転生提督の下には不思議な艦娘が集まる (ダルマ)
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プロローグ

 読者の皆様方、作者のダルマです。
 作者は原作を未プレイであり、独自の解釈と設定によって作品が形成されておりますので違和感を覚える部分も多いと思います。
 その点も考慮して本作をお楽しみいただけると幸いです。


 かつて、クロノ・クェイク、時空震と呼ばれる人知を超えた人類史上最悪の災害がこの星を襲った。

 いつ如何なる形であったのかは記憶として残っておらずとも、天災という域を超えたその災害は、人類から『過去』と『未来』を奪っていった。

 

 だが、人類は立ち止まる事はなかった。

 

 現在(いま)を生き延び、命を繋ぎ、再び過去と未来を手に入れんと災害から生き残った人々は、手と手を取り合い共に歩み始める。

 過去の、或いは未来の『遺産』を有効に活用しながら。

 

 

 西暦やイスラム紀元、或いは元号と言ったものが時空震以前は存在していた。

 しかし、時空震により全てがゼロにリセットされた現在の世界では、『ニュー・センチュリー』或いは略称である『N.C.』と呼ばれる紀年法で統一されている。

 

 そして現在、時空震発生の日、リセットデイと呼ばれる日より七九年。N.C.79年を数えていた。

 

 

 過去のいがみ合いを捨て、理想的な未来の政府たる一つの国家。国際地球連合の旗の下、人類は一致団結して傷を癒し、失われたものを取り戻そうと歩み始めた。

 だがその矢先、時空震が産み出した新たなる種なのか。それとも、人類の手から離れた過去と未来の残留思念の集合体なのか。

 

 海の底から、奴等は、いつしか深海棲艦と呼ばれるようになったそれは姿を現したのである。

 

 当初は対話による平和的な接触が行われたものの、深海棲艦側はそんな平和とは無縁の、砲火と言う返事を持って人類にその答えを示したのである。

 こうして、人類は深海棲艦との武力を用いた競争を繰り広げていく事となるのだが。開戦当初の優劣は、まさに人類側の劣勢と言ってよかった。

 時空震の混乱より立ち直って日もない人類には、深海棲艦との戦争は、まさにゼロからのスタートの如く手探りでのものであった。

 

 生き残った人類をそこから更にすり減らしながらも、人類は深海棲艦と戦う術を模索し、そして見つけ出す。

 リセットデイの後、世界各地で見つけ出されるリセットデイ以前の遺産。そして、その中に含まれる戦う為の道具の数々。

 

 開戦から劣勢に追いやられていた人類は、遺産を解析、そして再利用する事により、徐々にではあるが劣勢を盛り返し始める。

 

 だが、遺産を活用してもなお、深海棲艦側はその勢力を衰えさせる事なく。まさに終わりの見えぬ戦いが、未だに続いている。

 

 

 時にN.C.79年。

 人類は、深海棲艦の脅威、更には内包する問題を抱えながらも、遺産と共に現在(いま)を必死に生き抜こうとしていた。

 

 

 

 

 と、その様な時代背景があるようなのだが、自分自身にとっては今一実感が湧かない。

 この混沌たる世界に生きているのに何を言っているのかと、本音を漏らせば言い返す人も出てくるだろうが、それでも自分自身にとっては何処かフィクションの世界に感じてしまう。

 

 何故なのか、それは偏に、自分自身が本来この世界に生を受けるべき筈のない存在だからだろう。

 もっと簡単に言えば、自分は転生者。つまりはそういう事だ。

 

 

 転生させられる前、ここでは前世と呼ぶ事にしよう。

 その前世のとある日の事、いつものように暇が出来たのでスマホでゲームでもしようとアプリを起動した時の事だった。

 運営を名乗る不審なメールが届けられ、その内容は自分がプレゼントの当選者に選ばれたというものだった。

 

 覚えのないプレゼントの件に少し怪しんだものの、タダで貰えるものは貰っておけと、添付されていたアドレスにログインしてみるのであった。

 そして、次の瞬間には突如として意識を失うのだった。

 

 こうして意識を失い、再び意識を回復させると、そこは見覚えのない真っ白な部屋の中で、気づくと一人の神々しい雰囲気を漂わせた老人がいて。

 

「神からの恵み(転生)をありがたく受け取れ!!」

 

 と、集中線でも出てきそうなほど力強い顔と、神々のバックグラウンドミュージックと共にそんな台詞を言われ、受け取らない人が果たしてどれ程入るだろうか。

 

 神と名乗った老人からありがたく恵み(転生)を受け取る旨を伝えると、次いで恵み(転生)の先の世界の情報を直接脳に語りかけてきた。

 こうして転生先の事情をだいたいわかった所で、この世界にやって来たのである。

 

 

 この世界、何やら聞きなれない単語はあるものの、ベースとなっているのは前世でもプレイした事のある『艦隊これくしょん』と呼ばれるブラウザゲームのようだ。

 ただ、聞きなれない単語が追加されている辺りからも分かるように、完全なものではなく。様々なものが混ざり合った、所謂『風』な世界のようだ。

 

