気付いたらキングダムの世界で王妹だそうです (空兎81)
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はじまり

キングダムの世界に転生したと気付いたのは3歳くらいの頃だったかな?しっかりと行動できるようになってぶらぶらと外を出歩いていたある日のこと、『コココッ』と笑う髭が特徴的な唇お化けを見つけてここが史実上の世界ではなく紙面上の世界であると確信した。

 

まさか物語の世界にやってきてしまうとは驚いた。しかもよりにもよってキングダムなんて……、確かここは戦争が日常的に起こっていて血で血を洗うような場所なんでしょ?私ちゃんと無事生きていられるかな。

 

幸運なことは私が身分あるところに生まれたということだ。父は王様で兄は成蟜といえば私の身分がわかることだろう。なんと私は公女様で成蟜の同母の妹なのだ。

 

身分制が敷かれているこの世界で高い身分があるということはとてもありがたいことだ。信みたいに下僕の身分から成り上がるというのはロマンはあるかもしれないけど流石にキツ過ぎて現実的には嬉しくない。とはいえまあ、うちの国は呂不韋に支配されているようなものだし私の身分にどれほど価値があるかはちょっと怪しいんだけどね。

 

このまま時が流れれば政がやってきて王座について中華統一を成し遂げるのだろう。原作通り信と共に内外にいる多くの敵に勝利し夢を実現させる。さて、それに対して私は何をしよう。未来を知る私は望めばこの世界に様々な可能性があることを知っている。

 

今は名も知られぬ下僕が友の夢を背負い大将軍になる。悪党に身を落とし小金を稼ぐ幼子が歴史に名を残す軍師になる。姉を殺され復讐心を抱く少女が帰る場所を手に入れ武名を響かせる。

 

そして今は敵国に身を落し色彩を失った幼き王がやがて中華を統一する。

 

うん、そうだ。この物語には夢がある。夢を追いあがき努力し成し遂げる物語だからこそ私は好きだった。

 

なら私もこの世界で夢を追ってみようかな。私自身は将軍になりたいとも中華統一を成し遂げる王になりたいとも思っていない。だけれども彼らの夢を一緒に追いかけてみたいとは思っている。

 

うん、だからまだ見ぬ兄上様、どうか達者で暮らして下さい。そしていつかこの秦に来た時は貴方の力になれるように努力しておくよ。

 

唐突に始まった二度目の世界、これからどうやって生きていくことになるのかまだわからないけれども向いている方向は同じで在りたい。

 

ここはキングダムの世界、世界に王国を築き上げる物語。折角自分の好きな物語の世界にやって来たのだからこの世界で私も夢を追い生きていこう。

 

 

 



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唇お化けさんこんにちは

キングダムの世界で生き抜く為には武力が必要になるだろう。とはいえまだこの3歳の身の上ではろくに訓練もできないから基礎体力をつけることと書物を読み漁ることに時間を費やす。

 

流石に紀元前の中華の文字は読めないからそこから勉強だ。だけれどもこの時代にあんまり有能なところを見せると暗殺されてしまうので周りに隠れて読書をする。中々生きにくい世の中だ。

 

物語、歴史書、兵法、色々読んでみるが軍略についてはいまいちわからん。読んで見たらなるほど、とは思うものの戦略を練るなんてことはできそうにない。うーん、私に軍師の才能はなさそうだな。いやでも実際に戦場に行ったら唐突に内なる力に目覚めることもあるかもしれないし最初からできないと決めつけておくのはやめておこう。

 

それから2年間はそんな感じで現中華の歴史と文化を学び日頃から走り込みをしてある程度の体力をつけた後とある人を訪れる。キングダムで武将といえばまずこの人が上がるだろう。

 

 

「ンフフフ、女童が私に何の用ですか?」

 

 

「どうか私を鍛えて欲しい、王騎将軍」

 

 

秦の六大将軍のひとり、怪鳥、王騎将軍。私はこの人に教えを乞う。手っ取り早く強くなる為には才覚のある人に師事することだろう。だから私はこの時代、秦で最も力のある将軍である王騎将軍に会いに行って武を教えてもらおうと思った。

 

王騎将軍は原作で信を色々と面倒見てあげていたしたぶん人に何かを教えるのはそんなに嫌いではないのだろう。それに私は公女であの昭王のひ孫にあたる者だから無下にはしないはず…、と思ったんだけど自分で言っといてなんだがあんまり説得力ないな。

 

信に目をかけていたのは反乱を鎮圧したメンバーにいたからで、昭王のひ孫っていってもぶっちゃけ数十人くらいいるからそのうち1人が何か言ってきても気に留める存在にはならないかもしれない。まずいなぁ、これ断られたらこの先強くなるアテが全くないんですけど。

 

 

「コココッ、面白いことを言いますね。公女の身の上でありながら私に鍛えて欲しいというのですか?」

 

 

「そうだ。私はどうしても強くなりたい」

 

 

「ですが私にそうする義理はありません。どうしても武芸を極めたいのなら他の者を呼びつければいいでしょう。貴女にはそれだけの身分があるんですから」

 

 

コココと笑いながらやんわりと王騎がそういう。やはり断られてしまった。ワンチャン、いや正直にいうと5割くらいの確率でオッケーもらえると思っていたから断られて結構内心はショックである。公女って身分持っててもダメなのか。まあだからといって諦めたりしない。私の夢を叶える為には王騎将軍の力がどうしても必要なのだ。

 

私はただ護身術の為に武芸を身に付けたいのではない。将来兄上様が中華統一を目指す時の刃の1つになるために強くなりたいのだ。そのためには激乱の中華を駆け抜けてきた王騎将軍にこそ武芸を習いたい。今の時代だとやはりこの人の実力が頭ひとつ抜け出ている。

 

 

「ままごとのつもりはない。この戦乱の世を生き抜くための力をどうしても手に入れたいのだ」

 

 

顔を上げ真っ直ぐと王騎将軍を見つめる。王騎将軍の口元は弧を描いているけれど瞳は冷静でこちらを見定めているのだとわかった。

 

ここは目を逸らしてはいけない気がする。睨み返すように王騎将軍の目を見つめているとやがて王騎将軍が口元に手を当ててコココッと笑い出した。

 

 

「面白いですね、その歳でそこまで意志の灯った目をするんですね。いいでしょう、貴女の覚悟のほど見させてもらいましょうか」

 

 

そういうと王騎将軍は立ち上がり私について来るようにいった。これは王騎将軍に認められたということかな?稽古を付けてくれるのだろうか。

 

王騎将軍は私をつれて外に出ると馬に乗り駆け出した。王宮の外に出たんだけれどどこに向かっているのだろうか。王騎将軍の居城かな?私誰にも居処伝えてないんだけどこれ大丈夫だろうか。

 

馬を走らせお尻が痛いな、と思っているとやがて王騎将軍は森へと入っていった。修行は森の中でするのかな?と思っていると王騎将軍はある程度奥まで行ったところで馬を止め私を下ろすと腰からひとつ脇差を抜き鞘ごと私に渡す。

 

 

「貴女が戦場に出るとして最も大切なことはその環境を知ることです。戦場に暖かな寝床も食事もありませんからね。まずはここで身体を慣らしなさい。そしてこの場で生き残ることができるなら自然と武芸も身につくでしょう」

 

 

そういって王騎将軍は馬に乗り去っていった。私はひとり森に取り残される。

 

・・・嘘でしょ?まさかここに置き去りですか?いや、前世も今も屋根がない環境に身を置いたことないから身体を慣れさせるためにも野宿せいという王騎将軍の言い分は凄くわかるんだけど私一応王族ですよ?なんかもう少しマシな扱いでも良いんじゃないでしょうか?

 

あ、でもそういえば信が稽古つけてくれって言った時もこの人崖から突き落として少数民族平定してこいっていってたっけ。全然面倒見いい人ではなかったわ。これは素直に頼む人を間違えたんですね。つらい。

 

王騎将軍の脇差を握りしめてため息をつく。王族という勝ち組ステータスから一気に家なき子になってしまいましたよ。でも原作の信を見る感じ王騎将軍のやることに間違いはなさそうだし頑張ってここで生き延びるとしますか。

 

まあ取り敢えずは今日の晩御飯を探すところから始めましょう。

 

 

 

 

 



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修行中です

あれから一年経った。私はまだ森の中にいる。いやあ、我ながらよく生きていられた物だなぁ。この一年で軽く100回は死を覚悟したよ。

 

最初はもう本当に大変で動物なんて狩れないからその辺りに生えているキノコとか山菜とか採取していたのだけれども何故か毒キノコや毒草ばかり引き当てちゃって初日から三途の川を渡りかけてました。近くに川がなかったら本当に渡ってたかもしれん。お水って凄く大事だわ。

 

それからも食料確保のためにキノコや山菜を採取したのだけれど私が取った物の8割くらいは毒があった。普段は毒がないはずの品種も育った環境でたまたま毒があるみたいな感じでもの凄い確率で毒に当たった。この辺りの毒物はたぶんひと通り口にしたね。おかけで毒耐性はものっすごくついたけど素直に喜べない。今もあの毒に当たった時の体が痙攣して吐き気と目眩と寒気が止まらなかったこと思い出すと涙が出て来るもんな。私ってきっと運が悪いんじゃないかな?ステータスのパラメータ作ったら絶対幸運判定がEになっているよ。

 

こんな恐ろしい環境に私を置いていった張本人、王騎将軍は一度だけ私の様子を見に来たがそれ以来ここに来ていない。確かこの生活を始めて1週間くらい経った時に『おや、ちゃんと生きてますね。では引き続き頑張って下さい』といって去って行った。

 

確かその時私はお腹が空いてて嫌な予感はしつつも食べてしまった真っピンクのキノコに当たってうんうん唸っていたはずなんだけどちゃんと生きているとは……。怪鳥というくらいなんだし王騎将軍は鳥目なんですかね。あの時はわりと本気で殺意が沸きました。

 

それ以来王騎将軍はやってこない。もう一年経ったのだけれどもひょっとして私のことは忘れられているのだろうか。本気でありえそうで怖い。これはもう自分の足で王都に戻った方がいいのだろうか。

 

まあいずれそうするとしてもそれは今ではないな。私は今この山の中でやることがあるのだ。

 

今日の夕飯の食材を持って川辺に行く。今回は野兎を仕留めることが出来たので兎が一羽と毒がないキノコと木の実が少々。

 

そうしてしばらく待っているとガサガサと草を掻き分ける音と共に仮面を付けた男が現れる。

 

古くからこの山に住む驚異的な戦闘力を持つ山の民、私は今から彼と一戦交える。

 

何故こんな関係になったかというと確かあれは3ヶ月くらい前のことで、川辺で夕食の準備をしていた私の前にひとりの山の民が突然現れたのだ。

 

驚いた私は大して使えもしない王騎将軍の脇差を抜いて応戦しようとしたのだけれど剣を抜いたことが敵対行為だと取られたらしくそのまま山の民にフルボッコにされた。

 

ついでに戦利品とばかりに夕食も取られた。その日はたまたま野イチゴを見つけていて久々の甘味を楽しみにしていたから悔しさと身体の痛みにガチ泣きした。心の底から強くなりたいと思ったね。

 

それからその山の民は3日に一回くらいの割合で私のところを訪れるようになった。その度に夕食を賭けて勝負するのだが今のところ全敗である。最近だと剣の打ち合いくらいならできるようになってきたけれどまだ一本も取れていない。でももし私が勝ったら今まで見たことのない凄いごちそうを用意してくれるらしいので死ぬ気で頑張ろう。最近の私は自分で言うのもアレだが食い意地が張っている気がする。

 

それで山の民、山の民っていっているけどたぶんこの人は原作のバジオウなんだと思う。名前知らんから確証はないけど左側に二重丸、右側に三本線のあのお面って見たことある気がするし平原の言葉話せるのって楊端和とバジオウとあとババア達くらいじゃなかったかな?まあうろ覚えだから自信ないんだけど。

 

出会って5回目くらいに『オ前ハ、捨ラレタノカ?平原ノ子ヨ、』と話しかけられた時は凄くびっくりしたな。バジオウさん(仮)凄くいい声ですね。きっとその仮面の下もイケメンなのでしょう。

 

バジオウに捨てられたのではなく修行のためにここにいるというとただ打ち合うだけでなく『モット速ク振ラネバ当タラナイ』とか『上カラ斬リカカルト、大振リニナルゾ』とかアドバイスをくれるようになった。こっちは剣に関しては本当にど素人だから素直に有難い。これって本当はどっかの唇お化けの役目ですよね?なんか私の剣の師匠が王騎将軍じゃなくてバジオウになっている気がするぞ。

 

しかしバジオウとの勝負もいいことだけではなく負ければ夕食を奪われてしまう。

バジオウ曰くこれは真剣勝負だから負けた時の代償は必要なのだと。確かに私もご飯がかかると負けたくないって気持ちがむくむくと沸き上がるから毎回夕食を賭けることに同意している。その度に負けるから空腹で腹の虫と格闘しながら眠ることになるんだけどね。バジオウ強すぎますよ。

 

そんなわけで今日はバジオウとの勝負の日なので現れたバジオウに向かって剣を抜き構える。一度居合抜きをしてみようとしたんだけど鯉口を切った時にそのまま親指の腹を切ったのでもう最初から抜いておくことにしている。素人の浅知恵で達人技を真似しようとしたのが間違いでしたね。普通に斬った張ったで頑張ります。

 

剣を構えてバジオウに向かい合うが全然隙がない。向こうなんかまだ腕を組んでいて剣すら抜いていないのにどっから攻撃を仕掛けたらいいかわからない。だがいつまでもこうしているわけにはいかないし足の裏に力を入れて全力でバジオウに飛びかかる。一瞬で距離は詰まったがあっさりバジオウには避けられた。だけどまだだ。まだ戦いは始まったばかりだ。

 

そのまま勢いを殺さずにすぐ側にあった木に向かって垂直に(・・・)駆け上がりそのまま木から木へと飛び移りすぐ様そこから移動する。

 

私がバジオウより唯一優れているもの、それは身軽さだ。筋肉ムキムキのバジオウよりもそりゃ6歳のロリガールの私の方が身体は軽いだろう。

 

木から木へ飛び移る時ほとんど手の力は使わない。脚力と身体のバランスだけで木の上を移動していく。

 

これはこの森で生きていくために習得した技能だ。ぶっちゃけこの森では常に両手が使えるような状態じゃないと生きていけない。

 

この間も虎に追いかけられて木に登ったら上から大蛇がこんにちはしてきたからね。普通に両手両足で木に登っていたら大蛇に噛まれて木から落ちてそのまま虎に食い殺されていただろう。

 

だけども私は木を脚力だけで登ることができたから走りながら剣を抜いて大蛇を斬り殺し木から木へと渡って虎を撒いた。残念ながらこのくらいのことはこの森では日常茶飯事である。なんで私生きていられたんだろうね。不思議だわ。

 

目的の木まで飛び移った私はその上にちゃんと用意されていたものを確認するとすぐさまそれを切り落とした。私が木の上に用意していたもの、それは網に入った大量の石だ。何十個の石がバジオウに向かって落ちていく。

 

流石のバジオウも頭の上に降り注ぐ石に腕を顔の前に構える。うん、今です。

 

視界が悪くなったところに剣を振りかぶり斬りかかる。大量の石で目くらましされた中剣を抜いた私の攻撃を避けるのは難しいだろう。

 

しかしバジオウは避けるのは難しくとも受け止めるのはできると判断したらしい、神速で刀を抜くと私の剣を受け止めた。でもここまでは私も読んでいた。

 

ぶつかり合う剣の衝撃を利用して身体を反転させる。くるりと回りそのままバジオウの背後に降り立つ。よし、背中を取った。今度こそっ!

