ゼロから始まる俺氏の命 (送検)
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新しい友達は復讐を目論む人間だった
プロローグ 上田幸村


人は死んだ後、何処へ行くのだろうか...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあな。そんな事は俺にとってはどうでもいい事であって他人様にとってもどうでもいい事だ。俺が知りたい事はもっと別にある。俺が未だに答えにできないことは更に別にある。

 

 

 

俺が知りたいのは『何故死んだ筈の俺が生きているのか』

 

 

なのだから。

 

 

 

そして、俺が未だに答えに出来ていないのは──

 

 

 

 

『何故、俺は此処にいるのか』

 

 

 

 

なのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の名前は────。ごく一般の小市民だった人間だ。

...済まないな。俺はどうやら前世の記憶が断片的に欠如しているらしい。

 

 

 

生まれた街や住んでいた街の名前など跡形もなく消し飛んだ。自らの名前なんて以ての外だ。苗字の最初の文字すら覚えていない。

 

 

 

しかし、どういった経歴を持っていたか、死ぬ直前はどうしてたか等は何故か覚えている。そう、あれは交通事故だ。誰かを助けようとしたとか、自分が身代わりになったとかそんなご都合主義の主人公のテンプレ事故死のようなものではない。それはもう呆気なく走馬灯を見ることもなくトラックにペシャンコにされた。

 

 

 

経歴──と言うよりか最終学歴か──は、一応高卒である。これでもキャンパスライフに心を踊らせていた一人であり、都内の大学進学も決まっていた。しかし、その前に死んでしまったので結局学歴は高卒止まりである。

 

 

 

それが昔の俺の自己紹介だ。ここまで話して気付くことはないか?

 

 

 

そう、俺には現在と過去、二通りの自己紹介があるという事だ。それ即ち、俺は輪廻転生、若しくは異世界転生をしてしまった転生者、異世界人にあたる人種なのだ。

 

 

 

転生した瞬間は俺にも気付かない位あっという間だった。気が付くと、そこには見知らぬ天井。小さくなった手。そして、1日に何回もあるミルクタイム。あれは18歳の自我を持った状態では精神的に苦痛だった、屈辱だった、恥辱だった。出来ればこの話は誰にも知られることも無く墓場まで持っていきたいと安い決意を当時の俺はしたものだ。

 

 

 

さて、ここまで来たところで俺の現在の立場についての紹介をしようではないか。そろそろ俺も名前を開示してしまって皆に認知されたいし、そもそもの話、俺の名前や性別を言っていない状態で話を進めても

 

 

『転生とか、過去とかどうでも良いから名乗れよ。野郎か?』ってなるだろう?少なくとも俺はそう思う。

 

 

故に名乗らせて貰おう。

 

 

 

俺の名前は上田幸村、言わずもがな野郎だ。何とも高貴で何処かで聞いたことのあるような名前だと思ったら前世でやり込んだ某無双ゲームで有名なあの人と名前が同じではないか、と思ってしまったのはまた別の話。

 

 

 

信州に居を構えている上田家は先祖代々からなる名門らしく、立派な門構えに家は武家屋敷を彷彿とさせるそれ。茶の間まで完備されている。

 

 

 

おまけに上田家の人間は往々にして高学歴、過去には有名人まで輩出しているトンデモ家系である。

 

 

 

そんな家だからか、上田を名乗る俺も例に漏れず上田家にとっては普通の道、レールを逸れることなく、そしてグレること無く送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

...色々語ったが俺が1番声を大にして言いたいのは『上田幸村はワケありの転生者』という事だ。

 

 

 

 

その不変の事実を踏まえて聞いてほしい。

 

 

 

これから俺に起こる数奇な運命に。

 

 

 

そして、とある高校を舞台にした、もう一人の少年の一人の女に対する『リベンジ』とやらを。

 

 

 

 

 

 



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第1話 政宗

俺にとって小学生時代とは1種の空白期間というものに該当する。

 

 

 

ほぼ惰性でしか動かなかったり

 

 

 

 

テキトーに何かを言われるがままこなしていたり

 

 

 

 

家でゴロゴロしていたり

 

 

 

 

京都で風邪っぴき病弱少女に何気なく出会ったりと、まるで、同じ所を行き来するお掃除ロボみたいな生活をしていた。そのため、最早何をやっていたかすら殆ど忘れており俺の数ある青春の中でもつまらない、俺にとってはそんな記憶だ

 

 

中学校2年生、高校2年生は中だるみの時期と呼ばれているらしいが、俺には随分と早く中だるみの時期が来てしまったらしいな。

 

 

 

因みに前世の俺は18歳で死んだ。そして、今は12歳。精神年齢は既に三十路をいっており、もさもさだった髪の毛が次第に無くなり始める年頃だ。

 

 

閑話休題

 

 

まあ、本当に最後の最後。小学校残り一年となった6年生の年にはとある少年が学校に転校してそこから少し俺の中の学校生活が、少しずつ変わり始めたのだがその年まで辿り着くまでのお話がやたら長くて面倒だ。

 

 

故に、小学生になって5年間のお話は割愛させて頂こうと思う。だって、皆がやっているような俺の小学生時代の話を長々としてその話が皆がやっているような事だったとしてみろ。

 

 

『ああ、普通だったな。それで?...時間返せよこのクソ野郎』

 

とか、思っちゃうだろ?俺はそう思う。

 

 

と、いう訳でだ。ここから先は俺の小学生時代最後の1年の話をしようと思う。普段一人だった俺がとある少年と同じ道を歩むきっかけとなった出来事、そして、俺自身のあり方を変えるきっかけになった少女の話を。

 

 

ここまで長々と失礼した。では、先ずはとある少年の話をしようか。この信州にいた時に親友になった、少しぽっちゃり系の男の子の話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

信州の何の変哲もない学校。そこで一人の男が俺の隣で挨拶をしていた。

 

 

「真壁...政宗、です...」

 

自信という自信を何処かに置いてきてしまったかのような声をした少年が一人、衆人環視の視線に晒されていた。

 

小学校6年生の春、新しいクラス、新しい友達、仲間。青春って良いな、と思い教室の窓際の席に座りこんで窓の外を見ながら物思いに耽る。

皆が元気良く挨拶をするのを耳だけで聞き流し、それをBGM代わりにしているとふと、そんな声が聞こえたものだから驚いて俺は右隣の真壁政宗の方向を見てしまった。

 

真壁政宗、名前だけは聞いたことがある。信州に三年前来た少しぽっちゃり系の男。専らの噂では苗字を母方の苗字に変えて、爺さんの家に住んでいるらしい男だ。

 

そして俺自身、真壁の爺さんには世話になったことがあり、まあこれも何かの縁だ。話す機会があったらコミュニケーションを取ってみようと思い、もう1度窓の外を見た直後だった。

 

「...あ、あの...」

 

驚いた。コミュニケーションを取る機会は早速来てしまったらしい、それも真壁の方からだ。内心驚いて振り向くと真壁がおずおずといった表情でこちらを見ていた。

 

「何だ」

 

見ず知らずの転校生が突然挨拶をした事と、予期せぬ事態に見舞われた故に思わずぶっきらぼうな返事になってしまった。少年は少し怖がってしまっているようだった。

 

 

「あー...性分でな。別にお前を嫌っているって訳じゃないんだ。どうした?」

 

そう言うと真壁政宗は少し表情を綻ばせ、話し始める。

 

 

「お、俺...真壁政宗って言うんだ。よ、宜しくね」

 

...お、おう。自己紹介バッチリ聞いてたから分かるぞ、宜しくな真壁。...で、どうした?

 

「え、えーと...確か、上田君...だよね」

 

「ああ。合ってはいるがその上田君って堅苦しいな。別に幸村で構わないぜ?」

 

まあ、その名前が呼ばれることは滅多にないがな。だって友達居ないもん。

何はともあれ、そう言うと真壁は綻んでた顔を更に綻ばせて俺に話しかける。

 

「じゃ、じゃあ改めて宜しくね幸村君!!」

 

「ああ、宜しくな真壁」まあ、これが俺こと上田幸村と奴こと真壁政宗の所謂ファーストコンタクトというものであった。

 

 

 

 

 

 

 

真壁政宗──頭は悪くなく、寧ろいい部類に入り運動神経も悪くない。体型はぽっちゃり系の男。頗る性格は良い方らしく穏やかな田舎民もそれなりにいるこの土地では真壁政宗はのびのびと生活していた。

 

そんな政宗を見て俺は、ふと聞きたくなった事があった。あれから2ヶ月過ぎてかなり俺と真壁の仲は良くなり俺にとっては唯一無二の親友が出来たと思い始めた頃、俺は教室に隣接されている窓際のベランダで真壁に何故そこまで他人に優しく出来るのかと聞いてみた。すると、真壁は持っていた缶ジュースを握りしめ

 

「当時の俺は少し世間ズレしててさ、『僕の家はお金持ちなんだぞ!!』って簡単に言っちゃうような嫌な奴だったんだ。それが原因で虐められることも多かったんだ...それに、俺デブだし...そう言うのを体験してるのに態々関係ない人に突っかかろうとは思えないんだよ...」

 

 

スネ夫乙...じゃなくて。

 

 

「『僕の家はお金持ちなんだぞ!!』発言は兎も角体型の問題で虐められるとか都会って恐ろしいな。...もう此処に永住してしまえよ」

 

信州は良いところだぞ?俺の知る限りではデブだからって虐めるやつ居ないし、仮にいたとしても俺がぶっ飛ばしてやるし。

 

そう言うと、真壁は本当に嬉しそうな笑みを浮かべ、それと同時に暗い、何かを思い出すような表情をしていた。

 

「ユキムラの誘いは嬉しいけどさ...俺は絶対にあの憎ったらしい女に復讐しないといけないんだ。だから...ごめん」

 

おおう、あの温厚な真壁が復讐という言葉を口にするか。果たして何をした少女Aよ。

 

「そうか...」

 

俺はプルタブを開けて缶コーヒーを飲む。苦味が口に染み渡り俺の思考をまた一つ冷静にさせる。隣を見ると真壁は空き缶を握りしめているのだが、全く潰れない。それに内心苦笑いしてしまったのは別の話だ。

 

 

「...で?復讐の為の準備は順調に進めてるのか?」

 

そう尋ねると真壁はクッキーモンスターもビックリな位に顔を青ざめ言う。

 

 

「...うん、まあ...順調だと思うよ?最近は体脂肪率も少しずつ減ってきてるし、木に止まっている鳥が食べ物に見えてきたし...」

 

 

おい、

 

 

それ大丈夫か?

 

 

急なダイエットは体に毒だからな?

 

 

「...まあ、此処にいる時くらいはリラックスして過ごそうな?そうしないとハゲるぞ?」

 

俺がそう言って真壁の肩を叩くと、真壁は哀愁漂う笑みでははっ...と乾いた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

...解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 




二次創作を書くのって本当に難しいなと思い始める今日この頃。



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閑話 家族

今回少し短めです。


あ、短いのはいつもの事か...


突然だが、俺の家族について説明を加えようと思っている。

 

 

 

 

 

俺の家族は父と母の間に二人姉弟の四人家族構成である。更に父には弟がいて、家庭を持っているという何とも複雑な関係線となっている。

 

 

今回は親父、母さん、姉さんについて紹介したいと思っている。態々親父の弟や弟の家族についてまで説明しようとするほど俺は気の長い性格ではない。

 

 

先ずは、俺の父親である昌幸から説明しようと思う。

 

 

「...親父、何してんの」

 

茶の間で茶を飲むという何の変哲もない行為をしていると、突然親父が家の庭で大きく素振りを始める。

 

「んー?ああ、これはゴルフだ」

 

分かるに決まってんだろそんな事。アッパースイングで鉄製のアイアンをフルスイングしてる時点でゴルフだって気付くだろう。

 

俺は、何故親父が此処で素振りをしているのかと聞いているんだがな。

 

「...趣味かな?」

 

「とっとと行きつけのカントリークラブにでも行ってこいってんだよ」

 

俺の父である上田昌幸は開業医、そして、とある名家のお嬢様のかかりつけ医をしている。それもこの人先程までは真昼間からゴルフの素振りを家の庭で始めるダメ人間だが、医療の技術はある。それもなかなかのやり手だ。

 

某有名大学に通い、更にはその大学病院にオファーまで届いたもののそれを断り開業医を始めたんだそうな。どういう訳か大病院のコネクションも沢山持ってるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...と、いう訳だ。母さん、あの親父を何とかしてくれ」

 

俺がキッチンで洗い物をしている黒髪ロングの主婦にそう言うと、その主婦は笑顔でこちらを見つめる

 

「ふふっ、相変わらずあの人は自由奔放ね」

 

いや、笑い事では済ませられねえよ。お陰で俺の胃は常時ストレスマッハで十二指腸潰瘍になりそうなんだけど?

 

「あらあら、それは大変。...じゃあお腹。ズルズルかっ捌いてもらう?」

 

そう言って、包丁の切っ先を上に立てながら左手を自身の頬に当てる主婦に俺は冷や汗を一滴流しつつ

 

「結構だよ!!」

 

と言い放った。

 

言う事成すこと全てがエグいこの人は母の薫である。一目見ると聡明な顔つきに物腰柔らかな如何にも日本の美女、といった母だが中々この人の言う事は何か、こう...あ、アグレッシブなのだ。先程の発言も、包丁を持ちながら母が言うとリアルに聞こえてきて本当に怖い。マジで怖い。

 

「相変わらず、ユキは短気だねー。早死するよ?」

 

俺が母の言葉に戦いていると、どこからか声が聞こえる...否、大体想像は付く。

 

「マイペース過ぎるのも考えものだな」

 

なあ、松姉さん。茶の間で寝転がりながらポテチなんぞ食ってんじゃねえよ。

 

「あははっ、マイペースで何か悪い?寧ろ最高でしょ!至高でしょ!!」

 

「あーあー、最高だな最高。そのままマイペースになり過ぎて自分の結婚適齢期まで引き延ばさないようにな松姉さ...はっ」

 

そこまで言って俺は自身の失態、失言に気付く。さっ、と目の前を見るとそこには激おこぷんぷん丸の姉が誕生していた。

 

 

「へー...?ユキの癖に言うようになったじゃない?」

 

 

そう言って手首をポキポキ鳴らすこの女。この人が俺の姉である松華(しょうか)である。母と父のマイペースさを一心に譲り受けたかのようなマイペースさと父譲りの頭脳と母譲りの美貌を引き継いだ反則チーターな女である。この人因みに大学生だ。前世の俺の果たせなかったキャンパスライフをのびのびと過ごしてやがるんだ!許せねぇ...

 

 

あ、後この人剣道、空手の有段者で...

 

 

途端、俺の頭を手刀が襲った。

 

 

女の子に結婚適齢期とか言っちゃダメだよね。故にボコボコにされても仕方ない。是非もない。

 

 

 

 

と、ご覧の通りの有様を間近で見ている俺にとっては上田家程碌な家はないと断言出来る。昼間ゴルフの昌幸。エグい会話名人の薫。球速?km超スローボールマイペースの松華。彼らに総じて言えることはどいつもこいつも周りがどうあろうと自分を貫くということだ。

 

 

対して俺はドント、マイペース。エグい会話など出来ない。昼間ゴルフなど以ての外だ。

 

 

ここまで似てないと果たして俺は本当に上田の人間なのかと本気で考えてしまう。幾ら転生した人間だからといってこの似てなさは些か酷いのでは無かろうか。

 

 

まあ、他人によると似ている所はあるらしいけどよ。

 

 

 

 

 

茶の間で茶をまた飲み始めた俺は、はあ...と溜め息を吐きそのまま大の字に寝転がる。

 

 

今日も信州は平和だ。

 

 

俺にとっては落ち着くようで落ち着かない。そんな不思議な心境だった。

 

 

 




上田家の家族は姓も含めて真田氏に関係しています。気になる人は調べてみてください)適当


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第2話 少女

随分報告が遅れましたが1話のタイトル修正しました。

『転校生』ってなんだよ...タイトル詐欺もいい所だよ...


──貴方は、生きてて楽しいですか?

 

 

目の前には縁側に一人、人形のように動じずに座る一人の少女。そして、その姿を見た俺はその少女の背後に立っていた。

 

『物珍しい事を聞くもんだな』

 

逆に聞きたい。

 

お前さんは生きてて楽しいか?

 

そう問いかけると、少女は静寂の中ぽつりと独りでに話す。

 

──さあ、分かりません。そもそも私は生きることに希望を見出すことが出来ません。何をどうしたら楽しいのか、私には分からないのです。

 

貴方は、どうなのですか?と繰り返し問う少女。俺は歩いて真っ直ぐ庭を見つめる少女の隣に座り込む。無論、正座だ。それ相応の礼儀くらいは弁えている。

 

『...俺は今のところこの世界を楽しいと思ったことは無いよ』

 

『...では、貴方は何故生きてるのですか?』と庭を見つめていた少女は此方を振り向き続けざまに問いかける。その少女の目は諦観に満ち溢れていた。

 

何故かって?そんな事は決まっている。

 

『自分の生きている意味を探すため。そして、この世界を少しでも楽しいと思えるように努力するんだよ』

 

お前さんも見つかるといいな。『自分が情熱を持って出来る何か』が。そして、そのお前の目が何時か希望の表情に変わるようになれば俺は嬉しい。

 

そう言うと、目の前の少女は驚いたかのように目を見開き、俺を見る。改めて俺も彼女を見る。腰まで伸びた茶髪の髪に右目の泣きぼくろが可愛らしい美少女は寒い時期にも関わらず1枚着込んだだけの薄着であった。付き人殿の目でも盗んで抜け出したのか?全く、いけない子だ。

 

その少女の服装に、見ている此方が寒くなってきた。俺は立ち上がり、彼女の背後まで近付くと自身の着ていた上着を少女の肩に被せる。

 

『近頃は寒いからな。体調管理は大切に、2枚くらい着込んどけ』

 

そう言って俺はこの場所を立ち去ろうとする。ああ、彼女の服装を見てて、見ている此方が寒くなってきたから厚着を渡したのに自分の厚着を脱いでしまったら意味がないじゃあないか、なんて内心どうでもいい事を考えながら歩いていると背後から声がかけられる。

 

『あ、あの!お名前は──!』

 

俺か、俺の名前は...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...がっ!!」

 

 

 

盛大にベッドの上から転げ落ちた。昔からそうだ。夢を見ているといい所で何時もベッドの上から転げ落ちる。これが噂に聞くレム睡眠行動障害とやらだろうか。

 

懐かしい夢を見ていた。俺がまだ小学三年生の頃に親父に連れてかれた京都のとある名家。そこで親父ともう一人の男が大広間で酒を呑みあっていた。酒の場にいる趣味なんぞ持ち合わせていない俺は早々に退場し、厠に行こうとしていた時の出来事。

 

少女はぽつりと縁側に座布団を敷いて座っていた。

 

俺はその少女に声をかけた。

 

忘れもしない。それが俺とその少女。藤ノ宮のお嬢様のファーストコンタクトだったのだ。

 

さて、と半身を起こして窓を見る。すると辺りはまだまだ暗い。時計を見ると時刻は4時。...さて、俺はまだまだ寝るぜ。ふっ、早朝は二度寝をするのが俺のルーティンワークなのだよ、はっは。

 

 

 

 

 

 

よくよく考えたら5月下旬の今が一番過ごしやすい季節なのかもしれない。家から中学校までの長い道程を歩いても汗一つかかないし、特別寒い訳でもない。暑くもなく、寒くもなく中間の様なこの季節が、一番生活しやすい気候なのかもしれないな。

 

「...はあ」

 

しかし、そんな外の世界とは反対に真壁政宗の声はこれから始まるであろう梅雨にも負けじとどんよりしていた。

 

「珍しいな。普段元気なお前さんが溜め息を吐くなんて」

 

俺の知る限りでの真壁政宗は人前で弱音を吐かない、負けない、悟らせないといった強い精神を持ち合わせている人間だったはずだ。そんな真壁が人前で溜め息とは、今日は槍でも降るのではないか。

 

「ああ...幸村。ちょっとね...」

 

オレに気付いたらしい真壁は俺の席の方に振り向くとどんよりとした顔を見せる。 どうやらどんよりしていたのは声だけではないらしい。表情、オーラ、それらを取り巻く真壁の全てがどんよりしていた。

 

「...どうしたんだ?」

 

この状況が何秒間何分でも続いてしまいそうになり、俺は堪らず真壁に何があったのか尋ねる。すると真壁は少し戸惑った後、悩みの種らしい──それを口にする。

 

「昨日、お爺様に黙って板チョコを食べちゃってさ。1日中納屋の中に入れられてたんだ。それで納屋で寝てたら寝違えちゃって、頭は痛いし、首も痛いしあんまりだよ...」

 

おおう、流石真壁の爺さん。実の孫にも容赦がないな。

 

「...そりゃそうだろ真壁。納屋の中で寝てたらしっかりとした寝具もないし、寝違えるわ。...まあ、話を聞く限り悪いのはお前っぽいけどな」

 

復讐したいなら1日でも早く痩せる為に何をしなければならないのか考えなければ。チョコを食べちまったらお前の復讐とやらは遠のくぜ?何時、その女がどこかへ行ってしまうかなんて分からないんだからな

 

「そ、それはそうだ。そうなんだけど...!」

 

そう言って真壁は苦い顔をする。まあ、やってはいけない事ってのは自分が一番分かっているんだろうけどな。馬鹿にされて一番悔しいのは言われた本人だ。そして、それを何とかしたいと一番思っているのも本人だ。更に、真壁はそれを想うだけでなく、その現実を変えようと行動している。俺にとって真壁政宗のそれは尊い。要するに、俺はそんな真壁政宗を心底尊敬していたのだ。

 

「...それにしても、チョコレート食べちゃったかー...」

 

そう言うと真壁は罰が悪そうに頬を掻く。チョコに限らずどのお菓子も疲労回復効果がそれなりにあるためお菓子が一概に健康に悪い食品とは言えないのだが、如何せん、どのお菓子も栄養価が高い。チョコなんて物にもよるが一製品食べただけで大体588kcal程、摂取するのだ。お菓子はダイエットを敢行している人間...とどのつまり、今の真壁には相性最悪の食べ物なのだ。

 

「し、仕方ないよ。美味しいからさ」

 

その言葉に俺は苦笑いする。

 

「チョコの美味しさを免罪符にするなよ...」

 

まあ、まだまだ長い復讐期間。少しの挫折なんてこれから沢山ある。問題はその挫折と甘えを長期間続けてしまうことだ。そういう面では厳しい真壁の爺さんに修行を付けてもらうのは正解なのかもな。

 

「ま、これに懲りたら甘味は勿論の事、油分にも厳しくな」

 

油分は怖いからな。特にエビフライの衣やカツの衣!あれらはダメだ。衣は全て油の塊で出来ているのだから勿論カロリーが高くなる。

 

「そうだね、気を付けないと...」

 

そう言って両手でグッと拳を握る真壁。俺はそれを見てクスッと笑う。

 

お前さんの復讐がいち早く成功する事を祈ってるよ。

 

なあ、政宗。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今週最後の学校が終わり、土日と羽根を休めることに俺はすっかり安堵していた。

 

何時もやっている部屋の整理を忘れた。普段から綺麗にしているため、そこまで影響はないが着用していた服を洗濯機に出すのが面倒で畳んだままそのままにしていた。何時もなら忘れずに洗濯機に出すのが俺の日課なのに

 

つまり、俺は完全に油断していたのだ。

 

「...おい」

 

朝、横向きで布団にくるまった状態で目を覚ますと、目の前にいたのは俺の学習椅子で漫画を読んでいる少女だった。

 

「あ、目が覚めましたか幸村様」

 

ああ、バッチリ目が覚めたよ。驚きで目が覚めるどころか朝っぱらから冴え渡っちまってるけどな。

 

「...何でお前がここにいるんだ藤ノ宮」

 

俺は布団から出て半身を起こして尋ねると、その少女、藤ノ宮寧子はニコリと笑う。

 

「あら、上田家にいてはいけませんか?」

 

別に駄目とは言ってないだろう?寧ろ来てくれて嬉しい、歓迎するよ。

 

問題はお前さんがここにいることなんだがな。

 

「それは...そこに幸村様のお部屋がありましたからっ」

 

そう言って両手で小さくガッツポーズをする藤ノ宮。それを一瞥すると俺は大きく溜め息を吐く。

 

「そこに山があったから的なノリで言うなよ...」そう言うと、藤ノ宮はさも当たり前のような口調で簡単に言う。

 

「ええ、丁度そこにありましたから」

 

「認めちゃったよこの子!?」

 

藤ノ宮寧子。神出鬼没にどこからともなく現れる正に猫の様な将来美人間違いなしの女の子だ。上田家と藤ノ宮家は両親が仲良しで深い関わりを持っており、親父が寧子のかかりつけ医をしている関係もあり俺が京都へ行く事も寧子自身が親父さんや、付き人の椎堂さんを連れていたりして遊びに来ることも自然とあり、あれよこれよと言う間に今では数少ない同年代の関わりを持っている人物である。

 

「今頃椎堂さんが探しまくってるだろうな」

 

火の中、水の中、草の中、森の中...とまでは行かないものの所狭しと探しまくっている事だろう。そのうち捜索願を出されないか心配だ。

 

「ま、家の中にいることは分かってるだろうし、ここにいるのがバレるのも時間の問題。残念だったな藤ノ宮。お主の探検もここまでのようだ」

 

「別に残念ではありません。幸村様のお顔を見れただけでも私は満足ですわ」

 

そう言ってニコリと笑う藤ノ宮。うん、何この子めがっさ可愛いんだけど。

 

「...体調、大丈夫か?」

 

この事を予想していたのなら多少は掃除していたものの。普段から整理をしていたため、そこまで汚くはないだろうが清潔というわけでもないだろう。

藤ノ宮は元々病弱な人間だ。環境が変わっただけで体調を崩す可能性もある。故に俺は彼女の体調を心配していたのだが、どうやら今回の心配は杞憂だったらしい。

 

「ええ、真に綺麗なお部屋で体調が悪くなることもございません。私としてはもう少し生活感のあるお部屋でも宜しかったのですが...」

 

「何処に何があるのか分からなくなるよりかはマシだとは思うけどな」

 

いざという時困るだろ。

 

「確かにそれはそうですが...」

 

そう言って藤ノ宮が言葉を続けようとすると、唐突としてドアが開いた。

 

「寧子様。お時間です」

 

おっと、時間切れだな。どうやら付き人の椎堂さんが来たようだ。藤ノ宮は椎堂さんを一瞥するとやや残念そうな顔をしていたが、やがて元の顔に戻り椎堂さんの元へ歩いていく...と、同時に俺の方を振り向く。

 

「幸村様。今度は是非、京都でお会いしましょう」

 

はっは...機会があったらな。

 

そん時までに京都弁、マスターしておくよ。

 

「だから、お前も達者でな」

 

そう言うと、藤ノ宮は一瞬驚いたかのように目を見開き

 

「はい!」

 

まるで花でも咲いたかの様な可憐な笑みで答えて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、あいつさっき読んでた『薔薇ステ』持ち逃げしやがった。

 

まあ、また今度返して貰えばいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 




早く政宗くんのリベンジ 9巻発売されないかなあ...


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第3話 決意

久し振りの投稿です...


6月、見事に梅雨の時期に入った──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅雨前線爆ぜやがれ、エクスプロージョ───なんて環境上よろしくないことを頭の中で考えつつ、俺はコンクリート製の坂道を傘を刺しながら歩いていた。

 

梅雨の季節が始まり偶にしとしと、時にザーザーと雨が降るこの時分に何故俺が鬱陶しい坂道を歩いているのか。それにはしっかりとした理由があるのだ。

 

真壁政宗が、熱を出した。

 

皆も良くやったのではないか?熱や病気で学校を休んだ友達に代わり、明日の持ち物や、連絡事項等を書いた紙などを渡すお邪魔します感満載のこのイベント。実は俺、それをやっている最中なのだ。偶偶俺と政宗が教室外のベランダで会話を弾ませているのを見た担任がそれを理由にして俺に任せた。仲がいい事を否定する訳ではあるまいし、寧ろウェルカムなのだが放課後に大雨が降ってきた事もあり今は好き好んでやった事とは言え二つ返事で安請け合いしたことに少し後悔していた。

 

次第に雨が強くなってくる。昨日のニュースによると今日の午後は雨のピークらしい。ソースは大学帰りの松華。こんな時に熱出して休むなんてちょっと羨ましいぞ政宗──なんて自分でも分かるくらい下劣な事を考えて歩いていると大きな武家屋敷が見える。

 

「おー...久しぶりだな、真壁家」

 

俺は目の前にある立派な家を見上げながらかつて世話になったこの家と暫く顔を見ていなかった『師匠』に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 

「久し振りじゃのう、幸村」

 

その言葉は、居間の奥に座布団を敷いて鎮座している男から発せられた。

 

「ああ、久し振りだね爺さん」

 

そして、俺は爺さんの座っている向かい側に正座で座っていた。

 

真壁のお爺様──名前は伏せておく──は、かつての俺の師匠であり、勉学に勤しみ過ぎて貧弱に、更にはぼっちで暇人だった俺に思うところでもあったのか鬼のような強化メニューを俺に与え、俺を虚弱体質から一気に健康体のムキムキマッソーに変えた張本人である。

 

爺さんには、感謝してる。学業には前世の知識があるため困るというわけでは無かったのだが松姉さんのように生まれつき、発想と応用に優れた天才等ではない。夢のキャンパスライフ目前でおっ死んだ俺にとっては松姉さんのようなキャンパスライフを悠々と過ごす事に関して強い憧れがあった。そのため、幼少期。俺は親父の目を盗んでひたすらに難しい教本を読み漁り、少しでも良い大学に行こうと学校で覚えることを1からやり直した。今では教本を読んでいたところを松姉さんに見られてありえないものを見るかのような視線をされたのも良い思い出だ。

 

と、まあひたすら教本を読み漁った結果、学業に差し支えるようなことは全く無くなり前世の高校時代よりか随分と頭も良くなったのだが幼少期時代を殆ど親父の書斎で過ごして来た俺には体が虚弱体質になるという弱点が出来てしまったのだ。

 

それを見かねた松姉さんが真壁の爺さんに口添えをした。故に、俺は真壁の爺さんに2年間もの間、指導を受け、武者修行に武者修行を重ねた結果俺は虚弱体質を改善し、文武両道?な人間になった。

 

あれは地獄だった。体の線が細かった俺は兎に角食べて、走って、食べて、走ってという地獄絵図すら生温い特訓をエンドレスにやり込み、夜にはひっそり虹色に輝く何かをリバースするという珍行動を幾度と無く行った。今考えると良くあんな鬼特訓をやったな、と思う時もあるが、後悔はしていない。寧ろあのままガリガリだったら2回目の昇天をしてしまいそうになっていたかもしれないからやって良かったとも思っている。

 

「政宗と仲良くしてくれているようじゃな。毎日幸村の事を話してくれているよ」

 

感謝する、と真壁の爺さんは付け加える。

 

「何でそっちが感謝してんの。寧ろこっちが感謝だよ爺さん」

 

真壁の爺さんに鍛えてもらって、虚弱体質を改善してもらうだけに足らず、政宗という最高の友達まで出来た。

 

本当に俺は真壁家に縁がある様だ。

 

「感謝しているよ爺さん。もちろん政宗も」

 

あ、これ政宗にはオフレコで頼むな。と言うと真壁の爺さんは顔を綻ばせる。

 

「ほほほ、まさか昌幸と瓜二つの倅にそう言われるとは思っても見なかったわい」

 

「おい、あのゴルフ親父と似ている件について詳しく説明を願おうじゃあないか」

 

何処が似てるんだ。そう思い真壁の爺さんに食ってかかるとそれすら見越していたかのように爺さんが笑う。

 

「そうやってムキになる所とか若かりし昌幸にそっくりじゃ。子は親の背中を見て育つ...どうやら迷信では無かったらしいの」

 

具体的にそう言われてしまった俺は返す言葉が見当たらずそのまま引き下がる。ぐうの音も出ないとはこの事を言うのだろうか。

 

「それで、何か用があって来たんじゃろ?どうかしたのか?」

 

ああ、そうだった。肝心の本題を忘れていた。そう思い俺は脇に置いていた袋を机に差し出す。

 

「これ、明日の持ち物と手紙が入った袋な。特に明日は体育があるからな。体育着を持って来るように政宗にも宜しく伝えといてくれ」

 

体育は忘れたら見学だからな。楽しい楽しい体育(独りでやる体育が楽しいとは一言も言っていない)を見学なんて勿体ないだろう?

 

「おお、済まないの」

 

机に置いた袋を爺さんが確認するのを見届けながら俺は用意されていたお茶を啜る。

 

「...政宗、俺と同じ位の厳しさで指導してんの?」

 

それとなくそう呟くと、真壁の爺さんは首を横に振る。

 

「それ以上じゃ。お前さんと政宗の鍛え方は違う。幸村は元々余分な脂肪や贅肉が無かったから筋肉を付けて、健康に暮らすだけで健全な体を作ることが出来る。しかし、政宗は別じゃ。あやつの場合は先ず余分な脂肪を剃り落とさなければならない。そして、そこから筋肉を付け無ければならない」

 

そう言うと真壁の爺さんは1度話を区切る。

 

「あのままでは只のデブじゃ。せめて政宗には健康的な暮らしを送ってもらいたいのじゃが...」

 

そう言ってため息を吐き思案する真壁の爺さん。

爺さんは一見、厳格に見えるがその実人情に厚い人物でもある。政宗に対して厳しくしているのも孫を愛する子煩悩ぶりからだ。でなければ政宗は無視されていただろうし、そもそも体型についてとやかく言われることは無かった筈だ。

俺の時もいくらサボったり、ゴールに遅れても最後まで付き合ってくれた。政宗にも是非、この爺さんの厳しくも優しいこの心を知って欲しいものである。

 

「...なあ、爺さん。急に済まないが聞きたいことがある」

 

政宗は一体何をされたんだ?何故アイツはいじめっ子にすら持たなかった復讐心をとある少女Aに向けているんだ?

 

かつて政宗は言っていた。

 

『態々自分から突っかかろうとは思えない』と。詳しくは違うがそのようなニュアンスを孕んだ言葉を政宗は言っていた。

 

それと同時に政宗はこうも言っていた。

 

『あの憎ったらしい女に復讐しなければならない』と。あの温厚な政宗が、怒りを露にそう言ったのだ。余程の事をされたのか、何かが政宗の琴線に触れたのか。そう考えなければ俺の中でその問題は完結できそうも無かった。

 

 

 

 

 

 

「それを知って、幸村はどうしたいのじゃ?」

 

長い沈黙が辺りを襲った頃、爺さんはそう言った後更に続ける。

 

「真壁政宗──否、あやつが『早瀬政宗』だった頃の過去を知って、何か出来るのか?」

 

そう言って、真っ直ぐ俺を見つめる爺さん。その視線を俺は真っ直ぐに見返す。

 

「政宗は、どう思っているのか知らないけど俺は政宗の事を親友だと思っている」

 

奴は、この信州という土地で男友達が一人も居なかった俺に話しかけてくれた。そして、俺を認め友達になってくれた。話し相手になってくれた。俺のお掃除ロボのような生活を、変えてくれたんだ。

 

政宗には、限りない恩義を感じている。だからこそ、俺はその恩に報いたい。何かを売りっぱなしにするのは俺のポリシーに反するし、断じてそれだけは容認できない。

 

そして、仮に政宗が想像を超える行為をされていたのなら──

 

「俺は政宗を助けたい。あれだけ人に優しく自らの意思と目標に真摯な人間が虐げられる道理はないから」

 

この時の俺を後々になって思い返してみると、実に青臭いセリフを連発したな、と心底思う。

だが、その青臭いセリフを連発してでも、あの時の俺は多分、真壁政宗を助けたい、そして『真壁政宗を知りたい』と思ってしまったのだろう。

 

それでも、そんな発言をしたにも関わらず真壁の爺さんは俺の事を笑わずに真っ直ぐ、ただただ俺を見続けていた。そして、

 

「...とある、『少年』の話をしようかの」そう言うと真壁の爺さんは1度呼吸を整え、『とある少年』の話を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔、日本のどこかに、両親の愛情を一心に受けた少年がいましたという。

 

その少年は太っていた。身長も低く、低俗な言葉で表現するのならば『ずんぐり』とした体型。そして、当時の少年はやや世間ズレしており自然と同年代の人間は、彼を虐めるようになったという。偶偶近付いてくる人間も少年が裕福な家庭という事実を知った上でのお溢れ狙いが全てだったらしい。

 

その日もまた少年は虐められていた。しかし、その日だけは違った。とある少女がいじめっ子達を言葉で撃退し、色々あってその少年と少女は顔を合わせる様になった。

 

その少女は彼を虐めるのではなく、罵った。『強くなれ』とそう言って。そして、事実その少女と共に政宗は強くなった。苦手だった犬も触れるようになったし、いじめっ子にも仕返し出来た。何より、親友にも近いその少女がいた事により、政宗は他者を考え、思いやれる人間になったという。

 

しかし、そんな彼の良心を元から崩壊させる出来事が起きた。

 

『あんたなんか好きにならないわよ。豚足』その少女の為に花を集め、渡そうとしたその時に窓際の長い髪の少女に言われたその言葉はいとも容易く、その少年の心を打ち砕いた。

 

心から信頼していた。尊敬の念すら持っていた少女に裏切られたその事実は重く、重くその少年にのしかかった。

 

結果、その少年は少女に2度と会えなくなった。夢にまでその時の出来事がフラッシュバックするようになった。

 

そして、その少年は傷心のまま信州へ

 

これが『とある少年』の過去の一端だったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

「...これが政宗の過去じゃ」

 

そう言って最後に締めくくる爺さん。俺はその話を聞いて、心に曇りが出来たような感覚に陥った。

 

話を聞く限り、政宗はその少女を信頼していた。そして、少女も少年を信頼していた。それなのに、何故急に一方的に『豚足』と言われた?

 

話を聞く限り、政宗は何一つ悪い事をしていない。それなのに、政宗は一方的に罵られた訳であって『政宗側の主観点にスポットライトを当てるならば』明らかにその少女が悪い。

 

それでも、その少女が罵倒する理由が分からないし、何故突き放すかのような行為をしたのかも分からない。仮に『少女側の主観点にスポットライトを当てたなら』どうなのか?彼女に突き放さなければならない理由があったのなら?俺にはそこが分からなかった。

 

 

否、分からないのはそれだけではない。俺には本当の政宗と少女の関係や、その少女がどういう人間なのか、それすらも深く知ることが出来ない。本人に聞いて傷を抉るような行為をする事は出来ないし、俺だってそんな事したくない。

 

それでも、これだけは確実に言える。政宗は、暗い過去を背負い、それを覆すために努力を重ねている。そして、俺はそんな政宗の暗い過去の一端を知った。ならば、数少ない友達として俺が出来ることは──

 

「爺さん、俺は決めたよ」

 

友情の押し売りかもしれない。だけど俺は自分の良心に従って、アイツの手助けをしたい。どんな結末であれ政宗を助けたいんだ。

 

「...そうか、ありがとう幸村」

 

そう言うと、真壁の爺さんは安堵したような表情を見せる。その表情を見て、やっぱり真壁の爺さんは子煩悩な人なんだな、と改めて思った。

 

 

 

気がつけば、雨は止んで家の庭に日射しが差し込んでいた。その光は、今までが曇り空だったからか、やけに気持ちが良かった。

 

 

 

 

 

 

夜──俺は家に帰ったあと、何時ものようにシャワーを浴びて家族でメシを食べてそのままベッドに横たわっていた。

ようやく一人になれる、と安心した所で今日の出来事を回想する。

 

爺さんの家に行って、政宗について何気なく聞いた事によって、俺は今日、政宗が抱く復讐の重さを改めて知った。

 

普段、温厚を地で行く政宗が『復讐』という言葉を初めて使った時は驚いたものだったが今日の真壁の爺さんの話のお陰で政宗が復讐を敢行するまでに至った経緯を知ることが出来た。

 

そして、俺はそんな政宗を手助けすると真壁の爺さんに大見得を切った以上、俺は政宗の手助けについて何をしたらいいのかを本気で考える必要があった。

 

一緒に訓練を受ける、いいかもしれない。独りでは挫けてしまう時もあるだろう。そんな時に俺が一緒に政宗と壁を乗り越える。...どんな辛い出来事でも二人でやれば何とかなる。大丈夫だ、ホワイトニングさんだってサンスクリーンさんと一緒に頑張ったんだ、何とかなる。何とか...なるよな?

 

時々、遊びに連れていくのもいいかもしれない。甘い物とか食べ物は、食べ過ぎに注意すれば真壁の爺さんも許してくれるはずだ。そして、俺自身も政宗と色々なところに行ってみたい。食べ歩きとか憧れるよね!俺はぼっちだったから食べ歩きなんてした事も無い。...悲しくなんてないんだからな?

 

「ま、それらは後から考えれば良いか」

 

時間はまだまだ残っている。復讐を敢行するならするで時間をかけて対策をしっかり整えた方がいい。短絡的で中途半端にやるくらいならやらない方がマシだからな。

 

気が付くと、時計は10時を回っている。俺は政宗の未来に幸あるようにと願い、目を静かに閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この作品を執筆してから沢山のお気に入り登録や評価を頂き、誠に感謝の気持ちで一杯です。これからも鋭意執筆させて頂きますので今後ともこの作品を宜しくお願い致します。


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心情

今回は政宗サイドのお話です。


「37,5℃じゃな」

 

そう言うと、お爺様は横になっていた俺の隣に座る。

 

「今日はゆっくり休みなさい。流石にこの熱では学校には行けんからの」

 

その声に、俺は少なからず驚いた。

普段厳しいお爺様が何故か優しい。今日は自身でも熱を出している、というのは分かってはいたのだがお爺様に無理矢理行かされるのかと思って密かに学校へ行く準備をしていた。それでも、やはり痛いものは痛くて、頭痛に苛まされている所でお爺様がやって来て今に至る

 

「さて、こうなってしまったらどうしたらいいのかのう...」

 

そう言い思案するお爺様に俺は自身の連絡袋を指差す。

 

「お、お爺様。あそこに連絡袋があるのでそれを学校に届けて頂ければ...」

 

すると、お爺様は立ち上がり机の上に置きっぱなしにしていた連絡袋を片手で掴み、外へ向かう。

 

「政宗、兎に角今日は1日安静にしておきなさい」

 

「は、はい」

 

そう言って寝室を出ていくお爺様を見て俺は内心驚愕していた。あの鬼のようなお爺様が優しくしてくれるのなんて初めて見た。もしかして、それに乗じて今後の特訓も優しくなるのでは...

 

「...下手に何かしていたら明日からの強化メニュー、酷いからな、その時は覚悟しておきなさい政宗」

 

現実は、非情だ。勿論それは俺も例外では無い。

 

独りになる時間なんて久し振りで、何をしたらいいのか分からない。3年ほど前は母さんの手作りドーナツや買ってきてくれたクッキーやら大福やらをつまんだりしていたのだが、信州のお爺様に預けられてからはそんな事は出来なくなった。と、まあそういう経緯もあり手持ち無沙汰になった俺は仕方なく布団に体を埋める。

 

今、俺こと真壁政宗はとある少女に復讐する為に信州で修行をしている。信州に来てからは毎日が厳しくて、辛くて、本当に嫌だった。それもこれも全てあの少女のせいだ、あの少女が、俺の全ての歯車を狂わせたんだ。

あの少女のせいで、いじめっ子達から余計に虐められるようになった。夢にまであの光景が浮かぶ様になった。

あの少女のせいで、俺は今辛い思いをしているんだ。

 

それでも、最近少しだけ楽しみが出来た。俺は生まれて初めて、男友達というものが出来た。

名前は、『上田幸村』。この少年、傍から見たらイケメンで頭も良く正に非の打ち所がない少年なのだが何とこの少年。今の今まで友達がいなかったのだ。

それを裏付けるかのように何時も、何をするにも一人でやっており、偶偶体育で一緒になったグループに上田幸村の名前を出したら、何とそのグループは怯えて『ごめんなさいごめんなさい!!』と謝ってきたのだ。何が何だか分からなかった俺はその子達を諌める事くらいしか出来なかった。

 

席が隣という事もあって興味本位で初めてコンタクトを取ってみた時、実はめっさ怖かった。それも心臓が跳ね上がるくらいにドキドキした。というか挨拶をするために呼びかけて、いきなり鷹のように鋭い眼光を向けられ、低い声色で尋ねられてみて、怖がらない人がいたら是非とも教えて欲しい。

 

それでも俺は、幸村と話していく度に徐々に上田幸村という人間について分かってきた。彼は悪い人間ではない。外見とぶっきらぼうな性格が災いして関係が深くなる前に敬遠しがちだけど、言葉の一つ一つが暖かくて、人の事を考えている発言をしてくれている。そんな性格をしていた幸村とは徐々に仲良くなって、今ではこの学校の中で1番の友達だ。

 

それでも俺は、そんな幸村に自身の事情を話せていない。否、話せないのだ。

 

端的に言うと、怖い。俺が女の子に豚足と言われて、ここに来る前はずっと豚足と言われていたことがバレて今まで築いてきた関係性が崩れるのが俺は怖かった。幸村は俺が虐められていた事までは知っているけど、女の子にされた事までは言っていない。俺が『豚足』と呼ばれていた事がバレてしまい、信じていた人間に裏切られたら今度こそ俺は立ち直れない。

そこまで考えて、俺という人間は矛盾だらけだと心底呆れた。

 

「...信じてないのは俺の方じゃないか」

 

そうだ。俺は上田幸村を信頼していない。ここまで歪な考え方をするようになってしまったのも全てあの女のせいだ。だからこそ、俺はあの女に絶対復讐する。そして、今までの屈辱や恨みを全てゼロに、そうすれば

 

きっと、幸村とも本当の意味で...

 

 

 

 

...

 

 

 

 

......

 

 

 

 

.........

 

 

 

 

「...はっ」

 

 

いつの間にか、寝てしまっていたらしい。今日は珍しくあの夢を見なかった。何故だろうか...そう思いつつ、俺は上体を起こして前を向く。

 

すると、何処かから物音がする。そして、微かに聞こえる喋り声。

 

「誰か来てるのかな...?」

 

そう思い、立ち上がる。気が付けば時刻は既に4時を回っている。体調も良くなっており、先程の頭痛が嘘の様だった。

 

寝室を出て居間の方へ歩いていくと徐々に話し声も大きくなっていく。それより、あの声。何故か聞き覚えがある───

 

「おい、あのゴルフ親父と似ている件について詳しく説明を願おうじゃあないか」

 

ちょ、え!?幸村!?

 

何故幸村がここにいるのか俺は今すぐ居間に駆けつけたかったが我慢して、入り口の障子に聞き耳を立てる。すると、お爺様は普段見せないような笑い声を上げた。

 

「そうやってムキになる所とか若かりし頃の昌幸にそっくりじゃ。子は親の背中を見て育つ...どうやら迷信では無かったらしいの」

 

その後も、幸村とお爺様は会話を弾ませる。どうやら、話を聞く限り幸村は俺の連絡袋を届けに来たらしく、更に幸村とお爺様は旧知の仲で、以前は幸村もお爺様の指導を受けていた事があり、その関係で仲がいいらしい。

 

そうして、暫くは明るく会話をしていたのだが突如として幸村が静かになる。どうしたのかと思い、またしても聞き耳を立てると、幸村は声を出す。

 

「...なあ、爺さん。急に済まないが聞きたいことがある」

 

そう言うと更に幸村は続ける。

 

「政宗は一体何をされたんだ?何故アイツはいじめっ子にすら持たなかった復讐心をとある少女に向けてるんだ?」

 

幸村がそれを聞いた瞬間、心臓が止まりそうになった。

 

幸村がそれを聞いてしまったら友達にすらなれないかもしれない...!!

 

豚足と言われていたことがバレたらそれこそ幸村とは友達になれないかもしれないのに...!!

 

そう思った俺は障子に手をかける。後は、開けるだけ。その障子を開いて開けるだけなのに───

 

何故か、俺はその一歩が踏めなかった。そして、俺は自分がどうしようもない臆病である事を悟った。否、気付いていたのに、自分がどうしようもなく臆病だという事実を無理矢理押し込めていた。そうだ、俺は弱いから、臆病だから友達だと思っていたあの女の子に裏切られたのではないか。だったら、アイツだって俺が弱いのを、臆病なのを、そして豚足と罵られているのを知って、きっと馬鹿にするんだ。

 

 

「それを知って、幸村はどうしたいのじゃ?」

 

時間は刻一刻と過ぎていく。俺は障子に手をかけたまま、立ち往生していた。

 

「真壁政宗──否、あやつが『早瀬政宗』だった頃の過去を知って幸村はどうしたいのか、と聞いておる」

 

そう最後に締めくくるお爺様。すると、間髪入れずに幸村が言葉を返す。

 

「政宗はどう思っているのかは知らないけど、俺は政宗の事を親友だと思っている」

 

その幸村の言葉に、俺は、はっとなる。

 

「俺は政宗を助けたい。あれだけ人に優しく自らの意思と目標に真摯な人間が虐げられる道理はないから」

 

そして幸村がそういった途端、俺は幸村に対して、幸村の話を盗み聞きしてしまった事にとてつもない罪悪感を持ってしまった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...こんなところにいたのか、政宗」

 

襖で耳を傾けること早1時間、俺は聞き耳を立てる事を放棄した。これ以上聞き耳を立てて、幸村の心を聞こうとするのは間違っていると思ったから。

 

そして、そのまま隣の部屋で蹲っていると会話を終えたのかお爺様が隣の部屋にいる俺を見つけた。ああ、怒られる、今日は納屋で睡眠だな...そう思っていると、突如、お爺様が俺の目の前にしゃがみこむ。

 

「幸村の話、聞いていたんじゃろ?」

 

その声に、俺は頷く。

 

「幸村の気持ちは、しっかり聞いたじゃろう?」

 

更に続けたその言葉に俺は頷く。

 

「...幸村は、いい加減な男じゃ。当初の修行期間は不真面目を絵で描いたかのような男だったし、体も虚弱で頭だけは良いだけの本当に粗略な男だった。だけどな、政宗。あやつは1度やると言ったことは必ず貫き通すぞ」

 

お爺様はそう言うと、立ち上がり外へと出ていく。

 

「あやつは、政宗を信頼しておる。なら政宗は幸村にどうするべきなのか。よく考えなさい」

 

最後にその声を出して、お爺様は外へ出ていった。

 

 

 

 

上田幸村は優しい人間だ。それは知っている。何度も、何度もそう思う。

 

上田幸村は俺を信じてくれている。それも知っている。先程そう言ってくれたから。

 

だけど俺は、幸村がそう言ってくれるまで幸村を信じることが出来なかった。

 

居間へ向かうと、先程幸村が置いていった連絡袋が机に置いてあった。そうだ、明日の準備をしなければならない。そう思い、連絡袋を片手に自分の部屋に向かう為に歩いていく。

 

「あ、明日は体育か」

 

体育着を忘れない様にしなければ、体育は見学するより実際にやる方が楽しいし、カロリーの消費も出来る。連絡事項が書いてある紙を見つめながらそう思っていると、1枚の紙切れがふわりと落ちた。

 

「何だ?」

 

それをすくい上げて見ると、そこには『早く元気になれよ! by自称政宗の親友!』と大きな文字で書いてあった。

 

ははっ、本当に幸村は爺さんの言った通り適当だ。粗略だ。もっとお見舞いの手紙だったら紙切れなんかじゃなくて普通の紙に書いてくれれば良いのに。字だって丁寧とは言い難い。やや殴り書きになってるし、シャー芯の折れた跡だって付いてある。

 

本当に幸村は、適当で、粗略で、ぼっちで...

 

 

「何が...自称だよっ...」

 

俺だって、今思ったよ。

 

 

幸村は、自称なんかじゃない、正真正銘最高の友達だって。涙ながら、俺は『上田幸村』を信じよう。そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

雨が未だに降るその日、もう一度だけ俺は『親友』って言うのを信じてみようと決意した。

 

ただ、それだけのお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




早く残虐姫を登場させたいです...

早く幸薄そうなあの残虐姫の使用人を登場させたいです...

...早く物語進めないとなぁ...


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復讐には準備も時間も必要だ
第4話 準備 (前)


『復讐』

 

それは、仇を返す。仕返しをするという意味で成り立っている言葉である。1度だけ調べた人間からして見ると『復讐』って漢字で見ると一見怖そうだけど、意味的にはそれ程怖くないじゃないか...と肩透かしを食らう奴もいるかもしれない。

 

しかし、その考えは大きな間違いだ。そもそも復讐というものは人によって程度が変わる。復讐を敢行しようとする人物の怒り、恨みが大きな程復讐という言葉の持つ怖さも、意味も、はたまた強度すらも違ってくる。

『やられたらやり返す』もあれば『倍返し』や『100倍返し』まであるのが良い例だ。それを考えたら復讐なんて滅茶苦茶恐ろしいものだとは思わないだろうか。

 

俺は、前世や今の世界で憎しみや、怒り、復讐の感情を持つ人物をそれなりに見てきた。そして俺は今、恐らくこの世界で誰よりも憎悪の炎を燃やしている人物と親友になっている。

 

その名を真壁政宗、彼は復讐者だ。そして俺はその手伝いをする理解者、若しくは従者的なポジションに位置している。

 

その事実を踏まえた上でこれからの話を聞いてほしい。

 

この先の話を一つのテーマで区切るとするならば...

 

そうだな、『準備』といった所だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

梅雨なんぞあっという間に終わり夏至を過ぎて、そして7月が到来した。灼熱地獄と形容してもおかしくないほどの暑さと喧しい蝉の声が余計に登校中の俺を暑くする。ここで冷房でも付けて涼むことが出来るのなら是非ともやりたい。しかし、今は外。勿論そんなエネルギー理論を無視したかのような行為が俺に出来る筈もない。そして、暑い暑いと呪詛のように言葉を呟いた所で暑さが変わるわけでもあるまい。俺は考える事を放棄して黙って、てくてくと歩いて行く。

 

暫く歩いていると学校のてっぺん、屋上が見えてくる。それを見上げると同時に誰かが俺の肩をトントンと叩く。

 

「おはよう、幸村」

 

肩を叩いた人物の正体は俺の唯一の男友達であり無二の親友である真壁政宗だった。俺は隣を歩く政宗を一瞥してまた真っ直ぐの方向を向く。

 

「よう...」

 

頑張って声を張りあげようとするも、ここぞという時に俺のめんどくさい病が出てしまったのか、気のないだれた返事になってしまう。それを政宗は苦笑いしつつ言葉を返す。

 

「ははっ、流石の幸村も暑さには負ける?」

 

「...寧ろ、この暑さに負けない奴なんかいたらそいつは相当の夏男か馬鹿だぜ?」

 

長野でこれだけの暑さを誇るんだ。京都や東京なんか更に暑いのだろう。藤ノ宮の体調が心配だ。アイツ夏とか冬とか極端に季節が変わる時意外と弱いからな。夏風邪とか引かなければいいのだが...

 

「そういえば、政宗は夏に強いよな。何かコツとかあんのか?」

 

こんなに暑いのにも関わらず、真壁政宗は何一つだれた素振りを見せない。コツがあるのなら是非とも聞きたいものだ。

そう思い、問いかけると政宗は立ち止まりエヘンと胸を大きく張る。

 

「心頭滅却、火もまた涼し!!...ってちょっと!置いてかないでよ幸村!?」

 

ならば、その自信満々なドヤ顔を即刻止めていただけないだろうか。異様に親父のデジャブを感じて腹が立つから勘弁して欲しい。

 

「ええ...?俺そんなドヤ顔してた?」

 

そう言って、とぼけようとする...又は本当に自覚がないのか政宗は駆け足で俺に追いつき右隣を歩く。

 

「ああ、俺の親父みたいになってたから警告はしておく。くれぐれもあの人のようにはならないようにな」

 

やがて校門前に辿り着き、その校門を通過しながら俺はそう言う。

 

「参考ついでに、幸村のお父さんってどんな人なのか教えて貰ってもいい?」

 

「自らの趣味に異様な執着心を持つ親父」

 

「そ、即答だね...」

 

そう言って乾いた笑いを浮かべる政宗。自分でも抽象的な人物像だと分かってはいるが、仮に『幸村のお父さんってどんな人?』と聞かれるとそれしかイメージが湧かないのだから仕方ない。

 

人の、他人に対するイメージは簡単には払拭されないものだ。俺は赤子の頃から親父の他人に対するコミュニケーション方法を知っている。

 

あの親父は先ずファーストコンタクトとして『やあやあ!ボクの名前は上田昌幸!早速悪いけどゴルフしません!?』という爆弾発言をする。しかし、その爆弾は未だに爆発することも無く、そのノリの良さと確かな技術で有名な医師として名が通っている位なのだから恐ろしいものであるのだが、親父のゴルフに対する愛が垣間見えるのはそれだけではない。

 

俺がまだまだ赤子だった時、乳児用のベッドで上をぼーっと見ていると突如として親父の顔面が俺を覗いてきた。果たして何をするのかと内心呆れていると、親父は見るもの全てをドン引きさせるかのような笑顔でこう喋った。

 

『ああ、いつかこの子も大人になったら俺と同じゴルフ好きになるのかなぁ...?ゴルフは楽しいぞ幸村?何時か俺と共にゴルフ、やろうな?...ぐふっ』

 

それをドヤ顔で言って見せたのだ。それ以前に『疑問形が3つ並んでいてひたすらに気持ち悪い』とか『語尾のぐふっ★がとにかく気持ち悪い』とか言いたいことはあったがこの件のお陰で俺はゴルフを死ぬほど嫌悪してしまうようになってしまった。

 

世界のゴルファーさん。いや、ゴルフの神様。申し訳ございません。俺はゴルフブームが来ようと、日本がゴルフ1色になっても、ゴルフだけはガチで好きになれなさそうです。今でもゴルフ中継を見ていると吐き気が催す時があります。ゴルフという単語を聞くだけであの時の親父の顔を思い出してしまうんです。悪いのは親父、はっきり分かるんだね。

 

以来、俺の頭の中ではゴルフ×親父=変態という構図が出来上がってしまった。成長して自由に家の中や外を歩ける様になり、藤ノ宮寧子と知り合った頃から時々本業をしている親父を見るが、時すでに遅し。俺の頭の中からその構図は今も離れていない。

 

「...ま、まあ、家族の事は好きなんだよね?」

 

校舎に入り、靴から上履きに履き替える最中にそれを聞いた政宗は乾いた笑いを浮かべながらもそう尋ねる。

 

「そうだな...まあ、ああやって好き勝手物申せるのは仲が良いって事なんだろうな」

 

但し、勘違いするなよ。俺はファザコン、マザコン、シスコン等ではない。俺はノーマル!ここテストに出るからな。

 

「...ファザ...コン?シス...何だって?」

 

廊下を歩きながら無表情でそう言った俺に政宗はジト目で俺を一瞥する。

 

「親父や、母親がどうしようもなく好きな奴らの事だ」

 

まあ、詳しく知りたいのなら調べろ。俺はそれを生徒がちらほらいる中で詳しく話せるほどの精神力なんぞ持ち合わせていないからな。

 

「...幸村ってさ、時々突拍子もない事言うよね」

 

親友が出来て浮かれているんだ。許せ政宗。俺は喜びは隠さずにクールに無表情で表現するタイプなんだ。

 

さて、次の曲がり角を曲がったら教室だ。俺はこれから始まるであろう退屈な授業に向き合うために息を大きく吸って、吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

1日は滞りなく終えることが出来れば、何時かは終わりがやってくる。ということは昔から親父や母さんに言われていたことだ。そして、今日もその不変の事実を以てして滞りなく1日を消化していた。そして、本日最後の授業を終えて、政宗と途中まで帰路を共にして家に帰りシシャワーを浴びて家族とメシを食べて、適当に談笑して、それに飽きたら自室に入り即就寝する予定だった。

 

しかし、本日ばかりは滞りなく、とはいかなかったらしくベッドに潜り込んだ瞬間に着メロと共に俺のスマホが振動した。

 

「...こんな時間にどちら様ってんだ」

 

そう呟きつつ名前を確認すると、『藤ノ宮』と表示されていた。俺のスマホに登録してある中で藤ノ宮といったらアイツしかいない。俺は躊躇う事もせずポップアップで出た着信の通知の緑ボタンをタップして通話を始める。

 

「...はい、もしもし?」出始めに俺が電話に応答する時に1番初めに使う常套句のような言葉を使うと、電話越しからクスクスと笑い声が聞こえた。

 

『こんばんは、幸村様』

 

そして、藤ノ宮寧子は俺に挨拶をする。そんな藤ノ宮の声は何時もの変わらない声色であり、朝に抱いた心配は見事に杞憂に終わった。

 

「...ああ、こんばんは藤ノ宮」

 

俺が内心自分の先を読むセンスの無さを恨みつつも、とある事を思い出し無機質な声でそう言うと、電話越しから疑問の声が上がる。

 

『どうか致しましたか?』

 

どうしたもこうしたもないわ。藤ノ宮、お前さんは何時になったら俺の愛読書である『薔薇の瞳のステロイド』を返却してくれるんだ。

 

『あら、バレてしまいましたか』

 

悪気もなさそうにそう言う藤ノ宮に少し顔が引き攣ってしまったのは非常に仕方の無いことだと思う。というか、それを文句として口に出さないだけ偉いと思う。家族から短期短気と囃し立てられている俺にしてはよく持った方だと自分で自分を賞賛したい。

 

...ナルシストではないからな?

 

「...まあ、薔薇ステ借りパク事件はまた後々ということで、今日はどういった御用で?」

 

俺が改めてそう藤ノ宮に問うと、藤ノ宮はあら?と首を傾げている姿が容易に想像できるような声を出して逆に問いかける。

 

『まさかとは思いますが、昌幸様からお聞きになっていないのですか?』

 

「...何がだ」

 

途端、電話越しからでも聞こえる溜め息の音が俺の耳を襲う。

 

『...昌幸様は普段は仕事が出来る方ですのに、家の事になると本当に何か抜けているお方になりますのね』

 

それは仕方ないと思う。だってそれが上田昌幸だから。それが親父クオリティだから。

 

「お前も薄々気づいてはいるだろ?それが上田昌幸だって」

 

仕事は出来て、その割に大雑把過ぎて、ゴルフジャンキー。それが上田昌幸だと。

 

『...ええ、そうですわね』

 

それが昌幸様ですわね、と締める藤ノ宮。俺はベッドに座り、隣接されてある壁にもたれかかった。

 

『昌幸様は知っていると思われますが、夏休み初日に大阪で名家が集まる社交パーティがあります。それに幸村様もお行きになされると昌幸様から聞きましたのでこうして電話をさせて貰っているのですが...どうやらその調子ではお聞きになさってはならない様ですわね』

 

お聞きになさってはないというか初耳だぞ...勘弁してくれよ親父。一体何週間前の出来事なんだ?

 

「今、猛烈に聞かなかったことにしたいのだが...」

 

こめかみをを片手で押さえながらそう言うと藤ノ宮は止めと言わんばかりに言葉を叩き込む。

 

『幸村様がパーティ嫌いなのは存じ上げておりますが、こればかりは名家に生まれたものの宿命の様なものです。諦めてください幸村様』

 

そんな事は昔から分かっている。だが、理解をするのと納得するのとではまた違ってくるのだ。

 

「...ま、お前さんが居てくれるのなら多少は楽しい宴にはなるだろうな」

 

正直、それくらいしか楽しみがない。

 

『...それは口説き文句、ですか?』

 

「どうだかな、そう思ってくれても構わないし、本心だしな」

 

俺は先程の『薔薇ステ借りパク事件』の仕返しも兼ねて、からかうようにそう言うと、藤ノ宮は一拍置いた後ふう...とまたしても溜め息を吐く。

 

『...からかうのはお止め下さいませ幸村様』

 

珍しく辛辣な言葉が返ってきた。些か調子に乗りすぎたかな、と反省していると藤ノ宮はコホン、と咳払いをする。

 

『とにかく、お伝えしておいて良かったです。何をするとしても『突然』というものは気が乗りませんから』

 

「ああ、ありがとうな藤ノ宮。...それと最近暑いから熱中症対策に気を付けろよ」

 

『はい、ではまたパーティでお会いした時にお話致しましょう』

 

「お互い都合が良かったらな」

 

そう言うと、俺は電話を切り、ベッドに横になる。

 

さて、これは面倒なことになったな。夏休み初日、よりにもよって俺の貴重な睡眠時間となる筈の土曜日に、俺は見事に社交パーティの日程を組まされてしまっていた。まあ、俺がする事といったら家族と共にお偉方に挨拶をして、長話を軽く聞き流し、一人で美味い料理に舌鼓を打っていればいい。何せ、普段目に余る程の豪勢な料理を食べている訳では無いのだ。パーティの時位、ご馳走に舌鼓を打っても構わない。寧ろ出された食べ物に感謝してやるべきだ。

 

「...少女A、か」

 

俺は政宗の復讐対象について考える。俺がその少女について知り得る情報は、政宗の事を『豚足』と呼んでいたいたことに、彼女が以前政宗が住んでいた東京都にいること。

 

「仮に、彼女の家が大金持ちだとすれば...」

 

今回のパーティに参加する可能性は十分に有り得る。今回のパーティは藤ノ宮曰く大阪で開かれる。大阪は過去に『天下の台所』と呼ばれていたこともある日本の主要都市。今の時代では東京から大阪に行く事など難しくは無いため、政治的に影響を持ち、更に少女Aの家が大富豪の家ならば可能性はあるはずだ。

 

しかし会えるという訳でも無いし、そもそも俺は顔を知らないし、仮にその少女に会ったとしても事情も大して知らない俺が言えることなんてたかが知れている。

それでもだ。俺は真壁の爺さんに『政宗の復讐の手助けをする』と言ったんだ。可能な限りの情報は知らなければならないし、その情報を自分で調べなければならないということも知っていた。

 

「...明日、母さんにでも聞いてみるか」

 

母である薫は持ち前の美貌と、立ち振る舞いから非常に上流階級の人々に関しての顔が広い。身元を完全に特定できる可能性は低いが、『東京に住んでいる』事を話せれば苗字位は分かるかもしれない。

 

僅かながら光明が見えてきた。後は実行あるのみ、そしてその光を何としてでも掴む。そう決心して俺はベッドに体を埋め、意識を暗転させた。

 

 

 

 

 

 

「それなら、安達垣さん家ね」

 

朝、一人でお茶を啜っている筈の母さんと話をするために普段の起床時刻より幾分早めに起きた俺は母さんに『東京』、『大富豪』をキーワードにしてその二つを持っている上流階級の人について話してもらっていた。

 

「安達垣...?」

 

「あら、ユキって安達垣グループって知らない?」

 

ああ、あの大企業の。

 

「そこなら、大富豪だし。東京にも居を構えているからユキの言ってたキーワードに該当するのよねぇ、というかそのキーワードならそこしかないんじゃないかしら?」

 

やはり、母に聞いたのは大正解だった。持ち前の美貌と、顔の広さで知識、見聞に非常に強い。内心コロンビアガッツポーズをしながらそう思っていると母が不意に口を開く。

 

「それにしても、安達垣さんかぁ...あの子元気かなぁ...」

 

「あの子って?」そう言うと、母はお茶を啜るのを止めて正面を向く。

 

「安達垣さんの奥様よ。私、あの子の色々な愚痴とか聞いたり相談に乗ってたりしたのよ...まあ、夫の事とか娘の事とか、色々ね」

 

そう言うと、母さんは窓の方向を向き黄昏る。どうやら母にとって安達垣家というものはそれなりに思う所が有るらしい。

 

「...その安達垣の娘、というのは俺と同年代の女、か?」

 

「あらあら?まさかとは思うけど幸村。その子が気になるの?」

 

「まさか」

 

初対面の女が気になる程俺は愛に飢えていない。

 

ともかく、そう言って否定するとクスクスと母は笑い話を続ける。

 

「ええ、貴方と同い年よ。もしかしたら何時かは何処かで会うかもしれないわね」

 

「その予想は一体どこから来るんだ...?」

 

そう言うと、母はニコッと擬音でも付きそうな笑顔で

 

「女の勘よ」

 

と、言い放った。

 

 

 

 

 

 

あの後、俺は何時も通りに学校に行く準備を始め、灼熱のサマーロードを歩きながら自称心頭滅却(笑)の政宗と登校途中に会い、学校に着くと終業式を迎えた。

 

終業式は兎に角眠かった。校長、教頭の長話をこれでもかという程に聞き、うつらうつらとしている間に終業式は終わっていた。学校の提出物を連絡袋に詰め込み、短縮授業という素晴らしいそれに感謝しつつ、政宗と途中まで帰路を共にする筈だった。

 

そう、筈だったんだ。

 

「筈だったんだよ松姉さん」

 

俺と政宗は、校門で黒いベンツに足止めを食らっていた。

 

「やほー、ユキ」

 

そして、開いている窓から顔を出してニコニコと母同様の笑みを浮かべる松姉さんが俺と唖然としている政宗を見ていた。

 

「お、女の人!?」

 

そして、松姉さんを見た政宗は先程から顔を赤く染めつつ、一歩引く。

 

「あー、政宗。この人は俺の姉の...」

 

「上田松華だよ。宜しくね政宗くん!」

 

そう言うと松姉さんは車から降り、政宗の前に立ち左手を差し出す。ふむ、このコミュ力は俺も見習わなければならない。

 

「は、はい。こちらこそ宜しくお願いします...えっと」

 

そう言って同じく左手を差し出す政宗。すると松姉さんはくつくつと笑い空いている手を口元に当てる。

 

「他人行儀過ぎるよ!普通にタメ口でいいし名前もお姉さんでも何でもいいから!」

 

「お、お姉さんはちょっと...」

 

「うわ...松姉さん、それはないわ」

 

「何故か弟にも引かれてるし!?」

 

政宗が松姉さんの『お姉さん』発言に難色を示し、俺が最大限の誠意を以てドン引きしていると、すかさず松姉さんからのツッコミが入る。

 

「さて、冗談はともかく普通に松さんでいいんじゃねえの?ていうか普通に皆そう呼んでるから」

 

俺の知る限り親父と真壁の爺さんが『松』母も『松ちゃん』と呼んでおり彼女の渾名は基本的に松率が高い。例に漏れず俺も『松姉さん』と呼んでいる。

 

「そ、そうだね。じゃあ...松さん、よろしく」

 

そう言って同じく左手を差し出し握手を交わす政宗。そして、政宗の松さん発言に苦笑いしつつも政宗と握手をする大学生の松姉さん。そして、それを見ている俺。車道には黒いベンツが1台──

 

 

さて、このカオス空間は何だろうな。

 

 

 

 




長期間空けてしまい申し訳ございません。

以後、このような不定期更新が続きますが息抜きに、気軽に読んで頂ければ幸いです。

※閑話 家族を一部修正しました。

主人公は父、母、姉の4人家族構成で、父方の方に一人兄がいることになっていましたがそこを修正して弟にしました。

閑話をご覧になって頂いた皆様。誠に申し訳ございませんでした。


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第5話 準備 (後)

年末までに何とか残虐姫を...

年末までに何とかなる...かな...?


「今日ユキを車に乗っけたのはちゃんとした理由があるんだよ」

 

俺達が松姉さんの車に乗り、先ずは政宗を送るために爺さんの家に送ろうとしていると唐突として松姉さんが口を開いた。

 

「果たして何の用なのか、聞いてもいいか?」そう言うと松姉さんは何かが書いてある紙を俺に突き出す。

 

目を凝らすとそこには身長や体重が書いてあった俺の身体測定の結果だった。

 

「...おい、バカ姉貴」

 

お前さんはその紙を何処で獲得した。アンタにプライバシーというものは通用しないのか?

 

「何言ってんのよ、姉弟じゃない。別にそれ位お姉ちゃん気にしないよ?」

 

「俺が気にするんだよ」主に、誰からその情報が行き渡っているとかで。個人情報が筒抜けになって気にしない奴がいるのなら教えて欲しいのだがな。

 

俺が右隣に座っている松姉さんを睨みながらそう言うと、松姉さんは大きく溜め息を吐く。

 

「どーでもいいのよ、個人情報が家族にバレる位!大体ユキは堅いの!この堅物!!」...不覚にもイラッと来てしまったのは仕方の無いことだと思うのだが、どうだろうか。

 

「...で、その身体測定の結果がどうしたって?」そう言うと、松姉さんはふふんと含み笑いをして俺の頬に身体測定の紙を使った往復ビンタを敢行する。おいこら、いい加減往復ビンタを止めなさい。ピ○ピだって『おうふくビンタ』は5回までしかやらんぞ。

 

「ユキは明日のパーティに三年前に着たピチピチのタキシードを着るつもり?」...あ。

 

「と、いうわけで!今日は幸村君に既に用意されている5着のタキシードを試着してもらいまーす!!」パチパチパチ!と拍手をする松姉さん。そして、それを見た政宗が苦笑いしつつ顔を覗かせる。

 

「何ていうか...幸村のお姉さんって独特な人だね...」

 

「だろ?」その割に見てくれと頭はいいものだから変にモテるし変に人気がある。松姉さんの高校時代なんて、ラブレターの手紙が連日連日配られていて、相当松姉さんは参っていたらしい。

 

「まあ、あれで家族の中では相当な常識人だから」

 

「幸村のお母さんとお父さんって一体何者なの!?」政宗は、頭を抱えて蹲ってしまう。はて、そこまで困る様な事を言っただろうか。

 

「それにしても、ぼっちのユキに友達が出来るなんてなぁ...政宗くん!これからもこの愚弟を宜しくね!」そう顔を覗かせ笑顔で言い放つ松姉さん。それを聞いた政宗は即座に顔を上げて。は、はい!としどろもどろになってそう言う。

 

なんつーか、政宗は女性に免疫がないのな。それ程政宗にとっては松姉さんがジャストマイタイプだったのか、単に政宗が女に弱いだけなのか。果たしてこれで復讐が出来るのだろうかと顔を赤くしている政宗を見つつ少し疑念に駆られた。

 

暫くすると、車が減速して止まる。どうやら当初目的としていた真壁家に着いたらしい。

 

「さ、取り敢えず真壁家に行こー!」そう言って車から降りて真壁家に向かう松姉さん。そして後から追いかけるように俺と政宗が歩き出す。

 

「松さんも、お爺様の知り合いなのかな?」

 

「そうだよ」最も本人は『親友』と言って聞かないのだが。

前にも言った通り松姉さんはコミュニケーション能力の高い人間だ。顔見知りは直ぐに作れるし信頼出来る友達も複数いる。流石、親父の血を引いているだけある。

俺?...ほら、俺はあれだから。普段ならここにいるような人間ではないからな。唯一引き継いでいるのは顔と、体格ぐらいだよ。それ以外は全く似ていない。性格なんか360度所か更に一周して、最早壊滅的に似ていないからな。

 

「...幸村の事、俺全然知らないんだね」そう言ってやや凹んでしまう政宗。

 

「友達なんて、そんなものだぞ」出来たての頃は知らない事、物ばかりだ。それを会話するに連れてその事実を知って、秘密事などを共有して親交って者が深まっていくんだ。

...え?政宗と友達になるまでぼっちだった野郎が何言ってんだって?ぜ、前世で学んだんだよ、前世で!

