提督をみつけたら (源治)
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『僕』と『正規空母:加賀』

 

 

 

 この世界は一度滅びかけたらしい。

 

 しんかいせいかんという、怪物が現れて世界をめちゃくちゃにしたんだ。

 だけどどこからか現れた艦娘と、その辺に居た提督と、あと沢山の人たちが力を合わせてしんかいせいかんをやっつけて平和を取り戻したんだって。

 

 その後、艦娘たちは妖精さんに子供を作れるようにしてもらって、提督と呼ばれた人たちと結婚して子孫を増やしたらしい。

 艦娘たちは一定まで年を取ると、死ぬまでその姿だったらしいので、ある日ぽっくりといく(なんとなくわかるらしい)その時まで、それはもう沢山沢山子供を作ったらしく、当時ものすごく減っていた人口がそれでけっこう増えたんだとか。

 

 そうやって少しづつ人口は元に戻り、とっても長い時がかかったけれど、ようやく文明もしんかいせいかんが現れるちょっと前くらいまで復興したのが今の世界。

 

 艦娘の寿命は八十年位(※気合で伸びる)らしく、当時の艦娘は今はもう居ない。

 

 でも、艦娘は今でもこの世界に居る。

 なぜなら時々、ぽろっと提督と艦娘の子孫の中から生まれることがあるからだ。

 

 ちなみに僕のおばあちゃんのお母さんも艦娘だったんだって。

 

 おばあちゃんはよく、お母さんでもあった艦娘たちのことを僕に話してくれる。

 彼女たちは生まれ持って色んな力を持っていたり、彼女たちのための法律があったり、彼女たちの中でも『駆逐艦』『軽巡洋艦』『重巡洋艦』『戦艦』『軽空母』『正規空母』『潜水艦』『その他(適当)』色んな種類があるとか。

 

 そしてその中でも特に僕が気になったのが、彼女たち艦娘は提督適性者と呼ばれる素質を持った人としか子供が作れず、好きになったりすることも無いという話だ。

 

 正確には提督適性者、というだけでも駄目らしく、その中でも自分にあった種類の艦種適性を持ってる提督じゃないと駄目らしい。

 さらに提督適性者の中には艦種適性じゃなく、一つの艦の種類しか適性のない人もいるらしく、むしろその方が多いとか。

 

 ちょっとわかり辛いかな。

 

 一つ例を上げると正に僕のひいおじいちゃん。

 おばあちゃんのお母さんは『天城』という艦娘だったらしいんだけど、ぼくのひいおじいちゃんはその『天城』という適性しかなかった。

 そしてひいおじいちゃんと出会えたことが、ひいおばあちゃんにとっては人生の中でなによりの幸せなことだったとよく話してたとか。

 

 でも僕は思ったんだ、最初から好きになる人が決まってるなんて、なんだか悲しいことなんじゃないのかなって。

 

 そうおばあちゃんに聞くと、おばあちゃんはクスリと笑って教えてくれた。

 なんでもおばあちゃんも同じことを聞いたらしい。

 

 おばあちゃんのお母さんはそのことを聞かれると

 

『私たちの中の本能とでもいうのかかしらね、それを信じて大事な人を探す、そして見つける。まるで運命に導かれるようだけど、それを思うだけでもとっても幸せでいっぱいになるの。もう他のことなんか全部どうでもよくなっちゃうくらいに。個体差もあるでしょうけど、それは私たち艦娘にとってはとってもとってもうれしいことなのよ』

 

 そう、恋をして幸せで幸せで仕方が無い、そんな笑顔で答えたんだとか。

 

 僕はよくわからなかったけど、おばあちゃんはその答えを聞いてとても綺麗だと感じたらしい。

 そしておばあちゃんいわく、僕にももしかしたら、ひいおじいちゃんみたいに提督適性があって、艦娘に選ばれる日が来るかもね、そう言ってた。

 

 ちなみになんの艦娘の適性を持っているかは、周りの人や提督適性者側からは分からないらしく、適性に該当する艦娘がその適性者を見た瞬間、まるで雷が落ちたようにわかるらしい。

 一目ぼれというやつなのだろうか?

 

 随分長くなっちゃった。

 

 まあ、僕がどうしてこんな長々とこんなことを思ってるのかだけど……

 

 

「航空母艦、加賀です。本名は別にあるのだけど、貴方にはそう呼んで欲しいわ。……それであなたが私の提督なの? 正直かなり期待はしているわ」

 

 

 下校途中に黒塗りの高級車から降りてきた、どうにもその艦娘らしき人に絡まれている真っ最中だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『僕』と『正規空母:加賀』

 

 

 

 

 

 

 

 

 髪を片方で結ってまとめ、高そうなスーツ姿の綺麗な顔をしたおねえさん? 艦娘だから実際に何歳なのかはわから無いけど。

 彼女はいきなり僕の前に現れて道をふさぐように立ちふさがった。

 

 ……正直逃げ出したいくらい恐い。

 

 僕はランドセルについている防犯用の笛を握り締めて、ゆっくりと後ろに下がる。

 

「ご、ごめんなさい、突然で驚いたかしら。でもどうしても聞いて欲しいことがあるの、ほんの少しの時間でいいわ」

 

 僕は悲しそうにしている彼女を見て、少し胸が痛くなる。

 なので、少しだけ彼女の話を聞いてあげることにした。

 

「その、心配いらないわ。一つだけ聞きたいことがあるだけだから」

 

 そう言って彼女はとても凛々しい真剣な顔をする。

 

「……子供は何人欲しいかしら?」

 

 

 

 僕は力いっぱい笛を吹いた。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

 あの後『加賀』という人は、黒塗りの高級車からでてきた二人の女の人に「クマー」「にゃー」という掛け声にあわせて引っ張られ、車の中に押し込められて走り去って行った。

 

 僕が家に帰って今日の話をおばあちゃんにすると、おばあちゃんは「まあまあまあ」とうれしそうにして、本棚から『艦娘図鑑』って図鑑を持ってきて、とあるページを開いて見せてくれた。

 

「この人だったかい?」

 

 おばあちゃんが指差す写真に写ってるのは、胸当てに白い服と紺色のスカートを着て、肩の部分には大きな板のような防具? をつけている黒髪の女の人。

 同じページには『第一航空戦隊』と書かれた文字の下に、赤いスカートの同じような姿の人と、大きな弓を持って海の上を走っている姿の写真ものっていた。

 ちなみにこの姿はしんかいせいかんをやっつける為の戦装束というらしい。

 

 着ている服や髪の長さ、微妙な雰囲気みたいなのは違ったけれども、確かに今日あった人とよく似ていた。

 

「この人はばあちゃんのお母さんと一緒で、正規空母って呼ばれる艦種の人だね。やっぱりお父さんの血筋ねぇ」

 

 なんでも同じ種類の艦娘でも、親や生活環境で微妙に体つきや顔つきは変わるらしい。

 あと、同じ種類の艦娘が近くに居ると、のうはきょうしん? とかいうのが起きて、頭が痛くなっちゃうからなるべく違う場所に住むように注意してるとか。

 まあそんなに数が多くないからめったに起きないらしいけど。

 

「ぼんはこの人に選ばれちゃったみたいだねぇ……ふふふ、これから色々大変になりそうだねぇ。まぁ、ぼんの好きなようにするといいさね、どうしても困ったらばあちゃんにいいな」

 

 正直もうすでに困ってるんだけど……。

 

 でも、なんだかうれしそうな顔をしてるおばあちゃんを見てるとなにもいえなかった。

 ちなみに僕はその夜、今日あった『加賀』という人に手を引かれて海の上を走る夢を見た。

 

 

 

 めっちゃこわかった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「え、まじで? 提督適性持ってたのかよ、すっげーな」

 

 次の日、学校の裏庭で校舎に住み着いている野良猫に牛乳を上げながら昨日あったことを友達に話すと、ものすごく驚いていた。

 

「提督適性を持ってるって、そんなにすごいことなの?」

 

「うちの兄ちゃんが詳しいんだけどさ、宝くじの一等に当たるほうがまだ現実味があるって言ってたぜ。ちなみに提督適性をもった人とその適性が合う艦娘が出会える確率は、世界一運の悪い刑事が別居中の妻の勤める商社のクリスマスパーティーに行ってテロリストに遭遇するくらいの確率なんだって」

 

 なんだかよくわからないたとえだ、すごく低い確率とも思えるし、なぜか必ず起きることのようにも思える。

 

「調べようが無いけど、俺もなんか提督適性持ってたりしてなー」

 

「自分や機械とかじゃ調べることができないらしいからね」

 

「だよなー、調べたかったらとにかく艦娘に会いまくるしかないんだろうけど、俺らの学年で艦娘っていったらあの子しかしらないんだよなぁ」

 

 僕が同級生に艦娘なんて居たっけ、と首をかしげると友達はえーっと、と言いながら「あっ」といって校舎の屋上を指差す。

 

「あの子だよあの子、確か『大鳳』って名前の艦娘だったはず。クラスは違うけど俺らと同じ学年だぜ」

 

 友達が指す方を見ると、女の子が屋上の手すりを持ちながらじっと空を見つめていた。

 うーん、普通の女の子と全然変わらない様に見えるんだけど、言われてみると加賀さんにどこかにてなくもないような。

 

 やっぱり似てないか、色んな所の大きさが。

 

「基本的に彼女たちはせんぞく? の先生が直接指導する特別クラスだからなぁ、よっぽど特別な理由がないと近づけないし、一回話しかけようとしたんだけどさ、なんていうかその子が艦娘だって思うとなんか足がすくんじゃってさ、怖いとかじゃないんだけど話しかけられないんだよなぁ」

 

「え、そうなの?」

 

 意外だった、男になると叫びながら傘を持って二階から飛び降りた、怖いもの知らずの友達の言葉とは思えない。

 

「だって艦娘が居なかったら人間って滅びてたのかもしれないんだぜ?」

 

「それぐらいは知ってるけどさ……」

 

「なんつーか、そう思うとおそれおおいって気持ちがわいちゃうんだよなぁ」

 

 よくわからないけど、ふーん、と僕がうなずいてもう一回屋上を見ると、そこにはもう誰も居なかった。

 僕がぼけっとそこを見つめてたら、牛乳を飲んでいた猫がもっともっとっていってるみたいに「にゃー」って鳴いた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 数日後、あの時の『加賀』という人が帰り道でガードレールに腰掛けて待っていた。

 この前の服装とは違い、丈の短い紺色のワンピースに黒いハイソックスの姿だ、この前見た写真の姿と少し似ている気がする。

 でもそんなことは関係ないので、僕はとっさに逃げようとしたけど

 

「あっ、お願い待って……」

 

 と、あの時と同じようにとてもさびしそうな声で呼び止められてしまったので、またなんだか悪いような気になってしまい、ゆっくりと『加賀』という人のそばまで歩き、少し距離をとって止まった。

 『加賀』という人は少しほっとしたようだったけれど、なにを言っていいのかわから無いようで、うつむいてもじもじしている。

 

「あの……お姉さん僕になにかごようでしょうか……」

 

 僕は正直早く帰ってトイレに行きたかったので、あまり気が乗らなかったけど自分から話しかけた。

 『加賀』という人は顔を上げてぱっとうれしそうな顔をし、話し出す。

 

「その、この前はごめんなさい。急にへんなことを言ってしまって。気分が高揚してしまったというか、その……あっ、私のことは加賀と呼んでくれていいのよ、できればその、お姉さんというのはなんだか他人行儀で好きになれないといいますか……」

 

『加賀』艦娘名で呼んで欲しいということは、つまりはそういうことなのだろうか。

 

「……加賀……さん。その、この前のことはもういいので、もう行ってもいいでしょうか」

 

 あ、思わず加賀さんの名前を呼んでしまった。

 

 というのも、彼女たち艦娘は同じ艦娘と提督適性者以外に、面と向かって自分の艦娘名を呼ばれることがあまり好きではないらしい。

 そして自分からそう呼ぶようにお願いするのは、彼女たちが選んだ提督適性者だけだとか。

 

 世間では彼女たちがそう呼ぶように願い、そして提督適性者が受け止めて、その名前を呼ぶこと。

 それを『艦名の契り』とかすごい名前で呼ぶらしいんだけど……

 

 正直、僕は早くトイレに行きたい。

 

「あの、ごめんなさい、正直なんて言ったらいいのかわから無いのだけど。貴方とお話がしたいの、本当に、今はただそれだけでもいいから。えっと、と、とても美味しいお菓子とか食べないかしら? 直ぐ、直ぐそこにいいお店があるの」

 

 僕は知っている、それはふしんしゃと呼ばれる人たちが必ず口にする言葉だってことを。

 胡散臭げに後ずさる僕を見て、加賀さんはとてもあわてた風になる。

 

「あっ! ご、ごめんなさい待って、えっと、あの……。ぅぅぅ、助けて赤城さん……」

 

 そう言って加賀さんは泣きそうな顔で自分の服をぎゅっと握り締める。

 そんな加賀さんの姿を見て、僕はなんだか加賀さんが不器用なだけで、ただなんとか僕と仲良くできないか必死でがんばっているように見えた。

 

 ……そう考えると、加賀さんはそんなに悪い人じゃないのかもしれない。

 

「わかりました、いいですよ。少しだけ話すだけでしたら」

 

 僕がそう言うと彼女は驚いた顔をしたけど、その後とても綺麗な微笑を浮かべた。

 その顔を見て僕は不覚にもどきりとしてしまう。

 

「じゃ、じゃあ乗って、直ぐそこだから」

 

 そう慌てて車のドアを開けようとしたためか、彼女がひじからかけていたバッグがボトリと地面に落ちた。

 そしてバッグの口が開き中身が飛び出す。

 

 中から出て来たのは、僕が写っている沢山の写真。

 遠くから撮られたような感じなので、多分隠し撮りという奴だ。

 

 見ると加賀さんがすごく青い顔をしていた。

 

 僕はそれを見て自分でも驚くような、さっきの加賀さんにも負けない、いい笑顔を浮かべられたと思う。

 

 

 

 そして僕は力いっぱい笛を吹いた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 あの後加賀さんはまた、クマーにゃーという掛け声と共に運ばれていった。

 僕はなんだかどっと疲れてしまい、近くの公園のトイレで用を済ました。

 そしてトイレから出て公園から見える景色を眺める。

 

 海と港が見えて、その近くには沢山のビルが立ち並ぶ風景が見える。

 

 

 ここは『艦夢守市(かんむすし)』

 

 

 大きな港があり、その港と街の周りをぐるっと山に囲まれている、そんな立地の場所。

 都会とまではいかないけれど、それなりに騒がしくてそれなりに穏やかな大きさの街。

 

 

 そしてこの街には一つの噂がある。

 それは提督適性者が集まるという噂だ。

 

 

 この街には居るかもしれない提督適性者たちと、その噂を聞いてやってきた割と多くの艦娘たちと、沢山の人たちが平和に暮らしている。

 

 

 つまり、ここが僕の住んでいるところだ。

 

 




※本作は一話完結の話もありますが、群像劇だったり同じ登場人物の続きものだったりするので、順番に見てもらえるほうが楽しめるかと思います。

よろしくお願いいたします。

■適正補足
・全艦適性 全ての艦娘にヒットする(登場予定なし)
・艦種適性 戦艦、駆逐艦など、該当艦種艦娘にヒットする
・艦型適性 川内型、高雄型、など該当型艦娘にヒットする
・個別適性 特定の艦娘のみにヒットする(複数の場合有り)
・複合適性 型、個別など両方の適性を持つ組み合わせ

※基本的にこの世界に居るのは個別適性者がほとんどです。
艦種適性や艦型適性は相当少ないと思っていただければ。
ですが、話の都合上取り上げられる提督は、希少な適性を持ってることが多くなります。

■大事なこと
・提督に対しての艦娘の反応や想い、意見には個人差があります、多分
・本作は基本艦娘からの呼び名を『提督』で統一しています(例外あり)
 


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『無職男』と『駆逐艦:陽炎』

 
陽炎さん、貴方は俺にとっての光だ(ツインテール見ながら)
 


 

 無職になってしまった。

 

 

 上司にラリアットしただけだというのに。

 

 解せない。

 

 ……。

 

 嘘だよ、解せるよ。

 そんなのクビになるに決まってるじゃない。

 

 なにをやってるんだよ、むしろシャバに居るだけでも奇跡だよ。

 

 故郷を遠くはなれて、せっかくいいところに就職できたというのに、なんてこったい。

 最後は解雇扱いでなんとか穏便に取り計らってもらったものの、結果暇をもてあますことになってしまった俺は、河川敷の野球場が見えるベンチでぼけっと煙草を吸いながら自由な時間を謳歌していた。

 

 昼下がりのよく晴れた秋空の下、野球場では練習にいそしむ少女たちの姿。

 時々聞こえてくる快音や、掛け声にはさわやかな熱気が溢れかえっていた。

 若さってすてきやな、あの頃は当然のように結婚できて子供もいて、かわいい嫁さんのためにせっせと給料運んでくる働きアリの様な存在になれると思ってたのに。

 

 多分時代が悪いんだろうなぁ。

 

 いかん、だめだ。

 暇になると余計な事を考えてしまう、これはいけない。

 しかし無為の思考はとめどなくわき出し溢れ、嫌な感情が鬱積するのを止められない。

 

 そんな思考の毒沼に首までどっぷりつかり始めていたその時、目の前に野球のボールが転がってきた。

 見ると野球をしていた少女たちがこちらを見ている。

 よくもまああんな離れた所からこんな所まで飛ばせたものだ。

 

 俺は携帯灰皿に吸い終わった煙草をねじ込むと、ボールを拾って手を振っているツインテールの少女に投げ返す。

 そこそこ距離があったので心配だったがボールは無事に少女のグローブに納まった。

 少女はペコリと一礼して、綺麗なフォームで遠くの仲間にボールを投げる。

 

 まだまだやれるな俺も。

 

 そんな無意味な自信でも今はありがたい。

 よっこらセックスと、自分でもどうかと思うが面白くてやめられない掛け声を出してベンチに座り、空を見上げる。

 

「まずは職探しだな」

 

 そんな男の決意に差し込む影。

 気配を感じて前を見ると、先ほどボールを投げ返したツインテールの少女がこちらをじっと見ていた。

 年のころはよくわからない、ジュニアハイスクールくらいなんだろうか、勝気な瞳とスパッツからすらりと伸びる細い足が印象的である。

 

「なにか?」

 

 近年は目を合わせただけで通報される世の中である。

 心臓バクバクいってる、無職から犯罪者へのジョブチェンジはご遠慮願いたい。

 

「おにいさんこんな所でなにしてるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』と『駆逐艦:陽炎』

 

 

 

 

 

 

 

 

 警戒、というより何故か純粋に興味からそう聞いている、そう感じられる言葉だった。

 だが、俺はだまされない、隙があれば通報するつもりなんだ、俺は詳しいのだ。

 

「無職になったので人生を見つめなおしておりました」

 

 でも言い訳が思いつかなかったのでとりあえず正直に答えてみた。

 よく考えれば警戒している相手にさらに警戒を与えかねない情報だ。

 

 まずいんご。

 

「ふーん、へーーー、おにいさん無職なんだ」

 

 そういってニヤニヤしながら俺の座っている隣に腰を下ろす少女。

 なんだ、このライトな感じ、近い。

 彼女のやわらかそうな左右二房の髪がふわりとゆれ、僅かな汗と洗髪料の混じった甘い香が脳に直撃した。

 さらに肩をぐいぐいとこちらに押し付けてくる絶妙の力加減。

 これは癖になりそうだったが、犯罪者は勘弁なので、軽く押し返して言い放つ。

 

「なんでしょうか、無職がそんなに駄目でしょうかチクショウ」

 

「一般論でいえばいい年した男の人が無職なのは、いいこととはいえないと思うけど?」

 

 言葉というのは時に刃物のレベルを超え、魚雷レベルまで進化するらしい、現にその言葉は俺の心の側面に突き刺さる。

 

 あ、すみません、今バイタル(装甲)切らしてるんですよ。

 

 爆発した。

 

 損害大! 損害大なり! 浸水が止まりません!

 退避ーーーーー! 退避だぁああああああああ!

 

 いぃやだぁ! お、俺にはまだやりたいことが残ってるんだぁ!

 

 心情内の寸劇の結果、絶望にうなだれる俺。

 少女があせったように声を掛ける。

 

「あっ、ごめんごめん。なんというかうれしくてついからかっちゃったていうか、ごめんね?」

 

 

「……俺が無職ということのどこに、君を喜ばせる要素があったのだろうか」 

 

 

「あーーーん! そうじゃなくて、えっと。あっ、それよりもさ、おにいさん。君じゃなくてよければ『陽炎』って呼んでくれる? 私の名前なの」

 

 ぱたぱたと手を振りながら、必死に否定しつつも話の流れを変えるその見事な手法。

 コミュ力53万とお見受けします。

 

「かげろ…う? えーっと、素適なお名前ですね、なんというか暗黒が付く大会に出てそうな炎使いの技名のようで」

 

 ……自分でも割と失礼な事を言った気もするが、陽炎は心当たりが有ったのか「あはは、そういや妹にもそんなこと言われたわね」と笑っていた。

 

「ていうか、しゃべり方がかったい! 敬語じゃなくてタメ口でいいよ」

 

「それなら遠慮なく」

 

 そもそも無職だからといって、年下の女学生に敬語で話す理由は無かったか。

 

「それより、おにいさんの名前教えてよ、ほら、自己紹介ってやつ」

 

「え? やだよ、名前抑えて不審者として通報する気だろ、コンチクショウ。無職がそんなに悪いか!! ……はい、悪いんです」

 

「えええ!? そんなことしないから! てか自分でいって自分でダメージ受けないでよぉ。うーん、まあとりあえずは提督さんって呼ばしてもらうわ」

 

 えへへ、と、陽炎は何故か嬉そうに頬を搔きながら俺のことをそう呼んだ。

 

 提督?

 

 提督ってあれだろ、海軍を指揮したり大昔に世界を救った偉大な人らの呼称だっけ、なぜ俺がそのような呼称で呼ばれねばならない。

 

 もしかしてあれか

 

 さてはさっきの暗黒な大会の件を根に持ってらっしゃるのだろうか?

 

「……無職を提督呼びとかもうそれ俺の事嫌いすぎないか? 無職提督とかなにその不憫な感じ。ねぇねぇ、俺泣いていい? 泣いていいか?」

 

「えええ!? そういう方向でもダメージ受けちゃうの!? うわ無職って大変なんだね……」

 

 軽くからかわれただけなのだろうか、なんにせよ地味に刺さるなその呼び名。

 

「へへへ、陽炎もいつかわかるさ。……いやわからない方がいいんだけどな、わかるのは無職になった時さ。この世の全てが自分に対して冷たくしてるように感じられるこのっ、感じ!」

 

 先ほどの決意を新たに、やっぱ職探ししなきゃなと心に決める。

 いつまでもこんなじゃりん子に、からかわれてはたまらん。

 

「まぁ、陽炎は今の若さ溢れる時間を楽しんどけよ。青春時代は二度絶対来ないんだ、間違いないからな」

 

 そう諭すような、若い者からしたらうざいことこの上ないような俺のSEKKYOUを聞いた陽炎は「ああ、うん、まぁ」と何故か気まずそうに目を逸らして頬を搔いていた。

 

 なんやのん君

 

「でもさ、なんで辞めちゃったの? 仕事」

 

「答えにくいことをずばずばと聞いてこられる」

 

「えへへ、長女ですから、悩みがあるなら言ってみなさい。おねえさんが相談に乗ってあげる」

 

 また俺をからかおうというのか、だがそう言う陽炎の表情は、何故か本当に心配してるかのように優しいものだ。

 

「……別に、たいした話じゃない」

 

 その優しさというか包容力に甘えてしまったのか、それとも心のどこかで聞いて欲しい部分があったのか、俺は仕事を辞める羽目になった状況をポツリポツリと語りだす。

 

 珍しい話じゃない、色々セクハラがひどかった上司が居た。

 

 そいつが取引を盾に一線を越えるようなことを取引先の女性にしようとしたので、色々手を回した上でラリアットして収めただけである。

 結果はごらんの有様だが、まぁ会社と取引先の被害は最小限だったかと思わないでもない、が、もっと上手くやれる方法も有ったかもしれない。

 

 ……いや、あるに決まってるだろ、なんだよその解決法。

 

 でも思えばきっとガイアが囁いたのだろう、あの時はもうラリアットがしたくてしたくてしょうがなかった、むしろ手段が目的になっていた。計画の着地点がそれになっていた。

 きっとかっこいいだろうな、皆驚くだろうな、という想像にとり憑かれていて気がつけば上司のクビに綺麗に決まっていた。

 

 ……もしかして俺はアホなのか?(正解)

 

「なにそれ、提督さんなにも悪くないじゃん。提督さんはその人を助けるためにやったんでしょ……」

 

 いや、ラリアットは悪いだろ。

 

 でもそんな俺の恥ずかしい過去を聞いて、怒ってる割に何故かぞっとするようにブツブツと爪をかみながらいう陽炎。

 どこか若さ溢れる正義感とはちょっと違う? なんだこの感じ、やだん、ちょっとやめなさいよ女子、爪かみながらブツブツとか怖いじゃない。

 

 俺は陽炎の気持ちを静めるように、努めて平穏な声でため息を吐くように言葉を吐き出す。

 

「そんなかっこいい話じゃないさ」

 

「?」

 

 きょとんとしている陽炎に俺はごくごく自然に話を続ける、実際誇るようなことでもなく俺がそれをした恥ずかしい理由を。

 

「そんな大それたことをした理由は、ただの下心だよ。その取引先の女の子にいいとこ見せたかっただけだ」

 

 つまりはそういうわけで、別にやりたいことをやったからに過ぎないのだ。

 

「まぁ……終わっだ後に既婚者だっだど知っだげどな……」(泣き顔覆い)

 

 なお、結果は散々だった模様。

 

 

「っぷ、あはははははは! あは、あははははははは!!」

 

 

 陽炎は独白めいた俺のその言葉を聞いて、それはもう嬉そうに大爆笑した。

 殴ったろかコンチクショウ。

 

 憮然とする俺を見て陽炎は「ごめんごめん」と未だに笑いが収まらないように手を合わせながらあやまる。

 

「あのね、やっと会えた私の提督さんが実に提督さん好みすぎて、もう色々おかしいくらいうれしくなっちゃったみたい」

 

「……わけがわからん」

 

 やがて笑いが収まった陽炎は「よしっ!」と立ち上がって俺の手を掴み引っ張りながら走り出す。

 突然の陽炎の行動と、その柔らかな手のぬくもりに驚いた俺は、抗う事もできずに引っ張られてしまう。

 

 女の子に手を引かれて走るなんて、なんという青春の一ページなのだろうか。

 まさかこの年でこんな経験をすることになるとは……

 走りながらも悪戯な笑みを浮かべて、そんな驚く俺を見る陽炎と目が合う。

 

 ……やたらうれしそうな顔してるな。

 

「あのね提督さん! 私やりたいことがどんなに難しいことでも、やれちゃう人ってとっても好き! 提督さんが無職でもそんなの全然関係ないくらい! ……まぁ、さすがにラリアットはどうかと思うけど」

 

「いや、そう言ってもらえるのはありがたいが、てか陽炎いい加減その提督呼びヤメロォ! あと前を見ろぉ! いや、それよかどこに連れて行く気だ!」

 

 なにがおかしいのか、陽炎はとても楽しそうに笑いながら、さらに走る速度を上げる。

 

「ちょ、おま、早い、早いって!」

 

「あはははは! 乙女の告白をスルーする提督さんのいうことなんて聞きませーん!」

 

「告白っておま! そういうのは“せめて学校卒業してから”言えってうおわぁ!」

 

 うぉ、てか力が強すぎだろこれ、何馬力だこれ!?

 あと陽炎、お前はなぜ気まずそうにしているのだ?

 

「ほ、ほら、ちょうど審判がいなくて困ってたんだ。バイト代払うから審判やってやって」

 

「ちょっとまておい、お前はいいかもしれんがあんなに女の子が居たら嫌がる子も……」

 

「へいきへいき! みんな私の妹だから!」

 

 え? 野球二チーム分かれてできるくらいの数の姉妹が居るとか、お前の親どうなってんだ!?

 いや、もしかして腹違い? 養子? 下手に突っつくと闇が這い出してきそうだなオイ。

 

 そんな大きな疑問もあったが、陽炎の勢いに押されて俺は審判をすることにした。

 ちなみに他の少女たちは、何故かすごく驚いた様子で俺のことを見ていた、なんだよチクショウ、やっぱり無職は駄目なのか。

 

「陽炎姉さん、その方は……」

 

「えへへ、いいでしょ。私の提督さん見つけちゃった!!」

 

 そういってマウンドに立っていた、やたら目つきの鋭い少女が俺を凝視する。

 

 やだ、なにその戦艦クラスの眼光、怖い。

 

 別にびびった訳じゃないが怖かったので、俺はとっとと審判の防具をつけて、キャッチャーミットを構える陽炎の後ろに立つ。

 ちらりとこちらを見た陽炎はどこか、キラキラと光り輝いて見えた。多分気のせいだけどな。

 

 あとバッターボックスに立つカピバラみたいな子が、ぽかんと大口を開けて俺を見てた。

 こらこら、年頃の女の子がなんてツラしてやがる。

 

 ピッチャーの方を見るように指差すと、慌てて前を向いたがどうにもこちらが気になるのか、チラチラとこっちを見ているな。

 ほら陽炎、言わんこっちゃない。

 そんな様子であのおっかないピッチャーの球を打てるのだろうか。

 

 まあ心配しててもしょうがないので「プレイボーイ!」と試合開始の合図の声を上げる俺。なんか一瞬世界が固まった気がしたけど多分気のせいだ。

 

 少女たちの戦いが始まった。

 

 防具をつけてる間もずっとこちらを凝視していた鋭い眼光のピッチャーが、ふんす、と一呼吸入れて振りかぶる。

 放たれたやたら気合の入った球は、少女とは思えない速さだ。

 

 てか速すぎだ、正直審判のポジションだとめちゃくちゃ怖い。

 へいへい審判ビビッてるー! ビビッてるー!

 

 そしてそのボールはズバン! という快音と共に陽炎のキャッチャーミットに吸い込まれた。

 微動だにしないバッターボックスのカピバラ少女。

 

 俺はそれを見定め、高らかに宣言する。

 

 

「ストラーーーーイク! ……ゾーンってどの辺なの?」

 

『ルールしらないのぉおおおおおおおお!?』

 

 

 秋空の晴天に、綺麗にハモった陽炎と少女たちのツッコミが響く。

 許せ、俺の野球知識はあ○ち充の漫画しかないんだ。

 

 

 




陽炎に手を引かれて、妹たちとだらだら草野球して遊びたいだけの人生だった。
 


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『ホスト』と『戦艦:霧島』

 
霧島さんのラブコメ(満足げ)
 


 

 ホスト、それは夜の住人、闇夜の時間を生きる者。

 ホスト、その本質は飢えた狼、金と女性、そして名誉に飢える者。

 ホスト、しかして彼らの仕事はきらめく世界で、夢を振りまく者。

 

『艦夢守市』その歓楽街にも彼らが住まう城があった。

 

 ホストクラブ「YOKOSUKA」

 

 今日も彼らは闇夜の時を駆け、飢えを満たし、そして夢を振りまくのだった……

 

 

 

「でも下っ端の仕事っていやぁ、便所掃除くらいなんだよなぁ」

 

 某国民的RPGの七作目の主人公のような髪形をした金髪の男が、そう愚痴りながら便所ブラシを持って便器を磨いていた。

 

 彼の名は、ショウ(源氏名)

 まだこのホストクラブに勤め始めて数ヶ月のペーペーだ。

 

 一応採用された以上、そこそこの見た目と、それなりの酒耐性は有るのだが、彼にはホストとして致命的な問題があった。

 

 端的にいうとこの男、優しい馬鹿なのだ。

 

 自分の手柄を人に譲る事に疑問を抱かず、重度に貢ぎそうになる女性は諌めたりする、飢えた狼の皮をかぶった羊さんなのである。

 おまけにソフトKY(ちょっと空気読めない)が固定装備されていてはずせない。

 

 どう考えてもホストには向いてない。

 

 だがまぁ、だからこそ別のホストの当て馬として重宝されていたり、また底抜けのポジティブを兼ね備えていたため、先輩たちに微妙に気に掛けてもらえたりして、まあいいかという感じで在籍を許されていた。

 

「今にみてろよみてろよー、超ビックになって俺は夜の帝王になってやるぜ。というわけでまずはこの便器をなめれるくらい綺麗にっと……」

 

「おいショウ!! いつまで便所掃除してんだ!! それはもういいから付いて来い、ちょっと行く所有るから運転手やれ。」

 

 奥から聞こえてきた重低音ボイス、声の主である店長(あだ名:大臣)にそう怒鳴られ、ショウは「了解でウイッシュ!」と返事をしながら、駐車場に向かい車をホストクラブの前に着ける。

 

「お待たせいたしましたっす!」

 

「ちんたらしやがって、首にされてえか!!」

 

「ぐふぉ!? ……あ、アザーッス!」

 

 そう言って後部座席のドアを開けたショウの腹を殴る店長、ショウは殴られても指導してもらったと思ってるので、体育会系のノリで感謝を叫ぶ。

 ちなみに店長は恐い、ゴツイガタイに坊主頭にそりこみ、そしてサングラス。Eで始まるザイルの坊主の人にとてもよく似ていた。

 

「ったく、毎月毎月手渡しでもってこいとか言いやがってくそったれ……」

 

 そんな機嫌の悪そうにブツブツと文句を言う店長を乗せて、指示された場所まで運転するショウ。

 

 やがて車は三十分ほどして目的地であるとあるビルの前に到着した。

 そのビルはビジネス街の中にありながら、どこか他のビルとは違う、重厚感のある雰囲気で、なんというかショウとは逆の狼が羊の皮をかぶって周りに溶け込もうとしているように感じられるビルだ。

 

「帰りはタクシー使うから、お前は店に戻ってろ」

 

 そう言って、とても重そうな黒い革のバッグを両手で大事そうに抱えてビルに入っていく店長。ショウは一瞬店長がなにを持っていたのか気になったが、二秒で忘れた。

 そして店に戻ろうと車に乗り込もうとして、ビルの横に設置してある自動販売機に目が留まる。

 

「あ、新作のジュース」

 

 ホストとは常に流行に敏感でなければならない、トークのストックはホストの命綱。

 そんな訳でショウは別に好きでもなかったがそのジュースを買おうとしたのだが……

 

「くっそ、あと十円足りないっ!」

 

 ショウは貧乏だった、ぶっちゃけ下っ端も下っ端であるショウは給料もすずめの涙。

 勝者には限りない栄光を、弱者にはどこまでもつらい屈辱を、ホストの常である。

 

「あーちくしょう、どっかに落ちてないかなぁ……」

 

 地べたにはいずり、自動販売機の下を覗くショウ、だが無常、そこにはぺんぺん草しか生えてなかった。

 

「あの、どうかされましたか?」

 

 そんなショウに声をかける存在。

 よく通る、芯が有り落ち着いたその声の主を見ようと顔を上げるショウ。

 そして二人の眼があう、その瞬間。

 

 ホスト・ミッツ・ガール

 

 

 

 

 

 

 

 

『ホスト』と『戦艦:霧島』

 

 

 

 

 

 

 

 

 声の主は眼鏡をかけた、落ち着いたパンツスーツ姿の女性、短めの黒髪に意志が強そうでいて理知的な瞳、顔立ちは控えめに表現しても美人、そうとしか形容しようの無い女性だった。

 まさに経理や秘書としてできる女性のイメージを体現したかのような、どこか近寄りがたい冷たさ漂う姿。

 

 そんな女性にショウは、

 

「あ、すんません十円貸してくれません?」(返すとは言ってない)

 

 基本装備のKYを無事発動させた。

 

「えっ? あ、はい」

 

 女性は少し驚いたが特に嫌なそぶりは見せず、むしろなぜか少しうれしそうに小銭入れから十円玉を取り出して渡す。

 ショウは十円玉を受け取ると、ピンッ、とカッコつけようと一回はじいて、無事地面に落とし慌てて拾って自動販売機に入れる。

 そして目当てのジュースのボタンを押してガコン、と音を立ててでて来た『餡子チーズしめ鯖味 強炭酸』という名前のジュースの蓋を開け一気飲みするも、

 

「マズゥゥイ!」

 

 見事に噴水のように天に向かって噴出した。

 その様子を見ていた女性は一瞬驚くも、先ほどの冷たいイメージが嘘の様なやわらかい笑みで、クスクスと笑いながら持っていたハンカチでショウの顔を丁寧に拭く。

 やがて拭き終わったハンカチをそのままポケットに戻す女性を見て、ショウが礼を言う。

 

「悪いねおねえさん。あっ、そうだ。これ俺の名刺、ペーペーだから割引とかはできないけど指名してくれたら思いっきりサービスするから良かったら来てNE☆……ってうわあぁあああ! おい待て待って待ってください駐禁とっちゃだめえぇえええ!!」

 

 ショウはビルの前に止めていた車に、駐禁を取ろうとしている監視員に向かって声をあげると慌てて車に乗り込み出発させた。

 

 女性は少し驚いた顔で走り去っていく車が見えなくなるまで見送ると、ショウからもらった名刺をいとおしそうに一撫でし、大事そうにバックにしまう。

 

「今日は驚くことばかりですね」

 

 そしてそう一言つぶやくと、先ほどホストクラブの店長が入っていったビルに入って行った。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 夜、今夜もホストたちの戦いが始まる。

 

 ナンバーワンという名誉、そして金という力を求めて今日も彼らは女性たちを虜にすべくしのぎを削りあうのだ。

 

 そして高級ホストクラブ「YOKOSUKA」の中央ホールにも狼たちが終結していた。

 周りにはきらびやかなシャンデリアに赤い絨毯、高級感溢れる黒檀の壁、大理石のテーブル、そして黒革のソファー、まさに高級ホストクラブに相応しい内装である。

 

「さあ開店だ! お前ら今日もバンバン貢がせろ! 貢がせられんホストに生きる意味なんてねえぞぉ!」

 

『ウイーーーーーーーーーッス!』

 

 店長の言葉に気合の入った返事を返すホスト軍団。

 

「特にショウ! お前だお前、いい加減役立たずから卒業しやがれこの能無しが!」

「う、ウイッス!」

 

 店長に名指しで怒られ気まずそうに返事をするショウに、周りのホストたちは同情の目を向ける。もはやショウの売り上げはそんなレベルだった。

 何人かの先輩ホストに「がんばれよと」小突かれるショウ、それぞれが持ち場に就き開店時刻と同時に店の看板に明かりがともった。

 

 ホストクラブ「YOKOSUKA」の客入りは今日も上々で、開店と同時に結構な数の女性たちが各々のお目当てのホストを指名する。

 

 そんな中ポツンと取り残されたホストが一人、もちろんショウである。

 時々ヘルプや当て馬で出番はあるが、基本的にガンガンKY補正が発動してすべりまくるので出番は短い。

 今日も指名ゼロで、晩飯はモヤシオンリー野菜炒めかなと彼が思った時、ショウにホスト仲間の誰もが耳を疑う指示が入る。

 

「おいショウ、指名だぞ」

 

 受付のボーイに言われてそこに行くと、なんと今日ショウに十円をくれた(貸した)女性が一番高い席に座ってショウを待っていた。

 なんたる行幸、日ごろの地道な営業努力(と思ってるもの)が実ったとショウは気合を入れて新天地を指差す船長のようなポーズを決めて挨拶する。

 

「ご指名ありがとうございマース! ショウデース! 貴方のハートを掴む男の名前どうか覚えてくださいッス!!」

 

 ……なんかどっかで見たことのある挨拶だった。

 多分普通の人ならこのホスト大丈夫だろうかと心配になる挨拶だ。

 

「っふ、ふふふ」

 

 だがショウを指名した女性は、なにがそんなに面白かったのか、ツボにはまったようにクスクスと笑いが止まらない様子だ。

 あるぇ? と何時ものお客と違う反応に戸惑いながら、ショウは女性の隣に腰を下ろす。

 

「クスクス……ごめんなさい、貴方の挨拶が姉ととてもよく似ていたもので」

 

「あれ、マジで? そりゃまた面白い偶然もあるッスね」

 

「ええ、でもお陰でますます貴方に興味がわいたわ。あとしゃべり方は無理に畏まって頂かなくてもいいんですよ」

 

 そう言って、女性はずずいとショウに身を寄せる。

 

「サンキューおねえさん、あ、良かったら名前教えてもらえる☆」

 

「そうですね……『霧島』と呼んで下さるかしら」

 

「オッケー! あ、じゃあ霧島チャンなんかお酒飲む? なんでも注文しちゃってYO、できれば高いやつ」

 

 いきなり図々しいショウのその言動に、霧島は少しも嫌な顔をせず、むしろうれしそうに

 

「じゃあとりあえず一番高いお酒頂けますか?」 

 

 と、初指名のホストに貢ぐとは思えないオーダーをした。

 

「え、大丈夫? うちで一番高いやつっていったらその、別に安いのでもいいんだよ……」

 

 自分で言っておいていきなり心配してる、ショウさんホスト向いてないっすよ。

 だが、それを聞いて霧島は、

 

「大丈夫ですよ、私こう見えてお金持ちですから」

 

 そう言って微笑んだ。

 その顔を見てショウは「んじゃ遠慮なく」と、いつか来る日のために練習しておいた取って置きの叫びを上げる。

 

「本日ご来店いただいたこちらのお嬢様ぬぃいいいいいい! ロマネ・コンティ! 頂きましたーーーーー!!」

 

 ざわめく店内。

 無理もない、ショウがオーダーしたそれは三桁万円を超える超高級オーダーだ。

 

 やがてきらびやかなカートに乗って運ばれてきた最高級酒を、ショウは霧島と自分のグラスに注ぎ乾杯する。

 二人でお酒を飲む(ショウは一気飲み)その光景、傍から見ても霧島はとても幸せなものに感じているような至福の表情だ。

 ショウはそんな霧島を見つめながら飛び切り(と思ってる)のトークを繰り出す。

 

「そうそう、霧島チャン聞いてよ。俺すごいこと発見したんだけどエレベーター乗っててワイヤーが切れても、地面に着く直前にジャンプすれば助かるんじゃね?」

 

 そんなショウの微妙なトークを聞いていても、霧島の様子は変化することはなく、むしろさらに幸せさの度合いを深めているように見えた。

 

 

「ショウクーン! 駄目だよこんなすてきなお嬢さんにそんな寒いトーク聞かせちゃあ」

 

 太客の臭いに釣られてやってきた飢えた狼のトップ、店のナンバーワンホストがショウを押しのけ霧島の隣にドスンと座る。

 

「ちょ! 先輩、霧島チャンは俺のっ!?」

 

「ショウ、まあこっちこいよ」

 

 ショウは完全にルール違反であるその行為にさすがに声をあげるも、ナンバーワンホストの取り巻きの一人に引きずられて店の奥に消えて行った。

 

「えっ、あの! ショウさん!」

 

 店の奥に連れて行かれたショウを追おうと、霧島が立ち上がろうとしたが、ナンバーワンホストに手を捕まれ、座らされる。

 

「おねーさんすごいね、このお酒この店で一番高いんだよ! もしかしておねえさんお姫様? ふふふ、じゃあぼくがさらっちゃおうかな?」

 

 ナンバーワンホストはすかさず、女を落とす最高のスマイルを浮かべながら口説きにかかった。

 静かで押しの弱そうな霧島をみて、イケイケ押せ押せモードに切り替え接客を開始するナンバーワンホスト。

 ショウにはできない客を見てあらゆる接客スタイルに切り替えるその技は、まさにナンバーワンの黄金技。

 

 だが、しかし。

 

 霧島は隣でピーチクわめくそのホストになんの感情も浮かべていない、能面のような顔で振り向いた。

 

「えっと、きりしっ!?」

 

 その表情を見て少し怯えたホストが、空気を和らげようと先ほどショウが言っていた名前を思い出し、言おうとしたその瞬間。

 

 ガシャン!

 

 と、霧島はその音が聞こえてくるよりも速い速度で、掴まれていた手を振り払い、そのホストの髪の毛を掴んで大理石のテーブルに叩きつける。そして目にも留まらぬ早業でアイスペール(氷の入れ物)に付随していたアイスピックを手に取ると、ホストの鼻先すれすれにドンッ! と突き刺した。

 

「……店長を呼びなさい」

 

 目の前の美女から発せられたとは思えない低い声と、大理石を貫通するアイスピックを見て、誰もが絶句する。

 霧島はホストをテーブルに押し付けたまま取り巻きのホストの一人に視線を向ける。その眼は先ほどショウに向けていた柔らかなものとは違い、あらゆる生物に死の恐怖を与えるかのような眼つきに変貌していた。

 

 まるで背後にまるで仁王像が居るかのような凄まじい迫力。ピキィ! ピキィ! と見ていた者は空気がはじける音が聞こえた気がした。(実際聞こえた)

 額に青筋を立てながら恐ろしい表情をする霧島のその視線を受けて、取り巻きのホストは慌てて店長を呼びに行く。

 

「店長大変です! なんかすごいおっかない客が店長呼べって!!」

 

「ぁああ!? お前らなにやってんだ! 女一人も相手にできねえのかこの玉無しども!!」

 

 そう言って呼びにきたホストの腹を一発殴り、霧島の席に向かう店長。

 そして席を見つけ、「あの女か」とそこに座る霧島にドスを聞かせた声をかける。

 

「なにかトラブルでも? おじょうさ……」

 

 

 店長は寿命が九割くらい消えたと思った。

 そこに居るのはあの『霧島』だった。

 

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『金剛連合会』

 

終戦の混乱期に仲間や争いを好まない人たちを守るために立ち上げられ、やがて強大な力を持つようになった四つの組からなるこの国最強の民間治安維持組織(任侠道組織)

現在では企業連合体として表の看板を掲げているが、その筋の人間には今でも裏の下記の名称の方が有名である

 

『金剛組』『比叡組』『榛名組』『霧島組』

 

 

『霧島組』は、かつて金剛型の戦艦として戦った艦娘、『霧島』が長を務める組である

 

終戦後に発生したあらゆる戦闘の急先鋒として戦い続けた『霧島組』

現在に至るまでその闘争の血脈を残すこの組は、平和になった現代においてもなお、金剛連合会の武力を象徴する超武闘派組織である

 

そして組のトップは常に『霧島』が継承し、今代の『霧島』も無論その名を次ぐに相応しい艦娘と評価されている

 

 

※伊八書房『世界のアンダーグラウンド組織』より

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 金剛連合会最強の武闘派組織『霧島組』の組長の艦娘。

 それがいま、目の前にいる彼女の持つ肩書きであり、正体。

 

 そしてこのホストクラブはその霧島組の運営する店でもあった。

 もちろん店長は知っている、なぜならまさに今日、自分や他のグループの責任者が上納した売上金を数える会計士たち、その様子を冷たい顔で見ていた張本人こそが目の前にいる彼女なのだから。

 

 店長はその様子を真近で震えながら見ていた。

 

 だって彼女の周りには頭蓋骨をトロフィーにするエイリアンとでも渡り合うコマンドーと、ボクシングの世界王者だったりヘリを弓矢で落としちゃうようなのを足して二で掛けたような強面の組員たちがごろごろ居たし、なによりもそんな組員たちですら、おびえたチワワのように恐ろしいまでの緊張感を持って霧島と接していからだ。

 

 そしてその霧島組長が、今、目の、前に……

 

「あ、あのあのあのあのあの、く、組長さん、あの、う、うちのものがなにか……」

 

 見てるのがかわいそうなほど真っ青になり、汗をだらだらかいて震える店長がなんとか声を絞り出す。

 もはや彼にEで始まるザイルの人の面影は無く、とんちを取り上げた一休さんレベルの坊主にまでスケールダウンしていた。

 

「私がね、楽しい時間を過ごしてたのに、この人がその時間を奪ったの。ごめんなさいね、ほんと、素人さんに手を出すなんてどうかしてると自分でも思うわ。でも止められなかったの、どうしてかしら? どうして、どうして、どうしてかしら? でも奪われた、そう、奪われてしまったの。奪われたなら取り返さなければなりませんね、ええ、ほんと。うん、取り返さなきゃ」

 

 ギシリ、という音と共に、押さえつけられたホストがつぶれたかえるのような悲鳴を上げる。

 大理石のテーブルがきしむほどの力をホストを押さえる手に掛けながら、淡々と、あったことと自分の気持ちを述べる霧島。その恐ろしく冷たい声色に店長の残りライフがガリガリ削れて行く。

 というか、すでにマイナスである、閻魔様からライフを借りてなんとか意識を保っている状態だ。

 

「ああ、これが提督を持つということなのかしら? 私の計算どおりにならないなんて、ふふふ、おかしい、おかしいわ、うれしくてとてもおかしい。ふふふふ、ふふふふふふふ」

 

 サイコパスな感じなスイッチが入りかけている霧島を見て、もう周りの全員の腰が抜けそうになる、真正面から立ってる店長にいたっては小鹿のように足がプルプルしている。

 

「どうしたらいいと思いますか?」

 

「え、あ、あの……」

 

 無感情な瞳と平坦な声の疑問の言葉を向けられ、色んな汗が噴出す店長、やめて、もう店長のライフはゼロよ。

 なにも答えない店長から目を逸らし、ホストを押さえつけていた手を離す霧島。解放されたホストは「ひっ、ひぃ」と腰を抜かしながら後ずさった。

 

 そして、そんなホストや店長など居ないかのように、霧島は片手で顔を覆いながら、ガンッ…ガンッ…と一定の間隔で、なにかを必死に耐えるように大理石の机を叩き続ける。

 

 ガンッ…ガンッ…

 

 一回叩くごとに、ピキリ、ピキリと大理石の机にヒビが入る。

 一回叩くごとに、店長たちの精神もランナウェイする

 

 ガンッ…ガンッ…

 

 誰も霧島から目を逸らすことができない。

 もはやホストクラブ内の空気は蝕の降臨を目の当たりにしてしまった、某傭兵団のそれだ。

 

 

 ガンッ…ガンッ…ゴト……

 

 

 そして、とてもとても静かに、勝手にたまごが割れるようにあっけなく机が二つに割れた。

 

 霧島は所在の無くなった方の手も顔に当て、両手で顔を覆い隠す。

 そしてほんの僅か、しかし永遠に感じられる間を置いて霧島は店長とホストたちに再び目を向けた。

 

「……ショウさんを呼んで、このテーブルで二人にさせて下さい。それだけでいいの、あの方が働く店を■■■にするのは気が乗らないから。私、難しいこと言ってますか?」

 

 店長は救いの言葉にも聞こえるそれを聞いて首が取れそうな勢いでうなずき、指示を飛ばす。

 

「おらちんたらしてんじゃね! ショウを呼んで来い!! 後このテーブルも交換だ! さっさとしやがれお願いしましゅううううう!!」

 

 泣きながら指示を飛ばし、それに従って場を片付けて空気をもとに戻す店員と客たち。

 

 

 今、彼らの心は一つになったのだ!(いい話風)

 

 

 そんなこんなで片づけが終わり、ショウを呼びにナンバーワンホストが店の裏手に行くと、そこでショウは幸せそうな顔でカップめんを食べていた。

 連れて行った先輩が悪いと思って渡したらしく、ショウはそれであっさりと許して霧島のことは忘れちゃってたらしい。

 

 泣きそうな顔で霧島のところに行くように言われたショウは、なんだったんだろうと首をかしげながら席に戻ってきた。

 

 ほかのホストや客たちが一切自分と眼を合わせないその様子に、なにがどうなったのかさっぱりわからなかったショウだったが、三秒で忘れて霧島の隣に座りまたトークを開始する。

 

「ただいま霧島チャーン! そういえばさ、エスカレーター逆走したらウォーキングマシーンとかいらなくね?」

 

 霧島はさっきの様子が嘘のような雰囲気で、楽しく嬉そうにその微妙なトークをずっと聞いていた。

 

 この日以降、霧島組の組長である極道艦娘を太客に持った、伝説のホストとしてショウの名前はとどろくことになら……ない。

 なぜならとても危険な記憶としてその場に居合わせた全員が、記憶を封印して口をつぐんだからである。

 

 提督適性者と艦娘の関係に口を挟むな関わるな貶めるな、は、現代における一般常識の分類である。

 

 ちなみに、その後も霧島は今の関係でその逢瀬を楽しみたかったのか、ショウにはそのことを隠して、今でもしげしげとホストクラブに通い続けている。

 

 

 余談だが、ショウの給料はモヤシ炒めに卵入れても平気なくらいにはアップした。

 

 




ゴクコメ(極道コメディー)のホスト・ミッツ・ゴクドー。

上がってもショウさんのお給料安すぎなのは、上げすぎたら頼ってもらえなくなって、霧島さん的に都合がわるいから説。
 


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『意識高い男』と『重巡:愛宕』

 
なんというか、いまさらですが今回のは色々ひどい話です。
 


 

 私はロリコン(児童性愛者)だ。

 

 「児童性愛者は大人の女性を愛することができない哀れな人間」

 

 そういう声を耳にしたことがある。

 確かに私はその性癖の都合上、大人の女性を愛せないかもしれない。

 だが、そもそも愛する必要もないのだということをわかっていただきたい。

 

 無論、世間一般で犯罪者もしくは予備軍として扱われている者たちとは違う。

 触れない、話しかけない、恐がらせない。

 

 一部で紳士と揶揄されてる存在に近い者である、あろうと心がけている。

 そしてこの思いは当然心に秘め、一生彼女たちへの神聖信仰を守りながら清らかなまま生涯を終えるものだと決めていた。

 

 あの瞬間までは。

 

 私は知ってしまったのだ。

 我らが守るべき、そして生涯を通して神聖視すべき存在である彼女たちと結ばれるただ一つの方法があることに。

 

 そう、艦娘の駆逐艦と呼ばれる少女たちだ。

 

 彼女たちはある一定の年齢でその姿をとどめ、生涯を終える。

 なんたる奇跡、なんたる神秘か。

 かつて人類を救いたもうた偉大な少女たちと添い遂げる可能性。

 

 私はそれを熱望してやまない、例え適性という壁が立ちはだかろうとも、私は必ずや夢をかなえて見せよう。

 

 人の夢と書いて儚い?

 

 儚いからこそ惹かれるのだ、儚いからこそ恋焦がれるのだ。

 だから私は、今日もその可能性に手を伸ばす……。

 

「前島く~ん、ランチに行かない?」

 

 夢はあきらめない、諦めるのはいつだって自分なのだから。

 

「前島く~ん? 聞こえてないのかなー、愛宕さんさびしいなー」

 

 話せば長くなるが、個人的には『雪風』と呼ばれる駆逐艦の艦娘である少女が好みだ。

 無論あくまで好みの話だ、彼女たちはみな等しく私の崇拝すべき存在である。

(一部駆逐艦とRJについては審議中)

 

「ぱんぱかぱーん! ぱんぱかぱーんしちゃうよー! ねー! 前島くーん!」

 

「……部長、パワハラは止めてください」

 

 そう言いながら、私は後ろから絡み付いてきた女性を引き剥がす。

 広い割には比較的冷房の利いたオフィスだが、こう引っ付かれては暑くて仕方が無い。

 私は椅子に座ったまま体を回転させ、先ほどから周囲の目を気にせず、私の背中に絡み付いてきていた相手と向き合う。

 

 まず目に飛び込んでくるのは、メロンほどのサイズでもあろうレベルの大きな脂肪の固まり。(焼肉用の牛脂を見てわく程度の感情)

 そしてその上に視線を向けると、ふわりとした長い金色の髪に、ブルーの瞳を備えた西洋風の整った顔立ちをした女性の幸せそうな笑顔。

 

 パツンパツンに張り詰めたオーダーメイドのスーツを身にまとう彼女は、私の部署のトップでもある部長。ついでに『愛宕』と呼ばれる重巡洋艦の艦娘だ。

 

 ちなみに、ふわふわした見た目や言動とは裏腹に、かなり仕事ができる上に部下の面倒見もいい。

 おまけに一般的な価値観で見ればかなりの美人。正直上司としてだけ見ればすばらしい存在だと思うが、個人的な女性の好みでいえば熟練観測手でも観測できないレベルの着弾位置である。

 最低でももう三周りあらゆるサイズを落として欲しい、せめてそれから話しかけて欲しい。

 

 後、極めて不要な情報だとは思うのだが。

 

「もう前島くんったら、愛宕と呼んでっていつも言ってるじゃない」

 

 艦娘である部長が、自らの艦娘名を呼ぶよう願うということ。

 つまり私は重巡洋艦の、少なくとも『愛宕』の適性があるようなのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

『意識高いロリコン』と『重巡:愛宕』

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるでアンパン職人になりたい人間に、殺しのライセンスを与えるかのような冒涜。

 なぜ神は駆逐艦ではなく重巡洋艦の適性を私に与えたもうた。

 

「部長、何度も申し上げておりますが仕事での公私を分ける為にも、そして私たちがなんら特に特別な関係ではないと周囲に誤解を与えないためにも、その名前でお呼びするのはお断りさせていただきます」

 

「ぶーぶー、私だってちゃんと分けてますよー、ほんとだったら『提督』って呼びたいのを我慢してるんですよ?」

 

 できれば我慢のレベルを引き上げて一生我慢していただきたい。

 

「まあそれは今はまだいいわ、それよりほら、ランチに行きましょ。とっても美味しいランチを出すお店を見つけたんだけど、前島君とならもっとおいしく食べれると思うの、ね?」

 

 私の手をいとおしそうに取り、両手で包み込むように握り締める動作。まるで花畑のような空間を形成しかねない部長のその甘い言葉と仕草に、こちらを見ていた仕事仲間たちの悩ましげなため息が聞こえてくる。

 だが私には特になんの感情も浮かばない不要なものなので、正直一山いくらで買い取って欲しい、むしろこちらが料金を支払おう。

 

「申し訳ありません部長、私は昼は用事(ランチ)が有るので無理です。失礼します」

 

 部下が上司からの食事の誘いを断るのかと思われるかもしれないが、私は断固として自分の自由な時間を尊重させていただく。

 誰と食べるかで料理の味は変わるという主張もわかるが、私はどんな料理も駆逐艦と食べるべきだと思う。いや、むしろ料理とかいいから駆逐艦といたい。

 

「ちょ、ちょっとぉー」 

 

 私は追いすがる部長を努めて冷静に撒いた上で、何時も食事を取る店に向かった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 我々ロリコンが駆逐艦の艦娘という神秘に向き合う上で、どうしても避けて通れない話がある。

 彼女たちは見た目はそのままではあるが、年は取る、そうなると当然精神は老衰していくということだ。

 

 端的にいうと、ロリババアと呼ばれるものを認めるか否か、である。

 

 私の結論を述べさせていただくならば、艦娘にいたってはYESである。

 というのも・・・・・・

 

「お待たせしました! ご注文のミネラルウォーターとミートソースパスタ、ミートソース抜きになります!」

 

 そんな元気な掛け声と共にパスタを運んでくる少女、彼女は駆逐艦の『リベッチオ』と呼ばれる艦娘である。

 小麦色に焼けた張りのある肌、抱きしめたい小さく華奢な体、あまりの美しさに表現する言葉が存在しない脇、常夏を思わせる大きな瞳にはじける笑顔、極めつけは黄金比率のラビット・スタイルツインテール。

 

 

 楽園はあったよ父さん。

 

 

 ちなみに彼女は私が愛用しているイタリア料理店の店主で、御年七十歳。

 しかし何時来ても彼女はあのように明るい笑顔と、あどけない仕草で接客し、来店した誰もを癒している。

 

 無論染み付いた演技、と思う諸氏もおられるかもしれないが、私はあれが完全な演技だとは思えない。

 

 そしてあらゆる方面から考察を重ねた結果、私は一つの結論に至った。

 つまり『精神』は『肉体』に引きずられ影響を受ける。

 

 人間誰しも自分の老いや見た目の変化を自覚し、それにあった振る舞いをしようと心がける。

 結果、精神や性格が老衰という過程を経るのであれば、一生若々しい見た目である彼女たちはそのままの精神と性格であり続けるのではないか。

 

 無論差異はあろう、人生の経験によって人の精神構造は形成される、若くしてつらい経験を多くしたものは精神が老成するということも聞く。

 

 だがそれらは対応力が付いたというだけで、精神や性格の老衰であるとはいえないのではないだろうか?

 

 長々と説明をしたが、つまり私の中ではいくら年齢を重ねようと、彼女らは私の信仰の対象から外れ得ないということである。

 

 うぬ、今日もリベッチオさんが作るミートソース抜きミートソースパスタは絶品だ。

 

「ご馳走様ですリベッチオさん、今日も美味しかったです」

 

 名残惜しいが何時までも席を占領していると、店というよりリベッチオさんに迷惑がかかってしまう。

 ちなみに私は提督適性者なので、彼女を艦娘での名前で呼んでも怒られることはない。

 

 『愛宕』の適性など必要ないと思っていたが、これだけは神に感謝してもいい。

 

「あはは、なんだかいつもすみません。その、何度も聞きますがほんとによろしいんですか? 料金を割引いてもいいのですけど……」

 

 申し訳なさそうに上目遣いに私を見るリベッチオさん。

 そうだ、その瞳で見つめられるだけで私は、この先夢を掴むため一生戦える。

 

 ちなみにミートソースを抜いているのは単純にカロリー計算のためである、一石二鳥だ。

 

「いえ、こんなすばらしいお店でお食事をさせてもらってるのですから、当然かと。むしろ手間をおかけしてる分追加でお支払いしたいくらいですよ」

 

 そう言って私は毎日練習を欠かさない、自分にできる最も優しい微笑を浮かべた。

 

 残念なことだが私の見た目は怖い、眼鏡をかけてなんとかごまかしてはいるが、幼馴染と組織のために二丁拳銃を使い裏切り者を粛清するマフィアや、とある英国機関に所属する執事、彼らの最盛期のようだといわれることがある。

 

 なので、私が用いる最大限の優しい笑顔を浮かべるのは、私に課せられた使命のようなものだ。

 

「えへへ、いい笑顔ありがとね。またよろしく!」

 

「ええ、また来させていただきます」

 

 守らなければならない、この日常は、なにに変えても……。

 

 

 

「ぶーぶー、なにその表情。普段は表情一切変えないのに、どうしてそんな優しい笑顔を浮かべてるのかなー、愛宕さんそんな笑顔向けられたことないぞー」

 

 

 

 本当の厄ネタというのは、人の都合など関係無しにいつも唐突に襲ってくる。

 

 背中にのしかかる感じなれてしまった重さ、そして声。

 ゆっくりと首だけ振り向くと、そこには部長の顔が真近にあった。

 ひどく不機嫌そうにじと目になりながら、頬を膨らませている。

 

「……部長、お店の邪魔になるのでとりあえず離れてください」

 

 努めて冷静に振舞ってはいるが、私の内心は過去例を見ないほど荒れている。

 ここで選択を誤って、私がロリコンとばれてしまえば、もう二度とこの店に来ることができなくなってしまうだろう。

 つまり今後一生リベッチオさんの料理を味わえなくなってしまう。

 

 いっそ幸せな思い出を胸に秘めて、今後はここには来ないべきだろうか?

 否、断じて否。

 

 どんなにすばらしい経験も、その幸福感の詳細までは記憶できない。

 つまり過去に経験した最高の幸せな思い出に浸るより、新たに最高の幸せを見つける方が遥かに魅力的だ。

 そう、過去の幸せな思い出が、今目の前にある幸せより素晴らしい訳がないのだから。

 

「とりあえず外に出ましょう、リベッチオさん、ご馳走様でした」 

 

 あはは、またねー。と軽く手を振るリベッチオさんに見送られて私と部長は店の外に出る。

 

「ところでなぜ部長はあの店に?」

 

 先制攻撃の軽い牽制、確かに私は完全に部長を撒いたと思っていたが、私に落ち度があったのだろうか。

 

「前島君とランチに行く予定だったお店に一人で行ったら前島君がいたの、不思議よねー」

 

 ふぬ、なるほど、つまりは偶然だったというわけか。

 知っているだろうか? 厄ネタの偶然が引き起こす結末は二つしかない、『不幸』か『不幸中の幸い』かだ。

 つまり私は不運とタンゴを踊ってしまったというわけだな、しね。

 

「私の方は用事を済ませてから、たまたまあの店を見つけましてね、昼食をとっていたのですよ」

 

 このひたすら不要な会話を行っている最大の目的は、今後部長があの店に入り浸る可能性の排除である。

 つまり、たまたまあの店に行ったということにすれば部長の私への心象はさておき、その最悪を回避できると私は見ていた。

 

 楽園は汚してはならないのだ。

 

「ふーん、たまたま入ったお店で、何時も同じメニューを頼んでいて、おまけに“名前を知ってるリベッチオさん”にあんな素適な笑顔を見せるなんて、不思議だね?」 

 

「……」

 

「ひどいなー、愛宕さん傷ついちゃったなー。これはもうディナーを一緒にしてくれないと立ち直れないかもしれないなー」

 

 部長が言わんとしていることは分かる、だが、しかし。

 

 私のロリコンが原因で貴方を傷つけてしまったのなら……それは別にロリコンじゃなくても傷つけてるだろうから、ディナーはあきらめて可及的速やかに隕石とか落ちてきて私のことを忘れてどこかに行ってくれないだろうかと思わずにはいられない。

 

 無論この心情を吐露すれば、色々終わってしまうのは私にだって分かる。

 

 さて、どうすべきかと必死に頭を回転させていたところで、私の視界がとある幼女を捉らえる。

 常に無意識に広範囲にわたってその姿を探している私の視界に、幼女が捉らえられるのはそう珍しいことではない。

 

 だが問題は、道路を挟んで建っている立体駐車場の六階、申し訳程度に立てられた簡素な鉄柵の隙間から、まさに幼女が落ちてしまいそうだということだ。

 

「……」

 

「ぱんぱかぱーん、前島くーん? おーい……っ!?」

 

 刹那の硬直をはじいて動けるもの、そこに凡と非凡の違いがある。

 

 気が付けば私は無意識に駆けていた、そして道路を走る車を最小限の動作でよけ、最短で立体駐車場の下にたどり着く。

 非常階段を上る時間が惜しい、階段の手すりを取っ掛かりに駆け登る。

 急げ、急げ、急げ

 今にでも幼女が落ちてしまいそうではないか。

 

 私は三階程度まで駆け登がったところで、サラリーマンの基本装備品であるフックと、ワイヤーを組み合わせる。(通りすがりのサラリーマンの必須装備)

 そして投擲し、フックを幼女と私の間くらいにある場所にひっかけた。

 正直固定先の強度とフックの固定具合を確かめたかったがそんな余裕はない。

 状況に気が付いた周囲の人間たちが悲鳴を上げる。

 

 

 その声に反応した幼女が……落ちた。

 

 

 タイミングはぎりぎりだ、だが私にためらいはない。

 私は私の信仰に従って、成すべきことを、為す。

 

 飛び降りた私は重力と、ワイヤーの力を使い振り子のような動線を描いて幼女の元に肉薄した。

 片手はワイヤーを利用してぶら下がり、もう片方の手で幼女を受け止める。

 

 成功だ、見守っていた者たちの歓声が聞こえる。

 

 だがしかし、やはり、といったところか。

 私と幼女の重量を支えきれず固定先が崩れる。

 高さとしては二階程度、私はワイヤーを切り離し両手で幼女を守るようにして抱きしめて背中を地面に向け落下の衝撃に備える。

 可能な限り落下の衝撃を自らの体で吸収しなければならない。

 

 私の手には守らねばならぬ小さなぬくもりがあるのだから。

 

 そして強い衝撃が背中と、幼女を抱えた腹側に走った。

 私の中のあらゆる空気が排出され、一気に呼吸ができなくなる。

 

 だが……耐えられる。

 

 いつか来る、駆逐艦たちとの出会い。

 姉妹が多い彼女たちにさびしい思いをさせないためには、彼女たち全員の愛を受け止められねば信仰にかかわる。

 特に陽炎型と呼ばれる二十人近い駆逐艦たちに迫られたとき、彼女ら全員を受け止め、抱きかかえられるよう想定して、耐えられるよう体を鍛え続けた私の体ならば、この程度の衝撃など数分もあれば回復可能だ。

 

 朦朧とする意識の中、私は胸の中の幼女を見る。

 触れてしまってすまない、怖がらせてしまってすまないと心の中で謝りながら。

 

 幼女はなにが起こったのかわからなくてきょとんとしていたが、やがてなにか怖いことが起きてしまったと理解し、泣き出してしまった。

 私は慰めるための声も出せない自分のふがいなさを恥じる。

 

 

 そして、時を同じくして起きた不幸な事故

 

 

 余所見でもしていたのか、私たちの直上の位置にある七階程の場所、バックしすぎた車が鉄柵にぶつかるのが見えた。

 手抜き工事でもしていたのか、鉄柵を支えている根元の基礎はあっさりと崩れて、上から鉄柵やコンクリートが落下してくる。

 それらを見ながら、不幸の続く自らの運の無さを呪った。

 

 厄ネタはこちらのお構い無しに、連続でやってくるのだな、と私はやたら冷えて冴えていく頭で漠然とそのようなことを思う。

 

 まったく、どうせなら幸運の女神のキスが欲しいな、本当に。

 

 自嘲気味な笑みを浮かべながら、まともに動かない体に鞭をうち、今動かずに何時動かすのだと自らを奮い立たせて幼女に覆いかぶさる。

 泣きやまない幼女、彼女を安心させるように、私はせめてもと思い飛び切りの微笑を浮かべた。

 

 

「……大丈夫、怖く、ない…ですよ」

 

 

 私は上手く笑えただろうか?

 

 

 願わくばどうかこの幼女がこの恐ろしい事故を忘れて、今後健やかに成長できることを、祈……

 

 

「はあああああああああああああああ!!!!!」 

 

 

 私が最後の祈りを捧げようとした瞬間、凄まじい大喝破が響く。

 

 そして上空で私たちに向かって落下してきた鉄柵やコンクリートが、風きり音と衝撃音を撒き散らしながら飛んできた“街路樹”に衝突しそれらを巻き込んで遥か向こうの無人地帯に墜落した。

 

 私は、いや、周りにいた誰もがなにが起きたのか、どうしてそれが起こりえたのかわからなかった。

 

 視線を街路樹が飛んできた方向に向けると、そこには投擲後の姿勢で、肩で息をしながらこちらを見つめる『愛宕』の姿が見えた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 あの後、私たちは会社を早退する旨を連絡し、色々な事故処理を終わらせた。

 幸い私も幼女もほぼ無傷だったため、比較的早くにそれらは終わったのだが、それでも終わった時には夕方になってしまっていた。

 私などはともかくとして、幼女を危険にさらした保護者や柵にぶつかった車の運転手、そして手抜き工事者に裁きを下さねばとは思うが、それは司法にゆだねることにした。

 

 ちなみ、現在私は夕焼けに染まる住宅街を部長を背負って歩いている。

 というのも、部長が言うには、

 

 なけなしの燃料を使い、出力を引っ張り出した反動でほとんど動けなくなってしまった。

 

 ということらしかったからだ。

 

 艦娘の生態に関してはいろいろと秘匿されていたりする部分もあるため、まあそういうことも有るのかと納得はした、が。

 

 なぜだか動けない自分を背負って家までつれて帰ってくれ、という部長のわがままに付き合ってるのか、それについては私も答えが出せないでいる。

 

 真っ先にタクシーを使えばいいのでは? と思った。

 

 すれ違う買い物帰りの主婦、帰宅途中の労働者たちの視線が悩ましい。

 あと背中に当たる脂肪の塊がぐにゃぐにゃして背負いにくい。

 (背中にグミを押し当てられた程度の感情)

 

 まぁ、命の恩人にお願いされたとなれば多少のことはかなえねばならない。

 

「あははー、ごめんなさいね。重くない?」

 

「いえ、成人女性平均より少し上程度ですので平気ですよ」

 

 ぽかり、と頭を叩かれた、解せない。

 そして部長は甘えるように、私の首に回していた腕に力をこめる。

 

 もしかしたら思ったより現在の状況を心苦しく思っているのかもしれない、そう判断した私は部長の罪悪感を消すために声をかける。

 

「気になさらなくても部長は命の恩人ですから、私にできることなら……可能な限りさせていただきますよ」

 

 自分で言ってしまい少し後悔した、とんでもない要求をされてしまったらどうしようか。

 そんな私の内心を知ってか知らずか、部長は思考の為なのか僅かに間をおいて

 

「じゃあ、今日のこと……褒めてくれる?」

 

 どこか照れくさそうに、小さな声でそうこぼす。

 割と色々覚悟していたのだが、思ったよりも安い願いだ。

 

 それに命の恩人の願いだ、まぁ、それくらいなら叶えねばならないだろう。

 

「よくがんばりましたね愛宕、えらいですよ」

 

 サービスで艦娘名で呼んであげた。

 それを聞いて部長はさらに腕に力を込めて、私の首裏に顔をこすり付ける。

 

「……提督もすごくかっこよかったわ」

 

 表情は伺えないが、伝わってくる体温が高いような気がしたので照れているのかもしれない。

 

「えへへへ」

 

 自宅に着くまで、部長はずっとそんな感じだった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ここですか?」

 

 とある高級マンションの部屋の前、ようやく到着した私はいまだ下りようとしない部長に確認を取る。

 

「ええ、インターホンを鳴らすわ。ルームメイトが開けてくれるはずだから」

 

 そう言って彼女は背負われた状態のまま、手を伸ばしてインターホンのボタンを押す。

 しばらくして「はい」と応じる反応が返ってきて、部長が「わたしー」と間延びした返事を返した。

 

 しばらくしてドアが開く。

 でてきたのは肩まである長さの黒髪の品のよさそうな、部屋着姿の女性、美人ではあるが残念なことに色んな所のサイズが部長と似ていると思われる。

 

 当然だが熟練観測手が「着弾確認できません!」と心の中で声を上げた。

 

「あははー、ごめんね高雄。ちょっと力使っちゃって動けなくなっちゃった。悪いけど……」

 

 そこで、私と部長は『高雄』と呼ばれた女性の様子がおかしいことに気が付く。

 彼女はまるで雷にでも打たれたかのような状態で固まっていた。

 

 ……部長との出会いを思い出す、正直、またしても厄ネタのにおいしかしない。

 

 警報が私の中でこだまする、逃げろ、今日一番の厄ネタが来るぞ、と。

 そんな警報もむなしく、彼女はやたら興奮した様子で自己紹介を始める。

 

「こ、こんにちは。高雄です。貴方のような素敵な提督で良かったわ!」

 

 いいえ、ケフィアです。

 

 高雄と呼ばれた女性はそんな私の心中を無視し、自己紹介を終えた後、急に私に抱きつき、動けない私の唇を奪った。

 

 背中で部長が悲鳴を上げる。

 

 

 悲 鳴 を 上 げ た い の は こ っ ち で す 。

 

 

 しばしの抱擁と口付けのあと、解放された私は、努めて冷静な声で

 

「失礼」

 

 そういって部長を『高雄』と呼ばれた女性に押し付けて、部屋に土足で上がり、トイレと思われる場所に向かい入る。

 

 後ろでは部長が珍しく怒声を上げていたが、今は関係ない。

 扉を閉めて鍵をかけた私は、胃の中のものを全て便器にぶちまけた。

 

 いつか素敵な駆逐艦と出会えた時のためにとっておいた、大事ななにかが、失われてしまった。

 玄関の方から修羅場の様子をかもし出し始めた言い争いの声が届く、正直一ミリも興味が無い。

 

 喪失感にさいなまれながら薄れゆく意識の中、私はいまや相棒となってしまった便器を抱きしめながら、

 

 

 

 どんなに辛い試練でも乗り越えて見せる。

 そして駆逐艦と結ばれる、私はあきらめない。

 

 

 

 そう誓いを新たにした。

 

 

 




本気になった愛宕さんが、実はかっこいい、愛宕さんに甘えるよりも甘えられたい、そんな夢を抱いてしまった。
 


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『弟』と『軽巡:由良』

 
姉、由良さんとかいう無敵の組み合わせ。
ここで切るのかと疑いたくなる強カード。
 


 

 姉、という存在が居る。

 

 意地悪なお姉ちゃん、甘えんぼのお姉ちゃん、面倒見のいいおねえちゃん、優しいお姉ちゃん。

 そりゃもう世界には姉の数だけ姉の形がある、といっても過言ではないだろう。

 

 ちなみに姉を持つ友達に聞くとほとんどが

 

「正直そんなにいいもんじゃないぞ」

 

 と、どこか渋い顔で言う。

 なんというか、渋い顔としか表現できない。

 

 ちなみに僕にも姉が三人いるが、確かに、姉がうらやましいと言われれば似たような顔をしてしまうかもしれない。

 

 だが僕の場合少し意味合いが違う、なぜかというと三人とも僕の姉は少し変わってるのだ。

 

 

 というのも……

 

 

「そろそろお風呂に入ろうかしら、ねえ、背中流してくれる?」

「由良姉さん、さすがにもう一人で入ってください」

 

「よーっし、次は長距離だね、訓練あるのみ!」

「鬼怒姉さん、僕は行かないので引っ張るのやめて」

 

「ちょっとぉ、前髪のセット手伝ってよぉ~」

「阿武隈姉さん、いい加減一人でセットできるようになりなよ」

 

 

 ……笑えよ。

 そうさ、全員艦娘だよ。

 

 

 ちなみに三人がどんな艦娘か、軽く紹介しておくと。

 

 

 『由良』

 とても長い銀色の髪をした軽巡洋艦の艦娘。

 垂れ目でとても優しげな声、すらりとした体でとってもいい香がする。

 しっかりものでとっても優しい姉さんの中の姉さん。

 あと美人。

 

『鬼怒』

 はねた赤毛が特徴的な軽巡洋艦の艦娘。

 生命力に溢れてた瞳、いつも元気一杯でどこかおっちょこちょいで、でも実はけっこうかわいいものを集めるのが趣味。

 一緒に居てとっても楽しく元気をくれる姉さん。

 あと美人。

 

『阿武隈』

 セーラー戦士みたいな髪型で、オレンジ色綺麗な髪の軽巡洋艦の艦娘。

 自信が無さそうな垂れ目で、前髪をいっつもいじってるけど、やる時はやるんだから。

 一緒にいろんなことに挑戦する相棒みたいな姉さん。

 あと美人。

 

 

 わーい、三人ともとっても素敵な姉さんだー(棒)

 そして四人姉弟の末っ子長男が僕……だ。

 

 僕が生まれたときそれはもう両親は喜んだ、なんせ三人が艦娘だったのだ、確率でいえば九蓮宝燈の天和を三回連続で当てるレベルだ。

 ようやく産まれた普通の人間の僕を両親はたいそうかわいがってくれた。

 

 だが、三人の姉たちはその両親を遥かに上回る執着を僕に見せた。

 

 というのも、

 

 

「ねえ提督、そんなこと言わずに一緒に入ってね、ね」

 由良姉さん。

 

「早く走りに行こうよ! 提督!」

 鬼怒姉さん。

 

「提督早く前髪なおしてよぉ~」

 阿武隈姉さん。

 

 

 ……笑えよ。

 そうさ、僕は三姉妹の適性全部を持って生まれてしまったのだ。

 

 

 まぁそんなわけで、なんというか。

 僕がこの三人の姉とどういう気持ちで育ってきたか。それを全て説明するのは正直難しい、現在進行形でも色々とあるし。

 

 だが両親の気持ちはガッツリ決まってたりする、いわく

 

母「あんたが三人の誰かと結婚してくれれば結婚式は楽だし、嫁姑の関係も気楽だし最高さね」

父「別に在学中に孫作ってもええんやで? むしろ作るべきだと思わんかね?」

 

 それでいいのか父よ母よ。

(父母は天空のに出てくる空賊の頭とグラサンの大佐に似ている)

 

 いや、いいんだろうけどさ。

『そういう存在』として生まれてくる艦娘には近親交配の概念も無いし、戸籍だって人間ではなく艦娘としての戸籍を与えられるので法律的にも問題はない。

 

 つまり社会的にも倫理的にもオッケーなんだろうけどさ。

 

「鬼怒、阿武隈、私は提督とお風呂に入ってくるからどこかに行ってなさい」

「由良姉さん、阿武隈、鬼怒は提督と訓練があるから二人は後だね!!」

「由良姉さん、鬼怒姉さん、私の前髪より大事な用事なんてな、無いと思うけど」

 

『……』

 

 無言でにらみ合う三人、正直この三人が喧嘩を始めたら普通の人間ではどうしようもない、下手したら家が壊れかねない。

 普段はとても仲のいい三人だが、偶にこうやって僕を取り合って対立することがある。

 

 ちなみに今日も学校でこんなことがあって。

 

 エスカレーター式である僕の学校には、それはもう沢山の生徒が居るんだけど、そんな学校でも艦娘の生徒というのは多くない。

 そんな学校で艦娘の姉を三人も持つということがどういうことかわかるだろうか、いや、持つだけならいいのだ、持つだけなら。

 

 だが三人の提督適性者となってしまった僕の日常は……

 

「ねえ提督、今日のは自信作、お茶、煎れますね。ね♪」

「由良姉さん、お弁当持ってきてくれるのはいいんだけど膝に座るのやめて」

 

「おぅ~い! ていとくぅ~! なに食べよっか!」

「鬼怒姉さん、後ろから絡みつくのやめて」

 

「わかったわ! あたしの力が必要なのね!」

「阿武隈姉さん、一人で食べられるから、食べれるからアーンしようとするのやめて」

 

 ……笑えよ。

 そうさ、昼休み、別クラスや下の学年だというのにお構い無しにやってくる姉たちを囲んでランチの日々だ。

 

 艦娘がどういうものか割と理解のあるこの学校で、彼女らの行為をとがめられるものは少ない。

 

 そんな僕を見て友達は血の涙を流しながらうらやましいと言うけど、修羅場というのは色々大変だ、特に家族だと誰かを選んでさよならって訳には行かない、縁は一生続くのだから。

 

 

 でもなんだかんだでみんなで姉弟仲良く過ごしてたんだ、あの時までは……

 

 

 

 

 

 

 

 

『弟』と『軽巡:由良』

 

 

 

 

 

 

 

 

 家族でキャンプに出かけた時のことだ。

 

 別に三人の誰かが悪いわけでもなく、三人の仲裁中に僕がへまをして怪我をしてしまったことがあった。

 

 普段は絶対うろたえない由良姉さんは大泣きし、前向きで元気いっぱいの鬼怒姉さんは青い顔で震え、阿武隈姉さんにいたっては「やっぱあたしじゃムリ……」と言いながら思いつめたような顔をしていた。

 

 僕はなんとか三人を落ち着かせ、両親を呼んで色々とがんばったが、さすがに限界だったのかばたりと倒れて救急車を呼ぶ羽目になった。

 

 それからだ。

 

 三人の仲はなんというかどこか、よくわからないけど覚悟を共有する仲とでもいおうか、謎の決意を決めてしまったような感じになり。とりあえず三人は絶対僕の前では喧嘩をしなくなった。

 

 そして僕と四人でいるとどうしても取り合いになることがおきそうになる、だから三人はなるべく僕には近づかなくなった。

 正直その期間は僕もびっくりするくらいショックを受けて、姉さんたちと一緒に居られないのがこんなに寂しいものなのかと、衝撃的だった。

 

 一緒に居たいのに居れない、話したいのに話せない。

 そんなちぐはぐな、どこかかみ合わない僕らを見て両親は

 

母「女が簡単にあきらめるんじゃないよ!」

父「さn……二年間待ってやる!」

 

 と言いながら一つの解決策を提示した。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ふふふ、二人きりなんてほんと久しぶり」

 

 夜、そう言ってベットに並んで座っていた僕にパジャマ姿の由良姉さんがしなだれかかってくる。

 どこか興奮したように紅潮する由良姉さん。こんなに密着すると首筋や髪からすごくいいにおいが強く感じられて理性が保てなくなってしまいそうだ。

 

「なんでこんなことに……」

 

 両親はちぐはぐな関係を続ける僕らを見かねて、家の離れに僕の部屋を建ててしまった。

 一応母屋と廊下で繋がってはいるけれども、風呂、トイレ、台所完備の完全にこの部屋だけで生活ができるレベルの部屋だ、てか家だ。

 

 そして、この部屋に三姉妹が入る上で一つの決まりを作ったのだ。

 

『三姉妹がこの部屋に入れるのは、学校を卒業する前の二年間だけ。あと息子は用事が無ければ母屋に入っちゃ駄目』

 

 僕と阿武隈姉さんは一つ(三月生まれと四月生まれの同学年)しか違わないけど、鬼怒姉さんとは二つ、由良姉さんは四つ違う。

 

・由良姉さん  二年後に卒業

・鬼怒姉さん  四年後に卒業

・阿武隈姉さん 六年後に卒業

 

 つまり、今現在僕の部屋に入っていいのは由良姉さんだけということになる。

 ちなみに由良姉さんは僕の世話をするため、この部屋で寝泊りし、毎日通う気満々である。

 どう考えても通い妻です、本当にありがとうございませんでした。

 

 

 ……いや、解決策にすらなってないし、おまけに力技じゃないか!

