黒魔女2っき。 (Hide and Seek)
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黒魔女はお茶会がしたかった。

ミーシャ・エリザベートの朝は遅い。

 

よだれで枕に湖を作るその腑抜けた顔には、黒魔女の威厳などといったものはまるで見受けられない。小さく鼾をかきながら、彼女は寝返りを打つ。

 

「…………んがっ。……んー?」

 

一際大きく鼾をかいたかと思えば、その拍子に目を覚ました。ぼんやりした目に映るのは、なんだか柔らかそうな白いもの。

目を擦り、そのままよだれを袖で拭う。はっきりとしてきた目であたりを見回すと、そこはいつも通りの部屋だった。そして、ベッドの脇には、優しく微笑む一人の女性が。

 

「おはよう、ミーシャちゃん」

「おはよう……。ってなんで居るのよ!?」

 

白い衣装に身を包んだ彼女、アイリス・ミルフィーユは優雅にほほ笑む。彼女こそは、ミーシャが敵視をしてやまない白魔女であり、ミーシャの事をよく知る数少ない人物である。

 

「なんでだと思う?」

「え?」

 

アイリスは笑みを崩さずにそう言う。しかし、ミーシャはその口調に違和感を感じた。例えるなら、いつもよりも一度だけ温度が低いような、その声に。直感的に気付く。アイリスは怒っていた。なんで? 今日は何の日だっけ? ミーシャの脳裏を様々な記憶が、まるで走馬灯のように駆け巡る。アイリスの薄目から除く緑の瞳が、ミーシャに命の危機を感じさせる。

 

「……あ」

 

そして、不意に思い出した。間の抜けた声を漏らし、呆然とする。

そう、今日はお茶会の日だった。しかも、私からアイリスを誘った。

 

「思い出した?」

「……あはは」

 

笑ってごまかす。無理だ。許してはくれなさそうだ。

 

「ご、ごめん! 今から準備するからー!!」

 

 

杖を取り出し、急いで振るう。帽子を頭に、ローブを浮かせて引っ掴んで扉へ……。

 

「ぶべっ」

 

扉に突っ込むミーシャ。杖を振るい、扉を開けることすら忘れ、彼女は顔をしこたま打ち付ける。

 

「ふぎゅぅ……」

「あらあら」

 

目を回すミーシャが最後に見たのは、いつも通りに笑うさかさまのアイリスだった。

 

 

 

 

「え? 怒ってないわよ?」

「えー? 絶対怒ってたって」

 

擦りむいた鼻の頭を魔法で治療してもらいながら、ミーシャは膨れる。

 

「でも、お茶会の約束を忘れてたのは、ちょっと悲しかったなー」

「う……。忘れてなかったもん。ちょっと寝坊しちゃっただけで……」

 

この日のために用意してあった、とっておきの紅茶を指さす。

まだ箱からすら出されていないそれは、確かに、今日のために用意されたのだろう。

 

「でも、ケーキはないのよね?」

「それは……。うん……」

 

お茶と違って日持ちのしないケーキは、早起きして買ってくるつもりだった。だけど、昨日はいつになく研究がノっていたから、気が付いた時にはもう朝も近くて、とてもじゃないが満足に眠る時間は無かったのだった。

 

「あら、じゃあ、お風呂にも入ってないんじゃないの? 通りで髪もぼさぼさ」

「むー。ほっといてよ!」

「ほっとけないわよ。ミーシャちゃんの髪、とっても綺麗なんだから。あっ、そうだ、今から一緒にお風呂入りましょうか?」

 

唐突に思いついたようにアイリスは言う。

 

「なんであんたと入らなきゃならないのよ」

「だって、私だけ待たされてばっかりだし。それに、ミーシャちゃんの髪、ちゃんと洗ってあげたらもっときれいになると思うんだけどなー。ね、一回私に洗われてみない?」

「やー!」

 

抵抗も虚しくお風呂場へと引きずられていくミーシャ。

 

「まあまあ、お茶会を台無しにしたお詫びだと思ってー」

「なんでそれが詫びになるのよー!」

 

屋敷の中に、叫び声は響く。

アイリス以外、誰も聞いていない声が。

 

 

 

 

「ていうか、あんたいつから部屋にいたのよ?」

 

キューティクルを艶やかに光らせながら。ミーシャは問う。丸洗いされて、すっかり大人しくなった彼女は、アイリスの手土産のケーキをがつがつと食べている。

それは、以前ミーシャが早起きして買ってきたケーキと同じものだ。

 

「うふふ。なんだか楽しみで、早くに目が覚めちゃったのよね」

 

その足でケーキを買い、そしてそのままここに着いたとしても、そう遅くはならないはずだ。

 

「ミーシャちゃんの寝顔がかわいくて、気が付いたらずっと眺めてたの」

「……起こしてよ!」

「ふふっ。ごめんね。でも、あんまり気持ちよさそうだったから、起こすに起こせなかったの」

 

にこにこと朗らかに笑いながら、アイリスはミーシャを見つめる。

 

「あ、もう一個ケーキ食べていい?」

「ええ、いいわよ」

 

まるで小動物を愛でる様なその瞳は、いつまでも優しく緑に輝いていた。



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