 

「現に俺だってお前の事について全て知っている訳じゃないしな...そんな俺が友達じゃ嫌か?」そう言って苦笑いすると、政宗はこちらを見て慌てたかのように捲し立てる。

 

「そ、そんなわけない!幸村は俺の親友だ!!嫌な理由あるか!!」

 

「え...」俺は、突然そう言った政宗に驚きと戸惑いを隠せなかった。恐らく今の俺はとんでもない顔をしている事だろう。

 

「幸村は馬鹿で粗略であんぽんたんな時もあるけど!!こんなデブで馬鹿な俺と親友になってくれた!そんな幸村を嫌になるわけがない...絶対にならない!!」政宗は尚も続ける。堰を切るように、熱く俺に怒鳴りかける。

 

政宗は、俺に初めて怒鳴った。そして、俺はその事実を理解し、そして言われた内容を理解して、心が暖かくなった。

 

何故か、安心した。

 

「...あ、あの。ごめん急に怒鳴って」そう言ってあたふたする政宗。その仕草は滑稽で、少しずついつもの時間、空気が戻ってきたということを実感する。

 

「...ははっ」そうか、理由はどうであれ、政宗は俺を親友と思ってくれていたんだな。...何が『政宗がどう思っているか分からないけど』だ。俺達はお互いを信頼しあってたんじゃないか。

 

「政宗」

 

「は、はい!」何故か敬語になる政宗。さっきの威勢はどうしたのだと、大きく声にだして言いたいがここはぐっとこらえる。それよりも言わなければならないことがあるから。

 

俺は前に拳を突き出す。

 

「これからもよろしくな」実は、見舞いの時に書いたメッセージ、本当に迷ったのだ。俺は政宗を親友だと思っている。だけど本人がそう思ってなかったら結局、そこまでの関係であったということであり、俺の厚かましさばかりが先行する可能性があった。それ故に俺はあの時のメッセージの最後、by自称政宗の親友と書いていたのだ。

 

だけど、これで声を大にしてこう言いきれる。

 

 

真壁政宗は復讐者だ。

 

そして、俺の唯一無二の親友だと。

 

 

 

真壁家の家の前で、俺達はお互いの拳をコツンと当てた。

 

 

「...そういえば、馬鹿で、粗略で...何だって?」

 

「...あ、あんぽんたん」

 

...あんぽんたんって今時聞かねえよな。

 

 

 

 

 

 

その後の話をもう少しだけさせてもらおう。

 

あの後政宗を真壁家に送り届けた俺と松姉さんは、与太話も早々に切り上げ急いで車で俺のタキシードを取りに行った。無事にサイズに合うものは見つかり、今現在進行形で車で松姉さんと共に後部座席に座っている。

 

「いやー、今日は忙しかったねぇ!」そう言ってぐっと背伸びをする松姉さん。確かに、何時もマイペースな松姉さんにしては今日は良く働いた方である。車での移動ながら、大学での時間や、昼食などを含めて今日は丸1日外にいた。

 

「それにしても、ユキ身長伸びたよね。まだまだ私には適わないだろうけどこの調子じゃ高校生になったら私の身長を抜いちゃいそうで怖いよ」

 

どーだか。

 

第二次性徴期の伸び次第だよな。

 

「政宗くんも今、お爺の所で頑張ってるけど、あのまま頑張ったらきっとイケメンになるね。将来性抜群だね!」

 

「そんな根拠がどこにあるんだか」そう言って、ため息を吐くと松姉さんは顔をぐっ、と近づける。

 

「勘だよ」

 

「...松姉さんがそう言うと大体当たるから怖いよな」これが女の勘って奴か、怖ーよ。

 

そういう風に談笑していると、ふと松姉さんがこちらを振り向く。

 

「ねえ、ユキは今楽しい?」そう言って、俺を見る松姉さん。普段おちゃらけている松姉さんの姿は今はなく、空手や勉強に取り組むような真面目そのものといった顔をしていた。いうなれば、弟を気にかける姉本来のあるべき姿を今の松姉さんはしていた。

 

「...楽しいよ」最初はこの世界に転生して、様々な不安もあったが、健康に暮らせて、少ないが友達もできた。俺は今、前世では考えられない位充実した生活を送っている。

 

「...そっか!なら良かったよ!」

 

「何が良かったってんだ」

 

「だって幸村って結構内向的な子だったじゃん。ありえないスピードで文字読める様になってたし、正直お父さんの書斎に篭っているのを見た時は引いたよ?」

 

家族に引くとか言うなよ。俺泣いちゃうよ?

...はい、盛大なブーメランですね。すいませんでした。

 

「...まあ、何だ。色々迷惑かけて済まなかった、とは思ってる」そう言って頭を下げる。普段、松姉さんには某毒舌芸人も吃驚な程に毒を吐きまくっているが、俺が今こうしていられる足がかりを作ったのは紛れも無く松姉さんだ。つまるところ、俺は上田松華という人物の人間性に言葉では表せないほどの感謝をしていた。

 

「...え、何言ってんのよ幸村」そんな感じで感謝の心を沸き上がらせていると上から冷めたような声と、突き刺すような視線を感じた。畜生、先程まで感謝していた俺の心を返せ。

 

「おい、そこは『べ、別にアンタの為なんかじゃないんだからね!?』とか言うところだろ。空気読めよ」

 

「そんな空気読みたくないし、ユキの性癖とか知らないから」そう言うと、松姉さんは溜め息を吐き──

 

「...別に迷惑なんて思わないよ。私にとってはたった一人の馬鹿で変態で、愚弟なユキなんだからさ」

 

そう言って、俺を一瞥してプッ、と笑う松姉さん。

さて、今一応俺の頭の中では、『感動』の二文字と『怒り』の二文字が浮かんでいるのだがこういう時どっちの心に正直であるべきなんだろうな。




改めて政宗くんのリベンジ原作を読んでみると、まだまだ分からない所が沢山あるんですよね...

未だに出てこない政宗の親父、寧子の父、母。名前なき登場人物(真壁の爺さん)。

そもそも、藤ノ宮寧子は本当に病気なのかな?と思い始めてしまう始末。

この先、原作の展開によって幸村の今後も少し変えていくかもしれないだけに、政宗くんのリベンジ9巻と今後が大事になってきます!

皆さん!原作を!買おう!



...不要な宣伝、失礼しました。


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第6話 邂逅

 パーティは嫌いだ。

 

「やあやあ、僕の名前は上田昌幸!早速悪いけどゴルフしません!?」

 

 親父の副業ゴルファーの血が流れていると思うとゾッとするから。

 

「いやー、キミが松華さんか!薫さんに似てお綺麗ですね!!」

 

「お褒め頂き光栄です」

 

 松姉さんのいつもと違う態度を見ていると吐き気がするから。

 

 

 そして───

 

「キミが幸村君か!話は昌幸...お父さんから聞いているよ!」

 

「は、はあ...」

 

 パーティというものは個人情報保護法が全く以て効かないという事実が、俺のパーティに対する好感度を更に下降させた。

 

 繰り返し言おう。

 

 俺は、パーティが嫌いだ。

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 夏休み、だ。

 

 俺はこの期間を見事に家族に付け狙われ行きたくもない社交パーティなんぞに来るハメになってしまった。

 

 そんな事にうつつを抜かしているのなら政宗と共に遊びたいとか爺さんと修行したいとか色々言いたい事はあるがまあ、そこは藤ノ宮曰くこの家に生まれた宿命みたいなもののため割り切ろうではないか。

 

 と、いう訳で...俺は家族の目を盗んで外に出てたりしている。

 

 あれから藤ノ宮を探してみたのだが、一向に見つかる気配がしない。これは、もしかしたらそういう運命なのかもしれない。そう悟ってもいいくらいには、血眼になって探した。

 

 しかし、もう限界だ。会場内を探せば探すほど上流階級の輩に見つかり挨拶をされ、敬語を繰り返し、頃合を見計らってお暇する。その繰り返しを何度行ったことか。お陰で俺の体力は限界に近づいていた。これはもうダメだ、俗に言う詰みというやつだ。

 

 俺は前世の朧気な経験と、現世の社交パーティなどで培った話術があるため大人を相手に出来ない事もないが如何せん話が長い。いわば校長の長話を相手にしているのと同じで本当に眠くなるし疲れる。

 

 ドガーンと稼げる儲け話が子供に転がっているわけでもあるまいし、重要な事案が俺に告げられる訳でもない。他の家の輩が話しかけたいのは父であり俺では無いだろうし、偶に気がついたかのように話す輩も、所詮は父や、母、又は松姉と話す口実が欲しいだけ。俺みたいな人間は美味しいご飯に舌鼓を打ち、黙って外にいれば良い。

 

 オレンジジュースを片手に外のバルコニーへ。ここからだと海が一望出来て気分がいい。

 

「はぁ...」

 

 やっと、一息をつくことが出来て、心から安堵する。前世でも、三年前も、今もそうなのだが、俺は見知らぬ人物と世間話などをするという事は好きではない。見知っている人物と話したりする事は大好きなのだが、腹の中が読めない相手と話すのは、精神的に疲れるし子どもの内は出来るだけ回避したいなと思っていた。

 

 オレンジジュースを一口飲む。するとオレンジの酸味と甘さが乾ききった口内をあっという間に支配する。ここで一つ、某食レポ芸人のように『宝石箱』やら『IT革命』などと洒落こみたいところだが、残念。今の俺にそこまでのボキャブラリーはない。

 

 それにしても流石、パーティのオレンジだ。非常に美味しい。そう思いながらもう一口...

 

「さっきから外を見てブツブツ...気持ち悪いわね...」

 

 と、飲みかけた所で背後から女に声をかけられる。どうやら何時でも何処でも声をかけられてしまう俺に安住の地はないようだ。俺は呆れつつも普段の顔を隠し、何時もの大人と話している時と同じようなニコニコスマイルで応えようと振り向く。

 

「おや、どちら様ですか?」

 

 せめてもの様式美だ。例え、目の前の女が生意気で、同年代でも敬語を使う。これ、パーティの常識らしい。ソースは親父。

 

「呆れた...まさか私を知らないっていうの?」

 

 しかし、目の前の髪をツインテールにしたいかにも『艶美』といったような少女は相変わらずタメ口で話している、本当に失礼な女だ。因みにこちらが敬語を使っても一向に敬語を使わない同年代の女にはタメ口を使って良いらしい、ソースは松姉さん。...信頼していいのそれ?

 

「誰?知らない。ストーカー?」

 

 些か松華の言っていた事に疑問を持ちつつもそう言うと、目の前の少女は顔を紅潮させ、肩をワナワナ震わせて「違うわよ!!」と叫ぶ。どうやらこの女は同年代に対する社交辞令と言うものを持ち合わせていないらしい。こうなってしまうのは彼女の傲慢さ故か、若しくは俺の人徳が屑だからか、どちらにせよ俺にとって良い状況に好転することは無さそうだった。

 

「藤ノ宮が恋しいぜ...」

 

 仮に目の前の少女が藤ノ宮ならば、話は弾みつまらないこの時間も楽しいものに変わるだろう。

 

 だが残念。今ここに藤ノ宮はいない。今頃親父さんに連れられて挨拶回りをしている事だろう。エマージェンシー藤ノ宮。来ないのは分かっているが助けてくれ。

 

「あら、藤ノ宮ってどちら様?」

 

「お前なんかとは大違いの美人だよ」

 

 何が、とは言わない。性格ブスなんて言ったら絶対に殺される。しかし、その意図を察したのかただの気まぐれか少女はニコリと笑う。

 

「売られた喧嘩は買うわよ変態紳士。安心して?私こう見えて人を殴るのと蹴りあげるのは上手なの」

 

 何故か遠回しに喧嘩を売られている。先程の発言が悪かったのだろうか。彼女の傲慢さに少しずつフラストレーションが溜まってきたが俺は男だ。ここは大人の対応をしなければ......

 

「変態紳士とかナンセンスかよって言ってんだよ」

 

 出来なかった。大人気ないと頭では分かっているが俺に煽り耐性と言うものは無かったらしい。内心俺自身の度量の低さに愕然としていると、松姉さんが怒った時と同じピリッとした空気が蔓延する。

 

 やっべー、地雷踏んだわ。

 

「誰がナンセンスですって...?変態紳士の癖に生意気な口を聞くじゃない」

 

 少女の顔は物凄いことになっている。不味い、ウォー〇マン並に怖い。コーホーコーホー言ってそうで怖い。

 

「大体、変態紳士って何だよ。俺アンタに何一つ変態行為してないんだけど?」

 

 変態紳士なんて不名誉な渾名は本当に勘弁して欲しい。変態紳士は某ギャグマンガのク○吉だけで十分だ。

 

「あんたさっきから外を見てブツブツ言ってたじゃない。それだけで変態よ、この変態紳士!」

 

「ガッデム!!変態変態五月蝿いんだよ!!口先ばかりのエキセントリックガールが!!」

 

 我ながらガキのような煽りだな、と心底思ったがそんな煽りでも年端のいかぬこの少女の怒りを引きだすには十分だったらしい。

 

「アンタ本当に死にたいようね──!?」

 

 そう言った途端だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐぅー.......と悩ましげな音が鳴る。無論、俺ではない。自分の体の事は自分がよく知っている。

 

 と、なるとだ。先程の腹の音は当然目の前の少女ということになり──

 

「お前さん...もしかして昼から何も食べてないのか?」

 

 だとしたら仕方ない。この女も子供だ。人間の3大欲求に食欲が入る位だからな。少し位お腹が鳴った所で大したことではない。しかし、少女は見る見るうちに羞恥に顔を染め上げ、そして俺の視線に気付いたらしい彼女は此方に近付いて

 

「な、何を言ってるのかしら?私がお腹を鳴らす訳ないじゃない!」

 

 胸倉を掴み安達垣は俺に言う。俺は言ってない。お腹を鳴らしたなどとは一言も言っていないのだが...。

 それに、大丈夫だ。俺は分かってる。お腹...空いてるんだろ?無理しなくていいって...

 そう思っていると、その少女は更に俺を叱責する。

 

「ちょっ!黙ってないで何か言いなさ───」

 

 その途端

 

 

 

 

 

 ぐぎゅるるるるる......

 

 

 

 

 

 盛大に鳴らした。何がとは言わない。

 

「...何か、食べ物取ってこようか?」

 

 

 

「......そ、そう。じゃあ炭水化物を多めに持ってきなさい」

 

 

 ここまで誤魔化そうとして、それがバレても尚その態度を取れるというのは正直に賞賛に値すると思う。

 

 

 

 ※

 

 

「変態紳士。あんた名前は?」

 

 俺が様々な人間の好奇な視線を躱しつつ、持ってきたお皿三枚分の炭水化物系の食べ物を備え付けの椅子に座りパクパク食べている少女。そいつは2皿目の麺類を食べおわった後、口元を拭きながら向かい側に座っている俺に問いかける。

 

「...上田」

 

 そう言うと少女は細い脚でゲシゲシと俺の脛付近を蹴って来る。

 

「ちょ、ま、痛い痛い」

 

「馬鹿、分からないの?私はあんたの『名前』を言えって言ってるの。蹴るわよ?」

 

 そう言って安達垣は更に俺の脛を蹴る、蹴る、蹴る。かの有名な武蔵坊弁慶も大泣きどころか発狂してしまいそうな程蹴られていた。

 

 調べればいいじゃないか。このパーティに参加する程の家系だ。名前は知らないが大層大きな家系なのだろう?

 

「ご生憎様。私は『男』なんて大嫌いなの。それが同年代なら尚更だから、興味なんて無かったしアンタの名前も知らないわ」

 

 少女はやれやれと言った表情で俺を嘲笑う。何故だろう、こんなに悔しくない嘲笑は初めてだ。

 

 世間知らずのお嬢様め。俺が内心溜め息を吐くと少女は俺を見て大声を上げる。

 

「早く!!言いなさいよ名前!!出身地と名字諸々はバレてるんだから今更変わんないでしょうが!!」

 

 なあ、プライバシーって何なんだろうな。さっきから俺のプライベートが筒抜けなんだが。

 

「...幸村だ。上田幸村」

 

「...そ、じゃあ上田」

 

 そう言うとその少女はこちらに近付き一言。

 

「この事、バラしたら殺すから」

 

 ...なあ、知る権利って何なんだろうな。不可抗力で知った事に関しては妥協してくれないのだろうか。

 

「それはそうと、お前さんの名前は?」

 

「そう...ね。此方にも最低限の礼儀ってものがあるわよね...はぁ」

 

 そう言ってゴミを見るかのような目で俺を見るとツインテールにしてある髪の毛を手で左に靡かせる。

 

「安達垣愛姫。よろしくね変態紳士」

 

 そう言って、クスッと嘲笑する安達垣。何故だろう、ここまでイラッとくる嘲笑は初めてだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっと待て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、さっきアイツはなんて言った?

 

 あだがき、アダガキ、...安達垣?

 

「お前さんあの安達垣愛姫か」

 

「...何だ、私の名前知ってるじゃない」

 

 そう言うと安達垣はぷいと横を向く。

 

「東京の、安達垣グループの、愛姫か?」

 

「...それがどうしたってのよ」

 

 更にそう聞くと、あからさまに怒気を孕んだ声でそう言う安達垣。俺は、文字通り驚愕していた。目の前の少女がお目当ての人間であったことに。

 

 そして、その事実に俺は言葉が自然と飛び出した。

 

「安達垣よ、聞きたいことがある」

 

 大事な話だ。聞け。

 

「...何よ」

 

 そう言って、こちらを振り向く安達垣。そして、俺はこう言い放った。

 

「お前は、豚足って渾名に覚えはあるか?」

 

 仮に、この少女が何も知らないのならば、俺はコイツをどうにかする気はない。しかし、彼女が政宗を突き放し、あまつさえ豚足という渾名を付けて突き放したとするならば、俺は何故、安達垣がそうしたのか、その経緯を知りたかった。

 

 というか、俺にはそれしかできないだろう。これはそれぞれの家や、俺自身の問題ではない。『真壁政宗』という一人の男と少女Aの問題だ。その中で俺の出来ることがあるというのなら、現時点では『先ず、その真相を知る』位しか出来ない。事の真相を知らずして、行動する事は実に愚かで安易で短絡的過ぎる。

  それ故に、俺は『安達垣愛姫』が少女Aなのか、先ずはそれを聞きたかった。

 

「...は?とん...そく?」

 

 しかし、次に安達垣が起こしたアクションは、『まるで何が何だか分からない』といった表情だった。

 

「知らないわ、そんな渾名」

 

「...そうか」

 

 嘘をついている可能性があるかもしれない。しかし、今見せている少女の顔は嘘をついているようにはどうにも思えない。根拠としてはどうしても弱いが、第三者という立場上深追いする事も出来ない俺にとっては彼女の『知らない』という言葉と、今見せている顔を信じる他無かった。

 

 暫しの間、静寂が闇を支配する。気がつけば時計の針は7時を過ぎており、そろそろパーティは終了する時間帯となっていた。

 

 そして、この時計の針が止まっているかのようにすら、錯覚したその世界を再度動かしたのは、意外にも俺でも安達垣でもなかった。

 

「愛姫様、そろそろお時間です」

 

 その声に、安達垣と俺は振り向く。すると、安達垣よりも小柄な少女が此方に向かって小走りで駆け寄ってきていた。

 

「...分かっているわ、行きましょう吉乃」

 

 そう言ってほうけていた顔を元に戻し踵を返す安達垣、とメイド服の少女、吉乃。

 

 その光景を見ていると一瞬、その少女と目が合ったような、そんな気がした。

 

 それと同時ににカーン...と鐘の音が響く。最早考えるまでもない、お開きの時間だ。そろそろ親父達と合流しないとな、そう思い俺も会場に向かい歩き始めると、突如として安達垣が付き人を従えて振り向く。

 

「変態紳士」

 

  「何だ?」

 

「さようなら。あんたの事大嫌いだけど心底嫌いって訳じゃなかったわ」

 

 ただ二言そう言って安達垣愛姫は去っていった。

 

 何の変哲もなく、つまらなかったはずの社交パーティ、それは彼女のお陰で多少は実のある物となった、と思う。

 

 そして、これこそが後々深く関わることになるであろう二人とのファーストコンタクトであった。

 

 




これが、今年最後の投稿になりそうです。

このような駄作を読んで下さった皆様。少し早い、というか早すぎますが、良いお年を。

そして、来年も『ゼロから始まる俺氏の命(仮題)』をよろしくお願い致します!


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第7話 方向

思いの外、書き込めたので年末前にもう一つ投稿します。

前話の後日談のようなものです。


結局のところ、俺は安達垣愛姫について考えてみても彼女がどのような人間なのか、その事について、実際に会ったことのない俺には分からなかった。

 

しかし、とある社交パーティ。オレンジジュースを飲んで風情に浸っていると、後ろから棘のある声がした。その声に振り向くと、そこには一言で言ってしまえば『艶美』といったような女で、藤ノ宮とはまた違った美しさを持つ少女が俺を睨んでいた。

 

その女は名を安達垣愛姫といって、図らずも俺は安達垣愛姫と出会ってしまった。

 

そして彼女と話していく内に『変態紳士』という渾名を付けられ、その過程で俺は彼女の性格や、特徴などが分かってきた。

 

しかし一つだけ───

 

 

俺は何故、ここまで安達垣愛姫に対してモヤモヤした感覚を抑えられないのか。

 

つまるところ、俺は他者の事を分かり始めたと思った矢先、今度は自分の事が分からなくなってしまっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...なるほど、そんな事があったのですね」

 

「お陰様で色々大変だったよ」

 

8月の中旬、俺は一人で藤ノ宮邸にお邪魔をし、寧子と7月にあったパーティの出来事について話していた。

 

前に藤ノ宮邸に行く、という約束をしていたという事もあるのだが、夏休みが始まりパーティに行った後、ずっと家に篭って本を読んでいたのをいたのを松華が親に告げ口したため、半ば無理やり、半ば自主的に行かされたというところだろうか。兎に角、俺は上田家の使用人が運転するベンツの後部座席に乗りながら5時間もの時間をかけて藤ノ宮邸へ辿り着き、今は藤ノ宮家のご令嬢である寧子と藤ノ宮邸自慢の庭を見ながらこの前のパーティについてお話をしていた。

 

「道理で幸村様がお見えにならないと思ってました。パーティが始まってから幸村様の姿をずっと探していましたのよ?」

 

「それはすまん」

 

予想以上に他家の輩が絡んできていてな。かったるいから外のバルコニーでジュース飲んでた。

 

「...幸村様は本当にパーティがお嫌いですのね」

 

俺を見つつそう言う藤ノ宮に、俺は苦笑いを浮かべる。

 

「お前や、政宗と話してた方が楽しいんだよ。事実お前と今こうして話しているのは俺が好きでやってる事だからな」

 

同年代故の気軽さ、というやつだろうか。顔色を伺いながら話しかける必要性が全くないため、俺は藤ノ宮や、政宗とわいわい談笑をするのが酷く楽しかった。事実、安達垣と話すのもそれなりに楽しかったしな。

 

と、そんな風に感傷に浸りつつお茶を飲むと、藤ノ宮の方から声が聞こえた。

 

「...私も、貴方とお話する時が一番楽しくってよ?幸村様」

 

そう言って、顔を背ける藤ノ宮。彼女は果たして自身の右耳が赤くなっている事を知っているのだろうか。

 

「そ...そりゃどうも...」

 

そして、内心クールな風体で心に語りかけている俺も、実のところめっさ照れていた。先程から顔が熱いし、穴があるなら潜りたい。今すぐ埋まりたい。しかし、美しい枯山水のしかも人様の庭に穴を掘るわけにもいかず、俺は頭を片手で覆い、赤くなっているであろう顔面を隠す事に全力を注いでいた。

 

暫く、静寂が続くがその砂糖でも吐きそうな雰囲気を払拭するかのように藤ノ宮が両手をぽん、と叩く。

 

「そういえば幸村様、先程政宗様と仰いましたが...もしかして、早瀬政宗様の事でしょうか?」

 

「ああ、そうだよ」

 

最も今は真壁政宗なんだがな。というか藤ノ宮は政宗を知っているのか。

 

「ええ、昔パーティでお会いした事がありまして、私は存じ上げておりますが恐らく政宗様は覚えてらっしゃらないと思われます」

 

本当に昔のことですし、と独りごちる藤ノ宮。その声と、真っ直ぐ前を向いた瞳は何かを懐かしみ、同時に今の政宗を案じているかのような、そんな表情をしていた。

 

「ふっくらとしたお腹に、可愛らしいお顔、金太郎さんさながらで誠に可愛らしかったですわ...」

 

そう言いながら物思いにふける藤ノ宮。さて、今の会話を政宗が聞いていたらどう思うんだろうな。

 

 

「...藤ノ宮は見た目だけで人に関わろうとしないんだよなぁ...」

 

それが藤ノ宮の偉い所だ。人を見た目のみで判断しない。これは心では分かっていても、実際に行うことは相当難しい事だ。それを出来る藤ノ宮は賞賛に値すると思っている。

 

「あら、見た目なんて皮一枚の問題だと幸村様にお話ししていませんでしたか?」

 

「...ああ、言っていたな」

 

だから俺とも友達になってくれているわけで、俺はそんな事を平然と言えてしまう藤ノ宮寧子を尊敬していた。

 

「また機会があれば是非とも政宗様にお会いしてみたいですわ」

 

藤ノ宮はそう言うと、お茶を啜る。

 

「...政宗は良い奴だよ。だから、機会があったら会ってやってくれ。お前となら、きっと良い友達になれるだろうよ」

 

「...はいっ」

 

そう言って、笑顔で頷く藤ノ宮。それを見て、本当に良い奴だな、と心底思ったのはまた、別の話である。

 

「寧子様、幸村様。八ツ橋です」

 

と、そんな風に考えていると、藤ノ宮家の家政婦さんが京都の名物である八つ橋を上品な器に乗せて俺と藤ノ宮の間に置いてくれた。美味しいよな八つ橋。

 

「...一番は幸村様が政宗様と沢山関わることです事よ?現段階で政宗様に最も近いのは幸村様ですから...」

 

藤ノ宮がそう言って八つ橋を一つつまむ。

 

確かにそうだ。現在、俺は政宗と良く話しており、俺にとっては政宗が一番近い存在なのだろう。

 

なら、政宗はどうなのだろうか。政宗にとって、俺は近い存在でいられているのだろうか。

 

 

 

「...それは政宗様にしか分かりません。それでも政宗様は今、貴方の生まれ故郷である信州の地で、幸村様とお話したり戯れたりすることを心底楽しんでいらっしゃると。そして、幸村様と政宗様は親友だと幸村様の口から聞いております。ならば、貴方は政宗様を信じて然るべきかと」

 

だよな。その話を聞いて安心した。

 

俺は藤ノ宮の頭をぽんぽんと叩く。藤ノ宮は驚いたかのような顔でこちらを見上げる。

 

「ありがとな藤ノ宮、俺は政宗を信じるよ」

 

そう言って腰辺りまで伸びた栗色の髪を撫でる。...やばい、癖になりそうだ。

 

「...子ども扱いしないでくださいっ」

 

ふと、顔を見るとそこには先程からこちらを見ている藤ノ宮がジト目で、頬を膨らませていた。

 

果たして、その視線に少しドキッとしてしまった俺はドMなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しかった藤ノ宮家での会話もお暇の時間となり、俺は後部座席に座りながら、昨日の出来事を回想した

 

安達垣愛姫、眉目秀麗な少女。

 

気に入らない人間に渾名を付けたがるエキセントリックガール。

 

それでも、時々お腹を鳴らす人間味もさながらに持っている、まあこの世界にどこにでもいる普通の少女だ。

 

『知らないわ、そんな渾名』

 

俺はあの時、変態紳士と言うこの少女なら政宗に豚足と呼ぶのではないか、そう思っていた、否、確信していた。

 

しかし、それは大きな見当違いだった。ならば果たして少女Aは誰なのだろうか。俺は、それを探すために母さんに情報を頂いた。だが、その当ては外れてしまった。

 

事の真相が分からない以上何も行動するべきではない。今の俺に出来ることは、果たして何なのだろうか。

 

「分からねえ...」

 

分かんねえよ。少女Aはいったい誰なんだ?果たして、少女Aは何のために政宗を罵倒したんだ。

 

 

「...幸村様、松華様からお電話です」

 

自分の無力さに打ちひしがれつつ、嘆いていると運転手にそう告げられる。はて、何か用でもあるのだろうか。

 

今日はスマホを置いてきてしまったため、付き人の携帯を借りて電話に出ると、いつも通りの喧しい声が聞こえる。

 

『やあやあユキ!昨日ぶりだねぇ!』

 

「何の用だ」

 

「何の用だって...別にいいじゃん用がなくたって。こっちはストレス溜まってるんだよー...」

 

そう言うと、松姉さんは溜め息を吐く。

 

「お前さんは俺を何処かのストレス発散器具と勘違いしてないか?」

 

「え、ユキってストレス発散器具じゃなかったの?」

 

本気でぶっ飛ばしてやろうか、と一瞬思ったがここはぐっと堪える。

 

「あははっ、冗談だよ冗談!ユキだってストレス溜まってるんでしょ?ここは少しお姉さんに付き合ってよ」

 

松姉さんは申し訳なさそうな声で俺にそう言った。

 

...ふむ、確かに俺も藤ノ宮と話せたことによりストレスは軽減されたが、まだまだ消えたわけではない。ここはお言葉に甘えて俺もストレス発散させてもらおうかな。

 

「聞いてくれよ松姉さん」

 

一昨日のパーティでとんでもない奴に会ったんだ。暴言吐くし、変な渾名付けられるし、もう散々だったよ。

 

『因みにその渾名って?』

 

「変態紳士」

 

その瞬間ドタバタと足音が聞こえた。無論、松姉さんが大笑いの後、足でドタバタして悶えている音であろう。

 

『へ、変態...!変態紳士!!その子の言ってることは実に的を得ているね!!』

 

「怒るぞ松華」

 

俺がアンタに変態行為をしたことがあるか?していないだろうよ。俺は珍しく松姉さんを呼び捨てして、怒るも松姉さんは意にも介さぬ声色でまたしても笑う。

 

『いやあ、ユキは変態だよ!常人とはかけ離れているって意味でね!』

 

別の意味で傷つくよな、それ。まさか、安達垣もそういう意味で言ってたんじゃ無かろうな。

 

ふと、あの時の出来事を回想してみる。

 

『あんたさっきから外を見てブツブツ言ってたじゃない。それだけで変態よ、この変態紳士!』

 

...だ、誰だって独り言はするよね!?

 

独り言はステータスだよね!?

 

「ユキ...流石に外見ながらブツブツ呟くのは変態だよ」

 

おっと、どうやら声に出てたらしい。松姉さんから止めの一言を貰った俺はがっくりと項垂れる。

 

「マジかよ...第一印象最悪だ...」

 

もしかしたら、これから関わるかもしれないであろう女に変態紳士と呼ばれ、あまつさえ周囲から変態行為と見なされてもおかしくないらしい行為をその少女に見せてしまった事により、俺のテンションは一気に地に落ちてしまった。今なら軽く欝になれるかもしれない。第二の人生は鬱エンドってか。そんなの嫌だ。

 

これだから、パーティは嫌いなのだ。2度とパーティになんぞ行くかってんだ。

 

『ま、ユキの第一印象とか心底どうでもいいことは置いといて、その少女ちゃんと話せて楽しかったの?』

 

俺の第一印象はどうでもいいのかよ。というツッコミはせずに、真面目に俺は答える。

 

「楽しいっつーか...余計な気を遣わないで良い分、疲れなかった」

 

『世間じゃそれを楽しいって言うんだよユキ。ユキは自分が楽しいと思う事をしている時疲れと時間なんて忘れるくらいに没頭するでしょ?そうだね...例えば寧子ちゃんと話すとか!』

 

「ああ、楽しかったぞ」

 

藤ノ宮と話しているのと時間をついつい忘れてしまう。てか、藤ノ宮可愛い。アイツがする表情一つ一つがいじらしくて、とにかくめがっさ可愛い。

 

『ま、話を纏めるとさ。ユキは一昨日のパーティで充実した時間を過ごす事が出来たんだ。良かったねぇユキ...私なんて散々だったよ?色んな人に絡まれてさぁ...あ、でもでも。安達垣家とかいう家の秘書さんは面白い人だったなー。たまたま趣味が合ってね、意気投合しちゃったんだよ!』

 

「ウッソだろお前」

 

まさか松姉さんのあの趣味に意気投合出来るやつがいるとは...今度パーティ以外の席で顔を見てみたいものだ。

 

てか、安達垣家の秘書さんだと?秘書さんもパーティに行けるのか。

 

『まあ、そこら辺は自由なんじゃない?あのパーティに参加する家の関係者なら誰でも良いとかさ』

 

ああ、成程な。そういう事か。

 

「奇遇だな。俺が会った少女も安達垣愛姫とかいう少女だったんだ」

 

俺がそう言うと、またしてもドタバタと地団駄を踏む音が聞こえる。うるせえよ。

 

『え、ウソ!てことはユキは『残虐姫』ちゃんに会ったんだ!』

 

「残虐姫?」

 

なんだその痛いネーミングは。やだもう、松姉さんこの歳で厨二病ですか?と、心の中で悪態をつく。

 

『そうそう!告白してくる男子を渾名を付けてバッサバッサ切り倒していく残虐界の王女!残虐姫ちゃん!!って秘書さんが言ってたんだよ!』

 

松姉さんのその話を聞いて、俺は改めて凄い女に渾名を付けられたんだな、と心から思った。

 

 

 

 

 

やがて、車は信州へ向かい、上田家へと向かう。もう夕方なだけあって、空はオレンジ色で、少しだが外も涼しくなり始めていることだろう。

 

少女Aに対する今までの手がかりはゼロ、その状況下で俺が出来ることは酷く限られてしまっていた。

その中で、俺が政宗に出来る事って何だ?信じることもそうだけど、それよりも先ず出来ることはないか?政宗の心の傷を知って、その傷を癒す為にはどうしたらいいんだ?何をしたら良いんだ?結局、俺はそれについての答えを出しあぐねていた。

 

「なあ、松姉さん」

 

仮に、松姉さんの友達の中に酷く傷ついている親友がいたとする。松姉さんはそんな親友を見て、何を思って、何を行動する?

 

『...珍しいね、ユキがそんな哲学的な事を言うなんて』

 

「...まあ、気分転換にそんな事考えてみるのもいいだろ?」

 

俺がそう言うと、松姉さんはクスッと笑みを零す。

 

『...うん、いいよ。答えてあげる。私なら、その困っている子が何か私に言ってくれるのを待つ。それが『信じる』って事だと私は思うから。それ以外は普通に接して、普通に遊んで、普通に青春する。それが私のやり方だよ...ま、賛否両論あるかもしれないけどね』

 

そうか。やはり、待つしかないのか。

 

『あくまで、私はね。ほら、ユキが何時も私に言うように、私はマイペースでしょ?だから、私には私なりの答えがあって、ゴルフジャンキーのお父さんにはお父さんなりの答えがあるし、お母さんにはお母さんなりの答えがある。それはユキも同様だよ?』

 

「俺には俺なりの答えがある...ってか」

 

『しょゆこと、だからユキはユキらしい答えを出せばいいの。短気だけど、何時も他者のことを考えてて、時々突拍子もない事をしでかす変態紳士のユキなりの答えをね』

 

「変態紳士は取り消せ松姉さん」

 

それはやっぱし認められない。今すぐ取り消しなさい。

 

『それもユキの立派な持ち味なんだよ?意外性に富んだ行動をいとも躊躇うことなく起こせちゃう所はユキの1番のそれだし』

 

うん、それは正直に嬉しいが如何せんネーミングに問題があると思うんだ。他の奴らが変態紳士と聞いて、何を想像すると思う?きっとあられもないことを考えているに違いない。

それに、元を辿れば変態紳士って安達垣が付けた名前ですからね?浸透させないで下さいマジで。

 

『だから、ユキ。何の事で悩んでるかは知らないけど、貴方が出来ることは、自分の気持ちに正直になる事だよ。...悩みがあるなら聞くからね?もっとお姉ちゃんを信頼してよ』

 

諭すような松姉さんの声に、俺はドキリとする。ここでさっきまでのことを話してしまったら大爆笑の松姉さんが完成してしまう事だろう。そう思った俺は携帯を切る準備をする。

 

「さ、さあ?なんのことだか。お、そろそろ時間なので切るな」

 

『え、ちょっと!!まだ私の愚痴が──』

 

おっと、その前に一言言わなきゃな。

 

「松姉さん、本当にありがとう」

 

そう言って、電話を切る。後で激おこぷんぷん丸の松姉さんが完成しているだろうが、それはもう仕方ない事だ。てか、電話切っても切らなくても面倒くさい松姉さん完成しちゃうよね。どっちに転んでも面倒くさい松姉さんが完成しちゃうとか、何その鬼畜ゲー。

 

頭の中で松姉さんの怒った形相を考え、その恐ろしさに震えながらながら背もたれに寄りかかる。

 

 

普段なら、馬鹿話で終わる松姉さんとの電話だったが、今回ばかりは電話をしてくれて、相談に乗ってくれた松姉さんに感謝しなければならない。

 

 

 

俺は、俺の考えたことに、やりたい事に貪欲になるべきなのかもしれない。

 

俺は何処かで怖がっていたのかもしれない。今の関係性が崩れてしまうのが恐ろしく怖くて、政宗にその事を聞けなかった。だけど、今俺は思う。

 

『何を怖がっているんだ』

 

政宗は親友だ。その親友を、俺は助けたい。

その為には、いち早く真相を知ることだ。こんなところで立ち往生している暇なんて無い。俺自身が受け身になってどうするんだ。この現状を何とかしたいと思っていた俺が立ち止まってどうするのだ。

 

俺、上田幸村は短気な人間だ。だからこそ、短気の幸村には短気の幸村なりの考えがある、答えがある、俺は松姉さんの話を聞いてそう思えた。

 

新学期に、聞いてみよう。

 

それが、きっと最善手だと信じて、俺は静かに目を閉じる。

 

 

「...後で松姉さんに謝らなくちゃな」

 

それが最後。そう独りごちた後、俺は意識を落とした。

 




物語がなかなか進みません。本編を楽しみにしている方、誠に申し訳ありませんがもう暫しの間お付き合い下さい。

出来れば次話から、1話の物語の進行度を早めていきたいと思っています。

尚、投稿ペースは遅くなるかも知れません。


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第8話 作戦

 新学期。それは、普通の学生にとっては何もない、ただの新学期。

 

 されど、俺にとっては大きな覚悟を持って臨む新学期であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月はあれよこれよと過ぎていき、九月となり新学期が始まった。

 

 夏休みは、パーティと藤ノ宮邸に行ったこと以外は特に何も無かったため、様々な参考書やら、本やらを見ていたらあっという間に時間が過ぎてしまった。楽しい事をしていると、あっという間に時間が過ぎ去る、というのはあながち間違いでも無いらしい。

 

 まあ、そんな事を思いつつも、俺は今日も足繁く政宗と共にまだまだ暑さが残る残暑ロードを歩いていた。

 

 歩いていたはずなのだが.

 

 

 何故、ここまで雰囲気が悪いのだろうかな。

 

 

 先程から、政宗が思いつめたかのような顔をして俯きながら、時々こちらの様子を見るようにちらっと一瞥し、また俯く。

 

 かく言う俺も、政宗に詳しく『あの時』の話を聞こうとするも、タイミングを掴むことが出来ず、攻めあぐねていた。

 故に、無言の状態が続き、他の奴らが歩きながら喋っている中俺と政宗の周りだけは静寂に包まれていた。

 

 いかん、このままでは話をしないまま、学校へ着いてしまう。諸々不味いと思った俺は取り敢えず当たり障りのない言葉を提供する。

 

「久し振りだな、こうやって揃って歩くのも」

 

 開口一番言うのがそれか? と自分で自分を殺したくなったが、政宗はその声に振り向く。

 

「う、うん。いやあ困ったなぁ、幸村と長い間会ってなかったから何を話せば良いのやら」

 

 長い間、か。確かにそうだった。

 今の今まで携帯番号も登録していなかったのだ。そんな状態で連絡なんぞ取れるわけもなし。夏休みも政宗は爺さんの教育的指導もとい愛の鞭を受けてヘトヘトだったはずだ。そんな状態で自宅から離れている上田家に行けるはずもなし。

 とかいう俺も夏休みは高校生に必要な知識を取り入れる為に父の書斎に篭っていたり、時に松姉さんの遊びに付き合わされたり、兎に角都合が合わなかった。そんなこと言っても言い訳にもならないのだが。

 

 

 

 それはそうと、そろそろ覚悟を決めなければならないな。ここから先、何が起こるかなんて分かりはしない。嫌悪されるかもしれないし、はたまた逆の成果を得れるかもしれない。

 

 それでも、俺は政宗にこの事を聞くと決めたのだ。それが最善手だと信じて。これが、道を切り拓く一歩になるんだと信じて──

 

 俺は、立ち止まる。すると先程まで隣を歩いていた政宗は数歩歩いた所で俺が止まっていることに気付き、此方に振り返る。

 

「どうしたんだい幸村」

 

「政宗」

 

 俺は暫しの間地面を見ていたが、そう言うと同時に政宗を見る。

 終始笑顔で俺を見ていた政宗だったが、俺の表情、または心情の変化を悟ったのか笑顔が消えた。

 

「これから俺が話すことはお前の気分を害するかもしれないし、親友として失格な発言をする可能性だってある」

 

「うん」

 

「昔のお前の話、実は6月頃に爺さんに教えて貰ったんだ」

 

 そう、絞り出すかのようにしてそう言うと、政宗は一瞬俯き、大きく息を吐く。すると、政宗は俺の顔を見つめ──

 

「知ってるよ」

 

 予想外すぎる事をいとも簡単に放ってみせた。

 

「ファっ!?」

 

 お、オカシイナー。あの時、確か政宗くん熱で寝込んでたんじゃないんでしたっけ!? 

 

「襖の影から聞いてたよ。幸村が昔、お爺様の元で指導を受けてた事とか、俺の事とか、色々聞かせてもらったよ」

 

 ってことは……俺が爺さんに話した恥ずかしいあんな話やこんなエピソードまで? 

 

「やだもう恥ずかしいッ!!」

 

「幸村気持ち悪い」

 

 おっと、心の声が出てしまったみたいだ。悪いな。

 

「過去の話、お爺様に教えて貰ってたんだよね。そして、俺が何をされたか。そして、俺が何で復讐をしようとしているのか、聞いたんだよね?」

 

 まるで確認するかのように政宗は俺に問う。そして、俺はその問いかけに縦に頷く。

 

「だけど、1つだけお爺様に言っていないことがある。幸村はそれを聞きたい」

 

「政宗」

 

 心情の変化に気付いた俺がそう言うと、政宗は少し自分を嘲るように、笑う。

 

「幸村、親友として最低なのは俺の方だよ。俺は幸村を心から信頼している筈なのに、まだ俺の口からその事を話せていない」

 

「そんなの……別に気にしてねえよ」

 

 心から信頼していた友達に1度裏切られた奴がもう1度友達の事を簡単に信頼出来る筈がない。そんなのは分かっているんだ。

 

 それでも、政宗は俺の声に対して、首を横に振った。

 

「言おうとは思った。何時か、何時かって思っていく内に『何時か幸村もその事を知って俺を虐めるんじゃないか』って心の中が疑心暗鬼に駆られて、結局俺は逃げたんだ」

 

 それでも、と政宗は続ける。

 

「幸村は俺を信じてくれていた。お爺様が、俺の過去を言った時、幸村は『俺は政宗を助けたい』って。『友達だから』って。そう言ってくれた。それを聞いて、俺は無性に自分が恥ずかしくなったんだ」

 

 だから、俺は考えた。

 

 そう政宗は絞り出すかのようにして言葉を続ける。

 

「幸村は俺を信じてくれている。だったら俺は幸村にどうあるべきなのか。俺はどうしたらいいのかって。夏休みの間ずっと考えてたんだ。そしたらさ、一番最初に思ったんだ。『俺は幸村を信じる。そして、自分の口で、まだお爺様にも言っていない過去を話すべきなんだ』って」

 

「良いのか?」

 

 俺が選択肢を与えると政宗ははっきりとした声でひとつの選択肢を言う。

 

「俺は幸村の会話を盗み聞きしたじゃないか。そう、これは所謂等価交換だよ。俺が幸村の過去や俺に対する気持ちを盗み聞きした代わりに俺は幸村に俺の今の気持ちを話して、過去も話す。これ以上ない等価交換だろ?」

 

 どうやら、政宗の決意は固いようだ。ならば、俺自身も決意を固めて、自分の言いたいことを言わなければならない。

 

 

 

「なら、政宗。お前を裏切った少女の名前を、お前の口から教えてくれないか?」

 

 すると政宗は1度下を向き、何かを決心したかのような視線を再度俺に向ける。

 

「安達垣愛姫っていう女の子だよ。その子に豚足と言われたんだ」

 

 

 

 

 

 ────は? 

 

 

 

 

 ……安達垣愛姫? 

 

 

 

「な……」

 

 なら、あの女は嘘を付いていたってのか? 

 

 あんな恥じらいもなく、後ろめたい顔もせずに、自然に? 

 

「……幸村? どうしたんだい?」

 

 そう言われて、はっと意識を覚醒させる。あまりに衝撃的な出来事で暫く我を忘れてしまっていたらしい。とにかく、俺は今俺自身が知っている事を政宗に言わなければならない。

 

「……あのな、政宗。気を悪くしたら悪いが俺は爺さんからお前の過去話を聞いた時、『東京』と『名家』のキーワードを使って少しお前の家以外の家について調べてみたんだよ。すると、とある少女の名前が俺の母さんの口から出た」

 

 それが『安達垣』という名家であり、そしてこの間のパーティ。俺は安達垣愛姫とやらに出会ったんだ。

 

「え……?」

 

 そう言って政宗は驚愕、と言った表情を俺に向ける。まあ、当たり前だ。まさか自分の友達が縁もゆかりも無いはずの自身が目の敵にしている少女とパーティで出会ったのだ。驚きたくもなる。

 

「……その子は、何か言ってた?」

 

 政宗の雰囲気は、瞬間的に一変した。影が政宗の体を覆い、闇に支配されているような感覚───

 

「何か……ってどういった」

 

「答えてくれッ!!」

 

 刹那、政宗は俺の胸ぐらを掴み、強く慟哭する。

 

 いかん、頭に血が上って何も見えなくなっている。今は何よりも政宗を落ち着かせなければならない。

 

「……少し落ち着けよ」

 

 そう言って、俺は政宗の肘付近を優しく握る。すると、政宗は少し息を荒げつつも少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 

「……ッ、ごめん。冷静じゃ無かった」

 

「良いよ、別に」

 

 俺もお前の気持ちを察することができなかったのだ。喧嘩両成敗、お互い様なんて言葉もある。お前が気に病むことではないさ。

 

「それよりも、何を言ったか。そこだよな」

 

「うん、何か……豚足(オレ)について言ってたか?」

 

「……安達垣は、豚足なんて渾名知らないってよ」

 

 そう言うと、政宗は正に驚愕、といった視線で此方を見る。

 

「知らない……?」

 

「ああ、そうだ。だけどその表情を見る限り、どうも俺の聞いた話と政宗の体験した話に誤差がある……そう思って良いのか?」

 

 そう言うと、政宗は強く頭を縦に振る。

 

「そうだよ、俺はその女に……安達垣愛姫に裏切られたんだッ.!」

 

「政宗は、そう思っているんだな」

 

 俺がそう言うと、政宗は更に強く頷く。

 

「うん、俺が見たのは明らかに安達垣愛姫だった.許せない、自分が付けた渾名を忘れて、自分は知らないふりか。あの時、俺がどう思ったかも知れないで.!」

 

「因みに、他の奴が成りすましていたって可能性は?」

 

 そう言いつつ、俺の頭に浮かんだのはあの時のメイド少女、吉乃とやらだ。しかし、彼女はショートヘアで背格好も似ていない。当然、政宗から出た答えは。

 

「それはないよ。俺はあの家の中ではアイツしか知らないんだ」

 

 そう、断言された。

 

 政宗がそう言うということはそもそもその少女に縁が無かったということ。怨恨が残っていたとするのならば兎も角、接点がないのならばその可能性は薄い。

 

 何より、真壁政宗は、あの時豚足と罵ったのは安達垣愛姫だったと、そう言った。

 

 長い髪に、辛辣な声、それはまさに安達垣愛姫のシルエットだったと。

 

 ならば、俺はどうするべきか。指針は定まった。

 

 

 政宗がそう思い続けるまで、己のそれを信じるまでは、俺は政宗の復讐を手伝おうと思う。仲間を、そして自分を信じる。それが俺、上田幸村が正しいと思った道だから。

 

 それが、親友だと俺は思うから。色々ごちゃごちゃ考えたけど、根幹は政宗の為に───だ。

 

 俺のやるべき事は最初から、決まっていたんだ。

 

「大変だったな」

 

 錯綜する事実の中、何が本当なのかは分からないが『1人の人間』に政宗の生き方を否定されたのは事実。

 そうでなければあれだけの強い意志で自らの身体を鍛えないであろう。そう思うくらいには俺は目の前の男を信頼している。

 

「……ああ」

 

「辛かったろ」

 

 そして、厳しさマシマシの爺さんの元で厳しい鍛錬を積んできた。その過程で、止まっている鳥が美味そうに見えたりチョコを食べて納屋に入れられたりと散々な想いをしてきた。

 

「……辛かったよ」

 

 うん、分かってる。それは、お前の話を聞いて分かっているんだ。

 けど───

 

「本当のお前の気持ちの尽くを俺が分かり合うことなんてできっこない。だって、お前が持ち合わせているその痛みは、実際に体験したお前さんにしか分からないんだから」

 

 俺にも限度がある。

 

 安達垣と政宗の問題に踏み込めるのにも限度があるし、政宗の心情を慮るのにも限度がある。それは、どの世界でも同じ。どんな仕事にも完璧がないという事と同じで他人の考えが全て分かることは不可能に近い。

 

 でも。

 

 だからこそ。

 

 俺にも意地ってものはあるんだぜ。

 

「けどさ、そんな俺にも───出来ることはあるよ」

 

「え」

 

「俺にもお前の事をサポートさせてくれ、政宗」

 

 その一言に、政宗は目を見開く。そりゃそうだ。今の今まで友達やってた奴が今になって復讐のお手伝いさせて───なんて頼んだ日にはそいつはどんな事を考えているのか分からなくなるのが普通だ。

 

 それでも、俺にも考えていることはある。思っていることがある。それらを伝える事で、俺の確固たる『意思』を政宗に証明することが出来る。

 

 それが人間だ。それが、人間の出来る───俗に言うところの人特有のコミュニケーションだと思うんだがね。

 

「前々から思ってたんだ。俺は政宗に何が出来るのかって。こんな俺と友達になってくれた政宗に何をしてやれるのかって」

 

 夏休みの間、ずっと迷っていた。俺は政宗に何が出来るのか。助けたいと言った手前何をすればいいのか俺には答えが出ていなかったから。

 

「……まあ、それに俺だって一人の人間だし、親友が傷付けられて、黙って見過す程おおらかな性格ってワケでもないからな」

 

 誰がやったのかは知らんが、政宗が安達垣にやられたというのなら安達垣には鉄槌を下さねばならないし、ほかの犯人がいるのならそれこそ正真正銘の高速タックルをかましてやる。

 何が豚足だ。あれだけのひたむきさと優しさで出来ている政宗の本当のことも知らずに思いのかけらもない一言で政宗を傷つけやがって。

 

 それこそ、俺にも限度ってものがあるんだからな。

 

「……いいのかい?」

 

「あったり前だ。俺は何時でも準備は出来てる」

 

「何時、終わるのか分からないんだよ?」

 

「知るか、こちとらお前の事情を知ってしまったんだ。こうなったら一蓮托生旅は道連れ、お前の復讐に付き合ってやるっての!」

 

 俺がそう言うと、震えた政宗は俺の手を強く握る。本当に、強く握ってしまっているためガチで手が痛い。

 

「幸村……!本当に……本当にありがとうっ!!」

 

「……力を入れすぎだ!痛い!死ぬ!」

 

「ご、ごめん!」

 

 俺が、そう悲鳴を上げると慌てたかのように政宗が手を引いて謝る。

 

「……所で、リベンジするのは良しとして、具体案はあるのか?」

 

 リベンジは成功した時の快感が大きい分、それ相応のリスクがある。それをするのなら、それ相応の方法と対策を用意しなければいけない。簡単に破綻するような作戦なら、いっそのことやらない方が本人のためである。

 

「例えば、集団リンチとか完全犯罪とか。それから……闇討ちもいいな、ははは」

 

 俺がそう言って口角を歪ませると、政宗は慌てて俺を諌める。

 

「し、しないよそんな事!!」

 

 ふむ、しないとな。

 

 ならば、お前の策とやらを聞かせてもらおうか、政宗よ。復讐とあれだけ言うのならそれ相応の策というものがあってもいいはずだ。

 

 しかし、政宗は「あ……が……!」と、呻き声を上げたきり、そのまま俯いてしまった。

 

「どうした政宗?」

 

 俺がそう尋ねると、政宗はぽつりぽつりと話し始める。

 

「い、一応俺の中では復讐という気持ちはあるのですが……」

 

 おう。

 

 気持ちは大事だよな。

 

「その、あの……色々考えたんですけどやっぱりまずは痩せるのが1番かな.ってね。ほ、ほら! 豚足ってバレたら終わりじゃん!!」

 

 おう。

 

 終わっちゃうな。

 

「つ、つまり……復讐のやり方分かりません教えて下さい幸村先輩!!」

 

 そう言って、政宗は土下座を敢行する。俺はお前の親友になった覚えはあれど、先輩になった覚えなどひとつもないのだが……

 

 とにかくこの状況は色々不味い、何かしらの具体案を出して、政宗の土下座を止めさせなければな。

 

「なあ、政宗」

 

 俺は片膝をつき、土下座をする政宗の肩をトン、と叩く。大丈夫だ、俺はそんな事で怒りはしない。そんな事で怒ってるのなら、今頃お前がお爺ちゃんに隠れてチョコレートを食ったのを烈火の如く怒っている。

じゃあ何故怒ってないのかって?

それは俺の家──上田家の教えによるところが大きい。

 

『上田家たるもの紳士たれ』

 

 我が家の玄関の家訓に親父の汚い字でそう書いてあるのだ。だったら先ずはアンタが紳士になってくれとか言いたいことはあるがそれは置いといて、ここは怒らずに、冷静に、政宗の復讐について考えてあげなければならない。

 

 政宗が顔を上げる。よし、俺が具体案を出そう。そう思い軽く息を吸った後、俺はできる限りの柔らかい笑みで微笑む。何故か、政宗が怯えているのだがそんなの関係ない(暴論)。俺は政宗の表情のみを無視して一言───

 

「バレなきゃ犯罪じゃねえんだぜ?」

「犯罪だよ!?」

 

後にその時の事を政宗に聞くと、あの時の俺の顔は紳士どころか、鬼やそれに準ずる化身の顔をしていたらしい。

 

尤も、俺はそんな顔をした覚えはないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とにかく、暴力はダメだ!!」

 

そう言って、政宗は両手でバツ印を作る。それを俺は脇目で見て、クスリと笑う。

場所は変わり、何時もの帰り道。俺と政宗は歩きながら安達垣愛姫に対しての復讐を考えていた。

 

「ああ、分かってるよ。女だから、な」

 

 どうやら政宗は復讐に暴力を使おうとはしていないらしい。また、誰かに囁かれても暴力は振るわないという確固たる信念を持っている。

すげえよ政宗くんマジ紳士。そんなことを頭の中で考えていた俺はひとまず政宗の心の持ちように安堵し、続ける。

 

「じゃあ、お前はどうする? どうしたら、その安達垣愛姫に復讐出来ると思う?」

 

「どう……って言われてもさ」

 

「よし、リンチするか」

 

「しないよ!?」

 

 政宗が俺を見て大袈裟なリアクションで叫び、肩を揺する。あは、あははっ、痛いっての。いい加減俺っち怒るぞ? お前に裁きの鉄槌下すぞ? 

 

「ねえ幸村!正気に戻ってくれよ!確かに復讐はしなきゃいけないけど俺がやりたいのは幸村みたいにハードでデッドなプレイじゃなくてソフトでハートフルな復讐なんだよ!血腥い復讐はなんか違うんだ!」

「いや、ハードでデッドて……うん、分かった!分かったから取り敢えず頭揺するの止めよーか政宗ぇ!!頭可笑しくなっちゃうから!!気持ち悪くなっちゃうからっ!」

 

 そう言って、俺が政宗を諌めるとようやく落ち着いたのか政宗は行きも絶え絶えに俺を見る。くそ、信頼してないなこやつ。俺は何時でもKOOLな男なんだ。そんじょそこらのK‐1とは違うってのに。

 

「じゃあどうするってんだ」

 

 そう尋ねると、前を向いて歩いていた政宗が思いついたかのように。

 

「……惚れさせて、振る……とか」

 

 と呟いた。

 

 成程。惚れさせて振るのか。いい作戦ではないか.ん? 惚れさせて.振る? 

 

「いやいやいや、ちょっと待て」

 

 何だ、その高難易度な作戦は。復讐対象はあの安達垣だぞ? 告白してくる男達に渾名を付ける愛姫だぞ? 自称男嫌いの痛いヤツの安達垣愛姫だぞ? 

 それを政宗は惚れさせて振るというのか。

 

「他に方法とかは無いのか?」

 

俺がそう尋ねると、政宗は俺の方向を振り向く。

 

「安達垣愛姫は天才だよ。言葉で勝てる自信はないし、それだけの力がないことも知ってる。暴力なんて論外だし、そうなると必然的に俺の復讐方法は限られてくる」

 

 確かに、そうだ。

 

 俺が安達垣愛姫に出会って最初に気付いた事は、彼女は美人だということ。

 そして、後々に気付いた事は彼女には所構わずほかの人間に渾名を付けるメンタルも、残虐性も持ち合わせているという事だ。その人物を言葉で打ち負かすのは不可能に近いだろうし、無理ゲーにも程がある。

 

 ましてや、俺が言ったように暴力なんて論外だろうし、一抹の可能性にかけるとするのならば.

 

「……本気か?」

 

 俺がそう尋ねると、

 

「……本気かどうかじゃない。やるんだ」

 

 そう、決意のこもった目と言葉で、そう言った。

 

「じゃあ、先ずは『自分』を変えなきゃな」

 

 真壁政宗が真壁政宗として、安達垣愛姫を惚れさせるためには、先ずは自分自身を変えなければいけない。

 

「今自分が変えようとしている体型はそうだろ?」

 

「うん」

 

「後は女相手にキョドる弱い精神の向上、口説き文句の上手さ、人間関係を円滑にするための会話力だろ? それから遊びの王様になる為にカラオケとか」

 

 と、俺が様々な具体案を提示していると、すかさず政宗から制止が入る。

 

「す、ストップストップ!!」

 

「どうした? 反論なら聞くぞ政宗」

 

 すると、政宗は両手で俺の肩を掴む。

 

「……俺って、女の子相手にキョドってた?」

 

 松姉さん相手に、照れてたよな。

 

「口説き文句って、『好きだ』とか『俺はもうお前しか見えない』とかじゃダメなの?」

 

 薔薇ステの見過ぎかってんだよ。

 

「……カラオケって何?」

 

 カラオケは歌うところだ。

 

「……幸村、俺もうダメかも知れない」

 

 案ずるな、どんな課題も一個ずつ消していけば何時かは完璧超人になれるさ。

 

 問題は、お前にその気があるのかどうかって話だ。

 

「……ああ、そうだね」

 

 そう言って再び前を向く政宗。両手で握り拳を作っており、その姿から安達垣に対する憎悪の想いが容易く見て取れた。

 

「やってやるさ。安達垣愛姫に絶対復讐してみせる。その為なら」

 

 どんな厳しい訓練もこなしてみせる。

 

 そう言い、真壁政宗はそれっきり復讐については何も語らなかった。

 

 

 

 

 

 

 




今年もよろしくお願い致します。

次回、幸村と政宗が復讐に向けて動き出します!


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第9話 息抜き

更新遅れてしまい、誠に申し訳ございません。

今回少し短いですが、近いうちに続きを投稿したいと思っていますので今後ともよろしくお願い致します。

では、ゼロから始まる俺氏の命(仮題)第9話をお楽しみください。


残暑が残るSeptember────九月の事だ。

 

 

俺は新学期が始まってから政宗が昔、安達垣愛姫という少女に『豚足』というあだ名を付けられたという事実を知り、俺はその復讐の手伝いをするという事が正式に決定した。復讐方法も前途多難ながら何とか決まったわけだが、問題はその他にも沢山あった。

 

『デッド・オア・ラブ作戦』それは、真壁政宗が安達垣愛姫を惚れさせて振るという何とも難儀な作戦である。何せ、前提条件がまだまだ何も達成出来ていないのだ。その目標を達成する為には、先ず『モテる男』になる為に集中的に痩せるための鍛錬をしなければならない。

 

道程はまだまだ長い。しかし、俺と政宗の共同復讐劇はまだまだ始まったばかり。焦ることはない、これからゆっくり何をするのか考えて、実行していけば良いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、先ず何から始めるべきかな...?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...ほう、そうかそうか。政宗がのう...」

 

そう言って目を細める爺さんに、俺は苦笑いを禁じ得なかった。

 

 

場所は真壁家。そこの居間で俺は近況の報告を爺さんにしていた。

 

パーティで政宗を虐めた犯人に意図せず出会ってしまったこと。

 

政宗が事実を話してくれたこと。

 

そして、これからの方針の事。

 

「政宗はどうやら安達垣愛姫を惚れさせて振るらしいぞ。その為にできる限りの事をすることで取り敢えず決まったんだが」

 

「...具体性に欠けるのう。出来る限りのことと言ってもやることが決まってなければもちべーしょんも上がらんじゃろうて」

 

確かにな。

 

安達垣に復讐するという長期的な目標。即ちゴールはあるのだが、どんなゴールにだってそこに辿り着くまでの道がなければ辿り着く事は出来ない。

用は、その大きな目標を達成する為に、少しずつ小さな目標を作っていかなければいけないということだ。それらをコツコツ積み重ねることにより復讐というゴールは自ずと近づいてくる筈だ。

 

「だから爺さんに聞いてみようと思ってな」

 

何か策があれば教えて欲しい。そう言うと、爺さんは顎に手を当て思案し、やがて何か閃いたかのように此方を鋭い眼差しで睨み付ける。

 

「...先ずは腹筋からじゃな」

 

「...あ?」

 

「その後に側筋、上腕二頭筋、その後に大腿筋、最後に三角筋じゃな」

 

ちょいちょい、ストップ。

 

「お前さんは政宗を筋肉達磨が何かにしたいのか...?」

 

ジーザス。聞いた俺が悪かったのかもしれない。最近の子煩悩ぶりからすっかり忘れていたがこの人は俗に言う『筋肉馬鹿』だ。痩せるためならばどんな過酷なトレもやらせる。一切の甘味、脂質を逃さない。筋肉と健康さえあれば何とかなるとすら思っている。

 

兎に角真壁の爺さんに聞くのはダメだ。俺は右手で頭を抱え、首を横に振る。

 

「...確かに筋肉も大事だぜ?そりゃあ大事さ。だけどアイツの目標は健康になる事じゃない。モテることなんだぜ?」

 

「しかし、筋肉を付けなければ痩せることはできんじゃろう。どの道避けては通れない道なのは確かじゃろうて」

 

...まあ、正論だな。

 

ただ、1つ言わせてくれ。

 

「お前さんは俺の時もそうだけどやり過ぎなんだよ...」

 

「...ううむ、やはりやりすぎかのう?」

 

「ああ、やり過ぎだな。筋トレにも個人差により限度があるってことを爺さんは知った方がいい」

 

「むう...」

 

そう言って、うんうん唸り始める爺さんを尻目に、俺は再び考え始める。

 

さて、どうしたものかな。

 

大体やるべき指針は定まっているのだが、どれをするにしても何かタイミングと決め手に欠ける。

 

一緒に筋トレをやったりするのもいいかもしれないが、今の政宗は目標が定まったことにより、熱くなり、燃えている。その証拠に今日も長い長い道のりを足繁く走っている。

しかし、それ故か少々オーバーワークをしているようにも見て取れる。人間、何でもやりすぎや無理は続かないものだ。必要なのはメリハリのある生活。

 

今の政宗に必要なものを吸収できて、何より気分転換になるものは────

 

 

 

 

 

「なあ、爺さん」

 

「何じゃ?」

 

 

「少しだけ、政宗を気分転換に連れて行ってもいいか?」

 

 

丁度、あれがあるじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで明日はカラオケに行こうと思いまーす」

 

場所は学校教室に隣接されてあるベランダ。

 

時は穏やかな昼休みの一時。

 

そこでパチパチパチと手拍子を叩く俺を見た故か政宗は、少し冷ややかな目で俺を見る。ちょ、そんな目付きで見られたら俺泣くんだけど。

 

「何が『というわけで』だよ。何でそんな事になってるのさ」

 

政宗は依然として、何が何だか分からないと言いたげな目付きで問いかける。

 

「何でって、お前が頑張っているからだろ?」

 

「当たり前だよ。俺は1日でも早く安達垣愛姫に復讐しなくちゃいけないんだから」

 

そう言って怪訝そうな目付きをしながらそう言う政宗を俺は真っ直ぐ見つめながら告げる。

 

「ああ、確かに今の政宗は復讐の為に頑張らなくちゃいけない。だけど一言言わせてもらうと『やり過ぎ』だ」

 

無論、本音だ。最近の政宗は目標が定まったからなのか、やる気に満ち溢れている。鍛錬も積極的に行うようになったし、泣き言を言わなくなった。

 

しかし、この先その努力がいつまで経っても続くということは限らない。

 

空気を溜め込み過ぎた風船はたやすく割れてしまう。そして、それは根本だけで言うのなら人間という生き物も同じだ。

 

俺はこの機会を使って、政宗の中に溜め込んだ空気を少しでも放出したかったのだ。

 

「だから、たまには気分転換してもいいだろ?ほら、俺もカラオケに行ってみたいしさ。少しだけ付き合ってくれよ」

 

そう言って、両手を合わせて懇願すると政宗はうーん...と唸りながらも承諾する。

 

「だけど、お爺様が許してくれるかな...」

 

「その点に関しては心配ない。俺が今回の件に関して爺さんに了承を取ってある」

 

「随分手回しが速いな!?」

 

ああ、何せ俺は政宗を手伝う人間だからな。これしきの気配り出来ずにこれから先の復讐なんぞ手伝える筈もない。

 

俺は政宗の両肩に手を乗せ、笑顔で続ける。

 

「兎に角、明日はカラオケに行くからな。返事はハイかイエスかイエッサー。好きな方を選べ、な?」

 

「それどっちも了承するよね!?俺に拒否権なしかよ!?」

 

ちっ、押し切ろうと思っていたのだが流石政宗だ。何時も成績上位者に名を連ねてるだけのことはある。

 

「...まあ、幸村がそう言うなら俺も行くけどさ。俺ってカラオケがどんな所か分からないよ?」

 

「だからこそ、だろ?」

 

俺が、そう言うと政宗は首を斜めに動かす。

 

「どういう意味だ?」

 

「政宗、このスマホの画面を見てくれ」

 

画面上に映ったのは『最近の高校生のデートスポット』という題目の下に様々なデートスポットが記されている。

 

そこの1番上に書いてあったのは知る人ぞ知る遊びの王国クマクマランド。ここに行っても良いのだが遠いためパスだ。

 

俺が見てもらいたいのは3番目に書いてあるデートスポット、カラオケだ。

 

「例えばの話だ。仮に高校生になって安達垣と遊ぶ事があったとする。そんな時にカラオケで得意な曲1つも歌えない男に安達垣が惚れると思うか?」

 

俺だったら惚れない。

 

...誤解するなよ。俺にそっち系の趣味はないからな。

 

「お、おお...!そういうことか!!流石幸村っ!つまり、遊び慣れることによって運動も、勉強も、遊びも何でもこなす優等生になれってことだな!?」

 

「ズバリ、そういうことだな」

 

100%にお釣りが返っても良いくらいに俺の言っていることを理解してくれて助かった。

 

「んじゃ、明日はカラオケに行くぞ。日頃の疲れをパーっと癒しちまおう」

 

「おう!」

 

そう言ってお互いの拳をコツンと当てて高笑いする俺たち。その姿は、恐らく第三者から見たらどこかの悪役キャラに見えた事だろう。

 

 

 

そして、この時の俺は、まだ一つのミスとこれから起こるであろう大惨事に何一つ気付いてはいなかった。

 

 

 



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第10話 惨事

 

 

これから始まるお話は、俺にとってTOP10にランクインしてしまうほどトラウマになりかけた大惨事である。

 

あえて例えるとするならば。

 

某有名国民的アニメの某有名キャラのリサイタルを聞いていた聴衆の気分を理解することが出来た惨事といったところだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラオケボックス。実は俺も友達とは現世では初めて行く事になる。聞いて驚け、何せ政宗が来るまで俺は友達がゼロだったからな。

 

そこで、断じて違うと声を大にして言いたいのは俺はコミュ障──会話で緊張するような奴では無いと言うことだ。

 

コミュ障と言える程俺は会話が出来ないという訳ではない、寧ろ話せる。現に政宗と直ぐに友達になれたし、まあ藤ノ宮とも話せたりしている。これがコミュ障ならば政宗とのファーストコンタクトであんなに仲良くなれないし、藤ノ宮と話している時なんか喋ることすらできないだろう。

 

では、何がダメなのかと言うと、それは『精神年齢』が影響しているのだ。

 

忘れもしないあの日のことだ。当時小学1年生だった俺は今度こそ充実しまくった学園生活を営もうと気合いを入れて小学校入学式に臨んだ。臨みすぎたのだ。

 

考えてみろ。周りは1年生になったばかりのガキだ。対して俺は見た目は子供、頭脳は大人の某探偵状態の外見だけはガキの人間だ。それを忘れてた俺は、隣の席の男の子を友達にしようと、言い方は悪いがたかが一人にやる気を使いすぎてしまったのだ。

 

『よう!!俺の名前は上田幸村!!サッカーやろうぜ!!』

 

小学校1年生の気持ちになって考えてみてくれ。只でさえ不安だった小学校生活、幼稚園や、保育園に戻りたいと思っているお子さんに真正面からそんな事を言う奴がいたらヤバい人間だと思うだろ?逃げなきゃ、と思うだろ?

 

結果として大いに泣かれたよ。そして、俺は巷で同年代の子供を早速シメた幸村。またの名を『鬼の幸村』と呼ばれて同級生からも敬遠されてしまっていたのだ。

 

いやあ、いくら俺が転生者でも流石に時間遡行は出来ないからこれを肝に銘じて中学、高校では友達と健全なお付き合いをしたいものだ。

 

因みに当時人気だった某サッカーアニメは今も人気のサブカルチャーだがその時を境に俺は2度と見なくなった。時々親父が間違えてそのチャンネルにすると親父に対して殺意さえ湧くようになってしまった。

 

 

さて、今日はカラオケボックスへ行く日だ。真壁家に行こうではないか。そう意気込んで真壁家に来たのだが...

 

 

 

 

「...で、政宗はそういう服にしたと」

 

今、俺は両手で頭を抱えて恐らく物凄い顔をしている事だろう。

 

悩みの種は政宗の服だった。今の政宗の服は青のジャージセット。外へ行くような服装ではない。

 

「え、だってカラオケ行くだけじゃ」

 

それを聞いた瞬間、俺は吠えた。

 

「甘ァァァァァい!!!世界一甘いとされるグラブジャムンよりも甘ァァァァァァいっ!!」

 

「ゆ、幸村?」

 

「良いか真壁政宗!!心して聞けいっ!ここにいる奴がもし俺じゃなくて女の子だとしたらお前はどうするんだ!?そのジャージで!行くのか!?」

 

「だ、だってこういう服しかなかったからさ」

 

ほう...?そうかそうか、それしかないと。それしかないからと。そういう事か。

 

「そこはちょっとやる気出してくださいよ!?買ってよ!!何なら俺に頼んでくれればその手のプロに頼んだのに!!」

 

「た、頼めないよ!!だって俺幸村の電話番号知らないんだよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ。

 

 

 

「...確かにそうだな」

 

俺のアドレス帳には、4人の携帯番号がある。

 

父。母。松。そして、藤ノ宮だ。何とも悲しいアドレス帳だとか引きこもりとか言ってくれるなよ?特に政宗とは登録するのを本当に忘れてただけだから。知り合い少ないわけじゃないから。いや、確かに同年代の友達は少ないけどさ。

 

「あ...えっと、幸村。何かごめん」

 

よせやい。余計に悲しくなっちゃうだろ?

 

「...兎に角、その服装は後々の復讐に支障をきた...します。政宗くん、僕に付いてきてください」

 

そう言って政宗の手を掴み歩き出す。

 

「え、どこ行くの幸村!?」

 

政宗は慌てて俺に言う。俺は立ち止まり、政宗の方に向き直る。

 

「今から俺ん家に行こう」

 

そして、政宗のファッションを劇的に変えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...と、いう訳だ松姉さん。普段の狼藉は謝る。だから1日だけコイツのファッションを見繕ってくれないか?」

 

俺は上田家の茶の間でゴロゴロしながらマンガを読んでいた姉さんに土下座している。まるで殿様と家臣。だが親友のためだ、ここは恥を忍んでお願いしている。

 

「ちょ、え、ええ?」

 

そして、当の松華は困惑している。それもそのはず、少し前まで毎日のように喧嘩、または暴言を吐いていた愚弟が土下座しているのだ。驚くだろう。

 

「そこを何とか頼む!コイツのファッションセンスを貴女の手で変えてやってくれませんかね!?」

 

本当に少しだけでいいんだ。言うなればこの子の服を少しでもマシな服装に変えてやるだけでも良い!アイツがリベンジ出来るための服の選び方を教えてくれるだけで良いんだ!

 

しかし、そんな俺の願いも中々うまく届かず松華は中々首を縦に振らない。

 

「え、いや、言いたいことは大方分かったけどさ、あまりにも急すぎない...かな?」

 

「そこをなんとか頼むよぉ!!」

 

俺は頭を強く、激しく打ち付ける。「ちょっ、ここ茶の間なんだけど!?」と松姉さんの声が聞こえるが知ったことか。俺は頭を更に強く打ち付ける。

 

「あ、あの...俺は一体どうすれば」

 

そして、肝心の政宗は俺の後ろで立ち固まっている。

 

「あらあら、貴方が政宗君?何時も幸村がお世話になってます」

 

「え、あ、はい...こんにちは...」

 

そして、背後から母である薫と。

 

「おー!!キミは確か政宗君だね!!初めましてだな!話は幸村と松から聞いているぞ!」

 

親父である昌幸が政宗と仲良く話している。否、仲良くというよりかは一方的にといった感じだろうか。はたまた、政宗がうちの親のテンションについていけてないのか。

 

「え、えーと...」

 

「そして、今度是非政宗君も僕と共にゴルフをしようじゃないか!!」

 

「あ、はい...」

 

うるせえよ親父。

 

そしてさらっと手前の趣味に子供を巻き込むなよ。

 

「ぐぅ...」

 

そう言って親父は肩を落とす。本当にこの親父はゴルフ好きだな。溜め息を吐きながら、現在進行形で肩を落としている親父の方を見ていると政宗が俺の肩をつつき、密かに耳打ちする。

 

「...やっと趣味に異様な執着心を持つお父さんって幸村が言っていた意味がわかった気がするよ...」

 

「...ああ、そうだろう?」

 

自らの趣味を楽しむためならどんな事も惜しまない。忙しい時間を縫ってゴルフ道具の手入れ。ゴルフ友達勧誘。そこだけ見てしまえば只のダメ親父なのだが、それでも家族との時間もしっかり取っている故になかなか責めることは出来ないのだからタチが悪い。

 

「ま、ここは一癖も二癖もある奴らがいるが噛み付いてくるわけじゃない。いらん話は安心して聞き流してくれ」

 

「お、おう...」

 

そう言って苦笑いをする政宗。おっかしいなー、何かおかしなこと言いましたっけ?

 

「で、一体どうしたんだい?何か幸村が土下座していたのが気になって野次馬やろうと思ったんだが」

 

昌幸が事の経緯を聞こうとして俺がその言葉に反応しようとすると松姉さんが俺の代わりに代弁する。

 

「えーとね、ユキの話を要約すると『女の子にリベンジしようとする政宗君にファッションとは何たるかを『お父さん』に伝授してもらいたいんだって』」

 

え、ちょっと松姉さん?俺は親父に任せるなんて一言も...

