これから咲き誇る――【さくら荘のペットな彼女】 (瀬尾 標生)
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これから咲き誇る――【さくら荘のペットな彼女】
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大学の卒業式が終わり、さくら荘で元同僚たちと待ち合わせをして、取り壊しの決定されたさくら荘での最後の思い出を作った。
四年ぶりにましろとあって、もう一度やり直す…いや、もう一度最初から始める約束をして、そのあとはさくら荘に欠かせない鍋パーティーをして、最後は各自自分の懐かしい部屋などを見て未練をなくして、空太達はさくら荘を、卒業した。
そして翌日。昨日の夜から今までの記憶はハッキリしないが、これだけはハッキリと言える。
「い、行ってきます」
「行ってらっしゃい、空太」
「やっぱこうなるよなー!」
当然のように空太の背後に立って、懐かしいその無表情な顔を向けて行ってらっしゃいときっと空太を迎えてる椎名ましろが立っていた。
「ご飯にする、お風呂にする?それとも……わたし?」
「んじゃ、ご飯に…って、誰からそんなもん学んできたー‼」
「当然―」
「分かった、リタだろ」
「すごいわ空太。長い一夜をベットで一緒に過ごしただけで私の思考が読み取れるなんて」
「その言い方だと、俺は昨日の夜にお前と○○○や△△△などをしたってことになるから、他の言葉を選んで使ってもらえますか⁈」
「実際にしたわ」
「―一応聞かせて。何を?」
「○○○や△△△よ。空太、久しぶりだから凄かったわ」
「いやいや、俺にはそんな記憶微塵もないけど…?」
「私とのあれは遊びだっていうの?責任取ってくれるって…もう出来てると思うのに…」
会話の流れが何一つ理解できない空太にとって、今の状況は何一つ嬉しいものではない。自分の知らない事実を語られ、いきなり責任をとれやらなにやら言われてしまえば、当然誰でも正気など保ってはいられない。
「ちょっとまて……」
少しの間、空太は色々と考えていた。何故こうなったのか。何故記憶がないのか。だがしかし、どう考えても答えは空太が望まぬものにしか導かなかった。
「飲み過ぎたー!」
嘘だろ、そんなヴァカな!どんなに酔ったからと言って、昨日の夜頃の記憶が何一つ残ってないって有り得るのか?今まで酒は結構飲んできたけど、それでもこんな出来事なかったぞ?やばいやばいやばい、どうすればいいんだ⁈
両手で頭を支えて青ざめた顔をしていた空太に、ましろはゆっくりと近づき、耳元でささやいた。
「冗談よ」
「何一つ冗談に聞こえなかったけど⁈」
下を向いていた空太の顔がましろに反応してましろに青ざめた顔と絶望して涙が目の先に溜まっている顔を見て、ましろはいつもより綺麗な笑顔を見せて笑っていた。
「空太は面白いわ」
「俺はちっとも面白くなかったけどな。一瞬このビルから飛び降りるところだった」
「ダメよ、空太が死んだらお腹の赤ちゃんどうするの?」
「冗談でもそんなこと言わないでもらえますか⁈心臓に悪いから!」
「大丈夫よ、壊れたら私の貸してあげる」
「そんな取り換え可能な電池みたいな機能がリアルの心臓に搭載されてるわけないだろ!」
朝の七時である。もう、喉は枯れて声は変わり果てていた。理由?当然、四年ぶりのマシンガントーク(物理的にマシンガン)の所為。突っ込みが間に合わない。当然喉が枯れるのも分かる。
「空太。声変わり?」
「誰の所為で喉が枯れて音程が低くなってると思うんだ?誰のせいで⁈」
「私、悪くないわ」
「どうみても、お前の所為だよ!」
そういうと、ましろも黙ってまた笑い出した。四年ぶりに目にするその綺麗な笑顔は四年間という大きな間があったから綺麗に見えるのか、それとも四年の間にましろが綺麗になったのかは、今の空太には分からなかった。単に、両方ともだといいなとしか、思ってないのである。
「も、もう、俺マジで会社行くわ。赤坂に遅刻で怒られたくないし…」
