分のしたことの重大さをわかっているのかしら。

もしかしたら、うんざり生活が終了するほどの転機につながったかもしれない思索に

土足で踏み込んだ。その罪は重い。

2階から響く小さい足音を怒鳴りつける。

 

「うっさいわねー!話は終わったでしょう!」

 

「わたくしと同意見の人に来てもらいました。さあ!」

 

「同意見?……うげ」

 

階段を見ると、ジョゼットと一緒にカシオピイアが下りてきた。

ああ、嫌でも後の展開が読める。

この娘、恋愛小説好きだし、顔に出ないだけで乙女なところがあるから……!!

 

「カシオピイア。何を吹き込まれたか知らないけど、この馬鹿に付き合うことはないわ。

一人でやってろアホって言ってあげて」

 

「……お姉ちゃん。姉チョコ、作るね?」

 

「カシオピイアさんから嬉しいお知らせですね!」

 

ニヤニヤと笑うジョゼットにイライラの回転数が一気に8000r/minまで急上昇。

奴が持ってる雑誌を奪い取り、丸めて頭を殴ろうとしたら、

カシオピイアにその腕を掴まれた。

 

「くっ!」

 

軍人だけあって凄い力!

あたしがジタバタしていると、妹が耳元に口を寄せてそっとささやいた。

 

「お返しは、いらないから……ね?」

 

「やめてよ!それで本当に返さなかったら、

自動的にあたしがケチな常識知らずってことにされるでしょうが!」

 

その時気づいた。既にあたしはジョゼットの罠にかかっていた事に!

 

「ジョゼットォ!!」

 

「あら~里沙子さん、カシオピイアさんには何もあげないんですか?かわいそう……」

 

「あんた、本当にガチで覚えてなさいよ?

無傷で100話記念迎えられると思うんじゃないわよ!?」

 

「はーい!わたくしも里沙子さんにプレゼントしますので、

とりかえっこしましょうね!」

 

「聞いてんの?あんたは!」

 

すっかり図太くなったジョゼットにまんまと嵌められたあたしは、

興味のないイベントランキング第7位に参加する事になってしまった。

 

 

 

 

 

2月13日。

あまり早く作りすぎてもカビる可能性があるから、

14日ぎりぎりにチョコレートの制作を開始。

雑貨屋、お菓子屋、牛乳屋で材料を仕入れたあたしは、ぶつくさ言いながら、

すりこぎでボールの中のチョコレートを砕いていた。

 

「なんであたしがこんな面倒なことしなきゃいけないのよ、まったく」

 

お菓子屋で出来合いのチョコを適当に買って済ませようと思ったけど、

きっとカシオピイアはすごい気合の入った手作りを持ってくるだろうから、

しょうがなく簡単なのを手作りすることにした。

スマホで“奴”に連絡してチョコレートの作り方を検索させたけど、

これがまあ、めんどいのなんの。

 

まずお菓子用の不揃いチョコを砕いて湯煎に掛ける。温度は高すぎても駄目らしい。

テンパリングとか言う謎技術で適切な温度管理をすることによって、

口当たりや見栄えが良くなるみたい。

まず50~55℃のお湯を張ったボウルに、砕いたチョコを入れたボウルを浸けて溶かす。

 

早くも問題発生。その50~55℃を正しく測定する手段がない。

うちのキッチンには調理用温度計なんてハイテクなもんはない。

あたしはハンズフリーモードにしたスマホに叫ぶ。

 

「ねえ!チョコの温度がわかんないんだけど!」

 

キーボードを叩く音の後、しばらくしてから返事が。

仕方がないから体温計を使えとのことだった。

まあ、若干不衛生だけどチョコに触れるわけじゃないから別にいいわよね。

水銀式の体温計をお湯につけて、大体52℃になったところでチョコ入りのボウルを浸す。

一度溶かして液体状にすることには成功。

 

だけどまた面倒な工程にぶち当たる。

なになに?今度は湯煎ボウルの水を10~15℃の冷水に替えて、

チョコレートの温度を30~32℃に下げつつ、チョコの重量の約3%のココアを加える。

何から手を付けて良いのか、あたしの方がテンパリング状態だから、

どれか1つの手順を捨てる。

 

冷水は適当に蛇口から出した水で代用。肝心のチョコの温度に集中する。

で、体温計をボウルの外側に当てて、32℃に差し掛かったら目分量のココアを加え、

底から持ち上げるように左右各20回ずつ混ぜる。辛い作業だわ。

 

「終わった!次はなに?……テンパリングは終わりだから型に流し込んで固めろ?

オッケーわかったバイバイ切るわよ」

 

スマホをガチャ切りしてチョコの世話に戻りながら考える。

奴がバレンタインデーに母親以外から貰ったチョコは、

幼稚園時代にクラスメイトの女子が全員に配った一口チョコだけらしい。

そんなあいつが、オッサンになった今、

必死こいてチョコレートの作り方を検索してたと思うと、少し涙が出そうになる。

 

おっと、そんなことはどうでもいいわ。さっさとしないとチョコが固まってしまう。

バットに並べたハートマークの型に、溶けたチョコを手早く流し込む。

嗚呼、それにしても何故人間が食べ物に追い立てられなければならないのか。

何故あたしはこんな事をしているのか。人生不可解なり。

 

「手作りチョコなんて、女子力(笑)の高い連中に任せときゃいいのに、

何もかもジョゼットのせいよ。

あたしがパティシエなら、中身をスピリタスにすり替えたウィスキーボンボン作って

口に詰めてやるんだけど」

 

あいにく、あたしにはウィスキーボンボンの中に

ウィスキーを注入する方法がわからないからその願いは叶わない。

っていうかどうやって作ってるの、アレ?

 

「おっ、なにやってんだ?」

 

「甘い香りがしますね」

 

あたしの疑問は2人の声でかき消される。

ルーベルとエレオノーラが部屋から下りてきた。

珍しくキッチンに立っているあたしに興味深げに近づいてくる。

 

「里沙子が料理とは珍しいな。暇なのか?」

 

「違う!菓子業界が捏造した祝日もどきに付き合わされてるの!ジョゼットの謀略で!」

 

「ジョゼットさんが?どういうことでしょう」

 

二人にバレンタインデーの存在とその内容と、

チョコを作る羽目になった経緯について説明した。

 

「まあ……それは大変ですね。

わたし、料理の方は自信がなくて、お返しができそうにありません」

 

「いいのよ。カシオピイアの重チョコに対して

言い訳の利く程度のお返しができればそれでいいんだから。

二人は感想聞かせてくれればオールオッケーよ。

ルーベルも1つくらいはつまめるわよね?」

 

「ああ、食べる分には問題ないが……なんか悪りいな」

 

「だからいいって。でも、バレンタインデーの存在は口外しないでちょうだい。

アースではこのイベントで喜ぶ人もいれば泣く人もいるから。

これ以上不幸な存在を増やしたくない」

 

「不幸な人?楽しい行事だと思うのですが」

 

「その辺はあまり詮索しないであげて。

奴が今、古傷をえぐりながらキーを叩いてるから」

 

「……ただいま」

 

その時、カシオピイアが街の巡回から戻ってきた。片手には何かが入ってるカバン。

 

「お帰り~」

 

「よっ。もしかしてそれ、例のバレンタインとか言うやつか?」

 

「うん……後で作る」

 

「ちょっと待っててねー。あとはこいつを冷温庫に入れて冷やせば終わりだから」

 

あたしはチョコの載ったバットを冷温庫に入れ、

“どくいり きけん たべたら しぬで”と書いたメモを貼り、ドアを閉めた。

つまみ食いされちゃたまらん。

 

残りの作業は……キッチンを見てうんざりする。

そりゃ片付けまでが料理だけどさ、

冷えてガビガビにこびりついたチョコを洗い落とす作業は、

途方もなくしんどいに決まってる。

だけど、重労働を前にしたあたしに救いの手が差し伸べられた。

 

「置いといて。ワタシも、作るから」

 

「マヂで!片付けなくていいの?いやぁ、なんか悪いわね!」

 

「でも、見ないで……」

 

「チョコ作りを?」

 

「うん」

 

「了解ー!みんな、カシオピイア先生がゴディバも真っ青の

ゴージャスでグレイトなチョコレートをお作りになるから帰った帰った!」

 

「はい。頑張ってくださいね」

 

「私も部屋に戻るか。なんだかこっちまで楽しい気分になってきたな」

 

カシオピイアが使いかけの調理器具をさっと水洗いして、

カバンからチョコの材料を取り出した。おっと、これ以上見ちゃいけないわね。

あたしは数ⅢCの問題集を1ページやり遂げたような気分で

私室のベッドに潜り、昼寝をした。

 

 

 

 

 

キッチンにワタシひとりになると、お姉ちゃんのためにチョコレート作りを始めた。

みんなの分もあるけど、お姉ちゃんのものは特別。

お菓子屋さんでたくさん買ってきた材料をテーブルに広げる。

本屋で下見をしたチョコレートの作り方を書いた本を開いて、

ワタシでも作れて、お姉ちゃんが喜んでくれそうなガトーショコラのレシピを熟読する。

 

……よし、イメージトレーニングは完璧。手順も大体暗記。

邪魔にならないよう長い髪を後ろでまとめる。エプロンも着けて準備はバッチリ。

ケーキを作る前に、チョコプレートを作っちゃおうっと。

作り方は簡単。ホワイトチョコを溶かして、丸い型に流し込む。

冷えて固まるのを待つ間に、今度は普通のミルクチョコを同様に溶かし、

スプーンでひとすくい。

 

固まったチョコプレートを型から外して、

スプーンから慎重にチョコを垂らして、メッセージを書く。

何を書こうか迷ったけど、素直な気持ちをそのまま形にすることにした。

……うん、これでいいよね。

これは冷温庫にしまっておいて、ケーキ本体に取り掛かろう。

 

ええと、下ごしらえから大変だな。

チョコを刻んで湯煎して、卵を卵黄と卵白に分けたり、

薄力粉をふるったり、結構忙しい。

広げたレシピと手元の食材の間で視線を行ったり来たりさせながら、

本格的な調理に入る。

 

ボウルに卵黄とグラニュー糖を入れて、湯煎しながら泡立て器で混ぜる。

程よく温まったらお湯から下ろしてチョコレートとバターを加えてまたよく混ぜる。

混ぜてばかりで意外と力を使うのね。

それから別のボウルで卵白にグラニュー糖を複数回に分けて加えながらかき混ぜ、

メレンゲを作る。

 

メレンゲとはじめに作ったチョコレート入りの生地を、

薄力粉を加えながらゴムヘラで混ぜ合わせる。

全体が馴染んでなめらかな感じになったら、いよいよ焼き上げだね。

 

「オーブンは……180℃。大丈夫、行ける」

 

型に生地を流し込んだら、予熱しておいたオーブンに入れる。後は待つだけ。

出来上がりまで40~45分。ワタシは、レシピを読み返して時間を潰すことにした。

ガトーショコラのページを読み終えて、ページをめくる。

あっ、この生チョコってお菓子も美味しそう。

いろんな種類のチョコレートを眺めていると、

ジョゼットが部屋から出てきて、話しかけてきた。

 

「あ、いい匂いがすると思ったら、

カシオピイアさんもチョコレートを作ってるんですか?」

 

「うん。みんなで食べられる、ケーキにした。お姉ちゃんのは、特別だけど……」

 

「特別!?わー、バレンタインの日が楽しみです!

そうだ、作り終わったら食器はそのままにしておいてください。

わたくしもそろそろ作らなくちゃ」

 

「わかった」

 

その時、オーブンが鐘の音を鳴らして加熱を止めた。

赤く燃えていた内部が暗くなったのを確認すると、ミトンをはめてドアを開く。

うまくできたかな。串を刺してみる。なにもくっつかない。きちんと焼けたみたい。

後は粗熱を取って、冷温庫で冷やすだけ。

 

「すごく美味しそうです!きっと里沙子さんも驚きますよ!」

 

「……ありがとう」

 

「わたくしも負けてられません。

腕によりをかけて美味しいチョコを作りますから、楽しみにしててくださいね!」

 

「うん。待ってる……あ、完成するところは、見ないで」

 

「わかってます。やっぱり里沙子さんに最初に見せたいんですね?」

 

「そう」

 

「それじゃ、わたくしはこれで。失礼しま~す」

 

ジョゼットが自分の部屋に帰った。

彼女と話している間にガトーショコラの粗熱が取れたみたい。触っても熱くない。

ゆっくり型を持ち上げると、きれいにケーキが抜けた。あと少し。

粉糖を全体にまぶしてブラウンの色に彩りを添えて完成。自分でも良くできたと思う。

お姉ちゃん、喜んでくれるといいな。

ワタシは、ガトーショコラに厚紙の箱を被せて冷温庫にしまった。

 

 

 

 

 

2月14日。

そんなわけでバレンタインデーという名のチョコレート試食会が来たわけよ。

全員ダイニングに集まって、あたしとジョゼットとカシオピイアの作ったチョコを食う。

順番に冷温庫から出してみんなで食べ比べるのよ。

 

「皆さんがそんな楽しいことをなさっていたなんて知りませんでしたわ。

教えてくださったら、パルフェムも何かご用意しましたのに」

 

「ああ、気にしなくていいわよ。

そこのアホジョゼットが強引にねじ込んだイベントに付き合わされただけだから、

あなた達まで巻き込まれちゃ駄目よ」

 

「えへへ、アホって言われちゃいました」

 

「なんで照れてんの?」

 

「それにしても、チョコレートを配るなんて素敵な習慣があるものね。

これから毎年やりなさい」

 

「期待はしないほうが良いわよピーネ。今回でバレンタインネタは使い切ったから。

奴の自虐エピソードも数に限りがあるし」

 

「しみったれた話はその辺にして、そろそろ始めようぜ」

 

「そうね。ジョゼットは罰として給仕係。順番にみんなにチョコを出しなさい」

 

「いつも給仕係な気がするんですけど……まず、里沙子さんの作品から」

 

作品とか言わないでよ。ハードル上げんな。

ジョゼットが冷温庫から、あたしがテンパリながら作った普通のチョコを取り出して、

各自の皿に何粒かずつ載せた。

 

「おっ、ハート型か。お前らしくねえ」

 

「自覚はしてても人から言われるとムカつくものね。

全く関係ないけど、ハートが似合う男はあたしが知る限りDIOしかいないと思う」

 

エントリーナンバー1番。斑目里沙子。何の工夫もないチョコ試食。

 

「お姉ちゃんの、チョコレート……美味しい、素敵」

 

「ふーん、いけるじゃん。里沙子もたまには女らしいことするのね」

 

「過大評価もちょっと困るわ。市販のチョコ溶かして固め直しただけなんだし」

 

「どっちだよ。面倒くせえやつだな」

 

「謙遜なさらないで。ちゃんと里沙子さんの心がこもっていますよ?」

 

「エレオまでやめてよ……ああもう、ジョゼット、次よ次!」

 

「えっ!もうですか?あのう、その前にお茶にしませんか?

冷たいチョコで舌も冷えてるでしょうし……」

 

なんかジョゼットが挙動不審だけど、おやつにお茶がないのは確かに寂しいわね。

 

「じゃあ、人数分の紅茶を入れて。今日はあたしも紅茶でいい」

 

「わかりましたー!」

 

ジョゼットがポットじゃなくて鍋に水を入れて火にかける。割と時間がかかりそう。

適当にみんなとだべる。

 

「本当、ジョゼットのせいでとんだ骨折り損のくたびれ儲けだったわ。

口を開けば余計なことしか言わないんだから」

 

「まあまあ。お姉さまのおかげでパルフェム達は幸せですわ。

思いがけずお正月以外にお姉さまの手料理が食べられたんですから」

 

「このチョコレートってやつ美味いな。上手く言葉にできない不思議な甘さだ」

 

「クリームソーダといい、あんたは本当に甘党ね。ログヒルズにはなかったの?」

 

「ああ。オートマトンは基本飲み食いしねえから、食べ物屋自体なかった」

 

「お茶ができましたよ……」

 

やっぱりどこか浮かない顔で紅茶を配るジョゼット。

さて、試食会の続きと行きましょうか。

 

「あんがとさん。それじゃあ、今度はあんたのチョコレート食べさせてよ」

 

「わたくしですか?カシオピイアさんの後では駄目ですか……?」

 

「つべこべ言わずにさっさと出す」

 

「はい……」

 

ジョゼットがしぶしぶ冷温庫を開けて、ボウルを取り出した。

そして、千切りキャベツをつまむように、皆の皿に黒くて脆い何かを少しずつ盛る。

配り終えるまであえて何も言わず、ボウルを洗い場に置いて席に戻るのを待った。

 

「これ、なに?」

 

何かの燃えカスを指差して尋ねる。

 

「チョコレート。……を焦がしてしまいました」

 

「作るのに苦労した点は?」

 

「フライパンから削り落とすのが大変でした……」

 

「なんでこうなったわけよ」

 

「さあ……」

 

「チョコレートを、直接、火にかけちゃ、だめ」

 

初対面の人間でもそれとわかるくらい、残念そうな顔でアドバイスするカシオピイア。

だけどこの世は覆水盆に返らない。

 

「ごめんなさい……冷温庫にあった里沙子さんのチョコを見て、

“なーんだ里沙子さんでもこれくらいできるんだ”って油断しました……

それでレシピを見ずにとにかく温めればいいと思っちゃって、

焼けたフライパンに市販のチョコレートを放り込んだらこんな風に」

 

「いい度胸ね。表に出なさい」

 

あたしの拳が真っ赤に燃える。バカを滅せと轟き叫ぶ。

 

「里沙子さん、落ち着いて!

ジョゼットさんにも悪気が……少しはあったかもしれませんが、どうか穏便に!」

 

「本当、今回はとことんあたしをイラつかせてくれるわね、このクソ坊主は!

……ピーネも食べちゃ駄目!これは廃棄処分!」

 

「えー?匂いは割とまともだから一口くらい。

それに食べ物粗末にするなっていつも里沙子が言ってるじゃん」

 

「馬鹿みたいに苦いからやめときなさい。

あと、これは焦げた時点で食べ物じゃなくなった。

発ガン性物質の塊を捨てることは罪じゃない。咎を受けるべきはジョゼットよ」

 

「うう……」

 

「これは採点不可だから最後のカシオピイアの手作りチョコを出しなさい」

 

「待って」

 

「どうしたの?みんなの期待があなたに掛かってる」

 

カシオピイアは黙って立ち上がると、棚から大きめの紙箱を取り出して、

テーブルの真ん中に置いて蓋を開けた。

 

“おお~っ……”

 

皆から驚きとため息が漏れる。箱から現れたのは、

甘い香りとブラウンのケーキに散らした白い砂糖がアクセントのケーキ、

ガトーショコラだった。

こりゃあもう、食べる前からよだれが止まらない。

 

「常温に、戻しておいたの。味が、わかりやすくなると思って」

 

「ナイス判断よ、カシオピイア!さすが我が妹!……ほらジョゼット、さっさと切る!」

 

「はいただいま~!」

 

ジョゼットがガトーショコラに包丁を入れると、切り口から更に芳醇な香り。

うん、これならいつでもお嫁さんに行けるわ。あたしが太鼓判を押す。

全員にケーキが行き渡ると、早速いただきますをしようとした。

でも、カシオピイアが冷温庫から何かを取り出し、あたしのケーキに刺した。

 

「お姉ちゃんは、特別」

 

「なんだなんだ?私にも見せてくれよー」

 

「だめ。ないしょ」

 

「ちぇー、いいな里沙子は」

 

「ふふん。出来のいい妹を持つ姉の特権よ。

これは……メッセージ付きのチョコプレート、うっ!!」

 

とんでもないものを見てしまったあたしは慌てて伏せた。

 

「どうしたの、お姉ちゃん」

 

「な、なんでもないのよ?ほら、あたしって楽しみは最後に取っとく主義でさ」

 

「少し顔色がよくないみたいですが、何か問題でも?」

 

「ううん。それよりも、ああ、ケーキが食べたい」

 

「そうですね。カシオピイアさんの傑作をいただきましょう」

 

「わーい、チョコケーキ!」

 

そしてみんなでガトーショコラを食べる。

しっとりした食感のチョコケーキは本当に美味しかった。

妹が作ってくれたものなら尚更。だけど。

フォークでさっきのチョコプレートを持ち上げてみる。

そこには“お姉ちゃん だいすき”と溶かしたチョコで器用に書かれている。だけど!

 

「大変おいしゅうございます。

仕事も料理も完璧なんて、さすが里沙子お姉さまの妹君ですわ」

 

「そんな、こと……」

 

「あるって。マジでうまいよ、お前のケーキ」

 

「ありがとう」

 

「シスターたるわたしが、こんなに美味しいものばかり食べてよいのでしょうか。

今日ばかりはマリア様にお目溢しを願いたいです」

 

「おいしー!おかわりはないの?」

 

「ひとり、ひとつなの。ごめんね」

 

「バレンタインを企画してよかったです!わぁ~チョコケーキがお口の中でとろける!

わたくしも恥をかいた甲斐がありました!」

 

みんながカシオピイアのケーキを絶賛する。

あたしだっておいしいけど、皿に残ったチョコプレートが気になって仕方ない。

 

「里沙子、見せなくてもいいから、ちゃんとその板チョコみたいなのも食べてやれよ」

 

「あ、うん……これは、部屋で食べることにするわ。じっくり味わう」

 

ささっとハンカチにチョコプレートを包んでポケットに入れた。

 

「必ず食べるし、感想も言うから、今は内緒よ」

 

「うん、ないしょ」

 

「まったく、カシオピイアと結婚するやつは幸せ者だぜ」

 

「結婚なんて、ワタシ……」

 

あたしも同意見。ある一点を除けば。

そろそろ全員ケーキを食べ終わり、紅茶を飲み干し席を立つ。

 

「あー、うまかった。来年もやってくれよ、バレンタイン」

 

「ジョゼットのはいらないけどね~」

 

「そんな、一生懸命…じゃないけどとりあえず作ったのに……」

 

「皆さん、今日はおいしいチョコレートをありがとうございました」

 

皿やカップを洗い場に置くと、各自いつもの持ち場に戻っていく。

バレンタインというかチョコレート品評会の結果は、

 

あたし:凡

ジョゼット:こげ

カシオピイア:神

 

こんなところかしら。あたしも私室に戻ってデスクに着く。

そしてポケットからさっきのチョコプレートを取り出して見つめる。

 

“お姉ちゃん だいすき”

 

実はこれには続きがある。

 

“これはお姉ちゃんだけのプレゼント。と言ってもこのホワイトチョコのメッセージ1枚

なんだけど。いつもフラフラしてるけど、本当はいつもみんなのことを考えてるって、

ワタシ知ってるよ?お姉ちゃんがこの世界に来てくれて本当によかった。思い出せば初め

てお姉ちゃんが要塞に来た(中略)ワタシを受け入れてくれたのはお姉ちゃんだけだっ

た。嬉しかったなぁ。ひとりぼっちじゃなくなって、毎日が楽しい。全部お姉ちゃんがい

てくれたから。でも、お酒ばかり飲んでちゃだめだよ?身体をこわしちゃうから。少し量

を控えめにしてくれると嬉しいな。これからもずっと一緒だよ。

カシオピイアより愛を込めて”

 

信じられる?直径10cm程度の円形チョコプレートにこれ全部書き込んであるの。

部屋に持って帰ったのは、ルーペがないと読めなかったから。

なんと言うか、凄まじい執念のようなものを感じて一瞬背筋が震えた。

 

口に運ぶけど、かじるのが怖い。

ルーベルが言ったようにあの娘は結婚したら良妻賢母になるんだろうけど、

旦那には彼女の大きすぎる愛を受け止める覚悟が必要になるわね。

 

思い切って一口食べる。普通に美味しい。その普通さがかえって怖い。

余計な想像をしてしまう。もしこれを食べずにゴミ箱に捨てていたら。

……いつの間にか背後に立っていたカシオピイアにNice boat.されていたに違いない。

 

日常に潜む闇に怯えたあたしは、

来年のバレンタインを潰す方法がないか腕を組んで考え込んだ。

 

 



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謎のファンレターが来た話
遺伝子組み換え作物って結局害なの?誰か教えて


最初の異変が起きたのは1週間前だった。

デスクで単行本になった“玉ねぎくん(1巻)”を読んでいると、ドアを叩く控えめな音。

 

“お姉さまー。お手紙が届いていますわ”

 

「あいよ。ちょっと待って」

 

椅子から立ち上がり、パタパタとスリッパを鳴らしながらドアを開けると、

半纏を着たパルフェムが。彼女が一通の封筒を渡してきた。

 

「郵便受けにお姉さま宛てのものが」

 

「ありがとー。どれどれ……ジェニファー?誰かしら」

 

「お知り合いではありませんの?」

 

「ううん、全然。読んでみるしかないわね。とにかくありがとう」

 

「それでは、パルフェムはこれで」

 

「風邪引かないようにねー」

 

とりあえずあたしはデスクに戻って、全く覚えのない差出人からの封筒を眺める。

表の住所や名前は子供の字。封を切って中の便箋を取り出して広げた。

 

『りさこ お姉さん こんにちは。 わたしは ジェニファーです。

本を よみました。 かいぞくと戦う お姉さんが すごく かっこよかったです。

お姉さんは いろんなところを ぼうけん してるんですね。

わたしも 大きくなったら がいこくに 行ってみたいです。

そして お姉さんのように つよくて かっこいい ガンマンに なりたいです。

これからも わるい人を やっつけてくださいね。

ジェニファーより』

 

あらやだ、強くてかっこいいですって。照れるわねえ。

海賊と戦ったのは、確か魔国から帰る途中だったわね。

歴史的に見れば割と最近の話だから現代史の教科書を読んだのかしら。

 

だけど所々情報が間違ってるわね。

ガリアノヴァ艦隊を殲滅したのは幽霊船ジャックポット・エレジーだし、

そのジャックポット・エレジーにとどめを刺したのは仮面ライダーに変身した皇帝陛下。

 

さて、誰とも知れぬ女の子に夢を与えてしまったからには返事を書かなきゃね。

こればっかりは面倒くさいとか言ってられないわ。

引き出しから筆記用具を出すと、今度はあたしの手紙をしたためる。

 

『こんにちはジェニファーちゃん。里沙子です。

お手紙ありがとう。あの海での戦いは大変だったけど、

実は、かいぞくとゆうれい船をたおしたのは、皇帝へいかなのよ。

かいぞく船はゆうれい船に粉々にされたし、ゆうれい船は仮面ライダーになった

皇帝へいかが火の玉になって体当たりしてやっつけたの。すごいでしょう?

だから、大人になったら、もんくを言わず、ぜいきんを払いましょうね。

あたしもそうしてるから。

あと、けん銃を持つのは、もう少し大きくなってからにしたほうがいいわ。

銃をうつと、手がびりびりするし、火薬のにおいが手についてなかなか落ちないの。

それに、これからは銃をおぼえるより、

勉強をがんばっていい大学に入ったほうが、もうかるわ。そういう時代なの。

わるい人を見たら、戦おうとしないで、兵隊さんに言いましょうね。

元気でね。斑目里沙子』

 

「よし!」

 

未来ある若者に役立つ一口アドバイスを添えた返事を書き終え、

ジェニファーの住所を書いた封筒にしまい、糊で閉じる。

うちには封蝋なんて洒落たもんは置いてない。

ちょっくら街まで手紙を出しに行きますか。

最寄りの郵便局は役所の一部署で、窓口も同じカウンターにある。

街に入ってすぐトンボ返りできるから野盗さえ出なきゃ割と楽。

 

今日は連中が出なかったから、街までの道のりはカットするわよ。

役所に入ったあたしは、“郵便受付”の看板が掛かったカウンターに並んで、

受付のお兄さんに手紙を渡した。

 

「郵送をお願い」

 

「はい。送り先は……帝都ですね。帝都宛ての封書ですと、3Gになります」

 

「これで」

 

あたしが3Gを支払うと、局員が消印を押してから手紙を黄色い収集箱に入れた。

 

「確かに受け付けました。ご利用ありがとうございます」

 

「よろしくね~」

 

一仕事終えたあたしは、他に用もなかったから、さっさと教会に戻った。

世のためになることをすると疲れるわ。

それでも悪くない気分で私室に戻ったあたしは、夕食までぐっすり昼寝をした。

 

 

 

 

 

翌日。あたしは読みかけの玉ねぎくん(1巻)の続きを読んでいた。

 

「描き下ろしのキャベツくんスピンオフもなかなか面白いわ。

ピンチになると春キャベツから冬キャベツに変身するあたり、

特撮モノ意識してるのかしら」

 

その時、まだ読み終わらないうちに1階からルーベルの声が響いた。

 

“里沙子ー!お前に手紙が届いてるぞー!”

 

「持ってきてー!」

 

“取りに来ーい!”

 

「ケチー!」

 

“動けバカー!”

 

これ以上大声を出すのがしんどくなったから、

億劫だけどコミックを置いて立ち上がり、部屋から出た。

1階に下りると、ジョゼットと買い出しから戻ったばかりのルーベルが

封筒を押し付けてきた。

 

「ほらよ。寒いからって引きこもってないで、たまには散歩でもしろ」

 

「ありがと。今は寒すぎるから夏まで待って」

 

「夏になったら暑いから冬まで待って、だろ?

お前の言動は読めてるっていうか、読めすぎてマンネリなんだよ。この企画にしても」

 

「それ気にしてるからあんまり言わないで。本日のお手紙は、と。……ラッセル?

また変なやつから手紙が来た」

 

「知り合いじゃないのか」

 

「いいえ、全然!!」

 

驚きのあまり昔観たミュージカルのセリフで答えてしまったわ。

住所の文字はやっぱり子供のもので帝都の消印が押されてる。

害はなさそうだから一応読んでみることにした。

私室の椅子に戻り、封筒にレターオープナーを通す。中から出てきたのは一枚の便箋。

あたしに何の用かしら。

 

『こんちは!オレ、ラッセルっていうんだ。父ちゃんは魚屋。

里沙子姉ちゃんの本、すっげー面白くてクラスのみんなも全員読んでる。

この前学校で読んでたら、先生に取り上げられそうになってヤバかったけど。

オレも里沙子姉ちゃんみたいに、拳銃一丁でギャング団と戦ったり、

目が一つの巨人を倒したりするカッコいいヒーローになりてーんだ!

どうすればそんなに強くなれるのか教えてくれよ!

父ちゃんは魚屋を継げってうるさいけど、オレは世界最強の賞金稼ぎになりてえ!

そんで悪い奴や強いモンスターを倒しまくって大金持ちになるんだ!

ラッセルより』

 

ああ。思わず天を仰ぐ。また間違った情報が流れてる。

教科書の出版会社もしっかりしなさいよ。子供が誤った歴史を覚えたらどうするの。

“一つ目の巨人”は魔王編に登場したサイクロプスのことだと思うんだけど、

ギャング団ってのがさっぱりわかんない。

いつかうちに攻めてきた野盗軍団のことかしら。

でも教科書に載せるほどの出来事とは思えないのよね。

仕方がないからとにかく返事を書く。

 

『ラッセル君はじめまして。お便りありがとう。斑目里沙子です。

君が読んでる本にひとつ間違いがあったから伝えておきますね。

あたしはギャング団と戦ったことはないの。そういう悪い人の集まりは

軍人さんが殺してくれるから、わざわざあたしが戦う意味はないでしょう?

お父様が魚屋さんということだけど、立派な職業だと感心するわ。

暑い日も寒い日も、毎朝早くから港に仕入れに行くなんてあたしには無理。

君は賞金稼ぎになるのが夢なんですってね。夢を持つのはいいことだけど、

あたしとしては魚屋さんを継いだ方が賢いと思う。

賞金稼ぎは君が思っているほど楽しい仕事じゃないわ。

痛い思いをして1Gも儲からないことなんて珍しくないし、死ぬ人だって大勢いる。

仕事が見つからなくて困ってる人がたくさんいる中、

お父様の魚屋という仕事場が用意されてる君はとてもラッキーよ。

今は納得できないかもしれないけど、いつかわかる時が来るわ。勉強頑張ってね。

斑目里沙子』

 

「書けたー!」

 

直筆で手紙を書くという、めったにしない作業を終えたあたしは、

湧き上がる達成感に声を上げて、背もたれに寄りかかった。

ラガーでもエールでもどっちでもいいから祝杯を上げたいもんだけど、

ルーベルに怒られるかジョゼットがチクる。

 

また返事を封筒に入れて、糊で封をする。

今度はジョゼットに郵便局に持って行かせようと思ったけど、

ジョゼットが街に行くには護衛がいる。その護衛はルーベル。

ビールと同じ理由でダメね。

”散歩ついでに自分で行け”って言われる未来が見える。

 

それに、なんたってあたしへのファンレターなんだし、

最後まで責任持って返事を出すのが筋ってもんよね。

ヌフフ、ファンレターか。あたしもすっかり有名になったものね。

や~ね、名声は要らないものランキング第3位なんだけど、

ちびっ子からお手紙もらっちゃったら返事をしないわけには行かないじゃな~い?

 

糊が乾いた封筒を見て、思わず顔がニヤける。たまには悪くないものね。

あたしはガンベルトを巻いて街まで出かけたけど、今日も野盗は出なかった。

悪いけど、今回はあいつらの出番はなさそう。難なく街の役所まで辿り着けた。

郵便窓口に手紙を差し出す。

 

「郵送お願ーい」

 

「少々お待ちを。……帝都宛てですので3Gですね」

 

「はいな」

 

「では確かに。ご利用ありがとうございました」

 

「よろしくー」

 

係員が封筒に消印を押して収集箱に入れるのを見届けると、

相変わらず激混みの市場を横目に街を後にした。

 

 

 

 

 

なんかおかしいな、と思ったのはその2日後。また手紙が来たのよ。

コンコンとドアをノックした後、下の隙間から差し込まれた。

この無口対応は多分カシオピイア。今度はハガキ。

また一人青少年があたしの魅力に気づいてしまったのね。

デスクに持っていって読んでみる。あら、今度は大人の字ね。

裏返して読んだらこんな感じ。

 

『マリアンヌざます。あなた方の不健全で不道徳な書物に対し、抗議の意を示します。

息子のベッドの下に怪しい物があったので、内容をチェックしたところ、

それはまあ、口にするのもはばかられるいやらしい描写ばかり!

破り捨てる前に、この本の出版差し止めを求めるべく、抗議文を書いた次第ざます。

あなた方が発行している子供に有害な本を今すぐ回収し教育委員会に謝罪すること。

この要望に対して誠意ある回答が得られない場合は、教育に携わる一人の親として、

訴訟も辞さないことを覚悟しておくざます!』

 

あー、どこの世界にもいるもんなのね。子育てに失敗したと思い込んだら

他人や社会に責任をなすりつけないと気が済まない自称教育者。

年頃の男子ならエロ本のひとつやふたつくらい読むでしょうに。

相手にするのもバカバカしい。

丸めてゴミ箱に捨てようかと思ったら、ふと気になる表現に気づいて手が止まった。

 

“いやらしい描写”ってことはエロ本で間違いないけど、

それじゃあジェニファーやラッセルが読んでたのって一体なに?

どう考えても漫画や教科書としか思えないんだけど。

 

一番気になるのは最初の方の“あなた方”。

あたしが誰かと組んでいやらしいことしてるとでも言いたいわけ?

さっぱりわけわかんない。何か手がかりが返ってくるかもしれないから、

腑に落ちない気持ちを抱えながら、マリアンヌというババアにも返事を書くことにした。

 

『拝啓

 立春を過ぎても寒さの厳しい今日此の頃、マリアンヌ様におかれましては

ご清祥のこととお喜び申し上げます。

 さて、この度はハッピーマイルズ教会の活動に貴重なご意見を賜り、

感謝の念に堪えません。

しかしながら、わたくしと致しましてはマリアンヌ様が主張しておられる書籍の

出版に関わった事実はなく、そもそも執筆活動を行った事もございません。

 よって、あなた様の要望に応えることは不可能であり、その結果生じた

如何なる損害についても当教会すなわち責任者であるわたくしはその責を負いかねます。

この返答に対しご納得頂けない場合、訴訟手続はマリアンヌ様に一任致しますので、

折返し裁判の日程等ご連絡頂きますようお願い申し上げます。

 それでは、法廷でお目にかかれることを楽しみにするとともに、

略儀ながら書中をもちましてお礼とさせていただきます。

                                     敬具

  2019年2月11日

                                斑目里沙子

 

追伸 手紙には頭語と結語、更に言えば時候・結びの挨拶というものがございます。

これらを省くことが許されるのは精々小学生までであります故、教育云々を語る前に

まずはマリアンヌ様ご自身が常識的なマナーを身につけられる方が宜しいかと存じます』

 

「こんなところね。書き方が決まってる分、形式的な手紙のほうが楽なのよね。

特にこういうバカをあしらう時には」

 

あたしは宛先を書いた封筒に、手紙とガジェット作りで余った鉄くずを入れて封をした。

手紙もこれで3通目。別にマリアンヌが訴訟を起こそうが止めようがどっちでもいい。

裁判で件の本が見られるわけだし、本当に無関係だからあたしが勝つに決まってる。

金も余ってるから弁護士も雇い放題。

 

家を出て街道を歩きながら考える。やっぱり変なのよね。

同姓同名の人違いって線も考えたんだけど、

みんなうちの正確な住所書いて送ってきてるし、

その割には読んだ本の内容が微妙に違ってるの。

 

そもそもハッピーマイルズ教会の住所をどこで知ったのか。

確かにこれまで不本意ながら世間の皆様をお騒がせして悪目立ちしてきたけど、

なんで今になってこんな訳のわかんない状況に陥ってるのかしら。

 

考えてるうちに街に着いちゃった。口をへの字にしながら役所に入る。

郵便窓口の受付に重い封筒を置く。中のものがジャラジャラと音を立てた。

 

「また帝都に手紙っていうか封筒を送りたいの」

 

「こんにちは。これは……少しお待ち下さい。この重量で帝都宛てですと、10Gです」

 

「あ、料金は着払いでお願い。どうしても欲しい部品らしいから速達で」

 

「それでしたら2G加算で12Gです。先方の了解は頂けてますか?」

 

「もちろんバッチグーよ。なるべく早くおねが~い」

 

「かしこまりました。ご利用ありがとうございます」

 

3度目の手紙を出し終えたあたしは帰路に着く。ん、手紙に同封した鉄くず?

なんてことないわ。重くして郵便料金を高くするための嫌がらせ。

そいつを着払いで押し付けたってわけよ。

あたしからの返事だと知ったら受け取らざるを得ないだろうからね。

 

それはともかく、とりあえず役所から出たけど、

また奇妙な手紙が届いたら本格的な調査に乗り出す必要があると思う。

直接送り主を訪ねて例の本を見せてもらうことも考えなきゃいけない。

不安な気持ちのまま教会に帰った。

その日の晩は憂さ晴らしにエールを一本多めに飲んだ。

ルーベルに事情を話したら特別に許可が出たのよ。

 

「最近よく外出するから散歩する気になったのかと思ってたが、

そんな事になってたのか」

 

「そーなのよ。初めはただのファンレターだと思ってたんだけど、

身に覚えのない抗議文まで来るし。それに、どうも3人共違う本読んでるっぽいのよね」

 

「へぇ、里沙子に請求書以外の郵便物が届くなんて珍しいこともあるものね」

 

「はいピーネ黙る。世の中には幼くして大人の魅力がわかる子供達もいるのよ。

ぬいぐるみと戯れてばかりいるお子ちゃまと違ってね」

 

「なんですってー!」

 

「ああ、はいはい。里沙子もピーネもケンカはやめろ。

ちゃんと子供に返事を出したから里沙子はエール2本飲んでいいぞ。

ものぐさなお前にしてはよくやった」

 

「マヂで!?やったわ、神様も世の中も普段のあたしの行いを見ているものなのね!」

 

「手紙に返事を書くなんて普通のことじゃない。

それしきのことで褒められて喜んでちゃ世話ないわ。どっちが子供なんだか」

 

「エールの味も知らないちびっ子が何をほざこうが痛くも痒くもないわ」

 

「だからやめろって言ってるだろ、うるさい連中だな」

 

まあ、さっきも言ったけど、夜はこの前買った干し肉と、

柑橘系フルーツの香りが爽やかなエールで幸せになったの。

心地いい酔いのおかげで怪現象を忘れて、気分良く眠れた。

 

 

 

 

 

“二度あることは三度ある”をオーバーフローして、四度目が来た。

その封筒に押された消印は、またしても帝都のもの。

表にはうちの住所。裏にはPN:ランランルー。大人の字。

もう何も言わずに手にした封筒を開封する。

中の便箋に書いてあったメッセージは以下の通り。

 

『里沙子さんこんにちはー。本名は恥ずかしいから、ランランルーって呼んでね。

えーっと、何から話そうかなぁ。とりあえず、新刊読みました。

相変わらずドスケベですね(褒め言葉)!

里沙子さんが、夜の教会で仲間達とあんなことやこんなことを!

三つ編みメガネの女の子が乱れに乱れる。マリア様が見ているというのに!

これはもうね、合法的な児童ポ○ノですよ!ああいやらしい(褒め言葉)!

里沙子さんは戦いでは攻めなのに、あっちの方は受けなんですね。

どうしようもなくランランルーの劣情を掻き立てるド迫力24ページが

フルカラーで20Gはとてもお買い得だと思います。

ちなみにランランルーとしては、もっと道具を使ったプレイを希望します。

夏の新刊も楽しみにしてますので、先生にもよろしくお伝え下さい。

それでは、今夜もお楽しみくださいね。私も楽しみます。ランランルーより』

 

「キエアァァァァアアア!!」

 

怒りに任せて手紙を縦半分に破き、椅子の上で暴れる。

 

「誰が合法○リだぁ!!あたしをいくつだと思ってる!24、24、斑目里沙子は24!!」

 

突然叫びだしたあたしの声を聞きつけて、みんなが部屋になだれ込んでくる。

 

「おい、どうしたんだ、いきなり大声出して!子供ら怯えてるぞ!」

 

「お姉ちゃん……!落ち着いて」

 

「そうだ落ち着け、アラサーにはまだ時間がある!」

 

「落ち着けるわけないでしょうが!

知らないところで知らない誰かに痴女扱いされてるというのに!

あんた達も被害者なのよ、それ見なさいよ!」

 

床に捨てた手紙を指差すと、ルーベルが拾い上げてつなぎ合わせた。

同時に顔をしかめる。

 

「こりゃあ、ひでえな……

まるで私達を題材にしたエロ本がどこかで売られてるみたいじゃねえか」

 

「“まるで”じゃなくて売られてるのよ、実際!この前のクレームも

ランランルーが読んでる本に対するものだと仮定すれば説明がつく!」

 

「やだ…ワタシ達が、お姉ちゃんを……」

 

真っ赤になってカシオピイアが手紙を捨てた。

 

「しかし、子供達が読んでいた本はどうなる?

そいつは単なるお前の冒険物語だったんだろ?」

 

「そんなこと知らないわよぉ!

(褒め言葉)つけりゃ何言っても許されると思うなバカヤロー!!あああああ!!」

 

冷静なルーベルが手紙を拾い直して考え込む。

あたしがまたデスクに八つ当たりしていると、エレオとジョゼットも部屋に入ってきた。

 

「どうなさったんですか、里沙子さん!?」

 

「すごい声が1階まで聞こえてきました……」

 

「なんで、なんで、あたしばっかりこんな目に……」

 

その時、手紙の内容を分析していたルーベルが、重要なポイントに気がついた。

 

「なぁ。最後の方に書いてある“先生”って誰のことだ?

里沙子の知り合いに心当たりはないか?

お前はともかく私達のことまで知ってるってことは、どこかで会ってる確率は高いぞ」

 

「はっ!!」

 

そこである可能性が脳裏をよぎった。

知らない奴がここの住所を知ってるという事実。

内容がバラバラで、フルカラーすなわち絵で書かれている書物。

そして“先生”という人物の存在。もう間違いない。

 

あたしは立ち上がると、ガンロッカーの鍵を開け、

ヴェクターSMGとレミントンM870を取り出した。

重装備のアタシを見て、エレオが恐る恐る尋ねてくる。

 

「あのう、里沙子さん。それで一体何を?」

 

「エレオ、悪いけどあたしを帝都に連れてって」

 

「それは構いませんが、そろそろわたし達にも状況を教えてくれませんか?

ここ最近、里沙子さんの様子が変なので……」

 

「知らないほうがいいわ。犯人潰しに赴くのよ。帝都に血の雨を降らせてやるわ」

 

「はぁ…あまり危険なことはなさらないでくださいね?」

 

「心配しないで。あたしにとっては危険じゃないわ」

 

「心配しかできねえよ。私達もついていく」

 

「勝手になさい」

 

エレオの白い手を掴んで、あたし達は輪になった。

神の見えざる手で、光の粒子になり、帝都の大聖堂教会へ運ばれていく。

そこで思いもよらない…ごめん嘘。だいたい予想した通りの真実を目にする事になった。

 

 



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外国の缶詰って洗う時フタの切り口で手を切りやすいから困るのよね。

大聖堂教会前の広場に転移したあたし達は、直ちに戦闘準備を開始。

通行人が突然現れたあたし達をジロジロ見ながら通り過ぎていくけど、どうだっていい。

 

「戦争が始まるわ!各自、武装の準備はオーケー?」

 

「待て待て、そろそろ私達にも状況を説明しろ。

銃なんか持ち出して何がしたいんだ。誰と戦うんだ」

 

それでもルーベルが腰のピストルの安全装置を外しながら聞いてくる。

 

「そうですね。戦争とは穏やかではありません。

里沙子は犯人潰しとおっしゃっていますが、

例の本を出版している人物をご存知なのですか?」

 

「あたぼうよ!今こうしているうちにも輪転機がガオンガオンと……

あった!みんな来て!」

 

「答えになってねえっての!」

 

「待って下さ~い、わたくし久しぶりの大規模転送でワープ酔いが……」

 

泣き言をほざくジョゼット達を無視して、広場で本を読む青年に近づく。

警戒されないよう、顔を笑顔で固めながら。

 

「おくつろぎの所ごめんなさいね。その本について聞きたいことがあるんだけど」

 

「アハハ、見ろよ。早撃ち里沙子って家じゃこんな馬鹿やってる……って本人かよ!」

 

「そう、本人。悪いけど、少しそれを見せてくれないかしら」

 

「お、俺が描いたんじゃねえ、本当だって!」

 

「わかってる。描いた奴に用があるの。背中のものが必要になる用事」

 

「うげっ!……ほらよ」

 

背中から突き出るレミントンM870とヴェクターSMGを見てギョッとした青年が、

持っていた薄い本をあたしによこした。

パラパラと流し読みしてみる。全年齢向けのギャグ漫画ね。

みんなが不審感を募らせながら遅れてやってきた。

 

「お~い、里沙子。何がどうなってるのかいい加減説明しろ」

 

「それ、お姉ちゃんの本?」

 

「みんな見て。やっぱり帝都にあたし達を題材にした本が出回ってる」

 

「ちょっと拝見。……ふふっ、いやですわ。

お姉さまが意味不明なイタズラをして、何故か最後に爆発したり馬車に轢かれたり」

 

「ぷぷっ、いい気味だわ。私も一冊欲しいくらい」

 

「しょうもないイタズラは実際時々やってるしな」

 

「気が済むまで楽しんだならそろそろ出発しましょう。

……あなた、お休みのところ邪魔をしたわね。これ返すわ。ごゆっくり」

 

あたしは青年にペラペラの漫画本を返そうとした。

 

「暇だし別にいいさ。……あ、待ってくれ!サインくれないか?

実物の斑目里沙子のサインが欲しいんだ」

 

青年が胸ポケットに差していたペンをよこしてくる。

ペンを受け取ると、あたしは情報料代わりに本の表表紙(おもてびょうし)にサラサラと名前を書いた。

 

「転売、無断転載はおやめください…と。これでいいかしら?」

 

「ありがとう!職場の同僚に見せびらかしてやるんだ。本人の直筆サイン!」

 

「間もなく出版差し止めになるから大事にしてくれると嬉しいわ。

それでは、ごめんあそばせ」

 

今度こそ彼に本を返すと、次は大通りに出た。みんなもぞろぞろと後に続く。

 

「里沙子、さっきの本も今までのやつと同じ作者が書いてたのか?」

 

「その通り。今からそいつの根城に乗り込んで、10mmオート弾の餌食にしてやるの」

 

答えながら馬車がいないかキョロキョロと周りを見る。

 

「じゃあお前には犯人の正体がわかってるんだな?

もったいぶってねえでさっさと言えよ」

 

「それにはまず知ってもらうことが……ヘイ、タクシー!」

 

ルーベル達に本事案に関しての予備知識をレクチャーしようとしたら、

ちょうど馬車がやってきた。手を振って呼び止める。

あたし達の前で馬車が停まると皆一斉に乗り込んだ。すると懐かしい人に再会。

 

「誰かと思えばあんたじゃねえか。久しぶりだな」

 

魔王編で顔見知りになった御者の兄ちゃん。魔国編にもちょっと出てたかしら。

 

「本当に久しぶりね。商売どう?」

 

「まあまあってとこだ。また帝都まで来て、どこへ行くんだ」

 

「200出すから神々の面汚しのとこまでダッシュでお願い。今回マヂで急いでるから」

 

「よーし、じゃあ飛ばすから掴まってろよ」

 

兄ちゃんが手綱を弾くと、馬がいなないて全速力で駆け出した。

しかし、“神々の面汚し”で普通に通じるあたり、奴も落ちるとこまで落ちたものだわ。

到着までしばし時間ができたから、

やっと全員にここ最近の異常現象について説明できる。

 

「まず、奇妙なファンレター事件の全貌を話す前に、

知っておいてもらわなきゃいけないことがあるの」

 

「おう」

 

「ジェニファー達が読んでいたのは、

同人誌っていう通常の流通ラインに乗らない自費出版の本なの。

帝都内だけに販売を絞ればあたしの目が届かないと思ったんでしょうね」

 

「それで、ハッピーマイルズでは先程のような本を見かけなかったんですね?」

 

「ええ。そもそも同人誌というものは歴史が古くてざっくり分けて2種類ある。

100年ほど前に文豪や俳人を目指す人達が作品発表の場として資金を出し合って、

小説や和歌を掲載した本を出し始めたのが元祖なの。

今回それは置いといて、2つ目の現代のオタク文化における同人誌について話すわよ」

 

ガタゴト揺れる馬車の中で、自然に声が大きくなる。

 

「これに関しては、既存の漫画やアニメのキャラをモチーフにした二次創作。

つまり、あのキャラがこんな活躍したら面白そうとか、

このふたりがくっついたらいいのにな、とかいう妄想を

主に漫画を始めとした形で売り出してるのが今問題になってる同人誌よ」

 

「ええと、アニメっていうとマリーさんがお店で見てる箱型の装置ですよね。

漫画はわたくしも読んだことがありますよ!」

 

「それそれ。その箱型のやつに映されるアニメや漫画を土台にして、

自分なりの物語を作って漫画にしてるの。

当然著作権法違反だけど、

権利者も無数のサークル相手に訴訟を起こすのがめんどいとか、

宣伝になるから黙認とか、最初から二次創作を認めてるとかいう事情から

毎年夏と冬のイベントで大規模な同人誌頒布会が行われてる。

今の流行りは艦○れとかFa○eね」

 

「お姉ちゃん。頒布会って、なあに?」

 

「今言った著作権侵害が見逃されてるのは、

大体の同人誌がほとんど実費だけで売られてる、

要するに金儲けじゃなくて配ってるだけだから

メーカーもファン活動の一環として大目に見てくれてるってわけ。

だから販売会じゃなくて頒布会。

ちなみに、同人誌にもオリジナルのキャラで人気出してるところもあるけど、

今回は関係ないから詳細は省く」

 

「それでパルフェム達が漫画になって帝都の方の目に触れることになったわけですのね」

 

「しかーし!あたしは権利者としてこの本は絶対に認めない!

あたしらには存在してるだけで肖像権ってもんがあるのよ!

それを勝手に金稼ぎの手段に使うわ、挙句の果てには18禁にまで手を染めて!

恨み晴らさでおくべきか!」

 

「お客さん、全然意味わかんねえことで怒ってるところ悪いが、もうすぐ着くぞ」

 

「おーし、全員突入するわよ、準備はいい!?

……ところで、お兄さんはあたしの漫画読んだことない?」

 

「ん、あんた漫画も書いてるのか?悪いが漫画は読まねえんだ」

 

「気にしないで、それでいいの」

 

景色が見覚えのあるものに変わり、前方を見ると何やら行列ができている。

その列の先頭には……居やがった!御者席に金貨2枚を置く。

 

「兄さん、ここで降りるわ!約束の200G!」

 

「あ、ああ。でもやっぱり多すぎ…」

 

「余りはこの騒ぎを引き起こした馬鹿から取り立てるから問題ない!

あと、あたし達が降りたらすぐUターンしてこの場を離れて。

巻き込まれたくなかったらね!」

 

「何がしたいのか聞こうと思ったがやめとくよ。じゃあな」

 

「バイバイ!総員、あさま山荘の鉄球の如く、敵の本陣に突入するのよ!」

 

「待ってください里沙子さ~ん!」

 

「まったく、相変わらずものぐさの癖にどうでもいいことで頑張りやがる!」

 

あたしは背後の文句を無視して、わいわいと盛り上がるアホ共に向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

「“里沙子日和”の1~3ください」

 

「は~い。12Gです」

 

「試し読みいいですか?」

 

「ご自由にどうぞ~」

 

うふふ。折りたたみ式長テーブルに平積みした私の傑作が飛ぶように売れて行きます。

漫画と芸術は別物だと思っていましたが、

アースから流れてきた本を興味本位で読むうちに考えが変わりました。

 

「既刊もまだまだあります。慌てないでくださいね~」

 

特に、主人公の守護霊が猛烈な拳のラッシュを繰り出し、敵を倒す冒険漫画は

目を見張るものがあります。

少々人を選ぶ絵柄ですが、肉体美を描き出す確かな画力と独創的なポーズ、書き文字は、

よほど人体の構造や美術を研究した人物が描いたに違いありません。

 

「あ、あの…“神の鳥籠に囚われた少女R”の続編は?」

 

「ストップ!そっちの方はまた夜に、お願いしますね……もう、印刷済みですから」

 

ひそひそとお客さんに耳打ちを。

 

「うへへ、夜にですね?わかりました~」

 

危うく副業がダメになるところでした。全年齢対象のものは、ほぼ利益ゼロなんですが、

日が暮れてからこっそり売ってるあっちの方は、なんと言うかまあ、儲かるんです。

私と夜のお客さんだけの秘密ですけどね。

 

「“ヘルズウォリアー・ルーベル”ください」

「“バイオリサーコ総集編”、1冊」

「わたしは“エレオノーラ様の優雅な一日”を」

 

嗚呼、私が人間界に降り立ってから、

これほどまでにお金に恵まれたことがあったでしょうか。涙が出そうになります。

それもこれも古本屋で手に入れた薄い漫画のおかげです。

 

元手も実績もない私には、

出版社に掛け合って普通の単行本を販売することができませんでしたが、

このボリュームならレンタルした印刷機で刷ることができて、

自分で売ることもできます。

 

「はいは~い!今、補充しますから少し待ってくださいね!」

 

商品が足りなくなってきました。私はダンボール箱に詰めた在庫の包み紙を破いて、

新しく漫画の束をテーブルにドスンと置きました。

同時に、それは稲妻のような銃声と共に砕け散り、一瞬にして紙吹雪となったのです。

 

……あれ?

 

何が起きたのか理解できず、私もお客さんもしばし呆然としていました。

何度か目をパチパチして、銃声の方向を見ると、急速に血の気が引いていって……

あの娘が右手に持った銃を伸ばしたまま近づいてくる!

どうして!?絶対バレないと思ったのに!

そして一拍遅れてお客さん達から悲鳴が上がり、その場が一気に混乱に陥りました。

 

 

 

 

 

あたしは、罪咎憂いをその身に宿す不浄な書物の塊を

レミントンのスラッグ弾で破壊。ハンドグリップを引いて排莢し、弾丸を再装填する。

 

「次はバックショット使うわよ!散弾食らいたくないなら帰んなさい!」

 

「ぎゃっ、里沙子が来た!ネタにされて怒ってるんだ!」

「やべえ!完全にキレてる!逃げるぞ!」

「先生、許可取ってなかったんですか!?」

 

大声で警告すると、行列がパニックを起こし、散り散りに逃げていった。

残されたのは顔を青くした自称神。

言葉が見つからないらしく、口をパクパクしながらただその場に突っ立ってる。

あたしは一歩ずつ距離を詰めながら正義を問う。

 

「……無力が悪だと言うのなら、力は正義なのか。復讐は悪だろうか」

 

引用元:コードギアス反逆のルルーシュR2

 

「あうあうあう……り、里沙子ちゃん!どうしてここが!」

 

「久しぶりねぇ。本当に久しぶり。お元気そうで嬉しいわ……マーブル!!」

 

とうとう謎のファンレター事件の犯人とご対面。ルーベル達も追いついてきた。

地面に散らばる紙くずや原型を留めた本を見て状況を把握したみたい。

 

「これは……里沙子が言ってた同人誌か!」

 

「ワタシ達が、描いてある」

 

「それでは、マーブル様がわたし達について描いた書物を

いろいろな人に売っていらしたのですか?」

 

「あ、エレオノーラちゃん、それは、あのね?」

 

「でい!!」

 

「ひっ!」

 

マーブルの言い訳を一喝で阻止する。

 

「申し開きは後で聞くわ。

とりあえず許諾を得ずに作られた出版物をこの世から消滅させる必要がある。

これ以上の拡散は阻止しなきゃ。みんな手伝って」

 

今度はヴェクターSMGを構えて、生き残りの在庫に銃口を向ける。

粗末な売り場ごと粉砕しましょう。

それにしても、長らく出番のなかった高性能サブマシンガンの再登場が

こんなアホみたいな展開になるなんて、ガンマニアとして許しがたいことこの上ない。

 

「里沙子ちゃんお願い!これは私が一から漫画を勉強して執筆して、

夜なべして印刷から製本までした努力の結晶なの!

それをこんな形でめちゃくちゃにされるなんて芸術の神として……」

 

「芸術の神が芸術を穢しというて何言うかこのアホが!

既にあんたの描いた18禁の同人が子供の手に渡ってるのよ!」

 

「もう描かない!二度と18禁は描かないから全年齢のものは見逃して!死んでしまう!

私の、可愛い、子供達が……」

 

引用元:エルシャダイ

 

みっともなく涙と鼻水を流しながらすがりつくマーブルを金色夜叉のごとく足蹴にする。

 

「あうっ!」

 

「鬱陶しいわね!まだ熱っついレミントンの銃口ほっぺたにくっつけるわよ!

さあ、銃を持ってる人は射撃用意!」

 

「マーブルの姉ちゃん、済まねえがこりゃ仕方ねえわ。

今回ばかりは里沙子の言い分に理がある。

せめて健全な本だけ描いてりゃ、かばいようもあったんだが」

 

ルーベルもハンドガンを構える。だけど、射撃直前で待ったがかかる。

 

「あの、里沙子さん……少し考え直してもらえませんか?」

 

「エレオ、今回は我が方に正義があるのはルーベルが言った通りよ」

 

「確かにその……青少年にふさわしくない本で儲けたことは罰せられるべきです。

ですが、ジェニファーさんやラッセル君が、

マーブル様の本で勇気や希望を与えられたのも事実なんです。

どうか子供も読める本だけは許してあげてもらえないでしょうか……?」

 

「う~ん、だけどねえ」

 

「こうしてはどうでしょう?

マーブル様は本の売上の一部を里沙子さんに支払うということでは」

 

「ええ~?全年齢向けは正直大して利益が出ないっていうか…いえ、なんでもないの!

これからは安心して子供に与えられる本を描くわ!とほほ……」

 

「お姉ちゃん、ワタシからも、お願い」

 

「カシオピイアまで?もう、困るわねぇ……」

 

地面にへばりつくマーブルとカシオピイアを交互に見ながら悩む。

 

「ちなみに、あんたとあたしの取り分は?」

 

「7:3で」

 

「砲撃用意!エネルギーが尽きるまで、怒りを込めて撃ち尽くせ!!」

 

引用元:宇宙戦艦ヤマト2

 

「結局どうすりゃいいんだよ!撃つのか、撃たないのか!」

 

「こいつの出方次第よ。まともな分け前をよこす気になれば損失は最小限で済む」

 

「本当にお願い!全年齢は利益率が雀の涙で!」

 

「……どうしよう」

 

カシオピイアが不安げにあたしを見る。

 

「情けを掛けちゃだめよ。

それにこいつは、あなたがあたしをこねくり回すような本をまだ隠し持ってるのよ?

姉であるこのあたしを!」

 

「猥褻図画販売目的所持の容疑で刑事処罰する」

 

彼女の目の色が変わって、紫水晶の銃を抜いた。

 

「あれ、カシオピイアさん…?」

 

「帝国立刑法175条猥褻図画販売目的所持の容疑の現行犯で緊急捜査を行う。

あなたに拒否権はなく、我々は必要と判断した際、

証拠品の押収や危険物の破壊を司法の決定を待たずに行う権限がある。

あなたには黙秘権がある。供述は法廷であなたに不利な証拠として用いられる事がある。

あなたは弁護士の立会いを求める権利が(以下略」

 

「待って!待って!いきなり刑事モノ小説のアレ言い渡されてもマーブル困っちゃう!」

 

「ふん、この娘は仕事になると性格が変わるのよ。

お仕事モードに入ったから忠実に職務を遂行してくれるでしょうねぇ」

 

淀みなくミランダ警告を告げると、

カシオピイアはいつ以来の登場になるか見当もつかない

彼女の魔法触媒“聖母の眼差し”を腰のホルスターから抜き、

その長方形のガラス板に魔力を通して顔の前で浮かべた。

 

「対象をサーチ、有害図書及びその生産施設を検索中……検索完了。

裏庭及び神殿内に不審な存在を検知。攻撃に移ります」

 

今度は左手の銃を抜き二丁拳銃に。

味方のいなくなったマーブルが泡を吹きながらも、最後の抵抗を試みた。

 

「ちょっと待った!……そうよ、そうだわ!

確かに里沙子ちゃんに無許可で本を作ってたと思ってたけど、

よく考えたら、私は里沙子ちゃんに、許可を取っているわ!」

 

「はぁ?いつ、どこで。ただの時間稼ぎだったら容赦しないわよ」

 

「思い出して。あれは去年の猛暑が厳しいときだった。

具体的には、“3段重ねのアイスクリームって~”のエピソードを参照して欲しいの」

 

「ちょっと、まさか……」

 

 

 

“いつか……里沙子ちゃんを題材にした大人向けの薄い本を描いて、

伝説の逆三角形の神殿で売りさばいてやる!……うう“

 

“やってみなさいよ。あんた一人の弱小サークルがスペースなんて貰えるはず無いし、

貰えたとしても1冊も売れなくて、メロンもとらも委託してくれず、

全部廃棄処分が関の山よ。さあ、帰った帰った“

 

 

 

「そう、確かに言ったの。“大人向けの本を描く”って!

対して里沙子ちゃんは“やれ”って言ったわ!

つまり、私と里沙子ちゃんには彼女を題材にした本を描くという合意があるのよ!

口約束だろうとこの合意がある以上、

軍人さんでも私の作品には手を触れさせませーん!」

 

「このアマ……!」

 

死に際の悪あがきで痛いところを突かれた。

まさか過去の自分に足を引っ張られるなんて!

 

「いや、あれはコミケに出られるもんなら出てみろってことでさ」

 

「コミケなんて知りませーん!でも里沙子ちゃんの本を描く権利はあるんですー!

他のみんなの本はもう描きません!

だけどこれからは里沙子ちゃんにジャンルを絞って執筆活動を続けまーす!」

 

開き直るマーブルに困ったカシオピイアが対応を問う。

 

「姉さん、どうする?このままだと民事訴訟に発展しそう。ワタシの警察権にも限界が」

 

なんという屈辱……このあたしがマーブルごときに追い詰められるなんて!

ヴェクターのグリップが汗で濡れる。トリガーに指を掛けたまま思案する。

この企画の主人公として、あたしとして、斑目里沙子として行うべき正義。

悩み抜いて出した結論は。

 

「……カシオピイア、目標の現在位置を」

 

「姉さん!?」

 

「いいから!」

 

「うん……まずテーブルの商品。他に後ろのダンボール。

あと神殿内の北西に怪しい機械と一際大きな反応がある」

 

「ま、まさか……」

 

「やっぱみんなは手を出さないで。ここはあたしが片付ける」

 

「落ち着け、馬鹿な真似はよせって!お前が捕まるかもしれないんだぞ!?」

 

「問答無用!」

 

覚悟を決めたあたしは、ルーベルの制止を無視し、

トリガーに掛けた人差し指を思い切り引いた。

銃身全体がV字型を描く強力なサブマシンガンが吠え狂う。

10mmオート弾がサイレンサー付きの銃口から飛び出し、標的に食らいつく。

炸薬で焼けた無数の銃弾を浴びた紙の束は、瞬く間にテーブルごと粉々にされていった。

 

「やめてー!お願いだから、9:1でいいからぁ!!」

 

ヴェクターSMGがマーブルの懇願に耳を貸すはずもなく、

鈴のような空薬莢の排出音を奏でつつ、

奥のダンボール箱を穴だらけにし、引きちぎり、無意味な紙片に変えていく。

 

「……外はこんなところね。次は神殿。印刷機と例のエロ本があるはずよ」

 

「うう、ひどすぎる……連日の徹夜で描き上げた私の子供達……」

 

マーブルは未練がましくゴミになった本をかき集める。

 

「よせって見苦しい。今のあんた神様らしいとは言えないぜ?」

 

あたしは売り場横の神殿に向かう。ドアに鍵が。再びレミントンM870の出番。

こうなったらとことんやるしかない。

スタンダードなポンプアクション式ショットガンを構え、ドアノブに狙いをつける。

 

「ふん、ツイッターが炎上?いっそ灰になるまで燃やしなさいな!」

 

至近距離からの発砲で、ドアノブというよりドア左半分が消し飛んだ。

木の残骸を蹴破り、内部に侵入。カシオピイアの言う通り、北西の隅にそれはあった。

型落ちのプリンターのそばに、さっき見たようなダンボールが山積み。

 

中を覗いてみると……肌色の多い漫画の数々。

なるほど、これを売りさばいて金を稼いでいたのね。

神殿の様子を探っていると、マーブル達も駆け込んできた。

 

「里沙子ちゃん、それだけは、印刷機だけはやめて!もう漫画は描かない!

油絵しか描かないから!レンタル品が壊れたら賠償金が凄いことに!」

 

「油絵でもフレスコ画でも好きなだけ描きなさいな。そうね、こうしましょう。

正直、こうなった責任はあんたとあたし両方にあるわけだし、弁償代は折半するの。

あたしは有り余る資産から少しばかり支払う。あんたは風呂に沈む」

 

「……悪魔め、鬼め!」

 

引用元:歌劇リゴレット

 

むやみに物を壊すのは趣味じゃないんだけど、

有害な情報を拡散し、個人の尊厳を傷つける輩が現れた以上、

このアース製プリンターにはおネンネしてもらうことになる。

 

レミントンの空薬莢を排出し、ケースから2発目のスラッグ弾を取り出すと、

シュラウドから挿入。ハンドグリップを引いて装填する。

すると後ろからジョゼット達の悲鳴が聞こえてきた。

 

「この箱はなんでしょ~……キャア!わたくし達が女同士でこんな、こんな!ああ!」

 

「マーブル様、今度ばかりは見損ないました……」

 

「どれどれ。ワーオ、刺激的~。おっと、カシオピイアと子供達は見るなよ」

 

「そう悲劇的。だからこの惨劇はあたしの手で終わらせなければならない」

 

「ここに始まり、ここに終わる、か。さっさとやっちまおうぜ。

……そうだ、どうしても気になってたことがあるんだが」

 

「なに?」

 

「どうしてマーブルの姉ちゃんが犯人だってわかったんだ?」

 

「帝都で活動してる、絵の心得がある、あたし達全員を知ってる。

そして何より、うちの教会の住所を知ってる。

全てに当てはまるのがあいつだけだったからよ」

 

「でもさ、住所知ってたのはファンレター送ってきたやつらも同じだぜ?」

 

あたしは地べたに落ちていた既刊の一冊をルーベルに渡した。

 

「奥付を見てごらんなさい」

 

「えーっと……あれ?うちの住所が書いてある」

 

「今じゃ考えられない危険行為だけど、

昔の同人誌には奥付に著者の住所が書かれてたのよ。

“奴”が持ってる一番古いサモンナイト2(初代PS:2001年発売)の同人誌に

個人の住所が確認されてるから、少なくとも約20年ほど前の本を参考にしたみたいね。

このアホは」

 

「え……確かに私、参考文献と同じように神殿の住所を……

あ、間違って里沙子ちゃんの住所を書いてました。テヘッ!」

 

ペロリと舌を出してウィンクしつつ自分の頭を小突くマーブル。

あたしの脳内が白で満たされる。

 

「プリンターの前にあんたをぶっ壊した方が良さそうね」

 

散弾銃のアギトをプリンターからマーブルに移す。

 

「タンマ、タンマ!非武装の神様にそんなもの向けちゃだめー!」

 

「ペンは剣よりも強し、されど銃の前には無力なのよ。誰が言ったか知らないけど」

 

「やめとけって、だから。あとは印刷機壊して残りの本を燃やせばそれでいいだろ?」

 

「あともう一つ大事なことがあるわ!それは──」

 

その時、カラシニコフ銃を構えた軍人達が神殿になだれ込んで来た。

 

「全員動くな!両手を頭の後ろに回せ!今すぐ!」

 

「ほら見なさい。エロ本ばらまいてるからお巡りさんが怒って……」

 

「上げろと言ったはずだ、早くしろ!」

 

「あたしも!?何の容疑で?まさかの展開にさすがのあたしもびっくりなんだけど!」

 

あれよあれよと思う間に、あたしもマーブルごと逮捕された。

 

 

 

 

 

あたしは今、サラマンダラス要塞の牢屋にいる。

隣の牢には本当に罰せられるべきバカ女。

 

「なんであたしまであんたと仲良くブタ箱行きなのよ……!」

 

冷たい石の床に座り、歯噛みしながら不満を漏らす。

 

「取調室で軍人さんが言ってたじゃない。道路の真ん中で銃を乱射した罪だって。

お客さんが通報したみたい」

 

「誰のせいだと思ってんのよ!

勝手に人様ネタにして漫画描いて、結局いくら儲けたのよ!?」

 

「5000Gくらい。多分」

 

「シャバに出たら4500G払いなさいよ?9:1でいいって言ったのちゃんと聞いてたから」

 

「そんな殺生な……漫画を描くのってすごく大変なのよ?」

 

「あんたは芸術の神であって、同人の神じゃない。

そもそも神かどうかも怪しいもんだけど。ていうか、なんで人間界に住んでるの?

“帰って来たヨッパライ”みたいに、

遊んでばっかりで神様に天界から追い出されたとか?」

 

「それはね?乙女の、ひ・み・つ!」

 

「今ならタイラントのごとく壁ぶち破ってあんたの頭を握りつぶせそう。

ちなみにバイオRE2の難易度高すぎ」

 

「……こほん。真面目な話、いろいろ事情が複雑なの。

いつか整理がついたら打ち明けるわ」

 

「まぁ、あんたの身の上話なんてどうでもいいけどね。

一瞬今回の騒ぎの動機について聞こうと思ったけどやめた。

今度はどんなおべべを買った?」

 

「あのぅ、ブティックの冬物一掃セールで、

カシミヤのマフラーがいつもなら考えられないお値段で……」

 

「あー!いつになったらここから出られるのかしら!」

 

くだらねえ雑談で殺風景な牢獄での時間を過ごしていると、

カツンカツンと金属と石がぶつかる固い足音が近づいてきた。

そしてあたし達の牢獄の前で止まる。

 

「早撃ち里沙子が逮捕と聞いたから何事かと思った」

 

「皇帝陛下……」

 

「里沙子嬢、そして女神マーブルよ。久方ぶりの再会がこのような形で誠に残念である」

 

「申し訳ございません。

そもそもの発端がマーブルの不実な商売であるとは言え、ご迷惑をおかけしました」

 

立ち上がって深々と頭を下げると、マーブルが鉄格子にしがみついて訴える。

 

「皇帝さん、聞いてください!里沙子ちゃんたら、いきなり私を撃ってきたんです!

お客さんに流れ弾が当たってたらと思うと、ああ恐ろしい!」

 

「撃ったのは権利者に無断で作成された書籍であり、

散弾が広がらないよう一粒弾を使用しました。彼女が描いた本をご覧になってください。

むしろ被害に遭ったのはわたくし達の方です」

 

「……例の書籍に関しては我輩も目を通した。

女神よ、芸術の神ともあろう者が、その才能を低俗な商売に利用するとは嘆かわしい」

 

「普通の漫画だって描いてたモン……」

 

「そして里沙子嬢。確かに貴女は被害者の立場であるが、

怒りに任せて暴力に訴えるやり方には賛成できない」

 

「おっしゃる通りです……」

 

「二人共特別な立場の者ではあるが、サラマンダラス帝国に住まう以上、

その決まりには従ってもらう。こればかりは忖度なしである。

しばし、ここで頭を冷やされよ。我輩はこれで」

 

真紅のマントを翻して皇帝陛下は行ってしまった。

なんだか怒る気力も失せて、また床であぐらをかく。

 

「あんたのせいだからね」

 

「里沙子ちゃんだって」

 

「もういい、喋んな。疲れたわ。はぁ…」

 

ひんやりした空気の中、なんにも楽しみのない退屈な牢獄でふてくされる。

 

「……里沙子ちゃん」

 

「喋んなって言わなかった?あんたにしろジョゼットにしろ、

あたしに逆らわないと気が済まない病の症状が酷いわよ。

心配しなくてもここ出たら治療してやるから」

 

「ごめんね?」

 

「ごめんで済めば警察は要らない」

 

「それでも……ごめんなさい」

 

ブタ箱にぶちこまれた現実を受け入れたのか、マーブルが妙にしおれてる。

 

「ファッションオタクはいつものことにしろ、今回は特に馬鹿やらかしたわね。

なんで資金稼ぎの方法が同人活動だったのよ」

 

「……うん。アースの漫画を読んでるとね、本当に凄いな、って思ったの。

どの漫画もとても面白くて、絵も緻密で繊細、それでいて大胆。

これが子供向けなんて信じられないくらい」

 

「漫画が子供向けだったのは過去の話よ。今は大人も普通に読んでる」

 

「実際私も夢中になった。でも、少しだけ不安にもなったの」

 

漫画で不安?ちょっとだけ興味が湧いたから話に付き合ってやることにした。

 

「暇つぶしに聞いてやるわ。なんで?」

 

「人間がただ娯楽のために描いた絵が、これだけの仕上がりを見せるんだもの。

落ちこぼれとは言え、芸術の神として私の価値なんてないんじゃないかって。

そのうち私を超える画家がどんどん生まれて、また私が忘れ去られるんじゃないかって」

 

「……まぁ、pixiv行きゃそれこそ神レベルの絵がゴロゴロ転がってるしね」

 

「お金が欲しかったのもそうだけど、やっぱりどこかで焦ってた。

私もこれくらいの漫画が描けるようにならなきゃ、

人間を導くどころか、いずれ必要とされなくなる」

 

湿り気のある石の天井から、ぽちゃんと雫が落ちた。

 

「今度のことは挑戦でもあったの。私にもどれだけ面白い漫画が描けるのか。

でも、全く未経験の私がみんなを惹き付ける漫画なんか描けない。

だから、魅力ある主人公で勝負しようと考えたの。

それで、その……里沙子ちゃんをモデルっていうか題材に。

あなたはいつも世間を賑わせてる人気者。そんな里沙子ちゃんが出てる漫画なら

みんな振り向いてくれると思って。本当にごめんなさい……勝手にこんなことして」

 

長いため息をつく。

ため息ばかりしてるね、って言われても、こんな世の中じゃしょうがないじゃない。

 

「あのね、モナ・リザを時代遅れだって言う奴がいると思う?

あー、この世界じゃ知られてないか。

とにかく、アースで最も名高い名画があるんだけど、描かれたのは500年以上も前。

商業的な流行り廃りはあっても、絵の価値そのものが変わることはないの。

さっきも言ったけど、あんたは得意な油絵描いてりゃいいのよ」

 

「私に、また絵を描けって言ってくれるの……?」

 

「ただし、あたしで同人誌売るなら全年齢限定、分け前は…7:3ね。

それと帝都に来た時タダ宿を提供する。それでいいわ」

 

「ありがとう!やっぱり里沙子ちゃん大好き!」

 

「そのセリフはあんた絡みのゴタゴタで聞き飽きたわ。それにしても退屈ね。

ヒットアンドブローでもやらない?」

 

「なにそれ?」

 

「2人で適当に4桁の数字を考えて推理し合うの。

位置も数字も合ってればヒット。数字だけ合ってればブロー。

これだと思う数字を言ってみて、相手はヒットとブローの数だけ教える。

例えば4283が正解だとして、4382を宣言すれば、2ヒット2ブロー。

これを繰り返して先に相手の4桁を当てた方が勝ち」

 

「面白そう!やりましょう!」

 

「あんたが先手でいいわ」

 

「そうね~。2815?」

 

「1ヒット1ブロー。今度はあたし。9263」

 

「ノーヒット2ブロー」

 

結局、あたしらは地味なゲームで時間を潰し、3日間臭い飯を食ってから釈放された。

しょうもない事で履歴に傷がついてしまったわ。名声は要らないけど悪名もごめんなの。

あたしはシャバのおいしい空気を目一杯吸い込んで、

エレオ達が迎えに来てくれてる大聖堂教会に向かった。

 

 



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階段から転落事故
箱買いした安物ビールがまずくて辛い…


「ウェーイ!我が家のベッドは寝心地最高!空気がうまいし飯もうまい!」

 

懲役3日から生還したあたしは、

ダイニングでお昼のハンバーグとフォカッチャを食べながら

自由のありがたみを噛み締めていた。

 

「んぐ、そんでね?

マーブルとは一着買ったら一着質に入れるって条件で取り分9:1にしたの。

あんまり取りすぎて破産されても困るしね。

後は神殿をフリーパスで泊まれるあたしらの別荘にするってことで合意。かんぱーい!」

 

熱いブラックで祝杯を上げる。

 

「はしゃぐな。自業自得だろうが。みんなどれだけ心配したと思ってんだ」

 

「ごめんごめん。しかし、こうして思い返してみると、

独房の食事は臭いっていうよりパサパサしてたわね。

パンは明らかに安物でスカスカだし、飲み物は牛乳瓶1本。おかずはチーズ一切れ。

阪神大震災の時の簡易給食思い出すわ」

 

「確か里沙子さんが子供の頃、大きな地震が起きて大変な思いをされたそうですね」

 

「うちは神戸でも六甲山を挟んだ北のほうで震源地から遠かったから、

家の中は滅茶苦茶になったけど人が死ぬほどの被害はなかったんだけどね。

悲惨だったのは南の三宮や長田の方よ。

話を戻すと、給食センターが被災したせいで、

しばらくの間、給食がパン・牛乳の他に一口チーズや細長いソーセージ、

デザートのゼリーといった既成品に変わったんだけど、

普段の給食がまずいもんだからそっちの方が好評になるという逆転現象が起きてたのよ」

 

「子供時代のお姉さまの貴重な体験談ですわ。どれくらいまずかったのですか?」

 

「ご飯はネトネト、サラダ類は軒並み野菜の水分でドレッシングがシャバシャバ。

煮物は味が染みてないし、人参に筋が残ってるなんて珍しくもなかった。

そしてどんなメニューだろうが牛乳1本を押し付けられる。

白米と牛乳がミスマッチなんて明らかなのに、

食い合わせなんてあったもんじゃなかったわ。

稀に出るカレーライスや、学期末だけに出るローストチキンだけが楽しみだった。

あと、とくれんのオレンジゼリー」

 

「“とくれん”って何よ?特別なゼリーなの?」

 

日本ですら一部地域でしか知られていない言葉にピーネが興味を示した。

 

「あぁ、魔界生まれのピーネはもっと知るはずないわよね。

神戸で育ったなら誰でも知ってるカップゼリーのメーカーよ。

時々給食のデザートになってたわずかな希望」

 

「里沙子さんの大好きなゼリーですか~。わたしも食べてみたいです!」

 

「生ものだからこればっかりはマリーの店でも期待できないわね。

言っとくけど思い出補正のかかった何の変哲もないゼリーよ。

うんざりするようなメニューの中だからこそ輝いてた部分もあるの」

 

「それでもやっぱり気になっちゃいますよ~」

 

「あんたはシスターなのに食い意地張り過ぎ。ごちそうさま。

さて、腹も膨れたしもう一眠りしましょう」

 

ムショ上がり後はじめてのボリュームある食事を終え、

洗い場に皿を置くと私室に向かう。

2階へ続く階段に足をかけるとピーネが母さんみたいなことを言う。

 

「食べてすぐ寝ると牛になるわよ」

 

「アハハ、魔界にもそのことわざあったんだ。あたしならさしずめ栄養失調の神戸牛ね」

 

ケラケラ笑いながらドアの鍵を開け、ベッドに大の字になる。柔らかい布団が幸せ。

一眠りしたらあたまもすっきりして……

 

「寝れるか」

 

むくりと起き上がる。まだ1000字ちょいなのに寝てどうする。

兵庫県の給食事情教えられたところで読者もどうすりゃいいってのよ。

 

「エリカ!起きろー!!」

 

部屋の隅の位牌に向かって叫ぶ。こいつったらまた寝てる。そんなだから影が薄いのよ。

位牌から青白いソフトクリームがうねうねと出てきて、人の形になる。

 

「なんなのよ~。まだ十四時過ぎでござる……」

 

「出番回してやってるんだから文句言わない。いきなりだけど問題発生。

今回ガチでネタがない。

このままじゃ、せめて週一投稿を続けましょうルールが守れないわ」

 

「別にこんな企画一週飛ばしたところで困る読者はおらぬ。

皆、仕事や別の娯楽で忙しいに決まっておろう」

 

「これはあたしの意地と奴の治療も兼ねてるの。

週刊護衛空母体制を崩したら、そのままズルズルとサボり癖が出るし、

日刊駆逐艦だったころのエネルギーなんて取り戻せやしない」

 

「それで拙者にどうしろと?」

 

エリカが寝ぼけ眼をこすりながら迷惑そうに聞いてくる。

それだけ昼寝してよく夜寝られるもんだわ。人のこと言えないけど。

 

「なんかネタ考えて」

 

「ネタと言われても、ろくに里沙子殿が外に連れて行ってもくれないから、

情報というものが足りぬ。……う~ん、そうねえ」

 

ふよふよと浮きながら部屋を見回すエリカ。

 

「そうでござる!神戸がダメなら初心に帰ってこの世界自体を紹介するとよいのじゃ」

 

「この世界?ミドルファンタジアを?」

 

「うむ」

 

「な、る、ほ、ど……そうね。

もうすぐ100話だし、未だに固まりきってない世界観のおさらいをするものよさそう。

じゃあ、手近なところから行きましょうか」

 

「と言うと?」

 

あたしはテーブルに置いていたデカイ財布を手にとって、中の硬貨を数枚取り出した。

 

「まずはサラマンダラス帝国の貨幣。1G銅貨、10G銀貨、100G金貨がある。

惣菜パンがひとつ1、2Gだから、日本円に直すと大体1G=100円ってところね」

 

「拙者には皇国の金銭しかわからぬでござる」

 

「そっかー、早くも課題が出てきたわね。

皇国どころか一度旅した魔国のお金もまだ謎ね。一応Ωって単位はあるんだけど、

紙幣なのか硬貨なのかも未定のまま放っとかれてる」

 

手帳に改善すべき点を書き留めた。他になんかないかしら。

今後のエピソードで少しずつケリを付けていこうと思う。

 

「あとは……この国の政治宗教ね。

この国は首都の帝都にあるサラマンダラス要塞で政策が決められてて、

皇帝をトップにした立憲君主制が採られてる。

基本的には全ての決定は憲法を基に皇帝陛下が下すんだけど、

要塞は国教であるシャマイム教の本部、つまり大聖堂教会とも太いパイプで繋がってて、

その代表である法王猊下の意向も国政に影響している。これでいいわね」

 

「確か里沙子殿が税金を免除されているのも、

この家をエレオノーラ殿の修行の場として貸すことが条件となっておると聞いた。

大聖堂教会側から国税の管理をしている要塞へ口利きがあったのであろう」

 

「そのとーり!エレオのおかげで酸のように貯金を溶かしていく税金から

あたしの資産は守られてるってわけ。他には?」

 

「この国の領地について教えてほしいでござる」

 

「あー、それもあったわ。国の舵取りはさっき言った皇帝陛下が行うけど、

地方分権の観点からサラマンダラス帝国はいくつかの領地に分割されてて、

選挙で任命された領主が治めてるの。

今、確認されてるのは……ここハッピーマイルズ、モンブール、イグニール、

スノーロード、レインドロップ、サグドラジル、ミストセルヴァ。

そんで魔王とかったるいケンカをやらかしたホワイトデゼール」

 

「この広い島に領地がそれだけとは思えぬ。いずれまた増えるであろう」

 

「あんまり設定を広げ過ぎると使い捨てになっちゃうから乱用は禁物だけどね。

そうそう、領地じゃないけど魔王編で旅した聖緑の大森林も忘れちゃだめ。

エルフが住んでる森林地帯」

 

「行ってみたいけれど、どうせ連れて行ってはくれぬのであろう……」

 

「わかってるなら話が早いわ。次のお題は何にしようかしら」

 

自分の部屋に使えそうなものがないか探してみる。あら、こんなところに良いものが。

ベッドから立ち上がってポケットから鍵を取り出し、ガンロッカーを開けた。

 

「今度はあたしの銃をご紹介しましょう」

 

自慢の武器を一丁ずつ丁寧に床に広げる。

あ、ダンガンロンパの二次創作書いてたとき模擬裁判やったんだけど、

犯行現場になったのってウチだったの。

読んでくれた人が存在してたら気づいてくれてたかもしれない。

 

「色々あるものじゃのう」

 

エリカが珍しそうに多様な銃を眺める。

 

「一気に行くわよ?まずはコルトSAA、別名ピースメーカー、.45LC弾を使用。

あたしがこの世界に来て初めて手に入れた銃よ。

続いてCentury Arms M100。45-70ガバメント弾を使用。初期の頃は大活躍だったけど、

めっきり出番がなくなっちゃったの。ごめんね。

言わずと知れたデザートイーグル。ゾンビゲーとかでおなじみのマグナム。

この企画じゃ44マグナム弾を使ってるけど、読者から実在しないって指摘が来た

こっ恥ずかしい存在。今更変えるのもなんだからこのまま行くわね?

あと、ドラグノフ狙撃銃。7.62x54mmR弾を使用するライフル。

これもさっぱり使わなくなったわねぇ。ここからは割と新顔。

ヴェクターSMG。銃身全体がVを描くような独特なボディが特徴で、

特有の反動吸収機構を備えたサブマシンガン。10mmオート弾を使用。

前回ぶっ放したばかりね。

ベレッタ93R。銃口に三本の溝が刻まれた消炎器が特徴のマシンピストル。

9mmパラベラム弾を使用。3点バーストが可能なんだけど、やっぱり全然出番がない。

最後にレミントンM870。ポンプアクション式ショットガン。

ハンドグリップを前後に往復させることによって、使用済みの弾薬を排出し、

新しい弾薬を薬室に装填する仕組み」

 

「読む気が失せるほど長々としておる。

こんなに鉄砲を抱え込んで里沙子殿は何がしたいのじゃ?」

 

「うっさいわね、頭のおかしい乱暴者と戦ってるうちに増えちゃったのよ。

……まぁ、こうして列挙するとたくさんあるわね。

こんな感じで今回は記憶の整理でお茶を濁そうと思う。読者の方には申し訳ないけど」

 

「もっと知識を披露したいなら、外に出るべきなのじゃ。

部屋に引きこもっておらず、世の中の動きを見るべき。

つまり拙者と外出すべきなのである。うむうむ」

 

「なんであんたとランデブーしなきゃいけないのよ面倒くさい……

とも言ってられないのよね。まだ4000字にも届いてないの。

ここで終わったら流石に手抜きだわ。あんた、位牌に戻りなさい。

行きたくないけど街に行こうと思う」

 

「承知!」

 

霊体の塊に戻ったエリカが位牌に入り込む。

あたしはトートバッグを肩に掛けて位牌を中に放り込んだ。

支度を済ませると私室から出て、廊下を進む。

 

“里沙子殿、位牌はもっと丁寧に扱ってほしいのじゃ”

 

「注文の多い幽霊ね。何なら腰のピースメーカーに移る?

うっかり野盗に撃っちゃったら弾丸ごとお空に飛んでいくことになるけど」

 

“拙者の扱いが雑になる傾向も改善すべきでなのじゃ”

 

「悪いけどね、一度固まったキャラはそう簡単にあああああ!!」

 

あたしとしたことが。エリカと喋りながら歩いていたら足元がお留守になってた。

1階まで段差でガンガン頭を打ちながら階段を転がり落ちて、

ようやく止まったときにダメ押しで棚に頭を強打。

慌てて出てきたエリカの声を聞きながら、あたしは気を失った。

 

 

 

 

 

頭痛い。

 

“……さん、里沙子さん!”

 

ジョゼットのやかましい声が頭に響く。叫ぶのをやめなさい。

 

「里沙子さん、しっかりしてください!」

 

「ジョゼットさん。頭を強く打っています。あまり刺激しないほうが」

 

痛い部分に手を当てる。大きなたんこぶができていた。

 

「大丈夫かよ!?すげえ転び方してたぞ!」

 

「お姉さま、パルフェムのことがわかりますか?」

 

「無理に、動かないで。後で、お医者さん、行こうね」

 

「よそ見してるからこうなるのよ。人騒がせなやつ~」

 

ぼやけた意識がだんだんはっきりしてきた。

まだ床に仰向けになっていたことに気づいたあたしは、

なるべく頭を動かさないようゆっくり起き上がった。

 

「あの、他にどこか痛いところはありませんか!?」

 

「別にない。ないんだけど……」

 

相変わらずジョゼットは落ち着きがない。

それはいつもと変わらないんだけど、どうしても意味のわからないことが。

 

「ねえ、ジョゼット」

 

「はい!」

 

「……こいつら、誰?」

 

「へ?」

 

ジョゼットがきょとんとした顔で間抜けた声を出す。

 

「へ?じゃないわよ。誰が勝手に友達上げていいって言った?

あたし、他人が自分のテリトリーにいると頭の血管が切れるって言ったわよね」

 

「お、おい。どうしたんだ。なんか様子が変だぞ里沙子」

 

妙に手の硬い赤髪の女があたしの肩を軽く叩く。馴れ馴れしいわね。

とりあえずその手をどけて正体を探る。

 

「あなた誰?ジョゼットに呼ばれたなら悪いんだけど早めにお引取り願えるかしら。

他人が半径10m以内に留まると脳内のC4爆弾が弾ける体質なの」

 

「またイタズラか?今は冗談はやめとけ。派手に頭ぶつけたとこなんだから」

 

「ほっといて。怪我したなら休まなきゃいけないから全員帰って」

 

顔も見たことのない連中が驚いた様子で一斉に喋りだす。

違う意味で頭が痛くなってくる。

 

「里沙子さん!ルーベルさんのことを忘れてしまったのですか!?」

 

「お姉さま、パルフェムですよ……?不安になるので名前を呼んでくださいまし……」

 

「ちょっと!私達全員忘れるとかどんだけ頭悪いのよ!」

 

「お姉ちゃん、ワタシ、覚えてない!?」

 

まだ異世界に来て数日なのに妹が2人も出てきた。安物ハーレムラノベじゃあるまいし。

 

「一人ひとりに答えるのが面倒だから一言にまとめる。知らん、邪魔、帰れ」

 

意味不明な奴らが言葉を失う。あたしにどうしろってのよ。

 

「里沙子さん……本当に何も覚えてないんですか?

ルーベルさんも、エレオノーラ様も、それに、カシオピイアさんも!」

 

「……ジョゼット、あんたには後で話がある。まずは責任持ってこの人達を帰らせて」

 

「わたくしのことは覚えてるんですね?」

 

「ええ覚えてるわよ。魔女から助けてやった代わりに召使いになったのよね。

だけど、しばらく様子を見て役に立たないならあんたも追い出すから。

この様子じゃお別れも近いわね」

 

「そんな……」

 

「こりゃあ、ヤバイことになったな。……記憶喪失だ」

 

「「ええっ!?」」

 

ああうるさい!マヂでこいつら誰なのよ!!

 

 

 

 

 

私が結論を口にすると、皆、衝撃を受けた様子で声を上げた。だが、間違いない。

今、私達を白けた目で見てる、目が据わった女は私が知ってる里沙子じゃねえ。

 

「ねえ、悪いんだけど今日は大事な用があるから本当に帰って?」

 

「嘘だよな?さっき昼寝するって言ってただろうが」

 

「ええ嘘よ。

方便使ってでも消えて欲しいって気持ち、わかってくれると嬉しいんだけど」

 

「酷いですわ、お姉さま……」

 

「あたしに兄弟姉妹はいない」

 

「落ち着けパルフェム。記憶喪失だって言ったろ。

今の里沙子はお前の知ってる里沙子じゃねえんだ。

なあ、お前がこの世界に来てから、何日目だ?」

 

「名前も知らない奴と身の上話をするつもりはないわ。

本格的に苛ついてきたから怪我しないうちに出ていきなさい。

……それにしても、無駄話してたら喉が渇いたわね。エールが冷えてたはず」

 

里沙子は私の質問を無視して冷温庫に行っちまった。

みんな不安気に里沙子の様子を見てる。あいつは冷温庫からエールを一本取り出すと、

ぶつぶつ言いながら栓抜きで王冠を外した。

 

「エールの最適温度は13℃らしいんだけど、13℃に維持する方法が見つからない」

 

「まだ昼だろう。それも子供の前で。飲むのは夜になってからって約束しただろうが」

 

「指図しないで。あたしのもんをいつ飲もうがあたしの勝手でしょう」

 

「昼酒は毒だって前にも言われたんだろ?とにかく今はよせって。体に障る」

 

私は里沙子から酒を取り上げようとあいつの腕を掴んだ。

が、同時にその手が乾いた音を立てて振り払われた。

 

「……指図するなと言った」

 

眼鏡の奥から私を睨みつける鋭い目には、明らかに敵意が宿っていた。

もう私が何を言っても無駄らしい。

エールを瓶から飲み、私達をねめつけながらダイニングから去っていく。

 

「ふん。あたしまた寝るけどさ、起きてもまだ居座るようなら、

お巡り呼ぶかピースメーカーの的になってもらうから。アデュー」

 

そして里沙子は私室に戻っていった。途中、ピーネと目が合い、そして独り言を残す。

 

「……あたし子供嫌いなのよね」

 

今度こそ姿を消していった里沙子。重苦しい沈黙が落ちる。みんな顔が真っ青だ。

特にカシオピイアがショックを受けてる。

 

「お姉ちゃんが、ワタシ達を……殺すって」

 

「落ち込むな。あの里沙子は病気なんだ。

記憶喪失だからお前のことも知らなくて当たり前だろ?」

 

「だって……」

 

「ジョゼット、里沙子からは聞きそびれちまったが、

あいつの記憶って大体いつぐらいから消えてるんだ?」

 

「はい。魔女に追われていた時の話が出ていたので、

この世界に来てから恐らく一週間ほど後からだと……」

 

「そうか。となると、今のあいつが知ってるのはやっぱりジョゼットだけだってことか」

 

「ジョゼットさん……

あなたが会ったばかりの里沙子さんは、あんなに怖い人だったのですか?」

 

「あれほど酷くはありませんでした。でも基本的に人嫌いだったので、

他人が大勢自分の家にいる状況に苛立っていたのだと思います。

今でもミサがある日曜に家を空けるのはその名残です」

 

「ああ。毎回、街の市場に行く度にへばってるもんな。

……よし、まずは場所を変えて対策を考えようぜ。

あの様子じゃ、戻ってきたら本当に撃ってくるぞ」

 

「そうですわね……正直、パルフェムもあんなお姉さまを見るのが辛いです」

 

「なによ、あれが里沙子の正体だったんじゃない!」

 

「ピーネちゃん、そんな言い方はしないでください。

昔の里沙子さんは確かに冷たい人でした。

でも、わたくしや皆さんとの出会いの中で、

少しずつ人に心を開くようになっていったんです。

いじわるだけど困った時は嫌々ながらも助けてくれて、たまにちょっかいを出してくる。

皆さんが知ってる里沙子さんが本当の姿なんです!」

 

「もう、ジョゼット……わかったわよ」

 

「そーいうこった。街の酒場で作戦会議だな。

今夜はテーブル席で泊まりになる。正直キツいが」

 

「あ、それでしたら!」

 

それぞれ玄関に向かおうとしたら、エレオノーラが皆を呼び止めた。

 

「どうしたんだ?」

 

「お祖父様に事情を話して大聖堂教会の客室を使わせてもらいましょう。

何か里沙子さんを治す知恵も借りられるかもしれません」

 

「お、その手があったか!何も私達だけで解決する必要なんてねえんだ」

 

「エレオノーラちゃん、ありがとう」

 

「いいえ。さあ、カシオピイアさん、手を」

 

「うん」

 

私達が手をつないで輪になると、エレオノーラが魔法を詠唱し、

人の輪に彼女の魔力が走り出す。

徐々に身体が軽くなっていき、次の瞬間には景色が一変した。

 

 

 

 

 

廊下を歩きながらエールを口の中で転がすように味わう。

コーヒーのような重い口当たりを楽しみながら部屋に戻った。今日はろくなことがない。

青山のマンションの静けさが恋しい。無駄に多い気配が消えた。

やっと帰ったみたいだけど疲れたわ。

 

うさぎは寂しいと死ぬらしいけど、あたしは一人の時間を邪魔されると憤死する。

そこんとこジョゼットに散々言い聞かせたはずなんだけど、再教育が必要みたい。

後でここから出ていくか往復ビンタ食らうか選ばせなきゃ。

 

トートバッグを放り出し、ベッドに座ってエールをちびちびやってると、

ふと異変に気づいた。部屋の壁に据え付けられたロッカー。こんなのあったかしら。

近づいてドアを引いてみる。開かない。鍵がかかってる。

デスクの引き出しを全部開けたり、工具箱や財布の中身を探しても見つからない。

 

部屋の中を動き回ったら汗が出てきた。

ハンカチを出そうとポケットに手を突っ込んだら硬い感触。あらら、灯台下暗しだわ。

小さな鍵束が出てきた。謎のロッカーに数本の鍵を試したら、3本目で刺さった。

ドアを開けると、思わず声が漏れた。

 

「これは……素敵ね」

 

デザートイーグル、ドラグノフ、ベレッタ93R、ヴェクターSMG。

全部買ったら数百万は飛んでく強力な銃がいっぱい。

ベレッタを手にとってスライドを引き、その優れたマシンピストルを

様々な角度から眺める。

今までやなことばかりだったけど、ようやく運が回ってきたみたい。

 

「気が変わった。さっきの奴ら、戻ってきたら面白くなりそう」

 

なぜかグリップの感触に覚えのある初めて触る拳銃を手に、あたしは少し嬉しくなった。

 

 

 

 

 

……白状すると、拙者は位牌の中で震えておったのである。

一部始終を見聞きしていた拙者は、ルーベル殿達に危険が迫っていることを感じ取った。

今の里沙子殿はまともではない。戻ってはならん、ルーベル殿!

 

 



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テレビの「しばらくお待ち下さい」にビビって母さん呼んだ思い出

前回のあらすじ

里沙子記憶喪失→追い出された→エレオノーラの実家へ(New!)

 

そんなわけで、私達はしばらく大聖堂教会で厄介になることになった。

法王猊下の知恵も借りられるしな。

今、私達はいつかの夏の日に食事を共にした広間で、大きなテーブルに着いていた。

上座には法王猊下。両脇に並ぶ椅子に私達が座る。猊下が口火を切った。

 

「まさか斯様な事態が起こるとは。速やかに対策を講じねばなるまい。

まずは現状を把握しよう。エレオノーラよ、里沙子嬢に回復魔法などは施したのか?」

 

「いいえ。ろくにお話をする間もなく追い出されてしまって……」

 

「何か彼女を怒らせるようなことは?」

 

「ありません。わたし達が教会を出たのは、ほとんど事故直後の事で」

 

「横から失礼します。

里沙子さんはわたくし達が自分の家にいる事自体に怒っていました。

皆さんご存じないと思いますが、あの家にわたくしと里沙子さんと二人きりだった頃は、

本当に人間が嫌いな方でしたから。

家政婦の役割を与えられたわたくしが辛うじて同居を許された程度で、

昨日もう少し留まっていたらきっと銃を抜いていたと思います……」

 

「ふむ。わしの知る彼女からは想像もつかん姿だ」

 

法王は顎髭を撫でながら何かを考え込んでいる様子。

 

「……お姉ちゃん、ワタシを、知らないって。また、ひとりぼっちに」

 

「落ち込むなって。里沙子の記憶はアースから来たばかりの時に戻っちまってるだけだ。

要するに会ったこともない状態なんだからしょうがねえだろ?

お前を嫌いになったわけじゃないって」

 

「うん…ありがとう」

 

カシオピイアの肩を軽く叩いてやると、浮かない顔が少し柔らかくなった。

そういや、私達の付き合いもずいぶん長くなるな。

こんな突拍子もない展開はさすがに初めてだが。

 

「ともかく、ここで話し合っていても始まらん。

ジョゼット君、屋敷への出入りが許されている貴女に、

まずは彼女の様子を探ってもらいたい。その上で、彼女に現実を教えてほしい。

記憶を取り戻すきっかけになるかもしれぬ」

 

「と、おっしゃいますと?」

 

「エレオノーラが滞在している部屋があるはずじゃ。

それを見れば皆が仲間だった事実を思い出す可能性がある」

 

「そうですわ!あの教会はパルフェム達の私物でいっぱいですもの。

きっと一緒に過ごした日々を思い出してくれるはずですわ!」

 

「でも、里沙子、私のこと嫌いだって。

……本当の里沙子も私のこと鬱陶しかったんじゃないかしら」

 

「違う。里沙子は、変わったんだ。

私もいつか誤解から無関係な里沙子に復讐しようとしたことがあった。

でもあいつは私のために手を貸して、真実が明らかになった時も許してくれた。

だから私は里沙子の力になりたくて、

あの教会で用心棒やったり里沙子の自堕落な生活を改めようとしてるんだ」

 

「復讐って……何があったのよ?」

 

少し場がざわつくが、だらだら昔の話をしてる時間がねえ。

 

「それについては長くなるからまた今度だ。

今は一刻も早く元の里沙子に戻さなきゃいけねえ。教会に入れるのはジョゼットだけだ。

上手くやってくれるか?」

 

「はい!必ず、いじわるで口が悪いけど意外と面倒見が良くておちゃめな里沙子さんを

取り戻してみせます!」

 

「本人の前で言うなよ?事件解決が遠くなる」

 

「うむ。わしも出向きたいところであるが、

あいにく女性一人のために大聖堂教会法王の座を空けることができんのだ。

薄情な爺だと、軽蔑してもらって構わない」

 

「とんでもないですよ。

こうして直に私達の味方になってくれるだけで感謝しきれないほどです」

 

「そうです!任せてください、お祖父様。

命がけで魔王からこの世界を救ってくれた彼女、そして大切な家族を連れ戻してきます」

 

「よろしい。……では諸君、貴女達をわしの魔法で教会に転送しよう。では健闘を祈る」

 

法王が立ち上がると、空間に左手をかざす。

するとその手に十字架を模した長い杖が現れ、彼がトンと床を突くと、

瞬時に私達の視界が切り替わった。

 

 

 

 

 

エールを空けてベッドで横になっていると、玄関のノックが聞こえてきた。

眠いから居留守使おうと思ったけど、ジョゼットが帰ってきたのかもしれない。

使えない馬鹿ね。もう一度自分の立場ってもんをわからせる必要がある。

 

頭をボリボリ掻くと、面倒くさいけど布団から出て1階に下りる。

それにしても、2階まで玄関の音が聞こえるなんて、ボロい安物件だけのことはあるわ。

レ○パレスもびっくりね。別に雨露凌げれば文句はないんだけど。

ドアの鍵を開けて、扉を開く。

そこには不安気なジョゼットと、後ろの方に昨日の連中が並んでた。

 

あたしの脳に閃光が走る。ガンダムのニュータイプのキロリロリンを、

物凄く不快なものにしたらこんな感じになると思う。怒りで一気に酔いが吹き飛んだ。

 

「あ、あの、里沙子さん。お話ししたいことが……あうっ!」

 

「ええ、あたしもたっぷりお話ししたかったのよね。

勝手に他人を入れたり仕事ほっぽらかして外泊する役立たずにさ!」

 

思い切りジョゼットの胸ぐらをつかみ上げる。

 

「夕飯までには帰ってくるもんだと思ってたから、

ゆうべ買い置きのフランスパンしか食うものなかったんだけど。

日が暮れたから街まで買いにも行けなかったんだけど?

酒が入ったら余計腹が減ったんだけど!?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「やめろ、乱暴はよせ!」

 

あたしの腕を掴むのは昨日のお節介女。やっぱり手が硬い。

 

「あんた何様?指図をするなって言ったのが聞こえなかったのかしら」

 

「頼む。ジョゼットとよく話し合ってくれ。

お前は今記憶喪失になってて、私達のことを忘れてるんだ。

だから、まず彼女を放してやってくれ」

 

「記憶喪失?ツッコミどころ満載だけど、放しゃいいんでしょ。ほれ」

 

赤髪女が妙に必死だし、ジョゼットを持ったままだと喋りにくいから投げだした。

 

「くふっ、けほけほ…里沙子さん、彼女の名前はルーベルさん。思い出せませんか?」

 

「聞いたこともない。で?昨日はどこほっつき歩いてた」

 

「里沙子さんの記憶喪失を治す方法をみんなで探してたんです!証拠だってあります!」

 

「ふーん。みんな、ねえ」

 

目の前に並ぶカラフルな面々を眺めてみる。

どいつもみんなあたしのことを気の毒な人みたいな目で見てるのが気に食わない。

 

「そんで、あたしが記憶喪失だって証拠は具体的に何」

 

「まず家の中へ。わたくし達が一緒に暮らしている部屋を見てください」

 

「部屋?まあいいわ。少しだけ付き合ってあげる。

変なごまかしやハッタリだったら後悔するわよ。さっさと入りなさいな」

 

仕方なくジョゼットを中に入れる。

ささっと聖堂を抜けて住居に入っていったからあたしも続こうとしたんだけど、

なぜかルーベルとかいう奴らまで中に入ろうとしたから慌ててドアを閉めて鍵を掛けた。

 

“おーい、何すんだ!開けてくれー!”

 

「何すんだはこっちの台詞よ。勝手に人んち上がるな」

 

“ジョゼットの言う通り私達の部屋もあるんだ。

ちなみに私の部屋にはバレットM82がある。確かめてくれ”

 

「……なんであんたがM82持ってるのよ」

 

“お前がくれたんじゃないか!いつか教会を襲撃してきた奴から奪ったって!”

 

さすがにあたしにも理解が追いつかない。

とりあえず部屋を見て嘘だったら追い返すか、お空に旅立ってもらおう。

私室で面白いものも見つけたしね。壁に沿って少し離れて手を伸ばし、玄関を開けた。

 

「やっと帰ってこれた……って、うおい!何やってんだ!」

 

「怪しい動きを見せたらこいつでパチパチやるから気をつけてね」

 

念のため、なぜか持っていたデザートイーグルをルーベルに向けておく。

 

「さあ、案内してちょうだい。あんたの部屋がどこにあるのか、当然知ってるのよね?」

 

「……これだけは言っとく。本当の里沙子は絶対私に銃を向けたりしなかった」

 

「本当の里沙子さんとやらによろしく言っといて。

頭のおかしい奴はさっさと撃ち殺せって」

 

「もういい……こっちだ」

 

辛気臭い顔でぞろぞろと入ってくる連中の後ろに付いて、銃を構えながら2階へ上がる。

物置代わりにしてる空き部屋の前でルーベルが足を止めた。

ジョゼットは先に待っていたけど、

なんでその段取りの良さで晩飯の作り置きくらいが出来なかったのか。

あたしは根に持つ方なの覚えときなさい。

 

「ほら、見てくれ」

 

ルーベルが持っているはずのない部屋の鍵でドアを開けると……

ああ、これにはあたしも驚いたわね。

布団のないベッドしか置いてないはずの部屋が、誰かの生活スペースに変わってた。

ハンガーに3着ほどの服が掛かってて、

グリスの瓶やケースに入った変な形のナイフが床に転がってる。

壁のガンラックには確かにバレットM82。質感から見て本物なのは間違いない。

 

「ね、里沙子さん!ルーベルさんはここでわたくし達と一緒に生活していたんです!」

 

「他の」

 

「え?」

 

「ここだけじゃなくて、他の部屋も見せなさい」

 

「……わかりました。それで信じてもらえるなら」

 

「それで納得行ったなら薬局に行こうぜ。

看護婦の姉ちゃん、変わってるが腕はいいから、

記憶喪失を治す方法を知ってるかもしれないし」

 

「勝手に決めないで。次は?」

 

「じゃあ、わたくしの部屋を!」

 

「あんたが住んでるのはわかってるっての。他の連中!」

 

「あ、そうでした……」

 

「ただでさえ虫の居所が悪いんだから勘弁してくれないかしら。

もうすぐプッツンしそう」

 

「ごめんなさい!」

 

「落ち着いてください。では、わたしの部屋を見てみましょう」

 

「なんであなた達、普通にうちの鍵持ってるのかしらねえ」

 

「だからお前が記憶喪失……」

 

「あーあー、はいはい、わかったわかった」

 

ルーベルとか言う口うるさい奴をあしらうと、残りの空き部屋を見て回る。

だけどやっぱり、どこも誰かの個人的空間になってた。

白いシスターの部屋は綺麗に片付いてて、部屋の隅に小さな祭壇みたいなものがあった。

紫色の髪をした軍人ぽい女の部屋も整理整頓されてて、

机の上に恋愛小説が積まれている。

正直この娘、ずっと無表情だから何考えてるのかわかんない。

 

「ではお姉さま、次はパルフェム達の部屋を」

 

「もう十分。まあ、あんた達がここに住んでたって事実はわかったわよ。

病院か薬局か知らないけど、行けばいいんでしょ?準備するから待ってて」

 

「待ってる……」

 

無口女のつぶやきを無視して私室に戻る。

ええと、服のまま寝てたからヨレヨレになってたワンピースから予備の服に着替えて、

軽く化粧をして、あとは……そうそう、愛しの相棒。

ミニッツリピーターをデスクの引き出しのうち、

貴重品を入れる鍵がついた段から取り出して首から下げて……そこでふと気がつく。

 

どうしてあたし、これを持ってるのかしら。

 

金時計は、この世界での住処を手に入れるために1000万Gで売りに出したはず。

ここにあるはずがない。

もう一度開きっぱなしの引き出しを覗くと更にあたしを困惑させるものが。

 

1冊の通帳。開いてみると、預金残高が100万G弱。意味がわからない。

死ぬまでプータロー生活を満喫するには、

ミニッツリピーターを諦めて生活費にしなきゃいけないんだけど、

時計が手元にある上に貯金が約100万Gもある。どうなってんの?

 

わからない。いくら考えてもわからない。

奴らの言う記憶喪失を視野に入れて記憶の糸をたどって見る。

 

「いつっ!」

 

すると瞬間的に激しい頭痛に襲われた。あまりの痛みに思わず椅子にすがりつく。

痛みは一旦ピークに達した後、少しずつ引いていった。

この件については無理に考えないほうがよさそう。

 

……そうよ。仮に連中の言葉が真実だとして、どこに思い出す必要があるのかしら。

自宅を持ってて、命の次に大事な金時計もここにある。

おまけに贅沢しなきゃ働かなくても生きていけるだけの金もある。

 

決めた。あたしはガンロッカーからヴェクターSMGを始めとした

素敵な銃の数々を取り出し、トートバッグに詰める。デザートイーグルは腰に差す。

さすがに奴ら全員を相手にするには、たくさん銃が必要になるだろうから。

トートバッグを肩に掛けて私室のドアを開ける。

 

「終わったか。早く街に行こうぜ。どうしたんだ、その荷物?」

 

そして、一斉にあたしを見る連中に宣言した。

 

「皆さん。個人的な事情で大変恐縮なんだけど、この家から退去してくれないかしら」

 

「「ええっ!?」」

 

驚きと失望で彼女達が異口同音に声を上げる。

これに関しちゃ多少申し訳ないと思ってるわ。

薬局に行く話がいきなりこっちの都合でやっぱり出てけ、に変わったんだから。

 

「どどど、どうしてですか里沙子さん!?」

 

「そうです!このままだと、ずっと里沙子さんは記憶を失ったままで……」

 

「そのことなんだけどね。あたし部屋でいいもの見つけちゃって」

 

「いいものって何だよ」

 

あたしは首に下げたミニッツリピーターの細い鎖を軽く指でつまみ上げた。

 

「見て、この金時計。これを手に入れるのに地球でずいぶん苦労したの。

人一倍努力とか労働が大嫌いなあたしが必死になって手に入れた、

気品あふれる機能美の結晶」

 

「はい…里沙子さんがいつも大事にしていますよね。

でも、それとわたし達を嫌うことに何の関わりがあるのですか?」

 

「嫌ってるわけじゃないの。厳密には好きでも嫌いでもない、ただの人。

でも、ただの人が近くにいるとあたしの腹で熱いものが煮えたぎってくるの。

ある種、記憶喪失より深刻な持病みたいなものだから許してちょうだいな」

 

「だからって!私達はともかく、なんでカシオピイアまで簡単に切り捨てちまうんだよ!

やっと会えた妹なんだろうが!!」

 

「話、最後まで聞きなさいよ。でかい声も出さないで。続けるわよ?

他にもまだあたしの部屋に面白いものがあったのよ。

セレスト銀行の通帳。だいたい100万くらい入ってた。

もうわかるでしょ?あたしは家も金も愛しの相棒も全部持ってる。

無理に昔のことを思い出す必要がなくなったの」

 

「ふざけんなよ……!それで私達が邪魔になったから出て行けっていうのか!」

 

「もちろんタダでとは言わないわ。

生活費・違約金・引越し費用として10万Gずつ渡すから、

一週間以内に部屋を引き払ってほしいの。

痛い出費だけど、静寂に満たされた生活を買うと思ったら安い買い物。

記憶が戻っちゃったら、またあなた達と共同生活することになるのよね。

未来のあたしがそれに耐えられるか、正直自信がないの」

 

「うっく…もう、もうやめてください!!こんな里沙子さん見たくありません!」

 

ジョゼットが雫のような涙と若干のつばを飛ばして訴える。

でかい声は出さないでって10行くらい前に言った気がするんだけど。

 

「泣かなくていいのよジョゼット。あんたはここにいて結構。

家政婦がいないと不便だし、同居人一人なら我慢できないこともない」

 

「いいえ、わたくしも出ていきます!

食べ物を粗末にしないのが里沙子さんのポリシーでしたが、

あなたは人を粗末にしてるじゃないですか!一番大事にしなくちゃいけないものを!」

 

「何がいけないの。

あんたにはわかんないでしょうけど、あたしだって人に粗末にされてきた。

でも別にそれが悪いことだとは思っちゃいない。世界はもう人間でパンク状態なの。

だから毎日あちこちで土地や資源を巡って戦争が起きたり、

殺人事件だらけで誰がどの事件の被害者かわからないなんて当たり前。

それでも人間が生きることをやめるわけにはいかないの。

どうにか世の中を回していくには、

前を歩いてる邪魔なやつを蹴飛ばしてでも人生を送っていかなきゃいけないのよ」

 

「チッ、悟ったようなこと言いやがって!んなもん、いじけた野郎の言い訳だろうが!

こうなったら力ずくでも薬局に連れて行くから覚悟しろ!」

 

ルーベルが拳の指を鳴らしながら近づいてくる。

 

「面白くなってきたわね」

 

奴の手が届く前に、素早くトートバッグからベレッタ93Rを抜いて銃口を向ける。

 

「……撃ってみろよ」

 

「慌てないで。まずは外に出ましょう。ここでドンパチやったら家が穴だらけになる」

 

「その前に約束しろ。お前を殺しはしない。でも…!負けたらまずカシオピイアに謝れ。

怪我で仕方がなかったにしろ、お前はみんなを傷つけた。

特に妹のカシオピイアは里沙子に拒絶されて心が張り裂けそうな気持ちになったんだ!

わかってんのかよ!」

 

「ルーベル……ワタシ、何も言えなくて」

 

「知らないから知らないって言っただけなんだけど、いいわよ。

しかしあんたも大概お人好しね。殺し合いの報酬が“謝れ”?

ミニッツリピーターもよこせって条件も付けたほうがいいんじゃないかしら。

これ、1000万Gで売れたのよ」

 

「黙れ。行くぞ」

 

「あの、待ってください!」

 

ルーベルと1階に下りようとすると、またジョゼットが泣きはらした顔で呼び止める。

また頭の線が2、3本切れる。

度々こいつに話の流れや事の成り行きをぶちぎられてイライラする。

便利さ以上に腹が立つから、全部片付いたらこいつもまとめて追い出そうと思う。

 

「なによ、さっさと言いなさい」

 

「わたくしも、戦います!里沙子さんを取り返します!」

 

「あんたがまともに戦えるわけないでしょう。

ショボいメリケンサックのパンチが当たる前にハチの巣になるのがオチよ。

それとも、シスターなら殺さないとでも思ってる?」

 

「今のあなたは……魔物です。里沙子さんに取り憑いた恐ろしい怪物。

例え未熟でも、シスターとして見過ごすわけにはいきません。

いえ、それ以前に、里沙子さんの家族として必ずあなたを救います」

 

「家族なら地球の日本って国にしかいないんだけど、挑戦者は歓迎よ。

人を撃つのは初めてだから」

 

前方に銃身を安定させるためのフォアグリップが付いた自動式拳銃を

ヒラヒラさせてみる。無駄のない頑強なデザインのベレッタにしばし見惚れる。

アメリカの皆さんには申し訳ないけど、

少なくともあたしが死ぬまで銃社会は終わってほしくないわ。

 

「他には?戦わない人は引っ越しの条件を受け入れるってことになるけど」

 

「ワタシ、お姉ちゃんと戦うなんて……」

 

「あ、そ。昨日会ったばかりだけど今までありがとう。他は?」

 

「パルフェムは、またお姉さまと暮らしたいです!

お願いです、せめて一度でいいので病院で受診してもらえませんか!?」

 

「ごめんねー。こう見えてあたしも穏やかな人生を取り戻すために必死なの。

あなたも引っ越し組ってことね。

……あと、聞くまでもないけどそこの一番ちっこいのは?」

 

「残念だけど、まだあんたを叩きのめすだけの力がないの。でも覚えてなさい。

あんたみたいな最低な奴、必ずいつか痛い目にあわせてやるから……!」

 

「はいはい。そっちの真っ白なシスターちゃん。あなたで最後」

 

「わたしも戦います」

 

「マジか!?下手したら死ぬんだぞ!実戦慣れしてないお前が怪我でもしたら!」

 

意外な展開ね。この娘も引っ越し組かと思ったんだけど、何か策でもあるのかしら。

 

「実戦は初めてです。ですが、わたしも次期法王としてそれなりの修練は積んでいます。

里沙子さん。ひ弱な少女だと思って油断していると、足をすくわれますよ?

今回ばかりは強引な手段を使わせてもらいますので」

 

「もともと手加減する気なんてないから全然オッケーよ。

あたしもさっさとこの意味不明な状況を終わらせて昼寝に戻りたいの。

さて、これで全員の立場が決まったわけだけど、

引っ越し組は2階からあたし達の戦いを見ててくれないかしら。

ハッピーマイルズの法律だと決闘は認められてるけど、立会人が必要なのよね」

 

「ねえ、お姉ちゃん……」

 

背の高い軍人があたしの袖を小さく引っ張る。

ずっとポーカーフェイスだと思ってたけど、

間近で見るとほんの少し表情が浮かんでるのがわかる。

悲しげな表情。どうでもいいけど。

 

「やめて、お願い。薬局、行こう?」

 

「そんな必要ないってことはさっき説明した。

あと、いい大人なんだからもう少しはっきり喋りなさいな」

 

「ごめん……」

 

「やめろ。カシオピイアは無口なこと気にしてんだ。どうせ忘れてるんだろうが」

 

「あたしが気に入らないなら早いとこ始末を付けましょうか。

決闘組は家の前まで集合~」

 

「パルフェム達は2階の窓から見てろ。私達がこいつに人生ってもんを説いてやる」

 

「お姉さまを、お願いします……」

 

着物姿の女の子が律儀にルーベルにお辞儀をする。

あたしとこいつらの関係がどんなものだったのかは知らないけど、

すんげえごちゃごちゃしてたことは窺い知れる。

ますます記憶なんて要らなくなってきた。

ルーベル達を先に歩かせて、あたし達は自分の生き方を賭けて決闘の場へ移動した。

 

所変わって、殺し合いの舞台は教会前の草原。

いい感じで開けてるからケンカやるにはぴったり。

あたしと決闘組が、20mほど離れて準備を整える。

なにやらひそひそ話をしてるみたいだけど、知った所で何が変わるわけでもない。

 

まずあたしは、地面に下ろしたトートバッグから、ドラグノフ狙撃銃を抜き取り、

安全装置のセレクターを下ろして発射可能状態にする。ひとつ目はこんなところね。

う~ん、初めて触ったんだけど、使い方を身体が覚えてる。

要するに撃ったことがあるけど忘れてるってことになるわね。

とりあえず連中は嘘つきではなかったみたい。

 

「里沙子ー!そろそろ始めようじゃねえか!

私とお前、どっちかが降参したら相手の言うことを聞く。それでいいだろう!」

 

遠くからルーベルが大きな声でルールを伝えてくる。あたしも大声で返事をする。

 

「中途半端!片方が死ぬまで!敵は確実に殺す、常識でしょうが!

あんた、M82はどうしたの!?」

 

「あんなもんで撃ったら死ぬだろうが!

私はお前と同じように、元の生活に戻りたいだけだ!

お前の知らない里沙子と過ごした生活にな!」

 

「とことん人の話が聞けないのね!

大人しく10万G儲けて出ていけばお互い幸せだったのに!」

 

「お前を最悪な人間にしたまま尻尾巻いて逃げるなんざ真っ平御免だ!

……なあ、こんなこと聞いたってどうにもならないのかも知れないが、教えてくれ。

どうしてそこまで人間が嫌いになった。自分勝手な人間になった。

どうして独りになりたがる!?」

 

「物心ついたときからの人生を全部語れって言いたいわけ!?

生き方を決める上で大いに参考になった人物はいるけどね!」

 

「誰だ!」

 

「こっちまで来たら教えてあげる!いい加減大声張り上げるの疲れた!」

 

「わかった。それじゃあ……行くぜ!」

 

ルーベルが地を蹴り、こちらに突進してきた。

あたしもドラグノフのスコープを覗き、ターゲットに照準を合わせ、トリガーを引いた。

神の手が大空を平手打ちするような銃声が宙を貫く。それが決闘の合図だった。

 

 

 

 

 

ううむ、とうとう恐れていた事態になってしまったのじゃ。

拙者にできることがないか様子を見ていたら手遅れになってしまったのでござる。

エリカ、一生の不覚。

里沙子殿の変貌には正直驚きを隠せないが、まだ手はあると信じたい。

今はルーベル殿達に任せるしかないであろう。拙者は……もう少し様子を見るでござる。

 

 



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そろそろカウントダウン始めようかしらね。プロフィールはノーカンで。まず5

里沙子と命がけのケンカを始める少し前。

私達は少し早口になりながら、戦い方の打ち合わせをしていた。

 

「とにかく短期決戦で行くぞ。記憶をなくしてるあいつはクロノスハックを使えない。

ダラダラ戦って何かの拍子に自分の特殊能力を思い出したら、アウトだ」

 

「そうですね。わたしは後方から魔法で援護射撃を。もちろん大怪我をさせない程度に」

 

「わたくしは……聖光捕縛魔法を使うことしかできません。

すごく痛いので、使わずに済むならいいんですけど」

 

「無理すんな。必ず私とエレオノーラで行動不能にしてみせる」

 

「ごめんなさい……」

 

「戦う前からしょげた顔してどうすんだよ。そうだ、お前回復魔法使えるんだろ?

エレオノーラが怪我したら治療してくれ。よし、ジョゼットは医療班だ!」

 

「……はい!わかりました」

 

「頼りにしていますね?」

 

この時の私達はなんとかなるっていう気持ちの緩みがどっかにあった。

だからこの後ちょっとした激闘になったんだが。

 

 

 

 

 

……そして、私は今里沙子に向かって草原を全速力でジグザクに駆けている。

くそったれ、里沙子のやつ、本気で頭狙ってきやがる。

時々ライフルの弾が風切り音と共に、私の髪を数本切り取っていく。

 

だが、接近戦に持ち込めればこっちのもんだ。力勝負なら私の方が圧倒的に有利。

腕をひねって縛り上げれば私達の勝ち。薬局、法王猊下、皇帝陛下。

腰を据えて借りられるだけの力を借りながら里沙子を元に戻す方法を探せる。

 

3発目が私の顔のそばを通過。おっと危ねえ。段々精度が上がってるな。

これでも足は速いつもりなんだが、あいつはどこで射撃を覚えたんだ?

 

 

 

 

 

ルーベルがジグザグ走行であたしに急接近してくる。

落ち着いてドラグノフで頭をふっとばそうと照準を合わせるけど、当たらない。

3発目が惜しくも外れた。やるわね。直撃させるのは難しそう。残り7発。

4発を使いルーベルの予想進路や足元を撃ち、地面を弾けさせた。

 

「うわっと!!」

 

ビンゴ。足を取られた女が一瞬足を止める。

もう大声上げなくても普通に会話ができる程度の距離で停止させることに成功した。

少し肝が冷えたわね。

 

「動かないで。トリガーを引いたらあんたの頭は粉々。

その足でもこの距離じゃ7.62x54mmR弾は避けられないでしょう」

 

それでも女は顔色を変えることなく、あたしを真っ直ぐ見て語り始めた。

 

「……さっきの話だが」

 

「なに?」

 

「お前のその生き方を決めるきっかけになった奴がいるって言ってたな。誰だ。

そいつはお前に何を教えた」

 

「小さい頃に出会ったんだけど……

それがねぇ、申し訳ないんだけど実在の人物じゃないの。でも、自分の信念に正直な人。

地球にジョジョの奇妙な冒険って漫画があるんだけど、

吉良吉影っていういわゆる悪役が出てくるの。

でも彼は世界征服だの悪の秘密結社だの、どーでもいい野望なんかに興味はなくて、

ただひたすらに心の平穏を願って生きている。

ただ、時々人を殺して女性の手を集めずにはいられないというサガを抱えてただけ。

誰とも争わず、細やかな対応でトラブルを避け、健康に気を遣い、

植物のようにひっそりと平穏な人生を送ることだけに力を注いでた」

 

「てめえ……本気で殺人鬼の人生が平穏だとでも思ってるのかよ!

誰かを殺さなきゃ成り立たないような人生が!」

 

「読んでもない奴にケチ付けられたくはないわねえ。

実際作者も、殺人してること以外は憧れのヒーローだって言ってるし、

あたしだって初めて彼の姿を見た時、目の前が明るく開けた気がしたわ。

なまじ、なんでも小器用にできるばかりに子供の頃から人に利用されっぱなしで、

社会から助け合いだの絆だの、薄気味悪い概念を植え付けられてたあたし自身も、

それに疑問を抱いたことがなかった。

でも吉良吉影が時々現れるバカを綺麗に殺して道を開いて行く様を見て、

それまでの価値観が吹き飛んだ」

 

「価値観……?」

 

「友達と仲良くしなきゃいけない。

一番にならなきゃいけない。困ってる人を助けなきゃいけない。

そんな誰が決めたかもわからないルールで自分を縛ってたことに気づいたのよ。

それからあたしは、自分のためだけに生きることに決めた。

常に自分を最優先。面倒な付き合いは全部切り捨て、

休日は毎日ごろ寝やゲーム、大人になってからは朝酒も。タバコは吸わない。

職場ではデスマーチ真っ最中の同僚を無視して定時上がりで居酒屋に直行。

それで世間から白い目で見られようが知ったこっちゃないわ。

どうせそいつらが何かしてくれたことも、これからしてくれることもないんだから」

 

「虚しい人生だな。

私の知ってる里沙子は、お前が馬鹿馬鹿しいと思ってるもので

平穏な生活に彩りを添えて楽しく生きてた」

 

「おしゃべりはこの辺にしましょう。まずはあんたから脱落ね。さ・よ・う・な・ら」

 

引き金を引いて、ドラグノフが吠えると、ルーベルとかいう女の頭が……

消し飛んだと思ったんだけど。

 

“遅延詠唱発動す!我ら聖母に乞い願う!

我が願いに欲は無く、ただ一度、迫る死神、輝く光で退け給え!スペアライフ!”

 

銃弾はルーベルの身体から放たれる光で消滅し、命中に至らなかった。

女の後方を見ると、二人のシスターのうち、

白い方の左手から光の帯が飛び去っていくのが見えた。

ああ、魔法ってのを使ったみたいね。

 

“全員に一度だけ致命傷を回避する魔法をかけました!

わたし達は気にせずルーベルさんはご自分の身を守ることに専念してください!”

 

「サンキュー、エレオノーラ!」

 

言うや否や、ルーベルは走ることなく、思い切り跳躍して飛びかかってきた。

長距離狙撃用のライフルでは空中で拳を握るインファイターを迎撃できず、

とっさにあたしはドラグノフを放り捨て、トートバッグに手を伸ばす。

安全装置を掛けっぱなしだったデザートイーグルは解除が間に合わない。

 

「遅い!」

 

「はっ…!?」

 

カバンまであと少し!ルーベルの拳が射程距離に迫る。

まずいわ、あの硬い手でぶん殴られたら骨折もしくは内臓破裂。……だけどね!

 

「ところがぎっちょん!!」

 

引用元:機動戦士ガンダム00

 

腰に手を回し、特殊警棒を抜き、素早く伸ばし、

両端を持って眼前に迫った右ストレートを受け止めた。バキッという木の割れる音。

頑丈な特殊警棒で拳の直撃をどうにか回避。

 

「ぎっ!……こんのやろ!」

 

「いだあっ!……手のひらが、潰れてる、かもね」

 

これは痛み分けね。ルーベルは多分指が折れただろうし、

あたしは両手の肉や手首の関節が圧縮されたような激痛に涙ぐむ。

でもあたしは諦めない。あたしの平穏を乱そうとする女に決意をぶつける。

 

「……吉良吉影はね。ピンチを切り抜けるためならどんな痛みにも耐える覚悟もあるの。

経緯は省くけど、主人公サイドの少年に歩けないほど手を重くされた時だって、

その手を切り落として急場を凌いだの。

そう、あたしだって、自分を守るためなら、なんだってやる!」

 

「自分だけじゃなくて、仲間を守ることもできることもできるし、

事実今までそうしてきた。いい加減思い出せよ……!!」

 

本格的な接近戦にもつれ込む。特殊警棒を振り払い、ルーベルの手をどける。

まだトートバッグに手が届かない。敵もいつまでも悶えてはいない。

痛みを無視してまた拳を繰り出してきた。

パンチが頬をかすめ、心臓が跳ねる思いをする。

 

「あたしに近寄らないで!!」

 

攻撃を回避され伸びた腕に警棒を振り下ろす。

二の腕に命中すると、また何かが割れる乾いた音が。ヒット!

 

「あがぁっ!!」

 

ルーベルが負傷した箇所を押さえてたまらず苦悶の声を漏らす。

あたしの方も軽口を叩く余裕がなく、トートバッグを目指して走り出す。

 

「待ち…やがれ!」

 

その瞬間、世界が一回転した。遅れて脇腹に鈍い痛み。

衝撃で身体が地面に叩きつけられ、さらに呼吸ができなくなる。

後ろから回し蹴りを食らったらしい。

 

「けほ、けほ!……かは」

 

「ざまあ、みやがれ」

 

背後にルーベルの気配。このままじゃ、あたしは!

……と、思ったけど、運命はあたしに味方したみたい。

「命」を「運」んでくると書いて『運命』!……フフ、よくぞ言ったものだわ。

 

まともに蹴りを食らった勢いで、トートバッグに手が届く場所まで身体が飛ばされた。

脇腹の痛みを我慢してバッグの中に手を突っ込む。

今にも女があたしの襟首を掴もうと迫る。

 

「観念しろ。ガチンコのケンカじゃお前は……」

 

銃声、いや、爆音。

 

硝煙が風に流されると、女の右腕はなくなっていた。

 

「う、ふふ、あははは……あっはははは!やったわ!あたしはやっぱり正しいのよ!

無意味な人間関係、過剰な喜び、偽善、欺瞞!

全部を捨て去ったあたしが勝つ運命だったのよ!」

 

「あ?ああ、あがああぁ!!」

 

あたしの手にはCentury Arms Model 100。45-70ガバメント弾を撃ち出す特大拳銃。

ルーベルの手には……なんにもない!いや違うわね、手じゃなくて、腕がないのよ!

 

“いやあ!ルーベルさん、ルーベルさんの腕が!”

“ルーベルさん、後退してください!!”

 

「うぐぅ…ああっ……」

 

激痛に女がその場でうずくまる。

トートバッグを手に入れたあたしは、もう銃を選び放題。

M100を左脇ホルスターに差し、ヴェクターSMGを取り出した。

 

「勝負あったわね。今からあのシスター二人に10mmオート弾を食らってもらおうと思う。

さっきの魔法?1回きりの盾で装弾数30発に耐えられるかしらねぇ!」

 

「や、やめろ……」

 

「散々あたしをイラつかせてくれたあんたは最後に始末してあげる。

何も出来ずに味方が死ぬところを見物していなさい」

 

勝利を確信したあたしは多幸感に包まれ、

離れた場所でおろおろしているシスター達にヴェクターSMGの銃口を向ける。

 

“いけません!回避を!”

“里沙子さん、やめてください!”

 

そして迷わずトリガーを引いた。

制圧力に優れたサブマシンガンから放たれた銃弾が彼女達に命中した瞬間、

ガラスの割れるような音が響き、魔法のバリアが砕け散った。

1マガジンを撃ち尽くして確実に仕留めようとしたんだけど。

 

「……しぶとい」

 

しかしそこに死体はなく、真横にジャンプし、地に伏せ、左右に転がり、

銃撃を回避したシスター達が土埃にまみれて生きていた。

 

「あんた達にも運命ってもんがあったのかしらねぇ。ちょっと違うかしら。

文字通り一回きりだから奇跡ってところね。

奇跡なんてそうそう何度も起きるものじゃないわ。次はないと思いなさい」

 

マガジンキャッチレバーを操作して空のマガジンを取り出し、

予備の弾倉を差し込みながら歩み寄る。

 

「けほけほ……ジョゼットさん、怪我はありませんか」

「大丈夫です。エレオノーラ様こそ」

 

──人の心配をしてる場合かしら?

 

白い方の頭に狙いを定めながら慎重に近づく。まだいろんな魔法を知ってそう。

詠唱を口にしたらいつでも撃てるよう引き金に指は掛けたまま。

 

「里沙子さん。なぜ、あなたはそこまで人を憎むようになってしまったのですか……」

 

「憎いわけじゃないの。ただ自分を大事にしたいだけ」

 

「おかしいですよ!ただイラつくから、それだけで仲間に大怪我をさせて、

そんなの人として間違ってます!」

 

「ならあんたの思う正しい生き方とやらを教えてちょうだいな。

ガキの頃、世間から押し付けられた“正しい”生き方のせいで損ばかりしてきた。

聞こえてたかどうかは知らないけど、彼があたしの目を覚まさせてくれたのよ」

 

「いいえ。あなたは歪んでしまったのです。殺人鬼の生き方に正しさなどありません。

彼の言う心の平穏は、罪なき人々の命を踏みにじって奪い取った偽物です。

幼いあなたはそれに気づかず、ただ暴力に救いを求めてしまった」

 

「知ったふうな口利かないで。あたしは人を殺したいわけじゃない。

誰にも煩わされない静かな人生を送りたいだけ。邪魔したのはあなた達。

あたしのために、負けて死になさい!」

 

銃を構え直すと、恐怖か絶望か、シスター達が目を見開く。でも……おかしい。

引き金に掛けた指が震えて、思わずトリガーガードから人差し指を抜いてしまう。

グリップがじっとりと汗で濡れる。

 

心配要らない、問題ない。人を殺すのは初めてだから緊張してるだけ。

そうではない今すぐやめるべき。

覚悟なさい、あたしの人生に土足で踏み入った報い。

殺せない、絶対に悔やむことがわかっているから。

何かが変だわ、あたしの心が二つある。

自分自身はひとつだけ、あなたは誰でもない、ただひとり。

やめて!あたしから出ていって!

 

 

 

 

 

里沙子さんがわたし達に銃を向け、死を覚悟した時、

驚きで思わず目を丸くしてしまいました。

彼女のトートバッグから青白いモヤが抜け出て、人の形になると、

一度口元で人差し指を立ててから里沙子さんの身体に入っていったのですから。

それが霊体のエリカさんだと理解した直後、異変が起きたのです。

 

「うるさい!誰よ!あたしから出ていきなさい!ああああァァ!!」

 

突然里沙子さんが叫びだし、空に向けて機関銃を乱射し始めました。

弾切れになっても引き金を引き続け、

やがて無駄撃ちであることを理解したのか、銃を放り出すと、

空気の中で溺れるように激しくもがき出しました。

 

「里沙子さん……どうしちゃったんでしょう」

 

「今、見えました。エリカさんが里沙子さんに乗り移ったのです」

 

「エリカさんが!?」

 

「はい。きっと里沙子さんの中で、エリカさんが彼女を抑え込んでいるはず……」

 

「黙れ!あたしで喋るな!出てけ、出てけ、出て行けェ!!」

 

ルーベルさんがなおも絶叫を続ける里沙子さんを見ながら、失った右腕をかばいつつ、

わたし達のところにやってきました。

 

「一体、どうなってやがるんだ……?」

 

「ルーベルさん!怪我の具合は!?ああ、どうしよう、すぐ回復魔法を!」

 

「心配いらねえよ。オートマトンは胸の天界晶が無事なら死ぬことはない。

その代わり人間用の回復魔法で身体を治すこともできねえけどな」

 

「はぁ、今回もわたくしは役に立てませんでしたね……」

 

「だが安心するのもまだ早いぞ。里沙子の状態がますますヤバくなってる」

 

実際里沙子さんが心に入り込んだエリカさんに抵抗しているのか、

意味のわからないことを叫びながら暴れ続けています。

放っておけばいずれ怪我をするか自分自身を傷つけるはず。

 

「はぁ…ううっ…!あたしは、あたしは穏やかに生きていきたいだけ!

邪魔しないでよぉ!」

 

銃を失った里沙子さんは、特殊警棒を辺り構わず振り回しています。

深手を負ったルーベルさんに抑え込むことはできませんし、

わたしの攻撃魔法も加減が難しく、下手をすれば命を奪うものばかり。

激しく動き回る里沙子さんの動きだけを奪うことは困難です。

 

「もう、使うしかないんでしょうか。わたくしの聖光捕縛魔法を。

ですが、あれは本当に苦痛を伴うもので、中のエリカさんまで巻き込んでしまうんです」

 

「だが……もう状況に贅沢言ってられねえぞ。

里沙子の意識がエリカの拘束から逃れようとしてる」

 

確かに彼女を見ると、暴れるのをやめてその場に立ち尽くしています。

 

「銃、銃が必要だわ……銃がないと、また誰かが、あたしを、思い通りにっ!」

 

そしてこちらに振り返ると、新たな銃を手にすべく、

おぼつかない足取りで歩いてきました。

 

「ジョゼット、バッグを隠せ!」

 

「返しなさい!あたしの、あたしの、うあああ!!」

 

「きゃあっ!」

 

ジョゼットさんがバッグを拾おうとすると、

里沙子さんが先程投げ捨てた機関銃を投げつけてきました。

幸い重い鉄の塊が当たることはありませんでしたが、

バッグが彼女の手に渡り、今度は散弾銃を手にしたのです。

 

「あは、あは、これよこれ……バラバラにしてやるから、待ってなさい……」

 

「やべえぜ。エレオノーラ、何か魔法は?」

 

「すみません!対悪魔用の強力なものばかりで、短時間では制御が間に合いません!」

 

里沙子さんが散弾銃に弾薬を込めると、銃口をこちらに向けました。

今度こそ手は残されておらず、思わず目をつむりましたが……

その時異変を感じたのです。大地がビリビリと揺れています。

揺れは徐々にこちらに近づき、その正体を見た時、

またしてもわたし達は驚くこととなりました。

 

 

 

 

 

片腕になった私が見たものは、巨大な機械兵。

もしかして、いつか里沙子が言ってた仮面ライダーフォートレスってやつなのか!?

とにかくそいつは何も言わずにドシンドシンと足音を鳴らしながら里沙子に歩み寄る。

里沙子もそいつに気づいたようで、ショットガンの標的をそいつに変更した。

 

「誰よあんたはァ!決闘の邪魔をしないで!あたしの平穏な幸福を邪魔するつもり!?」

 

『なんということだ。法王から聞いていたより状況が悪化している。

一気に決着をつけよう』

 

「誰だって聞いてるのよ!!」

 

里沙子が2発発砲。だが重装甲に散弾が効いている様子は全くなく、

仮面ライダーが黙って左腰に手をかざすと、

ケースから一枚の正方形をしたカードが飛び出した。それを今度は右腰の装置に挿入。

 

[PHANTOM CODE]

 

電子音声が鳴ると、緑色の巨体が蒼い炎に包まれ、

今度は紫を基調とした二刀流の機体に変化した。

 

「それが何だって言うのよ!絶対にあたしは静かで穏やかな人生を送って見せる!」

 

『里沙子嬢、それは既にあるのだ。気づかれよ』

 

里沙子は素早く弾薬をリロードしてショットガンを撃ち続けるが、

頭部に命中させてもやはり効果がない。

仮面ライダーがまたカードをドローし、読み取り装置に装填。

 

[DEADLY CODE]

 

そして、二本の刀を抜くと、その刀身もまた蒼く炎のように揺らめき、

仮面ライダーが刺突の構えを取った。

気づいた里沙子も逃げようとするが、なぜか足が動かない様子で

その場で身体を揺さぶるだけだった。

 

「また邪魔が!なんでよ!」

 

“拙者が足止めするでござる!拙者は気にせず里沙子殿に引導を渡してほしいのじゃ!”

 

『往くぞ、過去の幻影よ!』

 

「あ、あ、……このクソカスどもがァーッ!!」

 

仮面ライダーファントムモードの一閃と、過去の里沙子の断末魔。

どちらも、ほぼ同時だった。

 

ドオオオオン!! 斑目里沙子 再起不能(リタイヤ)

 

 

引用元:ジョジョの奇妙な冒険 Part4 ダイヤモンドは砕けない

 

 

……

………

 

 

“記憶喪失を治す薬なんてありきたりなものさぁ、チミの方で作ってほしいんだよね。

こっちは火を吐くメダルの量産で忙しいんだから”

 

“ここじゃ材料が揃わないのよ。

普段ろくにお店の仕事もしてないんだから、こんな時くらい手伝って”

 

“はいはい。これだよ。生理的食塩水で10倍に希釈して点滴”

 

“どーも。あとはやっとくから帰っていいわよ”

 

“用が済んだらオサラバかい。ひどい扱いだねぇ”

 

“あなたと違って忙しいの。あの娘の腕も直さなきゃ。

これくらいの体格なら在庫のD-7号が合うはず”

 

 

………

……

 

 

眠気にまどろんでいる間、そんな会話が聞こえた気がする。

目を開けると、茶色くなった天井。

身体を起こすと、ベッドが2つだけの狭い病室にいた。

 

「ここ、どこ?」

 

誰もいない病室で独り言のようにつぶやくと、別室から誰かが歩いてきた。

 

「起きたのね」

 

「アンプリじゃない。なんであたしここにいるの?」

 

「里沙子ちゃんが階段から転んで派手に頭を打ったから」

 

「ん。……ああ、そうだったわね。なんか階段で足滑らせた辺りから記憶がない」

 

「消えてるのはここで目を覚ますまでの記憶だけだから安心していいわ。

検査したけど脳内出血の類もなかった。大きなたんこぶはしばらく残るだろうけど」

 

「本当だわ。言われると痛くなってきた」

 

頭をそっと触ってみると、確かにぷっくりしたたんこぶ。

 

「意識が回復したなら早いとこ退院してくれるかしら。

ベッド数少ないから急患のために空けておきたいの」

 

「チェッ、うるさいわね。経営難の大病院でもあるまいし」

 

「お会計もね」

 

「わーかーりーまーしーた!」

 

結局14000Gも取られて薬局を出た。丸一日入院してたらしいけど、

たった一日で1万4千は高すぎる。やっぱこの病院は銭ゲバだわ。

あたしはブツブツ文句を言いながら家路についた。

野盗に会うこともなく、のんびり歩いて教会に戻ったあたしは、玄関の鍵を開け帰宅。

なんだか妙に疲れたから今日は早めに休もう。

ダイニングに入ると、いつものメンバーが揃ってお茶を飲んでいた。

 

「よっ、お帰り。生きて帰って来るとは思わなかったぜ」

 

「ただいま……えらい目にあったわ」

 

「おかえりなさい、お姉様」

 

「お姉ちゃん、頭大丈夫?」

 

「パルフェムただいま。

カシオピイア、ちょっと言葉が少なくて別の意味に聞こえるわ。とにかくただいま」

 

「まったく、階段で転んで入院だなんて人騒がせもいいとこだわ」

 

「恥ずかしながら帰ってまいりました。今度ケーキ買ってくるから勘弁してよ」

 

「ちょっと待っててください。今、里沙子さんの分も入れますから」

 

「あたしはいいわ。それより病み上がりだからもう一眠りしたい気分」

 

「それがいいですね。無理は禁物です」

 

「それじゃ、また後でね~。……ところでルーベル」

 

「なんだ」

 

「あんた香水でも始めた?なんだか新しい木のような香りがするんだけど」

 

「私がそんなもん使うと思うか?ちょっと古くなった腕を広めに削ったんだよ」

 

「あらそう。いい匂いよ」

 

「よせやい。もう寝てこいよ」

 

「じゃあ今度こそばいなら~」

 

あたしは私室に戻って、パジャマにも着替えずベッドに潜り込み、

枕に頭を乗せて目を閉じた。それにしても本当に疲れた。

ぶつけた脳が休養を欲しがってるのかしら。不思議なくらいストンと眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

……それで、話は戻ること2日前。

私達は仮面ライダーの一撃を受け地面に倒れ込む里沙子に駆け寄った。

 

「里沙子!しっかりしろ!」

「里沙子さん、目を開けてください!」

「エレオノーラ様、高等回復魔法をお願いします!」

 

だが返事はなく、完全に意識を失っていた。そこに変身を解いた皇帝陛下が近づく。

 

「心配は不要だ。里沙子嬢の体内に宿るマナだけを完全に消し去った。

一気に魔力源を失ったショックで気絶しているだけである。

そちらの幽霊の協力なくしては出来なかった芸当ではあるが」

 

「いきなりエリカさんが現れて里沙子さんに取り憑いたから驚いちゃいました~」

 

「うむ。もっと早く実行に移したかったのじゃが、

あの里沙子殿は心の隙というものが全くと言っていいほどなく、

なかなか精神に忍び込むことが出来なかったのじゃ。

里沙子殿が拙者の存在、そして般若心経で引き剥がしたことも忘れていた事が幸い。

エレオノーラ殿達にとどめを刺そうとして躊躇いを見せた時、

ようやく彼女に取り憑くことができた。

ルーベル殿、拙者の対応が遅くなり、重症を負ったことは誠に面目ないのじゃ」

 

「いいや、お前はよくやってくれたよ。腕なら取り替えれば済むからな」

 

「それにしても、皇帝陛下がどうしてこちらに?」

 

「法王猊下から連絡を受け、彼の魔法で駆けつけた次第だ。

我輩とて影武者の一人や二人は抱えておる。半日要塞を任せる程度のことは可能だ」

 

「そうでしたか。本当に、ありがとうございます」

 

エレオノーラがぺこりとお辞儀をした。

 

「構わぬ。礼なら後日、本物の里沙子嬢に働きで返してもらうとしよう。

さて、我輩はそろそろ失礼する。

あまり長く影武者に国政を預けるわけにも行かぬのでな」

 

皇帝陛下は一枚の札を取り出し、目を閉じて念じると、

淡いオレンジの光の粒子に包まれ消えていった。

エレオノーラによると、あれは法王猊下の魔力を封じた札で、

“神の見えざる手”と同じ効果を持つらしい。

 

「さてと、眠り姫を薬局に連れて行かなきゃな。また乳母車の出番だな」

 

完全に伸びてるな。

マナは時間が経てば回復するらしいが、起きるにはしばらくかかりそうだ。

 

「わたくしが物置から出してきます。少々お待ちを!」

 

「悪りいが頼む」

 

里沙子を乳母車に押し込むと、この前風邪を引いたときみたいな格好で出発。

左手でピストルが撃てるかどうか心配だったが、幸い野盗と出くわすこともなく、

薬局に行くまで左手の力は乳母車を押すことだけに集中できた。

 

ジョゼットに里沙子をおぶってもらい、店のドアを開ける。

カウンターで新聞を読んでいる看護婦の姉ちゃんがこちらに気づき、

立ち上がってマイペースな対応を始めた。

 

「あらら、これは酷いわね。右腕が丸ごと吹き飛んでる。

本当にやってくれるとは思わなかったわ」

 

「それと里沙子が頭を打った。記憶喪失を治す薬をくれ」

 

「無茶言わないで。二人共しばらく入院。さあ奥へ」

 

それから私と里沙子は、薬局の一番奥にあるベッドが2つだけの病室に寝かされた。

 

「もうすぐ先生がお戻りだから、大人しくしててね」

 

「おう」

 

アンプリが引っ込むと、みんなが声を落として安堵した様子で話しだした。

 

「どうにか人心地つくことができましたね。

あとはルーベルさんと里沙子さんの回復を待つばかりです」

 

「私はいいんだが、里沙子がな。起きたところで記憶が戻ってる保証なんかない」

 

「信じて待ちましょう。

今までだって、みんなの頑張りでどんなトラブルだって乗り越えられたじゃないですか。

例え記憶がなくなったままでも、わたくしが身体を張って彼女を止めます。

何発殴られたって」

 

「それについて皆にお願いしたいことがあるのじゃが……」

 

持ってきた位牌からエリカが出てきて、おずおずと用件を切り出した。

 

「今回、お前も大活躍だったな。ありがとよ。それで、お願いってなんだ?」

 

「単刀直入に言うと……

里沙子殿が元に戻っても、此度のことは伏せておいてほしいのじゃ。

平たく言えば、彼女を許してあげてほしい」

 

一瞬みんなが黙り込む。とは言え意見は一致してるんだが。

 

「彼女に取り憑いていた時に心の内が響き渡ってきたのじゃが、

過去の里沙子殿があのような暴挙に出たのは、

本当に植物のように平穏な人生を求める一心だったのである。

銃を持ち出してでも自分の縄張りを守ろうと必死だったのじゃ。

里沙子殿の人生で積み重ねられた人間不信が、彼女を冷酷な女に変えてしまった」

 

「……詳しく話してくれないか」

 

「承知」

 

 

 

 

 

“なー、里沙子、おるかー?野球やるぞ。数足りひんねん”

“いやや。宇宙戦艦ヤマト見るねん”

“これ、里沙子!ちゃんと友達と遊びなさい!”

“運動できんのに野球なんかやりたない。今日ヤマトが波動砲撃つかもしれへんやん”

“ええ加減にしとき。友達大事にせな橋の下にほかす(捨てる)で!”

“早よせーや里沙子!”

“出てこいって、早よう!”

“……行ったらええんやろが”

 

あたしはいつアニメを見れば良かったのかしら。

 

“学級委員決めるけど、やりたいやつおるか?”

“……”

“おらんか。ほな先生が決めるで。斑目、お前やってくれ。成績ええからできるやろ”

“いやや。面倒くさい”

“あかん。やらんかったら通知簿に書くで”

“書いたらええやん。

金もくれんのに、プリント配ったり、放課後残って話し合いしたり、あほらしい”

“わがまま言うな!お母さんに電話すんぞ!”

“……やるがな”

 

タダ働きを拒否することはわがままだったのだろうか。

 

子供心に世の中の得体の知れない何かに疑問を感じるようになったのはこの時。

“彼”に出会ったのもこの頃。少年ジャンプで新しく始まったジョジョ第四部。

まさに目から鱗が落ちる思いだった。

 

吉良吉影。触れたものを爆弾に変える無敵の能力を持ちながら、

目立つことを嫌い、ただ自分の幸福、そして平穏な人生を求めることが生きがいとする。

そのためには手段を選ばない。

殺人を目撃されたら殺す。通りすがりに暴言を吐き捨てるバカも殺す。

身動きの取れない状態を見て金を巻き上げてくるクズも殺す。

全ては今夜もぐっすり眠るため。

 

あたしも彼になろう。

 

人殺しをするつもりはないけど、自由で平穏な生き方を邪魔する連中は徹底的に無視、

あるいはどんな手を使っても排除する。

横になってポテチを食べながら、

余計な心配事や不安に捕われることなくアニメを見るために。

 

 

 

“見ろよ、斑目またぼっち弁だぜ”

“超ウケルんだけど!あの娘、暗いしオタクっぽいよねー”

“目つきも悪いし、寂しい人生送ってはるんやろな~ウハハッ”

 

手帳の隅っこに“殺す”と書く。

 

“あっ!俺のバイク横倒しになってんぞ!ミラーが根元から折れてやがる、クソが!”

“あんたも!?アタシの傘、ゴミ箱に捨ててあったんだけど!”

“斑目しかおらんやろ。シメたろかあいつ”

 

“おい、バイク倒したのテメーだろ、コラ”

“何か証拠でも?”

“おめーしかいないつってんだよ!修理代耳揃えて払え”

“アタシの傘も弁償してよ。汚れた傘なんか使いたくない。ブランド物だったんだけど”

“不満なら訴訟でも何でも起こせばいいじゃない。

頭からっぽのあんたらに公的文書が用意できるとは思えないけど”

“なんやとコラ!舐めとったらぶち殺すぞ!”

“……あんた今、あたしの肩押したわね。刑法208条暴行罪。

「ぶち殺す」は刑法第222条脅迫罪。あんた達がやらないならあたしが訴える。

あんたらの汚物以下の人生がぐちゃぐちゃになるまで裁判に付き合ってもらう。

確かあんたら単位ヤバイのよね。留年回避できるといいわね”

“それはお前も!”

“アホ共にコケにされたままだと気持ちよく眠れないの。

手始めにお巡りさん呼んでさっきの「強制わいせつ」について弁明してもらおうと思う”

“な、なんやと!?俺、そんなこと……!”

“おい、もう行こうぜ!やってらねえ、キチガイ女が”

 

 

 

“姉ちゃんもすっかりウチの常連だな。そんなに銃を覚えてどうするんだ”

“いつか、第三次世界大戦なんかで法が機能しなくなった時、

バカを殺す技術が必要になるから。……Going Hot.(撃つわね)”

“そりゃいい考えだ。核が弾けたらあんたの時代だぜ”

“5発中3発か。まだまだね。次はライフルを”

“モシン・ナガンはどうだ。

ところで、何度もハワイに来る金なんかどこから調達してんだ?

俺も金持ちになりてえもんだ”

“死ぬ気で働いてるの。将来楽をするために。

……う~ん、あたしの身体には合わないかも”

 

 

 

“募金をお願いしまーす!あ、すみません、祐介ちゃんの心臓移植にご協力を”

“いやよ。「救う会」で検索したら

心臓病で死にかけてる子供なんかいくらでも出てくるのに、

一人助けたって大して意味ないじゃない”

“そんな言い方は……”

“それに、この手の募金は使いみちが不明瞭ですごく怪しい。

なんで3億?いくらかガメてるんじゃないでしょうね?

だいたい、移植手術って誰かが死ぬのを期待するみたいで応援する気になれないのよ。

それじゃ”

“……”

 

 

 

“あ~あ、さっぱり内定が出やしねえ。くそ、40社も回ったのに。

……お、斑目じゃねえか。おめえ内定いくつよ?

大学一の嫌われ者様がどの会社にご就職なさるのか聞かせてくれよ、チビ女”

“……アズマシステック東京本社”

“え……?嘘だろ、なんでお前なんかがそんな大企業に!”

“面接で多くを語らなかった。あたしの作品を見せたら一発内定。

40発撃っても当たらないなんて、よっぽどあんたに市場価値がないんでしょうね。

そのアホ面下げて面接行けばそりゃ落ちるわ。

あんたに勤まりそうな仕事なんて乞食くらいしかないってことよ。

現実を認識できたならあたしの前から消えなさい”

“お高く留まりやがって!芋臭え眼鏡女なんか東京で続くわけねえんだよ。

どうせ3年で辞めるに決まってる!”

“あー!来月からのインターンシップが楽しみだわ~!

就職浪人最有力候補には関係のない話だけど?いつまでママの脛をかじる気なのかしら”

“死ねクソ女!二度と大阪に戻ってくんな!”

 

 

 

“斑目、ちょうどよかった!デバッグ手伝ってくれよ!

このままじゃ納期に間に合わねえ!”

“お断りします。もう定時なので”

“ふざけんなよ!先輩が困ってるって時に!”

“会社は部活ごっこをする場所ではありませんし、

今の状況はあなたの計画性のなさが招いたことです。

ここで手を貸せば今後もなあなあで残業を押し付けられることは目に見えてますし、

あなたの尻拭いのためにプライベートの時間を削るつもりもありません。

お先に失礼します”

“おいコラ。その態度が人事考課に響くことはわかってるんだろうな”

“あなたの業務管理能力の低さも同様です。

ちなみに、先月納品後に発覚した大規模なバグも責任の所在を調査し、

あなたの操作ログを添えて人事部に提出しておきました。

社も裏付けを進めているようですが、民事訴訟に発展しないことを祈っています。

さようなら”

“待て…冗談だろ?俺が首になったら女房と子供は……!”

“もう一度言います。さようなら”

 

 

あたしは彼に近付こうとしたけど、結局なりきれなかった。

余計な敵を作り、争い、ストレスに苛まれる毎日を送るうちに、

あの日見た理想像からどんどんかけ離れていった。

それでも自分を変えることが出来ず、出会う人間全てを敵と認識し、

寄せ付けず、噛みつき、またトラブルを招く。

 

信用できるのは金と酒。

あたしにもキラークイーンが居れば、違った自分になれたのかしら。

いつしか子供がドラえもんのどこでもドアを欲しがるように、

幼稚な空想に逃げるようになってしまった。

残されたものと言えば、無駄に抱え込んだ技術と金時計と口汚なさ、曲がった性格だけ。

 

 

 

 

 

……エリカが見た里沙子の過去を聞き終えると、私は少し黙って口を開いた。

 

「まあ、全部のことは治療が終わってからだな。

なんだか眠くなってきたから、ちょっと寝てから考える。それでいいか?」

 

「拙者にできることは伝えることだけじゃ。結論は皆で出してほしい」

 

「そうですね。まずはルーベルさんもお体を休めてください」

 

「わ、わたくし達は家に戻ってパルフェムさん達に状況報告をしてきます」

 

「ああ。頼んだぜ」

 

ジョゼットとエレオノーラが病室から出ていくと、

緊張状態が続いてたせいで、勝手にまぶたが下りてきた。

そして一気に眠気に襲われ、深い眠りについた。

 

だから目を覚ましたときには驚いたぜ。

寝てる間に、根元辺りからなくなった右腕が新品に取り替えられてたんだから。

手を握ったり開いたりしてみる。新しい腕はすごく身体に馴染んで指もなめらかに動く。

他には大した怪我もしなかったから、もう帰れそうだ。

 

私は隣で眠る里沙子を確かめるように一度見ると、

アンプリを呼んで退院の手続きをした。代金はツケにしてもらった。

治療費くらいは里沙子に払わせよう。今回の騒動のけじめだ。

 

 

 

 

 

で、病院で保留にした結論が今の状況ってわけだ。

私は水を、みんなは紅茶を飲んで午後のひとときを楽しんでいる。

これまで里沙子が植物のような平穏だの、名誉はいらないだの言ってた理由が

ようやくわかったぜ。

 

「カシオピイア、今更だが本当に良かったのか?

謝らせろとは言わないが、せめて事実は伝えてもいいと思うが」

 

彼女は首を横に振る。

 

「いいの。お姉ちゃんも、ひとりぼっちだった。

ワタシにはその悲しさがよくわかる。

これからも、ワタシが、ずっとそばにいる」

 

「……パルフェムも、そっとしておこうと思います。

独りになったパルフェムを受け入れてくれたお姉さまが戻ってきた。

それで十分幸せです」

 

「私は……まあ、一番高いケーキ買ってくるなら許さなくもないけど?」

 

「そっか。ならもう私から言うことはねえよ」

 

漫画一つで人間の生き方がここまで変わっちまうなんてな。

あの時戦った里沙子には正直、恐ろしさすら感じた。

自分を守るために里沙子が私達に銃をぶっ放すなんて、とんだ執念だ。

 

この騒ぎはある意味今までで一番手ごわかった。だがそれも終わり。

主犯は何食わぬ顔でグースカ寝てるし、もう暴れる心配もない。

あの里沙子が欲しかった平穏ってものは、ここにあるからな。

怪我らしい怪我したのは私だけだし、全部水に流して、

改めてこの穏やかな生活ってもんに戻ることにした。

 

うん、里沙子は私がいないと駄目みたいだからな~

 

テーブルに並ぶ皆の笑顔を眺めて、私も少し笑った。

 

 



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ネタ不足とエリカと死神
奴が何か馬鹿なこと企んでるらしい。あと4


階段で頭を強打してから数日。

たんこぶもほぼなくなり、触れると少し硬いしこり程度のものになった。

アンプリから安静にしてるよう言われたけど、もう家の外に出ても大丈夫そう。

ベッドから起き上がってパジャマからいつもの服に着替え、身支度をする。

 

「よし!」

 

鏡に映った自分を見て納得の行ったあたしは、掛け声と共に今回の物語をスタートする。

……で、何すりゃいいの?

 

「エリカよ、攻撃の時が来た!」

 

「ん~。また誰も元ネタのわからぬ戯れ言を。

もうどんちゃん騒ぎは御免こうむるのじゃ……」

 

エリカを呼び出すと、いつものように眠そうな目で位牌から出てくる。

 

「お黙り。怪我のせいで大事なことが保留になってたわ」

 

「大事なこと?」

 

「うん。治ったはいいけど、大きな問題が残ったままだった。つまり、ネタがない。

とりあえず今回だけ乗り切るか、100話までの今回を含む4話連続ものか。

どっちでもいいからアイデア出しなさい。

あ、魔王編や魔国編みたいな超長編はまだ無理だから」

 

「そう言えば、街にネタを探しに行くと言った後、階段から落ちてそのままでござるな。

今度こそ出かけるのじゃ。転ばぬよう気をつけて」

 

「あらやだ、そうだったわね。やっぱり記憶がいくつかぶっ壊れてるみたい。

じゃあ、出かけるから位牌に入って。居眠りしたら承知しないわよ」

 

「外出でござるか!?やったー!」

 

「遊びじゃないのよ?