 あとなに、なんで僕母屋に入っちゃ駄目なのさ!? 

 

 

 そう叫んだ僕に返答した父と母の姿を思い出す。

 

母「泣き言なんて聞きたくないね! なんとかしな!」(ドヤ顔)

父「素晴らしい! 最高のショーだとは思わんかね?」(ドヤ顔)

 

 反論は意味を成さなかった。

 

 姉さんたちに相談しても、僕抜きで行われた両親たちとの話し合いで、どこか三人とも吹っ切れてしまった感じになっていて話にならない。

 

 つまり一番納得できないのは、僕の意見は完全にお構い無しというところだ。

 いや、別にこの状況が嫌というわけじゃもちろん無い、正直由良姉さんは大好きだ。

 

 でもこう、なんというか長年姉として見れなかった僕としては、こう踏ん切りが付かないわけで。

 

「私とそういうことするのは嫌?」

 

「というか僕の年齢を考えて欲しいと申しますか……」

 

「提督の年齢ならそういうの興味津々だって聞いたけど」

 

「いやでも、なんというか僕も色々と思うところがありまして……」

 

 僕の部屋には入れない、そう聞いてとても寂しそうな顔をする鬼怒姉さんと阿武隈姉さんが脳裏に浮かんだ。

 

「二人のことが気になる?」

 

「ぇぇ……」

 

 なぜ解ったし。

 

 顔に出てたのか、クスクスと笑いながら由良姉さんは僕から一度はなれ、そして後ろから包むように僕を抱きしめた。

 残念ながら成長途中の僕はまだ由良姉さんと身長差があり、由良姉さんにすっぽり包まれるような感じになってしまう。

 吐息が耳に当たるほどの近い距離、僕の肩に頭を乗せながらささやくように由良姉さんが言った。

 

「大丈夫、あの二人も何年かたてば同じように提督と二人っきりでこんな風になるんだから。でも今だけは、今だけは私だけの提督ね、ね」

 

 そんな甘い言葉に脳がとろけそうになる。

 

「でも駄目なんだ由良姉さん、僕にはそんな資格があるとは思えないんだ」

 

 とてもとても素敵な僕の姉さんたち、艦娘とか関係なく姉としても女性としても素敵な、姉さんたち。

 だからこそ、姉さんたちを悲しませてしまうような、そんな僕なんかじゃなくもっといい人と結ばれて欲しい。

 そんなことを思ってしまう。

 

 クスリ、と、由良姉さんが微笑んだのがわかった。

 

「相応しいかどうか、もっといい人が居るどうか、普通の女の人ならそういうのも考えちゃうかもしれないわね」

 

 そう言いながら由良姉さんは、ぎゅっとぼくを抱きしめる力を強くする。

 

「でも私たち艦娘に限っていえばね、もう他の人なんてありえないの。私たちの、ううん、私の心はもう一生提督のものなんだって、比喩でもなんでもなく他にはもう居ないんだって、わかってほしいな」

 

 どこか悲哀めいた、由良姉さんのその言葉を聞いて、僕は湧き出した色んな感情で溺れそうになる。

 

 僕はわかってなかったし、覚悟だってなかった、姉さんたちがどんな思いで僕と接していたかなんてわかったつもりで居ても何一つわかってなかったと思い知らされる。

 そんな言葉にできない姉さんたちの想いを考えると、自然に涙が溢れてとまらなくなった。

 

「あっ、ごめんね。泣かせちゃったかな」

 

 そういって僕を振り向かせ胸の中に包むようにして抱きしめる由良姉さん。

 

「私たちのこと、ゆっくりでいいから見てくれるとうれしいな」

 

 涙が止まらずなにも言えない僕は、由良姉さんに抱きしめられるまま眠りに付いた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 歌が聞こえる、これは……由良姉さんの声だ……

 

 遠い昔の記憶。

 

 僕が覚えている一番古い記憶。

 

 その時僕は泣いていて、それをあやすように由良姉さんが歌ってくれている。

 

 

 

よろしくね、提督

 

初めて会ったときの貴方の顔は忘れられないわ

 

出撃の時は何時もその顔を思い出すの

 

遠征は成功よ、でも補給はマメにさせてよね

 

最近こき使いすぎじゃないかしら?

 

たまには休ませて欲しいわ

 

 

泣かないで提督

 

泣かないで提督

 

泣かないで私の大切な人

 

 

しょうがないから許してあげる

 

だから戻ってきたら、甘いものを一緒に食べましょう♪

 

 

 

 古い、とても古い歌。

 

 世界で始めて艦娘が作ったといわれている歌。

 

 泣き虫な提督へ

 

 曲名どおり、自分たちの為に泣いてくれた、泣き虫な提督の為に、艦娘が一生懸命考えて歌ったといわれている歌。

 

 戦争が終わり、悲しみに満ちた二番を歌う必要はもう無いからと、二番は消してしまった歌。

 

 それを由良姉さんが歌ってくれている。

 

 きっと僕に泣き止んで欲しいから……。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 夜中にふと目がさめた、泣き声が聞こえた。

 自分の泣き声かと思ったけど、違う、聞こえる声は由良姉さんだ。

 

「……ごめんね、ごめんね」

 

 なぜ由良姉さんが謝りながら泣いているのか、僕にはわからない。

 

 僕はとっても無力だ。

 

 でも、なぜかその瞬間ぼくは決めたんだ。

 もう絶対由良姉さんを悲しませないって、決めた。

 

 そして由良姉さんの今後の人生が、より富んだものであるように。

 より幸せなものになるようにしてみせる。

 

 僕を抱きしめてくれていた由良姉さんを抱きしめ返す。

 由良姉さんがびくっとなったのがわかった。

 

 なにも言わずただ由良姉さんを抱きしめていると、やがて由良姉さんも泣きやんで僕をまた抱きしめてくれた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 朝起きると、まだ隣で由良姉さんがすやすやと寝息を立てていた。

 僕は体を起こし、そっと朝日を反射する由良姉さんの髪をなでる。

 銀色のさらさらとした長い髪が指に絡み付いて気持ちいい。

 

 んんっ、と、くすぐったそうにする由良姉さん。

 僕は手を離してポツリと昨日の決意を言葉にする。

 

「必ず由良に相応しい提督になってみせるよ」

 

 ははは、呼び捨てにしちゃったよ……

 

 顔が熱くなってしまったのがわかる。

 自分で言って恥ずかしくなった、とてもじゃないが起きてる由良姉さんには聞かせられない言葉だ。

 

 なんて思ってたら、パッチリと目を見開いて由良姉さんがこちらを見ていた。

 

 マズゥィ。

 

 由良姉さんは、それはもう、たまらなくうれしそうな笑顔を浮かべる。

 そしてがばっと体を起こして僕の腰あたりに抱きついた。

 

 なにも言わず、今までで一番強い力で僕を抱きしめる由良姉さん。

 僕は寝起きの由良姉さんの温かさを感じながら、

 

 

 ああ、もう後には引けないな、引くつもりも無いけど……

 

 

 そんなことをぼけっと考えた。

 由良姉さんの頭をよしよしと撫で撫でしながら、いつまでも二人でそうしていたら、

 

「朝だよ! 今日も一日、頑張ろうね!」

 

「朝なんですけど! 朝なんですけど!」

 

 と、鬼怒姉さんと阿武隈姉さんが叫びながら部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。

 

 




ラブ配分山盛り回。
 


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『僕』と『正規空母:翔鶴』

 
独断と偏見混じる翔鶴さんへのイメージ。
『人の上に立つ教育を受けたお嬢様』
 


 

 この世界は一度滅びかけたらしい。

 

 しんかいせいかんという、怪物が現れて世界をめちゃくちゃにしたんだ。

 だけどどこからか現れた艦娘と、その辺に居た提督と、あと沢山の人たちが力を合わせてしんかいせいかんをやっつけて平和を取り戻したんだって。

 

 その後、艦娘たちは妖精さん(以下一話参照

 

 まあ、僕がどうしてこんな長々とこんなことを思ってるのかだけど……

 

「……」

 

 今日も帰り道で、電柱に隠れてじっとこちらを見ている加賀さんを見てしまったからだ。

 隠れているつもりでも、加賀さんの乗ってきた黒塗りの高級車が大体そばにあるので直ぐに分かってしまう。

 

 あれから加賀さんは毎日僕を帰り道で待ち伏せして遠くから見ている。

 二回も笛を吹かれたのがよほどこたえたのだろうか、あれ以降は直接話しかけてくることは無くなった、んだけど……

 

「……ぐすん」

 

 こう毎日涙目でこちらを見つめてくる加賀さんを見ていると、僕の中で悪いことをしてしまったんじゃないだろうかという思いがわいてくる。

 隠し撮りした僕の写真を持っていた、ただそれだけのことだというのに。

 

 ……いや、やっぱりわいてこない、うん。

 

 ちょっと悪いかなと思ったけど、僕はなにも見なかったことにして家に帰った。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「彼女たち艦娘は人間と変わらない姿で生まれてきます。ですが、普通の赤ん坊より成長速度が速く、一年たたないうちに自我がはっきりし、艦娘としての記憶はこの段階ですでにあるようです。そしてどんな環境で育ったとしても、その記憶にしたがって性格が形成されます。まったく違う環境で育った同じ艦種の艦娘でも、比較的近い性格になるのにはこういった背景があります」

 

 今日は学校で艦娘についての授業のある日だ。

 先生が熱心に難しいことをしゃべっているけど、あまりよくわからない部分もある、でも多分大事なことなので一生懸命聞くことにする。

 

「そして二年たった頃には差異はありますが、六~九歳程度の体つきになり、身体能力もすでに成人男性を遥かに超えるものになります。その後、艦種にもよるようですが、六歳~十二歳くらいの間に『艦娘変わり』という、人間でいう成長期的な肉体変化が起こり、艦娘の姿として固定されます、図鑑や歴史の本に載ってるのはこの状態の彼女たちですね」

 

 みんなも先生の授業を黙って、しっかりと聞いている、それくらい艦娘のことを知っておくのは大事なことなのだ。

 

「ちなみに『艦娘変わり』に関してはまた今度の授業で説明いたしますが、この期間は早くて一ヶ月、長くて一年以上続き、肉体的にも精神的にも不安定になることがあるようです。皆さんはもしなにか見てしまっても、温かい目で見守ってあげましょう」

 

 窓の外を見ると、先日屋上に居た『大鳳』さんが三階から飛び降りてるのが見えた、なるほど。

 

「つまり六歳~十二歳で大人の見た目に見える状態となる艦娘も居ます、彼女たちが別のクラスで授業を受けているのはそのためでもあります。また何時起こるかも不明で、起こらないこともありますが『第二次艦娘変わり』という、専門の用語で『改二』という状態に変わる肉体変化が起こることもあります。この状態になると新たに様々な力が備わるといわれています」

 

「うわぁ、なにそれ、なんか怖い!」

 

 隣の席の友達、健太君が大きな声を上げた。

 本心じゃないのはわかる、多分ちょっとふざけた感じで言ったのだろう。

 

「はい! 皆さん注目! いま健太君が大事なことを言いました。彼女たちのことを怖いと言いました」

 

 なんだか先生のくうき? が変わった気がした。

 

 先生はゆっくり健太君の前まで歩いていくと、健太君の両肩に手を置いてじっと眼を見つめる。

 健太君はびくってなって、先生から目を逸らせずに居た。

 

「先生程度の力でも、ちょっと加減を間違えれば健太君に怪我をさせてしまいます、車や銃を使えばもっと簡単にです。力を怖がるのは人の本能なので仕方ありません。ですが大事なのは力の大小ではなく、危害を加えてくる意思があるかどうかです」

 

 先生は、厳しく、でも優しく諭すような声で続ける。

 

「先生はとっても寛容な先生なので、健太君やあなたたちの個性や自主性は大いに尊重いたします。でも、艦娘に対しての認識が間違っているようならそれだけは徹底的に矯正します」

 

 先生は健太君から手を放し、教壇まで戻ってから振り向いた。

 

「彼女たちは確かに人とは成長の仕方も違いますし、大きな力を持って生まれてきます。ですがその力で、百年以上私たち人類を護る為に必死で戦ってくださいました。そして戦いの中で沢山沢山亡くなられました。私たちの御父さんお母さんおじいちゃんおばあさん、そのご先祖様たちが生まれてこれたのは彼女たちが戦ってくれたからです。私たちを、人類を護る為にです、そのための力なのです」

 

 人類の守護者、艦娘。

 おばあちゃんがよく僕に言って聞かせてくれる言葉だ。

 

「そして現代でも、彼女たちは私たちを表から影から守ってくださっています。彼女たちは私欲で人間に力を振るうことは絶対にありません。もし彼女たちが誰かに力を振るったのであれば、それは誰かに危害を加えようとしたからではなく、自分か誰かを守るためです。それを履き違えてはなりません」

 

(※注意:艦娘の行動理由には個体差があります 例:提督)

 

 健太君は泣きそうな顔をしていたが、先生の言葉になにか感じるものがあったのか、ぐっと堪えていた。

 

 男だな、健太君も。

 

「今日はここまでです、それでは当番、号令を」

 

 外では人類の守護者である『大鳳』さんが、学校に住んでる猫を追い掛け回し、他の先生が後に続き彼女を追いかけるように走り回っていた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 その日の帰り道にも、電柱に隠れてじっとこちらを見ている加賀さんの姿があった。

 

 今日の授業を聞いて、艦娘のことを少し知ってしまったぼくのなかの罪悪感というものが刺激されたのか、せめてと思い軽く会釈だけしておいた。

 そしたらそれを見て加賀さん、一瞬驚いた顔をし、うずくまって泣き出してしまった……

 

「えぇ……」

 

 人類の守護者を泣かせてしまった……

 

 しょうがないので僕は彼女のそばまで歩いていって、おばあちゃんが僕が泣いてくれた時にしてくれるように、彼女の頭をなでてあげる。

 でも、やっぱり恐いのでもう片方の手には笛を握り締めたままだ。

 

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 そうこぼしながらごしごしと目をこする加賀さんを見てると、まあやはりこの人は悪い人ではないんだろうなぁ、という思いがわいてくる。

 情にほだされるというやつだろうか、こうしているとなんとなく加賀さんがかわいく見えて……

 

 そう思いかけた瞬間、加賀さんが飛びかかってきた。

 

 そして彼女の胸が目の前に迫ってきたかと思うと、顔にぐにゃっという感触がして目の前が加賀さんの着ている紺色の服で一杯になる。

 ああ、油断してしまったから捕まってしまった、僕は遅れてそう気が付いた。

 

 だが次の瞬間、なにかがぶつかるとても大きな音が聞こえた。  

 

 後からわかったんだけど、この時加賀さんは視界の端から止めてあった黒塗りの高級車に向かって、突っ込んでくる白塗りの高級車が見えたので慌てて僕をかばうように抱きついたらしい。

 

 でもそのことを説明してくれた時小さく「・・・たなぼたでした」とつぶやいたのを僕は知っている。

 

 それは置いておいて、音にびっくりした僕がゆっくりと目を開けると、加賀さんの黒塗りの高級車に白塗りの高級車が追突していて、運転席でいつものクマーにゃーの人たちが目を回しているのが見えた。

 

 僕が大丈夫だろうかと(加賀さんに抱きしめられたまま)心配していると、白塗りの高級車から、銀色の長い髪の上品そうな女の人が降りてきた。

 とても高そうな赤いドレスを着ていて、首からは白いストールをかけている。

 あまり道端では見かけないような格好だ、僕も初めて見た気がする。

 

「あらあら、ごめんなさいね。なんだか見覚えのある下品な黒い車が見えたものですから挨拶しようとしたんですけど。」 

 

 そういって頬に手を当てながら謝罪の言葉を言う銀色の髪の女の人、でも正直全然悪く思ってなさそうだ。

 後なんだかどの動作も、なんというかとても板についているというのか、そう、せんれんされているという感じがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

『僕』と『正規空母:翔鶴』

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず礼儀のなっていない五航戦ね。なにをわざとらしいことを。本当に免許を持ってるのかしら? 一度見せていただきたいものね、捨てるけど」

 

「あらあらあらあら、時代遅れの一航戦の遠吠えが聞こえますね、しばらく見ない間に犬にでもなられたのかしら?」

 

「……頭にきました」

 

 聞いたことの無い低い声で加賀さんが言い争っているのが聞こえる、僕が見ている加賀さんはいつもおどおどしているか泣いている姿なので少し新鮮だ。

 あと息苦しいのでそろそろ離して欲しい、なので軽くもがいてみた。

 すると加賀さんが「あっ」と何故か切なげな声を上げ、銀色の髪の人は「あら?」と始めて僕の存在に気が付いたような声を上げる。

 

「あら、その子供は……?」

 

「貴方には関係ないわ、早くどこかに行ってもらえるかしら。こう見えて忙しいの」

 

「あらあら、真昼間からこんな所に車を止めて道端にいらっしゃった方の言葉とは思えませんね?」

 

「真昼間から人様の車に突っ込んでくるような無粋な五航戦は言うことも無粋ね。私がどこでなにをしていようと関係ないのではなくて?」

 

「あらいやだ、無粋さでは一航戦の先輩方にはとてもとても敵わないと思ってたのですが。私たちが貴方たちにされたことを覚えてらっしゃらないのかしら?」

 

 何時までも終わりそうにない二人の言い争いの声を聞いて、このままでは埒が明かないと思った僕は、ぽんぽんと加賀さんの体を叩く。

 

「うっ」と叩くたびに切なそうな声を上げる加賀さん。

 

 そして何度も強くたたいていると、加賀さんは名残惜しそうにゆっくり離して地面に下ろしてくれた。

 ようやく解放された僕は、ふぅ、と一息つく。そしてそこで初めて、まともに銀色の髪の人と目が合った。 

 

 僕を見て銀色の髪の人は雷でも落ちたかのような顔をして固まっていた。

 僕はとても嫌な予感がした。

 加賀さんにいたってはとても見せられないような嫌な顔をした。

 

「は、初めまして、翔鶴型航空母艦一番艦、翔鶴です。提督を見つけておられたなんてさすがです。私も一航戦の先輩に、少しでも近づけるように頑張ります!」

 

 僕の目を見てそう挨拶し、次に加賀さんの手を握りながら翔鶴と名乗った女の人はとても楽しげに話しかける。

 その様子はさっきまでのけんのんな雰囲気とは正反対だ。

 

 そしてやはりといった所だろうか、さっきの『艦名の契り』を聞く限り、この人もどうやら『翔鶴』という名前の艦娘のようだ。

 

 加賀さんは親しげに自分の手を握るその人を見て、それはもうおぞましいものを見るような、それでいてこの世の終わりのような顔をしていてた。

 

「あの、加賀さん。この人は……」

 

「嫌ですよ提督、私のことは是非、翔鶴とよんでください!」

 

 翔鶴と名乗るのその人は、ずずいと僕の目の前に顔を寄せてくる、近くて恐い。

 

「……加賀さん、その、翔鶴……さんとは友達なんですか」

 

「いいえ、違います。どちらかといえば敵です、私が経営する会社と業種が同じライバル企業の経営者ですね。さあ提督こちらに、目を合わせてはいけませんよ」

 

 そういってさりげなく自分の車に僕を乗せようとする加賀さん、止めてほしい。

 

「なっ! 待ってください加賀さん!」

 

 そんな加賀さんを見て翔鶴さんは僕に駆け寄り持ち上げて、胸元に抱き寄せる。

 ぐにゃっという加賀さんと同じくらいの大きさの感触が伝わってくる、ほのかに花のような香りがした、あと暑い。

 

「提督、よろしければこれから翔鶴と一緒にお菓子の美味しいお店に参りましょう! ふふふ、それからこれからのことをじっくりと、ええ、じっくりとお話しましょう。うふふ、楽しみ」

 

「っ!? おやめなさい翔鶴! 提督が嫌がっておられるでしょう! それに提督と一緒にお菓子の美味しいお店に行くのは私のほうが先に約束をしていたのです!」

 

 といって、加賀さんも僕の首に手を回して胸元に抱き寄せる。

 お陰で僕は加賀さんの胸と、翔鶴さんの胸にサンドイッチされているような、ぐにゃぐにゃして息苦しいことこの上ない状態になってしまった。

 

「そもそも、どうして貴方がここにいるのかしら五航戦? もしかして昨年度の業績がうちに負けたから腹いせにでも来たのかしら? だとしたら品性を疑いますが」

 

「業績は関係ありません!! それに昨年度は設備投資に割り振ったからで……それよりも加賀さん? 貴方常々自分は赤城さんと一緒に仕事に専念するから提督探しなんてする気は一切無いとか豪語されてましたでしょう? これはどういうことなのでしょうか!?」

 

「そんなこと言ってたかしら?」

 

「あら、そういえばもう物忘れが激しくなるお年でしたかしら?」

 

「……貴方も私と大して年は変わらなかったと記憶してますが?」

 

『っう!?』(言った方も言われた方もダメージを受けている構図)

 

 

 なんだか僕を抱きしめたまま額をぶつけ合って口喧嘩を始めてしまった二人。

 正直暑いし、おまけにトイレに行きたい。

 

 しかし弱った、この状態では笛がふけない。

 

 なのでしょうがないから僕は、ポケットに入れていた虎の子の防犯ブザーを引っ張って鳴らした。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 加賀さんと翔鶴さんは、防犯ブザーの音を聞いて目を覚ました、クマーにゃーの二人に引きずられて、車に押し込まれて走り去って行った。

 翔鶴さんの車はどこからか来たレッカー車が引っ張って行った。

 

 僕はなんだかどっと疲れてしまった。

 

 とりあえず近くの公園のトイレで用を済まし、トイレから出て公園から見える景色を眺める。

 

 ここは『艦夢守市(かんむすし)』

 

 大きな港があり、その港と街の周りをぐるっと山に囲まれている、そんな立地の場所。

 都会とまではいかないけれど、それなりに騒がしくてそれなりに穏やかな大きさの街。

 

 

 そしてこの街には一つの噂がある。

 それは提督適性者が集まるという噂だ。

 

 

 この街には沢山の人間と、居るかもしれない提督適性者たちと、その噂を聞いてやってきた割と多くの艦娘たちが平和に暮らしている。

 

 

 つまり、ここが僕の住んでいるところだ。

 

 

 

 

 後よくわからないけど、どうやら僕には『加賀』と『翔鶴』の適性があるようなのだった。

 

 

 

 正直困った。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 その後の黒塗りの高級車の車内。

 

 ぶすっとした顔の翔鶴と、深刻そうな顔をしている加賀が後部座席に並んで座っている。

 

「……球磨、料亭黒潮に向かって」

 

「了解クマー」

 

「ふん、まだなにか話があるのですか? 言っときますけど提督は……」

 

 改めて宣戦布告を告げようとする翔鶴だったが、ひどく追い詰められたような真剣な目をした加賀を見て言葉を飲み込む。

 

「ねえ、五航戦の姉のほう」

 

「なんでしょう、一航戦の青いほう」

 

「提督の適性なのですが……私と貴方が適合した以上その、個別や型の適性ではなく、艦種適性である可能性があるわ」 

 

 そういって片手で顔を覆いながら真剣な顔で呟く加賀。

 それを聞いて首を傾げ、なんのことかよくわかっていない様な翔鶴だったが、しばらくしてはっとした風に加賀に振り向く。

 

 片手で顔を覆いながらも視界の隅にその様子を捉えた加賀は、コクリとうなずく。

 

「その、もしそうならお互い真っ先に報告するべき相手は居ると思うの。でもその、なにより提督に負担がかかってしまうし、もしそのせいでなにかの争いになってしまって提督に嫌われたりしてしまったらそれこそ……」

 

 最悪の未来が頭をよぎりお互いブルリと身を震わせる。

 そして搾り出すように加賀が言葉を続ける。

 

「正直かなり抵抗はあるし私たちの『艦娘』としての常識からは外れてしまうのだけど……」

 

 言いにくそうに言葉を濁す加賀に、翔鶴は決意をしたように話しかける。

 

「いえ、その意見には賛成です。正直思うところや色々と身内の問題もあるとは思うのですが。ここは……」

 

 そして二人は向き合い手を握り合う。

 

 

 

 ここに史上(あんまり)例を見ない、加賀と翔鶴による機動部隊が結成された。

 

 

 




負けフラグがすごい機動艦隊が結成されました。
これより作戦行動に入ります。

あと加賀さんの黒塗りの高級車が、後ろから追突される展開は114514年前から決まってた。
 


■補足説明
今回、艦娘に対する熱心な学校教育の場面を書きました。
ですが、全てが全ての学校で艦娘に対して今回のような熱心な教育をするわけではなく、内容は地域や国によってはばらつきがあります。

ですので、この先大人たちが艦娘たちに対して取る行動でおかしな点があっても薄目で見てください。(予防線)
あと、艦娘とイチャイチャするのに邪魔になったらこの設定は、容赦なく変更すると思います。
 


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『無職男』と『駆逐艦:黒潮』

 
魚雷が目立ちすぎて、ザクのミサイルポッドにしか見えない時期がありました。
 


 

 無職になってしまった。(継続中)

 

 次の職を探してはいるが、なかなか条件に合う会社が見つからない。

 条件さえ選ばなければ直ぐにでもいけそうなのはいくつかあったのだが、いかんせんまたラリアットでやめてしまうのは避けねばならないだろう。

 

 もう何時間かしたら日が沈みそうな夕方、職業斡旋所からの帰り道にある公園で、黒歴史を思い出しながら俺はベンチでうなだれていた。

 

 職業斡旋所に行く途中に目に入った結婚式場の入り口、そこで沢山の人に祝福されながら出てくる、名前も知らないカップルの結婚式風景を思い出して涙がこみ上げてくる。

 

 俺って何処で人生間違えたのだろうか、いや、自分が歩いてきた道に後悔などない、が。

 

 それとこれとは別っていう精神的ショックってあるよな。

 

 はぁ……。

 

 こういう時彼女とかいたら励ましてくれるのだろうかなぁ……。

 

 あ”ぁ”ぁ”……。

 

 立ち上がれねぇ……。

 

 

 

 「おにいはんこんな所でなにしてはるん?」

 

 

 

 そんな俺に声をかける誰か、顔を上げると白ジャージを着た黒髪ショートカットの少女が此方を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』と『駆逐艦:黒潮』

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰だろうか、どこかで見た気がしなくもないが。

 

「なんや思い出せんいう顔してはるなぁ。黒潮や、自己紹介したやろ」

 

 しょうがないなー、といいながら俺の隣にちょこんと腰を下ろす黒潮と名乗る少女。ふわりと髪が揺れてその髪を止める二本のヘアピンが日光を反射した。

 そのヘアピンを見て、俺は先日遭遇した陽炎と妹たちの姿を思い出す。

 

 「ああ……陽炎の妹か」

 

 あの草野球の後、とりあえずなんとなく審判をやり終えた俺は陽炎に妹たちを紹介された。

(ついでにどやされながらルールブックを渡された)

 なんというかどの少女たちも一癖も二癖もありそうな感じで、一体どんな染髪料を使ってるのかという髪色の少女も多数、正直親御さんや学校に怒られないのだろうか? という疑問が尽きない。

 

 まぁ、最近の染髪料は便利らしいし、【憧れ】の人の髪の色に染めたいという気持ちもわからんでもないが。

 

 だが待って欲しい、二十人近い少女たちに一気に自己紹介されて一度で覚えられる人間がいるだろうか?

 おまけに戦艦級の眼光やら自己主張の激しい髪色に染めた姉妹の仲で、いい意味で普通、悪い意味で地味なこの少女の名前まで覚えられるわけがない。

 

 俺は悪くねえ。

 

 此方をくるりとした瞳で見ながら、足をブラブラとしている黒潮。

 

「職業斡旋所からの帰りだよ、そっちは部活のトレーニング中かなにかか?」

「別になんでもないただのランニング中や、そしたらおにいはんがたこ焼きにタコが入ってへんかった見たいな顔でうなだれてるのが見えたさかい、気になってん」

 

 そう言う黒潮は「やっぱりなー」と、なぜか楽しげである。こやつも俺が無職であることに喜びを覚える人種なのだろうか。

 

 オノレェ……。

 

「あー、でも走ってたら喉かわいたわー、うち財布持ってくるの忘れたわー、困ったわー」(チラチラ)

 

 ……こ、こいつまさか俺にたかっているのか!?

 

 無職にたかるという意味を理解しているのだろうか? だが、しかし。さすがに年端も行かぬ少女にジュースを買ってあげられないというのはなんというか男の沽券に関わる気がする。

 

「……スポーツドリンクで良いか?」

 

「へへへ、おおきに!」

 

 実時間で数秒、体感時間で二日悩んだ末に俺は黒潮に飲み物を買ってやる決断を下した。

 決して今後、陽炎から審判のバイトを斡旋してもらえなくなる可能性に屈したわけではない。(結構もらった)

 

 直ぐそばの自動販売機で飲み物を買い、黒潮に放り投げると「っほっと」と言いながら上手い具合に両手でキャッチした。

 おいしそうにごくごくと飲む黒潮の隣に俺は再び腰を下ろす。

 

 なんというか、よほど喉がかわいていたのか随分とおいしそうに飲むものだ。

 素朴なかわいさというのだろうか、派手さはないがどこか心落ち着くようなほんのりと温かい魅力がこの少女にはあるように思う。

 

 やれやれ、そんな顔をされては此方も買ってよかったと思えてしまうじゃないか。

 

「うまいか? 味わって飲めよ、それは俺の血液飲んでるようなもんだからな」

 

 無職からたかるということがどういうことか、なんとなく教えたかったのだが、それを聞いて黒潮は「ぶーーーー!」と口に含んでいた分を噴出した。

 

「あ、コラお前なんて勿体無いことを!!」

 

「おにいはんがきしょいこと言うからやろ!!」

 

「俺は間違ったこと言ってねえ!!」

 

「なんとなく分かるけどもっとましな例えあるやろ!!」

 

 実際それは俺の命をつなぐ血液も同然の金銭から捻出されてるんだゾ。

 ケホケホと咽ながら黒潮は怒っていたが、しばらくしてクスクスと笑いだす。

 

「なんや、こんなに怒ったり笑ったん随分久しぶりな気いするわー」

 

 そりゃまあ、なんとも潤いのない人生だこと、俺も人のことはいえんがな。

 

「うそこけ、お前らの年頃なら箸が転げても面白い年頃だろうに」

 

「ああ、うん、まぁ……」

 

 だからなぜ目を逸らす。

 

 まぁ、そんなことはいいか、それよりこれからどうすっかなぁ……

 軽くため息、だめだ、黒潮が横にいるというのに、重症だこれ。

 

 そんな俺を見て黒潮はベンチから立ち上がって、公園で遊んで行った誰かの忘れ物らしいゴムボールを拾い上げると、俺に向かって放り投げる。

 

 あわててキャッチする俺。

 

 黒潮はボールを受け取りきょとんとしている俺のほうを見て、なにも言わずに軽く微笑む。

 そしてとっとと離れた所まで駆けると、こちらに向かって両手を振ってくる。

 

 ああ、キャッチボールか。

 

 よっこらセックスと言う掛け声とともに立ち上がる俺。

 どれ、俺の強肩を見せてやるか。

 野球漫画の主人公のような美しいフォーム(個人的主観)で投げたボールは黒潮の両手に収まる、黒潮は少し間をおいてからふわり投げ返す、それを俺が受け止める。

 

 そんなことを何回も、繰り返す。

 

 あー、キャッチボールなんざ何時ぶりだろうか。

 まぁなんというか、心が弱った時はこういう何気ないやり取りが沁みるもんだな。

 

 もしこれを狙ってやってくれたとしたら、ずいぶんと察しのいい子だわ。

 

「ほれ、今度は強く投げるぞー」

 

「投げてから言わんといてーなー!」

 

 慌てて遠くに飛んで行ったボールを取りにかけていく黒潮。

 それから俺たちは馬鹿みたいにデブい猫を見ただの、煙草が値上がりしただの、どうでもいいたわいの無いことをだらだらとしゃべりながらキャッチボールを続ける。 

 

「お前今時間取れるか?」

 

「うん? 別に大丈夫やけど、どうしたん?」

 

 やがて俺がボールを受け止め、元あった場所にボールを放り投げた。

 

 なんというか、俺はだんだんこの黒潮の素朴な怒り方や笑顔、そして方言が癖になってきた気がする。

 そう考えると、どうせだし飲み物だけなんていわず飯でもおごってやるか、なんて思いがわいてしまった。

 

「なんか家に帰って飯作るのも億劫だし、一人で外食するのもあれだからラーメンでも食いに行かないかね」

 

「あーーー、うーん、でも陽炎姉さんがなー……」

 

 歯切れ悪そうに片手でぽりぽりと頭を搔く黒潮、なんだ、陽炎たちが家で飯でも作って待ってるのか。

 まあ考えれば不思議でもない、二十人近くも姉妹がいればそれはもう毎日の食事は戦争のようでありながらも大事な時間なのだろう。

 

「ああ、陽炎たちが待ってるとかか、すまんな配慮が足りなかった」

 

「あ、いや、そういうわけやないねん。それとはちょっと別問題というかな……」

 

「ん? ああそうか、すまん俺も無遠慮に誘っちゃったな。ていうか俺みたいなのと飯ってのもあれな話だ」

 

 年頃の少女を気軽に食事に誘うというのもデリカシーがなかったか、いかんいかん、通報されかねないぜ。

 

「ちゃう! そんなことやない!!」

 

 と、そんな俺の言葉をびっくりするくらい大声で否定する黒潮。そんな大声も出せたのか、おじさんびっくりしちゃったぞ。

 

「お、おう」

 

「あーもう、なんや悩んでるのがあほらしいなってきたわ。いこ、おにいはん!」

 

 そういって俺の手を取り歩き始める黒潮。

 てか力強いなおい、お前ら姉妹は普段何食ってんだ。

 

 そんな疑問がわいたが、ふんふん♪と機嫌よさそうに俺の手を引きながら歩く黒潮を見てて、まあどうでもいいかと思ってしまった。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 ラーメン屋「大湊」

 

 頑固な老年のオヤッさんと、生意気そうな若いにいちゃんが切り盛りする艦夢守市でも隠れた名店だ。

 ちなみにオヤッさんは銀行員から脱サラしてラーメン屋を始めた、チャレンジャー過ぎる。

 

 店に入り、黒潮と並んでカウンター席に座る。

 程なくして長い銀髪の店員の女性が注文を取りにきた。

 さりげなくこの店員ももかわいいと評判だったりする、おっぱい大きいしな。

 

 軽く見とれてると黒潮が俺の脛を蹴って来た。やめぃ。

 

 スタンダードな店の名物ラーメンを注文すると、女性店員のよく通る声でオーダーが入る。

 アイヌ文様のタオルを頭に巻いた二人がでかい声で返事を返した後、「声がでけえよバカ!」「うるせえっすよこのスカタン!」と言い争ってたが、まあ何時ものことである。

 

 適当に他の陽炎姉妹のことをだらだらとしゃべっていると、やがて旨そうなにおいを漂わせながらラーメンが運ばれてきた。

 

「ほな、いただきまーす」

 

「おう、たらふく……は無理だが味わって食え」

 

 おおきにー、とニッコリ笑いながら礼を述べると、黒潮はハフハフとレンゲに麺とスープを絡ませて上品に食べ始める。

 きちんと躾がされているからだろうか、飾らなくも綺麗に食事を取るその所作に美しさを感じてしまった。

 

 その様子に軽く見とれてしまった自分がなぜか悔しくて、

 

「うまいか? それ俺の血肉を食ってると思えよ」

 

 と、ついつい悪戯心からそんなことを言ってしまった。

 

「っ!? ゴホ、ごっほごほ!」

 

 むせて麺を吐き出しかけてしまう黒潮。

 

「ははは、期待通りの反応だな」

 

 ニヤニヤとその様子を見つめる俺、そんな俺を見て黒潮は抗議するように、ゴツゴツと俺の脛に蹴りを入れてきた。

 

「いて、いってえって、ははは」

 

「おにいはんのいけず! いけず!」

 

 と、黒潮をからかって楽しんでたら厨房からすごい視線を感じたので見てみると、オヤッさんと若いのが青筋浮かべながらすっごいメンチ切ってきてた。

 べ、別にびびった訳じゃないけど怖かったので「すんません」と軽く頭を下げておいた。

 

「でもこのラーメン美味しいわぁ、隠し味に熊で取ったスープ加えるなんてぇよう考えたはったなぁ……」

 

 え、これ熊はいってんのか!?

 いや、それよりなんでわかるんだ、どういう舌してるんだ、いやどうせ適当だろうけどさ。 

 

 だがちらりと見ると、さっきとは別の意味でオヤッさんと若いのが、驚愕に目を見開いていた。

 

 え、本当に入ってるの?

 

 何度も来てるけど初めて知ったわ、実はトップシークレットだったりしないよな……

 口封じをされかねない圧迫感が厨房から放射されてるのを感じたが、必死に気のせいだといい聞かせる。

 

 とりあえずいつも通り、ラーメンは旨かった。

 

 

 

 やがてお互いどんぶりの中身がスープだけになり、だらだらとスープをすすりながら会話を交わしていると。

 

「おにいはんは恋人とか結婚とか、どうおもてはるん?」

 

「おっまえなぁ、それ結構無職……じゃなくてもきついワードだぞ」

 

 と、黒潮がNGワードを踏んできた、まあこの年頃だと一番興味がある話題なんだろうが。

 

 だが実際、職が無い俺が彼女や嫁さんを養う甲斐性を持ってるのかと聞かれれば、職があっても無いと答えざるを得ないのが本音である。

 が、わざわざ本当のことを言うこともなかろう。

 

「まぁ、せめてなんぞ定職に就くまでは厳しいだろうなー」

「へー、つまり仕事見つけるまで、いい人とか作る気はないねんね」

 

 ふんふん、となにやら考え込みながら俺の言葉を確認する黒潮。

 やめろよ、そう深く考えられるとむなしくなってくるだろうが。

 

「なんだ、そういうのに興味のあるお年頃か」

 

 軽い感じでたずねたのだが、それを聞いて黒潮はどこか悲しげな表情を浮かべた。

 

「うん、うちも素敵な人見つけられたらいいねんけどね、なんというか色々あってなぁ」

 

「まー、お前ならそのうちいい男捕まえられるだろうから、そう難しく考えなくてもいいんじゃね?」

 

「でも例えばや、その人が陽炎姉さんとかと同じ人とかだったらどうしたらいいと思ぅ?」

 

「修羅場じゃないですかヤダー」

 

 ははは、笑って流そうとしてみたが、思ったより不安そうな黒潮のその真剣な顔を見て、少し真面目に考えてみる。

 姉妹で修羅場かぁ、なんか大変そうだ。

 

「正直俺もそんな経験があるわけじゃないから、そんな状況になった時どうしたら良いってのは言えないけどさ。恋をしらず大人になって死ぬなんて、つまらないんじゃないかと思うわけだよ」

 

「その結果が悲しいことになってしもうても?」

 

「生きていく上でその思いだけがあれば、その後どんな日々であっても生きていけるってのを手に入れるためならさ、それもまた必要なことだと思うわけだわ。でもさ、お前の言うとおり悲しみ続けるっていうのは、生きた人間のすることじゃないからどこかで折り合いはつけなきゃだけどな」

 

「結局、なる様になれってことなん?」

 

「いんや、俺の今の状況と同じで自分が行動を起こさなきゃ誰かがなにかやってくれるっていう話じゃないんだよ、それは。なにもしなければなにも起こりはしない。自分を取り巻く環境は昨日のままなんだ」

 

 未来への希望に溢れた若い人間にはついついSEKKYOUじみたことを言ってしまうな、いかんいかん。

 

 俺のその言葉をどう受け取ったのかわから無いが、黒潮は店を出るまで「別に一番じゃなくても……」みたいなことをブツブツと言いながらずっとなにか考えてるようだった。

 

 なんとなくそれっぽいことを言っただけに過ぎないのは秘密だがな。

 悩めよ若者、それも君らの特権だ。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 店を出ると、夕日がちょうど沈むところだった。

 

「んじゃまたな、黒潮」

 

 そう挨拶をして俺は煙草を取り出し火をつける、最近は喫煙所は全部外だ、世知辛い。

 黒潮は直ぐに答えず俺の先をほっほっ、と数メートル駆けてからくるりと振り返る。

 

 生意気にも夕日をバックにして微笑を浮かべるその姿が絵になっていた。

 

「ごちそうさんやで提督はん。ほなまたなー!」

 

「お前までそう呼ぶかチクショウ。まあいいよ、陽炎たちによろしくな」

 

 そうして俺の返事を聞きニッコリと微笑むと、黒潮は夕日に向かって駆けて行った。

 そのなんでもない後ろ姿に、煙草を吸いながら見送っていた俺はどこか元気をもらった気がした。

 

 

 まったく、いちいち古臭いが絵になる姿をするやつだな。

 

 

 ……さて、明日も職探しがんばりますか。

 

 




黒潮とカウンターに並んで座って、ラーメンを一緒に食べたいだけの人生だった。

 
誤字報告してくださった皆様、ありがとうございます。

本来なら手作りのメダルと賞状お持ちして添い寝するのが筋かとは思うのですが、あんまりそういうの求めてない方もいらっしゃるとは思いますので、後書きで申し訳ございませんがこの場を借りてお礼のみ申し上げさせていただきます。
 


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『ホスト』と『戦艦:比叡』

 
貴方の知らない比叡カレーの真実。
 
地味に人気のある残念イケメンホスト回。
そう、やつの名は……。


 

 金剛四姉妹

 

 かつての大戦中、姉妹で背中を預け戦い海を駆け抜けてきた彼女達姉妹のそれぞれの主な役割は陸に上った今も変わらない。

 

象徴であり、全ての姉妹を束ねて愛に生きる長女『金剛』

表の顔として、雰囲気を前向きなものにする次女『比叡』

調停役として、勝手を許さず敵味方を抑える三女『榛名』

裏の顔として、姉妹達の力の側面を象徴する四女『霧島』

 

 多少の差異はあるとは思うが、世間一般での認識はこのようなものだろう。

 だが、私はここで一つの仮説を立てた。

 

 次女である比叡、彼女は果たして本当に上記のような役割を担っていたのだろうか、と。

 

 無論彼女の元気いっぱいな姿は、姉妹のみならず周りをも巻き込んで意識を前向きにさせる。

 また、長女の目に届かぬ所に気を配り、姉妹や仲間が落ち込んでいれば元気付けたりする細やかな心遣いも、表の顔の名に恥じないものだ。

 

 で、あればこそ、よく話題に上げられる彼女の欠点の象徴である比叡カレーのエピソードに私は疑問を禁じえない。

 そんな細やかな心遣いができる人物が、本当に食した艦娘達が意識不明になるような異常な料理を作るのか?

 料理というものは一定の手順を踏めば、どんなに粗かろうが一定の味覚を感じるものとなる、科学ともいえる現象だ。

 にも拘らず異常な料理が出来上がってしまうのは、工程の最中になにかおかしな手順が介入してしまった、もしくは“介入させた”ということになる。

 

 

 以上を踏まえた上で、私が立てた仮説をお聞きいただきたい。

 

 

 もし彼女が意図的に異常な料理を作る、というイメージを植えつけるために、わざと異常な工程を介入させているのだとしたら?

 

 それが意味するものを推測すると、比叡の裏の役割が見えてくる。

 便宜上、その役割を『裏の裏』と表現させていただく。

 もちろん裏の裏が表という意味ではなく、裏のもう一段深い所に隠された裏側という意味だ。

 

 それは事故に見せかけて、姉妹達の邪魔者を排除するためのブラフとなりえないだろうか?

 

 もし、それが是とした場合、飛躍しすぎと思われるかもしれないが、本来の彼女の姉妹での役割が表の顔だけではなく、暗殺、諜報、工作といった裏の裏の側面を持っている。

 

 そんな可能性はないだろうか? 

 

 

 私は怖い。

 

 

 もしこの手記が彼女ら、いや。比叡の組織に発見されてしまった場合、私はどうなってしまうのだろうか。

 

 しかし、私はジャーナリストとしての矜持を捨てられない。

 

 私は今から比叡への張り込みを行おうと思う。

 もし私が帰らなかった場合、そしてこの手記を見てしまった者がいたならばどうか忘れて燃やして欲しい。

 

 比叡カレーの真実を覗く時、比叡カレーもまたこちらの口に飛び込む機会をうかがっているのだから。

 

 

 

『行方不明のとある記者の手記より』

 

 

 

 

 

 

 

 

『ホスト』と『戦艦:比叡』

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧島がホスト遊びにのめりこんでいる。

 

 その報告が比叡組の組長であり、戦艦の艦娘である『比叡』の耳に届いたのは、霧島がショウのホストクラブに出入りし始めて一週間後のことだった。

 

 その時比叡は埠頭の倉庫でたこ焼きを焼いていた。

 

 なぜ港の倉庫でたこ焼きを……というのも、比叡組の主な収入源は祭りの的屋の上がりと港湾の事業関係全般だからだ。

 港湾事業は荷降ろしや倉庫の管理、物資の輸送など多岐にわたって非常に多くの利益を上げている。だが地域住民との交流なども非常に大事な仕事であり、特に表の顔としての役割をかねている比叡にとっては的屋の仕事もまた、非常に重要な仕事でもあった。

 

 比叡は腹巻、パンチパーマ、大きなサングラスという典型的なあっちの家業の組員にしか見えない【諜報員】を下がらせ思案する。

 

(『霧島』の仕事も楽なものではない、自分とは違いまだ比較的若い艦娘でもある彼女のことだ、息抜きにホスト遊びに興味を持ったのかしら?)

 

 カッカッカ! と器用にピックを使ってたこ焼きをひっくり返す比叡。

 その手際は世間一般でいう料理下手の雰囲気からはかけ離れた手さばきだ。

 

 しかしよりによってホスト遊びとは、人間の女ではあるまいしおかしなことだ、しかし霧島も息抜きやお酒を飲みたい年頃なのかもしれない。

 だが万が一にものめり込み過ぎて、身を持ち崩し、私達金剛姉妹の顔に泥を塗るような事態になることは避けなければならない。

 

 そんな思考を淡々とめぐらせる比叡。

 

「あまり気が乗らないのだけど、直接調べてみましょうか」

 

 自分の姉妹ですら時には疑わなければならない因果な仕事、深いため息を吐く比叡。

 

 だが、それは必要なことなのだ。

 艦娘として、金剛型の比叡として生を受けてしまった以上。

 

 丁寧でありながら、どこか苛立つような手つきで練習用に焼いていたたこ焼きを、比叡は手早くパックにつめていく。

 

 ふと、比叡は自分を見つめるなにかの視線に気が付く。

 

 見るとネズミ対策に倉庫で飼っている猫がもの欲しそうにこちらを見ていた。

 クスリと笑って比叡は一つたこ焼きを猫の手前に投げる。

 

 嬉しそうに猫はたこ焼きに飛びつく、が

 

 フギャネァアアアア!

 

 と、ひとかじりした瞬間、悲鳴を上げ目を回して気絶した。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 ホスト、それは夜の住人、闇夜の時間を生きる者。

 ホスト、その本質は飢えた狼、金と女性、そして名誉に飢える者。

 ホスト、しかして彼らの仕事はきらめく世界で、夢を振りまく者。

 

『艦夢守市』その歓楽街にも彼らが住まう城があった。

 

 ホストクラブ「YOKOSUKA」

 

 今日も彼らは闇夜の時を駆け、飢えを満たし、そして夢を振りまくのだった……

 

 

 

「腹減った」

 

 最近「YOKOSUKA」名物(局所的)になりつつある欠食ホストのショウは便器を磨きながら飢えていた。

 今日家から出るときに食べたモヤシオンリーモヤシ炒めだけでは、どうにも腹を満たせなかったのだ。

 

「おいショウ!! いつまで便所掃除してんだ!! それはもういいから届いた酒をセラーに運べ!!」

 

 奥から聞こえてきた重低音ボイス、声の主である店長(あだ名:大臣)にそう怒鳴られ、ショウは「了解でウイッシュ!」と返事をしながら、裏口に積まれていたケースを運び込む、も。

 

「腹減った……」

 

 あまりの空腹に耐え切れず、店の床にへたり込んでしまう。

 

「なにサボってやがる、首にされてえか!!」

 

「イテ? ……あ、アザーッス!」

 

 そう言ってへたり込んでいたショウの腹を殴……ろうとして思いとどまり、軽く頭に拳骨を落とす店長。

 ショウは殴られても指導してもらったと思ってるので、体育会系のノリで感謝を叫ぶ。

 

 ちなみに店長は恐い、ゴツイガタイに坊主頭にそりこみ、そしてサングラス。Eで始まるザイルの坊主の人にとてもよく似ていた。

 

 でも何故か最近ちょっと痩せていた。

 

「腹減ったってお前、組ちょ……ふ、太客のお陰で今は多少まともな給料払ってやってるだろうが、ちゃんと飯食ってんのかぁ?」

 

 なにかとても怖い記憶を思い出した店長が、なにかを言い直したのがショウは気になったが、二秒で忘れて言い訳をする。

 

「いや、孫が事故にあったのに金が無いって焦ってるばあちゃんがいたんで、財布の中身全部あげちゃったんすよ……」

 

 詐欺だろそれ、孫が孫が詐欺だろそれ。

 

 

 店長は頭を抱えた。

 

 

 こいつホスト向いてない、なぜ俺はこいつを雇ったのか。

 そもそもこいつを雇わなければ俺は、最近頻繁に悪夢を見なくてもすんだし、胃薬を飲む習慣がつくことも無くて平和な毎日が続いていたんじゃないのかと。

 

 後の祭りだが、店長はIF(もしも)が好きだった。

 正確にいえば最近好きになった。

 

 しかしここでショウが栄養失調にでもなれば、店長に明日は無い。

 

「……厨房でなんか食ってこい、俺が許可してやる」

「マジっすか!! アザーーーッス!」

 

 超いい笑顔で返事をするショウ。

 さすがに腹が立ったので、店長はやっぱりショウの腹を一発殴ることにした。

 

 フルスイングで。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 調査当日、比叡は何時もはざんばらな髪をきれいに整え、和柄のドレスを着てホストクラブ「YOKOSUKA」の前にタクシーで降り立った。

 

 その“仕事柄”様々な所に出入りする比叡は、逆に場所によっては目立たない服装の方が目立ってしまうということを熟知している。特に今回はホストクラブに出向くということで自分が持っているドレスの中で比較的派手すぎず、かといって地味すぎないものを選択した。

 

 把握し“調整した”スケジュールでは、霧島は今日、仕事でここにはこれない。

 店の扉をくぐると、高級ホストクラブらしく躾のよくできた受付の店員が対応した。

 

 一般的なランクの席に通され、料金とプランの説明を受けた比叡は「ホストのチョイス含めて全てお任せ」とオーダーする。

 やがて比叡の席に、黒髪のさわやかなタイプのホストがやってきた。

 

 そして十分ほど会話し、特に手ごたえを得られなかったのかホストが入れ替わる。

 

 最初、比叡は目麗しい男に言い寄られ面白い話を聞かせてもらえる、という新鮮なその状況を少し楽しんだが、だからといって比叡の中になにか揺さぶられるような感情はわかなかった。

 途中安めの酒を注文し飲むこともあったが、十分程度でチェンジを繰り返す比叡に店のホストは渋い客だなと早々に見切りを付け始める。

 

 店側としても長時間いて料金を払い続けてくれるのはありがたいが、こうも目当てのホストのタイプが定まらない比叡を見て、ひとまず今いるホストはある程度ぐるっと見てもらおうという対応を取った。

 

 入れ替わり立ち代り現れるホストを気のない様子で見る比叡。

 比叡は妹の霧島が、なにが楽しくてこんな所に通うのか、まったく理解できなかった。

 

(私達金剛型、艦娘として大きな役目を負っている。それはとてもとても大事なことなのに、こんな所で遊ぶことで得られるものなど、無いというのに)

 

 比叡には霧島の行動の理由が未だに理解できない。

 それも当然である、比叡はまだ、大事な、大事ななにかと出会えていないのだから。

 

 やがて、チェンジ毎に次のホストが来る間隔が長くなり、比叡が今まで姉が飲んだ紅茶の数を数え始めるぐらい暇をもてあまし始めた頃、やつが……来た。

 

 他のナンバーワンや上位のホストは常連客や指名客の相手で忙しく、残りのホストはもう全てチェンジされた。

 

 なら申し訳ないが、店の味噌っかすであるやつしかもう残っていなかったのだ。

 某国民的RPG七作目の髪形をした残念イケメン、この店が誇るKY、そう、やつの名は

 

 

「よろしくおねがいしまースッス! ショウデース! 貴方のハートを掴む男の名前どうか覚えてくださいッス!!」

 

 

 そんな姉によく似たポーズを決めるショウの姿を見て、比叡に衝撃が走る。

 頭ではない、自分の中の今まで一度も使われなかった動力機関に初めて火が入ったような感覚。

 

 自分でもまさかと思った。

 

 かつてその経験をした何人もの同族が幸せそうに語る光景を見てきた。

 悩み恋焦がれた時期が自分にもあり、諦め、姉妹のために人生を捧げようと心に誓った自分がいた。

 姉妹のためならなんでもできると、そう、それは間違いではなかったはずだ。

 

 だが、これは。

 

 自分の提督を見つけてしまったというこの感情は……。

 

 かつてない経験に衝撃を受け固まっている比叡の姿に、ショウはなんかこの人かーちゃんがゴキブリ見たときみたいな顔してんなぁ。

 と、のんきなことを頭に浮かべながら比叡の席についてトークを開始する。

 

「おねーさん俺最近すげーことに気が付いちゃったんだけどさ、世界中の人に一円づつもらえば超金持ちになれるんじゃないっすかね?」

 

 周りでショウの挨拶とKYトークを聞いていた従業員やホスト達は、ああ、最近太客が付いてなにか変わったかと思ってたけど、やっぱショウだなとなぜか安心していた。

 

「っふ、ふーん。それ本気で言ってるんですか? そんなことが不可能なことくらい少し考えればわかると思いますが?」

 

 凄まじい感情の波に翻弄されながらも、その得体の知れない感情に飲まれまいと、必死に抗うようにショウの馬鹿な話に大真面目に返す比叡。

 

 それは比叡組の組長としてのプライドか、それとも……

 

「まぁ、わかっちゃいるんスけどね。でも正しいコトとか本当のコトって、案外つまんないスよ」

 

 そうなのか、そうなのだろうか。

 裏の裏として、綺麗では無いことも知りたくないことも、沢山の真実を知ってしまった比叡にショウの言葉が突き刺さる。

 

「そ、それでも私は……」

 

「なんかつらいことあったんすか?」

 

 搾り出すように苦しげに言葉を吐き出す比叡、心配するショウ。

 

「つらくなんか、それは、私の仕事で、しなきゃならないことで……」

 

「そうなんすか、大変なお仕事されてるんスねー。なら楽しくしようとしなきゃ、どんなことでも楽しくはならないと思うッスよ」

 

 ニカッと太陽のような笑顔を浮かべるショウ。

 真正面からその笑顔を見てしまった比叡。 

 

 

 もうだめだった、比叡の心は溶けてしまった。

 

 

 比叡は気が付いてしまった。

 ちがう、そうじゃなかったのだ、仕事がつらかったんじゃない、足りないまま仕事をするのが、つらかったのだと。

 

「あ、おねーさんのことなんて呼んだらいいかな? あとなんか飲む? できれば高いやつだとうれしいでウイッシュ!」

 

 比叡にはそれが自分の提督がくれた初めての命令(お願い)に聞こえ、歓喜した。

 そして理性ではなく、知識でもなく、本能から出た言葉を叫ぶ。

 

 

「ひっ、『比叡』です! お酒を頼んで、ショウさんに少しでも近づきたいです! ですのでこのお店で一番高いお酒下さい!!」

 

 

 比叡のその注文を聞いて周囲の人間は耳を疑った、全員が耳をホジホジした。

 

「え、比叡チャン大丈夫? うちで一番高いやつっていったらその、別に安いのでもいいんっすよ……」

 

 自分で言っておいてまたいきなり心配してる、やっぱショウさんホスト向いてないっすよ。

 

「気にしないでください! 私お金持ちなので! 他のお客さんには負けません!」

 

「なら遠慮なくっす! 本日ご来店いただいたこちらのお嬢様ぬぃいいいいいい! ロマネ・コンティ! 頂きましたーーーーー!!」

 

 

 ホジホジが終わった直後に聞こえてきたショウのオーダーを聞いて、全員が酒の飲みすぎだな、と自分を戒め現実逃避した。

 

 比叡はショウのトークをそれはもう目を輝かせて食い入るように聞いている。

 その顔はなにか自分に欠けていたものを、完全に見つけて手に入れてたかのように幸せな表情だ。

 

 比叡は感じていた、今まででも自分は確かに幸せだった。

 だがそれは姉妹を囲みお茶会をしていてもどこか満たされない、そう、お菓子のないお茶会のような人生だったと。

 

 そして提督を得た自分は今、初めてすべて満たされたのだと。

 

「え、比叡チャン料理が得意なの?」

 

「はい! 特にカレーが得意で、あの、よかったら今度味見します?」

 

「まじで!? やった! カレーなんて高級品もう随分食ってなかったんすよ!!」

 

「えへへ、気合! 入れて! 作ります!」

 

 そんな幸せそうな(片方は食事的に)二人に忍び寄る影。

 

 そう、太客のにおいにつられて現れたこの店のナンバーワンホストである。

 

「ショウくーん!! だめじゃな……」 

 

 前のときのようにさらりと割って入ろうとしたナンバーワンホストだったが、比叡の姿を見た瞬間いやな汗が背中から大量に噴出す。

 

 一瞬こちらをちらりと見た比叡の、その、此方に、なんの感情も、能面、顔、どこか、で……。

 

 なんだかとてもとても嫌な勘が働いたナンバーワンホストは、声と自分の姿を取り巻きのホストと一緒に、Eなザイルのくるくる回るダンスを踊りながらフェードアウトさせた。

 勘のよさとパフォーマンスでは誰にも負けないからこそのナンバーワン、その栄光の座にい続けるのは伊達ではないのだ!!

 

 霧島の件? あれは勘とかそういうんじゃ回避できない厄災っていうか蝕っていうか……。

 

 くるくる回りながら器用にフェードアウトしていく先輩達を、ぽかんとした風に見ていたショウだったが、一秒で忘れてまた話し始めた。

 嬉しそうにショウとトークをしながら、比叡は霧島がホストクラブに入り浸っている真の理由に気が付き、どうしたものかと考えをめぐらせる。

 

 

(霧島はたぶん、自分自身にだけショウさんとの適性があると思っている。それは個別適性。歴史的に考えても、当然となる考え方。『艦種適性』や『艦型適性』など、過去の事例から見ても少数の例しか存在しない)

 

 

 だが、と、比叡は思考し続ける。

 

 

(だけど。霧島がショウさんと適合した。そして、私もショウさんと適合した。お姉様や榛名とも適合する可能性はあるわね。まさか艦型適性……つまり金剛型適性? そうだとするなら。いや、そうじゃなくても報告しなくちゃいけない。金剛姉様や榛名にも報告しなければ……)

 

 隣を見る、ショウが不器用ながら一生懸命、比叡のために、比叡のためだけに、やさしそうな笑顔を浮かべながら、比叡をひたすら見つめながらお酒を注いでくれる。

 

(……報告はしなければならない。でも、そうなればどうなる? 勿論提督をめぐって姉妹同士の血みどろの争いが勃発、などという事態は起こらないだろう、起こるのはどう提督を共有するか、それが争点の会議になるはずだ)

 

 そうなると一番になるのは難しい、金剛姉様が居る。

 

 

 戦後史上『最凶の金剛』とうたわれる金剛姉様が居る。

 

 

(なら今だけは、もう少しだけでも、ショウさんに私のことだけを見ていて欲しい)

 

 そして出した結論は、もうしばらく、もうしばらくだけこの幸せな時間を楽しんでみたい。

 そんな、裏の裏の世界に身を置いた比叡とは思えない、砂糖菓子のように甘い夢のような結論だった。

 

 

 ……なにかの、カウントダウンが進んだ音がした。

 

 

 が、それはまだ先の話。

 

 この後、足しげく通い始めた比叡を見て、店のホストや従業員達は二人目の太客(災害)をゲットしたショウをなんだかんだで祝福してくれた、避雷針的な意味で。

 

 あれな先輩もいるが、なんだかんだでいい職場なのかもしれない。

 

 

 

 余談だが後日、調理工程中におかしな手順が“介入していない”比叡カレーの差し入れをもらって食べたショウが

 

「なにコレ! ウマァアアアアアアイ!?」

 

 と、あまりの旨さに絶叫を上げる姿があった。

 

 

 

 あと、比叡の正体に気が付いてしまった店長は店の裏で吐いていた。

 

 

 




逃げろショウ!! 今ならまだ間に合う!!(間に合わない)
 


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『ヒモ(主夫)』と『重巡:那智』

 
『男を養うためにバイトしてそう』
そんな独断と偏見に満ちた作者の第一印象を基に構成されています。


※この話には暴力描写が含まれます、苦手な方はご注意ください。
 新たにR-15、残虐な描写の必須タグも追加いたしました。
 また、今後の話数でも予告無しに指定タグに該当する描写が発生する可能性があります。
 


 

 重巡洋艦の艦娘である『那智』は、ちらりとオフィスの時計に目をやった。

 

 時間は十七時、終業の時間である。

 同時にそれを知らせるチャイムがなった。

 

 伸びをして仕事の疲れを癒すもの、アフターファイブの約束のためにいそいそと帰り支度を始めるもの、終わらない仕事に絶望しながらも残業の覚悟を決めるもの。

 

 各々だが、幸い那智は定時帰宅組だったので帰り支度をさっさと終わらせ、美しい黒髪のサイドポニーを揺らしながら立ち上がる。

 立つと女性にしては高めの身長とスレンダーな体つきがよくわかった。

 那智はそんな立ち姿や振る舞い、そしてその美しいゆえの冷たい容貌と切れ長の瞳とあいまって、武人然とした凛々しい印象を周りに抱かせていた。

 

「先輩っ! よかったら飲みに行きませんか?」

 

 そんな那智に小動物を思わせるかわいらしいスーツ姿の女性が声をかける。

 

 彼女は那智が研修を受け持った社員で、今でも那智を慕い時々声をかけてくるのだ。

 特に言う必要もないため、自分が艦娘だということは同僚たちには伝えていない。

 つまりただの派遣でしかない自分と親しくしてもあまり利益は無いんだがな、と思いながらも、那智はこの明るい後輩が嫌いではなかった。

 

 だが今日は日が悪い。

 

「すまない、今日は記念日でな。早く帰らなければならないんだ」

 

 言動が厳しめだと自覚のある那智は、無愛想にならないようになるべくやさしめの声色で返事を返す。

 

「あっ、もしかして彼氏さんですかぁ~」

 

 ニヤニヤしながら聞いてくる後輩、特に隠すことでもなかったので那智はさらりと返事を返す。

 

「ん、そうだが?」

 

「ええええええええええええ!?」

 

 思わず大声を上げる後輩、なぜか周りも騒然としていた。

 

「せせせせせ、先輩付き合ってる人がいたんですか!!??」

 

「ああ、というか同棲しているしほとんど結婚しているようなものだが」

 

 後輩はふらりふらりと後ずさりながら、

 

「先輩は仕事が生きがいのバリバリの仕事人間だとばかり思ってました……」

 

 と、割と失礼なことを言った。

 でもなぜか見ていた人間のほとんどが、うんうん、と同意をあらわにしている。

 那智はそんな同僚たちの様子にどこか勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

「ふふふ、悪いな」

 

 そういってバッグを肩に掛け颯爽とオフィスを出て行く那智を、同僚たちはあんなにかっこいい那智と付き合うなんて、いったいどんなにすごい男なんだという思いを胸に見送る。

 

 那智は会社を出ると近くの駐車場に止めてあった黒い乗用車に乗り込む。

 普段は無愛想で冷たい雰囲気の那智が、今日ばかりはどこか機嫌がよさそうだった。

 

 

 その様子を離れた場所で監視している存在がいた。

 無地の黒い戦闘服を着た、中東系の傷だらけの顔に太い首。

 腰には隠すつもりも無いのか、堂々と大型ホルスターに拳銃がぶら下がっている。

 

 那智の姿を見て、その恐ろしい男は獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヒモ(主夫)』と『重巡:那智』

 

 

 

 

 

 

 

 

 職場から車で三十分ほどの所にある、中ランク程度のマンション。

 値段の割にベランダから見える海沿いの埠頭の風景が絶景で、艦娘である那智はその景色を気に入っていた。

 那智は綺麗に掃除された玄関を抜け、リビングに入る。

 

 そこにはきちんと掃除のされた部屋とは反対に、伸びたスエットを着ただらしない感じの男が家庭用ゲーム機をプレイしていた。

 

「帰ったぞ」

 

「あ、なっちんおかえりー」

 

 にへら、というようなしまりのない笑みを浮かべる男、お世辞にも美形とはいえないがどこか温かみのある顔の男だった。

 

 那智はその姿を見て、

 

「うわーーーーん! 今日も大変だったよー!」

 

 と、バッグも艦娘としてのプライドもなにもかも放り投げて男にダイブした。

 男は割と大柄である那智を難なく優しく抱きとめる。

 

「よしよし、今日もいっぱい頑張ったんだねー」

 

 慣れた手つきでよしよしと那智をあやす男、那智はしばらく甘えてから立ち上がる。

 

「よし、食事にしよう!」

 

「ご飯作ってあるから温めるねー」

 

 慣れた手つきで食事の準備を始める男、那智はその間に部屋着へと着替える。

 リビングに戻ると、まだ男が料理の準備の最中だったので、テーブルに座ってその姿を眺める。

 

「直ぐできるからもうちょっと待っててねー」

 

「いや、退屈はしていない。それなりに面白いぞ。貴様の様子を眺めているのもな」

 

 やがて料理の準備を追えて二人が席に着く。

 メニューはおいしそうなクリームシチューに、濃厚な麦の香りがするパン。そして自家製ドレッシングを使ったサラダ。

 食事の挨拶を終え二人は食べ始める。

 

「なんかごめんねー、置いて貰って」

 

「いや、構わないといつも言っているだろう? むしろ働かずとも言ってくれればいくらでも渡すぞ? むしろ言ってくれ」

 

 出撃や遠征を行い、戦果や資材を持って帰るという状況にとても近い(と思っている)今の現状。

 那智の中では今の状態が、むしろ艦娘としてこれ以上無い位充実した日々といえた。

 

「やめてなっちん、駄目になるからそういうのやめてー」

 

「正直家事などは任せっきりなのだ。渡してる生活費だけではなくもっと必要なのではないか? 飲む打つ吸うなど必要であろう」

 

 那智のその言葉は厳しそうに聞こえるのに、内容を聞けばもう骨の髄まで侵食されているのが伺える。

 

「お金が欲しいんじゃなくて労働したいんだよぉー」

 

「やれやれ、まぁそうあせることもなかろう。それよりもあれだ、あれ」

 

 落ち着かないようにチラチラと男に目配せをする那智。

 男は那智がなにを言いたいのかもちろん分かっているかのようで、

 

「もちろん用意してあるよー、ちょっと待っててねー」

 

 そういって男は冷蔵庫から準備してあったものを持ってくる。

 

「はい、同棲三周年記念のケーキだよー」

 

「ふふふ、まだ三周年ではないか、そんなに大げさにするな」

 

「だって今日は特別な日だからねー、大げさにしちゃうよー」

 

 那智は言葉とは裏腹に万遍の笑みを浮かべ、

 

「ああそうだ、今日は特別な日だな。今夜ばかりは飲ませてもらおう。貴様と共にな」

 

 そう嬉そうに言った。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 朝が来た、希望の朝だ。

 

「出るぞ! 怖気づくものは残っておれ!」

 

「働くのが怖いんじゃなくて働けないのが怖いー、けどなっちんいってらっしゃーい」

 

 男に見送られ、戦意高揚状態のキラキラが見えるような凛々しい姿で出勤する那智。

 

 男は那智を見送ると掃除、洗濯をはじめた。

 その手際とこまめさは熟練の主婦にも匹敵するものだ、まさにパーフェクト。

 

 家事が一段落して、ポストに入っていた手紙の中に自分宛の封筒を見つける。

 そして中を開けて書かれている内容をみて唸った。

 

「また書類審査落かー、きびしー」

 

 那智はああ言ってくれてるが、自分も男である、なんとかほれた女を養うくらいの甲斐性は持ちたいというのが本音だった。

 だが、どうしてものんびり屋であるこの男は、色々な仕事に向いていない。

 

 それでも諦めない、そんな姿勢もまた那智をキュンキュンさせている要因だと気が付いていなかった。

 

 天然のヒモとはかくも恐ろしきモノだ。

 

 男は「よしー」と立ち上がると、コンビニまで自転車で行くことにした。

 無料の求人情報誌を取りに行くためである。

 

 

 

 そして雑誌を手に入れ家に戻る最中、那智の提督はさらわれた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「かえったぞ!」

 

 夜、そう声をあげながら部屋に帰ると、何時もで迎えてくれる温かい返事が無く、那智は「おや?」と部屋に上がる。

 

 リビングに入ると、何時もは提督が綺麗にしてくれている部屋のあちこちが荒らされ、まるで別の世界にでも入ってしまったかのような印象を与える。

 那智は自分の鼓動が早くなったのがわかった、戸惑い、不安、それらが渦巻いていく。

 

 ふと見ると、一番広い壁に『男は預かった。埠頭のA-三番倉庫で待つ』というメッセージが赤いスプレーで書かれていた。

 

 那智の肩からバッグがするりと落ち、手に握っていた二人で飲もうと思い買ってきたワインの入った袋がガチャンと音を立てて床に落ちる。

 

 那智はしばらく呆然としていたが、やがて覚悟を決めた顔になり、クローゼットに向かう。

 そしてその裏にある隠しスペースから、頑丈そうな黒いケースを取り出した。

 リビングでそのケースを開け、中身を確認しながら那智はとある場所に電話をかける。

 

『はい』

 

「私だ、至急欲しい情報がある、場合によっては後処理も頼みたい」

 

『……いいわ、任せなさい』

 

「すまんな、またお前を頼ることになってしまった」

 

 電話の向こうの声は「気にしないで」と優しげな声色で答える。

 そして那智の話を聞き終えると、まるでその気持ちが今ならよくわかる、といったかのような恐ろしい声色で答える。

 

『私たちを怒らせるなんて馬鹿なやつらね』

 

 那智はケースの中身の一つを取り出し、動作を確認する。

 カシャン、と凍えるような金属音がした。

 

「まったくだ」

 

 そう答える那智の目は恐ろしいまでに冷たく、だが凄まじい怒りの炎が渦巻いていた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 指定された埠頭の倉庫に着くと、そこには十人近くの戦闘服を着た男たちが自動小銃を構えて待ち受けていた。

 

 那智の提督は倉庫の中央、十メートルほどの高さの天井からたらされた鎖に繋がれつるされている。

 幸い意識はあり、特に暴行は加えられては居ないようで「あ、なっちーん」とのんきに那智を見て声をあげた。

 

 那智はその様子を見てホッとするも、腕組みをして那智の提督がつるされている真下に仁王立ちしている大男を睨みつける。

 

「さて、どういうつもりだ、なぜ私を呼び出した?」

 

「くくく、あんたに勝つためだよ、元腕利きの女傭兵さんよぉ……」

 

 大男がかぶっていたベレー帽を取ると、一部隠れていた傷だらけの恐ろしい容貌があらわになる。

 

「……誰だお前?」

 

「忘れたとはいわせんぞ、この俺の顔に傷をつけただろうが!」

 

 その顔を那智はじっと凝視するも、頭にクエッションマークを無限に浮かべ首をかしげる。

 

「すまん、本当に思い出せん、なんというか、すまん」

 

 その言葉を聞いて大男は顔を真っ赤にして怒鳴りちらす。

 

「十五年前! 貴様一人に小隊丸ごとつぶされた生き残りだ! ようやくようやくようやく見つけたんだぞ! 十五年だ! 十五年探し続けてやっとだ! この日のために俺は貴様と一対一で勝利するためにひたすら強さを追い求め……クドクド」

 

 えらそうに言っているが、実の所この大男。たまたま仕事でこの街に来ていて、たまたま那智を見つけて、その瞬間封印していた忌まわしい過去がよみがえり復讐しようとずさんな計画を立てただけだったりする。

 人というのは過去を美化したがる物で、本当の所は当時放浪していた那智を見つけ、無謀にも襲おうとしてあっさり返り討ちにされた自業自得でしかない過去だった。

 

「おいちょっと待て、十五年前のこととか言われてもその、困るしちょっともう黙ってくれ。提督、き、貴様は今の話を聞いてその、なんだ。私の年を数えたりはしないよな、な?」

 

 もう大男のことは完全に眼中に無いように提督に話しかける那智。

 提督は提督で「なっちんは永遠の十八歳だよー」とのんきに返事をする。

 その様子に、すでに大分加熱されていた大男の怒りは一気に沸点に達してしまった。

 

 多分本人としては那智に「ボスのお前を殺した手ごたえも無く……ああそうか、部下の死体の中に隠れていたのか」みたいなことを言われて「叩き壊してやる! 過去にお前がそうしたように!」みたいなかっこいい展開を期待していたのにもう台無しである。

 

「ふざけやがって!! ブッコロシテヤルー!!」

 

 大男が腰にぶら下げた大型拳銃を引き抜き、那智に銃口を向ける。

 

 が、すでに大男の視界から那智は消えていた。

 

「ぶふぇ!!」

 

 そして大男の顔面に凄まじい衝撃が走り、ラグビーボールのようにきりもみしながら十五メートルほど先に積まれた木箱にぶち当たる。

 直後には、あ、死んだ、と誰もが思う派手な音を立てて、大男は粉砕された木箱と崩れてきた木箱の中に埋もれてしまった。

 なんというか大男にとっての積年の十五年(と思っていた物)は、そんな感じで実にあっさりと終わった、悲しいなぁ。

 

 大男が居た場所には、いつの間にか銃剣の付いた二丁の拳銃を構えた那智が居て、残った兵士たちに照準を合わせている。

 一瞬で十メートル以上の距離をつめ、大男の顔面に蹴りをぶち込んだ那智の姿を誰も捉えることはできなかった。

 

「「「ぐっ、軍曹ーーーーー!!」」」

 

「さて、お前たちのボスはこうしてご退場願ったわけだがまだやるか? 私としてはお前たちが悔い改めて家に帰るというのを望むが……」

 

「なめやがってぇ! お前なんか怖くねえ来いよベネッ!?」

 

 言い終わるより早く、お約束の台詞を言おうとした兵士は那智の拳銃から発射された銃弾を受けぶっ飛ばされる。

 位置的に撃てる兵士は銃を構え、接近戦しか手段が無い兵士たちはナイフを構える。

 だが、そんな武器がなんの意味も成さないことを彼らはわかっていなかった。

 

「まったく、口だけは達者なトーシロばかりよくそろえたものだな」

 

 軍曹と呼ばれた男の認識は、あっているようでその実、とても大きく大きく外れていた。

 本人は那智という存在をただの腕利きの“人間の傭兵”と思い込んでいたが、それは大きな誤りなのである。

 もし、もしも那智が艦娘だと、そして彼女ら姉妹の異名を知っていれば関わってはいけないものだとわかったはずなのだ。

 

 

その昔、戦場を渡り歩く伝説の傭兵姉妹が居た。

 

時を翔る『妙高』

笑う餓狼『足柄』

闇染めの『羽黒』

 

そして

 

悪魔の尾『那智』

 

ただの艦娘というだけでも絶望的なのに、さらに最悪を掛けた陸上戦闘技術を極めた艦娘の傭兵、戦場という戦場を恐怖のどん底に陥れた絶望の代名詞。

 

自分や誰かを護る為以外には、基本的に力を振るうことは無いとされる艦娘でありながら、なにかを探すために力を振るったといわれる異色の存在。

 

かつて戦場で彼女らが相手にいることを伝える連絡は撤退の命令と同義とされた。

 

だが、彼女らはある日唐突に姿を消す。

そして彼女たちは今や戦場で聞く御伽噺でのみ語られる恐怖の存在となった。

 

彼らの前に居るのはその御伽噺の中から出てきた悪魔の尾だ。

 

彼女の提督に手を出す、文字通り悪魔の尾を踏んだ彼らの命運はとっくに決まっていた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ぐっ、軍曹……」

 

「……あのアマァ……なめたまねを……」

 

 戦闘が終わり、那智と提督の二人が去った倉庫。

 

 絶妙に手加減され、全員生存していたソルジャーたちは身動きできずビクンビクンしていた。

 そこに、倉庫の持ち主であるとある組織の長が兵隊(港湾労働者組合員)を引き連れてやってくる。

 

「ウチの倉庫でなめたまねしてくれたのはコイツらですか、じゃあ皆さん、気合、入れて、回収しましょうねー」

 

『ウイーッス!』

 

「なんだおまえらぁ!? 俺たちがなにをしたとツッ!?」

 

「……提督と艦娘に手を出したんだ。……覚悟はできてるんでしょう?」

 

 とある組織の長が発した、凄まじくドスの利いた低く恐ろしい声を聞いて、凍りつく傭兵たち。

 那智たちの本当の意味での正体を知らなかった傭兵たちは、自分がしでかしたことの重大さに、いまさら、気がついた。

 

 できれば那智の姿が十五年前と変わっていない時点で、気がついてほしかった。

 

「んあ!? まってくれ俺たちは!!」

 

「はーい、黙りましょうねー」

 

 声をあげた軍曹の顔をボールのように蹴飛し、真っ黒い笑顔を浮かべるとある組織の長。

 軍曹はもう一回木箱に突っ込む羽目になった。

 

 そして僅か数分で動けないソルジャーたちは全員速やかに収容される。

 

 彼らのその後を知るものはあまり居ない。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ごめんねー、なっちん」

 

「いや、私こそすまない、その、色々隠していて……お、驚いたか? だがその、その、できれば私は、その……」

 

 夜空に星空がきらめく埠頭の倉庫からの帰り道、二人は手をつないで家に向かって歩いていた。

 だが、那智はといえば先ほどの鬼気迫る戦いがうそだったように恥ずかしそうに、そしてなにか言いたいことをどうしても言い出せないように顔を伏せながら、提督に引っ張られるように後ろを歩いている。

 

「なっちんの恥ずかしいことなら、もうとっくにいろいろ知ってるから大丈夫だよー」

 

「あう……」

 

 色々思い当たる節のある那智は、提督のそんな優しい言葉を聞いてさらに顔を赤くする。

 

「それにあの雨の日になっちんを拾ったのは僕なんだから、なっちんが心配してるかもしれないようなことはないよ、安心してー」

 

 姉妹とはなれ、宛てもなく生き、旅をする生活。

 そんな終わりの見えない空虚な日々に終止符を打ったあの日を思い出す。

 雨の中かさもささずに歩いていた那智に、かさを差し出してくれたその男こそ、今目の前にいる那智の提督だった。

 なにもいわず抱きつく自分を優しく抱き返してくれた提督。

 

 あの日のぬくもりを那智は決して忘れない。

 

 だが、今回のことのように、もし彼になにか被害が及ぶなら、自分はもう……。

 

「まぁ正直今考えるとどっちが拾われたのかわから無いし、それに今なっちんに捨てられちゃったら僕の方が干からびちゃうわけでー」

 

 いったいどこまで那智の心の中を把握しているのかわからないが、その言葉全てがことごとく那智の不安を溶かしていく。

 那智は無意識に握っていた提督の手を強く握り締めた。

 

「そんなことはない!! わ、私は貴様が居なければ一日で駄目になってしまうと断言できるぞ!!」

 

 必死に否定の声をあげる那智を見て、提督はニッコリと笑みを浮かべる。

 

「帰ったらお酒でも飲もうかなー。なっちんせっかくだし付き合ってよー」

 

「……いいだろう、今夜は飲もう! なあに一生逃がさんぞ!」

 

 満天の星空きらめく綺麗な夜、那智の宣言がこだまする。

 

 苦しいことも悲しいこともたくさんあったが、今はとても幸せだとそう思っている。

 どうにかしてその気持ちを提督に伝えたい、そう願い那智は笑って見せた。

 

 

 




修羅場デフォルトイメージ払拭回、那智の提督は個別適性です。
悪者からお姫様を助け出すラブコメ話を書いてみたかった。
 


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『独り身男』と『軽巡:川内』

 
那珂ちゃんはかわいくてどんな時も笑顔を絶やさない、いい女
神通は大事な人のためならどんな努力も惜しまない、いい女
川内はそんな二人の姉なので当然いい女

証明完了
 


 

「うぇ、うぇっ!! ……きもちわりぃ、飲む量間違えたか?」

 

 トイレで男がえずいている、年は若く二十台になって間もないといった所だろうか、若さに似合わないどこか落ち着いたところのある雰囲気だった。

 

 が

 

 トイレから出て部屋に戻ると、そこには部屋の真ん中で待ち構えてポーズを取りながらドヤ顔をする軽巡の艦娘『川内』の姿。

 

 それを見て男はぎょっと後ろにのぞけりながら驚く。

 

 その様子を見て川内は、肩ぐらいまで伸ばした髪の一部、左右細めに縛られた二本の黒髪の束をピコピコと揺らしながら、嬉そうにピースサインをした。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「あほ、驚かすなよ川内。一体どっから入ってきた?」

「あははー、ごめんごめん。ベランダに隠れてたんだけど、いつ気が付くかなと思って。でも寒くなっちゃったから窓からひょいっとね」

 

 そういってベランダに通じる窓を指差す川内、男は「鍵かけてたよな……」と、ぼやきながらコタツに入る。

 その様子を見てすかさず川内もコタツに入り込む。

 

「そういや提督大丈夫? さっきトイレで吐いてたでしょ」

「あー、昨日例の映研のやつらと朝まで飲んでたからなぁ」

「またぁ? 最近しょっちゅうだね。山田さんだっけ、あの映画監督志望の人」

「まぁ、あいつの映画と艦娘にかける思いは俺も評価してんだけどなぁ、あの酒豪っぷりにつき合わされるのはたまらんわ。後さすがに日本酒と焼酎のちゃんぽんはどうかと思う」

「うぇ、なにそれ。美味しいの」

「少なくとも俺はもう飲みたくねえ」

 

 そんな会話をしながら、だらだらとテレビを見ていた二人だったが、しばらくして川内のお腹の音が聞こえた。

 

「飯作るか」

 

 そういって立ち上がり台所に向かう男。その後ろを、えへへ、と川内が恥ずかしそうに頭をかきながら追う。

 

「炊き込みご飯と味噌汁でいいか、川内、冷凍庫から鶏肉とってくれ。あときんぴらごぼう用のカット済み冷凍パックも。」

「はーい、他には?」

「あー、後タマネギとしいたけ出して刻んでくれるか、俺は米とぐわ」

「任せておいて!」

 

 川内は冷蔵庫からタマネギとしいたけを取り出し、慣れた手つきでザクザクと刻むと、ボールにカット済みのごぼうとにんじんと一緒にカットした食材をまとめて入れる。

 

「できたよ提督」

「こっちもだ」

 

 ふたりは連携し慣れた手つきで研いだ米を炊飯釜に入れ、調味料と水を足し、カットした食材を混ぜ込んで、一番上に鳥のモモ肉を一枚入れる。

 そして炊飯器にセットすると、最後に炊飯のボタンを押して部屋に戻った。

 

 

 

「出来上がるまでこれ見ようよ、借りてきたんだ」

 

