Fate/lewd dream [Midsummer night] (秋乃落葉)
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プロローグ

 人生とは、何時どんな時に変容を強いられるかわからぬものである。運命などというものがあるのかどうかは知らないが、それは本当に予期せぬタイミングでやってくるのだ。まるで、かつて蒔いた負の種が、ある日突然花開くかのように。人は、それにただただ翻弄されるしかない。

 

 これは夢なのか現実なのか――。熱い真夏の夜過熱した欲望は、ついに危険な領域へと突入する。

 

 

 

「ちょっと浩治!あんた、いつまで寝てんのよ!」

 俺を目覚めさせたのは、母のけたたましい怒声だった。目覚まし時計よりもよほど目覚ましに効果的な声が耳をつんざき、一気に意識を覚醒へと向かわせた。

「ファッ!?ウ~ン・・・。なんだよ、人が気持ちよく寝てんのに・・・」

「気持ちよく寝てんのに、じゃないわよ。今何時だと思ってんの?」

 しかししつこく居座る眠気に後ろ髪を惹かれながら、無駄にでかい枕の元に置かれたスマホを見る。画面には六時三十分と表示されていた。

「あのさぁ・・・。今日は空手部の朝練はないって昨日言ったんだよなぁ・・・」

「あら?そうだったかしら。まあ良いわ、ほら、さっさと起きなさい。朝ごはんできてるわよ」

 俺を叩き起こした母は悪びれる様子もなく、それだけ言い残して去っていった。時間的にはあと三十分は寝ていられるのだが、あれの怒声をもう一度浴びるのは御免なので素直に起きることにする。キッチンからは包丁の小気味よい音と、味噌汁の良い香りが伺えた。

「しょうがねえなぁ・・・。じゃ、飯食うとすっか」

 

 

 ダイニングへ向かうと、既にテーブルに食事が並べられていた。

「ちゃっちゃと食べて片付けちゃいなさい」

「おっすおっす」

 適当に返答し、席についた。

 彼女は俺の母、田所栞奈。数年前に父を亡くし、母子家庭となりつつも俺たちを支えてくれる母親の鑑だ。なんだかんだ言いつつも母さんには頭が上がらない。

 朝食の納豆を混ぜつつ、テレビから流れるニュースを聞いていると、廊下からの扉が開いた。目を向けずともわかる、妹が起き出してきたのだろう。

「ふぁああ・・・おはよナス。兄ちゃん今日はゆっくりだな」

「おはよナス。萃香は早いじゃん。部活か?」

「そ、面倒くさいけどね」

「大会近いからね、しょうがないね」

 萃香はそのまま目の前の席に座る。

『・・・社の本社ビルが爆破された事件・・・はインターネット動画サイトの運営を・・・警察は爆発物を仕掛けた人物は動画サイト利用者の犯行と見て捜査を・・・。続いてのニュースです。・・・下北市市内で連続的に発生している通り魔事件ですが、本日未明に同一の人物の犯行と思われる事件が発生していたとのことです。被害にあったのは下北市に住む・・・で、関連があると思われる他の事件の被害者と同じように鋭利な刃物で複数回切りつけられるなどの・・・』

「下北も物騒になったもんねえ~。あんた達も気をつけなさいよ」

 栞奈が作業片手に言った。今ニュースで言っていた下北市の通り魔事件のことだろう。先週くらいから俺達の住む下北市で発生している事件で、確かこれまで四人くらいが被害を受けていたはずだ。同じ市内とはいえ広い市であるからそうそう自分が巻き込まれるとは思わないが。

 まあ、実際自分の住む街で大きな事件が起きていても、自分が巻き込まれなければ他人事にすぎないものだななどと思いつつ、混ぜ終えた納豆を白米にかけた。

 

 

 

「ん、もうこんな時間じゃんアゼルバイジャン。じゃあ母さん、俺出かけるから」

「はいはい、気をつけていってくるのよ」

「おっす行ってきまーす」

 今日は迫真空手部の部活が休みなので、先輩の三浦と、後輩の木村と遊びに行く予定があるのだ。時計の針は既に八時近くを差していた。

 集合場所の駅前についた時には、既に二人が待っているところだった。

「あ、先輩来ましたね」

「野獣遅いゾ~。あくしろ~」

 二人は俺と同じ、迫真空手部に所属する仲間だ。私生活でも仲がよく、偶にある部活がない週末などにはこうしてこの三人でつるんでいる。ちなみに野獣と言うのは俺のあだ名だ。