 二十世紀かとも思えば二十一世紀だったり、はたまた空想世界の産物もあったり。

 遺産と言う名で、それらはこの世界で存在している。まさに遺産(ご都合主義)万歳だ。

 

 さて、そんな世界で今現在、自分が何をしているのかと言えば、当然ながらこの世界の巨悪とも呼べる深海棲艦と戦うお仕事についている。

 

 当然世界のベースがベースだけに、自分自身で戦うわけではなく、提督と言う指揮官としての立場である。

 そして必然的に、部下にして、最前線で深海棲艦と直接対峙する者達。即ち『艦娘』もまた、存在している。

 

 公式ではハッキリとした設定や定義のようなものはなかったが、この世界ではその辺りは一応ある。

 

 人的資源保全主義。言うなれば安定した供給を見込めない人的資源の中、可能な限り効果を発揮できるだけの戦力を維持するというもので。

 まさに軍隊と言うマンパワーを常に欲する組織と対極を成すかのような戦略である。

 そんな主義の下、省力化、自動化、そして無人化と進化し行き着いたのが、艦娘。

 

 フリート・ガール・システム、或いは艦娘システムと呼ばれる、艦艇無人化構想の実用量産型システムである。

 このシステムの優れている所は、付随するナノマシンが個々のシステムがモデルとしている女性の姿を人工人体として形成し、直接生身の人間と意思疎通を図ることができると言う点だ。

 コンソールやモニター越しでは伝わらない、言葉の強弱や身振り手振り等、些細な部分に至るまで汲み取れる事により、現場で必要な阿吽の呼吸やツーカーの仲というものを獲得しやすくしているのだ。

 

 とまぁ、堅苦しく説明してはいるが。簡単に言えばメンタルモデルのようなものだ。

 

 因みに、何故人工人体のモデルが女性だけなのかと当然疑問に思うだろうが。

 浪漫だから仕方がない。と言うことだけ述べておこう。

 

 

 そうだ、本来ならついでと呼ぶべきではないのだが、ここで自分が所属している組織について話をしよう。

 

 この世界は国際地球連合と言う一つの国家のもとに社会が成り立っていると説明したが、実際には少々語弊がある。

 確かに一応は一つの国家として成り立ってはいるが、その実、連合を形成する各大州ごとに高度な自治権を有し。国際地球連合は、実際には国際連合の権力拡大のようなもので。

 更には、大州の下にある各管区、所謂前世における各国家ごとにも、力関係や格差と言うものが存在し。

 

 もはや国境を捨てた一つの国家と言うには、その内情はあまりに境だとか平等とはかけ離れたものだ。

 

 と、そんな幻想国家を構築する『八大州』の内の一つ、『極東州』の州軍は州海軍に自分は属している。

 

 因みに、極東州を構築しているのは日本管区と台湾管区の二つのみ。八大州の中で、南極を除き大州の中では最も少ない管区数だ。

 なぜこの様な最小の州になってしまったのか、その辺りは定かではないが。

 お隣のアジア州のごたごたを見ていると、その辺りの事情は何となく察することが出来る。

 

 

 最後に、遅ればせながら自分の自己紹介をしておこう。

 自分の名前は飯塚 源(いいづか はじめ)

 前世では二十年と言う短い人生を終え、現世、もといこの世界で現在五年目の人生を謳歌している、二十五歳男性。

 

 容姿については下でもなければ上でもないとだけ言っておこう。因みに身長は、平均より少し上程度と言ったところか。

 

 

 そして何より、自分は提督である。

 因みに階級は中佐だ。二十五で中佐と、前世なら異例中の異例で余程の秀才と嫌でも注目されるのだろうが。生憎とこの世界じゃ人的資源の関係から、二十代での佐官など珍しくもない。

 

 そして、最も重要なことだが、提督の職は五日前に任命されたばかりの成り立てほやほやのである。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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始動への道
第1話 提督が到着しました


 それは遡る事五日ほど前の事。

 それまで自分は、州海軍の誇る鎮守府の一つである『呉鎮守府』の参謀部に勤務する一介の参謀の一人に過ぎなかった。

 

 所が五日ほど前、突如上官から当てはまる理由も思いつかぬまま呼び出され、部屋へと赴くと。

 そこには、鎮守府の長である呉鎮守府司令長官の姿があったのだ。

 

「飯塚少佐、いや、飯塚中佐と呼ぶべきか。昇進おめでとう。……そして、我が呉鎮を離れても、この呉鎮での日々を、どうか忘れないでくれよ?」

 

 自分にとっては、予想もしていなかった人物との面会に緊張してロボットのような返事をしてしまうと言う、そんな状態を他所に。

 呉鎮守府司令長官や居合わせている上司は、とんとん拍子に話を進めていく。

 