 水仕事で冷えた手をコタツに入れて温めていた男に、川内が借りてきたドラマのタイトルを見せる。

 そこには【暁の水雷戦隊 輸送大作戦編】と表記されていた。

 

「いいけど、それ何時間あるんだ?」

「長編のドラマシリーズだから一時間無いくらいだよ、ちょうど終わる頃にはご飯も炊き上がるね!」

 

 そう言って、再生機器に手早くメディアをセットし終えると、川内はぼすんと男の膝の上に陣取る。

 

 男は後ろから見える川内の細いうなじ。そこから上る優しい香りや、見た目より肉付きのいい体から伝わるどこかやさしい温かさを感じ、まあこういうのも悪くないかなと心の中でつぶやいた。

 

 やがて再生が始まり、簡単な他番組のCMが入った後に本編が始まる。

 

 ドラマの内容は、過去の深海棲艦と艦娘の戦いを描いた戦争ドラマで、起死回生の輸送作戦を決行する為、船に乗り込んだ提督とそれを守る艦娘たちの様子が迫力ある映像で映し出されていた。

 ワクワクしながら見ている川内とは対照的に、ボーっと見ている男が口を開く。

 

「やっぱ川内もこういう戦いがしたかったりするのか?」

 

 ん? といったふうに首だけ男に向けて振り返る川内

 

「うーん、確かに昔はこういうのに憧れたり、戦いの無い世界に自分が居る意味とか悩んだりとか色々あったけど、今は特にそういうのはないかな。これは単純に面白いから見てるだけな感じ」

 

「へー、川内でもそんな悩みがあったんだな」

 

 思ったより真面目な返答に少し驚く男に川内が続ける。

 

「そりゃもう、私だって艦娘だからね。でも私はまだ提督に早くに出会えたから大分とマシな方だよ。提督に出会えなかったりして結構な年までこじらせちゃう艦娘もいるしねー。そうなると結構悲惨。もう仕事だけが生きがいみたいな感じ? 後はなんか結構思いつめちゃったりしたり色々」

 

「艦娘の権力者が多い理由の一端が、なんとなく分かってしまったな……」

 

 そんな男の呟きには特に答えず、川内はテレビに向き直り鑑賞を再開する。

 

 やがて絶体絶命のピンチをどう切り抜けるのか、というところで物語が終わる。

 そして川内がメディアを取り出しケースにしまっていた所で、炊飯器から炊き上がりを知らせる音が響いた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 二人の出会いは珍しい場所といえるかもしれない。

 

 粉雪のまい散る季節、大学受験の試験会場で試験官補助のアルバイトをしていた男は、当時受験生だった川内と出合った。

 

 提督を見つけた川内はその場で、

 

「せ、川内、参上! 私の提督、ね、私のこと川内って呼んで私を貴方の艦娘にして!!」

 

 と提督の手を握り締めながらやけに熱っぽく色っぽい仕草で、貴方のものになります宣言を大声でしたのである。

 

 ちなみに試験開始の十分前。

 

 一生でお目にかかることがあるかないかの生の『艦名の契り』を聞いて、それはもう会場全体がパニックになった。

 

 黄色い声をあげる受験生、ハンカチを噛む受験生、覚えていた単語を半分くらい忘れた受験生の阿鼻叫喚が響き渡る。

 試験官もあまりの事態にパニックになる中、川内の提督だけが冷静に

 

「試験に関係のないご質問は試験が終わってからお聞きしますので、まずは座って試験を受けてください」 

 

 と、ド冷静な対応をした。

 

 あんまりに機械的な対応に会場は静まり返りった、それはあんまりではなかろうかと。

 だがそれを指令と受け止めた川内は、もう初めての指令を受けちゃったうれしさで何度も首を縦に振り、キュンキュンな様子で試験に臨み、平均を遥かに超えた点数をたたき出した。

 

 一つ目の試験が終わった直後、川内は直ぐに提督の元に走ると改めて貴方のものになります宣言を懲りずに大声で行った。

 

「ね、提督! 夜戦(意味深)なら任せておいて! うん、ね、夜戦! そう、夜戦しよ!」

 

 桃色の声をあげる受験生、血涙を流す受験生、覚えていた方程式が恋の方程式に置き換わった受験生の阿鼻叫喚が響き渡る。

 試験官もあまりの事態にパニックになる中、川内の提督だけが冷静に

 

「そうですか、それでは試験に受かったら後輩ですね」 

 

 と、的はずれな返答をした。

 

 だがそれを聞いて、川内は次の科目満点をたたき出した。

 

 無事入学を果たした川内の合格発表の時の笑顔は、地方新聞の頭を飾るほど満天の笑顔だった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「あんときゃそりゃもう、えらいのになつかれちまったなと思ったもんだがなぁ」

「ふぇ?」

 

 おいしそうにケーキをほおばる川内の姿を見ながら、提督がポツリとつぶやく。

 川内は頭にはてなマークを一つ浮かべるも、にやりとして言う。

 

「ふふふー、こんなものを買ってあるとは。提督も中々気がきくねぇ」

 

 食後、二人はコタツに向かい合わせで座りながら、男が冷蔵庫に買っておいてあったケーキを突っついていた。

 ちなみに両方ともチョコレートクリームたっぷりのムースケーキ。

 川内はおいしそうに食べていたが、男には甘すぎたのか「うぇ」っと顔をしかめてると、立ち上がって台所でコーヒーを淹れはじめた。

 

「でも提督、甘いもの苦手なのになんで冷蔵庫にケーキなんて有ったの?」

 

 目ざとく見つけて冷蔵庫から引っ張り出したのは誰だよ、と苦笑しながら男は答える。

 

「お前の誕生日を祝おうと思って買っておいたんだよ」

「ふぇ? 私の誕生日って三ヶ月先……あー、そっかちょうど海外への短期留学の時期とかぶっちゃうんだっけ」

 

 そう言って微妙な顔をしながら川内は頭をかく。

 男はその様子を見てやれやれと行った風に、二人分のコーヒーを持って、一つを川内の前においた。

 

「ほら、誕生日プレゼント」

「え!? このコーヒー誕生日プレゼントなの!? ちょ、ちょっと提督いくらなんでもそれってないよ!」

「うるせー、貧乏学生に高いもんねだってんじゃねえ」

「普通ここはあれでしょあれ、こう帰ったら僕と結婚してくれって感じで指輪とか渡すシーンじゃん?」

 

 身振り手振りの一人二役でロマンチックなシーンを再現する川内、無駄にいい演技だった。

 

「はいはい、わかったわかった、遺言にかいといてやるよ」

「それ生きてるうちに渡すアイテムなんじゃないのぉ!?」

「お前俺への誕生日プレゼント今年も忍者グッズのつもりだろ、せめてそれ卒業してからだな」

 

 それを聞いて川内は図星を突かれたかのような、とても驚いた顔をした。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ねー、提督ー」

 

 ケーキを食べ終え、食器の後片付けをしていた川内が男に声をかける。

 

「なんだー」

 

 男はコタツにひじをついてテレビを見ながら返事をした。

 

「……あのさ、やっぱ留学についてっていい?」

「……駄目だって言っただろ、一人身の男の所に通うだけでも親御さん随分妥協してくれてるんだろうが。三ヶ月くらいなんだから我慢しろ」

「でも、でもさぁ……」

「どうせ今日も喧嘩して飛び出してきたんだろ、来る分にはかまわないからせめて学校卒業するまでは言う事聞いてやれよ」

「うーーー、なによ提督のケチ! もぅ!」

 

 男の諭すような正論に川内は珍しくプンスカした様子で洗面所に駆け込む。

 

「ねーーーーーーーーー! 提督! 私の歯ブラシどこーーー!」

 

 も、数秒と経たずに何時もの川内に戻ってしまった。

 

「窓の所においてある、日光で殺菌しといたぞー」

 

 そんな川内に苦笑しつつも、男はのんびりとした口調で返事をした。

 

 

 しばらく男がテレビを見ていると、シャコシャコという音が後ろで聞こえてくる。

 いつの間にか川内が男の後ろに立って、歯を磨きながらじっと男の姿を見ていた。

 

 男は背中に川内の視線を感じながら、ただ黙ってそうしている彼女になにも言わず、したいようにさせていた。

 

 

 短い時間だが、長く感じられるその間、やがて川内がポツリと言葉をこぼす。

 

 

 

「……ほんとに帰ってくるよね?」

 

 

 

「……帰って来なかったら新しい提督見つけろ」

 

 その言葉を聞いて川内は普段なら絶対見せない、まるで心臓を鷲掴みにされたかのような表情を浮かべる。

 川内が歯ブラシをかみ締める音と、握り締める音がギシリと部屋に響いた。

 

 ほんの少しの沈黙の後、川内は搾り出すように言葉をつむぐ。

 

 

「なにそれ、つまんない、二度と言わないで」

 

 

 そんな川内がこぼした慣れない凄み言葉を聞いて、少しおかしく感じてしまった男がクスリと笑いながら「すまんすまん」謝罪を述べる。

 男には先ほどとは違う、少しだけ温かい沈黙が部屋を包んだように感じられた。

 

「……ん? あーーーーーーーーーーーー!! 那珂が出てる!!」

 

 しんみりした空気を吹き飛ばすかのような叫びを上げて、川内がテレビにかじりつく。

 テレビでは丁度彼女の姉妹艦(実姉妹ではない)である軽巡の艦娘『那珂』が歌番組で歌っていた。

 

「提督! これ、これ録画どうするの!?」

「そんな便利な機能は無い」(無慈悲)

「えええええええええ!!」

 

 テレビでは今日も那珂ちゃんが百億万ドルの笑顔を振りまいていた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 草木も眠る、うしみつアワー

 夜戦バカの血が騒いだのか、突然ベッドから起き上がる川内。

 

「提督!! 起きて起きて!!」

 

 つよく揺さぶられて、一緒に寝ていた男がだるそうに身を起こした。

 

「……おい、何時だと思ってんだ」

「提督!! 私この近くにあるラーメン屋に行きたいの思い出した!!」

「二時過ぎてんじゃねえか、開いてるわけ無いだろ……」

 

 男はだるそうに時計を確認するも、川内は荷物の中から取り出したチラシを男の顔に押し付ける。

 

「大丈夫!! ラーメン屋大湊! ここは五時までやってるみたいだから!! ココ! わかる!?」

 

「ぁーーー」

 

 パジャマから外着に着替え、男は川内に引きずられるようにして外に出る。

 自転車を引っ張り出して、川内を後ろに乗せると眠たい目をこすりながら男はラーメン屋に向かってこぎ出した。

 

 外はすっかり冬の気温で、二人の口から白い息が昇る。

 後ろに乗った川内のハイテンションとは正反対の底いテンション

 

「ラーメン!」

「ねみーよ」

「ラーメン!」

「だりーよ」

 

 十五分ほど自転車で走っていると、深夜だというのにやたら明るい『大湊』と書かれた看板が見えてきた。

 

 男が店の前の駐輪場に自転車を止めると、川内が「ッホ!」っと見事なバク中を決めながら飛び降り着地する。

 男はそれを見て苦笑を漏らし「ほら行くぞ」と川内をほうって店に入る。

 慌てて川内が男の後を追う。

 

 店内はそこそこ賑わっており、二人はテーブルに座って注文をとりに来た店員にスタンダードなラーメン二つを注文した。

 注文してから数分と待たずラーメンが運ばれてくる。

 

「ヘイッ! ラーメン二つお待ちッス!」

 

 元気な掛け声と共に目の前に出される熱々のラーメン。

 深夜だろうとラーメン屋の熱気は衰えることはないと感じられる。

 

 二人は出された割り箸を割ってラーメンを食べ始めた。

 

「うーーーーーん! おいしい! 美味しいね提督!」

「まぁ、うまいけどさぁ……。寝起きでラーメンはつらいというか、できれば昼に食いたいっていうか……」

「そぉ?」

 

 対極のテンションでラーメンを食べ終えた二人は店を出る。

 ラーメン屋のオヤッさんは終始笑顔だった川内を気に入ったのか、餃子のサービス券を付けてくれた。 

 

「おいしかったね、提督!」

「 味 は な 」

 

 男は後ろに川内を乗せ、行きと同じように今度は家に向かって自転車をこぎ出す。

 

「ねえ提督、また来ようね」

「まぁ昼ならな」

「えへへ、約束だよ」

「へいへい」

 

 約束、約束、とうれしそうに声をあげながら、後ろではしゃいでいる川内。

 

 二人の温かさに嫉妬してか、空からはらはらと粉雪が降り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三ヵ月後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ? なにそれどういうこと?」

 

 海外に旅立った自分の提督を見送って三ヶ月たったある日、提督成分の不足で毎日もやもやしていた川内の元に、連絡が入る。

 

 相手は川内と提督が通っている大学の映研の部長で、知らせを聞いた川内は映研の部室を訪れていた。

 

 偶然にもその日は川内の誕生日だった。

 

「……あいつ、もし自分が死んだら君に渡してくれってこれを」

 

 部長の言葉の意味まったく理解できず、震える手で受け取った手紙を恐る恐る開封する川内。

 

 手紙には海外で病気の治療を受けること、黙っていてすまないという謝罪、川内の幸せを願う言葉がつづられており、テレビの後ろに貼り付けた封筒に誕生日プレゼントを入れておいたという言葉で締めくくられていた。

 

「あいつずっと闘病してて、それを隠すために俺だけにはそのことを言ってたんだ。あいつ最後まで君と居るための時間を延ばそうとがんばったみたいなんだけど、その、昨日向こうで亡くなったって連絡があったんだ……あいつ、あいつはさ……」

 

 川内は部長の言葉を最後まで聞かずに飛び出した、そして提督の部屋に向かって走る、走る、走る。

 

「うそだ! うそだ! うそだぁあああッ!」

 

 川内は誰にはばかることなく叫びながら走り続ける。普段の軽快な身のこなしとは程遠い、がむしゃらな走り、何度も転びその度に起き上がる。

 まるで動くことをやめてしまったらなにか恐ろしいものに自分が覆われてしまいそうで、その恐怖から逃れるように、助けを求めるように川内は走り続ける、自分の提督が待っているかもしれない彼の家へと。

 

 きっとこれは全部嘘で、自分を驚かせるために提督が仕込んだ悪趣味なサプライズイベントかなにかだ、きっとそうだ、だから確かめなきゃ、提督はきっと今頃家でニヤニヤしながら自分が来るのを待ってるんだ。

 

 こんな悪趣味なことをして、一発ひっぱたいてやらなきゃ気がすまない、でも一発ひっぱたいたらチャンスをあげよう、自分が欲しいものをプレゼントしてくれたなら許してあげよう。

 

 そんな想像を膨らませながら走り続け、やがて提督のアパートに到着する。

 階段を駆け上がり、提督の部屋のドアを渡されて、ずっと大事に持っていた合鍵を使い開ける。

 

「提督お帰り! 馬鹿! 悪趣味だよ!!」

 

 そう悲鳴に近い叫びを上げながら部屋に入るも、そこに人の気配は、自分の提督の気配は……無かった。

 

 恐る恐るテレビの後ろを確認すると、確かに封筒が貼り付けられていて【誕生日おめでとう】と短い言葉がつづられたカードと一緒に、銀色に輝く指輪が入っていた。

 

『はいはい、わかったわかった、遺言にかいといてやるよ』

 

 昨日のことのように、提督が言っていた言葉が思い浮かぶ。

 

「なによそれ、ふざけないでよ……なんなのこれ、全然面白くないし、全然うれしくない」

 

 あふれ出た涙が零れ落ち、カードの文字がにじむ。

 限界だった、川内は指輪を強く握り締めて絶叫する。

 

「勝手に死んで勝手に渡してんじゃないわよ! こんなの、こんなの貰っても……提督がいなきゃ……意味、ないじゃない!! ばかあああ!! うわあああ、うわあああああああ!!」

 

 恋愛の終わりは死に別れか生き別れしかないと言った人が居る、だがもし提督と艦娘との関係を恋愛と例えるならば、それは前者の終わりしかありえないのだ。

 

 己の半身ともいえる提督をなくした艦娘の鳴き声が、いつまでも部屋に悲しくこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『独り身男』と『軽巡:川内』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、OKです! これで全てのカットの撮影終了になります!」

「よっしゃー! おわったー!」

 

 川内はクランクアップの宣言を聞くと、先ほどまでの絶叫と涙が嘘だったかのように明るい笑顔を振りまきながら、部屋に居たスタッフに挨拶をしてまわった。

 そして最後に監督と【提督役の提督】の元に駆け寄る。

 

「提督お疲れさま!」

「おう、お疲れ」

 

 駆け寄ってきた川内の頭をワシャワシャと乱暴になでる提督、川内は乱暴なその手つきに嫌がるそぶりも見せず、むしろ嬉そうにされるがままだ。

 その様子を見ていた監督が胸焼けしたような表情を浮かべる。

 

「はいはい、仲がいいのは結構だがね。いちゃつくのはできれば人目の無い所でやってくれませんかねぇ……」

 

「なによ山田さん、せっかくこんなひどい映画に出てあげてるのにー」

「ひ、ひどいとはひどい! この山田の映画としての監督デビュー作にして魂を削って描いた生涯の傑作。艦娘と提督の出会いと別れを描いたノンフィクション風映画のどこに文句があるというのだ!」

 

「はははー、私の提督が死ぬなんて脚本持ってきたときはほんと、ほんと……魂を削ってやろうと思っちゃったけどね……」

 

 急に暗い顔になり低い声になった川内に、監督と部屋に居たスタッフたちは「っひ!」と声をあげちびりそうになった。

 そんな川内を落ち着かせるように、ぽんぽんと頭をなでる提督。

 

「まぁまぁ、お前も役者になったんだから忍者以外の役も回してくれる山田に感謝しろって」

「ぶーぶー、それでもこのシナリオはどうかと思うー!」

 

「そうは言うがな、お前が素人の俺が提督役じゃなきゃ嫌だって駄々こねたからでもあるだろ。俺のシーンが少ないこのシナリオじゃなきゃ絶対無理だ、マジ無理だ」

「あはは、それもそうなんだけどさ」

 

 そう言ってばつが悪そうに頭を搔く川内、そんな川内をやれやれといった風に見ながら、提督の男は川内の左手を掴む。

 およ? っとする川内をみてクスリと笑いながら、先ほどスタッフから渡された小道具を川内の指にはめた。

 

「ほらやるよ、誕生日おめでとう」

「へ?」

 

 信じられないものを見るように薬指にはめられた銀色のリングを見つめる川内、ふと回りを見るといつの間にかカメラが回っていた。

 スタッフ一同も皆とんでもなくいい笑顔をしていた。

 

「えっと、て、提督?」

 

 慣れないことをしてか、それとも別のなにかか、心なしか顔を赤くして目を逸らす提督の姿。

 

「よう親友、これで独身生活ともおさらばだな! おめでとうチキショウ!」

 

 数秒後、山田監督のその言葉の意味を理解した川内は、うれしさを爆発させ提督の胸に飛び込んだ。

 

 

 なお、この時の映像は特典として同封され、映画の興行収入も含め戦後史上歴代トップテンに入る売り上げを記録した。

 これこそが後年、艦娘を題材に扱えば右に出るものはいないといわれるようになる、艦娘映画界の巨匠、山田監督のデビュー作である。

 

 

 




※本話は『肩幅の未来』作者:やまむらはじめ
という傑作短編漫画の影響をモロに受けています。

が、内容は『All You Need Is Kill』の原作とハリウッド版レベルの違いが……ファンの方すみません。(でもハリウッド版も結構好き)
 


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『僕』と『正規空母:赤城』

 
いっこうせんのやばいほう
 


 

 この世界は一度滅びかけたらしい。

 

 しんかいせいかんという、怪物が現れて世界をめちゃくちゃにしたんだ。

 だけどどこからか現れた艦娘と、その辺に居た提督と、あと沢山の人たちが力を合わせてしんかいせいかんをやっつけて平和を取り戻したんだって。

 

 その後、艦娘たちは妖精さん(以下一話参照

 

 まあ、僕がどうしてこんな長々とこんなことを思ってるのかだけど……。

 

「……」

 

 何故か僕が寝ている病院のベッド、その隣に寝転がりながらさっきからじっと瞬きせずに、かれこれ十分以上僕を見続けてる白衣の人。

 

「航空母艦、赤城です。空母機動部隊を編成するなら、私にお任せくださいませ」

 

 あ、そういう名前の艦娘なんですね。

 

 

 ……どうにもその艦娘らしき人に見つめられている真っ最中だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『僕』と『正規空母:赤城』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで僕が病院のベッドで寝ていて、隣に赤城さんが寝てるかは話せば短い。

 

 今日の昼休み、いつものように学校に住み着いてる野良猫に牛乳をあげていたときのことだ。

 なにか空から落ちてきた、それが人の形をしてたのが一瞬見えたのを最後に僕の記憶は途切れて、気が付けばこのベッドで寝ていた。

 

 そして目がさめたらそこに、きれいな顔をした白衣を着たお姉さんが、隣で寝転びながらこちらを見ていた。

 

 それだけ。

 

「あの、おねえさ……」

「航空母艦、赤城です。空母機動部隊を編成するなら、私にお任せくださいませ」

 

 キッリとした表情だけど、寝転びながらそんなこと言われてもいまいち説得力がないと思う。

 

「ところでここはどこで……」

「航空母艦、赤城です。空母機動部隊を編成するなら、私にお任せくださいませ」

 

 ……。

 

 名前を呼ばないと先に進めないらしい、友達がやっていたゲームで「はい」と答えないと先に進めない場面があったけど、あんな感じだろうか。

 

「……赤城……さん。ここはどこで……」

 

 僕が名前を呼んだ瞬間、赤城さんがにこりと笑って僕に向かって手を伸ばす。

 あ、抱きしめられるな、僕がそう思った瞬間。

 

「すみません、こちらに孫が居ると聞いて来たのですが……」

 

 病室のドアを開けておばあちゃんが入ってきた。

 

「保護者の方ですか? 安心してください、お孫さんはご無事ですよ」

 

 一瞬だった、一瞬できりっとした表情を浮かべながら何事も無かったかのように、最初からそこに立っていたかのように赤城さんが移動していた。

 

 はやい。

 

 白衣の白との違いが栄えるようできれいな長い黒髪。それがふわりと揺れていなければ、僕も赤城さんが最初からそこに居たと自分をうたがっていただろう。

 

「校庭で倒れていたようで、恐らく転んで頭を打ったことによる軽い脳震盪かと」

「そうですか、よかった……」

 

 おばあちゃんがホッとしている、心配を掛けてしまったようだ、もうしわけない。

 

「ところで先生はその……」

「あ、申し遅れました。私は南雲病院、ここの院長をしております赤鬼(あかき)と申します」

 

 そう言って赤城さん、赤城先生? は丁寧に腰を折っておばあちゃんに礼をする。

 おばあちゃんも礼を返す。

 

「それでなのですが。念のため。ええ、念のため何日か検査入院していただけますか?」

「はい、なにとぞ孫をよろしくお願いいたします」

 

 別に大丈夫だとは思ったけど、そういうことになった。

 なんだか嫌な予感しかしないけど、そういうことなら仕方ないのだろうか。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 少し話をしてから、僕の着替えとそのほか入院に必要なものを取りに、一度おばあちゃんは家に帰って行った。

 

 ちなみにおばあちゃんは学校からの連絡を受けて、慌てて飛び出してきたせいで、財布を忘れてしまったらしく。取りに戻る時間も無く困っていたら、そこにとがった金色の髪型のかっこいいお兄さんがどうしたのかと話しかけてきたらしい。

 

 おばあちゃんが事情を話すと、なんと財布の中のお金を全部渡して、渡されたおばあちゃんが受け取れないと言ったにも拘らず、なにも言わずに去って行ったんだとか。

 

 

 ……なにそれやばい、ちょうかっこいい。

 

 

 おばあちゃんは絶対探し出して見せると言い、特徴がとがった金髪でかっこいいお兄さんというくらいしかなく、難しいかもしれないけど、僕にも探してみてと言っていた。

 がんばってみようと思う、おばあちゃんが受けた恩は孫の僕が返さなければ。

 

 でも、とりあえず目の前の問題がある。

 

「……」

 

 まだ見ている、ベッドの隣に寝転がりながら、赤城さんが僕をじっと見ている。

 

「あの、院長せんせ……」

「航空母艦、赤城です。空母機動部隊を編成するなら、私にお任せくださいませ」

 

 あっ、はい。

 

「赤城先生はその……」

 

 僕が名前を呼んだ瞬間、赤城さんがにこりと笑って僕に向かって手を伸ばす。

 あ、抱きしめられるな、僕がそう思った瞬間。

 

「看護婦だ。お前に最高の個室を与えてやる!!」

 

 スパンと病室の扉を開けて、眼帯をした看護婦さんが入ってきた。

 赤城さんがすごく不愉快そうな目で、体を起こしながらその看護婦さんをにらむ。

 

「気持ちはわかるが院長、流石にこの大部屋に院長が入り浸って、ベッドに寝転びながらじっと子供を見続けているなんて噂が立ってしまってはまずい。とにかく部屋を移ってくれ」

「個室……いいわね、うん。それもそうね」

 

 なんだか取ってつけたかのような、それもそうね、に聞こえた。

 あとなぜだか、個室は色々不味い気がする。

 

「あの、この部屋でいいです。お金ももったいないので……」 

「遠慮なさらず、治療費含めて費用は全て病院持ちですので」

 

 ピシャリと断言する赤城さん。

 

「ええ……」

「“私の”提督になにかあれば一大事です、これは極めて私情的な行為ですので提督は御気になさらないで下さい」

 

 あ、やっぱり僕は赤城さんの提督でもあるようだ。

 なんとなくわかっていたけど。

 

「それでは、直ぐに移りましょう、病室変更を急いで!」

「体の傷が疼く。早く早くとけしかけてくるようだ……」

 

 そうして僕は個室へ運ばれた。

 へるぷみーおばーちゃん。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 個室に移った日の夜、草木も眠るうしみつあわー。

 もしかして僕はなにかの危機に陥ってるのではないのだろうかと、今思っている。

 

 何故なら。

 

「……」

 

 当然のようにパジャマ姿で、僕のベッドにもぐりこんでいる赤城さんが隣にいるから。

 そして相変わらずジーッと僕を見ているからだ。

 

 ふとなにかの気配に気が付いて目を覚ましたら、赤城さんが隣にいたのですごくびっくりした。

 

 小さい頃、クモの巣に引っかかってるちょうちょを見て、このちょうちょは今どんな気持ちなんだろうかって思ってたことがあったけど、この状況は今まで経験してきた中で最高にそれに近い状況なのではないのだろうか。

 

「上々ね」

 

 うん、文句なし。これ本当にその状況、まじめに。

 

「あの、赤城先生」

 

 僕が名前を呼んだ瞬間、赤城さんがにこりと笑って僕に向かって手を伸ばす。

 話が進まないので、とりあえずピシャリとその手を叩き落とした。

 

「きゃぁっ! 誘爆を防いで!!」

 

 しないから。

 

「なぜ僕のベッドにもぐりこんでいるのかは置いておいて、お聞きしたいことがあります」

「はい?」

 

 器用に寝転びながら首をかしげる赤城さん。

 

「艦娘については学校で習いましたし、ひいおばあちゃんが艦娘だったので、一応なんとなく僕が赤城先生の提督というのはわかるのですが。赤城先生はえっと……僕にどうしてほしいのですか?」

 

「……」

 

 結構真面目な話、僕はまだ子供だし、赤城さんは大人だ。

 加賀さんや翔鶴さんのこともあるし、僕にも一応将来というものがある。

 

 彼女たちの都合で僕の人生をどうするか、ではないけれど、提督としての適性を持って生まれてしまったのなら……

 

 うーん、駄目だ。

 

 結局の所、正直僕もまだどうしたらいいのかわから無いのだ。

 だからこうして赤城さんに聞いているのだと思う。

 

「そうですね……」

 

 どこか穏やかな目で、おばあちゃんがそうするように、赤城さんは僕の頬をなでる。

 赤城さんの手は、すべすべで冷たくて気持ちいい。

 

「提督はまだ子供です。そんな提督に多くを望むのは酷でしょう。そしてなにより、私はまだそれを望めるほど提督のためなにかさせていただいたわけでもありません」

 

 そういい終わってから、どこかさびしそうな目をする赤城さん。

 とても距離が近いので、赤城さんのはく息の音も聞こえる。

 

「ですが、もし叶うならば、どうかおそばに居ることだけでも許していただけないでしょうか?」

「……」

 

 そう言って僕の右手をそっと両手でつかんで、ゆっくりと胸に引き寄せる赤城さん。

 その、とてもはかなげな気配を漂わせる赤城さんを見てしまい、僕は

 

 

 なんか危険な気配を感じたのでナースコールのボタンを押した。

 

 

「俺をこんな時間に呼ぶ馬鹿は何奴だぁ?」

 

 そっこうで、看護婦さんがスパンと個室の扉を開いて現れた。

 

「僕です、赤城先生を引き取ってください」

 

 そして僕のベッドに入り込んでいた赤城さんを見て、看護婦さんの顔が固まった。

 

「あっ、はい、うちの院長がすみません」

 

 そうして赤城さんは、ずるずると引きずられながら看護婦さんに連れて行かれる。

 とりあえずその日の夜は、それから特に何事も無く、ぐっすり眠ることができた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 次の日、おばあちゃんがお見舞いに来てくれた。

 

 病室には赤城さんもいて、二人は特に僕に問題が無いことの話をし、それからおばあちゃんのお母さん、僕のひいおばあちゃんの『天城』のことを楽しそうに話していた。

 

「あら? 天城さんですか。もちろん私は直接お会いしたわけではありませんが、艦娘として天城さんのことはよく存じております」

 

「それはそれは、でもまさか赤鬼先生の提督がぼんだったなんて、世の中不思議なものですねぇ……」

 

 そして二人は僕のほうを見て微笑む。

 

「はい、私もこの年ですし。正直諦めていた所もあったのですが、まさか自分の病院に担ぎ込まれてきた患者さんが自分の提督だったなんて」

 

 赤城さんは、昨日の挙動が嘘だったかのように上品そうに口に手を当てて微笑む。

 

「やはり運命的なものを感じられて?」

 

「ええ、おそらくお婆様のお母様。天城さんもこの気持ちを味わっておられたと思うと、なんだかうれしく思えます」

 

 誰だろう、これは本当に昨日とおなじ赤城さんなんだろうか……

 

「その、実はそのことで少しお話が……」

 

 おばあちゃんは急に真面目な顔をする、そして僕には聞かせられない話なのだろうか「できれば場所を移して……」と赤城さんにおねがいし、赤城さんが「でしたら院長室で……」

 

 と、言いかけたとき。

 

 おばあちゃんは急に苦しそうにおなかを押える。

 僕はベットから飛び起きて、あわてておばあちゃんの所に駆け寄った。

 

「おばあちゃん! おばあちゃんどうしたの!?」

「ぼ、ぼん……」

 

 僕に心配かけまいとしてなのか、おばあちゃんは苦しそうに微笑み

 

 

 床に倒れた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 おばあちゃんは直ぐに緊急治療室に運ばれて、治療を受けた。

 正直、僕が入院してて本当によかったと思う、処置が遅かったらあぶなかったと看護婦さんが言っていたのが聞こえたから。

 

 治療室の前で待っていた僕のところに、赤城さんがやって来る。

 そしておばあちゃんの状態を丁寧に説明してくれた。

 

 内容はむずかしくてわからなかったけど、どうやらおばあちゃんはおなかの病気だったみたいで、直ぐにでも手術をしないと助からないらしい。

 手術の同意はなんとかおばあちゃん本人から取れたようなんだけど、赤城さんは僕にもいろいろと丁寧に教えてくれた。

 

「赤城先生、どうかおばあちゃんを助けてください、僕にできることならなんでもします」

「手術の執刀は私がします、提督はどうか落ち着いてお待ち下さい」

 

 おばあちゃんが死んじゃう。

 そう考えると頭の中ぐちゃぐちゃになって、泣いてしまいそうだった。

 

「でもっ!」

 

 赤城さんは、そんな僕をぎゅっと抱きしめてくれる。

 大きくて柔らかいものに包まれるかんしょく、そして消毒薬のにおいがふわりとした。

 でもそれは、どこか落ち着けるにおい、僕は少しだけ落ち着けた気がした。

 

「大丈夫です、私は艦娘で、貴方は提督。ですがそれと同時に私は医者です。患者のために全力を尽しますので。安心してください」

 

 ぽんぽんと、僕のあたまを優しくなでてくれる赤城さん。

 

「ですが、できるなら一つだけ望んでもよろしいでしょうか?」

「僕にできることならなんでも、血でもなんでも、必要ならなんでも使って下さい」

 

 赤城さんは、どこか迷うように、でも、強く求めるような感じの目で僕を見つめる。

 

「……命じてください、提督として、提督らしく、艦娘であるこの赤城に」

 

 真剣な目で僕を見つめる赤城さん。

 赤城さんも不安なのだろうか、それとも、それが僕にできるただ一つのことだから、そんな僕のために言ってくれているのだろうか。

 

 それはわからない。

 

 でも

 

「赤城、おばあちゃんを助けろ」

 

 とても自然に、そんな言葉が口から出た。

 

 それが必要だっていうなら、いくらでも言う、おばあちゃんが助かるなら。

 

 赤城さんは僕の言葉を聞き、胸に手を当てて、ぐっと目を閉じた。

 そしてしばらく僕の言葉をかみ締めるようにしてから、すっと目を開け、とてもまっすぐな瞳で僕をみた。

 

「一航戦赤城、出ます!」

 

 立ち上がり、白衣をひるがえして歩き出した赤城さんのその姿は、とても頼もしかった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 すごく心配したんだけど、おばあちゃんの手術はあっさり終わった。

 

 いや、難しい手術ではあったようなんだけど、赤城さんがめちゃくちゃすごかったらしく、看護婦さんやお医者さんたちがあんなにすごい手術は見たことがないと、噂しているのが聞こえてきた。

 

 だけど当分は安静ということで、僕と入れ替わるようにおばあちゃんは病院に入院することになった。

 

 僕はずっとおばあちゃんについていたかったけど

 

『ばあちゃんのことはいいから、明日からはちゃんと学校に行きな』

 

 そうおばあちゃんに言われてしまったので、ひとまず家に帰ることになった。

 今は赤城さんの高そうな赤い乗用車に乗せて貰い、家に送ってもらって帰る途中である。

 

「おばあちゃんは大丈夫でしょうか?」

 

 運転中の赤城さんに聞いてみる。

 

「手術は成功ですし、命に別状はありませんよ。そう大きく切ったわけでもないので、時間はかかるかもしれませんが。もちろん退院されるまではいつでも病院へ来ていただいて構いません」

 

 そう言って、僕の心配も次に聞きたかったことの答えもくれて、微笑んでくれた。

 

「ありがとう、赤城さん」

「当然のことをしたまでです、提督」

 

 赤城さんにとっては自分の仕事をしただけだったのかもしれないし、提督の命令を聞いただけなのかもしれないけど、ちゃんとお礼を言わなければと思ったので、改めて言ってみる。

 

「それでも、ありがとう赤城…………さん」

 

 危うく手術の前の時のかんじで呼び捨てにしそうになってしまった、怒られないかな?

 

 でも赤城さんは僕のその言葉を聞いて、にへら、という表現が似合いそうなほどに、とろけた笑みを浮かべている。

 ちなみに運転中なので赤城さんはずっと前を向いたまま。

 

 ちょっと気恥ずかしくなってしまった僕は、窓の外の風景を見る。

 

 そこはちょうど、あれから毎日のように待ち伏せしてて、こちらをじっと見てくる二人、加賀さんと翔鶴さんが待ち伏せをしている場所だった。

 

「加賀さん、今日も待ってたのかな……」

「え? 加賀さんを知っているのですか?」

 

 ボソリとつぶやいた僕の声を聞いて、きょとんと、少し驚いた顔で赤城さんが聞いてくる。

 

「はい、僕はどうも加賀さんの適性を持ってるようでそれ以来何度か帰り道で。あと翔鶴さんの適性も、その二人にそこの帰り道で、この前一緒に会いました」

 

 

「へぇ……」

 

 

 赤城さんが、ちょっとらしくない感じの声色になる。

 

「加賀さんと翔鶴さんはその後二人でどこかに行ってしまいましたけど」

「加賀さんが翔鶴さんと一緒に……それはいつのことでしょうか?」

 

 赤城さんの目が、すっと細くなる、ちょっとこわい。

 

「えっと、一週間くらい前です」

「一週間、そう……」

 

 何故か据わった目で前を向き遠くの方を見る赤城さん、こわい。

 

「赤城さんは加賀さんのお友達なんですか?」

 

 聞いてから後悔した。

 

 

 

 

 

「……加賀さん? いえ、知らない子ですね」

 

 

 

 

 

 だって、よくわからないけど、こちらと目を合わさず、何故かそう言って微笑む赤城さん。

 でもそのふんいきは確かに『赤鬼』さんだったから。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 赤城さんに家の近くの公園まで送ってもらい、車を降りる。ちょうど夕焼けがあたりを照らしていて、海の向こうの水平線に夕日が沈む様子が見えた。

 

「じゃあ、これからは毎日学校が終わった頃に迎えに行かせて頂きますので、“学校で待っていて下さい”。あとなにかあったら渡した電話番号に連絡してくださいね、直ぐに出ますので」

 

「はい、今日はありがとうございました」

 

 赤城さんは手を軽く振りながら優しい笑顔を浮かべると、車を発進させた。何度か名残惜しそうにこちらを振り返っていたけど、やがて車は見えなくなった。

 

 

 今日はいろんなことがあった気がする、僕はどっと疲れてしまった。

 けど、おばあちゃんが無事で本当によかった。

 

 僕はさっきの赤城さんの迫力にあてられて、少しもよおしてしまったので、近くの公園のトイレで用を済ますことにした。

 トイレから出ると夕日が沈むところで景色がきれいだったので眺める。

 

 ここは『艦夢守市(かんむすし)』

 

 大きな港があり、その港と街の周りをぐるっと山に囲まれている、そんな立地の場所。

 都会とまではいかないけれど、それなりに騒がしくてそれなりに穏やかな大きさの街。

 

 

 そしてこの街には一つの噂がある。

 それは提督適性者が集まるという噂だ。

 

 

 この街には沢山の人間と、居るかもしれない提督適性者たちと、その噂を聞いてやってきた割と多くの艦娘たちが平和に暮らしている。

 

 

 つまり、ここが僕の住んでいるところだ。

 

 

 

 

 後よくわからないけど、どうやら僕には『赤城』と『加賀』と『翔鶴』の適性があるようなのだった。

 

 

 

 もしかして、まだ増えるのかな?

 

 

 




普段ポンコツ白衣の赤城さんだけど、提督のピンチの時はスーパー名医に変身する忠犬赤城さんが見たかった。


あら、加賀さんの提督でもあるのかしら?

へぇ、五航戦の姉の方と、ふぅん。(察し)

そう、一週間、私にはなんの連絡も無しですか。(確信)

パパパパパウワードドン(最近よく鳴ってる)

気になるのは百万石と鶴の連合艦隊に慢心してない赤城の山が迫る気配がすること。
きっと気のせい、恐らく、メイビー。いや、でも、どうすんだこれ(素)



■設定の一部変更に関するお知らせ

・提督適性者の発見方法
【適性に該当する艦娘が出会って初めて判明する】
それ以外に調べる方法はないので、正に運命の出会いにかけるしかないのが現状。

※投稿当初では、誰の提督かはわからないが、艦娘なら提督適性者というのはわかるという設定でしたが、大規模な提督探索システムの構築が容易になってしまいそうだったので、変更しました。矛盾箇所はのんびり随時修正していきます。
 


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『無職男』と『駆逐艦:不知火』

 
基本的に日常な無職回。
特になにも起こらない(就職もできない)のが特徴。
 


 

 無職だよ。 

 

 

 あーもうこんな時間か。

 

 昨日から動く気力も湧かなくて体育座りしてる。ずっと布団の上に居るので時間なんて分かんなかったけど、時間がたつのが異様に早かったな。

 そういえば昨日からなんも食ってない、そう気がついた瞬間にぐぅ~って聞こえて乾いた笑いが出てしまった。

 

 フフフ、(食い物)入れて欲しいのか?

 

 ……流石に体が悲鳴を上げてきたのでレトルトカレーを食うことにする、米を炊く気力が無いのでルーのみを二袋。

 

 いやー参ったね。思ったより職が決まらなくて身動き取れねぇぜ!

 かッー! つれーわ! 職決まらなさ過ぎてつれーわ!

 

 まずいんごぉ……。

 

 貯蓄はまだあるんだが、メンタルがどうにも持ち直してくれない、さすがに十社連続でお祈りされるとは思わなかった、ラリアットの呪いか?(自業自得)

 

 腹にモノも入れたし、気分をリセットしようとシャワーを浴び、風呂から上がって全裸で部屋に戻ろうとしたら、最近なんとなく設置した泥棒対策用のトラップに自らはまって派手にこけた。

 

 おい、どうしようもない状態になったこの俺の気分を弁償してくれ過去の俺。

 

 涙を堪えながら服を着る、ベランダに出て煙草を咥えて震える手で火をつけた、泣くな俺。

 

 ぼけっと煙草を吸いながら五階から見える外の景色を眺めていると、登校中と思われるランドセルを背負った男の子の姿。

 その後ろを隠れるように同じ年頃の女の子が、こっそりと後をつけてるのが目に付いた。

 

 好きな男の子を見ていたい恋する女の子か、若いってステキやな……。

 

 より絶望が増した気分をどうにかしようと、部屋を掃除してたまった郵便物を取りにいく。ほとんどが有象無象のチラシばかりだったが、その中に一つ気になる内容のものがあった。

 

 大型のスポーツジムのチラシで、このチラシをもって行けば一日無料体験で施設を使わせてくれるらしい。

 普段ならそのままゴミ箱にポイーだが、どうにもメンタルが優れないので気晴らしに行ってみることにする、こんな時は体を動かすのが一番だからな。

 てなわけで行動は迅速に、早速今から向かうと決めた。

 

 プールもあるのか……水着も持っていこう。

 

 やましい気持ちなんて無く、水着姿の美女の姿を拝めたらいいという期待くらいしかない。

 さあ、未来は明るいぞ、いざゆかん魅惑のスポーツジムへと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』と『駆逐艦:不知火』

 

 

 

 

 

 

 

 

「期限切れ?」

「はい、無料体験は昨日までとなっておりまして……」

 

 ジムに到着後、受付のおねえさんにチラシを見せたところ、このような返答をいただきました。

 

 ガーンだな、うん、ガーンだ、泣きたい。

 確かに書いてありますね、はい、ちゃんと読まなかった俺が悪いんです。

 

 あまりに俺がどん底の空気を出していたからだろうか、おねえさんは「責任者に聞いてみますね」と、どこかに電話をかけようとしてくれたが。

 

「ああ、いや、いいんです気になさらないでください」

「ですが……」

 

 俺のようなクソ雑魚ナメクジの為にわざわざお手数をおかけするのも忍びない、お願い、これ以上俺をみじめな気持ちにしないでくださいなんでもしますから。

 そんな押し問答を何回か繰り返し、ようやく諦めていただいた。

 

 ああ、もう泣きたい。

 

 とぼとぼと肩を落としながら出口に向かうと、ちょうど入り口の自動ドアが開き見覚えのある鋭い眼光の少女が現れた。

 

 確か陽炎の姉妹でピッチャーをやってた子だ。

 

「あら、あなたは……」

 

 灰色のパーカーを着て前のポケットに両手をつっこんでる、やたらなじんでいる落ち着いた桃色の髪の少女。

 以前は鋭い目つきが印象的だったが、よっぽどおどろいたのか今は目を丸くしている。

 

「あー、久しぶり、えーっと」

「……不知火です」

「そうそう、暗黒な大会シリーズの技名っぽい名ま……なんでもないですハイ」

 

 言いかけて不知火がおっかない目つきになっていたので、びびった訳じゃないけど怖かったからごまかしてしまった。

 

「それで、貴方はどうしてここに?」

「あー、まぁなんというかこのチラシを見て、タダで使えると思ってきたんだけど、昨日までというオチでな……」

 

 自分で言ってて恥ずかしくなってきた、泣きたい。

 

 不知火はチラシを手に取りしばらく眺めると、「少しまっていてください」と言い残し、受付のお姉ちゃんの所に向かっていった。

 受付のお姉ちゃんはひどく驚いた様子で、何度も不知火に頭を下げている。

 

 怖いもんなぁ、あの目つき。

 

 そして俺の方まで戻ってくると、俺の手を掴んで奥に向かって歩き出した、チカラ強い。

 なんで君ら姉妹は人の手を掴んで引っ張るのがすきなのかね。

 

 いやまて、受付前を通過しちゃったぞ、警備員呼ばれちゃう。

 

「おいおいまてまて、俺登録もしてないし金も払ってないぞ!?」

「大丈夫です、話は通しておきましたから。不知火と一緒ならいつでもどこでもフリーパスです」

 

 ちらりと受付けのお姉ちゃんの方を見ると、こちらに向かって頭を下げていた。

 おいおい、不知火なにものヌイ。

 

「こちらが男性用の更衣室です、着替えは持っていますか、必要なら用意させますが」 

「いや、持ってきてる、大丈夫だ」

 

 いや、用意させますってなんですのん。

 もしかして不知火さんVIP? VIPなのか?

 

 深く考えると色々格差社会を覗いてしまいそうだったので、おとなしく着替えることにする。

 といっても、寝巻き代わりに使ってるジャージだけどな。

 あ、このロッカーちゃんとお金返ってくるやつなのね、助かるわ。

 野郎の着替えなどわざわざ説明するのもアホくさいので、着替え終わったという事実だけが残る。(ジ○ジョ風)

 

 

 そんな感じで男子更衣室の外に出ると、そこにはすでに着替え終わった不知火が待機していた、早いなオイ。

 

 といいますか不知火さん、なんですのその格好。

 ハーフサイズのスパッツに、肩、背中、へそ丸出しのセパレート陸上着みたいな上、上下とも肌にぴったりと伸縮性の高そうな黒い布が張り付いている。

 

 軽くストレッチをして体を伸ばしてくねらせ、こちらを見るその瞳はどこか挑発的だ。

 無駄な肉の一切無いスレンダーな体をこれでもかと、アピールするその姿はなんというか。

 

「あれだな、殺し屋みたいな格好だな……」

 

 スパァンッ!

 

 ケツに走る鋭い衝撃、遅れてやってくる空気のはじける音、驚いて見るといつの間にか後ろに回って不知火が、俺のケツにキックを叩き込んでいた。

 

 痛くは無いがすげえびっくりしたよ!

 え? なんで痛くないの? なにその高度な技術の蹴り!?

 

「なにすんだ」

「知りません」

 

 プンスカしながらどこかに向かって歩き出す不知火。

 ふむ、あの年頃ならセクシーな女の殺し屋とか、かっこいい例えでうれしいものだと思ったのだが。

 

 悪いこと言ってしまったかもな。

 

 さて、これからどうしたものか。

 とりあえず勝手に施設見て回ってもいいのかね。

 

 と、考えていたら、どこかに行ってしまったと思ってた不知火がすごい勢いで戻ってきた。

 え、なに、忘れ物でもしたのか?

 

「……ついてきてください、でないと施設を“使わせません”」

「お、おう」

 

 あ、追いかけて欲しかったのね、ごめんごめん。

 ん? あれ今なんか不知火さん……と、なにか引っかかることを言ってた気がしたんだが、俺の手を掴んで歩き出した、チカラ強い。

 

 だからなんで君ら姉妹は人の手を掴んで引っ張るのがすきなのかね。

 

 

 そんなこんなで連れて来られた最初の施設。

 

 

 今はやりのボルダリングとかいう、人工的に埋め込まれた取っ掛かりを使ってやる壁のぼりだ。

 しかし、いつも思うがこのボルダリングというやつ、なぜ金を払って壁を登るのだろうか?

 崖のぼりなんてガキの頃に散々やっただろうに、なんで大人になってまでやるんだ。

 

 専用の靴と、滑り止めの腰から下げるチョークパックを施設入り口の受付で借りる。

 ちなみにここの受付もやたら不知火に頭を下げていた、コリャますます不知火さんVIPの娘説あるんじゃなかろうか、怖いから聞かないけど。

 二十人近い姉妹を持つ陽炎の家族問題に首突っ込むのダメ、ゼッタイ。

 

「手本を見せます」

 

 そう言って不知火はカラフルな取っ掛かりを掴みながら、垂直の壁を登り始める。

 なるほど、どれでも好きな色の取っ掛かりを使っていいというわけではなく、同じ色のものしか使っちゃダメなのか。ふぬ、奥が深いのかもな。

 

 最適解を探す、体を使ったゲームみたいなイメージだな。

 確かにはまれば面白いのかもしれん、ガキの頃に登る壁なんてせいぜい二つ三つだしな、思い返せばルートを探しながら登ってた頃が一番楽しかったか。

 

 そんなことを考えているうちに、まるで蜘蛛のように、ヌメヌメと手足を上手く使いながら高い所に登っていく不知火。

 

 なんというか細っこい体なのに筋肉が意外とあるんだな、布面積が狭いからよくわかるわ、手、肩、腰、太もも、それぞれの場所が力を入れた時に膨れるのがよくわかる。

 

 五メートルほどの場所にある、『G』とマークされたゴールにタッチして、登ったのと同じような速度で降りてくる不知火、最後にホッと降り立つと「どうですか?」といわんばかりのドヤ顔でこちらを見た。

 ちょっとうざいけどまぁ、確かにたいしたものだ、素直に褒めよう。

 

「上手いもんだな、女郎蜘蛛みたいだったよ」

 

 スパァンッ!

 

 ケツに走る鋭い衝撃、遅れてやってくる空気のはじける音、驚いて見るといつの間にか後ろに回って不知火が、俺のケツにキックを叩き込んでいた。

 

 相変わらず痛くは無いがすげえびっくりしたよ!

 

「二回めぇ!?」

「貴方の番です、さっさと登ってください」

 

 ふん! といわんばかりに、あさっての方向を向く不知火。

 すねてる様子がちょっとかわいいかもしれん。

 

「よし、まあ見てろよ」

 

 ちょっと体重は増えてるが、ガキの頃とおんなじだこんなもん。

 チョークの粉を多めに手につけて、自分でもどうかとは思うが面白くてやめられない「よっこらセックス」という掛け声を言いながら最初のとっかかりに手をかけ体を引き上げる。

 

 初心者コースでもあるようだし、先ほど手本になる登り方を見てたからか、俺はさっさと登り切ることができた。

 不知火より少し早いかもしれん、ふふ、まだまだできんじゃん俺も。

 

 無意味な自信のストックがたまった、ありがたい。

 

 降りると不知火が微妙に渋い顔でこちらを見ていた。

 ドヤ顔で返す俺。

 

「フィジカルに頼りすぎです……」

「ふぃじかる?」

「貴方の登り方は、筋力と自身の身長を頼りに無理やり登ってるに過ぎません。それではボルダリングの醍醐味を味わえません」

 

 筋肉至上主義者ではないが、スポーツの問題の八割は筋肉で解決できると思っている俺は、その言葉に衝撃を受ける。

 

「筋肉に頼っちゃダメなのか、マジか」

「いえ、まぁなんといいますか、今はまだいいのですが長いコースで、その登り方をすると早々に握力が消えます」

 

 なんですと、マジかよ。

 

「え? 握力って消えるの?」

「はい、消えます。自身の体重が1だとして、2の力で体を支え続ければ早々に。1の体重を四つの手足で分配して支える技術がどうしても必要になります。ボルダリングは本来登山のために、そういう技術を磨く為に生まれたスポーツの側面もありますので」

 

 あー、確かにそれが本当なら、山の中腹登ってる最中に握力消えるなんて大事件だな。

 

「ほえー、なるほどなぁ」

「……ですが、今日はお試しですので楽しんで登ることの方が重要だったかもしれません。すみません水を差してしまいました、不知火の落ち度です」

 

 おっと、相手のことを考えてきちんと自分の非を認められるなんて、ポイント高いなヌイヌイ。

 

「なに、中々興味深いこと聞かせてもらったわ。ありがとな」

 

 ワシャワシャと頭をなでてやると、ちょっとびっくりした様だったがされるがままにされていた。

 あ、やべ、チョークの粉がついた手でやっちまったから髪の毛粉だらけだわ、俺しーらヌイ。いや、まずい気がする、ケツキックされてしまう的に。

 

「……あまり沢山の場所を回りすぎても疲れるでしょうし、なにか使ってみたい施設などはありますか?」

「あー、プールに行きたいな。水着も持ってきてるし」

 

 チョークの粉だらけになってしまった不知火の髪を、どうにかせねばなるまいと思ってたところに渡りに船である。

 三度目のケツキックは勘弁願いたい。

 

「プールですか? ……かまいませんが」

 

 微妙になにか考え込むような仕草をする不知火、なにか思うところでもあるのだろうか?

 まあ考えても仕方ないので、さくっと借りていた靴とチョークパックを返却して、俺たちは更衣室に向かった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 野郎の着替えシーンはカットして、抵抗の多いハーフパンツタイプの水着に着替えたという結果だけが残る。(ジョ○ョ風)

 

 さすがに女が水着に着替えるのは、時間がかかると思ったので、先にシャワーを浴びてプールサイドで準備運動を始めることにする。

 もっとかかるかと思ってたが、ほんの数分送れて不知火がやってきた。

 

 機能性の高そうな競泳水着と、水泳キャップをかぶった姿でゴーグルはつけていない。

 なんというかさっきと露出面積は変わらないが、太ももがまぶしい感じだ、色白いッスね不知火さん。

 

「お待たせし……ました」

 

 不知火が俺を見て、少しドキッとしたような顔をする。

 なんだと思ったが、恐らく男の裸を見慣れてないからだろう、意外と純情なんだな。

 

「うーっし、じゃあ適当に泳ぐか。犬掻きと平泳ぎと背泳ぎくらいしかできんが」

「……泳げるのですか?」

 

 試すような目つき、俺が泳げるのか知りたいのか、よかろう教えてやる。

 

「ばっかおめえ、泳げるに決まってんだろ、これでもクラスの水泳大会では十位だった男だぞ。(三十二人クラス、内半分女子)」

「そうですか……」

 

 泳げないと思ったか? 残念だったな不知火さんよ。

 

 しかしなぜそんなことを聞くのか……。

 なんて思ったが、何処か自信無さげ、というかためらうような空気を出す不知火を見てひらめいた。

 

「もしかしておまえさん泳げナインっすかー? なんてな……」

 

「……はい」

 

 おう、地雷を踏んでしまった。

 

「えと、まあなんだ、よかったら教えよう……か?」

「いいのですか?」

「流石にこの状況でそれ以外言えるほどできた人間じゃないんだが……」

 

 そう言って手を差し出す俺、まずは手を引きながら泳ぐ練習が基本だからな。

 そんな俺の気まずそうな、困ったような顔が面白かったのか

 

「ご指導ご鞭撻、よろしくです」

 

 クスリと笑いながら、不知火はその手を取った。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 まぁボルダリングの動きを察するに運動神経はいいんだろう、そう時間がかかることも無く不知火は泳げるようになった。

 強いてあったことがあるなら、途中一回おぼれかけて慌てたのか、抱きついてきたことくらいか。

 

 不知火はお礼をさせてくれと言ってきたので、じゃあジュースおごってくれという俺の言葉を聞いて、買いに行っている。

 その間、俺は自由気ままに泳いで面接に落ち続けたストレスをこれでもかと発散していたんだが、ふと、隣の競技レーンで明らかに素人じゃない速度で泳いでいた、二人組みの会話が聞こえてきた。

 

「なぁ、このジムのオーナーのこと知ってるか? なんでもすごいインストラクターで、色んなスポーツのプロ指導者のライセンスも持ってるらしいぜ、もちろん競泳も」

「マジかよ、俺たちも指導してもらえないかな!」

「ばっか、俺ら程度じゃ門前払いだよ」

「俺らより余裕ですごい選手が並んで待ってるってことか、チキショー」

 

 なんてことをしゃべりながら、出口の方へ歩いて行った。

 マジか、結構すごいジムなんだなここ。

 

 なんてことを考えてたら、不知火が戻ってきた。

 プールから上がって、設置されたベンチに座った俺の隣に、不知火がジュースを渡しながら腰を下ろす。

 

「……それで、どうして今日はここに? 職探しをがんばっていると黒潮に聞きましたが」

「お、おう……なんでお前ら姉妹のネットワークに俺の情報が流れてるんだ……」

 

 個人情報だだもれやんけ。

 いやまぁ、俺が無職なのは彼女ら姉妹の仲ではとっくに周知の事実か。

 

「まぁなんというか、十社連続でお祈りされちまってなぁ。はぁ、まったく泣きたくなるわ。時代かな、時代が悪いのかな……」

 

 情けない愚痴だとは理解してるのだが、年甲斐も無く、おまけに年下の不知火にそんな愚痴をぼろぼろとこぼしてしまう。

 不知火はそんな俺の愚痴を黙々と聞き続けてくれた。

 

 そして語り終えて一息、冷静になると恥ずかしいことをしてしまった。

 思ったより弱ってんなぁ、俺。

 

「…………弱いのね、つまらない」

「ぁあ?」

 

 おいおい、随分辛らつなことを言ってくれるな、いやまあその通りなんだが。

 大人だってしょっちゅうへこむのだ、そこまで言うこと……。

 

「そこに立ってください」

 

 なにか言ってやろうとする俺に先んじて、不知火は立ち上がって俺の前に立ち、プールサイドに立つように言う。

 お願いのような言葉でありながら、強い強制力を持つその言葉に、びびったわけではないが怖かったので、俺はしぶしぶ言う通りにする。

 

「沈め」

 

 スパァンッ!

 

「ギャーーーーー!」

 

 おっかない言葉が聞こえたと思ったら、俺は不知火の蹴りをケツにくらい、宙を舞っていた。

 なにこれ、痛くないのになんで飛んでるの、どういう技術なの!?

 なんて考えてる間に派手に着水、鼻に水が入ってツーんという感覚が襲う。

 

 おぼれそうな感覚に恐怖しながら、俺は慌ててプールサイドまで泳いで、体を預けた。

 

「ゲッホゲッホ!! な、なにしやがる!!」

「なんですか情けない!! たかが十社や二十社に蹴られたからといって、この世の終わりのような顔をして、それでも男ですか!!」

 

 あまりに強い言葉だったので、その言い方にカチンと来る。

 社会の辛さを知らんガキに言われたくねえわと、言い返してやろうとしたが。

 

「……」

 

 なんというかまぁ、俺をにらみつける不知火の目に、見間違いかもしれんが涙がにじんでるのを見てしまって、急速に頭が冷える。

 

「つまらないわね。もっと骨のある人だと思ってました!」

 

 おうおう言ってくれるじゃないの、そんな辛そうな顔しちゃってまぁ。

 どんなつもりで言ってるかは分からんが、無理してるのはわかるぞ。

 

 その様子を見て、今までの不知火の言動を思い返してみる。

 そして都合のいい妄想かもしれんが、不器用ながら精一杯俺を励まそうとしてくれてるんじゃないのかと、思っちゃったわけですわ。

 

 正しく叱るってのは、優しいやつじゃなきゃできないからな。

 

 俺はそれに言葉を返すことなく、不知火の手をひっぱる。

 不意をつけたからか、不知火をあっさりとプールに引きずり込むことに成功した。

 

「!?!?」

「おうおうじゃりん子が言ってくれるじゃねえか! このやろうこのやろう! 不器用ながらも励まそうとしてくれたのには感謝するが、ケツキックはねえだろケツキックは!! このやろうこのやろう! はははは!!」

 

 俺は照れくささを隠したくて、不知火を水の中に沈めてやろうとふざける。

 

「そんなんで、不知火は沈まないわ!!」

 

 と思ったのもつかの間、あっさりと俺の関節を固めて形勢を逆転させる不知火。

 

「フフ……不知火を怒らせたわね……!」

「おま、ば、いてえ! いてえって! ははは!!」

 

 なんだか楽しくて、笑いが止まらない俺。

 いつの間にか笑顔で俺の関節を固める不知火。

 

 周りで泳いでいた他の人間たちの、迷惑そうな視線がどこか心地よかった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「これ、貰ってもいいのか?」

「はい、構いません。できれば私がいる時に来ていただきたいですが。いえ、トラブルを避けるためにです、はい」

 

 ジムの会員証、おまけに永年フリーパスを貰ってしまった。

 もう俺は突っ込まないぞ、絶対不知火の正体とかつっこまねえからな!!

 

「まぁ、そう言うなら貰っとくわ。ありがとうな、不知火」

「……いえ、いいんですよ、提督」

 

「お前もか、お前までそう呼ぶのか……」

「ふふ、さあ、出口までお見送りしますよ」

 

 そう言って出口までゆっくり歩き、そして俺を見送ってくれる不知火。

 

「それではまた、いつでもいらっしゃってください」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

 軽く微笑みながら、どこかさびしそうに手を振る不知火に見送られて、俺は歩き始める。

 

 

 ポケットの煙草を取り出して火をつけた。

 プールで湿った肺には煙がしみるぜ。

 

 ふう。

 

 じゃあ、まあ。

 

 

 

 明日も職探しがんばりますか。

 

 

 




不知火にしゃきっとしなさいと言われながら
ぬいぬいきっく!(↙タメ↗+B)
をしてもらいたいだけの人生だった。
 


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『ホスト』と『戦艦:榛名』

 
最近なぜか株を上げつつある残念イケメンホスト回。
そして襲い来る、やさぐれ榛名というパワーワード。
 


 

「……以上が本日の予定になります社長」

「はいはい、榛名は大丈夫大丈夫ですっと」

 

 年配の女性秘書が予定表を読み上げる声が豪奢な家具で彩られた寝室に響き、それに鈴の音のなるようなりんとした声が答える。

 見ると朝日を反射するカラスの濡れ羽色の長く美しい黒髪女性が、出窓の窓枠に腰掛けながら外を眺めていた。

 

 その瞳は特になにかを見ているというわけでなく、ただ気だるげな気分を紛らわせようと外を見ているだけのようで、その美しい表情は愁いを帯び覇気がまるで感じられない様子。

 

「それと、できればそのような格好はお控えください」

 

 自らを榛名と言った戦艦の艦娘の姿は、黒と白のストライプ模様を上下そろえた下着姿で、上の下着の片方の肩紐はだらりと外れている。

 榛名は年配の女性秘書のその言葉には返事を返さず、黙って外を見続けている。

 

 反応の無い榛名の様子に、女性秘書はため息を吐くと「それではご予定に遅れませぬように」と一言述べて部屋を出て行った。

 

 女性秘書が部屋から出てしばらくたち、榛名は言葉を漏らす。

 

「毎日毎日、笑顔を振りまく仕事はもう疲れました、榛名は実は大丈夫じゃないかもしれません」

 

 榛名組のフロント企業『ハルナック』は警備会社として多くの社員(組員)を有し、その中には艦娘も多く所属している強力な企業である。

 施設や個人の警備はもとより、船舶の航行の護衛任務などの大規模な作戦行動すら可能な力を有する、ある意味金剛連合の最大戦力ともいえた。(霧島組は最強戦力)

 

 榛名はその会社のトップとして、日々様々な場所に赴いては会社の【顔】として笑顔を振りまく毎日だった。

 

 もちろん榛名自身、社内で進行しているプロジェクトや業務などは把握しているし、補佐として多くの有能な人員が支えているので問題なく会社は回っている。

 だが彼女に最も“多く”求められているのはただ、この『ハルナック』が金剛連合、そして艦娘主導によって運営されている事実を示すことだった。

 

「日々は変わらず、ただ流れていく。大儀もなく、提督もなく。あるのは姉妹と仲間への義理立てのみ。もちろんそれが嫌ではなく、されどただただ退屈な日々、なぜ榛名は生きるのでしょうか?」

 

 榛名はこのところこの手の独り言が多くなっているという自覚はあったが、毎朝の習慣となりつつあるこの独白をやめることができなかった。

 

「それを考えることに意味はありません、考えるのは無駄です。自分なりの答え? 生まれてからずっと用意されたレールに沿った生き方しかして来なかった榛名が何故答えを出せましょうか」

 

 独白を続けながら榛名は体勢を変え、ごろりと窓枠に頭を乗せ空を見上げる。

 

「型にはまった人生を退屈に生き、生き続け、やがて死ぬこと。それにどのような価値がありましょうか。価値のない人生。意思のない人生。それはまるで淡々と続く……拷問のようです」

 

 独白が終わり榛名は静かに目を閉じる、そして再び目を開くとまるでスイッチが入ったかのように、世間で出回る多くの広告

 

『貴方の安全はハルナックが守ります、勝手は許しません!!』

 

と榛名とセットになった姿で見られる、元気いっぱいの明るい表情になっていた。

 

 だけど、ほんの少し、だけど確かにその表情はどこか辛そうに見えた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 ホスト、それは夜の住人、闇夜の時間を生きる者。

 ホスト、その本質は飢えた狼、金と女性、そして名誉に飢える者。

 ホスト、しかして彼らの仕事はきらめく世界で、夢を振りまく者。

 

『艦夢守市』その歓楽街にも彼らが住まう城があった。

 

 ホストクラブ「YOKOSUKA」

 

 今日も彼らは闇夜の時を駆け、飢えを満たし、そして夢を振りまくのだった……

 

 

 

「え? 五日間も店閉めちゃうんすか?」

「……ああ、店の拡張と内装工事含めてな、個室に近いVIPルームを増やすことになったんだよ、誰かのせいでな」

 

 最近どこかやつれたように見えるホストクラブ『YOKOSUKA』の店長が、閉店後の店内でショウを含めた従業員たちに通達する。

 

 ショウ以外の従業員たちは「ああ……」と納得したようにうなずいていた。

 

「まじっすかー、飯どうしよう……比叡ちゃんに甘えるっすかねぇ…ぐふぉ? あ、アザーッス?」

 

 ショウの腹に弱弱しくパンチを打ち込む店長、ショウはなんだかちっとも痛くない店長の指導パンチにとりあえず感謝を叫ぶ。

 

「ほどほどにな……」

 

 どこか背中のすすけた店長が声をかけてその場は解散となった。

 休み中は給料は出ないが、腐っても高級クラブなので給料は悪くない。

 

 各々のホストや従業員は貯蓄でどうとでも食いつなげるのだが、ショウだけは死活問題だった。

 なぜならただでさえ少ない給料を先日、雨の日に公園で雨宿りしてたら、ホームレスが傘(ビニール)をくれたので、お礼に財布の中身を全部あげてしまったからである。

 

 ショウさんホスト向いてないっすよ。(涙目ゴシゴシ)

 

 そんなわけで給料日までの一週間を店のあまり物でなんとか食いつなごうと考えていたショウは、これからの一週間をどう乗り切るか切実な危機に直面していた。

 

「ひっさびさにあれで稼ぐしかないかぁ」

 

 ショウはそうつぶやき、徒歩で住んでいる築五十年超えのぼろアパートに戻る。

 カンカンと音を鳴らしながら二階へと続く、歩くたびに塗装がはがれて落ちる錆びた階段を上り鍵のかかってないドアを開けた。

 昔は鍵をかけてたのだが、軽い衝撃でも簡単に鍵がガチャリと開いてしまうようなどうしようもないドアのため、以来鍵はかけなくなっていた。

 

 ドアを開けて直ぐの狭いキッチンとトイレがある通路を抜け、四畳半の部屋に入る。

 狭い室内には布団とカラーボックスの棚、そしてゴミ捨て場から拾ってきた丸テーブル以外に家具はなく、雑誌やら整髪料やら脱ぎ散らかされた衣服が乱雑に散らばった床、典型的な男の部屋だ。

 ショウはその部屋の一角にある押入れの中からギターケースを取り出した。

 

 ケースを開けると、古びたアコースティックギターが姿を現す。

 

「久々に俺のライブの幕が開くぜぇ!」

 

 ジャジャーンとギターを搔き鳴らすと、チューニングされていない間抜けな音が返って来る。

 その音を聞いて深夜の仕事で疲れて寝ていたとなりの住人が壁ドンした。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 警備会社ハルナック本社ビルの最上階社長室、そこに榛名は居た。

 

「はぁ、あちらの国のファミリーが、うちの島で戦争を起こそうとしている?」

 

『今比叡に探らせてるけど、ここ最近うちへ国籍不明の傭兵の流入が確認されてる以上、その可能性は高いわ』

 

 大きな机に置かれた電話、そこからから伸びる受話器をもちながら金剛からの電話に返事を返す榛名。

 

『ただ相手はウチじゃないわね。兵隊山ほど飼ってる連中が、自分の所以外の兵隊を使う時は大体身内を手に掛ける時よ。恐らく向こうのファミリーはドン・リベッチオに手を出す気よ』

 

「しかしあの方は引退して、提督を探すために今では細々とお店をやっておられるだけなのでしょう?」

 

--------------------

 ドン・リベッチオ

 

 かつてかの国にあった全てのファミリーを一代でまとめた艦娘

 

 駆逐艦の艦娘でありながら、コミュニケーションで殺し合いをするようなかの国で、抗争を収めるために立ち上がった常夏の少女。

 数多くの組織を力で、時に愛で隷下にくわえ、ついにはかの国でもっとも強大な組織

 

 リットリオファミリー、ローマファミリー

 

 この二つを和解させ、長らく平和を築いたゴッド・マザー。

 

 引退した今では、かつての戦いの日々は忘れ、ひっそりとこの艦夢守市で提督を探すためイタリア料理店を営んでいる。

--------------------

 

『トロフィーとしての価値を求めているのかも知れないわね』

「……愚かですね」

『まぁ、あいつらがどこで殺し合おうと勝手だけど、うちにきちんと義理立てしてるドン・リベッチオを、うちの島でやるなんていう舐めたまねをするっていうなら黙っておけないわ。そして恐らく最後はリットリオとローマが出てくる』

 

 そうなれば人間の兵隊では役に立たない、艦娘に勝てるのは艦娘だけだ。

 

 榛名が最も【多く】求められているのは顔を売ること。

 しかし最も【強く】求められているのは……

 

『と、いうわけで榛名、近々出番があるかもしれないわ』

「はい、勝手は榛名が許しません」

 

 

『戦闘人形』と呼ばれるほどの強さを持った今代の榛名。

 

 金剛が下命し

 比叡が調べ

 霧島が切り込み

 榛名が殲滅する

 

 もっとも多くの血を浴びる任を担うのが彼女である。

 

「勝手は榛名が許しません」

 

 その言葉を三回続けて呟いた時、その場で生き残れる者は彼女以外誰もいない。

 

 それは儀式。

 或いは様式。

 

 美学めいた段階を追って、意識が切り替わる。

 やさしげな大和撫子から非情な夜叉羅刹へと。

 

 

 金剛からの電話を切り、ゆっくりと立ち上がる榛名。

 

 ふと、自分の身長よりも高い、部屋の一面のガラス窓に映る自分の姿が目に入った。

 

 その服装は、かつての大戦で彼女たち金剛型が身につけていた巫女服のような戦装束、ある程度特別な会議や要人と会うときは、彼女はこの衣装を身にまとうようにしている。

 

(まるでお飾りの人形のよう……)

 

 若い霧島や比叡はわからないが、自分は金剛姉さまと一緒で提督を探すことは疾うに諦めている。

 

 今の自分にできるのはただ意味のない戦いで、意味の無い力を振るうことのみ。

 

 ……なんと無意味なことか。

 

 なぜこんな強大な力を持って生まれてしまったのか、艦娘としての居場所は確かにあるかもしれない、いろんな方が尽力してくれたお陰で。

 

 でも、言い換えればもはやこの世界では、自分のような壊れた力を持った艦娘の居場所など……

 そしてもし提督と出会えたとしても、そんな艦娘を率いることになる提督の居場所など無いだろうに……。

 

 むなしく自分の姿を見ていると、ふと自社のビルの正面門の付近に変わった動きをするなにか。

 

「あれはなんでしょうか?」

 

 艦娘の視力でなければ把握できないような距離に、目を引く動きをするなにかの姿が見える。

 スーツ姿でもなく、かといってなにかの作業員というわけでもない。少なくとも働くものの格好ではない。

 ギターを搔き鳴らし歌い続ける男を榛名はじっと見つめている。

 

「ああ、昨日からこの辺でうろついている路上ミュージシャンというやつですね」

 

 榛名に侍る様にその部屋で仕事をしていた老年の女性秘書が報告する。

 二代の『榛名』に仕えている彼女がどれだけ信用されているのかは、金剛との会話を同じ部屋で聞いても許されていることから察せられた。

 

「警備部から連絡がありましたが、特に害がないようなので放っているようです。それよりも社長、この後の会議の件なのですが……社長?」

 

 こちらを振り向かず、じっと外を見続ける榛名。

 その様子に、ここ最近の業務に気の入っていない榛名の様子も含めて、少し気になっていた秘書は強い言葉を投げかける。

 

 無礼であるのは承知である、だが言わねばならない忠言でもあった。

 

「社長しっかりなさってください! 貴方はわが社の、そしてそこに働くものたち全員の道しるべとなるべき方なのですよ。このところ業務に気が入っておられないのは存じておりますが……」

 

 その言葉が引き金になったのかはわからない。

 だが気がつけば榛名は、秘書を押しのけ走り出していた。

 

「だ、誰か社長をお引き止めして!」

 

 後ろから聞こえる声を振りきり、非常階段を文字通り飛び降りる。

 とてもではないが普通の人間が追いつけるような速度ではなく、追ってきていた警備員や社員たちはあっという間に引き離されていく。

 

 やがて外に出て、目的の場所に到着した榛名は見た。

 

 

 

 そこにある、地上の太陽を。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ホスト』と『戦艦:榛名』

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の手で切り開く、俺の手で掴み取る、俺の手で作り上げる、それは俺のキングダムだぜ♪」

 

 無駄にポジティブなワードを並べまくった歌が、平日昼間のビジネス街に響き渡る。

 さんさんと太陽光が降り注ぐ中、汗をかきながらショウはとある大きなビルの前のストリートで歌っていた。

 

 そんなショウをちらりと横目で見ながら、行きかうビジネスマンたちは足早で通り過ぎていく、なんというか明らかに歌う場所も時間も間違えていた。

 ショウの前に置かれた空のギターケースには、一円玉が数枚しかない。ショウのなけなしの見せ金である。

 

 ストリートライブを始めて早二日目、実入りは悪い。

 ぶっちゃけショウ的には百円でも入ればもやしが買えるので、一縷の望みをかけて熱唱を続けていたのだが、世間の風は冷たかった。

 

 いや、実は何人か聞きたいなと思ってる人は居たかもしれないが、足を止めて聞いてしまうと仕事に支障をきたすし、なんというか、青い希望に溢れた歌の内容はどうにも疲れた社会人には重過ぎる内容だった。

 多分上司にラリアットするテーマや、駆逐艦は最高だぜのテーマ、あと出張に使うク○カードつき宿泊プランはすばらしいをテーマに歌ったりしたら思わず共感して足を止めてしまう人も多いと思ったりする。

 

 しかしそんなことはお構い無しに、ショウは歌い続ける。

 

「有名な誰かが言った言葉、頭のいい誰かが書いた言葉、そんなものは俺には響かねえ♪知らない誰かの言葉より、俺は俺の言葉が聞きたい♪だから歌う、俺は歌う、誰かのためじゃなく~俺は俺のために歌うッ♪」

 

 間違ってない、今日の食費を稼ぐためにショウは歌ってる。

 やがて曲を歌い終えたショウは、ポツリとつぶやいた。

 

「もしかして場所が悪いんすかね?」

 

 遅い、気が付くのが遅いよショウさん、時間と場所をわきまえなよ。

 

 しかしポジティブしんきんぐなショウは、そうと決まればとギターをしまって場所を変えようと歩き出す、と

 

「あっ、あの……」

 

 そんなショウに声をかける存在、ショウが振り向くとそこにはなにやら巫女服のような格好をした長い黒髪の女性、榛名である。

 ショウはなんとなくコスプレに挑戦したどっかのお嬢様という印象を抱いた。

 

 なにかを伝えようと必死に言葉を探すも、なにを言ったらいいのかわから無い榛名。

 そんな榛名の姿と、後ろから何人ものスーツ姿の男たちが走ってくるのを見て、ショウはなんとなく別の方向に勘違いを膨らませた。

 

「なんだ、お嬢さん追われてるんすか、よっしこっちっすよ!」

 

 ショウは呆然としていた榛名の手を取り走り出す。

 そして路肩に止めてあったおんぼろスクーターの後ろに榛名を座らせ、一つしかないヘルメットを榛名にかぶせる。

 

「ほい、ついでにこれも担いで」

 

 ショウはそういって榛名にギターケースを背負わせると、スクーター急発進させた。

 後ろからは榛名を呼ぶ声、それに対してショウが、

 

「はっはっはっは! この支配からの卒業っすよ!!」

 

 と、それっぽい青春のワンフレーズ溢れる捨て台詞を叫ぶ。

 追いかけてきていた男たちがあっという間に見えなくなった。

 

 ここまでなすがままショウに引っ張られていた榛名が、始めて大声を上げる。

 

「あ、あの、どこに行くのですか!?」

 

 風にまぎれて消えてしまわないよう、自分の出せる一番大きな声をあげる榛名。

 

「ここじゃないどこかっすよ!」

「どこかって……どこに行っても、榛名の、榛名の居場所はこの世界のどこにも……」

「なーに青いこといってんすか! 居場所が無きゃ自分で掴み取るんすよ! まぁ俺もまだまだ半端もんで職場じゃ味噌っかす扱いっすけどね!」

「それで貴方は……貴方は幸せなのですか?」

 

 彼女は思った、自分はいったいどうしてこんなことを聞いてしまったのか、でも聞かずにはいられなかった。

 空虚な退屈が続く日々、色あせた世界。この本来の意義無き戦いのない世界で自分と、そして提督の居場所はあるのだろうかと。

 

「ああ? 最高っすよ! 晴れた空、よく走るバイク、後ろには美女! こんな人生誰かに味合わせてあげたいくらいっす!」

 

 ショウはそんな不安に満ちた榛名に向かって、なに一つ迷いの無い笑顔を浮かべながら負けじと大声をあげる。

 その言葉を聞いて榛名の心の中にあった不安は、あふれ出んばかりの幸福によってあっさりと塗りつぶされてしまった。

 

「榛名もです提督!!」

 

 ショウにしがみつきながら涙を流し、何度も「榛名は大丈夫です!」と叫びながら笑顔を浮かべる榛名。

 

 

「榛名は大丈夫です!」

 

 その言葉を三回続けて叫ぶ時、その場で彼女に魅了されない物は彼女以外誰もいない。

 

 それは儀式。

 或いは様式。

 

 美学めいた段階を追って、意識が切り替わる。

 

 存在することに疲れ果てた哀れな戦闘人形から。

 咲き誇る愛に満ちたやさしげな大和撫子へと。

 

 

 定員オーバーのスクーターが、ブスンブスンと抗議するように音を鳴らした。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「へー、榛名ちゃんっていうんすか、いい名前っすね」

「へへへ、ありがとうございます提督!」

 

 社長とホストが並んで、立ち食いそば屋でたぬきそばを食べていた。ちなみに券売機で食券を買ったのは榛名である。

 券売機の使い方が解らなかった榛名は、ショウに買い方を教えてもらいながら、面白がって何枚も券を買っておばちゃんに怒られてしまった。

 

 ちなみになぜか返金はできないとのことだったので、余った食券はショウが全部貰うこととなり、結果的にショウの数日間の食料は無事確保された。(結果オーライ)

 

「そういやさっきから気になってたけど、その提督ってなに?」

「提督は提督です! 私たち艦娘にとって無くてはならない人です!」

「へー、そうなんすか」

 

 カンムスってなんだろう、よくわからなかったのでショウは考えることをやめた。

 

 それよりも問題なのは、面白がって榛名がたぬきそばに七味を大量に振りかけていることだ。慌ててショウが止めに入るも時すでに遅く、いつの間にかたぬきそばが赤いたぬきになってしまっていた。

 

「あーあー、榛名ちゃん。それぜってー辛いっすよ」

「いえ、榛名は大丈夫です!」

 

 そう言って自信満々にたぬきそばを上品にフーフーとすする榛名、しかし案の定あまりの辛さに箸を落として口を押さえてしまった。

 

「ほらいわんこっちゃ無い、水っすよ」

 

 見越してセルフの水を汲んできたショウが榛名に水を手渡す、榛名は慌ててその水を受け取るとごくごくと飲み干した。

 

「……大丈夫じゃありませんでしたぁ」

「そりゃそんだけかけりゃね」

 

 そういってさらっとショウは榛名のどんぶりと自分のどんぶりを交換する。

 あっ、と榛名が止める前に、ショウは榛名のそばをすすり始め「カラァアアアイ!」と叫び声をあげる。

 榛名は慌てて慣れない手つきでセルフサービスの水を汲み、ショウに差し出した。

 ショウはその水を受け取り、ごくごくと飲み干す。

 

 やがて二人はどちらともなく見詰め合って、そして同時に笑い出した。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ホントにここでいいんすか?」

「はい! ありがとうございました!」

 

 ショウが榛名を降ろしたのは、先ほど逃げ出したビルの前だ。

 ならいんすけど、と、榛名がかぶっていたヘルメットを受け取り、かぶるショウ。

 

「また、お会いできますでしょうか?」

「おーっと、そういえば榛名ちゃんに渡しとかなきゃならないものがあったっすよ!」

 

 そういって懐から名刺を取り出し渡すショウ。

 

「ほすと……倶楽部ですか?」

「いえーっす! 俺と楽しくお酒が飲めてお話できる最高の場所さ! 今はまだ改装中っすけど、明々後日にはリニューアルオープンするからよかったら来てね☆」

「ショウさんと、お酒を飲みながらお話……行きます! 榛名、絶対行きます!」

「待ってるっすよ!」

 

 そう言い残し、走り出したショウの後姿を、榛名はその姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 やがて、会社に戻った榛名は秘書や部下たちに頭を下げて謝罪を述べながら

 

「榛名はもう大丈夫です!」

 

 と朗らかに告げる。

 

 その笑顔はかつて大戦中の榛名が見せていたそれと、いや、それ以上に周りを魅了する明るく美しい生気に満ち溢れたものだった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 その日、色々なことが起きた。

 

 まず霧島が、「マイクチェックの時間だオラァアアア!!」と叫んだ。

 改装工事も含めて一週間以上補充できなかった提督養分(学名:テイトクニウム)が切れてしまったのだ。

 そして体と心が養分を求め、仕事を投げ出し盗んだバイク(組員の私物)でショウのホストクラブに走り出した。

 

 そして比叡がホストクラブが改装中に急ぎで組み込んだ海外出張から帰り、出張中の報告受けるも、提督養分(商品名:テイトクニウム)を一刻でも早く補給しようと霧島の予定だけ確認し終えると、そのまま倉庫にあったトラック(デコトラ)で走り出した。

 故に報告の中身の榛名がホストクラブに通いだしたことを聞き流してしまった。

 

 最後に榛名、数日前からショウの居るホストクラブに通いだしどっぷりはまってしまい、今日なんかはシャンパンタワーの予約まで入れてしまった。

 普通は秘書たちが止めそうなものなのだが、ここ数日の榛名のいい方向への変わりように、まあそれで榛名が精力的に仕事に励んでくれるならと見逃していた。

 

 

 ちなみに、ショウの予約で取られたシャンパンタワーの予約を掠め取ろうとしたナンバーワンホストだったが、予約名簿の『榛名』の文字を見た瞬間、とてもとても嫌な予感がした。

 

 なのでむしろ掠め取るどころか、ショウのためにバックダンス役に名乗りを上げ、更にショウにはシャンパンコールのいろはまで教えてくれた。

 

 さすがナンバーワンホスト、恩を売る相手を間違えない。

 

 

 そんなわけで当日。

 

 ホストクラブの店内に響き渡るショウのシャンパンコール。

 

 

「こちらのぉおおお! お嬢様、榛名ちゃんに! シャンパンタワー! いただきましたあああ!」

 

「え、榛名?」

「え、榛名?」

 

 思わずカーテンで区切られた個室から出る霧島と比叡、そしてその二人と目が合う榛名。

 

 

 

 時が止まった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 ホストクラブからの帰りの車の中、後部座席に金剛姉妹の三人並んで座る車内に重い沈黙が流れる。

 正確には愛しさと切なさと心強さでコーティングされ、その中に殺害と覚悟と嫉妬強さが詰まった感じだけど、やっぱりその中に愛しさと切なさと心づry

 

 自分たちの愛する姉妹の提督が見つかってとても喜ばしい、が、まさか同じ提督だなんて……ありゃわしの提督じゃけえのぉ。が奇妙に混在する重い空気とでも思っていただきたい。

 

 ちなみ座席は【窓 比叡 榛名 霧島 窓】

 

「あの、二人はいつから……」

「……私は、三週間ほど前から」

 

 恐る恐る榛名が切り出し、まず霧島が窓の外に目を向けながら答える。

 

「私は霧島がホスト通いを始めたという報告を受けて、二週間ほど前からよ」

 

 続いて気まずそうに比叡が反対側の窓に目を向けながら答える。

 

「榛名は数日ほど前から、その、すみませんどうしてもショウさん、提督と二人っきりでお話しする甘い時間を楽しんで居たくて」

 

「わかるわ」

「わかるわ」

 

 ほぼ同時に同意を示す比叡と霧島、さすが姉妹。

 しばしの沈黙の後、再び榛名が口を開く。

 

「……次の茶会で、金剛お姉さまに報告しないわけにはいかないですよね。その、そうなるとどうなるのでしょうか?」

 

 三人が適合した以上、ショウに金剛型の適性があるのは明らかだった。

 問題は金剛型の適性を持った提督という前例が無いことだ。艦娘の中でもかなりの権力を持つ金剛型の艦娘。その提督ともなれば集まる権力は正直想像もつかない。 

 

 一応、提督を見つけた場合の推奨方針もあるにはあるのだが、それは金剛型の誰か一人の提督が見つかった場合の緩やかな引継ぎマニュアルのようなものでしかない。

 

 でも正直、三人はショウが権力をもっても全然今と変わらないと、なぜか確たる自信があった。

 それはいい、それはいいのだ。だが、あの『最凶』の金剛姉さまが提督を見つけてしまった場合のことを考えると、いろいろと予測できるような予測できないような、三人はなんともいえない気持ちに包まれる。

 

 無論、『最凶』の金剛のことを考えれば一刻でも早く、直ぐにでもこのことを教えたい気持ちもある、が……。

 

 最悪の事態が想定されるとなった場合、私たちは金剛姉さまを……。

 

 …………。

 

『はぁ……』

 

 そして同時にため息をつき、もうちょっとだけ黙ってることにしちゃう?

