Fate/GrandOrder Mistake Gift (人類悪出入)
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天野空太のプロローグ

転生、という言葉を聞いた事はあるだろうか。

 

スマートフォンの異世界入りとか幼女の異世界入りだとかで大分馴染みが深くなってきたこの言葉だが、俺はこの言葉が大嫌いである。

 

何故転生したら特別な人間になれるって事が当然な感じになってるんだ?俺の疑問はそこからだ。

 

転生という言葉は、生まれ変わったら何もかも上手くいくとか、今の自分とは違う自分になれるだとか、そういう甘ったるい考えの集合体である。

 

つまり何が言いたいかというと、転生しようが生まれ変わろうが舞台が変わろうが、人はそう簡単には変われないという話だ。

 

俺はーーー転生者であるところの天野空太は、それを中学2年生の頃に知った。

 

前世。俺は薄汚いぽっちゃりデブのオタクだった。名前は不思議な事に思い出せない。いや、覚える価値すらないほどどうでもいい存在だったのだろう。実際親以外は俺の名前はろくに知らないし、親も俺に興味はなかった。

 

何故死んだのかは分からない。恐らく不健康な生活を続けてきたバチが当たったのだろう。生活習慣病とかその辺の類だ。走馬灯さえなかったのだから、眠る様な死だったのだろう。

 

そして俺は死に、生まれ変わったのだ。

 

贅肉のない体。物覚えの良い頭。

 

あいにく生まれ変わった先は地球にとてもよく似た世界だったので、俺TUEEEEEは出来なかったが…しかし、俺は転生者だ。生まれながらの勝ち組みだと、俺は信じて疑わなかった。

 

そうこうして中学生に上がり、俺はその日もまるで自分が主人公の様に振舞っていた。周りがドン引きするのにも気づかない有様だったのだから笑えない。

 

きっかけは肩がぶつかった事だった。

 

「いたっ」

「あ、ごめんよ。大丈夫かい、君」

 

俺は優しい笑顔で手を差し伸べた。倒れたその少女ーーー赤い髪の毛をサイドテールにまとめた、我の強そうな少女は、俺を呆然と見つめて、そしてこう言ったのだ。

 

「うわっ、や、遠慮します」

 

差し出した手を取らずに立ち上がり、逃げる様にどこかへと行ってしまう。俺は硬直していた。

 

クスクスとどこからか笑い声が聞こえてくる。そっちに振り返ると、クラスメートたちが笑っていた。まるで前世の自分に向けられていたあの嘲笑の様で、俺はただ呆然とそれを眺めた。

 

その時、やっと俺は夢から覚めたのだ。

 

ここは俺が主人公の世界なんかじゃない。

 

贅肉の付いていない体ーーーそんなの生まれつき、ただの偶然だ。むしろ見た目的には平均的だ。

 

物覚えの良い頭ーーー前世の俺の頭が酷すぎて分からなかったが、平均並みに上がっただけだ。

 

その日、俺は自室で鏡を見た。そこに写っているのは、特にイケメンでも不細工でもない、なんの特徴もないただのモブの姿があったのだった。

 

で、まあそれから色々と改心して、勉強も本格的にはじめて地元から離れ、遠くの県立の高校に入った。2年からの勉強だったので大分ギリギリだったが、それでもなんとか行けた。

 

俺はここから始めるつもりだった。自分が凡人だと理解して、それを認めて、普通に生きていこう。そんな風に思ったのだ。

 

まだ立て直しは効く。

 

そう思っていた時期が、俺にもありました。

 

 

 

 

俺は今、とある施設の中にいた。

 

外は猛吹雪。冬の北海道でもなかなか見られないほどの悪環境だ。

 

俺は転生者だ。だけど凡人だ。だって得意なことなんて一つもないのだし。多分秘密結社だとかに目をつけられれば一瞬で死ぬし、異世界に放り投げられたらすぐに動物の餌になるだろう。

 

そんな俺だが、今現在カルデアのマイルームにて呆然と突っ立っています。

 

うん、この世界、型月の世界だったんだ。しかも多分FGO。カルデア以外の全人類が死に絶えて、カルデアにいる人員も殆ど死ぬんだってよ。

 

魔法のまの字も知らなかったし、むしろこの世界あまりに普通すぎててっきりそういうものとは無縁の世界なのだと俺は勘違いしていた。

 

それなのに、普通に高校生活を送っていた俺の元に変なセールスマンがいきなりやってきて、てんわやんわした後にここまで連れてこられてしまった、というわけだ。

 

つまりマスター候補として連れてこられた、という事である。それが大体4、五週間前の事だろうか。

 

…一つ言って良い?良いよな?俺我慢したもんな!?

 

「ふっざけんなああああ!」

 

俺は叫んでいた。何故ってマスター候補とかただの死亡フラグの塊に抜擢されてしまった事もそうだし、行かないとカルデアに避難できないと気づいて首を縦に振らざるを得なかった事もそうだし。

 

だけどね?一つ聞いて?俺魔術回路もってるとか知らなかったし、そもそもFate系にわか知識しかもってないのよ?

 

それこそFGOの知識しか持ってねえわ!それもここ数十年で大分薄れてくてるけどな!?

 

ただ最初は知っている。というか思い出した。レフ教授が敵な事や、オルガマリーがこのままだと死ぬこととか。

 

本人に会ったんだからそりゃ思い出すわ。

 

オルガマリー所長は俺を見て、「あんまり期待してないけれど、せいぜい役に立つことね」とものすっごい上から目線で言ってすぐどっかへ言ってしまった。

 

レフ教授は「根は良い子なのだけれどね」と苦笑していた。どの口が言ってんの?

 

まあ、そんな訳で俺はマスター候補として、ここカルデアで訓練の日々を送っているという訳だ。

 

魔術もいくつか簡単なの使える様になっちった。と言っても魔術礼装・カルデアの補助無しでは碌にだけれど。

 

だが、ちょっと魔術が使える様になったからって、このままでは死ぬ。あの大爆発に巻き込まれて生死の境をさまようことになる。

 

せっかく二度目の生を受けて、調子に乗っていた自分から目を覚ますことができたんだ。

 

死んでたまるかよ!

 

 

 



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1話目

「簡易召喚をやってみたい、だって?」

「はい、お願いします」

 

僕はロマ二・アーキマン。人呼んでDr.ロマン。ここカルデアで医療関係のトップなんて柄でもないものを張っている、ただのドルオタだ。

 

そんな僕が仕事終わりにデスクでコーヒーを啜っていると、今目の前で頭を下げている彼ーーー天野空太君がやってきた。

 

天野空太。僕は彼の情報を頭の中で整理して思い出す。彼は数少ない一般人の中から選出されたマスター候補で、戦闘訓練の成績が平均より少し上な事以外は全て平均的。むしろ今まで魔術を触ったことのない一般人だ。魔術に関しては人よりも数歩遅れている状態にある。

 

見た目的にも性格的にも、特に特筆すべき点のない、本当にただの一般人、という感じだ。マスター適性がなければ、恐らくカルデアとは一切の関係もなかっただろう。

 

そんな彼だが、時々ものすごく思いつめた顔をする時がある。

 

天野君もまだまだ若い。人理修復なんて大任、彼にとっては重荷だろう…いや、大人でも大任なのだから、それ以上か。

 

そんな彼が、僕に向かってそんなことを言い出した。なんでも簡易召喚ーーーサーバントは決して召喚されず、出てくるのはサーヴァントゆかりの概念礼装だけーーーをしたいのだという。

 

「お願いします!」

「いや、ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

僕は頭を下げてくる彼の肩に手を置いて、それを止めた。

 

「僕は医療トップだ。そういうこと(召喚)は所長かレフ教授の管轄だろうし、そもそも何故僕にそんなことを?」

「それは…」

 

彼は言葉を止めた。言いたくないことなのだろう。僕は黙りこくってしまった彼に目を向けて、そしてついに降参した。

 

「わかった。言いたくないことは言わなくて良いよ…えっと…だけど、なんで召喚を?簡易召喚はまだ開発段階で、概念礼装しか出てこないし、そもそも成功率だって…」

「いや、それでもいいです」

「うーん…」

 

僕は彼の真意をはかろうとする。だけど、彼の人畜無害そうな見た目からは一切真意が測れない。

 

天野君はまだ若い。あまり武器を持たせるような真似はしたくないんだけどなぁ…。

 

「…分かった。取り敢えず所長に相談してみるよ」

 

そう言ったその時、天野君の目が急変した。

 

「それはダメだ…いや、辞めてください、ドクター!」

「え、ちょ、な、なんでだい?」

「お願いします、ドクター…!」

 

う、うーん…怪しい。怪しい、けど。

 

良からぬことを考えているような顔には見えないしなぁ。

 

「はー…分かった、分かったよ。僕の権限で一回だけ簡易召喚をさせよう。だけどこれっきりにしてほしい…僕は所長に怒られたくないんだよ」

 

バレたらどうなるか、あまり考えたくもなかった。

 

それにしても、天野空太君。彼は一体何を考えているのだろうか。あまり疑いたくはないけれど、少し様子を見たほうが良さそうだ。

 

 

★★

 

 

ねんがんの 概念礼装を てにいれたぞ!

 

はい、というわけで俺だ。天野空太だ。

 

今日ちょうどDr.ロマンが休憩していたので、フレポガチャを一回回させてもらった。

 

俺は魔術がちょっと使えるだけでその他はただの一般人だ。早めのうちに自衛手段を手に入れたい事もあり、ドクターに無理言って召喚させてもらった訳である。

 

途中でドクターが所長やレフ教授に相談するだとかなんとか言い出した時は凄い焦った。レフ教授はあまり刺激したくないし、所長は絶対にレフに漏らす。だからこそドクターにお願いしたのだから。

 

お陰で一回分しか回させてくれなかったのだが、結果は上々だった。

 

俺が引いたのは星3礼装のアゾット剣。魔術儀礼用の杖のようなものらしい。確か師が弟子に送るプレゼントとして良く渡されるんだったか。あまり詳しいことはわからない。

 

儀式用でそもそもの使用用途が杖なので武器としての性能はそこまで高くないが、まあ刃が引いてあるのだからないよりはマシだろう。

 

それにドクターが言うには、アゾット剣は魔力を込めることができる為、それを解放した際かなりのダメージを与えることができるのだと言う。

 

しかも概念礼装なので、取り出したい時は念じるだけで手のひらに出てくる。収納も同じく。便利すぎてヤバイ。

 

召喚した際、ちょうどダヴィンチちゃんがそこに出くわして、何やら面白そうな顔でアゾット剣持ってって、そして数時間後に俺に渡してきたけど、変な細工してないよね…?

 

これからは毎日素振りの練習だな。明日からの訓練にも短剣の扱い方とか組み込んでもらおう。

 

俺は意気揚々とマイルームへと帰っていったのだった。

 

 

 



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2話目

「あ、お疲れ様です」

 

訓練が終わり、シャワーを浴びてカルデアの制服に着替えた俺をまるで待ち構えていたかのように少女ーーーマシュは俺に腰を曲げた。

 

「おっす」

「訓練はもう終わったのですか?」

「ああ。今日も仮想の敵にコテンパンにされてきたよ」

 

なんだろう、筋は良いらしいのだが、やけに勝てないんだよ。いや、そもそもマスターなんだから、自分が戦うことは殆どないし、あったとしてもサーヴァントを呼び出すための時間稼ぎ程度なのだから、勝つのが目的というわけでもないわけだが。その証拠に訓練のほとんどは体力づくりと肉体づくり、それとサポート系魔術の特訓だ。

 

特に俺はつい最近まで一般人だったので、結構みっちりと詰まっている。端的にいうと辛い。

 

まあ、流石に女の子の前でそんな疲れた様子は見せないけどね。

 

「そうですか…あの」

「ん?」

「すみません、どうお呼びすれば良いか分からなくて。何度かお話しした仲だというのに、お名前を聞くのを失念していました」

 

ああ、と俺は頭をかいた。そう言えばしてなかったっけ自己紹介。相手のことを一方的に知ってたもんで、すっかり忘れていた。

 

目の前にいる少女ーーーマシュ・キリエライトと初めて出会ったのは、先程とほぼ同じ流れで話しかけられたのがきっかけだ。

 

それからはこうして顔を付き合わせるたびに会話とも言えない規模の言葉の交わし合いをするようになった。

 

ぐだーずがくれば少しは和らぐはずの顔も、物語の始まる前の今はまだ色は付いていない。

 

「俺は天野空太。よろしく」

「私はマシュ・キリエライトと言います。よろしくお願いします。えっと、では天野さん、とお呼びしても良いでしょうか?」

「ああ、構わないよ、キリエライトさん」

 

え?名前で呼ばないのかって?前世と今世で童貞貫いてきた俺が、女子を名前で呼ぶなどという高等技術、さらりとできるわけがないだろう。

 

ちょっと前の俺だったら平気で呼んでたけどね。更に告白かまして振られるまである。

 

「すみません、天野さん。キリエライトの方は呼びなれないので、私を呼ぶときは是非マシュとお呼びください」

「あっはい。わかった…マシュさん」

 

このあとめちゃくちゃ語り合った。

 

ごめん、今のは嘘だ。本当はすぐに別れた。お互いまだやる事あったしね。

 

 

 

 

 

「やあ、天野空太君。今日も早速やっていこうか」

「はい」

 

夜中、俺はカルデアで唯一召喚が成功したダヴィンチさんーーー師匠にワンツーマンでレッスンを受ける。

 

概念礼装で武装したとは言え、現状はナイフ持ったただの一般人だ。爆発とか極光が反転カリバーとか受けたら、多分一瞬で蒸発する自信がある。

 

そういう訳で次は防御面だ。カルデアでは魔術礼装ーー名前がカルデアという安直な名前のやつーーが一人一つ配備されるので、それを弄れれば少しはマシになるだろうと思い立ち、カルデアの中で最もそういう事で優れた人であるだろうダヴィンチちゃんに相談してみたところ、なんか気に入られて弟子にさせられていた。

 

今では魔術礼装の改造だけじゃなくて、魔術を組み込んだ武器の開発や発明を手伝…もとい教授されている。

 

かの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチに弟子にとってもらえるのはかなり光栄だし、習う事も決して無駄じゃ無い。むしろ新しい武器や魔術の使い方、考え方、技術、様々なものを得られるのは僥倖だ。

 

しかし疑問だ。俺は自分のことをただの一般人だと自負している。だというのに、なぜ俺なんかを弟子に?