「飯塚少佐、本日付をもって貴官を極東州海軍中佐とし。また、オセアニア州並びにヨーロッパ州、北アメリカ州との……」

 

「栄転だ。呉鎮の一員として恥じぬ言動をもって……」

 

 緊張から、自分自身の思考回路の処理能力が低下している事等露知らずに、二人はどんどん話を進めていく。

 そして気がつくと、真新しい中佐の階級章に辞令の入った茶封筒を手に、自分は部屋を後に参謀部の自分のデスクに腰を下ろしていた。

 

 が、そこでも、もう既に話が回っていたのか、先輩や同僚から祝福の声などを浴びせられ。

 

 漸く思考回路の処理能力が正常値に戻ったのは、その日の職務を終え、自宅アパートに戻った時であった。

 

「……マジかよ」

 

 時間帯もあったが、もう精神的に疲れすぎて声を張って驚く気力もなく、零れるように驚く。

 改めて辞令に目を通せば、そこには『ラバウル統合基地』の文字と、『配属』の文字が紛うことなく横並びしている。

 

 ラバウル統合基地。

 名前の通り、オセアニア州はパプアニューギニア管区内のニューブリテン島、同島の東に位置する一地方都市に設けられた海軍基地である。

 同基地はオセアニア州内に設けられているものの、極東州のみならずヨーロッパ州や北アメリカ州が共同使用する巨大基地として整備されている。

 

 同基地はオセアニアの海のみならず、東南アジアの一部の海の平和を日々守る国際地球連合の一大基地のひとつとして周知されている。

 

 因みに、シーレーン的に価値が低いと思しきヨーロッパ州と北アメリカ州が同基地に戦力を置いているのは、リセットデイ以前、オセアニア州内に海外領土を有していた事が由来ではないかと言われているが。

 私的には、パワーゲームの一端ではないかと考えている。 

 

 話が少しそれたが、辞令の文章を読むに、自分は呉鎮守府からラバウル統合基地に異動となった事を意味していた。

 しかも、提督と言う新しい肩書きアンド昇進付きで。

 

 

 さて、そこから準備はとんとん拍子に行われた。

 引継ぎに荷物整理、挨拶回り等々。必要な手続きや荷造りなどを経て、十時間前の事、ついに自分は日本の地を離れ遥遥ラバウルの地を踏むべく機上の人となった。

 

 因みに、ラバウル統合基地には軍用飛行場も併設されている為、軍用機で行けば色々と楽な筈なのだが。

 何故か移動には公共交通機関を用いる事になった。当然、軍服なんて着ていく訳にもいかず、ビジネスマンよろしくスーツ姿だ。

 

 その為、パプアニューギニアへの直行便のある成田へと移動し、そこから飛行機でポートモレスビー・ジャクソン国際空港へ移動。

 さらにそこから、目的地であるラバウル統合基地の在るニューブリテン島へと移動すべく、同島の中心地であるココポへの空の玄関口、トクア空港を目指して小型機に搭乗する。

 

 こうして日本を出発してから約十時間。

 遂に、自分は、南方の島、ニューブリテン島の地に足をつけるのであった。

 

「さてと、到着した訳だが……」

 

 都市部の空港とは異なり地方の小さな空港の為、滑走路から直接空港ターミナルビルへと足を運ぶと、手続きを経て、到着ロビーへと足を踏み入れる。

 そこで、事前に聞かされていた出迎え送迎の者を探す。

 

「確か、ウェルカムボードを持ってるって……」

 

 行き交う人々の間を縫うように移動し、それらしい者を探していく。

 

「ん?」

 

 と、到着ロビーの一角に、明らかに仕事や旅行なんて次元じゃない格好をした三人の人影を発見する。

 三人の近くを通り過ぎていく人々は、明らかに三人と目を合わさない様に顔を伏せ、足早に通り過ぎていく。

 

 しかし、そのようなあからさまな態度をするのも当然だろう。

 何故なら、センターに立つ男性は、牛柄模様のご丁寧に耳と尻尾まで付いた全身タイツで身を包み、その目元には、OZBのアルファベットを模した謎の眼鏡を装着しているからだ。

 恐らくあれか、あのアルファベットの並びはオージー・ビーフの頭文字なのだろうか。全身タイツの柄からして。

 

 あのような格好をした者の前を、平然と素通りできるものだろうか。

 

 少なくとも、自分は無理だ。

 

 さて、そんな危ない格好をした者と関わろうとするなど正気の沙汰ではない。

 が、見つけてしまった。彼と嫌でも関わらなければならない証拠を。

 

「マジかよ……」

 

 センターの男性がその手にしていたのは、紛れもなく、ウェルカムボード。

 しかもそこには『Welcome to Rabaul ハジメ イイヅカ』と、どう見ても自分の名前が書かれているではないか。

 

 と言う事は、あの危ない格好をした者が出迎え送迎の者と言う事になる。

 だがしかし、だがしかし。あれもうどう見ても。見ただけで分かる。ヤッバイ奴やん。

 