 

「幸村が!?僕に!?それも政宗君のために!?」

 

ああもう!この親父めんどくせえ!!

 

「あらあら、良かったですねお父さん」

 

母さんも煽てるなよ!!

 

「よし!政宗君!!今から俺と共に来い!!政宗君に丁度良い服を俺が見繕ってやる!!」

 

そう言って政宗を引っ張る親父。

 

「え、あ、ちょっと──!?」そして、そのまま庭の自家用車に連れてかれた後、政宗を載せた車は消えていった...

 

哀れ、政宗。済まない政宗。

 

「ってか松姉さん、俺ファッションとは何たるかを松姉さんに見繕ってもらおうとしたつもりだったんだけど」

 

松姉さんなら何とかしてくれると見越して先程まで土下座していた俺の過去を返せよ。俺の無意味な黒歴史がまた一つ増えちゃったじゃないか。

 

「急すぎだって、せめて一昨日くらいには言ってくれないと」

 

「シャーラップ!!いたいけな弟の急な頼みくらい聞いてくれよ!!夏休み中に俺がどんだけあんたに付き合ったと思ってるんだ!?何だ!?お前の頭はハッピーセットか!?ああ!?」

 

夏休み中、俺は松姉さんの『遊び』と称した友達のパーティやら、遊びやらに散々付き合わされた。それ故に等価交換の法則が効くと思っていたのだが、どうやら松姉さんには等価交換の法則なんぞ頭の中にはないらしい。松姉さんは逆ギレした俺に半ギレで返す。

 

「あー!!今ユキが言っちゃいけない事言った!!謝って!今すぐ謝ってこのボッチ!!」

 

「ボッチじゃねーよ!お前の目は節穴か!?今ここに真壁政宗君がいただろ!?」

 

俺達がそう言って不毛な争いをしていると突如、体全体を悪寒が襲った。

 

無論、発端は分かっている。

 

母だ。

 

「二人とも、そこまでにしましょうか」

 

母が笑顔でそう言って、右の掌を頬に当てると松姉さんも同じ空気を察したのか俺を見て頭を下げる。一瞬見えたその目は何時もの松姉さんの目ではなく恐怖を絵で書いたかのような目付きをしていた。

 

「い、いやー、悪かったよ!悪かった!私間違えてた!ゴメンねユキ!!」

 

「お、おう...いや、俺も悪かったよ。松姉さんに任せようとした俺が悪かったな」

 

上田家で1番怖いのは母だ。故に、俺達は母に逆らえない。無論親父も逆らえない。

 

家族カーストの最大の権力者は父でも、俺でも、松華姉でもない。

 

母なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺、こと真壁政宗は幸村の親父さんに連れられて今車に乗せられている。

 

何というか、幸村の家族は色の濃い家族だった。親父さんは明るい人だし幸村のお母さんはとても優しそうだったし、松さんはいつも通りだったし。何というか、久々に家族の温かさというものを垣間見たような気がした。

 

「ははっ、みっともない所を見せちゃったね」

 

そう言って親父さんは車を運転しながらからからと笑う。

 

「い、いえ!別にみっともないなんて...!」

 

ま、まあ確かにユキムラに言われていた時『ぐぅ...』と言い負かされていたのは、何か、こう...哀れに思えたがみっともないとか、そんな事は思わない。むしろ円満な家庭に見えて微笑ましい気持ちにすらなれた。

 

俺がそう言って、親父さんの発言を撤回させようとすると、車のミラー越しに親父さんが驚いたような顔をして、また笑った。

 

「政宗君は優しいな!どうだ?我が家の養子にでもならないか!?」

 

「そう言ってもらえるのは有難いんですけど...」今の俺には明確な目標がある。

 

三年前、俺を『豚足』と言い罵ったあの女。俺はアイツを絶対に許す事が出来ない。

俺は、あの子だけは違うと思っていた。性格が悪いのは分かっていた。それでも他の子とは違って俺を怒り、それでも『お溢れ狙い』とかそんな下劣なものでもない、本当の意味の友達にあの子はなってくれるのだと。

 

しかし、あの日確かに俺は言われた。

 

『あんたなんか好きにならないわよ、この豚足』

 

今にでも夢に浮かんでくるあの決別宣言。今でも悪夢に出てくるその呪縛から抜けだせるのなら、出来ることならどんな事でもする。

 

痩せてやる。

 

イケメンになってやる。

 

頭も、遊びも、何もかも完璧な人間になって何時かあの憎き少女に復讐する。それが俺の、『真壁政宗』の目標だ。

 

「成程。それがキミのリベンジ、という奴か」

 

俺が誘いを断ると、如何せん納得したかのような感じで親父さんはハンドルを右に切る。

 

「す、すいません生意気言ってしまって」

 

「いやいや、良いんだ政宗君。それこそ青春だ!少年は何でもいいから大きな目標を立てるが大事なんだ。かの著名な博士もこう言っているんだ、『ボーイズビーアンビシャス』とね」

 

「ぼ、ぼーいず...?」

 

俺は親父さんの言っていることが理解出来なかった。思わず首を捻ると、親父さんはまた笑う。

 

「ははっ、政宗君には少し難しかったかな?日本語で『少年よ大志を抱け』という意味なんだ。若者は大きな志、決意を持って世に出ることが大事、という意味だね。...政宗くんにはもうあるじゃないか。立派な決意が」

 

そう言いつつも、車を駐車場に止める親父さん。気がつくともう大型ショッピングモールの近くに来ていたのだ。

 

「決意...」

 

「そう、その決意を持って、今、キミは必死に準備しているそうじゃないか。幸村から聞いているよ?それは凄い事だ」

 

「あ、ありがとうございます...」

 

「必死に頑張る姿は人の心を打つ。心を打てば手伝ってくれる人は、キミを信じてくれる友達は自ずと増えてくる。だからキミは君自身を、真壁政宗という人間に何時でも正直にいる事が大事なんだ。さあ、行こうか」

 

そう言って車から降りる親父さん。その親父さんの背中は何故か逞しくて、何処か幸村が醸し出していた頼もしい雰囲気と似ている気がした。

 

『必死に頑張る姿は人の心を打つ』

 

親父さんの言っていることが仮に正しいとするならば。俺は上田幸村の心を打つことが出来たということになる。

 

これからも頑張っていけば、俺のリベンジを肯定してくれる人が増えるということになる。それはとても嬉しいことだ。そして、感謝すべきことだ。

 

だけど。

 

ならば何故。

 

あの時、愛姫ちゃんは花を集めるために必死に頑張った俺を認めてくれなかったんだ。何で...何で俺を裏切ったんだよ。

 

そう思えば思うほど、親父さんに言われた事が頭の中から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お、おう...これは、出来る。

 

車で戻って来た政宗の服装を見て、俺は珍しく親父の本気を感じた。ジーパンに半袖のシャツをカッコよく決めてやがる。これが親父のファッションセンスか。

 

「どうだ?これは結構自信作なんだけどな!!ガハハ!」

 

そう言って高笑いする親父。うん、うぜえ。

 

「まあ、これで問題は解決だな。親父、サンキューな」

 

今回ばかりは親父に感謝しなければならない。松姉さんに頼んでいたらとんでもない服装になっていたのかも分からないからな。感謝、感謝だ。

 

「それじゃあ政宗、行こうか」

 

「そうだね、そろそろ行かないと時間がね」

 

そう言って二人で外に出ようとすると、親父が引き止める。

 

「Hey!そこの少年たち!僕が送っていってあげようかい!?」

 

「結構だ」

 

一人で行けるわ。

 

そう思い、外に出ようとすると松姉さんがいつの間にか俺たちの目の前に立ち、行く手を塞いでいた。

 

そして、一言。

 

「ここから先は、行かせられないよ」

 

「...おい、松華。さっきからお前には腹が立ってんだ。要件なら手短に済ましてくれよ」

 

すると、松姉さんは途端に笑顔になる。

 

「...2人でカラオケ、友達とカラオケ!いいね!いいんだよ!お姉さん嬉しいよ!」

 

そう言って笑顔で拍手を送る松姉さん。しかしその笑顔は一瞬で終わり真面目な顔になる。

 

「だけどね、ユキ。この世には守らなきゃいけないルールがある。そして、カラオケは特にそのルールが厳しいんだよ」

 

 

......

 

 

 

.........

 

 

 

おい、まさか。

 

 

 

「...『小学生だけではカラオケに行けません』とか言うんじゃねえだろうな」

 

俺が一抹の不安を覚え、そう言うと松姉さんは口を噤む。まるで、何かを堪えるかのような、そんな表情。

 

「...おい、おい!!冗談だろ!?」

 

俺が松姉さんにそう言うと松姉さんは目を閉じたまま、噤んだ口を開く。

 

「...現実は、非情なんだよユキ。カラオケに行くには、保護者を連れていかなければいけない...大事なことだからもう一度言うけど現実は非情なの...!」

 

「...まさか、親父を連れていけと?」

 

「...お母さんは、カラオケ無理だってさ」

 

それを聞いた瞬間、俺は絶望した。

 

「あ、ああ...なんて事だ。あの親父を連れていくなんて...なんて世界は窮屈なんだ...」

 

片膝をつき、頭を抱える。俺と政宗の誰にも邪魔できない友情ライフに、まさか親父が友情出演するなんて...!

 

...だが、やるしかないのも事実だ。

 

上田幸村。

 

お前は政宗の親友だろ。

 

友人の為に一肌脱げないで何が友達だ?何が親友だ?

 

俺は、政宗を手伝うって、助けるって決意したんだろうが。

 

覚悟を決めろ。

 

「政宗」

 

「な、何だい幸村?」

 

「お前は、俺が絶対にカラオケに連れていく」

 

そう言って、俺は親父の元へ歩み寄る。距離は50メートル。

 

 

「どうしたんだい幸村?」

 

 

俺の姿に気づいた親父は俺を呼びかける。その声に俺は片手を上げて返し、そして一言──

 

「親父ッ!!」

 

そう言って俺は親父に向かって走り出す。

 

 

 

 

そう、それは青春の一コマのように。

 

そう、それは一面に薔薇が咲くような一コマのように。

 

俺は親父めがけて一直線に走り───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺と政宗をカラオケに連れてってくださいッ!!!」

 

 

 

 

俺の持ちうる最強の必殺技『DO・GE・ZA☆』

を何の躊躇いもなく発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おお...これがカラオケか...」

 

そう言って、カラオケの室内で驚嘆の声を上げる政宗を横目で見つつも、俺も久方ぶりに見るカラオケボックスに心を弾ませていた。

 

現世でカラオケは数度しか行ったことがなく、その肝心の数度も殆ど覚えていない。何せ松姉さんに言われるまでカラオケの年齢制限を忘れていたぐらいだからな。

 

小学生だけでカラオケには行けません。そんな事政宗をカラオケに誘う前にリサーチしておくべきだったと今では反省している。

「そういえば、幸村もカラオケに行くのは初めてだったかな?」

 

「...ああ、そうだな」

 

現世ではな。勿論、このことは誰にも言うつもりは無いが。

 

「...取り敢えず、やり方が分からないから教えてくれ...あ、俺オレンジジュースな」

 

「ジュースはドリンクバーを頼んでおいたから取りに行ってきなさい」

 

「へえー...ドリンクバーなんだ...」

 

政宗がそう呟くと、親父は更に続ける。

 

「大体こういうお店はジュースはドリンクバーになっている。後は、料理なんかを注文したいんだったらメニューを選んであそこの内線電話で頼むんだ」

 

「...やけに詳しいな」

 

正直、親父がそこまで詳しいとは思っていなかったのだが。

 

「カラオケなら、母さんと一緒に何回か行ったからな。最近は行っていないがそれなりに覚えてはいる」

 

更に、親父は立ててあるマイクと機械をひとつずつ持って政宗に突き出す。

 

「さあ、政宗くん。知っている曲をこの機械で選ぶんだ。そしたら歌が歌える」

 

「...は、はい!!」

 

お、おお...思いの外スムーズに事が運んでいるぞ!政宗も楽しそうだし結果的にいい感じになったのかな、と俺は思っていた。

これで、政宗がカラオケに慣れてくれれば更に良し。俺は先程の焦燥感とは打って変わって心にゆとりができていた。

 

そして、政宗が曲を入れ込んだのかサウンドからポップで軽快な音が鳴り響く。

この曲自体は分からないが、政宗を横目で見ると、政宗は緊張感を漂わせつつも、笑顔で画面を見ていた。

 

 

 

これなら、大丈夫だな。政宗はしっかりとカラオケを楽しんでくれている。気分転換にもなるし、遊び慣れもできるしまさに一石二鳥。今回ばかりは服を選び、カラオケに連れていってくれた親父に感謝しなければ。

 

 

そう考えている間にも曲のイントロが終わり、政宗は大きな声を上げて歌い始めた────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お客様、どうかされましたか?』

 

「ェ、エマージェンシー...エマージェンシー...助けてください...耳...が...」

 

「お見事だよ政宗くん!!さて、次は俺の美声を見せてやる!!」

 

「止めてくれぇぇぇッ!!」

 

 

 

 

 

 

今日の結論

 

政宗、マッスルばっかじゃなくてシンギングも練習しようぜ!!

 

 



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第11話 自身

 

 

 

 

 

 

相対性理論、というものは往々にして意地の悪いものだと推定する。

楽しいと思えるもの程早く終わってしまい、嫌だ、嫌だと思うものほど中々終わらないものだ。

 

昔の俺は早く大学生のキャンパスライフを過ごしたいと思っていたただの一般人であり、暇があれば勉強、勉強。偶に真壁の爺さんに鍛えられていたりと、あまりにもスケジュールがスカスカで勉強しているのにも飽き始めて、そんなモノクロのような日々は時間がゆっくりすぎるかのような感覚で、酷くその時間を嫌悪していた。

 

しかし、真壁政宗という人間に出会って俺のモノクロのような日々は終わりを告げた。

政宗の過去を知り、政宗の復讐を手伝うまでの時間は酷く楽しくて、学校内で会話したりカラオケに行ったり特訓したりと、そんな酷く楽しい日々はあっという間に過ぎ去っていった

 

季節は秋。しかし、もうすぐ冬になっていく。

 

 

 

 

 

俺、上田幸村は今日も他者である政宗の復讐の手伝いをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、悲劇のカラオケ地獄から数日経った時の事だった。

 

あの時のトラウマになりかけた出来事を思い出しながら、少し震えながら目をつぶっていると後ろからドアが開く音がする。

 

「やっほー、ユキ。お邪魔しまーす。てかしてまーす」

 

どうやら、ドアを開いてお邪魔しているのは松姉さんのようだ。俺は松姉さんの方を振り向き尋ねる。

 

「...何の用だ」

 

そう言ってジト目で見ると、松姉さんは驚いたかのような顔をしている。こんな顔をする姉さんは非常に珍しいのだが何かあったのだろうか。

 

「酷い顔。どうしたの?」

 

どうやら、原因は俺の顔だったらしい。俺は起き上がりベッドに座る形で松姉さんを見上げる。

 

「...カラオケって、疲れるよな」

 

「え、ちょっと待って。本気でどうしたの?」

 

松姉さんは隣に座り、俺を見る。まるで嘘を付けないかのような瞳が俺に向けられ、少し俺は困惑してしまった。

 

「...ああ、カラオケに関してはどうでもいいんだよ。政宗は楽しんでくれたみたいだし、親父のお陰で政宗も自分の身嗜みに興味を持ってくれた」

 

カラオケでの1件が終わってから、政宗は変わった。普段の生活でも、外に行く時も、しっかりと身嗜みやら服装やらをしっかり整えて、それでいて俺目線でみてもカッコイイと思えるような服装をチョイスしていた。

 

「うん、確かに政宗君は結構変わったね。正直あれは私も驚いた」

 

「だろ?流石政宗だよ。復讐の為ならば何でもしてみせるって執念を感じるよね」

 

「幸村も少し見習えばいいのに...」

 

そう言って苦笑いをする松姉さん。それを見た俺は、松姉さんを見て尋ねた。

 

「んで、何か用か?」

 

松姉さんがここに来るということは、何かしら用があっての事なのだろう。個人的には早い所要件を聞きたい所なのだが。

 

すると、松姉さんは思い出したかのように手を叩く。

 

「そうだそうだ。肝心の要件を忘れていたよ。幸村は、来週の土曜日は暇だよね?」

 

ああ、暇だな。

 

それがどうかしたか?

 

「お爺が11月の初めから12月まで幸村にあることをしてもらいたいらしくてさ」

 

「要件にもよるな」

 

例えば、1ヶ月間政宗に会うなとか。1ヶ月間お前は自宅謹慎だとか。そんなんだったら全力で爺さんに食ってかかるし断固拒否させてもらうぜ。

 

「極論だ!?」

 

「...で、一体何なんだよ」

 

俺が、そう言って現在進行形で驚いている松姉さんに向かってそう言うと、松姉さんは続ける。

 

「幸村に、政宗くんの修行を手伝って欲しいんだって」

 

ほう、そう来たか。

 

「修行...ねぇ?」

 

そう言って思い起こされるのは過去の地獄すら生温いあの訓練。虹色に輝く何かを夜な夜なリバースした悪夢。そして、『その道に引きずり込んだ張本人』がもう一度その道に引き摺りこもうとしているという事実。

 

「...は、はは」

 

思わず、苦笑いをしてしまった俺はきっと悪くは無い筈だ。

 

「...あー、うん。ユキは実際にあの特訓をしたんだもんね...私の告げ口で」

 

「...あれは地獄だったなぁ」

 

出来ることならば、あのような地獄は味わいたくはないものなのだが。

 

「なして今なんだ?」

 

「お爺が言うには、一緒にやる人がいたら張り合いが出てやる気が出るらしいよ?」

 

それならば、松華。貴女も一緒にやれば更に効率アップなのでは?貴女は爺さん監視の下空手やら何やらの武道の稽古を付けてもらっていましたよね?

 

「...私だってやりたいけど、時間があまり取れないからなぁ...」

 

そう言って渋る松姉さんを見て、大学生も大変なんだなと少し同情してしまった。

どうやら、キャンパスライフもそれなりに大変らしい。それならば尚更のこと前世でキャンパスライフを体験してみたかったものなのだがそれはまあ、過ぎてしまったことなので仕方がない。

少なくとも今の俺は『上田幸村』なのだ。名前すら覚えていない過去の事など今は考える余地はない。今生きているこの人生でやりたいことをやる、今の俺にはそれしかできない。

 

「...分かったよ。いつ行けばいいんだ?」

 

俺が苦笑いでそう返すと、松姉さんは安堵の表情を浮かべ、説明する。

 

「明日以降、朝と放課後の2時間って言ってたよ。私も行ける時は行くから」

 

「了解。まあキツいけど最近運動してなかったしな。丁度いいだろうよ」

 

最近は教本を漁ってばかりいてろくに運動してなかったからな。この特訓は己を鍛える為に、そして政宗との友情を深めるという二重の意味でも重要な役割を担う特訓になるだろうと個人的には思っている。

 

「...にしても、あのマイペースな松姉さんが他人の、しかも見ず知らずだった奴の事を気にかけるようになるなんてな」

 

上田松華という人間は基本、他人に無関心だ。今でこそだいぶ丸くなり、友達も沢山いるのだが、幼少期の頃は前世の記憶を断片的に持っている俺ですら引くくらい他人に無関心で、兎に角冷たかった。そんな松華が唯一気にかけてくれていたのは、俺だったのだ。それが何故なのかは俺には分からないのだが...

 

「なはは、私だって大人になったんだから多少人の事を気にかけたりはするよ。あの時は...そう!所謂黒歴史って奴だね!」

 

うへえ、自分の過去を黒歴史って割り切っちゃう松姉さんパネェっす。

 

「まあ、私にだってそれなりの良心はあるつもりだからね。政宗くんが信州にいる間で私に手伝えることがあったら可能な限りで手伝うからさ。何かあったら言ってよ」

 

そう言って、松姉さんはどこまで本気だか分からないような笑みで微笑みかける。もしその時が来たならば、全力でお言葉に甘えさせて貰おうではないか。

 

言質は取ったからな、松姉さん。

 

 

 

 

 

 

 

と、まあそんなこともあり紆余曲折を経て俺は1ヶ月間政宗と共にランニングやら筋トレやらをする事になった。

 

 

それは、小鳥の囀りが聴こえる朝方。

 

 

 

それは、カラスが鳴き始める夕方。

 

 

 

それは、雨の降る室内で。

 

 

と、まあありとあらゆるところで俺達は体を鍛え上げたのだが、詳しくは割愛させて頂こう。1ヶ月間の訓練といっても同じ事の繰り返しであり、そこから特筆して語るべき事は何一つとしてなかったからな。

 

そして、俺自身。この件に少しばかり気を取られてしまって──否、俺は他者の事を考えすぎてしまっていた故か自分自身の事を少しばかり疎かにしてしまっていた。

 

詰まるところ、この時の俺はあまりにも自分自身の事に無関心すぎた。他者の事に全力を注ぐ前に、先ずは俺自身の問題を何とかしなければいけないということに当時の俺はまだ気付いていなかったのさ。

 

 

 

 

 

 



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第12話 俺は

閑話を書く可能性はありますが、一応原作前最後のお話です。


少しやっつけ感があるかも。


 寒い寒い12月だ。

 

 この時期の信州は非常に寒く、朝方の気温は氷点下をいってしまいそうなくらい寒い。

 そもそもの話、窓1枚で冬を凌ごうとか毛布と布団の2枚で寒い冬を凌ごうとか考えてる方が馬鹿なのかただただこの寒さが馬鹿なのかとかいうどうでもいい話は置いといて、今日は早いうちに起きなければならない。

 

 今日は終業式。今年最後の学校生活だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「幸村はさ、進学とかどうするの?」

 

 それは、何時もの帰り道のことだった。

 毎年2回は行われる終業式なんてつまらない学校行事に参加するためだけに寒い中この学校へ行ったことを心底恨みつつ政宗と今年最後の下校を共にしていると不意に政宗が思い出したかのようにそう言った。

 

 勿論、政宗が自分の学校の進路なんぞ現時点では考えてないと思っていた俺はやや驚愕の想いで政宗を見る。

 

「お前...もう進路の事考えてたのか」

 

 驚天動地だ。政宗がまさか進路のことについて考えていたなんて。確かに俺にも大学へ行きたいという想いはあるが、明確な進路なんて持ち合わせていないし、そもそも現時点では考えてすらいなかった。それなのにこの男はもう自分の進路を本気で考えているというのか。

 凄い...素直に賞賛するぞ政宗よ。

 

「いや、俺は別に...だけど幸村は名家の出身だろ?だったら私立の中学に行ったりとかは...」

 

 ああ、成程な。つまり俺は私立の中学に行けと、行ってぼっちを極めてこいと。そう言っているんだな?

 

「そ、そんなこと言ってないだろ!」

 

 政宗は慌てたかの様子で俺にそう言う。それを見た俺は若干微笑みながら続ける。

 

「親父からは特に何も言われていないからな...」

 

 家の家族は放任主義だ。故に、親父も母も俺が多少テストやらで悪い点数を取ったりしても、怒るような事はあまりない。

 寧ろ好成績を取って驚かれてしまうくらいだ。これでも俺幼少期から親父の書斎に篭って教本漁ってたんだけど俺ってそんなに頭悪く見えるかな?

 

 それにしても、私立中学校か...確かに良いキャンパスライフを送るためにはそっちの方が断然近道なのだが、結局のところ大学に行ければ良いだけだしな...

 

「...それは、自分の事を何も考えてないって事か」

 

 つまり、そういうことだろう。ぼんやりとした指針こそ定まっているものの目標に対して、どこの高校に行って何処の大学を目指すか具体的な考えなんかこれっぽっちも考えていない。

 真壁政宗は安達垣愛姫という少女に復讐する為に何をするべきか、その指針をしっかり定めた。そして、その指針を定めろと言ったのは俺である。

 

 なら言い出しっぺの俺は、自らの目標について具体的に考えたことがあるのだろうか。

 ひたすら他人の事ばかり考えていて、自分自身の事を考えていなかったのではないか?

 

 それじゃあダメなのではないのか?先ずは俺自身の出来事をとっとと済ませなければならないんじゃないのか?

 

「...幸村、確かに俺の事を助けてくれるのは本当に嬉しいし助かってる。だけど、俺の為に自分の人生まで台無しにするのは間違ってるからな?」

 

 終いにはこうして政宗にまで心配される有様だ。兎にも角にもこのままでは不味い。

 

「...考えとく」

 

「存分に悩んでくれ」

 

 俺は、本気で自分自身の目標のためのプロセスを考える必要があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば、俺は交通事故に遭って転生した日から何を望んでいたのだろうか。

 キャンパスライフを送る直前でおっ死んで、転生先では俺が果たせなかったキャンパスライフを見事に楽しんでいる姉の松華がいて、前世の思いも相まってひたすらにキャンパスライフを過ごしたいと思って勉強していた。それ以外の生活はまるでモノクロのような日々で、まるで世界がつまらなかった。

 

 

 しかし、そんな俺の今の気持ちは見事に色で彩られている。こんな経験は初めてであり、俺は正直キャンパスライフを送る為に勉強することより、今のこの大切な時間を謳歌したいとすら思っていた。それこそ高校まででもいい。政宗と学校生活を謳歌してみたいとすら思ってしまっている。

 

 なあ、上田幸村。

 

 お前は他人の為に安達垣愛姫を復讐する手伝いをするんだよな?

 

 なら、お前はお前自身の為に何をするんだ?他者のために政宗を手伝って、それが自分の為でもあるというのなら話は別だ。

 

 だけどその場合、お前はどうするんだ?復讐する為には安達垣愛姫がいる場所──つまり東京まで行かなくてはならない。仮に政宗との協力関係を終えたとしよう。それが終わったら、その東京に俺自身のやるべき事はあるのか?まさか、東京の大学にでも行くつもりか?

 

 復讐の手伝いをするだけで、それ以外に東京に行く意味なんてはっきりいってあるのか?キャンパスライフを送るだけなら別の地域の大学でも構わない筈だ。

 

 ああ、分からないぞ。俺の未来はどっちなんだ───

 

 

 

 ピコンッ。

 

 

 

 居間で茶を飲んでいたら、向かい側にいる母さんにピコピコハンマーで頭を叩かれた。

 

「...母さん」

 

 俺が目を細めてそう言うと、母さんは少し心配そうな顔でこちらを見る。

 

「大丈夫?何だか体調悪そうよ?」

 

 ...だからってピコピコハンマーで俺の頭を叩く必要ないでしょうが。何か俺の頭からピコンッてなったみたいでめっさ恥ずかしいんですけど?

 

「あらあら、幸村に羞恥心なんてあったの?」

 

「あるに決まってんだろ」

 

 俺だってそれなりの羞恥心やら何やらの人間が持ってるような一般的な心は持っている。この母は実の息子を感情がないロボットとでも思っていたというのか。

 

「...で、何だよ」

 

 俺がそう言うと、向かい側の椅子に座っている母さんは俺に1枚の封筒を渡す。

 

「昌暉さんからお手紙が来ているわよ」

 

「はあ」

 

 上田昌暉。父である上田昌幸の弟であり世界を股に掛けるビジネスマンである。確か今はフランスで商談をしているみたいなのだがその男が俺に何のようなのだか。

 

「一体何の為に...」

 

 そう思い封筒を破くと、そこには一通の手紙と何やらフランス語で書いてある手紙が一通。

 いや、日本語の手紙を送った人は分かるけどフランス語で書いた奴誰だよ。

 

「...なあ、この人誰だよ」

 

 そう言って、フランス語で書いてある手紙を母さんに見せると母さんは暫くその文面を見て、思い出したかのような顔をして微笑む。

 

「フィリップさんね。フランスの大学教授よ?」

 

 成程、フランスの大学教授か。びっくりしたな...

 

 ...って、そうじゃなくて。

 

「そんな高名な大学教授様が何処で俺の事を知ったのかね?」

 

 そう呟き、昌暉さんの手紙を見ると、そこには驚愕の事実が書いてあった。

 

 

 

 

 

 

 やあ幸村、元気かい?こちらはパリのロマンティックパリパワーを浴びて、まるでパリの肖像画になってしまいそうな気分だよ。

確か、キミとこうやって文通をするのは2年ぶりになるかな?3年前にはボクは海外に行ってしまっていただろうからね。

さて、話は変わるがキミはそろそろ中学校に入学するのだろう?ここらで環境を変えてみたいと思うのならば是非私とともにパリへ移住しないかい?

叔父さんのマブダ...知人に幸村の事を話したら酷く幸村を気に入っちゃってね。1度、考えてみて欲しい。では、また会える日まで。

see you again Yuki。お返事くださいね

 

 

 

 

 

 

 

「...おっさん」

 

 ロマンティックパリパワーって何だよ。そして、さりげなく隣に写ってる眼帯娘は誰だ。ロマンティックパリパワーがどうたらより、そっちを説明しやがれこの野郎。

 

「あらあら、昌暉さんらしい手紙ね。文面から優しさが滲み出ているわね」

 

 優しい人ということは重々承知している。優しい人でなければわざわざ上田家の末端の俺にここまで思いやりのある手紙を書いてくれるはずもない。

 そもそも世界中を回っていて忙しいはずなのにも関わらず、手紙を書いてくれた時点でこの人は優しいということは分かっている。

 

「...で、どうするの?パリ、行くの?」

 

「パリ、か」

 

 確かに、パリの都は面白いものが沢山あるかもしれない。知識見聞を広めることが出来るし、おっさんとの旅もそれはそれでまた一興である。

 

 しかし、そうなってしまったら最後。いつ帰る事が出来るか分からない俺は政宗のリベンジを手伝うことは難しくなってくる。親友の為に、俺が出来ること。やるべき事はまだまだある。何より、この信州の地で出来た親友をこんな形で裏切りたくはなかった。

 

「幸村」

 

 不意に、そう呼ばれた俺は顔を上げる。すると、母は微笑みながら続けた。

 

「政宗くんを裏切ってしまわないか、心配しているんでしょう?」

 

「!」

 

 図星、だ。俺は言うことが反論の余地もなく、顔を俯かせた。

 

「...ああ、そうだよ。何せ初めて出来た親友だ」

 

「だから政宗くんを大切に思える。それは素晴らしい事なのよ?それなのに、何故顔を俯かせるの?」

 

「それは...」

 

 一瞬でも、パリに行きたいと思う気持ちが芽生えたから。丁度進路のことなんぞ考えている時にこれだ。タイミング悪いったらありゃしねえよ。

 

「...もしかしたらだけど、幸村。自分の目標の事で迷ったりしていない?」

 

 ...この人は、どこまで俺の心を読んだら気が済むのだろうか。やはりこの上田薫という人物、只者ではないと改めて思ってしまう。

 堪忍した俺は全てを話すために大きく息を吸い込み話す。

 

「俺はずっと松姉さんを見てキャンパスライフを送りたいと思っていた...筈だ。だけど、この期に及んで迷っている」

 

 全くもって情けない。俺は自分の事すらまともに決められない男だ。こんな男では、政宗のことを手伝うなんて到底出来ない。

 

 そう思い、尚のこと顔を俯かせていると母さんはポツリと一言

 

「今年は色々あったものね」

 

 そう言ってお茶を啜ったあと、母さんは更に続ける。

 

「政宗くんと出会って、仲良くなって、政宗くんに協力するって言って...政宗くんとの思い出だけでも数え切れない程あるでしょう?」

 

「...ああ」

 

「楽しかった?」

 

 そりゃあ勿論。

 

 そんな意思を込めて大きく頷くと、母さんは安堵したかのような表情でこちらを真っ直ぐに見つめる。表情は柔らか。だけど俺を、上田幸村を見る目は鋭く、まるで剣の切っさきを向けられているかのような感覚に陥った。

 

「なら幸村、私から言えることはただ一つ」

 

 

 

 ────自分が本当に楽しいと思えることを見つけて、それをやりなさい。

 

 

 そう母さんは言ってニコニコスマイルを俺に再度向けてきた。

 

 

「...楽しいと思えること?」

 

「そうよ、楽しいと思えること」

 

 そうか、楽しいと思えること...か。

 

「参考程度に聞いておくが、母さんは俺くらいの歳の時楽しいと思えるような事なんてあったのか?」

 

 すると、母さんはさも当たり前のように頷く。しかし、それと同時に何かを憂うような、そんな顔をする。

 

「だけど、私はその道を諦めました。今考えてみれば、自分の1番楽しいと思えることをやれば良かったなと後悔している。そんな時に私はお父さんと出会い、今に至ります」

 

「...そうか」

 

「というかよくよく考えてみたら、やっぱり幸村はお父さんに似ているのよね。性格とか、そうやって困っている人を放っておかない律儀さとかも」

 

「絶対に親父には似ていない」

 

「幸村も将来はゴルフ好きに...」

 

「ならん!」

 

 どう転んだら俺が親父みたいになるんだ。俺は親父みたいなゴルフ馬鹿には絶対にならない...ならないからな!?

 

「ふふっ、ようやく何時もの幸村に戻った」

 

 そう言うと、母さんは普段は見せない真面目な顔になり、続ける。

 

「幸村、大切なのは未来なんかじゃないの。自分が未来、何処で、何をしたいのかなんて今考える歳じゃないのよ。

 本当に大事なのは、『今』、貴方は、何をしたいか。それが貴方の未来に繋がる、それが貴方の将来に繋がるのよ」

 

 ......それは、つまり。

 

 

 大切なのは未来やら、その未来に行き着くための過程なんかじゃないということで

 

 俺自身がやりたいことを探せということなのか?

 

 今何をしたいか───。それは、政宗の協力をしたいに決まっている。

 

 じゃあ、俺のキャンパスライフを送りたいと思う気持ちは?

 

 

 今の今まで一生懸命に勉強してきた理由は?

 

 

 政宗と一緒に復讐の手伝いをしたいって気持ちは?

 

 

 それら全部を含めた俺の気持ちは───

 

 

 

 

 

 

 

 

『楽しみたかった───?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬあああああっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ、そうだよ。そういう事だったんだ。

 

 キャンパスライフを送る直前でおっ死んで、姉さんがキャンパスライフを楽しそうに送っていて、それで俺はいつの間にかキャンパスライフを送りたいと思っていた。

 

 だけど、それは根本としては間違っている。キャンパスライフを送りたいと思っていたのは何故?

 

 それは、前世では送ることの出来なかった『楽しい思い出』を作りたいと思っていたからなんだ。

 

 そして、少なくとも前世まではこう思っていた。『キャンパスライフ程楽しいものはない』と。

 

 しかし、政宗という最高の親友が出来た今なら言える。

 

『今生きているこの時間が1番楽しいものなんだ』って。そして、これこそが俺の行きたい道なんだって!!

 

 

「垢抜けた感じね。何か大事なことでも思い出した?」

 

 ...ああ、思い出した。ってか思いついたみたいだ。俺のやりたい事が。今、ここで上田幸村としてやりたい事がな!!

 

「母さん!急用ができた!!ちょっと外に行ってくる!!」

 

 

 

 

 そう言うが否や俺はドアを蹴破って、外へ出ていた。足はかじかんでふらふらしており、それこそ曲がった鉄砲玉のように俺はふらつきながら走っていた。

 

 今じゃなくてもいいだろうと人は言うかもしれない。だけど、俺は伝えたかった。今の俺自身の正直な気持ちを。

 

 土を蹴り、坂を登り、真壁家の家の門を潜り抜ける。そして、大きな声で────

 

 

 

 

 

 

 

 「政宗ぇェェェェッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 そう高らかに、家の前で叫んだ。

 

 すると、家の玄関から政宗が飛び出してくる。

 

「ゆ、幸村ッ!?どうしたんだよこんな時間に!」

 

 政宗と俺の距離は数十メートル程ある。しかし、夜で地面が見えなかったからか、自然と距離が遠いとは思えなかった。

 

「俺!!分かったんだ!!俺の本当にやりたい事が分かったんだッ!!」

 

 すると、政宗は面食らったかのようにこちらを見る。

 

「俺のやりたい事はキャンパスライフを送ることなんかじゃなかった!!パリに行くことでも私立の中学に行くことでもなかったんだ!!」

 

 

 

 俺の本当にやりたいことは────

 

 

 

 

「俺は、お前とこの世界を楽しみたかったんだよッ!!一緒に復讐の方法を考えて!!一緒に学園生活を送って!!一緒に馬鹿やって!!そんな楽しいと思えるような日常を過ごしたかっただけなんだッ!!」

 

「幸村...」

 

「だから俺のやりたいことはあの時お前の復讐を手伝うって決意した日から何一つ変わっちゃいねえ!!進路!?キャンパスライフ!?学歴!?んなの知ったことか!!」

 

 ひたすらに思いの丈を述べる。最早、何を言っているのか分からない。文法なんて滅茶苦茶になっているだろうし、言語すらも疑わしい。だけど、勝手に口が動いてしまうのだ。

 

「俺は、お前の復讐を手伝う!!そんでもって、お前と一緒に学園生活を楽しむ!!俺の望みはそれだけだッ!!だから...復讐ッ!!やるぞ!!憎き安達垣に復讐するんだッ!!」

 

 俺の生きた今までの人生の中で最も決意を込めた一言。そう思ってもおかしくない一言を、政宗に向けて言うと、政宗は俺を笑顔で真っ直ぐ、曇のない瞳で見つめて大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

「幸村ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 そして、その次に笑顔の政宗が言った言葉は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よ、久しぶりだなおっさん。ロマンティックパリパワーがどうとかは知らないけど、無事なようで安心したよ。体調には気をつけて、また日本に帰ってこいよ?

さて、話は変わるがおっさん。今回の話、非常に嬉しかった。何せ、何の取り柄もない俺に『選ぶ』チャンスを与えてくれたんだ。感謝してもしたりないし、有難かった。

だけど、おっさん。俺はこの日本でどうしてもやりたい事が出来たんだ。

いい両親に恵まれて、良い姉に恵まれて、そして俺は良い親友にも恵まれた。そんな紆余曲折を経て俺はやっとこさやりたい事が出来たんだ。これの為ならばどんな苦労をしても、どんな困難が起きてもやりたいと思える。そんなものが出来たんだ。俺はまだまだ日本にいたい、そう思ってしまったんだ。

だから、ごめん。この話は無しにしてくれ。

see you again Masaki.改めて、今回の件。本当にありがとな

 

 

 

 

「ふう...」

 

 自室でパリのおっさん宛に手紙を書いていた俺は、ここまで書いた所でペンを止める。

 

 あまり長すぎない方がいいな。大事な要件やら野暮用やらはまたおっさんに会った時に話せばいい。もう、これ以上取り立てて書くことはない。

 

 そう思い、一息つき大きく伸びをすると廊下から喧しい声が聞こえてくる。

 

「幸村!!今日は大晦日だ!!大晦日ッ!!」

 

 

 

 コイツ。

 

 

 

 ここで言うのもなんだけどアンタはもう一度自分が玄関先に何を飾ったのかしっかり確認する必要があると思うぞ。

 

 そう思い、せっかく吸った空気をため息により放出してしまった俺は椅子から立ち上がりドアを開く。

 

「分かってるよ親父。行くからアンタは黙って松姉さんと遊んでろ」

 

「何か扱い酷くない!?」

 

 そう言ってorzの体勢になった親父に心底呆れつつ、俺は部屋を出る。

 

 

 

 

 階段を降りると、何やらサンタさんの帽子を被ってはしゃいでいる松姉さんとそれを見てニコニコしている母さんを発見する。

 

「いや、アンタら...」

 

 もうクリスマスは終わっているよな?今日は大晦日だよな?揃いも揃って何やってんだよこの家族は。

 

「おろ?ユキじゃん。どしたの?」

 

「どうしたのはアンタ達の方だってんだよ」

 

「何って...大晦日とクリスマスはどっちが強いのかなって実験」

 

「安心しろ、本当に強いのはアンタのその場違いなメンタルだから」

 

「それどういう意味!?」

 

 そう言って立ち上がり詰め寄る松姉さんを華麗にスルーして俺は母さんに尋ねる。

 

「母さん、今から外行ってくるよ。政宗のところ」

 

 俺がそう言うと母さんは笑顔で親指を立てて快諾のサインを送る。

 

「いいわよ。いってらっしゃい」

 

「夕方までには帰ってくるから」

 

 そう言うと、俺は居間を後にする───

 

 

 

 

「幸村!」

 

 

 

「...なんだ、母さん」

 

 突如として、珍しく母さんの大きな声を聞いた俺は後ろを振り向く。すると、母さんはいつものニコニコしたような笑みではなく、本当に柔らかい笑みで──

 

 

「楽しんできてね」

 

 

 そう言って、また何時もどおりニコニコスマイルに戻ったのだ。

 

 上田昌幸、彼は今日も今日とてゴルフの事を考え。

 

 上田松華、彼女は今日も居間でゴロゴロして。

 

 上田薫、彼女はニコニコと笑みを見せる。

 

 

 

 

 ああ、非常にうっとおしい家族だけど───

 

 

 それでもあの人たちは俺の大切な家族だ。

 

 

 

 

 

「おう!!」

 

 

 俺は、何時もの感謝の気持ちを込めて思いっきりドアを閉めて、親友の元へ、一直線に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 この地に来てから呆れるような事も、考えさせられるような出来事も沢山あった。考え方も変わったし、目標も変わった。

 

 だけど、何より変わらないものは。そして、これからも変わらないことはただ一つ。

 

 それは、俺には『こんなにも素晴らしい両親や仲間がいて、俺の事を見ててくれている』って事だ。

 

 

 

 

 さて、ここから先の政宗には苦労が続くことだろう。苦しい鍛錬は続くし、デッド・オア・ラブ(惚れさせて振る)作戦も改善して最善の策を見出さなければならない。

 その過程で、木に止まっている鳥が食べ物に見えてくるかもしれないし、悩みに悩んで高カロリーの物をバクバク食ってデブニーランドに再入園してしまうかもしれない。

 

 そう、これから考えなきゃならないことは沢山ある。

 

 

 だけど。

 

 

 今、この時間だけは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真壁政宗考案の寄せ鍋を一緒に作り、食べている間位は、復讐なんか忘れて、美味しく鍋を食べようじゃあないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




政宗くんのリベンジのOADが出るとか。

これは、買うしかないのではなかろうか。

政宗くんのリベンジ10巻が7月27日に発売されるとか。

これは、買うしかないのではなかろうか。

...金欠の未来しか見えませんね。

さあ、なにはともあれこれで原作前は終わり、本編に移行する予定です。改めて見ると矛盾点の多さやら誤字脱字やら原作前の異様な長さやら最新話のやっつけ具合やら駄目な部分しか目立たない作品でしたが、予想以上のお気に入り登録。そして、執筆前は予想だにもしていなかった評価に色が付くという予想外の事態に本当に感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました。

これからも鋭意執筆させて頂く所存ですのでこれからもこの小説をよろしくお願い致します!

...誰か、政宗くんの二次創作物書いてくれないかなぁ壁|ω・`)チラッ



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閑話 夜空

今回は、藤ノ宮サイドのお話です。

次回は原作マジで入りますので許して...!

始まる始まる詐欺マジですいませんッ!!


「では、少ししたらお呼び致しますのでごゆっくり」

 

「はい、わがままを聞いていただきありがとうございます椎堂」

 

夜空に光る星が綺麗な今日この頃、私は八つ橋という京名物の和菓子を横に置き、月を見ます。

今日ほど月が綺麗な日はなかなかありません。写真は取れませんが、心にしっかりと留めておきたいものです

 

私、藤ノ宮寧子は昔から病弱で臆病な人間でした。体は弱く、薬は肌身離さず持ち歩き。

それでも、そんな私でも皆の親切によって何とかこの世界を生きることが出来ました。それ故に少し前までは外に出ることすら危うかったのですが今ではこうして月を見ることも少しなら許されています。

そんな私は今、とある男と懇意にしています。彼は、信州の名家の長男であり父親同士の仲が非常に良好だった事も相まってとある時に出会いました。

最も、当時の出来事をあの人は覚えてないようですが私にとっては忘れることの出来ない、そして心の内に留めておきたい大切な思い出なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

私と、あの人が出会ったのはまだまだ私達が小学校にも通っていない若かりし頃でした。

 

 

 

 

 

 

「...お前さん、何やってんだ?」

 

「...!」

 

夜、パーティ会場の外で迷子になっていた私は1人噴水広場のベンチに座って涙を流していた。

 

そして、そこには目つきの悪い見知らぬ男がいて、思わず私はその男と距離を置いてしまった。

 

「あー...やっぱりこの人相じゃ疑われますよね」

 

私は、その男の声に思わず頷く。この男の目つきは些か悪すぎる。果たして何をどうしたらそこまで人相が悪くなるのか。

 

そう思って、警戒していると男は笑みを見せる。

 

「お前さん、迷子か?」

 

「...はい」

 

「...ここにいれば、いずれ来るのか?」

 

「...きっと」

 

「そっか...」

 

今までの会話を一文に纏めても、恐らく長い会話にならないであろう会話を私達はしていた。しかし、話すにつれて緊張が解れてきたのか、先程まで抱いていた疑念やら、警戒心やらは解けていた。

 

「...パーティ、つまんねえな」

 

「それは、どうしてですか?」

 

パーティは確かに見知らぬ人と出会うものであり、怖いものではあるがつまらないなどといった感情は持ち合わせたことがない。

 

「どいつもこいつも人の顔を伺ってばかりだ。まあ人生なんてそんなものなんだけどさ」

 

「それはあなたのお父様もですか?」

 

「...あー、親父はなんつーか例外だ。あの人は違う意味で嫌だ」

 

一体貴方の父親はどんなお方なのですか。

 

「でも、美味しいものを食べれるのはいいよね。何せ俺ら子供だし」

 

「...そんなものなのでしょうか」

 

「ガキは食べ物に舌鼓を打つことだけ考えときゃいいんだよ。子供なのに商談とか、取引とか意味分かるか?」

 

「えっと...」

 

確か、聞いたことがあります。

 

大人と大人が話し合う事ですよね。

 

「お、よく分かってんじゃん。でも内容までは流石に分からないだろ」

 

「それは、そうですね」

 

「なら、今は楽しいことばかり考えてればいいのさ。どうせ大人になったらおちおち食べ物も食べられないんだからさ」

 

そう言って男は私の頭を撫でる。一瞬私の肩は跳ね上がるもののクールで堅そうな彼のイメージからは想像出来ないような優しい撫で方に、私は少し心地好くなりかけていた。

 

 

 

 

 

 

...って何をしているのですか私はッ!

 

 

 

 

「や、やめてください!撫でないで下さい!」

 

そう言って男から人一人分離れると男はからからと笑みを見せる。

 

「なはは、悪い悪い。可愛かったからついつい」

 

可愛い!?

 

ついつい!?

 

「覚えておいて下さい...!」

 

「え、ごめん。だからそのいじけつつも侮蔑したような目を向けないで?ね?」

 

いつか仕返しをしてやろう。私は自分の胸に強くこの光景を刻みつけた。

 

 

 

「...お、あそこでさっきからキョロキョロしてるのひょっとしたらお前の親父さんじゃない?」

 

そう言って、男は真っ直ぐに指を指す。その方向を見るとそこには先程から辺りをキョロキョロしている私の父がいた。

 

「お、お父様...!」

 

独りでにそう呟き、私はその男の方を振り向く。するとその男は既に立ち上がり、室内の中へと向かおうとしていた。

 

「あ、あのっ...!!」

 

このままじゃ、私の心が済まされない。そう思い、私は大きな声で男を呼び止める。

 

すると、その男はこちらを振り向き

 

「上田だ。また縁があったら会おうぜお嬢様」

 

たった一言二言、そう言って室内のパーティ会場へと戻っていってしまったのだった。

 

...結局、お礼言えませんでしたね。しかし、名前という大事な事を知りました。それを頼りに、何時か会えたら───

 

今度はしっかりと、あの時のお礼をしたいものです。

 

 

 

 

 

 

そうして、二転三転して私と幸村様は雪が降り積もる2年後に2回目の再会を果たしたのでしたが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寧子様。そろそろお時間です」

 

と、回想に耽っていたらいつの間にやら椎堂が来てしまったようです。もう少し、幸村様との初々しい思い出を語りたかったのですが。

 

「ええ、分かっていてよ椎堂」

 

そう言って立ち上がり居間へと向かう最中、空を眺める。

 

幸村様。

 

私は貴方を好いております。

 

あの時、貴方は私に生きる活力をくれた。

 

あの時、貴方は私に生きる意味をくれた。

 

そんな貴方が、私にとってはひどく眩しく映るのです。

 

ある時、お母様が『初恋というものは実らないもの』と仰っている時がありました。故にこの想いは貴方の心には届かないかもしれない。

 

ですが今日のような満点の夜空の日、私は毎日祈ってしまうのです。

 

貴方と政宗様の仲が変わらぬように。

 

 

そして、何時か『心に秘めているこの想い』が貴方の心に伝わりますように───

 

 

 

今日も私は満天の夜空に祈ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ、ヘブシッ!!」

 

「お、どうしたんだ幸村。風邪か?」

 

「だとしたらおかしいな。俺小学生入ってから風邪ひとつ引いたことないんだけど」

 

「鉄人かよ!?」

 

とある少女が満点の夜空に祈りを捧げている中、2人のイケメン達は満点の夜空の下で筋トレを敢行していた。

 

 

今回は、たったそれだけのお話。

 




藤ノ宮可愛いよね。

というわけで次は絶対原作入ります。

目指せ最高の終わり!

目指せハッピーエンド!


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親友は復讐を開始するそうです (原作開始)
第13話 始まり


原作開始。

主人公が、自分の楽しいと思えることを全力でやっているから少し弾けています。





 

「お爺様!!ありがとうございました!!」

 

部屋の中からそんなはっきりとした声が聞こえた。そのはっきりとした声は、これから始まる復讐に気合を入れているようにも、これまで支えてくれた爺さんに対する感謝の気持ちとも取れて見えた。

 

暫くすると、その男は玄関を出てこちらへ向かってくる。その男の顔は整っており、体もしなやかに、正にイケメンといった風貌である。

 

「待たせたね、幸村」

 

そう言って、男は笑顔でこちらを見る。その姿を見て、壁にもたれかかっていた俺は大きな鞄を2つ、背負って目を細めた。

 

「...見れば見るほど変わったもんだ、なあ政宗くん?」

 

「そう言うお前も、相当イケメンになったよなぁ幸村くん?」

 

そう言ってお互いに嫌らしい笑みを浮かべ、拳をぶつけ合うと、俺達はお互いに吹き出す。

 

「何か、やり残したことはないか?」

 

俺がそう言って政宗を見ると、政宗はあの時と同じように曇のない瞳でこちらを見る。

 

「ああ、もうこの地にやり残したことはない...幸村」

 

「あ?」

 

「本当に、協力してくれてありがとう。もし幸村がいなかったら、ここまで来れなかったかもしれない」

 

そう言うと、政宗はこちらに正体して手を伸ばし、俺はその手を掴む。

 

「まだまだこれからだろ?お前さんはこれから憎き安達垣愛姫に復讐しないといけないんだ。それを忘れんなよ?」

 

「...ああ!」

 

さあ、始めようか。

 

ここから政宗くんのリベンジが始まるんだ─────!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......がっ!!」

 

突如、自分の体中に走る痛みで目を覚ます。それと同時に鳴るけたたましい程の目覚まし時計。その音に痛さに悶えていた俺は呻き声を上げつつも立ち上がり目覚まし時計を消す。

 

懐かしい夢を見たな。

 

忘れることもない、我が故郷信州での親友との最後の会話。あの時はえも言われぬ達成感に満たされたものだ。

 

そして、あの夢の続きから今に至り───

 

俺、上田幸村は絶賛一人暮らし中です。ま、そこら辺は当たり前だよね。だって信州に実家があるのに東京の高校に編入しているんだもん。

信州から東京の高校に通うのなんて無理だし一人暮らしが妥当であろう。

 

時計を見ると、時刻は6時。ここは二度寝と洒落こみたい所だが、どうにも今日は寝る気になれない。というか、仮に俺が寝坊したら起こしてくれる奴がいないため、もはや迂闊に二度寝も出来ないというのが現状である。

 

さて、支度しなくちゃな。

 

そう思い、俺はワイシャツに着替え、真新しい黒の制服に身を通す。

 

さあ、今日も学校生活を始めようではないか。

 

 

 

 

 

さて、7時になって東京の某所───そこのコンビニエンスストアまで徒歩で歩くと丁度そこには見知った顔がゼリー飲料を飲んでいた。俺はその男を見て苦笑いをしつつ男の元へ近づく。

 

「よ、政宗」

 

俺がそう言って軽く手を上げると、真壁政宗はこちらを振り向き、笑いかける。

 

「おう、幸村。おはよう」

 

「どうしたんだ、朝からゼリー飲料を飲むなんて」

 

朝メシ抜きなんてことは無いだろう。何せ実の息子を溺愛している母だ。よっぽどのことがない限り朝飯を作らないなんてことは無いだろう。

俺がそう言って政宗に尋ねると、政宗は乾いた笑みを浮かべる。

 

「朝からカレーに唐揚げ、ドーナツ!!こんな高カロリーの物摂取できるかよ!?普通の奴でも胃がもたれるわ!」

 

そう言って頭を抱える政宗。どうやら、これからも政宗はカロリー摂取の事で苦心しそうだな。

 

「...ま、愛されてるって事で良しとしとこうぜ。俺なんて朝メシ近くのパン屋の食パンだからな」

 

「それは...うん、ごめん」

 

おい、よせよ謝るなよ。そしてそんな悲しい人を見るかのような目線はヤメて!?

 

「ま、そろそろ行こうぜ政宗」

 

「そうだね。行こう」

 

そう言って、俺達は高校に向かって歩を進めた。

 

「そういえば、幸村。部活とか決まってるのか?」

 

「部活、か」

 

特にこれといった部活はないし、2年生だしな。今のところ、部活にこれといった意欲はなかったりする。

 

「お前は...筋トレがあるからな」

 

そう言って政宗を見ると、少し苦笑いをしつつ頷く。

 

「兎に角、俺は現在の体型をキープしつつ何としてでもあの憎き安達垣愛姫に復讐する。だから、他の事にうつつを抜かす暇はないんだ」

 

政宗はそう言って握り拳を作る。その政宗の引き締まった表情を見て、俺は政宗ならば本当にリベンジを成してしまうのではないのか、と直感的に思った。

 

 

俺も、最大限の助力はしないとな。もう、ここまで来たらやるしかないんだ。

 

 

俺は、空を見上げて決意を固めた───

 

 

 

 

 

 

 

「いい脚線美だな...」

 

「女子の生脚にうつつ抜かしてんじゃねーかよ」

 

前言撤回。コイツが復讐を本気で成せるのか不安になってきたよ。

 

「てか政宗、女子の生脚ばっか見てると女子に怒られるぞ───」

 

「ちょっと!何見てんのよ!!」

 

「ひいっ!ごめんなさい!!」

 

そーら見た事か。今回の件に関しては俺知らないからな。そう思い、政宗の隣で口笛を吹いていると女子達は政宗と俺の間を素通りして後ろを歩いていた男子に詰め寄る。

 

「その携帯見せてみなさいよ!」

 

「ご、誤解だよ!ちょっとメールしようとしただけだよ!」

 

男はそう言うも、女子達は猶も男を責め立てる。

 

哀れ男。メールをしようとしてたキミより女子の生脚にうつつを抜かしていた政宗の方が余っ程変態だろうに。

 

隣を見ると政宗は、その光景を見つつも後ずさりしている。少しでも悪気があるのならば今すぐ女子達に詰め寄られている男のフォローをしてやろうとは思わないのか。

 

まあ、傍観気取りで見ている俺が言うのもなんだけど。

 

「おい、政宗。いつまでも後ずさりしてないで行くぞ」

 

「そうだね...」

 

そう言って、2人で揃って歩を進めると突如として、女子の声が、俺と政宗の名前を呼ぶ。

 

「もしかして、真壁政宗くんと上田幸村くん!?」

 

「は、はい!」

 

「そうですけど...」

 

俺達がそう言って立ち止まると、突如として女子達が集まっていく。ふむ、これがイケメンの力か。改めてこの力は素晴らしいな。

...って、今の女子の言葉だと俺もイケメンってことになるのか?

 

 

...まさかね。俺はせいぜいついで。政宗の付き人のようなものだ。どうせ周りからは『なにイケメンの政宗くんにくっついてるの?キモイんだけど』とか絶対に思われている筈だ。

 

「もしかしたらテニス興味ある!?朝練、参加してく!?」

 

「い、いやあ...」

 

テニス部の女性に部活の参加を促されて政宗がお茶を濁していると、今度は先程までケータイをいじっていた男に詰め寄っていた女性が俺に詰め寄る。

 

「二人とも編入試験満点だったって本当!?」

 

「あ、いや...そう言われてはいるが」

 

「二人ともサッカーしてるとこ見たよ!チョーかっこよかったよね!!」

 

尚も続く政宗に対する賞賛の嵐。それに気を良くしたのか、政宗は前髪をサラッと払い一言───

 

 

 

「褒めすぎだよー、むしろみんなの頑張っている姿に感心してるところだったよ」

 

そして、テニス部の女性陣は真壁政宗に一瞬でときめいた。

 

 

...なんだ、あの砂吐きそうな光景は。

 

 

先程まで詰め寄られた男の子なんてもう気の抜けたような顔をしているではないか。

 

「さあ幸村。行こうか」

 

そう言って先程とは打って変わって背筋をピンと伸ばして歩き出す政宗。俺はそれについて行く。

 

その瞬間、またしても上がる黄色い歓声。

 

この世界は何処の甘々ラブコメかってんだよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、朝からいい思いしたなあ」

 

「お陰でこっちはめっさ疲れたけどな...!」

 

何が好きでキャーキャー言ってる女子の対応なんてしなくてはならないのだ。

 

「だけど、これなら安達垣愛姫を攻略出来るかもしれない...!やっぱり努力は報われるんだな幸村!!」

 

そう言って俺を見る政宗に俺はチョップを敢行する。

 

「調子に乗るな。相手はあの男嫌いの安達垣だぞ。簡単に懐柔出来ると思うな」

 

しかも、告白してくる男には痛い渾名を付けてくるというおまけ付きだ。1度でも告白して、振られたら身辺調査をされてまたしても渾名を付けられるというのが関の山だ。1度きりのチャンスを狙わないといけないし、そこに行きつく過程もしっかりしなければならない。

 

「そうだね、確かにそうだ。そして、俺の秘密を...過去を誰にも知られちゃならないんだ」

 

そう、政宗は自分に言い聞かせると俺の肩を組む。

 

「サンキュー幸村。お陰で少し冷静になれた」

 

「なら良かった」

 

何をするにしても、先ずは冷静にならなければ事を考えることも短絡的なものとなる。

ましてや、これから安達垣愛姫とお話したりするやも分からないのにこのまま有頂天になっていたら何をしでかすかわかったもんじゃないからな。

 

一先ずは安堵。そう思いほっとため息を吐くと、今度は校内からどよめきが走った。

 

「おい、幸村。今日って行事の予定あったっけ?」

 

「ない」

 

始業式が始まった直後の学校行事って何だよ、というツッコミにもならない考えは置いといて。

 

「にしちゃあザワザワしてるよな」

 

「幸村、行ってみようぜ!」

 

「その野次馬乗った、俺も行くぜ政宗」

 

そう言って俺達は校内に向かって走り出して、校門を潜ると校内には既に野次馬がたくさん存在しており、『シゲオ先輩』やら『残虐姫』やらの声が聞こえた。

 

「今から何するんだろうな」

 

そう呟き、人混みに紛れて俺と政宗はその一部始終を観察しようと目を凝らす。

 

髪を金髪にしたイケメンが一人。

 

そして今、屋上から1人。残虐姫と呼ばれ髪をツインテールにしている少女がシゲオ先輩を見下ろしていた。

 

そして、その少女を見たシゲオ先輩は上を見上げ

 

 

「やあ、来てくれたんだね!恥ずかしがり屋のラプンツェル!!遠慮はいらない!人の視線には慣れている!今ここで返事が欲しい!」

 

恥ずかしがり屋のラプンツェル...!?人の視線には慣れている...!?

 

「く、くくっ...!恥ずかしがり屋のラプンツェルって...!俺を笑い殺す気かっての...!」

 

「ゆ、幸村...!笑っちゃ悪いって...!人の、人の視線に慣れてるって...く、くくっ!!」

 

終いには政宗まで笑ってしまっている始末である。それほど先程の生徒の公開告白は滑稽だったのだ。

 

明日は我が身、そんな一般的な事を見事に忘れていた俺達が、金髪の先輩であるシゲオさんの言動を笑っていると、残虐姫が拡声器を持ち大きな声で話し始める。

 

「山田茂雄さん。この度は交際のお申し込みありがとうございます。つきましては、当家の使用人により身辺調査をさせていただきました」

 

「こ、公開告白!?」

 

「し、身辺調査か!随分本格的だなおい!もうお前ら付き合っちゃえよ!!」

 

「もう幸村黙って!!お願いだから黙ってて...くくっ!!」

 

 

俺達がそう言って笑いながら言い争っていると────

 

 

「そこの2人!!少し黙ってなさいよッ!」

 

「「す、すいません...」」

 

残虐姫様は俺達を見て、一喝しました。

 

いやあ、流石残虐姫。自らのやる事に一切の妥協を許しませんよね。

 

 

 

 

 

 

 

結果として、シゲオ先輩のプロポーズ大作戦は見事失敗に終わった。どうやら赤本に紛れて『なんてこった!女体三國志に俺だけ劉備玄徳!?』の最新刊を買ってたり、『女子高生の二の腕を凝視する性癖』などが諸々バレてしまったらしい。極めつけはそれを公衆の面前でされた事なのか、渾名が『し毛ぼ〜ん』になってしまったかそれはシゲオ先輩のみぞ知る事実なので深くは聞かないでおく。

 

 

政宗には、是非ともあのような失敗は犯して欲しくないものだ。

 

 

人の振り見て我が振り直せ。

 

 

...いいことわざだよね。

 

 

 

 

 



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第14話 再会

「へー、あの安達垣愛姫さんがねぇ...?」

 

時は過ぎて、昼休み。俺はこの学校に編入してから出来た、初めてのお友達と昼食を買いに購買部へと向かっていた。政宗はどうやらおねむのようなので、低カロリーのパンでも買ってけたらな、とも思いつつ俺は友達である朱里くんと共に購買部への道を歩いていた。

朱里くんの愚痴から始まった話はまさかのお話だった。この高校には残虐姫と呼ばれる女がいて、その名を安達垣愛姫という。そして告白してくる男、近づいてくる男には容赦ない渾名という一発を送る。そして、朱里くん自身も『オカマボクちゃん』なんて不名誉な渾名を付けられてしまったらしい。

 

...おいおい、残虐姫さんよ。あんた何時までその男嫌いって痛いステータス抱えてんだよ。

 

「大変だったんだな、てかそれしか言えない」

 

「本当だよ!!それで暫くからかわれたんだからね!?」

 

そう言ってヒートアップする朱里くんを見ても全く怖く思えないのは俺だけではない筈だ。

 

「...巷では総受けの小十郎きゅんとか言われていると聞いたんだが」

 

「は、はは...」

 

そう言うと、朱里くんは引き攣った笑みを見せつつため息を吐いて続ける。

 

「それに比べて、上田くんと真壁くんって凄いよね。成績良いのに偉ぶらないし、凄い優しいし」

 

「政宗については兎も角俺までそう思われているのに驚きを隠しきれないのだが」

 

「上田くんは凄いかっこいいよ。正直、ボクも見習いたい位だし...」

 

そう呟いて肩をがっくし落とすと突然背後から押されるような感覚と、肩を組まれる感覚に陥る。

 

「おはよっ!小十郎くん!幸村くん!」

 

そう言って、にこやかに笑う女の子。確か...

 

「双葉さんだっけか?」

 

「そうそう!双葉妙だよ!よろしくね幸村くん!」

 

そう言うと、双葉さんは俺の左隣を歩く。

 

「この学校には慣れた?」

 

「ああ、朱里くんや双葉さんが優しく学校の事とか教えてくれたから俺も政宗もそれなりには慣れたかな」

 

「そりゃ良かったよ!そういえば、幸村くんと政宗くんは仲良さそうだけど君たちって昔からの友達なの?」

 

その双葉さんの声に俺は振り向き、笑顔で答える。

 

「ああ、昔からの親友だ」

 

なんてったってアイツのお陰で、俺のやりたいことが見つかったんだからな。

 

「そ、そうなんだ...」

 

そう言って、顔を赤らめる双葉委員長。はて、何故だろうか...

 

 

 

 

 

あ、もしかして───

 

 

 

「俺と政宗は断じてBLなんかではないからな!?」

 

「え!?なんの話!?」

 

「上田くん急にどうしたの!?」

 

 

俺の予想は見事に外れ、俺は双葉さんに余計な誤解を与えてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、先程招いてしまった誤解を一生懸命解きつつも、美味しそうな食パンを買ってきた俺は朱里くんと共に教室へと戻っていた。

因みに、双葉さんは学級委員の仕事があるとかで先に行ってしまった。学級委員ってものも中々に忙しいんだな...。改めて、学生時代に学級委員と生徒会を兼任してた松姉さんの苦労が分かるぜ。

 

 

閑話休題(それはおいといて)

 

 

 

「相変わらず起きねえな...」

 

政宗は依然として惰眠を貪っている。というか政宗くん半分うなされてませんか?久しぶりに悪夢でも見ているのだろうか。起こそうとも考えたが取り立てて急ぐ用事もなし、単にめんどくさいというのもあるがもしかしたら熟睡しているであろう可能性も考慮して俺は起こすことを断念した。

 

「真壁くん起きないねぇ...折角コロッケパンと焼きそばパン買ってきたのに...」

 

そう言って心配しつつも、椅子に座った朱里くんはケーキを貪る。そして朱里くん。恐らく政宗にとってその惣菜パンは敵そのものだからおそらく食べないぞ。

 

そう思って、暫く朱里くんと雑談していると突如として政宗が起き上がる。

 

...この寝起き具合からしてやっぱりうなされていたんだな。涎を垂らして寝ていた政宗はしまった、といった感じで袖でよだれを拭うが、それを見ている生徒達の目は暖かい。どうやらイケメンだと涎を垂らして寝ていてもいいらしい。

 

「真壁くん、起きたんだね」

 

「あ、朱里くん...」

 

「小十郎でいいよ。はいこれ」

 

そう言って朱里くんは先程買ってきた焼きそばパンとコロッケパンを政宗に送る。そのカロリー量はおよそ一食分の摂取カロリーである。

 

「わ、わあい...ありがとう。助かったよ」

 

政宗は苦い顔をして、何やら決意を固めたような表情をする。ドンマイ政宗。

 

「それにしても...真壁くんと上田くんがこうやって並んでいると本当にイケメン同士って感じでいいよね。オマケに性格いいし」

 

「よせよ朱里くん」

 

全くもって同感だ。政宗ならともかく俺までセットにされているのは少しおかしいだろう。お世辞はよしこさんって奴だ。

 

そう思って強く頷くも、朱里くんは笑みを崩さない。

 

「お世辞じゃないって。だってこの学校には真壁くんと上田くんと同じような高スペックな人がいるけどさぁ、もうあの人と真壁くん達じゃ全然性格が違うんだよ?」

 

そう言って、朱里くんは顔を顰める。

 

「そういえば政宗。どうやら朱里くんによると『し毛ぼ〜ん』ってあだ名を付けたあの女が────」

 

俺が政宗に安達垣の情報を送ろうとそこまで言った瞬間

 

 

 

不意に教室のドアが開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その少女は、何時ぞやで見たようなツインテールと、高慢ちきそうな雰囲気を嫌という程醸し出している女であった。

 

その女こそ、安達垣愛姫。政宗に『豚足』という渾名を付けたと言われている女だ。

 

「タナベアキオはいる?」

 

その女はそう一言だけ言うとこちらへ近づいていき、真壁の席へと向かう。

 

「あなたでもいいわ、答えて」

 

そう言うと、彼女は机に座り真壁のネクタイを引っ張り尋ねるも、突然の事で回答がはっきりしない政宗を見限ると今度は、政宗の前の席にいる俺のネクタイを背後から引っ張り、耳元で囁く。

 

「あなたで妥協してあげるわ、タナベアキオはいるの?いないの?答えて」

 

こ、こら!耳元に息を吹きかけないで!くすぐったいから!!とかネクタイ引っ張られて苦しい!かゆ...うま、とかそんな邪念を他所に俺は彼女の方を見ずに答える。

 

「それが人に物を頼む態度か?」

 

「...へえ、貴方。今のこの状況が理解出来ていないみたいね──」

 

彼女はそう言うと、頭を手で掴み俺の視線を無理やり自分自身のの方向に向かせる。

 

「私は貴方にお願いしてあげてるのよ...?光栄な事じゃない」

 

「誰が光栄な事だ暴力女。俺はもっとお淑やかな女の子がタイプなんだ。お前みたいな攻撃的な女に話しかけられても全然光栄じゃないんだよ」

 

例えば藤ノ宮とか藤ノ宮とか!!

 

そう思っていると、安達垣のネクタイを引っ張る力が更に強くなる。それと同時に俺の視界は安達垣氏の整った顔で一杯になった。

 

...全くときめかないけどね!

 

「アンタ...何処かで見た気が」

 

「他人の空似って怖いよね」

 

「黙りなさい」

 

うへえ、容赦のない侮蔑の目線を送る安達垣さん怖いっす。そう思って依然としてネクタイを引っ張られていると漸く勇気が出たのか誰かが右手を大きく上げる。

 

「はいっ!!」

 

ほう、彼がタナベアキオくんか。はいと言うタイミングが遅い、俺が窒息死したらどうすんだとか告白するなら直接言って玉砕してこいとか言いたいことはあるが、このまま暴君安達垣のお話が続いてたら自身のネクタイによって俺の息が止まっていた為、ここはナイスタイミングとだけ言っておく。

 

すると、タナベくんの声を聞いた安達垣がタナベくんの元へ近付く。そして、一言────

 

「今日から、貴方をむっちん王子(プリンス)と呼ぶわ」

 

むっちんプリンス...?

 

「ちょ、お前さんネーミングセンス...!!」

 

すると、安達垣はこちらを物凄い形相で睨みつける。うへぇ、安達垣さんマジで怖いっす。

 

「吉乃、あの馬鹿を黙らせておいて」

 

安達垣が先程まで連れていた使用人にそう告げるとその吉乃と呼ばれた使用人はこくりと頷き俺の方へ向かう。

 

そして、誰にも聞こえないような声色で一言───

 

「そこの人、少し黙ってて」

 

「いや、でも───」

 

「黙ってて」

 

...ここまで言われてしまったら、俺はどうすることも出来ない。俺は両手を上げて降参の意を示した。てか、あの使用人の子どっかで見たような気が...ダメだ。頭に血が回ってこなくて思い出せない。

 

どうやら、あちら側でも安達垣のお話という名の虐殺タイムが終わったのか、安達垣は身を翻してこちらへ向かいタナベくんはラブレターらしき紙をバラバラにちぎられ、がくりと膝をついていた。

 

「吉乃、早く行くわよ!」

 

そう言うと、吉乃と呼ばれた少女は俺を一瞬何か見定めるかのような表情で見て、そのまま安達垣共々去っていった。

 

「...ほら、彼女がそうだよ。『安達垣愛姫』さん」

 

「あだ...がき...?」

 

「入試トップで家は安達垣グループの筆頭ですっごい美人さんだけど、ちょっとその...性格がね。物凄い男嫌いでさ、告白してくる男子には、容赦ナシにあだ名を付けて撃退。通称『残虐姫』」

 

購買部へ向かっていた時に朱里くんが言っていた通りだったな。相も変わらず、あだ名を付けて、男を容赦なく切り捨てる。あの時の性格も、あの時の高慢ちきそうな雰囲気も、あのツインテールも何一つ変わっちゃいない。

 

「...幸村ッ!」

 

政宗が突如としてそう叫ぶと、廊下へと走り出す。その後ろ姿を追いかけると、廊下右側には安達垣と吉乃が歩いていた。

 

「アイツが...安達垣愛姫なんだな...!」

 

「ああ、この高校に入学しても尚あの性格は変わってないみたいだな」

 

俺が独りでにそう呟くと、真壁は右拳を握り締め安達垣の方を向く。

 

「もう、恐れる必要はないよな」

 

そうだな。安達垣愛姫という女の存在をものの見事に特定した。

 

そして、何よりお前は変わった。

 

 

だからもう、恐れることは無い。

 

 

「後は、こちらから仕掛けるだけだ」

 

 

そう言って、俺達はお互いの左拳をコツンと当て───

 

 

 

 

 

『宴の始まりだ』

 

 

 

 

 

そう静かに2人で、声を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第15話 カード

 

 

 

 

 

 時は変わって放課後。皆が部活やら帰宅やらしている中俺達は2人残ってこれからの復讐対策を練っていた。

 

 

「復讐を開始するとは言っても先ずは情報を探らないといけないな」

 

 安達垣愛姫に取り入る為に、先ずは円滑なコミュニケーションを取る切っ掛けを作らなければならない。そしてその為には安達垣愛姫が普段どんなことをしているのかを知らなければならない。故に安達垣愛姫に関する情報は非常に大切なものであると同時に今の俺達に最も欠如しているものであった。

 

「確かにそうだな。先ずはこの高校にいる『安達垣愛姫』の実態を調査しないといけないし」

 

「それだけじゃない。安達垣と会話するチャンスがあるのなら積極的に話しかけろ。人間はコミュニケーションが重要ってのは中学でも痛い程思い知ったろ?」

 

「幸村は中学でも自称ぼっちだったけどね」

 

 うっせーよ。

 

「...よし!じゃあ明日は安達垣愛姫が普段何をしているかを探ろう!俺は安達垣が何をしているのかを探ってくるから幸村は他の人の声を聞いて見てくれ!」

 

「了解」

 

 明日はひたすら調査。そう話がまとまった俺達は明日に向けて早々に帰宅をするのであった。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 MISSION1

 

 聞き取り調査

 

 

 

 

 

「え...?安達垣さんの生態について調べる?」

 

 そう言った朱里くんの目は正に疑惑といった目線だった。

 

「そうそう、安達垣が普段何処にいるかとか、どんな事をしているかとか。趣味嗜好も聞けたら嬉しいな」

 

 俺がそう尋ねると、朱里くんはまるでこれから危ないクスリをやろうとしている人物を止めるかの如く俺の手を掴んだ。

 

「やめた方がいいよ上田くん!絶対ひどい目にあうから!」

 

「大丈夫だよ、酷いこと言われるのには慣れてるから」

 

 特にぼっちとか。

 

 特に変態紳士とか。

 

 全部自業自得だけど結構ひどいこと言われてたからそれなりにメンタル耐性は付いているんだ。

 

「うう...知らないよ?」

 

「どんとこい」

 

 俺がそう言うと朱里くんは観念したのか、自分が知りうるであろう情報を教えてくれた。

 

 どうやら、朱里くんが言うには。

 

 残虐姫として、数々の男を容赦なく振ったり。女子達からはそんなはっきりしている所を好まれたり、男子からも女子からも好感を持たれている人物であるなど様々な情報を得たのだが、どうにも1つ気がかりな情報を朱里くんから得た。

 

 弁当は一人で食べるのが好きらしい。

 

 普段ハーレム状態で食事やらティータイムを囲っているのに弁当だけ一人で食べるのを『はいそうですか』と簡単に理解するのには些か無理があるのではないのか?