そりゃ誰のためにもならない企画だけど、やるからにはきっちりやらないと」

 

トートバッグにエリカ入りの位牌を放り込む。このカバンも古くなったわね。

なんかデカくて重いものを無理矢理詰め込んだみたいに、所々生地が弱ってる。

街に行くついでに買い替えようかしら。

 

準備が出来たら私室から出る。同じ失敗を繰り返す訳にはいかない。

廊下の先にある階段を、手すりを掴みながら一段ずつ慎重に足を下ろす。

年寄り向けグルコサミンの通販番組みたいね。

この世界がサザエさん時空じゃなかったら、あたし今いくつなのかしら。

それは置いといて、1階のダイニングに下りると

キッチンで洗い物をしているジョゼットに一声かける。

 

「ジョゼット。今から街まで行くから、お昼はいらない。行ってきまーす」

 

「わかりました~。いってらっしゃい」

 

教会を出ると街道を進んで街まで一直線。別に野盗が出ても構わない。

ショボい戦闘シーンでも字数は稼げるからね。

ちなみに今日の装備は、ピースメーカー、M100、レミントンM870、以上。

出番は多分ない。

 

野盗連中も春眠暁を覚えないのか、本日も平穏無事で街に到着。

ゲートをくぐって考え込む。どこに行こうかしら。

自分から激混みの大したものもない市場方面には行きたくない。

そうだわ、彼女に会いに行きましょう。

 

市場をスルーして少し進み、左手の細い裏路地に入る。

浮浪者や冷たい地べたで座禅を組んでる愉快な面々に構わず、通い慣れた店を目指す。

まぁ、“目指す”って言うほど歩いちゃいない。1分程度で着いてしまった。

あたしのユートピア。ボロくなったドアを開ける。

 

「邪魔するわよ~」

 

「邪魔するなら帰って~」

 

「そのギャグこの世界に来てたのね。久しぶり、マリー」

 

「私だけじゃないよん。奥にお知り合いだよー」

 

言われて奥のジャンク品コーナーを見ると、

白い姿がうずくまるようにゴソゴソと何かを探している。

 

「アヤじゃない!日曜でもないのに珍しいわね」

 

「おおー!?そこにいるのはリサではないか!

偶然の再会に感動と驚きを隠せないので、あーる」

 

白衣姿のアヤが瓶底眼鏡を直しながらこっちに来た。

 

「本当久しぶり。今日はどうしたの?」

 

「今日はこの世界の暦では“築城記念日”。つまり祝日なのである。

祝日はアヤも休みなのだ」

 

「“畜生記念日”に聞こえるわね。酷い後付け設定。

あたしはアース出身だし毎日が祝日だから知らんかったわ」

 

「それにしても、リサが階段から落ちたという話を聞いたときは本当に驚いたのだ。

見舞いにも行けず、恐縮の至り」

 

「気にしないで。たんこぶ程度で見舞いに来られたら逆に恥ずかしい。

……そう言えば、どうしてあたしが入院したって知ってるの?」

 

「よくぞ聞いてくれたのだ!

皇帝陛下がようやく仮面ライダーファントムモードを実戦で使用したのであーる!

まさに皮肉な話、新フォームを使用したのが……」

 

「あーあー!お客さん。それ、何か別の話とごっちゃになってないかな~?」

 

突然マリーがアヤの話を遮った。え、なに?アヤも慌てた様子で発言を取り消す。

 

「そ、そうだったのだ!大きな朗報に記憶が混乱していたのだー!何たる失態!」

 

「帝都の要塞に現れた地縛霊を、皇帝陛下が叩き斬ったらしいんだよね。

情報通のマリーさんは何でも知ってるよん」

 

「そう、なの?まあいいわ。二人にお願いがあるの」

 

「お願い?アヤとリサの仲であーる。遠慮なく言うべき」

 

そしてあたしは、今回の話がまだ2000字しか書けてなくて、

とても掲載できるレベルに達してない窮状を説明した。

 

「……だから街までネタを探しに来たんだけど、

よく考えたらハッピーマイルズなんて今更感ダダ漏れじゃない?

捏造してもいいから事件事故トラブル訴訟の類を提供してくれないかしら。

どうせディスプレイ越しの読者にはバレやしない」

 

深刻だけどくだらねえ相談にも、二人共腕を組んで真剣に考えてくれた。

 

「マリーさんは色々トラブルが絶えないんだけど、

とてもじゃないけどご公表できるようなものじゃないんよ」

 

「ネタであるか~。急に言われても発明以外に話題のないアヤには難しいのだ」

 

「そうよねえ。ごめんね、無理言って。

こうなったら“奴”の悪口大会で6000字潰すしかないのかしら」

 

「とっても楽しそうだけど読者が離れていくよん」

 

「仮面ライダーソング縛りのカラオケ大会は?例えば……深く息をすぉん!!」

 

「いい加減にしないと本気で運営を怒らせてしまうのである」

 

「もっともだわね……そうだ!材料になりそうなもの持ってきたのすっかり忘れてた。

これで何か料理できると思う」

 

あたしは鉛のような腕を伸ばしてトートバッグから位牌を取り出すと、

まさにドレッシングのように手首を使って激しく振る。

たまらずエリカが転がり出てきた。

 

「ぎゃわわわ!こりゃー!何をするでござるか里沙子殿!」

 

怒ったエリカがほぼ何も斬れない刀を振り回す。痛くも痒くもないから話を続行。

 

「こんな感じで幽霊を一人所有してるんだけど、何か笑いのネタにならないかしら」

 

「噂には聞いてたけど、この娘がリサっちの家に住んでる幽霊か~

マリーさんはマリーだよ。よろしくね」

 

「むむっ、これはご丁寧に。拙者はシラヌイ・エリカと申す。

そちらは……あー!白衣の科学者殿。再び会うのは何年ぶりであろうか」

 

「アヤの名は、アヤ・ファウゼンベルガーなのである。

過去話の日付を見ると、最後に会ってからまだ1年足らずなのだ。

名前くらい覚えておいてほしいのであーる」

 

「かたじけない……」

 

「そうよ。忘れられるのはあんたの役目で、誰かを忘れるなんて失礼極まるわ」

 

「里沙子殿は相変わらず理不尽なのじゃ。

それで、ここで話のネタは見つかったのであるか?」

 

「見つからないからあんたを呼んだの。なんか特技とかあったら出しなさい。

みんなアイデアが浮かばなくて困ってる」

 

「拙者の大活躍をもう忘れたのでござるか!?

アイーダ殿との激闘で数々の剣技、魔法を披露したというのに!」

 

「確かにアレはちょっと感心したけど、今回バトル展開はないから使えない。

ここまで書いて野盗の一人も出てない時点で、

ギャグか日常に方向が固まっちゃってるのよ」

 

「研究……」

 

その時歴史が動いた。

いや、何も動いちゃいないけど予測変換に出てきたから使ってみた。

Google日本語入力ってたまに変なもの持ってくるのよね。やり直し。

その時、アヤが一言つぶやいた。

 

「どうしたの、アヤ」

 

「ギャグにしろ日常にしろ、ここまで手間取っている以上、

無理に進めても膠着状態になるのは目に見えているのだ。

それならば、幽霊というおいしい素材がある以上、それを活用しない手はない。

つまり、エリカを使っていろんな実験をしてみることを提案するのだー!」

 

「冗談ではない!拙者は玩具では……」

 

「ナイスアイデアよ、アヤ!さっそく店にあるもので実験しましょう!

役に立とうが立つまいがどうでもいいから!」

 

「使ったものは買い取ってね~」

 

あたし達は考えられるだけの幽霊のピタゴラスイッチ的活用法を出し合って、

有り合わせの品で実験を開始した。

 

 

 

実験1)飲んでみよう。

 

「はい、お水」

 

「サンクス」

 

マリーからコップ一杯の水を受け取り、エリカに差し出した。

 

「ほら、この水に取り憑いて。早く」

 

「断る!」

 

「おりん、質入れするわよ」

 

「卑怯者め~!」

 

嫌々ながら水の中に入り込むエリカ。するとコップの中の水が淡い青に光りだした。

これにはあたしも驚いた。アヤもマリーも興味深げに見ている。

 

「なるへそ。洒落たガラスの花瓶にでも入れればインテリアにピッタリですなぁ」

 

「この発光現象については大いに分析の余地があるのだ!まずは味も見ておこう」

 

「味って……飲むの?これ」

 

「リサが」

 

「これを体内に入れるの?やだー……でも、みんなも飲むなら考える」

 

「リサっちが最初に飲むなら」

 

「発案者が毒味をする必要性は普遍の真理」

 

“幽霊という儚い存在を汚物のように扱う皆にはいずれ天罰が下るであろう!”

 

エリカの抗議を無視し、勇気を出して一口飲む。……味は、普通ね。無味無臭。

 

《とくになんにも変わらないわね》

 

喋った瞬間驚いた。

あたしとエリカの声が混じってヘリウムガスを吸ったように変な声になったのよ。

例えるならハンバーガー屋のピエロが絞殺されるような声で、二人共大笑い。

 

「カハハハ!なんなのその声!」

 

「ハハッ!アヤにも飲ませてほしいのだ!」

 

《はい》

 

「フヒヒ、しばらく無言のままで!笑いで水が飲めないのであーる!ゴクン」

 

《どう?》

 

《これは摩訶不思議!アヤの声もカエルのように変化しているのだー》

 

「それじゃあマリーさんも飲もうかな」

 

マリーも残った水を飲み干す。結果は同じ。可愛い顔でガマガエルのような声で話す。

 

《これでお客さんに話しかけたら驚くだろうねぇ》

 

《逃げ出すか、特殊な事情を抱えてる人とみなされて同情されるかのどっちかね》

 

《喋らないでほしいのだー!笑いが止まらないのであーる!》

 

“そろそろ元に戻りたいのじゃ!

身体が三つに分かたれて、言葉で表現できない気持ち悪さに晒されておる!”

 

《あとちょっとだけ!

もしまた番外編があるなら、こいつでパーティー会場を沸かせられるわ!》

 

でも、ひとしきり笑うとさっさと飽きてしまった。

一発芸にはなるとわかった所で次の実験に移行。

そして発光現象についてはアヤも幽霊なら当たり前という結論に至り、

早々と興味を失った。

 

 

 

実験2)修理をさせてみよう。

 

「さっきの実験は大失敗だと言っていい。

あたしらは楽しんだけど、読者を置いてけぼりにしてしまった。

読者を満足させる義務を放棄して自己満足に終わる。クソSSの典型例ね」

 

「今に始まったことじゃないけどね~」

 

「エリカは様々なものに取り憑いてある程度自由に動かせると聞いたのだ。

今度は、この黒い箱の破損箇所を特定してもらいたいのであーる。

アースの電子機器であることはわかったのであるが、

電気を流しても動かず、用途も故障の原因も不明なままなのだ……」

 

アヤがカウンターに置いたのは古いビデオデッキ。懐かしいわね。

 

「ねえ、先に答え言っちゃっていい?故障は直せないけど正体は知ってる」

 

「教えてほしいのだ!」

 

「これはビデオデッキと言って、

ビデオテープっていう別売りの記憶媒体に記録された映像を映し出す装置。

ほら、ちょうど長細い口があるでしょ?

そこにテープを挿入して、マリーが持ってるテレビとコードで接続して再生するの」

 

「残念ながらビデオテープというものは見つからなかったのだ……」

 

「見つかってもテレビは貸せないよ?あれはマリーさんの宝物だからさ」

 

「まあ使える使えないは別として、とにかくエリカに非破壊検査をさせましょう。

この際、今日一日まるごと使って

初登場から未だにキャラが微妙なエリカを徹底解剖するつもりで」

 

「拙者を放置してどんどん話が進んでいくでござる……」

 

「いつもなら考えられないくらい出番が来てるんだから文句言わないの。

早く中に入っておかしい場所を探して。

具体的には、繋がってるはずの線が切れてるとか、何かの部品が外れてるとか、

迷路のような緑色の板が途切れてるとか。ヒァウィゴー」

 

「行けばよいのでござろう。まったく」

 

ぶつくさと愚痴をこぼしながら、エリカがビデオデッキに取り憑いた。待つこと15分。

なんかデッキから細い線が何本もうねうね生えてきて気色悪い姿になった。

全員デッキから2、3歩下がる。同時に、エリカがデッキから抜け出てきた。

 

「ふう。とんだ大仕事でござった」

 

「どうだった?」

 

「正常なところを探したほうが早かったのじゃ。

とにかく壊れている所に拙者の髪を刺しておいたから、そこを調べるとよいでござるよ」

 

「やるじゃない!あんたが機械に詳しいなんて知らなかったわ」

 

「からくりに詳しいわけではない。身体を糸にして内部を走ってみて、

妙に足を取られたり、道がなくなっているところ等に目印をつけただけなのじゃ」

 

「感謝するのだエリカー!持ち帰ったらさっそく修理して、

テレビとビデオテープを入手するまでアヤのコレクションとして保管するのであーる!」

 

「実験2はこんなところかな~?

とりあえずエリカっちの能力の一つを紹介できた分、さっきよりはマシだと思うからさ。

次はマリーさんのお願い、聞いてくれるかな?」

 

「どんどん行きましょう。立ってるやつは親でも使えって言うしね」

 

「次で終わりにしてほしいのじゃ……」

 

 

 

実験3)鑑定をさせてみよう。

 

マリーがガラクタの詰まった大きな編みかごを持ってきて、

狭いカウンターにいくつか中身を並べた。

 

「次はエリカっちの目利きを試させてもらうよ。

ご覧の通り、うちには使いみちのわからない商品がたくさんあってね。

リサっちの話によると100年以上生きてるエリカっちの知識で、

こいつらの使い方や価値を調べてもらいたいんだよー」

 

「拙者は何でも屋ではござらん。それに100年間は死んだまま地下で……」

 

「ごちゃごちゃ言わない。さっさと見る」

 

「お願い。さあ第1ウェーブ、スタート」

 

エリカはカウンターに並ぶ3つの品を困った様子でキョロキョロ見る。

商品に手を突っ込んだり、顔がくっつくほど凝視して、

5分ほど悩んでから答えを出した。

 

「ううむ、左から順に、使いかけの軟膏、兵法書、筆記用具である……と思う」

 

「兵法書?」

 

「補足するわ、マリー。これはバイオ7っていうテレビで遊ぶゲームの攻略本。

化け物と戦いながら脱出を目指すゲームの解き方が書いてある。

筆記用具はボールペン。

端っこのボタンをノックするとインクが入ったペン先が出てくる」

 

「ふむふむ。ボールペンは役に立ちそう。他2つは廃棄処分かな~?

いや、それでもここの客は何持っていくかわかんないんだよねー。

とりあえず置いとこうっと」

 

「そんなんだから片付かないのよ」

 

「それを言っちゃ、この商売上がったりよ。エリカっち、第2ウェーブ行くよ?」

 

「見ればよいのであろう……」

 

次は普通のハサミ、木彫りの人形、文庫本。

またエリカはひとつひとつをじっくり見て、結論を出した。

 

「ただの質の悪いハサミ。こけし。皇国の本……

ただし続き物の途中だからこの1冊だけ読んでも物語の全容がわからぬ」

 

「そっかー。

どう見てもハサミなのに何も切れないから、何か秘密があるかと思ったんだけど、

マリーさんの鑑定眼もまだまだなのかねぇ」

 

「伊達に刃物は見慣れておらぬ。

刃付けがいい加減で、両方の刃が物を切る前に中に挟み込んでしまうのじゃ」

 

「大方100均で買った安物なんでしょうね」

 

「んと、それじゃあ“こけし”って何?

人形としてはあんまり可愛くないなぁ。うちの不細工人形といい勝負」

 

「皇国の伝統工芸品である。温泉地等の土産物として始まった子供用の玩具であり、

地方によって胴や顔の形、表情が微妙に異なる」

 

「ちょっとその本見せて」

 

あたしは皇国の本を手にとってパラパラと流し読みしてみた。

うーわ、ミドルファンタジアにもライトノベルがあるとは知らなかったわ。

異世界に転移してなぜか最強の力を得た一般人が、

可愛いけど頭の軽い女達にちやほやされながら諸国を旅する道中が記されてる。

どこにでも需要があるのね、こういうの。本を閉じるとカウンターに戻した。

 

「ありがと」

 

「第3ウェーブ、行くね~」

 

「まだやるのであるか?」

 

「当然」

 

「できれば未知のテクノロジーを希望するのであーる……」

 

今度のラインナップは、

電池の切れてる電波時計、どう見ても目盛りが狂ってる体重計、汚い刀。

 

「どうしたの?もう少しだけ頑張ったらお線香5本焚いてあげるから」

 

時計と体重計を無視して、エリカは汚い刀をじっと指をくわえたまま見ている。

そしていつになく真剣な表情でマリーに尋ねた。

 

「……マリー殿。この刀を手に入れたのはいつ頃であるか?」

 

「うち、商品の入れ替わりが激しいからわかんないな~

まあ、刃もこんなに錆びてるし?かなり昔のものだとは思うんだけど」

 

マリーが鞘から刀を抜いてみせた。

確かに頑固な錆が刀身全体に広がってて、何か斬ったらポッキリ折れそう。

だけど、エリカが意外なことを尋ねた。

 

「何か、不可解な病気や不幸に悩まされたことは?」

 

「ないけど……これ、ひょっとしてヤバげなものだったりする?」

 

「マリー殿。これは錆ではござらん。血である。

この刀は幾人もの血を長い年月を掛けて吸い取ったのじゃ。それも十人二十人ではない。

三桁はくだらぬ人間を手に掛けた呪いの刀である」

 

「えっ、マジ……?」

 

呑気なマリーも流石に引いてる。あたし達はゾッとして刀から距離を取った。

 

「霊体である拙者には良うわかる。

こやつに殺された者たちの怨念が今でも取り憑いておる。

悪いことは言わぬ。この刀は人の手の届かぬところに……」

 

しかし、エリカが話し終える前に店のドアが開いた。

思わず目をやると、変な女が遠慮がちに一歩ずつ店に入ってくる。

 

「あのう、ごめんくださ~い……ここに彷徨う魂はいらっしゃいませんか?

いきなりすみません。とってもたくさんの死霊の香りがしたのでお訪ねしました」

 

真っ黒なフード付きローブを着て、あたしよりちょっと年上くらいの女性。

ブロンドのセミロングを貴族のお嬢様みたく縦巻きカールにしてる。

あと、和服で言う袂の部分が鞄くらい広い。何が入ってるのかしら。

 

「ごめん、今貸し切りだからまた今度」

 

「勝手にうちの客帰らせないでほしいなぁ!……で、お姉さんは何がご入用なのかな。

あいにく何がどこにあるのか自分でもわからなくてさ、商品探しはセルフサービス。

そのかわり安くしとくよ」

 

「いえ、捜し物はもう見つかってるんです。そ、そこの、あなたぁ!」

 

彼女が思い切った様子で指差したのは、エリカ。本人以上にあたしの方が驚いてる。

エリカの存在自体知ってる人の方が稀なのに、

会ったこともない女性が幽霊に用事があるとも思えないんだけど。

 

「ちょ、ちょっと待って。その前にあなた誰よ。あたしは里沙子。

こいつの後見人みたいなもんなんだけど」

 

「す、すみません、申し遅れました!わたし、死神のポピンスと申します。

ええと、所長や先輩からはポピィと呼ばれてますので、

そっちの方で呼んで頂いても構いません……」

 

「「死神ぃ?」」

 

みんなで怪しげな女に遠慮なく疑いをぶつける。ややこしいのが出てきたわね。

せめて百害あって一利なしのバトルは避けたい。

 

「そのポピィさんがうちの居候に何の用?」

 

「はい……あの、わたし達はよく誤解されるのですが、

死神は手当たり次第に人間を殺す悪魔なんかじゃなくて、

定められた寿命を迎えた人を悪鬼悪霊から守りつつ、

迷うことなく冥界に送り出す案内人なんです。

本当ですよ?だって名前に“神”が付いてるくらいですから、あの、ですから……」

 

「用件!!」

 

「ひっ!」

 

いつまでも肝心な点を話さないポピンスにイラッときて、

ついジョゼットのノリで怒鳴ってしまった。

 

「脅かしてごめんなさいね。

あなたがエリカと会ってなにがしたいのかを教えて欲しいの」

 

「は、はい。ちょっと待ってくださいね」

 

今度は広い袖を探って、手帳を取り出した。開いて何かを確認している。

 

「そうです、そうです。そちらのシラヌイ・エリカさんは、

予定寿命を36762日オーバーして現世に留まっていらっしゃるので、

早急にお迎えに上がるよう所長から仰せつかっています。

あのぅ、ですから、大人しくわたしについてきて頂けると、助かるんですけどぉ……」

 

「ならぬ」

 

珍客の乱入からようやくエリカが口を開き、拒絶の意思を示す。

あたしはなるべく刺激しないよう、落ち着いた口調で諭した。

 

「エリカ。初めて出会ったときにも言ったけど、

死んだ人がいつまでもこの世にいるのは、やっぱり良くないと思うの。

今は大丈夫でも何かのきっかけで霊障を起こしたり、

あんただっていつまで経っても楽になれない。

やり残したことがあることはわかってる。

でも、あの世で待ってるご家族をいつまでも待たせるのもどうかと思う。だから……」

 

「拙者には、不知火家再興の、使命がある」

 

エリカがポピンスを無表情でじっと見つめたまま告げる。

彼女の身体からゆらゆらと霊力が立ち上る。何か様子がおかしい。

 

「あの、あの、大丈夫です。期限を超えて現世を彷徨う方にはありがちなことですから。

そういう時のために、ちゃんと道具も支給されていますので」

 

ポピンスが正面に手をかざすと、縦に閃光が走り、一瞬まばたきをすると、

目を開いたときには彼女の背を軽く超える大きな鎌がその手に収まっていた。

ぎらりと斬れ味の良さそうな刃が光る。……で、次の瞬間天井に突き刺さった。

揺れた天井から砂埃がパラパラ降ってくる。すげえ迷惑。

 

「店内で長物はご遠慮願うよ、お客さん。

この店ボロだし、ガラクタに見えるだろうけど

並んでる物も商品だから壊さないように気をつけて」

 

「ああっ!ごめんなさい、ごめんなさい、すぐしまいます!!」

 

慌てて鎌を引っ込めるポピンス。鎌が宙に消えると、ペコペコとマリーに頭を下げた。

 

「本当にごめんなさい……それで、話は戻りますけどエリカさん。

あの世へ旅立つ時が来ていますので、わたしと、一緒に、来てくれます…よね?」

 

彼女が手を差し出すと、やはりエリカは抑揚のない声で告げた。

 

「寄らば、斬るぞ」

 

今度は明らかに敵対する意思を示し、エリカはカウンターの刀を、“手に取った”。

 

 



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うちは来る者拒まず去る者追わず、ドヤ!…ごめん嘘。やっぱ行かないで。3ね

基本なんにも触れないはずのエリカがその刀を掴む。

あたしの心がその事実に驚きを見せたときには、もうエリカの姿は消えていた。

残されていたのは床から外に続く一筋の青い光。

 

「行かなきゃ!」

 

「そ、そうですぅ…このままあの方を逃したらまた所長に怒られてしまうんです」

 

「そーじゃない!明らかにエリカはあのヤバそうな刀の影響を受けてる!

ほっといたら関係ない連中まで巻き込むでしょうが!」

 

「あ、そうでした。ごめんなさい!」

 

「ごめんなさいならさっさと行く!」

 

「マリーさんも行こうかね。

うちの品が死人なんて出しちゃったらそれこそマリーさんが打首だし?」

 

「エリカの様子はまともではない。

早く追いかけてあの刀を奪うのが結果的に事件解決の早道なのは明白」

 

「この際来るなとは言わない。自分の身は自分で守ってね。行くわよ!」

 

あたし達は霊力のラインを辿って大勢で裏路地を進む。

普段無反応な裏路地の住人も目をむいて全力で走るあたし達を見る。

エリカは市場の方へ向かったみたい。

逃げ出した市場の店主や客達が逆流する川のように走ってくる。

 

連中にバシバシと体当たりされながらも腕でガードしつつエリカを追う。

人間の波が途切れると、すっかり人のいなくなった役所前、

要するに市場の入り口に出た。やっぱりエリカの足跡は広場へ続いてる。

 

「この先よ。きっとエリカは広場にいる」

 

「待ってくださぁ~い。その前にお願いがあるんですけどぉ、

彼女の対処はわたしに一任すると約束していただきたいんです…だめですか?」

 

「それがあんたの仕事でしょうが!いい大人なんだからシャキッとしなさいな!

その少女漫画みたいな髪型にしても!」

 

「しょ、しょうがないじゃないですか!

これは子供の頃からお婆ちゃまが毎日セットしてくれてるカールで……」

 

「もういいわかった、さっさと行ってエリカに三途の川を渡らせて」

 

人がいなくなって快適に通行できるようになった市場を一気に抜けると、広場に出た。

その中央に彼女はいた。

相変わらず青白い霊力を全身から立ち上らせて、

ただあたし達を見つめながらまっすぐ立っている。とりあえずエリカに呼びかけてみた。

 

「エリカー!意識はしっかりしてる?」

 

「里沙子殿……下がっているでござる。この死人の魂宿りし百人殺狂乱首斬丸(ひゃくにんごろしきょうらんくびきりまる)は、

現世の存在も斬り捨てる。戦場に踏み入らば、命の保証は出来かねる」

 

うわあ。色んな意味でえげつない名前ね。

あんまりにもあんまりなネーミングセンスにこの企画の先行きを案じていると、

ポピンスがよちよちとした足取りでエリカに歩み寄った。

すかさずエリカが抜刀し、隙なく構える。

 

「あのう、お願いですから大人しくわたしと冥界に来てくれませんか?

正直、後もつかえてますんで……」

 

「ならぬと申したはず。刀を手にして良うわかった。この者達の無念、恨み、怨嗟の声。

泣き顔見捨てて置かりょうか」

 

「大丈夫ですよ!それでしたら、わたしの方でちゃんと処理しておきますから、

あなたが彼らの恨みを引き受ける必要なんてないんです」

 

「処理?」

 

「はぁい!わたしの自慢の大鎌で、現世への未練をすっぱり断ち切ってあげますから。

それっ!」

 

ポピンスが前方に手をかざすと、再び巨大な鎌が現れ、その手に収まった。

よくその細腕で持ち上げられるものだと思う。彼女がエリカに左手を差し出した。

 

「エリカさんも、さあこちらへ。痛くはありません。

あ、ごめんなさいっ!やっぱり一瞬だけ痛いかも……?

とにかく、なるべく痛くないよう頑張りますから、よろしくおねがいします!」

 

また距離を詰めようとすると、エリカは何も言わず、

長身の刀を頭上でぐるんと一回転させ、風圧でポピンスを威嚇。

思わず彼女が一歩下がった。

 

「きゃっ!」

 

「寄らば斬ると申したはず。首斬丸の存在はこの世に確かな悪が存する証。

彼奴らを放って三途の川など渡れるものか。

皆が拙者に告げておる。全ての悪を斬り捨てよ、我らの無念を打ち払え」

 

「ですからぁ、それは地獄の宰相シヴァー様の管轄であって、

わたし達は輪廻の掟に従うしかないんです……どうしてわかってくれないんですか?」

 

「彼らはもう恨み言を語ることも、仇討ちの刃を握ることもできぬ。

だから不知火家最後の侍、このエリカが義によって助太刀致す。この首斬丸によって!」

 

エリカが決意を口にすると、ポピンスの纏う雰囲気が変わった。

大きなお友達みたいな空気を引っ込め、静かな殺気を放つ。

彼女はフードを被ると、立ったままふわりと宙に浮かんだ。

 

「そうですか……なら、仕方ありませんね。

危ないことはしたくなかったんですが、わたしもあなたを斬ることにします。

このムーンドリーマーによって!」

 

宣言が終わると同時に、

ポピンスが片手でバトンを回すかのように大鎌を多方向に高速回転させ、

目で追えないほどの斬撃を発し、全身を凶器と化してエリカに接近。

エリカは重く鋭い鎌の斬撃を見切りつつ首斬丸で受け流すけど、

あまりに多い手数に早くも圧倒されている。

 

「くっ……!」

 

大鎌が真空波を放ったのか、エリカの頬に一筋の切り傷。

流れるのは血じゃなくてわずかばかりの霊力だけど、このままじゃ押し切られる。

それは自分でもわかっているようで、エリカも攻撃に転じる。

 

「首斬丸よ、拙者に力を貸すでござる!

……轟け慟哭!血飛沫と共に忘らるる最期語らんことを!鮮血絶命砲!」

 

刀身を横に構えて刀に霊力を込めて詠唱。

すると首斬丸から無数の紫色のドクロが飛び出し、ポピンスに襲いかかった。

死霊の群れがポピンスを囲み、一斉に砲弾のように強力な体当たりを始めた。

 

「きゃあ!こ、来ないでくださーい!」

 

ポピンスも鎌を振り回すスピードを上げてドクロを叩き落とすけど、

一発が彼女の肩に命中。空中を滑るようにふっ飛ばされる。

 

「いったーい!あんまりです!こんなことしなくたっていいじゃないですかぁ!」

 

「……悪いことは言わぬ。彼らのことは拙者に任せ、ここは退いて欲しいでござるよ」

 

「それができるならそうしてますぅー!

死神なんて痛くてしんどい仕事、やめられるならとっくにやめてまーす!」

 

「では何故そなたは戦うのじゃ」

 

「死神に生まれちゃったんだから仕方ないじゃないですか……!

神様からの命令なんだからどうしようもないんですよ!」

 

「哀れな。大義なく誰かの命に従うまま刃を振りかざすとは」

 

「あなたにわたしの気持ちなんてわかりませーん!

そもそもあなたのように聞き分けのない人達のせいで死神は苦労してるんですよ?

わたしに同情してくれるなら、その刀を渡して

あなたもムーンドリーマーでお空に昇ってくださいよぅ!」

 

その場でぴょんぴょん跳ねながら訴えるポピンス。

両サイドのカールもバネみたいにビヨンビヨンと跳ねる。

明らかに精神年齢幼稚園児レベル。

これで戦闘能力だけは高いんだから世の中不思議なもんだわね。

 

「語り合いで決着はつかぬということか。ならば刃を交えるしかない。参るぞ!」

 

今度は刺突の構えを取るエリカ。霊力の炎を燃やし、ゆっくりと息を吸う。

 

「千の腕持つ尊き者よ、救いの御手で我が柄握れ!剣技、八つ裂き観音!」

 

エリカの足元から青いラインが伸びる。

それは術者からポピンスへ進み、標的の周りで何度も円を描く。瞬間移動の兆候。

そう気づいたときにはもうエリカは突進を開始していた。

 

即座にクロノスハックを発動して状況を観察するけど、

それでも普通に空を走りながらレイピアを操るように何度も突きを繰り出すエリカと、

それを大鎌でさばくポピンスの攻防が時間停止に関係なく行われていた。

 

「一体どうなってんのよ……」

 

さっきまで罰ゲームの青汁や便利なX線検査機扱いされてたエリカが、

死神という強大な存在と渡り合ってる。性格はこの際置いとくけど。

あたし達はその場で息を呑むしかなかった。

 

クロノスハックを解除した瞬間、連続した金属音と共に、両者衝撃で後退。

エリカに細かい切り傷がいくつか。

ポピンスに負傷は見られないけど、ローブが多数箇所切り裂かれてる。

 

「くはっ…!この剣技を見切るとは、流石冥府の案内人。感服したでござる」

 

「いやだぁ、おニューの服がボロボロ……

ブラ紐も見えちゃってるし、お嫁に行けなくなったらどうしてくれるんですか!

もう怒りました、泣いて謝ったって許しません!

斬り合いでは勝負がつかないようですから、奥の手を使わせてもらいます!」

 

ポピンスが大きな懐に手を突っ込み、何かを探って取り出した。

それは柔らかなオレンジ色の光を放つランタン。

彼女は得意げにランタンをかざすと、ゆっくりと揺らし始めた。

そして瞳に妖しい色を宿して語る。

 

「うふふ。わたし、歌が大好きなんです。

死神のお仕事を任されてから世界中でいろんな歌を聴いてきました。

寂しげな舟歌、勇ましい行進曲、優しい子守唄。

いつも冥界へ死者の魂を誘う時は、わたしも歌って聞かせてあげてるんです。

死の恐怖、世俗への執着、そういった負の感情に囚われることなく旅立てるように」

 

「……何が言いたいでござる」

 

「あなたにも歌を送ります。鎮魂歌(レイクエム)第5番。“渡し船のララバイ”」

 

するとポピンスが一度深呼吸して朗々と歌を歌い始めた。

 

河原の淵にあなたはいない。

待てど暮らせどあなたは来ない。

だってあなたは向こう岸。

私はあなたを待っています。

ずっと、ずっと、待っています。

 

彼女の歌が始まると、なんだか急に眠気に襲われた。

この状況を見逃す訳にはいかないから、歯を食いしばって耐えるけど、

エリカはもっと激しい睡魔に襲われているみたい。

刀を杖代わりにして膝を突きながらも、必死に眠るまいと抵抗している。

 

「う…くはぁっ!」

 

「あらあら、もう降参ですか?」

 

歌を止めて腹を抱えるようにうずくまるエリカにゆっくりと近づくポピンス。

勝利を確信したのか小さく笑みを浮かべながら鎌を振り上げる。

まだ歌の効果が抜けない様子のエリカは、もう座り込んだまま動かない。

マリーもアヤも眠り込んでいる。

 

あたしにはエリカの成仏を祈って、せめて最後まで見届ける義務がある。

……だからこの後の妙な展開に巻き込まれることになったんだけど。

 

「そ~れ!」

 

ポピンスが大鎌でエリカの魂を胴ごと薙いだ。……と思ったけど違った。

激しい金属音が鳴り響き、鎌の一撃が止まる。

 

「あっ……!」

 

「詰めが、甘いでござる!」

 

眠っていたはずのエリカが、首斬丸を縦にして敵の刃を受け止めた。

よく見ると、左肩の辺りに一本の脇差が刺さっている。首斬丸ではなく、白虎丸の相棒。

傷口から霊力が漏れ出しているけど、

その激痛で一気に覚醒したエリカが再びポピンスの鎌を力ずくで押し返した。

 

「てえい!!」

 

「きゃっ!」

 

ポピンスは思わぬ反撃で派手に後ろに転んだ。エリカはその隙を逃さず追撃に移る。

肩を痛めているから刀を握る手に力が入らない。

首斬丸を媒体にして早口で魔法を詠唱した。

 

「第六の監獄、囚われし罪人!疾風、大火、濁流、礫岩、雷光!

憎悪に溺れ全てを抱え、果て無き救いの日を待ちわびよ!真・外道収束波!」

 

基本の5属性に光と相反する闇の属性が加わったエリカの攻撃魔法。

詠唱が終わると刀の切っ先に各属性のエネルギーが集まり、

数学における定義上の点に限りなく近くなった時、

血のように赤黒い超巨大なレーザーが発射された。

直撃を受ければどうなるかわかったもんじゃない。

またオレンジのランタンを掲げると彼女の前に魔障壁が現れた。

 

「わわわ、わたしを助けてー!」

 

間一髪レーザーを受け止めたけど、まだ攻撃が収まる気配はない。

ポピンスを飲み込もうとするエリカの必殺の一撃に対し、

ランタンが太陽のように輝き、全力でバリアを維持する。

でも、今にも自壊しそうなほどランタンは激しく振動し、長くは保ちそうにない。

エリカの魔法が止まるか、ポピンスのバリアが破れるか、

どっちが先になるかは全く読めない。

 

「はああああっ!!」

 

「いやぁ!どうしてわたしがこんな目に!」

 

禍々しい色の波動がバリアを少しずつ侵食し、

バリアもランタンから供給される魔力で再生を繰り返す。

30秒程の鍔迫り合いが永遠にも思えたけど、

やがてエリカの攻撃に使える霊力が底を突き、ポピンスのランタンも魔力切れに陥り、

両者共に霊力・魔力を消費する行動が取れなくなった。

 

「はぁっ、はぁっ……ここまでで、ござるか」

 

「えーん、ランタンの火が消えちゃった~

冥界に戻ってママ上様に焚いてもらわなきゃ……」

 

だけど膨大な霊力を消費し再び膝をついたエリカが不利なのは明らか。

 

「んと、えーと、その前に、ちゃんと浮遊霊を回収しなくちゃ。

今日はもう直行直帰でいいです、よね…?」

 

ポピンスが再び鎌を手に、今度こそエリカにとどめを刺そうと素振りをしながら近づく。

 

「……斬れ。拙者の敗北じゃ」

 

「やったー!それじゃあ遠慮なく!」

 

刀も握れず、自らの形を保つ程度の霊力しか残されてない。

エリカが覚悟を決めて目を閉じた時。

 

──やっとお会いできましたー!!

 

誰かが空から舞い降りてきて、ポピンスに飛びかかった。

 

「きゃぶっ!!」

 

エア・アサシンとはやるわね。そうじゃなかった。

濃い紫のローブ、ものすごいロングの黒髪。明らかに空から飛んできた魔女と言えば。

 

「リーブラ!?なんであなたがここに!」

 

彼女がポピンスを押し倒したままこっちを向いてにっこり笑う。

 

「里沙子さんのガトリングガンの育ち具合を見ようと人間界に来たら、

街の方から死の匂いが強く漂ってきたので立ち寄ってみたんです。

そしたらほら、死神です!

私でもおぼろげな後ろ姿を一度しか見たことのない幻のような存在!」

 

「どいてくださーい…わたし、もうすぐお仕事終わりなんです」

 

「ああ、ごめんなさい。滅多に会えない死神の方に感激しちゃって。

私、魔女のリーブラと申します」

 

リーブラはポピンスから下りると、呑気に自己紹介をした。

 

「わたしが死神だった知ってるみたいですけどぉ、どんなご用ですか……?」

 

「会ったばかりで失礼なんですが、私を殺して頂けないでしょうか!」

 

「はぁ!?」

 

「実は私、長く生き過ぎたせいで死に方を忘れてしまったんです。

こうして魔法の辞典に知識を蓄えて来たんですが、全く手がかりが見つからなくて……

あ!あなたに触れたおかげでまたページが増えました。

項目“死神”のページがこんなにたくさん!」

 

リーブラは嬉しそうに魔法で呼び寄せた魔導書を流し読みする。

あたしもエリカも、そしてポピンスも奇妙な乱入者をポカンと眺めるだけだった。

 

「なるほど~死神は実体と霊体の両方に干渉できるんですね」

 

そういや、二人があれだけ派手に暴れた割には街の窓ガラス一枚割れてない。

これまでポピンスは霊体モードで戦ってたってことかしらね。

 

「と、とにかくわたしのお仕事の邪魔をしないでくださいよ~

あとちょっとで獲物を仕留められるんですからぁ……」

 

「その前に!」

 

リーブラが彼女の両手を握って目を合わせる。

いきなり迫られたポピンスは驚きのあまり黙り込んだ。

 

「お願いです、私を殺してください!

そうすれば辞典の最後の項目、“私の死”が埋まるんです!

最大にして最難関の謎が!」

 

「そんな事言われたって……

わざわざ調べなくてもわたし達の誰かが迎えに来るまで待っていればいいんですよ?

あなたの寿命、特別に教えますね。気が済んだら帰ってくださいよ?」

 

「もちろんです!」

 

ポピンスが懐を探って手帳を取り出す。

そしてパラパラとページをめくりリーブラの寿命を確かめる。

あたしもちょっとばかし興味があるから黙って様子を見る。

 

「う~んと、リーブラさんリーブラさん……と。え、嘘っ!?」

 

アクシデント発生っぽい。

 

「やだ、誰がこんなイタズラしたのよ!リーブラさんの寿命が、黒塗りにされてる!

また先輩の嫌がらせ?ううん、そうじゃない。元々黒だったみたいに染みになってる。

どういうこと?誰か教えてよぉ……」

 

手帳を手にしたまましょぼくれるポピンスの肩にリーブラが手を置く。

 

「落ち込むことはありませんよ?

あなた方には便利な道具があるじゃないですか。ほら、そこに」

 

視線の先には空中に置きっぱなしになったポピンスの鎌。

ポピンスは慌てて四つん這いで鎌に近づき、手に取って立ち上がる。

 

「あなたの正体はわかりませんが、

わたし、わたしに近づいたら、ムーンドリーマーで真っ二つにしちゃうんですから!」

 

「それはいい考えですね!

死神の鎌で肉体と同時に魂も切断すれば、

転生する余地もなく完全なる死を遂げることができるかもしれません!」

 

「あなたのせいですからね、あなたが神聖な死神の仕事の邪魔さえしなきゃ……えい!」

 

あたしは思わずハッとなった。

まさに月を描くような斬撃と同時に、リーブラの胴が両断された。

大量の血液と共に、彼女の上半身と下半身がごろんと転がる。

壊れた操り人形のように、手足を妙な方向に伸ばしてリーブラは動かなくなった。

ポピンスもまばたきを忘れ死体に言い訳をするように叫ぶ。

 

「きょ、今日があなたの寿命だったってことですよ!

彼女と一緒に連れて行ってあげますから、少しだけ待っててください!

さあエリカさん、遅くなりました。何か言い遺すことはありますか?」

 

「……未熟者のまま消えてゆくことを、無念に思う」

 

「これ以上苦しまないで。その悲しい気持ちも、全て洗い流してあげます。

わたしの鎌はあなたを現世に縛る全ての……ひゃうっ!?」

 

エリカを強制的に成仏させようと鎌を振り上げた瞬間、ポピンスの足を誰かが掴んだ。

恐る恐る振り返ると、彼女の目がこれ以上ないほど見開かれた。

 

「つ、れ、てっ……て」

 

口や鼻から大量に出血したリーブラが、妖怪テケテケのように、

上半身だけで這って来ていた。

切断面からこぼれた臓物を引きずりながら血まみれの笑顔を浮かべる彼女。

半身女に足を取られたポピンスは、声にならない悲鳴を上げる。

 

「ああああ!ひああっ!」

 

「これじゃ、足りない……身体を、バラバラに……」

 

「来ないで!来ないで!来るなあぁっ!!」

 

パニックになったポピンスは尻もちをついて、

鎌の先端で何度も何度もリーブラを切り裂き、串刺しにする。

その度に綺麗な顔が縦に割られ脳がこぼれ、背中の肉が削ぎ落とされて膨らむ肺が露出。

血や肉片が飛び散り、一般人がこの場に残っていたら

トラウマになるようなR-18的惨状が広がる。

 

「死んでよ、死になさいよ!なんで死なないの!?」

 

「ぜんぶ……試した。焼却炉、圧縮装置、毒薬、切断機……

でも、だめだった。いつの間にかすぐ生き返る」

 

「こ、こいつはゾンビなんかじゃない!完全なる不死者!死神の天敵!

だめよポピンス、こんなの相手にしちゃ。逃げなきゃ!」

 

「まって、おねがい、いかないで……」

 

「うわあーん!パパ上様、おかしな魔女にいじめられましたわぁ~!」

 

ポピンスが目の前の空間に鎌で一閃を放つと、

異次元かどこかしらないけど、別空間への扉が開き、

彼女は泣きながらその中へ走り去っていった。

リーブラが現れてからすっかり放置状態だったエリカとあたし達。

当のリーブラは少し目を離した間に再生を終え、地上に降り立った。

 

「うーん、残念です。死神の鎌でも死ねないなんて。

ですが、辞典に興味深い記述がたくさん増えました!これ以上ない収穫です」

 

「そなたは、一体?」

 

「あら、可愛い幽霊さん。幽霊になれたなんて羨ましいわ。完璧に死ぬまであと一歩ね。

がんばって」

 

「あ、うむ、かたじけない」

 

「リーブラ!そこで何をしているの!」

 

あたしは久しぶりに会う四大死姫の一人に大声で呼びかけた。

マイペースな彼女はあたしに気づくと微笑みを返した。

人に見られたら面倒なことになりそう。

とりあえずマリーとアヤを起こしてジャンク屋に戻ることにした。

ちなみに騒ぎの間、保安官はずっと寝ていた。この野郎。

 

 

 

 

 

再び場所をマリーの店に戻す。

あの後、エリカを位牌の中に戻して搬送し、応急処置を施した。

と言っても、線香代わりのアロマキャンドルを買って焚いてるだけなんだけど。

 

「お買い上げどーも。マッチはサービスしとくよ。酒場のおまけだし」

 

「先っぽに火を着けて……うん、いい香り。無理しないでそこで餅になってなさい」

 

「面目ないでござる……」

 

部屋の隅で本当に鏡餅の形状になって返事をするエリカ。

 

「ここには不思議な品物がいっぱいです。

ひょっとすると死につながる手がかりがあるかも?」

 

そしてマリーの店は初めてのリーブラ。ガラクタだらけの店内を見回している。

 

「しかし、リサっちも妙な知り合いが多いねぇ。どうしてわざわざ死にたがるのかな?」

 

「もちろん、知的好奇心に基づく探索の一環です。

昔の私は知っていたはずなのに、どうして忘れてしまったのか。

命を落とすとはどういうことなのか。絶命する時、心はどう動くのか。

死には秘密がいっぱいなんです」

 

「死ぬのは真っ平御免であーるが、

未知の事柄への探究心は研究者として理解できるのだ」

 

「ダベるのもいいけど、あれ、どうするの?」

 

あたしが指差したのは百人殺狂乱首斬丸。

触るのも嫌だったけど、広場に放置しておくわけにもいかず、

トートバッグに入れて運んできた。

 

「マリーさん的には、何も知らない客に押し付けようかと思うんだけど、

それでまた騒ぎが起きたらそれはそれで問題だしねぇ……」

 

「いっそ溶鉱炉に捨ててしまうことを提案するのである」

 

「溶鉱炉に呪いが染み付くわよ」

 

「待ってほしいのじゃ」

 

その時、ラベンダーの香りで餅状態から人間体に持ち直したエリカが口を開いた。

 

「どうしたの?」

 

「この刀……いや、刀に封じられし死人達は、拙者が面倒を見るでござる」

 

無茶なことを。みんながエリカを見る。

 

「あのね。狂乱なんとか丸だか知らないけど、

こいつのせいでおかしくなったこと忘れたの?」

 

「それは誤解でござる。拙者は首斬丸に意識を奪われていたわけではござらん。

刀に宿る死霊達が訴える無念に突き動かされて行動したまで。

皆を騒がせてしまったことは申し訳ない。

じゃが、首斬丸を携えて拙者の剣術で彼らの死に意味を持たせたい。

それが正直な気持ちであるよ」

 

「いわく付きの刀を家に持って帰るっていうの?

これ以上の幽霊はお断り願いたいんだけど」

 

「少し、いいですか?」

 

今度はリーブラが発言するけど、なんだか嫌な方向に話が進みそうな気がする。

 

「確か里沙子さんの家は、

聖母マリアとイエス・キリストの祝福で守られているんですよね。

ならばむしろ妖刀を安全に保管するにはうってつけだと思うのですが」

 

「そうかもしれないけどさ!」

 

「引き取ってくれるなら、タダでこの刀譲るよ?

威力は折り紙付きなんだし、いい戦力になると思うなー」

 

「絶対善意じゃないわよね、それ」

 

「頼む、里沙子殿!拙者には彼らを見捨てることができぬ」

 

エリカが深々と頭を下げる。

……ああ、うちには人・物問わず変なもんしか回ってこない運命なのかしら。

今更だけど。もう諦めてるけど、

 

「一人も逃がすんじゃないわよ?

全員成仏するまで、あんたが先に三途の川を渡ることも許さない」

 

「有難い、里沙子殿!」

 

「これにて一件落着ってやつでいいのかな?カハハハ」

 

「落着してない。面倒事がうちに移動しただけ!

そうだ、移動と言えば、なんであんたその刀持てたの?

取り憑いて動かすことしかできないはずでしょ」

 

「握っていたのは柄ではなく、刀に宿る妖力であるよ。ふむ、物質も霊体も斬れる刀。

拙者の心強い味方ができたでござる!」

 

「くどいけど、最後まで責任持って面倒見るのよ?」

 

「心得た!呪われしこの刀で、世に蔓延る不浄を斬り捨て、

皆の生きた証を作るでござる!」

 

「ナイトスラッシャーみたいなこと言って。タグチさん元気かしら。はぁ」

 

トラブルに始まりトラブルに終わる。いつもどおりと言えばそれまでなんだけど、

こうもため息ばかりついていたらあたしの幸せがスッカラカンになりそう。

正月にため息程度の幸せは金次第で云々言ったけど、

この分じゃ貯金100万あっても足りないわね。

あたしの気持ちも知らないで、エリカは新しい刀を高々と掲げていた。

 

 



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1.謎の言葉を調査 2.俳句と日常
1.ずっとやろうと思ってた×要件→○用件への修正が終わったわ。指摘してくれた方ごめんなさいね。2


その日は珍しく、奴の方から電話が掛かってきた。

スマホが机の上でブルブルと振動を始めたから手に取ると、着信画面に“アホ”の文字。

とりあえず通話ボタンをタップする。

 

「もしもし、あんた?何の用よ。……うん、そうだけど。

はぁ、そんであたしにどうしろってのよ。調べてくれ?

あのね、今この文章打ち込んでる箱は一体何!使わないなら捨てなさいな。

……なんかネットがつながらない?

んなもん、J:C○Mに泣きついてどうにかしてもらえばいいでしょうが!

あたしだって暇じゃないのよ!予定ないけど!」

 

言い争う声に気づいたエリカが、位牌から出てきてボケーッとこっちを見てる。

 

「じゃあ、こうしてダラダラとくっちゃべってるスマホは!?

Google搭載されてるでしょうが!……パケ死?バカなんじゃないの。

YouTubeでゲームの攻略動画ばっかり見てるからこうなるのよ。

大人しく来月まで待ちなさい!切るわよ!……あん、報酬?」

 

くだらない話をガチャ切りしようと思った時、初めて聞く価値のある言葉が出てきた。

報酬って何かしら。

必然それは奴の世界とミドルファンタジアの間でやり取りできるものになるけど。

もう少しだけ話を聞いてやることにした。

 

「何よ報酬って。……へえ、そんなのあるんだ。受け渡しはいつ?

2話くらい後ですって?ちょうど100話目あたりになるわねぇ。

わかったわよ。ネタもないことだし、今回だけ引き受けてあげる。

あんたもゲームばっかりしてないで、暇ならバイトでも始めなさい。

今度こそさよならね。はーい」

 

電話を切ると、ハンガーラックに掛けたガンベルトを巻いて、出かける準備を整えた。

 

「エリカ、留守番頼むわ。ちょっと野暮用ができた」

 

「ちょ、ちょっと待つでござる。拙者は!?」

 

「だから留守番お願いって言ってるじゃない。今回は剣術でどうにかなる話じゃないの」

 

「そう、刀でござるよ!

前回手に入れたばかりの百人殺狂乱首斬丸の出番はどうされるおつもりか!

普通、新しい力や登場人物が誕生したら、

次の話ではそれらの顔見せに、ちょっとした活躍があって然るべきでござろう!?」

 

首斬丸を見せつけて訴えてくるエリカ。あたしは同情的な視線を向けつつ、彼女を諭す。

 

「あのね。それはプロットを作ったり話の起承転結を頭の中で構築したりできる、

まともな物書きがやることなの。

いつか、こち亀の大原部長が両さんに“お前はぶつかったら曲がる車のおもちゃだ”って

言ってたんだけど、奴の場合はまさにそれ。

その時頭に浮かんだボウフラのようなネタをかき集めて集約してるだけ。

要するに計画性がない。

あんたが言ったお約束も当然できないから、今日は諦めて位牌の中で寝てなさい」

 

「あんまりでござる!あれだけの死闘を演じたというのに!」

 

「文句言わないの。2話連続でちゃんとした出番があったんだから。

普段のあんたなら考えられないことでしょう?これ以上望むのは贅沢ってもんよ。

それじゃ、後よろしく」

 

あたしは返事も聞かずに私室を飛び出した。

背後にエリカの“うわーん”という嘆きを残して。

そうそう、その前に住人にも事情聴取する必要があるわね。

もし知ってたらその場でこの話はおしまいなんだけどそれはそれで楽チンだし。

まずはルーベルの部屋をノックした。

 

「ルーベル、ちょっといい?」

 

足音が近づいてきて、ドアが開いた。

 

「おう、どした」

 

「いきなりだけど、アイン・ソフ・オウルって何なのか知らない?」

 

「アインオフソウル?なんだそりゃ」

 

「アイン・ソフ・オウル。奴からの調査依頼。報酬が出るから引き受けたんだけどさ、

最近クリアしたゲームのラスボスが使ってきた攻撃らしいのよ。

よくよく考えてみれば、

これっていろんなゲームのボスキャラが当然のように放って来るけど、

あたしも意味知らなかったのよね。これを機会にはっきりさせておこうかと思って」

 

「悪いがさっぱりだ。エレオノーラなら知ってるんじゃないか」

 

「そうね。ついでにジョゼットにもダメ元で聞いとく。ありがとね」

 

「ああ」

 

ルーベルが部屋に引っ込むと、廊下の真ん中でわざとらしい大声を出した。

 

「あー困ったわ!どこかに頼りになるシスターはいないかしらー!」

 

すると二つのドアがほぼ同時に開いた。

 

「はいはーい!わたくしにどーんとお任せ下さ~い!」

 

「お力になれるかはわかりませんが、わたしもシスターとしてご協力します」

 

同じシスターでも反応が真っ二つに分かれるものね。

それは置いといてエレオノーラとジョゼットに例の言葉について尋ねてみた。

 

「アインオフ…オフソ、オフオ……何でしたっけ?」

 

「予想通りの対応ありがとう」

 

「そうですね……すみませんが、心当たりがありません。

大聖堂教会の書庫で調べてみます」

 

「ああ、いいの、いいの。

どうせ奴の依頼なんだからのんびりゆっくり後回しでやりゃいいのよ。

一応あたしが受けた仕事でもあるんだし。

これから街まで手がかり探しに行ってくる。それじゃ」

 

「お気をつけて」

 

「いってらっしゃ~い!」

 

そんで、エレオ達と別れて1階に下りると、

ダイニングでカシオピイアがコーヒーを飲んでいた。ちょうどよかった。

 

「ねえ、カシオピイア」

 

「なあに?」

 

「アイン・ソフ・オウルって聞いたことない?」

 

すると彼女は困った顔をして首を振った。

 

「……ごめん」

 

「気にしないで。大した用事じゃないから。

おっと、そうだわ。パルフェムー!ピーネ!あんた達は知らない?」

 

ワクワクちびっ子ランドに移動するのが面倒だからその場で呼びかける。

面倒なのは向こうも同じのようで、声だけが返ってきた。

 

「わかりませんわー。アースの言葉ならお姉さまの方が詳しいのではなくて?」

 

「里沙子の寝言なんじゃないのー?」

 

「知らないかー。外出決定だわ、こりゃ。長丁場にならなきゃいいけど。

ちょいと行ってくるわ」

 

こうして、結局あたしはハッピーマイルズの街に行くことになった。

街道を歩きながら考える。

パルフェムの言った通り、記憶は曖昧だけど聞き覚えはあるのよ。

確か、確実にアイン・ソフ・オウルの言葉を聞いたと断言できるのは、

第3次スーパーロボット大戦αだった。

多分、敵じゃなくて味方が使ってたような気もする。

 

でも、それ以上が出てこない。

アース出身のあたしが知らない言葉がハッピーマイルズにあるとは思えないけど、

とにかく情報を集めなきゃ。報酬も懸かってるしね。

最近出番がもらえない可哀想な野盗連中が出なかったのはいいけど、

目的地までいつも混雑してる市場を通らなきゃいけないのはいつもどおり。

 

あたし思うんだけど、ハッピーマイルズって街の開発完全にミスってるわよね。

ただでさえ混みやすい役所の前に、人が途絶えることのない市場作っちゃったんだから。

その結果、この先の広場は無駄にスペースが余ってる。

 

広場にも店を分散させれば毎度辛い思いをせずに済むんだけど、

この領地の偉いさんに市民の声を届ける方法がわからない。

行政としてこの状況を放置しているのは如何なものか。

 

思索にふけって現実逃避をしつつ広場に抜けたときには、息が上がっていた。

それでもここに来たのには訳がある。

あたしは酒場のウェスタンドアを通り抜けて、カウンターに着いた。

顔馴染みのマスターに銀貨を5枚差し出す。彼もさっと受け取りポケットにしまう。

 

「“質問”があるの」

 

「……“ご注文”は?」

 

「アイン・ソフ・オウル。この言葉について知りたいの」

 

マスターは眉間にシワを寄せて少し考え込むと、銀貨を返してきた。

硬貨のチャラチャラした音があたしをがっかりさせる。

 

「そいつは“品切れ”だ」

 

「はぁ、国中の情報が集まるここで駄目ならどこにあるのかしらね。

今度は普通の注文。エールを一杯」

 

次は銅貨3枚を普通に置いた。マスターもお金と引き換えに冷えたエールを出す。

ゴクリと一口飲んで、ほろ酔い気分。

口から鼻腔にかけて広がるフルーツのような香りで一息つくと、

次の行き先について考えを巡らす。

 

「どうしようかしらね。他に情報が見込めるとこと言えば……あ、灯台下暗しだったわ」

 

別に急いでもいないあたしは、ゆったりとエールを味わうと、

酒場を後にして隣の建物に入っていった。なんてことはない。駐在所よ。

やっぱりいつもの居眠り保安官が、大きな背もたれ付きの椅子に座って、

天井に向かって口を開けながら寝てる。

 

「ごめんください」

 

「んがー……」

 

「ごめんくださいまし!!」

 

「ふご!ああ……里沙子君ではないか。また賞金首を殺したのかね」

 

「いえ、そうではなくてお尋ねしたいことが。

アイン・ソフ・オウルを探しているのですが、手がかりがなくて困っておりますの。

保安官さんなら何かご存知ではないかと思い、ご協力をお願いに上がったのです」

 

「ふむ。その…アインなんとかは遺失物かね?それとも失踪者?」

 

「実はそれもわからないのです。知人がなくしてしまったようなのですが、

雲をつかむような話しかできない知恵遅れでして」

 

「少し待ってくれ。両方について調べてみよう」

 

「よろしくおねがいします」

 

腹の出た保安官はどっこいしょと立ち上がると、

棚から分厚いバインダーを2冊取り出して机に置き、

そしてぺろりと親指を舐めてページをめくり始めた。

……それ汚いから、ちゃんと水を含んだスポンジを文房具屋で買って欲しい。

 

「ええと、捜索願の方はと。アイン、アイン……Aの項目には載っておらんな。

Eの方は……ううむ、やはりないな」

 

彼はバタンと重いバインダーを閉じると、2冊目に取り掛かった。

表紙に“遺失物一覧”と書かれていて、付箋だらけの書類を1ページずつ開いていく。

 

「acorn(どんぐり)、antidote(毒消し)、arrow(矢)……ないな。Eの方はと。

edge(刃物)、encyclopedia(百科事典)、eraser(消しゴム)

……だめだ。見つからん」

 

「そうですか……」

 

「力になれなくてすまないな」

 

「とんでもない。お仕事中に失礼致しました」

 

「それらしいもんの情報が届いたらそこの掲示板にメモを貼っておく。

まぁ、期待はせんでくれ」

 

「ありがとうございます。わたくしはこれで」

 

あたしは保安官に一礼すると駐在所を出て広場に出た。

どうしよう、もう他にアテがない。

十分調査はしたし、適当に意味をでっち上げて報告しようかしら。

でも報酬をもらう約束しちゃったから、それに見合う働きはしなきゃ。面倒くさいけど。

 

そうねぇ、働きと言えば……図書館があるわ!

広場の西側にあるパン屋や雑貨屋なんかが並ぶ区画を北に抜けると

住宅街があるんだけど、そこに公民館を兼ねた図書館があったはず。

あそこなら参考になる書籍がたくさんあるわ。今度は自分で調べよう。

早速あたしは公民館へ足を運んだ。

 

広場から歩いて10分程度。こぢんまりした市民ホール程度の建物にたどり着いた。

ハッピーマイルズ領の住民なら出入りも自由で図書室も使い放題。

受付で身分証明書を事務員に提示すると、“どうぞ”とだけ言われたから

遠慮なく中に入った。図書室には柔らかいカーペットに書架が10列程度並んでいる。

手がかりになりそうな本を片っ端から抜き取っていく。

 

国語辞書、魔導書、アースの言語、生物学、その他諸々。

読書用テーブルに関係あるようなないような本を積み上げて、国語辞書から手を付ける。

やっぱりさっきの保安官と同じで、AにもEにもアイン・ソフ・オウルはなかった。

次に行きましょう。

 

ボスキャラ共が攻撃魔法として使ってくるから、

とりあえず炎属性の魔導書を読んでみた。

でも、そもそも炎とは、何℃に達していれば炎と呼べるのか、地域によって異なる詠唱、

発火魔法実践編、締めくくりに炎万歳と、

炎フェチの変態が書いたとしか思えない内容が盛りだくさんでまるで役に立たなかった。

 

転機が訪れたのは次の本。“アースの単語集1500”。

ちょうど受験生が使う英単語のテキストみたいな装丁で、

英語・イタリア語・ドイツ語の三項目に別れてる。英語は調べ尽くした。

他の言語に期待を寄せてパラパラと流し読みしてみると、重大な事実を思い出す。

そうよ!確かあたし、大学時代に興味本位で1コマだけドイツ語取ったことがあるの。

 

アイン・ソフ・オウルの言葉を聞いてモヤモヤした気持ちになったのは、

ゲームの記憶だけが原因じゃない。目を閉じて当時の記憶を掘り起こす。間違いない。

アインは即ち、Ein。ドイツ語の、1よ!

 

謎を封じ込めている錠前のひとつが外れた。

アイン・ソフ・オウルは複数の単語の組み合わせ。1に何かが続くのよ。

これで正解がアースの言葉だってことは確定したけどまだ足りない。

ソフとオウルが残ってる。

 

まずソフは置いといて、オウルにも引っかかるところがないわけじゃない。

もう一度国語辞書を手に取り、今度はOの項目を調べてみる。

……あったわ、Owl!つまりフクロウ!

“一羽のフクロウ”に何かの修飾がくっつくのよ!

 

一気に急展開を見せるアイン・ソフ・オウル探し。

だけど、最後のソフがよくわからない。ソフ、祖父、ソフマップ……じゃないわね。

ここまで外国語で来たんだからソフもそうであるはず。

なんだかふわふわした感じの単語ね。

柔らかなイメージの言葉と言えば、ソフト、ソファー、ソ○ランC。

こんな具合で30分程その場で唸ってSで始まる単語をひねり出したけど、

やっぱり柔らかいものという感覚が抜けない。

 

これはもう“ソフ=柔らかい”と仮定するしかないと次の段階に移行することにした。

そうしないとキリがない。あたしは借りた本を元の位置に戻し、公民館から外に出た。

重い本を持ったり長時間読書したせいで微妙に疲れたあたしは、

ぶらぶらとした足取りで街の広場に戻った。

 

「ん~、結構な収穫があったわね。一休みしましょう」

 

やることは決まった。あたしはまた酒場に入ってカウンター席に座る。

マスターがとんぼ返りしたあたしをちらりと見る。

黙って銀貨5枚と銅貨3枚を置くと、彼も何も言わず金を引っ込めた。

 

「“質問”とエール」

 

「どうぞ。で、“ご注文”は」

 

「この辺りでフクロウが出るところを知らないかしら。できる限りモフモフしたやつ」

 

「南の森の奥に、ハイズリヤマフクロウが群れで住んでるって話だ。

デブだから空を飛べないらしいが、勝手に連れて帰ったら鳥獣保護法違反になる」

 

「ちょっと見るだけだから心配要らないわ。

さて、森に行く前にもう一杯やってエネルギー補給しましょうかしらね」

 

ここまで来たらもう依頼達成間近。

あたしは安心してエールをちょっと一気飲みしてみる。

うん、口から胃袋にかけてスコッチの匂いが立ち上る。

音が出ないよう小さくゲップを出すと、それもまたいい香り。

同時に高めのアルコールが気分を良くしてくれて幸せ。だからエールはやめられないの。

 

準備万端。森に向かうとしましょうか。

あたしは飲み干したグラスを置くと、酒場を出て市場に向かう。

相変わらずの混雑だけど、2杯のエールでやや鈍感になってるあたしは怖いものなし。

人混みに強引に身体を押し込み、どんどん進む。

役所前に抜けると、あたしは街を出て街道を南に外れた獣道に入る。

 

「さぁ~て、この秘境ではどんなフレンズに会えるのかしら」

 

普段なら絶対寄り付かない草木の生い茂る森を千鳥足でうろつく。

ペンギン、じゃない、フクロウを求めてね。

いい感じで酔っ払ってるから鬱陶しい雑草もぬかるんだ地面も苦にならないわ。

 

そう言えばあたし、なんで今日は真面目に働いてるのかしら。

もはや当初の目的も忘れてひたすら奥を目指す。

とにかくフクロウを見つければ良かった気がする。

 

濡れた落ち葉を踏みしめ、垂れ下がった枝を避けながら前進すると、

地面が真っ青な苔で覆われた空間に出た。

苔を湿らせる露が木漏れ日できらめき、

酔っ払っててもその美しい光景に思わず目を奪われる。

 

ブオー! ブオー!

 

この豚みたいな鳴き声は何かしら。木の洞や切り株の影をよく見ると、

バランスボールのようにまんまる太った鳥たちがいた。あら可愛い。

これがマスターの言ってたハイズリヤマフクロウね。

 

「どーどー。なんにもしやしないわ。ちょっと君たちの姿を写真に収めたいだけよ」

 

あたしはポケットからスマホを取り出すと、

カメラアプリを立ち上げ、彼らの一体をズームしてパシャリ。うん、良く撮れてる。

もうここに用はないわ。

 

「ありがとねーペンギンさん、じゃなかったフクロウさん。

ああ言ってるつもりでこう言ってることってあるわよね。さよーなら」

 

フクロウさん達にバイバイすると、あたしは来た道を逆戻りする。ここで問題発生。

帰り道がわからない。

行きと帰りじゃ景色が違うってことに酔っ払った頭がようやく理解した。

焦りに囚われ早足になる。空を見上げると陽の光が紅く染まろうとしている。

ヤバい、日が暮れたら一巻の終わり。

 

たまらずクロノスハックを発動。この世界はあたしのもの。……の、はずなのに、

誰も助けてくれやしない。時間を停止しつつ早足で勘を頼りに森を進む。

下手すりゃこの泥だらけの地面で野宿。もっと下手すれば狼のエサ。

 

「あのくたびれた感じの木はさっき見たからこっちで合ってる、はず……!」

 

精神集中が乱れて普段より多く魔力を消費してしまってる。

ミニッツリピーターの竜頭を二回押して魔力を補充。街の前まで戻らなきゃ。

中学の頃、国語の教科書でトロッコっていう話を読んだの。

主人公がトロッコを押すのが楽しくて、遠くまで来すぎたことに気づかず

半泣きで走って帰るって話なんだけど、まさに今そんな状態。

 

なんでこんな依頼引き受けたのかしら。

泥が跳ねてスカートの裾が汚れることも構わず、もう全速力で走っていた。

時々突き出た細い枝が顔を叩く。痛い。もうやだ。

ここから出してくれるなら、この金時計を……誰がやるかっての!

 

「ぜはぁー!ぜはぁー!出口、どこなのよ……」

 

汗が眼鏡のレンズを伝って涙のように垂れ落ちる。今のあたしすごくカッコ悪い。

だけどカッコ悪い代わりにいいものを見つけた。森に入る時に通った獣道。

何も考えずそっちに方向転換。

 

「脱出成功!アウトドアなんてクソ食らえよアホンダラー!」

 

ハッピーマイルズの街のゲートを前に、思わず叫んでいた。

一度だけ森を振り返ると、

あたしは心底ホッとして教会までとぼとぼと街道を歩き始めた。

 

 

 

 

 

玄関を開けて中に入ると、ジョゼットが出てきた。あたしの格好に驚いたみたい。

 

「おかえりなさい、里沙子さ……どうしたんですか、服が泥だらけです~!」

 

「仕事が予想以上に長引いたの。ああ疲れた」

 

「もうすぐ夕食ですけど、先にシャワー浴びますか?」

 

「まず仕事の連絡済ませるわ。やることが残ってるとゆっくりくつろげない」

 

「バスタオル用意しておきますね」

 

「ありがと、頼むわ」

 

あたしは適当な長椅子に腰掛け、スマホを取り出した。

今度はメールアプリを立ち上げて、

さっき取ったフクロウの写真を添付して件名に“正解”と書いて送信した。

 

「よっこらせ」

 

立ち上がって私室に着替えを取りに行こうとすると、スマホに着信。何かしら。

思わぬ仕事の出来栄えにボーナスを付けたくなったとか?

 

「もしもし、メール見た?あんたが探してたのそれだから。うん。……え、違う?

なんであんたにそんなことわかんのよ!?定期メンテナンスが終わった?

そんでググった?……あんたの事情なんて知らないわよ!!」

 

あたしは注文通りの納品物にケチを付けるモンスタークレーマーに頭の線がブチ切れた。

 

 

 

 

 

……里沙子が帰ってくるなり聖堂で怒鳴り散らしてる。

どうせしょうもない理由なんだろうが、一応様子を見る。

 

「報酬はちゃんと出るんでしょうね!?」

 

「おーい、里沙子。何を騒いでるんだ」

 

「払わなかったら無修正で蒲田行進曲歌ってやるから覚悟しときなさいよ!

この虹の都も今度こそおしまいだからね!!」

 

聞いちゃいねえ。あの様子じゃ酒も入ってるな。

今夜のエールは隠しとくようジョゼットに言っとかねえと。

 

「アイ・ウィル・キル・ユー!!」

 

私は叫び続ける里沙子を無視し、

ジョゼットに目配せして、みんなに先に夕食を食べさせた。

 

 

 

 

 

■答え合わせ

 

アイン・ソフ・オウル(Ain Soph Aur):

 

言葉そのものはヘブライ語で以下のように訳される。

アインは無、0を意味する。

アイン・ソフは無限、00を意味する。

アイン・ソフ・オウルは無限光、000を意味する。

 

以上を踏まえて、アイン・オフ・ソウルを説明すると、

これらはカバラ思想(ユダヤ教に基づく種々の理論)における

セフィロトの樹の起源である。

セフィロトの樹とは、旧約聖書の創世記でエデンの園の中央に植えられたとされる木。

またはこれを図式化したものを指す。

10個のセフィラと呼ばれる宇宙を構成する要素が、22本のパスと言う

意味を持った経路で樹のように接続された経路図であり、

今日における魔術的儀式やタロットの系統を形作っている。

セフィラの並び方(縦並び、三角形)にも意味が存在するが、ここでは割愛する。

このセフィロトの樹を生み出したのがアイン・ソフ・オウルであり、

第一のセフィラ(ケテル)を発生させ、

ケテルから第二、第二から第三へとセフィラが派生していった。

つまり、アイン・ソフ・オウルは、天地創造の光を意味すると考えられる。

 

「……な~んて偉そうに解説してるけど、

実際奴にも大して意味なんかわかっちゃいないわ。

付け焼き刃の知識だから真に受けないでね。

とりあえずググりまくった努力だけは認めてやってちょうだい。

まぁ、ボスキャラ連中も“すんげえ光を食らえ”的な意味で使ってるんだと思う。

今日はここまで。さようなら」

 

 



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2.今回をもちまして本企画は終了とさせていただきます。長らくのご愛顧ありがとうございました。…ちょっと遅めのエイプリルフールよ。1!

「困ったわねぇ。困ったわ。ああ」

 

あたしは私室のデスクで頬杖をつきながら悩みに悩んでいた。

お前に悩みなんかあるのかって?

失礼ね。毎回のように現れる変人やトラブルのせいで頭抱えてるの見てるでしょうが。

 

とにかくあたしは今回のお話をどう持っていくかわからず困っていた。

次回は100回目記念特別編をやりたいから、続き物はできない。

かといって1回で完結する面白エピソードの案があるわけでもない。

またみんなにイタズラしようと思ったけどルーベルにボコられるからやめた。

……あら、それなら普通に遊んでもらえばいいんじゃないかしら。

我ながらいい案だと思う。

 

そうと決まれば善は急げね。

私室を出ると1階のワクワクちびっ子ランドを目指して早歩きで廊下を進む。

ルーベル達は以前の失敗以来、ちょっとあたしを警戒してるところがあるから、

簡単には部屋に入れてくれないかもしれない。

とりあえず子供達にちょっかいを出すことにした。

また転ばないように慎重に階段を下りて、ドアのない子供部屋の前に立つ。

 

「やっほー、何してんの?」

 

まずは入口で声を掛ける。いきなり入ったらピーネが警備兵ルーベルに通報する。

ピーネにもパルフェムのような懐の深さを身に着けて欲しいもんだけど、

まだまだあの娘には期待できそうにないわね。

とにかく、ピーネは鬱陶しさを隠さず、パルフェムは笑顔であたしを迎えた。

 

「里沙子には関係ないでしょ。この前本屋で買った魔導書を読んでるの。邪魔しないで」

 

「まあまあ、よろしいじゃありませんか。今回はきちんと訪ねてくださったんですから。

どうぞお入りになって、お姉さま。さあ、パルフェムの隣に」

 

「うへへ、ありがとね!……よっと」

 

住人の許可が得られたから堂々と侵入する。まずはパルフェムのベッドに腰掛けた。

 

「勝手に私の部屋に入れないでよ!」

 

「パルフェムの部屋でもありますわ。

部屋の半分の使い道はパルフェムに決める権利がありましてよ」

 

「屁理屈ばっかり!里沙子もパルフェムも大嫌い!ふん!」

 

「そう邪険にしないでよ。何読んでるの?

……ふむふむ、“はじめての水魔法、真水からシャボン玉をつくろう”。

なるほどピーネらしいわ」

 

「どういう意味よ!用事がないなら出てって!またルーベル呼ぶわよ!」

 

「怒ることないじゃない。可愛らしいなって言いたかったのよ。

あと、今日はパルフェムの許可を得てここに居るからルーベルも手出しはできないわ。

パルフェムが証人。証人といえば、エ○バの証人がまた来たの。

あいつら一体何がしたいのかしら」

 

「ほら。ピーネさんもお姉さまも矛を収めてくださいな」

 

「別にケンカなんかしちゃいないけど、わかったわ。

ピーネも機嫌直してよ。あんたの邪魔はしないからさ」

 

「……うるさくしたらルーベル呼ぶからね」

 

「了解。というわけでパルフェム、静かに遊びましょう」

 

「よろしくてよ」

 

ワクワクちびっ子ランドに滞在する権利を得たあたし。

24にもなって働きもせず昼間から子供に構ってもらってる自分が

軽く終わってるような気がしたけど、深く考えないことにした。

 

「何して遊ぼうかしら」

 

「和歌を詠んでみませんか。たまには戦いと関係なく」

 

「お、いいわね。お題は何にする?」

 

「そうですわね……では、ピーネさんの魔導書から“水”で何かひとつ」

 

「オッケー。できたものからジャンルを問わず」

 

それからあたし達は頭を捻って風流な和歌を作り始めた。

もう春だし、水にこだわらずこの爽やかな季節をメインに詠み込んでもいいわね。

お、パルフェムが早速ひとつ出来たみたい。

 

「それでは、まずパルフェムから。

……春日向 水を少女が 学びけり。

う~ん、暖かい日差しを浴びながら水魔法を学ぶピーネさんを詠んだのですが、

あまりにも工夫が足りませんわね」

 

「ちょっとブランクあったんだからしょうがないわよ。次あたし。

……国破れ 水の流れに 涙して 我が顔(かんばせ)を 春風撫でる。

国が滅びても変わらずただ流れる川を眺めて、

郷里の恋しさに涙で濡れた顔を春の暖かい風が撫でていったって情景を詠んだの。

“国破れて山河あり”をちょいパクして背伸びしてみました」

 

「素敵な短歌ですわ。パルフェムも負けてられませんわね。ではもう一つ。

……白魚の ごとき少女の細指が 水の戯れ 手繰りける。

やはり水魔法の魔導書を読むピーネさんを詠んだのですが、

ただの説明になってしまってますわね。スランプですわ」

 

「落ち込まないの。そういう時はリラックス。

それでは里沙子お姉さんがリラックスできる一首をプレゼントしましょう。

国破れ 水の流れに 涙する それにつけても金の欲しさよ」

 

「ぷっ!いやですわ、お姉さまったら!」

 

「国が滅亡してお先真っ暗。金さえあればこんな川の縁で泣かずに済むのに。

さっきの短歌を金欲し付合で台無しにしてみました」

 

「和歌魔法で詠んだら何が起きるか見ものですわ」

 

「金が出てきたら一割ちょうだい」

 

クスクス笑うあたし達を、さっきからピーネがちらちらと見てる。

無意識なのかこっちが気づいてないと思ってるのかは知らないけど、

興味があるには違いないっぽい。

 

「どうしたのピーネ。うるさかった?」

 

「……別に」

 

「よろしければピーネさんもいかがですか。

五七五の十七音に季節を感じさせる言葉を入れるだけの、

誰でも作れる古典的な詩ですわ」

 

ピーネは魔導書を読むふりを続けてるけど、内容が頭に入ってないのは明らか。

しばらく目を遊ばせると、ようやく口を開いた。

 

「前に……俳句を教えるって言ってたわよね、パルフェム。

一応何かの役に立つかもしれないから、教えなさいよ」

 

「ふふっ、今言ったように、五七五で情感や風景を詠むだけですわ。

多少文字がオーバーしても構いません。自由に作ってみてください。

お題は引き続き水で」

 

「ええと……5・7・5よね。水に関係するもので、季節の言葉を入れる。

すぐ考えるからちょっと待ちなさいよ」

 

「慌てなくてもいいから。季節もなんだっていい。それと、拗音は数えなくていいわよ。

小さい“あ”とか“や”なんかね」

 

目を閉じてピーネがまだまだ成長段階の言葉の引き出しから

懸命に適切な言葉を選び出し、初めての句を作り出す。

あたしとパルフェムは何が出てくるか楽しみにしながら待ち続ける。

それからたっぷり10分掛けてピーネが目を開けた。

 

「できたわ!」

 

「聞かせてくださいます?」

 

「おほん、じゃあ言うわよ。……シャボン玉 白鳥座見て ふと飛ばす」

 

「へえ、いいじゃない。その心は?」

 

「心って、どういうこと?」

 

「どんな気持ちをその句に込めたのか教えて」

 

「シャボン玉を白鳥座まで飛ばせるほど強くなりたいってことよ」

 

「しかし、白鳥座は秋の季語ですわ。どうして春ではなく秋の星座を?」

 

「べ、別に。なんとなくよ」

 

話したくない、もしくは話せない様子が明らかだったから、深く突っ込まなかった。

 

「そうよね。なんとなくパッと浮かんだことを文字にするのも俳句の楽しみだし、

そもそも俳句で絶対やっちゃいけないことはないってプレバトの夏井先生も言ってた」

 

「確かに、初めて作ったのにきちんと形になっていて素晴らしいと思いますわ。

歌人の弟子になって修行をすれば一流の俳人になれるかもしれませんね」

 

「廃人なんて里沙子ひとりで十分よ。私は最強の吸血鬼になりたいの」

 

「お、上手いこと言ったわね。やっぱ才能あるんじゃない?

シャボン玉か。懐かしいわ。……ベン・ジョンソンが飛んだクスリで飛んだ♪」

 

あたしが小さい頃、幸せなワタシ(記憶が曖昧)っていう深夜番組で

誰かが歌ってた替え歌。

まだ子供だったあたしはゲラゲラ笑ってたんだけど、

いくら調べても詳細がわからないの。

あと、別コーナーで「恐怖のお仕置き、自転車ミサイル!」というネタも

やってたんだけど、やっぱり芸人の名前は忘却の彼方。

坂道で加速した自転車から飛び降りて、フェンスに縛り付けた人にぶち当てる拷問よ。

当時の状況を覚えている方は御一報くださると嬉しいわ。

 

「なんですの?その歌は」

 

「話すと長くなるし、知らないほうが身のためよ」

 

「だったら最初から歌わないでよ。気になるじゃないの!」

 

「ごめんごめん。懐かしくなってついね」

 

その時、2階から足音が聞こえてきて、ワクワクちびっ子ランドの前で止まった。

ルーベルがフィンガーレスグローブをはめた手を壁につきながら、

興味深げにあたし達を見回す。

 

「ふーん。なんだか楽しそうだから来てみたが、えらく盛り上がってるな」

 

「な、何よ……今日はちゃんと了解を得て遊んでるわよ」

 

「わかってるって。

いやな、お前も人との正しい付き合い方を覚えたんだなぁって感心してさ」

 

「うっさいわよ!

あんたなんか初めて法王猊下に会った時、どせいさん丸出しだったくせに!」

 

「あ、なんか馬鹿にされた気がするぞ!

ずっと後回しになってたが、どせいさんってのは何なんだ!」

 

「地球侵略に来たけど旅の途中で目的を忘れて結局地球に住み着いたおちゃめさんよ」

 

「うふふ、可愛らしい方たちですのね」

 

「実際見た目もユニークで可愛いわよ。ぷっくり鼻が出た丸っこいマスコットみたいで」

 

「ぷぷっ!ルーベル可愛いんだってさ~!」

 

「……おーし、里沙子もピーネも表に出ろ。いいから出ろ!」

 

「馬鹿、やめなさいよ!暴力は何も生み出さないわ!

ピーネはともかく、あたしにまで手を上げる気!?」

 

「普通逆だろう!おっきい24歳児が!」

 

「なんで私まで!叩くなら里沙子にしなさいよ!」

 

“みなさーん。お茶が入りましたよ~。冷めないうちにどうぞ~”

 

ルーベルが拳の指を鳴らしたところで、ジョゼットの呑気な声に救われた。

 

「チッ、後で覚えてろよ」

 

「まあお茶ですって。みんなを待たせると悪いから早く行きましょう。ほら二人も」

 

あたしは子供達を盾にしながら、渋い顔をするルーベルを避けてダイニングに向かった。

 

 

 

 

 

全員がテーブルに着いてお茶を飲み始めても、

ルーベルはまださっきのことを根に持っていた。

 

「まったく、珍しく大人しくしてると思ったら、

口から出てくるのはやっぱりろくでもねえ事ばかりだ」

 

「あんたが来るちょっと前までは雅で乙な言葉遊びをしてたのに。

むしろあんたに邪魔された被害者なのよあたし達は」

 

「なんだとこのー!」

 

「どうか落ち着いてくださいルーベルさん。

ええっと、言葉遊びというと、パルフェムさんの俳句というものでしょうか」

 

エレオノーラが間に入って暴れ馬を止めてくれた。

彼女がいなかったらこの企画の3分の1は成り立たなかったと言っていい。

もしエレオが不祥事を起こしたら、

それらをごっそり削除しなきゃならなくなるからハッパにだけは手を出さないでね。

 

「はい。今日は和歌魔法とは関係なく、俳句や短歌を作って遊んでいましたの。

ピーネさんが初めて俳句を詠んで、とても楽しゅうございました」

 

「マジかよ!あの字数制限がキツいやつを作ったってのか?」

 

「そこまで驚かれるとなんかムカつくわね」

 

「マジよ。出来栄えも結構良かったんだから」

 

その時、私室からエリカがふよふよと漂ってきた。

 

「遅れてすまぬ。だが、俳句なら拙者も心得があるでござるよ。

どうせなら誘って欲しかったのじゃ」

 

「例によって位牌の中でグースカ寝てたくせによく言うわ」

 

「なんなら今すぐ一句」

 

「もう俳句大会は終わりました。あたし達は今からやることがあるんだから」

 

「また仲間はずれでござる……」

 

「しかしよう。やることってなんだ?」

 

「呑気ねえ。この企画も次回でとうとう100話目でしょうが。

今回は前夜祭として全員のエピソードを振り返るのよ」

 

「そんな大事なこと、遊んでないで先に済ませれば良かっただろうが」

 

「奴に計画性がないことは前回も話した。

最初は本当に俳句を詠むだけの日常回にしようと思ってたけど、

字数が全然足りなくて急遽各キャラのダイジェストをやることにしたらしいわ。

というわけでルーベルから」

 

「何が“というわけで”だよ!……わかったよ、やりゃいいんだろ?

私がこの家に越してきたのは、確か去年の年明けだったな」

 

「その頃はわたくしと里沙子さんと二人きりでしたね~」

 

「ああ。その時の私は里沙子を両親を殺した犯人と誤解しててな。

仇討ちのつもりで押し掛けたんだ」

 

「そんな事情があったなんて……わたし、知りませんでした」

 

「ワタシも……」

 

「まぁ、そんな深刻になるなよ。里沙子の協力で真犯人は捕まった。

だから私は恩返しに里沙子の用心棒としてここで働くことにしたんだ」

 

「昔から頼りになる方でしたのね、お姉さまは」

 

「今思えば、当時はクロノスハックもなかったのに、

オートマグ持ってる相手に接近したり無茶してたわねえ。

それはそうと、あんたお婆さんがいたんじゃない?一人で大丈夫なの?」

 

「しょっちゅう手紙はやり取りしてる。

近所のみんなが色々面倒見てくれてるから心配いらないってさ」

 

「たまには顔出してあげなさい」

 

「そうだな。今度土産でも持って様子を見てくるよ。

私についてはこんなところだ。次は誰だ?」

 

「はーい!もちろん最古参のわたくしです!」

 

ジョゼットが元気よく手を挙げるけど、

読者もとっくに読み飽きてるこいつの過去は、なるべく切り詰めたいところ。

 

「わたくしはですね~

モンブール中央協会で育ち、シスターとしての教育を受けて旅に出たんです。

でも、途中で寄ったダイナーで置き引きに遭っちゃいまして……

途方に暮れて彷徨ってたら、暴走魔女の集団に捕まっちゃいました!」

 

「どうしてそんな間抜けな過去を楽しそうに語れるんだか。

そんで、厚かましくもこの教会に駆け込んできたのよね」

 

「はい!その後、悪い魔女を里沙子さんと将軍が倒してくださったおかげで、

わたくしは晴れてこの教会のシスターになることができたのです!」

 

「召使いとしての役割も忘れないでね」

 

「わかってますよぅ……エレオノーラ様はどうですか?

全てのシスター達の憧れの存在ですから、改めてお話を聞きたいです」

 

そうね。魔王編をメインにこの企画の大部分に絡んでるから、

覚えてない読者の方に再度説明が必要だわ。

 

「わたしは、お祖父様の命により、

イエス・キリスト様が降臨されたこの教会で留学を始めたのがきっかけですね。

最初は借金取り扱いされましたけど。ふふ」

 

「知らない間に家に侵入したかと思えば寄付金払えなんだもん。

そりゃピースメーカーに手が伸びるってもんよ」

 

「ですが税の免除を話に出すと、すんなり受け入れてくれましたよね」

 

「本当、里沙子は守銭奴ね!

しこたま貯め込んでるんだから、税金くらい払えばいいのに」

 

「金はいくらあっても困らない。削れる出費は削りまくるのが幸せに生きる秘訣よ」

 

「でもま、言っちゃ悪いがこの華奢な女の子が

後々魔王をぶっ殺すとは思ってもいなかったけどな」

 

「あと、話は変わるけどクロノスハック制御のために

魔力をコントロールする訓練を受けたんだけど、あの激痛は今でも忘れられないわ。

なんか楽しんでる様子だったし、エレオは絶対Sだと思った」

 

「や、やめてください!

あれは短期間でマナと魔力を制御するには仕方がなかったんですから!」

 

「ヌフフ、別にいいのよ。人類は必ずどちらかに分類されるんだから」

 

「お姉ちゃん……何があったの?」

 

「え?ああ、魔法の特訓が厳しかったな~って思い出話よ。大したことじゃないわ」

 

カシオピイアには伏せておこう。絶対後でエレオと何かトラブルが発生しそうだから。

二人の間で板挟みになって寿命が縮むに決まってる。さりげなく話題を変える。

 

「魔王編と言えば、カシオピイア。あなたと出会ったのもあの時だったわね。

更に妹だとわかったのもその直後。異世界に妹がいるなんて夢にも思わなかったわ。

ずっと一人っ子だと思ってたから驚いたし、嬉しかったわ」

 

「うん……ワタシも、ずっとひとりぼっちだったから、今はすごく幸せ」

 

「まぁ、最初は手がつけられない暴れん坊だったけどな。

これから一緒に生活することに不安を覚えたのも確かだった」

 

「ごめんなさい……」

 

「こらー!妹の古傷えぐるんじゃないわよ!あんたと違って繊細なんだから」

 

「なんだとー!お前だって私に任せっきりだったくせに!」

 

「ああ、みっともないわね、あんた達は。

優雅に過去を振り返ることもできないのかしら。

私がお手本を見せてあげるから謹んで拝聴しなさい。

私の名前はピーネスフィロイト……」

 

「以上、各社の提供でお送りしました」

 

「聞きなさいよ!

とにかく私は、魔王と人間の戦いに巻き込まれてこのボロ教会に住むことになったの!

あっ、里沙子が茶々入れるからすごくざっくりした説明になっちゃったじゃない!」

 

「気になる人は過去話読んでねっていう神の意志よ」

 

「キー!なんかエリカの次に雑に扱われてる気がする!」

 

「拙者がワースト1でござるか!?前々回あれだけ頑張ったというのに!」

 

なんだかカオスな状況になりつつあるから、最後のひとりに望みを託す。

 

「パルフェムも改めて軽く自己紹介でもしてよ。

いないと思うけどご新規さんが見てるかも」

 

「では、僭越ながら。少し前まではパルフェム・キサラギという名でしたが、

今はお姉さまの姓を名乗らせていただいてますわ。

経緯は長くなるから省きますが、皇国の首相を務めていた時代もありますのよ。

今はこうして里沙子お姉さま達と共に平和な毎日を送っています」

 

「ありがとう。最後にまとめてくれて助かったわ。

女三人寄れば姦しいって言うけど、うちはあたし含めて7人もいるから、

好きに喋らせると時空にバグが発生してまともに話が進行しなくなるのよ。

この家はボロいファミコンソフトみたいなものなんだから、大事にしてほしいものだわ」

 

「どういたしまして」

 

パルフェムの精神年齢の高さに感謝しつつ、

そろそろ今回の話を締めくくろうとオチを探す。

最後にもう一首詠もうかと思ったその時だった。

 

コンコン ハッピー運送でーす。お荷物を届けに来ましたー

 

玄関が鳴った時、一瞬ドキッとしたけど宅配業者なら大丈夫ね。

立ち上がって玄関のある聖堂に向かう。

ドアスコープを覗くと確かに動きやすそうな制服を着た配達員。

扉を開けると、彼が梱包材に包まれた大きな板状の物を持って待っていた。

 

「こちらにサインお願いしまーす」

 

「これでいいかしら」

 

「はい、結構です。ちょっと大きいので、気をつけてくださいね」

 

「ありがとう。ご苦労さま」

 

「ども、ありがとうございましたー」

 

配達員が玄関口に置いていった物を眺めてみる。何かしら。

……ああ!前回約束した奴からの報酬ね。

みんなも荷物の正体が気になって集まってきた。

 

「なんだそれー?」

 

「こないだ謎の言葉を調査したでしょ?あの時の報酬。100話ギリギリで届いたわ」

 

「かなり大きなものですね。何なのでしょう」

 

「見ればわかるわ。開けるわよ」

 

あたしは報酬を何重にも包んでいる梱包材を丁寧に剥がしていく。

徐々にその姿が顕になっていき、最後の1枚が取り払われた時、皆が目を丸くした。

 

 



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ひとつの区切り
無事100話到達。みんな本当にありがとう。これからもダラダラと代わり映えのない話が続いていくと思うけど、見捨てないでくれると嬉しいわ。


玄関を開け放った聖堂に歓声と拍手が鳴り響く。

番外編よろしく立食パーティー形式にして、

暇なやつをとにかく呼びまくって記念祭の真っ最中。

なんで玄関を開けてるのかっていうと、スペース確保の意味もあるけど、

今日ばかりは変なやつにドアをノックされたくなかったから。

最初から開いてたら叩きようがないでしょ。

 

“おめでとう!”

 

「うん、ありがとう」

 

“やったね!”

 

「あんた達モブキャラのおかげよ。教会のメンツだけじゃ、10話も持たなかった」

 

“開始からまだ1年半しか経ってないなんて信じられない。”

 

「あの飽きっぽい奴がよくここまで続けたもんだわ。

今日だけは褒めてやってもいいかもね。

100話書いてもまだ1年半なのは、馬鹿みたいに連投してた時期があったからよ。

あたしも驚いてる」

 

名も知れぬ招待客から祝福の言葉を浴びる。少々人を入れすぎたかもしれない。

若干めまいがするけど、今回はぶっ倒れる訳にはいかない。

酒も我慢してぶどうジュース。さて、そろそろ挨拶のひとつでもしようかしらね。

 

あたしはステージに上がると、マイクを取って、あ・あ、と軽くテストした。

客が一斉にこっちを見る。

早朝からジョゼットと用意した軽食を美味しそうに食べてくれるのは嬉しいんだけど、

人が喋ってる時くらいは口を止めてほしい。……まあいいわ、今日は無礼講よ。

 

「えー、皆さん。今日はうんざり生活100話記念式典に来てくれて、本当にありがとう。

今まで色んな事があったけど、

ネタ不足に悩まされつつ第1話からやってこれたのは、みんなのおかげだと思ってる。

繰り返しになるけどもう一度言うわ。ありがとう」

 

そこで一度ぺこりとお辞儀をした。また拍手が沸き起こる。

 

「まずは今日来られなかった人達から祝電が届いてるから紹介したいんだけど……

既に一番どでかいのが壁に飾ってあるから適当に眺めて」

 

説教台の後ろ側の壁に掛けた1枚の肖像画を手で示す。

みんなから驚きと感激と若干の困惑の声が聞こえてくる。

 

“まあ、素敵な絵”

“でもあれ、里沙子か?”

“あんなに可愛かったかしら”

 

「オホン。言いたいことがあるのはわかるけど、

これは“奴”が勝手に注文した品で、違和感があるとしても、

絵師さんに依頼する時にあたしの特徴を伝えきれてなかったせいよ。

これを絶対の公式設定にするつもりはないから、

ディスプレイの前の皆さんも今まで通りにあたしを想像してくれればいいわ」

 

“アハハ!かわいいぞ、里沙子ー!ドレスがすんげえ似合ってる!”

 

やっぱりというか、あたしと絵を交互に指さして囃し立てるやつが現れる。

 

「ルーベルうっさい!曲がりなりにもファンタジーのSSだってんで、

絵師さんが世界観に合わせてデザインしてくれたのよ!」

 

“うぷぷ、里沙子がリボンいっぱいつけてる!24のくせに!”

 

「ピーネも黙りなさい、もうお小遣いあげないわよ!

……ああ、ちっともプログラムが進みやしない。

冷やかしは放っといて、法王猊下からのありがたいお言葉から」

 

《もはや帝国にその名を知らぬ者のおらぬ、斑目里沙子殿の降臨から間もなく2年。

記念すべきこの日に文を送る。孫もそなたの背を見てたくましく成長したように思う。

最近は何もしていないようであるが、貴女のますますの活躍を心から祈る。

法王ファゴット・オデュッセウス12世》

 

「ちょっと何かが引っかかるけど、法王猊下の祝電でした!はい、拍手!」

 

薄い窓ガラスが割れるほどの拍手喝采。

平日の昼間にタダ飯目当てに集まるような連中に信仰心があったことは驚くべき事実。

続いて2通目を読み上げる。

 

「次は皇帝陛下からも祝電を頂いてるわ。読むわね」

 

《魔王討伐、そしてトライトン海域共栄圏設立の立役者である貴女が

我が国に降り立った事を誇りに思う。

その後の活躍が全く聞かれなくなって久しいが、便りがないのが良い便り。

妹君と仲睦まじく暮らしていると信じている。

最後になったが、短いながらこの言葉を送る。おめでとう。

第147代皇帝、ジークフリート・ライヘンバッハ》

 

「聞いた聞いた!?皇帝陛下が直々に“おめでとう”ですって!

法王猊下と同じく首を傾げる表現がなきにしもあらずだけど、

これは滅多にないことなのよ?わかる?」

 

“あー、はいはい”

 

はしゃぐあたしを冷めた目で見る聴衆に、短い祝辞が綴られた上質な紙を見せびらかす。

確かにここんとこずっと地道な活動に徹してきたから、

帝都にあたしの働きぶりが届いていなかったのかもしれない。

近い内になんかやりましょうか。ちなみにアイデアは何もない。

別に褒められたいわけじゃないけど、

政治や国教のトップとのつながりは大事にしたいのよ。

 

「えー、まだまだ祝電はあるのですが、

あいにく全てをお読みするには時間がありません。しばしご歓談をお楽しみ下さい。

あたしもそろそろ飯が食いたいので」

 

よっ、とステージから飛び降りると、ルーベル達が飲み食いしているスペースへ。

サンドイッチを手にしたところでまた冷やかされる。

 

「しっかし、何が届いたかと思えばお前の絵かよ。お前より可愛げがあるぜ」

 

「本当に時間止めて油性マジックで顔に落書きするわよ」

 

「そんなことありませんよ?ここにいる里沙子さんも十分魅力的ですから」

 

「うん。お洒落してるお姉ちゃんも、かわいいけど」

 

「フォローありがと。エレオとカシオピイアは大人ね」

 

「でも、絵の中の里沙子さんも不機嫌そうな顔です~

これじゃいつもと変わりません……」

 

「だいたい胸にぶら下げてるのは何なのよー。ペンダント?水晶?」

 

「ああもう!そうかと思えばあんたらは文句ばっかり!

これはマナが発光してるミニッツリピーター!……と思うことにしてる。

せっかく絵師さんが描いてくれた設定なんだから大事にしなさいよ!」

 

「誤解すんなって。絵そのものは馬鹿にしてないぜ。

まさか奴が無料だから始めた趣味に

リアルマネーつぎ込むとは思っても見なかったからさ」

 

「まぁ、その点に関しちゃあたしもびっくりよ。

コミッションで予算に見合った絵を描いてくれる人を見つけたって話を聞いたときは

半信半疑だったし」

 

Wordファイルとミドルファンタジアを繋ぐ報酬がまさかpngファイルだったとはね。

世の中便利になったもんだわ。

 

「コミッションってなんだ?」

 

「色んな絵描きが予算に応じて要望通りの絵を描いてくれるサービスよ。

誰を描いても同じ顔にしかならないあいつにまともな絵が描けるわけないじゃない。

……ところでパルフェムは?」

 

「あら、さっきまでそちらにいたのですが」

 

「ちょっと見てくる」

 

ハムタマゴを一切れだけ食べて、パルフェムを迎えに行く。

人混みをかき分けて探していると、隅の方で何かざわついているから様子を見てみる。

そしたらまぁ、呼んだ覚えがないというより、

連絡先がわからなかった魔女がパルフェムを困らせてる。

 

「やめてくださいましー!」

 

「もう少しだけ、少し触るだけでいいんです。……ふむふむ、

“着物。皇国の民族衣装。女性用のものは既婚者用の留袖と未婚者用の振袖がある”。

わかりました!」

 

「その娘から離れてリーブラ。事案は勘弁」

 

「あら、里沙子さん。こんにちは」

 

「“こんにちは”じゃないわよ。こんなところで子供にセクハラたぁ、いい度胸ね」

 

「ああ、お姉さま!助けてください!」

 

パルフェムがささっとあたしの後ろに隠れる。

 

「この方が、急にパルフェムをペタペタと触ってきて……」

 

「皇国出身の方は珍しいんです。是非百科事典のページ増加にご協力を」

 

「しません。パルフェム困らせるなら外でガトリングガンでも見てて」

 

「あ、そうでした。私ったら大事なことを!

銃身を回転させるモーターの分析がまだだったのに。今日のところは失礼します。

それと、100話おめでとうございますね」

 

取って付けたようなお祝いを述べて、

リーブラは庭先のガトリングガンへ早足で向かっていった。早くも客が1人脱落。

 

「ふう。困ったもんだわね。どこでパーティーの情報嗅ぎつけたんだか。

大丈夫?パルフェム」

 

「は、はい。いきなりまとわりつかれて、つい大声を出してしまいました。

お恥ずかしいですわ」

 

「それでいいのよ。この世界には防犯ブザーとかないから。

あっちでルーベル達と何か食べてらっしゃい。客への挨拶はあたしがする」

 

「どうもすみません。ではパルフェムはこれで……」

 

パルフェムと別れて彼女がルーベルと合流するのを見届けると、

あたしは招待客に挨拶回りを始めた。

……というより、トラブルの処理に追われることになった。

今度は別の方向から声がする。

 

“いたぞ!裏切り者だ!”

“逃がすな、追え!”

“よくも俺達の前に現れやがったな”

 

なんだか穏やかじゃない雰囲気。暴力沙汰になる前に対処しなきゃ。

急いで野次馬の間に身体を押し込んで騒動の中心を見ると……

 

「やめてくださるかしら!もう主人はあなた達とは関係なくてよ!」

 

「うるせえ!出番なし同盟の足抜けは重罪なんだ!

罰としてこいつにはタバスコを一瓶かけたピザを食ってもらう!」

 

「くっ……殺せ!」

 

絵の中の自分と同じくため息をつく。

出番のないモブキャラ共がマーカス夫妻を囲んでる。とりあえず間に立って事情聴取。

 

「こらこら、あたしのめでたい席で何をやってるの。マーカス、ベネット、こっちよ」

 

「来るのが遅いわよ里沙子!主催者には出席者の安全を確保する義務が……」

 

「ほんで、あんたらは何を揉めてたわけ?」

 

「邪魔しねえでくれ里沙子!

マーカスは俺達“出番なし同盟”を裏切って、3話も主演しやがった!」

 

「しかも可愛い嫁さんもらって安定した仕事にまでありついて!

こりゃいくらなんでも許せねえよ!」

 

時々街で背景としてうろついてる個性のない面々が、あたしに文句をぶつける。

しょうがないわね。聞き分けのない奴らに教え諭す。

 

「この企画始まって以来、耳にタコもイカもできるくらい言い聞かせてきたことが

まるで無駄だったと分かり悲しくてやりきれない。

この胸のイライラを誰かに告げようかしら。

最後になる事を祈ってもう一度だけ言うわよ?

出番は本人じゃなくて、今キーボード叩いてるバカがその時の気分で決めてるの。

マーカスなんか初登場から1年近くまともな出番がなかったし、

ベネットだって最初はイエスさんの当て馬から始まった。

2人共番外編で散々コケにされつつここまで来たのよ」

 

「そうですわ!

苦労を重ねてきた私達の気持ちがあなた達にわかってたまるものですか!」

 

「いいんだベネット……!食うよ、俺。それでいいんだろう」

 

「おもしれえ、やってみろよ!」

 

「やめなさい!タバスコだってタダじゃないのよ。食い物で罰ゲームやるなら帰って」

 

「何だと!里沙子はどっちの味方なんだよ!」

 

「少なくとも素直に人の幸せを喜べない連中に用はないわ。

1人1回ずつキャンディつかみ取りして帰りなさい」

 

「ちくしょう、二度と来ねえよ!マーカス、お前ともこれっきりだ!」

 

「すまねえ……」

 

漫☆画太郎のコピペ人間のようにそっくりな連中が、

ちゃっかりキャンディは掴んで帰っていった。脱落者複数名。

 

「……はは、ざまあねえよな。

ついこないだまで、あいつらと一緒にお前に文句ばっか言ってた癖によ」

 

「あんたは悪くない。

たくさんの子供達を救ったヒーローなんだから、もっと胸を張りなさいな」

 

「そうよ!あなたは与えられた出番をこなしただけ!

ついでに変な奴らと縁が切れてよかったじゃありませんの」

 

「ありがとよ。里沙子、ベネット。

だけど、俺がここにいると雰囲気が変になっちまうみたいだ。

一足先に帰らせてもらうぜ」

 

「私も帰るわ。あなたがいないと、こんなところに居たって面白くもないもの」

 

「仲がいいみたいでなによりだわ。最後まで参加してもらえなかったのは残念だけど、

そこのキッシュでも2、3切れ持って帰って食べてちょうだい」

 

「もう確保してますわ」

 

そう言ってベネットが家から持ってきた小さなバスケットを見せた。

完全にしっかり者の主婦ね。

 

「じゃあ、悪いな里沙子」

 

「いいえ。来てくれてサンクス」

 

「ごめんあそばせ」

 

家路につく二人を軽く手を振り見送った。

2名帰宅。ちょっと会場の混雑が緩和されてきた。今度は誰と絡もうかしらね。

……おっと、あえてトラブルの種と接触するのも面白そう。

向こうのテーブルでチャーハンを必死にかきこむ女に近づく。

 

「むぐむぐ、ああおいしい!久しぶりにモヤシ炒め以外のものを食べました!

帝都から飛んできた甲斐があるというものです!」

 

「お口に合ったようでなにより」

 

「あっ!里沙子ちゃん、いただきます…じゃなくて、おめでとう!

私も招待してくれてありがとうね。もうお腹ペコペコで」

 

「なあに?またモヤシ炒めなの?

今度は何買ったのかママに言ってごらんなさい、マーブル」

 

「ち、違いますー!モヤシにニラを加えて少し豪華にしてるもん!

服だって古くなったパジャマを買い替えただけだし。……特売のシルクに」

 

本当にこいつは言動がジョゼットにそっくり。そして懲りない。

 

「アースなら重度の買い物依存で専門家のカウンセリングが必要なレベルね。

あたしは諦めたから、せめてここで気が済むまで食っていきなさい」

 

「ちょっと待って!」

 

マーブルがいきなり両手であたしの手を握ってきた。なによもう。

 

「な、なんなのよ」

 

「うん。この前の同人誌の件なんだけどね。二人で合同誌作らない?

小説本にして、本文を里沙子ちゃんが、私が表紙と挿絵を描く。

里沙子ちゃんが実際に体験した冒険譚を描写すればきっと儲か…売れると思うの」

 

「一瞬言い直したけど無意味だったわね。

作文なんて面倒な作業あたしがやるわけないじゃない。やっぱ金に困ってるのね。

この世界にクレジットカードがなくて本当によかった。

あんたならリボ払いの使い過ぎで一生金利を払い続ける羽目になる」

 

「なんかひどいこと言われてる気がするけど、どうしても駄目?

もちろん今はもう健全本しか売ってない」

 

「当たり前でしょうが!ブタ箱行きになった黒歴史思い出させないでよ、まったく。

大人しく微妙なギャグ本で小遣い稼ぎしてなさい」

 

「しょぼーん……」

 

「そう言えばあんた、学校はどうしたの。今日は平日でしょ?」

 

「ご馳走がタダでたくさん食べられるって聞いて、休んで来ちゃいました。テヘ!」

 

「馬鹿なんじゃないの!?一日分の給料でどれだけ飲み食いできると思ってんのよ!

あ、有給は?もちろん欠勤じゃなくて有給なんでしょうね?」

 

「悠久……美しい言葉ね」

 

マーブルが少し自嘲気味に笑った。完全に消化してるっぽい。

 

「呆れた。とことん損得勘定ができないのね!

……もういいわ。せめて今日だけは好きなだけ食べて現実を忘れなさい」

 

「うん、ありがとう……」

 

食事に戻ったマーブルだけど、明らかに食べるペースが落ちた。

今度はもそもそとメンチカツを食む。精神的ダメージで1人脱落。

金がないならダメ人間をやるべきじゃないわ。

えーと、他に絡んだら字数が稼げそうな奴は……いた。いつもどおりケンカしてる。

 

「このローストビーフはわたしが先に目をつけましたのよ!

爺やも確かに見ていましたもの!」

 

「ふむ!この肉はお嬢様のものですぞ!あなたでもそこは譲れませぬ!」

 

「なんて図々しい!見ただけで確保した気になるなんて浅ましいことね!

皿に載せなければ所有権は発生しないの。わかったら最後の一枚をよこしなさい!」

 

あたしこいつら呼んだかしら?

招待状の名簿を作る時に間違って書いちゃったのかもしれない。けど今はどうでもいい。

ユーディとパルカローレ。

単品でも煩わしいのに2人がかち合ったらトラブルの発生は避けられない。

急いで現場に向かう。

 

「どいつもこいつも人の記念日で揉め事起こさないと気が済まないのかしら!?」

 

「里沙子、いいところに来ましたわ。

この食い意地の張った女に譲り合いの精神を教えてあげて」

 

「黙りなさいよ大食い女!

あんたがこのローストビーフを8枚も食べてたのを知らないとでも思った?

だからそんなにブクブク太るのよ!」

 

「なんですって!

わたしが太っているのではなく、あなたが小さすぎるに過ぎませんわ!」

 

「頼むから静かにしてよ。

せっかくの記念パーティーなんだから醜い者同士の争いはやめて。

肉なら今ジョゼットが追加で焼いてるからしばらく我慢しなさい」

 

「いいえ、トライジルヴァ家の当主として、

デルタステップの女相手に退くことはできなくてよ!」

 

「それはこっちのセリフよ!

肉が食べたいわけじゃない。この女に後れを取ることは私のプライドが許さないの!」

 

肉一枚を争って、曲がりなりにも公の場でぎゃあぎゃあ喚いてまで守りたいプライドに、

一体何の意味があるのだろう。あたしは考えることを止めた。

 

「こうなったら、符術士として、カードで決着をつけるしかありませんわね!」

 

「望むところよ!カードスタンバイ、オープン!」

 

「オープンすんな」

 

あたしはユーディの携帯用カードケースを奪い取り、

両者の顔面をおもっくそ引っ叩いた。

 

「はぶっ!」「ぎゃばっ!」

 

悶絶する二人。鼻血を出されなくて助かった。みんなの食欲が失せる。

 

「ああっ、お嬢様!おいたわしや……里沙子殿、お嬢様になんということを!」

 

「人の集まる場所で戦闘を始められては困りますの。

貴方も誠の忠誠心をお持ちなら、

時には未熟な当主をたしなめることも必要ではなくて?」

 

「なんたる暴挙!お嬢様、しっかりなさってください!」

 

「わ、わたしは平気よ爺や。それよりこの女との勝負が先。場所を変えましょう。

里沙子、今日のところは退いてあげるわ。

わたしはデルタステップより分別のある大人ですもの」

 

「何よ、先に戦いを仕掛けたくせに!

いいわ、ここは狭すぎる。北の荒れ地で勝負再開よ!」

 

「よくってよ。

まずはどちらが早く目的地にたどり着けるか、腕前を見せてごらんなさい。

マジックカード“黄金の風”発動!」

 

「あ、汚いわよ!私はモンスターカード“スカイインスペクター”を守備表示で召喚!

待ってなさいよ没落貴族―!」

 

「お待ちくだされお嬢様―!」

 

ユーディはどっかに消えて、執事とパルカローレは外に出ていった。

空からヘリのローター音のようなものが聞こえる。

多分それに乗ってどこかへ行くんだろうけど、厄介者が消えてくれて助かった。

3名退場。

 

勝手な連中のせいでちっともパーティーを楽しめない。

何人もいなくなったせいで会場も少し寂しくなってきた。

まぁ、居座られても迷惑な奴が多かったけど。

そろそろプログラムの続きに戻ろうかしらね。

再びステージに上がってマイクを取り、台本を読み上げる。

 

「えー、長らくお待たせしました。プログラムを再開致します。

“エア読者が選ぶ名場面ベスト3”。まず3位は……章タイトル“銃のない里沙子”。

第1話の矛盾解消ついでに

バイオハザードもどきの展開を書いてみたくなった奴の珍作です。

ステルス行動で怪物を殴り殺すのは割と楽しかったのですが、

指を落とされて死ぬほど痛かったです。

もし奴と出会うことがあったら、特殊警棒で化け物と同じく撲殺しようと思ってます」

 

「死者の霊が里沙子さんに助けを求めて来た悲しいお話でしたね……」

 

「後日談でデザートイーグルが手に入ったんだけど、エリカまでくっついて来たのよね。

ちなみに今日も位牌で寝てる。

ある意味かつてのマーカス以下の扱いを受けてるちょっと可哀想な存在。

第2位、章タイトル“クリスマススペシャルと特別ゲスト”。

よりによってキリスト教の主神をゲストに呼んだ身の程知らずなエピソード。

あたしは楽しかったけど、

この世界の何でも取り入れる節操の無さが露骨に現れたお話でした」

 

「私は神様万歳なんてガラじゃないが、聖書がとんでもない分厚さになって驚いたぜ」

 

「そしていよいよ第1位。ダララララ…発表します。1位は章タイトル“魔王編”。

ま、順当な結果だと思うわ。この企画って仮にもファンタジーなのに、

あたしのグータラ生活しかやってないことに気づいて流石に奴も焦ったみたい。

そもそもファンタジーとは何か、という疑問を抱えながら

彷徨うように書き進めて行ったんだけど、

全体を見ればあたしの特殊能力やらクリスタルやら魔法やら地球の兵器やら

テッド・ブロイラーやらを出せて、まあまあ及第点だったと思う。

以上、“アル中男の幻覚が選んだ名場面”でした」

 

パチパチとまばらな拍手。人が減ったから無理も無いわね。

 

「それでは、最後のプログラムに移りたいと思います。

わたくしから、会場の皆様及びディスプレイの前の読者様へ

感謝の気持ちを込めてお手紙を」

 

あたしはポケットから封筒を取り出して、中の便箋を広げた。

 

「敬愛する皆様へ。

この度、“面倒くさがり女のうんざり異世界生活”が無事100話を迎えました。

奴のファンタジー物への憧れ、ボケ予防、暇つぶしによって当企画が始まり

もうすぐ2年。皆様からの反応を糧に、今日まで続けることができました。

開始直後5話くらいまでは、お気に入り0件、UA一桁という惨憺たる状況でしたが、

今ではアクセスも2万を超え、お気に入りも200以上と、

無名のオリジナル作品にもかかわらず多くの方に目を通して頂き、

本当に感謝しております。

全盛期のようなハイペースでの投稿はもうできないと思いますが、

需要があろうとなかろうと、まだまだ止めるつもりはありません。

もし連絡なしに半年更新が滞ったら、

孤独死したと思って手でも合わせてやってください。

ここで皆様のご多幸を祈り、締めくくりとさせていただきます。

ありがとうございました」

 

うんざり生活代表、斑目里沙子。そして深く頭を下げた。

パチパチ、パチパチと、あちらこちらから拍手が上がる。

再び背を伸ばすと、お客さん達と仲間の笑顔が見えた。素直に嬉しい。

こんな気持は久しぶり。ミドルファンタジアに来た時はどうなるかと思ったけど、

今のあたしを取り巻く状況は悪くない。ううん、上々だと思う。

 

きっとこれからも変な事件やトラブルが絶えないんだろうけど、

それでもこの家が倒壊しない限り、地球に帰ろうとも思わない。

過去のあたしに足りなかったものが、ここにはあるから。

ステージの上で、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

パーティーもお開きとなり、お客さんが帰った後、

あたし達は全員で後片付けをしていた。

 

「はぁ、準備も大変だけど、片付けはもっと面倒くさいわね」

 

食いしん坊連中のおかげで廃棄ロスは出なかったけど、

これからたくさんの皿を回収して洗わなきゃ。

 

「そっちは頼むな。私はテーブルやら隅に寄せた長椅子を元に戻す」

 

「了解ー」

 

「大丈夫ですって。みんなで洗えばあっという間に終わりますよ~」

 

「だと良いけど」

 

「お姉ちゃん、かっこよかった」

 

「そうですね。里沙子さんのスピーチ、とても素晴らしかったです。

これからもこの家にマリア様のご加護がありますように……」

 

「残念ながらマリア様の光もウチだけは対象外みたいよ。

それは今までの100話が証明してる」

 

「はは、言えてら」

 

みんながどっと笑った。

細々としたアクシデントはあったけど、つつがなく100話目を終えられてよかったわ。

安心して皿を重ねていたその時。

 

 

コン、コン……

 

 

作業する手が止まった。全員が互いを見る。

……あたしはひとつため息をついて苦笑し、いつものように玄関ドアに向かった。

新しいスタートが、このドアから始まることを信じて。

 

 



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旅する天使達
新スタート一発目がこれよ。一体何がしたいのやら。


パチン……

 

どことも知れぬ不思議な空間に、男の鳴らした指の音が響く。

 

──話をしよう。

 

「あれは今から36万…いや、1万4千年前だったか。まあいい。

私にとってはつい”昨日”の出来事だが、君達にとっては多分、”明日”の出来事だ。

彼には72通りの名前があるから、なんて呼べばいいのか」

 

長身で眉目秀麗な男は穏やかな口調で語る。彼はほんの少し考えて続けた。

 

「確か、最初に会った時は……イーノック。

そう、あいつは最初から言うことを聞かなかった。私の言う通りにしていればな。

まあ、いいやつだったよ」

 

そして口元で少し笑う。

 

「“今回”は趣向を変えて、イーノックが歩んだタワー到達前の旅路を語ろう。

ん、いつもの話の流れと違うじゃないかって?ああ、そうなんだ。

ようやく彼が“成功”したから、思い出を振り返る余裕もできたという訳さ。

今の時間から遡ること8400……いや、よそう。じゃあ、始めようか。

君らのよく知る奇妙なヒト達との出会い。私が傍観した物語。

“時間”に余裕があるなら聞いて行ってくれ」

 

 

 

 

 

今日も今日とてルーベルに怒られる。

確かこの企画の全盛期では、あたし自身が家のルール。

つまり一番偉い存在だってことになってたはずなんだけど記憶違いかしら。

ルーベルがドンとテーブルに拳を打ち付ける。

 

「酒を飲むなとは言ってねえよ!時間と場所と量を考えろって言ってるんだ!」

 

「うい……」

 

ダイニングで椅子に座って神妙にお説教を頂戴する。

テーブルの上には空けたエールの瓶が3本。

ちなみにこっそり飲んでたのにバレた原因は、監視者(ウォッチャー)ジョゼットのせい。

後で聖なるフランスパンで浄化してやろう。

 

「うい、じゃねえ!昼間から酒ばかり飲んでる姿なんて子供にも見せらんねえし、

お前の身体にもよくねえんだぞ。わかってんのか!?」

 

「わかったわよ。わかったから怒鳴らないで……頭痛い」

 

「自業自得だろうが。罰として今週いっぱいは酒抜きだ。いいな!?」

 

「ちょ、ちょっと待って。せめて今日いっぱいにオマケしてくんないかしら。

酒がないと退屈で死にそうなの」

 

「だめだ。そんなに暇ならバイトでも始めろ。

お前の食っちゃ寝生活を改めるいい機会にもなる」

 

「バイトは学生時代の鬼スケジュールでこりごり。

何よりあたしが真面目に働くなんて、企画の趣旨に反するわ」

 

「また訳のわかんねえことを。どうしようもねえ酔っ払いだな」

 

「ウヒヒ、そんなの分かりきってることじゃない。今更何を……」

 

 

コンコン!

 

 

玄関のノックで、気持ちよくふらついていた意識が一気に覚める。

あたしもルーベルも同時に聖堂を見る。口の前で人差し指を立てて見せ、息をひそめる。

ルーベルも無言でうなずく。

 

足音を立てないように聖堂へ入り、扉に近づく。

ドアスコープを覗いて妙な奴だったら居留守を使おう。

変に相手をするからトラブルに巻き込まれるということに

100話を超えてようやく気づいた。

 

どれどれ。今回はどんな厄介者が……あらまあ。

黙っていたあたしは本当に言葉を失った。

 

 

 

 

 

堕天使達を追い、タワーを求めて何年さまよったのか。

時の概念に縛られない私にとっては、その答えにあまり意味はない。

だが、彼にも同じようにのんびり構えていてもらっては困る。

だというのに、イーノックは決して立派とは言えない教会に寄り道をしてしまった。

玄関のドアを叩いて住人を待っている。

 

「イーノック。

お前を急かしたくはないんだが、神も永遠に洪水計画を待ってはくれないんだ」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「そう思う根拠を聞かせてくれると助かる。具体的には……そうだな。

この教会に元いた世界に戻る手がかりがあると考えた理由、とかね」

 

イーノックが口を開こうとした時、ドアが開いた。

住人と思われる少女は私達を見て目を丸くしている。

もっとも、彼女に私の姿は見えていないのだが。

 

「あらま!この世界ってゲームのキャラまで呼んじゃうわけ!?

イーノック!あなたイーノックよね!?」

 

「ああ」

 

「うへへ、懐かしいネタが来たものね。入って。ルーベルの説教から逃げられるし!」

 

“聞こえてんぞー”

 

「とにかく来てよ。お茶くらい出すからさ。あっはは!」

 

「ありがとう」

 

少女は酔っているのか、よく笑い、なぜかイーノックを知っている様子で迎え入れる。

ついでに私も失礼して中に入らせてもらったよ。

古びた教会の聖堂には、聖母マリアの石膏像が祀られている。

彼女は隅の扉に私達を案内する。

奥はキッチンとダイニングが一体になった生活スペースで、二階へ続く階段もある。

 

「まー座ってよ。ルーベル、お客さんよ!イーノックが来てくれたわ!」

 

「なんでそんなに喜んでんだ。知り合いか?」

 

「ある意味ね!

あたしはエルシャダイ発売日に定価で買ったけど、ちっとも後悔してないわ!

彼がPVのセリフの他なんにも喋らなかったことは寂しかったけど!」

 

「声を落とせ、客の前だろうが。

……ええと、イーノックさんだったか?私はルーベル。里沙子を知ってるのか?」

 

「呼び捨てでいい。彼女とは初対面だ」

 

「ふーん。じゃあなんで里沙子の方はイーノックを知ってるんだ?」

 

「説明なんか後、後。ねえ、コーヒーと紅茶どっちにする?」

 

「一番いいのを頼む」

 

「一番って言われても、粉コーヒーと安物の茶葉しかないわね。

コーヒーの方がちょっとだけ一杯あたりのコスパが高いから、そっちにするわよ」

 

若干はしゃぎ気味の里沙子と呼ばれた少女は、水を入れたポットを火にかける。

湯が沸く間にマグカップを用意し、粉末状のコーヒーを2さじ入れた。

すると、どこにいたのか他の住人もぞろぞろと集まってきた。

 

「あの、里沙子さん。とてつもなく大きな気配を感じたのですが、

また天使様がお見えになったのでしょうか?……あ、お客様ですか。失礼しました。

わたしはエレオノーラと申します」

 

真っ白な修道服の女の子が、イーノックにお辞儀した。

 

「よろしく、エレオノーラ。私は……イーノック」

 

「里沙子さんが自分でお客さんにお茶を入れるなんて、

明日はゴルフボール大の雹が降りそうですね~

はじめまして、わたくしはジョゼットです」

 

「ジョゼット。あんたには後で話があるけど、今はイーノックよ。お茶菓子を用意」

 

「わかりました~」

 

今度は黒の修道服を着た女の子が

棚から籠に入った菓子を取り出し、テーブルに置いた。その後も続々と人が集まる。

キモノという民族衣装に身を包んだ少女と……これは珍しいな。

生まれたての吸血鬼までいる。

 

「お姉さま、パルフェムも手伝いますわ。

こんにちは、旅の方。パルフェムとお呼びくださいまし」

 

「ねえ里沙子……なんだかさっきから寒気がするんだけど、

また天使を家に入れたんじゃないでしょうね?」

 

残念ながら正解だ。

しかし、傍観者であり地上に干渉できない私が君に危害を加えるつもりはないし、

神もそんなことは望んでいない。君は自らの正しいと思う道を歩むと良い。

 

「当たらずといえども遠からずね。

イーノックは人間でありながら、その清らかな魂を神に認められて、天界に招かれたの」

 

考えるほどに不思議なことだ。里沙子はイーノックという存在を知りすぎている。

彼女の正体に私も少しばかり興味が湧いてきた。しばらく様子を見ることにしよう。

全ての住人で席が埋まり、私の椅子がないのが残念だが。

 

「はい、イーノック。コーヒーお待ち」

 

「ありがとう」

 

「お姉ちゃん、この人、だれ?」

 

「いわば今回の特別ゲストよ。今から説明するから。

……エリカー!出番が欲しけりゃ起きなさい!」

 

里沙子が2階に向かって叫ぶ。すると3テンポほど置いて、極めつけがやってきた。

幽霊だ。

 

「うむむ…拙者は起きているでござる。まだ本題は待つでござるよ~」

 

「早くなさい」

 

青白い霊体が物体をすり抜け漂ってきた。これで全部であることを願うよ。

今度こそ全員が集まったようで、里沙子が話を始めた。やはり彼女はどこか嬉しそうだ。

 

「みんな集まったところで、改めて自己紹介するわ。あたしは里沙子。

よろしく、イーノック」

 

「よろしく」

 

「それにしても、どうして今日はまたこんなところに来たの?旅はまだ途中なの?

よかったらあなたの話を聞かせて」

 

「……イーノック。彼女の正体を探るんだ。

あながちお前の勘も的外れじゃなかったのかもしれない」

 

「わかった。今はゲートを探している」

 

「そっか。まだ堕天使(ウォッチャー)達は見つかってないのね。

ところでルシフェルは一緒じゃないの?姿が見えないけど」

 

ここにいるけど、文字通り見えないんだ。

 

「ああ」

 

「彼、神出鬼没だもんね」

 

そろそろ”彼”と連絡を取る必要がありそうだ。

私はスマートフォンを取り出し、電話アプリをタップした。

 

「なあ、さっきからお前ばかり納得してねえで、私達にも説明してくれよ。

イーノックはどこの誰で、なんでお前は彼を知ってるんだ?」

 

「ごめんごめん、彼が天界の存在だってことは話したわよね。

ある日天界で、人間に憧れた7人の大天使が神を裏切って堕天したの。

そんな堕天使達を捕縛し浄化するのが彼の使命」

 

「人間に憧れた……とはどういうことですの?お姉さま」

 

「人同士の愛、止まることのない進化、命を慈しむ心。

長きに渡って人間達を監視してきた彼らは、ヒトの持つそれらの輝きに憧れて、

肉体を持って天界から地上に堕天した。天界の知恵を盗んでね。

そして人間達に干渉を始めた。盗んだ神の知恵を人間に与え、歪な発展をもたらした。

怒った神は堕天使ごと地上を洗い流す洪水計画を発動したの。

それを止めるべく異議を唱えて堕天使捕縛の命を受けたのがイーノックなのよ」

 

ますます彼女が怪しくなってきたな。

イーノックのように天界の存在でもなければ知りえない事実をなぜ。

数コールがもどかしい。早く電話に出てくれないだろうか。

 

TELLLLLL....Pi

 

ああ、繋がった。

私はダイニングをうろつきながら、現状と不思議な少女について彼に報告した。

 

「私だ。……うん、実はちょっと困ったことになっててね。

そう、(とばり)も無ければタワーもない。変なところだよ。

あと、出先で奇妙な女性に会ったんだ。具体的には、どう言えばいいのか。

……まあ、そんな感じなんだ。わかったよ。いや、それについては心配してない。

あいつも、よくやってくれてるしね。ふふっ、私のサポートが心配かい?

おっと、話が佳境に入ったみたいだ。何かわかったら連絡する。じゃあ、また」

 

...Pi

 

「彼にはルシフェルっていうサポート役の大天使がいてね、時間を自由に操れるの。

あたしのクロノスハックみたいな擬似的なものじゃなくて、

完全に時間を止めたり、巻き戻したり、何万年もタイムスリップしたりできる」

 

相変わらず里沙子は我々に関する知識を披露し続けている。

 

「しかし、変ですね。それほど偉大な存在がこの地に現れたのなら、

わたしを含む世界中の聖職者が大騒ぎしているはずです。

かつてメタトロン様が降り立った時のように」

 

今度はメタトロンの名まで。だが、メタトロンというのは……いや、今はいい。

イーノック、頃合いだ。

 

「里沙子。私からも聞きたいことがある」

 

「なに?」

 

「どうしてそこまで私達のことを知ってるんだ?」

 

「どうしても何も、あれだけ話題になったゲームじゃない。

まー、売り上げは芳しくなかったかもしれないけど、あたしは好きだったわ」

 

「ゲーム?」

 

「遠い未来に発明された娯楽だ。

映像を映し出す装置で主人公を操作し、様々な冒険を疑似体験するというものだよ」

 

イーノックにそっと耳打ちする。

 

「あらやだ、ごめんなさい。あたしばかり喋っちゃって。

イーノックはゲームっていう想像の世界で遊ぶ物語の主人公だったの。

あたしはあなたを操って堕天使討伐の旅をしてたってわけ」

 

そういうことか。全てが終わったら未来に行って、

我々がどのように描かれているか確かめてみるとしよう。

 

「ゲームが架空の存在なら、どうして私はここに実在しているのだろう」

 

「う~ん、この世界はミドルファンタジアっていうんだけど、

色んな世界から人や物がたくさん流れ着いてくるのよ。良くも悪くも。

だからエルシャダイっていうゲームの主人公だったイーノックも、

一人の存在として実体を持って吸い込まれちゃったんだと思う」

 

我々は数万年前から確かな存在なのだが……まあいい。

 

「じゃあ、やっぱりイーノックは別の世界から来たってことなのか?」

 

「……ルシフェルと草原を進んでいると、ふいに帳の気配が消えた。

アークエンジェル達の声も聞こえなくなって、

状況を把握しようと駆け回っていたら君達の教会を見つけたんだ」

 

「帳ってなんだ?」

 

「堕天使達が作った偽物の空よ。彼らは帳に隠れて自分達だけの世界を作っているの。

その偽りの世界が積み重なったものが、タワー」

 

「私達は、そのタワーを探して旅していた」

 

「なるほどなー……って、ここにいたらヤバいじゃねえか!

さっさと元の世界に戻って堕天使どうにかしないと、

洪水で全部流されちまうんだろう!?」

 

「そうだ。だから私もルシフェルも、旅に戻る方法を探している」

 

「その割にはなんか呑気よねー。あんまり喋らないし」

 

「こういう人なの。ところでイーノック、これから行くあてはあるの?」

 

「ない」

 

「だったらうちに泊まって行けば?寝床は聖堂の長椅子しかないんだけど……」

 

「ありがとう。野宿に慣れているから、雨露を凌げるだけで助かるよ」

 

「珍しいな。お前が進んで人を泊まらせるなんて」

 

「彼の人となりはエルシャダイで知ってるつもり。

無駄な騒ぎを起こすようなタイプじゃないからね」

 

「よかったじゃないか。お前は彼女に信用されているようだ」

 

イーノックの肩に手を置く。私に宿は必要ない。なぜなら。

 

「私は一足先に明日で待っている。今日はゆっくり休むといい。

ただ、お前の使命も忘れないでくれ。

彼女達に協力を仰ぎ、一刻も早く元の世界に帰る方法を見つけ出すんだ」

 

パチン……

 

指を鳴らすと、私という概念が時を飛び越え、24時間先に転移した。

時間はいくらでもあるが、無駄遣いが許されるわけでもない。

昨日から今日の間に、

イーノックがきちんと今後の方針について考えを巡らせていたと願おう。

……しまった、重要な事を忘れていた。間に合えばいいんだが。

もっとも、間に合わないということなどありえないんだが。

 

 

 

 

 

聞いてよ奥さん。うちにあのイーノックがやってきたのよ。

今、あたしの前であたしが入れたコーヒーを飲んでるの。信じられる?

イエスさんとは違ってブラックも行けるみたいで、

砂糖もミルクも入れずにおいしそうに味わってる。

 

そんな彼を見ていると、ちょっとミーハーな気持ちで浮かれている自分に気がついた。

おっと、いけないわ。彼には洪水計画を止める大事な目的があるんだから。

 

「ねえイーノック。それ飲んだら街に行かない?

まだお昼だし、ほんの些細なことだけど手がかりがないこともないの」

 

「よかった。連れて行ってくれ」

 

「手がかりって、なあに?」

 

「ほら、あたしとあなたの出会い。わかるでしょ?」

 

「あ…うん」

 

あたしとカシオピイアに直接血の繋がりはないけど姉妹の関係が成立してるのは、

ある人物がミドルファンタジアから地球に転移したことがきっかけ。

詳しい経緯は過去話「フレンドいないやつにオントロはキツいわね。(以下略」を

参照してちょうだい。

当の“ある人物”が誰だったのかも未だにわかってないし。

 

「というわけで、薬局に行くメンバーを選定するわ。

全員でぞろぞろ押し掛けたらアンプリがご機嫌斜めだから。まずあたしとイーノック。

そしてカシオピイア。後は……エレオノーラの知恵も借りたいわね。いいかしら?」

 

「はい。わたしでよければ」

 

「えーっ!わたくしも久しぶりに街に行きたいです!」

 

「ねえジョゼット。

今日誰かさんのせいでルーベルにこってり絞られたんだけど、心当たりないかしら」

 

「聖堂のお掃除がまだでしたのでやっぱりいいです」

 

「あの、拙者は……」

 

「決まりね。イーノック、故意か事故かはわからないけど、

この世界から地球に人が移動した例があるの。

それについて知ってる人がいるから会いに行こうと思うんだけど」

 

「とほほでござる……」

 

「頼むよ。私は全てを救わなければならない」

 

彼はコーヒーを飲み干すと、マグカップを置いてはっきりと答えた。

 

「出かけましょう。ここから東に街がある。

途中変な奴らに絡まれるかもしれないけど、遠慮なく叩きのめしていいから」

 

あたしは席を立ってガンベルトを締め直す。他の面々も出発の準備を整え、聖堂に移る。

全員が玄関に集合すると、扉を開けようとした……んだけど。

 

「イーノック。そんな装備で大丈夫?」

 

単に言ってみたかったこともあるけど、

彼の格好があまりに無防備だったことが一番の原因。

どこを旅していたのかしらないけど、ダガー1本の武器もなく、

身に着けているのは薄い布製の質素な服。

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

「……そう?まあ、あたしの銃があるから大丈夫だとは思うけど。行きましょう」

 

そして玄関の扉を開けて、街へ向けて街道に下りる。まあ、それからはいつも通りよ。

馬糞が転がる舗装されていない道をひたすら進む。

すると、隣接する森から野盗くん達が現れた。

よかったわね、久しぶりに出番がもらえて。

 

でも、なんだか様子がおかしい。いつもなら陳腐な脅し文句と共に、

ボロっちい得物をちらつかせて小銭を巻き上げてくるんだけど、

どこか視線が虚ろでぼそぼそとうわ言を漏らすだけ。だけどその手には……!

 

「アーチ!?」

 

天界の知恵をなんでこいつらが!

まさに弧を描くように無限の刃がチェーンソーのごとく流れる剣を手にしている。

野盗はあたし達を認識すると、

ケガレを溜め込み赤黒く光る刃を持って獣のように咆哮し、突撃してきた。

 

「イーノック、下がって!」

 

全員が戦闘態勢に入る。あたしはピースメーカーを抜くと、ハンマーを起こし、

奴らのアーチを狙って.45LC弾を放った。

銃弾は正確にアーチを捉えたけど、野盗は瞬時に反応して刀身で受け止める。

なんなのこいつら!通常なら威嚇射撃で逃げていく連中とは思えない!

 

何かがおかしいと思ったその時、あたしの隣から野盗に向かって飛び出す影が。

イーノックが連中の一人に飛びかかり、空中からキックを繰り出した。

蹴りは見事に頭部に命中。敵は大きくよろめいて後ろにすっ転んだ。

 

「丸腰じゃ危ないわ!ここは退きましょう!」

 

でも、イーノックは構わずいつの間にか大勢に増えていた野盗相手に戦いを挑む。

まず手近な野盗にハイキック。後ろから近づく敵には腰を落として肘鉄で腹を打つ。

一人の敵にこだわらず、まるで飛び跳ねるように四方に移動し、

華麗な体術で無数の標的にダメージを与えていく。

 

次々と狂った野盗がイーノックに殺到する。

アーチの刃を両手で突き出す攻撃を身を反らしてかわし、足払いで動きを止め、

左右の拳でフックを叩き込む。隙を見せた相手には連続キックで一気に畳み掛ける。

 

目にも止まらない速さで繰り広げられる戦いに息を呑んでいると、

次の瞬間、危険な状況が訪れたことに気づく。

リング状の不思議な物体を背に浮かべ、6つの飛翔体を周囲に滞空させた敵が3体現れた。

 

「ガーレが来るわ、気をつけて!」

 

「!?」

 

イーノックは一瞬そいつらに目を向けると、

接近してきた敵にオーバーヘッドキックを食らわせ、アーチを真上に弾き飛ばし、

空から落ちてきたそれを奪い取った。

 

そして、彼が手に入れたアーチの刀身に手をかざすと、

まばゆい光が刃に溜まったケガレを清め、

天界の知恵は青白い光を放つ美しい輝きを取り戻した。

神に選ばれた彼の能力、武器の浄化。

 

「美しい光です……あれが神に選ばれし者の力なのですね」

 

エレオノーラもその聖なる光に思わず目を奪われる。

本来の力を秘めたアーチを手にしたイーノックは、急いでガーレ使いの元へ駆け出す。

あたし達もピースメーカーや水晶銃で援護射撃をするけど、

神の武器でガードされて攻撃が届かない。

イーノックが到達する直前、とうとうガーレからレーザーが発射されてしまう。

 

2体が正面に放ってきた飛び道具を

イーノックはアーチでガード、あたし達は横に滑って回避、

カシオピイアは水晶銃の魔力弾で迎撃。

エレオノーラは左手から純粋な魔力を放って相殺した。でもおかしい。

3体目のガーレが見当たらない。確かに誘導装置に当たるリングは背負っているのに。

 

でも風切り音で答えはすぐにわかった。真上!

空を見上げると、最後のガーレは、まるでミサイルのように直上から墜落してきた。

誰もが突然の不意打ちに反応できず、ただ立ち尽くすだけだった。

 

クロノスハック!!

 

あたしは時間停止能力を発動し、回避を試みたけど、

神の武器は人間一人の特殊体質など意に介さないみたい。

全くスピードを落とすことなく落下してくる。もう、避けられない。

イーノックもあたし達も、ただガーレに頭を潰される事を待つしかなかった。

 

世界の色が反転し、全てが停止する。死に直面するとこんな現象を目にするのかしら。

そして、あたしは最期にこんな言葉を聞いた気がした。

 

 

──神は言っている。ここで死ぬ運命(さだめ)ではないと。

 

 



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暑かったり寒かったりややこしい天気で体調が崩れ気味。このタイトルも適当になるってもんよ。

 

──話をしよう。

 

「あれは今から36万…いや、1万4千年前だったか。まあいい。

私にとってはつい昨日の出来事だが、君達にとっては

 

失礼、巻き戻しすぎたようだ。

心配した通りイーノックがまたしてもタワー到達前に失敗した。

これでは先が思いやられる。もう一度指を鳴らし時間を移動した。

次こそうまく行けばいいんだが。

 

 

 

 

 

 

「イーノック。そんな装備で大丈夫?」

 

里沙子達が出発する前の聖堂に戻った。彼女に続いて改めて尋ねる。

 

「イーノック、そんな装備で大丈夫か?」

 

「一番いいのを頼む」

 

するとイーノックの選択が変わった。

時間を巻き戻すと、失敗した教訓が脳の記憶としては残らなくても、

魂に経験として刻み込まれる。

こうしてあいつは何度もトライアンドエラーを繰り返しながら長い旅を続けてきたし、

これからもそうしていくんだ。目的達成まで何年かかるかはわからないけどね。

さて、あいつの要望に応えてやろう。

 

「一番いいのって言われてもねぇ。悪いけどうちには鎧とかないの。

銃ならガンロッカーに……ってうわお!」

 

私が手をかざすと、イーノックの上半身を天使の翼のような帯が包み込み、硬質化。

ボトムスは私が用意したジーンズ。頑丈で動きやすい。

まさに洗練された人類の英知だよ。

 

「へぇ。ルシフェルなしでもその鎧って出せるんだ」

 

「出せない。彼の力だ」

 

「うーん、色々聞きたいのが本音だけど、やめとく。

今は時間ないし、いつかマリーの店で関連書籍見つけたら読んでみるわ」

 

助かるよ。

詳しく教えてやりたいが、本来私達は正体を隠して行動しなきゃいけないんだ。

それでなくても今まで散々トラブルに巻き込まれてるしね。

 

「美しい鎧です。まさに神に親しい存在の力ですね」

 

「きれい」

 

「見惚れるのは後。そろそろ出発しましょう」

 

「そうですね。行きましょうか、イーノックさん」

 

「ああ」

 

里沙子が玄関を開け、全員が柔らかい草の生い茂る丘を下り、

再び街を目指して街道を進みだした。ついでに私もね。

……とまあ、長くなったけどこれが今回の旅の始まりだよ。

作者の技量にもよるけど、大体あと1、2話程度でケリが付くんじゃないかな。

 

何の話だって?君だよ。画面の前でこれを読んでる君に話しかけてるんだ。

細かいことは気にしないで、

イーノックの戦いを見守ってくれればこれほど嬉しいことはないよ。

 

 

 

 

 

通い慣れた街へ続く道を歩むあたし達。でも、なんだか気持ちが落ち着かない。

いつでも銃を抜けるよう、右手に精神を通わせる。

異変を感じているのはみんなも同じみたいで、硬い表情で歩を進める。

 

ガサガサと茂みの揺れる音がすると、街道沿いの森から野盗達が現れた。

いつもなら適当にあしらうんだけど、

妙な胸騒ぎがして次の瞬間にはピースメーカーの銃口を一人の頭に向けていた。

 

「全員散らばって!」

 

「はい!」

 

「わかったわ!」

 

何故かはわからないけど、気づけば散開を指示していた。

嫌な予感は当たるもので、野盗達の様子がおかしい。

いつもなら陳腐な脅し文句と共に

ボロっちい得物をちらつかせて小銭を巻き上げてくるんだけど、

どこか視線が虚ろでぼそぼそとうわ言を漏らすだけ。そして彼らの手には。

 

「アーチを持ってる。気をつけて!」

 

どういうわけか、野盗が知恵の実を持っていることにも驚くことなく対応できた。

奴らが赤黒く光る弓状の剣を持って突撃してくる。アーチを狙っても意味がない。

足元に向けて数発発砲。地面を弾かれ、敵の動きが一瞬止まる。

 

「イーノック、お願い!」

 

「任せてくれ」

 

イーノックが風のようにあたしの隣を駆け抜け、

アーチで武装した集団に格闘戦を仕掛ける。

1体目に飛びかかり、空中から頭に渾身の蹴りをお見舞いする。

頭部に衝撃を受けた野盗は後ろに転倒。気を失った。

 

「丸腰じゃ危ないわ!武器を奪って!」

 

彼は返事をすることなく、すかさず今気絶させた敵のアーチを拾い上げ、

刀身にその手をかざす。

まばゆい光が刃に溜まったケガレを清め、

天界の知恵は青白い光を放つ美しい輝きを取り戻した。

 

浄化の光で本来の力を取り戻したアーチで、イーノックは野盗に斬撃を浴びせていく。

袈裟懸け、なぎ払い、跳躍からの空中回転斬り。

アーチのコンボを食らい、力尽きた野盗達は、空に放たれた炎のように消えていく。

後で聞いた話だと、これは死んだわけじゃなくて奴らもまた浄化された結果らしいわ。

どっちでもいいけど。

 

あたし達も援護射撃を続けていると、敵の増援が出現。

はっと気づくと、10mほど離れたところで

3体のガーレを装備した野盗があたし達に狙いをつけていた。

 

「こいつらはあたし達が引き受ける!ガーレ持ちを片付けて!」

 

イーノックは早々とアーチの集団を置き去りにして、離れた増援に向かって駆け出した。

走りながら自らの武器を再度浄化しつつ、

周囲に6つの飛翔体を漂わせる野盗の1体に接近。何度も刃を叩き込んだ。

 

まだ神の武器に慣れていないガーレを持った野盗は、イーノックの突進に対応が遅れ、

その攻撃をまともに受ける。連続斬りを受けた1体が膝を突き、隙を見せた。

イーノックはそいつをうつ伏せに押し倒し、背中の制御装置に当たるリングを奪い取る。

そして、リングを宙に浮かべて回転させるように手をかざし、浄化。

今度はガーレを奪うことに成功した。

 

他の2体も戸惑いうろたえる。

それを見逃さず、器用に飛翔体と共に螺旋を描くようにジャンプし、

美しいレーザーの塔に3体を巻き込みダメージを与える。

敵がよろめいても滞空したまま、容赦なくガーレで追い打ちをかける。

飛翔体から放たれるレーザーを何発も受けたガーレ持ちは、

耐えきれず浄化されて消滅した。

 

一方、あたし達は神の武器を持った野盗に対し防戦一方だった。

アーチというより、神の知恵に人間の武器で対抗するのは難しいっていうか無理。

銃弾は弾かれるし、エレオが放った魔力も押し戻される。

 

……でも、捨てる神あれば拾う神ありね!

あたし達の様子に気づいたイーノックが、ガーレで遠距離からレーザーを放ってきた。

強力なエネルギーを秘めたそれらは放物線を描き、野盗達に着弾。

無防備な背中を撃たれた彼らは致命傷を追い、1体また1体と浄化され、

とうとう最後の敵が断末魔の叫びも上げずに消えていった。

しばらく警戒を続け、これ以上の増援がないことを確認したあたし達は、

道の真ん中で合流。

 

「やったわね!助かったわ、イーノック」

 

「いいんだ」

 

「あれが、神の知恵なのですね。強さと美しさでは表しきれない尊さに息を呑みました」

 

「でも、変」

 

そう。カシオピイアの言う通り、何もかも変。

なんで野盗くん達が神の武器を持ってたのかしら。いつもと様子も違ってたし。

何かに取り憑かれたみたいで、死すら恐れない気迫で襲いかかってきた。

……数秒頭を悩ませて思考を切り替える。ここで考え込んでても仕方ないわね。

 

「邪魔者もいなくなったし、とりあえず街へ行きましょう。話をしたい人がそこにいる」

 

「ああ、行こう」

 

もう役所の高い屋根が見える。街まではあとすぐ。

あたし達は薬局目指してまた歩き始めた。

それにしてもルシフェルはどこにいるのかしら。彼の力も借りたいんだけど。

 

 

 

 

 

TELLL...TELLL...Pi

 

「キミかい?ああ、初めてにしてはうまくやっていたよ。……うん、それはまだなんだ。

あとは手に入れるだけさ。でもぶっつけ本番にしてはよく使いこなしていたよ。

悪いことばかりでもないさ。

タワーに到着してから、もたつく心配はなくなったんじゃないかな。

え?そりゃいいね。用意しておくよ。

また連絡する」

 

...Pi

 

 

 

 

 

んで、街に着いたあたし達はもっと変な光景を目にすることになった。

そこらじゅうに色とりどりの火の玉みたいなものが浮いてる。

街の住人や市場の店番が箒や竿でつつくけど、すり抜けるだけで触れることができない。

エレオ達も首をかしげる。

 

「あれは何なんでしょう……?」

 

「わからない」

 

本来タワー内部で初登場になるはずだった物体をイーノックが知るわけない。

 

「触れない。お姉ちゃん知ってる?」

 

「答え言っちゃうけど、あれは武器ウィスプ。神の武器が封じ込められてるの。

イーノックなら浄化と同じ方法で色に対応した武器が手に入るわ。

でも、今は構ってる暇はないわ。アンプリのところへ急ぎましょう」

 

「はい!」

 

突然現れた謎の物体を

持ち帰ろうとしたり壊そうとしたり食べようとしたりする住人を放っといて、

北へ続く大通りを進む。

そんでもって交差点で左折すると、何度も世話になってる薬局が見えた。

イーノックを連れて中に入る。

 

「邪魔するわよ~」

 

「どうしたの?そんなに大勢で」

 

カウンターでレジに入った硬貨を計算しているアンプリが、

まるであたし達を変人集団と決めつけるような目で見る。

 

「これでも一応数は絞ったのよ。ちょっと後ろの彼について聞きたいことがあるの」

 

「見ない顔ね。アースからのお客さん?」

 

「多分。彼を元の世界に戻すために話が聞きたくてさ。

あたしとカシオピイアの一件で、なんかそれっぽいこと言ってたでしょ。

あれについてもう少し詳しく教えてほしいのよ」

 

「“なんか”とか“あれ”とか曖昧すぎてわかんない。

私はあなたの専属医じゃないんだから、

里沙子ちゃんが知りたいことについてもう少し詳しく教えてほしい」

 

「あーもう。要するに、あたしとカシオピイアに同じマナが宿ってるのは、

彼女の産みの親である誰かがミドルファンタジアからアースに転移して、

あたしにマナを含んだ血を輸血したからよね?」

 

「うん」

 

「その誰かさんが転移した理由を知りたいの」

 

アンプリは困った表情で万年筆をほっぺに当てながら考える。

やがて降参、といった感じで軽く両手を上げて答えた。

 

「以前説明したのは、

あくまで里沙子ちゃんとカシオピイアちゃんが同じマナを持っている理屈だけ。

天変地異や次元断層の発生で

そういうことも起こりうる可能性がないわけじゃないとは言ったけど、

詳しいメカニズムまでは知らないわ」

 

がっかりして肩を落とすあたし。

イーノックも落胆を隠せない表情で……って書こうとしたけど、

相変わらずの無表情だった。もしかしたら状況をわかってないのかもしれない。

 

「エレオ~次元断層とやらができるのを予測する方法ってない?」

 

「すみません……次元断層についてはほとんど研究が進んでおらず、

記録として残っているのは約1200年前に発生したファングアウト次元口だけです。

ましてや人為的に発生させる方法など見当もつきません」

 

「ワタシも、知らない」

 

「あたしも、知らない。結局誰も知らないってことでオーケー?」

 

「結論が出たならもう帰ってくれるかしら。

相談料としてドア近くの募金箱に10G入れていってね」

 

「マヂで?結局なんにもわかんなかったのに金取るわけ?

あと、あんなところに置いといたらいきなり入ってきた泥棒に持ってかれるわよ」

 

「時は金なりよ。募金箱は台座にボルトで固定してあるから持ち去られない。

ご心配ありがとう」

 

「チェー、もういいわ。帰りましょう、イーノック」

 

「ああ」

 

あたしは渋々募金箱に銀貨を1枚入れて、みんなと薬局から街の通りに出た。

手がかりが途絶えて途方に暮れる。

このままイーノックをこの世界に留めておく訳にはいかないし、

どうすればいいのかしら。

大通りを市場方面に逆戻りしながら考えていると、背中にぞっとする気配が走った。

 

「みんな、来るわ!」

 

無意識に銃を抜く。

こんな街中まで野盗が乗り込んで来たの!?いや、それは設定的にありえない!

とにかく全員で四方を警戒していると、周囲の景色が歪み、

あたし達は灰色だけが形作る不気味な世界に飲み込まれた。

 

「ここは!?」

 

「きっとここは……ネザー空間!」

 

「ネザー空間って、なに?」

 

「イーノックが倒すべき堕天使達が作り出す空間よ。気をつけて、イーノック!」

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

彼がこう言う時は大丈夫じゃない(なかった)っていう意味だから

文字通りに受け止めないでね。

 

 

──ここまで追ってきおったか。

 

 

無機質で寂しい空間に響く男の声。

そちらを見ると、真っ黒で重厚な鎧に身を包んだ体格のいい老人男性が

どこからともなく歩いてきた。

肌は緑色で、私は悪魔ですと言わんばかりの尻尾まである。

 

「アザゼル……」

 

7人の堕天使のひとり。確かエルシャダイで決着がつくのは本当に終盤だった。

 

「お前に我々を止めることは不可能だ」

 

「ねえ」

 

「私が行くよ」

 

あたしが声を掛けようとすると、イーノックがアザゼルの前に進み出る。

言葉では語らないけど、その表情に初めて決意のようなものが見えた。

いつの間にか周囲に武器ウィスプが浮かんでいる。

イーノックは黄色いものを破壊し、中身を取り出した。

 

出てきたのは満月のような完全な円を描く盾。

それを腕全体で撫でると、やっぱり浄化の光で元の白さを取り戻す。その姿はまさに月。

3つ目の武器、ベイルを手にしたイーノックは、それを2つに分離させ、

両腕に装備し巨大なガントレットにした。

無言で戦いの準備を整えたイーノックをアザゼルが嘲笑う。

 

「それでワシに勝てると思っているのか。無限の“進化”を司るこのワシに!!」

 

構わずイーノックはアザゼルに向けてダッシュし、

ベイルの重い二連打を繰り出す。拳が命中し、漆黒の鎧が大きく音を立てる。

だけどアザゼルは余裕の表情を崩さない。

 

「所詮人間の貴様ではその程度よ。食らうがいい!」

 

アザゼルは使役獣のハエを召喚。無数のハエが黒いボールと化してイーノックに接近。

本能的に危険性を察した彼は、脚力を活かし地面を滑るように移動して回避。

再度アザゼルに攻撃を試みるけど、敵が瞬間移動してイーノックの前に現れた。

そして緑の炎をまとった拳の二連打をイーノックに浴びせる。

反応が遅れ、まともにダメージを受けた彼の鎧が一部砕けた。

 

「ううっ!」

 

イーノックが体勢を立て直そうとしていると、アザゼルの姿が消えた。

……違う!空高く跳躍して、上方から踏み潰そうとしてきた。

紙一重の差で回避が間に合ったけど、巨体が落下して地が揺れ、

あたし達の足裏にまでびりびりと衝撃が伝わる。

重そうな鎧と大柄な体型からは想像もつかないほど

俊敏な動きで接近と攻撃を繰り返すアザゼル。

 

それをジャンプや横滑りで避けながら隙をうかがうけど、

敵の動きが速すぎて反撃の糸口がつかめない。更に状況は悪化。

さっきアザゼルが放ったハエの大群がまだフィールドに残っていて、

堕天使に気を取られていたイーノックが接触してしまった。

 

「!?」

 

攻撃力はないみたいだけど、ハエにまとわりつかれて動けなくなるイーノック。

アザゼルはそんな彼にゆっくりと歩み寄り、目の前で立ち止まり、

ほんの少し彼を見据えて全力の右ストレートを打ち込んだ。

今度こそ完全に鎧が砕け、床に叩きつけられ大の字に広がる。

イーノックはそのまま動かなくなった。

 

「……身の程を知るがいい」

 

あたし達は堕天使の圧倒的な力の前に呆然とするしかなかった。

だけど、すぐさまやるべきことを思い出してイーノックの救助に当たる。

エレオノーラが回復魔法を唱え、カシオピイアが応急処置を施す。そしてあたしは。

 

「待ちなさい!」

 

アザゼルにピースメーカーを向ける。彼は何も言わずに振り返る。

あたしを見るその目は何を思うのか、全く読めない。

 

「……銃か。それもヒトの進化の証」

 

「このまま無傷で帰れると思うんじゃないわよ!

あんたには聞きたいことが山ほどある!」

 

「よかろう。いずれ全て明らかになることだ」

 

「野盗に神の武器を与えたり、街に武器をばらまいたのはあんたの仕業!?」

 

「副次的現象に過ぎん。タワー移転計画のな!」

 

「タワー移転計画ですって?」

 

「うむ。帳で姿を隠していても、

タワーが天界に見つかるのは時間の問題だったであろう。

我々は新天地を求めてヒトを住まわせるに相応しい世界を探し求めた。

結果、先に神の武器が流れつき、

その光に魅せられた人間が自らを制御できなくなったのだろう」

 

「あんたの言う新天地がミドルファンタジアだったっての?」

 

「帳によって世界を隔てることができるなら、つなぐことも容易かろう。

我らは次元の壁が不安定なこの世界にタワーを接続し、

ヒトに更なる輝きをもたらすことにしたのだ」

 

「余計なお世話よ!あんたらのせいで地球が洪水で滅亡するし、

タワーなんか持ってこられたらミドルファンタジアまで巻き添えになるでしょうが。

勝手な真似しないで!」

 

「たかが小娘に我々の思想を理解できるものか。

お前もやがて我らの創造する新たな世界の前に屈することになる」

 

「やってみなさいよ!」

 

目で追えない速さでファニング。

ピースメーカーの.45LC弾を額に三発食らわせたけど、

倒すどころか出血すらしていない。アザゼルは不敵に笑う。

 

「足掻け、人間よ。理想郷誕生の時は近い」

 

「待ちなさい!」

 

踵を返して去っていくアザゼルを追いかけようとしたけど、

もうその時にはネザー空間が消え去り、奴の姿も消えていた。

堕天使の行方も気になるけど、イーノックが先ね。

もどかしい気持ちを抑えながら、力持ちのカシオピイアに背負われた彼を連れて

薬局に逆戻りすることになった。

 

 

 

 

 

……彼のまぶたがひくひくと動き、やがて目を開けると、みんなが安堵した。

薬局の病室で眠っていたイーノック。

エレオの魔法と、軍隊訓練で身につけたカシオピイアの応急処置のおかげで

回復も早かった。

 

「ここは?」

 

「さっきの病院。残念だけどアザゼルにやられちゃったのよ。

まあ、命があっただけマシだと思ってもう少し寝てなさい」

 

「すまない」

 

「あなたのせいではありません。堕天使があれほど強大な存在だなんて……」

 

「堕天使じゃなくて、タワーが」

 

「堕天使に構ってる場合じゃなくなった。

タワーのミドルファンタジア移転を阻止しないと大変なことになるって言いたいのね?」

 

「うん」

 

イーノックに負けないくらい無口な妹の意図を補足する。

油断してるとどっちが喋ってるかわからなくなるから注意が必要ね。

そうそう、彼にも状況を説明しなきゃ。

 

「聞いて、イーノック。アザゼル達がこんな事を企んでるの」

 

あたしはタワー移転計画について少し早口になりながらイーノックにも知らせた。

 

「止めなくては」

 

「気持ちはわかるけど、慌てちゃだめ。まだ完全に体が治ってないんだから」

 

無表情で焦り、起きようとするイーノックをなだめる。

すると、アンプリが食事の載ったトレーを持って病室に入ってきた。

 

「具合はどう?」

 

「今、起きたとこよ」

 

「よかった。これ食べて体力をつけて」

 

アンプリはトレーをベッドに設置してあるスライド式のテーブルに置いた。

献立は牛乳、サバの具を混ぜたお粥、賽の目切りチーズをトッピングしたサラダ。

 

「へー、あんた料理できるんだ。意外」

 

「看護婦だから入院食くらい作れて当然。さあ食べて」

 

「ありがとう」

 

イーノックがレンゲでお粥を食べ始めた。

ふーふーしてお粥を冷ます彼を見ながらあたしは思う。

お願いルシフェルそろそろ来て。

ゲームにない事態が発生したから力を貸してほしいんだけどねえ。

 

 

 

 

 

TELLLL...TELLLL..Pi

 

「ああ私だ。……うん、ようやく3つ目は手に入ったんだけどね。

ちょっとまずいことになった。うん…ああ、そんな感じだ。

あいつかい?まだ無理なんじゃないかな。連中にも困ったものだよ。

こんな事は初めてだ。全く、右往左往させられる私達の身にもなってほしいものだ。

また次の連絡で。じゃあね」

 

...Pi

 

 



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夕方から夜明けまでぶっ続けでゲームをすると丸一日体の調子がおかしくなるから気をつけましょうね。

「おはよ~イーノック。入るわよ?」

 

“ああ。おはよう里沙子”

 

病室の外から声を掛けて中に入ると、

既に身支度を済ませていたイーノックがベッドに座っていた。

ジーンズは例の鎧を召喚した時と同じものだけど、

上はどこから持ってきたのかわからないワイシャツ。

アンプリに尋ねても、“いつの間にかあった。私物だと思ってた”とのこと。

 

彼がアザゼルにこっぴどくやられてからもう3日。

教会は怪我人を安静に寝かせられる状態じゃないから薬局で入院を続けさせてるの。

あれから毎日あたしが様子を見に来てるんだけど一応聞いてみる。

 

「具合はどう?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「言うと思った。新聞は読んだかしら。はっきり言って状況は芳しくないわね。

この領地の北部に広い荒れ地があるんだけど、

そこで“蜃気楼を見た”って噂が絶えないの。

みんなが雲の切れ間に巨大な建造物の姿を見たって言ってる。

タワーだと思って間違いないわ」

 

「連れて行ってくれ。もう戦える」

 

「焦っちゃだめ。またアザゼルが出てきたら同じことの繰り返し。

十分対策を練らなきゃ」

 

「しかし」

 

「気持ちはわかる。でも、今無理に突っ込んでもどうにもならないわ」

 

「……わかった」

 

「うん。とにかくあたしは教会に戻ってエレオ達と今後について話し合う。

あなたは念のために今日いっぱいは休んでて」

 

「いや、休息は十分取った。私も帰る」

 

「そう……だけど本当に早まったことはしないでね。

あたしは退院の手続きをしてくるから」

 

「何から何まですまない」

 

「いいってことよ」

 

あたしは病室を出るとアンプリにイーノックが回復したから連れて帰る旨を伝えて、

入院費を支払った。

まぁ、やっぱり安くはなかったけど、

しっかり彼の看病はしてくれてたみたいだから文句はないわ。

 

 

 

 

 

私がイーノックの向かい側のベッドに座り話をしていると、今日も里沙子が見舞いに来た。

彼女には感謝しているよ。

寄り道の途中とは言え、イーノックが異世界で路頭に迷うことなく生活ができているのは

里沙子のおかげだ。私かい?傘があるから平気さ。

 

“具合はどう?”

 

“大丈夫だ、問題ない”

 

“……はっきり言って状況は芳しくないわね。(中略)みんなが雲の切れ間に

巨大な建造物の姿を見たって言ってる。タワーだと思って間違いないわ”

 

だろうな。あれからもう3日も経ってる。

とっくにアザゼル達が動き出していてもおかしくはない。

後で一足先に様子を見に行くとしよう。

 

“そう……だけど本当に早まったことはしないでね。

あたしは退院の手続きをしてくるから”

 

里沙子が部屋を出てカウンターの看護師に金を払いに行った。

これで彼女が身銭を切った分の働きはしなくてはならなくなった。

わかってるな、イーノック?

 

「必ずタワーを封印する」

 

「当然、堕天使の捕縛も忘れてはならない。私はそろそろ行くよ。

タワーがどんなものか、下見をしておこう」

 

そして私はベッドから立ち上がり、タワーが目撃された北を目指して

店舗を兼ねている病院から街に出た。

目的地に向かう途中、いくつもの漂う武器ウィスプを見る。

 

ずいぶんと雑な仕事だな。タワー内部の存在が先に漏れ出している。

連中も何を考えているのか知らないが、

こんなことでまともに複数の世界の集合体を運び込むことが本当に出来るのか?

何度でもやり直すことができるとはいえ、こんな事態は二度と御免だ。

誰が後始末をしているのか、もう少し考えてほしいものだよ。

 

 

 

 

 

イーノックを教会に連れて帰ったところで、住人総出で作戦会議。

開催地、いつものダイニング。以上。そんで開始直後いきなり行き詰まる。

何しろテーマが“異次元から来る巨大な塔をどうにかしよう”だからねえ。

 

「なんかない、なんかない、なんかなーい?ねえお母さん」

 

テーブルに顎を乗っけてとりあえずルーベルに聞いてみる。

 

「誰が母さんだ。それ前にもやっただろ。ふざけてないでお前がアイデア出せよ。

イーノックが探してるタワーとやらについて詳しいんだろ?」

 

「エルシャダイじゃタワーが移動した、なんて描写なかったもん。

到達までの365年間のどこかに存在したミニエピソードなのよ、今回の事件は」

 

「365年!そんなに長く旅をしていらしたんですか!?」

 

「そうなるらしい」

 

「あ、ヤバ。軽く未来喋っちゃったわ。まだ旅の途中だったのに。今のは忘れて」

 

「ああ」

 

「神の使命とは、辛く険しいものなのですね……」

 

「イーノックには悪いけど、話を戻しましょう。冗談抜きで誰かいい方法知らない?」

 

「お姉ちゃん」

 

カシオピイアが手を挙げた。

この娘もここに来たときに比べてずっと自分から喋ることが増えてきた。

それは嬉しいけど今は喜んでる場合じゃないのよね。

 

「なあに?無理っぽいことでも何でも良いから意見出しまくって。

ブレーンストーミングが必要」

 

「魔王のことなんだけど」

 

「随分前に死んだあいつ?アレがどうかしたの?