 

ある時、一体凡人である俺のどこがいいのか聞いたところ、「凡人だから弟子にとったんだ」と笑われて、首をひねっていると、

 

「天才の考えは凡人にはわからないものさ」

 

と頭を撫でられた。優しい目で。

 

なんかいい感じの雰囲気を作り出そうとしているっぽいけど、それすごい嫌味に聞こえるし中身男な美女に頭撫でられても凄い困るというかドギマギしたくないというか、なまじ英霊に召し上げられる程の天才である彼はそんな俺の様子を一目見てすぐに察してくるので恥ずいやらなんやら。

 

ええい、もういいや!さっさと作業の続きやりましょうよ師匠!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

天野空太。彼は凡人でありながら天才なのだと、私はすぐに理解した。

 

確かに彼の才能は地に埋もれやすいだろう。しかしこの天才、レオナルド・ダ・ヴィンチはすぐに理解できた。

 

私がカルデアに召喚されて、下らない魔術師どもや下らない実験なんかを見て辟易していた頃、彼は私の元に訪れた。

 

なんでも魔術礼装の改造をしたいから、相談に乗って欲しくて来たらしい。そういう要件で私の元にくるのはとても効率的で効果的だ。私は軽くオーケーを出して、息抜きがてら手伝ってやる事にした。

 

それに、少しだけ興味も湧いた。天野空太は生粋の一般人、ここに来るまで魔術のまの字も知らない人間だったはずだ。それが、カルデアから支給された魔術礼装を改造したいと言い出したのだ。

 

彼の構想を聞くに、生存確率をより高めるのが目的だったらしい。私は魔術礼装にダメージカットや防御力アップなどのパッシブバフを付けたり、スキルの使い勝手を改良したりしながら、彼に色々と教えてやった。

 

凡人にしては理解が早く物覚えもいいので、私はその内魔術礼装の改造に必要な知識以外のものも教え始めた。

 

打てば響く…とまでは行かないものの、しっかりと私の教えたことを理解し、自分のものとして吸収し続けた。

 

そうしているうちに気付く、彼の異常。

 

天野空太は、凡人だ。物覚えも記憶力も人よりはいいが、それでも凡人止まり。よくて秀才と言ったところ。

 

しかし彼は一つだけ違った。彼は全てにおいて凡才だったのだ。

 

運動も、戦闘技術も、魔術も。そのほかあらゆる分野において。

 

そして彼はそう言ったあらゆる知識をつなぎ合わせ、新たなものを作り出す事にも秀でていた。

 

言うなれば万能の凡人、という感じだろう。簡単に言えば私の劣化版だ。

 

万能である事は、それだけで武器なり得る。万能である私は何よりもその事を知っている。

 

そして彼はただ万能ではなく、そう言った膨大な知識を掛け合わせ、新しいものを作るセンスも持っていると来た。

 

私は彼を弟子に取る事にした。腐らせておいておくには惜しいし、何より彼も助かるそうだったからね。

 

空太は、ロマンと同じだ。どこか違う場所を見ている、あの変人と。

 

二人が何を見ているのかは、天才たる私でもわからない。何が目的なのかも。

 

ただ、空太に関しては…うん、きっとロマンとはまた違った、恐らく凡人並みのありふれた悩みなんだろう。ただの勘だけど、見てればわかる。

 

まあ、私の大切な弟子だ。どんな悩みでも、味方にくらいはなってやろうじゃ無いか。



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3話目

マスター候補の数がどんどん増えて来始めた。今は40人ほどで、これからも増えていくらしい。一般枠で10人が来るらしいが、それらは完全なる数合わせ。もちろんその中に俺も含まれている。

 

「天野さん、今日はお休みですか?」

 

共有スペースのソファで自販機のお茶を飲んでいると、声が降って来た。俺は顔だけそちらに向ける。

 

「まあね。おはよう、マシュ」

「あ、おはようございます、天野さん」

 

マシュが律儀に腰を曲げた。そして微笑みを浮かべる。

 

カルデアはブラック企業じゃ無いので、週に二回は休みの日が設けられている。給料も出るし飯は無料だしで至れり尽くせりだ。泊まり込みなのとちょっと外に出たら極寒の雪山なのと、日々の仕事が訓練と勉強で敷き詰められているのを除けば、超ホワイト企業である事は確定的に明らかである。

 

それにしても、マシュが自由時間中に話しかけて来るなんて珍しい事もあったものだ。いつもは書類持ってたり、ドクターに健康診断受けてたり、フォウと呼ばれる謎の生命体探してふわふわしてたりするのを見かける程度なんだが。

 

「お疲れの様に見えるのですが、何か困り事でも?」

「ああ…まあ、ちょーっとね…」

 

マシュの言葉に俺は笑顔をひくつかせた。

 

マスター候補の殆どが魔術師なのでね。色々とアレだよ。一般人にはプレッシャーというかなんというか。魔術師ってプライドの塊なのって本当だったんだね。

 

と、いう事を話すと、

 

「天野さんも一応魔術師なのでは?」

「俺はどっちかっていうと魔術使いかな…」

 

根源目指してるわけじゃない。俺が魔術を使うのは生き残る為だけなのだ。そもそも入りがカルデアだった訳だし。生まれも育ちも一般人である。

 

「あ、そういえば、フォウさんを見かけませんでしたか?実はさっきから探しているのですが…」

「フォウって、あの毛玉か?あー、俺は見てないな…っていうか、多分俺避けられてるし…」

 

フォウって確か、人の汚い感情がどうたらって感じの化け物なんだっけ?最後あたりあんまり覚えてないなぁ。

 

「そういう訳ではないと思いたいのですが、確かにフォウさんは天野さんを見かけるといつもダッシュして逃げてしまいます。他の方には懐かないだけでそういう事はしない筈なのですが」

「うーん…」

 

まあ、嫌われているんならしょうがない。俺もあのモフモフを堪能したみがあったが、まあ些事だろう。

 

「フォウさんは多分、天野さんを嫌っている訳ではないと思いますよ」

「へぁ?」

 

予想外にもそう言ったマシュを見上げると、マシュは微かに笑みを浮かべた。

 

「勘、なのですが」

「…そっか」

 

まあ、だったら良いなぁくらいで受け取っとこう。

 

「やあ、二人とも」

 

その時、横合いからぬっと緑色の影が現れた。

 

「レフ教授、おはようございます」

「おはようございます、教授」

「やあ、おはよう。一体何の話をしていたんだい?」

 

優しそうな顔でそう口を開いたレフ・ライノール教授。びっくりした俺はそれを顔に出すことのない様、師匠から教わった『猿でもできるポーカーフェイスの作り方ウィズダウィンチちゃん』を実践し事無きを得る。

 

レフは物語上の裏切り者。マスター候補のほとんどを殺害し、さらにレフを最も信頼していたオルガマリーをも死に追いやった悪魔だ。

 

「フォウさんを探しているのですが、レフ教授は見ていませんか?」

「ああ、それなら向こうの方で遊んでいたよ。餌の時間だったかな?」

「はい」

 

フォウって何食うんだろう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

「君は…天野空太君、だったね?」

 

マシュの後ろ姿を見送って、レフがそう切り出した。

 

「はい、マスター候補の一人です」

「ああ、君のことはよく聞いているよ。一般枠だが、なかなか優秀なのだそうじゃないか」

 

レフはひっそりと笑顔を浮かべて、

 

「期待しているよ、天野君」

 

そう言って去って行ってしまった。

 

期待している、ねえ。っていうか名前覚えてんのかよ。

 

「…さむっ」

 

俺は寒気を感じながら、共有スペースから離れてマイルームへと向かったのだった。



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4話目

「ちょっとそこの。来てくれるかしら」

 

訓練の間の休憩時間、いつもの様に共有スペースで寛いでいると後ろから声をかけられた。

 

振り向くとそこにはきつく目を吊り上げた、所長の姿があった。

 

「あ、はい」

「貴方、確かダ・ヴィンチの弟子とか名乗っていたわよね。今どこにいるか知ってる?」

「えっと、この時間だったら、普通に工房の方で作業してるんじゃないですかね」

 

そう答えると、所長はさらに目を吊り上げた。

 

「いないからあんたに聞いてるんじゃない!はー、他に心当たりはないの?」

「ええ…」

 

そう言われてもな、と考えて、そしてふと思い出す。

 

「そういえば、たまにドクターのところに顔を見せに行ってるって話してたから、そこじゃないですか?」

「はあ?そうなの…分かりました。ありがと」

 

そう言って、所長はスタスタと去って行った。

 

「忙しそうだなぁ」

 

若干目が死んでた気もする。確か今はかなりきつい時期だったんだっけ。若干体が細っこいし、ちゃんと食ってんのかな。

 

「あ、そういえば貴方!」

「へ?」

 

ツカツカと所長が戻ってくる。

 

「随分前に、勝手に召喚システムを起動したそうですね!あのね、ここでは私がトップなんです!勝手な事しないでくれる!?」

「え!?」

 

まさかここに来てバレていたとは。俺はがなり立ててくる所長の圧に押されてのけぞった。

 

「ご、ごめんなさい」

「ふん、貴方もどうせ私のことを下に見てるんでしょうけどね、カルデアは私の、アニムスフィアの所有物なのよ。貴方の様な勝手な人がいたらねぇ…」

「す、すみません…でも、下に見てるわけではなくてですね…」

「じゃあなんだって言うのよ!」

 

いや、だって魔術師が多いマスター候補の中で、魔術も戦闘訓練も全くど素人だった俺が他の人間に追いつくためにはーーーむしろ生き残るためには仕方ない事だったわけでして。

 

と言うことを話すと、

 

「そもそも一般枠のマスター候補には期待していません!」

 

と断言されてしまった。

 

「全く、レフもレフよ。ずっと黙ってたなんて…他のマスターも勝手にいろいろしてるみたいだし、そんなに私のことが信用できないの…」

 

そう言えば、所長はレフに依存しているんだったか。マスター適正がないのとか若いうちに所長になっちゃったとかで、傷心に付け込まれたらしいが。

 

ここは俺が励まして、少しでも所長のストレスを和らげなければ。というかこんな可愛い子があんな最後迎えるなんて、お父さん許しませんからね!

 

「そんな事はありません、少なくとも俺は、所長が頑張ってる姿に感動してこうしてカルデアで頑張ってるんです!」

「へっ?」

 

ぽかんと口を開ける所長に俺はまくし立てた。

 

「召喚の件に関しては謝罪します。だけど、所長が頑張ってるのに、俺は何もできない…俺はそんな事実が歯がゆくて、少しでも力になれたらなって俺は…俺は…!」

 

いつのまにか所長の肩を手で掴んで力説していた。俺はハッと我を取り返し、すぐに離れる。

 

「…」

 

所長がフリーズした。あれ、墓穴掘ったか?

 

「あの、所長?あのー…?」

「はっ…!な、い、い、いきなり何を言いだすかと思えば…!あ、あ、あなた、あなたにぇえ…!」

 

ひいっ、顔が真っ赤!めっちゃ怒ってらっしゃる!?