 

 ...以前に1度出会った時に安達垣愛姫がお腹を盛大に鳴らしていたのは俺自身、記憶に残っていることなのだがそれとこれとは関係があるのだろうか。

 

 ハーレム状態の安達垣愛姫がぼっち飯を囲う理由───

 

 

 政宗に話してみるべきだな。

 

 

 ついでに双葉さんにも聞いてみたのだが、小十郎きゅんの相手は政宗くんがいいとか幸村くんと政宗くんと小十郎きゅんの三角関係!?とか抜かしてやがった。

 

 

 世のため人のため朱里くんの為残虐姫より先ずはコイツを何とかするべきなのではなかろうか。

 

 

 

 ※

 

 

 

 MISSION2

 

 安達垣愛姫を探せ

 

 

 

 

 

 

 

「基本情報は小十郎から聞いた通りだけど、結構取り巻きは多いんだよな」

 

 3時間目の休み時間。俺達は机に向かい合い、お互いに聞いた事、見たことを報告し合っていた。

 

 その中で俺が見たこと───安達垣の周りには取り巻きが多いということを報告すると、幸村はこちらを見てニコリと笑う。

 

「ああ、だけど1つばかり気になった事があるんだ」

 

 気になった事?そう思った俺が首を傾げると、幸村はメモ帳を片手に説明を始めた。

 

「朱里くんによると弁当は一人で食べるのが好きなんだとよ。それこそ、お前の言ったように取り巻きを何時も侍らせているのにも関わらずだ。これっておかしくないか?」

 

「確かに...」

 

 安達垣愛姫は余っ程嫌わない人物であれば愛想はいい。育ちも良いし、『残虐姫』という人気も相まって女子からの人気は異様な程に高い。それ故に取り巻きも多いのだ。

 

 それなのに、弁当だけはぼっち飯?おかしいにも程があるだろう。

 

「この謎を解明するには何とか安達垣の居場所を炙り出さないといけないわけだが、俺に策がある」

 

「策?」

 

 俺がそう尋ねると、幸村は続ける。

 

「安達垣に何時もくっついているナイスバディな女の子がいるはずだ。小十郎によるとあの子は何時も安達垣の傍にいるらしい」

 

 ナイスバディって...言い方を考えろよ。確かに言っていること自体は間違ってないけどさ...

 

「んで、幸村のやりたい事ってのは昼休みにその子の後を付いていけと?」

 

「やってみる価値はあるだろう?」

 

 ううむ...確かにバレてしまった時のリスクが非常に大きいが成功した時のメリットは大きい。何せ安達垣愛姫の秘密を握れる可能性があるのだ。やってみる価値はあるかもしれない。

 

 何より、親友が提案してくれた作戦だ。乗らないわけにはいかないだろう?

 

「...よし!じゃあやってみるか!」

 

「じゃあ昼休みに安達垣とその子のいるA組近くの廊下で待ち伏せするぞ」

 

「おう!!」

 

 残虐姫!!お前の秘密を何としてでも炙り出してやるぜ!!

 

 

 

 ※

 

 

 昼休み───

 

 俺と幸村は誰にもバレないように、それとなく階段前の廊下で雑談という名の待ち伏せを行っていた。

 

 それは、今日の天気。

 

 それは、今日の占い。

 

 その他諸々野郎とやって何が嬉しいんだと思うような会話を俺達はお互いに張り付いた笑顔で行っていた。

 

 偶に、俺達を見た女子達が黄色い声援を送るが今はそれもあまり嬉しいものではなかった。

 

「おい、幸村」

 

 俺が張り付いた笑顔のままそう言うと幸村は俺と同じ、張り付いた笑顔で返す。

 

「なんだい、ムネリン」

 

「安達垣さんと例の女の子。来ないじゃないか。...ムネリンってなんだよ気持ち悪い」

 

「石の上にも三年、だぞ。もう少し待とうぜ?...因みにムネリンってのは」

 

「説明せんでいい!!」

 

 それはきっと聞くだけ無駄な事にしかならないし、これからも呼んで欲しくないあだ名である。

 

 呆れた俺は張り付いた笑顔を解き、ため息を吐く。

 

「つってもまだ昼は始まったばかりなんだぜ?しかも俺達は昼が始まってからすぐにこの階段前廊下の一角で待ち伏せしてるんだ。待ってりゃいつか来るさ」

 

「だといいんだがな...」

 

「だからもう少し待てよムネリン」

 

「ムネリン言うな!気色悪い!!」

 

 何処をどう考えたらムネリンなんて渾名出てくるんだ!!これ以上俺に余計な渾名を付けないでくれ!!

 

 そう思い、幸村を一頻り睨むも幸村は全く意に返さないように、壁から離れ俺の肩に手を乗せる。

 

「さ、もうそろそろ俺達も動かないとな」

 

 そう言うと、幸村は俺の後ろを指さす。その方向を見ると、そこには安達垣愛姫に命令されて、走り出した取り巻きの姿が。

 

「さあ、ストーカーやろうぜ!」

 

「お、おい!言葉に気をつけろよ!!」

 

 まあ、実際やっているのはストーカーなんだけどね...

 

 内心、自分のやっていることに罪悪感を覚えつつ取り巻きの女の子の後を暫く付いていくと、そこにはちょっとした人だかりが。

 

「購買か」

 

 何気なくそう呟くと、取り巻きの女の子は屈強な男子達の間を何とかすり抜けて、大きなレジ袋を1つ持って階段を降りる。

 

「幸村、俺達も続こう」

 

「了解」

 

 俺達は一言、そう交わすと取り巻きの後をひたすら追う。校内から出て辺りを見渡し、その子を発見して、また後を追う。

 

 そうした行為を繰り返していると、不意に幸村が呟く。

 

「...体育倉庫でぼっち飯?」

 

「え?」

 

 その呟きに思わず素っ頓狂な声を上げると、幸村は静かに頷く。

 

「あの子の向かう先には体育倉庫しかない。まさか木に登りながらメシ食ったりはしないだろ?猿でもあるまいし」

 

 安達垣モンキー。1度想像してしまったが、幾ら復讐対象でも流石に失礼に当たるためにすぐに記憶から抹消した。

 

 暫く走っていると体育倉庫に人が入る光景が見えた。勿論、入ったのは先程の女の子だ。

 

「...どうする?」

 

 隣にいる幸村は俺を見て尋ねる。

 

 俺は見つかってしまった時のリスクと、その一部始終を見れるかもしれないリターンを天秤にかけて慎重に思案する。

 

 

 

 その結果、好奇心の方が勝った。

 

「...よし、覗いてみよう!」

 

「分かった。じゃあ行くか」

 

 そう言うと俺達は体育倉庫に向かって歩き出した。

 

「もし着替えてたりしたらどうする?」

 

「お前1回地獄に落ちろよ」

 

 

 空気の読めない発言をした幸村に久々に殺意を覚えた俺はきっと悪くは無い筈だ。

 

 

 閑話休題(それはともかく)───

 

 

 

 誰にも気付かれないように、体育倉庫の中を見ると、そこには2人の女の子がいた。

 

「もう、遅いわよ吉乃ッ!!待ちくたびれたじゃない!!」

 

「ゴメンなさい...カツサンド2個しかなかったから...」

 

「それなら何か適当に買ってくればいいでしょう!!」

 

 ビンゴ!!俺は思わず両手でガッツポーズをした。そこには予想通り、安達垣愛姫と取り巻きの女の子がいた!

 

 ...にしても安達垣の横に積んであるあのデカい箱はなんだ?

 

 

 

 

 そう思い、目を凝らしてみると───

 

 

 

 

 

 

「...あ、蜘蛛だ。懐かしいなぁ」

 

 そこには蜘蛛がいた。

 

「流石政宗。例の訓練が効いたのかな?」

 

「あれを思い出させるのはマジでやめて?」

 

 お陰で蜘蛛には慣れたけどね!体を鍛えているだけだったらきっと克服できなかった筈だ。

 

「懐かしいなぁ、これも努力の結晶だよねぇ」

 

「蜘蛛を克服できてなかったら今頃どうなっていたか、本当に分からないよね」

 

 ...ていうか普通に会話してるけど俺達大丈夫なのか!?

 

 そう思いハッと体育倉庫を見ると。

 

 

 そこには、まるでゴミを見るかのような2人の女の子の視線が俺達を捉えていた。

 

 

 いや、マジでこれどーすんの?

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 いやあ、まさかまさかの大波乱だ。突然の蜘蛛登場により、懐かしい思い出に関して2人で語り合っていたら俺と政宗は当初の目標であった対象安達垣とその取り巻きちゃんに見事に見つかってしまった。

 

 本来なら、ここで変態とみなされてアウトなはずだが今回は少しばかり弁解の余地がある。俺達は観念して体育倉庫に入り、弁解という名の言い訳を展開していく。

 

「いやあ、ごめんごめん。悪気はなかったんだ。小岩井さんが人気のない体育倉庫に向かってたもんだから少しばかり気になってな。なあ政宗!」

 

「そうなんだ!盗み見るつもりは無かったんだ!小岩井さんが少し気になってね!なあ幸村!」

 

 あくまで俺達は爽やかな笑顔で言い訳をする。そうすることで少しでも彼女達の印象を変えるために。

 

 しかし、依然として安達垣の表情は重い。

 

「...まさか私がいるなんて思わなかったって?」

 

「おう」

 

「そうなんだ」

 

 俺と政宗は2人して変わらぬ笑顔でそう答える。

 

 大体いつもハーレム状態のお嬢様が体育倉庫でガテン系御用達のドカ弁片手にぼっち飯囲っているなんて誰が想像出来るってんだよ。

 

「そこ、邪魔だから出てって貰えないかしら。」

 

「いや、気にしなくていいよ。少し大きめの弁当ひとつくらい運動部の女子も食べてる子いるだろうし、うちの妹も結構食べるし隠れる必要ないんじゃないかな?」

 

 いや、政宗さん!?貴方今の立場理解してます!?

 こういう時はそれとなく会話をして、場を和ますのが1番だろうが!

 

「...やっぱり高校生は育ち盛りだからね!お腹も空くよね!気にしないでカツサンド食えよ!」

 

 俺が右手でサムズアップをしながらそう言うと、やはり安達垣はお腹を盛大に鳴らす。

 

「あの、カツサンド...」

 

「後でいいっ!」

 

 小岩井さんがカツサンドを手渡そうと安達垣に迫るも、安達垣はそれを拒否して俺を睨み付ける。

 

 あ、やっべー。地雷踏んだわ。

 

 てか、初めて安達垣と出会った時も俺地雷踏んだよね。

 

 悉く地雷をふむ男上田幸村。

 

 うん、クソだっせえ。

 

 俺が過去の自分を心底恨んでいると、突如として安達垣が赤面して叫ぶ。

 

「し、仕方ないでしょう!?皆と同じ位で食べてたら直ぐにお腹空くんだもの!!元々低血糖気味だし!こまめに糖分補給しなきゃだし...!本気で寄生虫でもいるのかって検査もしてみたけど異常なしだし...とにかくお腹が鳴るのだけは避けなきゃならないのよっ!普通の女の子はお腹なんて減らないものでしょう!?

 それとも何?貴方達はこの私の腹がビッグ・ベンのようになって欲しいの?そういう趣味なの!?」

 

「いやな、別にお腹が鳴るのは一般人にとって当たり前のことでだな...」

 

「うるさいッ!むっちん王子(プリンス)の1件の時もそうだったけどあんたは毎度毎度一言多いのよ!何が気にしないでカツサンドを食べろよ!!人の目を気にしないで食べれたら吉乃が持ってるカツサンド2個なんてあっという間に私の胃袋に消えてるわよッ!!」

 

 それは確かにそうかもしれないが...昔のお前は俺の前でも遠慮なしにご飯を食べてたじゃないか。それとも安達垣にとってあの時の出来事は既に抹消されている思い出なのだろうか。

 

 1度、場は静まり内心時が過ぎるのはあっという間だな、なんて至極当たり前の事を考えていると政宗がこの静まった空気を何とかするために安達垣に話しかける。

 

「あの...そうだ、ちょっと用事を思い出したから、そろそろ行くね」

 

 そう言って政宗は俺に帰るように促す。それを理解した俺が頷き、既に退出しようとしている政宗の後を追うと突如、箸で何かを刺す音が聞こえた。

 

「...あんた達、名前は?」

 

 後ろから聞こえたその恐ろしい声に、俺達は思わず身を竦め、振り向く。

 

「...真壁」

 

「...上田」

 

 俺達が揃って自身の名前を口にすると、安達垣は俺を見て一瞬何かに気付いたかのような素振りを見せるものの、直ぐにその顔を元に戻して、一言。

 

「バラしたら、承知しないから」

 

 そう言って、一頻り睨む姿を俺達は最後に見て、女王の王室『体育倉庫』を退出した。

 

 今回、真壁は安達垣が体育倉庫でぼっち飯を囲っているという秘密を得ることが出来た。これは非常に大きな収穫であり、復讐の為の強力なカードだ。この切り札を生かすも殺すも、俺たち次第であり、俺達はこのカードを有効利用する作戦を考えなければならなかった。

 

 

 

 

 

 ...ここまで滑稽で、変なカードだとは思わなかったけどな。

 

 

 最も、それは政宗もおそらく思っていることだろうが。

 

 

 




「蜘蛛を克服したいのなら蜘蛛を知るべきだ。というわけで蜘蛛を沢山用意しました。これから政宗くんはこの蜘蛛に1匹ずつワンタッチしてもらいます」

「は?ちょ、その大量の蜘蛛はなんだよ!」

「大丈夫!この蜘蛛は安全だから!」

「そういう問題じゃねえよ...って寄せるな近寄るな!!やめろぉぉぉぉぉぉ!!」

その日の夜は、政宗くんの悲鳴が一日中聞こえましたとさ。



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第16話 恋愛脳

 

 

 

 

安達垣愛姫が体育倉庫でぼっち飯を囲っていたという秘密を得ることが出来たその日の放課後。俺達は学校近くのコンビニまでの道程を並んで歩いていた。

 

「とりあえず安達垣の秘密を握る事が出来たのは収穫だよな」

 

「ここまで変なカードだとは思わなかったけどな...それでも有効利用する事が出来るカードだ。ナイス作戦だったぜ幸村」

 

「ははっ、あんなの只のストーカーじゃん。褒められるものではないだろ」

 

誰でも出来る簡単な方法だし、敢えて褒めるのならば、やり方によっては名声や、立場が地に落ちる行為を勇気を振り絞って実行した政宗が褒められるべきであろう。

結局のところ、俺は作戦を提示してそれを実行する政宗に付いていっただけだから大して褒められることはしていないのだ。

 

それでも政宗は俺に笑いかける。

 

「謙遜はよせよ、幸村がいてくれなきゃきっとあそこまでスムーズに安達垣を見つけられなかったろうぜ」

 

「...まあ、お前がそう思っているのなら素直に受け取って置くべきかな」

 

「お、照れたな?」

 

そう言って嫌らしい笑みを浮かべてくる政宗に俺は殺意増し増しの目で笑いかける。

 

「処すぞお前」

 

「じょ、冗談だって...」

 

そう言って苦笑いした後、政宗は真面目な顔になり、俺を見つめる。

 

「さて幸村。今回の作戦は成功して収穫もあった。だけど、問題はここからだ」

 

「そのカードを何時、何処で、どういう状況で使うかって理由か」

 

「そゆこと」

 

「...今日の事件でお前は安達垣愛姫に認知されたわけだしここはある程度アバウトにいってもいいと思うけどな」

 

今の状況で、具体的な案を出すということ自体に無理があるからな。ここはもう一押し、もう一歩安達垣愛姫に認知されてみるべきなのではないか。

 

「...つまり、安達垣愛姫にもう少し近付いてみろと」

 

「まあ、そういう事。今は安達垣との関わりが浅い状態だし、敢えて1歩踏み込んでみることで安達垣の気持ち、内面をもう少し探ってみる...ってのはどうだ?」

 

俺がそう尋ねると、政宗は1度悩んだ末に俺を真っ直ぐ見つめる。

 

「そうだな。ここはもう一度安達垣に接してより関係を深めるべきだな。...明日から、積極的に仕掛けるぞ」

 

「おう、積極果敢に攻めてやれ」

 

今のままでは、安達垣の気がこちらに向かうことは無い。精々『自身の秘密を知った男子高校生』としか思われていないはずだ。

何か、安達垣にとって政宗の評価が変わるトリガーとなるものがあれば。

 

そう思いつつ、俺はこの日から果敢に安達垣に接触する政宗を陰ながら見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後────

 

 

「最近、安達垣さんと仲良いんだって?」

 

そう言って朱里くんがトスしたバレーボールが高く舞い、放物線を描き政宗の元へ落ちていく。

 

「...どこ情報よ、それ」

 

そう言って、政宗は朱里くんのトスを俺に渡す。それを俺はスマッシュなんぞするはずもなく適当に、無難に朱里くんの元へ返す。そのボールを1度キャッチした朱里くんが政宗の方を見て笑いかける。

 

「女子達が騒いでいるよ。今度こそ安達垣さんが落ちるんじゃないかって」

 

「別に、そんなことないんだけどなぁ」

 

...仲がよろしい、ねえ?

 

図書館で本を取ってあげようとしたら無視されて?

 

下駄箱にはラブレターならぬデスレターがあって?

 

渡した紅茶は飲むわけでもなく捨てられて?

 

これで仲がよろしいとか女子の恋愛脳って一体どんな脳の構造をしているのやら。

 

向こうでボールを待っている政宗を見ると、政宗は苦笑いで朱里くんの話を聞いていた。

 

「あっ、ごめん政宗くん!」

 

ふと、そんな声が朱里くんの元から聞こえて、そちらを振り向くとボールは政宗の頭上を天高く舞い上がり、校舎側の方へ向かってしまった。

 

「俺、拾ってくるよ」

 

そう言ってボールを追いかける政宗を見て、俺は少し物思いに耽っていた。

 

あれから政宗は『任せてくれ』と言って積極果敢に安達垣に近付いてはいるもののその尽くを王女安達垣の鉄壁の守りによって弾き返されている。

何か別の案を提示した方が良いのだろうが、無学な俺ではこれ以上の作戦を提示することは出来なかった。

 

「くっそ...何か無いかな」

 

久し振りに藤ノ宮か母さん、若しくは松姉さんに電話して策でも授けてもらおうかと思いつつ政宗に近づこうとすると。

 

前にいた男が、バレーボールを振りかぶって政宗に投げようとしていた。

 

これは、止めなければならないな。

 

「おい」

 

俺は珍しく、怒気を孕んだ声でバレーボールを振りかぶっている男の肩を掴む。

 

そう言うと、そこの男──タナベくんだったか──は、肩を跳ねあげてこちらを恐る恐る見る。

 

「な、何だよ上田くん」

 

「バレーボールは投げるもんじゃねえだろ。お前さんが何をしようとしてたかは聞かないでやるから今日のところはさっさとそのボール片付けて帰れ」

 

俺が若干威圧をかけてそう言うと、タナベくんはこちらと政宗を軽く睨み付けて去っていった。

 

「...幸村?どうしたんだそんな怖い顔して」

 

突如、政宗の声が聞こえた俺はタナベくんにかけていた威圧を解除して政宗に笑顔で返す。

 

「いや、政宗を狙おうとしてた不届き者がいたからな」

 

「え、それマジで?」

 

政宗は驚愕といった目付きでそう言う。それもそうだろう。全く関わりを持っていない男の子に狙われていたらそれは驚く。

 

但し、全く関係ないといえば嘘になる。

 

「朱里くんは『お前さんと安達垣の仲が良さそう』と言ってたな」

 

「...ああ、確かにそう言っていたな。だけどそれが一体この状況とどう関わりがあるってんだい?」

 

「少なくともお前達の痴話喧嘩を見ている第三者はお前達が中睦まじそうにしていると思っている。だからこそ、今まで振られた奴らの中でお前や安達垣を恨む奴も少なからずいる訳だ。

『何故、真壁なんだ。何で...』ってな」

 

まあ、傍から見たら一発で分かるもんなんだけどな。だって政宗イケメンだし。今の状況に行き着くまでしっかり努力したしな。

タナベくんには悪いかもしれないが、告白を手紙で済ませようとした手前と復讐の為とは言えどもひたすら安達垣を惚れさせようと努力し、今も行動している政宗を比べて欲しくはないし、逆恨みもして欲しくはなかった。

 

...というか、タナベくんがここまで傷ついているのも結局は安達垣さんが告白してくる相手全員を悉く葬り去っているからなんだけどね。そういった面ではタナベくんも被害者だ。

 

ただ、それで政宗を逆恨みするのは別だ。この先も俺はタナベくんが俺の親友にボールをぶつけようとしたことは忘れないし、許すことは無い。

 

「成程...恋愛脳は女だけの専売特許じゃないって事か」

 

「つまりはそういうこった」

 

すると、政宗はタナベくんの歩いていた場所を見つつ一言──

 

「この状況を打破する策を思い付いた」

 

そう言って俺にその策を静かに語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

政宗が言うには、タナベくんが今日の放課後。安達垣を襲う可能性があるということで俺は放課後に学校の中。政宗は校外に別れて安達垣達を探していたのだが───

 

「いない、か」

 

学校内には安達垣達はもういなくて、教室なども調べてみたがどうにも安達垣達がいる気配はない。

 

俺が政宗に学校内にはいないという旨をメールで告げると、直ぐに政宗からメールが届く。

 

『幸村、学校外のパン屋に来てくれ』

 

そう一言だけ返信が来た。

 

「ったく...徒労もいいとこだろ」

 

そう独りごちて、既に1階にいた俺は廊下を歩き、校舎前の下駄箱で上履きから靴に履き替え、外に出ようとすると、そこにはあの安達垣の付き人である小岩井さんが歩いてきた。

 

「お、小岩井さんじゃん。どしたの?」

 

すると、小岩井さんは俺をおどおどした様子で見る。

 

「えと、愛姫様の忘れ物を取りに」

 

「あらら...」

 

忘れ物位自分で取ってこようとは思えないのだろうかあの残虐姫は。

 

...それにしても、この女の子何処かで見たような気がするのだが、中々思い出せない。茶髪の髪におっとり系のナイスバディちゃん。会ったことはあるのだろうけど、やはり思い出せない。

 

「なあ、キミと俺って何処かで出会ったことあるか?」

 

俺が何気なくそう呟くと、小岩井さんはこちらをいつもの表情で首を横に振る。

 

「そっか、じゃあ俺の思い違いなのかもね」

 

他人の空似という可能性もある。兎に角今は政宗の後を追わなければ、そう思い歩き出してふと気付く。

 

小岩井さんは、忘れ物を取りにここへ来た。

 

つまり、今安達垣は小岩井さんの帰りを待っているわけであって。

 

もし、政宗の予想が外れなければ安達垣は相当危険な状況に陥る筈だ。

 

「...不味いかもな」

 

俺は政宗にでひとつメッセージを送って、できる限りの速さで目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いなぁ、幸村の奴」

 

俺は今、橋の近くのパン屋で幸村をひたすら待っていた。

先程の体育の時間に、俺を狙ったらしいタナベくん。その事実と幸村の話を聞いて、俺はひとつの仮定を立てた。

 

もし、タナベくんが俺と『安達垣愛姫』、どちらも恨んでいたのなら。

 

俺には逆恨みでボールを当てようとした。なら、ひどいあだ名を付けて振った安達垣愛姫には更に酷いことをする筈だ。

 

そして、俺がそれを止めて安達垣愛姫が俺を無碍に出来ないようにさせる。その為に幸村と二手に別れて安達垣愛姫を探していたのだが。

 

「安達垣さん、見つからないなぁ」

 

確か、途中まで取り巻きと共にティータイムをしていた筈なのだが途中で目を離してしまった隙にどこかへ行ってしまったのだ。

 

その為に、学校内を探してもらっていた幸村と合流した後に更に手分けして探そうとしたのだが肝心の幸村が来ない。それならば端っから幸村と共に外を探していれば良かったのだが...

 

そう思っていると、ふとスマホが振動する。そろそろ来るのかと思い、スマホを見るとそこには驚きの事実が表示されていた。

 

『小岩井さん、今学校。安達垣、1人だ、直ぐに見つけて助けろ!』

 

「はぁ!?1人!?」

 

それは予想外だ。安達垣愛姫が1人でどこかをうろついている。それはつまり剣と盾を持たない戦士と同じ。もし、このタイミングでタナベくんなんかと鉢合わせたらとんでもないことになるぞ!?

 

「...やるしかない!!」

 

俺は、安達垣愛姫に復讐するためにこの高校に来たんだ。

 

それなのに、タナベくんに先を越されてたまるか!!安達垣愛姫に復讐するのは俺なんだよ!!

 

俺は、タナベくんの好きなようにはさせない。その一心でそこら中を探しまくった。

 

そして、川が流れている橋の場所まで行くと、2人の影が見えた。その姿は、見た目華奢だが、どことなく力強いオーラを持った女と、怒気を孕んだ歩行でひとつの影に向かう男だった。

 

「見つけたッ!!」

 

その男との距離は20歩程。俺は自分の持てる力を振り絞り、全速力で走った。

 

 

タナベくんが安達垣の長い髪を掴んだ。

 

ああ、確かに髪を掴みたくもなる!目の前の女は自身に醜いあだ名を付けた張本人だもんな!!

 

タナベくんは更にハサミを使って安達垣の髪を切ろうとする。

 

そうだな、確かに切りたくもなるよな!!何せ安達垣のせいで今日までずっと笑いものだ!!一矢報いたい気持ちも分かる!!

 

 

だけど───!!

 

 

安達垣愛姫に初めて泥をつけるのは俺なんだよッ!!

 

 

 

 

 

気づけば俺は安達垣さんとタナベくんの間に入り、自分の手なんて気にせずにタナベくんの持っていたハサミを右手で握っていた。

 

タナベくんは驚愕、といった目付きで俺を見つめる。それもその筈、髪を切ろうとしたら切ったのは野郎の手だ。しかも血だって出ている。これを驚かないで何を驚けというのだろうか。

 

「...いつかさ、こういう目に遭うって思ったんだよ。安達垣さんおっかないから」

 

俺がそう言うと、タナベくんはようやく現状を理解したのか、ハサミを持ったままそのまま逃げてしまった。

 

「...怪我はない?安達垣さん」

 

「あ、あなたの方こそ...」

 

ここだ。俺は泣き叫びたい気持ちを何とか抑えて最後にキメる為に安達垣さんの方を向いて一言。

 

「お安いもんだよ、キミの無事に比べたら」

 

よし、決まった。よく頑張ったよ俺。これで安達垣愛姫は俺を無碍には出来ないはずだ。

 

と、いうわけでそろそろ泣き叫んでもいいかな?

 

俺は顔を紅くし始めた安達垣さんを見て、そんな事を考えていた。

 

「政宗!安達垣!」

 

その声のする方を振り向くと、そこにはマイベストフレンドの上田幸村が包帯らしき物を持ってこちらへ向かっていた。

 

「お前...やっぱり血が出てるな。大丈夫か?」

 

そう言って幸村は俺の左手に包帯を手渡す。

 

「サンキュ、幸村」

 

これで応急処置程度は出来る筈だ。そう思い幸村の方を見るとその顔は怒りを滲ませていた。

 

「...アイツ、人の手を傷つけたのかよ。悪いな政宗、見つけるのが遅れちまって」

 

「良いよ別に、幸村が悪いわけじゃないんだからさ。それと、タナベくんの事だけど...」

 

「分かってる、明日にはいつも通りだろ?...政宗は優しいからな」

 

そう言うと、幸村は呆れたように笑みを見せて今度は安達垣の方を見る。

 

「よ、大丈夫か?安達垣」

 

幸村が以前の行動とは打って変わってフランクに安達垣に話しかける。すると、安達垣はやはり何かを考えるような仕草を見せる。

 

「...あなた、やっぱり何処かで見たような」

 

安達垣がそう言うと、幸村は安達垣を見たまま懐疑的な目線を浮かべる。

 

「...じゃあ何?お前さんはやっぱり忘れてたのか...覚えてない?大阪のパーティで出会った上田さん」

 

「...上田?」

 

「信州の、な」

 

幸村が呆れたようにそう言うと安達垣は何かを思い出したかのように幸村を見る。

 

「あの時の、信州の、変態紳士の上田...?」

 

「うわ、その渾名懐かしいっすね...」

 

すると幸村はこちらを見て肩を竦めた後、安達垣に近付いて一言───

 

「衆人監視でお腹を盛大に鳴らしてた時のキミは非常に可愛かった...今は全然可愛くないけどね!」

 

「...死ねッ!!」

 

 

瞬間、赤面した安達垣の綺麗なハイキックが幸村の顎を捉えた。

 

その時の安達垣の表情は、まるで容赦のない。されど心のどこかで幸村と出会ったことを楽しんでいるかのような、そんな表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後の事を少しだけ話そう。

 

俺、上田幸村の正体を思い出した安達垣愛姫の態度が以前と変わるような事はなく、寧ろ遠慮無しの一言を容易く言うようになった。

 

因みに『変態紳士』の渾名については俺が持ち合わせている安達垣愛姫ドカ食いの秘密をバラさないという約束を守ること前提に安達垣愛姫に変態紳士と呼ばない約束を取り付けた。まあ、所謂取引というやつだ。政宗は俺が『変態紳士』の渾名を付けられていたことに驚きはしたものの、後に俺が変態紳士と呼ばれていたことに納得していた。おい、納得するなよ親友。

 

さて、政宗の手を傷つけ、安達垣の髪の毛を切ろうとしたタナベくんは校舎で政宗と俺と鉢合わせになり気まずい雰囲気が流れるかと思ったが、政宗が機転を利かせたことにより関係は修復。俺にもしっかり謝ってくれたので、許さないとは言っていたがこれまでの経緯と誠意を加味して不問とすることにした。俺も本当にチョロいよね。

 

 

そうして全ての不安事項を失くした俺達は今日も元気に朱里くんと校舎で挨拶を交わし、政宗くんの1日が始まる。

 

 

その筈だったのだ。

 

 

「お、おい...幸村」

 

「あ?」

 

上履きに履き替えた俺が政宗の方を向くと政宗はとある封筒を俺に見せてきた。

 

「何だ、ラブレターか?お前もモテるなぁ...」

 

「違うわッ!!文面を見ろ!文面を!!」

 

そう言って紙をヒラヒラさせる政宗を落ち着かせてその紙を見ると、そこには二字の漢字がテキトーに書かれていた。

 

 

『豚足』

 

 

 

さて、これからどーしたものかな。

 

 

 




おや?某師匠の様子が...


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第17話 お嬢

 あだ名、というものは時に友好の証として使われることもあれば、侮蔑の証として使われることもある。

 

 例えば『ユキ』。これは、俺がよく松姉さんなどに呼ばれているあだ名であり、友好の証として使われている。まあ、あだ名を付けられるのは厄介だが悪気があってそう呼んでいる訳では無いのは周知の事実なので、別にこれはいいとする。

 

『ムネリン』も同様。俺が使うことはそうそうないが、これも政宗との友好の証として使うこともある。当の政宗は嫌がっているのであまり使わないのだが。

 

 では『豚足』や『変態紳士』、『むっちん王子』等はどうだろうか。例の残虐姫である安達垣愛姫が呼んでいるあだ名であるがこれは、明らかに侮蔑の証として使われている。

 

 故に、あだ名は良いものであると同時に、非常に恐ろしいものであり、いい意味でも悪い意味でも一生心に残るものになる可能性だってある。

 

 政宗はその代表的な例であり、『豚足』と言って罵ったらしい安達垣愛姫を恨み、復讐しようとしている。

 

 では、全ての復讐が完了した時政宗は『豚足』と呼ばれた過去を払拭できるのであろうか。政宗は過去に怯えず余生を過ごすことが出来るのだろうか────

 

 

『豚足ってありえないよね───!!』

 

「ゲホッゲホッッ!!」

 

「ま、政宗くん大丈夫!?」

 

 

 

 少なくとも『豚足』という言葉に過敏になっている間は政宗が過去を払拭出来るのは先になりそうだ。

 

 そう思い、俺は机にある牛乳を飲もうと手を伸ばす───

 

「上田くん牛乳!!牛乳パック握りつぶしてるッ!!」

 

 おっと、これは失礼。知らず知らずの間に俺は左手で牛乳パックを握りつぶしてしまっていたらしい。中身が飛び出て色々やばいことになってやがる。

 

 どうやら俺も例外ではなく『豚足』という言葉に過剰反応してしまっているらしく、これからどうするべきか、悩みに悩んでしまっていた。

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 時は過ぎてお昼休み。

 

 普段なら朱里くんや政宗とメシ買って食って駄弁るだけの簡単なお仕事もとい俺の安寧の日常だった筈なのだが俺の安寧の日々は校内一のお嬢様によっていとも容易くぶち壊されてしまっていた。

 

「...貴方とこうやって話すのも久し振りね、上田」

 

 跳び箱の上段に足を組んで座りドカ弁を平らげている女、安達垣がそう言って俺を見据える。その瞳は何時もと変わらず鋭く、何ら躊躇いもない目付きで俺という存在を見据えていた。

 

 さて、そんな瞳で見つめられている俺はと言うと、それはそれは汚くもない体育倉庫の地べたに胡座をかきながら購買で買った焼きそばパンを齧っていた。

 

「あー、そうだねー。で、なに?」

 

 俺としては一刻も早くここから抜け出したいのだが。

 

「...貴方のその適当な態度は何一つ変わってないわよね」

 

「お前もその高慢ちきな態度もな」

 

 両者お互い様って奴だ。相も変わらず俺は何をしでかすか分からないと姉に酷評されつつ政宗の復讐とやらに力を貸していて。

 当の安達垣も相変わらず男嫌いという痛いキャラをこじらせて、気に入らない人間にあだ名を付ける。

 それを考えると人の根本というものは中々変わらないものであるということを改めて感じる事がある。政宗だって、体型や苦手なものこそ克服したが、根本の『他者に優しく』といった心は変わっていないからな。

 

 閑話休題───

 

 さて、何故俺が安達垣愛姫にこんな昼休みの最中誰も近づかないような体育倉庫にお呼ばれしているのかというと、それは昨日の放課後にまで遡る───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日、政宗の『豚足』落書き事件の犯人を考えつつも、政宗と帰路を共にしようと下駄箱のロッカーを開けると白い封筒が俺の足元に滑り落ちてきた。

 

「...おい、幸村。何か落ちたぞ?」

 

「...あー、何だ。凄い嫌な予感がするからこのまま見ないふりっていうことにしても」

 

 後で誰かにその手紙について聞かれたら『あ、ごっめーん。考え事してたからその手紙分からないや☆』って言っておけば多分大丈夫な筈だ。

 

「確かにそれもいいかもしれないけど、もし告白のお誘いとかだったらどうするんだよ。その子の想いを踏みにじることになるんだぞ?」

 

 むう。

 

 それもそうだな。

 

「...じゃあ、開けてみるか」

 

 そう独りごちた俺はその真っ白な封筒を拾い上げて、封筒を開ける。するとそこには1枚の手紙が。

 

「おおっ...それもしかして本当に告白の手紙なんじゃ!?幸村に青春来たか!?」

 

 先程まで『豚足』落書き事件で顔をどんよりさせていた政宗がこちらに身を乗り出して手紙を見ようとする。おい、それ他人相手にやったらプライバシーの侵害だからな。

 

 鬱陶しいがこのまま開かないでいるとこの状態が続くだけ。そう思った俺は意を決することはなく本当に何気なくその紙に書いてある文字を見る。

 

 

 

 

 明日、体育倉庫。来なかったら社会的にぶっ殺す

 

 安達垣愛姫

 

 

 

「なあ、政宗。ラブレターが何だって?」

 

 これは、ラブレターなんかじゃない。レターはレターでもお前さんがあの時安達垣に送られたデスレターと同義のものだぜ?

 というか社会的にって何!?安達垣さん怖い!怖いですよ!?

 

 

「...幸村、ゴメン」

 

 よせよ、謝るなよ。そしてそんな憐れみと同情をミックスさせたかのような苦い顔は止めて!?

 

「...行くしかないよな」

 

 もし、ここで俺が行かなければ安達垣愛姫にハイキックをされるだろうし、これからの政宗の復讐計画にも支障が出る可能性すらある。校内一のお嬢の『命令』だ。行くしかないだろう。

 

「幸村...マジですまん」

 

 政宗は顔を青ざめてそう言うが、別に政宗の影響だとは限らないし、仮にそうだとしても復讐を手伝うと言った以上、こうやって1人でなにかするという事もある程度は予測していたし、何より俺はこのような事で政宗に謝られたくはない。

 

「別にいいよ。お前さんは気にせず『豚足』と書いた犯人を探しとけ」

 

「...ああ、分かったよ」

 

 そうしてお互い無言のまま帰宅して、今日に至るわけだ。

 

 

 

 それにしても、安達垣愛姫が俺を呼んだ理由って何なんだろうな。考えられるのは安達垣がここでメシを食っているのを告げ口しないように監視する位しか思いつかないのだが、他に何か用でもあるのだろうか。

 

 そう思ってパックジュースをチューチュー吸っていると、安達垣がこちらを見下ろす。女の子に見下ろされるシチュエーション。普段なら萌える筈なのだが彼女相手になると何も感じなくなるのは最早馴れた。

 

 「話があってきたの」

 

 ナプキンを片手に安達垣はそう告げる。先程まで弁当片手に目を輝かせていた安達垣は一転してこちらを冷酷な視線で睨みつける。

 

「上田、あれから...アレの調子はどうなの?」

 

 アレ?

 

 ああ、アレか。

 

 そう呟き思い出されるのはあの時の忌まわしきハイキック。あの時は確か顎にモロに入ったんだっけか。今ではすっかり痛くないし、気にすら止めてなかったけどな。

 

「俺の顎なら大丈夫!何を隠そう、俺は鉄人と呼ばれていてだな...」

 

 俺がそう言って自慢げに胸をポンと叩くと安達垣がすかさず侮蔑の視線を送る。

 

「貴方の事じゃないし貴方の顎なんて気にしないわよ」

 

 それはそれで問題なんじゃないのか。

 

 大体制服とはいえスカートを履いたお嬢様がハイキックなんかするんじゃありません!スパッツだったから良かったけど下手したら色々放送コード的にヤバいのが見えてましたからね!?

 

「...じゃあ何だよ。アレって何?しっかり言ってくんない?」

 

 呼び出されたのは俺。よって多少の狼藉は許されると思った俺は半ば逆ギレ気味にそう答える。すると安達垣が頬に1つ汗を垂らし息を呑む。

 

 そして、消え入りそうな声で一言──

 

「...真壁の手はどうだって聞いてんのよっ」

 

 ああ、政宗の手ね。政宗の手は今頃ズキズキしてんじゃないのかな。絆創膏は貼ってたけどあんなので痛みが無くなるのなら今頃絆創膏は大儲けだ。

 

 ...って、少し待てよ。

 

「...え、何?そんな事聞きに俺を呼んだのかい?」

 

 だとしたら俺を呼ぶのはお門違い。外で政宗にあった時に何気なく聞けば良い話だし、何なら今日も昼休みに来るはずだからそれとなく聞けばいい話でしょ?

 

 あ、それともこの子ったら助けてくれた手前政宗くんに直接聞くのが恥ずかしいの?やだもう!一丁前に人の心配しちゃって!!だったら少しでもいいから俺の顎も心配しろよ!!

 

 ...うえっ、自分で考えてて気持ち悪くなってきた。

 

「わ、悪い!?私だって人の心配位するわよ!!」

 

 いや、それよりも俺が聞きたいのは『何故、ここで、俺っちを、呼んだのか』なんだけどな。

 

 そう考えて、狼狽える安達垣を生暖かいであろう目付きで見ていると突如として体育倉庫横開きのドアが開く。

 

 無論、従者小岩井だ。その小岩井は俺を一瞥すると、安達垣の元へ駆け寄りパンを渡す。無論、高タンパク、高カロリーだ。そしてそれを受け取った安達垣は、そのパンにまるで飢えたライオンの如く食らいつく。

 

 「...見てて胃が痛くなんぞこれ」

 

 思わず目を背けたくなる光景だ。アンチ安達垣の代表格である政宗も安達垣が惣菜パンを食べてむせている光景なんぞあまり見たくないであろう。

 

 と、そんな事を思っていると解放されている横開きのドアから政宗が俺に向かって手を振っているのだから驚きだ。え、なんなんお前、ストーカーしてたの?それとものぞき見してたん?

 

 政宗を若干懐疑的な目線で見つめると、政宗はこちらを見つつ口パクで俺に言った。

 

『あまり見たくない光景だな!』

 

 ああ、そうだな。現在進行形でストレスが溜まってるよ。

 

 何はともあれ、1度安達垣の方を見た政宗は壁に寄りかかり安達垣に手を振り、声をかける。

 

 「大丈夫?」

 

 その一言でむせていた安達垣は、慌てて政宗の方を見やる。

 

 「な、なんで貴方が!?よ、吉乃!!」

 

 「お前さんがむせてたから飲み物を買いに行ったんだよ。感謝してやれよ暴君」

 

 「...本当、あんたは一言無駄よね」

 

 お前のその一言も充分無駄だぞ。

 

 「...で、何の用よ真壁」

 

 安達垣がハンカチで口を拭きながらそう言うと、政宗は安達垣の元へと近付く。

 

 「ご挨拶。元気にしているかなって思ってさ。幸村が来ているとも聞いたし、様子見にきたよ」

 

 「流石親友!俺をいつも気遣ってくれるな!」

 

 「おう!何せ親友だからな!」

 

 そう言って俺達は右拳を突きつけあう。無論、その際に視界の端で捉えた安達垣のまるで汚物を見るかのような視線には触れないでおく。

 

 「そういえば、親友よ。どうやら安達垣が言いたいことがあるらしいぜ?」

 

 今、ここで言いたいことがあるのなら言ってしまえばいい。復讐など関係なしに、自分に正直になることは大事だからな、ここテストに出るぞ。

 

 「ちょ、上田!!私はアンタに聞いてんのよ!!」

 

 「どのみちここに対象がいるんだから関係ないだろ。ほら、心配してやれよアッキー」

 

 「喧しいわよ変態紳士!!」

 

 俺が言おうが、安達垣が言おうが、そこに話題の対象となっている政宗がいるのならば、大して変わりはしない。それともこの安達垣の恥ずかしがり屋具合が乙女心とでもいうのか。

 

 何はともあれ、俺に向かって渾名という罵詈雑言を与えた安達垣は俺をひとしきり睨んだ後政宗の方を向き、答える。

 

 「アンタこそ...問題はないの?」

 

 「ああ、この手?ちょっと風呂入るのに染みるのと服が着替えにくいくらいかな?」

 

 嘘おっしゃい。今日も一日痛みで悶えてたでしょうが。

 

 「...別に、あんたを巻き込むつもりは無かったのよ」

 

 「...にしても、今回は流石に不用心過ぎるぞ安達垣。人に恨みを買う行為を常日頃から行ってるんだからそこら辺は用心しないと」

 

 「...悪かったわよ変態紳士」

 

 「人が久々にまともなことを言っているのに変態紳士とは何事だコラ。政宗もさっきから笑ってんなよ!?」

 

 「...すまん、こればかりは...く、くく」

 

 ...俺、渾名に苦労してるなぁ。

 

 まあ、何はともあれこれで政宗の『豚足事件』の犯人は絞られた。

 政宗といつも通りのやり取り、そしてその親友である俺と普通のやり取りを安達垣はしている。

 それ即ち、安達垣は少なくとも『真壁政宗』を『早瀬政宗』だとは気付いていない。

 

 なら、豚足と呼んだ犯人は誰だ?

 昔のいじめっ子か?...否、いじめていた事しか接点のないアイツらに今の政宗が分かるはずもない。

 そして、今回の復讐対象安達垣にも『犯行の兆し』は見えない。

 

 幼少期の政宗の発言と記憶、それに基づいた交友関係から察するに───。

 

 

 

 

 

 

 まさか、な。

 

 だけど、そのまさかも有り得るのがこの世界だ。人間、生きているうちは何があるか分からない。そう言われているのは他人が生きてから死ぬまで何を考えてるのか分からないからだ。突拍子もないことを考えるかもしれない。何か意外性のある行動を起こすかもしれない。人間は他者のそういった考えを完璧に見通すことは出来ない。

 

 だからこそ、人間は細心の注意を払わなければならない。そして、あらゆる可能性を探らなければならない。

 

 「...用は済んだよな安達垣。俺は行くぞ」

 

 そう言って踵を返し、外に出ようとすると政宗がこちらを驚いたかのような眼差しで見つめる。

 

 「幸村、行くのか?」

 

 「ああ、この先は俺がいてもお邪魔だろ?だから、俺はここでおさらばだ。じゃあ、アッキー上手くやれよー」

 

 「ちょ、上田!!」

 

 後ろで安達垣が何か言っているが、そんな事はどこ吹く風。俺は手をヒラヒラと振り、体育倉庫を出ていった。

 

 安達垣愛姫、彼女は犯人ではない。彼女のいつも通りの対応から俺はそう見た。

 

 いじめっ子がやった可能性?

 外見があれだけ変わって知りうる限りじゃボロすら見せてない政宗の正体が分かるか?

 そもそも小学生のいじめっ子達の思考なんて『その場にいるいじめがいのある奴を嬲る』程度にしか考えていない。ターゲットが逃げればまた次の弱い奴を見つけ、嬲る。その繰り返しだ。故に、あの時のいじめっ子が政宗のことを覚えており、尚且つ今の政宗を見て、『早瀬政宗』と断定する事には無理があるだろう。

 

 なら、誰がやったのか。

 

 それは、早瀬政宗の仲を知りうるであろう人間で、安達垣愛姫に復讐の念を燃やす『真壁政宗』ではない『早瀬政宗』を知っている少女。

 そして、あの時の政宗と安達垣の間柄を知っていた人間。

 

 お前しかいないよな。

 

 1人の少女が俺の横を小走りで通り過ぎる。その後ろ姿を振り向き、俺はその少女を見る。

 

 「小岩井吉乃」

 

 俺は、ただ一言そう呟き今後の彼女に対する対応について思考の海に潜っていった。




ふ っ か つ の と き が き た

さて、冗談にもならない10文字は置いておいて、遅くなってしまい誠に申し訳ありませんでした。
前までは1ヶ月投稿していこう!俺のやる気は100%だ!なんて柄にもないほどのモチベーションで書いていましたが見返してみると呆れるほどの誤字脱字。その他様々な問題がありまして更新がここまで遅れてしまいました。
この先、作者の都合につき期間が空いてしまう場合がありますがエタらずに何らかの形で更新していきたいので、これからもこの小説を応援頂ければ幸いです。嬉しいです。感動です。
新刊が発売される前に原作1話分を、何とか終わらせたい。
当面はそれを目標に頑張ります!

因みに、登場人物設定及び人物プロットを活動報告に書かせて頂きました。ネタバレなどは自己責任でお願いします。


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第18話 協力者

読者の皆様、暑い日が続きますがお元気でしょうか。

長らく開けてしまって申し訳ありません。

政宗くんのリベンジが次巻で終わることによるモチベーション低下.....だなんて言い訳はしません。怠慢です、某音ゲーマスターミリオンなんちゃらやら某Key作品の夏のポケッツにハマってました。

では、本編をどうぞ


 

 

 

 

 

 

 

安達垣愛姫は、例えてしまえば『ただの女の子』である。

 

これが、安達垣愛姫と同じ学校で学園生活を送った俺の感想である。

初日から目をつけられ、出会って、猛スピードで変態紳士と思い出されたものの、それ以降はウィンウィンの法則に則り渾名をバラされることもなく逆に大食らいという安達垣の弱点を暴露する訳でもない持ちつ持たれつの関係を繰り返している...繰り返しているのかはやはり知らないが約束を反故にする訳でもなく、しっかりと守ってくれている辺り、安達垣の心は『残虐』とは程遠く。

 

積極的にアタックを仕掛けている真壁政宗には、辛辣な言葉を投げかけるものの、自身を守る為に怪我を負った政宗を内心心配していたりと、『残虐姫』の渾名からは考えられないほど、安達垣愛姫は女の子をしてたのだ。

 

しかし、油断してはいけない。

ここぞという時──安達垣氏が激しく嫌悪する男からのプロポーズを受ける時にこそ、安達垣の残虐性は牙を向くのだ。

そう考えれば油断など出来ない。

 

おお、くわばらくわばら。

 

昼休みも終わる間近となるチャイムが鳴り響く頃、俺は既に飲み終えたパックジュースを外のゴミ箱に放り投げる。

一旦、思考───

 

「世知辛いなぁ......」

 

現実は中々順調に進むことは無い。分かってはいるのだがこうも上手くいかない所を目の当たりにしてしまうと歯がゆい思いになってしまう。

 

当面の俺の課題は、安達垣愛姫と真壁政宗の関係性を良好にすること、それから暴君安達垣の従者である小岩井吉乃に対する警戒。

怠ってはいけない目の前の課題を心の中で復唱し、ため息を吐き、空を見上げる。

 

空は、どんよりとした俺の気分とは裏腹に嫌という程の青空が空一杯に広がっていた。

 

 

 

 

 

 

時は放課後、俺は政宗と共に自宅までの帰り道を政宗の俺が体育倉庫から出ていった後のことを教えてもらいつつ歩いていた。

 

「まさか、お前が『薔薇ステ』を引き続き読んでたなんてなあ」

 

 

まさかあのタイミングで『薔薇ステ』を引用してくるなんて思いもしなかった。使い過ぎはイタイが先程のそれは間違いなく安達垣の心に刻みつけられた筈。

今週のファインプレーだ。熱盛もビックリだ。

 

「ああ!何せ幸村オススメの恋愛マンガだからな!」

 

名誉の為に言わせてもらうと、俺は厳しい鍛錬をしている政宗に1人だけの時でも気分転換を出来るようにという純粋な思いで読書もといマンガを薦めただけなのだが当時の俺の趣味が悪いせいで政宗が相当の薔薇ステ好きになってしまった。

『幸村オススメの恋愛マンガ』は図らずも政宗の趣味を悪くしてしまったのだ。

 

「というか、この歳にもなってお前が少女マンガを読んでることに驚きだわ。何、買ったの?」

 

すると、政宗は首を振って嫌らしい目付きで俺を見る。

 

「妹から借りた」

 

「妹の少女マンガを借りる兄って...」

 

「し、仕方ないだろ!?お前は俺が本屋で少女マンガを買っている姿を想像出来るってのか!?」

 

「やろうと思えば」

 

「即答かよ!!」

 

「おおっ、政宗が本屋をキョロキョロしながら少女漫画のコーナーへ行こうとするのが目に浮かぶっ!」

 

「ヤメロ!!」

 

少女マンガを拝読していた俺が言うのもなんだが正直妹ちゃんから本を借りるのははやめた方がいい気がする。きっと陰で『キモい』とか『クズい』とか言われている筈だ。

哀れ妹ちゃんよ。政宗を少女マンガ好きにしてしまった俺を許してくれ。

 

「ま、まあそんなことはどうでもいい!取り敢えず次の作戦は、暴君安達垣のメアド交換だ!」

 

「ほう、メアド交換か」

 

「これが出来れば俺の作戦は最早4分の1出来たも同然だ!」

 

「それは知らんが.....確かに暴君のメアド取得は大事かもな」

 

メアド交換安達垣愛姫を惚れさせる為には何よりも優先しなければならないことだ。安達垣愛姫のメアドを交換しなければ、安達垣を呼び出して遊びに連れていくことが何かと面倒になる。

 

そう、確かにメアド交換は重要なのだが...

 

「今の状況で送ってくれるとは到底思えないな」

 

「ええっ...」

 

心が多少は揺れ動いたとはいえ、まだメアドを交換出来るほどではない。あのイケメンと噂されていたし毛ぼーんですら撃沈したのだ。そう簡単に上手くいくわけなかろうて。

今の政宗が安達垣にメアドを交換しようと迫ったら良いように弄ばれてしまうのが何故か目に浮かんでしまう。

 

「女の子って、よっぽどアクティブな子じゃないと連絡先は簡単にはくれないものだぞ?政宗がそう言うのなら否定はしないがやるなら慎重に、引き際は間違えんなよ?」

 

こう見えて、政宗はうっかりが多いからな。この目の前の親友は、自身が豚足という今までの努力が泡となりかねない爆弾を背負っていることを忘れてはいけない。

 

「マジか。個人的にはいけると思うんだけどなぁ」

 

「まあ、あんまり悲観すんなよ。安達垣が少し男に対して捻くれてるだけなんだからさ」

 

個人的に行けるって政宗が思う事に関しては俺だってそう思う。何せ校内1、天下一と噂されるモテメン真壁政宗がメアド交換しようなんて女の子に言ったら校内にいる殆どの女子はメアド交換してくれる。だが、そこら辺の女と色んな意味で鉄壁、絶壁暴君の安達垣愛姫を一緒にしてはいけない。

彼女達と、安達垣とでは持っている心の壁が違うのだ。

 

だからこそ、気をつけなければならない。どんなに状況が好転しようが、思わぬところに落とし穴はあるものなのだ。

 

 

例えば────

 

目の前のこんなブービートラップのようにな。

 

「ムネリン」

 

俺が政宗の首根っこを掴むとうげ、と変な呻き声を上げてこちらを見る。

 

「何すんだよ幸村!?ていうかムネリン言うな!」

 

悪い悪い。

 

「それよりも、よーく下を見てみろ。こんなところに都合良く縄がある筈ない。これはあれだ、輪っかに足が入った途端に木に吊り上げられる奴だ」

 

そう言われた政宗が下を見るとそこには縄があり、改めて見ると、如何にもブービートラップといったような縄の配置をしていた。傍から見れば簡単なトラップ、しかし普段から足下に気を配る奴なんてそうそういないから一様にブービーとも言えないのがもどかしいところだ。

 

「うわ...マジかよ。誰だこんなトラップ仕掛けた奴」

 

「お前、色んな奴に恨み買ってんだな」

 

「やめてよね、あたかも俺が何時ものように恨みを買われているように言うの!」

 

いや、だってお前さん時々男に爆ぜろとか言われてるんだぜ?

口には出さない奴等も目付きがヤバいし。

 

「因みに、犯行予告とかはされてないよな?いくら政宗でもそこまではやられてない筈......」

 

「うん、やられてないから!!100パーセントやられてないから!!」

 

「人生って、何時、どこで犯行予告されるか分かんねえんだぜ?」

 

「そんなもの知るか!!」

 

さて、冗談は兎も角誰がこんなことやったのかって事に関して、俺達は考える必要がある。どっかの子供がやったといえば簡単だが、それではあまりにも都合が良すぎる。

 

 

政宗は色々な奴に恨まれてはいるが、それは『モテモテ』な政宗に対しての青少年の癇癪みたいなもので、普段の政宗と男達のコミュニケーションに問題があるわけでもなし。

 

 

タナベくんに関しては最早論外だ。彼がやったとは到底思えないし、仲直りして早々普段は温厚な彼がこのようなトラップを仕掛けられる筈もない。

 

ならば。

 

「警戒しといて良かった......ガチで」

 

若しかしたら、もうここにはいないかもしれない。しかし、やってみる価値はある。そして、俺達はこれを仕掛けた犯人の意図を知る必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

不確定要素は、はっきりさせとくべきなのだから───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『小岩井吉乃』!!お前さんがこれをやったんだろ!!」

 

俺が、誰に語りかけるまでもなく、そう大きな声で言うと、木の影からフードを被った少女がこちらを漆黒より深いフードと目付きをして現れた。

 

「...貴方」

 

「あ、出てきてくれたんだ。はろはろー小岩井さん」

 

おちゃらけて言った俺の挨拶に小岩井は更に睨みを効かせる。

 

「ど、どういうことだよ幸村!」

 

そう言われた俺は、先程までの政宗との会話を思い出しつつ、呟く。

 

「政宗、確かお前は俺に今日の出来事を話してくれた時こう言ったよな。『小動物のようなシンデレラ』である小岩井さんに安達垣愛姫がいる体育倉庫に連れて行って貰ったって、彼女は優しかったって」

 

「あ、ああ」

 

「その小岩井さんが今こうしてここにいる。それがどういう意味か、聡いお前なら分かるはずだ」

 

政宗は、努力して苦手なものも、弱点も克服した。外見も、学力も、苦手だった蜘蛛も女も克服することが出来た。

しかし、肝心な時に冷静な判断が出来ずにテンパってしまうのは真壁政宗の唯一克服することの出来なかった弱点である。

 

その件については、置いといて

 

黒いフードを被った小岩井吉乃がナイフ片手にコチラを睨んでいる。そして、俺が呼び出した瞬間に木の影から出ていったこと。

そのふたつのキーワードである光景を見た政宗はこちらを見て、答える。

 

「まさか...シンデレラこそがまさかの黒幕ってオチかよ」

 

「普通に考えたらそういうことになるな」

 

綺麗な薔薇にはトゲがある。初めから性格も外見も美人で完璧な奴などいないのだ。

安達垣だって、お腹が鳴る。

政宗は、過去にコンプレックスを抱えてて。

俺だって、短気だ。

なら、目の前にいるこの子だって、カンペキなんて筈はない。

何せ、あの時。タナベくんの件の時に偶然ばったり会った小岩井と今の小岩井の雰囲気なんて天国と地獄だ。あれは小動物の目付きなんかでは無い。無機質で、闇落ちしたような悪魔の目付きだ。

 

「で、その安達垣家の家令さんが何のようかね?」

 

「...貴方、やっぱり大阪の」

 

「いやあ、偶然って怖いよね」

 

それにしても、二転三転してキミにもう一度会うなんてな。

あの時、あのパーティーで、安達垣を会場へ呼び戻した少女。少女も時間を経て成長した為に当初は誰だか分からなかったけど、今ならわかる。

 

「お前は、政宗を嵌めようとした。だけど残念だったな、政宗の後ろには俺がいる」

 

「.....それがどうしたの」

 

「真壁政宗を舐めるなって事だ」

 

「...そう」

 

俺が小岩井に向けて睨みつけると、小岩井は一言だけ言って華麗にその双眼をスルーする。意外と恥ずかしい。

 

小岩井は今度は政宗を推し量るかのように見定め、そして政宗に告げる。

 

「豚足は、愛姫さまに仕返ししたいの?」

 

そう言われた政宗は、突然振られた事と豚足と呼ばれた事に驚くも何とか平静を保ち『冷静に』返す。

 

「...わざわざそうやって俺と幸村を嵌めようとしたってことはもう大体分かってんだろ」

 

「うん、だいたいは」

 

「...『仮に俺達が仕返しを敢行するとして』、キミは俺達に何をするんだ?」

 

そう言うと、小岩井は俺と政宗を交互に見て答える。

 

「...いいんじゃない?やれば」

 

その瞬間、小岩井の手からナイフが離れ、地面に突き刺さる。

 

「おっ」

 

「ひっ!!」

 

...政宗くん?そんな肝冷やしたかのような顔と声をするのは止めような?折角冷静になったのに。

ていうか小岩井さん怖いよ!!何でナイフなんて持ってるの!?

 

「私も協力してあげる」

 

「...何が目的だ?生憎俺達に出せるものなんて何も無いぞ」

 

政宗の言う通りだ。彼女が仮に政宗の手伝いをしたとして、彼女にメリットなるものなどはあるのだろうか。そう考えると、小岩井吉乃の行動は些か不気味過ぎる。

しかし、そんな事を意にも介していない小岩井はこちらへ歩き、投げたナイフを拾い上げる。

 

「大丈夫、わたしはあなたのことを裏切ることはない。...大体、わたしがあなたを裏切っても何ら得することはないから。それに別に私は貴方に何かを出して貰いたいんじゃない。もし、貴方の復讐が成功すれば愛姫さまは大人しくなる可能性がある」

 

そう言って、小岩井はフードを再び被り直す。

 

「政宗、これを選択するのはお前自身だ」

 

「...正直、今にも逃げ出したい気分だ。豚足の犯人がまさかあのシンデレラだったなんて」

 

「ああ、驚きだ。驚天動地だな。だけど少し落ち着いて考えてみてくれ。今、そのシンデレラちゃんが訪ねていることはなんだ?」

 

協力関係を結ぼうと、彼女は言った。それは、今の政宗を見てくれた上で、そう尋ねてくれている。

裏切られる可能性も勿論あるかもしれない。但し、それらは彼女を信頼しなければ一生答えに辿り着けることはない。

なら、俺達は協力関係を結んでくれるといったこの少女に対して何が出来るのか。

 

それはたったひとつだったりする。

 

「小岩井さんは手伝ってくれるって言ってた...な」

 

「なに、お前がその手を取らなくたって俺がその倍働いてやるよ。だからお前は安心して『やりたいこと』をやれや。その代わり、その手を取るんだったらあの子のこと、ちゃんと信じてやれ」

 

出来るなら、政宗にはこの少女に関わってみてほしい。限定された人物だけではない、他の人物と関わり、協力関係を結ぶことによって新たな作戦が発見されるかもしれないし、2人でできないことが3人でできるようにもなる。

しかし、強制なんかしない。しようとも思わない。政宗にとって1番大切なことは『自分で選択する』事なのだから。

信じるっても、裏切られるのは確かに嫌だし政宗の場合彼女を信じて裏切られたらゲームオーバーだし。

 

「...ありがとう、幸村」

 

「...礼を言われるような事はしてない筈なんだがな」

 

「してくれてるよ。幸村は、いつだって俺に立ち向かう勇気をくれている。小岩井さんの事とかで、色々テンパったりして迷惑かけたけど...後は任せてくれ。ここから先は俺が選ぶ」

 

政宗はそう決断すると、8年前よりずっと頼もしくなった背中を俺に向け、小岩井の下へと歩き出き一言。

 

「...小岩井さん、だっけ。俺は安達垣愛姫に復讐しようとしている。それは...バレてるよな」

 

「うん」

 

「俺は小岩井さんを信じるよ。正直、裏切らないかとか反りが合うかどうか不安に思うこともあるけれど、それよりも今は藁にもすがる思いなんだ。手伝ってくれるのなら俺は小岩井さんを信じたい、協力してほしい」

 

「...そ、なら私に任せて」

 

そう言うと、小岩井吉乃はある1つの紙を政宗に渡す。それはとある電話番号とメアドが書かれた紙であった。

 

「上に書いてあるのは愛姫さまのメールアドレス。これに関しては拡散したらはいごから刺すから」

 

「わ、分かったよ!」

 

「そこの変態も、勿論上田の倅だから一般常識は弁えてると思うけど」

 

「お、おう...所で何故キミの中で俺は変態になっているんだい?」

 

「...下に書いてあるのは私のメールアドレス。困ったことがあったら相談程度は乗ってあげる」

 

「無視!?無視ですか!?」

 

俺がそう慟哭すると小岩井さんの鋭い視線が俺の目を捉える。うへえ、上目遣いで睨みつける小岩井さん超怖いっす。

 

「ああ、分かった...じゃ、早速」

 

政宗が、我先にと電話をかけようとすると、小岩井さんは視線を政宗に切り替えて政宗の脛をサッカー選手も吃驚のトゥーキックで蹴る。

 

「痛い!?何するんだよ小岩井さん!!」

 

「貴方馬鹿?いきなり電話をかけてまともに会話できると思う?せいぜい1秒で会話を切られるのが関の山......ちょっと、変態。貴方豚足に何教えてたの?」

 

「ガンガンいこうぜっ」

 

「どうりで豚足がさっきから短絡的な行動しか出来ないわけ」

 

「それが政宗の最大の持ち味であり、最大の欠点だな。でもさ、攻撃は最大の防御っていうじゃないか。保守的になるよりかはガンガン行かせた方がいいんじゃないかな?」

 

「その解釈は絶対何かまちがってる」

 

なんでさ。

 

「と、兎に角今電話しちゃ行けないなら何故師匠は安達垣の電話番号とメアドをくれたんだ?」

 

「...これから提案する作戦を終わらせたあとに豚足の作戦の進行に拍車をかけるため」

 

そう言うと、小岩井は政宗に一歩近づいた。その距離は目と鼻の先。

 

「これから、豚足には愛姫さまとデートをしてもらう」

 

そう言って、小岩井吉乃は真壁政宗をぼんやりとした目付きで見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えええええええええ!?」

 

 

 

 

 

唐突過ぎて、俺もビックリだよ。

 




本編を変えてしまったことに関する言い訳と補足など諸々

☆「ああ!何せ幸村オススメの恋愛マンガだからな!」☆
=少女漫画が大好きな幸村くん。薔薇ステが1番のオススメなのは、松姉さんの影響。藤ノ宮にパクられた薔薇ステは未だに返ってきてなかったりする。

☆「変態」☆
=安達垣「何考えてるか分からないし気持ち悪い。変態紳士」
松華「何考えてるか分からない。変態!」
小岩井「愛姫様がそう呼んでるから。変態」

☆政宗にとって1番大切なことは『自分で選択する』事なのだから。☆
=原作の政宗くんは頼りの同年代がいなかったから『自主性』がちゃんとあったけど肝心の方法が伴っていなかったイメージがあります。その為親友の上田幸村がいるこの二次創作では、頼りの同年代がいて、方向性に無茶がない代わりに自分で考えて、行動する『自主性』の要素を薄くしています。
個人的にはこれともうひとつの要素が作者が政宗くんの二次小説を書きたかった1番の理由です。政宗くんに、もし心の友と書いて心友と呼び合える仲がいたら、どうなるのか。それを書きたくてこの小説を書きました。
もうひとつの要素はここでは伏せます。尤も、最初からこの小説を見てくれている心優しい読者様には筒抜けでしょうが(笑)

☆暴君安達垣のメアド取得☆
=双葉さん回が見たかった人と政宗が安達垣に振り回される回が見たかった人にはごめんなさい。政宗くんがメアドを吉乃によって取得したことによって政宗くんが委員会をやることはありません。
こっから少しずつ、原作と離れた事をやっていったりやらなかったりするので生暖かく見ていただければ幸いです。



さて、原作1話も半分終わり、こっから猛スピード...!と行きたいところだったのですが更新を滞らせてしまったりすることがこれからも多くなる可能性がございます。
そして、政宗くんのリベンジが10巻で終わってしまうこと。本当に残念です...個人的にはもっと続くと思ったのですが、それでも政宗という男がリベンジをする意味がなくなった以上、お話の区切りとしては良かったと思うし、何よりOADを出してくれるということなので、作者は大満足です。
作者はあまり漫画の単行本を買って読むことは少く、貸マンガなどを使って読んでいた人ですが、政宗くんのリベンジだけは、ネタバレの誘惑に耐えて、耐えて、そしてようやく最新巻です。
私はなけなしのお金を握り締めて即日で買いに行きます。それほど政宗くんのリベンジという作品は作者にとって面白くて、二次創作を書き始めた原点ですから。

さて、作者のクソの役にも立たない後書きは終わらせて、更新速度の遅さに対するお詫びと、これからも拙作をよろしくお願いしますのお礼をして、終わらせて頂きます。

『遅くなって申し訳ありません』

『そして、これからもこの二次創作をよろしくお願いします』



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第19話 委員会

 

 

 

 

 小岩井吉乃。

 

 安達垣愛姫の従者。見た目はおどおどした小動物のような娘であり、危険性の『き』の字も感じない女の子である───

 

 それが、彼女の外面だけを見ていた時の俺の感想である。

 

 今の彼女は、肝が座っており、双眼はまるで獲物を見定める蛇のよう。見た目は可愛いが油断していたら痛い目を見るであろう危険な娘。

 

 それが、今の小岩井吉乃に対する上田幸村の評価である。

 

 俺は思う。

 

 おどおどしている学校にいる時の彼女が本物なのか。それとも、今の彼女の顔が本物なのか。

 

 若しくは────。

 

 

 

 

 

 

 

『そのどちらの顔も、小岩井吉乃の本性なのか』

 

 

 

 

 

 俺は、政宗と小岩井が協力関係を結んでいる傍ら、そんなどうでも良いことを考えていた。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 

 さて、まさかの黒幕発覚事件から一夜経った今日の朝。珍しく早めに起きた俺は朝食の玉子焼きを作りながら、寝起きの良い目覚めに気分を踊らせ、柄にもなく鼻歌を歌っていた。

 

 普段は中々早朝には起きられないが、偶にこうして早く起きられる時がある。そんな時、俺は買っておいた玉子やらレタスやらソーセージやらを使って朝食を作り、太陽の陽射しを浴びながら茶を飲む。朝に近くのパン屋で適当なパンを買って食べている俺にとってこの時間は至高であった。

 

 「よし、調理完了だな」

 

 作った玉子焼きを皿に移し替えてレタス、ケチャップをかけたソーセージと皿に並べトースターにかけておいた食パン2つを取り出す。

 

 そして椅子に座り、手を合わせ───

 

 「頂きま───」

 

 俺がそう言ってトーストに齧りつこうとした瞬間、姦しく俺のスマホの着信音が鳴り響いた。

 

 「なんだ...?」

 

 独りでにそう呟き、スマホの画面を見るとそこには『小岩井吉乃』と5文字、そう書いてあった。仕方なく、トーストを皿に。

 

 「なんだ」

 

 朝の安寧というものは容易く壊れてしまうものだ。それは、俺とて例外ではない。

 

 「おはよう、変態」

 

 「モーニングコールには少し遅かったな。それと俺は変態じゃない、紳士だ」

 

 「馬鹿なこと言ってないで、これから私の言うことに耳を傾けて」

 

 オー、理不尽ここに極まれり。

 

 勝手に電話をかけられて、一方的に変態と罵られ、一方的に会話を成立させられる。これが、小岩井クオリティか、怖ーよ。

 

 閑話休題───

 

 「何用だ?」

 

 「今から私の言うことを実行してほしい」

 

 「うん、朝食食べたいから簡潔にねー」

 

 「ほしょうは出来ない」

 

 なら、俺がパンに齧りつける保証もあったもんじゃあないな。勘弁してくれ、折角の明朝が台無しじゃあないか。

 

 「......致し方ない。聞こう」

 

 そう言うと、小岩井は溜息を吐き話し始めた───

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 「......ぅ、ぅぅ」

 

 「う、上田くんどうしたの?」

 

 時は過ぎて舞台は教室。俺は、結局食べることが出来なかったトーストとスクランブルエッグ、その他諸々の朝食達に想いを馳せつつ涙を流していた。

 

 「あー......小十郎、今はそっとしておいてやれ」

 

 「ええ...本当にどうしたのさ」

 

 「幸村は、早めに起きたりした朝なんかは自分で朝食を作って食べたりするんだけどさ。その時間を邪魔されたりするとああいう風に落ち込んだりする。今日の落ち込み方はきっとそうだ。その証拠に......ほら」

 

 「トーストぉ......スクランブルエッグぅ......」

 

 「な?」

 

 「あはは......」

 

 さっきから政宗が俺についてのことを話しているけど、俺にプライバシーってのはないのか?

 

 ああ、随分前の大阪のパーティで安達垣に苗字がバレてる時点で俺のプライバシーの秘匿度なんてたかが知れているか。

 

 「......ふぅ」

 

 明朝。

 

 俺は安寧の一時を確かに小岩井吉乃という悪魔に奪われてしまったわけなのだが、何もその話の全てが無駄というわけではなかった。

 

 それは、俺に授けられたミッション。

 

 政宗と安達垣がとっととデートをしてしまえるように、安達垣に罪悪感という奴を植え付けるというミッションを小岩井に与えられたからだ。

 

 そのやるべき事とやらが明確になった今、俺が第一優先しなければいけないことは安達垣愛姫と話す機会を設けること。そして、罪悪感を植え付けることだ。

 

 会話、どうしようかな。安達垣になんて言えば良いのだろうか。

 

 そこまで考えて、俺は今回のミッションの難易度を知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 うん、無理ゲーにも程があるだろ。

 

 「......おい、幸村」

 

 ふと気が付くと、目の前には政宗がいてこちらを心配そうな目付きで見ていた。

 

 「大丈夫か?何かあるんだったら遠慮せず言ってくれよ」

 

 遠慮せず、か。ならば言わせてもらおうではないか。

 

 

 

 

 

 「玉子って腐ると硫黄の匂いがするの?」

 

 「考えてたの絶対それじゃないだろお前」

 

 バレテーラ。

 

 「まあ、気にすんな。大したことじゃあないし、俺のことを心配する以上に今、お前さんにはやらなきゃいけない事がある筈だろ?」

 

 「......大丈夫なんだな?」

 

 「ああ、大丈夫。だからお前も、安達垣とのデートプランをしっかり考えとけ。それが、小岩井との約束だろ?」

 

 「......俺には確かにやらなきゃいけない事がある。安達垣とのデートプランも考えなきゃいけないし、この先の事も考えなきゃいけない」

 

 「うん」

 

 「だけどさ、それ以前に俺と幸村は親友であり、悪友だろ。だから幸村、困ったことが起きたら一緒に考えよう。それは小岩井吉乃が協力関係になっても変わりゃしないだろ?」

 

 ......本当に政宗。お前さんって人間は。

 

 少しだけ、お前のその異常なほどの成長具合に嫉妬しちゃうぜ。

 

 「......ああ、そうだったな。スマン政宗」

 

 また、1人になってしまうところだった。

 ひたすら我が道を突っ走ろうとして、親友を置いていこうとしていた。今からやることくらい説明したって罰は当たらないだろうし、俺としては何ら問題もない。

 俺にとってはこれからの方針を1人で考え、悩むよりも目の前の親友との関係性を構築しつつも話し合うことによって方針を決めた方が有意義なんだからな。

 

 「今日は、少しだけ動こうと思っているんだ」

 

 「動くって......まさか安達垣に接触するってことか?」

 

 「まあ、そういうことになるが出来るだけ自然に接触したいんだ。ほら、俺って大事なところでトチったりするから」

 

 無論、本音だ。政宗も大概トチったりするが、俺はその上を行く。簡単な問題でコケたり、バナナの皮でコケたり、兎に角トチリやすい。

 安達垣との会話でだって、今でこそミスはないが何れボロが出そうで怖い。故に、場所の選択と、会話の事前準備くらいはしとかないと俺の胃が痛くなる。

 

 「そっか.....幸村」

 

 「なんだ?」

 

 俺がそう言って政宗を見上げると、政宗は俺の肩を掴み苦笑いでこちらを見やる。

 

 そして、一言。

 

 「.....後で、俺がよく使ってる胃薬を紹介するよ」

 

 

 

 .....

 

 

 

 まあ、なんつーか。

 

 

 

 「は、はは、ははは」

 

 より一層、攻略が難しく感じた。

 

 そんでもって今日の明朝からの朝食事件から今の瞬間までの運のなさに乾いた笑いが収まらなくなった。

 

 ついでに超過労働で、死にそうだ。

 

 「.....んで、問題はどうやって安達垣と接触するかなんだよな」

 

 「普段俺から話しかけてないのに急に話しかけるなんてことしたら確実に怪しまれるだろ?」

 

 相手はあの安達垣だ。休み時間に『やあ!安達垣さん!』なんて挨拶した日には普段の俺のイメージも相まってもれなく安達垣のゴミを見るような目付きが俺のガラスのハートをぶち壊しにいくだろう。

 そして、何より勘ぐられる可能性すら有り得る為、何とかそれだけは阻止したい。

 

 「そういえば幸村、ちょっと前まで安達垣と昼休みに体育倉庫で話したりとかしてたじゃん。あれと同じ感じでなんとかなんないかな」

 

 「バッカお前、あれは安達垣が来なかったら殺すとか脅しをかけられてたから来たようなもんでそもそも今回はお呼ばれもしてないんだぞ?」

 

 俺がそう言うと、政宗は『ノンノン』と指を横に振る。

 

 「あれと同じ感じで───詰まるところ、あれと同じ『動機』があればいいんだろ?だったら俺に任せろ!」

 

 政宗はポケットに忍ばせていた『リベンジ帳』のページを捲りあげる。そして、ページが半分まで行ったところで俺にそのページを見せる。

 

 「これは...?」

 

 「『安達垣愛姫は美化委員に所属している』。そして、美化委員は現在1人欠員が出てる.....これ、使えるんじゃないの?」

 

 「政宗、お前.....良くそこまで調べあげられたな」

 

 「幸村が安達垣愛姫について調べてくれたから、俺にも少し時間が出来たんだ。そしたら色々な情報を知って、これらは役立ってる。それは幸村、お前のおかげで得れた情報だ。だから、幸村はこの情報を傲慢に受け取る権利がある.....この後は、何が言いたいか分かるよな?」

 

 ああ、バッチリ分かってるよ政宗。

 

 「どーせお前のことだから『普段手伝ってくれてる幸村の為になにかしたい!役に立ちたい!』とか思ってたんだろ」

 

 「ええッ!?なしてバレた!?」

 

 「顔に出てた」

 

 「畜生仕事しろよ俺のポーカーフェイスッ!!」

 

 政宗は緩んでいた顔を思いっきり叩き、顔を締め上げるも顔に手跡が付いていて何となく締まらない。

 その滑稽さに思わず苦笑いしつつも、俺は政宗の目を見る。

 

 「分かったよ、その情報は傲慢に受け取るよ」

 

 但し。

 

 「情報を傲慢に受け取る以上、俺は安達垣に手加減はしないからな。絶対に次のデートでお前が有利になるように工面して、残虐姫を普通の女の子に仕向けてやる」

 

 「...例えばどんな?」

 

 

 

 それはな.....