 しかもそんな危ない格好の後ろに控える、女性二人。それも、あのOZBの謎の眼鏡を同じく装着している。

 

 あぁ成る程、もう皆まで言うな、分かってる。ヤッバイ奴等やん。

 

「ん!?」

 

「あ……っ!?」

 

 とまじまじと観察していると、不意に危ない格好の男性と目が合ってしまった。

 刹那、あの三人組みが自分のもとへと足早に近づいてくる。

 

「もしかして、極東州海軍のハジメ イイヅカ中佐でありますか?」

 

「い、いえす……」

 

 嫌でも間近で観察すると、あの男性、自分よりも一回り程背が高く、タイツを着ていても隠し切れない体格の良さを誇り。

 その威圧感たるや、格好と体格が相まってかなりの威力だ。謎の眼鏡の奥のから垣間見える瞳が、怖いです。

 

「Welcome to Rabaul!! ヨウコソ、ラバウルへ!!」

 

「せ、せんきゅー……」

 

「申し遅れました、僕、オージー・ビーフマン!!」

 

 見事なまでの真っ白い歯を見せ付けて自己紹介したが、それ、キャラ付けか、役作りなのか。もしかして素なのか。

 思った通り、関わったらアカン奴やん。

 

「極東州の皆! オージー・ビーフ大好きぃ~?」

 

「え?」

 

「極東州の皆! オージー・ビーフ、食べてるぅー?」

 

「は?」

 

 何故か両手で聞き耳立てて反応を窺ってるが、どう考えてもまともに反応できる訳ない。

 そもそも、こんなの突然目の前で見せられたら恐怖でしかない。

 

「エコノミークラス症候群になりそうな皆、元気に体を動かして健康を取り戻そう! ビーフタイソウ、はじめーっ!」

 

 いつの間に持ち替えたのか、その手にはウェルカムボードではなくパック詰めされた肉の塊が。しかも女性二人まで、いつの間にか同じものを持っている。

 

「ハイハイ、ハイハイッ! ハイカロリーステーキセット!!」

 

「ホッホッホッホッ! ホーットサンドーッ!!」

 

 そして始まった、三人による謎の体操。

 もう完全にどう反応していいか分からず、ただ呆然と体操を眺めているしかなかった。

 

「それじゃ、極東州の皆! これからも一杯、オージー・ビーフ食べてね!! じゃ!」

 

 こうして一通りやり終えた三人は、最後に大雑把な会釈をすると、何処かへと姿を消してしまった。

 

「えぇーっ!?」

 

 まさかこの流れで置いてけぼりにされるとは思ってもいなかったので、思わず大きめに声が漏れてしまう。

 見ず知らずの土地で謎の歓迎を受けて、その後まさかの置いてけぼり。

 

 もうやだ、帰りたい。



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第2話 提督が到着しました その2

 呆れやら悲しみやら、憤怒やら、もう色んな感情が渦巻いて、今にも涙流しながら達観してしまいそうな刹那。

 不意に聞き覚えのある。と言うよりも、先ほどまで変な歓迎をしていた男性の声が耳に入ってくる。

 

「すいません。お待たせしました!」

 

 声の方を振り返ると、そこにはオセアニア州海軍の軍服。前世で言う所のオーストラリア海軍の軍服に酷似した軍服を着込んだ、一人の白人好青年が近づいてくる。

 

「……え? 嘘やん」

 

 確かに先ほど聞いた声は、目の前の白人好青年の声は、紛れもなくあのヤバイ奴の声であった。

 と言う事は、そこから導き出されるのは、この目の前の白人好青年が先ほどのヤバイ奴の正体と言うことだ。

 

 点と点が結びついた瞬間、思わず失礼な心の声が漏れてしまった。

 

「お待たせしてすいません、飯塚中佐。自分は、本日中佐の送迎を担当します、オセアニア州海軍ラバウル統合基地所属のキース・マッケイ少佐であります!」

 

 先ほどの変な体操とは打って変わって、直立不動で綺麗な敬礼をするマッケイ少佐の姿に、一瞬そのギャップに返礼する事を忘れてしまいそうになる。

 が、何とか正気を取り戻し慌てて返礼すると、マッケイ少佐はゆっくりと直るのであった。

 

「そうだ飯塚中佐、ご紹介いたします! ご同行致します、自分の直属の部下で我がオセアニア州海軍が誇る艦娘の二人です!」

 

 そして、敬礼を終えていよいよ移動。かと思ったが、その前にもうワンクッション。

 それは、同行するマッケイ少佐の部下の艦娘の紹介であった。

 

(わたくし)、パース級軽巡洋艦ホバートと申します、よろしくお願いいたしますね」

 

「ぼ、僕、トライバル級駆逐艦アルタンです! よろしく、お願いします! ……その、運転は安全運転でお願いします!」

 

 自己紹介したのは共に、前世で言う所の第二次世界大戦中にオーストラリア海軍が運用していた軍艦をモデルとした艦娘である。

 