 と最終的に家に着く頃にはなにも言わず、そんな感じの空気になっていた。

 

 

 ……なにかのカウントダウンが進んだ音がした。

 

 

 だがそれはまだ先の話、まだ。(近日)

 

 

 

 ちなみに榛名の正体に気が付いてしまった店長は、店のトイレから四時間出てこなかった。

 

 

 




やさぐれ榛名というパワーワードを超える。
ドン・リベッチオというパワーワード。
 
あと、陸上での艦娘の戦闘能力は超強いとしか決めてないです。

金剛連合会 純粋戦闘力の目安
金剛単独>グランドキャニオン>【榛名組>霧島組>比叡組】
 

※ドンは男性に対する尊称で女性の場合ドナ又はドーニャになりますが、正直『ドン・リベッチオ』の一目で伝わるインパクトが薄れちゃうので、ドン・リベッチオで突っ切ります、ご容赦ください。
 


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『無職男』と『駆逐艦:萩風』

 
無職の話は今後増えるかもしれない、だって数がその……。
あと大事なことだけど萩風はかわいい。
 


 

 

 

 無職にむにゃ……。

 

 

 

 午前七時。

 

 

 

 デデデン!! デデデデ♪ デデデ~バンッ!!

 

 はかっていたかのように、『加賀岬』が聞こえてきた。

 

 イントロが流れる目覚まし時計を止め、体を起こす作業に移行する。

 どうでもいいがこの目覚ましちゃんと歌声まで入ってるんだろうか?

 

 デデデン!!

 

 が聞こえた段階で、目が覚めてしまう俺には永遠の謎だ。

 どうでもいい謎だが。

 

 まぁその目覚ましのお陰で、今日もまた無事に起きることができた。

 ちなみに今日は陽炎たちと野球をする日だ、バイト代に目がくらんで今日も審判を引き受ける予定、やっぱ無職って辛いな。

 

 うぐ、起きたばかりのせいで涙が少し、頭もぼんやりとしてる、シャワーでも浴びるか。

 

 風呂から上がって全裸で一服、煙を肺に入れてようやく頭がしゃきっとした。

 適当に身支度を終えて外に出る、待ち合わせ時間はまだ先だがたまには散歩しながらのんびり朝飯でも食うとしよう。

 

 歩きながら食えるのがいいな、パン屋にでも行ってパンでも買うか。

 うまくいけば焼きたてのメロンパンにでもありつけるかもしれん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』と『駆逐艦:萩風』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メロンパン。おれの、メロンパン」

 

 

 とんびに、メロンパン、とられた。

 

 

 ちょうど焼きあがったところのメロンパンを無事買えた俺が、ウッキウッキしながらどこで食べようかと歩いていたら、なんかちっちゃい小人みたいなのが背に乗ってるように見えた巨大な鳥類にメロンパンとられた。

 

 あまりに衝撃的すぎて、なにもできなかった。

 

 

「メロンパン。おれの、メロンパン」ってボソボソ言うしか

 

 

 ……できなかった。

 

 

 というか冷静に振り返って見てみたら、最近の俺の運の悪さは酷いものがある。

 

 ラリアット退職 → お祈りフルコンボ → トンビにメロンパン。

 

 次の厄年はまだ先だぞおい。

 俺は、貝になりたい。

 

 気がする。

 

 

「あ、あの!」

 

 

 そんな絶望で立ち尽くす俺に向かって話しかける誰かの声。

 

 振り向くと、陽炎姉妹たちの中では比較的年上に見える長く濃い紫の髪の少女がいた。

 秋空の朝日に照らされた長い髪が、キラキラと輝いてまぶしい。

 なんていうかあれだな、クラスで比較的上位カーストにいそうな、控えめだけどちゃんとおしゃれして周りと合わせて活動できる社交的なタイプ。

 

「おお、えーっと。陽炎姉妹シリーズの……」

「は、萩風(はぎかぜ)です!!」

 

 ふんす! というように両腕で胸を寄せながら、身を乗り出して俺に自己紹介する萩風。

 結構おっぱいあるな、この子。

 

「あの、どうされたのですか?」

「いや、そのな。朝飯にメロンパンを外で食おうかと思って歩いていたら、トンビにパンを持っていかれてしまった」

 

 冷静に言葉にするとマヌケすぎる。

 

「さっきの光景はそういうことだったんですが……それで、あの、メロンパン以外の朝ご飯、ちゃんと食べられましたか?」

「見られていたのか、泣きたい……まぁメロンパンが朝飯だったんだ、察してくれ……」

 

 ぱぁっと笑顔になる萩風、「早起きは三文の得だった、うんうん、三文どころじゃない……」とかブツブツ言ってる。

 

 

 なんなの君ら、俺の不幸そんなにうれしいの?

 

 

「あ、あの。でしたら私、集合の時間まで漁港に行って鮮魚を食べて、ヘクセン七階にて開催中の『北の国展』で北の海幸山幸を食べようかと思ってたんです! よ、よろしければご一緒しませんか?」

 

 ああ、朝飯の連れ添いが欲しかったのか、てかなにその具体的過ぎる朝食プラン、朝からリッチすぎだろオイ。

 

 だが陽炎たちとの約束は十三時、今八時だからまあ余裕か。

 

「そうするか、流石になにも食わずに肉体労働(野球の審判)は勘弁願いたいからな」

「じゃあ行きましょう!」

 

 そう言って萩風は俺の手を取り、早足で歩き出す。

 もう慣れたけど、君らやっぱ人の手をつかんで引っ張るの好きね。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 艦夢守市東南部の漁港へ、歩いて行く。

 俺の手を引きながら歩く萩風はやたらご機嫌で、鼻歌なんぞも歌ってる。

 

 上空に、海のほうから飛んできた早朝便の特殊大型飛行艇が見えた。

 

 やがて飛行艇が俺たちのはるか真上を通り過ぎる。

 重低音が響いて朝の空を斬り裂いて飛ぶ、あれは帝国からの船っぽいな。

 遠めから見ても黄金色でかなり立派に見えるので、皇女専用機かもしれん。

 

 やがて、漁港に近づき潮のにおいに包まれる。

 

 活気のある港、地元客や観光客、漁師、そこで働く様々な人の声が響いてきた。

 

 萩風は心なしか生き生きとして見える、海が好きなのだろうか。

 おしゃれに気を使ってそうだから、潮の香りが付くのとか嫌がりそうに見えるが。

 

 漁業組合直営の食堂で朝食を摂ることにする。

 二階に上がると、意外と混雑していた。

 

 俺はアジフライ定食を注文、萩風はオニオンブレッドとマグロのカツレットとアジのカルパッチョを注文する。

 運ばれてくる料理、ああ、こういう朝飯はほんと久しぶりだわ。

 新鮮な海の幸を堪能する、せっかくなら生魚もチョイスすべきだったか、勿体無いことをした。

 まぁ浅漬けも味噌汁もうまい、それだけでもありがたいか。

 

 なんというか、久しぶりすぎるまともな食事な気がして、体が『これこれ、こういうの欲しかった』って言ってる気がするわ。

 

「わぁ、美味しそう……はむっ!? これ美味しいです!」

 

 おうおう、随分おいしそうに食べるな、両手でほっぺ支える仕草とか、可愛すぎるだろ。

 なんて思いながら見てたら、俺の視線に気づいた萩風が箸でカルパッチョを一切れはさんで俺の前に差し出してきた。

 

「あ、ていと……おにいさんもどうぞ。あーん♪」

「……」

 

 差し出されるアジのカルパッチョ。

 

 

 ……おい、マジか。

 

 

 確かに生魚食いたいと思いはしたが、こういうシチュエーションでか。

 ここ最近一気に青春時代取り戻してる気がするんだが、なんなんだろうかこの遅咲きの青春は。

 

 よくわからん感情をかみ締めながら、差し出されたアジのカルパッチョにかぶりつく。

 

 うまし

 

 とどめに近場の牧場直送の低温殺菌牛乳を選び、海の見えるデッキに出て萩風と並んで飲む、朝日がまぶしいぜ。

 

 無論、腰に手を当てて。

 

 傍から見るとオヤジ丸出しである。

 でも萩風も恥ずかしがりながら同じポーズで飲んでくれてた。

 

 マジで付き合いいいなこの子。

 

 こんな俺に付き合ってくれたお礼に、料金は俺がおごることにした。

 萩風は散々遠慮したが、年下に払わせられるかと押し切る。

 

 正直、あの貝になりたいレベルだった俺のメンタルを救ってくれた。

 そのことを考えれば安いものである。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 その後、市街地に張り巡らされた路面電車を使って、次の目的地の駅舎直結型商業施設のヘクセンに向かう。

 

 駅ビル『ヘクセン』。

 

 この駅ビルは数年前に改築されて地下三階、地上は七階。

 地元百貨店も一部入っている、その規模は都会の大型商業施設クラスだとかなんとかかんとか。

 

「ここ来るの久しぶりだな、できたばっかりの時に一回来たきりだわ」

「そうなんですか?」

 

 こてんと首をかしげる萩風、可愛いなおい。

 

「こんな所で買い物なんざしないからなぁ」

「買い物施設以外にも映画館群や、飲食店も充実してて。あっ、最上階の七階には市の艦娘課があって、直ぐそこにある市役所の面々からは『新店』と呼ばれているんです。『本店』とは特別仲が悪い訳でもないんですが、潜在的競争意識は意外と強いんですよね~」

 

 やたら饒舌に、ぺらぺらと愚痴をこぼすように話す萩風。

 ははは、まるで関係者みたいだな。

 

「あとは……その、結婚相談所、結婚式場案内所なんかも」

「……」

 

 うわー、それこそ一ミリも関わりが無いぞ。

 

 でもなぜか上目遣いで恥ずかしそうにこっちを見てくる萩風はほほえましかった。

 

 ああ、結婚を夢見るタイプか……

 

 

 ヘクセンに入り、まず地下一階へ降りる。

 

 広い地下フロアには駅弁、お土産物、名菓、惣菜、パン屋、和菓子屋、ケーキ屋、物販、飲食店他にも沢山のものを売る店が。

 

 よくもまあこんなに詰め込んだもんだ。 

 

 とりあえず目に付いた豚まん、赤福、特産うどん、上方ラーメン、お好み焼き、たこ焼きの店などをくるくる回る。

 

 こんなにも沢山の食べ物が並んでいると、見ているだけでも楽しいもんだな。

 

 

 ちなみに萩風は途中の食材コーナーを見て

 

「麦ご飯用の麦まだあったかな」

「明日の野菜のお浸しどの野菜にしよう」

「牛蒡とお豆腐のお味噌汁にしようかな……」

 

 なんてことをブツブツとつぶやいていたので。

 

「えらい健康的なメニューだな、カレーのルーで食事を済ますのが多い俺には眩しいわ」

 

 と言ったところ。

 

「だ、駄目ですレトルトなんて!! そうだ、よかったら今度お料理を差し入れさせていただきます。人参に牛蒡に蓮根、自然薯と蒟蒻なんかを入れた特製根菜カレーです、健康にもいいんですよ!」

 

 などとやたら気合を入れてぐぐいと押して来た。

 やばい、この子健康マニアだわ。

 

 家庭的な感じ溢れる女学生に料理を差し入れてもらうなんていうイベントに惹かれるものはあったが、いかんせん健康信仰に汚染されるのは避けたかったので、なんやかんやと言って断る。

 

「ご迷惑をおかけしてすみません、 萩風、少し下がらせていただきます……」

 

 どこに下がるというのだろうか、というかそんな落ち込まんでも。

 

 どん底みたいなオーラを放つ萩風をなんとかしようと、目に付いた特産コーナーにはいる。

 

 二つのリンゴ特産地域と魚介類特産地域が合弁事業展開している『しんえつ』というコーナーらしい。

 その場で作ってくれる搾りたての林檎ジュースを飲み、やたら香り高い笹団子を食べた。

 

 リンゴジュース美味いな、でかい瓶で買っていくか、野球終わったら陽炎たちと飲もう。

 

 

 

 健康的なリンゴジュースを飲んでテンションが戻った萩風に連れられて、場所を移動。

 お目当ては七階で行われている、北国の物産展だったっけか。

 

 移動途中でどっかで見たことのある少年を脇に抱えて走る、おしゃれな服を着たツインテールの女とすれ違う、姉弟だろうか。

 

「ツインテールか……」

 

 あの髪型ができるギリギリの年齢な感じもするが、無駄に似合っていたな。

 

 ぼけッと走り去るのを見ていたら、萩風がクイクイと袖を引っ張ってきた。

 見ると萩風が両手で髪を左右に分けてくいっと握り、ポーズを取る。

 

 なんなの、そのツインテールできますよアピール。

 

 

 七階に到着、フロアは大盛況だ。

 老若男女、多くの人がそこにいる。

 

 人生交錯点だな、ここは。

 

 頭上を見上げると『北の国展』という看板。

 近くには小さく設けられた展示スペースがあり

 

『失われた北海道、過去の食事の再現』

 

 と銘打ったポスターが目に入った。

 

 北海道ってなんだっけ、大昔の国名か、地名だっけか。

 

「しかしすごい人だな、全部見て回るのは骨が折れそうだ、適当にちょいちょいと……」

「なに言ってるんですが! せっかくきたんだから全部回りますよ!」

 

 え? マジでいってんのか……。

 

「うへぇ、お手柔らかにな」

 

 そして俺の手を引っ張って人並みに突入する萩風。

 チカラ強いっすね。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 ほ、本気で全部まわらさせられた。

 若いってステキやな(荒い呼吸)

 

 時間は十一時すぎ、さっき食ったばかりではあるが、そろそろ昼の時間だ。

 軽くなにか腹に入れておきたい、なにを食べよう、てか休みたい。

 

「付き合っていただきありがとうございます!! お礼というわけではないですが、もし萩風にできることがあったら言ってくださいね。頑張ります!!」

 

 元気だね、若いもんは……。

 

 ふと美味そうなにおいを漂わせてきた店に目が行く。

 北国の餡掛け焼きそばが食べられる仮設店舗だ。

 

「あれ食べたい」

「いいですね! 直ぐ買ってきます!!」

 

 やたらと密着してくる萩風と共に、持ち帰りのパックを買って屋上に移動することにした。

 

 

 屋上に到着、人はあまり多くなかった。

 景色を見渡せる休憩スペースを見つけて、そこに萩風と並んで腰掛ける。

 

「よっこらせっくす」

「よ、よっこらせっ……く……」

「真似せんでよろしい」

 

 悪影響を与えてしまった、流石にそろそろやめるかこれ。

 

「はいどうぞ! めしあがれ♪」

「おー、わるいな」

 

 パックをあけて差し出してくれる萩風、受け取った後にわざわざ割り箸も割って差し出してくれた、気がきくな。

 

 二人でもそもそとあんかけ焼きそばを食う、いい景色だ。

 ここはいいところだな、ほんと。

 

 ここでは……。

 

「おにいさんは!」

「ん?」

 

 思考を遮る様な声にはっとなって隣を見る。

 隣の萩風が食べるのをやめて、こちらを見つめていた。

 

 無言で少し見つめあう、こいつきれいな顔してんな。

 少し間を置いて、何処かためらうような感じで萩風は話し出した。

 

「おにいさんは“外地”からこられたんですよね?」

「あれ、言ったっけかそのこと? まぁ言うとおり、出身は艦夢守市の外だよ」

 

 今ではもう慣れたが、当時ここに来たばかりの頃は『外地』『内地』という言葉がなんなのかと首をかしげた記憶がある。

 来るときは橋で繋がってるもんだから気がつかなかったけど、ここは一応島だからそういういい方が定着したのかもしれん。

 

 普段は島全域を指して艦夢守市とか艦夢守島っていい方しかしたこと無いけど、一応大昔からの島の名前もあったよな、あわ、あわし……なんだっけか?

 

「あ、やっぱりそうなんですか……私って内地から出たこと無くて。あの、ご迷惑じゃなければここに来るまで、どんな人生を歩んでこられたかお聞きしてもいいですか?」

 

「どんなって、別に普通だよ。普通に生まれて普通に学校行って、普通のバイトして、普通にここに来て就職しただけだ。そして普通にラリアッ……なんでもない」

 

 ありふれた男の人生だ。

 ラリアットして仕事クビになった以外……。

 

 自分のことながら間抜けすぎる。

 

「その、でしたらおにいさんは、私たちについてどう思っておられますか?」

「お前たちって、陽炎姉妹のことか?」

 

「はい……」

 

「まぁ色々隠したいこと(家族問題)があるんだろうなとは薄々感じてるが」

「あはは、やっぱり(艦娘だって)わかってたんですか」

 

 姉妹二十人とかどう考えてもその、な。

 

「でも陽炎とか自分から言い出さないあたり、色々事情があるんだろ。別に気にしてないからそう神経質にならんでいいぞ」

「はい、ありがとうございます……」

 

 何処かさびしそうにうつむく萩風。

 俺がこの頃ってどんなことで悩んでたっけかなぁ、思いだせん。

 

「まぁ色々悩みはあるだろうし、俺にはわからんつらいこともあるだろうけどさ、“まだ若い”んだし楽しんで生きるほうがいいぞ」

「え?」

 

 ぽかんとした顔をする萩風、どれ、一つ年長者のアドバイスでもくれてやるか。

 

「あと説教くさいかもしれんが“若い学生のうち”しかできないことは今のうちにやっとけ、年とってからだとできないことが一杯あるからな」

「あっ、やだ、私ったら…あ……はい……」

 

 ものすっごくばつが悪そうに、目を逸らす萩風。

 なんやのん君。

 

 え、なに、俺もしかして滑ったのか?

 

「あれだ、まぁ、若もんに付き合うくらいどってことないからさ、なにかあったら話くらいはいつでも聞いてやるよ、萩風」

 

 滑った恥ずかしさを隠すのを兼ねて、元気付けてやろうとおしゃれに整えられた髪をぐしゃぐしゃっと撫でてやる。

 嫌がるだろうがまあ落ち込んでるよりは怒ってる方がましだろ。

 

 ところが萩風は怒るどころか、うれしそうな顔で声を上げた。

 

「あ……私の名前をおぼえていただいて、光栄です! 提督!!」

 

「んな大げさな、つかお前、お前まで提督呼びか」

 

 文句の一つでも言ってやろうと思ったが、嬉そうに飛び回る萩風を見ててどうでもよくなった。

 

 俺はぴょんぴょん跳ねる萩風の、頭上に広がる空を見上げる。

 空は冬の澄みきった色にして青い。

 

 トンビにメロンパン取られていうのもなんだが、今日はなにかいいことが起きそうだな。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「えっと、あの、私先に球場に行ってますね!」

 

 もうちょっとで河川敷の野球場に到着しそうになった時、萩風がそう言って走っていった。

 ボソッと「提督と一緒だったって嵐や皆にばれたらその……」みたいなのが聞こえた気がするので、多分恥ずかしいのだろう。

 

 親と一緒に出かけているのを見られるのが恥ずかしい心境、思春期だな。

 

 ついでに陽炎たちと合流する前に一服することにする。

 歩き煙草は色々うるさい世の中だが、誰も居ない河川敷の道で位は大目に見てくれ、ください。

 

 火をつけて一服し、煙を吐き出す。

 

 ふと、遠ざかっていく萩風の逆方向からこちらに向かってゆっくりと歩いてくる、やたら目つきの悪い眼鏡をかけた長身の痩躯の男の姿が目に入る。

 

 やがてその男が俺の前で立ち止まる、少し驚いた顔だ。

 こっちだって驚きだわ、こんな所で会うとは。

 

 

 

「よう、相変わらず殺し屋みたいなツラしてるな」

 

 

 

 俺の言葉を聞いてその男は、なんともいえない表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ - 陽炎会議録NO.1 -

 

 

 薄暗い部屋、円卓を囲む二十人近い少女らしい者たちがいた。

 

 らしいというのは、何故か全員顔を隠すための尖った白い被り物をかぶっているからで、その顔がよくわからないからだ。

 そして被り物の額部分にはそれぞれ番号が振ってある。

 

 その中で『1』と額に書かれた数字の被り物をかぶった少女が口を開く。

 

「それではこれより陽炎会議を始めます、まずは最大にして最重要の議題である私の提督に関してです」

 

「1番、私のというのは語弊があります! ゆきか…いえ、私と貴方のです!!」

「8番、それは違います、不知火と1番と8番の提督です」

「2番、隠れてないから、名乗っちゃってるから。と、いうかやっぱりあれよね、えーっと、ヒットしちゃった人、手あげて~」

 

 その場に居た全員の手が上がる。

 

「や、やっぱりぃいいい↑どおすんのよぉおおおこれぇええ!!」

 

 1番の被り物をした少女が頭を抱えてうずくまる。

 残りのメンバーも頭を抱えた。

 

 

 - 陽炎会議録NO.2 - に続く。

 

 

 




メロンパンをトンビに取られたショック。
それを萩風にアーンされて、慰められたいだけの人生だった。

どんなに不自然でも無職は最後まで陽炎たちの正体に気が付かないでいくしかないと思った。
だって自分たちを若い女学生だと思ってもらいたくて必死になる陽炎型がカワイイから。
 


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『意識高い男』と『重巡:高雄』

 
トイレからあの男が帰ってきた。

相変わらずひどい話で、他の作風と違ったりします。
どうかぬるい目で読んでやってください。
 
※この話にはきつめの暴力描写と、偏った価値観の描写があります。
 不快感を感じる可能性があるのでご注意ください。
 


 

 私はロリコン(児童性愛者)だ。

 

 「児童性愛者は大人の女性を愛することができない哀れな人間」

 

 そういう声を耳にしたことがある。

 確かに私はその性癖の都合上、大人の女性を愛せないかもしれない。

 だが、そもそも愛する必要もないのだということを……わかっていただきたい。

 

 わかっていただきたい。

 

 大事なことなので二回言わせていただいた、必要であれば何回でも言わせていただく。

 

 

 わかっていただきたい。

 

 

 机の上に広げられた『艦娘図鑑』に写る駆逐艦たちを見つめながら、私は先日の悪夢を払拭するように記憶を上書きする。

 

 時間の経過というのは早いもので、このページを見始めてから既に数時間が経過した。

 正直このページ(雪風・谷風)など、二十四時間見ていられる。

 

 あの日、私は部長の友人に唇を奪われた。

 恥辱の極みだ。

 

 どうやら確認した所、重巡洋艦の『高雄』と呼ばれる艦娘らしい。

 『愛宕』だけではなく『高雄』までとは、ははは、

 

 

 リベッチオさんの脇汗の海で泳ぎたい。

 リベッチオさんの脇汗の海は綺麗なのだろう。

 

 

 それが元で衝撃を受け気絶した私は、数分後に目を覚ましてそのまま虚無の心を抱きながら世話になった便器に別れを告げた。

 部屋の奥のほうでは怒声が飛び交っていて、「失礼致しました(蚊の鳴く声)」と述べた私の挨拶は聞こえていないようだったが問題ないだろう、私的に。

 

 失われたものの重さを痛感しながら帰宅した私は、このショックから回復を図るために有給休暇を取ったのだった。

 

 涙はもう出尽くした。

 後は癒されるだけだ。

 

 まず有給初日に、『ヘクセン』へ赴き、おにぎり専門店『霞ママ』にて駆逐艦の艦娘『霞』が握ってくれるおにぎりを頂いた。

 

 わけ隔てなく全ての客に飛ばされる罵倒、しかし何処か客を気遣うような隠れた優しさに私の心は癒される。

 

 そして私に言える数少ないが確かな、一つだけ言える真理がある。

 

 霞ママに「このクズ!」と言われ、苦にならなくなって半人前。

 次に「○ねばいいのに!」と言われ、嬉しく思い始めてようやくこちら側の人間と名乗れるということだ。

 

 おめでとうございます、あなたは胸を張ってこう言えるだろう。

 

『それ、我々の業界ではご褒美です』

 

 

 更に次の日、稀に陽炎型が野球をしているグラウンドを横切る散歩コースを歩いた、無論じろじろ見るなんて失礼なまねはしない、ほんの一回横切るだけ、例え彼女たちがいなくとも彼女たちがいた場所の横を通れる、それだけで私は幸せだ。

 

 そして最高に幸運なことにその日は彼女たちが野球をしていた、おまけに『萩風』と呼ばれる駆逐艦の少女ともすれ違うという奇跡。

 私の運もまだまだ捨てたものでは無いと思う。

 

 以上の行動結果により、数値として表示するならあわせて99パーセントのメンタル向上が認められた。

 

 また、途中で学生時代からよく行動を共にすることがあった先輩とすれ違った。

 一声目が「相変わらず殺し屋みたいなツラしてるな」と言ってきたので「先輩も相変わらずラリアットで損してそうな人生歩んでますか?」と返しておいた。

 この人は常にヤニ臭いものの、普段は面倒見のいい先輩だった。

 が、ここぞというときには誰であろうと躊躇いなくラリアットをする人だったからだ。

 

 かくいう私も被害者だ。

 

 ちなみに現在は本当にラリアットで無職となり求職中のようだ。

 

 お猪口一杯分の仕返しと、大さじ二杯分の善意から「なんなら私が再就職先の世話しましょうか?」と聞いたときの先輩の顔は見ものだった、ハーッハッハッハ!

 

 思わぬ遭遇で、1パーセントのメンタル向上が認められた。

 

 そして数日後、完全に持ち直し出社した私を待っていたのは、驚くべき知らせであった。

 

「前島主任! 今日からお世話になります『高雄』です! よろしくお願いいたしますわ!」

 

 

 

 私の心境変化の過程を省き結果だけを報告する。

 

 

 

 100パーセントだったメンタルが1パーセントまで低下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『意識高いロリコン』と『重巡:高雄』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか先輩の1パーセントに命を救われることになるとは、今度リベッチオさんのパスタ(ミートソースパスタ、ミートソース抜き)でもご馳走させてもらおう。

 

 それよりも問題は目の前の女性。

 

 スーツの下のフリルブラウスを盛り上げる大きな胸はどうでもいいとして、上品に整えられたセミロングの黒髪がふわりと揺れて、漂ってくる薄く甘い香には覚えがある。

 そして私を見つめる赤い瞳、どこか愁いを帯びた力強い視線にも。

 

 どう見ても先日部長の家で、私の唇を奪った人物である。

 

「何故……?」

「提督と同じ場所にいたいと願うのは、艦娘として当然のことですわ!」

「成る程、当然……」

 

 世の中には私の知らない当然が沢山あるということか。

 しかしてこの状況は一体なんなのだろうか?

 何故、私に急に部下が、部長はこのことを把握されているのだろうか。

 

「ところで部長は何処に? 出社の挨拶と休んでいた間の業務に関してお聞きしたいのですが」

 

 私はひとまず目先の大問題は置いておいて、近くにいた同僚の一人を呼び止め聞いてみた。

 

「部長なら常務に話があるとか、すごい剣幕で先ほど走っていかれましたよ。あと常務の指示では新人さんはしばらく前島さん付きになるそうなので、よろしくお願いいたします」

 

 我輩は主任である。常務の命令を拒否できる権限はまだない。

 

 なるほど、大体の事態を理解できてしまった、辛い。

 恐らく彼女は、艦娘のツテや人脈を使い途中入社扱いで入って来た上でこちらに配属希望を出したのであろう。

 

 待っていただきたい。

 

 現状ただでさえ部長一人でも暑苦しいのに、さらにもう一人? 

 なんの冗談だろうか。

 

「前島主任! この高雄になんなりとお申し付けください」

 

 ぐっと両手を握り締めながら私の顔を覗き込んでくる彼女。

 

「そうですね……」

 

 とりあえず帰ってくれないかな。

 

 なんて本音を飲み込んだ私は、取り急ぎたまっていた経理関係の仕事を振ってみることにする。

 領収書を整理したり、資料を基に提出された見積もりなどが適正な価格かのチェックなどだ。

 

 これでどの程度数字に強いかがわかれば今後の方針も見えてくるだろう、私としてはどうせ面倒を見なければならないのであれば、少しでも使える能力があってくれると「おにぎり温めますか?」と聞いてくれる程度にはありがたどうでもいい。

 

 ある程度の要点を教えると、彼女は直ぐに理解をしたようで計算に取り掛かった。

 要領は悪くないようで、さくさくとすすめている。

 

 あと彼女の席は何故か私の隣だ、先日まで隣にいた同僚の姿は窓際の方にあった。

 なんてむごいことを、と思ったが隣の女子社員とやたらいい雰囲気だ。

 

 私はそのことについて考えるのをやめた、そして溜まっていた仕事に取り掛かる。

 彼女に渡した仕事は、能力にもよるがまあよほど早くて四時間という所だろうか、昼過ぎにでも終われば上々であろう。

 

 しばらくは静かな時間が流れる、いつもまとわり付いてくる部長もいない、極大の不安要素が隣にあるが順調に仕事を進められそうである。

 

 ふむ、少し喉が渇いた。

 

「よろしければどうぞ」

 

 などと思っていると、彼女がお茶を入れてきてくれたようで、一流秘書のような動作で私の横にそっと、お茶がはいった湯飲みを置く。

 そして湯飲みを置く時にかがみこんで顔を近づけ、その愁いを帯びた瞳と優しげな表情で私の顔をじっと見つめてきた。

 

 その動作に、思わず先日の件がよみがえって自衛のショートアッパーを打ち込みそうになったが思いとどまった私を、誰か褒めてほしい。

 

「どうもありがとうございます」

「あぁん」

 

 そう礼を述べながら彼女の顔を押し返す、あと変な声を出さないでいただきたい。

 

「ところで、部長とは今どのような状況でしょうか?」

「……お聞きになりたいですか?」

 

 聞きたいから聞いているのだが、そんな恐ろしい笑顔をされては言葉に詰まる。

 

 大事なことなんですよ、相打ちとか期待してるので。

 

「いえ、特には」

 

 だがその様子ならそう低い可能性でもないのだろう、うむ。

 

 お茶は温くて飲みやすく、微妙に彼女の気遣いを感じられた。(好感度プラス0)

 

 

 そして三時間と少し過ぎた頃だろうか、隣の彼女から声がかかる。

 

「できあがりましたわ、ご確認いただけますでしょうか?」

「……早いですね」

 

 私の最速予想より一時間もはやいとは、流石に早すぎではないだろうか?

 

 半信半疑で確認してみると、実際よくできている。

 だがいくつか気になるのは、こちらに聞いてくるであろうと思われた、その手の資格を持っていないと難しい箇所が問題なくできているのと、彼女が艦娘というのを差し引いても早すぎるという所だ。

 

 どう考えてもこの手の仕事の経験者である。

 

「失礼ですが前はどこに?」

「百万石海運の経理部ちょ……経理部にいましたわ!」

 

 今『部長』って言いかけなかっただろうか、しかも百万石海運ってうちより大きいライバル企業じゃなかったか。上で一体どんなやり取りがあったのだろうか、なぜそこの部長がここで平社員に転職するのか?

 いや、それよりキャリアアップという言葉を知っているのだろうか?

 

 ダウンしてんじゃん、アップしろよ。

 

 どうしようこれ、彼女よりキャリアや経験に劣る私が、百万石海運の部長になんの仕事を頼めと?

 むしろよその部署の部長とかやったらどうだろう、私のためにも。

 

 などと考えていると、昼休みを知らせるチャイムが鳴る。

 もうそんな時間か。

 

「昼休憩ですので、仕事は戻ってからに致しましょう。」

 

 銀行に行く予定があった私が立ち上がると、彼女が付いてきた。

 

「是非お昼をご一緒させてください!!」

 

 やだよ。

 

 ……いかん、さっきから思考が乱れている。

 

「私は銀行へ行く用事があるので、待っていては貴方の休憩時間を無駄にしてしまいますよ……」

 

 優しさをアピールしつつ断るスタイルを選ぶことにする、これが成功したら明日から毎日銀行へ行こう。

 

「かまいません、それでも是非お昼をご一緒させてください、もちろん銀行への御用事の際は邪魔にならないよう外でお待ちしますわ!!」

 

 ですよね。

 

「部下にそうまで言われては、仕方ありませんね……」

 

 部長ならともかく、流石にこうまで部下……いや、一時的な部下に懇願されてしまっては仕方がないかもしれない。

 まったく、芯の強く意志を通そうとするも、必ず一歩引いて気をきかせるその感じ、重巡の艦娘はこのような気の利いた女性ばかりなのだろうか。

 

(好感度プラス0)

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 当然ながら昼の銀行というものは混む。

 わかっていても使わざるを得ないのが、サラリーマンのつらい所でもある。

 

 とある事情から大きな額を引き出す予定だった私は、窓口で手続きをして順番を待っていた。

 

 ちなみに彼女は銀行の向かいの喫茶店で待ってもらっている。

 

 しかしまさか二人の重巡の艦娘の適性があったとは……

 彼女たちの提督として適合してしまった以上、まぁ、正直覚悟しなければならない所はあるだろう、私だって艦娘にとっての提督がどういうものかは知っている。

 そして当然ながら艦娘には感謝の念を持っている、が、大人の女は別だ。

 

 別に彼女たちが嫌いというわけではない。

 

 まぁ好きでもないのだが。

 

 だが無理なのだろうか。

 あの日の私の願いをかなえるのは無理なのだろうか。

 

 少し予想外のことがあっただけでここまでダメージを負うとは、私はこんなに弱かったのか。

 

 などと悲観にくれていると、ふと、隣の母娘が楽しそうにおしゃべりしているのが聞こえてきた。

 幼女が楽しそうに「でっかいたてものだなー」と言っているのを、母親が「そうだね、おっきいねー」と優しく同意している。

 

 ……すばらしい、幼女はただ存在するだけで私を癒してくれる。

 

 こんなにも穏やかな気持ちにさせてくれたことに感謝しつつ、私のような男が近くにいては怖がらせてしまうので、さりげなく立ち上がって席を移動しようとしたのだが。

 

「あめたべるか?」

 

 なんと、一瞬目が合った幼女が、かばんの中から大事そうにしまってあったと思われる飴玉を一つ私に差し出してくれた。

 

 

 ……。

 

 

 まずい、泣いてしまいそうだ。

 

 私は母親に視線を向ける、頂いてもかまわないだろうかという意味をこめて。上品そうな若い母親はコクリとうなずいてくれた。

 

 私は片膝をつき幼女の目線の高さまで視線を下げ、もちえる最高の優しい微笑みを浮かべて礼を述べる。

 

「これはこれはお嬢さん、ありがとうございます」

 

 両手で大事に飴を受け取ると、幼女が微笑んでくれた。

 

 

 コアコンピタンスがアグリーした。

 

 

 翻訳するとメンタル1000パーセントまで回復した。

 

 先ほどまで絶望に暮れていた過去の私に言いたい。

 生きるのが辛くても絶対に諦めるなと。

 私はこの後最高に幸せな瞬間を迎える、それは今まで生きてきて最高のレベルのものだと。

 

 これはただの砂糖の塊ではない、幼女が私のために与えてくれた幸せの結晶だ。

 どうやってお礼をしたものか、ダメだ払える対価が思いつかない。

 

 私の残りの人生とかで足りるだろうか?

 

 かつて無いレベルで脳細胞をフルに使い必死に考えていると、ふと、出入り口や窓口付近に立つ男たちの姿が目に入る。

 

 大き目のバッグを持ち、目線や足運びから察せられる訓練された動き、六、いや七人か。

 

 厄介ごとの気配を感じ取った私は、せめてこの母娘だけでも逃がさなければと思ったが、一歩遅い。

 

「動くな! 全員床に伏せろ!!」

 

 そう叫びが聞こえたあと、男たちは携帯型サブマシンガンを何発か天井に向けて発砲した。

 連続した発砲音が銀行内に響き渡る。

 

 跳弾が飛んでくる可能性が少しでもあったため、私は母娘をかばうように床に倒れこむ。

 遅れて悲鳴が響き渡り、従業員や客たちが慌てて伏せる。

 

 典型的なやり取りで、金銭を要求する銀行強盗と答える銀行員。

 

 母娘をかばうように伏せながら私は嫌な予感がぬぐえずにいた。

 ただの銀行強盗ではない、装備も人数も大げさすぎる。

 

 まず出入り口と窓の防犯シャッターが下ろされる、銀行専用の重厚なものだと動きとしまる時の音でわかった、これで簡単には外部から侵入できなくなった。

 だが銀行強盗なら迅速に奪って迅速に逃げるのが基本だ、明らかに篭城の構えを見せる銀行強盗たち。

 

 そして指示を出すリーダー格の男と目が合った、似たような目を見たことがある、よく知っている目だ。

 

 リーダー格の男はしばらく私を見た後、視線をはずして部下たちに指示しながら集められた金を興味なさげに確認していく。

 外ではすでに警察が到着しているようで、交渉のためか銀行の電話が鳴り響く音が聞こえてきた。

 

 乱暴に受話器を取ったリーダー格の男が、早口にまくし立てる。

 

「車を一台用意しろ、十人乗りのワゴン車だ。二時間以内、五分遅れるごとに人質を一人殺す、人質は二人連れて行く、繰り返す、遅れれば一人殺す」

 

 交渉の余地など一切ないように、返事は聞かずに電話を叩きつけた。

 そして直ぐにリーダー格の男の下に部下の一人が駆け寄って耳打ちをする。

 

「……予定通りですリーダー、輸送車の準備整いました。いつでもいけます」

 

 比較的近い場所にいた私はその声がよく聞こえた。

 なるほど、警察に一息つかせてその隙に銀行内の駐車場にある輸送車で突破する算段か、おまけに現金輸送車は頑丈だろうから悪くない手だ。

 

 あとは人質か、まあ選ばれてしまったものはご愁傷様だろう、おそらく生きて帰れない。

 だが私にはどうしようもない、人には領分というものがある。

 

 リーダーの男が指示を出し、指示を受けた部下の男が辺りを見回す。

 そして、私の後ろで震えながら娘を抱きしめる母娘を見た。

 

 ……まずい。

 

 母親は銀行強盗たちに目を付けられないよう、必死に幼女の口を押さえながら「しゃべっちゃダメ、しゃべっちゃダメよ……」と必死に言い聞かせている。

 

 だが無情にも部下の男が母娘に近寄り、母親の手を引っ張り上げた。

 

「来い、二人共だ」 

「む、娘だけは……」

「うるさい、死にたいのか!」

 

 そう怒鳴りつけながら、母親に手を上げようとする。

 気が付けば無意識に体が動き、私は部下の男の手を掴んでいた。

 

「待ってください、人質なら私がなりましょう」

 

 顔面に衝撃と痛み、かけていた眼鏡が飛び、視界がゆれて意識も飛びかける。

 恐らく銃のストックで殴られたのだろう、だが、こんな所で気絶するわけにはいかない。

 

「人質なら私がなりましょう」

 

 再び顔面に衝撃と痛み、先ほどよりも強い、が、耐えられる。

 

「人質なら私がなりましょう」

 

 三度、顔面に衝撃と痛み、先ほどよりも強い、が、耐えられる。

 

「人質なら、私が、なりましょう」

 

 四度目、顔面に衝撃と痛み、先ほどよりも強い、口の中を派手に切る、さすがに足がふらつく、が、意識はまだある。

 誠意が足りなかったか、それとも言葉が聞こえなかったのだろうか。

 

「ひとじぢ、なら、わだし、が、なりま、じょう」

 

 敵意の無いことをアピールするように、両手を広げながらもう一度ゆっくりと言ってみる。

 口の中の血を飲みながらしゃべったため、少し言葉が崩れてしまった。

 

 息を荒くしていた部下の男が、銃を振り上げた状態でなぜか距離をとるように一歩後ずさる。

 

「お、お前みたいなでかいやつを連れて逃げれるか!」

「でしたら」

 

 私は手のひらを上に向けて、両腕を部下の男の前に差し出す。

 

「どうぞ切り落としてください、さすがに足を切り落とされてしまうと運ぶのに不便でしょうから残していただけるとありがたいのですが」

 

「ふざけたこと言ってんじゃッ!?」

 

 嘘ではないことを証明しようと、まっすぐと部下の男を見据える。

 なぜかまたしても、部下の男は二歩後ずさる。

 

 なにもふざけてなどいない、さすがに止血はして欲しい所だが。

 沈黙、誰もしゃべってくれない、おかしい、交渉方法を間違っただろうか。

 

「……その母娘はお前の身内かなにかか?」

 

 周りにいる全員の視線が集まり、誰も動けずにいる中。リーダーの男がゆっくりと私に向かって歩いてきて、まるで道でも尋ねるような軽さで聞いてくる。

 

「いいえ? 居合わせただけの他人ではありますが」

「なら言うとおりにしろ。そうしたらお前も、他のやつらも解放してやる」

「他のやつらに、彼女たちが含まれるなら言うとおりにいたしますが」

 

 私は示すように幼女を守るように抱きしめながら、しゃがみこむ母親の女性をちらりと見る。

 

「……なぜその母娘のためにそこまでしようとする?」

 

 ああそうか、話がかみ合わないと思ったら確かに。

 この銀行強盗たちに一番大事な経緯を伝えていなかった。

 

 私はなるべく誠意が伝わるように、“優しく微笑みながら”わかりやすく端的に説明する。

 

「そちらのお嬢さんに、飴玉を一つ貰いましたので」

 

 一瞬時が止まったような静寂が訪れたあと、私を四度殴りつけた部下の男が信じられないものを見るような顔で「狂ってやがる……」とつぶやいたのが聞こえた。

 

 

 極めて正常だと思うのだが。

 

 

「何者だ、お前は」

「……」

 

 無視したわけではないが、中々難しい問いだ。

 なにについて知りたいのかをもう少し詳細に説明してくれないと、求める所がわからない。

 

 黙っている私と、静かな目でこちらを見てくるリーダーの男。

 やがてリーダーの男がゆっくりと腰から拳銃を抜き、私の眉間に銃口を向けた。

 

「俺が撃てないと思うか?」

 

「いいえ、貴方は撃てる人でしょう。力というものの振るい方を知り、そして力というものに絶対の信奉を抱いている目ですから。そういう人間を私は知っているので」

 

 力(ラリアット)を振るうべき時に振るう目だ。

 狂気に囚われず、必要なら必要なことをする目だ。

 

 先輩と同じ目だ。

 

「俺もお前のようなやつを何人か見たことがある、どいつもこいつも信仰のためなら自分の命を躊躇無く捨てられる狂信者だった。お前はそいつらと同じ目をしてるよ」

 

 視線がぶつかり合う、ここでこの男と相打ちに持ち込んだところで事態は打開できない。

 なにより優先すべきは少女の命である、私は一つのカードを切ることにした。

 

「前島と申します」

「あ?」

「私の名前です」

「なんのつもりだ? お前の名前など……」

 

 目を細めるリーダーの男の声をさえぎり私はカードを切る。

 

「そして私は『提督』です、人質としての価値であればここにいる誰よりも、遥かに上でしょう」

 

 リーダーの男はその言葉を聞いて眉一つ動かさなかったが、彼らの部下の間に動揺が走ったのがわかった。

 提督を人質にする、そのリターンもリスクもよくわかっている反応だった、やはりこの集団はただの銀行強盗では無い。

 

「ふん、上手い手だ。もしその情報が本当なら俺たちはお前を殺せないからな」

 

 リーダーの男が銃を下げる。

 

「その情報が本当なら、な」

 

 そしてリーダーの男は私の足を撃った。

 

 衝撃と痛みに膝が折れそうになるが近くの座席の背もたれを掴み、なんとか踏みとどまる。

 足の中にある異物の感触が感じられたので、おそらく弾は抜けていないだろう。

 よかった、もし後ろの少女に跳弾が当たりでもしたらなにもかもおしまいだった。

 

 撃つならもっと上を撃ってほしかったという不満をこめて、リーダーの男を見る。

 

「その状態でなお俺をにらみつける、か。くそッ、本当に提督なのかお前は」

 

 リーダーが忌々しそうに唇をゆがめる。

 別ににらんでいたわけではないのだが。

 しかしなるほど、彼は余計なリスクを負いたくないといった心境か。

 

「残念なことに、免許を忘れたので証明はできませんがね」

「ちッ……おい撤収だ、地下の逃走ルートを使う」

「リーダー! こいつのたわごとを信じるんですか! 唯でさえ先陣のマヌケ共がしくじって予定が押してるんです! こんなやつとっとと殺して、予定通り続けましょう!」

「駄目だ、不確定要素が多すぎる。計画は破棄だ」

「しかし!!」

 

 銀行強盗内での言い争い、まずい、もしここで内部分裂でもされて撃ち合いになれば、他の人間はともかく幼女に危険が……。

 

 

 ギュメキュッ

 

 

 その音は、とても鈍く重く、だがどこかコミカルな感じにでもあった。

 言い争っていた強盗たちは息が止まったように静かになり、音の発生源の方に振り向く。

 

 通常の物より遥かに重厚に設計された防犯シャッター、そのシャッターを貫くように入り口付近の部分から突き出した細い腕。

 

 細い腕の先、握られていた手が開きボトリとなにかが金属音を響かせながら床に落ちる。

 それは握り破られ、圧縮されたシャッターの破片だった。

 

 その手がゆっくりと引っ込んでから僅かに間を開けて、その穴を広げるように、まるで障子紙を破るような軽さで防犯シャッターがバリバリとこじ開けられ、いや、はがされる。

 

 か細い女性の両腕で。

 

 その場にいた誰もがその様子を見て固まっていた、そしてゆっくりと現れたのは……

 

「高雄」

 

 ボソリと、私がつぶやいた言葉、その言葉が聞こえたのかこちらを見た高雄がにこりと微笑む、甘い甘い砂糖菓子のような溶けてしまいそうな笑みだった。

 

「ご無事でしたか、提督」

 

 だが、その笑顔が私の足から流れる血と殴られた顔を見て、凍りついたような顔になり、ゆっくりと感情の無い瞳で、銃を私に向けていたリーダーを見た、瞬間

 

 

「スモォォォークッ!! スモークだぁぁあああ!!」

 

 

 歴戦の判断のなせる反応速度か、リーダーの男が悲鳴に近い叫びをあげる。その声を聞いて凍り付いていた部下の全員が、スモークグレネードをばら撒いた。

 構内にあっという間に充満する白い煙、訓練を受けていない普通の人たちがゴホゴホと咳き込む声があちこちに響く。

 

 強盗たちがどこかに向かって逃走を開始した気配が感じられた、そしてリーダーの男が去り際に私に言葉を投げかける。

 

「前島といったか、この礼はいつかさせてもらうぞ」

「別にあれ、倒してしまってもかまわないんですよ?」

 

「……やっぱ礼は無しだ」

 

 姿は見えないが、引きつった顔のリーダーの男の顔を想像してしまい、それがどうにも先輩とダブってしまったため軽く笑ってしまう。

 リーダーの男の気配が消え、すぐに高雄が私の元に走ってくるのが気配でわかってしまった。

 

 その姿を確認する前に、出血の為か私の意識は途切れた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 とりあえず気絶してからの経緯を軽く説明する。

 

 

 警察の聴取などは全て放り出し、高雄は私をおぶって病院へ駆け込んだらしい。

 部長の時とは逆だが気絶していたので覚えていない。

 

 すぐに手術で銃弾を摘出、無事終わり個室のベッドで目を覚ます。

 ゆっくりと目を開けると、高雄がベッドの横の椅子に座ってじっとこちらを見つめていた。

 

「あの母娘は?」

「まず最初に聞かれるのがそれですか……無事です、今この病院で検査中のようですが特に外傷は無いと聞いております。あと銀行強盗たち、あらかじめ地下に掘ってあったトンネルから逃げたようで、警察が追っているようですわ。後、警察への事情説明は全て私がしておきましたので」

 

 よかった、幼女は無事だったか……

 

 続いて金に興味の無さそうだった、リーダーの男の姿を思い出す。

 もしかしたら彼らには、もっと別の目的があったのかもしれない。

 

 しかし求める以上の情報を察して教えてくれる、か。

 優秀な女性だ、本当になぜ……いや、私がいるからか……

 

「それはよかった」

「よくありません!!」

 

 病室に響き渡る大声。

 

「提督は、提督は……やっとお会いできたのに、もし提督になにかあれば……」

 

 最後まで言うことができず、高雄は私の胸に飛び込んで泣きじゃくる。

 流石の私も、これを押しのけるような真似はできない。

 

 あの人と同じ顔をしてた、高雄に。

 

 泣きじゃくる高雄をなだめていると、勢いよく音を立てて病室の扉が開く。

 現れたのは部長(愛宕)だ。

 

 さて

 

 嫌な予感がしてきた。

 

「よかったああああ!! 提督無事だったああああ!!」

 

 そう叫びながら、愛宕は高雄に抱きつかれて動けない私に飛び込んで来る。

 そしてついでのように唇を奪った。

 

 な ん で で で で す か 

 

 まったく流れが理解できない。

 ついでにメンタルが1パーセントまで下降した、これ以上私にどうしろというのですか。

 

「高雄ごべんなざいいいいいい! 提督をまもっでぐれてありがどおおおお!!」

「ばがめといってさしあげまずわぁあああ!! でも愛宕わだじもごめんなさいいいいい!!」

 

 貴方たちはまず私に謝まっていただきたい。

 

 というか、高雄。相手がプロだったからよかったものの、あんな突入の仕方をされたら、もし素人だったらかなり危険(幼女が)なことになってただろうから反省して欲しい。

 でもどうやらお互いに謝りあっているのを見るに、私の知らないところで起きていた戦いは終わったということか、相打ちへの淡い期待が消えた。

 

 しかし、つまりは今後二人でタッグを組んで攻勢を仕掛けてくるということだろうか?

 

 ああ、もうダメかと人生を悲観し始め、そう思ったその時、あきっぱなしだった扉から銀行にいた母娘が入ってくるのが見えた。

 幼女が私を見つけてぱっと顔を輝かせる。

 

 あ、メンタル1000パーセントまで回復した。

 

 母親は申し訳無さそうにしながら、腰を深く折り曲げて私に感謝を示す。

 私も軽く目礼を返す。

 

 そして幼女は私の寝ているベッドによじ登ると、愛宕と高雄に左右から抱きつかれて動けない私の真正面の胸の中へ、勢いよく飛び込んできた。

 

 

 

 神はいませり。

 

 

 

「よかった、ぶじだったか! かーちゃん守ってくれてありがとな!!」

「いえいえ、お嬢さんがご無事のようでなによりですよ」

 

 ああ、なんという祝福、こんな人生でも生きていて本当によかったと思わせてくれる。

 やはり幼女は偉大だ。

 

「でも無理すんなよ、これからはわたしのうしろにかくれてるんだぞ」

 

 はい、ずっと隠れていたいです、貴方が大人になるその瞬間まで。

 

「ははは、それは頼もしい」

 

「あったりまえだろ? あたしはまやさまだぜ? よろしくなていとく!!」

 

「ええ、よろしくお願いします、まやさ……ん?」

 

 

 

 はい? 今なんと?

 

 

 




どうした? お望みのロリ艦娘だぞ。
笑えよ、前島(愉悦)
 

※本話に登場した、おにぎり専門店『霞ママ』は、輪音様作『はこちん!』に登場する『霞ママの定食屋』の出張店舗という扱いで使用許可をいただきました。

輪音様からは快く使用許可をいただいております。
この場を借りまして、篤く御礼申しあげます。
 


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『学者』と『駆逐艦:初霜』(設定回)

 
■注意事項■


本話数は『提督をみつけたら』の設定をまとめた話です。
今後の話の後に付け加えられていく設定も多々あります。

そのため、この設定話より前の話数未読の方に限らず、この話より後の話数未読の方にとってもネタバレ及び、お持ちになってる世界観イメージが変わってしまう含む要素がありますので、ご注意ください。

また内容は事前告知無しで変更されます、了承ください。


そして伏せてる設定、また本作に必要と思われる設定とそうでない設定の基準は、私の裁量で決めています。
私が書きたいものに必要ない、整合性を整える必要が無いと判断した場合は、詰めない、または設定いたしません。

そのため、設定等のご質問に関して上記に該当するご指摘、ご質問がありました場合

「そちらのご指摘、ご質問に関しては伏せてるか保留、または検討の必要が今のところ無いと判断していますのでお答えできません、ご了承ください。」

と、お返しさせていただくことがあります、上記あわせてご了承ください。
 


目次

 

■学者と秘書の紹介

■本作の世界の大まかな歴史

■艦夢守市について

■提督適性者について

 

■艦娘について(誕生~寿命)

■艦娘について(身体能力-艤装)

■艦娘について(提督適性者関連)

■艦娘について(その他)

 

■制度や法律について

■登場人物紹介(登場済の提督や艦娘)

 

■Q&A

 

 

 

-------------------------------

■学者と秘書の紹介

 

・学者

 名前は音羽悟志(おとはさとし)。

 艦娘とか歴史の学者を名乗っているが副業で艦夢守市職員をしている。

 現在『艦娘と世界の歴史』と、いう本を執筆作業中。

 駆逐艦:初霜の個別適性者という以外、特にこれといった特長は多分無い。

 初霜さんの作るリンゴジュースが好き。

 

・駆逐艦:初霜

 人間名は音羽真琴(おとわまこと)

 執筆にのめりこんで前しか見えなくなることが多く、どこかチキンの学者を上手く舵取りして引っ張ってくれる存在。

 実は小説家と二足のわらじをしつつ、学者の秘書もしている。

 

 この項目必要かと聞かれれば、学者と秘書の初霜さんによってちょいちょいと、この設定の話数が書き足されたり修正されている、という感じを出したかったので、多分必要だった。

 

 

 

 

『学者』と『駆逐艦:初霜』

(設定回)

 

 

 

鉄の艤装は錆び

鉄の足は力を失い

埋もれた砲は

二度と火を噴くことが無い

深海棲艦も死んだ

妖精も見えなくなった

 

だが

平和な艦夢守市に

住みながら

艦娘たちは

確信していた

提督は今日も生き

提督は今日も走っていると

 

艦娘は提督の声を聞いた

吹き渡る島風の中で

確かに聞いた

 

 

 

「うん、いいできだ。実際と違う部分もあるかもだが、入りはこんな感じがいいだろう」

 

 私たちの住むセカイは一度滅びかけた。

 今から百年以上も昔の話だ。

 

 地球上には今の数倍の国家があって、人口も現在の五倍以上いたらしい。

 新幹線という高速列車が走り、昔この国の首都だった東京と呼ばれる場所へも全国各地から人がやって来たという。

 今ではその場所は五十万ほどの地方都市だけど、往時は一千万人以上住んでいたとか。

 

 今の長距離移動手段は船舶と特殊大型飛行艇が中心だ。

 沢山の船が世界の海を行き交う、時々艦娘の力を借りたりもする。

 

 石油が枯渇し始めた為、代用エネルギーの発見が今の課題だろう。

 ちなみに艦娘の燃料に関しては『艦連(艦娘連絡会)』によって管理されている。

 また艦娘の燃料が通常燃料に転用可能かに関しては『できない』というのが公然の建前である。

 艦連と正面からやりあいたければ調べてみるのもいいかもしれない。

 

 また先ほどの『特殊大型飛行艇』に関しても艦連が製造、貸し出しを行っている。

 燃料や技術に関して機密が多く、艦娘しか操縦できないという点もあるからだ。

 

 おっと、自己紹介がまだだったか。

 

 私は音羽悟志、提督適性者でもあり艦娘を母に持っている。

 母は『満潮』と呼ばれる艦娘だ。

 母から聞いた昔話や絵本などで歴史好きになり、やがて歴史研究家を志すようになった経緯がある。

 

 余談だがこの前母に「小さいママの貴方が好きです」

 と言ったら本気で蹴られてしまった、艦娘の母への愛情表現はとても難しい。

 

 職場は艦夢守市にある市役所の艦娘課。

 一応、課長代理を務めているが、本業は学者であり、市役所の職員は副業だ。

 

 ちなみにその副業の仕事は主に艦娘たちの愚痴を聞く役。

 

 提督が見つからない、司令官が見つからない、お姉さまが見つからない、不幸だわ、などと彼女たちが余人に漏らしても理解されにくい話の聞き役だ。

 

 私の秘書艦は駆逐艦の初霜、人間名は音羽真琴。

 見た目は女子中学生だが、私よりずっと歳上らしい。(詳しくは教えてもらえない)

 

 頼れる先輩でもある。

 

 時々提督適性者が発見されると、電話回線はあっという間にパンクしてしまうので、多くの艦娘が直接窓口に詰め掛けてくる。

 

 艦娘たちの殆どが見た目未成年だから、『艦娘証明証』の携帯は必須だ。

 運転免許証のようなもので、提督適性者が持つ『提督適性者免許』と同じく、うちの市役所で発行される身分証だ。

 

 この証明証だが、国内では艦夢守市役所でしか発行されない。

 この艦娘課で彼女たちは一元管理されるということだ。

 

 そして、提督適性者たちも全員、この課で一元管理だ。

 でも、今回は妙な提督が何人も見つかっている。

 

「ところで、初霜さん。このところなんだか変な提督適性者が何人も見つかっているという噂だけど。あのさあ、『彼ら』を見つからなかったことにできないかなあ?」

 

「そんなことできる訳ないじゃないですか! 提督、きちんと仕事してくださいっ!」

 

「しているじゃないか、今も学者として発表する予定の本の執筆中だよ」

 

「提督のお仕事は市役所の艦娘課の職員です!」

 

「え? いや、学者だよ」

 

 ざわつく課内、何故だ、私が学者なのは周知の事実だろうに。

 

「そう思ってるのは提督だけですよ!!」

 

 今日も私の職場は慌ただしい。

 

 

 

 多分そんな毎日。

 

 

 

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■本作の世界の(相当)大まかな歴史

 

・数百年前

その昔、今の現代くらいの時代にどこかから現れた「深海棲艦」というフレンズによって世界は大騒ぎ。

 

その後どこかから現れた艦娘や妖精と、その辺にいた提督と、残った人類全部VS深海棲艦による生存競争がワンツースリーのはいどーぞではじまる。

 

半世紀近く戦って、人類の数超減る、まじぱない「深海棲艦」

でももうおしまいかと思われたその時

 

『最終皇帝提督』(ラストエンペラーコマンダー)

『戦狂少佐提督』(ウォーモーガンアドミラル)

『紅茶大好提督』(民主主義絶対守るマン)

『串刺し公提督』(佐世保のカズィクル・ベイ)

黄金野獣(おうごんのけもの)提督』(私は全てを愛しますねぇ!)

 

というなんかとってもやばい提督(他にも)が誕生。

この辺の提督は後世に名前が付けられた人ばかりなので、当時こんな名前だったかは不明。

 

とりあえず大変だったけどなんとかギリギリ「深海棲艦」を滅ぼす。

 

・終戦

人類は超減って文明も退化したけど、艦娘とのラブコメとか人間のしぶとさでまた数が増える。

提督と艦娘は余裕で一夫多妻状態だった、修羅場とかはない、いいね?

 

結局人類なので途中で戦争とかある、でも艦娘主導によるすごい国連みたいな組織

 

国連ならぬ『艦連』英語では『KN』

正式名称:艦娘連絡会

 

の力により、世界規模の戦争はあんまり起こらず秩序は保たれる。

でも艦娘に関係のない戦争とかは好きにやってくださいという流れ。

(大淀の気配がちらつく)

 

支部は世界中にあるけど、戦争の影響で当時と地名や地形が全部変わっているので詳細は省きます。

 

あと秩序を守るにはパワーが必要なので、『艦連』には艦娘の軍隊『艦娘軍』が存在してる。

が、それよりももっとヤバイくて多い『憲兵軍』っていう艦娘にその生涯を捧げる超ヤバイやつらが主力としている。

 

『憲兵軍』は『艦娘軍』の隷下組織、「憲兵」の文字が付いているけど、これは過去艦娘と共にあった憲兵たちの流れを汲んで付けられているだけなので、実際はあらゆる軍務を遂行する。

 

更にその中の『憲兵千鬼衆』っていう一人一人が洋画の主役レベルのもう一段ヤバイやつらも居る、悪党ほどその名前を聞くと吐く。

 

『憲兵千鬼衆』は他の憲兵軍と違い、普段は闇にまぎれてて特に現世の戦争とか争いには干渉しないけど、提督と艦娘に手を出したら(提督が死んだ場合を指す)、提督のあだ討ちのためにそいつらが、殺された提督の艦娘の隷下に編入されて壮絶な復讐劇が始まる。

 

後一部のタブーを破ると出張ってくる。

 

基本的に子供でも知ってるやばいことなので、提督には基本的に誰も手は出せないし、出さない。

あと必要な資金はいろいろな所から集まってくる。

(大淀の気配がちらつくpart2)

 

これらの軍はまとめて『艦連軍』と呼ばれることが多い。

 

※艦連や艦連軍に関して、詳細な組織設定、世界でどのように展開、活動しているのかなどはあんまし深く考えてません、なにかすごい影響力があるみたいなイメージでお願いします。

 

 

・本作の現在

脱線したけど、終戦後時間を掛けてなんやかんやで復興した、本作の現代。

上記のしびれるような綿密な設定により、ラブコメの下地作りは完璧。

 

色々書いたけどとりあえず全部忘れていい。基本的に艦娘が受け入れられ、敬われている優しい世界という認識があればオッケー。(ほんとぉ?)

 

ホントだよ、さぁ、ラブコメの時間だ。

 

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■艦夢守市について

 

・艦娘主導により治められている市、艦娘とその家族の移住推奨地域。

 各国にある『艦連』の拠点地域でもあり、【一応】その国家所属の市でもある。

 提督適性者も集まるという出所不明の統計情報もあったりする。

(艦娘を一部の地域に集め、提督と共に守りやすくするための建前という説もある)

 

・人口

 二十万位、現在進行形で増加中。

 少ない気もするのでもっと増えるかもしれない。

 でも治安維持の関係であんまり多くはない。

 

・場所

 大昔に淡路島と呼ばれていたらしい島(あくまでらしい島)

 島全体を指して『艦夢守市』『艦夢守島』と呼ぶ。

 周囲の海は艦連が警備しているのでかなり安全。

 『僕』がいつも最後に眺めているのは、その中の一番大きな街のこと。

 

 

- 名所・施設など -

 

・歓楽街

 ホストクラブ「YOKOSUKA」がある

 

・ビジネス街

 金剛連合会のビルや、意識高い人の働いている場所。

 加賀さんや翔鶴ねえの経営する会社のビルもある。

 

・駅前

 艦夢守市にある地方沿線の駅舎がある。

 駅ビルは数年前に改築されて、都会の大型商業施設クラス。

 駅ビル名は『ヘクセン』。

 魔女の名前を持つショッピングモール。

 地下三階、地上は七階。

 地元百貨店も一部入っている。

 

・市役所

 【本店】と呼ばれる場所は『ヘクセン』の近くにある。

 だが【新店】は『ヘクセン』の最上階にある。

 新店にあるのは艦夢守市艦娘課。

 全国の艦娘と提督適性者を一元管理する場所。

 憲兵軍の生え抜きを調査員として複数有し、艦娘たちは年一度の講習が義務付けられている。

 艦娘課では情報提供をしており、提督適性者の情報を得たい艦娘たちが日々訪れている。

 

・ジェノヴァ料理店『マエストラーレ』

 リベッチオが切り盛りしてる店、料理が超おいしい。

 意識の高い男がよく出没する。

 

・ラーメン屋『大湊』

 老年のオヤッさんと、生意気そうな若いニーちゃんが切り盛りする隠れた名店。

 おっぱいの大きい補給艦のカモイポロトカプも働いている。

 

・料亭『黒潮』

 格式あるお高い料亭。

 関係者に艦娘が居て最近ラーメンにはまってるらしい。

 

・艦夢守港(艦夢守市最大の港)

 大昔に洲本港と呼ばれた場所にあるっぽい

 日々沢山の人や物資が行き来する大きな港。

 港の運営は比叡組のフロント企業がやっている。

 余談だが比叡組の湾岸労働者組合員は強い。

 

・公園

 僕がよく行くトイレがあったり、無職がうなだれている公園。

 景色がきれいなこと以外特に特筆すべきところはない。

 

・河川敷の野球場

 よく陽炎型と無職が野球をしている。

 意識の高い男がたまに出没する。

 

・学校

 その辺にある、『僕』や『弟』、川内やその提督が通ってる(通ってた)学校などが市全体に点在してる。学園都市みたいにまとまってる可能性もある。(ふわふわモード)

 

・南雲病院

 市内有数の病院、『赤鬼』というスーパー外科医が院長をやっている、切るのは得意だとか。

 

・スポーツジム『GIY』

 色んなスポーツのインストラクターの資格を持つオーナーが経営しているジム。

 月額会費はそれなりにお高いけど、設備や指導者が充実しているので人気がかなりあり、実は結構会員になるのも難しかったりする。

 

・銀行

 昼間は混む、時々襲われる。

 

・艦連軍基地

 艦娘軍、憲兵軍が駐屯している場所、一般開放は多分無い。

 また、官民問わず艦娘の基礎訓練、艤装の修理なども行う。

 現代の鎮守府にあたる場所かもしれないが、艦娘を建造する設備は現代にはもう無い、多分。

 

 

※艦夢守市以外の地域や国

 現状本作には必要ないので特に考えてません。

 必要になったら考えます。

 

 

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■提督適性者について

 

・提督適性について

 艦娘が捜し求めている『提督』の素質を持った人間のこと。

 適性には種類があり

 『全艦適性』 全ての艦娘にヒットする(登場予定なし)

 『艦種適性』 戦艦、駆逐艦など、該当艦種艦娘にヒットする

 『艦型適性』 川内型、高雄型、など該当型艦娘にヒットする

 『個別適性』 特定の艦娘のみにヒットする(複数の場合あり)

 『複合適性』 型、個別など両方の適性を持つ組み合わせ

 

 があり、現在では個別適性以外の提督適性者は、ほとんど確認されていない。※重要

 故に基本的には一人の艦娘につき、一人の提督というのが基本である。

 修羅場なんて基本起こらない、いいね?

 

 艦娘はこの適性者しか好きになることもなく、子供を作ったりすることもできない。

 難しい問題もはらむが、艦娘たちはそういうものとして本能で捉え納得している。

 一説では、仕える人を間違わないように妖精さんが艦娘に与えたスキルだという説もある。

 

 

・提督適性者の発見方法

【適性に該当する艦娘が出会って初めて判明する】※重要

 それ以外に調べる方法はないので、正に運命の出会いにかけるしかないのが現状。

 

※投稿当初では、誰の提督かはわからないが、艦娘なら提督適性者かどうかは分かるという設定でしたが、大規模な提督探索システムの構築が容易になってしまいそうだったので、変更しました。矛盾箇所はのんびり随時修正していきます。

 

 

・女性の提督適性者について

 過去に女性の適性者や提督が存在した例がある。

 が、かなり稀な事例なので基本的には起こらない事態。

 もし適合した場合は子供は作れないが、ガールズラブが始まる。

(多分書かないというか、マ○みてを全部みてないので書けない)

 

  

・提督適性者が二人いた場合

 適合する提督適性者が二人同時にその艦娘の目の前に現れた場合

 早い者勝ちで、先に見たほうが自分の提督として適合する。

 でもこの状況はほぼ確実に起こらない。

 何故なら自分に適合する提督適性者一人と出会えるだけでも十分奇跡的確率だから。

 

 

・提督のキャパにおける例外的な状況

 加賀の個別適性を持つ提督が一人居たとする

 そしてその目の前に加賀が二人居た場合は、先に提督を見つけたほうが優先され、もう片方は例え自分の適性を持っている提督だったとしても、自分の提督とはならない。

 そして殺してでも奪い取る、みたいな状況にはならない。

 提督のキャパが埋まってしまい、たとえその艦娘を殺しても自分の提督にはならないと、本能で察せられるからだと思われます。(便利な本能設定)

 個別適性以外でも同様、一回埋まってしまうともう他の同艦、艦娘は適合しなくなる。

 

↓補足説明、感想のお返し引用

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提督○○○ (それぞれの○が由良、鬼怒、阿武隈のキャパ専用の穴だと思ってもらって)

 

例えば初めて由良が提督を見た場合

 

提督●○○ (由良のキャパが埋まった状態)

 

で、もしこの埋まった状態で、なんらかの原因で由良が死んだ場合でも

 

提督●○○ (この状態は一生解除されない)

 

みたいなイメージでしょうか。

つまり、このあと再び別個体の由良と出会えたとしても、キャパが埋まってしまっているため別個体の由良は弟を提督にはできない。

 

そんな感じで、残りのあいた穴には鬼怒と阿武隈がまだはまる余地が残っている感じです。

 

正直、なんらかの原因で艦娘が身を引いた場合(既婚者など)その提督のキャパは無駄に埋まってしまい、おまけにその埋まった提督が死ぬまで、艦娘側は新たな提督が見つけられないという、凄まじく悲しいことになる。

 

でも、こうしないと艦娘同士の悲しい事件も起きてしまう。

書いてる人は神の様に無力なので、どう読者側で幸せな世界を作ってあげてください。

 

-----

 

 

・艦種の変化に伴う適性変化

 鈴谷など『第二艦娘変わり』※詳細は別項目

 などにより、重巡から軽空母などに艦種が変化した場合、重巡適性を持った提督の適性からは外れてしまうので、適合する提督が変わる場合が稀に稀にある。

 だが、既にその提督に出会って適合している場合は、艦種変化を伴う艦娘変わりは起こらない。

 個別適性、艦型適性などの場合は、艦種が変化しても問題なく適合する。

 

 

・『提督適性者免許』 

 艦娘を連れて市役所にいき、証明と書類手続きを終えると交付してもらえる免許。

 身分の証明や、様々な人、団体や組織から色々な便宜を図ってもらえると思われる。

 艦娘が運営する団体からの、交付金を受け取れたりするので登録推奨。

 また、色んな施設使用の際も優遇してもらえる。(囲い込まなきゃならんからなボソ)

 

 『意識高い男』は愛宕に無理やり連れて行かれて取らされたので所持している。

 他に『ヒモ』や『弟』は普通に持っていて、『無職』や『僕』や『ホスト』はまだ取っていない。※15話現在情報

 

 『艦娘証明証』というものがあり、こちらは艦娘と証明する以外特に使い道はない。

 

 なぉ、両方とも偽造すると『憲兵千鬼衆』がやってくる、アイヤー。

 

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■艦娘について(誕生~寿命)

 

・誕生~寿命

 

 普通の赤ん坊として生まれてくる。

 生まれてからしばらく経ってから、通常よりも早い成長具合などで艦娘と判明する。

 判明した場合は至急届出が必要。

 

 普通の赤ん坊より成長速度が速く、一年たたないうちに自我がはっきりし、艦娘としての記憶はこの段階ですでにある。

 そしてどんな環境で育ったとしても、その記憶にしたがって性格が形成されるため、まったく違う環境で育った同じ艦種の艦娘でも、比較的近い性格になる。

 

 二年たった頃には差異はあるが、六~九歳程度の体つきになり、身体能力もすでに成人男性を遥かに超えるものになる。

 その後、艦種にもよるが、六歳~十二歳くらいの間に『艦娘変わり』という、人間でいう成長期的な肉体変化が起こり、艦娘の姿として固定される。

 

 その後の艦娘たちは死ぬまでこの姿。

 

 寿命は基本的に八十歳程度だが、年経た艦娘が若い提督と添い遂げるために気合で寿命を延ばすことが多々、多々ある(強調)

 

 

・補足

 

『艦娘変わり』

 この期間は早くて一ヶ月、長くて一年以上続き、肉体的にも精神的にも不安定になることがある。

 つまり六歳~十二歳で大人の見た目に見える状態となる艦娘も居る。

 彼女たちが隔離教育を受けているのはそのためでもある。

 

 隔離教育は十二歳以降は、本人の希望で続けるか通常クラスへの編入かを選べるが、艦娘専門の履修科目があり、それを受ける必要がある。

 だが提督がそのクラスにいるなどの理由が無い限り、ほとんどの艦娘はそのまま隔離教育希望する、なんとなく。

 

『第二次艦娘変わり』

 いつ起こるかも不明で、起こらないこともある。

 専門の用語で『改二』という状態に変わる肉体変化が起こることもある。

 この状態になると新たに様々な力が備わる、戦闘能力とかとても上がる、おっぱいとかも大きくなる場合がある。(改三実装はRJ最後の希望)

 

 

『艦娘が誕生してからの流れ』

 艦娘と判明した場合は、国と専門の機関への届出が絶対に必要。

 その後、艦娘の育成を専門の機関が引き取り行うか、家庭で行うかを選び、家庭で行う場合は専門の講習が必要になる。

『弟』の両親は当然これを受けている。

 

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■艦娘について(艤装-身体能力-軍事関係)

 

・艤装

 普段は秘密のポケット空間(艤装格納庫)にしまってあるけど、任意で展開できる。

 でも使える様(法律的)になるためには、色んな講習や免許が必要、免許を持ってないのに使うと「ダメだぞって」怒られる。

 動かすのや展開するのに燃料や弾薬が必要だけど、市役所で詳細な申請とかしないともらえない。(自前で調達してくる堅気じゃない艦娘も居る)

 でも、生まれた時から最初に持ってる燃料や弾薬はあるので、いざというときはそれを使う。

 

・腕力、脚力等

 艦娘変わり後は通常時でもプロレスラーくらいある、コントロール訓練必要、提督とイチャイチャするときは多分力が抜ける。

 ハートのタービンに火を入れる(燃料必要)と機関出力基準の力を出せるけど、出力に合わせて瞬間的に重量が肥大化するので、ある基準を超える力を出すなら、艤装を展開した上で水面に立たないと異常が出る。 

 

・防御力(常時展開)

 拳銃弾    →ひゃっ!

 ライフル弾  →うざいってば!

 対戦車ライフル→いったーい!

 RPGとか  →流石にかなりいてえな……

 戦車砲    →撃たれた!!

 

・免疫

 船には細菌とかウィルスはきかない。

 でも艦娘を看病するシチュエーションが欲しくなったらなんかそういう病気が作られる。

 

・毒物

 基本的に余裕で効かない。

 でもアルコールは効くかもしれない、不思議。

 媚薬? R18へドウゾ。

 

・人間的、女性的な生理現象など

 秘密、でも基本その辺とは無縁、察して欲しい。

 長時間戦闘の邪魔になるので存在しないとかなんとか建前。

 夢があるんです、リアルを求める人は許してほしい。

 

 

・軍事関係

 艦娘は艤装をまとって軍人として活動している個体もいます。

 

 ですが、提督がいない状態で戦えるのか?

 艤装の修理は? 燃料は? 指揮系統は?

 それら含めてどのように運用されている?

 

 といった様々な設定に関してはなんとなくうまくやってる。

 というイメージでおねがいします。

 

・陽炎で見る、艦娘の生態

 

 

【挿絵表示】

 

 

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■艦娘について(提督適性者関連)

 

・基本的な艦娘の感情

 

基本的には艦娘としての記憶もあいまって、普通の人間と変わらない安定した精神感情を持って生活をしているが、常に心のどこかでなにか足りないと思っている。

 

なにか足りない、というのが提督だと気が付くまで、

あらすじにあるような自己の存在理由に思い悩む。

(既に見つけてる場合はこの限りではない)

 

 

「戦わない私たちに意味があるのか」

「人を遥かに超えるこの力はなんだ」

「そもそも私たちは兵器なのか、人なのか」

「こんな私たちに生きる価値はあるのか」

「なぜ私たちは生きるのだ」

「意思とは」

「そして、生命とは」

 

だけどある程度の年齢を重ねるとそんなことはど―――でもよくなって、誰もが己の内にある、たった一つの大切な想いに気が付く。

 

 

『私の提督を見つけなければ』

 

 

 問題はここからで、この後にも提督が見つからなければどんどん精神状況は変化していく。

 建造されたのに、目の前に提督がいないような精神状況が続き、それが存在意義の根底に関わる問題になるのかもしれない。

 その時の艦娘の精神状況と、提督との出会いの組み合わせこそが、本作のネックになっている気がしなくもないので、とりあえずふわっとこの辺はこんな所で終わり。

 

 

・提督をみつけたら

 

 本作のタイトルにもなっている一番の見せ場。

 でも大体雷が落ちたようになるだけ、この人だ、と本能が叫びを上げる感じ。

 

 艦娘によって、表現方法が変わったりする。

 例を上げると比叡等は

『自分の中の今まで一度も使われなかった動力機関に初めて火が入ったような感覚。』

 と、表現している。

 

 まあどう言い繕おうと、もうデレデレである。

 姉妹ラブ勢といえど、この感情からは、逃れられない。

 

 一説では、仕える人を間違わないように妖精さんが艦娘に与えたスキルだという説もある。

 

 

・艦名の契り

 

 艦娘が自分の艦名を呼ぶように願い、そして提督適性者が受け止めて、その名前を呼ぶことを指す。自分の艦名を自分からそう呼ぶようにお願いするのは、彼女たちが選んだ提督適性者だけだとかなんとかかんとか。

 

 艦娘は同じ艦娘と提督適性者以外に、面と向かって自分の艦娘名を呼ばれることがあまり好きではない(人間の名前はOK)。が、まあせいぜい親しくない人にあだ名で呼ばれる程度の感情なので、手を上げたりは多分しない。

 

 あと【艦名の契り】をしたからといって、特になにか変化はない。

 でもしてもらえると艦娘は超ウルトラスーパーミラクルうれしい。

 もしかしたら【艦名の契り】をしてくれた場合、なんとなく提督のいる方向がわかるとかそういう設定が追加される可能性もあるが、今のところ保留中。

 

 

・複数の別種の艦娘が同じ適性者に適合した場合。

 修羅場なんて無い、恐らくメイビー。

 でも一番になりたい乙女心はあるかもしれない。

 

 

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■艦娘について(その他)

 

・数は国内で千~二千人くらい(増えたり減ったりする可能性高)

 同じ艦種(例:川内と川内)みたいな同じ姿の艦娘が居る状況は、その時代に2~3人くらいだと思われる、一人しか居ない場合もある。

 世界全ての艦娘の数となるとちょっとわからない。

(まだ原作で登場してない艦娘も居る)

 

・艦娘は提督が見つからないと大体仕事に走る。

 世界の仕組みと合わさって艦娘の権力者比率はめちゃ高い。

 

・提督が事故死、病死した場合。

 残された艦娘に寿命が残っていなければそのまま(除籍日)を迎える。

 まだ寿命が残っていれば、新たな提督適性者を見つけた場合適合する。

 が、その提督とまた添い遂げるかは、艦娘によって異なる。

 また、最初の提督のような感情が湧くかも艦娘によって異なる。

 

・脳波共振について

 同じ艦である艦娘同士が近くに居ると(距離不明)

 二日酔いレベルの頭痛がする。

 が、提督がいれば回避できる可能性もワンチャンある。(設定検討中)

 また脳波共振が起こるのは、艦娘変わり終了後から。

 

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■制度や法律について

 

・結婚に関して

 艦娘としての戸籍があるので、同じ家族とでも結婚は可能。

 生物学的にも問題はない。

 重婚が可能かはまだ設定考え中ですが、ほぼほぼできると思われる。

 ただ、重婚が必要な適性者が少ないので、形骸化しつつある制度なのかもしれない。

 

・艦娘は、艦娘名とは別に、人間としての名前を持っている。

 

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■登場人物紹介(登場済の提督や艦娘)

 

※工事中

 

お茶濁し適当相関図 ↓

 

 

【挿絵表示】

 

 

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■Q&A 

 

※頂いた感想を抜粋、改変して記載しているものもあります。

 もし感想書いていただいた方の中で、消して欲しいという方がいらっしゃいましたらお手数ですがメッセージでご連絡お願いいたします。

 

◆Q.「提督をみつけたら」三次創作を書きたい!!

◆A.是非に、ですが活動報告に 【提督をみつけたら】三次創作ガイドライン というものを投稿しておりますので、そちらを一読後、ご判断いただければと思います。

 

◆Q.代々トップは常に『霧島』という霧島組は、ダライ・ラマやパンチェン・ラマの様に代替わりしているのでしょうか?

◆A.金剛連合会の組長継承問題は、組長不在の状態でも、継承する艦娘が現れるまでは、他の金剛型が肩代わりして組長は空位のまま運営する形を取っています。

 基本的にどこかに一人くらいはいるので、提督が見つかったり寿命を迎えた組長の地位は、別の金剛型に継承されます。

 ……なんだかいよいよ仁義なきシリーズみたいな話ですね。

 

◆Q.人間以外の提督も……いる?

◆A.人間以外の提督はたぶん出ない予定……うん、予定です。

 

◆Q.今のところ海外艦はリベッチオのみだけど、今後は他にも出てきそう?

◆A.総勢200名以上の艦娘を実弾にした、ロシアンルーレットやってるイメージなので、海外艦登場の可能性はあります。

 

◆Q.ふと思ったんですけれど、これ、島風や天津風、秋月型が来た場合、連装砲ちゃんたちも懐くんでしょうか?

◆A.懐く

 

◆Q.由良さんはいい……。

◆A.うん、由良さんはいい……。

 

◆Q.艦娘の成長速度……年下のお姉ちゃん……。

◆A.好きでしょ?

 

◆Q.この世界での艦娘って、生まれた瞬間にこの女の子は艦娘の誰々だって判別できるんですかね?

親としては産まれる前から普通の子供の名前として決めてたりするのもあるだろうし、いつ頃艦娘として判明して艦娘の名前になったりするんですかね? 産まれて少ししてから判明するのなら、それまで人間としての普通の名前もあるのかどうか。

◆A.生まれてからしばらくして、艦娘としての記憶を基に自分の艦娘名を申告する感じだと思います(恐らく)

 また艦娘たちは艦娘名の他に人間としての名前も持っている設定ではありますので、名前を決める関係の問題は大丈夫だと思われます、一話で僕がチラッとそれっぽいことを言ってる感じです。

 

◆Q.番外編でいいので全艦種適性持ちの提督がどんな目に遭うのか見てみたいです(小声)

◆A.ゲームの艦これを起動して鏡を見ればそこに。

 

◆Q.ラブコメ?

◆A.ラブコメ!