「おまたせ!二人とも早いっすね」

「そうなんですよ。三浦先輩が早くゲームセンター行きたいって僕の家に押しかけてきて・・・」

 木村が苦笑いしながら言った。

「景品にでっかいポッチャマのぬいぐるみがあるんだゾ。誰かに取られたら困るよなぁ?」

「大丈夫っすよ~、そんなの朝一で取りに行こうと思うのは先輩くらいですよ」

「あ、そっかぁ・・・」

 二人と軽口を交わしながらゲームセンターへ向かって歩き出す。空は晴れ渡り、既に真夏を感じさせる日差しが降り注いでいる。

「そういえば最近駅裏にぃ、上手いラーメン屋の屋台、来るらしいんですよ。良かったら夜、食っていきませんか?」

「お、食いてえなぁ」

「いいですね、僕も食べたいです」

「よし、じゃあ決まり!夜はラーメンな!」

 

 

 

 下北市の郊外には、一つの歴史ある神社がある。その名を博麗神社という。その社の軒先で、今日も巫女が茶を啜っていた。

「ぷはぁ、今日もいい天気ね」

 彼女こそが博麗神社の今代巫女、博霊れう。博麗神社は歴史こそ深いもののそれほど大きな神社というわけではない為、年がら年中参拝客が訪れるわけではない。この時、珍しく一人の来客が、博麗神社に足を踏み入れていた。

「・・・来たみたいね」

「れうさん?あ、どもこんちゃーす。またサボりっすか?」

「あんたには言われたくないわよ、エセ神父。私はただの休憩中よ」

 れうに「エセ神父」と呼ばれた男は、やはりその風貌からして神父とは見て取れぬ様子である。彼を一言で表すならば、チャラ男。茶色に染めた長髪、ラフな服装、そして言葉遣いに至るまで、俗に神父という職に就く者に対する印象とはかけ離れていた。

「で、何時になったら最後の一人が見つかるわけ?いい加減始めないと、殺気立ってるやつがいるわよ」

「そうそう、そのことなんだけどね、もうちょっとだけ待ってくれよな。で、れうさんにお願いがあんだけどぉ、聞いてもらえっかな?」

「皆まで言わなくてもわかるわよ。あれの対処でしょ」

 二人は何かを打ち合わせるような会話を交わしている。それはこれからこの下北市で始まる戦いの幕を開けるための前説のようなものだ。

「まだ役者が全員揃っていないのに大衆の目を引くような事されると困るんだよね。まあちょっとお灸を据えるくらいでいいからさ、パパパッと頼むよ!」

「それはいいけど、そっちも早く最後の一人を見つけてよね」

「わかってるって、ヘーキヘーキ!じゃあそういうことで、はい、ヨロシクゥ!」

 最後までどこか飄々とした態度の「エセ神父」は、次の瞬間にはそこからいなくなっていた。代わりに、嫌に薄ら寒い、真夏のそれとはまた違う生温い奇妙な風が、れうの髪を揺らした。

「・・・厄介な男」

 それだけ言うとれうもまた、役目を果たすべく何処かへと向かうのであった。

 

 

 

「ホンットに頭に来ますよ!!なんで今日に限って屋台来てないんですかねえ!!」

「ラーメン食べたかったゾ・・・」

 田所が怒声を上げた。三浦は対象的に落ち込んだ様子でトボトボと歩いている。その手には大きなぬいぐるみが抱えられていた。

「まあまあ、そういうこともありますって。適当にどっかのラーメン屋入りましょうよ」

 二人を宥めるように木村が行って聞かせた。というのも、夜に行こうと話していたラーメン屋の屋台がどこにも見当たらなかったのである。

「といってもこの辺に上手いラーメン屋なんてないからな・・・」

 田所は納得の行かない様子で歩いている。このあたりは店も少なく、比較的暗い町並みが続いているため、人通りも少ない。ふと朝聞いたニュースを思い出した。

「そういえばこの辺で・・・」

 その時、急にゾクッと背筋に寒気が走るのを感じた。まさかそんな、お約束のようなことが、と思いつつ後ろを振り返る。一人の女が歩いていた。いや、ただそれだけなのだが、なんとも言い難い異様な雰囲気を感じるのだ。

「先輩?どうしたんですか?」

 木村が怪訝そうに、立ち止まった田所に行った。木村は何も感じなかったようだ。

「いや・・・」

「・・・血の匂いだゾ」

 三浦のつぶやきに、田所も、木村も一様に驚きを隠すことが出来ない。木村は何を言っているんだこの池沼は、という表情をしているが、田所は合点のいった気持ちであった。異様な雰囲気の一つは、血の匂いが僅かに鼻につくという違和感だった。