 

 

 

 「安達垣とデートしてからのお楽しみ、だな?」

 

 「うわぁ、幸村さんすげぇドス黒い顔してますよ」

 

 政宗がが苦笑混じりにそう言うと、委員長と男子が言い争う声が聞こえる。その声を聞いた俺達はお互いに右拳を合わせて、俺一人が委員長の所へ向かう。

 

 そして、一言───

 

 

 「その仕事、俺に任されちゃくれないか?」

 

 政宗がお膳立てしてくれたこの好機、報いるのならただ単にありがとうだけで済ませるんじゃなくて。

 

 倍返し...否、100倍返しでお膳立てしてやろうではないか。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 放課後───

 

 本来なら、政宗と共にアフタースクールなパーリータイムを楽しみたかったわけなのだが、今回の俺は明朝から小岩井吉乃に命令されていた事をこなさなければならない。

 そして、今の今まで対策方法が全くと言っていいほど浮かんでいなかった俺は政宗のお膳立てにより、美化委員の仕事を口実にして安達垣愛姫に話しかけるチャンスを得たわけなのだが───

 

「...よっ」

 

「...何で貴方がここに居るのよ」

 

 校内の外で初っ端から睨みつけられる俺って一体なんなんだろうな。手加減しないとか抜かしたけどやっぱり怖いものは怖いです。

 しかし、本気と書いてマジとよむ俺に死角はなしだ。やってやろうではないか、師匠のミッションを100%どころか120%でクリアしてやろうではないか。

 

 「俺がここにいちゃいけないか?」

 

 「ええ、全くもって不愉快だわ」

 

 「まあ、そんなことを言うな。俺達は随分昔からお互いの弱みを握っている仲だろうて」

 

 「.....貴方、本当にいい性格してるわね」

 

 汚い?人の弱みに付け込むなんてサイテー?上田気色悪い?そうかそうか、確かにそうかもしれない。

 しかし、安達垣の弱みを握っている=俺の弱みを安達垣が握っているということでもあるんだ。これはウィン・ウィンの関係を利用したまでであり、決して俺有利な展開になる訳でもなく、逆を突けば安達垣有利の展開になる可能性もある言葉なのだ。

 安達垣の義理堅さを信用した迄である。安心と安全と義理堅さのアッキー。うん、間違っても口走らないようにしよう。

 

「取り敢えず、俺がここにいる理由ってのは夏まで他の美化委員の代理だ。だから夏までの我慢だ、頑張れアッキー」

 

 「夏まで貴方みたいなシンシ・ヘンタイといると思うと悪寒と脚気と頭痛がするわよ」

 

 「止めろよな、変態紳士を外国人の名前みたいに言うの」

 

 正直恥ずかしいから。ついでに変態紳士と言うのも止めて欲しいんだけど。

 

 「大体、貴方は私のことを舐めてるのよ。仮にも私は女よ?それなのに何の配慮もなしに『お腹空くよね!』とか『アッキー頑張れ』とか本当に最低。だからアンタはいつまで経っても変態紳士なのよ、この変態、ド変態紳士」

 

 「その変態三段用法止めて、俺のライフポイントゼロになっちゃう」

 

 ていうか、安達垣さん俺に対しての辛辣度上がってませんかね?なんか不敵な笑みも返されてるし、この人俺の反応見て楽しんでるの?この人マジでなんなん?

 一瞬、俺の短気メーターが振り切るも何とか平静を保ち、言葉を続ける。

 

 「時に安達垣。話したいことがあるのだが...」

 

 「...奇遇ね、私も貴方と話したいことがあったの」

 

 それならば、話は早い。とっとと面倒事は終わらせて政宗へお膳立て返しをしなければ。

 

 そう思い、俺が口を動かそうとすると

 

 「上田くん!?何で上田くんが美化委員の掃除してるの!?」

 

 「え、あ、ああ...」

 

 「愛姫さま、ごきげんよう」

 

 「愛姫さま!!」

 

 「...ごきげんよう、皆」

 

 お互いが取り巻きに捕まって会話どころではなくなってしまった。というか俺に取り巻きなんていたのか、今の今まで気づかなかったぞ俺。ひょっとして都会で良くあるとかいうカツアゲか?

 

 「...まあ、機会はまだまだあるしな」

 

 彼女も話があると言っていた。故に美化委員の仕事が終われば話す機会も設けることが出来る。

 

 俺は、取り巻きなのかカツアゲなのか分からない連中をなんとか撒いて指定された掃除場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指定されたのは旧校舎の窓拭き。正直なところ旧校舎って残していて何の特があるのかとか、色々言いたいことはあったが、まだまだ何かしらの需要があるかも分からない。そこには突っ込まずに、俺はただただ淡々と教室の窓拭きをしていた。

 

 思い返す。政宗との雑巾がけという名の苦行。毎年お正月になると、真壁の爺さんが『修行じゃ!!』とか言って部屋の掃除と廊下の雑巾がけを指示されていた。あれは、相当太腿に来た思い出がある。

 

 「さて...」

 

 安達垣と違和感なく話しかけられた上に会話の先約まで貰ってしまった。それにしても彼女から話があるというのは驚きだ。もしや、小岩井が何かしらの根回しをしてくれたのかもしれない。

 

 窓を拭きながら、俺は小岩井との電話内容を思い出す。

 

『とにかく変態は愛姫さまに罪悪感を植え付けて。根回しは私がしておくから、最悪その話に同調するだけでいい』

 

『お、おう...所で俺っちなして変態と呼ばれているのでしょうか...』

 

『変態だから』

 

『即答ゥ───!?』

 

 「...よ、よし。取り敢えずなぜ変態と呼ばれていたかは置いといて、安達垣に罪悪感を植え付けられるようにしないとな」

 

 最悪口裏を合わせたらいいっていうのはどういうことなのだろうか。小岩井が政宗の情報を教えたとして、今の政宗の情報で安達垣がデートしたいと思えるような情報などない。

 考える中で妥当なのは、政宗の過去を偽装して『実は女性恐怖症だったとか』、『親の愛を知らない』とかそこら辺で安達垣の同情を誘う作戦だろう。

 

 まあ、小岩井がどういう作戦で来るのかはどうでもいい。基本は口裏を合わせ、予定外なら俺が今の掃除中に必死に考えた罪悪感の植え付け方を工夫して、使えばいい。

 

 そろそろ、安達垣が来る時間だろうしな。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、上田」

 

 俺が窓拭きをしていると、後ろから聞こえる声。その声に振り向くとそこには藤ノ宮でもなければ双葉さんでもなし。安達垣愛姫が黒板前に立ってしていた。

 

「よ、安達垣。来たか」

 

 「ええ、来てやったわよ。私は兎も角、アンタにまで取り巻きがいるとは思ってなかったけど」

 

 「俺もびっくりしたよ。まさか取り巻きがいるなんてな」

 

 「.....アンタは顔は良い部類に入るからね」

 

 「お世辞か?止めてくれよそんなブラックお世辞」

 

 政宗や、朱里くんの方が余っ程イケメンの部類に入るだろうて。きっと今頃女子は政宗の隣にいる俺を疎ましく思っていることだろう。

 

 「で、聞きたいことってなんだ?」

 

 窓拭きをしながら俺がそう尋ねると、安達垣は語調を緩める事なく続ける。

 

「真壁の事なんだけど」

 

「...政宗くんがどうかしたのかね?」

 

「吉乃から真壁は食事が喉を通らず、授業中にも泣き始めるって話を聞いたのだけれど、それは本当?」

 

 おい、どんな悲惨な過去設定なんだよ師匠。

 確かに政宗はそうなってもおかしくないほどの悲劇を体験しているがしっかり乗り越えて元気にすごしているんだぞ。

 こちとら政宗の過去を知っている手前言い返したくなったが、冷静に、俺は安達垣の顔は見ずに窓拭きに集中しながら答える。

 

「...お前は何時も自分にくっついている家令の言うことを信じないのか?」

 

「別にそこまでは言ってないわよ。だけど...あまりに非現実的じゃない。あの真壁がメルヘン世界の主人公のようだなんて」

 

 そりゃそうだ。リア充街道まっしぐらの真壁政宗が実は食事も喉を通っていませんでしたーだなんて誰が想像できるものか。

 

「だから確認よ。真壁とつるんでいる貴方なら答えられるでしょう?」

 

 

 

 さて、口裏を合わせよう。

 

 

「そうだな、アイツのメンタルは確かに弱っているな。それは間違いない」

 

「...そうなの?」

 

 冷や汗を垂らしそう尋ねるのを窓の反射で見た俺は更に続ける。

 

「ああ、因みに最近安達垣がきつく当たってくるって泣いてたな。ストレスで胃が痛くなるって言ってた」

 

 嘘半分、本音半分。ハッタリを上手に伝える時は少しでもいいから真実を混ぜる。そうすれば人は高確率で真実と一緒に『ハッタリ』も信じてしまうのだ。

 

 ...別に、俺が実際にやられたから詳しいわけじゃないからな?本当だからな?

 

「う...」

 

 何はともあれ安達垣さん罪悪感で顔を俯かせてやがる。畳み掛けるなら今だな。

 

「あーあ、政宗がこうなってしまった原因の女の子がこんな時デートでもしてあげたら政宗のメンタルも正常になるだろうになぁ」

 

 俺がそこまで言って、窓拭きを再開すると安達垣はバケツを下に投げつけて指を指す。

 

「分かったわよッ!!行けばいいんでしょう!?行くわよ!!」

 

 何処の即落ち2コマだよ。

 

 そう突っ込みたくなる程、今回のミッションはあっけなく終わってしまった。こちらとしてはもう少し信憑性を高める必要があると思っていたのだが。

 安達垣さん意外とチョロい人?チョロイン?

 

 閑話休題───

 

「おーおー、楽しんで来いよリア充カップル共。末永く爆発しやがれ」

 

「喧しいッ!!大体こうなったのはアンタのせいでもあるんだからね!?親友の貴方が真壁の豆腐メンタルを直してたらこんなことにはならなかったのよ!?」

 

「ういー、不甲斐ない親友で悪かったなぁ」

 

 安達垣の暴言など何処吹く風。俺が片手をひらひらさせて間延びした声でそう言うと安達垣は更に俺を睨みつけて一言。

 

「覚えてなさいよ...!?」

 

 そう言って、ズカズカと帰っていった────

 

 「あー、待てよ安達垣」

 

 俺が安達垣を呼び止めると、安達垣はこちらを凄まじい程に睨みつける、

 

 「何よ!?」

 

 「デートのこと、師匠に良く教えてもらえ。お前、男とデートしたことないだろうからな。それから───」

 

 これは、俺が純粋に思った事である。

 

 「お前さん、その髪の結び方よりもストレートの方が可愛いぞ。多分、そうしたら政宗は速攻で落ちると思う、てか俺が落ちるかも」

 

 一瞬、空気が凍った。

 

 その直後、安達垣はまるでどこぞの漫画のように、顔から蒸気でも出さんかの勢いで顔を赤くして、狼狽する。

 

 「う...うるさいわよこのド変態紳士ッ!!」

 

 確かに今の発言はド変態だったかもな。今回は否定のしようがない故に両肩を竦めて苦笑いする

 

 「甘んじて受け入れよう」

 

 「この.....!覚えてなさいッ!!」

 

 安達垣はそう叫ぶと、今度こそ猛スピードで教室を出ていった。

 

「...さて、俺の今回やる事は終わりかな」

 

 小岩井さんの言う通り政宗とのデートをお膳立てしたのだ。後は政宗の裁量次第だろう。

 

 俺は、小岩井さんの電話番号を入力して、小岩井さんに連絡をする。すると、スリーコールで小岩井さんが応答する。

 

 「おはろーさん」

 

 「...その間延びした声でワケわからないあいさつをしないで」

 

 「ははっ、悪い悪い」

 

 「...その様子だと、ミッションは無事に成功したの?」

 

 「バッチリ。食事も喉を通らないなんて物騒な言葉が飛んできた時は一瞬俺の耳を疑ったけどな」

 

 「愛姫さま、意外とああ見えて鈍いところがあるから」

 

 「鈍いのレベルを通り越している気もするのだが」

 

 まあ、俺に対しても最初は何処で出会ったかすらも忘れていたみたいだしな。そりゃ政宗がメルヘンチックな主人公だなんて嘘をつかれてもバレないか。

 

 「...今まで、私は愛姫さまの言うことを破ってきたことはない。だから愛姫さまは私に信頼を置いている。貴方ならわかるでしょう?上田」

 

 「主従関係を手玉にとったんだな」

 

 今までの小岩井の安達垣に対する誠実さがあってこその攻め方だ。こればかりはいくら俺と政宗が知恵を振り絞っても出来ない行動であり、大いに助かる。

 

 「......そういうこと」

 

 小岩井は相も変わらず無機質な声色でそう言うと、電話を切ろうとする。

 

 「ああ、待って待って小岩井。まだ聞きたいことがあるんだよ」

 

 だから、少しだけ時間が欲しいのだ。

 

 「...手短に」

 

 よし、言質は取った。

 

 これから俺の話すことは、俺の大切な友人の身を案じてって名目と────

 

 

「じゃあ、少しだけ聞いてもいいかい?

 

 

 

 

 俺の知的好奇心を妙に擽るもの───

 

 

 

 

 

 

「なんでキミは、俺の親友の事を豚足と言うのかな?」

 

 

 旧校舎から吹く風は、俺の制服を靡かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第20話 再会

あの時、小岩井吉乃が言ったことが馬鹿みたいに勉強してた時のように、俺の知的好奇心を妙に擽った。

 

『豚足』

 

何故、お前は俺の親友のことを豚足と呼ぶんだ。それがひたすらに気になった。

 

仮定なんてその気になれば色々予測がつく。安達垣に教えて貰ったとか、人伝に聞いたのか、はたまた成りすました可能性だって十分にある。

 

けど、どれもこれも所詮俺が短絡的に立てたハリボテの仮定だ。

 

何故、小岩井吉乃が政宗のことを豚足と言うのか。それは本人にしか知り得ないことで、本人にしか真実を言えないことなのだ。

 

だからこそ、俺は知りたかった。

 

だからこそ、俺は聞きたかった。

 

 

 

小岩井吉乃という安達垣家の家令から、その口から発される真実を、知りたかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「別に...たまたま豚足と呼んでいたのを聞いてただけ」

 

小岩井吉乃は、無機質な声色でそう言い切った。

 

「...そうかい、それならいいんだけどさ。一応1つだけ」

 

俺は窓から見える景色を見ながら、電話に語りかける。

 

「『小岩井さん』。俺は政宗の過去をそれなりに知ってはいる。そして、政宗の過去を知った上で、政宗を手伝うと決意したんだ。」

 

「...それが何?」

 

「だけど、俺はその場にいた当事者じゃあない。だからこそ俺の出来ることなんてのは限られてくるし、最終的なゴールは政宗が決めなければならない」

 

けど、自らのゴール。そして、ゴールまでの道程を決めるのが政宗の役目なら、ゴールまでの道程を共に歩み、全力でフォローするのは俺の役目だ。政宗に出来ないことなら俺が助ける。そして邪魔をするような奴がいるのなら、俺はソイツを徹底して何とかする。

 

信州で修行した時は、2人しか居なかった。だからこそ俺達はそういった協力関係により安達垣愛姫に対抗し、復讐しようと決意した。

 

そして、今はその中に小岩井吉乃という人物が紛れ込んでいる。だからこそ俺はこれを言わなければならない。

 

「もし、キミが政宗を本気で手伝ってくれるのならば俺は政宗と小岩井さんの言うことを全力で遂行するし、フォローもする。だけど、覚えておいてほしい。仮に小岩井さんが政宗を本当の意味で裏切る素振りをみせたというのなら───」

 

 

 

 

俺は。

 

 

 

 

 

 

 

政宗に何と言われようと俺はキミを────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...馬鹿か俺は」

 

 

 

やっぱりこういう堅苦しいこと言うのは俺の趣味でも特技でもないな。というより俺は協力してくれる女の子に何を聞いてるんだよ。折角、協力してくれるんじゃないか。そして何より政宗が小岩井の事を信じてるんだ。親友の信じたものは一緒に信じてやるのが筋ってものだろうに。

 

『...?』

 

これだから俺はポンコツなんだよ。重要な時にヘマもやらかすし、安達垣にも変態紳士とか言われて罵倒される。

よくよく耳を済ませたらさっきから小岩井さん困惑気味に何か言ってますぜ。このような状況に陥ってしまったのは誰の責任なんだ?

 

アンサー。

 

うん、俺のせいや。

 

落ち着け、上田幸村。お前はもう1人じゃないだろ。だからこそ、昔のように『余裕のなく、怒りを孕んだかのような態度、声色』を出しちゃ駄目なんだ。思い出せ、親父が書いた下手くそな字の家訓を。『上田家たるもの紳士たれ』だろ、忘れるな上田幸村。

 

 

閑話休題───

 

 

「ま、何が言いたいのかっていうとさ。あれで結構政宗は信じた奴はとことん信じてくれる奴だから小岩井さんも政宗のこと信じてやってほしい、裏切らないで欲しいって事なんだよ...ま、話を聞く限り心配はなさそうなんだけどね」

 

「なにを言うかと思えば...私は豚足を裏切らない。私が目指すのは豚足の復讐成功だから」

 

そうかい。

 

なら、俺は政宗の信じた小岩井さんを信じることにするよ。

 

信頼関係って大事だもんね(棒)!

 

「んじゃ、長電話悪かった。これからもよろしくなヨッシー」

 

「殺されたいの?」

 

「すいません」

 

俺にあだ名のセンスが皆無なのは俺を含め、周知の事実である。

 

「ならよしのんは───」

 

 

電話は、無言で切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふしぎな、時間だった。

 

私は、豚足の友人を何処かで軽視していたのかもしれない。

 

豚足の友人は、名門上田の子息である上田幸村。彼と私が出会ったのは、数年前のパーティであった。

 

あの時、愛姫様の付き添いとして外にいるであろう彼女を呼ぼうとした時に私は彼に出会った。

 

第一印象は、『冷静沈着』という印象であった。茶髪の髪に切れ長の鋭い目つきは鷹のそれを彷彿とさせるものがあり、才媛の呼び声高い上田松華しかりこれが上田家の人間かと当時の私は朧気に思っていた。

 

 

 

『...アイツ、変な奴だったけどやけに大人びてるような...まあ、話してて悪い気はしなかったわね』

 

あの愛姫さまがパーティの後にそこまで言うほどの人間だ。故に、私は驚いた。あの上田幸村が八坂高校に来る。その事実は豚足が苗字を変えて転入してくるということの次に、驚いたことなのかもしれない。

 

しかし、高校生となった彼の目つきは幾らか緩和しており、豚足や朱里小十郎と話している時などは完全に一般人のそれをしており、あの時の印象は完全に崩れた。

愛姫さまも彼のことは全くといっていいほど覚えておらず、ついこの前まで愛姫さまは上田の存在すら忘れていたのだ。故に、私は上田幸村という存在に注意を払っていなかった。

 

そう、正直言って油断していたのだ。私は、上田幸村を舐めていた。

 

トラップを見破った時、私は過度な上田幸村軽視の疑念に駆られ、そしてその疑念は今の電話で確信となった。上田が私に送った言葉の声色には確かな強さが残っており、その声はかつて見た事のある上田幸村を彷彿とさせた。

 

そして、私は本能的に察知した。

 

彼を敵に回すのは不味い。

 

敵に回すつもりなどないし、私は豚足を手伝おうと最初から思っていたとはいえ、そう思わせる何かを上田幸村は持っていた。

 

しかし、逆を突けば上田幸村を上手く使うことが出来れば、豚足の愛姫さま攻略は相当近付かせられる。

彼は優秀───、それは紛うことなき事実なのだから。

 

今回の豚足の件の『答え』を知っているのは私だけ。豚足に、そして上田に気付かれないように、上手く豚足と愛姫さまをくっつけるようにするのが私の役目だ。

 

私、小岩井吉乃は豚足と愛姫さまに対して負い目を抱いている。その負い目を払拭し、いつか本当の意味で豚足たちと嘘偽りなく話せる時が来るのならば───

 

それは、豚足と愛姫さまの周りにまとわりつく柵を吹き飛ばしてからなんだと、今の私は思う。

 

 

 

 

 

そして、変態。

 

 

 

ごめん。

 

 

 

貴方の言いたいことは分かっている。

 

豚足と変態は信じてくれている。だからこそ私も豚足と変態を貴方達と同じ位に信じてあげるのが、裏切らないのが筋ってことも分かっている。

 

『私が目指すのは豚足の復讐成功』

 

現に、あの時変態に言った言葉は嘘じゃない。変態の恐れていることにはならないし、絶対にしない。

 

 

 

だけど.....上田。

 

 

ごめん。

 

 

 

あなたとの約束は既に、約束が約束として成り立つ前に破綻している。

 

 

 

それは何故か。

 

 

 

 

それは、私はもう貴方が豚足に会う前に、豚足を裏切っているんだ。

 

私はもう、取り返しのつかないところまできちゃってるんだ。

 

だから、私は貴方の約束は守ることが出来ない。

 

最初から守るつもりがない訳では無い。

 

私は、守ることが出来ないのだ。

 

 

 

だから、これはせめてもの償いだ。

 

私が貴方達に協力するのは、私の行った愚行の償いなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

政宗曰く、今日の自分はイケてるらしい。

 

まあ、そりゃ分かる。普段からイケメンの政宗が今日は腕によりをかけて自身を磨いたんだ。恐らく10人中10人が振り向くだろう。振り向かない奴は男に興味のない奴か、男に興味のない奴位しかいないことだろうな。

 

政宗曰く、隣に愛姫がいれば賞賛倍増らしい。まあ、そりゃそうだ。天下御免の美女、安達垣愛姫が隣にいるのだ。イケメンと美女。リア充カップル爆誕って奴だ。リア充爆ぜろ、マジテラワロス。政宗の周りで最近流行っている言葉を使ってみた。

 

まあ、何はともあれそんな砂糖吐きそうな光景を俺はずっと見ていないといけない。政宗曰く、不安だから来てくださいってな。お前さん、昨日まで自信満々だったじゃねえかよ。『安達垣愛姫を惚れさせてみせるぜ!!』って意気揚々と電話を切ったのは、つい昨日の夜のお話だ。

 

政宗と共に電車に揺られる。目的の駅まで後ひとつというところで先程までイケメンのオーラを振りまいていた政宗がこちらを見て、笑みを送る。

 

「見ててくれ、幸村......俺の力を!」

 

「ああ、頑張れよ。それとお前さん、こういう時よく面食らったりするから慌てないようにな」

 

「おう!」

 

政宗は威勢よくそう言うとまたしてもイケメンのオーラを振りまく......否、自分のモテ具合に浸っていた。

 

やがて電車が目的の駅に到着して、多くの人達が電車から降りる中、俺達もその集団に混ざり、改札を通り、構内を出る。

 

「んじゃ、俺はお前の後をテキトーに追っとくから。何かあったらメールくれ」

 

「分かった、んじゃ行ってくるよ!」

 

元気よく、威勢よく、政宗は飛び出していく。ああ、こうやって良い意味で後先考えず飛び出せる男が親友になるなんて、昔の俺からは想像出来なかった。本当に若いって良いですよね。俺なんて現時点じゃ16歳だけど精神年齢はアラフォーのジジイですからね。

 

「今じゃ、スマホの機械も新しいものに変わっちまって...時代って怖いよな」

 

ガラケーをポチポチしてた前世とは比較にならないくらい現世も発達した。スマホは、見たことのない程軽くなったり、性能変わったり、その他スマホ意外でも様々な文化が前世とは容易に比較出来てしまう。

何時か本当にこの世界についていけなくなりそうで怖い。まあ、そんなことを言ったところで結局適応していくんだろうけど。

 

「さて、ぼちぼち俺も歩くか」

 

行く場所は、俺も政宗に教えて貰っているため見失うようなことはない。故に俺はゆっくりと歩を進める───。

 

その瞬間に、俺のスマホが振動する。

 

「政宗か?」

 

おかしい、さっきまであれだけ元気よく飛び出したばっかりなのに。

俺が一種の疑念に駆られてメール画面を開くと、そこにはやはり政宗からのメールがあり、その内容は。

 

 

 

 

『助けて、安達垣がハダピュアやってる』

 

 

 

 

 

 

ジーザス。俺は空を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やい小岩井」

 

さて、先程の政宗のメールを見た俺は政宗に『きっと深い理由があるんだ』と返信して、目的の映画館に向かいながら小岩井に電話をかける。すると、6コールきっかりで小岩井が電話に出る。

 

「なに、変態」

 

「出るのが遅い。そしてお前さんは主人になんて格好をさせてるんだ」

 

「見ての通り、ハダピュア」

 

「俺は何故ハダピュアの衣装なのかって聞いてんだけどな。なに、お前さんって主人にもドSなの?」

 

仮にも安達垣家のお嬢様にさせる服装ではなかろうて。そして、さり気なく安達垣がホワイトニングさんの衣装を持っていることにも驚きだ。

 

「愛姫さまは、ハダピュアは好きな方。寧ろ小さい頃嬉々とした表情で見てたハダピュアファン」

 

「ふむ」

 

国民的アニメ『2人はハダピュア』は図らずも良家のお嬢様の服装を奇天烈なものにするきっかけを作ってしまったらしい。影響される方もされる方だが、その場合ハダピュアのホワイトニングさんに悪態をついても許してくれる筈だ。まあ、そんなことをしたらあっという間に俺の心のダークマターが浄化されるわけなんだが。

 

「因みにお前さんはハダピュアは好きか?」

 

「......むかし、色んなことがあって嫌いになった」

 

「...例えば?」

 

「愛姫さまが、ホワイトニングの真似して私を敵役に見立てて色々してきた」

 

何と。

 

それは『具体的に何をされたのか』色々気になるところだが、これ以上は本人のトラウマを呼び起こしてしまう可能性があるので自重させてもらおう。他人のトラウマを呼び起こす趣味なんか俺持ってないし。

 

「映画館に着いたからもう切るぞ。俺も映画見たいしな」

 

俺がそう言って電話を切ろうとすると、小岩井が待って、と制止をかける。

 

「今日、映画館は安達垣家の貸切になってる。だから変態は無理」

 

映画館入口前の上映予定表を見る。するとそこにはいかにもホラーといった映画一つだけが、時刻表に書かれてあった。いや、貸切なら上映予定表いらねーし。

 

「はあ?俺もわーきんぐ何たらって奴見たいんだけど」

 

ホラー映画だろ?安達垣が腰抜けたりするの見てほくそ笑んでいたいのが本音なのだが。

あと、ポップコーン食ってドリンク飲みたい。

 

「無理なものは無理。理解して」

 

「...映画館貸切なんてどこの時代のお偉いさんだよ」

 

ぶっちゃけこの世界でも映画館の貸切状態なんて滅多に見れるものではなかろう。大財閥、安達垣グループだからこそ出来る荒業ってか。安達垣グループ怖ッ!

 

「...用がないなら切る」

 

「ちょ、待てよ!」

 

今度は俺が制止をかけると、小岩井はうざったそうな声で俺に一言。

 

「なに」

 

「映画の上映終わるまでお話でもしようぜ?ほら、あれだ。暇なんだよ俺、孤独で暇だと死んじゃうの!死んじゃうからッ!」

 

「...あなた、本当に上田の人間?」

 

疑われた、酷い。

 

ついでに電話も切られた......いや、何でさ。

 

 

 

 

 

 

......やれやれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな時に、再び誰かに電話をしたくなる俺は相当な馬鹿で変わり者だと自覚している。しかし、こんな気分になってしまった時、友達を呼び出せない俺は何時も誰かに電話をかけてしまうわけだ。

 

そうして電話をかけた相手というのは

 

『おや、幸村様ではありませんか』

 

3コールほどして電話に出てきてくれた藤ノ宮だ。というか、今こうした状況で電話出来る奴なんぞ藤ノ宮位しか見当たらない。

 

え、松姉さん?はっはっは。

 

「よ、藤ノ宮」

 

『今、どちらにいらっしゃるので?』

 

「何処って、多分お前が知らない所だぞ?」

 

『構いませんわ』

 

ならば、お期待に添えて言ってやろうではないか。

 

「東京の映画館前───」

 

その瞬間、肩をトントンと叩かれて、そちらを振り向くと。

 

俺の頬は人差し指に押された。

 

...いや、それよりもだ。

 

「...お久しぶりですわ、幸村様」

 

藤ノ宮寧子が笑顔で俺を見ていた。

 

「お前さん───」

 

さて、藤ノ宮寧子がここにいる件について誰か説明できる奴がいるのなら、是非教えて欲しいものなのだが。

 

誰か、説明頂けないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本当に申し訳ない』

 

俺は今、藤ノ宮の監視役である椎堂さんに電話で謝られているところだ。

 

「...いや、俺としては別に構わないんだが」

 

寧ろウェルカムってやつだよな。このまま1人でボーッとしてるよりかはもう1人、気心が知れている奴といる方が良いに決まっている。

 

『...貴方が寧子様を見つけて下さって本当に助かった。貴方なら安心だ』

 

「ええっ、それは買い被りすぎでしょ椎堂さん」

 

というか見つけたの藤ノ宮の方ですからね。本当にこの子は脱走癖があって苦労する。

藤ノ宮を若干ジト目で見やると藤ノ宮は笑顔で手を振ってきやがった。畜生、腹立つけど可愛い。

 

『本心だ、兎に角貴方が寧子様の隣にいるのなら、こちらから言うことは2つほど』

 

「2つ、ですか」

 

余程重要な任務なのか。

まあ、それでもいいだろう。乗りかかった船というやつだ。無事、藤ノ宮を保護しようではないか。

 

『...今日の5時には指定の公園へ向かってもらう。それまで自由に寧子様を連れ出してやってくれないだろうか』

 

...What?

 

「随分と時間に余裕があるんだな」

 

『今日は東京にある別荘の下見をしに来ただけなんだ。一応時間はあるし、寧子様も薬を持っている。前々から東京を観光してみたいと仰っていてな。少しだけ面倒を見て頂けないだろうか』

 

ええ......

 

「...ま、いいけどさ。俺、別に藤ノ宮嫌いじゃないし」

 

『なら、貴方に任せる。......上田家の子息に限ってそのようなことはないと思いますが、粗相のないように』

 

「分かってら」

 

その言葉を最後に電話を切ると、俺は藤ノ宮を見て目を細める。

 

「また脱走か。やんちゃが過ぎるぞ藤ノ宮」

 

「申し訳ございません...そこに、幸村様がおりましたので」

 

「あたかもそこに山があった的な発言するの、止めろよな」

 

「あら、そこに幸村様が動かざる山のように屹立していたのは確かな事実ですことよ?」

 

うむむ。

 

確かにそれもそうだ......そう、なのか?

 

「それよりも体調、大丈夫か?」

 

「ええ、これでもあの頃と比べたら随分楽になりましたのよ?」

 

それならば、別にいいのだが。

 

「藤ノ宮、言っておくが無茶だけはするなよ?お前は体が弱いんだからな」

 

人間、その気になれば幾らでも頑張る事は出来る。だけどその頑張りが仇になって倒れてしまえばその頑張りは一瞬にして無駄になるのだ。

それは、俺や藤ノ宮も例外ではない。

 

「...分かっていましてよ」

 

藤ノ宮は頬を膨らませて少しだけ拗ねた顔つきになる。

 

「頬を膨らませるな」

 

その表情は魅力的だが、今されてもかえって機嫌を損ねたような気がして後味が悪い。

 

「幸村様がいけませんのよ?折角二人きりの時にそのようなことを仰るから...」

 

「お前さんの身を案じての注意喚起だ。気を悪くしたんなら、悪かったよ」

 

心配なんだ、藤ノ宮の身が。親父と母さんが診てくれているから間違いは無いんだろうけどさ。それでも心配なもんは心配だ。

 

「......冗談です」

 

「冗談?」

 

そう言うと、藤ノ宮は怒ったような表情を変え、悪戯な笑みを浮かべて続ける。

 

「幸村様がどれだけ私の事を心配なさっているのか、少しだけ試してみました」

 

「......ついでに結果は?」

 

藤ノ宮の掌で転がされていたことを漸く察知した俺は、最早お得意となった苦笑いを浮かべてそう尋ねる。すると、藤ノ宮はくすくすとこちらを見つつ笑う。

 

「90点、ですわね」

 

ほう、なかなかの高評価だな。その評価はこの先変わることはあるのだろうか、気になるところなのだが。

 

「んで、そんな90点男としてはお前さんが何故こんな首都にいるのか聞きたいところなんだけど」

 

京都に住んでいる藤ノ宮が東京なんて暑苦しい所に来るなんて非常に珍しい。本来の藤ノ宮なら、この時期は全寮制の涼しい高校でまったりしているんだろう。若しくは軽井沢とか避暑地の別荘とか。

何かここに来なければならない理由とかあるのだろうか。椎堂さんの『下見』ってのも気にはなる。

 

......まあ、深く聞き過ぎるのは野暮って奴だよな。

 

「小旅行です。体調が悪くて中々東京には赴けなかったので、少しだけ東京見学をと」

 

「そりゃあご苦労なこった」

 

「いえ、交通手段は自家用車ですし住まいもお父様の仕事用のマンションの一室を貸してもらえているので実のところ大して疲れてはいませんのよ?」

 

成程、事情が事情とはいえ空調設備の効いた車内で風を切る音を聞きながら小旅行か。

何それ行ってみたい。

 

「...今から椎堂に頼んで車で移動しましょうか?」

 

「そりゃあ魅力的なお誘いだけど、遠慮しておく」

 

今は政宗と安達垣のデートを見守っていなきゃ行けないし、今から椎堂さんに頼むのは流石に悪い。

 

...というか、この子さり気なく俺の思考を読んでる?ひょっとして今の俺の考えているあんな事やこんな事もダダ漏れ?

 

「何それ恥ずかしい!」

 

「...頭の中では何を思考しても構いませんが、考えたことをそのまま口に出すのはあまり宜しくはなくってよ」

 

おっと、そりゃ失敬。100パーセントにお釣りが返って来るくらい俺が悪かったのは理解したからそんな人を哀れむような目を向けるのは止めていただけないだろうか。

 

「所で、幸村様は一体何を?まさか貴方が意味もなく街中に佇んでいるわけでは御座いませんでしょう?」

 

藤ノ宮が少し訝しげにこちらを見やるのを確認して俺は溜息をつき、肩を竦める。

 

「とある少年少女のデートを見守っていたんだよ」

 

「少年少女といいますと、幸村様の御学友の?」

 

「そー、ずっと昔にも話したろ?真壁政宗くん」

 

「政宗様の......と、いう事は幸村様の言う復讐とやらは既に始まっているのですね」

 

「そういうこと。まあそれは話すと本当に長くなっちまうから...取り敢えず行こうぜ」

 

「どちらへ?」

 

そりゃあ───

 

「まったり出来るところで、お前さんの行きたいところだよ。東京、見学したいんだろ?2時間くらいしか自由行動はできないけど、見学したいとこあんなら行こうぜ」

 

「あ───」

 

こちとら映画見れなくて少々憤っているんだ。本来なら政宗と安達垣が映画を見ている後ろでポップコーンとドリンクをバリバリゴクゴク飲んで時間潰すつもりだったんだからな。

その為に空けておいた2時間をぼっちで待機?冗談じゃない。ここまで来たのなら藤ノ宮が呆れるくらい小旅行をしてやろうではないか。

 

「だから行くぞ。尤も、ノープランなんだけどさ」

 

俺があてもなくぶらぶらと歩を進める。目的は、多分どっかの店だろうけど。

そして、パタパタと小走りで俺の横まで辿り着き、藤ノ宮は俺の隣を歩く。

 

「徒然なるままに...それも幸村様らしいですわね」

 

「そんなに大それたものじゃないけどな」

 

そう言って、藤ノ宮の方向──左を振り向くと藤ノ宮は何時ものニコリとした笑みで俺を見て。

 

「お供致します、幸村様」

 

一言そう言って、俺のゆったりとした徒歩と同じ歩幅、歩調で歩き出した。

 

 

 

 



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第21話 観察 (前)

 

『人』という漢字は長い棒と短い棒で支え合うようにして成り立っている漢字である。

 よく見たら片方よっかかってるじゃないかとか、片方が楽をしているのが人の概念とか、人という漢字の成り立ちには人間により様々な意見があるが、少なくとも俺は、人というものは支え合うように出来ており、その成り立ちのように人は支えあって生きるものだと思っている。

 

 俺の思考の場合は境遇も影響しているのかもしれない。俺は、現世で家族や親友、友人、他者と人と関わって、支えあって生きてきた。現に、政宗とは共に復讐を成そうと努力しているし、こうして1人になった時に藤ノ宮と会話したり、悩みを持ってしまった時には家族に打ち明けたり、尽くとまではいかなくとも、俺は人と関わっている。転生者という奇天烈な存在である俺が状況に困惑し、発狂することなくこの世界で生きてこれたのは人と支えあって生きてきた賜物なのだと思っている。

 

 まあ、何が言いたいのかというとだ。

 

 どんな境遇の人間だって、1度友情の尊さ、人と関わる事の楽しさを覚えてしまうと嫌でも友情や人と関わる楽しさに溺れてしまうのではないかという仮定を言いたかっただけで。

 

 今、俺は1人でいるより政宗と一緒に何かを考えたり、藤ノ宮とこうして2人で街中を歩いている方が楽しくて、あの時のクールぶってた俺を恥ずかしく感じていて───

 

 ああ、過去の俺って言うこと成すことの殆どが黒歴史だったんだなあと藤ノ宮と昔話に花を咲かせつつ、そんな事を思っていた。

 

 尤も、黒は黒でも、それを消したいだなんて思ったりしたことは今日を含めて1度もないわけなのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここですっ」

 

 藤ノ宮に言われるがままに連れていかれたのは、ごくありふれたファミリーレストランと呼ぶべき場所だった。

 

 「おお、藤ノ宮にしては......なんつーか、意外だな」

 

 藤ノ宮程の奴なら、もっと違うところを観光したいと言い出すのではないのかと思っていた俺としては妙に肩透かしをくらった気分だ。

 そう思い、藤ノ宮を見ると彼女は『ファミレス』という未知の店内に心を踊らせ、ドアに手をかける。

 

 「私、1度こういったお店に行きたいと常々思っていましたの」

 

 「ファミレスにか」

 

 「ええ......お時間、よろしいでしょうか?」

 

 「寧ろウェルカムだ。飯食ってなかったしな」

 

 何処でも連れていくと言った手前ファミレスに行きたいと言われて断るやつがいるのなら、見てみたいものなんだがな。

 

 「なら、良かったです」

 

 何はともあれ、俺が藤ノ宮の誘いに対して快諾すると、藤ノ宮は笑みを浮かべ、俺の後ろへと回り込む。

 

 「あの、藤ノ宮さん?」

 

 俺がそう尋ねると、藤ノ宮はこちらを苦笑いしつつ耳元で囁く。

 

 「......礼儀作法を知りませんので」

 

 「いや、別に礼儀作法とかねーから」

 

 そして、耳元に息を吹きかけないで。周りの視線とか、諸々痛いから。

 

 気を取り直し、ファミレスに入店し店内の端の席へと案内される。女性の店員さんのニヤニヤした笑みが矢のように俺の心に突き刺さる。

 

 席に座り、用意された水を飲むと冷たい水が喉を通過するのと同時に俺の頭も冷えて舞い上がっていた気持ちが少しずつ戻ってきた。

 舞い上がっていた気持ちが落ち着くと同時にいつもの体裁だけ落ち着いた感じが戻ってきた為、俺はいつものように藤ノ宮に話しかける。

 

 「にしたって、折角張り切って観光しようと思ったところがまさかのファミレスだなんて.....少し驚いたぜ」

 

 「あら、何時もはやる気が皆無の幸村様が折角御学友の為に何かをしているのですもの。邪魔をするのは野暮でしょう?」

 

 まあ、確かにやるべき仕事はあるのだが。

 

 「結構時間もあるんだぜ?その時間をファミレスでずっと潰すってか」

 

 「潰す、ですか?」

 

 「ああ」

 

 俺がそう言うと、藤ノ宮は少しだけジト目となり俺を見やる。

 

 「潰すだなんて滅相も御座いません。私は幸村様と共にファミレスに行けるということに意義を見出しているのです。昔は、それなりに苦労も重ねてきていましたから」

 

 「......ああ、そうだったな」

 

 藤ノ宮は、体に爆弾を抱えている。昔から、体調を悪くする時が多々あり、親父と母さんがほぼかかりつけの形で藤ノ宮家に通っていた。

 そして、その爆弾は今尚変わらず藤ノ宮寧子という女の体を蝕み続けているのだ。それでも昔に比べたら病弱では無くなり、学校へも行けるようになった。ただ、サプリメントや薬を毎日飲むことと激しい運動の禁止という制約つきではあるのだが。

 

 「ええ、そうですわ。こうして見知らぬ土地で殿方に手を引かれ、徒然なるままに歩き、何処かで休息を取る.....まるでドラマのようでありませんか?」

 

 「ドラマ.....ねぇ?」

 

 「幸村様がお好きなアニメにも御座いませんでしたか?熱血サッカー少年が記憶を失くした女の子に連れられてファミレスでパフェを───」

 

 「そのサッカーアニメの話はガチでやめて。トラウマを思い出しちゃうからっ.....!!」

 

 未だに夢に出てくるサッカーアニメ。某有名主人公の『サッカーやろうぜ!』という名台詞。今でもそのような言葉を聞くと殺意と破壊衝動が治まらなくなる時がある。それこそ、野郎の誰かがそんなこと抜かしてたら『じゃあ、お前がボールなっ!』と言って蹴りくれてしまいそうな位には俺にとってそのアニメはトラウマなのだ。

 頭を抱えて、恐怖に怯える。サッカー怖い.....!ゴルフ怖い.....!ついでにその話を持ち出してきた藤ノ宮さんめがっさ怖い.....!

 

 藤ノ宮を見る。

 

 すると、藤ノ宮は少しだけ呆れた表情で俺を見て、それでも何かをとても楽しむような、そんな顔をしていた。

 

 かつて───俺と藤ノ宮が初めて出会った時、彼女の顔はいつまで経っても無表情で、何をするにしても現状を憂うような、そんな顔つきをしていた。

 

 「藤ノ宮」

 

 何気なく、言葉を発した。

 

 「?」

 

 「今、楽しいか?」

 

 昔、縁側にて放った言葉をもう一度聞く。過去に、藤ノ宮は無表情で言った。

 

『生きることに希望を見出しきれていない』と。

 

 なら、今はどうなのかな。

 

 ここにいる時間は、藤ノ宮にとっての『生きる意味』になれているのかな?

 

 何気ない一言から生まれた言葉は、形にするにつれて明確な意図を持つ言葉に変わる。少なくとも、今の俺は目の前の女の子に対して『純粋な興味』と『心配』の感情をミックスさせたかのような気持ちを抱いている。

 

 そして、そんな感情を抱いた俺にそう尋ねられた藤ノ宮は一瞬惚けた表情でこちらを見るも、今度は無表情なんかでは無い、笑顔で俺に言った。

 

 「ええ、楽しくってよ?」

 

 「......ああ、そうかい」

 

 生きる希望を見出したかどうかは今の言葉からは察せられない。

 しかし、ただひとつ分かることは藤ノ宮寧子という女が過去の無表情とは違った笑顔を見せていたということで。

 

 俺は、その笑顔に心の底から安堵していた。

 

 そして、他でもない俺の心に少しだけ亀裂が走る。

 

 

 「......メニュー、頼もうか」

 

 笑いたくなる衝動が抑えきれなくなってしまった。政宗や藤ノ宮諸々の様々な人間に関わるようになったことで、俺の体裁だけのクールっぷりやら不動心(笑)等は直ぐに壊れてしまうようになってしまった。

 さて、その壊れっぷりやら体たらくぶりやらをを真正面から見ていた藤ノ宮はこちらを見てクスリと笑い、言葉を発する。

 

 「幸村様も、変わりましたわね」

 

 「ああ、変わっちまったな」

 

 全くもって、不本意だ。

 皆のせいで、毎日が楽しい。

 

 「ただ、それを言うなら藤ノ宮だって変わったよ」

 

 「私も、ですか?」

 

 そう言って、首を傾げる藤ノ宮。もしやこの子自覚していないのだろうか。

 昔のまるで諦観に満ちた顔つきはまるで垢抜けたかのようにニッコリと可愛らしい笑みを浮かべられるようになり。顔つきだって、可愛らしいそれから10人中10人は振り向くであろう美人のそれになった。

 

 「もしやお主、天然か」

 

 「天然.....?」

 

 俺が思わず口をついた一言に、藤ノ宮はまたしても首を傾げる。わーい、この子やっぱり自分が美人ってこと自覚してないよー。

 まあ、外見を皮1枚の人間と割り切ってしまえる藤ノ宮の事だ。恐らく自分の顔が美形かどうかなんてさして気にしてないのだろう。良くいえば、心の綺麗な人間、悪く言えば天然って所か。

 

 取り敢えず、俺は少しだけ藤ノ宮に笑いかけて言葉を紡ぐ。

 

 「顔つきが大分変わったよ。ああ、勿論良い意味でな」

 

 「良い意味か、悪い意味かは置いておくとして......それほど変わった実感は無いのですが」

 

 藤ノ宮はそう言うと、顎に手を当てて思案するも思いつかないようで、メニューのボードで顔を隠し、目だけを見せた状態で俺に問いかける。

 

 「具体的に、何処か聞いてもよろしいでしょうか?」

 

 具体的に、か。

 

 「よし、答えよう。具体的に言うとな、可愛くなったんだよ」

 

 「......幸村様の口説き文句のような何かも、久しく聞いてへんかったなぁ」

 

 藤ノ宮がジト目で何か呟くも、それを気にせず続ける。

 

 「具体的には、顔つきだよな。この際言ってしまうが全体的に垢抜けた感じがする。そして、昔から外見を皮1枚の問題と割り切り、どんな人間にも優しくしてくれるその心意気。その2つが重なることで藤ノ宮は外も中も完璧なスーパーガールへと変貌したんだ......って、藤ノ宮?どうしたんだよ。メニューで顔全体を隠すなんて、らしくない」

 

 「......幸村様はご自分が何を仰っているのか今一度お考えになって下さい」

 

 「スーパーガール」

 

 「考えて下さい」

 

 今度は冷たい声でそう言われた。意外とショック。

 

 心の中で、藤ノ宮の冷たい声とジト目を想像し軽く身震いしているとポケットにしまっていた携帯が小さく暴れる。

 

 「藤ノ宮、悪い」

 

 「構いませんわ」

 

 人と話している時に携帯を見てしまうのは些か気が引けるのだが、今回は状況が状況な為、一言断りを入れて携帯を見る。

 すると、そこには予想通り親友からの着信が電話という形できていた。

 

 「どした」

 

 俺が小さな声でそう言うと、政宗は電話越しから悲鳴にも近い声を出す。

 

『助けてくれ、幸村っ.....!俺、羞恥で死んじゃいそうだよ.....!!』

 

 ああ、何となく察しはつく。

 きっとこの男は隣にいる女のコスプレのせいで好奇の視線という二次災害を被ってしまっているのだろう。

 状況は痛いほど理解できる。しかし、この場にいる俺には政宗の抱える羞恥という悩みを消し去ることは出来ない。

 

 ああ、歯痒い。

 

 「ヨッシーの策略だ。まあ、仲良くデートは出来てるし結果オーライってとこなんじゃねえか?」

 

『結果オーライか!?ハダピュアのコスチューム着てる安達垣さんとデートしている俺の羞恥心は割にあっているのか!?』

 

 「ま.....まあ?遠回しに安達垣ディスれるし、後からそれが間違いだってことに気付かせてその話をネタに持っていくことくらいはできるから、割には合っている.....と信じたいなぁ?」

 

『疑問形ヤメテ!不安になる!めっさ不安になるっ!』

 

 懇願にも近い声色で電話越しに語りかける政宗が容易に想像出来る。腕時計をちらりと見ると時刻は丁度映画の上映から2時間。ということはトイレ休憩か何かで俺に電話を掛けているのであろう。

 

 そろそろ、俺も動かなきゃな。そう思った俺は政宗に尋ねる。

 

 「今映画館だろ?これから何処に行くんだ?」

 

 時刻は丁度昼を回ったところだ。映画見て、その次にやる事と言ったらご飯なのだろうが、ワーキングなんちゃらを見た2人が気軽にご飯を食べられる状態にあるのか。

 

『ああ.....安達垣たってのご要望で今から昼飯だよ.....』

 

 わーお。

 

 俺は心のどこかでアッキーの胃袋を軽視していたらしい。そうだった、彼女は何時だって何処だってお腹を空かしているお腹ペコペコのアッキーヌだったではないか。

 どんな血なまぐさいホラーを見たところで、その鮮明な記憶は全て食欲に凌駕されてしまう。それ程の食欲を安達垣は持っていたのだ。

 

 「お前さんは大丈夫なのか.....?」

 

『こちとら元々あんまり食わない上にホラー映画を見せられた後だぞ.....?食えないよ、ご飯食べられないよ』

 

 「そうか.....」

 

『.........所で、幸村は何してるんだ?映画館は貸切だったからどっかにいるんだろうけど.....』

 

 「ああ、近くのファミレスでたまたま会った友人と飯食ってる」

 

 何気なく、そう言うと政宗はやや驚いたようでドアを蹴るような物音が、雑音として俺の耳に響いてきた。

 

 「なんだ、どうした」

 

『幸村が.....ダチと、メシ?』

 

 「よっし、お前今何想像したか明日までに感想文1枚分書いて持ってこい」

 

 何を想像したのかは知らないけど、非常に失礼な想像をされた気がする。気分はさながらメロスを死刑にしようとした王様。はて、暴君とはこのような事を言うのだろうか。少し安達垣の気分が分かったような気がする。

 

『ええっ!?』

 

 「あ、今ので俺の心と耳が傷ついたから原稿用紙2枚分な?」

 

『理不尽なぁッ!?』

 

 政宗が涙目で頭を抱える様子が目に浮かぶ。少しの間の暴君ごっこは非常に愉快で面白く、続けたい気持ちもあったのだが、これ以上政宗を弄るのも可哀想になってきたし、さっきから藤ノ宮の視線が痛い為、ため息を1度吐いて話題を切り替える。

 

 「何処でメシを食うんだ?」

 

『ああ、それは.....近くのファミレスかな?安達垣さんお腹空いてるっぽいから遠出は出来ないし』

 

 ふむ、相手のことを考えたいつものCOOLな政宗になってるな。少なくともKOOLにはなってないことが分かった俺は胸を撫で下ろす。

 

 「分かった。んじゃ、場所が分かったら教えてくれ。俺はもう暫くメシ食ってるからよ」

 

『了解っ、後からでいいから俺のこと見ててくれよ?』

 

 「おっけー」

 

 俺が軽いノリでそう言うと通話が切れ、ツーツーと電子音のみが俺の耳に響く。それと同時に聞こえてきたのはファミレス特有の様々な人の会話の声と、藤ノ宮の一言だった。

 

 「.....友人、ですか」

 

 「へ?」

 

 凍えるような、そんな声に俺は思わず素っ頓狂な声を上げる。ただ、それも束の間、頬を膨らませた藤ノ宮はふう、とため息を吐いて窓を見つめる。

 

 「幸村様にとって、私は一体何者なのでしょうか」

 

 ふむ?

 

 それは一体全体どういうことなのだろうか。

 

 「幸村様には、様々な御学友をお作りになって、様々な方々と友人になりました。その中でお作りになられた幸村様の友人という輪の一括りに政宗様や私といった旧友は、含まれてしまうのでしょうか」

 

 そう言った藤ノ宮の言葉は、上手くは言いきれないけどいつもな凛々しさとは何か違う心細げな語気を纏っていた。

 まるで、悩みの種を打ち明けるように。そして、不安気な目線が俺をちらりと見て、ハッとなったかのようにまたそっぽを向いた。

 

 

 お主は親の様子をちょくちょく伺う、親に怒られた子供かっ。

 

 

 そう言いたくなる程の意地らしくて、昔の面影を残した藤ノ宮の表情に少しだけ懐かしい気持ちになった俺は、きっと意地の悪い笑みを浮かべている。

 

 「藤ノ宮はさ、昔の俺を知ってるよな」

 

 「.....ええ、知っていますわよ。勉強ばかりしてて、要領は少し悪くて、それでもこれと決めたものには真っ直ぐ取り組む幸村様の芯の強さを、それだけではない幸村様の良いところも、悪いところも全て知っていますわ」

 

 ああ、そうだ。

 

 そして、俺も藤ノ宮の事を知っている。

 美人で、頭良くて、見た目は完璧超人なんだけどその実ちょっと腹黒くて、体が少しだけ弱くて、それでいてちょっと子供っぽい所のある藤ノ宮寧子を俺は知っている。

 

 だからこそ、とは言わないけど。少なくともこれだけは言いたい。言葉だけではきっと懇切丁寧には伝えられないけれど、他でもない藤ノ宮の為だ。一肌脱いで、恥を忍んで、言ってやろうではないか。

 

 「俺は、余っ程信頼してる奴じゃないと二人っきりで飯食いに行ったり外に出たりはしないからな。そこら辺、よろしく」

 

 この先、信頼してる人間が増えることがあるのかもしれない。予備軍だったら沢山ある。それこそ朱里くんに、双葉さんなんて予備軍筆頭だ。

 けれど、強制連行や致し方がない時を除いて、自分の意思で『行こう』と思える人間は今のところ2人で、女友達ならたった1人のみだ。

 

 ───そして、それは俺の目の前で驚いた顔をしている女の子ってことは.....俺の携帯を見れば一目瞭然だ。友達少ない?ははっ、なんとでも言いやがれ。良くいえば一途だ。男の一途程重たいものったらありゃしないけど。

 

 「とにかく、藤ノ宮。この先どれだけ俺の友情の輪が広がろうが俺の中で、お前は特別だよ。だって、昔からお前の事知ってんだもん。大前提が大違いだってんだよ。だから、そんなに拗ねてないでこれから食べる料理に舌鼓でも打とうぜ?」

 

 そう言うと、藤ノ宮は相変わらずのそっぽを向いていた顔をこちらへと向けて、ジト目で俺を見やる。ところが、そのジト目は以前よりか緩和されたように見えるのは.....俺の気のせいかな?

 

 「.....そうですか」

 

 「そうだよ」

 

 それに対して、俺はニコリと笑い言葉を続ける。

 

 「さて、何頼もうか」

 

 「そうですね、ここは甘味でも頂きましょうか」

 

 「いいね、甘味。白玉ぜんざいとかいいんじゃね?」

 

 「和スイーツ.....いいですわねっ」

 

 俺と藤ノ宮は揃って白玉ぜんざいを頼み、品物が来るまでの暫しの時間を会話して、笑って、のんびりと時間を過ごしていた。

 こんな時間を過ごすのは久しい。

 

 最後に2人で会話をしたのはいつ頃だったやら。と、そんなことを考えていると不意に携帯が鳴る。これは、メールの着信か。

 

 「それに致しましても『俺はぼっちだからガラケーでいいよ』と仰っていた幸村様がスマホ.....人は変わるものですわね」

 

 「うるさいよ」

 

 全く、失礼しちゃうぜ。確かにそんなことをぼっち時代はそんなことも考えてたけどさ。

 本当に良い性格になったよな。と藤ノ宮の性格の変化を喜ぶと同時に恐怖で心がヒエッヒエになった俺はメールの内容を見る。

 

 その瞬間、俺の中の時が止まった。

 

 「幸村様?」

 

 人の雰囲気の変化にはそれなりに過敏な藤ノ宮が俺を見て心配そうに尋ねるのを笑みで制して、もう一度文面を見る。

 

 

 

 

 

 

『飯、✕〇ファミレスで食べることになったよ』

 

 

 

 

 

 

 

 「.....藤ノ宮、後で俺の友達を紹介するよ」

 

 「.....え?」

 

 尚も心配そうに俺を見る藤ノ宮に乾いた笑いを見せる反面、内心俺は頭を抱え、安達垣にバレないようにする為の対策を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回で原作1話を終了させる予定です。

閑話で原作0巻のお話を入れるかも。

藤ノ宮の話し方が上手く掴めません。

アドバイス、ご指摘頂ければ幸いです。


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第22話 観察 (中)

終わる終わる詐欺をしてしまう駄作者をお許し下さい。

纏めて出すのも良いのですが、それだとどうしてもキリが悪いので近日中に後編を出し、原作1話を終わらせます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

『必死に頑張る姿は人の心を打つ』

 

 これは数年前に幸村の親父さんに教えられた言葉であり、今でも俺の心に刻みつけられている言葉である。かつて『早瀬政宗』という存在がデブだった頃、俺は死ぬ気でその現実に立ち向かい、痩せるべく努力した。

 

 必死に頑張ることで、仲間もできた。それは数だけで言ってしまえば些細で、小さなものだけれど一人一人の力だけは誰にも負けないと自負できる仲間たち。

 

 友達だって、出来た。それは、俺の素性こそ知らないけれどデブじゃなくなった俺に対して友好的に接してくれる人。

 もし、あの体型のままだったらって思う時はあるけれど、そんなことを言ったら幸村に怒られるし、口には出さない。

 

 かくして、俺という人間はひたすらに努力を繰り返したことにより昔とは驚く程にいじめとはかけ離れた世界を築くことが出来た。それは、長年『早瀬政宗』自身が希求していたものである友人に囲まれた普通の暮らし、楽しい世界。それを掴み取れた俺は、幸せなんだと思っている。

 

 

 それでも、俺の心の内面───『真壁政宗』自身は、それじゃあダメなんだ。幾ら信頼出来る仲間を増やそうが、友達を増やそうが、諸悪の根源を叩かない間は、俺のこの気持ちが晴れることはない。

 

 かつて、俺を裏切った女は今も男達をバサリバサリと言葉で切り倒し、のうのうと従者を連れて暮らしている。

 

 腹立たしい。

 

 イライラする。

 

 安達垣の姿を見る度にそんな感情が抑えられなくなっていく俺は、きっと意地になってしまっているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここだよ」

 

 時はお昼時。俺は安達垣愛姫とワーキングデッドとかいう超絶濃密ホラー映画を鑑賞し、その映画の凄まじさに辟易しつつも安達垣の隣で目的の店を指差す。

 ハダピュアの衣装を着こなした何時ものツインテールではなく、髪をストレートに下ろした安達垣は、俺の指さした方向を見て、興奮と空腹を抑えきれずに俺の手を引っ張る。

 

 「速く行くわよ、真壁」

 

 「え」

 

 「え、じゃないわよ。とっとと私をエスコートしなさい。ご飯、連れてってくれるんでしょう?」

 

 コイツ。

 

 それは少なくとも男を引っ張って今まさにドアに手をかけようとしている女が言うセリフではなかろうて。

 何時もの落ち着き払った安達垣愛姫はどこへ行った?なんだ、無限の彼方にでも飛んで行ったのか?

 とはいえ、安達垣とデートをしている以上ここは1歩引いて紳士的な行動をせねばならない。幾ら罵倒されようとも山のような心で、寛大に。悪態は心の中に留めるのみにしなければな。

 

 「分かったよ、それじゃ行こうか安達垣さん」

 

 「言われなくともそうするわよ。なに、アンタ馬鹿なの?」

 

 このまな板女め!

 

 俺は心の奥で安達垣に悪態を突き、店のドアを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 「いらっしゃいませ!何名様で御座いましょうか?」

 

 店内へ入ると、まさに元気溌剌といった様子のウエイトレスさんがこちらに駆け寄り、俺達に話しかける。一見普通の元気な店員さんだがその実自身の太ももを思いっきし抓っており、安達垣の奇天烈な格好に対し笑いを堪えている姿が容易に察せられた。

 とはいえ、流石飲食店の店員といったところか、プロ根性のような何かでこのおかしな状況を堪え、貼り付けのスマイルで俺達を席に誘導したのだ。正直、俺が彼女と同じ立場ならどうなっていたやら。きっと、笑いを堪えきれず即日クビになっていたことだろう。

 

 「安達垣さんは、こういう所は慣れてる?」

 

 座席に座った俺が、そう尋ねると安達垣はスカートを整えながら上品に座る。

 

 「まあ、ぼちぼちね。取り巻きの子達を従えてカフェなんかには良く行っているから」

 

 ほう。

 

 カフェには行くのか。とはいえ、カフェも飲食店でありそれなりに洒落の利いた店ならサンドイッチやらの炭水化物系の食べ物もあるわけで、そこに目移りしないのかと是非尋ねたい所なのだが。

 

 「周りの目とか大丈夫なのかい?」

 

 今日は休日だし、もしかしたら同じクラスの人間がいるかもしれない。そんな所で安達垣がドカ食いをしていたらそのクラスメイトはどう思うのだろう。きっと、殆どの人間は驚き、のたうち回ることだろう。

 しかし、そんな事など気にしていないかのように安達垣はふふんと笑い、俺を見る。

 

 「真壁は私を誰だと思っているのかしら」

 

 「安達垣さん」

 

 「今一瞬物凄くイラッときたんだけど.....まあいいわ。そうよ、安達垣よ。天下御免の安達垣愛姫よ?そんな私がこの程度の事で動じるとでも?」

 

 「うん、安達垣さん時々抜けてるところあるからさ。心配だよ、あんまりドカ食いしないようにね?」

 

 俺が、そう言って笑うと遂に安達垣は暴言を吐く。

 

 「余計なお世話よ」

 

 「すいませんでした」

 

 「大体、こんな時間に特に洒落ている訳でもない店に同級生が来るわけないでしょう?唯のファミレスよ?」

 

 「ファミレスを舐めるとは何事か」

 

 「黙りなさい」

 

 そう言って、安達垣は後ろを見渡して頷く。

 

 「.....それ見たことか。ここに居るのは私たち以外殆ど成人した中年老人しか居ないわ。真壁、アンタの予想する力も大したことは─────」

 

 ?

 

 先程まで得意気な笑みをしていた安達垣の顔が唐突に固まる。一体どうしたというのか。次第に固まった顔は解れていくものの、解れた顔は安達垣の自信のある笑み等ではなく、まるで『会ってはいけない人間に会ってしまったような』顔付きであった。

 

 どうかしたのだろうか。

 

 そう思い安達垣に尋ねようとしたその瞬間、不意にポケットに入れていたスマホが振動する。

 

 「なんだ.....?」

 

 変化した安達垣の顔付きに疑問を抱きつつも、スマホを取り出して内容を見ようとするとそこには親友からのメールが。

 ははん、さては幸村の奴場所が分からないんだな?仕方ない、ここは何時も手助けしてくれるささやかな御礼として場所を懇切丁寧に教えようではないか。そう思い意気揚々とメールを開き、内容を見る。

 

 

 

 

 幸村: やらかした、すまん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんでアイツが.....ここにいんのよ.....!」

 

 「.....あー」

 

 何だ、そういうことかよ。

 

 俺は、内心苦笑いしつつ安達垣の向いた方向を見やる。すると、そこには地毛である茶髪の髪にサングラスをかけたイケメンが同じく茶髪のロングヘアの綺麗な女の子と共に和スイーツを食べていた。

 というか、一緒に和スイーツ食べてる女の子は一体誰よ。そう思いつつ苦笑いをしていると、すぐ様幸村のモロバレな変装をいち早く見抜いた安達垣が俺の胸ぐらを掴み、糾弾する。

 

 「謀ったわね真壁.....!!」

 

 「ノ、ノン!!平和主義!!ワタシ!謀ったつもりじゃないよ!!」

 

 「嘘こけ!どうせ悪魔的な何かが閃いて上田を呼びつけたんでしょう!?朱里小十郎とかならまだしもあの上田を呼びつけるなんてアンタどんな精神環境してんのよ!阿呆なの!?」

 

 「逆に嘘を吐く理由がどこにあるんだよ!本当に今回の件についてはイレギュラーだって!」

 

 そもそも幸村は意図してこのような短絡的な見張りはしない筈だ。映画とかなら暗く、周りが見えない故に同じ場所で監視したりすることは有り得るものの流石にこのような店内で堂々と見張りをしたりはしない。

 普段変態的な行動を繰り返すこともある幸村だけど、俺の復讐に関しては真摯になってくれている。そして、真摯に取り組む故に幸村の性格上このような店内で意図して監視をするとは思えなかった。

 極めつけに、幸村は電話でメシを食べているという話をしていた。だとしたら、考えられるのはイレギュラー。まあ、飯を食べている場所を深く聞かなかった俺の落ち度でもあるという事だ。

 

 「それに、幾ら幸村だって今日のことを言いふらしたりはしないよ。断言するよ、絶対に言わないから」

 

 何はともあれ、安達垣の目を見つめて強くそう言うと安達垣は訝しげにこちらを見つつ、目を逸らす。

 

 「.....なら、いいけど」

 

 「おお、素直だね。何時もそうやって引いてくれれば良いのに」

 

 「アンタ1度処されたいの?」

 

 「すいません調子に乗りました」

 

 饒舌に舌が回りすぎて、失言をしてしまうことが多いな。まあ、テンパって何も言えないよりかはマシなんだけどさ。

 生まれ育った環境が環境なだけに、どうしても人を弄るのが楽しくなってしまう。おっと、俺は決して幸村のせいだとか、松さんのせいだとか、親父さんのせいだとか、薫さんのせいだとか、そんなことは言ってないからな。言ってないったら言ってないんだからな。

 

 「全く.....それにしても上田がこんな所にいるなんて思いもしなかったわ。しかも女連れで。いいご身分じゃない、こんな休日に女とデートだなんて。まさかナンパじゃないでしょうね、悪徳商法、キャッチセールスとか」

 

 いや、待って待って。

 

 確かに幸村は変な行動することはあるけど、ナンパするほど女の子に飢えてないって。しかも悪徳商法ってなんだよ。安達垣よ、お前の頭の中で幸村はどんな人間になっているのだ。

 

 「幸村はそんな奴じゃないと思うんだけど.....」

 

 「どうかしら、後々になって思い出したのだけれどアイツ初対面の私に向かってお淑やかな女の子が好きとか言ってたし、あの女なら上田の言っていたタイプに当てはまると思うのよ。所謂どストライクね、それもど真ん中直球の」

 

 そして親友よ。

 

 お前は出会った人間全てに地雷のような何かを埋めないと気が済まないのか。

 

 取り敢えず、帰ったら色々突っ込ませろ。

 

 「ま、まあ.....八坂高校にもお淑やかな女の子はいるけど幸村は手を出してないし.....ほ、ほら!幸村はそんなに愛には飢えてないから!」

 

 「分かってるわよ。ただでさえ変態なのにあれで愛にも飢えてたら.....ちょっと、あれよ。あれ.....もう手遅れになるわよ」

 

 安達垣さんはそう言うとむすっとした顔で幸村を見やるその姿はまさに癇癪を起こした子供。俺はそんな安達垣さんを見て、改めて俺は上田幸村という人間の人脈の多さに驚いてしまう。

 幸村は日頃からぼっちを自称している男だが、ああ見えて他人から信頼を置かれることに長けている。コミュ障でもない幸村は人と仲良くなる話術を心得ているのかとでも言うくらいに直ぐに友人を作ることが出来てしまうのだ。

 現に、あの安達垣愛姫が幸村を罵るものの突き放すことは無い上に、それなりに友好的なのだ。それは一重に上田幸村という人間の表裏のない誠実さと長年の社交パーティーなどで培ったのかは知らないが類まれなる話術によるものだということを長年幸村の傍にいた俺は知っていた。

 

 本当に頼もしいし、ありがたい。幸村がいなかったら今頃俺はストレスによる胃痛で相当頭を悩ましていたことだろう。1人では不安だったことも、2人なら不安じゃなくなる。

 幸村と出会って、俺は信じてくれる仲間の重要性をひしひしと感じていたのだ。

 

 「.....なに感傷に浸ってるのよ、気持ち悪いわね」

 

 不意に、声が聞こえる。その声により現実に引き戻された俺は安達垣を見つめ、気を引き締めて笑顔を作る。

 

 「いいや、何にもないよ。ただ、安達垣さんの事を考えててね」

 

 「へえ.....それは私との会話よりも優先すべきことなのかしら?」

 

 おっと。

 

 ここでかつての俺なら慌てて『そ、そんなことないよ!!』なんて馴れない女の子との対話のせいでテンパった故に言ってしまうところだが、今の俺はひと味もふた味も違う。

 

 松さんに鍛えられた女の子との話術.....と、いっても美人の女の子相手にテンパらないようにする訓練を受けただけだけど、それのお陰で安達垣相手にもテンパることは滅多になくなった。

 

 

 

『いいかな?所詮この世には人間は男と女しかいないの。だから男の子が女の子の事を意識するのは仕方が無いんだよ。だったら、いっその事めいっぱい意識して、その安達垣ちゃんとやらにめいっぱい美辞麗句を並べちゃおうよ!』

 

『は、はいっ!』

 

『じゃあ早速やってみよう!私の事をどう思ってるのかな!かな!』

 

『め.....滅茶苦茶綺麗で.....怖いです!』

 

『即答だ───!?』

 

 

 

 

 .....うん。あの時の松さんとの訓練はめっさ恥ずかしくて、めっさ辛かったけど、それのお陰で今の俺があるんだし───

 

 「うん、大事かな。だって俺安達垣さんとデートするの滅茶苦茶楽しみにしてたんだもん。何から話そうか、本当に迷っちゃうな」

 

 こうやって簡単に美辞麗句を並べられるってもんだ。

 

 「.....言うじゃない、真壁」

 

 「安達垣さんだって、かなりどぎつい事言うよね」

 

 ニコニコスマイルを崩さずに、そう言う。

 すると、安達垣は引きつった笑みで俺を睨み付ける。

 

 「私は別に良いのよ。最早私の残虐度は一種のステータスと形容してもおかしくないのだから。真壁、貴方にだってその気になれば渾名のひとつくらい付けてやるんだから」

 

 「ほう、例えば?」

 

 「吉乃に貴方の欠点を粗探しさせてるから直に私がとんでもない渾名を付けてやるって言ってんのよ。今に見てなさい、真壁。貴方の調子に乗った、舐め腐った態度を改められる日が楽しみね」

 

 ごめんなさい、安達垣さん。

 

 その人既に俺達の仲間です。

 

 「うん、分かってるよ。安達垣さんとデート.....楽しいなぁ」

 

 「話を聞きなさいッ!!」

 

 そう叫んで俺を睨み付ける安達垣を内心笑い、メニューを取り出す。

 

 「まあいいじゃないか。どちらにせよここでご飯を食べることには変わりないでしょ?お腹いっぱい食べて、午後に備えれば何とかなるよ」

 

 「はぐらかすんじゃないわよ.....本当サイテー.....!」

 

 吐き捨てるかのように、そう言われ内心ショック。幾ら復讐対象が相手でも、美人の子にそう言われるのはあまり気分がよろしいものでは無い。

 安達垣は俺の持っていたメニュー表を半ば強引に奪い取ると、メニューを暫く眺める。そして、1度頷くと一言───

 

 「ここからここまで、全部頂こうかしら」

 

 「ちょっと待て」

 

 「何よ」

 

 何よ、じゃない。幾ら大富豪のハラペコ娘とはいえあたかも服を買うような感じでメニューの全部を平らげようとするな。昼だぞ?学校でもドカ弁3つが最高記録だったではないか。

 

 「せめて腹八分目にしてよ。これから色々予定もあるんだしさ」

 

 「私にとってはアンタの豆腐より柔らかいメンタルの治療よりもお昼を平らげる方が大切なの」

 

 「.....幸村に笑われるぞ?『やーい、アッキーそんな可愛らしい表情してドカ食いとか似合わないよー、さっすが大富豪ー!』ってな感じにさ」

 

 俺が、幸村のおちゃらけた雰囲気を真似しつつ身振り手振りを交えてそう言うと、若干こめかみに青筋を立てた安達垣がため息を吐いて店員を呼ぶ為のベルを押す。

 

 「.....確かにそれも癪ね。なら、3人前程度にしようかしら」

 

 そう言って、安達垣は注文を尋ねた店員にステーキ等の料理を3人前プラスデザートを注文し、店員さんを驚愕させていた。

 そして、さりげなく後ろを見るとそこにはじっくり俺たちの様子を見つつも綺麗な女の子と会話に花を咲かせている幸村の姿が。

 

 リア充って、こういうことを言うんだろうな。そんなことを思いつつ、俺は安達垣のワクワクした姿を見つめつつ内心ため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3人前の料理が届くと、安達垣はまるで掃除機のように料理を吸引し始める。その姿は、普段残虐姫としてブイブイ言わせてる安達垣とはまるで別人で、それこそ小さな子供のような姿だった。

 

 しかし、昔の安達垣がそんな子供なのかと言われたら、それは違うと答える。少なくとも、俺が知っている『愛姫ちゃん』はハダピュアの格好をしながらファミレスのランチを3人前平らげるような人間ではなかった筈なのだ。

 

 「多分だけどさ、安達垣さんがよく食べるのって生まれつきじゃないよね」

 

 デザートのパフェを食べている安達垣にそう尋ねると、安達垣は少しばかり悲しげな表情になる。

 

 「そうね.....ちょっと昔、嫌なことがあってからかしら」

 

 そう言った安達垣の瞳はまるで懐かしい何かを憂うかのような瞳だった。そして、その瞳を見た俺は何故かその『嫌なこと』というキーワードに過敏に反応してしまったのだ。

 嫌なこと───かつて、俺と安達垣との関係が良好だった頃、安達垣がたったひとつだけ俺に見せた涙があった。

 その涙と『嫌なこと』は果たして関係するのか。今では、恐らく聞くことの出来ない、そして今の復讐者である俺には必要のない疑問を、俺は抱いてしまったのだ。

 

 「そっか.....」

 

 「ええ、そうよ。尤も真壁には関係のない事だし、私もその件に関しては割り切ったわ。いいじゃない、ドカ食い。隠れて食べなきゃいけない事とお腹が鳴る以外には大して不都合はないし.....何より、過去をずっと引き摺るよりマシじゃない」

 

 「それは、違いないね」

 

 過去を引き摺るのが良いことだとは思わない。一生引き摺ってのうのうと暮らすよりも、何らかの方法で過去を払拭しなければならないのだ。

 恐らく、安達垣の嫌なことと、俺の安達垣に対する憎しみは似ている節がある。それは、どちらとも何らかの形で過去の汚れを払拭しようとしている面だ。

 安達垣にとって、それが『ドカ食い』という術であって。俺にとって、それが『復讐』という術であるのだ。

 何時か、安達垣愛姫には痛い思いをしてもらわなければならない。そして、それが今ではなくても、何時か惚れさせて振る。その為にはどんなカードも惜しまず切る。

 

 

 

 

 そして、過去を払拭して───

 

 

 

 その後は────

 

 

 

 

 

 「ねーねーお姉ちゃん!」

 

 俺が明確にしている答えを今まさに脳内でまとめようとしたその時、不意に女の子の声が聞こえた。その声は、安達垣に対して発しており尋ねられた安達垣は不思議そうな顔つきで女の子を見ていた。

 

 「なにか?」

 

 「なんでそんな変なかっこしてるの?」

 

 そして、いきなり核心───

 

 女の子よ、自重しておくれ。今そんなことを彼女に言ってしまえば、もれなく安達垣の気持ちは昂り、きっと恥ずかしいワードを連発し、店内の空気をおかしなものにしてしまう!