 

◆Q.ところで、提督適性者と艦娘の間に産まれた娘が適性のある艦娘だった場合どうなるんですかねぇ(愉悦

◆A.「ああ分かったよ! 書いてやるよ! どうせ後戻りはできねぇんだ。書きゃいいんだろ! 途中にどんな地獄が待っていようと パパとのシチュを…パパッ●スを俺が読ませてやるよ!」

 

◆Q.店長に一番良い胃薬を…

◆A.店長は既にいい胃薬飲んでいる、沢山、飲んでいる。

 

◆Q.居なくなったはずの深海側が深海適性のある提督を見つけて…とか(チラッ

◆A.深海側はほろんだ、やつらはもう、いない。(紙に書いた文字を読み上げてる感)

 

◆Q.重巡適性の提督が、軽空母になった鈴谷とかと出会った場合はどう判断されるんでしょうか?

◆A.「艦娘変わり」の後に訪れる「第二艦娘変わり」にて艦種変化がともなう艦娘変わりが起こり、艦種が変化した艦娘の場合は、合致する適性が変化します。

 ただ、艦種変化を伴う「艦娘変わり」は既に提督を見つけていた場合起こらない、そんな設定。

-------

艦種変化の伴う「第二艦娘変わり」が起き、軽空母になった鈴谷

その次の日、姉妹の熊野に自慢してやろうと学校に行くと、重巡の艦種適性を持った提督と幸せそうに腕を組みながら歩く熊野の姿が。

「待ってましたわ鈴谷! さぁ、これで私たち同じ提督の元で幸せになれますわよ!!」

「……」

-------

いや、そんな未来は無いから。

 

◆Q.ツンデレ適性とかヤンデレ適性とかCV適性とか、国別適性とか第七駆逐隊適性とかあるん?

◆A.考え中です(特殊型適性はロマン、思いつかなかったのが悔しい)

 

◆Q.店長、頑張れ。超頑張れ店長。悪夢のおかわりが二人も残ってるけど頑張れ。

◆A.無理じゃないかな?

 

◆Q.艦娘によっては適性者に会う機会を増やすために不特定多数の人に会う仕事を選ぶ艦娘もいそうですね。教師はもちろん、小売や飲食などB_to_Cとか。

 逆に、揉め事になりそうな結婚式場は避けそう。

◆A.そこに気が付くとか天才かよ。

 

◆Q.前作の「豚と呼ばれた提督」と世界線同じだったりするのでしょうか?

◆A.過去か未来か、平行世界か異世界かはあんまり考えてないのですが、ラーメン屋のオヤッさんみたいに本編に影響ない程度の微妙にクスリとしたネタも突っ込めればと思います。

(ごめん嘘、影響でるかも)

 

◆Q.由良姉さんは「艦娘には恋愛において他の可能性を考える余地はない」みたいなこと言ってましたが、理論上、提督適性にもいろんなのがあり、適性持ちも少なくはないわけですから、実は艦娘にも恋愛対象を選ぶ余地はあったりしないの?

◆A.『艦種適性』や『艦型適性』がすごいレアで、『個別適性』ですらも宝くじに当たるほうがまだ現実味のあるレベルとなっているため、選ぶ余地はほぼない感じとなっております。

 また、本編では多分起きないのですが、該当する適性を持った人が二人居て同時に目の前に立った場合は、多分先に見て適合した方が提督になるんだと思います。(刷り込みスタイル)

 

◆Q.この世界観での教育を受けていて、無職が陽炎姉妹へあのような対応をしてしまったのはなぜなんだ、気が付くでしょ!

◆A.地域によっての艦娘に対しての教育内容に差がある感じでして、艦夢守市の外から来た無職は、色々重なって陽炎たちが艦娘だと一ミリも気が付いてない感じです。

某アイドルグループ全てを覚えている人がそんなに居ないようなそんな感じでしょうか。

 髪の毛の色もこの世界では一応染髪料が進んでるの関係で特に疑問に思ってない感じです。

 

◆Q.提督が既婚者だった場合は?

◆A.祈れ、幸せな世界を(そのうち挑む命題)

 

◆Q.よく考えたら、給糧艦と工作艦って適性者少なすぎて涙目なのでは?

◆A.艦種適性、艦型適性が極めてレアなので、結局の所艦娘たちは個別適性の提督を探すという形になる以上、結局涙目ですね。

 

◆Q.【艦名の契り】は『僕』と『加賀』では「提督が呼ばなければ【艦名の契り】が成立しない」ように読めます。

しかし『僕』と『翔鶴』や今回の『独り身男』と『川内』から「艦娘が艦名を提督適性者に名乗った時点で【艦名の契り】」とも取れます。

どの時点から【艦名の契り】になるのでしょうか? 

◆A.基本的に、艦娘が自分の艦娘名を提督適性者に呼ぶようにお願いする段階で既に【艦名の契り】が開始してる状況です、ただ成立はしてないというだけで。

だから呼ぶように願う時点で既に【艦名の契り】という表現を使っています(あせあせ)

 

 

 




本作は皆さんの感想を吸収しながらがんばって作っております。

評価、お気に入りを入れてくださりありがとうございます。
そして誤字報告してくださる方へはいつも夢の中で添い寝しています。

また感想や活動報告へ書き込んでくださり本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
 


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『僕』と『正規空母:瑞鶴』

 
貴方の話をずっと書きたかった。(ツインテールを見ながら)
 


 

 最近、姉の翔鶴の様子がおかしい。

 

 艦娘として翔鶴の妹であり、年の離れた親しい親友でもある瑞鶴はそう感じていた。

 

「え~、翔鶴ねえ次の休みも駄目なの?」

『ごめんなさい瑞鶴、その、ちょっとはずせない観さ…用事があって』

 

 今日も電話をかけたらこんな感じだった。

 

 以前はどこに行くにもよく自分を連れまわすことが多かったのに、と首をかしげる瑞鶴。

 

 そういえば最近の翔鶴は、仕事が終わった後も直ぐにどこかに行ってしまうらしく、いや、仕事中であってもよく外回りを理由にどこかに行くことが多くなったとか、翔鶴の秘書がこぼすのを聞いたのを瑞鶴は思い出した。

 

 ……。

 

 この前などは直接会いに行って、さりげなく聞いてみたが。

 

「なんでもないわ、ええなんでもないの」

 

 と、目を逸らして気まずそうにしていた。

 

 怪しい、とても怪しい。

 

 そして瑞鶴は一つの結論にたどり着く。

 

 

「あっ、そっか。もう直ぐ私の誕生日だった」

 

 

 自分のサプライズパーティーのために不器用に隠し事をしながら奔走する姉の姿を想うと、瑞鶴は胸が熱くなった。

 

「そっかー、ふふふーん♪なら私も驚かせちゃおっかな~」

 

 気が付くが早いか、瑞鶴は姉へのカウンタープレゼントを準備すべく街へショッピングに繰り出すことに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『僕』と『正規空母:瑞鶴』

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界は一度滅びかけたらしい。

 

 しんかいせいかんという、怪物が現れて世界をめちゃくちゃにしたんだ。

 だけどどこからか現れた艦娘と、その辺に居た提督と、あと沢山の人たちが力を合わせてしんかいせいかんをやっつけて平和を取り戻し……

 

「翔鶴姉、なに? ……って、提督さんじゃん! なにやってんの? 爆撃されたいの!?」

 

 ……またなんか出た。

 

 入院中のおばあちゃんへの誕生日プレゼントを買おうと街に出て、駅ビルの中の婦人向けの階のお店を回っていると、気の強そうな美人というより、かわいいというイメージのツインテールのお姉さんに声をかけられた。

 無地の赤色のワンピースと白いジャケットを羽織った服装なんだけど、高そうなブランド物のベルトを巻いていて、全体で見るととてもおしゃれで似合ってるなぁと感じられる服装だ。

 

 僕が無反応で居ると、そのお姉さんは首をかしげる。

 

 僕は知っている、きっとこれは僕の後ろにこのお姉さんの提督さんが居るのだ、学年でかわいいと評判の子が僕に向かって手を振っていると勘違いして、振り返して恥ずかしい目にあったことがある。

 

 僕がすっと立ち去ろうとすると、お姉さんは慌てて僕が着ている服のフードの部分を掴む。離して欲しい。

 

「あ、あ、あ、ごめんごめん。自己紹介がまだだったね! 翔鶴型航空母艦2番艦、妹の瑞鶴です。艦載機がある限り、負けないわ!」

 

 どうやら勘違いではない上に、この人もまた艦娘のようでおまけに翔鶴さんの妹らしい。

 あと艦載機が無いと負けてしまう人らしい。(※史実参照)

 

「はぁ、どうも……」

 

 とりあえず返事をしたけど弱った、今日は防犯用の笛も虎の子の防犯ブザーも持ってきていない、僕としたことが。

 

「なんというかすごい誤算ね、翔鶴ねえのプレゼントを買いに来た店でまさか私の提督さんを見つけちゃうなんて……どうしようかしら、すっごいうれしいんだけど色々複雑。提督さん翔鶴ねえの適性もあるのかな……」

 

 ぶつぶつとなにかつぶやく瑞鶴さん。

 なんとか離してもらおうとフードを引っ張ると、瑞鶴さんはあっさりと離してくれた。

 

「まっ、いっか! とりあえず提督さん、ちょっと付き合ってよ!」

「あの、おねえさんすみません僕用事が……」

 

 なんとか断ろうとしたけど、瑞鶴さんは言い終わる前に、しゃがみこみながらがばっと僕の両肩に手を置いてじっと此方を見つめる。

 

「ず、い、か、く」

「あの、おねえさ……」

「ず~い~か~く~」

「……瑞鶴さん」

 

 瑞鶴さんは、僕の言葉を聞いて「う~ん」と目をつぶって唸り。

 

「さん、はいらないかな」

 

 と言ったので、それに対して僕が、

 

「瑞鶴さんも僕のこと提督さんって言ってるじゃないですか」

 

 と言うと、きょとんとした顔をして大笑いした。

 

「っぷ、あはははは! うん、そう、そうね。じゃあまあとりあえずは瑞鶴さんで勘弁しといてあげる!」

 

 なにが面白くてなにを勘弁してもらえるのかわから無いけど、とりあえずそういうことになった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ねえねえ提督さん! これなんかどうかな!」

「はぁ、いいんじゃないでしょうか」

 

 なぜかあの後押し切られて、そのまま瑞鶴さんの買い物に付き合うことになった。

 正直さっきから瑞鶴さんが見ている服やアクセサリーは、僕にはよくわからない。高そうだな、って思うくらいだ。

 合間を見ておばあちゃんのプレゼントを買おうと思ってきたけど、ここの売り場にあるものの値段を見てると、とてもじゃないけど僕のお小遣いじゃ買える物なんて無い。

 

「てーとくー! もっとちゃんと見てよ~! ふてくされるぞー?」

 

 頬を膨れませて僕の後ろから抱きついてくる瑞鶴さん。どうでもいいけど翔鶴さんに抱きつかれた時の感触が無い。

 

「あの、僕そろそろ行っていいでしょうか……」

「ん? 提督さんなにか用事あるの?」

「ええまぁ、祖母への誕生日プレゼントを買いたいので」

 

 両腕の拘束を解きながらそう言うと、瑞鶴さんは驚いた顔をした。

 

「うそ! なんだそれならそうと早く言ってよもう! 私もプレゼント買おうと思ってたんだから。一緒にさがそっか!」

「はぁ、ですがこのデパートにあるものはとても僕には買えないので……」

 

 ちらりとマネキンが着ている服の値札を見る、予算より二桁くらいオーバーしていた。

 

「別によさそうなのがあったら私が買って……って、それは違うわよね」

 

 当然だ、僕からおばあちゃんへのプレゼントを、他の誰かに買ってもらうのが間違いだっていうのは僕にだってわかる。

 じとーっとした目で僕が見てるのに気がついたのか、瑞鶴さんはばつが悪そうに言い直しながら頬をかく。

 

「と、とりあえず喫茶店にでもいこっか。提督さんのお婆様のお話聞かせてよ!」

 

 さすが艦娘とでもいおうか、瑞鶴さんは軽々と僕を小脇に抱え走り出す。

 

 降ろしてほしい。

 

 おじいさんやおばあさん、おじさん? お兄さん? と手をつないで歩く学生っぽい女の人や、三人のお姉さんたちに囲まれて、白いスーツを試着させてもらってるかっこいい金髪の人。

 

 ん、かっこいい金髪の人?

 

 とにかく誰か誘拐と勘違いして、止めてくれないかなと思った。

 

 けど、周りの店員さんや大人の人たちの目は、そんな僕たちを姉弟を見るような目だった。

 

 

 

 飲食店のフロアに到着すると、瑞鶴さんはさっさと店を決めて入りアイスコーヒーを注文した。

 ちなみに僕はオレンジジュース、お小遣いを使いたくないので水でいいと言ったんだけど、瑞鶴さんが払うから好きなものを頼むようにと強引に押し切られてしまった。

 

「知らない人に払ってもらうのは……」

 

 と一応断ったんだけど、それを聞いて泣きそうな顔をされてしまったのでしぶしぶだ。でもオレンジジュースは美味しい、美味しいものを口にすれば口も軽くなる、そうして僕らはお互いのことを少しづつ話しだした。

 

 瑞鶴さんは実姉妹ではないけど、艦娘の姉妹である翔鶴さんととても仲がよいとか。

 瑞鶴さんは自分がデザインした服を作って売ったり、買い付けたブランド物を販売するお店を経営したり、時々モデル? のお仕事をしているとか。

 僕のおばあちゃんのお母さんが天城という艦娘だったとか、僕の予算とか。

  

「へー、提督さんのひいお婆様は天城さんだったんだ」

「ひいおばあちゃんのこと知ってるんですか?」

「知ってる、っていうのとはちょっと違うんだけどね。艦娘としての知識として持ってるというかそんな感じ」

 

 僕が首をかしげると、瑞鶴さんは「その辺はちょっと提督さんでも説明がむずかしくてね」と、言葉をこぼす。

 

「それよりも、提督さんの予算で買えるいいもの思いついちゃった」

 

 そう言って悪戯を思いついた友達のように、瑞鶴さんはいい笑顔を浮かべた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「すごい……」

 

 目の前には大昔の船や飛行機、戦車や自動車、潜水艦や列車まですごい数の模型がガラスケースに展示されている。あの後、瑞鶴さんはまた僕を小脇に抱えて走り出し、同じデパートにあるこの模型専門のお店につれてきてくれた。

 

「えーっと、これこれ。零式艦上戦闘機 52型、私たち空母の武装の一つだった戦闘機ね!」

 

 瑞鶴さんが指さす先には綺麗な緑色の飛行機の模型があった。

 

「と、言っても私たち艦娘は皆元々軍艦だったからその頃の飛行機でもあって……まぁ、難しいことはいっか。とにかく、提督さんのひいお婆様もきっとこの飛行機を使って戦ってたと思うわ、もちろん大戦当時の天城さんがだけど。これを組み立ててプレゼントするってのはどうかしら?」

 

 確かに、おばあちゃんの部屋にこの飛行機の絵が飾ってあるのを見たことがある。僕が作ってプレゼントすれば喜んでくれるかもしれない。

 そして瑞鶴さんの手にはいつの間にか、その零式艦上戦闘機 52型の模型の箱があった。

 

「はい、これなら提督さんのお小遣いでもぎりぎり買えちゃうんじゃない?」

「うん、確かにこれなら買えそうだし、おばあちゃんも喜んでくれるかも。けど……」

 

 だが大きな問題がある、僕は模型を作ったことが無いのだ。

 

「ふふふー、もちろんこの瑞鶴さんにその辺抜かりはないわ。この店の奥に組み立て用のスペースがあるから一緒に組み立てましょ、教えてあげる!」

 

 瑞鶴さんはお店の人と顔見知りらしく、一言二言話すと奥の作業机があるスペースまで案内してくれた。

 僕と瑞鶴さんは向かい合って座り、模型の箱を開け中身を取り出す。独特なにおいのする透明な袋を開けると、細いプラスチックの枠の中に沢山のちっちゃいパーツがついている物が出てくる。

 

「はい、ニッパー。これを使ってまず一個づつパーツを切り離すの、間違ってパーツ切っちゃ駄目よ。ランナー……えっと、この枠の部分ね。で、これがパーツで、パーツとランナーの間の細い部分がゲートっていうの。ぎりぎりで切り離さなくてもいいから余裕持ってこのゲートの部分を切ってね、残った部分は後から削るから大丈夫」

 

 要点だけ説明すると、瑞鶴さんはお手本を示すように手際よくパーツを切り離し始める。

 すごく手馴れた様子で、あっという間にパーツが積みあがっていく。

 僕も負けじとパーツを切り離す作業を黙々と始める、しばらくパチンパチンと、ニッパーでパーツを切る音だけがあたりに響く。

 

「……瑞鶴さんは随分と手馴れてるんですね、模型作るの好きなんですか?」

「まぁ、好きかどうかでいえば好きなんだけどね。昔ちょっと悩んでた時に気晴らしにやったのが切っ掛けかなー」

 

 艦娘も悩むことがあるのかな、瑞鶴さんとか特に悩みがなさそうだけど。

 

「あー、今悩みなんて無さそうって思ったでしょ?」

「……いえ、別に」

「まぁ、私は翔鶴ねえが居てくれたからましな方だけどね。じつは艦娘も色々悩みがあるものなのよっと。よし、できた。ちょっと必要な道具や塗料買ってくるから、作業進めながらまっててね」

 

 そう言って瑞鶴さんは立ち上がり、売り場スペースの方へ歩いて行った。

 僕はそれを見送り、手元にあるパーツをパチンパチンと切り分ける作業を再開する。

 

 パチンパチン、パチンパチン、パチンパチン

 

 退屈すると思うかもしれないが、実はこういうの意外と得意なのだ。

 

 パチンパチン、パチンパチン、パチンパチン

 

「あれ、彼女どこ行ったのかな? そろそろいるだろうと思ってマスキングテープと塗料を持ってきたんだけど」 

 

 ふと、夢中になって作業に没頭していると、渋いおじさんの声が聞こえた。顔を上げると、そこには声の通り渋い……ともいえなくもないけどどちらかというと白熊さんみたいな白いひげを生やした初老の男の人が居た。

 青い前掛けの胸に『店長』と書かれたバッジをつけているから、多分このお店の店長さんなのだろう。

 

「瑞鶴さんなら、次の作業に必要な道具を買いに行かれましたよ」

「ありゃ、入れ違いになっちゃったか……ん? 今君、彼女のことを艦娘名で呼ばなかったかい?」

 

 店長さんはすごく驚いた顔で僕に聞き返す。

 

「はい、瑞鶴さんにそう呼べって言われたので」

 

 僕の言葉を聞いて、唖然とする店長さん。

 

「……ついに見つけたのか。今日は飛び切り機嫌がいいと思ったらそういうことだったんだねぇ。ようやく長年の願いがかなったのか、よかった、本当によかった……」

 

 店長さんはポケットからハンカチを取り出すと、目元をぬぐう。

 

「瑞鶴さんのお知り合いなんですか?」

「ああ、彼女が学生の頃から知ってるよ。……当時はひどく無愛想で表情に乏しい子でねぇ。よく学校帰りにここに移転する前の店に来ては、模型を買っては店にある組み立てスペースで一人で黙々と模型を作ってたもんだよ」

 

 遠くの方を見ながら、ゆっくりと思い出すように語る店長さん。なんだかおばあちゃんがお父さんやお母さんの思い出話をするときの目に似ている。

 

「当時はもう鬼気迫るといった感じでね、なにか足りないものを埋めるみたいに必死で模型を作ってる様子を見て声をかけたことがあったんだよ。なんでそんなにあせるように必死で模型を作ってるのかってね。そしたら彼女なんて答えたと思う?」

 

 僕が瑞鶴さんに会ったのは今日が初めてだし、当時の瑞鶴さんのことなんて当然想像もできなかったので、僕はわからず首を横に振る。

 店長さんはそんな僕を見てから、悲しそうな顔で再び話し出す。

 

「彼女はこう言ったのさ『一生懸命やってるだけ…よ』ってね。なんというかそれを聞いて、彼女たち艦娘にはきっと僕らにはわからないとても大きな悩みがあるんじゃないかって、そう思ってね。それ以来少しづつ話すようになったんだけど。それからしばらくたって、彼女が就職したって聞いてからかな、少しづつだけど明るくなって今の彼女みたいになったのさ。」

 

 僕は赤城さんや加賀さんや翔鶴さん、そして瑞鶴さんのことを思い出す。

 

 おかしなお姉さんたち、でも彼女たちは艦娘で、人間と一緒に生活しているけど、人間とはまた別の考えを持って生きているんだなと、店長の話を聞いてそう思った。

 

 ふぬ、店長さんは悲しそうにしてるけど、つまりそれは彼女たちはそういうものなんだと考えれば当然のことなのだと……。

 

 あれ?

 

 僕は今一体なにを考えていたのだろうか?

 

「あー! 店長レジにいないと思ったらこんな所に。ほらほら早くこれ精算してよ!」

 

 そんなことを考えてると、向こうから瑞鶴さんの声が聞こえた。

 

「あはは、ごめんごめん、すぐいくよ! ……今の話、私が言ってたってのは内緒にしといてね」

 

 そう僕に言い残して店長さんは去って行った。

 店長の背中は、嬉しそうでもあり、何処か悲しそうにも感じられた。

 

 

 ゴトリ

 

 

 ふと、なにか音がしたので振り向くと、机の上に見覚えの無いプラモデルの箱が置かれていた。

 なんだろう、箱には『大鳳』って書かれてるけど、むずかしくて読めない、多分船の模型だと思うんだけど……。

 

「あら、なに? それ空母じゃない、しかも大鳳とか。やめといたほうがいいわよ提督さん、それ初心者が作るにはちょっとハードルが高いわ」

 

 見ると色々な道具の入った小さなかごを持って瑞鶴さんがそこに居た。

 

「てかどうしてもっていうなら『瑞鶴』作りなさいよ! なんで大鳳!?」

「いや、気が付いたらここに置いてあって、僕知らないです」

 

 瑞鶴さんは『大鳳』の箱を持って、不審そうな感じになるも、とりあえずおいてあったと思われる場所に戻しに行った。

 

 ほんと、なんだったんだろうか。

 

 しばらくして瑞鶴さんが戻ってきた。

 

「どう、切り分けは終わった?」

 

「あ……もう少しです」

 

 店長と話していたせいで中断されてしまったけど、残ったパーツは後少しだ。僕は少し急ぎながら切り離す作業を再開する。 

 

「あ、別にそんな慌てなくても……っあ!」

 

 少し慌ててしまったからだろうか、ニッパーで切断する時にパーツを持っているほうの手の指の先っちょも一緒に切ってしまった。

 別にそんなに痛くは無いんだけど、指から流れる血を見て瑞鶴さんが慌てて僕の手を取る。

 

「や、やだ、血が出てる。痛いかな、ちょっと我慢してね。んっ……」

 

 少し焦ったような様子の瑞鶴さんが、僕の指を口にくわえてなめ始める。指先にぬちゃっとした感触があり、少し荒い息があたっているのがわかる。そしてひと舐めするごとに、瑞鶴さんの頭が上下に揺れて、左右に結ったさらりとした長い髪が腕にふさふさとあたった。

 

 とてもくすぐったい。

 

「んぁ……んっ、ん……よし、これでいいかな」

 

 そうしてハンドバッグから小さな絆創膏を取り出して、僕の指に巻きつけてくれる。

 瑞鶴さんがあんまりにも一生懸命手当てしてくれたものだから、気恥ずかしくなってしまった僕は、お礼の言葉をこの前の赤城さんの時みたいに、ちょっと悪戯するような感じで言うことにした。

 

「ご苦労だった瑞鶴、ありがとう」

 

 なにかで見た、軍人さんのような感じの言葉だ。あ、思わず呼び捨てにしちゃったけど大丈夫かな。

 見ると瑞鶴さんがきょとんとした様子でこちらを見ていた。そしてふっとすごく真面目な表情になり、

 

「……ご無事でなによりです、提督」

 

 そう返事をしてくれる。

 

 僕たちはしばらく、そんな軍人さんのように真面目な顔で見合わせていたんだけど、やがて瑞鶴さんが耐えられなくなったのか、笑い出してしまった。

 

 よかった、怒ってなかったようだ。

 

 でも、そんな笑ってる瑞鶴さんに向かって、塗装に使うと思う小さなペンが飛んできてあたる。

 

「私がここまで被弾するなんて!」

 

 思わず叫んだ瑞鶴さん、直ぐに飛んできた方向に向かって走って行ったけど、結局誰が投げたのかはわからなかったらしい。

 

 謎だ。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 どうにも、模型というのは一日で作るのは難しいらしく、今日はある程度まで作業を進めて、後日続きを作るということで帰ることになった。

 

 ちなみに、作りかけの模型は瑞鶴さんが預かってくれるらしい。

 

 瑞鶴さんが運転する屋根のないスポーツカーで家の近くの公園まで送ってもらい、車を降りる。ちょうど夕焼けがあたりを照らしていて、海の向こうの水平線に夕日が沈む様子が見えた。

 

「じゃあまた、来週の休日にあの店で待ち合わせね! なにかあったら渡した電話番号に電話して、直ぐに出るから」

「はい、今日はありがとうございました」

 

 瑞鶴さんは手をひらひらさせながら優しい笑顔を浮かべると、車を発進させた。何度か名残惜しそうにこちらを振り返っていたけど、やがて車は見えなくなった。

 

 

 今日はいろんなことがあった気がする、僕はどっと疲れてしまった。

 けど、いい日だったと思う。

 

 

 とりあえず近くの公園のトイレで用を済まし、トイレから出て公園から見える景色を眺める。

 

 ここは『艦夢守市(かんむすし)』

 

 大きな港があり、その港と街の周りをぐるっと山に囲まれている、そんな立地の場所。

 都会とまではいかないけれど、それなりに騒がしくてそれなりに穏やかな大きさの街。

 

 

 そしてこの街には一つの噂がある。

 それは提督適性者が集まるという噂だ。

 

 

 この街には沢山の人間と、居るかもしれない提督適性者たちと、その噂を聞いてやってきた割と多くの艦娘たちが平和に暮らしている。

 

 

 つまり、ここが僕の住んでいるところだ。

 

 

 

 

 後、ふと気が付いたのだけど、瑞鶴さんに僕が翔鶴さんの知り合いで、更に適性もあるってことを言いそびれてしまった。

 

 

 

 まぁ、また今度会ったときでいっか。

 

 

 




加賀・翔鶴「ヘイsiri、加賀さんと翔鶴ねえが勝利する方法を教えて」
siri「すみません、加賀さんと翔鶴ねえが勝利する方法はみつかりませんでした」
 


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『無職男』と『駆逐艦:磯風』

 
豚まんを口に突っ込まれる感想のせい。
 


 

 無職でございま~っす♪

 

 

 …………。

 

 

「だが肉まんが食べたい」

 

 

 季節はもうすっかり冬となり、寒い朝の室内に俺の寝起きの一声が響く。

 朝起きてからの一声がこれとか、わけわからん。

 

 いや、実は予想ならつく。

 今日、口に肉まん(豚まん)を詰め込まれる夢を見たからだろう。

 何故かわからないが無性に肉まんを食った後に烏龍茶も飲みたい気がする。

 

 職は未だ決まらないが、まぁなんとかなるだろう。

 そう何回も不知火にケツを蹴られるわけにもいくまい。

 

 そしてなにより、今の俺はかつてないほどの怒りの炎を湛えている。

 何故ならば、先日学生時代からなにかと縁があった、前島のアホに同情されたからだ。

 

 なにが「再就職先の世話しましょうか?」だ。

 

 その殺し屋みたいなツラを、やたらと光を反射するメガネと一緒に殴りかけたわ。

 

 今の俺ならどこまでも行ける気がする。

 人は怒りだけで動くことのできる生き物なのだろう。

 

 ベッドから起き上がって一服、意識をからにして思考を尖らせる。

 行くか、どうせ今日の予定はなにもないのだ。

 肉まんを食って、その後で河原でも眺めながら一服し、優雅な朝を満喫しよう。

 

 上手くいけば蒸しあがりの豚まんをゲットできるかもしれん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』と『駆逐艦:磯風』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「肉まん、おれの、肉まん」

 

 

 とんびに、肉まん、とられた。

 

 

 またかよ、いや、待て待て。

 肉まんを買って、ウッキウッキしながらかぶりつこうとした所を狙われたのはわかるのだ。

 

 問題は走行中の自転車から取られたということだ。

 なんなんだあいつら、トンビの野生なめてたわ。

 

 人類はそろそろ真面目に、奴らとの戦争を決断すべきだろ。

 

 しかし、たっぷりとかけたカラシが辛かったのか、トンビは肉まんを吐き出してた。

 

 見たか、人類をなめるなよ鳥類め。

 後、それちゃんと拾って食えよ。

 

 謎の達成感を胸に、もう一回肉まんを買いに戻ろうと思って自転車をこぎだす。

 そして後ろからの衝撃、トンビにやられたと気がついたのは川に落ちてからだった。

 

 川沿いの細い道を走ってたら見事に落ちた、頭から。

 

 膝程度の深さだったため、溺れるなんてことはなかったが、この寒さの中で川に落ちるというのは控えめにいってなに一つ救いがない。

 

 ……ここ最近の俺の運のわるさは酷いものがある。

 

 なんなんだこの感情は。

 

 そういえば以前に似たような道を前島と並んで自転車で走ってたら、気がつけば隣に前島がいなかったことがあった。

 そして道を戻ると、何故か前島が川に落ちていた。

 あの時の前島のずれたメガネの向こうから、こちらを見る目がやたら面白かったので爆笑したもんだが……

 

 ああ、なるほど、あの時前島が抱いていたのは、こういう感情なのか。

 

 気持ちがきれた。

 今日はもう終わりだ。

 

 テンションがもうピクリともせん。

 

 

「なにをしてるんだ君は?」

 

 

 そんな絶望にくれる俺に声をかける誰か。

 

 見るとやたらとプライドの高そうな顔の、長い黒髪のちっこい少女が俺を見下ろしていた。

 上着は白いコートにマフラーを巻いてるが、下は冬だというのに短い黒のプリーツスカート。

 子供は元気だな。

 

 後どうでもいいけどパンツ見えてんぞ。

 

 いや、しょうがないけど。

 位置的に、俺、川に落ちてるし。

 

「あー、陽炎の縁者の者だな、確か味噌風」

 

「磯風(いそかぜ)だよ……で、もう一度聞くがなにをしてるんだね、君は」

 

 そうだったな確か、うん、いそかぜいそかぜ。

 

「トンビと生死をかけた戦いの結果だよ」

「トンビに負けたのか、君は……」

 

 改めて言葉にすると悲しすぎる、そうだよ、人類は負けたんだ。

 そしてどん底の気分に陥る、どうすんだよこの感情。

 

 人は怒りだけでは生きられないんだぞ。

 

「ああ、もうとにかく。幾らなんでもそのままだと風邪をひいてしまう。すぐ近くだからうちによって服を乾かして行くといい」

 

 まあ確かに、無職状態で風邪とかどう考えても即死コンボである、それはご遠慮願いたい。

 

「お言葉に甘えるか……」

「ふふふ、素直じゃないか」

 

 そう言って磯風はやたら強い力で、俺の手を掴み引っ張り上げてくれる。

 ああ、こういうパターンで手を掴むのでもいいのね、君ら。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「悪いな、そんなものしかなくて」

「いや、十分だよ。それにこれならサイズも気にしなくていいからな」

 

 風呂を借りて、出ると乾燥機に放り込まれた服の代わりに、男物の着物が置かれていた。

 浴衣はともかく、男の着物なんざ初めて着たわ、とりあえず帯は適当に締めたけど意外となんとかなるもんだな。

 

「しかし、古い家だなここ」

「まあ古物商だからな。まず形からということで祖父が古い建築物を真似て建てたらしい。頑丈ではあるのだが、中々手入れが大変なんだ」

 

 こたつに入りながら、こちらに首を思いっきり傾けながら、顔だけ向けて丁寧に説明してくれる磯風。

 ちょいツラそう、なんとか角ってやつか。

 

 しかしそうなると築数十年か、旧時代劇だっけ、その手の番組で見たことがあるような建物だ。

 別にないわけじゃないが、なんせ結構建てるのに金がいるからよほどの見栄の張った金持ちくらいしかチョイスしない建物である。

 

「だけどまぁ、悪くない趣味してるわこれ」

 

 なんというか、紙と布と木のぬくもり、草の香りと柔らかさみたいなのを感じられる。

 さらにこの部屋には無駄なものがなく、ただ木のタンスとコタツがあるだけだ。

 

 あれだ、わびさびってやつだな。

 

「さぁ、突っ立ってないで入るといい、部屋の中といえど少し寒いからな」

「ああ、そうだな」

 

 磯風が座る辺の隣に座る。

 この場所にしたのは単純に、座布団がここに敷かれていたからである。

 

「しかし今日は平日だろ、学校に行かんでもいいのか?」

「……単位はすべて取り終わっている、問題はないさ」

 

 ああ、そういえば内地は単位制も選べる学校があるんだっけか、忘れてたわ。

 

「それに、ここには私一人しか住んでいないから、店番をしなくてはいけないからな。基本的に平日はずっとここにいる」

「え? あ、ああ、そういうことか」

 

 そういうことなんだな、陽炎家族問題。

 迅速に話題を切り替えろ、俺。

 

「しかし古物商なんて儲かるのか? 見た所随分暇そうだが」

 

 ここに入るときに見た綺麗に掃除された店内、この室内もだが。

 だが綺麗と同時に人がいた気配が極端に少なく、お世辞でもお客が多いとは思えない。

 

「よそはどうか知らないが。そうだな、うちは年に二つ三つ売れれば十分食べていけるから問題ない」

「マジかよ、なにそれ羨ましい」

 

 超高等民族じゃん、俺もなろうかな。

 

 そんな俺のアホな思考が漏れてしまったのか、磯風はクスリと笑う。

 

「ただ、いろんな古物に関する知識と資格、親から受け継いだ色んな財産。それ以外にも沢山の目利きの経験が無いと、とてもできるものじゃ無いがな」

「やっぱ人生そう甘く無いか……」

 

 いや、甘く無いっていうか、働けよ俺。

 ふいに、どこか寂しげに磯風が言葉をこぼす。

 

「ほんと、感謝しているのさ。引き取ってくれた両親には……」

 

 ……これは、踏み込む、所なのだろうか、教えろ、前島。

 

 

『行くべきでしょう、少女のためにできることは全てやるべきです』

 

 

 うるさいわ。

 

「あーーーー、なんだ。なんか困ってることとかないか?」

 

 今はこれが精一杯だよチキショウ。(モンキー泥棒感)

 

「ふふふ、なんだ、藪から棒に」

「礼だよ礼。あのままだと風邪ひいて極めて惨めなことになってたからな」

 

 磯風は俺の明け透けなご機嫌伺いを聞いて少し笑ってから、軽く考え込む。

 

「そうだな……そういえば最近雨漏りしていてね。一箇所だけだからどうしたものかと思ってたんだが。少し見てもらえるか?」

 

「雨漏りぃ?」

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 屋根裏部屋に上がり、確認して見たところ、確かに雨がしみているような跡が一箇所。

 おそらく瓦が一枚割れたか、ヒビがいってるなこりゃ。

 

 下に戻り、乾いた服に着替える。

 さすがに着物で屋根に上がるような特殊な訓練はしてないからな。

 

 脚立を借りて二階の窓から屋根に出て、もう一段上の屋根に脚立をハシゴ形状に変えて登る。

 陸屋根とかだと屋上に行くための、ハシゴが付いてたりするから楽なんだが。

 構造的に外気の影響モロに受けるから、暑かったり寒かったりでかなわん。

 

 たまに不知火のジムでボルダリングをやるようになった成果か、前より体が軽い気がするわ。

 

 

 サンキューヌッイ。

 

 

 無事一段上の屋根に登り確認すると、やはり瓦にヒビが入っていた。

 が、そう大きなものでも無い。

 セメントボンドで固めりゃ問題ないだろう。

 

 心配そうに二階の窓から、こちらを見ている磯風の所に戻る。

 

「セメントボンドあるか?」

「セメントボンド? なんだそれは?」

 

 まあ、あるわけないですよな。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 そんなわけで買いに行くことにした。

 目指すは少し離れた商店街にある工務用品店。

 

「家で待っててもよかったんだぞ?」

「まあいいじゃないか、どうせ暇なんだ」

 

 自転車を漕ぐ俺、荷台に座って俺の腰に手を回す磯風。

 なんなんだ、女の子を後ろに乗せて自転車で走るってお前、なんかの青春映画かよ。

 

「店番はどうした、店番は……」

「なに、誰か来たら耳をすませば店のベルが聞こえるさ」

 

 おいバカやめろ、あとんなわけあるかい。

 

 途中軽い坂道を越えて、長い坂を下り降りた、びびったわけじゃないが怖かったので強ブレーキをかけながら安全運転で。

 

 無事目的地の商店街にある工務用品店に到着する。

 

 だがお目当てのものが、馬鹿でかい業務用のセメントボンドしかなかった。

 まあ普通そうだけどさ。

 

 仕方ないので一番小さい(2キロ)のを買う。

 どんなに頑張っても瓦一枚の補修に2キロとか絶対使わんけどな。

 

 磯風が料金を払おうとしたが、ここで払わせたら礼にならんからと断る。

 プライドがあるのだよ。

 

 くそぅ、でも2キロもいらねえ……

 

 帰り道の寒空の下、重量が増えた自転車を、白い息を吐きながら漕ぐ。

 なにが楽しいのか、磯風は歌なんぞ歌ってる。

 

 いい声だし、うまいな。

 コン○リートロードはどうかと思うが。

 

「グォ、坂道かよ……」

「降りようか?」

 

 うるせえ、大人をなめるな。

 俺は無言でペダルを踏み込む。

 

 んがががが、来るときは楽だったが、意外ときついなこの坂道。

 ゼエゼエと荒い息を吐きながら、汗だくになって自転車を漕ぐ俺。

 

 残り三割というところで、ふとペダルが軽くなる、遅れてさらに軽く。

 後ろを見ると磯風が黙ってグイグイ後ろから自転車を押していた。

 

「ぜえぜえ、おい、余計なこと……」

「この磯風を舐めるな!!」

 

 おうおう、余計な気を使いやがってじゃりんこが。

 くそぅ、だが今はその好意がありがたい。

 

 やがて坂を登りきり、磯風が再び荷台に飛び乗った。

 荷台に足を乗せて直立して、俺の肩をつかむ。

 

 立ち乗りってやつだな。

 

 坂道を下り始めると火照った体に当たる風が気持ちよくて、つい加速加速加速。

 あと何故か無駄に楽しくてノーブレーキ。

 

 やべえ、テンション上がって来たわこれ。

 

 

「コン○リートローッド!」

「進もう!!」

 

 

 二人で謎の叫びを上げながら駆け下りる。

 速度が上がるにつれアドレナリンドがブリブリ噴出してきた。

 今ならなんだってできる気がする!!

 

 

「はーっはっはっは! 今ならトンビにだって勝てそうだ!」

「大丈夫、今度は……私が護ってあげる」

 

 

 耳元でささやいてくる磯風、やかましいわじゃりん子が。

 でもなんかちょっと楽しいなおい。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「よし、まあこんなもんでいいだろう」

 

 屋根の修理を無事に終えて、磯風の元に戻る。

 

「ありがとう、助かったよ。しかし器用なものだな、屋根の修理ができるなんて」

「まぁ内地に来る前は、食える仕事で食って来たらな」

 

 貧乏学生時代のなんでも屋バイト生活の日々を思い出す、ちなみに会社はブラックだった。

 でもいろんな仕事せにゃならんおかげで、資格無駄に増えた。

 今思えば感謝すべきだったか。

 

 辞めるとき社長に二発ラリアットぶち込んだけど、一発にすればよかったな。

 

「ふふふ、いやいや。素敵なものだよ。待っててくれ、風呂でも沸かそう、汗をかいただろう」

「おーありがたい。頼むわ」

 

 鼻歌を歌いながら下に降りていく磯風。

 脚立と道具を片付けて、下に降りようとするが、ふと壁にかかった一枚の写真が目に入る。

 

 優しそうな老夫婦、その二人に挟まれ二人と手を繋ぎながら、どこか照れたような顔をしている磯風が写っていた。

 

 なんだ、少なくともここでは幸せだったみたいだな。

 写真一枚でわかることでもないだろうが、なんとなく、そう感じた。

 

 

 下に降りると、磯風がどこかに電話をかけていた。

 

 

「うん、至急頼むよ。一番高いのを。え? うちは弁当屋じゃない? そうか、ならいいんだ。いやいや、別になにも怪しくは無いさ。うん、私が料理が苦手なのは知っているだろう? 別に食べられなくはないだろうけどそんなものを『あの人』に食べさせるわけにはいかないじゃないか。うん? 誰かって? 私たちがよく知っていて、私が家にあげるのを躊躇しない男っていったらそんなの……ああ、すぐ用意して来る? うん、悪いよ、それによく考えたら君の所の料理は高いじゃないか、え? もちろんタダでいい? そこまで言うんだったらしょうがないかな、うん、ならいいよ、うちに持って来ても。……ふふふ、じゃあよろしく」

 

 

 ………………。

 

 

 多分聞いてはいけないことを聞いてしまった気もしなくもない、ので、俺はそのままそっと風呂に向かった、風呂はすでに用意ができていた。

 

 おそらく俺が作業を始める前から準備してくれていたのだろう、いい手際だ。

 

 と、思って体を洗おうとしたが、ちょうど石鹸が切れていた。

 

 うーむ、別に構わんといえば構わんのだが、磯風の感じ的に後で石鹸が切れていたと知り、不手際と感じて落ち込んでしまうようなビジョンが浮かんだ。

 

 ここは今ないから持って来てくれと言うべきだろう。

 しょうがない。

 

「おーい磯風!! 石鹸切れてるから持って来てくれ!!」

 

『……ああ、いいだろう…この磯風に任せろ提督!!』

 

 しばらく間を置いて、やたら気合の入った返事が返って来る。

 

 どうやら陽炎姉妹の間では俺のことを提督と呼ぶのが流行っているらしい。

 

 別にいいけどな、ちきしょう。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 腰にタオル巻いた俺に石鹸を渡し、磯風は赤い顔してコタツの部屋に帰って行った。

 

 ははは、純情ガールめ。

 

 ピカピカに体を洗い終え、風呂から上がると、前と同じく用意されていた着物に着替える。

 ホカホカしながらコタツの部屋に行くと磯風の姿がなかった。

 

 しょうがないのでよっこらせっくすと言いながら、座ってコタツに足を突っ込む。

 しばらくして、磯風が飲み物を盆に載せて部屋に入って来た。

 

「よかったらどうだい、りんごジュースだ。この前の野球の時に提督にもらって美味しかったからね。自分でも買って来たんだ」

「お、悪いな」

 

 俺の前にリンゴジュースの入ったグラスを置くと、磯風はなにをトチ狂ったのか、俺の膝の上に乗って座った。

 止める間もなく、そのままコタツに足を突っ込む、お香の香りがわずかに髪から漂って来た、線香かなにかの匂いだろうか。

 

 なんて考えてると、磯風はさらに俺の胸に背中を預け、体重をかけて来る。

 ガキンチョかと思ったらちゃんとつくところには肉がついてるんだな、後体温が地味に高い気がする、着物の布が薄くて柔らかいからよくわかるわ。

 

「おい、重い、離れぬか」

「ふふふ、いいじゃないか。あたたかくするのに越したことはないだろ?」

 

 まあそうだが、いや、親父が恋しいのかもしれんな、しょうがあるまい。

 俺は諦めてリンゴジュースを飲む。

 

 テレビもなにもない部屋、することといったらコタツに座りながら、のんびりと窓の外に広がる庭を眺める位しかない。

 ……なるほど、この位置に座るとちょうど真正面に庭が見れるのな。

 

「いい庭じゃないか、この庭見てるとお前を引き取ってくれた両親はいい人たちだったんだってわかるわ」

「……そうだね、とてもいい人たちだったよ」

 

 すっと、磯風は先ほど押し込んで来るような体重の預け方ではなく、力を抜くように俺に体重を預けて来る。

 

「今から話すのは独り言だから、提督はなにも言わなくていい」

「……」

 

「私の生まれは外地でね、ただ、そのなんだ、両親は私のこの赤い目を見て私を育てることを諦めたらしい。特に記憶があるわけじゃないがなにか迷惑をかけてしまったという思いはずっとあった。だがその時の私にはどうしようもなくて、私は内地のとある施設に送られてそこで育った」

 

 赤い目か、なんだっけか、時々遺伝子の悪戯でそういう目やおかしな髪の色の人間が生まれるとは聞いたことがあるが。

 まああれか、色々と疑っちまうだろうな両親は、色々。

 

「で、ある程度育って子供の居ない夫婦の養子としてここに引き取られた。ここに来てからは結構楽しい日々だったよ、大事にしてくれたし、陽炎たちも居たからな」

 

 もしかして俺の思い違いで陽炎たちって、血ではなく絆で繋がった家族とかいうやつか?

 

 おう、だとしたらそれを束ねる陽炎すげえな、ちょっと尊敬するわ。

 

「生みの親のことはまぁ、正直もういいんだ、それよりも育ててくれた両親のために時間を使いたかったからね。あまり長くは一緒に居られなかったけど、色々お返しはできたと思うよ」

 

 偉いもんだな、立派だわ磯風。

 俺はなにも言わず、優しく磯風の頭をなでてやった。

 

 しばらく庭を見ながらそうする。

 

「一つだけ心残りがあったな、そういえば」

「ん、なんだそれ?」

 

 ググッと、前に体を向けながら首を傾けて俺の顔を覗き込んで来る磯風。

 お前それ、首痛くないのか。

 

「孫の顔を、見せられなかったことだ」

「あー、それは残念だが。将来墓前で未来の旦那と一緒に見せてやっても、いいんじゃないかね」

 

 磯風は、くるりと体を俺のほうに向け座りなおす。

 そしてなぜか顔を真っ赤にしながら、こちらを見つめてきた。

 

「な、ならどうだい、ここは一つ夫役として子作りに協力してくれないか? なに、別に責任を取れなんて言わない。す、好きに手を出してくれていいんだぞ?」

 

 凄いことを言いながら、やたらと熱っぽい視線でこちらを見て来る磯風。

 え、なに、俺こういうときどんなことをすればいいのか、わからないの。

 

 

『笑って残りの人生捧げればいいと思うよ』(血涙)

 

 

 うるさいわ前島、呼んでねーよ。

 あとキャラ崩れてんぞ。

 

 

「アホか、犬猫じゃあるまいしそんなぽいぽい作れるかい」

 

「にゃ、にゃーん」

 

 

 アホがいた、俺の膝に座っとった。

 恥ずかしそうにしながら、猫のようにこちらに体をすり寄せて来る磯風。

 

「恥ずかしいならやるなよ!?」

 

 だが、せっかくだし猫みたいに扱ってやろうと、磯風の頭をわしゃわしゃと撫でたり、ほっぺた引っ張ったりしながら戯れてたら、

 

 誰かが部屋に入って来る気配。

 

 

「いやー、参った参った。なんか上がやたらピリピリしててさー、もしかしたら戦争に……」

 

 

 黒スーツに黒シャツに黒ネクタイ、ヤクザみたいな服を着た陽炎が入って来る。

 そして俺たちを見て固まった。

 

「な、な、な、な、な……なにやってんの磯風ーーーーーーー!!!!!」

 

 うるせえ。

 

 つか、なんだ、やっぱこうやって気楽に来れるような関係なのか、君たち。

 

 なぜか死ぬほどテンパった様子で、早口にまくし立てて来る陽炎。

 

「あ、あ、あ、あんたもしかして、それ、は、挿入(はい)ってるの?」

「あ? 見りゃワカンだろ、(コタツに)入ってるよ」

 

 磯風に代わって答えてやった。

 一方の磯風はなにも言わず、やたらニヤニヤしてる。

 

 

「ぎゃあああああああああああ!!」

 

 

 ツインテールをグワングワンと振り回しながら、頭を抱えてシェイクする陽炎。

 うお、なんだそれ、面白いな。

 

 

「んだよ、そんなに叫ぶならお前も入ればいいだろうが」

 

「え……?」

 

 

 すっと、磯風が俺の膝の片側に移動する、いや、そこまで移動するなら降りろよ。

 磯風はちょいちょいと陽炎に手招きをして、俺の空いた片方の膝を指す。

 

 

「ゴクリ」

 

 

 なんか陽炎は真っ赤な顔をしながら、すすすすす、っとやって来て、止める間もなくちょこんと座った。

 

 重いんだが。

 

「ふ、ふふふ、ふふふふ」

「どうだい、いいものだろ?」

 

 いいものじゃねえ、降りろ、重いだろが。

 

「うん、悪くない、むしろ最高かも」

 

 お前もかブルータス。

 つーかなにバカなこと言ってんだ陽炎、さっきの俺の尊敬返せよ。

 

「あのなぁ、お前らどうでもいいからはよおり……」

 

 

「持って来たで!! ってええええええ!!!!」

 

 

 俺の抗議を遮るように今度は、着物姿の黒潮が重箱抱えて部屋に入って来る。

 

「なんで重箱をもってんだよ……」

 

 って初めて言ったわ人生で。

 それとなんだ、その旅館の女将さんみたいな格好。

 

 あとお前もうるさい。

 

「黒潮も」

「どう?」

 

 そう言って左右に分かれて俺の正面に、空間を開ける陽炎と磯風。

 

「ゴクリ……」

 

 

 ゴクリ、じゃ、ないがぁ。

 

 

 重箱を置いてジリジリとやって来る黒潮。

 

「おい、ま……」

 

 言い終わるよりも早く、黒潮が俺に向かってダイブして来た。

 着物着ながら、ようやるわぃ……

 

 やりきれん気持ちを抱えながら、ジャりんこに絡まれるのを我慢する俺。

 だがさすがに三人は重い。

 

 おまけに犬猫みたいにじゃれついてきて暑苦しい。

 

 

「んがー!! いい加減に退けー!!」

 

 

 さすがに我慢ならず、立ち上がる。

 それでも離れずにしがみついてる三人、おいやめろ、腰にくるだろ。

 

 さすがにそろそろタバコが吸いたくなったが、濡れてダメになったんだった。

 

 あーちくしょう、なんかしらんがタバコは食欲のようなものだ。

 

 って言葉を思いついた。

 意味は多分あれだ。

 

 俺朝からリンゴジュースしか飲んでない。

 なのに現在進行形で重労働しすぎだってことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ - 陽炎会議録NO.2 -

 

 

 薄暗い部屋、円卓を囲む二十人近い少女らしい者たちがいた。

 

 らしいというのは、何故か全員顔を隠すための尖った白い被り物をかぶっているからで、その顔がよくわからないからだ。

 そして被り物の額部分にはそれぞれ番号が振ってある。

 

「はい、というわけで『陽炎型提督適性者出現☆』という未曾有時の事態に当たり必死で考えた、前回決まった決まりをおさらいしまーす」

 

 その中で『1』と額に書かれた数字の被り物をかぶった少女がホワイトボードに、すらすらスラーともじを書き込む。

 

①抜け駆け禁止、ただし偶然の出会いはOK

②ひとまず艦娘ということは伏せる、理由は今日

③提督適性者免許はまだ取らせない、理由は後日

④提督の情報は必ず共有、なにかあれば直ぐに対応、理由は当然だから

⑤二人だけの状況で名前を呼んでもらえるまで、提督を提督と呼ばない。理由はわかれ

 

 

「①は当然ながら私たち姉妹全員に言い寄られたら絶対提督がてんぱってとんでもないことになるから、それはいいわよね?」

 

 同意を示すメンバーたち、当然である。

 もしせっかく見つけた自分たちの提督になにかあれば一大事だ、おまけにもし恐れられでもして逃げられてしまえば目も当てられない。

 

「じゃあ今日はこの②の項目について話します、これについてはずばり、子ども扱いしてもらえるから!!」

 

 ドドーンと擬音が響きそうなポーズを決めながら『1』の少女が宣言する。

 しかし、メンバーのほとんどは理由がわからず首をかしげている。

 

「理由を説明します、NO2、貴方が経験した、ずばりの結論を言ってください」

 

 っすと、NO2と呼ばれた少女が立ち上がる。

 

「子ども扱いしてもらえるということはつまり、ある程度のスキンシップをしても多めに見てもらえます、ええ、抱きついたりしても平気です」

 

 ざわつく室内、なるほど、と、同意する声も聞こえてくる。

 

「おまけに、頭をなでてもらえる、食事をおごってもらえるなどのメリットもあります。もし私たちの正体がわかればこれらの行為を受けられなくなる可能性があります。つまり今しかできない、そういうものだと思ってください」

 

 頭をなでてもらえる、だ……と……?

 

 室内のざわつきが更に大きくなる。

 ざわ……ざわ……

 

「むしろ、私たちの正体や年齢がわかればそれらの対応を取ってもらえず、ふつーーーーーに、年相応として扱われてしまう可能性が極めて高いです、それでもいいと思う?」

 

 メンバー全員が頭の中で色々妄想した。

 

 そして、ほぼ同時に②に関して全員、同意の意味をこめて

 

「「「異議なし」」」

 

 薄暗い室内にその声はとてもよく響いた。

 

 

 

 - 陽炎会議録NO.3 - に続く。

 

 

 




磯風を自転車の後ろにのせて
坂道を駆け上がりたいだけの人生だった。


※感想を書いてくださった人たちは書き込んだ感想が容赦なく本作に組み込まれいるというか、吸収されてるのをそろそろ自覚すべき。
もらったものはオレノモノー!!(ありがとうございます)
 


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『ホスト』と『戦艦:金剛』

 
世界すべての金剛を愛す提督へ、届けこの想い。
残念イケメンホスト編:最終回
 


 

 その金剛を詠った詩がある

 

 

 体は凶気で出来ている

 血潮は重油で、心は鉄錆

 幾たびの鉄火場を越えて不敗

 ただの一度も慈悲はなく

 ただの一度も救いを求めず

 彼の者は常に独り嵐の海で殺戮に酔う

 故に、その生涯に提督はなく

 その体は、きっと凶気で出来ていた

 

 

 最凶の金剛

 

 

 彼女がそう呼ばれる逸話や理由は数あるが、最もたる理由の一つ、それが

 

 艦齢 百二十歳

 

 年経た艦娘が若い提督と添い遂げるために、その意志の強さで寿命を延ばす例は多々あるが、提督なくしてここまで寿命を延ばした例はほぼ無い。

 そこまで彼女が生きなければならない理由はわからないが、推測されているのは金剛という個体が現状世界で彼女一人しかいないからだと思われている。

 

 そして恐るべきことに、結果として金剛連合会に百年近く君臨し続け、数多の戦いを越えて来た彼女は未だ衰えることなく現役である。

 

 だが、身体は現役でもその心は、とっくに凶気に囚われていた。

 

 もうずいぶん前から……

 それでも、ずっと留めていた。

 

 八十を超えたとき誰もが心配した。

 九十を超えたとき誰もが恐怖した。

 百を超えたとき、逆に誰もが安心した。

 

 ああ、この金剛は大丈夫なのだと。

 

 百十の時には誰もがその心配を忘れてしまっていた。

 

 だが、それ故に誰も思い至らなかった。

 今まで大丈夫だったからといって、明日、大丈夫だという保証など、

 

 

 どこにも無いというのに。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 茶会

 

 月に一度開かれる金剛連合会、そのトップ四組織の組長が集まる月例報告会を指す言葉である。

 

 百畳近い広大な洋室、その中央に置かれた丸いテーブルを囲み四人の艦娘

 金剛、比叡、榛名、霧島

 四人の意識のすり合わせと決定を行う場所。

 

 比叡、榛名、霧島の後ろには組織の幹部が数多く控え、中には艦娘と思われる女性たちも見受けられる。

 

 だが、その場で発言することを許されるのは金剛四姉妹のみ。

 

 不思議なことに金剛の後ろには幹部どころか誰一人控えていない。

 

 金剛組:構成員一名

 

 金剛とは象徴であり、意思の決定のみを行う存在である。

 そこにしがらみや他の意思が介在する余地を入れてはならない。

 

 故に金剛組は、創立当初から常にただ一人(雑事を行う人員は存在)、だがそれでいて他の三つの組織に匹敵する力を有していた。

 

 金剛とはそういう存在なのだ。

 

 

 恐ろしいまでの緊張感が室内に張り詰める中、金剛がカップを置いた音が響く。

 

 

「……こんな所かしらね。最後になにか報告することはあるかしら?」

 

 金剛が口を開く。

 

 榛名によく似た美しい顔立ち、いや榛名が似ているのか、カップを見つめるその瞳は憂いを含んでいて、見るものは思わずため息をつく、そんな美しさ。

 そして美しく結われた腰まで長く伸びる艶やかな髪、女性らしさを体現したかのようなその姿は正に百合のようなはかなげな美を感じさせる。

 

 だからこそ違和感を覚える、伝えられている、向日葵のような明るい美しさを持ったイメージの一般的な金剛とのギャップに。

 

 そして話し方も、世間が知る金剛の話し方では無い。

 

「……比叡組は有りません」

 

「……榛名組も有りません」

 

「……霧島組もです、有りません」

 

 三人はカップを口につけ傾ける、味はしない、香りもだ。

 当然である、中身は空だ。

 

「そう」

 

 そして金剛もカップを口につけ傾ける。

 こちらも中身は無い、白湯すら、なにも入って無い。

 

「では最後に私から」

 

 いつの頃からか、金剛は紅茶も、なにも飲まなくなった。

 それに付き合うように三姉妹も、この席ではなにも飲まない。

 

 誰も理由を聞けなかった。

 そして、金剛がカップを皿に置いた音がカチャリとなる。

 

「ローマとリットリオに仕掛ける、霧島、榛名、準備しておきなさい」

 

 まるで大したことでも無いように、二つの巨大組織への攻撃決定を告げる金剛。

 慌てて比叡が口を挟む。

 

「ま、待ってください姉様! ローマとリットリオが此方に傭兵を送り込んだという証拠はなにも見つかっていません! そう報告したはずでは!?」

 

「ドン・リベッチオが殺されてからでは遅いわ、そして二人が既に艦夢守市に入ったというのは確かな情報。なら先手を打って仕掛ける方がいい」

 

 再び中身の無いカップを傾ける金剛。

 その目に光は無く、ただ空虚な闇があるだけ。

 

 頭を取れば終わる、そんな簡単な話ではない。

 彼女たちもまた巨大組織を束ねる艦娘であり、彼女たちに忠誠を誓う多くの部下たちがいる。

 むしろ頭を取られてしまえば、残ったものたちは最後の一人まで徹底的に闘うだろう。

 

 それはただの泥沼でしかない、とてもではないが確かな証拠と理由無しに、有ったとしてもとっていい行動ではないのだ。

 それ故、三人は気がついてしまった、金剛が正気ではないということに。

 

 いつからだ、いつ姉様は壊れたのだ?

 

 いや、今だったのか?

 それとももうずっと前からか……。

 

 提督をみつけた、今なら、今の私たちだからわかる。

 金剛姉さまは既に凶気を留めていない、溢れ出してしまっている。

 

 金剛自身も気がついていない、彼女は無意識になにもかもを巻き込んで終わらせるつもりなのだ、自身も、金剛連合会すらも。

 

 金剛以外の三人はお互い目を見合わせる。

 

 こうなってしまった以上隠してはおけない、猶予もない、むしろよく間に合ったというべきか。

 

「金剛姉様、会っていただきたい方が居ます、攻撃するかの判断はどうかその後に」

 

「?」

 

 比叡の進言を聞いて、金剛は童女のように首をかしげた。

 

 

 

 

 

 金剛四姉妹がそろって来店する。

 その知らせは直ぐにホストクラブ「YOKOSUKA」に通達された。

 

 

 

 

 

 

---------------------------------

 

実を言うとこの店はもうだめです。

突然こんなこと言ってごめんね。

でも本当です。

 

2、3日後に金剛連合会、

そのトップ四組織の組長が来ます。

 

それが終わりの合図です。

程なく大きめの注文が入るので

気をつけて。

それがやんだら、少しだけ間をおいて

終わりがきます。

 

---------------------------------

 

 

 

 

 

 その知らせを聞いた日の店長の日記である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ホスト』と『戦艦:金剛』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホスト、それは夜の住人、闇夜の時間を生きる者。

 ホスト、その本質は飢えた狼、金と女性、そして名誉に飢える者。

 ホスト、しかして彼らの仕事はきらめく世界で、夢を振りまく者。

 

『艦夢守市』その歓楽街にも彼らが住まう城があった。

 

 ホストクラブ「YOKOSUKA」

 

 今日も彼らは闇夜の時を駆け、飢えを満たし、そして夢を振りまくのだった……

 

 

 

 が、その日のホストクラブ「YOKOSUKA」は異様な空気に包まれていた。

 

 中央のホールに置かれた四角いテーブルを囲むように座るのは、

 巫女服のような服にも見える艦娘としての正装に身を包んだ、金剛連合会の四つの組織の長、金剛、比叡、榛名、霧島。

 

 そして、店の壁に背を付けるように店のホストたちが直立不動で並んで立っている。

 ホストたちの誰もが緊張した面持ちで、誰もが今日出勤したことを後悔していた。

 

 そして、霧島の少し後ろには、背を丸め極力自分を小さく見せようと必死に努力する店長の姿。

 店はもちろん貸切だ。

 

 誰もが口を開けず、ただ金剛がなにも入っていないカップを傾けては皿に置く音が規則的に響く。

 

 ここで極めて重大な情報がある。

 

 ショウさんから、迷子になった外人さんを交番まで連れて行くので遅れるっす。

 という連絡が先ほど店に入っていた。

 

 

 速報:店長 その連絡を聞いてこの時代に生まれてしまったことを後悔する

 

 

「で、こんな所に連れてきて誰に会わせたいっていうの?」

 

 カチャリ、とカップを皿に置く音、店長はさっきからこの音を聞くたびに寿命が一日減ってるように感じていた。

 

「それは……」

 

 チラリと霧島が店長のほうを見る、店長は冷や汗をぬぐいながら首を軽く横に振る。

 霧島には既にショウが遅れることを伝えてあったので、言葉にはせず軽くまだ到着していない意のみを伝えたるためだ。

 

 と、いうかこの状況で発言できるわけない。

 

「今こちらに向かっています、もう少しお待ちを」

「そう」

 

 カチャリ

 

「そこの男、向かってるのは誰なのかしら?」

 

 店長に特大のキラーパス!!

 

「金剛姉さま、それは……」

「霧島には聞いてない」

 

 ピシャリ、と霧島の言葉をさえぎる金剛、店長の胃酸が快調に逆流を始める。

 なにも言えない店長、言える訳がない。

 

 今向かってるのは下っ端のホストなのだ、金剛連合会の事実上の頭首を待たせるほどの大物が下っ端のホストです、なんて言える訳がないだろぉ!!(錯乱)

 

 なにも言えない店長にチラリと目をやる金剛。

 

「……命をかけてでも霧島の命令を守る、か。その霧島への忠義立てに免じてもう少し待ってあげるわ。霧島、いい部下を持ったわね」

 

 ここで金剛が奇跡の勘違い、店長九死に一生を得る!!

 

「よ、よろしければなにか飲み物をお持ちしましょうか?」

 

 店長、ここでなんとか寿命を延ばそうと、ホストクラブの店長らしい気を利かせるプレイ!!

 

「貴方の目は節穴? 私がさっきからなにを飲んでるのか見えてないのかしら?」

 

 空気ですか?

 

 言えるわけない、店長は自らのプレイでオウンゴールをたたき出す、代償は店長の寿命である。

 でもその言葉で、その場にいる誰もが、金剛がもう壊れてしまっていると、わかってしまった。

 

「……まぁ、なんとなく察しはつくのだけれど」

 

 カチャリ、金剛がようやくカップを机の上に置いて手を離し、両手を膝の上に丁寧に添えるよう重ねて乗せる。

 

「提督なんでしょ、三人のうちの誰のかはわからないけど」

 

「……」

「……」

「……いえ、金剛姉さま。私たちの、金剛型の提督です」

 

 比叡の言葉に、今まで一切表情の動かなかった金剛の眉が少し動く。

 なにを馬鹿な、金剛型の艦型適性の提督?

 

 そんな都合のいい適性を持った提督など、と、金剛は一笑しようとする。

 だがあまりに真剣な比叡の表情を見て、金剛はそれが嘘ではないと理解した。

 

「……そう、嘘ではないのね」

 

 短い返事だった、その返事にこめられた金剛の心中を誰も察せない、だが。

 

「なら、殺さないといけないわね。今更……遅すぎよ。私に提督なんて必要ないわ、私は一人で死ぬのよ、そう決めたの。例え滑稽だったとしてもその決意を汚させなんてしないわ……」

 

 続いた搾り出すような、想像を絶する苦悶の感情、それが感じられる金剛の言葉に一同は唖然とする。

 一体どれほどの悲しみや苦しみがあったのか、百二十年、その重みは、この場にいる誰にも理解できないが、確かに重いものということだけは感じられた。

 

 静まり返るホール、比叡、榛名、霧島がどうすべきか一瞬、金剛との衝突も視野に入れた思考がよぎった、その、瞬間。

 

 

「お疲れ様っす! 店長遅くなってすみませんでしたー!」

 

 

 空気を読まないタイミングで空気読まない挨拶が裏口から響く、静まり返っていたホールにその声はとてもよく響いた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 今でも、思い出す。

 先代の金剛が提督と幸せそうに去っていく姿を。

 

 提督が見つかれば、基本的には金剛連合会の組長は世代交代をする。

 決まりではないが、いろんな問題もあるし、なにより仕事よりも提督と一緒に居ることの方が大事だからだ。

 

 なのでその時代に同型が何人いるかはわからないが、居るなら残った姉妹によって選出された後任へ世代交代をする。

 

「貴方にもきっと、戦艦金剛としての、そして金剛連合会に相応しい素敵な提督が必ず見つかるデース!!」

 

 その言葉を信じてがんばった。

 

 

 就任してから 一年たった、提督に出会えたらなんて言おう?

 

 就任してから 十年たった、出会えてすぐ口づけをしても怒らないだろうか?

 

 就任してから二十年たった、子供は何人欲しいだろうか

 

 就任してから三十年たった、先代の金剛が提督と同じ墓に入ったと聞いた

 

 就任してから四十年たった、まだかなまだかな、会いたいな

 

 就任してから五十年たった、自分より年上だった妹たちはとっくに居ない

 

 就任してから六十年たった、がんばらなくちゃ、艦娘の居場所を守らなくちゃ

 

 就任してから七十年たった、がんばらなくちゃ、今の金剛は私しかいないのだから

 

 就任してから八十年たった、がんばらなくちゃ、私は金剛なのだから

 

 就任してから九十年たった、がんばらなくちゃ?

 

 就任してから 百年たった、私は、なんでがんばってるんだろう?

 

 就任してから………………、そうか私はひとりで死ぬのか。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 やはり、というべきか。

 

 誰よりも最初に動いたのは最凶の金剛、ホールに入ってきた、この日のために三人が用立てた、下ろし立ての真っ白な白装束スーツ姿のショウに向かって一気に距離をつめる。

 

 続いて榛名が、「勝手は榛名が許しません」と凄まじい速さで三度つぶやき金剛に背後から掴みかかった。

 

 そのかいあってか、金剛の拳はショウにかすりはしたものの直撃を避けることができた。

 だがそれでも凄まじい力なのは変わらない、その拳の衝撃でショウが何メートルも吹っ飛ばされ、壁に激突する。

 

 遅れて比叡、ショウを確保すべく少し迂回するようにショウに向かって動く。

 

 自身の致命的な遅れを悟った霧島は少しでも時間を稼ぐために叫びを上げる。

 

「貴方たち!! ショウさんを守るわよ! 手伝いなさい!!」

 

 ホストたちと店長はそれを聞いてまずこう思った。

 

 

 え? 無理です。

 

 

 なぜ自分たちがショウのために命を掛けねばならないのか、そもそも戦艦の艦娘を相手に自分たちがなんの役に立つというのだ。

 

 例え霧島の命令でもそんな馬鹿なことを……

 

『先輩どうしたんすか? 失恋? 元気出すっすよ、俺、先輩のために失恋ソング歌うっす!』

『先輩、俺の売上げ分そっちに足してください、彼女が妊娠したんなら色々物入りっすから』

『先輩、この前のカップめんマジでありがとうございました! 超美味かったっす!!』

『先輩ここの掃除全部やっとくんで先に上がってください、おふくろさんの誕生日なんでしょ?』

『店長、拾ってくれてマジ感謝してるっす、俺、絶対店長にいつか恩返しして見せるっす!』

 

 だが、そのとき各々の頭にショウの言葉がよぎる。

 

 そして全員が思った。

 

 

 クソッたれ。

 

 

「スクラームッ!!」

 

 ナンバーワンホストが叫ぶ、普段のパフォーマンスフォーメーションの成果か、一瞬にしてホストたちがスクラムを組んで金剛に向かって突撃する。

 

 ちょうど掴みかかっていた榛名を殴り飛ばした直後だったため、金剛はその突撃をもろに受けてしまう。

 

 が、所詮人の力、あっという間に蹴散らされるホスト軍団のスクラム。

 

 だがここで、その死角から迫り来る一人のゴツイ男がいた。

 Eなザイルの坊主の人に似ているあの男。

 

 ホストクラブYOKOSUKAを背負うその男は

 

「くたばれやああああッ!!」

 

 店長。

 

 ホスト同士の戦いには暗黙のルールがある、顔を狙わない、だ。

 故にホスト同士の戦いは、下に、より下に攻撃を当てることこそが美しいとされていた。

 

 今でこそ店長という役職を預かっている店長だが、かつては名のあるホストでもあった。

 そして今ここで、現役時代最強と称えられたその技が金剛へ直撃する。

 

 

 YOKOSUKA流 決闘術

 ホスト式 超低空ドロップキック

 

 

 精密にして捨て身のその技の直撃を足首に食らう金剛。

 奇跡的にてこの原理に近い状況になり、金剛がバランスを崩す。

 

 そして店長は満足げな表情を浮かべながら、一瞬で姿勢を立て直した金剛に吹っ飛ばされ、店の壁に激突して気絶した。

 

 あまりに滑稽で無駄にしか見えない行為、時間にして僅かではあった、が、そのお陰で持ち直した榛名と、出遅れた霧島は金剛の正面に立つことができた。

 

 彼らの行為は決して無駄ではなかったのである。

 

 そして自らの提督を守るため、僅かでも時間を稼ぐため、二人は最愛の姉と戦う決心をした。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「ショウさん! しっかりしてくださいショウさん!!」

 

 比叡が泣きながら必死にショウに呼びかける。

 

「いててて、なんなんすか、あの人」

 

 打ち身打撲、細かい傷だらけになりながらも、ショウは無事なようで体を起こす。

 比叡はその様子を見てホッとするも、焦るように、しどろもどろに言葉を紡ぐ。

 

「ごめんなさいショウさん、あの人は私や榛名や霧島の姉さまで、でも姉さまは壊れてしまって、でもショウさんにあえば治せると。でも、姉さまは、ねえさまはもう……逃げてくださいショウさん、後は私たちが、全て私たちが……」

 

「なんかよくわかんないっすけど、あの人は比叡ちゃんたちのお姉さんで、俺に会えば治るんすか?」

「そう、思ってたんですが、今の姉さまはショウさんを傷つけてしまう……」

 

「なら、やることは一つッスね」

 

 なんとか体を起こし、金剛に向かって歩き出すショウ。

 止めようとした比叡を、ショウは手で制する。

 

 榛名と霧島を戦闘不能にした金剛が、強烈な殺意をこめてショウに振り向く。

 だがその顔には焦りの相が見て取れた、なにかを必死に堪えている、そう感じられる表情だ。

 

「く、来るな! 死にたいのか!!」

 

 金剛が叫ぶように声を上げる、嘘ではないだろう、ショウはずっと彼女の戦いを見ていて、実際に殺されかかったのだから。

 でもショウは止まらない、ゆっくりと金剛に向かって歩く。

 

 止まらない、止まるわけがない。

 

 なぜなら

 

 

「霧島ちゃんにおごって貰ったジュース、不味かったっすけどいい思い出になったっす」

 

 

 痛めた足を引きずりながら、ショウは歩く。

 

 

「比叡チャンが差し入れてくれたカレー、あれより美味いもんは食ったこと無かったっす」

 

 

 ショウの気迫に圧されてか、金剛が一歩後ろに下がる。

 

 

「榛名ちゃんが買ってくれたたぬきそば、辛かったっす、今思い出しても笑っちゃうっすよ」

 

 

 ようやく金剛の前にたどり着き、涙を堪える金剛を見つめるショウ。

 

 

「みんなには世話になったっす、そんなみんなのねえちゃんが泣いてるんすから、その涙を止めるためにがんばるのは、当然っすよ」

 

 

 ショウは、金剛に向かって太陽のような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 その昔

 

 

 義理がある相手を切れと恩ある人に願われた、故にその両方への顔を立てるために切るふりをして、わざと相手に切られることを選んだ不器用な男がいた。

 

 行方不明の妹を探すのを手伝ってくれた、お陰で妹の死に目に会えた。手伝ってくれたその人が一人で戦いに赴く時、恩を返すために鉄火場へ付き合った男がいた。

 

 雪の日に傘を借りた、その時渡してくれた柄に残ったぬくもりが忘れられないからと、ただ傘を貸してくれたというだけで、その女性のために命を懸けた男がいた。

 

 

 そんな男たちの生き方をこう呼ぶ時代があった。

 

 

 任侠

 

 

 仁義を重んじ、困っていたり苦しんでいたりする人を見ると放っておけず、彼らを助けるために体を張る自己犠牲的精神や人の性質を指す語。

 

 奇しくもそれは、ショウの生き方のそれとかぶっていた。

 

 

 任侠道組織 金剛連合会

 

 

 初代金剛が掲げた看板、それを体現する生き様の提督が目の前にいた。

 

 

 金剛はその場にへたり込む。

 その目からはとめどなく涙が溢れ出す。

 もう限界だった、地上の太陽に照らされ、金剛の心は溶けてしまった。

 

 百年を超える孤独の凶気に侵されていた、分厚い心の錆が剥がれ落ちていく。

 

 ぼろぼろと剥がれ落ち、どんどん小さくなっていく心、やがて全ての錆が剥がれ落ちる。

 そして残ったのは、とても小さい、でも最後に一つ残っていた一粒。

 

 提督にあいたいと、想い続けた艦娘が長い年月大切に守り続けた、

 

「金剛デース……」

 

 太陽に向けて花を咲かす、

 

「ヨロシク……オネガイシマース……」

 

 向日葵の種だった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 ソファーに座り、治療を終えたショウに子供のように泣きじゃくりながらしがみつく金剛。

 そんなショウと(対○座位)でしがみつく金剛を囲んで座る比叡、榛名、霧島。

 

 離れたソファーで寝かされた店長。

 散らかった店の後片付けをする、ホストや従業員たち。

 

「はぁ、つまり俺はそのテイトク? ってやつで、金剛チャンたちはカンムスってやつなんすね」

 

 ショウ、比叡たちの必死の説明により、ようやく提督と艦娘のことを知る。

(理解したとはいってない)

 

「あの、ショウさんは本当にその辺ご存じなかったのですか?」

 

 恐る恐るといった感じで聞く榛名、

 

「俺、学校行ってないんすよ」

 

 さらっと闇が深いワード、みんな深く考えちゃダメだよ、説明しようと思ったら艦娘が出てこない話を一話書かなきゃならなくなるからね。(メタい)

 

「「「ショウさん……」」」

 

 金剛姉妹、何故かショウの過去を知れたこととかその内容を知って、私が幸せにしなきゃという感情が溢れだす。

 というか、現状なに聞いてもあふれ出す、蛇口壊れてんな、これ。

 

「なら結婚しましょテイトクー! 絶対私が幸せにするネ! そして私と二十四時間ずっと一緒に居てくだサーイ!」

 

 ショウにしがみついて泣いていた金剛が、唐突に涙をぬぐいながら宣言する。

 さすが高速戦艦姉妹のネームドシップ、立ち直りも切り替えも言うことも速い。

 

 突然のプロポーズに混乱する残りの姉妹たち。

 みなさーん、ついて来てくださいネーwww(煽り)

 

「えええ!? ちょ、金剛姉さま待って……」

「そそそそうです! ここは私たち四人でショウさんを……」

 

「嫌デース! どうせ私はみんなより先に死ぬですから、残り少ない時間だけどそれまでは独占させてもらうネー!!」

 

 絶対嘘だ、絶対ショウが死ぬまで生きるつもりだ。

 三人は確信した、確実に訪れる未来をみた。

 

「いや、うれしいしそういう事情がある以上、いつかはみんなと一緒にならなきゃとは思うんすけど。俺はまだホスト続けるっすよ。店長に恩も返せてないし、ナンバーワンにいつかなりたいんで、待たせてすまないっすけど、それまではホストがんばるっす」

 

 悲報 店長、この時「俺のことはいい、お前はお嬢さんたちとともに生きてやりな」と発言できれば無事ショウと縁が切れた可能性、しかし無情にも店長は気絶中。

 

 よって当分今と変わらない状況(悪化確定)が続くことが決定する。

 

 やったね店長! 売り上げが増えるよ!

 納め先が霧島組の時点でマッチポンプだけどな!

 

「ウー、残念デース。でもそんなショウさんもステキだワ!」

 

 残念がりながらも、ショウの生き方を尊重する金剛はやっぱりいい女。

 しかし残りの三姉妹、この時に悪魔の直感がひらめく。

 

 つまり、ショウはナンバーワンになるまではホストを辞めない。

 と、いうことはそれまではこのホストクラブに通い続けることで、金剛姉さまに独占されずにショウとイチャイチャできる。

 

 即座にそれに気が付いた、比叡、榛名、霧島、店の片付けをしていたナンバーワンホストに

 

『わかってるな? 死んでもナンバーワン守れよ?』

 

 という意味をこめた特大のガン付け。

 

 

 速報:ナンバーワンホスト 三発の流れ弾が直撃(35.6cm砲:徹甲弾)

 

 

 後に艦夢守市歓楽街で『ホストの元帥』と呼ばれ、長年にわたりナンバーワンの地位を守り続けたホストが爆誕した瞬間でもある。

 彼はこれまた後に、『店長大臣』と呼ばれる、ホストクラブ「YOKOSUKA」を経営し続けた男の一生の友人にもなった。

 

 余談だが彼らの生涯は常に胃薬とともにあったという。

 

 

「とりあえず金剛チャンなんか飲むっすか? できれば高いやつだとうれしいでウイッシュ!」

 

 涙を流しすぎた金剛のためになにか飲み物をと思って聞いたショウだったが、いつもの癖でホストの台詞を加えてしまう。

 だが、それが自分の提督からの生まれて初めての命令(お願いに)に聞こえた金剛は、満面の笑みを浮かべながら、

 

「モチロン一番高いやつ頼むデース!!」

 

 咲き誇るひまわりのような朗らかの声で、そうオーダーする。

 ホストクラブに響き渡る金剛の注文にざわめく店内。

 

「「「わ、私たちも同じのお願いします!!」」」

 

 続いて対抗する妹たちの追加オーダーが入る。

 

 それを聞いて従業員たちは、慌てて準備に取り掛かりはじめた。

 わいわいがやがや、狼たちの夜の城に少しづついつもの喧騒が戻り始める。

 

 

 ホストクラブ「YOKOSUKA」は今日も大繁盛だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の金剛を詠った詩がある

 

 

 

 

 

 

 

 

体は愛で出来ている

血潮は紅茶で心は茶器

 

幾たびもクラブを訪れてはプロポーズ

 

ただ一度も時間をわきまえずに

ただ一度の場所もわきまえない

 

提督はここに有り

VIPの席で好意を叫ぶ

 

Burning Love!!

 

だってこの体は

 

貴方への愛で出来ているのだから

 

 

 

 

 

 

『ホスト』

『戦艦:金剛:比叡:榛名:霧島』

 

おわり




お疲れ様でしたショウさん。
と、店長。













-そのうち消す挨拶-

今年は本作「提督をみつけたら」を読んでいただきありがとうございました。
また、前作の「豚と呼ばれた提督」も読んでいただいた方もいらっしゃるかと思います。
小説を書くのは色々大変でしたが、おかげさまでボチボチここまで書くことができました。

多分今年の投稿はこれで終わりの予定です。
皆様良いお年を、よろしければ来年も覗いて行ってください。

ありがとうございました。

※順番でいけば次回は重巡回ですが、記念すべき20話目や新年一発目が意識高い人とかプライドが許さないので、ちょっと長めのオフをいただいてなんかいい感じの書いて見ます。
後貰ったネタの整理とか、プロット作ったりとかも色々したい。

年末年始の忙しさもあってちょっとどれだけお休みいただくかは不明なのですが、どうかコタツでみかんと焼きイモ食べつつのんびりと雪解けの季節くらいまでお持ちくだい。

PS
ラブコメだったカモー!
 


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『三文小説家』と『駆逐艦:朝霜』

 
明けましておめでとうございます。(二月)
今年一発目は初心に返ってライトなラブコメをチョイス。
 


 

「世界は私を拒絶しているのだ」

 

 この世すべてを憎むかのような、重い声で男が呟いた。

 

 ここはアンティークな雰囲気あふれる小さな喫茶店『frost』。

 場所はオフィス街と住宅街の中間に建っており、おいしいコーヒーをいれてくれると評判の、小さくて威勢のいい艦娘のマスターが営んでいた。

 

 その喫茶店のカウンター席に項垂れながら座るのは、先ほど重い言葉を呟いた陰気な空気をまき散らす三十代程度の見た目の男。

 無精ひげを生やし、ぼさぼさに伸ばした天然パーマのウェーブの掛かったワカメ頭で、くたびれたシャツとズボンでサンダルを履いた姿は、とてもまともな成人男性には見えない。

 

「そりゃたいへんだねぇ。あっ提督、コーヒーのおかわりいるか?」

「……もらう」

 

 そしてカウンターを挟んでその向かいに居るのは、膝まで届くほどの長い灰色の髪を後ろでくくった、背の低い少女。

 男とは対照的に、生気があふれて自信のみなぎった表情で、生意気でやんちゃ盛りの元気いっぱいの雰囲気を全身から放っている。

 

 だが、バリスタの服を着こなして、空になった男のカップにコーヒーを入れる様子は、とても手慣れていて無駄の無い動きだ。

 

 彼女こそがこの店のオーナーで噂のマスターである、駆逐艦の艦娘『朝霜』だ。

 

「死んでいるのは誰だ? 生きているのは誰だ? 私は? 私はどうなのだ? 生と死は紙を表裏に割くことができないように同じ一つの構成体で、それがもしかしたら世界を構成している極めて重要なファクターでありうるかもしれないという、極めてライトなテーマであるのに。あの出版社は私から解き放たれる言葉の力を恐れるが故に、私の小説を読まずに破棄しているに違いない。でなければおかしいのだ、今年も落選するなんて……。私の言葉の力など大戦前の過去の文豪たちに比べればそう珍しいものでは無いというのに、彼らはなにを恐れて……」

 

「まぁ提督の書く文学小説? 内容がえぐいしくれーし、よくワカンネーかんな。残念だけど時代にあわねえ以上当然じゃね?」

 

 朝霜の飾らないストレートな言葉が突き刺さり、男はカウンターに突っ伏す。

 なるほど、確かに言葉は時に質量を凌駕した、恐るるに足る力を持つようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『三文小説家』と『駆逐艦:朝霜』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この男と朝霜、一応は提督と艦娘という関係であり、役所にも登録済みである。

 だが、基本的には喫茶店に入り浸る客と、仲のいい喫茶店のマスターといった間柄だった。

 

 男が客としてこの喫茶店に訪れて出会った時は、さすがに固まってしまった朝霜だったが、すぐに何事も無かったかのように、

 

「おぅ~いらっしゃい提督」

 

 と、ごくごく自然に挨拶し、帰るときも

 

「また来てくれよな提督」

 

 と、さらりと見送った。

 喫茶店のマスターとしての矜持だったのか、それとも『朝霜』としてのカラッとした気性なのかは解らない。

 

 ただ、その雰囲気に居心地のよさを感じた男は、それ以来毎日この喫茶店に足を運んでいた。

 そして長時間居座ってはブツブツと陰気を放出したり、執筆作業をしたりしていた。

 というか一日の半分以上をこの喫茶店で過ごすこともある、ほぼ仕事場だ。

 

 ぶっちゃけ営業妨害スレスレである。

 でも朝霜的にはバッチ恋である。(not誤字)

 

「別に意図して暗い話を書いているわけでは無い、だが、確かに書き終えてみればその暗さは形となってそこにあった。確かにあれは私が生きてきて感じてきたすべての闇をすべて集めてたものより、なお暗い物だとさえいえる。闇が五臓六腑に染み渡るかのような暗さでありそれらは力となって審査員を……ブツブツ」

 

 この男、かれこれ十年以上小説を書いては有名な賞へ投稿しているのだが、佳作にすら引っかかったことが無く、当然世に出た本はまだ無い。

 あれ、そう考えると三文小説家かどうかすら怪しいのでは?