「三浦さん、あれって・・・」

「多分、最近この辺で事件を起こしているという通り魔・・・だと思うゾ」

 突拍子もないことを言っているように思われると思うが、三浦も迫真空手を体得している者、人一倍感覚は鋭い。おそらく田所よりもより正確に捉えているはずだ。その彼が言うのだからまず間違いないだろう。

「通り魔って、どうするんですか。警察をよぶとか?」

「いや、警察に伝えたとして信じてもらえるとは思えない。多分現行犯とか、事件を起こした後とかじゃないと動いてもらえないだろう。・・・三浦さん、奴を追ってみませんか?」

 三浦は左手を顎に当て、思案しているようだ。彼はこう見えて思慮深い。

「よし、追ってみるゾ。あの匂いは、一般人には出せないはずだゾ」

 

 

 

 血の匂いを纏った女を尾行して数分、ひとまずのところ異常は見られなかった。特に不審な行動を取るようなこともなく、暗い道を歩いているのみだ。

「・・・なんかこれじゃ、僕達のほうが不審者みたいじゃないですか?」

「静かにしろ、木村。こういうことで三浦さんが間違えることはほとんどないんだぞ」

 木村の疑問は最もだが、田所の言うように三浦の予感は気の所為で済ませられる程度のものではないのだ。

「それとも木村、先輩の感覚が信じられないっていうのかよ?」

「い、いやそんなこと・・・」

「ん、おい、あいつ階段を降りていくゾ」

 三浦の言うとおり、女は階段を下っているようで姿が見えなくなる。

「あそこは河川敷ですよね。一体あの女、どこにいくつもりなんでしょう」

 女を見失わないよう、急ぎ足で階段へ向かう。しかし。

「ッ!?いない!?」

 女はどこにも見当たらなかった。女が下りた階段の先はほとんど開けた土地だ。見失う要素はほとんどなかった。河川敷といえども整備されており、街灯もあるためこの短時間で夜闇に紛れるような遠くまで移動したとは考えづらいが。

 思わず階段を駆け下り、当たりを見回す。

 

「こ ん に ち は」

 

「ッ!」

 背後、階段の上から声がする。低いが、女性の声だ。

「お兄さん達、気配隠すのうまいな。始めの数秒は気が付かなかったよ」

 尾行が気づかれていたのも驚くべき点であるが、何より、何時背後を取られた?・・・全く気配を感じることができなかった。

「野獣、こいつはただの通り魔なんかじゃないようだゾ・・・!」

 三浦が身構える。田所も、言われるまでもなく女の恐ろしさに気がついている。

「私と戦おうと言うのかね?」

 気のせいだろうか、女がその細目を僅かに見開かせると、強烈な威圧感を受けると共に女の目が妖しく煌めいたように見えた。

「ふふっ、こうなると悪戯心に火がつくな。そろそろ無抵抗の人間を殺すのにも飽きてきたところだったから嬉しいよ!」

 次の瞬間。三浦は凄まじい打撃を受けて吹き飛ばされ、地面を転がることとなった。

「・・・!?なっ、三浦先輩!?い、一体何が・・・!?」

 何が起きたのかわからず困惑する木村だが、田所は、何が起きたのかわかったが故に困惑していた。己の見たものが間違いでなければ、女が階段の上から飛び、放った蹴りで、三浦が吹き飛ばされたのだ。一回り以上も体格の差がある、なんなら少女と言っても差し支えない女の一蹴りを受けただけで。