あらすじ詐欺を是正するために死んで頂いたんだけど、

今度は死んだせいであらすじ詐欺になりかけてるのよね。

もういないやつが当企画の看板に出てるんだから」

 

「この世界に来たときにね。ゲート、通ったの。どうしてなくなったのかなって」

 

「あっ……」

 

思い出した。確か魔王は魔界から来たときも逃げ帰ろうとしたときも

ミドルファンタジアとつながる異次元のゲートを通った。

最終的には魔力を供給してた魔王が死んでゲートは閉じた、はず。だったら。

ピーネが身を乗り出して語る。椅子に立つのはやめなさい。

 

「そりゃゲート自身を構成する魔力が尽きたからに決まってるわ。

次元を行き来するゲートなんて、生半可な魔力じゃ開けないわよ。

それに、タワーだっけ?なんだかよく知らないけど、

いくつも世界が重なってるような大きいものを運べるゲートなんて、作れたとしても

維持できるのはほんの数時間よ」

 

「偉いじゃないピーネ。ちゃんとお勉強してたのね」

 

「里沙子がさっさと街に連れて行ってくれてたら、もっと偉くなってたわよ!」

 

「パルフェムと時々図書館で読書をしていますからね」

 

「で、結局私達は何をすればいいんだ?」

 

「よーするに、タワーが転移する瞬間を見計らって徹底的に邪魔するの。

堕天使たちはこの世界へのゲートを開くために相当な時間を掛けて準備をしたと思う。

膨大な魔力を蓄えて、移転先にふさわしい世界を無数の異次元から探し出して。

きっとこれは彼らにとっても最初で最後のチャンス。

この機会を逃せば、また帳に隠れてイーノックとの直接対決に臨むしかなくなる。

ミドルファンタジアに洪水が来る心配はなくなるってことよ」

 

「“邪魔する”ってことは“ぶっ飛ばす”ってことか?いいぜ、面白くなってきた」

 

「やろう」

 

短くても力強い言葉でうなずくイーノック。

あたしが地球に生まれてこれたのは、何十万年も前に彼が人類を守り抜いたから。

そう思うことにした。

 

「決まりね。攻撃メンバーを選定しましょう。この際堕天使は放っとく。

まともにやり合うと分が悪いし、

とにかくタワー移転さえ阻止できればこっちの勝ちなんだから。

奴らは未来のイーノックに任せましょう」

 

「今度こそ拙者も連れて行くでござる!」

 

「はい1名様ご案内」

 

「私も数に入れとけよ。バレットM82の整備はできてる」

 

「パルフェムもそろそろ実戦用の和歌魔法を使わないと腕が錆びついてしまいます」

 

「お姉ちゃん、ワタシも」

 

「うう…私も行きたいけどまだシャボン玉しか魔法知らないのよね」

 

「わたくしも聖光捕縛魔法だけでは巨大な存在に立ち向かえる自信が……」

 

「構わない。ピーネとジョゼットはここを守って。今夜はカレーライスがいい」

 

「はい……!必ず、帰ってきてくださいね。イーノックさんも」

 

「みんな、ありがとう……」

 

「礼を言うのは生きて帰ってからにしましょう。

堕天使7人分だっけ?タワーの世界に踏み潰されないよう気をつけなきゃ」

 

「縁起でもないこと言うんじゃないわよ。潰されるのは里沙子ひとりで十分」

 

「あら酷い。まるで悪魔みたいな言い草ね」

 

「私は、吸血鬼!!」

 

「はいはい。それじゃあピーネの期待を台無しにするために

頑張って生還することにするわ。それじゃあ……戦いの準備を始めましょう!」

 

「「うん!」」「「はい!」」

 

全員の決意に満ちた返事で第一次ミドルファンタジア防衛戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

私はいつも通り“彼”と連絡を取りながら、空に現れた“それ”を眺めていた。

 

「……とまあ、こういった状況なんだ。あいつらもこんなもん作っちゃってまぁ。

幸いこっちの有志達が力を貸してくれてる。だからもう少しだけ時間をくれないか。

……わかってる。それは奴らも同じさ。成功を祈っててくれ。

次の連絡はそっちに戻ってからになる。ああ、それじゃまた」

 

...Pi

 

電話を切ると、後ろから覚えの有る複数の気配。

枯れた雑草を踏みしめながらこっちに近づいてくる。

里沙子達も上空に広がる異物に驚きを隠せない様子だった。

 

 

 

 

 

あたし達は空の変わりように思わず声を失った。

どう表現していいのか、なかなか形容する言葉が見つからない。

いつか魔国の神界塔の頂上で見た世界のように神秘的な黄金色の雲が輝くけど、

どこか偽物臭い神々しさ。

そこにまるでカーテンが揺らめくように、不安定な次元の隙間が開き、

暗黒の世界が見え隠れする。

 

更にちらちらと見えるのは、赤黒い巨大な塔。真っ赤な目がいくつも開く醜悪な存在。

これこそタワー。堕天使達の根城。

 

「いつ堕天使の邪魔が入るかわからない。

先制攻撃を掛けて今のうちにゲートを潰しましょう!」

 

みんなに呼びかけると、全員がそれぞれの武器を取り出して攻撃を開始した。

まずはパルフェムが帯に差した扇子をバッと広げ、一首詠んだ。

 

「季語に困る光景ですわね!

……梅雨の風 偽りの空 引き裂いて 我が頬濡らせ 誠の雨よ」

 

和歌魔法が発動。

空全体にソニックブームが走り、まだ存在が不安定なゲートにダメージを与える。

池にレンガを投げ込んだように次元がくしゃくしゃと歪む。

 

「やりましたわ!このまま畳み掛ければ行けるはずです!」

 

「グッジョブ、パルフェム!ルーベル、あたしらも一斉射撃よ!」

 

「おう!」

 

あたしはドラグノフ、ルーベルはバレットM82を構え、

タワーの眼球をスコープに捉えて連続射撃を開始。

遥か彼方の目標に当たるわけないことはわかってるけど、何か的が必要なのよ。

タワーは無理でも、ゲートには届いた。

形のない次元の狭間に物理的損傷は与えられないけど、

銃弾という異物が入り込んだことでまたしても安定を崩す。

 

「目標ロック。攻撃を開始します!」

 

お仕事モードのカシオピイアも二丁拳銃で空を撃つ。

紫水晶の銃から放たれる純粋な魔力のエネルギー弾は

あたし達のライフルより実体のない目標に干渉できているようで、

ゲートのゆらぎを更に強めた。

 

「拙者も負けてはおらんぞー!……驕れる者は久しからず!

輝く衣、光の車、穢れし刃で血に染まれ!陰陽殺人光線銃!」

 

百人殺狂乱首斬丸(だったかしら)を媒体にした呪いに近い魔術で

エリカも不気味に輝く空を穿つ。

真っ赤にのたうつ蛇のような魔力の帯が、天に昇り破裂して広範囲を揺るがした。

 

「天の裁きは待っては居れぬ!祈りに込めた我が怒り、光となりて顕現せよ!

……天の落とし玉β!」

 

エレオノーラの聖属性攻撃魔法が上空で炸裂。

空の様子はもう壊れたブラウン管テレビのように乱れきっている。

 

オーロラのようなゲートの存在が完全に安定を失いつつある。

このまま力を出し惜しみせず攻撃を続ければ

タワーを転移させる力を失って自然消滅するはず。あと少し!

……と思ったその時だった。

 

 

──この愚か者共め!

 

 

おいでなすったわね。暗黒の甲冑。緑の肌。忘れもしない。

7人の堕天使のひとり、アザゼル。イーノックの宿敵。

彼が空に現れ、ゆっくりと地上に降り立った。

 

「まだわからぬか!

我らの力で、お前達人間は永遠の平和と発展を手にすることができるのだぞ!」

 

「……ねえ。間違いだらけでも自分で宿題をやる子と、いつも答えを丸写しする子。

どっちが賢くなると思う?」

 

「何が言いたい」

 

「与えられた進化なんて長続きしない。人は失敗から学びながら成長していくものなの。

結局あんた達は人間を子供扱いして飼い殺しにしようとしているに過ぎないわ」

 

「知ったふうな口を……!

後悔せよ。我らを受け入れればタワーで幸福に生きられたものを!!」

 

アザゼルが体術の構えを取る。慌てるんじゃないわよ。さあ、真打ち登場!

 

「お前の相手は、私だ」

 

イーノックがアザゼルの前に立ちはだかる。いつの間にか純白の鎧も復活してる。

 

「……よかろう。小娘の始末はお前を亡き者にした後だ。来るが良い!」

 

「イーノック、リターンマッチよ!片っ端から武器を叩きつけてやんなさい!」

 

彼らの戦闘が始まると、3種類の武器ウィスプが出現。

まずイーノックはブルーのウィスプを叩き壊し、神の武器を取り出した。

そして輝くアーチを手にすると、アザゼルに向かって駆け出した。

アザゼルも黙って見てはいない。

右手をかざして使役獣のハエの群れを呼び出し、前方に発射。

 

「ふん!」

 

イーノックはそれを二段ジャンプで回避。

空からアザゼルに一太刀浴びせ、二撃目、三撃目とコンボをつなげた。

 

「ぬおっ!?」

 

たまらずアザゼルはよろめきながらワープで距離を取る。

そして体勢を立て直し、今度こそ全身で構えを取り、

イーノックに狙いを定めてその巨体で突進をしてきた。

 

間に合わないと判断した彼は回避ではなくガードを選択。

両手でアーチを持ってダメージを軽減しようとした。

でも、重く速い一撃に神の武器も砕け散り、

そのまま体当たりを食らったイーノックは後ろに放り出される。

 

「があっ!」

 

「この程度か」

 

彼は痛む体に鞭打って素早く立ち上がり、

今度はグリーンのウィスプからガーレを入手。遠距離からの攻撃に変更した。

リング状の装置から6つの飛翔体に信号を送り、レーザーのように射出。

正面からの数発はガードされたけど、

急な放物線を描く1テンポ遅らせた真上からのガード崩し攻撃が命中。

思わぬ方向から狙撃され、アザゼルが倒れ込む。

 

「うおああっ!!」

 

その隙を逃さず、続いて何発もガーレを撃ち込む。

無防備な姿勢で攻撃を受け続けたアザゼルはやはり瞬間移動で回避。

ワープ先で直立姿勢になり、再びハエの玉を呼び寄せ隙を伺う。今度は3つ。

 

「……強くなったものだ」

 

イーノックは何も言わずに最後の黄色いウィスプを割り、ベイルに装備変更した。

破壊力の大きいガントレットで一気に決着を付けるつもりらしい。

 

「だが、ここまでだ!」

 

突然アザゼルが右手に魔力を収束し、前方3方向に巨大な火球を連続発射。

危機を察知したイーノックがベイルを盾状にしてガードするけど

戦況は急速に悪化する。火球に気を取られ、さっき放たれたハエに気づくのが遅れた。

回避も間に合わず、接触。

動きを止められたイーノックは必死にもがいて振り払ったけど、

アザゼルに次の行動を許してしまう。

 

「食らえ!」

 

またしても火球が放たれた。

今度はガードすら間に合わず、戦艦の主砲弾のような燃え盛る炎の直撃をまともに受け、

致命傷寸前の傷を負ったイーノック。

衝撃で地面に叩きつけられ、そのまましばらく転がりようやく停止した。

鎧の右半分は完全に砕け、必死に立ち上がろうとするけどそれもままならない。

 

「イーノック!!」

 

あたしの呼びかけに応える力も残ってない。

勝利を確信したアザゼルが落ち着いた歩調でイーノックに近づく。

 

「ワシの忠告を聞き入れるべきだったな。神の遣いよ」

 

「うう……」

 

「お願い立って、イーノック!」

 

残された気力を振り絞り、彼はどうにか両足に力を込めて立つことはできた。

でも、どうしよう。神の武器はもうない。到底素手で勝てる相手ではない。

武器があったとしても今の体じゃ……武器?

あることを思いついたあたしは、最後の賭けに出た。

 

「……イーノック、キャッチして!」

 

ショルダーホルスターから銃を抜き、彼に投げ渡した。

イーノックは受け取ったそれを一瞬珍しそうに見ると、

デザートイーグルを右手で慈しむように撫で、スライドを引いた。

かつて悲劇の村で死んでいった人々の無念が込もった銃が聖人の力で浄化され、

青白い輝きを宿し神の武器に生まれ変わった。

 

「むっ!?」

 

アザゼルが異変に気づいたけど、もう遅い。

その瞬間、荒れ地に光り輝く44マグナム弾の咆哮がこだました。

両手で銃を構えるイーノックがアザゼルに狙いを定めている。

彼が放った聖なるハンディキャノンの弾丸は堕天使に命中し、

その分厚い鎧の腹を砕いた。

 

「ごっ、はあああっ!!」

 

痛恨の一撃を受けたアザゼルは思わず腹を押さえて後ろに下がる。

でも、イーノックが攻撃を止めることはなく、

速さではガーレを上回る拳銃弾を避けることもできない。

2発3発と続けざまに強烈な銃撃を受け、穢れきった漆黒の鎧は粉々になり、

アザゼルの緑の体が顕になる。

貫通はしていないものの、当然肉体にも身を砕くようなダメージが蓄積し、

足元がふらつく。

 

「がっ、がは!まさか、このようなことが!」

 

「どう!?これがあんたの望んだ進化の力よ!」

 

銃声を数えていたけど、デザートイーグルにはまだ1発残ってる。

アザゼルはゲートとイーノックを交互に見やり、

やがて口惜しそうにゲートに向けて飛び立った。

 

「おのれええぇ!!」

 

そして彼がゲートを通過すると、空が一瞬濁流のように乱れて黄金色の雲は消え去り、

初夏の青空に戻った。

今まで続いていた銃声や魔法の炸裂音が急になくなり、小さな耳鳴りがする。

あたし達はしばらく呆然としてたけど、

激闘の地にいささか不似合いなツバメの鳴き声が聞こえて我に返った。

 

「あ…はは、やったわ。あたし達、勝ったのね!」

 

みんなが武器を収めてイーノックの元へ集まる。早速エレオが彼に回復魔法を掛けた。

 

「ひどい怪我です。じっとしててください!」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「そんなわけないでしょう、ボロボロじゃない」

 

「これを返すよ。ありがとう」

 

イーノックがデザートイーグルを渡した。

あの輝きは失われ、いつも通りの愛銃に戻ってる。

彼の浄化と戦いの中で溜まったケガレの量がトントンだったみたい。

 

「パルフェム達、やりましたのね」

 

「うん。みんなのおかげよ。ミドルファンタジアに洪水が来ることはなくなった。

地球の方はイーノックの頑張り次第だけどね」

 

「必ず、やり遂げる」

 

「あなたなら大丈夫よ。詳しい結末は話せないけど、これだけは言える。

“きっとうまくいく”」

 

《イーノック。彼女にお礼を言っておいてくれないか。

ゲート消滅の余波で私達も元の世界に帰れそうだ。

残念だが里沙子達とはここでお別れだ》

 

「里沙子。本当にありがとう」

 

「もう、行くの?」

 

「ああ」

 

イーノックの体が徐々に透けていく。

 

「旅の無事を祈っていますね」

 

「また、来てね」

 

「次はもっと風流な一首を捧げますわ」

 

「この世界にPS3とエルシャダイが来たらこっちから会いに行けるんだけどねぇ。

まあ、出会いに別れはつきものだから。短い間だったけど楽しかった。

不死身のあなたにこういうのも何だけど、応援してるわ。元気でね」

 

「里沙子達も、元気で」

 

もう彼の姿はほとんど見えない。みんなが万感の思いでイーノックを見送る。

そして雲間から差した光が荒れ地を照らすと同時に、

彼はミドルファンタジアから消えていった。

 

 

 

 

 

周囲の景色が荒れ地から一変、緑豊かな大地に変化した。

やれやれ、とんだ足止めを食らってしまった。

 

「どうにか戻れたみたいだぞ、イーノック。アークエンジェル達とも通信がつながった」

 

天界からラファエル達の声が聞こえてくる。

 

《おかえり、イーノック。君が帰ってきてくれてなによりだ》

 

《ずっとあなたのことが心配でした。また元気な姿を見られて安心しています》

 

《次こそは私の力を貸そうぞ。さあ、旅を続けるのだ》

 

「帰ってくるなりご苦労だが、お前の旅はまだまだ終わらない。

今度こそタワーに辿り着き、堕天使を捕縛する、その時まで」

 

「……ああ、行こう」

 

イーノックは一度だけ後ろを振り返り、また広い草原を駆け出していった。

 

 

 

 

 

「今回も妙な騒ぎに巻き込まれちゃったけど、

イーノックとお知り合いになれたから不幸と幸運が五分五分ってとこね」

 

北部から戻ったあたし達は、コーヒーブレイクで疲れを癒やしていた。

 

「本当あいつの事が気に入ってるんだな。まぁ、悪いやつじゃなかったけどよ」

 

「パルフェムも、もっとお話ししたかったですわ」

 

「そうですね。でも、彼には大事な使命がありますから

ここでゆっくりしているわけにもいきませんでしたけど」

 

「皆さんが無事でよかったです~

でも、世界の危機を食い止めたのに誰にも知られないままなんて……」

 

「知られないほうがいいのよ。また変なのが集まって来るし」

 

「そーよ。里沙子は普段怠けっぱなしなんだから、

たまにはタダ働きさせたほうがいいの」

 

「ピーネうっさい。ラピッドガーレを食らえ」

 

あたしは籠の中のキャンディを一つ投げた。見事ピーネのおでこに命中。

 

「いたっ!なにすんのよ、本当のこと言われたからって暴力に訴えるなんてサイテー!」

 

「口は災いの元ってことよ。覚えときなさい」

 

「話は変わるけどよ、お前の話じゃイーノックって何度も旅をやり直してるんだよな?」

 

「そう。ルシフェルの能力でね。彼には結局会えなかったけど」

 

「だったらさ、今回の騒動も実は何回も失敗してて、

実際は何百回も出会ってるのかもしれねえな」

 

「あはは、そうかもね。ハッピーマイルズにタワーが上陸してて、

あたしがアザゼルの世界でバイク乗り回してるってケースもあったかもしれない。

マヂでぶっ飛んでるから、あそこ」

 

「可能性とは不思議なものですね。

堕天使達が憧れたのもある意味必然だったのかもしれません。

イーノックさんが無事に旅を終える可能性に祈りましょう」

 

「綺麗に締めてくれてありがと、エレオ。今夜のエールは美味くなりそう」

 

こんな感じで奇妙な出会いとちょっとした冒険は終了。

次回は休養も兼ねてのんびりした日常話をお願いしたいものね。

 

 




TELLL...Pi

「ああ、やっぱり今回も駄目だったよ。あいつは話を聞かないからな。
そうだな、次はこれを見ているやつにも、付き合ってもらうよ」



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1.四大なんとかの一人が来た 2.また死神
1.もうアサシンクリードは卒業しようかと思う。


「……って“奴”が泣きついてきたの。リマスター版3で酷い目に遭ったみたい」

 

「いきなりなんだ、このタイトルは!言っとくがここに愚痴を書くんじゃないぞ。

ただでさえアサクリネタは使用済みだし知らない人置いてけぼりの自己満ネタなんだ。

わかったら一ヶ月もほったらかしにしてた理由を説明しろ」

 

「そのアサクリ3にかまけてたこともあるし、

なぜかさっぱり物語が思い浮かばなくなったみたいなの。

待っててくれた人がいるとしたら本当に申し訳ないと思ってるわ。ごめんなさい。

それと、まだスランプが続いてるみたいだからから週一更新に戻れるのは先になりそう。

合わせて謝るわ」

 

特にやることもなく、ダイニングでお茶しながらただダベるあたしとルーベル。

珍しく二人だけ。ゆっくりとした時間が流れる。

それにしても、ここ一ヶ月更新が途絶えてたのは奴の怠慢であって、

あたしのせいじゃないのになんで謝ってるのかしら。

 

「もーいいや、話題戻そうぜ。今回はどんな話にするんだ?」

 

「エリカいじりはもうやったし、

最近あの娘もなんだかんだで出番が多いからやめときましょう。

かったるいバトルは前回やったから今回は遠慮したい。ルーベルなんかない?」

 

「この企画も100話超えてマンネリ化が著しいからな。

何やってもいつかの話の焼き直しにしかならねえ。

キャラや設定は増えたんだが、

逆にその駒をどう活かしていいか見当がつかなくなっちまってる」

 

「だからって玄関ノックも勘弁してほしいけどね。

連絡なしに訪ねてきたやつにまともな人間なんて片手で数えられるほどしか……

なにこれ?」

 

とか言いつつ、ここでいつものノックが聞こえてくるんだろうなぁって思ってたら、

どこからか淡い光を放つ不思議な帯が流れてきた。触れようとしても触れない。

魔力で編まれた幅10cm程度のとても長い何か。

 

「おいおい、こりゃなんだ?」

 

「知らない。誰か変な魔法でも使ってるのかしら。こら、ジョゼット!」

 

「何かあったらとりあえずジョゼットを怒るのはやめろ。

あいつはカシオピイアと買い物中だ。まずはこれ辿ってみようぜ」

 

「この変なのが今回のゲストってことでいいのかしら」

 

他にやることもないから、あたし達は光の帯の元へと辿っていく。

辿ると言ってもなんてことはない。ものの10秒で結論が出てしまった。

帯は玄関をすり抜けるようにフワフワと漂っている。

 

はぁ、ノックじゃなくて変な布になっただけじゃない。

ひとつため息をついてドアスコープを覗く。

……うん、まあ比較的無害な存在が微笑みを浮かべて立っていた。

扉を開けて彼女を迎える。

 

「リーブラ、遊びに来たなら普通に声かけて……あら?」

 

「こんにちは。里沙子さん」

 

「……よろしく」

 

リーブラはいつもどおり百科事典を小脇に抱えてニコニコしてた。

その足元に不思議な少女が正座してたの。

ドアスコープの視界から外れてて気づかなかった。

巫女装束の女の子だけど、絹織物で目隠しをしてるのはなんでかしら。

髪は暗めの茶色をおかっぱにして五芒星の髪飾りを着けてる。

せわしなく編み棒を動かして指先から発する魔力の糸を編んでいるところを見ると、

変な布は彼女が発生源みたいね。

 

「はじめまして、里沙子よ。リーブラ、この娘あなたの知り合い?」

 

「はい。どうしてもあなた達に会ってみたいと」

 

「……リーブラが、最近しょっちゅう人間界に行くから、何をしてるのか聞いてみたの。

そしたら、面白い人間と事柄を見つけたって。

次元の狭間は静かだけど、時々退屈になるの」

 

「ふーん。じゃあお前らは、その次元の狭間ってところに住んでるのか?

あ、私はルーベルだ」

 

「私、カゲリヒメ」

 

「特に定住しているというわけではありませんが、

そこに集まって静寂の中それぞれの目的に没頭しています。

私は読書、カゲリヒメは編み物と言った具合」

 

「そこってスマホつながる?よかったら電話番号教えてよ」

 

「世界が分割されているので無理だと思います」

 

「そっかー。まあいいわ、とにかく上がってよ。ちょうどあたしらも暇だったの。

字数稼ぎに付き合って」

 

「もちろん。後でガトリングガンも観察しないと」

 

「お邪魔するわ」

 

二人を中に促すと、カゲリヒメという和風テイストな女の子が

正座したまま浮かんで入ってきた。

彼女は目を封じたまま器用に長椅子や調度品を避けてホバーする。

 

「カゲリヒメでよかったかしら。目隠ししててよくぶつからないわね」

 

「……前しか見えない眼球の方がよほど不便。

微弱な魔力を四方に放って跳ね返りを肌で感じたほうがよく視える」

 

「考えるな、感じろ。ってやつ?ちょっと違うかしら。こっちよ」

 

奇妙な客人をいつものダイニングに通すと、

ジョゼットがいないことを思い出して、あたしは自分で茶を出すことにした。

 

「リーブラ、カゲリヒメ。コーヒーと紅茶があるんだけど、どっちにする?」

 

「私は紅茶をいただきます」

 

「緑茶は、ないの?」

 

「ごっめーん、こっちの世界じゃ手に入らないの。

外国を探せば見つかるかもしれないけど、

船旅で何度もしんどい目に遭ってるから海外旅行はしたくない。

とにかくサラマンダラス帝国にはないのよ」

 

「そう……じゃあ、リーブラと同じでいい」

 

「私は水でいいぞー」

 

「あんたは自分でやんなさい!」

 

そんなこんなで全員に飲み物が行き渡ったら、お客さんを加えてダベリ再開。

あたしはいつものブラック。

 

「それじゃあ改めてカゲリヒメ。

遠いかどうかよくわからないところからはるばるボロい教会へようこそ。

リーブラとはどういう関係なの?お友達?」

 

「私達、四人の上位魔族にそういった関係はない。人間の言葉で言うなら……顔見知り」

 

「あら冷たい。

物静かで読書の邪魔をしないあなたには、少しばかり好感を持っていましたのに」

 

「意外だわ。四大死姫ってグループ名つけてるくらいだから、

クラブ活動で軽音でもやってるのかと思った」

 

すると二人が明らかに嫌そうな顔をする。

 

「それはローナが勝手に作った概念です!参照するにも値しない!」

 

「そうよ!あんなカッコつけたがりの中学生が考えたような枠で括られたら

たまったものじゃないわ……!」

 

「あはは、やっぱ嫌なんだアレ。

そう言えば当の変態コスプレナースは今なにしてんの?」

 

「あなた達への復讐の機会を伺っています」

 

「また奴が攻めてくるってのかよ!?」

 

ルーベルだけが真面目に受け取ってたけど、多分大丈夫。

 

「ドクトルが自分の研究に夢中で戦闘用の薬品を作ってくれないので、

何もできそうにありませんが」

 

「……ちなみに今は、

エニグマ暗号機を針金だけでスーパーコンピューターに改造する研究をしてるんだって。

何の意味かはわからないけど」

 

ほら。

 

「でしょ?ルーベル。また来たってあたしが追っ払うから安心しなさいよ。

とまあ、こんな感じでゆるゆるやってるの。あたし達。

少しは退屈しのぎになってると嬉しいんだけど、どう?カゲリヒメ」

 

「うん……たまには人間と喋るのも悪くない。

実戦タイプじゃないとは言え、ローナを倒した人間がただの少女だったのは意外」

 

「こう見えてあたし24歳なの。

……ところでさっきから聞きたかったんだけど、ずっと編んでるその帯って何なの?」

 

カゲリヒメはうちに来てから、紅茶に口をつける時以外はずっと編み棒を動かしてる。

魔力の布もどんどん伸びていって、もうダイニングを何周もしてる。

 

「……内緒」

 

「えー、教えてよー。これ見よがしにぐるぐる巻きにしといてそれはないんじゃない?」

 

すると彼女は目隠し越しに少し困ったような表情を見せ、ふぅと息をついて答えた。

 

「星々を結んでるの」

 

「んー?星を結ぶってどういうことだ?」

 

あたしもルーベルと同じく意味がわからない。更に問う。

 

「星を結ぶって、この布で?」

 

「そう。私の魔力で作った帯で夜空に輝く星たちをつないで、私だけの銀河を作るの。

そのためには全宇宙にこの帯を張り巡らせなきゃ。だから何千年も編み物を続けてる。

太陽系はもう編み上げた」

 

「へぇ……なんだかロマンチック」

 

「里沙子さん、彼女に気に入られたようですね。

カゲリヒメが編んだ布の使い方を誰かに話すのは初めてですから。

もっとも、こちらから尋ねたこともありませんでしたが」

 

「相互不干渉が暗黙の了解、だから」

 

「リーブラにしろカゲリヒメにしろ、ハイクラスな魔族なのに本当おとなしいわね。

昔ロケランでぶっ飛ばした悪魔なんか、勝手に村に居座って生贄まで要求してきたのに」

 

「そんなの、いちいち外から魔力源を捕食しないと生きられない下等種族の蛮行。

一緒にしないで」

 

「あはは、ごめん。まー、うちは揉め事やトラブルの類を持ち込まないまともな客なら

最低限のもてなしはするから。今日は予定もないしのんびりしてってよ」

 

「……ありがとう」

 

すると、わくわくちびっこランドから“ふぁ~あ”と小さなあくびが聞こえて、

住人2人がダイニングに入ってきた。

 

「里沙子~。喉渇いちゃった。何か飲ませて……!?」

 

「パルフェムにもお茶をいただけませんか?お昼寝の後は飲み物が欲しくなりますから。

あら、嫌ですわ。お客様の前で。ごめんあそばせ、パルフェムと申します」

 

「カゲリヒメ。……よろしく」

 

「ほら、ちゃんとピーネも挨拶なさい」

 

「あ、うん……私、ピーネ」

 

なぜかピーネは若干顔色を悪くしてあたしの隣に座った。

そんで軽く袖を引っ張ってヒソヒソとあたしの耳に小声で話す。

釣られてあたしも内緒話みたいな声になる。

 

(ちょっと、なんで上級魔族がふたりも並んでるのよ!)

 

(リーブラの知り合いが遊びに来たの。なんで微妙に怯えてんの)

 

(あんたには危機感ってものがないの!?

この人達がその気になればハッピーマイルズなんて一瞬で灰になるのよ!)

 

(大丈夫だって。魔族だけど暴れまわるタイプじゃないから)

 

(里沙子は悪魔じゃないからわかんないのよ!

一見無害に見えても、気まぐれ一つで世界を滅するような存在が魔界にはいるの!)

 

「お話しの途中すみません。

本当に私達は土地や支配や生贄と言ったものに興味はありませんので、

そんなに怖がらないでください。

世界がなくなったらガトリングガンを観察できなくなってしまいます」

 

「だとよ。私もこの姉ちゃんたちが魔王みたいに

人間界を滅ぼすようなタイプには見えないぜ」

 

「ゲッ、聞こえてたの!?」

 

「私、視覚を捨てたから耳がいい。全部丸聞こえ。

編み物の邪魔さえされなければ、相互不干渉の原則は、人間にも有効。

……あなたは人間じゃないけど」

 

「パルフェムはこの方達を信じたお姉さまの判断を信じますわ。

パルフェム自身もお二方とは仲良くやっていけそうな気がしますし。

それで、この帯はあなたがお作りになったのですか?目が細かくてとても繊細ですわ。

魔力を紡いでいるようですが、実体があればさぞ手触りがよろしいんでしょうね」

 

「ありがとう。ずっと作ってるの」

 

「完成したら見せていただけますか?」

 

「それは無理。きっと人類が種としての寿命を迎えるほうが先だから」

 

「まぁ…それは残念ですわ」

 

「大体ピーネは肝っ玉が小さいのよ。

仮にリーブラ達があんたの心配してるような存在だとしても、

ここに来ちゃった以上どうしようもないでしょう。

だったら残された時間でコーヒーやらエールを楽しんだほうが有意義だわ。

人生時には諦めも肝心」

 

「なによ、せっかく人が心配してやってるのに!」

 

「こらこら、客の前でケンカすんなって。済まねえな、おふたりさん。

うちはいつもこんな感じでさ」

 

「いい。私だって編み物のことしか頭にないわけじゃない。

たまには人間の行動観察で一息入れるのも乙なものよ」

 

「斑目動物園へようこそ」

 

「チンパンジーはあんた1人でしょうが、ふん!」

 

すねたピーネがお茶菓子の籠からマカロンをひとつ取って口に放り込んだ。

 

「……私からも一ついいかしら。どうして教会にヴァンパイアの子供が住んでいるの?」

 

「あ、やっぱ気になる?うーん、どう説明したもんかしらねぇ……」

 

ちらりとピーネを見る。目が合うと不機嫌そうにそっぽを向いた。

 

「勝手に言えば!?私はお菓子食べる!」

 

「わかった。実はね」

 

あたしはピーネが人間界に来た経緯をかいつまんで説明した。

この世界の安定のためにあえて魔王を挑発して戦いを挑んだ結果、

勝つことはできたけど、無理やり招集された母親についてきたピーネが

あたしの持ち込んだアースの兵器で親を失い、

ミドルファンタジアに取り残される結果になった。

 

「一言で言えば、まぁ…あたしのせいなのよ」

 

「それは初耳ですね。

吸血鬼については遥か昔に参照していたので、考えたこともありませんでした」

 

「おーい、里沙子。お前バカ」

 

「ちょっ、なによいきなり!

ケンカすんなって言ったあんたがケンカ売ってんじゃないわよ!」

 

ルーベルから予想外の言葉でツッコまれたから、焦ってコーヒーちょっとこぼした。

 

「バカだからバカって言って何が悪い。何が“あたしのせい”だよ。

それこそ人類の罪を背負ったイエスさん気取りかよ。

あの戦争はこの国に住むやつ全員が生存競争を勝ち抜くために挑んだ

命がけの勝負だったんじゃないのか?

それをまるで自分ひとりが責任者みたいな面しやがってお前らしくねえ。

いつものお前なら何かのミスは巧妙に隠蔽するか

誰かに責任をなすりつける方法を考えるだろうが。

……おっと、悪い。大きな声出しちまって」

 

「お気になさらず。人間が魔王を倒した話は魔界にも広まっていますから、

大体の成り行きは知っているつもりです。

ルーベルさんの言う通り、一人で戦争はできませんよね」

 

「……人間は過ちを繰り返す生き物だけど、過ちから学ぶ生き物だとも聞いてる。

私には関係ない話だけど」

 

マイペースに語るリーブラと、せっせと帯を編みながらつぶやくカゲリヒメ。

嫌だわあたしったら。このあたりの事情に関しては、いつかジョゼットに怒られたのに。

コツンと自分の頭を小突いて考えを改める。

 

「ふむむ、そうだったわね。あたしは学ばない人種らしいわ。

同じ勘違いを繰り返すなんて、ありえないミス。今の言葉は忘れて」

 

「わかりゃいいんだよ」

 

「里沙子おバカだって。ウプププ~」

 

「ピーネうっさい。これは没収」

 

ピーネがかじっていたチョコチップクッキーを取り上げて、一口で噛み砕いた。

 

「あー!私のクッキー!」

 

「むぐむぐ。まだたくさんあるんだからケチケチするんじゃないわよ」

 

「本当最悪!ねえ魔族のお姉さん、里沙子は悪い人間だからやっつけてよ!」

 

「ごめんなさいね。彼女がいると面白いものをいっぱい参照できるから」

 

「そうね。彼女はそのままを観察してるほうが、楽しそう」

 

「ムキー!誰も私の味方をしてくれやしない!」

 

「落ち着いてくださいな。パルフェムはピーネさんの友達ですから」

 

「でも結局何もしてくれないんでしょう!?」

 

「あら、何を語ることなく察してくださるとは、まさにツーカーの仲ですわね!」

 

「もういい!ここにいるやつなんて、どいつもこいつもろくでなしばっかり!

昼寝してくる!」

 

「さっき起きたばかりなのに、よく寝られるわね」

 

癇癪を起こしたピーネが、わくわくちびっこランドに戻ってしまった。

ちょっとからかいすぎたわ。

今度街のパン屋でクイニーアマンを買ってきてあげましょう。

 

「怒らせてしまいましたねぇ」

 

「騒がしくて悪いわね。これでも今日は静かな方なの。ここはまだまだ住人がいるから」

 

「別にいい。急に来たのは、こっちだから」

 

「ちょっとでも楽しんでもらえてるなら幸いよ。

話は変わるけど、前回の最後に“次回は日常回希望”的なことを書いたんだけど、

願いが聞き入れられて嬉しいと同時に驚いてるわ。

とりとめのない会話だけでもう6千字超えちゃってるんだから」

 

「お姉さまの願いは往々にして無視される傾向にありますからねぇ、この企画では。

単に今はバトル展開を書く気力がないとか、

新しい展開が思いつかないという事情が大きいんでしょうけど」

 

「……いつもは、どんな生活してるの?」

 

「カードのモンスターで戦うしか能がないアホが押し掛けてきたり、

勝手にあたし達を題材にしたエロ本描かれたり、ゲームの主人公と敵が降臨したり、

たまに出かけたら船が大破して孤島に流されて苔の化け物と戦う羽目になったり。

そうそう、家にいただけで対物ライフル撃ち込まれたこともあったわね」

 

「エ、エロ本!?」

 

「そ。エロ本。

犯人はもう捕まえてて、二度と全年齢対象以外描かせないようにしたんだけど。

……ん、どうしたの?カゲリヒメ」

 

「なな、なんでもない」

 

「あらあら、ひょっとしてカゲリヒメはこの手の話題に免疫がないのですか?」

 

「相互不干渉っ……!!」

 

アハハ、図星みたい。

目隠しで表情はわからないけど、指先が震えて編み棒がカチカチ言ってる。

数千年生きた魔族にもかわいいところがあるのね。口には出さないけど。

それを見抜いたリーブラが袖で意地悪な笑みを隠しながら続ける。

 

「そうですね。では、私達で勝手に話を進めることにします。

里沙子さん、その本の内容について具体的に教えていただけますか?」

 

「いーわよ、いーわよ。ここは女所帯だからね、必然女の子同士が

電気コードのように絡み合って互いにいろんなスイッチを押しまくって……」

 

「ふたりとも……!うるさい!」

 

両手で編み棒を握るカゲリヒメ。目が隠れていてもほっぺが真っ赤。

 

「もうクライマックスでは見開き2ページで全員同時にスパーク……

ああごめん、悪かった」

 

カゲリヒメの背中から空間を揺るがす魔力の波動がビリビリと放たれる。

教会が崩れるから強引に話を打ち切った。

 

「あたしの母校の近所に人工衛星饅頭ってのを売ってる店があったんだけど、

どう見てもただの大判焼きなのよね」

 

「そうですか一度食してみたいものですね。

ほらカゲリヒメ、怒りを静めて。もうしませんから」

 

「悪ふざけは……嫌い!」

 

「ごめんって。お詫びに夕飯食べて行ってよ。

ジョゼットが帰ったらシチューでも作らせるからさ」

 

「いい。私達は食べなくてもお腹は空かないし、

そろそろ帰って編み物に集中したくなった」

 

「そっか。まあ気が向いたらまた来て。

さっきも言ったけどまともな客に対しては割とオープンだから、ここ」

 

「では、一緒に帰りましょうか。

あ、ガトリングガンの様子を見るから少し待っててほしいのですけど……」

 

「好きにすればいい。じゃあ里沙子、今日は邪魔をしたわね」

 

「送るわ」

 

あたしは二人を玄関先まで見送る。

リーブラがガトリングガンのそばに立ち寄り弾薬箱に指を滑らせる様子を、

カゲリヒメが変なものを見るように眺めていた。

やがてリーブラの気が済むと、彼女が左手をそっと前にかざし、

次元の狭間とやらへ続いているらしいゲートを開いて二人共帰っていった。

後に残ったのはサラサラと風が草花を撫でる音だけ。

 

「マヂでダベリだけで終わるとはね。いつもこうだといいんだけど。

みんなはどう思う?」

 

何事もなく今日一日を過ごせたことを後ろのマリア像に片手拝みで感謝すると、

ドアを締めて鍵を掛け、あたしも夕食まで一眠りしようと思い、私室へ戻った。

読者の皆さんとしては面白くもないだろうけど、

たまにはこんな日常だけの話も挟まないとあたしの身がもたないのよ。

自分へのご褒美を満喫したあたしはベッドで大の字になり、眠りについた。

 

 



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2.今年の6月は妙に寒く感じるんだけど、あなたはどう思う?

その日はダイニングでジョゼットが入れたコーヒーを飲みながら

スマホで音楽を聴いていたの。

前回はルーベルとふたりきりだったけど、

今日は洗い場で昼食のお皿を洗ってるジョゼットと一緒。

最近ジョゼットの出番が少ないから、今回はこの娘と絡もうかしらね。

 

いつものようにゲーム音楽のプレイリストを垂れ流していると、

作業を終えたジョゼットがイヤホンから漏れ聞こえる懐ゲーの名曲に興味を示した。

 

「里沙子さんの“スマートフォン”でしたっけ?

レコードもないのにたくさん音楽が聴けるなんて凄いですね~。

今流れてる曲を聴いてると、なんだか気分がワクワクします」

 

「スマホはもはや通話機能がオマケみたいなもんだからね。

それにしてもこの曲の良さがわかるとは大したものね。

ちなみに今は“作戦名ラグナロク”のOPテーマを流してるんだけど、

歌詞がないから規約違反にもならないし、テンションが上がるし、大好きな曲よ」

 

「規約って何の決まりですか?」

 

「なんでもない、こっちの話。

これはね、あたしが小さい頃にハマったシューティングゲームの音楽よ。

強力な武器を装備した飛行機を操作して敵をどんどん撃ち落としていくの。

近所の本屋にゲームの装置があってね、1プレイ30円だったかしら。

毎週200円の小遣いもらったら、本屋にダッシュしてたもんよ。

だけど、どっちかと言えばゲームをするというより、

BGMを聴きたくてプレイしたのかもしれないわ。

いつも1面のボスか2面の最初でゲームオーバーになってたけど満足だったし」

 

「う~ん、よくわからない言葉が多いですけど、

以前聞いたマリーさんのテレビで遊べるゲームの一種ということでいいんですか?」

 

「そうそう。あれの業務用だと思ってくれればいいわ」

 

「里沙子さんの世界の貨幣単位も初めて知りました。エンって言うんですね」

 

「ちなみに200円はゴールドに直すと2Gくらいよ。

それでもうまい棒が一本10円だったりチョコバットが30円で買えたりして、

小学生にしては結構な贅沢ができたわ。

うまい棒は不景気な今でも10円価格を貫いてるけど、どうやって利益出してるのかしら」

 

自分も紅茶を入れて椅子に座り、完全にダベりの体勢に入るジョゼット。

菓子かごの中からラングドシャをひとつ取って口にする。

 

「もぐ。子供時代の里沙子さんにも楽しい思い出があったんですね。ホッとしました」

 

「なぁに?まるであたしが恵まれない幼少期を送ってたみたいじゃない。

一応先進国と呼べる国に生まれたんだから普通に飲み食いは出来てたわよ」

 

「あっ…!ええと、それは、言葉の綾で~」

 

慌ててごまかすジョゼット。

何か隠してるのがバレバレだったけど、興味が無いからスルーした。

 

「どうでもいいけどね。

まあ、こんな感じであたしのスマホにはまだまだ大量に名曲が入ってるのよ。

あ、そうだ。ゲームじゃないけど面白い曲があるの。おすすめよ。聴いてみて。ププッ」

 

耳からイヤホンを抜いて差し出す。

 

「なんだか最後の笑いが黒かったので聴きたくありません」

 

「そう言わずに一回聴いてごらんなさいよ。

面白いことが起きるかもしれないし起きないかもしれない」

 

「いーやーでーす!里沙子さんが言う“面白いこと”って、

絶対わたくしにとって“不幸なこと”ですもん!」

 

「あんたも鋭くなったわねぇ。お察しの通り曰く付きの曲だけど、

あたしが大丈夫だったんだから問題ないわ。

あんたも度胸試しにトライしてみなさいって」

 

「あー!あー!聴きたくない!流したらルーベルさんに言いつけますよ!?」

 

「そうね、ついでにルーベルにも聴かせて……」

 

 

コツ、コツ……

 

 

はい玄関ノック。馬鹿騒ぎが一気に静まる。

あたしとジョゼットはピタリと動きを止めて目配せをして、スマホの電源を切る。

足音を殺してそっと聖堂に向かい、玄関ドアに近づくと、ドアスコープを覗き込んだ。

 

……ため息をついて頭を振る。

前回のリーブラと同じく、大人しめな奴がキョドりながら立ってたんだけど、

大人しい奴がトラブルを起こさないと思ったら大間違い。

威嚇で追い返せないか試してみた。

 

「今日は日曜じゃないでしょう!?さっさと帰りなさい!」

 

“ひっ!あの、あの、どうしても大事な用事があって……”

 

「もうすぐ雨漏りの修理が来るから相手してらんないの!帰った帰った!」

 

“そんなぁ…それじゃあ、わたし、どうすればいいんですか……?”

 

「あたしの知ったこっちゃないわ!帰って!」

 

大声で揉め事の種を追い返そうとしていると、

それを聞きつけた住人がぞろぞろと集まってくる。

 

「どうした里沙子?玄関でワーワー叫んで」

 

「厄介な客ならドア越しに撃つことをお勧めしますわ、お姉さま」

 

「ドアに穴が空くからそれはやりたくない。もうひと押しで行けそうだから待ってて。

……コラー!いい加減に帰らないと隣にあるガトリングガンが黙ってないわよ!」

 

“あの変な物体ですか?何なんですか、あれは”

 

「20mm機関砲とも言うわ。

もうちょい発射レートと命中精度が上がればミサイルも撃ち落とせるようになる」

 

“し、死神にそんなもの効きませ~ん!多分……。

お願いですから、エリカさんに会わせてくださいよぅ”

 

「面倒で退屈な誰も喜ばないバトル展開になるのが見え見えだから絶対に嫌」

 

“このまま帰ったら、また所長とパパ上様に叱られるんです~。おねがーい!”

 

「待たれよー!」

 

「あん?」

 

相変わらず押し問答を続けていると、来てほしくないタイミングを見計らったように

エリカが2階から下りてきた。位牌の中で寝てりゃいいのに、もう。

 

「里沙子殿、彼女とはまだ決着がついておらぬ!もう一度あの死神と手合わせを!」

 

「やだ。今回はジョゼットと絡むって冒頭で言った」

 

「……あの、里沙子さん」

 

その時、当のジョゼットが真剣な表情で話しかけてきた。

 

「嫌な予感しかしないけど、なに?」

 

「絶対に争いはしない。話し合いだけをするという条件で、

せめて中に入れて差し上げてはどうでしょうか?」

 

「話し合いで終わるわけないでしょうが。あんたには話したかしら。

死神は寿命を迎えた人間は必ず持って帰らなきゃいけない。

予定日数オーバーしすぎのエリカとぶつかり合いになるのは目に見えてるでしょう」

 

「必ずわたくしが説得します!これでもシスターとして少しは修練を積んだつもりです。

死を司る神と現世に留まる霊魂との橋渡しをしてみせます!」

 

「そうは言ってもねえ……」

 

「里沙子さん。わたしからもお願いします。

いざというときはわたしも力を貸しますので……」

 

「もう、エレオまでそんな事言うんだから。

……しょうがない。暴れだしたらちゃんとぶっ飛ばしてね?」

 

「はい!」

 

「やったー!エレオノーラ様、ありがとうございます!」

 

シスター二人が手を取って喜びあうのを横目に、仕方なくドアを開けた。

そこには黒のローブを来た不安げな死神。

 

「あ、あの、あなたはハッピーマイルズの広場でお会いした……」

 

「斑目里沙子で間違いないからさっさと入って。

あたしはエリカの件については中立派で、

家でバトルやろうとしたらあらゆる手段を講じて叩き出すからそこんとこヨロシク」

 

「はいぃ!」

 

やっぱり見た目年齢にそぐわない縦巻きカールを跳ねさせながら

聖堂に入る死神ポピンス。

居合の構えを取りながら彼女を見るエリカを手で追い払いながらダイニングに通す。

おずおずと席に着いた彼女に不機嫌さを隠さず尋ねた。

 

「……茶。コーヒーと紅茶どっちする?」

 

「コーヒー。に、たっぷり砂糖とミルクを入れてください」

 

「わかった。コーヒーですってよ、ジョゼット」

 

「はい、ただいま!」

 

「砂糖と粉末ミルクはそこにあるのを自分で好きなだけ入れて」

 

「えへへ、コーヒーは角砂糖を5つは入れないと飲めなくって」

 

だったら紅茶にすりゃいいのに。後日聞いたら微妙に酸っぱいから嫌なんだってさ。

 

「飲み物はまだだけど、お茶菓子はそこ」

 

「わーい、クッキーがある!いただきまぁーす!」

 

これらのやり取りの間に住人全員も座ってポピンスを見てたけど、大きなお友達を前に

あまり市場価値のない珍獣に遭遇したような表情を浮かべる。

 

「みんなにもしばらく前の出来事について話したと思うけど念の為改めて説明しとく。

彼女、これでも死神でポピンスっていうんだけど、

とっくにあの世にいるはずのエリカを冥界に連れて行こうとしてたわけ」

 

「むぐむぐ。はじめまひて!気軽にポピィってよんでくらは~い!」

 

「お茶をどうぞ」

 

「ありがとございます!えーと、砂糖を5つとクリームを大盛り4さじ。

う~ん、いつものお味!」

 

「美味しそうに飲み食いしてるところ悪いんだけどさ、今日は結局何しに来たわけ?」

 

ジョゼットも用事を終えてテーブルに着いたところで、

この中で一人だけ警戒心を顕にしているエリカに注意しつつ用件を尋ねる。

両手の袖で持っていたマグカップを置いて、

ポピンスもだらしない笑顔を引っ込め語りだす。

 

「はい……。先日は職務とは言え、強引な手段を取ったことを反省しているんです。

エリカさんに痛い思いをさせちゃって、本当にごめんなさい。

その上で彼女になんとか思い直してもらえないか説得に来たわけで」

 

しょげた様子で謝る彼女に嘘や芝居を打っている気配はない。

というより、そんな芸当ができるとは思えない。

 

「それに関してはエリカと話し合って。

幸いここには聖職者が二人もいるし、落ち着いた感じで話せると思うからさ。

……エリカも何か言ったら?」

 

「うむむ~。話し合いと言っても拙者自身も百人殺狂乱首切丸に宿る死霊達も、

まだ三途の川を渡るつもりはないでござる。妥協点が見いだせると思えないのじゃ」

 

「でもでも!あまりマリア様をお待たせしてしまうと、シヴァー様の心証が悪くなって、

冥界へ渡った後の待遇が悪くなってしまうと思うんですぅ……。

例えば、地獄に落っこちちゃうとか」

 

「もとよりそれは覚悟の上。我らは現世の悪を滅するためにこの世に留まった。

本懐が成し遂げられるならば喜んで地獄へ赴こう」

 

「横からすみません。あの、エリカさんがお世話をしてる死霊達は、

本当に全員天界へ昇ることを拒んでいるのでしょうか……?」

 

ここで初めてジョゼットが発言。さて、どうなるか。

 

「どういう意味じゃ?ジョゼット殿」

 

「中には現世を彷徨うことに疲れて、

冥界行きを望んでいる霊魂も存在しているんじゃないでしょうか。

エリカさんの刀に宿っている無数の魂に

そんな人が本当に一人もいないんでしょうか!?」

 

「……仮に、仮にいたとしたら、ジョゼット殿はどうしろと?」

 

「その人達をポピンスさんに連れて帰ってもらいましょう。

まだまだ現世を離れられないエリカさん達はともかく、

あの世で待っている家族に会いたいと思っている人が、きっと一人はいるはずなんです。

お願いです、エリカさんから彼らに語りかけて、本心を聞き出してください。

もし誰かが帰りたいと願っていたら、

本日のところはその霊魂だけを連れてお引取りいただくと。

それではだめでしょうか、ポピンスさん?」

 

「ええ~っ。全部じゃなきゃ、また怒られちゃうかも……」

 

「でい!!」

 

「ぎゃひっ!わかりました!ちょっとでいいから持って帰らせてください!」

 

「ジョゼットが真面目に語る機会なんてめったにないんだから大事にしてやって。

じゃあ、エリカ。

なんちゃら首切丸を持ってきてポピンスに任せられる死霊がいないか探しなさい」

 

「死霊は手土産ではないのじゃが……。少々待つでござる」

 

両者あまり納得していない様子だけど、

エリカは2階に漂って行き、ポピンスはまた甘々コーヒーに口をつける。

けど、頬杖をついてエリカが戻るのを待とうとした瞬間、

あたしの部屋からゴツゴツとうるさい物音が聞こえてきた。何よもう。

 

“里沙子殿ー!助けてほしいでござるー!”

 

「どうしたってのよ!」

 

面倒だけど2階へ上がって私室のドアを開ける。

そしたら首切丸を持ったエリカが飛び出てきた。

 

「刀ひとつ持ってくるのにこのあたしを手伝わせるたぁ、いい度胸ね」

 

「違う!違うのじゃ、これは!」

 

「何が違うのか言ってみ?おりんを溶かして新しいレターオープナーにされる前に」

 

「待つでござるよ!霊体の拙者と違って首切丸は実体を持つ刀。

扉をすり抜けることができなかったのじゃ!」

 

「ったく、しょうがないわね。下に戻るわよ」

 

「かたじけない」

 

「世直しも結構だけど肝心の武器を持ち出せないんじゃどうしようもないじゃない。

いつもあたしが居るとは限らないのよ?本当にこいつは」

 

「部屋の外に立てかけておくのはどうじゃろう……」

 

「みんなのところに変なのが入るかもしれないでしょうが」

 

ブツブツ言いながらダイニングに舞い戻る。

あたしは席について、エリカは首切丸をテーブルに置いて議論再開。

本当は食事するところに置きたくないんだけど、

文句ばかり言ってたら一向に話が進まない。ジョゼットがエリカを促す。

 

「では、エリカさん。刀の中にいる仲間達に呼びかけてください」

 

「うむ」

 

そしてエリカは言葉で語らず、目を閉じて刀の鞘をゆっくりと撫でる。

すると刀がぼんやり赤黒く光りだし、人魂が3つ抜け出てその場で力なく漂い始めた。

 

「わぁ、年季の入った幽霊ですぅ……」

 

「エリカ、こいつら何か言ってるの?」

 

「しきりに“疲れた”と繰り返す者、

愛する者の名を呼び続ける者、ただ救いを願い続ける者。

いずれにしても、もう戦う気力はないのじゃ」

 

「じゃ、じゃあ!この方たちは、連れて帰ってもいいんですね!?」

 

「拙者に彼らを止める資格はない。“後は任せよ”と伝えておいてほしい」

 

「わっかりました~」

 

ポピンスは懐からオレンジ色に燃えるランタンを取り出し、

目の前でゆっくりと揺らした。

反応した人魂達は一瞬戸惑ったようにわずかに跳ね、

それから様子を探るようにランタンの周りで浮かぶと、

オレンジの火の中に飛び込んでいった。

 

「ふぅ~、回収完了です。ご協力、ありがとうございましたぁ~!」

 

あたしを含めた住人達もホッと一息。……したんだけど、

ポピンスの様子がなんだかおかしい。ランタンを持ったままじっとしている。

 

「なに。妙なこと考えてるんじゃないでしょうね?用事が済んだなら帰って」

 

「……わたし、思ったんです」

 

「だから何が!」

 

段々イライラしてきた。ポピンスはコト、とランタンを置いて続ける。

 

「この方達は、自分の意思で天に召されたいと願った。

だからこうして連れ帰ることを認めてくれたってことですよね?」

 

「今更情報繰り返さないで。イラつきがマヂで限界」

 

「だったらこうすればもっとついてきてくれるはずです!

……鎮魂歌(レクイエム)第7番。“死神の子守唄”」

 

しまった!彼女が歌を始めようとしたから慌てて止める。

 

「待ちなさい!バトルはしないって約束だったでしょうが!」

 

「戦うなんてとんでもない。わたしは歌を歌うだけです。それでは……」

 

眠れ良い子よ 安らかに

一緒に川を 渡りましょう

向こうは楽しい事ばかり

悲しみ 苦しみ 痛いこと

全部忘れて 渡りましょう

 

「このアマ!あたしを謀ったわね!」

 

「里沙子殿、歌をやめさせるでござる!このままでは霊魂達が!

くうっ……拙者はとても戦える状態では、ござらん!」

 

「おいおい、こりゃ一体なんだ!?」

 

歌が始まると、首切丸からポンポンと人魂達が抜け出て、

今度はランタンがブラックホールになったように強力な力で吸い込もうとする。

両耳を塞いでいるエリカに大声で状況を問いただす。

 

「どうなってんのよ、エリカ!」

 

「この歌は人間で言う洗脳でござる!

わずかにくすぶる“成仏したい”という心を増大させて、

無理矢理冥土送りにするものじゃ!」

 

「ああ、どうしましょう!魂たちが飲み込まれようとしています~!」

 

「こんにゃろう!あたしの家で勝手な真似は許さないわよ!」

 

ピースメーカーのグリップでポピンスをぶん殴ろうとしたけど、

当たることなくすり抜ける。

くそっ、そう言えば死神は実体と霊体両方になれるんだったわね……!なおも歌は続く。

霊魂もこれ以上耐えられそうにない。

別に彼らに思い入れはないけど、この甘ちゃんの思い通りになるのは気に入らない!

 

起死回生の一手を探る。考えなさい里沙子。何か霊体にも干渉できるものは……あった!

あたしはテーブルに置きっぱなしだったスマホを手に取り、musicフォルダを開いて、

音量を最大にしてひとつのファイルを再生した。

 

 

Ummm... Ahhhh, Ahhhh, Ahhhh!!

 

 

若干おどろおどろしいコーラスが始まると、みんなの視線がスマホに集まる。

さすがにポピンスも歌を中止してその歌に聞き入る。流れるのは悲しげなシャンソン。

 

「あのぅ……この歌は?」

 

「ふふふ。アースにね、聴いた者が次々と自殺する呪われた曲があったの。

恋人を失った女が日曜に自殺を決意するという悲しい歌。

そう、今まさに流れてる“暗い日曜日”が

あんたの奥底に眠る自殺願望を掻き立てる、かもしれない」

 

「い、いや!やめてくださいよぅ~!」

 

「馬鹿やめろ!私達までとばっちりを食うだろうが!」

 

「我慢して。これはあたしら全員とこの死神との戦いなの。

強い意思を持っていれば呪いになんて負けないはずだけど……。

そこのポピィちゃんにそれが可能かしら」

 

「だめ、聴きたくない聴きたくない!歌を止めてください!」

 

「あんたはあたしがやめてって言ってもやめてくれなかったでしょうが。

さあ、もうすぐ歌が終わるわよ。

気がついたら、ご自慢の鎌で自分の首を切り落としてた、なんてことになってるかも?」

 

「ごめんなさぁい!もうしませんから!死にたくないよー!」

 

何も知らない人が聴いたら不安を煽られるようなメロディがポピンスをビビらせ続ける。

 

「曲を止めるつもりはない。とっとと家から出ていく以外に助かる方法はないわねぇ」

 

「パパ上様、ポピィを助けて~!怖い歌でいじめられましたわー!」

 

ランタンをわしづかみにしてポピンスはダッシュで逃げていく。

玄関から外に飛び出したのを確認すると、スマホの音量を戻してポケットにしまった。

 

「ふん、うちにケンカ売るなんざ10年早いのよ」

 

一安心したけど早速みんなからクレームが来る。

 

「何考えてるのよ!私達まで呪いの歌の巻き添えにしようとして!」

 

「そうだ!全員まだ生きてるが、いつ呪いが発動するか……」

 

「あんなのインチキに決まってるじゃない。

ピーネはともかく、ルーベルまで真に受けないでよ」

 

「「はぁ!?」」

 

ほぼ全員が同時に素っ頓狂な声を上げる。

 

「確かに、かつて“暗い日曜日”に関わった直後に自殺した人達がいたことは事実よ。

だけどそれは単に曲がリリースされた時期の世界情勢が

自殺を引き起こしやすいほど酷かったことが原因って結論が出てる。

呪いなんかありゃしない。エレオならわかってたはずよ」

 

「はい。歌で人を呪い殺すなど、よほど熟練した呪術士でもなければ不可能ですから」

 

「びっくりしました~。わたくし達、死んじゃうんじゃないかとドキドキしました。

あ!里沙子さんが聴かせようとしてた曲ってこれだったんですね!?

ひどいです、わたくしを死なせようとするなんて!」

 

「まだ言うか。あれはただのお遊びよ。

だったらYouTubeで100回近く聴いてるあたしは誰?」

 

「自殺者が続出するなんて、どれだけ酷かったんだ?その時のアースは」

 

「世界恐慌の真っ只中で、しかも第一次世界大戦で荒れに荒れてた」

 

「“せかいきょーこー”って何なのよ。戦争はわかるけど」

 

「ざっくり言えば、みんな一斉に貧乏になることですわ」

 

「もう!だったら最初っから言いなさいよ!」

 

「ポピンスの前でネタばらししたら意味ないでしょうが。それで、エリカは大丈夫?」

 

「まだ頭がふらつくが、問題ないでござる。死霊達も無事なのじゃ。礼を言うでござる」

 

「しっかしあいつも、

初登場から割と短いインターバルで再登場させてもらったってのに

ずいぶん勝手なことしてくれたわね。

今度会ったらリーブラけしかけるって脅しとかなきゃ。

そういうことだから、そろそろ起きて、カシオピイア。

寝てばかりいると、街の保安官みたいになるわよ」

 

「ん…なにがあったの?」

 

「あのでかい音でも起きないなんてすげえな」

 

「本日の厄介者がいなくなったところで、お茶の続きにしましょう。

暗い日曜日でも聴きながら」

 

「それはもう要らん」

 

「里沙子の持ち物って変なものばっかり。全部捨てちゃえばいいのに」

 

「そう言えば里沙子さん」

 

隣にいるエレオノーラが聞いてきた。

 

「その暗い日曜日って、本当はどんな歌なんですか。詳しい歌詞を教えてください」

 

「うんとね、確かにどんよりとした雰囲気の曲なんだけど、それほど怖い歌じゃないの。

“たとえあなたが帰ってきても、きっと私は死んでいる。でも恐れないで。

その何も見ることがなくなった目は、あなたを見つめているのだから。愛していたと”

規制に引っかかるから勝手に要約させてもらったけど、そんな感じ。

決して呪いの歌じゃないの。命をかけた燃えるような愛の歌。あたしはそう解釈してる」

 

「なるほど。

意味さえわかれば怖がる必要はありませんし、どこか素敵な歌でもありますね」

 

「ジョゼットー。今日はあんたの相手をするつもりだったんだけど、

変な客のせいでおじゃんになったわ。ごめんねー」

 

「結構です!里沙子さんは一緒にいたら意地悪ばかりしてくるんですから!」

 

「ん、またなんかされたのか?」

 

「あーあー、終わった話よなんでもない。

今度は“世界樹の迷宮”名曲プレイリストでも流しっぱなしにしましょうかね」

 

ルーベルにチクられたらまたエールを取り上げられる。

あたしは話の流れをひん曲げてお茶に戻った。しかし、こうも迷惑な客ばかり来るなら、

将軍とか信用できる人だけに行き先を教えて一度引っ越そうかと思ったけど、

面倒くさいから考えた瞬間やめにした。

 

 



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サラマンダラス帝国大運動会
虎穴に入らずんば虎子を得ずっていうけど、虎の子なんて何に使うの?


「そろそろだわね」

 

あたしはうちわでバサバサと扇ぎながら、3杯目の水を飲み干した。

日本と違ってミドルファンタジアの夏は湿気が少なくてカラッとしてるけど、

それでも暑いもんは暑い。

袖まくりしてても、汗で背中に服が張り付いて気持ち悪いのなんの。

 

「そろそろって何がだ?」

 

暑さ寒さに強いルーベルはわかってない様子で1杯目をちびちび飲みながら聞いてきた。

 

「わかんないの?この暑さよ暑さ。

去年ジョゼットとエレオノーラがぶっ倒れて

大聖堂教会にお世話んなったこと忘れたの?」

 

「ああ、あれか。あれからもうすぐ1年か。時間が流れるのは早えなぁ」

 

「里沙子さんが妙に優しくて嬉しかったのを覚えてます~」

 

「“妙に”って表現が引っかかるけど置いといてやるわ。

多分アースじゃもう梅雨入りしてる頃だと思う。

本格的な夏に突入する前に暑さ対策をしとく必要があるってわけよ」

 

去年の反省を踏まえて熱中症対策に総員にこまめな水分補給を指示してる。

ジョゼットもコップの水を片手に椅子に座った。

幸いルーベルやエレオノーラと言った主要メンバーは集まってるし、

今から会議を始めても問題ないでしょ。

 

「ねえ、“つゆ”って何……?」

 

「……皇国やお姉さまの生まれ故郷では毎年6月から7月にかけて

雨の続く時期がありますの。それが梅雨。

アジサイの花が綺麗ですけど、蒸し暑くて過ごしにくくもありますわ」

 

しんどそうにピーネが尋ね、しんどそうにパルフェムが答える。

ワクワクちびっこランドには魔導空調機があるとは言え、

分厚い着物を着てるパルフェムは油断できない。まだ小さいピーネも同じく。

 

「じゃあ、みんな今年の暑さを乗り切るアイデアを出して。

最初に言っとくけど、また大聖堂教会にお泊りって案はナシ。教会はホテルじゃない」

 

「お祖父様は気になさらないと思うんですが……。

むしろ皆さんが泊まってくださっている間は本当に楽しそうでした」

 

「去年も言ったけどそれに甘えてちゃ社会人失格なのよ、マーブルみたいに。

それに、エレオとジョゼットは前の夏あんなことになったから特に注意が必要。

どっちもその修道服から着替えるつもりはないんでしょ?」

 

「それはそうですが……」

 

「ミサがある日以外にも、街で信者の方とお会いすることがありますから無理です~」

 

「カシオピイアも職務上毎日軍服だって言ってたから、駄目でしょうね。

だったら基本的に服を着替えるのは無理だと考えたほうがいいわ。

他になんかない?ルーベル」

 

いきなり指されたルーベルが飲みかけた水でむせる。

 

「ごほ!げっほ!…急に話向けんなよ!暑さ対策かぁ……。

そうだ!お前去年言ってたよな?みんなに氷袋持たせたらどうかって」

 

「ああ、氷嚢ね。あんたやエリカは平気だから要らないとして、

熱中症対策が必要な住人6人分の氷。ジョゼット、これから毎日用意できそう?」

 

「無理だと思いますぅ…。

冷温庫は冷やす力が弱くて、完全な氷を作るまでに3日は掛かります。

それに全員分となると、中のお肉やお魚を全部外に出さないと

型を置くスペースが足りません」

 

「肝心なときに役に立たないのね、あれ。何のために毎月公共マナ代払ってんだか。

他にアイデアがある人は挙手」

 

「あのう、氷が作れないのはうちの冷温庫がボロくて小さいからであって、

最新式の大型冷温庫に買い換えれば……」

 

「あー、聞きたくない。そんな現実は聞きたくない。何万G出てくと思ってんの。

もっと金がかからなくて効率的な方法はないもんかしら」

 

「お姉さま、パルフェム達のことはご心配なく……。

夏場は空調の効いた部屋でじっとしていますから」

 

「秋が来るまでひきこもり?

それはいくらグータラ生活万歳のあたしでも承服しかねるわ。

脚の筋肉が退化して動けなくなるわよ」

 

「じゃあどうしろってんだよ。お前も何か考えを出せ」

 

「やっぱりみんなにI♡NYのTシャツとデニムの短パン穿いてもらうしか」

 

「だめでーす!マリア様にお仕えする身であるわたくし達が……」

 

カチャ、ギィ

 

玄関ドアが音を立てたから一瞬不審者来訪かと思ったけど、

鍵を開けて普通に入ってきたからホッとした。街の巡回から帰ってきたカシオピイア。

 

「おかえり、カシオピイア」

 

「ただいま」

 

「ジョゼット、冷たいお水入れてあげて。……まぁ、汗だくじゃない」

 

「わかりました~」

 

「大丈夫」

 

大丈夫とは言うけど、制服が汗でぐっしょり。

日傘も差さずにクソ暑い中歩きまわってきたんだから辛いに決まってるけど、

それを表に出さないからある意味エレオ達より危険なのよね。

 

「ほら。隣、座んなさいな。

今あなたを苦しめてる暑さにどう対処するか話し合ってるの。汗も拭いて」

 

ハンカチでおでこの汗を拭ってあげた。

 

「うん、ありがとう」

 

「お疲れ様です。どうぞ」

 

「ありがとう」

 

ジョゼットから氷水を受け取ると、カシオピイアは一気に飲み干す。

う~ん、やっぱり喉が渇いてたのね。早いとこ何か手を打たないと。

腕を組んで考え込んでいると、カシオピイアが1枚の紙を差し出してきた。

 

「何これ」

 

「ポストに、入ってた」

 

「どれどれ」

 

それを見てあたしは眉をひそめる。こいつ、またあたしの前に現れやがったわね……!

紙面に踊るのは《第一回サラマンダラス帝国大運動会》の文字。

運動会なんざ、あたしの中で嫌いなイベントランキングぶっちぎりの1位じゃない。

賭けてもいいけど、無記名でやりたい・やりたくないのアンケート取ったら

絶対やりたくないが勝つに決まってる。

 

ああやだやだ、何で異世界に来てまで

不愉快な思い出しかない催し物と関わらなきゃならんのか。

活字として目にするのも嫌だから、テーブルの真ん中に放り出して、

思考の続きに戻った。

 

すると、チラシに興味を示したエレオノーラが手を伸ばし、目を通す。

何かを考えているのか、彼女は顎に指を当てながら熟読している。

 

「どしたのエレオ。出たいとか言わないでよ?」

 

「これですよ里沙子さん!」

 

「なに?賞品が魔導空調機とか?

だとしても1部屋しか冷やせない機械のために出場する気はない」

 

「もっと凄いものです!とにかく見てください」

 

いつも落ち着いてるエレオが珍しく目を輝かせてチラシを見せつけてきたもんだから、

改めて読んで見る。

 

 

《サファイアスターカップ賞品》

1位:コスモエレメント・氷雪

2位:魔導空調機

3位:魔国製固体マナ内蔵式無属性光線銃

参加賞:お菓子詰め合わせ

敢闘賞:ひみつ

 

 

1位を意味不明な物が陣取ってる。

さっぱり用途がわからないものについてエレオに聞いてみる。

 

「エレオはきっとコスモなんちゃらで喜んでると思うんだけど、

あたしとしては3位の光線銃が魅力的」

 

「銃なんていくらでも手に入るじゃありませんか!

コスモエレメントは、極稀に、本当に稀に宇宙から降ってくるのを待つしかない、

魔術に関わる者なら皆、喉から手が出るほど欲しがるとても貴重な魔法触媒なんです!」

 

「さいですか」

 

強装弾やサイレントボックスの魔法ともめっきりご無沙汰のあたしは

まるで興味がなかったから、つい返事がおざなりになってしまった。

 

「真面目に聞いてください!コスモエレメント・氷雪が手に入れば夏の暑さどころか、

超上級水属性魔法を軽々と扱えるんです!

ゼロの氷点、アイスエイジ、ハボクック招来、なんだって!」

 

「ああ、わかったから、わかったから。ただでさえ暑いんだから熱くならないで。

そっち方面に詳しくないあたし達にコスモエレメントで何ができるのか教えてよ」

 

とりあえず、いつの間にか立ち上がって語っていたエレオを落ち着かせた。

ヒートアップしていた自分に気づいた彼女も少し恥じらった様子で椅子に座り直す。

 

「こほん、失礼しました。コスモエレメントとは、大宇宙を構成する要素。

つまり宇宙空間の凍える寒さや、恒星の放つ超高熱が

各属性の結晶となってこの星に降り注いで来たものなんです。

誕生過程のメカニズムは未だに解明されていませんが、

それぞれの属性のコスモエレメントは無限に近い、というより

人間には使い切れないエネルギーを秘めています」

 

「それが、この嫌がらせのような暑さを解消してくれるっての?」

 

「端的に言えばそうなります。

エレメントは常に属性に対応した空気をまとい、扱いも容易。

魔力を宿した手でちぎるように分裂させることができます。

”氷雪”の場合は強力な冷気を絶え間なく放ちますから、

麻袋などに包んで皆さんに配れば、

わざわざ魔導空調機を買い足さなくても簡単に携帯できる冷房として活用できるんです」

 

「へぇ!そりゃ凄いけど奇跡の触媒がなんだかスケールが小さくなったわね。

ウチらしいと言えばウチらしいけど。というわけで、ルーベル頼んだわよ」

 

どこか他人事のように聞いていたルーベルが、またコップの水を吹き出した。

 

「ぶほっ!なんだよいきなり!頼んだってどういうことだよ!?」

 

「この中で一番の体力自慢といえばあんたしかいないじゃない。

絶対1位になって氷雪のコスモエレメントをゲットしてくるのよ?」

 

「なんで私が!」

 

「協力してちょうだいな。またエレオやジョゼットが倒れてもいいの?」

 

「そりゃあ、良くないけどよう……」

 

「お姉ちゃん」

 

カシオピイアがくいくいと袖を引っ張る。

 

「それ、無理」

 

「ええ!?なんで!」

 

そして、またエレオから受け取ったチラシを見せる。

備考欄にこんなことが書いてあった。

 

《人間以外の参加はできかねますのでご了承ください》

 

「ああん!?何よこれ!人種差別でしょうが!」

 

「私は人間じゃないんだが」

 

「そう。人間じゃないから、ルーベルが有利になる。

だから、他の種族は、別エリアで、大会がある」

 

「あ、本当だわ。《クリムゾンカップ》とやらでは、ドワーフ限定になってる。

……じゃあ、結局誰が出ればいいのよ!?」

 

ダイニングの真ん中で叫ぶと、皆が一斉にあたしを見る。

 

「な、なによあんた達。

まさか今更あたしに炎天下の中、徒競走や玉入れをやれって言うんじゃないでしょうね?

あたしもう24よ?にじゅうよん!」

 

「他に誰がいる。そりゃどんぐりの背比べだが、

私を外せば一番運動神経がいいのはお前しかいないだろう。一応実戦慣れしてるんだし」

 

「絶対に嫌よ!

人だらけの会場で集団行動強いられるのも、

風で飛んできた砂まみれの弁当を食べるのも!

あたしがインドア派だって設定忘れてない?」

 

「では、諦めるしかありませんね……。わたくしでは1位を取るなんて無理ですし」

 

「わたしも立場上、こういった大会への出場は遠慮しなくては……」

 

「お姉さま、パルフェムにお任せくださいませ!

なんとしてもコスモエレメントを勝ち取ってきて見せますわ!

きっと魔法の使用は禁止されてるでしょうけど。

きっと大勢の参加者にもみくちゃにされるでしょうけど」

 

「おい、どうすんだ24歳?家主の里沙子さんが子供に危ない役を押し付けていいのか?」

 

「うっさいわよ、出ないくせに!

……そうだ、カシオピイア!あなた出てくれないかしら?

軍人だから運動とか得意でしょ?」

 

ものすごくよく観察したら悲しそうだとわかる表情を浮かべて、彼女は首を振る。

 

「ごめん……。当日、会場の警備がある。応援、してるから」

 

最後の望みが絶たれ、あたしは落胆してもう一度チラシに目を落とす。

 

「はぁ。開催はちょうど一週間後。

汚れてもいいっていうか捨ててもいい服用意しとかなきゃ」

 

開催地はミストセルヴァ領の広場。

帝都から馬車で東に行くと近い領地で、ヴェロニカが暮らしてるところね。

それにしても、わざわざ菓子袋ひとつ目当てに西の果てまで来る奴なんて、

あたし以外にいるのかしら。

 

 

 

 

 

いた。あれから一週間。

キャザリエ洋裁店でワゴン行きになってたジャージに身を包み、

呆然として泥の臭いが漂う広場に立ち尽くす。

いかにも怪力ですって言わんばかりのガタイのいいスキンヘッドのオッサンや、

プロレスラーみたいなオバサン。

その他筋肉には困ってませんと全身で語るような連中が今や遅しと開会を待ちわびてる。

 

エレオの神の見えざる手で帝都までワープして、

駅馬車広場で馬車を雇って会場まで来たんだけど、

停車場の馬車がやけに少ないことに気づくべきだった。

まぁ、気づいたところで今の状況はどうにもできなかったんだけどさ。

 

「わ~、たくさん人がいますね!お祭りみたいで楽しいです!」

 

「本当に街の市場といい、吐き気がするような人混みの何が楽しいの?

あんたには4Kの立体映像にでも見えてるわけ?」

 

「うだうだ言ってねえで早くエントリーしてこいよ。列は伸びる一方だぞ」

 

「うるさいわね、行きゃいいんでしょ!」

 

大きな仮設テントの下に長テーブルを並べた受付に並ぶ。暑い。

こんなことならもっと早く来るんだった。

でもそうすると、今度は開始時間まで蒸し暑さの中長時間待つことになるのよね。

だからアウトドアは嫌なのよ。

 

心の中で毒づいていると、徐々に先頭の様子が見えてきた。

みんな名簿に名前を書いてる。軍手をはめた手で自分を扇ぎつつ待つこと15分。

やっと順番が回ってきた。

 

「おはようございます。エントリーですか?」

 

「そう。お願い」

 

「ではこちらにお名前と緊急時の連絡先を」

 

「うい」

 

名簿に名前とハッピーマイルズ教会の住所を書く。すると受付がなんか渡してきた。

 

「こちらを着けて開会までお待ち下さい」

 

37番のゼッケンとヘルメット。

こんなもん二度と見たくなかったけど、とりあえず列を離れて着用する。

開会は9時。まだ時間があるから、一旦ジョゼット達のところまで戻った。

 

「やってらんないわ。早くも頭の中が蒸し風呂状態」

 

「頑張ってくださいね。わたし達も応援していますから」

 

「わざわざエレオ達まで来なくても良かったのよ?大聖堂教会で待っててよかったのに。

白の服に泥が跳ねたら目立つでしょう。

この辺の土地、水分が多くて地面がぬかるんでるし」

 

「里沙子さんがわたし達のために出場してくださるんですから、

せめて近くで勝利を祈らせてください」

 

「そうですわ。里沙子お姉さまの活躍を見られるまたとない機会ですもの。

パルフェムもささやかながら声援を」

 

「私は……参加賞のお菓子セットがどんなものか見たくなっただけよ。

怪我しない程度に頑張れば?」

 

「ありがとさん。

カシオピイアはどこにいるのかわかんないけど、会ったら声かけとくわ」

 

《只今より、第一回サラマンダラス帝国大運動会サファイアスターカップを開催します。

参加者の皆様は待機所までお越しください》

 

べらべらとくっちゃべってると、開催のアナウンスが流れた。いよいよね。

 

「じゃあ、行ってくるから。やるだけやるけど駄目だったら諦めて」

 

「怪我のないように、無理はしないでくださいね」

 

皆と別れて白線で長方形に仕切られたスペースに移動する。

途中、受付の隣のテントを見た。トロフィーの横には各賞の賞品が並んでる。

“1位”の張り紙の上に、

紺色のコアを持つ小型のブラックホールのようなものが浮かんでて、

周囲に霜を付着させてるわ。

 

なるほど、あれがコスモエレメントね。

あれさえぶん取れば、二度と猛暑に苦しめられることはなくなる。

一度きりの苦行と考えておとなしく待機所に並んだ。

人の熱気で呼吸が辛い。

 

参加者が並び終わると、主催者がやらなくてもいい開会式を始めやがった。

壇上に上がり、マイクを取って開会の挨拶。義務教育時代の朝会思い出すわ。

始まる前から気力を削られる。

 

《あ、あ。皆様、これより第一回サラマンダラス帝国大運動会を開会したいと思います。

多数の勇気ある方々にお集まりいただき、

皇帝陛下もさぞお喜びくださっていることでしょう。

さて、本大会の開催趣旨についてご説明いたしますと、

近年アースから流れ込んでくる文化は

多種多様かつ未来を切り拓く可能性に富んだものであり、

帝国市民の方々にもそれらに触れていただきたいという陛下のお心から……》

 

長い。本格的に気分が悪くなってきた。

さっさとしてくれないと冗談抜きでリバースする。

っていうか、これ仕組んだの皇帝陛下?生真面目なおじさまが何やってるのやら。

 

《えー、であるからして、皇帝陛下のご意向により

運動会というアースのイベントの開催に至ったわけであります。

それでは、エントリーナンバー1番のマッスルアームズ君から代表して、選手宣誓》

 

今度は筋肉ダルマがステージに上がり、マイクを交代した。

手短に、ホント手短に頼むわ。

 

《宣誓!えーと、俺達は!スポーツマンシップを血で染め上げ!

たとえ命を落とそうと!並み居る敵を容赦なくぶち殺し!

観客共を震え上がらせることを、誓います!戦わなければ、生き残れない!!》

 

“エイ、エイ、オー!!”

 

ちょっと待ちなさいよ。なんか色々間違えてるわよ。変なのも交じってる。

アースの文化で何かやる時にはちゃんと地球人に確認を取りなさい。

観客も何の違和感もなく拍手送ってんじゃないわよ。

ねえ、これ本当に皇帝陛下が考えたの?

下請けから下請けにバトンタッチを繰り返す間に色々狂ったとしか思えない。

 

「誰か、あたしの話を聞いて。何かおかしいと思わない?」

 

《第一種目、50m棒旗取り競走を行います》

 

あたしの言葉に耳を貸すものはおらず、選手たちはぞろぞろと競技場に行ってしまう。

彼らに差し伸べた手は行き場を失い、とうとうあたし一人がポツンと取り残された。

 

《37番さーん、早く集まってください。失格になりますよ》

 

「ああもう、行けばいいんでしょうが!」

 

もう、なるようにしかならないと諦めて、あたしも競技場に駆け出した。

 

 

 

 

 

ゴツい荒くれ者達がきちんと整列している光景は、ある意味異様だった。

こいつらとガチンコ勝負で勝てるのか、今更ながら不安になってきたわ。

前方を確認すると、

運動場のライン引きで描かれた4本のコースの先に赤い旗が立てられてる。

1着でゴールしてあれを取ればいいのね。

 

やっぱり地面が湿気でドロドロだから、転ばないように注意しなきゃ。

……でもこの後、転倒どころかもっとヤバイものに対処しなきゃならなくなったのよね。

審判が始めたルール説明に目玉が飛び出る思いをしたわ。とにかく聞いてよ。

 

《第一種目のルールについて説明するのでよくお聞きください。

競技は4人ずつのレースで、50m先にある旗を取った人が勝者となり、

第二種目に進めます》

 

ふむふむなるほど。

 

《刃物、火器爆発物、魔法その他特殊能力の使用は禁止とさせていただきます》

 

チェッ、今回もクロノスハックの出番はないのね。

そう言えば、魔王編以来ろくな用途で使われた試しがない。

少なくともあたしの記憶にはない。

 

《ただし、それ以外の妨害行為は全面的に認められています。

タックル、パンチ、目潰し。

汚い手をたくさん使ってライバルを蹴落とし、見事勝利をもぎ取ってください。以上》

 

「ちょっと、何言ってんのあんた!?“以上”、じゃないわよ。

そんなメチャクチャなレースがどこにあるってのよ!あたしが怪我したらどうすんの!」

 

《本大会はアースの文化を忠実に再現するのが趣旨であります。異議は受け付けません》

 

「一体これのどこがアースの文化なのよ!

こんなダーティープレー誰も認めやしないわよ!」

 

《“オリンピックは戦争である”というアースの格言に基づくものです。

間もなく第一レースが始まりますので、棄権するか、列に戻るかを選んでください》

 

「あんたらもおかしいと思わないの!?下手したら病院送りになるのよ!」

 

“うっせーな、嫌なら下りろよ”

“競技が始まらねえだろ”

“やられたらやり返せばええんじゃい!”

“魔女ギルドから前金もらってんだよ。優勝賞品持ち帰ったら10万G”

 

こいつら……!!気づいたときには遅かった。

自分がアホ共の祭典に飛び込んでしまったことに。

きっと血が流れるまでこいつらは止まらない。

あたしは1位になろうという考えを捨てて、安全に退場できる方法を模索し始めた。

頑張ったけど駄目でしたという言い訳ができるような負け方を考える。

 

やがて第一走者がスタートラインについた。そして審判が宣言する。

 

──位置について。よーい、スタート!

 

 



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なさけ むよう

皆さんは、昔「風雲!たけし城」というバラエティ番組が

お茶の間を席巻していた事をご存知かしら。

視聴者参加型番組で、いろんな年齢や職業の人達が賞金100万円を目指して、

泥んこになりながら行く手を阻むトラップに

体当たりで挑むとっても楽しい番組だったの。

 

そのたけし城から安全対策を全部取っ払ったら今のような光景が生まれると思う。

これからお話しするのはそんな汚れた物語。

毎年のように報道される、

無茶な組体操やピラミッドによる運動会の事故が一件でも減ることを願って。

ハーメルンの片隅から、斑目里沙子より。

 

 

 

 

 

《位置について。よーい、スタート!》

 

また審判がレーススタートという名の殺し合い開始の合図を出した。

見た目だけスタンディングスタートの形を取っていた4人が、

ホイッスルが鳴ると同時に一斉に潰し合いを始める。

 

ある者はライバルの首に腕を回して絞め落とし、

 

「死ねよやぁ!!」

「あがががが!うっ……」

 

またある者はギブアップするまで関節技を極めて行動不能になるまで激痛を与える。

 

「腕ひしぎ十字固めじゃ!」

「ぐぎゃあああ!痛い痛い痛い!!」

 

レース開始から誰も1mたりとも動いてない。

他人を全部叩きのめしてから確実に勝利するつもりらしいわ。

既に何人もの選手がのたうち回って白いコースはぐちゃぐちゃ。

何度も見た光景よ。もうすぐ順番が回ってくる。

青くなって見ているうちに決着がついたみたい。

 

生き残ったタンクトップの毬栗頭が走り出したわ。

そして悠々と50mを走り、赤い旗を取った。

残されたのは気絶したり痛みに悶える敗者達。

 

《第6走勝者は、ブライアン選手。第二種目進出おめでとうございます》

 

「やったぜー!」

 

旗を掲げるブライアン君に惜しみない拍手を送る観客達。

ねえ、あんたらにはレースの度に生まれる犠牲者達が見えてないの?

担架で雑に運ばれていく負傷者を見て、思わず昔見た映画の台詞を吐いていた。

 

「何も変わらねえ、昔のままだ……。どいつもこいつも狂ってやがる!」

 

出典元:カイジ2 人生奪回ゲーム

 

《続いて第7レースを開始します。選手の方は、前へ》

 

目の前の惨状に呆然としていたけど、審判の声ではっと我に返る。

体育座りで待機していたあたしは、手をついて立ち上がり、覚悟を決めてコースにつく。

勝たなきゃ。勝たなきゃ誰かの養分……!

 

あたしは右端のコース。左側では筋肉自慢の連中が、

指の骨を鳴らしたり首を回したりしてレース開始を待っている。

その一人、モヒカンの男があたしを見て隣の男とゲラゲラ笑った。

 

「ウヒヒ。なあ、オレの横に強そうな女がいるんだよ。

すげえチビでメガネだから怖くて仕方ねえや。オレどうしたらいいんだよ~。なんてな」

 

「手遅れにならないうちに棄権したらどうだ?へへへ」

 

殺す。図らずも命知らずのアホ共のおかげであたしの胸にも闘志らしきものが芽生えた。

黙ってスタンディングスタートの体勢を取る。審判がラインの隣に立ち、宣言した。

 

《位置について。よーい、スタート!》

 

ホイッスルと同時にさっきのモヒカンが襲いかかってきた。

両腕を伸ばしてあたしを拘束しようとしたけど、その手が届く瞬間、

コースに並ぶ直前に握り込んでいた土を奴の顔に投げつけた。

 

「食らいなさい!」

 

「うわっぷ!!」

 

泥に近い土が目や口に入ったモヒカンの動きが止まった瞬間、

おもっくそ奴の股間を蹴り上げた。ドスンと音が聞こえるくらいの強烈なキックが命中。

 

「はぎゃああああ!」

 

たまらず悲鳴を上げて前かがみになるそいつを、

更に蹴飛ばして右から3列目の男にぶつける。

左端の選手と掴み合いになっていた彼は、

いきなり後ろから大男に寄りかかられて転倒。よし!右端と左端とは距離がある。

不利な接近戦を挑むより攻撃を受ける前に逃げる方が勝算があるわ。

 

「忠告どおり棄権したほうがよかったわねー!」

 

「あ、待て!」

 

しかも一瞬早くダッシュを開始できたから残りのひとりと若干差をつけることができた。

すばしっこさではちょっと有利だからこのまま行けばどうにか勝てそう。

水分の多い地面に転ばないよう気をつけながら走る。今、大体20m。

 

赤い旗がどんどん近づいてくる。順調に行けば1着でゴールできる、と思った時だった。

背後に大きな気配が現れたと思うと同時に、体が宙に浮き、視界に青空が広がった。

背中に柔らかい衝撃を受ける。

 

あれ……?

 

何が起きたかわからないあたし。

泥で滑ったのかと思ったけど、だったらうつ伏せに倒れてないとおかしい。

とりあえず起き上がると体格のいい男が立ち上がって走り去るのが見えた。

 

「へへっ、悪いな嬢ちゃん!」

 

しまった、追いついてきたあいつにスライディングをかまされたのね!

予想以上に足が速かったライバルに逆転を許してしまう。

もう30mは進んだ。時間がない!何か起死回生の策はないの!?

あたしは立ち上がりながら周囲に視線を走らせる。

必死に使えそうなものがないか探していると、

目に飛び込んできたものにあたしの悪知恵アンテナが反応。これなら行ける!

 

あたしは急いで軍手を外し、人差し指と親指で輪っかを作り、口笛を吹いた。

甲高い音が会場に響き渡る。

その音は参加者が乗ってきた馬車を停めている駐車場まで届き、

あたしが乗ってきた馬が音を聞きつけ走り出した。

ぼけーっと大会終了を待っていた御者は突然動き出した馬車に驚いて車体にしがみつく。

 

そして馬はいななきながら会場へ乱入。

あたしはコースを外れて駆け出し、馬車の御者席に飛び乗った。

 

「ごめんあそばせ!」

 

「あんた何やってんだ!?」

 

「今日はダービーめでたいなっと!」

 

御者から手綱を奪い取ると、一度弾いてスピードアップ。予想外の展開に観客が熱狂。

二頭の馬は悪路を物ともせずに、再びコースへ向けて猛スピードで駆け抜ける。

残り10m!まもなく旗が敵の手に渡る。お願い、間に合って!

 

あたしを転ばせた選手も、ガタガタと車体を揺らしながら迫る馬車に気づいたようで、

一瞬振り返るとギョッとした顔を見せた。

何が起きたかわからない様子でラストスパートを掛ける。あと5m!

 

馬車を飛ばしたはいいけど、ほんの少しだけ相手が速い。

手を伸ばせば旗に届いてしまう。

でも、負けるわけにはいかない。あたし達の夏の生活がかかってるし、

ここまで面倒くさい思いをして参加した努力が無駄になる。

菓子袋1個じゃ釣り合わない。だからあたしは……。

 

「はあっ!」

 

彼に犠牲になってもらうことにした。

手綱を思い切り右に引っ張る。馬は急激に方向転換。

選手の手はもはや旗を掴む直前だった。

が、ゴール直前、ドリフトしてきた馬車の車体の直撃を食らい、

激しい勢いでコース外へきりもみ回転しながら飛ばされていった。

 

「うぎゃああああ!!」

 

「ストーップ!どうどう」

 

手綱を引いて馬を止める。結果、コースにはあたしひとりだけ。

馬車を降りると、旗を取り、誇らしげに掲げた。

 

《第7走勝者は、斑目里沙子選手。第二種目進出おめでとうございます!》

 

どうにか初戦を突破すると、ほっとしてその場に旗を放り出す。

そして目を丸くしてあたしを見てる御者さんに近づいた。

 

「驚かせてごめんなさい。チップ弾むから元の場所で待っててくれるかしら」

 

「あんた何考えてんだよ!もう二度と御免だからな!?」

 

「大丈夫。あたしの勘だと2回同じ手は通用しない。安心していいわ」

 

「まったく、馬も車もガタが来てるってのに……」

 

ブツブツ言いながら御者さんは馬を駆って去っていった。

レースを終えたあたしは再度待機所へ戻って第一種目の終了待ち。

まぁ、その後もひどいもんだったわ。

 

スタート直後に隣のやつを背負い投げするわ、

隠し持ったメリケンサックで殴りかかるわ、

あたしの真似したのか両手で集めた泥で顔面に攻撃するわ。

綺麗事一切抜きの蹴落とし合いが終わると、進行役のアナウンス。

 

《只今をもって、第一種目が終了しました。

第二種目へ勝ち進んだ皆さん、おめでとうございます。

惜しくも敗れた皆さんは、受付で参加賞を受け取ってお帰りください。

本日はお疲れ様でした》

 

負けた人達が悔しそうに受付に並ぶ。

いい歳した大人がしっかりお菓子をもらうのは忘れてないあたり、ちょっと笑えた。

でも遠目に中身を見ると、キャンディ、チョコチップクッキー、

キャラメルポップコーン、フィナンシェとか結構充実したラインナップで、

あたしもちょっと欲しくなった。参加賞って入賞者はもらえないケースが多いし。

 

《なお、本大会最初の敢闘賞1000Gは、見事な勢いで馬車に吹っ飛ばされた、

レインドロップからお越しのマッドクラウザー君に送られます。

おめでとう、クラウザー!入院費の足しにしてくれ!》

 

進行役がどうでもいいことを言ってるけど、あたしが狙ってるのは敢闘賞じゃない。

というより、馬車が乱入したことを問題視しない大会運営はやっぱり頭がおかしい。

犯人が言うのもなんだけど。

 

《第二種目開始までしばらくお待ち下さい。

準備でき次第ご案内しますので、それまで休憩といたします》

 

「ふぅ」

 

あたしはヘルメットを外して、一旦ルーベル達のところへ戻る。

蒸れた頭が外気に触れて心地いい。

観客席を見渡し、濃ゆいメンツが揃ってる場所へ行く。

合流すると、ジョゼットが水筒に入れた水を渡してくれた。

 

「おめでとうございます、里沙子さん!

里沙子さんらしい、大胆で汚い作戦にワクワクしちゃいました。どうぞ~!」

 

「ありがとう。一応言っとくけど水に対する礼よ」

 

「やるじゃねえか。

やせっぽちのお前が、あの強豪達相手にどこまでやれるのか心配だったが、

お前らしい戦いぶりだったぜ」

 

「褒めてるのか貶してるのかはっきりして」

 

「さすがですわ、お姉さま。並み居るライバルを押しのけて見事勝利なさるとは。

パルフェムには真似できません」

 

「応援してくれるだけで十分よ。あなたが出場してたら確実に怪我してたわ。

涼をとるために血みどろになっちゃ本末転倒」

 

「ねー、里沙子。あのお菓子セット手に入らない?すごく美味しそうなんだけど」

 

「菓子なんかいつもの行商人から買えばいいでしょうが。

我が家の酷暑問題を一挙に解決するチャンスなの。1位賞品以外に興味はないわ」

 

「つまんないのー」

 

「里沙子さん」

 

遠慮がちに輪の中に入ってきたエレオノーラ。どこか浮かない表情で話しかけてきた。

 

「エレオ、今日は暑いから水分補給はしっかりね。

結局いつもの格好で来ちゃったんだから」

 

「はい……。里沙子さんもお気をつけて。

さっきのような無茶はなるべく控えてくださいね?」

 

「気をつけるけど、勝つために手段を選ぶつもりはないわ。

1回勝った以上は、最後まで行く」

 

「すみません。わたし達のために……」

 

「いいの。この大会の異常さに気づいてる人があたし以外にもいるってだけで心強いわ」

 

《♪ピンポンパンポン…まもなく、第二種目が始まります。

選手の皆さんは、待機場所へお集まりください》

 

「時間ね。もう行くわ。また後でね」

 

「どうぞ、ご無事で」

 

「頑張ってこいよー!」

 

「はーい」

 

あたしはまたルーベル達と別れ、白いラインで区切られた待機場所に並んだ。

大会開始時点から無事な白線はここにしかない。

次の競技を待っていると、テントからスタッフが何人も出てきて、

あたしらに変なものを配りだした。

 

ゴム製の手袋と、変な瓶。

瓶はプラスチックとガラスの中間みたいな質感の透明な素材で出来てて、

落とさないよう手首に通すストラップがついてる。

これ何なのかしら、と考えていると、進行役が第二種目の開始を宣言した。

 

《第二種目、ウィル・オ・ウィスプつかみ取り大会を行います。

それでは黒魔女さん、よろしくお願いしまーす》

 

意味のわからない競技名にキョトンとしていると、

またもテントから謎の人物が出てきて、会場の真ん中に立った。

 

「……」

 

ムスリムの女性みたいに目以外を黒い衣装で隠した魔女が無詠唱で魔法を発動すると、

左手から無数の青いプラズマ球が現れ、辺り一面に広がった。

仕事を終えると黒ずくめの魔女はテントに引っ込み、進行役がルール説明を開始。

 

《第二種目のルールについてご説明いたします。至って簡単でございます。

会場に散らばったウィル・オ・ウィスプを、お手元の魔封瓶へ集めてください。

制限時間内により多くを集めた上位20名が第三種目に進めます》

 

ねえ、ウィル・オ・ウィスプってもしかしてそこら中でバチバチ電気を発してるアレ?

あたしにあれを拾えというのか。僕にその手を汚せというのか。

出典元?自分で探してよ!

 

《第一種目同様、刃物、火器爆発物、魔法その他特殊能力の使用は反則ですが、

やはりその他の妨害行為は全面的に認められています。以上》

 

ドンキで買って改造したスタンガンより痛そうな電撃を放ちながら、

ゆらゆらと浮かぶウィルなんちゃら。

さっき湧き上がった闘志が早くもしぼむ。だけど世の中は待ってはくれない。

周りの連中はやはり何の疑問もなくゴム手袋をはめてる。

あたしも軍手からゴム手袋に装備換装。やるしか、ないわね。

 

《勝負は早いもの勝ち、それでは第二種目、スタートです!》

 

審判のホイッスルが鳴ると、うおおお!という雄叫びを上げながら

選手達がバトルフィールドに散らばる。

あたしも彼らに追いつこうとしたけど、即、怖気づいて足を止めた。

 

バリバリ!

 

「ぴぎゃあああ!!」

 

ビリビリ!

 

「あがっつあおぉぉーい!!」

 

バチバチバチ!

 

「タスケテオカアチャン!!」

 

勢いに任せてグラウンドに突っ込んだ結果、

電撃を食らった選手が人間の声帯で出せるとは思えないような悲鳴と共に倒れていく。

人柱になった間抜けに心の中で手を合わせつつ、

あたしは周囲を確認しながら、恐る恐るウィル・オ・ウィスプのひとつに手を伸ばす。

 

触ろうとした瞬間、そいつは威嚇するように

バチィ!と一瞬火花を散らしヒヤッとさせたけど、ゴム手袋の性能を信じてそっと掴み

魔封瓶に入れる。ようやく1個回収。

 

他の連中みたいに無茶しないで、

ひとつひとつ慎重に回収していけばなんとかなりそうね。2つ、3つ。

ウィル・オ・ウィスプに囲まれないよう立ち位置に気を配りながら、

どんどん掴んでは瓶に入れていく。

 

5個くらい集めたところで、これで20位以内に入れるかしらと思案していると、

あたしの前に顔を悪役レスラーのようにペイントした

猪みたいなオバちゃんが立ちはだかった。

 

「やい、そこの小娘!お前の電球をよこしな!」

 

「野盗みたいな真似をするものじゃなくてよ、おばさん」

 

「なんだって!アタイのアイアンクローをお見舞いしてやろうか!?」

 

その時ピンと来た。他選手への攻撃が許されているなら。

 

「残念だけど、この競技じゃ立派な筋肉は役に立たないの。……ほら!」

 

あたしは瓶に手を突っ込み、ウィル・オ・ウィスプの一つを掴んで

オバちゃんに投げつけた。

一度手懐けてしまえば素直なもので、投げたプラズマ球は真っすぐ飛んで命中。

ゴツいおばさんを電撃で無力化。

 

「あぴばぴばがああ!!」

 

頭から煙を出して倒れ込んだ。完全に気絶している。

そしてあたしはおばさんが持っていた魔封瓶からウィル・オ・ウィスプを取り出し、

自分の瓶に入れた。よっしゃ、全部で11個。

1個攻撃に使ったけど、十分過ぎるほどの見返りよ。

 

だけど喜んでばかりもいられなかった。気づくと周りの選手があたしの様子を見ている。

迂闊だった。連中も気づいちゃったのね。

バカ正直に拾い集めるんじゃなくて、他のやつを倒して奪えばいいってことに。

 

“待てえええ!”

 

「ちょっ、こっち来るんじゃないわよ!」

 

大勢のアホが何故か手近なやつじゃなくてわざわざあたしを捕まえに来る。

でもね、この競技に限ってはあたしに地の利があるのよ!

小柄なあたしは屈んでウィル・オ・ウィスプを避けつつ逃げる。

一方無駄にデカイ連中は空中浮遊機雷に接触。電撃に焼かれて昇天する。

 

“ぱびゃあああ!!”

“押すな押すな!危ねえだろ!”

“お前の瓶をよこせ!……あづっ!あああ!”

 

そのうち自滅した選手の瓶の奪い合いが始まる。

手持ちのウィスプを投げ合い、拾った瓶の中身をぶちまけて範囲攻撃。

競技の趣旨がウィル・オ・ウィスプ集めから単純な潰し合いに変わる。

一人、また一人と電撃で黒焦げになっていく。

 

あたしは割と安全なエリア外周付近でその様子を眺めてたけど、

何が彼らをそうさせるのかわからなくなっていた。

そりゃ賞品は豪華だけど、明らかに正気の沙汰じゃない。

得るものより失うものの方が大きいと思う。菓子袋1個の仕事じゃない。

ちなみに、再起不能になった人には後日郵送で参加賞が送られるらしい。

そんなもんより安全対策に予算を割きなさい。

 

《残り30秒です!頑張ってひとつでも多く拾って入賞を目指してください》

 

“拾って”じゃなくて“殺して”の間違いだと思う。

あたしは安全地帯でちびちびと1個ずつ回収しながら

この地獄絵図が終わるのを待っていた。

 

《そこまで!》

 

審判の宣言と同時に、宙を舞っていたウィル・オ・ウィスプは消滅。

生き残り達がたっぷりウィスプの詰まった魔封瓶を見せつけるように振り上げる。

一方、周囲はまさに死屍累々。哀れな敗残兵が大勢煙を吐きながら倒れてる。

 

死んだような目をして突っ立っていると、またテントからスタッフが出てきて、

今度は選手から瓶を受け取り、ウィスプの数をクリップボードに記入し始めた。

疲れが溜まってきたあたしも黙って瓶を渡す。

 

「はい。斑目里沙子さん、14個です」

 

「……うん」

 

グラウンドの中央に集められたあたし達は、結果発表を待つ。

正直これで失格でもいいと思ってる。この狂気の祭典から降りられるなら。

周りの奴らはまだまだ元気いっぱい。彼らは何のために戦うのかしら。

それとも、某蛇のように戦うことでしか自分を表現できないのかしら。

だとしたら、人間は、なんと愚かな生き物なのだろう。

そんならしくないことまで考えるほどあたしは正常な思考能力を失いつつあった。

 

《結果発表!》

 

進行役のアナウンスで思考の海から現実に戻る。首を上げるのも億劫。

 

《えー、本来なら収集個数上位20位までが第三種目進出となるのですが、

残り選手が17名しかいないため、皆さん第二種目突破です。おめでとうございます》

 

ふざけんな。あたしだけでなく負けたやつらもそう言いたかったに違いない。

でも勝ち残った連中は何も考えていないのか、嬉しそうに笑ってる。

文句を言う気力もなく、ただ進行役の言葉に耳を傾ける。

 

《お昼になりましたので、昼食休憩に入ります。

1時間後にまた待機場所にお集まりください》

 

ヘルメットを取ることも忘れて、

ジョゼットが用意してるはずの弁当を食べに観客席へ戻る。

本当、子供の頃の運動会を思い出すわ。

母さんも弁当を作ってきてくれたけど、

デザートの梨が気温でぬるくなって台無しだった。

 

教育委員会の人には運動会開催の時期変更を真剣に考えてもらいたいわ。

あれは肌寒いくらいの秋深まった季節にやるべき。とにかく何かお腹に入れなきゃ。

あたしは頼りない足取りで歩み続けた。

 

 



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太陽を盗んだあたし

皆さんは、昔「バトルロワイヤル」という小説及び映画が

物議を醸したことを覚えているかしら。

独裁政権が中学生を集めて殺し合いをさせるという狂った世界観が

賛否両論を巻き起こし、一時国会でも取り上げるほどの話題を呼んだの。

 

そのバトルロワイヤルを完全自由参加型にしたら

今回のような違った形の悲劇が生まれると思う。

やっぱりお話しするのはそんなイカれた物語。

毎年のように報道される、無茶な組体操や(略。

ハーメルンの片隅から、斑目里沙子より。

 

 

 

 

 

「ようよう。二回戦も頑張ったじゃねえか、里沙子!」

 

レジャーシートの上で、ぐでーっとあぐらをかいて前のめりになるあたしを、

あっけらかんとした声で励ますルーベル。

 

「正直、里沙子さんは銃がなかったら意外とヘタレなところがあると思ってましたけど、

さっきの活躍で見直しました!」

 

「うい……」

 

嫌味のひとつも出てこないあたしは力なく返事することしかできない。

とりあえずジョゼットは“あとで殺す”と脳に書き込む。

 

「本当に大丈夫なのですか?事故が起きる前に棄権することも考えてくださいね。

大聖堂教会を頼ることに、何ら後ろめたいことはないのですから」

 

「お姉さま顔色が悪いですわ。

もう少しパルフェムが年上なら代わりに出場できましたのに……」

 

「ありがと。本当にエレオとパルフェムだけが救いよ」

 

「もうお弁当食べようよー!私、待ちくたびれてお腹空いちゃった」

 

「あんたは見てただけでしょうが。まぁ、あたしも腹ペコなんだけどさ。

それと、カシオピイアは?」

 

「結局会えてねえ。こう会場が広くちゃな」

 

「合流できなかったときに備えてお弁当を渡してますから大丈夫だとは思うんですけど。

わたくし達もお昼ご飯にしましょうか。ちょっと待ってください」

 

ジョゼットが持ってきたランチバスケットを開けて、紙皿やフォークを皆に配る。

それからこの世界でも手に入る割と密封性の高い容器に詰めた料理を広げた。

サンドイッチやほうれん草のキッシュ。卵焼きにウインナー。

カマンベールチーズをビスケットで挟んだ一品。

いろいろあるけどやっぱりデザートには梨が。母さんみたいなことしてんじゃないわよ。

 

「……ジョゼットにしてはやるじゃん」

 

「腕によりをかけて作りました~。それでは皆さん召し上がれ!」

 

みんなが“わ~い”と子供みたいに食事に群がる。

飯を食うのもしんどいあたしは、とりあえず紙皿を手に取った。

その時、ふよふよと何かが近づいてくる気配がしたから、振り向いてみる。

あらまあ懐かしい顔じゃない。

 

「あっ……」

 

来ようかどうか迷っていたらしく、急に振り返ったあたしに空中で少し動揺する彼女。

ヴェロニカだった。さっと何かを後ろに隠す。

 

「ヴェロニカじゃないの。久しぶりね。こんなところで会えるとは思わなかったわ」

 

「お、お久しぶりです……」

 

「おう。1年ちょっと前に里沙子に嫁宣言したネーちゃんじゃねえか。

こっちで一緒に食おうぜ」

 

「よよよ、嫁!?お姉さま、どういうことですの!」

 

「泣きたくなるくらい弱ってるから大声出さないで。

家に帰って風呂入って冷えたエール空けてぐっすり眠ったら説明するから。

とりあえずその件についてはケリがついてる」

 

グレーのセミロングにラピスラズリの髪飾りがワンポイントの、メガネが似合う彼女。

今日もチェック柄のドレスを着て微妙に浮かびながら、なんだかモジモジしてる。

 

「ほら、ルーベルの言う通りあなたも一緒に食べましょうよ。」

 

「あの、でも……」

 

「いいから座った座った。狭いならジョゼット蹴飛ばしゃ済む話」

 

「ひどいです……」

 

まともな知り合いとの思わぬ再会に

テンションが5ポイントくらい回復して彼女を招き入れる。

 

「それでは失礼して」

 

「にしても凄い偶然よね~。元気だった?今日はなんでこんなところに?」

 

「おかげさまで。領主様から大会の視察を仰せつかって来ました。

開催地を提供していることもありますし、帝国初の試みですから」

 

「じゃあ悪いけど領主さんに伝えといて。“二度とやるな”」

 

「フフ、では確かに。まさか里沙子さんが出場されてるとは思いませんでしたけど」

 

ヴェロニカも緊張がほぐれてきたのか、笑いがこぼれる。

ていうか、なんで緊張してるの?

 

「一等賞が欲しいっていう複雑な事情があるの。そろそろ食べましょう。

ヴェロニカも遠慮しないで食べて。ジョゼット、もう一枚皿ちょうだい。水も」

 

「ちょっと待ってくださいね」

 

「あっ、お昼のことなんですけど、その……」

 

そう思ったらまた緊張する。あたしのせいなの?そうなの?

基本的に独りの人生を送ってきたあたしは

他人の心の機微が全くと言っていいほどわかんない。

何も言えずに困り果てていると、

彼女がおずおずと懐から可愛らしいクロスで包んだ箱を取り出した。

 

「よかったらでいいんですが、わたし、お弁当を持ってきてるので、あの、里沙子さん。

食べて、いただけないでしょうか……。本当、味見程度でいいんです!」

 

正解のないクイズの予想外の解答に驚いてあたしまでまごつく。

 

「弁当って、いや、あなたのご飯はどうなるの。

あ、ジョゼットの飯を食べればいいのか」

 

「……ご迷惑、でしょうか?」

 

「違う違う!そんなことない!ありがたくいただくわ!」

 

また真顔で泣きそうになったから慌てて弁当を受け取る。

クロスを広げると女の子らしい小さな弁当箱。

痩せの大食いだったあたしの学生時代の無骨な男物とは大違い。

フタを開けると未知の世界が広がっていた。

 

「まぁ……」

 

唐揚げ、ミートボール、固めに焼いたダシ巻き卵、

添え物に茹でたブロッコリー、プチトマト。

ご飯は白米じゃなくてタケノコをメインの具にしたピラフ。

彩り豊かな世界にしばし見惚れる。

 

「いただくわよ?」

 

「はい」

 

今度はあたしが緊張しながらフォークで唐揚げを口に運ぶ。

うん。弁当は冷めるものだから冷めても美味しさを保てるかが勝負どころなんだけど、

文句なしにうまいわ。

 

「おいしいわ、この唐揚げ!」

 

「よかった、お口に合って。

ミストセルヴァの沼地で捕れた、活きのいいワニを揚げてるんです」

 

ほっとした様子で告げるヴェロニカ。あたし以外のメンバーが騒ぎ出す。

 

「ワ、ワニ!?あの凶暴なワニですか?」

 

「そんなもん食って大丈夫なのかよ……?」

 

「なにぶん帝都で売っている食材しか知らないので、分かりかねます……」

 

「パルフェムは、聞いたことがありませんわ。皇国と食文化が違いすぎて言葉が……」

 

ピーネは硬くなって何も言わない。

 

「ちょっと、あんたら失礼でしょう。

言われるまで鶏肉としか思えないくらい歯ごたえも味も変わんなかったんだから。

ヴェロニカ、気にしないでね。あたしはうまけりゃ細かいことはどうでもいいの。

あなたの弁当、おいしいわよ」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

「あなたがお礼言ってどうすんの。

ほら、ヴェロニカも食べて。ジョゼットの弁当でよかったら」

 

「たくさんありますからいっぱい食べてくださいね!」

 

「では遠慮なく、ごちそうになります」

 

ヴェロニカもサンドイッチとキッシュを皿に取って食べ始める。

全員にいい感じに飯が行き渡ると、あたしも手作り弁当の続きを楽しむ。

手作りもなにも、この世界にコンビニ弁当なんてありゃしないんだけど。

 

そんなわけで、熱帯気候に近いこの領地でも傷みにくいよう工夫された

ヴェロニカの弁当を食べるうちに、すり減った精神力が戻ってきた。

これで第三種目も頑張れそう。

 

「そういやさあ、次の競技は何なんだ?」

 

飯を食わないルーベルがいつもどおり水を飲みながら聞いてくる。

水筒の水には限りがあるから飲みすぎないでよ?

 

「あたしが知るわけないでしょ。どうせろくでもないものに決まってる」

 

「ヴェロニカさんはご存知ありませんか?」

 

「わたしの職務はあくまで運動会が円滑に進んでいるかどうかの視察ですから、

プログラムの詳細までは知らされてないんです」

 

「……そうですか。何か対策ができればと思ったのですが。

2つの競技で里沙子さんが危険な目に遭っているので」

 

「円滑になんて進んでないわ。運営も参加者も頭のネジが外れてて、

危険だろうが血が流れようがお構いなしに無理矢理続けてるだけよ。

マヂな話その辺のこと領主さんにしっかり伝えてね」

 

「そのようですね……。

確かに安全管理が疎かになっている点は報告しなければなりません」

 

「頼むわ。ほんと頼むわ」

 

その後もあたしはちょっとしたピクニック気分で現実を忘れた。

おいしい弁当を食べながら仲間とダベり、

気がつけば再び戦場に赴く気力を取り戻していたことに気づく。

 

「ふぅ、ごちそうさま。ありがとうヴェロニカ」

 

宴もたけなわ。みんなたらふく食べて、

あたしもカラになった弁当箱をクロスで包み直すと、ヴェロニカに返した。

 

「お粗末様でした。食べてくれて、ありがとうございます……」

 

「だからなんであなたが礼を言うの。おかげでまた戦えるようになったわ。

参加者はあたし含めて残り17人だから、“事故”が起これば

あわよくば次で1位になれるかもしれない」

 

 

《♪ピンポンパンポン…お昼休憩がまもなく終わります。

午後の部が始まりますので、選手の皆さんは待機所へお戻りください》

 

 

いいタイミングで昼休みが終わった。

さて、エネルギー補給も済んだし、行くとしますか。

レジャーシートから立ち上がり、靴を履く。

 

「どうか、お気をつけて」

 

「頑張ってこいよー」

 

「わかってるって。ジョゼット達はなるべく日陰にいるのよ?」

 

あたしは仲間と別れ、再びヘルメットと軍手をはめて待機所に戻る。

四角い白線のエリアはすっかり人が減って寂しくなった。

できれば次で決着がつくといいんだけど。

そんな気持ちも知らないで、進行役がまたマイクを取る。

 

《それでは皆さん!お時間が参りましたので、第三種目を開始致します!

続いての競技は……借り物競走です!》

 

意外にも普通の種目で逆に驚いた。

スタッフがいっぱい紙がぶら下がった物干し竿みたいなものを設置してる。

てっきりK-1グランプリでもおっぱじめるのかと思ってたけど。

 

《ルールは至って簡単!

まずはグラウンド中央に吊るされた封筒をひとつ取ってください!

中の紙に書かれているものを、どなたでも結構です。誰かからお借りして

ゴールで待っているスタッフに渡してください。

生き残れるのは先着6名!競技の性質上、今回は待機所から直接スタートとなります。

また刃物、火器爆発物(略)》

 

今度は速さもそうだけど運も必要になるわね。

誰も持ってないようなものを引いたらその時点で詰む。

 

《準備はいいですか?それでは…借り物競走、スタート!》

 

選手達が喚き立てながらロープを張った一対のポールに殺到する。

無駄に声が大きい連中のおかげで、寂しくなった空気がまた沸き立つ。

クライマックスが近くなって、観客の熱も高まりきっていた。

 

欲しくもない声援を受けながら、あたしも走り出し、

大男の群れに巻き込まれないよう封筒を取る。

どうせ中身はわからないんだから、安全第一で行きましょう。

で、空いていたスペースで取った封筒を乱暴に破って開けると一枚の紙。

そして書かれていた単語を見て愕然となる。

 

『恋人』

 

人をコケにするのも大概にしなさいよ!

非リアは負けろっていうあたしへの宣戦布告じゃないの!

ガンベルトを家に置いてきてなかったら、

テントの連中にピースメーカーの.45LC弾をお見舞いしてたと思う。

 

あああ、それどころじゃない!

恋人なんかどうすりゃいいのよ。タロットカードの“恋人”はアリかしら?

いや、どっちにしろ難易度高いしタロット自体この世界に来てない可能性の方が高い!

他のやつらはもう観客やスタッフに駆け寄って何やら叫んでる。

 

「頼む!誰か10000G貸してくれ!」

 

「“ロケットランチャー”ねえか!必要なんだ!

誰かロケットランチャーが何かを教えてくれ!」

 

「皇帝陛下の王冠だと!?あるわけねえだろそんなもん!」

 

他にも無茶ぶりされた選手の悲鳴が響く。

誰にも相手にされない彼らの様子を見て気づいた。

これは次の(恐らく)決勝戦に備えて、

腕力が通用しない手段で選手をふるいにかける運営の罠!

あたしらはハズレを引かされたのよ……!

 

ただ“恋人”と書かれた紙を握りしめてその場に立つしかないあたし。

運営に対する苛立ちとか憎悪とか殺意とか、

負の感情が腹の中に渦巻いてどうしようもない。

どうせ負けるならテントに並んでる賞品強奪しようかしら。

どこまで逃げられるかやってみようかしら。

そんな馬鹿なことを考えるほど追い詰められたその時。

 

“里沙子さん、がんばってくださーい!”

 

観客席から聞こえる声援。ジョゼットやエレオじゃない。

 

「あ、はは……」

 

乾いた笑いが漏れる。救いの手が差し伸べられた。あたしは声の主に向かって走り出す。

グラウンドから出て観客席に乱入。そして、彼女の手を握った。

 

「きゃっ!どうしたんですか、里沙子さん?」

 

「お願い。一緒にゴールまで来て!」

 

「えっ、借り物競走ですよね?」

 

「“魔女”が課題なの。協力して」

 

「わたしは魔女と人間のハーフなんですが、大丈夫でしょうか……」

 

「大丈夫。駄目だろうとごねまくるから大丈夫。とにかくお願い!」

 

「はい、わかりました!」

 

ヴェロニカの手を取り、再びグラウンドへ。

途中、観客席でさっそく選手がトラブルを起こしてるのを横目にダッシュする。

 

“姉チャン、そのダイヤの指輪貸してくれ!”

“いや、やめてください!”

“絶対返すからよ!”

“お嬢様から離れろ、馬鹿者!

……稲妻の妖精、野蛮な巨人に仕置きせよ!リトルショック!”

“ひぎやぁああ!”

 

既に2人がゴールしてる。急ぎましょう。

ふわふわ浮かべる彼女を風船のように引っ張りながら目的地を目指していると、

なぜか後ろから何人かが追いかけてきた。

 

「あいつだ!待てー!」

「お前の紙とブツをよこせ!」

「ここまで来て負けられるかー!」

 

げっ、ハズレを引いた連中があたしの借り物を奪いに来た。

ゴールまでの距離はグラウンドを丸ごと横切らなきゃいけないほど残ってる。

全力疾走するけど、負け確定のやつらも必死。

息が上がるほど走ってもしつこく食い下がってくる。追いつかれるのは時間の問題。

だったら賭けに出るしかない。あたしはさっき見たやり取りを思い出した。

 

「はぁ…はぁ…。

ヴェロニカ、あなたの魔法で後ろのバカ共なんとかしてくれないかしら」

 

「でも、魔法の使用は禁止されてるはずでは?」

 

「選手はね。だけどあなたは観客だから関係ない。

運営が何か言ったらそん時もごねるから心配しないで」

 

「それでしたら……。

大地が育む命の水よ、其が恵み知らざる愚者に芳しき誅罰を!

デスモーキーフレーバー!」

 

ヴェロニカが魔法を詠唱すると、

彼女が左手に集めた魔力に呼応して、地面から真っ白な煙が勢いよく立ち上り、

グラウンド全体に及ぶほど広範囲を包み込んだ。

煙を吸い込んだ連中は、途端に激しく咳き込みはじめ、その場で動けなくなる。

 

「ごほ、げほぉ!息が、息ができねえ!」

「目がぁ!目に染みる!痛え!」

「ああ臭え!野焼きよりひでえ!助けてくれー!」

 

予想以上に被害が及んだけど、とりあえずやったわ!あとはゴールするだけ。

違う理由で呼吸が苦しいあたしは、

走るペースを緩めてスタッフの待つエリアまで早足で急ぐ。

 

「はぁー、ふぅ…。ありがとうヴェロニカ。おかげで6位以内は確実キープよ」

 

「こんなことをしてしまって、本当によかったのでしょうか……」

 

「審判がなんにも言ってこないでしょ?だからこの作戦は有効なの。

さあ、二人でゴールテープを切りましょう」

 

そしてあたし達は一緒に白線で示された目的地に滑り込んだ。既に4人が到着してる。

ヴェロニカの魔法がなかったら危なかったわね。

スタッフが近づいてきて、紙と借り物の提示を求めてきた。

 

「おめでとうございます。指定の紙と借り物を……!?」

 

あたしはスタッフの肩に手を回して、強引に少し離れたところに連れて行った。

 

「あたしの借り物はこれ。彼女がそう。文句ないでしょう?」

 

「でも…。あなたもあの人も女性です、よね?」

 

「ねえ、ヴェロニカ!

あたし達って帝都でデートしたり、

景色のいい展望台で抱きしめあったことあるわよね!?」

 

「そっ、そうですが!それが何か?」

 

彼女は真顔で、だけど耳を真っ赤にして答えた。さらにスタッフに迫る。

 

「でしょう?だったらこの券も彼女も有効よね?無効ならその理由を説明願うわ。

ただ性別が同じだからというだけであたし達の関係を否定するなら、

あなたや大会運営に対して訴訟起こす」

 

「わかりました、わかりましたから……。では、37番さんが5着で」

 

「やったー!やったわヴェロニカ!あたし達の勝利よ!」

 

「おめでとうございます」

 

「あなたのおかげよ。手伝ってくれてありがとう」

 

「そんな。わたしはただ、ついてきただけで……」

 

「謙遜しないの。あなたの魔法で助かったんだから」

 

喜びを分かち合っていると、まもなく6人目も“ジョジョの単行本”を持ってゴール。

煙幕魔法の巻き添えを食らったみたいであたしを睨んできたけど、

恨むならこんなキチガイ共の乱痴気騒ぎからとっとと降りなかった自分を恨んで欲しい。

 

《勝負あり!そこまで!》

 

同時に審判が終了を宣言。運に見放されグラウンドに残された選手達が肩を落とす。

とぼとぼと受付に向かい、ゼッケンとヘルメットを返却し、参加賞を受け取る。

午後まで粘って得たものが菓子袋ひとつだというのはとても気の毒だと思う。

ああはなりたくないわね。絶対次の決勝で1位にならなきゃ。

 

《ご来場の皆様、第三種目の勝者達に惜しみない拍手を!

いよいよ次の最終種目で今大会の優勝者が決定されます!》

 

会場が割れんばかりの拍手に包まれる。

プレッシャーもあるけど、勝っても負けてもお家に帰れるという安堵感が大きい。

そんなわずかな希望は決勝戦で粉々にされるわけだけど。

 

「ヴェロニカ、もう観客席に戻って。仕事中に連れ出してごめんなさいね」

 

「いいえ。優勝を祈っていますね」

 

ヴェロニカと別れると、

彼女はまたホバーしながらジョゼット達のところへ戻っていった。

空が飛べるっていいわね。あれなら泥が跳ねてドレスが汚れる心配がない。

ジャージ姿で散々暴れまわったあたしは

嘘まみれ泥まみれ汚れっちまった悲しみだらけの哀れな女。

 

この上決勝戦で負けたら参加賞だけぶら下げて惨めに帰宅することになる。

ピーネ以外誰も喜ばない。それだけは避けなきゃ。

 

《勝ち残った6人の偉大なる挑戦者達は待機所でお待ち下さい!

すぐに最終種目の準備を行います!

第一回サラマンダラス帝国大運動会のラストを飾るに相応しい、

激しいバトルをお楽しみに!》

 

心底どうでもいいアナウンスを聞きながら、

たった6人になったあたし達は指示通り待機所へぶらぶらと歩く。

白線のエリアに入ると、乾いている地面を見つけて体育座りする。

体が疲れているのか、じっとしていると眠くなってきた。

 

うっかり眠りそうになったけど、ゴトン!と地を揺らす音に叩き起こされる。何事?

飛び上がるほど驚いたあたしは会場を見回す。

そして会場の奥から現れたものが目に入ると、戦慄のあまり言葉を失った。

 

 



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異世界の中心で平和を叫んだけもの

運動会編ラストに相応しい過去の名作を紹介しようと思ったけど、

なんにも見つからないからとりあえず皆さんの無病息災を祈っておくわ。

ハーメルンの片隅から、斑目里沙子より。

 

 

 

 

 

そいつは森の奥からやってきた。全てを圧倒する全身を重厚な装甲で固めた鋼鉄の巨人。

奴がジャラジャラと肩に掛けた太い鎖を引きながら歩く度、

重量で柔らかい地面に深い足跡がつく。鎖の先には身長よりも高い鉄球。

あたしらは皆、震え上がった。逃げよう。

皮肉にも初めて蹴落とし邪魔しあっていた選手全員の心がひとつになる。

 

「な、なんで……」

 

《レディース・アンド・ジェントルメン、ご注目!本大会の大トリを飾る最終種目!

その名も……大玉転がしです!》

 

「なんで皇帝陛下がここにいるのよ!?」

 

あたしの悲鳴と同時に、

長らく再登場の機会がなかった仮面ライダーフォートレスのモノアイが点灯する。

そして、ライダーが鎖で引っ張ってきた高さ3mはある鉄球を怪力で持ち上げ、

目の前に置いた。

鉄球が着地すると、腹に響く音と共に数十トンはある重量で地面が振動。

揺れがこちらまで伝わると、フォートレスは準備よしと言うように

何度か鉄球をペチペチ叩く。

 

《ここでおなじみルールのご説明!

メタリックなボディがイカス仮面ライダーフォートレス君が、

巨大鉄球を転がして選手の皆様を追いかけます!

フォートレス君を機能停止に追い込むか、

3位以内に入賞するまで逃げ切れば賞品獲得!》

 

怪我はどうする?

1位2位が決まるまで競技が続くってことは、3位は鉄球の餌食になってるってことよね?

 

《なお、非常に残念な事ではありますが、ギブアップされる場合は

グラウンド中央の赤い円に逃げ込んでください。防御魔法陣となっております》

 

あそこに行けば帰れるのね。もうやめにしよう。付き合いきれない。

パルフェムにも言ったけど、冷房ひとつのために死んだりしたら元も子もない。

 

《しかし、最終戦は特別ルールが適用されるのでご安心を!

グラウンドに散らばる木箱を御覧ください!》

 

「なに、木箱?」

 

よく見ると、いつの間にかグラウンド全体に大小様々な木箱が設置されてる。

これがなんだってのよ。

 

《サラマンダラス要塞全面協力のもと、いくつかの箱には強力な武器が入っています。

アタリを引けば一発逆転の大チャンス!

箱で手に入れた武器に限り、銃火器の使用が認められます!》

 

……つまり、仮面ライダーを無力化できるほどの代物があの中にあるってこと?

少し心がぐらついてきた。もしかすると、もしかするかもしれない。

 

《選手諸君はスタートラインへお集まりください!

フォートレス君はもう少し待機しててね!》

 

よたよたと歩きながら考える。

いくらライダーに変身しててもあの鉄球のコントロールは難しいはず。

皇帝陛下を説得するチャンスくらいはありそう。ここまで来たら死なばもろとも。

……やってやろうじゃないの!

 

あたしは覚悟を決めて新しく引かれた白いラインに並んだ。

両脇に並ぶ他の選手も、あたしは目に入ってないみたい。

無理も無いわね。のんきに潰し合いなんかしてたら自分が文字通り潰される。

 

《それでは最終種目!大玉転がし……スタート!》

 

進行役のキンキン声で戦いの火蓋が切って落とされる。

あたし達はバラバラに散らばり、仮面ライダーフォートレスがそれを追いかけるように

相撲の突っ張りみたいな格好で鉄球を転がし始める。

 

「やってられっか、アホが!」

「勝てるわけねえだろ、あんなもん!」

 

グオン!グオン!と迫り来る鉄球に恐れをなした2名が早くもギブアップ。

赤い輪に飛び込んだ。でも喜んじゃいられない。

さっさと武器を確保して反撃しなきゃ犬死にする。

あちこちから悲鳴が上がる中、薄い板で出来た木箱を一つ蹴り壊し、中身を確認。

よし、AK-47のコピー品!決め手に欠けるけど説得の時間は稼げると思う。

 

すぐさま手に取り安全装置を外し、ボルトを引く。

木製のストックを肩に当て、

フロントサイトに仮面ライダーを収めると、トリガーを引いた。

AK-47の鋭い銃声が吠え狂い、銃口から7.62x39mm弾を連射する。

弾丸は敵の重装甲に弾かれるけど、体を叩く小さな衝撃に気づいたライダーが

手を止めて立ち止まり、あたしに視線を向けた。

 

「皇帝陛下、わたくしです!斑目里沙子です!

今すぐこの滅茶苦茶な大会を中止してください!

どうか競技の内容を再検討し、改めてまともな運動会を!」

 

『……』

 

だけど皇帝陛下は聞く耳を持たず、ゴロゴロと鉄球を転がして位置を変え、

あたしを押しつぶそうと再び突進しようとした。

やけっぱちで残りの弾を撃ち尽くすけど、鉄球が速度を緩める気配は全く無い。

でもその時、後方から何かが飛んできてライダーの背中に命中。

機械の巨人を火だるまにした。

 

『!?』

 

黒ジャージの青年が火炎瓶を投げて援護してくれてる。炎も殆ど効いちゃいないけど、

この世界に助け合いの精神が残っていたことに思わず感動した。

ああ、こうしちゃいられないわね。

説得に対して何の反応もない以上、倒すしか生き残る道はない。

 

ライダーが標的を青年に変えて鉄球転がしを再開。

あたしは名も知らぬ黒ジャージに感謝しつつ次の木箱を弾切れのAK-47で殴る。

出てきたのはピコピコハンマー。

 

《おおっと残念!

言い忘れましたが、箱の中身は役立つアイテムとは限らないのであしからずぅ!》

 

弾が残ってたら進行役を撃ち殺してたと思う。

おもちゃのハンマーを投げ捨て、次の木箱を破壊。これは……!

 

「グレネードだわ!」

 

中に入っていたのはMK2ハンドグレネード3つ。

パイナップルのような形をした手榴弾を手に入れた。さっきの彼を助けなきゃ。

他の選手はハズレを引いたか慣れない銃に戸惑ってる。

 

グレネードのピンを抜いて黒ジャージ君に迫るライダーの予測進路に向けて放り投げた。

着地した手榴弾は鉄球に踏まれたものの、泥のような地面に埋まり圧壊を免れ、

ライダーの足元で炸裂。

ダメージには至らなかったけど、奴は破片手榴弾に脚を殴られて転倒した。

 

『うおっ!』

 

仰向けに倒れて泥の中でもがくライダー。その姿を見てピンと来た。

火炎瓶を使い果たした彼に大声で呼びかける。

 

「鉄球を押すのよ!奴を倒すにはあれで押し殺すしかない!」

 

「わかった!」

 

黒ジャージ君が重心を低くして思い切り腰を使い鉄球を押す。

鉄球は少しずつ動き出し、徐々に加速してライダーに向かう。

敵もそれに気づいたけど今度はその巨体が仇となって泥で滑り、うまく立ち上がれない。

もう遅いわ!

 

『ぐああっ!!』

 

重量いくらか知らないけど、

破壊の化身たる鉄球にのしかかられたライダーが大ダメージを食らう。

すると、ライダーベルトのシステム音声が何かを告げた。

 

[ダメージ蓄積率50% 警戒度レベル4]

 

なるほどね!ライダーのおおよその残り体力がわかった。

同時に鉄球はあたし達の味方でもあることも理解。急いで黒ジャージ君の所へ向かう。

 

「ねえ、あたしと手を組まない!?まだグレネードが2つある。

協力すれば倒せない相手じゃないわ!1位2位は生き残ってから決めましょう!」

 

「……ああ、俺はハリードだ。確かにあの鉄球は使えるな」

 

「里沙子よ。まだまだ木箱は残ってるし、十分逆転は狙える」

 

ハリードと共闘することになったあたしは、ライダーに警戒しながら新しい武器を探す。

ようやく立ち上がった奴はブルブルと頭を振って、鉄球をまた転がし始める。

今度は他の選手を狙い始めたようで、どんどんスピードを上げて、

モーニングスターを手にしたドレッドヘアの男に突撃する。

 

「来るなら来やがれ、この野郎!」

 

無謀にも彼はトゲトゲの鉄の塊を振り回し、巨大な鉄球に戦いを挑む。

でも案の定、大きさも重量もケタ違いの鉄球にモーニングスター共々吹っ飛ばされた。

 

「あばああああ!!」

 

最終種目最初の犠牲者に、観客席から悲鳴と歓声が上がる。

 

《今大会最後の敢闘賞は、

襲い来る鉄球に最後まで立ち向かった、リンボエッジさんに送られた。

おめでとう、リンボ君!1000G獲得だ!》

 

リンボ君が再起不能になった時点で残り3人の入賞が決定したけど、

1位じゃなきゃ意味がない。あたしはまた木箱を叩き壊して、中身を取り出す。

悠長にその場で確認してる暇がない。

ターゲットが減ったことで狙われる確率も上がった。

冷酷なライダーは生身の人間を轢き殺そうとひたすら鉄球を押し続ける。

 

そうそう、今拾ったのは何かしら。逃げ回りながら掴んだものを確かめる。

これは……。使えるわね!こんなもんまでアースから転移してたなんて。

長細いスキットルのようなものを

両手で足元に思い切り投げて地面に垂直に突き刺す。

そしてアイテム探しをしていたハリードに叫ぶ。

 

「ハリード!奴をこっちに誘導して!良いものが見つかったの!」

 

「大丈夫なのか!?」

 

「問題ないわ!お願い!」

 

するとハリードはライダーに石ころを投げて挑発。

彼に狙いを変えた敵が、鉄球を叩いて叩いて叩きまくって回転させる。

ハリードもあたしの方へ必死に逃げる。

 

「1、2の3で方向転換ね!」

 

「わかった!」

 

ライダーが接近。ヘマをすればあたしもハリードもぺしゃんこ。タイミングが命。

あと10m、5m……。

 

「1、2の…3!!」

 

合図と共に、あたし達は右に向かってダッシュ。

目標が2つに分かれ迷ったライダーは、あたしを狙うことにしたらしい。

素早く鉄球の側面に回り込んで軌道修正したけど、

結果“それ”に横腹を見せることになった。

あたしはすかさず穴あけパンチのような起爆スイッチを押す。

 

轟音を上げて凄まじい爆発がライダーを襲う。

あたしが拾ったクレイモア地雷が、前方に絶大な破壊力を秘めた無数の鉄の粒を吐き出し

強固なアーマーに突き刺した。

 

『ふごおおお!!』

 

これには仮面ライダーも直接的なダメージを受け、真横に放り出される。

スピードを殺されたタイミングでその場に残された鉄球はわずかに揺れるだけ。

 

「ハリード、今よ!」

 

「任せろ!」

 

今度は二人がかりで鉄球を押す。

ライダーと言えど、クレイモアの直撃を食らったらそう簡単には起き上がれないはず。

追い詰められてるあたし達は、

本気でアーマーを中の人間ごと押しつぶすつもりで鉄球を転がし続ける。

 

ぬかるんだ地面で滑って速度を上げた鉄球を、仕上げにキックで蹴り飛ばす。

気づいたライダーも逃げようとしたけど、間に合わず倒れたまま鉄球の下敷きになった。

アーマーと鉄球の生々しい摩擦音が鼓膜を刺激する。

 

『がふっ!……ああ、あ』

 

[ダメージ蓄積率80% 警戒度レベル7]

 

奴はもう虫の息!あと一歩でこの殺人マシンを破壊できる。

残りのMK2ハンドグレネードを投げるため、

立ち上がろうとするライダーから走って逃げる。

 

「離れましょう、ハリード!ここじゃ手榴弾の爆発に巻き込まれる!」

 

「ああ!もう一撃食らわせれば倒せる!」

 

グラウンドの南側に到達すると、

息も絶え絶えのライダーがまだ律儀に鉄球を転がしてくる。

多分ルールで攻撃手段が制限されてるんだろうけど、それも説明を受けてない。

あの進行役は能無し野郎ね。

 

今更毒づいてもしょうがないから、あたしはまたグレネードのピンを抜いて投げつけた。

でも、今度は奴も学習したのか、転がす手を止め鉄球に隠れる。

炸裂した手榴弾の爆風と鉄片は完全にガードされた。

 

「ああっ、一発無駄にした!」

 

「諦めるな。まだ1個あるんだろう?」

 

「そうだけど、あいつも守りを覚えたみたい。もう効かないかも!」

 

「待ってろ。まだ何か残ってるかもしれない。

……おーい、そこのあんた、手伝ってくれ!」

 

ハリードが呆然と立ち尽くして戦いを見ていた残りの一人に呼びかける。

情け容赦ない殺し合いに目を奪われていた彼は、その声に気がつくと、

中央の赤い輪に向かって走り出した。

 

「冗談じゃねえ!命がいくつあっても足りねえよ!3位で十分だ!」

 

バンダナを巻いた彼は戦いを放棄して安全エリアに逃げてしまった。

ああ、光線銃取られちゃったわ。言ってる場合じゃないわね。

あたしも奴にとどめを刺せる何かを探して木箱を壊しまくるけど、

良いものはあらかた出尽くしたのか、アメリカンクラッカーや絆創膏といった

人を舐めてるとしか思えないガラクタしか出てこない。

 

後ろからは相変わらず死の塊が迫っている。いつまでも逃げ回ってはいられない。

ただでさえ運動不足なのに一日中動いた疲れを引きずってて、

今もグラウンド中を息が切れるほど走ってる。スタミナ切れが近い。

 

脚を止めたら終わりなのはわかってるけど、徐々に走るスピードは落ちてくる。

目の前の箱を蹴飛ばす。中身は……。来年のカレンダー。

自分じゃ買わないけど貰って嬉しいプレゼントをどうもありがとう!

 

本格的にピンチ。いっそあたしもギブアップしようかと思ったけど、赤い円は奴の後ろ。

ルール無視してクロノスハックを使おうか。

いや、失格になると2位賞品すらもらえなくなる。万事休す。

 

──おーい、これ使えるか!?

 

……と、思った時、槍状のものを振り上げてあたしを呼ぶハリードの姿が。

目にした瞬間、考える前に叫んでいた。

 

「お願い、それを投げて!」

 

“受け取れ!”

 

ハリードが軽く助走をつけて手にしたものを投げてきた。

結構な重量があるけど、あたしも多少の怪我を覚悟で

軌道を見切って受け取る体勢を取る。

風を切って飛んできたそれを、身体全体を使うようにしてキャッチ。

軽く胴に当たってむせそうになったけど、我慢してハリードに警告。

 

「げほ…爆発するわ!耳を閉じて地面に伏せて!」

 

“わかった!”

 

ライダーが鉄球と共に突進してくるけど、

逃げることをやめたあたしは片膝をついて“RPG-7”を肩に担ぐ。

そして奴の足元に狙いを定めて、トリガーを引いた。

単発式の対戦車ロケットが点火された発射薬で射出され、

ロケットモーターの推進力で空を進む。地表付近を飛翔した弾頭は鉄球の間近で着弾し、

粘土質の地面もろとも仮面ライダーフォートレスを爆破。致命傷を与えた。

 

[ダメージ蓄積率が100%をオーバー 自動修復モードに切り替えます]

 

「ごほ、げふん、……や、やったの?」

 

ライダーベルトのシステム音声が仮面ライダーの活動停止を告げるけど、

土埃で視界が遮られて、しばらく向こうが見えなかった。

あたしは構わず発射済みのRPG-7を投げ捨てて、

大の字になって倒れている人影に近づく。

皇帝陛下にどうしてこんな馬鹿なことをしたのか聞かないと。

 

「陛下。どうしてあなたがこのような……。あ、あれ?」

 

「うう…痛い……」

 

倒れていたのは、皇帝陛下じゃなくて、黒い軍服の帝国軍人だった。

わけも分からず突っ立ってると、

救護班が駆けつけてきて彼とライダーベルトを回収していった。なにそれ。

彼らは何も説明してくれないまま去っていった。

呆気にとられてその後ろ姿を見送っていると、ハリードが驚いた様子で近づいてきた。

 

「すげえ爆発だったな。要塞にはあんな武器があるのか……」

 

「あるっちゃあるんだけど、

なんであのベルトがここにあるのか、そっちの方が気になるわ」

 

「気になると言えば……。どうする?俺達ふたりだけになっちまったけど」

 

「あ」

 

確かにあたし達2人が残ってるし、審判も試合終了を宣言してない。

なんだかどうでも良くなっていたあたしは軽口を叩く。

 

「そうね……。大玉転がしで決着つける?」

 

彼はハハ、と笑って言った。

 

「俺は2位でいいよ。デカブツを始末したのはあんただ」

 

「マヂで!?本当にいいの?」

 

「俺は魔法なんて使わないし、魔導空調機のほうが家族が喜ぶ」

 

「ハリード……。パンドラの箱に残った希望ってあんたのことだったのね」

 

「よくわからんが、あんまり大げさに考えるな」

 

その後、あたし達は審判を呼んで話し合いの末に順位を決定した事を伝えた。

納得した審判は結果発表を行う。

 

《試合終了!以上をもって、全ての競技が終了しました!》

 

ついに終わった。100名を超える兵どもの苦しみ、悲しみ、欲望、恐怖、希望、絶望。

全てを食い尽くし、運動会の名を借りた邪神のあぎとは閉ざされたのであった。

 

《3位、マッハ・バキー君。2位、ハリード君。優勝、斑目里沙子君》

 

ヘルメットを脱ぐと、吹き抜ける風が泥の臭いと共にわずかな爽やかさを運んでくる。

汗まみれになって臭くなったあたしの頭もひんやりとして気持ちいい。

そんな余韻を邪魔するようにマイクを交代した進行役が耳障りなアナウンスを始める。

 

《さあて!見事栄冠を手にした上位3名には素敵な豪華賞品がプレゼントされまーす!

表彰式のセッティングを行いますので、しばらくお待ち下すわぁい!》

 

だけど今は何もかも許そうと思う。

ろくなことがなかった今日という日、最後くらいは穏やかな気持ちでいたい。

もうあたしを追い立てるものは何もないのだから。

あたしは表彰式を待つために待機所へのんびりとした気持ちで歩いていった。

 

 

 

 

 

15分くらい経ったかしらね。

グラウンドの真ん中に表彰台が設置されて、あたし達はその上に立っていた。

表彰式でお馴染みの「見よ、勇者は帰る」が演奏される中、

ひとりひとりにトロフィーと副賞が手渡される。

 

《おめでとうございます!おめでとうございます!

第3位のあなたには魔国製固形マナ内蔵式無属性光線銃が送られまぁーす!》

 

結局最後までキャラが固まらなかった進行役が、

不思議な形の銃をバンダナ男に授与する。やっぱり欲しいわ、あれ。

 

《とぅぎは~?第2位のハリードさんに魔導空調機をプレゼント!

ちょっと重いからご自宅に郵送しますねー!》

 

黒ジャージの好青年にはその健闘に相応しい魔法のエアコン。

……が描かれた厚紙が渡される。

賞品授与の度に観客が戦士達の活躍を称え、勝利を祝い、惜しみない拍手を送る。

 

《そしてそして~!見事優勝に輝いた斑目里沙子さんには、なななんとぅ!

コスモエレメント・氷雪を手にする権利が……》

 

「さっさと渡さないとトロフィーで頭かち割るわよ」

 

《……ええ、表彰式は以上です。会場の皆様、選手たちに今一度盛大な拍手を》

 

コスモエレメントをひったくると、観客席から会場を揺るがすような拍手と歓声。

初めて触れるその物体は、実体があるのかないのか微妙な感触で、

確かに冷気を吹き出し続けてる。

軍手がなかったら、しもやけを起こしてたかもしれない。これで夏の猛暑は乗り切れる。

ほっと一安心すると、休む間もなく押し寄せてきた報道陣から質問攻めに遭う。

 

「優勝おめでとうございます!賞品の使い道はどのように?」

 

「暑さに苦しんでる仲間のために使うわ」

 

「おひさー!メルだよ!今日はおつかれーしょん!ガメ写撮るからこっち向いて~!」

 

「AKB(アホ消えろバカ)」

 

「オニー!」

 

「今大会はサラマンダラス帝国初の運動会となりますが、コメントをお願いします!」

 

「そうね……。皆は誤解してる。

運動会は本来こんなにたくさん怪我人が出るような危ない催しじゃないの。

安全な競技で競い合って、勝っても負けても最後には互いの健闘を称え合う。

それが本当の在り方。

この大会の元になったオリンピックだって、

戦争に替わる平和的に勝敗を決する場であったはずなのに、

みんなも見ての通り争い傷つけ合う結果になってしまった。

そりゃあ、出場者それぞれに譲れない事情があったんでしょうけど、

少なくともあたしは以前手遅れになりかけた仲間の命を守るために参加した。

あたしもみんなも、血まみれ黒焦げになるまで戦う必要なんてなかったはず。

次回では、大会運営にはもう一度運動会について調べ直してもらって、

そこのところをよく考えてほしいの。

たとえ次があるとしてもあたしはもう出ないけどね」

 

3つ答えたところで本格的に疲れが出たから、

フラッシュを焚く報道陣をかき分けて帰路についた。

受付にヘルメットとゼッケンを返し、駐車場の馬車に向かう。

待ち合わせ通り、馬車の近くで仲間が待っていた。皆があたしを出迎える。

 

「やったじゃねえか里沙子!

3位になったらわざと負けるんじゃないかと心配してたぜ!」

 

「光線銃に未練がないと言えば嘘になるけど、

クソ暑い夏を冷房なしで過ごすよりマシだから頑張りたくないけど頑張った」

 

「おめでとうございます、里沙子さん。……まあ、それがコスモエレメントなのですね。

とても不思議な存在です。実はわたしも実物を見るのは初めてで」

 

「帰ったら6つに分解してくれるかしら。あ、冷たいから素手で触らない方がいいわよ」

 

「あのう、できれば8つにしてくれないでしょうか?等分するならキリの良い数ですし、

冷温庫に入れておけば冷却機能が増すと思うんです」

 

「そいつは名案ね。ハイボール用の氷がたくさん作れそう。

しんどい思いしてゲットしたんだから最大限活用しなきゃ」

 

「お見事でしたわ、お姉さま。決勝戦ではどうなることかとヒヤヒヤしましたが」

 

「アースの兵器触らせたらあたしの右に出るものは居ないわ。

頼れる協力者とも出会えたし。

しっかし、ライダーベルトまで使わせて皇帝陛下もどういうつもりなのかしら。

カシオピイアを通して今度確かめとかなきゃ。……そう言えばあの娘はどこなの?」

 

「閉会後に仕事上がりだって言ってたからもうすぐ来ると思う。

ねー、本当にお菓子セットはもらえないの?」

 

「街で買えって言ってんの。ああ、それにしても疲れた。

運動会と名のつくものには二度と永久に関わりたくないわね」

 

日が傾きかけたころ、あたしを呼ぶ声が聞こえてきた。

軍服姿に警備係の腕章を着けた妹。これで全員集合ね。

 

「待たせて、ごめんね」

 

「いいのよ。あたしも今来たところだし。お仕事お疲れ様」

 

「優勝おめでとう」

 

「ふふっ、ありがと。さて、みんな集まったし、帰りましょうか」

 

「そうですね。戻ったらさっそくコスモエレメントを分けましょう」

 

「一番暑くなる8月直前に滑り込みセーフで対策が出来たわね。やれやれだわ」

 

既に大勢の選手達が帰っていて、駐車場は来たときよりもガランとしていた。

もう停まってる馬車はまばら。あたし達も馬車に乗り込み帝都に向かった。

窓から既に撤収作業が始まってる会場を眺める。まさか生きて帰れるとは思わなかった。

今日だけで何日も戦ったような気さえする。ありがとう、さようなら、もう来ないわ。

早くもコスモエレメントで涼しくなる馬車に揺られ、感慨にふけるあたしだった。

ちなみに御者さんには500G渡しておいた。

 

 

 

 

 

後日。あたしはダイニングでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。

テーブルの上には巾着袋に入れられたコスモエレメント。

あの日、家に帰ったら、さっそくエレオが魔力を宿した両手で

奇妙な魔法触媒をふわりと手のひらで挟んだの。

 

そしたら音もなく細胞分裂のように2つに分かれ、

それを数回繰り返すと持ち運びにちょうどいいサイズになったから、

こうして布で包んで全員に配布したってわけよ。

涼しい風を受けながら熱いコーヒーを飲む。最高の贅沢ね。

あら失礼、新聞の内容はこんな感じ。

 

“早撃ち里沙子、帝国初の運動会で優勝。表彰台で平和を語る!

先日行われた第一回サラマンダラス帝国大運動会で見事優勝を果たした斑目里沙子氏は、

表彰台でのインタビューで次のように語った。

運動会とは本来平和的なイベントである。

安全な競技で競い合い、互いの健闘を称え合うものであり、

暴力によって目的を達する場ではない。

参加者の殆どが病院送りになった今回の大会は異常であると。

大会の運営に対し疑問を投げかけるコメントについて大会組織委員会は

「アースの資料からなるべく忠実に運動会を再現した。

今回のような結果になったことは誠に遺憾である。再発防止に努めたい」と述べた”

 

見出しと本文にささっと目を通すと、またコーヒーをすする。

運営は大して反省しちゃいないような気がするけど、

もうあたしには関係ないから放って置くことにする。

カシオピイアも快適に仕事に打ち込めるし、

エレオやジョゼットが熱中症になる心配もなくなった。

全部丸く収まったなら後は野となれ山となれよ。

 

あ、カシオピイアから皇帝陛下に今回の件について問い合わせてもらったの。

なんで運動会が血で血を洗う悲惨な現場になったのか。

すると音叉にこんなメッセージが届いたの。

 

“里沙子嬢、久々であるな。我輩である。カシオピイアから大体の事情を聞いた。

此度の件に関しては、我輩の監督不行き届きと言わざるを得ない。

ある文献からアースの平和的紛争解決手段として運動会の存在を知り、

サラマンダラス帝国に根付かせようとした我輩の誤りであった。

アースの文化に明るくない我輩に代わって学者を雇い、運動会の準備を任せたものの、

彼らが資料を曲解した結果、流血の惨事となったことは無念でならない。

いや、全ての責任が我輩にあることを否定するつもりはないのだ。

日々の執務に忙殺され、結果大会の準備を学者や軍部に丸投げしてしまったことは事実。

安全対策のためと聞かされ機能制限をしたライダーベルトを貸し出したのも事実。

次回はこのようなことがないよう、プログラムのチェックを入念に行うこととする。

申し訳なかった”

 

ふぅ。賢い皇帝さんでもポカミスするもんなのね。

“安全対策”は仮面ライダーの中の人の安全を意味していたわけか。

繰り返しになるけど、2回目があろうと参加する気は毛頭ない。

だからあたしにとってはどうでもいい。

肝心なのは、全員が冷房の効いた部屋で快適な夏を過ごせるようになった。

その一点に尽きるわ。ちょっと長丁場になったけど、運動会はこれでおしまい。

 

みんなも熱中症には気をつけてね。

そろそろ気象予報士が“迷わずクーラーを使って”って言い始めるころだから。

バイバイ。

 

 

 

 

 

ハッピーマイルズの街

 

広場の片隅に軽食、雑誌、飲み物と言った雑貨を扱う売店がある。

真っ赤な髪をワックスで固めて剣山のように立てたその男は、

ポケットに手を突っ込みながらマガジンラックに近づき、新聞を1部取った。

そして乱暴に広げて記事に目を通す。

 

「お客さん、困るよ。読むなら買ってもらわなきゃ」

 

「ああん?」

 

目つきの悪い男は店員を睨みつけ威圧する。

不気味な存在感に気圧されて思わず店員は口をつぐんだ。

 

「いえ……」

 

「ふん」

 

ざっと本文を読んだ男はつぶやく。

 

「はーん、こいつがねぇ?」

 

どこかの機関に所属しているのだろうか。

黒い6つボタンの形式的なジャケットを着用している。

ともかく、男は去り際に用済みになった新聞を後ろに放り投げた。

ただそれは、地面に落ちる前にまるで初めからそういう紙だったと思わせるほど、

断面鋭く斜めに切り裂かれていた。細切れになった古新聞が風に舞い上げられる。

店員はそれを不安げに見つめるしかなかった。

 

 



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ミドルファンタジア国際会議 第一幕
久しぶりにシリアスめのお話がはじまるかも?


数日前

 

とある男の執務室にこれまた謎の集団が集められていた。

10代から20代前半の彼らの服は、形状こそ多種多様であるものの、

黒い生地のフチに緑のラインを通していることで共通している。

 

男は背もたれの高いソファのような回転椅子に座り、

デスクに両肘を突いて口の前で手を組む。

しばらく黙り込んでいたが、大柄な彼は部屋の明かりも点けずに

目の前に並ぶ10人程度の男女に語りかけた。

 

「……3年だ。3年経った。諸君も分かっているだろう」

 

そして背の高いリーダー格の男が彼に答える。

つばの広い黒の三角帽子に漆黒のコート。左頬に鋭い傷跡がある。

 

「国際会議、か。

随分と待たされたものだが、ようやくまともに身体を動かすことができる」

 

彼は白い手袋をはめた左手を軽く握ってみる。

 

「そうだ。

我が国の安寧秩序を守るために、限りなく優位な立場で臨まなければならない。

しかし、我々はあまりにも時間を掛けすぎてしまった。

既に先進三国はトライトン海域共栄圏を盤石なものとし、

会議の場では数の力でルビアを無視し世界の舵取りを奪いに来ることは明白だ」

 

中立国家ルビア。魔術立国MGDの存在するブランストーム大陸の遥か西に位置する。

大きな執務用デスクに着いて語る男はルビアの大統領であった。

人呼んで大山の如き大統領、アルベルト・ヴォティス。

今度は真っ赤な髪をワックスで固めた柄の悪い男が前に出る。

 

「で?俺達ぁ何すりゃいいんだよ。もう待てねえよ。

戦争おっ始めるならさっさとしようぜ。結局アンタはそのために俺達集めたんだろうが」

 

「……下がれ、スラッシュ。大統領の前だぞ」

 

リーダーの男がスラッシュと呼ばれた男を嗜める。

彼は不満げに舌打ちをして喋ることをやめた。

 

「構わん。これから諸君には似たようなことをしてもらうのだからな。

まずはトライトン海域共栄圏の輪を断つ」

 

「と、言うと?」

 

「三国だけではトライトン海域共栄圏は成立しなかったであろう。思い出してほしい。

この世界に強大な天使が降臨し、全ての知的生命体の意識がひとつになった出来事だ」

 

「天使長メタトロン、か」

 

「ああ。お前も彼の者が起こした奇跡によって知ったはずだ。

ある人物によって人類が生きるに足る存在であることが証明され、

世界は神の炎による浄化を免れた」

 

「斑目、里沙子……」

 

両目が前髪で隠れている銀髪の少女がつぶやく。

 

「近代史の文献にその名を記される彼女。

以後、目立った活躍もなく我が流国では死亡説が流れているほどだが、

未だにその影響力は絶大だ。そこで私の伏兵たる諸君の出番となる」

 

「里沙子の、暗殺か?」

 

「トライトン海域の三国が互いに疑心暗鬼に陥る状況を生み出せるなら、

どのような手段でも構わない。

彼女の息の根を止め、魔国あるいは皇国のスパイを名乗る。

証拠がなくともいずれの国のトップにも疑いの根が残るはずだ。

……そのために君達“能力者”を集めたのだからな」

 

「よーするに俺達は鉄砲玉ってことだろ。

散々贅沢三昧はさせてもらったが、その対価が縛り首か?

俺がそんなもんで死ぬわけねえがよ」

 

「黙って、スラッシュ……。

拘束されるのも一時的なお芝居。必ずメンバーの誰かが回収に行く」

 

「わあったよ!デリートものんびりしすぎて首落とされんじゃねえぞ。

状況によっちゃどの国に行くかも変わってくんだからよ」

 

「……心配ない」

 

「作戦決行は3日後だ。

諸君にはまず3日後にマルチタスクの能力で沙国に潜入してもらう。

ミスは許されん。肝に銘じておくように。では、解散」

 

大統領の宣言で、能力者達がぞろぞろと執務室から退室していく。

最後に残ったリーダーは、立ち去る前にひとつ問うた。

 

「大統領」

 

「何だ」

 

「この戦いが終わった後、俺達は…いや、彼らはどうなる」

 

「勿論、この国で何不自由ない生活を保証する。今までと何も変わらない」

 

「……ならいい」

 

返事に納得した彼は、ドアを通ることなくその場で空間に溶け込み、

何処ともなく消えていった。

残されたのは大統領一人。彼は葉巻入れから一本取り、火を着けた。

ひとつ吸い込み、紫煙を吐く。彼はただ葉巻から立ち昇る煙の筋を見つめる。

その心の内は誰に知られることもなかった。

 

 

 

 

 

後日

 

あー、涼しい。みんな見てよ。朝から公共マナ代気にせず冷房つけっぱなしなの。

運動会で死ぬ思いをした甲斐があるってもんよ。

巾着袋に入れたコスモエレメント・氷雪の欠片が冷たい風を送り続ける。

あれ以来マヂで助かってるわ。

寒さは重ね着で凌げるけど、暑さからは全部脱いだって逃げられない。

まあ実際は1枚着てたほうが涼しいんだけど。

 

ともあれ、あたしはダイニングで熱いコーヒーを飲みながら新聞を読んでるの。

まさに勝者にのみ許される贅沢。

夏場にガンガンとクーラー効かせてカップ麺や辛口カレーを食う。

そんな経験みんなはない?同じプチ贅沢を楽しみながら今日の“玉ねぎくん”を読む。

あら、気の毒に。軒下に吊るされて暑そう。早く食べてもらえるといいわね。

4コマ漫画を読み終えると次は1面に目を通す。どれどれ。

 

 

《3年に一度のミドルファンタジア国際会議が間もなく》

 5大先進国の首脳が一堂に会し、国家間の首脳会談や国際法の見直し、

紛争地域への働きかけ、交易上ルールの改正案発表などを行う国際会議が

今年開催される。会議は一週間に渡って行われ、

今年の開催国には我がサラマンダラス帝国が選ばれた。

 今回の国際会議では、立憲民主主義国家となったマグバリスの総裁、

ロレンス・ラレーシャ氏の参加に注目が集まっている。

長きに渡る独裁政治が終わりを迎え、民主的選挙により選出された総裁が

会議の場で何を訴えるのか。更に今年は前回存在しなかった

トライトン海域共栄圏の存在も議論に大きな影響を及ぼすことは間違いない。

 政界ジャーナリストや経済学者も、今回の国際会議が世界情勢をどのように動かすか

分析に頭を悩ませているようだ。

 

 

あー、なるほど。今年はG20大阪サミットみたいなもんがあるのね。

大事な会議なんだろうけど、あの都市部をやたら広範囲に渡って交通規制したり

ゴミ箱やコインロッカー封鎖したりして付近住民に大迷惑かけたのはいただけないわ。

そんなにテロが怖いなら参加者全員シャトルバスに詰め込んで

四方を10式戦車で固めて移動すればよかったのよ。

それでも不安なら上にアパッチ飛ばせばいい。

 

まあ、終わったことにウダウダ言っても仕方ないわ。

あたしは新聞を畳んでコーヒーの続きを楽しむ。

しまった、新聞に夢中になってる間にぬるくなっちゃったわ。

仕方なしに一気に残りを飲み干す。

そんで、カラになったマグカップをジョゼットが皿洗いをしてる洗い場へ持っていった。

彼女も腰に巾着袋を下げてコスモエレメントの恩恵に預かってて汗一つかいてない。

 

「悪いけどこれもお願い」

 

「は~い、置いといてください」

 

「ちょっと出かけてくるわ。何かいるなら買ってくるけど」

 

「じゃあ、食パンを2斤お願いします」

 

「あいよー」

 

あたしはコートハンガーに掛けておいたガンベルトを身体に巻き、

立て掛けておいた長物を背中部分のフックに引っ掛ける。出かける準備はこれだけ。

暇つぶしにマリーの店覗きに行くだけだからこれでも十分過ぎるくらい。

 

聖堂の玄関から外に出て、なだらかな丘を下って街道に出る。

コスモエレメントがあっても、やっぱり直射日光はキツいわね。

あたしも日傘の一本くらい買おうかしら。

でも片手がふさがってたらとっさに銃を抜けないし。

ダラダラと考え事をしながら街道をぶらついてると、野盗くんの群れ……だったもの。

 

唐突に非日常が目に飛び込んで、流石にあたしも一瞬思考が止まった。

3人が血まみれになって死んでいる。

切れ味の良い剣で斬られたのか、肩から脇腹にかけて斜めにきれいな傷跡があり、

未だに血が流れ出ている。

 

「やられるのが早すぎたわね、新キャラも登場してないのに。

とりあえずご冥福を祈っとく」

 

かませとしての本分を全うした野盗くん達に手を合わせると、

それ以上できることのないあたしは念の為将軍に報告しようと思い、

街に向かう足を急がせた。

 

 

 

 

 

でも、街の様子はもっと悲惨だった。

道路の隅に担架が並べられてて、身体のいろんな箇所を切り裂かれた怪我人が

痛みにうめき声を上げながら寝かされている。

担架は途切れることなく続いていて、惨状の答えを求めて追いかけていくと、

人の居なくなった市場を通り広場に出た。

 

「助けてくれ…痛くて、死にそうだ……」

「僕、ここで、死ぬのかな……」

「うう看護婦さん……。早く来ておくれ」

 

わりとスペースがある広場もその様子を一変させていた。

白い石畳に血が飛び散り血の赤を生々しく見せつけている。

多数の仮設テントの下にはやっぱり担架やストレッチャーに乗せられた怪我人。

 

彼らは激痛で身をよじり、中にはもう怪我人じゃなくなってしまった人もいる。

全員に共通している点は、さっきの野盗のように

鋭い刃物のようなもので斬られていること。

日常が、急速に崩れていく。説明を求めて誰かを探す。

 

数人の医者が額に汗を浮かべながら重傷者から順番に処置をしている。

よく見ると、見慣れたブルーのロングヘアといつか見た軍事基地の老軍医の姿があった。

 

「アンプリ!一体何が起こってるのよ!?」

 

「後にして!人手が足りない!」

 

「何が必要?」

 

「回復魔法が使える人!なるべくたくさん!」

 

「待ってて、すぐ連れてくる!」

 

「急いでくれると助かる。

この暑さではワシと患者、どっちが先に死んでもおかしくない」

 

彼女は、手を動かしながらもマイペースな軍医と手分けして傷口の縫合をしてるけど、

人手が全然足りてない。

エレオとジョゼットを呼ぼうと踵を返して教会に戻ろうとしたところで、

会おうと思っていた人とばったり出くわした。

 

「おお、リサではないか!」

 

「将軍!街で何が起こったのですか!?」

 

「辻斬りである!既に我が軍の兵士も何人もやられた!