 

 軽巡洋艦であるパース級は、姉妹艦の三隻ともオーストラリアが属するイギリス連邦の盟主たるイギリス海軍で建造・就役したものだが、大戦前にオーストラリア海軍に供与・移籍される。

 また同艦は、建造した英国人の自己評価をして『英国製巡洋艦の中で最も美しい』との事。

 

 その為か、艦娘となったホバート、竣工時名アポロは、かなりの美貌を誇っている。

 元英国製と言うこともあり、お淑やかさを備え。マッケイ少佐の軍服に似た衣服ながらも、スカートと組み合わせたそれは、まるで仕立てのいいドレスのようにも思える。

 

 方や、トライバル級駆逐艦のアルタンも、建造はオーストラリア本土で行われたが、その基本はイギリス海軍が建造した『部族の』を意味する名を持つトライバル級駆逐艦だ。

 準同型艦、それにネームシップの影響からか。ホバートに比べ浅黒い肌にアボリジニを意識した白塗りのラインが特徴的で。ホバートと同様の衣服ながらも、また違った印象を受ける。

 

 なお、アルタンはホバートと異なり、戦後も60年代まで現役を務め。50年代初頭には同型艦の『ワラムンガ』と共に対潜駆逐艦として改修されている。

 ただ、どうやら彼女は改修前のようだ。

 因みに、彼女が安全運転と付け加えていたのは、恐らく彼女の最期がスクラップとして台湾に曳航中、転覆沈没した悲しいものだからだろう。

 

 最後に、二人とも見た感じ、艦娘の年齢設定に沿っている様だ。

 一般的に艦娘は、モデルとなった軍艦の艦種によって大まかな外見の年齢設定が行われている。

 例えば、戦艦や空母ならば二十五歳前後、巡洋艦なら二十歳前後、駆逐艦なら十五歳前後。と、この様な感じだ。

 

 ただ、人間にも実年齢と見た目年齢が釣り合っていない者がいるように。艦娘にも、年齢設定と見た目が釣り合っていない者がいる。

 呉鎮にも、駆逐艦の筈なのに妙に発達の良かった娘もいれば、空母の筈なのに絶望しかない娘もいた。

 話が少しそれたが、結論を言えば、二人はそんな例になく、見事に年齢設定と見た目が釣り合っていた。

 

 

 さてそんな二人だが、格好は当然ながら異なっているものの、二人の背丈にそれぞれの髪の色や髪型。

 それに、目元に眼鏡はなくとも、顔の全体像等。

 

 うん、どう考えても先ほどマッケイ少佐が謎のオージー・ビーフマンを演じてた後ろで踊ってた二人だね。

 てかマッケイ少佐よ。部下とは言え、便宜上システムとは言え、先ほどの事を行わせるのは如何なものだろうか。

 

 他人事ながら、少佐自身を含めて三人の今後が心配だ。

 

「所で、飯塚中佐。先ほどの歓迎は、如何でしたか? 知り合いの日本人に、最近日本で流行っている歓迎方法を教えてもらって実践したのですが?」

 

「あ、うん。ありがたかったよ。……ただ、出来れば今後は控えてもらえるとありがたいかな。あの独特の眼鏡とか、全身タイツとか、折角のマッケイ少佐の好印象が、台無しになると言うか。やっぱり人間、第一印象が大事だからね」

 

「は、はぁ……、分かりました」

 

 思ったよりも自分の反応が良くなかった事が腑に落ちなかったのか、マッケイ少佐は少々眉をひそめながらも、とりあえずは自分の言葉を聞き入れてはくれたようだ。

 それにしても、知り合いの日本人がどんな方かは存じないが、全く持って迷惑な事を吹き込んでくれたものだ。

 

 良くも悪くも強烈な印象を残した三人と解け合った後、漸く目的地のラバウル統合基地を目指して移動する運びとなった。

 

「さ、どうぞ飯塚中佐」

 

 空港ターミナルビルを後にし、外の駐車場に止めてあった一台のオリーブドラブの四輪駆動車の助手席に腰を下ろす。

 因みにこの四輪駆動車とは、言わずもがな、代名詞とも言うべき『ジープ』である。

 ジープは大戦中アメリカ国内の各企業で大量生産されていて、生産企業毎の違いは自分には分からない。

 

 ただ、多分このジープは大戦中の生産台数が最も多かったウイリスMB製だろう。

 

「それでは、出発いたします」

 

「司令! あ、安全運転でお願いします!!」

 

「解ってるよ、アルタン。心配しなくても大丈夫」

 

 運転はマッケイ少佐が、そして、カーゴスペースには、自分の手荷物を運んでくれたホバートとアルタンの二人が乗っている。

 