 田所の脳内に警鐘が鳴り響く。この女は人外の類、恐ろしい力の持ち主であると。

「なあんだ、つまらないな、この程度?まあいいや、せめて殺す前に楽しませてよ。死んだほうがマシって思えるまで踏み潰して上げるからさ」

「ッ!木村!三浦さんを背負って早く逃げろ!!」

「先輩!?でもっ・・・!」

「大丈夫だって安心しろよ!俺が時間をかせぐ!そしたら俺も逃げるから!」

 田所が戦闘態勢を取り、細目の女に相対した。女はまるで争いを知らぬ少女のように、拳を構えることすらしない。

「わかりましたっ・・・!先輩、必ず生きて帰ってください・・・!」

 そういうと木村は三浦が吹き飛んだ方へとかけていき、彼を担いだ。予想に反し、女はそれをつまらなさそうな顔で眺め、ついに三浦を追撃することはなかった。

「なんのつもりなんですかねぇ・・・ッ!」

「あんたのほうが楽しませてくれそうだったからさ、死ぬ気で来てくれるんだろう?かかってきなよ」

「言われなくてもいきますよー、いくいくッ!」

 田所は右手を空にかざし、力を込める。その手を中心に、夜の闇が集まっていくようで、次第にそれは一振りの黒い刀へと姿を形作った。

「・・・邪剣『夜』。征きましょうね――ッ!」

「へえ・・・。お兄さん魔術師だったんだ」

 田所の最後の隠し玉、それが母栞奈より教えを受けた魔術だ。それ単体で戦えるほどの素質はなかったが、迫真空手をより引き立てる程度のものにはなっているつもりだった。

「楽しませてくれると嬉しいよ!・・・じゃ、死のうか」




この作品には、クッソ汚い淫夢要素が含まれます。閲覧の際には予めご注意ください。(激遅注意喚起)

浅学故に設定等ガバガバなので、気軽に間違いの指摘などしてくれると嬉しいよ!読者様がくれる感想はなんでも嬉しい!

というかサーヴァント召喚まで行けなかった・・・。すみません許してください!次回必ず召喚まで書きますから!


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召喚

 邪剣『夜』を構えた田所は、女との間合いを図るべくジリジリと距離を調整していく。女は依然として気にする素振りを見せず、元より細めがちな目を一層細めて気味の悪い笑みを張り付かせている。

「くそ・・・ッ!舐めてんじゃねえぞ・・・!」

 意を決して剣を振りかぶり、斬りかかる。これを最低限の動きのみで交わした女は、懐から何かを取り出すような素振りを見せた。剣撃を避けられた田所は返す刀で横薙ぎに切りつけにかかるが、これを強い力で弾かれ、逆に体勢を崩しかけてしまう。

 剣を弾いたのは女の持つ包丁だった。何の変哲も無い、ただの包丁である。

「ふーん、そんなもんか。がっかりだよ」

 女はよろめいた田所にミドルキックを叩き込んだ。とっさに防御の姿勢を取ったがほとんど意味をなさず、そのまま横に吹き飛ばされる。

「ンアッー!」

 こいつ、本当に人間か・・・!?そう思わざるをえないほどに、驚異的な力だった。弁解するわけではないが、田所とて弱いわけではない。迫真空手は極めて実戦的な武術である。他の格闘技を体得する者に対しても遅れをとるつもりはないが、そんな腕前云々の話ですらない、もっと圧倒的な力の差を感じていた。

 地面を転がり、うつ伏せに倒れた田所はすぐに起き上がろうとしたが、女に背中を踏み込まれ、身動きが取れない。

「せめて死ぬ前に楽しませてくれるよな?ふふっ、どう甚振られたい?体の端から細切れにするか、生きたまま捌いてみるか・・・ん?」

 女がしばし無言になり、周囲を見渡す。そしてくくっ、と短く笑い声を上げた後、

「悪いな。遊んでいられなくなったみたいだ」

と言い放ち、直後に背中から腹部にかけて包丁を突き立てた。鋭い痛みが体を駆け抜け、口に血の味が滲んでくる。

「じゃあお兄さん、生きてたらまた遊ぼうぜ。今はあっちと遊んだほうが、ずっと楽しそうだ。・・・アッハハ!待ってくれ―!アリスゥー!」

 女が狂気的な笑いを上げながら、どこかへと去っていくようだ。追いかけてやりたいが、最早体に力が入らない。意識もだんだんと薄れていく。三浦と木村は無事逃げ切れただろうか、願わくば、助けを呼んでくれていれば、そんなことを思いながら。

「畜生・・・死にたくねえ・・・。生きてえな・・・」

 

 

 

 