 

そう思って斬りつけた剣はガキッと金属音のするものに受け止められた。バジオウがもう一本の剣を抜いていたのだ。げっ。

 

二刀流となったバジオウにはもう勝てない、そのまま吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。すぐ様起き上がろうとするがそれよりも前にバジオウの刀が私の喉元に突きつけられる。ああ、

 

 

「参りました、」

 

 

「今ノ攻撃ハ、悪クナイ。動キノ、無駄ヲ減ラセ」

 

 

そういうとバジオウは私の夕食を持って去って行った。私はそのまま地面に寝っ転がり身体を投げ出す。

 

ああ、やっぱりバジオウは強いな。今日はいけるかなって思ったけどやっぱり無理でした。あそこで2本目の剣を抜くのはずるいです。

 

バジオウは今日の私の動きは悪くないと言ってくれた。でも私、本当に強くなっているのかなー。

 

ぐぅとお腹が情けない音を立てる。どうやら今日も晩御飯は抜きらしい。

 

 

 



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実家に帰りました

 

それからさらに1年経った。あれからほぼ毎日斬り合いを続け、両手に刀を構えるバジオウと刃を打ち合うことはできるようになったがまだ一本取るには至ってない。毎日夕食を取られてムカついたので腹いせに襲ってきた熊を返り討ちにして熊鍋にしてやったが血抜きに失敗して生臭くあんまり美味しくなかった。ああ、美味しいものをお腹いっぱいに食べたいよう。

 

初めてここに来て毒キノコにやられた時よりはたくましくなった気がするが(今じゃ毒キノコ程度じゃお腹も下さないし)それでも化け物がゴロゴロいるのがキングダムだ。この程度じゃ将来秦にくるだろうまだ見ぬ兄上の役に立てる気がしません。ああ、もっと強くなりたい。

 

そんな風に過ごしていたある日忘れていたあの人がやってきた。

 

 

「おや、まだ生きていたとは正直驚きですねぇ」

 

 

約2年ぶりに会うコココッと笑う唇が分厚すぎるその人に私も驚く。

 

え、王騎将軍?なんでここにいるのですか?まさか私を迎えに来たとかそんな感じなのでしょうか?もう絶対忘れられてたと思ってたから正直びっくりです。私の野生児体験学習はもう終わりなのでしょうか?

 

 

「私を迎えに来たんですか?」

 

 

「そうです。正直もう少し自分の力だけで生きてもらった方がよかったのですが情勢が変わったので仕方ありません。貴方のお父様が皇帝になられたのですよ」

 

 

そういって王騎将軍がにっこりと微笑む。私のお父様?それってあの幸薄そうで影薄い子楚父さんですか?あー、もうそんな展開まで来たんだな。

 

呂不韋の多額の賄賂によって私の父さんは王座につくことになった。そうすると私もただの王族から王位継承権を持った皇女様になるのだから立場的にこんな野山にいるわけにもいかなくなる。いやまあそもそも王族の私がこんなとこにいるのはどういう状況でもおかしいんだけどね。

 

ということで今から私は山を降りることになるらしいんだけどその前にバジオウ(あれから名前を教えてもらったので彼がバジオウなのは確定している)におうちに帰ることを伝えないといけない。せっかくだしバジオウに習った山の民の言葉で手紙を書く。

 

『実家に帰らせていただきます』

 

これでいいだろう。書いた紙をそのあたりに置いて飛ばないように石で押さえておく。え、その文面でいいのかって?ユーモアがあっていいではありませんか。意味はきっと通じますよ。

 

そんなわけで王騎将軍に連れられて王宮に戻るわけだけれどもその前に一度王騎将軍の城に行って頭から足先まで綺麗に磨いてもらって服を着替えることになった。山では人の尊厳を守る最低限の布巻いたリアルターザンみたいな格好してましたからね、そのまま王都いっても誰もお姫様だと信じてくれませんよ。

 

高価そうな絹の服着せられて装飾品で飾り立てられてなんか改めて自分が王族だってことを思い出す。いや、昔はちゃんとした生活送っていたはずなんだけどここ2年は下僕の信より酷い生活送ってたもんな。改めてあの野山の生活は7歳のロリガールが送るべき生活ではないと思いました。

 

私が戻って来たことで王宮はちょっとした騒ぎになった。兄の成橋なんかには『生きていたのか、凛』とか言われてしまった。いやいや、生きてましたよお兄様。野山で元気に毒キノコ食べたり虎と格闘したりバジオウと斬り合いしてましたよ。…自分で言うのもなんだけどよく生きていたよね私。これは成橋兄さんに生死を疑われても仕方ない気がする。

 

王族として復帰した私は親戚回りやら勉強やら楽器やら舞やらで毎日忙しく過ごす羽目になる。

 

2年間王族としては何も学ばなかったからその辺りは同年代の王族に遅れてしまっている。一応5歳まで書物を読み漁っていたから勉強面はそんなに苦労しないんだけど親戚付き合いと楽器を奏でるのは苦手である。元々コミュ力はそんなに高くないしこの2年間でさらにぼっち力に磨きがかかりましたからね、人付き合いはめっちゃ苦手ですわ。

 

楽器も前世ではリコーダーくらいしか触れたことなかったのにいきなり琴とか横笛吹けとか言われても無理ですよ。まあ舞を踊るのは苦手ではないかな。身体動かすのは割と好きです。

 

そもそも私はそんなことよりもやりたいことがあるのだ。王族として最低限のマナーを身につけるのは仕方ないとしてもそれ以外は剣を振っていたい。やっぱりキングダムの世界なのだから武力はしっかり身につけておきたい。

 

政治力なんかもこの世界では必要なのだろうけど正直私のこのコミュ力では政兄様のお役に立てる気がしませんし私は武の方で力になるとしましょう。

 

それで思い出すのは王騎将軍のことだ。あの唇お化け稽古つけてくれるとかいっていたくせに結局山に放り出すことしかしてないぞ?2年間も野山でちゃんと生き抜いたわけだからここはしっかり稽古をつけてもらわなければ!

 

というわけで王騎将軍のところへ押掛女房のごとく突撃しにいこうと思うのだけれどいくつか問題がある。まずひとつ、王騎将軍のところに行くのを周りが許してくれない。

 

うじゃうじゃいて1人減っても誰も気にしないような王族のひとりではなく今の私は皇位継承のある王女様である。王騎将軍に会って稽古つけてもらいたいなんていってもそれよりお琴の稽古をしなさい!とばあやに怒られる未来が見えますね。それに許可が出たとしても王族の身分ふりかざしながら山ほどいる護衛引き連れていかないといけないんでしょ?うーん、そういうのはあんまり好きじゃないんだよな。

 

それにさらにもうひとつ、王騎将軍がいる場所は物理的に距離が遠い。将軍なんて人が常に王都にいるはずもなく今王騎将軍がいるだろう場所はきっと自身の居城だ。ここから王騎将軍の城までは確か半日くらいかかるんじゃなかったかな?友達の家に遊びに行くように気軽にはいけない。

 

どうしようかな、でも絶対王騎将軍に稽古は付けて欲しいし…、うん。まあなるようになるか。取り敢えず押しかけていってダメだったらその時考えよう。

 

というわけで午前中にやらなきゃいけないことはすべて終わらせて時間を確保し、そして机の上に『家を出ます。探さないで下さい』と置き手紙を残して部屋を出る。これで意味は通じるだろう。え、文面これでいいのかって?ユーモアがあっていいでしょう。

 

持ち物は王騎将軍にもらった脇差だけだ。さて、ここからどうやって外に出よう。普通に城門から行っても警備兵に止められるたろうし、うん。

 

じゃあ城壁を登ろうか。

 

前々から城の壁ってデコボコしているし登れるんじゃないかって思っていたんだよね。森では日常的に木を駆け上がっていたし城壁でもいけるだろう。

 

人目のつかない城壁でデコボコに足をかけ蹴りあげて上に登る。重力により身体が落ちる前に反対の足で城壁を蹴って上にあがる。上がる。駆ける。

 

お、城壁も問題なく走れそうですね。じゃあこのまま外に出ましょう。

 

降りるときも同じように壁を走って地面に降り立つ。そこから走って王騎将軍の居城を目指す。

 

王都につれて来られる前に一度王騎将軍の城は訪ねたことがあるから場所は知っている。全力で走ったらたぶん3時間くらいでつくんじゃないかな?

 

本当は馬があった方が楽なんだけどまあ身体鍛えるためだと思ってここは走りましょう。それに走るのは得意だからね。5歳の頃は森の獣に追いかけられて逃げ回るのが日常でしたから。

 

真上にあった太陽が傾きだした頃、私は王騎将軍の居城についた。うわ、でっかい。これが将軍の城というやつですか。さて、どうやって入ろう。

 

確か原作では信が大声で叫んだら扉が開いたような気がするがコミュ力不足の私は声を出すのは苦手なんですよ。運良く王騎将軍が通りかかって中に入るところじゃないかな?と思って後ろを見るも誰もいない。じゃあもう勝手に入るか。

 

少し助走をつけて勢いよく駆け出し城壁を蹴って登る。戦上手の将軍の城だけあって王都と比べるとちょっと登りにくいな。上に行けば行くほど反り返ってて走りにくい。

 

それでもなんとか登りきり城壁の上に到着する。どんっ、はい、着きました。いやあ、実際に王騎将軍の城に入ると達成感ありますね。あ、城壁の見張りの人と目があった。こんにちは。

 

 

「成凛と申します。王騎将軍はおられますか?」

 

 

「な、なっ、城壁を走って、」

 

 

「コココッ、これはとんでもない化け物に成長したようですね」

 

 

せっかくだから見張りの人にとりついでもらおうと思ったら後ろから王騎将軍が現れた。どうやら私は無事王騎将軍に会うことができたらしい。



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何故かバトル展開

 

 

「さて、成凛。王女の貴方が私に何の用でしょう?」

 

 

「お、王女様っ?!」

 

 

さっきの見張りの人がめっちゃびっくりした声を出している。そうです、王女様です。城壁上ったり王騎将軍の城まで走ってきちゃう人だけど王女様です。自分でも王族っぽくないって思うけど、うん。誰のせいというのなら私に野生児体験させた王騎将軍のせいだろう。

 

 

「稽古をつけて欲しいといったはずだが?」

 

 

「おや、せっかく元の生活に戻れたというのにまだ武の世界に身を置きたいというのですか?」

 

 

「当然。まだ必要な力は手にしていない」

 

 

前と同じように真っ直ぐと王騎将軍を見つめてそう答える。

 

いや、元の生活に戻れたも何もまだ王騎将軍からは野山に放り込まれた以外何もされていないぞ?あれはあれで必要なことだった気はするがもっと武芸的なことを教えて欲しいんですよ。カッコいい技とか使えるようにしてください。

 

 

王騎将軍はじっとこちらを見つめしばらく何か考えているような仕草をすると『付いてきなさい』と言って歩き出す。今度こそ稽古をつけてくれるのかな?これでまた野山に捨てられたら次はその唇切り取って皿に乗せて、たらこだって笑ってやる。

 

着いたのは城の真ん中にある運動場のような広々とした空間だった。王騎将軍は真ん中まで来ると矛をドンと地面に突き立てこちらを見て口元を吊り上げる。その瞬間ぶわりと闘気が湧き上がった。

 

 

「2年間、あの場で生き残った貴方の力を見て差し上げます。殺す気でかかって来なさい」

 

 

そういう王騎将軍から殺気のような物が放たれこの勝負が真剣勝負であることが伝わってくる。え、稽古付けて欲しいっていったら生きる死ぬの真剣勝負になるの?正直そんなことは予想してなかったから覚悟決まりきっていないんだけど、でも王騎将軍に腕を見てもらえる機会などそうないだろう。

 

私も王騎将軍にもらった脇差を抜く。王騎将軍の言う通り本気でやろう。殺すつもりでやる。

 

足に力を溜める。そして全力で駆け出す。王騎将軍の武器が矛であるというならば懐に入れば私の攻撃を避けるのが難しくなる。中に入りその首を掻っ切る。

 

だが思った以上に王騎将軍の矛を振る速度は速かった。私が懐に入るその寸前、脇腹目掛けて矛が振られた。

 

勢いがついていて避けることはできない。先に私の攻撃が届き仕留めることもできない。受け止めるしかない。

 

ガキッ!と音が鳴り脇差の刃と竿の部分がぶつかり合う。だが王騎将軍の膂力を受け止めきれない。踏ん張りが利かずそのまま吹き飛ばされる。

 

投げ飛ばされる。だが、足を地につけ最短時間で態勢を立て直す。バジオウとの戦いでも刃を交わせば力に圧倒され吹き飛ばされることがよくあった。

 

だがそこで為すがままになっていれば追撃を受け敗北する。足で地を蹴り方向転換、ついでに王騎将軍がこちらを追いかけて来てないのを見てからもう一度向かって駆け出す。

 

向かって来た私に王騎将軍が矛を振るう。だが今度は避けない。

 

私と王騎将軍では力にあまりにも差がありすぎる。受け止めたところで再び吹き飛ばされるだけだ。

 

だから良く見ろ。目を切るな。バジオウの双剣だって剣筋を見ることはできた。ならば王騎将軍の矛だって見切ってみせる。

 

斜め上から振られた矛を避ける。そのまま懐に入ろうとした瞬間矛の柄で突かれる。それも避ける。

 

同時に剣を振るう。無理な体勢から振ったせいかあっさり受け止められた。だが手を止めずそのまま2撃目に移る。

 

王騎将軍を切る。受け止められる。切る。受け止められる。切る。切る。斬る。

 

手を止めるな。迷うな。ただ目の前の敵を殺すことだけを考えよ。

 

バジオウとの戦いはいつもそうだった。小細工を仕掛けることも多いが結局最後は正面戦闘、真っ正面からの斬り合いとなる。

 

いくつもの斬撃が私の肌を掠める。終わることない攻撃に次は私の命を刈り取られるのだと予感する。

 

死にたくない。なら殺せ。向こうの刃がこちらに届く前に私の剣で命を奪う。

 

目の前が真っ赤に染まった。私の思考は目の前のただ1人に集中する。

 

殺す。殺す。殺す。私が死ぬ前に相手を殺す。

 

剣を振るう。がむしゃらに最速に、だけれども相手の動きをよく読み剣を当てることだけを考える。

 

矛が振り下ろされた。それは私の肩口を切り裂いた。

 

刃が完全に食い込む前に身体を捻り矛の下へ沈める。頭上を矛が通過した。肩がじくじくと熱を持ち身体中が燃えるように熱い。

 

だが王騎将軍は矛を振り切っている。隙ができた。考えるより先に身体が王騎将軍の懐へと滑り込む。

 

手に持っていた剣を突き出すようにして腕を伸ばす。

 

狙うのは心臓、ここで命を殺り切るッ!