 何だか兄妹のようなやり取りを経て、自分達を乗せたジープはゆっくりと駐車場を後に一路ラバウル統合基地を目指しタイヤを進めた。



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第3話 提督が到着しました その3

 トクア空港からラバウル統合基地へは海岸沿いの幹線道路、ココポ・ラバウル・ロードを進むだけなので間違いようなどない。

 トクア空港から暫く続くのどかな森林地帯を走り抜けると、海風と潮の香りと共に、ココポの中心部がその姿を現し始めた。

 

「ここがココポです。ショッピングモールやスーパー、或いは市場など。大抵の物はここに来れば揃いますよ」

 

「成る程」

 

 ラバウル統合基地のお陰か、海岸沿いに立地するこのココポは、特に深海棲艦の脅威に脅える事無く何処かのどかな時間が流れている。

 都市部の様に高層ビル高層マンション等の近代的な高層建造物が乱立していない、クラシカルな味のある低層建造物が多いお陰か。数少ない巨大箱物も、いい感じに馴染んでいる。

 田舎臭いとも言えるが、自分は嫌いではないな、この雰囲気。

 

本土(オーストラリア管区)の同僚などは、ここ(ココポ)をド田舎なんて呼んで毛嫌いしてますが、自分は好きです。ここ(ココポ)が」

 

「僕も好きーっ! ココポにお出かけすると、おじいちゃんやおばあちゃんがいつもありがとうって美味しいフルーツをお裾分けしてくれるもん!」

 

(わたくし)も、こののどかな時間が流れるココポは大好きです」

 

「飯塚中佐も、きっと好きになると思いますよ!」

 

「うん、そんな気がする」

 

 人々の営みが輝くココポを抜け、また暫くのどかな海岸沿いをひた走ること数十分。

 

「見えてきました、ラバウル統合基地です」

 

 幹線道路のその先に、ココポの町並みとは一線を画す建造物の数々が立ち並んでいる姿が見えてくる。

 先ず目に付いたのは、航空攻撃対策の為に基地の周囲に設けられている高射砲塔だ。円筒形のそれは、前世で大戦中のドイツ空軍が建築したものに酷似している。

 塔の各所からは、高射砲や機関砲の砲身が姿を覗かせている。

 

 さらに基地の周囲には、不法侵入者の侵入を遮るべく二重のフェンスが設けられ。更には徹底すべく見張り塔まで設けられている。

 しかも海の方へと目を向ければ、フォート・ドラムよろしく、埋め立てたのか遺産脅威のメカニズムにより湾内を守るかのように要塞島の姿が見られる。

 

 そんな平時と戦闘時の対策設備に守られた基地は、軍港機能のみならず、軍用飛行場も併設している為かなりの広さを誇る。

 滑走路は勿論、司令部施設に各種必要施設、基地内で日用生活を完結できる様に郵便局や銀行まである。更には人員の為の兵舎等、まさにそこは、一つの都市そのものであった。

 ラバウルが丸々基地と化した、まさに前世でラバウル要塞と呼ばれたその名に相応しいその姿は、圧巻の一言であった。

 

「ご苦労様です!」

 

 そんなラバウル統合基地の正面ゲートに到着したジープ。

 さんさんと照りつける太陽にも負けず、今日も職務を遂行している警備員の兵士に許可を得ると、いよいよジープは基地の敷地内へと進入する。

 

「あちらが艦娘用の官舎で、それぞれ在籍する各州ごとに別れています。それから、あちらが工廠エリアになります! 工廠も各州ごとに設けられております」

 

 司令部施設へと赴く道中、マッケイ少佐が基地内の各種施設の簡単な紹介を行ってくれる。

 その案内に合わせて視線を左右へと振るっている内に、ジープは司令部施設の前へと止まる。

 

 赤レンガではないが白を基調とした四階建ての建物。その入り口には、ラバウル統合基地司令部の文字が掲げられている。

 

「それでは司令官様、先に戻っておきますね」

 

「うん、後はよろしく」

 

「ありがとうございます」

 

「またねー!」

 

 マッケイ少佐共々ジープを降り、ホバートとアルタンの二人と別れると、マッケイ少佐の後に続いて司令部施設内へと足を踏み入れる。

 時折司令部人員とすれ違いながら足を進め辿り着いたのは、応接室と書かれた部屋の前であった。

 

「どうぞ」

 

「失礼いたします!」

 

 ドアをノックし了承を得て部屋の中へと足を踏み入れると、そこにはマッケイ少佐と同様のオセアニア州海軍の軍服に身を包んだ、恰幅の良い中老の白人男性が待っていた。

 

「極東州海軍の飯塚 源中佐をお連れいたしました!」

 

「うん、ご苦労だった、マッケイ少佐」

 

「は!」

 

「さて、ようこそ飯塚中佐、ラバウル統合基地へ。私はこの基地の司令を任せられている、オセアニア州海軍のヒュー・ベイカーだ」

 

「は! 飯塚 源、ラバウル統合基地へ只今着任いたしました!」

 

 中老の白人男性は中将の階級章を着用している事から、かなりの要職と思われたが、どうやらその通りだった様だ。

 直立不動で敬礼し、返礼されるや、早速着任の挨拶を行う。

 