 

 ……話を戻すと落選の理由は暗いから、これに尽きるだろう。

 

 この男の書く話は人間の業の深さを浮かび上がらせるようなものだったり、他者から見ると不愉快極まる人間のエゴ、そして反吐が出るような悪意の塊など、それはもうこの世すべての闇を集めたかのような暗さであり、読後感が悪く、とにかく暗い気持ちにさせられてしまう。

 一部審査員には「いったいどんな人生を送ればこんなものが書けるのだ」と、思わず言葉をこぼしてしまうほどのおぞましさ。

 

 なので意を決して明るいテーマ(自己基準)で書いてみたこともあったが、描写の手法、単語の選び方、主人公がどういう場所を見ているのかなどの視点の選定等々の様々な理由のためか、どれも得体の知れない謎の暗さが付きまとう作品が出来上がってしまったのだった。

 

 当然今年応募した大きな賞も、悲しい結果に終わっていた。

 

「ま、書き続けるっきゃないね! それよりもさ、ほら、アレどうなった?」

 

 カウンター越しに身を乗り出し、鼻がぶつかるような近さまで顔を寄せる朝霜。

 

「……持ってきてある、言っておくがこれを手に入れるため私がどれだけ恥ずかしい思いをだな」

「ああもうそんなのいいからさ、ほら、はやくはやく」

 

 熱のこもった目の朝霜に急かされてしまい、やりきれないような表情で男がリュックから細長い箱を“二つ”取り出す。

 

 パッケージには『黒のシュバルツ46センチ砲ロッド!!』と、なんか意味がかぶってたり物騒な内容の文字が大きく書かれており、黒いゴスロリの衣装をまとったアダルティーで大柄な女性が、黒い筒状のステッキのような物を持ち、長い黒髪のポニーテールを揺らしながらポーズを決めた絵がプリントされていた。

 

「おー! たすかるよ! これであいつも喜ぶぜ!」

「山程ある商品サンプルの貰い物だからそれはいいのだが、何故同じものを二本なのだ?」

 

 慌てて取り繕うように理由を答える朝霜。

 

「そ、それはほら、に、二刀流!!」

「魔法のステッキ二刀流、そういうのもあるのか。成る程解からん。解らんが今度そのアイデア使ってみよう」

 

 実はこの男、本業は文学小説家(と名乗ってる)だが、副業は脚本家である。

 特に戦隊物や魔法少女物(実写、アニメ問わず)はいくつもヒット作を書いており、五年以上もシリーズを変えて愛されているタイトル等も手がけていた。

 

 先ほど朝霜に渡した『黒のシュバルツ46センチ砲ロッド!!』は、この男の最新作である『魔法少女マジカルキヨシー』という、艦娘が主役の実写ドラマで使われているアイテムである。

 

『魔法少女マジカルキヨシー』は、戦艦になるのを夢見る駆逐艦の艦娘『清霜』が、ある日現れた妖精さんと契約して、魔法の力で魔道戦艦ヤマトに変身し、悪の組織と戦うストーリーだ。

 

 そしてこの作品、社会現象になるレベルで受けた。

 大きなお友達から小さなお友達、さらには世界中の艦娘にもバカ受けである。

 

 例に漏れず朝霜の艦娘としての妹(遠縁の子供)である駆逐艦の清霜(テレビに出てる清霜役の俳優とは別人)も熱烈なファンで、放送が始まってからは毎日マジカルキヨシーごっこで遊ぶ日々。

 先日訪れた時などは「マジカルトカレフ徹甲弾! 魔法の46センチ砲で大本営だってやっつけちゃいます!」といいながら布団叩きを振り回して遊んでいる清霜の姿。

 朝霜はその様子を見てしまい、なんとか本物を買ってあげたいと思ってしまった。

 

 しかしこのおもちゃ大人気で、どこの店を回っても売り切れで手に入らない。

 困り果てた朝霜がどうしたものかと思いながら提督に相談したところ、こうしてあっさり手に入れてきてくれたのであった。

 

 素の状態が状態なのでわかりにくいが、実は朝霜さっきから胸がきゅんきゅんである。

 色々なきゅんきゅんが混在してるが、そのうちの一つは直ぐにでも帰って二つあるうちの一つの箱を開けて、確認したい(遊びたい)感じのきゅんきゅんである。

 

 朝霜の年齢?

 

 ……しかし件の脚本家であるこの男は、理解不能といった表情の不満顔。

 

「あんな話のなにがおもしろいのやら……」

「いや、おもしれーだろ。この前の悪堕ち戦艦ムサシが味方になった話なんか、マジで震えたぜ」

 

 朝霜が言う、放送時間帯の最高視聴率を叩き出した回である『悪堕ち戦艦ムサシ、抜錨!』は、この喫茶店で考え事をしながら手癖で書き殴って、二時間で書き上げたものだった。

 にもかかわらず関係者一同は、渡された脚本を見て絶賛した。 

 あと特別報酬も貰えて、一話分の脚本だけでサラリーマンの平均月収三ヶ月分くらい貰った、時給換算するとやばいので考えたくなかった。

 

 男はちょっと泣いた。

 

 何故脚本として書いた場合だと普通におもしろくなるのかは、本人にもよくわかっていない。

 憂さ晴らしにとにかく下らないものを書いてやろうと思いながら書いたら、何故か普通に評価されてしまったからだ。

 地の文が少ない脚本だからこそ、男の暗さもスパイス程度になってるのかもしれない。

 

 それ以来仕事できた脚本は、男にとって下らないと思う基準で書くという方法で書いている。

 そんな器用なことができるならと思うが、なまじ書きたいものをしっかりと持っているだけにたちが悪い、男はとても頑固だった。

 

 頑固だけどへんに器用で凝り性でもあったので、基本的には脚本もちゃんとクライアントの意向は聞いて、必要なことはきちんと調べて書いてた。

 

 そんなわけか、なまじ技術も才能もあるせいで、ずるずるとあきらめられず自分の書きたいものを書きつつも、仕事として脚本を書き続けるサイクルが出来上がってしまっていた。

 

 それもまた男を苦しめている要因なのかもしれない。

 

 補足すると小説家としてのペンネームと、脚本家としてのペンネームは別にしているので、周りからは普通に脚本家としてしか認識されていない。

 

「そもそもマジカルキヨシーは深夜枠でひっそりやるはずだったのに。艦娘をメインにした作品を作らせたら右に出る者が居ないとかいう監督(山田監督)がしゃしゃり出てきて、全力で予算確保したせいでこんなことに……」

 

 

『山田監督伝説 マーケティング編』

・昼休みに出かけて、帰ってきたら企業とスポンサー契約を締結していた。

・一部に本物の艦娘を使えないかと提案、ジョークまで優秀だと笑われる。

・次の日、艦連基地に突撃して十二時間に及ぶ交渉の末、協力を取り付た。

・ついでに艦連関係の企業とスポンサー契約と全面協力も取り付けていた。

・局の責任者が泣いて感謝した、感謝の最中にもスポンサーと契約を締結。

 

 

「なぁ、なんで提督はマジカルキヨシーみたいな感じで、その文学小説をかかねーんだ?」

「その感じで書いたならばそれはもはや私の目指す物、書きたい物では無くなるのだ……」

 

 そう呟いて、男はまたブツブツと陰気を放出しだした。

 

 その様子をみて朝霜はやれやれ、といった風に一つため息を吐くと、なにも言わずにサイフォンを使用してコーヒーを作り始める。

 

 サイフォンを使用して作るコーヒーは作る手間も、器具の手入れにも手間が掛かるため、よほどこだわりが無いと喫茶店で作るのには、利益率や回転率の関係から向かないとされている。

(※場合によります)

 だが朝霜の店では豆と客の好みによって、ペーパードリップ式と使い分けるために専用の器具が設置されていた。

 

「……人はなにかを恐れるとき、そのなにかが自分とは関わりの無いものにしておくために遠ざける。その行為と向き合うために取り入れた要素が万人に受け入れられないなら、直接的な表現を避け湾曲的な表現に変えることによってその忌避性を抑える必要がある、だがそれでは私の表現したいことをぼけさせてしまうのなら、いっそ環境を変えることによって逆に性質の変化を誘発し……ブツブツ」

 

 男の陰気が成熟して発酵し始めたとき、店の入り口のドアが開いてベルが鳴り、ちゃらい雰囲気を出した茶髪でスーツ姿の男が入ってくる。

 

「あっ、先生こちらにいらしたんですね! いやー、探しましたよ」

 

 朝霜が少し眉をひそめ、入ってきた茶髪の男に背を向ける。

 茶髪の男は朝霜の様子を気にもとめずに、男の隣に座った。

 

「……なにか用か、次の締め切りはまだ先だろう」

「やだなぁ、用が無きゃこんな所まで来ませんよ、今日は新しい仕事を持ってきました!」

 

 茶髪の男は時々仕事を依頼してくる、クライアントの一人だ。

 正直男にとってはありがたい存在でもあるが、基本的な気質が合わず、業界人特有の失礼な押しの強さもあって、正直付き合うのが億劫な相手でもあった。

 

 そんな男の気持ちなど知らぬといわんばかりに、クライアントの男はクリップにとめられた資料を鞄から取り出す。

 

「艦娘のOLが主人公の恋愛ドラマの脚本を、書いてほしいって仕事がありまして。先生に是非書いてほしいんですよ。例の山田監督、他の人の書いた脚本持って行ったら、気に入らないってへそ曲げちゃって……」

「これ以上仕事は増やさない、そう言ったはずだ」

 

「えー、でも先生スケジュールには空きあるでしょ? 執筆速度すごく速いですし、もっと仕事を増やしても大丈夫だと思いますよ」

「小説を書く時間が必要なのだ。だから仕事はこれ以上増やさない」

 

 その言葉を聞いてクライアントの男が、頭にクエッションマークを浮かべたような顔になる。

 

「え、先生の小説って以前見せていただいた、あの醜悪なギャグみたいなやつですか? アレって罰ゲーム用かなんかのやつでしょ、趣味で楽しむならいいですけど、あんなのいくら書いたってお金になりませんよぉ」

「……私がなにを書こうと勝手だろう」

 

 クライアントの男がケラケラと「冗談きついですよー」と笑う。

 

「いやいや、あんなドス暗いのじゃなくて、先生が今まで書かれてきた脚本の、あの感じのやつこそ世間が求めてるものなんですよ。ねえマスターからもなんとか言ってやってくださいよ、マスターも艦娘なら見てみたいですよね? 艦娘のOLが主人公の、恋愛ドラマ」

 

 朝霜は拭いてたグラスを置きながら、クライアントの男をにらみつける。

 グラスを置いた音は、やたら重く響いて聞こえた。

 

「……くさいね」

「え?」

 

 ぞっとするような冷たい目をした朝霜の視線を受けて、たじろぐクライアントの男。

 

「あんたが付けてる香水、コーヒーの香りを駄目にしちまう。悪いけど出てってくれるかい?」

「いや、いくらなんでもそれは失礼じゃ……っひ!?」

 

 さらに冷たさの増す凍るような視線、その視線が自分の喉に向いてるのに気がつくクライアントの男。

 朝霜が浮かべた愛想笑いでわずかに開いた口から覗く鋭い歯、本能的に首を咬みちぎられる恐怖を感じたクライアントの男は「か、考えておいてくださいね」と言い残して慌てて店を出て行った。

 

「ごめんな提督、他のお客さんの迷惑になるんで、追い出させてもらったよ」

「……ああ」

 

 男の返事を聞いて、他の客なんて居ない店内を見渡し、朝霜は再びコップを磨き始めた。

 サイフォンのフラスコの中の水が沸騰するコポコポという音と、朝霜がコップを磨く音しかしない、静かな時間が流れる。

 

「……朝霜」

「ん、どうしたんだい?」

 

 ひどく打ちのめされたような表情を浮かべ、男が朝霜に聞く。

 

「私の小説は、未来永劫誰にも評価されないのだろうか……」

 

 磨いていたグラスを棚にしまい、手を拭き終えると朝霜は目をつむった。

 そして片方の手を胸に当て、片方の手を空に掲げながらゆっくりと語り出す。

 

 

 

 世界のあらゆる物は私には価値が無いのです。

 

 価値が無い物は無いということと同じなのです。

 すなわちこの世界のあらゆる物は無いのです。

 無いというのは存在しないということなのです。

 

 つまりはなにも無い無窮の世界がここなのです。

 この世界では私すら無価値な物でありました。

 

 なにも無いはずの世界でそれは有りました。

 恐らくそれは別の世界だと思われました。

 私はそっと別の世界を抱きしめてました。

 

 世界はここにありました。

 世界はここにおりました。

 

 

 

 今回落選した賞に男が応募した作品、その中の一節を暗唱し終えた朝霜がゆっくりと目を開く。

 

「提督の書く話、内容がえぐいしくれーし、よくワカンネーけどさ、あたいは好きだぜ」

 

 投稿する前に朝霜に見せたのは、ほんの一日。

 にもかかわらず穴が開きそうなほど、何度も朝霜はその話を読み返していた。

 

「普通に生きてれば目にしないし、目にしちまっても関わりたくないもの。それを目にすると不安で不安でしょうがなくなるもの。多分提督の書く話はそういうもんを煮詰めた物語なんだ、普通の人にはそれが怖いのさ」

 

 朝霜には難しいことはあまり解らない、だが『朝霜』としての気性の関係かなのか、感受性に関わる感覚は強い。

 

「でもどんなに恐ろしくても向き合わなきゃいけないもんがある、そしてその恐ろしいもんに備えなきゃいけない。提督が書く話はそれを教えてくれる物語でもあると思うぜ」

 

 理屈では無く、その強い感覚でとらえた感想が男の胸を打つ。

 

「あたいだって艦娘だ、普通の人らと同じだなんて言いやしないさ、だからあたいの感想なんてあてにはなんないかもしれない。でも、あたいら艦娘は艦娘で普通の人らとは違う物語を生きてる。ただの恋物語なんかじゃ無い、提督をみつけるまで悩んであがいて、得体の知れない感情と戦いながら生きる物語さ。そして提督をみつけてからだって、最後までどうなるかはわかんねえ。まぁ、これは誰でも一緒か」

 

 朝霜は抽出の終わったコーヒーを湛えたフラスコを取り外し、温めておいたカップにゆっくりと中身を注ぐ。

 

「提督の書いたやつを読むと、その時の気持ちを思いだして怖くなるけど懐かしい気もするし、忘れちゃいけない気持ちを蘇らせてくれる気もする。提督と出会う前だったら違ってたかもしんないけど……でも、だからこそ、あたいは提督の書いた物語が好きさ」

 

 朝霜ができあがったコーヒーを、項垂れた男の鼻先から少しだけはなれたあたりに置く。

 カチャリという音が静かになり、包み込むような優しく香ばしい香りが立ち上った。

 

「それに今は理解されなくても、時代が変われば評価されるかもよ? それまではうちの店で書きたい物を書き続ければいいじゃん」

 

 屈託の無い笑顔で微笑みながら、そう締めくくる朝霜。

 

「ホットケーキでも食うかい?」

「……もらう」

 

 支えてくれる存在のありがたさを感じて、男はちょっとだけ泣いた。

 

 




あさしーがいい女過ぎてイメージ違うかもだけど、これはこれで。

この話は逆脚屋さんにいただいた感想を参考にさせていただきました。
でも感想では早霜って書いてくれてたのに、それを朝霜と見間違えてた。
途中でというか早い段階で気がつきつつも、まぁいいやと思って書きました。
ふふん、まあこれはこれで、あ、誰か一緒に謝ってくれる人大募集。
 


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『僕』と『正規空母:飛龍』

 
二航戦のやばいほう
 


 

 早朝、人通りのない道を学生服姿の女性が走っていた。

 

 短く切りそろえられたショートカットの髪が走るたびに揺れ、ついでに大きな胸もゆっさゆっさと揺れている。

 はつらつとした大きな瞳に、優しげなかわいい顔立ち。

 健康的な肌の色艶も相まって、まさに青春真っ盛りの女学生といった雰囲気。

 

 ついでにいえば何故か口に食パンをくわえて走っている。

 たぶん遅刻しそうなのだろう、たぶん、明らかに始業時間に余裕がありそうな早朝だけど。

 

 さらにいえば今日は休日である。

 

 食パンを口にくわえて走っているためしゃべることはできないが、もし彼女の心の中を解説するとすれば以下のようなことを考えながら走っているだろう。

 

 

 私、飛龍。

 花も恥じらう女学生。

 素敵な提督との出会いを信じている正規空母の艦娘なの。

 

 あとなんだか今日こそは、提督と出会えそうな気がする!

 ああ楽しみ、どんな人なのかしら?

 

 できたら、多聞丸みたいな人がいいなあ。

 四人前の料理をペロッと食べて平気な人。

 

 そんなわけで今日も提督をみつけるため、艦夢守市を提督特捜最前線よっ!

 二航戦、参るっ!

 

 

 こんな感じである、多分。

 

 そんな彼女の進む先の曲がり角に、黒い影。

 

「わ! あぶないどいてどいて!」

 

 口とは裏腹に、飛龍はとてもイイ笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『僕』と『正規空母:飛龍』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界は一度滅びかけたらしい。

 

 しんかいせいかんという、怪物が現れて世界をめちゃくちゃにしたんだ。

 だけどどこからか現れた艦娘と、その辺に居た提督と、あと沢山の人たちが力を合わせてしんかいせいかんをやっつけて平和を取り戻したんだって。

 

 その後、艦娘たちは妖精さん(以下一話参照

 

 まあ、現状それよりもピンチなことがあって……

 

 

「どうした少年、このような所に一人で居るとは」

「……」

 

 

 尻餅をついた僕を見下ろすとても大きい姿。

 体中毛むくじゃらで、鋭い爪に大きな口と大きな牙。

 

「……」

 

 何故か二足歩行でたっている、しゃべる熊さんが僕の目の前に居るのだ。

 

 妖精さんが居るくらいだから、しゃべる熊さんが居てもおかしくないような気がするけど、それでもいざ目の前に現れるとびっくりしてしまうのが人情というものだ。

 

 そういうわけで、なぜこんな森の中でこんな状況になっているのか、順を追って思い出してみようと思う。

 

 それまで僕が食べられなかったらだけど。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「おばあちゃんの弟?」

「そう、ぼんの大叔父にあたる人よ。冬休みの間に一度会ってらっしゃい、ほんとはばあちゃんも一緒に行ってあげたいんだけどまだ入院してなきゃいけないから」

 

 その日お見舞いに行くと、おばあちゃんがそう言った。

 今まであったことはなかったけど、なんでもおばあちゃんには年の離れた弟がいるらしく、今年あたり僕に会わせようと思ってたみたい。

 

 どうしておばあちゃんが急にそんなことを言うのかわからなかったけど、おばあちゃんの言うことなのできっと意味があるに違いない。

 そんなわけで冬休みに入った初日、僕は艦夢守島の田舎にある大叔父さんの家に列車で行くことになった。

 

 最初は赤城さんが付いてこようとしてたけど、手術の予定が沢山はいっているとかで難しかったらしく、それでも付いていくと駄々をこねて看護婦さんに羽交い締めにされていた。

 流石に看護婦さんが大変そうだったので「赤城……さん、おばあちゃんのことと家の留守番をお願いできますか?」と、お願いしたらぴたりとおとなしくなって、何度も首を縦に振っていたので多分大丈夫だと思う。

 

 看護婦さんにはすごく感謝されてしまった。

 

 それから僕は赤城さんに送ってもらって家に帰り、準備を始める。

 といっても数日分の着替えをリュックに詰めるだけなんだけど。

 

 準備を終えて、何故かじっと後ろで座って待っていた赤城さんにうちの鍵を渡す。

 赤城さんはその鍵をぎゅっと握りしめて、大事そうに胸ポケットにしまった。

 

 そしてまた赤城さんに送ってもらって、艦夢守市中央駅に向かう。

 

 艦夢守市中央駅は艦夢守島各地に伸びる沢山の路線が交差する大きな駅。だから列車が発車するホームもいっぱいある。

 

 名残惜しそうに僕を見送る赤城さんと別れ、僕はおばあちゃんに書いてもらったメモを確認して切符を買い、茶色い二両編成という少な目の車両数の列車に乗り込んだ。

 

 荷物を足下に下ろして、ほとんど人が居ない座席に座り、しばらく待っているとやがて列車が動き出す。

 流れる景色が楽しくて外を眺めていると、隣の線路を走る列車の中に、どこかで見たことのある女の子がいた。

 

 確かえっと、うん、大鳳さんだ。

 

 彼女は慌てたような顔で走る列車の窓から身を乗り出してたけど、窓がちょっとしかあかないみたいで飛び降りられず困っているようだった。

 

 乗る列車を間違えたんだろうか?

 

 やがて線路が分かれて大鳳さんの乗った列車が遠ざかる。

 僕は大鳳さんが無事に目的地の駅に着くといいなと思いながら、しばらく外の景色を眺めていた。

 

 一時間半ほどで降りる駅に着いたので、列車から降りる。

 ここは無人駅みたいで、駅員さんは居ない。

 

 駅は森の中の少し高台に建っていて、駅から出て表の道の横は斜面になっており、眼下には森が広がっていた。

 

 駅から大叔父さんの家までは、歩いて一時間くらい。

 迎えが来るって言ってたけど、特にそれらしい人は見当たらなかった。

 

 待ち合わせ時刻が過ぎて、それから三十分くらい待ってみたけど一向にそれらしい人が来る気配がない。

 なので僕は歩いて向かうことにした。

 幸い大叔父さんの家までの地図は、おばあちゃんから持たせてもらっている。

 

 でもリュックから地図を取り出し広げた瞬間、とても強い風が吹いて森の方へ地図が飛ばされてしまう。

 慌てて僕は地図を追いかけて、森に入ってしまい迷ってしまったあげく、結果としてこうしてしゃべる熊さんと遭遇してしまったのであった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 取りあえずまだ食べられていないけど、どうしたものか。

 

「……」

「まぁ、大方道に迷ったという所か。しょうがない、近くの村まで送ろう」

 

 なにを言っていいのかわからず黙っていたら、そう熊さんが言った。

 どうやら熊さんは僕を食べないようだった、おまけに近くの村まで送ってくれるらしい。

 

「ええと、ありがとうございます」

 

 取りあえずお礼を言うと、熊さんはちらりとこちらを見て、長い爪の付いた手で僕の頭を撫でてくれる。

 爪は鋭かったけど、肉球はプニプニしていた。

 

 そして何故か僕を脇に抱えて歩き出した。

 

 しかし今度は別の意味でどうしよう、なんだか色々聞きたいことがある気がしなくも無い。

 なんで二足歩行なのかとか、なんでしゃべれるのとか。

 

 僕のなかで色々聞きたいことが浮かび上がる。

 そんな僕の気持ちをよそに、無言で歩き続ける熊さん。

 

 やがて森の出口が見え始めて、少し開けたところに出る手前で僕は意を決して聞いてみた。

 

「あの、僕の名前は……といいます。よろしければ熊さんのお名前を教えていただけますでしょうか」

 

 でも名前も知らない人に色々聞くのは失礼かと思ったので、まずは自己紹介を兼ねて名前を聞いてみた。

 

「ふむ、ちゃんと名前が言えるとは関心だ。そうだな、色々と呼び名はあるが……まあ、私のことはクラウド、そう呼ぶといい」

 

 え、なにその名前、超意外なんだけど。

 でもちょっとかっこいい気もする。

 

「よろしくお願いいたしますクラウドさん。後、送ってくださりありがとうございました」

「うむ、よろしくな少年。そして気にするな、迷子の子供を送り届けるのは当然だ」

 

 そう言われると、なにかの歌にありそうな展開な気がした。

 といっても、まさか同じ状況に陥るとは思ってなかったけど。

 

 人生は不思議でいっぱいだ。

 

「ところで聞きたいことがあるのですが、質問してもいいでしょうか」

「構わない、予想は付いている」

 

 熊さんの表情はよくわからないけど、なんだか少し楽しそうな声の気がした。

 機嫌を損ねてしまって食べられるのもあれなので、下手なことは聞けないけど、これだけは聞いておかないとと思ったことを聞いてみる。

 

「どうして僕は抱えられてるのでしょうか、歩けますが……」

「……ふむ」

 

 熊さんがぴたりと止まる。

 少し考えるように口元に手を当ててから、ゆっくりと僕を下ろしてくれた。

 

「やるじゃないか少年、その質問は予想外だ」

「はぁ」

 

 そう言って熊さんは、僕の手を取るとゆっくりと歩き出した。

 といっても、僕の方から軽く熊さんの爪の先を掴んでる感じだけど。

 

「昔……どこぞからやってきてこの森に居着いていた人の子供が居てな。その子を拾って何年か育てていたことがあった。直ぐにどこかに突っ走っていくので、よく抱えて歩いていたものだ。ある程度育ってから『びっぐになるっす!』などと言って街へ出て行ってしまったが。まぁ……その頃を思い出してついな」

 

「なるほど」

 

 昔を思い出して少し寂しそうな熊さんの横顔。

 勿論表情なんてわからないから、なんとなくそんな気がしただけなんだけど。

 

 それとは別に、僕はその熊さんが拾った人のことが少し気になった。

 この熊さんに育てられたらいったいどんな大人になるのだろうかと。

 

 

「あの、その「危ない提督!!」は…」

 

 

 その人のことをもう少し聞こうとした瞬間、なにか女の人の声が聞こえた。

 と思ったら、すごい早さで現れた人影が熊さんの手から僕を奪い取る。

 

 なんか変な表現だけど、僕、奪い取られたようだった。

 

 見ると、僕を抱えているのは茶色の髪の女の人で、学生服を着てるので多分学生。

 問題は何故僕を奪い取ったのかだけど……

 

「危なかったわね提督! 農作業に向かうマイおじいちゃんの車に、偶々私がぶつかってしまい、むち打ちになってしまったおじいちゃんの代わりに、今日約束をして駅に迎えに行くことになっていた親戚を迎えに行く途中、うっかり道を間違えて熊に襲われそうになってた提督に出くわさなかったら危ないところだったわ!!」

 

 説明がとても長い、気がする。

 あと待たせている人はいいのだろうか。

 

 でも大体わかった、このお姉さん艦娘だと思う。

 そして熊さんのことを勘違いしてる気がする、仕方ない気もするけど。

 

「えーっと、あのですねお姉さん、あの熊さんは……」

「航空母艦、飛龍です! 空母戦なら、おまかせ! どんな苦境でも戦えます! 提督!!」

「あの、えっと、お姉さん、あの熊さんは……」

「飛龍よ!! 提督!!」

 

 あ、これいつものやつだ。

 

「……飛龍さん、あの熊さんは……」

「ふふふー! 安心して提督!! この飛龍に任せておいて!! なぁに、あんなの直ぐにやっつけちゃうんだから!!」

 

 飛龍と名乗った艦娘と思われるお姉さんは僕を地面に下ろすと、すごくいい笑顔でこちらに向かって親指を立てながら言った。

 

 僕は知っている、それは死亡フラグという奴だ。

 

 というか、さすがに熊さんの誤解を解かないとと思ったけど、その前に飛龍さんは熊さんに向かって飛びかかってしまった。

 

「チェストー!」

「ふむ、艦娘か……」

 

 飛びかかった飛龍さんが熊さんに攻撃を当てたと思った瞬間、早くてよく見えなかったけど、なにかがぶつかる大きな音が聞こえる。

 見ると、ものすごく見事に熊さんの拳が、飛龍さんのお腹にカウンターで突き刺さっていた。

 

「ぐふぁ!!」

 

 熊さんは一拍おいて、インパクトの瞬間に曲げた状態で止めていた腕を伸ばしきる。

 すると飛龍さんが、腕を伸ばした勢いと拳をねじった回転の影響を受けて吹き飛ばされ、背後の大きな木に激突した。

 

「意気込みはよし。だが相手がヒヨッコではな」

 

 拳を突き出した状態の、ものすごく綺麗な構えで静止した熊さんがそう呟く。

 すごい、めっちゃつよい気がする。

 

「っく! 艦娘の防御力が無ければ即死だった……貴方ただ者じゃ無いわね……」

 

 ただ者じゃ無いのは間違いないと思う、だって熊さんだし。

 飛龍さんはあまりダメージを受けていないようで、ゆっくりと立ち上がったけどなんだか額から汗が一筋垂れていた。

 

「しかし、いきなりずいぶんな挨拶だな」

「うるさい! 沈みなさい!!」

 

 飛龍さんが大声を上げて、再び熊さんに飛びかかり拳をくりだす。

 熊さんはやれやれといったふうに難なくかわした。

 

 ……すごい。

 

「その程度では、私を敵に回すにはまだ未熟」

「なにぉおお! 提督に出会えた艦娘のぉおおおお! 想いの力を侮るなああああ!!」

 

 飛龍さんはそう叫びながら、攻撃をかわされて体勢を崩した状態を利用し、体をねじるように回し蹴りを放つ。

 

「それは一人前の艦娘のセリフだ」

 

 でもあっさり熊さんに足を捕まれて、そのまま投げられる。

 僕の近くの木に激突する飛龍さん、すごい音がした。

 だけどやっぱりダメージは受けてないみたいで、直ぐに起き上がる。

 

 しかし飛龍さんはかなり警戒して、構えながら僕をかばうような位置に移動した。

 

「怖いか未熟者よ、己の非力を嘆くがいい」

 

 悪役みたいなことを言いながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる熊さん。

 でも何故かちょっと楽しそう。

 

「……やっと会えたんだ、やっと……だから提督は私が守る。たとえ、最後の一艦になっても……守って見せます!」

 

 そう叫びを上げながら飛龍さんが、構えをとる。

 その瞬間、飛龍さんが立っている地面が少しへこみ、なんだかすごい力のような物が感じられた。

 

 え、なにこれ、どういう展開なの?

 

「おいおい、なめられたものだな。出力を上げたからといって勝てるとでも思ったか? それに手持ちの燃料がどの程度か知らんが、未熟者が地上で缶に火を入れるリスクを正しく……」

「提督を守るためなら、たとえどんなことでもやるわ」

 

 熊さんの言葉を遮るように、力強く、決意を持って宣言する飛龍さん。

 なんというか、どこかさっきまでと違う様子だ。

 

 その様子を見て、熊さんは「ふむ……悪くはない……」と呟きながら少し考え込む様なそぶりを見せ、ゆっくりと腰を落とし両手を構えた。

 

「名乗れ艦娘」

「第二航空戦隊、航空母艦、飛龍」

 

 一触即発という空気なんだろうか、じりじりと真剣な感じで向かい合う二人。

 

 うーん、さすがになんだかまずい気がしてきた。

 

 熊さんはこの状況を楽しんでるような感じだし、たとえ勘違いでも、飛龍さんは僕を守るために必死になってくれているんだろうなというのは解る。

 でも、どういうことであれ僕が飛龍さんの提督であるのなら、きっと僕の意に沿わずそしてまた飛龍さんに意味のない戦いをさせてはいけない気がするんだ。

 

 だから、僕はこの戦いを止めることにした。

 

 といっても話を聞いてくれない飛龍さんを止める方法はあるのだろうか?

 そう考えて、ふと看護婦さんとのことを思い出す。

 

 

『いいか坊主、もし院長が暴走することがあったらお前が止めるんだ。それが提督の役目でもある』

 

『提督の役目……』

 

『望んで提督になったわけじゃ無くても、だ。その辺の心構えや気構え、そしてそのあり方は提督によって様々だから俺からは教えられねえ。だけどな、もしやらなきゃならなくなった時に、やりたいと思った時に、それができないってのは嫌だろ?』

 

『はい』

 

『よし、じゃあ提督だけが使える必殺技を一つ教えてやろう。これは俺とは別の木曾が……ほんとだぞ、ほんとに別の木曾だぞ? その木曾がその昔、とある戦いのために編み出した技の一つを応用したやつでな……』

 

 

 僕は看護婦さんの言葉を思い出す。

 

 艦娘は生まれもって水上で戦う術を身につけているし、おまけにいつでも展開できる艤装を使えば、軍艦の火力と機動力を引き出せる。

 だから水上で艤装を展開した艦娘と戦うのは無謀もいいところだ。

 

 だけど

 

『陸上での戦いは訓練を積まないと不慣というか、ちょっと感覚が違って戸惑う「うわっ!? 海上と違う!!」ってな感じでな。といっても普通はそんな訓練受けなくてもいいんだ。なんせ俺たちはなにもしなくても力が強いし、それにダメージを与えたいなら、せめて戦車が必要だからな。だからその手の訓練を受けてるのは軍人か、専門の仕事に必要なやつだけ、まぁ……後は趣味のやつか。話を戻すが、そんな俺たちをそれでも止めなきゃいけない状況ってのが来たときどうするか。さっきも言ったけど、付け入るとしたらそこ、海上と違うって所を突く、つまり……』

 

 不慣れな足場へ

 

「む?」

 

 僕は飛龍さんに近づく、熊さんが少しうなった声が聞こえた。

 

「危ないから下がって! ていと……え?」

 

 僕を後ろに下げようとする飛龍さんの手を取り、強く強く握る。

 それを感じて飛龍さんは、慌てて出力? を下げたような気がした。

 

 僕はくり出す、看護婦さんに教えてもらったその技を。

 かつて夜の街でとっぷを取ったらしい看護婦さんとは別の木曾さんが、看護学校の学費を稼ぐために男装して働いていた店で編み出したとされる技。

 

 

 YOKOSUKA流 決闘術

 ホスト式 超低空 蟹挟み

 

 

 飛龍さんの手を掴んだまま、僕の足で彼女の足を挟み込みひねる。

 

「ひぎゃ!?」

 

 すごく見事に、びたんと飛龍さんが前のめりに倒れ込んだ。

 僕はすかさず飛龍さんの耳元で囁く。

 

「やめろ飛龍、僕の恩人に手を出すな」

 

 確かこうだったはず。

 

 

『ははは! どうだ簡単に倒れただろ? いいか坊主、自分の艦娘に言うことを聞かせる時は、この状態でこうやって後ろから覆い被さって耳元にぞっとするような冷たい言葉を、とろけるように甘く囁くように言うのさ。え? やり方がわからない? よし、試しにやってやろう…………どうだ? え、よく解らなかったからもう一回? しょうがねえなぁ、じゃあ……あ、院長、え、いや、あのこれは……ぼ、坊主今だ! 今こそ止めぎゃアッー!!』

 

 

 あの後大変だった気がする……。

 

 まぁそれは置いといて。

 うまくいったのかよくわからなかったけど、飛龍さんは顔を真っ赤にして何度もうなずいていた。

 

「……ほう、やるではないか少年よ」

 

 熊さんが褒めてくれた、だとしたら多分うまくいったのだろう。

 

 やった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「こんのバカ孫が! よりにもよって山神様にてぇ出すとはなにしてんだ!!」

「ふええええん! ごめんなさあいいいいいいい!!」

 

 飛龍さんが大叔父さんにめっちゃおこられてる。

 

 あの後僕は飛龍さんと、缶に火を入れた反動? なのか、真っ赤になって動けなくなった飛龍さんを担いでくれた熊さんと一緒に、おばあちゃんの弟である大叔父さんの家に向かった。

 大叔父さんの家は、珍しいかやぶき屋根の大きな家で、着くと大叔父さんが首を押さえながら僕たちを出迎えてくれた。

 

 ちなみに熊さんはこの村では有名な熊さんだったらしい。

 そんなこんなで今、僕と熊さんと大叔父さん、そして飛龍さんは囲炉裏を囲んで座って居る。

 

「すんません山神様、バカ孫が」

「いや構わない、私もずいぶんと顔を出していなかったからな」

 

 熊さんが器用に正座しながらのんびりと言う。

 

「そうだよおじいちゃん、私だって山神様が熊の姿をしてるって聞いてたら……」

「バカもん、山神様はそのお姿をしょっちゅう変えられるんじゃ、ゆったじゃろ」

「え、そうなの?」

 

 え、そうなの?

 僕もびっくりである。

 

「はいはい、お説教はそこまでにして夕飯にしましょうね」

 

 奥から大叔母さんが、大きな鍋を抱えてやってくる。

 山で採れた山菜や獣の肉をふんだんに使ったお鍋らしい、おいしそう。

 

「ほんとにしょうがねえ。山が荒れないように獣を抑えたり、危険が無いか見回ってくださってる山神様に感謝すんだぞ」

「ははは、言い過ぎだ。私はただ暇をもてあまして山を見回ってるだけさ……ああ、ありがとう」

 

 熊さんは大叔母さんに差し出された料理の入った器を受け取ると、横に置いた。

 あれ、食べないのかな? と僕が思ったそのとき。

 

「よっこいしょっと。いや、これを脱ぐのも久しぶりだ」

 

 

 

 ……熊さんの中から、短い髪の綺麗なお姉さんが現れた。

 

 

 

 なにを言ってるんだろう、僕は。

 でも、なんか、うん、めちゃくちゃリアルな熊の着ぐるみを脱いだってことなのだろうか、うん。

 

 僕がわりとすごいショックを受けていると、飛龍さんが驚きの声を上げた。

 

「えええええええええ!? 山神様の中身って『日向』さんだったのおおおおおお!?」

「うん、伊勢型航空戦艦、日向。一応この名前も覚えておいて。気がつけなかっただろう? 夕張重工の特注品だ、家に帰れば他にも色々な種類の着ぐるみがある」

 

 えっとうん、つまりこの人は日向という艦娘みたいだった。

 つまり熊さんでクラウドさんで山神様で日向さん。

 

「そういえば少年よ、飛龍を倒したあの技は見事だった。いい筋をしている、なんなら色々教えてやろうか? ふふふ、弟子を取るのは久しぶりだ。ああ、そうなるなら私のことは師匠と呼ぶといい」

 

 そして師匠。

 

「あっ!? そういえばおじいちゃん、私提督見つけたから。よろしくー」

「おおっ! 姉ちゃんが言ったとおりやっぱ坊主がそうじゃったか。それはめでてえ、めでてえけど学校はちゃんと卒業してから嫁入りすんだぞ」

「えーーー!」

「あったりめえだばかもん、嫁ぐにもそれなりの学や作法を身につけてからにしろ! 提督捜しごっことかアホみたいなもんにうつつを抜かしとるようじゃまだ嫁にだせん!!」

「ちょ!? やだおじいちゃんばらさないでよ!!」

 

 ……なんだろう、なんだか色々起こって僕はとても混乱している。

 やばい、なんというかこの気持ちはなんなんだろうか。

 

 とりあえず言えるのはえっと

 

 

 ここは『艦夢守市(かんむすし)』

 

 

 大きな港があり、その港と街の周りをぐるっと山に囲まれている、そんな立地の場所。

 都会とまではいかないけれど、それなりに騒がしくてそれなりに穏やかな大きさの街。

 

 からそれなりに離れた場所にある村。

 

 ここにはどうやら僕の親戚で、艦娘でもある飛龍さんが居た。

 これから僕と飛龍さんがどうなるかはまだわからないけど……

 

 大叔父さんに叱られてる飛龍さんが、ちらりと僕を見た。

 そして舌をちょっと出しながらウインクして、とっても嬉しそうに笑う。

 

 つまり、ここは僕の“もう一人の”お姉ちゃんともいえる人が住んでいる村なのだ。

 

 

「弟子になるなら特別な瑞雲をやろう」

 

 

 ……あと、師匠。

 

 

 つまり、人生は不思議でいっぱいだ。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 とあるお家の扉の前。

 

 

 

 一航戦の青い方と、五航戦の姉の方が意を決してインターホンをならそうとしていた。

 

 勿論みんな大好き、百万石と鶴(姉)である。

 

 なにをしているかというと、何故か最近通学路で待ち伏せをしても全く出会えない提督に直接会いに来てしまったのだ。

 ファーストアタックをしくじってしまった思いもあり、我慢していたのだが……

 

 ぶっちゃけ、辛抱たまらなくなってしまった。

 

 なのでとてもお高いお菓子などを手に、ついでに自らの提督の保護者にご挨拶もしてしまおうという覚悟も決めてきている。

 

「いいかしら翔鶴さん?」

「はい、加賀さん。いつでも」

 

 いつの間にそんなに仲がよくなったのか、二人はうなずき合って恐る恐るインターホンを押す。

 

『はーい』

 

 扉越しに聞こえてくる女性の声、二人はきっとそれが自分の提督の母親だろうと思い、ファーストインパクトに備えて背筋を伸ばす。

 

 扉が開く。

 

「「は、初めまして!! 私たちは……あ?」」

 

 扉を開けたのは、すごくいい顔をした赤城の山だった。

 

「提督さ-ん、頼まれてた天山のプラモデル持ってきた……よ……って、翔鶴姉じゃん?! なにやってんの!? 爆撃され……じゃなくて、え、いや。今海外出張中だから私の大事な話は帰ってから聞くって言ってたのに……ほんとになにやってんの?」(温度急降下のアイ)

 

 そして後ろからプラモデルの箱をもって瑞鶴がやってきた。

 

 ドーバー海峡沖海戦のボス戦BGMが、加賀と翔鶴の中で大音量で流れ始める。

 

 挟撃を受けた史上あんまり例を見ない機動部隊に退路は……

 

 

 

 無かった。

 

 

 




 
僕の名前が書かれてないのは、まだ決まってないだけだったりします。

※豆知識
『YOKOSUKA流 決闘術』の開祖は木曾。
木曾は数年で学費ためて、あっさりホストをやめた。
だがその技は当時、木曾の取り巻きだったホストたちに伝わっている。
なお、南雲病院の木曾とは別の木曾らしい。(ほんとぉ?)
 
 


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『無職男』と『駆逐艦:初風』

 
つんと澄ました顔の初風の頭をワシャワシャしたい。
 


 

 無職とは?

 

 

 今日も今日とて無職である。

 いくらなんでも面接したその場でお祈りされるとは思わなかった。

 

 なんでや

 

 いや、なんとなくわかってきた気がする、あれだ、多分ラリアットした元上司の陰謀だわこれ。

 有ること、有ることをいろんな同業種の奴らに言いふらしてるに違いない。

 

 取りあえずあれか、そうなると別職種とか検討するべきだろうか?

 しかしかといってなんの職種にするべきか、正直年齢的に別職種への転職は難しいんだが。

 

 だがまあぎりぎりなんとかなる年齢でもある。

 だが年齢的に別職種への転職は難しい。

 

 ……だめだ、思考がループしている。

 

 考えをまとめるため、目についた古びた喫茶店に入ることにした。

 店内に入ると香ばしいコーヒーの香りが鼻をつく、いい香りだな、焙煎からやってるのかもしれない。

 店内を見渡すと、頭を抱えてカウンターにうずくまる無精ひげの生えたワカメみたいな髪の毛の男と、片肘をついてケラケラ笑いながらその相手をするマスター? らしき長い白髪の少女が居た。

 

 店主の娘とかが手伝っているのだろうか?

 

 おーう、いらっしゃーい。と、こちらに気がついた長い白髪の少女が、元気だがどこか脱力するような癒やされる声で迎えてくれた後、お好きな席にどうぞーと続けて言う。

 なので陰気なワカメ頭の男の近くは避けて、窓際のテーブル席に座ることにした。

 

 もちろん自分でもどうかと思うが面白くてやめられない、よっこらセックスと言いながら。

 

 灰皿を手前に持ってきて煙草を取り出し一服。

 ……ぁぁ、煙が染み渡る。

 

 落ち着いてからメニューを開くと、割と沢山の種類のコーヒーと簡単なドリンク類、酒は無い。

 まあなんでもいいか、おすすめのコーヒーでもあったら頼もう。

 缶コーヒーもインスタントもドリップも俺には違いがわからない。

 

 なんてメニュー表をじっと眺めていたら、ふっと影が差す。

 いつの間にか店員がやってきていたのか、顔をあげるとどこかで見たことがあるような少女。

 

「ていと……あなたにとって私は何人目の私かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』と『駆逐艦:初風』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸元に喫茶店のロゴが入った黒いエプロンを灰色のブラウスの上から掛け、下は紺色のショートパンツに黒のニーソックス。

 いかにも私服の上からバイト用のエプロンを掛けただけという服装で、注文伝票とボールペンを持ちながら、つんと澄ました顔でこちらを見てくる少女が居た。

 

 その大きな瞳と、前髪ぱっつんの長い空色の髪には見覚えが。

 

「あー、陽炎の妹の恥風(はずかぜ)だっけか。会うのはこれで二、いや三度目か?」

「なんだかひどい間違いを聞いた気がするわ……初風(はつかぜ)よ……後四人目の私よ」

 

 陽炎縁者でフィニッシュです。

 

「つかおめー、言葉の使い方おかしいぞ?」

「はあっ? あってるし!」

 

 ああ、あれか、そういう年頃か。

 不思議ちゃんってやつだな。

 最近の若者の間ではこういうキャラがはやってるのだろうか、磯風もちょっとその気があるきがしなくもないが。

 

「ああ、まぁ、うん。とりあえずなんかこのコーヒー頼むわ」

「なによやめてよその優しい目。とりあえず注文はブレンドっと、ま、いいんじゃないかしら?」

 

 めんどくさかったので、とりあえず目に付いたコーヒーを指差してみたら、意外といいチョイスだったようだ。

 初風は注文を丁寧に伝票に書き込むと、カウンターでニヤニヤしながらこっちを見ていた少女にオーダーを伝える。

 

「マスター、ブレンド一つお願いします」

「よっしゃー、淹れたろー!」

 

 え? あの子マスターなの?

 

 おいおい大丈夫かよこの店、学祭の喫茶店に迷い込んだ気分だぜ……

 微妙に気になったがやる気満々のようなので、水をさすのも悪いかと思い黙っておく。

 

 煙草を一本吸い終わり、思考の整理をしながらぼけっと窓の外を見る。

 営業回りなのか、表の通りにはスーツ姿の企業戦士たちが行き交う。 

 

 そんな風景を見ていたら虚無の感情が心からわき出しかけた、あたりで初風によって運ばれてくるコーヒー。

 なかなか様になる格好で、目の前にカチャリとコーヒーを置きながら「ブレンドになります、それではごゆっくりどうぞ」と、一応テンプレの接客文句を添えてくれた。

 

 一抹の不安を感じながらも飲んでみると普通に美味い気がする。

 まろやかなコクというか、芳ばしい香りというか、酸味というか、なんだかとても贅沢なものを頂いてる気がしてきた。

 コーヒーなんてどれも一緒だと思ってた過去の自分さようなら、俺今日から毎日ここでコーヒー飲むわ。

 

 あれだ、もしかしてオーナーの孫とかなのだろうか? だとしたら納得の腕だな。

 なんて静かな感動を味わっている俺を、隣に立ちながらじっと見つめてくる初風。

 

 なんやのん君

 

「……なにか、用か?」

「じー…見てるだけよ? いけないの?」

 

 いけないにきまってんだろ。

 喫茶店だぞ、落ち着きを求めてきてんだよこっちは。

 

「まあ気にはなるな」

「この初風がコーヒーを運んできたってこと、忘れちゃダメよ」

 

 やだこの子、話が通じない。

 

「ははは、にいちゃん勘弁してやりなよ。そのコーヒー初風が入れたんで気になってしかたねえんだろ、『そういうの、私がやります!』ってはりきってたんだぜぇ? 味の感想聞かせてやんな」

 

 カウンターで肘を突きながらマスターが、意地悪そうな顔をして言ってきた。

 ああ、なるほどそういう。

 

「ちょッ!? マスター!」

 

 慌てたように一瞬でカウンターのマスターの元に駆け寄り、マスターの胸座をつかんでぐわんぐわんと揺らす。

 初風さんや、不思議ちゃんのキャラ崩れてんぞ。

 

 一方マスターはケタケタとした笑顔を崩さず、楽しそうに笑っていてなぞの貫禄。

 実は見た目よりもいい年してるのか?

 

「で、どうだいにいちゃん味のほうは?」

 

 おう、急にふられてしまった

 

「コーヒーの味とかよくわかんないですけど、普通に美味いですね」

「え、ほんと!?」

 

 マスターから手を放して、嬉しそうな顔で慌てて俺の元に戻ってくる初風。

 いそがしいやっちゃな。

 

「お、おう。まぁ煙草吸ってる人間の感想だけどな」

 

 もうずいぶんと長いこと煙草を吸い続けてるので、味覚も嗅覚も多少バカになってる可能性が捨てきれん。そんな俺の評価など当てにはならないだろう。

 そう言ったつもりだったのだが、初風は自慢げでとても嬉しそうである。

 

 なんというかあれだな、よほど自分の仕事が認められたのが嬉しかったのだろうか。

 

 やりがいのある仕事か、そつなくこなすというのも大事だが、失敗を恐れ批判を避けるような生き方してもアホみたいだよなと思えた。

 

 当たり前だけど。

 

 クールぶってたと思ったら急に嬉しそうになったりと、若いもんは感情の動きが激しい。

 いや、かくいう俺だって数日ごとに、躁鬱を繰り返してるが。

 

 そう思っていたら、初風は嬉しそうに厨房へ引っ込んでいった。

 満足いったのだろうか、満足いく仕事、俺にはまず仕事が無い。

 

 あまり深く考えないようにするために、二本目の煙草に火を付けて少し多めに煙を肺に入れる。

 そうしてボケッと窓の外を見ながらその二本目の煙草の煙を肺と口内で転がし、絞るようにはき出す行動を何度か繰り返した。

 

 二本目を吸い終え、ニコチンが染み渡ってきたので、適度に冷えたコーヒーをゴクゴクと飲み込む。

 あー、なんでか知らんがコーヒーを飲みながらの煙草は格別に感じる瞬間があるが、今日のはなんだか苦みが強い気がするぜ……

 

 あ、やばい、いかん方にメンタルが入りそう。

 

 無意識にうつむいてしまっていたので、頭を二度ほどトントンとたたく。

 悪いもの出ってくれ。

 

「……なにかいやなことがあった、そういった顔だ」

「うぉ!?」

 

 急に正面から聞こえてきた声に驚いて顔を上げると、先ほどまでカウンターで陰気を放っていた、ワカメ頭の男が目の前に座っていた。

 

 びっくした! すげーびっくしたよ!

 テーブル挟んでなかったら、絶対反射的にラリアット打ち込んでたわ!

 

「よければ聞かせて貰えないか、これでも小説家の端くれでね。人の感情には興味がある」

「いや別に、いやなことっつっても単純に就職面接に落ちただけだ。……ってあんた誰だ」

 

 思わず普通に答えてしまったが、なんで俺は初対面のワカメ野郎にこんなこと言ってんだよ。

 

「ふぬ、なるほど。就職面接、それはどういう感情がわき出るのだ?」

「は? どうって?」

「自分がただの労働力的な観点の価値としてしか見られず、品定めされている視線を受ける状況でわき出る感情だよ」

「……まぁ、いい気分では無いが向こうもそれが仕事だろうが」

 

 なにが嬉しいのか、ワカメ野郎はぱぁっと顔を明るくした。

 

「なるほど不愉快ということか!! にもかかわらずその面接に落ちた君はこれから何度も、そういった視線で品定めされる行為を味わい続けるのだな!!」

「そうだよチキショウ!! マスターッ!! こいつ営業妨害してるから殴っていいか!?」

「しょーがねーな、一発だけだぞー」

「ホットケーキも作ってきたわ! 味見しなさい!」

 

 もうなんなんだッ! この喫茶店は!!

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「無条件に愛されるということは、此方からも無条件に愛してもいいということの免罪符となる、惜しみない愛情には惜しみない愛情を返す。しかしそれはどういった感情から生まれ出る物なのだ? 価値はあるから交換されるのか? それとも交換されるから価値があるのか? そこに人類の連鎖を維持する上での、人間のあり方としての正しさはあるのか?」

 

「貸し借りの話か? 物理現象と一緒だろそんなもん、貸しや借りは必要な方や足りない方に移動すんだよ。つかカウンター席に戻れよ三文小説家」

 

「なるほど現象とはおもしろい答えだ、君は感覚的に物事をとらえる人間のようだな。だが我々小説家の仕事というのは、それらを文字として生成し、知性に届けねばならない。故に現象と一言に切り捨てられないわけだ。あと……正直私も少し戸惑っている、しかしなぜだか君にはどこか私と近しい物を感じる気がしてね。初めてだよこうやって名も知らぬ他人に自分から話しかけるのは。しかしそのあだ名はなかなか自虐的な要素が含まれていて、感性に突き刺さる。別仕事の方のペンネームはそれに変えてみようか」

 

「好きにしろ、てか話長えしこっちの話も聞けよオイ」

 

 それにしてもこの三文小説家は初めて自分から他人に話しかけたのか、ぶっちゃけ死ぬほどどうでもいい情報だけどな。

 まあそらそうだろう、こんな変なのがしょっちゅう話しかけてくる喫茶店なんざ、どんなにコーヒーうまくても早々につぶれてるわい。

 

「ちょっとあなた、あっちの席に戻ってよ。せっかくの味見の練習台なんだから」

「そうだそうだ、つかオメーもなんでしれっと隣に座ってホットケーキ食ってんだよ」

 

 俺の言葉を聞いて人差し指を顎に当てながら、コテンと首をかしげる初風。

 かわいいなオイ。

 

 でも仕事はちゃんとしような、たとえ他に客が居なくても。

 まぁ休憩中の可能性も捨てきれんが。

 

「甘いもの好き?」

「いやまぁ、嫌いじゃ無いが」

 

 その様子が憂かったのでじっと見てると、初風はなにを勘違いしたのかフォークにホットケーキを一切れ刺して、俺の方に差し出してきた。

 

「そう、ならこれを上げるわ。いらない? いる?」

「つーか味見の練習台が居るんだろ、もらうよ」

「……っそう♪」

 

 萩風で耐性が付いてなかったら拒否してたが、正直もはやかく恥など無い。

 差し出されたフォークの先のホットケーキを、躊躇無くパクリといかせてもらう。

 

「はむっ、うむ、うまい」

「っわ!? ちょ、え、直接!? ……え、おいしいの?」

「うむ。ふわふわもちもちで、ほのかに甘くてグッドだ」

 

 初風は躊躇無く食いついた俺に少し驚いたようだったが、続くうまいの評価と味の感想を聞いて嬉しそうに目を輝かせた。

 

「そっ、そう? ふふん、よかったらもっと食べなさい」

「もらうわ、はむっ」

 

 我ながらあおはるな空気を醸し出してる気がしてきた、傍から見たらどう見えてるのだろうか。

 まあ兄と年の離れた妹、もしくは父親……友達の結婚式の招待状、送られてくる同級生の年賀状、赤ん坊の写真……うっ、頭がッ!

 

 ……これは考えるのやめよう。

 

 しかしちょっとおだてただけで食い物を貢いでくれるとは、チョロいぜ初風。

 

 ホストとかに転職したろかな……

 いやまて、早まるな俺。

 

「……ふぬ、初風くんが、ああ、そういう、成る程。ははは、私の直感や感性も捨てたものでは無いな! つまり私たちは同じ種類の小舟に乗った旅人というわけか!!」

「小舟で悪かったね、ほらこっち来な。デートの邪魔しちゃ駄目だよ」

「デッ!? デートじゃ無いです!!」

 

 ケタケタ笑いつつ初風の言葉を聞き流しながら、マスターはなんかよくわからんことを叫ぶ三文小説家を、ずるずると引きずって戻っていった。

 

 頭とか御大事にな、もうこっちくんじゃねえぞ。

 

 なんつーかでかい煤の塊みたいな奴だったな、まっくろ○ろすけのでかい版みたいな。

 雰囲気的にマスターと付き合ってるのだろうか、いやいくらなんでも年の差がきついか。

 

 そもそも、他人の恋愛事情を詮索する趣味は俺にはない。

 

 マスターがなにも言わなかったので、恐らく休憩時間だと仮定して、となりでぷらぷら足を振りながらホットケーキをつまむ初風に話しかける。

 

「で、ここでバイトしてんのか?」

「そうよ、陽炎姉さんの伝で紹介してもらったの」

 

 謎の陽炎ネットワークを垣間見た、アイツ顔広いなオイ。

 だがあの面倒見のよさなら当然っちゃ当然か、将来が楽しみである。

 それまで職が決まってなかったら俺も紹介してもらうか、何十年先か解らんが。

 

「そりゃまた頼りになる姉だな。その分怒らせたら怖そうだが」

 

 とは言ってみたものの、陽炎が怒っている姿を想像してみても、頭を抱えてツインテールをぶんぶん振り回してる姿しか思い浮かばなかった。

 

「そうね、でも……はっきり言って、妙高姉さんのほうが私は怖いわ」

 

 ぶるっと、肩を抱いてどこかおびえるように震える初風。

 

「妙高? おまえらの姉妹にそんな名前のやついたっけか? いやそれより……」

 

 親しいものに叱られる恐怖というより、もっと暗い気持ちに起因しているような、脅え方。

 嫌な予感が頭をよぎる、自分のどこかでなにかのスイッチが入った様な気がした。

 

「……おまえ、そいつに虐められてんのか?」

 

 誰かが、この少女を虐げているのか。

 この、陽炎の身内である少女を。

 

「え? 急にどうしたのよ怖い顔して……いや、別に親戚のお姉ちゃんみたいな人で、厳しい人だけど別に虐められてるわけじゃ無いわよ!?」

 

 俺の聞き方というか、少し低くなってしまった声のせいだろうか、少し驚いたように慌てたように手を振りながら否定する初風。

 いかん、怖がらせてしまったか、だが念のためもう一度確認しておく。

 

「ほんとにか?」

「ほ、ほんとよ」

 

 なら大丈夫か。

 まぁそもそもの所からして、陽炎が居るしそういうことは起きないよな。

 

 でも今度会ったときに一応言っとこう。

 

「そか、ならいいんだ。なんかあったら陽炎にちゃんと言えよ」

「……うん、ありがとう」

 

 もし同年代や女が相手だと、俺が出て行ったら通報という悲しい未来が待ってるからな。

 そんな情けない俺の言葉に特に突っ込みを入れることも無く、初風が素直に礼を言う。

 

 さすが陽炎シスター、ちゃんと素直にお礼が言えるとは、ええ子や。

 初風の頭が利き手の撫でやすい場所にあったので、頭に手を乗せて撫でてやる。

 

「ちょっ! なに触ってんのよ! ぶつわよ! たたくわよ! 妙高姉さんに言いつけるわよ!」

「おお怖い、そりゃ勘弁してくれ」

 

 顔を真っ赤にしながら怒る初風、でも特に暴れたり振りほどいたりしないあたり、まぁそこまで嫌って訳でもないみたいだな。

 しばらくワシャワシャとしてから手を放すと、初風は手で髪を整え始めた。

 その様子を見ながら俺はふと気になったことを聞いてみる。

 

「しかしお前くらいの年頃だと、バイト代はなにに使うんだ?」

「別になにに使いたいって訳じゃ無いけど、なんとなくためとこうかなって」

「貯蓄が趣味か、年の割に年寄りみたいな渋い趣味してんな」

「失礼ね、“私は”見た目通りの年ですッ」

 

 見た目通りの年ねぇ、なんか微妙に引っかかる言い方だった気もするが。

 

「ははは、悪い悪い。どうだ、バイトは楽しいか?」

「うーん、そこそこかしら。コーヒーは嫌いじゃないし、マスターもいい人だし。まぁ時間帯によって暇すぎる時があるけど」

「あの三文小説家が原因な気もしなくもないが……大丈夫かこの店、経営的に」

「大丈夫じゃない? この店の裏のマンション、マスターがオーナーらしくて、そっちの収入があるから別にこの店は赤字でも平気みたいよ」

 

 ……マジか。

 

 やっぱ不動産収入って最強だな。

 あー、俺も不労所得がありゃなぁ……だから駄目だって、働けよ俺。

 

「なに? どうかしたの?」

「あー、いやなんでもない。まぁちょっとあれだが」

「……職探しうまくいってないの?」

「……まぁな」

 

 鋭いしズバッと聞いてきたな、いや、なんか変な空気出してるのかもしれん、俺も三文小説家のことどうこう言えんな。

 

「まー、色々あって前職と同じ職種じゃ厳しくてな。別の職種に移るかどうかって所だ」

「ふーん、なんになるの?」

「なにになるって、ガキじゃあるまいし別に食える仕事ならまぁ……」

「なにかやりたいことがあるから働くんでしょ? 働くこと以外でやりたいなにかがあるなら別に働かなくていいんだから」

 

 ……すごく反論したい。

 

 だが、初風が言ってることもある意味正しいといえば正しい。

 働くというのはなにかの目的を持ってやるものであって、その目的の為に働く必要がないのであれば働かなくてもいいといえばいいのだから。

 

 生きるためとか、老後のためとか、結婚して子供を育てるためとか、そういうのが基本的な目的になるから、働いて収入を得るというのが目的とイコールになるわけだが。

 

 目的、か……夢と言い換えることも人によってはできるかもしれない。

 少し目を伏せて考え込んでしまった俺に、初風が続けて言葉を投げかける。

 

「なにしょぼくれてるのよ、シャキッとしなさい。それに明日なにかにぶつかって死んじゃうかもしれないんだし、やりたいことやりなさいよ。私がお金貯めてるのもなにかやりたいことがあった時にそれができるようにするためだし。やりたかったことができずに死ぬなんて……嫌でしょ」

 

 ツンとすました顔で生意気にそう言い放つ初風。

 ガキの言うことと切り捨てることもできたが、どこか悲しそうな初風の顔を見て言葉が出なかった。

 

 しかし、なんだ、やりたいことか……。

 

「なんだったかなぁガキの頃になりたかったものって……冒険家とかになりたかった気もするが」

「冒険家?」

「世界中を飛び回って、誰も知らない場所を探検したり、まだ見つかってない生き物を探したりしたかった気がするなぁ……」

「へー、ま、いいんじゃないかしら?」

 

 自分で言ってて恥ずかしくなってきたわ、純粋すぎるだろ子供の頃の俺。

 

「いいんじゃないかしらってお前、この年で冒険家目指しますとか一周してすごすぎるだろ」

「別にそうでもないんじゃない? 例えば艦夢守島にもビッグフット? だっけ、人語をしゃべる毛むくじゃらの巨大生物の噂とかあるし。そうだ、退屈してた所だし今から探しに行きましょうよ、手伝ってあげる」

 

 すごくいいことを思いついたといわんばかりに、立ち上がって俺の手を掴む初風。

 何故君ら姉妹は、人の手を掴んで引っ張るのが好きなんのかね、そして力が強い。

 

「は!? いや、働けよ、つか今からって俺スーツだぞおい!」

「初風! 出撃します!」

「おー、きいつけてなー」

「人の話聞けよ!? そしてマスターも止めろよ!?」

 

 手を振るマスターに見送られて、店の外に出る俺たち。

 あ、金払ってない。

 

「うぉい初風! 勘定! 勘定払ってないぞ!」

「……ふふふ、大丈夫よ提督。私が立て替えといてあげるわ」

 

 すましたどや顔で、嬉しそうに俺を見つめながらそう言い放つ初風。

 おいバカやめろ、女学生に奢られるとか微妙に恥ずかしいんだよ、あと提督って言うな。

 

「それじゃあ行きましょうか、絶対にUMAを捕まえてやるんだから」

「おいおいおい、本気か!?」

「本気よ本気、足手まといになるようなら置いていくわよ」

「……俺の場合本気でやりたいことをやると、大抵ろくなことにならないんだがな」

 

 俺のその言葉を聞いて、初風は

 

「言い訳してないで、本気が出せるなら出したらぁ?」

 

 そう、あまり力が入ってない感じで、俺を挑発するように言った。

 でもその顔はどこか楽しそうで、歩く速度を上げる。

 

 ああもうわかったよ、ったく。

 

 今しかできないことは今やる。

 やりたいこと、やる人生か。

 

 まあそれも今日くらいなら悪くないかもな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ - 『frost』店内 -

 

 初風たちがドタバタと店の外に出て行った後、

 

「若いねぇまったく。どうだい? あたいらもどっか行くかい?」

「この店でいい……」

 

 素っ気ない三文小説家の返事を聞いて、そりゃ残念と笑いながらコーヒーを淹れ始める朝霜。それと同時に店の扉が開き、一人の男が入ってきた。

 男は三文小説家の姿を確認し、まっすぐに近づいてきて三文小説家の手前で立ち止まる。

 

「こうしてお目にかかるのは初めてですね……山田と申します」

「……ああ、例の監督か。追加の仕事は受けないぞ」

「いえ、伺ったのは別の仕事のお話です」

「同じだ、仕事は増やさない」

 

「そうですか、では一つ伺ってよろしいでしょうか?」

「なんだ」

 

「マジカルキヨシーの悪堕ち戦艦ムサシが登場する回の脚本を見て感じました。もしかして貴方は他に書きたいものがあるのでは無いのですか?」

「……」

 

 山田は微笑を浮かべる、まるで取引を持ちかける悪魔のような表情。

 

「どうでしょう、私と共に艦娘がメインの映画の脚本を書いていただけないでしょうか。貴方の書きたい物と、私が撮りたい物、もしかしたら重なる部分があるかもしれませんよ?」

 

 三文小説家は少し悩んでから、隣の席に視線を飛ばす。

 

「……話くらいは聞いてやる」

「ありがとうございます。あ、マスター珈琲を一つお願い致します」

 

 こうして二人の男が出会い、深夜にまで及ぶ長い話し合いが始まった。

 その様子はまるでこの世になにかを召喚しようと企む、黒魔術師のように見えたという。

 

 後に、業界の内外で『混ぜるなキケン(歓喜)』と呼ばれることとなる二人の出会いだった。

 

 

 




初風とつちのこを探したいだけの人生だった。
あと無職の名前も前職も特に考えてなかったりする。 
 


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『服飾家』と『戦艦:陸奥』

 
いろんな意味で挑戦作。
キャラとかシュチュとか色々。
 


 

「あんのぉクッソツインテールがああああ!!」

 

 マネキンやミシン、型紙、はさみに大きな鏡、そして大量の布。

 どこからどう見ても服飾デザイナーの工房と思われる部屋、その中央でショートカットのスマートな美女が叫び声を上げていた。

 どこぞの歌劇団の男役でもできそうなほどの、ぞっとする中性的な美貌の女性だが、肩で息をしながらブチ切れているせいで色々台無しである。

 

「アヤ、うるさいわよ」

 

 そんなショートカットの女性を横目に、くつろいだ様子でソファーに座りながら、爪の手入れをする綺麗に癖の付けられたショートカットのグラマーな女性。

 こちらもアヤと呼ばれた女性とは違うタイプではあるが、柔らかな美貌の美しい女性。

 ノースリーブのタートルネックワンピースを着ていて、短い裾から伸びた長い足に、体のラインを浮き出させるような服も合わさって、健全な青少年にはとても目に毒だ。

 

 特に隠す必要ないからさっさとぶっちゃけてしまうが、この女性は艦娘の『陸奥』である。

 

「むっちゃん!! セレクトショップのオーナーとして悔しくないの!? あんな小娘の店に客を取られて!! なによあの店の名前! ZUI5ってなに!? うちの店名のZUKAと微妙にかぶってるんだよオラァ!!」

 

 きー! と叫びながら地団駄を踏む、アヤと呼ばれた女性。

 特に気にすること無く淡々と爪の手入れをする陸奥。 

 

 ちなみにこのアヤと呼ばれた女性、提督では無い。

 なのに陸奥のことを「むっちゃん」と呼んでる辺り大丈夫なのかと思われるかもしれないが、陸奥の普通の名前は 睦果(むつは)なので、特に問題は無いのだった。

 

 艦娘のその辺の感覚は謎が多い。

 

「いいじゃない、余所は余所、うちはうちでアヤの作りたいものを、こだわったもの作っていけば」

 

 整えられた爪を光にかざしながら、のんびりと色っぽい声でそう返す陸奥。

 大人びた美貌と相まって、とても余裕が感じられ、俗にいう正に『イイ女』そのものである。

 

 ここでざっくりこの二人の関係を説明しよう。(唐突)

 

 セレクトショップとは、そのショップのテイストに合わせて色々なブランドの衣服やアクセサリーなどを仕入れ販売する店である。

 故にその店のオーナーとなると店の経営は元より、各地で開催されるショーなどを訪れては販売会で買い付けをするバイヤーとしての仕事を行いながら、仕入れたものを自分の店で販売するという様々な能力が要求される。

 かなりの激務だが、オーナーのセンスが店の商品に全面的に反映され、それによって売り上げが完全に左右されるので当然手は抜けない、故に責任重大である。

 

 勿論店の規模によっては複数のバイヤーや販売員を抱えているので、仕事は分担されることもあるが、陸奥は一通り殆どの仕事をこなしていた。

(販売員だけはバイトを雇ってたりする)

 

 で、先ほどから陸奥としゃべっているアヤと呼ばれる女性は、その陸奥の店の上の階に工房を構える一人親方的な服飾デザイナーである。

 アヤの工房で出来上がった服は陸奥の店でのみ販売され、正にその関係は陸奥の店の専属ブランドともいえた。

 

 また、お互いはお互いに出資しているので、ある意味共同経営者といった関係だった。

 

 んでもって、そんな二人の店のライバルともいえるのが、デザイナーやモデル、バイヤーなどすべてをこなしながら、二人と同じようにセレクトショップ『ZUI5』を経営する艦娘の瑞鶴である。

 

 店の場所もかなり近い。

 

 だがぶっちゃけ、落ち着きの出てきたお金のあるそこそこ若いおしゃれを意識する女性向け(長い)の商品を取り扱う『ZUKA』と、学生~社会人になったばかり辺りの年齢までの層を意識した『ZUI5』では客層も、取り扱う商品もかなり違うので、果たしてライバルなのだろうか? と思えなくも無い。

 

 が、アヤは瑞鶴が嫌いだった、なんとなく、水と油的な感じで。

 

 なので時々こうやってライバル心むき出しで切れることがあり、それを陸奥がしょっちゅう受け流すというのがテンプレだった、のだが……

 

 店に掛かってくる一本の電話。

 

 爪の手入れ中だったので、出たくないなーと思った陸奥がアヤをちらりと見る。

 

 だがアヤは一通り切れ言を吐き出し尽くして疲れたのか、腰に手を当てながら直接ラッパ飲みで水差しに口を付け、水をがぶがぶ飲んでいた。

 そんな様子を見て陸奥はため息を一つ吐き、電話に出る。

 

 と、相手は今噂の瑞鶴。

 

「はいもしもし……あら、瑞鶴。ええ、うん……は? え、ああ、うん……お、おめでとう。え、あ、うん。そうね、うん……ああ、ちゃんと役所には行きなさいね? ええ、それじゃ……おめでとう」

 

 内容は提督が見つかったという報告の電話、別にわざわざ報告しなくてもいいようなものだが、なんか姉の翔鶴に電話がつながらないようだったので、喜びを伝えたくて知り合いの陸奥に電話を入れてきたようなのだった。

 

 陸奥がゆっくりと受話器を置く。

 

「ふぅ……あんぉクッソツインテールがああああ!!」

 

 わぁ、今度はむっちゃんが切れたぞぉ。

 

 なんか自慢げな瑞鶴からの提督はっけーん! の報告を聞かされて、思わず切れちゃったみたいだったのである。

 

「……むっちゃん、うるさいわよ」 

 

 既に怒りを放出しきったアヤは、冷めた目でむっちゃんを見つめる。

 

「アヤ!! ブランドのTAKARAのオーナーとして悔しくないの!? あんな小娘に先に提督を見つけられて!! なによあの店の名前! ZUI5ってなに!? うちの店名のZUKAと微妙にかぶってるんだよオラァ!!」

 

 取りあえずアヤは、オウムのように先ほど陸奥が口にした言葉を返す。

 

「いいじゃない、余所は余所、うちはうちでむっちゃんの提督を、こだわって探せば……つーか私は艦娘じゃないし別に悔しく……」

 

 根本的な部分を冷静になって指摘しようとしたアヤに、陸奥がずびしと指をさしながら乙女的キャリアウーマンに対する禁止ワードを叫ぶ。

 

 

「アヤは仕事でも男でも先に行かれて悔しくないの!?」

 

 

 陸奥の言ってはいけない言葉に、アヤの収まっていた怒りが一気に水蒸気爆発した。

 

 

「それを言ったら戦争でしょうがああああああああああ!!」

 

 

 営業時間の終わった店に、二人のオンナの叫びが響き渡る。

 取りあえずその怒りを発散するため、二人は夜の街にくり出すのだった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「アヤは結婚するつもりはないの? いい人がいないのなら探してきてあげましょうか?」

「まだむっちゃんに心配される様な年じゃ無いわよ。てか私の心配するくらいなら自分の心配しなさいよ」

 

 アヤがハイボールの入ったジョッキをあおり、ドンと机にたたきつける、カランと氷が鳴る音が響く。

 テーブル席の上には、豚モツの土手煮込みや、唐揚げ、シーザーサラダなどが並べられ、向かいの席に座る陸奥の手にも同じくハイボールの入ったくグラスが握られていた。

 

 ここはどこにでもある大衆居酒屋。

 

 古民家を改築して作られた居酒屋の白塗りの土壁は煙草のヤニなのか、料理の油なのか黄色く変色しているが、大きな木の梁と合わさってどこか温かい雰囲気を醸し出していた。

 

「私たちはさ」

「うん?」

「なんのためにがんばってるんだろう」

 

 ぽつりとアヤが弱音に近い声色でそうこぼす。

 

 回りは仕事上がりのサラリーマンやOLが多く、上司に説教されていたり、同僚と日頃の鬱憤をぶちまけ合う喧噪が響いている。

 

「さてねぇ、艦娘は一応根っこに提督をみつけるってのがあるにはあるけど、それ言い出したら女は子供を産んで育てるってのがあるんだし。結局の所生まれ持った価値観に殉じるか、それとも生まれてから構築した価値観に殉じるか、それともその両方か……。でもどっちみち楽しく歩き続けるしか無いんじゃ無いかしら?」

 

「ちきしょー! 女は子供を産んで育てるってそれあたしの大っ嫌いなっくそじじいの言ってたことと同じじゃー! それが嫌であたしは実家を飛び出したんだぞー!!」

 

 アヤがハイボールを一気飲みし、お代わりを大声で注文する。

 それを見て陸奥がケラケラと笑った。

 

「はは、でもアヤは毎日楽しそうじゃない。あーでも無いこーでも無いって布や型紙とにらめっこしながら」

「それを言ったらむっちゃんだって、お客さんにあった服を楽しそうにコーデしたり、イイ物買い付けるためにあっちこっち飛び回っててたのしそうじゃん」

 

「まぁ、他にすることもしたいことも無いからねー」

「てかそもそもさ、なんで私たちは他の女が男を引き寄せるための服を必死こいて作ったり売ったりしてるのかって所の問題になってくるのよね……」

 

 アヤの言葉を聞き流しながら、陸奥がハイボールのお代わりと枝豆を注文する。

 

 持ってきた女性の店員は、大衆居酒屋でくだを巻く美女二人を見てどこか目を輝かせつつも、何故こんなところにこんな綺麗な女性二人がという複雑な表情をしていた。

 

「いいじゃない、命短し恋せよ乙女たちが着飾る服を仕立てコーデしてあげる。いい仕事だと思うわ、着飾るのが苦手な女たちの心強い味方よ、味方」

「そんな正義のヒロインには、イケメンの王子様が必要だと思いまーす!!」

 

 んがー!! と雄叫びを上げるように立ち上がり、グラスを掲げるアヤ。

 周りの客たちが、なんだなんだとチラチラアヤの方を見る。

 

「あら、あらあら、そういうこと言っちゃうー?」

 

 そんなアヤを見ながら陸奥がニヤニヤして、そう返す。

 その様子を見てきょとんとしたアヤだったが、直ぐに合点がいったかのようににやりと笑う。

 

 そして二人は顔を合わせて、お互いのグラスをカチャンとぶつけた。

 

「じゃあいい男でも」

「探しに行っちゃおっか」

 

 そうして二人は残ったハイボールを一気飲みしグラスを空にすると、いい男をみつけるため次の店へと向かうのであった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 ホスト、それは夜の住人、闇夜の時間を生きる者。

 ホスト、その本質は飢えた狼、金と女性、そして名誉に飢える者。

 ホスト、しかして彼らの仕事はきらめく世界で、夢を振りまく者。

 

『艦夢守市』その歓楽街にも彼らが住まう城があった。

 

 ホストクラブ「YOKOSUKA」

 

 今日も彼らは闇夜の時を駆け、飢えを満たし、そして夢を振りまくのだった……

 

 

 

「オライケメンどもー! この喪ジョーズに酒を注げー!」

「そうだそうだー! って、誰が喪ジョーズだー!」

 

 そんな狼の城に既に出来上がってる二人が居た。

 アヤとむっちゃんだった。

 

 そんな二人をもてなすのは、ホストクラブYOKOSUKA屈指のホスト軍団。

 でも最初は二人を上客だと思ってたホストたちだったが、なにやらいやな予感が止まらない。

 

 具体的にいうと吹っ飛ばされたトラウマがフラッシュバックする感じで。

 

「か、可愛いお姫様たち、次はどのようなお酒をお持ちしましょうか?」

 

 ナンバーワンホストが、アゲアゲおもてなしモードで接客する。

 ちょっと嫌な汗が止まらない気がするけど、この程度でひるむようではナンバーワンでは無い!!

 

「コレ」

「これ」

 

 アヤとむっちゃんが同時に指をさす、ドンペリだった。

 

「ボトルで注文するわ」

「あっ、ジョッキに注いできて」

 

 羽振りのいい注文だというのに、ナンバーワンホストはすごく嫌な予感がした。

 でも勇気を振り絞ってオーダーする、運ばれてくるジョッキに注がれたドンペリ。

 

「「ちょっといいとこみてみたいー♪」」

 

 二人の美女に挟まれて、おだてられるナンバーワンホスト。

 やはりか……そう思った。

 

 ジョッキになみなみと注がれたドンペリ。

 

 問題はアルコール度数ではなく、炭酸であるということ。

 二酸化炭素の気泡がはじけるたびに、シャンパンの香りがナンバーワンホストの鼻を突く。

 

 こんなもん一気とかしたら胃が爆発するで工藤!!

 

 だが、しかし。

 

 この程度でひるむようではナンバーワンホストは名乗れないのだ!!

 

「ウェーイ!! いっきまーす!!」

 

 スタイリッシュにジョッキを持って立ち上がるナンバーワンホスト。

 

「さすが!」「われらが!」「なんばーわん!」

 

「「「ナンバーワンナンバーワン! ナンバーワン! ナンバーワンナンバーワン! ナンバーワン!」」」」

 

 取り巻きのアゲアゲコールが始まり、ゴクゴクとドンペリを飲み出すナンバーワンホスト。

 

「「きゃーきゃー!!」」

 

 そんな男前の様子に、アヤとむっちゃんのテンションも上がる。

 

 炭酸を気迫で押さえ込み、こぼすこと無くゴクゴクとジョッキに注がれたシャンパンを飲み干すナンバーワンホスト!!

(※急アルやマーライオンになる可能性があるので真似しないでください)

 

「っぷっはー!! ごっちそうさっまでーす!」

 

 飲み干し終えて華麗なポーズを決めるナンバーワンホスト、さすがホストの元帥、その称号は伊達では無い!!

 

 その様子にご満悦のアヤとむっちゃん。

 そんな二人の様子を見てナンバーワンホストは確かな手応えと、上客ゲッツの確信を得る。

 

 が

 

 

「そういや金剛ちゃんこの前、新聞に出てなかったッスか? 市長と話してる写真格好よかったッスよ」

「HEY、提督ぅー!? 私の活躍見てくれたの? もっと頑張るから目を離しちゃNo! なんだからネ!」

 

「ショウさん!! 比叡、恋も仕事も…気合! 入れてッ! いきますッ!! ハァーイッ!!」

「提督。今日も、榛名と一緒に夜を迎えていただいて、本っ当にありがとうございます! 榛名、感激です! ふふっ♪ ……提督。」

「はぁ、すー…今夜はお日柄もよく、ショウさん今日も指名を受けていただいて本当にありがとうございます。これからも私たち…え? ん、長い?」

 

「じゃあおれもがんばっちゃうっすよ」(シャキーン)

 

「「「「ああもぅ!! ショウさんステキ!! あっ、この店で一番高いお酒をry」」」」

 

「こちらのお嬢さん型(not誤字)にいいいい!! ロマネコンry」

 

 

 近くのカーテンに区切られた個室から聞こえてくる声。

 そのなんだか濃厚なラブラブ空気が喪ジョーズにまとわりつく。

 

 明らかに提督を、そして自分の王子様をみつけてラブラブ幸せいっぱいの艦娘、そして女たちの台詞だった。

 

 そして流れ弾的な試練がナンバーワンホストに襲いかかる!!

 

(ショウの奴今日だけでロマネコンティー四本だとぉ!? いや、大丈夫だ今月はまだ始まったばかり、幾らでもチャンスはある!! あれ、だけどそれはショウも同じこと? いや……あれ俺まずくね?)

 

 ナンバーワンホストは必死に自分の今月の売り上げを、頭の中で計算して結構まずいような感じを叩き出す!!

 

 たらりと汗が流れる、ナンバーワンホスト。

 

 ちらりと二人の上客予定を見ると、びっくりするくらい真顔だった。

 なんで真顔かよく解らないかったけど、ナンバーワンホストはなんとかこの二人から絞りとれないか必死に頭を回転させた

 

「ウィスキー、ボトルで注文するわ」

「氷抜きの水割りで、作れるだけ作ってきて」

 

 ところで、羽振りのいい注文が炸裂する。

 運ばれてくる茶色い液体の入ったダースのグラス。

 

 いい酒だと思う、多分。

 だが問題はダースで並べられているということ。

 

 立ち上る濃厚なアルコール臭、ボトルを早く消費するためにボーイが気を利かせて、ちょい濃いめで作った気配がした。

 

「いい男が飲むところ見てると元気出るなー」

「沢山飲むところ、見たいなみたいなー」

 

 真顔だが、ほろ酔いの美女の左右からステレオぼいすぅが耳に響く。

 

「「ちょっといいとこみてみたいー♪」」

 

 そしてナンバーワンホストの脳に直撃した。

 しかし水で割ってるとはいえ、ウィスキーのアルコール度数は四十度をこえる。

 

 つまりこんな量一気したら肝臓が爆発するで工藤!!

 

「うっ、うっ、ウェーイ!! いっきまーす!!」

 

 でもヤケクソになったナンバーワンが叫んで一つ目のグラスを手に取る。

 だっていろんな意味で上客だし、色んな意味で追い詰められてるし、やるっきゃ無いよね。

 

 つまりはここで引かないからこそのナンバーワンなのだ!!