 

 「へ、変じゃないわよ!これは『私はハダピュア』からの引用で───」

 

 「えー、そんなハダピュアしらないよー」

 

 「貴方が生まれる前にやってたのよ!」

 

 案の定そうだった!

 

 安達垣は立ち上がり、女の子に向かって腕を組む。その姿の滑稽さときたら、それはそれは普段安達垣が『変態紳士』と馬鹿にしている幸村以上に滑稽だった。

 

 「あ、安達垣さん自重───」

 

 「真壁は黙ってなさい!いいこと?子供のあなたには分からないでしょうけれどもこれは男女の付き合いには欠かせない儀式なの。初デートの時はお互いが打ち解けるために必ず仮装して───」

 

 「おねーちゃんハダピュアになりたい人なの?」

 

 「違うわよ!!何をどう解釈したら私がハダピュアに───」

 

 「もういい!!皆まで言うな安達垣さん!行くよ!!」

 

 これ以上は収拾がつかないと判断した俺は立ち上がり、安達垣の手を引いて早々に会計を済ましこの店を出た。

 幸村、すまん。これ以上は俺の心臓が持たない。俺はお前みたいに心臓に毛を生やすような人間にはなれないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あー、そこの女の子ちゃん。これにはとてつもなく深い理由があるんだよ。ほら、大人の事情っていうさ、兎に角あの話は誰にも言っちゃダメだぞ。お兄ちゃんとの約束だ」

 

 「おにーちゃんはハダピュアになりたい人なの?」

 

 「断じて違う。お兄ちゃんはレッドスターなアラキになりたかった真っ当な人間だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




因みに主人公はチャンスを切り拓くセ界1のスプリンターにもなれないし、夢掴む一打を決めることも出来ません。ご了承ください。


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第23話 観察 (後)

今日中に終わらせたからセーフセーフ。

なんて、冗談です。文才の無さによりグダグダ展開を先延ばしにしてしまった送検をお許し下さい御容赦下さい。


 

 

 

 

 

 

 「いやはや、まさかまさかの展開だ」

 

 和スイーツを食べ終えた俺と藤ノ宮はさっきからカップルしている政宗達をゆったりとしたスピードで追いかけていた。

 

 政宗は、恐らく周りの視線に耐えることが出来なかったのだろう。気持ちは何となく分かる。俺だって隣にいる女の子が間違った事をいたいけな子どもに吹き込んだりしたら止めるし、周りの視線に耐えることが出来ない。

 政宗の行った行為は、吉乃師匠から見てみたら『逃げ』と評されるだろうが、あくまで俺の視点だけで見てしまえば、寧ろ女相手にここまで円滑に会話を進めることの出来た政宗を賞賛する。

 凄いよ政宗。俺ならきっとアッキーを弄り倒して、ハイキックされて気絶まである。弄りたい衝動を抑えて既のところで会話を継続させた政宗はデキる男。はっきりわかんだね。

 

 やはり、松姉さんとの対話訓練が生きてるなぁ.....なんて、そんなことを思いながらひそりと呟くと、藤ノ宮が隣を歩きながら俺の発した独り言に同調する。

 

 「ええ、本当に驚きましたわ。まさか愛姫様がハダピュアのピュアホワイト様の衣装をお着になされていただなんて」

 

 「そういえば、お前もハダピュア好きだったよな」

 

 素晴らしき国民的アニメ、2人はハダピュア。最近は主人公交代でサンスクリーンとピュアホワイトが登場することは無くなってしまったが、何処ぞのバトル漫画顔負けの戦闘シーンは俺の心を大いに揺さぶってくれた。

 

 「幸村様もハダピュアは御覧になっていたでしょう?」

 

 「藤ノ宮の影響でな」

 

 今でも暇がある時に見たりしている。とはいえ、俺の中のハダピュア絶頂期は初代で終わっており、視聴する頻度は減ってきているのだが。

 

 「やはりハダピュアは私達の世代の国民的アニメなのですね。愛姫様の仮装と幸村様の会話でその想いはより一層強くなりましたわ」

 

 「それだけでか!?」

 

 「ええ、かくいう幸村様もハダピュアは国民的アニメだと昔仰っていたではありませんか」

 

 「まあ、そりゃそうだけどよ.....」

 

 なんか、俺との会話とアッキーの仮装でそう思われていることがものすごい腑に落ちない。アッキーの仮装は兎も角、俺はそこまでハダピュア愛を叫んだつもりはないんだけどなぁ。

 無論、心の中ではハダピュア愛のある言葉を吐いている。しかし、俺にも時と場合と状況を読んで発言するスキル位持ち合わせている。流石に人の前で『ハダピュアすっげえ好き!』なんて言えない。そこまで言えるほど俺はハダピュアラブじゃないし。

 

 「.....さてと」

 

 改めて俺は辺りを見回す。基本、人混みはざわざわと歩行者の声が聞こえているものでそれは今も変わることはない事実なのだが今回は何だか喧騒のベクトルが違うような気がするのだ。

 やっぱり、何だか周りが変にザワついてんだよな。これに関してはやはり今俺達が尾行している仮装カップル(片方)が問題なんだろうが。

 

 「.....普通はやらない?」

 

 安達垣の声が聞こえる。その声はまさに初耳という声色。そして、その声に藤ノ宮は同調する。

 

 「普通はやりませんわね」

 

 そして、やはり俺も頷いて。

 

 「普通はやらねーよなー」

 

 同調する事に徹した。

 

 政宗が顔を隠しながら、安達垣の言うことに肯定すると安達垣は顔を俯かせ羞恥に耐えるかのようにぷるぷると震える。

 小岩井さんよ、これが狙いか。狙いなのかと初々しいシーンを見させられている俺が内心げんなりとしていると、藤ノ宮が眼鏡を着用しながら問いかける。

 

 「幸村様、直に愛姫様がショッピングをする筈です。ゴーグルを着用した方がよろしいかと」

 

 「女の勘か」

 

 「はい」

 

 眼鏡越しに笑顔でそう言う藤ノ宮。

 

 もう、俺は女の勘とかいうやつにツッコミ入れたりはしないからな。

 

 やがて、遠くからではあまり聞き取ることが出来なかったが安達垣が藤ノ宮の予想通りに夏物やら何やらとしどろもどろになって政宗に言い訳しつつ次の行動予定がショッピングと落ち着いた。

 

 「さて、俺達は.....どうするか」

 

 「あら、幸村様は私服は間に合っていますの?」

 

 「ぼちぼちだ。というか、年がら年中私服着る訳でもないし.....俺は着るものは厳選して買うからなっ」

 

 金を大量に持っている訳でもないし、バイトをしている訳でもない。資金源は毎月送られてくる仕送り。そんな俺が服なんてものを大量に買える程人生は甘くないのだ。

 

 「それにしては随分とお洒落な服装ですわね」

 

 「ああ、なんか松姉さんにファッションの話とか色々されてたからな。政宗にもそういうの言ったりしてたし.....肝心の俺がそういうのに気遣い出来てなかったらダメっしょ」

 

 「.....ふふ、確かにそうですわね」

 

 そう言って、クスクスと笑を零す藤ノ宮。しかし、その表情は少しばかりの沈黙と共に変化し、俺を悪戯っぽい笑みで見やる。その瞳には、まるで何処ぞの傍迷惑で、それでいてマイペース美人のあの人の笑みを連想させた。

 

 「では、ここでひとつ冷やかしなんてどうですやろか?」

 

 そして、そういう時の藤ノ宮が何時もの京都弁になることで、俺は藤ノ宮の発した言葉にどうしても含み笑いをしてしまう。

 

 「ああ、冷やかしに行きますか」

 

 

 

 そうして、2人で悪戯っぽい笑みを見合わせて、笑う俺達はきっと性悪な人間なのだ。

 

 

 

 

 違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドアを開いた店内には多種多様な服が並んでおり、簡単なコーディネートなら直ぐに出来てしまいそうな程にはラインナップが充実していた。

 

 「ふーん、成り行きで入った店にしてはラインナップはあるんだな」

 

 「ええ、そうですわね.....と、幸村様」

 

 不意に服をちょこんと引っ張られて、隣を歩いていた俺は歩を止める。藤ノ宮は先程から1点のみを見つめており、その1点を追った俺はとあるTシャツが目に止まる。

 

 「幸村様には、このような服もお似合いでしょう」

 

 そう言った藤ノ宮が手に取ったのは、ハダピュアのプリントが入っているTシャツだった。

 

 「......フジノミヤサン?」

 

 それは、素直に見繕ってくれた感謝を言うべきなのか、1つ2つツッコミを入れるべきなのか、どっちだ?この子は俺をどうしたいのだろうか。

 

 「お値段は.....お手頃ですわね」

 

 「おい待てそれは俺の趣味じゃない」

 

 そもそもなしてこのご時世にホワイトニングさんのプリント入りTシャツが商品として売られているのだ。とっくにアニメの放映は終了し、今は新しい時代の新しいヒーローがテレビでよろしくやっているだろうが。

 それに関しては藤ノ宮も不思議そうに首を傾げ、Tシャツを凝視している。販売するならするで、今の時代に適したプリントを入れて欲しいものだ。それともあれか、これが俗に言う復刻とか言うやつなのか。

 

 「それはそうと、買いますか?」

 

 「買わん」

 

 再び購入を促す藤ノ宮に俺が断固拒否の姿勢を貫くと、分かっていたかのように息を吐き、持っていた服を元の場所へと戻し一言。

 

 「だと思いましたわ、流石にプリント入りTシャツを着用なさる程幸村様はハダピュア好きではありませんでしたもの」

 

 分かっているのなら最初から購入を促すな。

 

 危うく釣られて買っちゃう所だっただろう。

 

 さて、それはそうと向こうはどうかな。ちゃんとデートデートしているのだろうか。そう思い政宗と安達垣を探すと、そこには試着室の近くで悶々としている政宗を見つける。こうして1人でいるってことは.....安達垣は試着室の中か。1度だけ声をかけてみるか。さっきのイレギュラーも謝らなきゃならんしな。

 

 「藤ノ宮、俺は1度政宗の所に行くが.....お前さんはどうする?政宗とお話するか?」

 

 もしかしたらこの先交流があるやも分からん。藤ノ宮にとってはおおよそ何年ぶりかの政宗との邂逅と洒落こんでも、少しの時間なら害はないだろう。

 藤ノ宮の顔を見ると、その顔は少しだけ不安そうに俺を見る。

 

 「.....今の私が政宗様とお会いになって、大丈夫でしょうか」

 

 「や、ああ見えて政宗は女には慣れてるから心配すんな。ちょっと位の挨拶なら大丈夫だと思うぞ」

 

 何なら2人の女相手にしても気絶しない迄ある。昔の政宗は女1人と会話するだけでも一苦労だったからな。まあ、その弱点も蜘蛛同様紆余曲折を経て何とか克服しているのだが。

 

 「.....そういうことでしたら、ご挨拶だけでもさせていただきましょうか」

 

 「おっしゃ、んじゃムネリンに突撃すっぞー」

 

 「そのネーミング.....渾名はなんでしょう。何処ぞでお聞きになった気がするのですが」

 

 うん、それはきっと、気の所為よ。

 

 藤ノ宮に渾名に関してのツッコミをヒィヒィ言いながら躱しつつ、政宗の視界に入るであろう場所まで歩くと手を振る。

 

 「政宗、お疲れさん」

 

 「お、出たなイレギュラー星人」

 

 「悪かったっての。まさかここまで来るなんて思ってなかったんだよ」

 

 「分かってるよ.....何せ、幸村は俺の監視と同時に女の子とデートもしてたんだからな」

 

 「やだもう政宗さん、これ以上は俺のメンタルと良心に響くからやめて」

 

 この人絶対俺を弄って楽しんでますよね?何時ドMからドSに移行しちゃったの。少なくとも信州で修行してた時はそんな子じゃなかったってのに。

 

 「それはそうと幸村、そこのさっきから後ろでちょこんと隠れている女の子は───」

 

 政宗が俺の後ろに気付き、そう尋ねると先程まで俺の後ろに隠れていた藤ノ宮が俺の隣に立ち、政宗にお辞儀をする。

 

 「申し遅れました、藤ノ宮寧子と申します。政宗様とは随分前にお会いなさった事があるのですが.....ご存知でしょうか?」

 

 眼鏡越しに悪戯っぽい笑みを浮かべて唐突にそう尋ねる藤ノ宮に、政宗は若干驚きつつも直ぐに真顔に戻り、思案する。

 

 「藤ノ宮.....ごめん、聞き覚えが」

 

 「だと思いましたわ。政宗様、あの頃は小さかったですから」

 

 「小さいっていうと───」

 

 政宗はそう言うと、俺を見る。その顔は、若干苦虫を噛み潰したような顔をしており、それを悟った俺は政宗を安心させるべく笑う。

 

 「安心しろ、藤ノ宮は俺の馴染みだ。お前さんの過去のこともそれなりには知っているし、バラしたりもしない」

 

 俺がそう言い終わると、政宗の目の前に藤ノ宮が躍り出て政宗の手を掴む。

 

 「信じてはもらえぬかも知れませんでしょうが.....私、政宗様を応援していますわ。今はお手伝い出来ることはないでしょうが、何時か、何処かでお手伝い出来る機会がありましたら、なんなりと申して下さい」

 

 「.....うん。その時が来たらよろしくね藤ノ宮さん」

 

 「はいっ」

 

 そう締めくくると、藤ノ宮は政宗の手を離して再び俺の隣に立つ。

 

 「ま、そういう事だ。俺達はこのままお前さんの事を見張っているけど何か不都合があったら言ってくれ。提案くらいなら出来るからさ」

 

 「分かった。んじゃ、幸村は幸村で藤ノ宮さんとデート兼監視を楽しんでてくれ───」

 

 政宗がそう言って締めくくろうとした時、突如大きな声が俺達の鼓膜を刺激した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 悲鳴にも近い声、それを聞いた俺達は咄嗟に試着室を振り向く。声の発生源はあそこからだった。そして、そこにいるのは安達垣の筈。何が起きたのだろうか。

 そんなことを考え、思案していると不意に政宗が試着室の方へと飛び出していく。おい、その勢いでお前は何をする気だ───

 

 「あ、安達垣さん!?」

 

 

 

 

 

 

 勢いのまま、政宗はカーテンを開けた────

 

 「.....何をしてはるんやろか」

 

 さあな、俺に聞かれても困る。

 

 強いて言うのなら、小岩井吉乃の件から暫く影を潜めていた政宗のバッドステータスがここに来て解放されてしまった事くらいか。

 

 まあ、それは置いといてだ。

 

 「早くカーテン閉めて土下座をするべき───」

 

 その瞬間、安達垣の風のような右ストレートが政宗の顔面を襲った。

 

 「ぐおっ.....!」

 

 2言もせぬうちに政宗はノックダウン。そして、安達垣は殴り飛ばした政宗を見て、あたふたした後カーテンを閉めた。

 

 「政宗、大丈夫か?」

 

 俺が倒れた政宗に駆け寄り、そう言うも政宗は反応無し。完全に伸びてやがる。

 

 「まあ、何だ。自業自得だな」

 

 「致し方ない気もしますが、カーテン解放はいけませんわね。乙女の着替えを覗くのは、幾ら政宗様といえども看過されるものではありませんわ」

 

 政宗の腕を肩に背負い立ち上がらせる。それと同時に着替えを終えた安達垣がカーテンを開け、そして驚く。

 

 「上田!?貴方どうしてここに───」

 

 「はいストップ。唐突のラッキースケベからの突然の上田登場で驚くのも分かるけど先ずは落ち着いてアッキー」

 

 「私は至って冷静よ!大体、貴方はファミレスにもいたでしょう!?」

 

 「あっはっは、バレてもうたー」

 

 「コイツ1度ぶん殴る───!」

 

 今にも殴り掛からんと振り抜いた拳をキャッチャーよろしく両手でブロックする。うん、女の子の拳なのにくっそ痛え。

 

 「ファミレスの件は完全にイレギュラーなんだ。本当に悪かったな安達垣」

 

 「.....口では何とも言えるわよね」

 

 「ああ、だからこの件に関しては安達垣が口にしてた数々の黒歴史ワードをバラさないって事で手打ちにしてくれや」

 

 俺がそう言ってからからと笑うと安達垣は羞恥に顔を染めた後に目だけ横を向きながら呟く。

 

 「.....それで手打ちにしてあげるわ」

 

 良かった。これで俺の件に関しては全て終わらせることが出来た。後は、この状況を何とかしなきゃな。

 

 「政宗をベンチまで運ぶから、アッキーもそれ買って付いてきて。流石に政宗を運ぶのには男手が必要だろ?」

 

 「ええ、私が真壁を運べる訳ないものね。上田、貴方もなかなか良い仕事をするじゃない。G.Jよ」

 

 「あはは.....じゃ、俺は出るから」

 

 最後にそう言って、藤ノ宮の所へ戻ろうと踵を返すと後ろから声がかかる。

 

 「上田」

 

 「何だ?」

 

 「貴方と一緒に昼食を摂っていた女は貴方にとっての何なの?」

 

 あちゃ。

 

 どうやら安達垣さんには俺と一緒にいた女のことが分かってしまっていたらしい。バレたところで痛いことは何もないし、何なら藤ノ宮寧子について俺が思う事を長々と言ってしまっても良いのだが、政宗を背負っている状態で、しかも店内でそんなことをしたら確実に変な目で見られることだろう。

 世間体を気にする故に、俺は振り向いた先にいた安達垣の目を捉え、一言だけ───

 

 

 

 「俺にとって、大切な人間」

 

 

 

 俺なりの言葉で、一言に纏めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何やら目を見開いて、ぶつぶつ赤面しながら言っている安達垣をほっといて藤ノ宮の元へ向かうと、そこには顔を紅潮させた藤ノ宮が俺をジト目で睨んでいた。

 

 「安達垣も赤面してたけど、ここそんなに暑いか?」

 

 寧ろ、ここの室温は丁度良い部類に入ると思うのだがな。

 

 「.....本当に、貴方という人は」

 

 「え?」

 

 「なんでもありません、行きましょう幸村様」

 

 次第に冷静な顔つきになった藤ノ宮は俺を置いて先に出ていく。その足取りが、少しだけ軽いように感じられたのは気の所為だろうか、それとも───

 

 と、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 

 今は何よりもやらなければならない事がある。気を取り直した俺は政宗の右肩を組みながら、先を歩く藤ノ宮の後を追うために少しだけ歩調を早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、男が嫌いだ。

 

 男なんてものは人の気持ちを簡単に踏みにじる。かつて、心から信頼していた男の子さえがそうだった。

 

 

『今度は、ぼくの番だよ。愛姫ちゃんが元気になれるようずっと応援する!側にいる!』

 

 そう言ってくれた男の子は、今は顔すら見せなくなった。結局のところ、あの子はイジメから助けてもらいたかっただけだったのだろう。あの時の言葉はウソだと今は思う。

 

 あの時の出来事を振り返って見ると、過去で一番楽しかった思い出。だけど今では、思い出したくも無い記憶。そんな記憶を思い出したくない一心で、ひたすら男を突き放した。

 出会って早々告白してくる痛いヤツらに酷い渾名を付けて回った。

 

『むっちん王子』

 

『し毛ぼーん』

 

『煮干し』

 

 そんな渾名を付けて回ったのも男が嫌いになったから。これ以上親しい人間に裏切られたくなかったから。

 

 私、安達垣愛姫はこれ以上傷つきたくなかった。親の離婚という裏切りから、男の子の裏切り、そして今度は誰が裏切るのかとそう考えただけで怖かった。

 

 その日以来、過食が止まらなかった。かつて仲の良かった男の子のことを考えるだけでストレスになった。自分の気持ちを振り返る度に涙が零れた。

 

 きっと、今までもこれからも同じだ。

 

 何せ、目の前で1人ベンチに横たわり伸びている男を信じることさえも出来ないのだから。

 

 「アイツ.....謀ったわね」

 

 目の前のベンチには真壁1人しかいない。私はもう1人の男に聞きたいことがあったのに。店内では聞くことの出来なかった真壁との関係をもう少し探りたかったのに。

 

 上田幸村は、本当によく分からない人間だ。

 

 馬鹿な面もあれば、聡明な面もある。かと言って2面性を持つ奴と言ってしまえば、それはそれでピンとこない。彼の行動心理には嘘や裏がないように思えてならないのだ。

 そして、そんな上田が真壁をベンチに置き去りにした。その行動には、何か意図があってのことなのか。はたまたいつもの変態紳士っぷりを遺憾無く発揮して私を面白がっているのか。

 

 分からない。

 

 本当に、訳が分からない。

 

 故に、1度ぶん殴りたくなる。

 

 「.....貴方も貴方よ、真壁」

 

 確かに叫んで、迷惑をかけて、それでいて私のことを心配してくれたのは分かる。けれど、それとこれとは別。女の着替えを勝手に覗くな。あの時、私がどれだけ恥ずかしい思いをしたのか分かっているのか。

 

『ド変態』

 

 そんな渾名を付けようとも思ったが、私にも非はあるし何より私を心配してくれたのだ。真壁が何者であれ、今回の件で渾名を付けようとするほど私は鬼ではない。何より、吉乃に弱点を粗探しさせてる最中だしその内渾名も付くだろう。慌てる必要はないのだ。

 

 「.....挙句の果てにはこんな所で気絶して.....まあ、これは私のせいでもあるのだけれど」

 

 

 

 

 

 男には、良い思い出がない。男に触るのなんて、以ての外だ。

 それでも、私は真壁に悪いことをしてしまった。そして、ご飯にも連れて行って貰ったし、私の非常識さを改めさせてくれた。

 

 

 

 

 

 本当に癪だ。

 

 

 

 

 

 癪だけど。

 

 

 

 

 「今回は.....お礼も兼ねて、特別よ」

 

 誰に言うまでもない。無論、独り言だ。聞かれたら死ぬ。誰に聞かれても、絶対に死んでやる。

 そんな意思を孕んだ一言を発し、私は自身の膝に真壁の頭を乗っけた。

 ベンチは固い。こんな所で寝たら明日の学校生活に支障が出る。後日になって真壁が風邪で休みましたーとか寝違えて休みましたーとかになったら後味が悪くて仕方ない。

 故の、膝枕だ。決して真壁に気があるとか、そんな訳ないのだ。

 

 真壁を見る。顔立ちは整っている。こんな男が他の女に言い寄った日には、きっと何処ぞの即落ち二コマも吃驚な程の速さでリア充カップルが爆誕することだろう。

 

 「本当.....貴方も馬鹿よ」

 

 どうして私なんかを。

 

 どうして、私のような人間に目をつけたのか。

 

 私は嫌なのだ。男という人間と仲良くなるのも、男という人間に言い寄られるのも。上っ面の告白なんて、聞き飽きた。羨望の眼差しすらも、もう嫌だ。

 

 もう裏切られたくないから、親密な関係を築こうとしなかった。お母さんに、男の子に裏切られて、それが嫌で『残虐姫』として男を何度も何度も切った。

 

 

 

 

 それなのに。

 

 

 

 

 何で貴方は、私のパーソナルペースにズカズカと歩み寄ってくるのだ。

 

 

 

 

 カラスが鳴く。辺りは夜が近付き、夕暮れが満ちてくる。街頭の灯りは私達の存在を示すかのように、光る。

 

 真壁はすやすや眠っている。私の髪───上田に言われたことを意識している訳じゃない───ツインテールにせずに、そのまま下ろした後ろ髪が心地好い風により、靡く。

 

 

 「.....ん」

 

 ようやく、真壁が目を覚ましたのか唸り声を上げて目を開く。先程まで、真壁を見ていた私は、自然と真壁と目が合う。

 

 目と目が逢う瞬間好きだと───なんて洒落た感情私には似合わないし、そもそも持っていない。それ故に、私は内心冷酷な面持ちで真壁を見下ろした。

 

 「.....人の着替えを覗いて、あまつさえ凝視するなんて最低ね」

 

 「ご、ごめん!」

 

 「詫びなんていいわ。それよりも、膝。離れて」

 

 私が更にそう言うと、今の状況に気付いた真壁は離れて、ベンチに座る。

 

 「膝.....ああ膝枕してくれてたのか。ありがとう」

 

 「お礼も要らないわ、寒気がする」

 

 空を見上げる。時刻は6時。そろそろ帰らなければ、吉乃や家の皆が心配する。

 

 私は、立ち上がり何も告げずに歩き始める。話すことは何も無い。私自身、これで真壁の豆腐メンタル改善には一役買った筈だ。今後は是非是非『他の女』と学生生活を満喫して欲しいものだ。

 

 そんなことを思い、振り向くとと真壁が立ち上がり私に向かって声を発する。

 

 「安達垣さん!」

 

 「.....まだ何か?」

 

 「今日はありがとう。それと.....やっぱり、色々驚くようなことしてごめん」

 

 この男。

 

 お礼と詫びは要らないとさっき言ったではないか。真壁、貴方の度重なる詫びは私の返答に対する当てつけなのか?それとも、まだメンタルが改善できていないとでもいうの?

 

 上等だ。なら、言ってやろうではないか。散々私の事を弄んどいて、『ごめん』や『ありがとう』の一言で済むと思っているのか?寧ろ、謝るのは当たり前でそこから土下座までが定石でしょう?

 そんな事も分かっていない貴方にはこの一言だけで充分だ。私こそごめん?別にいいわよ?そんな生温いこと言ってやるものか。私に謝るのは当たり前。お礼も言うのも当たり前───

 

 「当然よ」

 

 そう一言だけ言って、私は皆の待つ家へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 真壁。

 

 

 

 懲りないようなら精々かかってきなさい。

 

 私は、貴方のような人間には簡単に絆されない。

 

 私は、貴方の事が嫌いだ。

 

 それでもいいのなら、私は貴方のそれに受けて立つ。

 

 

 

 

 覚悟なさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 政宗をベンチに置いていった俺と藤ノ宮は政宗の状況を見つつも安達垣にバレないように、遠くの木に隠れ安達垣を観察していた。

 政宗をベンチに置き去りにすることには罪悪感があったが、元々これは2人のデートだ。今更感はあるが監視役が何時までもそこにいるのは良い事ではないため俺達は離れ、安達垣と政宗の2人の様子をじっと観察していた。

 

 途中で、安達垣が一言呟きベンチに座った。その時の安達垣が何を言っているのかは分からなかったけど、ひとつ。安達垣が政宗の頭を自身の膝に乗っけていたのははっきりと見えたのだ。

 

 俺は、この時、政宗を膝枕していた安達垣を俺はどう見るべきだったのか。

 そして、最後の最後、去り際に安達垣が「当然よ」とさも当たり前のように言った事を俺はどう捉えるべきだったのか。

 

 今回のデートの全般は小岩井吉乃。師匠の差し金だ。安達垣のハダピュア衣装も、映画も、殆どが師匠の画策したものだった。しかし、この時ばかりは師匠の差し金と考えるには些か短絡的なのではないかと思ってしまっていた。

 

 政宗は、この出来事について、どう思っているのだろうか。

 

 これが、師匠の差し金だと思っているのか──。

 

 それとも、何か別の事を考えていたのか──。

 

 聞いてみないことには、俺には分からなかった。

 

 「...帰るか、藤ノ宮」

 

 「よろしいのですか?」

 

 「良いも何も、もう2人のデートは終わったんだ。俺達がこれ以上見物する必要もなかろうて」

 

 それに、暖かいとはいえ夜だ。そろそろ帰らなければ藤ノ宮の体調にも差し支える。

 

 「さ、行こうか」

 

 そう言って藤ノ宮を見る。

 藤ノ宮はこちらを笑顔で見つめ、先に踵を返した俺の後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程の公園から、藤ノ宮宅までは15分程かかるのだが、今回は指定の場所まで行けば椎堂さんが車で送ってくれるらしく、俺達は電話で椎堂さんが指定してくれた場所まで歩き、今はベンチに座りながら椎堂さんの車が迎えに来るのを待っていた。

 

 「...終始、仲睦まじいとはいきませんでしたわね」

 

 「まあ、昨日まで関係がギクシャクしてたのにそこまで上手くいくとは誰も思わないよ」

 

 行動したことが大切なのだ。

 小岩井さんの策や、安達垣のハダピュアなど、突っ込みたい出来事は沢山あったが、その中でも、政宗が安達垣とデート紛いの事をしたのは事実。

 関係がギクシャクしてようが、仲に進展がなかろうが大差ない。今の今まで軽くあしらわれてきた政宗にとって今回のデートとメアド取得は大きな自信となったのだから。

 

 俺自身、進路を決めた時自分でも有り得ない位に行動した。その結果、俺自身の行く先がはっきりした。言うは易し、行うは難し。兎にも角にも行う事は非常に大切なのだ。

 

 「政宗様は、やはり安達垣様に復讐を?」

 

 「奴は変わらないよ。変わったのは外見だけだ」

 

 

 

 暫し、沈黙───。

 

 

 

 その静寂を破るように、藤ノ宮は意を決したかのようにこちらを振り向いた。

 

「...幸村様、これはとあるお方から聞いたお話なのですが」

 

 そう言うと藤ノ宮は、1つ間を開けて言う。

 

「世の中には、知らなくてもいいこともあると聞きます。友人の悪口や事の真相など、それらは数えきれない程あると聞きました」

 

「...ああ、確かにそうかもな」

 

 知らなくていいことなのかもしれない。素性を隠してそのまま穏便に暮らすことも出来たかもしれない。

 

 だけどな。

 

「政宗は、それじゃあ気が晴れないんだよ」

 

 自身の真相を知って、そんでもって安達垣にどんな形であれ復讐する。そうすることで政宗は長年の恨みを果たすことが出来る。

 その想いに水を差すような事はしない。政宗が『やる』というのならやるべきであって、その意志に歯止めをかけるような事はしない。

 

「政宗が安達垣に復讐したいって言う限り、俺は真壁政宗という人間の味方だ。公序良俗に反することでなければ絶対に裏切る事はしないし、否定することもしないよ」

 

「それが、政宗様が知って悲しむものであってもですか?」

 

「それを取捨選択するのは政宗の仕事さ。政宗がやりたいということに俺は口出しする気はない」

 

 いうなれば、適度な距離感を保つことも大事ということ。深入りしすぎることは、政宗の復讐に支障をきたす可能性もあるだろうし、やりたいと思うことを一方的に罵るのも良くはない。政宗の意見を聞き、それでもって必要だと思った時に俺の意見を述べる。

 都民ファーストならぬ、政宗ファースト。政宗のやりたいこと、試したいことを第1に優先してその行動を全力でフォローするのが俺の役目なのだ。

 

 すると、藤ノ宮は少しの笑い声を上げる。

 

「...そうですか。ならば私が言うことは何一つありません」

 

「でも、心配してくれたんだろ?」

 

 政宗と俺の仲を案じてくれなきゃそんな言葉は出ない筈だ。

 

「ええ、勿論。幸村様は奇特なお方ですから。何時、何処で躓くか心配で夜も眠れません事よ?」

 

「おい、藤ノ宮の中で俺が奇特なお方になっている件について説明を願おうじゃあないか」

 

「ふふっ、冗談ですわ。あ、それとも直ぐ様拒否なさらないということはお自身が奇特というご自覚がなさって?」

 

「いや、ないから!?断じてないから!!」

 

 俺の何処が奇特ってんだ。確かに『転生者』とかいう今では必要ありますか?って位の奇特な経験をした覚えはあるけど俺の人格が奇特なんて思ってもいないから!!

 

 「.....幸村様は奇特なお方です。そして、私はそんな幸村様の奇特さに救われました。貴方に、生きる活力を頂いたのです」

 

 「そうなのか」

 

 「罪な御方です───幸村様」

 

 藤ノ宮の顔が、真剣な表情になる。その唐突な空気の変化に俺は一瞬驚くも、その表情を見て、直ぐに頭が切り替わった。

 彼女が真摯な顔つきで何かを言おうとしている、ならば俺はどうするべきか。それは、俺も真剣に彼女の話を聞くことだ。

 

 「何だ?」

 

 俺がそう一言尋ねると藤ノ宮は先程までと変わらぬ表情で続ける。

 

 「幸村様は政宗様のお手伝いをしています。そのお手伝いは笑いもあり、そして苦労も然り.....そのように見受けられました」

 

 「うん」

 

 「そんな中で、このような事をお尋ねするのは不躾だという事は承知しております。ですが───私にとっては、どうしてもお尋ねしたい事なのです」

 

 ひとつ、間が空く。

 

 そして、1度目を閉じた藤ノ宮は再度目を開けて、尋ねる。

 

 

「.....もし、私が何かを成したいと言えば、幸村様は私の手をお引きになって頂けますか?」

 

 その問いに対する答え。

 

 俺が答える事は決まっていた。

 

 それは、政宗を手伝う時も決意した俺の明確な意志。俺が他者に対して『手伝う』か『手伝わないか』を選別する意志。

 .......否、そんな回りくどい言い方しなくてもいいな。ただ単に、俺にとっての政宗が親友で、手伝いたくて。俺にとっての藤ノ宮が大切な奴であることには変わりない。そんな奴等が進む意志があって、それでも何か壁にぶち当たっているのなら助けたい。理由なんて、それだけなんだ。

 

「...最初から、手を貸してもらおうと思っている奴には手を貸そうとはしないけど、歩みを止めようとしない奴には俺は手を伸ばす」

 

 政宗の事を俺が手伝おうと思ったのは、政宗が自分の目標を1人でも達成しようという信念に惹かれたからだ。愚直に頑張る政宗を最初は心から応援して、頑張る理由を知って、そして政宗を手伝うと決意したんだ。

 

「お前が前に進みたいと思って、行動し続けるのなら、どんな形であれ俺がその手を引く。俺が藤ノ宮を助けるよ」

 

俺が藤ノ宮に笑いかけてそう言うと、藤ノ宮は一瞬驚いたような顔をするも後に笑顔になる。やっぱしこの京女は悲愴な表情よりも笑った顔の方が似合うな、なんて事を考えているとひそりと藤ノ宮が一言。

 

「.....そのお言葉心から感謝致します。私も...幸村様のお陰で進む勇気が湧きました」

 

「進む勇気?」

 

 「ええ、進む勇気です。持つことは容易ではないけれど、何処かの誰か様とこうやってお話しすることで私は幾度の試練をも超えられる。そんな気がするのです」

 

 「その、何処かの誰かさんって───」

 

 「勿論、幸村様の事でしてよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ......どうやら、成長したのは政宗だけではないようだ。藤ノ宮、彼女も人並みに...否、それ以上に成長して良い性格になったものだ。

 精神年齢はオヤジとはいえ俺だって男だ。年頃の女にそんなことを言われたら恥ずかしくなるし、そもそも藤ノ宮は美人の類に入る。そんな子にそんなことを言われてしまったら恥ずかしくなるのと同時に少しやり返したくなるのは俺だけだろうか。

 

 「ああ、俺も藤ノ宮といると勇気が湧いてくるし、何より心が落ち着く。そして何より一緒にいたいとは思うな」

 

 俺がそう言って細目で藤ノ宮を見つけると、一瞬驚いたかのような素振りを見せた後、藤ノ宮は何時もとは違うぎこちない笑みで返す。

 

 「お上手ですわね、幸村様」

 

 そう言った藤ノ宮の耳は赤みがかっていて、やっぱし可愛くて。

 

 「どの口が言うんだか」

 

 同時に俺の耳も熱くなっていた。

 

 

 

 




文章を読み取る力が足りなくて分からなかったんだけど安達垣が『当然よ』って言ったのって本当にどういう意味だったんだろ。原作政宗の言う通り、そこは『私こそ』とか『気にしてない』って言うのが当たり前というかいいんじゃないかって思ったんだけどなぁ。
後の説明補足もなかった気がするので愛姫視点で勝手に心理描写加えたけど大丈夫かめっさ不安。誰か安達垣発言の真意が分かるのなら教えて欲しいです。

さて、原作第1話分がようやく終わりました。原作1話分だけで話を区切りすぎたと個人的に思っていますので、次回からは1話で最低1万字くらい行くように区切り良く終わらせたい。
大抵有言不実行を地で行く作者ですが、こればかりはやればできる問題なので最初は上手くいかないかもしれないけれど何とかしてみたい。

そして、次は原作2話に入るわけだけど.....

原作0話のお話があってですね。その話を閑話として入れようかとっとと原作進めて後々過去語り的な感じで原作0話を詰め込むか非常に迷っています。
まあ、それはおいおい考えます。もしかしたらアンケートを取るかもしれないのでその時には答えてくれたらとっても嬉しいです。作者が絶頂します。

それではそれでは。


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それは偶然か、それとも必然なのか
第24話 交渉


原作が終わり、意気消沈していた所にまさかの短期集中連載。遅ればせながらせっせと構想を練り直し、今回の投稿に至る所存です。
前書きが長すぎるのも、あれなので本編をどうぞ。今回は少し短めですがご了承ください。




 

 

 テスト、というものは時に残酷な想いを人間に与える恐怖の文字だ。

 人間、余っ程肝の据わった人間でない限り自らの成績というものには過敏になる。

 何せ国語、数学、社会、科学、外国語。大まかに分類された5つのテストの成績の善し悪しでこれからの学生生活のみならず、将来すらも左右されるのだから。

 

 と、そんなことを考えながら悠長に構えている俺も実の所は内心穏やかではない。やはり、良い成績を取らなければ補習は必至だし、逆に良い成績を取れれば、元々自身が望んでいたキャンパスライフを送ることも出来る。仮に政宗が復讐を達成し、大学生活したいとか言い出したら俺も付いていきたいし、その時に学力や評定が足りませんでしたーなんて事は御免だからな。

 

 それ故に、今回の実力テストは高得点を取らなければならない───まあ、高校生に必要な学力は既に培っているし、変に緊張する必要は全くもってないのだが。

 

 双葉委員長が実力テストで1つでも赤点があったら強制補習ということをクラスに伝えると同時にクラスは悲鳴のような何かに包まれる。

 その中で、俺の後ろの席に座っている政宗が俺の肩をつついて苦笑いをする。はて、どうしたのやら。

 

 「なあ、実力テストでここまで悲鳴って起こるものなのか......?」

 

 「知らん」

 

 「勉強すれば何とかなるだろ......?」

 

 「まあ、そうだけど。俺達は部活もしてないし補習食らっても大したペナルティはないだろうけど他の奴等は色んな時間制約がかかって大変なんだろ。補習になったらなったでまた面倒だし」

 

 それに、今回の実力テストって範囲広いし。余っ程勉強してない奴は下手したら相当勉強しなければ赤点を回避できない可能性がある。

 赤点のボーダーラインは30点。それ以上の点数に照準を合わせる為にも、全範囲を広く浅く学習しておくのが今回はベターだろうか。

 

 「政宗、一応勉強はしておこう。安達垣の復讐にかまけて、留年なんてことになったら世話ねえからな」

 

 「......まあ、そうだな。なら、ここはいつも通り......やるか?」

 

 政宗は、そう言って俺を好戦的な目付きで見やる。その目付きに対する俺の答えは、勿論『可』だ。

 

 「さて、対俺の対戦成績が未だに0勝の政宗は今回の実テは勝てるのかな?」

 

 「言ってろ・・・・・・お前のその余裕綽々の笑みを今度こそ崩してやるからな」

 

 そう言いつつ、コツンと拳を合わせお互いニヤリと笑みを送ると、不意に周り.....主にクラスの女子達がザワつきだす。一体何が起こったのやら。そう思い、周りを訝しげに見渡すと不意に肩を叩かれる。

 

 「やっほー、幸村君は今回の実テやっぱり余裕?」

 

 「どうだろうな、直前まで何が起こるか分からないし油断はしてない。補習は嫌だしな政宗」

 

 「そこで俺に振るのかよ......まあ、そうだね。だけど本当に余裕のある奴ってのは......」

 

 そう言った政宗が、苦笑いで横を見やるとそこには美味しそうなスイーツを美味しそうに食べている朱里くんが。流石、甘い物好きな男の娘......否、男の子。彼ならデザートは別腹だと平然と言ってのけてしまいそうだ。

 

 「うん!美味しい!!」

 

 そして、この笑みである。守りたいこの笑顔......なんてことは言わないが、そう思ってしまう程の笑みを見せる朱里君は、まるでテストのことなんて眼中に無いといった様子でプチケーキを貪る。

 

 「......小十郎は、余裕そうだな」

 

 他の皆が阿鼻叫喚の渦に巻き込まれている中、この余裕っぷりは只者ではない。案の定、双葉委員長が驚いた様子で小十郎を見ているし、政宗も意外そうな様子で目の前の小十郎を見ている。

 そんな中で、政宗がそう言うと小十郎は首を傾げて政宗を見る。

 

 「何が?」

 

 「聞いただろ、次の実テ」

 

 「うん、頑張らなきゃね」

 

 「ほら、聞いたろ幸村、委員長。本当に余裕ある奴ってのはテストの事なんて深刻に考えちゃいないんだよ」

 

 「ああ、聞いてたよ。まあ、最悪30点。それ以下を取らなけりゃあセーフなんだ。今の小十郎みたいに.....とは言わんが深刻に考える必要はないんじゃないのか?」

 

 何度も言うようだが、今回のテスト範囲は実力テスト。故に、今まで習ってきたものが広く浅く出てくる。これが中間テストや期末テストとなると限られた範囲を深く深く、時に先生の授業内容も思い出しつつ勉強しなければならないのだが、今回の実テは極端に言ってしまえば中学校時代、高校一年生時代に習うような簡単な読み書きの問題等も出てくる。

 余っ程勉強をしていない奴は、赤点の危険性があるものの普段から真面目に授業を受けていれば、赤点を取る可能性は限りなく低いのだ。

 

 「......ほえー、流石成績優秀者。他の子達とは心の有り様が違いすぎて最早貫禄すら感じるよ」

 

 「貫禄だとよ政宗。お前がそこまで成長していたのに驚きと涙を禁じ得ないよ。自分涙いいすか?」

 

 「よーし幸村。お前の中で一体俺がどんな立ち位置の人間になっているのか説明願おうじゃあないか」

 

 政宗がニッコリとした笑顔で俺を見遣る。やだなあ政宗。そんな笑顔で見られても俺はキミの期待には答えられないぞ?

 と、そんな風に俺達が談笑していると不意に朱里君の机に置いてあった教科書から紙が滑り落ちる。このまま見て見ぬふりをするのも癪だ。座っていた俺は立ち上がり自分の机の前に落ちた紙を拾う。

 

 「おーい朱里君紙を落とし───」

 

 その瞬間、俺の中の時が止まった。

 

 有り体に言ってしまえば、別人格の俺が湧き出てくるような感覚───そう、それは政宗の服装を指摘した時のような、怒りにも近い感情だった。

 

 「あ、幸村くんありがと───幸村くん?」

 

 朱里君の声を聞いた時、俺の感情は爆発し紙を見たまま叫び声にも近いそれを上げる。

 

 

 「朱里ィィィィィ!!!!!!」

 

 「ゆ、幸村くん!?」

 

 朱里君が心配そうに俺を見遣るも、それをスルーして朱里君の肩をぽんと叩き、一言───

 

 「テストが終わったら美味しいスイーツを食いに行くぞ!!」

 

 「え、本当に!?じゃあ最近できたクレープ屋さんに───」

 

 ああ、行こう。けれど、その前にやらなきゃいけない事がある筈だ!!このままじゃあキミは貴重なスイーツタイムが補習で潰れることのみならず、将来大人になってもスイーツを自由に食べれなくなってしまう!!

 運が良いことに復讐タイムは暫しの休息。これを機に、俺はこの高校に来てから何かと良心的に接してくれる目の前の男の娘......否、男の子の学力を何とかしなければならない。善意の押しつけとか、そんなの知らない。ていうか言ってられるレベルじゃない程に朱里君の学力がヤバいことになっている。

 

 「テスト、全教科50点以上で......行きたいところのスイーツ奢ってやる。だから、実力テストの対策をやるぞ!!」

 

 「へ......テスト、たいさく?」

 

 その時の朱里君の顔は、まるでテスト勉強という言葉を知らないような顔で、俺は思わず顔が引き攣るような感覚を得てしまった。

 

 それと、三角関係とか受け度とか抜かしているそこのヤベー奴(双葉)。お前はテスト勉強より何より擬態することから始めやがれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 「勉強は、苦手なんだ」

 

 放課後の図書室への道すがら、朱里君が呟いた一言に俺と政宗は顔を合わせて苦笑い。

 まさか朱里君が勉強出来ないなんて思いもしなかった。これでも朱里君は真面目に授業は受けているし、欠席も少ない。俺のイメージでは、成績普通のスイーツ大好き美少年だったのだがそのイメージはたった1枚の紙っぺらによって崩れ去った。

 

 朱里小十郎 国語 5点

 

 この紙を見て、やはりイメージなんてのは当てにならないんだな......なんて事を頭の片隅で思いつつ、俺は朱里君の勉強の手伝いをしようと決意し、今回のテストで赤点になってしまうことが如何に大半な事かを懇切丁寧に説明した。曰くこのテストに失敗してしまったら補習に時間を取られ、スイーツタイムが泡と化してしまう事だったり、曰くこのまま頭が悪かったら卒業出来なくなる......等半ば脅しのような事も言ってしまった。それ故に、朱里君を少し怖がらせてしまったが脅しとスイーツのご褒美......飴と鞭作戦で結果的に勉強をする気力を付けてくれたみたいなので良しとする。

 

 「とはいえ、1教科だけなら兎も角5教科纏めてとなると......かなりの時間が必要になるぞ?幸村は大丈夫なのか?」

 

 政宗の心配そうな声色に俺はチッチッチッと我ながら気取っているなという感じに指を振る。

 

 「政宗、俺は不可能を可能にする男だ。上田幸村をそう簡単に舐めて貰っちゃあ困るぜ」

 

 「それなら中学校時代に『絶対無理』って頑なに拒否してたサッカーアレルギーを何とか克服しろよ」

 

 「前言撤回する。無理なものは無理だ」

 

 「幸村くんッ!?」

 

 俺の華麗で熱い手のひら返しに反応した朱里君が涙目でこちらを見る。なんだろう、何故か庇護欲を唆られるのだが、この感情に甘えてしまうと双葉委員長の思う壷になってしまいそうなので我慢して、ポーカーフェイスを貫く。

 

 「大丈夫だ。俺と政宗が勉強を教える以上、朱里君に赤点は取らせん。第一、サッカーとテストは違うからなっ」

 

 「......まあ、乗りかかった船だ。手伝うよ朱里君。その代わり、これが終わったら俺にもそのスイーツ紹介してくれよな」

 

 「幸村くん、政宗くん......うん!!僕頑張るよっ!」

 

 朱里君にとって、肯定されることにはやはり大きな意味があったのか俺達が『朱里君は出来る』と断言した途端、先程の涙目とは打って変わった様子で元気よく図書館へ向かって走っていく。廊下は走っちゃダメとか先生は言うけど、まあ......それはご愛嬌って奴だよな。

 

 「なあ、お前さんってスイーツ系食わないんだろ?何で紹介してもらおうと踏み切ったわけ?」

 

 「いや、小十郎のスイーツの眼力は本物だからな。これを機にスイーツに詳しくなって、安達垣に美味い店とか紹介したり、プレゼントなんて出来たら良いな......なんて漠然とした予定をな」

 

 「ははー......前から思ってたけどお前さんって奴は本当に強かというか、なんというか......」

 

 何時、何処でも復讐等の1つのことに真摯に向き合えるのは前にも言ったように政宗最大の持ち味であり、強さである。それが小岩井との1件のように弱点になるケースも存在するが、これも何度も言ったようにそれをカバーするのが俺の役目だ。

 弱点は俺がカバーする。故に、政宗には復讐の完了か、何かしらの方法でそれらの感情が発散されるその時までその持ち味を見失わないで欲しいと切に思う。

 

 「ま、復讐も良いけど、絹江さんや妹ちゃんにも優しくしてやれよ?絹江さんは相変わらず絹江さんだし妹ちゃんも甘え盛りなんだから、アッキーばかり目がいってると嫉妬されちゃいますぜ?」

 

 「あのね......アイツはもう14歳ですよ?それなのに甘え盛りってそりゃあ無理がありませんかね幸村さん」

 

 ふむ、そうなのか?俺が旅行に行ったお土産でプリンとかプレゼントしたら大喜びされて、政宗の事を根掘り葉掘り聞かれた影響で、あの子にはどうも『甘いものに目のない兄大好きな女の子』という印象が強まってしまっているんだよな。まあ、先程の朱里君の1件でイメージなんてのは当てにならないってことを学んだから、俺の妹ちゃんのイメージなんてのも大して当てにはならないんだけど。

 

 「まあ......肝には銘じとけよ?特にお前は1度この家出てって家族に心配かけたんだから、さ」

 

 俺にとっては何ら関係ない家庭環境でも、政宗にとっては大切な血縁関係にある家族だ。念の為にお節介と釘を刺して置くと、政宗が柔らかい笑みで俺を見た。

 

 「分かってる。ただ、それを言うなら幸村だって同じだろ?」

 

 そう言われて、俺は若干苦笑い。そうだ、俺も人の事を言えた義理ではないな。定期的に電話をしているものの、此方は学費を払ってもらっている身。東京土産のひとつでも買って、夏休みには帰省───というのが世間的にもベターなものだろう。

 

 「ああ、そうだな。俺も......夏休みには帰らねば」

 

 「話は脱線するけど今度、家に招待するよ。幸村は......ほら、親友だしな。1度やってみたかったんだよ、友達を家に招き入れるの」

 

 「......なら、俺も夏休みに実家に招待するよ。多分母さんと父さんが首を長くして待ってるだろうからな」

 

 「ははっ、あの人達は本当に優しい人達だったもんな。特に幸村の親父さんなら本当に首を長くしてそうだ」

 

 無駄話もそこそこに、図書館に入る。朱里君は何処だろうと首を振って探していると、朱里君が奥の席の方で手を振って待っている。『こっちだよー!』と口パクしながら手を振っている様子は、まるで小動物のようで、少しだけ嬉しい気分になる。

 

 そして、朱里君の前に映った2つの影に俺と政宗は朱里君向けに用意したニコニコスマイルを硬直させる。

 映ったのは、綺麗な黒髪に茶髪の付き人。

 

 「......これなんてラブコメ?」

 

 「現実を見ろ幸村。これは紛れもないノンフィクション(現実)だ。間違ってもフィクション(虚構)なんかじゃない」

 

 硬直させた顔をお互い見合って冷静に会話している俺達。そして、それを不思議そうに見る朱里君。そんな俺達の様子に、何かを感じ取ったのか政宗の復讐対象『安達垣愛姫』とその安達垣の従者兼俺達の協力者である腹黒メイド『小岩井吉乃』が俺達の方向を振り向いた。

 

 安達垣の顔は、驚きと同時にまるでヤバい奴らを見るような気まずそうな顔で俺達を見た。その表情に、政宗は乾いた笑いをしつつも、安達垣の方へ歩き出す。

 

 「やあ、安達垣さん。キミも勉強?」

 

 当たり障りのない言葉。特に不味い事を発することもない無難な一声をかけると、安達垣は自身の綺麗な黒髪を左手で靡かせ、ため息。

 

 「私じゃないわよ。吉乃の勉強を見ているの噂の通りじゃ補習必至だから」

 

 え、師匠実は頭が悪かったとかそういうオチだったの?普段はあんなに狡猾でデートの1件ではナイスアイディアをバンバン出して政宗を間接的に助けた師匠が......か。

 

 「誰しも苦手なものはある......あながち間違ってないのかもな」

 

 「何浸ってんのよ気色悪い......アンタもいたのね上田」

 

 気色悪いとは失礼な。まあ、何時も罵倒されているので今更この程度の事で傷ついたりはしないけどさ。

 

 「やほーアッキー。勉強捗ってる?噂じゃ補習必至だとか。前々からちゃんと勉強しなさいって言ったでしょ」

 

 「私じゃないって何度言えば分かるの!?アンタさっき私が真壁と話した事カンペキに忘れてんでしょ!」

 

 「図書館ではお静かに、な。皆の目線とか、色々不味いから」

 

 「ムカつく......マジでコイツムカつく......!!」

 

 そう言いながら、再び腰を下ろす安達垣。それを見た政宗は犬猿の仲とも相性抜群とも形容できる相変わらずの俺達の会話に苦笑いしつつも朱里君の元へと歩み寄る。

 

 「いやあ、それにしても意外だったな。安達垣さんが人に教えるなんて」

 

 「私こそ意外よ。上田は兎も角貴方にまで人に教える余裕があるなんてね」

 

 「.....まあ、そこそこ勉強はしているし」

 

 「そんな自信過剰の人が1番危ないって言うわよね」

 

 その瞬間、政宗の笑みが引き攣る。ああ、これは怒ったな?着席し、安達垣と政宗の会話でもゆったり聞こうとすると、政宗が立ち上がりニヤリと安達垣に笑みを送る。

 

 「じゃあ、賭けようか」

 

 「賭け?」

 

 「今回の実テ。俺と小十郎、安達垣さんと小岩井さんの合計点で勝負......勝ったらまた俺と、デートして」

 

 その突飛な一言に、俺は目を見開く感覚を得た。まさかここで勝負を仕掛けていくとは。流石復讐を敢行する男。スイッチを切り替えるのがとても上手だ。

 しかし、今回の作戦は少しだけ安直かもしれない。仮に、この図書館にいるのが政宗、朱里君、アッキー、師匠の4人ならすんなりと行けていたのかもしれないが、今のこの場所には俺が居る。

 安達垣が俺を睨み付ける。それに対し、軽く肩を竦めるとため息を吐いて政宗を再度見上げる。

 

 「アンフェア、ね」

 

 「......へ?」

 

 まあ、そうだろう。心の中で納得した俺は、続くであろう安達垣の言葉に耳を傾けた。

 

 「貴方達のチーム、形式的には朱里小十郎とアンタの2人だけだけど、上田が朱里小十郎に指導することを考えたら、かなりこっちが不利になるわ。真壁、親友ならあの男がどれだけの頭脳と狡猾さを持っているか分からない訳では無いでしょう?」

 

 そこまで狡猾じゃないし、ルール違反する程人間落ちぶれちゃいないと思うんだが、安達垣が疑うのは仕方ない。今、この場で幾ら俺が『やらない』と言おうが四六時中監視している訳でもない安達垣からしたら信頼出来るわけないに決まっている。それは、仮に俺とアッキーが信頼出来る友人という間柄でも、だ。

 とはいえ、このまま転ぶような展開では無いという事は俺も政宗も承知の上だ。安達垣は見た目の通りプライドは高い。故に、売られた喧嘩は買うしそもそもこのまま拒否されるのなら、そういった類の話すらせぬままに安達垣は図書館を後にするであろう。

 

 「けど、政宗に勝負をふっかけられた以上......逃げる訳じゃないだろアッキー」

 

 「......分かっているじゃない」

 

 案の定、そうだった。俺は口角が上がる感覚を抑えきれずに安達垣に笑いかける。それを見た安達垣は不快そうな顔付きを向けて、俺を見ながら真壁に話しかける。

 

 「真壁、貴方に代替案を提示するわ」

 

 「代替案?」

 

 「テストの合計点数で勝負を決めるのは、まあいいわ。問題は上田が居ること......それは分かっているわね?」

 

 「......当然」

 

 「けど、上田に指導を禁止させたところで何かしらの方法で朱里小十郎や、貴方に勉強を教える可能性がある。そこで、1つ提案よ」

 

 腕組をした状態で右の人差し指を立てた安達垣は、そこでニヤリと俺に笑みを送り、真壁に一言────

 

 

 

 

 

 

 

 

 「上田を私達にも貸しなさい」

 

 

 それは、普段何かとアッキーを精神的に弄っているせいなのか。

 

 もしくは、普段の行いが悪かったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八坂高校の残虐姫は普段見せないようなニッコリとした笑顔で俺にとんでもない条件を提示してきたのだ。

 

 

 

 




次話更新はもうちょっと早めかもしれませんが何分文才がありません。気長に待っていただければ幸いです。

追記

アンケートを追加しました。宜しければご協力よろしくお願い致します。


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第25話 東奔西走

 

 

 

 

 

 

 「まさかここまで馬鹿だとは思ってなかった」

 

 時は変わって夜───それとなく見たくもない参考書を流し見しながら政宗と会話に花を咲かせていると小岩井師匠から電話が来て開幕早々の罵倒に俺は至極当たり前のように、しょげた。

 

 「あの状況で勝負を仕掛けるのは勇気を通り越してただの愚策。断られるだけならまだしも愛姫様にマウントを取られ、協力者に負担をかけるようなことをするなんてなんて......豚足の独り立ちはまだまだ先になる」

 

 「なに、別に負担だとは思ってないさ。朱里くんは兎も角お前さんが補習なんかになったら俺達大打撃だからな。お前さんも、テスト期間中位人の事より自分の事を心配したらどうだ......赤点予備軍」

 

 その途端、『うっ......』と痛いところを突かれたような呻き声を上げる。

 

 「......上田も。自分の事を棚に上げてるようだけど、今回のテスト期間中位は復讐の手伝いよりも、あくまで普通の生徒『上田幸村』として、臨んで欲しい」

 

 「今回も何も、これが俺なんだがな......」

 

 紆余曲折を経て、今の俺がある。そして、俺は今のこの生活が酷く楽しいのだ。政宗と共に学生生活を謳歌し、共通の目的で勝手に盛り上がって、アッキーと話したり、蹴られたり、クロスカウンター食らわされたりといった生活にストレスを感じていない以上、俺はこのやり方を貫き続けるし、誰に何を言われようと自らのスタイルを変える事は無い。

 

 「......本当に大変なのは、これから。今のうちに頑張り過ぎてぼろが出ても、こっちが困る」

 

 まあ、折角師匠が心配してくれてるんだ。ここは厚意に甘えて、何時もより疲労感を感じないようなやり方を意識してみましょうかね。

 

 「ま、俺は俺でこの状況を楽しむからさ。大丈夫、志半ばでバテて置いてけぼり食らったりなんかしねーから安心しろ」

 

 「......そう」

 

 「俺を誰だと心得る。上田家の長男、ゴルフ馬鹿の息子、上田幸村だぞ......!こんな所でくたばってたら今頃親父同様ゴルフ馬鹿になっている!」

 

 「そう......上田がそこまで変態的で予測不能な行動をしたり、癖のある人間と付き合えるのは上田昌幸の血を引き継いでいるから......恐るべし、上田昌幸」

 

 「は?おい、ちょっと待て。俺は親父に似てるんじゃない!これは生まれ持つセンスってやつ───」

 

 途端、電話が切れた。言いたいことだけ言って一方的に電話を切られるのは最早小岩井吉乃と電話をする上では欠かせない出来事と化している故に、慣れた。それでもやっぱり腹に据えかねる物はあるし、会話の途中で切られてしまうと一種の虚無感に陥ってしまうのだ。

 

 「......やれやれ」

 

 こちとらやれやれ系省エネキャラなど演じるつもりは毛頭ない、寧ろ政宗の許す限り積極的に介入者をやっていきたいわけなのだが、こうでもしなければ目先の課題に対応出来そうにはなかったのだ。

 

 「幸村、どうした?」

 

 「ああ、少し小岩井師匠と電話をな」

 

 「師匠......か」

 

 「政宗の事罵ってたぞ。勇気を通り越してただの愚策だ......独り立ちはまだまだ先だな、と」

 

 「止めろ傷を掘り返すな恥ずかしいッ!!」

 

  そう言うと、政宗は片手で顔を覆い首を横に振る。

 

 「俺だってな!最初は小十郎と勉強するだけだったんだよ......!けど、安達垣と会って悪魔的な何かが閃いちゃったんだ......畜生!」

 

 「まあ......それで勝負できるチャンスが得れたんだ。結果オーライ、良しといこうぜ親友よ」

 

 「......おう」

 

 政宗が肩を落としてしょげる。そんなにしょげる必要はないと思うんだけどな。

 寧ろ、今回の件もアッキーのデートの件も俺がお邪魔だったんだよ。俺が政宗と共に行動を共にすることで起こる弊害みたいなのが最近目立っているように思えるんだよな。

 

 それでも政宗はそれを頑なに断り続けている故に、その言葉は政宗に言わずにいるのだが、幾ら俺にしか出来ない事があるとはいえ、俺はもう少し場を読む力を身に付ける必要があるやも知れないな。

 

 さて。

 

 安達垣愛姫との勝負が決まってしまった以上、俺に出来ることっていうのは3つある。

 

 1つは朱里くんと政宗と共に勉強すること。

 

 2つはアッキーと小岩井と共に勉強すること。

 

 3つは小岩井に言われた通り、リフレッシュしつつ『普通の生徒』として振る舞うこと。

 

 この3つは、個人的には全て政宗の復讐を円滑に進める為に役立つ事だと感じている。

 

 仮に政宗と朱里くんの勉強に協力し、政宗達が勝ってくれればアッキーとのデートが円滑に進むし小岩井の勉強を手伝う事で小岩井の勉強面の憂いを晴らし、復讐の協力に集中させることも可能である。てか、小岩井が補習漬けになったら色々困る。

 

 そして、3つ目のリフレッシュ───はこれから先の長い戦いに向けての英気を養うという大きな意味を孕んでいる(小岩井曰く)。

 

 故に、この3つは侮ってはならない。今回は政宗が個人的にふっかけた勝負であり、最悪の事態は起きない可能性の方が高い。故に、リスキーではないが勝負には勝ちたい。この勝負に勝てたらより一層復讐達成に向かって歩みを寄せる事が出来るだろうしな。

 

 その為にも───勉強しなきゃな。

 否、最早研究にも近いのかもしれない。小岩井や朱里くんにも分かりやすいように噛み砕いた分かりやすい授業をする為には、教科の見直しが急務である。

 

 「......勉強、していくかな」

 

 色々やらねばならない準備がある。自分なりに勉強してテストに万全を期して臨むことは絶対で、今回はプラスアルファで小岩井師匠と朱里くんの勉強を見るための準備をしなければならない。故に、今回はそれなりに時間が惜しいのだ。

 

 「勉強って......何処で?」

 

 「んー、自分の家でも良いが気分を変えてどっか店でやっても良いかもな」

 

 俺が夜空を見ながらそう言う。すると、不意に政宗が立ち止まって俺の両肩に手を乗っける。

 

 「幸村......」

 

 「お?どうした政宗───」

 

 現在の政宗にしては珍しく、少し俯き声色も低い。そんな声色にやや驚きつつも、次の言葉を待っていると、政宗は顔を上げて一言───

 

 

 

 

 

 「早瀬家で、勉強をしないか?」

 

 

 

 

 

 何やら、希望と夢に満ち溢れんばかりの眼差しで俺に提案をした───

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 

 一軒家が建ち並ぶ大きな家。マンション暮らしの俺にとってはやや新鮮な光景に苦笑いをしていると、政宗が『早瀬』とネームプレートのある家の門を開き、ドアを開ける。すると、玄関先に広がったのはひんやりとした空気と、まるで心を幸せにしてくれるような良い香りだった。

 

 「おかえりなさいまーくん!」

 

 そして、かなりのハイテンションでこちらに顔を覗かせた政宗の母───傍目から見たら政宗よりも歳下だと思ってしまいそうな人妻、『早瀬絹江』さんに俺達はやや苦笑い。

 

 「あらお友達───ってもしかしてユキくん!?」

 

 「あはは、その呼び方は変わらないんですね......こんばんは絹江さん。相も変わらずお変わりないようで何よりです」

 

 えっと、確か前に会ったのは2年くらい前ではなかっただろうか。兎に角暫く会っていなかったのにも変わらず皺ひとつもない相変わらずの顔つきと身体をしている事に、驚きを隠せないでいるともう1人の早瀬家の住人が2階から何やらドタドタと慌ただしい音を上げて向かってくる。その音の正体が分かった俺は、政宗と勉強する事が決まった時、お土産に買っていった朱里くんオススメのプリンが入っている箱をぶら下げて、待機───

 

 「ユキさんですか!?」

 

 やがて階段から顔を覗かせた美少女に分類されるであろう女の子が階段を降りてきて、最早早瀬家で定番となっているのであろう俺の渾名を発して、ジャンプで階段を4個すっ飛ばしやがった!

 

 「おーう、久しぶりだな。妹ちゃんよ」

 

 「はい!お久しぶりですユキさん!」

 

 この少女の名は『早瀬千夏』。数少ない俺の友達であり、政宗の妹である。良くも悪くも彼女には裏表がなく、好感を持てる故に、俺は幾分か彼女にアッキー同様のフランクな接し方が出来るようになっている。

 

 「ああ......これ、お土産な。絹江さんとご一緒にどーぞ」

 

 さて、先程から俺がここぞとばかりにぶらぶらさせてるプリンの箱を妹ちゃんに渡すと妹ちゃんは涎を垂らしながら目をキラキラさせる。

 

 「うわぁぁぁ!!これ最近流行りのプリンじゃないですか!!流石ユキさん!!何処ぞの馬鹿兄貴と違って流行りに聡い!!」

 

 「そういう裏表のない妹ちゃんの性格......良いね!!」

 

 そう言うと俺達はうぇーい、とハイタッチを敢行する。先程から感じる絹江さんのおっとりとした笑顔と政宗の苦笑いには、勿論スルーを決め込む。だって、反応するのめんどいもん。

 

 「それで、今日はどうしたの?」

 

 絹江さんが俺達に向かって尋ねる。その言葉に反応した政宗は先程からの苦笑いを絹江さんに向けて一言。

 

 「幸村と一緒に勉強」

 

 「そうなんですよ、まさか政宗がそこまで俺と一緒に勉強したかったなんて......」

 

 「え......まさかお兄ちゃん」

 

 「ちっがうから!!俺と幸村はそういう関係じゃないから!!」

 

 全くだ。

 

 政宗と妹ちゃんが何を考えているのかは知らんが、友達を家に招き入れて勉強会なんて、そこら辺の友達なら簡単にやっている事だろうて。

 

 てか、俺も政宗も上田家で何度も勉強しているし、今更恥ずかしがることも、照れることも無いんだよな。なして政宗は一大決心をするかのような表情で俺を家に招き入れたのやら。

 

 「まあ!なら今日は腕によりをかけてお料理を振る舞わなくっちゃ!!ユキくんは和食が好きだったわよね!丁度今日はお魚料理を作ろうと思ってたの!!是非食べてって!」

 

 「そうですよ!お兄ちゃんが友達連れてくるなんて犬がナイフとフォークを使ってご飯食べるより珍しい事なんですから!お兄ちゃんの話、また聞かせてください!」

 

 と、いつの間にやら2人が恐ろしい程の速さで俺に詰め寄る。その速さ、まるで風の如き速さである。見た目ロリっ子の絹江さんとJCの妹ちゃんに詰められている男子高校生。果たしてこの絵面が放送コード的にヤバイかどうかは俺には分からない。そして政宗よ。ここぞとばかりにスマホで写真を撮らないで下さいませんかね。事と次第によっちゃ叩き落とすぞそのスマホ。

 

 「......良いの?家族水入らずの所」

 

 「良いですよ!ユキさんですし!!」

 

 「妹ちゃんはそれでいいんだけど......政宗は?」

 

 幾らなんでも夕食までご馳走になるのは良くないんじゃないか?俺は別に体調管理とかは自分で出来るし、そんな俺が人様の夕食をご馳走になってしまうのはいかがなものかと思うのだが......

 

 そう思い、政宗に懸念事項を尋ねると政宗はわざとらしく、天井を見上げて大声を上げる。

 

 「あ、あー!!そう言えば幸村君今日の朝ご飯何食べたって言ってたかなぁ!そうだ!確か近くのパン屋の食パン1切れ食っただけだって言ってたなぁ!!」

 

 「!」

 

 「!!」

 

 その瞬間、妹ちゃんと絹江さんの動きがピタリと止まる。先程までのわいわいとした雰囲気は何処へやら、暗黒のオーラが妹ちゃんと絹江さんを包み込み、下手したら飲み込まれてしまいそう。

 

 そんな事、梅雨知らずとでも言わんばかりの剣幕で政宗は続ける。

 

 「幸村は俺の勉強を手伝ってくれてるんだよなぁ!!序に言うなら、今幸村が体調不良でノックダウンしたらすげぇピンチなんだよなー!!」

 

 「おい嘘をつくなお前どっからどう見ても成績優秀者じゃねえか!!何を企んでやが───」

 

 「ユキくん?」

 

 「ユキさん?」

 

 その瞬間、俺の身体が自分でも驚く位に跳ね上がった。それは、かつて松姉さんや母さんと会話してきて、このシーンがとっても不味い───ということを知っている俺だからこそ成せる技であるのだが......危機だということを知らせるだけに留まるこの技はさして使い物にはならまい。

 

 そして、この場面をどうにかする方法も依然として分かっていないのだから、もはやどうしようもないというのが本音であり、事実である。

 

 まあ、結論を言ってしまおう。

 

 「今日は、鯖がとっても美味しいの♪」

 

 「ユキさんは、あの馬鹿兄貴みたいに薬の力を使って健康維持───なんて考えませんよね♪」

 

 こうなった時の女の子は、たとえ誰であろうと恐ろしく、大抵の男はこれに対処する術を持ち合わせてないってこった。

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 

 「うっぷ......腹、痛え」

 

 あれからの事を話すのは非常に辛いのだが、ありのまま起こった事を話さなければ、またしても昨日の二の舞をキメてしまいそうなので、回想しておこうと思う。

 

 単刀直入に言おう。あれから、俺の胃袋には大好物の和食が流れるように入っていった。夕食の範囲には留まらない程の量を出され、政宗に半ば同情の目付きで見られながらも、ようやっとの思いで完食した。

 

 ああ、確かに夕食を出してくれたのは本当に有難いよ。けどな!あれだけの量を客人に食わすか普通!?

 

 意外なところで『早瀬政宗』のルーツを知ることが出来た俺は未だ痛む胃を抑えながら、教室で牛乳を煽っていた。

 

 「......で、何か言うことはないのか政宗よ」

 

 「......はい、有り体に言って自分マジで調子に乗ってました、すいません。最初は幸村に日頃の恩返しがしたいと思っていた所存で、決して悪意はなかったことを知っていただければ幸いです」

 

 ......

 

 まあ、色々ツッコミたい所はあるのだが政宗も悪気があった訳ではないみたいだし、ここは不問にしたい。

 

 絹江さんや政宗、妹ちゃんの言う通り、食生活を整えることは大切な事だ。ましてやテストが目前に迫り、東奔西走しなければならないこの状況。健康管理に気を遣わなければいけない時に遣わなかった俺にも責任はある。心配してくれた人達を頭ごなしに叱ることは出来ない。

 

 「......ああ、別にいいさ。あれから勉強かなり捗ったし、このままなら好成績は固いと思うし」

 

 あれから、政宗の勉強を見たりしていたのだが安達垣との戦いがあるからなのか、政宗は既に実テ対策に手をつけていた。元々得意な国語、社会等の文系は既に完璧。理科も完璧に近い。テスト2週間前にして政宗の懸案事項は数学のみに留まっている。

 

 とかいう俺も、政宗に教え時に教えられかなり効率的な勉強が出来たと思っている。勉強は2人でやれば効率良く、かつ様々な観点から対策出来るというのは信州で既に実践済みであり、今回も例に漏れず協力しながら出来ているため、『自身』の実テ対策はほぼ完璧だと自己満足している。

 

 とはいえ、油断大敵。こんな時こそ冷静に、客観的に自分を見据え、勉強───そして、自らに課せられたミッションを滞りなく推し進める。幾ら自己満足をしようと、何処かでスイッチを切り替え『油断』、『慢心』はしないように心がけねばならない。

 

『油断怠慢すなわち怠惰!!』

 

 何処からかそんな声が聞こえたが、それに関してはスルーを決め込んでおく。

 

 「それよりも今日はやらなきゃならないことがあるんだからな」

 

 「やることって───」

 

 「忘れたのか?お前が安達垣との勝負を決めた時のアッキーの代替案」

 

 俺が、そう言った途端教室のドアがガラリと開かれる。その瞬間にざわめく教室、溢れ出る感嘆の声。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と形容しても笑われないであろう立ち姿───されど中身は残虐暴虐、男共に恥辱と屈辱をプレゼントしてくれる安達垣愛姫が、俺達の机に向かって歩きだしていた。

 

 「......お宅の朱里小十郎君は必死に机に齧り付いて居るようで何よりだわ。ねえ、家庭教師様?」

 

 己は嫌味だけを言いにここに来たのか。お前が別のクラスの人間の以上、用が嫌味なだけなのならとっとと御退場願いたい所なんだが......

 

 「偉くしかめっ面じゃない、上田」

 

 「一応、上田松華をトレースして最高の笑顔を顔面に貼り付けてる筈なんだけど」

 

 「冗談は休み休み言いなさい。というよりか本当に休んだら?貴方のしかめっ面なんて犬がナイフとフォークでディナーを食べるより珍しいから心配だわ」

 

 犬がナイフとフォークって流行ってんのか、それ。

 

 「それに、貴方が上田家の才媛の真似が出来る訳がないでしょう。まあ、特異性だけで言ってしまえば流石姉弟といった所だけど」

 

 一理ある。

 

 「......アッキー」

 

 「何か?」

 

 「ディナー3人前って平らげられる?」

 

 「淑女の嗜みね」

 

 「へっ」

 

 「鼻で笑うんじゃないわよ変態紳士」

 

 閑話休題───

 

 「今日の予定を伝えておこうと思って」

 

 「ああ、あれな。あれあれ。大事だよなあれ」

 

 「『あれ』を連呼すんじゃないわよ鬱陶しい......今日は私の家で吉乃と勉強して貰うから」

 

 何だと?

 

 おめー正気か。

 

 「アッキー、念の為聞くがお前正気か?男を自分の家に上げて良いのか?」

 

 「別に私の部屋に呼び寄せる訳じゃないんだから良いわよ。それとも、断る気かしら?」

 

 おー......