 

 

「死ぬまで折れることのない執念ですか。貴方があの山で学んできたことは生きる為の術だけではなかったようですね」

 

 

瞬間、上から降ってきた声とともに衝撃が私を襲った。腹から胸にかけて何かが私を突き抜ける。以前猪に突進されてもここまでの衝撃は感じなかった。

 

私は王騎将軍に蹴り飛ばされた。そして吹き飛んだ。口からは肺に入っていた空気とともに血が溢れる。骨、下手したら内臓もいった。

 

そのまま地面に叩きつけられる。だがこのまま寝ていれば殺されるだけだ。すぐ様起き上がろうとする私の喉元に矛が突き付けられる。ああ、そうか。

 

私はまた負けたのか。

 

 

「ゴホッ、まいり…まし、た」

 

 

「無理に話さなくてもいいですよ。おそらく肋骨は折れてますからね」

 

 

コココッと王騎将軍が笑う。あ、はい。やっぱりあばらイッちゃいましたよね。めっちゃ痛いしズキズキするしつらい。いくら真剣勝負っていっても私は幼女で王族ですよ?もっと優しくしてもいいじゃないですか。

 

首元の矛が外されたのでよろよろと脇腹を押さえて立ち上がる。

 

ふと見上げると王騎将軍がどこか遠くを見つめるような柔らかな目つきをしていた。まるで何か大切な思い出を懐かしむようなそんな顔だ。

 

だがそれもすぐ変わりンフフと笑い出す。あの、王騎将軍がなに考えているか知りませんが医者を呼んでくれませんか?お腹がめっちゃ痛いです。

 

 

「中々面白い勝負でしたよ。この2年間で心身ともにかなり成長したようですね。特にその相手を喰らい尽くそうという怒涛の攻めはとても良いですよ。貴方の気迫に私も少しドキリとしました」

 

 

「どう、も…」

 

 

「ですがなおさら私が教えることはありませんね」

 

 

そういって王騎将軍がニコリと笑う。え、ちょ、こんだけ痛い思いしといて結局稽古はつけてくれないのですか?なにそれ酷い。私が痛い思いしただけ損じゃないですか。

 

 

「勘違いしないで欲しいのですが貴方に才能がないといっているわけではないのですよ?ただ貴方に“型”を教える意味がないといっているのです」

 

 

貴方の血に飢えた獣ごとく全てを蹂躙する動きは戦場ではとても役に立つでしょうと王騎将軍がいう。おおぅ、これって褒められているのでしょうか?にしては血に飢えた獣って例えが酷くない?せめてお腹を空かせた仔犬くらいにして欲しいです。

 

 

「じゃあ私はどうすれば強くなる?」

 

 

「コココッ、貴方の強さへの執着は本物ですね。その思いが本気であるというならば場を用意して差し上げます。今日はもう帰りなさい」

 

 

そういって王騎将軍が身を翻す。どうやら今日はここまでのようだ。

 

その後私は寄ってきた部下の人に手当てを受けて王城まで馬車で送ってもらった。この時代の馬車ってむちゃくちゃ揺れるんですね。イタタっ、傷に響くからもっと優しく運転してよ。これなら自分で走った方がはるかにマシだったかもしれん。

 

家に帰り出迎えたばあやに説教されながらベッドで過ごす。ちなみに肋骨にヒビが入っているということらしい。あの攻撃受けて折れてないなんて頑丈になりましたね、私。でも次は無傷でいられると嬉しいな。やっぱり怪我はつらいわ。

 

そうしてベッドの住民として過ごした1ヶ月後王騎将軍が迎えに来る。

 

私を強くするための“場”として本物の戦場に連れて行かれることになるとはベッドの中でぬくぬくと過ごすこの時の私はまだ知らないのだった。



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牙を持つ幼子

ンフフフ、思った以上に面白い子どもですね。

 

私の前に立ちはだかり食い殺さんとばかりに殺気を放つ女童を見て思わず笑みが零れる。

 

昭王の曾孫にあたる目付きの悪い女童が私に武を身に付けたいと教えを請うたのは2年ほど前のこと。

 

物怖じせず私の目を見て戦乱の世を生き抜く力が欲しいというその姿に少し興味を惹かれた。

 

昭王の血を引く者で武芸を磨きたいという女童、それは私の後ろでひっそりと武を学びやがて六大将軍と呼ばれそして戦乱の世に消えた私の大切な人を思い出すには十分な要因だった。

 

だけどもその情景が浮かんだのは一瞬のこと、目の前の女童は全くと言っていいほど摎に似ていなかった。

 

幼き頃の摎はいつもニコニコと笑っていて愛嬌があり私の後を追いかける姿はまるで親鳥を追う雛のように愛らしかった。

 

だが目の前の女童は仏頂面で目付きも悪く愛想のかけらもない、笑顔の絶えなかった摎とは似ても似つかない。

 

それでもこの女童から目が離せなかったのは瞳が燃えるように輝いていたからだ。この歳で自我があり意志があり自ら進むべき道があると目が訴えかけている。昭王が歳を取り動けなくなって退屈をしていたこともありこの目付きの悪い女童を少し見ても構わないかと思ってしまった。

 

王族であるこの娘が本気で戦場に行くとなった時に何が1番問題になるかと聞かれれば間違いなく環境と答える。

 

戦場は過酷だ。王宮のように柔らかな寝具も暖かな食事もありはしない。形だけの野営に地面に横になるのと変わらない環境で眠りにつく。いえ、それは遥かにマシな方、時には死体と抱き合わせになって眠らなければならない。

 

食事も保存を重視しているから味は格段に悪くなる。それでも食べれるだけ良しとする。敵に兵糧攻めにされ飲まず食わずで数日、あるいは数十日歩かねばならないこともある。戦場という過酷な環境をこの王宮という恵まれた場で育った幼子が耐えることはできないだろう。

 

だから山に連れて行き野に捨ておく。野山でひとりで生きることができなければ戦場で生き抜くことなどとてもできない。

 

餞別に私の脇差を渡しましたがおそらく1日とは持たないでしょう。彼女の育ってきた環境とは何もかも違いすぎますからね。

 

幼子をひとり残し山を降りる。一応公女を見殺しにするのは不味いのでこっそり見張らせておく。ただし余程のことがない限り手は出してはいけないと言い含める。

 

そうして1週間経ち、泣きべそをかいて憔悴しているだろう女童の様子を見に行くと反吐を吐きながらもこちらをキッと睨みつける成凛の姿があった。

 

おそらくはキノコに当たったのだろう、成凛は胃の中の物を川に吐き捨て身体を震わせていた。身体の具合が悪いのは一目瞭然だが成凛はけしてこちらに助けを求めない。最初と変わらず燃えるような熱を瞳に宿し続けている。

 

これは予想を裏切られましたね。

 

この娘は本物なのだ。摎とは似ても似つかないが摎と同じように過酷な環境で生き抜く強さを持った本物の意志を持っている。

 

この強さを持っていればひとりで生き抜くこともできるだろう。今度は部下も連れて山を降りる。もし成凛が1年以上この山で生き抜くことができればこの娘は大きく化けるはずだ。

 

それから2年が経った。時々様子を見に行かせている部下からは狼や虎を倒すようになり連日山の民と手合わせしているのだと聞く。

 

戦場という環境に適応できるように野山に送ったのだがどうやら成凛はそれ以上の物を得ているようだ。

 

野山で生き抜くだけでなく武芸まで磨くなんて貪欲な娘ですね。このままどのように成長するのか見てみたかったですが残念なことに時間切れです。

 

昭王が亡くなり孝文王が次の王となった。孝文王は子楚を太子に指名している。つまり成凛は次の王の娘なのだ。

 

流石に次期国王の娘を野ざらしにしているのは不味いでしょう。王宮に連れ帰るとしてさて、なんて言い訳をしましょうね。

 

王女を2年間も野に放っておいたといえば不敬罪で死罪は間逃れない。といったところで今の王に私を裁くほどの力はありませんしいざとなればどうとでもなるでしょう。

 

しかし成凛を王宮に連れて帰ったところで大きな問題にはならなかった。成凛自身が修行していたのだと言い張りそれが受け入れられた。成凛は王族のひとりへと戻りまた緩やかに時が流れて行く。

 

あれほど強くなることに拘っていた成凛ですが王族に戻った後もその気持ちが続くのでしょうかね。やはり野ざらしの生活より暖かな家と食べ物のある生活を望むのが人の性でしょう。それに成凛の地位はただの王族ではなく王位継承権を持った公女です。戦場へいかなくとも地位と身分の保証された生活に安穏とした気持ちを覚えても不思議ではありません。

 

戦場にしか選択肢のなかった摎と違い成凛には未来がある。違う道を歩むことも考慮しなければいけない、そう思った時だった。成凛が私の居城を訪れたのは。

 

たまたま城の見回りをしている時に城壁を登ってきた彼女に出くわした。なんと私に師事したいと王宮からここまで走ってきたらしい。

 

王宮から私の居城まで馬で約半日はかかる。それを走って来るのにどれほどの体力が必要なのか。

 

それからもう1つ、信じられないことがある。成凛は城壁を手も使わずに登って見せたのだ。

 

まるでその辺りの地面を走るのと同じように城壁を蹴って登る。本人はそれがどれほど非常識なことかわかっていないのかいつもの仏頂面で稽古をつけてくれという。

 

ココココ、こんな化け物が私から何を学びたいというのですかね。

 

より一層成凛に興味を惹かれた私は1試合真剣勝負で刃を交わらせることにする。

 

矛を構え相手を討ち取らんとする私の殺気に怯むことなく成凛は逆に殺意を持った瞳を返して来る。

 

そうして始まったこの殺し合い、ひとことで言えば成凛の剣は狂っていた。

 

ただ私を殺す為だけに剣が放たれる。吹き飛ばしても弾いても成凛には撤退という言葉はない。ひたすら剣が振るわれ私の攻勢を上回ろうと斬撃が飛ぶ。

 

自分の身が削れることも厭わず攻撃を仕掛ける。まるで死兵だ。死地に追い込まれ最後に己の命を省みず全てを出し切っている。それで尚且つ成凛は冷静だ。数多に繰り出される斬撃の中に時折私の首を取るための必殺の斬撃が忍ばされている。実にタチが悪い。

 

何度攻撃を浴びせようが成凛の手が止まることはない。ならばトドメをと思い矛を振るう。それは成凛の肩に食い込んだ。しかしその身体を両断する前に成凛の身体が下に沈む。

 

矛の軌跡にはもう成凛はいなかった。それより素早く私の懐に潜り込み剣を突きつけて来る。何の躊躇いもない私を殺すための一撃だ。

 

どうやらこの2年間で学んで来たのはひとりで生きる術だけではないようだ。命を奪う行為をこの剣は知っている。

 

 

『死ぬまで折れることのない執念ですか。貴方があの山で学んできたことは生きる為の術だけではなかったようですね』

 

だが成凛と私では何もかもが違う。腕力も体格もそして脚力も。

 

私の矛を避けた成凛は下に沈んでいた。浮上してその剣が心臓に突き刺さる前に身体を捻る。

 

金属の鎧を纏う足が小柄な成凛の身体を蹴り上げた。骨の軋む感触が足に伝わり成凛の身体が吹き飛ぶ。

 

地面に叩きつけられた成凛の首元に矛を突きつける。この娘は命ある限り戦いをやめることはないでしょう。きっちりと敗北を突きつける。

 

どうやってもひっくり返ることがないのだとわかったのだろう、成凛の目から狂気が消えて『まいり…まし、た』と敗北の言葉を口にする。私も矛を引く。まったくもってとんでもない女童でしたね。

 

今の成凛はいつもの仏頂面で愛想のない女童だ。だけれども戦いになると狂ったように相手を殺しに来る。まだ7歳ということで体格、腕力、脚力、経験、付け入る隙はいくらでもあるがこれが成長したら……誰も見たこともないような怪物になるのでしょうね。ンフフフ。

 

狂戦士である彼女の強みは型にはまらない勢いにある。稽古をつけることはできないというとならばどうすれば強くなれるのかと聞いて来る。

 

“強さ”についてはかなり貪欲ですね。そうですね、その狂気に鋭さをつけるならば実際に戦争に連れて行くのが手っ取り早いでしょうか。

 

強くなる為の場を用意してあげましょうといい部下に手当てをするように指示を出す。

 

この目つきの悪い仏頂面の女童の行く末が少し楽しみだった。

 

 

 

 

 



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戦場でお散歩

前に1話入れています。


王騎将軍に強くなれる場所に連れて行ってあげましょうと言われて行った場所は戦場でした。誰か嘘だと言ってください。

 

どうやら魏が攻めて来ているらしくそれを秦が迎撃している最中らしい。王騎将軍は今回は行軍を命じられてないからこの場に来たのはただの散歩です。とか言っているけどどう考えても無理ある言い訳ですよね。いやまあ王騎将軍がどこを散歩しようが別に構わないんだけど問題はそれに私が付いてきてしまっているということだ。しかも、

 

 

「では今から下に降りて100人ほど殺して来なさい。終わるまで戻って来てはいけませんよ?」

 

 

そういって蹴落とされました。確か獅子は我が子を千尋の谷に落とすとかいうことわざがあった気がするけど物理的にされるとは思いませんでしたよ。

 

下は戦場、しかも魏軍と秦軍の乱戦状態だ。うわっ、今生首飛んだぞ?あんな中に今から私突っ込むのか?