 

「も、もう良いです!まあ、貴方の心意気は伝わりました…召喚の件に関しては不問にしましょう」

「え…?い、いいんですか?」

「何か不満がありますか!?」

「な、ないです!」

 

所長は真っ赤な顔を背け、ふんっと鼻を鳴らした。

 

「…貴方、名前は?」

「え?えっと、天野空太、です」

 

所長の肩が一瞬止まった。

 

「ふーん、貴方が天野空太なのね…」

「えっと、それが何か…?」

「何でもありません。そろそろ訓練に戻りなさい、天野。人類の未来は、貴方の肩にもかかっているのだから」

 

そう言って、所長は歩いて言ってしまった。そういえば師匠に用事があるんだっけ。

 

「マズったかね…?」

 

まあ、過ぎた事は戻らない。気にしても仕方のない事か。

 

その日の夜、師匠からこの事を盛大に茶化されたりしたのだが、今の俺には知るヨシもない事であった。

 

 

 



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5話目

そろそろ訓練も大詰め、ある程度弱体化されたシャドウサーヴァントも俺一人で倒せる様になってきて、大分ナイフの扱いにも慣れてきた今日この頃。

 

「大丈夫かい、天野君。胃薬を持ってきたから、飲むといいよ」

「はい…」

 

俺氏、腹痛で倒れる。

 

「ふぉーう」

 

腹痛の元凶であるフォウがクルクルと楽しそうに駆けて部屋の外へと出ていく。

 

「くっ…」

 

俺は何もできずに、その後ろ姿を見てがくりとベッドに倒れ伏した。

 

 

事の顛末はこうだ。他の職員が落としてしまったお菓子をフォウが拾い上げて俺の部屋の机の上に置いていき、そして俺はまんまとそれを食ってしまった、というところである。

 

一部始終の犯行が通路の監視カメラに映っていた。フォウは既に言い逃れはできない。

 

というかあいつ、マシュから聞いた話によると俺からは全力で逃げる癖に俺のマイルームでは度々遊んでいたらしい。何がしたいんだか。

 

「私はフォウさんを叱って来ますので、天野さんはここでお休みになっていてください」

「いや、気にしないでいいから…」

 

というかだいぶ良くなってきたから。うん。

 

「ははは、取り敢えず顔色は良くなってきたかな。薬飲んで、もう大丈夫そうだったらマイルームで休んでいいからね」

「ありがとう、ドクター…」

 

俺はベッドから起き上がってドクターに礼を言いつつ薬を受け取った。

 

「それにしても、フォウがあんな事するなんてね。ぷくくっ…ま、まあ、マシュ以外に懐いてる人がいたようでよかったよ、うん」

「何わろてんねん」

「いやっ、でも、部屋にあったからってひょいひょい食べるかなぁって考えたら…くくっ」

 

ドクター、あとで覚えてろよ。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

夢の底で、俺はふと目を覚ました。

 

ーーーーここ、は?

 

まるで泡の様に揺蕩う俺は、辺りを見渡しながらそう呟いた。まるで宇宙の様に暗く、そして銀河の中心のごとく明るい、その場所は、どこか懐かしく感じた。

 

『やあ、天野空太君』

 

声が響く。聞き慣れない声だ。

 

ーーーー誰、だ…?ここは…?

 

『ここは、君の世界。君の夢見る過去の世界。僕はそんな場所に少しお邪魔させていただいただけの、ただの獣さ』

 

ーーーー夢?

 

『そうだよ。ここは夢の世界。現実の君はスヤスヤ寝ているーーーさて、本題に入ろうか、世界の異物君』

 

目を、見開く。

 

『君はこれから何かが起こることを知っていて、そしてそれを止めようとしている様だけど、うん、それじゃダメなんだ。それだと世界は終わってしまう』

 

ーーーーなんだって?それはどういう…!

 

『まあ、疑問も納得がいかない所も色々とあるだろうけれど、今は話す時じゃないんだ。今は、まだ』

 

ーーーー起きなければ。嫌な予感がするんだ。

 

『そうかい?だとしたら、それは当たっている。だけどまだ起こすわけにはいかないんだ』

 

ーーーーマシュが、マシュや、オルガマリーが大変なことになる。

 

『ああ、そうだね。そうだとも。君には辛い結末だ』

 

ーーーーー分かって、やっているのか?

 

『ああ…もうおやすみ、目を覚ましたその時が、物語が動きだす時だ』

 

ーーーーなに、を…

 

世界が、崩れ始める。

 

夢は泡沫に消え、俺の意識は沈んでいく。

 

声が遠のく。

 

『人理救済の旅ーーー間違った物語の開幕は、すぐそこまで来ているのだから』

 

 

 




中身がないのは、これ書いてる時頭空っぽにして書いているからです。
取り敢えず10話目指して頑張ります。


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6話目

ご指摘ご感想、お待ちしております。


どがああああん!

 

眠っていた俺は、突如鳴り響いた耳をつんざく轟音に、俺は思わず耳を押さえながらベッドから飛び起きた。

 

「な、なんだ…!?」

 

俺はすぐに外に出て、辺りを見渡した。24時間ずっと明かりがついたままの廊下が真っ暗になっていて、赤い非常用電灯が爛々と輝いていた。

 

「これって…!?」

 

俺は嫌な予感がして、だっと走り出した。

 

「そんな、今日じゃなかったはず…!今日じゃなかったはずなのに…!」

 

焦燥、困惑。いろんな感情が入り交じって、俺は何度かこけそうになりながら廊下を進んだ。

 

「あ!天野君…!?」

「ドクター!今の爆発音は!?」

 

もうすぐ管制室という所で、ドクターに出会った。

 

「ごめん、今は説明している時間もーーーーああもう、とにかく、回れ右して逃げるんだ!」

「ドクターは!?」

「僕は地下の発電所に行く!くそっ、こんな事になるなんて…!」

 

ドクターは「いいかい、すぐに戻るんだ!」と言いながら走って行ってしまった。

 

「…!」

 

俺は足を止めて、歯を食いしばった。

 

 

もう、ストーリーは始まっているのか。何の前触れもなく始まってしまったというのか。

 

というか、今日説明会があるなんて俺は聞いていないぞ…!

 

愕然としながらも、俺は二つの選択肢の間に揺れていた。

 

それはつまり、逃げてしまうか、自分から突っ込むかの二つだ。

 

恐らくこの先では、もう既に主人公がマシュと一緒にいるのだろう。恐らく、このままいけばマシュと主人公は従来の歴史通りにレイシフトし、特異点へと移動してしまう。そういうストーリーだ。逆に俺が行けば従来の歴史が変わってしまう可能性だってーーーー。

 

「…くそっ…だからと言って、見捨てられるわけねえか…!」

 

俺はまた走り出した。何が従来の歴史だ。コフィンに入っていない状態でのレイシフトは高確率で存在毎消えてしまう可能性がある。そんな危険な状態でいる顔見知りを、『従来通りの歴史だから』で見捨てられる程俺は神経が太くない。

 

それに、所長…オルガマリーだって…!

 

中央管制室に入ると、顔に激しい熱気がぶち当たって俺は思わず顔を腕で覆った。

 

「くそっ、誰かいないか…!?」

 

俺は中でそう叫んだ。

 

 

「…天野…さん…?」

 

 

聞きなれた声がして、俺はそっちにダッシュで近づいた。

 

「だ、誰…!?」

 

そこには、瓦礫に潰されたマシュと、赤い髪の毛をサイドテールにまとめた女の子がいた。

 

「あの、マシュが、マシュが…!」

「分かってる!マシュ!今助ける!」

 

俺はすぐに近づいて、瓦礫に手をやって持ち上げようとする。が、持ち上がらない。

 

「くそっ…『瞬間強化』--LV5!」

 

魔術礼装のスキルーーー瞬間強化。ゲームでは1ターンだけ攻撃力を上げるスキルだが、現実世界では筋力を魔力で強化する立派な肉体強化系の魔術だ。さらにダウィンチちゃんとの魔術礼装改造により、その使い勝手の良さは上がっている。スキルレベルも大分上がった。

 

だが…。

 

「…駄目だ!重すぎる…!」

「そんな…!私も一緒に…!」

 

赤い神の女の子が一緒に瓦礫に手を付けようとした、その瞬間だった。

 

「あ…」

 

炎の色とは明らかに違う、真っ赤な光がマシュの顔を照らした。

 

「…カルデアスが…」

 

 

『----観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。芝による近未来観測データを書き換えます。

近未来百年までの地球においてーーーー人類の痕跡は 発見 できません』

 

 

アナウンスが流れる。今、この瞬間ーーー未来から、人類は一切が消え去ったのだ。俺はその事実に、頭を真っ白にして目を見開いた。

 

目の前で、人類が滅びたのだから。

 

「…カルデアスが…真っ赤に、なっちゃいました…いえ、そんな、ことよりーー」

 

マシュが何かを言おうとした次の瞬間、別の声のアナウンスが流れた。

 

もう、ここから出ることはできない。

 

「…隔壁、閉まっちゃい、ました…もう、外には…」

「…うん、そうだね…まあ、なんとかなるさ」

「…」

 

明らかな強がりだった。少女は笑顔を浮かべて、マシュの頭を撫でる。

 

『コフィン内のマスターのバイタル、基準値に達していませーーーー』

 

アナウンスが流れ始める。ああ、物語が始まってしまう。

 

「…すまん、マシュ…俺、俺は…」

「…?なぜ、天野さんが…謝るん、ですか…?」

「もっと早く起きていれば…!」

 

もっと早く起きていれば、マシュがこんなに痛い思いをしなくて済んだのではないか。少女が一緒にマシュを連れ出して、万全の状態でレイシフトが出来たのではないか。

 

「…天野さん…ありがとう、ございます…」

 

マシュがにこりと笑顔を咲かせた。

 

『適合番号31番 天野空太。続いて 適合番号48番 藤丸立花 をマスターとして再設定します』

 

レイシフトが始まった。

 

「あの…先輩…天野、さん…手を、手を握っていただけません、か…?」

 

少女がマシュの手を握った。俺も慌てて手を握る。

 

『レイシフト開始まで、後3』

 

マシュが淡いほほえみを浮かべた。震える程の力も残っていないのか、その手は冷たく、人形の様に動かない。

 

 

『2』

 

 

身体がどこかに引っ張られるような感覚がする。いや、身体なんてものじゃない。身体の芯の部分、存在の中枢というべきか。俺の存在そのものが、どこかに引っ張られるような、そんな感覚だ。

 

 

『1』

 

 

 

俺は、震えそうになる手を自分の手で押さえた。

 

 

 

ーーー全行程、クリア。ファーストオーダー 実証を 開始 します

 

 

 

世界が、真っ暗に眩む。

 

 

 

 

 

 

 

 



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特異点F 炎上汚染都市 冬木
7話目


「…ここ…は…?」

 

俺はゆっくりと起き上がって、そして辺りを見渡した。

 

目を覚ましたその場所は、炎が燃え盛る廃街だった。

 

「…ここは…冬木市か…」

 

俺はまずほっと胸をなでおろした。意味消失しなくて良かったと本当に思う。確か90%以上の確率で消えるんじゃなかっただろうか。なんというか、紐無しバンジージャンプをやって生き残った後のような気分だ。

 

「…おーい、マシュ?主人公ちゃーん」

 

俺は立ち上がってそう呼び掛けた。

 

…返事はない。

 

ははは、おいおい。待ってくれよ。

 

「ドクター!ドクター、応答してくれドクター…!マシュ、ドクター!」

 

しばらく無為に声を張り上げて、そして俺はようやく諦めた。

 

しょっぱなから特異点で化け物やサーヴァントがそこらへん闊歩しているような場所に独り放り出されて、しかもカルデアのサポートもないとか。

 

何それ無理ゲー。やばすぎるだろ。

 

「…くそっ、とりあえず…寺を目指すんだっけ?」

 

俺は辺りを再度見渡した。

 

「いや、どこだよ…」

 

はー、とため息を吐き出しながら、とりあえず俺は概念礼装であるアゾット剣を取り出す。問題なく出し入れする事が出来る。

 

「…『応急手当:LV1』」

 

次にスキルを使う。やけどや打ち身をしたのか、ヒリヒリしていた場所が無くなって、身体が幾分か軽くなる。魔術礼装の動作も滞りはない。

 

よし、準備はこれでいいか。

 

俺は周囲を探索する事にした。何はともあれまずはマシューーーもう一人のマスターと合流しなければいけない。

 

そうしてマシュとマスターを探しに歩き始めたのだが、角を曲がったところで、視界に現れた影に俺はとっさに隠れていた。

 

「…っ、まずいな…!」

 

見ると、スケルトンが何体か群れて歩いていた。

 

今の俺じゃああいつらと戦うのは無理だ。無理無理。今着ているカルデアの魔術礼装の『瞬間強化』を全力で使っても星1のLV1サーヴァントと同じかそれ以下程度の強さしかない俺には、あれらと戦うのは無謀というものだった。

 

「この道はいけないな…他の道を探そう」

 

ため息を吐き出して、回れ右をして歩き出そうとした、次の瞬間だった。

 

俺の目の前に、骸骨の真っ黒な瞳と、白く輝く影が鋭くこちらへと向かって来ていた。

 

「はあっ!?」

 

俺は驚愕しながらも、不意打ちに打ち込まれた錆びた剣をアゾット剣ではじこうとして、そのあまりの重さに足で踏ん張った。

 

(重っ!?)