 一度暗闇に飲まれた意識が、再び現世へと引き戻されつつある。感覚が徐々に戻り、背中に多少の痛み。どこか知らない場所のベットに寝かされているようだ。

「クォクォア・・・?」

「お、目ぇ覚ましたみたいだね」

 田所の声に反応して、隣の部屋から男が入ってきた。茶髪でロン毛、見るからに遊んでそうな男だ。

「えーと、貴方が俺を助けてくれたんですかね・・・?」

「まあね。ここに担ぎ込まれたから治療したってだけだから俺に感謝しなくてもいいよ」

 確かに見る限り傷は綺麗に処置されている。その言葉はおそらく本当だろう。

「俺は豪ってんだ。ここの教会の神父やってんだよね」

「神父っすか・・・?」

「そうそう、よく聖職者には見えないって言われるけどね」

 豪と名乗る男は、田所を興味深そうにまじまじとみている。

「ふーん・・・いい体してんねえ!兄ちゃん、魔術師だろ?」

「!?なぜそれを・・・」

「まあまあ、そう焦んないで!俺もさ、一緒なんだよね」

 どうやら豪も魔術師のようで、事の経緯を説明してくれた。とある人物によってここに運び込まれた田所を、魔術によって治療してくれたらしい。この教会は魔術師に対しての支援等を行っているようで、田所の体力を見越して早めに回復できるよう手をつくしてくれたようだ。

「そうだったんすね・・・。豪さん、ありがとうございました。でも、一体誰が俺を?そもそもあの通り魔の女は・・・」

「うーん、それなんだけどさ、今の田所くんに教えることは出来ないんだよね」

「え、な、なんでっすか!?」

「それも教えられない」

 豪はもったいぶるかのように口を噤み、詳細について教えてくれない。しかしその表情は重いわけではなく、どことなく不敵な笑みを湛えているようで、その真意が読み取れない。そのまま少しの間お互いに向き合い、無言が続く。その沈黙に耐えかねて、田所が口を開いた。

「・・・豪さん、俺じゃ力不足なこともわかってます。でもあんな危険なやつが下北で暴れてると思うと、もう一度身内が襲われたらと思うとじっとはしていられないんです!お願いします、あの女のことを教えてください!」

 頭を下げる田所を見て、豪は逆に満足げな面持ちで頷いた。

「じゃあさ、田所くんにあの女を倒す力を与えられる儀式があんだけど、やってみる?」

 思わぬ提案だった。この豪という神父が何者かだとか、そもそも信用できる人物なのかとか、確認すべき点はたくさんあったのだが、このときは、本当にそんなことができるのかということが一番重要だと思ってしまった。

「そ、そんなことができるんすか!?」

「すげーよ、簡単だから!パパパッとやって、終わり!あ、だけどさあ・・・」

 じらすように言葉をためる豪に、思わず生唾を飲んで続きを待った。

「この戦いを、途中で投げ出すってことは、絶対やめてほしいんだよね。田所くんが勝つのであれ、負けるのであれ、最後まで戦ってほしいんだけど。それでもいいかな?」

「もちろんですよ、俺はこれ以上被害を増やさないためにもあの女を倒すって決めたんです。だから、俺にその力をください・・・!」

 田所の言葉に豪は深く頷き、手を一度パンッと打ち鳴らして、彼が入ってきた扉を開いた。

「よしじゃあ決まり!早速はじめようか、もう立てるかな?」

「はい!お願いします!」

 ベッドから起き上がり、立ち上がった。軽く痛みはあるものの、行動するのに支障はなさそうだ。豪に感謝し、示された扉を抜けて大きな部屋へ出た。

 

 

 

 扉の向こうは、聖堂のようだった。教会らしく、十字架やら宗教画やらが飾られているが、あいにく宗教に詳しくないので宗派はわからない。その聖堂の十字架の前に、魔法陣が描かれているのがわかった。

「さあ、この魔法陣手をかざしてみてよ」

 豪に言われるがまま、魔法陣に手をのばす。何が起こるんだ、と思うやいなや魔法陣が光りだし、聖堂内を照らす。眩しさに思わず目を瞑り、まぶた越しにそれが収まるのを待った。やがて収まっていくのがわかると、ゆっくりと目を開いた。すると、そこには人影が。

「・・・あー、えーと、あんたが私のマスターか?」

 これは、どういうことなのだ。突如魔法陣から女が現れ、よくわからぬことを言っている。

「マスター?豪さん、これは一体どういう・・・!?」

 田所が視線を向けた時には、もう豪はどこにもいなかった。そこには、田所と、彼をマスターと呼ぶ謎の女の二人のみが残されたのであった。

 

 

 

「・・・あ、れうさんっすか?こんちゃーす。実はいいの若い魔術師見つけちゃったんすよ。・・・そうそう、後は任せっからさ、うん、はい、じゃあヨロシクゥ!」

 携帯電話の通話を切り、ふと後ろを振り返った。そこには彼の教会が静かに横たわっている。その長髪を夜風になびかせ、もう一度不敵な笑みを浮かべてから、教会を背に、立ち去っていった。




実質今回までがプロローグです。

次回からはもっと話を展開させるようにするので目を通してくれたホモの兄ちゃんは是非次回も見てくれよな~、頼むよ~!