 

取り敢えずこのままでいくと乱戦の前に地面に激突して死ぬから崖に足をつけ勢いよく駆け出す。もうこれは止まれませんから一か八か勢いよく突っ込むしかありませんわ。

 

走りながら剣を抜き地面が近づいて来た直前で壁を思いっきり蹴り乱戦の中に突っ込む。上から見ていた時指揮しているっぽい人が居たんだよね。取り敢えずその人の首をもらおう。

 

指示を出すために高台の上に乗って声を張り上げていた人のところに突っ込み剣を突き立てる。あ、高台壊れた。

 

私が勢い任せに突っ込んだから木でできた高台はあっさり壊れてしまったらしい。全身に振りかかる木屑を振り払いながら立ち上がる。割とひどい目にあったな。あ、指揮官の人ちゃんと討ち取れている。これで1人目。

 

 

「た、隊長ーっ!!敵かっ!一体どこから現れたのだッ!??」

 

 

「子ども?まさかこんな童が敵だというのか?!」

 

 

周りの声がざわざわと聞こえてくる。周りに見えるのは銀色の鎧を着た人たち、全員魏の兵士たちだ。ははっ、そりゃ指揮官がいたんだから周りは敵ばかりだ。なんで私ここに突っ込んじゃったんだろうね。馬鹿ですわ。

 

やってしまったものは仕方ないから剣を構える。動揺している今がつけ込むチャンスだろう。そのうち我に返って私が隊長さん殺したのがバレるだろうし。

 

さて殺そう。私が死なないように1人でも多く今殺す。こんなとこで死ぬなんて死んでもごめんだ。

 

隊長さんから剣を抜いてすぐ側の髭面の男を切り裂く。その勢いでその隣の男も斬りつける。

 

それで周りの魏軍も私が敵であることを理解したのだろう。殺気立って剣を向けてくる。そうか、でも殺す。私が生き残るためこいつら全員皆殺しだ。

 

一撃で仕留められるよう首から上を狙う。鎧を貫通する力は私にはないからなるべく露出しているところを狙う。

 

手前にいた男を殺す。後ろにいた男が斬りかかってくる。屈んで避けてその足を斬りつける。よろけた所で首を掻っ切って殺す。

 

仲間を助け起こそうとした男を殺す。私の姿を見て躊躇った男を殺す。怒りの形相で切りかかってきた男の顔面に剣をいれる。ここも手狭になってきた。

 

人々の足元を走り抜けて移動する。その時無防備に背中を見せた男たちを3人ほど殺す。走りながら殺す。今何人殺した?

 

たぶん、20人くらいは殺したと思うけどこれ100人殺すのめちゃくちゃ大変じゃないですか?しかも剣が血とか口には出したくない色々な物で汚れていてめっちゃ斬りにくい。いくら斬っても鈍にならない剣が欲しいです。

 

仕方ないから脇差はしまいその辺りに落ちていた剣を拾ってまたその側にいた人を殺す。うわっ、これ結構重いな。もっと扱いやすい剣落ちてないかな。

 

少し小柄な男を殺す。その男の剣を持つとわりとぴったり手に収まった。これは使えそうだ。じゃあ続きを頑張ろうか。

 

感覚的には50人くらいヤったと思う。剣はダメになる度敵から奪った。

 

途中から秦軍と合流したから背中気にする必要がなくなってさらに加速的に剣を振るえるようになった。出会った秦軍の人みんなめっちゃ驚いていたけどね。そりゃ戦場にこんな幼女がいたらびっくりでしょう。文句は私ではなく唇お化けによろしくお願いします。

 

それでも腕が痺れてきた。肉や骨を断つのってこんなに難しくて疲れることなのか。体力には自信があったつもりだったけど戦場では桁外れに消耗するんですね。もうそろそろ限界なのだけどどうしよう。

 

そもそも芝刈りするわけでもないんだし100人狩ってこい!と言われてすぐにできるわけがありません。でも100人斬るまで帰ってくるなっていわれたし、うーん。

 

そうだ、王騎将軍は100人殺しなさいって言ってたけどそれは100人分の働きしたらオッケーってことにならないかな。何が言いたいかというとつまり百人将ひとり殺したら許されないかと。

 

我ながら名案の気がしてきた。そうでなくとも指揮官を討ち取れば後々の戦闘が楽になる。よし、百人将を探そう。

 

ぴょんっと跳ねてそのあたりの兵士の人の肩を乗りあたりを見渡す。指揮官というくらいだからきっと周りに指示している人がそうなんだろう。

 

そう思って見渡すと周りの騎馬兵に指示を出す高価そうな鎧を着た人が遠目に見れた。

 

お、あれきっと指揮官じゃないかな?よし、じゃあ今からあそこに行って首をもらっていこう。

 

そう思い移動しようとした瞬間『重いぞ小娘っ!さっさとどかんかっ!』と下から声が聞こえてきた。私が踏み台にしたおっさんが文句を言っているらしい。ああっ、ごめんごめんおっちゃん。もうすぐに移動するから。ん?でもおっちゃん魏軍だよね?じゃあ死ね。

 

行きがけの駄賃に私の足場になってくれたおっちゃんを殺しその場を移動する。地上を走っていたら指揮官の人がどこに行ったのかわからないから人から人へ頭を踏みながら跳ねていく。あ、秦軍の人も踏んじゃった。ごめんね。

 

そうして騎兵の側まで来た。指揮官の人はこの騎兵の中にいる。じゃあ殺そう。私の刃が届くところまで殺して殺して殺し切る。

 

1番手前にいた騎兵の人の首を刎ねる。突然の襲撃に驚いてこちらを向いた人の首も刎ねる。敵も私の存在に気が付いた。

 

『な、なんだその子どもはっ!?敵なのか?!こ、ころせッー!!』と叫ぶ人がいた。すぐ様切り捨てる。指揮官の人のところまであと10人くらいかな?

 

馬から馬へと飛び移って順番に騎兵を斬っていく。子どもだから油断しているのか全員が剣を構えて私を斬ろうとしてくる。騎兵なんだし逃げた方がよくないか?まあ馬で逃げられるとめんどくさくなるし向かって来てくれた方が楽でいいんだけどね。

 

そうして12人斬ったところで隊長さんとご対面、まるで化け物に出くわしたかのような顔の隊長さんに向けて剣を構える。

 

 

「こんな子供が我が自慢の騎兵をやったというのか…」

 

 

「それが遺言でいいのか?なら死ね」

 

 

隊長に向かって真っ直ぐ剣を突きつける。しかしそれは剣で弾かれてしまった。やはり隊長格となると周りの一般兵とは違うらしい。私の初撃は防がれてしまった。

 

でもそれだけだ。こんなものは速く鋭いバジオウの剣や重く力強い王騎将軍の矛と戦った時と比べてそよ風に吹かれていることと何も変わらない。

 

すぐ様合わさった剣を外し隊長の馬を斬りつける。痛みに馬が暴れ隊長がバランスを崩す。終わりだ。

 

暴れる馬に飛び移りその勢いで隊長の首を刎ねる。重力に従い落ちる首を捕まえてひと息つく。これで王騎将軍のミッションはクリアできたね。

 

周りの兵士たちがその様子を見て『備千人将がやられたっ!?』『千人将がやられたぞーッ!」と叫ぶ。どうやら百人将ではなく千人将を討ち取ることが出来たらしい。おお、手柄がより大きくなりましたね。ではさっさとこの場から退散するとしますか。

 

一応討ち取った千人将の首は持っていくことにする。やはり自分の働きをちゃんと評価してもらうためにも証拠品は持って行った方がいいだろう。ただこの首ものっすごく重いんだよな。確か人の頭部って6kgくらいの重さなんだっけ?幼女に持たせるべき重さではないなー。

 

首の代わりに敵から拝借してボロボロになった剣を捨てて人から人へと飛び跳ねる。そうしてしばらくすると王騎将軍のいる崖まで辿りついた。全力で崖を駆け上がる。

 

 

「千人将の首を取ったぞ」

 

 

「おや、お帰りなさい成凛。ンフフフ、初戦闘で千人将の首を取るなんて中々やりますね」

 

 

王騎将軍が私の戦果を見て楽しそうに笑う。改めて思い返すと7歳のロリガールである私が戦場行って敵の隊長の首を取るなんて凄いことだよな。私めっちゃ働いた。あとは家に帰って熱いお湯に浸かって美味しいご飯食べて眠りたいです。

 

だが早く家に帰ろうと王騎将軍の隣を通った瞬間仔猫を咥える親猫のように王騎将軍に首後ろを掴まれる。足が宙ぶらりんになり何事だと思って顔を上げた瞬間楽しそうに笑う王騎将軍と目が合う。

 

 

「千人将を殺ったのはお手柄でした。ですが貴方が殺したのは87人、まだ13人も足りませんよ?」

 

 

え、と声が漏れた瞬間身体が宙に投げ出される。視界いっぱいに青空が広がり再び戦場に向かって投げ飛ばされたことを悟る。

 

どうやら千人将を倒しても王騎将軍のミッションをクリアしたことにはならないらしい。まあ確かに違うっていったら違うことだけどそれより難しいことしたんだから許してくれてもいいじゃないか。あなたは鬼か。

 

身体が地面に到達する前に剣を抜く。はぁ。じゃあ、あと13人分お仕事しますか。

 

 

 



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邂逅

戦場に連れて行かれたり王騎将軍の居城で兵士達と修練を積んだり怒ったばあやに連れ戻され王族としての勉強をしているとついにあの人が帰ってきた。

 

キリッとした顔立ちに強い意志を込めた瞳、キングダムの主人公のひとり嬴政がやってきたのである。

 

おおっ、ついに兄上様の登場ですか。原作でもかっこいいと思っていたけど実物はさらにイケメンですね。そうか、これでこれから原作が始まっていくのか。そう思うとこうなんか心が騒めきますね。この気持ちの昂りをどう表現したらいいかわからんが取り敢えずキングダムのいちファンとして政兄様に会うことができて嬉しゅうございます。

 

このことで当然成蟜兄さんは荒れまくった。『あんな舞妓を母に持つ奴が太子になるなんて…ッ!許さん!絶対に許さんぞッ!凛、王位は必ず正統な後継者である俺が継ぐぞッ!』とひとり大興奮なのだがぶっちゃけ私も政兄様派なんだよな。まあ今それを成蟜兄さんにいうと血管ブチ切れそうだし黙っておこう。

 

それより私は考えないといけないことができた。成蟜兄さんがこの調子であればきっと数年後に反乱は起こってしまうのだろう。それに対して私はどう立ち回ればいいんだ?

 

ぶっちゃけやろうと思えば反乱を起こさないことも私はできる。だってあの反乱て竭氏が成蟜兄さんと手を組んだから起こったんだよね?ならばサクッと竭氏を殺してしまえばそれで終了だろう。

 

私は成蟜兄さんの妹だからあの時期に竭氏に近づくのは難しいことではないし首を刎ねるくらいの武力も持っているつもりだ。反乱を起こさないようにするのは簡単なことなのだ。

 

だけれどもそうすると政兄様が山の民と縁を結ぶ機会を失ってしまう。今後の展開を考えてもそれは避けた方がいいだろう。

 

ならば私はどのタイミングでこの反乱に介入しよう。成蟜兄さんには悪いが私は政兄様の味方をすると決めているので介入する時は政兄様側なのだがどう行動すればいいかは結構難しい。

 

ぱっと思い付くのは政兄様が信や山の民と共に戻ってきたタイミングだ。中に入るのに苦労していたことを思い出すとひとり手引きしてくれる人がいたら大助かりだろう。なんならそのタイミングで私が竭氏の首を刎ねておいてもいい。

 

だけれどもこれには大きな問題がある。この展開だと漂は結局死んでしまうのだ。

 

今私という異分子が入ったことで原作の展開と違う未来の可能性が生まれている。漂が生きた世界が存在するのかもしれない。

 

しかしそれを選ぶには大きな障害がある。漂が死んだのは王騎将軍が率いた軍と戦いその後疲労しているところに朱凶との戦闘を強いられたからだ。漂を救うためには王騎将軍と戦わなければならない可能性が非常に高い。

 

私は今王騎将軍に師事している立場だ。それなのに敵対行為を取るのはやはりまずいだろう。

 

それにもうひとつ、漂を救ってしまってもいいのだろうか?主人公の信は漂が死んだことで覚醒したような物だから生きていたら原作の信にはなれないのかもしれない。さらに漂は信と同じく主人公のような立ち位置になる可能性が高い。彼が周りに与える影響は多大な物になる可能性が高く今後の展開が全く想像出来ないのだ。

 

漂を助けるべきかそうでないか、政兄様が来てからずっと悩んでいるのだが中々答えが出ない。そうして考えている間にも月日が流れ反乱が起こる年へとゆっくりと近づいていく。

 

反乱が起こる前にも政兄様と交流を結んでおこうかなと思ったのだけれども全く会えませんでした。政兄様は色々な人間に狙われる立場だしその筆頭がうちの成蟜兄さんだといったらその妹の私は当然警戒されてしまいますね。残念だが政兄様と親睦を深めるのは無理でした。

 

そうして時が経ち私は10歳になった。王宮もきな臭くなってきたし竭氏が成蟜兄さんの周りを彷徨きそろそろ反乱を起こしそうな雰囲気がある。

 

だけれども今私ができることはない。そんなわけで今日も王騎将軍の居城へ行こうとばあやを撒いて城壁登っていると『うわあっ!』という声が聞こえてきた。思わず振り返ると顔の前にのれんのように布を垂らし素顔を隠した少年が下からこちらを見上げていた。

 

足を止めてしまったから重力に従い落ちていく。大して登っていなかったから衝撃も少ないだろうと思って両足で着地する。

 

 