 

 

アゾット剣に魔力を込めて強度を増して、刃に滑らせるように剣をいなす。そして身体ごとゴロゴロと前転。すぐに距離を取った。

 

(敵の数はーーー!?)

 

素早く辺りを見渡して、敵が不意打ちしてきたスケルトン一体だけであることを確認する。

 

「肩慣らしってか…!」

「ギャギャギャギャギャ!」

 

俺はアゾット剣を握りしめて、すぐにスケルトンへと肉薄した。声に反応してさらに敵がわいてくる可能性がある。速攻で仕留めてすぐにここから離れるべきだ。

 

振り落とされた剣を上半身をそらして避けて、その胸にアゾット剣を叩き込む。その際に魔力を開放して攻撃力を増させる。当たった部分の骨が大きく欠けて、スケルトンはその骨だけの身体を吹っ飛ばした。

 

「まだだ…よ!」

 

剣を持っていた方の腕に追撃を仕掛けて、剣を落とす。最後に頭蓋骨に短剣を突き立てた。

 

「ギャ…が…」

 

スケルトンは沈黙し、そしてすぐに黒い煙となって消えていった。

 

「ふう…一対一だと問題ないか…」

 

あー、怖かった。っとと、一息ついてる暇はねえか。

 

「って、うわっ」

 

そこから距離を取ろうとした俺の足元に、何かが飛来して突き刺さる。

 

「弓…って、まずい!」

 

遠くの方でスケルトンが弓を使ってこちらに狙いを付けているのが見えて、俺は走って遮蔽物に身を滑り込ませた。割とすぐ近くの空気を割いて飛来する矢が心底怖い。

 

と、隠れたら、次は俺が行こうとして引き返した道の方向から、ガチャガチャと骨の擦れる音がする。こっちに来ているようだ。

 

「くそっ、どうする…!?」

 

流石にあの数を相手にして戦うなんて、出来っこない。そもそもアーチャーのスケルトンがいる時点でやばい。

 

逃げようにもアーチャーがいるし、今逃げ出すと足音に反応して向こうで群れていたスケルトンが絶対に追ってくる。

 

つまり、詰みという奴だ。

 

「…はー、くそっ、どうするかな…」

 

ここまで絶望的な状況だと、逆に笑えて来る。

 

ああもう、腹くくるか。

 

「…『瞬間強化:LV5」

 

俺は自分の身体を強化して、小石を拾い上げて自分の身体を遮蔽物から飛び出して晒した。

 

「遅え、よ!」

「ぎえっ!?」

 

すぐに矢が飛んでくるのを、強化した身体で避けて、カウンターに小石を全力で投球した。狙いは寸分たがわずアーチャースケルトンの頭に吸い込まれるようにしてぶち当たった。

 

「よし!」

 

瞬間強化で目まで強化出来て良かった!そう思いながら駆け出す。

 

「ギャギャ!」

 

後ろからガチャガチャとやかましい足音が追いすがってくる。

 

「くそっ、やっぱりバレるか!」

 

俺はぼやきながら、出来るだけ広い場所まで誘導して敵を返り討ちにすることにする。

 

スケルトン。身体に肉が無い所為か、ほぼスタミナの上限が無いため、逃げ続けても恐らくいつかは追いつかれて、消耗戦になって死ぬだろう。

 

「これが、特異点、か!」

 

後ろから飛来する剣の切っ先を跳ね返して、その肋骨に師匠直伝の掌底をぶち込んでやる。身体を強化しているため面白いほど吹っ飛んで、他の敵を巻き添えにしてぶっ倒れた。俺はそれに追いすがって首を飛ばす。

 

「よっと、おら!」

 

連携も何もない攻撃を、剣を使っていなし受け流し、または身体をひねって避けて、そして隙を見つけては首を飛ばす。四方八方から飛来する斬撃に、俺の身体に多数の切り傷が出来た。

 

「っ…!くっそ、多勢に無勢だなぁ!」

 

5体目を切り倒して、残りは10体程度。あまりの絶望に口角が上がりそうだ。

 

「ぶっ!?」

 

剣を弾き飛ばしてやったら、思いっきりほほをぶん殴られた。口が切れて血が出る。視界が涙で滲むほど痛い。

 

「やりやがったな…!」

 

足元の石を拾って牽制しつつ、そいつの背中にアゾット剣を突き刺して、魔力を開放して中から壊してやった。

 

「はあ、はあ…強化切れたか…」

 

がくっと身体が重くなる。

 

「『瞬間強化:LV5』」

 

バフをかけなおす。俺の魔術礼装はダウィンチ師匠と俺が改造した特別性。スキルの魔力消費を少なくしつつ、また小出しでスキルを発動できるようにする事でリキャストタイムを少なくすることに成功。さらに服自体にダメージカットの効果だ。

 

「とはいえ、これじゃ消耗戦だ!」

 

何時か俺の体力か魔力が切れて死ぬ。

 

何とか状況を打開しねえと。俺は迫ってくるスケルトンから距離を取りつつ、様子をうかがう。

 

と。矢が飛来する。奥の方でアーチャースケルトンが弓をつがえている。

 

「とわっ、あぶねえ!」

 

矢をとっさに身体をひねって避けるが、そこに剣を持ったスケルトンが大ぶりの攻撃。これも避ける。次はその後ろからスイッチしてきたスケルトンの突き。避けれない。

 

「うおっ…!ぐあっ!?」

 

突きをいなした瞬間、腹にけりを叩きこまれて俺は吹っ飛ぶ。

 

「ぐっ…!」

 

痛い。大分クリーンヒットした。俺は地面に倒れ込んで、そしてすぐに起き上がってバックステップ。俺がいた場所に剣が2本突き刺さる。

 

「容赦ねえ、な…」

 

まあ、相手に容赦できるほどの脳もないんだろうが!

 

レイシフトしてきて一瞬でピンチに陥るとか。主人公はマシュがデミ・サーヴァントになっていたから何とかなった訳であって、ただの素人マスターが来たらそりゃこうなるわ。

 

そもそも、このカルデア魔術礼装だってサーヴァントをサポートする事が前提な訳だから、俺に使っているのがおかしいんだけどね。ちなみに使いすぎると副作用に筋肉痛が酷くなる。あまり多用はしたくない。

 

魔力もそろそろやばいし、流石にこれは…。口から垂れた血を拭って、スケルトンを睨む。

 

そう思った、次の瞬間だった。

 

「ぎゃああああああ!?」

 

目の前のスケルトンたちの足元が、一気に火に包まれて火柱に飲まれた。激しい熱量に耐え切れずに消えていくスケルトン達を、俺は呆然と見るしかない。

 

「へへっ」

 

頭上から声が落ちてきて、そして水色の影がすっと地面に降り立った。水色のローブに木でできた杖。面倒見のよさそうな、酷く整った勝気な顔つき。

 

その男は、にやりと俺に笑いかけて、そして口を開いた。

 

「よお、坊主。悪くねえガッツだったぜ?」

 

その男はーーー光の御子クーフーリンは、杖を肩に置きながら、そういった。

 

って、クーフーリンんんん!?

 

なんで!?なんでここにクーフーリンいるの!?

 

「あ、貴方は…!?」

「俺か?俺はキャスター。まあ、本当は助ける義理なんざないんだがーーー見どころのあるガキは嫌いじゃねえ。構えな、坊主。もう2,3体は倒せるだろ?」

「…あ、ありがとう…!」

 

俺はすぐに立ち上がって、アゾット剣の柄を握りなおした。

 

「よし、それでいい。いいねぇ、骨のある若いのは。見てると血がたぎる。それに戦い方も悪くねえ。全てを見通して、どんなもんでも自分の有利な方向に行く様利用する狡猾さ。センスがある…だが、戦い方を視りゃ分かる。まだてんでど素人、本番を迎えたのは今回で初めてなんだろう?」

 

ドンピシャな推理に、俺は目を真ん丸にして驚愕した。確かに今回で本番は初めてだ。今まで仮想空間での戦闘訓練だけだったし。

 

「そんな事まで分かるのか…いや、今はそれよりも。キャスターさん。誰かは知りませんが、ご助力感謝します」

「よせやい。そういうむずかゆいのは苦手なんだ。ま、詳しい話や自己紹介は荒事の後ってね。まずは目の前の骸骨どもを蹴散らすとしようや!」

 

「んじゃ、いくぜ!」と、言いながら、キャスターは杖を振りかざした。サーヴァントの力はまさしく一騎当千で、俺が苦戦していたスケルトン達がまさしくちぎっては投げちぎっては投げの状態だった。

 

(すげー、これがサーヴァント…!)

 

そのあまりの強さに、スケルトンの首を跳ね飛ばしながら俺はただただ息を飲む事しかできなかった。

 

ただ、キャスターなのに嬉々として杖で殴打している姿には、それでいいのかキャスター、とかすかに思ったのは内緒である。



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8話目

やっと8話目行った…これちゃんと続けれるだろうか…。


「よし、んじゃとっとと移動するか」

「はい」

 

俺とクーフーリン…だとランサーとかオルタとかで混同しそうだから、キャスニキと呼ぶことにしようーーは敵を倒し終わると、すぐにその場から離れた。

 

廃ビルの中に入って、とりあえず俺たちはそこに隠れることにした。

 

「ふー、ここまで来れば大丈夫…っ…きついなぁ…」

「そりゃ当たり前だぜ。あんだけ見境なく暴れてりゃ普通の人間だったら死んでてもおかしくねえ。むしろ俺が手えだすまでよく生き残ったぜ」

「見てたんですね。何時から?」

「お前がスケルトン一体と接敵した時から」

「ほぼ最初からじゃないですか…」

 

俺は魔術礼装でなけなしの魔力を使って自分の身体を回復しながら、キャスニキを微妙な目で見た。もう少し早く助けてくれてもよかったんじゃないですかね。

 

「まあなんだ。助かったんだからいいじゃねえか。それとさっきも言ったが、そういう他人行儀なのは嫌いなんだ。もう少し砕けてくれや」

「はあ。…分かったよ。キャスター…でいいんだよな?」

「ああ。そういうあんたは漂流者か。一体どこから来たかは知らねえが、こんな場所に一人で坊主のような初心者がうろちょろしてるたぁ、随分と大胆じゃねえか。自殺願望でもあんのか?」

「ねえよ。むしろ死にたくなくて死に物狂いで戦ってたわ」

 

折角カルデアまできて人類滅亡から逃れたというのに、旅が始まった瞬間に死ぬとかあまりにも惨めすぎるだろう。

 

「それに…今はまずもう一人のマスターと合流しなきゃだしな…」

 

マスター…名前は知らない。それとマシュだ。オルガマリーももう合流している筈。俺とクーフーリンが出会っているのだから、もう従来の歴史とはかけ離れているに違いない。心配だ。早く合流する必要がある。

 

という理由もあるが、味方は多い方がいい。俺も死にたくないわけだし。

 

「ほお。マスターは二人いんのか。そりゃいい。味方は大いに越したことはねえ…なあ、ところでそろそろ互いに自己紹介と行こうや。あんたが一体どこから来たのか、どういう目的なのか、とかな」

 

キャスニキのセリフに俺は一つ頷いて、まずはカルデアの目的から説明し始めたのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「なるほどね。じゃあそちらさんの目的と俺の目的は見事合致するってこった」

「キャスターの目的はこの聖杯戦争の幕引き…そのためには、特異点の中心である大聖杯…それを守っているセイバーを倒す必要がある、と」

 

ああ、とキャスニキは一つうなずいて、にかっとさっぱりした笑顔を浮かべた。

 

「そうと決まれば共闘と行こうや。とりあえずあんたをマスターとして仮契約させてもらうぜ。サーヴァントはマスターがいねえと十全な性能は出せねえからよ」

「利害の一致ってやつだろ?ああ、俺も賛成だ。って言っても、俺なんかがマスターで良いのかって話はあるんだけどな…」

「何、少なくとも以前のマスターよりは十分マシだろ。それにはじめに言ったが、俺は骨のあるガキは嫌いじゃねえ。ま、何だ。とりあえず今はそのもう一人のマスターとやらを探しに移動しようぜ」