「分かったわ。…帰ったら、ご飯にする、お風呂にする?それとも…わたし?」
「まだそれ続けるの⁈」
そんなこんなで、ましろのいる家を脱出して、空太は会社に向かった。
会社と言ってもこの前買ったばかりの少し広い部屋なのだけれど、場所は水明大学付属高等学校、昔空太たちが通っていた学校にほど近い場所だった。
エレベーターに乗って七階のボタンを押して、七階に到達するまで待っていた。
扉が開き、右に曲がって一番奥の部屋が今空太たちが立ち上げた会社、「さくら」の本社だった。
「お、遅くなりました~」
「龍之介、はい、あ~ん!」
「何してるんだ、居候娘!僕の邪魔をするなっ!」
「いいじゃないですか、ふたりなんだし」
「理由になってない!」
お取込み中のようだ。
「お、お邪魔しました~」
「か、神田!た、助けてくれ!」
「空太、私たちのラブラブイチャイチャタイムを邪魔しに来たんですか?相変わらず礼儀知らずですね」
「分かりました、今すぐ出ます」
「いや、まて、神田。神田?神田ーっ!」
そういって、空太は赤坂が何を言っても「俺は知らない」と言っている表情を貫いて、ドアを閉めた。
「さぁ、誰もいなくなったので、続きをしましょう」
「続きをするわけないだっ…勝手に食べ物を口に突っ込むな!」
「だって、龍之介が…」
痴話喧嘩は扉を閉じても外にいる空太にもよく聞こえていた。
そして外で待機してから五分後、龍之介のエナジードレインされた顔がドアの隙間から現れて、死んだ声で「はいってごい」と言うので、恐る恐る入っていった。
中では物凄く満足感あふれるオーラを漂わせたリタが正座をして空太を見て「ありがとうございます」と言っていた。
それはともあれ、空太と赤坂はいつものようにPCの前に座り作業を始めた。
後ほど伊織と栞奈がやってきて、各自自分の仕事に励んでいた。
昼を少し過ぎた頃、買い物に出かけていたリタがコンビニ弁当を空太たちに配って、みんな一旦作業と停止して昼食を取り始めた。
「そういえばさ、赤坂」
「なんだ神田。僕はお前と話したくないんだが」
「さっきの事まだ根に持ってるのか?」
「持ってないわけないだろ。どんなひどい目にあったか、知らないだろ」
「何って、私はただトマトしか食べない龍之介においしいご飯を食べさせてあげただけなのに」
「それが迷惑だと言ってるんだ」
「いいな、赤坂先輩は。ねぇ栞奈ちゃん、俺にも―」
「いやよ」
即答だった。何の躊躇もない、胸に突き刺さるようなクリーンヒット。
「まだ最後までなにも言ってないよ!」
「あんたの考えてることなんて、お見通しよ、変態」
「ああ、昼食食べる気失せたわ~リタさん、俺にも―」
「ごめんなさい、私は龍之介専用なので」
「いつお前が僕専用になったんだ!」
そういって数々の女性に見事に拒否され、連続アタックを喰らってヒットポイントがない伊織は最終手段に出た。
「…おい伊織。だからって俺を見ないでくれるか?」
「だって空太先輩しか頼めないんすよ…」
「いいから自分で食え」
最後の空太の攻撃によって撃沈された伊織は見事に真っ白になって死んだ魚のような目をして口に飯を運んでいた。
「……そ、そんな感じで食べてたら、他の人にも迷惑でしょ。他人の事も考えて。はい、食べさせてあげるから」
と言って、伊織に助け船を授けたのは、誰でもない栞奈だった。
「か、栞奈ちゃん!大好きだー‼」
そういって栞奈に抱き付こうと伸ばした腕は、見事に栞奈の体にかすりもせずにスルーした。
それをみて他のみんなが笑う。いつもの一日が戻ってきた。
「それで、話って何だ。」
そう話を切り出したのは赤坂だった。
「ああ、それが少し質問があってな。」
「だから、その質問の事を僕は聞いてるんだ。話す気がないなら僕は聞かないぞ」
「わかった、分かったって。えーとだな、今お金って幾らくらいあるんだ?当然ゲーム制作費用は抜いて」
「そうだな。一応発売したゲームは売れてるからな。まぁ、予想以上に残っていると思う」
「それじゃさ、聞いてくれるか。提案があるんだけど…」