「うわあっ、落ちてきたっ!ねえ、君どうやって手も使わず城壁登ったの!?」

 

 

「……誰?」

 

 

思わず声に反応して降りてきてしまったが目の前の少年は顔を隠しているし怪しさ満点だ。関わり合いたい相手ではない。

 

 

「え?あ、僕はえっとこのお城の使用人の子でちょっと連れと逸れちゃったんだ」

 

 

「ふーん、そう」

 

 

「それより君城壁登っていたよね?あれどうやったの!?」

 

 

顔を隠した怪しい子は使用人の子らしい。まあぶっちゃけそんなのはどうでもいいからこのハイテンションで話しかけてくる子から早く解放されたい。めっちゃこの子グイグイ来るよ。会話力5のゴミなんで豪速球の言葉のボールはキャッチできません。

 

 

「別に、必要だからできるようになった」

 

 

「えーっ!?必要だからって手も使わずに壁登りができるようにならないよ!それに壁登りが必要になるのってどういう状況なの!?」

 

 

最低限のことを素っ気なく返すもさらに少年は畳み掛けるように言ってくる。ぼっち期間が長くてコミュ障である私にはキツイ状況ですね。思わず黙り込んでしまうも少年は気にせず話しかけてくる。

 

 

「いずれ戦場に出るために色々なことを練習したつもりだったけと壁登りはしていなかったな。城攻めの時に役に立つよね。これからは俺も練習しよう」

 

 

「戦場?」

 

 

なんで使用人の子が戦場に行くんだと思って首を傾けるとふと遠くからひとりの大柄な男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 

 

「やっと見つけたぞ!どこへ行っておったんだ!」

 

 

「あ、すいません昌文君様。ちょっと逸れてしまいまして、」

 

 

やってきた長い髭の男には見覚えがあった。確か兄上様の側近の昌文君だ。昌文君が迎えにきた男の子?ちょっとまて、まさかこの子って…。

 

昌文君は私を見るとギョッとした表情に変わる。そりゃこんなところで成蟜の妹で政敵である公女様に会えるとは思わないよな。

 

 

「せ、政凛様?!これは失礼をっ!この者は私の文官見習いなのですが何か無礼を…?」

 

 

「いや、別に何もない」

 

 

「そうですか、それでは失礼します」

 

 

昌文君が少年を連れて去ろうとする。ちなみに少年の方は私が偉い人というのがわかるとビクッと震えすぐ様頭を下げて黙り込んでしまっていた。そういえば信と違って君は礼儀を知っているんだっけ?

 

昌文君が迎えに来たことでこの子が誰なのかわかってしまった。広い王宮でこんな出会いがあるのだな。まさか、君に会えるなんて。

 

 

「本気で思っているのか?」

 

 

「え?」

 

 

「戦場に行くんだろ?何故?」

 

 

昌文君とともに歩き出そうとした瞬間その肩を手を置きそう問う。

 

その理由は読んだ知識として知っていた。だけれどもこれの口から直接その思いを聞いてみたいと思ったのだ。

 

ゆっくりと少年が振り向く。昌文君が慌てているのが視界の端に映ったがこれはどうしても聞いておきたいのだ。私がこの後の選択をするために。

 

 

「…友と二人、身の程を弁えぬ夢があります」

 

 

「だから戦場に行きたいのか?」

 

 

「ええ、私は天下の大将軍になります」

 

 

そういって、少年、いや漂は隠れた布の下で笑った気がした。

 

そこで痺れを切らした昌文君が漂を連れて去って行く。私はその背中をジッと見つめていた。

 

そうか、やっぱりアレは漂だったんだな。まさか反乱前のこのタイミングで会えるとは思わなかったけど、でも会えて良かったよ。

 

漂、君はカッコいいな。凄く格好いい。自分の夢を本気で成し遂げようという覚悟を君は持っている。

 

そんな君がこんなところで死んで欲しくない。これは私の完全な私情だ。原作とか私の立場とかそんなことはもうどうだっていい。

 

ただ、私が君に死んで欲しくないって思ったんだ。もう君は紙面上のインクで描かれた人物ではなく血の通った人間なのだ。それなのにもうすぐ永遠に会えなくなるなんてそんなことは嫌だ。

 

私も身を翻し壁を登る。今日も王騎将軍の元へ向かう。

 

そう遠くないその日が来るまでに出来るだけ力をつけておこう。




次回から原作へ突入予定


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反乱

※漂視点

 

 

王都を脱出する作戦は失敗に終わってしまったらしい。

 

突然現れた兵士達に取り囲まれあっという間にその場が戦場に変わる。

 

荷馬車に乗っているせいで周りの様子はわかりにくい。だけれども辺りから響く金属音に剣を握り覚悟を決める。

 

この任務を受けた時からこうなる覚悟は出来ていた。大王の身代わり、それが俺の役目だ。だからといってこんなことで俺の夢を途絶えさせたりしない。

 

ついにこの荷馬車の周りからいくつもの馬の足音が聞こえるようになった。先手必勝、斬り込まれる前に先に飛び出して正面にいた男に蹴りを食らわし馬を奪い取る。

 

そうして剣を取り周りを鼓舞するように大声で叫ぶ。

 

今の俺は大王の代わりなのだ。ここで大王の兵士を多く死なせてはならない。

 

特に昌文君を死なせてはならないだろう。あの人は大王にとってなくてはならない人だ。

 

副将の人に昌文君救いに行くように呼びかける。だがその瞬間丘の上から新手が現れた。

 

このままぶつかれば兵力の少ないこちらが押し負ける可能性が高い。敵の兵を引きつけるだけのオトリが必要だ。

 

 

『信…、俺に力を!!』

 

 

今の俺は大王の代わりだ。この戦場に俺の首より価値の高いものなどない。

 

敵の騎兵の中へと単騎で突っ込む。脇目も振らず走る。走る。馬と共に駆け抜く。

 

意表をつけたのか思った以上に敵の軍の中を進むことが出来た。しかし半ばまで来たところでこちらを迎え撃とうという兵力が見える。

 

アレを抜けなければ勝機はない。剣を構える。

 

双方がぶつかり合おうとした瞬間だった。向かい合う騎兵達に影が差し上から声が降って来る。

 

 

「見つけた」

 

 

瞬間、白刃が煌めいた。気付けば先頭にいた4人の騎兵が落馬し俺の目の前にはひとりの女の子が立っていた。

 

振り返ったその子と目が合い思わず息を飲む。仏頂面で目付きの悪いその子のことを俺は知っていた。

 

以前王宮で昌文君と逸れてしまい辺りを歩き回っていた時に壁を手も使わず走っていた女の子、王妹、成凛だ。

 

後で昌文君に話を聞くと彼女はこの反乱の首謀者、成蟜の同母の妹だそうだ。

 

本人自身はあまり権力争いに興味がなく王宮にいることは少ない。武芸を磨くことに全てを注いでおり王騎将軍に師事しているらしい。

 

今回の反乱に直接関わる可能性は少ないが成蟜の実妹である以上危険な存在であると昌文君に聞いた。

 

成凛は王弟側の人間だ。なのに今大王の格好をした俺を助けたのか?

 

 

「いくぞ」

 

 

成凛はそれだけいうと勢いよく駆け出した。走り出した彼女に慌てて馬の腹を蹴り手綱を握る。

 

向かって来る敵騎兵に対して彼女は次々と馬を斬り動きを止める。またそのまま先行し飛び上がり敵騎馬隊の馬の上に乗ると馬から馬へ飛び移って上の騎兵を蹴り落としていった。道がどんどん開かれていく。

 

信じられないことに彼女は馬に乗った俺より速い。いくら登り坂で馬の速度が落ちているとはいえ人の出せる速度ではない。

 

その尋常じゃない光景に周りも畏れを抱いたようだ。周りから敵騎兵の声が聞こえて来る。

 

 

『せ、成凛さまっ!?なんでここにっ!??』『何故成凛が攻撃をしてくるのだっ!?我々の味方ではないのか?!』『ヒィッ、成凛様が相手なんて、あんな化け物と戦えるわけないだろっ!!』『馬鹿、離れろっ!戦場の成凛様はまともではないんだぞ?!!』

 

 

段々と敵が及び腰になっているのがわかる。

 

王弟、成蟜の実妹である成凛は反乱側の人間だと思われていたはずだからそれが敵側になれば士気も低下するだろう。

 

そうだと思うんだけど、うん、明らかにそれ以外の悲鳴が聞こえるんだけどどういうことだろう。化け物とか聞こえるんだけどこの子は本当に何者なの?

 

道が拓けて丘の上を抜ける。走り抜ける成凛を追いかけてそのまま全速力で駆けていく。

 

暗闇の中をそのまま走り続ける。聞こえるのは自分の馬の蹄の音だけだ。後ろの軍は撒けたのだろうか?そう思った瞬間だった。

 

 

「危ない」

 

 

成凛の声が辺りに響いた。え?と思う間も無く身体が前のめりになる。馬が何かに引っかかったのだ。

 

身体が投げ出され地面に叩きつけられる。足に激痛が走った。どうやら投げ出された位置が悪かったらしく足を強く打った。骨の軋む嫌な音がした。

 

 

「あの包囲網を抜けただけありしぶとそうだな」

 

 

上から声が降ってくる。顔を上げると赤い衣に身を包んだ背の高い男が立っていた。

 

 

「悪く思うな。大王、その命貰い受ける」

 

 

剣を抜く男に俺も痛みを我慢して立ち上がり剣を構える。この男は大王を殺しにきた刺客だ。

 

足はズキズキ痛み体調は万全はないがやらねばならない。俺たちの夢を実現するためにもこんなところでやられるわけにはいかない。

 

そう思った瞬間だった。俺と刺客な間に小さな背が割り込んでくる。

 

 

「朱凶だな」

 

 

「なんだ、この小娘は?おい、そこをどかねばお前も斬るぞ」

 

 

刺客の脅しに怯むことなく成凛が剣を構える。

 

この刺客はおそらく王弟側が差し向けた相手だろう。成蟜の妹であることを言えばこの子は刺客に狙われることはなくなる。

 

だが成凛はそんなことは口にしない。凛と背筋を伸ばし剣先を刺客に向けた。

 

 

「殺してみろ。私はお前の敵だ」

 

 

そこからは嵐のようだった。

 

成凛の剣が刺客の男を斬り裂く。速い、恐ろしく速い。

 

刺客の男も成凛の剣を止めようとするがそれよりも速く成凛の剣が刺客を斬る。男の身体は傷だらけだ。

 

 

「ぐっ、馬鹿な。この俺がこんな小娘に押されているのかっ!?」

 

 

男の剣も成凛を切り裂いている。だけれどもそんなこと全く意に介さず成凛は斬り続けている。

 

斬る。斬られる。斬る。斬る。斬る。

 

成凛は自分を振り返らない。ただ相手を斬ることだけを考えて剣を振るっている。その姿はまるで獣のようだった。

 

止まることない猛攻に明らかに男は呑まれていた。半狂乱で男の振り下ろした剣を成凛が躱す。そしてそのまま跳躍し剣を振り上げた。

 

 

「お前は必要な命を奪う。だから殺すと決めていた」

 

 

声とともに降ってきた成凛の剣が男を斬り裂いた。肩口から斜めにかけて一閃、傷は胸にまで届いている。致命傷だ。

 

血を吹き出し男が倒れた。成凛はそれをジッと見ると剣を収めて俺の方へやってくる。

 

もう狂気はなりを潜めていた。

 

 

「立てるか?」

 

 

「どうして俺を助けたのですか?」

 

 

成凛が手を差し出してきたがその手を取る前にどうしても聞いておかなければならないことがあった。彼女は成蟜の妹であるのにどうして大王側の行動を取るのだろう。

 

 

「貴方は成蟜の妹なのでしょう?」

 

 

俺はジッと成凛を見つめる。覗き込んでも成凛は仏頂面で心の内に何を思っているのかわからない。俺は彼女の言葉を待った。

 

 

「確かに成蟜は私の兄だ」

 

 

成凛が静かに言葉を紡いだ。相変わらず顔は仏頂面だ。だけれども言葉には力が篭っていた。

 

 

「だけれども私が主と仰ぐのは嬴政様だ。だから君を助けたのだよ、漂」

 

 

「え、」

 

 

成凛が俺の手を掴み強引に立たせる。『走れるか?』と成凛が聞いてくるがそれどころではなかった。成凛が口にしたのは大王のではない、俺の名前だった。

 

 

「どうして、」

 

 

「一度王宮で会っただろ?君は必要な人間だ。だから助けにきた」

 

 

そう淡々と成凛がいう。だけれども俺は衝撃を受けた。彼女に会ったのは1度だけ、顔も名も隠した俺を見つけ助けに来たのだという。

 

どうして俺だとわかったの?なんで名前を知っているの?疑問は尽きない。だけれども次の彼女の言葉に全ての思考を奪われる。

 

 

「私も君たちと夢を叶えたい」

 

 

凛ッとした声が耳を駆け抜けていった。

 

俺の夢は天下の大将軍になることだ。信の夢も。大王様の夢は中華を統一することだ。彼女の夢も俺たちと同じなのだろうか。俺たちと同じようにこの戦乱の世を駆け抜けて行きたいと思っているのだろうか。

 

その言葉だけで充分だった。俺はにこりと彼女に笑いかける。

 

 

「ありがとうございます成凛様。俺を助けて下さって」

 

 

「凛でいい。行くぞ」

 

 

「はい」

 

 

暗闇の中、2人で駆け出す。辺りは真っ暗で静まり返っていたけれども心は沸き立つように熱かった。

 

俺たちの夢への道が始まったのだ。



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合流

 

 

王騎軍に囲まれたり朱凶と戦ったりなんとか漂を助けることができました。最初はどこで合戦が起こっているかわからず迷子になっていたけど間に合って本当によかったよ。

 

それによって王騎軍と戦うことになってしまったが、まあそれも仕方ないだろう。戦乱の世の中だから同じ釜の飯を食った人たちと戦うこともあるはずだ。

 

うん、だから馬から蹴落とすための蹴りにやけに力が入っていたとかそんなことはないよ。日頃の訓練でいびられている仕返ししようとかそんなことは考えていないからね。

 

あ、それから私のことを化け物とか言った奴、顔と名前は覚えていますから後で覚悟しておいて下さい。あどけない幼女になんてこというんだこいつら。あとで絶対はっ倒す。

 

そんなわけで王騎軍を突破して暗闇の中を走り続けたのだがふと地面にピンッと張られた縄があることに気付いた。恐らく馬の脚を止めるためのトラップだろう。

 

慌てて漂に注意を促すも馬は転がり漂は地面に叩きつけられた。その後すぐに立ち上がろうとしたが明らかに足を庇うような動きをした。恐らく怪我をしたのだろう。

 

そこに現れる朱凶さん。来るとはわかっていたけど漂と2人だから楽勝だろうと思ってたのに漂は怪我しちゃったしこれ私がなんとかしないといけない展開だよね?つらい。200年続く歴史を持つ暗殺者に私ひとりで勝てるのだろうか。

 

でもこの朱凶が生きていると漂は死んでしまう。うん、だから殺そう。こいつが漂を殺すというならその前に私が殺す。剣を抜いて斬りかかった。

 

斬って、斬られて、斬って、斬って、斬って、なんとか朱凶を倒した。終わったら私も割と斬られていた。あー、痛い。結構ギリギリだったな。まあこれできっと漂の死亡フラグは折れただろうし良かったよ。

 

漂と一緒に兄上様のところへ向かう。馬はダメになってしまったから2人とも駆け足だ。だけれども足を怪我した漂は速く走れない。見ると足が真っ赤に腫れ上がっていた。え、これやばいんじゃない?ひょっとして折れている?