「そうだな。なあ、所で仮契約ってどうするんだ?」

「ああ?あー…こう、魔力を交わしてだな…」

 

キャスニキの言うとおりにすると、俺の右手の甲に熱い感覚が。見てみると令呪が無事に刻まれており、何かと繋がったような感覚がする。無事に仮契約はできたようだ。

 

「よし、いつまでもいたら匂いで近寄ってきやがるからな。行くか」

「ああ…魔力も十分に回復できたし。どっちの方向に行こうか…」

「向こうの方角だな。さっきから戦闘の音が聞こえる」

「えっ、まじ?」

 

俺は耳を澄ます。だが何も聞こえない。聞こえるのは轟轟と燃える街の崩れる音か、かすかに聞こえてくる骸骨が動く音だけだ。

 

「聞こえねえ…」

「何バカやってんだ。ほら行くぞ」

「ってぇ、尻叩くなよ…」

 

俺は慌ててキャスニキの後ろについていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

敵に当たらないように動くが、それでも無尽蔵に湧いてくるゴキブリのようなスケルトンだ。何度か戦闘を交わしながらキャスニキの言った方角へと進んでいく。

 

すると、俺の耳にもやっと戦闘音が聞こえる距離までやってきた。固いもので固いものを全力でぶっ叩いているような、そんな音だ。

 

「ちっ、この音はアサシンと…後ランサーか。もう片方は大分押されてやがるな。急ぐぞ、マスター!」

「ああ、分かってる…よっ!」

 

俺はスケルトンの首を跳ね飛ばしながら、音の発生源まで進む。

 

「…いた!」

 

ビルを曲がると、そこでデミサーヴァント化したマシュが、二体の黒化したサーヴァント相手に苦戦している姿が見えた。

 

「キャスター!」

「おう!行くぜマスター!」

 

俺は瞬間強化をかけて全力で駆け出す。

 

「アンサズ!」

『何っ!?』

 

今まさに切りかかろうとしていたランサーをキャスターが燃やして弾き飛ばす。俺は油断して隙がありすぎなアサシンにそのままの速度で切りかかった。

 

「天野さん!?」

 

マシュの驚いた声が聞こえるーーーと同時に、俺の刃を身体ごと翻って避けたアサシンが、カウンター気味に斬撃を飛ばしてくる。それを俺は紙一重で躱して、マシュと黒化サーヴァントの間に身体を滑り込ませた。

 

「突貫しすぎだマスター!サーヴァント相手に切りかかるとか死ぬ気か!?」

「ご、ごめん」

 

キャスターも同じく降り立って、そして俺に叱責を飛ばす。骨と一緒で行けると思ったんだが…あの一合だけで俺は完全に理解した。あいつら絶対に相手にならない。逆に今の一撃を良く避けれたと俺は俺自身を褒めてやりたいレベルだ。

 

「マスター、天野空太!ただいま合流しました」

「天野…貴方、生きて…!」

 

後ろからオルガマリーの声が聞こえる。

 

間に合ってよかった。流石のマシュも初戦闘でサーヴァント二体を相手にしては数分も持つまい。ぎりぎりだった。

 

「クッ…何者ダ貴様…!?」

「何者って、見りゃわかんだろご同輩。なんだ、泥に汚されて目ん玉まで腐ったか?」

「キャスター…何故漂流者ノ肩ヲ持ツ!?」

「はっ、テメエらよりマシだからに決まってんだろ。それとまああれだ、可愛い嬢ちゃん放っとけるほど男廃っちゃいないんでね。そら構えな、そこのお嬢ちゃん。腕前じゃああんたは奴に負けてねえ。気張れば番狂わせもあるかもだ」

「は、はい!頑張ります…!」

 

マシュが返事をするのを、「良い返事だ」とにかっと笑ったキャスニキは、杖を構える。

 

「んじゃ行くとするかマスター。そっちがお嬢ちゃんのマスターかい?いきなり共闘ってなぁ難しいかもしれねえが、ウチのマスターは向こう見ずな嫌いがあってね。何とか手綱握ってくれると助かる」

「おいキャスター」

「わ、分かった!」

 

軽口をたたきつつ、俺もアゾット剣を一応構える。

 

今、サーヴァント同士の戦いが幕を開けた。

 

 



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9話目

連続でカキコ。

誤字脱文などのご指摘、お待ちしております。



「あ、天野さん!良かった、無事だったんですね…!」

「マシュ。そっちこそ、間に合ってよかった。怪我はないか?」

「はい!危ない所だったのですが、助けていただいて何とか。本当にありがとうございます。そちらのキャスターさんも…!」

「おう、お疲れさん。この程度貸しにもならねえ。それよりも本当に身体大丈夫なのか?アサシンの野郎にケツの当たりしつこく狙われてただろーーー」

「おっと、身体が滑った」

 

疲れからだろうか、運悪くキャスターとマシュの間を遮るようにこけてしまった。すまん。でもセクハラ、駄目絶対。

 

「ちぇっ、マスターめ、こんぐらい目え瞑っとけっつの」

「?」

 

マシュはニコニコと首を傾げている。危機は去った。

 

「しっかし、何のクラスだか全く分からねえが、その頑丈さはセイバーか?いや、剣は持ってねえけどよ」

 

三人で話をしていると、後ろでオルガマリーと主人公がひそひそと話をしているのが聞こえてくる。

 

「ねえ…立花、あれどう思う…?」

「恐ろしく早いセクハラ攻防戦、私じゃなきゃ見逃してたね。そしてあのキャスターはまごう事無きセクハラオヤジだ、うん」

『とりあえず、事情を聴いてみよう。っと、その前に…天野君、無事で何よりだよ』

「ドクター。ああ、まあ何とかな。目覚ますと一人でサバイバル開始とか、何の冗談とか思ったけど」

『本当に無事で良かったよ。多分疲れているだろうけれど、そちらのキャスターのサーヴァントの事もある、色々と聞かせてほしい』

「分かった。話すけど、いいよな、キャスター?」

「ああ、良いぜ」

 

その後各自で情報交換をした。どうやら向こうは史実通り事が進んでいたようだ。

 

 

 

「七騎のサーヴァントによるサバイバル…それがこの街で起きた聖杯戦争のルールだったわね」

「キャスターさんはその中で勝ち残った…いえ、生き残ったサーヴァントという訳ですね」

「ああ。そしてセイバーに倒されたサーヴァントは、さっきの二人よろしく真っ黒い泥に汚染された。連中はボウフラみてえに湧いてきた怪物どもと何かを探しているらしい…そして、その探し物の中にはどうやら俺も含まれている、ってこったな」

「聖杯戦争を終わらせるため、ってことね」

 

オルガマリーが一人頷く。

 

『では、逆に貴方がセイバーを倒せば、聖杯戦争は終わる、という事ですね?』

「おう、それで間違いはねえ。この状況が元に戻るかどうかまでは分からねえがな」

「なんだ、私達を助けてくれたけど、結局は自分の為だったのね」

「その通りだが、悪い話じゃねえだろ。何しろ、やつらは無尽蔵に湧いてきやがるんでな」

 

そういってキャスニキが指さす場所に目を向けると、がしゃがしゃと音を立ててこちらに向かって来ているスケルトンの集団がいた。

 

「ひぃっ!?」

「早い所移動した方がいいな。まあなんだ、お互い利害の一致はしてんだ」

「うん、そうだね。私もキャスターと、天野君…でいいのかな?が味方になってくれるなら、こちらからお願いしたいくらい」

 

そういって、主人公が嬉しそうにうなずいてくる。

 

「あ、ああ。そうか。ちなみに俺は天野空太だ。君は?」

「私は藤丸立花!同じマスター同士、仲良くしようね!あ、空太って呼んでいい?」

「まあいいけどさ」

「ふぉーう!」

 

随分と距離感近いのね立花さん。手握ってぶんぶんしないでもらえますか、肩が痛いのですが。

 

それとフォウもやっぱりついてきていたのね。相変わらず俺とは距離を取っているようだけど。

 

「先輩…!天野さんがどう見ても痛がっています…」

「え、あ、ごめん」

 

まあ、何はともあれ共闘関係はこれで成った。

 

「決まりだな。となれば後は目的の確認だ。マスターにはもう話したが、あんたらが捜しているのは間違いなく大聖杯だ」

『大聖杯…?聞いたことがないけど、それは?』

「この土地の本当の心臓だ。特異点とやらがあるとしたらそこ以外ありえない…だがまあ、大聖杯にはセイバーの野郎が居座っている。奴に汚染された残りのサーヴァントもな」

「残っているのはバーサーカーとアーチャーね。どうなの、その二体は。強いの?」

「アーチャーの野郎は、まあ俺がいれば何とかなるだろ。問題はバーサーカーだな。あれはセイバーでも手を焼く化け物だ。近寄らなけりゃ襲ってこねえから無視するのも手だな」

 

大聖杯を支配するセイバーをもってしても手を焼くバーサーカー。無茶苦茶だ。

 

『…状況は分かりました。我々はMr.キャスターと共に大聖杯を目指します』

「ミスターはいらねえよ。道筋は教える。何時突入するかはマスター達次第だ。よろしくな、坊主、お嬢ちゃん」

『助かります。では探索を再開しましょうか。よろしく頼むよ、空太君、立花ちゃん』

「はいっ」

「分かりました」

 

俺と藤丸立花が返事をする端で、マシュが少し落ち込んだ様子で目を伏せているのが見えた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「はあ?宝具が使えない?」

 

マシュが悩みを打ち明けたのは、あれから数時間経ち、ビルに避難して休息をとっていた時の事だった。

 

「はい…自分から申告するのは情けないのですが…私は自分で宝具を使う事が出来ない、欠陥サーヴァントのようなのです…」

 

落ち込んだ様子のマシュに、立花が何とか慰めようと頭を撫でる。そんな様子を見てキャスターがため息を吐き出した。

 

「よしっ、お嬢ちゃん。それならやることは一つだけだ。外に出て特訓しようや」

「へっ?特訓…?」

「ああ、そもそもサーヴァントと英霊は同一のもの。サーヴァントとして戦えてるんなら、同時に宝具も使えてないと可笑しいんだ。要はお嬢ちゃんは詰まってんのさ。なんつーの、やる気?弾け具合?大きな声上げる練習してねえだけなのさ」

「そうなのですか!?そーなーんーでーすーかー!?」

「うるさいわよ、マシュ!」

「違う、そうじゃない」

 

立花がマシュの肩に手を置いて落ち着かせた。

 

「今のは物の例えだ。とにかく一旦特訓だ。何、すぐ終わる。それとマスター、お前さんも準備しな」

「ふぇ?俺?」

 

半日ぶりの食事にレーションを頬張っていた俺が名指しで呼ばれる。首を傾げてキャスターを見ると、キャスターはにやりと笑みを作った。

 

「ついでにお前も特訓してやるって話だ。坊主はマスターとして若干突貫しすぎだからな。サーヴァントと同じ土俵に立つその気概は結構俺も嫌いじゃねえが、そんな事してるといつか死ぬぜ。お前は少しはサーヴァントを扱えるようになっとけ。立花の方がその辺きちんとできてるぜ?」

「え”」

 

突貫しすぎ…?マスターなら普通なんじゃなかったのか…!?実際に正義の味方志してる赤髪の少年とか、最終的に英雄王と一騎打ちしてた気がするんだが。

 

「んじゃ行くか。殺す気で行くから、きちんと受けきれよ、お嬢ちゃん?」

 

キャスターのスパルタ特訓教室が、今始まる。

 

 

 

結果から言うと、マシュはちゃんと宝具を出せるようになった。キャスターの宝具を真っ向から打ち消したのだ。嬉しそうに俺と立花に報告して笑顔を咲かせていた。キャスターもその姿を見て手をワキワキさせていた。絶対に阻止しなければ。

 

それで、俺はというとだ。

 

「あー…マスター、さっきはああいったが、マスターにサーヴァントを扱わせる方向は諦めるわ。自分を強化してサーヴァントと一緒に突貫した方があってるっぽいしな。もう少し時間あるし、戦いのイロハくらいは叩き込んでやるよ」

 

と補講を受けさせられた。そんなに頼りなかったのだろうか、俺の指揮は。

 

若干しょんぼりしながら、俺は槍の様に杖を構えたキャスターの攻撃を避け続けたのだった。



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10話目

10話まで来ました…とりあえず冬木終了まであとちょっとなので、頑張ってみます。


「さて、そろそろ移動しますかね」

「ええ、そうね。もう休憩は十分でしょう」

 

全員の状態を確認して、オルガマリーがキャスニキに同意した。俺や立花、マシュが立ち上がって頷きあう。

 

「もう一度確認しておくわ。敵の総本山はこの国の神社…寺、というのだっけ?その足元の大洞窟の中、で間違いないのね?」

「ああ。そこに大聖杯はあるはずだ」

 

キャスニキは肯定して、そして俺に目を向けた。

 

「おう、坊主。それの調子はどうだ?」

 

そう言われて、俺は自分の拳を見た。

 

今、俺の拳には布が巻かれていた。そこら辺に落ちていた布なので薄汚れているが、結構丈夫そうな布だ。

 

そして、その布にはキャスニキより刻まれたルーンが光り輝いていた。

 

『硬化のルーン』。なんでも布にとても固い魔術的な壁を作り出すらしい。

 

オルガマリーの言葉によると、なんでもコレ一つで、鉄の板を殴っても傷一つつかない所か凹む程には固いらしい。使用者の筋力に寄るが、例えばプロボクサーの二倍の速度で殴ったりすると、石の壁や床でも砕く事が出来るのだそうだ。

 

まあ、俺はそんな速度の拳出せないが。しかしキャスニキの計らいにより、アゾット剣を手に握るとアゾット剣も硬化する機能を付けてくれたため、攻撃力や防御力は増した筈だ。

 

それと、先ほどマシュの盾を利用してカルデアから転送されてきた『アレ』もきちんと魔術礼装に組み込んでいる。師匠、万能の人であるダ・ヴィンチちゃんからのプレゼントだ。俺が自分から突っ込むタイプであることを見越して、こんな時の為に準備してくれていたらしい。なんでもお見通しかよ。それとも俺が分かりやすいだけか?