今朝の市場開店時刻を狙った犯行だ!不審な赤髪の男の目撃情報が多数寄せられておる」

 

「赤髪?……ああ、いえ、まずはシスターを呼んできます。詳しいお話はその後で!」

 

「頼む!」

 

あたしは駆け足で教会に舞い戻る。

いくらコスモエレメントの効果があっても、炎天下の中走れば体温が急上昇して

玄関を開けたときにはもう汗だくだった。ドアを開けっ放しにして大声でふたりを呼ぶ。

 

「エレオ!ジョゼット!今すぐ来て!」

 

ただならぬ様子のあたしの大声を聞きつけて、

シスター達が目を丸くして飛び出してきた。

 

「里沙子さん、どうしたのですか!そんなに汗まみれになって!」

 

「す、すぐタオルを持ってきますね!」

 

「いいから!それより大変なことになったの!まず一点、パンは諦めて!」

 

あたしは、ハッピーマイルズの街周辺に辻斬りが現れ大勢の者が殺傷されたこと、

今も街が怪我人であふれかえっており、治療のできるものが一人でも多く必要なことを

手短に説明した。

 

「わかりました。今すぐ参りましょう」

 

「はい!わたくしもエレオノーラ様ほどではありませんが、

いくつか回復魔法を使えます」

 

「おい、私も行くぜ!街までふたりを護衛する。

いつ辻斬りとやらに出くわすかわからねえからな」

 

話を聞いていたルーベルを始め、他のメンバーも用心棒を買って出る。

 

「ワタシも、現場を見なくちゃ。場合によっては、帝国軍本隊に連絡を」

 

「ええ、頼りにしてるわ」

 

「お姉さま、パルフェムも何か和歌でサポートが……」

 

「ごめん、あなたとピーネはここにいて」

 

「えー!なんで!」

 

街道に捨て置かれた野盗の死体を思い出す。

まだ身体だけでなく心も成長途中の彼女達に見せられるものじゃない。

特にピーネはこの世界に来た時、悪魔とは言え無数の死体を見てきた。

その記憶がフラッシュバックしないとも限らない。

 

「今度の犯人は特別ヤバイ奴なの、お願いだから家で避難してて」

 

「わかりました。お姉さまがそうおっしゃるなら……」

 

「私がいれば悪いやつなんてシャボン玉まみれにしてやるのに」

 

「ごめん、それはまた今度。あたしも街に戻らなきゃ」

 

そして玄関ドアを閉めてしっかりと鍵を掛ける。

エレオ達はルーベルを先頭にもう街へ向かってる。

……それを確認すると、背後に広がる教会隣の森へ振り返ることなく声を立てる。

 

「準備OKよ。さっさと出てきなさい」

 

ガサガサと雑草を踏みつけながら、赤く染めた髪を針のように立てた男が

両手をポケットに突っ込んだまま森から出てきた。

そいつはへへ、と笑うと小馬鹿にするような口調で話しかけてきた。

 

「“早撃ち里沙子”、“魔王殺し”に…“平和の導き手”か。

御大層な肩書きぶら下げてる斑目里沙子さんが、まさかこんなチビ女だとはよ」

 

「聞くまでもないけど、辻斬りってあんたのこと?」

 

「一般人に能力(スキル)使うのは久しぶりでよう。腕が錆びついてないかテストした。

まあまあってとこだな」

 

「そうなの。

あたしも最近銃を撃ってないから、射撃の腕が鈍ってないかテストしたいのよね!」

 

言い終わると同時に、ホルスターからSingle Action Army(ピースメーカー)を抜き、後ろの男に発砲。

銃声と共に.45LC弾がイカれた男に食らいつく。

でも、弾丸は男に命中する直前、バラバラになって砕け散った。

 

あたしは体内のマナを燃やして魔力を錬成。目に魔力を供給して改めて男の姿を見た。

ボトムスは黒のジーンズだけど、上は何かの制服のらしい仕立てのジャケットを着てる。

魔力を通して見た姿は、ガラスを紙やすりで傷つけたような無数の斜線に包まれている。

銃弾は謎の引っかき傷に防がれたっぽい。

 

「ハッ!ただの銃で俺が殺せると思ってんなら、

よっぽど“ここ”がお花畑だぜ。おめえ」

 

奴がこめかみを指先でトントンと叩いてみせる。

 

「あら冷たい。殺人鬼とトリガーハッピー。結構馬が合うと思ったんだけど」

 

「ふーん、そうかよ。だったら自己紹介くらいしてやるか。俺はスラッシュ。

能力は“指であらゆる物事を斜めに裂く”こと」

 

「斜に構えてるあなたにぴったりね。それで周囲の空間を切り裂いて、

次元の裂け目で物理的攻撃を細切れにしてるってところかしら」

 

「わかってんじゃねえか。今度はテメエだ。お前の能力を見せてみろよ」

 

「こんな能力なの」

 

身体を流れる魔力を加速して、トップスピードに達したところで

集中力を極限まで高める。

 

──クロノスハック!

 

最後に実戦で使ったのはいつだったか思い出せない。時の流れをせき止めたあたしは、

背中のレミントンM870を抜き、ハンドグリップをスライドする。

そのままスラッシュの脇を通り過ぎて後ろに周り、12ゲージ弾を発砲。そこで能力解除。

 

突然後ろから撃たれたスラッシュは少し驚いた様子だったけど、

すぐに元のニヤケ顔に戻る。

 

「はん、それがクロノスハックとかいう能力かよ。

確かに便利な代物だが……。俺はこの通り生きてるぜ?」

 

目には見えないし見てる暇もないけど、

きっと散弾もチリになってスラッシュの足元にこぼれてると思う。

 

「ショットガンの散弾も駄目かー。そんなに細かい斜線を書くの大変だったでしょう?」

 

「慣れればどうってことねえ。何年こいつと付き合ってると思ってる。

……こんな風によう!」

 

今度はスラッシュの攻撃。

左手の人差し指を弾くように斜めに滑らせると、見えない何かが迫ってきた。

あたしはとっさに横に飛び、うつ伏せた。

細い木々を音もなく切り裂きながら、頭上を何かが通過していく。

反応が遅れてたら危なかったわね。

 

どうしたものかしら。きっと手持ちの銃はどれも効果がない。

クロノスハックで時間を止めても攻撃が通らないんじゃ意味が……。ちょっと待って。

もう一度スラッシュを観察してみる。どうしようもないこともないわね。

考えながら立ち上がると、奴がぶらぶらと近寄ってくる。

 

「さぁてと。お前、どこから斬られたい?指か、足か、目か」

 

「メガネは外してくれると助かるわ。この世界のメガネはレンズが分厚くて」

 

「いいぜ?手足落として芋虫みたいにしてやるよ!」

 

スラッシュが両手の5本指で斜めを描き、大気を裂いて10条の真空波を飛ばしてきた。

その瞬間、あたしは再度クロノスハックを発動。

ポケットに入っていた物を取り出し、ピンを引き抜いて真上に投げる。

見えない刃を回避すると、次は奴から離れた側面に立ってまた能力を解除。

 

「おい、逃げてるだけじゃ俺は……」

 

あたしは黙って上を指差す。

ハッと奴は宙を舞う殺気に気づき、慌てて両手で頭上の次元を切り裂く。

同時に、この前の運動会で拾って1つ余ったからパクってきた

MK2ハンドグレネードが炸裂。

火薬で暴力的なまでに加速された無数の鉄片がスラッシュに襲いかかる。

 

能力で爆風と殆どの鉄片からとっさに身を守ったけど、

雑に描かれた斜線は全てを防ぎきれなかったようで、

細かい鉄片のひとつが奴の肩をかすり、もうひとつがまともに刺さった。

破れたジャケットの奥から血が吹き出す。

 

「ああっ、ぎゃああ!!」

 

「風のバルバリシアじゃあるまいし、ちゃんと頭も守りなさいな」

 

反射的に傷口に当てた手が赤黒く染まり、スラッシュに動揺が走る。

 

「て、テメエ……!」

 

「どう、続ける?あんたが血を失ってフラフラになるまで待つのもいいかもね」

 

「チッ!勝った気になってんじゃねえぞ!テメエは、絶対俺がぶっ殺す!」

 

スラッシュは森の奥へ逃げていった。どうにか負傷させることはできたけど、

奴の能力の性質上捕まえたり追撃することができないから、

ただその姿を見過ごすことしかできなかった。

もうハンドグレネードもない、というか効かない。

あたしは街に戻って将軍に事の仔細を報告することにした。

 

 

 

 

 

街は幾分落ち着きを取り戻していた。負傷者には全員処置が施され、

付近住民の協力を得て仮設テントから民家に移されている。

当分アンプリ達は街中の患者の世話に忙殺されると思う。

 

そして、撤去された仮設テントの跡には、いくつもの棺桶が。

ジョゼットは棺桶にすがりついて泣き叫ぶ遺族の背中をさすり、

エレオノーラは物言わぬ躯に祈りを捧げている。

何も言わずに広場に入り、部下に指示を出し続ける将軍に話しかけた。

 

「将軍。ご報告したいことが」

 

「おおリサ、無事だったか。教会の方から爆音が聞こえてきた。何があったというのだ」

 

「実は……」

 

あたしはスラッシュを名乗る男の襲撃を受け

どうにか追い払ったことと、奴が辻斬りの犯人であることを将軍に伝えた。

 

「なるほど……。下手人の名前はスラッシュか。しかし、なぜリサを?」

 

「わかりませんが、奴は初めからわたくしを狙っていたようです。

街の住民達を傷つけたのは……。能力の調整であると」

 

「おのれ……!次に姿を現したならば、必ず我の剛剣の錆にしてくれる!!」

 

「どうか落ち着いてください。奴の能力に物理的攻撃で挑むのは危険です。

ここはわたくしに任せていただけないでしょうか。

スラッシュはまたわたくしの前に現れるはずです」

 

「不甲斐ない。何か我に協力できることがあれば遠慮なく言って欲しい」

 

あたしは少し考えると、将軍にひとつ尋ねた。

 

「では、教えていただきたいことが。

この街で鉛や鋼と言った素材を売っている店はないでしょうか。

インゴットのような塊ではなく、扱いやすい粒状のものが理想です」

 

「それなら、呪術師アデールの魔道具店に行くとよかろう。

ここハッピーマイルズの中央にある。

紫色の小屋がぽつんと立っているからすぐわかるであろう。

様々な属性に対応した魔術触媒を販売している。

錬金術に必要な各種鋼材が手に入るだろう」

 

「感謝致しますわ。では、いつ次の襲撃があるかわかりませんので、わたくしはこれで」

 

言葉少なに礼を言うと、あたしは呪術師アデールの魔道具店に向かった。

本当に時間がない。正体不明の攻撃者。きっとスラッシュひとりじゃない。

能力者は他にもいて、それを裏で操ってる奴がいるとしか考えられない。

あたしは通行人に道を聞きながら、目的の物を手に入れるため、足を急がせた。

 

 

 

 

 

帝都の外れにある邸宅。

複数の口座を経由した資金提供で土地ごと購入された豪邸。

だが、“彼ら”と配下のわずかな使用人以外住人のいない屋敷は

どこか寂しげな雰囲気を放っている。

玄関ホールの中央にスラッシュがあぐらをかいて座り込み、

銀髪の少女が傷口に手をかざしている。その様子を他のメンバーが見守る。

 

「ああ、痛ってえ!ざけんなあのクソ女!」

 

「静かにして。うまく能力を固定できない」

 

「殺す!次はぜってえぶっ殺す!」

 

スラッシュの肩は血だらけだったが、

やがて刺さった鉄片も傷口も血も完全に“削除”された。

 

「はい、おしまい」

 

治療が終わると、彼は肩をぐるぐると回し、本調子に戻ったことを確かめた。

 

「これなら行けそうだぜ。サンキュ、デリート」

 

「私はいいけど……」

 

しかし、黒い三角帽子の男がスラッシュにつかつかと歩み寄り、彼の腹を蹴り上げた。

抗いがたい鈍痛にその場に転がる。

 

「ごはっ……!」

 

「……なぜ、勝手な真似をした」

 

「奴の、命令だろうが……。里沙子を…殺す」

 

「決行のタイミングは俺が決める。

同じことを繰り返すなら、次こそお前の“終わり”だ。命が惜しければ忘れるな」

 

「チッ、クソが……」

 

「マルチタスク。お前達も、なぜこいつに付き合った」

 

男は幼い双子の姉妹に問う。

やはり黒地に緑のラインが走った女の子らしいドレスを着ている。

 

「だってー。やるなって言われてなかったから」

「やってもいいって思ったの」

 

他人事のように答えた彼女達に男は小さくため息をつく。

二人の能力は突出したものがあるが、

子供ゆえの気まぐれやわがままに悩まされることが多い。

男は改めて全員を見渡し、確認した。

 

「俺達の使命は絶対だ。失敗は死を以て償ってもらう。それを忘れるな」

 

鼻歌を歌う姉妹を除くメンバーの間に重たい空気が下りる。

彼の宣言で、表舞台の裏で繰り広げられる新たな戦争が幕を開けた。

 

 



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章タイトルの「第一幕」は単なる大人の都合だから気にしないで。

スラッシュとか言うクズを追い払ったその晩、あたしは夜中になってもエールも飲まず、

私室で作業に没頭していた。

とりあえずは混乱が収まった街から戻ったジョゼット達の言葉が頭をよぎる。

 

“あんなの、ひどすぎます……。どうして何の罪もない人が!”

 

罪のない人間なんていないんだけどさ。だからって殺される理由にはならないわよね。

 

“里沙子さん、敵はあなたが目的だったそうですが、狙われる心当たりは?”

 

ありすぎてわからないと答えた。肩を落とすエレオノーラ。

彼女達の姿を見ていると、

いつの間にか心の中にしまいこんでいた何かが浮かび上がってきた。

新しい道具を手に取る。

 

銃砲店で調達した手頃なリロードツール。

ワインオープナーと万力が一体になったような形。

アースでは使用済みの実包を再利用できる大掛かりなツールが個人でも手に入るけど、

こっちにはそんなもんない。

とりあえず散弾の中身を入れ替えられる簡単なキットが見つかったからそれで妥協した。

 

“死者14名、負傷者31名。とにかく皇帝陛下には報告済み。

ワタシも返事があり次第出動することになると思う”

 

カシオピイアが街の状況を教えてくれた。断じてこれはあたしの『日常』ではない。

“彼”だったら指先一つでこうなった原因を爆破することができるんだろうけど、

あいにくあたしはそうじゃない。

こうして銃弾に工夫してまたあいつとやり合う必要がある。

 

“……里沙子。しばらく帝都の要塞で世話になったらどうだ。

あそこにはプロの軍人や強力な兵器がたくさんあるんだろ?”

 

“そうです、何もお姉さまひとりで戦う必要はありません!

次こそパルフェムも一緒に!”

 

“うむ、ついに拙者の首切丸を抜く時が来たようじゃ!”

 

無理、無駄、無意味。考えられない。あたしには守るべきものがある。

言っておくけど、ルーベル達のことでもハッピーマイルズのことでもない。

作業に戻りましょう。

 

まず、新品の12ゲージ弾の頭を

スタークランプという6分割の溝に沿ってドライバーで開き、

散弾の入ったワッズという小さなケースを取り出す。

 

この時、内部の火薬をこぼさないよう注意。

ワッズから鉛の散弾を取り出して、新しく購入した金属の粒を

柔らかい竹製のはさみを使ってひとつずつ慎重に入れる。

静電気が飛んだらあたしが吹っ飛ぶ。

 

粒を入れ終わったら、リロードツールに薬莢をセットし、

ネジを締めるようにハンドルを回す。

下りてきた型が最初に開いた弾薬の頭を圧縮して、

6つの溝に分かれた元のショットガンの弾に戻る。

 

これを繰り返して改造ショットシェルを5発作り、レミントンM870に装填。

ハンドグリップを引く。後は安全装置を掛けておしまい。

レミントンを壁に立てかけると、

あとはずっと前に買ってほんの数回使っただけの魔導書を復習する。

 

ランプの明かりだけで薄手の本を読み、唇でぶつぶつと詠唱してみる。思い出した。

脳から古い知識を引っ張り出し、改めて記憶を心に刻み込む。

何度か暗唱して淀みなく唱えることができることを確認すると、準備は完了。

本をブックスタンドに突っ込むと、そのままベッドに潜り込んで眠りについた。

 

 

 

 

 

翌朝。

斑目里沙子は身支度を終えると朝食を取るため、仲間の集まるダイニングに現れた。

その顔には喜びも怒りも不安も焦燥もない。

 

「おはよう」

 

「おはよう、ございます……」

 

まだ昨日のショックから立ち直っていないジョゼット達は、力なく返事をした。

 

「すみません、簡単なものしかできなくて」

 

辻斬り事件のせいで昨日は買い物どころではなかった。

メニューは買い置きの塩パンと目玉焼きだけ。

 

「そんなことないわ。十分良く出来てるじゃあないの。

目玉焼きだってあたしの好きな固焼きになってる。朝はこうでなくちゃいけないわ」

 

里沙子は皿を指差しながら席につくと、すうっと匂いを嗅ぎ、塩パンを手に取った。

 

「見て。この塩パンはね、パン屋の親方が開店以来

ずっと自分で仕込みをしてるこだわりの一品なの。

牛乳屋の手作りバターを練り込んだ生地に

モンブールから取り寄せた岩塩が振ってあって、焼き立てはもちろん、

冷めても美味しいのよ。毎日午後3時には売り切れるらしいわ」

 

「あの、里沙子さん……?」

 

何ということもない独り言を始める里沙子だが、

彼女に何か異様なものを感じたエレオノーラは話しかけようとした。

だが、何を言って良いのかわからない。

 

「ほら、触ってみて。一昨日買ってきてそのままなのに、まだフワフワしてるでしょう?

こうやって指で感触を楽しむのもこのパンの……。あらやだ、あたしったら」

 

手触りを確かめていた塩パンに指が刺さってしまった。

一見何の変哲もない、彼女の一挙手一投足を皆が不安げに見守る。

 

「お行儀が悪かったわね、ごめんなさい」

 

そして彼女はバターと塩がついた指をベロベロと“しゃぶる”。

明らかに異常なのに何が異常なのかわからない。

特にカシオピイアは姉の変わりように顔を青くするばかりだった。

 

「さ、さあ皆さん食べましょう!マリア様、今日のお恵みに感謝致します」

 

ジョゼットが不気味な何かから逃げるように簡単な食前の祈りを捧げると、

皆も追随して朝食を食べ始める。

あまり固形食を摂らないルーベルは、水を飲みながら里沙子の観察を続けていた。

 

 

 

皆がシンプルな朝食を食べ終え、ナイフとフォークを置く。

 

「ごちそうさま。あたしは不健康な生活を送ってるけど、朝食だけは欠かさないの。

一日三食のなかで最も重要なのは朝食。

身体を壊したら不健康な生活そのものが送れなくなるでしょう。

それは酷く退屈であたしの生き方を変えざるを得なくする。

到底認めることのできない異常事態だわ」

 

「あ、はは……。お姉さま、今日はやけにご機嫌なようですね」

 

パルフェムはいつもより饒舌な里沙子に恐る恐る話しかける。

 

「いつもどおりの朝を迎えられたからじゃないかしら?昨日は最悪な一日だったからね」

 

洗い場に皿やコップを置きながらパルフェムに返事をする里沙子。

 

「そうですね。あんな悲惨な事件が起きてしまいましたから」

 

「あの件に関してはカシオピイアが皇帝陛下に連絡してくれたんだろ?

返事が来るまで私達は下手に動かないほうがいいな。敵は里沙子が狙いなんだろう」

 

「あたしは今日出かける用事があるの。

用事と言っても、予定を立ててたわけじゃあないんだけど。

昨日買いそこねた食パン2斤を買ってこなくちゃ」

 

「えっ!?危険ですよー!

ルーベルさんの言う通り、辻斬りの犯人は里沙子さんを狙ってるんですから、

家の中で待っていた方が……」

 

「それはできない相談だわ。

あたしは誰かの都合で自分のやりたいことを邪魔されることが我慢ならないの。

今日こそは絶対にハッピーマイルズの街で食パンを買う」

 

「では、せめてわたし達も一緒に!」

 

「いいんだ、エレオノーラ」

 

ルーベルが同行を申し出るエレオノーラを止めた。

思いがけず制止されルーベルを見ると、彼女はただ首を振る。

 

「銃はちゃんと持ってけよ?」

 

「当然。銃はあたしという存在を形作る要素だから置いていきはしないわ。

ドーナツに必ず穴が開いているよーに、あたしが行くところに必ず銃はあるの」

 

里沙子はコートハンガーに引っ掛けていたガンベルトを身体に巻き、

ショットガンを背負うと聖堂から玄関ドアを開けて出かけていった。

エレオノーラはルーベルに真意を問う。

 

「訳のわからないことを言っていましたが、

本当に行かせてしまってよかったのですか?」

 

「みんな気づかなかったか?里沙子を見て」

 

「確かに、お姉ちゃん、変だった」

 

「里沙子はいつも変だけど、なんだかもっと変っていうか……」

 

「思い出せ。いつか里沙子が記憶喪失になったときのことを」

 

「「……っ!?」」

 

ルーベルの意図するところを知った全員に衝撃が走る。

 

「あ、あのぅ!それってまさか、里沙子さんがまた!?」

 

「間近で戦った私だからわかる。里沙子の心に“あいつ”が現れたんだ!」

 

「それでは、またお姉さまがパルフェム達に襲いかかってくると?」

 

「いや、その心配はない。さっきだって普通に朝飯食ってただろ?

今回は、里沙子の理性を持ったまま、蘇った“奴”が暴れだすだろう。

里沙子より敵の方を心配したほうがいいかもしれねえ。手回しをしといたほうがいいな。

きっと里沙子は街には行ってないはずだ」

 

「というと、里沙子殿は街ではなくどこへ向かったというのじゃ?」

 

「奴の行動パターンから考えると……」

 

そして全員がルーベルの見立てに耳を傾けた。

 

 

 

 

 

ルーベルの予想した通り、里沙子は街へ続く街道ではなく

隣接する森の奥に入り込んでいた。

木々がまばらになり開けた場所に出ると、

彼女は足を止め、目的の人物が現れるのを待った。

待ったとは言うものの、向こうも里沙子を待ち構えていたようで、

すぐ乱暴な歩調で落ち葉を蹴散らしながら現れる。

 

「よォ、斑目里沙子。昨日はテメエのせいで散々だった。

肩、血まみれになるわ、リーダーに腹蹴飛ばされるわ。まだ腹が痛えんだよ。

楽には殺さねえ。今度こそジワジワと全身の肉削ぎ落として、

たっぷりテメエの絶叫を聞かせてもらうぜ!」

 

里沙子はやはり感情のない目でスラッシュを見つめながら彼に問う。

 

「怪我をした上にトップに痛めつけられる。

……君は一体何のために戦っているのかしら。

実に気の毒な生き方をしているんじゃあないかとあたしは思う」

 

「死ぬまで遊んで暮らすために決まってんだろうが!

お前をぶっ殺してちょっとした“ままごと”に付き合えば、

有り余る国の予算でゴージャスな一生が送れんだよ!

俺を気の毒だっつーなら、お前は何のために戦った?

魔王をぶっ殺して、メタトロンをなだめすかして、何が残ったって言うんだ!?」

 

「……『日常』」

 

「は?」

 

「激しい「喜び」はいらない…そのかわり深い「絶望」もない………

「植物の心」のような人生を…そんな「平穏な生活」こそあたしの目標だったのに………

君が起こした騒ぎのせいで、昨日あたしはパンを買うことができなかった。

それはあたしの『日常』に波風を立てる、存在してはならない事実よ」

 

「ハッ!そんなクソつまんねー人生の何が楽しい!?

お前、能力の使い方まるでわかってねえな。

スキルってのはな、選ばれた人間だけが持ってる文字通り“特殊な能力”なんだよ!

気に入らねえやつは証拠もなく殺せるし、

金持ちの願いを2,3個叶えれば一生食うに困らねえ!

お前の大好きな日常とやらも金次第でどうにでもなるってのに、

買うものと言えばたかがパンひとつ?マジ笑えるぜ!」

 

「金でどうにもならないから、あたしがここにいるんだけど。

スキル、か……あたしにもちょっとした“特殊な能力”があってね」

 

そして里沙子は背中のレミントンM870を抜き、左手で握りながら詠唱を始めた。

 

──収束せよ、鋼に秘めし其の力、猛る混沌、死の鐘響、無慈悲に終末を奏でんことを

 

里沙子の左手にグリーンに光る魔力が集中。

銃身の内部で何かが圧縮されるような感触をもたらす。

 

「馬鹿が。俺に銃は効かねえことは昨日わかっただろう?

ちょいと不意を突かれて怪我はしたが、あれでお前の悪運も尽きたんだよォ!」

 

体内に魔力を循環させたことで、スラッシュの能力が目視できるようになった。

全身を覆う無数の斜線にもう隙はない。

頭上も布の網目のように細かい次元の裂け目に包まれて、

もはやどの方向からも攻撃を受け付けない。

だが、里沙子は何も言わずにショットガンの安全装置を解除する。

 

「お得意のクロノスハックはどうした。

まさかそのショットガンで俺を撃ち殺せるとでも?」

 

「『日常』を乱されること…それはこの『斑目里沙子』が最も嫌うこと…

だから、スラッシュ。君をここで始末させてもらう」

 

「ああそうかよ!だったら始末される前にお前を始末しなくちゃあなっ!」

 

スラッシュは右手の人差し指を大きく振りかぶり、空間に巨大な斜線を生み出す。

斜線は一拍置いて真空波となり、里沙子に向けて高速で直進。

足元の落ち葉や突き出た木の枝を両断しながら彼女に迫る。

 

里沙子はその場でしゃがみ込み、巨大な一閃を回避。

真空波は彼女の髪をわずかに斬り落として通過していった。

それを確認した里沙子は、再び立ち上がってスラッシュと対峙する。

 

「まぁ、こんぐらいじゃ死なねえわな。死なれても面白みがねー。

次はクロノスハックに頼らねえとキツいぜ?」

 

「……さっき」

 

「あん?」

 

「さっき君が言っていた能力の使い方だけど……。

気に入らない奴は殺す、金持ちの言うことを聞けば一生安泰。

この能力を戦いや金儲けに使うことはやろうと思えばいつでもできた。

やらなかったのは単にあたしが「闘い」の嫌いな性格だったからよ……

「闘争」はあたしが目指す「平穏な人生」とは相反してるから嫌いよ…

ひとつの「闘い」に勝利することは簡単よ…

だが次の「闘い」のためにストレスがたまる……愚かな行為だわ」

 

「人生は闘いの連続だろうが!

そんなに闘いたくねえならお前の「闘い」を元から絶ってやるよ!

俺が負けるわけねえがなァ!」

 

「そう!元から絶たなければあたしの『日常』は戻らない……ッッ!」

 

両者攻撃態勢に入る。

スラッシュが両手を広げ、里沙子は銃を構えてトリガーに指を掛ける。

 

「死ねや!!」

 

だが、スラッシュの攻撃より一瞬早く、里沙子の銃が咆哮した。

銃口から吐き出されたのは鉛の散弾ではなく、巨大な火の玉。

レミントンM870が火炎放射器のように激しい炎を噴き出し、スラッシュを包み込んだ。

焼け残りの散弾が火花のように舞い落ちる。

 

突然真っ赤な炎に包まれた彼は、状況を理解するのに数秒を要したが、

少し遅れて全身が燃え上がるとようやく攻撃を受けたことを認識した。

 

「あ、あ、あぎゃあああがあっつおあああーーっ!!」

 

激痛でその場で転がり、のたうち回り、

身体を食い破る火を消し止めようとするスラッシュ。

里沙子はハンドグリップを引き、空薬莢を排出し、次弾を装填。

 

「あああっ!あづい、あぢいよおおぉ!!何が、何が起こって……」

 

ドラゴンブレス弾。

鉛の散弾ではなくマグネシウムのペレットを封入することにより、

発砲時に銃身内で急激に燃焼。射程約30m内の標的に猛烈な炎を浴びせる特殊弾。

更に、里沙子の魔法で強装弾となった弾薬は2000℃に達する熱を放射する。

 

スラッシュの能力が面ではなく線である以上、

どれだけ緻密な防御を敷いても鉄すら溶解させる形のない熱を防ぐことはできなかった。

彼は地面を掴みながら、這いずるように逃げようとする。

 

「はぁ…ひぃ…デリート!マルチタスク!来いぃ!俺を助けろおぉぉ!」

 

しかし、背後から三編みをおさげにした得体の知れない女が銃を抱えて忍び寄る。

致命傷ではないものの、身体が真っ赤に焼けたスラッシュの前に回り込む。

里沙子は高くそびえる森の木々をゆっくりと眺めながら感慨にふける。

 

「ン・ン~ン。いつ来てもここは緑豊かなところよね。

小学生の頃、行きたくもないのに連れて行かれた遠足を思い出すわ。

子供の足じゃ遠すぎる距離を歩かされて、水筒の水は全然足りなくて喉もカラカラ。

結局何を何のために見に行ったのかさっぱり覚えちゃいない。そんな経験君にはない?」

 

「てめえ、なにを言ってやがるんだ……」

 

「これからもう一発君に食らわせる前に、ちょっと確認しておくことを思い出した。

能力(スキル)と君は呼んでいたけど、デリートだのマルチタスクだのいう奴らもいて、

連中もスキルとやらを持っているの?」

 

「は、はやく……助けて」

 

「だめ、だめ、だめ、だめ、だめ、だめ、だめ。君は死ななくてはいけないの。

この斑目里沙子の『日常』を破壊する人間は誰一人として居てはいけないの」

 

徐々にスラッシュの呼吸が荒くなってくる。

重度の熱傷を受けた彼は今すぐ治療しなければ命に関わるだろう。

 

「たのむ…わるかった、許してくれ……」

 

「許す?ちょっと待って。あたしは別に怒っているわけじゃないわ。

別に街の人間を殺しただの、同居人に精神的ストレスを与えただので

あたしが怒ってると思っているのなら、それは誤解だわ。

「生活」よ。君と戦うことになったのも「生活」だし、

『日常』を取り戻すことも「生活」なんで、前向きに行動してるだけなのよ…

「前向き」にね…」

 

焼死体と変わらぬ男を目の前にしても

里沙子は穏やかな笑顔を浮かべたまま銃を構え直す。

ガチャリと銃身が音を立て、スラッシュが怯える。

 

「ひうう!!」

 

「さあ教えてちょうだい。

そのうち分かることだけど、君本人の口から実際に聞いておきたいの。

デリート、マルチタスク。他の奴らの名前は?この街に、あと何人いる?能力は?

あと、リーダー」

 

「おまえ、一体、なにもの……」

 

「質問を質問で返すなあーっ!!疑問文には疑問文で答えろと学校で教えているのか?

あたしが「リーダーは誰か」と聞いているのよッ!」

 

突然里沙子は激高し、スラッシュの眉間をねじるように銃口を押し当てる。

 

「しらねえ!言えねえ!ころされる……!」

 

「はぁ…はぁ…あたしとしたことが取り乱してしまったわ。

お願いだから協力してくれないかしら。

君の言う“クソつまんねー人生”を取り戻すために、

こうしてしなくてもいい努力をしているんだから。

ゆうべも夜なべしてこの特別な弾丸を作ったの」

 

「うう、あー……」

 

「もう死にかけてるわね。

『日常』を取り戻す最初の一歩として、まず君にとどめを刺そうと思う」

 

里沙子はドラゴンブレス弾の業火に巻き込まれないよう後退して距離を取る。

そして息絶える寸前のスラッシュに狙いを定め、トリガーに指をかけた。

 

……が、その瞬間、里沙子に何者かが飛びかかり、

押し倒されると同時に火炎弾は空に放たれた。

熱風が両者を叩き、二人共思わず顔をしかめる。

 

「馬鹿野郎!誰か一人でも人間を殺したら

この企画はおしまいだって言ったのはお前だろう!」

 

ルーベルだった。起き上がった里沙子はしばらくぼーっとしていたが、

やがて目が覚めたようにまばたきを繰り返し、ショットガンを掴んで駆け出した。

 

「あら?こうしちゃいられないわ、早く取り戻さなきゃ!!」

 

「おい、どこ行くんだ!待てよおいー!」

 

里沙子を追いかけて、

ルーベルも地に転がるスラッシュを放って森の外へ走り去っていった。

死にゆく彼に駆け寄る小さな気配が3つ。

 

「お姉さん。スラッシュが死んじゃったよ」

「スラッシュはまだ死んでないよ、お姉さん」

 

「うん、まだ生きてる。ああ、酷い怪我」

 

ぼやける視界に見えたのは双子の姉妹と銀髪の少女。

スラッシュがデリートと呼ぶ少女が、彼が受けた熱傷を削除し始める。

彼女の治療と全身を走る激痛で、一度は永久に失いかけた意識が強引に呼び戻された。

どうにか口が利ける程度まで回復したスラッシュは、やっとのことで言葉を紡ぐ。

 

「……リーダーに、伝えろ。斑目、里沙子は、イカれてる……」

 

そして彼は今度こそ気を失った。同時に、馬の蹄の音が森の入口からなだれ込んでくる。

一頭や二頭ではない。騎兵隊一個小隊ほどの規模はある。

 

「人が来る。これ以上は治せない。

悪いけどスラッシュに囮を引き受けてもらいましょう。マルチタスク、お願い」

 

「お姉さん、もう帰ろうか」

「もう帰ろうね、お姉さん」

 

双子の姉妹が手を取り合うと、彼女達の身体から黒い波動が立ち上り、

自分達とデリートを闇に飲み込んで騎兵隊の到着と同時に消え去った。

先頭を走る将軍、シュワルツ・ファウゼンベルガーが

焼け焦げた木と周囲に残る熱風に辺りを警戒する。

 

「カシオピイア少尉の通報によると、

ここでリサがスラッシュと戦っているとのことだが……」

 

「将軍!あそこに死体が!」

 

部下が指し示した方向に、

幾分回復したとは言え放っておけば死ぬほどの重症を負ったスラッシュが倒れていた。

 

「奴が辻斬りの犯人だ!封魔の鎖を持てい!治療は後で構わん!」

 

「「はっ!」」

 

将軍の指示でスラッシュは引きずられるように担架に乗せられ、

ハッピーマイルズ軍事基地に搬送された。

 

 

 

 

 

一方その頃。

里沙子はショットガンを片手に、

ハッピーマイルズの街へスキップしながら到着したところだった。

銃を持ったまま市場に乱入した彼女に、買い物客達がギョッとして道を空ける。

 

「待てよ、待てったら里沙子!」

 

「急がなくっちゃ。もうすぐ、もうすぐだから」

 

乾いた血痕など、まだ惨劇の痕が残る広場を抜け、更に西の区画へ抜ける。

雑貨屋などの店舗が並ぶエリアに入ると、

里沙子は迷わず“エルマーズ・ベーカリー”のドアを開けた。

大柄な店員が焼き上がったばかりのパンを棚に陳列している。

彼は里沙子の銃を気にした様子もなく、並べ終わるとレジに立った。

 

「やっと追いついた。今日に限って無駄に張り切りやがって。

一体なにがあるってんだよ……」

 

「ここの食パンは毎日11時に焼き上がるの。ねえ、店員さん。食パンを2斤ちょうだい」

 

「少々お待ちを」

 

店員は大きな紙袋に注文通り食パンを詰めると、里沙子に渡した。

 

「……20Gです」

 

「はい」

 

「ありがとうございました……」

 

店を出た里沙子は満足気に笑みを浮かべ、ルーベルは呆れ返っている。

 

「何かと思えばパンかよ。森でドンパチやらかしたと思ったら、今度は街までお使いか?

私達がどれだけ心配したと思ってる!?」

 

「ほら見て、できたてをゲットできたわ」

 

「聞いてんのか?」

 

「焼きたてホカホカのパンが香ばしいでしょう。この食パンは耳まで柔らかいの。

トーストにするとバターとの相性が抜群で、

染み込んだバターのまろやかさと生地のほのかな甘みが引き立て合って最高なのよ」

 

オートマトンのルーベルに唾液はないが、もし彼女が人間だったら、

里沙子の様子を見てつばを飲み込んだだろう。

パンを抱えて笑顔で語る彼女は、顔がススで汚れ、おさげの先端が焦げ、

ワンピースもあちこち焼けて穴が開いていた。だが、それでも彼女は笑っていた。

もう一度紙袋の中身を確かめた里沙子は、こう呟いた。

 

「これで今夜も……くつろいで熟睡できるな」

 

同時に、『日常』を取り戻した里沙子は突然意識を失い、その場に倒れた。

慌ててルーベルが抱きとめなければ、頭を打っていたかもしれない。

彼女の腕の中で眠る里沙子は、もう元通りの里沙子に戻っていた。

 

“吉良吉影”は、再び里沙子の潜在意識の中へ消えていったのだ。

 

ルーベルは歯噛みする。

ちくしょう、これじゃあ、本当に私がいないと駄目じゃねえか!!

里沙子が抱える爆弾を目の当たりにしたルーベルはどうすることもできず、

彼女を背負って帰るしかなかった。

 

 

 

 

 

後日。

里沙子はコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。

結局、今回も吉良吉影について覚えていなかった里沙子を見て、

ルーベルは本人には伏せておくことにした。

彼女は前日に眠ったきり、翌日の記憶が抜け落ちているらしい。

仲間には里沙子がスラッシュを倒した事実について、“多少”ぼかした表現で説明した。

 

一口コーヒーを含んだ里沙子が“玉ねぎくん”を読み終えると、

開いた1面の見出しにこう書かれていた。

 

《連続殺人犯逮捕 犯人は皇国のスパイを自称 斑目氏の暗殺に失敗》

 

顔中に包帯を巻かれた男の顔写真を見ると、どこか頭の芯がうずく里沙子だった。

 

 




引用元:ジョジョの奇妙な冒険 Part4 ダイヤモンドは砕けない


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ずーっと恥ずかしいミスをしていたことに今更気づいて修正したの。探さないでね。

前回は丸一日記憶がすっ飛んでて、

この文章も天の声に任せきりという失態を犯してしまったわ。

ごめんなさいね、何か変なことしてなかったかしら。

まぁ、スラッシュをどこかのボランティアが半殺しにしてくれたから

楽できたのが不幸中の幸いね。お詫びに大好きな西部劇教えるから許して。

 

その名も「続・荒野の用心棒」。

原題はDjango(ジャンゴ)なのに、適当過ぎる邦題には呆れるばかりだわ。

ちなみにタイトルに続って付いてるけど、

クリント・イーストウッド主演の“前作”とは物語としては何の繋がりもない。

放浪のガンマンがならず者にピースメーカーをぶっ放す基本は押さえつつも、

中盤では笑いが出るほどの超展開に……。

 

「やめろ。誰もお前の趣味なんか興味ねえよ。見え見えの字数稼ぎはよせ」

 

「そんのこと言ったってしょうごのいじょないこ。

週一更新の自主ルールが崩壊して久しい上に、

10日以上も更新が滞ってるんだから(08/18現在)」

 

意味もなく、え○りかずきの物真似をしながらルーベルの冷たい声に答える。

本日のダイニング居座り組は、

あたし、ルーベル、カシオピイア、エレオの4人でございます。

 

「大体お前には危機感ってもんがないんだよ。

たまたま捕まったからよかったものの、犯人はお前の命を狙ってたんだぞ?

単独犯なわけがねえ。絶対バックにヤバい奴がいる。

そこんとこわかってんのか?」

 

「当のスラッシュがブタ箱行きになっちゃったんだから

続報を待つ以外にできることがないのよ。

カシオピイア、確かあいつは

将軍からサラマンダラス要塞に引き渡しになったのよね?」

 

「うん。まだ、取り調べ中」

 

「しかし、重症で動けないとは言え、

その者は強力な能力を持っていたそうですね。

怪我が治ったらまた何をしでかすか……」

 

不安な様子の彼女に将軍からの耳寄り情報をプレゼント。

 

「ああ、心配ないわエレオ。

治療ついでに手術で吸魔石を体内に埋め込んだからもう能力(スキル)は使えない。

お縄になった暴走魔女とかにそういう処置がされるのよ」

 

「えっ?まぁ…そんなものがあるなんて」

 

生々しい話にちょっと引き気味のエレオ。

 

「覚えてる人は覚えてる死に設定よ。

あんまり世の中のダーティーな部分と縁がなかったエレオが知らなくても

無理はないけど」

 

「もうすぐ、要塞から、返事が来る、かも?」

 

「来たら起こして。あたしは昼寝してくる。

運動会頑張ったおかげで寝心地が最高」

 

「大事なことは人任せにしやがって。まったく」

 

ルーベルの小言が始まる前に小走りで階段を駆け上がって、

あたしは私室に戻りベッドに潜り込んだ。

コスモエレメントという冷房で部屋をキンキンに冷やし、

あえて厚い布団を被って眠る。

この気持ちよさを分かってくれる人はきっといるわ。

しばらくの間、おやすみなさい。

 

 

 

 

 

サラマンダラス要塞 取調室

 

一命は取り留めたものの、再起不能の重症を負ったスラッシュは、

車椅子に腰掛けたまま連日軍の取り調べを受けていた。

季節がどうあろうと肌寒さを感じさせる湿り気のある石造りの部屋には、

鋼鉄製のデスクにランプがひとつだけ。

他には調書の記録員と尋問を行う筋肉質の調査官がふたり。

調査官がデスクを殴り、スラッシュを怒鳴りつける。

 

「皇国の目的はなんだ、答えろ!!」

 

全身をミイラのように包帯で巻かれたスラッシュは

虚ろな視線を泳がせながら答える。

殺傷能力の高いスキルを持つ重犯罪者は、治癒魔術師の回復魔法で

生かさず殺さずの塩梅で最低限の傷だけ塞がれていた。

 

「……言えねえ、サラマンダラスは、敵」

 

「膿だらけの包帯を引っ剥がされたいのか?

ションベンちびるほど痛いだろうな!」

 

「あー……。グラタンが、たべたい」

 

「斑目を狙った理由は!?誰の指示だ!そいつはどこにいる!

言っておくが、お前らクソ野郎共に

人権だの国際法だのがご用意されてると思ったら大間違いだぞ!

ここでお前が“事故”で死のうが、「再発防止に努めます」でおしまいだ!」

 

「くそやろう……。目の前。くさい」

 

「……!」

 

調査官は何も言わずにスラッシュの横っ面を張った。

まだ熱傷の癒えていない部分に激痛が走るが、

スラッシュは首ふり人形のように頭を揺らすだけだ。

記録員は不都合な部分に関してはタイプライターを打つ手を止める。

 

「舐めてんじゃねえぞガキが!まだ焼かれ足りねえなら

 

頭に血が上った調査官がポケットからライターを取り出した瞬間、

周囲の空間が固着した。

怒号は反響することなく声だけが消え、ライターの火の揺らめきは停止し、

タイプライターのアームは紙を叩く直前で止まる。

 

だが、パンプスがコツコツと石の床を鳴らす音だけが近づいてくる。

それが取調室の前で止まると、ドアが開かれ、何者かが入室した。

スラッシュが目だけを動かしてかすれた声で漏らす。

 

「……フリーズか」

 

フリーズという女性は、ボトムスは身体の線が浮かぶタイトスカート、

トップスはネクタイを締めた張りのあるスーツ姿。

やはり全体的に黒を基調としており、

髪はブロンドのセミロングをバレッタで後頭部にまとめ、

知性的な雰囲気を漂わせている。

何もかもが止まった世界で、スラッシュとフリーズだけが言葉を交わす。

 

「酷くやられたものね。何があったの」

 

「知るか。とにかくあの女は頭がおかしい。リーダーはなんて言ってる」

 

「心配要らない。暗殺には失敗したけど、

こうして皇国のスパイを演じている以上、彼に不満はないわ」

 

「俺が殺り損ねたから、今度はお前が来たってわけか」

 

「クロノスハック、ね……」

 

フリーズは、ベルトのナイフホルダーから

ナイフハンドルのない刀身むき出しのダガーを抜くと、

両手でそっと抱きしめるように胸に当てた。

 

「彼女の能力と私の能力。

どちらがどちらを上回るかわからないけれど、私達はやるしかない。

それが“スペード・フォーミュラ”としての使命だから」

 

彼女はどこか憂いを帯びた表情で自分に言い聞かせるように語る。

 

「行くのか」

 

「他のメンバーはそれぞれ別の任務に就いてるし、

マルチタスクは実戦に出すには危険。いろんな意味でね。あなたはここをお願い。

まだするべきことも残ってるし」

 

「ああ」

 

そしてフリーズは調査官の手からライターを取り上げた。

 

「……全てが終わったら、なるべく早く戻るから」

 

「頼んだ」

 

彼女は身体の自由が利かないスラッシュを一度振り返ると取調室から出ていった。

ほんの数秒の静寂を置いて、唐突に世界は動きを取り戻す。

 

目ン玉焼き潰して……あれ?俺のライターどこだ?」

 

「さあ?お前が持ってたんじゃないのか」

 

手の中にあったはずのライターを探す調査官。記録員が行方を知るはずもない。

慌てて体中のポケットを探るが出てくるはずもなく、

そうこうしていると今度はカツンカツンと床を叩く固い金属音が近づいてきた。

足音が取調室の前で止まると、ゆっくりドアが開かれた。

 

ミスリルで打たれたフルプレートアーマーと

真紅のマントに身を包んだ皇帝が入室。

調査官も記録員もすぐさま立ち上がって敬礼した。

 

「スパイ容疑者の様子はどうか」

 

「はっ!

現在皇国が斑目女史に暗殺者を送った目的について尋問しているのですが、

なにぶん発言が要領を得ず……」

 

「そうか。時間が掛かるとは思うが、多少手荒でも構わん。

情報が得られるまで続けてくれたまえ」

 

「承知致しました!」

 

皇帝はスラッシュを一瞥する。

 

「我輩としては、此奴の証言は信じがたいものがある。

経済的に安定成長を続けている皇国に、

トライトン海域共栄圏に亀裂を生じさせる理由があるとは思えん。

皇国も共栄圏の恩恵に預かっているというのに」

 

「仰る通りであります」

 

「ただ……。万一ということもある。

ハッピーマイルズ領が攻撃され、里沙子嬢が襲われたのは紛れもない事実。

また、皇国は指導者が交代したばかりだ。

公式会談も行われておらず、人物像もはっきりしていない。

彼がどのような外交を行うか、まだ未知数。

念の為、皇国の動きを注視しておく必要がある」

 

語りながら皇帝はスラッシュの後ろに立つ。そして彼の肩に軽く手を置いた。

 

「君が何をしたかったのかはわからんが、

あまり彼を煩わせないほうが身のためだ。

いつまで経っても処刑台に行けず、無意味に苦しむことになる」

 

「くたばてえ、しめえ」

 

「野郎!」

 

調査官が今度は鼻を殴る。今度は鼻血が垂れ流しになるが、

相変わらずスラッシュは廃人のふりを続けるだけだった。

痛みに耐えつつ、内心彼は笑っていた。

芽を出すのは当分先になるだろうが、

トライトン三国の間に不信の種が植えられたのは事実だったからだ。

 

 

 

 

 

ぱちり。十分に惰眠を貪ったあたしは、

スッキリした気持ちと、奇妙な気配を感じながら目を開いた。

ベッドから起き上がるけど、変な気分。

どう言えばいいのかしら。まだ日が出ていて明るいのに、なんだか薄暗い。

 

あたしはガンベルトを身体に巻くと、ガンロッカーの鍵を開け、銃を取り出した。

コルトSAA、Century Arms Model 100、そしてレミントンM870を装備。

腰には特殊警棒。

 

私室を出て廊下を進む。突き当りの階段を下りると、ダイニングにルーベル達。

ただし、誰も微動だにしていない。というより、全てが停止している。

ルーベルが飲んでいる水は、いつまでもコップに留まり

彼女の口に流れようとしない。

ジョゼットが野菜を煮込んでいるコンロの火も吹かず消えず、

ただ固体でない固体としてそこにありつづけている。

 

スラッシュ君の仕業じゃあないわね。

今は帝都で楽しい監獄ライフを送ってるんだし。

またあたしが相手をするしかなさそう。

背中からレミントンを抜いてハンドグリップを引く。

そこで異変に気づいた。わずかだけど軽い。

確か、夜なべして作ったドラゴンブレス弾が5発装填してあるはずなんだけど、

1発足りないの。

 

どこでぶっ放したのかしら。この前昼寝しすぎて1日記憶が消えちゃってるから、

その時に試射したのかもしれない。考えても仕方ない、今は敵よ。

聖堂に入ると、珍しくノックもなしに厄介者を呼び寄せたドアを開き、外に出る。

 

風も吹かないなだらかな丘に出ると、見た目は割とまともな女が立っていた。

見た目で人は判断できないのは常識だけど、

この世界では特にその法則が顕著。油断はできない。

スーツ姿のブロンドの女が、微妙に教会から離れた場所に立って

じっとあたしを見つめる。

 

「どちら様かしら。この変な現象を止めてくれたらお茶くらい出す」

 

「……斑目里沙子。スラッシュを倒したのは、あなたね?」

 

「ううん。どっかの公共心に満ちた親切な人が片付けてくれたの」

 

「嘘。彼自身がそう言ってる」

 

「あたし自身がこう言ってるのになんで信じてくれないのかしら」

 

「我々のミッションを完遂し、我々の居場所を守るため、斑目里沙子。

あなたを殺す」

 

女は腰から柄がないダガーを抜く。昼寝の余韻が台無しになったわ。

話が噛み合わない上に、新しい敵まで現れた。

しかも会話の内容からまだまだ他がいることも推測できる。

うんざりした気持ちであたしはピースメーカーを構えた。

 

相手の武器は短刀。対してこっちには銃がある。楽勝ね。

聞きたいこともあるし、右腕の動脈を外して撃ち抜いて終わりにしましょう……。

と、思ったんだけど、そこでまた異常発生。

勝手に身体からどんどん魔力が抜けていく。

というより、術式が自動的に発動して魔力を消費してる。

 

「なんとなくわかった気がする。あたしだけが動ける理由。あんたの能力も」

 

「そう。私とあなたは似た者同士。能力は周囲の事象を固着させること」

 

ダガーを構える女がご丁寧に説明してくれる。

 

「クロノスハックが止められた時間を止め返してるから

あたしが動けてるってわけね。

空からロードローラーが降ってこなくてなによりだわ」

 

「始めましょう。私はフリーズ。“スペード・フォーミュラ”の工作員」

 

「それがあんた達のユニット名?とりあえず無駄だとは思うけど……」

 

あたしはピースメーカーでフリーズの右腕を狙い、発砲。

結果、火薬は爆発したものの、弾丸は銃口から飛び出した直後に空中で静止。

彼女がダガーを使う理由が多分理解できた。

 

「便利そうな能力だけど色々不便なのね。

何でも止められるけど何でも止めちゃう」

 

「だから飛び道具は使えない。手の届く範囲なら効果を限定できるのだけど」

 

「なら、あたしもこいつが必要になるわね」

 

腰の特殊警棒を抜いて、一振り。シャン!と音を立てて頑丈な打撃武器が伸びた。

それを合図に戦闘開始。フリーズが風のような身のこなしで迫ってきた。

素早い両脚の動きで草原を駆け、一気に距離を詰める。

 

あっという間にお互いが間合いに入り、ダガーと警棒の接近戦が始まった。

フリーズが器用なナイフ捌きで鋭い斬撃を何度も浴びせてくる。

あたしは防具にもなる特殊警棒で攻撃を振り払うけど、

普段射撃メインで戦ってるあたしは早くも押され気味。

正面切って喧嘩するのってなにげにこの企画で初めてかも。

 

あたしはフリーズの右腕を狙って特殊警棒を振り下ろす。

でも彼女は素早く身を反らして回避。

攻撃をかわされたあたしにゼロコンマ数秒の隙が生まれ、

それを逃さずダガーで突いてくる。

 

「くっ……!」

 

無理に身をよじって命中は避けたけど、左腕を少し斬られた。

グリーンの袖に血の赤が染み出す。さすが暗殺者まがいだけのことはある。

あたしは次の攻撃を諦め、後ろに跳躍して敵と距離を取る。

 

フリーズは追いかけようとせず、

5本の指で曲芸師のようにダガーをくるくると回しながら、

ただ静かな視線でこちらを見ている。

 

「別に構わない。血を失えば動きが鈍る。そこを一突きすれば、全ておしまい」

 

確かにあたしには時間がない。そもそも今生きているのだって奇跡に近い。

動物的直感で無意識にクロノスハックを発動してなければ、

永遠に終わらない昼寝を続けていたと思う。

今だって油断はできない。短期決戦でフリーズを倒さなきゃ、

いずれ魔力が尽きて彼女の能力に飲み込まれる。どちらにせよ、死ぬ。

 

しびれを切らしたのか、単に仕事を早く終わらせたいのか、

フリーズが一歩一歩近づいてくる。なんとかしなきゃ。

焦りで首からミニッツリピーターを下げているチェーンに冷や汗が伝わる。

いやだわ、大事な時計が汗で汚れて……。

 

待って、そこであたしは何かの直感を覚えた気がした。

すごく分の悪い賭けになる。失敗すればやっぱり死ぬ。

だけど唯一の選択肢に贅沢は言ってられない。

 

考えているうちに再びフリーズが攻撃を仕掛けてきた。腕、首、胸、腹。

動脈や急所を的確に狙って、切り裂き、突き、刺してくる。

特殊警棒で応戦しながら避けるけど、細々した切り傷が増えていく。

フリーズは眉一つ動かさず、激しい連撃を浴びせてくる。

もう時間がない。意を決して実行に移す。

 

「食らいなさい!」

 

「なっ!?」

 

あたしは僅かなチャンスを作るため、

危険を承知で警棒を両手に持ちフリーズに体当たりした。

守りに徹していたあたしがいきなりタックルしてきて少なからず動揺したのか、

攻撃の手を止め大きく横に避けた。

 

一方あたしは正面にすっ転んだけど、気にしてる暇はない。

ミニッツリピーターの竜頭を2回押して、時計から魔力の供給を受ける。

ブルーに光る秒針が逆回転を始め、

戦闘開始から少しずつ消費されていた魔力が身体にチャージされる。

 

クロノスハックのスペックを改めて頭の中で計算。

秒速約900m前後のライフル弾が止まって見えるから、

同程度の性能を持つフリーズの能力を上回ることができれば、

圧倒的有利に立つことができる。できればの話だけど。

 

たらればを言っても仕方ないわね。

あたしは深呼吸をして、極限まで精神を集中する。

一切の雑念を捨て、空間と身体を一体化し、大気中のマナに身を委ねる。

脳内麻薬が一気に放出され、

まるで桃源郷を彷徨い歩くような病みほうけた意識に包まれつつ、

ひとつの願いを口にする。

 

 

──クロノスハック・新世界!

 

 

二重(ふたえ)に閉じられた完全なる静止世界。森羅万象は、あたしのもの。

全てがモノクロになった世界で、何もかもが動きを止める。

これは超高速移動や空間低速化と言った擬似的なものじゃない。

今度こそ完全な時間停止。

 

あたしは脳で考えることをやめ、心のままに、

ホルスターのSingle Action Armyを抜く。

自分の感情すらかき消したまま、あたしは目の前いる女に銃口を向け、

ただ引き金を引いた。

 

聞き慣れた鋭い銃声。それと共に新世界は終わりを告げた。

 

次の瞬間には、あたしの能力もフリーズの能力も消え去り、結果だけが残る。

腕に.45LC弾を食らったフリーズの手からダガーが落ちた。

彼女は何をされたのか気づくのに時間がかかったが、

武器を失った事実、右手を動かせない事実、右腕が血まみれになった事実、

それぞれを順番に認識していく。

 

「あ…あ…、っあああああ!!」

 

必死に痛みをこらえるものの、額に脂汗を浮かべ激痛に座り込むフリーズ。

だけどあたしも無事ってわけじゃない。

意識がぐちゃぐちゃで気持ち悪いし、心臓も肩が揺れるほど激しく鼓動してる。

ピースメーカーを持っているので精一杯。

 

「どうしてっ……!私の能力の中では!」

 

「あんたの能力を更にあたしの能力で上書きしたの。

いつの間にこんな芸当覚えたのか自分でもわからないけど、

不審者識別用に使いまくってるうちにクロノスハックも成長したのかしらね」

 

「……確かに、あなたは普通じゃないみたいね」

 

利き腕を封じられたフリーズは左手でダガーを拾い、革製の鞘に収めた。

ああよかった。左で続きやりまーすとか言い出したらどうしようかと思った。

完全に魔力を使い切った状態でまた殴り合いするのはしんどいというか無理。

 

その時、どこからともなく2人の双子の女の子がトテトテと走ってきた。

彼女達は負傷したフリーズを見て驚いた様子で言う。

 

「お姉さん!フリーズがやられちゃったよ!」

「フリーズがやられちゃったよ!お姉さん!」

 

どこの誰だか知らないけど、双子のドレスも

フリーズのスーツと同じコンセプトで仕立てられてることがわかる。

いずれこの娘達とも戦うことになるのかしら。

 

「君達、だれ?」

 

「わたし達は、マルチタスクだよ!」

「マルチタスクだよ、わたし達は!」

 

「二人共……。安易にターゲットの質問に答えては、だめ」

 

「「は~い」」

 

「斑目里沙子。今日は、退きます。

我々に新たな障害が現れたと、報告しなければ」

 

「できれば二度と来ないでくれると助かるんだけど」

 

「私が来なくても、誰かが来る。あなたも私も、戦う以外に術はない」

 

あたしが何か言おうとすると、双子が手を取り合った。

すると、繋ぎあったふたりの手から黒い霧のようなものが吹き出し、

フリーズ達を包み込む。

突風が吹いて霧を運び去ると、そこにはもう誰もいなかった。

 

 

 

その後。あたしは教会に戻りダイニングでエレオノーラの治療を受けていた。

治療魔法を唱えた彼女の両手から温かい光が放たれ、

見る間に傷口が塞がり出血も止まる。

 

「もう大丈夫ですよ。破れた服は直しようがありませんけど」

 

「スペアが2着あるから問題ないわ。ありがとう」

 

「ま、まさか、里沙子さんと同じ能力者から襲撃を受けていたなんて……」

 

事実を知ったジョゼットが怯えた声を出す。

 

「だから気をつけろって言ったんだ。

偶然…何だっけ?新世界とやらが発動しなきゃ殺されてたんだろ」

 

「だってしょうごのいじょのいこ。気がついたらそこにいたんだもん。

あんただって呑気に水飲みながら固まってたんだからお互い様でしょう」

 

「それはそうだけどよう……。どうすんだ?これから」

 

「要塞からの、連絡はまだ」

 

「わかったことが少しだけある。

奴らは“スペード・フォーミュラ”って名乗ってる。

あと、悲しいことにまだまだ愉快な仲間達がいるってことも」

 

「それも、皇帝陛下に、伝えとくね」

 

「お願いね、カシオピイア」

 

本当、あたしが何をしたっていうのかしら。

運動会が終わってホッとしたのも束の間。

今度はダイヤだかクイーンだか訳のわかんない連中に絡まれる。

高田渡の“あきらめ節”でも歌って何もかも放り出したい気分だわ。

 

 

 

 

 

帝都近郊 スペード・フォーミュラ本拠地

 

マルチタスクによって彼らの邸宅に連れ戻されたフリーズは、

ソファに身を預けながらデリートの治療を受けていた。

彼女の様子を不安げに見守る仲間達。

マルチタスクはフリーズを使用人に預けると

さっさと自分の部屋で昼寝をしてしまった。

 

「痛つっ!」

 

「もう少しだから、我慢して。弾丸は消し去ったから。次は銃創を削除」

 

デリートの能力は、あらゆる事柄を“削除”するというもので、

戦闘に使えなくもないのだが、効果の発動がゆっくりなため

安全な場所で負傷した味方を治療する役目が主である。

 

「終わったよ」

 

「うん、ありがとう」

 

治療を受け、それまでの痛みが嘘のように引いたフリーズ。

彼女に三角帽子の男が歩み寄る。

 

「……具合は?」

 

「デリートが治してくれた。もう心配ない。それより大変なことが起こったの」

 

フリーズは里沙子との戦闘についてリーダーに語った。

それを聞いた彼は表情を変えずに思考を巡らす。

 

「ターゲットを変えたほうがいいんじゃないかと思うのだけど」

 

「いや……。斑目里沙子は先進三国の結び目に当たる人物だ。

共栄圏分裂を狙うなら彼女しかいない。

まだ始まったばかりだろう。諦めるには早すぎる。そのために俺達は集められた」

 

リーダーは振り返り、治療の様子を見ていた味方達を眺める。

彼の視線に身を固くする者、ただヘラヘラ笑う者、

他人事のようにどこかを見つめる者。

三角帽子の男は誰を動かすか、次の一手を考えていた。

 

 



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生クリームがいくら混ぜても喧嘩売ってるのかと思うくらい泡立たなくて腕が痛いの。

サラマンダラス要塞 医務室

 

「ぐふっ、げほ!ぜえ…はぁ…」

 

ここサラマンダラス要塞で、

一人の囚人がベッドの上で最期の時を迎えようとしていた。

全身の熱傷が壊死を起こし、細菌が体内に回り、高熱が止まらない。

軍医や看護婦も可能な限りの処置を施しているが、彼の死は時間の問題だった。

 

「先生、このままでは」

 

「うん。まあ、解熱剤を投与。それでダメならもう無理だ」

 

軍医は看護婦にやる気なく指示を与える。

殺すぞクソ野郎。スラッシュは朦朧とした意識の中で毒づく。

だが、それが彼らに聞こえるはずもなく、

ただ歪んだ天井を視界に入れるだけだった。

 

「おじゃましま~す」

 

その時、のんびりした女の声と共に、異様な存在が医務室に入ってきた。

真っ黒なローブに身を包み、大きな鎌を持った女。

ブロンドを両サイドで時代遅れの縦巻きカールにした間抜けな格好だ。

成人しているようだが歳は若く見える。だが、それは若々しいというより

心に幼さが残っていると言ったほうがしっくり来る。

 

「だれだ…てめえ……」

 

喘鳴交じりの声は誰にも届かなかった。

こんな妙ちきりんな奴が入ってきたのに、軍医も看護婦も気づいている様子がない。

 

「こんにちは!私、死神のポピンスです。あなたを迎えに来ました!」

 

「なんだ、おまえも、イカれてんのか……」

 

ポピンスは答えることなく大きく膨らんだ袖から手帳を取り出し、ページをめくる。

そして何かを見つけると嬉しそうに笑った。

 

「よかったー。確かに今日はあなたの命日です!

今回は所長やパパ上様に怒られなくて済みました」

 

そう言うと彼女は大鎌をジャキッと構える。巨大な刀身がぎらりと光った。

 

「や…めろ……」

 

「大丈夫ですよ~。わたしのご案内は痛くないって評判なんです。

まぁ…冥界へ渡った後については保証できませんけど。

では早速ですが、逝きましょうか」

 

「……くそっ、たれ」

 

死神はその鎌を振り下ろす。こうして、ひとつの命が連れ去られていった。

 

 

 

 

 

サラマンダラス帝国147代皇帝、ジークフリート・ライヘンバッハは

火竜の間にある彼の玉座に深く腰掛け、瞑想をするかのように目を閉じ、

彼を悩ませている不可解な現状への対応策を模索していた。

人払いをしてまで皇帝自らが思案しなければならない懸案事項とは。

 

事の発端は半月前に遡る。

3年ぶりの国際会議が2ヶ月後に迫り、サラマンダラス要塞でも軍の幹部達が

スケジュール調整や警備体制の確認、要人の移動ルート確保など、

主要4カ国の代表を迎える準備に追われていた。

 

もちろん皇帝も彼らに全て任せきりにしていたわけではない。

幕僚と共に会議の議題、現行の条約に関する更新手続き、

貿易協定等について意見を交わし、最終段階の調整に入っていた。

 

そこで起きたスラッシュと名乗る男による連続殺傷事件である。

犯人は皇国の放ったスパイで、斑目里沙子の暗殺を命じられたという。

確かに最近の彼女は帝国初の運動会で優勝したことの他、

目立った活動はしていなかったが、トライトン海域共栄圏の立役者である。

いわば、共栄圏設立後初の国際会議におけるキーパーソンの一人だ。

 

幸いスラッシュは何者かによって瀕死の重傷を負わされ捕縛されたが、

仮に彼女が殺害されていれば、

三国の同盟に修復不能な亀裂が走っていたことは間違いない。

なぜなら、それはいずれかの国が共栄圏の存在を目障りに思い、

破壊を目論んでいたことに他ならないからだ。

 

カシオピイア少尉の報告によると、その後もフリーズという名の工作員が

再び里沙子の殺害を試みたが、返り討ちに遭ったという。

工作員は仲間と見られる二人組の能力で逃げ去ったようだが、

これで組織ぐるみの犯行であるということが確定した。

スペード・フォーミュラ。それが正体不明の集団の名前らしい。

 

しかしながら、国を挙げて攻撃者の捜索を行うこともできない。

スラッシュは自らを皇国の差し金と自称したが、

今度の一件を彼の国の謀略と断定する証拠は何もない。

国家転覆を企む無関係な過激派の仕業である可能性もあるのだ。

 

もしそうであれば、痛くもない腹を探られた皇国の沙国に対する感情は

著しく悪化する。今後の外交に大きな影を落とすことは避けられないだろう。

それこそ共栄圏の崩壊に繋がる。

 

その時、緊急連絡用の音叉が震えた。

懐から取り出すと、紫に色づいた音波を放っている。皇帝は音叉に話しかけた。

 

「何事か。……ふむ、そうか。わかった、病死だな。後は任せる」

 

彼らに繋がる手がかりが消滅した。もうこちらから打てる手はない。今の所は。

 

「ならば」

 

内々に処理し、つつがなく国際会議を終える以外に方法はない。

本作戦には彼女が適任であろう。ちょうど里沙子嬢とも懇意にしている。

皇帝は左腕の手甲を右手の人差し指で弾いた。

希少金属が放つ美しい音色が火竜の間に響く。

 

すると、外から足音も立てず何者かの気配が近づき、

あえてノックをせずドアを開いて中に滑り込むように入室した。

女性用の軍服姿の彼女が敬礼して口を開く。

 

「お呼びでしょうか、陛下」

 

「情報官マリー。まずは楽にして聞いてほしい」

 

そして皇帝はマリーに指令を下した。

彼女はガラクタ屋の店主を務めている間は決して見せない真剣な表情で聞き入る。

 

「……概要は以上だ。具体的情報に乏しく、難しい任務になることが予想される」

 

「お任せください。

これよりスペード・フォーミュラの無力化及び背後関係の捜索に着手します」

 

「急かすようで済まないが、時間がない。国際会議の開会がタイムリミットだ。

国内に各国首脳が入国すれば、連中は彼らにターゲットを変えるだろう。

我が国で諸外国のトップが暗殺されたとなれば、外交問題どころでは済まなくなる」

 

「承知しました。

まずは敵の襲撃が発生したハッピーマイルズで情報収集を行います」

 

「うむ。我輩も協力は惜しまぬが、帝国の未来が貴官の手腕にかかっている。

頼んだぞ」

 

「はっ。速やかに、確実に、必ず結果を持ち帰ります」

 

マリーは再び敬礼すると、足音を殺しつつきびきびとした足取りで去っていく。

 

「まだ16、か……」

 

彼女の後ろ姿を見送った皇帝は、複雑な気持ちで短い独り言を漏らした。

 

 

 

 

 

タイトルにも書いたと思うんだけど、

奴が背伸びして回りくどい文章を考えてる間、あたしも苦労してたのよ。

あんまり退屈だったんで、お菓子作りに手を出したのが運の尽き。

昔ジョゼットが買ったレシピ本に

チョコレートムースの簡単な作り方が載ってたから、

材料買い集めて調理を開始したの。

 

最初の方はうまく行ってたのよ。

チョコレートを湯煎して、生クリームをそのまま投入して混ぜる。

だけど次のステップで膠着状態なの。そう、生クリームが泡立たない。

かれこれ30分は泡立て器をかき回してるんだけど、一向に固まる気配がない。

ちょっとだけとろみは出てきたんだけど、それきり変化が見られないのよ。

泡立て器を持ち上げて粘り気を見る。全然ダメ。

9分立てどころか1.5分立てがいいとこ。

 

天地神明に誓って言うけど、あたしはなんにも間違ってない。

生クリーム自体も、ボウルも、泡立て器もあらかじめ冷温庫で冷やして、

ちゃんと“氷せん”しながらガシャガシャと

妙に値段の高い生クリームを混ぜてたの。

 

「ああ、腕が痛い!」

 

「里沙子ー、お菓子まだ~?」

 

ピーネがお子様用椅子に座ってぶーたれる。

隣ではパルフェムがあくびをしながら待ってる。

もひとつおまけに、その他のメンバーも全員揃ってる。

そういやあたし、なんでこんなことしてんのかしら。

前回、フリーズとかいう女に殺されかけて、

スペードなんとかっていう連中に狙われてるのがわかったってのに。

 

ルーベルに言われたように危機感が欠如してるんだと思うけど、

変人相手に切った張ったの生き方してるうちに

人間が本来持ってる危機意識が麻痺してしまったのかもしれない。

そう言えばこの世界での生活も何年になるのかしら。

この企画はサザエさん時空だから何年経とうと何も変わらないんだけどさ。

……無駄話はここまでにしてピーネに返事をしましょうか。

 

「苦情ならボウルの中の怠け者に言ってよ。それに、仕込みが終わっても

どのみち丸一日冷やさなきゃいけないから今日は食べられないわよ」

 

「えー!何よそれ!」

 

「残念ですわね。バレンタインでもないのに

お姉さまの手作りお菓子が食べられると楽しみにしていましたのに」

 

「今日完成させるなんて一言も言ってないから。味も保証できないから。

わかったら全員お部屋に帰る!

この腕がつりそうなほどしんどい作業を代わってくれるなら話は別だけどぉ?」

 

「チェー、つまんねえの」

 

「仕方がありません。明日まで待ちましょう」

 

「里沙子さん、夕食までにはキッチンを空けておいてくださいね」

 

「菓子作りもよいが、お線香も忘れないでほしいでござる」

 

「……頑張って」

 

本当に帰りやがった。

他の連中はともかく、カシオピイアにまで見放されたのは地味にショックだった。

途方に暮れるあたし。溶けた氷がカランと音を立てる。

どうしよう。こんなペースじゃ冗談抜きに日が暮れる。

中途半端に工程を進めてしまったから中断することもできない。

 

 

トントントン お~い、リサっち~

 

 

本日のドアノックが来たわ。この声はマリーね。

あの娘からうちを訪ねてくるなんて珍しいこともあるもんだわ。

でも気分を変えたかったからちょうどよかった。

あたしは安全な来客を出迎えるために聖堂へ向かう。

玄関ドアを開けると、いつものカラフルなロングヘアが

トランク片手に笑顔で立ってた。

 

「にへへ~」

 

「マリーじゃない。今日はどうしたの?上がって」

 

「突然だけど、お金は欲しくないかな~?」

 

「帰れ」

 

ドアを閉めて鍵をかける。すぐさまマリーがドアを叩きまくる。

当然開けずにドア越しに話だけ聞いてやることにした。

 

ドンドンドン!

 

“開けてよリサっち~!”

 

「帰れって言ったはずなんだけど」

 

“さっき言ってたでしょう?マリーさんは「安全な来客」だよ!開けて~”

 

「心を読むなー!会っていきなり金の話する奴のどこが安全なのよ!

あんたのことは信用してたけどガッカリだわ!」

 

“とうとうお金まで信じられなくなったなんて、マリーさんもガッカリだよ!

ほら、ドアを開けるだけでこの金貨袋いっぱいのお金がリサっちのものに!”

 

「あのねぇ、世の中何の労働も見返りもなくお金がもらえるなんて

虫のいい話があるわけないでしょう。

タダより高いものはない。必ず後で何か要求されんの。

あたしだっていい大人なんだからそういう社会のシステムは理解してるわよ。

24舐めんな」

 

“むむむ。こうなれば強硬手段に出るしかないなぁ”

 

「面白いじゃない。どうするつもりなわけ?」

 

さすがにマリーに腰のベレッタをぶっ放すつもりはないけど、

あ、今日は気分的にベレッタ93Rね。

とにかくやり合う気はなかったから、どう出るのか観察だけ続けてたの。

そしたら鍵の辺りからカリカリと嫌な音が。デジャヴに見舞われる。

そう言えば、カシオピイアがここに来たばかりの頃、

なんか似たようなことがあった気が……

 

「おひさ~!マリーさん2度目の登場だよ!」

 

複雑なロックをピッキングで解錠し、

勝手にドアを開けたマリーが元気よく手を挙げながら入ってきた。

 

「あああんた、何やってんのよ!熟練の盗賊でも手こずる厳重ロックが……!」

 

「話だけでも聞いてほしいな~。リサっちにも関係あることなんだからさ。

ほい、金貨」

 

マリーが恐らく金貨の詰まった重そうな袋を押し付けてくる。

思わず身を引くあたし。

 

「タダより高いものはないって言ったじゃない。触りたくないわ」

 

「……スペード・フォーミュラ」

 

そうマリーが口にすると、馬鹿話の雰囲気が一気に静まり返った。

いつの間にか彼女もニヤけた表情を引っ込めあたしを見てる。

 

「ここじゃなんだから、奥で話しましょう」

 

「やった~。侵入成功!」

 

でも、ダイニングに戻るとあたしをうんざりさせる物と再度対面することになった。

 

「ああ……。こいつの存在忘れてたわ。マリー、悪いけど茶は出せない。

こいつが片付かないとキッチンが使えないの」

 

「どったの先生」

 

「退屈極まったから気まぐれにお菓子作りにチャレンジしたんだけど、

生クリームが固まらなくて困ってるの。

9分立てにしたくてかれこれ40分以上かき混ぜてるのに、ムカつくほど変化がない」

 

「ほう!?リサっちが女の子らしい趣味に目覚めたとはマリーさん驚きだよ」

 

「趣味にはならない。もうやらないから。

“初心者向け”カテゴリーがこんな面倒なら、

他のレシピだって厄介者揃いに決まってる」

 

「そりゃもったいない。貸してみ?」

 

「あんたがやってくれるの?助かるわ。

正直諦めて液体状態のままチョコにぶち込もうかと思ってたから」

 

マリーにボウルを託すと、彼女は左手でボウルを固定し、右手で泡立て器を持つ。

すると次の瞬間、右手の手首を使って物凄い速さで生クリームを混ぜ始めた。

横で見てたけど、泡立て器の残像が見えるくらい。

生クリームはものの数分でネットリした状態に変化。

持ち上げてみると、しっかりした角が立つ。

 

「凄いわねー!あんた料理の才能もあるんだ」

 

「生クリームの泡立ては素で時間かかるし、初心者はつまづきやすいよね~。

今度からはレモン汁を入れると簡単だよ。一発で固まる。

ただし調子に乗って混ぜすぎると10分立てまで行って元に戻らなくなるから注意ね。

マリーさんとの約束」

 

「ありがと!後はチョコと混ぜて型に流すだけだから、座って待ってて」

 

「最後まで付き合うよ。もうこっちのボウルや泡立て器はいらないから洗っとく」

 

「悪いわねぇ、すぐ終わらせる」

 

完成したクリームをチョコレートの液と混ぜ、

料理用の油紙を貼ったケーキ型に流し込むと、ラップ代わりに適当な皿で蓋をして

冷温庫に保存した。明日には立派なチョコレートムースになってる。と思う。

あたしも洗い場に戻って皿を洗い始めた。自然とマリーと並ぶ形になる。

 

「……さっきの話だけどさ」

 

「ん?」

 

「リサっち狙ってる連中」

 

「ああ、あいつらね。スラッシュは誰かに半殺しにされて、

フリーズはバージョンアップしたクロノスハックで返り討ちにできたんだけど、

やっぱまだたくさんいるみたい。本当、やんなっちゃうわ」

 

「そのスラッシュだけどさ、ずっとリサっちにやられたって言ってるんだ~。

なんか心当たりない?」

 

「ないない。誰かと間違えてるんじゃない?アホそうな顔だったし」

 

「そっか。なら本題に戻るけどさ」

 

カチャカチャと二人で食器を洗いながら

今のあたしを取り巻く状況について話し合う。

 

「皇帝陛下からの指令で“私”がこの件を片付けることになったんだー。

それには当事者のリサっちの協力が必要」

 

「それでさっきの袋ってわけね」

 

「うん。正確にはそれプラス生活費」

 

「なるほど、生活費ね。……生活費!?」

 

ノリツッコミじゃないわよ。

突然意外なワードが飛んできたからうっかりスルーしてしまった。

 

「今回の作戦にはリサっちの護衛も含まれてる。

だから今日からマリーさんもここに住むよ!」

 

「いや、ちょっと待ってよ。急にそんなこと言われても……。お店はどうすんの?」

 

「客が来る日の方が少ないから一月くらい閉めても平気だよ」

 

「そうは言ってもねえ……」

 

「もしかして、嫌?マリーさん寂しいな~。ヨヨヨ」

 

「そーじゃなくて。どうしましょう、ベッドとか……」

 

その時、2階から下りてきた住人が驚いて声を上げた。

 

「マリー情報官!どうしてこちらに!?」

 

カシオピイアだった。マリーを見てお仕事モードになってる。

 

「あ、ピア子じゃん。久しぶり~。元気だった?」

 

「本拠点は異常ありません。こちらには任務で?」

 

「そんなとこ。今日からしばらくここで厄介になるからよろしくね」

 

「はっ。差し支えがなければ、作戦概要についてお聞かせ願いたいのですが」

 

カシオピイアは自分ちでも律儀に敬礼する。

 

「もちろん。後でこの家の皆さんが集まったら説明するね~」

 

マリーは冷静になるための時間すらくれずに話を進める。

 

「待ってよ待ってよ。段取りとか考えてる途中なんだから」

 

「お姉ちゃ…姉さん。情報官が出動する案件は急を要する場合が殆どですので、

どうか積極的な協力をお願いします」

 

「う、うん。わかった。カシオピイアが言うなら。後のことは後で考える」

 

「やったー!ピア子ありがとう!

またキミと一つ屋根の下で生活するなんて、訓練生時代を思い出しますなぁ」

 

「どうしたんですか、なんか賑やかですけど」

 

晩飯の準備に出てきたのか、今度はジョゼットが下りてきた。

 

「あ、ガラクタ屋さんの店長さんですよね。こんにちは!」

 

「こんちゃー!キミに会うのもいつ以来だっけ。とにかく今日からよろしくー!」

 

「今日から?どういうことでしょう」

 

「あー、夕食の時に説明するから、今日から飯は一人分多く作って。

キッチンは片付けた」

 

「はぁ…とにかく夕飯に取り掛かりますね」

 

ジョゼットは頭にハテナマークを浮かべながらも、

冷温庫からキャベツを取り出して包丁で一気に半分にした。

 

 

 

それから6時を回った頃。マリーをメンバーに加えて夕食。

食べる前にあたしからみんなに彼女について説明した。

本人はニコニコしながらミネストローネを嗅いだり、

ボロいダイニングを見回したりしてる。

 

「知ってる人も多いだろうけど、彼女はマリー。

ハッピーマイルズの街でジャンク屋やってる。

最近頭のおかしい連中が立て続けに押しかけてきてるでしょ?

彼女と一緒に奴らに対処することが決まって、

しばらく一緒にここで暮らすことになったから、そこんとこヨロシク」

 

「マリーで~す!よろしく」

 

「ガラクタ屋の姉ちゃんじゃねえか、しばらくぶりだな。歓迎するぜ」

 

「確かマリーさんは軍人でもあるんですよね。

ここいてくださるなら安心できます~」

 

「言っとくけど、ミサとかで彼女のこと触れ散らかすんじゃないわよ?

表向きにはただのグータラ店主ってことになってるんだから」

 

「あはは、グータラ店主はひどいなぁ。その通りなんだけど」

 

「ピーネも、わかったわね?」

 

「この人のどこが“ただの”店主なのよ。見てるだけで目がチカチカするんだけど」

 

「こら!」

 

「この家の人は手厳しいよ。皇帝陛下に言いつけてやる~」

 

「ふふ、お姉さまのお友達は楽しい人ばかりですね。

初めまして、パルフェムですわ」

 

「はじめまして!マリーさんはマリーだよ。よろしくねー」

 

そう言えば、パルフェムが彼女と会うのは初めてだったわね。

 

「わざわざ来てくださってありがとうございます。頼りにしていますね」

 

「聖女様も護衛対象のひとりだから気にしないでくださいよ。

事が終わったらまた店に寄ってくださいな」

 

「ええ是非。マリーさんのお店は興味深いものがたくさんありますから」

 

「あ、そうだ。2階にオバケが住んでるんだけど見かけても驚かないでね。

いつも寝てるからあんまり見ないし、害もないから」

 

「オッケー。了解っす!。……あれ、それって前にうちに来なかった?」

 

「あー……はいはい。そういや、死神と戦った時にあんたもいたわね。

あの娘存在感も薄いからすっかり忘れてた」

 

「自己紹介も終わったところだし、そろそろ食おうぜ。

私はいいが、せっかくの夕食が冷めちまうだろ」

 

小皿に盛ったグリーンサラダしか食べないルーベルが皆に促す。

 

「そうね。お祈りはやりたい人がセルフサービスで。……いただきます」

 

「「いただきます」」

 

こんな感じで今日は結局敵襲もなく割と穏やかに過ごせたわ。

マリーが来たのはびっくりしたけど、新たな戦力になってくれるって話だし、

結果的にはプラスだと思う。

あたしは最初の一口をチキンの香草焼きに決めて、夕食を食べ始めた。

 

 

 

 

 

帝都近郊 スペード・フォーミュラ 本拠地

 

夜の帳が下りた頃、彼らは沈黙していた。

邸宅の玄関ホールには女性のすすり泣く声だけが響く。

溢れ出る涙をこらえようとしてもその雫が床を濡らす。

 

「くっ…うう……。間に合わなかった。私のせいで!」

 

フリーズは床に座り込みながら、ただ自分を責め続ける。

デリートも何も言わずに彼女の背を撫でている。

泣き崩れる彼女のそばに、三角帽子の男が静かに立った。

 

「すぐ戻るって言ったのに……。必ず戻るって約束したのに!」

 

「あなたのせいじゃないわ。……ごめん。こんなこと言っても意味ないよね」

 

「私が、負けたから!」

 

男は黙って手を差し出す。フリーズは握りしめていた紙を手渡した。

 

《連続殺傷事件 犯人死亡 死因は熱傷による感染症の疑い》

 

新聞の見出しに目を通すと、男はまた彼女に何かを求めるように手を伸べる。

 

「ダガーを」

 

フリーズが鞘からダガーを抜いて、男に手渡す。

短刀を受け取ると、男はホール中央にある巨大な時計台の台座を前にする。

 

そして、左頬の古傷にダガーの刃を滑らせた。

男は血に塗れたダガーで、台座に”SLASH”と同士の名を刻んだ。

 

「……大統領への連絡は、俺がする。お前達は、指示を待て」

 

彼はしばらくそれを見つめていたが、メンバーの誰かの声が沈黙を破った。

 

「スラッシュは殺された。感染症なんかじゃない。軍の拷問で死んだんだ……!」

 

「ならば攻め方を変えよう。レプリカ、次はお前に頼むことになるだろう」

 

「任せろ」

 

黒のタキシードにマントを羽織った男はそう答えた。

 

 



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健康診断の結果が色々ヤバかったけど面倒だから無視ろうか迷い中

マリーがうちに来てから一週間。

何がしたいのかわからないスペード・フォーミュラからは何の音沙汰もない。

うんともすんとも言やしない。

とりあえず確かなのは彼女がすっかりこの家に馴染んでるってことだけ。

 

「ほぉ~!今日の朝食も豪盛ですなぁ、さすがお金持ち」

 

今朝のメニューはトースト、シーザーサラダ、ベーコンエッグ、コーンスープ。

豪盛とまではいかないけど、品数が多めだからあたしも配膳を手伝った。

スープが冷めると朝からテンション下がるからね。

 

「それほど金がかかってるわけじゃないわ。この企画が始まって2年になるけど、

ジョゼットの家事スキルが当初とは比べ物にならないほど上がったからね。

食材自体は普通だけど調理の段階で旨くなるってわけよ」

 

「えっ!?里沙子さんが、わたくしを褒めてる!嵐が来ないか心配になります……」

 

「褒めてない。事実を述べてるだけ。

そういや、ここに来たばかりの頃はとんだ微妙メシ女だったわよね、あんた」

 

「それが里沙子にこき使われてるうちに、立派な料理人になったってことか」

 

ルーベルが勝手な結論に落ち着く。

給料払ってるからこき使ってることにはならない。絶対。

 

「本来わたくしは料理人じゃなくてシスターなんですけどね。はは……」

 

「ま、まあ。わたしはジョゼットさんの料理は大好きです。

皆さんもそうです、よね?」

 

エレオはくだらない流れに当たり障りのないフォローを入れる。

悪いわね、次期法王の仕事じゃないわよね。

 

「ピーマンが入ってないときはねー。あんな苦いの入れないでよ」

 

「本当あんたはお子ちゃまね。あの苦味がたまらないってのに。

大人の味覚を身につけるのは当分先になりそう」

 

「うっさいわね!里沙子みたいな飲んだくれになるくらいなら子供でいいわよ!」

 

「ほら、ピーネも里沙子も飯くらい落ち着いて食え。

いつもうるさくて悪いな、マリー。うちは毎日こんなでよ」

 

「くはは。いやぁ、話には聞いてたけど、

リサっちが本当にこんな大人数と暮らしてたなんて

マリーさん改めてびっくりだよ。

知り合った頃の殺し屋みたいな目ぇしてたリサっちからは想像もできない」

 

「マリーまで変なこと言わないでよ。

……ほら、あんたらが静かに食べないから

話が変な方向になっちゃったでしょうが」

 

「なんだなんだ?昔の里沙子ってどんなだったんだよ」

 

「ワタシも、気になる。……お姉ちゃんの昔話」

 

「はい二人共黙る」

 

「目つきの悪い女が店のドア開けるなりさぁ、

いきなり“脱獄用のドングルちょうだい”だもん。

一瞬強盗かと思って思わず袖に仕込んだものに手が伸びたよ。

脱獄って何?ムショ暮らしの仲間でもいたの?」

 

「全員食うわよー!!いただきますは!?」

 

果てしなくどーでもいい話が始まりそうだったから

強引に朝食を開始させようとしたけど、基本暇人の当教会メンバーは、

飯もそっちのけで何の得にもならないあたしの過去に触れたがる。

 

「どこで店の情報嗅ぎつけたのかねぇ。

“勝手に探して”って言ったらジロジロと店の中何時間も物色するんだもん。

変な客には慣れてるけど、リサっちほど強烈なのはいなかったよ」

 

「情報官、それだけ?」

 

マリーに会う度お仕事モードだったカシオピイアも、同居生活に慣れたのか、

本当にお仕事がある時以外は通常モードを継続できるようになった。

 

「いんや。その時はどんぐり某が見つからなかったらしくてさ、

それからちょくちょくうちに来るようになったんよ。1ヶ月くらいしたころかねぇ。

リサっちがガラクタ漁りながらポツリと言ったんだよ。“いい店ね”って。

思わず左腕に仕込んだデリンジャーに手が伸びたよ」

 

「ちょっと待ちなさいおかしいでしょう!?

普通はそっから何気ない会話とかが始まって、

徐々に打ち解けるとかそういうもんでしょうが!」

 

記憶のページをめくると確かにそんな事言った気はするけど、

とんでもない事考えてやがったのね。この髪の毛パチンコ屋女は!

 

「アハハ、だってうちのゴミ屋敷見て“いい店”とか言う奴なんて

ますます怪しかったからさぁ。やっぱり目つきは悪いままだったし」

 

「ほら見ろ、お前だって立派な騒ぎの原因じゃねえか」

 

「あたし一人のせいじゃない。

みんな黙って食べてりゃこんなことにはならなかった。というわけでいただきます」

 

あたしはもう何もかも無視して朝食を続けることにした。

もう、ダラダラと馬鹿話に花を咲かせてたからスープが冷めてるわ。

朝っぱらからテンションが3ポイントくらい下がった。

こんな感じで、本筋に絡まないダベりに2000字近くも使って今回はスタートなの。

次の行からちゃんとやるから笑って許して。

 

 

 

 

 

朝食を終えたあたし達は、各自洗い場に食器を運ぶ。

ジョゼットは皿洗いでいっぱいいっぱいだから、

片付けくらいは自分でやることになってんの。その後はどうするかって?特に何も。

全員各自の部屋に戻る。

 

そうそう。前回言い忘れたけど、

もうベッドがないからマリーはパルフェムのベッドで寝ることになったの。

だから今はあたしとパルフェムが一緒に寝てる。

 

ピーネに頼んでもどうせ断るから最初から声をかけなかった。

ベッドを譲るというより、あたしの言うこと聞くのが嫌だろうからね。

パルフェムと私室に戻ろうとしたけど、

階段を上る途中でマリーが聖堂の方に行くのが見えた。

 

「どうしたのマリー、出かけんの?」

 

「ううん、皇帝陛下に定時連絡」

 

よく見るとその手に小さな音叉を持ってる。たまに出てくる魔法の通信機器。

 

「あんまり便利なもの使わないでね。

一応この企画、異世界ファンタジーの看板ぶら下げてるから、

文明の利器が出すぎると単なるあたしの日記帳になる」

 

「いつもうちでスマホ探ししてるリサっちの台詞とは思えないな~」

 

「まあ、ほどほどに頼むわ。行きましょ、パルフェム」

 

「はい。今日は何をして遊んでくださるのですか?」

 

「暇だからって何かして遊ぶ必要はないのよ?

ウィスキーを一杯引っ掛けて二度寝ってのもアリ。

あ、パルフェムはだめよ。優秀な脳細胞が急速に死んでいく」

 

“こらー!朝酒はやめろって言ってるだろ!”

 

「ルーベルが来るわ、逃げましょう逃げましょう」

 

そんで、私室に逃げ込んだあたし達は結局寝ずに

作りかけのガジェットをいじったり、

2巻目が出た”玉ねぎくん”単行本を読みながら暇つぶししてたの。

 

毎日がめっちゃホリディのあたしが二人でのんびりとした時間を過ごしていると、

ドタドタと廊下を走る足音が近づいてきて、

ドアが大きな音を立てて開くと同時にマリーが飛び込んできた。

 

「ちょっとー、ノックくらいしてよ。鍵忘れてたあたしもあたしだけど」

 

「リサっち来て!緊急事態!」

 

あたしの文句を無視して珍しく切羽詰まった表情で用件を切り出すマリー。

彼女らしくないわね。余計な疑問を挟むのはやめにして、素早くガンベルトを巻き、

パルフェムと部屋を出ようとした。

 

「里沙子殿~!戦なら拙者も連れて行くでござる!」

 

ああもう、鬱陶しい!エリカのぐずりに付き合ってると時間のロスになる。

あたしはエリカの位牌をトートバッグに放り込んで肩にかけ、

とにかくマリーと1階へ下りた。

聖堂に来たところであたしの手を引っ張りどこかへ急ぐマリーを一旦止める。

 

「待ってよ、どうしたのよ。どこ連れてく気なのよ!」

 

「帝都で異変が起こってる。リサっちも協力して」

 

「その異変が何かわからなきゃ協力しようがないでしょう。落ち着きなさいな」

 

一度深呼吸をすると、マリーが続けた。

 

「……ふぅ、マリーさんにもよくわからないんだけどさ、

皇帝陛下の偽物が現れたみたい。

それも一人二人じゃなくて、要塞を埋め尽くすほど」

 

「なにそれ?意味分かんないんだけど」

 

「私だってわかんないよ!とにかく、帝都に戻らなきゃ」

 

2階や子供部屋から騒ぎを聞きつけた住民が集まってくる。

 

「おいマリー、どうしたんだよ血相変えて」

 

「今からリサっちと帝都に行く!スペード・フォーミュラの攻撃かもしれない!

街で馬車雇わなきゃ!」

 

「待ってください。それでしたらわたしの魔法で転移できます。

一刻を争うのでしょう。さあ手を」

 

「あー、そういや“神の見えざる手”があったわね。運賃払わずに済んだわ」

 

「さっすが聖女様!そんな事ができるなんてね。

確かに時間ないから、オネシャス!」

 

「お待ち下さい、情報官!ワタシも出動します!」

 

「ごめ、ピア子のこと忘れてたよ。一緒に来て!」

 

ここまでマリーがテンパるなんて珍しいわね。

音叉で何を聞いたのかしらないけど、急いだほうがいいわ。

戦い向きじゃないジョゼットとピーネ、警戒用にパルフェムを残して、

全員で手をつなぎ輪になる。

そしてエレオが詠唱を始めると、あたし達は光の粒子になって

旋風のように渦を巻き、聖堂の空間に消えていった。

 

 

 

 

 

大聖堂教会の前にワープしたあたし達が目にしたのは、皇帝陛下だった。

ただ、困ったことに複数いるの。……ちょい訂正、複数どころか道路中に立ってる。

皆が、AK-47を装備し困惑しきった表情の兵士に守られてる。

きっと、彼らにも本物と偽物の区別がつかないから

どれだけ怪しかろうと護衛せざるを得ないんだと思う。

 

『我輩は宣言する!卑劣なる皇国と雌雄を決する時が来た!

帝国民達よ、決戦に備え団結せよ!』

 

『否!真の敵は魔国!

帝国の混乱に乗じ、再び我が国を手中にとせんと企んでいるのだ!』

 

『戦いは厳しいものとなるだろう!だが!勝利の先には栄光の道が開かれている!』

 

市民達も、99%偽物の皇帝陛下を得体の知れないものを見るように遠巻きに眺める。

大剣をかざし演説をする陛下をしばらくポカーンと見てたけど、こうしちゃおれん。

まがい物の皇帝をなんとかしなきゃ。

 

「行くわよ、マリー!」

 

あたしが声をかけた瞬間には、既にマリーは駆け出していた。

ポケットから取り出した手帳のようなものを護衛の兵士に見せて状況を確認する。

 

「私よ。この騒ぎは一体なに?」

 

「不明です!夜明けと同時に皇帝陛下の偽物が現れて……。

現在、城内も偽物であふれかえっており、

判別の方法がないため命令を実行せざるを得ない状況であります」

 

『おお、マリー情報官ではないか。貴官に指令である。

帝都中に蔓延る我輩の偽物を排除し、速やかに平穏を取り戻すべし』

 

「陛下……!」

 

側近のマリーでも見分けがつかないみたい。

だったら後から追いついたあたしらにはもっとわからない。早くもお手上げ状態。

兵士ともども手をこまねいているしかなかった。

更に、他の皇帝らしき物体から次々にせっつかれてややこしいのなんの。

 

『マリーよ、その偽物を直ちに処刑せよ!』

 

『我輩の名を騙るとは国家転覆罪に相当する重罪である!彼奴にとどめを刺せ!』

 

「しかし……」

 

追い込まれたマリーの額に汗が浮かぶ。ん、ちょっと待って。

今、皇帝(仮)が口にした“処刑”にピンと来た。そんな時に邪魔が入る。

 

「里沙子殿、里沙子殿、聞きたいことがあるでござる」

 

「後になさい!ねえマリー、こいつらは放っといて要塞に行きましょう!」

 

「どうして!?」

 

「後ろの兵士見なさいよ!

本物と偽物の区別がつかないから手出しできないんでしょう?

偽物が本物を攻撃していてもどうしようもない。

つまり、今の皇帝陛下を守る人は、誰もいないのよ!?」

 

「はっ……!急がなきゃ!」

 

「やべえぞ。皇帝さんがどのくらい強いのか知らねえが、

さっさと助けねえとこの数相手じゃ長くはもたねえ」

 

「ですが、本物の皇帝陛下が要塞にいらっしゃるとは限りませんよね!?

闇雲に動いても却って入れ違いになる可能性が!」

 

「ワタシと姉さん、2チームに分かれて探してみては!?」

 

「どっちにしろ本人を見分ける方法がわからないとどうにもならないわ!」

 

あたし達が大聖堂教会の前でああだこうだ議論していると、

またエリカが口を挟んでくる。

 

「誰か拙者にも状況を教えてほしいでござるよ。

どうしてこんなことになっているのでござるか?」

 

「それがわかんないから困ってるんでしょうが!

今、脳みそ絞って解決策ひねり出してる途中だから静かにしてて!」

 

とは言え、考え込んで答えが出るわけでもない。

やっぱり最初に言った通り要塞に向かうべきかしら。

カシオピイアの言う通り手分けして皇帝を探すべき?

 

「どうして、こんな時に私は……!」

 

皇帝(仮)のプロパガンダが飛び交う中、マリーが拳を握り、唇を噛む。

悔しい気持ちはわかるつもり。

今も皇帝が危機に瀕しているかもしれないのに、何もできない。

で、多分わかってないこいつがまた。

 

「拙者だけ仲間はずれはひどいでござる。

この珍妙なる光景は都の行事でござるか?」

 

「あーもう!静かにしてって言ったじゃない!これがお祭りに見える?」

 

「む~!ひとつだけ教えてくれたら位牌の中で寝ておるから教えるのじゃー!」

 

「だから、何よ!?」

 

苛立ちで無意識に声が大きくなったけど、今度はあたしが黙る番だった。

 

 

──なぜその足軽達は生霊を守っておる?

 

 

皆も目を丸くして黙り込む。あまりに意外な事実に一瞬理解が遅れた。

 

「……ひょっとして、あんた、偽物がわかるの?皇帝陛下の偽物が!」

 

「偽物も何も、兵の後ろにいるのは霊力を練り上げた生霊でござるよ」

 

聞き終えた瞬間、マリーが左腕を思い切り伸ばした。

すると袖から手の平サイズの小型拳銃が飛び出し、彼女の手に収まる。

そして迷うことなく目の前の皇帝を銃撃。

 

リロードにとんでもなく時間がかかるフィラデルフィア・デリンジャーの銃声が轟き、

皇帝(仮)の眉間に穴が空いた。

かつてリンカーン大統領を暗殺した銃が、偽物とは言え異世界で皇帝を射殺。

皮肉なものね。

 

「じょ、情報官、何を!……これは?」

 

『あ…あ……』

 

エリカが言った通り、急所を貫かれた偽の皇帝は、

ぼやけた緑の光を放つ霊力の塊になり、徐々に形が崩れていく。

間もなくそれはヘドロのように地に広がり、消えて無くなってしまった。

 

デリンジャーの銃声と不可解な現象に驚く兵士達。

射撃直後のマリーは顔を伏せがちで表情がよく見えなかったけど、

すぐに背を正してニカッといつもの笑顔を向けた。

 

「エリカっち、サンキュ!キミがいてくれたらなんとかなりそう」

 

「もしかして、皆には別のものに見えておるのか?同じようなものが街中におるが」

 

「そっか!あんた幽霊だから同類が見えるのね!?

この辺りに生霊と戦ってる王様っぽい人、いない?」

 

「失敬な。拙者はきちんと死んでおるから生霊ではござらん!

え~っと……。見えている範囲には生霊しかおらぬ」

 

「決まりね!要塞までダッシュ!」

 

今度こそあたし達は皇帝を救出に要塞へ向けて走り出した。もう遠慮はいらない。

皇帝の姿をした何かをなぎ倒しながら、

馬車4台が並んで通れる大通りを駆け続ける。

 

「まだまだ殿様らしき人物は見えぬ。全部倒して問題なかろう」

 

「よし来た!おらあっ!!」

 

『ん!ぐんん!?!?』

 

ルーベルの手加減なしの拳を食らい、頭部を粉砕される者。

 

「標的を捕捉。排除します」

 

『ぬおおお!』『ああああ…』『かはっ!』

 

カシオピイアの2丁拳銃で蜂の巣にされる者。

 

「弾はまだ残っとるがよ!」

 

『ああ!』『んぐ!』『うご!』

 

そしてあたしは大容量マガジンのベレッタ93Rをセミオートにして

ヘッドショットを繰り返す。

 

大聖堂教会から走って5分程度だったかしら。

要塞の門が開きっぱなしになっていて、兵士がパニックに陥っている。

ここでは生霊達の様子が違っていた。

正体がバレたことに気づいた生霊達が、互いに剣を向けあっている。

これなら本物を集中狙いするより識別が困難になると思ったんでしょうけど……。

 

「里沙子殿、あそこでござるよ!

王冠を被った殿様が広場の隅で剣を振るっておる!」

 

エリカが指差した先に目をやると、柄に龍の装飾が施されたバスタードソードで

生霊達を斬り倒している皇帝陛下の姿が見えた。

その力は圧倒的で、全く敵を寄せ付けない。生霊との違いは明らか。

ウダウダ悩んでないで、最初からここに来てればよかったわね。

 

大勢の生霊が彼に襲いかかる。

皇帝は動じることなく剣を縦に構え、祈りを捧げるように目を閉じ詠唱する。

 

「我跪き、ただ願うは慈愛の光!天が与えし聖なる鋼、神の息吹を我が一振りに!

セイクリッド・エッジ!」

 

彼の祈りが天に届くと、ミスリル製のフルプレートアーマーと皇帝の魔力が共鳴し、

増幅し合い、真っ白に輝く光となってバスタードソードに収束。

 

「うおおおお!!」

 

そして、咆哮と共に剣を横一線に薙ぐ。

一条の閃光が走ったと認識したと同時に、視界が白に満たされた。

眩しくて何も見えない。腕で目をかばい、光が止むのを待つこと数秒。

ゆっくり目を開けると、グラウンド中を埋め尽くしていた生霊が全て消滅していた。

 

後で要塞の上層階で見ていた兵士に聞いたところによると、

皇帝が放ったのは巨大な半月状のオーラだった。らしい。

 

「心配する必要なかったみたいねぇ。とにかく陛下にお会いしましょう」

 

「わかってる!」

 

それでもマリーは彼が心配らしく、俊足で彼の元へ急ぐ。

待ってよ、これ以上走るのはしんどいの。

あたしはマリーとは違ってよたよたとした足取りで後を追った。

彼女達に近づくと、少しずつ会話が聞こえてきた。

 

「陛下、ご無事でしたか!?」

 

「我輩は問題ない。任務中に手間を掛けた。

……おお、里沙子嬢とご友人ではないか。カシオピイア少尉も壮健かね」

 

「はぁ~、ふぅ…。お久しぶりです、陛下。お怪我はありませんか」

 

「勝手な出動をお許しください。お姉…姉の護衛が必要と判断した結果です」

 

「この通りまだ手足は付いている。貴女達にもとんだ迷惑を掛けてしまった。

少尉も気にすることはない。君もアクシスとしての立場がある。

情報官が動くとなればじっとしているわけにもいかぬであろう」

 

「迷惑だなんてとんでもない。

今回の騒動は……。まだ終わっていないようですわね」

 

背後に気配を感じて振り返ると、

さっき殲滅されたばかりの生霊が地面から染み出すように再び現れた。

皇帝の姿をした霊力の塊が、またグラウンドを占拠しつつある。

全員が再度戦闘態勢を整え、迎撃準備を整えた。

 

「くそっ、これじゃキリがねえぞ。元を断たないといつまでも終わらねえ!」

 

「無限に復活するってことは、

どっかから何らかのエネルギーが供給されてるってことよね……。

エリカ、奴らになんか電気コードとかくっついてない?」

 

「生霊達の足元から、細い霊力の糸が同じ方向に向かっているでござるよ」

 

「よーし、それじゃあんたに道案内の使命を与える。

これから発生源のスペード・フォーミュラ構成員を死なない程度に殺さなきゃ」

 

「やはり、貴女もこの一件は例の攻撃者達の仕業と考えているのか?」

 

「他にアテがありませんから。違っていても犯人は捕らえる必要があります。

今から追跡を始めますので、一旦失礼……」

 

「待って!私も連れて行って!」

 

意外にもマリーが同行を申し出た。彼女には大事な仕事があるはずなんだけど。

 

「あなたは皇帝陛下をお守りしなきゃだめじゃない。

いくら雑魚でも圧倒的に数が違う」

 

「いや、構わぬ。君は情報官としての務めを果たせ。我輩は要塞を守ろう。

なに、このくらいでへばるほど歳ではない。まだ若い者には負けん」

 

「それは……。いえ、わかりました。犯人確保及び混乱の鎮圧に向かいます!」

 

マリーはほんのわずかにためらいを見せたけど、すぐ敬礼して命令に答えた。

 

「急ぎましょう。エリカ、糸はどっちに向かってる?」

 

「まずは敷地を出て右でござる」

 

「オッケー、みんな行くわよ!」

 

あたし達は要塞を後にすると、エリカに導かれるまま、帝都の街を走り続けた。

大通りを少し進んだ所で左に曲がり、裏路地に入る。

割と汚いところだけど、こんなところにまで皇帝の偽物がいる。

そいつらを無視して狭い道が入り組んだ薄暗い区域を

クランクのように曲がりながら進み続けると、エリカが皆に呼びかけた。

 

「反応が近いでござるよ!この先から無数の霊力が枝分かれしておる!」

 

「ありがとー!そろそろお仕事の準備をしなきゃだね!」

 

マリーが右腕の袖をシュッと撫でると、中に仕込んだ両刃の刺殺用暗器が飛び出す。

彼女が走るスピードを一気に上げて、

坂の向こうで待ち構える敵と一気に距離を詰める。

そして、傾斜に隠れていた一体が姿を現すと、並外れた跳躍力で飛びかかり

偽の皇帝を押し倒した。

 

「ぐあっ!」

 

続いて間髪を入れず偽物の喉に暗器を突きつける。

偽物は突き飛ばされた衝撃で変身が解けた。

作り出した生霊と一体化してたのかもしれない。どっちでもいいけど。

 

見た目は黒のタキシードを着てやたら襟の高いマントを羽織った男。

良く言えばルルーシュのコスプレ。悪く言えば売れない手品師。顔はまぁ、普通。

マリーが男に馬乗りになったまま尋問を始める。

 

「名前は」

 

「くそっ、離せ!」

 

「殺すぞ」

 

「痛っ……!」

 

威嚇ではなく、暗器の切っ先を少しだけ刺してる。

小さな傷口だけど結構な量の血が流れ出す。

 

「レ、レプリカだ!」

 

「スペード・フォーミュラの一員?」

 

「ああそうだよ!」

 

「誰の命令?」

 

「い、言えない……。ぎえええっ!!」

 

今度は刺した刃をねじる。

肉をえぐられる激痛に耐えかねて、レプリカはあっさり口を割った。

 

「やめろぉ!だ、大統領、大統領だよ!」

 

「どこの?嘘が通じるとは思わないで」

 

「ルビアだ……」

 

マリーは沈黙して少し考えたあと立ち上がり、

男を立たせて背後に回って暗器を当てたまま歩かせる。

 

「そのまま歩け」

 

あたし達は襲撃者より、彼女の軍人としての顔の方に目を奪われ、

レプリカを連行する様子をじっと見ていた。

ついでにこうも思う。あんたスラッシュより根性ないわねえ。

 

 

 

 

 

所変わって、サラマンダラス要塞、火竜の間。

レプリカが封魔の鎖で縛られブタ箱行きになった後、

偽物が消滅して落ち着きを取り戻した要塞に全員が集まった。

 

朝からずっと偽物と戦っていて疲れたのか、

皇帝陛下は玉座に腰掛けると本当に身体が休まった様子で息をついた。

さすがに“よっこらせ”とは言わなかったけど。

 

「今日は貴女達の活躍に助けられた。改めて礼を言おう」

 

「いえ。元はと言えば、

わたくしが妙な連中に目をつけられたことがきっかけですので」

 

皇帝は、だが、と一言置いて続けた。

 

「これで敵の正体に大きく近づいた。

真の敵が中立国家ルビアであることは間違いないだろう。

スラッシュが皇国の手先を名乗っていた理由も、

トライトン海域共栄圏の分断が目的であると仮定すれば得心が行く。

共栄圏に参加しておらぬルビアが、

間近に迫った国際会議での発言力を相対的に高めようとしたのであろう。

断定できる証拠がないのが歯がゆいが」

 

「敵の本来の狙いは斑目女史でなかったということですね」

 

「うむ。しかし、スペード・フォーミュラの規模も今後の動きも不透明な現状、

彼女が危険な状況に置かれていることに変わりはない。

情報官マリーには引き続き里沙子嬢の護衛を命ずる。

カシオピイア少尉もハッピーマイルズ領防衛の任を継続してもらいたい」

 

「「はっ!」」

 

敬礼するマリーとカシオピイア。

マリーは普段着のままだけど、いつもは見せない凛とした姿をしていた。

レプリカの尋問は引き続き要塞が行うということで、

あたし達は解散になり、大聖堂教会への帰り道をぶらぶら歩いてるところ。

 

道中、トートバッグの上から位牌をトントンと指でつつく。

中からエリカがにゅるりと抜け出てきた。

 

「何用でござるか。もう生霊の気配はないのじゃ」

 

「ううん、そうじゃない。なんていうか、ありがとね。

今日はあんたがいなきゃ手の打ちようがなかった」

 

「ぬ?おお!

里沙子殿も拙者の武士(もののふ)としての力に気づいてしまったであるか、そうであるか!」

 

「そこんとこは素直に認めるわ。あんたにはまだまだ伸びしろがある」

 

「ふふん。もっと褒めてもよいぞ」

 

「ああ。お前はすごいやつだよ、本当」

 

「エリカさんがいなければ、敵の弱点を知ることができませんでしたからね」

 

「すごい、おばけ」

 

「それじゃあ、マリーさんからも、ありがとうだよ~」

 

マリーも歩きながらの会話に加わる。

背中から夕陽を浴びて影になった彼女の顔は、どこか寂しげ。

 

「……エリカっち、本当にありがとう。

キミがいなかったら、きっと皇帝陛下のこと、守れなかったと思う」

 

「何事もなく、何よりである。

国は違えど、主君を慕う家臣の想いは変わらないのじゃ」

 

「うん……。そうだね」

 

何かまだ言いたげだったけど、

マリーはそれを飲み込んでそれきり家に戻るまで黙っていた。

 

 

 

 

 

家に帰って夕食を食べると、今は玄関前に座り込んでマリーと二人きり。

夕食はシチューだったけど、おかわりしすぎて少しお腹が苦しい。

昼ご飯食べてなかったからお腹空いてたのよ。

皿を片付けてる時に、彼女が目配せしてきたからここで待ち合わせってわけ。

座って星空を眺めるなんてガラじゃないけど、たまにはいいわよね。

東京と違って空が綺麗。

 

「……で、どうしたの一体」

 

「うん。今日のことだけど、リサっちにもお礼が言いたくてさ」

 

「何よ改まって。あんたらしくない」

 

「うっさいなー!マリーさんが真面目しゃべってるのにその言い草は何事か~!」

 

「はいはい、悪かった。ちゃんと聞くから」

 

「私一人じゃ、きっと解決できなかった。ここのみんなにも感謝してるよ」

 

「まぁ、本日のMVPはエリカにくれてやってよ。あの娘連れて行って正解だった」

 

マリーは膝を抱えて語り続ける。

染めていない黒髪が月明かりに照らされ、艷やかな色を際立たせた。

 

「あの後、もし皇帝陛下を守りきれてなかったら。そんな事考えちゃってさ。

今更怖くなっちゃったんだよ」

 

あたしは軽口のひとつでも返そうと思ったけど、やめにして続きに耳を傾ける。

 

「リサっちは勘がいいから気づいてるだろうけど、私、親がいないんだよね。

物心ついた時には帝国の訓練施設で軍人になるための教育を受けてた。

ピア子も同じ施設に居たんだけどさ、あの娘ああいう性格じゃない?

正式な隊員として配属されるのにちょっと時間が掛かって、

全然歳が違うのになんかあべこべな立場になっちゃって」

 

「そいつは初耳ね」

 

「ごめん、話が逸れたね。

とにかく、私は朝起きて、訓練に明け暮れて、寝るだけの子供時代を送ってたわけ。

でもね、ある日施設を視察に来た皇帝陛下と初めてお会いしたの」

 

「どんな人だったの?当時の陛下は」

 

「もうちょい若かったけど、今とあんまり変わんない。

凛々しくて、風格があって、優しい方。

その日の授業で拳銃の組み立て演習をしてると、

陛下が教室に入ってきて、私の前に立ったの」

 

「彼は、何か言ったの?」

 

「私の頭をポンポンと撫でて、“君は手先が器用だな”って褒めてくれた。

嬉しかったなぁ。先生っていうか上官は怒鳴るか怒鳴らないかだけだったからね。

あん時の優しい笑顔は今でも覚えてる。

その時からかな、私の生き方が変わったのは」

 

「どう変わったの?」

 

「まぁ、大したことじゃないんだけどね。

目標、みたいなもんが出来て惰性でこなしてた訓練生活にハリが生まれてきたんよ。

とは言え、実際は目標というか下心というか。

立派な兵士になればもう一度あの人に会えるかな~?とか子供心に思ったわけ。

だから、死ぬほどキツい訓練にも耐えてきたし……。人殺しの練習もした」

 

もう何も言わずにただマリーの話を聞く。

 

「それが実って情報官っていう結構特別なポストに配属されたんだけど、

実際は要塞の汚れ仕事の方がメインなんだ~。本名もその時捨てた。

でも、後悔はしてないよ。念願叶って陛下と再会できたんだから。

向こうは私のことなんて覚えちゃいないだろう、けど」

 

「けど?」

 

「時々思うんだ。

もし私にお父さんがいたら、あるいはこんな人だったのかもしれないかって」

 

「……なるほど。今日、あんなに一生懸命だったのは」

 

「ちょい待ち!その続きはストップだよ~」

 

「なんでよ」

 

「リサっちなら空気読んでよ。これは、私が、勝手に抱いた幻想なんだから。

情報官の立場と絡めるのはNGだよ?」

 

「あんたがそういうならやめるけど、

向こうはそうじゃないとも言い切れないからね」

 

「どういうことさ?」

 

「空気読んで黙ることにする」

 

「ずいぶん都合のいい空気ですなぁ!気になるではないか!」

 

「微妙にエリカと口調が似てきてるからお互い本気で空気読んだ方がいい」

 

「そうだね、“空気”がゲシュタルト崩壊を起こしそうだよ。ふふっ」

 

少し喋り疲れたあたし達は、満月の明るい夜空をしばらく無言で見上げてた。

もう秋が近くて夜風が涼しい。

星座の見方なんて知らないあたしは、単に輝く星を綺麗だなと思って見つめていた。

 

 

 

 

 

サラマンダラス要塞円卓の間では、再び掴んだスペード・フォーミュラの捕虜と、

新たに発覚したルビアの関連に幕僚や幹部達が急遽集まり、対策会議を行っていた。

もちろん皇帝も円卓に着いている。

 

「えー、早速だが本事案に関する関係各所の対応を報告願いたい」

 

幕僚が資料を片手に独り言のように発言を求める。

 

「こちら各領地騎兵統括部」

 

口髭を蓄え胸に勲章を着けた軍服姿の男が挙手。

 

「状況は?」

 

「各方面からの報告によると、

本日の攻撃は他領地には見られず、目立った被害もなし」

 

「よろしい。他には?」

 

「諜報部から提案」

 

次は丸縁メガネを掛けた七三分けのスーツが発言。

 

「通称マリーを呼び戻し、ルビアの偵察に当たらせては?」

 

「情報官の運用に関しては皇帝陛下のご判断が必要である。

陛下、いかがなさいますか」

 

「……現状の任務を継続させる。

敵の規模が不明である以上、ハッピーマイルズの守りを手薄にするわけにはいかぬ」

 

「提案は棄却。他」

 

「刑事部より。攻撃者の取り調べについてだが……」

 

幹部達の会議を聞きながら、皇帝は一人の少女に思いを馳せていた。

立派になったものだ、と。

 

 



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クリスマススペシャル 2
クリスマス特別編(1/5)


*今回のエピソードは一部差別的・不適切と取れる表現がございます。
ご覧になる前に予めご了承下さい。
*「国際会議編」はなかったという前提で読んでください。すみません…


──1945年 ベルリン

 

 

Mein Führer(マイン・フューラー)(我が総統)!

 

入室すると、勲章をぶら下げたSSの将校がブーツを踏み鳴らし、右手を高く掲げる。

私は地下壕の作戦会議室で、

言い訳、口答え、命令無視を繰り返す将校達を前に、頭を抱えていた。

何度指令を下しても、連中は総統であるこの私の命令が聞けない。

 

「現在ソ連軍は首都に向け進軍中。

市街地への砲撃が続いており、これ以上留まることは危険です。

撤退し部隊の再編成を」

 

ヨードル大将が地図上の戦線に指を滑らせる。

ドイツ北部から迫りくる薄汚れた赤軍の足跡が記録されている。

 

「何としても首都の放棄はしない。ヴァイトリングの第LVI装甲軍団を始めとした、

各師団がベルリン防衛線を維持している。何も問題はない」

 

「しかし、閣下。市民の避難は?300万人の移動には時間も燃料も兵力も」

 

「今は戦時中であり、やむを得ん犠牲だ。だが、第9軍とシュタイナーの部隊。

第9軍とシュタイナーを呼び戻せば、ソ連を押し返せる」

 

どこぞの輩が吸っているのかわからんタバコの臭いが漂う、地下壕の汚れた空気の中、

別の将校が発言した。

 

「総統閣下……大変申し上げにくいのですが、

第9軍は既にソ連軍との戦闘で壊滅的な打撃を受け、西部へ撤退。

シュタイナーも同じく攻撃能力を失い、作戦行動は不可能であると」

 

ベルリン北部の防衛を命じたシュタイナーが、何もしていなかった。

親衛隊大将の裏切りに、私の怒りが爆発する。思わず机に色鉛筆を叩きつけた。

 

「……私は命令したのだ!シュタイナーに攻撃をしろと!

なのに奴はこの私の命令を無視した!陸軍は嘘つきだらけだ!いや、陸軍だけではない。

親衛隊も、将軍も、卑劣で臆病な裏切り者ばかり!!」

 

「総統、それはあまりにも侮辱です!」

 

「黙れ!どいつもこいつも、命令一つ聞けない愚劣な役立たず揃い!

誇るべきアーリア人種がこのように惨めな体たらくを晒しているのは、

害虫のような嘘つきが招いた疫病に他ならない!」

 

「落ち着いてください!総統閣下!」

 

「そう、私は総統だ!

総統に対する命令無視は、偉大なる祖国ドイツ第三帝国への裏切りと同義なのだ!

にもかかわらず、陸軍の連中はいつも私の邪魔をする!

この私を欺き続けた報いは、いずれその身をもって思い知るだろう!!」

 

いつの間にか立ち上がって怒鳴り散らしていたせいか、胸が痛い。

ゲッベルスが座り込む私を無言で見守る。

 

「……はぁ、ごふ、げふっ!もう、お終いだ。ドイツは敗れるだろう。

だが!私はベルリンを明け渡すつもりは微塵もない。最後の一人になろうとも……!」

 

「マイン・フューラー……」

 

「もういい、私は行く。諸君は好きにしろ」

 

沈黙の中、幕を下ろした会議。

私は会議室から出ると、居間に向かう。この胸に絶望を抱えながら。

無機質なコンクリートの廊下。壁に電球の光が静かに走る。

寝室へ続く居間のドアを開けると、ソファに彼女が横たわっていた。

その手を取ると、既に冷たくなっていた。

 

愛しい人よ。

私も彼女の隣に座り、しばし物言わぬ彼女の顔を見つめると、

青酸カリのカプセルを口に含み、ワルサーPPK7.65をこめかみに当てる。

 

「栄光あれ」

 

そう告げると、私はゆっくりと引き金を引いた。

 

 

 

 

 

蓋をしておいた方がいいもの、置き去りにしちゃいけないもの、色々あると思うの。

里沙子

 

──面倒くさがり女のうんざり異世界生活 クリスマススペシャル

(検閲)が街にやってきた編

 

 

 

 

 

今日はそこそこ楽しいクリスマス。

でも、よく考えたらクリスマスってどのタイミングで祝うべきなのか、

あたしの中ではイマイチ謎なのよね。

クリスマス・イブか、クリスマス当日か、その2日の間なのか。

だから家ではとりあえずクリスマス本番の夜を祝うことにした。

イブはジョゼットがミサをやりたいってうるさいから。

 

イエスさんには悪いけど、やっぱり昨日は喧しかったわ。

前回のクリスマススペシャルはそうでもなかったけど、

あれから色んな事があって信者が増えちゃったからね。

夜だから街に逃げるわけにもいかないから、

スマホで懐かしゲーム音楽のプレイリストを作ってローテーションするしかなかった。

ロマンシングサガシリーズが中心。

 

ごめんなさい、話が横にそれたわね。

今、あたし達が何をしてるかって言うと、ささやかなクリスマスパーティー。

昼から住人総出で料理を作ったり、くすんだテーブルクロスを新品に張り替えたり、

意図的に何か仕掛けたわけでもないのにいつも壁から冷気を放っているダイニングに

少しでも文明の息吹を根付かせるためにせっせと飾りを付けたりして、

ようやく一般的な家庭レベルのパーティー会場に仕上げることに成功した。

 

テーブルには七面鳥の丸焼き、ピザ、グリーンサラダ、ブッシュ・ド・ノエル、

フライドポテト、モッツァレラチーズとトマトの盛り合わせ、

フランクフルト、などなど。

でも、あたしが一番楽しみなのは、中央に並ぶ適度に冷えたエールやその他の酒。

今夜ばかりは飲み放題だってルーベルから許可が出たのよ奥さん。

 

みんなが席に着くと、それぞれが飲み物を持つ。

ルーベルはやっぱり水、カシオピイアは二十歳だけど酒に弱い。

聖職者と子供四人も全滅でグレープジュースしか持ってない。

ということは、このエールは全部あたしのものってことよね?ビバ・クリスマス!

名ばかりになって久しい家長のあたしが音頭を取る。

 

「それじゃあ、みんな。乾杯しましょう。メリー・クリスマス!」

 

“メリー・クリスマス!かんぱーい!”

 

合図と同時に、皆ドリンクを一口飲むと、一斉にご馳走やケーキに手を伸ばす。

 

「皆さ~ん、七面鳥が欲しいときは言ってくださいね。切り分けますから」

 

「クリスマスくらいあんたも落ち着いて食べなさいな。欲しい人はセルフサービスで」

 

「そうですね。結局パーティーの準備で一番忙しかったのはジョゼットさんですから」

 

「私も里沙子も、もうちょい料理の腕があればなぁ。

ま、そういうことだからクリスマスくらい

のんびり飲み食いしてもバチは当たらないと思うぜ」

 

「うう、クリスマスの日は皆さん優しいです~

特に里沙子さんがキャラ崩壊レベルで……」

 

「心配しなくても1週間後にはおせち作りでこき使ってやるから、

今のうちに体力を温存しときなさい」

 

「がっかりするより、いつもどおりの里沙子さんで安心してる自分が嫌です……」

 

「嵐の前の静けさってやつよ、ケケケ。さて、もう一口」

 

あたしは料理より先に酒。

ワイングラスに注いだエールが口の中でブドウの香りを引き立てる。たまらん。

 

「手酌酒は出世できませんわよ、お姉さま」

 

「出世なんざ気苦労ばかりだって吉良吉影も言ってた。無職だし。

次はどの銘柄にしようかしらね」

 

「もう一本空けたの?相変わらず大酒飲みね。

普段エールはじっくり味わうものだの何だのうるさいくせに」

 

「お姉ちゃん、ワタシが……」

 

「あら、お酌してくれるの?悪いわねぇ、そこのアンバーエールをお願いできるかしら。

あとピーネ。悪魔のくせにイエスさんの誕生日祝ってるあんたに言われたくないわ」

 

「う、うっさいわね!ケーキに罪はないの!」

 

「ケーキはもう少し食事が進んでからにしたほうがよろしくてよ。

すぐにお腹がいっぱいになりますからね」

 

「キー!里沙子もパルフェムもうるさーい!」

 

「誰か拙者にも状況を説明してほしいでござるよ。今日は何の祝い事でござるか?」

 

隅っこに配置され、風船代わりにされてるエリカが口を挟んできた。

 

「そういや、あんたにイエスさんのこと詳しく話したことってあったかしら。

とにかく尊い人の誕生祝い……に、かこつけて飲めや歌えの馬鹿騒ぎをする日。

おとと、ありがとカシオピイア」

 

妹に注いでもらったエールをまた一口。香ばしい強めの苦味が心地よい刺激を誘う。

 

「なら拙者もご相伴に預かりたいでござる。お線香を2、3本多めに。

あと、おりんも忘れずに頼むのじゃ」

 

「ごめんねー!イエス・キリスト生誕祭と葬式の道具は壊滅的にミスマッチなの!

パーティーが終わるまで待ってちょうだいな!」

 

早くも酒が回って声のボリュームがでかくなる。

 

「なんたる非道い仕打ち!

拙者がこの家に来て2年近くが経つというのに、未だ斯様な扱いであるか……

ええい、恨み晴らさでおくべきか!」

 

どうしても何も斬れない刀を振り回すエリカ。

首斬丸の方を置いてきたことは偉いと思う。

 

「あーあー、開始5分でこの騒動だなんて、先が思いやられるわ。

うちにまともなクリスマスなんざ似合わねえよ、って世界の意思が聞こえてくる。

……ほら、これあげるから機嫌直しなさいな。メリー・クリスマス」

 

あたしは足元の紙袋からラッピングした箱を取り出し、エリカの下に置いた。

これで大人しくしてくれるといいんだけど。

彼女が箱の中に顔を突っ込むと、素っ頓狂な声を上げた。

 

“おおおお!?これは、新しい仏具!漆塗りの花立てでござる!”

 

「クリスマスプレゼントってやつよ。

お花なら後で裏庭に咲いてるやつ生けてあげるから、それまで我慢してて」

 

「なるほどなるほど!“くりすます”とは実に良きものであるなぁ!」

 

「ふふ、よかったですわね」

 

「エリカだけずる~い!」

 

「早とちりすんじゃないわよ。あなた達にもあるに決まってるじゃない」

 

「へっ?」

 

また紙袋からブツを2つ取り出すと、パルフェムとピーネに手渡した。

クマのぬいぐるみと、丁寧に包装された箱。

 

「わぁ、カワイイ!!

……こほん、里沙子にしては女性らしいセンスなんじゃないかしら。

せっかくだから受け取っておくわ。まぁ、ありがとう?」

 

「デカいから枕にもなるわよ。一つ二役ね」

 

「むー!そんな使い方したらクマちゃんがぺたんこになるじゃない!

里沙子ってば考え方がガサツ!」

 

「素直に嬉しいと言えばよろしいのに。

お姉さま、パルフェムにまでプレゼントをありがとうございます。

開けてもよろしくて?」

 

「ええ。あなたの好みに合うかどうかわかんないけど」

 

「ではでは早速……

あら、綺麗な帯!雪化粧をした湖と、降り立つ鶴の姿が優美ですわ!」

 

「季節的に白が映えると思った次第よ。来週お正月だし、ちょうどいいんじゃない?」

 

「大切にします!……でも、着物の帯なんて沙国にはありませんよね?

皇国から個人輸入なさったのなら、結構な出費になったのでは」

 

「子供がそんなこと気にしないの。どうせエリカの花立ても買うつもりだったから、

それほど手間もかかってないし」

 

「はい。本当に、ありがとうございます……」

 

パルフェムがきゅっと帯を抱きしめる。

ピーネも食事に戻りながらも、ぬいぐるみを離そうとしない。

スープで汚れても知らないわよ。

 

「さて、里沙子サンタの役目も終わったし、飯に戻るとしますか」

 

「へ~気前がいいんだな、里沙子もサンタって爺さんも。明日は雪が降りそうだ」

 

「明日降ってもホワイトクリスマスには手遅れなのよねー」

 

「サンタクロースという人物については、古の聖職者の伝説が紀元らしいですね。

無償で子供たちにプレゼントを配る尊い行いは、素晴らしいと思います」

 

「まぁ今となっちゃ、

サンタの正体が親だったりアマゾンだったりするのは子供にもバレバレなんだけど」

 

「あの、里沙子さん。わたくしには何か」

 

「ない!」

 

「わかってましたけど、そうはっきり言われるとしょんぼりです……」

 

ウフフ…… アハハ……

 

いつも悲劇の発端でしかないダイニングが笑い声に満たされる。

今夜ばかりは、必死こいてタイピングするしか能がない作者も、

安売りケーキと赤玉で優雅なクリスマスを過ごしてるんでしょうね。

とにかく、今日はあたしもとことん飲むわよ。3瓶目のピルスナーに手を伸ばす。

エールじゃないけど、別にラガーや他種のビールが嫌いってわけでも……

 

 

ドン!ドン!ドン!

 

 

クリスマス終了のお知らせ。

一気に笑いが静まり返る。皆、どんよりした表情でナイフとフォークを置く。

 

「……里沙子、客だ」

 

「わかってるわよ。なんでいつも、あたしばっかり面倒な役回りなんだか……」

 

ブツブツ言いながらストールを羽織り、魔導空調機で温まった暖かいダイニングから、

凍えるような寒さの聖堂に向かう。

ただでさえまともな客を引き寄せた試しがない玄関から

しかも夜に普通の人間が来るわけなんかない。

年の瀬にどんなパッパラパーが来やがったのか知らないけど、

とっとと追い返す以外にクリスマスの続きを楽しむ方法がない。

 

「だーれ!?こんな夜更けに!」

 

返事はなく、またノック。魔王が死んで以来、

クロノスハックがすっかり防犯装置と化している現状を嘆きつつ、時間停止。

ドアを開けて客の正体を観察する。

 

「いくらネタがないからって……とうとうやりやがったわ」

 

ドアを閉じて、能力解除。一度ダイニングに戻る。全員に警告しておかなきゃ。

 

「みんな落ち着いて聞いて」

 

「どうしたんだ。今回は無視するのか?まだ居座ってるみたいだが」

 

後ろでは乱暴にドアを叩く音が続く。

 

「きっと、このうんざり生活史上最悪の客が来た。

でも、あたしは敢えて受け入れようと思う」

 

「どういう風の吹き回しだ?

妙な奴なら、玄関先のガトリングガンでふっ飛ばせばいいだろう」

 

「曲がりなりにも人間だからゲッタービームは使えない。これを見て」

 

あたしはフォークを手に取ると、水平に持って、先端を指差した。

 

「イエスさんがここだとすると」

 

今度は持ち手の端を指先で示す。

 

「今ドアを叩いてるやつがここ」

 

「それって、すごくヤバい奴なんじゃないの!?

あれ、イエスと正反対だから悪魔側?でも人間だし……

んーもう、里沙子の説明がわかりにくいのよ!」

 

「はいはい、あたしが悪い。時間ないから巻きで行くわよ」

 

あたしは玄関先で待たせてる人物について、掻い摘んで説明した。

皆、驚きを隠せない様子で騒然となる。

もう完全にパーティーどころじゃなくなってしまった。

 

「そのような冷酷非道な人物を、どうして!?」

 

「エレオの言いたいこともわかるけど、野放しにしとくともっとまずいのよ。

今回ばかりは面倒くさいとか、連載やめようとか、

いっそ曲の歌詞まるごと上げて追放されようとか考えて

現実逃避するわけにもいかないのよ。

手元に置いていつでも対処できるようにしとかなきゃ。

……だから、カシオピイアも銃をしまって」

 

「でも」

 

「お願い」

 

「……わかった」

 

カシオピイアが紫水晶のピストルをホルスターにしまうのを確認すると、

もう一度全員に念押しする。

 

「大丈夫。親衛隊もいないオッサンひとりだから、冷静に対処すれば問題ない。

ただ、彼の言うことは全て話半分で聞くように。

“もしかしたらそうかも”って思ったら危険信号。すぐその場を離れて」

 

無言でうなずく一同。あたしが珍しくマジな話してるから、否が応でも緊迫感が高まる。

それもそれでなんだか引っかかるけど、これ以上彼を待たせるわけにもいかない。

なんでウチにばかり厄介事が転がり込んでくるんだか。

足取り重く聖堂に戻ると、まだノックは続いている。思い切ってドアを開けた。

彼が開口一番告げたのは。

 

「……パリは燃えているか」

 

「意味わかんないんだけど」

 

グレーの軍服の胸に鉄十字勲章。同色の6つボタンのダブルコートには、

左腕に縫い付けられた鉤十字に乗る鷲のエンブレム。制帽にも同様の鷲が施されている。

でも、やっぱり一番目を引くのは、口元のちょび髭とぴっちりした七三分け。

 

「失敬。自決に失敗したようで、まだ記憶がはっきりしておらんようだ。

遺体はガソリンで念入りに焼却するよう命じたのだが」

 

あたしは深呼吸してから、覚悟を決めて尋ねた。

 

「あなたは、誰」

 

「アドルフ・ヒトラー。ドイツ第三帝国総統である」

 

頭痛くなってきた。思わず天を仰ぐ。

これが故ブ○ーノ・ガンツ氏の物まねだったらどれだけよかったか。

でも、例の映画はもう見てるから別人だってことが嫌でもわかるし、

新しく地球から誰かが転移してきて、

なおかつそいつがクリスマスにナチスごっこをやらかすような

キチガイである可能性もゼロに近い。

 

「とにかく入って。夜は危険だから」

 

「ああ。いつソ連軍の砲撃が再開されるかわからんからな。失礼する」

 

とうとう家にヒトラーを迎え入れることになってしまった。

もうニコニコで総統閣下シリーズを見て笑えないわ。

とりあえずダイニングに通すと、

彼が脱いだコートを預かってコートハンガーに掛ける。

皆が何も言わずに彼を見つめる。彼もまた熱が引いたパーティー会場を見渡す。

 

「……Guten abend.(グーテン・アーベント)(こんばんは)食事中に済まないね。

ベルリンへの交通手段がなく、お邪魔させてもらった」

 

「いいんだ。ボロい椅子で悪いが、座ってくれ」

 

「どうも」

 

ルーベルが物置から持ってきていた丸椅子を勧める。

警戒しつつ、できるだけ子供二人から離し、彼女とカシオピイアの間になるように。

あたしもヒトラーも席に着く。

 

「あ、あのう…ヒトラーさんでしたっけ?良ければ何か召し上がってください」

 

「お気遣いありがとう。……ふむ、誰かの誕生日かね?」

 

彼がテーブルに広げられたご馳走を眺める。

 

「違いますよ~今日はクリスマスだから、みんなでお祝いしてるんです」

 

「クリスマス?今日は4月30日である。妙に冷えるのは確かだが」

 

「あー、んー、えーと、ヒトラーさん?

その辺のこともごっちゃになってるみたいだから、今夜はここに泊まっていって。

夕食を食べて、明日ベルリンに帰る方法を探しましょう」

 

ジョゼットが恐る恐る彼をもてなそうとしたけど、話がややこしくなりそうだから、

その場しのぎに話をぶち切った。

 

「親切な施しに感謝する。祖国に帰還し、連合国に鉄槌を下した暁には、

貴女達にドイツ鷲勲章を授与しよう。……これは失礼。まだお名前を聞いていなかった」

 

「あたしは斑目里沙子。隣の赤髪がルーベル。軍服がカシオピイア。あたしの妹。

それから、シスター2人がジョゼットとエレオノーラ。

あの娘達はパルフェムとピーネよ」

 

若干雑な紹介になったけど、彼は気にする様子もなく、自己紹介をした。

 

「諸君、私はアドルフ・ヒトラー。総統だ。ところで、フラウ・マダラメ。

貴女は日本国出身と見えるが、ここは“西”か“東”、どちらかね?

ポーランドではあるまい。ソ連軍の姿が見当たらん」

 

「確かにあたしは日本人だけど、今は全部を話しても更に混乱するだけよ。

とにかく食事にしない?あと、あたしは里沙子でいいわ」

 

「どうぞ」

 

ジョゼットが彼の前に取り皿と、ナイフ・フォーク・スプーンを置いた。

 

「……ふむ、確かに焦っても状況が好転するわけでもあるまい。頂くとしよう」

 

ヒトラーがナイフとフォークでサラダを取り分ける。

みんなも食事を口に運びながら、ちらちらとその様子を伺う。

すると彼の左手が震え、フォークが触れた皿がカタカタと音を立てた。

 

「失礼。左手を患っていて」

 

「いえいえ。遠慮なさらず、チキンもどうぞ」

 

「気持ちだけ頂いておく。菜食主義者なのだ」

 

「そうですか。でも、サラダだけでは体が冷えますから、スープはどうですか?」

 

「いただこう、シスター」

 

ジョゼットがスープ皿にコーンスープを注いで、彼に提供した。

自由な右手でスプーンを使い、一口すする。

 

「ありがとう。……うまい。

この地域は物資の供給ラインが確保されているようでなによりだ。

キールもしくはハンブルグ辺りかもしれん。そこも激戦地ではあるのだが」

 

彼が食べ始めたことで、場の緊張が少し緩んだ。

みんなにも料理を味わう余裕ができて、会話も生まれる。

よせばいいのにルーベルが好奇心からヒトラーに話しかける。

 

「ヒトラーさんでよかったよな?こんな夜遅くによくここまで来られたな。

野盗やはぐれアサシンが出るってのに。そもそもどこから来たんだ?」

 

「総統地下壕だ。無能な裏切り者共が招いた惨状を悲観し、命を絶とうとしたのだが、

気がつけば馬糞だらけのあぜ道に倒れておった。

街灯もない暗闇の中に浮かび上がる、

この教会の灯りに救いを求めて訪ねて来た次第である」

 

「途中で危険な目に遭いませんでしたか?」

 

エレオノーラまで何やってんの!変な思想がくっついてからじゃ手遅れなのよ?

目配せでやめさせようとしたけど気づいてない。

 

「乞食のような蛮族が3人、刃物をちらつかせて私の行く手を阻んだが、

我がナチス・ドイツが誇る制式拳銃で追い払った。

奴らが銃声に驚き逃げ出す様は、

まるで連合国に恐れをなしたヒムラーのようだったよ、ハッハッハ!」

 

笑いながら彼がホルスターから銃を抜いて見せた。

コンパクトな自動式拳銃、ワルサーPPK。

 

「素敵な銃だけどしまってくれると嬉しいわ。子供もいるから」

 

「確かに食事の席にはふさわしくないな。失礼」

 

銃を収めてしゃべる彼には、やはり身振り手振りが多い。

今の所暴れる様子もなく、皆ほっとして食事を再開する。

あたしはもうすっかり酒の気分じゃなくなった。その時。

 

「里沙子殿~花立ての“れいあうと”を考えてきたでござる。後で見てほしいのじゃ」

 

2階からエリカが、ずるりと垂れ出て来た。あら、さっきから姿が見えないと思ったら。

いや、幽霊だからとかそうじゃなくて、どんだけ存在感ないんだと……

 

Ein Geist(アイン・ガイスト)(幽霊だ)!!」

 

ヒトラーが叫ぶと、狭いダイニングに連続する大音声の銃声と皆の悲鳴が響く。

ボロ屋敷に穴が開いていく。やめて。

 

「きゃああっ!お姉さま、ヒトラーが乱心を!」

 

「里沙子、なんとかしてよ!」

 

「やめてください!皆さん怖がっています!」

 

「カシオピイア、銃を奪え!」

 

「うん!」

 

しまった、エリカを退避させるのを忘れてたわ。

当のエリカは撃たれた理由が分からずポカンとしてる。

ヒトラーはルーベルとカシオピイアに押さえつけられ、ジタバタしてる。

 

「ユダヤの亡霊が家に入り込んでおる!この神聖なる教会に!許しがたい暴挙だ!

死してなお性懲りもなく私の前に現れる!我が理想の邪魔をする!」

 

やだもう。順を追って少しずつ状況を伝えようとしてたけど、完全にパーになった。

ポケットから約2年ぶりの登場になる物を取り出して、彼に近づく。

 

「ガス室ではなく焼却炉を建設すべきだった!二度とこの世に蘇らぬように!

もしくは強制収容所をもう一箇所増設しなければならなかったのだ!

完全かつ完璧にユダヤ人を……ヒビュラッ!?」

 

ドンキで買ったスタンガンをヒトラーの首筋に当てると、彼が一瞬痙攣して、気絶した。

子供達は怯えてるし、エリカは何が起きたのかわからず困惑している。

 

「お姉さま、その方はまともな人なんですか?」

 

「せっかくのケーキが台無しじゃない!もう追い出してよ、そいつ!」

 

「まともじゃないし、ケーキは明日にして。彼は癇癪持ちで、追い出せない。

理由はさっき話した通り」

 

「あのう、里沙子殿。これは拙者のせいでござるか?そうでござるか?」

 

「違うけど、彼がうちにいる間は位牌の中にいてくれるかしら。

現実を教えるために、明日なんとかするから」

 

「承知したでござる」

 

こうして令和最初のクリスマスは中途半端に楽しんで、

最後にぶち壊しになりましたとさ。

ヒトラーはカシオピイアに聖堂に運んでもらって、長椅子に寝かせて、

コートやあたしのベッドから持ってきた毛布を掛けてやった。

おかげで寒くて寝付きも悪かった。

サンタからこんな仕打ちを受けるほど悪いことした覚えはないんだけどねぇ。

 

 

 

 

 

……猛烈な寒気で目が覚めた。

まず目に飛び込んできたのは、今にも崩れ落ちそうな古い天井。

そして少し視線をずらすと、マリア像らしきものが見えた。窓から光が差し込む。

とうに夜は明けている。体を起こし、辺りを見回す。

ゆうべは暗く様子が分からなかったが、ここは教会の礼拝堂らしい。

 

「グーテンモルゲン。総統閣下」

 

昨日パーティー会場に通されたドアが開くと、

里沙子が眠たそうな目をして私に歩み寄り、隣に座った。

 

「よく眠れた?」

 

「うむ。いつの間に眠ったのかは記憶にないが。記憶……いかん!

一刻も早くこの家に火を放つべきである!ユダヤの亡霊に呪われている!」

 

「お静かに。その辺の事情も含めて説明するわ」

 

里沙子はやや逡巡した様子で口を開いた。

 

「ここは、異世界。ドイツ第三帝国も、日本も存在しないの。

機械文明の代わりに魔法で発展してきたミドルファンタジアという世界。

人間だけじゃなくて、魔女やエルフ、

あなたが昨日見たオバケなんかが普通に存在してる。

あなたの話を聞く限り、拳銃自殺の衝撃でこの世界に飛ばされてきた。

ここまではいいかしら?」

 

嘆かわしいことだ。

戦局の悪化を悲嘆するあまり、彼女は現実逃避を始めてしまったらしい。

総統として里沙子を勇気づけるべく、彼女の手を取る。

 

「希望を捨ててはならん。約束しよう。

ベルリンに戻り次第、第9軍と12軍で反転攻勢に出る。

ナチスにもはや力は無いなどというデマが流れておるが、連合軍の卑劣な罠だ。

耳を貸すべきではない」

 

「ああ……じゃあ、わかりやすく実演してみましょうか。

この世界に地球の常識は通用しないってこと」

 

「ゲッベルスに警告せねばならん!情報戦で敵陣営に後れを取っていると!」

 

「じゃあ、行くわよ」

 

里沙子が胸に下げた金時計に触れると、

次のまばたきが終わった瞬間、私は食卓に着いていた。

目の前には野菜スープと黒いパンが2つ。状況が認識できない。

向かいには里沙子が座り、私をじっと見ている。キッチンには昨日のシスターが。

 

「わかってもらえたかしら。これが魔法というか、特殊能力のひとつ」

 

「何をした」

 

「クロノスハックってあたしは呼んでる。

体感時間を極限まで遅らせて、擬似的に止めた時間の中を自由に動けるの。

この能力であなたを聖堂からここまで運んだわけ。

やっぱり人ひとりを担いでくるのはしんどかったわ」

 

パンを手に取ってみる。柔らかい。確かにある。夢を見ているわけではないらしい。

 

「食べながらでいいから聞いて。

昨日、あなたが暴れて気を失った後、みんなで話し合ったの。

今日はあなたに現状を認識してもらうために、一緒に街に来てもらう。図書館に行くの。

それでこの世界について正しく知ってもらう。

これ以上寝泊まりするスペースがないっていう事情もあるけどね」

 

スープを一口飲む。やはり美味い。感覚器官にも異常を来たしてはいない。

 

「まあ、ゆっくり食べてよ。あたし達はもう済ませたから」

 

そう言うと、彼女は新聞を広げた。英語である。

ここが連合側か枢軸側か、ますますわからなくなった。

そう言えば、教会の住民は皆、私を歓迎してくれるが、敬礼はしてくれない。

 

「今日の“玉ねぎくん”は、と。……あらら、まだキャベツと仲直りできないのね」

 

里沙子は新聞に没頭している。仕方なく、私は控えめな朝食を胃袋に収めた。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、里沙子。気をつけろよな」

 

ルーベル女史をはじめとした教会の住人に見送られ、

私はトランクを抱えた里沙子と共に、“街”へと出発しようとしていた。

 

「里沙子さん。危ないことがあれば、すぐわたし達を呼んでくださいね?」

 

「わかってる。頼りにしてるわ、エレオ」

 

「わたくしも微力ながらお手伝いしますので」

 

「ありがと。教会の台所は任せたわよ」

 

“ジョゼットー!ケーキの残り切ってー!”

 

「こらピーネ!おやつの時間にしなさい!まったく……」

 

「お姉ちゃん、やっぱり、皇帝陛下には?」

 

「まだ言わないで。国のトップと接触させるのは危険。

それよりあなたも、家のことはお願いね?」

 

「うん」

 

気になる単語を聞いた。“皇帝陛下”。

仮に彼女の言っていることが正しく、皇帝(カイザー)がこの国を治めているならば、

私は世界ではなく時間を移動したことになる。

 

「どうか危ないことには関わらないでくださいまし、お姉さま」

 

「大丈夫。何かあったらこの企画リセットしてでも逃げ出すから。

その帯似合ってるわよ」

 

「ありがとうございます……」

 

悲しげな表情を見せる少女。

今更ながら気づいたが、彼女が着ているのは同盟国日本のキモノだ。里沙子も日本人。

この国に疎開してきたのだろうか。私の混乱が加速する。

 

「じゃ、しばらく家を空けるけど、頼んだわよー」

 

「おう。ヤバいことには首突っ込むなよ」

 

「あたしがわざわざ面倒なことに関わるわけないでしょ。

ヒトラーさん、そろそろ行きましょうか」

 

「ああ。行こう」

 

私は里沙子と共に教会を後にすると、なだらかな草原の丘を下り、

舗装されていない道を東に歩き始めた。

 

 

 

 

 

あたしは、ヒトラーにこの世界について正しく知ってもらい、

彼を元の世界に送り返す方法を探すために、ハッピーマイルズの街に向かった。

それに、教会にはもう彼の寝泊まりするところがない。

確か街の奥に一軒民宿があったから、あたしは彼とそこに泊まることに決めた。

彼が暴走しないか、誰かが見張っておかなきゃ。多分大丈夫だとは思うけど。

 

「ねえヒトラーさん。街には不思議なものがたくさんあるけど、

落ち着いてパニックを起こさないよう気をつけてね」

 

「もちろんだ。私はかつてヨーロッパ全土を制圧し、様々な物を見てきた。

多少の文化の違いで動揺したりはしない」

 

「……じゃあ、あんなものも?」

 

なんてこともない。街道を進んでいくと、決まって出てくるおじゃま虫。

ダンビラを持った小汚い男が5人。野盗が隣接する森から現れて立ち塞がった。

 

「待ちな、オッサン!昨日はよくも子分を可愛がってくれたな!

死にたくなかったら、有り金置いて、立派な服も全部脱いで、

金目の物も全部よこしな!」

 

「ヒトラーさん、ちょっと待ってて。すぐ片付けるから」

 

「いや、私が行くべきだ」

 

「あ」

 

止める間もなく、ヒトラーが野盗達に早足で近づいて、バシン!と、一人の顔を張った。

 

「いでえっ!何しやがる!!」

 

涙目になった野盗の抗議にも耳を貸さず、

彼が得意の大げさな身振りを交えて大声で詰め寄る。

 

「お前達こそ何をしている!?

いや、何もしていないから、大の大人が雁首揃えて道端で“たむろ”しているのだろう!

この国難の時にしていることと言えば、ケチな強盗、物乞い、路上生活!

こんなみじめな輩がヨーロッパを練り歩いていることが私は悲しくてならない!」

 

「何だとこの野郎!」

 

「私は国家社会主義ドイツ労働者党首相アドルフ・ヒトラーだ!

この私を知らないとは無教養にもほどがある!

違うというなら敬礼をしてみろ、ハイル・ヒトラーと右手を高く掲げて!

ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!!」

 

「わけわかんねえこと言ってんじゃねえぞ!」

 

「教養もマナーも勤労意欲もなく、国に奉仕する心すら持たず、

無意味に日々を浪費するだけ!

その薄汚い服と、ろくに手入れもしていない髭と、酒臭い息がその証拠だ!

貴様たちのような反社会分子は私が司令に復帰次第、

直ちにアウシュヴィッツのガス室送りにしてやる!!」

 

最初からクライマックスのヒトラーを止めようと口を挟もうとした。けど。

 

「ぶっ殺してやるテメエ!!」

 

「もういい、銃殺刑だ!」

 

キレた野盗がダンビラを振り下ろし、ヒトラーがワルサーPPKを撃ち、

あたしがクロノスハックを発動する。全てが同時だった。

驚かさないでほしいわ、マヂで。

射線上にいる野盗を移動し、姿勢を微調整。

確かに面倒な奴らだけど、死なれても困るのよ、ストーリー的な問題で。

ほい、能力解除。

 

小さな銃身に似合わない鼓膜を引き裂くようなワルサーの銃声。

それと共に飛び出した弾丸が、野盗のダンビラを弾き飛ばす。

2つの衝撃で連中が慌てふためく。

 

「わああっ!何だ何だ!」

 

「やべえ、銃を持ってるぞ!」

 

「俺の剣がねえ!」

 

「知らねえよ、逃げるぞ!」

 

再び森の中に引き返していく野盗達に向かって怒鳴り散らすヒトラー。

 

「逃げるなルンペン野郎共!

お前達など祖国を守る気概もなければ、己の人生すらも放棄する敗北主義者だ!

ああ好きにしろ!気の済むまで敗走を続けるがいい!だが覚えていろ!

西にも東にも、貴様らに帰る場所などどこにもない!

待っているのはT-34のキャタピラかメッサーシュミットの機銃掃射だけだ!」

 

勝ったはずなのに一番エキサイトしているヒトラーをなだめる。

 

「ヒトラーさん落ち着いて。あいつらはどこにでもいるし、いくらでも湧いてくるの。

相手にしてたらキリがないわ」

 

「はぁぁ…ふぅ。ごほん!すまない、時間を取らせてしまった。街に行こうではないか」

 

「大丈夫。急がなくても街はすぐそこよ。深呼吸して」

 

街に入る前に早くも頭痛が。

今からこの調子じゃ、図書館に着くまでに何が起こるのやら。

不安な気持ちを抱えて街道を歩き出した。

 

 

 

 

 

不幸中の幸いと言うべきか、

あれからは野盗が出ることもなくハッピーマイルズの街に到着。

街の門をくぐると、さすがにヒトラーも雰囲気の違いに気づいたみたい。

人混みの中に、エルフや魔女がちらほら見えるようになったからね。

 

「里沙子。今日はこの地方の祝い事かなにかかね?」

 

「違うわ。あの鼻が高くて耳がとんがってるのがエルフで、三角帽子被ってるのが魔女」

 

「ふむ……よく出来ている」

 

「さあ、図書館は市場と広場を抜けた向こう。

ちょっと複雑だから、広場に出たらまた説明するわ」

 

またトラブル起こされちゃ敵わん。

あたしはいつもの大嫌いな市場の混雑に体をねじ込もうとした。

すると誰かが少し離れたところからあたしを呼ぶ。

 

“里沙子さーん!”

 

声の方に目を向けると……あら、懐かしい顔。

一旦、市場とは別方向に足を向けて彼女と再会する。

 

「ロザリーじゃない。元気してた?仕事は順調?」

 

「はい、おかげさまで!里沙子さんの活躍はいつも耳に」

 

「大半が不本意な労働なんだけどね。

……あ、ヒトラーさん紹介する。この人、魔女のロザリー」

 

「お客様ですか?はじめまして。私は水たまりの魔女ロザリーです。

里沙子さんとは親しくさせて頂いています」

 

にこりとヒトラーに柔らかい笑顔を向けるロザリー。あ、普通に紹介しちゃった。

……いや、でも待って。イマイチ現状を把握してない彼のために協力してもらえるかも。

ヒトラーも普通に挨拶してる。

 

「はじめまして、フラウ・ロザリー。

私はドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラー。姓は?」

 

「外国からいらしたんですね。私に姓はありません。

名字があるのは、ある程度社会的地位の高い人だけなんです。

例えば私のような魔女は二つ名が名字代わりです」

 

「なるほど。では、また魔女狩りの機運が高まったら私に言って欲しい。

我が親衛隊が責任を持って無知蒙昧な夢想家共を焼却炉に放り込む」

 

「親衛隊?」

 

「あー、ごめん。久しぶりに会ったばかりで悪いんだけどさ。

ロザリー、この人に簡単なのでいいから魔法を見せてあげてくれないかしら。

魔法のない国から来たばかりで、この国の仕組みについてまだよく知らないの」

 

「もちろん構いませんよ。では、水属性の防御魔法を」

 

「お願い」

 

ロザリーが意識を集中。マナを燃やし、魔力を錬成。そして呪文を詠唱する。

あたしはハンカチを手にとって身構える。

 

「水神に問うは唯一つ。荒ぶる力を何とする。我が手に集いて邪を弾け。

……フリーズバリア!」

 

彼女の左手がぽわわんと水色に光ると、

役所近くの井戸から細い水のロープが飛び出してきて、彼女の手元に集まり、

一瞬で凍結して1枚の頑丈な盾になった。

 

「Ein……っ!!」

 

「ストップ!魔法があるって言ったでしょ!?」

 

ヒトラーが叫ぶ直前、ハンカチで口を押さえた。こんな大通りで騒ぎを起こしたくない。

でも、腕だけで喋れるんじゃないかと思うくらい、

言いたいことがわかるほど表情豊かに手を振り回す。

 

「どうですか?氷だけど冷たくないんです。触ってみてください」

 

彼が落ち着いたタイミングを見計らって手を離すと、

ヒトラーは手袋を外して恐る恐る魔法の盾に触れた。

ついでにあたしも触ってみる。本当だわ、冷たくない。

ふと彼の手を見ると、震えている。その手は右手。彼はつぶやく。

 

「……奇跡だ」

 

「奇跡はどちらかというと、高位聖職者の光魔法ですね」

 

ロザリーの話も耳に入らないようで、ヒトラーは真剣な面持ちで盾を触り続ける。

 

「ね?ここはドイツでもヨーロッパでも……って、どこ行くの!?」

 

「失礼!」

 

いきなりヒトラーが市場へ向かって勝手に駆け出してしまった。

 

「ん~あー!ロザリーごめんね、また今度お茶しましょう!」

 

「いいえ。ごきげんよう~」

 

ロザリーとのせっかくの再会もそこそこに、あたしも慌てて追いかけざるを得なかった。

一体何だってのよ、もう!

 

 

 

 

 

私はロザリーという魔女が起こした未知なる奇跡を目の当たりにし、

ひとつの使命感を胸にした。ここで立ち止まっている場合ではない。

時代を数世紀逆上りしたかのような店構えの露店の間を通り抜け、広場に出た。

 

「ちょっとヒトラーさん、待ってよ。トランク持ってここ通るのってしんどいわけ!」

 

「ああ、里沙子。すまない、すっかり興奮してしまって、先走ってしまった」

 

「うん。これから走るときは一言くれると助かる。で、何が気になるの?」

 

「図書館である!神が私に告げている!

この国の全てを把握し、ドイツに栄えある勝利をもたらせと!」

 

「……今から図書館に行くのは、あくまであなたを地球に帰すためだからね?」

 

「無論だ。いかなる英知を手にしても、持ち帰れなければ意味がない……

ん、少し待ってくれたまえ!」

 

「はぁ、今度は何?」

 

広場の隅に位置している屋台。新聞、軽食、飲み物を売っている。

恐らく売店の類だろう。私は情報を求めて駆け寄った。

マガジンラックを眺めてみるが、どれも英語、英語、英語。

憤慨してぼんやりした表情の店主を問い詰める。

 

「君、党機関紙はどこだ?」

 

「えっ、機関車?」

 

「違う!我がナチスが発行している中央機関紙だ!フェルキッシャー・ベオバハター!

置いておらんのか!」

 

「あはは、なんだいその変な新聞。うちには置いてないよ」

 

「お前と話しているとおかしくなりそうだ。とにかく一番売れてる新聞をよこせ。

大衆紙ではない、一流の経済新聞だ!」

 

「それならウォッチハピネスだね。2Gだよ」

 

「うむ」

 

私は2ライヒスマルク銀貨を置いた。

新聞を持って立ち去ろうとすると、店員が大声で私を呼び止める。何事か。

 

「お客さん、お客さん!これなーに?外国のお金は使えないよ」

 

「……取っておけ。将来必ず価値が上がる」

 

ナチスの鷲が刻まれた銀貨を、彼の手に握り込ませた。

 

「だーめだって!ちゃんとゴールドで支払ってもらわないと!」

 

“ヒトラーさーん!”

 

里沙子がトランクを抱えて走ってくる。

 

「ちょうどよかった。この若造にライヒスマルクの価値を教えてやってほしい。

ドイツ再興の暁には、誰もが喉から手が出るほど欲しがるとな」

 

「あのね!この国の通貨はGで、ドイツ貨幣は使えないの!

……あーごめんなさい。いくら?」

 

「2G」

 

「はい。ほら、ヒトラーさん。もう行きましょう」

 

里沙子は金を払ってしまった。結局奴の二重取りだ。まあいい、悪銭身につかずだ。

後々後悔することになるだろう。

 

「次こそ図書館だから。お願いだから無用な騒ぎは勘弁ね。

この世界のお金なら後で渡すから」

 

「ありがたい。私の邸宅に戻れたら100倍にして返そう」

 

「マルクなら結構よ。今はユーロだし」

 

「君まで私をからかうのかね?とにかく新聞については礼を言う」

 

「どーいたしまして。こっちよ」

 

新聞ひとつ買うにも不自由だ。我々は寄り道をやめて図書館を目指すことに決めた。

 

 

 

 

 

この街は来るだけでしんどいけど、一人同伴者がいるだけでここまでくたびれるなんて。

あたしは売店からヒトラーを引き剥がすと、

広場北西のパン屋や雑貨店が並ぶ区画を抜け、北へ向かう路地を進んだ。

 

途中、彼が珍しいものを見て大声を張り上げないか心配だったけど、

大して見るもののない住宅地だったから、今度はトラブルもなく目的地にたどり着いた。

公民館程度の大きさの図書館。誰でも本が読み放題の気前のいい施設。

彼を連れて中に入り、適当な長机に座らせた。

 

「この世界の情報を集めてくるから、静かに座っててね」

 

「よろしく頼む」

 

まずは世界地図ね。後は近代史と、魔導書を適当に。

あたしはヒトラーをこの世界になじませるために必要っぽい本を

片っ端から抜いていった。

 

 

 

 

 

里沙子が戻るまで、私は先程購入した新聞を読んでいた。曰く、

 

“立ち小便の検挙数が過去最高に。被害総額214G。保安官が懸念の意を示す”

 

“競馬場の誘致を巡り、デルタステップとトライジルヴァの対立が深まる”

 

“ババア牧場のブルーチーズがただのカビであった問題について、

業者と消費者の間で和解が成立。

経営者のマキアーノ氏は取材に対し、「再発防止に努めたい」と述べるに留まった”

 

私は確かに言ったのだ。大衆紙ではなく経済新聞をよこせと。

どうやらあの店員は知的障害を抱えているらしい。

深い嘆息を漏らしつつ、最後の一面をめくった。

片面は愚にもつかない何かの広告であったが、もう片方に気になる広告があった。

 

──空白地区の新領主選出選挙。投票は来年2月29日。期日前投票の有効活用を。

 

詳細を読んだとき、私の心にある変化が起きた。遠い異国の地にナチズムを根付かせる。

不可思議な能力を持つ民衆をSSに志願させれば、あるいは。

 

「こんなところかしら。あんまり多すぎても読みきれないしね」

 

里沙子が本を抱えて戻ってきた。さっそく新聞の低俗さを訴える。

 

「見てくれたまえ、店員が間違えて安物新聞を渡しおった」

 

「ああ……それが一番高い新聞なの。

高いって言ってもどの新聞も似たり寄ったりだけど。

とんでもない田舎だからネタがないのよ」

 

彼女が机に本を置く。そして私の隣に座り、折りたたみ式の冊子を広げた。

 

「それじゃ始めましょうか。まずはこの世界の地図。真ん中の大陸を見て。

ここが今あたし達のいるサラマンダラス帝国」

 

「オーストラリアだろう」

 

「似てるけど違うの。名前はオービタル島。

基本的には皇帝陛下が統治してるけど、各領地の運営は領主が行ってる」

 

「南西にインドが浮かんでおる」

 

「だから似てるけど違うの。ここはドラス島ね。共産主義国家マグバリスが存在してた。

薬物の密売や奴隷貿易で荒稼ぎしてたんだけど、大帝が幽霊船に殺されたり、

後釜が超人的暗殺者に殺されたりで、

結局先進国の援助で立憲民主主義国家に方向転換したの」

 

「共産主義者には似合いの末路だ。結局は大国に植民地支配される」

 

「あと、サラマンダラス帝国を含めた3つの国を見て。

この3国はトライトン海域共栄圏という協力関係を結んでる」

 

「今すぐ解消しろ。三国軍事同盟など当てにならん」

 

「どこも戦争なんかしてないから。後はこの本読んで勉強して。あたしは新聞読んでる」

 

「“わが闘争”はあるかね?」

 

「あるわけないじゃない」

 

里沙子は新聞を広げて読み始めた。

後でその公害的情報の何が面白いのか聞いてみたら、

“つまらなさを楽しむもの”だとのことだった。

仕方なく私は積まれた本を一冊手に取り、ページをめくった。

 

読み進める度に、私は精神に稲妻が走るかのような衝撃を受ける。

 

魔女、帝国、魔法、宗教、政治。あらゆる事柄が私の理解の範疇を超えている。

時間を忘れて書物を読みふけった。

結論として、知り得た全ての物事に共通しているのは、やはり魔法という存在だ。

ロザリー女史が見せた氷の盾は、やはり手品などではなかった。興奮で手が震える。

決して病のせいではない。

 

「もう閉館ね。それは借りていって、続きは宿で読みましょう」

 

チャイムが鳴ると、里沙子が立ち上がり、貸出窓口に本の山を持っていった。

手続きが終わるまで私は手持ち無沙汰で待っていたが、数分後に彼女が戻ってきた。

 

「ねえ、ヒトラーさん。本は自分で持ってくれないかしら。

ただでさえトランクが重くて難儀してるの」

 

「ああ……いいだろう」

 

図書館から出て、再び彼女についていく。

少々本を借りすぎたようだ。左手が不自由なせいで時々落としそうになる。

 

「すぐそこに民宿があるから」

 

実際里沙子の言う通り、2ブロック先にホテルとも言えない、

民家を多少改装した宿があった。門を通り抜け、彼女が玄関をノックした。

 

「たのもー」

 

“はーい”

 

中から50代くらいの恰幅のいい女性が現れ、我々を出迎える。

 

「泊まりたいんだけど、2部屋都合してもらえないかしら。1ヶ月くらい」

 

「1ヶ月!?まあ、部屋は空いてるけど、あんた早撃ち里沙子だろ?

どうしてわざわざうちなんかに」

 

「後ろのお客さんを泊めるスペースがないの。

帰る方法を一緒に探してるんだけど長丁場になりそうで」

 

「そうかい。なら二人1月で2000G。食事付きだよ」

 

「ええ、お願い」

 

里沙子が代金を支払い、私を手招く。

 

「ヒトラーさん、こっちよ」

 

「うむ」

 

中は取り立てて特徴のない、2階建ての屋敷。女将に2階へ案内され、鍵を渡された。

恐らくこの家を宿として改装した際、内部を造り変えたのはドアの鍵だけだろう。

 

「洗濯物はドアの脇にあるカゴに入れといておくれ。

ところでお客さん、立派な軍服だけど、どこの軍人さんだい?」

 

「ナチス・ドイツである」

 

「ふぅん。初めて聞いたよ。ごゆっくり~」

 

ふくよかな体を揺らして女将は去っていった。

 

「ヒトラーさん、今日のところはここまでにしましょう。

あなたの帰還方法は明日から本腰入れて探しましょう。

あたしは夕食まで仮眠を取ってるから。それじゃ」

 

里沙子も行ってしまった。私も自分の部屋に入る。

中にはベッドとクローゼット、小さなデスクがひとつ。

コートをハンガーに掛けると、ベッドに座り込んだ。

本の続きを読もうとしたら、ポケットの異物感に気がつく。

手を突っ込んで中身を取り出すと、小さな金属製ケース。

 

それを少し見つめて開ける。中には青い物体が入ったカプセル。

 

最期を迎えようとした時、確かに口に含んだはず。

なぜ手元にあるのかはわからないが、早まった真似をしなくて正解だった。

ここは素晴らしい世界だ。ソ連軍も、ユダヤ人も、共産主義者もいない!

ドイツ第三帝国、万歳!