 

仕方ないので私がおぶって走ることにした。漂は『馬に乗っているのと変わらない速さですね』と笑っていたが、幼女が人ひとり背負って馬並みの速度で走れるわけないだろう?そんなん出来たら人間ちゃいますわ。

 

まあきっと漂も疲れていて体感速度がおかしくなっているのだろう。そのまま全力で駆け抜ける。

 

途中漂が『絶対に戦力になる男がいます。城戸村に寄ってもらえませんか?』と言ってきた。信のことだとピンと来たので勿論了承する。やっぱり主人公がいないのはダメでしょう。実際信はめちゃんこ役に立つからね、連れて行って損はありません。

 

そんなわけで城戸村に着いて漂が信を連れて来たのだが、『なんか目つきの悪いガキだな』と言われてめっちゃ腹立った。お前鏡見てこいよ。人相悪い信にだけは言われたくないセリフである。

 

まあ確かに残念なことに私の容姿は整っていると言い難い。ばあやに『成凛様は本当にお兄様にそっくりですわぁ』とよく言われると聞けば私の容姿がいかにアレなものかわかってもらえることだろう。

 

ちなみに王騎将軍には『貴方の戦場での顔は本当にいいですね。周りが恐れ慄いていますよ』と言われた。私は鬼か何かか?絶対に幼女に向かっていうセリフじゃありませんよね。きっと私がぼっちなのもこの顔が原因の一端を担ってますよ。絶世の美女とは言わなくとももうちょっと愛嬌のある顔に生まれたかったです。

 

信が漂に状況を説明して3人で黒卑村に向かう。怪我した漂は信が背負うことになったのだが後でこの人選が間違いだったことに気付いた。黒卑村は犯罪者の住処である。到着すると当たり前のように襲われ戦闘になった。

 

だけれども信は漂を背負っている。漂は怪我をしている。必然的に私が先陣切って戦うことになった。何故主人公ペアという最強の戦力が一緒にいるのに私が戦っているのだろう。まあ盗賊達をバッタバッタと倒すと『すげえ!お前チビだけどすげえな!』と信に褒められたので良しとしよう。主人公と仲良くなれるのは素直に嬉しい。

 

そうして黒卑村を進み粗末な小屋の前に着いた。そして中には政兄様が座っていた。

 

兄上様は漂を見て信を見てそして私と目があった瞬間その瞳が大きく見開かれる。

 

『何故、凛がここにいるのだ?』という兄上様に『我が王のために動くことは当然のこと』と答えるとさらに驚いた顔をしていた。まあ私って反乱起こした成蟜の妹ですからね。うちの兄さんが本当にすみません。

 

その後漂が状況を話していると周りが騒がしくなり軍に囲まれていることに気付いた。そして現れた貂に道案内をしてもらい無事黒卑村を脱出する。

 

穆公の避暑地とやらに兄上様に案内してもらって無事到着。貂の作ったご飯を食べながら身体を休めます。

 

これからまだまだやることはあるからね、体力は温存しておかなといけません。

 

そうしてひと晩が過ぎ私は散歩と称して森へ出かける。これから起こるだろうムタ戦に参加するつもりはない。

 

安全を期すなら漂、信、私の3人がかりで挑む方がよいとは思うのだがそれよりも気になることがある。私が原作を無視した弊害というか、実はここまで信はほとんど戦闘をしていないのだ。

 

朱凶は私が倒したし黒卑村の盗賊も結局私が相手をした。

 

信が強いことはわかっているが王宮に攻め込むまでに一度も実戦経験がないのは怖い。うん、だからここは信に譲ってやろう。けしてムタ戦が面倒だとかそんなことはないよ?あの蓑虫おじさんが怖いとかそんなことは思ってません。

 

まあそれに私にもやることがある。

 

 

「成凛様、どうして成蟜様を裏切ったのですか」

 

 

辺りを黒い甲冑の兵士に囲まれる。政兄上を捕らえに来た成蟜兄さんの軍だ。彼らが来ることは原作を読んでいて知っていた。私は黙って剣を抜く。

 

 

「貴方は成蟜様の妹君です。貴方の師である王騎将軍もこちら側です。今なら謝れば成蟜様も許して下さいます。我々と共に戻りましょう」

 

 

彼らは私を見ると諭すようにそう言ってくる。今さら謝ったところで成蟜兄さんが許してくれるとは思えないけどな。まあ一応血を分けた妹だしひょっとしたら誠心誠意謝ったら命くらいは助けてくれるのかもしれない。

 

彼らからすると成蟜兄さんの妹でありながら兄上様につく私は意味のわからない存在なのだろう。しかも反乱はほぼ成功している。わざわざ不利な方につく利点はどこにもない。

 

だけれどもこの世界に来た時に私は決めている。彼らの夢を一緒に目指し歩んでいこうと。だから彼らのいうことに心惹かれる物は何もなかった。

 

 

「戻るつもりはない」

 

 

「成凛様…、」

 

 

「私は信念に基づいてこの場に立っている。遠慮はいらない。私はお前たちの敵だ」

 

 

そういうと向こうにも私の意思が伝わったのか剣を構えた。ああ、でも君たちは本当についていない。

 

私が戦場で戦った魏兵よりも朱凶よりも黒卑村の盗賊たちよりも誰よりもついていない。

 

ここは森だ。2年間、生き方を学び殺し方を身に付けた私の戦闘の原点、最も得意とする戦場だ。

 

緩やかな傾斜も踏みしめる大地の柔らかさも生い茂る木々の視界の悪さも全て私の味方だ。君達は私の敵だ。だから容赦しない。

 

兄上様たちの夢を実現するために全員殺す。

 

 



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紅い鬼

※敵兵士視点

 

 

成凛様は変わった公女様であった。

 

成蟜様の妹君であられるが他の王族、貴族の子女のように美を磨いたり噂話に花を咲かせたりする事なく王宮のことには無関心であった。

 

ある日、姿を消したと思ったら2年ほど姿を眩ましひょっこりと戻ってきては王騎将軍に師事するようになった。政治よりも武芸を磨くことを好むらしい。あの昭王の血を継ぐことを感じさせる公女様だった。

 

これで王座に興味があれば王宮はさらに混沌を極めただろうが本人に権力欲はないらしく成凛様を祭り上げようとした勢力もあまりの無頓着さに散会した。

 

兄の成蟜様との仲も悪くないらしくよく話をしている姿が見受けられた。だから成凛様が今回の反乱に参加することがなくとも敵対するなど考えられなかった。

 

王騎将軍が我らの味方をしたのは成凛様のお力だと思えば当の王騎将軍より『そういえば妹君は別の兄を支持したようですね。うちの騎兵も随分やられましたよ。コココッ』と伝えられ王宮は騒然となった。

 

成凛様は成蟜様の妹君で、彼女の師事する王騎将軍もこちらの陣営にいる。大王側につく理由が全くわからなかった。

 

王騎将軍の妄言かとも思ったが集まって来る情報を整理するにどうやら事実らしい。成蟜様は怒り狂い『必ず凛を俺の前に連れてこい!』と叫ばれたがそこに殺せという命令はなかった。やはり成蟜様とて実の妹を殺すのは偲びないと思ったのかもしれない。

 

そうして大王を追う過程で我々は森の中で成凛様に出会う。おそらく偶然の出会いではなくこちらを待ち構えていただろう成凛様が剣を抜いた。

 

説得しようにも成凛様の目には強い意思が灯っている。

 

『私は信念に基づいてこの場に立っている。遠慮はいらない。私はお前たちの敵だ』

 

 

そういう成凛様に大王に唆されたのではなく成凛様自身の意思で成蟜様の敵に回ったのだと理解できた。

 

仕方ない、なるべく怪我のないように捕まえて成蟜様のところに連れ帰ろう。そう思っていた俺たちだがそんな余裕は戦闘が始まって吹き飛んだ。

 

そこにいたのは人の皮を被った化け物だった。

 

 

草木が騒めく。ビクッと身体を震わせて後ろを振り向くが誰もいない。我々は成凛様を見失った。いつ、何処から襲いかかって来るのかわからない。森の中、動く物全てに成凛様の影がちらついた。

 

戦闘が始まった瞬間成凛が木を駆け上り姿を消した。逃げたのかと思ったのが、すぐに遠くから悲鳴が聞こえた。

 

動きづらい山の中を進み慌ててそちらに向かうと数十人の兵士が血だらけで息絶えていた。

 

それで成凛様は…、と思って辺りを見渡すと反対方向からまた悲鳴が聞こえた。視界が悪く木々の生い茂るこの山の中でもうあんな所まで行ったというのか?

 

何やら得体の知れない悪寒を感じながら部下に指示を出す。

 

どうやら成凛様は遠くの少し孤立した部隊から潰しに行っているようだ。バラバラになっていては各個撃破されてしまう。それならば一箇所に固まり迎え撃つべきであろう。

 

この場に集まるように声を張り上げるもそれ以上の声量の悲鳴が聞こえてくる。末端の兵士の1人が恐れに慄き逃げ出した。だがそう遠くいかないうちに木陰から現れた成凛様に斬られた。成凛様は木を駆け上りまた森の中に姿を眩ませる。

 

悲鳴は止まない。辺りからガチガチと金属の擦れる音が聞こえてきた。それが兵士たちの身体の震えから鳴り響く物だと気付いたが怒鳴り散らす気にはなれなかった。正直俺も怖い。

 

恐らく生き残った兵士がこの場に集まり切った。最初に出立した兵士の半分もいない。他の者たちはもう皆やられてしまったのだろうか。

 

落ち着け、相手は幼子ただ1人だ、冷静に対処すれば勝てない相手ではない。森の中で奇襲され動揺してしまったがまだこちらは100人以上いる。負ける要素などない。

 

剣を構えて森を睨みつける。上空にも注意を払うように指示した。手も使わずに木を上りきる脚力に木々の間を自由に渡ることのできる身軽さ、どこから現れてもおかしくない。

 

隣の者の息遣いが聞こえてきた。汗が頬を伝う。恐怖と緊張で頭がクラクラした。

 

そして成凛様が現れた。奇襲など仕掛けず堂々と正面から歩いてくる。

 

 

「全員集まったな。これで終わりだ」

 

 

仏頂面でそういう成凛様に唐突に理解してしまった。これが成凛様の目的だったのだ。

 

遠くの部隊から狙ったのも孤立している部隊を狙うのが容易かったというのもあるだろうがそれよりも俺たちを囲い込むため。

 

外側順に潰していくことにより追い詰められた。我々は自ら集まったのではない、狩りやすいように集められたのだ。

 

チャリッと成凛様が剣を構える。瞬間、赤が舞った。

 

手前にいた兵士の首が飛ぶ。その隣の兵士も頭に剣が生えた。

 

剣を取り交戦する。だが前にいた兵士は剣が交わる前に腕を切り落とされた。次の瞬間には胴が上半身と別れをする。

 

赤い、何処もかしこも赤で染まっていく。

 

逃げる兵士が背中を斬られた。突撃した兵士が腹を突かれた。速くて剣が見えない。ただただ、赤が舞うだけだ。

 

 

「彼らと共にこの道を歩むと決めたのだ」

 

 

気付いたら成凛様が目の前に立っていた。彼女の頬は血で赤く濡れ衣服も赤く染まっている。

 

赤い、紅い、鬼がそこにいる。人ではない、あれは、化け物だ。

 

 

「だから貴方たちは皆殺しだ。兄上様の命を狙う者は生かしてはおけない」

 

 

瞬間、白刃が煌めき視界が赤く塗り潰される。

 

ああ、成蟜様、貴方は1番大切な者の制御をお忘れになられたのです。

 

貴方の妹君は人の姿をした化け物でした。

 



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再会

 

最後の1人を斬って追手を全て倒した。思ったよりもたくさんいて大変だったけどやっぱり地の利は大きかったですね。こっちは自由に動けるのに対して向こうは足場も視界も悪かったしなんとか勝てましたよ。

 

さて、では兄上様のところへ帰ろうかと思った瞬間、がさりと草を踏みしめる音がした。

 

まだ敵兵が残っていたのかな?と思って振り返るとボロボロの風体の髭面の男が立っていた。あ、この人見たことあるわ。

 

 

「な、なんだこの惨状は…。成凛様っ!?まさか貴方がされたのですかッ!?」

 

 

そういって驚いた声をあげたのは昌文君、兄上様の最も頼りになる腹心の部下である。そういえばこの時に追いついてくるのでしたね。

 

 

「兄上様の命を狙う者を始末することは当然のことだ」

 

 

「その兄とは大王様のことでしょうか?壁から成凛様がこちら側についたと聞いていたがまさか本当のことだったとは、」

 

 

昌文君が信じられないといったように声を上げる。うん、まあ私成蟜兄さんの妹だもんね。普通に考えたら成蟜兄さんの味方すると思うだろうし昌文君が驚くのも無理はないだろう。別に成蟜兄さんのことは嫌いではないんだけど王に相応しいのは政兄上だ。私は兄上様の夢を成し遂げると決めているので成蟜兄さんには悪いけどこの場所に立っている。

 

とにかく昌文君に味方認定してもらったのは良かったよ。さて、じゃあムタ戦がどうなったのか気になるし取り敢えず兄上様の所まで戻るか。

 