(※急アルやゾンビが口から出すレベルのヤツが起きる可能性があるので真似しないでください)

 

「いいオトコーいいオトコー! でもホントはどうでもいいオトコ!?」

「いいオトコーいいオトコー! でもホントは実際いいオトコ!?」

「いいオトコーいいオトコー! ホントにイケメンいいオトコ!!」

 

「「「なぜなら彼こそナンバーワン! なぜなら我らのナンバーワン!  それナンバーワンナンバーワン! ナンバーワン!」」」

 

 空気読んでせめてもと思い、取り巻きがヤケクソでコールを開始した。

 

 

 がんばれナンバーワンホスト。

 

 

(なんやかんやで今月もナンバーワンだった模様)

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 バー『佐世保の薔薇』

 

 なんかすんごい大昔からあるコングロマリットなグループの総帥が、隠れてこっそりマスターをやっている店。シックな雰囲気で、控えめの音量のジャズが流れる感じの隠れ家的なバーである。

 

 そんなバーのカウンターに、二人の喪ジョーズ。

 無事ナンバーワンホストをノックアウトし終えた二人は、店を変えて飲み直していた。

 

 二人は先ほどのホストクラブとは違い、落ち着いた雰囲気でちびちびと綺麗な色のカクテルを飲んでいる。

 

 黙っていれば二人ともすんごい美女なので、男どもがほうっておかなそうだが、幸か不幸か店内には彼女たちと、綺麗なオールバックの髪型で、短めの口髭が魅力的な巨漢の美中年であるマスターのみ。

 

 因みにしゃべり方がちょっとオネエが入っているマスターがオカマなのか、同性愛者なのか、ノーマルなのか、客の間では割と頻繁に議論が交わされている。

 

 でも今はそれよりも大事なことがある二人の喪ジョーズ、彼女らの話題は別のことだった。

 

「……アヤ、私たちってさ、そこそこ成功してる方じゃない。お互い一国一城の主でさ、別にでかい借金があるわけでもないし、名前も売れてるし。そうなるとやっぱ足りないものが見えてくるのよ」

 

「わかるわー、あたしもクソじじいと縁切って、実家飛び出して。死にものぐるいで働いてブランド立ち上げて。むっちゃんと組んでここまでのし上がってきたけど。あのクソツインテールに対抗するわけじゃ無いけど、最後のピースが足りない気がしちゃうわよね……」

 

 違うようで似ている、似ているようで違う。

 お互い求めるものが似通ってる気がする二人が、同時にグラスをあおる。

 

「大体さー、私たちって男の趣味絶対似てると思うんだよねー、うん、多分間違いないし」

「はははー、そうなったら私の提督がアヤの男になるかもねー」

 

「うへぇ……でもまぁむっちゃんなら。いや、でも、うー、私の王子様とむっちゃんと3Pってどうなのよそれ……」

「それでアヤはどんな王子様がいいの? 私も交ざるなら聞いておきたいわ」

 

 そこそこ酔っ払い気味のアヤはむっちゃんの言葉を聞いて、音を立てて大げさに立ち上がり、天に指をさしながら声高らかに叫ぶ。

 

「そんなの心のチ○コが起つ男に決まってんでしょ!」

「おおおおお! それいいわね、とても大事だと思うのでありまーす!」

 

 んでもって、そこそこ酔っ払い気味のむっちゃんが追従するように立ち上がり、アヤと同じポーズを取る。

 

「……ちょっと、あんまり下品なことを大声で言わないでよ」

 

 グラスを磨いていたマスターが、迷惑そうに眉をしかめながら注意する。

 

「でもまぁ、若い子にしちゃあ男の選び方を心得てるわね……人が人に惚れるってそういうことだわ」

 

 どこか懐かしいものを思い出すように、マスターがスコッチをストレートでグラスに注ぎ、それを自分で飲み始める。

 

「え、え? マスターが惚れた人って?」

「男なの? え、それとも女?」

 

 そんなマスターの過去に興味津々のオンナ二人。

 無理も無い、マスターの恋愛歴とか絶対面白そうである。

 

「そうね、私が惚れた人は……って、こんなの人に話すようなものじゃないわね」

 

「えっ!? そこで切っちゃうの?」

「ちょっとマスター、そこは全部話す所なんじゃ無いのぉ?」

 

 いいところで切られて、抗議の声を上げる二人。

 

「うるさいわよ、でもまあ、アンタ風に言うならそれこそ心のチ○コが起つ人を好きになったことは……あったわね」

 

「ほうほう、その話詳しく」

「はよ、はよ」

 

「あーもーうるさい! 今日はもう閉店よ!! さっさといったいった!」

 

 そんなマスターを無視してぶーぶー不満の声を上げ続けるうるさい喪ジョーズは、巨漢のマスターに首根っこを捕まれ、ぽいっと店の外に放り出されるのであった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「いたたた、マスターなにも放り投げなくてもいいのに」

「うー、話もお酒も中途半端なところで放り出されちゃったわね」

 

 二人は顔を見合わせ、ニヤニヤと笑い合う。

 

「よーし! つぎいってみよー!」

「おーーーーー!」

 

 当てもなく次の店に歩き出す二人。

 

「しかしあれねぇ、運命の人ってのはやっぱ出会えるから運命の人なんであって、出会えなきゃ運命の人じゃ無いわねぇ……」

「まったく、艦娘も女も。因果なもんよねほんと……」

 

 お互い肩を組み合って、支え合いながら歩く二人。

 灯りの消えることの無い歓楽街、そんな地上の光の明るさに負けないような満月が、二人を見下ろしていた。

 

「まぁ、人生まだ長いんだし大丈夫よ。出会えなくても来世や前世に期待しましょ」

「ちっきしょー! 来世はともかく前世ってなんだー! 映画じゃねーんだぞー!」

 

 夜の街に、女二人が肩を組みながら歩く。

 運命の人を捜し求める女と艦娘、似ているようで違う、違うようで似ている。

 

 そんな二人の夜はまだ始まったばかりである。

 

 

 




女性二人のこういう感じが結構好きだったりする。
んだけど、書いてる最中にラブコメじゃないと気がつく、うーん難しい。

あと、マ○みてはまだ読んでないので、ガールズラブも始まらないのであった。

※特に理由無くも思うところがあってタイトルコールは入れてないです。
 単純に入れ忘れてたんだけど、多分無いのが自然なんだろうな、と。
 そういう直感を大事にしていきたい、なんて格好よくいってみる。
 


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『絵描き』と『重巡:足柄』

 
喪女、合コン連敗などといじられやすいひと。
でもよく見ると足柄さんは多分とてもいい女。
 


 

 空気が冷たく澄んで、晴れていても何処か暗いような季節の空の下。

 一組の母子が墓石の前で手を合わせていた。

 

 母親のほうは妙齢の美しい婦人で、ウェーブのかかった長い黒髪が風に揺れていた。

 見るものが見れば、重巡洋艦の艦娘『足柄』だと気が付くかもしれない。

 

 目を閉じて亡き父の墓石に向かって拝む母の姿を、先に手を合わせ終えた少年はじっと見つめていた。

 

 少年は正直ここに来るのが好きではなかった。

 物心が付いた時には父は既に他界していたので、悲しいという気持ちはあまりなく、それよりもここに来るといつもはとても明るく元気な母がとても悲しそうな顔をするからだ。

 

 つまらなそうに母が手をあわせ終えるのを待っていると、やがて目を開けた母が少年を見て、少し困ったような顔で注意する。

 

「こら、ちゃんと手を合わせなさい」

「もう終わった」

「もう、ちゃんとお父さんに色々話してあげなさい。学校のこととかあるでしょ」

「うん……」

 

 渋々といった風に、もう一度手を合わせ目を閉じる少年。

 少年がしばらくして目を開けると、母親がこちらを見てにっこり微笑んだ。

 

「そういえば宿題で両親についての作文を書かなきゃいけないんだけど、母さんと父さんってどうやって知り合ったの?」

「あら、そんな宿題出てたのね。うーん、そうねえ……。そろそろ話してもいいかしら」

 

 母親が息子である少年の手を引き歩き出す。

 

「そうね、お父さんは絵描きで、あまり身体の丈夫な人じゃなかったんだけど……とっても素敵な人だったの」

 

 何処か遠くを見るように立ち止まって、空を見上げる母親。

 

「お母さんとお父さんが出会ったのはね……」

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ××年前 某国某所

 

 

 

「あちゃー、参ったわね。こりゃ完全に姉さんたちとはぐれちゃったわ」

 

 山岳越え用の服装と装備に身を包んだ足柄が、地図を見ながら川と森しかない場所で、あたりを見回していた。

 数時間前、山岳越えの最中に足場が崩れて谷底を流れる川にまっさかさま。

 そこから何時間も流されて、なんとか岸にたどり着いたものの随分と流されてしまったせいか、姉妹たちとの合流が絶望的となってしまった。

 

「はぁ、我ながらやっちゃったわね。まぁ私が居なくても姉さんたちなら問題なく仕事をこなすでしょうから、ひとまず作戦完了後の集合地点に先に向かうとしますか」

 

 足柄は地図をしまい、ひとまず川に沿って川下へ移動を開始する。

 何時間か歩いていると、目の前に大きな湖があらわれた。

 

「いい場所ね、ここで一泊しようかしら」

 

 何処か手ごろなキャンプの場所がないかと、湖の水辺に沿ってゆっくり足柄が歩いていると、ふと景色と同化していた緑色のテントがあるのが見えた。

 一瞬、敵の兵士が居るのかと身構えた足柄だったが、そのテントの前にあるイーゼル、そこにのせられた湖の風景が描かれたキャンバスを見て構えを解く。

 

 あたりを警戒しながらキャンバスを覗き込むと、描きかけではあるが湖の風景が丁寧に描かれている。

 しかし穏やかな風景画のはずなのだが、何処か描く人間の感情、焦燥にも似た足掻くようなもが伝わってもきた。

 穏やかな世界と、若い情熱のようなものが入り交じるアンバランスでありながら、それだからこそ魅力的に見えて引き寄せられる、そんな絵だった。

 

「ボケた絵でしょ」

 

 その声に魅入ってしまっていた足柄がはっとなって振り返ると、焚き火用の枯れ枝を抱えた青年がそこに居た。

 長身でありながら痩せていて生気が薄く感じられるが、眼だけがぎらついていて全体的にとがったナイフのような印象を人に与える青年だ。

 

 だが、それよりも問題なのが……

 

「ていと……く?」

 

 まさかのその青年が足柄の提督だったということだった。

 肌寒い季節の湖のそばで、傭兵の艦娘と若い絵描きが出会う。

 

 湖の前で見詰め合う二人の姿が、湖面に反射し何処か絵画的に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『絵描き』と『重巡:足柄』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 提督を見つけた衝撃で動けない足柄を気にせず、青年は黙々と焚き火の準備をして火を起こし、湖の水を汲んでポットに入れて沸かし始める。

 その様子を提督を見つけてしまったショックでなにも言えず、じっと見続ける足柄。

 

 やがてカップを一つ用意し、インスタントコーヒーを作ると、青年はそれを足柄に渡した。

 呆然としながらも、驚くくらいあっさりとそれを受け取ってしまう足柄。

 

 カップを渡すと青年はキャンバスに向かって、絵を描き始める。

 そこでようやく、足柄はカップが一つしかないので青年がコーヒーを飲めないということに気がついた。

 

 慌ててカップのコーヒーを飲み干そうとした足柄だが

 

「あ、あつッ!!」

 

 と、熱さに驚いてカップを落としそうになる。

 驚きと恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、提督の邪魔にならなかっただろうかと青年の方を足柄が見るが、そんなベタなコントのような光景になんら興味を示すことなく、黙々と絵を描き続ける青年。

 

 邪魔をしてしまったなら申し訳ないとは思ったが、一切興味を示してくれないのもそれはそれでと思いながら、足柄はゆっくりとコーヒーを飲み干す。

 そして背負っていたリュックを下ろすと、自分のカップを取り出し、そのカップにコーヒーを入れて青年に手渡した。

 

「はい、どうぞ」

「どうも」

 

 一口飲んで、カップを足柄に返す青年。

 不味かったというわけではなく、カップを置く場所が無く、持ちながら絵を描くことができないからだ。

 何故かそれがわかった足柄は、カップを持って一歩下がった場所で絵を描き続ける青年の様子を見つめる。

 

 静かな時が流れる、足柄が空を見上げると渡り鳥が群れを成してはるか上空を飛ぶのが見えた。

 視線を青年に戻し、今更かと思いながらも口を開く足柄。

 

「見ててもいいかしら?」

「どうぞ」

 

 まるで瑣末なことだと、振り向きもせず返事をする青年。

 足柄は了承をもらい、下ろしたリュックに腰を掛け、再びじっとその様子を見つめる。

 

(誰かを見つめているだけで、見ているだけでこんな幸せな気持ちになるなんて)

 

 足柄は自分の中に湧き出る初めての感情に戸惑いながらも、何処か楽しむようにそれを転がしてみる。

 転がすたびに温かいものが湧き出して、胸を満たすその気持ち。

 

 ひとしきりそれを楽しんだ後、しかしこれからどうしたものかとも思う。

 姉妹たちとの合流はどうするか、そもそもこれからどうするか。

 闘争こそが艦娘の本質ではないのかと思い、姉妹で始めた傭兵家業。

 それをこれからも続けるべきなのか?

 

 答えを探して思考を落とし込んでいると、唐突に『グ~』と、間の抜けた音が響く。

 その音が自分の腹から聞こえてきた音だと気が付いて、足柄は顔を真っ赤にしながら慌てて口を開く。

 

「ご、ご飯を作るわね」

「……どうぞ」

 

 今まで無表情で足柄に興味を示すことすらなかった青年が、微妙に気を使うような間を空けて返した返事を聞いて、足柄は泣きたくなった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「あら、画家じゃなかったの?」

「学生ですよ、まだね」

 

 すっかり夜の帳が落ち、辺りを暗闇が包む中、焚き火を囲むように向かい合いながら二人は座ってカレーを食べていた。

 いつでもカレーを作れるように、足柄の装備には米とカレーと飯ごうセットが常備されている。

 表情や感情の動きが乏しいように見える青年も、足柄のカレーを一口食べると、素直に「おいしいですね」と賛辞を述べ、先ほどの腹を鳴らす失態を挽回でき、足柄の乙女のプライドは無事回復していた。

 

 なんてことはなく、それはそれで別にまだ少し引きずっていた。

 

「それでどうしてわざわざ外国、こんな山奥まで来て絵を描いてるの?」

「……自分の見てるこのボケた世界が、なにか変わるかと思いまして。まぁ、今のところなにも変わりはしていませんが」

 

 苦虫をかみつぶした様な表情を浮かべる青年。

 足柄はそんな表情もできるんだな、と、感じた。

 

「それでその……貴方は……」

 

 何処か聞きにくそうに、言葉を濁す青年。

 その様子を見て今まで自分に一切興味を示さなかったことから、自分になど興味が無いと思っていた足柄は、悪戯を思いついたような子供の笑顔を浮かべる。

 

「あら? 興味が無いんだと思ってたけど、そんなに私のことが気になるの?」

「……こんなところに貴方の様な綺麗な女性が居るのはおかしいと思っただけですよ」

 

 少し顔を赤くしながら、すねたような返事を返す青年。

 青年の『綺麗な』という部分をしっかり耳にした足柄は、立ち上がって青年の隣に座り肩をくっつけるように引っ付く。

 

「そう、心配してくれてるのね」

「……まぁ、そうとれるかもしれませんが」

 

 密着してくる足柄に、青年は一人分隙間を空けるように引く。

 直ぐに足柄がその隙間を詰める。

 

 そんなことを繰り返し、やがてこれ以上詰める隙間が無くなり、青年が追い詰められた。

 

「あの」

「なにかしら?」

 

「近いのですが……貴方のような人にあまり近くに来られるとその……」

「足柄よ」

 

 唐突な自己紹介、さらにぐぐっと顔を寄せて耳元で囁かれる声に、青年の心拍数が上がる。

 

「え? ああ、はい。よろしくお願いします足柄さん」

「ふふ、よろしくね」

 

「それで、その、近いのですが」

「この飢えた狼と呼ばれた足柄、この狼のような身のこなし……」

 

 ああもう辛抱たまらないわといわんばかりに、決めぜりふ的な自己紹介をしながら青年に身を寄せて、がばっとやっちゃいそうな勢いの足柄。

 だったが、青年は足柄が言ったとある部分の言葉に反応する。

 

「……もしかしてまだお腹が減ってるのですか?」

「……え?」

 

 青年は立ち上がり、荷物の中から携帯食を取りだし足柄に手渡した。

 

「どうぞ、夕食のお礼です。それでは私は寝ますので」

「あっ、ちょ!?」

 

 青年はそう言うと、さっさと自分のテントの中に入ってしまった。

 

「出会いも戦いも、最初が肝心なんだから……」

 

 唖然とする足柄、完全に色々機を逃してしまったと遅れて気がつく。

 足柄はちょっと泣きそうな声でそう呟いた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「おはよう! いい朝ね!!」

 

 青年が朝目覚めて、外に出ると既に起きていた足柄が、いい笑顔をうかべながら挨拶をする。

 青年は思わずドキリとして、心拍数が上昇した。

 

 何故ならそれほどまでに湖畔の水辺で、笑顔を浮かべる足柄のその姿は……

 

「……おはようございます。ところでなぜ朝からイノシシを解体しているのですか?」

 

 ほっぺに血を付けながらそう言って笑う足柄の姿は、割とスプラッターだったからだ。

 あとイノシシの血を湖の水で洗い流しながら、毛皮をはぐその光景はとても怖かった。

 

 朝からとんでもない物を見てしまったなぁと、青年はちょっと吐きたくなった。

 

「昨日せっかくカレーを作ったのに、カツを乗せられなかったでしょ? ふふふ、今晩の夕食は楽しみにしててね!」(ハート)

 

 女子力の強さを見せつけようと、足柄は早朝から森を走り回ってナイフ一本でイノシシをゲットしてきたのだった。

 

 だが見せつけたのは女子力じゃ無くて戦闘力では?(ボブは訝しんだ)

 

 しかし足柄さんは気がつかない、駄目だ、傭兵暮らしが長すぎたんだ……

 ぷらぷらとナイフを逆手に持ちながら、かわいらしさをアピールしつつウィンクするその様子に、青年は昨夜この女性に対して感じた感情は生存本能の警告的な物では?

 

 そう感じた。

 

「そうですか」

 

 でも怖かったので、無難に返事をする。

 青年の表情はこわばっていたかもしれないが、元々の無表情のおかげで特に足柄は疑問に思わなかったようだ。

 

 青年は取りあえず足柄のことは忘れ、ポットに湖の水を入れてストーブ(携帯コンロのような物)で沸かしはじめる。

 枝を集めて、火を起こしじっくり湯を沸かしてもよかったのだが、なにとなく早く沸かした方がいいかなと判断した。

 

 朝はいい、こうして湯を沸かし入れて飲むコーヒーは、濁った自分の感情をほんの少し薄めてくれる。

 そう思いながら湯が沸くのを待ちつつ足柄の方をちらりと見ると、楽しそうに解体していて少し薄まっていた濁った感情がなんだかよく解らない物になる。

 

 なんなんだろうこの人は……

 

 青年の率直な今の気持ちである、混じりっけなしの本音の。

 でも自分に振る舞うために努力してくれてるというのなら、まぁ、うん、まぁ。

 ありがたいかありがたくないかは置いておき、害は無いと判断してもいいのかもしれない。

 

 二つあるカップ、両方に湯を注ぎコーヒーを作る。

 

 解体作業中の足柄に声をかけるのには勇気が必要だったが、青年はカップをもって側に行き、コーヒーを手渡そうとする。

 

「……どうぞ」

「あら? ありがとう」

 

 足柄はなんのためらいも無く、青年の持ち物であるカップを手に取った。

 そして青年が止める間もなく、いたずらを思いついた子供のような顔で、熱いコーヒーを口に含む。

 

「あっつ!?」

 

 でもコーヒーの熱さに負けて、いい女を演出するのに失敗するのであった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 数日が過ぎた。

 

 いつまでここに居るんですかと、聞けない青年。

 楽しそうにニコニコしながら、青年が絵を描く姿を眺め続ける足柄。

 

 ここ数日の足柄は、食事の用意、野生の獣への警戒、さらにはどこかから持ってきたドラム缶で風呂を用意したり、果ては『寒いから温めてあげるわ!』と青年のテントに入ってくる(丁重に追い出した)有様。

 青年は軽く混乱していた。なんなんだろうこれは、この女性が自分に好意を抱いているというのはわかるが、さすがにこれはアグレッシブすぎでは無いだろうかと。

 

 そして気がつけば、いつの間にやらまるで売れない絵描きのために、働いてはかいがいしく世話をするようなそんな関係になってしまいつつあった。

 

「私は貴方のひもでは無いのですが……」

「自分が貴方の役に立てるこの瞬間が、私は一番好き!」

 

 そのたった一度のやりとりで青年は『ああ、これはなにを言っても無駄だな』と痛感した。

 というかぶっちゃけもうこの女性、なんでもありだなと思うようにもなっていた。

 

 昨夜など散歩に出ると言って出かけた後、十頭以上の狼を引き連れて戻ってきて。

 

「どう? 可愛いでしょう? 躾けてみたの!」

 

 などと、自慢げに言うものだから、さすがの青年も開いた口がふさがらず。

 

「貴方が……居てくれて安心です」

 

 と、少し皮肉交じりで言ってみたのだが。

 

「だって私、足柄がいるんだもの! 当然よね!」

 

 なんなんだこの女性は、という思いで一杯になったりもした。

 そして深いため息をつき、足柄という存在を受け入れてしまってる自分に気がついてしまう。

 

 そしてずっと気がつかないようにしていた、もう一つのことを認める。

 

 いつの間にか自分がこの生命力溢れる女性に当てられて、ボケていると自分でそう評した絵に、生命力のような力強さが備わりはじめたことに。

 この変化は、ここに来たからでは無く、この女性が居てくれたから起きたのだと……

 

 認めてしまったのだった。

 

 

 

 そんな日々が続いた、ある日の昼。

 

 昼食を取っていた足柄たち、ふと先日従えた狼たちの警戒を知らせる遠吠えを聞いて足柄が立ち上がる。

 

「この辺りに誰か来たみたいね……」

「現地の人間では無いのですか?」

「だといいんだけど、最悪山向こうの国境からゲリラが越えてきた可能性があるわ……」

「ゲリラですか?」

 

「この国は平和なんだけど、向こうの国はちょっとね。でも安心して、貴方は絶対私が守ってみせるわ」

「いえ、もし危険なら私を置いて……」

 

「実は私ね、艦娘なの」

「……」

 

 足柄の突然の告白、それを聞いて青年が固まった。

 

「そして貴方は私の提督、ごめんなさい。隠すつもりは無かったんだけど、言い出せなくて」

「……そうですか」

 

「驚かないの?」

「十分驚いていますよ。まぁあまり顔に出ないので。ですが、成る程、色々と合点がいきましたよ……」

 

 提督と艦娘、一見運命に導かれた恋人が出会うような物語的な部分もあるが、いざ自分がそうなってみると戸惑ってしまう部分もあるのは致し方ない。

 

 だけど、それでもと、それだけでは無いのだと。

 

 初めて出会って、こうして短い間ではあったが日々を一緒に過ごして育んだ物は、きっかけがなんだったとしても、足柄にとってかけがえの無いもの。

 だから、それだけでは無いんだという部分もわかって貰いたいと、足柄がその想いを自分の提督に伝えたい、そう思って口を開こうとした、ところで

 

「足柄さんさえよければ、国に戻ったらちゃんとしたカツカレーを、食べさせてください」

「え?」

 

 足柄が口を開くより先にぼそりと、青年がそうこぼす。

 

「油が無いので揚げられずに焼くしか無かったでしょう。ですから、ちゃんと貴方の得意なカツカレー、食べさせてください」

 

 どこか、少し照れたようにそう足柄に言う青年の姿様子を見て、足柄は先ほどまで自分のなかにあった恐れや、脅えが綺麗さっぱりと消えてしまったことに気がつく。

 

「……それは、命令?」

 

 足柄がどこか嬉しそうに、そう、問う。

 

「お願いですと言いたいところですが……そうですね。命令です」

 

 比較的艦娘に対して理解のあった青年は、足柄の言ったことの意味をある程度正しく受け取ることができた。

 なので微笑を浮かべながら、その確認に対して肯定を伝える。

 

「うふふっ♪わかったわ。任せておいて提督。足柄、出撃します! 戦果と勝利の報告を期待してて大丈夫よ!」

 

 お茶目な笑顔を浮かべながらピースサインを決めた足柄。

 その様子は年不相応なかわいらしさで溢れていた。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 体が軽い……こんな幸せな気持ちで戦うなんて初めて……

 もうなにも恐くない!!

 

「出撃よ! 戦場が、勝利が私を呼んでいるわ!」

 

 そんな感じで足柄は駆けていた、かなりまずいフラグである。 

 狼たちの遠吠えの内容から察するに、相手は恐らく三人。

 

(どちらにせよ私と提督の蜜月の邪魔をするようならお引き取り願わないとね!)

 

 が、ある程度相手の痕跡に迫ったところで、その気配がピタリと消える。

 

 まさか、私が誘い込まれた?

 

 この段階で足柄は自分が相手にしているのが、生半可な相手ではないと察する。

 すぐさま近くの木に身をかがめて、獲物を取り出した。

 

 ただの自動拳銃、その先に愛用のナイフが取り付けられただけの簡単だが頑丈な獲物。

 艦娘の防御力に胡座をかくわけではないが、彼女には、彼女たち姉妹にはこれで十分だった。

 

 気配を探る、前に一人、残りは後ろ?

 いや……まさか提督を!?

 

 足柄は普段なら絶対しない新兵のような焦りからの行動で、思わず身を乗り出す、その瞬間。

 

 死角である真上からの強襲、完全な不意を打たれた足柄は一瞬にして拘束される。

 だが艦娘の力を侮るなと、足柄は笑いながらも立ち上がろうとして……

 

 自分の体がピクリとも動かないことに驚愕した。

 

(これは、出力の強化により重量を増した艦娘の拘束術!?)

 

「油断大敵よ、足柄」

「妙高姉さん……」

 

 なんと足柄を拘束していたのは、姉妹であり、傭兵チームのリーダーでもある妙高。

 足柄と同じような山岳装備を身につけ、どこか似ているその顔や雰囲気はとても落ち着いた様子で、足柄よりもあらゆる意味で実力が上と感じさせる風格だ。

 

 まさか身内が相手だったとはと、しかも妙高姉さんが相手とかそりゃ無理よ、なんて思い知らされ、がくりと力が抜ける足柄。

 

 そして前方の囮である気配の主だった、妹である羽黒がおっかなびっくりと姿を現した。

 

「もう、心配したんですよ足柄姉さん。合流地点にいつまでたっても現れないから」

「あっ…、忘れてたわ」

 

 自分の提督をみつけ、側に居てその役に立てているという甘美な状況に、自分がどうしてこの場所にいるのかを完全に忘れてしまっていた足柄。

 

「はぁ? 忘れてたってあなた……どうしましょう」(真顔)

「あー! あー! あー! ごめんなさい妙高姉さんお願いだから折らないで!! 話せば長いようで短いんだけどこれには深い事情がね……」

 

 どう上手く説明したものかと足柄が頭を悩ませていると、湖の方から縄で拘束された誰かを抱え、こちらにやってくる最後の姉妹、那智の姿。

 

「妙高姉さん、この辺をうろついていた怪しい男が居たので、少し乱暴かと思ったが念のため拘束しておいた。足柄よ、この男と……」

 

 抱えられていたのは、漫画みたいに縄でぐるぐる巻きにされた、足柄の提督である青年。

 

「私の提督から手を離せぇえええ!!」

 

 足柄は一瞬で頭が沸騰し、妙高の拘束を振りほどいて那智に飛びかかりその手から自らの提督を奪い返す。

 

「足柄、貴方……」

 

 あまりの足柄の豹変ぶりに、唖然とする姉妹たち。

 

「………………そう、そうよ。私は提督をみつけてしまったの。ごめんなさい妙高姉さん、みんな。私は……チームを抜けるわ」

 

 決意を持って告げられた足柄の言葉に姉妹たちは呆然とする。

 が、いち早く立ち直った妙高が、足柄に銃を向ける。

 

「許しません。今ならまだ間に合います、その男をおいて私たちと来なさい」

 

 流石に銃は向けなかったが、那智と羽黒も同じ気持ちだといわんばかりの表情をしている。

 

「ごめんなさい、だめ、だめなのよ……」

 

 悲痛な表情をしながら、ゆっくりと後ずさる足柄。

 その様子に、嫌な予感を隠せない姉妹たち。

 

「足柄?」

 

「だって……だってこんな気持ち味わっちゃったらもう戻れないからぁ!! ごめんなさい妙高姉さん! 皆! 私幸せになります!!」

 

 そう叫びながら、悲痛だった足柄の表情は、ハネムーンにこれから向かうわ! といわんばかりの幸せそうな表情に切り替わる。

 

「「「ま、待ちなさいいい!!」」」

 

 男というか、提督を見つけて幸せ一杯の足柄は、背を向けて湖に向かって駆け出す。

 そんな豹変した足柄を追いかける姉妹たち。

 

 こうして、一抜けなんて許さんぞワレェ!! 姉さんたちはそこで乾いてユキナサァイ!!

 と、テロップが流れそうな追撃戦にも似た壮絶な鬼ごっこが今始まったのだった!!

 

「私、あまり体は丈夫では無いのですが……」

 

 ぐるぐるにロープに巻かれ足柄に抱えられたまま為す術の無い青年は、深い溜息を吐いたあとそう呟き、無の心で成り行きに身を任せることに決めたのだった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 そんな足柄たちが鬼ごっこを開始した場所から10キロ位離れた、山岳地帯。

 

「リーダー、準備整いました。いつでもいけます!」

「よし、その場で待機だ」

「ハッ!!」

 

 格好いいベレー帽や、自動小銃や、色んな武器を持った百戦錬磨っぽい雰囲気の男たち。

 彼等はその筋では超有名な、超強いとある傭兵部隊。

 

 金次第でなんでも、どんな仕事でも請け負うイカレタ奴等だ。

 

 ゴツイ葉巻を吸いながら、ナイフを研いだり、銃の整備をしたり、爆薬の準備をしたりと、プロなんだか素人なんだかよく解らないところもあるけど、とにかく超強くて有名でクールな傭兵部隊なのだ。

 

 これから彼等はとある国の首都に潜入して破壊工作を行い混乱を引き起こすため、山岳部から国境を越えようと準備をしているところだった。

 

「楽な仕事ですね、好き勝手暴れるだけでかなりの金が手に入るんですから」

「さて、それはどうかな。どうにも嫌な予感がする」

「ははは、リーダーの何時もの直感ってやつですか。成る程……それやばくないですか?」

 

 運はないが悪運は強いリーダー、ひとゆえにその勘のよさで生き延びてきたことを知る副官はたらりと汗を流す。

 

 その直後。

 

 彼等から数キロ離れた山の山頂付近に着弾する、砲撃。

 驚いて着弾した山の方向を見ると山の形が少し変わっていた。

 

 部隊は騒然とした、が、百戦錬磨の彼らはすかさずリーダーの指示によりその場に伏せる。

 

「り、リーダーあれは!? 帝国との小競り合いの戦闘に参加した時に近くに落ちた重野砲の着弾音に似てる気がしますが……いや、それよりももっとデカイ!? 生半可な口径じゃないですよあれ!?」

 

 地べたに伏せ、混乱が隠せないようにまくし立てる副官には目も向けず、リーダーは冷静に双眼鏡で弾が飛んで来たと思われる湖の方向を見る。

 

 確認できるのは湖の水面の上を走る四つの人影と、その後に続く航跡波。先ほどの砲撃はそのうちの一人から発射されたように思えた。

 

「撤退だ」

「は?」

 

 冷静にそう告げるリーダー、思わず聞き返す副官。

 

「クソ、どこかから情報が漏れたんだ。撤退だ、やってられるか。あれは艦娘、しかも重巡洋艦クラスだ。しかも、演習と呼ばれる艦娘同士で行う訓練。弾も油も潤沢にないとできない艦娘の専門訓練だ。あきらかに艦連がバックにいる艦娘だ、そんなもん相手にできるか。オマケにあの着弾音には覚えがある、20.3cmの2号砲だ、相手が悪すぎる、悪すぎだ。(大事なことなので二回言った)他に艦娘が何人あの湖の周りにいるか知らんが絶対憲兵軍も居るぞ、あの訓練と砲撃は示威行動の一環だ。あと大事なこと、これ大事なこと。あの四つの人影見覚えがある、あれ妙高姉妹だ、あの妙高四姉妹があの湖にいる。(歴戦のリーダーのトラウマ過去フラッシュバック)つまりあの湖には最低でも四隻の重巡洋艦クラスの軍艦が浮いてるのと同じことだぞ、当然艦娘だから陸にも上がってくるゾ、むしろそっちのがやばい、そんなのが警戒してる地域なんぞ通れるか、戦車とかないし、航空支援とかないし、あっても無理だし。撤退だ撤退、ハイ撤退」

 

 至極冷静に淡々と分析して判断した内容を告げるリーダー。

 

 でも先ほどの超長いセリフをほぼ息継ぎ無しで一気に言い切ったあたり、リーダーもとてもとても焦っているように思えた。

 

「えーっと、つまりその」

「終了! 撤収! 帰っていいよ! てか逃げるんだヨォおおおお!!」

 

 リーダーの悲鳴に近い叫びが辺りに響く。

 慌てて命令の復唱を叫びながら撤収を始める傭兵たち。

 

 彼らは、金がすべての世の中にばっちり順応してる、頼りになる神出鬼没の傭兵チーム!

 

 金次第でどんな仕事でも引き受けるイカレタ奴等!

 助けを借りたい時は、いつでも言ってくれ!(金額次第)

 

 でも、艦娘だけは勘弁な!!

 

 補足すると、生き延びてこの情報を持ち帰ったということで、契約違反どころか当初の目的だった仕事の倍の報酬を貰って、彼らの名声は地味に高まった。

 

 でも、もう一個補足すると、この後の人生でも艦娘となにかと縁のある人生になることを(既に縁がある人生なことを)彼らはまだ知らない。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「はぁはぁ、まさか警告とはいえ主砲を撃ってくるなんて、なに考えてるんですか」

 

 ようやく足柄と、青年を追い詰めた妙高、那智、羽黒。

 足柄はそれでも青年をかばうようにして抱きしめている。

 

「はぁはぁ、しつこい、これだからこじらせた艦娘ってやつは……」

 

「「「いや、数日前までは同じ立場だったでしょ!?」」」

 

 と、どったんばったんな追いかけっこをしていた姉妹だが、ふっと妙高がまじめな顔になり仕切り直す。

 

「ふーーーーーーーー。ともかく、もう一度言います。帰ってきなさい足柄。提督という枷に縛られない生き方を模索する。そう誓ったでしょう? 出会ってから間もない男と、共にずっと過ごしてきた私たち姉妹、どちらが大切? あの誓いを忘れたの?」

 

「忘れてない、忘れてないわ……でも、でも無理なの」

 

 姉妹たちが足柄に銃を向ける、まるでこれが最後だといわんばかり。

 だが、追いかけっこの最中に気絶してしまった青年を足柄は抱きしめる。

 

 確かに初めて出会ってからそう日にちはたっていない。

 だが、男女が恋に落ちるのには時間が関係ないように。

 提督と艦娘としてお互いを想い合えるようになるのも時間は関係ないはずだ。

 

 大切な姉妹たち、一緒に戦場を駆け巡り日々を過ごした思い出が蘇る。

 それは確かになにものにも代えがたい大切なものだ。

 

 だけど、それでも、そうだったとしても……

 

 足柄は気絶して目を閉じる、青年の顔を見つめる。

 無愛想で、足柄のことなんて大して気にしてないようなつれないそぶりで、でも、キャンパスと向き合うその姿はとても格好よくて。

 

 なにより、足柄のことを自分の艦娘だと認めてくれた人。

 

 足柄は顔をあげ、自然にいつの間にか流れていた涙をぬぐおうともせず、姉妹たちを見つめながら絞り出すように叫ぶ。

 

「見て! 私の提督よ、この人が私の提督なの!! この人に私の全てをあげるの……私はもう戦えない、この人のためにしか戦えない……ごめんなさい妙高姉さん、ごめんなさい皆、ごめんなさい……」

 

 悲しみと喜び、嬉しさ、色んなものが混じった涙を流しながら、自分たちを見つめ、そして提督を抱きしめる足柄の姿を見て、姉妹たちはなにも言えなかった。

 

 様々な思いや気持ち、それらが渦巻き暴れ出しそうだった。

 いっそ今すぐ足柄を、彼女の提督から引きはがしてやろうかとさえ思った。

 

 だが、彼女たちの前にいる足柄の姿はまるで聖母の様だ。

 優しさと悲しさと美しさ、そして幸せに満ちていた。

 

 妙高が銃を降ろし、静かに告げる。

 

「………………チームを解散します、各々自らの提督を探しなさい」

 

 だから、願ってしまった、望んでしまった。

 そして気がついてしまったのだ。

 

『私たちも、提督をみつけなければ……』

 

 それが今の自分たちにはなによりも大切なことだと。

 

 長女の諦めにも似た寂しい宣言を、残りの姉妹たちは静かに受け入れる。

 こうしてこの日静かに、戦場を渡り歩く伝説の傭兵姉妹である妙高たちの傭兵チームは解散した。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 翌日、目を覚ました青年と共に足柄は山を降り始める。

 

「よかったのですか、あのまま別れてしまって。大切な姉妹なのでしょう?」

「いいの、だって私は貴方の艦娘なんだから」

 

 山道を腕を組みながら歩いているので、お世辞にも歩きやすいとはいえないのだが、提督の青年は足柄のしたいようにさせていた。

 明るく振舞っている足柄が、どこか大事なものをなくし、寂しそうにしているように感じたからだ。

 

「私についてきたところで……」

「いいの、貴方のことをずっと見て居たいから。提督は提督で好きに生きてくれたらいいわ」

 

 青年の言葉をさえぎり、力強く断言する足柄。

 それを聞いて青年は、軽くため息を一つ吐いく。

 

「難しいことを言いますね……まぁ、言われなくても生きたいように生きますよ、私は」

 

 湧き出る不安を我慢するためか、青年の腕をぎゅっと足柄が握り締める。

 

「だから……見ててください。ずっと、私の側で……」

 

 が、その言葉を聞いて、その意味をしっかりと理解してしまう。

 自分の中で燃えるような感情を感じ、足柄は青年の腕に真っ赤になってしまった顔をうずめたのだった。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 現在 艦夢守市・南雲病院

 

 

 

 南雲病院のとある病室。

 

「あら、ようやくお目覚めかしら?」

「母さん……来ていたのですか」

「そりゃ可愛い息子が撃たれたなんて連絡が来たらね」

 

 老いることの無い艦娘。

 いつの間にか見た目だけなら母よりも老けてしまった息子は、複雑そうな表情を浮かべながらため息をついた。

 

「でも驚いたわ、高雄型の適性とはねえ」

「まだ高雄型と決まったわけではありませんよ……」

「高雄、愛宕、摩耶が適合したんでしょ? もう決まったようなものじゃ無い」

「個別適性であれば、駆逐艦の少女の可能性がまだ……」

「人の夢と書いて儚いとはよく言ったものねぇ」

「うぐっ!!」

 

 撃たれてないはずの胸を押さえる息子、その様子を見て楽しそうに笑う母。

 

「あんたまだ諦めてなかったのね、観念して高雄たちと結婚しなさいな」

「誰のせいでこんな性癖になったと思ってるんですか……」

 

 母は息子のじっとりとした視線を受けて「ははは、ちょっとかわいがり過ぎちゃったのは反省してるわ……」と、呟きながら気まずそうに目をそらす。

 

 しばらく気まずい沈黙があったあと、母は撃たれた息子の片足を見て心配そうに口を開く。

 

「もし後遺症があるようなら、私の管理してる下宿に移ってもいいのよ? とっても楽しい子たちも居て毎日飽きないと思うわ。それに毎日揚げたてのカツカレーも食べられるわよ?」

 

「揚げ物はカロリーの計算が難しいので遠慮しておきます。それに明日で退院予定ですから、もう大丈夫ですよ。伊達に母さんに鍛えられてませんので」

 

 新調されたよく光る眼鏡を上げながら、息子が淡々と答える。

 

「あらそう、まぁ思ったより元気そうでよかったわ」

 

 少し残念そうな表情を浮かべ、母は微笑を浮かべる。

 

「たまにはそっちから顔を出しなさい」

「当分、その予定はありません」

「こまった子ね、せめてあの人の命日くらいは帰ってくればいいのに」

「ええ、わかっています。ですがまぁ、色々予定がありますので今年も墓参りは母さん一人でお願いします、父にはよろしく伝えておいてください」

 

 はいはい、と生返事をしながら立ち上がり、病室を出ようとした母を息子が呼び止める。

 

「……そういえば、新しい提督は見つかりましたか?」

 

 提督適性者を亡くした艦娘は、新たな提督適性を持つものと出合った場合、再び適合する。

 

 もしかしたら自分に『足柄』の適性があるのではないか。

 

 幼い頃からやたら自分をかわいがってくる母。

 そして、偏執的とも呼べるほどのレベルで、自分が死なないようにと施される訓練。

 

 それ故に、息子の中でその疑問が消えずにあった。

 

 長年息子が聞けなかった思いを含んだ問いを投げかけられ、母が立ち止まる。

 少し、だが何故か長く感じられた間をおいて、母は振り返る。

 

 

「馬鹿ね、私の提督はあの人だけ。そしてあなたは私の息子よ」

 

 

 息子が本当はなにを聞きたいかなど、お見通しといわんばかりに言葉を付け加える。

 儚げな笑顔を浮かべながらそう返事を残し、若い母は病室をあとにした。

 

 息子一人になった病室は、まるで台風が去ったあとのように静かになる。

 

「そういえば先輩を誘って、リベッチオさんの店に行こうと思ってたんでした」

 

 誰も居ない病室に息子の声がこだました。

 窓から差し込む朗らかな春の日差しを浴びて、息子が目を細める。

 

「……もう春ですね」

 

 しばし静寂を堪能していた息子だが、やがて廊下から賑やかな声が聞こえてくる。

 

 そして病室の扉が勢いよく開いた。

 

「前島主任、お加減はいかがですか?」

「前島くーん、差し入れ持ってきたわよー」

「まえしまー! おみまいにきてやったぜー!」

 

 扉を開いて現れたのは三人の艦娘。

 息子は複雑な顔で、三人の艦娘を見て深いため息をついた。

 

 その仕草は、どこかの売れない絵描きにとても似ていたらしい。

 

 

 




足柄さんが管理してる下宿は多分ボロイ。
またショウさんが住んでるところとは別。

※いまさらですが私の感想のお返しはとても遅いです、ごめんなさい。
 遅いけど、感想をいただけるのは、とても嬉しい。
 何時もありがとうございます。


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『負け犬』と『駆逐艦:島風』

 
2018冬イベント記念 劇場版的な長編回

イベント記念回ですが、イベントとの関係性はあまりないです。
また、三万文字越え(通常の3~4話分)です、ご注意ください。
 


 

「……!!……!!」

「まてまて、もう少しで終わる」

 

 短い金髪の背の低い子供が、早く早くと俺の服を引っ張って急かしてくる。

 

 恐らく少女と思われるその子供は、オーバーオールを着ていて、胸には『風子』と書かれた名札をつけていた。

 名札には名前の他にも連絡先と住所が書かれていて、初めて見た時はそれがまるで迷子の子犬に付けられた首輪に見えたものだ。

 

 俺は橋の下に建てた自慢のダンボールハウスの、補修の出来を確認する。

 欲しかったブルーシートが、たまたま手に入ってラッキーだった。

 

 問題ないな、これですきま風なんかはもう大丈夫だろう。

 ……今年の冬はなかなか寒かった。

 

 待ちきれなくなったのか、風子はそのハウスの隅っこに立てある、拾った自転車を俺の所まで持ってくる。

 

「わかったわかった、そろそろ行くか」

「……」

 

 俺は風子の頭をガシガシと乱暴に撫でたあと、パンクした自転車にまたがる。

 すると直ぐに後ろの荷台に風子が飛び乗ってきた。

 

「しかし、お前はそこが好きだな」

 

 肯定だと言わんばかりに、俺の背中をバシバシとたたく風子。

 

 どうも風子は声を出すのが嫌いらしく、身振り手振りで俺と意思疎通を取ろうとする。

 恐らく言葉を話すと寿命が縮むとか、魔術がどうこうとか思春期にありがちなあれだろう。

 

 そう、決めつけている……その方が色々と楽だからな。

 

 風子と俺はこの河川敷でたまたま知り合った関係で、それ以上でもそれ以下でも無い。

 はずなのだが、気がつけばいつの間にか風子は俺の周りをうろちょろするようになっていた。

 

 最初、面倒事に関わるのが嫌だった俺は、風子を邪険に扱い追い払っていたのだが、何度追い払っても、しつこく毎日俺のダンボールハウスにやってくるので諦めた。

 それからというもの、今ではたまに走り方を教えてやったり、一緒に食い物の山草や川魚を捕る毎日だ。

 

「この前雨が降っただろ、その時ホストみたいな男が俺のセカンドハウスで雨宿りしててな。邪魔だから拾った傘やるから出て行けって言ったら財布の中身全部置いていったんだ。俺そんな怖い顔してたかな……まぁ、今日は豪華に牛丼でも食おうか」

 

「……!!」

 

 今度は嬉しそうに俺の背中をバシバシとたたく風子。

 家でろくなもんを食ってないのか、風子はよく俺と一緒に飯を食う。

 ろくな家じゃ無いんだろう、ホームレスの俺に飯をたかるようじゃ。

 

 ……しかし誰が信じるだろうな。

 

 こんな俺だが、かつては世界最速の称号まで後一歩に迫った男だったなんて。

 

 ふと、前を走る誰かの背中が見えた。

 だが……あれは幻だ。

 

 あの日から俺は夢で、そして現実でもあの幻を見る。

 

 心底嫉妬して、ライバルで、尊敬もしてて、世界最速の称号を持つ奴。

 俺がその背中を追い続け、今でもこうして追い続けている男、その幻影を。

 

 その幻に迫るように風を切って走る……何て事はパンクした自転車で出来るはずも無く。

 空気の抜けたタイヤは一定間隔で衝撃を生産し、俺たちの尻にダメージを蓄積する。

 

 色々あって世界最速へと挑んだ頃の面影は今の俺には無く、パンクした自転車の後ろによく解らない無口な子供を乗せながらトロトロ走るのでも精一杯、いや、生きるだけでも精一杯の毎日だ。

 

 そんな諦めた日々を、今日が人生最後の日になるかもな、なんて思いながら生きていた。

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

 バイクに乗って走るのが好きだった。

 ただ漠然と走るだけじゃ無い、何よりも速く走る事が。

 

 普通のやつとは違って、三歳から親父のバイクの後ろに乗ってた。

 レーサー以外の道にも進めただろうけど、四歳の時にはバイクに乗り始めてたよ。

 

 多分、それが自然な成り行きだったんだろう。

 

 そんな俺が世界最速を目指して、世界最高のサーキットを、世界最高のバイクで走りたい。

 そう思うようになるのに時間はかからなかった。

 

 そのために俺は子供でも乗れるバイクにまたがって毎日練習した。

 子供ながらこの情熱を持ち続けてる間は、何があっても走る事は辞めないって誓ったよ。

 

 何に向けて練習するかって?決まってる。

 

 世界最高のバイクに乗って、世界最高のサーキットを走り、世界最速の称号を得る。

 それらすべてを満たす事が出来るのはただ一つ。

 

 KanmusuGP

 

 世界各国を転戦しながら全十八戦のレースを行い、ポイント制でチャンピオンを決定するロードレース。

 そして世界最高峰のレースであるKanmusuGPでチャンピオンになることは、それらすべてを叶える事が出来る。

 

 時に死者も出るが、それに挑む奴らは命の限り走る。

 

 大戦以降にそのGPに出る事が出来たライダーは七百人以上。

 誰もが皆勇敢で速さを誇り、究極の頂きに挑んだ。

 

 KanmusuGPの王者に輝いたのは、この五十年でわずか二十数名。

 複数回王座に就いたのはさらに少ない。

 

 そして六回以上栄冠を手にした者は僅か一人。

 

 絶対王者ユーリー・タラソフ

 

 彼はあと何度優勝し、王座に上がれるか?

 バイクレースを愛する者は、いや、世界が固唾をのんで見守っていた。

 

 誰もが魅了されてたんだ。

 何故ならユーリーの走りは速く、そして美しかった。

 

 

 俺が下位のレースでデビューした年だった。

 

 南領大陸のレースで、ユーリーがライバルだった選手をゴール直前で抜き返して勝った時は、思わず見てて手を限界まで握りしめたのを覚えてる。

 

 ユーリーが純粋に操縦技術でも最強だったと証明したレースでもあったからだ。

 

 ユーリーが逆転を決めたトップクラスの選手は、前年に『夕張重工のマシンじゃ勝てない……』と言い残し、夕張重工を辞めて別のチームに移った。

 実際に当時の夕張重工のチームはマシンも運営も厳しい状態だった。

 

 夕張重工は選手の確保のため、何とかしようとユーリーにオファーを打診。

 

 でもユーリーに移籍を持ちかけるなんて、不可能なのは明らかだ。

 夕張重工側もダメ元だったんだろう。

 

 だが当時、ユーリーの所属してたチームでは、レーサーがマシンよりも軽んじられていた。

 ユーリー自身、待遇はよかっただろうが窮屈に感じていたらしい。

 そのチームに居れば勝てるだろう、だがそれは会社の看板を背負った囚人だ。

 

「楽しむのが先、勝つのはその後でいい」

 

 有名なユーリーの言葉の一つだ。

 

 実際、当時ユーリーが所属してた『アカシ』のバイクはすごかった。

 それもあって、当時誰もがユーリーが勝てたのはマシンのおかげ、そう言ってたよ。

 

 ユーリーはそれを覆したかったのさ。

 

 だからなのか、ユーリーが夕張重工に移籍を発表した時は世界が驚いたもんだ。

 そしてチームのメカニック兼開発技術者の夕張もそれに応えた。

 

「ユーリーとなら芝刈り機でもレースに勝てる。でも、だからこそ、私は最高の芝刈り機を、ユーリーのために作って見せる」

 

 当時夕張重工で最高のエンジン開発技術を持つとされた夕張の言葉だ。

 

 そして、夕張重工のチームに移籍したその年。

 ユーリーは異なるメーカーのマシンで前年最終戦と、初戦を制した。

 

 マシンじゃ無く、自分の力で勝っているのだと、証明して見せたんだ。

 

 それは戦後のバイク界における、前人未踏の快挙だった。

 そしてそれは数あるユーリーの伝説の中でも、ひときわ輝く偉業でもある。

 

 熱狂する十二万七千人の大観衆。

 テレビの画面越しだったが、俺は悔しくてたまらなかったよ。

 

 何で俺はまだこんな所で走ってるんだってな……

 

 

 

□□□□□□

 

 

 

「お前、何でこんな所で走ってるんだよ……」

「!?」

 

「まぁどうでもいいが、走り方のフォームがめちゃくちゃだぞ。手を上げて走ってたら転ぶにきまってるだろ、後足運びもめちゃくちゃ……いや、大きなお世話だったな」

 

「……」

 

 それが俺たち二人が出会いだった。

 

 橋の下に建てたダンボールハウス、そこに住んでる俺以外は誰もいない河川敷。

 そんな河川敷で、ただ黙々と走り続け、転び、立ち上がり、走り、転ぶを繰り返す風子の姿を見かねて声をかけてしまった。

 

 そんな俺をみてどこか衝撃を受けたようにしている、薄汚れた格好の短い金色の髪の少女。

 まあ、ホームレスから声を掛けられれば脅えるよな、当時はそう思った。

 

 実際の所、風子が何者かなんて今でも俺は知らないし、どうでも良い。

 警察にしょっ引かれるような事になったとして、今の俺にどれほどの意味があるのか。

 

 だがそれ以来、何故か風子はしょっちゅう俺の所に来るようになった。

 

 

「なんだ今日も来たのか……」

「……」

「何で俺の服を掴むんだ、あっち行け」

「……」

「あっち行けって言ってるだろ、しっしっ!」

「……」

 

 

「なんだ、これ食いたいのか?野草の天ぷらだぞ……」

「……」(コクコク)

「腹壊しても知らないからな」

「……」(もぐもぐ)

「ホームレスに飯をたかるなんて、いい根性してるよ」

「……」(にこにこ)

 

 

「あー、ちがうちがう、そうじゃない。こうやるんだ」

「……?」

「こうやってこう、二回針を通すんだよ、そうすりゃ簡単にはとれない」

「……!!」

「ほら、やってみろ。しかしミミズなんてよく触れるなお前」

「……」

「しっかり釣れよ、じゃないと今日の晩飯は抜きだ」

「……!!」

 

 

「ああ、これビンだろ。探すのは缶だよ缶」

「……?」

「街は駄目だ、縄張りがあるからな。俺らはこの河川敷で探すんだよ」

「……」

「いいんだよ、無いなら無いで、別にな」

「……!!」

「わかったわかった、ほら、あっちに転がってるのもってこい」

「……!!」

 

 

「おいふうこ、それを……何でつねるんだよ?」

「……!!……!!」

「なんだ名札指さして?……かぜ?」

「……!!」(バシバシ)

「たたくなよ、かぜこ、でいいのか?」

「……!!……!!」

「何で逆につねるんだよ、どっちだよどっち」

「……!!」(バシバシ)

 

 

 まあ、思い返せばろくな事をしてやった記憶が無い。

 

 そんな日々が続いたある日、風子が昔のバイク雑誌を抱えてやってきた。

 一瞬俺の事がばれたのかとドキリとしたが、別にばれてどうにかなるような物じゃないし、どうこう思うような物でも無い。

 

 そう思って冷めた気持ちに一人で勝手になったが、どうも風子はとあるページを指さして必死に何かを訴えていた。

 

「……!!……!!」

「あー、わかったわかった、どれどれ……おまえ、これ。ウォースパイト様じゃねえか」

 

 風子が指を指すのはKanmusuGP最終決戦の地、ヨーロッパ北海の島に有るサーキットでのレースに勝利した選手の前に立つ美しい艦娘の写真だった。

 気品あふれる出で立ち、女王陛下の愛称で親しまれる大戦を駆け抜けたQueen Elizabeth級 2番艦の戦艦の艦娘、その名はウォースパイト。

 

「……!!……!!」

 

 嬉しそうに何度も女王陛下を指さす風子。

 

 そしてこの艦娘は、代々KanmusuGPを制した王者に、トロフィーを手渡す艦娘でもあった。

 俺も含め、レーサーなら誰もが一度は、彼女にそれを手渡されるのを夢に見ただろう。

 

 もっとも、彼女の前に立つにはユーリーを倒さなければならない。

 その栄誉を得るために、死にもの狂いでトレーニングしたものだ。

 

 ユーリーとは別の意味で俺の目標で有り、憧れでもあった彼女。

 憧れ……恋い焦がれたと言ってもおかしくないかもしれない。

 

『KanmusuGPのバイク乗りは、みんな女王陛下に恋をする』

 

 ふと、そんな有名な言葉もあったなと思い出した。

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

 下位から上がってきた時、その舞台で走ると、色々な初めてを味わう。

 コース、ライバル、マシン、すべてが未知のものだ。

 

 軽量級から中量級にのりかえ、ついに重量級のバイクに乗り換えた日の事を覚えてる。

 

 ふかした瞬間に感じたエンジンの振動が、これから乗るのは時速320キロの速度で走る重量級のバイクだと教えてくれた。

 

 世界最速のバイクにまたがり、世界最高のライダーと戦う。

 ようやくその場に立てた、そう、実感した瞬間だった。

 

 

 その年に出場したルーキーは俺以外には四人だったかな。

 全員が下位のクラスで競い合ったライバル同士だった。

 

 もっとも、どいつもこいつも見てたのはユーリーただ一人。

 

 ユーリーは王者であるが故に、若手を退けるために真剣に対策を練る必要があっただろう。

 上がって来たばかりの連中にはユーリーの心理戦が通用しない。

 何故なら爪あとを残すためなら死をも恐れぬ、命がけで突っ込んでくる奴らばかりだからだ。

 

 KanmusuGPには毎年数十人のライダーが参戦し、大体毎年誰かが死ぬ。

 そんな物に覚悟して挑んでくる人間がまともなわけが無い。

 

 当時は連覇を続ける王者ユーリーを誰が追い落とすのか、そして誰がユーリーを倒して女王陛下の前に立つのか興味津々だった。

 

 取り立てて俺は注目されていた、理由は色々あるが……

 まあそう思われても仕方がない面もあった。

 

 初めてユーリーと走ったレースで、俺がアホの様に彼を追ったときのことだ。

 

 当時の俺は毎日が人生最後の一日、そう思って走っていた。

 だからなのか、予選でもかなりのタイムを出せたよ。

 0.09秒差でポールポジションはユーリーが取ったが、俺は二番手、悪くない。

 

 ユーリーのケツを眺める最前列でスタートだ。

 

 何週目かのコーナーで前をユーリーが走ってた時、当てる気満々で突っ込んだ。

 何故か別のチームから抗議を受けてたよ、俺がわざと接触しようとしたってな。

 

 でもユーリーは

 

「接触は技術の一つだ、それについてどうこう言うつもりは無い」

 

 そうクールに言った、相手にされてないようにも聞こえて当時は荒れたもんだ。

 おかげで、命知らずな走りに磨きがかかったよ。

 

 ついでに幸か不幸かタイムも縮んだな。

 

 

 

□□□□□□

 

 

 

 その後直ぐ、俺は風子に手を引かれてとある場所に来ていた。

 高い塀で囲われ、厳重な警備の建物だ。

 

 正面門には強そうな複数の兵士の姿。

 緑を基調とした赤いラインの入った制服、もしかしなくても憲兵である。

 

「お、おい風子。ここは……」

「……!!」

 

 風子は俺の手を引いて門をくぐる。

 門をくぐって直ぐの場所には、装甲車両が数多く駐められており、門番よりも遙かに屈強な完全武装の憲兵達が待機していた。

 

 憲兵、艦娘を守護するためならば、全人類が相手でも戦いを挑む兵士達の総称。

 暴走を避けるため、彼らは多くの決まりで自らを縛り、艦娘への過度の干渉を避け、ひたすら影からその役目を果たす。

 

 だが、悪意を持って艦娘に危険を及ぼそうとする存在の排除は、憲兵の宿命である。

 故にそれらの存在の排除は絶対だ。

 

 憲兵達が一斉にこちらをじろりと見た。

 まずい、そう思った瞬間。風子が一瞬立ち止まって子供が兵隊の真似をするような敬礼を軽くする、それを見て憲兵達は一斉に敬礼を返した。

 

「は?」

 

 混乱する俺をさらに引っ張って、中庭を進む風子。

 途中、幾つかある建物の一つ、その屋上から飛び降りて走っていった少女とすれ違う。

 どこにでも居そうな短く茶色い髪の少女だが、どこか不思議な雰囲気を持っていた。

 

 ……ん?屋上から飛び降りてたよな?

 

 俺は混乱を重ねながら風子に手を引かれ、やがて大きな建物の前に到着した。

 その建物の扉の横に掛けられた大きな板には『艦娘寮』と書かれている。 

 

 中に入ると大きなホール、そして奥に進み赤い絨毯が敷かれた廊下を進む。

 おいおい、どうなってるんだいったい……

 

 やがて俺たちは『貴賓室』と書かれた扉の前に到着した。

 風子が遠慮無くドンドンと扉をたたく。

 

 少し間をおいて扉が開くと、執事服を着た赤い髪の女が出てきた。

 

「君か……ん?この男は?」

 

 きつい目つきでじろりと睨まれる。

 かなり警戒の色を浮かべていたが、風子と俺のつないだ手を見て何か察したような表情になった。

 

「ああ、そういう事か。だが、ふむ……このまま奥様に会わせるわけには行かないな」

 

 きつい目をした赤毛の女は、俺を見て冷たく微笑んだ。

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

 因果応報とでも言うのか、無茶をして危険な走りをしていると、何時か間違いが起こる。

 

 その年の七戦目あたりから俺は優勝が狙えると思い始めてたよ。

 実際ポイントはユーリーの後ろで、王座に手がかかる位置だった。

 

 八戦目、ユーリーに勝利してトップでゴールできれば王座の簒奪が現実味を帯びる、その戦い。

 

 序盤から激しいトップ争いがおきた、三周目の三コーナーを抜け先頭はユーリー。

 俺は当然攻める、前に出るが再びインからユーリーに抜かれた。

 

 誰でもだったが、俺にとっても当時のユーリーは最も速い男だった。

 何故あんなに速いのか見当も付かない程に。

 

 だが今思えばユーリーもぎりぎりの勝負を何度も俺に仕掛けていたように思う。

 思い返せばそう見える場面が幾つかあった。

 

 まあ当時はその事に気がつかなかったが。

 

 そんなわけで、速さで対抗できない俺は戦術を考えた。

 前に出て、抜かれたらカウンターアタックで抜き返し、ユーリーを前に出させない。

 

 悪く言うとユーリーの邪魔して、速く走らせないという戦術だ。

 そのためには前提として、なんとしても前に出てユーリーを抑える必要があった。

 

 だから俺は最終ラップで、勝負をかけるため高低差の激しいシケインに速度を落とさず飛び込んだ。

(※シケインとは、マシンの速度を落とす目的でつくられた鋭い角度のS字コーナーのこと。)

 

 シケインの手前、六速で時速300キロ出てたな。

 そして方向を変えようと、マシンを左に寝かせた時……

 

 タイヤがスライドしてひどいハイサイドが起きた。

 

 宙を飛びながら『ひどいクラッシュになるな……』とどこか冷静に思ったよ。

 

 地面に激突して転がってる時は三十人くらいに一斉に蹴られてる気分だった。

 手、くるぶし、肩、鎖骨、あちこちの骨を損傷。

 

 その後、骨折しながらでも何とかレースには出たが、どうしても勝つ事が出来ず、ポイント的にも精神的にも俺は追い詰められたよ。

 

 

 

 当然ユーリーは進撃を続け、その年も王座を守った。

 

 

 

□□□□□□

 

 

 強制的に叩き込まれた風呂で、野宿暮らしの垢を落とし浴場からを出ると、何処かから調達されてきた男もののワイシャツとズボンが置かれていた。(憲兵のか?)

 それを着て外に出ると、先ほどの赤毛の執事服の女が待っていて、俺を見るなり何も言わず歩き出す、こんな所に残されてたまるかと慌てて追いかける俺。

 

 先ほどの部屋に着くと、風子が上品な服装で長い金髪の……ウォースパイト様じゃないか。

 

 風子が女王陛下の膝に座り、茶菓子を食べていた。

 子供は怖いもの知らずだな……

 

 赤毛の執事服の女に急かされて、女王陛下の前の席に座る。

 女王陛下は俺を見てニコリと微笑まれた。

 

 

 オーラが!圧倒的な王のオーラがぁ!!

 

 

 王たる者の宿す風格の圧力に思わず膝を屈しかけたが、何とか過去のプライドにすがりついて必死に耐える。

 

「貴方もお風呂に入ってらっしゃい。大丈夫よ、それまで貴方のAdmiralは私がおもてなししておくわ」

 

 風子はチラリと俺の方を見る。

 

 女王陛下と、何かあればすぐに俺をどうにかできる位置に立った赤毛からの圧力に押されて、俺は軽く頷いた。

 

 風子はそれを見てコクリと頷き部屋を出て行く。

 

「さて、まずはご挨拶を。我が名は、Queen Elizabeth class Battleship Warspite、よろしく、頼むわね」

 

 知ってますよ……

 

 ほら、お前もはよ名乗らんかいと言わんばかりの赤毛執事の眼力に押されて俺は口を開くが。

 

「ど、どうも。俺は……その……」

 

 名乗るべきかどうか、ためらってしまう。

 何せ子供の頃より憧れ、そしてその前に立つことを何よりも望んだ相手が目の前に居るんだ。

 

 だと言うのに今の俺はホームレス、惨めったら無い。

 その様子を見て女王陛下はニコリと微笑んむ。

 

「ふふふ、知ってるわ。あの日、もし貴方が勝ってれば私が渡すはずだったから……」

 

 悲しそうに女王陛下が目を伏せる。

 その様子を見て、あの日のことが脳裏に浮かび頭が急速に冷えていくのを感じた。

 

「なぜ貴方がこんな所にとは聞かないわ。今はそれよりもあの子のAdmiralが見つかって嬉しく思ってるの」

 

 女王陛下が軽く微笑み、赤毛の執事に目配せをする。

 赤毛の執事は優雅な手つきで紅茶を入れて、俺の前に置いた。

 

「やっぱりアイツ、いや風子は艦娘なんですか……で、俺が提督だったと。しかし風子みたいな艦娘は、その……」

 

 何処からどう見ても風子はそのへんに居そうな、ただの無口な子供だ。

 そう口にするのを躊躇っていると、陛下が察したような笑みを浮かべる。

 

「あの子は艦娘変わりの最中なのよ、もっとも……もう三年以上、あのままなのだけど」

 

 短くて数週間、長くて一年と言われる艦娘変わり。

 

 それが三年……

 

「艦娘変わりの時に起こる症状は艦娘によって違うけれど、あの子はあんな感じ。この寮に住む仲間たちは気にしていないみたいだけど、あの子はそのせいでずっと孤独感を感じていたみたい。ずっと一人で、学校にも行かず毎日何処かに抜け出していたとか」

 

 女王陛下が優雅な動作で紅茶に口を付ける。

 

「私がここにきたのは一年ほど前。ほら、私とあの子、髪の色が同じでしょ?そのせいなのか私にはとても懐いてくれたの。私も……Admiralを亡くしていたから……私がここにきたのはせめてあの人が生まれた地を見てみたかっただけなのだけど、ふふふ、とても素敵な友達が出来たわ」

 

 友達、そうか、風子をそう呼んでくれる人が居てくれたのか。

 

 心の何処かで、風子が置かれてるであろう状況に何も出来ない自分に苛立っていたが、どうやらそれは俺の考え違いだったようだ……ん?

 

「あいつ、やたら飯を俺にたかってきてたんですが、この寮で食事は……」

 

「当然きちんと出されてるわ、ふふ、あの子は貴方と食事をしたり、貴方の側に居られる事が嬉しかったんでしょうね」

 

 おいおい、俺はあいつのために二人分の食料をせっせと確保していたと言うのに。

 ……まぁ、あいつも手伝ってはいたが。

 

「でも一ヶ月ほど前からまたあの子が抜け出すようになって、心配してたの。それで聞いてみたらあの子、ほら、あの写真立て、あそこに写ってる私のAdmiral……あの人を何度も指さすものだから、それであの子がAdmiral……提督をみつけたんだって、わかったの」

 

「俺があいつとあったのも一ヶ月ほど前です」

 

 女王陛下は少し寂しそうに笑う。

 

「肩の荷が下りた、そういうわけではないけれどホッとしてるわ……私は近々除籍日を迎えることになっているから」

 

「それは……」

 

 『除籍日』老いない艦娘がその生命を終える日。

 寿命が尽きる艦娘は、ある日唐突にその日がわかるという。

 

「なので数日中にあの人が眠る祖国に戻ろうと思ってたの。だからそれまでにあの子のAdmiralに会っておきたくて。ふふふ、でもまさか貴方があの子のAdmiralだったなんてね……」

 

 全く因果なものだ、まさか風子の友達が、俺と因果の深いこの人だったなんて。

 

「その事を風子には……」

 

「言ってないわ、ここを出ることは言っているけれど、除籍日の事を受け止めるにはあの子はまだ幼いから」

 

 近し人の死、それを受け止めるのは例え大人であろうと辛いものだ。

 風子がそれを受け止められるような年齢になったら、教えてあげて。

 

 口には出さなかったが、そう言いたげな様子で女王陛下は俺に微笑む。

 

 俺は何も言えず紅茶に口をつける。

 優雅な味わいだが、なぜか少し苦く感じた。

 

「俺に、風子の提督がつとまるでしょうか?」

「ええもちろん、何よりも提督で有る事が重要なのだから」

 

 俺の弱音に、女王陛下は間を置く事無く断言した。

 

「ですが、過去はともかく今の俺は日々を生きるだけで精一杯のホームレスです。そんな俺が風子に出来る事なんて……」

 

「ふふふ、それは心配いらないわ。でも、そうね。参考になるかはわからないけど、よければ私のAdmiralの事を話してあげる。いいえ、是非聞いてくださる?」

 

 自虐と真実が入り交じった俺の言葉を聞いて、女王陛下はまるで子供に絵本を読み聞かせるような風に話しだした。

 自分がどのように生まれてどのようにして自分の提督と出会ったか、そしてどう感じて、どのように日々を過ごしたか。

 

 艦娘としての価値観や考え方は、少し俺には難しい部分もあったが、風子以外の人間と久しく話していなかった俺には新鮮で、少し楽しくもある。

 そして話をして感じたのは、この女性が聡明で優しく、またユーモアにもあふれた魅力的な人だと言う事。

 

 もっとも、美化された思い出というか、憧れの想いで見てしまってるところは否定出来ないが。

 だがそれを差し引いても、やはり元ライダーの俺には眩しい人だ。

 

 少し失礼だとは思ったが、興味がわいた俺は少し意地の悪い質問をしてみる。

 いや、むしろ無礼にあたるだろう、だがそれでも聞いてみたい事でもあった。

 

「失礼かと思うのですが、心残りは無いのですか?」

 

 その言葉を聞いて、赤毛の執事の眉がぴくりと動く。

 だが女王陛下は赤毛の執事をたしなめるように、すっと手を上げ口を開く。

 

「勿論沢山あるわ、あの子の行く末を見守れない事や、家族や友達の事。あとは彼女、Ark Royalの提督がまだ見つかってない事なんかも」

 

 クスリと口に手を当てて笑みを浮かべる女王陛下。

 赤毛の執事、Ark Royalと呼ばれた女が少し気まずそうに軽く咳払いを一つした。

 

「でもそれらは、冷たい言い方かもしれないけれど私が居なくてもいい問題なの。私は私の物語を生きたわ、そして物語には終わりが必要。貴方も貴方の物語があるはず、それをあの子と紡いでいって欲しい、そう願ってるわ」

 

 俺の物語か、そんな物はとうに終わってると思っていたが。

 この人にそう言われるとそうでも無いのかもなと、少し思ってしまう。

 

 俺の、物語、か……

 

 だが風子という艦娘になりきれない艦娘と、元レーサーのホームレスの物語なんて誰が読みたがると言うのか。

 そんな事を思い、ふと気になる疑問がわいた。

 

「あれ、そう言えば風子は一体何て名前の艦娘なんで?」

「ああ、それはね……」

 

 女王陛下が口を開きかけた時、部屋の扉が開き、風子が飛び込んできた。

 

「こら!ちゃんと髪の毛拭きなさい!!」

「……!!……!!」

 

 続いて水色の髪の少女がそう叫びながら、バスタオルを持って入ってくる。

 

 逃げる風子、追う水色の髪の少女。

 俺の周りをぐるぐると回る。

 

 女王陛下は困った様子の俺をチラリと見て、人差し指を口に当て……

 

 秘密です。

 

 と、言わんばかりにウィンクをした。

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

 翌年、異変が起きた。

 俺は病人のように顔色が悪くなり、自分で見ても一目で精神的に参ってるとわかった。

 

 話も出来ず、サインをねだるファンに脅えるほどに……

 タフさが求められるレーサーにあるまじき事だ。

 

 何せ常日頃から接触なんて日常茶飯事の、時速320キロのレースに挑まなきゃならない。

 と言ってもレーサーの大半の者は半シーズンで消え、十年以上走り続けられる者は僅かだ。

 安全性などあってないようなもので、危険は常にあるからな。

 

 結果として多くの者が去って行く、俺もそうなる寸前だった。

 

 休養し、時間を掛けて問題を解決すれば良かったのかもしれない。

 だが当時の俺には出来なかった、よく解らない恐怖に襲われて、ユーリーと戦わないといけないって強迫観念にとりつかれていたんだと思う。

 

 そんな俺をみて、あの人は俺を殴って胸ぐらを掴みこう言った。

 

「知っての通りバイクのレースが熱狂を生むのはな、他のライダーと戦うスポーツだからだ。常に死と隣りあわせで生を謳歌してるライダーを見るとアホどもは生きる喜びが湧くんだろう。だがレース以外の時は自分と戦え。競争相手に、ましてやユーリーなんぞに気を取られているようでは極限の走りは出来ん。いいか、何にびびってるかは知らんが恐怖心は乗り越えるしか無い、だから戦え、戦い続けろ、死んでからでも出来る事は、死んでからしろ!!」

 

 無茶苦茶だった、でも当時の俺にはそれが本当に効いたよ。

 そして今更思った、ああ、この人とならユーリーに勝てるなって。

 

 ユーリーは確かにすごい、世界タイトルを数多く獲得し、バイク界にも貢献した。

 だから尊敬されて当然だ、おまけに彼が誕生した街では聖人みたいにあがめられてる。

 

 でもこの人にすれば神じゃ無いんだ、なら俺にとってもそのはずだ。

 だから、だからこそそれに挑む為にマシンと肉体を極限まで鍛え上げ、命を削り挑み続るんだ。

 

 俺の肉体と技術を磨き、最高のメカニック達が研究し、そしてこの人が居れば……

 

 勝てる、そう、思ったよ。

 だから勝って俺と、そしてこの人の夢を叶えようって。

 

 仲間と自分の夢、何故走るのか、どうして戦うのか。

 パズルのピースみたいにばらばらだった色んな物がはまった気がした。

 

 その時かな、ようやく俺は本物のレーサーになれた気がしたよ。

 

 

 

□□□□□□

 

 

 

 それから二日後の夕方。

 俺のダンボールハウスにとんでもない客が来た。

 

「貴方は……」

「あの子は、ここに来てない?」

 

 まさかの女王陛下が、ダンボールハウスのある橋の下にお越しになった。

 どうしてここが……まぁ、多分風子が教えていたのだろう。

 

「いえ、今日は見てませんね」

 

 内心どきどきしながら、俺はそう伝える。

 

「そう……実は私の除籍日の事がばれてしまって……ちょっと喧嘩をしてしまったのよ。貴方も艦娘なら提督のために一人でがんばりなさいって、私なんて事を……」

 

「奥様違います、私が安易にその話題を口にしてしまったためです」

 

 かなり後悔している風な表情の女王陛下。

 赤毛の執事もかなり辛そうな表情だ。

 

「あの、みつけたら直ぐ艦娘寮に連れて行きますんで」

「いえ、私たちはもうこの街を発たねばならないの。明日の十五時に、海護市から出発する船に乗るためには今から出て夜行列車に乗らないといけないから」

 

 海護市、遠い。

 ここから数百キロ以上離れた場所だ、確かに列車でそこまで行くには今から出ないといけないだろう。

 

「心残りはあっても、悔いは残さないようにと思ってたんだけど……いえ、何でもないわ」

 

 様々な意味でこれから旅立つ女王陛下は、手のひらを見つめながら後悔を振り払うようにそう呟く。

 

「どうかあの子の事、よろしくお願いするわね」

 

 女王陛下と、赤毛の執事までが俺に向かって頭を下げる。

 俺は慌てて口を開く。

 

「あっ、頭を上げてください……俺もアイツの提督なら、その、面倒はちゃんと見ますから」

 

 なにが面倒をみるだ、こんな俺が誰の面倒を見れるというのか。

 それでも言わずにはいられなかった、そんな俺の言葉を聞いて女王陛下は微笑む。

 

 そして去って行った。

 

 やりきれない気持ち、俺はダンボールハウスに戻り寝転がる。

 何もやる気が起きなかった。

 

「クソッ!」

 

 思わずそんな言葉が口を突く。

 そうさ、今の俺に何が出来るって言うんだ……

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

 永遠の王者は居ない。

 

 

 

 最速を目指し、現れては消えるライダー達。

 何十年以上にわたり速度狂のライダー達は同じ夢を見てきた

 

 KanmusuGPでチャンピオンになること。

 

 その年の俺は極まっていた。

 それに今年は俺がなる、そう確信できる程に。

 

 そして恐らくこの年を逃せばユーリーには勝てない。

 そう思える程に研ぎ澄まされてもいた。

 

 

 その頃の俺はバイクには魂が宿っていると感じてた。

 だから人間みたいにバイクによく話しかけてたよ。

 

 我ながらアホみたいだけど「よう、今日の調子はどうだ?」ってな風に。

 

 実際の所、乗ってるバイクは恋人も同然だった。

 バイクの発明者は思わなかっただろうな、俺たちがこんなにも夢中になるとは。

 

 男は女が好きだが、それ以上に男はバイクを愛してる、間違いない。

 

 チームあってのライダーだが、いったんレースが始まればバイクと二人っきりだ。

 コースの上ではバイクと一体になって楽しむ。

 

「楽しむのが先、勝つのはその後でいい」

 

 あのユーリーの言葉が、ようやく理解できたと思えたよ。

 成すべき事、成したい事、そして、走ると言う事。

 そのときの俺はその全部がかみ合ってた。

 

 その証拠に、開幕から俺はすべてのレースで自己ベストタイムを出し続けた。

 

 だが逆にユーリーはその年不調だった、と言ってもポイントはトップだったが。

 

 いや、不調じゃ無い、恐らく俺がユーリーに迫ってたんだ。

 つまりユーリーの速さに俺が並びつつあったって事だろう。

 

 ユーリーは絶対王者故に追い詰められる事になれていなかったのかもしれない。

 

 最終戦の一戦手前、意外な展開が待っていた。

 ユーリーの転倒によるリタイアだ。

 

 極めてミスの少ない者が王者になる、故にユーリーは王者だった。

 それは一つの真実。

 

 だが勝負は水物でもある、それを証明した戦いに思えた。

 結果、俺はユーリーに十五ポイントリードを取りトップに立った。

 

 

 そしてついに迎えた、最終戦にして決勝当日。

 

 トップでゴールしなくても優勝の可能性がある、圧倒的有利な順位。

 長年の夢だったチャンピオンの称号が目の前にある最後の戦い。

 

 追い詰められた絶対王者ユーリーと、その王座の簒奪を目前にした俺。

 

 そんな俺たちに熱い視線を注ぐのは二十万を超える観客、テレビ越しに見守る世界中の人々、そして憧れの艦娘であるウォースパイト様。

 これ以上無いほどの熱い状況だ、正に人生最大の大舞台。

 

 そんな状況だというのに、あの日俺が感じたあの気分、正直嫌な感覚だった。

 うまく言えないが『今から重大な事が起きる』そう言う感覚だ。

 

 よく解らない感覚を抱えながら、俺はスタートを切った。

 

 そして驚愕する事になる。

 

 その日のユーリーの走りは凄まじいの一言だった。

 まるで彗星のようで、圧倒的な走り、速すぎて光の帯に見えたよ。

 

 嫌な感覚を押さえ込み、俺は必死に食らいつく。

 確かにユーリーは神じゃ無い、だがそれでもユーリーは倒すべき夢だ。

 

 今日が最後だ、今日が人生最後の走りだと言い聞かせながら、俺は湧き出る闘志を爆発させ限界までスロットルを開いた。

 

 バイクがそれに応え加速、ユーリーに食らいつく。

 

 だがやはり、嫌な感覚が消えない、なぜ?

 レースは危険か?だとしたら原因は何だ?

 

 一つ目はマシンのトラブル。

 二つ目は走行環境的な要因。

 

 そして三つ目、最も一般的なのが人為的ミス。

 

 例えばタイヤはレース前に八十度まで高められ、レーサーが百度まであげる。

 そうするとタイヤにノリのような粘りが出て、地面に吸い付く。

 結果グリップが増し、加速やコーナーリングの性能が増す。

 

 故にタイヤが温まるのを待たずに急なコーナリングをした場合、転倒する可能性がある。

 

 冷えたタイヤでの転倒は恐ろしい、突然起きるからな。

 レンチで急に頭を殴られるようなものだ。

 

 当然レーサーはその事を熟知している、それ以外にも様々なミスの可能性をつぶす。

 過去の事故を調べ、原因を究明し、それらを起こさないように日々研鑽を欠かさない。

 

 またレーサーとして成功するには、強い自己保存本能と、自信が必須だ。

 そもそもがレーサーというのは希有な種類の人間なのだ。

 

 戦闘機のパイロットのような反射神経と冷静さを持つ。

 厳しい鍛錬と試練に日々耐え、勝負の一瞬にすべてを懸ける。

 

 だがいかにライダーが優秀でコースや装備が進歩しても、

 

 やはり、事故は……避けられない。

 

 一人で転倒する時はせいぜい手の甲を骨折する程度で、滅多に重傷は負わない。

 だが集団走行時だと転倒者は他のライダーにひかれる恐れがある。

 

 そして……

 

 場所が悪すぎた、突っ込みすぎて無茶した周回遅れの複数人の集団が転倒。

 しかもトップスピードで走る場所でだ。

 

 もう無茶苦茶だった、俺も含め誰もがぶっ飛んだ。

 

 俺に勝つためには一位でゴールする必要があった故に、誰よりも飛ばしてたユーリー。

 彼は転倒したライダーのバイクに乗り上げ、ひときわ高く遠くに吹っ飛んだ。

 いつものユーリーなら避けられたかもしれないのに、いや、分からないか……

 

 だがよりにもよってユーリーが吹っ飛んだ先は、消火用の車のガソリンタンクだった。

 

 爆発が起きた。

 騒然としたよ、俺は何とか起き上がってユーリーが吹っ飛んだ方向を見た。

 

 ごうごうと紅い炎が立ち上ってた。 

 よりにもよって一番消火性能が高い車が使えない状況で起きた、最も恐ろしい爆発事故。

 

 

 俺は以前襲われたよく解らない恐怖が何だったのか、少し分かった気がした。

 自分が死ぬのは耐えられる。

 

 

 だが、その打倒が夢と同義になっていたユーリーが死ぬのは?

 

 

 重大事故が発生を知らせる赤い警告旗が上がった。

 

 この数年に死んだレーサーは四人。

 そして今日また一人のレーサーが死んだ。

 

 珍しい事じゃない。

 KanmusuGPには毎年数十人のライダーが参戦し、大体毎年誰かが死ぬ。

 

 偶々、今日死んだのが世界王者だったってだけの事だ。

 

 そして王者は永遠の王者になり。

 俺は二度と王者になる事も勝つ事も出来なくなったとさ。

 

 そうさ、そうなんだよ。

 

 俺の物語はそこで終わったんだ。

 

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 気がつくと朝になっていた。

 俺は眠っていたらしい。

 

 

 結局あの試合は無効試合となり。

 俺はポイントトップで優勝。

 

 だが辞退した。

 

 優勝はユーリーだ、俺のその言葉に異を唱える奴はいなかった。

 別にセンチな気分から出た言葉でも、受けようと思って出た言葉でも無い。

 

 ただ本当の事を言っただけだ。

 

 結局その年の王座は空席、そして俺は違約金代わりに貯金やバイク、持っていた何もかもを押しつけるようにチームに渡し、レーサーをやめて姿を消した。

 

 もうずいぶん昔のように思う。

 

 

 ふと思い立って、ある場所に向かう。

 

 目的の場所、俺のセカンドハウスであり、川が増水した時の避難先でもある、公園の洞窟をもした遊具の中。

 そこで風子が膝を抱えてうずくまっていた。

 

「おい、何してんるんだ、こんな所で」

「……」

 

 俺の声に反応して、風子が顔をあげる。

 ずいぶん泣いたらしい、顔がぐちゃぐちゃだ。

 

「おまえ、喧嘩したんだってな。悲しそうな顔してたぞ、あの人も赤毛の執事も。気持ちはわかるけど良いのか?このままあの人と別れてしまっても」

「……」

 

 風子は何かが許せなかったんだろう、何かが、自分の中の感情がなんなのかわからず、翻弄されて。おまけに風子はそれを言葉に出すことも出来ない。

 

 思い出す、美しい金色の髪のあの人、茶目っ気たっぷりにウィンクした表情や、最後にあった時の悲しそうな表情。

 俺と出会うまで、いや、出会った後もずっと風子の心の拠り所になってくれた優しい女性。

 恐らく実の子供のように優しく、時に厳しく接してくれていたんだろう。

 

 だからこそ、感情があふれたんだろう、だからこそ……

 

「あの人、お前と同じ色だって自分の髪を嬉しそうに、触りながら言ってたよ。あとお前をあちこち探し回ったのか俺の所まで来て、お前の事を頼むって、最後に頭まで下げてな……」

 

 そんな人と、喧嘩別れのまま最後を迎えて……

 

「もう、二度と会えないんだぞ、それで良いのか?」

「ぅっ……」

 

 風子が必死に首を横に振る、そりゃそうだ、良いわけが無い。

 会いたいに決まってる、会って最後にお別れを言いたいに決まってる。

 

 だが俺に何が出来る?

 

 風子がネグレクトを受けてるかもしれないと思っていた時だって、俺は何もしなかったし出来なかった。

 また、結果的に何事も無くてよかったねってのを期待するのか?