 

 なんというか、ここまで来たら最早アッキーに畏敬の念を感じてしまう。

 どんな奴だろうとも、自分のパーソナルスペースとも呼べる家に異性を招待するのには勇気がいるはずなんだけどな。いや、確かに俺とアッキーは言ってしまえば社交界からの付き合いだし、アッキーにとっては抵抗なんてないんだろうけどさ。

 

 「そこまで言うのなら、分かったよ。で......小岩井さんは、何処がダメなのかね?」

 

 そう言うと、安達垣はニコリと笑って一言───

 

 「全部よ」

 

 「良くこの高校受かったなぁ畜生!!」

 

 朱里くんも怪しければ小岩井も怪しいと来た。こうしていられる場合では無いと悟った俺は内心安達垣に悪態を吐きながら立ち上がる。

 

 「安達垣、今からA組に行くぞ」

 

 「何ですって?貴方一体何をする気よ」

 

 んなの決まってるだろ。

 

 「小岩井の学力を何とかすんだよ。何処かの誰かさんはそうでもしなきゃフェアじゃない、なんて言うんだからな」

 

 何なら俺参加しなくて良かったんじゃね?なんて思う事もあるけれど、今更考えた所でもう遅い。政宗VS安達垣のテスト対決は既に『上田幸村を扱き使う』という条件の元成り立っている。その条件が決まった以上、俺に逃げるなんて選択肢は無くて、朱里くんに力を貸し、小岩井さんにも協力しつつ、政宗の指導力に賭けるという選択肢しかないのだ。

 

 詰んでないだけマシである。まだまだチャンスはあるにはあるし、これでどうこうなるという事でもない。二度と振り向いて貰えない───なんて最悪の事態は起きないのが幸いか。

 

 「ぐ......悪かったわね、流れよ流れ」

 

 「その流れで煽られにいっちゃうってのがなぁ......まあ、良いや。それじゃあ、政宗。また後でな」

 

 「おう、頼んだぜ幸村」

 

 「任せろやい」

 

 そうして、俺と安達垣はA組に向かって歩き出す。並んで歩いているこの状況、周りからは酷くキモがられてるのか、悲鳴にも近いざわめきが俺と安達垣の周囲を襲う。勘弁してくれ、釣り合わないのは分かってるんだ。安達垣みたいな可愛い女の子には、政宗みたいなイケメンが似合う。

 

 「......鬱陶しい」

 

 「まあ、なんだ。俺が釣り合わないせいで悪いな」

 

 そう言うと、安達垣は有り得ないような物を見る様な眼差しで俺を見遣る。なんだ、変なことでも言ったか俺。

 

 「貴方、何か盛大な勘違いをしていない?言っておくけど貴方は学年......否、校内でも顔は良い部類に入るって前にも言ったわよね」

 

 ああ、確かそんな事も言ってたなぁ。

 

 「そして、俺は『面白い冗談はよせ』と言ったんだよな」

 

 「冗談じゃないっての......ったく、貴方に1度私に告白してくる男の顔を見せてあげたいわね」

 

 「はぁ」

 

 「......まあ、良いわ。どうせ追追貴方の考えが盛大な間違いだって事に気が付くだろうし。それよりも吉乃の学力よ」

 

 「改めて聞くけど、そんなに酷いのか?」

 

 「ええ、酷いわ。この前なんて因数分解を『なんでぶんかいしなきゃいけないんですか?自然のままにしてあげれば......』なんて言っていたのよ。何故分解するかなんて公式だからに決まってるでしょうが、馬鹿吉乃」

 

 「ん?それは学生が突き当たる壁だろ?」

 

 「常識なの!?吉乃が因数分解以前の壁にぶつかるのは最早当たり前なの!?」

 

 「当たり前っていうか......まあ、なんだ。俺もぶち当たった事あるから気にすんなよ」

 

 「分からない......本っ当に貴方って分からない......何で吉乃と同レベルの壁にぶち当たった貴方が編入試験満点なのよ......」

 

 それは、ごめんなさい。前世の知識として勉強の必要性を感じた賜物です。

 

 「人は、努力すればどうとでもなるぞ」

 

 現に政宗は現状を変えるべく努力した。そして、その真摯でひたむきな姿に魅せられた俺も、努力して自分の心の在り方を変えた。

 自分で言っておきながら成功体験に裏付けされた一言に軽くドヤっていると、今の今まで散々噛み付いてきた安達垣が、自身の顔に少しだけ影を落として一言───

 

 「......どうにもならない事だって往々にしてあるわよ」

 

 そう言って、すぐ様俺を睨み付けた。

 

 「......そうかい。そりゃあ、済まなかったな」

 

 知ったような口を吐いてしまったな。人なんて千差万別。他人の考えも千差万別。自身の成功体験にかこつけて考えを押し付けるのは浅ましい行為である。

 

 反省しなければならない。

 

 「ただ、そういう考えもある......って事でここは1つ、勘弁してくれ」

 

 「......別に謝ることなんて何一つないわよ。寧ろ謝られた方が吐き気がする」

 

 最後にそう一言だけ安達垣が言うと、彼女は立ち止まり俺に颯爽と振り返る。その1連の動作で髪は靡き、俺は改めて安達垣愛姫という女の子が眉目秀麗という事を思い出す。

 

 「勉強」

 

 「?」

 

 「教えるんでしょう、吉乃に。早く入りなさいよ、ここがA組よ」

 

 そうだった。

 

 彼女の靡く髪に、見入ってしまって本来するべき筈の約束を忘れかけてしまっていた。

 

 「全く......貴方って男は、本当に抜けてて、間抜けで、阿呆で───」

 

 尚もガミガミ言い続ける安達垣。それに応えるべく、俺は安達垣を見て、ニヤリと笑う。

 

 「......そりゃあ、俺は変態紳士ですから」

 

 不本意だが、こうなってしまった以上彼女が次に発するべき言葉は分かっている。

 そして、その予想は当たったようで安達垣は相変わらずの怖い目付きを送りつつも、呆れたように笑いつつ───

 

 

 

 「分かってるじゃない、変態紳士」

 

 そう一言、俺を罵りやがったのさ。

 

 

 

 

 

 




「勝手に分解すんなよ 自然のままにしておけよ」

これ分かった人は同志ですね。実は前々からこのネタを使うことは決めていました。

さて、次の投稿日ですが少し分かりません。

新生活に入り、色々ドタバタしてまして。こうして文字打っているこの時も電車に揺られうとうと.....文字打ち間違えてないか心配です。

また、アンケートありがとうございました。放置してたら自由以外の3つは結構バラけてたのでビックリ。様々な意見の人がいるのと同時に、この作品を少しでも見てくれているんだなぁと嬉しくなりました(意味不)

見る限り自由が1番多かったので自由にやらせて頂きます。てか、先ずは原作2巻終わらせにゃ.....




藤ノ宮を早く出したいんじゃあ(願望)!!


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第26話 安達垣

注意!

この先、オリキャラ登場からのオリジナル展開という名目の茶番が用意されています。今更ではありますがオリジナル展開、オリキャラに免疫のない読者様にはブラバを推奨します。

いや、本当に許してください.....名前とか色々安直なのは分かってるけどどうしても出したかったんや。


このお詫びは、違った形でちゃんと出させて頂きますので。



 

 

 

 

 

 「クリミア戦争が行われた年は?」

 

 「......せ、1192年」

 

 「間違えています。暗記してください」

 

 「......あたまがパンクしそう」

 

 

 さて、時は過ぎて放課後。

 

 俺は何時もは政宗と帰るであろう、帰宅ロードを今回はアッキーと小岩井と共に歩いていた。

 目的地は安達垣邸。普段とは違う方向に歩くのは不慣れで少し足下が覚束無い気がするのは果たして俺の気の所為なのかな。

 

 「全く......何で私まで単語帳を一読しなければならないのよ。上田は私を何だと思ってるの?」

 

 「馬鹿、誰が一読しろっていった。この単語帳を小岩井に分かりやすく伝えるにはどうしたら良いのか考えろって言ったんだろーが」

 

 「馬鹿......!?言ってくれたわね上田!!見てなさいこんな単語帳直ぐに覚えて八つ裂きにしてやるから!!」

 

 こういう時、アッキーは単純でやりやすい。

 でも、折角作った単語帳を破り捨てるのは止めて。謝るからさ。

 

 「......上田、何故私にそこまで勉強を教えるの」

 

 安達垣が先導し、ご飯を食べる時と同じ食い入るような目付きで単語帳と睨めっこしているその後ろで小岩井が俺にそう耳打ちする。

 

 「何でって......言ったろ。小岩井にも赤点から抜け出して貰わないとって」

 

 「───それでもこの量はおかしい。まるで私に100点でも取って欲しいかと言わんばかりのプレッシャーをこの単語帳からはかんじる」

 

 それは、お前さん、今まで怠惰に過ごしてたからだろ───なんて冗談は頭の中に閉まったままで、俺は小岩井を見て、吹き出す。

 

 「......なにがおかしい」

 

 「いや、深い意味はない。けど勝負ってのはお互いフェアじゃないと詰まらないだろ?」

 

 「それは───」

 

 「実はさ、俺ってこの勝負。政宗側が絶対に勝つ必要性ってのはないと思うんだ」

 

 その一言に、小岩井は目を細め俯く。その心理は分からないけど、反抗をしてこない以上俺の言わんとしていることは分かっているのだろうか───

 

 「今回のテストは豚足側にはデメリットがない。失敗した所で愛姫さまが何かアクションをおこす訳でもない......上田の言わんとしている事は分かってる」

 

 案の定そうだった。

 本来なら『良いって言うまでご飯を奢れと言われる未来』もあったのだろうが今回は安達垣愛姫側は何の指令も出していない。小岩井の言う通り『政宗にデメリット』がないのだ。

 だからこそ、他のことに手を回せる余裕が出来る。そして俺が考えたのは今では政宗側の『参謀』といっても過言ではない小岩井の学力向上だ。

 

 「小岩井には、これからも政宗の力になってもらいたい。それなのに赤点で補習───この先のテストでも苦労、なんてことになったら今後の復讐に支障を来すだろ。下手したら、高校卒業しても続くやも分からんからな」

 

 俺達の復讐は、特にここまで───というボーダーラインは決めてはいない。強いて期間を挙げるとするならばそれは『早瀬政宗の気が済むまで』である。

 政宗の気が済むまでなら、俺は何処までも着いていくし安達垣へのアプローチも止めない。

 

 そんな時、小岩井が留年───なんてことになったら俺達は大打撃を受けることになる。それは、政宗に協力する俺にとっては少しばかり頂けない。

 

 「だから、さ。ここは俺の顔に免じて勉強に集中してくれやい。政宗の事なら心配ねえよ、アイツは教えることに関しては俺やアッキーを優に超える力を誇るからな」

 

 昔から成績優秀者として名を連ねた政宗だ。

 地頭はしっかりしているし、教えるのも普通に上手い。適度に根性もあるし、将来は教師にでもなったら良いんじゃないですかね、割とガチで。

 

 「......後で、覚えておいて」

 

 単語帳を一頻り読み終わった小岩井はそう言うと、2冊目の単語帳に目をやる。小岩井の実テ対策は今のところ滞りなく進んでいると言っていいだろう。

 

 問題は───

 

 「だぁぁ!!何よこの単語帳!!生意気ね!!私を困らせた罰よ......変態紳士の腕から作られたアンタには『変態単語帳』の2つ名を進呈してやるわ!!」

 

 この、単語帳にあだ名を付けてるヤベー奴である。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 「お前はさ、他の奴らの勉強を手前の頭で教えすぎなんだよ」

 

 安達垣家に着いたと同時に、使用人に迎えられながら開口一番に俺は安達垣にそう言った。

 

 「......どういう意味かしら」

 

 「お前の事だ、小岩井に勉強を教えている時も自分なりの勉強法をそのまま小岩井にやらせてんだろ?」

 

 そう言うと、安達垣は暫しの間無言で小岩井を見遣る。その瞳はまるで『合ってなかった?』とでも言いたげな目線である。

 そんな瞳に晒された小岩井は縦に頷いて一言。

 

 「むずかしかった、です」

 

 小動物のような瞳で、小岩井は猫を被った。

 

 「......なら、どうしろっていうのよ。因数分解が出来ない子にどうやって因数分解を教えるの......?」

 

 それは簡単だ。

 

 「因数分解を完璧に教えようとしなければ良い」

 

 「......遂に頭までおかしくなった?」

 

 「いやいやいや、寧ろ不思議だよ。どうしてアッキーは小岩井に因数分解を完璧に教える事に躍起になっているのか。今回は実テだぜ?今まで習った全範囲が出てくるんだぜ?そして、時間もあまりない.....小岩井、お前が掴みかけてる単元は?」

 

 「正負の計算と......方程式?」

 

 「なら、先ずはそれをある程度終わらせてから因数分解だな。アッキーによるとお前さん因数分解壊滅的らしいし」

 

 「......分解しなきゃいけないところまでは分かってる」

 

 「安心しろ、世の中じゃそれを壊滅的って言うんだ......と、いうわけで今日はアッキーは俺の二人体制でを数学公式のイロハを叩き込もう。アッキー、よろしくな」

 

 「......ええ、ただ他の教科はどうするのよ」

 

 「大体やり口は決まってる。理科は元素記号、実験器具を丸暗記。社会は範囲が日本史だから、単語暗記。英語も英単語暗記。国語は漢字練習」

 

 「殆ど暗記系!?」

 

 「だからアッキーに5教科の単語帳渡したんじゃん。勿論一教科は網羅してるよね?天才アッキー」

 

 「アンタは私を一体何だと思ってるの......!?」

 

 アッキーが頭を抱えて単語帳を片手で握り潰す。とはいえども女の子に何十枚も重ねてある紙を握りつぶせる程の力はなく、それが余計にむしゃくしゃさせたのかアッキーは俺を鬼のような形相で睨み付ける。

 

 「上田......後で酷いわよ」

 

 「あはは、面白い冗談だな。まあ、取り敢えず暗記頑張れや」

 

 「あああああ!!!」

 

 最後に一声を上げてアッキーは目の前の課題に対応すべく、机にかじりつきはじめた。大丈夫、これを暗記すればアッキーも点数を取れるようになるから。政宗と良い勝負できるから安心しろやい。そして、その努力がお前さんの使用人の学力向上に繋がるんだ、ファイトだぜアッキー。

 

 「変態、Spring has comeの訳し方は?」

 

 「因みにお前はどう思う?」

 

 「バネ持ってこい」

 

 「単語帳暗記しろポンコツメイド」

 

 それは『春が来た』って言うんだよ。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 尚も俺達の小岩井に対する講義は続いた。

 

 時に安達垣が公式を小岩井にこれでもかと言わんばかりの大きさでノートに書き込み、叩き込ませ。

 俺は小岩井にひとつひとつ丁寧に解答方法を教え、時に自らの身体を張って、小岩井に数学のイロハを叩き込んだ。

 

 そして、本日最後の日程である模擬試験。

 

 予め空き時間を使って作り上げた問題を小岩井が解いている最中に安達垣が俺をまたしても『じー......』と擬音が付くかのようなジト目で見遣る。

 

 なんだいロングストレートヘアーのアッキー。俺の顔に何か付いているかい?

 

 「......貴方は、真壁の協力者なのよね?」

 

 「違いないな」

 

 そして、復讐者でもある。あ、違うか。復讐者の政宗を助ける人だから復讐ヘルパーとでもいうべきなのか......否、ダサいぞ上田幸村。それなら普通に協力者って言った方が良いよ。

 

 「なら、どうしてここまで吉乃を教える事に躍起になっているのよ」

 

 そりゃあ師匠が俺達の仲間だからなぁ......けど、そんな事を言った日にはアッキーに俺と政宗の考えている事がバレる可能性がある。

 アッキーって、普段はポンコツで鈍いのに誰かにヒントを与えられると途端に鋭くなるんだよな。だからヒントを与えるような発言は出来やしないし、迂闊に核心に迫る話も出来ない。

 

 そういう意味では政宗との歪な関係をアッキーに悟らせない小岩井って凄いんだよな。

 それにも関わらず、その優秀さを学力の方に回せないのはやはりセンス───といった所なのだろうか、若しくは長らく使用人としてアッキーファーストで物事を考えてきた代償か。

 

 「......まあ、命令された以上はとことん突き詰めていく───とか綺麗事なら後5つくらいストックしてあるんだけど、聴きたいか?」

 

 「核心を言いなさい、面倒臭い」

 

 なら、お言葉に甘えて───

 

 「勝負は、白熱するからこそ面白い。政宗に勝って欲しい気持ちはあるけれど、イージーゲームに得れるものなんて何も無い。対等な勝負で、勝って、両者納得の上でデートした方が、良いに決まってるから」

 

 「......へえ、つまり貴方が全面的に真壁に協力したら私達なんて簡単に蹴散らせると?」

 

 「あんまり政宗を舐めない方が良いぜ、安達垣。アイツはやる時はやる男だ。お前が舐めてかかって勝てる程真壁政宗は弱くない」

 

 「......分かっているわよ。だからこうして変態単語帳を読み耽っているんじゃない」

 

 それはごもっともで。

 

 「......それに、どんな勝負でも負けたくはないから。全て真壁の思い通りになるっていうのも、それはそれで癪だし」

 

 「つまりデートをすることに関してはあまり嫌悪感を示さないと。ひゅー、アッキーったら大胆ー」

 

 その瞬間、俺の太腿に衝撃が走る。あまりの威力にやや吹っ飛ばされる形で膝をつき、苦悶に悶えつつも衝撃が起こった方向───横を見遣ると、そこには『残虐姫モード』の怖い怖いアッキーが睨みを効かせて立っていた。

 

 「痛いです、アッキー」

 

 「なら突拍子もなく愚かな事を言うのは辞める事ね、シンシ・ヘンタイ」

 

 外国人みたいに変態紳士言うのやめーや。それ前も言ったよな?

 

 「俺は愚かな事を言った覚えはないんだがな」

 

 「なら、逆に聞くわ。仮に貴方が朱里小十郎とデート───という根も葉もない噂を回されたらどう思う?」

 

 「死んで欲しいと思う」

 

 「奇遇ね、私も同じよ。根も葉もない言葉を並べられればそりゃ腹も立つし蹴りたくもなるわよ」

 

 そう言って再度俺の太腿を蹴ろうとしてきた安達垣の足を華麗なステップで躱し、お互いがお互いを睨みつけていると不意に部屋の窓が開く。

 

 「お嬢様方、当主様がお帰りになられましたが......取り込み中でしたか、失礼しましたー」

 

 煙草を蒸かしながら、そう言ったメイドに俺達はお互いの顔を緩和させて、笑顔を見せる。

 

 「そんな事ないっすよ!いや、割とマジで生命の危険を安達垣さんから感じていたので助かりました!!」

 

 「そ、そうよ成乃!別に私達取り込んでなんかいないから!寧ろ険悪過ぎて取り込む余地も無い位ギスギスしてるから!!」

 

 「世間じゃそれを取り込み中って言うんじゃないんですかね......」

 

 メイドさん......改めて成乃さんがそう言うと、俺達は同時に言葉に詰まる。確かにそうだった。あまりの白熱具合に、冷静になれずにいた。てか、アッキーのハイキック痛い。

 

 そう思い右の太腿をさすさすしてアッキーに冷たい目で見られていると、ふと成乃さんが目を見開く。

 

 「......いや、失礼しちゃダメだったか」

 

 「え」

 

 「上田様、当主様がお呼びです」

 

 「ええっ......?」

 

 俺は一体安達垣家になんの用事で来たんだろうな。少なくとも最初はアッキーと小岩井の勉強指導で来たはずなんだけど、何が2転3転して安達垣家の当主と会話するっていう無理ゲーに参加せにゃならなくなったのか。

 

 ほとほと俺には意味不明である。

 

 「......ちょっと待ちなさい成乃。この男は一応、私が勉強指導の一環として呼んだ客人で、直に帰宅する予定よ?それを突然帰ってきたあの人が呼び出す───なんて事はあまりにも失礼ではなくて?」

 

 「はあ、そうは言いますが既に客人をもてなす───という前提で話が進んでしまっています。夕食もお作りになっていますので、どうにも私の一存のみでは」

 

 そう言うと、成乃さんは俺を見る。その瞳は、半ば懇願のような瞳。その視線に、痛めた胃を抑えつつ悩んでいるとアッキーが俺を見て怒りの眼差しを向ける。しかし、その怒りは俺に向けられてはいないらしく───

 

 「上田、貴方が呼び出しに応じる義理はないわ......今日は体調も悪そうにしていた、無理なんてせずに速く帰りなさい」

 

 珍しく、アッキーが俺の身体を心配してくれていた。なんだろう、復讐対象に心配されるのはなんとも情けないのだが。

 

 「......大丈夫だよ。それくらいなら構わないさ」

 

 「けど───」

 

 「アッキー。俺は政宗の親友とか、アッキーの勉強仲間とか以前に、上田家の人間だ。上田家の人間が安達垣家のお誘いに参加しないとなりゃ......俺が本家にドヤされんだからな」

 

 親父も昌暉さんもアレで自由奔放な人達だから勘違いしがちだけど、あの家はあの家で一応社交界では名の知れている名家だからな。特に、今の当主である祖父はかなり厳つい人である。あの怖さは体験した人にしか分からない。初対面で俺、小便チビりそうになったんだからな。

 

 そんな厳つい人が俺の後ろにいる以上、恥ずかしい真似も出来ないというのが『俺』の現状である。

 食事は用意されている。

 会話もしたいと当主が仰っておる。

 なら、俺がしなきゃいけない事ってのは大人しく安達垣家と会話して、この場を乗り切る事なんだよなぁ。

 

 「......なら、成乃。今からでも出来るだけ胃に優しいものを用意しなさい」

 

 「アッキー、別に俺は......」

 

 「客人に無理を強いて病院送り───なんて事になった日には安達垣家の名が廃るわ。貴方は黙って胃に優しいものを流し込んで、会釈をすることに集中なさい」

 

 そう言ってメイドの成乃さんに指示を出すアッキーには有無を言わせぬ迫力と気魄を感じた。それ故に、俺はアッキーに反抗することもままならず、苦笑いでその場に突っ立っていた。

 

 と、不意に制服の袖に重みが増す。重力の向かう方を振り向くと、そこには頭を使ったことにより先程まで机に顔を埋めていたポンコツメイド小岩井吉乃がいつの間にか立っていた。

 

 「上田、気を付けて」

 

 「因みに聞くが、何を?」

 

 「安達垣様は、かなりの切れ者。うっかり口を滑らせて余計な事を吹聴しないようにしてほしい」

 

 「......ああ、なんだ。そんな事かい」

 

 「そんな事って、上田。真面目に───」

 

 「俺、これでも上田の長男なんだから。絶対にお前等の弊害になるような事はしないから、安心しろ」

 

 語調を変えて鋭い目を向ける小岩井に笑みを見せる。俺は大丈夫───なんとかなる、という意志を言葉で表示し、俺は改めて成乃さんへ話しかける。

 

 「何処に向かえば?」

 

 そう尋ねると、成乃さんは気だるげな視線をこちらへ向けつつ、無機質な声で言葉を発する。

 

 「案内します」

 

 「よろしく」

 

 ドアを開いて歩き出した成乃さんに付いていく形で、俺は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 廊下を歩いている最中、様々な人達が右往左往しているのを見て、若干苦笑いをしてしまう。状況を見るに、急な予定変更に慌てている───といったところだろうか。

 

 「料理の注文は御座いますでしょうか」

 

 「ないっすよ。出されたものなら有難く頂きます」

 

 流石にこの状況で料理のリクエストをする程の勇気は俺にはない。本来なら腹には何も入れたくない気分なのだ。

 

 「助かります」

 

 「いえいえ、寧ろすいません。突然押しかけて夕食までお世話になってしまって」

 

 そう言うと、成乃さんは無表情でただ一言のみ。

 

 「仕事、ですから」

 

 そう言って、先を歩いていった。

 

 小岩井家というと、家令の道の中ではかなり有名な家でもある。そんな小岩井家の中ではこういうのは当たり前なのか。

 そして、気だるそうなオーラを振りまいているのも、小岩井家特有の遺伝的気質なのだろうか───なんて、内心どうでも良いことを考えつつも、俺は階段を上り、目的地へと近づいて行く。

 

 「着きました」

 

 やがて、目的地へと着いた成乃さんは横に退きドアを開けて、その先の安達垣家当主が待つ夕食場へと誘導される。

 

 相手は招待者だ。故に、俺は背筋を伸ばしらテーブルの先を見つめた。

 

 

 

 「やあ、上田幸村君」

 

 視線の先には安達垣家当主。安達垣泰輝が玉座に座る王の如く、屹立していた。

 眩く光るオーラに、黒のスーツをビシッと着込んだ大男。そして、イケメン。スター性というのはこういう事を言うのだろうかな。

 

 「......どうも」

 

 「ははっ、何時も愛姫がお世話になっているね。私自身、上田家には随分とお世話になっているからね。これも何かの縁だ。これからも娘をよろしく頼むよ」

 

 よろしく、ね。

 

 こちとらアッキーに一泡吹かせてやろうと画策する復讐者な訳なんだが表面上だけでも取り繕った方が良いのだろうか。否、俺も馬鹿な事を考える。

 

 「......はは、まああのゴルフ狂人に貴方のような友がいた事は驚きましたが」

 

 「ははっ、酷い物言いだね」

 

 「家庭での父を知らないから酷いと思えるんですよ」

 

 まあ、大して気にしては居ないけど。恐らく上田昌幸を以てして、友達になれない奴なんて数少ないだろう。ならば、このスーツを着込んだ大男───安達垣泰輝が上田昌幸の友人だろうと言われてみればおかしくはない。

 

 「それよりも......本当にキミはかつての昌幸に似ているね。目付きから顔立ちまで......いや、顔のパーツは薫さん似かな?」

 

 「人の顔をまじまじと判別するもんじゃありませんよ」

 

 「おっと、それは失礼したね。懐かしい顔を見たものだから、つい......ね」

 

 そう言うと、安達垣泰輝はこちらを見て少しだけ申し訳なさそうな笑みで俺を見る。そんな瞳に晒された俺はその意図を考えつつも、今こうして安達垣泰輝に呼び出された理由というのを考えてみる。

 

 「まあ、立ち話もなんだ。今夜はご馳走するよ、是非座り給え」

 

 ああ、そうだった。

 

 こちとら絹江さんの晩飯のおかげで胃が荒れているのだが......既に前菜が向かいの机に用意されているって事は、俺がご馳走になるのは規定事項。逃げも隠れも出来ないって事なのか。

 

 こういった時、客人は無力である。善の押し売りだろうとなんだろうと出されてしまったものには手をつけなければ失礼に値する。故に、こういう時予め客人には選択する余地がある筈だし、その時に限り『拒否権』というのも行使できる筈なのだが───

 

 「どうしたんだい?早く座ると良い」

 

 「......では、お言葉に甘えて」

 

 安達垣泰輝は、多くの会社を経営する安達垣グループの代表取締役社長である。故に、なりふり構わず人をディナーに誘いたい時、自分が家令にどんな命令をすれば立ち止まってくれるのかをよく知っている。

 

 出された物は残さず食べる───

 

 そんな常人にできるマナーを犯すなんてことまさか『上田』に限って......ないよね?

 

 そんな無言の圧力をかけられているような気すらして俺は思わず目の前の男に戦慄を覚えてしまっていた。

 

 結局、俺は安達垣泰輝の厚意(命令)に従い着席する。目の前には、スープ。見るからに上等なポタージュが俺の前にあった。

 

 「安心したまえ、キミが腹痛を起こしているという事は既に娘から伝えられている。出来るだけ腹に優しいものを用意してもらっているよ」

 

 「......有難う御座います」

 

 「客人をぞんざいに扱うような真似はしないよ。尤も、既にキミには無理を強いているんだけどね」

 

 分かっているようで何よりだ。今夜は何も腹に入れたくない気分だったのだからな。

 

 スープを啜りながら、安達垣泰輝の様子を見遣る。しかし、直ぐに話す───といった様子はなく、俺を見遣ることもなく、上品に前菜を召し上がってやがった。

 

 この人は俺に何を言いたいのだろうか。そう思いながらチラリと安達垣泰輝を見遣ると、不意に視線が合った。

 

 「......おや、失礼したね」

 

 「別に。こちらこそ失礼致しました」

 

 「畏まらなくても良いよ。普段の幸村君は、高貴な立ち振る舞いを見せつつも何処か適当で、ぞんざいな雰囲気を醸し出していたように見受けられるからね」

 

 「......あの、俺と安達垣さんって初対面ですよね?」

 

 そんな人がなして俺の雰囲気を知っているんだ?物知りが1周回って気持ち悪い。ストーカーレベルで気持ち悪い行為をしているのを理解しているのだろうか。

 

 「うん。けれど、キミの話はよく聞くよ。『目付きの鋭い男』、『気だるげな男』、『藤ノ宮のお嬢様の許嫁』......他にも色々噂が立っているんだけど、聞きたいかい?」

 

 「聞きたくもないです。というか、目付き、気だるげ云々は兎も角藤ノ宮の許嫁ってなんですか。噂が独り歩きしてますよそれ」

 

 迷惑な噂もあったものだ。確かにパーティやら何やらで藤ノ宮と話したりする機会は頻繁にあったが、別に俺と藤ノ宮は付き合ってなどいないし、許嫁等以ての外だ。その噂のせいで藤ノ宮にまで迷惑がかかったらどうするんだ。社交界は根も葉もない噂を立てるような奴らの集団なのか?もしそうだとしたら社交界なんて、2度と関わりたくないんだけどな。

 

 「ふふっ、まあ今回に限ってはその話は別に大した事ではないんだ。今日は、キミにちょっとしたお願い事をしたくて食事に招待したんだからね」

 

 「お願い事......?」

 

 そう言うと、安達垣泰輝は頷きやや真剣な目付きとなり声を発する。

 

 「薫さん......キミのお母さんに、御礼を言っておいてくれないだろうか」

 

 「......それは、自分で言うってのが筋じゃないんですかい」

 

 「私だってそうしたいさ。けれど、私は1度彼女の信頼を裏切った身だ。そう易々と顔を出せる程面の皮は厚くないんだ」

 

 そう言うと、安達垣泰輝はこちらを見て笑顔を止める。その顔つきは今までの世間話を止め、本題を話す───という意思表示にも見て取れた。

 

 「私と妻は、離婚した......というのはキミも知っているのではなかろうか?」

 

 「......まあ、知ってはいますよ」

 

 実際に会ったことはないんだけどな。そもそも安達垣泰輝とまともに話をすること自体が初めてだからな。

 けれど、安達垣泰輝とその妻の仲が冷え切っていた───というのは社交界では専ら噂されていた。

 極めつけには上田松華の人脈によるニュースだ。あれはまあ、執拗い程に言われてたから覚えてたってだけで特に今までアッキーと関わることで意識なんてものはしてなかった。

 

 「彼女には多大な迷惑をかけた。そして、彼女自身私と会うことは本意とは思っていない筈だ。友人と離婚した男の顔なんて、見たくないだろうからね」

 

 「......成程、貴方には母がその程度の器の人物だと思っていると?」

 

 その言葉に、安達垣泰輝の食の手が止まる。それと同時に鋭い目付きを俺に向ける。

 

 「世間一般の常識を言ったのみだ」

 

 「なら貴方は上田薫という人物を侮っているんでしょうね。否、気付いてない振りをしているだけだ。仮にも社交界で何度も顔を合わせているのなら母が世間一般のそれに当てはまらない事くらい分かるでしょうに」

 

 一体安達垣泰輝は上田薫に何をしたのか───というのは知らないが、上田薫は何より遠回しな発言、意思表示を嫌う人間である。冷静沈着な物腰とは裏腹な豪胆さ。そして、ストレートに何かを伝える意思の強さ。それらを含めた女が、上田幸村と、上田松華の母である上田薫なのである。

 

 ハッキリ言おう。

 

 「第三者を介した発言は逆に母を怒らせますよ。貴方が母とどれだけの関係なのかは存じませんが、今一度母に対する対応を御一考なさっては如何でしょうか」

 

 その時の俺が、一体どんな顔をしていたのかは分からない。大体、俺も上田薫という母に関して全てを知っている訳では無いのだから。

 それでも、その時安達垣泰輝の目が少しだけ見開いたって言うのは確かで。その瞳に対して俺が何を思うこともなかった───というのも、また確かな事実であった。

 

 結局の所、他所は他所である。安達垣泰輝が何をしようがこちらとしては知ったことではない。故に、アドバイスはするがそこから先の展開の興味は、はっきり言って皆無だ。今の俺は、真壁政宗の協力者。それが藤ノ宮や、小岩井、朱里君等の悩みとかは兎も角、安達垣泰輝の家庭の事情にまで興味は持てない。

 

 だからこそ、俺は安達垣泰輝に言いたいことは言う。しかし、その後は知らん。そんな面持ちでアドバイスのような何かを送った。

 そして、安達垣泰輝は目を見開き───それと同時にニコニコスマイル。どうやら怒りを買った訳では無いようで安心した。

 

 「......上田の人間は、本当に私に特別な何かを体験させてくれるね。私の目が節穴だと宣ったのは後にも先にも上田家の人間のみだ」

 

 「俺は節穴だとは言ってないんですがね。それに、俺は上田家の人間の中じゃ落ちこぼれですから」

 

 上田家の人間に総じて言える事は、奴等はどんなものも容易くこなしてしまうエリート集団ということである。

 そして、そんな奴等が通るレールのような何かを俺は例に漏れずに歩んでいる───という風に周りの人間は思うだろう。

 

 けれど、本質は違う。

 

 俺は『転生者』。そして前世の知識から何が大切なのかというのを知り、家族や、他人から人としての大切なものを教えて貰った『凡人』だ。

 天才は、物事を言われずともこなしてみせる。

 凡人は、言われなきゃ分からない。

 

 その差が顕著に現れてるのが、俺......上田幸村と、上田松華だと思うんだけどな。

 

 「節穴と宣ったも同然だ───あんな含みのある言い方をされたらな。ただ......悪い気はしないよ」

 

 節穴と言われて悪い気がしないだと?

 

 さては、あんたドMか?

 

 そんな意図を孕んだ俺の細い目を、安達垣泰輝は華麗にいなし、更に続ける。

 

 「キミは、自分を天才じゃないと宣うけどね。じゃあ何故私や娘はキミを認めているのかね?何故、社交界では『上田幸村』を賞賛する声が聞こえるんだろうね?」

 

 「知りませんよ」

 

 「なら、答えよう。それは、周りがキミを天才と認めているからだ」

 

 随分と平易な答えだな。こちとらもっと予想外の答えを言うのかとばかり思ったのだが。

 

 「天才か凡才かどうかは他人が決めるものだ。自己評価なんてものは自己満足のバロメーターでしかならない。客観的な評価こそが、自身の立ち位置を決める一手になるんだよ」

 

 「......貴方のその評価が過剰評価なんてのは?」

 

 「仮にそうだとしてもだよ。持て囃され、思い上がる事は愚かだが、そう思われているということは優秀だと感じられているということ。光栄な事じゃないか、少なくとも私はキミが天才だと感じ、それに思い上がることなく普段通りのそれを発揮すると信じている」

 

 「......そうですか、そりゃ随分と重い期待な事で」

 

 これ以上、天才か天才じゃないかを議論したところでそれは水掛け論にしかならない。そもそも俺には『天才』とか『凡才』とかに大したこだわりはない。周りが天才だと宣うなら勝手に流してしまえば良い。俺はその尽くを受け流して見せようではないか。

 

 暫しの間、無言が空間を支配する。が、それも束の間。安達垣泰輝は俺にニコリと笑みを浮かべて矢継ぎ早に問いかける。

 

 「藤ノ宮のお嬢様と懇意にしているらしいじゃないか。婚約してるのかい?」

 

 「していません」

 

 そりゃ残念だ。と安達垣泰輝は更にスープを啜った。その食べ方の上品さとは裏腹にその笑みは少年の心を弄んで楽しんでいるようにすら思える。

 

 「恋の話なんて娘とは一切していなくてね。そもそもその為の時間を取ってすらいない」

 

 「......で、その鬱憤を俺に当てたと」

 

 「まさか。純粋な興味があっただけだよ。実際の所はどうなんだい?」

 

 その問いに、俺は少しだけ頭を悩ませる。

 藤ノ宮寧子。

 俺『上田幸村』にとっては唯一無二、かけがえのない存在。彼女がいなければ今の俺はないとも言える。

 

 ただ、その存在がLOVEかといえばそれは疑問詞を浮かばせざるを得ない。

 確かに藤ノ宮は可愛いと思う。何度もドキリとさせられた事もある。けれども、本当にそれが『LOVE』と呼べるのか?

 それだけの薄っぺらい思いで彼女の事を『LOVE』だと言いきれるのか?

 

 判断するには時期尚早だと言うのが今のところの答えだろう。

 思えば、安達垣と政宗のデート追跡で出会ったのが久しぶりだったなぁ。確かそれ以前に会ったのは中学3年生の冬だった筈だ。クリスマス───ああ、出来ればあれは思い出したくないな。勿論あの日も俺の中では大切な思い出なのだが、今このタイミングで思い出すと赤面を隠せる気がしない。

 

 兎にも角にも、今ここで答えになるほどの解答を持ち合わせていない俺は安達垣泰輝を見て、少しだけ首を傾げる。

 

 「分からない、か」

 

 「ご理解頂けて何よりです」

 

 「おかしい、この年頃の子達は恋に敏感だと聞いたのだが......」

 

 てめーそれ誰情報だ。

 

 世の中には恋に敏感じゃないやつもいれば違う次元に恋してる奴等だっているんだぞ。

 

 安易に一括りにするな。

 

 「......尤も、その恋のせいで数々の男が娘の前に撃沈してきた訳なのだが」

 

 「そうですね」

 

 「キミはどうなんだい?娘のことは好きかい?」

 

 そんな疑問を尋ねてきた安達垣泰輝に、俺は今出来る最大限の笑顔で一言。

 

 「『友達』として、なら」

 

 「......やっぱりキミは、上田家の人間だよ」

 

 その言葉に関してはもう突っ込まない。どうせ突っ込んだ所で何度も何度も同じ事を言われるのだ。ならば、いっその事慣れてしまおうと一種の悟りを開いている。

 

 故に───

 

 「ありがとうございます」

 

 最近は、表情筋を動かすのも随分と楽になったと心の中で思いつつ、俺はまたしても笑みを作った。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 会食は、無事に終わり俺にも帰る時間というものがようやく訪れてきた。慣れない場所では、食事が本来持つべき筈の役割である団欒、リラックスなんてものは出来ず、初対面の人間と話した事で、疲労感が溜まり、上手い筈の食事も味を覚えていない。

 

 そのような体たらくでふらふらと廊下を歩いていると、壁にもたれかかっていた安達垣が俺を見て一言。

 

 「......お疲れ様」

 

 たった一言、そう言ってのけた。

 

 おや、そこはかとなく良い香りがするのだがもしやアッキー風呂上がりですか?なんて事を考えているとアッキーは俺を殺意マシマシの目で見つめながら一言。

 

 「貴方は、父と初対面なの?」

 

 「ああ、初対面だ」

 

 ついでに言うなら、家族が安達垣泰輝の関係者なのにも関わらず初対面───人脈ゴミの上田家の落ちこぼれは俺ですよー......なんて、勝手に自分を皮肉っていると、アッキーが俺を見つめる。

 

 「あの人ね、離婚した癖にあの人と面会───なんてするのよ」

 

 「はあ」

 

 「離婚調停で決まったことらしいの。回りくどいわよね、スパッと出すもの出して縁を切ってしまえば良いのに」

 

 「事情があんだろ」

 

 「......だとしてもよ。私、回りくどい関係は嫌いだから」

 

 だよな。

 

 そういう性格じゃなきゃお前さんはある意味一世一代の男の告白をバサリバサリと一刀両断出来ねえだろうよ。

 

 「......お前は、そうなんだろ?」

 

 「ええ」

 

 「なら、お前が言ってしまえば良いじゃないか。離婚───なんて俺達にはまだまだ先の話、イロハなんて知らない。そもそも結婚出来るかどうかも分からん」

 

 「自虐のつもり?」

 

 「うるさい今良いこと言おうとしてるんだからちょっと黙れやい」

 

 「それを言ったらどんなに良いことを言っても台無しよ。自分で言ってて分からないの?」

 

 アッキーがそんな事を言いながら俺を呆れの視線で捉えるものの、それを無視して言葉を続ける。

 

 「けど、お前等ガキには余っ程の事を除いて発言する権利がある。物事に好き嫌いの判子を押せる権利がある。それを使わない───なんてのは、勿体ないとは思わんかね」

 

 「......」

 

 「言えよ、安達垣さんにアッキーの言いたいこと。言わなきゃ分かんねえだろ。辛いのは分かるし、顔も見たくない......ってのも成乃さんに見せてたアッキーの嫌悪感バリバリの態度からある程度は察せる。けど、踏み込まなきゃ分からない事だってある───俺は、そう思うね」

 

 「......根拠は?」

 

 「実体験だよ」

 

 「......なら、そうなのかもね。尤も、誰しもがそうだとは限らないけど」

 

 「ま、参考程度に聞き流しといてよ。どうせ、やるのはアッキーなんだから。俺には関係ないことだった、素人が偉そうに物申してゴメンな」

 

 「......全くよ」

 

 アッキーは、笑った。その時の笑みは普段残虐姫として名を馳せている普段通りのアッキーなんかじゃなくて、本当に女の子らしいクスッとした笑い。

 そんな笑いに、俺は『この娘を騙し、復讐をする』という想いを頭の奥底に抱き、なんとも言えない気持ちになってしまった。

 

 けれども。それはそれ、これはこれである。

 

 ひとつの笑みと利己的な心情で親友を裏切る訳にはいかない。なってたまるものか。俺のやるべき事は政宗が『良し』と感じるまで復讐の暗躍をする事。

 

 あの、冬に誓ったことを忘れるな。

 

 政宗と惚れさせて振る作戦を成功させて、心身共にスッキリさせて、楽しい楽しい生活を送ると約束したではないか。

 

 しっかりしろ、俺。

 

 「上田?」

 

 と、自問自答してたらいつの間にか目の前に安達垣の姿が。気を取り直して『なんでもない』とアイコンタクトを送ると、またしても鋭い目付きで小さなため息を吐かれる。畜生、さっきまでの葛藤を返しやがれ暴食王女。

 

 「さて、帰るかね......」

 

 「出口まで案内するわ。吉乃の点数のことも話しておきたいし」

 

 おお、そうだったな。

 

 「どうだった?」

 

 多少は良い点数を取れただろうか。

 

 「見せられる点数にはなったわね。後は、あの子自身の気概がミソかしら」

 

 「大丈夫、なんとかなるさ」

 

 「それこそ根拠を聞きたいわね」

 

 それは、あれだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 「男の勘......かなっ」

 

 「死んでくれて結構よ。ここからダイブかハイキック2連発、好きな方を選びなさい」

 

 その後、無茶苦茶ハイキックされました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 結局のところ、テスト対策なんてものは1つのターニングポイントにまで達すると残りの勉強は己の焦りやら不安なんかを解消する一手にしかならない───というのは今までテストを幾度となく行ってきた政宗と俺の経験談である。

 

 そう、例えるなら───

 

 

 「......おっしゃあああ!!!!テスト対策万全!!これなら行けるぞ100点&アッキー攻略&幸村に初勝利!!!」

 

 「感情を爆発させるな。それはフラグっていうんだぞ」

 

 「幸村君......そのツッコミが最早フラグの気がしてならないのだけど───」

 

 実力テスト、前日の放課後。

 

 俺達は、今回出てくるであろう実力テストの対策を全て完遂し、帰宅への道を歩いている。あれから俺は政宗陣営で朱里くんの勉強を教えつつも、アッキー陣営で小岩井に因数分解やらの勉強を教えていた。その過程では、困難もあったが試合のお膳立てはバッチリとした。後は中立的な立場を守りながら小岩井の言うように普通の男子高校生、上田幸村としてテストに臨むのみだ。

 

 「違うぞ幸村、フラグってのは......」

 

 と、俺の言葉を聞いた政宗は指を横に振り俺に告げる。ああ、分かってるよ。確かにさっきの政宗の言葉じゃあフラグとしては弱いよな───

 

 「『もう何も怖くない』だろ?」

 

 「言っちゃったよ!?見事にフラグ作っちゃったよ!?」

 

 朱里くんが俺達の会話に涙目でツッコミを入れる。あはは、朱里くんは心配性だなぁ。フラグなんか作っても簡単に流されず、寧ろフラクラしてしまいそうな勢いで勉強を敢行した朱里くんならきっと大丈夫さ。

 

 「自信持て。朱里くんは努力したよ」

 

 「けど───」

 

 ふむ、自信は持てないか───なら。

 

 「朱里くん。これを見てくれ」

 

 俺は、2つの紙を朱里くんに見せる。片方はテスト対策初期に行ったプレテスト。もう片方には今日行ったプレテスト。

 

 「貴方が落としたのはこの0点のテストでしょうか。それともこの烈しく輝く100点のテストでしょうか」

 

 「それどっちも僕のだよ!?」

 

 「じゃあどっちもお前さんのだな。で、序に言うのならこの烈しく輝く100点のテストの方が真新しく見えるだろ?」

 

 「あ......」

 

 朱里くんが俺とテストを交互に、驚愕の目付きで見る。そう、朱里くんは成長しているのだ。最初はゼロからのスタートだったけど、落ち目のない朱里くんは必死に勉強し、頑張ってくれた。

 

 「努力して、こうしてプレテストで結果も残した。これが社会人なら本番も結果出さなきゃいけないんだけどさ、政宗の勝負に朱里くんの意思表示抜きで無理矢理参戦させた以上、どんな結果でも責める事なんてしないよ。寧ろ、政宗と俺の我儘に付き合ってくれてありがとな」

 

 「......そうだね。もうここまで来たら朱里くんは勝負とか気にしなくて良い。赤点回避するって心意気で思いっきりぶつかってくれて構わないよ」

 

 だから、テスト頑張ろうぜ。

 

 そんな意図で朱里くんに差し出した俺達の手を、朱里くんは感動───といった目付きで見遣る。

 

 「政宗くん......幸村くん......本当にありがとう!!」

 

 そう言うと、朱里くんは両手で俺達の手を掴みぶんぶんと縦に振る。ちょ、待って。腕痛いっす。

 

 「けど、僕頑張るから!ここまで来たら政宗くんが安達垣さんとの勝負に勝てるように、精一杯努力するよ!」

 

 「小十郎......」

 

 「お、おお......」

 

 尊いなぁ。自分の事も心配せにゃならんのに、それでも他人の事に気を遣える朱里くんってやっぱり心の優しい子なんだよな。本当、ほんの1ミリでも良いから朱里くんのその純粋さを小岩井やアッキーにも分けてやって欲しい。

 

 「......まあ、やるべき事はもう決まってんだろ。先ずは俺達3人で赤点だけは回避する」

 

 俺がそう言うと、2人が同調し頷く。

 

 「......その上で小十郎と俺は総合得点で安達垣さん達に勝つ!」

 

 「うん!絶対勝とうね政宗くん!!」

 

 「おっしゃ......それじゃあ二人とも、明日は絶対勝つぞ!!」

 

『おーッ!!!!!!』

 

 最後に、部活動的なノリで俺達は解散する。ここまでは本当に二人とも頑張った。本番は点数でどちら側にも介入することは出来ないけれど、ご武運を祈ることなら出来る。

 

 政宗、小十郎、頑張れよ。

 

 陰ながら応援してるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが昨日までの俺である。

 

 さて、時は流れて後日......昼休みの中盤にまで時は過ぎる。テストは予想通り勉強すれば出来る程度の内容であり国、社、英、理の問題を無難にしっかりこなした事に安堵感を覚えていると、不意に政宗が俺の肩を叩く。

 

 「幸村、調子はどうだ?」

 

 「俺か?別に問題ないが......お前さんは?」

 

 まあ、編入試験満点の政宗の事だ。恐らく問題はないだろうと思い、深刻にはならずにそれとなく聞くと政宗は予想通りサムズアップで応える。

 

 「国語と日本史に関しては幸村の予想通りの問題がピンズドで来たからな。本来ならこんな事を言うのは気が引けるんだが......憂いが全くないね」

 

 「そりゃ良かった」

 

 そこまでの自信があるのなら政宗は問題ないだろう。と、なると後は朱里くんが問題なんだが......

 そう思い、左後ろの席に座っている朱里くんを見やると、そこには恐るべき光景が広がっていた。

 

 「しゅ......朱里ィ......」

 

 まさか、朱里くんがお昼のスイーツタイム返上で数学の勉強してるなんて。自分、涙を通り越して目から流血しそうなんですけど、流して良いっすか?

 

 「こ、小十郎......根を詰め過ぎると後が大変だぞ?」

 

 政宗が朱里くんを諌めるも、朱里くんは止まらずに机にあるテスト対策用プリントを見直す。

 

 「大丈夫だよ、もうスイーツタイムは終わったし......残り時間、もうちょっとだけ頑張ってみるよ」

 

 「......そうか」

 

 そこまでの強い意志があるのなら、こちらから言うことはない。政宗もそう思ったのか朱里くんの肩をぽんと叩いた後、俺の元へと戻ってきた。

 

 「幸村、ガチで勝てるかもしれない」

 

 「ああ、後は政宗次第だぞ。残りの数学は......大丈夫か?」

 

 「どうだろうな......如何せん数学は公式を覚えるのが酷く困難だから───」

 

 そう言うと、政宗は顔を顰めて一言。

 

 「前々日に出てきそうな公式にヤマ張った」

 

 「ギャンブルプレイ......だと......!?」

 

 5時限目......最後の最後の問題で、政宗は朱里くんと共に数学の公式にヤマを張った。それ即ち、数学のテストは赤点になる可能性も、高得点を取れる可能性も半々ということになる。

 

 テストに絶対はない。けれど、広く浅く学習すればある程度の点数は取れる。

 しかし、政宗と朱里くんはそれでは満足しなかった。

 一か八か、高得点を取るために幾つかの分野を深く学んだのだ。

 

 「安達垣愛姫とのデート権利をもらい、その過程で幸村に勝ってみせる......実力派の真壁政宗を舐めるなよ、幸村!」

 

 そう言うと、政宗はニヤリと笑みを見せ挑戦的な態度を取る。そう、真壁政宗は俺にとっての親友であり、復讐を敢行しようとする同志であり、かつ良きライバルである。信州にいた頃の勉強や運動、果てはカラオケやらその他の遊びに関してまで、俺達は共に戦い、競ってきたからこそここまで上達し、この舞台に立てている。

 

 今は復讐だからそんな事するな───なんて野暮なことは言わない。これは、政宗自身が『勝負したい』と決めたことなのだから。

 前世のハンデは、最早真壁政宗には通用しない。彼は秀才の部類に属し、飲み込みも早い故に中学3年生の頃には俺とほぼ同等の学力を身に付けていた。

 

 今回のテストの範囲は、知らされていない。

 

 即ち、このテストは『安達垣愛姫と真壁政宗の対決』であり、『真壁政宗と上田幸村のガチンコバトル』でもあるのだ。

 

 勝負を吹っかけられ、あまつさえ挑戦的な態度を取られているこんな状況、燃えなきゃ男じゃない。

 

 「上等だよ、政宗......完膚なきまでに叩きのめしてくれる!!」

 

 「抜かせ親友!今度こそお前の戦績に傷を付けてやるよ!」

 

 言葉だけは、やや厳しい怒号のような何か。

 されど、表情は何時もと変わらない笑み───

 

 そんな状況下で、俺達はそれぞれの右手でグータッチ。これは、俺達の癖のようなものであり使われるべき場面は、意思統一を計る時。そして───

 

『宴の始まりだ』

 

 宣戦布告の号砲を上げる時、である。

 




と、いうわけでオリキャラはアッキーのパッパでした。オリキャラなのでそこまで重要視はしなくても結構です。『ああ、こんな奴おったなあ』程度に考えていただければOKです。

因みに泰輝と付けた理由に関しては安達垣家の先祖から取った泰源の『泰』と正ヒロイン安達垣愛姫の『姫』をもじっただけです。大した理由はありません。

後は、今日中に3つ投稿させていただきます。

それだけです。


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第27話 結果

本日2つ目です



 

 

 

 

 

 

 

 人生において、失敗というものは必ず存在する。

 寧ろ失敗しない人なんて居ないだろうし、仮に失敗をしたことがない───と言いきれるのなら、それは人生経験が浅いか、意図的にリスクを避けてるのか。それなりの理由があるのだろうと俺は考察する。

 

 チャレンジャーである以上、失敗は常にチャレンジャーの隣に付き纏う。

 畢竟、政宗がチャレンジャーとして安達垣に挑んでいる以上は『失敗』というものは存在する。『好事魔多し』という諺が示すように、必ず何処かで修正をきかさなければならない場面は登場する。

 

 その事に、一瞬俺達は気付けないでいた。

 

 予想外の事態を最後まで把握しきれていなかった。

 言い訳っぽくなるが、気は緩めていないつもりだった。まさか、テストでこのような穴が存在するなんて思いもしていなかったというのが本音である。とはいえ、これは、俺と政宗の落ち度だ。今更何を言ったってどうしようもないし、この場面から修正するっきゃないってのも分かっているんだ。

 

 いや......でもさ。これも言い訳になるだろうが、一言言わせて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 「あのロリババアァァァァァァァァ!!!!!!」

 

「落ち着け」

 

 

 主夫じゃあるまいし、流石に親友の食生活までは面倒見切れねえよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果として、政宗&朱里くんVSアッキー&小岩井の勝負は点数的な内容では政宗の勝利として終わった。

 当日は確認作業でいっぱいいっぱいだった俺達は気づけなかったが何とテスト当日、アッキーは熱で寝込んでしまったらしく、結果としては戦わずとも政宗陣営と勝利となっていた訳だ。

 

 さて、俺達はというと、テスト終了後、A組でアッキー休暇のお話を小岩井から聞かされており、政宗は呆気に取られたかのような表情をしている。

 

 それもその筈、俺の目の前に居るこの親友。数学とテスト時間中に突発的な腹痛に見舞われ、安達垣陣営───厳密には小岩井に毒を盛られたと勘違いしていたのだ。

 実際には違った。先程、妹ちゃんからメールが届き絹江さん監修のキャラ弁の中に入っている卵焼きに原因があったということを知った政宗は何とも言えないうめき声と同時に爆発的な大声で『あのロリババアッ!!!』と発しやがった。あの時の苦笑いと生暖かい視線は一生忘れないからな俺。

 

 「じゃあ、なに。私が豚足に渡したこーひーに毒を盛ったと思っていたの?」

 

 「......それは、はい。そうです、ごめんなさい師匠」

 

 「ばか?あれは買って直ぐに渡したパックジュース。自販機で買ったパックジュースを何処に、どうやって、どういう風に下剤をしこむの」

 

 「それは、ほら......穴とか刺して」

 

 「それなら豚足が持っていった時に何かしらの形で漏れている筈。いくらなんでもそんなバレやすい下剤の入れ方、私はしない」

 

 なら、別の入れ方はするんですかい......とそんな面持ちで小岩井を見ると、小岩井は一頻り俺を睨みつけて、最後に一言。

 

 「それに、そんな勝負。愛姫さまが嫌がる......結局、不戦敗になったわけだけど」

 

 まあ、確かにな。最初から下剤仕込んで......ってのが既定事項として進んでいたならアッキーはあんな血眼になって勉強はしない筈だし、熱だって出さずに万全を期してテストに臨んでた筈だ。

 

 「変態に聞けばいい。愛姫さまの勉強度合いを。どれだけの気概を以てして豚足を叩き潰して、みんちにしようとしてたか」

 

 そう言われた政宗は俺を不安気な視線で見遣る。その視線に応えるべく、俺は両手を上げて政宗を見る。

 

 「言っとくけど、アッキーはガチ勢だったぞ。1時間に1回は『真壁潰す』って言いながら、目の色変えてたし」

 

 「......ま、マジかよ」

 

 「ああ、ガチだ。良かったじゃないか。アッキーもこの勝負を純粋に楽しんでくれていたってわけだ。そして......お前は補習にこそなったが、点数的には勝利。念願のデートも出来る」

 

 「......そ、そうか。て、事は───」

 

 政宗がそう言った瞬間、俺は不意に口角が上がる感触を得る。それは政宗も同様で笑いを堪えきれないと言った様子。

 

 そして俺達は───

 

 

 

 

 

 

『やったぜ幸村デートだぁぁァァァっ!!!』

 

『うぉっしゃあぁぁぁぁぁ!!』

 

 

 勝負に勝った───という事実にまたしても興奮し、何やら訳の分からない言葉を並べながら、俺達は勝鬨を上げた。

 

 

 

 

 

 「......うるさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

『最初は行こうと思ったのよ』

 

 放課後。俺は小岩井に許可を貰い、アッキーに連絡をしていた。

 政宗陣営の合計点数が高かったこと。

 小岩井が赤点回避をした事。

 その他、テストに関する近況情報をアッキーに教えていると、電話越しから聞こえるため息と咳。そして、小岩井の勉強を見てくれたことの感謝。

 

 「まあ、無茶はすんなよ。ここで躓いた所で留年になる訳じゃない。アッキー地頭は良いんだし、どうとでもなるよ」

 

『そういう問題じゃないわ。安達垣愛姫としてのプライドが許さないのよ、あんな......パッと出の転校生に、あまつさえ真壁に学力で負けるっていう......私のプライドが』

 

 酷い言われようだな政宗。

 

 「因みに俺には?」

 

『悔しくないわね。だって貴方は変態紳士でしょう?』

 

 「人として見てないんですね分かります」

 

 政宗がヒト科ヒト目イケメン様に分類されるのなら俺は一体何に属しているのだろう。ミジンコか?それとも塵でしょうか。

 

『それでも、まあ......一応聞いておくわ。お幾つ?』

 

 「合計点数か?」

 

『ええ』

 

 「それなら496点だ」

 

 その瞬間、アッキーの声が止まる。

 

 「因みに政宗は409点だ。いや、なんだ。自慢じゃないんだが、これでもかなり上手くいってな。恐らくお前達と一緒に勉強したからだな。ありがと───」

 

 俺が御礼を言いかけたその時、ツーツーと機械音が鳴り、アッキーの声が聞こえなくなる。不味い、ここは黙って点数のみを伝えるのがベターだったか。

 そう思って、顔を顰めていると小岩井が冷たい目で俺を見遣る。

 

 「変態、愛姫さまはしょっくを受けてる」

 

 「ええ......」

 

 「私だって驚きがはんぶん。変態のくせに高みの見物なんて、生意気が過ぎる。ドが付く変態なのに」

 

 変態は関係ないと思うんだけどな。後、ナマ言ってねえし。前世含めた俺の努力の結晶だし。

 

 「まあ、政宗の協力者たるもの復讐関連の事以外で憂いたりすることはできるだけ無くしたいからな。その1つとして何とかしようとしたのが学力ってだけだ」

 

 途中まではキャンパスライフを目指して、政宗と復讐を初めてからは政宗と切磋琢磨して培った俺の学力はかなりのものとなっている。

 

 なんだかんだ前世の影響もあるしな。文字とか言葉とか公式のイロハが分かってて、名前や出身地、学校名が分からないとか何処のご都合転生だよ───と今更になって俺の境遇にツッコミを入れてみた。

 

 結果、哀しくなった。

 

 「......そう」

 

 何はともあれ、小岩井が興味無さげに空を見上げた所で俺の学力に関しての話題は終わる。この話を振ったのは小岩井。順番的に今度は俺が話題を振る番だ───と意味の分からない考えを拗らせ、俺はひとつの話題を提供する。

 

 「小岩井は、どうだ?憂いは晴れたかね?」

 

 何気なく尋ねた一言に、小岩井は相変わらずの無表情で反応する。

 

 「おかげさまで。私は赤点さえ回避すればよかったのに変態の入れ知恵のせいで余計に点数をとってしまった」

 

 「目出度い事じゃないか。今日は赤飯でも炊こうか」

 

 「そういう冗談はほんとうにいらないから。本気で抹殺されたいの?社会的に、精神的に、肉体的に、死にたいの?」

 

 「ごめんなさい」

 

 俺は肉体的にも精神的にも社会的にも抹殺されたくない。健康第一で生きていたいです。

 

 「......300点」

 

 「なんだって?」

 

 300点とは何ぞや。もしやお前の成績か、そうなんかと内心小岩井にツッコミを入れてみると、小岩井は無表情で続ける。

 

 「私がこの点数をとれて、補習を回避出来たのは、愛姫さまと変態のおかげだよ。だから......明日から、覚悟して。私に勉強を強制させたのと、300点を取った感謝。全ての鬱憤を豚足と変態に向けて晴らす」

 

 

 

 

 

 ......

 

 

 

 

 

 いや、それは本当に有難いことなんだけど───

 

 「なして感謝が鬱憤になるんですかね......」

 

 何なら俺を『変態』と呼びつける頻度を減らすとか、偶には俺を誉めてくれるとか、感謝の対価としてそのようなご褒美が欲しいわけなんですが、一周回って感謝が鬱憤になるとはこれ如何に。

 そう思い、内心小岩井に呪詛を吐いていると彼女はため息混じりに一言───

 

 「望んでいないから」

 

 「そりゃまた酷いっすね!?」

 

 少しばかり口角を上げて、安達垣家の腹黒メイドは俺に失礼な一言を宣った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、小岩井吉乃の学力問題も、朱里小十郎の学力問題も、政宗とアッキーの勝負も絹江さんの卵焼き(痛)以外に大した問題もなく終わりを迎える。

 

 半ば羽根休みのような展開といえば、そうかもしれないけど俺にとってはかなりの進展だ。

 政宗とアッキーは補習を共に受講するのと同時に、デートもする。小岩井は学力問題を解決し、俺達復讐者側の大きな起爆剤としてその力を発揮するための土台が出来上がった。

 皆がそれぞれの成すべきことを成して、次のステップへと進んでいる。なら、俺はどうあるべきか。昔は何度もそれで悩んだけれど今はもう悩まない。

 

 俺は俺。

 

 

惚れさせて振る(デッド・オア・ラブ)作戦の中では、脇役に位置する男。故に未来を変えたりするような大層なことは出来ない。けれど、出来ないものが多い分『出来ることをとことん突き詰めていく』信念は持っている。

 

 俺に出来ること。

 

 それは、真壁政宗の親友、上田幸村として奴の突き進む道を全力で肯定し、『主役の舞台』を支えるのみだ。

 

 

 



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第28話 京女

最後の投稿...,!


 

 その日は、満月でした。

 

 

 

 

 

 

 「はい、お疲れ様」

 

 それは、長い冬休みを終え新年を実家で過ごし───全寮制である清澄女学院へと向かう前夜。私はかかりつけ医である昌幸様と薫様に診断を受けてもらっていました。

 

 昔に比べると、体調は随分と良くなりました。現代は著しく発達し、無理矢理食を摂らなくとも栄養素を摂ることは出来ます。ビタミン、エクオール、果てはマグネシウムまでサプリひとつあれば十分に摂取することが出来るのですから、現代はとても便利です。

 

 尤も、過剰摂取は身体に毒ですし食が大切なのは分かっておりますが。京野菜、美味しいですわよね。

 

 閑話休題───

 

 「ありがとうございます、薫様」

 

 私は、目の前で手間をかけさせて頂いた薫様───幸村様の実の母に御礼を言います。その声に反応した薫様はニコリと笑って一言。

 

 「いえいえ、あの人のお手伝いをするのも私の仕事だから。それにしても、成長したね寧子ちゃん」

 

 「身体......ですやろか?確かに最近は中学まで着ていた服が入らなくなってしまって───」

 

 「違う違う。いや、確かにそっちもそうだけど───身体的な数値、だよ」

 

 ふむ、誤解でしたか。

 

 それでもその誤解を肯定されたことに喜べば良いのやら、恥ずべきことと感じるのかは私には分かりませんが確かなことは私が健康に向かって歩き出しているということ。

 

 「血圧も、心配機能も安定してる。後は外的要因がどうしても心配な所だけど......日常生活を送る分には全く問題ないわよ」

 

 「そうですか」

 

 それでも、激しい運動は出来ない。その言葉を孕んだ目付きを薫様は向ける。それ即ち───

 

 「この国では、これ以上が限界ね」

 

 やはり、か。

 

 その一言を飲み込んだ私は、既に私の心の中では確定している既定事項を薫様に告げるべく、口を開く。

 

 「実は、前々から昌幸様から言われてはいました。『日本の現代医療では、お嬢さんの病気は治せない』───と」

 

 「......出来ない訳でもないわ。けど、より高い可能性を求めるのなら───あの人の考えそうな事ね。変なところで人に気を遣う。それでも、あの人が扱っているのは生命なんだから、それが正しいのだろうけれど」

 

 そこまで仰った薫様は私を見て、尋ねます。それは、かつての私が憧れた『強い意志』を孕んだ目付き。

 上田家と関わり、前向きになることの出来た私の憧れの人でもあった、薫様の優しくも強い立ち姿。

 

 「本当に、それで良いの?」

 

 それらを前にしても、私の言うことは1つ。

 

 「はい」

 

 ニコリと、かつて人見知りだった私が懸命に鍛えた表情筋でそう言うと、何が滑稽だったのか薫様はクスリと笑って私を見ました。

 

 「......何か、おかしかったでしょうか?」

 

 「ううん、ごめんごめん。ちょっと私の求めてた答えとは違ったから」

 

 「え」

 

 「ユキと、このままで良いのかなー......って」

 

 その瞬間、頭の奥が沸騰したかのような感触が私を襲う。それは、まるで火山の大爆発のような、そんな感触───

 

 「あー、やっぱり。顔赤くしちゃって、可愛いなぁ寧子ちゃん」

 

 「......松華様の性格は、親譲りだったのですね」

 

 上田家の血筋は、無意識のうちに人の心を掻き乱す傾向がある。どうして、この状況で幸村様の話が出てくるのやら。私の頭では到底理解出来るものでは無いことから、上田家の性格の特殊さが滲み出ているような気もする。

 

 ただ───それも悪くは無いと思ってしまうのは、この家との歓迎が懇意である所以なのでしょうか。

 

 「くすくす、何時もはこうやってニコニコしてるだけだけど寧子ちゃんは可愛いから。どうしても私の親友と同じような対応をしてしまうのよね」

 

 「親友......ですか?」

 

 「うん、自分の気持ちを素直に表せなくて......それでも夢に向かって大胆不敵に飛び込むことの出来る女の子───性格はちょっと違うけど、大差はないよ」

 

 さて、と薫様が仰ると私を再度見つめる。それは、先程のような目付きではなく、薫様のもう1つの笑み。周りの人を思わずほんわかにさせてしまうような、そんな笑み。

 

 「手術はさ、焦らなくても良いんだよ。今の寧子ちゃんならこの先無理をしなければ大事が起こることはない。それよりも、大事なのは今のこの瞬間だよ」

 

 「今───?」

 

 「そう、今。ユキにも言ったんだけどさ。まだまだキミたちは将来の展望の事なんて気にする必要はないんだよ。後のことなんてどうにでもなる。けど、過去は取り返すことなんて出来ないんだから、さ」

 

 過去は、取り返せない。

 

 薫様のその言葉は、私の心をぐっと掴みました。確かに、過去は取り返す事の出来ないものであり、言っていることは間違ってはいない。

 けど、それよりも私はやりたいことがある。

 

 それは、身体的な問題を払拭しまだ知らない未知の世界に足を踏み入れてみたいという事。

 

 平静を装ってはいた。けれど、私だって乗馬をしてみたい。プールで力一杯泳いでみたい。球技だって、やってみたい。

 そして、あの時私を変えてくれたあの人と、色んな体験をしたい。

 

 けど、それらを可とする為には身体を治さなければならない。そして、懸念していることは『持病』の手術が失敗してしまった場合。

 

 お爺様の話では、手術成功率は7割という。成功すれば夢見た生活を送る事が出来る。けれど、失敗してしまえば最後。意識が戻らないかもしれない、最悪......『死』のリスクもある。

 そうしてしまえば、私は自らの夢も、心に抱いている恋慕の情を伝えることも出来ない。その可能性を考え、二の足を踏んでいるのも確かだった。

 

 「大切なのは、ここだよ寧子ちゃん」

 

 そう言うと、薫様は自らの胸に手を添える。

 

 「自分が何をしたいか、何を成したいか。自分の胸に聞いてご覧。今なら、自分の本音が聞けるから」

 

 「......その根拠は、何処へ?」

 

 「経験談、かな」

 

 そう言った薫様の瞳は、少し物憂げなものと化す。しかし、その瞳も束の間。ニコリと笑った薫様は私を見て一言。

 

 「ユキがここに居たら、なんて言うと思う?」

 

 はて。

 

 その質問に対しての答えを私は持ち合わせては居ないのだが、この問いには答えなければならないのだろうか。

 

 「......」

 

 もし、幸村様がここにいたのなら。そんな事は想像に難くはない。恐らく、笑って私の目を見てくれる。そして、病気の事を気にしてくれる。

 

『自分のやりたいことをやれ』

 

 そんな事を言ってくれるのだろうか。

 

 「......なんて、そんな事言われても分からないよね。何せ、あの幸村だもん。とあるお嬢様には変態紳士と呼ばれ、何時も私達に驚きをプレゼントしてくれる位だもの......何を言うかなんて、分からないよね」

 

 「......そうですね」

 

 確証なんてものは何処にもありません。更に言ってしまえば、人の発言に『絶対』なんてものはない。私がここでどれだけの事を空想した所で、その空想が当たるわけでもなし。そう考えたら、先程までの考えが阿呆らしくなってきました。

 

 「......さて、あんまり長居するのも良くないよね。私は雇われのお医者さん。今は客人じゃあるまいし、せっせと帰宅させて頂きます、お嬢様♪」

 

 その声に、私は顔を上げて薫様を見上げる。そして、不意に視界に入ったのは溢れるほどの暗闇に包まれた夜空。あの時、何度も何度も満点の夜空に祈っていた。政宗様と幸村様の仲が変わらぬように。そして、秘めた思いが何時か伝わるように。

 

 

 

 

 

 

 「───くすっ」

 

 私は大馬鹿や。

 

 そんな事を祈ったところで何かが変わったやろか?

 

 先程学んだばかりではないか。何を空想した所で空想は空想。それに留まるのみであり、テレパシーのように何かが伝わる訳でもない。

 ───否、万が一の事が起こったとしても噂レベルのくしゃみを幸村様が被る位であろう。空想で未来が変わるのなら今頃私の身体は健康体になっている。

 

 

 「......薫様」

 

 「?」

 

 私は、薫様に告げる。満月を見ながらそう言う私に自然と薫様の目付きが私に集まる感覚が私を襲う。その感覚の刹那、振り絞るように言葉を続ける。

 

 「私、恋がしとうございます」

 

 後悔しない生き方をしたい。

 誰にも負けない恋がしたい。

 届け、届いての願望だけではきっとダメなのだ。

 自分から、掴みにいかなければならない───

 

 「......良いじゃん。それが本当の気持ちなら、思い切っていかなきゃ、ね」

 

 「はい」

 

 「私はその意思を尊重するよ。何かあったら遠慮なく、どうぞ」

 

 そう一言、言い残して薫様は襖を開けて去っていく。その背中を見て、私は一言───

 

 

 「ありがとうございます」

 

 貴女のお陰で、本当にやりたいことを再認識することが出来ました。

 指針がはっきりして、成すべきことも明確になりました。

 

 感謝してもしきれぬ想い───返すのなら、感謝の言葉のみならず私の本望を叶え、酸いも甘いも噛み分けるであろうこれからのエピソードを土産話にするのが良いでしょう。

 

 それだけの大恩を、私は薫様に感じているのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、1度幸村様と出会いました。

 

 幸村様は相も変わらず鋭い目付きを浮かべていながら、心は幾らか温和になり、御学友にも恵まれて充実そうな暮らしをしていました。

 

 それでも、彼には胸の内に秘めた大きな使命があります。

 

『でっど・おあ・らぶ作戦』と言いましたですやろか?

 

 そのような作戦を政宗様と共に遂行中だとか。そして、私が幸村様と出会ったのはまさにその作戦の真っ最中。意図せずとも、私は彼等2人の作戦に巻き込まれてしまったのでしょう。

 

 ファミレスで、政宗様と復讐対象の御方と話しているのを共に伊達眼鏡を掛けて、変装しながら観察しました。

 ハダピュアの話とサッカーアニメの話に花を咲かせながら、服屋に入っていった政宗様と復讐対象の御方とのドタバタ劇を生暖かいであろう目付きで共に観察しました。

 

 そして、その中で分かったことというのは。

 

 やはり幸村様は政宗様との復讐を現時点では最優先に考えていて、それ以外の事はどうしても後回しになってしまうということ。

 そして、そんな事を分かってはいても。幸村様と共に居たい、と考えてしまう私がいること───

 

 

 

『お前が前に進みたいと思って、行動し続けるのなら、どんな形であれ俺がその手を引く。俺が藤ノ宮を助けるよ』

 

 そして、それでも幸村様は優しい人だから。どれだけの使命を背負い込んでも頼みを断らない。

 

 ああ、ほんにいけずな御方や。

 

 きっと貴方にとって、私という存在は友情の中の一欠片でしかなくて、貴方のそれに恋───なんて考えは全くもってないのでしょう。

 

 それ故に、そんな事を言えるのでしょう?人の恋慕の情にも気付かずに、貴方は私に優しさで、接してくれている。そのような勇気が出てくる言葉を授けてくれる。

 

 そんな事、分かってるのに。意識して言ってる訳じゃないのに。

 

 その言葉に私は胸が痛いほど嬉しくなって、舞い上がって、笑ってしまうのです。

 

 大変なのは、分かっているつもりだ。幸村様が政宗様との復讐を成す為に様々な趣向を凝らし、努力をしてきたのも話を聞いて、知っている。

 そして、その復讐が途方もない程の道程になるやも分からないという事を、私は幸村様との追跡で知った。

 

 幸村様の『政宗様への助力』という強く鋼のような想いに簡単に割り込めるだなんて、そんな事は何一つ感じていない。

 

 けれど、何一つ動かずに待ちぼうけ───なんて、そんな事はしたくないのです。

 必要なのは、『動き出す勇気』。『自分から訴えかけていく勇気』。

 

 秘めた想いは必ず伝える。

 けれども、ダメならすっぱり諦める。幸村様の弊害になるような事は行いたくないから。

 

 その2つの真反対の想いを胸に、私は勇気を持って進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 待っているだけでは、ダメですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「寧子様、お車の準備が整いました」

 

 その言葉に、私は頷き歩き出す。

 

 慣れ親しんだこの地にも、暫しの別れを告げる日がやってきた。自らの望みを叶える為に両親の心配を他所に別れを告げる───というのも何やら薄情な気がしますが、そこは『恋の力』ということでひとつ。

 

 「......良かったのですか?身体的にもこの土地を離れるのには負担もありましょう。望みを叶えるのなら手術を終えてからでも───」

 

 「椎堂」

 

 私の発した一言に、椎堂は言葉を止める。悪いことをしてしまったか、最後まで話を聞くべきだったのかもしれませんね。

 ええ、分かっています。病状が悪化してしまう可能性もある以上、手術を終えてからの方が憂いもなく望みを叶える為の行動が出来るでしょう。

 それが良いに決まってる。そうした方が良いと分かっている。けど───

 

 「死んだ後じゃ、遅いですから」

 

 その時の私が、どんな顔をしていたのかは分かりません。けれど、その時の椎堂がとても辛そうな顔をしていたのは確かで───

 

 「『死ぬ』だなんて言わないで下さい。病は気から、寧子様がそのような心持ちでは根治出来るものも出来ませんよ」

 

 「......ええ、そうですわね」

 

 私が、暗い言葉を発していてはいけませんね。まさに、ここから始めようとしている私の新生活。暗い顔から始めるよりかは明るい顔で、誇らしく、優美に歩き出していきましょう。

 

 ドアを開けてくれた椎堂の腕の下を通り、後部座席へと座る。何年も座って、慣れていたはずの藤ノ宮御用達の外車の座り心地は、何時もと変わりなくて心が落ち着く。

 

 そんな気持ちのまま、私は運転席に座った椎堂を見て、言葉を紡ぐ。

 

 「椎堂」

 

 「はい」

 

 「これから、迷惑をかけてしまうこともあると思います。いえ、既に迷惑はかけていますね......我儘に付き合って貰っているのですから」

 

 5年前───恐らくそれ位前の年に、椎堂は私の付き人として、時として起こす私の奔放な行動に付いてきてくれた。本来なら、私の我儘は私で片付けてしまいたい。一般の人としては、人に振り回される───なんて生活が楽しい訳ないのだから。

 

 それでも、椎堂は首を横に振りバックミラー越しに私を見る。

 

 「お嬢様。私は藤ノ宮に雇われた人間であり、お嬢様の付き人という御役目があります。

 ……確かに、お嬢様の奔放ぶりには頭を悩ませる時もありましたが......今、こうしてお元気にいらしている事。そして、やりたい事を懸命にこなそうとしているお嬢様を見ていると、心のどこかで『嬉しい』と思える自分がいます」

 

「……椎堂」

 

「ですからどうか、私の事はお気になさらずに。私はお嬢様に願いを叶えて欲しいのですから。

 ──それに、あの御方とならば私個人としても安心ですし」

 

 その言葉に、私の心拍数がぐっと跳ね上がった。顔は燃えるように熱くて、梅雨明け───冷房が少し効いている車内にも関わらず身体が火照りを知る。

 

 「......興が過ぎてよ、椎堂」

 

 「それは申し訳ございません。ですが御家族以外の方々の中で幸村様程お嬢様の身体状態を気にかけてくれる御方もいないというのが現状なのでは、と思いまして」

 

 「確かに幸村様は気にかけてくれますけど......確かにそうですけどっ」

 

 「特に見合いの話も聞いていませんし、ご心配なさらずに当たって下さいな。きっと、あの方真正面からぶつかってきてくれますよ」

 

 「余計なお世話です......」

 

 最近になって私の周りの人達が私を面白がる風潮が高まってきているような気がします。昔は、まるで人形のように、大切にされてきて。それこそ軽快な小噺なんてされる事も少なかったのに。

 

 「......ですが、好きでしょう?」

 

 その言葉に、身体の火照りは更に熱を増す。今なら、頭から湯気でも出てきそうな予感もする。

 

 ええ、そうですとも。

 

 好きですとも。

 

 けど、それを口に出せるほど今の私の心は鋼鉄ではありません。恐らく、今『好き』だなんて言葉を発してしまったら本当に脳内がフリーズしてしまって。訳の分からない言葉を連発してしまう事でしょう。

 

 故に、私は頭を下げて独り悶々とした時を過ごす。そうすることで、少しでも頭の中で展開されている煩悩を払おうとしたのですが。

 

 「椎堂」

 

 「なんでしょうか」

 

 「煩悩、というものはどうしたら消えるのでしょうか」

 

 「申し訳ありませんが私には分かりかねます」

 

 誰のせいでこうなったと思ってはるのや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は過ぎて、春は過ぎてゆく。

 

 時期的には、中途半端な時期である今日この頃。

 

 私、藤ノ宮寧子は淡い恋心を胸に上京する───。

 

 

 

 

 

 さて、この恋が『本当の意味で』実るかどうかは......