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参戦

 豪の教会に二人残された田所と、魔法陣から現れた女。状況が全く理解できず、困惑して女を観察してみる。身体の左側で金色長髪の髪をおさげにし、服装は白と黒が基調の三角帽にスカート。まさに魔女とといった装いであった。全く現代日本では目にしないような風貌をしているが、彼女の姿はどこか既視感を覚えるようで、もやもやとする。

「あれ?おーいマスター?おーい、あーあー大丈夫ですかー聞こえますかー」

 女の問いかけに反応もせず思案を巡らせ、頭から足の先までの容姿を必死に脳裏の記憶と照らし合わせていく。しばしの思考の後、一つの答えに至った時には、なぜそれがすぐに思い至らなかったのかという自分への呆れと共に、痛々しい記憶を呼び起こして寒気を感じた。

「なんだ、なんだよお前私に興味あんのかぁ?デュフフフフw」

「お前昨日の通り魔の女じゃないか!どういう状況なんだ、たまげたなぁ・・・」

 反射的に後ろに飛び退き、距離をとる。そしてすぐに邪剣『夜』を手に、戦闘態勢をとった。あの恐ろしいほどの力がフラッシュバックし、手にも汗が滲み出す。

「え、え?ちょっと待って、何どういうこと?」

「早速俺を殺しに来たってわけか?いいよ、来いよ!」

「ちょっと待って、あの、ついていけない!私が!」

 しかしこの意味を女は全く理解し得ないようで、何やらあたふたと動きながら喚き散らしていた。流石の田所もこれには疑問を覚え、もう一度よく彼女を観察してみる。はっきり言って見た目は酷似している。だがよくよく見ると、あの特徴的な細目が、彼女にはないことに気がつく。それにあの近づいただけで寒気を覚えるような、気味の悪い雰囲気は、彼女からは感じなかった。

「お前あの通り魔の女じゃないのか・・・?じゃあ一体何者なんですかねえ・・・?」

「だからいってんだろ!?私はお前のサーヴァントだよ!アーチャーのサーヴァントだ!」

「は?だからマスターとかサーヴァントとか意味がわからないんだよなあ・・・」

 女はまた喚きながら、おそらく説明をしているのであろうが、田所には彼女が何を言っているのかその一割も理解はできていなかったであろう。やがて女はまくし立てすぎて疲れたのか、肩で息をしているようだ。

「もうわけわかんねぇ!聖杯戦争のために呼び出したんじゃないのかよ?」

「言ってることは意味不明だけど・・・。とりあえず敵ではないってことでいいのか?」

 飲み込めない状況に困惑している田所であったが、ふと目を向けると、先ほどまで豪が立っていた場所に紙が落ちていたことに気づいた。拾い上げてみると、どうやらそれは豪の置手紙のようだ。といっても内容は非常に簡潔で、これだけ書かれているのみだ。博麗神社の巫女、博麗れうを訪ねろ。今すぐに。

「博麗神社・・・?ちょっとどこかわかんねえな・・・」

 ポケットからスマホを取り出し、地図を開く。検索してみると、ここから徒歩二十分強ほどの場所に同名の神社があることがわかった。しかし、時刻はすでに日付を変えている頃合である。

「マスター、どうしたんだ?」

「いや、今すぐ博麗神社ってところに行けって書いてあるんだが」

「おっし!じゃあ私に任せとけ!」

 女はのっしのっしと出口のほうへ歩いていく。田所もとりあえずそれに追従し、教会の外へ出た。教会の外は真っ暗で、遠くに見える街並みの光が煌々と輝いている。その光が空に写し取られたか、はたまたその逆であるか、盛夏、満天の星である。

「おい!任せとけってお前場所わかるのか?」

「知らん!だから案内してくれ!」

 そういうと彼女は何もない空間から箒を取り出し、それにまたがった。

「お前、あー、そうだな・・・。名前はなんていうんだ?」

「俺は田所だ。田所浩治」

「そうか。私のことはアーチャーと呼んでくれればいい。じゃあ田所!後ろに乗れ!」

 親指で箒の後ろを指し示し、早くしろといわんばかりに足をパタパタと鳴らしている。まさか本当に魔女のように箒で空を飛んでいこうとでも言うのだろうか。躊躇っていると更に急かされたので、しぶしぶ田所も彼女の後ろにまたがってみた。