 

 そもそもなんで俺はこんなことを言ってるんだ?

 こんな事を言って、風子から何を引き出そうとしてるんだ?

 

 

「……会いたいか?」

 

 

 何を聞いてるんだ俺は、俺は、俺は?

 誰のため何のため、何故、どうして。

 

 何故俺はユーリーが死んで走る事をやめたんだ?

 引き留める仲間やあの人の手を振り払って、逃げた先に何があった?

 

 俺はどうしたかったんだ、なんで逃げたんだ?

 

 

「……ぁ”あ”い……だ、ぎ!!」

 

 

 必死に言葉を絞り出す風子、ぐちゃぐちゃの顔から涙がこぼれ落ちる。

 

 何なんだ俺は、あの日から逃げて眠って、逃げて眠って、逃げて眠って。

 今日が人生最後の日になれば良いなと思いながら日々を繰り返し。

 

 その繰り返しの中で体も心も疲弊していき、こんな事しても意味は無い、間違っていると思いつつも誤魔化して。そしてまたそれを繰り返し、毎日を無意味に惰性に生きて。

 

 俺は何を、どうして、何を、何かを?

 自分の感情が分からない、風子と違っていい大人だというのに自分が何をしたくて、何をしなきゃいけなくて、何よりもそれらを決定する自分の感情が分からない。

 

 ぐしゃぐしゃに涙を流す風子から目をそらし、地面を見て、空を仰いだ。

 雲一つ無い空にはすでに朝日が昇り、今日という日がとっくに始まっている事を告げている。

 

 ふと、俺たちが居る遊具の中に、そんな混沌とした自分の中の感情とは無縁の

 

 優しい風が、吹き抜けた。

 

 

「わかった、任せろ」

 

 

 思わずそんな言葉が沸き出る。

 自分で言っておいて、思わず鼻で笑ってしまった。

 

 何が任せろだ、今の俺に何が、だが……

 

 

『俺もアイツの提督なら、その、面倒はちゃんと見ますから』

 

 

 でも約束してしまったんだ、よりにもよってあの女王陛下と。

 レーサーが女王陛下との約束を破れるかよ。

 

 

 だから少なくとも、今の俺には()()がある。

 

 

 俺は風子の手を掴み、歩き出す。

 そして道路の真ん中に立って、ちょうど走って来た車を止めた。

 

「アホッ!!死にてえのか!!」

「先輩、やめてくださいよ……」

 

 煙草をくわえた男が窓を開けて声を上げ、運転席の眼鏡の男がたしなめる。

 

「すまない、連れて行ってほしい場所がある」

「あぁ!?何いってんだてめ……えっ?あ、あんた、島、プロレーサーの島か!?」

 

 煙草をくわえた男が驚愕の表情を浮かべる。

 

「島?誰ですかそれ……それより私はそちらの少女の方が気になるのですが。もしかして誘拐……」

「アホか!!ユーリーに勝利しかけた……いや、事実上勝利した世界で唯一ただ一人の男だぞ!?お前親に何ならってんだよ!!って、それより島さん乗ってください、どこへでもお連れしますよ!!」

 

「いや先輩、リベッチオさんの店で朝食を食べる予定が……」

「うるせぇ!!そもそも朝からイタ飯とか気が乗らなかったんだよ!!そんな事より島さんを後ろに乗せて走る方が重要だ!!」

 

 はは、意外と有名人だな俺も。

 捨てたはずの過去の栄光、だがそれが役に立つなら今はありがたい。

 

「マジか。今、後ろに島が乗ってるよ……」

「いや、まぁ、いいんですが、少女がこまってるなら……」

 

 やたら興奮する煙草をくわえた男と、ブツブツと何か呟きながら運転する眼鏡の男。

 風子の手を握りしめながら、後部座席に乗り込む。

 

 向かう先はあそこ、あの場所だ。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 個人所有サーキット場『KURE』

 

 個人所有サーキットとは名ばかりで、複数のスポンサー(某コングロマリッド等)からの莫大な援助を受け、広大なサーキットのみならず、巨大なモーター関連のショップやバイク、車の修理や開発を行う研究施設。さらには教習所や養成所、果てはそこに住む人間達の施設まで兼ね備えた一つの王国だ。

 

 国内、いや世界でも有数の走り屋たちが集う速度狂い達のメッカでもある。

 

 そして……あの人がいる場所。

 

「今度会ったらサインください、今度で良いですよ、急いでるんでしょ?」

「何か困った事があったら何時でも言ってください、お嬢さん」

 

 俺はそう言って笑う二人の男に礼を言って別れを告げ、サーキット場の正面広場を進む。

 たまり場にしているレーサーや、走り屋、バイク乗りたちが口々に俺の名を呼ぶのが聞こえた。

 

 そして広場中央、簡素な椅子とテーブル。

 広場にあるバイクや車が見渡せるあの人の特等席。

 

「虎瀬オーナー、ここで一番速いバイクを貸してください」

 

 突然現れた俺の前に、この王国の王でもある虎瀬オーナーが杖をつきながら立ち上がる。

 冷たい風貌で黒髪の長髪を後ろに束ねた壮年の美丈夫。

 

 過去のモータースポーツ界において闘争の化身と呼ばれたレーサーだったが、事故で片足を失いレースに出ることを断念するも、こうして王国を作り上げチームのオーナーとして再びモータースポーツ界に挑んだ、いや、挑み続ける人。

 

 その姿と、あまりに苛烈な気性故に、王と言うより魔王と呼ばれる事の多い人。

 

 この人の、失った足の代わりになって俺が世界王者になる……

 そう思った事も有ったっけかな。

 

「なんだ、ひったくりでもする気か?」

 

 そんな俺に、あの日以来ハンドルを握れなくなり、絶望して何もかも、すべてを捨てて逃げ出した俺に……冷たく、苛烈で、でもだからこそ格好いいあの時と変わらない様子で、吐き捨てるように問う虎瀬オーナー。

 

「バイクを物盗りの道具に使うような酔狂な性格はしてませんよ」

 

「ふん、俺のバイクを正面からよこせと言うようなアホは、今も昔も貴様ぐらいだ」

 

 誰よりも苛烈で強烈な虎瀬オーナー。

 そんな虎瀬オーナーに当時唯一食らいついたのが俺だった、何もかもが懐かしい。

 

「虎瀬オーナー……」

「貴様は今までなにをしていた?」

 

 俺の言葉を遮り問いかけてきた虎瀬オーナーに、俺はただ、一つの真実を淡々と語る。

 

「毎日野宿してました、魚取ったり、山菜採ったり、時にはゴミをあさったりなんかも。あと空き缶って結構良い金になるって知りましたよ」

 

「……なんだそれは、まるで野良犬、いや、正に負け犬だな」

 

 虎瀬オーナーが冷淡な微笑を浮かべる。

 だが直ぐに冷たい目で俺を見て、続けて問うた。

 

「必要としているのはわかる、だがな負け犬。それで何に使う?何のために走る?」

 

「自分がやるべき事をやりに……いえ、そんな格好いいものじゃないですね。あれです、昔惚れてた女の旅立ちを見送りに行きたくて。あとはまぁ、ついでにコイツも連れて行ってやろうかなと」

 

 後ろで、俺の服の裾を握っていた風子が見えるように立ち位置をずらす。

 虎瀬オーナーはちらりと風子を見て、再び俺をにらみつける。

 

 まるで俺のすべてを暴き出すような、鋭すぎる目つき。

 永遠にも思えた時間が流れ、ようやく虎瀬オーナーが俺から視線を外し、目を閉じて呆れたような様子で口を開く。

 

()か……陳腐な理由だが、負け犬が走る理由としては上等すぎるな」

 

 そう吐き捨てた虎瀬オーナーの顔は何故か……満足そうだった。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

「列車では間に合わん、ヘリも無理だ、艦連軍の基地から近すぎるし、そもそもそんな物すぐには用意できん。確かにバイクで高速に乗り、車を避けつつ平均時速230で走り続けられれば間に合う可能性がある」

 

 俺たちは地図を広げて、海護市の港がある目的地までの距離を計算し、十五時までに到達可能かをはじき出す。

 

「ふん、勝負勘は鈍ってないようだな。俺を頼ったのは正解だ、喜べ、その条件を満たせるバイクが一台有る」

 

 そう言って虎瀬オーナーの部下が一台の深青のバイクを持ってくる。

 

 驚く程スマートな流線型のマシン、だがその内部にはレギュレーションぎりぎりまでチューンされたすさまじい爆発力を生む鋼鉄の心臓が備わっているのを俺は知っている。

 

 何故ならそれは俺と黄金の時代を駆け抜けた、恋人と呼んだバイクだったから。

 

 そのフルオーダーメイドのバイクに名前は無い、虎瀬オーナーの意向だ。

 バイクはただその性能こそがすべて、速さのみがその存在証明。

 

「何時でもレースに出られるよう整備してあった一台だ。無論ナンバープレートやヘッドライト、テールランプ、ミラー何て上等な物は付いてない。こいつで走れば間違いなく免許を、そして貴様にとって命と同じ価値を持つライセンスも取り上げだ。それでも走るか?……ククッ、愚問だったな」

 

 俺の目をまっすぐ見て、質問を取り消す虎瀬オーナー。

 虎瀬オーナーは何人かの走り屋を集めて、地図を指さす。

 

「速度を上げて高速に乗る前に、この一般道の直線を封鎖する必要がある。時間もそうだが、タイヤウォーマーが使えん以上、タイヤを加熱するのはここしか無い。お前達、合図をしたら信号を操作してすべて赤に変えろ」 

 

 信号機を操作する鍵を虎瀬オーナーの部下が走り屋達に手渡す。

 何でそんな物を持ってるかなんて聞かない、聞く必要も今は無い。

 

 鍵を受け取った走り屋達がうなずく。

 俺のわがままのために危険を冒す男達に俺は何も出来ない。

 申し訳なさそうな表情の俺を見た男達が笑う。

 

「島さんの走りが特等席で見られる、そのためなら安いもんだぜ」

 

 そう言って、男達は持ち場に向かって走って行った。

 

「十三分待て、公道用のタイヤに交換して、後ろにちびが乗れるようにしてやる。あとガソリンだ、スタンドで給油してる暇なんて無いぞ、そのちびに背負わせろ。無くなったら継ぎ足せ、それも用意させる」

 

 慌ただしく虎瀬オーナーの部下達や走りや達が動き出す。

 

 見覚えのある、かつてチームの仲間だったスタッフが、当時俺が身につけていたレーシングスーツを持ってきた。

 バイクと同じ色の深青のラインの入った、黒を基調にしたヘルメットとスーツ。

 

 こんな物まで、まだ残してくれていたのか……

 目頭が熱くなるのを押さえ込む、俺に涙を流す資格は無い。

 

 そんなみんなの思いを踏みにじって、俺はこれから身勝手な俺の理由で走るのだから。

 

「虎瀬オーナー、この子の分も……」

「そいつは艦娘だろう、ならヘルメットもスーツも不要だ。喜べ、転けたら死ぬのは貴様だけだ」

 

 そう言って虎瀬オーナーは不敵に笑う。

 ああ、そう言えばそうだったな……

 

「分かってると思うがレースコースと高速道を一緒にするなよ。それ用にブレーキングも調整してやる。走りながら感覚を掴め、高速に乗るまでにだ。あと……忠告しとくが、このバイクは当時よりスペックが上だ。運転する奴の腕は知らんがな」

 

「それは……心強い」

 

 俺の自虐の混ざった言葉を聞いて、虎瀬オーナーが険しい顔をする。

 

「お膳立てはしてやる、後は好きにしろ。だがバイクは必ず返しに来い。もしちゃんと返しに来れたら……今度こそあのとき振るはずだったチェッカーを振ってやる」

 

 虎瀬オーナーは俺の顔をその大きな両手で挟み込み、力強く、あの日のようにそう言ってくれる。

 風子が俺の手を強く握りしめるのを感じた。

 

 十六歳の頃を思い出す。

 

 ただ走ってるだけで何の結果も残せなかったあの頃。

 初めてのレースの世界は子供の俺には大きすぎた。

 

 すごいプレッシャーを感じて、何度もクラッシュ、そして何度も吐いたな。

 

「……はい、必ず」

 

 だけど、幸い今の俺は子供じゃ無い、だからきっと出来るはずだ。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 高速に乗るための一般道の直線、その開始地点で俺は待っていた。

 

 久しぶりに会って乗った恋人は相変わらずの力強さで、押さえ込むのも一苦労。

 レースから離れていた俺には、ここまで運転してくるだけでも精一杯だ。

 

 周りには数多くのライダー達。

 

 彼らは俺たちを守るために一緒に走る、まぁ野次馬も多いだろうが。

 艦夢守市の警察は優秀だ、事態を重く見れば憲兵だってやってくる可能性がある。

 

 俺たちが走り続けるために、このライダー達はそれらを引きつける役目を負っている。

 損な役目だ、救えない、だと言うのに全員志願者というから信じられない。

 

 レースの時、周りのライダーはすべて敵だったから、この状況は違和感がひどい。

 

 ……だが、嫌な気分じゃ無い

 

 準備が完了したのか、ビルの上にいる人員が赤色の信号弾を打ち上げる。

 一斉に目で見える先までの信号が赤に変わりはじめた。

 

 もう後には引けない。

 

 ライダー達が一斉にアクセルを吹かし、すさまじいエンジンの爆音が辺りに響く。

 遅れてバイクの群れが発する熱が辺りを包み込んだ。

 

 その音を聞いて、後ろの風子が俺の腰をぎゅっと握りしめる。

 

 安心しろ、こいつらは俺とお前を守る仲間達だ。

 そして絶対、絶対に俺がお前をあの人の元に送り届けてやる。

 

 果せる根拠の無い誓いだ、平均時速230キロ、一般道で出し続ける速度としては狂気の沙汰。

 レースを離れてずいぶんたつ、技術、体力、自信、夢、そしてユーリー。

 

 あの頃にあったものは殆ど無い。

 

 でも、だけど。

 

 背中に感じる重み、あの頃には無かったもの。

 それが今の俺にはある。

 

 負け犬のレーサーと、艦娘になりきれない子供。

 

 半端者が二人。

 

 だけど俺たちは二人なら一人前だ。

 何故ならお前がいるから俺はこうやってもう一度ハンドルを握れる。

 

「先に言っとく。お前のおかげでもう一回走りたくなった、闘志がわいたって言うのかな……俺をここに戻してくれたのはお前だ」

 

 後ろを振り返ると、風子が不思議そうな顔でこちらを見ていた。

 

「なんでもない、独り言だ……もう一度言うぞ風子、絶対俺から手を放すなよ?」

 

「……!!」

 

 小さな手で俺の腰にしがみつきながら、力強く返事の意味を込めて俺の背中に何度も頭突きをする風子。俺はそれが何故かおかしくて「痛いよ」と言いながら笑う。

 そして今度はバイクに向かって話しかけた。

 

「よう、今日の調子はどうだ?」

 

 吹かした音で、彼女が『過去現在未来どの瞬間よりも最高よ!』と答えたように聞こえた。

 なんだそりゃ、はは、俺もいよいよおかしくなってきたな。

 

 だが俺はそれが楽しくて、また笑みを浮かべる。

 

 レース前には感じた事の無い、ひどく落ち着いた気分だった。

 深呼吸、晴れ渡った青空を見上げる。

 

 様々な気候の土地を転戦し、世界中の空の下で戦った。

 だと言うのに、こんな青い空は初めて見る気がする。

 

「ああ、今日はいい天気だなぁ」

 

 思わずそんな言葉がこぼれた。

 

 視界全体に広がる青空が身体中に染み渡り、心は穏やかなのに腹の底が熱くなる。

 ひたすら綺麗な空だった、きっと俺は死に際にこの空を思い出すだろう、そう思える程に。

 

 周り数台のバイクの暖気が終わったのか、エンジン音が変わったのがわかった。

 名残惜しさを感じながら、視線を前に戻す。

 

 直線道路を走っていたすべての車が消え、準備が整う。

 打ち上げられる青の信号弾、正面の信号が青に変わった。

 

 

 さあ行くか、今日は人生最後の日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

負け犬(しま)』と『駆逐艦:島風(かぜ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 停止状態からのレースマシンの加速力は、文字通りかっ飛ぶようなものだ。

 

 接地面積の小さいレースマシンだが、エンジンパワーは途方もなく大きい。

 ライダーとクルーの仕事は、いかにマシンの最大のパワーを引き出すか。

 

 高価なプロトタイプマシン、レース専用の特別仕様。

 エンジン出力は220馬力、重量約160キロ。

 

 搭載された最小限の機器が最大のパフォーマンスを生む。

 

 条件が整えば、例えば直線の長いコースならこのマシンの限界速度は時速340キロに到達する。

 四輪最大のモータースポーツでも最高時速320キロだと言うのに。

 

 俺たちの乗ったバイクは十秒たたないうちに190キロまで加速。

 その速度を維持したまま、艦夢守市の中央道路を駆ける。

 

 引きはがされそうな風圧を、ただひたすら気合いと筋力で押さえ込む。

 加速のGに肋骨がきしむ、まだ190キロだというのになまった俺の体は早くも悲鳴を上げた。

 

 だがこんな俺でも、かつてはユーリーに迫った男だ。

 まだまだこれからだろ、そう体に言い聞かせる。

 

 俺たちを追う他のライダー、だが初動の時点で既に差が付いている。

 だと言うのに彼らは食らいついてくる、さすがKUREのライダーどもだ。

 

 信号を一つ越えるたびに、役割を終えた奴らの歓声が聞こえた気がした。

 

 はは、まるでサーキットを走ってるみたいだな。

 

 だが異変に気がついた警察車両がちらほら現れ始める、クソッ、やはり早い。

 後ろに居たライダー達が、別の道に散ってゆく。

 

 警察車両は一瞬悩んだ末、捕まえやすそうな少数のライダー達を追う。

 ついてる、こっちを追う判断を下せる奴が乗ってたら危なかった。

 

 高速に乗り、250キロまで出せれば四輪車両じゃ絶対に追いつけない。

 何とか高速まで乗れれば……

 

 そう、一瞬気が緩んだ瞬間。

 

 

 目の前に信号無視をした一台の乗用車。

 

 

 一瞬で俺はかなり多くの観察と考察と判断を下した。

 まず、避ける事が可能かどうか、避けたあと走り続けられるか、ブレーキは間に合うか、タイヤの温度は大丈夫か。

 

 様々な選択肢と判断を積み重ねながら、頭の中で別の計算をする。

 

 バイクは単純な乗り物に見えるが、実際は四輪自動車に比べかなり複雑な動きを求められる。

 あれは動力学的に航空機に似ている、バイクの動きをそう分析する奴も居るほどだ。

 

 実際レース用のマシンは飛んでるようなもので、バイクがコーナーに侵入し60度に傾く時

 タイヤには二つの重力が働く。

 

 航空機でも同じ事が起き翼をもぎ取ろうとする。

 

 時速230キロでコーナーを曲がる時、地面に吸い込まれそうな感じになる。

 本来はバイクに重力が働き倒れるが、スピードが速ければそれだけ遠心力が働く。

 二つの力の釣り合いがとれるわけだ。

 

 だから車体を傾けても転ばない。

 

 コーナーでは外側に引っ張られる。

 だから倒れないように内側に傾ける。

 

 自転車でも同じだ。

 バイクはずっと速いけどな。

 

 そういったことを考えながら。

 

 

 

 俺は中央分離帯ブロックに乗り上げ、ジャンプした。

 

 

 

 我ながらバカな判断だ。

 

 乗り上げても事故が起こらないよう斜面がつけられ、等間隔に配置された低めの中央分離帯ブロック。とっさにそれを使いジャンプする判断を下すなんてな。

 

 だがシーズンオフの間、レーサーは何をしてると思う?

 

 答えは趣味と筋力増強を兼ね、モトクロス場へいってるのさ。

 

 バイクで宙を舞うモトクロスは心身の訓練に欠かせなかった。

 そして何より楽しい。

 

 自分がバイクに乗るのが好きなんだと、実感できた。

 

 てな訳で今俺は乗用車の上を飛んでる。

 全く復帰早々ひどいスタントを要求してくるな!!

 

 

「!?」

 

 

 着地の瞬間、風子が驚いたのか俺の腰をひときわ強く掴む。

 おお悪い悪い、大丈夫か?

 

 しかしなんだな、なんだか色々思い出してきたな。

 忘れていた色んな感覚が蘇る。

 

 後ろを走っていたライダー達が歓声を上げるのが聞こえた。

 

 まったく、俺はGPレーサーだってのにな。

 まぁ、タイヤも温まってきた事だ、そろそろギアを上げるか。

 

 

 そして俺たちの乗ったバイクはさらに加速する。

 

 散ってゆくライダー達。

 

 最後までついてきたのは、まだ免許を取ったばかりの年齢の子供のようだった。

 まるで十六歳の頃の俺のような、懐かしい目をしている。

 

 そして彼もまた、俺たちのために警察車両を引きつけるために散ってゆく。

 

 すまない、すまない、すまない。

 

 感情を押し殺し、俺たちは走り続ける。

 

 

 やがて無事直線道路を抜け、高速入り口ゲートを抜け、海護市に向かう直線の高速道路に出た。

 もう俺たちを守ってくれるライダーは居ない。

 だと言うのに、まだここから何時間もかけて走り続けなければならない。

 

 風子の体力が心配……いや、それよりも俺の方が心配だな。

 

「……」

 

 風子が心配そうに俺を見る。

 不安か?俺もだよ……

 

 だが走り続けるしか無い、大丈夫だ。

 

 まだ今日は……終わってないからな。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 それから俺たちは給油を挟み、走り続けた。

 風子はよくしがみついてる、平均時速220は出てたというのにだ。

 

 艦娘変わり前といえど、艦娘はだてじゃないという訳か。

 まったく、こっちはもうあちこちガタガタだってのに。

 

 だが、俺にも元プロレーサーという意地がある。

 まだまだ、いや、もう少しでいい、耐えてくれよ俺の体。

 

 途中何度も警察車両に追われたが、すべてを振り切る。

 

 本当にこのバイクは当時よりスペックが上だ、虎瀬オーナーやメカニック達はどんな思いでこのバイクを改良し続けたのだろうか。

 

 ……だめだ、考えるな。

 

 今は走り続けろ、すべての清算は風子を、送り届けてからだ。

 

 

 そうして自分の感情と身体を削りながら走り続ける。

 ひどい負荷がかかってると自覚していたが、だからなんだと言うんだ。

 

 どうせこれが最後だ、最後なんだ。

 

 何度も言い聞かせる、身体に、バイクに、そして心に。

 そうやって走り続け、やがて目的地まで残り百キロを切った時だった。

 

 後ろからものすごいスピードで迫って来たバイクが、俺たちを追い抜き、六メートル程前にピタリとつける。

 一瞬警察の高速バイクかとも思ったが、だとしてもこのバイクに追いつけるはずが無い。

 

 そして……警察のバイクはあんな色をしていない。

 

 緑色のバイクに乗った真っ白なレーシングスーツのライダー、見覚えがある。

 

 緑のバイクは『芝刈り機』の愛称で呼ばれるバイク。

 夕張重工最高のバイクエンジンを積んだ傑作機。

 

 機体名『YBR-GP』

 

 そして緑のラインの入った雪のような真っ白いスーツ。

 そんな色のスーツを着るような奴はただ一人。

 

 

 絶対王者ユーリー・タラソフ

 

 

「ユーリー!!」

 

 思わず俺は叫ぶ。

 

 俺を抜いて前に出たユーリー。

 わかってる、あれは幻だ、俺がずっと追いかけてる奴の幻影だ。

 

 わかってる。

 

 ユーリーはちらりとこちらを振り返り、笑ったような気がした。

 無意識に俺はアクセルを全開にする。

 

 加速し続ける俺たちのバイクは、時速は250キロを超えた。

 

 さらに加速、スピードメーターが260、270、280と上がってゆく。

 だと言うのにユーリーは俺たちのちょうど六メートル前を、ピタリと走り続ける。

 

 クソッ、あっちも加速してるんだ。

 

 既に幻影だというのは頭から抜け落ちていた。

 

 

 290………300………

 

 

 この速度になるともはや普通の車やバイクでは到底たどり着けない領域。

 だと言うのに差はまだ縮まらない。

 

 当然だ、奴が駆るバイクは夕張重工が心血を注いで作り上げた傑作機。

 

 だが、それはこちらも同じ。

 

 

 310…………320………

 

 

 すさまじい風圧と振動が俺を襲う、もはやこの速度では風景が認識出来ない。

 希にすれ違う車やバイクが、流星のように後ろへと飛び去ってゆく。

 

 飛びそうになる意識を、朽ち果てたプライドにすがり、必死につなぎ止め。

 悲鳴を上げ続ける身体を、絞りかすのような意志の力で動かす。

 

 そんな極限の状況の中、レーサーとして忘れていた最後の感覚が覚醒した。

 

 血が沸騰しているこの感じ。

 なのに、頭と視界は驚くほど冴え渡ってるこの感覚。

 

 俺の目はもはやユーリーしか見えていなかった。

 

 それ以外はすべてただの光だ。

 いや、今やユーリーすら白い光に包まれている。

 

 

 330…………340………

 

 

 限界速度に到達、だと言うのに感覚的にはまだ加速してるように感じる。

 世界から音が消えた、もう頼りになる感覚は振動と狭い視界だけだ。

 

 加速するにしたがって、ユーリーの白い光に緑が合わさったような色が混ざり始める。

 

 ある国ではライダーの事を『ケンタウロス』と呼ぶ。

 

 神話の中の半馬半人の生物だ。

 ライダーも同じでマシンと一体化する。

 

 恐らくユーリーは本当にバイクと融合を始めたのだろう。

 光の帯を残しながら、さらに加速するユーリー。

 

 

 だが奴に出来て俺に出来ない道理は無い。

 

 

 俺は、俺は、今度こそユーリーに勝つ。

 そして俺の物語を終わらせる、完結させる。

 

 そうだ、あの日から、夢見てた、ただそれだけを。

 ユーリーに勝つ、ただ、それだけを、夢に……

 

 

 歯を食いしばる、身体中が燃えるように熱い。

 いや、きっと俺も光に包まれ燃えてるのだろう。

 

 

 ユーリーのように。

 

 

 そしてそこに到達するとは想定されてない数字。

 

 

 

 ………360

 

 

 

 速度 計の針がそこ を指し ていた 。

 

 

 

ユ ーリーと の差が

 

 

つい に縮まって ゆく。

……ああ、よ うやくか

 

 

待た せたな、ユー リー

 

 

あ のな

こ こまで来 るの

 

 

大変だっ たんだ ぜ

 

やっと、おいつ いたよ

はは、疲れ たな

 

 

目の前の エメラルドグ リーンの光

 

 

伸ばす

綺 麗だな

 

その 光に手を

 

 

 

 

 

 

 

ゆー りーに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

て を… …

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それであの子がAdmiral……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『提督をみつけたんだって、わかったの』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すべてが光に包まれそうになった瞬間

 

 

 そう……言った誰かに

 

 

 汚い顔でぐちゃぐちゃに涙を流しながら

 

 

 会いたいと叫んだ奴が居たという事を思い出した。

 

 

 そいつは今でも俺の腰に、必死にしがみつき続けている。

 急速に夢から覚めるような感覚。

 

 背中に感じる感触が教えてくれる。

 そうだった、俺たちは今、二人で走ってたんだったなと。

 

 いつの間にか俺は、一人で走っていると思い込んでいたようだ。

 

 先をゆくユーリーの幻影、それに向かって声を上げる。

 

 

「すまんユーリー!!俺たちのフィニッシュラインはそっちじゃないんだ!!」

 

 

 高速の降り口を示す『海護市』の看板、速度を落とし降り口に向け左折する。

 最後に一瞬見えたユーリーの幻影が、ふっと笑って消えた。

 

 すまんなユーリー。

 

 勝負はまた()()()にしよう。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 高速を降り、港を目指す。

 既にガソリンは殆ど無く、港にたどり着けるか怪しい。

 

 いや、それよりもいよいよ本当に俺の身体の動きが怪しくなってきた。

 少しでも気を抜けば意識が飛びそうで、身体ももう殆ど動かせない。

 

 どうした、昔は一日中でも乗り続けられたと言うのに。ブランクがここまで酷いとはな。

 幸い周りに警察車両は無く、農地に囲まれた平坦な道路なのでそこまでキツくは無い。

 だが、だからこそここでも距離を稼ぎたいというのに、俺の手は思うように動いてくれない。

 

 ふと、先ほどのユーリーの幻とのレースを思い出す。

 

 むしろあれが無ければまだ高速道を走り続けていた可能性が高く、下手をすれば意識を失っていたかもしれない。

 そう考えれば、あのユーリーの幻は俺たちを引っ張ってくれていたのか。

 

 ……まさかな。

 

 そう自嘲した瞬間、砂が散らばった道路の上を走ってしまい、バランスを崩して車体を倒してしまう。

 完全に集中力が切れていたのか、普段なら絶対しないミスだ。

 

「っ!?」

 

 バイクがスリップし、俺と風子が道路に投げ出される。

 そんな状況でも、風子は俺を離さなかった。

 

 はは、根性あるな。

 

 俺たちは何度かバウンドしながら、道路の上を十メートル程滑り、止まった。

 幸いスーツのおかげで俺は大きな怪我はなさそうだ、風子は当然無傷。

 

 あまり速度が出てなかったからか、バイクは俺たちよりさらに十メートル程先に転がってる。

 

 直ぐに出発しようと、必死に体を起こそうとする。

 が、なぜか俺の体はぴくりとも動いてくれない。

 

 ……おい待てよ、まさかこんなところでか?

 

 風子が心配そうに、俺をのぞき込む。

 すまん風子、すぐ、直ぐ起き上がるから。

 

 そう口に出したつもりだったが、声すら出てくれない。

 そんな俺にしびれを切らしたのか、視界から風子が消えた。

 

 ああ、そうだ、そうだな。

 俺を置いてあの人の所に向かえ、大丈夫、もう、そう遠くないはずだから。

 

 

 あの人に、お前の大切なあの人に、会って……

 

 

 目を閉じる、脳裏に浮かぶのは出発前に見たあの青空。

 ああ……つまりそういう事か、ここが俺の終着点か。

 

 やっぱり、俺はたどり着けずに死ぬのか。

 あー、悔しいな……

 

 

 …………?

 

 

 だが意識が落ちかけた瞬間、何かを引きずる音が聞こえる。

 視界が揺れる、なんだ、この音は。

 

 もしかして、俺を引きずる音か?

 

 何とか首を動かすと、風子が必死に俺を引きずっていた。

 

 おいおい、いくら艦娘だからってそんな小さな体で、大人の男を引きずるのは大変だろうが。

 

 それでも、風子は必死に俺を引きずり、バイクの所まで運ぶ。

 そして俺を置くと、風子はバイクのエンジンを掴んで起こそうとする。

 

「ぉおお゛お゛」

 

 エンジンの焼ける、チリチリという音、いや、焼けてるのは風子の手か?

 ばか、さっきまで走ってたバイクのエンジンだぞ、触ったら火傷するに決まってるだろ。

 

 それでも風子は何とかバイクを立てようと必死にがんばっている。

 

 おいおい、やめろよ、あの人に会いたいのはわかるけどさ、そんなに必死に……

 

 

『先に言っとく。お前のおかげでもう一回走りたくなった、闘志がわいたって言うのかな……俺をここに戻してくれたのはお前だ』

 

 

 ……いや違う、風子は俺のために必死になってくれてるんだ。

 

 何故かそう感じた。

 はは、なんだなんだ、これは提督だからそう思うのか?

 

 だけどそれは問題じゃ無い。

 

 そうだな、そうだ、俺たちでゴールしよう。

 体が動く、どうやら転けた事による一時的なものだったらしい。

 

 俺はゆっくりと立ち上がり、バイクを起こす。

 

 風子が心配そうに俺を見上げる、大丈夫、まだ走れるよ。

 口には出さず、ヘルメットのバイザー越しにそう目で伝える。

 

 我ながら緩慢な動きでバイクにまたがると、風子は嬉しそうにバイクを這い上り、後ろに座った。

 

「……しかし、お前はそこが好きだな」

「……!!」

 

 俺の言葉を肯定するように背中をたたく風子。

 ついこの間と同じやりとり、だがもうずいぶん昔の事のようにも感じる。

 

 さあ行くか、俺はセルスイッチを押し込む。

 この動きだけは十六歳の頃から変わらんな、漠然とそう思った。

 

 すこし遅れてエンジンが再び動き出す。

 

 バイクが『もぅ、今度こそちゃんと最後まで走ってよね』と、ぶつくさ言いながら、渋々エンジンをかけてくれた様な気がした。

 

 わかってる、今度はちゃんと最後まで走るから。

 

 

 そうして俺たちは再び走り出した。

 農業地帯を通り過ぎ、山道に入り坂を上ると、やがて港を見下ろす場所に出る。

 

 恐らくそれと思われる豪華客船の姿が見える、汽笛を鳴らし出港を告げていた。

 

「……!!……!!」

 

 嬉しそうに、そして早く早くと言わんばかりに、俺の背中に頭突きをする風子。

 

「飛ばすぞ!しっかり捕まってろ!!」

 

 最後の力を振り絞り、俺はアクセルを開けた。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 近くの船着き場、そこにたどり着いた時には既に船は数百メートル先だった。

 

「うそだろ……」

 

 あまりのショックに脱いだヘルメットが手から滑り落ちて地面に落ちる。

 ユーリーに負けた時でもこんなに悔しくはなかった。

 

 ようやく、ようやくこれたって言うのに、ようやくゴール出来たというのに。

 そうだよ、勝てなきゃ悔しいに決まってるんだ……

 

 くそくそくそ!!

 

 だが、風子はバイクから飛び降りると、俺を見てこれ以上無いような笑顔を浮かべる。

 そして、桟橋から海へと飛びおりた。

 

「おっ、おい!?」

 

 海上に着水する瞬間、風子の体を光が包み込む。

 

 短かった金色の髪は一気に長く伸び、身長も少しだけ伸びた気がした。

 さらに身につけていたオーバーオールがきえ、水兵の服装、セーラー服へと変わる。

 

 そして、現れる艤装と呼ばれる装備。

 

 水面に立つその姿は、過去世界を救ったとされる者。

 かつて海を支配していた深海棲艦に戦いを挑んだ物。

 最後の最後まで、人の為に戦い抜いた人類の救世主。

 

 

 艦娘と呼ばれる存在。

 

 

 艦娘変わりは、徐々にゆっくり起きると聞くが……

 まぁ三年も我慢してたんだ、こういうこともあるんだろう。

 

 唖然とする俺を見て、風子は少し涙を流しながら、高らかに声を上げる。

 

 

「ありがとう提督!!戻ったら私の名前、教えてあげるね!!」

 

 

 初めてちゃんと聞く彼女の声は、まるで青空に響く美しいカモメの鳴き声ようだった。

 そして風子は、船へと向けて猛スピードで水上を走り出す。

 

 

「……バレバレだよ」

 

 

 知ってるよ、知ってたよ。

 だってガキの頃から自分のバイクには、お前のステッカー貼ってたからな……

 

 幸運を司る艦娘に縋りたくなる事もあるし、女王陛下に恋もするが、何よりもこの国のレーサーにとって魅力的な艦娘はお前だったのさ。

 

 最速で戦場を駆け抜けた艦娘、御利益をあやかるならこれ以上は無い。

 俺以外のプロのレーサーでも当時は……いや、今でもか。

 お前のステッカーをヘルメットやバイクに貼ってる奴がいた。

 

 最速を夢見るレーサーたちが愛してやまない艦娘……その名は

 

 

 

「島風型1番艦、駆逐艦……島風」

 

 

 

 船に向かいすごいスピードで駆けてゆく風子……いや、島風。

 

 

「やっぱ、はええな」

 

 

 思わずそんな感想がこぼれる。

 

 船の後ろのデッキから涙を流し、必死に手を振る女王陛下が見えた気がした。

 そして島風も手を振り返す。

 

 約束、果せたかなぁ……

 

 後ろからサイレンの音が山程聞こえてきた。

 ようやくご到着か。

 

「ようやく追い詰めたわ。もう逃がしはしないわよ!」

「やだ……マジ、センパイっ落ち着いて!?」

 

 真っ先に到着したパトカーから降りてきた、艦娘と思われる水色の髪と緑の髪の二人の警官。

 彼女達に抵抗はしないと示すように、両手を上げながら俺は言う。

 まるであの日やり損ねた、勝者のインタビューに答えるような気分だった。

 

「お騒がせしてすみませんでした。俺はどうしてもらってもいいんですが……このバイク借り物なんですよ。悪いんですがこれだけは丁重に運んでもらっていいですかね?」

 

 俺の言葉を聞いて二人の警官は『はぁ?』と聞こえてきそうな表情を浮かべた。

 

 確かにこんな大それた事をしておいて、言う事じゃない。

 インタビューの答えに失敗した気分だ。

 あの日勝ってたら俺は何と答えたのだろう、いや、今はそれどころじゃ無い。

 

 俺は何かもっと良い言葉は無いものかと考えを巡らせ、答えを探し空を仰ぐ。

 視界に飛び込んできた空は出発前と変わらず青い。

 

 が、特に良さそうな答えは浮かばない、参ったな。

 ふと、汽笛の鳴る音が聞こえて海の方に目をやる。

 

 

 そこでは、俺を提督と呼ぶ艦娘と、俺が憧れた艦娘が海の上で抱きしめ合っていた。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 一発免停を遙かに超える速度でかっ飛ばした俺は、無事免許もライセンスも没収され、オマケに艦夢守市警察署の留置所にぶち込まれた。

 だがどこかのオーナーが保釈金と罰金を払った上に、弁護士の手配までしてくれたらしく、なんとか刑務所には行かずにすんだようだった。

 

 もう一生頭が上がらないな……

 

 そんなわけで税金の無駄である俺を何時までもいれておく留置所は無いと、あっさり追い出されたわけだが、何故か表の駐車場には虎瀬オーナーのバイクと、それに乗った島風の姿。

 

「てーとく、おっそーいー!」

「待たせたな、島風」

 

 出迎えの島風の言葉に思わずため息と笑顔がこぼれた。

 島風も笑顔を浮かべる。

 

 しかし、このバイクはどういう事だろうか、確かにKUREのバイクだと伝えたはずだが。

 まさかレッカー代の節約のため、自分で押して持って行けと言う事なのか?

 

「オーナーから伝言だよ、今度こそちゃんとフィニッシュラインを踏め、だからバイクは自分で返しに来いってさ!」

 

「本気か……」

 

 だがそう言われたら……やるしか無いよな。

 しかし免許が取り上げられてしまった俺にはこのバイクは重い。

 

「ほらがんばってー!」

 

 バイクに乗ったまま、島風が急かしてくる。

 せめて降りろよ……

 

「と言うか、お前よくしゃべるな。前とは大違いだ」

「えへへ、なんだか提督と話せるのが嬉しくって!!」

 

 やれやれ、そう言われてしまうとどうにも強く言えないな。

 俺はどうやら自分の艦娘には甘いようで、黙ってバイクを押し始める事にした。

 

 日射しが照りつける、熱いったら無い。

 そして何より人目がすごい。

 

 周りの人間には、パンクかガス欠のせいで、ヒーコラ言いながら汗を流し、子供を乗せたバイクを押す間抜けな男に見える事だろう。

 

 だが、先ほどすれ違った少年は「チームKUREのバイクだ……」と呟きながら驚いた目でこちらを凝視していた。

 まああの位の年の男の子は車やバイクに……いや、大人になっても男は皆マシンに夢中だな。

 

「ねー提督?」

「なんだ?」

 

「私レーサーになりたい!」

「おまえ簡単に言うけどなぁ……」

 

 艦娘がレーサーになるのは難しい。

 

 普通の純粋な身体能力を競うスポーツと違い、機体の性能に依存する部分もある競技なのでなれないわけじゃ無かったはずだが、選手期間は十年だとか、転倒の度合いによって特殊なポイント増減があったりとか、他にも色々規定があった気がする。

 

 あとそもそもが艦娘と言えど、トップクラスのレーサーと戦うには難しい。

 

 確かにある一定のラインまでなら、頑丈で尚且つ身体能力がある艦娘は有利だ。

 だがレーサーというのはそれだけじゃないし、極限まで磨かれた人の神経や感覚というのは艤装を展開していない艦娘よりは上というのが未だ一般論である。

 

 故にモータースポーツの、しかもトップクラスの世界で戦えるようなのは、艦娘でも極めて希だ。

 

「でもオーナーは良いって言ってくれたよ?走って見せたらそう言ってくれたの。あ、コーチは提督に任せるって」

 

 信じられん。

 

 だが虎瀬オーナーが認めたと言う事は素質は有ると言う事だろうか。

 そしてさりげなく就職先が決まってしまった。

 

 ……いや、虎瀬オーナーの指示ならまぁ、従わないわけにはいかないよな。

 

「でもおまえ、勝負の世界は厳しいぞ?毎日が戦いだ、クソみたいなトレーニングもある、艦娘がその辺どうなのかは知らんが確か専用のトレーニングがあったはずだし、いざレースに挑むのにだって大事な事が山程……」

 

「もー!分かってるよそんなの!!でも私はまず走りたい!走って楽しみたいの!!」

 

 その言葉を聞いて俺は何も言えなくなった。

 ああまったく、その通りだな。

 

 ははは、成る程、こいつは確かにレーサー向きだ。

 さすが虎瀬オーナーだ、見る目がある。

 

「なら虎瀬オーナーに色々お願いしないとなぁ」

「うん!がんばる!」

 

 おうがんばれがんばれ、しかしあれだ。

 俺はさっきから一緒にバイクを押してくれる謎の金属生命体が気になっていた。

 

 一番でかいのと中くらいのが押すのを手伝ってくれて、小さいのは俺によじ登ってる、なつかれてるのだろうか?

 

「……こいつら、艤装だろ?格納しなくても良いのかよ」

「大丈夫だと思うよ?海上じゃないと砲撃も出来ないし、それに個別で入ってる燃料が切れたら勝手に格納されるから」

 

「へー、この前艤装展開したのが何日前だ、結構立つけど燃料って結構持つんだな……」

「持つわけ無いじゃーん、燃料補給してるんだよ」

 

「ん、お前がか?よくそんな金あったな?」

「うんうん、オーナーが入れてくれてるみたい。この前こっそりとガソリン入れてるの見た!!」

 

「は?」

 

 昨今の燃料不足による燃料の高騰、決して安いものでは無い。

 その燃料を?虎瀬オーナーが?意味も無く?

 

 そもそもこいつらは重油とかじゃ無くて、ガソリンで動くのか?

 

「連装砲ちゃんの事見て、何時消えるんだ?って聞いてきたから燃料が切れたら勝手に消えるよ?って教えてあげたら毎日燃料あげてるみたい!!」

「あ、うん、そうか……お礼言っとけよ」

 

「うん!!」

 

 そうか、ふーん、あの虎瀬オーナーが。

 

 

 

 ……意外すぎる。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 汗だくになりながらバイクを押し、ようやく『KURE』に到着した。

 

 KUREの走り屋たちが俺たちを出迎え、祝福の言葉を掛けてくる。

 チャンピオンにはなれなかったが、どうやら俺はレーサーの女神のために駆け抜けたケンタウロスというよく解らん扱いらしい、なんだそりゃ。 

 

 そんな俺を見て「貴様にはこれで十分だ」と、お子様ランチの旗みたいなチェッカーフラッグを振る虎瀬オーナー。

 

 それが連装砲ちゃんの件もあってやたらおかしく、ついつい笑ってしまった俺。

 その俺の笑顔を見て、虎瀬オーナーが憲兵でもぶち殺しそうな顔をしたので慌てて話題を出す。

 

「そ、そう言えば風子……いや島風をバイクに乗せてやったそうですね」

「ふん、まあな……どこぞの負け犬より筋が良い。化けるかもしれん」

 

 そう言って愉快そうに椅子に腰掛ける虎瀬オーナー。

 俺も虎瀬オーナーの前にある椅子に座る。

 すぐさま俺の膝の上に島風と連装砲ちゃんが乗ってきた。

 

 文句の一つでもいってやろうと思ったが、連装砲ちゃんが俺になついている様子を見て今まで見た事の無いような驚愕の表情の虎瀬オーナーを見てしまい、したいようにさせる事にする。

 

「しかしそこまでですか、どうせならユーリーを超えるようなレーサーになってほしいですね」

「スピードなら誰にも負けません。速きこと、島風の如し、です!私には誰も追いつけないよ!」

「いやお前、それ海上での話だろうが……」

「おなじおなじ!それより提督、さっき言いかけてたレースに挑むのに大事な事って何?」

「ん?そりゃお前色々あるけど……」

 

 そんな俺たちを見て虎瀬オーナーが呟く。

 

「ユーリー、ユーリーか……今日辺りまた来るかもしれんな」

「え?」

 

 虎瀬オーナーにもあの幻影が見えていたのだろうか?

 それとも本物の幽霊が?

 そんな事が頭をよぎった瞬間、正面ゲートから女のでかい声が聞こえてきた。

 

「今日こそあの人を出すんだ!!もしくは居場所を教えるんだ!!」

 

 ずかずかとこちらに向かってくる、毛皮の帽子と空色の上着を身に纏った少女。

 年頃の少女にしては背が高く感じる。

 

 その少女がこちらまで来て、俺を見た途端に固まった。

 

「あっ……」

「お嬢ちゃん、ここがどこだか……」

 

 たしなめようとした俺の言葉を遮り、少女が声を上げる。

 

「Здравствуйте! 嚮導駆逐艦、Ташкент! はじめまして同志Адмирал! はるばる来てみたよ!」

「は?」

 

 なんだって?た、タッシ?タッシなんだって?

 北の言語みたいだがよく解らない。

 

「ユーリーの娘だそうだ。そして艦娘でもある。なんでも子供の頃にレース場で貴様を見て、貴様が自分の提督だと分かったらしい」

 

 心底めんどくさそうに説明してくれる虎瀬オーナー。

 

「え?は?うえ?」

 

 と言うかユーリーの娘で艦娘?

 それよりも俺がこの少女の提督?

 

 ……なにそれ?

 

「あたし、パーパに師事してレーサーを目指してたんだ!!パーパが言ってたよ!!俺に勝てるとしたらシマだけだって!!だからパーパの代わりに……うんうん、君がいいんだ、君だからこそいいんだ!!私と一緒に夕張重工に来て!!大丈夫、夕張マーマも賛成してるよ!!一緒に世界を取ろう!!」

 

 え、夕張マーマ?

 夕張って夕張重工の夕張?

 

「お゛ぅっ!?ちょ何言ってるの!!提督は渡さないんだから!!それに世界最速のGP王者には提督と一緒にこの島風がなるの!!」

 

「うん?何を言ってるのさ、世界最速の駆逐艦はずっと昔から私、Ташкентだよ!!」

 

「海上の話で、おまけに瞬間最高速度だけでしょ!!燃費と航続距離は圧倒的にあたしの方が上なの!!最速で走り続けられるのはこの島風なんだから!!」

 

 言い争いを始める島風とえっとタシュケント。

 正直急展開すぎてついて行けない……

 

 助けを求めようと虎瀬オーナーを見ると、連装砲ちゃんを連れて給油場へと向かおうとしていた。

 慌てて虎瀬オーナーに追いすがる。

 

「と、虎瀬オーナー!!どこに行くんですか!?」

「ええいうるさい!貴様がまいた種だろうが!!自分で何とかしろ!!」

 

 虎瀬オーナーは珍しくちょっと焦ったような感じで、連装砲ちゃんを引き連れ去って行った。

 焦ると言うより、このチャンスを逃すまいといった様子で。

 

 ドンだけ連装砲ちゃんが好きなんですか……

 

 恐る恐る振り返ると二人の艦娘の戦いは、言い争いからとっくみあいへと変貌していた。

 タシュケント、艦娘といえどユーリーの娘には違いないのか、負けず嫌いそうだ。

 

 ふと、俺はたった一度、ユーリーと一緒に飲みながら話した内容を思い出す。

 俺が初めてGPクラスのレースに参加した年に、バーで偶々出くわした時の事だ。

 

 

『島、宿敵の存在を呪わず感謝しろ。賢者は敵から多くを学ぶ』

 

 

 意外と多い自身の失敗談なんかと一緒に、そんな事を語る姿はどこか嬉しそうだった。

 まぁ今にして思えば、だけどな。

 

 

『だからこれからも俺を脅かし続けてくれ。頼んだぞ』

 

 

 あの時は何を偉そうにと憤ったものだが……

 

 そうだな、ああそうだ。

 

 ユーリー、あんたの娘と島風は良いライバルになりそうだ。

 俺と……あんたみたいにな。

 

「あーもう、なにやってんだお前ら。やり合うなら走りで戦え!」

 

「駆けっこで勝負すればいいの?負けないんだから!」

「このТашкентとレースをお望みかい。いいよ!」

 

 俺の言葉を聞いて、最速の名を背負った二人の艦娘が望むところだと笑う。

 

 はは、そうだ。

 レースに挑むのに何よりも大事なのはそれ。

 

 情熱……そしてそれを生む愛だ。

 

 短い言葉だ、だが結局の所俺たちを駆り立てるのはそれしかない。

 

 だから命を懸けられる。

 毎日が人生最高の一日、そう思って走れるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『負け犬』と『駆逐艦:島風』

 

 おわり

 





イベントお疲れ様でした。

※新設定 場所と状況次第だが、敬称付きであれば一般人が本人前で艦娘名呼んでもセーフ。
 


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『電波男』と『軽空母:飛鷹』

 
新提督と共に、ついに軽空母の出番。
よし、ラブコメの時間だ。
 


 

 僕は一乗寺明。

 第五宇宙に君臨する運命神ズィーウンの下方使徒だ。

 

 使命を果たすために、僕はこの惑星にやって来た。

 

 現在僕が使用している外殻は、この惑星で文明を発展させている二足歩行種族の幾何学的平均値で構成されており、機能は下方使徒の超感覚に対応するように改造されている。

 

 僕の隣で原形質補給を行っているのは『飛鷹』。

 

 朱と白のコントラストが鮮やかな服装で、長い黒髪は原形質補給の邪魔にならないように、くるくる巻きにしてブローチで留められている。

 

 実のところ飛鷹は現在この惑星に存在している最大数の知的生命体と、見た目こそ同じだが全く別の種族の知的生命体である。

 

 僕は彼女の種族がこの星系の支配者の使徒ではないかと推察していた。

 そのため飛鷹は僕に与えられた使命遂行にあたって、極めて重要性の高い調査対象でもある。

 

 “僕ら”の最終目的は、この惑星系の支配者を運命神ズィーウンに従わせることだ。

 

 最もその最終目的を達成するまでには多くの段階プロセスがあり、また現状問題を多く抱えていることから、目的達成には莫大な時間を要すると推測されている。

 よって状況が変化しない場合は、恐らく僕の外殻耐久年数程度では数百段階あるプロセスの第一段階である、情報収集ですら完了しないと推測されていた。

 

 現状の問題の一つとして、飛鷹は僕にこの世界について教えてくれる貴重な協力者で、『トモダチ』と分類されるレベルの協力関係を結んでもいるのだが、協力的過ぎるのが問題なのである。

 

 そのどこかに僕に対する情報操作が入っている可能性を考えると、……理解が難しすぎる。

 本来それら考察判断の役割を担う上方使徒の応援を仰ぎたいが、上方使徒とはこの星に降り立った時にはぐれて以来連絡が取れない。これが現状最大の問題だ。

 

 そのため、僕は本来の役割ではない情報精査やすべての行動判断とそれら決定を、単体で行わざるを得ない状況に置かれていた。

 よって現状、それら頭脳労働(土着種族表現)の能力が低い僕は、提供された情報が正しいものとして行動するしか方法がないのだ。

 

 そもそもこの世界の概念は難解すぎる。

 

 僕は現在、幼体の育成過程を調査しているが、凄まじいばかりの情報供給に少しばかり辟易している。

 上方使徒と下方使徒の役割のどちらもこの生命は単体でこなすのである。

 どちらの方向にも中途半端な能力しか持てないのはそのせいだろう。運命神ズィーウンにこの星を捧げる際には、しかるべき建白書を提示するつもりである。

 

「足柄御前、二杯目をいただきたい」

 

 僕は現在拠点にしている『コーポ第五』と呼ばれる経年劣化著しい八ブロック(八つの住居区画)の容量を持つ木製の建築物の管理者である『足柄』と呼ばれる飛鷹と同じ種族の生命体に皿を突き出す。

 

 拠点内には『食堂』と呼ばれる、共用のエネルギー物質の生産と補給を行う施設があり、現在僕らはそこで規定時刻毎に供給される、足柄御前が生産したエネルギー物質を補給していた。

 

「はいはい一乗寺君、大盛りにする? それとも少な目?」

 

 イネと呼ばれる植物の種子を盛る足柄御前に、僕は答える。

 

「足柄御前、恐れながら申し上げますとエネルギーはまだ足りていません。大盛りで願いたき候」

「あはは、一乗寺くんはいつも沢山食べてくれるから作りがいがあるわ。ルーの量はどれくらいがいいかしら?」

 

 足柄御前は容器のカバーを開いて、内部のどろどろとした内臓のような色のゲル状混合物を長い操作用の棒がついた半球状の金属容器ですくう。

 

「副食の量も大盛りで願いたい。あふれるほどに」

「はいはい、しっかり食べなさい。ほら、カツも乗せてあげるわよ」

 

 僕は表面張力の崩壊するぎりぎりまで混合物がたたえられた皿を受け取る。

 

「恐悦至極。それにしても相変わらずファジーなエネルギー補給方法とお見受けする。感動に値いたします」

 

 この外殻を使用するようになってから、まず問題になったエネルギーの補給だが、コーポ第五に拠点を置いてからは足柄御前の協力により定期的にエネルギーの摂取が可能になった。

 作戦完了の暁には足柄御前に、相応の恩賞を与えるよう申請するつもりだ。 

 

 そして僕は飛鷹の視線に気づいた。

 

「どうしたの? 飛鷹? なにか変かな?」

「その、相手によって時々変な口調になるのなんとかならない? 明くん」

 

「どうしてだい?」

「だって変じゃない? なんというかその独特というか古風な言葉遣いというか」

 

 しかし現地で得た情報によると『艦娘』と呼ばれる種族には、独自の儀礼的価値観を持って接するのが基本とされている。

 なぜか僕はそれらに準じる必要は無いと、飛鷹や足柄御前からは許可をもらっているのだが、それらを抜きにしても足柄御前に対しては、現地上級階級者への対応を持って当たるべきとの判断が下っていた。(理由は上記協力に対する支援活動評価)

 

 ヒエラルキーの維持は最優先であるが、土着種族の価値観に順応するのも重要だ。

 僕は飛鷹に答える。

 

「僕も迷ったんだけど、ズィーウンの使徒として土着種族の価値観に順応する方がいいって統括使徒からの判断が降りたんだ」

 

 下方使徒の本来の行為ではないため、エネルギーの消耗が激しく、頻繁には行えないが。僕だけでは判断が不可能で、なおかつ緊急性の高い問題の場合、統括使徒に判断を仰ぐことができる。(年に一回程度)

 上方使徒とははぐれてしまったが、幸い統括使徒の外殻は僕が保持していた。

 

 僕の部屋の端にある『床の間』と呼ばれる場所に、過ごしやすい低温で湿度が一定な空間。こちらの用語ではレイゾウコと呼称し原形質保存に利用されるものを僕は設置し、統括使徒の外殻を維持していた。

 僕はその扉を開け第七感覚器官を使用することにより、統括使徒に意見を伝えることができる。

 

 ちなみに統括使徒の最新の指示は『潜伏及情報収集優先他要項空気読後独自判断許可』だった。

 

 なお、例外とし飛鷹には通常の会話プロセスを使用している。

 彼女からの強い要請と、それを行うにあたっての交渉の結果である。

 

「足柄さんはどう思います?」

「いいじゃない、変な方向にクソ真面目な感じが息子にそっくりで懐かしいわ」

 

 楽しそうに笑うその様子に、僕から足柄御前への現状の言語選択は問題ないと判断する。

 だが飛鷹にとって足柄御前の返答は納得いくものではなかったようで、深いため息をつく。

 

「わけ分かんないわ」

 

 飛鷹と僕の関係が難しいものであるのは確かだ、だけど彼女にとってなにか問題があれば協力者として解決に力を貸すべきと現状は決めている。

 なぜなら飛鷹は僕が最初に発見した、僕の説明に対して、感情的な忌避感を持たなかった土着種族だからだ。

 

 僕はその日のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『電波男』と『軽空母:飛鷹』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここにベースキャンプを開いてから、僕は積極的な広報活動を開始した。

 だが人々は全く聞く耳を持たなかった。たまに立ち止まってくれる人も、僕がズィーウンの宣告について話し出すと、そそくさと離れていってしまう。

 

 彼らは、なにか、本能的に聞いてはならないことを悟って、逃げ出すのだろうか?

 

 そうだとするならば、僕たちは完全に存在を把握されているということになる。僕は不安になりながら、活動を継続した。

 彼女が声をかけてきたのはそんな頃だった。

 

「ねえ、あなた、一乗寺明ってあなたよね?」

「そうだけど」

 

 放課後、教室で教科書を片付けていた僕に彼女は声をかけてきた。

 飛鷹の種族は本来、僕が選択した外殻の種族とは隔離された区画で教育を受けるらしいのだが、彼女は何故かこの区画に移ってきた変り種だ。

 もっとも、このときは彼女たちの種族と、使用している外殻の種族が違う物という情報が無かったので、そのことに関しての情報はあとから得たのだが。

 

 一部のクラスメイト以外、飛鷹に対しては遠巻きに接していて、それに習って僕も四月に転校してきてから一週間、おはようの挨拶しかしたことはなかったのだが。

 

「私はえーっと、そのね、その。出雲ま……じゃなかった。飛鷹よ」

「知ってるよ、飛鷹さん」

 

 飛鷹がその時名乗ったのは、何故か彼女の個体としての種族名である判別名称だった。

 別のクラスメイトが会話していた情報を取得していたため、僕はそのこと(飛鷹の固有名称のみを指し、艦娘に対しての種族情報などは未取得)を把握していた。

 

 飛鷹は「あれ? もしかしてこれ、通じてないのかしら……やばい、どうしよう」と呟いた後、少し考え込んでから話しだした。

 

「あなた、よく分からない宗教を広めようとしているそうね」

 

 僕は内心の混乱を押し隠して答えた。

 

「宗教、とは違うけど?」

「話聞かせてくれる。興味あるわ」

 

 それから僕は何度も繰り返した説明を彼女に聞かせ始めた。

 

 運命神ズィーウン。

 

 その寛容な統治。もちろん幾つかの問題点はある。

 だが、それまでに経験してきた幾つかの統治に較べれば、それは格段に素晴らしいものだった。

 この宇宙の生命もきっと気に入るだろう。

 

 僕はそんなことを一生懸命説明した。

 

「……一乗寺くんがとっても特殊な立場にいるというのは理解できたわ。ちなみにそのズィーウンというのは妖精さんとも深海凄艦とも大本営の残党とも全く関係がないのよね?」

 

 彼女が使った幾つかの言葉はまるで耳馴染みのないものだった。

 

「ズィーウンは運命の神で、第五宇宙に遍く存在している。僕はその下方使徒だ」

 

 彼女は頭を抱えると渋い顔で「違うみたい」と呟く。僕は尋ねた。

 

「どうして飛鷹さんは笑わないんだろう? ここの人は僕の話を聞くたびに笑った」

「え、どうして笑わなきゃいけないの?」

 

 彼女はそう尋ね返した。

 

「それは……」

 

 上方使徒ではない僕には、その理由があまり理解できていなかった。

 

「それは明くんの話がここの常識ではあり得ないから、私たちを不安にさせるの。だから私たちはそれを笑い飛ばしてなかったことにする。無意味だと行動で示して安心するの。でも、あなたにとってはズィーウンというものが存在しているのかもしれない。誰にだって自分だけの真実がある。私にもそういうものがあるの。だから私には笑う理由がない。それだけよ。そんなことより一乗寺くんって、もしかしてその、この地域というか世間の一般常識とかに疎かったり……する?」

 

 あの時、飛鷹の言っていたことはよく分からなかった。今でもそうだ。

 

「正直、情報はまったく足りていないよ……」

「よかったら色々教えてあげましょう、か?」

 

 でも彼女には独特の力強さと、懐の広さがある。それは確かだ。

 その証拠に、その時結ばれた『トモダチ』と呼ばれる協力関係は、僕にとってなくてはならないものになっているのだから。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 僕は飛鷹の様子がおかしなことに気づいていた。

 

 いつもなら僕の習慣にもっと突っ込みを入れてくるはずなのだが(それは僕がこの文明に溶け込むために非常に有用である。この貢献についても彼女には感謝しなければならないだろう)、今日は別のことに気を取られているようだ。

 

 僕は、憂鬱な表情でスプーンを動かし続ける飛鷹に尋ねた。

 

「飛鷹、なにか気になることがあるみたいだね」

 

「え?」飛鷹が我に返る。

 本当に心がどこかに飛んでいたらしい。

 

「あ、明くん、なにか言った? ごめん、ぼうっとしてて」

「……なにか困ったことでもあるの? 僕でよければ相談に乗るよ」

 

 飛鷹は関わりを拒むように首を振る。

 

「ううん、なんでもない」

 

 僕はそれ以上追及できず、どうしたものかと思っていると、

 

 

「遅刻ですわあああああああ!!」

 

 

 と、大きな音量の声がコーポ第五にこだました。

 続いて建造物を揺らす振動が伝わってくる。

 

「熊野ったら、寝ぼけてるわね……」

 

 飛鷹がつぶやいてしばらくしてから、僕らが所属する教育処置施設の規範装束(以後、制服と呼称)を身にまとった『熊野』と呼ばれる飛鷹と同じ種族の個体が、食堂を通り過ぎて玄関に向かい走って行った。

 

 現時刻はちょうど十二時であり、通常であれば確かに教育処置施設への出頭基準時刻から大きく遅れている。

 ただ現在の日付は、現地基準で休日と呼ばれる日に当たるため、幼体の教育処置施設へ出頭する必要は無いはずだ。

 

「飛鷹、今日は……」

「大丈夫よ明くん、今日は休日だから、間違っても学校に行く必要はないわよ」

 

 熊野は『苦学生』と呼ばれる階級に分類されるらしく、僕と同様の理由で対価貨幣が少量で済むコーポ第五に拠点を構えている。

 個体情報としては外殻の手入れを重要視するらしく、先日は『ゼンシンエステフルコース』と呼ばれる技術を使った手入れの為、コーポ第五で実験的に僕が栽培していた『糸瓜』という植物を譲って欲しいと頼まれた。

 

 僕は必要な情報収集を完了し廃棄する予定だったので、こちらとしても廃棄のための労力削減のメリットから問題ないと判断し提供した。

 

 彼女はそれ以来対価として、情報交換を定期的に申し出てくれている協力者となっている。

 だが、彼女もまた飛鷹ほどでは無いが協力的過ぎで、その内容のどこに情報操作が入っているのかと考えると、……これもまた現状抱えている問題の一つだ。

 

 追記すると飛鷹の拠点はコーポ第五ではなく、ここから徒歩十五分ほどの場所にある『神社』と呼ばれる、恐らくこの惑星系の支配者の布教基地を拠点にしている。

 正直こちらの方が問題のレベルとしては大きい。

 

「そろそろ帰るわ……」

 

 補給を終えた飛鷹が立ち上がる。

 

「わかったよ飛鷹。さようなら」

 

 僕が短く返事と別れの挨拶を返すと、飛鷹は大きなため息を一つ吐いた。

 

「……駄目だこの子、休日に女の子が会いに来る理由を解ってない。飛鷹ちょっとこっちに来なさい」

 

 その様子を見て、足柄御前はそう呟くと、飛鷹の首根っこをつかんで部屋の端まで連行し、なにかをしゃべり出した。

 

「……まだ打ち明けて……の? ……に気がついて貰えるなんて……いい加減……」

「でも足柄さん……ったら…」

「そんなんじゃ……とられ……一乗寺くん顔だけは最高に……」

「ええ!? でも彼……ですよ?」

「提督艦娘……抜きにしても……いいから……決めちゃいなさい……」

「でも……心の…備が……」

 

 少量の空気の振動で、ノイズがひどかったのでうまく聞き取れなかったが、聴覚器官が断片的な情報をとらえる。

 

「じれったいわね」

 

 聴覚器官の調整を開始しようかと検討していたら、足柄御前が振り返った。

 

「一乗寺くん、悪いんだけどお醤油切れちゃったから買ってきてくれる? ついでに飛鷹を家まで送っていってあげなさい、艦娘でも女の子なんだからちゃんと手をつないで送ってあげるのよ」

 

「ちょっ! 足柄さん!」

 

 足柄御前から、かなり難易度の高い要請を受けた。

 現状の状態がこの星系の支配者にどう認識されているのか不明だが、その拠点と思われる場所に赴くのはリスクが高い。

 

 だが、場合によっては交渉のきっかけを掴める可能性もある。

 実際に行動を起こすのは上方使徒と合流の後になるが、調査だけでも行う価値はあるかもしれない。

 

「承諾した足柄御前、期待に添えるよう行動する。じゃあ行こうか飛鷹」

 

 足柄御前の要望と先導牽引、そして不測の事態に備えて飛鷹の手を僕の手と連結する。

 するとなぜか飛鷹の体温上昇がはじまり、表皮から放熱が始まった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 飛鷹の拠点に向けて出発してしばらくたったが、飛鷹は黙ってうつむいたままだった為、特に情報交換は行われなかった。

 可能性は低いが、星系の支配者と通信しているのかもしれない、僕は警戒のレベルを上げる。

 

「オーッス一乗寺くん! と、委員長」

 

 そんな状況の中、僕たちが『商店街』と呼ばれる物資交換施設が建ち並ぶ通りを歩いていると、声をかけられる。

 見ると『屋台』と呼ばれる施設(※交換物資名称は『ヤキソバ』と呼ばれるエネルギー補給原型物質)で交換員をしている土着種族が居た。

 

「やあ、原くん。労働活動は順調かい?」

「いまいちだな、あんまり売れねえ」

 

 彼の種族内識別名称は『原』、僕の使用してる外殻と同じ種族の知的生命体だ。

 また彼は幼体の教育処置施設内の活動における『ダチコウ』と呼ばれる協力関係を結んでいる一人でもある。

(土着種族基準における協力関係の種類に関しては多種多様である、別項目レポート11567参照)

 

 補足すると熊野が『苦学生』という階級であるなら、彼は『不良』と呼ばれる階級にカテゴリされているらしい。

 

「そうなると貨幣が得られず困ったことになるんじゃないのかな、なにか手伝えることはあるかい?」

「へへっ、そうなんだよなぁ。バイクのタイヤ交換に必要な分がたまるのは何時になるやらって……おっと、わりい。大丈夫さ一乗寺くん、自分の面倒は自分で見れるよ」

 

「自己のリソースで対応できるなら問題なさそうだね。わかったよ、もし対応の限界点を超えそうなら要請してくれるかな」

「あんがとな。ああそうだ一乗寺くん。すげーニュースがあるんだ、明日学校で聞かせてやるよ」

 

「ん? 有益な情報ならすぐにでも提供して欲しいな」

「いや、別にレーサーと一緒に走ったって自慢話だから何時でもいいんだよ」

 

 原と情報交換を行っていると、飛鷹が連結部分の接続強度を上げながら声を発した。

 

「ちょっと原。ていと……明くんをあまり変な道に引きずり込まないでよ」

 

 振り返ると飛鷹の視線が、なにかしらの圧力を持ち(未知のエネルギー移動現象だろうか、調査対象リスト57827に追加)原に向けて放射されていた。

 

「そう睨むなよ委員長。つーか、心配しなくても一乗寺くんはトラックで引っ張ったって自分の道を歩き続けるっしょ」

「……まあそうなんだけど」

 

 二人はどうやら僕の外殻の性能に関して話し合っているようだった。

 僕は僕の限られた処理能力をもちいて思考する。

 彼ら、彼女らの会話の意味を。

 なにを意図して話し合っているのかを。

 

 僕は少し悩んだ後、彼らとの協力関係レベルで開示できる範囲の情報を提供する。

 

「トラックの状態にもよるけど、この外殻の通常性能では難しいかも知れないね」

 

 だが僕の提示した情報に満足がいかなかったのか、二人は同時に難しい表情を浮かべた。

 

 残念ながらリミッター解除状態の外殻性能情報は、第一種情報のため提示が禁じられている、先ほど出した情報で納得してもらうしかない。

 

「まぁそれよりも今はデート中なんだろ? 俺なんかに構ってないで楽しんでこいよ」

「デートじゃないわよ……」

 

 原は視線を僕と飛鷹の連結された手に向け、ため息を吐く。

 

「世間一般の常識から見ればデート以外のなにもんでもねえよ」

 

 それは新情報だ、ところでデートとはなんなのだろうか?

 情報の提供を求む。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 商店街を抜けてようやく飛鷹の拠点へと続く入り口となる『鳥居』と呼ばれる文明建造物の前に到着した。

 『鳥居』を抜け拠点へ続く勾配のきつい進路を昇るために整備された石階段を昇っていると、今までずっと黙っていた飛鷹が立ち止まって口を開く。

 

「……あのね明くん、実は伝えなきゃならないことがあるの」

 

 繋いでいた手の連結強度が強まる、僕は言葉の内容とその行動に身構える。

 もしここに誘導されたのが、ズィーウンの使徒である僕を籠絡、もしくは排除だった場合、位置的にも戦力的にも不利は免れない。

 

「あっ、別にそんなたいしたことじゃ無くて……いいえ、私にとってはたいしたことなんだけど」

 

 僕は連結された部分から、彼女の体温が急激に上がるのを感じ取った。

 現状とれる行動が限られすぎているため、そのまま待機を継続する。

 

「あのね、あの、私たちにとって提督と呼ばれる人が居るのは知ってるよ……ね?」

「把握しているよ、飛鷹の種族にとって必要な、特殊な識別信号を持つ人間(土着種族名)の雄個体のことでしょ?」

 

 提督。

 

 飛鷹の種族である『艦娘』について調べていた時に目にした言葉。

 それは雌個体しか存在しない彼女たちの種族にとって、繁殖のために必要な雄個体(例外的な雌個体も存在する模様)として選ばれる人間だったはずだ。

 

「いや、うん、まぁそうっちゃそうなんだけどね……。えっとね、提督っていうのは私たちにとって替えの効かない大事な人を指すの。私たちはその人を探すのがなにより大切なことで、えーっと、うんとね、えっと……」

 

 飛鷹にしては珍しく要領を得ない。

 僕は限られた情報の中で答えを模索する。

 

 飛鷹の様子を見るに、僕が持っている提督と呼ばれる存在の情報は不足していると判断。

 追加の情報内容から提督は飛鷹にとって、僕にとっての上方使徒の役割を担う存在と推測。

 結論として上方使徒とはぐれてしまっている僕にとって、提督がいないという飛鷹の現状の深刻さは十分理解できるものだった。

 

「成る程、つまりその提督を探すための協力を僕に求めてるってことかな? 飛鷹とはトモダチ関係にあるから構わないよ。その提督なる存在の判別方法を教えてくれるかな」

 

「だからその、あのね。う~~~~~~!!」

 

 飛鷹は顔を赤くし、うつむきながらうなった後、なにか決心をしたような顔で僕を見つめ、

 

 

「つまり! 明くんが私の提督なの!!」

 

 

 そう、叫び、宣言した。

 

 情報開示の為に、かなりのエネルギーを消費したのか、肩で息をしながら僕を見つめる飛鷹。

 

 提督、僕が、飛鷹にとっての上方使徒。

 それは、僕と飛鷹の個体としての問題ということで、完結できる事柄なのだろうか?

 これは、使命の遂行にあたり問題となるうるのだろうか?

 

 現状、この惑星の支配者が僕やズィーウンを、どう認識しているのかは不明だ。

 だが僕が飛鷹にとってその提督だというのなら、現在の協力関係を解消し別の関係を構築して情報収集を継続するべきだろうか?

 それとも今後の交渉如何では、僕は彼女にとっての下方使徒となるべきなのだろうか?

 

 ……駄目だ、そもそも提督なるものの情報が足りなさすぎる。

 そして、これは僕に判断できる範囲を超えている。

 

 統括使徒にも、上方使徒にも連絡が取れない現状。

 僕は選択肢が無いことに気づき、飛鷹に正直にそのことを告白する。

 

「正直なところ、飛鷹にとって提督と呼ばれる存在がどういったものなのか、僕にはよく解らない。それに僕はズィーウンの使徒だから……」

 

「まって、お願い。これだけは知って欲しい、信じて欲しい。明くんがどんな人でどんな神様に仕えていようと、私にとってあなたは替えの効かないただ一人の大事な人だってことを。私はあなたに飛鷹という艦娘である私の提督になって欲しいの」

 

 僕の説明を遮り断言する飛鷹。

 その姿はあの日、放課後の教室で僕に向かって断言したあの時と同じ様子だった。

 

 飛鷹の言葉から、飛鷹が僕と『提督と艦娘』という関係の締結を要請していると推測。

 僕は現在の権限で下せる判断を検討し、答えと用意できる選択肢を提示することにした。

 

「それが飛鷹にとって大事なのはわかったよ。でも僕には提督というものがどういうものなのか正確な情報を持っていないし、『飛鷹の提督』となった場合どういった契約が発生するのかもしらない。だから僕は飛鷹の提督にはなれない」

 

「そっか……」

 

 僕の言葉を聞いて、飛鷹から力が抜けていくのが感じられた。

 一先ず戦闘は回避できたということだろうか、ならば交渉の余地はあると判断し、提案をする。

 

「そこで提案があるんだ」

 

「……なに?」

 

 飛鷹は、力なく僕を見つめる。

 

「もしよければ僕と交際、カレカノの関係になってくれないかな?」

 

「……っえ? は? え?」

 

 僕は『提督と艦娘』という最上級と思われる協力関係がどういうものなのか理解するために、それよりも低く、現状よりレベルの高い長期間の協力関係を構築することが必要だと判断。

 これは以前、土着種族の風習でそれら関係強化を図る方法や、協力関係状態の範囲や強度的な種類を原に相談したとき、

 

『あ? そりゃ一乗寺くん。カレカノになるのが早いっしょ。つきあうっつーか、交際関係? そういうやつ』

 

 と、原が教えてくれたものだ。

 僕の提案が飛鷹には理解が難しかったのか、彼女は僕の言葉を聞いて驚いた表情を浮かべた。 

 

 僕はさらに説明を続ける。

 

「飛鷹にとって重要なことなら、きっと僕にとっても重要なことの可能性が高いはずなんだ。だから僕はそれを知りたいし、もし問題ない(と統括使徒の判断が下った)なら提督になってもいい。その前段階としてカレカノの交際関係になって、まず提督というものがどういうものなのか、理解できるように協力してほしい。もう一度提案する。飛鷹、僕とカレカノの関係になって欲しい」

 

 飛鷹は顔を赤くしている、おそらく高速情報処理による放熱と思われる。

 

「現状対価として用意できる物は、僕の外殻耐久期限が切れるまでの使命遂行外の時間(労力)ぐらいしかないんだけど。必要なら必要な分だけ提供を検討する用意があるよ」

 

 内容の確認と僕への刺激を避けるためなのか、飛鷹は上目遣いになりながら恐る恐る、追加の確認事項を僕に問う。

 

「……えーっと、それってもし私が望めば。死ぬまで一緒に、そばに居てくれるってこと?」

「うん? うん、駄目かな?」

 

 僕は死が外殻耐久期限が切れるまでの時間とするなら、その認識で正しいと判断する。

 

 この提案は飛鷹にとってかなり難しいものだったのか、彼女はぐるぐると表情を変えた後、とても大きなため息を吐いて「こんな告白ってあり?」とぼそりと呟いた。

 

「もちろんそれらに必要な社会的証明には同意するし。その他必要な行動があるなら使命に支障のない範囲で行わせてもらうよ」

 

「……あーもう! わかった、わかったわ。ほんっと、明くんときたら……でも、うん、いいわよ。明くんの神様がなんであれ、私はあなたに一生付き合ってあげるわ」

 

 そして彼女は僕との連結を解除、そして右手を僕に差し出す。

 

 恐らく取引の締結を確認するための『握手』と呼ばれる行動を求められているのだろう。

 取引の内容に関して問題が無かったので、僕は彼女の手を握る。

 

「よかった、協力に感謝するよ。これからもよろしく飛鷹」

「ええ、任せといて明くん……よろしくね提督

 

 飛鷹との取引の結果、そういうこととなった。

 

 恐らく彼女にとっても満足のゆく内容だったのだろう、情報分析の得意では無い僕から見ても、そう返事をする彼女の笑顔は正常な反射行動に思えたから。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 飛鷹を送り届けた後、布教基地を目視で少し調査してみたが目立った情報は得られなかった。

 機会があれば『ご神体』なる、惑星系の支配者の一角と思われる存在の外殻が見られるようなのだが、それは『祭り』と呼ばれる一定の期間のみらしい。

 

 なんのエネルギーも観測できなかったため、恐らくあの外殻は現状停止状態なのだろう。

 それらの状況も合わせ、行動を起こす必要が感じられ無かったため、僕は判断を保留した。

 

 僕は足柄御前より要請があった醤油を手に入れ、拠点(メゾン第五)に帰投する。

 そして醤油を足柄御前に提供したところ、指摘を受けた。

 

 

「……一乗寺くん、これソースよ」

 

 

 足柄御前の指摘に僕は愕然とした、色彩での判別では醤油で間違いなかったはずなのだが、やはりこの惑星の情報量は膨大である。

 現状の予測通りこの外殻の耐久年数だけでは、恐らく必要な情報を集めることすら難しいだろう。

 上方使徒との連携がとれない現状、そう判断せざるをえない。

 

 

 でも幸い、上方使徒に代わる部分を補う協力者(カノ)が僕(カレ)には居てくれた。

 




少なくとも最初は『恋を知りたいから付き合おう』みたいなポンコツ天才少年と飛鷹とのハートフルラブコメにチャレンジするつもりで書いていた、はず、なんですが、あるぇ?
 


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『無職男』と『駆逐艦:舞風』

 
海外艦以外では地味に貴重な金髪ガール。
あとGW終わった。
 


 

 ノージョブです。(無職だよ)

 

 

 休日とか祝日という縛られた自由時間から解放され、二十四時間エブリヴァディー自由状態を謳歌している今日この頃。

 最近開き直って無職を楽しんでしまってる感が否めない。

 

 そんなある日、前島に朝っぱらからイタ飯を食べに行こうと誘われた。

 お眠な時間なのだが、お暇でもあるのでほいほい同意。便利な男だな俺。

 

 そんなわけで待ち合わせの日時に待ち合わせの場所に行くと、さも当然のように先に来ていた前島の姿と見覚えのある濃緑の乗用車があった。

 

 久しぶりに目にしたけど、確かお袋さんかのお下がりの車だったっけか。

 コイツの無駄に几帳面な性格は変わってないようで、昔と変わらずピカピカである。

 

 片手を上げて軽く挨拶し、「よっこらせっくす」と口に出しながら助手席に乗り込む。

 

 車は持ち主に似て頑丈らしく、もう20万キロ以上走ってるというのに、俺が学生という職業についていた頃と変わらない快調なエンジン音を響かせていた。

 

「んで、なんっつったっけその店」

「ジェノヴァ料理店『マエストラーレ』です」

 

 運転しながらクイッと、眼鏡を上げて答える前島。

 相変わらずよく光る眼鏡だな。

 

「ジェノヴァ料理? イタ飯じゃなかったのかよ」

「そうですね、詳しく説明すると……」

 

「あー、まて。その話長くなるか?」

「はい。それでですね……」

 

「一行で説明しろ」

「……イタ飯のルーツのひとつです」

 

 前島は微妙な間を空けてから不服そうに、だがこちらの希望通り一行で説明した。

 そうそう、やりゃできんじゃねえか。

 

「相変わらずですね……」

「お前もな」

 

 窓を少し開けて、最後の一本だった煙草に火をつける。

 車内に入ってくる風に肌を刺すような寒さは無く、いつの間にやら春の訪れを感じさせる気配。

 フロントガラスから見える空は、抜けるような青空だ。

 

「!?」

 

 と、道路の真ん中にたって道をふさぐ、男と少女の姿。

 慌てて前島がブレーキを踏む。

 

 微妙な急停車に思わず煙草を落としかけ、腹が立った俺は窓を全開にして叫ぶ。

 

「アホッ!! 死にてえのか!!」

「先輩、やめてくださいよ……」

 

 いわれて頭に血が少し上っていたことに気付きソフト冷静さを取り戻す。

 ホームレスみたいな格好の精悍な顔つきの男は、俺の叫びを気にせず車の側まで歩いて来て、ドア越しに話しかけてきた。

 

「すまない、連れて行ってほしい場所がある」

「あぁ!? なにいってんだてめ……」

 

 強引すぎるヒッチハイクに、再びカッとなりかけた俺だが、その男の顔を思い出し愕然とした。

 おいおいおいおいおい、コイツは

 

「えっ? あ、あんた、島、プロレーサーの島か!?」

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「なにか急いでたようですが、間に合ったんでしょうか?」

「さぁな、でもまあ間に合わせるだろ、あの島なら。なんたって世界一速いバイク乗りだ」

 

 しっかし、まさかあのプロレーサーの島を後ろに乗せて走ることになるなんて、人生ってなにが起こるかわからんな。

 自分とそう変わらない年齢でありながら世界に挑んだ男を近くに感じ、心に妙な熱さが湧き出す、ついでに惨めさも。

 

「今からだとランチになってしまいますね……」

「よかったな、朝飯も昼飯も一緒にとれて一食分浮くよ」

 

 ウマイものは当然嫌いじゃないが、俺は基本的に食い物への欲求が薄い。

 なので一日一食で平気だし、三食きっちり取るという風習もない。

 

 だというのに、最近陽炎たちから飯に誘われたり、面倒見てもらうことが多い気がする。

 

 黒潮や磯風とラーメン食いに行ったり、萩風が弁当作ってきてくれたり、初風なんかはあの喫茶店で会うたびに、頼んでないのにホットケーキ焼いてくれたり。

 

 そういえばこの前は陽炎に呼び出されてファミレスで飯食ったな。

 

 あの時、トイレのために席を立って戻ってきたら、陽炎と不知火が俺が頼んだビールジョッキに口を付けてたので、とっさに二人の頭に拳骨を落としてしまった。

 

 二人とも頭が固くてこっちの手が痛かった。

 興味があるのはわかるが、さすがにアカンやろ。

 

 なぜか二人は笑っていたが、なにわろてんねんと思った次第。 

 

「そういえば先輩って学生時代バイク持ってましたけど、まだ乗ってらっしゃるんですか?」

「さすがに前のは古くなって売ったけど、バイク自体は一応持ってるぞ。こっちで就職して二年目くらいに売ったやつの次モデル買ったよ。最近というかもう随分と乗ってないけど」

 

 正直、前に乗ってた夕張重工のバイクのできはアレだった。

 なので次は絶対アカシのバイクにしようと心に決めてたんだが、結局夕張重工のバイク買っちまったな。

 

 多分、当時の俺のバイク愛は「バイクとしてのクオリティ」ではなく、「とにかく開発者が次のモデルを作ってくれた!」ってところに向いていたんだろう。 じゃないと、あんな手間のかかるバイクの後継モデルなんて絶対買わん。

 

 なんてことを思いながら、窓の外の景色をぼんやり眺めていると、たばこ屋が目についた。

 ふと煙草が切れていたのを思い出し、前島に車を止めてもらう。

 

 信号を渡り反対車線側のビルが建ち並ぶ通りに、ぽつりとあった小さな煙草屋に到着。

 耳の遠いばあさんが店番をやっていて、何時も吸ってる銘柄を伝えるために何分もかかった。

 ようやく伝わって、ばあさんが腰を上げて棚の煙草をあさってる姿を見て、謎の達成感を味わっていたのもつかの間。

 ポケットに入っていた空箱を見せれば、早かったんじゃないかと気付き凹む。

 

 もっとがんばれよ俺のシナプス。

 

 別に車に戻って吸ってもよかったのだが、脱力感から思わず買ってしまった自販機の缶コーヒー片手に一服することにした。許せ前島。

 

 あー、ニコ