「極東州海軍からは先任の溝端准将も来ている。彼のように職務に粉骨砕身してくれる事を期待するよ」

 

「は!」

 

 その後簡単な着任式を経て、応接室を退室した自分は、再びマッケイ少佐に案内されいよいよ自分の執務室へと赴く事になった。

 なお、先任の提督達への挨拶はおいおいしてくれとの事だ。

 

 司令部施設を後に、自分の執務室がある官舎へと向かう。

 何故司令部施設内に設けていないのかとマッケイ少佐に尋ねると、襲撃され指揮系統が一挙に壊滅するのを恐れて分散配置しているのだとか。

 ただ、どうやらそれは建前らしく。噂では基地内の用地が余りまくっているからだとか。

 

 何れにせよ、ラバウル統合基地内に自分専用のプライベート空間が設けられているのはいいことだ。

 因みにその官舎、どうやら艦娘を開発する過程の副産物で生まれた『妖精さん』が一晩で造ってくれたそうだ。

 

「あ、お恥ずかしながら、ここが自分の官舎になります」

 

「……え」

 

 オーソドックスに何の変哲もないコンクリート造りの官舎だろうと、自分に宛がわれた官舎を想像しながら、マッケイ少佐のも似たようなものと確かめてみると。

 視線の先に映っていたのは、コンクリートのコの字も感じられない、木のぬくもりが感じられる高床式の住居であった。

 

 成る程、高温多湿対策に高床式を採用しているんだな。

 

 て、ちょっと待て。

 これはもはや官舎ではなく、完全に住宅じゃないか。

 

「他の提督方に比べると小さくてお恥ずかしいですが……」

 

 照れ笑いを浮かべているマッケイ少佐だが、問題は大小の大きさじゃないよね。

 どう考えてもここだけ軍事色の軍の字もない、ただの住宅地の一角になってるよね。どう頑張っても、浮きまくっている。

 

「特に溝端准将のご立派な官舎と比べると、その差はただただ歴然で……」

 

 そう言って視線で指し示してもらった先に映ったのは、もはや赤レンガだとかコンクリートだとかのレベルの話じゃない、ご立派な建造物の姿だった。

 ラバウル統合基地は全体として二十世紀、それも前世で言う第二次世界大戦時の技術で多くが構成されている。

 そんな中にあって溝端准将の官舎は、二十世紀はおろか、二十一世紀の技術も優に超えた、まさにSF映画の中から飛び出したかのような多角形方の巨大建造物であった。

 

 もうあんなの見ちゃったら、マッケイ少佐の官舎なんてなんて馴染んでいる事かと思わずにはいられない。

 と言うか、基地の司令部施設よりもご立派過ぎる官舎なんて、そんなのありかよ。

 

「あ、すいません。今は飯塚中佐の官舎への案内が先でしたね」

 

「あ、あぁ」

 

 遺産の活用は千差万別。

 その為民間では、二十世紀と二十一世紀の技術が混在しているなんて事はざらにある。

 

 ただ、軍事では少々事情が異なり。

 軍事では比較的技術年代の近しいもので纏めて運用する傾向にある。これは、所謂費用対効果が大いに関係しており。

 現在の主な敵が深海棲艦となっている軍では、費用対効果が一番良いのが二十世紀中期頃。つまり前世で言う第二次世界大戦時の遺産で、それを大いに活用している。

 

 その為、艦娘を始め、通常兵器の大部分は大戦時の兵器だ。

 それは個人用の装備も同じで、先ほどからすれ違うラバウル統合基地の警備員達の装備は、どれも大戦時のオーストラリア陸軍兵士のものだ。

 熱帯用の野戦服にP1937戦闘装備、それにジャングルハットに、弾倉が上部にセットされている特長的なオーウェン・マシンカービンなど。

 どれも大戦時のオーストラリア陸軍で見られたものばかりだ。

 

 とこの様に、混乱を最小限にする為まとめられている傾向にあるのだが。

 中には、溝端准将のように隔絶した差があってもまとめて運用しているところもあり。

 

 溝端准将の個人的な私兵さん達でしょうか。

 溝端准将の官舎の周囲を警備している警備員さん達は、何処のタスクフォースの方々でしょうかと言わんばかりに、二十一世紀の個人用装備で身を固めている。

 

 前世の感覚で言えば違和感しか覚えないが、現世、この世界には過去も未来もない。現在(いま)があるだけだ。

 だからどんな装備であれ、全ては同列なのだ。

 

 

 と、凄いものを見てしまった後で、案内された自分の官舎を見て見ると、何と平凡で面白みのないものか。

 予想通りコンクリート造りの三階建て官舎は、いたって平凡そのもの、基地の風景ともベストマッチしている。

 

「それでは飯塚中佐、自分はこれで失礼いたします!」

 

「あ、あぁ。色々とありがとう」

 

「いえ、それでは失礼します!」

 