 

 

 

 これからの努力次第、でしょうか。




幸村のラブコメ的には、ここからがプロローグかも。


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第29話 一石

6月3日からの送検

作者「あれも書きたい!!これも描きたい!!沢山書きたい!!」

心の中の作者「良いから予告通り2週間後に間に合わせろ駄作者ァ!!」

作者「アッ───!!!」


はい、茶番にお付き合い頂き有難う御座いました。取り敢えず原作2巻が残りあともう少しで終わるくらいには、プロットがありますので暫くの間エタる心配は御座いません。

メンタルがズタボロになりかけて要らん脳内会議まで繰り広げてる作者ですが、今後ともよろしくお願い致します。

注意!
タイトルにも書きましたが、作者はイラストに関してはド素人です。気になる方は閲覧非推奨でよろしくお願い致します。


 最初から、運命なんてものは信じていなかった。

 

 

 

 

 

 俺にとってこの世界というものは偶然の連続であった。置かれた状況に唖然とする余地もないまま転生という摩訶不思議な状況にポイ捨てされて、その地で親友が出来て、女友達も出来て。後ろには偉大な家族達が俺を見ている───それら尽くを中身凡人である俺が予想出来る筈もなく、偶然偶然またまた偶然と様々な偶然に出会って、それでも何とかこの世界でよろしくやってる。

 

 なら、これから先に起こる展開も偶然と呼べるのか。

 

 それは、今の俺には何一つ分からない。

 

 

 

 

 

 ───俺は、そんな事を本気で考えてしまう程の『事象』に出会ってしまったのだ。

 そして、俺は後にも先にもその事象による衝撃を忘れることはないだろう。

 

 あの時の女の子の悪戯っぽい笑みを忘れることはない。あの時のひっくり返った痛みを忘れることはない。

 

 

 

 

 

 

 

『俺は───』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、日が登りかけた早朝に突如着信音が鳴り響き睡眠によって眠ってしまった俺の脳内を痛いくらいに起こす。

 

「......何だってんだ?」

 

 こんな早朝に電話を掛けてくるやつを俺は知らない。ああ見えて政宗は友人間でもマナーを守る男であるし、藤ノ宮だって今頃はおねむの時間の筈だ。元々友人の少ない俺にはこんな時間に電話掛けてくる友人なんて居ないはずなんだけどな。

 

 ......否、待て。

 

「......いたな。ちょっと前に俺の朝食タイムを奪い取った奴」

 

 小動物のような可愛さと暗黒的な2つの性格を持っている2面性パシリヒロイン小岩井吉乃。彼女とは協力関係となり連絡先を交換した中であり、彼女ならこの早朝に連絡してもおかしくはない───そう思い、俺は渋々スマホを見る。

 

 結果は、ビンゴといった所か。

 

「......なんだよ、よしのん」

 

『馬鹿な事を言わないで、私だってこんな早朝に変態と話なんてしたくない』

 

 なら、速く電話を切りやがれ。こちとら眠くて眠くて仕方が無いんだ。エナジーは大切にしておきたい俺にとってこの時間帯での長電話ははっきりいって『害悪』でしかないのだ。

 

 しかし、次に発せられる一言により俺の頭はやや正常に戻ることになる。

 

『復讐関連の事で話したいことがある』

 

「......復讐、とな」

 

『更にいえば、さいきんの豚足に関して』

 

「政宗?」

 

 最近の政宗が何をしたというのだろうか。あのテストの件から補習が始まり1週間程過ぎた。それでも政宗の調子は良さげだったし、言動からも自信に満ち溢れている様子が見て取れた。

 

 正直、心配等していなかった───というのが本音なのだが。

 

「何かやったのか?もしかして復讐に1歩近付いたとか!」

 

 半ば興奮混じりにそう言うと、今度はその気概事剃り落とすかのようなため息が俺の鼓膜を震わせる。

 畜生、今アイツ心底ってな感じで溜め息吐きやがったな。

 

「変態、分かってるの?」

 

「何が」

 

「豚足は貴方と一緒に色んなことをした。そうして完璧超人になった。一応女性とのコミュニケーション能力も悪くはない。けど、恋愛と女とのコミュニケーションはまた違ってくる」

 

 なんと。

 

 では、お前は政宗がアッキーに対しておかしなことをしていると。そう言うのか?

 

『この際はっきりいう。さいきんの豚足がキモイ。正確にはまじキモイ。このままじゃ愛姫さまに愛想を尽かされて、試合終了』

 

「諦めるまで試合は終わらねーぞ。安西先生だって『諦めたら』試合終了だって言ってんじゃねえか」

 

『2次元と現実を一緒にしないで。世の中にはどうしようもないことだって相応にある』

 

 そりゃ失礼しましたな。

 

「......で、それと今の電話になんの関係があるんですかね小岩井さんよ」

 

 気分は最悪、寝癖もボーボー。そんな状況で溜息混じりにそう言うと、小岩井吉乃は相変わらずの無機質な声色で一言。

 

『公園に来て欲しい』

 

 そう言って、一方的に呼び出して携帯の着信を切った。

 

 はい、急げー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.....眠い」

 

 あれから数十分後。朝のランニングが日課になっていない俺は支度もまちまちに近くの公園へとやって来ていた。

 政宗と小岩井が同盟を結んだ記念すべき場所。そこに1人で居るのは何か新鮮で、不意に政宗を呼び出したくなってきた。

 

「変態、こっち」

 

 本格的に電話でもしようかと携帯を取り出した途端に後ろから声がかかる。いけねえ、早朝に政宗に電話しちまう所だったぜ。マナー違反はどっちなんだって話だわな。

 

「よ」

 

「......変態、今回の件は貴方にもせきにんがある」

 

「そうか?」

 

 自主的な行動が出来るのは良いことではないか。世の中にはそういう事が出来ない奴らだっているんだからな。

 

「じゃあ聞くけど、豚足は女の子と付き合った事はあるの?」

 

「ない」

 

 アッキーの復讐に命を賭けていた政宗は彼女を作ることはなかったな。

 

「未経験の事を1人でやらせて成功出来るほどのテクニックが、豚足にあるの?」

 

「ないな」

 

 松姉さんに初対面でテンパる政宗には、ないな。

 

「知識とテクニックは表裏一体......学んで変態。これを貴方が知っていなきゃ、後々豚足が重大なヘマをやらかす危険性がある」

 

 ふむ。

 

 確かにそうだな。

 

「ならば、どうする?お前が政宗と付き合ってやるのか?」

 

「経験させる必要なんて何処にもない。問題は『経験しなきゃ分からない』選択肢をとっていること」

 

 そう言うと、小岩井は後ろを振り向き一言。

 

「愛姫さまに必要なのは、スリル」

 

「スリルだぁ?」

 

「今の豚足は愛姫様が食べ飽きたであろう炭水化物と同じ。何時も見栄えのないメニュー、工夫も凝らしていない白米だけの料理に愛姫さまが靡くとでも?」

 

「あ.....」

 

 そこまで言うと、漸く俺が気付いたと踏んだのか音の大きさ2割増の溜息を吐いた後に小岩井が続ける。

 

「愛姫さまをあっと驚かせる、ひいては興味を引かせるものを選ぶ。今はその時期に来てるの」

 

けど、と小岩井はそっぽを向きながら続ける。

 

「豚足を褒めておいて欲しい」

 

「なして?」

 

「私の中ではこの段階は4段階中の2段階目に来ている。正直、豚足がここまでいくのにはもう少し時間がかかると思っていた」

 

 おお、予想以上の高評価ではないか。てっきり小岩井の事だから『馬鹿』とか『マジキモイ』とかそういった辛辣な評価をしているのかとばかり思ったのだが。

 

「序に4段階作戦の詳細ってのは」

 

「そんなものはかんたん。1つは豚足が愛姫さまのメールアドレスを獲得する。2つは愛姫さまとしんみつになる。3つは、豚足が愛姫さまにぷろぽーずする。4つ目は......」

 

 そこまで言ったところで小岩井は少し苦しげな表情で何かを言い淀んだ。なんだってんだ?お前のブレインには4段階の作戦がインプットされてんじゃないのか?

 

「どした小岩井、テスト勉強のし過ぎで記憶が曖昧になったか?最近は暑くなってきたからな、ボケんじゃねーぞ」

 

「変態に私の脳内環境を指摘されるなんて、屈辱のきわみ。勘弁して欲しい」

 

「売られた喧嘩は買うぞよしのん。なあに、心配するな。死にゃしないからよ」

 

 閑話休題───

 

「変態。今回、貴方にやってほしいのはアフターケア」

 

「アフターケア?」

 

 アフターケアと言えばあれか。誰かの心にポッカリ、または鋭く刻み込まれた穴や傷を埋める役割を果たす役職か。良いな、慈愛と調和を生きがいとする俺にとってはピッタリの仕事じゃないか(大嘘)。

 

「よっしゃ任せろ。で、俺は誰の今後をケアしていけばいいんですかね?」

 

「愛姫さま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 What ......?

 

 

 

 

 

「はぁっ!?」

 

 俺がアッキーのアフターケアをしろって!?んなの無茶に決まってんだろ恥ずかしい!!ていうか俺アッキーにこの前偉そうに口弁垂れたばっかなんだよ!!それにも関わらず今度は甘い言葉でアッキーの心をケアってか!?やらせんなこんなの!!

 

「アッキー相手ならよしのんがやれば良いだろ!?近い相手なんだから!!家令なんだから!!腹黒メイドなんだから!!」

 

「変態、私がケアをするのと変態がケアをするのとでは意味合いが違ってくるの。私がケアをすれば愛姫さまは立ち直るだろうけれど、これから豚足がやる事に対しての疑念は晴れない。でも、その役割を『豚足の親友』がやったら?」

 

「ッ......それは、そうだな。信憑性の観点で言えば政宗に近しい俺が近況を話した方がより信頼性がある、か。けど、俺がアッキーのアフターケア......『変態』と罵られる未来しか浮かばねえな......」

 

「問題ない。何を言おうが変態が変態であることには変わらない。その不変の事実は今活用すべき」

 

「サラッと毒混ぜんのやめろよな、傷つくから。や、割とガチで」

 

 不変の事実とか言うのもガチでやめろ。俺はアッキーに『変態紳士』と罵られるまではただの一般転生者だったんだからな。俺は悪くない、悪いのはアッキーだ。アッキーが男嫌いを拗らせてなきゃ今頃俺は上田と呼ばれ続けていたのだろう。

 

 

 {IMG53602}

 

 

 

「まあ、いい......私の言わんとしていること、分かった?変態」

 

「......ああ、言いたいことは分かったよ」

 

「それなら話ははやい。これから愛姫さまとの関係を自力で何とか取り持って。多少の狼藉なら私がふぉろーするから」

 

「分かった......なら、俺は持てる全ての力を使ってアッキーの心の穴を埋めて見せよう!!」

 

「きもい」

 

「キモイ連呼すんなや、いい加減怒るぞ?」

 

 普段なら快適な朝。されど、朝っぱらからこんな暴言吐かれまくってたら快適どころじゃない。寧ろプラスがマイナスになってストレスが増し増しの状態で歩んでいかなければならなくなる。

 

 著しく発達していくストレス社会。職場の上司と部下の関係ってこんなものなのかな......なんて巫山戯た妄想をかましながら、朝は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 罵声を浴びようが、糾弾されようが俺のやるべき事は変わらない。所詮逃げることも出来ず、朝っぱらからの罵倒で今日限りの罵倒耐性がついてしまった俺にとっては女の子の罵声などどこ吹く風───といった心境だった。

 

「貴方、死にたいの?」

 

 言葉を飾るということを知らない相変わらずの邪智暴虐の限りを尽くすプリンセス・アッキーは今日も今日とて美化委員代理で旧校舎教室の窓を綺麗にしている俺に罵声を浴びせてきた。

 ただ、一方的という訳では無い。今回の件には俺にも原因があるのだから。

 

「ただでさえ貴方がいることだけでも寒気がするのに寒気がする貴方にアフターケアをされるなんて......考えただけで寒気がするわ。渾名のグレードアップも考えなければね」

 

「自覚してるだけに反抗できません。今回は甘んじて受け入れよう」

 

「その理解不能な言動や行動が『変態紳士』たる所以って事にいい加減気付きなさいよ......」

 

 それは無理な話だ。自分らしく生きていきたい俺にとっては例え『変態』やら『変態紳士』と呼ばれようが今の生き方を変えるなんてことはしたくないんだからな。幸い、アッキーの秘密を握っていることもあって『変態紳士』の渾名も拡散されてはいない。俺は幸運だ、そう思っとこう。

 

「アッキー、そう連れないことを言うなよ。俺だってお前と政宗の恋路を心配してるんだ」

 

「余計なお世話よ。大体、何で私が真壁との事で貴方にアフターケアされなきゃならないの?上田は私のどこをケアするっていうの?」

 

 そりゃお前さん、その高飛車な心理面───

 

痛゛(いだ)ッ!!!」

 

 恐らくアッキーと関わってきた中では史上最強の痛みが俺の尻に走る。瞬間的に発せられた俺の声が、2人しかいない旧校舎の教室に響く。

 

「何か文句でも? 変 態 紳 士」

 

 気が付けば、俺を引き攣った笑みを浮かべたアッキーに見下ろされている。数時間前の俺はまさかこんなことになるなんて想像だにもしてなくて、この光景に改めてアッキーのアフターケアの難しさを感じると共に要らんことを考えてしまった数秒前の俺に心の中で中指を立てた。

 

「......そこまで言うなら分かったよ。でも、これから政宗が反旗を翻そうが、何をしようが俺の知ったことではないからな?」

 

 小岩井からの具体的な案は俺には知らされていない。故に、政宗が何を仕掛けてくるのかは正直に言うと全く読めない。ただひとつ分かるのは、今の今までの政宗とは全く違ったやり方で何かしらの行動を起こすこと。

 

『愛姫さまに必要なのはスリル』

 

 そこまで言った小岩井が、政宗をこのままで居させるはずがないというのは、小岩井の人となりを知れば一目瞭然である。

 

「はっ......別に結構よ。貴方なんかに悩みを打ち明ける位ならもっと別の人に頼むから。そもそも、悩みなんてあの憎たらしい真壁がいちいちキモイ言動をしてくる位だし」

 

「俺が言うのもなんだが、近頃の政宗はそんなに酷かったのか?」

 

 そう言うと、安達垣は少しだけ渋い顔をしながら俺を見やった。

 

「傘を渡してきたわ」

 

「おう」

 

「その時の表情が生理的に無理だったの。『ザ・ナルシスト』な表情で『お前の涙と思えば雨に濡れるのも』───みたいなこと言ってる真壁を見ても酷くない、なんて歯に衣着せない私が言えると思う?」

 

 そりゃアッキーさん、衣を着せぬ努力をしてないからなんじゃ......と口に出せば間違いなくハイキックが太腿を蹴り上げるであろう言葉を必死に飲み込み、俺は大きくため息を吐く。

 

「兎に角。私は貴方にアフターケアなんてされる必要ないわ。黙って見てなさい、私が真壁を心身共に八つ裂きにする瞬間を」

 

「あっそーですか。どうなっても知らねーからな」

 

 もーこーなったら知らん。無理矢理アフターケアするって言っても聞く耳持たなきゃ意味もない。小岩井には現時点で交渉の予知すらなかったと適当に言い訳しておけば良いや。それに、小岩井&政宗の行動によっちゃ、『もしかしたら』があるかもしれない。

 

 俺はそれまで安達垣のご機嫌でも取ってりゃ良いさ。

 

「じゃあ、アッキー。箒を取ってきてくれ」

 

「嫌よ、貴方が取りに行けば良いじゃない」

 

「あ?今のお前は俺の後ろに突っ立ってるだけだろうが」

 

「それが何か?大体箒なんて今持ってくる必要ないでしょう。然るべきタイミングで、貴方が持ってくれば良い話よ」

 

 確かにそうだった。

 

 でも、美化委員の癖してそうやって突っ立ってるだけってのも頂けないのではないのか?大体、何時もは小岩井師匠に掃除を任せてる暴君アッキーがこうして美化委員に参加してるってのもおかしな話だ。

 

 何故、アッキーはここに居るんだろう(哲学)

 

「なあアッキー。何でアッキーは此処に───」

 

 俺が先程思いついた疑問のようなものを言うべくアッキーに向かって思考の通りに尋ねようとすると、不意にガラガラと大きな音が聞こえる。

 

「ようっ!マイ・ベストフレンドユッキー!」

 

 大きな音のしたドア付近に目を遣ると、先程まで話題に挙がっていた真壁政宗が軽業師のような軽い身のこなしでこちらへ向かってきていた。

 軽い身のこなし同様、幾分か声色も語調も軽いチャラ男のような声をしていらっしゃる。こういった余裕綽々の風体を装う事が出来るのも、信州での訓練の賜物である。面白い、乗ってやろうではないか。

 

「おうムネリン!!今日も相変わらずイケメンだねぇ!!」

 

「ははっ!ムネリン言うなっての!」

 

「ならお前もユッキー言うな!」

 

 そして、最早早瀬家では恒例となっているお互いの右拳をコツンと当てて『うぇーい』をやっていると相変わらずの冷たい視線が俺達を襲う。汚物を見るような目付きで俺達を見るなんて......全く、安達垣は最高だぜ。

 

「幸村、今日は担当の先生が休みで補習がないんだ。だから一緒に帰ろうぜ」

 

「お、良いな。じゃあ帰るか」

 

 心做しか、政宗の纏うオーラがいつもより重苦しい印象を感じたがそんなものは親友との帰宅を考えれば些細なものだ!

 復讐?政宗が現時点で俺との帰宅を優先してんなら俺がわざわざ強制する必要はない。オンオフの切り替えも大切な要素のうちの1つだ。

 

 と、丁度良いタイミングでチャイムが鳴る。

 

 何はともあれ、俺達は肩を組んで教室を出ていく。

 

「ちょ......真壁!!上田!!」

 

 アッキーが俺達を───特に政宗を強く引き留めようと言わんばかりの声色で、叫ぶものの政宗は『あははー!あっははー!!』と作り笑いに作り声を重ねたまま、俺の肩を組んでスキップで教室を出ていく。

 

 あ、ちょっと待って。横1列じゃ教室出れないって!不味いって!ちょ、待てよ!!

 

「ぶほッ......ッ!!!」

 

 気付くも時すでに遅し。俺は教室のドアに顔面を思い切りぶつけてしまった。痛い、というか、他人を配慮出来ないほど自分をメイクするのは止めろって政宗ェ......

 

「し、親友ッ!!?すまん!!マジで済まん!!!」

 

 ようやっと我に返った政宗が潰れたカエルのような声を出して、カエルのようにひっくり返った俺を見て慌て出す。今ならたんこぶから湯気でも出てきそうな位、ぶつけた箇所が熱い。

 

 そして、そんな熱さが頭の中にまで至ったのか俺は瞬間的に立ち上がりアッキーに慟哭───

 

「後悔するんだな......安達垣アッキー!!」

 

 そうして俺は再び政宗の肩を組んで、歩き出して、今度はドアの角に左肩をぶつけ、悶絶しつつ教室を後にした。

 

 

 




2019/07/23 17:48 落丁&誤字訂正

失礼致しました


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第30話 アッキー

アッキー視点です。

短めです。


 

 

 

 

 

 

 真壁が素っ気ない。

 

 そんな事を頭の中で考えたのは、今日の昼休みだった。

 昨日までの真壁は、やけに積極的だった。漫画の主人公のようなセリフを連発したと思えば、補習でも何度も何度も私をじっと見つめてくる。

 

 キラリ輝くその瞳は、他の女子からしたらときめく何かを抱くのかも分からないが、少なくとも私にとってはキモイものでしかない。

 

『キミの涙だと思えば.....雨に濡れるのも悪くない』

 

 これ以上私の気持ちをブルーにさせんじゃないわよ馬鹿真壁。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、今日。昨日までの真壁とは打って変わって何かが素っ気ない。

 何時もの寒気がするような眼差しを感じない。一昨日、昨日と連呼していたキモ発言もなし。私は、その様子を不思議に感じた。

 

 というか、真壁がこちらへ寄ってこないのだ。これには流石の私も参ったの一言である。私としては真壁がいつも通り私に近寄って来た所で昨日渡してくれた傘を投げ返すつもりだった。

 しかし、真壁は昨日までの熱心っぷりが嘘のように私から距離を取った。

 

 何故なのだろうか。他の女にでも目移りしたのだろうか。若しくは、飽きたのだろうか。まあ、それならそれで好都合。今後一切あのイケメンナルシストの相手をしないのなら、私もストレスも幾らか半減される。そうだ、この傘も真壁が一方的な善意で押し付けたもの。その気になれば捨ててしまったって───

 

「......馬鹿」

 

 真壁との関係を冷めさせる為に自らのプライドを削ぎ落とすような行為をする必要はない。一応は善意だ、これはしっかりと返す必要がある。

 今まで、薄っぺらい感情が透け透けの手紙や贈り物を心底鬱陶しいと何度も思った。そして、外見だけを見て告白してくる相手の手紙は直ぐに破り捨てた。そうして付けられた渾名は『残虐姫』。そう呼ばれているのは心得ている。

 

 なら、今回も『残虐姫』の名前に漏れずに真壁の傘を手紙同様に扱って良いのか?

 

 その答えは『否』だ。

 

 そこに恋愛感情があろうとも『善意』で押し付けられたものを棄てるのは違う。それは残虐姫でも何でもない『外道』のする事だ。

 私は外道に落ちぶれたくはない。私が斬るのは軽薄な男と安直で短絡的な恋愛感情で内面すら見ずに書き綴った手紙や贈り物、そして私自身が認めた人物を馬鹿にした人間のみである。他人から付けられた渾名だが、『残虐姫』としてそれくらいのプライドは持っていなければ、安達垣の名前が廃る。

 

 ただ、問題はどうするかだ。

 

 真壁は私に近寄らない。なら、私が近づかなければならない。では、私が話しかけるか?

 

 ......どうやって?

 

『あのね、あのね。愛姫、真壁くんに話があるんだけど───』

 

 ああああああ!!!!!

 

 今、私はとんでもないことを考えなかったか!?もじもじして、言葉足らずで、周囲に可愛さオーラを振り撒いて!!

 

 今一度現状を確認するのよ安達垣愛姫!!私は『残虐姫』!!そして、真壁には冷たいといわれても可笑しくない態度を取り続けている!!

 そんな私が真壁にしおらしい態度を取ってみろ!!その時に1番調子乗る奴と1番面白がる奴は誰!?

 

『あ、安達垣さんってそんな態度も取れるんだね......良いと思うよ!』

 

『ぷぎゃーアッキーマジテラワロスー』

 

 ......あの憎き真壁政宗と上田幸村のツートップだ。

 

 特に上田!!奴は人の弱味を活かして弄り倒す事に長けている。そんな奴に私のしおらしい態度がバレてみろ、その時は一生笑われ続ける気しかしない!

 

 よって意地らしい態度はナシだ。どんな事が起きようがそんな態度はとってたまるものか。無論、恥じらうのもなしだ。私は私らしく、冷静に、COOLに、そして美しく傘を返却するのよ!!

 

「......ど、どうかしましたか愛姫様。じっと私の顔なんて睨みつけて......」

 

 と、唐突に聞こえたその声で私は我に返る。ティータイム中に思考していた為目の前に座る女友達である『水野鞠』の顔をじっと見つめてしまっていた。

 これは宜しくない。思考する時と場所を間違えたか。

 

「いいえ、何にもないわ。悪戯に見てしまってごめんなさい」

 

「別に謝る事等ありません。寧ろ愛姫様が望むなら......」

 

 そう言って顔を赤く染める鞠。果たして彼女の頭の中では何が始まっているのだろう。普段は冷静でクールな彼女は感情の起伏が乏しい傾向にある。そんな鞠が私に対してのみ頬を染める理由は、正直に言おう。全く分からない。

 

 閑話休題───

 

「......それよりも、鞠。質問良いかしら」

 

「何ですか?」

 

 そこで、初めて私は言葉に詰まる。クール、冷静という観点で鞠にクールに格好良く傘を返す方法を尋ねようとしたのだが、鞠は男嫌いである。

 そんな鞠に私の懸念事項を尋ねてしまえば、芋づる式に私が真壁に傘を返そうということがバレる危険性がある。その時に鞠がどういう行動をするか───なんていうのは私の頭の中で既に構築されている。

 

 昔、1年前のことだ。何時ものように私に近付いて来る輩がいた。その時の私は『またか』という鬱陶しい気持ちで坊主頭のサッカー部員を見たのだが、その視線は私ではなく鞠の方へ向かっていた。

 

 その流れで坊主頭は鞠に一言───

 

『黒髪ショートの眼鏡属性の貴女に惚れました!!付き合って下さい!!』

 

 そうして手を差し伸ばした。

 

 その時の鞠以外の2人の軽蔑的なものを見る視線は恐らく10年以上忘れることは出来ないであろう。そして、それ程のインパクトを残した2人に負けず劣らず鞠は男に向かって吐き捨てた。

 

『愚かな豚はすっこんで下さい』

 

 結局、その場は私が坊主頭に『ブラックホール』と渾名を付けたことで収束したが、その言葉を聞いて私は偶に思うことがある。

 

『私より鞠の方がえげつなくない?』と。

 

 まあ、何はともあれそんな経歴を持つ鞠に真壁の事を悟られたら色々面倒な事になる故に、私は詰まった言葉をそのまま詰まらせ軽く咳払いをした。

 

「何でもないわ、ただ鞠の男嫌いは筋金入り───なんて思っただけよ」

 

 そう言うと、鞠は少しだけ頬を膨らませて私を見る。あ、その表情は少し可愛い。

 

「私だって好きで男が嫌いなわけではありません。ただ......」

 

「ただ?」

 

「私は今の生活が1番楽しいんですよ。愛姫様とお話して、副会長や後輩の女の子と食べ歩きしたりといった生活が」

 

 その言葉には、少しだけ心にくるものを感じた。自分のやりたい事ができる世界があることは大切なことで、それを鞠は見つけることが出来ている。それはとても尊いことであり、素晴らしいことである。

 

 ただ、それが男嫌いで良いという理由にはならないわけなのだが(ブーメラン)。

 

「自分の居たい居場所にいることは良いことだと思う。そして、その場所が私とのお話───と言ってくれることも嬉しいわ。ありがとう、鞠」

 

 そう言うと、鞠はまたしても頬を染め、今度は年相応の女の子らしく、狼狽した。

 

「ちゃ......茶化さないでください愛姫様!別に私は愛姫様とおしゃべりする事だけが至福の時だなんて1度も......」

 

「あ、聞いたことがあるわ。それってツンデレって言うのでしょう?」

 

 確か上田が私にそんな馬鹿みたいな事を言っていたような気もする。全く、私の何処がツンデレだと言うのだ。それこそ、私はツンが100パーセントのクールビューティでしょうに。

 まあ、何はともあれ鞠を少しだけ弄ることで気分転換をすることが出来た。何時までもうじうじ考える事は私の趣味ではない。

 

 私は私らしく、何らかの行動を起こす必要があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言う訳よ上田」

 

「何が『と、言う訳なのか』が分からない上に色々説明がぶっ飛んでいるから教えてほしんだけど」

 

 時は昼休み。吉乃を使って上田に『逃げるな、危険』と伝えさせたところ上田は『快く』体育倉庫に来てくれた。こういう時、『秘密の共有』というものは役に立つ。リスクも当然としてあるが、上田のような読めない男をこうして都合良く縛り付けるにはこういったものは非常に便利だ。

 

 私は『ドカ食い』の秘密を。

 上田は『変態紳士』という渾名を付けられた秘密を。

 

 それぞれがそれぞれの秘密を共有するリスクリターンの関係性が上田と対等に付き合っていく秘訣なのかもしれない。

 

「......ああ、ひょっとして本当に政宗くんが反旗を翻しちゃった?ストライキ?」

 

 ......まあ、幾ら対等に付き合えたとしても、コイツのこのペースの読めない会話にはついていけるという確証はない訳だが。その理由は、私が今までこういった類の人間と話した事がないから。

 これでも、安達垣家の人間として様々な人間と出会い、相応に会話もした。それにも関わらず上田のような男と話した事がない───ということは上田と言う男の希少性を顕著に表していると私は思う。

 

『真面目になったかと思えば1周して馬鹿になる変人』

 

 そんな人間に出会うことなんて今までなかったし、そもそも付き合おうとも思えない。真壁といい、上田といい、『変人・変態』の類の人間に苦戦しているところから察するに、私にとっては『変人・変態』の類の人間は天敵なのかもしれない。

 

 まあ、良い。

 

 察してくれるのなら話は速い。そう考えた私は内心ほくそ笑み、間抜けな面をした上田をじっと見つめた。

 

「......そうよ、全くもって不本意。まさか私が......無視されるなんて!!」

 

「意外だったのか、なら俺も無視してやろうか?」

 

 その言葉に、ニコリと笑みを作った私は座っていた跳び箱台から飛び降りて、上田の元に近付く。

 

「真壁の傘を返したいの」

 

「あ、俺の渾身のジョークは無視されるんですね理解しました」

 

「返すのが面倒なのよ、察しなさい変態紳士......で、本題に戻るわよ」

 

 私は目の前で不審そうな顔付きを浮かべている男に本題を打ち明けた。

 真壁の傘を返そうという意思があるということ。

 しかし、最近は無視される事が多いということ。

 それ故になかなか話すタイミングが浮かばない、故に協力を頼みたい。といったように脳内で箇条書きしておいた事を赤裸々に話した。

 

「ふーん......そうかそうか、アッキーがねぇ?」

 

 本題を最後まで話し終わると、途端に上田が嫌らしい笑みを浮かべて私を見る。その瞳に、私はつい前に上田に言った事を思い出した。

 

『はっ......別に結構よ。貴方なんかに悩みを打ち明ける位ならもっと別の人に頼むから。そもそも、悩みなんてあの憎たらしい真壁がいちいちキモイ言動をしてくる位だし』

 

 私は上田の親切かどうか分からない提案を断った。それは、アフターケアに関する提案。それを断った以上、上田をパシリよろしくこき使えるかどうかは上田次第ということになる。

 

 だが、そこは変人上田である。嫌らしく、手の届かない絶妙なバランスで私の心を揺さぶってくるのだろう────

 

 

 

 

 

 

「でもー、アッキー俺の親切断ったよねぇ」

 

 案の定、そうだった。ただ、私だってタダで転ぶ程無策でこんな頼みをする訳では無い。

 

「逆転の発想で考えて欲しいわ。そもそも、あの時私は貴方に『親切』を要求したかしら?」

 

 そう言うと、上田は目を見開き私を見る。これは、脈アリか。

 

「私はあの時『貴方の提案』を断った。そして、確かに『要らない』とも言ったわ。けど、それは現時点での話であって今は、貴方の力が必要な状況に至ってしまっている。言い訳がましいのは分かっているけど、前と今とでは状況が違うのよ」

 

 本当に言い訳がましい。そして、厚かましい。けれど、それよりも最低なのは善意を返さない事だ。その為の手段なら厭わないし、嫌がってはいけない。

 

「私に力を貸してほしいの。上田────」

 

「御託を並べるのは止そうぜ、俺の聞きたいのはそんな過程なんかじゃないんだからさ」

 

「......」

 

 御託、ときたか。

 

「俺が聞きたいのは、アッキーの誠意だ。アフターケアならするよ。それに対して大した拘りはないし、アッキーの相談なら大歓迎さ。けど、肝心のアッキーが嫌々やる位ならそんなものやらない方が良い。それこそ他の奴にでも相談した方が良い、それは理解してるよな?」

 

 それは。

 

 それは、勿論理解している。生半可な気持ちで相談するのなら、あの時鞠に相談してしまえば良かった。鞠に相談すればややこしい事になるのは必至だが、有耶無耶にしてしまえば良い。そうしてしまえば話は拗れぬまま、鞠からアドバイスを得れた可能性もある。

 

 ただ、私はそれをしなかった。

 

 それは何故か。

 

 それは、私自身この件を有耶無耶にしたくないと強く願ったからだ。そして、私はこうして上田の前に立っている。状況ははっきりいって劣勢だ。それでも、私には後に引けない理由と、強い意志がある。

 

 引く訳にはいかない。そんな決死の思いで上田を見遣る。すると、上田はわざとらしく溜め息を吐く。

 

「よーするに、何でも包み隠さず相談してくれるのかっていうのが問題だ。それを約束してくれるのなら、政宗の相談、受けてやんよ」

 

 政宗の、相談、受ける。

 

 その3つのキーワードに、一筋の光明を得たと感じた私は瞬間的に顔を上げ、一言───

 

「......ええ、何でも相談する───」

 

「ん?今何でも相談するって言ったよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 は?

 

「バッチリ聞いたよ?何でも相談してくれるんだよね。政宗関連で困ったことがあったら、俺を頼ってくれるんだよね、つまりそういう事だよね......何でも相談するって事は、さ」

 

 その時、上田はくつくつと笑みを零した。それはまるで勝ち誇ったかのような笑み。その笑みに私は焦り、慌てた自身を死ぬ程嫌いになった。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「天下の安達垣アッキーが前言撤回なんてしないよね?何でも相談するって言ったんだから相談するんだよね?そうなんだよね?」

 

 この.....!!変態紳士ッ!!

 

 少し人が下手に出たら調子に乗ってッ.....!!

 

「おうおーう、ものっそい殺意に満ちた表情だな。けど、後にも引けない、戻れない.....今の状況を打開したかったから俺に協力を煽ったんだろ?」

 

「ぐっ......!そうよ、そういう事よ!!黙って聞きなさい!貴方の親友の奇特っぷりを洗いざらい白状してやるから!!」

 

 こうなってしまったらヤケだ。こういう時(調子乗り変態紳士モード)の上田に勝てないというのは私が1番知っている。変な約束をこじつけてしまったが後のことなんてどうにでもなる、兎に角やらなければならないこと、それは真壁の傘を返すことなのだから。

 

 上田をキッと睨みつける。それは、思い通りにはさせない───という反抗の意志を込めた目付き。しかし、その瞳は上田からしたら可愛いものであろう。今、上田で鼻で笑われたのが良い証拠だ。

 

「なら、契約成立だ」

 

「......契約なんて、そんな仰々しいものじゃないわよ。これは、いわば仮初の協力関係。やましいことなんて、何もないわ」

 

「あはは、まあそういう事で良いか」

 

 なおも続く上田の笑みに私はフラストレーションを溜めていく。このフラストレーションが真壁に傘を返す代償なのか。割に合わない気もするけど......まあ、そこは仕方ないわよね。

 

 まあ、後でハイキックすることは確定だけど。

 というか今()ってやろうかこの変態紳士。

 

「じゃあ、一時的に俺はアッキーのメンタルカウンセリングを。アッキーは、俺に包み隠さず政宗に関する尽くを相談ということで───」

 

 そこまで言って、初めて上田は先程までの嫌らしい笑みとは違った表情を向ける。そして、その表情は私が持つ上田の『変人』というイメージを更に強固なものへと変化させていく。

 

「何なりと、ご相談してくださいな」

 

 その真剣な顔付きに、上田は何を想っているのか。私にはその心を慮る事はできなかった。

 

 

 

 



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第31話 ユッキー

 

 

 

 

 

 

「やっちまった......」

 

 それは、アッキーとの教室掃除を終えて間もない時だった。先程まで元気溌剌といった表情でスキップを敢行していた政宗が下駄箱まで来た途端に元気が失くし、膝を着いた。

 

 はて、何があったのだろうか......

 

「やっちまったよ......残虐姫無視だよ、幸村ァ......」

 

「え......」

 

 俺がそこまで言った瞬間、政宗は俺の肩を更に揺さぶり、悲鳴を上げる。

 

「どうしよう幸村これでもう俺後に引けないよ!!大丈夫かなぁ!?残虐姫無視しちゃっても大丈夫なのかなぁ!!」

 

 なんということでしょう。

 

 俺はアッキーのアフターケアをする前に政宗のメンタルをケアしなければならないらしいです。

 耳をすませば、何処かから『エセメンタリスト』やら『幸×政』やらといった声が聴こえてくるよ。

 

「どうしよう幸村ァ!!」

 

「おっふ、おうふ、兎に角落ち着けっての」

 

 揺さぶられながら話した為変な声が漏れてしまったが何とか堪えて続けると、政宗が漸く落ち着いたのか揺さぶりを止めて下駄箱に寄りかかった。

 

「お前、あれアッキーを無視してたんだな」

 

 正直その時は気づかなかったが、言われてみれば政宗がアッキーに話しかけようとしなかったり、目を合わせなかったりと違和感のようなものはあった。そんな違和感のようなものをスルーしていたのは、政宗のエセハイテンションに乗せられた故か。

 

「......そうだよ。師匠に押すだけじゃダメだと言われた。引くことも大切な武器だって言われたんだ」

 

 ああ......確かにそうだな。

 

 押してダメなら引いてみろという諺もあるぐらいだ。目下ガンガンいこうぜ状態だった政宗。その状態でのアッキー攻略の進捗状況が悪いのなら、それはもう例に漏れず引いてみるという選択肢は重要になってくる。

 

「言ってる事は間違いじゃないな。現に小岩井さんから聞いたぞ?マンガの主人公のような発言を連呼してたとか......連呼してたとかっ」

 

「2回も言わんで良いッ......あのなぁ、薔薇ステは100万乙女のバイブルなんだぞ!?幸村だって言っていたじゃないか!!『この作品はスゴい』って!!」

 

 お、おう。

 

 それはこの漫画がめっさ面白いという意味で言った『凄い』であって別に恋愛的な感覚で凄いと言った覚えはないのだが......

 

「ま、まああれだ。何でもかんでもマンガに触発されるのは良くないな。世間と二次じゃあまた勝手が変わるんだ。そう考えたら、ヒロインモモコちゃんとアッキーの性格が違うのも納得はいくだろ?」

 

 そう言うと、政宗はポカンとした表情で左、右と視線を逸らした後、天井を見上げる。

 

 そして、2.3秒天井を見上げた後に真顔になって一言───

 

「確かにそうだな!!」

 

 上田幸村、親友のメンタルケアに成功しました!

 

「じゃあ、待てよ......?それなら今まで俺が発していたあんな発言やこんな発言も......」

 

「『アッキーにとっては』ダメだな。火に水を掛けて勢いを消化させてるようなもんだぜ」

 

「マジか......」

 

 そう言って、落ち込む政宗を見て俺はなんとも言えない気持ちになる。親友の失敗に対して何も思わないところがあるといえば嘘になるし、俺だって政宗の自主的に行動した頑張りが認められないのは悔しい。ただ、『頑張る』だけではどうにもならないこともある。俺と政宗の復讐は結果にものを言わせなければならないのだから。

 

「落ち込むな。どんな失敗であれ先ずは行動し、先手を打ったことが大切なんだ。それを政宗は果敢にこなした。だからこそ、今の政宗があるんだろ?」

 

「それは......そうだけど」

 

「なら、薔薇ステに頼ったり自分で考えて行った結果を否定してやんな。自分で自分を否定すること程悲しいことなんてないぜ?」

 

 否定されるのなんて、他人からのみで充分だ。自分が自分自身まで否定しちまったら誰が手前を信じるんだ?他人からの評価が数値化されてない以上、完璧に自分を100パーセント信じられるのは自分しか居ないと思うんだ。

 

 マイナス思考でいるよりかはプラス思考で。

 

 そうやって、俺達はのし上がって来たんだ。

 

「それに、あれだ。師匠が誉めてたぞ。政宗は現段階で予想以上の成長を果たしているって」

 

「そ......そうなのか!?」

 

 厳密には、そこまでの段階へ早期で辿り着く事が出来たのが予想外ってな話なんだが。褒めてる訳では無いのだが、それでも言っていることはあながち間違ってはいない筈だ。

 

「ああ、だから心配するな。小岩井だってお前がアッキーと上手くいくように動いている。俺も、アッキーにくっついて事が上手く運ぶように努力している。外堀は俺と小岩井が全力で埋めにいくから、お前さんは全力でアッキーに向かっていけ。それがアッキー攻略に繋がるんだからな」

 

 そう言って、政宗の制服の胸付近の校章を拳でポンと叩くと、政宗は今度こそ情けない表情ではない気概と気魄に満ち溢れた表情で強く頷いた。

 

「分かった!」

 

「おう」

 

 お前さんは、その表情が1番似合ってるよ。

 5年前も、今も、出会った時も。なよなよしているお前さんより、今の政宗が1番似合ってる。

 

 足元が暗くなったら、迷わないように俺がお前の足元を照らす提灯になってみせる。

 

 だから、親友。

 

 迷うなよ。

 

 

 

 

 

「所で、幸村。さっきカエルが轢かれたような声を出してたけど、大丈夫か?」

 

 痛くないわけねーだろダラズっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、今日に至り───

 

 

「調子に乗るんじゃないわよ変態紳士ィッ!!!」

 

「アッ────!!!」

 

 俺、上田幸村。挨拶がわりのハイキックを代償にアッキーのアフターケアの約束をこじつけることに成功致しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第32話 下見

 

 

 

 

 

 

 

 

「......ふむふむ、傘を返すねぇ?」

 

 時は過ぎて放課後のティータイム。俺とアッキーは近くの喫茶店で軽食を取りながら、今後に関しての話し合いをしていた。

 

 内容は『真壁にどうやって傘を返すか』。そして、『どのタイミングで話しかけるか』の2つである。

 

「先ず1つ目の策として、正直に面と向かって話してみる」

 

「却下」

 

「何でさ」

 

「なら、逆に聞くわ。面と向かって何を話せと?」

 

 そりゃお前さん、傘を返す時に1番初めに言う言葉を声帯使って発せば良いだけなんじゃないんですかい?

 

「ありがとう」

 

「却下」

 

「だから、何でさ」

 

「私が真壁に傘を片手に持ちながら『ありがとう』なんて言う姿を想像することが出来るの?もし出来るのなら貴方の妄想力は大したものよ。妄想検定2級を授けるわ」

 

「良いぜ......妄想してやるよ。アッキーが『ありがとう』って言う様をな!」

 

 そこまで言って俺は思考の海に潜る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が刺す教室。そこで2人が向かい合っていた。

 1人は、正にイケメンと呼ぶに相応しい男。

 もう1人は、超絶美少女と呼ぶに相応しい女。

 

『えっと......こんな所に呼び出して、どうしたんだい?』

 

 そこまで男が言うと、女は顔を赤く染める。それは、夕日のせいで男には見えなかったものの、女にははっきりと自身の顔が赤くなっていた事に気付いており、狼狽していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして────

 

『あのね、あのね。愛姫、真壁くんに話があるんだけど───』

 

 

 

 ───────。

 

 

 

「ぶわっはっはっは!!!!!!」

 

「......今、物凄く蹴りたい衝動に襲われたのだけど、蹴ってもいい?」

 

 それはやめて下さい。や、笑ったのは本当に悪かったからさ。

 

「すまん......俺の妄想力じゃアッキーのそんな姿想像することも出来なかった」

 

「嘘おっしゃい。貴方数秒前に自身が何をしでかしたかもう忘れたんじゃないでしょうね」

 

 アッキーが正に腹立たしいと言った様子で俺を睨みつける。その瞳に俺は軽く身震いしつつも肩を竦める。

 

「まあ、そんな事は良いだろうよ。俺が妄想した所でアッキーの状況が好転する訳じゃないんだからさ」

 

「......それはそうだけど。何か腹が立つじゃない。私の知らないところで勝手に私の知らない何かが想像されてるのって」

 

「気にしたら負けでっせ」

 

「想像した貴方には言われたくないわよっ」

 

 アッキーに頬を抓られながらそう言われる。元々華麗な蹴りに定評のあるアッキーだが抓りも相応に力強く、多少顔が歪むものの抓られたまま平静を装う。

 

「お前さ、テストの結果ってどうだったんだっけ」

 

「は?」

 

「だから、実力テストだよ。あれの結果は政宗陣営かお前さん陣営、どっちが勝ったのかと聞いている」

 

 そう言うと、ポカンとした表情をしたアッキーは目線を左右に揺らし、悔しげな表情で一言。

 

「......負けたわ」

 

 と、言ってのけた。

 

「そうかそうか、はっはー。やはり政宗は強いんだなー」

 

「黙りなさい!!私さえ熱で休まなければ真壁には勝てたのかもしれないでしょう!!そもそも今のそれとこの問題に何の関係があるのよ!」

 

 なに、関係ならあるさ。寧ろそれを使って政宗の気を引くことだって出来るだろうて。

 

「アッキーは俺が何も考えないでテストの話を持ち出したと思っているのか?」

 

「可能性の1つとして、私を弄ぶ為に話を持ち出したと思っているわ」

 

「アッキー、それは俺を甘く見過ぎよ」

 

「なら普段の生活態度から改める事ね......で、なんの関係があるっていうのよ」

 

 漸く俺の頬から右手を離したアッキーが俺を睨みつけつつも、解答を急かす。それに応えるべく、俺は依然としてひりひりする頬を擦りながら笑みを作った。

 

「政宗は、アッキーに何でも言うことを聞いてもらう権利を有している。それを生かす作戦に打って出てみたらどうだ?」

 

「生かすって......大体真壁が持っている権利を私がどう生かすのよ」

 

「そりゃ違うなアッキー。そういうのは後々に取っておくと何を要求されるか分からない。なら、自分から向かっていって1番良い結末に収まるように対象を誘導するんだ、何時もお前がやっているだろうよ......そういうことはさ」

 

 厳密に言えば、ハイキックと罵倒で俺という存在を縛り付けている今の現状とか。元来辛辣なアッキーは場を支配することに関しては慣れているだろうて。どうしてこういった恋路になると、途端に鈍感になるのか明確な恋をした事の無い俺には分からないな。

 

 それともこれが乙女心とでもいうのだろうかな。

 

「ッ......具体的には?」

 

 兎も角、アッキーが食いつき気味になってきてくれた所で、俺は『今、俺が、アッキーに、最もして欲しい事』を言うために口を開く。

 そう、このメンタルケアはアッキーの為なんかじゃない。名目上はそうだが、本来なら政宗の復讐を円滑に進めるために行ったそれ。政宗のための作戦だ。ここでアッキーに都合の良い事なんて発するはずがない。俺の作戦でアッキーが籠絡出来るんなら鬼にでもなんでもなってやるよ。

 

「デート」

 

「......は?」

 

「だから、デートってんだよ。思い出せないなら思い出させてやろうか?この前アッキーがハダピュアの衣装着て政宗のデートしたあの日───」

 

「あああああ!!!!」

 

 狼狽したアッキーが俺の口を両手で塞ぐ。身体が密着しているが、そんなのは目もくれずにアッキーは続ける。

 

「シット!!!シャーラップ上田ッ!!!貴方次あの悲劇を思い出させたら本気で屠るわよ!?てか、あれはデートじゃないわよ!!それこそメンタルケア!!真壁の豆腐メンタル改善に一役買ってやっただけなんだから!!」

 

「男女が前もって時間や日付を合わせて会うことは立派なデートだぞ」

 

「うっさいわよ変態紳士!!」

 

「はっはー、おめーには言われたくねぇな。はっはー」

 

「言ったわね!!言ってくれたわね上田!!直りなさい!!私が貴方の生命活動を終わらせてあげるわ!!」

 

 アッキーが俺の身体に強烈な蹴りをかますべく、右足に力を入れる。口を滑らした俺が大概悪いのだが、流石に蹴られるのは予想してなかったよ。

 

 きっとアッキーは過去の自分を知らず知らずのうちに恥じて、悶えるタイプだ。その手のタイプに過去の話はしてはいけない。俺は初めてその事を学んだ。

 

 さあどうする上田幸村。ここは甘んじてアッキーの蹴りを受けるか、もしくは回避。回避の選択肢は逃げ足の速さには定評のある俺にとってはダメージを受ける心配はないものの、当てられるまで追いかけられる故に体力が尽きるだろう。

 

 なら、一時的な痛みを取ろうか───なーに、だぁいじょうぶだって!!ぱぱっと喰らってぱぱっと悶絶するだけだから───と自分を奮い立たせてみるが、本当に大丈夫なのだろうか?

 

「......愛姫さま」

 

 と、気が付くとドアが開き協力者小岩井がアッキーの下へ歩いていく。それに気付いたアッキーは唐突の小岩井乱入に焦り、片足を引っ込めた。

 

「よ......吉乃」

 

「よ......よしのん」

 

 さて、アッキーにも俺にも存在を気付かれた小岩井は俺を一瞥した後軽く親指を立てた。後に、その親指の先を地面に向ける───ああ、成程。『良くやったけど、そこまでの過程が悪過ぎる。死ね変態』って事ですね、分かります。

 

 閑話休題───

 

「愛姫さま、ふほんいですけど私も変態のいうことに賛成です」

 

「よ......吉乃まで!!」

 

「愛姫さま、このままの状態をつづけても意味はありません。『まんねり』は良くないって、聞きました」

 

「......けど!」

 

「だいじょうぶです。今度は、間違えませんから」

 

 最後にひと押し、そう言うと小岩井は両手でガッツポーズを作り一言───

 

「ふぁいとです、愛姫さま」

 

「ッ────分かったわよ!!やれば良いんでしょう!やれば!!」

 

 ......すげえ。

 

 や、俺が至れなかった領域に簡単に踏み込んで完全勝利しちゃう小岩井とか、ツボを突かれたら簡単に籠絡されちゃうアッキーとか。色々すげえ(語彙力崩壊)。

 

「では、そろそろ行きましょう。愛姫さま、時間ですから」

 

「......ええ、そうね」

 

 アッキーが小岩井を連れて外に出ていく。入口側にいた俺の横を通り過ぎ、さてドアを開けよう───とした所でアッキーは俺に一言。

 

「......世は私を残虐姫、ドSと言うけれど、貴方も大概よ。ドS紳士」

 

「え?何のこと?幸村分かんな───い゛ッ!!!」

 

 調子乗っておちゃらけてたらアッキーに手痛い1発を喰らいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......んで、その紅葉が出来上がったってか」

 

「痛い」

 

「お、おう......まあ、なんだ。このハンカチで涙拭いて、この冷えピタで頬を冷やせよ」

 

「......泣いてねーし」

 

 5時限目の休み時間。俺は安達垣愛姫との一連の流れを政宗にリークして、情報共有を図っていた。

 やはりこまめな情報共有は大切だし、政宗とそれを行うことにより細かな作戦変更と軌道修正を図ることも出来る。

 

 それが不都合になる時も時として存在するが、やらないよりかはやった方がメリットも多い。故に俺達がこの手の情報共有と交換を行うのは日課のようなものになっている。

 

「取り敢えず、だ。外堀を埋めてくれてありがとな幸村」

 

「......俺、大して何も出来なかったけどね」

 

「そんな事ない。話を聞く限りじゃ幸村の口先は安達垣の心を惑わせた。そもそもある程度俺と安達垣の事情が分かってなきゃ『デート』なんて発想には至らなかったろうよ、G.Jだぜ、幸村」

 

 そこまで誉められるのも何だかな───と思ったが、折角の親友のG.Jだ。ここは受け入れておこうかな。

 

「で、だ。結局俺は何をすれば良い?」

 

「それはさっきの話題の通り、アッキーと再デートだな。アッキーに関しては小岩井が何とかしてくれるから、俺達は俺達でアッキーがデートって言い出すまで前回のようなヘマを冒さないように対策を練ろう」

 

「......そうだね、前回はイレギュラーバッティングにハダピュア、覗き......色々やりすぎてデートどころじゃなかったよな」

 

「それをしない為に先ずは2つ......今回は俺は様子を逐一見たりしない」

 

 前回の過ちの1つは、俺の身がアッキーにバレてしまったことにある。ファミレス、藤ノ宮。俺にもイレギュラーがあった。故に今回はそのイレギュラー自体を滅してしまう。

 厳密に言うのなら、俺は今回政宗とアッキーを監視せずに自宅付近でぬぼーっとしている。

 

「......やや不安だけど、それは必要だな。けど、また何時、何処で幸村以外のイレギュラーが発生するかは分からない」

 

「そりゃそうだな、だからもう1つ」

 

 そう言って、俺は自身の手を人差し指のみ立てる。その光景に首を傾げた政宗を半ば苦笑いの面持ちで見つつ、俺は政宗に───くつくつと笑みを零した。

 

「今から、デートコースを下見しに行くぞ」

 

 まあ、笑い声の反面言っていることは当たり前の事なんだけどね。

 

 やだもう、恥ずかしい。

 

 

 

 

 




───WARNING───

腹黒吐血系京ガールが付き人と共にアップを始めました。

皆様、何時になるかは分からない上に期待に添えられる可能性は限りなく低いですが万が一、もしもの事がありますので次話以降ののご閲覧はコーヒーをお供にどうぞ。


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第33話 寧子

ちょくちょく原作が短編とか書いてくれて嬉しいでやんす。
感想とか、ほんと有難かったでやんす。
返信したらすぐ投稿しなきゃいけないっていう謎の固定観念があって、返信できなかったんです。
許して。
















待たせたな!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢だ。

それは、この奇天烈な世界に転生した頃の数少ない鮮明に思い浮かばせることのできる記憶。俺という転生者が『上田幸村』という人間であるという存在証明にもなる過去の思い出である。

政宗の筋トレが一段落し、体型が整い始めてきた頃、俺は1度藤ノ宮と椎堂さん監視の元外に繰り出す機会があった。

デートなんて大層なものじゃない。藤ノ宮の野暮用に付き合うだけの簡単なお仕事だ。

とはいえ、藤ノ宮の体調を警戒したり、変な虫が寄ってこないように等やるべきことは山ほどある。

気分転換のような、それでいてプレッシャーもある、なんともいえない一日を藤ノ宮と一緒に過ごしてたワケだ。

 

『‥‥‥雪か』

 

『クリスマス募金にはピッタリの天候でございますね』

 

『‥‥‥ったく、自発的で椎堂さんが車で待機してくれているとはいえ、無茶が過ぎるぞ』

 

『社会貢献に勝る善行はありません。それに、こうして頑張っていれば幸村様との時間が増えますし』

 

『‥‥‥あー、はいはい。心ゆくまで手伝ってやんよ。勿論、手抜きはなしでな』

 

大声を張り上げ、募金を募る。

それは一見俺のやることではないと思うだろう。

しかし、藤ノ宮は体に爆弾を抱えている。それも、下手したら命にも関わる重大なそれだ。そして、俺にとって藤ノ宮は親友とも言える存在であり、大切だと思える存在。

そんな藤ノ宮のやりたいことを手伝わない理由なんてなかった。

俺が声を張り上げてる理由なんて、そんなものだ。

社会貢献の為でも、清澄女学院の為でも、はたまたクリスマスの為でもない。

ただただ目の前の女の子の為の独善的な行動だった。

 

 

 

 

声を張り上げ、お金を恵んでくれる人達に礼を述べ、それを繰り返す。そんなことを繰り返していくうちに、寒さが身を縮こまらせ、身体が冷え込んでいく。

予想はしていた。人間はいくら鍛えても寒さには強くなれない。それは、俺とて例外ではなく、藤ノ宮なら尚更の事実だ。

故に、藤ノ宮用に準備していたコートと手袋を渡して再度募金活動を始める──と、その前に藤ノ宮が俺のコートを指で引っ張り、少しの笑顔を見せた。

 

『ありがとうございます』

 

『おう』

 

『お揃いですね』

 

『ああ、お揃いだ。世間ではこういうのペアルックって言うらしいぞ。覚えとけ』

 

『はあ‥‥‥ペアルック、ですか』

 

用意された純白のコートと手袋を交互に見遣り、またしてもくすくすと笑みを零す藤ノ宮の心境がどういうものだったのかということを俺は知らない。気持ち悪いと思っただろうか、それとも嬉しいと感じたのだろうか──まあどちでも良い。

俺としてはこの子が風邪を引かない、体調を崩さないというのが最優先事項であり、マストだ。

未だに笑いを絶やさない藤ノ宮を何処か微笑ましいような、そんな面持ちで俺は目の前の風邪っぴきお嬢様を見つめていた。

 

 

 

 

 

──ふと、視線が交錯する。

どうやら先程から見つめていたのがバレたらしい。とはいえ、その事象に関して藤ノ宮が怒ることはない。お互いに笑い合い、またしても募金を募るために声を上げようとすると、不意に俺の隣から声がかかる。

 

『幸村様』

 

『んー?』

 

『幸村様は、偶然についてどう思われますか?』

 

偶然、か。

そりゃあまあ唐突で突拍子もない質問ではあるが、持論がない訳では無い。

俺は藤ノ宮の要求に応えるべく、辺り一面に広がる雪景色を見つめたまま、口を開ける。

 

『歓迎すべきものだと思うがな』

 

『歓迎、ですか』

 

『ソー、歓迎だ。これから起こる出会いや別れ、その他諸々の事象は到底人に予測できるもんじゃない。そんな容易いものじゃないからだ‥‥‥未来なんて簡単に予測出来たら、占い師なんて必要ないもんな』

 

尤も、占い師なんて類はちっとも信用していない訳だが。

とはいえ、それは今は関係ない。

重要なものはもっと他にある。

 

『なら、そういった物事は歓迎して、どうやって楽しむのかを考えるんだ。所謂プラス思考ってやつ。そうしなきゃ人生損だって、俺は思っているからな』

 

その言葉を最後に、俺は藤ノ宮の顔を見るべく自身から見て左側を向く。

彼女の表情は、綺麗だった。

栗色の髪は、枝毛ひとつもなく伸びており、まるで人形のように整った顔。

そして、自身の清い心から織り成すごく自然なその笑みはどこまでも透き通っていて。

景色のせいか、どこか彼女の存在自体が幻想的に見えたのだ。

 

『‥‥‥藤ノ宮はどうなんだ?今、前向きに生きているか?』

 

『私‥‥‥ですか?』

 

『他に誰がいるのさ』

 

俺は赤の他人にそんな質問をしなきゃならんのか。

違うだろ。

こんな質問をするのは後にも先にもお前と政宗のような俺が大切に思ってる連中だけだ。

 

『前向きに生きることは大事なことだよ。生活に張りができるし、何より‥‥‥物事をプラスに捉えた方が楽しい。俺は藤ノ宮には前向きでいて欲しいなって、思うよ』

 

『あなた程前向きに生きることは出来ませんことよ。幸村様のプラス思考は誰にも負けず劣らずの器をお持ちでいらっしゃいますから』

 

『褒めてんのか、褒めてないのか、ハッキリしてもらおうか』

 

『後者ですわね』

 

後者だったらしい。

どうやら俺はもう少しポジティブを抑え、現実を見なければいけないらしく、藤ノ宮の笑顔を見ながら、内心『うげぇ‥‥‥』とため息を吐いていると、真上から落ちてくる雪を眺めた藤ノ宮がぽつりと言の葉を零し──

 

『ですが、そうですわね。強いて言うのでしたら、私は───』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥なんて夢見てんだ、俺」

 

そこから先の記憶を知る前に、俺の意識は覚醒したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デートの下見に行った俺達は、様々な施設を見て回った。

 

カラオケ、ショッピングモール、レストランetc.....と時間の許す限り、沢山の店を回り結論としてショッピングモールへ行こう、そうしようという話に至った。遊びの王国、クマクマランドも考えたのだが距離があるので今回はパス。夏休みにでも行っとけ──と、政宗に言って、クマクマランドの件は収束。政宗がクマクマうるさかったのはここだけの秘密である。

 

兎にも角にも、政宗の裁量に任せ切りになる今回のデートを心配しつつ、とはいえ小岩井がテスト後、俺に言っていた『自然』とやらを演じる為に何かをすることができないもどかしさを感じながら俺は休日の一日を過ごしていたのだった。

 

「で、なんで小岩井が電話をかけてるのかな」

 

『わたしだっていやいや。がまんして、変態』

 

「仕方ねぇな‥‥‥してやんよ」

 

『変態のくせになまいき。もっと下手に出て、とりひきさきの上司にこびへつらうみたいに』

 

「よっしゃテメー覚えてろよ」

 

小岩井から聴いた結果として、特に大した事を起こすことも無く政宗は無事にアッキーとのデートを終えたらしい。

普通に遊んで、食べて、グッドバイ。

小岩井が言うには、豚足にしては珍しくボロも何もなかったらしい。

嬉しいなぁ。親友の進化が止まらなくて、涙も止まらない。

 

『でーとはとどこおりなく完了。愛姫さまは傘を返すことに成功して、豚足は豚足で色々おもうところもあったらしい』

 

「思うところ、ね‥‥‥」

 

『別に支障をきたすようなことじゃない。変態が心配することはない』

 

「あ、そうですか」

 

正直な話、政宗が何を思ったかというのは非常に気になるそれではあるのだが、急を要するものでないのならひとまず安心だ。ボロが見えそうになったとか、政宗の目的がバレ始めていると感じているのなら、アイツのフォローに東奔西走しなければならない。

俺としては一向にそれは構わないのだが、ない方が良いに越したことはない。

喜んで困難を受け入れる奴なんて、そうはいないだろう。政宗や俺とて、それは例外ではないのだ。

 

「じゃあ、とりあえずは俺のやるべき事ってのはないんだな?」

 

『うん、ひとまずは。後は必要に応じて豚足と愛姫さまの仲介をしてくれれば、それでいい』

 

「俺としてはもっと積極果敢に動いていきたいんだがな。悪い、頼りっぱなしで」

 

『別に。それに変態の力は使いようによってマイナスにもなる。いつ使うかのタイミングが必要だし、てきせつな時にてきせつな量の仕事を変態に頼んでるだけ』

 

「それがありがてぇってのに‥‥‥隙を見せたがらない小岩井センセ」

 

『キモイ』

 

「ひどい」

 

小岩井先生、酷いです。

そんなことを内心思いながら朝食のパンを齧り終えると、そろそろ外を出るのに相応しい時間帯となる。

スクールバッグを背負い、首と肩で携帯を挟みながら会話を続けようとすると、小岩井から声がかけられる。

 

『変態』

 

「おう、どした?」

 

『‥‥‥何もない。それじゃ』

 

その1秒程の沈黙の意味を俺は知らない。

けれど、その沈黙には大きな意味があるように思えて、少しばかりの疑念を胸に残し、俺はドアを開けて親友の待つコンビニ前へと歩を進めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、アッキーは可愛かったか?」

 

「いきなり聞くことがそれですかね‥‥‥」

 

自宅からコンビニ前へ向かう時間はそれほど必要としない。

俺は当たり前のようにコンビニ前でゼリー飲料を吸っている政宗に手を振り、それに反応した政宗がイケメンスマイルでもない朗らかな笑みを浮かべて俺に手を振り返す。

そして、一言挟んだ後にグータッチ。

いつものルーティンを重ねた上で尋ねた一言に、政宗はげんなりとした表情で空を見遣った。

 

「ああ、可愛かったよ。確かに可愛かった。けど、相手は俺をコケにした安達垣だ。嬉しくなんかないよ」

 

「‥‥‥まあ、そりゃそうだよな」

 

好きでもない女の子とのデート。

考えただけで胃に穴が空きそうだが、それを遂行し、小岩井師匠曰くボロをあまり出すことなく終えたというのだから、政宗のイケメン力というものは相当のものだと思う。

正直、俺が女なら目的の為に全てを投げ打って立ち向かう政宗に惚れてしまうだろう。気持ち悪いだろうが、それくらいの度量を持つ男だ。

世の男は彼をただのどこにでもいるイケメンだと言うだろう。しかし、コイツはそのイケメンを得るために数十倍の努力をして、マイナスだった己を取り戻した。

その精神力と、政宗本来の持つ優しさは、政宗に触れた人間にしか分からないアイツの美点だと俺は思う。

つまり、コイツはすげーカッコイイって、そういう事だ。

 

「‥‥‥けど正直な話。こういう未来もあったのかな‥‥‥なんて思ったり‥‥‥いや、手伝ってくれてるお前に言うような話じゃないよな、悪い」

 

「謝んな。良いんだよ、お前はそれで」

 

何度も言うが、俺は俺の意思でお前の復讐を手伝っているんだ。

それに関して文句を言う要素は俺には皆無に等しいし、それに──

 

「お前は間違っちゃいない。こうして悩みを張り巡らせてるのも、今のこの瞬間に未来に向けて歩いているのも、お前がしたくてしてることだ。謝罪なんてする必要ないし、後悔だってする必要ないよ」

 

「‥‥‥あんがとな、幸村」

 

「今更だな、政宗」

 

そういえば、この前から政宗は俺に感謝ばっかりしてるな。いい加減揺り戻しで政宗に怒られるかもしれない、というかムネリン言い過ぎて政宗のマッスルパンチが火を噴くかもな──なんて思いながら朝の登校ロードを歩いていると、俺と政宗の後ろから黒塗りの高級車が走り去る。

 

「お、高級車‥‥‥なあ政宗。俺、大人になったらベンツでお前の実家襲っても──」

 

「なあ、幸村」

 

「なんだ」

 

俺のジョークを無視するほど重要なことなのか、と文句を言いたくなる衝動を抑え、政宗に問いかける。

すると政宗は今一度目を凝らし、今度は何やら確信を持った様子で一言。

 

「なんかあの車見覚えがあるんだけど」

 

「……あれは、藤ノ宮家が愛用しているものと同じ車種だな」

 

ベンツとか、高級外車とか。

車には疎いがあの黒塗りの高級車に見覚えがないと言えば嘘になる。

 

「で、それがどうした」

 

「……いや、俺の見間違いならそれで良いんだけどさ」

 

「おう」

 

「藤ノ宮さんが助手席に──」

 

「嘘つくなよ」

 

「即答!?」

 

政宗が目を見開き有り得ないといった様子で俺に食ってかかるが知ったこっちゃねえや。

だって、親父や母さんならともかく藤ノ宮だぞ?

あの病弱風邪っぴきお嬢様の藤ノ宮だぞ?

そんな藤ノ宮を使って俺を騙そうとは政宗も随分偉くなったものだ。その成長に乾杯、友人として誇らしいよ。

 

「な、なんだよその『俺はお前の秘密を知ってるんだぜ』的な薄い目付きは!言っとくけど俺は嘘とかついてないからな!?俺は親友には嘘をつかない‥‥‥そう決めてるんだ!!」

 

「たった今、俺を騙したけどな」

 

「だからマジだってば!!オレ、ウソ、ツカナイ!!」

 

なんと。

ここまで必死な政宗は久しぶりに見る。

近頃見せることはなかったが、政宗は本当の気持ちが軽くかわされた瞬間に強い憤りと焦燥感が行動に出やすくなる。

過去のトラウマもあるのだろうが、これは政宗本来の自分に正直であるという思いからくる政宗の『心の形』だろう。その証拠に今の政宗は俗にいう『マジおこ』の状態だ。顔に出てる。

とはいえ、俺にもそれなりの根拠と理由があるから政宗の言葉を疑っている訳であって‥‥‥そこの折り合いをつけるのはなかなか難しい。

 

「‥‥‥あのな、政宗。藤ノ宮は清澄女学院っていうお嬢様学校で何不自由ない生活を送っているんだ。それを何の用事で八坂高校にまで行くってんだ?」

 

「‥‥‥転校とか」

 

「それこそ可能性は薄いだろ。今は学期の最中だぞ?こんな中途半端なタイミングで転校とか藤ノ宮のじーさんが許すワケ‥‥‥」

 

いや、あるにはあるわな。

あの人孫に激甘な典型的な好々爺だ。

とはいえ、孫を想うからこその心配や不安はある訳で、娘の一存で中途半端な時期の転校を許すほどの甘々おじいちゃんではないだろう──というのが俺の考えだ。

 

「だが、他でもないお前が見たって言うなら‥‥‥まあ、そういう可能性もあるって思っておくが‥‥‥いや、でもなぁ‥‥‥」

 

「ゆ、幸村がそこまで悩むとか藤ノ宮さんって一体どういう女の子なんだ‥‥‥?」

 

「魔女っ娘」

 

「マジか」

 

小細工で俺をからかってきたり、偶に恥じらいながら本性を見せる女の子。

しかし、藤ノ宮の本質というものは本人がいない所では到底表すことの出来ないシロモノである。

恐らく今の俺の例えも、政宗が藤ノ宮寧子という女の子と話す機会があれば一気に瓦解する陳腐なものになるであろう。

それくらい、癖の強い女の子なのだ。後、可愛い。

 

「まあ、藤ノ宮がこの高校に来たのなら‥‥‥ロマンだよなぁ。高校生活めちゃくちゃ楽しくなるんだろうなぁ」

 

「俺、藤ノ宮さんそんなに知らないんだよね‥‥‥幸村は俺と藤ノ宮さんが過去に会ったことあるって言ってたけど、ホント分かんない」

 

「ガキの頃の記憶なんてそんな覚えてないだろ。俺だって結構恥ずかしいことしてたかも分からんぜ?」

 

「ははっ、幸村なら袴姿でローラースケートとかやってそうだな!」

 

「俺は洋服派だ」

 

藤ノ宮の話題からは幾らか逸れ、結局学校に辿り着く頃にはたけのこ派かきのこ派かでしょうもない喧嘩を繰り広げていた俺と政宗。

階段を上り、自分のクラスまで辿り着くと、今度は2人の友達が俺と政宗の輪の中に違和感なく溶け込んでくる。

 

「おはよう幸村君、政宗君!」

 

「おはよー、政宗くんに幸村くん!」

 

「よーっす、委員長に朱里君」

 

朱里君に、双葉委員長だ。

転校してから、変わらず気さくに話しかけてくれる2人の友達は俺にとっても、政宗にとってもありがたい存在であり、大切な要素。

朱里君はスイーツを俺に薦める機会が増え、委員長は俺、政宗、朱里君を交互に見て変な笑みを浮かべる機会が増えたものの、それでも変わらぬ陽気さは、ストレスに疲れた俺達に元気をくれる。

そんな友達──主に朱里くんの笑顔が倍プッシュで晴れやかな今日この頃。その表情に気がついた政宗は、朱里君を見て口を開く。

 

「小十郎は何か嬉しそうだな‥‥‥何かあったのか?」

 

クラスの人気者であるところの政宗がそう言うと、同じくクラスの甘党男子として男女問わず人気を博している朱里君が満面の笑みで俺たちを見つめる。

正直、この笑顔なら大体の男子生徒を堕とせ──はっ!?なんか今委員長のところからものっそい寒気が!

 

「えへへ、実は今日ウチのクラスに転校生がくるんだって。友達が言ってたから今から楽しみで」

 

「転校生、とな」

 

「ほら!言ったろ!?転校生の可能性あるって!!」

 

いや、言ってたけど。

それは転校生が来るというだけで、藤ノ宮が転校生かどうかの確約はできないだろう。

それに、万が一藤ノ宮が来たとしてもそれが転校ってサインにはなるまい。

まあ、アイツが八坂高校の制服着てるってんなら話は別だが。

 

「ま、まだ藤ノ宮って決まった訳じゃねえだろ‥‥‥」

 

「いや、もうこれは確定だ。俺の直感がそう言ってる!!」

 

「随分な直感だな!言っとくけど俺はお前の直感信じてねーから!」

 

「幸村の直感だって大概だろ!?」

 

うるせぇ!

俺は1度お前の『直感』信じて大変なことになってんだ!

お前だって忘れたわけではあるまい、あのホワイトクリスマスに起こった羞恥的大事件を!

俺は今でもあの事件で赤面する羽目になってるんだ!!

とんだ黒歴史作っちまったってめちゃくちゃ後悔してるんだからな!?

 

「え、転校生って藤ノ宮さんって言うの!?男の子?それとも女の子!?」

 

教室の中心で騒いでいたのが災いし、先程から転校生の噂で持ち切りだったクラスメイト達も輪に集まってくる。

予想外だ。まさかここまで転校生の話題が広がっていたなんて。

藤ノ宮の話をしたのは迂闊だったな。

 

「‥‥‥藤ノ宮、か」

 

そういえば、と思いながら俺はここ最近の藤ノ宮との邂逅を回想してみる。

何故かここに来ていた東京見学。

その機会に乗じて行われたデート擬きの何か。

そして、藤ノ宮から発せられた言葉。

 

『‥‥‥もし、私が何かを成したいと言えば、幸村様は私の手をお引きになって頂けますか?』

 

その言葉は、藤ノ宮が何かしらの決意をしたかのような様子がありありと見え、その決意に俺の心は密かに揺れ動いていた。

 

「進む勇気‥‥‥ね」

 

ははっ、まさかな。

転校なんてするわけがねえ。

藤ノ宮の病状は何より上田家最高峰の医者と藤ノ宮の家族が分かっているんだ。この時期に来てまで無理するようなことする筈がないだろ。

それこそ夢見すぎって話──

 

「みんな席につけー、先生来たぞー」

 

と、その一言を合図に今の今まで俺と政宗の席に密集していた生徒達がバラけて、各々の席へと座る。質問攻めに合っていた政宗はげんなりとした様子でため息を1つ。そのため息が移ってしまったのか、俺もため息を吐いた。

 

「ま、転校生が来ても俺達のやることが変わることはねぇから‥‥‥とりあえず今日はどうすんだ?」

 

「ん、そうだな‥‥‥取り敢えず安達垣さんとこに突撃して特大カレーパンを貢ぎに──って、ん?」

 

その時、ドアの開いた音と同時に入ってきた先生を見た政宗が目を見開いて『もうひとつの影』を見た。こういった時、人の視線には釣られてしまうという不思議な現象も相まって、俺も政宗と同じ方向を見てしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥なっ‥‥‥‥え、嘘だろ‥‥‥」

 

開いた口が塞がらなくなってしまった。

 

「それでは、転校生を紹介する」

 

先生の言葉なんて最早知ったことではない。

俺にとっての問題は、今頃山奥の女学院にいるであろう女の子がこんな所で自己紹介をしようとしていることなのだから。

ドッペルゲンガー?偽物?

そんな疑念が次々と浮かび上がってくるが、どれも的を射た言葉ではない。

というか姿形がまんま藤ノ宮だ。紛い物なワケがない、間違えてたまるか。

 

そうだ、藤ノ宮がここに来ている理由が見当たらないのだ。

こんな、ノースリーブの黒の制服を着て、艶のある栗色の髪の毛を伸ばした可愛らしい女の子が八坂高校にまで来ているだなんて、その理由が分からない。

強いて言うならこれは夢だ。何処ぞの誰かが用意した都合のいい夢。それにより俺は幻覚を見てしまって──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藤ノ宮寧子と申します、よろしくお願い申し上げます」

 

‥‥‥夢か?

 

 




原作との変更点
○アッキーのヤキモチはパス。よって、2巻で起こったギクシャクもなし。
理由は藤ノ宮のマンション下見が既に終わっていたから。尚、ここから先順風満帆とは言っていない。

○政宗くんこの時点で2回目のデート。原作デート少なすぎィ!

○1年前のホワイトクリスマス⇒???


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