昌文君に背を向け避暑地に向かって走っていく。後ろで昌文君が『成凛様っ!?我々も追うぞ!』と聞こえたからついてきてはいるのだろう。気にせず兄上様のところへ戻る。

 

全力で走る。そうして目的の場所にたどり着き視界が開け瞬間見えたのは大柄な四角い男が兄上様に吹き矢を向けている姿だった。

 

は?兄上様に何しているんだこいつ?殺すぞ。

 

反射的に剣を抜きその背中を斬りつける。それで倒せたらしく大柄な男が倒れる。

 

 

「成凛!?何処いってたんだよ!って、お前すげえ血だらけじゃねえか!怪我しているのか!?」

 

 

「追手を始末してきた。これは返り血だ。信こそ大丈夫か?」

 

 

見ると信は傷だらけでボロボロだ。ムタ戦は中々大変だったらしい。まあ何にしても信が実戦経験を積めたのはよかったよ。これで準備は整いましたね。

 

その後昌文君たちが合流してきて兄上様に会えたことに感激の涙を流した後状況を話し始めた。私もそれらに耳を傾けながら剣の手入れを始める。血や口に出したくないような物で剣は汚れてしまっているからね。これからの展開を考えるに装備はしっかり整えておいた方がいい。

 

呂氏は来ないから王弟に対抗する力を手にする為山王に会いに行こうという話になった。私も特に異存はないので着いて行く。ただ剣はいつでも抜けるように構えていた。

 

皆で山を登って行く。だが疲れている兵士達は進みが遅く段々と列が間延びしていく。まあ彼らは夜通し王騎軍と戦って全力でここまで駆けてきたからね、疲れているのも仕方ない。

 

あれ?でもそれって私たちもじゃない?王騎軍の騎兵を破って朱凶を倒して黒卑村の盗賊たちを成敗して、ムタや追手の兵士を倒したぞ。おっさん達の体力がないだけじゃないだろうか。もっと頑張って下さい。

 

合間合間の小休止に壁が馬酒兵の話をしてくれた。なんでも昔穆公がピンチになった時山の民が助けに来てくれたそうなのだがその時の戦闘があまりにも凄惨すぎて味方すら背筋を凍らせたらしい。詳しく聞くと夜トイレに行けなくなるくらい恐ろしい戦い方だった。

 

うわあ、なにそれ怖い。世の中にはそんな狂った戦い方をする人たちがいるんですね。やっぱりここって物騒な世界なんだな。私も気をつけよう。

 

そうして行軍を続けているとふと、視線を感じた。どうやらお出迎えが来たらしいので剣を握り兄上様の前に立つ。

 

周りを奇妙な仮面の集団に囲まれた。その異様な光景に周りが慌てふためくが兄上様の一喝で騒ぐのをやめ冷静に周りを見渡す。

 

そして、しばらく対峙していると仮面の集団の中から1人の男が出て来た。

 

うん、久しぶりだ。もう何年経っただろうか?まあ元気そうでよかったよ。貴方を殺すのは私だからくたばってもらっては困る。

 

 

「凛ナノカ?」

 

 

「そうだ、バジオウ。久しぶりだな」

 

 

「おい、凛!こいつらと知り合いなのか!?」

 

 

私とバジオウとのやり取りに驚いたように信が声を上げる。うん、まあ、いきなり現れた武器持った仮面の集団に親しげに話しかけたらそりゃ驚きますよね。取り敢えず『私の剣の師のようなもので殺したい相手だ』と答えとく。

 

すると後ろからざわざわと『山の民が剣の師匠!?』『道理で成凛様の剣は荒々しい』『あの化け物のような力はそのせいか』と聞こえてくる。おいこら、誰だ化け物って言った奴。後で見つけたらぶっ飛ばしておこう。

 

 

「山の民と交流があったのか?」

 

 

「強くなりたいと王騎将軍に言ったら山に捨てられた。そこで2年ほど奴と殺し合いをしていた」

 

 

兄上様にそう聞かれたので正直に答えておく。すると貂が引き攣った顔でこっちを見上げてきたのでめっちゃ傷ついた。黒卑村で生きてきた貂に引かれるほど私の生活はやばかったのですか?違うんです、全ては王騎将軍のせいなんです。やっぱり山に捨てるのはおかしかったんじゃないですか、あの唇お化けマジ許さん。この敵味方に分かれている絶好の機会に唇だけじゃなくて顔面まで腫らしてやろう。

 

バジオウは山の王が兄上様に会いたがっているから連れて行くという。逆らえば皆殺しだそうだ。

 

喧嘩っ早い信がお前らこそ皆殺しにされたくなければ俺たちを王の元に連れて行けと言って戦いが始まりかけたが兄上様が山の民の要求を呑んで1人で山の王の所へ行くという。まあ原作通りの展開だし大丈夫だと思うけど一応口を出しておこうか。

 

 

「私も行く」

 

 

「イクラ凛トイエドソレは聞キ入レラレナイ。我ガ王ガ会ウノハ秦王ノミ」

 

 

「兄上様だけを行かせることはできない。それにまだお前との決着をつけてないぞ」

 

 

「…凛ハ公女ナノカ?」

 

 

バジオウが驚いたように声を上げる。そうです、公女様です。2年間山でサバイバル生活を送ることを余儀なくされたけど公女様なんです。

 

バジオウは少し悩んだ素振りを見せた後『秦王ノ妹ナラバ付イテキテモ問題ハ無イダロウ』と許可をくれた。これで私も兄上様に付いて行くことができる。まあ原作の展開考えた時に私がいて何か変わるわけでもないだろうけど気持ちの問題で。今の山の民は兄上様にバリバリ敵意があるし完全に一人きりにするのはなんかヤダ。

 

昌文君にも『大王様を頼む』と言われたので兄上様と共に山の王に会いに行く。いよいよ楊端和に会うのか。ちょっと緊張しますね。

 



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山の王

兄上様と一緒に山の民に連行されているとバジオウが『三人、イヤ四人カ』と呟く。どうやら私達を追っている人たちがいるらしい。えっと、1人は信であと3人は貂と壁と誰だろうか?原作と違うということはここは漂かな?

 

まあ誰が来ているにしてもバジオウが追っ手を差し向けちゃったし捕まるだろうな。まあ危害は加えられないだろうからまた後で会いましょう。

 

山の民の国までは遠いらしく一晩野宿することになった。薄暗くなった視界の中、山の民が火を起こし野営の準備をしているのを眺めているとバジオウが『ヤルカ』と言って来た。あ、勝負ですね。即座に剣を抜いて斬りかかる。

 

最速で抜いたつもりだったのだがバジオウの双剣に受け止められる。早々にやられてくれはしないらしい。

 

私が攻撃を仕掛けたことで周りの山の民が騒めいたがバジオウが『手ヲ出スナ』的なことを言ったので黙って剣を収める。そのまま私とバジオウは斬り合いを始める。

 

これが勝負というのなら負けた方は当然飯抜きだろう。そんなことは断固拒否する。今日の夕食は道中山の民が狩ってきたイノシシの丸焼きだ。絶対食べたいし飯抜きなんて死んでもごめんだ。だからバジオウは必ず殺す。

 

ガンガンと金属が交わる音が辺りに響く。剣を振る。受け止められる。双剣が喉元に向かって突かれる。剣で弾き返す。やはりバジオウは手強い。

 

私もこれまで結構戦闘経験を積んだつもりだったがバジオウにはまだ届かないらしい。剣の重さも鋭さも向こうが上だ。

 

だけれども私の方が身軽である。速さなら負けていない。

 

速く打つ。もっと速く、速く、剣を振るう。

 

バジオウの剣が頬を掠める。だけどそんなことは気にならない。ただバジオウを斬り裂くことだけを考えて剣を振るう。防御は捨てた。私が死ぬ前にバジオウを殺す。

 

斬る。斬られる。斬る。斬られる。バジオウと私、互いに血を流す。痛みはもはや感じない。腹の奥からふつふつとした熱が湧き上がり身体が熱くなる。

 

あの2年間バジオウに一度勝つことはなかった。だから敗北という物が何かは骨身に沁みている。

 

それは惨めで悔しくてひもじくて絶望的で、

 

そして無だ。敗北とは死だ。

 

負け続けたあの時、バジオウが望めば私は死んでいた。敗北の回数だけ私は死んだのだ。

 

嫌だ。負けたくない。死にたくない。だから殺す。相手を殺して私が生き残る。

 

ただこの手にある剣がバジオウの心臓を貫くことだけを考える。それだけが勝利でそれ以外に価値はない。

 

剣が交わり金属音が鳴り響く。剣の硬い感触と肉を斬り裂く感覚だけが手から伝わってきて他の感覚が失われる。

 

だがそれも終わりが来た。バジオウしかいなかった世界に強烈な音が鳴り響いた。

 

 

「双方、剣を収めよ!ここで血を流すべきではない!」

 

 

一瞬にして世界が広がる。聞こえて来た兄上様の声に剣を下ろし振り向く。そこには仁王立ちでじっとこちらを見ている兄上様がいた。

 

 

「凛、俺たちの目的は山の王に会うことだ。それまで無駄な騒ぎを起こすべきではない」

 

 

「…申し訳ありません。宿敵を前にして思わず気が高ぶりました」

 

 

「バジオウと言ったか、妹が失礼をした」

 

 

「挑発シタノハコチラダカラ気ニスルナ。久ジブリニ良イ時間ダッタ」

 

 

そういってバジオウが双剣を仕舞ったので私も剣を収める。兄上様のいう通り今はバジオウと殺し合いをしている場合ではなかったね。これから山の王に会って兄さんから王座を奪還するというお仕事もあるわけだし体力は温存しておいた方がいいだろ。バジオウと会ったら戦うのが習慣付いていたからついやってしまいました。次からは時と場合を考えよう。

 

 

「凛はいつもあのようにバジオウと戦っていたのか」

 

 

「ここまで激しいのは初めてですが森にいた時はよくバジオウと勝負をしてました」

 

 

「そうか、それがお前の強さの秘訣か。改めてお前が俺についてくれて良かった」

 

 

そういって兄上様がフッと笑う。お、私兄上様に必要とされていますね。兄上様と同じ道を進むと決めているのでそういって貰えて嬉しいです。

 

ちなみに今回の勝負はひとまず中断ということになったのでご飯は普通に食べた。イノシシはとても美味しかったです。

 

だけれども次の日から私を囲む山の民の人数が増えた。兄上様の近くには3人くらいしかいないのに私の周りには30人くらいいる気がする。目が合うと殺気を放たれるし警戒されているようだ。解せぬ。

 

そんな感じで山の民の国につき一晩休んだ後山の王の元に連れられる。私は武器を取り上げられた上腕を後ろで縛られました。兄上様ですら縛られてないのになんだこの過剰対応は。私は何処にでもいる一般的な公女様です。

 

楊端和は原作通り厳ついお面を被り虎の敷物の上に腰掛け周りを狼が取り巻いていた。想像以上に怖そうなオーラが出ています。これを前にして平然としている兄様もかなり肝が座っているな。

 

そうして話し合いが始まったが最初は全くといっていいほど取り合って貰えない。それどころか処刑台のように首だけ木の板の中から突き出した格好で車に乗せられた4人の見知った顔が運ばれて来た。

 

貂、信、壁にああ、やっぱり最後の1人は漂だったか。チラッと見ると目が合ったので話しかける。

 

 

「漂もいたのか」

 

 

「うん、心配だったから付いてきちゃいました」

 

 

といっても捕まっちゃったんですけどね、と言って漂が笑う。うんまあ漂は信の兄貴分だし信がいるならそりゃ付いてくるだろう。別に予想していたことだから驚きはしないと思っていたけど次の漂の言葉に度肝を抜かれる。

 

 

「だって凛様は女の子ですから。凛様を残して山を降りることなんて出来ませんよ」

 

 

……は?

 

え、心配していたのって信じゃなくて兄上様でもなくて私?いやまあ確かに私ってまだ幼女だし公女だし心配してもらえる立場ですね。周りがあまりにも女の子扱いしてくれないから(それどころか最近では人間扱いすらしてもらってない気がする)忘れてたけど、そっか。私、女の子なんだ。

 

衝撃のあまり固まっているとその瞬間信と漂が縄から抜け出し自由になる。信は貂に斬りかかろうとした山の民を蹴飛ばし漂は私の縄を解いてくれた。『少しは助けて頂いたお礼が出来ましたでしょうか?』といって笑う漂を見てなんかこう胸から込み上げて来るものがある。人に優しくしてもらえるって嬉しいものですね。泣いた。

 

その後兄上様が山の民の助力を得ることに成功し下山する。私は何もしてなかったけどまあ別に原作通りで問題ない場所だったしいいでしょう。

 

いよいよ王宮に攻め入るのか。成蟜兄さん元気かなー。

 

 

 

 



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乱戦

 

皆で話し合った結果助力する振りをして王宮に滑り込み竭氏と成蟜を伐つということになった。

 

そのため仮面を作り山の民へ偽装する。私の仮面はバジオウがくれたのだがそれを被った瞬間山の民から『鬼ダ』『平地ノ者デアレ程仮面ガ似合ウトハ』的な言葉が聞こえてくる。なんでだよ、仮面被っただけじゃんか。しかも秦の兵士までこっち見てひそひそ何か言っているぞ?もうヤダ。

 

馬で駆け抜け王宮に辿り着いた。中に入るまではあっさりいったのだが途中で50人に人数が絞られさらに朱亀門で武器を取り上げられるらしい。だからそこが開戦の場所だ。

 

遠くに赤い門が見えその前に兵士が並んでいるのが見える。剣を握り兄上様の後を一歩下がり付いていく。目の前には敵兵士たちが武器を構えている。ついに戦いが始まるのだ。

 

空気は張り詰めてピリピリとしていて息苦しい。だけれどもこの空気を吸っていると身体が燃え滾るように熱くなる。

 

ああ、そうだ。ここは戦場なのだ。あそこに立っているのは全て敵だ。兄上様の覇道を遮る敵なのだ。心と身体の準備はできている。剣を握りしめて胸を張る。

 

兄上様の夢を叶えるための第一歩、ここから始まるのだ。邪魔する者は全て排除する。

 

中華統一の道が今開かれる。

 

兄上様が敵を斬った。歓声と罵倒が辺りに響き渡る。剣を握り私も走った。さあ、目の前にいる敵は皆殺しだ。

 