 

少しでも敵の意表を付けるといいのだが…。

 

俺はグッと簡易グローブを引き締めて、うなずいた。

 

「ああ、大丈夫そうだ」

「そうか。そりゃ上々だ。お嬢ちゃんたちも行けるかい?」

「はい、行けます!」

「うん、大丈夫!」

 

立花とマシュも強くうなずいた。

 

「よし、じゃあ行こう!出発だー!」

「あ、ちょ、ちょっと!何勝手に仕切っているの!?私、私が所長なんだから!」

 

キャスニキの噛み殺すような笑い声と共に、俺たちは廃ビルを出発した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

洞窟にたどり着いた。

 

「ふー、敵とはあまり遭遇しなかったね」

 

立花が安堵したようにそういう。確かに2,3体の敵と戦うだけで済んだのは僥倖だっただろう。

 

「油断しないように。どこから敵が来るか分からないんですからね」

 

それを見て、オルガマリーが諫める様に立花に口を出した。立花は照れたように頭を掻いてコクコクうなずいた。

 

 

「…っ、あぶねえ!」

 

 

その時だった。

 

洞窟の暗闇。その奥が、一瞬ピカっと光ったかと思うと、キャスニキが立花の腕を引いて離脱していた。

 

立花の元居た場所を、ビームのような光の線が通り過ぎ、ソレが空気を割いてたゆませる。俺たちはその弾風に足を止めた。

 

「な、なに!?」

「敵だ。早速信奉者のお出ましかよ。相変わらず聖剣使いを護ってんのか、てめえは」

 

洞窟の暗闇から、ぬっと人影が現れて口を開いた。

 

「ふん、信奉者になった覚えはないがね。つまらん来客を追い返す程度の仕事はするさ」

「要は門番じゃねえか。何からセイバーを護っているかは知らねえが、そろそろここらで決着を付けようや。」

 

キャスニキが杖を構える。俺と立花が前に出た。

 

「マシュ!」

「はいっ、マスター!守ります!」

「矢の防御は任せたぜ、お嬢ちゃん!行くぜ!」

 

キャスニキが手のひらを滑らせ、空中に文字を刻み火の塊を射出した。

 

「ふっ!」

 

シャドウサーヴァント…エミヤはそれを巧みに足さばきだけで避け、最後に一飛び、矢を弓につがえ打ち出す。すさまじい速度だ。もう人の目では追いきれない!

 

その瞬間、白い髪の毛が揺らぎ、前に出た。

 

「っ!」

 

マシュが盾を構えてそれを受け、爆発する。

 

「くっ、なんて威力…!」

「まだだ!」

 

矢が次いで降り注ぎ、爆風がこちらまで届いてきた。

 

「くうぅっ!」

「お嬢ちゃん、そのまま耐えてな!」

 

キャスニキが爆風に向けて飛び出す。

 

「おらぁっ!」

「なにっ!?杖でランサーの真似事など…!」

「へへっ、なぁに、クラスと趣向は別ってなぁ!」

 

杖が炎を纏い、威力が増した一撃をエミヤは咄嗟に生み出した双剣で防ぐ。双剣が砕け、エミヤは後ろに吹き飛ばされた。

 

「くっ…!」

「まだだよ、悪いがお前さんとそう長く付き合ってるわけにはいかねえんだ!」

「なんだと…!?」

 

キャスニキが杖の先をエミヤに向ける…その瞬間、エミヤの足元から木の腕が生え、エミヤをむんずと捕まえ、そしてーーー

 

「そおら、潰れろ!」

 

すっぽりとエミヤを覆ったまま、その拳を地面に思いっきり叩きつけ、炎上させる。

 

「なんで…さ…」

 

エミヤはそんな言葉を残して消えてしまった。

 

「良かった、敵にもならないみたいね…」

「本当はもっと厄介な奴だったんだが、まあ、今回はノーカンだな。お嬢ちゃんと俺同時に相手しちゃ流石にこんなもんだろ」

 

杖を握りなおして、キャスニキはそういった。

 

「さっすがマシュ!怪我はない?」

「はい、先輩…まだまだ大丈夫そうです!」

「本当に大丈夫なの?言っておくけれどね、貴女の守りが薄くなると、私や立花、天野も危険になるのよ。何か気になることがあったらすぐにでも言いなさい」

 

所長がマシュに詰め寄ってそういう。一目見て怪我がない事はすぐに分かったらしく、それ以上は言わなかった。そんな所長を、立花はじっと見つめている。オルガマリーは少しうろたえた。

 

「…?な、なによ」

「いや、所長って意外と優しい所があるんだなー、って」

「はあっ!?何よそれ!?ちょっと、貴女ねーーー」

「ロマニもそう思うよね!」

『え?ああ、うん…確かに所長はいつも厳しいし、人の事を道具だなんだと豪語していつも怒っているような人だけど、根はとてもいい人だよね!僕は気づいているとも!』

「ロマンーーーー!?」

 

真っ赤な顔をして否定するオルガマリー。立花はそんなことない、優しいの一点張りでさらにやかましい事になっている。マシュを中心に追いかけっこもどきを始めるまであった。

 

「女三人寄ればなんとやら、とは言うがね。俺には何もないってな寂しいもんだ。なあ、マスター?」

「そうだねー」

「ねえ、空太もそう思うよねー?」

 

逃げながら立花にそう言われて、俺は一瞬考えた。確かにオルガマリーはぐちぐち文句を言いながらもマシュや俺のかすり傷を治療してくれたり、マスターとしての心得をちょっとした時間に俺と立花に教えてくれたりしていた。

 

オルガマリーは優しい。ファイナルアンサーだ。

 

「ああ、俺もそう思うぞ!」

「ふぇっ!?なっ、あ、あ、貴方まで…そんな…」

 

ごにょごにょ、とオルガマリーはうつむいて震え始めた。やべっ、からかいすぎた…?

 

「違うって言ってるじゃない!わ、私はただ…!」

「…!」ウンウン

「ほら、ここの薄汚い化け物も頷いているじゃない!」

 

オルガマリーの隣で化け物が頷いて、それを見てオルガマリーはほっと一息、指をさして笑顔を浮かべーーーそして、時が止まった。

 

「…へっ?」

「っちょ、ひええええええ!?ま、マシュ!マシュ、助けなさいマシュ!食べられる!食べられるからああああ!」

「は、はい!」

「はっはっは!そっちのお嬢ちゃんは随分と面白いな!」

 

大聖杯前だというのに、その雰囲気はとても和らいでいた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「さて、そろそろ奴さんの足元だ。準備は良いな、お嬢ちゃん、マスター!」

「うん、ガンガン行こうぜ」

「立花、貴女は少しは緊張しなさい」

「マスターは少し肩の力を抜きな。じゃねえと動きが鈍るぜ」

「わ、分かってるって…」

 

立花がいつも通りそういう。流石主人公なだけあって人類の存亡をかけた戦いを前にしてもケロッとしている。そこまで正気でいられる気持ちがもう分からない。SAN値90以上はありそうだ。

 

「ふー…よし、行こうか!」

「ああ!」

「うん!」

「はい!」

 

俺たちは大空洞の中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

大空洞。その中心にその者はいた。

 

黒い甲冑に、冷たい印象を受ける色素の薄い金髪。鋭い瞳は鷹の様に黄色く、彫像の様に静かにたたずんでいる。

 

その美しさに、俺は思わず目を見張った。

 

「よせ。敵に見惚れるのは良い結果にはならねえ」

 

キャスニキにすぐに指摘されて、俺は頭を振った。

 

「ごめん、もう大丈夫だ」

「気にすんな。確かにアレは目を奪われても仕方がねえ。英雄…それもとびっきりの一級者だからな」

 

 

 

「----------」

 

 

ぶおっ、と、全身が逆立つような。血が一気に冷めるような。そんな感覚に全身が支配された。

 

「なんて魔力放出…あれが、本当にアーサー王なのですか…?」

『間違いない…何かが変質しているようだけど、彼女は本物のアーサー王だ。性別が伝承とは違うけど、それは恐らく宮廷魔術師の入れ知恵だろう。マーリンは本当に趣味が悪い』

「見た目は女だが、甘く見るなよ。あれは筋肉じゃなく魔力放出でカッ飛ぶ化け物だからな」

 

つまり人間型戦車。対城兵器も搭載済みなのは悪い冗談だと思いたい。

 

俺は短剣を取り出して、手に持った。じっとりと手のひらが汗に濡れているのが気づいた。同時に足も震えている。

 

これが、本物の騎士王。前世でも、今世でも、感じたことの無い威圧感に、俺はただただ圧倒されていた。

 

「奴を倒せばこの街の異変は消える。いいか、それは俺も奴も例外じゃないーーーその後はお前さんたちの仕事だ。何が起こるか分からんが、出来る範囲でしっかりやんな」

 

それはつまり、キャスニキの協力はこの戦いが最後だという事。

 

頼もしい戦力が消えるのは悲しいが、しかし聖杯戦争はこの戦いで終わる。つまり、セイバーを倒した後の事を示した。

 

勝てる、と暗に言っている気がした。

 

クーフーリンの力強い言葉に、俺の震えは自然と止まっていた。

 

キャスニキが杖を構えて、マシュが盾を立てかけた。

 

 

ーーーー次の瞬間だった。

 

 

「----ほう。面白いサーヴァントがいるな」

「なぬっ!?」

 

キャスニキが目を見張る。

 

「テメエ、喋れたのか!?今までだんまり決め込んでやがったな!」

「ああ。何を語っても見られている。故に案山子に徹していた…が」

 

アーサー王の目がすっと薄くなり、マシュを見やった。

 

「…?」

「だが、面白い。その宝具は面白いーーー構えるがいい、名も知れぬ娘。その守りが真実かどうか、この剣で確かめてやろう」

「っ…!」

 

ガキィィィッン!

 

「くううううう!」

「なっ!?」

「マシュ!」

 

早い!気が付けば、マシュが剣を受けていた。

 

「っと、させるかよ!」

 

キャスニキが杖を振りかざして爆発を起こす。アーサー王はそれをバックステップで避けた。が、キャスニキの追撃が爆炎を突き破ってアーサー王に追いすがる。

 

「ふっ」

 

が、アーサー王の剣が黒く輝き、それを振り下ろす。すると黒い輝きが斬撃と化して空を飛び、炎の玉を全て撃ち落とした。

 

―――まだ、キャスニキの追撃は止まらない。

 

今度はキャスニキは杖を地面に突き刺した。アーサー王の足元から木の根っこが勢いよく飛び出して、アーサー王を締め上げようとうねる。

 

「ふん、甘い!」

 

それも切り伏せられる。

 

「相変わらず無茶苦茶だな!」

 

キャスニキは苦々しい顔で吐き捨てる。

 

「----卑王鉄槌。旭光は反転する。光を飲め!」

「まずい!宝具が来る!」

「っ、マシュ!お願い!」

「はい!」

 

マシュがキャスニキと交代するように前に出た。

 

「約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!」

 

次の瞬間、反転されし暗黒の輝きが、俺たちの視界を時差なく埋め尽くした。

 




誤字を直しました。

ご指摘感謝します。


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11話目

お気に入り300件超えてて卒倒しかけました。

一体何が起こったの…?



「仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)!」

 

マシュの宝具が反転した聖剣の輝きを阻む。

 

「くっ・・ああああああ!」

「相変わらずなんて威力だ!」

「耐えて、マシュ!」

 

黒い光が一気に膨れ上がったかと思うと、ふっと消えた。

 

「耐えたか…だがーーー」

 

アーサー王は、再度剣を構える。

 

「---もう一回、受けきれるか?」

「っ…そんな、また…!」

 

剣が闇を纏う。と同時にキャスニキが飛び出した。

 

「させるかよ!」

 

杖を地面に突き刺す。木の根っこがアーサー王の足元から噴き出し、その身体を縛った。

 

「ほう…世に聞くドルイドの力か…だが、緩い!」

 

魔力が膨れ上がり木の根を全てズタズタに破壊しつくす。

 

「くそっ、無茶苦茶すぎるだろ!お嬢ちゃん、また防げるか!?」

「…正直、さっきの一撃で…もう…!」

「だよなぁ!畜生、行くしかねえか!マスター!サポート任せれるか!?」

「ああ、行くぞ!」

 

俺はキャスニキに瞬間強化を付与。キャスニキは杖に木の根っこを纏わせ、アーサー王に突っ込んだ。

 

「しっ!」

 

杖の突を剣でいなし、横払いで吹き飛ばす。それを空に飛んで身をよじって躱すキャスニキは、更に追撃を行う。

 

「あのアーチャーに通用したからと言って、そのような攻撃が通用するとでも思っているのか」

「ふん、そうおっかない顔するなよ。ちょっとは付き合ってもらうぜ!」

 

キャスニキの猛撃に、しかしアーサー王は顔色一つ変えずに全て封殺する。その強力な魔力放出と、驚異的な直感がそれを可能としていた。

 

「ランサーでもないのに、無理をするなキャスター。ランサーの時ならいざ知らず、今の貴様の攻撃なぞーーー」

「へえ、じゃあこういう小細工はどうだい?」

「なに?」

 

杖と剣がかち合う。その瞬間、杖に纏っていた根っこが蛇の様に蠢き出し、剣、ひいてはアーサー王に巻き付いた。

 

「そおら、もう一丁!燃えちまえ!」

 

杖に火を灯し、更に追撃を行う。アーサー王は魔力による怪力で後退するが、杖の火を受けて炎上した。

 

「くっ…!やるなキャスター!」

「年季が違うんだよ、年季が!」

 

魔力を放出して炎を吹き飛ばす。鎧や布で編まれていた服が燃え、肌が見えている。

 

 

 

「これが…サーヴァント同士の戦い…正直手を出せる領域じゃないわ…」

「空太、間違っても突っ込んでいかないでね…?」

 

立花にそう言われて、俺は思わず黙ってうなずいた。手に巻いた硬化のルーンがむなしく光る。

 

あれに突っ込んで行けって?さらに聖剣を拳や短剣で受けろと。死ぬわ。少し前の俺をぶん殴ってやりたい気分だった。

 

「はあ、はあ…」

 

マシュは肩で息をしながら、それでもいつ攻撃が飛んできても良いように俺たちの前で踏ん張っている。

 

「マシュ、大丈夫か?」

「ーーはい。少し回復しましたから…」

 

俺と立花の『応急手当』で傷や体力を回復させたマシュが頷く。

 

「くそっ、固すぎだありゃあ。対魔力持ちにキャスターじゃあ分が悪いな」

 

キャスニキが後退してそういった。それにつられて俺はアーサー王に目を向ける。確かに、服の損傷の割に傷はあまりついていない。

 

逆にキャスニキはすれすれで剣を回避していたのか、身体の至る所に傷を増やしていた。

 

「『応急手当』---キャスター、勝てそうか?」

「ああ…って言いてえところだが、火力が足りねえ。宝具を打ち込みさえすりゃ勝てそうだが、そんな隙見せるとは思わねえ」

 

言葉を交わすが、やはり厳しいか。

 

「何を駄弁っている」

 

聖剣を持ったアーサー王が、こちらに顔を向けた。

 

「こんなものか、別の時代のマスター共。もう少し私を楽しませろ…!」

「魔力が…!」

「くそっ、また来るのか、あれが!」

 

魔力が膨れ上がり、空気を押し広げて波紋を呼び起こす。

 

「…卑王鉄槌ーーー旭光は反転する。光を飲めーーー」

 

そして、再度マシュが前に立ち、宝具を開帳しようとした、次の瞬間だった。

 

どっがああああああああん!

 

と、洞窟の壁が外から吹き飛ばされた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あれは…!?」

 

ぱらぱらと小石が降り注ぐ中、洞窟の壁をぶち破って現れたその巨大な壁に俺たちは戦慄する。

 

「ガァァァァァァァァァァァァ!」

 

うるせえ!鼓膜が破れる…!

 

「バーサーカー…!やはり聖杯では縛り切れぬか…!」

 

バーサーカー…ヘラクレスは、その場にいる全員に対して鋭い眼光を放った。

 

嘘だろ…!?本編じゃあ、バーサーカーはアインツベルン城から動かないはずじゃ…!?

 

「そんな、どうしてバーサーカーが…!?」

「キャスターの話が本当なら、あれは12回殺しても殺しきれない、神々の試練を突破した半神半人の大英雄、ヘラクレス…!こちらから接触しなければ、向こうから干渉されることはなかったんじゃないの!?」

「俺にも分かるかよ!今分かることは…あの筋肉達磨、ここにいる人間全員敵としてしか見ちゃいねえってことだ!」

 

オルガマリーの半狂乱の声に、キャスニキの苦々しい回答。これには立花も目を見開いている。

 

「アーサー王に大英雄ヘラクレスーーー両方を相手取って勝てるとは到底思えません!撤退を!」

 

マシュの叫びに同意したのは、オルガマリーだけだった。

 

「ええ、そうね!立花、天野!撤退よ撤退!一度引いて態勢を立て直すの!」

「…いや、それは無理です、所長…」

 

俺は呆然とつぶやいた。

 

「一度でも背を見せたら、あの聖剣が飛んでくる…!」

「そんな…」

 

立花の言葉に所長が絶望を顔に浮かべた。

 

「…どうする、マスター、お嬢ちゃん」

 

キャスニキが視線を前に向けながら、俺と立花に問いかけた。

 

俺はーーー答えることはできなかった。もうどうしようもないんじゃないかという思いが首をもたげた。逃げても聖剣で殺され、向かっていっても死ぬだろう。

 

黙る俺の代わりに答えたのは、立花だった。

 

「ーーー特異点は、あの子を倒したら消えるんだよね?」

 

立花の言葉にキャスターは、「ああ」と端的に答えた。

 

「じゃあやることは初めから変わってない。アーサー王を倒そう」

「どうやって?」

「えっ!?どうやってって…どうしよう、空太!」

「はあ!?」

 

呆然と立花とキャスニキのやり取りを眺めていた俺に、唐突に声がかかった。

 

いや、どうしようって、今そのタイミングで俺に聞く!?

 

というか、何も思い浮かばずに断言してたの立花さん!?

 

…手の震えが止まった。

 

「…キャスニキ、宝具当てたら確実に倒せるんだよな?」

「ああ…って、キャスニキってなんだ?」

 

キャスニキは妙な顔をしながらうなずいた。

 

「…マシュ、立花。あれを食い止めれるか?」

「…!マシュ!」

「はい、先輩!できるかどうかは分かりませんが、全力で行きます!」

 

俺はその言葉を聞いて、そして思いっきりため息を吐き出した。

 

そうしないと、肺に空気が溜まって爆発しそうだったから。

 

「---よし、じゃあ俺とキャスニキでアーサー王を倒す。立花とマシュはバーサーカーを食い止めてくれ!」

「うん!」

「はい!」

 

俺の言葉に立花、マシュが返事をした。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

それにオルガマリーの金切り声が遮る。

 

「あ、貴方たち…正気なの?あんなのに正面から挑もうっていうの…!?」

「所長…」

「…私は、もう…足が震えて…!それなのに…貴方たちは…!」

 

見ると、所長はへたり込んで座っていた。どうやら恐怖で腰が立たないらしい。

 

「…所長!大丈夫!」

「…へ?」

「絶対勝ってくるから!だから、所長も力を貸して!」

 

立花が、手をオルガマリーに差し出した。

 

「…」

 

オルガマリーはその手を凝視して、そして俺に視線をやった。そして顔をこわばらせる。

 

今のはなんだろう、俺なんかには負けられないというような、そんな感じの心情なのだろうか…?

 

「…分かったわ。その代り、絶対に勝ちなさい!所長命令よ!」

「うん!」

 

そういって、オルガマリーと立花、マシュはヘラクレスに向かって走って行った。十分距離がある為、二つの戦場がかち合う事はないだろう。

 

立花のサムズアップを見送った。

 

「…正気か貴様。たった一騎のサーヴァントで、先ほどの小娘もなしにこの私に勝とうと…?」

「…」

 

俺はアゾット剣を握りしめてアーサー王を睨みつけた。

 

震える足は武者震いだ。睨みつけるのは、余裕がある証拠だ。

 

強がりでもなんでもいい、つまりは勝てばよかろうなのだ。

 

「マスター。こういっちゃなんだが、勝算はあるんだろうな?」

 

キャスニキがにやにやしながら俺にそういってくる。

 

「ああーーーー成功する確率は低いけど、やるだけの価値はあるだろ」

 

俺は堂々と言い切る。それを見て、キャスニキは狂犬のように歯を見せて笑った。

 

「へへっ、今回はマスター運に恵まれたようだな!さぁて、セイバー!悪いが全力で行かせてもらうぜ!」

「…来い。全て切り伏せてやる」

 

俺はアゾット剣を、キャスニキは杖を構える。アーサー王は、例に漏れず構えなどせず、魔力放出のごり押しをするつもりなのだろう、全身に魔力を纏った。

 

マシュとヘラクレスがぶつかったのだろう、向こうから爆発音が轟く。

 

「…行くぞっ!」

 

俺は地面を蹴った。

 

 

 



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12話目

次回まで戦闘パートです。長くてすみません…熱い展開が書きたかったんです…


「アンサズ!」

 

キャスニキから放たれた火の玉がアーサー王を包み込むが、魔力放出にて一瞬でかき消される。

 

「無尽蔵の魔力ってな厄介この上ないな!」

 

キャスニキの言う通り、今のアーサー王は聖杯を所持している。それこそ宝具を連発する事など訳はないだろう。

 

だが、それでもサーヴァント。致命傷を与えれば死は免れない。

 

キャスニキが杖に炎を纏って、ルーンを使い一気に加速し再度突撃をする。アーサー王はそれを顔色変えずに受け止めた。

 

「何度やっても…何!?」

 

背中がガラ空きだ!俺は瞬間強化を使い、アゾット剣を背中に突き立てーーーようとして、キャスニキごと杖を弾き飛ばしたアーサー王はそのまま剣を後ろに振り抜いた。

 

その豪腕にて放たれる聖剣の威力は推して知るべし、俺の上半身を蒸発させても余りある。その速度は到底人の目に映るレベルではなく、無論、アーサー王も俺を殺したつもりだったのだろう。

 

「…!?」

 

アーサー王が、しゃがんで斬撃を躱した俺を見て驚愕の表情を浮かべーーーそしてまた一刃。

 

「うおっ!?」

 

俺はそれをまた紙一重に避けて、アゾット剣をアーサー王に突き立てる。だが聖剣によって防がれた。

 

「ーーー貴様、サーヴァントの攻撃を人の身で避けるか…!」

「はっ、あんたの剣が緩いだけじゃねえ…の!」

 

がきいぃん!と、キャスニキによって施された硬化のルーンによって強化されたアゾット剣が、聖剣と刃を交わし火花を散らす。

 

ーーー瞬間強化。これを目を重点的に強化するように調整した。人の身では見ることができなかった剣戟も、これで辛うじて反応はできるようになった。

 

後はカルデアでの戦闘訓練の経験や、先ほどのキャスニキとの特訓を元に避け続けるのみである。

 

「言うな、カルデアのマスターよーーーではもっと本気で行くーーー」

「おう、させねえよ?」

 

聖剣を振りかざそうとして、それを木の根が引き止めた。

 

「キャス、ター…!」

 

ーーーー間に合え!

 

俺は動きを一瞬止めたアーサー王に、アゾット剣の切っ先を振りかざす。

 

「ぐっ…!?」

 

肩。胸に刺そうとしたアゾット剣はアーサー王の肩に突き刺さる。

 

「まだだ!」

 

アゾット剣は杖のような物。中に魔力を貯める事で、突き刺した時、敵に追加ダメージを与えることが出来る!