「よーし、いいか?私にしがみついて絶対に離すんじゃないぞ?急ぎみたいだから超特急で行くぜ!」

「は?・・・ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!待って!助けて!待って下さい!お願いします!ンアッーーーーーーー!!」

 

 

 

 博麗神社では、夜中であるというのに、巫女が軒先で茶を啜っていた。程なく、境内に二人の来客が降り立ち、一人はそのまま青い顔で地面へとへたり込んだ。今にも胃の内容物を撒き散らしそうだ。

「くぉら!人の神社で吐くんじゃないわよ!」

「うっぷ・・・まだ吐いてないっす・・・」

 田所はさかのぼってくる胃酸を押さえつけ、やっとの思いで息を整えると、ふらつく足でれうに向き直った。

「えっと、博麗れうさん?俺は・・・」

「事情はエセ神父から聞いてるからいいわ。田所浩治、詐欺紛いの方法で聖杯戦争に参加させられた被害者ね。ご愁傷様、じゃすまない話だけど」

 れうはあからさまに憐憫の色を含んだ目を田所に向けている。

「あの、本当に状況が理解できないんですけど、こいつは一体何なんですかね・・・?」

「だからアーチャーだ」

 田所の言葉にアーチャーが横槍を挟む。れうはどこから説明したものか悩み、やがて一から説明することに決めた。あの神父にはめられた人が聖杯戦争に対してまともな知識を持ち合わせていることは期待できないからだ。

「いい?あんたは聖杯戦争という儀式に参加させられたの。聖杯戦争とは、聖杯を巡って争われる戦いで、七人の魔術師であるマスターと、それぞれに召還された英霊のサーヴァントによって行われるわ。サーヴァントというのは強力な力を持った英雄が力を貸してくれるシステムだと思ってくれればいい。その証としてあんたの手の甲に令呪・・・刻印のようなものがあるはずよ」

 両の手に目を落とすと、確かに右の手の甲に見慣れない刺青のような刻印があるのに気づいた。これが令呪というものらしい。

「令呪は英霊を従えるための証であり、絶対の命令権でもある。令呪がある限りあんたはマスターであり、サーヴァントはあんたに従ってくれるわ。その力を使うことで、サーヴァントにどんな命令でも必ず実行させることだってできる。それこそ自害しろ、なんて無茶苦茶な命令ですら実行させられるわ。ただしそれは三回限りよ。三度、令呪を使えばその令呪は消失し、あんたはマスターじゃなくなる。使い時を間違えないことね」

「なんかよくわかんないっすけど、察するに俺を襲った通り魔の女はその聖杯戦争に関係があるってことなんすかね?」

「ああ、それは・・・」

「あれもまたサーヴァントね。間違いないわ」

 れうの説明を遮り、背後から声が聞こえる。この声の主もまた田所に気配を感づかせることなく近づいたことに驚いたが、それよりもまた彼女が金髪の女であることにうんざりとした。昨日から金髪の女に振り回されてばかりの田所は、最早その髪色を目に入れるだけで頭がくらくらとしてくる。しかし今度の女は通り魔やアーチャーとは異なり、ショートカットであった。

「あらアリス。貴女が説明してくれるの?」

「ん?アリスってどっかで聞いた気が・・・」

「ああ、あのサーヴァントが叫んでたからじゃないかしら。あの時に貴方の意識があれば、だけど」

 そうだ、アリスという名はあの通り魔の女が叫んでいたのだ。

「ということは、助けてくれたのは、ええっと・・・、アリスさん?だったんすか!?」

「まあ結果的にはそうなるけど。私の仕事はあのサーヴァントを抑えることだったから別に感謝してもらう義理はないわね。私が来たときにはもう貴方が刺された後だったし」

 自分を助けてくれたこのアリス、という女性に感謝を覚えたが、よくよく考えれば、サーヴァントだという通り魔を撃退しているということは自分よりもはるかに強いということだ。ほんの少し見直した金髪女への警戒が再び高まる。

「そのー、アリスさんもサーヴァントなんですか?」

 恐る恐る聞いてみた。アリスは凛とした表情と態度で、

「違うわ」

 とだけ言った。

「あのサーヴァントは多分バーサーカーか、じゃなければアサシンだと思うけど。ああ、サーヴァントは七つのクラスに分かれてるの。セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、アサシン、キャスター、そしてバーサーカー。それぞれ名前通りの特徴を備えてるはず。そこのアーチャーさんも飛び道具を持ってるでしょ?」