向かい合った敵を斬り伏せる。そのまま私に剣を下ろそうとした敵を撫で斬りにし続けてその隣にいた敵の首を刎ね飛ばす。

 

私の正面にいた敵は一瞬で屍に変わる。隊列に乱れが出来た。その隙を逃さず駆け抜け朱亀門の壁まで辿り着く。信の手柄を取る形になってしまうが全体の勝利を考えた場合これが一番手っ取り早い。私は全力で地を蹴り壁を駆け抜ける。

 

下から私を狙う槍の存在を感じたがそれを投げるよりも私の方が遥かに速い。王宮の壁など登り慣れているのだ。

 

あっさり壁を登りきり朱亀門の向こう側に降りる。開戦から1分足らずで朱亀門が開いた。

 

門から山の民たちが入ってくるのを確認してすぐ階段を駆け上がる。原作通りならこの上に竭氏が居るはずだ。長引かせるつもりはない。首を取って終わらせてやる。

 

竭氏が逃げる。だけれども馬車を引かせた馬より私の方が遥かに速い。竭氏が途中、乗っていた部下をこちらに投げたがその程度では障害にすらならない。軽く避け竭氏を追い続ける。

 

 

「成凛様ッ!何故貴方は成蟜様と敵対するのですッ!兄である成蟜様を手助けするのが妹である貴方の責務ではありませんかッ!」

 

 

「成蟜は兄だが主ではない。我が忠誠は政兄上に捧げている」

 

 

竭氏が何か叫ぶが心に響かない。私の行く道は兄上様と共にあるともう決めているのだ。私の王様は兄上様だ。

 

走る。走る。そして、ついに竭氏に追い付く。跳躍し馬車に飛び乗る。

 

言葉はもう何もいらない。竭氏が『儂は大秦国竭丞相だぞッ!!』と叫んでいるが関係ない。振り上げた剣を躊躇いなく竭氏に振り下ろした。

 

ガキンと金属音が響く。肉を斬り裂いた感覚はなくそれどころか剣に何かが衝突した。その圧力に不安定な馬車上では踏ん張りが利かず吹き飛ばされる。

 

地面に叩きつけられるがなんとか受け身を取り状況を把握しようと顔をあげる。するとそこには馬に乗り剣を構えた魏興の姿があった。

 

 

「丞相に何かあってはならないと先行してきて見ればまさか貴方と対峙することになるとは。成凛様、貴方は本当に成蟜様と敵対することを選んだのですね」

 

どうやら私の剣は魏興に受け止められ吹き飛ばされたらしい。遠くに馬車で逃げる竭氏の姿が見える。私は失敗したのだ。

 

ならばせめて魏興を、と思ったが私が態勢を立て直すよりも早く馬を引き去って行く。どうやら後ろにいる山の民が迫ってきているのを見て警戒したらしい。

 

魏興が竭氏を助けにくるシーンは原作になかった。なんでもかんでも原作通りになるとは限らないということか。まあよく考えると原作なんて私も色々変えちゃっているしそういうことがあってもおかしくはない。ああ、くそう。竭氏を逃してしまった。

 

上体を起こす私の隣を馬に乗った山の民が走っていく。そして竭氏を追いかけたがさほど行くまでもなく唐突に放たれた弩によって撃たれる。すぐ向こうに隊列を組んだ兵士達の姿が見えた。

 

 

「姿を現しなされい!!大王嬴政!!」

 

 

肆氏の挑発に兄上様が乗り対峙する。さて、ここからはこの場で戦う者と成蟜兄さんを討つ者との二手に分かれて戦うことになる。

 

信と漂は右側の通路へ私はそのままこの場に残る。ここってかなり激しい乱戦になるからね。兄上様が心配だからこの場に残りましょう。

 

肆氏の弩行隊がこちらに照準を定める。だけれどもそれは1度目の時に撃たれたが力尽きていなかった山の民たちによって崩される。戦闘が始まった。

 

目の前が敵で溢れていく。すぐにでも飛びかかって皆殺しにしたい衝動に駆られるが落ち着け。この戦いは兄上様を守る戦いなのだ。この場を離れて兄上様が討たれてしまったら目も当てられない。兄上様のすぐ隣に陣取り剣を構える。

 

それにわざわざ行かなくとも敵は溢れている。

 

3人の兵士がこちらに向かって走ってきた。斬る。槍で突進してきた兵士がいた。穂先を切り落として首を刎ねる。弩を放ち私を狙う兵士がいた。矢を弾いて弩を持った兵士の胸を刺す。

 

斬る。斬る。斬る。周りが赤く染まった頃地面に影が差した。顔を上げると馬上で剣を構えこちらを見下ろす魏興がいた。

 

 

「成凛様、こうなった以上容赦はいたしません。お覚悟を」

 

 

魏興が私に剣を向ける。ああ、望むところだ。こいつのせいで私は竭氏を殺し損ね、そして兄上様の陣営に多大な被害を出してしまった。許すつもりはない、その首は必ずもらう。

 

魏興が剣を振り下ろす。私も剣で受け流す。

 

すぐに魏興は二撃目、三撃目を放ち上から斬撃が降り注ぐ。流石に力と力の鍔迫り合いでは私に勝ち目がない。一旦態勢を整えたいが降り注ぐ斬撃の雨に逃れられそうにない。どうしたものか。

 

その時ふと後ろからキンキンと鉄と鉄の打ち合う音が聞こえた。後ろにいるのは兄上様、まさか交戦しているのだろうか?

 

兄上様が戦闘に参加している。原作では生き残っていたがこの場ではどうなのか?原作があてにならないことはさっき思い知った。乱戦の今兄上様の安否は保証されていない。

 

死なせはしない。貴方はこの中華唯一の王様になる人なのだ。貴方に降りかかる火の粉はすべて斬り裂いてやる。

 

魏興に構っている暇などない。確かに魏興は強い。本当に戦場を知った有能な将のひとりなのだろう。

 

だけれどもそれは王騎将軍より凄いのか?バジオウより強いのか?そんなわけがない。幾度となく振り下ろされる斬撃を全て合わせてもあの2人から放たれる一撃の重圧に及ばない。

 

高低差がある?筋力が負けている?そんなものは関係ない。私は兄上様の剣として敵を斬り裂くだけだ。

 

 

「この魏興の剣を受けるとはお見事。あと10年もあれば中華に名を轟かす武人になったかも知れませんが味方した陣営が悪かった。お命頂戴する」

 

 

魏興が馬上から渾身の一撃を放つ。10年?そんなに待てるか。兄上様が歩む茨の道はもう始まっている。今私は勝たなくてはいけないのだ。

 

振り下ろされる剣をひょっとしたら私は避けることができたのかもしれない。だけれども避けなかった。私は兄上様の中華統一の為の剣なのだ。正面から捩じ伏せてやる。

 

身体を捻り全ての力を魏興の剣先に叩き込む。ここで押し切られれば私は死ぬのだろう。死んでたまるか!私は兄上様の夢を叶えると決めているのだ。こんなところでは終わらない。

 

渾身の力を込めた。振り下ろされた剣を力で跳ね除けるのだ。

 

刹那、キンッと音がして剣が交わる。一瞬の空白、

 

__跳ね上がったのは、魏興の剣だった。

 

押し負けた魏興の上体が仰け反る。瞬間、跳躍する。信じられないといった感情を映す魏興の目と合う。終わりだ。

 

 

「死ね」

 

 

短くそれだけ伝え首を刎ねる。血飛沫とともに魏興の首が地面に落ちた。

 

肆氏の右腕、魏興を私は討ち取ったのだ。

 

 



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我が王

私が魏興を討ち取った報はすぐに周りに伝わった。それにより味方は活気付き敵は及び腰になっている。だいぶ形勢がこちらに傾いた。

 

とはいえまだまだ人数はこちらが圧倒的に少ないわけだし死力を尽くして頑張ろう。お、新しい一団がやってきましたね。じゃあ殲滅しましょう。

 

兄上様の側からあまり離れすぎない場所に陣取り敵を討ち取っていく。魏興を倒したからか身体中が熱くて力が漲ってきて仕方ない。溢れ出る力は全て敵に叩き込んだ。

 

そうして斬って斬って斬って、敵を斬り続けているとドスンという音と共に戦場に威圧するようなオーラが現れたことを感じた。何事だと思いそちらを目を向けるとそこには怪鳥、王騎将軍が立っていた。全員の動きが一瞬止まる。

 

王騎将軍は笑みを浮かべるとゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。そのあまりのオーラに山の民たちも圧倒され道を開けた。

 

 

「久しいですね、凛。上から見ていましたが魏興を討つとはずいぶん強くなりました」

 

 

「何の用だ」

 

 

王騎将軍を見上げそう問いかける。王騎将軍はンフフフと笑い声を漏らした。

 

 

「あまりに可愛らしい戯れ合いが続いたので場を濁しにきたのですよォ。それに貴方に会いに来た、ですかね。成蟜の妹である貴方が大王についた理由が知りたかったからですよ」

 

 

そう王騎将軍が口にした瞬間そこにいた人々の視線が全て私に向いたことを感じた。

 

それは誰もが聞きたかった疑問だろう。何故、成凛は成蟜に付かず大王に味方しているのかと。個別に聞かれたら答えていたけれど公の場では口にしてなかったからね。じゃあ答えてあげるよ。私の目指すことは最初から変わらない。兄上様たちと夢を叶えることだ。

 

 

「成蟜は兄だが我が王は嬴政様だ」

 

 

 

その言葉に周りが騒めく。妹である私が成蟜兄さんは王に相応しくないと言ったのだからそうなるだろう。

 

でもぶっちゃけそうじゃない?あんな駄々っ子が王様になったら秦国滅ぶぞ?別に成蟜兄さんのことは嫌いじゃないんだけど王にはなってもらうと困る。数年後にはちゃんとイケメンになるのだから今回のことはちゃんと反省して大人になって下さい。

 

 

「コココッ、貴方にそこまで言わせるとは興味がありますね。ねえ、大王」

 

 

そういうと今度は王騎将軍の興味が兄上様に移る。

 

『貴方はどのような王を目指しておられます?この宝刀は不遜な答えを許しませんよォ?』という王騎将軍に『中華唯一の王だ』と兄上様が即答する。

 

その後いくつか会話を繰り返した後王騎将軍は引いていった。

 

そしてそれと入れ替わるように成蟜兄さんが戦場に飛び込んできた。遠くの方には竭氏の首を掲げるバジオウと信たちの姿が見える。どうやら無事大将首を取ることが出来たらしい。

 

 

「嬴政ーー!こやつが嬴政だっ!斬れ!斬れ!何をしているッ!凛ッ!嬴政を斬れ!!」

 

 

政兄上の存在と私を見つけた兄さんがそう叫ぶ。

 

兄さんの中で私はどういう立ち位置にいたのだろうか?政兄上についているということはいくらなんでも伝わっているだろう。

 

それでも私に政兄上を斬れというのは追い詰められた混乱?それも妹だからという信頼?

 

どちらにしろ私の答えは変わらない。私と兄さんはもう袂を分かっている。

 

 

「兄さん、私はこちら側なんだ。だから貴方の命令は聞けない」

 

 

「なっ、」

 

 

 

私の言葉に成蟜兄さんは裏切られた表情をした。まだ私を心の何処かで味方だと思っていたのだろうか?そんな顔の兄さんを見るとなんかちょっと申し訳ない気持ちになる。

 

私は別に成蟜兄さんのことが嫌いではないのだ。私が同母の妹だからか兄さんも私には優しかったし兄妹仲は悪くなかったと思う。

 

だけれども自らが王を望むのであれば兄さんは敵である。中華統一するという夢を私は叶えると決めたのだ。だからこれは自分で選んだ未来なのだ。

 

そして、錯乱した兄さんが政兄上に斬りかかり一騎討ちが始まる。だけれどもぬくぬくと王族として生きていた兄さんが政兄上に勝てるわけがない。

 

成蟜兄さんはボロボロに敗れた。戦は終わったのだ。兄上様が勝鬨を上げる。

 

反乱は鎮圧され兄上様が玉座を取り戻した。王宮はお祭り騒ぎとなり山の民たちと宴が行われる。

 

だけれども私はそれに参加せず成蟜兄さんの側にいた。兄さんは一応王族ということもあり手当てをされベッドに横たえられている。

 

怪我が痛むのか兄さんは魘され顔が赤くなっている。側に用意されていた水桶に手拭いを入れ濡らすとぎゅーっと絞り兄さんの額の上に乗せる。

 

今の時点のこの人は悪人なのだろう。罪のない人を多く殺し国を混乱させた。悪役で皆に嫌われ退場を望まれていた。

 

それでも私はこの人を嫌いになれない。父はあまり顔を見ることなく死んでしまったし母には会えない。私にとって家族とはこの人のことを指す。

 

だが道は別れてしまった。今、兄さんにとって私は裏切り者で憎むべき相手だ。それが少し悲しくもある。何度考え直したところで私が兄さんに味方する未来はなかったのだがただの兄妹でありたかったと思ってしまう。

 

痛みか悪夢か魘される兄さんの手をギュッと握る。どんな道を行こうと成蟜兄さんは家族である。

 

いつか未来でまた気安く話せる兄妹に戻れる日を夢見よう。

 

 

反乱は鎮圧された。だけれども呂氏と戦うために竭氏の陣営はそのまま残したし情報漏洩を防ぐために反乱自体がないものとされた。まだまだ王宮は忙しない。

 

信は原作通り家と土地をもらい地道に将軍を目指すという。漂は王宮に残って近衛兵のひとりになった。王宮の危険さを知り大王様を守るために残るという。

 

漂なら賢いし上品だし宮勤めでもいいんじゃないかな?兄上様の近くを力のある漂が守っていてくれるのはこちらとしても有り難い。ただ、やはり兄上様と同じ顔というのは問題なので普段は顔を隠していることとなった。

 

成蟜兄さんの反乱は終わったがこれはほんの始まりでしかない。まだ兄上様の最大の政敵である呂氏は多大な力を持っているわけだし財力、政治力、武力何一つ敵うものはない。これからが苦難の道だろう。

 

だけれども兄上様に見た夢を私は忘れない。中華を統一して人が人を殺さない世を作るという夢を本気で実現しようと思う。

 

私も兄上様の剣のひとりとして強くなろう。そして敵は全て排除しよう。邪魔する者がいるならすべて殺す。

 

さあ、平和な世を作るために皆殺しだ。

 



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