 

そうと決まれば明日から本格始動となる。戦の鍵となるのは、やはり情報。

決戦までに残された時間を確かめなければ。私は再び新聞に目を通す。

 

 

 

 

 

あー疲れた。今日した事と言えば、街まで来て図書館に行っただけなんだけど、

早くも眠くなってきた。どさっとベッドの上で大の字になる。

……そう言えば、さっき読んだ新聞に気になることが書いてあったわね。

新領主選出選挙。まあ、あそこなら大丈夫だとは思うけど、油断は禁物。

とりあえず夕食までは休ませてもらいましょう。おやすみ。

 

『今が2019年12月26日だと!?』

 

死にたい。

 

 




*この話はフィクションです。
ナチスによるホロコーストを始めとした戦争犯罪を肯定、擁護する意図はありません。
また、ヒトラーの思想言動は筆者による独自の解釈であり、
歴史家・専門家・関係者等の見解と異なるものであることをお断りしておきます。


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クリスマス特別編(2/5)

12月27日、朝。

私は里沙子とダイニングで女将が用意した朝食を取っておる。

しばし我々は無言であったが、

やがて里沙子が目玉焼きにナイフを入れながら尋ねてきた。

 

「……ヒトラーさん。今日の予定は何かある?」

 

「読書である。昨日と同じく図書館に赴き、歴史、思想、文学を学ぶつもりだ」

 

「お願いだから叫ばないでね。

図書館に出禁食らったら、あなたを地球に帰すのが難しくなるから」

 

「無論だ。私が声を上げるのは民衆に対し真実を語る時のみである。

先日のようなやむを得ない場合に限り、遺憾ながら怒りの声をぶつける必要があるが」

 

「信用してるわよ?」

 

里沙子はエヴァのように献身的であるが、

どうも私の事を疑わしく思っているフシがある。

今朝もこの世界の通貨200を提供してくれたが、

本心で私についてどう考えているのか、まだ読めない。

 

 

 

 

 

ヒトラーがサラマンダラス帝国に来てから2日目。おちおち酒も飲めやしない。

早く彼を元の歴史に戻す方法を見つけなきゃ。……歴史?そう言えば変ね。

あたしの知る歴史では、ヒトラーは青酸カリとピストルで自殺して、

死体も連合軍に回収されたはず。

なら、あたしの隣で野菜と目玉焼きだけ食べてるオッサンは誰なのかしら。

厄介な問題が山積みだわね。

 

「おはようさん。おや、ベーコンエッグは口に合わなかったかい?」

 

女将さんが洗濯カゴを抱えながら、あたし達に話しかけてきた。

 

「おはよう。そうじゃないけど、このおじさん、菜食主義なの」

 

「なんだい。それならそうと言っておくれ。

次からそこのおじさんは肉抜きでいいんだね?」

 

「すまない。そうしてくれるとありがたい」

 

「お安いご用さ」

 

そう答えると、女将さんは洗濯場のある浴場へ去っていった。

この街に来て、ようやくヒトラーは異世界に来た現実を受け入れたみたい。

ロザリーの魔法と新聞の日付が決め手。

まぁ、だいぶショックは受けたみたいだけど

今のところはこうして大人しく朝食を取ってる。

あたしもさっさとご飯を食べて不測の事態に備えましょう。

 

コンコン!

 

思わず背筋に寒気が。まさか玄関の呪いは他人の家でも有効なのかしら。

でも、その心配は次の瞬間吹き飛んだ。

 

“ごめんくださーい!”

 

エレオの声だわ!なんでこんなところに。

あたしが席を立とうとすると、女将さんが体格に似合わない素早さで

スタスタと玄関に向かっていった。

 

“あら、聖女様じゃない。どうしたんだい、そんなに慌てて”

 

“おはようございます。あの、里沙子さんとヒトラーさんは……?”

 

“奥で朝飯の最中さ”

 

“すみません、失礼します!”

 

間もなくエレオがホバーしながらあたし達の前に現れた。

またヒトラーが絶叫しないかと心配したけど、

ギョッとした程度で今度は騒ぎにならずほっとした。

 

「エレオ!どうして来ちゃったの!?わざわざ宿を取った理由は説明したでしょ?」

 

「ごめんなさい、どうしても伝えたいことがあったので……」

 

「おはよう。君は、エレオノーラだったね。昨日は充実した一日だった」

 

「おはようございます、ヒトラーさん。

お食事中失礼します。里沙子さん、ちょっとこっちへ!」

 

「ああっ、とと!なんなの、一体どうしたの!」

 

彼女があたしの手を取って、玄関まで引っ張る。

珍しく強引な彼女に驚きつつ、とりあえずついていく。

あたしが彼女を問いただそうとしたけど、エレオが先に口を開いた。

 

「里沙子さん、今日のご予定は?」

 

「さっきから何なの、藪から棒に。

ヒトラーが図書館に行くらしいけど、緊急の用件ならそっちを優先させる」

 

「では、お願いしたいことが。わたしから提案があるんです」

 

「提案?おととい来たばかりのヒトラーで何しようってのよ」

 

「実は……」

 

エレオノーラに耳を貸す。彼女の提案とはとんでもないものだった。当然反対する。

小声での会議が始まった。

 

「無茶言わないでよ、駄目に決まってるじゃない!

そりゃ簡単にしか説明してなかったけど、

ヒトラーがホロコーストで600万人殺したこと忘れたの?」

 

「もちろんわかっています。ですが、そんな彼がエルフ族と友好関係を結べば、

人間とエルフの関係はより一層強固なものになると思うんです。

里沙子さん、彼を聖緑の大森林へ連れていきましょう!エルフ達との会談を行うんです」

 

「ここの辺りはあんまり話してなかったけどね?

ヒトラーは優生学ってのに夢中で、自分達アーリア人こそが最も優れた人種で、

彼らの結婚を推し進めて遺伝子を掛け合わせる一方、その他を排除していったの。

ユダヤ人が殺されたのもその一環よ。

そんな彼が、種族そのものが違うエルフと手を結ぶと思う?

大体、法王猊下はあなたの計画についてご存知なの?」

 

「確かに考えが甘いのは承知しています。この考えも私の独断です。

しかし、わたしは彼の転移は希望でもあると思うんです。アースにとっても」

 

「……どういうこと?」

 

「考えたくはありませんが、

もし何かの事情で里沙子さんがアースに帰るようなことがあるとすれば、

そこは平和で悲しみのないところであって欲しいんです。

ヒトラーさんが過去の世界から来たのなら、

ミドルファンタジアで隣人を愛する心を学んで帰ってもらえれば、

未来が変わり神の慈悲を受けられる可能性が少しは増すと考えました。

……里沙子さん、魔国でメタトロン様から聞いたそうですね。

アースは既に神から見捨てられたと。

独裁者であるヒトラーさんが変わることができれば、アースもまた変わることができる。

そう信じています」

 

「気持ちは嬉しい。でも過去は変えられない。

1945年の時点でドイツは降伏間近だったし、既にホロコーストも実行されてた。

仮にできたとしても、今更ヒトラーを改心させたところで神の決定は覆らないわ」

 

「やってみなければわからないではないですか!」

 

「しくじったら失敗しましたごめんなさいじゃ済まないのよ?

ろくにヒトラーの姿を見てないからそんな事が言えるの。

昨日だって散々な目にあったんだから。

人間とエルフとの亀裂が深まったら、いくらあなたでも国民からの非難は避けられない」

 

「……覚悟の上です」

 

「法王猊下にもご迷惑がかかるのよ?」

 

「どのような罰でも受けます。お願いです、里沙子さん。彼に会わせて下さい」

 

頭の中がぐしゃぐしゃする。しばらく視線をさまよわせてから結論を出した。

 

「ん~ひとつ条件。聖緑の大森林にワープするのは、街の広場で。

ヒトラーの振る舞いを見てから実行するか決めてちょうだい」

 

「ありがとうございます」

 

「じゃあ、一度戻りましょう」

 

あたしはエレオを連れてヒトラーのところへ戻った。

ちょうど朝食を食べ終えたところで、ナプキンで口を拭っている。

 

Gut.(グート)(うまい)地下壕の食事よりシンプルではあるが、

陽の光の中で食べる食事は極めて人間的である」

 

「ねえヒトラーさん。ちょっと相談があるんだけど」

 

「なにかね?」

 

「わたし達と、聖緑の大森林に来てもらいたいんです!」

 

エレオが興奮した様子で彼の前に出た。

 

「森林浴も悪くはないが……今日は図書館で読書にふける予定だ。すまないが」

 

「今日でなくてはだめですか?ぜひ会ってもらいたい人達がいるんです!」

 

「総統たる私に?ふむ、既に中産階級が私を求めているらしい。その者たちの規模は?」

 

「およそ1000人です」

 

「なるほど、国家社会主義を根付かせる第一歩としては悪くない。面会しよう」

 

「あー、横から失礼。

聖緑の大森林に行くには、広い場所でテレポートする必要があるの。

昨日の広場なんかがちょうどいいと思うんだけど、どうかしら」

 

「任せよう。では食事も済んだことだ。出かけようではないか」

 

「よかった……あの、エルフの人達はなんと言うか、気難しい人が多いのですが、

どうか紳士的な態度でお願いします」

 

「無用な心配だ。私はいつでも紳士であり続けてきた。

それで、エルフというのはどの国の民族なのか」

 

「まあ、行きながら説明するわ。

……おばさーん!昼ごはんはいらないから!ちょっと出かける!」

 

“あいよー”

 

女将さんに一言断ると、あたし達は街の広場に向かった。どうなるのかマヂで不安。

とにかく、エレオの気持ちを踏みにじる結果にならないことをただ願った。

 

 

 

 

 

エレオノーラというシスターの申し出により、

予定を変更しエルフという民族と会談を行うことになった。

道すがら彼女から説明を受けたが、どうもそいつらは人間ではないらしく、

過去の遺恨から数百年もの間、人間不信に陥ったままらしい。

しかも、魔法の力でほぼ鎖国状態で引きこもり続け、現在に至っているという。

しみったれた連中である。

 

「ヒトラーさん。

エルフの長には、わたしから新たな来訪者から年末の挨拶として話を通してあります。

あなたがとてもお話が得意な人だと聞いています。

どうか彼らと友好的な関係を築いてください」

 

「確約はできない。怠け者や共産主義者と手を組むつもりは一切ないのだ」

 

「皆さん働き者で真面目な方です。少し頑固なところはありますが」

 

「心配しなくてもユダヤ人はいないから」

 

「それは素晴らしい。演説の内容を整理しておかなければ」

 

里沙子達と話しているうちに、再び街の広場に到着。例の売店も営業を始めている。

昨日の新聞について文句を言おうと思ったが、

あの店員には言葉が通じないことを思い出し、やめにした。

 

“やあ里沙子じゃないか。お客さんかい?”

 

その時、小さな小屋の中から目が覚めきっていないような声が聞こえた。

制服から見て警官らしいが、

立ったままでもいいから寝ていたいと言いたげな細い目でこちらを見ている。

 

「あら保安官さん、お久しぶりです。年の瀬も迫っているのに大変ですわね。

彼はなんと言うか……客人です」

 

“保安官にとっては年末年始が最も忙しい時期だよ。

歳末特別警らで、もう本官は凍死しそうだ”

 

会話の内容から判断して、このあばら家は交番らしい。

だが、しばらく様子を観察していると、許しがたいものを発見した。

早足で歩み寄り、警官を問い詰める。

 

 

 

 

 

たまたま声を掛けられた保安官さんに年末の挨拶をしていると、

ヒトラーが急に駐在所の方に行ってしまった。トラブルの予感しかない。

 

「あっ、ちょっとヒトラーさん、どこいくの!」

 

「刑事。この張り紙は何だ」

 

ヒトラーが苛ついた様子で手配書を剥がし、保安官さんに問う。ああもう。

 

「おい、破かないでくれ。何だもなにも、手配書だよ。

まぁ、ハッピーマイルズにそいつを倒せるやつはいないだろうから大丈夫だろうが。

里沙子もやる気はないだろうしな。

それに、本官は刑事ではなく保安官だ」

 

「そんなことはどうでもいい。この世界では犯罪者の処罰を民間人に任せておるのか!」

 

「“この世界”ってことは、あんた、アースから来たのかい?そうとも。

軍や警察では手が回らんから、

懸賞金を掛けて腕利きの賞金稼ぎに逃走中の賞金首の撃退を任せてる」

 

秘密警察(ゲシュタポ)を組織しろ、今すぐに!こんなものは西部開拓時代の悪しき慣習だ!

大体なんだ、この妙ちきりんな賞金首は!国家の治安維持活動を愚弄しておるのか!?」

 

「馬鹿みたいな外見だが、凶暴な賞金首なんだ。だから高額な賞金が設定されてる。

……そろそろいいか?本官はもう眠い」

 

「もちろんよごめんなさいねさようならよいお年を!ほら、ヒトラーさん行くわよ」

 

「待ちたまえ、まだ話は……!」

 

「エレオが待ってるから、お願い」

 

あたしは引っ張るように広場の真ん中までヒトラーを連れ戻すと、

エレオノーラに耳打ちした。

 

「見たでしょ?彼はどんなきっかけでキレるかわからない。考え直すなら今よ?」

 

「わたしの決意は変わりません。

エルフの中にも、人間との和平を望む者が少ないながらも存在しています。

彼らの方からも歩み寄りがあるはずです。エルフも人も、手を取り合えると信じます」

 

「……そう。なら、あたしはエレオを信じる。そろそろ行きましょう。

ヒトラーさん、手を」

 

「うむ。少し待って欲しい。これをしまう」

 

ヒトラーが持っていたのは、さっき勝手に剥がした手配書。ちょっと内容を見てみた。

 

 

・狂走機関車 エンドレスランナー 1,500,000G

 

備考:イグニール領で建造された自動運転機関車の試作品。

制御用魔導回路が暴走し、

進路上にある人や物をその巨体で破壊しながら24時間暴走を続けている。

飲食物サービス用であったマニピュレーターで装甲や武装を固め、日々凶暴さを増強。

現在、廃材置き場や採石場を往復しているが、

市街地になだれ込むことがあれば大惨事になることは間違いない。

一刻も早い破壊が望まれる。

 

 

ずいぶん懐かしい名前だと思ったら、まだ生きてたのね。

しかも懸賞金が跳ね上がってる。

ヒトラーがコートの内ポケットに手配書をしまうと、

あたしとエレオノーラが彼の手を取り輪になった。

 

「今から聖緑の大森林に向かいます。

急に景色が変わりますが、どうぞ慌てることのないように」

 

「うむ。何をするのかね」

 

「魔法よ、魔法。エレオに任せとけば大丈夫だから」

 

「では、行きます。

……総てを抱きし聖母に乞う。混濁の世を彷徨う我ら子羊、某が御手の導きに委ねん」

 

あたしはもう慣れっこだけど、

いきなり身体が輝き出し強い浮遊感に襲われたヒトラーがパニックを起こす。

 

「地面がなくなっておるぞ!大地を隠すな!私に何をするつもりだ、やめろ!!」

 

「ああ、暴れないで下さい!転移魔法の集中が途切れて……あっ!」

 

「じっとしてよ、お願いだから!魔法なら散々見たでしょうが!あああ~!」

 

通行人がジロジロ見る中、あたし達は神の見えざる手で

ハッピーマイルズの街から慌ただしく消え去った。

 

 

 

 

 

転送終了。

エレオは浮けるから良いけど、あたしとヒトラーは飛べないから地面に放り出され、

這いつくばるしかなかった。

絨毯のように柔らかい草が広がってなかったら、どっか怪我してたと思う。

 

「ヒトラーさん、魔法はもう見たんだからいい加減慣れてよ……」

 

あたしはゆっくり立ち上がって文句をつける。頭がふらふらする。

 

「お二人共、大丈夫ですか?」

 

「私は問題ない。……早くエルフの集落に行こうではないか」

 

ヒトラーもよたよたと立ち上がる。

 

「はい。直接エルフの里に転移するはずだったのですが、

魔法の発動中にトラブルが起きて座標がずれてしまったようですね。

里まで少し歩きますが、案内します」

 

はっきり言ってやんなさい。お前のせいだって。

気を取り直して、久しぶりに訪れる聖緑の大森林を進むあたし達。

ヒトラーは物珍しげに自然豊かな大地眺めながら、マイペースな歩調で歩む。

彼でなくてもこの森の美しい景色には目を奪われるわね。

 

「素敵なところでしょう?この森はエルフ達の宝なんです」

 

「ウィーンの森を思い出す。若かりし頃を過ごした思い出の地だ」

 

──そこで止まれ!

 

5分ほど歩いた時かしら。森から弓を構えたエルフが出てきて

あたし達に近づいてきた。その顔にどこか見覚えがある、と思ったら。

 

「シャリオじゃない。何年ぶりかしら」

 

「お前は、里沙子か?……いや、エレオノーラ様までなぜここに!?

里においでになるはずでは」

 

「少し転移魔法に失敗してしまいまして。紹介します。

こちら、ええと、ヒトラーさんです。今日の交流会のお客様です」

 

「ふん、人間との交流など無意味だと思いますが、

エレオノーラ様には深いお考えがあるのでしょう。ここからは私が案内致します。

おい、里沙子達もついてこい」

 

今度はシャリオを先頭に歩くと、ヒトラーが話しかけてきた。

 

「これがエルフとかいう連中か。蹴飛ばしたら背骨が折れそうだ。

奴らはきちんと栄養補給をしているのだろうか」

 

「彼が標準的な体型なの。間違っても本人に言わないでね」

 

そして間もなく、あたし達はエルフの里に到着した。

魔王編では立ち寄ってる暇がなかったから、実際来るのはあたしも初めて。

広葉樹に囲まれた広大な草原に、木造の家屋や牧場が見える。

いつかお世話になった神木は遠く東にそびえ立っているわね。

 

一番重要なのは、エレオがセッティングした交流会の会場。

木で組まれたステージに椅子が並べられて、

立派な椅子には既に長老らしき人物が座っている。

あたし達がステージに近づくと、聴衆の視線が一気に集まる。

数百名ものエルフ全員が会場には入れなかったようで、

家の屋根や木の枝に登って座っている者もいる。

 

「エレオノーラ様、どうぞこちらへ。ほら、お前たちはこっちだ」

 

「相変わらずエレオびいきねえ」

 

エレオノーラは綿を詰め込んだ柔らかい椅子。

あたしとヒトラーは、硬い木の椅子に誘導された。

全員着席し、準備が整うと、シャリオが聴衆に交流会の開始を告げた。

 

「皆、よく聞け!エレオノーラ様のご提案により、

新しくアースから来た人間とエルフ族の長との会談が執り行われることとなった。

エレオノーラ様と長老のお話を謹んで拝聴するように!……長老はどうぞ前へ。

人間族の客は前に出ろ」

 

いよいよね。今の所ヒトラーは大人しい。

言われたとおりステージに立ち、長老と向き合った。

首にいくつもタリスマンを下げ、緑の水晶を据え付けた長い杖を持った長老は、

何も言わずにヒトラーに手を差し出す。

エルフから先に握手を求めた事が気に入らないらしく、

早くも聴衆からブーイングが起こる。ヒトラーは気にせずその手を握りしめた。

 

「ドイツ第三帝国総統、アドルフ・ヒトラーである。貴殿に会えた事を光栄に思う」

 

「お主が、アースからの新たな来訪者か。

わしは種族間の遺恨については、両者から一歩引いた立場を取っておる。

それが今日、君という存在によって揺らぐことは大いにあり得る。……期待しておるぞ」

 

「約束しよう。エルフ族はこの日を以って、新たな存在へと生まれ変わる」

 

「うむ」

 

長老だけが席に戻り、壇上のヒトラーが今度は聴衆に向かい合った。

エルフ達から罵声に近い言葉で囃し立てられるけど、彼は無言で彼らを眺める。

エレオノーラもあたしも、ヒトラーがいつキレるかヒヤヒヤしながら見てたけど、

彼はひたすら待ち続けた。

 

……なるほど。演説手法のひとつ、“沈黙”ね。

彼の思惑通り、叫ぶのに疲れたエルフ達は、今度はヒトラーの言葉を待つようになった。

そして、とうとう彼が第一声を発した。

 

「……私は、本日確信した」

 

何を確信したのか。否が応でもエルフ達の興味を引く。

 

「かつて人類は、過ちを犯した。フラウ・エレオノーラが歴史をこう語る。

この美しい緑の大地は、戦乱の中、人間の手によって半分を焼かれたと」

 

見守るあたしとエレオの緊張が限界に達する。謝罪し、許しを乞うのか。それとも。

 

「確かに間違っていた。人類は、半分ではなく、全てを焼き払うべきだったのだ!」

 

突然の暴言に会場が騒然となる。

エレオが立ち上がって静止しようとしたけど、あたしはあえて手で押し留めた。

長老は黙って様子を見ている。

 

「なぜなら!この小さな世界でくすぶっている諸君を外の社会に叩き出し、

現実という痛みを伴う真実をもたらすことができたからだ!だが我々は失敗した!

中途半端な攻撃により、諸君を矮小なる存在に変えてしまった。

これなどまさにその象徴だ。貸したまえ!」

 

「あっ!」

 

ヒトラーがステージ端で待機していたシャリオの弓を奪って聴衆に見せつける。

 

「なんだこれは!棒きれに糸を張った貧相な弓。こんなものは弱虫の武器だ!

何も守れはしない!

人間の兵器は日進月歩だというのに、諸君はこの数百年、

この原始的武器をぶら下げて自国の領土を守った気になっていた!

その間、何をしていたかと言えば、申し訳程度の武装で満足し、

閉じた世界で人間への陰口を繰り返し、しけた嫌がらせでうっぷんを晴らす。

ただそれだけだ!情けないとは思わないのか!プライドというものはないのか!」

 

今度は座っていたボロい椅子を持ち上げ、床に叩きつけた。

古板で出来た椅子が粉々になる。

女性エルフが短い悲鳴を上げ、またエルフ達の抗議が始まった。

 

“わかったような口を利くなー!”

“殺し合いしかできない分際で!”

“引っ込め、野蛮人!”

 

しかし、それで退散するようなヒトラーじゃない。

構うことなく大声を張り上げ、両腕で身振り手振りを行い、演説を続ける。

 

「予言しよう!再び諸君が貪欲に技術を成長させた人間達に蹂躙される時が訪れる!

魔法の壁を築こうが、弓矢の腕を磨こうが、今度こそ残りの半分が炎に包まれるのだ!

現状に満足し、立ち止まり続ける限り!」

 

あたしはちらりと長老の様子を覗う。彼の表情は相変わらず読めない。

そんな中、一人のエルフが手を上げた。周囲の同族が驚いた顔で彼を見る。

 

「あんたは結局……俺達にどうしろっていいたいんだ?」

 

「良い質問だ。この運命を変えるにはどうすればいいか?簡単だ。力を示せばいい。

その手段がここにある!」

 

ヒトラーがコートの内ポケットから、1枚の紙を取り出して見せた。

さっき駐在所から持ってきた賞金首の手配書。

 

「この超大型の賞金首を破壊する!

それだけで、もはや人間は諸君を無視することはできない!

諸君は人間達を締め出しているつもりなのだろうが、現実は異なる。

君達が世界に閉じ込められているのだ。そんなことはもうやめろ。

今まで続いてきた平和らしきものが今後も続く保証などどこにもない。

繰り返しになるが、次に戦いの火の手が上がれば、この美しい森林は灰燼となる。

そのような悲劇は私には耐えられない!諸君もそうであろう!」

 

「……だけど、そんな強そうな相手どうしろってのよ」

 

今度は別のエルフから。

 

「今ここで、突撃隊隊員を募りたい!

エンドレスランナーを討伐し、民族の誇りを守る気概のあるものは、

右手を高く掲げ、こう唱えよ!ジーク・ハイル(勝利万歳)!

我が祖国における団結と勝利を意味する敬礼である!

私は、多くの卑劣な政治家のように、

諸君を甘言で惑わし、“絶対の勝利”などを口にはしない。

使命に殉じる者も出るだろう。

それでも!祖国の大地と、未来と、家族のために、

命をなげうつ覚悟を持つ者が現れることを信じておる!」

 

サラッと嘘ついてるけど、誰も気づくわけない。何が団結と勝利だか。

これ以上語らせるのはまずいかもしれない。そう思った時。

 

……ジーク・ハイル

 

一人が右手を上げて、ためらいがちにあの敬礼を唱えた。

すると、彼を呼び水に、次々とエルフ達が敬礼を始めた。

長老やシャリオが驚きながら加速度的に増えるヒトラーの支持者を見渡す。

 

「だ、騙されるな!人間が皆を戦争の道具に……」

 

「私は約束する!巨大なる敵を打倒した暁には、

隊員の勲章と親衛隊の装備に必要な資金を除き、全ての賞金を君達に還元する!

この私がケチな金子の為に諸君を利用するものではないという証である!

今こそ立ち上がる時!

勝利という栄冠を手にしたならば、誰も諸君を蔑むことはできない!」

 

“私も戦うわ!アースの人間に魔法は使えないでしょう?”

“畜生、俺達は人間に家畜のように見られてたってのか!”

“他のみんなもエルフ族の誇りを示すんだ!ジーク・ハイル!”

 

会場を揺るがさんばかりにジーク・ハイルがこだまする。

この時、あたし達は初めて自らの間違いに気づいた。

自分達だけで解決しようとするべきではなかった。大衆の熱狂はもう止められない。

 

ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!

 

エルフ達の合唱はいつまでも続き、ヒトラーはそれを満足気に見渡していた。

 

 

 

 

 

聖緑の大森林というエルフの住処から帰還した後、

私は里沙子から理不尽な罵倒を受けていた。

 

「なんてことしてくれたのよ、この馬鹿!

連合軍がいないからって、

よりによって人間を仮想敵にしてエルフを焚きつけるなんて!」

 

「馬鹿とは何という言い草か!私は彼らに独立心を説いたに過ぎん!」

 

「確かに人間とエルフと友好関係を深めてくださるようお願いしましたが、

戦いに駆り出せなどとは……!」

 

「強制はしておらん!私は選択肢を与えたのだ!

負け犬根性を抱えて狭い檻でみじめに生きるか、勝利を掴み自らの過去と決別するか!」

 

「……あんたまさか、

新領主選挙でエルフ票を独占しようとしてるんじゃないでしょうね」

 

里沙子が我が野望の一端に触れる発言をした。彼女は賢い女性でもあるらしい。

 

「えっ、どういうことですか?」

 

「新聞とかで知らない?来年2月に新領主の選挙があるの。

彼がエルフに肩入れする理由なんてそれしか思いつかない」

 

「本当なんですか、ヒトラーさん!?」

 

「エレオノーラ、君まで同じことを言わせないで欲しい。

私の活動は、エルフ達を不当な抑圧から開放するのが目的だ!

確かにそれに起因する結果として、私に票が集まるとしたら、それは彼らの選択だ。

やはり選択肢を与えているに過ぎない!」

 

「ひどい……」

 

「賞金首はどうするの。あたしは一切手を貸すつもりはないわよ」

 

「この戦いに私以外の人間の干渉があってはならない。

これは私とエルフの戦いだ」

 

「二言はないわね?」

 

「当然だ。私は今まで散々嘘と裏切りに辛酸を嘗めさせられてきた」

 

「エレオ。あなたは先に教会に戻って。あたし達ももう帰るから。

法王猊下への報告はまだ少し待ってね」

 

「はい……」

 

エレオノーラは肩を落として、教会のある方角へ去っていった。

我々は民宿に帰り、夕食を取ったが、里沙子とはついに一言の会話もなかった。

 

 

 

 

 

12月28日。

私は朝食を済ませると、さっそく街へ出向き、戦闘準備に取り掛かる。

彼女との待ち合わせにはまだ早いが、時間を無駄には出来ない。

エルフの魔法がどれほどのものかは知らないが、

貧弱な装備を少しでも強化する必要がある。

昨日改めて、このハッピーマイルズという間抜けた名前の街の地図を確認しておいた。

 

まず1箇所目。木炭は雑貨屋で簡単に手に入った。

次。硫黄だ。これも薬局で購入できた。

水色のロングヘアの奇妙な女性が店番をしていたが、

元々が奇妙な世界の住人なのだから気にしても意味がない。

 

続いて、戦後の準備。金物屋や仕立て屋に入り、後々必要になるものを注文した。

しかしこの世界は、デフレーションでも起きているのか、妙に物価が安い。

品物に手を抜いていなければいいのだが。

 

最後に、硝酸カリウムと炎鉱石。炎鉱石なるものはこの世界の固形燃料らしい。

だが、この怪しげな店に入るには流石に私も躊躇した。“呪術師アデールの魔道具店”。

 

小さなログハウスを紫で塗装し、窓が少ないため中も外も暗い。

そして狭い店内に無理やり大量の商品を詰め込んでいるため、息苦しいことこの上ない。

時々転びそうになりながらカウンターの奥にいる三角帽子の老婆に話しかける。

目を閉じたまま微動だにしないため、眠っているのか死んでいるのかはっきりしない。

 

「硝酸カリウムと炎鉱石があると聞いた」

 

「んが……なんだって?」

 

「硝酸カリウムと炎鉱石だ!これで買えるだけくれ!比率は9:1だ!」

 

私は残った100Gをカウンターに置いた。

 

「……何に使うんだい?」

 

「ドイツ第三帝国再興の礎となる」

 

「ん、ああ……ちょいと待ちな」

 

老婆が奥に引っ込むと、10分以上待たされて、ようやく目的の物が運ばれてきた。

腰の曲がった老婆が重たそうにカウンターに商品を置く。

 

「よいしょ。これで全部だよ」

 

「うむ。必要な物は揃った。失礼する」

 

「zzz…」

 

眠る老婆に別れを告げて、私は街の中央広場に戻った。

すると、待ち合わせていた女性が既に到着していた。

昨日、聖緑の大森林でエルフ達と打ち合わせていた通りの時刻である。

 

「遅れてすまない。勝利の鍵を収集するのに手間取ってしまった」

 

「凄い荷物ね。その薬とかでエンドレスランナーに勝てるの?

ああ、ごめんなさい、私はノーラ」

 

「アドルフ・ヒトラーだ。今日はよろしく頼む」

 

「こちらこそ。と言っても、私にできるのは外界と森をワープすることだけだけどね。

さあ手を。みんな待ってるから」

 

「心配は不要だ。勝利を収めたときには、貴女にも空軍名誉章を授与しよう」

 

私は童顔のエルフの手を取る。

そして彼女が放つ不思議な緑色のオーラに包まれると、

昨日、魔法で転送された時と同様の感覚に見舞われる。

気づいたときには、見覚えのある森に到着していた。

 

「里はすぐそこよ。こっちね」

 

ノーラに案内されること約3分。

昨日多くの突撃隊員を獲得した村に再び足を踏み入れた。

 

「お、ヒトラーが来たぞ。ジーク・ハイル」

 

「おはよう。ジーク・ハイル」

 

すれ違う度エルフ達が敬礼をする。

ナチス・ドイツの本格的な復興に一歩前進したわけである。

 

「ここよ。長老達が待ってる」

 

たどり着いたのは、村のエルフ全員が入れるかのような、

広い木造2階建ての集会所らしき建築物。

中には既に大勢の住人と、一段高いところに用意された柔らかい布袋に腰掛ける長老。

私は彼に歩み寄り、話しかけた。

ござを敷いた地面に座り込むエルフ達が、一斉に私を見る。

 

「……長老。私は戻ってきた」

 

「お主が、何を求めているのかはわからぬ。ただ、これだけは約定してほしい。

数百年前に命を落とした同胞の死は無意味なものでなかった。

必ずそれを証明することだ」

 

「約束しよう。この鉤十字に誓って」

 

「おい、早く作戦会議を始めろ!

何のためにお前を司令官に任命したのかわかっているのか!」

 

シャリオとかいう神経質な男が大声を出す。奴は昨日手を挙げなかったが、

どうせこの枝のような男は暴走機関車との戦いには役立つまい。

 

「指定したものは用意しているのか」

 

「そこのテーブルやスペースに設置してある!」

 

「Gut. まずは、我が方の武装について情報共有することにしよう。

そこで役立つのがこれだ」

 

私は足元に置いていた荷物を広げた。皆が興味深げに見つめる。

テーブルの道具を手にとって、武器の開発に着手。

大学こそ出ておらぬが、私は書物を通して膨大な知識を獲得し、将校達を導いてきた。

これなどまさにその象徴。

 

まずは木炭をすり鉢で砕き、すりつぶす。

それに硫黄を混ぜ合わせ、小さな陶器に詰め、硝酸カリウムと水を少量加える。

 

そして、樫の木で再び入念にすりつぶし、一旦火薬を取り出して鉄板に挟み、

地ならし用のローラーを牛に引かせ、圧力を加えて比重を高める。

それが終わると、大きめの粒になるよう砕き、

風通しのよいところで少々時間を置いて乾燥させる。

最後に、炎鉱石をすり鉢で慎重に叩き、粒にする。引火性が高いから注意が必要らしい。

 

「何をしている?」

 

「擲弾用の火薬を作っておる。

この国の歴史書を参照したが、パンツァーファウストの類似品は存在するものの、

中央政府の管理下に置かれており、入手を断念せざるを得なかった」

 

「それで何をする気だ」

 

「お前が持っている情けない武器を

簡素なグレネードランチャーに変える準備をしておる。しばし静粛にしておれ!

気が散って手元が狂ったら、この場にいる全員が木っ端微塵になるのだぞ!」

 

「なっ……そんな危険なものを聖なる森に持ち込んだのか!」

 

「シャリオ君、今はこの人の様子を見ようよ?」

 

「ノーラ、君までこの怪しげな男に味方するのか!他の者もそれでいいのか?

人間がかつて先祖を焼き殺した忌まわしい火薬を……」

 

「俺は人間が嫌いだ。でも、いつまでも過去に縛られて、

ゆりかごのようなこの森で何も考えず安穏と生きていくのはもっと嫌だ。

広々とした外の世界が見たい。ヒトラーがそれを可能とするなら、俺は協力する気だ」

 

「ミハイル、考え直せ!」

 

大衆が後ろのうるさい男を引きつけている間、集中して作業ができた。

後は内側に油紙を貼った小さな陶器に火薬を詰め、炎鉱石の欠片を一粒入れる。

そしてしっかりと蓋をして完成である。私は立ち上がって皆に告げた。

 

「諸君、心して聴いて欲しい!今からこの新兵器の威力を見せる。

私が外の空き地でこの爆弾を投げよう。火は不要だ。

衝撃で起爆し、敵に甚大なる損害を与える。

君達が扱うものがいかに危険なものか、

そして心強い戦力であるかを胸に刻んで欲しい」

 

「あっ、どこいくの?ヒトラー」

 

「総員、窓の外を見ておれ!」

 

私は裏口から外に出て、集会所の隣にある空き地に移動した。

そして、適当な岩に向かって、十分な距離を取り、

 

Los (ロース)(行け)!」

 

陶器を放り投げた。私は耳を閉じて伏せる。

黒色鉱山火薬の詰まった爆弾は放物線を描いてゆっくり落下し、

着地した瞬間、稲妻のような爆音と衝撃波を発し、岩を粉々にした。

集会所から悲鳴と驚愕の声が聞こえてくる。これで準備は整った。私は集会所に戻る。

まだ場の混乱が収まっていなかったが、説明を続けた。

 

「見ていただけたと思う。これが対暴走機関車の切り札である」

 

“あれが火薬の力、か……”

“人間が戦争に使うのも納得だわ”

“これなら俺達もやれる!”

 

「もうおわかりだろう。

先に述べたが、この小型擲弾の優れた点は、矢尻に結びつけることで、

離れた敵に致命的な打撃を与えられることにある!」

 

エルフ達の反応は予想通りだ。これなら明日から訓練を始められる。

ふと壇上に目をやると、まだ慌てふためくシャリオとじっと私を見る長老。

二人の反応は対照的であった。

 

 

 

 

 

12月29日。

私は昨日から聖緑の大森林に滞在し、エルフ達の訓練及び武器生産の指導を行っている。

作業用の小屋で、職人のエルフ達が爆弾用の陶器づくりに追われている。

手配書の写真を見ると、敵は8両編成。ざっと100tは超えている。

更に自動で武装強化を行っていることを考慮すれば、

120tの重量物が爆走していると考えた方がいいだろう。ならば1000発は必要だ。

 

「火薬は湿気に弱い。品質の良いものを手早く生産して欲しい」

 

「作るけどさー、戦いの準備は年明けからにしない?新年祭の支度もあるし」

 

「新年祭は諦めろ。年明けは2年後も来るが、勝利のチャンスは一度しかない。

自走兵器は成長する賞金首だ。一刻も早く仕留めなければ、

他の賞金稼ぎに先を越されるか、新型爆弾でも手に負えないほど強くなる」

 

「んー、わかったー」

 

次は里から離れた場所にある火薬製造工場。

廃屋を流用した空気の乾燥した屋内で、手先の器用な者達が作業を続けている。

 

「君達は今回の作戦で、ある意味最も危険な任務を遂行している。

慌てず、慎重に、早さは二の次だ。特に炎鉱石の分解には細心の注意を払ってほしい」

 

「わかってるよ。俺だって粉々になりたくはないからな。

……そろそろ材料が足りなくなってきたな」

 

「ノーラが買いに行ってるわ」

 

「ふむ。資金はどこから?」

 

「俺達が少しずつ出し合った」

 

「名前と金額を書いておいてくれたまえ。賞金から分け前に上乗せして返還する」

 

広場では突撃隊達が爆弾弓の練習に余念がない。

矢尻に爆弾と同じ重量の重りを付け、正確に的を射る訓練をしておる。

 

「やっぱり飛距離は落ちるな。矢羽を大きくしたほうがいい」

 

「どれくらい落ちるのか」

 

「いつもなら100mは飛ぶんだが、重りがついてると半分の50になる」

 

「ならばそうしろ。当たらなければ意味がない」

 

別の演習場、里から少し距離のある広場では、

魔導兵が作戦通りに立ち回れるか、予行演習に力を入れている。

 

「風神よ、怒りに握るその拳、眼前の獲物に打ち付けよ!ヘヴィ・サイクロン!」

 

魔導士の両手のひらから、緑色に輝く圧搾空気が集まり、前方に射出された。

通常の弓矢と同程度の速度で飛んでいき、命中すると標的の盛土を大きくえぐった。

 

「こんなものかしら。アタシのマナじゃ、大体1時間戦えればいいところね。

他のみんなも同じくらいだと思う」

 

「それでいい。ダラダラと戦いに時間を掛けるつもりはない。電撃戦で一気に討つ」

 

「電撃戦?雷属性も使えなくはないけど、一番威力を出せるのはやっぱり風よ」

 

「詳しくは追って説明する」

 

魔導士と話していると、

空から盛土に爆弾に見立てた不要な陶器が落ちてきて、カラカラと音を立てて割れる。

飛行能力を持つ、特に優れた魔導士で結成した爆撃隊。

唯一機関車の死角から攻撃できる強力な兵だ。

最初は広かった散布界も徐々に狭まってきている。

つまり、命中率が上がっているということだ。

 

 

 

 

 

12月30日。

本日は、午前と午後で実践すべき予定が異なる。

午前は前日と同じく装備の補充や、訓練。午後は皆で例の集会所に集まり、作戦会議だ。

黒のローブを着込んで目深にフードを被った背の高い男が、長老に広い紙を手渡す。

恐らく斥候かスパイの類だろう。

 

「……敵の情報はこちらに」

 

長老は受け取った資料に目を通す。

 

「ヒトラーに渡してくれたまえ」

 

「はっ。……敵の位置及び行動パターン。確かに渡したぞ」

 

「うむ」

 

男は私に資料を渡すと、影のように静かに去っていった。

資料を眺めると、やはり敵は8両編成。

現在も、東の採石場と西の廃材置き場を往復するように

休みなく走り続けているらしい。私は資料を大きなコルクボードに掲示した。

 

「諸君、これを見て欲しい。狂走機関車・エンドレスランナーの詳細が手に入った。

見ての通り、イグニール領北部を走行中だ。

動力源は不明だが、ともかく奴の破壊が我々の最終目標だ。

全員で真正面から戦えば到底勝ち目はない。

だから部隊を3つに分けていることは既に諸君も知るところだ」

 

皆が私の話に聞き入る。なぜか不参加のシャリオに邪魔をされずに済んで助かっている。

 

「敵に北部から魔法攻撃を仕掛けるA軍集団、弓兵を集めた南のB軍集団。

そして空からの爆撃を行うC軍集団だ。この3エリアからの同時攻撃による電撃戦で、

蛇のようにのたうつ暴走機関車を破壊する。

いずれかの集団に敵が突っ込んだ場合、他の集団が集中攻撃を行い、

急所に的確かつ迅速に打撃を与える。

当然私も戦場に出る。目まぐるしく変わる戦況に応じて指示を与えるためだ。

我々はこの電撃戦で勝利の美酒を味わうことになるだろう。

解散次第、出発の準備と激戦に備えた休息を取ってくれ。以上」

 

場の空気が冷たく張り詰める。歴史的事実から考察すると、

エルフ達は自ら大きな存在に戦いを仕掛けるという経験がなかったのだろう。

誰もが黙って集会所から去っていく。

 

「エルフの有り様が大きく変わる予兆を感じる」

 

残った長老が独り言を漏らす。

 

「……貴殿はその生き証人となるのだ」

 

私も短くその声に答えた。

 

 

 

 

 

12月31日。

荷造りと馬車の準備を終えたエルフ達が隊列を成す。

擲弾の積み込みに少々時間がかかり、既に夕暮れ時だが作戦に支障はない。

私は先頭の馬車に乗り込み、時を待った。

馬車と言っても馬に箱型のリヤカーが付いた簡素なものであるが。

擲弾弓で攻撃するB軍集団のリーダーが最終確認を行う。

 

「これより、イグニール領に向けて進撃を開始する!転移後は全ての兵が揃うまで待機!

馬車の数が足りない。

歩兵は徒歩と乗車を交代で繰り返し、体力を温存しつつ進み続けろ!」

 

「私達がみんなを外に送るよー。転移先は聖緑の大森林とイグニールの間。

ここの場所は秘密ねー」

 

この声はノーラだ。

先頭馬車の前方に、もうひとりの術者と道を挟んで向かい合わせに立っている。

彼女達が宙に手をかざすと、地上からオーロラのような光の壁が立ち上る。

 

「出撃!!」

 

私が叫ぶと、後方からも雄叫びが上がり、馬車が動き始めた。

オーロラに突っ込んでいくと、馬車ごと空間に飲み込まれて、瞬時に景色が変わる。

両脇を雑木林が占めるどこかの街道だ。

馬車が進むと、後続の兵がどんどん転移してくる。

またたく間に我々はひとつの大隊となり行軍を開始した。

 

間もなく日が暮れる。兵達の様子を見る。

賞金稼ぎの経験のある者はいないらしいが、誰も臆する様子はない。

エルフにしては体格のいいB軍集団のリーダーが私に話しかける。

 

「ヒトラー。夜道では野盗やはぐれアサシン、夜行性オオカミが出る恐れがある。

雑魚は俺達が撃退するが、油断はするな」

 

「銃声一つで逃げ出すような臆病者だ。何も問題はない」

 

その後我々は夜を徹して進軍を続け、

空が霧と薄明かりに包まれる頃、ハッピーマイルズより文明の香りが濃い街へ到着した。

朝も早いのに、勤勉な商売人がもう店を開けている。

どこかベルリンと似た雰囲気にノスタルジーを覚える。隣の彼が再び話しかけてきた。

 

「情報によると、市街地から離れた北東の採石場付近で目撃されたのが最後だ。

やはりイグニールの賞金稼ぎ達でも手も足も出ないらしい」

 

「その強敵を討ち取り、我々の力を世に知らしめるのだ。

兵の疲労が溜まってはいないか?」

 

「交代で休憩を取っていただろう。心配無用だ。エルフも見た目ほどヤワではない」

 

「素晴らしい。では予定通り、このまま敵陣地へ突入する」

 

街を通り抜け賞金首の元へ向かう。道行く者が目を丸くして我々を見る。

無理も無いだろう。

最終的に約800名集まったエルフの軍団が街を横切っているのだから。

人が多くなる昼間なら、混雑で到着が遅れ

開戦が夕方もしくは夜になっていたかもしれん。

日本軍もくだらぬ手違いから宣戦布告の手続きに遅延が発生し、真珠湾攻撃に失敗した。

天は我々に味方しているに違いない。

 

エルフ達も既に武器を構え臨戦態勢に入っている。

市街地を抜けると、レンガで舗装された道路から砂利道に入る。

腕時計で見て15分ほど進むと、そこには鉄骨や錆びた鉄板が積み上げられた山々が並ぶ。

地図を再確認すると、ここはエンドレスランナー出現エリアの西端に当たる。

 

「総員、戦闘配置!!」

 

私が戦いの狼煙を上げると、作戦通りABC軍集団が散開。接敵の時を待つ。

私はB軍集団に交じり、指示を出すタイミングを見計らう。

程なくして、空から戦場を見渡せるC軍集団から報告が入った。

 

“エンドレスランナー接近!繰り返す、エンドレスランナー接近!!”

 

同時に、遠くから汽笛とマイクを通したような人工的な音声、

そして大地を踏み鳴らす轟音が聞こえてきた。

 

 

『ほほ本日は、イグニール急行をごごご利用いただき、誠にあり…とうございます?!』

 

 

ちぐはぐなアナウンスと共に、奴が姿を表した。

重戦車の車列のような圧倒的存在感が、砂利を蹴飛ばしながら我が方に急接近してくる。

皆の緊張がピークに達する。すかさず木の皮を巻いたメガホンで、攻撃指示を出す。

 

「各部隊、目標が射程圏内に入り次第攻撃を開始せよ!」

 

800名が勝どきを上げ、早朝の冷たい空を揺らす。

まず先制攻撃を行ったのは爆撃隊から成るC軍集団。

黒色鉱山火薬の詰まった陶器を空から投げつける。

訓練の成果もあり、まずまずの命中率。

 

機関車の屋根に落下した爆弾が大爆発を起こし、

脇にそれた弾も衝撃波で車体を揺さぶる。

だが、まだまだ致命傷を与えるには至らない。

分厚い装甲で全身を固めた走る凶器は、スピードを落とさず我々の方へ突っ込んでくる。

 

『違法行為をを確認。乗務員が参りまま、しばららくお待ち下さいいい』

 

「みんな攻撃に備えろ!化け物に訓練の成果を見せてやれ!」

 

“おう!”

 

リーダーが声を上げると、矢尻に同じく陶器爆弾を結びつけたB軍集団が

一斉に弓を構えた。

賞金首は狂ったように汽笛を鳴らしながら、我々に突撃してくる。

 

「矢を放て!!」

 

約400人が原始的グレネードランチャーと化した弓を同時に放つ。

無数の矢が敵に襲いかかるが、危険を察知したように急カーブし、

機関部のある先頭車両をかばった。

しかし、代償として横っ腹に無数の爆弾の直撃を受け、装甲板がはじけ飛ぶ。

車両の左側に確かなダメージを与えた。

 

「第二射の準備をしろ!」

 

B軍集団は先端の重い弓の装填に取り掛かり、

強引に方向転換させられたエンドレスランナーは

標的を変更し魔導兵で編成されたA軍集団に体当たりをする。

 

「みんな、詠唱を始めて!!」

 

“空斬る刃、逆巻く曇天、地を蹴り全てを八つ裂きに!マイクロ・トルネード!”

 

数百の魔導兵が同時に小さな竜巻を放つ。

それらもまた、ゆらゆらとした軌道を描きながら目標に接近。

やはり暴走機関車は進路を変え、機関部への直撃を避けた。

今度は車両の右側がずたずたに引き裂かれる。

 

ガチン!

 

その時、真空の刃が4両目と5両目をつなぐ連結器を破壊した。

コントロールから離れた5両目とその後ろが切り離され、活動を停止する。

勝負あったか?そう思ったが、恐らく制御システムの存在する先頭車両を含む4両が

失った車両の分軽くなり、一気に速度を上げた。

 

「第二射、攻撃開始!」

 

攻撃態勢の整ったB軍集団が、再度一斉射撃。

しかし、小回りが利くようになり、素早くなったエンドレスランナーが

巧みに回避行動を取り、直撃弾はざっと見て20%。

頑丈な車両を破壊するにはまだ足りない。爆撃隊の命中率も格段に落ちた。

 

「ヒトラー!爆弾が足りないぞ!第三射では全員分の弓がない!」

 

リーダーが叫ぶ。私は即座に指示を返す。

 

「B軍集団を10に分けよ!擲弾矢を等分に分配し、技量の高いものに射撃をさせろ!」

 

すぐさま部隊の再編成と、矢の分配が始まったが、状況は更に悪化する。

一旦停止したエンドレスランナーが、客車の窓から機械の腕を伸ばし、

近くの廃材を掴み、手当たり次第に放り投げた。

安全と思われたC軍集団が、足元から襲い来る重量物にパニックを起こす。

 

“きゃあ!!”

“退避!総員退避!”

“戦闘区域から脱出!”

 

安定したダメージ源と思われたC軍集団が恐慌状態に陥る。もはや爆撃は望めない。

一通り手近なものを投げて満足したのか、賞金首は再び走り出す。

南か北か。どちらに攻撃を仕掛けてくるのか、全ての兵が生唾を飲んで敵を観察する。

 

決して状況は良くない。B軍集団は弾薬欠乏寸前。

A軍集団に賭けるしかないが、一方からの攻撃を続けていると、その巨体で蹂躙される。

元々、南北交互に攻撃を続け、敵を引きつけ合う作戦であったが、

こうなってはどの部隊も迂闊に手を出すことができなくなった。

 

敵の次なる標的は我々であった。速度を上げて突進してくる。

部隊を分けていたのは幸運でしかない。爆弾を一つだけ引っ掴み、回避を命じる。

 

「散開だ!散開せよ!残る爆弾は放棄!」

 

B軍集団は個人単位に散り散りになり、砂利の広がる荒野に広がった。

もはや陣形はバラバラであるが、

直後、勢い余ったエンドレスランナーが、置き去りにした物資に体当たり。

擲弾矢の詰まった箱が爆発を起こし、

図らずも敵の心臓部に当たる先頭車両に損害を与えた。

 

『エマージェンシー、エマージェンシー。頭をまもり、しせいををひくく、ひく』

 

その時、私は爆風に転がされながらも、ある物を見た。

車輪と車体にダメージを受けた先頭車両。

その左側装甲から銀色の不思議な光が漏れ出しておる。

リーダーの手を借りて立ち上がりながら彼に尋ねる。

 

「あの光は何か」

 

「ありゃあ……魔力の流れているオリハルコンだな。

あれが敵のアタマだと思って間違いねえ」

 

「……Gut.」

 

またも暴走機関車の車輪が回りだし、瓦礫を粉砕しつつ走行を始める。

私は余った炎鉱石の粒で作った発煙筒を焚いてA~C軍に信号を送る。総攻撃の合図だ。

 

「何をする気だ!もう空の連中だって危険なんだぞ!」

 

「このまま手をこまねいていても、いずれ死人が出る!

それでは賞金首を破壊しても意味が無いのだ!迅速かつ徹底的に敵を叩く!

今が正念場なのだ!」

 

「……信じるぞ!矢を持っている奴は攻撃準備!最後の一撃だ!」

 

そうだ。この戦いは全員生還の上での完全勝利でなければ意味がない。

誰か死んだけど勝てましたでは、ただの賞金稼ぎと同じ。

私の存在を全国民に知らしめることなどできない。決死の作戦を発動する。

 

信号を受け取ったA軍集団が魔法を放ち、北から攻撃。

魔法の竜巻による攻撃でエンドレスランナーの注意を引いたところで、

C軍集団が空から残る爆弾を投下。

不安定な体勢からの攻撃で命中率は低かったものの、足を遅らせるには十分だった。

そこをB軍集団の弓が狙い撃つ。

着弾した爆弾が衝撃波で車体を殴り、装甲を引き剥がす。

 

捨て身の攻撃にエンドレスランナーが再び速度を落とし停止した。

またも客車から腕が伸び、周辺の鉄くずを拾い、

強引に身体に貼り付け装甲の回復を試みる。させてはならん。

私は集団から飛び出し、陶器の爆弾を握りしめ……

 

「LoooooS!!」

 

叫び、先頭車両の光る装甲めがけて投げつけた。必殺の一撃。外せば死。

私の目に映る光景がスローになる。

冷たい球体は機関部のやや後方に飛んでいき、敵の装甲に命中。

爆弾の外殻が割れた瞬間、爆発が起こる。両腕で目をかばい、時が過ぎるのを待った。

 

どれくらい時が流れたのか、爆音と光ではっきりとしない。耳鳴りがひどい。

だが……私の攻撃が実を結んだ。

エンドレスランナーは停止し、先頭車両の装甲が剥がれ、

銀色の金属板がむき出しになっておる。

 

『ままもなく終…点…ほんじつは、ガガごりよう……ありがと…ござ…ザザザ』

 

私が賞金首に近寄ると、全部隊のエルフ達も退避場所からぞろぞろと集まってくる。

車両に乗り込み、謎の金属板の前に立つ。何やら複雑な文字記号が刻まれている。

A軍集団の魔導兵の一人が金属板を覗き込み、考え込む。

 

「これは……この機関車の制御術式ね。

記述ミスで駆動系の命令がループして、停止命令を受け付けなくなったみたい。

これに乗客サービスと防犯システムもリンクして暴れだすようになっちゃったようだわ」

 

「つまり、これを破壊すればエンドレスランナーは活動停止すると?」

 

「そうなるわね」

 

「よかろう。……諸君、激闘を乗り越え、よく戦ってくれた。

強大な敵を打ち破り、種族の誇りを勝ち取った君達の勇気に」

 

ワルサーPPKをホルスターから抜き、銃口を銀に輝く板に向ける。

 

「栄光あれ」

 

いつの間にか我々が移動していた採石場を銃声が貫く。

太陽は既に昇りきっていた。

 

 

 

 

 

土地勘のある黒ローブのエルフに先導され、

我々はイグニール領に引き返し、駐在所に向かった。

もう日が出ていることもあり、人混みの中を進むのに難儀したが、構わない。なぜなら。

 

「エンドレスランナー撃破、おめでとうございます!賞金首について一言コメントを!」

 

「難敵ではあったが、我らの団結の前には力及ばずだった。

できれば鹵獲して80cm列車砲に改装したかったのも本音ではあるが」

 

謎のエルフ集結を聞きつけたマスコミが既に集まっていたのだ。

私の存在を存分にアピールするチャンスだ。

旧式の二眼レフカメラを持った新聞記者が我々を撮り続ける。

 

「あなた人間ですよね?どうしてエルフと手を組めたんですか?」

 

「話すと長くなる。まずは健闘に見合った報酬を受け取らなければ」

 

「莫大な懸賞金の使い道は?」

 

「今回の作戦に費やした費用を除き、全てエルフ達に還元するつもりだ」

 

「では、あなたは何のためにこの作戦を?そもそも、あなたは誰なのですか?」

 

「アドルフ・ヒトラー。ドイツ第三帝国総統である。……おっと、そろそろ失礼」

 

黒ローブに促され、私は堂々と駐在所に入った。

エルフの軍隊と大勢の記者に驚いた保安官が、思わず立ち上がる。

 

「待て待て、こりゃ一体何の騒ぎだ!?」

 

「エンドレスランナーを撃破した。これが敵の心臓部である」

 

銃弾がめり込み光を失った銀盤を彼に渡した。

 

「なんだって!……本当だ。確かに、ナンブ重工の資料と一致する。

わ、わかった。懸賞金の支払い手続きをしよう。

この書類に討伐者の名前が必要なんだが、誰が倒したんだ?」

 

「私と後ろのエルフ達全てである」

 

保安官が困惑した様子で額に手を当てる。

 

「ええっ……それじゃ申請用紙が何枚あっても足りないな。

なぁ、あんたを代表してギルドという形にしないか?

それなら必要事項を一行書くだけで済む」

 

「ギルドとは何かね」

 

「簡単に言えば賞金稼ぎのグループだ。

今回みたいに懸賞金の支払い手続きや諸々の税金の支払いをスムーズにするために、

賞金稼ぎ同士が代表者を決めて結成する」

 

「いいだろう。では、よろしく頼む」

 

「まずは、ギルド名だな。何にする?」

 

「相応しい名前が既にある」

 

私は差し出された書類とペンを受け取り、こう記した。

 

──ナチス・ドイツ

 

1月1日。我々が出会った12月27日から、歴史的大勝利を収めた今日の日は、

“アドラーの夜明け”として、後の歴史で語られることとなる。

 

 

 

>新領主選出選挙・支持率

 

アドルフ・ヒトラー 13.27%

ユーディ・エル・トライジルヴァ  25.36%

パルカローレ・ラ・デルタステップ 27.82%

ルチアーノ・アルバーニ 19.78%

リザ・フィンブル 7.22%

無回答      6.55%

 

 



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クリスマス特別編(3/5)

“エルフ族が決起!人間を司令官に据え、超大型賞金首を撃破!死傷者なしの奇跡!”

 

“イグニールの街を行軍するエルフ軍とヒトラー氏(添付写真)”

 

“始めは変なちょび髭野郎だと思ってたけど、信じてついてきてよかった。(N氏)”

 

“勲章授与式は近日、ハッピーマイルズ街広場にて”

 

“ギルド、ナチス・ドイツ正式に発足。今後の動向が注目される”

 

“ヒトラー氏、国家社会主義を説く!当記者、何も理解できず!”

 

 

 

1月2日。

法王猊下が新聞を畳んでそばのサイドテーブルに置いた。

玉座に座る彼の隣には、皇帝陛下も大剣を背負って控えている。

あたしとエレオノーラは彼らの前で姿勢を正して立ったまま。

整えられた長い顎髭を撫でながら、法王は少し考え、口を開いた。

 

「……なるほど。里沙子嬢はこのアドルフ・ヒトラーなる者が

サラマンダラス帝国で再びナチズムを唱え、大衆を煽動し、いずれ大量虐殺を繰り返す。

そう申すのじゃな?」

 

「おっしゃる通りです。親衛隊がいない男一人なら自分達で対処できる。

そう考えたわたくしの甘い判断でこのような事態を招き、弁解の余地もございません」

 

あたしは二人に深く頭を下げた。

 

「いえ、どうか里沙子さんを責めないで下さい!

彼とエルフ達を会わせたのはわたしの独断です!処分はどうかこのわたしに」

 

エレオもあたしと同じく頭を下げる。

 

「うむ……二人共、まずは顔を上げて欲しい。

なにもまだ我が国でホロコーストが始まったわけでもない。

むしろ結果だけ見れば閉鎖的であったエルフの人間に対する見方が変わったと言える。

まだ悲観すべき状況ではない」

 

皇帝陛下の言葉に、またまっすぐ立ち上がる。けど、現状は決して楽観視できない。

ヒトラーはこの世界に来てたった一週間で大多数のエルフの心をつかみ、

軍隊に仕立て上げた。

 

「彼を放置してはおけません。

史実ではヒトラーは大衆の不満をユダヤ人に向けることで支持を得ていましたが、

今度は少数派の票を集めることで、新領主選に打って出るつもりなのです」

 

「確かサラマンダラス帝国の人口比率は

大まかに言うと人間50%、魔女20%、エルフ20%、その他10%でしたよね」

 

「彼の思惑通りに行くとすれば、次の狙いは魔女、だろうか」

 

「ここを押さえられたら、過半数に届かなくても、浮動票で彼が勝利する可能性が」

 

「相わかった。里沙子嬢、エレオノーラ。

貴女達には勲章授与式の会場に出向き、ヒトラーの動向を探って欲しい」

 

「かしこまりました」

 

「わかりました」

 

法王の間から退室すると、あたし達は聖堂を通り抜け、帝都の大通りに出た。

そこで今後の動きについて打ち合わせをする。

 

「エレオノーラは一旦教会で待機してて。

あたしは民宿でヒトラーを監視して、授与式の日取りが決まったら連絡するから」

 

「はい。くれぐれも危険なことはなさらないでくださいね」

 

「大丈夫。だってあたしは……」

 

「面倒くさいから、ですよね」

 

「ふふっ、エレオもすっかりボロ教会の主に慣れちゃったわね」

 

「ずっと前からそのつもりですよ?」

 

「それじゃ、向こうに着いたらまた後で」

 

あたし達は笑顔を向け合うと、エレオノーラの神の見えざる手で

ハッピーマイルズに逆戻りした。

 

 

 

 

 

1月4日。

私は朝食を取ると、洗面所で髪と髭を念入りに整えていた。

今日はハッピーマイルズ(この阿呆のような地名はどうにかならんのか)の街の広場で

勲章授与式がある。

支持を集めたエルフ達の前でみすぼらしい格好はできんし、マスコミも集まる。

 

「ねえ、ヒトラーさん」

 

髭にハサミを入れていると、里沙子がそっと洗面所の入り口に立つ。

この街に帰ってから彼女の口数が少ないので、

向こうから話しかけられたのは意外であった。

無断で宿を空けたのは済まなく思っている。

 

「なにかね」

 

「今日の授与式、あたしも見に行っていいかしら」

 

「もちろんだとも。彼らの勇姿を目にするまたとない機会だ」

 

「彼ら?あなた自身の利益はどこに?」

 

「必要経費込みで2万を受け取った」

 

「他には?」

 

「何が言いたい」

 

「また、やらかすつもり?」

 

「……里沙子。私の望みは連合軍に虐げられたドイツ第三帝国の再興あるのみだ。

そのために手段を選ぶつもりはない」

 

「一人でも殺したら、あなたには消えてもらう。例え世界が終わってもね」

 

「無用な心配だ。この世界にユダヤ人はおらず、私という優れたアーリア人がいる。

そろそろ失礼しよう。時間が迫っている」

 

「あたしも行く」

 

まだまだ寒さが厳しい。ハサミを置きコートに袖を通すと、玄関に向かう。

後ろから里沙子と、女将の“いってらっしゃ~い”というよく通る声がついてくる。

ドアを開けると、保管しておいた荷物を詰めたダンボール箱がある。

 

「すまないが、君も一つ持ってくれたまえ」

 

「何これ?……重っ!」

 

ひとり2つ。合計4つの箱を抱え、広場を目指した。

 

 

 

 

 

勲章授与式の開始時刻にはまだ早かったが、

既に広場、いや、市場から南北に続く通りにエルフが行列していた。

マスコミも詰めかけているため、時間を繰り上げて式を挙行することにした。

 

“こら、こら!集会やデモは事前に役場に申請を……

わ、やめろ!中に入ってはいかん!たまらん、今日は休業だ!”

 

保安官が超満員となった広場の整理を断念したところで、

私は広場の適当な段差に立ち、集まったエルフ達に告げた。

 

「……諸君。先日の戦いでは力を出し惜しむことなく、よく最後まで耐え抜いてくれた。

皆の猛攻撃で敵は倒れ、君達は勝利した。

今からその栄誉に相応しい勲章の授与を執り行う」

 

エルフ達が歓声を上げる。隣接する市場や酒場の客も、何事かと様子を窺う。

 

「一人ずつ順番に前へ」

 

「はい、はい!私が一番乗りです!」

 

快活な少女が手を挙げる。

 

「Gut. 名前と所属を」

 

「名前はエミリー。A軍集団にいたの!」

 

「君の活躍に感謝する。これを」

 

私はダンボール箱から金物屋に作らせた歩兵突撃章銅章のレプリカを取り出し、

彼女の胸に飾り、仕立て屋で注文した鉤十字の腕章を手渡した。

 

「ありがとうございます!」

 

2つの証を授与し握手した瞬間、あちこちから無数のフラッシュが焚かれる。

その後もエルフ達に勲章と腕章を渡す度、彼らの顔に誇らしさが生まれ、

喜びの声が絶えることはなかった。

次に、エルフにしては体格の良い男が前に立つ。

行軍中や戦場で言葉を交わしたB軍集団リーダーだった。

 

「君か。まだ名前を聞いていなかったな。きちんと報奨金は受け取ってくれたかね?」

 

「ラシードだ。約1850G。長老立ち会いのもと、間違いなく分配された」

 

「よろしい。ではラシード、君にも歩兵突撃章銅章を」

 

大柄な彼の胸に勲章を付け、腕章を手渡す。

 

「これは?」

 

「我が国の国旗だ。これでも私は国家元首だったのだよ。

君達をドイツ第三帝国の一員として歓迎するという想いだ」

 

「そうか……では、受け取っておこう。ヒトラーにも長老から預かり物がある」

 

「何かね?」

 

ラシードが紐に緑色の鉱石らしきものが結び付けられたペンダントを渡してきた。

 

「深緑のペンダント。これに念じれば、いつでも聖緑の大森林と外界を行き来できる。

人間にこれが渡されるのは、エルフの歴史上初のことだ。

その意味を、忘れないで欲しい」

 

「承知した。ありがたく受け取ろう」

 

私はラシードと握手をすると、ペンダントをポケットにしまい、勲章の授与に戻った。

まだまだ列は途切れそうにない。

全員に配り終えたのは、昼食時をとっくに過ぎた頃であった。

付近住民からひんしゅくを買いつつ、無事に勲章授与式を終えられたのは何よりである。

 

 

 

 

 

今日のあたしは散々ね。

荷物持ちさせられるわ、市場を上回る混雑に嘔吐寸前まで追い詰められるわ。

ヒトラーの監視どころか、途中から地べたに座り込む始末。

横で背中をさするエレオが見ててくれたらしいけど、特に怪しい動きはなかったみたい。

今はカラになったダンボール箱を潰して、隅のゴミ箱に無理やり押し込んでる。

 

“入れ、入らんか!総統たる私の命令が聞けぬとは!……よしよし、よろしい”

 

「エレオ、ごめん……なんか変わったことなかった?ナチスのプロパガンダ演説とか」

 

「そういったものは特に。気分はどうですか?」

 

「もう大丈夫っぽい。彼を追いましょう」

 

彼は市場を通り抜けて大通りへ出る。

道すがらマスコミの囲み取材を受けつつ進むヒトラー。

北へ向かいながら、金物屋と仕立て屋に寄って何も持たずに店を出た。

道中、まだ聖緑の大森林に戻らず居座っているエルフ達とすれ違った。

 

「お前は何をもらったんだ?弓兵の俺は歩兵突撃章銅章だ」

 

「あたしね、C軍集団だったから空軍地上戦闘章なの」

 

「稲妻を落とす鷲か。お前達の役割に似つかわしいな」

 

「うふ。あたし達、もう今までと違って自由に外に出ていいって長老様が。

あたし達、変わったのね」

 

「出たいとも思ったこともなかったからな。

お前は、何か外でやりたいことはあるのか?」

 

「まだ考え中」

 

「俺は……旅に出ようと思う。

今回の一件で、自分の世界がどれだけ狭かったかを知ったからな。

世界にはもっと色々なものがあるに違いないんだ。それを見てみたい」

 

「きっとまた帰ってきてね~」

 

「ああ、戻るさ」

 

彼らの腕には鉤十字の腕章が。ヒトラーの野望が着々と進行しつつある。

危機感を抱きながら彼の追跡を続けると……痛っ!何かにぶつかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ごめんなさいね……って、メルーシャ!?」

 

「あははー、里沙子もシスターさんもおひさ~」

 

やる気だけは一人前の新聞記者だった。

 

 

 

 

 

エルフに勲章を配り終えた私は、市場を抜け金物屋と仕立て屋に立ち寄った。

勲章と腕章の制作代金を支払うためである。注文したのは戦いの前だ。

しかし全員分のそれらを作るには、里沙子からもらった200Gでは足りなかったので、

頭金だけ払い、残りはツケにしてもらうよう多少強引に説得した。まずは金物屋。

 

「店主」

 

「へい、まいど!……ああ、あんたか。本当に賞金首殺っちまうなんて凄いな!」

 

「私は成すべきことを成した。後は金を支払うのみだ」

 

「ひとつ2Gだから1600Gだよ」

 

「これだ」

 

「おおっ、半分諦めてたがちゃんと払いに来てくれたんだな」

 

「私は盗っ人ではない!ドイツ第三帝国総統だ!何を考えているのだ、失礼する!」

 

「ありがとさん」

 

次に仕立て屋。ドアを開けて再び店主を呼ぶ。

 

「アドルフ・ヒトラーだ。腕章の代金を支払いたい」

 

「ヒトラー様ですね。オーダーメイドの腕章、ひとつ3G。計2400Gでございます」

 

「金はここにある」

 

「ありがとうございました。またのご利用を」

 

店を出ると、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。

 

“ごめんなさいね……って、メルーシャ!?”

 

“あははー、里沙子もシスターさんもおひさ~”

 

里沙子とエレオノーラ女史が、何やら奇妙な存在と歓談しておる。

この寒さの中、コートも羽織らず露出の多い奇妙なドレスで出歩いている物好きだ。

あるいは売店の店員と同類項なのかもしれないが。私にはまだやることがある。

ラシードから受け取った深緑のペンダントを手に取る。

 

“だから!あの人だけは危険だからやめろって言ってるの!”

 

“お願いぴょん!

他紙に大きく後れを取ったから、編集長が激おこぷんぷん丸なんだぴょん!

えーい、里沙子と同じ民宿に泊まってるのは裏が取れてるんだから観念せい!”

 

“ゲンコツ食らいたい!?”

 

“我が社は決してテロには屈しな……あ、いたー!BダッシュでGO!”

 

“こら、待ちなさい!”

 

そして私はペンダントに祈りを込めた。同時に温かい緑色の風の渦が私を包み込み、

既に慣れた浮遊感と共に、何かがぶつかるような衝撃を受けた気がする。

 

「ヒビュアッ!!」

 

次の瞬間には地面に放り出され、腰をしたたかに打った。

初めて使用したので上手く行かなかったが、転送自体は成功したようだ。

立ち上がると見慣れたエルフの里が視界に広がる。

私は一番大きな家屋、あの集会所へ足を運んだ。

 

「やあ。ジーク・ハイル、ヒトラー」

「ジーク・ハイル。今後はハイル・ヒトラーでもよい」

 

「こんにちは、ヒトラー」

「ノーラ。空軍名誉章が似合っているぞ」

 

「長老は在宅かね?」

「集会所でヒトラーを待ってるよ」

 

途中で出会ったエルフと言葉をやり取りしながら長老に会いに行く。

集会所の大きなドアを少し開けて、隙間から身体を滑り込ませると、

中では多くの女性エルフが掃除や機織りに精を出していた。

やはり壇上のソファには長老が腰掛けている。久しぶりに彼と対面する。

 

「長老……再び会うのは出陣の時以来か」

 

「うむ。お主は我々の期待に応えた。エルフ族の名誉を守ったのだ。

魔王との戦が始まった時、我々は何もできなかった。

これで少しは世界に借りを返せたと考えている。次は我らがお主の期待に応える番じゃ。

ヒトラーよ、お主は我々に何を求める」

 

「私は旅に出る。2月の新領主選で……」

 

バタン!

 

「長老!怪しい人間を引っ捕らえました!」

 

「離すぴょん!メルは怪しい者じゃないっぴょん!」

 

見るからに怪しい女が後ろ手に縛られ、槍を持った兵に連れられてきた。

そう言えば、この女には見覚えがある。先程、里沙子達と喋っていたトンチキ女である。

得心がいった。転移の際に受けた衝撃は、この女の突撃によるものだろう。

他候補が差し向けた暗殺者かもしれない。私はすかさず叫んだ。

 

「そいつはスパイだ!今すぐ銃殺刑にしろ!」

 

「MT(まさかの展開)!?メルは新聞記者であってスパイなんかじゃ……」

 

「ダイナマイトを持っていないかすぐに調べろ!!」

 

「落ち着けヒトラー。奴は密偵でも暗殺者でもない。そのような資質は全く無い」

 

音もなく後ろに立っていた黒ローブの男が告げた。

見るからに熟練の斥候である彼が言うのなら間違いないだろう。

彼は髪がピンク色の奇妙な女につかつかと歩み寄る。

この髪の色では名誉アーリア人にすらなれはしない。

 

「……貴様、目的は。どうやってここまで来た」

 

「どうしてテレポートができないぴょん!?」

 

「答えろ」

 

「はい、ヒトラーさんがワープする時にくっついて来ました。

メルは新聞記者で、ヒトラーさんの活動をスクープしたいんだぴょ…したいからです」

 

黒ローブが睨みを利かせると、ようやく謎の女が普通に喋った。

 

「お前の能力は“スペルカウンター”で封じてある。名前は」

 

「メルーシャでーす!今後とも、ヨロ!」

 

わずか数秒しか保たなかったことは残念である。

 

「ヒトラー。この女と会ったことは?」

 

「ここに来る前に見かけただけだ。私の支援者と知り合いのようであるが」

 

「……放してやれ」

 

「きゃふっ!」

 

変人女が床に放り出される。

床に厚く藁が敷かれていたため痛い思いをせずに済んだあたり、悪運だけは強いようだ。

新聞記者か。私も彼女に近づき質問する。

 

「君。今述べたテレポートについて具体的に説明してくれたまえ」

 

「かしこまり!メルは短距離だけど少量の魔力で何度も瞬間移動できるんだぴょん!

おばあちゃんが魔女だからってお母さんが言ってたのだ~!えっへん」

 

「そして私を取材したいと?」

 

「ピンポンピンポン!みんながギラついてるホットな話題といえば、

ヒトラーさん率いるギルド、ナチス・ドイツで決まり!

だからメルもカメラ片手にヒトラーっちを追いかけてたんだけどぉ……

大勢のパない報道陣からハブられて、シャッターチャンスを逃し続けてきたんだお。

お願い、ここで会ったもなにかの縁だと思って、メルを専属記者にしてほしいかも?」

 

「また私をふざけたあだ名で呼んだら今度こそ銃殺刑だ。少し待て」

 

「メルの友達はみんなメルに塩対応だお……」

 

戯言を無視して急ぎ足で長老の元に戻る。

 

「長老、話の途中であった。私は2月の選挙に備えて旅に出る」

 

「お主があの地を求めるというのか。つまり、我々に票を入れろと?」

 

「誰に票を投じるかは個人の自由だ。ただ、2つ3つ聞きたいことがある」

 

「なにかね」

 

「魔女だ。エルフと魔女の関係はどうなっている」

 

「付かず離れずと言ったところだ。

特に人間との間に抱えていたような遺恨もなければ、積極的な交流もない」

 

「この所、彼女達が何か困っている様子は?」

 

「今度は魔女の票集めか。

ふむ……人間との関係は概ね良好であるが、一部の迷信深い集落では

魔女に生まれた者を排斥しているようだ。

また、暴走魔女という人間に害する魔女の存在から、

魔女そのものを忌み嫌っている人間が少ないながらも存在する」

 

「いいだろう。長老、しばらくの別れになりそうだ」

 

「お主の理想を推し量ることはできんが、

再び憎しみの連鎖が始まらぬよう、ここで祈るばかりだ」

 

「杞憂である」

 

長老と別れると、またメルーシャという女に近づく。

 

「メルーシャ。君を私の専属記者に任命する」

 

「やったあ、うれぴーまん!メル頑張るぴょん!

今度こそガチめでネタ取りに行くんでヨロ!」

 

「その喋り方を続けるのは勝手だが、

選挙活動に悪影響を及ぼすことがあれば粛清の対象になることを忘れぬよう。

では行くぞ」

 

「はい……」

 

私は深緑のペンダント力を込めて握り、再び緑色の風を巻き起こす。

宣伝活動を手伝わせるために奇妙な新聞記者を雇ったが、

恐らくゲッベルスには遠く及ばないだろう。

私の視界がハッピーマイルズの街に切り替わる。同時に聞き慣れた声で呼びかけられた。

 

「メルーシャ!ヒトラーさんも帰ってきたのね!心配させないでよ、もう!」

 

「里沙子、私は旅に出る。済まないが民宿は引き払ってくれ。エレオノーラ女史は?」

 

「先に帰らせた。あたしも行く。あなたが何をするのか見届ける義務がある」

 

「よろしい。これから私は大陸全土を周り、力を得て民衆の救済活動を行う」

 

「選挙に勝つために?」

 

「誰も彼も何度同じことを説明させれば気が済むのか!

私はかつて独力でヨーロッパ全土を統一した!

無能な部下に足を引っ張られ、やむなくドイツ侵攻を許してしまったが、

私はこの異国の地で反撃の糸口を必ず見つけ出す!選挙での勝利はその第一歩に過ぎん!

私の思い描く理想へと進む第一歩だ!!」

 

「ひええ……ヒトラーさん、噂通りのスプリンクラー(急にキレる人)だよ……」

 

「君には失望した。私を監視するのは構わんが、私も好きにやらせてもらう。

メルーシャ、この世界の主要な交通機関は?」

 

「馬車だぴょん。

近くの駅馬車広場で乗り合い馬車に乗るか、一台丸ごと借りるかのどっちか」

 

「うむ。案内してくれたまえ」

 

「あたしが行くまで待ってなさいよ?民宿をチェックアウトしてくるから」

 

「好きにせよと言った」

 

その後、メルーシャの案内で駅馬車広場とやらに到着し、

小さな小屋で馬車を借りる手続きをした。

 

「係員。馬車を借りたい」

 

「どこまで行くんだい?」

 

「この大陸を巡るつもりだ」

 

「だったら一ヶ月貸し切りがおすすめだね。10000G」

 

「そうしてくれ。少し待って欲しい」

 

私は複数のポケットに分けた、重たい硬貨のかたまりを苦労して取り出した。

最高額の貨幣が100Gの金貨であることは極めて不便だ。世界恐慌時代の紙幣を思い出す。

 

「まいど。ちょっと待ってくれ。えーっと……うん、10000Gだ。

この札の番号が書かれてる馬車に乗ってくれ」

 

「どうも」

 

「待って、あたしも乗るー!」

 

料金の支払いにもたついているうちに、里沙子が追いついた。

 

「急いでくれ。私は急がねばならない」

 

「だから待ってって。はぁ…最後にこんなに走ったのいつだったかしら」

 

「早く乗るぴょん。里沙子シカッティーして行っちゃうよん」

 

「あんたに急かされるとSM(スーパームカつく)」

 

無事里沙子も合流し、御者に札を渡す。

こうして我々3人は魔女の情報を求めて大陸一周の旅を始めたのであった。

 

 

 

 

 

1月6日。

私達を乗せて馬車は行く。

途中、御者が馬に干し草を食べさせたり、我々自身が食事を取ったり、

宿に泊まったりして休憩を挟んだものの、旅そのものは順調であった。

道中購入した国土地図によると、北西の端にログヒルズという領地があるらしい。

御者に命じてそこに向かわせておる。間もなく到着するとのことだ。

 

「……ヒトラーさん。気の毒な魔女を探しているなら時間の無駄よ。

昔一人いたけどあたしが殺したから。人と魔女の関係は至って良好よ」

 

「死んだ者に用はない。大事なのは今生きている者だ」

 

「ひえっ、お二人ともヒドス……」

 

「お客さーん。ログヒルズ領に入ったよ。どこで停める?」

 

「なるべく人が多いところで頼む」

 

「了解」

 

御者が手綱を握り、進路を変える。

その間、私は地図の備考欄で、ログヒルズについての情報を参照していた。

なんでも、作り物の身体に天界晶という謎の物質が宿ることによって命を受けた、

オートマトンという少数民族が住んでいるらしい。

票には結びつかんだろうが、魔女について手がかりが得られるかもしれない。

馬車が止まった。

 

「ここだよー。オートマトンの村」

 

「どうも」

 

馬車を降りると、確かに人間と区別のつかない個体や、

巨大なピノキオのような木の人形が、木材を伐採したり運搬している。

 

「ここ、ルーベルの生まれ故郷なの。こんなことなら連れてきてあげればよかった」

 

「ルーベル女史の?興味深い。直ちに調査を開始しよう」

 

「ワオ!凄い木の数!せっかくだから1枚ガメ写!」

 

私は見通しの良い村の敷地で、一番大きな家屋のドアをノックした。

中から住人のひとりが出てくる。

顔は人間と変わらないが、両手がむき出しの木材で出来た不思議な存在が応対に出た。

 

「どなたかしら。主人は仕事中よ。用があるなら夕方に……」

 

「そうではない。アドルフ・ヒトラーという者だが、魔女を探している。

この辺りで魔女の噂を聞いたことはないかね?」

 

「この辺に魔女はいないわ。あ、でも隣の領地の貴族さんが変な術を使うって聞いたわ。

すぐ近くだから調べてみたらどうかしら」

 

「情報提供に感謝する。では、いずれまた」

 

「いーえ」

 

女性のオートマトンが扉を閉じると、私は馬車に引き返す。

背中で里沙子達と話しながら、今後の方針を決める。

 

「まさかユーディのところに行くつもり?あそこには馬鹿しかいないわよ」

 

「馬鹿かどうかは私が決める。出発だ」

 

「さぶいー!早く暖かい馬車に戻りたいぴょん」

 

 

 

 

 

村から再び馬車を走らせ、スノーロード領というところにたどり着いた。

御者に貴族の屋敷はどこか訪ねたら、

ここに貴族の家系はひとつしかないとのことだったので、そこに向かわせた。

幸い里沙子がその当主と知り合いらしい。うまく話が運ぶといいが。

 

「着いたよ~」

 

白亜の邸宅。だが、ところどころにひび割れが見られ、側面の壁には蔦が生えておる。

 

「神ってる豪邸……と思ったけど、微妙にボロいっぴょん」

 

「落ち目の貴族だからしょうがないわ。さあ行きましょう」

 

「うむ」

 

ドアノッカーを鳴らすと、外壁と同じ白で塗られたドアが開いて

初老の執事が出てきた。

 

「誰かね」

 

「アドルフ・ヒトラー。ドイツ第三帝国総統である。

ここに魔女のような人物がいると聞いた。ぜひ目通り願いたい」

 

「失敬な!我々は符術士であって魔女などではない!お嬢様にアポも取らずに不躾な!

帰りたまえ!」

 

「まともな通信網が構築されていない国でどう連絡を取れと言うのだ!

地下壕ですらコラーとスムーズな電話連絡ができていたというのに!

結局空軍参謀も役立たずだったがな!

最後になったが、不躾なのは総統に対する礼儀も知らんお前の方だ!!」

 

「言わせておけば狼藉者め……!」

 

執事が大きな名刺のようなものを懐から抜くが、渡す様子がない。

 

「またヒトラーさんが、おこだぴょん……」

 

「あー、おじさま?どうしても駄目かしら。あたし達ユーディに会いに来たの」

 

見かねた里沙子が仲裁に入る。

 

「む?君は斑目里沙子ではないか。なぜこんな男と」

 

すると奥からドレスを来た令嬢が現れた。

 

「爺や、そこまで。誰かと思えば里沙子じゃないの。

そっちにいるのは……上手くエルフに取り入ったヒトラーとかいう新参者ね」

 

「失礼する。……はじめまして、お嬢さん。私を知っているとは光栄だ」

 

「勝手に入るでない!」

 

「ごめんなさいね、用事が済んだらすぐ出るから」

 

「おじゃま~」

 

「まったく、礼儀知らずな連中め!」

 

「一応名乗っておくわ。わたしの名は、ユーディ・エル・トライジルヴァ。

トライジルヴァ家の長女にして、2月の新領主選挙の候補者の一人。

つまりあなたとは政敵。手を貸すつもりは全くない。わかったらお帰りになって。

里沙子にはお茶くらい出すけど」

 

「貴女も魔女の一人なのか?」

 

「そうだとしても答える義理はないわ」

 

「情けない!貴女に国家社会主義の理念を説いても無駄のようだ!

ブルジョワも労働者階級も、その垣根を越えて団結してこそ

強固なる民族共同体が成されるというのに!

宗教や人種を越えた結束を築かねば、諸君に未来はない!」

 

「爺や、お客様がお帰りよ」

 

「出て行け、この馬鹿者が!」

 

「私に触るな!自分で出る!」

 

「里沙子、こんな男二度と連れてこないで!」

 

「ああ、邪魔したわね。ごめんごめん」

 

「ここでも1枚パシャリ、と」

 

私は国民のあり方について何も理解していない貴族に失望しながら屋敷を後にした。

あの女は2月に国民の審判の前に敗れ去り、己の無知と後悔に沈み倒れることだろう。

もうこんなところに用はない。

次の目的地を目指すが、我々が馬車に乗り込むと、

日も暮れようとしているところだった。

 

「ヒトラーさん。今日は適当な宿を探して休みましょう。南に村があるらしいわ」

 

「メルも原稿とフィルムを会社に送りたいから郵便局に寄りたいぴょん」

 

「へえ、一応やることはやってんだ?」

 

「今回の見出しぴょん。“ヒトラー氏、早くも対立候補と火花を散らす”」

 

「対立にすらなるまい。民族協調をないがしろにする者はやがて自滅する運命だ」

 

「あなたもケンカになること言わない」

 

それから、我々は小さな村のこぢんまりした宿に泊まり、疲れを癒やした。

 

 

 

 

 

1月8日。

自動車がない世界での強行軍は非常に疲れるものだ。

次なる手がかりを求めて東に向かう。

途中、ホワイトデゼールという草原地帯を横切った。

元々は岩と砂しかない不毛の大地だったが、

少し前に魔王という乱暴者が処刑されて今のような地質になったらしい。

原理は不明である。

 

先日立ち寄った村で購入した文房具とノートに

見聞きしたもの、この世界における私の政策立案、

異なる種族のあるべき姿を書き留める。

雇用したはいいが不安要素がつきまとっていたメルーシャは、

今の所、記者としての仕事を全うできている。彼女が私の執筆に興味を示した。

 

「ねーねーヒトラーさん。なに書いてるかメルにkwsk(くわしく)

 

「“わが闘争”の続編である。第一弾はどういうべきか……頭でっかちであった。

焦って全てを決めつけすぎた。

思想、理想、戦術、社会情勢は常に変化を続けているというのに。

私が今ここにいることがその証明であろう」

 

「まあ、完成したら同人誌としてメロンにでも委託しなさい。

ところで、レインドロップでは何をするの?」

 

「引き続き魔女について情報収集だ」

 

「ユーディが駄目だったんだからあの娘も駄目だと思うけどね」

 

「諦め癖は敗北主義者の始まりだ。気をつけたまえ」

 

「はいはい」

 

草原の続く大地を横切ると、今度は一変、

ロンドンのように霧の漂う土地に景色が変わる。

御者がレインドロップ領というところに入った旨を告げた。

私は領主の邸宅に向かうよう指示。

30分ほど走ると、殺風景な外観の三階建てビルに到着。

我々は下車し、銅製のドアハンドルを押してガラス製の玄関ドアを開けた。

右手に受付がある。私は受付嬢に声を掛けた。

 

「失礼。アドルフ・ヒトラーだが、領主と面会したい」

 

「え?困ります……領主様はお忙しい方で、お約束がないと」

 

「ほら、言ったでしょ。いきなり来ても駄目なんだって」

 

「ならどうすればいいと言うのか!

この世界の明暗を分ける選挙が2ヶ月後に迫っておるのだぞ!

こんなところでモタモタしてられん!」

 

「こんなところで悪かったわね」

 

二階へ続く階段の踊り場から声が聞こえた。

視線を移すと、袖や裾が余ったローブを着た少女が、私を見つめている。

彼女は足を踏み外さないよう慎重に階段を下りてきた。

 

「パルカローレ。ひさしぶりね」

 

「里沙子。なんで彼と一緒にいるの?あなたこの男と知り合い?」

 

「アースから転移してきたの。ちょっと色々あって、あたしが付き添うことになった」

 

「済まないが子供に用はない。ここの責任者を呼んでくれたまえ」

 

「また……!私が、レインドロップの領主で、ここの責任者よ!」

 

「本当よ。この娘がパルカローレ。これでも二十歳なの」

 

「世の中には不思議な現象があるものだ。ちょうど良い。私の名は」

 

「アドルフ・ヒトラーさんでしょ!何をしに来たのか言いなさい!」

 

「恵まれない魔女を探しておる。手がかりは……」

 

「ないわ。帰って」

 

「どいつもこいつも、口を開けば無い無い尽くし!

国家のために協調しようという者はおらんのか!」

 

「国家が大事なら、あなたが私に協力すればいいのに。

どうせあなたも選挙の票集めにお忙しいんでしょう?

エルフ票をそっくり私に譲って少しお休みになったら?具体的には3月1日まで。

私は符術士の名誉回復に命を賭けてるの。この新領主選はあなたの出る幕じゃない」

 

「私はドイツ第三帝国の再興に命を賭けておる!

符術士なる占い師まがいだけではない、全ドイツ国民の命運を背負っておるのだ!」

 

「はい、そこまで。

これ以上言い争っても情報は引き出せないことくらいわかるでしょ?」

 

里沙子に制止され、やむを得ずその場は退いた。

 

「ご用事は済んだ?私は忙しいの。これで失礼」

 

領主がやはり足元を見ながらゆっくり階段を上がって、上階に去っていった。

無礼にも程がある。憤懣やるかたない気持ちでビルから出る。里沙子達も後に続く。

馬車に乗ってまずは出発させる。

 

「この不浄な地に立ち寄ったのは間違いであった。指導者もろくな人間ではない」

 

「あのね。ここはドイツじゃないの。連絡もなしに押しかけたらああなるの。

そろそろ理解して」

 

「理解はしておる。

政界に進出した暁には、忌まわしき領主制は即座に廃止すべきであると!」

 

「話が通じない」

 

「ガメ写撮り忘れたお……とりあえず、おこのヒトラーさんパチリ」

 

 

 

 

 

1月11日。

北部ではろくな目に遭わなかった。私は大きく南に下り、懐かしの地に戻ることにした。

イグニール。郊外で激戦を繰り広げたのはわずか10日前であるが、

ずいぶん昔のような感慨を覚える。

 

中心街で馬車を降りた我々は、ただ目的もなく町工場や金物屋を視察していた。

工業が中心となって街を動かしているイグニールには魔女の気配がしない。

なんとなく気になった工房に寄ってみる。

 

大きく開かれた店先には金物が並んでおり、奥で商品を作っているようだ。

人の多い奥に入り様子を見ると、

小柄だが筋肉隆々の老人が金槌で焼けた鉄を打っている。

話しかけようとすると、向こうが背を向けたまま声を上げた。

 

「誰だ!」

 

「アドルフ・ヒトラー」

 

「こないだエルフの大群を引き連れて馬鹿騒ぎしやがった野郎か!」

 

「そうだ」

 

「おかげでろくに資材も運べん、客も通れん。散々だった。二度とやるな」

 

「店は長いのか」

 

「少なくともお前が生まれる半世紀前からここでハンマーを振り続けてる」

 

「Gut. 勤勉な国民は国力を上昇させる」

 

「それで、今度は何をしにきた!」

 

「魔女を探しておる」

 

「ここに女がいるように見えるのか?」

 

「見えぬ。仕事の邪魔をした。労働の続きに戻ってくれ。さらばだ」

 

「待て」

 

「何かね」

 

「……西のはずれに公園がある。そこに辛気臭い魔女が居座ってる。

詫びの印にそいつをなんとかしろ」

 

「素晴らしい。さっそく向かうとしよう。貴重な情報に感謝する」

 

「ふん、さっさと行け」

 

無愛想だがどこか憎めぬ鍛冶屋から思わぬ情報が手に入り、馬車の中に舞い戻る。

 

「御者、西の公園に向かってくれ」

 

「了解」

 

「次はどこに向かうつもり?正直これ以上揉め事は勘弁」

 

「メルもあんまり偉いさんを怒らせると、今後の取材活動ができないぴょん……」

 

「問題ない。次は行き場のない魔女らしい。彼女と会って話をする」

 

「はぁ、魔女ひとりと会って何がしたいんだか。人生相談?」

 

「魔女にも支持層を広げる。彼女達の助力を得られれば、選挙戦はおろか、

ハウニブの建造や改良型V2ロケットの完成も夢ではない」

 

「本当に造ってたのアレ?呆れた。まぁ、やるだけやってみたら?」

 

「無論だ。我々には勝利への道のみが続いている」

 

「あたしらまで含めないで」

 

鍛冶屋の情報通り、イグニール領を西に進む。

途中仮眠を取ったので正確な時間は分からぬが、

それほど長くない時間で目的地に着いた。御者の声で目が覚める。

 

「お客さん、ここだよ」

 

「ん…?そうか、では行くとしよう。里沙子、メルーシャ。急ぐのだ」

 

「わかってるわよ」

 

降車すると、針葉樹がまばらに点在する小さな公園に出た。

するとどこからか、悲しげなハーモニカの音色が聞こえてきた。

里沙子によると、“赤とんぼ”という曲らしい。

音を頼りに公園を進むと、露出の多い真っ黒なドレスと、

闇色の三角帽子を被った魔女がブランコに力なく座り、まだハーモニカを吹いていた。

彼女に落ち着いた歩調で近づく。

 

“ママー!変なおばさんがブランコひとりじめしてるよ!怒ってよ!”

“見るんじゃありません。今日は諦めなさい。帰るわよ”

 

「……ごきげんよう」

 

私が話しかけると、親子の若干失礼な声にも気づかなかった様子の魔女が顔を上げた。

 

「あなた、誰?」

 

「アドルフ・ヒトラー」

 

遅れて里沙子達が駆けつけてきた。

すると、魔女の姿を見るなり里沙子が驚いた様子で声を上げた。

 

「グリザイユ?ひょっとしてグリザイユなの!?」

 

「知り合いかね」

 

「知り合いっちゃ知り合いなんだけど……長いこと会ってなかったの。

昔は深淵魔女とも呼ばれてた」

 

「ふっ……そうよ。私は深淵魔女グリザイユ。主人公にすら見捨てられた哀れな存在」

 

「えと、なんかごめん。あれからこっちも色々あってさ……」

 

何やら複雑な事情がありそうなので、話を聞くことにした。

 

「何かお困りのようだが」

 

「お困り?フフ、そうね……お困りよ。今となっちゃ手遅れだけどね」

 

彼女は自嘲気味に笑う。里沙子が補足する。

 

「あの、彼女はね?この企画の初期に“引き”を担当してたの。

物語の最後らへんに出てきて、正体隠して謎めいたこと言ったり、

思わせぶりな態度を取って、読者の興味を引くって役割があったのよ」

 

「そう。そしてギルファデスのおじさまが倒れた後には、

次なる強大なボスキャラとしての地位が約束されていた。それなのに……!」

 

後で聞いたところによると、ギルファデス某という者は、

ホワイトデゼールで処刑された魔王のことらしい。続きに耳を傾ける。

 

「ある日突然、何の前触れもなくイロモノキャラにされて、

それまでのキャリアは全てパー。

一度イロモノに墜ちたキャラなんて、後からいくら暴れようが何を叫ぼうが、

もうギャグキャラの奇行としか見てもらえない!」

 

グリザイユという魔女が言っていることは何も理解できなかったが、

彼女が窮地に立たされているのは事実のようだ。

 

「わずかでもキャラ修正の余地が無いか、千里眼で奴の様子を探ったら、

あろうことか“失敗した、やめとけばよかった”ですって!それからは全く梨のつぶて。

最近では四大死姫とかいう新キャラが出て、私を覚えてる人は減る一方!

再登場の機会なんて、もうないのよ!」

 

「それは気の毒だと思うけどねぇ。流石にこればっかりはどうにもならんわ」

 

「マジ、エンドってる……メルもいずれこうなっちゃうのかなぁ」

 

「私に残ったのは、使い道のない賞金と大量のダークオーブだけ。カラスだけが家族よ」

 

今度は彼女が真っ黒な球体でオテダマを始めた。相変わらず表情は暗い。

だが、この出会いは双方にとって好機である。私は彼女に問う。

 

「フラウ・グリザイユ。……人間が憎いか」

 

「憎いわ!私から出番を奪った人間が!

自分の都合で私…いえ我々を使い捨てた人間が!」

 

「ならばその憎しみで立ち上がれ。同胞を集め集い、世の不条理な抑圧を打ち破るのだ」

 

「ヒトラー、やめて」

 

「……今更できるのかしら。哀れなピエロに成り下がった私に」

 

「可能である。貴女にその気があるのなら。魔女の仲間と連絡を取る方法は?」

 

グリザイユが球体のひとつを手に取った。

 

「これを媒体にすればこの国全ての魔女にメッセージを送ることができるわ」

 

「よろしい、私も助力する。今こそ夜明けの時。政治の中枢で諸君の不満を訴えるのだ」

 

「わかった。

帝国には無数の魔女がいるけど、わずかばかりの出番すら与えられない子たちがいる。

まだ私は恵まれていたのかもしれない。彼女達のためにも頑張るわ!」

 

「ふたりともやめて!」

 

「邪魔しないで!」

 

魔女が左手から放った黒い力で、里沙子が縛り上げられる。

 

「あうっ……!メルーシャ、早く解いて!」

 

「里沙子!?秒でなんとかするっぴょん!」

 

メルーシャが黒いオーラを引き剥がそうとするが、謎の力に触れられず手がすり抜ける。

外傷はなさそうだ。今のうちに魔女達へメッセージを発信させるべきだろう。

 

「貴女の思いの丈をぶつけるのだ。必ず賛同する者が現れる」

 

「待ってて。……四方(よも)に別れし同士に告ぐ!

我が声、我が息吹、魔に生き魔に死ぬ全ての者へ!パラボリックノード!」

 

グリザイユが魔法らしきものを詠唱すると、謎の球体の中心で暗い炎がゆらめき始めた。

そして彼女が球体に向かって叫ぶように訴える。

 

「全ての虐げられし魔女に伝えるわ!私の名前はグリザイユ!

魔女が人間に都合よく使われる時代は終わった!

皆で声を上げてそれを人に知らしめるのよ!」

 

今度は球体がビリビリと震え、声なき声として返事を返す。

彼女が困惑した様子で私に助けを求める。

 

「具体的にどうすればいいのか、みんな知りたがってるわ」

 

「任せたまえ。……諸君、私はアドルフ・ヒトラー。

先だって超大型賞金首を討伐したエルフ軍の司令官である。

君達が今の境遇に不満を抱いているのなら、鉤十字を掲げ帝都へ向けて行進せよ!

怒りの声を帝国の中心で轟かし、世界を動かせ!

種族は問題ではない。生ある者として意志を示すのだ!」

 

私は黒い球体に決起を促すメッセージを託した。しばし待つと、また返事が。

 

「なんと言ってる」

 

「凄いわ!何千人もの魔女がもう帝都へ出発しようとしてる。

私達もこうしていられない。皆に続くの!」

 

「馬車を待たせている。行こう」

 

「それには及ばないわ。私の転移魔法で帝都には一瞬で行ける。

今日は私の城で出陣の準備を」

 

グリザイユが空に手をかざすと、暗黒の渦が現れた。

彼女がその中に入っていったので、私も後を追う。

 

「待ちなさい、ヒトラー!」

 

後ろから里沙子の声が聞こえたが、私は急がなければならない。

 

 

 

 

 

1月13日。

広大なグリザイユの城で演説の準備を整えた我々は、

ついに帝国の政治を担う、帝都に降り立った。

彼女の水晶が映し出す世界各地の模様は見ものであった。

帝国に住むほぼ全ての魔女がローブや三角帽子に鉤十字をあしらい、

帝都を目指して行進しているのだ。

 

“誇りを!誇りを!誇りを!”

 

彼女達は休むことなく歩き続け、その腕を振り上げ、この地に押し寄せる。

いくら大都市と言えど、この人数の魔女を受け入れることはできなかったらしく、

道路はパンク状態。あちらこちらから悲鳴とパニックの声が上がり、止むことがない。

 

“出番を!出番を!出番を!”

 

やがて、国会議事堂に当たる要塞の前で待機していた我々の前に

三角帽子の群衆が集った。

私はグリザイユと共に適当な木箱を積み上げたステージに立ち、彼女達を見渡す。

途端に波のようなざわめきが静まり、我々に注目が集まった。

まずはグリザイユが発言する。

 

「みんな、集まってくれて本当にありがとう。私は深淵魔女グリザイユ。

きっと、ここにいる魔女の殆どは一度も出番をもらったことがない可愛そうな人。

もしくは出番があっても私のように雑な扱いしか受けられなかった人。

だけど、それももう終わり。私達とヒトラーで、失われた誇りを取り戻すのよ!」

 

黄色い歓声が帝都に響く。魔女達の興奮が収まるのを待ち、今度は私が呼びかけた。

 

「私は主張したい!

今日の日に諸君がここに集結したのは、

不当な圧力により口を閉ざされてきたこれまでの現実を覆したい。

皆にその意志があるからに他ならぬと信じておる!

それを可能にするのは諸君であり、私はそれを代弁する者に過ぎない!

ただ、その責務を全うし得るのは成金貴族でなければ湿地帯に住まう独裁者でもない!

彼女らにはその気概もなければ民族団結を希求する熱心な心もない!

あるとすれば雨漏りの心配と選挙活動の金策だけだ!

奴らが君達に何をしてくれただろうか。何もありはしない!私は異なるとここに誓おう!

皆の純粋な願い、意志を受け取り、ありのままの形で政治中枢に届けると約束する!

エルフに続け、勝利のために!ジーク・ハイル!」

 

“ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!”

 

魔女達の熱狂がピークに達する。私も右手を掲げ、彼女達に応える。

その時、三角帽子の絨毯をかき分けて、

自動小銃を持った黒い軍服の兵士が数人近づいてきた。

 

「アドルフ・ヒトラー!民衆扇動罪で逮捕する!」

 

「不当逮捕だ!私は彼女達の代弁者に過ぎん!」

 

「大人しくついてこい!暴れると罪状が増えるぞ!」

 

割れんばかりの抗議の中、私は要塞の敷地に引きずり込まれた。

塀の外では兵士が魔女達を追い払っているが、圧倒的な数の差に対抗しきれていない。

ついに本隊が出動する騒ぎとなる中、私には為す術がなかった。

ミュンヘン一揆以来の屈辱である。甲高い音を立て、重い鉄の扉が閉まる。

 

 

そして、私は投獄されたのであった。

 

 

 

>新領主選出選挙・支持率

 

アドルフ・ヒトラー 25.98%

ユーディ・エル・トライジルヴァ  22.75%

パルカローレ・ラ・デルタステップ 20.40%

ルチアーノ・アルバーニ 17.65%

リザ・フィンブル 5.15%

無回答       8.07%

 

 



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クリスマス特別編(4/5)

“ギルド、ナチス・ドイツ代表ヒトラー氏、民衆扇動罪の容疑で逮捕!”

 

“帝都を埋め尽くす魔女の行進(写真)”

 

“魔女代表グリザイユ女史、記者団の質問に「言論の自由が脅かされている」と抗議”

 

“新領主選、期日前投票率が前回を大きく上回り34.8%。なぜかヒトラー氏が独走”

 

“エルフ族長老から法王猊下を通じて「コメントする立場にない」との発表”

 

 

1月15日。

ヒトラーもあたしらほっぽらかしてどこ行っちゃったのかしら。

なんて思ってたら、またやってくれたわ。新聞を畳みながら考える。

そうそう、今日は良いことと悪いことがひとつずつあるの。

良いことは、厄介者がブタ箱行きになってやや安心できたこと。

悪いことは、馬鹿が二人も目の前にいてやかましい。

少しだけ引け目があるから追い返すことができなかったのよ。

 

「聞いてますの?里沙子!どう考えてもこの状況はおかしすぎますわ!」

 

「うん、聞いてる聞いてる」

 

「そうよ!私の支持率がトライジルヴァの女より低いなんて!」

 

「ふん、何をおっしゃるかと思えば。そんなことは、わたしの方が

符術士として実力が上だからに決まってるではありませんの!」

 

「寝ぼけたこと言わないで!

選挙期間が始まった時は、私の支持率の方が上回っていた事を忘れたの?」

 

頭痛い。三人寄れば文殊の知恵っていうけど、

こいつらの場合はあたし含めたところで手の施しようがないんでしょうね。

大出血した動脈に絆創膏1枚貼るようなもんよ。うんざりしてため息をひとつ。

 

「はぁ。ユーディ、パルカローレ。

こうして話を聞いてあげてるのはね、ひとつだけ借りがあるからなの。

こないだヒトラーを連れていきなり押しかけたのは悪かった。それは謝る。

でもね?支持率が低いのは単にあんたらの人気がないだけで、

あたしに文句を言われても困るのよ!!」

 

「無責任だわ!何もかも里沙子の客人が招いたことでしょう!?」

 

「そうですわ!あなたは責任を持ってこのわたしが当選するよう

新聞各紙にトライジルヴァ推薦の立場を表明するべきなのよ!」

 

「あのさ」

 

「はぁ!?里沙子は私を推薦するに決まっているでしょう!

この選挙は没落貴族の出る幕じゃないわ!」

 

「なんですって!レインドロップのおチビが生意気な!

そっちこそ子供が政治に口を挟むべきではなくてよ!」

 

「言ったわね!デカいだけのボロ屋敷に引きこもってる似非貴族の分際で!」

 

「聞きなさいって」

 

「選挙に勝つのはわたし!決まりきった事実は覆りませんことよ!」

 

「本当に図々しい女!あなたが領主になっても民を不幸にするだけよ!」

 

「チビ」

「デブ」

「ゴリラ」

「チンパンジー」

「パープリン」

「クルクルパー」

 

「いい加減にしろこのハゲエエエェェ!!」

 

とうとう我慢が限界を突破したあたしは、

人ん家で醜い争いを繰り広げる馬鹿二人の頭をむんずと掴み、全力で互いを打ち付けた。

ゴツン、じゃなくて、ガオンと頭蓋骨に衝撃が反射する嫌な音が走る。

 

「「いだああああ!!」」

 

乱暴に床に叩きつけられた二人が、ようやく罵り合いをやめた。

無駄で無意味なことに体力を使ってしまい息が上がる。

 

「……終わったかー?」

 

「ルーベル。悪いけどこのアホ共、裏庭に捨てといてくれない?」

 

「あいよ」

 

あたしは定位置でいつもどおり水を飲んでるルーベルに後始末を任せた。

やることがあるの。

それにしても、そんなに喉が渇くなら糖尿病を疑ったほうがいいかもしれないわね。

オートマトンが生活習慣病に罹るのかどうかは知らないけど。

 

「あたしはちょっと街に行ってくるわ。街の様子を確かめてくる。

ヒトラーのせいで少なからず影響が出てるから」

 

「おう、わかった」

 

あたしはストールを羽織り、聖堂の玄関から外に出る。寒い。

街に着いたら内緒で一杯だけ飲もう。手を擦り合わせながら街道を進む。

野盗連中も真冬くらいは休みたいのか、

何のトラブルもなくハッピーマイルズの街に到着。少し歩いて様子を探る。

売店では妙なものが売られていた。

 

「いらんかね~。アドルフ・ヒトラー変身セット。

ちょび髭、かつら、鉤十字の腕章がセットでたったの5G。いらんかね~」

 

「馬鹿な商売はやめなさい!!」

 

ヒトラーが起こした一連の騒動のおかげで、

街の表情は以前と比べて明らかに変わっていた。まず、道行くエルフの数が急増。

今までは稀に見かける程度だったのに、

暴走機関車の騒ぎ以来、どこを向いてもエルフが見える。

 

魔女も数こそ変わりないものの、どこか落ち着きがない。

大方、帝都へ向かう準備でもしているんだと思う。

そんな中、魔女達の間に見知った顔を見つけた。

どこか浮かない顔をしている彼女に話しかける。

 

「ロザリー、遅くなったけどあけましておめでとう。……どうしたのその格好!?」

 

「ああ、里沙子さん。新年おめでとうございます。私も帝都に行こうと思いまして」

 

ロザリーはローブの胸に鉤十字のワッペンを縫い付け、

三角帽子に同じく鉤十字を描いた布の輪っかを通していた。

知己の変わりように愕然とする。

 

「何してるの、あんなのに付き合うことないわ!今すぐ外すべき!」

 

「そうしたいのは山々なんですが、

参加しないと職場の先輩に白い目で見られるんです。“あなたはいいわよね~”って。

3回も出番をもらってる手前、断りきれなくて……」

 

「んむむ、職場いじめの次はオルグか~。あなたも苦労が絶えないわね」

 

「これから駅馬車広場で先輩達と合流して、貸し切り馬車で帝都に行くんです。

割り勘で費用を出し合って」

 

「身銭まで切って大変ねぇ。あくまで頑張ってるフリだけするのよ?

ヒトラーの言うこと真に受けちゃだめだからね。あと、これ路銀の足しにして」

 

あたしはロザリーに金貨3枚を渡した。

 

「えっ、そんな申し訳ないです……」

 

「元はと言えばうちの客人が迷惑かけてるんだから、これはお詫びよ。受け取って?」

 

「すみません……」

 

「いいって。どうせもう奴も檻の中なんだから、そのうちみんなの熱も冷めるわよ」

 

「そうだと、いいですね」

 

そん時は、あたしも割と楽観視してたのよ。

放っておけばどうにかなるんじゃないかって。

まさかあんなことになるなんて、思ってもいなかった。

 

 

 

 

 

1月の冷気が、無機質な壁に露を浮かせておる。

私は、石造りの冷たい牢獄の中で備え付けの紙に鉛筆を走らせている。

他にすることがないこともあるが、

頓挫した我が理想に思いを馳せることで深い悲しみに耐えていた。

 

衛兵の話によると、どうやらここは帝国の政治を担う要塞であり、

私はその地下牢に収監されたらしい。

魔女達に演説を行っていたら、銃を持った兵士に無骨な建物に引きずり込まれた。

それ以降裁判が開かれる様子もなく、こうしてただ無意味な時間を過ごしている。

 

外の松明から漏れる灯りを頼りになおも鉛筆を走らせる。

かつてシュペーアに作らせたドイツ第三帝国のモデル。

あの頃の私は自国の未来に夢を抱いていた。

だが、今となっては這い回るネズミと寝食を共にする有様。

 

もしかしたら、今生きている私自身が夢なのかもしれない。

人生五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり。

数百年前に同盟国日本を治めていた将軍が残した言葉らしい。

地下壕での自殺は成功していて、この世界は今際の際に見た夢だとすら思えてくる。

 

ポケットを探ってみる。金属製の小さなケース。開けると青酸カリのカプセル。

だとしたら、なぜこれが存在しているのだろう。

夢だから、と言ってしまえばそれまでだが。

ひとつだけ確かなことは、今の私にできることはなにもない。

外の魔女達はどうしているだろう。エルフは?

地下牢までは大衆のどよめきは聞こえてこない。

ひょっとして解散してしまったのだろうか。

 

私には何もわからぬ。何もできぬ。

斯様な絶望は、地下壕で私を裏切り続けた将校らに怒りをぶつけた時以来だ。

覚悟を決めてカプセルをつまみ、口を開けた。

青色の薬品が詰まったそれを噛み砕こうとした時、私を呼ぶ声がした。

 

“ヒトラー、聞こえる?”

 

「誰だ」

 

カプセルが口からこぼれる。

返事をすると、牢屋の隅に緑色の風が吹き込み、ひとりの姿を形作った。

 

「私よ。あなたがまたやらかしたって、みんな大騒ぎよ」

 

「……ノーラよ。来たか」

 

このエルフの少女は聖緑の大森林と外を往復する能力を持っていた。

森の正確な位置は私にも教えてもらえていないが。

 

「長老に頼まれて様子を見に来たの。私もヒトラーが元気でやってるのか気になって」

 

「状況は決して芳しくない。私は獄中の身であり、全てを失った。

君の空軍名誉章も、やがて意味を失うだろう」

 

「そんなことないよ。

確かにちょっと安っぽいけど、誰も勲章を手放してなんかいないわ。

みんなで力を合わせて大きな敵を倒した証だもん。それに、魔女の人だって諦めてない。

要塞の周りからは追い払われたけど、

まだ帝都中に散らばってヒトラーが出てくるのを待ってる」

 

「……本当かね?」

 

「もちろん。だからあなたがしっかりしてくれないと、みんながガッカリするの。

……あら、これは何?」

 

ノーラが私のスケッチを手に取り、興味深げに眺める。

 

「夢の焼け残りである。

新領主選挙に勝利した暁には、領土にその理想郷を築くつもりだった」

 

「諦めるの早いよー。長老がおっしゃってたんだけど、

ヒトラーの扱いはそれほど悪くはならないって。なんでかはわからないけど。

それにしても、絵が上手いんだね。この丸い屋根の建物はなに?」

 

「国会議事堂である。私は若い頃、画家を目指していた」

 

「そうなんだ。とにかく、まだまだ先はわからないんだから、そんなにしょげないで。

……あ、誰か来る。またね!」

 

ノーラがささやくように祈りを捧げると、

左手からやはり緑の風が吹き出し彼女を包み、彼女を運び去った。

同時に固い足音が近づいてきて、私の牢の前で立ち止まった。黒い軍服の兵士である。

 

「アドルフ・ヒトラー。

初犯であり比較的軽犯罪であることを鑑み、お前の釈放が決まった」

 

やはり早まったことをすべきではないようだ。

ノーラの言った通り、再び外に出るチャンスを得られたのだ。

 

「うむ。外に案内してくれたまえ」

 

「その前に、皇帝陛下がお前との面会を希望していらっしゃる。

ここを出るのはそれからだ」

 

「皇帝?国の指導者が私に何の用だ」

 

「俺にはわからん。陛下から直接聞け」

 

「いいだろう。皇帝はどこに?」

 

「こっちだ」

 

兵士が牢屋の鍵を開けると、私は2日ぶりに暗い檻から出ることができた。

寒々とした硬い石の廊下を歩き、狭い階段を上る。

私も兵士も無言であったが、3階に着くと兵士が私に告げた。

 

「奥の火竜の間で皇帝陛下がお待ちだ。くれぐれも失礼のないように」

 

「ご苦労」

 

目の前には、石で固めた要塞に不似合いな、光沢のある高級木材の広いドア。

龍の紋章が刻まれているので、ここが火竜の間なのだろう。

私は大きなドアを十分に音が響くよう、力を込めて殴るように叩いた。

 

“誰かね”

 

「アドルフ・ヒトラー。貴官に会いに来た」

 

“入りたまえ”

 

ドアを開け中に入ると、青銅の鎧に真紅のマントを羽織った人物が玉座に腰掛けていた。

 

「……サラマンダラス帝国皇帝、ジークフリート・ライヘンバッハ」

 

「貴官が、この国の長であるか」

 

「左様。里沙子嬢から、貴殿の人となりについては聞いている。掛けてくれたまえ」

 

「失礼する」

 

私は丸テーブルの前に用意された椅子に座った。

鈍色に光る壁は冷ややかな空気を生み出し、会談に相応しい静けさを運んでくる。

 

「里沙子が皇帝と面識があったとは驚きだ。彼女とはどういう関係で?」

 

「話すと長くなる。本人に直接聞くか、近代史の本を読んでくれたまえ。

さて、貴殿を迎えた理由であるが……率直に聞きたい。領地を手にして何がしたいのか」

 

「……ドイツ第三帝国の再興、他にはない。それが私に課せられた使命なのだ」

 

「彼女は言っていた。貴殿はアースでユダヤ人なる人種を弾圧し大量虐殺したと。

そのような暴挙に至った理由が知りたい」

 

「貴公は里沙子から物事の結末しか聞かされていないようだ。

ドイツは彼らに対して反撃に出たに過ぎない。

ユダヤ人が起こした11月革命によって我々は弱体化され、第一次世界大戦で敗北を喫し、

不平等なベルサイユ条約で多大なる損害を被った。

領土を失い、莫大な賠償金を課せられ、国家は存亡の危機に陥った」

 

「我輩が危惧しているのは、貴殿が民を煽動し、再び同じ過ちを繰り返さないか。

その一点に尽きる。

今回の選挙では、貴殿が当選する可能性が非常に高いと言えるだろう。

例えあのような領地であろうと、領主になれば国政に対し一定の権限を得ることになる。

貴殿がその使い道を誤ることがないか、それだけが知りたかったのだ」

 

「取り越し苦労も良いところだ!

ここにはユダヤ人も、怠け者の赤も、傲慢なる連合軍も存在しない!

エルフも魔女も、勤勉かつ明晰な頭脳を持つ者ばかりだ!

かつて私は無能な部下に足を引っ張られ、地下壕で最期を迎えることになったが、

この世界で有能な民衆の支持を得て、立ち上がることができた!

私には選挙に当選し、再び首相として返り咲き、彼らの期待に応える義務がある!」

 

「落ち着きたまえ。貴殿が領主選に挑む理由はわかった。

……ふむ、我が国では誰もが選挙に立候補する権利がある。

承知した。貴殿を釈放しよう。ただ、先日のような混乱は御免こうむる。

また市民生活に支障を来すことがあれば、再び貴殿を牢獄送りにしなければならないし、

過去の悲劇を繰り返すことがあれば帝国の力を持って排除せねばならない」

 

「貴官も首都に朝晩問わず砲撃を受ける経験をすれば私の決断が理解できるはずだ。

失礼する」

 

「できれば何事もなく3月の任命式を迎えたいものだ。健闘を祈る」

 

私は火竜の間を後にすると、1階まで階段を下り玄関扉を開けた。

日差しが眩しい。まだ1月であるが、陽の光がこれほど暖かいとは思わなかった。

グラウンドを横切り、自動小銃を持った兵士が守る正門に向かう。

 

「君、門を開けてくれたまえ。アドルフ・ヒトラーだ」

 

「皇帝陛下から話は聞いている。もう余計な騒ぎは起こすなよ。……マイラ、手続きだ」

 

「は、はいい!ええと、転送機の情報は…こっち。ふむふむ。

あの、アドルフ・ヒトラーさん、でよろしかったりするんでしょうか!?」

 

「その通りである」

 

明らかに新人の女性軍人が、慌てながら確認を取る。兵士は渋い表情で彼女を見ている。

 

「えーと、データと一致しました。

軽犯罪の勾留期間満了ということなんで、出ちゃって下さい!」

 

兵士が何も言わずに重量のある鋼鉄のゲートをスライドさせる。

晴れて無罪放免となった私は、堂々と要塞から出ていった。

後ろから先程の女性兵士と警備兵の声が聞こえてくる。

 

“入退場手続きに何を慌てている。そろそろ慣れてもいい頃だろう”

“すみませ~ん。急に話しかけられるとテンパっちゃって”

“その喋り方もだ。お前はもう学生ではない。

いつ皇帝陛下とお目にかかっても良いよう心構えを”

“気をつけます……”

 

部下の育成に骨が折れるのはどこの世界でも同じのようだ。

さて、自由の身になったはいいがどこへ行けばいいのか。

所持金は乏しい。里沙子の教会まで帰ることはできないだろう。

要塞を眺めながら身の振り方を考えていると、声をかけられた。

 

「ヒトラー、帰ってきたのね……」

 

「フラウ・グリザイユ。無事であったか」

 

魔女を束ねる深淵魔女だった。

無言で再会を喜び合い、我々は街路樹の並ぶ歩道を歩きながら話を始めた。

 

「私はどこにでも行けるから。でもみんなは次の行動を待ってる」

 

「Gut. すぐにでもナチス・ドイツの方針演説に取り掛かろう。

路上での集会は禁止されてしまったが」

 

「それなんだけど、あの日集結した魔女達がナチス・ドイツ加入を希望してるわ。

あなたのギルドね。どうする?」

 

「無論、国家社会主義を受け入れる者は、私も同じく無条件で受け入れる」

 

「よくわからないけど、みんな思いは同じよ。

魔女の不満を帝都の真ん中で訴えた人間はあなたが初めて。

今度は私達があなたに報いる番よ」

 

「素晴らしい。

貴女のように献身的な魔女がドイツにいれば、歴史は大きく異なっていたに違いない。

そう、世界を動かすのは民衆の力だ。

しかし、皆の蜂起の火種が消えぬうちに改めて言葉を送りたいが方法がない」

 

「手段はまだある。また私の城で準備をしましょう。

もうすぐ有権者全員に平等な権利が与えられる」

 

「平等な権利?どういうことかね」

 

「あなたが収監されている間に告知されたの。実は月末にね……」

 

グリザイユは、この国の選挙の画期的なシステムについて説明した。

常に真実を説いてきた私にはうってつけだ。

 

「なるほど。貴女の城なら、うるさい衛兵もいない。

思う存分デモンストレーションができる」

 

「決まりね。ついてきて」

 

彼女が左手の人差し指で宙に丸を描くと、空間に大きな暗い穴が開いた。

それは徐々に大きく広がり、十分に人が通れるサイズになった。行き先はわかっている。

私は彼女と共に暗闇のゲートに入っていった。

 

 

 

全く光の差さない空間を、勘だけを頼りに前方に進むと、突然景色が変わる。

ここに来るのは二度目だ。魔城ヘル・ドラードの大ホールに出ると、

あの日集った魔女達が広いホールを埋め尽くしており、一斉に我々を見た。

 

“ヒトラーだわ!私はここよー!”

“まだ希望はあったのね!”

“きっと帰ってきてくれるって信じてた!”

 

私は小さく右手を挙げて敬礼しながら、彼女達をかき分け、

全体を見渡せる大階段の踊り場で立ち止まった。

そして、三角帽子の波が静まるのを待ち、グリザイユ女史と並んで皆に宣言した。

 

「諸君、私は全帝国民に対し、最終攻撃を敢行する!」

 

私の言葉に歓声が上がる。ホールに響き渡る声が少し静まるのを待って、続きを述べる。

 

「苦難に耐えてここに集まった諸君、

並びに帝都に留まり今も機会をうかがっている仲間に改めて敬意を表す!

そして全員をナチス・ドイツの党員として迎えることをここに誓おう!」

 

魔女達のどよめきが最高潮に達する。

 

「隣にいるグリザイユ女史が私に道を示してくれた!決戦は1月31日である!

この1月を以って最後のチャンスであると心得て欲しい!

2月29日の投票日まで手をこまねいていては敵の進軍を許してしまう!

この領主選は文字通りの戦争である!先制攻撃を仕掛けるのは我々だ!

魔女も、エルフも、誇りを賭けて戦い抜くことを望むものである!」

 

魔法で守られている窓ガラスが破れんばかりの喝采。

 

「私は今からここヘル・ドラードにて最終攻撃の準備に入る。

諸君も二日に渡る待機で疲れたであろう。

それぞれの家に戻り、今は身体を休めて欲しい。心配はいらない。

例え互いに離れていても、諸君の熱く燃ゆる変革への意志は私が受け継ぎ、

一分たりとも余す所なく言葉に変え、危機意識の欠如した愚鈍な者達の頭に

ドーラの如く痛烈なる一撃を直撃させる!私からは以上だ。

グリザイユ女史も、皆に言葉を」

 

グリザイユ女史に場所を譲る。割れんばかりの拍手の中、彼女が前に出て語り始める。

 

「……みんなも知っての通り、

私はあと一歩のところで謎の実力者キャラになりそこねた哀れな女。

自己憐憫に浸りながら生きてきた。だけどそれも終わり。私は私として生きていく。

でも、あなた達にはまだ可能性がある。

私は例え一行だろうとみんなの出番を勝ち取るために最後までヒトラーと戦う。

だから、あなた達の力を貸して欲しい。

皆がひとつずつ持っているその権利で、皆の意志を示して。信じて祈ってて。

月末に、逢いましょう」

 

彼女が同胞に訴えると、

今度はさざなみのように穏やかな拍手がグリザイユ女史を讃える。

そして、ホールの隅に設置された暗黒の渦に、魔女達が一列になって入っていく。

私をここまで運んできた魔法と同様のものだろう。

30分ほど掛けて、満員状態だった大ホールから

グリザイユ以外の魔女が全て帰っていった。

 

今までの喧騒が嘘のように、魔城に静けさが訪れる。

聞こえるのは時々稲光の轟く音だけである。背後の窓から外を見る。

魔界とは不思議な場所だ。太陽の光が届かない暗黒の空。

外には灰と砂、枯れ木しか見られんが、

このヘル・ドラードのように巨大な豪邸がわずかに点在している。

 

強力な悪魔や堕天使の居城らしいが、

荒れ地では弱小モンスターが貧しい作物を食んで細々と暮らしているらしい。

おとぎ話の世界まで貧富の格差に蝕まれているとは実に嘆かわしい話だ。

 

ともかく、その後私は決戦の日までこの城に滞在し、戦いの準備を進めたのであった。

 

 

 

 

 

1月31日。

 

『ハッピーマイルズ北部は、晴れのち曇り。南部は所により雨でしょう』

 

あたしはコーヒーを飲みながら、新聞に続く新しい暇つぶしに耳を傾けていた。

要するにラジオよ。電話みたいな双方向通信はまだまだだけど、

一方的にラジオ局から送られてくる電波を受け取る技術は確立されてて、

受信機自体も一般庶民に手の届く価格になったから思い切って買っちゃった。

 

みんなが聴けるようにダイニングに設置したら、珍しがって誰も離れなくなった。

今もこうして当てにならない天気予報に聴き入ってる。特にピーネが興味津々。

まぁ、みんなが楽しんでくれたらそれで結構。

あたしはマグカップから最後の一口を含んで、ジョゼットにおかわりを頼もうとした。

 

『……お昼の天気予報でした。

続いて、2月29日新領主選出選挙、政見放送をお送りします。アドルフ・ヒトラー56歳。

1889年オーストリア・ハンガリー帝国生まれ。ギルド、ナチス・ドイツ代表。

ドイツ第三帝国総統。画家として活動。では、アドルフ・ヒトラーさんの政見放送です』

 

おもっくそコーヒー吹いた。意味がわからない。奴は牢屋送りになったはずなのに!

 

「里沙子汚ーい!すごい服にかかった!」

 

「しっ、静かに!」

 

ピーネの抗議を無視してラジオに耳を澄ます。

 

Guten Tag.(グーテンターク)(こんにちは)帝国に生きる全国民よ。

私が、アドルフ・ヒトラーである。

……最後の時が迫っている。諸君が自らの運命に審判を下す最初で最後の機会である。

この放送を聴いている殆どの者は、自分は衣食住を保証され、

平穏で命を脅かされる心配のない生活を送っていると考えているのだろうが、

それは根拠のない絵空事であると言わざるを得ない。

私はこの世界に呼び寄せられてから様々な物事を見聞きしてきた。

そこにあったのは嘘で塗り固められた偽りの平和に他ならない。

決して政治の根幹を教えようとしない、愚にも付かぬ名ばかりの新聞。

諸君の見えないところで行われる少数民族の弾圧。それを放置し続ける行政の怠慢』

 

あたしは布巾でテーブルを拭きながらじっとヒトラーの悪あがきに集中する。

 

「里沙子ー!私の服!」

 

ラジオを見たまま黙ってシャワールームを指差す。

 

『逆風に晒される彼らを救ってくれる者は誰なのか。誰も居はしない。

だから私が立ち上がった。

数百年前にその誇りを貶められたエルフを率いてならず者を討伐し、

彼らの存在を再び世に知らしめた。

そして人類の日陰で生きるしかなかった魔女に決起を促し、

帝都で彼女らの訴えを政治中枢たるサラマンダラス要塞の前で訴えた。

しかしながら、魔女の叫びを代弁した私は、あろうことか言論の自由を無視され、

牢に閉じ込められるという憂き目に遭ってしまった。

その主犯が国の舵取りを担う中央政府の軍人だったということは誠に残念でならない』

 

そう。要塞の軍人がヒトラーを野に放ってしまったことは誠に残念でならない。

 

『また、私を知る数名の者達が、かつての闘争の一部を取り上げて、

ユダヤ人を一方的に虐殺したと主張しているが見当違いも甚だしい。

11月革命時点でドイツは余力を残していたにもかかわらず、

彼らと共産主義者の支持政権が臆病風に吹かれ、独断で降伏した。

結果、第一次世界大戦でドイツは敗北、帝政は崩壊、闇の時代が訪れた。考えてほしい。

諸君の祖国が浮浪者共と夢想家連中の勝手で戦争に巻き込まれ、

勝手に敗北宣言を行われ、敗戦国として不当な条約を押し付けられたら皆はどう思うか。

私がユダヤ人に行ったことは卑劣な奇襲攻撃に対する正当な報復措置であり、

それを以って虐殺だの人道に対する罪だの非難するのは不見識にも程がある』

 

異世界の住人がアースの歴史を知らないのを良いことに好き勝手言ってる。

なんとかしないと。

 

『つまり、今の安定した暮らしの上にあぐらをかいていては、

やがて平穏な生活も体内に潜む反乱分子によって崩壊の危機に直面する。

私の主張、それは未来を守り抜くには民族団結しか術がないということである。

新たな年を迎えてまだ一月だが、エルフが自らの存在を証明したことはもう話したし、

魔女達も同様に訴えを帝都の空に轟かせた。

これもひとえにナチス・ドイツの旗の下、集い、声を上げ、行動を起こした結果である。

まるで私がエルフと魔女にしか興味がないと誤解させたのなら謝罪しよう。

私はオービタル島に生きる全ての種族に訴えたい。まだ間に合う。

右手を高く掲げ、こう唱えるのだ。ジーク・ハイル!』

 

本来、公共の電波に乗せちゃいけない言葉がついに出た。

 

『勝利と団結を意味するこの敬礼を家族、友人、近隣住民と交わし合う。

小さな一歩だがそこから全てが始まるのだ。サラマンダラス帝国の住人が一丸となり、

共産主義者や卑劣な裏切り者の入り込む余地をなくそうではないか!

それが可能であるのは、諸君であり、この私を置いて他にいないと自負している。

他の候補者が何を考えているのかはわからんが、

少なくとも彼らに帝国民をまとめ上げる気概はないと断言しても構わない。

世間知らずの成金貴族は隣人と手を取り合うつもりは毛頭ないらしい。

湿地帯の長である独裁者に世界平和など望むべくもない。

他の泡沫候補に革命を望むのはあまりにも酷だ。

力なき正義ほど弱いものが無いことは歴史が証明している』

 

とりあえず最後まで聴いてどうするか考えなきゃ。

 

『ここに約束しよう!

私が勝利した暁には、手にした領地を拠点に、先に述べたこの国の欠陥を正していく。

国政を包み隠さずありのままに記したフェルキッシャー・ベオバハターを発行し、

種族による待遇の格差を解消する。

皆で民族団結を実現し、より盤石な国家を築こうではないか!

ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!』

 

『新領主候補者 アドルフ・ヒトラーさんの放送でした』

 

「くそっ、やられた!!」

 

頭を抱えてテーブルに突っ伏す。

牢獄に入ったきりそのまま忘れ去られていくと思ったけど、

この世界にも政見放送があったなんて!

 

「お、おい里沙子。大丈夫か……?」

 

「しぶとすぎでしょう、常識的に考えて!」

 

「お姉さま、落ち着いて」

 

「落ち着いてちゃ駄目なの。ただでさえヒトラーは支持率トップなのに、

政見放送で感化された奴や面白半分で当選させようとするバカが票を入れる。

そうなればもう彼を止めようがない」

 

「だからってお前があたふたしてもどうにもならねえだろ。

それに……もしヒトラーが当選したところで、別に大したことは出来ないと思うぜ?

権力の大きさは皇帝が領主を圧倒的に上回ってるんだからよ。

いち領主が極端な政策に走ったところで、結局は皇帝に止められるんだからさ」

 

「ワタシも、そう思う」

 

「ルーベルもカシオピイアもわかってない。

あたしだって1月前までは親衛隊なしのオッサンじゃ、脅威にもならないと思ってた。

でも、年末から今日にかけて、あっという間にこの国の状況が変わっちゃったじゃない。

今や人口の半分近くがナチス・ドイツの構成員。

あくまで賞金稼ぎのギルド扱いだけどさ。

あのオッサンはとにかく口が上手いのよ。

彼が領主になれば、いつか本当にヒトラーの親衛隊として組織される」

 

「それでまたホロ…コーストだったか?それをやるって言いたいのかよ」

 

「その可能性は捨てちゃ駄目」

 

「考え過ぎじゃねえの?」

 

「ヒトラーの秘書や生き残った部下は、

全盛期には彼のやることなすことが絶対だと信じ切ってた。

でも彼が自殺して敗戦を迎えた後、夢から醒めたように自らの間違いに気づいた。

自分は独裁者に騙されていただけだってね」

 

「そういえば妙な話ですね。里沙子さんの歴史では、ヒトラーは自殺した。

なら、さっきラジオで演説していた人物は誰なんでしょう」

 

「わかんない。ちゃんと遺体は連合軍に確保されたのに……」

 

「大方、拳銃自殺のショックで時空が変な風につながっちまったんじゃねえの?」

 

「いずれにせよ、

わたし達にできることは支持率2位の人に票を投じることくらいですね」

 

「ユーディかぁ。

そっちもそっちで問題なんだけど、この際贅沢は言ってられないわね……」

 

「ねーねー、今年はお正月まだ?そういえばクリスマスもちゃんとできてないんだけど」

 

「この問題が片付くまで我慢して。……服は洗濯カゴに入れた?」

 

「入れた。ちゃんと里沙子が洗ってよね」

 

「はぁ~あ……もう!」

 

あたしは、多分この企画始まって以来、一番大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

2月1日

私は昨日の政見放送に確かな手応えを感じていた。

やるべきことはやりきったつもりだが、投票日までを無為に過ごす私ではない。

グリザイユ女史の力を借りて、改めてサラマンダラス帝国各地を回っておる。

各地を周る度に、エルフ・魔女は勿論のこと、

見知らぬ人類からも声援を受けるようになった。モンブール領に足を運ぶ。

 

「おっ、ヒトラーじゃん!本物だ!おーい、手を振ってくれよ!」

 

「手は振るものではない。こうして真っ直ぐに掲げるものだ。

そしてジーク・ハイルもしくはハイル・ヒトラーと誇りを持って宣言する」

 

「今日は女連れか?余裕だなー」

 

「適切でない表現だ。彼女は“今日も”一緒だ。私の優秀な秘書である」

 

 

 

2月4日。

続いてミストセルヴァ領。沼地が多く、革靴で進むには難儀した。

 

「足が沈む。人が住むには不向きな場所だ」

 

「浮遊魔法はいかが?」

 

「せっかくだが遠慮しておこう。

原住民に、私がここを暮らしにくい不便な田舎だと見做していると取られかねん。

選挙ではイメージというものが重要だ」

 

「複雑なものなのね」

 

足を取られつつも一歩ずつ前進していると、

灰色の髪の不思議な女性が私に近づき話しかけてきた。

沼の上を漂ってきたことからして、彼女も魔女だと思われる。

 

「あのう、もし」

 

「なにかね。サインなら後にしてほしい。靴が抜けずどうにもならん」

 

「ヴェロニカと申します。つかぬ事をお伺いしますが、里沙子さんのお知り合いだとか」

 

「うむ。彼女には世話になった。しばらく前に別れてからそれきりだが」

 

「彼女は……里沙子さんはお元気でしょうか」

 

「至って健康である。選挙活動を始めた当初は行動を共にしていた」

 

「そうですか。いえ、それが分かれば十分です。選挙、頑張って下さい」

 

「ありがとう」

 

そして彼女は去っていった。

ここはハッピーマイルズとはかなり離れた領地だが、里沙子はずいぶん顔が広いらしい。

この後、結局グリザイユ女史に浮遊魔法を掛けてもらって沼を移動することにした。

やせ我慢を続けていたら10m進む頃には日が沈む。

 

 

 

2月8日。

今日は一足早くマニフェストの一部を実行に移すことにした。

人間に露出が偏っている現状を少しでも改善するため、

ヘル・ドラードに目立ちたがりの魔女を集め、

一言ずつ自己紹介をしてもらうことにした。

 

「はい!あたいは、粉塵爆発のメリクール。

小麦粉1袋あれば、並の砦なら粉々にできるよ!」

 

「私の番ね。星読みのリコシェ。

星座の位置から運勢や天気、調子が良ければ為替相場もある程度読める」

 

「オレだぁ!鉄砲水のフランチェスカ!とにかく水圧の力でムカつく野郎をぶっ潰す!」

 

「はじめまして。異端魔女のセントエルモと申します。魔女ですが、光魔法を少々。

ご予算に応じた治療プランをご提案致します」

 

「次は私ね!永久機関のオデッサ!私って雷属性と相性が良くてー、

マナの自然回復量と発動魔法の消費魔力量がトントンだから、

低レベル雷魔法なら永久に撃ち続けられるの!」

 

「ずるいぞ、長い」「次はあたしよ」「ちゃんと並んで」「私はまだかしら」

 

生憎ここで全員の自己紹介を書き記すには余白が足りないが、

重要なのは城が破裂するほどの魔女達が自らの存在をアピールし、

満足したということだ。

 

 

 

2月15日。

ここに戻るのは何日ぶりだろうか。

始まりの地、聖緑の大森林に帰還した私は、長老の家を目指して草原を歩んでいた。

鉤十字と勲章を身につけたエルフ達と語らい、景色を楽しみながらのんびりと進む。

 

「ラジオ聴いたよ、ヒトラー。おっと、ジーク・ハイル。なんだか難しかったけど」

 

「ジーク・ハイル。平和を求めるには団結が必要。それだけを覚えてくれればよい」

 

「あーれま。べっぴんさん連れてどうしたね、ヒトラー」

 

「頼れる秘書だ。彼女なくして選挙活動は成り立たなかっただろう」

 

「あら嬉しい。後は当選するだけね」

 

長老の家の前に立つ。体重を使って大きな扉を開いた。

中では相変わらず給仕係や機織りが仕事に打ち込んでいる。

床に敷かれた藁を踏みしめながら、最奥のソファに座る人物の前まで歩く。

そして彼の前で何も言わずに足を止めた。

お互いしばし見つめ合った後、私から話を始めた。

 

「久方ぶりである。長老」

 

「ヒトラーよ。お主の主張、しかと聞き届けた。

異世界における過去の諍いについてはワシにはわからぬ。

その出来事については時が来たら冥界の宰相に審判を仰ぐとしよう。

さて、その他におけるお主の理想には概ね賛同しておる。

ワシに投票権はないが、些か難解であったお主の演説を

若い者に噛み砕いて説明しようと思う」

 

「協力痛み入る。月末の勝利を期待してほしい。凱旋のパレードをお目にかけよう」

 

「くれぐれも気を抜くでないぞ。……して、そちらの魔女は?」

 

「グリザイユ女史である。我が選挙運動の功労者なのだ」

 

「よろしく。エルフ族の長老様」

 

「何故、魔王と懇意にしていた邪悪な魔女が人間に味方しておるのかを聞いておる」

 

特別、落胆も失望もしなかった。今、私の力になるならそれで良い。彼女の答えを待つ。

 

「人間に裏切られたから人間に味方しておりますの。なんて皮肉なお話でしょう」

 

「……まあよい。

魔王のように世界に仇なすことがあれば、今度こそ我らエルフがそなたを討つ」

 

「うふふ、それは恐ろしいですわね。でも、私は深淵魔女をやめることにしましたの。

あなた達と同じ。もっと広い世界が見たくなって、

薄暗い魔界とお別れして人間界を旅することに決めましたのよ?」

 

「なら良いが」

 

「長老。彼女が酔狂で破壊活動を行うような人物でないことは私が保証する」

 

「そうか。いいだろう。もう何も言うまい。残りの半月を有効に使うことだ」

 

「そうさせてもらう。我々はこれで」

 

私はグリザイユ女史と共に、次なる領地へ向かうことにした。

主だった領地は周ったが、勝利を手にする時まで油断はできない。

侍女のエルフ達が不安げに見つめる中、彼女が造り出した闇のゲートに歩み寄る。

 

 

 

 

 

2月29日。

ああ、とうとう何もできないまま投票日になっちゃったわ。

役所で投票用紙を受け取り、仮設投票所の図書館へ続く列に並ぶ。

この世界の選挙に参加するのは初めてだけど、

人間、エルフ、魔女の三種族が詰めかけてる状況は、あたしにとって拷問と変わりない。

こんなことなら期日前投票に行くべきだった。

 

「ヒトラーさん、どこ行っちゃったんでしょうね~」

 

「知らないわよ。それよりジョゼット。

ヒトラー“じゃない”方にチェックを入れるのよ?わかってる?

この際2番じゃなくていい、ヒトラー以外なら誰でもいいわ」

 

「わたくしだってそれくらいわかります~!」

 

「わたしは力になれませんが、気分が悪くなったら言ってくださいね。

水筒にお水を入れてありますから」

 

「ありがとエレオ。あなたは公人だから投票権がないのよね。

付き合わせちゃって悪いわね」

 

「いいえ。国の先行きが決まる大事な日ですから、わたしも何かしたくて」

 

「お、ちょっと列が進んだぞ。行こうぜ」

 

ノロノロと進む長蛇の列に、苛つきと軽いめまいを覚える。

 

「この際、元気なあんたに代理で投票お願いしたいもんだけど、

それはそれで委任状もらったり二人分のサインしたり手続きが面倒なのよね。チッ」

 

「そういうお前はどうなんだ。知り合いにヒトラー回避の依頼は済ませたのかよ」

 

「んんと、アヤでしょ?マリーでしょ?

将軍は……行政も担当してるからやっぱり投票権がない」

 

「えー!2人だけですか!?」

 

「人付き合いを疎かにしてるからそうなるんだ」

 

「うっさいわね!誰にでも限界ってもんがあるのよ!」

 

「皆さん、落ち着いて下さい……」

 

ぎゃあぎゃあ騒ぎながら並ぶこと1時間。ようやく図書館に入ることができ、

投票用紙のユーディの欄にチェックを入れ、投票箱に入れた。

そして図書館から出て行列から抜け出せて、やっと一息。

目一杯伸びをして新鮮な空気を吸い込む。

 

「ん~っ、はぁ。ぶっ倒れる前に目標達成できたけど、あまり希望はないわね」

 

「まだ諦めないで、神のご加護を信じましょう」

 

「そーね。後は野となれ山となれってやつだわ」

 

みんな疲れ切ってたから、しばらくその場で呼吸を整えてたんだけど、

投票を終えた人達のひとりが話しかけてきた。

 

「エレオノーラ様?このようなところにいらっしゃったのですか」

 

「シャリオさん。お久しぶりです」

 

「あら、シャリオじゃない。奇遇ね、あんたも投票に?」

 

「まあ…そんなところだ」

 

どこか暗い表情のシャリオ。そう言えば会うのはエルフの村でヒトラーが暴れて以来ね。

 

「元気ないわね。今までどうしてたの」

 

「あちこちを転々としていた。里には戻りづらくてな……」

 

「どうしてですか?あなたの故郷なのに」

 

「自分の判断が正しかったのか、間違っていたのかわからなくなったのです。

ヒトラーという人間に対する認識が。私は大型賞金首との戦いには最後まで反対だった。

しかし、彼の指揮の下、エルフは勝利を勝ち取り、新たな生き方を見つけるに至った。

自分はただそれを根拠もなく感情に任せて、皆の可能性を摘み取ろうとしていたのでは。

そう思うと、里の者に合わせる顔がないのです……」

 

「それは結果論よ。

あんな怪しいオッサンがみんなを戦いに連れ出そうとしてたんだから、

反対するのが当然じゃない。

勝てたから良いものの、負けてたらエルフはヒトラーの口車に乗せられて

無駄死にしたという結末しか残らなかったのよ?」

 

「そうです!シャリオさんは間違ってなんかいません。

あなたは皆を守ろうとしたのです。

それに、全員が戦いに賛成だったわけではありません。

シャリオさんと同じ考えの人もたくさんいたはずです。

どうか、胸を張って聖緑の大森林に戻って下さい」

 

「エレオノーラ様……ありがとうございます。

一度、長老のところへ顔を出しに行こうと思います」

 

「はい。次回の説法会でまたお会いしましょう」

 

「失礼します!」

 

立ち去るシャリオの後ろ姿を見送ると、まだあたしが精神的に疲れてたこともあって、

エレオの神の見えざる手で教会にワープした。

電車一駅分の距離でタクシー使うような罪悪感に見舞われたけど。

 

 

 

夜。全員がダイニングのテーブルに置いたラジオに釘付けだった。

 

『えー、只今投票が締め切られました。これより開票が行われる模様です』

 

ピーネは途中で飽きて先に寝たけど、あたし達は深夜まで開票速報を聴いていた。

どうにか奇跡が起こらないもんかしらねえ。

苦しい時の神頼みを限界まで加速して、ひたすら祈った。

 

 

 

>新領主選出選挙・開票結果

 

現在開票作業中。しばらくお待ち下さい。

 

 



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クリスマス特別編(5/5)

3月1日未明。

結論から言うわ。あたし達は負けた。……っていうか彼の思い通りになった。

 

『えー、ここサラマンダラス要塞に各領土の開票結果が持ち込まれ約6時間……

あ!ただいま結果が掲示されました!ヒトラー氏、アドルフ・ヒトラー氏当選です!

繰り返します。新領主選出選挙は、アドルフ・ヒトラーの当選が確定致しました!』

 

「あべし~……」

 

脱力してテーブルに倒れ込むあたし。みんなも一斉にざわつく。

ラジオだけがしつこくヒトラー当選のニュースだけを繰り返し流してる。

ルーベルがあたしの肩を揺する。

 

「おい、どうするんだよ!ヒトラー受かっちまったぞ」

 

「里沙子さん、わたくし達はどうすれば!?」

 

「新領地に独裁者が誕生してしまいましたわ。

パルフェムの祖国ではありえない事です……」

 

「お姉ちゃん。これから、新しい領地の人は、どうなるの……?」

 

「まずは落ち着きましょう。

前にルーベルさんが言ったように、皇帝陛下がいる限り

そうそう滅多なことはできないはず。

お祖父様とも協力して、彼の暴走を阻止しなければ!」

 

「まあ、決まっちゃったもんは仕方ないわ。諦めましょう。なるようになるわ」

 

ひとしきり落ち込んだあたしは、冷めきったコーヒーを飲み干して身体を伸ばした。

 

「呑気なこと言ってる場合かよ!この世界でヒトラーがまた……」

 

「あんな領地じゃ何もできやしないって。落ち着きなさいな」

 

「あんな領地って、どんな領地だよ?」

 

「新聞に載ってなかった?4つの領地の角が重なってできた猫の額みたいなスペース。

ほら、前に玩具のピストルで一悶着あったときに、あたし2本お話書いたじゃない?

1本目に登場したサボテンくらいしか生えないところ」

 

「えっ!あの街は実在するんですか!?」

 

「うん。実際には賞金首に占拠されてなんかないし、

旅人相手の商売で細々とやってるんだけど、

領主がいなくても成り立ってたからずっと放置されてたのよね。

帝国もやっと重い腰を上げたみたい」

 

「はぁ…わたし達はとんだ取り越し苦労をしていたんですね。

どうして教えてくださらなかったんですか?」

 

「みんな新聞か何かで知ってると思ってたのよ。

この様子だと毎日“玉ねぎくん”を読んでるあたししか知らなかったみたいだけど」

 

「……里沙子。言えよ!」

 

「そうですわ!お姉さまもお人が悪い!」

 

「ワタシ、眠くなっちゃった。もう寝るね……」

 

「悪かったわよ。あ、カシオピイアおやすみ。

でも、みんなも情報のアンテナ低すぎない?」

 

「ヒトラーさんの行動に一喜一憂していたわたくし達はなんだったんでしょう……」

 

「同じ悲劇が起きる可能性はゼロにしておきたかったのよ。

現に皇帝陛下や法王猊下もあたしらにヒトラーの監視を命じたじゃない。

お二人があの領地について何も知らなかったと思う?」

 

「そうですが……

本当、ジョゼットさんの言う通り、里沙子さんたらいじわるなんですから」

 

「オホホのホ、あたしにとっては褒め言葉よ。もう眠いからあたしも寝るわ。お先~」

 

ダイニングから階段を上り、私室に戻ったあたしは、

定期テストが終わった学生のような気持ちで久しぶりに安心して眠りについた。

 

 

 

 

 

同時刻。

ラジオの速報を聴いた私は、

ヘル・ドラードに集った支持者達と高らかに勝利宣言を行った。

 

「万歳!万歳!万歳!」

 

“万歳!万歳!万歳!”

 

魔女達はもちろん、私が誘いをかけた大勢のエルフ達も両腕を振り上げ万歳する。

歓声は止む気配を見せないが、私は声を振り絞り皆に訴えかけた。

 

「諸君、ありがとう!

理不尽な圧力や他候補の卑劣な妨害を跳ね除け、よくここまで耐え抜いてくれた!

今日の日に勝利を手にすることができたのは、

ひとえに諸君の忍耐と結束あってのことである!」

 

“ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!”

 

「夜明けの日がついに訪れたのだ!ここに宣言しよう!新生ドイツ第三帝国の建国を!

連合軍、共産主義、貧困、疫病、その他の外患から諸君を守る強靭なる国家である!」

 

どよめきが激しさを増す。隣のグリザイユ女史からも皆に言葉が必要である。

一歩下がると彼女が軽く頷いて前に出た。

 

「みんなのおかげでこの戦いはヒトラーの勝利に終わったわ。本当にありがとう。

ほんの一月前まで、私は自分の不本意な境遇を嘆くだけの無力な女だった。

でも、彼と出会って変わることができた。誇りを取り戻すことができた。

みんなにもそうあって欲しいの。まだかつての私のような人達はたくさんいると思う。

きっとヒトラーはそんな人達を導いてくれるわ。彼に、拍手を」

 

巨城を揺るがすほどの拍手。私の全盛期を思い出す。

これほどまでの栄光に浴することができるとは誰が想像したであろうか。

私を讃える大勢の民衆を前に、いつの間にか忘れていた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

3月8日。

あれから一週間後。あたし達は特別開放されたサラマンダラス要塞に、

ヒトラーの新領主任命式を見に来ていた。

ハッピーマイルズの市場とは比較にならない人混みで死にそう。さっさと始めてほしい。

なのにスーツ姿のヒトラーが要塞の事務方と揉めてるせいで、式の開始が遅れてる。

 

「ですから、“ドイツ第三帝国()”で間違いないんですね?」

 

「違う違う違う!何度言えばわかる!“ドイツ第三帝国”だ!領ではない!」

 

「あー、はい。ドイツ第三帝国の領なんですね。こちらにサインを」

 

「貸したまえ……うむ」

 

「では、正式な拝命手続きが終わりましたので、まもなく任命式が始まります。

陛下に失礼のないように」

 

「貴君に言われるまでもない!」

 

しばらくすると軍楽隊のファンファーレが鳴り響き、皇帝陛下が姿を現し、

赤い絨毯を歩いてグラウンド中央に組まれたステージに上がった。

周囲のざわつきが収まると、続いてヒトラーもステージの階段を上る。

二人が向かい合い、少しの間黙って互いの顔を見ると、

皇帝がテーブルに置かれた額に入った任命書を手に取った。

 

「……アドルフ・ヒトラー。ここに貴殿をドイツ第三帝国領、領主として任命する」

 

「我が身を粉にしてその命を全うしよう」

 

皇帝が任命書をヒトラーに手渡し、握手を交わした。

拍手の怒涛が巻き起こり、報道陣のフラッシュが辺りをまばゆく照らす。

そして軍楽隊がフランツ・フォン・スッペの「軽騎兵」を演奏し始めた。

アースから楽譜なりレコードなりが流れてきたんだと思う。

 

「貴殿の心の内はわからぬ。

だが、半数近い国民がそなたを信じて未来を託した。それは忘れてはならん」

 

「言われるまでもなく承知している。私はこの国に理想郷を作るのだ」

 

式典がクライマックスを迎えたところで、

皇帝とヒトラーが黒い車体を磨き抜いた高級馬車に乗り込んだ。

これから正式な領主を迎えたドイツ第三帝国領に向かうらしい。

馬車を見送ると、あたしはほっと一息ついた。

 

「どんな結果になるかと思ったけど、まあこんなところかしらね」

 

「本当にこれでよかったのでしょうか。

結局彼は領主として、ひとつの国の長となってしまいました……」

 

「エレオが心配するのも無理はないけど、あたしはよかったと思う。

前向きに考えれば、無理にヒトラーを地球に帰すより、

ミドルファンタジアに閉じ込めておけば、後々まで変な思想が残る可能性も低くなるし。

ホロコーストには間に合わなかったけど」

 

「そうですね。

わたしは彼が支持者の皆さんを裏切ることのないよう、祈り続けることにします」

 

主役2人がいなくなった帝都大通りから、徐々に人が去っていく。

あたし達も帰りましょうか。そろそろ頭痛とイライラと吐き気がピークに達する頃だし。

みんなでエレオと手をつなぎ、輪になった。

 

 

 

 

 

馬車を降り、ゆっくりと地平線に沿って視界を動かす。

そこは赤茶色の大地が広がる未開の地であった。

かろうじて道らしきものが見えるが、舗装されておらず、

ただ人や馬車が通って自然に砂が掃き出されたに過ぎない。

 

「落胆したかね。手にした領地は寂しい荒野だが」

 

後から降りた皇帝が話しかけてきた。

 

「愚問である。私にはドイツ第三帝国の輝かしい未来予想図しか見えていない」

 

ポケットから紙片を取り出し、広げてみる。あの日、牢獄で描いた理想の未来。

 

「成すべきことが山ほどある。

市街地の整備、アウトバーン建設、インフラの拡充。休んでいる暇はない」

 

「……貴殿がこの地の良き統治者になることを願っている。

左手に小さな町が見えるだろう。サンディ・ムーン。

今日からその政策事務所が貴殿の家だ」

 

皇帝が指し示した先には古い木造建築が立ち並ぶ小さな町。

サンディ・ムーンというらしい。

田舎町だろうと、我が国の領土が増えたことは喜ばしい。

ここを足がかりに、ドイツの新しい歴史が、始まるのだ。

 

「吾輩は帝都に戻る。後は貴殿の采配にかかっているが、ひとつ助言しておくと、

領土の運営にはまず騎兵隊を組織することだ。

ここには治安維持の機関が駐在所と保安官一人しかいない」

 

「うむ。では早速、武装親衛隊とゲシュタポを配置するとしよう。

まずは兵員を募集しなければ」

 

「さらばだ、ヒトラー。幸運を祈る」

 

皇帝は馬車に乗り帝都へ帰っていった。私はサンディ・ムーンに足を踏み入れる。

住人達は珍しそうに私を見ながら通り過ぎていく。

歓迎式典の準備が間に合わなかったことは理解できるが、

笑いながら中途半端に敬礼するくらいなら始めから何もするな。

この田舎者達には私の存在が伝わっていなかったらしい。

明日は住民に招集を掛けて私の領主就任を知らしめなければ。

 

途中、通行人に政策事務所の場所を尋ね、2階建ての小さな家にたどり着いた。

事務所と言っても、そこいらの民家と変わらない、くすんだ色の木造家屋だ。

中に入ろうとして鍵がないことに気づいたが、ドアノブに吊り下げられていた。

不用心である。乞食の巣窟になったらどうする気なのか。

 

ドアを開けてようやく我が居城に足を踏み入れると、

1階部分は本当にただの民家だった。階段を上る。2階には寝室と事務室があった。

事務室の中には大きめのデスク、キャビネット、

茶色くなった辞書や数十年前の明細書が詰まった本棚。今はこれでいい。

あまりにも小さな国会議事堂であるが、

異世界におけるドイツ再興の拠点としては申し分ない。

 

ゴミと変わらん紙くずを本棚から引っ張り出して任命書を立て掛ける。

ところどころ革の破れた椅子に座りデスクに着くと、

一仕事終えた解放感からどっと疲れが出てきた。

一息ついてシミだらけの天井を見上げていると、私のそばに静かな気配が現れた。

椅子にもたれたまま口を開く。

 

「フラウ・グリザイユ。大したもてなしはできそうにない」

 

「気持ちだけで結構よ。すぐに旅立つから」

 

「貴女の助力には感謝してもしきれない。

こうして2つ目のドイツ第三帝国を手にするに至った」

 

「それはお互い様。私も人間に葬られかけていた自分の存在意義を取り戻せた」

 

「行くのか」

 

「ええ。深淵魔女の肩書を捨てて、ただの魔女として世界を見る。

魔国でも旅しようかしら。貴方は?」

 

「まずは……犬を飼おうと思う。ブロンディには済まないことをした。

忠実なジャーマン・シェパードと最期まで付き添うつもりだ」

 

「そうなの。なら、これを渡しておくわ」

 

彼女が指を鳴らすと、事務所の中央に巨大な袋が現れた。

とんでもない重量で床が軋みを上げ、今にも抜けそうだ。

 

「これは?」

 

「昔、賞金首ごっこをしていた時に貯めた懸賞金。

誰も取りに来ないから貴方にあげるわ。私にはもう必要ないから。

金貨のままだと家に入り切らないからプラチナのインゴットに変えておいた」

 

「最後まで世話になる。別れとは辛いものだ」

 

「二度と会えないわけじゃないわ。縁があったら、いずれまた」

 

そして彼女は手を振りながら、宙に描いた魔法陣をくぐって消えていった。

秘書を雇う必要があることを思い出したが、

彼女以上に優秀な人物はきっと現れないだろう。

だが、いつまでも感傷に浸ってはいられない。

再び一国一城の主に返り咲いた私は、ポケットから金属製のケースを取り出し、

くず箱に放り込んだ。

 

 

 

 

 

3月のある快晴の日。

最後に、あれから世界がどうなったのか報告しておくわね。

安心して。ヒトラーは“今の所”まともな統治をしてるみたい。

まあ、暴れようにも狭くて何もないあの領地じゃ、

巨大なSSを組織したり強制収容所を建てる余裕がないんでしょうけど。

周辺4つの領地が睨みを利かせてる事情もあるっぽいわ。

 

魔女やエルフ達はまだ鉤十字を手放していないけど、

これに関しては飽きてくれるのを待つしか無い。

ヒトラーを追ってドイツ第三帝国領に移住した人もいるみたいだけど、

領地が狭くて早くも過密問題が発生してる。

足元の問題を片付けるまで、当分ハウニブの開発はお預けね。

 

昨年末から散々彼に振り回されたあたし達にもようやく平穏が訪れた。

新領主選挙が終わって街も元通りになったわ。

この前ロザリーに会ったけど、鉤十字のワッペンと腕章はもう着けてなかった。

どこかの世界で思う存分自己主張して気が済んだ先輩が、

あまりヒトラーに執着しなくなったから、外しても気にしなくなったんですって。

 

結局、あたしがどうしてヒトラーが自殺した歴史を知っていたのかは謎のままだった。

行方知れずになった彼を連合軍が死亡扱いにしたのか、

ただ時空が変な形でつながったのか、

パラレルワールドからの来訪者だったというベタなオチだったのか、

今となってはわからない。

 

でも、前にも言ったように物事は前向きに考えようと思う。

地球の鼻つまみ者をミドルファンタジアに閉じ込めることができた。

それでいいんじゃないかしら。

と言うより、あたしだって帰る方法がないんだからどうしようもないんだけどね。

 

それで、あたしは今なにをしてるのかって?

去年中断したクリスマス、お正月、ひな祭りの埋め合わせ。

ジョゼットと和洋折衷のご馳走を準備してるのよ。

年末から何もイベントがなかったピーネの不満が溜まりきってるから、

早いとこ伊達巻を焼き上げないと。

せかせかと働くあたしらと違って、ラジオはマイペースにDJのトークを流し続ける。

 

『選挙が終わってブームも一段落したヒトラーさんですが、

また何かお祭り騒ぎを起こしてくれないか、密かに期待しているアレックスです。

それでは次の曲に参りましょう!

サグドラジル領にお住まいの、PN雪は降る貴方は来ないさんのリクエスト、「軽騎兵」。

アレックスも勇壮な感じのこの曲は大好きです。

最近アースのレコードがじゃんじゃん入ってきてますからね。行ってみましょう!』

 

そしてクラシックの名曲が始まる。

あたしは角型フライパンを手首の力加減で跳ね上げた。

 

「よっと」

 

伊達巻をひっくり返してふと思う。スターリンが来なかっただけまだマシかもね。

そんなわけで今回の騒動はこれでおしまい。あたしも枕を高くして寝られる。

また変な客さえ来なければの話だけど。

みんなは良いクリスマスと元旦を迎えられたことを祈ってるわ。また、近いうちに。

 

 

 

 

 

──面倒くさがり女のうんざり異世界生活 クリスマススペシャル

ヒトラーが街にやってきた編

 

(完)

 

 



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国際会議編 第二幕
ミニッツリピーター以来のとんでもねえ衝動買いをしてしまったわ。


皆さんお久しぶり。元気してた?毎度おなじみのオススメ映画紹介コーナーを始めるわね。

今回のテーマは『ミスター・ノーボディ』。

“一度西部劇を見てみようかな、でも血生臭いのはちょっと……”って方に是非ご覧頂きたいわ。

 

確かに銃は撃つし敵も死ぬんだけど、グロいほどの出血表現はないし、

主人公のノーボディ(誰でもない)も飄々としたお調子者キャラ。

彼がゴロツキをコミカルな方法で翻弄してしばき回すのが楽しくて

マカロニ・ウエスタン特有のバイオレンス加減がマイルドになってるの。

 

でも安心して。終盤でのワイルドバンチ(悪党集団)との決闘では

エンニオ・モリコーネ作曲の勇壮なBGMが流れる中、

伝説の老ガンマンと150人の無法者達との死闘が描かれ、

西部劇の醍醐味である手に汗握るガンアクションもちゃんと用意されてる。

 

それにしても、汽車の中でノーボディと老ガンマンが食ってた豆のスープみたいなもの、

美味しそうだったわ。レシピがあればあたしも食べてみたいものだわね。それから……。

 

「やめろ!お前の趣味に何文字使う気だ!真っ先に言うことがあるだろうが!

なにが“でも安心して”だよ!この企画の先行きに不安しかねえよ!」

 

再開早々ルーベルが意味のわからないことを言う。

喋り続けて喉が渇いたからブラックを一口含んでから尋ねてみる。

 

「んく、他に何があるっていうのよ。

今日は別に騒動もイベントも伝達事項もないから

このオンボロ教会からうんざり生活をお送りしてるんじゃない」

 

ま、奴が生き返ってこの企画が再スタートしたわけだけど、

例によって物語が始まるのはここ薄暗いダイニング。

ルーベルがテーブルの向かいからあたしにおもっくそ顔を近づけて凄んでくるけど、

何をそんなに怒ってるのよ。

 

「や・ま・ほ・ど・あるだろうが!

まず長期休載及び今後もスローペースの更新になることについてお詫び!次に国際会議編の現状!

それになんだ、あのクリスマス特別編は!時間飛び超えてまで変なおっさん連れてきやがって!

ミドルファンタジアはゴミ捨て場じゃねえんだぞ!」

 

「あたし的にはそれプラス、ハーメルンで歌詞の使用が解禁されたことがビッグニュースね。

これからは綱渡りして歌詞と認められない長さを見計らって

掲載するスリルを味わうこともないんだわ。早速一曲歌おうかしら。

ちなみにヒトラーはアウトバーン延伸を巡って隣接する領地と係争中。

真面目な話、あの内容に賛否両論あることは承知の上だけど、

クリスマスプレゼントとして読者の方々に何か日頃のお礼がしたくて

2019年春頃から書き溜めてたんだから大目に見てやってよ」

 

「あれが礼だと?とんだ恩知らずだな、おい!!」

 

テーブルを殴るルーベルは最初から怒りっぱなし。

やだもう、カップのコーヒーがちょっと跳ねたじゃない。大声出さなくても聞こえてるわよ。

 

「ど、怒鳴らないでよ!正統派のやつが観たいなら『夕陽のガンマン』から始めて……」

 

「まだ言うか!!」

 

「わーかったから!

国際会議編第二幕を始めるに当たってみんなを集めて今の状況を確認しましょう。

長くなるだろうからおやつを用意するわ。ちょっと待ってて」

 

「早くしろよ?」

 

「はーい」

 

あたしは冷温庫からこの間仕込んどいたチョコレートムースを取り出し、

キッチンペーパーを敷いたまな板にケーキ型をひっくり返して完成品を取り出す。

うん、いい感じに固まってる。

 

「おい、“この間”っていつのことだよ。

お前がお菓子作ったことなんてバレンタインデー以外じゃ一度しかねえよな?」

 

「ああ、それならエピソード『生クリームがいくら混ぜても~』を参照してちょうだい。

マリーのおかげでちゃんと固まった。あと普通に心読むな」

 

「はぁ!?掲載したの2019年9月1日(日)だろうが!何ヶ月前のブツだよ!