「そうなのか?」

「おう、勿論だぜ!」

 アーチャーはポケットから八角形の小さな筒を取り出し、手の上で転がしている。

「このミニ八卦炉でドカンだ!」

「・・・あまり無防備にそういう情報をもらさないようにね。アサシンみたいな情報収集が得意なサーヴァントだっているんだから。貴女もサーヴァントならそれくらいはわかってると思うけど」

 その言葉を聞いたアーチャーは、アリスの方を向いて固まっている。アリスは頭上に疑問符を浮かべ、固まったアーチャーを見返していた。

「ああああああああ忘れてたあああああああああ!!!」

 どうやら天然で自らの手札をさらしていたようだ。両手を頭に当て、じたばたとしている。アリスはなにか可哀想なものを見たように目を背け、すぐに元の話題に戻った。

「相手のクラスを知ればある程度戦い方が予測できる。まあ言うまでもないわね」

「なるほど・・・。バーサーカーって言うのはなんなんすか?ほかのは大体分かるきがするんすけど」

「狂戦士。これもそのまんまよ。狂ってるから理性的な行動を取らない。その代わり能力は飛びぬけて高い。・・・仮に貴方達が倒そうとしてるのがバーサーカーなら、苦労するでしょうね」

 アリスが深刻な面持ちで言うので、とたんに心配になってくる。

「・・・撃退したんですよね?」

「正直遊ばれてただけだったわ。サーヴァントが本気になれば私なんて五分と持たずに殺せるはずだもの」

 改めて自分が倒そうと思っている相手の強大さを思い知らされるようだった。アリスの実力は雰囲気で推し量っただけだが、それでも自分より格が高いと感じることができる。そのアリスすら相手にならない、となると、自分では相手になるはずもないだろう。

「おいマスター、心配すんなって!私が力を貸してやるからな!」

 いつの間にか調子を取り戻したアーチャーが、なぜか誇らしげな態度で言ってのける。さらに不安感が増した。

「はぁ・・・。大体なんでこんな戦いしてるんですかね?やめたくなりますよ~」

「聖杯とはつまり、万能の願望器。それを手にしたものはどんな願いでも叶えることができるのよ」

 れうがぽつり、といった。

「・・・さあ、そろそろ店じまいよ。博麗神社の役割は聖杯戦争が滞りなく進むよう監視、サポートすること。また分からないことがあれば昼間に来なさい。あまり一人を贔屓するのはよくないけど、まああんたはエセ神父の被害者だからね・・・」

 

 

 

 

 町へと続く夜道をとぼとぼと歩く。当然ながらバスなんてものはすでにない。時刻はもうじき二時を回るのだ。

「なあ、やっぱり箒でいかないか?歩きだと遠いぜ?」

「あれはダメみたいですね・・・。乗り物酔いとか言うレベルじゃないんだよなぁ・・・」

 なぜこんな時間になってこの夜道を歩いているかといえば、そうせざるを得ないほど往きのフライトが辛いものであったからだ。あの強烈な吐き気は、田所に二度目を躊躇させるのに十分な要因だった。

「時間がかかっても歩いたほうがマシだってはっきり分かんだね」

「・・・待て、なんか近づいてくるぜ」

 アーチャーに制止され、思わず息を殺して身構えた。耳を澄ますと、確かに足音がゆっくりと、こちらに近づいてくるようだ。それは夜闇の中から、田所達の先に見える街灯の下にゆらりと現れた。

 それはまるで、幕末の侍のような出で立ちの女だった。腰には二振りの刀を差し、頭にはミスマッチな赤いリボンをつけている。

「貴殿ら、サーヴァントとそのマスターとお見受けする」

「ッ!サーヴァント!?」

 とっさに邪剣『夜』を作り出し、構える。それが、およそ意味のない行為であるとわかっていても構えなくてはならないのが自らに無力感を与えてくる。

「拙者、セイバーのサーヴァント。何の恨みもない貴殿らを切るのは心苦しいが――」

「田所、下がれッ!」

 田所を庇うようにアーチャーが前に立ち、セイバーのサーヴァントと名乗った女に向けて、先程のミニ八卦炉とか言うものからビームを撃ち放った。セイバーの言葉を遮る形で放ったその攻撃は、完全に機先を制したように見えたが。

 一閃。セイバーの居合斬りがビームを切り払ったか、打ち消したか。ともかく、その剣撃がセイバーを無傷足らしめたのだ。

「──お覚悟を」




ちょっと語録少なかったんとちゃう?まま、ええわ(妥協)

思いの外前回から時間を開けてしまったので初投稿です。


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