 

「ーーーどけ!」

「な…!?」

「おっと!?」

 

アーサー王が剣を振り抜き木の根諸共俺に切りかかるーーーが、それをキャスニキが杖で食い止めた。

 

俺とキャスニキは後ろに下がる。

 

「すまん、ありがとうキャスター…!」

「おう。それよりも良くやったぜマスター。まさか騎士王相手に斬りかかって傷与えるたあな!」

 

確かに傷はつけた。だが、突き立てたその感触はまるでタイヤのように固かった。

 

「…中々やるな…だが…」

 

ーーーその瞬間、空気が軋んだ。

 

「ちっ…!」

「これ…は…!」

 

魔力が爆発的に高まる。何かをしてくるーーーー俺の頭の中で警報が鳴り響いた。

 

ーーーー来る!

 

「っ…!」

 

『緊急回避:Lv5』!俺の身体の速度が数倍に跳ね上がるーーーが、それでも避けきれない…!

 

ギイイィン!

 

突貫してきたアーサー王の剣をアゾット剣が辛うじて防ぎきりーーーそして砕け散る。

 

防ぎきった…!そう思った次の瞬間だった。

 

「がっ!?」

 

アーサー王は速度を殺さず、片手で俺の首を掴み、十数mカッ飛んで立ち止まる。

 

「マスター!?くそっ、目に追えねえ…!?」

 

口から血が吹き出す。喉が潰れたのだろうか、掴まれ持ち上げられた喉が熱を帯びて激痛を引き起こす。

 

そんな…まだ、本気じゃ…!?

 

「てめえ、離しやがれ!」

 

ジャスニキが走り出すーーーその瞬間、俺の視界がぶれた。

 

「うおっ!?」

「放してやったぞ。そら、もう手放すなよ…!」

「…やべえ!?」

 

走り出したキャスニキに俺がぶん投げられた。キャスニキは慌てて俺を受け止めるが、すぐに俺を後ろに放り出す。何故ならーーーアーサー王の黒き斬撃が、すぐそこまで迫っていたからだ。

 

「か…はっ…」

 

キャスニキの胸が、俺の目の前で痛々しく切り裂かれた。

 

血が、空に吹き出しーーー

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

オルガマリーは肩で息をしながら、少年ーー天野空太の事を思い出していた。

 

あの時、オルガマリーの心は折れかけていたーーー否、壊れかけていた。レフが消え、人類の滅亡が始まり、騎士王は難敵で、さらにバーサーカーまで現れてーーー普通の人間だと、恐らく全てを諦めて楽に死ぬ方法を探し始めるような、絶望の連続。

 

だがーーーオルガマリーは自分の何倍もの体躯を持ったバーサーカーに、たった一人で立ち向かう少女を見て。

 

更に、大丈夫と自信満々に笑顔と共に言って、自分の力が必要なんだと手を差し伸べてくれた強き少女を見て。

 

そして何よりーーー自分との同じように、恐怖に苛まれながら、手を、足を震わせながらーーーそれでも、果敢に戦いに挑んだ少年を見て。

 

(私の力を必要としてくれてる…だったら!)

 

マシュの堅牢な盾がバーサーカーの巨大な石斧を撃ち抜いた。マシュはデミ・サーヴァントだ。いくら人外の力を持っていたとしても、サーヴァント以上に疲労は溜まる。

 

「この…!」

 

オルガマリーはバーサーカーに指を向けた。黒い弾丸がいくつも放たれ、バーサーカーの動きを多少鈍くする。

 

「マシュ!」

「はい、マスター!」

 

盾の切っ先で攻撃ーーーだが。

 

「なんて機敏な動きなの…!?」

 

その巨体に似合わぬ素早さで、マシュの攻撃をひらりとかわしカウンターに拳を突き立てる。

 

「くぅ…!」

 

マシュが耐えるが、それも辛そうだった。

 

「マシュ…!『応急手当』!」

「ありがとうございます…!」

 

3人で立ち向かう。その敵は、あまりにも強大で、あまりにも絶望的だった。

 

「これが…大英雄ヘラクレス…!」

 

オルガマリーは再びくじけそうになる心を、奥歯を噛み締めて踏ん張った。

 

(私は、所長なんだもの…!天野になんか、負けてられないわ!)

 

隣の立花を見た。立花は、不敵に笑って親指を立てた。

 

ーーーなんて頼もしい。そして無駄に男らしい。

 

何故、という思いはあった。何故笑っていられるのか、何故立ち向かえるのかーーー何故、恐怖に足を止めないのか。

 

分からない。分からないけれど、オルガマリーにとってはそれが何よりも美しく、強く光り輝く星に見えた。

 

「私だって…!」

 

オルガマリーは、自分を奮い立たせた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「キャス…!?」

 

叫ぼうとして、血が吹き出してできなかった。

 

「どうした、カルデアのマスター。これで終わりか…?」

 

どうするーーーー?

 

どうする、どうする?キャスニキが死んだ…?何故俺を守った。矢除けの加護は何故使わなかった?

 

 

 

ーーーー俺の掌の甲で、真っ赤な令呪が、強く揺らめいた。

 




書きながら思った。

凡人ってなんだっけ…?


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13話目

「どうしたーーーもう終わりか、カルデアのマスター」

 

アーサー王が無表情で問いかけた。その美しい表情は、キャスニキを切ったとて一切色は付いていない。

 

「終わりならばーーーこの地と共に沈め」

 

絶望が歩みを進めた。まるで処刑人のように、剣を握りしめて。

 

剣が振り上げられるのを、俺はただ黙って見上げる。

 

ここで諦めるのかーーー?

 

ここで俺が死ぬと、立花とマシュが挟撃を受ける。マシュ一人でアーサー王とヘラクレスを打倒できるなどーーー

 

そもそも、俺がいなければ、立花はキャスニキと協力して、普通に倒せていたんじゃなかったのか…?

 

「俺はーーー」

 

また、何もできずに人生を終えるのか?

 

「…では死ね」

 

聖剣が、振り下ろされたーーーー

 

 

その、直前。

 

 

「ーーー師匠直伝秘奥義いいい!」

「!?」

「猿でもできる掌底波ーーーー!」

 

ウィズ・ダウィンチちゃん!

 

「なにっ…!ぐふっ!?」

 

俺の掌底は、強化の魔術と俺自身の魔力放出で、アーサー王の腹を微かにだがかき回した。

 

「緊急回避!」

 

一瞬で俺は距離をとって、そして自分の喉に応急手当を当てた。

 

「…はっ。どうした、アーサー王…!何でもう勝った気でいやがるよ…!?」

「ーーー」

「俺は!まだ負けてねえ!俺はーーーあんたをぶっ倒し!人理を守る!」

 

俺は自分の胸に手をどんと当てた。

 

「ビビってんじゃねえぞ…!それとも小娘には荷が重いか!?この俺の相手はよ!?」

 

一気にまくし立て、俺は笑みをーーーいや、犬歯を見せた。

 

ーーー静寂が支配する。否、これはーーー。

 

世界が、悲鳴を上げた。

 

 

「ーーーふっ…まったく、見事な道化ぶりだな。折角だ、冥土の土産に応えてやろう」

 

 

聖剣が光り輝き、闇を纏う。三度目の宝具の開帳ーーーしかも、今回に限っては、中断させることも防ぐこともできない。

 

「さあ、どうする?カルデアのマスターよーーー卑王鉄槌、旭光は反転するーー光を飲め!」

 

魔力が嵐のような暴風を作り出し、剣から放たれる。今からアレが全て俺に来るのかと考えると足が笑いそうになる。

 

「『エクスカリバーーーーーーー」

 

負けてたまるかよッッ!

 

主人公になるのは諦めた。この世界は物語みたいに良くできちゃいない。英雄に至るまでの筋書きも用意されちゃいないし、テンプレートなど存在する訳がない。

 

それなのに、俺は転生しただけで主人公になれると思っていた。良くウェブ小説で読むような、あんな主人公たちのように。

 

勝手に周りが勘違いして、ヒロイン達が勝手に集まり出して、いつのまにか英雄になっているような、そんな冒険譚が始まると思っていた。

 

生憎そんな事、一切…いっっっっさいなかったけれど。

 

だけど、いやだからこそ、俺は目を覚ました時に思った。

 

今世はきちんと生きよう、と。気づくのに遅すぎてスタートダッシュは決めれなかったが、それでも、前世よりもずっと幸せになる為に努力をしてみよう、と。

 

だから、俺はーーー

 

「ここで終わるわけには、いかないんだ…!何よりーーーー童貞まだ卒業してねえからよーーー!」

 

二度と生まれて、二度と道程のまま死ねと!?

 

ご め ん だ ね !

 

ーーー魔術礼装に魔力を回した。その瞬間、中で眠っていた概念が形を持って出現する。

 

見せてやるよ、俺の切り札!師匠から譲り受けた、現存する数少ない宝具の一つーーーその概念礼装を!

 

 

「『後より出で先に断つ者(アンサラー)』ーーー!」

 

帯電するそれは、今はただの金属球だった。

 

 

「ーーーモルガン』!!!」

 

魔力が黒い帯となり俺に向かって放たれる。物凄い圧迫感に、胸がギリギリと潰される感覚を抱く。

 

だがーーー出したな?

 

お前にとっての切り札ーーー宝具を!

 

 

「ーーーー『斬り抉る戦神の剣(フラガラック)』!!!」

 

 

ーーーー次の瞬間、因果が逆転した。

 

 

「これ…は…!?」

 

 

逆光剣、フラガラック。後攻による絶対必中の先攻!

 

相手の切り札を受ける直前、フラガラックは発動する。効果は因果の逆転。『切り札を先に切った』という因果を、俺の攻撃を『先に出したもの』として因果を逆転させ、『先に俺の攻撃が当たったのだから、切り札を切ったいう因果を消滅させる』というジャイアニズムも真っ青な後出しジャンケン理論!

 

時が遡り、フラガラックの剣より放たれたビームが宝具を打つ直前のアーサー王の胸に吸い込まれる。

 

この戦い、貰ったぞ、セイバー!

 

「っ、甘い!」

「…なぁっ!?」

 

セイバーは、それを避けた。

 

アーサー王の直感(A)!人知を超えた直感は、未来視に迫る!因果を超えた攻撃など、避けるのは容易いという事か!なんだそれ無茶苦茶すぎるだろ!

 

俺は令呪二画、さらに身体中の魔力を使い切った為に、身体中から力が抜けて地面に倒れ臥す。

 

「ふっ…」

 

アーサー王が、口角を釣り上げた。

 

 

ーーーーだが、まだだ!

 

 

 

「令呪をもって命ずるーーーー敵を殺せ、キャスター!」

「なんだと…!?ぐっ!?」

 

突如として地面に土が盛り上がり、そこから巨大な拳が飛び出してアーサー王を掴み持ち上げた。

 

いや、それだけじゃない、腕、肩、そして身体ーーー途轍もなく巨大なその体躯は、ビル一つ分軽々と超えるだろう。

 

「ーーー我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社ーーー倒壊するはウィッカー・マン! 」

「貴様!キャスター…!?」

 

アーサー王は胸の籠を開いたウィッカーマンによって囚われながら、殺したはずのキャスニキの登場に目を剥いていた。

 

「坊主、良く気付いてたぜーーー後は俺に任せな!」

 

キャスニキの杖に魔力がこもり、振りかざされた。

 

「善悪問わず燃え尽きな!」

「くっ…ぐああああああああ!」

 

ウィッカーマンはそれだけで一気に燃え上がり、倒壊し爆炎を巻き上げる。

 

って、炎がこっちにまで向かってきてね?むしろもう前髪が焦げ始めたんですが!?

 

「おっと!へへ、わりいわりい。ついやり過ぎちまった」

 

キャスニキに拾い上げられて、俺はなんとか事なきをえた。

 

 




もっさり戦闘ですまない…

多分次で冬木攻略。


ーー追記ーー

フラガラックの使用に批判っていうか設定の不備のご報告が相次いだので説明させていただきます。

『先に殺した敵に反撃する機会はない』とする必中必殺のフラガラックですが、魔術師的に初心者な主人公が概念礼装から抽出して使用している結果、宝具としてのランクが低下して、更に聖杯によりステータスが色々と向上しているセイバーの直感がクリティカルした結果、今回のような『先に攻撃を当て、それを避けた者の反撃の機会を限定的に減らす』という結果に落ち着いた、という処理にしています。

更に細かく説明させていただくと、通常攻撃に使ったフラガラックは『威力は低下し、効果は発揮されない』とのことだったので、今回は素人主人公が使ったので、『威力は低下するが、効果はぎりぎり発揮される』という感じにしています。

説明不足、設定の練りが甘く、多数の方の気分を害してしまったこと、またお目を汚してしまった事をお詫びさせていただきます。まことに申し訳ございませんでした。

また、誤字脱字、ご指摘、心よりお待ちしております。これからも時間が空けばちょくちょくと書いていくつもりなので、よろしくお願いします。



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