とっくに腐ってるはずだろう!」

 

「今更何言ってるのよ。いつか言ったけど、この企画は時空がねじ曲がってるから

冷温庫の中の時の流れがちょっとおかしいのよ。数ヶ月前が昨日だったりするから気にしないで。

あんたもあたしも年取らないでしょ?」

 

「本っ当、適当な企画だよ……」

 

呆れた様子でブツブツ言ってるルーベルをほっといて、

あたしは少しはずんだ気持ちでチョコレートムースにお湯で温めた包丁を入れる。

そりゃ、クソみたいな企画だけど、何年も暮らしてるとそれなりに愛着が湧いてくるのよ。

日常ってものが戻ってきて嬉しくないわけじゃない。

人数分にムースを切っていると自然と歌が出てくる。

 

「♪フフンフーン 時間も分からない~ 暗闇の中で~ まばたきもなく~

Deep Breath We need it just focus! Year!!」

 

「……里沙子。お前、本当は明るいやつだろう?」

 

「冗談よしてよ。この企画1話から読み返したら?

さあ切れたわ。後はこれを小皿に取り分けて、と」

 

切り分けたチョコレートムースを小皿に載せてせっせとテーブルに運ぶ。

あら?あたしってこんなに働き者だったかしら。普段なら全部ジョゼットにやらせるのに。

まだ“奴”が本調子じゃないみたいね。まあ、そこら辺はもうしばらく生温かく見守ってやって。

 

「準備オーケーね。次はメンバーを招集しなきゃ」

 

「おう。みんなを呼んでくる。待ってろ」

 

「その必要はないわ」

 

あたしはまさに深く息を吸うと、腹筋に力を入れる。そして。

 

──おやつああああああぁぁ!!

 

教会の隅々まで届くよう大声で叫んだ。

 

「うるせえな!やっぱり今日のお前おかしいぞ!」

 

「全員の名前呼んでると時間かかってしょうがないでしょ。ほら出てきた出てきた」

 

ワクワクちびっこランドの住人ピーネを始めとして、みんなが各自の部屋から集まってくる。

 

「おやつですって?里沙子にしては気が利くじゃない」

 

「まあ、ひょっとしてそれはお姉さまの手作り?パルフェム感激ですわ」

 

「お姉ちゃんの、ケーキ……。嬉しい」

 

「里沙子さんのお菓子をいただけるのは久しぶりですね。

確か前回はバレンタインという催しがあったときだと記憶しています」

 

「わーすごい!里沙子さんが女の子らしいことしてます!きちんとケーキの形になってますし!」

 

「お黙りジョゼット。再開早々ゲンコツ食らいたくなかったら全員に茶を入れなさい」

 

「あ、はい……」

 

「ほー。この前作ったチョコレートムースが無事完成したわけですな。

マリーさんも少々手伝ったから出来栄えが楽しみだよ」

 

「なあ、お前らあの呼ばれ方で普通に出てきたが誰もツッコむやつはいないのか?」

 

ごめんなさいね。

国際会議編第二幕が始まったけど、物語の本格始動まではまだ時間がかかりそうなのよ。

もうちょっとだけくだらねえ展開にお付き合いください。

それと、エリカがいないのは意図的なものよ。

どうせチョコムース食えないから位牌の中で寝させてる。

 

とは言え、ここらで“らしい”事しとかないといい加減ルーベルがキレるから、

全員に皿とフォークが行き渡ったところで自分から話を振る。

 

「みんな飲み物は回ったー?

まず、国際会議編中断時点のあたしらの現状について再確認したいんだけどいいかしら」

 

「いいよん。ええと、確かリサっちが

スペード・フォーミュラって組織から狙われるようになったことが始まりだよね」

 

「その際、ハッピーマイルズの街で多くの市民が犠牲になりましたね……。痛ましい事件でした」

 

「その犯人はどっかの賞金稼ぎかボランティアか放火魔かキ印に殺されたから

一応その件は解決したんだけどね。まだまだ仲間がいやがったのよ、厄介なことに」

 

「フリーズ、マルチタスク、レプリカ?」

 

「そ。ありがと、カシオピイア。フリーズって女はあたしと似たような能力者だったんだけど、

なんとか偶然発動したクロノスハック・新世界で追い返せた。

でも悲しいことに、追い返したってことは死んでないってことだから

また来る可能性が大なのよね」

 

「マリーさんとしてはそう悲観することもないと思うけどなぁ。

皇帝陛下からの連絡によると、こないだ捕縛したレプリカってやつが

取り調べであっさり口を割ったから、連中の潜伏先がわかったらしいんよ」

 

「本当かよ!それでどうなった!?」

 

これにはあたしもビックリねぇ。のんびり休載してる間に急展開があったみたい。

ピーネは話に加わろうともしないでチョコムースに夢中になってる。

 

「帝都の郊外にある豪邸をアジトにしてたんだけど、

奴ら鼻が利くみたいで軍が突入した時にはもぬけの殻だった。

だからこれに関しちゃグッドニュースばかりとも言えないんだなこれが」

 

「どういうことですの?」

 

「つまり、彼らは帝国中に散り散りになってかえって捜査が難しくなったということです」

 

エレオノーラがパルフェムに説明してくれた。

あたしも口の中がケーキで一杯だったから助かったわ。サンクス。

 

「ま、聖女様の言う通りだけど、

拠点を失ったメンバーは今後ルビアから大規模な支援は受けられない。

そう考えるとスペード・フォーミュラの攻撃規模は縮小されるだろうから

ウチらが隙を見せなきゃ大丈夫とも言える」

 

「もご。そうそう、ルビアよルビア。何その変な国。北朝鮮みたいな真似して何がしたいのよ」

 

「サラマンダラス要塞の機密事項だから軽はずみなことは言えないんだけど、

今度の国際会議でトライトン海域共栄圏の結束を崩しにかかってるってのが

マリーさん達の見方だよ。先進4カ国で共栄圏に加盟してないのはルビアだけだからだね。

発言力低下を恐れての暴挙だと思うよ」

 

「なんとかその国叩けねえのかよ、マリー」

 

「証拠がないから無理だなぁ。レプリカひとりの身柄だけじゃ、トカゲの尻尾切りが関の山だし」

 

「本当面倒くさい事態に巻き込まれたもんだわ。あたしが何したってのよ。

ろくな構想もないのに長編なんか始めるから……」

 

♪リリン、ロン リリン、ロン

 

その時、ポケットの中のスマホが鳴った。

この世界であたしのスマホに着信がある状況はすごく限られてる。

 

「ごめんね、みんな。ちょっと待って。

はい、あたし。……ねえ、後にしてくんない?あたしら今大事な話してんのよ!

……ええ?どういうことよ。なになに?もっかい言いなさい!マジなの!?」

 

“奴”とのやりとりに集中してたけど、皆がただならぬ様子のあたしを見ていることはわかる。

 

「このドアホ!なんでそういう大事なことをあんたは今まで……!!

もういい、勝手に孤独死してなさい!ったく」

 

あたしが通話を切ると、ルーベルが恐る恐る連絡の内容を聞いてくる。

 

「な、なあ里沙子。あいつが、なんだって?」

 

「みんな、落ち着いて聞いて。実は、このうんざり生活にパクリ疑惑が掛けられているのよ!」

 

「おーし、話の続きだ」

 

全員が“驚かせやがって”と言いたげに、鬱陶しさを隠さず佇まいを直した。

 

「待ちなさい!最後まで聞きなさいな!

この企画の品格や名誉に関わる重大インシデントなのよ!?」

 

「お前も“奴”も、脳幹に苔でも生えてるのか?

品格や名誉なんざこの企画に一度でもあったのかよ!?その上パクリ疑惑だ?

おおっぴらにゴルゴ13やアサシンクリード、エルシャダイまでパクった今頃になって

疑惑もクソもねえだろうがこの三流SS製造機が!」

 

「あたしのせいじゃないのに、そこまで言うことないじゃない!」

 

「じゃあ奴に伝えとけ。お前は三流だって」

 

「パルフェム言わせれば、“そんなことないよ”って言ってほしい感も漂わせてますわね」

 

「だから聞いてって。奴だって今まで色んな作品パクってきたことはわかってる。

それがわからないほどバカではない。一応多分ね。でも今度は性質が違うのよ、性質が」

 

「2分だけ聞いてやるからさっさと説明しろ。気が済んだら目下の課題に戻るからな」

 

あたしはコホンと咳払いをしてから、

何もわかっちゃいない呑気な住人に差し迫った危機について説明を始めた。

 

「今までこの企画でメタルマックスのテッド・ブロイラーを始めとした

他作品のキャラをパクってきたことは認めるわ。

でもそれは明らかにパクリですよ~ってわかるタイプのパクリ。

つまり簡単に引用元がわかるパロディと呼べる可愛げのあるものだったのよ」

 

「言っとくが、断ればパクっていいわけでもないからな?」

 

「わかってるってだから!でも今回はそんな甘っちょろいもんじゃない。

読者にばれないようにこっそりアイデアを盗む悪質なパクリをしているかもしれないという容疑が

この企画に掛けられてしまったの!」

 

「お茶のおかわりはいかがですか?」

 

「ジョゼットもいいから聞きなさい!

いい?今回の事件が発覚したのは奴がプチ入院してた時のこと。

暇つぶしに病室でFate/Grand Orderっていうスマホゲーをプレイしていたときに

気づいたらしいの」

 

「病で伏せっているなら、遊んでいないで寝ているべきだったと思うのですが……」

 

「エレオの言うとおりだけど今は聞いて。その時、奴がとんでもないことに気づいてしまったの」

 

「もったいつけておらず話を進めるのじゃ」

 

「あ、エリカいたの?

とにかく、そのゲームじゃ戦闘時に他のプレイヤーの育てたキャラを1体借りられるんだけど、

候補の中にエレシュキガルって女の子がいたらしいのよ」

 

「そいつがどうした」

 

「なんと、その娘はランタンを使って使い魔で攻撃をするのよ!

しかもググってみたら冥界の重要人物らしいじゃない。……ここまで聞いて誰か思い出さない?」

 

そこまで説明してようやくみんな首を傾げて考え始めた。

そして一番初めに気づいたエリカが素っ頓狂な声を上げて、

あたしの意味するところを酌み取った。

 

「おおっ、それはまさに死神の……。誰であったか?」

 

「ポピンス!体の大きなお子ちゃまよ!

あいつだってランタンで魂やら操るし、死神っていう冥界の関係者じゃない!

ヒエラルキーは多分下の方だろうけど!」

 

「偶然じゃねえの?いちいち気にしてたらキリがねえって」

 

「そうですね。

前書きにも“読者に伝わるか考慮せず、作者の興味のあるネタを断り無く盛り込む作風”だと

断り書きが書かれているので、心配する必要はないのでは」

 

「それだけじゃないわ。

魔王編の決戦の時に、サグトラジルってとこの領主が

チェーンブレードっていう鎖状の刃物を使ってたわよね?」

 

「思い出せねー。そんなやついたっけか?」

 

「いたのよ!そして恐ろしいことに鎖の武器を使ってるキャラもFate/Grand Orderにいた!」

 

「誰?」

 

「うん、全然興味なさそうなのに聞いてくれてありがとうカシオピイア。

その名は……。アスフォルト!女の子みたいな男の子よ!

彼女っていうか彼も剣を持ってるのに

どういうわけか斬りかかるときには鎖でズタズタに敵を引き裂くの」

 

「あのう、結局里沙子さんというより電話の主は何を言いたいんですか?」

 

「あたし達が知らず知らずのうちに悪質なパクリを繰り返しているかもしれないってことよ!

確かに“奴”はFateシリーズについてはほとんど何も知らない。

スマホゲーを始めたのも単に流行ってるからなんとなくプレイしたに過ぎない。

だけど、Fateは歴史あるゲームでメディアミックスも多方面に渡ってるから、

知らないうちに問題の2人を目にして無意識のうちに

彼女達の特徴を自分のキャラとして盛り込んでしまった可能性が否定できないの!」

 

「そっか……。そりゃあ、なんとなく私達としても不本意だな。

ウチがどうにもならないダメ企画だってことはとっくに諦めてるが、

それでも越えちゃいけない一線ってものは守ってきたつもりだ」

 

「ようやくわかってくれたのね、ルーベル。

それじゃあ、同じ過ちを繰り返さないように対策会議を始めましょうか」

 

「それは断る」

 

「なんで!?」

 

「Wordの左下見てみろ。今何文字だ?このくだらねえダベリでもう6000字も使ってるんだぞ!

ネタかぶりの問題なんざ奴の発想力の貧弱さが招いた自業自得だろうが!

自分で気づけないなら、読者に発見次第ご連絡くださいってお願いしろ馬鹿野郎!」

 

今後、クロスオーバーやパロディの範囲を超える引用元の掲載なき

剽窃と思われる表現を発見された場合、ご連絡を頂けると幸いです。

表現の変更など可能な処置を取らせていただきます。ご協力よろしくお願い致します。

 

「こちらについては“パクリなんかじゃないよ”と言ってほしい

構ってちゃん根性が見え見えですわ。みみっちい男ですこと」

 

「そもそも、“クロスオーバーやパロディの範囲を超える剽窃”って

どのくらいが該当するんでしょう。基準がわかんないです……」

 

「そうねぇ。エピソード『ウィスキー買ったけど~』が目安になるんじゃないかしら。

ポ○テピピックの4コマネタ丸パクリだったじゃない。

あんまりひどい出来だから一時期削除することも考えたけど、

反省と自分への戒めとしてまだ残してある、らしいわ。」

 

「いいから座れ、里沙子。国際会議編に話を戻すぞ。あー、怒鳴りすぎて喉が痛え」

 

「ちぇー、わかったわよ」

 

いつの間にか立ち上がっていたあたしは、

当企画のコンプライアンス遵守に前向きでない住人に失望しながら席についた。

……ついた途端、異変に気づく。あたしだけじゃない。

さすがにピーネもフォークを止めて聖堂の方を見る。

強烈な圧迫感と突き刺すような気配が閉じた扉から流れ込んできて、

皆、自然と呼吸が浅くなり否が応でも緊張感がピークに達する。

 

「……玄関ノック以外で厄介事が訪れるのは何気に史上初かも」

 

「里沙子さん」

 

「だーいじょうぶ。エレオ達はここにいて。面倒事はあたしが対処してこそこの企画なんだから。

パッと片付けて帰ってくるわよ」

 

「あんま死亡フラグ立てんなよ。……なるべく早く、だぞ?」

 

「そのセリフも死亡フラグってことわかってる?」

 

ガンベルトをしっかり締めると、あたしは聖堂に向かい、

ピースメーカー片手に頑丈な造りの玄関を一気に開け放った。外は芝が生い茂るなだらかな丘。

そこに、不気味な気配の元凶がいた。

 

魔法使いのようなつばの広い黒の三角帽子に同色のロングコート。

背が高く左頬に長い傷跡を持つ男が、黙ってあたしを見つめている。

腰のホルスターには、あたしと同じくSingle Action Army。

しばらく見つめ合っていると、彼の方から口を開いた。

 

「斑目、里沙子か」

 

「……ふーん。見た所あんたがスペード・フォーミュラのリーダーってことでいいのかしら。

スラッシュやフリーズとは全然殺気が違う。名前は?」

 

「ジ・エンド」

 

「“終わり”かぁ。どうせろくでもない能力持ってるんでしょうね」

 

「お互いに、な」

 

「フリーズって人、お元気?できれば二度と会いたくないんだけど」

 

「もう来ることはない。ここでケリをつけよう。俺とお前の存在を賭けて」

 

「やっぱそうなっちゃうのね。腰のピースメーカー、バレル7.7インチの騎兵(キャバルリー)モデルね。

重厚感のあるフレームがイカスけど、あたしの体格じゃ早撃ちには不向きなのよ。羨ましいわ」

 

民間(シビリアン)モデル……。4.75インチなら確かに撃ちやすいだろう」

 

「おたくら本当に何者?

アースの銃を知ってる割には、私魔法使いですって言わんばかりの帽子被っちゃってさ」

 

「じきに、わかる。生き延びられればの話だが」

 

「そう。このくらいの腕前なら生きて帰れるかしら…ね!」

 

あたしはクイックドローでピースメーカーを抜き、ファニングでジ・エンドの帽子を撃ち抜いた。

2つの銃声が奔り、大きな三角帽子が宙を舞う。これは先制攻撃じゃないのよ?

彼は地に落ちた帽子を視線だけ動かし視界に入れた。

 

「……穴が、3つ。1つの穴に2発目を撃ち込んだか。腕は、互角」

 

「早撃ちに限れば、そうかもしれないわね」

 

「そろそろ始めよう。古き良き決闘。そうはならないだろうが」

 

「望むところよ、いらっしゃい!」

 

唐突に始まった銃撃戦。あたしとジ・エンドは、コルトを構えて

今度こそ互いの急所を射抜かんとする、本当の殺し合いに突入した。

 

 



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セーラームーンの人達が結局何と戦ってたのか思い出せない

あたしとジ・エンドは彼我の距離を取りつつ円を描きながら草原を駆け始める。

ジ・エンドはキャバルリーを抜き、あたしは今撃った2発の装填をしながら。

突然始まった決闘。どっちが勝っても再開したばかりの国際会議編はあっという間におしまい。

それだけは避けなきゃね。

 

脚を止めずにピースメーカーから排莢、

ガンベルトから抜いた予備の弾をローディングゲートから装填。

よし、某ゲームのセリフだけどリロードって本当に銃に命を吹き込んでいるようだわ。

よく覚えてないけどメタルギアだった気がする。

とにかく攻撃の準備が整ったあたしは銃を敵に向ける。今度こそ眉間に狙いをつけて。

 

両手でグリップを握り、脇を締めてアイアンサイト越しにジ・エンドを見る。

その瞬間、銃声と共に熱を孕んだ弾丸があたしの顔のそばを通過していった。

あと2.5インチ横にずれてたら彼のファニング・ショットがあたしの眉間を貫いていたわ。

ワンテンポ遅れて足元に、とさっと何かが落ちる。

 

「……帽子のお返しかしら?」

 

「そう思ってもらっても構わない。次は、当ててみせよう」

 

.45LC弾にちぎられた片方のおさげが風で転がっていく。なるほど、彼の言う通り腕は互角ね。

奥の手の特殊能力を発動しないってことは、まだ様子見してるってことかしら。

だからってのんびり本気を出すのを待ってたら自殺するのと変わらない。

こういう場合って先に仕掛けたほうが負けるってのがお約束だからやりたくないけど、

こっちから素早く畳み掛けるしかないわね。

 

少し息を吸って、精神を集中。

体内でマナを燃やし魔力を循環させると、それに気づいたジ・エンドが身構える。

そして一瞬だけクロノスハックを発動して、あたしもファニングで一発放った。

贅沢にヘッドショットは狙わない。

腹に一撃食らわせれば銃も能力も大幅に性能をダウンさせることができる。

 

銃口から飛び出した弾丸が、黒ずくめの男へと突き進む。狙いは正確だった。

だけど弾は命中する直前で速度を失い、彼の足元に落ちてただの鉛の塊となる。

……間違いない。弾が止まる瞬間、ジ・エンドを中心に世界が暗くなった。

 

「ふぅん、それがあなたの能力?」

 

「生命体の活動を除く“全てを、終わらせる”」

 

「それであたしの攻撃もあなたに届く前に終わっちゃったってことね」

 

「お前の能力も、見せてもらった」

 

「こっちだけ秘密ってのもフェアじゃないわね。

そう。体感時間を極限まで遅くして擬似的に時間を止める。

実はもう1段階上があるけどそれは教えてあげない」

 

「それだけわかれば十分だ」

 

「あなたの方も魔法って感じでもなかったわね。詠唱もないし。

ひょっとしてあたしと同じタイプ?」

 

「さあな」

 

「まあ、殺しの相手にベラベラ秘密を喋ってくれるはずもないか。

ところで話は変わるけど、おたく映画は見る?あたし西部劇が好きなの。

さっき“ミスター・ノーボディ”の面白さについて語ってたら仲間に怒られちゃってさあ。

理不尽よね」

 

「……“拳銃のバラード”」

 

「趣味が合うじゃない。若い賞金稼ぎと謎のベテランガンマンの共闘は見ものだし、

劇中で神父が殉職した用心棒に捧げた祈りをそのまま歌詞にしたEDテーマなんて最高よね。

……で、あなたはこのマカロニ・ウエスタンの傑作をいつどこで観たのかしら」

 

「それは……」

 

「やっぱりか。あんた達もあたしと同じく地球から来たのね」

 

「ああ」

 

「どうしてそんなご同類が殺し合いなんかしなきゃいけないのかしらねぇ。ルビアだっけ?

よく知らないけど、訳わかんない国で殺し屋まがいのことやってる理由は何?

本名も教えてくんない?」

 

「知りたければ、聞き出してみることだ。……力ずくで!」

 

お喋りタイムは終わり。

マントのように長いコートを翻し、再びジ・エンドがキャバルリーを構える。

あたしも愛用のピースメーカーのハンマーを起こし、ミニッツリピーターの竜頭を二回押した。

金時計から膨大な魔力が注ぎ込まれる。

彼の言った通り、古き良き決闘が超能力バトルになっちゃった。

でも贅沢は言ってられないわね。ここで死ぬわけにはいかない。

 

ジ・エンドがトリガーを引ききるまで0.27秒。再度クロノスハックを発動。

更に精神を周囲の事象とシンクロさせ、あたしと世界が一体化した瞬間、世界に停止を命じる。

全宇宙の活動を形作る歯車をイメージし、そのひとつを強引にねじ伏せる。

今度は単なる高速移動じゃなくて、完全な時間停止。

世界が色を失いモノクロが支配する静寂が訪れた。

 

──クロノスハック・新世界!

 

森羅万象はあたしのもの。

写真の中の住人のように、ジ・エンドは銃を構えたまま動かない。

動けない人間を撃つのは少々気が引けるけど、急所を外せば問題ないでしょう。

あたしは銃を封じるため、彼の右腕に一発。時間は止まってるけど、時間がない。

新世界で完全時間停止を維持できるのは、今の所6秒程度。この一撃が最初で最後。

 

ピースメーカーが火を噴き、弾丸がジ・エンドに食らいつく。

前腕に命中し、スペード・フォーミュラのトップを無力化……したと思った時だった。

 

「ぐおォオオおオ!!」

 

彼の咆哮と共にジ・エンドの全身から黒の気流が吹き出し、

あたしのクロノスハック・新世界に抗い、身をよじって間一髪で銃弾を回避。

 

「ちょっ、なんで!?」

 

そう口にした瞬間、魔力が尽きて新世界が解除された。

あたしの体内にも金時計の内部にも、魔力はこれっぽっちも残っちゃいない。

少なくとも今日はもう二度目を発動することはできない。

というより、疲労が激しくてこれ以上の戦闘自体が無理っぽい。だけど。

 

「ごほ!…ぜえ、はぁ…。よくわかった。フリーズが押し負けるわけだ。

全力で“この戦闘を終わらせて”いなければ、俺が二の舞になっていたということか」

 

二度深呼吸をしてから彼に答える。

 

「ふぅー、はぁー……困ったわね。射撃だけじゃなくて、能力まで互角だなんて。

これじゃ千日手じゃない。あんまりバトル展開引き延ばしたくないのよね。めんどいから」

 

「案ずることはない。今言ったが、俺の能力で“この戦闘”は終わりを迎えた。

ここでお前を仕留められなかったことは正直、厳しい。

だが、近いうちにまた会うことになるだろう。さらばだ」

 

「あ、待ちなさい!」

 

ジ・エンドの体が透けて空間に溶け込んでいく。もう一度撃ったけど弾がすり抜ける。

重い足を引きずって捕まえようとしたけど、たどり着いた時には完全に消滅していた。

何も掴めなかった手をなんとなく握ったり開いたりしてみる。

 

「ったく、本当にどうしたもんかしらねぇ。ああ面倒くさい。時々東京に帰りたくなるわ」

 

 

 

結局敵を取り逃がしたあたしがダイニングに舞い戻ると、

全員が一斉に問いかけをぶつけてくるもんだから、

なんかもう、腰の物で頭ぶち抜いて終わらない現実逃避に走りたくなる。

 

「里沙子さん!大丈夫だったんですか!?何発も銃声がして、わたくしもう心配で……」

 

「見りゃわかるでしょ。大丈夫じゃなかったら今頃エリカの仲間入りしてた」

 

「お姉ちゃん、三つ編み、片方が……!」

 

「もうちょっと弾道が横だったら額に穴が開いてた。奴さんもなかなかやるわ」

 

「その曲者は成敗したのでござるか!?」

 

「逃げられた。名前はジ・エンド。能力は終わらせること。ターミネーターでもあるまいし」

 

「ふむふむ。すぐ皇帝陛下に報告しなきゃだね。ピア子、一緒に来て。

聖女様、申し訳ないんですけど転移魔法で帝都まで送っていただけませんかね?」

 

「了解しました」

 

「任せてください」

 

「そうそう、リサっち。ジ・エンドとやらの人相や風体を教えてよ。手配書作るのに情報が必要」

 

「やたら背が高くて魔法使いみたいな黒い帽子と同色のロングコート着てた。左頬に傷。

あたしのと似たような銃を持ってる。

それと……連中もあたしと同じアースの人間。昔の映画知ってた。あたしも好きなやつ」

 

「マジなの、それ?」

 

「マジマジ。ジョゼット、コーヒー入れて。一息入れたいわ」

 

「はい……」

 

ガンベルトを外してコートハンガーに引っ掛けると、椅子にだらんと腰掛けて伸びをした。

しばらくなんにも考えずにボーッとしてたいんだけど、

まだまだここの住人はそっとしておいてくれない。

 

「なあ、やっぱそいつもスペード・フォーミュラだったんだろ?勝てそうか?強かったのか?」

 

「ごめん、質問タイムはちょっと待って。休憩したい。新世界ぶっ放すとすごい疲れるわけ」

 

「例の時間停止か!?そいつが要るほど強かったのか?終わらせる能力ってどんな能力だよ?」

 

「あ、マリーさんも知りたいな。情報は全部上に上げないと」

 

「お姉さま、パルフェムにできることがあれば言ってくださいまし」

 

「だらしないわねえ。この私が手伝ってあげるからまた来たら言いなさい。

報酬はいちごショート1つね」

 

「みんな心配してくれてありがとう。待ってという趣旨のお願いをしたと思う」

 

「コーヒーですよ~」

 

「ありがと。やっぱブラックの香りは…いや、今日はお砂糖入れましょうか。ブドウ糖が欲しい」

 

熱いコーヒーに角砂糖を3つ。白いサイコロ状の物体がじゅわっと溶けると、一口飲み込んだ。

うん、たまには微糖も悪くないわね。

集中力を使いまくった脳に栄養が行き渡りリラックスできた。

マリー達が聖堂で出発の準備をしてる。あたしも行かなきゃいけないのかしら。

できれば今日はもう動きたくないんだけど。

 

「ねーえ?あたしも帝都行かなきゃダメー?」

 

“無理ならマリーさんから伝えとくよー。できれば来てほしいけど”

 

「無理―。お願―い」

 

“わかったー。この怠け者―”

 

「うっさいバーカ」

 

聖堂から“神の見えざる手”の光が差し込んできて、3人の気配が消えた。

なんと言われようと冗談抜きで疲れてるから後のことはマリー達に任せようと思う。

さて、コーヒーを飲み終えたら昼寝でもしましょうかしらね。

また一口含んでトントンと肩を叩く。

 

「あー、2階に上がるのも億劫だわ。ここで寝ようかしら」

 

「風邪引いちゃいますよ?ベッドまでは頑張ってくださいね。ファーイト」

 

「そうだぞ。マリーに後始末やらせやがって。お前はもう少し頑張れ」

 

「本当ルーベルはあたしに厳しいんだから。

同じ“頑張れ”でも違う口から出ると全然意味が変わってくるのね」

 

一文の得にもならないどころか無駄に疲れる労働を強いられた上に休養を求めると責められる。

とかくこの世は生きづらい。

あたしはうんざりした気持ちでぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。

 

 

 

 

 

ハッピーマイルズ領とモンブール領の境に位置する、見渡しのいい崖に位置する中古住宅。

拠点を帝都の豪邸から古びた一軒家に移したスペード・フォーミュラは、

引き続き斑目里沙子暗殺の機会を伺いながら、慎ましい生活を送っていた。

 

フリーズはハッピーマイルズを一望できる高い崖から里沙子の教会がある方角を見つめている。

彼女はリーダーの帰りを待っていた。

ままごとをして遊ぶマルチタスク達の声が風に乗って聞こえてくる。

 

「ニンジンとネギをくださいな」

「ニンジンとネギは3Gですよ」

「3Gをどうぞ」

「3Gをありがとう」

 

黄金色の枯れすすきを冬の木枯らしが通り抜け、フリーズの顔に叩きつけた。

強い風に思わず目を閉じる。その時、背後に気配を感じて振り返った。

玄関先に佇む長身の男。小さな庭で遊んでいるマルチタスク達を眺めている。

 

「リーダー。無事だったのね……」

 

「作戦は失敗。お前の報告通り、能力(スキル)が常軌を逸している。時間停止。

どうにか俺の能力で相殺できたが、

一瞬反応が遅れていたらターゲットの世界に飲み込まれていただろう」

 

「そんな!リーダーでも倒せない相手をどうしろと言うの?」

 

「国際会議開催まであと半月。まだチャンスはある。もう後がないとも言えるが」

 

「……そうなれば、あの子達を使うしかないの?」

 

「俺が死ぬことがあれば、そういうことになる。後の指揮は、お前に任せる」

 

「死ぬなんて言わないで」

 

「仮に、の話だ。あらゆる事態を想定しておく必要がある」

 

「そうね……昼食にしましょう。何か作るわ。朝から何も食べてないでしょう」

 

「ああ、もらおうか。デリートはどうしてる」

 

「麓の町にお使いに行ってもらってる。もちろん変装はしてるけど」

 

「そうか。俺達がこの服を着ていられる時間は、もう長くないのかもな」

 

「まだ諦めないで。私達はやれる。マルチタスクー!ごはんよ!」

 

フリーズはジ・エンドと家に戻る前に、まだ遊んでいたマルチタスクを呼ぶ。

 

「お姉さん、お昼ごはんだよ」

「お昼ごはんだよ、お姉さん」

 

双子の姉妹は遊び道具にしていた小石や枯れ葉を放り出して、

フリーズ達の待つ自宅に駆け込んだ。

 

 

 

 

 

たっぷり昼寝をして疲れが十分回復し、遅めの昼食を取っていたあたしは、

白パンを頬張りながら現状について考えを巡らせていた。

 

「もごもご。あたしが思うにはね」

 

「食べながら喋るのはお行儀が悪いですわ、お姉さま」

 

「んぐ、ごめんごめん。大事なことだからつい急いじゃったのよ。

とにかく、スペード・フォーミュラは地球人。

なんでそいつらがルビアで暗殺家業やってるのか考えてみたんだけど、

“飼われてる”んじゃないかと思うのよね」

 

「飼われてるってどういうことかな~。

皇帝陛下に事件の詳細を報告するために帝都まで往復してきたマリーさん達に教えてほしい」

 

「だーかーら、ガチで疲れてたんだからしょうがないでしょ。

スラッシュと戦った時に奴が言ってたんだけどさ、

あたしを殺せば国家予算で一生悠々自適の生活を送らせてもらえることになってたらしいのよ。

今となっては本当かどうかわかんないけどさ。

そこであたしがミドルファンタジアに来た当時のことを思い出してみたの」

 

「そう言えば、里沙子さんがこの世界に転移した時の状況を

詳しく聞いたことはありませんでしたね。どんな様子だったのでしょう」

 

シチューを一口すすってから答える。

 

「ん、まあ、一言で言えば“運が良かった”ってとこね。

まだあの頃は銃も持ってなくて近所の草むらで寝転がってたところを将軍に起こされたんだけど、

偶然彼が通りかからなかったら多分野盗に殺されてた」

 

「まあ……恐ろしい話です」

 

「ボロいとは言えこの家を買って生活拠点を手に入れられたのも

将軍が色々世話を焼いてくれたおかげなんだけど、

仮に同じような状況でアースの人間が転移してきても

ここまでうまくいく例は殆どないんじゃないかしら」

 

「確かにそうかもな。

そういやこの世界はアースの人間が持ち込んだ技術や文化で発展してきたが、

肝心のアース人については里沙子くらいしか知らねえ」

 

「宿もないのにどうしてその人達が生き延びられたのか気になります……」

 

「そこよ。この世界で生まれたジョゼットですら魔女に殺されかけたのに、

身よりもない放浪者がどうやってミドルファンタジアで生きてこられたのか」

 

「つまり知識や技術と引き換えにパトロン的な人に飼われるってことかな~?

どぎつい表現をすれば」

 

「そうなるわ。スペード・フォーミュラの場合は地球からルビアに転移して、

路頭に迷っていたところを国のトップに拾われた。それぞれの特殊能力を目当てにね」

 

「そして今度の国際会議開催に当たって里沙子さん暗殺を命ぜられたと……」

 

「大方そんなところでしょうね。こっちにしちゃ迷惑な話だけど」

 

話が一区切りしたところで、また白パンをちぎって口に放り込む。

首に下げたミニッツリピーターを見る。時刻は2時頃。

妙に腹が減ると思ったらもうこんな時間だったのね。どんどん食おう。

 

「まあ……改めて考えるとこの世界のシステムも因果なものだな。

連中にもアースでの人生があっただろうに、

生きるために殺し屋やる羽目になっちまったんだからな。多分、名前も本名じゃねえ」

 

「大正解。スラッシュ、フリーズ、ジ・エンド。ほか誰がいたっけ?

とにかく、パソコン使ってりゃ必ず出会うIT用語で統一してるあたり、

スペード・フォーミュラが名乗ってるのは偽名っていうかコードネーム。

あとは、人種もバラバラね。今日押しかけてきたジ・エンドはあたしと同じ東洋人。

それにしちゃミキプルーンの人みたいにガタイもよくて顔の彫りも深かったけど。

フリーズは欧米出身ね。ブロンドで肌も白いし」

 

「どうにかならないのでしょうか。

皇帝陛下やお祖父様を説得して彼らをサラマンダラス帝国に迎え入れることができれば、

誰も傷つかずに済みます」

 

「大変失礼ながらすごく微妙なアイデアだと言わざるを得ないなぁ。

根性なしのレプリカはともかく、

スラッシュは“ちょっと”荒っぽい尋問にも絶対口を割らなかったし、

彼らも彼らなりに、自分達を保護してくれた大統領に

それなりの恩義を感じてるのかもしれないよ?」

 

「あ、そうそうレプリカ。そんなやつもいたっけ。影が薄いから存在忘れてたわ。

んで、黒幕が大統領だと思った理由はなに?」

 

「口元に食べかす付いてるよん。里沙子君が言ったんじゃあないか。

スラッシュは作戦成功の暁には国家予算で贅沢できるはずだったって。

一個人を飲み食いさせるしょうもない用途に国の金を動かせるのは

最大の権限を持つ大統領しかいない」

 

「そっかぁ」

 

ハンカチで口を拭いながらマリーの言葉を反芻する。

スペード・フォーミュラのメンバーが地球人だということは間違いないとして、

結構な人数が普通ありえない特殊能力持ちだなんて都合のいいことがあるのかしらね。

人のこと言えないけどさ。

 

そんで、改めて大前提を確認するけど、彼らがあたしを殺したい理由は

国際会議でルビアの立場を確保するため。

正確にはそうしたい大統領からのミッションを成功させるため。

確か国際会議開催まではあと半月くらいだったはず。

そろそろ決着をつけないと破れかぶれになった彼らがどんな行動に出るかわからない。

さっさと手を打たないともっと面倒くさい事態に陥りそう。

 

あたしは静かに暮らしてるだけなのに、なんで厄介事ばかり次から次へと舞い込んでくるんだか。

更に言えば、どうしてあたしは律儀にそれらに付き合っているのかしら。

スルーできるもんならスルーしたい。我が人生の夜明けは遠い。

 

業務連絡。今年もバイク屋は13日まで休みだった。

 

 



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泥酔したら翌日アマゾンから頼んだ覚えのないDVDが発送されたの。いずれ買うつもりだったとは言え脳がヤバい。

「……とまあ、今こんな状況なのよ。

助けてくれとは言わないけど、何か気づいたことがあるなら教えてくれないかしら」

 

「そうですねぇ」

 

彼女はティーカップの紅茶を少し飲んで考え込む。ああ、この人?今日のお客さん。リーブラよ。

外でゴソゴソやってるような音が聞こえたから様子を見てみたら、

またガトリングガンを観察しに来てたの。

 

リーブラとは誰かって?まぁ、長いこと休んでたから忘れてる人もいるわよね。

どこかの別次元に住んでる四大死姫のひとり。

この厨二臭いグループ名は別のメンバーが考えたらしく、彼女は気に入ってない。

この名前を出すと露骨に嫌そうな顔をするからあたしも口にしないことにしてる。

あ、その別のメンバーとやらと戦ったことがある気がするけど名前が思い出せない。

飲み過ぎで若年性アルツハイマーでも来てるのかしら。

 

それはさておき、上位魔族である彼女はどうやら長く生き過ぎたせいで

死に方を忘れてしまったらしく、死ぬ方法を求めて放浪してる。

自殺願望というより、純粋な死という概念への知的好奇心に突き動かされて。

そしてこれまでに蓄えた膨大な知識が記されている百科事典が愛用の品。

 

だから今回の国際会議編で何か思い当たることがないか聞けないかと思って

うちに引っ張り込んで相談してるってわけ。

さて、前置きが長くなったけど

スペード・フォーミュラのことでも中立国家ルビアのことでもなんでもいい。

リーブラの知恵を求めて、あたしも自分で入れたブラックを飲みながら彼女の結論を待つ。

 

マグカップを軽く回して中の液体をもてあそんでいると、

リーブラがとりあえず、と言いながらあたしの手にそっと触れてきた。

彼女が何かに触ると、それに関する情報が魔法の百科事典に浮かび上がるの。

事典が淡く光り、ひとりでにページを開いて見せる。

彼女は新しいページを読むと、ふむふむと頷いた。

 

「里沙子さん」

 

「なに?」

 

「あなたの情報が更新されています。また新たな能力に目覚めたとか」

 

嬉しそうにかすかな笑みを浮かべてあたしを見つめるリーブラ。

ローブと同じ綺麗な薄紫の瞳にうっかり見入ってしまいそうになる。

心の中で深呼吸してどうにか詰まらずに返事をした。

 

「うん。クロノスハック・新世界って名付けたんだけど、

殺し屋連中との戦いで死にそうになったときに偶然発動したのよ。

今までの超高速移動じゃなくて時間停止能力。止められるのはたった6秒だけど」

 

「それは素晴らしいですね。

いつか里沙子さんが魔女に転生することがあれば私達の次元に来ることがあるかもしれません。

その時は歓迎します」

 

「そこって酒場とか酒を置いてるコンビニある?」

 

「ありません」

 

「じゃあ折角だけど無理だわ。定期的にアルコールを摂取しないと気が狂う難病を抱えてるの」

 

「まあ残念。ともかく、あなたについてわかったことがひとつ」

 

「マジ!?このややこしい事態終わらせてくれたらガトリングガンあげてもいい!」

 

正直だれてきた最近の展開にさっさとケリをつけたい気持ちもあって、

思わず立ち上がってリーブラに食いつく。

 

「お気持ちは嬉しいのですが、

あれはあの場所にあってこそ一個の事柄として生育していくものですから、

これからも私が出向いて観察を続けます。

結論から言いますと、里沙子さんを始めとしたアース出身の方にはある特徴が備わっています」

 

「特徴?」

 

「はい。ミドルファンタジアはアースからもたらされた技術や文化で成り立っている。

これはいいですね?」

 

「うん。あたしがここにいるくらいだからね」

 

「なぜかと言いますと、

ミドルファンタジアという世界は次元を隔てる壁が極めて脆いというか不安定なんです。

だからちょっとしたエネルギーのバランス崩壊で無数に存在する平行世界と一時的に接続される、

という現象が頻繁に起こる」

 

「エネルギーのバランス崩壊ってえらく曖昧ね。例えばどんなの?」

 

「数百光年彼方で起きた超新星爆発やブラックホール発生などです」

 

「宇宙規模の天変地異なんてあたしら人間にはどうしようもないわね」

 

「そして、世界線を位置づける空間座標がミドルファンタジアと最も近いのが、アース」

 

平行世界やら空間座標やら訳のわからない単語が出てきたけど、

話の本筋は理解できてるから放って置いて次に進む。

 

「心当たりがないわけじゃないわね。カシオピイアの産みの親はアースに行っちゃったし、

あたしもあたしで定期的に“奴”と連絡してるし。で、結局あたしらの特徴って何?」

 

リーブラが今度はニヤリと笑いつつ、内緒話をするように囁いた。

 

「アースの方がミドルファンタジアに来ると、

次元の壁を越える際に、その身に特殊な能力が備わるんですよ」

 

「それって、あたしのクロノスハックや

スペード・フォーミュラの連中のスキルみたいなもの……?」

 

「はい!まるで神様からのプレゼントみたいで、素敵ですよね」

 

何が嬉しいのかニコニコとした表情で彼女は語る。

なるほど。だったらジ・エンド達が

地球人なのに魔法のような特殊能力を持ってる理由も説明がつく。

リーブラの話を信じるならの話だけど。

あっと、コーヒーを飲もうとしたけどカラだった。

 

「しっかし、なんでまたそんな都合のいい後付け設定みたいな現象が起こるわけ?」

 

目の前の彼女はパラパラと事典のページをめくって小首をかしげる。

 

「これは憶測の域を出ないのですが……

次元を移動する際、それぞれの世界の“常識”の差異が

個人の能力となって現れているのではないかと。

魔法のないアースで生まれた里沙子さんを魔法があるミドルファンタジアに存在させるために、

この世界が魔法に近い能力(スキル)を与えることで整合性を取ろうとしているのではと思います」

 

「このクロノスハックもゴミ捨て場で寝てるうちに身につけたってことか~。

運がいいって言っていいのか微妙だけどね」

 

首から下げたミニッツリピーターを手にとってみる。

ようやく出所不明のあたしの能力にひとつの仮説が立った。

だからといって劇的に状況が変わるわけじゃないんだけど。

 

でも、雑多な問題に1個答えが出たことでちょっとだけ安心感みたいなものを得ることができた。

冒頭から続いてた柄にもないシリアスな雰囲気が砕けて一息つく。

やっぱりリーブラは微笑みながら雑談モードにシフトする。

 

「思えば、里沙子さんはいつも奇妙な出来事に巻き込まれていますね。

あなたもガトリングガンに負けないくらい観察のし甲斐があるんですよ?」

 

「勘弁してよ。そいつに巻き込まれるあたしの身にもなってほしいもんだわ。

ったく、この世界の変人共はもうすぐアラサー女をいじめて何が楽しいのかしら」

 

肩をトントン叩きながらため息をついていると、2階からマリーが下りてきた。

カシオピイアと何かの打ち合わせをしてるって言ってたわね。

 

「おーいリサっち、マリーさんにもコーヒー欲しいな~。

……おやおや、お客さんが来てたとはこりゃ失敬。あ、お姉さんはいつかの魔女さん?」

 

「死神の方とお会いした時以来ですね。お久しぶりです」

 

「コーヒーならセルフサービス。

今、真面目に現在の課題について話し合ってるんだから忙しいのよ」

 

「えー。10行くらい前に雑談モードに入ったって言ったじゃんケチー」

 

「どういうわけかこの世界の奴らは人の心を勝手に読む能力を標準装備してるのよね。

リーブラ、この件については?」

 

「わかりませんねぇ」

 

「残念。プライバシーの侵害も甚だしいから遠慮してほしいもんだわ全く。

ところで今日カゲリヒメは一緒じゃないの?」

 

「誘ってはみましたが、編み物に集中したい気分だそうです」

 

「へぇ、そう。

わざわざ足を運んでまで来るようなところでもないしね。あなたという例外を除けば」

 

「ガトリングガン以外にも興味をそそられるものはあると思うのですが……」

 

「その興味をそそられる“もの”って物?者?どっち?」

 

「くはは、両方だと思うなぁ」

 

「あんたには聞いてない!」

 

結局自分で湯を沸かしたマリーもコーヒー片手に適当なところに収まる。

 

「その通り。里沙子さんの銃もここに住む方々も私の好奇心をくすぐる楽しい方ばかり。

私、マリーさんのことも知りたいです。今後ともどうぞよろしく」

 

リーブラが差し出した手をマリーはコップを持ったままひらりと避けた。

 

「おおっとダメだよん。マリーさんには知られたらマズい秘密がいっぱいなのだ。

割とスプラッタなやつも多いしね」

 

「あら残念。バレてしまいましたか」

 

そしてちっとも残念そうじゃない様子で手を引っ込める。

……って、あたしらまったりお茶してるけど、こんなことしてていいのかしら。

ジ・エンドとの戦いで一本になった三編みに手をやる。

ちぎれた部分をハサミで整えて一束を左肩に流すような感じにしてるけど、

元通りの2本に戻るには時間が掛かりそう。

 

「ねえマリー。スペード・フォーミュラについて要塞から何か情報ない?」

 

「取調室がレプリカを突っつき回してるけど、これ以上の手がかりは無理っぽい。

やっぱり本命のジ・エンドをなんとかしないと。

ルビアの追求はできなくても最悪国際会議は無事に終わらせる必要がある」

 

「連中は放っといて各国の偉い人の警護に人的リソース割いた方がよくない?」

 

「マリーさん達に取っちゃそこまでもつれ込むのはよろしくないんだよねぇ。

工作員を野放しにしといて誰か一人でもお亡くなりになったらアウトなんだし」

 

「はぁ。そりゃトライトン海域共栄圏発足には関わったけど、

基本パンピーのあたしがなんでこうも気を揉む必要があるのかしら。嫌になるわ、まったく」

 

「ため息ばかりついてると幸せが逃げてくよん」

 

「今更情報サンキューマート」

 

「ため息。悩みや精神的ストレス、または感動を覚えた時などに思わずこぼれる大きな息。

これは参照済みですねぇ」

 

「もういい。誰もあたしのことなんてわかっちゃくれない。幸せなんかクソくらえよ。

空っぽになるまで何度でもため息ついてやるわよ。はー」

 

幸せか。そんなもんにこだわるから辛くなるのかもね。

あたしは半ば自棄になってらしくないことを考えながらコーヒーを入れ直そうか迷っていた。

 

 

 

 

 

……夢から目が覚めた。

俺達がこの世界に来て何年になるかは考えないことにしている。虚しくなるだけだ。

隣のベッドでマルチタスク達が寝息を立てている。2階にいるのはデリートとフリーズ。

真夜中だが一度目が覚めると寝付けなくなるものだ。

 

喉が渇いた。子供を起こさないようにベッドから起き上がり、台所に向かう。

コップに汲み置きの水をすくい、一杯飲んだ。

日本にいた頃は蛇口をひねればいくらでも水が出た。些細なことに未練を覚えながら喉を潤す。

 

今でも時々あの日のことを思い出す。

 

 

 

『おい。トマムのホテルまでどれくらいだ?』

 

スラッシュがぶっきらぼうな口調で助手席の俺に訊く。

俺達はレンタルしたマイクロバスで英会話教室のスキー合宿に行くはずだった。

講師の俺とフリーズが引率し、送迎バスの運転手をしているスラッシュが車を走らせていた。

レプリカは宿泊先に到着が遅れる旨を連絡している。

 

『このまま道なり。約2時間だ』

 

ロードマップを見ながら俺は答えた。

 

『マジかよ。んなチンタラ走ってたら日が暮れるぜ。もうちょい飛ばすぞ?』

 

『やめろ。子供達が乗っている。事故が起きたらどうするんだ』

 

『事故らねえよ、たかだか100km/hで。今の看板笑えただろ。“スーパーこの先160km”だとよ。

北海道の奴らは160kmが“この先”のうちに入るらしいぜ。

こんなとこネズミ捕りもいねえし、さっさと風呂に入りてえ。俺に任せとけって、ほら』

 

『お姉さん、車が揺れてる!』『車が揺れてる、お姉さん!』

 

『やめて、××。怖いわ』

 

『子供が怖がってるわ。スピードを落として、お願い』

 

フリーズが制止したが、スラッシュは法定速度をオーバーしたまま走行を続ける。

しばらくするとフロントガラスに淡雪がポツポツとぶつかり、

やがてワイパーの除去が追いつかない量になる。急な天候の変化にスラッシュが舌打ちをした。

 

『チッ、ウゼえな。ろくに見えやしねえ』

 

『視界不良だ。スピードを落とせ』

 

『心配ねーよ、まだまだ直線道路』

 

『違う!この先は急カーブ──』

 

慌ててスラッシュに警告するが間に合わなかった。車はガードレールを突き破り崖下に転落。

体が何回転もして、やがて床に叩きつけられた。いや、床だと思っていたものは天井だったが。

シートベルトのおかげで命は助かったが、全身が痛む。まずはメンバーの無事を確認しなくては。

 

『〇〇、子供達は?』

 

『お姉さん、痛いよ!』『痛いよ、お姉さん!』

 

『体を打ったみたい!早くここから出ないと!』

 

『くそったれ、マジ痛え!』

 

『文句を言うな、誰のせいだと思っている。ドアを開けるぞ。手伝え』

 

『わあってるよ!』

 

俺とスラッシュはひしゃげたドアを蹴破り、

外から後部座席のドアもこじ開けて乗員を全員外に出した。

誰も死んでいなかったことは奇跡と言っていいだろう。

崖を見上げると、遥か上に破れたガードレール。

ここは木々の生い茂る森の中。厚く降り積もった雪で方向が掴みづらい。

 

『……上に戻る道を探そう』

 

『森を歩くの?』

 

デリートが不安げに聞いてくる。

この時の俺の判断が正しかったのか間違っていたのかは今でもわからない。

ただ、一台も車の通る様子もないここで立ち止まっていれば凍死していたことは確実だった。

 

『行くぞ』

 

俺達は大破した車を置き去りにしてスニーカーやパンプスで悪路を進みだした。

マルチタスクは俺とフリーズで背負い、ひたすら歩く。

だが、極寒の中、雪に脚を取られながらの当てなき旅はすぐに限界が来た。

急速に体温を奪われ、疲労がたまり、身動きが取れなくなる。

 

『お姉さん、寒いよ……』『寒いよ、お姉さん……』

 

『先生、私、もう動けない……』

 

『3人共、もう少しだから、頑張って!』

 

フリーズが子供達を励ますが、俺達自身もこれ以上は保たない。

視界の先には枝に分厚く雪が積もった木々が広がるばかりだ。

辺りを見回すと完全に四方を木に囲まれていた。

降り続く雪で足跡も消え、もう戻ることもできない。

 

──ロダ、ウルガリマ、ルマ……

 

ふと気がつくと、人の声が聞こえてきた。始めは幻聴かと思ったが間違いない。

それは徐々に近づいてくる。

助かる。そう確信した俺は声の主に呼びかけようとした。しかし。

 

『うぐっ!!』

 

期待は次の瞬間、飛んできた鋭い何かに打ち砕かれた。

左頬をかすめて痛みが走り、温かい血が顔を濡らす。

後ろを振り返ると、先端に鋭利な刃物を結びつけた槍が木に刺さっていた。

 

『先生、血が!』

 

『俺は心配ない、逃げろ!』

 

──ギギー!ラブラ、ミミデ!

──ケララブ、テルーア、ラギ!

 

どこの部族だろうか。

遠くから不気味な仮面を被り意味のわからない言葉を話す人間らしきものが駆け寄ってくる。

捕まれば助けてくれるどころか何をされるかわかったものではない。

まともな殺し方をしてくれそうな連中にも見えなかった。

 

『逃げるぞ!』

 

『待てって、もう脚が動かねえよ!話せばわかるかもしれねーだろ。な?』

 

『死にたいのか。俺の顔と現実を見ろ』

 

『ちくしょう、わかったよ!』

 

弱音を吐くスラッシュに発破をかけると俺達は後ろへ走り出す。

車に戻れるとは思っていなかったが、追いつかれるわけにもいかない。

やはり重たい雪が障害となるが、皆が痛む体に鞭打って謎の襲撃者から少しでも距離を取る。

だが、彼らはこの森での生き方を心得ているのか、

足場の悪さを物ともせずにどんどん俺達に迫ってくる。

 

やがて、その姿がはっきりと見えるほどに接近すると一人が槍を突きつけて怒鳴りつけてきた。

何を言っているのかはやはりわからなかったが、停止を命じていることはわかった。

 

『全員、止まるんだ。彼らを刺激するな』

 

『わかったわ……』

 

俺は両手を上げて謎の集団を前にする。降伏の意図が伝わればいいのだが。

襲撃者達は俺達を取り囲み、顔がくっつくほど目を近づけて観察してくる。

嫌な緊張でこの寒さでも冷や汗が流れてくる。

そのうち、部族の中でもとりわけ派手な仮面をつけた者が、しばらく黙り込んだ後、

仲間に何事かを叫んだ。

 

──ログート!

 

すると、一斉に襲撃者達が槍を構え、俺達に投擲しようとした。全員が死を覚悟する。

その時だった。

 

轟音が森を駆け抜け、異常者のうち一人の仮面が割れた。

加えて言えば、そいつの眉間に穴が空いていた。死んでいるのは明らか。

部族達が一斉に音の発生源を見る。彼らの後方約10mに、大柄な男性が立っていた。

この雪山で仕立てのいいスーツを着込んで、

右手に銃、左手に紺色のパスポートのようなものを持っている。

 

仲間を殺され怒りに震える部族達は一斉にスーツの男に躍りかかる。

だが、男はパスポートを胸ポケットにしまうと、

今度は両手で銃を構え、敵に一人ずつ正確に弾丸を頭部にヒットさせる。

連続する銃声に子供達が怯え、耳をふさぎしゃがみ込む。

理由もなく俺達を殺そうとした仮面の部族達の死体が転がった。

 

奴らの全滅を確認した男は、革靴で雪の上を軽々と歩いてくる。

よく見ると、不思議な力でわずかに浮力を得ているようだ。

彼は状況を理解できない俺達の前に立つと、

自分の銃を色々な角度から眺めて具合を確かめながら話しかけてきた。

 

「……無駄のない、洗練された銃だ。そうは思わないかね?」

 

『あんたは?』

 

「この森には食人族が出る。気をつけたほうがいい」

 

『助けてほしい。車が転落事故を起こした。子供がもう保たない』

 

「もちろんだとも。歓迎するぞ。選ばれし者達」

 

 

 

台所から戻ると再びベッドに横になる。あの時は男が言っていることの意味がわからなかった。

しかしそれが大統領と俺達の出会い。

彼に匿われた俺達はその後中立国家ルビアのために力を振るうことになる。

いつの間にか身についた人知を超えた能力。それらの使い方や戦い方を教えたのも彼だった。

 

つまるところ、それは暗殺者として大統領の手駒になることだったが、

少なくとも後悔はしていない。子供達を雪に埋もれさせて自分も死ぬ時を待つよりはマシだった。

隣を見るとやはりマルチタスク達は夢の中だ。

そしてチェストの上にはスペード・フォーミュラ結成のとき、

大統領から譲り受けたキャバルリー。あの時雪山で吠えたアースの銃。

 

地球には戻れない。その現実を認めようが認めまいが俺達は生きなければならない。次で最後だ。

斑目里沙子には死んでもらう。逆に俺が死ぬことになろうとも。

 

明日、大統領に連絡を取ろう。状況は決して好ましくないが、長く彼を待たせている。

そろそろ現状報告を入れたほうがいいだろう。

俺は目を閉じて再び眠りにつこうとするが、結局夜明けまで一睡もできなかった。

 

 

 

 

 

割と本気でガチで朝が辛い。体に染み込んでくるような寒さで何もする気が起きないのよ。

具体的には飯を食うために布団から出るのが億劫で

もう人間は別に何も食わなくていいんじゃないかと思うくらい。

 

夏場は運動会で勝ち取ったコスモエレメントの冷気で凌げるんだけど、

冬の対策をなんにもしてなかったことに今になって気づいた。

気力を振り絞って身支度を整えて、ダイニングで朝食ができるのを待ってる。

あたしにはこれが限界。

 

「うえあああ、さぶい……ジョゼット、ごはんまだ~?」

 

「早く食べたいなら手伝ってくださいよ~。わたくしだって寒いんです」

 

「そうだ。寒いなら動け。体が温まる」

 

「あんたはいいわよね。暑さも寒さも感じないんだから」

 

「感じないんじゃなくて人間より我慢できる温度帯が広いんだ。

ほら、私はコップと食器を出すから、お前は新聞を取ってこい」

 

「よりによって外の郵便受けに?冗談じゃないわ。外、雪が積もってるのよ」

 

「ジョゼット、働かざる者食うべからずだ。

新聞が来るまで里沙子にはスープを出さなくていいぞ」

 

「はーい」

 

「わかったから。行けばいいんでしょ。

行くから戻ったらすぐ熱々のスープが飲めるようにしといてよね」

 

あたしはモコモコの半纏を着てマフラーも巻き、空気が冷え切った聖堂を抜けて、

玄関ドアを開けた。体を刺すような冷気にさらされて泣きそうになる。

すぐそばにある錆びた郵便受けに突っ込まれた新聞を引き抜くと、さっさと屋内に舞い戻った。

 

ダイニングに戻る途中、今日の“玉ねぎくん”を読もうと歩きながら新聞を広げると、

スーツを着た背の高い黒人男性の写真が大きく掲載されていた。

 

「ふ~ん。“マグバリス総裁ロレンス・ラレーシャ氏”か」

 

国際会議も間近に迫ってる。何とかしないと彼がお陀仏。

会議も結構だけど、せめて春まで延期してくれないかしら。

あたしは叶わないと知りながらそう願いつつ小走りで温かいスープの元へと急いだ。



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たまに外出すると外より家のほうが寒いことに気づく。

 

──大統領。不本意な報告をしなければならない。

 

──聞こう。

 

──スラッシュに続きレプリカも敵の手に落ちた。

まだ生きてはいるが、我々とルビアの関係について口を割ってしまった。

 

──斑目里沙子は?

 

──仕留めそこねた。言い訳をするつもりはないが、情報より能力(スキル)が強化されている。

完全に時間を停止させた。俺の全力でどうにか相殺できたが、次はないだろう。

ターゲットも俺達の襲撃を警戒し、更に停止能力を上昇させるべく対策を講じているはずだ。

 

──なるほど……もう諸君に手はないと?

 

──まだだ。マルチタスクがいる。

 

──あの子供達を?いよいよ我々も追い詰められているということか。

 

──全て俺の責任だ。2名を失い、会議が迫っているというのに未だに結果を出せずにいる。

 

──この計画からは手を引くべきなのかもしれない。

まだ我が国の関与を示す証拠は掴まれていない。

 

──あと少しだけ時間をくれ。必ずミッションはやり遂げる。

 

──できるか。

 

──必ず。

 

──いいだろう。連絡はこれで最後になる。経緯線を媒体にした世界通信は強い痕跡を残す。

 

──次に会うのは国際会議閉会後、ということか。

 

──どのような結果になろうとな。健闘を祈る。

 

──ああ。俺達がルビアに勝利をもたらしてみせる。そして皆を…いや、いい。失礼する。

 

そして俺は紺色のパスポートを閉じて通信を切断した。

 

 

 

 

 

その頃、あたしはスペード・フォーミュラの次なる襲撃に備えて、

クロノスハック・新世界を更に強化すべく猛特訓を……

するわけないじゃない、このクソ寒いのに。

ったく、どうなってんのよ。ラジオじゃ今年は暖冬だのなんだの言ってるけど、

あたしは例年通り凍える寒さに蝕まれてるわよ。

 

ワクワクちびっこランドの魔導空調機を強奪しようかと思ったけど、

ピーネの猛抗議やマリーの嫌味に阻まれて失敗に終わった。

今、あいつらはパルフェムも加わって3人で遊んでる。

最近の若いもんは家主に対する尊敬だの遠慮だのが欠けてるから困るわ。

半纏を着込んでダイニングで熱いコーヒーをすする。あちち、舌やけどした。

本当にろくなことがない。

 

「骨折り損のくたびれ儲け、ね」

 

「何がでしょう?」

 

エレオノーラが読んでいた新聞から目を離して尋ねる。

この娘も寒いはずなんだけど、あたしと違って我慢強い。

 

「この国際会議編の総評。まだ終わっちゃいないけどさ。

今回の事件が始まってからなんにもいいことなんてありゃしないじゃない」

 

「そうですね。争いばかりが続いていて里沙子さんの身に何か起きないか心配になります」

 

「弾代ばっかり出ていって何が変わったかっていうと、おさげ一本引きちぎられただけ。

一応クロノスハックがバージョンアップしたけど、あれの出番は即ちあたしの災難だから。

使わずに済むならその方が良いに決まってる」

 

「愚痴ったってしょうがねえだろ。始まっちまったなら終わらせるしかねえだろうが」

 

天然で寒さに強いルーベルは定位置でいつものように水を飲む。

 

「ルーベルまで他人事だと思って。

終わらせるつっても敵の居場所もわかんないのにどうしろってのよ。

現状ここで向こうからお越しくださるのを待つしかないのよ?

あたしもうあいつらの顔見るの嫌なんだけど」

 

「なっとらーん!」

 

冷え込むダイニングでルーベルとエレオに愚痴っていると、めっきり出番の少なくなったエリカが

2階からふよふよと川に捨てられたペットボトルのように漂ってきた。

 

「大声出さないで。寒さと苦労で心が弱ってるから。あんたに構ってる余裕もないから」

 

「戦の最中にありながら何という体たらくであるか!

里沙子殿も一家の大黒柱であれば、刺客の一人や二人に泣き言など言わず、技を磨き己を磨き、

敵将の首を取るほどの気概を見せるべきであろう!」

 

「あんたいつからそんな熱血キャラになったのよ。

近くにいるだけでめまいがしそうだから元に戻しなさいな」

 

「ええい、言い訳無用!今から拙者と共に特訓をするのじゃ!表で木刀の素振り一千回!」

 

「あ、そっか。ずっと出番なかったからどんなキャラだったか忘れられたのね。

とにかく、やりたきゃ一人でやってなさい。あたしはここから一歩も動く気はない」

 

「なにをー!そのたるんだ性根を拙者が叩き直してくれよう!」

 

「ほー。どうやって」

 

「拙者には百人殺狂乱首切丸という妖刀があることを忘れたかー!

即ち、現世の肉体に折檻することも可能!さあ、里沙子殿。覚悟を決めてそこに直るがよい!」

 

「なんとか丸のフルネーム、久しぶりに聞いたわ。

使い捨てられた設定ほど哀れなものはないわね。

で、あんたはあたしの部屋に置いてある首切丸であたしをどうするって?」

 

「無論、今から持ってきて……あ」

 

うん。幽霊のエリカでも持てる首切丸は実体があるからあたしを叩くこともできるんだけど、

実体があるゆえにドアをすり抜けられない。私室以外での保管も禁じてある。

 

「お馬鹿。寒いんだからアホなやり取りで体力使わせないでよ」

 

「ぐぬぬぬ……」

 

「でも、わたくしも最近の里沙子さんはだらけすぎだと思います」

 

思わぬところから矢が飛んできた。

キッチンで皿を洗っているジョゼットがスポンジを動かす手を止めずに、

あたしに文句をぶつけてきた。

 

「それ見たことか!ジョゼット殿も同じ思いである!」

 

「世間の人達はこの寒波の中働いているんですよ?

平日でも家でごろ寝できているだけマシだと思ってください」

 

「あんたは誰の味方なのよ!」

 

「今はエリカさんです」

 

「あんただってずっと家にいるじゃない!」

 

「こうして食器を洗っているのが見えませんか?

里沙子さんも家にいるなら家事のひとつも手伝ってくださいよ」

 

「お湯で洗えてるだけまだいいでしょうが!

世界設定的に、ここの連中は冷たい井戸水で水仕事してるってのに!

あんたは恵まれてるほうなの。オーケー!?」

 

「だあ、うっせえ!なんでこの家の連中は静かに朝を過ごせねえんだよ!」

 

「あんただって原因のひとつでしょうが!」

 

「皆さん、どうか落ち着いてください!

ジョゼットさん、わたしも手伝いますから半分貸してください」

 

「いえ、そんな……」

 

「ほらほらどうすんだ?次期法王に皿洗いなんかさせていいのか?」

 

「呑気に水ばかり飲んでるあんたも同罪よ!」

 

イライラしてきた。これ以上騒ぐようなら殺虫スプレーとライターで火炎放射器を作って

まとめて追い払おうと思った時、再び2階の住人が階段を下りてきた。

静かなる女、その名はカシオピイア。何故か彼女が来た瞬間、うるさい連中が騒ぎをやめた。

 

「……お姉ちゃん。はい」

 

カシオピイアが必要最低限の言葉を添えてあたしに例の音叉を差し出す。

う~ん、玄関ノックほどではないにしろ、これにもあんまり良い思い出はないんだけど。

まぁ、終わりの見えない言い争いを続けるよりはまだいいわね。さっそく指で軽く弾く。

 

「もしもーし、どちらさん?」

 

『里沙子嬢、我輩である』

 

「皇帝陛下!?」

 

あ、別にいつ連絡が来てもおかしくない状況なんだけど、

バカやってる中での意外な着信だったからつい驚いてしまったわ。

 

 

 

 

 

時を少し遡り、サラマンダラス要塞。

 

なにも要塞とてスペード・フォーミュラへの対策を

里沙子一人に任せきりにしていたわけではない。

ここ、要塞本館の東側にある通信保安課では、特殊部隊アクシスによる

不審な魔導通信の監視が昼夜を問わず行われている。

地球で言うところのサイバー攻撃やスパイ行為に対抗するために存在する機関だ。

 

無数に並ぶデスクにはタイプライターのような入力装置が備えられており、

上部に幻影魔法のホログラフで形成された、

パソコンのモニターに当たる情報表示版が浮かび上がる。

 

隊員達はそれぞれの目的で入力装置のキーを叩きながら出力結果を観察。

必要に応じて上層部に報告し、報告を受けた本部が“異常”と判断した場合、

多少強行的な手段で“正常”に戻すという活動が一般人には知られることなく行われている。

現状視察に訪れた皇帝は、隊員のひとりに声をかけた。

 

「タンゴ。ブランストーム方面への国外通信に関して異常は?」

 

「今の所、認可外の周波数による双方向通信は認められません」

 

「わかった。引き続き監視を頼む」

 

「了解」

 

「ワルツ。貴官の担当は国内エリアの魔導通信回路であったが、何か報告は?」

 

「はい。各領地の騎兵隊駐屯地を結ぶ専用回線の他、帝国所有の通信網に……あら?」

 

「どうした」

 

ワルツという隊員がスペースを空けて皇帝にホログラフの画面を見せる。

 

「こちらのログをご覧頂きたいのですが、一瞬不可解な場所に魔力の発信源が。

すぐに消えてしまったようなのですが……」

 

「うむ、なぜこんなところに。ここには駐屯地も観測所もないはずだが」

 

「拡大して内容を分析します」

 

彼女が再びキーを叩くと、帝国地図のある一点が拡大され、紫色の光点が現れた。

更に入力装置でコマンドを入力すると、光点が点滅を始め、圧縮された過去の情報を出力。

ノイズだらけの音声が流れる。

 

 

──……ろう。連絡……最後に……。経緯度……媒体に……通信……残す。

 

──次に……のは……閉会後……ことか。

 

──ど……なろうとな。……祈る。

 

 

「陛下、これは」

 

ワルツの言わんとすることを理解した皇帝はひとつ頷いた。

 

「ルビアと工作員の通話だ。発信源の詳細を」

 

「はっ。最寄りの駐屯地が捕捉した音探マナを測定しますと……出ました。

モンブール領とハッピーマイルズ領の境、東経128度59分、北緯19度77分です!」

 

「よし、ワルツ。この位置情報を各員に送信。

軍用回線担当はモンブール、ハッピーマイルズ両騎兵師団に指定座標の封鎖を通達。

これよりルビア工作員確保に動く。決して敵に気取られるな!」

 

“了解!”

 

重要機密を扱う通信連絡部所属の隊員達は、ホログラフ画面を見たまま返事をした。

 

 

 

 

 

つーわけで、あたしは音叉を握ったまま皇帝陛下の話を聞いてたの。

興味を示した周りのメンバーが緊迫した雰囲気にあたしの周りに集まって聞き耳を立て、

ハムスターの群れみたいな格好になってる。

 

みんな、あたしを暇人だの怠け者だのろくでなしだの言うけど、

どいつもこいつもどんぐりの背比べだと思う。

一瞬、越路吹雪の“ろくでなし”を歌おうかと思ったけど、お話がダレるからやめにした。

 

『各領地の騎兵隊が工作員の逃げ道を断ち、帝都の本隊がこれを一気に叩く。

貴女にも随分と苦労を掛けたが、もう心配することはない。

帝国が総力を上げてルビアの戦力を削ぎ落とす。

国家の責任追及には時間がかかるだろうが、もう君達が危ない橋を渡る必要はない』

 

「お待ち下さい!奴らの厄介な点は単なる火力の大きさではありません。

物理法則や概念を直接操る能力、

わたくしのクロノスハックに類する現象を放ってくる危険性なのです。

いかに陛下直属の兵と言えど、甚大な被害は免れないと……!」

 

『気遣い痛み入る。だが、それについては情報官より報告を受けている。

我輩とてそれに無為無策で挑むほど阿呆ではない。マリー情報官がいるなら伝えてほしい。

我らの心配は無用。引き続き斑目女史並びにエレオノーラ女史の護衛を務めよ』

 

その時、いつの間にか後ろにいたマリーがあたしから音叉を奪った。

 

「陛下、私はこちらに!工作員の捕縛には陛下も向かわれるのでしょうか?」

 

『先遣隊の戦果を考慮し、必要とあらば』

 

「でしたら、どうか私にも出動命令を!陛下の身辺警護も情報官の任務では!?」

 

『……却下する。特例に次ぐ特例で有耶無耶になっているが、本来貴官は

魔王との戦いの中で永続的にハッピーマイルズ領での労役に就くという刑罰を受けているのだ。

それを忘れてはいかぬ』

 

「お願いします!斑目氏の髪を見てください!

敵は時間を停止させる彼女の三つ編みを奪ったのです!」

 

いつものお気楽な雰囲気を引っ込めて、必死に音叉に向かって叫ぶマリー。

だけどその願いは聞き入れられない。

 

『却下する。冷静な情報官らしくもない。まだ我輩が直に剣を執ると決まったわけはないのだ。

貴官に浮足立ってもらっては困る』

 

「しかし……」

 

マリーの様子を見ていたあたしは、彼女の手からそっと音叉を抜き取った。

 

「あっ」

 

「斑目です。通話を代わりました。皇帝陛下直々のご連絡本当にありがとうございました。

お言葉に甘えてわたくし達はいつも通りの暮らしに戻ります。

マリーにはわたくしから言い聞かせておきますので」

 

『よろしく頼む』

 

「片田舎から帝国軍の勝利を祈っております」

 

『激励に感謝する。では我輩はこれで』

 

「失礼致します」

 

別れを告げると、ビリビリとした音叉の振動が止まった。慌ててマリーが抗議する。

 

「ちょっと!どうして勝手なことしたの!?私は、私には皇帝陛下を……」

 

「ストップ。陛下の言うことが聞けないの?

彼、言ってたじゃない。普通に仕事してるけど、本来あんたは刑に服してるの。

これ以上命令無視を重ねたら軍から放り出されるわよ。

もちろん、皇帝陛下だってそんなことしたくはないでしょうよ。

でも、偉いさんだからって何でもかんでも許されるわけじゃないの。他の部下の手前もある。

マリーにだけ甘い顔してたら面目も立たないし、組織としての規律が成り立たなくなる。

そんなのあんたの方がよくわかってるでしょう」

 

「でも……」

 

マリーは悔しそうに下ろした手を握る。だけどね。

 

「それに、あんた勘違いしてない?」

 

「勘違い?」

 

「あたしは“いつも通りの暮らし”に戻るって言っただけよ。

いくら面倒くさがりのあたしでも、

何度もカチコミかまされて大人しくしてるような女じゃないわ」

 

そして腰のピースメーカーを抜いて銃口を天井に向け、ニヤリと笑って見せた。

 

「お姉さま、もしかして……!」

 

「ねえ、エレオノーラ。ハッピーマイルズとモンブールの間に教会的なものってある?」

 

「確かマーカスさんとベネットさんが結婚式を挙げた公営教会がありますが、

本気なのですか!?」

 

「ウシシシ、そうだよな。お前ってそういう女だよ」

 

何が嬉しいのかルーベルが笑ってるけど、とにかくそういうこと。

善は急げよ。いや、悪は急げになる可能性が大。

 

「マリー以外でピクニックに行きたい人~?」

 

「私も行くぜ。いくらなんでも一人じゃ無理だろ」

 

「本当は暴れたいだけなんじゃないのー?まあいいわ、ルーベル決定」

 

「すみません。

わたしもお力になりたいのですが、立場上要塞の活動に関与する事ができなくて……」

 

「そっか、エレオが戦争なんてしちゃあ法王猊下がお冠よね。

ジョゼットも戦力としては頼りないし」

 

「わたくしは何も言ってないのにハブられました。確かに戦えないんですが……」

 

「お姉さま、そろそろ皆様に和歌魔法の存在を思い出して頂きたいと思っていますの」

 

「パルフェム決まり。でもなるべく後ろにいるのよ?」

 

「しょうがないわねえ。この私が力を貸してあげても……」

 

「シャボン玉じゃどうにもならない。ピーネは留守番」

 

「キー!何よその扱い!里沙子なんかもう知らない!」

 

「カシオピイアは?」

 

「ワタシは…もう招集がかかってる。本隊と合流しなきゃ」

 

「じゃあ、向こうで会えたらお互い頑張りましょう」

 

どんどんメンバーが決まっていく。冬の寒さに奪われていたやる気が蘇ってくるわ。

これもガンクレイジーのサガかしらねぇ。

 

「さっそく支度をしなくちゃね。あたしは一旦部屋に戻るから。ブツの準備をしないと」

 

「こりゃー!拙者を忘れるでない!

戦に赴くというのに武士(もののふ)たる拙者の名前すら呼ばぬとはどういう了見であるか!」

 

「はいはい、お約束ありがとう。首切丸も必要でしょ?一緒においでなさいな。

……じゃあ、10分後に聖堂に集合!」

 

出撃メンバーがそれぞれの形で力強く返事をした。

あたしもエリカを連れて急ぎ足で階段を駆け上がり、私室のドアを開くと、ガンロッカーを開放。

まさによりどりみどり。休載中もメンテは欠かしてなかったのよ。

 

「まずピースメーカーは標準装備として、ヴェクターSMGで派手に弾幕を張るでしょ?

それからCentury Arms M100でドカンと一発。こいつの出番は久しぶりね。

長距離戦になるかもしれないからドラグノフも持ってきましょう。エリカー、準備はどう?」

 

「うむ!白狐丸も首切丸も切れ味に変わりなし!いざ出陣じゃー!」

 

「待ちなさいって。今、弾薬類トートバッグに詰めてるから。……よし、こんなもんかしら。

行きましょう」

 

「武者震いが止まらんぞー!」

 

戦闘準備を整えると、あたしはエリカの位牌を引っ掴んでバッグにしまい、部屋を後にした。

聖堂にはもう全員集まってる。

 

「お待たせ。それじゃあ出発しましょう」

 

「予想通りというかなんというか、ハリネズミかよお前は。軍人でもそんなに銃持ってねえぞ。

この企画では人間殺すのNGってルール忘れんなよ?」

 

「わかってるって。今となっちゃなんでそんな縛り作ったのか思い出せないけど。

エレオ、お願い」

 

「はい。皆さん手を」

 

エレオが小さく白い手を差し出す。

あたしがそれを握ると次はルーベルがあたしの手を、という感じで円になる。

そしてエレオが“神の見えざる手”を詠唱。聖堂が柔らかなオレンジ色の光に満たされる。

いつもの浮遊感が強まっていく。

 

体が落ちながら昇っていくような不思議な感覚に身を任せていると、

何度かまばたきをした瞬間に景色が変わった。

うっすら雪化粧をした平原。そばには年季の入った小さな教会。

 

「ここに来るのは何年ぶりかしら」

 

「何年ってほどでもねえ。マーカスの坊主が結婚したのは…去年だったか?忘れた」

 

「まあいいわ。今は関係ない。さて、獲物の住処を目指しましょう」

 

彼らの居所は……探すまでもないわね。あの日感じた暗い殺気が西から流れてくる。

今度はこっちが一撃食らわせる番よ。

冷たい北風を受けながら、あたし達は雪に足跡を付けつつ歩を進めていった。

 

 

 

 

 

2階から駆け下りてきたフリーズの声で目が覚めた。パジャマ姿のまま酷く慌てている。

 

「ジ・エンド、大変よ!この場所がばれたわ。軍に囲まれてる!まだ距離はあるけど」

 

「デリートとマルチタスクは?離脱準備を」

 

「できない!外を見て」

 

窓から外を眺めると、鉄より黒い棒が何本も地面や壁に突き刺さっている。

こちらの射程外から弓で射られたのだろう。

手を握ってみる。使用不能ではないが、能力の出力が弱まっている。なるほど、これの仕業か。

 

「戦闘を開始する。俺が時間を稼ぐからお前も装備を整えろ。子供達は外に出すな」

 

「わかった。無理はしないで」

 

「無理をしなければ死ぬだけだ。そろそろ行くとしよう」

 

服のまま寝ていた俺はベッドから起き上がり、コートを羽織る。

寝室から出ると、リビングを横切り玄関のドアを開ける。

 

「……」

 

地平線に広がるように黒い軍服の軍隊が四方に展開している。激戦になるだろう。

俺はホルスターからキャバルリーを抜き、始めの一手について考えを巡らせた。

 



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あたしの場合、瓶ビール5本で記憶が飛ぶらしい。

脳内BGMを『野蛮人の魂』(ミスター・ノーボディより)にして仲間達と雪道を歩む。

うんうん、感じるわ。大地を埋め尽くすほどの軍隊がこの先にいる。

それと、変な連中の変な気配もね。まだ戦闘は始まってないみたい。

乗り遅れるわけにはいかないわ。後ろを歩く仲間を振り返り、声をかける。

 

「全員、戦闘準備は?」

 

「いつでも。M82のメンテもバッチリだ」

 

ルーベルが人間には片手撃ち不可の(いや撃てるかもしれないけどまともに当たらないだろう)

対物ライフルを構えてみせる。

 

「綺麗な雪景色ですわ。しばらくぶりに自信作ができそうです」

 

クリスマスにプレゼントした新しい帯でおめかししたパルフェムも、

歩きながら新作に思いを巡らす。

 

「拙者の二刀流でいかなる敵も斬り伏せてみせようぞ!」

 

「エリカはあんまりあたしから離れられないんだから無理するんじゃないわよ?

あ、多分銃撃戦になるから接近戦主体のあんたは出番ないかも」

 

「呪術の心得もあるでござる!見損なうでない!」

 

「はいはい、当てにしてるわよ?」

 

小さな村を通り抜けて、坂道を上る。

初めてジ・エンドと対決した時に感じた圧迫感が強まってきた。崖の上に寂れた一軒家が見える。

あら?既に先制攻撃を受けていたのか、

壁に真っ黒な金属の矢みたいなものがたくさん刺さってる。

その辺に転がっているものを見ると細長い六角柱だから本当に矢なのかどうかは知らない。

 

坂を上りきると、スペード・フォーミュラが潜伏していると思われる家がもう目と鼻の先。

足を止めて様子を見るけど、しんとしていて中からは物音ひとつしない。

遥か遠くからは叫ぶような慌てた声。帝国兵があたしを見つけてパニックになってるみたい。

いないはずの女が銃器をたんまり抱えて現れたんだから無理もないわね。

 

ポケットの音叉が震えてるけど、これは後で怒られる用だから今は居留守を使う。

あたしは人の家を訪ねる時の正しい作法で住人を呼び出す。

 

「おるかー!?」

 

返事はない。しばしの静寂。

だけど裏口から見知った顔がSAAキャバルリーモデルをぶら下げて歩いてきた。

 

「……サービスの悪い宅配屋みたいな真似はやめろ」

 

「こっちじゃこれがスタンダードなマナーなのよ」

 

「意味のない嘘もやめろ」

 

「ごめ、ふざけすぎたわね。

あんたらにばかり足を運ばせるのも悪いと思ってね、今日はこっちから来てみたってわけよ」

 

「そいつは助かるが、あいにく取り込み中でな」

 

ジ・エンドが振り返ると視線の先にはやっぱり帝国軍の大部隊。

困ったわねぇ。事と次第によっちゃ、彼らとも戦う羽目になるかも。

 

「なら、邪魔が入る前にちゃっちゃと始めましょうか。あたしとあんたらの意地を賭けてさ。

後ろの3人は気にしないでよ。他の仕事をしてもらうから。今度こそ二人で決着をつけましょう」

 

「いいだろう……だが、子供には手を出すな」

 

「わかってるって。でもあんたらの親玉については根掘り葉掘り聞くことになるわ。

あんまり手荒なことをさせないでくれると助かるって中の連中に伝えてくれない?」

 

「ミッションを放棄しろと?

無意味な降伏勧告だ。俺達のような人間が生きていくには勝ち続けるしかない」

 

「やっぱだめかー。それじゃあ、ジ・エンドはあたしの担当。他の3人は……突撃―!」

 

「おう!」「ごめんあそばせ!」「いざ参る!」

 

あたしの号令でルーベル達が一軒家に突入。

追いかけようとしたジ・エンドにあたしのホルスターからピースメーカーを抜いて突きつける。

 

「くっ…!」

 

「ちょっと待った。あんたの相手はこのあたし。

お互い銃をホルスターに納めて仕切り直ししましょう。心配しないの。

これでもあたしら野盗も殺したことないのよ。子供なんてもっと殺さない。

絶対大丈夫だから。信用してよ」

 

お互い黙って自分のSAAを一旦しまう。帝国軍の攻撃が始まる前にケリをつけなきゃね。

見つめ合っていると、家の中から爆音のような銃声が窓ガラスを震わせて轟いた。

 

 

 

 

 

その時、突入したルーベル達3人はスペード・フォーミュラ構成員の捜索に当たっていた。

いささか乱暴な方法で。

ルーベルはバレットM82で柱という柱に12.7mm弾を叩き込む。

古くなっているとは言え硬い木材が弾丸に粉砕され木くずに変わっていく。

命中するたび家屋に振動が加わり天井から埃が降ってくる。

 

「見た目より中は広いが探すまでもねえ。家が崩れそうになったら向こうの方から出てくる!」

 

「お姉さまみたいなことはおやめになって!

パルフェムが和歌魔法で探知しますから少々お待ちを!」

 

「うむむ……本陣に乗り込んだはいいが、どうにも調子が出ないのじゃ」

 

首切丸を手にしたまま、エリカはただその場でふらふら浮かぶ。

 

「さっきまでの元気はどうなさったのです!?あ、一句できましたわ!

……薄氷(うすごおり) 足元泳ぐ 氷下魚(こまい)かな」

 

パルフェムは薄氷の下で泳ぐ魚を眺めるように敵の動きを探る和歌を詠む。

そして扇子を広げ、扇面を横にするとフリーズ達の姿が一瞬浮かび上がった。

だが、ほんの数秒ですぐに消えてしまう。

 

「あらら?どうしたんでしょうか。そこそこの出来だと思ったのですが……」

 

「私に任せとけ!もう一本ふっ飛ばせば家が自分の重さに耐えきれなくなる!」

 

また12.7mm弾が年季の入った柱を爆弾のように粉砕する。

 

「ですから!パルフェム達まで下敷きになるからやめてくださいまし!」

 

──そう。やめてちょうだい。あなた達の相手は、私がする。

 

その声に目を向けると、2階からスーツ姿をしたブロンドの女性が

ルーベル達に警戒しつつゆっくりと階段を下りてきた。

 

「子供達が、怖がってる。追い詰められたら、何をするかわからない」

 

「だったら早えとこ降参してくれるとお互い楽なんだが」

 

「できない相談ね。私達に退路はない。あなた達には、消えてもらう……!」

 

フリーズがカッと目を見開くと、周囲の空間に薄いブルーの色が着き、

ルーベル達の体が重くなったように動作が制限される。

 

「うおっ、なんだこりゃ!」

 

「なんだか…着物がすごく重く感じますわ」

 

「拙者は始めから体がだるいというか重いというか……」

 

「そう……やっぱり、だめなのね」

 

もがく3人を見てどこか悲しそうに呟くと、フリーズはダガーを抜いてルーベルに歩み寄る。

 

「くそ!」

 

危険を感じたルーベルもじっとしているわけではなく、

急に重量を増したバレットM82の銃口を向けて引き金を引いた。

愛用の対物ライフルはドラゴンの吐息のような発射炎と共に、

秒速853mのスピードに加速された大型弾頭を発射。

弱体化されたフリーズの固着空間を突き進む。

大幅に弾速は落ちたものの、どうにか目で追うのがやっと速度で食らいつく凶暴な

12.7mm弾の反撃を受け、フリーズは回避はできたが思わず体勢を崩す。

 

「きゃっ!」

 

「ルーベル殿~。彼奴は実力を出せておらんでござる。

家の周りにある妙なものから霊力を吸い取られておる。

拙者も先程から体力を奪われてろくに動けぬ有様……」

 

「パルフェムの和歌魔法がかき消されたのもそれが原因でしたのね」

 

「……その通りよ。本来なら周囲の空間を完全に停止させることができるのだけど」

 

立ち上がりながらフリーズは再び攻撃の構えをとる。

 

「家の周りが散らかってると思ったら、そういうことだったのかよ。

パルフェム、エリカ、下がってろ。こいつは私の相手だ」

 

「すみません。何か役に立つ句をもう一つ考えてみますので……」

 

「何たる無念!首切丸がありながらろくに戦うこともできぬとは!」

 

二人が後退したことを確認すると、ルーベルはM82を置きフリーズと相対した。

代わりに片方だけのボクシンググローブをはめる。

 

「……何をしているの?」

 

「んー、まともにぶん殴ったらお前死んじまうだろ。これでも力自慢で通ってる」

 

「この空間で私をまともに殴れるとでも?

効果は減少しているけど、私はここを自由に動ける。あなたはそうじゃない」

 

指先でダガーをくるくると回しながら言葉通りにルーベルの周りを歩いてみせる。

一方彼女はフリーズを視界から外さず、じっと攻撃の機会を伺う。

 

「確かに砂に埋められてるみたいに体が重いや。どうしたもんかなぁ」

 

「……悪いけれど、残った2人に何かされる前に、あなたを始末させてもらう」

 

「だとよ。パルフェム、なんとかならねえか?」

 

「わたくしの、力及ばず、もうだめだ」

 

フリーズが立ち止まり、ダガーを構える。

ルーベルは彼女を見据えて来る当てのない好機の到来を待つ。

その場を冷たい緊張感が支配し、いつ最期の時が訪れてもおかしくない。

 

「はっ!」

 

そして女が地を蹴り両手で握った刃物を突き出す。

次の瞬間、フリーズのダガーがルーベルの胸を目掛けて空を切り、深々と突き刺さった。

……かと思われた。

 

──うるう年 枯木集いて 友救い

 

一句詠まれると同時に、床に散乱した大量の木片がフリーズの右腕に張り付き攻撃を封じた。

思いがけない現象に驚愕し、彼女自身も思わず手を止めてしまう。

 

「えっ!?」

 

「オラァ!」

 

効果は一瞬。しかしルーベルにとって接近した敵の腕を掴み身体を引き寄せ、

全力を込め腹を殴るには十分過ぎるチャンスだった。

 

「かはっ…あ……」

 

固着空間を強引に振り切ったルーベルの拳がフリーズの腹に食い込み、

彼女は膝から崩れ落ち、気を失って床に倒れた。

同時に彼女の能力も解除され、皆の行動に自由が戻った。

全員人心地つき、フリーズの周りに集まる。

 

「サンキュー、パルフェム。おかげで痛い思いせずに一撃ぶちかませたぜ」

 

「ふふ、どういたしまして。ちゃんと伝わってよかったですわ」

 

「お前が五七五で返事しただろ。なんか一句浮かんだんだなってわかった。

ナイフじゃ私は死なないから、最悪身体を刺させて手を掴むことも考えたんだが、

オートマトンでも痛いもんは痛いからな」

 

「しかし拙者はいいとこなしでござった。とほほでござる」

 

「変な棒っきれのせいで力が出なかったんだろ?気にすんなって」

 

フリーズを縛りながら会話をしているが、まだ油断はできないことを思い出す。

そう、まだ全員ではない。

 

「エリカ、ひょっとしたらまだ暴れるチャンスはあるかもな」

 

「むむ、そのようでござる!」

 

階段の上を見ると、いつの間にか小さな人影が3つ。双子の姉妹と銀髪の少女。

 

「フリーズから離れて……!」

 

銀髪の子は警戒心を隠そうともしないが、双子の方はただニコニコと笑っている。

もう一仕事頑張らなくちゃな。

得体の知れない敵を前に、ルーベルは傷つけずに相手を無力化する方法はないか、頭を悩ませる。

 

 

 

 

 

ちょっと待って!

まだ今回は終わりじゃないわよ。あたしの苦労話も聞いていってちょうだい。

ジ・エンドとドンパチ始めようとしたんだけど、その下準備にまず手を取られる。

いつものように“コインが落ちたら銃を抜け”方式で勝負しようとしたんだけど、

彼が帝国軍の方へ手をかざしたまま相手をしてくれない。

 

「なにやってんの?」

 

「……無粋な輩を帰らせようとしているのだが、上手く行かなくてな」

 

「具体的には?」

 

「彼らの“作戦行動を終わらせ”て、立ち去るように働きかけているのだが、

効果が一部にしか及んでいないようだ」

 

ああ、それで。なんかさっきから帝国軍の方がやかましいと思ったら、

帰ろうとしている部隊とそれを止めようとしている部隊が分かれて揉み合いになってる。

 

「今のうちにその辺お掃除しましょうか?こんなことならジョゼット連れてくるんだったわ。

全部片付けさせるのに」

 

「正気を保っている兵が押し寄せてくる方が早い」

 

後で将軍に聞いたんだけど、この変な棒は吸魔石と同じ素材で出来てて、

暴走魔女のアジトに突入する前に撃ち込むものなんだってさ。

あたし達への嫌がらせとしか思えない後付け設定のせいで難儀させられる。

 

「なら、そうなる前にさっさと勝負しない?

あなたも6発撃ち尽くすようなダラダラした戦いをする気はないんでしょう」

 

「ああ……そうだな。今は、太陽がもうすぐ真上か。正午になると村の鐘が鳴る。

鐘の合図で銃を抜け」

 

「いいわよ。この際、国際会議だのなんだのは抜きにしましょう。

二人のガンマンの由緒正しき決闘。あたしは女だけどさ」

 

両者、ホルスターに手をかざす。風にちらほらと霰が混じる。

タンブルウィードに砂埃も良いけれど、雪原での果し合いも乙なものだわ。

確かマカロニ・ウェスタンじゃないけど“ペイルライダー”の舞台も雪山だったわね。

 

鐘の音はまだ。もうすぐだとは思ったんだけど、10分以上経ったんじゃないかと思う。

銃の合図を待つ時間はいつも永遠のように長く感じる。やっぱり関西人はせっかちなのかしら。

だとしたら兵庫県民は銃を使った決闘には向かないわねと、馬鹿みたいなことを考えた時。

 

カーン、カ…ドゴオオオン!!

 

鐘かと思ったらものすごい爆音が轟き大地が揺れて、二人共思わずその場でよろける。

 

「ちょっと!あの村の鐘って毎日こんなに派手なの!?」

 

「いや、違う!これは……!」

 

彼が振り向くと、家の壁に大きな穴が空いて、ルーベル達が外に放り出されていた。

怪我はしてないみたいだけど、みんなも状況が飲み込めてないみたい。

 

「ゲホゲホ……なんなんだよ、この、化け物は!」

 

「ルーベル!?パルフェム!どうしたの!」

 

「お姉さま、逃げてくださいまし……」

 

「待って、今行く!」

 

「マルチタスクか!俺が、止めなくては!」

 

あたしもジ・エンドも、決闘をほっぽりだして崩れかかった一軒家へ駆け出す。

まず、外傷はないけど身体を打った様子のパルフェムの背中を抱き起こした。

ハンカチで顔に付いた砂を軽く払い落とす。

 

「大丈夫?しっかりして!」

 

「うう…お姉さま。ここから離れて、すぐに」

 

「ええ!なんかよく知らないけど、ルーベルも立てるわね?」

 

「私は大丈夫だ、早く逃げろ……」

 

ふらつきながらも自分で立ち上がっていたルーベル。あと、エリカは?

あの娘はちょっとやそっとじゃ死なないっていうかもう死んでるから大丈夫っていう、

ややこしいポジションだから後回しになってたけど。

 

“おのれ怪物めー!今日こそ百人殺狂乱首切丸の錆にしてくれよう!”

 

「あのお馬鹿!こらー!深追いはやめなさい!」

 

壁に穴が、というより壁自体がなくなってた家に飛び込むと、

あたしはそこで信じがたいものを見た。

腐敗した豚に似た死骸が巨大化し、形の崩れた緑色の翼を生やしたドラゴン。

そいつがあたしを見ると、ボエー!!と一鳴きした。大音声と臭い息に思わず顔をしかめる。

 

エリカがそいつに首切丸で何度も斬りつけてるけど、

腐った肉に沈み込むだけで効いている様子が全くない。

 

「エリカ、撤退よ!あたしらは化け物退治に来たわけじゃないの!」

 

「しかし此奴を放っておいては!」

 

「言うこと聞かないとあんたの位牌、豚に食わせるわよ!?」

 

「うむむ、無念なり!うらめしや~!」

 

全員ダッシュでその場から逃げるけど、ジ・エンドがドラゴンゾンビに向かってなんか叫んでる。

少し走るスピードを緩めて盗み聞き。

 

“マルチタスク、やめるんだ。そいつは危険過ぎる。デリート、お前がやらせたのか?”

 

“だってフリーズが、先生がやられたんだもん!”

 

“今すぐやめさせろ。俺たちの任務を忘れるな”

 

“いや!軍に捕まったら、先生もみんなも殺される!スラッシュみたいに!”

 

よく見たら、ドラゴンゾンビに子供が3人乗ってる。臭くないのかしら。

……あ、あの双子は前に見たことあるわ。確か、フリーズと戦った時ね。

子供が関わってるのか~。放っとけないわね、いろんな意味で。

 

「ルーベル、みんなを連れてエレオノーラのところに戻って」

 

「なんだと?お前はどうすんだよ!」

 

「いいから!パルフェムをお願い!デカブツをなんとかしなきゃ!」

 

「なんでお前が!スペード・フォーミュラとか軍に任せればいいだろう!?」

 

「その帝国軍のどこかにカシオピイアがいるの忘れた?さっさと殺さないと奴の餌食になる!」

 

「しまった、そうか……!里沙子、死ぬんじゃねえぞ!」

 

「わかってるって。更新頻度が落ちてもこの企画をやめるつもりはないの!」

 

そこであたしだけUターン。まだドラゴンゾンビをなだめようとしているジ・エンドに合流した。

今の所、奴は行動を停止してるけど、いつまた暴れだすかわからない。

今のうちに戦闘準備しなきゃ。

 

「あいつに関する情報プリーズ」

 

「斑目里沙子。どうしてお前が」

 

「あれに生きてられると割と迷惑なの。ほら情報」

 

「……狂腐王ヘルゼラトプス。マルチタスクが召喚した出どころのわからない生物だ。

生きていると言えるかはわからんが」

 

思わず苦笑しつつ、背中のフックからレミントンM870を抜き、

トートバッグから12ゲージ弾の箱を取り出す。

 

「はは、なんつーか、ウチらしいネーミングだわ。ほい、これ」

 

そしてショットガンと弾をジ・エンドに渡した。

驚いているのか、感情を表に出さない彼が少し黙ってから受け取る。

 

「何故だ」

 

「Single Action Armyでゾンビの化け物相手にするのはキツいでしょ?

悲しいけどピースメーカーは人間が限界。貸したげる」

 

「……済まない」

 

「先生だかなんだか知らないけど、全部終わったらちゃんと尻ひっぱたいてお仕置きしとくのよ。

マルチタスクだっけ?あの娘達召喚士だったのね」

 

「違う。彼女達の能力は……その名の通り並行作業(マルチタスク)

二人の意思が一致しなければ発動しない特殊なものだ。

この世界に居る全てのアース人の能力を共有して同時に使うことができる」

 

「ワオ、それじゃあミドルファンタジアのどっかに召喚士になった地球人がいるわけね」

 

「そういうことだ。……それで、お前はどうする」

 

装備のことを言ってるのかしら。だったらあたしは……

 

「I have this!(こいつがある!)」

 

ショルダーホルスターからCentury Arms Model 100を抜いて構えた。

マグナムじゃないけど、ヤバい時ほど心にゆとりを大事にね。

誰のモノマネかわかった人には20ポイントあげる。正解は次回発表するわ。

 

無駄口を叩いている間に状況も動き始めた。

ジ・エンドが能力を解いて時間が経過し、落ち着きを取り戻した帝国軍がついに行動を開始。

軍馬の隊列が怒涛のように押し寄せてくる。

それに気づいた狂腐王ヘルゼラトプスが彼らに向かって豚のような咆哮で威嚇。

頭が痛くなるようなややこしい三つ巴の戦い。

想定外を上回る最悪さで国際会議編が幕を閉じようとしてる。生きて帰れたらの話だけどね!

 

 



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他サイトに進出しようと思ったけどハーメルン並に好き勝手できるところがないの。

さて、ボス戦に入る前に前回のクイズの答え合わせをしましょうか。

正解は、TVゲーム“バイオハザード”より、バリー・バートンでした。

44マグナムが愛銃の彼はその後のシリーズにも時々登場する頼りになる存在よね。

 

1作目発売当時、火炎放射器でプラント42と戦う彼の勇姿をCMで見た瞬間、

神ゲーであると確信したあたしは親にPSをねだったんだけど買ってもらえなかった。

懐かしくもほろ苦い思い出よ。

 

こんなクイズを仕込んだ理由に

もうすぐBIOHAZARD RE:3が発売だという事情は全く関係ないわ。いつもどおりの気まぐれよ。

あたしはカプコンの回し者では断じてない。

 

それはさておき、正解者には約束通り20ポイント差し上げるわ。

10000ポイント貯めた方にはもれなくうんざり生活出演権をプレゼント。

達成した方はmadarame■unzari.com(■を@に変えてね)まで連絡をちょうだいね。

じゃ、脱線はこれくらいにして本編に戻りましょう。

 

 

 

 

 

狂腐王ヘルゼラトプス。

センスもへったくれもない名前だけど、舐めてかかれるほど甘くはなさそう。

紫色に腐った唇は大きく横に裂け、岩のような歯で噛みつかれたから即死は免れない。

歯の隙間からシューシューと悪臭を放つ吐息が漏れ、巨大な目玉は白く濁っている。

腹の奥から燃えたぎるマグマのような唸り声が絶えず聞こえてくる。

 

一時共闘戦線を結んだあたしとジ・エンドも武器を構えて決戦に望む。

帝国軍は突然現れた巨大な化け物に驚いているようで陣形を整えるのに手間取ってる。

しばらくあたし達が時間を稼ぐしかないみたいね。

ゾンビゲーなら間違いなく“マグナム”に分類される特大拳銃、Century Arms Model 100を構えて

ヘルゼラトプスの顔面に照準を合わせる。

 

軽く息を止め、銃身が揺れないよう、引き絞るようにゆっくりトリガーを引く。

ハンマーが45-70ガバメント弾のプライマーを叩き内部の炸薬を爆発させると、

ライフル用の強力な弾丸が大気を震わす銃声とともに螺旋を描きながら飛び立ち、

文字通りの豚っ鼻に突き刺さった。

 

『ぶぎゃおおおおん!!』

 

命中。腐敗して脆くなっている肉体が鼻と周辺の肉を粉砕して十分過ぎるほどの負傷を負わせた。

ヘルゼラトプスが激痛で太い4本足をジタバタさせながら絶叫する。

 

「ふふん、どうよコレ」

 

隣でレミントンM870にバックショットを装填しているジ・エンドに

黄金銃を自慢してみる。

 

「油断するな。奴はしぶとい」

 

ジ・エンドがフォアエンドを引き装填を完了し、あたしと同じく豚の化け物と相対する。

 

「わかってるわよ。これから一気に……」

 

「いや、わかっていない」

 

「え?」

 

彼が見つめる先にはあんまり知りたくない現実が待っていた。

狂腐王の破壊した部位が意思を持ったミンチのように蠢き、再生を始めている。

 

「うわぁ……これってある程度ダメージを与えて

露出したコアを破壊しろとかそういう系のやつ?」

 

「コアか。そんなものがあればいいのだが。奴に関しては俺もよく知らない。あの二人しか」

 

「そう言えば勢いで撃っちゃったけど、上の子供達大丈夫?

あんなところにいたら流れ弾食らうわよ」

 

「マルチタスクに守られている。彼女達の能力のひとつ、防御(プロテクト)だ」

 

「良くも悪くも気兼ねなく撃ちまくれるってわけね。本当、後で再教育頼むわ」

 

「ああ。俺が責任を持つ」

 

あたしはうんざりしながら背中にぶら下げていたもう1丁の大型銃器、ヴェクターSMGを抜き、

再度攻撃の準備をする。

ストックを展開して肩に当てて銃身を安定させ、サイト越しにヘルゼラトプスを狙う。

一方ジ・エンドも攻撃を開始。彼は濁った眼球を狙い、集中的に散弾を浴びせる。

 

数発に渡るレミントンM870の鉛玉を食らい、バシャアン!とヘルゼラトプスの右目が破裂。

またも怪物の悲鳴が上がる。

これにはとうとう奴も怒ったのか、前脚で助走をつけ、あたし達に向かって突進してきた。

 

「あばば!勘弁してよ!…って英語でどう言うんだったっけ!?」

 

たまらず攻撃を中断したあたしは後ろに全力疾走して逃げる。

背後からドスンドスンと大きな足音が迫る。

追いつかれる!地面に散らばる棒に邪魔されるのを承知でクロノスハックを発動。

やっぱり敵の動きは完全には止められなかったし魔力の消耗が激しいけど、

スピードは格段に落ちた。

 

どうしよう、どこに逃げる!?とりあえずあたしはジ・エンドのそばに戻った。

少なくとも心細くはなくなるからね!

ヴェクターを構え直してクロノスハック解除。

あたしの高速移動にも驚くことなく彼はショットガンで狙いを定めながらぼそりと一言。

 

「……”Give me a break.”だ。頻繁に使う慣用句だから忘れるな」

 

「あなた英語の先生?」

 

「元、だが」

 

「英語で敵が殺せたら素敵なのにね」

 

「少なくとも一個大隊並の働きをする自信はある」

 

軽口を叩き合いながら各自攻撃を再開。

クロノスハックのスピードについてこれず、その巨体で急ブレーキをかけたため

その場で硬直状態になった隙を狙って弾丸を浴びせる。

ヴェクターSMGがばら撒く10mmオート弾で豚のゾンビの横っ腹が瞬く間に穴だらけになり、

ショットガンの面攻撃で今度は左目が破壊される。

豚の王がガラガラとした声で叫ぶけど、まだコアらしきものは見えない。

元々そんなもんがある保証もないんだけど。

 

『ぎゃぶおおおおぉん!!』

 

ヘルゼラトプスがまた苦しそうな雄叫びを上げる。耳が痛いわ。

ダメージ自体は通ってるみたいなんだけど……なんか様子が変ね。

一度攻撃の手を止めて奴の出方を見る。

その時、帝国軍の攻撃準備が整ったらしく、大勢のカービン銃を持った兵士が隊列を整える。

 

《砲兵隊前へ!総員、構え!射撃用意……撃てー!》

 

指揮官の号令とともに、軍隊がひとつのマシンガンとなったかのような一斉射撃が行われる。

横一列にマズルフラッシュが並び、

一拍置いてヘルゼラトプスの巨体にブスブスと穴を開けていく。

人海戦術バンザイね、このまま行ける?と思ったその時、怪物がもう一鳴きし、

後ろ足で立ち上がって大きく息を吸った。

ヴオオオ…と空をまるごと吸い込むほど大量の空気を肺に収める。

 

なんか嫌な予感がするんだけど!?そう考えた次の瞬間、ヘルゼラトプスが前脚で着地。

奴の重量で殴られた地面から足にビリビリと振動が伝わるけど

問題なのはそんなことじゃなかった。

着地と同時に毒々しい黒と緑が交じったガスが広範囲に渡って兵士達に吐きかけられる。

やっぱり臭い。砲兵隊も後退。だけど様子がおかしい。

 

《退却、退却せよ!ううっ…あああ、があああ……》

 

ガスを浴びた兵士の皮膚が急速に腐敗し、全身に腫瘍が現れ、眼球も奴と同じく白濁。

目や鼻から大量に出血し、苦悶の声を上げながら間もなく兵士達は倒れていった。

 

「ちょっ、何あれ!毒ガスとか最悪なんだけど!」

 

「最悪というにはまだ早い。間に合わなかったか……!」

 

「どういうことよ!?」

 

「俺達も下がるぞ。あれに触れると助けようがなくなる」

 

「お断りよ!あたしの妹があの中で戦ってるの!ここに残って速やかにとどめを刺す!」

 

「あれが見えないのか!」

 

ジ・エンドが指し示した方を見ると、死んだはずの兵士が何やらもぞもぞと動き出し、

頼りない足取りで立ち上がった。そして。

 

『ゔゔゔ……きぃえああああ!!』

 

「わあ!何をする!何を…ぎゃあああ!ああ!ひぎあああ!」

 

周囲の味方に噛み付いた。不意を突かれた兵は地面に組み敷かれ、生きる屍に食い殺される。

あちこちで悲鳴が上がり、ガスから逃れた兵士はさっきまで味方だったゾンビを撃ち、

ゾンビは獲物を求めて生き残りに喰らいつくという悲惨極まりない光景が生まれる。

 

「躊躇うな!変異した者は射殺せよ!陣形、再構築!」

 

『あぐおおお!!』

 

同士討ちを始めた帝国軍に対し、落ち着きを取り戻したヘルゼラトプスが

再度巨体を揺らして体当たりを食らわせ、部隊は壊滅状態に陥る。

雪の白で染め上げられた大地が、見る間に血と肉片で赤に変わっていく。

 

「何なのよこれ……」

 

悪化する一方の戦局。

狂腐王が息を一吹きしただけで帝国軍はゾンビの群れとなり、倒す方法も見つからない。

どうすりゃいいってのよ!

もたもたしていると、ゾンビの一団があたし達を見つけて食欲の赴くままに殺到してきた。

 

「応戦するぞ」

 

「あたし、あんたと戦いに来たはずなんだけど!」

 

本当にバイオハザード状態だわ、こりゃ。

ゾンビになって銃の撃ち方も忘れてしまった哀れな兵士が、

両腕を伸ばしてあたし達を捕らえてかぶりつこうとしてくる。

 

ジ・エンドは慣れた手付きで射撃、排莢、リロードを繰り返し

ショットガンの威力と射程を最大限に活かせる中距離で戦い、

あたしは彼らの中に妹の姿がないことを祈りながらヴェクターSMGでバースト撃ちを行い

なるべく頭部を狙って致命傷を与え手早く数を減らす。

 

いつしか背中合わせになって戦っていると、上から声が聞こえてきた。

 

「お姉さん、きっと勝てるよ」

「きっと勝てるよ、お姉さん」

 

暴れるヘルゼラトプスの上でそんな惨状を悠々と眺めるマルチタスク達。

頭に来たあたしはゾンビの襲撃の切れ目を見計らって、

2人に躊躇いなくピースメーカーを放ち注意を引きつける。

銃弾は見えない力に弾かれたけど、あたしに目を向けさせるには十分役に立ってくれた。

ジ・エンドが止めに入るけど知ったこっちゃない。

 

「何をしている、やめろ!」

 

「お姉さん、斑目里沙子だよ」

「斑目里沙子だよ、お姉さん」

 

「こらー!クソガキ共!いい加減になさい!自分が何してるかわかってんの!?」

 

「ちゃんと言われたとおりにしたよ?わたし達は」

「わたし達はちゃんと言われたとおりにしたよ?」

 

「言われた通りですって?ルビアの大統領がそうしろって?バカも休み休み言いなさい!

正体もバレてここまで大事になった時点で、とっくにあんたらのミッションは失敗してんのよ!」

 

ピースメーカーの銃口で後ろの惨状を示す。

悲鳴やうめき声の中、ゾンビや兵士が入り乱れて食い合い、撃ち合い、殺し合う。

こっちに向かってきたゾンビは粗方片付けたけど、決して喜べる状況じゃない。

 

「ほっといて!それでも私達は諦めるわけにはいかないの!大統領のために!」

 

双子じゃない、銀髪の女の子が代わりに答えた。

 

「なんでそこまで大統領に義理立てすんのよ!

大勢の人間を巻き込んで、何人も殺して、それで何が残るって言うの!?」

 

「あなたにはわからない!始めから恵まれていたあなたには!

全部のアース人があなたのように英雄としてチヤホヤしてもらえるわけじゃない。

この世界じゃ地球人を便利な道具としか思ってない奴らが大勢いて、

身寄りのない皆を貧しい環境で飼い殺しにしているの!

でも大統領は私達を助けて、戦う方法を教えてくれた!だから今度は私達が大統領を助けるの!」

 

「多少扱いがリッチなだけで、あなた達も飼い殺しにされてることがわかんない!?」

 

「うるさい!凍える寒さで死にかけたことのないあなたなんか!!」

 

「あたしだってここんとこ毎日寒さでベッドから出られないわよ!」

 

「もういい、里沙子」

 

気づかないうちに大声を張り上げて言い争っていたら、

ジ・エンドがそっとあたしの肩を引いて前に出た。去り際、彼はレミントンをあたしに渡す。

思いがけない行動に手を滑らせて銃を落っことすところだったわ。

 

「確かに、俺の教育不行き届きだった。こいつを返そう」

 

「えっ。ちょっとちょっと、戦いはまだ終わってないのに!」

 

「ああ。だから、“終わらせる”」

 

そりゃ、四方からの攻撃に晒されたヘルゼラトプスは

まだ再生に時間がかかっているようで傷口を蠢かせながら停止してるけど……

 

「あなたの能力で?でもそんなことできるなら最初から軍を帰らせればよかったでしょう。

変な棒が邪魔してるから無理なんじゃない?」

 

あたしの疑問には答えず、ジ・エンドは子供達に呼びかけた。

 

「デリート、マルチタスク。俺達のせいでお前達の人生を狂わせてしまった。

だが今なら間に合う。お前達だけなら」

 

「先生まで何を言ってるの!?」

 

「この国の君主は人道主義者と聞く。

今投降すれば、子供であるお前達に対する処置は考えてもらえるだろう」

 

「いやよ!帰るなら先生もみんなも一緒!里沙子を倒してルビアに帰るの!」

 

「違う。俺は、行けない。……里沙子」

 

「何よ」

 

「残念ながら、奴にコアなど存在しないようだ。後を…彼女達を頼む」

 

背中で語るジ・エンドの身体から黒いオーラが静かに立ち上る。

止める間もなく彼はヘルゼラトプスへ向けて駆け出していた。

 

「待ちなさい!あんた一人でどうするつもり!?」

 

「いいか!?俺が能力を発動したら全力で撃て!弾が尽き奴が細切れになるまで!」

 

「あんたまさか!」

 

「おおおおお!!」

 

狂腐王に体当たりするように組み付いたジ・エンドは、雄叫びを上げ

両手を潰れた右目に突っ込んだ。

彼の魔力がこれ以上ないほどに放たれ、周囲に烈風を巻き起こす。

 

「ジ・エンド!」

 

「奴の再生を強制的に終わらせた!今だ、撃て!」

 

『キャオアアア!オオオン!』

 

ヘルゼラトプスが苦痛にもがき苦しむ。

中途半端なところで再生が止まり、負傷箇所が塞がらない。

これなら残りの体力を削りきれば奴を倒せる!

あたしは再びヴェクターSMGを構え、暴れる銃身を全身で抑えながら

フルオートで弾丸の連射を叩き込む。殺意を体現するかのような暴力の連続。

高速で排出される空薬莢までがぶつかり合い激しい金属音を響かせる。

 

高い再生能力と引き換えの肉体の脆さが銃弾の嵐に耐えきれず、

10mmオート弾が食い込む度に大きな肉片がこそげ落ち、紫の体液が吹き出す。

2マガジンを撃ち尽くしたところでついに化け物は横倒しになり、

乗っていたデリートという女の子達も地面に投げ出された。

 

「きゃあ!」

 

デリートは地に転び、マルチタスク2人はふわりと浮かんで着地。

ヴェクターは弾切れ。今度はさっき受け取ったレミントンに持ち替えて

銃身内に残る12ゲージ弾をできるだけ近距離から撃ち込んだ。

一発が翼をちぎり取り、ヘルゼラトプスの絶命は時間の問題かと思われた。けど。

 

『ヒュゴオォォ……ゴフゥ!』

 

イタチの最後っ屁ってやつ!?

背中の肉がごっそりなくなった狂腐王が、またもあの瘴気を吐き出した。

当然、その付近に居る者は……!

 

「逃げて、ジ・エンド!」

 

「……構うな、撃て。こいつを、終わらせろ」

 

あたしは何か言おうとしてやめた。

瘴気に当たらないよう風上からトリガーとポンプアクションを交互に行い、

一刻も早くヘルゼラトプスを殺すことだけに意識を向ける。

ジ・エンドの皮膚がどんどん変色していく。

 

「ぐううう……あがっ!」

 

目と耳から出血。一回吐血。時間がない。今ならエレオノーラに看せれば助かるかも。狙うは頭。

あたしはガンベルトから一粒弾を抜き、ローディングポートから挿入。

フォアエンドを引いて装填完了。

乱れる呼吸を無理やり抑えながらフロントサイトの直線上に奴の頭部を捉える。

これで、ラストよ!

 

トリガーと同時に、強力無比な熊撃ち弾が激しい発射炎と共に放たれ、獲物に食いつく。

着弾と同時に、ヘルゼラトプスの頭部が大きな破壊力を孕んだ鉄球で水風船のように破裂。

狂腐王は断末魔の叫びを上げることもなく動かなくなった。

 

「はぁ…はぁ…」

 

敵の絶命を確認したあたしは、息を切らしながらジ・エンドの様子を確かめようと彼に近づく。

その時、ヘルゼラトプスの死骸に寄りかかっていた彼が、最後の力を振り絞り立ち上がった。

 

「大丈夫?…かどうかなんて見りゃわかるわよね。行きましょう。まだ治療すれば……」

 

でも、その目を見て悟る。彼には何も見えていない。

ジ・エンドは、黙ってホルスターから震える手でキャバルリーを抜き、あたしに向ける。

ズル、ズル、と足を引きずりながら近づいてくるけど、トリガーに掛かった指は動く様子がない。

……あたしも、何も言わずにシビリアンモデルを抜いて両手で構えた。

 

「古き良き決闘……色々邪魔が入ったけど、ようやく実現したわね」

 

彼の眉間に照星を合わせ、引き金を引く。聞き慣れた、いつもの銃声は、彼の額を貫通。

ジ・エンドは膝をつき、薄雪の積もる大地に背の高い身体を横たえた。

冷たい北風があたしの頬を撫でる。

決闘の後に訪れるのは、いつも乾いた風とわずかばかりの虚しさ。

 

「先生!」

 

しばらくピースメーカーを構えたまま動けないでいると、

後方にいたデリートが走り出し、彼の亡骸にすがりついた。

 

「先生、目を覚まして!お願い、いや!いやあ!」

 

泣き叫ぶ彼女にトテトテと近づく2つの影。

 

「泣かないで。大丈夫だよ、どうせ」

「どうせ、大丈夫だよ。泣かないで」

 

意味がわからないけど、その言葉にカッとなったあたしは、マルチタスク達の顔を張った。

“どうせ”効いちゃいないんだろうけど。

やっぱり痛みなどないようで、目をぱちくりさせるだけの二人に

ただ思いつくまま怒声を浴びせた。

 

「塾だか学校だか知らないけど、あんた達のせいで先生が死んだのよ!?

最期まであんたらのことを心配しながら、命をかけて、

生徒の間違いを正そうとして死んでいったの!

あの娘を見なさい!なんで泣いてると思う?自分のせいで人が死んだから。わかる?

今わからないなら、わかる日が来るまで、絶対今日の事を忘れるんじゃないわよ!いいわね!?」

 

柄にもなく大声でまくしたてると、

双子は互いを見合わせ、首を傾げてから“わかった”と一言だけ返事をした。

きっとわかっちゃいないだろうし、わかる日なんて来ないうちに忘れるんだろう。

人間はそこまで賢くない。

 

「ああ……ジ・エンド。あなたまで……」

 

倒壊しかけている一軒家から出てきたフリーズが、よろめきながらジ・エンドの亡骸に近づき、

彼の傍らに座り込み、その手を取った。

そしてさめざめと涙しながら独り言のように語りかけてくる。

 

「また、救えなかった。結局、私に力なんてなかったのね。

誰も守れない力なんて、何の意味もないのに……

さあ、斑目里沙子。私も殺して。ミッションは失敗、仲間も失った。

私にはもう、生きている意味なんてない」

 

「勝手なこと言わないで。ガキ共の面倒誰が見るのよ。あたしは御免よ。

あなたジ・エンドの同僚でしょ。遺言くらい聞いてやったら?」

 

「遺言……?」

 

「子供達を頼む、だってさ。

まあ、面倒くさいならここに置き去りにしたって誰も咎めやしないし、あたしだったらそうする。

このまま帝国軍と戦うなり逃げるなり降伏するなり好きにすれば?

じゃあ、あたしはもう帰る。二度と会うことはないわ、さようなら」

 

抜きっぱなしだったピースメーカーをホルスターに収めると、

あたしは仲間の待つ国営教会へと向けて闘いの地を後にしようとした。

だけど、マルチタスクがまた訳のわからない事を言う。

 

「フリーズ、泣かないで」

「泣かないで、フリーズ」

 

「どうせ、なんともないから」

「なんともないから、どうせ」

 

また出た。どうせ。小学生にも満たない子供に命の重さを説いたところで馬耳東風。

わかっていてもどうしようもない。浅倉威じゃないけどイラついてしょうがない。

今度は尻を蹴り上げてやろうかと思った時、二人が手を取り合い、こう言った。

 

──巻き戻せば全部元通りだもの!

 

 



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1万円でいいから臨時収入が欲しい。

大統領執務室

 

明かりも点けず、テラスに続く窓から差し込む月明かりだけを頼りに

彼はひとりチェスの盤面に向き合っていた。大山の如き大統領、アルベルト・ヴォティス。

小さなテーブルに置かれたチェス盤の前に立ち、顎をひねりながら次の手を思案する。

 

迷った末、彼は白のポーンを取り除き、黒のナイトを進めた。こんなところだろうか。

自分自身との対戦を続ける彼が今度は白の順番に回ると、ふと手が止まる。

言葉による形容が難しい感覚を覚えた。……なるほど。今は確か現地時間で向こうは昼だ。

 

「そうか。また、やり直すのか」

 

駒を選びながら困ったように軽く息をついた彼は少し落胆した様子だが、

追い詰められていると言えるほど切羽詰まってもいないようだ。

 

「ダイヤモンドソード、フィスト・オブ・クラブ、プラチナムハート。

そして……スペード・フォーミュラ。4つのシンボルは全て失敗。

次は、そうだな……チェス(これら)を兵とするのもいいだろう。

リドゥ(やり直し)さえいれば、能力者は何度でも手に入る。

出現ポイントも我が国領土に十分な数が確認されている。問題はない」

 

そして次の駒を手に取ろうとすると、

背後からスッ…と手が伸び白のルークをナイトの前に置いた。

色白の女の手。突然後ろに現れた殺気に身動きが取れない。

背中に刺殺用の凶器が突きつけられている。

 

「誰だ」

 

女は答えることなく、大統領の耳元に音叉をかざす。

音叉が震え、圧倒的な威厳に満ちた声を奏で始めた。

 

『私だ。壮健だったかね。何しろ数年ぶりだ。この声を覚えてくれていると良いのだが』

 

「サラマンダラス、皇帝……」

 

『今日は別れを告げるために部下を派遣した。貴国、いや貴君とはいがみ合ってばかりだったが、

国際社会という舞台で何度も誇りを賭けた死闘を繰り広げた宿敵をこのような形で失うとは、

悲しいものだよ』

 

「何故わかった」

 

『その質問は、

“何故繰り返し工作員を送り込み、トライトン海域共栄圏の分断を図ったことがわかったのか”

という解釈で良いのかね?答えよう。“能力(スキル)の過信”だよ』

 

「過信だと?」

 

『ミドルファンタジアに転移したアース人は皆、何かしらの能力に目覚める。

我が国とてそれを知らぬわけではない。その性質も』

 

「何が言いたい」

 

『人間の力には限界があるということだ。貴君が国際会議における発言力を高めようと

サラマンダラス帝国にアース人で組織した工作員を潜入させ、

失敗する度、時間を巻き戻す能力者にやり直しを命じた。……だが、その効果にはムラがあった』

 

「ムラ?」

 

『この惑星全体を流れる時を均等に、かつ、抜けもなく巻き戻すことはできていなかった。

この星でちょうど正反対の位置にあたる我が国とルビアでは特にその傾向が顕著。

貴君は知らなかったのだろうが、オービタル島各地に工作員潜入の痕跡が残されていた』

 

「ふん。実戦投入前のテストが不十分だっというわけか」

 

『まだ一度目の試みで人選を誤ったのだろう。

最初の工作員が考えなしに暴れ回り斑目里沙子に殲滅された時、

不可解な時間操作が始まる旨について同じ時間能力者の彼女から忠告を受け、

我輩は貴国の思惑を知ったというわけだ』

 

「やはり、やめておくべきだった。

金と地位にばかり気を取られ冷静さに欠ける者ばかりだったからな」

 

『攻撃の正体が時間操作であり、

同じことが繰り返されるとわかった以上やることはひとつしかない。

我々は帝国各所にルビアの計画を記録した媒体を配置し、予想通り攻撃は繰り返され、

その度に情報を更新した。

そして4度目、つまり今回収集した証拠で貴国の国際会議に対する妨害工作が明らかになった。

何度も時間旅行をさせられた意味はあったよ。

我輩とて確証もなしに大統領暗殺という荒業に出られるほど肝は据わっておらんのでな』

 

「私を殺すか」

 

『返す返すも残念だ。国際会議はこの星に生きる全ての者の行く末を左右する。

それに一国の都合でイカサマを持ち込むことは、決して許される行為ではない』

 

「これだけは言っておく。お前達がしようとしていることも似たようなものだ。

数の力で少数の声を握りつぶす。

国際会議と言えば聞こえはいいが本質はそういうものでしかない」

 

『……貴君の最大の失敗はその取り越し苦労だった。

かつてこの国が滅亡の危機に瀕した時、数の暴力がもたらす悲劇について我々は学んだ』

 

「まあいい。せいぜいなんとか共栄圏とやらを自壊させぬよう振る舞いには気をつけることだ」

 

『忠告痛み入る。さらばだ』

 

トスッ……

 

静かに女の刃が大統領の心臓を貫いた。

大統領は苦悶の声を上げることもなく前のめりに倒れ、チェス盤の駒が辺りに散らばる。

女が右腕から伸びる刃を抜くと、

血を流して床に横たわる彼の死体を見つめてから音叉に話しかけた。

 

「陛下、終わりました」

 

『ご苦労。例の能力者は?』

 

「既に封魔の鎖で拘束してあります」

 

『では、その者を連れて直ちに帰還せよ。くれぐれも扱いは丁重に』

 

「はっ」

 

《しかし……本当にこれでよかったのでしょうか》

 

音叉での会話に3人目が加わる。中年らしい女性の声。

 

『シャープリンカー総帥。貴女の協力には感謝してもしきれない。

さすがにオービタル島からブランストーム大陸の端までは転移魔法が届かなかった。

魔国を経由しなければ情報官を送り届けることは叶わなかっただろう』

 

《大統領亡き今、私達にできることはトライトン海域共栄圏が掲げる八紘一宇を

世界に広げるべく尽力することしかないのでしょうね……》

 

『その通り。我々にもルビアが今回のような暴挙に出た責任がないわけではない。

共栄圏の理念をより丁寧に世界へ発信していれば、あるいは。

今更悔いたところで詮無きことであるが』

 

《そうですね。せめて彼に堂々と報告できる結果を導かなくては。

では、国際会議でお会いしましょう。情報官と捕虜の回収はお任せください。

一旦魔国に滞在してもらうことになりますので、帰国は再来週になるかと》

 

『世話を掛ける。では、情報官。仕事は最後まで抜かりなきよう』

 

「かしこまりました」

 

音叉の振動が止まり、そこで会話は終了した。

マリーはポケットに音叉をしまうと、窓を開けてテラスから屋外に脱出し、

捕虜を監禁している山小屋へと駆け出した。

ブランストームの大地はサラマンダラス帝国より冬の寒さが厳しい。

ちらほらと降り始めた粉雪が時々目に入り、思わず目を閉じるが

彼女は足を止めることなく走り続けた。

 

 

 

 

 

暖房の効いた車に揺られているうちに、ついウトウトしてしまったようだ。

腕時計で時刻を確かめる。うたた寝をしていたのは10分足らずだが何故だろう。

何年も長い夢を見ていたような、そんな気がする。

 

「…い、おい!」

 

「ん?」

 

奇妙な現象に少し意識がぼやけ、彼の声に気づくのが遅れた。

運転席でハンドルを握る同僚がぶっきらぼうな口調で助手席の俺に訊く。

 

「ん、じゃねえよ。トマムのホテルまでどれくらいだ?」

 

俺達はレンタルしたマイクロバスで英会話教室のスキー合宿に行く予定だ。

講師の俺とネイティブの女性講師が引率し、

普段送迎バスの運転手をしている彼が車を走らせていた。

もうひとりの講師は子供達の相手をしながら宿泊先に到着が遅れる旨を連絡している。

 

「このまま道なり。約2時間だ」

 

ロードマップを見ながら俺は答えた。

 

「マジかよ。んなチンタラ走ってたら日が暮れるぜ。もうちょい飛ばすぞ?」

 

「やめろ。子供達が乗っている。事故が起きたらどうするんだ」

 

「事故らねえよ、たかだか100km/hで。今の看板笑えただろ。“スーパーこの先160km”だとよ。

北海道の奴らは160kmが“この先”のうちに入るらしいぜ。

こんなとこネズミ捕りもいねえし、さっさと風呂に入りてえ。俺に任せとけって、ほら」

 

同僚がアクセルを踏み込み更に加速する。

時折タイヤが濡れたアスファルトで滑り車体が風に煽られる。

……その時、強い既視感に襲われ未来予知に似た光景が脳裏をよぎった。

 

「お姉さん、車が揺れてる!」「車が揺れてる、お姉さん!」

 

「やめて、先生。怖いわ」

 

「子供が怖がってるわ。スピードを落として、お願い」

 

生徒と女性講師が制止したが、運転手は法定速度をオーバーしたまま走行を続ける。

しばらくするとフロントガラスに淡雪がポツポツとぶつかり、

やがてワイパーの除去が追いつかない量になる。急な天候の変化に運転手が舌打ちをした。

 

「チッ、ウゼえな。ろくに見えやしねえ」

 

「視界不良だ。スピードを落とせ」

 

「心配ねーよ、まだまだ直線道路」

 

彼が何か言おうとした瞬間、奇妙な既視感が確信に変わり、

俺は考える前に運転席のフットスペースに足を突っ込み思い切りブレーキを踏みつけた。

 

「きゃあ!」

 

「お姉さん、怖い!」「怖い、お姉さん!」

 

「みんな、掴まって!」

 

急ブレーキで車体後部が大きく振れ、タイヤが摩擦でキュルキュルと耳に痛い音を立てて停止。

皆、身体が前に放り出されるような強い力を受ける。

乗車前、全員にシートベルト着用を徹底していなければ怪我人が出ていただろう。

 

「痛ってえな!何考えてんだ、ふざけんな──」

 

「前を見ろ」

 

運転手の文句を遮って、俺はフロントガラスを指差した。ワイパーが雪を取り除き現れた光景は。

 

「うっ、崖……?」

 

車はガードレールの数センチ手前で停まっていた。その向こうは高い崖。

直進を続けていれば真っ逆さまだったというわけだ。

 

「もういい、降りろ。運転を代わる」

 

「えっ?」

 

「降りろ!!」

 

「わ、わかったって。キレんなよ……」

 

俺達は一旦車から降り、運転を交替。ルームミラーで全員の無事を確認。

今度は俺がハンドルを握り、法定速度で再出発した。

ホテルに到着する頃には夜になっているだろうが、この辺りはカーブが多い。

慎重に運転するべきだろう。

 

「もう、気をつけてちょうだい!」

 

「悪かったよぉ、運転は全部こいつに任せることにするわ。俺はホテルまで一眠り、と」

 

「反省してるの!?」

 

「お、お前までキレんなって」

 

「ふふふ、先生が怒られてる」「先生が怒られてる、ふふふ」

 

後部座席の様子を見る。

さっきまで運転手だった男が女性講師の叱責を受け、双子の生徒が笑っている。

何気ない光景に俺はまた既視感を覚えた。

双子の笑顔がどうしても気になって俺の意識から離れない。

いかんな。運転に集中しなければ同じことの繰り返しだ。

俺はハンドルを握り直し、宿泊先へと向かった。

 

 

 

 

 

まだ春というには早いけど、今日は割りかし暖かいんじゃないかしら。

ダイニングでコーヒーを飲みながら新聞の1面に目を通す。今日も“玉ねぎくん”は休載。

なんでも、この国で3年に1度の国際会議があって帝都は今お祭り騒ぎみたい。

代わりに何が書いてあるかというと、参加する先進4カ国の偉い人のプロフィールやら、

会議の議題に関する有識者の見解やら、交通規制情報やら。

 

言っちゃなんだけど、大阪サミットもまるで興味なかったあたしにとって、

この手の集まりは興味を惹かないイベントランキング3位でしかない。

1位はオリンピック。ついでに1位タイでサッカーワールドカップ。

4位以下も各種スポーツ系イベントが並ぶけど色んな人を敵に回しそうだから

この辺にしとこうかしらね。……あら、ちょっとだけ面白そうな記事があるわ。

 

“各国首脳が続々と来沙。マグバリス総裁ロレンス・ラレーシャ氏に注目が集まる。

 立憲民主主義国家に国家の舵を切って以降初となるマグバリスの国際会議参加が

世界の耳目を集めている。その初代総裁ロレンス・ラレーシャ氏が2日、

我がサラマンダラス帝国に来沙した。

 ラレーシャ氏は国賓が宿泊するサラマンダラス・ロイヤルプラザに到着すると、

皇帝陛下と握手を交わし「今回の会議はマグバリスにとって

歴史に残る大きな転換点となるだろう。3年に一度の貴重な機会を活かし、

他国との友好を深めていきたい」と述べた”

 

ロレンスさんの写真も一緒に掲載されてる。どれどれ。

背の高いスキンヘッドの黒人男性が、背広姿で皇帝陛下と握手してる。

まぁ、いろいろあったけどあの国もまともな国家として歩んでるみたいで何より何より。

ええと、他の代表は?

 

“また、大統領の急死により急遽出席が決まったルビア代表、グリマー・ラトル副大統領も

ほぼ同時に皇帝陛下と面会。会談の日程と内容の調整に余念がない”

 

グリマーさん、グリマーさんね。うん、知らない。一般的な欧米人風の顔立ちだけど、そんだけ。

 

“皇国からはリュウイチ・オハラ総理が到着。海軍力について世界で一二を争う皇国に

軍縮条約抵触の指摘が持ち上がる中、会談でどのように各国へ理解を求めるかが

大きな議題となるだろう”

 

オハラって誰?確かパルフェムから総理の座を掠め取った奴はミコシバとかいう名前だったはず。

まぁ、皇国は日本と政治システムが似てるって彼女から聞いたから、

大方百日天下に終わったんでしょう。顔は典型的なしょうゆ顔ね。

今の若い人にしょうゆ顔・ソース顔言っても伝わるのかしら。

 

“皇帝陛下は記者団に対しこう宣言した。今回の国際会議で最も大きなテーマの一つとなるのは

「転移したアース人の身柄と基本的人権の保護に関する条約締結」であると”

 

面白そうな部分を大体読み終えたあたしは新聞を畳んでポンと置き、

ぬるくなったコーヒーを一気飲み。

……そして、目の前でテーブルに上半身をぐで~っと預けて横になっているセーターの女に問う。

 

「そりゃ、珍しくあんたがうちに来たもんだから泊まっていいって言ったけどさ、

いつまでここにいるつもりなのよ。……マリー!」

 

寝転んだまま派手に染めた頭だけをこっちに向けて、マリーは“にへへ”と笑った。

 

「いーじゃーん。あんまり店に客が来ないから退屈極まってるんだよ~。

リサっちだってまともな来客の予定なんてないんでしょ?」

 

「ないけど、もう2週間よ?一人くらい諦めて帰った客がいる可能性がある」

 

「何にもしなくても飯が出てくるこの家が快適過ぎてさ~」

 

「やだ、たかり?マーブルみたいなことしてたらダメ人間になるわよ」

 

「マリーさんは普段頑張ってるから、

たまにリサっちみたいなグータラ生活をエンジョイしたって大丈夫」

 

「失敬ね。あたしだってうんざり生活の主人公として

いつも頭おかしい連中に手を焼いてるっての」

 

「ふ~ん。じゃあ最近はなんかあった?」

 

「いや、ないけど……あくまで最近は、よ!?今は落ち着いてるけど

ちょっと前までは“真昼の用心棒”ばりに悪党共をバリバリと撃ち殺…してたっけ?」

 

「やっぱり」

 

マリーがぷいと顔を背ける。

 

「待ちなさいよ、思い出せないだけなんだって。間違いないって。あ、そうだ。

なんか最近すごく暴れたような気がする。身体がしんどい気がする。ちょっと聞いてんの?」

 

「はいはい。ぐー、すかー、ぴー」

 

腕を枕にしてマリーが狸寝入りを始めた。ああ、なんか納得いかない。

確かになんかしてたような気はするんだけどやっぱり思い出せない!

 

“里沙子ー、こっち来てー”

 

「ああん?何よ!」

 

“来てー”

 

「ったく」

 

ピーネが呼んでる。若干面倒だけど他にやることもないから話だけ聞いてやることにした。

半纏を着てストールの上にマフラーを巻いたモコモコスタイルでワクワクちびっこランドに入る。

 

“寒いんだから動きたくないの。さっさと用件。ん?何その雑誌”

 

“見て!ブランストームってところじゃスキーっていう雪遊びが流行ってるんだって。

連れてって!”

 

“正気の沙汰じゃないわね。ただでさえ寒いのにもっと寒いところに行ってどうすんの。

春まで待ちなさい”

 

“雪が溶けちゃうじゃない!嫌なら嫌ってはっきり言えばいいのに!里沙子のケチンボ!”

 

“言ったら言ったでぐずるくせに。所詮あたしらは自分大好きワガママ人間。

幸せに生きたいなら受け入れなさい”

 

“里沙子と同類なんて絶対にイヤ!”

 

里沙子とピーネの口喧嘩を聞きながら、マリーは袖に仕込んだ音叉にぼそぼそと話す。

 

「……斑目里沙子氏について報告。ルビアの攻撃に関する記憶は完全に消滅。

時間逆行の感知もなし。国際会議への影響はないと思われる。報告終わる」

 

通信の相手が何も答えないまま音叉は振動をやめた。

 

「何か言いましたか~」

 

「え?うん。マリーさんもコーヒー飲みたいな~なんて思っちゃったりして」

 

「ちょっと待っててください。お湯を沸かしますね」

 

「ありがとー。ジョゼットちゃん」

 

マリーは身体を起こすと、いつものにやけた笑顔をジョゼットに向けた。

 

 

 

 

 

くすん、くすん……

 

その頃、冥界の死神・ポピンスはべそをかきながら三途の河原を歩いていた。

 

「また怒られちゃったぁ。所長もパパ上様もひどいです。こんなのってあんまりです……」

 

カバンのように大きな袖から、手帳を取り出しページをめくる。

 

「“足りてるけど足りてない”ってどういうことなんですかぁ?

わたし、ちゃんと指定の魂を全部連れてきたはずなのに……」

 

だが、彼女自身なんらかの違和感を拭えないのも確かだった。

 

「どうしてこのページだけ空白になってるんでしょう。

死神手帳は順番に死亡予定者さんの名前が埋まっていくはずなのに。

あー、もう!どうでもいいです!どうしていつもポピィばっかり貧乏くじなんですかー!」

 

その場で駄々をこねるように地団駄を踏む。

時間逆行で世界はほぼ元通りになったものの、割を食った者が一人。

彼女の嘆きが霊魂の漂う河原にこだました。

 

 

 

 

 

色とりどりのスキーウェアで賑わうゲレンデを眺めていると、やはり不思議な感覚に見舞われる。

北海道に来るのは初めてなのだが、昔訪れたかのような懐かしさを感じてしまう。

子供用の雪遊びエリアで戯れる生徒達を見ていると、彼女が話しかけてきた。

 

「滑らないの?子供達なら私が見ておくから」

 

「もう少し、景色を楽しみたい」

 

「そう。私も同じ気分なの。隣、いい?」

 

「ああ。……君は、妙だと思わないか」

 

自分でも意図のはっきりしない質問だとは思ったが、彼女も同じ気持ちだったらしい。

 

「あなたも?こんなところで、何年も、いろんなものを、失い続けたような気がする」

 

「おかしな話だな。デジャヴというには明確過ぎて、なくした思い出を拾い上げているようだ」

 

「私なんて、昨日夢にまで出てきたわ。悪夢というには優しい、けれどとても寂しい夢」

 

「どんな?」

 

「目が覚めたら忘れちゃった。……ふぅ、ずっとこんな感じ。頭の中がモヤモヤしてる」

 

「そうだな。やはり一滑りして忘れるとしよう。子供達を頼む」

 

「いってらっしゃい」

 

俺はストックを掴むと、スキー板を滑らせて斜面に飛び出す。

身体が雪で急加速し、冷たい風が顔を通り抜ける。

心地よい風を浴びていると、俺を悩ませている謎の記憶じみたものが消え去っていき、

いつしかスピードに身を任せる爽快感でいつもどおりの自分を取り戻していた。

 

 

 

 

 

ペタペタと雪を盛り上げ小さな城を作っている双子の姉妹は楽しそうに語り合う。

 

「お姉さん、戻しすぎちゃったね」

「戻しすぎちゃったね、お姉さん」

「戻れないんだね、もう」

「もう、戻れないんだね」

「楽しかったのになあ」

「楽しかったのにねえ」

「それでも」

「きっと」

 

そして二人は『いつかまた』と言った。

すると、ちょうど子供用コースから戻ってきた銀髪の少女が彼女達の様子が気になり尋ねてみる。

 

「どうしたの、二人共?」

 

「ううん、なんでもない」「ううん、なんでもない」

 

瓜二つの姉妹は屈託のない笑みを浮かべて答えた。

 

 

ミドルファンタジア国際会議編 終

 



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1.法律のお勉強 2.例の看護婦 3.違う方の看護婦
まぁ、自分でも丸くなったもんだと思う。


「今日集まってもらったのは外でもないわ」

 

ダイニングにメンバー全員を集めて口火を切る。

いつもはくだらないダベりやらコーヒーを飲むシーンやらで始まるんだけど、

今回はうんざり生活の今後に関わる重要な案件を話し合う予定だからおふざけは一切抜き。

コーヒーは飲んでるけど。

 

「来いっていうから来たがなんか悩みでもあんのか?難しい顔してお前らしくもねえ。

話してみろよ」

 

水の入ったコップを持ちながらも飲もうとせずに問うルーベル。

彼女が察しているように差し迫った問題で頭を抱えているあたしは深刻な面持ちで語る。

 

「うん、実は困った事態に陥っててね。このままじゃどうにもならなくなりそうなの」

 

「お姉さま、パルフェム達が力になりますから何でも打ち明けてくださいまし」

 

「そうです。わたくし達は仲間なんですから!悩みを聞くくらいならわたくしにもできます」

 

「お姉ちゃん。ワタシに、何かできるなら、言って」

 

「……ありがとう。このうんざり生活の更新頻度が週一どころか隔週、

酷いと月2、3回に落ち込んでることはみんなも知っての通りだと思う。

そりゃあ、決して読者数が多いとは言えないダメ企画だってことはわかってるけど、

毎回最低2名の方が読んでくださってることがわかっている以上、

現状を放置しておくわけにはいかないのよ」

 

エレオノーラもテーブルの上で小さな手を組んで目を閉じながら考えてくれてる。

 

「早急な改善が必要な問題ですね。昔は週一と言わず数日に一度のペースで投稿していたのに、

どうして今のような鈍足更新になってしまったのでしょう」

 

「年のせいか飲み過ぎのせいかは知らないけど、“奴”の想像力低下が原因なのは間違いない。

質はともかく、昔は間欠泉のようにストーリーが勝手に湧いてきたらしいんだけど、

最近は乾いた雑巾を絞るようにアイデアひねり出して書いてる有様なんですって」

 

その時何かに思い当たったのか、ルーベルがポンと手を打って考察を述べる。

みんなにはバカの尻拭いを手伝ってもらって申し訳ないと思ってるわ。

 

「飲みすぎで思い出したが、あいつ去年病気で3ヶ月くらい休んだことあったよな?

まだ治りきってないのに無理に再開したから傷口が開いたとか」

 

「せっかくだけどそれはないと思う。

休載以前から既に週一ルールは崩れてたし、長い時には一月くらい間が空いてたからね」

 

続いてピーネがお茶菓子を頬張りながらぶーたれた。

 

「ろくに1企画も安定供給できないのに、ダンガンロンパになんて手を出すからよ。

ちょっと好評だったからって、欲をかいて第二幕なんて始めるから

こっちが疎かになるんじゃない」

 

あら意外。この娘と意見が合うなんて珍しいこともあるもんだわ。

 

「はい!それじゃあ、週一は無理でも月に3回とかこれだけは絶対~っていう

緩めのノルマを設けて徐々にペースの回復を図るってのはどうでしょうか?」

 

元気よく手を挙げて意見を出してくれたけど、正直現実的じゃないわねぇ。

 

「あのねジョゼット。奴にノルマなんてものが守れるならこうして集まってる意味なんてないの。

それに月3だっけ?

今さらっと過去話の更新日時を確認したけど一月に2回しか書けてなかったこともあるのよ。

放っておけばダラダラと週一が月一になり、月一が隔月更新に、

やがては季節毎1回にまで落ち込む。当然お気に入りは激減してついにはゼロ。

あたしらは今それほど追い込まれてるわけ」

 

「そんな……それじゃあ、わたくし達はどうすればいいんでしょう」

 

「ムー!誰かあいつのお尻を鞭でひっぱたいてくれないかしら!」

 

「あたしにそれが可能なら鞭じゃなくて特殊警棒でボコボコにしてるんだけどね。

奴が当てにならない以上、自分達でどうにかするしかない」

 

「どうにかつっても、私達にできることなんてあるのか?」

 

ついにあれを出す時が来たようね。あたしは優雅な仕草でおさげを腕に滑らせてみせた。

 

「……フッ、もちろんじゃない。あたしはいかなる時もプランBを用意してる女なのよ」

 

「最初からそれを出せ」

 

ルーベルの文句を無視してあたしは立ち上がり、皆に宣言する。

今日メンバーを招集した、本当の理由。

 

──悪役令嬢に、あたしはなる!

 

「ジョゼット、悪いが水差し取ってくれ」

 

「はいどうぞ」

 

「サンキュー」

 

「エレオノーラ様、紅茶のおかわりは?」

 

「あ、いただきます」

 

「私もジュースおかわりー!」

 

「だめですよ~。ジュースは1日1杯までです。太っちょになっちゃいますからね」

 

「こら!ちょっとあんたら聞きなさいよ!!」

 

某ゴム製海賊のように決意表明したあたしを無視して好き勝手始めやがったメンバーを一喝する。

 

「人が莫山先生の爆弾発言したんだから驚くなり感激するなりしなさいな!」

 

みんなとりあえずこっちを見るけど、その目は冷め切ってる。

 

「……お姉さま、露骨なツッコミ待ちはみっともなくてよ」

 

「ツッコミ待ち?あなたにはこれがツッコミ待ちのボケに聞こえてるわけ?

体を張った現状打開の渾身の策が!」

 

「体は張ってるが滑ってることに気づけ」

 

「滑る滑らない以前にギャグじゃない!聞きなさい!」

 

「はんっ」

 

「ねえ。今、鼻で笑ったの誰。誰だって聞いてんの!!」

 

「里沙子さん落ち着いてください!」

 

特殊警棒を振るう相手が増えたけどエレオに止められた。運の良いやつ。

 

「わたし達も悪役令嬢という思いも寄らない言葉が出てきたので戸惑っているのです。

何か妙案があるようですが詳しく説明していただけませんか?」

 

「チッ、エレオに免じて見逃してやるわ。感謝して拝聴しなさい。

長くなるから地の文で説明するわよ?」

 

知らない読者の方も多いだろうからここで説明するけど、少し長くなるわ。ごめんなさいね。

あたしが言いたいのは、最近ブームの悪役令嬢モノをやろうってことなのよ。

どういうお話かっていうと、普通の女の子が乙女ゲーの憎まれ役に転生しちゃって

悲劇的結末を変えてやろうと奮闘するってのがテンプレ。

 

乙女ゲーってのはギャルゲーの反対。

男が女に、じゃなくて女が男にモテるのを楽しむ女性向けゲーム。

ここで肝心の悪役令嬢が出てくるわけよ。

女の子がひょんなことからこの悪いやつに生まれ変わるのよ。

 

いいとこのお嬢様だけど性格悪くて、平民の主人公に散々嫌がらせするけど

最終的には悪事の数々を暴かれて国外追放なり処刑される。

そんな立場に立たされている事を知った女の子が死亡フラグを回避するため、

人が変わった令嬢に驚く仲間達とてんやわんやするストーリーが受けてるみたい。

 

「……わかってくれた?このクソみてえな人生変えてやるには、うんざり生活の方向性を

行きあたりばったりの垂れ流しから悪役令嬢に定めるしかないと思うのよ。

現に、ハーメルンを始めとした各小説サイトも悪役令嬢モノであふれかえってるし、

4月からはアニメも始まる。

ここでブームに乗っかれば枯れたストーリーの泉も蘇るかもしんない」

 

相変わらず白けた目であたしを見る面々。ここまで言ってまだわからんとは。

しばしの沈黙を置いて、ルーベルがひとつため息。

 

「はぁ。流行なんざお前の嫌いなものランキングに入ってそうだがな。

“ミーハー連中と一緒にしないで”とか言い出しそうでよ。何位になるかは知らんが」

 

「あんた、あたしの事わかってるのかわかってないのかいまいち不明よね。

確かに10位以内には入ってるけど、この際贅沢言ってられないのよ。

そうだ、アニメで思い出したけど

あたしらがアニメ化された時のCV誰がいいか考えときなさいよ?

個人的には沢城みゆきさんがいいんだけど、高望みしすぎかしら」

 

「捕らぬ狸にも程があるぞ、恥を知れ。大体どうやってお嬢様になるつもりだよ。

確かにお前は有名になったが、貴族やら爵位とは逆に離れちまった。

そりゃそうだよな。酒と銃が生きがいのお前がドレス姿で社交界デビューなんて想像できねえよ」

 

「喧嘩売ってるのかしら。方法ならある。

爵位なんか金で買えるし、まずは立派な家とドレスを用意してお嬢様生活を始めるわ!

酒もエールからワインに変える。

ワイングラスに注いだ辛口の赤をくゆらせて悦りながらこんなこと言っちゃうの。

“さながらルビーを思わせる朱が私の心を奪い、芳醇な香りが歴史を語り…”とか」

 

あたしの完璧過ぎる未来予想図に一同が騒然となる。

うんうん、みんな真剣になってくれてなにより。

 

「待ってください!

と言いますと、里沙子さんはここから引っ越すということなのですか!?」

 

「そゆこと。こんなボロ屋に住んでちゃ綺麗なおべべ着てたってお嬢様とは言えないじゃない?

あ、みんなはそのまま住んでていいから安心して。

こっちの暮らしが落ち着くまで生活費は振り込むから」

 

「バカ言ってんじゃねえ!全員がここに居なきゃ意味ねえんだよ!

もちろんお前だって例外じゃねえ!

この教会に住んでる私達のくだらなくてものんびりした日常を眺めたくて、

258人(3/14現在)の読者がお気に入りに登録してくれてるんじゃないのかよ!」

 

「大丈夫だって!準備が整ったら信号弾を打ち上げるからみんな来て。

新しい教会で今まで通りの暮らしをすればいいのよ。

まぁ、あたしは女らしい振る舞いをしなきゃならなくなるから少し窮屈な生活になるだろうけど」

 

「無―理!里沙子が女らしくなんて絶対無理!

それに、あんたの都合で引っ越しするなんてイヤよ!」

 

「だめ。お姉ちゃんは、お姉ちゃんのままで、いて……」

 

「そーです!わたくしだって、お酒にだらしなくてものぐさだけど、

困ったときに助けてくれる強くて優しい里沙子さんがいいんです!」

 

「ジョゼットさんの言う通りです。

それに、イエス様が降り立ち祝福を与えてくださった教会はここにおいて他にありません。

わたしも、離れたくはないのです」

 

困ったわねえ。真剣になってくれたはいいけど何故か猛反対を受ける。

うんざり生活の未来がかかってるっていうのに。

ルーベルがふてくされた様子で肘をつきながら聞いてくる

 

「で!?最後になったが、悪役になったところで誰に嫌がらせするつもりだ!」

 

「一応ユーディが貴族だから、屋敷にRPG-7撃ち込もうかと思ってる」

 

「……そうかよ。私も一応この企画の将来を考えてたお前に免じて教えてやる。

お前は、悪役令嬢にはなれない」

 

「やっぱり、そうなの……!!

心が美しすぎるあたしには例え中身が別人でも悪役を演じることは」

 

自らの無力さに拳を握る。その場に立ち尽くしていると隣の妹が小さく袖を引っ張ってきた。

 

「お姉ちゃん、ルーベル、行っちゃった」

 

「えっ?本当だ。あいつどこ」

 

会議はまだ終わってないのにとんだ不届き者ね。とっちめてやろうと2階に行こうとしたら、

ルーベルの部屋のドアが短い間隔で開閉し何かを持ってとんぼ返りしてきた。

 

「おー、あったあった。しっかしたくさんあるよな」

 

持っていたのはリングに通した小さいメモ用紙の束。ほら、英単語の暗記なんかに使うアレ。

何やらびっしり書いてあるけど、とにかくそれを読みながら席に戻った。

 

「何してたのよ」

 

「ん?お前が悪役令嬢になれない理由を客観的証拠と併せて説明してやろうと思ってな」

 

「客観的証拠?」

 

「おう。結論から言うぞ?お前は、既に、悪人だ」

 

「はあ!?馬鹿言ってんじゃないわよ!あたしのどこが悪人だっていうのよ!

もしミドルファンタジアじゃなくて本当に悪役令嬢ポジに転移してたら

メイドやら王子やらに“すっかりお人柄が変わられて……”なんて心配されるくらい

純真無垢なあたしに向かってああああ怒りで言葉が出ない!!」

 

「ぷぷぷ、わかってたけどやっぱり里沙子は悪人だったのね!ルーベル、説明お願~い」

 

「あんたは黙ってなさいピーネ!小遣い要らないの!?」

 

「あー、そういうお金の力を振りかざすとこも悪人だと思う!」

 

「人間社会の99%は金で動いてるのよ!頼って何が悪いの!」

 

「二人共落ち着け。

待ってろ、頭に血が上ってるやつを落ち着かせるには誰の目にも明らかな証拠が効果的」

 

「証拠証拠って一体あたしが何したってのよ!」

 

落ち着き払ってメモをめくるルーベルの姿が余計腹立つ!

……だけど、次の瞬間読み上げられた言葉で本当にあたしは凍りついた。

 

「銃砲刀剣類所持等取締法違反」

 

「え……?」

 

「第二条。この法律において「銃砲」とは、けん銃、小銃、機関銃、砲、猟銃その他

金属性弾丸を発射する機能を有する装薬銃砲及び空気銃

(圧縮した気体を使用して弾丸を発射する機能を有する銃のうち、

内閣府令で定めるところにより測定した弾丸の運動エネルギーの値が、人の生命に

危険を及ぼし得るものとして内閣府令で定める値以上となるものをいう。以下同じ。)をいう」

 

「あー、待ちなさい。それはね。今までのエピソードを読み返してほしいんだけどさ」

 

「アハハ!里沙子いっぱい持ってるよねー!」

 

「第三条。何人も、次の各号のいずれかに該当する場合を除いては、

銃砲又は刀剣類を所持してはならない。

“各号”に関しては、里沙子はどれにも当てはまらないから省略」

 

「だから聞いてって。

それは日本の法律であって、あたしはこの企画のために世界観に合った装いを」

 

「第三条の十三。何人も、道路、公園、駅、劇場、百貨店その他の不特定若しくは

多数の者の用に供される場所若しくは電車、乗合自動車その他の不特定若しくは

多数の者の用に供される乗物に向かつて、又はこれらの場所

(銃砲で射撃を行う施設(以下「射撃場」という。)であつて内閣府令で定めるものを除く。)

若しくはこれらの乗物においてけん銃等を発射してはならない。

ただし、法令に基づき職務のためけん銃等を所持する者がその職務を遂行するに当たつて

当該けん銃等を発射する場合は、この限りでない。

……お前、なんかトラブルがある度に所構わず撃ちまくるよな?同人誌騒ぎのときもそうだった」

 

「あの時は、ほら、ちゃんと懲役刑くらって刑期満了したじゃん」

 

ルーベルはただ無表情で日本の刑法をひたすら読み上げる。

 

「第五章罰則」

 

「あんただってピストル持ってるでしょうが!」

 

「お姉ちゃん。ルーベルは、ミドルファンタジア生まれ。拳銃も、ミドルファンタジア製……」

 

「詭弁だわ!生まれや銃の生産国で刑罰が違うなんて!人種差別よ!」

 

「残念ですが、警察権のあるカシオピイアさんがおっしゃるなら間違いないかと……」

 

「そーだ!バレットM82はどうなんのよ!あれは!?」

 

「ルーベルさんも覚悟の上で告発されているのです。

あれを彼女に渡したのは里沙子さんですよね?第三条の七の“譲渡し等の禁止”に該当するので、

あまり触れないほうが里沙子さんのためかと……」

 

「なんでエレオまで知ってんの!?」

 

「第三十一条の三。

第三条第一項の規定に違反してけん銃等を所持した者は、一年以上十年以下の懲役に処する。

この場合において、当該けん銃等の数が二以上であるときは、

一年以上十五年以下の懲役に処する」

 

「2つどころじゃありませんわよね、お姉さま」

 

「わーい!里沙子が15年間牢屋行きだー!」

 

「お黙んなさい!ピーネもルーベルも!」

 

「まだあるぞー。こりゃひでえ。爆発物取締罰則」

 

「読者が知らなくて良いことをわざわざ教えて何になるっていうの!

誰が得してるの、今の流れは!」

 

「第一条。治安ヲ妨ケ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスルノ目的ヲ以テ爆発物ヲ使用シタル者及ヒ

人ヲシテ之ヲ使用セシメタル者ハ死刑又ハ無期若クハ七年以上ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス。

……読みにくいから要約すると、よーするに悪いことするために爆弾とかを使ったやつは

死刑か無期懲役か7年以上の懲役か禁錮刑。お前、企画初期の頃よくダイナマイト使ってたよな。

アンプリ騙してニトログリセリンちょろまかして」

 

「その頃まだあんたは影も形もなかったから知らないだけなのよ。

暴走魔女っていう悪党を成敗するために仕方なく使用しただけであって、

あんたの言う悪い事のために使ったわけじゃない」

 

「刑法204条傷害罪。

人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

……以前、雑魚の集団がうちに襲撃かけてきたことがあったよな。

お前、ご自慢の特殊警棒で魔女の一人を半殺しにしてただろ」

 

「あれは正当防衛でしょうが!下手すりゃあたしが殺されてたのよ!」

 

「日本の弁護士先生がそれで納得してくれるといいな。

降伏の意思を示した相手を全身の骨が粉々になるまでぶん殴った上に窓から投げ捨てる。

過剰防衛の判決は免れんと思うが、私は事実を読み上げるだけさ」

 

「もういいからやめなさい。どっからそんな悪知恵仕入れてきた?」

 

「街の図書館に“六法全書”っていうアースの法律書があったから読んでみた。

里沙子の故郷に興味があったからな。次、武器等製造法」

 

「やめろって言ってるのがわからないのかしら!?」

 

「第四条。武器の製造は、前条の許可を受けた者(以下「武器製造事業者」という。)で

なければ、行つてはならない。

但し、試験的に製造をする場合その他経済産業省令で定める場合において、

経済産業大臣の許可を受けたときは、この限りでない。

ねーわな、許可なんか」

 

「あんたこの企画潰したいの!?」

 

「罰則。第三十一条。

第四条の規定に違反して銃砲を製造した者は、三年以上の有期懲役に処する。

2、営利の目的で前項の違反行為をした者は、無期若しくは五年以上の有期懲役又は無期若しくは

五年以上の有期懲役及び三千万円以下の罰金に処する。

ガトリングガンで大儲けしたからバッチリアウトだわな」

 

「そ、そーです!あの時はさすがにわたくしも怒りました!」

 

「どいつもこいつもうるさーい!……わかった、もういいわよ。悪役令嬢は諦める。

これ以上続けるとハーメルンの利用規約(4)禁止事項・その他法律上問題のある行為

(犯行示唆/名誉棄損など)に引っかかる恐れがあるからね」

 

夢破れて肩を落とすと、

ずっとぶつぶつ日本の法律を垂れ流していたルーベルが、ようやくメモをめくる手を止めた。

メモをしまうと、少し寂しそうな困ったような、複雑な表情をあたしに向ける。

 

「わかりゃいいんだよ。悪く思わないでくれ。なんかお前が変な風に突っ走ってたからさ。

別にいいじゃねえか。月一更新だって。私がいて、みんながいて、お前がいる。

マンネリ気味でもいつもの日常を待っててくれてる人もいる。そう信じようぜ」

 

その視線を受けて何か言おうとしたけど上手く言葉にならない。

まごまごしていると、カシオピイアの反対側に居たジョゼットが、そっとあたしの手を取る。

 

「里沙子さん。がんばりましょう。

ルーベルさんの言う通り、わたくし達はわたくし達のやり方で物語を作っていけばいいんですよ」

 

「……あんたに励まされるなんてあたしもヤキが回ったわね。あー、やめやめ。

今更だけど、キツいドレス着てどこの馬の骨とも知らないやつと社交ダンスするなんて

恐ろしいこと考えてたわ。毛糸のセーター着て鉄のさじでガンパウダー調合するほうがマシ」

 

「よかった、いつものお姉さまに戻ってくださいましたわ!」

 

「お姉ちゃん……嬉しい」

 

「ふーんだ。どっちかと言えば馬の骨は里沙子の方だし~」

 

「あんたの小遣いカットは滞りなく実行ね」

 

「何それ最低―!」

 

今回は一歩もダイニングから動かなかったけど、

前回まで凄く頑張ったような気がするからまあいいでしょう。

そういや前回のお話はクリスマススペシャルだけど……?うん、頑張った頑張った。

それじゃあ皆さん、今後ともよろしく。

 

あとごめん。エリカの存在を素で忘れてた。

 

 



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寒天ダイエットが早くも挫折しそう。作るの面倒。

♪ニューオーリンズに女郎屋がある

人呼んで朝日楼(あさひろう)

たくさんの女が身をくずし

そうさ あたしも そのひとりさ

 

「朝日楼」作詞作曲、高田渡 原曲、アメリカ民謡。

フォークソング界の仙人とも言える彼が今の日本を見たらどんな歌を歌うのかしらね。

彼だけじゃない。昭和の宝がどんどん世を去っていく寂しさに思いを馳せる。

あたしは教会の建つ小高い丘で草むらに腰掛けながら、

おセンチな気分に浸りつつ彼の名曲を口ずさんでいた。

 

……誤解しないでね。別に今の生活を悲観してるわけじゃないの。

ただ彼の歌が好きでなんとなく歌ってるだけよ。それとあと、後ろに居るやつに捧げるため。

 

「ちゃんと店長さんにまともな源氏名もらった?」

 

「お黙りなさい、斑目里沙子……!」

 

立ち上がって振り返ると、ぴっちりしたピンクのナース服を着た女があたしを睨んでる。

使い捨てキャラになったかと思われた彼女の復活に冗談抜きで感動を覚えた。

素材としては存在してるものの、

奴の技量不足で物語に再登場できない哀れな住人がたくさんいる中これほど嬉しいことはないわ。ゆっくりと拍手を繰り返しながら彼女に歩み寄る。

 

「おめでとう。再登場おめでとう。マヂでおめでとう。何年ぶりになるかしら」

 

「約1年半!ようやくあなたへの復讐のチャンスが巡ってきましたのよ!

さあ、斑目里沙子。ここで会ったが百年目。

四大死姫が一角、魔界医師ローナを侮辱した罪、その命で贖ってもらいます!」

 

ローナがメスであたしを指しながら宣戦布告をするけど、

バトルに入る前に久々の出番で舞い上がってる感じの彼女には色々準備が必要ね。

 

「だからそのユニット名は評判悪いんだって。リーブラもカゲリヒメも嫌がってるでしょう?

あと、あんたのこと忘れたかそもそも知らない人のために

改めて自己紹介したほうがいいんじゃないかしら」

 

「……オホン、そもそも四大死姫とは私達4柱の上位魔族が結束した神すら慄く恐怖の象徴!

そして私は生命と医学を司る魔界医師ローナ。

私に治せない病はなく、あらゆる命を殺すも生かすも思いのまま。

長きに渡り敬愛する魔王様のお世話をしてきたのだけど、斑目里沙子!

彼はあなたの卑劣な策略で命を落とすことになってしまった。

このローナの存在理由、何より魔王様の命を奪ったあなたを決して許しはしない!」

 

「まだあるんじゃない?

あんたのせいでトイレをリフォームする羽目になったんだけど、その理由。

まぁ、あたしらも使うから別にいいんだけどね」

 

悪いけどその経緯については汚い話になるからここでは割愛させてもらうわ。

気になる人はエピソード“朝っぱらからウィスキーで深酒すると~”を読んでちょうだい。

2回も書きたくはないの。

 

「くっ…!それはあなたが卑怯にも私の……ああ、口にするのもはばかられます!

いいから銃を抜きなさい!

今度こそ四大死姫の恐ろしさをその魂に刻み込んで差し上げましょう!」

 

「それってクロノスハックの対策がちゃんとできたってことでいいのかしら。

さすがになんにもなしで再挑戦じゃ前回と結果は同じだし読者も納得しないわ」

 

「カゲリヒメに聞きました!あなたが時間を止めなければ戦えない卑怯者だということを!

フフ…それに、ようやくドクトルが戦闘用の薬品を作ってくれたので準備は万端。

前回は不覚を取りましたが、二度同じ手が通用するとは思わないことです」

 

ローナが腕や腰に着けたホルスターに差した様々な色の薬品が入ったシリンジを見せつけるように

身体をしならせる。

 

「いや、時間止めるのってしんどいし十分頑張ってると思うんだけどねぇ。

それを言ったら誰かに薬もらったあんたの方が卑怯だと思うがどうか」

 

「減らず口もそこまでです!来ないのならばこちらから!」

 

言うやいなや、医療器具を収めたベルトのポーチからメスを抜き取り、

空間を切除するように鋭く投げてきた。

小さな風切り音を立てながら飛んでくるけど、狙いが甘い。首をひねって軽く避ける。

クロノスハックなしでも余裕だったけど、これは牽制だと思ったほうがいいわね。

 

「この程度で死んでもらっては困るというもの。でもこれは避けられるかしら!?」

 

思った通り、ローナがホルスターから赤色のシリンジを抜き、

回避行動の直後で隙が生まれたあたしにダーツのように投擲。

人間離れした指のバネで放たれた注射器が銃弾のような速さで迫る。

ふぅん、伊達に上位魔族を名乗ってるわけじゃなさそう!