みんなが空太の意見を聞いて、「おおーそれいいね」などと言った歓声が上がっていた。
「うん、別にそれは悪い案ではない。正直僕もそろそろ変えごろかと思っていてな」
「やっぱり、俺たちはそうでなくちゃダメですよ」
「いいアイデアだわ、空太。やるときはやるのね」
「その言い方だと、俺はいつも会社の足を引っ張ってるってことになるが?」
「それのどこが間違っている。いつも企画書などを創るのが遅すぎるんだお前は」
「もうそこは分かってるから、突っ込まないでくれる⁈」
その後も色々な話をして、昼食を終えて、空太たちはまた仕事に戻った。
午後七時、仕事が終わって皆会社から出て自宅へと向かった。
昔まで赤坂と暮らしていた部屋に空太は向かい、昔までましろが住んでた部屋に赤坂が強引に連れていかれた。
家に帰ると、空太を玄関で待っていたのはましろだった。
「た、ただいま」
「お帰り、空太。…ご飯にす―」
「ご、ご飯な、ご飯」
と言って朝の出来事を繰り返さないために早く台所に移動した。その途中でましろのぷくーっと膨らんでいた頬を指先で突っついて、笑いながら通っていくと拗ねた顔で空太を見ていた。
「わ、分かったから、そんな顔するなって」
「だって空太、「わたし」って答えてくれない」
「…さ、先に風呂な」
「私も入るわ」
「そうだな、先に入れば?」
「一緒に入るわ」
「だから何故そんな結論に至るんだ⁈」
「…だめ?」
弱弱しい声を出して上目づかいで空太を見上げるましろの悲しそうな表情に負けて、空太に与えられた選択肢は「YES」以外になくなっていた。
「おまえ、そんな術、何処で学んだ。まぁ、大体の予想はつくけど」
「これは綾乃が」
「ここで飯田さんと来たか…流石六年間ましろのそばにいた人って感じだな。もう完全に親鳥だな」
「飼い主は空太だわ」
「お前はまだそんなことを言ってるのか⁈」
結構前だが、聞いたことのあるセリフだった。いや、似たようなセリフだったはず。
「それはともあれだ。ましろ、いい知らせがあるぞ。耳を貸してみ」
「空太、耳は取れないわよ」
「取れるわけないでしょ!取れる方がおかしいんだよ!」
畜生、また始まったと今更ながら悲しんでいる空太であった。
「それでだな………って、わけだ。理解できたか?」
「…うん分かったわ。その日が楽しみね、空太」
「ああ、本当に楽しみだ。ましろも遊びに来いよな」
「うん、絶対行くわ」
そういって、今日三回目のましろの綺麗な笑顔が空太の瞳に映っていた。
そして今日も一日が終わる。ましろと今日から始めた同棲暮らしのスタートラインを踏み出して、明日へと走る。
もう、空太は前のようにましろの背中を追いかけるだけではない。これからはもう一度、ましろと手を繋いで、一緒に肩を並べて、未来へ進んでいくんだ。
さくら荘が取り壊されて四か月後、その跡地には一つの看板が立てられていた。
左右には大きな一戸建てが建っていて、その跡地だけがまるで前歯一本だけ取れた小学生の歯のようだった。
左側には三鷹美咲と仁の家があり、右側は知らない人の家が建っている。そして、その二つの間に、今、建物が建てられる予定である。
まだ用意もされてないが、その場に何が建たれるかははっきりしていた。
元水明芸術大学付属高等学校学生寮、さくら荘であり、空太とましろと七海と龍之介と仁と美咲と伊織と栞奈と千尋先生と十四匹もの猫たちが絆を深め、喧嘩をして、衝突して、仲直りをして、お帰りを言って、ただいまを言って、行ってきますを言って、彼らの帰る場所であり、彼らの忘れられない思い出の場所であるその場所に、空太が願った物が建てられ始めていた。
同じようにはいかないだろう。学生には戻れないだろうし、四六時中みんながいるわけではない。でも、それでもまだこの場所を守りたい、この場所に居続けたいという思いだけで、充分だった。
この場所に、「ゲーム制作会社「さくら」」の新しい本社を建てるには、充分な理由だった。
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