体勢を立て直してる時間がない。次はクロノスハックを発動。この世界はあたしのもの。

 

またおケツに刺してやろうかと、止まった世界の中で注射器に手を伸ばそうとして……!?

やめた。不気味な予感がしたあたしは大きく右に走って距離を取る。

直後、シリンジが爆発して白煙を上げた。

 

クロノスハックを解除して様子を見ると、白煙が僅かに粘性を持って大地に広がった。

やがてそれは意思を持つように一体の巨大なスライムになって辺りを這いずる。

触ったらヤバいのは間違いなさそう。とにかくピースメーカーを抜いて応戦する。

 

「へえ、やるじゃない!

どんなタネかは知らないけど、停止時間の中で動ける生物兵器?でいいのかしら」

 

「驚くようなことではなくてよ。これが上位魔族本来の力。

リーブラやカゲリヒメと運良くお友達になったと思って油断しているようだけど、

彼女達の気まぐれがいつまでも続くとは思わない方が身のためですよ」

 

「あいにくあたしに友達はいない!」

 

あ、自分で叫んどいてなんだか悲しくなった。とにかくピースメーカーの銃口をローナに向ける。

スライムも気になるけどこいつをシメてなんとかさせるしかないわね。だけど彼女は余裕の表情。

左手に桃色の魔力を集めながら何やらやらかしそうな予感。

 

「フフ、銃など私に効きはしませんが、これでも撃てるというならご自由にどうぞ。

……死にゆく亡者の群れに告ぐ。自壊の果て行き着きたるは虚しき輪廻。

くたばりあそばせ、死罪召喚!」

 

詠唱と共にローナがホルスターを掴み思い切り引っ張ると、

異空間から長さ数mはあるベルトリンクが現れ彼女の身体に巻き付く。

カラフルなシリンジが長い弾帯に連なってて下手に割るとろくでもないことになりそう。

トリガーガードから指を抜く。

 

「賢明な判断、大変結構。一つでも割れたら

半径10km内がVXガス、硫化水素、青酸ガス、その他諸々に包まれ死の世界と化す。

屋敷にいるお仲間ものたうち回って虫のように死んでいくことでしょうね。

さあ、あなたに何ができましょう。斑目里沙子!」

 

ちょっとマズい状況だわね。

得意げに語るローナ、一発目で現れたスライム、教会の順に視線を移す。

スライムが教会に向かってズルズルと流れていく。

 

「あたしとしては、あのバブルスライムみたいなやつの正体が気になるかも」

 

「あれこそドクトルの最高傑作、憎食ワームMk2。

触れるもの全てを溶解させながら好物の聖属性を求めて時空を超えてどこまでも追い続ける。

うふふ、やはり聖女エレオノーラも教会の中にいるようですね。

お得意のクロノスハックで止められるかしら?」

 

「まるでMk1があったみたいね。見たことないんだけど」

 

「それは以前あなたの妨害に遭って出しそこねたのです!

……まあ、結果としてより強化されたMk2の誕生に至ったわけですが。

聖女は憎食ワームに任せるとして、

そろそろあなたには苦しみぬいて死んでいただくとしましょうか」

 

「自分で作ったわけでもないのによく恥ずかしげもなく自慢できるもんだわ。

絶対あんた4人の中で一番弱いでしょう?」

 

「余裕ぶっていられるのも今のうちでしてよ!

選ばせてあげましょう。あなたのために様々な処置を用意しておりますの。

フッ化水素酸の霧でじわじわと肉体を食い破られるか、

1000倍に濃縮したカエンタケのエキスで焼けるような激痛に絶叫するか。

そうそう、前回出番がなかった濃縮呪素を直接投与するのも面白そうですわね」

 

「……へえ、面白いじゃん。一応あんたも勉強してるんだ。試しに何か一つ使ってみなさいな」

 

「クロノスハックで逃げられるとでも?

見くびらないでほしいものですわ。今度の薬は私とドクトルの共同開発。

毒性の調合を私が、時空跳躍の性質をドクトルが付与し、

クロノスハックを超えた完全無欠の化学兵器!」

 

単に名前を略してるのか、それともまたリサーチ不足なのか。

ちょっと危ない賭けだけどやるしかないわね。憎食ワームMk2が玄関先に辿り着こうとしている。

 

「ああそう。あんたの努力を讃えて1発だけ食らってやるわ。

自慢の注射器、あたしにちょうだいな」

 

視界を広げてローナと憎食ワーム両方に警戒しつつミニッツリピーターを握りしめた。

彼女が嘲笑うような笑みを浮かべてベルトリンクから緑色のシリンジを一本抜く。

 

「よくってよ。では手始めに、私の受けた屈辱を倍にして返すことにしましょう。

本来は悪魔用、人間に使えば一ヶ月は暴れるような腹痛が止まらない便秘薬。

……何をするかはお分かりですね?」

 

シリンジの先端を指先でトントンと叩き、攻撃準備を整える。

あのこと根に持ってたのね。無理もないけど。

 

「さっさとして」

 

「では遠慮なく!」

 

ローナが再びシリンジを指先から発射。

その瞬間、あたしは金時計の竜頭を押し、持てる魔力を一気に全開放。

 

──クロノスハック・新世界!

 

通常のクロノスハックをスキップして強引に世界を二重に閉じる。

目に映るもの全てがモノクロになり、正確なコントロールで放たれたシリンジは目の前で停止。

よかった。あいつの情報戦の弱さに救われたあたしは、

ローナを無視して憎食ワームを横目に教会に飛び込む。確かしまっておいたアレがある。

 

聖堂を抜けダイニングに飛び込み、冷温庫を開けて手を突っ込んだ。

とっくに新世界の効果は切れてたけど、

目的のブツを手に入れたあたしはホッとして2階に駆け上がり丘を見下ろせる私室の窓を開ける。

 

“里沙子は!?あの女はどこに行きましたの!”

 

あたしを見失ってキョロキョロするローナが見える。

彼女はどうでもいいとして、憎食ワームがそろそろ教会に接触しそう。対処を急がなきゃ。

麻袋に入ったそれを取り出して窓の外に放り投げ、

空中に舞ったところをピースメーカーで撃ち抜いた。同時にあたしは床に伏せる。

 

中心を撃ち抜かれて一瞬安定を失ったコスモエレメント・氷雪が

怒ったように絶対零度の猛烈な冷気を噴き出し、周囲の一切合切を氷漬けにした。

氷の嵐が収まるまで待ってたけど、

凍えるような吹雪であたしの耳まで凍って落ちるかと思ったわ。

 

コスモエレメントの暴走が終わると、あたしはゆっくり立ち上がって窓の外を見る。

さすがエレオノーラが無限に近いエネルギーと言ってただけのことはあるわね。

なかなか楽しい光景が広がってるわ。

手を伸ばすと、コスモエレメント・氷雪がふよふよと漂いながらあたしの元へ戻ってきた。

 

「どうどう。悪かった悪かった。よくやってくれたわ」

 

まだ不満な様子でぴょんぴょん跳ねるコスモエレメントを麻袋にしまう。

もしかしたらこいつ、自分の意思があるのかしら。ああ、しもやけ起こしそう。

とにかく、当面の危機を回避したあたしは歌を口にしながら外に戻る。

 

♪アイスクリームよ

あたしの恋人よ

アイスクリームよ

あたしの恋人よ

あんまりながく ほっておくと

お行儀がわるくなる

 

「アイスクリーム」作詞、衣巻省二 作曲、高田渡。

一瞬にして雪原に変わった丘に出ると、玄関前に迫っていた気色悪い軟体生物は

カチンコチンに凍りついてた。こいつはもうどうでもいい。

すれ違いざまに.45LC弾を撃ち込むと、砕け散って生命活動を完全に停止した。

用があるのはこいつの方。氷から出られなくなりアイスクリームになって動けなくなってる。

面白くなりそうね。

 

「おーい、生きてるかい?」

 

コツコツと氷塊を叩いてみると、中でローナが辛うじて動く唇で“たすけて”を繰り返してる。

このまま観察するのも悪くないけど芸がないわね。

あたしは一旦裏口に回って積み上げていた藁を一抱えして戻ってくると、

氷のそばに置いてライターで火を点けた。

 

藁は瞬く間に燃え上がり、ローナ入りの氷を溶かし始める。

とは言えこんだけ大きい氷が水になるまでは時間がかかる。

あたしはどっこいしょとその場に座り、キャンプファイヤーとシケ込んだ。

 

ときどきそこら辺の枯れ葉や枝を継ぎ足しながら15分くらい待ったかしらね。

氷の柱にビシッと亀裂が走って真っ二つに割れ、中から倒れ込むようにローナが出てきた。

 

「やあ元気ー?」

 

「あばばば…さぶい……」

 

「やっぱ今回もリサーチ不足だったかー。

残念。あたしのクロノスハック、バージョンアップしてたのよ」

 

「ま、まだ勝った気になるのは早くてよ……シリンジはまだまだ、あ」

 

「うん。それじゃ使い物にならないわよね」

 

確かに注射器はたくさんあるけど中身が凍ってちゃしょうがないわね。

あと、これはあたしも計算外だったんだけど追い打ちを掛ける出来事が。

 

ぐごごごごご……

 

歴史は繰り返す。地鳴りのような、そして獣の唸り声のような轟きが響く。

前回のローナを覚えている人なら音の正体はお分かりだと思う。

 

「お、おなかいたい……」

 

「3月に入ったけどまだまだ風は冷たいし、そんなミニスカートで出歩くからよ。

特に女性は身体の冷えに気をつけるべき」

 

「誰のせいだと……!ああっ、またなの!?四大死姫であるこの私が二度までも!」

 

「ほんで、どうすんの。お家に帰るか、まだケンカ続けるか」

 

「馬鹿を言わないで……今、精神集中を切らしたら、私は、もう……!」

 

「きちんとお願いできたらあんたが必要な設備を使わせてあげる」

 

「早く、トイレに、連れて行きなさい……」

 

「聞こえなーい」

 

「ト、トイレを、貸してください」

 

「う~ん、もう一声」

 

「お願いします、どうか、トイレを、使わせてください……!!」

 

「はい一名様ご案内~。覚えてるだろうけど奥行って右」

 

「立てない……」

 

「もう、世話が焼けるんだから」

 

顔面蒼白のローナに肩を貸してやりながら教会に戻る。

トイレはワクワクちびっこランドに近いから今回もあたしが監視として留まったんだけど、

本当に切羽詰まってたみたいで暴れる様子もなく個室に飛び込んだ。

 

「ちゃんと換気扇回すのよー?」

 

“うるさい!”

 

ピーネとパルフェムが部屋から覗き込んできたけど、

黙って両手でバッテンを作り鼻をつまんで見せると何も言わずに引っ込んだ。

実際には換気扇のおかげで臭いの問題はなかったけど、

お行儀がわるいってレベルじゃない音が遠慮なく外まで漏れ出てくる。

とてもじゃないけどお伝えできるものじゃないから

事が済むまであたしの歌を聴いてちょうだい。

 

♪北から南からいろんな人が

毎日家をはなれ夜汽車にゆられ

はるばると東京までくるという

田んぼからはい出 飯場を流れ

豊作を夢見て来たがドッコイ!

そうは問屋がおろさない

お役人が立ちふさがって言うことにゃ

わかってるだろが来年は勝負なんだよ…!?

 

「銭がなけりゃ」作詞作曲、高田渡。

サビに入ろうとしたところで例によってゲッソリしたローナが出てきた。

そしてフラフラになりながらも目を血走らせながらあたしの両肩を掴む。

 

「……これで、これで勝った気になるんじゃないわよ!?」

 

「わかった。わかったから次の出番まで毎日ヨーグルトを食べて腸を大切にしてあげなさいね」

 

「余計なお世話です!」

 

ローナが壁に左手をかざすと暗黒のゲートが開き、

おぼつかない足取りで中に入りどこかに帰っていった。多分リーブラ達がいるところだと思う。

 

「……今度会ったら腹巻きをプレゼントしましょう」

 

“終わったかー?”

 

ダイニングからルーベルの声。水飲みながら新聞読んでる。

 

「呑気に座ってないで手伝ってくれりゃいいでしょうが。一応エレオのピンチだったのよ?」

 

「あいつなら……まぁ、大丈夫だと思ってさ。案の定トイレ行きになっただろ」

 

「だけどさー」

 

「里沙子さん、わたしは大丈夫ですので。それより怪我などはされませんでしたか?」

 

逃げようともしなかったエレオが紅茶片手に心配してくれた。

 

「うん。ちょっと手がしもやけになったくらい」

 

コスモエレメントが入った麻袋を見ると、やっぱり生き物みたいに中でゴソゴソと動いてる。

 

「使い終わったら冷温庫に戻しといてくださいね~。冷凍したお肉が解けちゃうんで」

 

何事もなかったかのように夕飯の支度を続けるジョゼット。

 

「わかった。……夏まであんたとはお別れね。お休み」

 

夏場は便利だけど冬の間は出番がない。

かと言って外に置いといたらパクられるから冷温庫の冷却剤として利用してるのよね。

あたしは奇跡の触媒にしばしの別れを告げて元の場所に戻した。

 

 

 

 

 

次元の狭間

 

「うう……誰か、温かいものをください」

 

ほうほうの体でミドルファンタジアから帰ってきたローナは寒さに震えていた。

 

「ほいほい。沸かしたての蒸留水をどーぞ」

 

ドクトルからビーカーに入ったお湯を受け取ると、息で冷ましながらちびちびと飲む。

消耗しきっていた彼女だが、さっそく彼女は今回の戦いについて文句をつける。

 

「ドクトル、どういうことですの?里沙子のクロノスハックを無効化する憎食ワーム!

無効化どころか氷漬けにされて殺されました!しかも、その上、私まで巻き添えをくらって!」

 

「また敵にお手洗いを借りたの?ふふ」

 

わかっていてわざと聞くカゲリヒメ。少し口元が緩んでいる。

 

「それは!そうですが……なんというか、ちょっとした体調不良で。

あ、話は終わっていませんわドクトル!クロノスハックに負けた理由をご説明願います!」

 

「そりゃあ、ドクトルのせいにされても困るよ。チミの提供した情報が古かったんだ。

クロノスハックは進化を遂げて超高速移動から完全なる時間停止に変貌したんだからね。

あのワームでは対抗できまいよ」

 

「えっ、そうですの…?なら、それならそうと言ってくれれば!」

 

「ご自分の戦いなのですから情報収集は自己責任でなさるべきでしょう。

そして情報は常に最新のものを。人間でもそこのところは理解できているのですよ?」

 

「リーブラは一体誰の味方なのですか!上位魔族が人間風情に肩入れするおつもりで!?」

 

「私は誰に味方することもありません。

里沙子さんに会いに行くのも全ては知的好奇心を満たすため。

……あと、答えたくなければ答える必要はありませんが一応聞いておきます。

なぜ四つん這いになっているのですか?」

 

「どうせ理由なんかわかっている癖に、あなたという人は!」

 

「アハハ、また軟膏を作ってあげるから機嫌を直したまえー。ウハハハハ」

 

「だからローナは実戦向きじゃないんだって。もう諦めて新しい主人を探したら?」

 

「皆さん揃って言いたい放題……四大死姫が聞いて呆れます!」

 

「その変な名前はやめて!」

 

「勝手に私を妙なグループに編入しないでください」

 

「ドクトルも基本来る者拒まずだけど、これは、いらないや」

 

「魔族の頂点に立つ我々に相応しい旗印の一体何が不満なのでしょう。

なぜ私ばかりがこんな目に……」

 

手の中のビーカーは身体を温めてくれたが、彼女の心には隙間風が吹いていた。

 

 



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3月はわりと頑張ったほうじゃない?

ごきげんよう、こんにちは。

と言っても、あまり皆さんとお会いする機会がないから私のことをご存じないかもしれないわね。

簡単に言うと、私はいつもどこかでフラフラしてる先生に代わって

この病院…というか薬局を切り盛りしてる看護婦。

里沙子ちゃんは会う度に暇そうっていうけど、小さな店でもやることはたくさんあるの。

今も開店2時間前だけどこうして棚卸しの真っ最中。

 

「絆創膏が10箱、綿棒5ケース、包帯5ロール、咳止め4瓶、と」

 

店頭在庫を数えてはクリップボードに書き留める。

たった一人で種類豊富な商品の数全てを記録するのはとっても大変。

3つある陳列棚の2つを片付けたところで、一度立ち上がって伸びをする。

 

「んっ、うーん。……ちょうど終わる頃にはお店を開けられそう」

 

ずっと同じ姿勢を続けて固まった身体をほぐすと、隣の部屋からゴトゴトと音が聞こえてきた。

何か探してるようだけど泥棒じゃない。

裏口もないこの建物に入り口を使わず直接出入りできるのは彼女だけ。

薬品保管室から出てきた先生が呑気な声で尋ねてきた。

 

「おーい、アンプリくーん。超電導流体ウランと臨界圧縮マナの在庫はあるかい?

見つからないんだよー。ウハハ~ウハハホー」

 

袖の余った白衣を着て空き瓶を両手に意味もなく笑う。彼女はいつもそう。

少し呆れてカウンターの上に設置している棚を指差す。

 

「おお、あったあった。思い出したよ、予備はこっちに移したのであった。

頼れる助手がいると助かるよ~。

それにしても久しぶりだねぇ。この前会ったのはいつだったかな」

 

「4ヶ月と18日前。それよりこんなもの足りなくなるほど何に使ってるの?

ちゃんと無毒化してから処分してるんでしょうね」

 

「モチのロンだとも。

最先端の科学はエコの視点抜きには語れないのだー。覚えておきたまへ~」

 

「はいはい。あ、そうだ。帰る前に棚卸しを手伝って。どうせ急ぎの用事じゃないんでしょう」

 

「何を言うのかね、チミぃ。

ドクトルの奇跡を生み出す両手が悲しくも空き瓶で塞がっているのが見えないのかい?」

 

「テーブルに置くという選択肢を選ばない理由は?」

 

「おおっと、残念ながらもう時間だ。その話はまた今度。失敬ばいなら!」

 

両手が塞がっていると言いながら、怪しい物質が入ったケースを2つ胸に抱えて

空間に造り出したワープホールへ逃げるように飛び込んじゃった。全くもう。

 

「結局時間を無駄にしただけだったわ。早く終わらせなきゃ」

 

棚卸しの続きに戻る。先生の邪魔が入ったせいで開店までは……ギリギリね。

別に急がなくても客なんてあんまり来ないだろうって?失礼しちゃう、これでも結構忙しいのよ。

お向かいが銃砲店だから、無茶な試射で指を脱臼したお客さんが泣きながらよく来るの。

さてさて、頭痛薬が7箱。化粧水3瓶。

 

地道に商品を数えては記録、数えては記録、を繰り返していると、鳩時計が鳴った。

開店時間と同時に棚卸しは終わり。なんとか間に合ったわ。

入り口の鍵を開け、ドアに掛けた札をCLOSEからOPENにひっくり返す。

そして私はカウンターに着く。あとは新聞を読みながらお客さんを待つだけ。

 

カチコチとしばらく秒針の音を聞いていると、蝶番が古くなったドアがキィと音を立てて開いた。

グリーンのワンピース姿にガンベルトを巻きつけて物騒な銃をいくつも抱えた女の子。

 

「おはよう、アンプリ。くぁ~眠い」

 

「おはよう里沙子ちゃん。こんな朝早くから珍しいわね。今日は買い物?」

 

「まあそんなとこ。ちょっと覗くわよ」

 

「ご自由に」

 

あくびをしながら入ってきた彼女はうちの常連さんでこの国のちょっとした有名人。

面倒だ、が口癖のものぐさな性格なんだけど、

しょっちゅう自分で騒ぎを起こして後始末に追われてる変な子なの。

まだ眠たそうな目をしながら胃薬を買い物かごに入れる彼女に話しかけてみた。

 

「いつもは昼まで寝ているんでしょう?今日は早起きなのね」

 

「飲み過ぎとアテの食い過ぎで腹が苦しいの。置き薬を切らしてるのに今朝気づいた。

ジョゼットに買いに行かせようと思ったけど護衛のルーベルがうるさいに決まってるから

酔い醒ましに歩いてきたの」

 

「お酒も程々にしないと肝硬変で早死にしちゃうわよ」

 

「アンプリまで説教とかマヂ勘弁。あたしはエールと心中するつもりだからいいのよ別に」

 

「本当、先生といい里沙子ちゃんといい、もう少し自分の生き方を見つめ直すべきね」

 

「やめてってだから。そんで、例の先生とやらは今日もお留守?」

 

「さっきまではいらしてたんだけどね。“急ぎの”用で出かけられたわ」

 

「あたし思ったんだけど、その先生ってあんたの空想上の産物なんじゃないの?」

 

「だったらいいな、って時々思う。……ところで、耳の具合はどう?」

 

「快調快調」

 

うん。彼女ずいぶん前にうちで耳の手術を受けたの。

以前から銃声で耳を痛めがちだった彼女の事を先生に話したら珍しくやる気を出して、

頼んでもいないのに人工強化鼓膜を培養して置くだけ置いていった。

実際に移植手術をしたのは私。

 

「10万G出した甲斐があったわ。おかげで遠慮なしにハンドキャノンぶっ放しても

芯から身を震わせる刺激的な銃声を感じつつ鼓膜は一切傷つかない。

でもこんな便利なもんがあるなら最初から言ってくれればよかったのに。

魔国編で一時中断挟んでまで軟膏塗らずに済んだ」

 

「その時はまだ人工鼓膜の培養技術が確立されてなかったの。医学は日進月歩だから」

 

「ふぅん。てっきりあんたのことだから、出し惜しみして

軟膏代やらヘッドホン代やら稼げるだけ稼ごうとしてるのかと思ったわ」

 

「なら手術自体勧めるわけないでしょう。失礼ね」

 

「普段の行いよ。どれだけあんたにボラれたか」

 

里沙子ちゃんとくだらないおしゃべりをしつつ時間を過ごす。

事あるごとに私をぼったくり扱いしてくるけど、

医療にはお金がかかることを彼女はわかってない。

あと、健康は一度失ったらどれだけお金を払っても戻ってこないことも併せて理解するべき。

 

「まあいいわ。

これで読者にあたしが今まで耳栓なしでバリバリ撃ちまくってた事について言い訳がつくし。

長い間の懸案事項が片付いたことには感謝してる。サイレントボックスにもさよならね」

 

「消音魔法だっけ?いろんなことに応用できそうだから覚えておいて損はないと思うけど」

 

「そう言えば強装弾の魔法もずいぶんの間ご無沙汰ね。

あ、それを言ったら軽装弾なんか一度も使ってない。何のために5000Gで買ったんだか。

その時の思いつきで設定作るからこうなるのよね。

……ねえ、“奴”の脳みそに最新式のCPU増設する手術とかはないの?」

 

「増設?まるで既に1つは取り付けてあるみたいな言い回しね。

とにかくクランケをここまで連れて来る方法がない以上無理ね」

 

「一応ハーメルンにアカウントを作って駄文を放り込む知性はあるから

8bitくらいの代物はあるのかな、と思ってさ。やっぱ世界の壁がネックかー」

 

彼女が愚痴りながら胃薬と生活雑貨数点を入れた買い物かごをカウンターに置いた。

私はひとつひとつ手にとって、レジに金額を打ち込む。

旧式のレジがキーを叩く度にガチャンガチャンと大げさに音を立てるから少しうるさい。

そろそろ買い替え時かしら。

里沙子ちゃんは大きな財布を持って手持ち無沙汰。中身を探りながら独り言を漏らす。

 

「この国ってさー、一応先進国なのに硬貨しか貨幣がないのってどうよ。

しかも最高額がたったの100G。

大きな買い物するのに大きなカバンが必要だから凄く不便。重いし」

 

「帝都のほうでもそれについては問題視してるみたい。

もうすぐ1000Gプラチナ硬貨と10000Gミスリル硬貨の新規鋳造が始まるって聞いたわ」

 

「マヂで!?すごい助かる。こればっかりは死に設定にしてほしくないわね」

 

「100G縛りについては彼も不便に思ってたからきっと実現するはずよ。……はい、合計72G」

 

「ええと、銀貨7枚銅貨2枚。はい、これに詰めて」

 

代金と買い物袋を受け取ると、商品を袋に入れる。

アースではポリ袋っていう合成樹脂で出来た安価な袋をタダで配っているらしいけど、

ミドルファンタジアの技術ではまだまだ開発と大量生産が難しい。

それにたくさん作りすぎたせいでゴミ問題が深刻化しているそうだから

下手に手を出さないほうがいいのかも。

アースから流れてくるもの全てがいい事ずくめの便利なものってわけじゃないからね。

 

「どうぞ。お買い上げありがとう」

 

「うん。そうだ、アンプリ」

 

「なに?まだどこか具合でも悪いの?」

 

「深酒すると翌日身体がチクチク痛いんだけど、なんで?割と結構辛いからなんとかして」

 

「……アルコールで筋肉細胞が壊れてるのよ。禁酒しなさい」

 

「痛み止めとかは?」

 

「ない」

 

「ちぇー。耳の次はアルコール関係の治療法作ってって先生に頼んどいて」

 

「アルコールをどうこうできるのは肝臓だけ。わかったらもっと大切にしてあげてね」

 

「はーい。結局どこ行ってもお説教食らうのよね……酒場で迎え酒と行こうかしら」

 

里沙子ちゃんはブツブツ言いながらお店から出ていった。私はまた店内にひとり。

次のお客さんまでの場繋ぎに新聞を手に取ろうとして、思い直した。

診察室に入り、ブックスタンドから一冊のノートを抜き取る。

 

「あんなでも私の師匠だからね」

 

表紙には大きく『チミへの課題!』。

その下には“ドクトルのどっきり秘密研究”という字をマジックで塗りつぶした跡がある。

開いてみるとパッと見は子供の落書き帳。じっくり見ると心を病んでしまった人の闘病日記。

 

わかってる。ここから何かを読み解いて自分で盗め。なんにも考えてないようで……

いえ、やっぱり研究以外の事は何もかも適当な先生のことだから、

自分にわかることは人もわかって当然だと思ってるんでしょうね。

 

しょうがない。私だって何の目的もなくここにいるわけじゃない。普通の医者になる気はないの。

普通の病気や怪我は普通の医者に任せればいい。

背もたれの大きな回転椅子に座ってノートを読み始めた。

さて、新しい発見があるといいんだけど。

 

『雌雄同体に改良したマウスを虫かごに入れたら何日で満杯になるだろーか。ウヒャヒャ』

『みんな死んでしまったー!餌が足りなくて共食いをしてしまうとは計算外!ヒヒ』

『1日1G、2日で2G、3日で4Gと2乗の繰り返し貯金を行うとあっという間に

お金持ちになれるらしい。研究資金調達にもってこいであるのでレッツチャレンジ!』

『挫折した。半月保たずに財布の中がスッカラカン!これにはドクトル大爆笑!』

『数学の法則を歪曲させて無理矢理達成しようとしたらリーブラに怒られた。ププッ』

 

いつも読む度に頭を抱える。

どうでもいいことばかり考えてる上にノートの中でも笑ってるし、

何より雌雄同体化やら数学のルール改変と言った肝心な事は

走り書きの汚い字で補足程度にしか書いてないから、

歴史的大発明も日の目を見ることなく古ぼけたノートの中に眠ってる。

 

でも辛うじて判読できる部分から新しい発見があるのも事実。

レンズが届かない体内奥深くの診察魔法も

先生が残した“致死量のガンマ線で死なずに肩こりを治す術式”の断片から開発した。

ちなみにこの研究で住宅街3番地にお住まいのおばあさんが

長年悩まされていた腰痛から解放されたらしい。

先生曰く、肩こりじゃないから失敗作なんですって。

 

なおも落書きだらけの元・研究日誌を読み続ける。

いえ訂正。今の私の知識じゃ落書きだとも断定できないのよね。困るわ。

単なるパラパラ漫画にしか見えないページの隅に書かれた変な虫がウィンクする様子にも、

網膜の再生治療に革新をもたらす先生の発見が詰まってるのかもしれない。

 

「おーい、姉ちゃん居るかい?」

「いででで!痛えよー!」

 

店に飛び込んできた声で自習の時間は終わり。聞き慣れた方の声は銃砲店の店長さんね。

お得意さんを迎えにいそいそとカウンターに戻る。

 

「いらっしゃいませ。どうしたの?」

 

「お、俺の指がぁ!助けてくれ!」

 

「ご覧の通りだ。指がイカれてる。50口径片手撃ちなんて無茶しやがるからだ、バカ」

 

「ちょっと診せてね。……なるほど、脱臼してる。心配しないで、よくあることだから」

 

人差し指の関節が外れて変な方向に曲がってるわ。

 

「うう……だったら早く治してくれ」

 

「痛い治療は50G、痛くないのは500G。どっちにする?」

 

「500G!?なんで10倍も違うんだ!」

 

「麻酔とかいろいろね。痛い方なら50Gで済むわ。どっちにしろ一瞬で終わる」

 

「500なんて払えるか!安い方で頼む」

 

「はい、手を出して」

 

そっと彼の手首を取ると、私は両手のひらに魔力をまとわせ

曲がった指を掴み元の箇所へ一気に押し込んだ。

神経や関節を保護しながらの処置だけど、麻酔は施してないから当然痛い。

 

「ぎゃああっ!痛ってええ!」

 

「終わりましたよー。50Gです」

 

「ちくしょう、こんなとこ二度と来るか……」

 

「つーかおめえ、500も払えねえのにうちに何買いに来たんだよ」

 

銀貨5枚を置いて涙目の彼は店長さんと帰っていった。

慣れたものだけどまたぼったくり扱い。暴発して指が飛んだら500どころじゃないのに。

自習に戻ろうかとも考えたけど、なんだかそんな気分じゃなくなっちゃった。

お店の仕事をしましょうか。

棚卸しは終わってるし、先生が物色してた薬品保管室の掃除をしよう。

 

ドアを開けると案の定散らかり放題。

先生はいわゆる片づけられない女で、何か取りに戻ったら毎回こうなのよ。

軽くため息をついて出しっぱなしの薬瓶を分類して、戸棚に収めようとした。

 

……手を止めて考える。この際こっちの棚卸しもしておこうかしら。

足りないものがあれば発注しなきゃいけないし、

また先生にあちこち荒らされたらたまったもんじゃない。

管理する私のことも考えてくれると嬉しいのだけど。

 

改めて戸棚を確認。錠剤、顆粒、液体。用途や成分に応じて並べておいたはずなのに、

どんな探し方をしたのかまるでわざとやっているみたいに位置がデタラメ。

全部引っ張り出して並べ直したほうが早そう。

 

棚の中身を出して、手早くひとつずつ手にとってラベルを見ては元の場所に戻す。

元々それほど数も多くないし、見慣れているものばかりだから大した手間じゃなかった。

抗生物質とキレート剤が不足気味ね。何かあったら足りなくなるから注文しておきましょう。

私が最後の瓶を手にとって棚に戻そうとした時、ふとそれに気がついた。

 

「……懐かしいわね」

 

ラベルにはごちゃごちゃとこんなことが書いてある。

 

『至高の万能薬!←嘘っぱち副作用危険←なにをー!チミを救った霊薬に何という言い草か!

←とにかく人間には使用禁止』

 

琥珀色の飴玉のような球体がほんの数個入った茶色い瓶を見ていると、昔の思い出が蘇ってきた。

 

 

 

 

 

雨の激しい曇天の日だった。

高熱に浮かされた私は傘もささずに、と言うより傘をさすという自己防衛もできないほど

判断能力が低下していた。

これまで3件病院を回ったけど、全てで診療拒否された。

お金もないしずぶ濡れの有様だから当たり前だけど。握りしめた財布には銅貨が数枚だけ。

 

次でダメだったら諦めよう。だけど次にたどり着くまで身体が保ちそうにない。

呼吸をする度、肺が痛い。咳に血が混じってきた。

視界もぼやけて立ち止まっても足元が揺らめいて見える。

だから、あぜ道の真ん中で両手を広げて立っている彼女も幻だと思った。

彼女も私と同じ、傘をささずに横殴りの雨を受け続けている。

ただ違うのは、望んで雨に濡れているということ。

 

『けほ、あなた……何をして、ごほ!何をしてるの?』

 

『良い質問だよチミぃ!体温低下が魔族の肉体に与える影響を計測しているのだよ。

リーブラとは違って死ぬ寸前でやめるつもりだが、まだまだ時間が掛かりそうなんだ。

アッハハ!』

 

『意味が、わからない』

 

『そういうチミこそ、この雨の中濡れ鼠になっているところを見るに

ドクトルと同分野の研究者ということでいいのかな~?』

 

『違う。風邪で、死にそうなの……どいて!あ、がはっ!』

 

大きな咳。口の中に鉄の味が広がる。

 

『なぁ~んだ、ただの病気なのかー。しょんぼり。

人間のチミと魔族のドクトルで実験結果を交換できたらいいなーと思ってたんだが、こりゃ残念。

ウヒヒ』

 

『……もう、行かなきゃ』

 

『待ちたまえ~い!』

 

『なに?付き合ってる暇は、ないの。私は、まだ、生きて……』

 

体力の尽きた私はとうとうその場に倒れ込んだ。変な女が近寄ってきて私の熱を測り、脈を取る。

 

『おや~?チミはここで限界みたいだね。……ふむふむ、人間の場合はこんなものか~。

良いデータが取れたよ。

豪雨の中、外をうろつく死にかけた人間はサンプル数がほぼ皆無だからね!

お礼にチミを死から遠ざけてあげよう!アヒャヒャ』

 

『な、にを……』

 

彼女が白衣のポケットから茶色い瓶を取り出し、中身の飴玉のようなものを私の口に入れた。

 

『ほら、これを舐めたまえ。もっとも、このまま実験を続行したいのなら話は別だが~?』

 

生きたい一心の私は何も考えずに飴玉を舌で転がした。

味を薄めたベッコウ飴のような風味を感じる。

……すると、息の苦しさや熱が一気に引いていき、自分で立ち上がれる程にまで回復した。

怪しいほどの効果にただ驚くばかりだった。

 

『うん、やっぱり死んでしまっては本来の研究に戻ることができず本末転倒だよねー。ヒヒ』

 

『とりあえず、ありがとう。ねえ、あなたは』

 

『よくぞ聞いてくれた!

ドクトルこそは科学の真理を探求するインテリ系上位魔族、その名はドクトル!』

 

わざわざ質問を遮ってまで大仰に答えてくれた。

そして何度か聞いていたのにぼやけた意識の中で聞き流していたその答えに息を呑んだ。

 

『魔族……そう、人間じゃないのね。

いいの。それは問題じゃない。ねえ、お願いがあるのだけど』

 

それが先生との出会い、そして医学を志すきっかけだった。

私のように恵まれない人、普通の医者に見放された人を助けたい。この人の側ならそれができる。

だから先生に弟子入りして彼女の店で働きながら勉強しているんだけど……

 

ただひとつ言っておきたいのは、これが80年前の話だっていうこと。

普通ならとっくに死んでるかおばあちゃん。

本人が言うには“身体に良さそうなものをとにかく混ぜた”飴玉のせいで年を取らなくなった。

 

いえ、そんな不老長寿の霊薬みたいな良いものじゃないわ。

適当に調合したせいで、あの薬がいつまで効いているか先生にもわからない。

この世界が滅びるまで生き続けるかもしれないし、明日ポックリ逝ってもおかしくないのよね。

私を生かし続けている謎の薬の解毒剤を作るのも目的なの。

 

まぁ、それでも……のんびりした今の生活に不満はないわ。

まだ最高の医者には程遠いけど、さっきみたいに時々誰かの役に立ててる。今はそれで十分。

私は茶色い瓶を戸棚に戻して仕事に戻った。

 

 



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ルーベルの旧友
暇すぎるとかえってやる気がなくなるのよ。何のせいとは言わないけど…


「わー!里沙子さん、里沙子さん!火の棒回しですよ!」

 

ショボい芸でジョゼットのテンションは上がりっぱなし。

先っぽに火を着けた長い松明みたいなものをただ振り回す行為の何が面白いのか。

舞い散る火の粉に演者の兄ちゃんもちょいビビってるのがバレバレ。

金取って客に見せるならちゃんと仕上げてからになさい。

 

「見りゃわかるわよ。肩叩かないで。はぁ」

 

ため息のひとつもつきたくなるわよ。

ジョゼットだけじゃない。我らがハッピーマイルズ教会のメンバー(あたし除く)は、

1年ぶりに巡業に来たサーカスに盛り上がっていた。

広場に設置された仮設ステージの前に並んだ長椅子に腰掛け、出し物が出る度に歓声を上げる。

 

「うおおっ、あいつ宙返りしたぞ!なあ見たか、おい?」

 

「アースのサーカスなら挨拶代わりにもならないわ」

 

一回バク転しただけのターバンを巻いたオッサンがドヤ顔で手を広げ、

芸に見合わない拍手喝采を受ける。

喜ぶルーベルも他の観客もいいカモだわ。余程娯楽に飢えてるらしい。

ハッピーマイルズにゲーセン開いたら絶対儲かると思う。

あたしは頬杖をつきながら白けた目で退屈なステージをぼんやりと眺めている。

 

ごめんなさい、状況説明が遅れたわね。あたし今みんなと観たくもないサーカス観に来てんの。

ポストに宣伝チラシが入ってたから、

裏をメモ帳代わりにしようとダイニングの文房具入れに置いといたのが判断ミス。

運悪くジョゼットに発見されてこのザマよ。やつは私室に来るなりこう言った。

 

『ビッグニュースですよ里沙子さん!サーカスが来るんですって!連れてってください!』

 

『嫌よ面倒くさい。ルーベルに頼みなさいな』

 

『どーしたどーした。私を呼んだか~?』

 

『あ!ルーベルさんも一緒に行きましょうよ!今度街にサーカスが来るんです』

 

精神年齢高めのルーベルなら

断るかジョゼットの引率だけやってくれるかと期待したんだけど。

 

『マジかよ!私サーカス見たことないんだよな。みんな誘って一緒に行こうぜ!

里沙子も来るだろ?来るよな?いやー、ログヒルズじゃたまに来るのは紙芝居でよ!』

 

吉幾三かお前は。というより、あたしの意見を無視しないで。嫌な予感がしてきた。

廊下の扉が次々と開く。

 

『皆さんお出かけですか?わたしもご一緒させてください。

ハッピーマイルズで大きな催し物を見るのは初めてで』

 

『ろくなもんじゃないからやめときなさい、エレオ』

 

『ワタシ、そのサーカス、警備担当。会場まで、行こう?みんなで』

 

『行く前提で話を進めないの。カシオピイアは仕事が忙しいんだから邪魔しちゃ悪いわ。

はい解散かいさ―ん』

 

『話は聞こえたわ!人間の娯楽がどのようなものか、悪魔族を代表して

このピーネが見定めてあげようじゃない!』

 

『そうですね。パルフェムも沙国の伝統芸能に興味があります』

 

『伝統なんて呼べるほど大したもんじゃない。時間の無駄だから』

 

1階からぞろぞろとちびっこ二人が。本当この家は防音性能が皆無。さらに背後から追い打ち。

 

『里沙子殿~拙者からもお願い申す。

位牌の中は快適であるが、寝てばかりでは少々退屈なのじゃ』

 

『悪を滅する大義はどした?

寝るわ遊ぶわ悪党退治しないわじゃ、あんたの存在意義がなくなるわよ』

 

『それは里沙子殿が外に連れて行ってくれぬからであろう。

賞金首討伐の旅に連れ出してくれれば拙者とて武士としての実力をお目にかけてみせるのじゃ』

 

『どうすんだー?サーカスに行くか、真面目に賞金稼ぎのバイトするか』

 

『勝手に二択にしないでくれるかしら!?“行かない”選択肢はどこ行った!』

 

『ええっと~開催は今度の土曜日ですね。当日は早めに朝ごはんを食べて出発しましょう!

急がないといい席が取られちゃいますからね!』

 

『更に一択にしろと誰が言った!!』

 

『おっし決まり。里沙子も土曜はちゃんと起きろよ?前日は酒も控えてな』

 

『楽しみです。帝都にもオペラや演劇はありますが、

立場上一般の娯楽施設に立ち入ることができなかったものですから……』

 

『よかったじゃん。エレオのサーカス初体験だな。私もだけど!』

 

『あのさ』

 

アハハハ……

 

フラフープを回し続けるオカマみたいな兄ちゃんを見つめながら皆の笑い声を思い出す。

なぜ、いつの間に、あたしの教会における発言権は凋落してしまったのだろう。

……とりあえず、今んとこサーカスに対する評価ははっきり二つに分かれてる。

 

エレオは何も言わずに観覧してるけど絶対退屈してる。

この娘真面目だから、行きたいと言った手前、最後まで見ないと芸人に失礼とか考えて

無理してるに決まってる。さっきあくびを噛み殺してるのを見たから間違いない。

エリカは遠慮なしに位牌の中で寝てる。もうどこにも連れてかない。

 

ピーネのはしゃぎ声がうるさい。

空飛べるくせにストレッチの延長みたいな芸の何が心を騒がせるのか。

パルフェムは伝統芸能がどうのとか言ってたくせに、

早々にレベルの低い出し物に飽きたようで出店のキャラメルポップコーンを頬張るのに夢中。

 

諸説あるけど、映画館でポップコーンが売られているのは、

つまらない映画に怒った客が投げつけてもスクリーンが傷つかないように選んだ

経営者の知恵らしい。

脳内でどうでもいい豆知識を披露していると、司会がステージの中央に立って観客に宣言した。

 

「本日はパラノイア大サーカスに足をお運びいただき、誠にありがとぅおうございます!

楽しい時間はあっという間!いよいよ最後の演目となりました。

どうぞ皆様拍手でお迎えください!

当サーカスのアイドル、シルヴィアちゃんの歌とダンスをどうぞー!」

 

これでようやくお家に帰れると観客のやかましい拍手の中顔を上げると、

意外にもあたしの目すら惹きつける存在がステージに現れた。

驚いたわねぇ。こんな貧乏サーカスにはもったいないほどの美人。

 

飾り気の少ない白のドレスに群青色のハイウエストスカートを履いた女性。

足まで届こうかというブロンドの超ロングにスカートと同じく蒼く澄んだ瞳。

例えるなら深窓の令嬢って感じの儚げな雰囲気をまとってる。

彼女がスカートの両端をつまみ、腰を下げてお辞儀をすると観客が更に盛り上がる。

 

「……皆さん、私の歌を、聴いてください」

 

ぽつりとそれだけを言うと演奏が始まり、彼女が透き通るような声で

聞き覚えのある歌を奏で始めた。

 

私は夢みるシャンソン人形

心にいつもシャンソンあふれる人形

私はきれいなシャンソン人形

この世はバラ色のボンボンみたいね

私の歌は誰でもきけるわ

みんな私の姿も見えるわ

誰でもいつでも笑いながら

私が歌うシャンソンきいて踊り出す

みんな楽しそうにしているけど

本当の愛なんて歌のなかだけよ

 

私の歌は誰でもきけるわ

みんな私の姿も見えるわ

私はときどきためいきつく

男の子一人も知りもしないのに

愛の歌うたうその寂しさ

私はただの人形それでもいつかは

想いをこめたシャンソン歌ってどこかの

すてきな誰かさんとくちづけしたいわ

 

それまでの大人しそうなイメージから一転、

生地をたっぷり使ったスカートをマントのように翻らせながら激しく踊り高らかに歌う。

気づけば退屈そうにしていたメンバーも、

彼女の歌とダンスに心ここにあらずと言った感じで見入っている。

あたしだってそう。シルヴィアの歌だけで入場料10Gの元が取れたと思うくらいだもん。

なんならおひねり投げても良い。あら?気づかなかったけどよく見ると彼女って……

 

歌が終わり、彼女が再び西洋式のお辞儀をすると、観客共がスタンディングオベーション。

あたしも惜しみない拍手を送る。シルヴィアが退場しても拍手はしばらく鳴り止まなかった。

ちなみにアンコールはなかった。ケチ。

 

サーカスが終わるとあたしらも撤収。

みんな上機嫌で大変結構だけど、ジョゼットはまさに有頂天でかなり鬱陶しい。

 

「キャー!絶対、絶対来年も来ましょうね!

最後のアイドルさん、とっても素敵でした!シルヴィアさんでしたっけ?

あんなに綺麗で歌も上手くて、帝都でレコードデビューすればきっと……ぎゃふん!」

 

「うっさいわねえ!いつまでもサーカスごときで悲鳴上げてんじゃないわよ!

周りの迷惑考えなさい、主にあたしの!」

 

うんざり生活も130話を迎えて多少大人になったかな、と思ったジョゼットに

久々に治療薬を振り下ろすのはあたしだって悲しいのよ?

 

「うう…痛いです~」

 

「馬鹿やってないでさっさと帰るわよ。みんないる?エリカはポケットの中」

 

「私はここ。まあ、人間にしては面白い余興をやるものだわ。

またやるっていうなら観てあげても構わないけど?」

 

「パルフェムはこちらに。最後の女優さんの歌には聞き惚れてしまいました」

 

「そうですね。里沙子さん、今日は連れてきてくださってありがとうございました。

ところでルーベルさんはどちらに?里沙子さんの隣で観ていらしたと思うのですが……」

 

「あ、本当だ。どこ行ったのあいつ」

 

エレオの言う通りルーベルがいない。

あいつがジョゼット及びピーネと同類項だったという悲しい事実を思い出しつつ辺りを探す。

 

「そこら辺に居るはずだから見てくるわ。入れ違いになるとややこしいからみんなは待ってて」

 

「わかりました」

 

広場では早くもサーカスのスタッフがステージの解体作業を始めてる。

適当に当たりをつけてそう広くない街を探す。

酒場の裏手、いない。商店の並ぶエリア、買い物客が数人程度。

 

煩わせてくれるわね。子供じゃないんだから駐在所で尋ねるのも気が引ける。

立ち止まって改めて広場を眺めてみた。お?あそこかしら。

サーカスが団員や大道具なんかを載せてる大きな馬車が西側に停めてある。

 

近づいてみると車体の陰からルーベルの声が。なんか誰かと喋ってるっぽい。

ルーベルってこの辺に友達とか居たっけ?

声をかけようとしたけどあんまり友好的な雰囲気じゃないから会話に入りそこねた。

自然と立ち聞きという形になってしまう。

 

「シルヴィア。なんでお前がサーカスなんかにいるんだよ!」

 

「たくさんの人に私の歌を聴いてほしくて」

 

「村長はなんて言ってる!お前が村を出たって知ってるのか?」

 

「反対されたけど、出てきたの。だって私、もう大人だもの。

自分の意志で、どこにだって行ける」

 

「……今すぐ戻れ。みんな心配してる」

 

「いやよ。ルーベルだって、いきなりいなくなっちゃったじゃない」

 

「事件のことは、知ってるだろう。私の家は、もうない。それに婆さんには時々手紙を書いてる」

 

「なら私だって自由にするわ。村長にもお手紙を書く」

 

「大体なんだよ、あの歌は。

まるで私達オートマトンを馬鹿にしたような、見世物扱いするような……!」

 

「私は好きよ?アースの歌なの。古物屋で見つけたレコードを聴いた時、私みたいだなって」

 

「違う!お前はそんなんじゃない!」

 

「……違わないわ。あなたは何もわかってない」

 

「何がだよ!とにかくすぐ村に帰るんだ。

ここは割と治安の良いところだが、それでも撃ち合いになることはある。

戦い慣れてないお前が旅をするのは危険だ」

 

「そういう口うるさいところはお父様に似たのね」

 

「父さんは関係ねえ!」

 

そろそろ無理矢理にでも話を切り上げたほうがいいわね。

あたしは偶然通りがかった風を装い大声でルーベルを呼んだ。

 

「ルーベル!?どこにいんの!早いとこ帰って昼寝したいんだけど!」

 

馬車の陰からさらに声が聞こえてくる。

 

「……あの人、だれ?」

 

「私の、仲間だ。今はあいつの家に住んでる」

 

「お友達?」

 

「私はそう思ってるんだがな。友達っていうと嫌がるんだよ。妙なこだわり持っててな」

 

「変わった人」

 

「とにかく私はもう行く。お前もこれ以上村長に心配かけんな」

 

「私、しばらくこの領地にいるから。じゃあね」

 

よし、今よ。頃合いを見て二人の間に入った。

 

「あー、いたいた。手間掛けさせんじゃないわよ。もう帰りましょう。

あら、その人あんたの知り合い?」

 

「……幼馴染だ」

 

なぜか少し目を逸らし表情を曇らせて答える。

 

「こんにちは。あたし斑目里沙子。へー、ルーベルが歌姫と友達だなんて世の中狭いもんだわね」

 

「はじめまして。私、シルヴィア」

 

「よろしくね。あなたの歌、素敵だったわよ。ほら、ルーベル。みんな待ってるから」

 

「ああ、すまねえ。あばよ、シルヴィア」

 

「さよなら」

 

小さく手を振る彼女に見送られてあたし達は広場に戻り、みんなと合流して帰路についた。

教会に着いたら、人混みの中で疲れていたらしく眠気が襲ってきたからいっぺん昼寝。

目が覚めるとダイニングに下りて自分でブラックを入れて、

新聞を読みながらカフェインを味わう。

他にはルーベルひとりだけ。水を飲み干したコップを指先で転がしながら底を見つめてる。

 

“玉ねぎくん”も読んだし社説にも目を通した。新聞を畳んでポンとテーブルに置いて、

かごに入ったお茶菓子を一つ口に放り込む。

静かな時間が流れる。あたしがただなんにもない時間を楽しんでいると、

ルーベルの方はしびれを切らしたようで口を開いた。

 

「……聞かねえのかよ」

 

「何を」

 

「シルヴィアのこと。話、聞こえてたんだろ」

 

熱いコーヒーを飲み込むと、身も心も温まりほっと息が出る。まだ寒さが続いてるからね。

 

「あんたここに来て何年よ?

このあたしがわざわざ人様の身の上話聞きたがるような性格だと思う?

自分の生活が平穏なら万事オッケー。自分の世界を守るためにしか頑張らない。

もしあたしにスタンドが発現するとしたら間違いなくザ・ワールドね」

 

「へっ、嘘つけキラークイーンが」

 

「へーあんたジョジョネタ行けるクチ?

そうなの、好きなスタンドを選べって言われたらいつもこの2体で迷うのよ。

まあ、それは置いといてあの歌手がオートマトンだったってのは少々驚きだけど」

 

「村でも一番の箱入り娘だったからな」

 

そしてルーベルは手を握ったり開いたりしてみる。彼女の外見はほとんど人間と変わらないけど、

関節や眼球と言った細かいところを観察すると継ぎ目や光の屈折が人工物特有の構造をしてて、

やっぱり人間とは別種族なんだなとわかる。

 

「あんまり私達のことについて話したことなかったな。

オートマトンは空から降ってきた天界晶を神療技師が造った身体に宿すことで一人の存在になる。

……おっと、昔話なんて興味ないか」

 

「別に?話すっていうなら聞かなくもないけど」

 

「そっか。ならちょっとだけ付き合ってくれよ。

知ってるだろうが基本的に私達の生まれ方はそんな感じ。

そこで問題になるのはどんな身体に命を宿すかってこと。

簡単に言うと、高級な身体かそうじゃない身体か。

シルヴィアはまだ子供の居なかった村長夫婦に天界晶を拾われてな、

腕のいい神療技師に綺麗な身体を造ってもらったのさ。今日見たような美人にしてもらったんだ」

 

「間近で見てたけどしばらくオートマトンだってわかんなかった」

 

「だろ?私は見ての通り普通の神療技師に普通の身体を作ってもらった。

別に不満なわけじゃねえぞ?父さんと母さんからもらった身体だ。満足してる。

私達オートマトンが人間や他の種族みたいに血の繋がりがなくても家族関係が成立してるのは、

見つけた天界晶は村全体で面倒を見るって決まりがあるからなんだ。

経済的に余裕があるなら自分の子供にしてもいいし、無理なら村民会議で引き取り手を探す」

 

「大体わかったけど、それがシルヴィアって人とあんたにどう関係あるの?」

 

「裕福な家に拾われて美人になったシルヴィアと、父さんによくガサツだって怒られてた私。

小さな村の中でお互いの事は知ってたけど最初は正反対の相手同士なんとなく避けてたんだ」

 

「でも、何かのきっかけで仲良くなった、と?」

 

ルーベルはちょっと苦笑する。

 

「仲良くか。

そう言えるのかはちょっとわかんねえけど、世間話くらいするようになった出来事はある」

 

「聞かせてくれるかしら」

 

「もちろんだ。ログヒルズは林業で生計を立ててるところだから、

毎年大人も子供も村民全員で間伐作業をする時期があるんだよ。

でも、シルヴィアだけはいつも家に居て外に出ようとしなかった。

それが気に食わなかった私はある日村長の家に行ったんだ」

 

………

 

「こらーシルヴィア!サボってんじゃねー!おまえも木を切ったりするのてつだえー!」

 

まだ小さかった私は、村長の屋敷の窓に向かって叫んだ。

すると窓が開いてシルヴィアが顔を覗かせた。やっぱりその頃から綺麗な顔してたよ。

 

「あなた、ルーベルね?私は、そういうことができないの」

 

「なんでだー!わたしたちはみんな力持ちなんだ。

じゃまな石をどけたり、切った木をはこべよ!」

 

私がそう言うと、シルヴィアは悲しそうな顔をして自分の腕を見せた。

すらりとして、上質な革を貼られた白い腕。

 

「見て。私のうで、こんなにほそいの。みんなのように、力もないし、丈夫でもない。

できることは、歌をうたうことだけ」

 

「うた?じゃあ歌ってみろよー」

 

あいつは何も答えずに少し息を吸うと、村に伝わる童歌を歌ってみせた。

後はお前も知っての通りさ。

まるで精霊のコーラスのような澄んだ歌声に、思わず持っていた斧を落とした。

私はずっとその場に立ち尽くして聴き入ってたんだ。

そして歌が終わると、思わずシルヴィアに駆け寄ってた。

 

「すげえ!おまえ、どうしてそんなきれいな声が出るんだよ!」

 

「……パパが、そう造ってくれたから」

 

「シルヴィア、おまえ、“スター”になれるよ!歌手になれ!ぜったい人気者になれる!」

 

「私、歌手じゃなくて、みんなとおなじになりたい」

 

「じゃあ私と外に出ようぜ!うまい斧のつかいかたをおしえてやるよ!

コツをつかめばほそい木なら切れるって!」

 

「ほんとう?」

 

「ああ!うちに小さめの斧があるんだ。貸してやるから山に行こうぜ!」

 

それからだったな。シルヴィアと木を切りに行ったり、遊んだりするようになったのは。

はっきり言って村長はあんまりいい顔してなかったけどな。

目に入れても痛くない一人娘が傷物になっちゃたまんねえだろうから、当然っちゃ当然だけど。

子供だった私達はそんなことどこ吹く風でいろんなとこに出かけたよ。

一緒に遊ぶうちに気がつけば何年も経ってた。

 

「見て、ルーベル。一人で暖炉の薪を割ったの」

 

「これ全部か?やるじゃん。身体が大きくなって、力が付いたんじゃねえのか」

 

「ううん。私は何も変わらない。歌が上手な小鳥さん」

 

「そう言うなよ。お前の歌、好きってやつたくさんいるんだぜ?」

 

「ありがとうね。でも、私、ルーベルみたいに強い子になりたかったな。

歌じゃ木を切れないし石も運べないもの」

 

「誰だって得手不得手があるって。

私なんか父さんにシルヴィアみたいに女の子らしくしろって怒られてばっかだし」

 

「ふふっ」

 

「笑うなよー」

 

「ごめんね。……ルーベルが友達でいてくれて、よかった」

 

「なんだよ急に」

 

「ルーベルほど親しくしてくれる子、他にはいないから」

 

少し返答に詰まった。

村長の娘という立場。容姿や歌の才能を優先したせいでオートマトン本来の力を持たない身体。

いじめられてるってわけじゃないが、

シルヴィアがどことなく同世代の皆から避けられてるのは私も知ってた。

 

「私がいりゃ、別にいいじゃん」

 

………

 

「あの時の私には、そんな言葉しか見つからなかった。

だからって今なら気の利いた台詞が出てくるってわけでもねえんだけど」

 

語り終えたルーベルがもう一度拳を握ってみる。

 

「でも変ね。昔話を聞く限りシルヴィアはあまり歌が好きじゃないように思えるんだけど、

どうしてわざわざ大勢の前で歌う仕事に就いたのかしら」

 

「わかんねえ。しばらく会わないうちにあいつのことがわかんなくなっちまった。

……確かに、急にいなくなった私のせいなのかもな」

 

コン、コン、

 

二人同時にため息をつく。珍しくルーベルとシリアスめの話をしてるってのに。

玄関ノックの法則には恨みばかりよ。

 

「ジャンケンするか?」

 

「いい、あたしが行く。あたしが行かないと物語が進まないようにできてるの、この世界は」

 

席を立って聖堂を通り、玄関ドアの前に立ち、向こう側にいる誰かに呼びかける。

 

「どなた?ミサは日曜限定。懺悔室はなし」

 

幾度となく繰り返された質問を雑に投げかけると、意外な返事がきた。

 

“シルヴィアです。先程はどうも”

 

 




「夢見るシャンソン人形」
日本語詞:岩谷時子
作曲:ゲンズブール
引用元)https://www.uta-net.com/song/45843/


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マジンガーZはスパロボでしか知らなかったから武装の多さに驚いたわ。

とりあえずシルヴィアをダイニングに通したあたしは彼女に向かい合うようテーブルに着き、

ルーベルが上座に来るような感じで陣取る。

……なんつーかね、この世界で日本のマナー云々言っても仕方ないけど、

やっぱりこの家のあたしの立場ってもんが失われつつある。

おっと、悲しみに浸ってる場合じゃないわ。さっき会ったばかりの歌姫をもてなさなきゃ。

 

「ねーえ、ジョゼット……ああ、あなた達は基本飲み食いしないのよね」

 

「はい」

 

シルヴィアがオートマトンだってことをすっかり忘れて、

ジョゼットに茶を入れさせるところだった。

 

「水くらいならどう?」

 

「いただきます」

 

水切りカゴからコップを取り、蛇口をひねって水を入れてシルヴィアに出した。

これくらいならあたしでもできる。できんのよ。

 

「はいよ」

 

「どうも」

 

とにかく3人に水やコーヒーが行き渡ってゆっくり話せるようにはなった。

でも、ルーベルが明らかにふてくされた様子で雰囲気はあんまりよろしくない。

頭をボリボリ掻きながら吐き捨てるように聞いた。

 

「で?わざわざこんなところに何しに来たんだよ」

 

「あなたに会いに来たの。いけなかった?」

 

「ここは一応あたしの家だからチャー研における精神病院扱いしないでほしい」

 

「別に。だが、言いたいことは街で言ったからもう話すことはないと思うがな。

それに、よくここがわかったな」

 

「駐在所で尋ねたら教えてくれた。

里沙子さんはこの国じゃ有名な人だから、彼女と一緒に住んでるあなたもすぐ」

 

あたしのツッコミというか訴えを無視して会話は続く。

このままじゃいけないから二人の間に自分の言葉をねじ込んだ。

 

「あら、あたしのこと知っててくれたのね。更新がスローペースなもんだから、

魔王編やら魔国編で色々活躍したってことが完全に過去の話として忘れ去られてるのよね。

恩知らずな連中よ、ホントに」

 

「私も、里沙子さんみたいに強くなりたいな。そう思ってたの。ふふ」

 

囁くような声を漏らす彼女の艷やかな笑みは、同性のあたしすらハッとさせる魅力を備えてる。

 

「……なんでそこまで変わりてえんだよ。お前にはお前の良さがある。

今日のサーカスだってお前が出た途端、大盛り上がりだったじゃねえか」

 

「知ってるくせに。私はみんなとは違う。歌が上手な小鳥さん。ただそれだけ。

昔から話していたのに、どうしてわかってくれないの?」

 

「違う!お前はオートマトン一綺麗で、誰にも負けない歌の才能があって、私と違って上品で、

村の誇りだった!」

 

「違わないわ!一芸に秀でてたって、生きていくには何の役にも立たない。

口には出さなくたって、みんなそう思ってたに決まってるもの!」

 

にわかに剣呑な流れになって、ちびっこランドからピーネとパルフェムが顔を覗かせたから

黙って戻るよう手で促す。ピーネがやっぱり言うことを聞かずにこっちに来ようとしたけど、

パルフェムが引っ張り込んでくれて助かった。

 

こうして精神年齢の差が如実に現れる度にあの娘には助けられてるわねぇ。

今度喫茶店でケーキでも奢ってあげましょう。

そうじゃなかった。なんとかしなきゃ。主人公として。

 

「まあまあ、二人共落ち着いてよ。子供達も驚いてるからさ」

 

「ごめんなさい」

 

「気にしないで。ここの連中タフだから。そうだルーベル。

聞くことはないって言ってるけど、彼女のこと、色々知りたかったんじゃないの?」

 

「……もういい」

 

「嘘つくんじゃないわよ。ねえシルヴィアさん。

あたし、ちょうどあなたが来るまでルーベルからシルヴィアさんの昔話を聞いてたの」

 

「え、ルーベルが?」

 

「里沙子!」

 

「黙って。このまま彼女を放ったらかしにしといていいの?

こうしてあんたを訪ねてきたのに、なんにも聞かないままサーカスに帰していいの?

嫌いな歌を続ける理由も聞かずにさ」

 

すると少し唇を噛み、ルーベルが若干ためらいがちに言葉を選んで語りだした。

 

「そうだよ。お前のことが気になってた。

私が急に出ていったせいで変わっちまったんじゃないかってな。悪かったと思ってる。

ここでの生活が楽しくて、お前も元気にやってるって勝手に思い込んで、

今まで一人ぼっちにして。……本当、すまなかった」

 

そしてコップの水を一気に煽る。シルヴィアが細い首を横に振って続けた。

 

「ルーベルのせいじゃないわ。これは私の願い。ずっとずっとこうなりたかった」

 

「サーカスの歌姫に、か?」

 

「言ってるじゃない。私はみんなのようになりたかった。

オートマトンらしく丈夫で、里沙子さんのように強く」

 

「待てよ、答えになってねえ。

サーカスじゃねえなら、結局お前は何になったって言うんだよ……?」

 

あたしも腑に落ちないわね。大人しく二人の話を聞いてるけど、何かが噛み合ってない。

 

「もう、鈍いんだから。ねえルーベル、一緒にログヒルズの村に帰りましょう?

みんなと同じになれた私は、普通のオートマトンとして、

またあなたと故郷で静かな暮らしができる。それが叶うなら、今すぐサーカスを辞めたっていい」

 

「何言ってんのかさっぱりだぞ!?とにかく……村には戻れねえ。

里沙子には私がいないと駄目なんだ。

両親の件でカタをつけてくれた恩もあるし、説明が難しい事情もある」

 

「……そうなの。里沙子さんがいるからだめなのね。だったら、里沙子さん」

 

「なにかしら」

 

シルヴィアは真っ直ぐにあたしを見つめ、

 

──ごめんなさい

 

幅の広い刃物と化した右腕をあたしの心臓に突き刺した。

と、クロノスハックの発動が0.1秒遅れてたら過去形になるところだった。

身体をひねってロングソードとも段平ともつかない刃を回避したけど、

突然の出来事に全身から嫌な汗が噴き出し、両腕に鳥肌が立つ。

すかさずショルダーホルスターからデザートイーグルを抜き、彼女の眉間を狙って時間停止解除。

呼吸が乱れて肩が揺れるけど、この至近距離なら外さない。

 

「はぁぁ…けほ。どういう、つもり、かしら?」

 

「シルヴィア!お前、その腕は何なんだ!いやそれより、バカなことはやめろ!」

 

「だって、里沙子さんがいるとルーベルが村に帰れないんだもの」

 

今度は両腕を槍に変えて二撃目を繰り出してきた。鋭利な武器が今度は腹と目に迫る。

迷わず発砲。狭いダイニングに似合わない暴力的な銃声とマズルフラッシュが場を支配し、

44マグナム弾が額に命中したけど……あたしもルーベルも信じがたいものを目の当たりにする。

 

「お前、その顔……!!」

 

「痛いわ」

 

まるで効いてない上に銃創が普通じゃない。

潰れた弾丸を中心に、シルヴィアの顔が粘土を殴ったように波紋を描いて歪んでいた。

そして歪んだ部分は水銀のように粘性を持ってグズグズと再生を始める。

狭い空間での戦闘は自殺行為。

即座に判断したあたしは、ルーベルに呼びかけつつすぐさま聖堂の玄関へ走り出した。

 

「外でやるわよ!あんたも来て!」

 

「ちくしょう、どうなってんだ!?」

 

あたし達はシルヴィアの“待って”という声を背に、教会前の原っぱに飛び出した。

お互いパニック状態だけど、あたしは彼女の姿にほんの少しだけ見覚えがある。

おかげで僅かに早く自分を落ち着けることができ、20mほど距離を取って戦闘準備を整える。

 

「ほらルーベルも。腰のピストル構えて!」

 

「なあ、あれなんだよ?シルヴィア、あいつ一体どうしちまったんだよ!」

 

「いいから!」

 

二人で銃を構え、シルヴィアが出てくる開きっぱなしの玄関に銃口を向ける。

しばらくして再生を終えた彼女が小幅に歩いて上品な所作で教会の中から現れた。

もう腕も元のすらりとした人の形に戻ってる。

 

「……なあ、里沙子。どうしても撃たなきゃ駄目か?」

 

「さっきのアレ見なかったの?彼女を倒さなきゃあたしらが殺される。

違うわね……きっとターゲットはあたしだけ」

 

シルヴィアがあたし達に呼びかけてくる。

 

「里沙子さーん。お願いです、ここまで来てくれませんか?お願い」

 

返事をせずに再び連続で発砲。

腹に2発食らわせると、圧力を掛けられた柔らかい金属のようにひしゃげ、

彼女はお腹を抱えて少し苦しそうな表情を向けた。

 

「痛いじゃないですか。乱暴はおよしになって」

 

「いきなり心臓ぶっ刺すのは乱暴じゃあないのかしら!?」

 

「私達が慎ましやかな生活を送るために、必要なことだったんです。許して死んで。お願い」

 

「シルヴィア、いい加減にしろ!自分が何してるかわかってんのか!?」

 

「わかってるわ。ルーベルを、取り戻すの。

また、昔のように、一緒に木を伐ったり、歌を歌いましょう」

 

強力無比なデザートイーグル連射も効果がなく、

また再生したシルヴィアは今度は自分から接近してきた。

一歩ずつ、確実に、無邪気な殺意を携えて。

 

ルーベルがピストルを両手で構えたまま、迷いに迷って彼女の脚を狙ってトリガーを引いた。

特徴的な歯車型ハンマーが60度回転すると、

パァンと一般的な9mm弾が弾けシルヴィアの左脚に命中。

 

デザートイーグルより威力の小さい拳銃弾は強固な身体を傷つけることなくただ潰れてしまった。

でも、精神面で彼女に少なからずダメージを与えたみたい。

 

「ルーベル…?どうして。私を撃ったわね!ご両親を殺した、あの銃で!」

 

「黙れ……!銃は殺すだけじゃない。守ることもできる。

私は里沙子にそう教わったし、だからお前が里沙子を殺すって言うなら、

銃でも何でも使ってこいつを守る!」

 

「……そう、その人があなたを変えてしまったのね。私が元に戻してあげる」

 

「変わったのはお前だ、シルヴィア!」

 

もう一度発砲。次は頭部を狙ったけど、次の瞬間ギョッとする出来事に戦慄した。

彼女が2体に分裂して弾丸を回避した。

一方はオートマトンの身体、もう一方はシルヴィアの形をした液体金属。

 

「ひどいわ。ひどいわ。二度も私を撃つなんて。

あなたがその気なら、私だって力ずくであなたを連れて帰る」

 

「な、お前……」

 

「もういいルーベル。一旦退くわよ。全力で街まで逃げるの!」

 

絶句する彼女の肩を掴んで離脱を促す。銃身が震えてる。これ以上の戦闘は無謀。

 

「こいつを置いてくのかよ!?」

 

「今の装備じゃ彼女を倒せない!危ないのはあたしらの方なのよ?

それに、彼女の変化には心当たりがある」

 

「水銀のバケモンになっちまったアレか?」

 

「そう。どっかに隠れて情報共有。というわけで……走るわよ!」

 

「お、おい待てよ!」

 

次の瞬間、あたしはシルヴィアの不意を突くように街に向けて駆け出した。

慌ててルーベルもついてくる。

シルヴィアは再び液体金属と融合して一体に戻り、数秒遅れて追いかけてきた。

途中、一瞬だけ振り返ったけど、脚にまとわりつくロングスカートも気に留めず

ロボットのように機械的な姿勢で手足を交互に動かしていた。

 

足の速さも並じゃない。距離を詰められそうになる度にデザートイーグルで銃撃。

倒せはしないけど44マグナム弾の衝撃で速度を遅らせどうにか街まで逃げ切れた。

市場を突っ切って酒場に駆け込む。

 

「マスター、匿って!」

 

財布から取り出した金貨1枚を放り出すと、バーカウンターの裏に滑り込んだ。

 

「おいおい、どうしたんだ里沙子?ヤバい奴じゃないだろうな」

 

「いいから!」

 

床に座り込むと心臓の激しい鼓動で身体が揺れる。

休憩なしで殺人マシンからダッシュで逃げてきたからね。

スタートの遅れと市場の混雑であたし達を見失ったシルヴィアの声が聞こえてくる。

 

“ルーベル?里沙子さん?どこなの”

 

同じく隣で床に座るルーベルが外の様子を覗いつつ悔しそうに歯噛みする。

あたしも少し顔を出してみたけど、広場の真ん中でキョロキョロしてるわ。

隠れながらあたしらは小声で今後の方針を話し合う。

 

「くそったれ、なんでこんな事になっちまったんだよ……!

里沙子、あいつがあんなになっちまった理由を知ってるって言ってたよな。

何がどうなってるんだ、教えてくれよ」

 

「知ってるっていうか可能性のレベルだけどね。一応その前に確認。

オートマトンを液体金属の身体にできる神療技師って存在する?」

 

「いるわけねえだろ!神療技師が作るのは木の身体だけだ!」

 

「シッ、声を落として。……なるほど、間違いないわね。

どこかのキチガイが“ターミネーター”に影響されて

彼女の身体に改造を施したとしか考えられない」

 

「ターミネーター?なんだそりゃ」

 

「マリーが店でいつもテレビ見てるでしょ?

あれを劇場の大きな画面で見られるようにした娯楽が映画。

ターミネーターはその作品シリーズなんだけど、

最新作にシルヴィアと同じ挙動をする敵サイボーグが現れる」

 

「ど、どんな話なんだよ。その…なんとかって映画は?」

 

「1997年8月29日。審判の日とも言うんだけど、

その日にスカイネットっていう人工知能が人類に反乱を起こして30億人を抹殺したの。

ターミネーターはスカイネットやそいつが生み出した殺人兵器(ターミネーター)

人類との戦いを描いた作品」

 

「今のシルヴィアもターミネーターとかいうやつだってのか?」

 

「そこんとこ微妙なのよね。

彼女、さっきオートマトンの身体と液体金属の肉体に分離したでしょ?

スカイネットが造り出したTシリーズにああいうことをする個体はないの。

プラズマ砲やミニガンも撃ってこなかったし」

 

「サイボーグだのTなんとかだのはいいから要点を話してくれよ!違うってなら何なんだ?」

 

「多分、彼女のベースにされたのはREV-9(レヴ・ナイン)

スカイネットが存在しない世界で生まれたサイボーグ。

あんたも見ただろうけど、とにかく共通してるのは生半可な攻撃じゃ倒せないってこと」

 

「じゃあ、やっぱり私達はシルヴィアを……」

 

「本気で殺さなきゃ殺される。少なくともあたしはね。

あんたは無理矢理連れ帰されるだけで済むだろうけど」

 

「いや、私も戦う。お前を見捨てて逃げられるわけないだろ。

ここで逃げたら、一生後悔するから」

 

「気持ちは嬉しい。でも彼女と戦う心づもりはあるの?

言っておくけど、サイボーグは説得が通じる相手じゃないわよ」

 

「正直、わかんね。出たとこ勝負しかねえと思ってる。

シルヴィアが変わっちまったのは私がちゃんとあいつのことを見ててやらなかったから。

あんな風になるまで悩んでたことに気づけなかったから。だから私がケジメつけねえと」

 

「なら、決まりね。まずは装備を整えましょう。

武器はほとんどガンロッカーに置いてきちゃったからね。……マスター、裏口借りるわよ」

 

「あいよ。何してるのか知らんが、あんま危ないことに首突っ込むなよ」

 

「ごめんもう手遅れ」

 

あたし達は酒場奥のゴミ置き場に通じるドアから外に出て、

シルヴィアの目を盗んで南北に延びる大通りに出た。

とりあえず彼女を撒くことができたけど、一時しのぎに過ぎない。さっさと対処する必要がある。

大通りを北に進み、交差点を左に曲がる。

 

「入りましょう」

 

しょっちゅう世話になってる銃砲店。押し入るようにドアを開けて転がり込んだから、

店主の親父もびっくりして銃に手をかけようとした。

 

「なんだ里沙子か。驚かすんじゃねえ。強盗かと思ったぞ」

 

「ここで一番破壊力の大きい武器をちょうだい。あと強力なショットガン。弾もありったけね!」

 

親父の文句も無視して注文を突きつける。

 

「またドンパチやらかす気か?お前も飽きねえな。アースから良いもんが入ったばかりだぜ。

砲弾を連発する携行兵器だ。ショットガンの方はそうだな……水平二連散弾銃なんかどうだ?

頻繁にリロードしなきゃならんが、2連発できる」

 

「どんなの?見せて」

 

「ほら、あのケースの中に入ってる」

 

彼があたしの後ろ側にあるショーケースを顎で指す。

中にはこんな状況じゃなきゃ胸が踊るようなステキ兵器が。

 

「自衛隊の96式40mm自動てき弾銃じゃない!よく仕入れたわね」

 

「魔王が死んでからレア物が市場に回りやすくなってるからな。

あんたにゃ無理だが、オートマトンの姉ちゃんなら軽々扱えるだろ」

 

「買うわ!ダブルバレルも出して」

 

「待ってな」

 

ショーケースの鍵を持って親父が椅子から立ち上がると、大型のグレネードランチャーと

フレームの金属部分に細やかな彫刻が施された中折式ショットガンを取り出し、床に置いた。

さすがに重量24.5kg の96式40mm自動てき弾銃をカウンターに持ち上げるのは

しんどかったらしい。

 

「うおっと。やっぱこいつは重てえな。両方合わせて50000Gだ。連発砲は50発装填済み。

ショットガンは12ゲージが30もありゃいいか?」

 

「うん。はい、ちょうど5万ね」

 

小銭入れから10000ミスリル硬貨を5枚取り出し、支払いトレーに置いた。

 

「ほう?こいつが新しい硬貨か。まだ見たことなかったんだよな」

 

「高額貨幣ができたおかげでオシャレな財布に切り替えられたわ。

それじゃあ、あたし達急いでるから。あたしのは、イタリア製・ベルナルディね。美しい……

じゃなかった。ルーベル、グレネードランチャー持って」

 

「あ、うん……」

 

買い物をしている間ずっと黙っていたルーベルが、

あたしがダブルバレルを持ち上げるのと同じくらい楽に大型銃器を担ぎ上げる。

親父の“また来いよ”の声に送られて店を後にすると、

新しい武器を手に入れて少し楽しくなっていた気分が消え失せる。

そう、これを買ったのは現実と戦うため。辺りを見回し、近くを歩いている少年に声をかけた。

 

「ねえ君、ちょっといいかしら」

 

「なーに?」

 

「お小遣いあげるから、広場にいるお姉さんに伝言をお願いできる?」

 

「マジで!?いいよ」

 

「ありがと。髪は金色ですごく長いの。それから……」

 

少年に30G渡してシルヴィアの特徴とメッセージを伝えると、次の目的地へと足を運ぶ。

ルーベルの表情は芳しくない。無理もないか。これから旧友との決闘が待ってるんだから。

それからは会話もなく、あたし達は駅馬車広場に向かった。

 

 

 

 

 

貸し切り馬車を降りて少し歩いた荒れ地。大地の熱が靴を通して足の裏を温める。

真っ黒な地面が広がり、ところどころ赤く燃える溶岩が見られる人気のないところ。

 

ミドルファンタジアの定番ウィスキー、ボルカニック・マグマの生成に使われるピートも

この辺りで掘れる。

炭化した植物に付近を流れる溶岩に含まれる鉱物が特有の香りを染み付かせることで、

ガツンとスモーキーフレーバーの利いたウィスキーに仕上がるらしい。

 

酒か銃の話しかできなくてごめんなさいね。女として終わってることは認めるから勘弁してよ。

さて、わざわざ別の領地に場所を移したんだし、やることやりましょうか。

パリパリと表面が薄く固まった地面を踏み砕く足音が近づいてくる。

 

「見つけた。ルーベル。里沙子さん」

 

「見事な俊足ね。あたしらは全速力の馬車で来たってのに、ほぼ同着」

 

「……シルヴィア、目ぇ覚ませ。

誰に身体をいじくられたのか知らねえが、今のお前はオートマトンですらねえよ」

 

「ひどいことを言うのね。私が私になるために、どれだけ大変な思いをしたのか知らないくせに」

 

「わかんねえよ!私の知ってるシルヴィアは、人殺しのサイボーグなんかじゃなかった!」

 

「説得は通じないって言ったでしょ、ルーベル。

さあ、遠慮なくかかって来なさい。もう逃げも隠れもしないから」

 

「それでは、お言葉に甘えて」

 

シルヴィアは両腕を鋭い刃物に変形させ、

あたしとルーベルは銃砲店で調達した新兵器を彼女に向ける。

一瞬両者の間に殺気が走り、熱風吹きすさぶ火山地帯での戦いが始まった。

 

 



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昔書いたSSの方が面白いことに気づいて泣いている人がいるの。

硫黄、灰、炭。風が運んでくるそれらの臭いが鼻腔を刺激する。

ストールで顔を覆ってはみたけど、元々ここは人間が長居するには向いてないみたい。

現にオートマトンふたりは気にも留めていない。ただ倒すべき者同士見つめ合うだけ。

 

「シルヴィア……本当に、やる気なんだな」

 

「私は、里沙子さんを倒して昔の幸せを取り戻す。

そのためなら、なんだってする」

 

「あたしを殺せると思ってるなら世間知らずが過ぎるわよ。

こう見えてミドルファンタジアに来てからいくつも修羅場をくぐってきたの。

サーカスの踊り子とは年季が違う」

 

3人の間に精神の糸が張り詰め、更に地熱で温度を増した空気で汗ばんでくる。

汗で滑らないようにベルナルディのグリップを握り直した。

ルーベルも96式40mm自動てき弾銃を抱え、一瞬だけあたしに目配せする。

それに気づいているのか知らないけど、シルヴィアはやはりマイペースに語る。

 

「できるわ。

そのために歌いたくもない歌を歌って、一生懸命お金を稼いだんですもの。

この不思議な身体は、人間にも、どんなに武器にも、絶対に負けない」

 

「誰だ。一体どこの誰が、お前をそんなふうにしやがった!」

 

「名前はわからない。

でも、あの人は水のような鉄で私を強くするって約束したし、

約束を守ってくれた」

 

彼女がそっと右腕を伸ばすと、手のひらが波打ちツツ…と液体金属が垂れ、

瞬時に固体化。鋭い針となり火山地帯の黒い大地に深々と突き刺さった。

もう戦闘が始まる。命のやり取りは避けられない。

 

「そう、ならおいでなさいな。……できるもんならね!!」

 

あたしはシルヴィアの隙を突いて水平二連式散弾銃の銃口を向け、両引き、つまり

左右のバレルを撃ち分けられるよう1本ずつ備わったトリガーを両方引いた。

イタリア製ダブルバレルショットガンが火を噴き、散弾と衝撃波が襲いかかる。

 

ほぼゼロ距離から2発のバックショットを同時に食らった彼女の胴体が、

水面に石を落としたようにぐにゃりと波紋を描いて歪み、大きく体勢を崩した。

 

「がふっ!あ……」

 

「今よ、作戦通り!」

 

「おう!」

 

馬車の中で打ち合わせをしていた通り、

あたしは後ろへ、ルーベルは火山山頂へ向けて走り出す。

シルヴィアの再生が始まった。

その美しい姿は腹だけが軟体生物のように醜く蠢いて元に戻ろうとしている。

 

「汚い手を使うのね。構わない。あなたは絶対に逃さないから」

 

「殺し合いに綺麗も汚いもないのよ!

あんたが世間知らずだってのはそういうとこ!」

 

短い会話で時間を稼ぎつつ、銃身を折って弾倉を開き内部の空薬莢を取り出し、

カラカラと音を立てて新しい弾を2発込める。元通り銃身を伸ばして装填完了。

やっぱり強力だけど装弾数の少なさが足かせね……!

 

彼女の動きが止まってる今のうちに更に後退。

少しずつ山腹を登りながら走り続ける。グレネードの危害半径から逃れなきゃ。

クロノスハックはあまり使いたくない、というか使えない。

新世界なんかもっと無理。

 

ここに来るまでに少なからず体力を消耗して、燃やせるマナが減ってしまった。

絶命寸前のピンチでも来ない限りは温存しておきたい。

……温存しておきたかったんだけど、

後ろからザリザリと嫌な音が聞こえて参りました。

 

「りーさーこーさーん」

 

一瞬後ろを見ると目をむいた。シルヴィアがあたしを呼びながら追いかけてくる。

それ自体は当たり前のことなんだけど、

右腕に持ってるものというか右腕が普通じゃない。

重量1tはありそうな巨大な斧の刃を太い鎖でつないで、

真っ黒な地面を引き裂きながら引きずってくる。

 

まるで重さを感じる様子もなくシルヴィアは右腕を数回ぶん回し、

どこまでも伸びる鎖であたしを射程内に捉え、乱暴に斧を叩きつけてきた。

まだ実践に慣れていないのか刃を真っ直ぐ飛ばすことができず、

斧は何度も地面をバウンドしながらあたしに迫ってくる。

でも、それが却って回避を難しくする。

一直線に飛んでくるなら伏せれば済むんだけど。

 

──クロノスハック!

 

擬似的な時間停止が発動すると、見上げるほどの鉄塊がすぐ近くまで迫っていた。

こいつを食らったら刃に当たらなくても刀身の重さで圧死するわね。

とか考えてる場合じゃない。せっかく止めた時間を無駄にしたくないの。

 

今度はルーベルの待つ比較的低い火山の火口へ向けて必死に両脚を交互に動かす。

クロノスハックの残り時間がものすごい早さでなくなっていく。

デザートイーグルも残り一発。これもまだ足止めに取っておきたい。

あたしは悲鳴を上げる身体に必死に酸素を取り入れながら

馬車でルーベルと立てた作戦を思い出していた。

 

『里沙子、ザスランド領なんかに何しに行くんだ。

火山でも見物に行くわけじゃねえんだろ』

 

『聞いて。

シルヴィアの形をしたREV-9は、あんたのグレネードランチャーでも倒せない。

それくらい奴の耐久力と再生能力は凄まじい』

 

『なっ…!それじゃあ、何のために銃を買ったんだよ!』

 

『細かい経緯は省くけど、

REV-9は最期に主人公が放った膨大なエネルギーで消滅したの。

つまりシルヴィアを倒すにはあの子の再生能力を上回るほどの熱量が必要』

 

『お前、まさか……』

 

『思ってる通りよ。シルヴィアを火山に落っことす。

観光用に整備されてるあそこなら歩いてたどり着ける火口があるわ。

映画の2作目で襲撃してきたターミネーターも似た方法でとどめを刺したの。

今回も通じることを祈るしかないわ』

 

『わかった。……でも里沙子、もしチャンスがあったら』

 

『残念だけど戦いが始まったらそんな希望は消し飛ぶ。

とにかく初手はあたしが囮になるから』

 

山頂近くで待機していたルーベルと合流したところで停止解除。

体感的には次の攻撃を避けたら魔力も弾切れ。息を整えつつ彼女に合図を出した。

 

「ごほ、ごほっ、ぜぇ…ルーベル、撃って……」

 

「うおっ!あ、ああ任せろ」

 

三脚架に96式40mm自動てき弾銃を設置して様子を窺っていたルーベルが、

突然現れたあたしに驚きつつも狙いを定める。

縦長方形のリアサイトの向こう側に見えるのは、

こちらへ向かってミシンが針を突き刺すような速さで

両脚を前進させるシルヴィア。

 

射撃準備完了。

こちらまで伝わってくるほどの緊張感を放ちながら、グリップを握る。

もしルーベルが人間だったら大きくつばを飲み込む音が聞こえてきそう。

 

「……許せ!」

 

そして、何かを振り切るように親指に力を込め一気に射撃スイッチを押した。

左側面の弾倉に収納されたベルトリンクに連なる多目的榴弾が

銃身に飲み込まれていく。連動して銃口から40mmグレネードの連射が始まり、

自動てき弾銃が腹に蓄えた榴弾で大気を叩く。

 

陸上自衛隊の重火器はオートマトンのルーベルの肩すら揺さぶる。

圧倒的な存在感を放つそれは銃身を前後に動かしながら

発砲、再装填を繰り返しつつ射線上の目標を制圧せんと榴弾を放つ。

榴弾は一拍遅れて着弾、爆発。

引火した炸薬が真昼でもはっきり視認できるほど明るく鋭く光った。

 

──キャアアアア!!

 

シルヴィアの悲鳴がこっちまで響いてくる。命中した、ってことで良さそうね。

ルーベルは一旦射撃を止め、照門の向こうにいる

変わり果てた幼馴染の生死を確認する。硝煙が晴れるのを待つことしばし。

……まったく、期待通りと言うべきか、期待はずれというべきか。

 

「いたい、いたいわ。骨格にヒビが入ってしまった。

ルーベル、私にこんなひどいことをするなんて。

やっぱりあなたは変わってしまった」

 

「シルヴィア……!身体はどうした!?オートマトンの身体は!」

 

彼女の人間らしい姿はそこにはなかった。

人工皮革で作られた美しい女性の外見は見る影もなく、

全身から液体金属を滝のように流す骨格標本が立っているだけ。

肋骨の隙間から彼女たちの心臓にあたる天界晶が見える。

それでもシルヴィアはゆっくりと肉体を再構成しながら、

ふらつきつつもこちらに歩いてくる。

 

「友達だと思ってたのに、信じてたのに、

帰ってきてくれるって、信じてたのに!!」

 

液体金属による修復が30%ほど終わると、シルヴィアが絶叫した。

半分がなくなった顔から嘆きとも憎しみともつかない叫びが轟く。

露出した頭蓋骨の眼球部分が紅く光りギョロギョロと周辺を観察する様が

あたし達を睨みつけるようで、その姿にルーベルは動揺しきっている。

 

「な、なあ里沙子。私はどうすればいい?

もう一度撃ったら、あいつの天界晶が砕けちまう!」

 

「撃つのよ。どうしても無理だっていうなら、代わるけど」

 

情けを出しちゃいけない。冷たく吐き捨てる。

 

「ちくしょう!」

 

フィンガーレスグローブをはめた手を震わせながら、

何かを頭から追い出してスイッチを押す。

対照的に感情などない自動てき弾銃が弾倉からグレネードを飲み込み、

銃口から吐き出す。

 

瞬時に脚部の再生を優先したシルヴィアは地を蹴って横に回避行動を取るけど、

間に合わずに2、3発が直撃。

榴弾の爆発が全身を殴り、強固な骨格が軋みを上げて彼女はその場に倒れた。

 

「あああああ!!私の、身体がぁぁ!!」

 

「シルヴィア頼む!もうやめてくれ!ログヒルズの暮らしに戻ってくれ!

私が悪かった!これからは時々顔を出す!手紙も書く!だから、もう……」

 

「いや。いや。全部。ルーベルは、ルーベルと、私は、全部同じになるの!」

 

追い詰められて錯乱してるみたいね。

火山灰の降り積もる地面に横たわりながら

意味のわからないことをつぶやいている。

後ろの方でグツグツ言ってるものも必要なさそう。

あたしはベルナルディを構えて瀕死の彼女に狙いを定める。

 

「なにやってんだよ里沙子……もうあいつ動けねえだろう!」

 

「だから今のうちにカタをつけるの。この距離なら散弾でも心臓部を破壊できる」

 

「やめろ!頼むから、もう少し話をさせてくれ!」

 

「こうしてる間にもせっかく与えたダメージが元に戻ってるのがわからない?」

 

「え…?」

 

シルヴィアを指差すと、ヒビだらけになった骨格から

液体金属が次々と染み出して、

恐らく自分の意思とは関係なく肉体を再生しようとしている。

でも、アレ全部かき集めたとしたら明らかに彼女の体格より大きくなるわね。

物理法則もあったもんじゃないわ。

 

「決めて。彼女と一緒にログヒルズに帰るか、それとも、楽にしてあげるか」

 

「決めろだって?そんなの……できるわけないだろうが!!」

 

……確かに、この様子じゃ無理ね。ルーベルの決断を待たず、

何も言わずに2本のトリガーに指をかけ、人差し指に力を入れようとしたとき。

ガクンと何かに両脚を掴まれ思わず倒れ込んだ。

はずみで空に向けて散弾銃を撃ってしまう。

ちょっと、無駄撃ちは最悪なんだけど!弾だってタダじゃないの!

 

「なに!何なのよこれ!?」

 

「里沙子!」

 

足元を見ると異様な光景。

地面から生えた有刺鉄線のようなものがあたしの両脚を拘束してる。

ポケットナイフを取り出して切ろうとするけど傷一つつかない。

 

「ふふふ、うふ、ふふふふ」

 

二人共その笑い声に気づいてそちらを見る。

衣服、正確にはそう見える液体金属は、ボロボロだけど全体的に形を取り戻し、

顔の肉だけが半分吹き飛んだシルヴィアがよろよろと立ち上がった。

 

その身体から細い糸が何本も地に伸びている。有刺鉄線の正体ってこれ!?

地中に液体金属を走らせてあたしにトラップを張ったってわけね。

再生がある程度落ち着いた彼女が赤い目であたしを見据えて告げる。

 

「分析終了。周辺の地質データを解析。二酸化ケイ素を含む火山の噴出物。

ケイ酸塩鉱物の溶解物を検出。赤外線測定温度約1000~1200℃。

そう、そうなのね。うふふ」

 

突然ロボットらしい口調になったかと思えばまた笑う。

何か薄ら寒いものを感じたあたしは急いで銃身を折りリロードする。

もう、焦りで空薬莢と新しい弾がごっちゃになってややこしい!

 

「わかるわー。私を溶岩に突き落として焼き殺そうとしているのね。

怖い人。血も涙もない人。……あなたなんか、ルーベルにふさわしくない!」

 

激高したシルヴィアが今度は右手を長さ1.5mはある肉厚のブレードに変え、

早足であたしに迫ってきた。

腹ばいのまま再び左右のバレルからバックショットを撃つ。

手負いの彼女が胴に衝撃を受けその場で立ち止まるけど、

また動き出すのは時間の問題。

 

全力でポケットナイフを振るっても全然切れる様子がない。

縛られた自分の脚とまだ動かないシルヴィア。

心の中で半泣きになりながら交互に見るけど状況はよくならない。

 

「こんなことしてらんない、早く逃げなきゃ!」

 

「待ってろ、私がやる!」

 

その時、ルーベルが両手で有刺鉄線を掴み、力任せに引っ張った。

フィンガーレスグローブが破けるけど、

構わず強引にワイヤーと化したシルヴィアの身体を引っ張る。

 

「ぬううっ、うおおおお!!」

 

彼女が咆哮すると、ピィンと高い音を立てて有刺鉄線が切れた。

オートマトンと言っても身体を作っているのは木と革。

手のひらはボロボロになってる。同時にシルヴィアも再起動。

有無を言わさず、あたしに飛びかかり右腕のブレードを振り下ろした。

 

でも、ルーベルのおかげで間一髪横に転がって半分間に合った。

“半分”とはどういうことだ、ですって?

あたしは助かったけど買ったばかりのベルナルディが

まさに半分になっちゃったのよ!クロノスハックを使う間もなかった。

まあ命あっての物種だとは言うけど。

 

銃の残骸を見ると木製部分も金属部分も恐ろしいほど切断面が滑らか。

多分高周波ブレードの類だと思う。ちょっとでもかすってたらヤバかったわね。

さようなら、芸術的水平二連式散弾銃。

 

「逃げるぞ里沙子!」

 

「サンキュー!」

 

三脚架を片付け96式40mm自動てき弾銃を担いだルーベルに手を取ってもらい

立ち上がると、後ろも振り返らず一緒に逃げ出した。

その手はささくれだらけであたしの手に少し食い込んだ。

走りながらルーベルに大声で呼びかける。

濁った空気、消耗した体力、乱れた精神。

もう1回くらい行けるかな、と思ったけどもうクロノスハックは無理。

 

「ルーベル、当たらなくてもいいから逃げながらグレネードをばらまいて!」

 

「この距離でか!?お前まで榴弾の破片食らうだろうが!」

 

「食らわないかもしれない!どのみち追いつかれたらおしまいなの!

とにかく頂上まで逃げられればなんとかなる!」

 

「どうやって!」

 

「息できなくて説明するのしんどい!頼むから!」

 

「くそっ!」

 

“里沙子さんまってー”とまるで地獄の亡者のように追いかけてくる

半壊したシルヴィア。

ルーベルが振り向き、本来携行武器としての使用が想定されていない

自動てき弾銃を背後に連射する。

流石にこの撃ち方はオートマトンでも手に余るようで命中率は格段に落ちる。

 

それでも空中で炸裂する40mmグレネードの弾幕は

ターミネーターの脚を遅らせるには十分な威力があったようで、

順調に行けばもう少し。

途中、『この先火山活動中・立入禁止』の看板が立ってたけど無視した。

と言うよりこれを探してたのよ。

気づけばあたし達はもうもうと白い煙の立ち上る火口の縁に立っていた。

 

足を止めて後ろを見る。ちょうど背後に粘性の低い溶岩が溜まった火口。

目の前に、骨格を傷つけたせいか完全な再生ができなくなったシルヴィア。

顔の半分がなくなったままだし、

綺麗だったドレスも火災現場を通り抜けてきたように焦げて穴だらけ。

元の状態をとどめているのはあたし達を追い詰めるための脚と、

武器を構えた右腕だけ。

 

本来人が立ち入らない、火山活動が活発なエリアで改めて彼女と対峙する。

あちこちの地面が熱く柔らかく、すぐ真下を溶岩が流れているらしい。

足の裏が焼けそう。疲れがピークに達してるのか、火山ガスでも漏れてるのか、

なんだか頭がクラクラする。

どちらにしてもよろしくない状況ね。短期決戦で決着をつけないと。

 

「やっと見つけた。待ってっていってるじゃないですか」

 

「待ってほしいなら右手に持ってるもんを収めてくんないかしら」

 

「シルヴィア、神療技師のところに行こう。もう傷だらけじゃねえか。

私もお前も、こんなこと続けて何になるんだよ……!」

 

「またルーベルと一緒に暮らしたい。ただそれだけ。

今度は私もみんなと一緒に木を伐ったり、石を運んだりできる。

本当の仲間に、なれるのよ」

 

「もういい!わかったから、一緒に行くから里沙子には手を出すな。

お前を人殺しにはしたくない」

 

「……あんた、それでいいの?」

 

「良かねえが、幼馴染とこんな戦い続けるよりマシだ。……世話になったな」

 

「だめよ」

 

ルーベルの申し出にシルヴィアが真っ赤な目で拒絶の意思を示す。

 

「なんでだ!私がいればそれでいいんだろう!?」

 

「その人は危うくルーベルに私を殺させるところだった。危険な人。怖い人。

生かしておいたら、私達が平穏に暮らせない」

 

「交渉も決裂か。絶望的状況ね。この娘、どうあってもあたしを殺したいみたい。

誰かを始末してでも平穏を追い求める姿勢には一目置くけどさ」

 

「呑気に言ってる場合かよ!シルヴィア、馬鹿な真似はやめろ!」

 

彼女は答えることなく、96式40mm自動てき弾銃の弾幕で刃こぼれした

右腕のブレードを構え、あたしを追い詰めるように一歩二歩とにじり寄ってくる。

あたしも黙ったまま腕を組む。

……ふりをしてショルダーホルスターに手を突っ込み、

デザートイーグルを抜いて彼女の足元を撃ち抜いた。

 

「はっ!?」

 

気づいたときには遅い。

44マグナム弾が地面を貫き、固体になりかけていた溶岩溜まりに穴が開く。

その瞬間、内部からの圧力で地面が弾け、

大量のマグマが噴き出し彼女に降り掛かった。

熱に耐えかねた液体金属がステーキを焼いた鉄板のような音を立てて

急速に蒸発していく。

 

「きゃああ、あつい!ああ!あつい!あああ!からだが、からだがあついぃ!!」

 

まさに燃えるような熱さにのたうち回るシルヴィア。

あたしはマグマが止んだタイミングを見計らい、

彼女の後ろに回って思い切り蹴飛ばした。母さんに見られたら怒られるわね。

 

頭から溶岩を浴びて視界を奪われたシルヴィアは、

ジタバタしながら正面に向かって歩いていく。

今度は少し浴びる程度では済まない最大級の溶岩溜まり、火山の火口へ。

 

激しい熱で再生が追いつかないシルヴィアは、

不自由な脚でそうとは知らず自ら奈落の底へ向かう。

そしてとうとう火口の縁で脚を滑らせ、高い高い火山の底へ落ちていった。

と、思った。

 

「キャアアァ!」

 

「シルヴィア!!」

 

その時、ルーベルが飛び出してすんでのところで彼女の手を掴んだ。

シルヴィアが彼女の腕一本でぶら下がってる。

 

「待ってろ、今引き上げてやる。絶対離すな!」

 

「ルーベル?どうして。私を殺したかったんじゃないの」

 

「違う!全然違う!昔のお前に会いたかった!またお前の歌が聴きたかった!

サーカスでお前を見たとき、本当は嬉しかったんだ!

お前が自分の歌を好きになってくれたんだって!」

 

「ルーベル……ごめんなさい。あなたの気持ちを確かめないで」

 

「いいんだよ。だが、ケンカはこれっきりで勘弁な」

 

「うん。ずっと仲良しでいてね?」

 

「当たり前だ」

 

シルヴィアの目に灯る赤い光が消えていく。

すると、さらさらと身体を覆っていた液体金属が流れて溶岩へと落ちていった。

今の彼女は鈍色をした人間に近い骨格。違うのは胸に宿る天界晶だけ。

 

「いっせーので引っ張るぞ?あいてて、さっき手ぇ擦りむいちまったんだっけ」

 

「ごめんなさい」

 

「いいって。……あー、里沙子。無理な頼みだとはわかってるんだけどよ」

 

「手伝えって言いたいんでしょ?無理だってわかってるんじゃない」

 

「お願いだ。もう絶対こいつに間違いはさせねえから」

 

「あ、いや、そうじゃなくてさ」

 

「どうした?」

 

「なんかさっきから背中がベタベタするからさ、後ろ見てみたの。

そしたらさ、食らってたみたいなの。グレネードの破片。背中まっかっか」

 

「えっ!?」

 

やっとのことでそれだけ言うと、あたしの脚から力が抜けて、

焼けた地面に顔から落ちた。

火事場のクソ力でシルヴィアを引き上げたルーベルが

駆け寄ってくるのが見えたけど、あたしが覚えていたのはそこまでだった。

あちち、今回のあたしとんだ厄日。

 

 

 

 

 

……うむむ。アースの超興味深い“ぶるーれい”とやらに登場した

液体金属人間を再現してみたものの、

とても満足の行く作品には仕上がらなかったというのは痛恨の極みだよ~。

骨格へのダメージが液体金属の性能を左右し、

熱と火山ガスで急速に劣化するとは想定外だったのである。

まー、失敗は成功の母という格言もあることだし、今後も改良を続けていけば

オリジナルを上回るターミネーター誕生の日も遠くない…かもね!

エヘヘ、ウハハホ~

 

 



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イタリアだって命をかけて立派に戦ったのよ。

【You are Terminated(当機は破壊された)】

 

そして、彼女の知性を構成する人工知能と

“心”を形作る別の何かが眠りについた。

 

「里沙子、起きろよ!なあ!しっかりしろって!」

 

機械人形から力が失われ、

ただ濃度の低い火山ガスと火山灰の靄が立ち込める大地にその身を横たえる。

 

【Shutting Down the System(システム シャットダウン)】

 

「誰か!誰かいねえのか!……ちくしょう、頼むよ。

里沙子も、シルヴィアも、私のそばからいなくならないでくれ!」

 

間一髪のところで身体を構成する最後の骨組みを灼熱地獄から引き上げられたものの、

致命傷を負っていた“彼女”は、同胞の叫びを遠くに聞きながら

自らも物言わぬ鉄の塊に還っていく。と思われた。

 

【Emergency Sub Battery Start Up (緊急予備電源起動)】

 

「血が止まらねえ!こんなとこで死んでんじゃねえよ、里沙子ォ!」

 

【Rebooting Operating-System(OSを再起動中)】

【Applications of 37% are in Operation(37%のアプリケーションが作動中)】

【Your Mission...DATA IS CRASHED(当機の任務は…データ破損)】

【Emergency Measures:Open Parallel Circuit(緊急処置、並列回路開放)】

【Complete Rebooting(再起動完了)】

 

知性の中を無数の情報が駆け巡り、ノイズだらけの真っ赤な視界が再び開ける。

彼女の瞳に再度紅い光が灯り、周辺のデータをスキャン。

 

「里沙子、歩けるか?馬車のところまで戻るぞ。くそっ、返事をしてくれ!」

 

『地形データ分析。地下流出物に高温度のケイ酸塩鉱物の溶解物。

大気組成、酸素、窒素、水蒸気、二酸化硫黄、微量の硫化水素。ハザードレベル4。

生命反応を探知…1名、人工骨格で構成された無機生命体。1名、人間。意識レベル3。

即時退避を最優先事項とする』

 

懸命に里沙子の手当てをするルーベルに彼女がぎこちない足取りで歩み寄る。

その気配に気づいた彼女が振り返ると、驚愕、疑問、少しの緊張に目を見開いた。

 

「シルヴィア……目が覚めたのか!?」

 

『鎖骨下動脈、下行大動脈に軽度の裂傷。直ちに手術を施さなければ、命はない』

 

シルヴィアは骨組みだけとなった身体で、その姿に相応しい感情のない口調で告げた。

 

「だったら手伝ってくれよ!急がねえと里沙子が死んじまう!」

 

『手伝う、とは?』

 

「だから!里沙子を馬車に乗せて医者に看せねえと!」

 

『不可能だ』

 

「なんでだよ!まだ諦められるかよ!」

 

『時速10マイル前後の馬車で、彼女を生きているうちに最寄りの病院に搬送することは不可能だ』

 

「なっ…そういうことかよ!でも、だったらどうすればいい!?」

 

『私が、運ぶ』

 

「えっ!?」

 

元REV-9、もとい自我を取り戻したシルヴィアがルーベルから里沙子の身を受け取ると、

彼女の傷口を圧迫しながら火山を駆け下りようとした。慌てて呼び止めるルーベル。

 

「ま、待て!お前はどうなんだ!そんな身体で大丈夫なのか!?」

 

金属の骨組みに淡いオレンジ色の光が静かな電流となって流れている。

その動力源となっているのは、オートマトンの命、天界晶。

 

『……I’ll be back.(戻ってくるわ)』

 

振り返りそれだけを言い残すと、

シルヴィアは里沙子を抱えながら赤茶けた火山の斜面を烈風のごとく駆け下りていった。

 

 

 

あれは人形か、はたまた化物か。誰もがその姿に驚き道を空ける。

鋼鉄の骸骨が少女を抱きかかえて目にも留まらぬ速さで街を疾走しているのだから。

 

『心拍数低下。移動速度を上昇させる』

 

ザスランド領から領地をひとつまたぎ、

ハッピーマイルズに戻るころには日が暮れようとしていた。

ビジネス街の真ん中を突っ走り、休みなく長距離を移動してきたシルヴィアは視線を下に向ける。

 

まず血まみれの里沙子。自分に身を預けたままだらりとしており、青ざめた顔をしている。

生き延びるか死ぬかは不明。だが、今の行動を中断するわけには行かない。理由はわからない。

破損を免れたナノマシンの集積回路がそうしろと告げている。

 

次に自分の胸部。液体金属からのエネルギー供給を失ったため、

予備電源、すなわち天界晶と呼ばれる物質を分解しプラズマ化することで動力を得ている。

天界晶は徐々に消耗し、それが放つ光は出発時と比較し明らかに弱い。

 

【Approaching to the Destination(間もなく目的地)】

 

交差点を通り過ぎるとシルヴィアは足を止め、左手の家屋に近づく。

ドアにはCLOSEの札が掛けられていたが、構わず蹴破って内部に侵入。

派手な物音を聞きつけた住人らしき女性が飛び出てきて、

何も言わず銃身の横にマガジンが刺さった特徴的なハンドガンを突きつけた。

だが、シルヴィアはただ必要事項のみを告げる。

 

『鎖骨下動脈、下行大動脈を損傷。出血が酷い。手術を』

 

「……里沙子ちゃんをそこに下ろして」

 

銃口を向けられたまま彼女は黙って言われた通りに里沙子を床に寝かせた。

しかし、同時に自分の脚からも力が抜ける。

胸からロウソクのような小さな光が消え失せ、二度と立ち上がることはなかった。

 

【MISSION COMPLETE(任務完了)】

 

ブルーの髪の女性が里沙子を奥へと連れて行く。

その様子を見届けた彼女の紅い瞳もまた、ゆっくりと消えていった。

 

 

 

 

 

いきなり変なロボットが押し入って来たときは何事かと思ったけど、

とりあえず里沙子ちゃんを助けようとしていることはわかった。

彼か彼女かわからないけど、彼女を連れてきたら動かなくなっちゃった。

 

あの存在について調べるのは後。とにかく今は里沙子ちゃんに処置をしなきゃ。

手術着に着替えゴム手袋をはめ、手術台にうつ伏せに寝かせる。

服を脱がせてる暇がない。血に染まったワンピースの背中を一気に破く。

顕になった肌は血だらけで今も出血が続いてる。

 

「ひどい。何があったの」

 

傷口を観察して素早く分析。裂傷が2箇所。

形状はギザギザ状で傷は銃によるものではなく、鋭利な刃物という可能性もない。

なにかの爆発で破片が突き刺さったみたい。鉗子で慎重に傷口を広げる。

 

あった。焦げた小さな鉄片がもう少しで動脈を切断するところだった。

出血させないようピンセットで異物を丁寧に取り除く。

除去した異物をステンレスのトレーに置くと、次は急いで縫合。

糸を通した三日月状の針を持針器の先端で持ち、裂傷部にゆっくり近づける。

 

“アンプリ―!シルヴィアが動かねえ!里沙子はどうしたんだ!?”

 

「静かにして!今手術中!!」

 

外からルーベルちゃんの声が聞こえてきた。さっきのロボットは彼女の知り合いらしいわね。

ああ、それどころじゃない。今度こそ血が滲み出す動脈の表面に針を刺し、

一針一針丁寧に縫っていく。血管の処置が済んだら、続いて背中の表面を縫合。

どうにか無事にひとつ片付けた。

 

「……まずは一箇所。次ね」

 

薬局と変わらない小さな病院じゃ、汗を拭ってくれる助手も居ない。

器具の準備も患者の容態観察も、自分一人でやらなきゃいけないところが辛いところね。

針に新しい糸を通しながら心のなかでぼやいてみる。

だからって失敗する気も、それを環境のせいにする気もさらさらないけど。

 

さあ、2つ目の裂傷を開いて観察。里沙子ちゃん運がいいわ。

あと1ミリずれてたら爆発物の破片らしきものが太い血管を切断してた。

慌てず急いで異物の除去に取り掛かる。

次は先端が曲がったピンセットを両手に持って歪な形をした鉄片2箇所をつまみ、

息を止めて周囲の組織を傷つけないよう引き抜く。これ以上の出血は危険。

 

ピンセットと鉄片をトレーに放り出し、準備しておいた持針器に素早く持ち替え血管を縫合。

彼女の鼓動に合わせて傷口からどうしても止めきれない血が飛び出す。時間がない。

薄い血管の壁に極細の糸を通していく。手術開始から2時間半。血管の出血が止まった。

最後の仕上げ。背中の傷を塞げばとりあえずは安心できる。

 

持針器の先端を操りながら処置したばかりの動脈をしまうように、里沙子ちゃんの背中を閉じた。

……術式終了。脱脂綿に浸した消毒液を傷口に塗りながら改めて彼女の背中を見る。

可哀想に。全力は尽くしたけどきっと痕は残る。

彼女の性格ならどーでもいいわ、って言うんでしょうけど。

リンゲルを点滴し保温シートを掛ける。後は彼女の回復力を信じるしかない。

 

手術着を脱いで簡素な手術室から出る。今度はこっちの問題を片付けなきゃね。

ルーベルちゃんは動かなくなったロボットの手を取りながら物も言わずただ悲しみに沈んでいる。

 

「……シルヴィア、私のせいだ。

友達でいるって約束したのに、勝手に消えたりなんかしなかったら!」

 

「そのシルヴィアさん、でいいのかしら。その人はあなたのお友達?何があったかはいい。

どうして彼女が里沙子ちゃんを連れてくることになったのかしら」

 

「ああ。これでも、オートマトンなんだ……

こいつと火山でケンカになってな、里沙子はそれに巻き込まれた」

 

「オートマトン?びっくり。金属のオートマトンなんて聞いたことない」

 

「どっかのバカがシルヴィアの身体をメチャクチャにしやがった!

人殺しのターミネーターにしやがったんだよ!!」

 

「ターミネーターってなに?」

 

「里沙子の世界で作られた架空の物語らしいんだが……」

 

そしてルーベルちゃんから店に押しかけてきた謎の存在の正体について説明を受けた。

彼女の話を聞くうちに大きなため息が漏れる。そんな代物を作れるのは私が知る限り一人だけ。

 

「……最後にわかり合えたのに、さよならも言えなかった。くそったれ……」

 

「待ってね。今、犯人を連れてくる」

 

「犯人?」

 

暗い顔を上げた彼女に答えずカウンターの古びた手押しベルを3回連続で鳴らした。

“いつも超多忙だから本当に緊急の時にしか使わないでくれたまい”とか宣ってたけど、

彼女の都合なんかどうでもいい。

 

音波ではなく耳に聞こえない不思議な波動が周辺の空間を僅かに揺らすと、

薬品保管室から物音が聞こえてきた。

間もなく保管室のドアが開き、いつもの白衣姿が呑気な声と共に現れる。

 

「呼ばれて飛び出てドクトルだよー。

アレを使ったってことは興味深い症例が舞い込んで来たのかな?

……って、うぉい!何のつもりだね、チミィ!

君が敬愛するドクトルに向かって銃を向けるなんて!

ま、拳銃じゃドクトルは死なないんだけどさ。理由くらいは聞きたいよねー」

 

「んっ!!」

 

あたしは喉を鳴らして威嚇しつつ床に倒れ込むシルヴィアというオートマトンを指差し、

彼女を見るよう促した。

先生が丸メガネを直しながら彼女を見ると、わざとらしい仕草で驚いてみせる。

 

「おおーう!

完全に機能停止したと思われたREV-9のβ版がハッピーマイルズまで戻ってくるなんて!

思ったよりポテンシャルがあったようでなによりなにより。

今後の研究の励みになるよ、アッハッハ!」

 

「てめえか……シルヴィアを改造しやがったのは!」

 

ルーベルちゃんが立ち上がって先生に詰め寄る。

 

「いかにも!チミも、今度一緒にぶるーれい観るかい?

共に今回ロールアウトしたVer0.97の問題点を模索しようではないか!フヒヒ」

 

「ぶっ殺す!!」

 

「待って」

 

「止めんなよ、こいつの、こいつのせいでシルヴィアが死んだ!

せっかく助かったのに、天界晶を使い切って!!」

 

私は先生に殴りかかる勢いのルーベルちゃんを止めて、笑う先生に大きく一歩近づいた。

 

パァン…!

 

そして彼女の横っ面を張った。丸メガネが飛んでカラカラと床に転がる。

先生はしばし呆然としてたけど、何が起きたか理解したら抗議してきた。

 

「な、なにするのさ!

ひとつひとつが値千金の価値を持つ奇跡の脳細胞が衝撃で壊れたらどうするんだい!

これは笑えないよ?いくら助手のチミでも許される行為ではなーい!」

 

「許されない?あなた、自分が何をしたのかわかってるの!?」

 

「ドクトルが何をしたと言うんだね……」

 

感情を抑え込んでいるつもりだけど、よほど怖い顔をしていたのか先生が怯んでる。

ルーベルちゃんもそばで黙ったまま。

 

「あなたは、命を弄んだの。

コンプレックスを抱えた女の子の心の隙につけ込んで、醜い殺人兵器に改造した」

 

「ひ、人聞きの悪い……サーカスで歌う彼女の姿に論理的パラドックスを見いだしたドクトルは、

共に解消法を思案した結果、彼女の改造に至ったというだけなのだよ。

まぁ……その研究費用の負担と運用データの提供を求めなかったと言えば嘘になるが」

 

「私にわかるよう言いやがれ!!」

 

カウンターを殴るルーベルちゃんにまたビビる先生。

根っこがヘタレなのは長年の付き合いでわかりきってる。

 

「はひゅっ!乱暴はやめたまえ!

つ、つまり、どう見ても嫌そうなのに大衆の前で歌う

彼女の矛盾の出処が気になったドクトルは接触を試みたのだ。

オートマトンらしいパワーを持たない彼女は故郷から独立するために

唯一の特技である歌で収入を得ていたが、やっぱり嫌なもんは嫌だと言っていたー。

だからドクトルは以前から欲しかった“ターミネーター”になってみないかと

話を持ちかけてみた結果、彼女が快諾して今に至るというわけなのだよ」

 

話を聞き終えたルーベルちゃんがハハッと軽く笑って続ける。

 

「怒りもプッツン来たら笑いが出るもんなんだな。

お前を痛めつける方法が137通りは思いつくが今は勘弁してやる。

だが勘違いするな。お前が寝たきりになったらシルヴィアを治す奴がいなくなるからだ。

……わかったらさっさとシルヴィアを元に戻せ!」

 

「う~ん、ターミネーターを作り直すには相当な資金が必要なのである。

あと、時間もかかるしドクトルには手が離せない研究が……その後じゃダメ?」

 

「ねえ。今日里沙子ちゃんがそのターミネーター関連のゴタゴタで死にかけたの。

今も意識が戻らない。

シルヴィアさんが助からなかったら、リーブラさんにこのことをチクろうと思う」

 

「ま、待つがよい!今すぐ治療に取り掛かるからそれだけは待つのだ!」

 

先生の話で聞いただけだけど、彼女はキレるとすごく怖いらしい。

 

「治療費は先生のお小遣いと足りない分は研究機材を質入れして賄う。それでいいわね?」

 

「とほほなのである。……はい」

 

「急げよ!グズグズしてたら手遅れになる!」

 

「はいはいただいまー!」

 

先生が追い立てられるようにシルヴィアさんの診察に取り掛かった。

彼女が動かなくなってからもう3時間以上経ってる。間に合うかしら。

ブツブツ意味のわからないことを言いながら骨格を触診し、聴診器をいろんな箇所に当てる。

 

「大声を出さないで聞いてくれたまへ。

この金属骨格はもう使い物にならないけど、普通の木製の身体を作れば問題ないよー?

ただ1個大きな課題が立ちふさがっている。このピンチにドクトル爆しょ…いや痛恨の極み」

 

「もったいつけんな」

 

ルーベルちゃんが軽く椅子を蹴って先生を脅す。ちょっとだけ可哀想になってきた。

 

「ひっ、パワーがないんだよ!一見この身体からは天界晶が消滅しているように見えるが、

目に見えないコアがまだ揺らめいているぅ!

こいつにパワーを注げばシルヴィア大復活の快挙を成し遂げられるのは周知の事実」

 

「注げよ、パワー」

 

「それが……オートマトンのパワーは知っての通り、別名神の涙。

普通の魔力やマナでは適合しな~い。

一度使い切った天界晶のエネルギーは、他の天界晶から移植するしかないんだよー。

そしてあいにく天界晶はうちに在庫がない。

なんたって、いつどこに出現するかわかったもんじゃないからね」

 

「本当よ、ルーベルちゃん。

ログヒルズの天界晶は村に所有権があるし、ハッピーマイルズに落ちる確率はゼロに近い。

なにより、新しい天界晶を移植するということは、

生まれてくるはずのオートマトンの子を…殺すということ」

 

「それなら心配ねえよ」

 

意外にもルーベルちゃんは既に解決法があると言わんばかりに即答した。

コンコンと自分の胸を叩きながら。

 

「あなたまさか!」

 

「ドクトルとか言ったな。こいつをシルヴィアと半分こすることって、できるか?」

 

「もちろんできるけどさー。

それってチミの寿命が半分になっちゃうってことだよ?わかってる?」

 

「やるのかやらねえのか」

 

「やるともやるとも。今すぐやる。二人共病室にレッツゴーなのだ」

 

「あなた、本当にそれでいいの?」

 

「……今回のことは、私にも責任がある。

もっと一緒にいてやれば、もっと歌を褒めて自信をつけてやれば。そんなことばかり考えちまう。

ある意味これは、シルヴィアへの償いだ」

 

「彼女は喜ばないかもしれない」

 

「だよなぁ。だから、そこんとこは内緒で頼むよ、アンプリ」

 

「……わかった。じゃあ、先生。後はお願い。私は里沙子ちゃんについててあげなきゃ」

 

「アイサー。チミ、彼女の身体を病室に運んでくれたまい」

 

「お前が持てって言いたいが、また妙なことしないとも限らないからな。仕方ねえ」

 

二人がシルヴィアさんと一緒に病室へ行くのを見届けると、私も手術室に戻る。

仕方がなかったとは言え術後の患者を30分も放置してしまった。

人手が足りないと本当に困るのだけど、

この病院の性質的に他の医者を雇うこともできないから困ったものだわ。

 

 

 

 

 

私とシルヴィアは病室に2つあるベッドにそれぞれ横になり、

ドクトルとかいうバカの処置を待っていた。もう少しだけ頑張ってくれ、シルヴィア。

 

「ええっとぉ~非個体光量子凝縮天体物質の転送ケーブルは、と。

そうそう、こっちがオス、こっちがメス。

パワーバランサーで二者のエネルギー総量が同量になるよう設定、と」

 

「急いでくれ」

 

「待ちたまえよ、これでもきちんと神療技師としての仕事をしているのだから

気を散らしてもらっては困る困る」

 

「誰のせいだと思ってんだか……」

 

それからドクトルは私達の胸にコードが付いた丸いシールみたいなもんを貼り付けて、

やたらたくさんスイッチのある妙な機械の操作を始めた。

 

「最終確認!1から3番スイッチオン!16から22番はオフ!31から44、動力伝達異常なし!

……オッケー、シンクロ開始するよ!」

 

「ああ」

 

シールが貼られた部分にピリピリとした感覚が走る。

 

「それと、言い忘れたんだけど」

 

「なんだよ」

 

「エネルギー転送中は物凄く痛いから歯を食いしばって我慢してねー」

 

「えっ!?」

 

コードを引っ張ろうとしたけど間に合わなかった。

身体の内側を縫い針が暴れるような激痛が私を襲い、

生まれてから一度も出したことのないような大声で叫ぶ。

 

「あぐあがああああああ!!」

 

「始まったね~検体Aは現在95%。Bが5%。流れとしては安定してる」

 

「ま、待でまて、なんだこりゃあああ!!」

 

「滑り出し順調だよ。順調すぎてドクトル怖い。A85%、B15%」

 

「ふざげんな!んぎがががああ!」

 

「おお、おお、どんどん両者のコア共鳴率が上昇しつつある~!アハハ、ウヘヘヘ」

 

できることなら起き上がってイカれた科学者をぶん殴りたかったが、

身動きがとれないほどの激痛に為す術がない。

とりあえず、痛みで気絶する瞬間“ABのパーセンテージが50で一致!”という声を聞いたが

なんのことかさっぱりだった。

 

……で、目が覚めたら視界に入ったのは茶色くなった天井。そして隣のベッドには。

 

「シルヴィア?」

 

「ルーベル……」

 

あいつだった。金属の殺人兵器じゃない。村で一番綺麗だった、木の身体を持つ私の友人。

どうやって調達したのか知らないが、とにかく私は友人を取り戻した。

心底ほっとした今ならドクトルを許してやらなくもない。パンチ一発で。

 

「ごめんね」

 

「謝んなよ。悪いのは私だ。……済まなかった。お前に一言も告げずに、居なくなったりして」

 

「ううん。私たち、大人なんだから、進むべき道は自分で決めるものよね。私が子供だったの」

 

「私を、許してくれるのか」

 

「あなたも、私を許してくれる?」

 

「当たり前だ。私達、友達だろう?」

 

私達は手を伸ばして、互いの手を取り合った。

木彫り細工の指がコトコトと触れ合うたび、言い表しようのない気持ちがこみ上げる。

オートマトンは泣くことができないけど、人間がなぜ涙するのかわかった気がする。

 

──あー、二人共盛り上がってるとこ悪いけどね。

 

松葉杖をついて病室に入ってきたのは……

 

「里沙子!助かったのか!」

 

「んああ、大声出さないで。麻酔切れたばっかりで泣くほど痛いの」

 

「そういうこと。シルヴィアさん、悪いけど気分が落ち着いたなら

里沙子ちゃんにベッドを譲ってもらえないかしら」

 

アンプリの姉ちゃんに付き添われる里沙子を見て、私はまた胸をなでおろす。

里沙子が“日常”にこだわる理由もついでにわかったかも。

 

「ええもちろん。さあ里沙子さん、横になって」

 

「お邪魔するわよ。どっこいしょっと、あいてて」

 

うつ伏せに寝る里沙子をどことなくそわそわした様子で見守るシルヴィア。

私も何か言うべきなんだろうが、くそっ、やっぱ肝心なときに言葉が出てこねえ。

シルヴィアは覚悟を決めた様子で里沙子に詫びる。

 

「……里沙子さん。本当に、ごめんなさい。私、あなたを殺すところだった。

こんなに酷い怪我まで負わせて」

 

「ふん、言ったでしょ。あたしはあなたとは年季が違うの。

この世界で生きてたらこんなトラブルはしょっちゅうよ。

これしきの揉め事で泣きごと言ってちゃ、それこそ身が持たない。気にしなさんな」

 

「!?……あなたって、本当に強いんですね。ルーベルがついていくのも、納得です」

 

「やめてよ。強いっていうかスれてるっていうほうが適切。

あなたも年取ったら嫌でも生存能力が高くなるわよ。良くも悪くも」

 

「私も、なれるでしょうか。里沙子さんのように」

 

「なりたかろうがなかろうが、なるものなのよ。残念ながら」

 

「ふふっ、悪りいなシルヴィア。里沙子は礼を言われたり褒められるのが苦手でよ。

こんな言い方しかできねえんだ」

 

「笑ってんじゃないわよ!誰のせいで……ってあ痛たた」

 

おっと、安心してはしゃぎすぎちまった。里沙子はまだ病み上がりなのに。

案の定アンプリに釘を刺された。

 

「はいはい。里沙子ちゃんはまだ傷が塞がってないんだからお喋りはほどほどにね」

 

「わぁーったわよ。それにしても、また入院費がかさみそう。最近出費が重なってるのよね。

あたしが就職活動に奔走する展開だけは絶対に避けないと」

 

「治療費なら心配いらないわ。先生が今回はタダでいいって」

 

「マヂで!?“先生”って実在したのね!なんでか知らないけどとにかく助かるわ!」

 

ま、当然だわな。それはそうと、里沙子には今回の件については黙っとくことにした。

余計な心配かけちまうからな。

私があと何年生きられるかわかんねえって言っても、今更どうにかなるもんでもねえし。

 

「シルヴィアの身体、すっかり元通りだな。

熟練の神療技師が3ヶ月かかるような代物なんだが、よく元通りにできたな」

 

「うん。昔のままの、私。元に戻る事ができて、嬉しい」

 

「先生は優秀だから。

在庫品を徹夜で加工させ…コホン、加工してくださって、どうにかなったわ。

ついでにルーベルちゃんの手もボロボロだったけど治しておいたから」

 

「あ、本当だ。サンキュ!って“先生”に言っといてくれ」

 

言われて見ると有刺鉄線を強引にちぎってザラザラになった手のひらも滑らかになってる。

 

「あのさ、当の先生は今どこよ。礼くらいは言っとかないと」

 

「里沙子ちゃんは気にしなくていいのよ?

先生なら海外の恵まれない人にワクチンを配りに出発したばかりなの。残念ね」

 

「こういう言い方も何だけど、それって患者置いてでも急いでやらなきゃいけないこと?

なんかあたし避けられてるような気がする」

 

「100パー気のせいよ。入院食持ってくるから待ってて」

 

「……ちょい待ち」

 

里沙子がアンプリを呼び止める。なんだなんだ?まさか気づかれたか。

 

「ホルスターの銃。ハモニカガン?看護婦なのに渋いの使ってるのね。

あんたも“大西部無頼列伝”のサバタに憧れたクチ?

あっちはライフルだけどあのメカニズムは最高よね。

最後のシリンダーにタバコを仕込んでてさ、敵を仕留めた後にさり気なく咥えて……」

 

「はいはい、患者様はお・静・か・に」

 

「ああ待って~あんたはリー・ヴァン・クリーフ派?それともユル・ブリンナー派?」

 

「うっせえな、傷が開いてもしらねえぞ!」

 

「怒ることないじゃない……サバタ三部作はどれも名作なのに」

 

よかった。里沙子はいつもの里沙子だ。元々大した怪我じゃなかった私はその後すぐ退院して、

シルヴィアに付き添いを頼み、教会のみんなに状況を知らせに行った。

病院を出ようとすると、アンプリがすれ違う瞬間にボソッとつぶやいた。

 

「彼女には伝えてないから」

 

「……ありがとうな」

 

結局私は誰にも真相については口を閉ざしておくことに決めた。

教会に帰ると何も連絡しないまま一晩過ごしちまったもんだからみんな心配してた。

まさかターミネーターと戦ってたなんて言えないから状況説明に一苦労だったよ。

 

それから、後日。

ハッピーマイルズの広場に集まった私達はシルヴィアの見送りに集まっていた。

みんなには私がシルヴィアの友人だという事以外は伝えてない。

 

「うう~来年もきっと来てくださいね?里沙子さんは特別な用事がないと

絶対ハッピーマイルズの外には連れて行ってくれませんから……」

 

「サーカスは1年周期で帝国中を巡業しています。

また、私の歌を聴きに来てくださいね、ジョゼットさん」

 

「あなたの歌には本当に心を揺さぶられました。

聖歌隊のコーラスとは違った魅力にあふれています」

 

「エレオノーラ様も、またお目にかかれる日を楽しみにしています」

 

「あんたの歌は絶対に流行る。

このピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワールが太鼓判を押すわ。

国中に広めていらっしゃい」

「ああ、失礼。ピーネさんはあなたの歌が大好きだと言っておりますの」

 

「ふふっ、ありがとう。二人共、また会いましょうね」

 

「ワタシ、カシオピイア。警備のとき、あなたの歌、聴いてた。とても、素敵」

 

「ありがとうございます。あなたは里沙子さんの妹君だとか。

お世話になりましたとお伝え下さい」

 

「はい……」

 

そんで、入院中で来られない里沙子の代わりも兼ねて最後に私だ。

でも、上手い言葉が見つからないのは昔っからでさ。

 

「あー、何ていうか、生きてりゃまた会える。

お前自身が好きになってくれたお前の歌、楽しみにしてるな」

 

「うん。来年は、ルーベルのために歌を書いて、心を込めて歌うわ」

 

「よせやい、私のためにだなんて照れくさいだろうが。みんなのために、でいいんだよ」

 

「私が書きたいの。聴いてね?」

 

「んー、まぁ、お前がそういうんなら、聴くけどよ」

 

照れながら気のない返事しかできない。やっぱダメだな、私は。

 

“おーいシルヴィア、出発だぞ”

 

機材の運び込みを終えたサーカスの馬車から声が聞こえた。これで、またしばらくお別れだな。

 

「元気でな」

 

「うん。ルーベルも。里沙子さんによろしく。そして。ありがとうって」

 

「おう!確かに伝えとく」

 

「じゃあ、みなさん、さようなら!」

 

馬車に駆け出す可憐な女性を仲間達が手を振って見送る。

私はなんとなくガラじゃないから、その姿に親指を立てて旧友の旅路に幸多からんことを祈った。

 

「またな、シルヴィア」

 

 



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百物語
バットマンをほとんど知らないのに映画ジョーカーを観た。


とっくに日没を迎えた夜。真っ暗なダイニングを照らすのはロウソクの小さな火だけ。

住人全員が集まり、まるで内緒話をするようにあたしの話に聞き入る。

 

「……でね?焦ったその男は一日三食を青汁だけで過ごすという無謀なダイエットを始めたの」

 

「めちゃくちゃです~何かの拍子で死んじゃいますよ……」

 

「バカなんじゃねえのか、そいつ」

 

「まあ実際バカなんだけど聞いてよ。

最初の3日は激しい空腹に苦しんだんだけど、なぜか段々腹が減らなくなったらしいの。

それでダイエットがうまく行ってると勘違いした男は青汁オンリーの生活を続けたんだけど、

次第に異変が起こり始める」

 

「何があったのでしょう……?」

 

エレオをはじめとした皆がゴクリとつばを飲み、続きを待つ。

 

「立ち上がる度に足元がふらつくようになった。みんな暑がってるのになんだか寒い。

これはダイエットのちょっとした副作用だとその時は男も気にしてなかったのね。

でも、だんだん今何曜日かわからなくなったり、簡単な引き算ができなくなったり、

趣味で書いてるつまんない作文の続きが思い浮かばなくなったり。

とにかく脳を使用する行動に著しく支障をきたすようになったの」

 

「恐ろしい話ですわ。結局彼はどうなってしまったのですか?お姉さま」

 

「うん、ついにある日、洗面所の鏡を見ると……そこには二目と見られぬ醜い男の顔が!

ね、怖いでしょ?」

 

結末を語ったけど、みんなは“期待させやがって”という失望感丸出しで、

伸びをしたりコップの水を飲んだりうつむいたり各自休憩モードに入った。

 

「なによう。せっかくとっておきの怪談を披露してやったってのに」

 

あたし自身も反応の薄さに失望して、ロウソクをふっと吹き消した。

……みなさんこんばんは。

今ね、ちょっとシーズンには早いけどあんまり暇だから百物語やってるの。

 

「あのなあ、それのどこが怪談だよ。そいつがブサイクなのは元からだろうが。

楽して痩せようとするから健康にしわ寄せが来てるってだけだろ。痩せたいなら動け」

 

「あたしに言わないでよ。

ジョゼットもちょっと太ったからって絶食ダイエットとかに手を出しちゃダメよ?」

 

「はーい。それで、次はどなたの番ですか?まだ100話到達には時間が掛かりそうですね~」

 

「確か、100話語り終えると何かが現れるとのことでしたね。何が現れるのでしょうか」

 

「よくわかんない。アースの古典的な都市伝説なんだけど、詳しいことは知らないの」

 

「なにそれー。里沙子の無責任!」

 

「はいはいあたしは無責任。で、次は誰?」

 

ピーネの抗議を軽くあしらって次の怪談を求める。

実は今の話含めてまだ3話しかクリアしてない。

もうちょい続けてみんなが飽きたら切り上げよう。

ダイニングを見渡してチャレンジャーを探すと……あら、意外な娘が手を挙げたわ。

 

「……はい」

 

「カシオピイア?あなたが怪談ネタ持ってたなんて驚いたわ。

あ、ごめんなさい。なんかそういうのに興味なさそうだったから」

 

「聞かせてくれよ。この際怪談でなくてもいいから、お前の話が聞きてえな」

 

「企画の趣旨潰さないで。じゃあお願い」

 

「うん」

 

カシオピイアは軽く咳払いして喉の調子を整えると、

やっぱり無表情とほぼ変わらない緊張した面持ちで語り始めた。

 

「要塞に伝わる、怪奇伝説……“人食い銃”の話」

 

「面白そうじゃん。どんな銃なんだ?」

 

「昔、アースから要塞に、1丁の銃が流れ着いたの。変わった形をしてた。

兵士たちが集まって、それを拾い上げた」

 

「それで、どうなったの?」

 

「ある人が一発試射をした。

するとその銃が、突然弾を連射し始めて、周りの兵士を撃ち殺したの。

弾切れになるまで銃は暴れ続けて、たくさんの兵士が死んだ。

それ以来銃は、呪いの人食い銃と呼ばれて、地下の武器庫の奥で、

誰も触れられないように、保管されてる。……ふぅ」

 

カシオピイアが吐息に長く喋った疲れを乗せて、ロウソクを吹き消した。

 

「お疲れ。物騒な銃があったもんだなぁ」

 

う~ん、せっかくこの娘が頑張って怪談を披露してくれたのに心苦しいんだけど。

 

「あの、本当ごめんねカシオピイア。

それはスラムファイアーっていう安物のサブマシンガンとかで起こる暴発現象なの。

呪いでもなんでもない単なる不良品だから、

廃棄処分するよう皇帝陛下にお伝えしといてくれないかしら」

 

「えっ、そうなの……?」

 

「なんだよー、お前こそ話題潰すなよ」

 

「しょうがないじゃない。

いつまでも政策の決定機関に不安の種を残しておくわけにもいかないし」

 

「……明日、連絡しとくね」

 

しょんぼりした様子のカシオピイア。今は思いつかないけど後で何かフォロー入れておこう。

それにしても、この百物語は最初から上手く行ってない気がするわ。

 

「他に誰かいないのー?」

 

「なあ、もうやめようぜ。退屈しのぎで余計退屈になっちまったよ」

 

「そりゃ、あんたの“川のほとりに白い服の女が出る”ってだけのつまんない話じゃね。

どこのどいつだろうとどーでもいいし」

 

「うっせーな!大体怪談だの呪いだの、何話したって怖くなりようがねえだろうが!

こいつらのせいで!」

 

……なるほど。ルーベルが百物語の盛り上がらない原因を指差した。

 

「拙者の顔に何か付いておるか?」

「何よ。話すのはあんた達の役目。私は聞いてあげるだけ」

 

エリカとピーネが他人事のような顔で言うけど、

確かにこいつらがいたんじゃどんな怪談も怪談じゃなくなるわね。

幽霊屋敷の話をしたって“おばけがいました。はいそうですか”で終わりだもん。

妖怪モノにジャンルを変えても、吸血鬼がここに居るんだから語ったところで今更感が漂う。

 

おまけに2人が全然怖くないから更に怪談の価値を引き下げてる。

エリカは多少強くなったとは言え、いつも寝てばかり。ピーネも今の所単なる生意気盛りの子供。

隣にいる本物がこの体たらくじゃ、

創作伝聞見間違いだらけの怪談で怖がれなくなるのは無理もない。

 

「あんたらが情けないから百物語がつまんないって話をしてんのよ」

 

「なんですって!飲んだくれダメ人間の里沙子に言われたくないわよ!」

 

「聞き捨てならぬ暴言!拙者のどこが情けないというのか!」

 

「ピーネ。だいぶ昔の話になるけど、以前あたしと戦った時に見せた力はいつ頃取り戻せそう?」

 

「それは……まだ絶対割れないシャボン玉の研究が途中だから」

 

「その様子じゃ宇宙戦艦ヤマトが完成するほうが先ね。あとエリカ」

 

「な、なんじゃ!」

 

「ちょっと前にも言ったけどこの世の悪を滅する大義はどこ行ったわけ?

昼間っから寝てばかりで怠けっぷりじゃあたしといい勝負」

 

「だって~……里沙子殿が悪党討伐に連れ出してくれぬから……

拙者とてそれなりの死線はくぐっておるから、機会さえあれば」

 

エリカが人差し指同士を押し付けながらもじもじと言い訳を始める。

ならば逃げ道を断ってあげましょう。

 

「一旦中座させてもらうわよ」

 

「どこ行くんですか~?」

 

「いいからいいから」

 

あたしは私室に戻るとエリカの位牌を掴み、ダイニングに舞い戻った。

 

「待たせたわね」

 

「あー!拙者の大事な位牌を持ち出して!何をする気じゃ!」

 

「いいからいいから。……オンキリキリバッタソワカ。はい完了」

 

二本指で位牌の表面に適当な梵字を書き適当な呪文を唱えると、

この世界のシステムが変更され物語の進行に寄与しない無駄な設定が消えた。

準備が整ったから位牌をピーネに押し付ける。

 

「ほれピーネ、これ持って」

 

「何よこれ」

 

「エリカの位牌」

 

「そうじゃなくて!なんでコレを渡したのか聞いてるの!」

 

「こりゃー!拙者の寝床を勝手に貸し借りするでない!」

 

「それ持ってたらあたしじゃなくてもエリカを外に連れ出せる。

あんたら、明日誰でもいいから賞金首を倒してきなさい。

そうすりゃちっとは悪魔や幽霊としても箔が付くでしょう。

一緒に怪談を語ってもきちんと怖がれるようになるわ。きっと、多分」

 

「冗談じゃないわ!なんで私がそんなこと!」

 

「……いや、ピーネ殿。お頼み申す。ついに拙者にも戦いの狼煙を上げるときが来たようじゃ」

 

予想通り嫌がるピーネだけど、エリカが食いついてきた。

チャンスさえあればやる娘だと信じてたわ。1ミリくらい。

 

「そーそー、その意気」

 

「はぁ!?あんた里沙子に乗せられてるってことわかんないの?私は嫌よ!」

 

「断るんなら残り96話責任持って語ってもらうわよ」

 

「私に何の責任があるってのよ!絶対にイヤ!」

 

「あんたらがポンコツであるが故に百物語が成立しない」

 

「失礼な女ね!私のどこが……」

 

「ピーネさん、ひとつよろしくて?」

 

終わりの見えない言い争いに幕を下ろしてくれたのは、パルフェム。この娘は本当頼りになる。

扇子で口元を隠しながらピーネにちらりと視線を送る。

 

「何よ。里沙子を黙らせるのに忙しいんだから邪魔しないで」

 

「伺いますが、最近ピーネさんにこれと言った出番はありましたか?」

 

「えっ……?」

 

「前回のように最後の方でちょろっと出るのではなく、

丸々1話あなたをテーマにした話はあったのかと聞いているのですが」

 

「そりゃあ、ないけど」

 

「ピーネさん。あなたこのままでは、ただの村人Aになってしまいますわよ」

 

「村人Aですって!?」

 

「あなたがこの教会にいらした当時は出番も多く、

ピーネさん主体のエピソードも結構ありましたが、最近では時々会話に交ざるくらい。

この辺りで存在をアピールしておかないと、読者に忘れ去られてしまうと思いますの。

ただでさえ更新頻度、即ち出番の絶対数が減っているのですから」

 

「ええっ…そんなの、いや……」

 

急におろおろとしだすピーネ。いいわよパルフェム、もっとやれ。

 

「ピーネさんほどの恐ろしい吸血鬼が賞金首なんかに後れを取るわけありませんよね?」

 

「あ、当たり前じゃない!」

 

「ピーネ殿。恐れることはござらん。拙者が助太刀致す。大船に乗った気でいるが良い」

 

「誰も怖がってなんか!……いいわよ、やるわよ。やればいいんでしょ!」

 

「よーし決まりね!みんな明日はピーネとエリカの出陣式よ。拍手拍手~パチパチ!」

 

無理矢理テンションを上げて2人に拍手を送ると、

皆も追随して何か腑に落ちないような顔で拍手を始める。

 

「まあ…無理はすんなよな。別に百物語なんかしなくたって死ぬわけじゃねえんだし」

 

「戦い傷つくことがあればすぐに戻ってくださいね。わたしが回復して差しあげますから」

 

「がんばって」

 

「あの、わたくしは何もできませんが、せめておいしいお弁当作りますね?」

 

「エリカさんとピーネさんの武勇伝が楽しみですわ~」

 

「わかった……よーし、やってやろうじゃない!エリカ、ふたりで一番強い賞金首を倒すわよ!

百物語で里沙子を死ぬほどビビらせてやるんだから!」

 

「うむ。久々に百人殺狂乱首斬丸の出番じゃ!腕が鳴るわい!」

 

やんややんやと盛り上がる中、あたしはひとりほくそ笑む。

計画通り。この二人は扱いが容易いわ。

こっそり黒い笑みを浮かべていると、誰かが軽く袖を引っ張る。エレオノーラだった。

 

「里沙子さん。ついノリで賛同してしまいましたが、本当に大丈夫なのでしょうか。

ピーネさんは吸血鬼としてはまだ子供で……」

 

「人間としてもまだ子供だから心配ないわ。ハッピーマイルズに大した賞金首なんかいないって。

いたとしても自分達で手に負えそうなやつ適当に選ぶでしょ」

 

「だといいのですが。あと、先程唱えていた呪文は新しい魔法ですか?」

 

「ああ、そんなんじゃないわ。お話を進めるために邪魔な設定を取っ払うただの儀式。

冒頭の怪談でも話したけど、このくらいの禁じ手を使わないと物語が作れないくらい

脳の働きが鈍ってるのよ」

 

「無理をせずにバランスの良い食事と適度な運動で地道に体重を落とすべきだと思うのですが」

 

「さっさと面倒な通院生活終わらせたいみたいよ。

1日リンゴ1個で23kg痩せた俳優が実在するんだからなんとかなるんじゃない?」

 

「肥満とは因果な病ですね……」

 

暗いダイニングとは対照的に雰囲気が明るくなった。

確かにピーネのまとまった出番は久しぶりね。

どうなることかわからないけど、あたしもちょっと楽しみになってきた。

 

 

 

 

 

いよいよ旅立ちの時ね!教会の前でみんなが私達を見送る。準備はオーケー。

里沙子に借りたショルダーバッグにはエリカの位牌と愛用の魔導書、

ジョゼットが作ったお弁当が入ってる。

 

「行ってくるわ。大物を仕留めて来るから、期待してなさいよ!」

 

「お弁当を食べるときには、ちゃんとおしぼりで手を拭いてくださいね~」

 

「わかってるわよ!子供扱いしないで!」

 

「昨日も言いましたが、怪我をしたらすぐに戻ってきてくださいね」

 

「ふん、私がそんなヘマをするとでも?余計な心配だわ」

 

「ピーネさんが勝利を収めたら、お祝いとして喫茶店でパフェをご馳走しますわ」

 

「ウインナーコーヒーもつけなさい」

 

「はいはい。いくらでもお召し上がりになって」

 

「ほらピーネ。大事なもの忘れてる」

 

最後に、私達が旅に出る原因になった奴が前に出てきて何かを差し出してきた。

小袋に入った何かと、多分どっかから拾ってきた木の枝。

 

「気をつけて行ってらっしゃい。これ、旅立ちの用意ね。

これから数話はあんた達が主役なんだからアゲリシャスな展開頼むわよ」

 

「誰のせいで行く羽目になったと思ってんのよトンチキ女。で、これ何?」

 

「ドラクエでも旅の始まりには王様からもらうものでしょう。軍資金とひのきのぼう」

 

とりあえず受け取った小袋を開けてみると500Gが入ってる。

お金はいくらあっても困らないからもらってあげたけど、木の枝は目の前でへし折ってやった。

 

「あ、何するのよ!ショボくても武器は武器なのに!」

 

「馬鹿にしないで!爪で引っ掻いたほうがまだマシよ!」

 

「物を大切にしない子は天国に行けないわよ」

 

「悪魔が天国行きなんて死んでも御免だから!あんたも脳に栄養足りてないんじゃない!?」

 

私の悪魔としての再スタートが里沙子のせいで幸先悪いわ。

思いっきり悪意を込めて親指を下に向けてやった。

 

「まあ!どこでそんな悪いこと覚えてきたの?お姉さんそんな悪い子に育てた覚えない」

 

「あんたがしょっちゅうやってることでしょうが!里沙子にまともな子育ては無理ってことよ!

育てられた覚えもない!」

 

「ピーネ殿~そろそろ出発するでござるよ。拙者、先程から武者震いが止まらぬ」

 

「文句なら里沙子に言ってよね!じゃあ、みんなバイバイ!」

 

まだ教会から一歩も動いてないのに無駄に叫んで疲れちゃった。

半ばやけくそ気味に別れを言うと、イライラを振り捨てるように緩い坂を駆け下りる。

とりあえずハッピーマイルズの街に行って賞金首の情報を集めなきゃ。街道に出て東に進む。

歩きながら旅の相棒、エリカと今後の作戦を立てる。

 

「まずは街に行くでござる。駐在所に賞金首の手配書が貼られているはずでござるよ」

 

「とにかく一番強いやつをやっつけるのよ!

里沙子には私の恐ろしさを1から教育する必要があるわ!」

 

「無理は禁物でござるよ。

駆け出し賞金稼ぎの目安としては1000G辺りの獲物が相場と聞いたことがあるのじゃ」

 

「だーめ!そんなしみったれた額じゃ誰も納得しない。最低10000G以上を狙うわよ!」

 

「まぁ…ここで皮算用をしても始まらぬ。誰を討ち取るかは手配書を見て改めて考えようぞ」

 

「まったく弱気なんだから。今から怖気づいてるようじゃ大物になれないわよ」

 

「勇気と蛮勇は違うと先人の教えが……」

 

「待ちなそこのチビ助!」

 

私達が綿密な作戦会議をしていると、唐突に邪魔が入った。汚い格好をした追い剥ぎが3人。

使い古したロングソードを構えて通せんぼしてる。

 

「お嬢さん、ここを通りたかったらお小遣い置いていきな!」

「でへへ。あ、あの娘カワイイなあ。悪魔っ娘マジ萌え~」

「ふん、里沙子の教会に住んでる酔狂だろう。あいつ自体は大したことない」

 

頭ったま来た!誰が大したことないですって!?

 

「ちょっと。あんた達この私を誰だと思ってるわけ?

ピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワールの恐ろしさを知らないなんて

無教養にも程があるわ!」

 

「あの、拙者は……」

 

「うひひ、この生意気そうなところもそそりますなぁ!」

 

うう、真ん中の変態が気持ち悪い。まあいいわ。これが私の初陣。

ショルダーバッグから魔導書を取り出して何度も読んだページを開く。

 

「覚悟なさい、愚かな人間共よ。

悪魔族でも上位に位置する吸血鬼に歯向かった報い、その身で……」

 

「待つでござるよ、ピーネ殿!」

 

エリカがあたしの肩を掴んで開戦を中断。なんなのよ、もう。

 

「何、今いいところなんだから邪魔しないでよ」

 

「拙者の名乗りがまだでござる」

 

「別にいいじゃん、こんな雑魚相手に」

 

「いかぬ、いかぬ!剣の極意は礼に始まり礼に終わる。

それに、悪党を成敗して名を上げたいのは拙者も同じでござる」

 

「……はあ、さっさとしてよね」

 

ごちゃごちゃ口論するより好きにさせたほうが早そう。

エリカが前に出てなんとか首斬丸とやらを掲げて追い剥ぎ達に宣言する。

早いとこ街に行きたいんだけど。

 

「やーやー我こそは不知火家の名を継ぎしラストサムライ、シラヌイ・エリカである!

いたいけな少女を喰い物にする外道共、いざ尋常に勝負!」

 

……うん、私でもわかる。痛いほどの沈黙。

しばらく時間が止まった後、追い剥ぎ達が腹を抱えて大笑いを始めた。

 

「あははは、風船が喋ってるぞ!」

「ぼく的にはあれはナシかなぁ。何キャラ目指してるのかわかんない」

「これじゃあ刀と幽霊のどっちが本体なのかわからんな、ハハッ!」

 

あー、エリカが刀を持ったままプルプル震えてる。真っ青な顔を真っ赤にして今にも泣きそう。

 

「ドンマイ。泣くんじゃないわよ」

 

「な、泣いてなど、泣いてなどおらん!!うわああーーん!」

 

エリカは絶叫すると刀を構えて追い剥ぎ達に突撃。

その目から光るものが散って少し綺麗だった。虹がかかるといいな。

あ、肝心なときにどうでもいいこと考えちゃうことがよくあるって里沙子が言ってたけど

こういうことなのかしら。あいつの気持ちがちょっとでも分かった自分が嫌。

 

──無刀圧潰術、飛燕爆撃打!!

 

哀しみを込めた叫びを上げると、

刃を収めたまま首斬丸の鞘で突き、薙ぎ払い、兜割りをお見舞い。

刀を鈍器にした連撃を浴び、追い剥ぎ達が一撃で地に転がる。

 

「げえっ!」「きゃぶっ!」「がはっ!」

 

あら、結構やるじゃない。本命との戦いでも期待できそうね。

勝ったものの心に傷を負ったエリカは伸びてる追い剥ぎを前にただ息を切らしてる。

ここはリーダーとして励ましてあげなきゃね。

 

「よくやったわ。あんた意外と強いのね」

 

「拙者は、風船なんかじゃない……」

 

「わかってるわよ。役立たずなら連れてこなかった。私は鑑識眼も確かなのよ。

ほら、気を取り直して街に行きましょう」

 

「……うむ」

 

また歩き出す私達。しばらくエリカは無口だったけど、

ハッピーマイルズの街に着く頃にはなんとか元気を取り戻していた。

 

「ええと、駐在所は市場の向こう側にある広場だったわね。前に来たことがある」

 

「左様!いつか拙者と死神が死闘を繰り広げた激戦の地である!」

 

何のことかわからなかったけど興味がなかったから聞かなかった。

人混みをかき分け、広場に出る。いつも里沙子が酒を飲んでる酒場の隣にあるオンボロ小屋。

スライド式ドアの奥で保安官が居眠りをしてる。

 

「ここね!」

 

そしてようやく辿り着いた。指名手配の掲示板にはいろんな悪人面が軒を連ねてる。

さぁて、私達の餌食になるのはどいつかしら。

 

「まずはターゲットを決めなきゃ」

 

「承知!首斬丸に秘められし亡霊達も悪を討たせよと訴えておる」

 

今日はここまで。期待してて、お楽しみはこれから。ここから私達の冒険が、始まるのよ!

 

 



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賞金首の作り方はメタルマックスを意識してるらしいわ。

あーもう!楽しくない。全っ然楽しくないわ!

いろんなところを冒険して、極悪賞金首をパパっとやっつけて、

人間たちが私の活躍ぶりを褒め称える。

そして私の恐ろしさを思い知った里沙子は泣きながら一人部屋を明け渡す。

……という完璧なプランがパーよ!結局なんにもできないままお昼になっちゃった。

広場のベンチに座ってジョゼットが作ったお弁当を食べてるの。

 

こうなったのも全部里沙子のせいよ。自分の話がつまらないのを私のせいにして!

なんで私が百物語なんておままごとに付き合わなきゃいけないんだか。

あ、違うわね。原因はもうひとりいる。

サンドイッチを一口かじり里沙子にもらったお小遣いで買った牛乳を飲みながら

隣でフワフワ浮いてる奴を見た。

 

「……何でござるか?昼食を取ったら帰るでござる。

まさか里沙子殿も本気でピーネ殿に賞金首を倒させようとは思っておらんじゃろう。

いつもの気まぐれじゃ。乗せられた拙者にも責任はあるが」

 

「ふざけないで!あいつの性格知らないの!?

このままおめおめと帰ったらここぞとばかりに馬鹿にしてくるに決まってるでしょ!

大体何の収穫もないままお昼になっちゃったのはあんたのせいなんだからね!」

 

「あれはピーネ殿を思っての助言じゃ。

そなたが無い物ねだりばかりしておるから時間を食ってしまっただけの話」

 

「無くない!あるの!私に倒されるにふさわしい賞金首が絶対!」

 

「どう言えば納得するのやら。誰か助けてほしいでござる」

 

そう、エリカ。

困ったような顔をしてるけど、私達が駐在所で足踏みする羽目になった原因はこいつ。

せっかく上がったテンションが下がりきって全然アゲリシャスじゃない。

そもそもアゲリシャスって何!?

 

前回は賞金首の手配書が貼られている掲示板に来たところで一時中断したわね。

悪党連中の似顔絵を眺めていると胸がわくわくした。どれも高い賞金が設定されてるの。

別にお金が欲しいわけじゃないけど、金額イコール強さ。

強い奴を倒せばみんなが私に惚れ直すってものよ。

だから私が丁度いいターゲットを決めようとしたのにこいつがうるさいのなんの。

ちょっと聞いてよ、信じらんないから。

 

 

 

駐在所の前で私は堂々と仁王立ちして制裁を下すべき賞金首を選んでたの。

 

『さあ!私の獲物はどこ?』

 

『ふむ。さっきも言ったでござるが、1000G辺りのものが手頃であろう』

 

『だーめ。弱っちいのじゃ日雇い仕事と変わらないじゃない。1万超えは絶対条件よ』

 

『急がば回れとも言うでござる。ピーネ殿はまだ実戦経験はないのでござろう。

まずは一番弱い者と当たってみて戦いの感触を掴むのも手じゃ』

 

正直ちょっと痛いところを突かれた。本気で戦ったのって、かなり昔に

黒い魔女から魔法を掛けられて里沙子に襲いかかった時だけなのよね。

実際賞金稼ぎってどうやるのかしら。

 

『そ、そうね。別に一人しか倒しちゃいけないなんて言われてないんだし?

この際ここに貼ってあるやつ全滅させちゃうってのもありかもね~』

 

『なしでござる。今のピーネ殿の実力に見合った相手を拙者が選んでしんぜよう』

 

『何言ってるの!待ちなさい、勝手に……』

 

『ほうほう。これなどどうじゃろう!』

 

エリカが私の話も聞かず勝手に賞金首を選び始めた。で、一通り眺めて指差したのは……

 

○屍鬼 ゾンビウォリアー 800G

殉職した騎兵隊の死体が蓄積したマナの力で暴れ出すようになった。郊外の墓場で目撃。

手強い相手ではないが銃を所持しているため油断は禁物。

 

呆れた。なにこれ。さっそくエリカに文句をぶつける。

 

『とんだ雑魚じゃないの!

それに金額800G?今朝もらった小遣いと大して変わらないでしょう!』

 

『お金を稼ぐということはそれだけ大変ということでござる。

社会勉強のつもりで墓場に出かけようぞ』

 

『嫌よ。自分の相手は自分で選ぶ。そうねえ……

うん、こいつなら相手をしてやってもいいわ』

 

金額も実績も申し分ない獲物を見つけた私はその手配書をパシンと叩いた。

 

○幻視 ミスター&ミス・ドッペル 19,500G

何もかもが謎。男だったという者もいれば女だったという者もいる。

複数人なのか単独犯なのか、そもそも人間か魔物かも不明。

ただ共通している点は、出会った者に完璧に化け襲いかかってくるということ。

多人数で討伐に行く際はフレンドリーファイアに注意。領地西端の古城に出没。

 

『いかぬ、いかぬ!ピーネ殿には早すぎる相手じゃ。

何人もの手練れが返り討ちに遭っているようじゃし、何より情報が足りておらぬ。

正体すら分からぬ相手と命のやり取りをするなど以ての外』

 

『うるさいわねえ。だったらどいつがいいってのよ。さっきの800G以外で』

 

『金額が不満ならこやつで手を打つでござる。

もし敵わぬ相手であっても拙者が足止めすれば安全に逃げることはできよう』

 

『今から逃げること考えてちゃ世話ないわ。で?どんなやつよ』

 

エリカが見つけた候補の似顔絵を見た時の私は、きっと変な顔をしてたと思う。

 

○乱暴者 マッスルブライヤン 4,980G

フライパンを素手でクレープのように丸める怪力を持つマッチョマン。

新製品の黄色いフライパンをへこますことすらできなかった逆恨みから悪の道に転ぶ。

殴られると普通に死ぬので舐めてかからないように。時々北部の荒れ地で筋トレをしている。

 

なにこれ。今日2回目のなにこれ。筋肉隆々だけど単なるスキンヘッドのおっさん。

 

『ふざけてるの?私は、真面目に賞金稼ぎをやりたいの!

こんなの、フライパンの製造会社が新製品の宣伝に送り込んだ当て馬に決まってる!』

 

『拙者も至って真面目でござる。

よろしいかピーネ殿。賞金首の金額にはそれ相応の意味があるでござる。

この5千に近い微妙な金額も、決して安くはござらん。

つまり不用意に挑めば命を落とすということ。

今回はこやつの様子を見て大人しく家に帰るでござる。それがよい』

 

『嫌ったら嫌!あんたこそこいつで手を打ちなさいよ!ドッペルなんとかよりはマシでしょ?』

 

『しかしもう拙者達だけでどうにかなるような者は……う~む』

 

難しい顔をして腕を組むエリカ。何よ、また文句つける気?

 

○破戒僧 フェイクバイブラー 15,000G

大聖堂教会から破門された牧師が賞金首に身を落とした存在。

通りがかった者を強引に呼び止め、独り善がりな聖書の解釈を無理やり聞かせた挙げ句、

高額な献金を迫る。断ると思想教育と称しモーニングスターで殴りかかってくる異常者。

モンブール領へ続く街道で旅行者を待ち構えている。

 

『“妥協”を覚えたことを成長とみなすべきか向こう見ずをたしなめるべきか迷うのじゃ』

 

『なんなのよあんたさっきから!私の意見にケチばっかりつけて!

もういい、エリカなんか知らない!

こいつを沈めてピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワールの名を世界中に知らしめる!』

 

『はぁ、今度はどいつでござるか?』

 

○聖域空母 イル・レインカルナシオン 200,000,000G

国際手配中。時空を超えて放浪する巨大な艦船型モンスター。

甲板に無数の天使と悪魔が乗艦し何かを監視しているようだ。

彼らが呉越同舟する理由は不明だが、人間を見つけ次第総員が一斉に羽ばたき、

情け容赦なく抹殺することから目的は同じと見られている。

ミドルファンタジアに現れること自体稀だが、

運悪く遭遇した場合は死を覚悟するしかないだろう、と唯一の生存者は語る。

諸元:全長約320m、速力約28ノット

 

『気は確かでござるか!?数字をよく見るでござる!

こやつは既に人間だのモンスターだのと言った概念を超越した、ある種の神に近い存在じゃ!

こんなものとまともにやりあっては命がいくつあっても足りぬ!』

 

『うるさいうるさいうるさーい!どんな手を使っても絶対にこいつを倒すのー!

名誉は今、私が欲しい物ランキング第1位なのよ!』

 

『里沙子殿のようなことを言い出したらお終いでござる!』

 

その時、ガラガラと駐在所のドアが開いて中から保安官が出てきた。

 

『こらー!駐在所の前で騒いではならん!安眠妨害罪で逮捕するぞ!』

 

『ごめんなさい』『誠に申し訳無い』

 

 

 

まぁ…多少頭に血が上ってたのは認めるわよ。でも否定ばっかりのエリカだって悪い。

どうしよう。このまま何もしないで帰るしかないのかなぁ。

私はサンドイッチの最後の一切れを口にしようとした。

 

すん……

 

はたと昼食を運ぶ手が止まる。どこからか嗅ぎ慣れた臭いが漂ってくる。

エリカも不吉な気配を感じ取ったようで静かに刀の柄を握る。

 

「あんたも気づいた?」

 

「うむ。これは只事ではござらん」

 

すると、また駐在所のドアが開いて保安官が何かを掲示板に貼り付けた。

 

「ええ~こいつは、と。まぁ、この辺でいいだろう。

一仕事終えたらまた眠くなってきた。少し休むとしよう」

 

保安官が戻った後、私達は掲示板の前に戻って彼が貼って行った新しい手配書を見た。

 

○殺人ピエロ ヤミィケーク 11,100G

帝都に端を発した連続殺人事件の犯人。緊急手配中。ピエロの姿をした殺人鬼。

被害者は数十名に及ぶ。詳細は不明ながら遺体の痕跡から多様な凶器を所持している模様。

犠牲者のそばには必ず「I’m Yummy-Cake!」と書かれた名刺が残されている。

ハッピーマイルズ領に逃亡した時点で目撃情報が途絶えた。

 

「……これは単なる勘なんだけどさ」

 

「いや、きっと勘ではござらん。拙者もピーネ殿も、感じているものは同じ。

こやつがハッピーマイルズに逃げ込んだことと無関係ではなかろう」

 

「決まりね」

 

「実のところ気は進まぬが、賞金額を見てもこれ以上適当な相手は見つからぬであろう。

ピーネ殿、約束してほしいでござる。深追いはせぬ。身の危険を感じたらすぐに逃げる」

 

「わかったわ。じゃあ賞金稼ぎピーネ、本格始動ね!」

 

ようやく倒すべき相手が決まると、落ち込み気味だった気分が高ぶってやる気が出てきた。

私はさっきから吸血鬼としての本能に訴えてくる臭い、

つまり血の臭いを嗅ぎ分けて移動を始める。

 

大体の方向は東。まずは市場を通って広場から出る。

役所前に逆戻りしたところで立ち止まり、慎重に不気味な臭いが漂ってくる方角を見極める。

これは……北の方向ね。

形のない臭いの痕跡を見失わないよう、ゆっくりと大通りを進んでいくと、

この前里沙子が入院してた病院が近づいてきた。ふん、銃ばっかり集めてるから大怪我するのよ。

今それはいいとして、しばらく歩いて交差点に差し掛かる。

 

「エリカも感じる?」

 

「無論。徐々に気配が近づいておる」

 

血の臭いが強いのは東の方。ただの血じゃない。恐怖、苦痛、絶望。

そういう不気味な負の思念が乗せられた、何人もの血が混じる故意による出血。要するに、殺人。

ごくりと自然につばを飲んでいた。私達は交差点を右折すると、再び真っ直ぐ道を進む。

この先は確か会社の建物が集まってる区域だったと思う。図書館で地図を見たことがある。

 

「本当にピエロがこんなお堅いところにいるのかしらねぇ」

 

「間違いなかろう。刺すような気配が拙者の肌でも感じられる」

 

軽口を叩いてみるけど、この道の向こうから迫ってくる

色のない悪意のようなものに早くも気圧されていた。

でも、ここまで来て引き返すわけには行かないし、

賞金首の正体を見てみたいという好奇心も捨てきれなかった私はひたすら歩き続けた。

 

やがて、幅の広い道路の両脇に高い建物がずらりと並ぶ地区にたどり着くと、

悪魔の目にはハッキリと見えるほど深い紫の淀みが

私達を導くかのように裏通りに続いているのが感じ取れた。

私もエリカも、もう黙ってただ淀みを辿る。

 

徒歩で3分もかからなかった。奥まった場所に建つ5階建ての廃ビルには

“貸しビル・テナント募集中”の看板が掛けられていたけど、もう何十年も人が入ってない様子。

壁は塗装が剥げてひび割れだらけ。

ほとんどの窓はガラスが割られていて、木の板を打ち付けて雑に塞がれていた。

一応玄関に回ってみたけど当然シャッターが閉まっていて中に入れない。

 

だけど私にはわかる。この建物全体を紫の悪意が取り巻いてる。

ここに賞金首がいるのは間違いない。どうにかして入らなきゃ。

私は精神を研ぎ澄まして改めて建物を観察。

すると、淀みが細い線のような形になって漏れ出しているのが見え、

それを追いかけていくと、ゴミ捨てコンテナや廃材が捨て置かれた建物の裏手に出た。

 

裏口のドアの隙間からガスのように紫の淀みが吹き出している。きちんと閉まっていない様子。

ペンキが劣化して錆びきった通用口と思われるドア。思い切ってドアノブに手をかけてみる。

回った。

管理者が鍵を掛け忘れたのか、鍵が壊れているのかわからないけど、とにかくこれで中に入れる。

 

「準備はいい?開けるわよ」

 

「承知!」

 

ドアノブを引くと、昼間なのに暗い廊下が視界に広がった。恐る恐る足を踏み入れる。

内部はホコリだらけで空気が悪すぎるわ。

時々むせながら注意深く辺りを観察しつつ廃ビルを探索する。

各部屋の扉は取り外されていて、窓の隙間から射し込む光もあって、

入ってしまえば意外にも視界は確保されていた。

 

元々建設会社の事務所だったようで、

放置された事務用椅子には“安心安全のバラック建設”という古ぼけたシールが貼られたまま。

それ以外の備品はほぼ全て撤去されていて、賞金首が隠れるような場所はない。

 

「ここじゃないみたい。上に行きましょう」

 

「うむ。油断せずに進もうぞ」

 

2階に上がると、また賞金首のものらしい気配が濃くなった。

ここも念入りに調べてみたけど、見つかったものと言えば、

他階層への連絡に使うラッパのような真鍮製の通話口、色あせて読めなくなった書類、

割れて落ちた天井の石材、それくらい。諦めて3階へ進む。

 

その後、3階から5階まで探してみたけど、1階と様子は大して変わらなかった。

ただ違うのは階段を上る度にヤツの距離が近くなることだけ。

正確な位置はわからないけど、私達にはその存在を感じ取ることができる。

 

「さーて、いるとしたらあとは屋上しかないわね」

 

「くどいようじゃが、くれぐれも油断せぬよう。怪我をせぬうちに撤退。頼んだでござる」

 

「わかってるって。行くわよ。……あら」

 

私は、屋上へ続く脆いコンクリート製の階段を上ろうとした。

すると、足元に何かが落ちているのを見つけて立ち止まる。白い小さな紙片が3枚くらい。

紙質はスベスベしていて新しい。拾ってみると「I’m Yummy-Cake!」とだけ書かれていた。

 

「”ぼくはヤミィケークだよ”か……」

 

「もう間違いないでござる」

 

名刺を捨てて改めて一歩一歩段差を踏みしめ、とうとう屋上へ出る扉がある踊り場に出た。

いるわね。ドアの向こうに賞金首。殺人鬼との対面を前にして鼓動が速くなる。

決意を固めてドアノブを握ると、奇妙な歌声が聞こえてきた。

 

幸せなら 手をたたこう

幸せなら 手をたたこう

幸せなら 態度でしめそうよ

ほら みんなで 手をたたこう

 

甲高い男の声。

覚悟を決めてドアを開くと、そこには手配書で見た賞金首が歌いながらダンスをしていた。

真っ赤なアフロにピエロの化粧。ヒダがたくさん付いて黄色を基調としたカラフルな衣装を着て、

つま先が膨らんだクラウンシューズを履いたこいつは紛れもなく──

 

「そこまでよ、ヤミィケーク!!」

 

勇気を出して屋上に飛び出すと、ピエロが歌とダンスを止めて振り向いた。

そしておしろいで真っ白に塗った顔にダイヤの形の目を描き、

口角の高い分厚い唇をメイクした顔でニッコリと笑いかけてきた。

 

「こんにちは、お嬢さんたち!そう、ぼくが幸せを届ける子どもの味方、ヤミィケークさ!」

 

こいつが、数十人を殺した賞金首。紫の思念と血の臭いは奴から放たれている。

震えそうになる膝にしっかり力を込めて私は叫んだ。

 

「何が子供の味方よ!ただの人殺しが誰を助けたっていうの!?」

 

「そうでござる!お尋ね者に正義などない!大人しくお縄につくがよい!」

 

すると奴はがっかりした様子で大げさに肩を落とし、悲しそうな表情を作った。

 

「オォーウ……やっぱり初対面の人にはわかってもらえないんだね。

ぼくが創りたい子どもだけのワンダーランドを。

軍人さんたちはぼくを人殺しだ悪党だって決めつけてるけど、

ぼくはただ子ども達を悪い大人から守ってるだけなんだ」

 

「守る、ですって?」

 

「そうさ。この世界には子ども達を傷つけて面白がったりお金儲けをしたりする

悪いやつらがたくさんいる。

ワンダーランドを創るためにはそんな大人たちをやっつけて

ここを平和な国にする必要があるんだ」

 

「愚かなことを!お主がしていることは単なる私刑じゃ!

無理が通れば道理が引っ込む。法を通さぬ暴力行為は薄汚れた自己満足と知れ!」

 

珍しくエリカが怒鳴ると、ヤミィケークが両手を挙げてまた大げさに驚いたように演じて見せた。

 

「うわわわ!大きな声で怒らないでよ、怖いじゃないか。

だったら見ておくれ。ぼくがこれからヤミィ・マジックで悪い大人を倒してみせるからさ!」

 

「悪い大人って誰のことよ?」

 

「あっちを見てごらん」

 

ヤミィケークが指差した方向には広い道路を挟んで斜め向かい側にあるビル。

高さはこの建物と同じくらい。

最上階が一面ガラス張りで、中で上等なスーツを着たおじさんがゴルフの練習をしてる。

 

「あれがどうしたってのよ」

 

「あの人が経営してる会社では危ない銃をいっぱい作ってるんだ。

彼の銃のせいでお父さんやお母さんを亡くした子どもがたくさんいる。

そんな悲しいことは二度とあっちゃならない。社長を倒して会社を止めなくっちゃ」

 

「バカなんじゃないの?私にだってわかるわよ。

社長を暗殺したところで会社がなくなるわけじゃないし、銃が人を殺すわけじゃない。

気が狂った人殺しがいるから殺人が起こるの。あんたみたいなね!」

 

今度は私が歪んだ正義を否定してやると、奴がめそめそと泣くジェスチャーをした。

 

「えーん、ひどいよー。だからって諦めちゃったら、世界に悪がはびこるじゃないか~。

見てて、ぼくは子ども達のためなら、何だってできるんだ」

 

「社長の暗殺も、でござるか?無理でござる。この辺りの会社は警備も厳重である」

 

「だいじょ~ぶ!ぼくのおもちゃ箱には、不思議な道具がたくさんあるんだ!」

 

次は表情を笑顔に変えて、そばに置いてあった大きな木箱を開けた。

ペンキで虹色に塗られ、スマイルマークや花の絵が描かれた箱をゴソゴソと探り、

何かを見つけると嬉しそうに笑って“それ”を取り出した。

 

「ジャジャーン!ぼくの自慢の“魔法のステッキ”さ!」

 

魔法のステッキとやらを見て一瞬呆然となった。

あれは確か里沙子も持ってた……スナイパーライフル!

ヤミィケークはライフルを構えてスコープを覗く。

人を殺す銃と人を笑顔にするピエロの組み合わせが不気味なアンバランスさを醸し出している。

 

「アッハハハ!このスイッチを押すと、遠くの場所で真っ赤な花が咲くんだ!行っくよー!」

 

奴はケタケタと笑いながら社長に狙いを定める。ダメよ、このままじゃまた犠牲者が!

私はショルダーバッグから魔導書を取り出して、付箋を貼ったページを開き、

早口で詠唱を始めた。

 

「命儚き水の精!願わくば其の命、我らに美として還り給え!バブルエリア!」

 

魔法を唱えると周囲に大量のシャボン玉が湧き上がり、

ヤミィケークというより私達全員の視界を遮った。でも、狙撃を阻止できたならそれでいい。

 

「あらぁ!?」

 

奴が素っ頓狂な声を上げて構えを解いた。同時にエリカも刀を抜く。

 

「エリカ殿、よくやったでござる。不本意ではあるが、逃げるわけにも行かなくなった。

放っておけばこやつにあの男性が殺される。ここで無力化するしかなかろう」

 

「言われなくても!」

 

シャボン玉が止むと、ヤミィケークがまた悲しそうな顔をして立っていた。

 

「……がっかりだよ。君も子どもなのに、どうして悪い大人の味方をするんだい?

もしかして君は悪い子どもなのかい?

だったら、君をワンダーランドに連れて行くわけには行かないよ」

 

「あんたの作った気色悪い世界なんてまっぴらごめんよ!

殺人ピエロ、ヤミィケーク!私に倒される覚悟はいいかしら!?」

 

「ケンカは悪いことなんだよ?悪い子は、おしおきしなきゃダメだって昔パパが言ってたっけ。

だからぼくもそうするよ。残念だけどね」

 

「ピーネ殿、来るでござる!」

 

ヤミィケークが“おもちゃ箱”に手を突っ込んでまた何かを取り出し、

私達も魔導書や刀を構えた。それがいわゆる修羅場の始まりとなるとは考えもしてなかったけど。

 

 



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ハーメルンがなくなった時に備えて、今のうちにSS置き場作っときなさいよ?

朽ちたビルの屋上で戦闘を開始した私達とヤミィケーク。

錆で茶色くなった手すりがぐるりと全員を囲む他はなんにもない。

センスのない闘技場と言えるわね。

いつでも魔法を放てるように魔導書のいくつかのページに指を挟む。

エリカも既に抜刀して攻撃準備を完了してる。

 

「ヤミィ・マジックパート2、ふわふわバルーン!」

 

奴が宣言し、取り出したのは風船の束。色とりどりの風船を持って軽くジャンプすると、

着地することなくぐんぐんと高度を上げ、私達に声が届く程度の高さで滞空した。

 

「見てごらん、ぼくは空だって飛べるんだ!大空を飛ぶ鳥にだってなれるのさ!

どんなに遠くにいたって、良い子のみんなを迎えに行くよ!アッハハハ!」

 

「ずるいわよ!降りてきなさい、私だってまだ飛べないのに!」

 

相変わらずケタケタと笑いながら空中でスキップしているピエロの姿に腹が立つ。

 

「落ち着くでござる。

あれは恐らく風魔法の一種。拙者達も遠距離攻撃魔法で応戦するでござるよ。

……というかピーネ殿、背中の翼では飛べないのでござるか?」

 

「うっさいわね!まだ翼に浮力を与える魔力が育ってないの!

私が詠唱してる間、あんた攻撃してなさい」

 

「承知。ならばあやつの嫌う銃をお見舞いしようぞ。

汝に宿りし業に告ぐ。鉄塊、火筒、号砲、鮮血。偽りの凱歌を今一度!血塗れ怨恨針!」

 

エリカが伸ばした両腕に首斬丸を沿わせるように構えて指先を標的に向けて狙うと、

刀から赤黒い人魂が5つほど現れ鞘の先端部分に集まり、鋭い三角錐に姿を変えた。

 

()っ!」

 

号令で人魂達がヤミィケークへまさに銃弾のような速さで飛んでいく。

思わぬ対空攻撃を食らったそいつが慌てて避けるけど、

なんだかピエロを意識したコミカルな動き。どう言えばいいのか、作ったような慌てよう。

余裕しゃくしゃくっぷりがムカつくわね!

 

「あわわわ、やめてよ~!危ないじゃないか。風船が2つも割れちゃった~」

 

「ちっ、素早い……」

 

結局エリカの魔法はヤミィケーク本体には当たらず、風船をいくつか割るに留まった。

 

「エリカ、もうちょっだけ時間稼いで!あいつに届きそうな魔法探してるから!」

 

「いや、一旦敵の攻撃をやり過ごすのじゃ!あやつが何か取り出したでござる!」

 

言われて空を見上げると、ポケットから紙束のような道具を出したヤミィケークが

嬉しそうにそれを見つめてまた笑う。

 

「本当に残念だけど、悪い子へのおしおきタイムが来ちゃったんだ。

ちょっとだけ痛いけど我慢するんだよ?

ドゥルルル…ジャン!どきどきタロット16番“(タワー)”~!」

 

口でドラムロールを表現しながらカードの束から一枚引き抜いたヤツが、

抜いたカードを見せつけてきた。

遠くてよく見えないけど、なんか雷に打たれた建物みたいなものが描かれてる。

 

同時に、急に空気が冷えて、上空に小さな黒い雲の塊が現れた。

そいつがゴロゴロと音を立てると、嫌な予感がした私は、急いで雲から距離を取る。

と言っても、この狭いエリアで逃げるところなんてあんまりないんだけど!

 

それでも逃げたことは無駄じゃなかった、というより、逃げなきゃ黒焦げになってた。

黒雲が一瞬ピカッと光ると、1秒前まで私が居た足場を稲妻がえぐってたから。

攻撃はまだ終わらない。雲は何度も光っては電撃を繰り返し、

私はエリカを連れてジグザグに走り回りなんとか稲妻から身をかわす。

 

「なんなのよー!風魔法に雷魔法?私だってまだ水属性しか使えないのに!ずるーい!」

 

「言ってる場合ではござらん。拙者の位牌は必ず守ってほしいのじゃ。

教会から離れたこの場所で媒体を失えばこの身がどうなってしまうかわからぬ」

 

「私の心配もしなさいよね!」

 

やがて魔法の雲の魔力が尽きたのか、電撃が止んで雲も消え去った。いい加減腹が立ってきた。

今度こそ私の番よ!まずはあいつを引きずり下ろす!魔導書172ページ、食らいなさい!

 

「我は夢見る地獄谷。今は幼き眠る(うお)。決して起こすな小さな吐息。スティンクボム!」

 

詠唱を終えると、4つの大きなシャボン玉が現れゆっくり空に舞い上がっていく。

ヤミィケークは相変わらずわざとらしい仕草で首をかしげて見つめてるけど、

この後面白いことになるのよ。

奴のそばまで上昇したシャボン玉がパチンと割れると、

中に含まれていた気体が瞬く間に周囲に広がって、その効果を発揮した。

 

「ぎゃわっ!ゴホゴホ!く、臭いー!……あっ」

 

激しく咳き込み、ヤミィケークは思わず風船を手放してしまった。

当然落下し、地面に叩きつけられる。

 

「うがあっ!ああ……!うぅ」

 

「もーよ、わらひのじつりょくは(どうよ、私の実力は)!」

 

鼻をつまみながら奴を指差してやった。私にかかればこれくらい朝飯前よ。

どうエリカ。見直した?

 

「なんでござるかこの臭いは!鼻が曲がりそうでござる!」

 

「強烈な臭いを含んだシャボン玉をぶつけて敵の動きを封じるの。

やるでしょ、私。褒めていいのよ?上級編では猛毒ガスを込められるの」

 

「奴を空から叩き落としたことは立派じゃが、味方の被害も考えてほしいでござる。

……何という臭さじゃ」

 

「本っ当あんたは文句が多いわね!もういい、第2ラウンド始まるわよ」

 

「むっ、そのようでござるな」

 

身体を強くコンクリートの床にぶつけたヤミィケークは、咳をしながらよろよろと立ち上がる。

今度は芝居じゃないみたいね。ざまあみなさい。私達は構えを直し、改めて奴に相対する。

 

「ごほごほ!痛いよ~身体のあちこちがズキズキするー。

……どうしてこんなことをするんだい?

痛いことをされると人はとっても悲しい気持ちになるんだ。

君たちにはそれがわからないのかい?」

 

泣き真似をして戯言を語るけど、

ピエロとしての演技の中にほんの少しだけ芝居でない感情が見えた気がする。

だからって情けをかけるつもりはさらさらないけど。

 

「戯けたことを!

お主が傷つけ手に掛けた者達は、より深い悲しみそして絶望の中で死んで行った!

その命を以って彼らに詫びるがよい!」

 

「違うよ」

 

その時、一言だけだったけど、ヤミィケークが“素”の声で応えた。

でも次の瞬間には殺人ピエロの仮面をかぶり直して続ける。

 

「違う違ぁ~う。苦しみや悲しみをばらまき続けたのは、悪い大人たちなんだよ?

ぼくは彼らをやっつけることで子ども達を助けたんだ。これまでも、これからもネ!」

 

「ならば申してみよ!お主の間違った正義で人が死に、誰が救われたのか!

誰一人としておらぬであろう!」

 

ふぅ~む、と頬に指を当てて考えるふりをしてエリカの問いに答える。

そうよ、奴が何をしたかったなんて知らない。

始めから説得が通じるなんて思っちゃいないから、力ずくでこいつの暴走を止める。

だけど動機だけは明らかにしなきゃ。ヤミィケークが殺戮を始めた、その理由。

 

「例えばー、そうだね。以前こんなニュースが帝国中を騒がせたのを覚えているかい?

児童養護施設が裏で子ども達のマナを吸い取ってエーテルにして売りさばいていた。

マナを奪われた子ども達はどうなったと思う?

まだ3歳くらいだったのに身体だけが高校生みたいに大きくなっちゃったんだ!

無理やり歳を取らされてしまったんだよ!

肉体に無茶をさせちゃったんだから、きっと長生きはできない。

それでもみんなは犯人達を悪くないって言ってた。

外の世界と切り離されてそれが正しいと思い込まされていたからね」

 

「だから奴らを殺したっての?悪人だから裁判官でもないあんたが殺していいとでも?

全然答えになってないわ。確かにあの子達は気の毒だけど、

あんたが甘えた正義感を振りかざしたところで子供達の身体が元に戻るわけじゃない」

 

「でも、心は元に戻ったよ?

これでかわいそうな子ども達は残りの人生を自由な心で生きることができる。

ヤミィケークからのささやかなプレゼントさ」

 

「心、とはどういうことでござるか?」

 

「“先生達は絶対正しい不滅の存在”という妄想を植え付けられていた子ども達は、

奴らがヤミィ・マジックであっさり成敗されたという事実を知ることで

正気を取り戻すことができたんだ!ぼくの魔法に不可能はな~い!」

 

思い出した。里沙子がスリの男の子を送り込んで調査させた事件。

大勢の人間が逮捕されたけど、裁判が長引いてまだ死刑判決が下ってない者も多いって聞いた。

 

「そんなの、待ってればいずれ処刑台行きになって死んでたわよ!別にあんたが……」

 

「待てない待てなーい!子ども達の寿命は残りわずかなんだよ?

犯人の悪あがきに付き合ってたら手遅れになっちゃうよー!」

 

ヤミィケークはジタジタと駄々をこねるように足踏みした。

話の間もずっと柄を握っていたエリカは警戒を解かずに語り終えたピエロに聞く。

 

「申し開きはそれだけでござるか?

今度はお主が成敗されるか、大人しく軍に出頭するか選ぶのじゃ」

 

「チッチッチ。ぼくのお助けピエロとしてのステージはまだまだ終わらない。

これからが本番さ!」

 

また笑顔に戻り指を振りながら宣言するヤミィケーク。第3ラウンドが始まりそう。

私も魔導書の次のページを開く。

 

「どうしてもケンカを続けなきゃダメなのかい?

だったらしょうがないなぁ、ぼくのとっておきの宝物を見せてあげるね!」

 

「あらそう!なら私もこれまでの研究の集大成を見せてあげるわ!」

 

相手も“おもちゃ箱”からまた何かを取り出して戦闘態勢に。

次で決着がつけばいいんだけど……!

 

「ヤミィ・マジック第3弾は~いや、第4弾だったかな?とにかく楽しみにしてて!

次は何かな何かな……ジャン!ぱちぱちポップコーン!」

 

奴が後部から前部に向けてレールのような金属部品が走る奇妙な銃を構えると、

大声で笑いながら撃ちまくってきた。弾丸の雨あられが私達を襲う。

規則正しい火薬の破裂音が大気を貫き、小刻みに射撃をやめて反動を逃がす度、

空に長い銃声がこだまする。

 

「ウハハハハ、た~のしいなぁ!

ぱちぱちポップコーンはね、ぼくのおもちゃの中で一番のお気に入りなんだ!」

 

「まずいでござる!遮蔽物がないここであの兵器は!」

 

「わかってる!今避けるのに忙しいから黙ってて!」

 

走ったり転がったり伏せたり、いろんな体勢を取って

必死に変わった銃から放たれる銃弾から身をかわしつつ使える魔法を探す。

後で里沙子に銃の特徴を伝えたら“スコーピオンね。あたしも欲しい”って言ってた。

そんなに銃ばっかり集めてどうすんのよバカ…って今はそんなことどうでもいい!

まず敵の攻撃をなんとかしなきゃ!

 

「ええと、あれよ!あれは何ページだったっけ!」

 

屋上を駆けずり回りながら魔導書をめくると、一旦銃撃が止む。

 

「魔法を唱えるなら今でござる。銃に弾を込め直しておるぞ!」

 

「ちょうどいいわ、見つかった!

命育む流るる水よ、今こそ変化し我らを災厄から遠ざけんことを!ジェルウォール!」

 

早口で詠唱を終えて左手で宙を横に薙ぐと、地面のあちこちに水たまりができて、

やがてゼリーのような質感を持ってニョキニョキと2m程度の高さに育った。

ちょっと面白い現象にエリカも驚いたみたい。

 

「ピーネ殿、これは?」

 

「壁。以上!」

 

だけど詳しく説明してる余裕がない。

ヤミィケークも気になったみたいで、弾を込めながらちらちら見てる。

お待ちなさいな。あと数秒もすれば何なのかわかるわよ。

弾込めが終わったみたいで、ニコニコと満面の笑みで攻撃を再開した。

 

「おもちゃに元気が戻ったよ!ぼくも頑張っちゃうからね~!」

 

奴が陽気に宣言し引き金を引いて射撃。とっさにゼリーの壁に隠れる。

当たれば死ぬポップコーンの群れが飛んでくるけど……今度はあいつが驚く番よ!

 

「ありゃまぁ!?」

 

銃弾はすべてゼリーの壁にめり込んで受け止められた。

ヤミィケークが演技半分本心半分の驚嘆を顔に貼り付けて攻撃の手を止める。

シャボン玉ばっかりじゃ芸がないから得意な水魔法は色々手を出してるのよ。ふぅ、助かった。

 

「やるでござるな!連発銃の弾を止めるとは」

 

「ふふん、もっと褒めなさい。私が本気を出せばすごいってことよ」

 

「うむ!拙者もピーネ殿がくれたこの好機、侍の誇りにかけて決して無駄にはせぬぞ!」

 

エリカも首斬丸を構え、目を閉じて集中しながら次の剣技に備えて詠唱を始める。

 

「集え同胞、叫べ同士、無念の死より幾星霜、我らが誓い彼岸に届け!暗夜震刻閃!」

 

真っ赤な魔力を帯びた刀が物凄く細かい振動を始め、刀身にエネルギーを蓄え始めた。

次第に振動が発する音が共鳴に共鳴を重ねて大きくなる。それが耳に痛いほど増幅された時、

エリカがカッと目を見開いて何度も刀を振り抜いた。

 

「おおおっ!」

 

目にも留まらぬ速さで首斬丸を振るう度、刃から紅い真空波が飛び出す。

敵の銃弾に負けないくらい多くの剣閃がヤミィケークに襲いかかる。

流石に奴も今度ばかりは対応する方法が見つからないみたいで、心の底から驚愕する。

次の瞬間には無数の剣閃が命中し、ピエロの衣装が切り裂かれみるみる血に染まった。

 

「あがああっ、痛い!痛いー!助けて、誰か助けてー!!」

 

苦痛に絶叫するヤミィケーク。今日、始めて奴の心の底からの声を聞いた気がした。

 

「痛いか。これがお主が殺めた者達の味わった苦痛じゃ。存分に噛みしめるが良い。

だが案ずるな。急所は外しておるし加減もしておる。今すぐ医者に行けば助かるじゃろう」

 

痛みでもがくピエロにエリカが淡々と語りかける。

ふぅん、今まであんまり絡んだことなかったけど、あんたって意外とやるのね。

 

「やるじゃん。あんたの属性って闇魔法?」

 

「いや、それが自分でもよく分からんのじゃ。

強さを求めて死霊達と語らいつつ、剣の修行と併せて己を高めていたら自然と身についておった」

 

「あのね……」

 

ちょっと訂正。やっぱ抜けてるところがあるみたい。

ジタバタしているヤミィケークはまだ痛みで泣き叫んでる。

 

「いたいよー!いたいよー!うわああん、ママ、助けてー!」

 

「あんたさえ良きゃ人を呼んで軍の医者に連れてってあげても構わない。

降参ってことになるけど、それでいいかしら」

 

「いやだ!ぼくは絶対に子ども達のワンダーランドを創らなきゃいけないんだ!

こんなところで負けちゃいけないんだ!

悪い人が誰もいない夢の国で、ぼくのマジックでみんなを楽しませて、

みんなでおいしいケーキを食べるんだ!」

 

「まだ悪あがきするつもり?こっちだって暇じゃ……」

 

ふと違和感に気づいて黙ってしまった。

そう言えば私達は血の臭いをたどってここまで来たわけだけど、

ヤミィケークのそれは今まで嗅いだもののどれとも違う。

きっと色んな欲望が混じった悪臭なんだろうと思ってたけど、違った。

たった一種類のシンプルな臭い。

 

「死にたくなければ観念するのじゃ。我らとて殺生は好まぬ」

 

「はぁ…はぁ…ぼくは、ぼくの、夢はあきらめない」

 

「往生際の悪い。こうなれば峰打ちで……」

 

「エリカ!?だめ、奴を止めて!」

 

「なっ!」

 

敵に深手を負わせて安心しきっていた時、

ヤミィケークが最後の力を振り絞っておもちゃ箱に走り寄った。止める間もなかった。

奴は中身を漁ると、両腕いっぱいに布で栓をした瓶を抱えた。瓶には何か液体が入っている。

 

「いくよ…?ヤミィ・マジックパート5、めらめらファイヤー……」

 

すると栓の布に火が灯り、満足げに血だらけの顔で笑ったヤミィケークが全部の瓶を放り投げた。

落下した瓶が激しい音を立てて割れる。

そして中に注がれていた燃料か何かに引火して燃え上がり、あっという間に屋上を火の海にした。

 

「いかぬ!このままでは我々も奴共々火だるまじゃ!」

 

「待ってて!火を消せる水魔法がないか探してみる!」

 

「アハハ、ハハハ!アッハハハ……」

 

激しい炎の中、手負いのピエロが狂ったように笑う。始めから狂っていたんだろうけど。

とにかく私は熱風と焦りに邪魔されながらも

何か消火に役立ちそうな魔法がないか魔導書を手繰る。

 

「これなら行けるかも……!

汝の弱さは弱さにあらず、生まれし理由は数しれず、風に吹かれて童と遊べ!」

 

単なるシャボン玉を飛ばす魔法なんだけど、

詠唱の最後を省略してシャボン液のまま放つことに成功した。

屋上にヌルヌルした水が撒き散らされる。これで消えてくれるといいんだけど!

 

「は、はは。無駄だよ。めらめらファイヤーの燃料はぼくが調合した特別なアイテムなんだ。

この程度の水じゃ消えないよ……」

 

ピエロは身体中から出血しながらも自らのペースを取り戻したようで、

いつもの笑顔で笑いながらご丁寧に説明してくれる。

確かにシャボン液が流れても一向に炎は弱まる気配を見せない。

 

「あんた正気なの!?

私もあんたを逃がす気はないけど、いよいよヤバくなったら階段から逃げる。

でもあんたはどこにも逃げられない。

丸焼きになる、ビルから飛び降りる、降参する。あんたの選択肢はこれだけ。

もう観念しなさいよ!」

 

「そんなことないさ!幸せのピエロ・ヤミィケークに不可能はないんだ!

このピンチからだって絶対に切り抜けてみせる!」

 

「いい加減にせい!他人ばかりでなく、自身の命まで奪うつもりか!?」

 

「ぼくほど命を大切にしてる人はいないさ。今だって必ず助かる確信がある。そう、助かるんだ。

その証拠に、火が消えるまでの間、君たちにダンスを披露するよ!」

 

ヤミィケークが明るく歌を歌いながらタップダンスを始めた。

炎が目の前に迫っているというのに。

 

「完全に正気を失っているでござる……ピーネ殿、もはや奴は助からぬ。

我々もここに居ては危険じゃ。屋内に避難するでござるよ」

 

「待って、ちょっと待って」

 

どうしても彼の最期を見なきゃいけない気がして、逃げる気になれなかった。

なんでそう思ったかはわからない。

 

「我々もここが潮時。賞金稼ぎはもうお終いじゃ」

 

「♪ぼくはピエロ、ピエロ。陽気なピエロのヤミィケーク。

雨の日だって晴れの日だって、良い子のみんなを笑顔にするよ」

 

靴底を鳴らしながらテンポよく身体を揺らして踊り続ける。ずっと笑顔で。

でもどこか違うような。不意な疑問が頭をよぎったその時。

 

「うわっ!」

 

足元に広がるシャボン液で、ヤミィケークが足を滑らせた。思い切り後ろにすっ転ぶ。

勢いで後ろの錆びきって朽ちた手すりに身体を預ける格好になるけど、

それで状況が大きく一変する。

バキッ!……と、手すりが壊れ、寄りかかっていた彼が宙に放り出された。

 

うわああああ!!

 

私もエリカも、突然訪れた殺人ピエロの末路に目を丸くする。

一瞬遅れて重いものが落ちる音が聞こえた。

 

「……お尋ね者に相応しい末路でござるな。ピーネ殿、外に出て大人の人を呼ぶでござる。

軍にあやつの最期を報告せねば」

 

「まだよ!」

 

「しかし、この高さでは……」

 

「私にはわかるの!まだ、少しだけどまだ間に合う!」

 

自分でも何言ってるのかさっぱりだったし、エリカに何か言われたけど全然聞こえてなかった。

とにかく私は階段を駆け下りて彼のところへ急いだ。

このビルに入った裏手のドアを開けると横たわる彼の姿。まだ息がある。

 

「……ヤミィケーク」

 

「は、はは…みんな、たのしいね。みんな、おいしいね」

 

私はうわ言を話す彼に近づく。

 

「もっとたべよう、おいしいケーキを……」

 

「ピーネ殿、一体何を?」

 

どうしても気になって仕方ない。

エリカの問いも耳に入らず、そっと彼のそばに膝をついて、その手を取った。

私に気づいた彼が、最期の力で分厚い唇を歪ませ笑ってみせる。

 

「どうだい…?ヤミィ、ケークの、大脱出ショーは……」

 

「あんたが最期までヤミィケークだったってことは、認めてあげる」

 

「うれしいよ」

 

そう言い遺した彼は、静かに目を閉じた。

……そして、殺人ピエロと呼ばれた彼の結末を見届けた私は、大きく口を開け、

思い切り彼の手に噛み付いた。

 

 



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改めてこの企画全体を総括するなら竜頭蛇尾の一語に尽きるわね。

古いあばら家の中は散らかっている。床は酒瓶や脱ぎ捨てられた服で足の踏み場もなく、

まっとうな生活を送っているようには見えない。

まだ日が出ているにもかかわらず泥酔している男が

ソファの上で半分寝転がるようにビールをラッパ飲みしている。

 

「俺ぁなあ、帝国一のエリート騎士様だったんだよぉ!何が銃だ。何が魔法だ!

剣は要らなくなっただと?寝ぼけやがって。あんなもんはビビりの武器だ!」

 

ひとしきり喚くとまた瓶から酒を飲む。

 

「……あなた、昼間は飲まないって約束したじゃない。お願いだからお酒は控えて仕事を探して?大丈夫よ、きっとあなたにぴったりの職があるはずだから」

 

女性が腫れ物に触るような態度で男に懇願するが、苛ついている男が大声で怒鳴った。

 

「るせえんだよ!女房が旦那に口出しするんじゃねえ!」

 

「きゃっ!うう……」

 

男が女性の顔を平手打ちする。彼が女性を守るように彼女の前に飛び出した。

 

「パパやめてよ!もうママを叩かないで!」

 

「ガキは黙ってろ!」

 

今度は拳で彼の頬を殴った。

 

「痛い!うっ、ううう、えーん!」

 

「やめて、子供には乱暴しないで、お願いよ!」

 

「ピーピー泣きやがってうるせえなあ!外に行って、ついでに酒買ってこい!

泣き止むまで帰ってくんじゃねえぞ!辛気臭くてイライラする!」

 

「もう食べていくだけで精一杯なの。これ以上お酒を買うお金なんて!」

 

「いいや。こいつは持ってるはずだ。お前が時々渡してるあれだ」

 

「だめ、あれは……この子のお小遣いよ。少しでも他の子と同じようにさせてあげたいの」

 

「子供のもんは親のもんだろうが!

……なあ、お前はいい子だからできるよなぁ?“おつかい”、できるよな?」

 

「ああっ!」

 

男は彼の髪を掴んで頭を上げると、顔を近づけ猫なで声で強要する。

 

「あなた!私が行くから子供を放して!」

 

「俺に指図するなこの野郎!」

 

「あぐうっ!ああ!」

 

また女性が男から手加減なしに頬を張られた。今度は2回。顔は腫れ唇が切れた。

彼が泣きながら男にしがみつく。

 

「うぐ…行く、行ぐからママにひどいことしないで」

 

「さっさとしろ。手間ぁ掛けさせやがって」

 

「行ってきます……」

 

彼は机の引き出しから小銭の入った小さな巾着袋を取り出し、急ぎ足で街へ出かけた。

木枯らしの吹く冬の季節。時折かじかむ手を擦り合わせ、息を吐きかけながら温める。

しばらく歩くと、土がむき出しの田んぼ道からレンガで整備された歩道に出た。

少し辺りを見回し、久しぶりに来る街の様子を確認してから目的の場所へ向かう。

 

 

 

酒場に入った彼はカウンターに立つ店員に話しかけて巾着袋を差し出した。

 

「すみません。これでビールを買えるだけください」

 

「悪いな、子供には売れないんだよ」

 

「えっ、どうしてですか!?」

 

「国の規制が厳しくなってな。

未成年が酒を飲まないようにお使いでも子供には酒を売れなくなったんだ」

 

「お願いです。お酒がないと、ママが叩かれるんです!」

 

彼の必死な様子を見た店員が顔の痣に気づいたが、

どうしようもない事情と面倒に関わりたくない本心から知らないふりをすることにした。

 

「売れないものは売れない。バレたらおじさん達がしょっぴかれる」

 

「おつかいができないとパパに叱られちゃうよ!」

 

「騒ぐなら帰ってくれ!客に迷惑だしおじさん達も忙しいんだ!」

 

「はい……」

 

肩を落として酒場を後にする彼。途方に暮れつつも結局あの家に帰るしかない。

枯れ葉を踏みしめながら畑の広がる農村地帯へと戻る。無意識に遠回りをしていた。

いつもは通らないあぜ道を歩いていると、どこからか歌声が聞こえてくる。

道の脇に建つ一軒の小洒落た民家。

楽しそうな雰囲気に引き寄せられるように窓に近づき、こっそり覗いてみた。

 

誕生日おめでとう 誕生日おめでとう

新しい年がはじまるね

次の1年は もっと楽しく

みんなで一緒に 年を取ろう

 

両親と子供の3人家族が歌を歌っている。子供の誕生日を祝っているらしい。

母親が棚から立派なケーキを取り出し、テーブルに置いた。

 

「誕生日おめでとう、ダニー!」

 

「わぁ、美味しそう!」

 

「それだけじゃないぞ。ほら、プレゼントだ。欲しがってただろ?」

 

「新しい釣り竿だ!パパ、ありがとう!」

 

「大物を釣ってきてくれよ」

 

「よかったわね。さあ、次はケーキのロウソクを吹き消して」

 

「うん!……ふーっ」

 

子供が一息に火を吹き消すと、再びおめでとうの声と拍手の音が響く。

母親がケーキに包丁を入れ、子供が待ちきれない様子でそれを見つめる。

その時、父親がふと窓の外にいる身なりの良くない少年に気がつくと、

さり気なく立ち上がってこちらに近づき、シャッとカーテンを閉めた。

 

彼はまるで夢から醒めたように現実に戻り、再び帰路についた。

歩きながら先程の光景を思い出す。

自分もいつかあんなふうに誕生日を祝ってもらえたらどれだけ嬉しいことだろう。

あの大きなケーキを思い出すと口の中のつばが増える。

しかしその後、誕生日ケーキというものが彼の口に入ることはなかったが。

 

 

 

家に帰り着くと、浮かない気持ちでボロボロの玄関扉を開けて中に入った。

北風の吹く外よりは若干暖かい我が家に戻ってきたものの、ほっとしている余裕はない。

怯えつつもリビングへ進む。

 

「ただいま……」

 

「酒は!?」

 

千鳥足でキッチンから出てきた男から突然大声を浴びせられる。

思わず半歩下がってから思い切って返事をした。

 

「買えなかった。お店の人が、大人にしか、売れない……へぐっ!」

 

話し終える前に男の拳が飛んできた。痣と同じ箇所を再び殴られ、痛みはより強いものになる。

 

「おめえは“おつかい”ひとつできねえのかよぉ!!この能無しのクズが!

親の言うことが聞けねえ悪い子には“おしおき”が要るよなあ!」

 

「ひがあ!ぎゃっ!いだい!」

 

男は彼に馬乗りになり何度も容赦なく拳を浴びせる。

別室に居た女性が大きな音に気づいて出てくると、

その光景に驚き全身で男に飛びつきその暴力を止めた。

息を切らしながら女性は必死に男に問いをぶつける。

 

「あなた、なんてことするの!どうして!自分の子供を愛してないの!?」

 

だが、挫折を乗り越えられず自分自身のことしか考えられなくなった男にその言葉は届かない。

怒りの矛先が女性に向く。今度は彼女の腹を殴った。

 

「かあっ…ああ!」

 

「どいつもこいつも俺をバカにしねえと気が済まねえのかよ!クソだ!

世の中全部クソ野郎だらけだ!」

 

男は女性に平手打ちや殴打を繰り返し、八つ当たりの暴言を吐き続けた。

幼い彼にそれを止めるだけの力はなく、ただ泣きながらその凄惨な光景を見続けるしかない。

 

「チッ、ろくでなしどもが……」

 

やがて時が経ち、暴力に疲れた男が寝室に去ると、彼は女性に駆け寄り抱きしめた。

 

「ママ!ママ、しっかりして!」

 

女性の整っていた顔は無残に傷だらけとなり、鼻血と痣が広がっていた。

さめざめと涙を流しながら、彼女もまた彼を抱き返す。

 

「ごめんね。守ってあげられなくて、ごめんね……」

 

二人はお互いの温もりを感じ合いながら、泣き続けた。

 

 

 

夜。隣のベッドに寝ている男のいびきで目が覚めた。いや違う。

いびきの中に交じったうめき声。ほんの一瞬だったが異質な何かを感じさせた。

不安になった彼は女性を探し男とは反対側のベッドを見るが、いない。

 

「ママ、どこにいるの?」

 

ベッドから下り家の中をそろそろと歩いて女性を探す。

リビングには見当たらない。キッチンにもいなかった。物置にも気配はない。

決して広くないこの家を探すとしたら残りは一箇所しかない。

最後に洗面所に行くと、ポタポタと水の滴る音が聞こえたので奥に進む。

 

「……そこなの、ママ?」

 

風呂場のドアを開けると、少年の思考が白に染まり、数秒息の仕方すら忘れた。

確かに彼女は居た。浴槽に身を預けて左腕を突っ込んで。

ただ、その左手首は右手に持った剃刀で切り裂かれ、浴槽の水は赤く染まっていた。

彼女は大きく目を見開き、口にタオルを詰めて悲鳴を噛み殺した痕がある。

 

うわああああ!!

 

女性の死体を目にした彼は絶叫した。叫び続けた。

やがてその声に起きてきた男がやってきて、同じ光景を目にする。

 

「おい、うるせえぞ!眠れねえじゃねえか。……あん?なんだこりゃあ」

 

「パパ!ママが、ママが大変だよ!お医者さんを呼んで!血がいっぱい出てる!

死んじゃうよぉ!」

 

「ふん……死んでらぁ、馬鹿野郎」

 

「えっ?」

 

「死んでる、つったんだよ。……たく、本当に、バカが。このバカが!!」

 

男は壁を殴り肩を怒らせて去っていった。呆然と立ち尽くす彼。妻が死んだ。母が死んだ。

その事実に悲しむ様子もなくただ自分勝手な怒りをぶちまけるだけで眉一つ動かさない。

彼の腹に何かが湧き上がる。それは憎しみとも言えたし、無力感とも表現できた。

 

母を弔うことすら忘れ、ふらふらと男を追い風呂場から覚束ない足取りで進む彼。

寝室に続くリビングに戻ると、始めは暗くて気づかなかったが

テーブルに書き置きのメモが残されていた。

 

“何もかもに疲れてしまいました。ごめんなさい。愛しいあなた。愛する我が子”

 

彼の手からはらりとメモが落ちる。腹に溜まった煮えたぎるものが更に熱を持ち渦を巻いた。

その正体が何かはわからないが、

一つだけ言えるのは、彼の中の何かが壊れたということだけ。

 

寝室に戻ると、男はベッドの上で背を向けて横になっていた。

ただぶつぶつと“馬鹿野郎”を繰り返している。

彼は構わず壁に飾られているロングソードを手に取った。

男がまだ輝いていた頃の思い出。今は虚しい過去の栄光。

小さな体で重いそれを両手で持つと、彼は男に暗い視線を送り、そばに立つ。

 

「パパ」

 

「あんだよ。……おいコラ、勝手にそれに触んじゃねえ!!」

 

「悪い子には“おしおき”が必要、だったよね」

 

「待て、おめえ、何考えてやがる!?」

 

「お前のせいでママが死んだ!おしおきを受けろ、クソ野郎!」

 

全身の筋肉を使ってロングソードを振り抜いた。

相手が子供とは言え、丸腰の男は腕で身体を守るしかなかった。

だが、それでよく手入れをされた大剣の一撃を防げるはずもなく。

 

「ぎゃああああ!!」

 

ぼとりと右腕が斬り落とされた。噴き出すように鮮血が飛び出す。彼は続けて剣を振るう。

今度は左手。両手を失いパニックになる男は命乞いをする。

 

「いでええ!やめろ、やめてくれ!お、俺が悪かったよぉ!もう殴らねえ!

あいつに謝るから、お前にも!殺さないでくれぇ!」

 

「うるさい!なにをしたってママはもう帰ってこない!死んでつぐなえ!」

 

「がっ、はがあああぁ!?」

 

次は真っ直ぐにロングソードを腹に突き刺す。既に手がない男は抵抗できずに血を吐いた。

彼は剣を腹から抜くと、全力で振り上げ、とどめとばかりに頭部に叩きつけた。

斬撃が命中。剣の重量と切れ味で、男の頭は半分に割られた。

切り口から両断された脳が見え、目玉が飛び出している。

 

「はぁ…はぁ…」

 

全てが終わると、彼は返り血だらけになりながら息を切らしていた。

どれくらいそうしていたのかわからない。

ロングソードを放り出し、しばらく呆然と立ち尽くしていた。

やがて朝が来た。血で染まった寝室。男の死体。

それらが現実を教え、自分のしたことを思い知らせる。しかし後悔はしていなかった。

 

彼は風呂場に戻る。女性の亡骸は相変わらずそこにある。

冷たい水から彼女を引き上げ、床に寝かせて胸に両手を置いた。

最後に開いたままの目を閉じて別れを告げる。

 

「……ママ。さようなら。ぼくは、行くよ。ぼくもママを守れなくて、ごめんね」

 

そして生まれてからほんの僅かな時を幸せに過ごし、

残りを理不尽な運命に苛まれながら生きたあばら家を後にし、彼は旅に出た。

母からもらった巾着袋だけを持って。

 

 

 

行く当てのない彼は各地を放浪する。

少しばかりの小遣いで買ったブラシと布で靴磨きをして食い扶持を稼ぎ、

街から街へと孤独にさまよう彼は思い知る。この世は子供に残酷だ。

ある田舎町で客を待っていると、同じ靴磨きの少年に出会った。

その子は彼に会うなりこう言った。

 

「おい、お前向こう行けよ!ここは俺の縄張りなんだ!」

 

「知らないね。ぼくが先に見つけた場所だ」

 

地面を見つめたままぼそりと答える。

 

「いいから消えろ!今日中に50G稼がないと殴られるのは俺なんだぞ!」

 

少年の言葉に否が応でも心が反応する。顔を上げて尋ねた。

 

「殴られるって、誰に」

 

「親父だよ!働きもしねえで酒ばっかり飲んでるクソ親父さ!わかったらそこをどけ!」

 

「……どいてもいいが、条件がある」

 

「なんだよ条件って!」

 

「お前、どこに住んでる。教えろ」

 

「2ブロック先の裏通り。ゴミ捨て場の向かいだ。ほら言ったぞ、失せろよ」

 

「ああ。じゃあな」

 

彼は立ち上がり、少年の家を目指した。

言った通り、悪臭の漂うゴミ捨て場の向かいにある集合住宅だった。

隙間だらけの木のドアを叩く。しばらくすると、腹の出た男が酒臭い息を吐きながら出てきた。

 

「んあ?誰だてめえ」

 

「あんたの息子にいちゃもんつけられた。

稼がないとあんたに殴られるそうだが、どうしてあんたは働かないんだ?」

 

「関係ねえだろ。消えろクソガキが」

 

「こっちもこれ以上商売の邪魔されると困るんだ。あんたが仕事すれば解決する問題なんだ」

 

すると男は片手に持ったぶどう酒の瓶から一口飲んで応えた。

 

「子供をどう使おうと親の勝手だ。子供が親に尽くすのは当然だろ、あん!?

そいつが世の中の決まりってもんだ」

 

「……そうかよ。あんたもそうなんだな」

 

「訳わかんねえこと言いやがって。さっさと消えろ、殺すぞ!」

 

「ぐっ!」

 

男に鼻を殴られた。鼻血が出る。バタンと乱暴に扉が閉じられ男は中に戻っていった。

……彼は閉まったドアをしばらく見ていた。腹の中にまたあの感情の渦が現れる。

ある決意をした彼はゴミ捨て場に入ると、積み上げられた木箱に身を隠し、

そのまま時間が流れるのを待ち続けた。

 

夜が来た。靴磨きの少年の悲鳴が外まで響いてくる。

 

『てめえ!50稼いでこいっつっただろうが!たった30Gしかねえだろうが!』

 

『ぐふっ!ごめん父ちゃん、変なよそ者に客を取られて……』

 

『言い訳すんじゃねえ、この役立たずが!』

 

何かをはたくような乾いた音。彼はぎゅっとポケットを握った。

 

『痛い!ごめん、ごめんなさい!殴らないで!』

 

『もう一回行ってこい!50稼ぐまで帰ってくんな!』

 

『わかった……』

 

キィとドアが開き、靴磨きの少年が涙を拭いながらとぼとぼと街に戻っていく。

こんな夜にわざわざ靴を磨いてもらいにくる物好きがいるとは思えない。彼は決意を固めた。

鍵を掛け忘れたドアをそっと開け、中に入る。

昼間会った太った男がソファに座ってやはりぶどう酒をがぶ飲みしている。

 

奴は背を向けている。彼は護身用に手に入れた飛び出しナイフを取り出し、

足音を殺して男に近づく。一歩、二歩。ソファにもたれる巨体が近づく。

酔いでろれつが回らず聞き取れない愚痴をこぼす男に十分近づいたところで、彼は言い放った。

 

「おしおきを受けろ、クソ野郎」

 

「ん?」

 

と、男が気づいた瞬間には彼の手が首に回っていた。

飛び出しナイフが男の喉を切り裂き、血が噴き出す。

 

「あぶあっ!?」

 

短い悲鳴を上げると、一気に大量の血を失った男は、ほぼ即死に近い状態で死んだ。

彼は男の死体を恐怖や罪悪感といった感慨を抱くこともなく、ぼんやりと見つめていた。

だが、次第に何かこれまで感じたことのない達成感のようなものを覚える。

これであの少年は無理なノルマを課されることもなく、殴られる心配もなくなるだろう。

 

ああ、これはぼくに与えられた使命なんだな。

 

子供を搾取する大人は、ぼくが“おしおき”しなければならない。それは悪いことだから。

父が教えてくれた唯一の正しいこと。

良いことを終えた彼は、家を出て野宿先として贔屓にしている人気のない馬小屋に向かった。

 

翌日、彼が起こした殺人事件はニュースになり、軍や保安官も捜査に乗り出したが、

本来何の接点もない乞食に近い靴磨きは犯人として捜査線上に上がることなく、

迷宮入りすることが確実視された。

 

この事実が彼の歪んだ使命感を更に強くした。

行く先々で子供を道具扱いする悪い大人に“おしおき”する。ターゲットには事欠かなかった。

 

結果を出せないメンバーを陰に連れ込み陰湿な体罰を繰り返す野球チームのコーチ。

家に火を放ち丸焼きにした。性別もわからなくなるほどしっかり焼けたらしい。

 

娘をピアニストにするため自分勝手な夢を子供に押し付ける女。

嫌がる少女を毎日10時間以上もピアノの前に座らせ一度でも間違うとムチで手を叩く。

ピアノが大好きなようだからピアノ線で絞め殺してやった。

 

不当に安い賃金で子供に有毒な染料を使った染め物をさせる工場長。早く手を打たなければ。

工員として紛れ込みコーヒーに染料を混ぜておいたら勝手に苦しんで死んでくれた。

いずれ社長も殺す必要があるが、今は手が出せない。絶対に忘れない。必ず殺す。

 

やがて殺しを続けながら成長した彼は、その手口も多様化し、

軍の捜査をかいくぐりつつひたすら子供達を食い物にする大人への制裁を続けた。

しかしある日、そんな彼に転機が訪れる。

 

靴磨きでは食べて行けず工事現場の作業員として働いていた彼は、

昼休みにダイナーで買ったチーズバーガーを食べていた。

木陰でハンバーガーをかじっていると、大勢の楽しそうな声が聞こえてくる。

ここからは見えない。街の中心部へ足を運んでみた。

 

広場にたどり着くと、移動サーカスの巡業が仮設ステージの上で色々な芸を披露していた。

つまらない。下手くそなラインダンスやみすぼらしい火遊びの何が面白いのか。

彼が現場に戻ろうとすると、その足を子供達の歓声が引き止める。

振り返ると、派手な衣装を着て真っ白なメイクをしたピエロが

手を振りながら登場するところだった。

 

「やっほー!よい子のみんな、こんにちは!

今日はラブリーピエロ・ブーピドゥのステージを見に来てくれて、ありがとう!」

 

振り返った姿勢のまま、彼の視線はピエロの存在に釘付けになっていた。

ブーピドゥとやらの芸はお世辞にも完成されているとは言えなかった。

お手玉はしょっちゅう失敗するし、玉乗りも2、3秒乗ったかと思えば思い切りすっ転ぶ。

手品もタネが丸見えだ。

だが、それでも、ピエロが失敗して照れながら頭をかく度に子供達が笑うのだ。笑顔になるのだ。

 

まさにそれは彼にとって衝撃的な事実だった。

長年殺しを続ける中で、大人は子供達の敵、殺すべき相手という固定観念に取り憑かれていたが、

自らを笑いものにして子供達に喜びを与える。

そんなピエロという大人の存在は彼の世界観を根底から覆した。

 

自分もあんな大人になりたい。

強烈な衝動にも似た想いに駆られた彼のそれからの生き方は変わった。

給金の殆どをピエロになるための衣装や小道具に費やし、独学で芸の勉強を始めた。

同僚からはわざわざ笑われるために金を使ってるのかとバカにされたが耳を貸さず、

ひたすら街角に立つ宣伝ピエロの立ち居振る舞いを研究し、歌の稽古に打ち込んだ。

 

……そして、殺しの技も方向性をガラリと変えた。

刃物で刺したり、鈍器で殴ったり、毒を飲ませたり。笑いにならない退屈な方法をやめ、

見ていて楽しくなるような遊び心にあふれる方法を模索した。

図書館に通い詰め、様々な魔導書からカラフルな光を放つ攻撃魔法や

あっと驚く移動魔法を学のなさに苦しめられながらも一つ一つ習得していった。

 

数年後。その時がやってきた。彼は鏡の前で自分の姿に惚れ惚れとしていた。

赤いアフロ、黄色を基調とした派手な衣装。真っ白なメイクの目はダイヤの模様。

両目の下には涙のマーク。

 

名前はもう決めてある。子ども達を苦しめる悪い大人をやっつけて、

いつの日か皆を悲しみのないワンダーランドに集めおいしいケーキを食べる幸せのピエロ。

そう、殺人ピエロ・ヤミィケークが誕生したのだ。笑顔で生まれ変わった自分に挨拶する。

 

「こんにちは!ぼくの名前はヤミィケークだよ!

歌をうたうのが大好きなんだ。みんなも一緒にうたおうよ!」

 

小躍りしながら軽く鼻歌を奏でてみる。バッチリだ。

その時、ヤミィケークは何かに気づいた様子でハッと口を押さえた。

 

「いっけなーい。大事な用事を忘れてたよ。急がなくっちゃ!」

 

彼はスキップしながら自宅を後にする。ぼくには大きな夢がある。

胸には未来への期待と希望しかなかった。

街中を跳ねながら進む彼を通行人がちらりと見るが、よくいる街頭芸人だとすぐ興味を失う。

程なくして目的地に着いた彼は、嬉しそうに一度うなずいた。

 

「うん。ぼくの冒険はここから始まるのさ!……ヤミィ・マジックぼよよんジャンプ!」

 

土属性の魔法を発動すると、足元の地面が変質しトランポリンのような弾力性を持った。

彼は地面の反動を利用してその場で跳ね、5m以上もあるその塀を飛び越えたのだった。

 

薄暗い廊下の両脇に鉄格子で封じられた牢屋が続く。

中から囚人達の虚ろな視線が絡みついてくるが彼は気にも留めない。会いたい人は他にいるから。

 

「ルンルンルン、どこかなどこかな~」

 

やがて、囚人の中に中年の女性を見つけると、彼は両手をパッと開いて喜びを表現した。

 

「あ、いた!こんにちは~ベティ・カルバーさん!」

 

「……なんざますか。弁護士以外と話すつもりはないざます。

それになんですの、その格好。お遊びに付き合うほど落ちぶれてはいなくてよ」

 

「人生は楽しまなくっちゃ損だよ!ぼくはヤミィケークって言うんだ、よろしくね!」

 

「帰っていただけるかしら。人を呼ぶざますよ!」

 

「オォーウ、残念……それじゃあさっそく用事を伝えるね。今日は君をおしおきしに来たんだ」

 

「なんですって?」

 

「今、人生は楽しまなくっちゃ損って言ったよね。

でも君たちが子ども達からマナを奪ったせいでみんなはその人生をたくさん失っちゃった」

 

「知らないざます。教師が勝手にやったこと。私は関係なくてよ。これは不当逮捕ざます」

 

「お願いだから協力しておくれよ。

君がそうやって罪から逃げ続けているせいで、みんなが間違った考えから逃れられない。

先生なんて大したことないんだってことがわかれば、

子ども達は目を覚まして新しい人生を楽しめる」

 

「看守!今すぐ来るざます!頭のおかしな男が侵入していてよ!」

 

「ああ……本当に残念だよ。君は最期までそうなんだね。

じゃあ、ラストはぼくのマジックで飾ることにするよ」

 

ヤミィケークは、懐から十数枚の薄い鉄板を取り出した。

剣を持った女神が刻まれており、四辺が鋭く研がれている。

牢屋の少ない明かりが鉄製のカードに小さく反射し、斬れ味を強調していた。

女はそれらが放つ殺意に動揺する。

 

「な、何をするつもりざます!?」

 

「ヤミィ・マジック!どきどきタロット8番“正義”(ジャスティス)!」

 

彼女の問いに答えず、器用に指先の力で刃物と化したカードを飛ばした。

標的の全身に剃刀のようなカードが突き刺さる。

両目がパックリと割られ、身体中の筋肉や腱が切断され、勢いよく出血し、激痛に悲鳴を上げる。

 

「ひぎゃあああ!いたいいたいいたい!」

 

「やったあ!クリティカルヒット、大ダメージだ!」

 

「そこで何をしている!!」

 

先程の女の声と悲鳴を聞きつけた看守が駆けつけてきた。

ヤミィケークは小さく飛び跳ね驚きを表現。

 

「あわわ、怖い軍人さんがやってきた。逃げなくっちゃ!……おっとその前に」

 

別のカードを取り出し、瀕死の女に弾き飛ばした。

今度は普通の紙。ただ“I’m Yummy-Cake!”という一文だけが書かれている。

 

「急げ、急げ、やれ逃げろー!牢屋の外へ一目散!」

 

そしてヤミィケークはケタケタと笑いながら駆け出した。

警報が鳴り響き、増援の兵士が駆けつける中、笑い続けた。

再び刑務所の塀を乗り越えるまでどこをどう走ったのかは覚えていないが、確かなことがある。

彼はそう、幸せだった。

 

彼の凶行は翌日の朝刊を飾ることになる。

カルト集団のリーダー、ベティ・カルバー殺害。ヤミィケークなる殺人犯の出現。

帝都の民は異常犯罪の発生に戦慄した。

そして、帝国の中心地を襲う恐怖はこれだけに留まらない。

 

ヤミィケークの犯行声明だ。サラマンダラス要塞から北西に建つ時計塔。

彼はその頂上に立ち、無数のチラシをばらまいた。

年月日、場所、名前をびっしりと覚えている範囲で書いている。

空から降ってきた謎の紙に気づいた住民達が彼の存在に気づく。

 

「おい、ありゃなんだ?」

「あんなところにピエロ?度胸あるなぁ」

「違う、ありゃヤミィケークだ!新聞の似顔絵そっくりだ!」

 

早くも眼下に野次馬や兵士が押し寄せている。

満足した様子でそれを眺めると、ヤミィケークは大声で宣言した。

 

「レディース・アンド・ジェントルメン!ぼくの名前は、ヤミィケーク!

好きなものは、子どもの笑顔とおいしいケーキ!

今日はみんなに自己紹介をしたくてここに来たんだ!さっそくだけどその紙を見ておくれ。

この人達はね、子どもにひどいことをして

お金儲けしたり自分の欲望を満たそうとしていた人ばかりなんだ。それって悪いことだよね?

だからぼくがおしおきしたんだ!」

 

群衆の騒ぎが更に大きくなる。

 

「悪い子はおしおきしなきゃダメ。ぼくのパパが昔そう言ってたんだ。

残念なことだけど、この国は悪い大人がいっぱい!

でもヤミィケークは子ども達を助けるために一生懸命おしおきしてきたんだ。

もちろんこれからもそうするさ。

この中に、もし子どもに痛いことをしたり苦しい思いをさせている人がいたら、

今すぐやめて欲しいんだ。じゃないと、ぼくがおしおきしなきゃいけなくなるからね」

 

屋内へ続くドアの奥から、兵士が階段を駆け上がる音が近づいてくる。

 

「そろそろお別れの時間だよ。

挨拶代わりにヤミィ・マジックの一つをお見せするね!すいすいフライト~!」

 

ヤミィケークはカバンからゴム製のマントを取り出し、背負うように羽織って両手両足に固定。

ためらいなく時計塔から飛び降りた。

群衆から悲鳴が上がるが、彼は落下することなく風を受けて

あっという間に遥か彼方へ飛んでいった。

 

真下に広がる帝都の景色を眺めながら、彼は自分が思い描く理想の世界に想いを馳せる。

全ての子どもが笑顔でいられる世界。みんなで一緒においしいケーキを食べられる世界。

自分にはそれを創ることができると信じていた。たとえ何人殺すことになろうとも。

 

「ママー!ぼくが今度こそ守ってみせるからねー!」

 

 

………

……

 

 

「ピーネ殿!?ピーネ殿!しっかりするでござる!」

 

「あっ……」

 

エリカの声で我に返る。

ヤミィケークの血を吸った瞬間、膨大な量の彼の想いで心がいっぱいになって自分を見失った。

でも、もう大丈夫。やっとわかった。

ずっと笑ってたけど、彼の心の奥底には哀しみしかなかった。血の臭いの正体はただそれだけ。

 

「あんたは、人より先に自分を助けるべきだったわね」

 

ヤミィケークの亡骸に声を掛ける。虚しいだけだとわかっているのに。

そっとエリカが私の肩に手を置いた。

 

「何を見たのかわからぬが、あまり帰らぬ者に入れ込み過ぎてはならぬ。

幽霊の拙者が言えたことではないかもしれんが」

 

「わかってる。行きましょう。後始末をしなきゃね」

 

私は立ち上がってスカートの砂を払った。

 

「ピーネ殿の賞金稼ぎ、見事でござった。

こやつも最期には救われた、と信じることができるでござる」

 

「よして。賞金首ごっこはもう終わり。

後は里沙子に溜まりに溜まった文句をぶつけてやるだけよ」

 

気づけば私達を照らす日が紅くなっていた。長い一日が終わろうとしてる。

私達はヤミィケークの遺体を軍に引き渡すため街に戻ろうとしたけど、

表通りにはもう多数の軍用馬車が集まっていた。

きっと、屋上の火災を見た誰かが通報したんだと思う。向こうから来てくれて助かった。

軍人を呼んでまたここまで戻ってくるには、

里沙子の悪口も思いつかないほどすっかりくたびれていたから。本当に、心も身体も疲れてる。

 

「バイバイ」

 

だけど最後に私は振り返り、冷たくなったピエロに短くさよならを言った。

 

 



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PS5っていくらくらいするのかしら。

今、私の手の中には3枚のメダルがある。

1枚は見慣れた金貨。2枚目は白に近い輝きを持つ金属の硬貨。

最後は微かに魔力を放つ青銅色の不思議な硬貨。

ベッドに寝転がりながらそれらを改めて手の上で転がしてみる。

 

これ全部で11,100Gに相当するらしい。もう私はお金持ちだし街の有名人の仲間入り。

だけど私には大切な何かが小さくなってしまったような気がして、胸のもやもやが消えない。

またひとつ寝返りを打ってあの後のことを思い出す。

 

 

 

ヤミィケークとの激闘を終えた私達に、里沙子が将軍って呼んでる

鎧の怪人みたいな人が駆け寄ってきた。

 

『うおおお!これは一体何事か!?……おお、君達はリサの家に住んでいる、確か』

 

『ピーネ。ピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワール』

 

『拙者はシラヌイ・エリカ。以後お見知りおきを』

 

『自己紹介痛み入る。我はシュワルツ・ファウゼンベルガー。この地の将軍を務めている。

しかし……不審火の通報を受けて来てみれば、あやつは緊急手配中の賞金首。

ひょっとして君達が倒したというのか!?』

 

里沙子から話には聞いてたけど、本当この人は声がでかい。

近くで喋ってると鼓膜がじんじんする。

で、どうしよう。確かに戦いはしたけど、結局彼は事故死だった。

……彼の人生を垣間見て賞金稼ぎという当初の目的に意味を感じなくなっていた私は、

ありのままの事実を将軍に説明する。彼は頭をひねって考え、そして言った。

 

『胸を張るがいい、勇気ある少女達よ!あやつが悪党にふさわしい結末を迎えたのは、

君達の猛攻に追い詰められたからに外ならない!』

 

『よかったでござるな。もうピーネ殿の実力は将軍殿のお墨付きじゃ』

 

偉い人やエリカが褒めてくれたけど、なぜか嬉しくなかった。

悪党。ヤミィケークは何十人も殺してる。

そう呼ばれるのは当たり前なんだけど、釈然としない。

どう言えばいいのか、悪かったのは本当に彼一人だけだったのか。

頭から振り払おうとしてもその疑問から逃れられない。

何も言えずに立ち尽くしていると、部下の兵士が将軍にキビキビと歩み寄り敬礼した。

 

『ご報告します!消火活動の準備が完了しました。まもなく消防班が突入します。

同時に賞金首ヤミィケークの身元及び死亡も確認』

 

『ご苦労。持ち場に戻ってくれ』

 

『はっ!』

 

『うむ。ピーネ、エリカ。喜ぶといい。君達は確かに賞金首を討伐した。

領主から正式に懸賞金が支払われるであろう。我が保証する』

 

『どうも……』

 

『金額は確か11,100Gでござったな。全てピーネ殿が持っているとよい。

拙者には必要ないものであるし、サムライとしての本懐を果たせれば十分でござる』

 

『ありがと』

 

それでも浮かない顔をしている私に気を遣ったのか、

将軍が肩に手を置いて今度は穏やかな口調で語りかけてきた。

 

『賞金首であろうと命を奪ったことに対する呵責を感じる気持ちはわからぬでもない。

ましてや君のような若者であれば尚更。

だが、あの男を野放しにしておけば更に多くの命が失われていた。

君は未来の犠牲者を救ったのだ。今は心の整理がつかぬであろうが、これが事実。

どうか忘れないでほしい』

 

『……うん』

 

『今日は疲れたであろう。もうじき日も暮れる。諸々の手続きは我に任せて帰られるがいい。

賞金は後日書留で送らせよう』

 

『将軍殿、お気遣い誠にかたじけない。お言葉に甘えて拙者達はこれで失礼致す』

 

『うむ。ゆっくり休まれよ』

 

私は無言で将軍と別れ、教会への帰り道についた。

とぼとぼと歩きながら会社だらけの地区を抜けて交差点を左に曲がって街に戻る。

途中、もう噂を聞きつけたのか私達を見て通行人が驚きの声を上げた。

 

『あの娘達がヤミィケークを倒したんですって!』

『すげえ。かわいいけどやっぱり吸血鬼なんだな~』

『人間の悪党が悪魔に成敗されるなんざ世も末だ』

 

街の人が口々に私を称賛したり畏怖したりする。

昼間は名声が欲しいとか言った気がするけど、心底疲れてる今は雑音にしか聞こえない。

重たい足を引きずりながら教会に戻った。夜が近いけど野盗が出なくて助かったわ。

まぁ、出たってエリカがなんとかしてくれたんだろうけど。

 

今度は帰ったら帰ったで里沙子じゃないけどうんざりする。

教会の連中が疲れてる私達に殺到した。どうでもいいから休ませてほしい。

ジョゼットが半泣きで私の前で膝をつき手を握った。

 

『ピーネちゃん、無事で良かったです~!軍の人が早馬で知らせてくれました!

炎の中で賞金首と命を賭けた勝負をしたって!

ごめんなさい、わたくし達が危ないことをさせてしまって!』

 

『ああ、いいから。それより早くご飯……』

 

『本当にすみませんでした。まさか本当に賞金首と激突するとは夢にも思わず……

どうかわたし達の軽率な行動を許してください』

 

『いいってだから。私はお腹がね』

 

『いや、なんつーか、本当に悪かった。

私がお前らに百物語の責任をなすりつけちまったせいでこんなことになってよ。

本当に済まねえ!』

 

『奥に行きたいんだけど』

 

『ピーネさん……パルフェムにもあなたを焚き付けた責任があります。

約束通り喫茶店で好きなだけパフェをご馳走しますから、ごめんなさい……』

 

『パフェより今はご飯が食べたい』

 

『お詫びの印と言っちゃなんだが、今回の主犯を百叩きの刑にする。

ダイニングで待たせてるから好きにしてくれ』

 

『百叩き?』

 

ようやく聖堂からダイニングに通ることができた私は、

それを見てちょっとだけ愉快な気持ちになった。

椅子に縛り付けられた里沙子が、猿ぐつわを噛まされてモゴモゴ言ってる。

で、そばでカシオピイアが丸めた新聞紙でひたすら無言でパシパシと殴り続けてる。

カシオピイアは私に気づくと、新聞紙を手渡してきた。

 

『はい。……ごめんね』

 

彼女としては精一杯の謝罪と共に古新聞の棒を受け取ったけど、

付き合う気になれず一発だけポコンと頭を叩くと新聞をテーブルに放り出した。

里沙子もルーベルも驚いた様子で私を見る。

いつもの私なら文字通り全力で百発はフルスイングをぶちかましてるだろうから、

当たり前っちゃ当たり前だけど。

 

『なあ、それでいいのか……?』

 

『いつまでも馬鹿なノリ引きずってんじゃないわよ。私は疲れてるの。早くご飯お願い』

 

『あ、はい!』

 

『うむうむ、ピーネ殿がひとつ大人になったということじゃのう』

 

ジョゼットが慌てて作りかけの料理の鍋を火にかける。

私はみんなの信じられないものを見るような視線を受けながら、

部屋に戻ってベッドに身を投げた。

肉体的にも精神的にも疲れ果ててた私は、そのままストンと眠りに落ち、

夕食ができて起こされるまで仮眠を取った。

 

 

 

相変わらず3枚のメダルをチャリチャリと鳴らしながら、私はぼんやりと考える。

 

「これ、どうしよう」

 

事件解決からもう1週間経つけど、届いた賞金に手を付けられずにいた。

このお金にはある男の悲哀に満ちた人生が詰まっている。

単なる思い込みでしかないけど、硬貨を通して彼が何かを訴えかけて来るような気がして。

それが何かはわからない。

 

知りたい。唐突にそんな思いに駆られた。私は昔、人間も悪魔もみんな死ねばいいと思ってた。

今はどうなのかと聞かれると、正直なところ言葉にすることができない。

ママに会いに行く目標ができた今となっては別にどうでもいいとも言えるし、

人間の中に誰かを助けるために誰かを殺すという大きすぎる矛盾を見つけてしまった今、

その問いは難しいものになってしまった。

 

でも“彼”は大人をみんな憎んでた。

かつての自分と彼に重なるようなところがあるような気がして、

少しでも彼の視線で物事を見てみたい、そういう興味というか欲求が芽生えてきた。

 

「よっし」

 

ベッドから飛び起きて、財布とバッグを持って外に出る。

エリカも連れて行こうかと思ったけど、位牌は里沙子の部屋にある。

取りに行ってもいいけど、里沙子にああだこうだ聞かれて煩わしいだろうからやめた。

玄関を開けると、初夏の風が吹き込んできて気持ちいい。

晴れやかな気分で通い慣れた街へ続く街道を進む。

 

でも晴れやかな気分は途中で中断されることになる。頭が痛いわ。この間も会ったわね。

ごきげんよう、回れ右して消えなさい。

 

「そこの嬢ちゃん!ここを通りたかったら有り金全部置いてきな!」

「悪いなぁ、ここは通行料がいるんだよ。金がないなら、別の方法で払ってもらうぜ~」

 

舐めないで。もう野盗くらいなら追い払える。

ため息をつきながらバッグから魔導書を取り出そうとすると、いきなり3人目が騒ぎ出した。

 

「あ、兄貴ヤベえですぜ!あいつは里沙子んとこの教会の!」

 

「んだよ、うるせえ……げっ!丸焼きピーネだ!」

 

「ヤミィケークぶっ殺したあれか!?逃げろ、血を一滴残らず吸い取られるぞ!」

 

「待って兄貴―!」

 

頭のおかしな3人組は勝手に立ちふさがって勝手に逃げていった。

って何よ、“丸焼きピーネ”って!もっと可愛い名前つけなさいよ!

豚の丸焼きじゃあるまいし!

 

「誰が考えたか知らないけど、センスってもんがないわセンスが!失礼しちゃう!」

 

無駄な戦いは避けられたけど、せっかくのいい気分が台無し。私は不機嫌なまま街に入る。

えっと、前にパルフェムと行ったあの店はどっちだったかしら。ああ思い出した。

 

「確か市場を抜けて更に奥だったわね」

 

人だらけの市場に体を押し込み、どうにか向こう側に通ると

今度は逆に人通りに対して面積が広すぎる広場に出た。また辺りを見回して目的地を探す。

 

「あったあった。駐在所よりもうちょっと向こう」

 

広場をずっと西に進むと商店が並ぶ区画がある。来たかったのはそのうちの1軒。

 

「ここね。“エルマーズ・ベーカリー”」

 

年季の入ったドアを開けると、背の高い店員がぼそりと“いらっしゃいませ”を言った。

買うものが決まってる私は、ショーケースに並ぶ色々なものから一番いいものを選ぶ。

何にしようかしら。

 

「そうねぇ。多分だけど彼が見たのはきっと無駄に飾らないものだったはず。

店員さん、これ一つちょうだい!」

 

「一切れ5Gです」

 

「ああ、そうじゃないの。まるごと1個」

 

「でしたら60Gです」

 

「はい、これでいいかしら」

 

支払いトレーにお金を置くと、店員が冷式マナで低温を保っているショーケースから

商品を取り出し、取っ手のついた厚紙に梱包した。

彼は箱を持ってカウンターから出てきて、かがんで大きく背が違う私に慎重に渡す。

 

「傾けないよう、気をつけてください。ありがとうございました……」

 

「どうも」

 

愛想はないけど対応は丁寧な店員と別れて店を出ると、

彼の忠告通り斜めにしないようゆっくり歩いて家に帰る。

市場で人にぶつかりかけて一瞬ヒヤッとしたけど、なんとか無事に通過。

ここさえ通り過ぎれば後は普通に歩くだけ。

帰り道では野盗に会うこともなくのんびりと帰宅することができた。

 

「帰ったわよ」

 

「おかえりなさ~い」

 

ダイニングにはお皿を洗ってるジョゼットがいた。

壁の鳩時計を見る。丁度いい時間ね。私はさっき買った物の箱をテーブルに置いた。

 

「ねえ。みんなを呼んできてくれない?これお土産」

 

「お土産?まあ、すごいです!すぐに皆さんを呼んできますね!」

 

慌ただしく2階へ上がっていくジョゼットを見送ると、ひと仕事終えた私はテーブルについた。

これで何かわかるかしら。今更わかったところで何が変わるわけじゃないんだけど、

買ってからそんなこと思ったところでそれこそ今更よね。

一人でうだうだ考えてるうちに全員がダイニングに集まった。

テーブルに置いた物に視線が集中する。

 

「うそ、マヂで?ピーネがお土産って!天地創造がもう一回起きるんじゃない?」

 

「ちっちゃなことで、はしゃぐんじゃないわよ24歳」

 

「そうなんです~ピーネちゃんが街まで行って買ってきてくれたんですよー」

 

「まぁ……素敵なお心遣いに感謝しますね、ピーネさん」

 

「別にいいのよ。なんとなく、気が向いただけだから」

 

「照れなくてもよろしいのに。でも、本当によろしいのですか?

何か奢らなくてはいけないのはパルフェムの方ですのに」

 

「そうだよ。せっかくの賞金でこんなことしてもらってさあ」

 

「あーもう、いーの!ジョゼット、いいから早くみんなに配って!」

 

「はいはーい」

 

ジョゼットが箱を開けて中の物に包丁を入れ人数分に分ける。お茶は里沙子に入れさせた。

怠け者のあいつでも、さすがにこの状況では断らなかったわ。うふふ、使ってやった。

 

「ケーキは行き渡りましたか~?」

 

「おう、バッチリだぜ」

 

「あたし謹製のお茶は?」

 

「ちゃんと、ある」

 

「それではピーネさんとマリア様に感謝して、いただきましょうか。

ご馳走になりますね、ピーネさん」

 

「どーぞ。食べましょう」

 

全員がそれぞれの形でいただきますの儀式を終えると、いちごショートにフォークを入れる。

私はすぐに食べず、その様子を眺めていた。みんなおいしそうに食べてる。

生クリームたっぷりのケーキを口にするたび、笑顔が浮かぶ。

 

……なるほどね。彼が夢見た世界。みんなでおいしいケーキを食べるワンダーランド。

ほんの一部だけでしかないけど、形にしてみてよくわかった。彼が憧れたのも納得かしら。

遅れて私も一口食べた。

甘酸っぱいいちごと柔らかいスポンジケーキの組み合わせは、やっぱり美味しい。

 

「それにしてもケーキ1ホール大人買いとはピーネも大物になったわね。よっ、お大尽」

 

「うるさいわね、黙って食べなさい。あ、里沙子だけ金取ればよかったかも」

 

「この娘あたしにだけ冷たいのよね。いつからこうなったのかしら」

 

「喧嘩するほど仲がいいと申しますわ。ピーネさんなりの愛情表現では?」

 

「冗談じゃないわ。里沙子と仲良くなんて無理。野盗とフォークダンスするほうがマシ」

 

「こんな調子なのよ。そうだ、みんな集まったんだから百物語の続きやる?」

 

「やめとけ。あれのせいで今回の騒ぎが起きたんだろうが」

 

「う~ん、百物語は途中で止めても何か出るらしいんだけど、しょうがないか」

 

「何か、何か、って結局何が出るんだよ」

 

「ごめんそこらへん曖昧」

 

「んな適当なことに私ら付き合わせやがったのか、まったく」

 

「本っ当、大迷惑な女よね。少しは考えて行動しなさい」

 

「反省してる。残り96話は完璧に情報収集するまで保留にするわ」

 

「二度とやるなって言ってるの!」

 

ダイニングに笑い声が満ちる。

皆とにぎやかな時を過ごしているうちに胸に抱えていたものが消えていくのを感じた。

なんでもないお茶の時間は、私に一つの答えをくれたように思える。

 

楽しい時間はあっという間で、歓談しながらケーキを食べ終えると、

みんな私に礼を言ってまたそれぞれの居場所に戻っていった。

私は玄関先に座り込んで、また草原を通り抜ける爽やかな風に当たっていた。

すると、壁からエリカが抜け出てふよふよと隣まで飛んできた。

 

「楽しそうだったでござるな。位牌の中まで皆の笑い声が聞こえてきたでござる」

 

「あんたも来ればよかったのに」

 

「眠っていたから夢か現実かよくわからなかったのじゃ。

里沙子殿に聞いたら本当に皆で語らっていたそうな。惜しいことをしたでござる」

 

「本当によく寝るわね。そんな暮らしぶりじゃ悪を討つなんて夢のまた夢よ」

 

「ピーネ殿まで里沙子殿のようなことを言うでござる……」

 

自分で言って気がついた。悪について。エリカはどう思ってるのかしら。

 

「……ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」

 

「なんでござるか?」

 

「あんたにとっての“悪”って何?」

 

「弱き民を喰い物にし、己の欲望を満たす者のことじゃ」

 

サムライの戦う理由を聞いた私は、ひとつだけ伝えておくことにした。

 

「そう。でも気をつけなさい。その悪は“弱き民”の中にも紛れ込んでるから」

 

「どういうことじゃ?」

 

私は答えずに立ち上がって伸びをする。

正解とも間違いともつかない私の主観を語ったって仕方ない。

 

「さーてね。ところでさ、エリカ」

 

「ふむ。なんであろう」

 

「……また、悪と戦う時が来たら、その時は私も連れていきなさい」

 

「なんと。ピーネ殿もサムライの魂に目覚めてしまったと、そういう事でござるか!?」

 

「違う。でも、なーんとなく、この世はぶっ飛ばしたくなるやつが多いって気づいたの」

 

「また一緒に賞金首を探すでござる」

 

「ええ、必ず」

 

景色だけは格別のボロ教会から、世界を眺めるように草原を見渡す。

今回の冒険はこれでおしまいだけど、これからはもっと遠くの世界を見てみようと思う。

彼が見られなかった夢の国が、どこかにあるかもしれないから。

 

 



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史上最大規模のミス
色んな意味でいっぱいいっぱい


あたしはスマホを握りしめたまま立ち尽くしていた。

激しい言い争いを聞きつけたみんなが心配そうにあたしを見てる。

さんざ怒鳴りまくって息が切れていた。

まさか“奴”がここまで無能だとは思っても見なかったわ。

 

「はぁ…はぁ…なんとかしなきゃ」

 

だからっていつまでもこうして突っ立ってるわけにもいかない。とりあえず適当な席に着く。

いくらいい加減なこの企画だろうと、今回は時空の歪みだの後付設定だのでごまかしちゃだめ。

それは特色じゃなくてただの甘え。

なんであたしがこんなことしなきゃいけないのかマヂ不明だけど、奴の尻拭いをする必要がある。

 

「里沙子さん、どうぞゆっくりと深呼吸を。……一体どうしたというのですか?」

 

エレオがあたしをなだめるように声をかけてきた。

みんなにも説明しなきゃね。この企画始まって以来の最低最悪なミスを。

とりあえずさっきの電話の内容を話したほうが早そう。

 

「みんな聞いてくれる?ちょっとっていうか、かなりマズい問題が起こった」

 

「すげえ声だったぞ。何がどうしたんだ。話してみろよ」

 

「人生で吐いたことのないほど汚い言葉を浴びせてやったけどそれは置いといて、まずは聞いて。

ほんと信じらんないから」

 

全員がテーブルに着くと、何から話そうか少し考えをまとめてから口を開いた。

そうそう、全ての始まりはあの違和感。

 

「ルーベル。ちょっと前にあんたの友達、シルヴィアさんだったかしら。

彼女のことで一悶着あったじゃない?」

 

「あ、ああ……お前に大怪我させちまったよな。悪かった」

 

「誤解しないで、謝ってほしいわけでもないしそもそも誰も悪くない。

あたしが言いたいのは、その時感じた奇妙な感覚」

 

「奇妙な感覚って、なんかあったのか?」

 

「あったの。当時の記憶を巻き戻して再生するわよ。

エピソード『昔書いたSSの方が~』より抜粋」

 

>クロノスハックはあまり使いたくない、というか使えない。

>新世界なんかもっと無理。

 

「クロノスハックはお姉さまの特殊能力ですわね。何かおかしな点でも?」

 

「ねぇ、みんなに聞きたいんだけどさ、“新世界”って何?」

 

全員が口をぽかんと開けて、“あ”と発音した。

少なくとも我が家では、種族身分身長年齢学歴関係なく驚き方は同じらしい。

 

「そういえば、ワタシ、聞いたことない」

 

「妹のカシオピイアでも知らないのは無理もないわ。あたし本人ですら知らないんだから」

 

「新世界……わたしも聞いたことがありませんね」

 

「でしょでしょ?だからまたあの野郎が勝手に間に合わせの新設定作ったんだと思って

スマホで文句言ってやったの。そしたら何て言ったと思う?」

 

「もう!もったいぶってないでさっさと言いなさいよ!何よ新世界って!」

 

前回まで存分に出番を堪能したピーネが癇癪を起こす。

実は彼女にはまだやってもらうことがある。この後をお楽しみに。

 

「信じられないわよ。“国際会議編で習得した能力だからなかったことになってる”ですって」

 

「国際会議編なんてありましたっけ?わたくしが覚えていないだけかもしれませんが」

 

逆にここんとこまともな出番がないジョゼットが申し訳程度のセリフを口にした。

 

「大丈夫。全員覚えてないから。ここまで言えばもうわかるでしょう」

 

「あのう、それってまさか……」

 

頭脳明晰のエレオが最初に気づいた。頭を抱えながら答え合わせ。

 

「正解。……そう、そうなのよ。その国際会議編とやらは、夢オチで終わったから

そこで起きたことは全部なかったことになっちゃったのよ!!」

 

今度は“えー!?”が異口同音に発せられた。

いくら書きたいように書くがモットーの当企画でもこれは許されることじゃない。

単に消滅した設定を間違えて使っちゃっただけの話。

 

「じゃあ里沙子さんは、持ってるはずのない能力を使おうとしちゃったってことなんですか?」

 

「奴のとんでもないミスでね。しかも修正しようのないドでかいの。

あたしはこれについて何らかの辻褄合わせをしなきゃならない」

 

「しかし、タイムパラドックスの修正など、どうすればできるのでしょう……」

 

「新世界とやらを改めて習得し直すしかない。

それでも一度やらかした矛盾がなくなるわけじゃないけど、一応読者への詫びにはなる」

 

「だがよう、アテはあんのか?新世界とやらの。どんな能力なんだ」

 

「とりあえず奴から電話で聞き出した。クロノスハックのグレードアップ版。

今度は擬似的なものじゃなくて、完全に時間を停止させるものらしいわ」

 

「すごいです~本当に時間を止めちゃうなんて」

 

「ちょっくら外で修行してくるわ。

心配しないで、ドラゴンボールみたいな長編にはならない予定だから。ほら、ピーネも行くわよ」

 

席を立つついでにピーネも連れ出す。

この娘にもちょっとした面倒を味わってもらわなきゃならない。

 

「待ってよ。なんで私が里沙子の修行に付き合わなきゃいけないわけ?」

 

「実はね、あんたにもとんでもない設定上の矛盾があるの。

この際だから一緒に修行して脱線事故真っ最中のこの企画を修正しましょう」

 

「矛盾って何よ!まさか賞金首との戦いで活躍しすぎたって言うつもりじゃないでしょうね!?

あれはちゃんと勉強して身につけた魔法なんだからあんたの文句は聞かないわよ!」

 

「そ、そうですぅ……ピーネちゃんはいつも熱心に魔導書を読んでお勉強してるんですよ。

もっとも、その様子が描写されたことは一度もないんですけど」

 

「ほら、ジョゼットが証人よ!私の力は私のもの!修行なら里沙子一人でやれば!?」

 

やっぱ最初から説明するしかなさそう。

あたしはひとつため息をついてから少し長めの説明を始める。

 

「はぁ。かなり昔の話になるけど、あんたがここに来た時、他に2人魔族の子がいたでしょ」

 

「ワカバとガイア?ふたりがなんだってのよ」

 

「当時の記録から抜粋。エピソード『保存してるWordファイル数と~』より」

 

>建物や木の陰で薄暗く、子供が遊ぶには十分以上のスペースで、連中が缶蹴りをしてた。

>「隙あり、シュート!」

>「ピーネちゃん、空を飛ぶのはずるいよー」

>「そうよ……ワカバ達は足も遅いのに」

 

「だーかーら!結局何が言いたいのよ!暇つぶしに缶蹴りしてただけじゃない!」

 

「今にわかるわ。更に抜粋。エピソード『ハーメルンがなくなった時に備えて~』より」

 

>「ずるいわよ!降りてきなさい、私だってまだ飛べないのに!」

 

「あっ……」

 

「あんた、飛べるの飛べないの、どっち?」

 

「飛べ、ないんじゃないかと思う。

わざわざハッピーマイルズの街まで歩いて行ったくらいだから」

 

指をもじもじしながら返事したけど、ちょっと目が泳いでる。

 

「本当に?忘れてるだけで実は飛べるってオチじゃないわよね」

 

「多分本当だってば。多分……」

 

「怪しいわね。まあいいわ、この際確認の意味で一緒に来て羽動かしてみなさい。

飛べたら飛べたでディスプレイの前の皆さんにごめんなさいしなきゃいけないし」

 

「なんで私が謝らなきゃいけないのよ!」

 

「そんなのあたしが聞きたいわよ!今回の話だってあたしらに責任押し付けないで

謝罪文1万字書けって言ったけど“それじゃ読んでて面白くないから”だって。

マヂ性根が腐ってる、あいつ!」

 

「ほらほら二人共、ギャンギャン喚いてないで落ち着けって。

確かに悪いのはあいつだが、現状放っとくわけにもいかねえだろ。里沙子の…新世界だったか?

そいつだってどっちにしろ存在を確かなものにさせないと物語の柱がぐらついたままだ。

奴に報いを受けさせる方法は後で考えようぜ」

 

見かねたルーベルが醜い者同士の争いを止めに入った。また大声を上げたせいで息が上がる。

堂々巡りする状況に嫌気が差したのか、

まだ不服な様子なピーネもギッとあたしを睨んでしぶしぶ折れた。

 

「もうこんなことはこれっきりだからね!?

パルフェム、パフェはあんたじゃなくて里沙子に奢らせるからお金を出す必要はないわよ!」

 

「はいはい、わかりました。お姉さまもそれで納得してくださいな。

いつまで経っても話が終わりません」

 

「了解。そろそろ展開がダレてきたから修行に行きましょう」

 

「誰のせいだと思ってんだか……」

 

「まぁまぁ、ピーネもわかってやれよ。元々は里沙子のせいじゃないんだから」

 

「物語の不祥事は主人公の責任よ。まぁ、私は里沙子が主人公だなんて認めてないけど」

 

「へーい、あたしゃしがないモブキャラですよ。気が済んだなら早速お外にレッツラゴー」

 

「がんばってくださいね~」

 

ようやく先に進めるわ。まだ修行が始まってすらいないのに無駄に疲れた。

あたしは特殊警棒でトントンと肩を叩きながらピーネを連れ出して聖堂から玄関の外に出た。

ドアを開けると思い切り新鮮な空気を吸い込んで気持ちを切り替える。

 

「さーて、修行つっても何すればいいのかしら」

 

「なんにも考えてなかったの?本当頼りないんだから」

 

「そうねぇ。とりあえずあんたの実は飛べる疑惑を解消しましょうか。

できるかどうか見るだけだから一瞬で終わるし」

 

「できないって言ってるじゃない。後、疑惑じゃなくてあの時はなぜか本当に飛べてたの」

 

「だからそれは奴の設定管理が……あーもう、いいからちょっと羽ばたいてみ?」

 

「指図しないで。ほら、これで満足?」

 

ピーネが翼を広げて力いっぱい風を受けるように動かしてみせた。

バッサバッサと一生懸命飛び立とうとするけど、やっぱり体は1cmも浮かばない。

 

「ふぅ…やっぱり物理的な揚力だけじゃなくて魔術的な浮力も要るわ」

 

「ふむふむ。あんたは飛べない。今後はこれを正式な設定にしましょう」

 

「どうせなら飛べることにしてよ。空からあんたに植木鉢落とせるじゃない」

 

「あらいけない子。少年犯罪の温床になるから飛行能力は削除。はい決定」

 

「なによ!できるようにするために修行するんじゃなかったの!?」

 

「今の一言でなくなった。いやー残念だわ。

空を舞う能力を身につけるためにあたしが組んだ完璧なカリキュラムがパーよ。

いやはやなんとも残念無念」

 

「嘘!どうせ考えちゃいなかったくせに!」

 

「次こそちゃんと修行するわよ。

今後も物語のキーになるであろうクロノスハック・新世界。これは形にしないとね」

 

「聞きなさいよ!」

 

とは言え何をどうすれば今のクロノスハックを新世界に昇華できるのか。

さすがにあたしも考え込む。とりあえず首に下げたミニッツリピーターを手に取る。

 

「最大出力で今できる擬似的時間停止を限界まで使ってみる。

ピーネ、その辺の石ころをあたしに向かって投げなさい」

 

「へぇ、たまには愉快な事を言うのね。お望み通りダサいメガネかち割ってやるわ!」

 

にへへと笑って自分の握りこぶし大の石を拾うと、

ピーネ選手が大きく振りかぶって…投げました!

同時にあたしは金時計の竜頭を押して、最初から魔力を全開にしクロノスハックを発動。

石はあたしの目と鼻の先で停止。

いや、完全には止まってなくてよく観察するとごくゆっくりと動いてる。

感覚的には分速1cmくらい?新世界になるとこれがピタリと停止するってわけね。

 

止めた時間の中で腕を組んで考える。

時間的矛盾の彼方に消え去ったあたしはどんな経緯で新世界を身につけたのかしら。

おとと、その前に石を避けなきゃ。石の軌道から退いたあたしは尚も考えを巡らせる。

もう普通のクロノスハックは殆ど時間制限気にせず使える。だけどそれから先が手詰まり。

 

「そもそもザ・ワールドみたいな能力を発現させるなんて、

別次元のあたしは相当追い込まれてたはず。

承太郎だってロードローラーの下敷きになる直前で11秒目の世界を生み出したんだし。

……こうしてのんびり考えてても埒が明かないわね」

 

ふとした思いつきだけど、他に方法がない。覚悟決めるしかないみたいね。

今回の馬鹿げた騒動を丸く収めるにはあたしも体を張らなきゃ。正直怖いけど、やるしかない。

あたしはジョゼットが世話してる花壇のそばに立つと、

囲いとして使って余ったレンガをひとつ手に取る。

 

そこで一旦クロノスハック解除。魔力の錬成を終わらせると、

滞空していた石がグオン!と速さを取り戻し、明後日の方向へ飛んでいった。

 

「ちぇー、やっぱり当たんないのかー」

 

「当たり前でしょ。おかげで新世界をモノにできたわ。協力ご苦労」

 

「今ので?小石1個で習得できるなんて、随分単純な能力なのね。

里沙子らしいと言えばらしいけどさ。あーあ、ここまで大騒ぎしたのが馬鹿みたい」

 

「言えてる。そんで、改めて性能テストしたいから、今度はこれを投げてよ。

次もきっちり顔面狙って」

 

あたしはずしりと重さが手に食い込むレンガをピーネに差し出す。

 

「えっ…?これをあんたの顔にぶつけろって?」

 

「そ。まあ投げたところで完全完璧な進化を遂げたクロノスハックの前には無意味だけどね。

じゃあ、早いとこ頼むわ」

 

ピーネが小さな両手でレンガを手にして戸惑った様子で問う。

いくら小さな女の子の腕力で投げるとは言え、

こんなもんまともに食らったらメガネが割れる程度じゃ済まない。

 

「ほ、本当に大丈夫なんでしょうね?時間停止は完成してるのよね?

投げてもちゃんと止まるのよね?」

 

「余裕余裕。いや、あたしもこんなに早く覚えられると思ってなかったわ。

尺が余ったからついでにかめはめ波の練習でもしようかと思ってるくらい。ほら、はよ」

 

「投げるわよ?本当に投げるわよ?」

 

「ダチョウ倶楽部の振りじゃあるまいし、いいから」

 

「うん……」

 

不安げに何度かあたしとレンガを交互に見てから、ようやく投げる体勢を取る。

こうでもしないとこの娘は投げない。反抗期真っ只中だけどそのくらいの分別はわきまえてる。

と思う。多分。信じてるわよ?

 

「ばっちこーい!」

 

「え、えーい!」

 

とうとう迷った末、背伸びをするようにレンガを持ち上げ、

体のしなりを使って重いレンガを投げた。硬い石のような塊が正確なコントロールで飛んでくる。

さっきも言ったけどやっぱり怖い。でも限界までクロノスハックは使わない。

それこそ鼻の1mm先に接近するくらいまで。

そこまで自分を追い込まないと能力の発展進化は見込めないのよ。

 

激突まであと50cm程度。握った金時計が手汗で濡れる。

あと30cm。クロノスハック使ってないけどなんだかレンガの動きが遅く感じる。

認識に体が追いつかないから動くこともできないけど。

残り10cm。あのレンガこんなに大きかった?

とうとう5cm切った。冗談抜きで失禁しそう。鼻って折れたらどれくらい痛いのかしらね。

2cm!発動までの時間を考えるともう限界!

 

──クロノスハック!!

 

マナを燃やして錬成した魔力が体内を循環するまで残された時間はゼロコンマ以下。

お願いだから間に合って!発動が先か顔が潰れるのが先か。

ああ、なんでこんな馬鹿なことしちゃったのかしら。やめとけばよかった。後悔先に立たず。

時間よ、怖いから早く止まりなさい。ハリアップ!

 

レンガの感触が鼻先に到達。もう手遅れ。

 

……と思った瞬間、視界から色が消えた。一切がモノクロの世界が訪れる。

突如変貌した世界に驚きながら、開きっぱなしだった目で何度もまばたきをする。

頭にレンガを食らって脳がおかしくなったわけじゃない。

 

「これが……完全停止の時間の力?」

 

不可思議な空間の中で動けることにようやく気づくと、

ぴくりとも動かないレンガの脇に回り込み、指先で恐る恐る触れようとしてみる。

その瞬間、全てが色を取り戻し、レンガが風を切って飛んでいった。

壁にぶつかったレンガはボロい木材を少しえぐって粉々になり、地面に散らばる。

 

「ね、ねえ里沙子。大丈夫……?すごい息だけど」

 

ぼーっとそれを見ていると、ピーネの声で我に返った。

気づけば確かに呼吸は激しくなり、心臓も痛いほど拍動してる。

まだ覚えたての能力は効果も短くて身体への負担が大きいみたい。

どうにか平静を装って返事をする。

 

「ごほっ…はぁ、はぁ。あはは、2回連続は流石にキツかったみたいね。

かめはめ波は無理っぽい」

 

「脅かさないでよね!こっちからは顔に当たったように見えたわよ!時間止めるの遅い!」

 

「本来は時間止めること自体無理な注文だと思わない?」

 

「なんでこっちがヒヤヒヤしなきゃいけないんだか!

あ、いや、別に里沙子の顔が潰れたトマトになろうが構わないけど、

それでも投げた私の責任問題になるのよ!まったく、いい迷惑だわ!」

 

「文句なら今880円+税の安物キーボード叩いてるバカに言ってよ。

じゃあ、用事も済んだし中に戻りましょうか」

 

「なーんか疲れちゃった。里沙子、紅茶入れて。お砂糖3つね」

 

「そうね。ジョゼットに頼んでおやつの時間にしましょうか」

 

「あんたが淹れなさい!」

 

死ぬ思いをして当企画の致命的欠陥を無事修正したあたし達はダイニングに舞い戻った。

修行と言ってもそんなに長い時間外にいたわけじゃないからみんな待っててくれたの。

 

「おい、汗びっしょりだぞ。何やってきたんだ?」

 

「新世界の習得。成功。ピーネは結局飛べないままにしておくことになった」

 

「納得行かない!もう一話使って私にも修行させなさいよ!」

 

「これ以上過去の設定いじくると収拾がつかなくなるの。我慢して」

 

「おめでとうございます。新たな能力を習得されたのですね」

 

エレオが微笑みを浮かべてあたしの健闘を讃えてくれた。死ぬほど怖かったからもっと褒めて。

 

「ありがと。まだ使えるのはほんの数秒程度だけどね」

 

「今、タオルを持ってきますね~汗を拭いてください」

 

「サンキュー。あたしは姫様のお達しでお茶係やっとくわ。おやつにしましょう」

 

「ワタシも、手伝う」

 

「では、パルフェムはお茶菓子を。ピーネさんは座っていらして。

お姉さまの修行に協力してくださって、ありがとうございます」

 

「気が利くじゃない。しなくていい労働の対価としては物足りないけど?」

 

「こら。あたし以外にはちゃんと礼を言いなさい」

 

「ふふ、構いませんわ。パルフェムとピーネさんの仲じゃありませんか」

 

ポットでお湯を沸かしながら考える。過去の過ちの修正としてはこんなところかしら。

駄目って言われても、これ以上を求められたところで奴にできることはないんだけど。

 

話は変わるけど、最近急に暑くなってきたわね。

これからお茶もホットからアイスにしようかしら。

今日のところはいつものブラックにして、みんなでおやつタイムを楽しんだ。

次回からはせめてまともな厄介事を持ってきて欲しいもんだわね。

 

本格的な夏になる前に魔導空調機やコスモエレメントも出して暑さ対策しておかなきゃ。

……これは無くしたりしてないわよね?あたしは少し不安になった。

 

 




*やたら多い話数を管理しきれず、大変失礼致しました…


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1.久々の一話完結 2.実りの秋 3.生存報告
でも実際食べると胃に重かったりする。


○玉ねぎくん 第5172話 大道芸人

 

「さあさ、よってらっしゃい見てらっしゃい!ここに取り出したるは東洋に伝わるゴマの油!

ただの油じゃあござんせん!210度に熱したこいつをあっしの腕にかけるとどうなるか!?」

 

「わー、見てられねえ」「怖いわー」「ひええ、やけどしちゃうよ」

 

「こいつをバシャンとひとすくい!火傷なんかしやしません!

あっしが我慢してるわけじゃあござんせんよ!

摩訶不思議なこの油、毎日朝にひとさじ飲めば、お肌ツルツル元気モリモリ!

本日はこの不老長寿の霊薬を1瓶たったの10G!10Gでお分けしようじゃありませんか!」

 

「こりゃすげえや」「2瓶買うわ」「ぼくもー」

 

「はい、ありがとうございやす。いい買い物をなすったね。そこの兄さんもありがとう」

 

大変だー!玉ねぎくんが170度で揚げられて救急搬送されたぞ!

 

「なんですって!?」「170度なんて無茶な!」「心配だわー」「お見舞いにいこう」

 

ぞろぞろ

 

「……わしの身体どうなってんの?」

 

 

 

日課になってる漫画を読み終えると、あたしは新聞を畳んでテーブルに置いた。

ギャグになってるのかなってないのかイマイチ不明な微妙さ加減を楽しむと、

食後のコーヒーをまたすすった。

季節はすっかり夏。去年しんどい思いをして手に入れたコスモエレメントのおかげで

暑さは凌げてるけど、あの味が恋しくなる。

 

「ああ、うなぎが食べたいわ」

 

「お前が毎日読んでるそれ、どこが面白いんだ?」

 

ルーベルがあたしの後ろを通り抜けるついでに放り出された新聞を見ながら聞いてきた。

 

「少しでいいからあたしのぼやきに触れてほしい」

 

「知らねえよ“うなぎ”なんか。なんだそれ」

 

「この世界は肝心なものが入ってこないのね。あたしの故郷で珍重されてる高級魚よ。

細長くて黒くてヌメヌメしてる。最近は漁獲量が激減して値段が高騰してるけど」

 

「お前の大好きな銃火器がちょくちょく流れてきてるだろうが。

で?お前はそのうなぎとやらを食いたいと。うまいのか、それ?」

 

聞きながらテーブルに着き、いつものように水を飲む。と、人のこと言ってられないわね。

もう熱中症に気をつけなきゃいけないからあたしもこまめに水分補給しなきゃ。

 

「甘いタレで焼いた蒲焼きは脂が乗ってて身もホクホクしててたまんない。

それに美味しいだけじゃないわ。精がつくから夏バテしがちなこの時期には毎年食べられてるの」

 

「ふ~ん。私らは暑さ寒さとか関係ないが、人間にとってはありがたい魚だろうな」

 

「思い出したらまたあの店のうな丼を食べたくなってきたわ。

蒲焼きが二重になってて肝吸いまでついてたの」

 

「あのなあ。大体お前は贅沢なんだよ。

ただでさえ魔導空調機やらコスモなんちゃらで猛暑を快適に過ごしてるってのに、

まだ高い魚を食いたいだと?街のみんなはこの暑い中なんにもなしで働いてるんだぞ」

 

「貧乏と贅沢アピールほど不毛なものはない」

 

「そもそもこの企画自体ファンタジーなのに文明の利器に頼りすぎだ。

お前が定期的に誰かさんと連絡取ってるスマホだの、

エアコンの名前変えただけの魔導空調機だの、全然出番はないがここにあるラジオだの」

 

「そこんとこは大目に見てよ。あんまりガチガチに世界観にこだわると話が作れなくなる」

 

「ガチガチじゃない。ユルユルだ」

 

「ガミガミ怒らないでよ。今回の話だってろくにテーマがないまま始めたから

1300字書いた今の時点で筆が止まってるんだし。

あ、いっそカタカナ4字のオノマトペを思いつく限りひたすら挙げるってのはどうよ。

久々に1万字狙えるかも」

 

「ちっとも面白くないし字数ありきでSS書くようになったらおしまいだ。奴に伝えとけ」

 

「後でメールしとく。……だけどまあ、この家がボロだけど色々設備が充実しすぎてるってのは

確かにちょっと問題かもね。

そう言えばこの世界の一般的な生活水準ってあたしよく知らないのよね。

一文無しだったのは企画始まってからほんの少しの間だったし」

 

「いい機会だ。この夏の間、便利なもん一切なしで生活してみたらどうだ?」

 

「最悪。考えられない。冷房なしの夏なんて暑がりのあたしに死ねって言ってるようなもんよ。

そうねえ……さっきあんたが言った街の連中の暮らしってどんな感じなのかしら」

 

「まあ、ああは言ったがそれほど酷くはないんじゃねえか?

夏は毎年来るがみんな死んでるわけじゃねえんだし」

 

「そうね。熱中症にさえ気をつければ秋まで騙し騙しやってけるんじゃないかしら」

 

「じゃあお前も今年はコスモエレメント封印な」

 

「それは断る」

 

こんな感じでいつもどおり中身のない会話で時間を潰すあたし達。

あたしらが恵まれてるのは認めるけど、他の連中が不幸ってわけでもないと思うのよね。

ミドルファンタジアはアースみたいに地球温暖化は進んでないし。

よっぽど自己管理がなってない奴以外は文句言いながらも生活できてるに決まってる。

 

 

 

 

 

暑い。と文句を言う気力さえありません……

這うように台所に行くと汲み置きの水からコップになみなみと水を注ぎ一気飲み。

あっ、水瓶の水がなくなりそうです。また井戸から汲んでこないと。

だけど強烈な日差しの照りつける外に出るなんて考えただけで倒れそうです。

 

そう言えば今日は食事も取ってません。食欲がないんです。

さっき洗面所で顔を見ましたが目にうっすらと隈ができていました。

神様だから死なないとは言え、こんな生活を続けていたらいつか倒れてしまいます。

 

ついでに言うとお金もありません。エレオノーラちゃんの家にお世話になろうかしら。

でも、里沙子ちゃんにバレたらまたお尻を叩かれるかも。

ましてやこの新作のノースリーブを見られたらどんな目に遭うか。

 

「うう……なにか、食べなきゃ」

 

棚を開けますが、パンの耳を切らしています。

昨日うっかりモヤシを腐らせてしまってから買い物にも行っていません。

どうしよう、食べ物がありません。フラフラとあてもなく神殿に足を向けます。

台所にないのに神殿に食料があるわけなんてないんですが、

判断能力が低下しているのでもしかしてという思いでドアを開けました。

 

「おいしいものは、ないかしら」

 

誰もいない神殿。イーゼルや美術品だけが並び、人はいません。

学校も夏休みで、働く元気もないので絵画教室もお休みにしてるんです。ええと、食べ物食べ物。

神殿をうろつきながらとにかく食べられるものを探します。

画材道具を探ると……あ、ありました!

カンバスに炭で下書きをするときに消しゴムとして使うパン。灯台下暗しとはこのことですね!

 

さっそく一つ口に放り込むと、少し元気が出てきました。

この元気がなくなる前に次の手を打たないと。とりあえず裏口に回って井戸から水を汲みます。

井戸水を汲むのは地味に体力を使う重労働ですが、おかげで水瓶の水が元に戻り、

必要最低限のライフラインを確保することができました。

最悪死ぬことはないでしょう。元々死なないんですけど。

 

何か買いに行ければいいんですけど、先程申し上げたようにお金がないんです。

財布を取り出して開けてみます。

でも、開けなくても感触だけで金額が分かる程度しか入ってません。

 

「3G……いっそどこかでお金借りちゃおうかしら。

でも里沙子ちゃんから“消費者金融に手を出したら縁切る”って言われてるしぃ」

 

諦めて財布をしまい、また画材道具をゴソゴソと漁ります。

でも、さっきみたいな幸運がそうそうあるわけもなく、

他には筆や絵の具、パレットなど食事という行為からは程遠いものばかり。

ふと長細い箱に揃った絵の具に目が留まります。

 

「もしかしたら、これおいしいかも?」

 

ローシェンナのチューブがなんだか生キャラメルに見えて、

食べられそうなというか美味しそうにさえ見えてきました。キャップを外して口に近づけます。

そして思い切って中身を吸い込もうとした瞬間、絵の具の油臭さで我に返りました。

 

「やだ、何やってるのかしら私!」

 

チューブを投げ出して思わず後ろに下がります。

危なかったー!もう少しで神様どころか人間をやめるところでした。

あまり時間は残されていないようです。

きちんとした食事をしないと、空腹で何をやらかすかわかりません。

考えるのよ、マーブル。食べ物を手に入れる方法がどこかにあるはず。

 

神殿をうろつきながら考えを巡らします。お金か食べ物を得る方法。必ずあるはずです。

服や靴を質に入れる?あー、あー、そんな現実は嫌いです。聞きたくないです。

いえ、贅沢とかそういうのじゃなくて、芸術の女神としてみすぼらしい格好はできないというか

常に美を追求した装いをする義務があるのです。あるのです。

 

頭を使っているとお腹がぐぅと鳴りました。

さっき食べたパンが早くも消化されてしまったようです。

どうしましょう、結局なんにもできないまま時間を無駄に使ってしまい……

 

ドンドン おるかー?

 

心臓が跳ね上がるかと思いました。この借金の取り立てのような訪問の仕方は。

恐る恐る玄関に近づいてドア越しに声をかけます。声の主はわかってるんですけどね。

 

「あのう、燃焼マナの料金は先週お支払いしたはずですけど……」

 

“大変よろしい。ドア開けて。あたしよ”

 

ドアノブを回して扉を開けると、見慣れたグリーンのワンピースの袖をまくった里沙子ちゃん。

それにご友人たちも。怒ってはいないみたい。

 

「里沙子ちゃん。エレオノーラちゃんたちも、急にどうしたの?」

 

「帝都に遊びにきたの。せっかくだからあんたも誘おうってエレオが」

 

「お久しぶりです、マーブル様」

 

エレオノーラちゃんがぺこりと一礼。この娘が一緒なら安心……ってわけでもないんですよね。

暴れる時は状況に関係なく大暴れしますから、里沙子ちゃんは。

 

「出不精の里沙子ちゃんが珍しいわね。なにか、あった?」

 

「うん、それなんだけどさ」

 

そして里沙子ちゃんがこのタイミングで訪れてきた理由を語り始めたのです。

一言で言えば単なる偶然だったんですが。

 

 

 

 

 

あたしらが贅沢かどうかでどうでもいい議論を交わしていると、

ワクワクちびっこランドからパルフェムがトテトテと小さな足音を立てながら出てきたのよ。

会話が丸聞こえだったらしい。

 

「お姉さま、うなぎでしたら皇国に転移していましてよ。

パルフェムもこちらに来るまでは毎年うな重に舌鼓を打っていたものです」

 

「マヂで!?」

 

意外な事実に二人共驚いた。同時にあたしはガセネタつかませたルーベルにぶーたれる。

 

「なによ、やっぱりあるんじゃないの!あんたの情報使えないわね!」

 

「うっせえな!皇国の魚まで知るわけねえんだからしょうがねえだろ!」

 

「まあまあ、二人ともケンカはお止めになって。確か帝都の皇国料理店で出していたはず。

少々お高い店ですが、いい機会ですから皆さんで一緒に食べに行きませんか?」

 

「行く行く!ルーベルも肝吸いくらいなら飲むでしょ?」

 

「いや、だからその肝吸いとやらも知らねえんだって」

 

「どう言えばいいのでしょう。そう、うなぎの肝を一粒あしらったスープのことですわ。

澄んだ出汁が非常に香り豊かでルーベルさんも美味しく召し上がれるかと」

 

「そっかー。なら私も行こうかな」

 

「話は聞いたわ!私も連れていきなさい!」

 

今度はピーネがなにやら機嫌がいい様子で部屋から飛び出してきた。

 

「うなぎとか肝吸いとかよくわかんないけど、高いお店なんでしょう?

里沙子に払わせればいいのよ!」

 

「はぁ、まだ賞金稼ぎ編のこと根に持ってるの?呆れた。じゃあパフェは無しでいいわね?」

 

「あー…ちょっと待って。パルフェム、うなぎとパフェってどっちが高いの?」

 

「うな重特上の値段で大盛りパフェが10杯は食べられますわ」

 

「じゃあうなぎにするー!どんな味か全然想像つかないけど!」

 

「多少無理をしても一生に一度は口にすべきかと。

特に天然物はなかなか手が出ないお値段ですから」

 

「なら2回はおかわりしてやらなきゃね。ウシシ」

 

「言っとくけど、どれだけ高かろうが飲食店の出入り程度で

あたしの資産に傷を付けられると思ったら大間違いだから。

付け加えると、あんたの胃袋じゃうな重3人前は食べ切れない」

 

「皆さん楽しそうですね」

 

2階からエレオノーラが落ち着いた歩調で階段を下りてきた。

そうそう、帝都に行くならこの娘にお願いしなきゃ。

 

「エレオー。ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

 

「はい、なんでしょう」

 

事情を説明すると、エレオは快諾してくれた。

悪いわね。あなたが次期法王だってことは忘れてないから。

 

「なるほど、わかりました。帝都までの往復は任せてください」

 

「ごめんね~味は保証する。損はさせないわ」

 

「こちらこそご馳走になってすみません」

 

「ふん、礼なんて言わなくていいわ。前から奢るって約束してたんだから」

 

「うなぎとパフェじゃ値段的に雲泥の差がどうの」

 

「おっし、それじゃあみんなに声かけてくるか」

 

ルーベルが席を立ち、皆の個室に向かった。何時出発がいいかしらね。金時計で時間を確認する。

 

「そうね。この時間なら……少し早めの夕食ってことで今から出ても良さそう。

あたしも支度して来よっと」

 

「あ、待ってください。お店に行く前にあの方のところに顔を出してもいいでしょうか。

久しくお会いしていませんから」

 

ガンベルトを取りに行こうとしたら、エレオに呼び止められた。

何かしら。帝都の知り合いに会いたいみたいだけど。

 

「あの方って誰?法王猊下?」

 

「いえマーブル様に」

 

「あはは、誰それ。チョコレートじゃあるまいし」

 

「えっ!?芸術の女神マーブル様ですよ!この教会にマリア様とイエス様をお描きになった!」

 

「冗談冗談。覚えてるっていうか思い出した。あのファッションオタクね、うん」

 

正確にはやや冗談で残りマジ。一瞬ガチで忘れてた。

エレオの言う通りしばらく会ってないから様子見がてら寄ってみるとしますかね。

万年金欠状態のあいつがまともな生活を送れてるのか気になるし。

 

 

 

 

 

里沙子ちゃん一行がうちに来た経緯はこんなところみたいです。

道中、エレオノーラちゃんの提案でその皇国料理店に私も誘おうという話になったとか。

 

「ありがとうエレオノーラちゃん、愛してるわ!」

 

心優しい次期法王に抱きついて頬ずりします。

 

「あ、はは。どうか、お礼なら里沙子さんに……」

 

「う~ん、モチモチでスベスベで……ぐえっ!」

 

「はーい、お客さん。お触りはご遠慮願いますよ」

 

冷たい目をした里沙子ちゃんに思い切り襟首を掴まれ引き剥がされてしまいました。

 

「もう、本当に乱暴なんだから!神様にそんなことしたら、めっ!」

 

悪い子のおでこを人差し指でちょんと一突き。

……あああ、里沙子ちゃんの目が血走って来たぁ!

今度こそ殴られるかと思いましたが、彼女は何度も深呼吸してから続けました。

 

「……なんか色々暴力的な選択肢が頭に浮かんでるけど飯の前に暴れたくないからやめとく。

余計なやり取りは省くわよ?今から皇国料理店にうなぎを食いに行く。

付いてくるかこないか選んで」

 

「うなぎって、なあに?」

 

「質問は許可しない。あと1秒で答えないと置いていく」

 

「ああ、行きます行くから!」

 

結局何がなんだかわからないまま里沙子ちゃんたちと一緒に行くことにしました。

エレオノーラちゃんも付いてるし、変なものは出てきませんよね?

 

 

 

やってきました皇国料理店“のんべんだらり”。

建っているのは帝都でも特に高級ホテルや飲食店が立ち並ぶエリア。

そんなところに初めて足を踏み入れた私は若干浮かれていました。

座敷という個室に通された私は、皇国風の店内が珍しくて

キョロキョロと内装や調度品を見回します。

椅子ではなく、床に直接座るスタイルも初めてでもう大興奮です。

でもやっぱりそんな様子を見てた里沙子ちゃんに怒られます。

 

「少しは落ち着きなさいな、みっともない。大の大人が食べ物屋ではしゃいでんじゃないわよ」

 

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」

 

キモノという見たことのない制服で注文を取りに来た女性に里沙子ちゃんがオーダーします。

 

「全員うな重。……あ、1人だけ肝吸いで」

 

「うな重は松竹梅とございますが、いかがなさいますか」

 

「全部松で」

 

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 

湯呑みという取っ手のないコップに入った緑色のお茶を飲みながら

店員さんが去るのを見届けると、目を輝かせて里沙子ちゃんに聞いてみます。

 

「ねえねえ、“まつたけうめ”ってなに!?」

 

「上品な店なんだから大きな声出さないで。……料理のランク。松が一番上」

 

「そ、そう……あのね里沙子ちゃん。私、今絵画教室とかお休みで~」

 

「あたしが持つから心配しなくていいからとにかく落ち着くことに専念して」

 

うんざりしながらも答えてくれました。

里沙子ちゃんもお茶を飲むと、今度は彼女も少し目を見開いて驚いた様子。どうしたんでしょう。

 

「あら。そういや、こっちの世界に来てから緑茶飲んだの初めてだわ。

ずっと無いと思ってたけど、あるとこにはあるのね」

 

「皇国では当たり前のように飲まれていますわ、お姉さま」

 

「へぇ。今度個人輸入のカタログで探してみるわ」

 

「よかったですね。確か緑茶とは里沙子さんの故郷の飲み物だとか」

 

「そうなのよ。ずっとコーヒー飲んでると、たまに飲みたいなって思うの。あー、懐かしい味」

 

嬉しそうに緑茶を飲む里沙子ちゃん。機嫌が良くなったみたいでなによりです。

そうこうしていると、店員さんが黒塗りの箱をいくつか持ってやってきました。

皆さんの前に一つずつ並べます。

 

「はーい、みんな蓋とってー」

 

里沙子ちゃんの合図で蓋を開けると……やはり未知の世界が広がっていました。

敷き詰められたご飯の上に、香ばしく甘い匂いを放つタレで焼かれた肉厚の魚の身。

空きっ腹にはたまりません。

 

「大半の人にとっては初めてだろうけど、まあ食べてみて」

 

みんなでいただきますを言うと、二本の棒でうなぎを切り分けご飯と一緒に一口分をつまみます。

この棒の扱いに少々手間取りましたが、なんとか口に入れると……

 

「おいしい!」

 

「そりゃなにより。欧米人っぽい人の口に合うかほんの1mmくらい気になってたから。

うなぎの魅力は世界共通ね」

 

「むぐむぐ。この魚、脂が乗っててボリュームがあって最高!

ここ最近の空腹が一気に満たされていくわ!」

 

「だから騒がないでって。……それにあんた。まだモヤシ炒め生活なの?

また洋服に大金つぎこんでるんじゃないでしょうね?」

 

「ち、違うわ!普通にうなぎが美味しいって意味だから!生活には困ってませーん!」

 

「そうお?ならいいんだけど」

 

それでも疑わしげな目で私を見てきます。本当、里沙子ちゃんは勘が鋭くて怖い。

 

「へー、この肝吸いってやつ、本当いい香りだな。

具が少ないしサラっとしてるからオートマトンでも無理なく食べられるし」

 

「気に入ってもらえて一安心。あんたは基本食べないから食の好みが予想つかないからね」

 

「なかなかイケるじゃない。

ハッピーマイルズじゃ見ないから、パフェよりこっちにしといてよかったわ」

 

「ふふ、お気に召したようでよかったですわ。パルフェムもうなぎは好物ですの」

 

和気あいあいとした会食はうな重の美味しさもあってあっという間に終わり、

お店の前で里沙子ちゃんが会計を済ませるのを待つばかりになりました。

季節はもう夏ですが、夜風はまだ気持ちいいです。

 

「お待たせー。高額貨幣ができたから支払いが楽になったわ、いやマジで」

 

「ごちそーさまでしたー!」

 

「はいはいお粗末様。それじゃ、あんたとはここでお別れね。

あたし達はエレオの魔法で帰るから」

 

「マーブル様、わたし達はこれにて。また大聖堂教会にお越しくださいね。

お祖父様も喜びますから。おやすみなさいませ」

 

「うん!エレオノーラちゃんもいつでも遊びに来てねー!」

 

里沙子ちゃん達と別れた私は、神殿への道を軽い足取りで進みます。

それにしても、うなぎとは不思議な魚です。

まるで分厚いステーキを食べたように身体に力がみなぎってきます。

仮にも神である私を形作る神性が満たされ、すっかり元気を取り戻しました。

これなら水だけでも学校が再開される秋まで飢えることはないでしょう。

 

お給料が貯まったら、いつかまたうなぎを食べに行きたいものです。

でも、そのお金で素敵なお洋服を買いたいという気持ちも消えません。どっちにしようかな。

私はガス灯が照らすレンガの歩道を歩きながら、

アースの諺“捕らぬ狸の皮算用”をしていました。

 

 



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暦の上では秋って言われてもねぇ

はぁ、とため息をつきながら巾着袋に入ったコスモエレメントをつつく。

触るたびに麻袋の中でゴソゴソと動くこいつにはやっぱり意思があるんじゃないかと思えてくる。

絶えず冷気を吹き出すこれのおかげで

今年は猛暑関連のエピソードをやらなくて済んでるんだけど、逆に話題がなくなって困ってるの。

とりあえず今回も貧乏くさいダイニングでスタートよ。

 

悩むなら自分の部屋で悩めって?誰かと絡まないとお話が進展しないのよ。

あたしのガンコレクションに関するウンチクを延々1万字聞きたいなら話は別だけど。

ほら、さっそくルーベルが食いついてきた。

ちなみにジョゼットもいるけどあたしと違って皿洗いに忙しく構ってくれない。

 

「どうした、ため息なんかついて。お前らしくも……いや、いつもため息ばっかりだな。

とにかくなんか心配事があるなら言ってみろよ」

 

「聞いてくれる?ねぇ。どうしたもんかしら」

 

「もったいつけんな。早くしろ」

 

そんであたしは本題を切り出した。

約一ヶ月ぶりの更新がこんな話題で数少ない読者が落胆しないかが懸念材料だけど。

 

「あんた前回、あたしが贅沢しすぎだの文明の利器に頼りすぎだの言ってたじゃない?

よく考えるとそうなんじゃないかなと思ってさ。

一応作品カテゴリに“ファンタジー”ってつけてるのにこれじゃ東京に居るのと変わんない。

何か手を打たないとこのままズルズルとあたしの日記を垂れ流すだけの

しょうもない企画に成り下がるのよ」

 

「既に半分そうなってる気もするが、意外だな。お前が私の話をちゃんと聞いてたなんて。

里沙子は何事も斜に構えてるっていうかふざけ半分でやる癖があるだろ。

人との会話だってそうだ。わざと変な言い回ししたり元ネタのわからん語尾つけたり」

 

「説教なら勘弁。あたしゃ真剣に悩んでるの。助けてくれないなら酒飲んで寝る」

 

「そういうところだ。どっちにしろ昼間っからは飲ませねえけど」

 

ルーベルったらいつの間にこんなに口うるさくなったのかしらねえ。

テーブルに顎を乗っけて恨めしそうな視線を送り無言の抗議をする。

効き目があったようで今度はルーベルが呆れてため息。

 

「……わかったって。確か魔王編でも似たようなこと言ってたな。

“ファンタジー成分が足りない”だったか?足りないなら足すしかねえだろ」

 

「どうやって」

 

「それを考えるのが主人公の役目だろう」

 

「あーあ!今の状況どうにかなるなら恥も外聞もなく“助けてママ”でも何でも言うわよ。

ガチで母さんに電話してもいい」

 

「しょうがねえ奴だな。聞くが、お前の考えるファンタジーって何だよ。

なんか参考にしたものとかないのか?昔読んだ絵本とか」

 

「参考と言えば、そうねぇ……」

 

あたしは考えを巡らせ、自分の理想とするファンタジーのお手本を脳内から探し出す。

早いとこケリをつけなきゃ“ファンタジー”がゲシュタルト崩壊を起こすわ。悩むこと数分。

……そしてまさに思い描くおとぎ話の原点に行き着いたあたしは、ポンと手を叩いた。

 

「メ○ルのアトリエ!アースにいた頃プレイしたゲームよ!」

 

「メル○のアトリエ?そいつはファンタジーしてたのか?」

 

「そりゃもう。主人公の女の子が可愛くてジャケ買いしたんだけど、

まさに世界観がファンタジーなのよ。

小国のお姫様が錬金術の力で国を盛り立てて行くっていうストーリーなんだけど、

主人公のキャラデザがまず素敵。

繊細なタッチで描かれた女の子は素で可愛かったし、

ドレスが上品さと可愛さのバランスが取れてるデザインで女のあたしでも惹きつけられたわ」

 

「なんだ、着たかったのか?ハッ」

 

「今、鼻で笑ったわね。表出なさい」

 

「悪りい悪りい。100話記念のイラスト思い出してな」

 

「なおさら笑うな。……ったく、続けるわよ?

ゲームの目的は仲間と色んな所を旅して素材を集めたりモンスターと戦ったり、

肝心の錬金術で魔法の道具を創り出したり色々。

ねえ、これってまさに異世界モノのSSにピッタリの展開だと思わない?」

 

「確かにそんな世界が誰かさんに書けるなら

この油臭い企画も少しは明るくなるだろうが、今更無理だろう。

あと、そのゲームの結末はどうなったんだ?お姫様の冒険はよう」

 

「わかんない。途中でやめちゃったから」

 

ルーベルがズルっとずっこけた。古典的な反応ありがとう。

 

「なんだよ!最後までやってねえのに長々と語ってんじゃねえ」

 

「ゲームシステムが性格的に合わなかったのよ。

さっきも言ったけど、素材を集めたりモンスターを退治したり色々やることはあるんだけど、

何をするにも日数が経過するの。

なにがしかの結果を出せずに2年経過すると強制的にバッドエンド。

ゲームはマイペースに楽しみたいあたしにはそれが耐えられなかったのよ。

決して出来自体に問題があったわけじゃない点は強調しとく」

 

「もうこの話終わりでいいか?」

 

「駄目に決まってるでしょうが!まだ今回の話は始まってもいないのよ!?」

 

「だったらお前は何がしてえんだよ!」

 

「アトリエシリーズをこの企画でやる」

 

「ん~……?なんかデジャヴっていうか似たような展開があったような気がするぞ。

そうだ、前にお前が悪役令嬢になるとか言い出したときだ。流行ってるからとか何とか言って。

結局お前は元々悪役だって結論に落ち着いたが」

 

「そうよ。あんたの心無い妨害でおじゃんになったあの企画よ。

今度はあのネタの二の舞にはならないわ。まっとうな手段で事を進めるんだから」

 

「お前錬金術なんか使えねえだろ。どうするつもりだよ」

 

あたしは立ち上がってフフンと不敵に笑い、完璧なプランを発表する。

 

「畑を1枚買うわ!育てた野菜を素材として収穫して、料理を錬金術ということで代用する。

あの女の子だってパイとか作ってたし。

これなら国中を歩き回って面倒くさい素材集めや開拓なんてしなくていいし、

お手軽楽チンにファンタジー成分を盛り込める!」

 

「趣旨変わってきてるぞ。まぁ、お前がそれでいいなら私は構わねえけどな。

里沙子が少しでも働く気になったのは何よりだ」

 

彼女の言葉にハッとなる。そうよ、これって立派な農業じゃない。

あたしが真面目に働くなんてそれこそ企画の終わりを意味する。

大体、畑1枚買うのだって面倒くさい。

街の不動産屋に出向いて耕作に向いた土地を探して契約して、

更に種や肥料を買い揃えてそれからそれから……ああ考えるだけで何もやる気がなくなる。

急にテンションが下がって力なく座り込んだ。

 

「やめた。一から準備するの面倒くさい」

 

「お前にはがっかりだよ。ずっとそうやって言い訳してろ」

 

「まあまあ。里沙子さんが一瞬でも真人間になろうとしたんですから応援しましょうよ」

 

皿洗いを終えたジョゼットが、エプロンで手を拭きながら話に加わった。

あたしはテーブルに寝そべりながらルーベルの文句を聞き流す。

 

「無駄だ。希望はまさに一瞬で立ち消えた。こいつはもうどうしようもねえ!」

 

「働きたくな~い。頑張りたくな~い」

 

「こういうのはどうでしょう。

毎週ミサにいらっしゃる信者の方に農業を営んでいるご夫婦がいるんです。

わたくし、今度お二人にお仕事を手伝わせてもらえないか頼んでみます。

そしてご褒美に少しだけ農作物を分けてもらうと。

これなら里沙子さんの言っていた素材の収穫や錬金術を疑似体験できると思うんですが、

どうでしょうか」

 

「へぇ、お前って顔が広いんだな。さすが何年も教会仕切ってるだけあるぜ。

……おい里沙子、聞いてんのか!」

 

「うい?」

 

「うい、じゃねえ。ジョゼットの話聞いてたのか?

自分が言い出したことなんだから、話がついたらちゃんと畑仕事手伝うんだぞ。

これすら怠けるようなら私はもう本当に知らん。一生酒抜きだ」

 

とんでもない方向に話が進みだしたから慌てて抗議する。

 

「ちょっと待ちなさい!別にしなくてもいい労働とあたしの酒に何の関係があるのよ!」

 

「なら、ここでくすぶっててお前にこの企画立て直せるのかよ!ファンタジーらしい企画によ!」

 

「あたしに責任押し付けないで!農家の人だってこのクソ暑い中仕事なんてしてないわよ!」

 

「普通に夏野菜収穫してるわ!お前が始めた話だろうが!

自分の言葉に責任も持てないやつなんかが主人公名乗ってんじゃねー!」

 

「ケンカはやめてくださーい!!」

 

ジョゼットの叫びで思わずあたしらも言い争いを止めた。

同時に彼女の声を聞きつけた住人が集まってくる。

 

「どうしたのですか?皆さんすごい声で」

 

「うるさいわよ里沙子。ただでさえ暑いのに余計昼寝ができないじゃない」

 

「ああ、なんでもないのよエレオ。当企画の方向性について議論してただけ。

ピーネは寝るな、以上」

 

「嘘つけ、なんでもなくねえだろ。里沙子の怠け癖が悪い形で出てきたんだ」

 

「エレオノーラ様~、お知恵を貸してください。

さっきからルーベルさんと里沙子さんがいがみ合ってばかりで」

 

「ともかく、事情を聞かせていただけますか?」

 

「はい、実はですね……」

 

 

 

一週間後。あたしはジャージに軍手姿でハッピーマイルズ近郊の農地に突っ立っていた。

そばではジョゼットが農家の夫婦に挨拶してる。後ろにはお目付け役のルーベルが。

 

「この度は無理なお願いを聞いてくださってありがとうございました。お世話になります~」

 

「いいんだよぉ、ジョゼットちゃんの頼みならこれくらい」

 

「そうだとも。少しでも人手が欲しいから助かるってもんさ」

 

麦わら帽子のおじさんとおっとりした感じのおばさん。ミサに出ないあたしは今日が初対面。

……そうね、今の状況を説明しとこうかしら。

あの後、緊急住人会議が開かれたんだけど、なぜか全会一致であたしが悪いってことになって

こうして結局農作業をやる羽目になったのよ。

 

ルーベルの言い分は間違ってる。あたしは怠けてすらいない。

だって農地確保に着手する直前で中断したんだから。

PS4で言えばコンセントも差さずにゲームをしないことに決めたようなもん。

全く無駄な電力は使っていない。誰が誰を責められようか。

ぼーっとしながら心の中でブツクサ文句を言っていると、後ろから背中をつつかれた。

 

「ほら。お前もちゃんと挨拶しろ」

 

「うっ……今日は、よろしくお願いします」

 

二人の農家さんにお辞儀をすると、おじさんが元気よく笑った。

 

「あっはは!早撃ち里沙子が野良仕事してえなんて感心だなあ!

うちのせがれにも見習わせてえもんだ」

 

「本当だよお。あいつと来たら勉強もしないで遊び呆けてばっかりで」

 

「遠慮なくこき使ってやってください。こいつにとっても身体を動かすいい機会なんで」

 

勝手な事を言うルーベル。ちなみに今日はあたしの監視役で何も手伝わないらしい。

失礼極まりない。あたしは正しい怠け方を知っている。

間違って引き受けてしまった仕事はきっちりこなす。その代わり後で普段の二倍だらける。

それでこそエールがうまいってものよ。

 

「それじゃあ、さっそく今朝産まれた卵を取ってきてもらおうかな。このカゴにいっぱい。

鶏舎は向こうだから」

 

「はい……」

 

おじさんがお盆くらいのカゴを手渡すと、少し離れたところにある小屋を指差した。

中からコケコケと鶏の鳴き声が聞こえてくる。

 

「ほら行くぞ」

 

「わかってるわよ、いちいちうるさいわねえ」

 

カゴを小脇に抱えつつ小屋に入ると、鶏たちが一斉に飛び立った。

羽根やらチリやらが舞い上がって思わず顔をしかめる。

 

「うわっぷ!こら、あんたら大人しくしなさい!」

 

「文句言ってねえで卵集めるぞ」

 

「だからわかってるって!」

 

藁が敷き詰められた小屋を慎重に歩みながら卵を探す。

誤って転がってる獲物を踏み潰したら大変。ルーベルが見てるから隠すこともできない。

そのうち、藁を集めた寝床に3つほど卵を見つけた。

ああよかった。収穫ゼロなんてことになったらまたガミガミ言われる。

ひとつに手を伸ばし卵を取ろうとして……はたと手が止まった。

 

「ねえルーベル」

 

「どした。お、見つかったじゃねえか」

 

「あのさ、もしあたしがこれを回収したら、

無給で勤労をしてしまったということにならないかしら。

1話から続いてきたうんざり生活の伝統というかテンプレである自堕落なあたしの姿が崩壊し

アイデンティティの危機が」

 

「尻ひっぱたくぞ」

 

「はいはいやるから。今回のあんた、妙にあたしに厳しくない?」

 

急いでカゴに3つ卵を入れた。途中、怒った鶏に何度も手を突っつかれて痛かったわ。

軍手してなかったら怪我してたと思う。

その後も藁がこんもり積もったところや親鳥が寄り集まってるところに

卵がひしめき合ってるのを見つけて、探し方のコツを掴んだあたしは

割とすんなりノルマを達成した。ルーベルにカゴいっぱいに入った卵を見せる。

 

「これくらいでいいと思うんだけど」

 

「そうだな、十分だろ。親父さんのところに戻ろうぜ」

 

羽根まみれになりながら鶏舎から出ると、おじさんに卵の載ったカゴを返した。

 

「おお、ありがとうよ。今日もいっぱい産んだなあ」

 

「ご苦労さん。次は野菜の収穫をやろうね。はいこれ」

 

「え、あ、はい」

 

いきなり背負い紐がついた寸胴鍋みたいなカゴを渡されたから戸惑った。

なに、これが満杯になるまで野菜を入れろって言いたいの?

 

「あのー、ちなみに畑はどちらに」

 

「ここ全部だよー」

 

おばさんが背後に手を回す。見渡す限りの野菜、野菜、野菜。この人達、結構な地主なのね。

うっかり二人の前でため息つくところだった。

 

「あ、はは。色々育ててらっしゃるんですね……」

 

「そうだよ~毎年この時期は忙しくてねえ」

 

「よかったな里沙子。錬金術の素材が取り放題だぞ」

 

カゴを背負って軽く絶望的な気分に陥るあたしをよそに、無責任な事を言うルーベル。

 

「錬金術?なんだいそりゃあ」

 

「いえ、こっちの話っす!じゃあ、私達はこっちのナスから手ぇつけますんで!」

 

「頼んだよ~おじさんたちは向こうできゅうり穫ってるから」

 

おばさんと手伝わないくせに明るいルーベルは笑顔で手を振り合う。

あたしは重い足取りでナスの(うね)に向かう。

大きく育った株がずらりと並び、これまた丸々と太ったナスがいくつも連なってる。

今度こそおばさん達が向こうに行ったのを確認してからため息をついた。

 

「始めようぜ」

 

あたしはルーベルを無視して株の前にしゃがみ込み、預かった収穫鋏でナスの収穫を始める。

まずは一本茎を切って背中のカゴに放り込んだ。これをあと何回繰り返せばいいのか。

残りの株を眺めようとして即、目を逸らした。辛い現実を受け入れなきゃならなくなる。

 

「膝が痛~い。腰が重~い」

 

「農作業だっつってるのになんでガンベルト巻いて来るんだよ、馬鹿」

 

「イノシシが現れたら射殺して牡丹鍋にできるでしょうが。

モンスター退治のクエストも達成できて一石二鳥よ。またひとつアトリエに近づける」

 

「お前イノシシさばけるのかよ」

 

「食べられそうなところ切り落せばなんとかなるに決まってる」

 

「計画性ってものをいい加減身に付けろ」

 

ルーベルと罵り合いしつつ一時間くらいしたかしらね。ナスは大体片付いた。今度はオクラ。

がっしりした実を割と太い茎から他の余分な茎ごとまとめて切り離す。

それにしてもこの暑さはどうにかならないものかしらね。炎天下の作業で汗が止まらない。

日差しが痛いしメガネに汗が伝って視界が悪い。

無意識に軍手で拭ってしまいレンズに泥が付いた。最悪。少し気分を変えましょう。

 

米は南京 おかずはひじき

牛や馬でもあるまいし

朝から晩まで こきつかわれて

死ぬよりましだと あきらめる

 

あせをしぼられ 油を取られ

血を吸いとられて その上に

ほうり出されて ふんづけられて

これも不運と あきらめる

 

「失礼な歌を歌うんじゃねえよ……」

 

「放っといて。聞こえなきゃ問題ない。今のあたしを的確に表現してるでしょうが」

 

そう言えば素材ひとつ集めるのがどうしてこんなにしんどいのかしら。

あたしの記憶では少なくともメ○ルはこんなに苦しそうな顔はしてなかったはず。

ひょっとして舞台裏では悪態つきながらタバコでも吸ってたのかしら。

確かに今あたしはアトリエっぽいことをしているはずなのに、何がこうも違うのかしら。

どこでボタンを掛け違えたのかしら。

 

“おいで~休もうか~”

 

不毛な自問自答をしていると、おばさんのあたしを呼ぶ声が聞こえた。

立ち上がると腰がバキバキで痛い。やだもう。帰りたい。

とにかく作物で重くなったカゴを木陰で休むおじさん達の前に下ろした。

 

「これ……野菜です」

 

「あれまあ、たくさん穫れたねえ!ありがとう。おにぎり作ってきたから、食べな」

 

「いただきます……」

 

「お疲れ様です、里沙子さん!お茶どうぞ!」

 

ルーベルと同じく働いてないジョゼットが水筒から冷えた麦茶をくれた。

 

「一生懸命働いてる里沙子さんなんて初めて見ました!わたくし、少し感激してます!」

 

「それに関しちゃ私も驚いてる。途中で隙を突いて逃げ出すんじゃないかと思ってたが」

 

「……逃げたって家に帰れば酒を召し上げられるだけでしょうが」

 

「へへ、わかってるじゃん」

 

「何がおかしいのよ」

 

おにぎりを頬張りつつ麦茶で水分補給。

熱中症対策には経口補水液が効果的らしいけど、自作はめんどいし美味しくない。

商品名は伏せるけど、アースにいた頃試しに一本買ってみたの。腐ったポカリみたいな味がした。

あれの世話にならないようこまめに水を飲めという教訓だと思ってる。

 

どうでもいい思い出話はさておいて、腹も満たし喉も潤したところで作業再開。

新しいカゴを担いで今度はズッキーニの畑に向かった。

 

ひたすら野菜の収穫を続けること数時間。ようやく地獄のような労働から解放される時が来た。

トマトの詰まった最後のカゴを置いた瞬間、思わずその場にへたり込んでしまった。

 

「こんなもんで、いいかしら~」

 

「はいよ、ご苦労さん!がんばったねー!助かったよ、あっはっは!」

 

あたしより遥かに多い作業をこなしていたはずなのに、まだ体力が有り余ってる様子のおじさん。

これがベテランの違いってやつなのかしらね。

今度はおばさんがニコニコと笑いながら近づいてきた。

 

「今日はありがとね~これ、みんなで食べておくれ」

 

おばさんが収穫物で大きく膨らんだ網袋を差し出してきた。おおっと思わず一歩引くほどの量。

念願の素材を手に入れた喜びで少しだけ疲れを忘れる。

 

「まあ……ありがとうございます」

 

「礼を言うのはこっちさ~よかったらまた手伝っておくれ」

 

「なんと言っていいか、本当にお世話になりました」

 

お辞儀はしたけど“はい”とは言わなかった。

 

「それでは皆さん。わたくし達はこれで失礼します。来週のミサでお会いしましょう」

 

「またね~気をつけて帰るんだよ」

 

あたし達はそれぞれ農家さん達に別れを告げると、教会への帰路についた。

重い荷物は早々にジョゼットに押し付け、足を引きずりながらひたすら我が家を目指す。

気づけばもう夕暮れ時。ふと気がつく。

収穫だけで1日が経過するあのゲームのシステムは、

実は現実世界に基づいたリアルなものだったんじゃないか。

お姫様とは程遠い泥んこの姿で、しばし夕日を見つめて感慨にふけっていた。

 

ギリギリ夜になる前に帰宅。

野菜や卵の整理はジョゼットに任せ、まず汗でベタベタになった身体をシャワーで流す。

日焼けした身体に湯がしみて悲鳴上げるかと思った。今ならはっきり言える。二度とやらない。

風呂から上がると、ちょっと早いけど動きやすいパジャマに着替えてダイニングに舞い戻り、

残りのクエストに手を付けた。

 

「正直しんどいんだけど、仕事は翌日に持ち越さない。余計面倒になるからね」

 

つまり、錬金術。あたしの場合は料理なんだけど。冷温庫にしまってあった野菜と卵を取り出す。

住人全員分だからかなりの量。まず野菜を洗わなきゃ。

キッチンで桶に水を張って、ひとつひとつ洗っては食器用布巾で水分を拭う。

ナス、パプリカ、オクラ、ズッキーニ等々、色とりどりの野菜がまだ山積みになってる。

うんざりしながらもう一つ手に取ると、誰かが隣に立った。

 

「手伝うよ。これを洗うんだろ」

 

「どういう風の吹き回し?」

 

もう一つ桶を取ってルーベルの前に置いた。

蛇口から水を入れて同じくジャブジャブと洗い始める。

 

「ん、疲れてるだろうと思ってな」

 

「ふーん。まあ実際疲れてるから助かるけどさ」

 

「普通の事だが、仕事を投げ出さなかったのは偉いと思うぜ。

……確かに、今日はきつく当たり過ぎたよ。悪かった」

 

「別に。いつものことじゃない」

 

「お前が本当の意味で駄目な人間になるのが見てられなかったんだよ」

 

「いいってだから。……なら、エール3本。それで手を打つ」

 

ルーベルはふっと軽く笑うと短く答えた。

 

「わかったよ。明日は寝てていい」

 

「マジ?ダメ元だけどこんなにあっさり通るとは思わなかったわ。4本って言えばよかった」

 

「それは通らん。何があろうと」

 

だべりながら二人で洗っていると、案外早く野菜が片付いた。

 

「後は自分でやるわ。これ以上分担するとあたしの錬金術にならない」

 

「オーケー、任せた」

 

次は野菜を切る。時間がないから手についたものから大雑把に一口大に切る。

もう晩飯時。急がないとピーネが癇癪を起こす。野菜が切れたら鍋に油を敷いて炒める。

この時、ブラックペッパーやバジル、鷹の爪と言った香辛料を少し多めに。

 

十分火が通ったら、一旦野菜を別の皿に移し、ボウルに卵を割り入れる。

8個くらいでいいかしら。続いて菜箸で卵を溶く。

よく混ざったらさっき炒めた野菜を投入。これで下ごしらえは完了。

 

いよいよ最終段階。と言っても要するに焼くだけなんだけど。

フライパンに野菜入り卵液を一人分流し込み、火にかける。

ふつふつと泡が立ってきたら菜箸で両端から形を整え、ある程度固まったら

フライパンを跳ね上げ一気にひっくり返す。最後に火から下ろして10秒ほど余熱を通すと。

 

「できた…!まずは一人分」

 

完成品を皿に盛り、2つ目に取り掛かる。

まあ野菜を炒めた時点で6、7割出来上がってるから残りもそんなに時間はかからなかった。

テーブルに並ぶあたしの作品。ルーベルが興味深そうに見てる。

あたしは宙に向かって大声を上げた。

 

「めしー!!」

 

あちこちから腹を空かせた亡者共がわらわらと出てくる。

みんな席につくと見慣れない物体を珍しそうに見る。

 

「今夜はあたしが作った。味は保証しない」

 

「お姉さまが?楽しみです。香りもなんだか食欲をそそりますね」

 

「里沙子でも料理なんて女らしいことするのね。驚きだわ」

 

「料理じゃないから。錬金術だから」

 

「お姉ちゃんの、料理……おいしそう」

 

「だから錬金術だって。ゲームで言えばDランクの代物だろうけど。

冷めるからそろそろ食うわよ。いただきます」

 

各自でお祈りやいただきますを済ませると、

さっそくあたしが合成したアイテムにナイフを入れる。

 

「これ……おいしい!」

 

「いろんなお野菜がピリ辛に味付けされてて食が進みます~」

 

「夏野菜のスパイシーオムレツ。

カレーにしてもよかったんだけど、ここじゃカレールーが手に入らないのよね。

卵の出番もなくなるし」

 

少しだけ切り分けたオムレツをルーベルも試してみた。

 

「うん、頑張った甲斐があるじゃねえか。うまいぞ」

 

「どうも。残暑の日差しで死ぬ思いをした価値はあるってことかしら」

 

「皆さん皆さん聞いてください!

今日、里沙子さんが農園で普通の人みたいに働いてたんですよ!それはもう別人のように!」

 

「飯時に騒がない!久々に治療薬行っとく?」

 

「すいません……とにかくオムレツに入ってる野菜は里沙子さんが穫ったものです」

 

「素晴らしいですね。勤労はシャマイム教でも特に美徳とされていますから」

 

「お褒めの言葉嬉しい限りよ」

 

あたしが作ったショボいオムレツでもみんなが盛り上がってくれたならそれで何より。

食事を終えて解散すると、ダイニングで約束通り冷えたエールで一杯やる。

喉を通り抜ける爽快感と遅れてやってくる豊かな香りはやっぱり最高。

昼間の労働がなによりのつまみ。

 

「ぷはっ!ああ、たまらん!これまだ1本目よ?

つまりまだ2本残ってるってわけ。この幸せが。わかる?」

 

「うっせえな、もう酔っ払ってんのかよ」

 

「こんな贅沢めったに味わえないんだからテンションも上がるわよ。

今回も無事に1話完結するし、アトリエシリーズに感謝ね」

 

「で?話蒸し返すが、お前的にどうだったんだ今回」

 

「どうって?」

 

「ファンタジーがどうのこうのだよ!少しはお姫様の世界に近づけたのか?」

 

「あー、それね……今日の出来事を振り返ると、

ルーベルとだべり、あたしがひどい目に遭う、最後は酒。うん、よくあるパターンだったわ。

おもっくそアトリエに寄せたつもりだったんだけど、なんでこうなっちゃったのかしらね。

アハハハ」

 

「昼間言ったけどもう一度言っとく。計画性がないからだ!」

 

「こんなあたしでごめんなチャイナ!イヒヒヒヒ!」

 

「笑いすぎだ、畜生。ああうるせえ!」

 

あと追加。大したオチがないのもいつもと同じ。

 

 




「あきらめ節」
作詞:添田唖蝉坊
作曲:高田渡
https://www.uta-net.com/song/222915/


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大学時代に買ったハクキンカイロの性能が健在どころかすんげえ強力。

「か、書けた~……」

 

ようやく最後の一通をしたためたあたしは、思わず万年筆を放り出し

便箋の山にドシンと顔から突っ込んだ。見守っててくれたみんなから称賛の言葉を受ける。

 

「お疲れ!いやあ、里沙子が逃げもしねえで全部書くとは思わなかったぜ。偉い!」

 

ルーベルがあたしの肩をバシバシ叩く。痛いやめろ。

 

「そうですよ!里沙子さんのことだからどうせ色々もっともらしい言い訳を並べて

やめちゃうに決まってると思ってたけど、見直しました!」

 

「本当にお疲れ様でした。寒い冬ですが、里沙子さんの心のこもったお手紙で

皆様も温かい気持ちになってくださることでしょう」

 

「お姉ちゃん、えらい……」

 

「あくまでここの代表はお姉さまですからパルフェム達が代筆するわけにも行かず、

結局すべてお任せすることになってしまい申し訳ありませんでした」

 

パルフェムは小さな手で無数の手紙の束、その一部をつかんでみる。

言っとくけどこんなもん氷山の一角よ。氷山と言えば思い出すのは氷山空母ハボクック。

某PCゲームに登場した冗談みたいな架空兵器なんだけど

実は建造計画だけは存在してたという説が……

 

「どうでもいい話の前に言うことがあるでしょうが!

子供でもあるまいし手紙書いたくらいで褒められて喜んでんじゃないわよ24歳!

みんなも何褒めてるのよ!いくら数が多くたって8月からずっとチンタラ書いてたら

誰でも終わるわよ!むしろ遅いわバカって叱るべき!」

 

「んん……朝からキーキーワーワーうるさいわね。言うことって?

あ、ジョゼット、コーヒーちょうだい。それと後で一発だから」

 

「は~い。……え、なんでですか!?」

 

あたしはしんどさを隠そうともせずムクリと上半身を起こし、

なぜか不機嫌なピーネに向き合った。本当この娘は癇癪持ちなんだから。

この過酷な重労働を見事やりのけたあたしに誰がケチをつけられようか。

 

「もう、何が気に入らないってのよ」

 

「まず最初に状況説明っていうか、いやいやそれよりお詫びが先でしょうが!」

 

「お詫びって?」

 

「酒の飲み過ぎでとうとう脳みそが溶けたんじゃない!?

断りもなく長期休載したことに対する読者へのお詫び!例の“奴”から預かってるんでしょ!」

 

「叫ばなくても聞こえてるから。……ああ、そんなのあったね」

 

あらやだあたしったら。確かにあのバカから手紙預かってたのよね。

スカートのポケットに入れっぱなしにしたきり忘れてて

クシャクシャになったメモを取り出す。

 

「これね。ええと?読むわよ」

 

メールならともかく、紙の手紙が届くなんておかしいだろって突っ込みたくなるだろうけど

我慢してほしいの。

マリーの店で変な瓶を見つけたらこの手紙が入ってたっていう複雑な事情があってね。

 

そう、こともあろうにあのバカタレは、謝罪文が異世界に届くと本気で信じて

瓶詰めにして川に放流しやがったのよ!

もし読者の方に凄腕のハッカーがいらっしゃるなら、

奴を見つけ出して個人情報ぶっこ抜いてSNSに垂れ流していただいても構いませんので。

少し痛い目を見れば現実から目を背ける癖が治るかもしれない。

とにかく聞くだけ聞いてやって。

 

 寒さも日毎に厳しくなる今日このごろ、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 突然ではありますが、うんざり生活をお読みくださっている方々、

また過去に読んでいただいた方全てにお詫び申し上げます。

 何の連絡もなく長く当企画を放ったらかしにしてしまい、お詫びのしようもありません。

もしいたらの話ですが、当方の身を案じてくださっていた心の優しい方がいらしたとしたら

今一度謝罪申し上げます。

 8月から更新が途絶えた理由についてご説明させていただきますと、

昨今の社会情勢による体調不良などではなく、

これまでにないスランプに見舞われていたというそれだけの事情でございます。

くだらない理由でご心配ご迷惑おかけしたこと、何度お詫びしてもしきれません。

 この上、まだ本調子には程遠く、月一どころか

季節に一回更新も保証できかねる状況であることを謝らなければなりません。

なぜこうなってしまったのか自分でもわかりません。

ただ書きたいという気持ちだけがあるのですが、

肝心の文章が一文字も浮かばないという有様です。

 もう“見捨てないでください”などと図々しいお願いなどできる立場ではないのですが、

せめてどなたかが当企画を去られる前に謝らなければという思いから

どうにかメッセージを書かせていただきました。

 終わらせたくはないのですが、書けない状況です。

次回更新もいつになるか見当がつきません。

目障りでしたら遠慮なくお気に入りリストから外していただけると幸いです。

最後までお手数をおかけして申し訳ありません。100話を越える与太話を支えてくださった

全ての方に感謝と謝罪の意を込めて。 焼き鳥タレ派

 

読み終えてゴミ以下の紙切れを投げ出す。聞いていたみんなの表情は明らかに苦々しい。

ダラダラと女々しい言い訳を聞かされたんだからしょうがないけど。

 

「うーわ、なっが。今更よく読者の前にツラ出せたものよね」

 

「パルフェムが思うに、この男は何も反省していませんわ。

自己嫌悪に陥ってるフリして“おかえり”だの“心配してた”だの

甘い言葉を期待してる感が丸出し。お見通しです」

 

「地球で勤めてた頃にもいたわそんな類の甘ったれ。先に自虐しといて予防線張っときゃ

同情買えるって考えてたんだろうけどあたしは息の根を止めるまでやめなかった」

 

「何があったかは知らねえし知りたくもないから言わなくていいぞ」

 

「ねえ里沙子。謝罪文に似せた泣き言に出てきた“昨今の社会情勢”って何よ。

どうして世の中の動きが体調不良と関係あるの?」

 

「今、アースで太陽ガスと同じような名前のウィルスが猛威を振るってるらしいの。

これ以上名前すら見るのも勘弁って人もガチでいるから伏せてるけど」

 

完全に何もかもがグダグダな状況の中、ルーベルがポリポリと頬をかきながら

何かに気づいた様子で妙な声を上げた。

 

「んぁー?確か前回もこんな感じでデジャヴってた気がするぞ。

……そうだそうだ、なんかのゲームをこっそりパクってる疑惑が持ち上がったときも

似たようなことになったな」

 

「FGOよ。敵が強くなって戦力も頭打ちになって進めなくなってからやらなくなったらしいわ。

パクるわ逃げるわカイジ以下のクズね」

 

「あ、あのう。仮にも復活回なのでメタ話はここまでにしたほうがよろしいのでは……?」

 

遠慮がちに入り込んできた当教会の頭脳。そうよ、エレオの言う通りだわ。

もう2000字超えてるってのに冒頭の展開について何も説明できてない。

これじゃ奴の謝罪文らしきものも単なる字数稼ぎに成り下がる。

 

「ごめん、エレオ。もうこの話はよしましょう。ガラリと話題を変えたほうがいいわね」

 

ガラリ

 

「お姉ちゃん……できた」

 

「ありがとー。お疲れ様」

 

手紙の束と宛先のリストを差し出してきた妹に感謝と労いの言葉をかける。

この娘、さっきのダベりの間黙々と書き上げたもののチェックをしてくれてたのよ。

で、お前は何の手紙を書いてたんだって?

 

「……ったく、どこのバカよ年賀状なんて面倒臭い文化持ち込みやがった迷惑野郎は!

ミドルファンタジア中ひっくり返してでも見つけ出して

デザートイーグルでロシアンルーレットさせてやるから!絶対!

将軍なんて“我も一筆入魂するとしようガハハ!”とか意気込んでるし、

数少ないまともな知り合いのロザリーもかわいいレターセット買ってるとこに

ばったり会っちゃったのよ。うちにも書くって嬉しそうだったから

シカトするわけにも行かなくなったでしょうが!」

 

「わたくしは素敵な文化だと思いますけど~。

一年の締めくくりにあえて見知った親しい人にお手紙を出すなんて。

新鮮な気持ちで新しい年を迎えられますから、クリスマスに続く新しい慣習を

信者の皆さんも喜んで受け入れてらっしゃいますよ?あ、コーヒーどうぞ」

 

「ありがと。……ふぅ」

 

ジョゼットから受け取ったコーヒーを一口飲むと昂ぶった精神がやや静まった。

落ち着いたあたしはトンチンカンな事を言うシスターに教え諭す。

 

「あのねぇ、年賀状なんざ地球で煩わしい存在になって廃れたから

この世界に流れ着いてきたの。

今は珍しいからありがたがられてるんだろうけどいずれ同じ末路を辿るに決まってる。

それまで付き合わされるこっちの身にもなってよ。ついでにあんた微妙に誤解してるわ。

これは年末に届けるものじゃなくて年明けに届くよう12月に書くの。

早め早めに仕分けしないと郵便局がパンクするでしょ。

……って淹れてもらっといてなんだけど、あんたコーヒー淹れるのに何分かかってるのよ」

 

「え、そうだったんですか?

どうしましょう、わたくし信者の方にもう出してしまいました……」

 

「ああ大丈夫よ。ちゃんと表から年賀状だってわかるようになってるのよね?

この時期、年賀状は普通郵便とは別に保管されて

元日に臨時バイトフル稼働させて配られるシステムになってる」

 

「そうなんですね!一安心です~」

 

ちなみにミドルファンタジアにおける年賀状はハガキじゃなくて封筒ね。

宛名を赤で書けばそれで年賀状の印。

日本発祥のくせに最低クラスの無作法とごっちゃにしてんじゃないわよ。

この世界に文化や風習が流れ着くたびいつも思う。やるならちゃんとやれ。

 

そういやなんで人の名前を赤で書いちゃいけないのかしら。わかった思い出した。

昔、英語の教師が

刑務所の囚人名簿を赤で書いてたのが一説だって言ってたようなああどうでもいい!

真偽の不確かな豆知識をひけらかす悪い癖がまた出てしまった。

余計な考えを振り捨てて無理矢理話を元に戻す。

 

「ま、まあ、その臨時バイトとやらが配りきれなかった年賀状をどっかの溝に捨てて

ニュースになるのが毎年正月の恒例行事なんだけど」

 

「えっ!?全部ならまだしも、どなたか一人にだけ届かなかったらどうしましょう」

 

「きっとその方は大変傷つくでしょうね……配達員の皆様の良心を信じるしかありません」

 

「無責任な野郎がいるもんだな。人の手紙なんて捨てるか、普通?」

 

「ひどい。見つけたら、捕まえるね」

 

皆、口々に毎年現れる不良バイト君を非難する。

あの仕事って正直おいしいから必然他の職場で通用しないような連中もわらわら寄ってくる。

あるいは真面目すぎるのかもしれないけど。

配りきれなかったら持って帰ってきてねって散々言われてるはずなんだけど、

思いつめちゃったのかしらねえ。

 

「年末のバイトってガキが多いのよね。責任感のないアホが毎年バカやらかすの。

というわけで、ジョゼットさんは不安な気持ちを抱えたまま良い年をお迎えください、以上」

 

「もう、余計不安にさせないでくださいよ~。

企画が生き返ってもやっぱり里沙子さんは意地悪です!」

 

「まったくだ。私達も久しぶりの登場だが、里沙子は本当相変わらずだよ。

口を開けば余計なことばっか。黙ってりゃあ少しは…そうでもないか。酒飲むし」

 

「何よ!あんただっていきなり人のことディスってんじゃないわよ!」

 

「言われたくないなら中指立てんな」

 

「まあまあ落ち着いてください!そうです、いいことを思いつきました。

皆さんで一緒に街に行きませんか?

里沙子さんが書いてくださった年賀状を郵便局に持っていきましょう」

 

「この寒いのに?里沙子ひとりに行かせればいいじゃーん」

 

「ピーネがあたしの利益に対して一切無慈悲なのはわかりきってるから安心なさい。

最後に、これも年末の恒例行事」

 

あたしは二通の手紙を取り出した。差出人はユーディ、そしてパルカローレ。

 

「貴族の姉ちゃんと領主の嬢ちゃんじゃねえか。なんか用事でもあったのか?」

 

「違う。年賀状の流行りに乗り遅れまいと慌てたのか知らないけど、

早く出しすぎたせいで普通郵便とみなされて先月届いたの。こういうせっかちも毎年いる。

ホント、仲悪いくせにしょうもないところは似てるんだから」

 

「ヤバいな。いい加減まともな符術師見つけてやらないと

符術師イコール馬鹿ってイメージが定着しちまうぞ」

 

「言えてるわね。暑中見舞いが返ってきたのが秋だった事はあるけどこれは早過ぎ。

あ、そうだ。エレオ、聞いとかなきゃと思ってたんだけど年末年始はどうするの?

流石に正月くらいは泊りがけで帰省したほうがいいんじゃない?」

 

「はい。1月1日は大聖堂教会の新年特別ミサへ出席しなければならないので泊りになるかと。

お祖父様と帝都の皆様にご挨拶をしなくては」

 

「悪いけど法王猊下によろしくお伝えしといてくれるかしら」

 

「わかりました。里沙子さんのおせち料理が食べられないのは残念ですが」

 

「今年は変なおっさんに振り回されて新年祝いどころじゃなかったからなぁ」

 

「黒歴史ほじくり返すの禁止。

安心してよ。保存の利くものは残しとくし、ちょっとしたものならいくらでも作り直すし。

もひとつ、それでも思い出したわ。若干話題が逆戻りするけど

今年はクリスマススペシャルも新年特別企画もないから。

これすら書き始めたの10月だから2020年のうちに上げられるかわかんない。

オリンピックの二の舞にしやがったら、

あんたのグーグル検索履歴全部晒すって発破かけとくわ」

 

「頼んだぜ」

 

話があっちこっちに飛んでまるでまとまりがない。

ショボいのでもいいから読者の暇つぶしになるような事件が欲しいけど

玄関ドアすら叩かれることなく沈黙を守ってる。こりゃ本格的な再起は当分先になりそうね。

現にこうして全員ダイニングにこもりきりで

 

『こりゃー!!』

 

よかった。なんか知らないけど変なことが起きそう。という期待が一瞬浮かんで儚く消えた。

組んだ両手に額を置いてため息とともに吐き出す。

 

「人の夢と書いて儚(はかない)…何か物悲しいわね…」

 

「おい反省したんじゃなかったのか。しれっとゲームのセリフパクってんじゃねえ」

 

「じゃあこっち。“優しそうに聞こえても、これは、犯罪者のセリフです。”」

 

「ACならいいって意味じゃねえ。脈絡もねえし」

 

「お主ら!拙者を置き去りにして何を盛り上がっておる!」

 

またしてもうんざりした気持ちに苛まれつつ、私室から漂ってきた存在に体を向ける。

 

「……エリカ。出てくるならタイミングってもんを考えなさい。出るなら最初から出る。

中途半端にテンションが下がりかけてきた頃に出てくるから余計残念感が増すのよ」

 

「拙者の何が残念であるか!長きに渡る休みの前には極悪賞金首と激闘を繰り広げ、

皆に息もつかせぬ白熱した展開を披露したじゃろう!のう、ピーネ殿!」

 

「えっ?うん……」

 

微妙に目を逸らすピーネの反応は、決して手柄を立てて嬉しそう、とは言えない。

あの後もお土産にケーキ買ってきたりらしくないことしてたし。

しょうがないからエリカの出番はあたしの放言で塗りつぶしてしまいましょう。

 

「はいはい、これね。エピソード“PS5っていくらくらいするのかしら。”で完結したお話。

そうなのよ、アースじゃついにPS5が発売されるのよね。

それでちょっと気になったんだけど『物売るってレベルじゃねーぞ』の元ネタになった人って

今でもお元気なのかしら。あの人もPS5買うのかしらねぇ。

プレイステーションもあれからもう2世代目か~。光陰矢の如しとはまさにこのことね」

 

「話を聞かぬかー!……オホン、年賀状について何もわかっておらぬお主らに、

拙者が年明けの挨拶状に脈々と受け継がれてきた歴史から教示してしんぜよう。

そもそも年賀状とは古代に身分の高き者の間で行われていた新年の挨拶回りが起源であり……」

 

「あらー?確か皇国って日本と文化そっくりなのよね。

パルフェムの故郷には年賀状ってないの?」

 

「はい、パルフェムも今年になって初めて知りましたわ。

変ですわね。エリカさん、何か別の風習と誤解されているんじゃありませんか?」

 

「えっ…そのようなはずはないのじゃ。

間違いなくかつて父上の許には毎年師走に親類縁者から沢山の贈り物が」

 

「それお歳暮」

 

もう何か言う気力すらなくしたあたしは、ぼそりと一言だけ吐き捨てた。

 

「結局無理して書いたところで元に戻ったのは、

無秩序・ウンチク・エリカのグダグダ加減だけかよ。

やっぱ本格復帰は遠いな。何度も言ってるが」

 

「締めてくれてありがと。どうやって今回の話終わらせようかマヂで困ってたから。

それじゃあ皆さん良いお年を。はぁ」

 

……てな感じで、いつも通りあたしのため息でおしまいにしようと思ったけど、

やっぱりあたしからも言わなきゃね。

 

「最後になったけど、こんなダメ企画をお気に入りから外さないでいてくれた皆さん

本当にありがとう。

投稿前マイページを見るのが正直怖かったけど、全然減ってなくて思わず目を疑った。

また一桁からの再スタートも覚悟してたから。

あるいは削除ボタンをクリックするのすら面倒だっただけかもしれないけど、

とにかくやめるつもりだけはないってことだけは奴と意見が一致してる。

当分バトル展開や長編は無理だし、字数も少なくなるだろうけど、

ハーメルンの隅っこで生きていくことを許してくれると嬉しいわ。

アースの皆さんは辛い時期を送っているだろうけど、異世界から無事を祈ってる。

じゃあ、来年こそいい年になるといいわね。ごきげんよう」

 

なんとか年明け直前に伝えるべきことを伝えたあたしは、

すっかり冷めたコーヒーを飲み干し、長台詞で渇いた喉を潤した。




本当にすみませんでした。ちなみに今回も去年と同じく予約投稿です。


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