 そんな官舎の前で、ここまでお世話になったマッケイ少佐と別れると、深呼吸を一つ。

 そしてそれを終えると、本当の意味で提督として着任すべく、官舎の入り口を潜った。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第4話 これより建造を始めます

 官舎の中へと足を踏み入れた自分は、すいませんと声をかけてみる。

 が、特に返事など返ってくる気配はなく。官舎内には誰もいないのかと疑いの念が芽生えてくる。

 

 再度声をかけてみるも、全く反応なし。

 疑念が確信へと変わると、どうせこれから我が家となる建物、ずかずかと奥へと進んでいく。

 

 そして、まだ使い古されていない新品同様の扉を開け、扉の向こう側を確かめていく。

 応接室に客室、それに会議室に休憩室等など。掲げられているプレートと間違いがないと、各種用途の為の部屋を確認する。

 一応、それらの部屋は直ぐに使用できるように上が配慮してくれたのか、必要最低限の家具は揃えられていた。

 

 そして、一通り部屋の配置などを確認し終えた後、二階のとある部屋の前へと戻ってきた自分は、部屋の扉に手をかけた。

 その部屋は、これから自分が提督として、自身の艦隊の実務や雑務等をこなしていく重要な部屋。執務室だ。

 

「お、おぅ……」

 

 真新しいフローリングの床に、染み一つない白壁。温かい日差しが差し込んできそうな窓に、夜は隅々まで照らしてくれる照明器具。

 しかし、それよりも何より目立つのは、引越ししたて感満載の、ダンボールの山であった。

 

「ここは自分で用意してねってか……」

 

 他の部屋は整いておいて執務室だけは荷解き丸投げ、贅沢を言えば執務室も整えておいて欲しかった。

 

「はぁ……、仕方ない」

 

 が、今更言っても仕方がない。

 適当なところに手荷物と脱いだ背広を置くと、ワイシャツの袖をまくり、準備が整うとダンボールの山の攻略を開始する。

 

「えっと、ここを繋げて、ネジで固定して……」

 

 ダンボールの山の中には、必要な書類の束の他に組み立て式の椅子と机と棚が入っているものもあり。

 文字通り、自分で一から整えなければならなかった。

 

 こうして説明書と睨めっこし、組み立てていく事数十分。ようやく、椅子と机と棚が完成する。

 

「ここで、よし」

 

 完成した椅子と机と棚を置き、そのレイアウトの出来栄えの確かめてみるが。

 

「何か、安い事務所みたいだ……」

 

 仕方がないとは言え、組み立て式の椅子と机と棚だけでは執務室と言う感じは全く感じられず。

 他の小物類や家具、もっと上質で見栄えのいい椅子と机と棚が早く欲しいと感じずにはいられない。

 

 とは言え、今はこれで満足して使っていくしかない。

 

「残りを整理するか……」

 

 頭を切り替えると、まだまだ未開封のダンボールの山に手を付けていくのであった。

 

 

 こうしてダンボールの山と格闘すること更に数十分。

 遂に、全てのダンボールを開封し終え、一通りの整理を終えると、椅子に腰を下ろすのであった。

 

 組み立て式だから低反発も心地よさもへったくれもないが、座れるだけでも大分違うだろう。

 

「あ~、とりあえず終わった」

 

 自分自身を労い一息ついてから、ふと腕時計で時刻を確認する。

 まだ夕食の時間までには余裕がある。ならば、何か出来ることをやろう。

 

 思い立ったら直ぐ行動。

 手荷物のアタッシュケースを開け、重要と書かれた茶封筒の中身を取り出すと、取り出した書類の束に目を通し始める。

 それは、自分が初の提督として活動を始めるにあたり支給された手引書だ。

 

 まぁ、前世の頃に艦これはプレイした事があるので流れは分かってはいるが。

 現世に来て年月が経過しているからか、記憶がおぼろげになってきている。そこで、再確認の意味も込めて目を通している。

 

 提督としての心得等のページを読み終え、いよいよ提督として最初に何をなすべきか、そのページに目を通していく。

 

「えっと、本来ならば初期艦と呼ばれる艦娘が支給されるが、今回は都合がつかなかったので、工廠にて新規に建造してください……。追記、お詫びとして初期支給量に加えて各種資材を追加しておりますので、支給したタブレットでご確認ください」

 

 何じゃそりぁ。

 思わず声に出して心の声が漏れてしまう。

 

 おぼろげとは言え、最初に初期艦を迎える事は覚えている。

 しかし現実はどうだ、五人の中から選んでねなんてレベルの話じゃない、まさかの丸投げ。そこまで丸投げなのか。

 

「しかも何だよ、今回はって……」

 

 出だしから何と前途多難なんだろう。そう思わずにはいられなかった。

 が、こうなったら頭を切り替えていくしかない。

 

 とりあえず、アタッシュケースから支給されたタブレットを取り出し起動すると、追加分も含め支給されたと書かれていた資材の量を確かめる。

 確か、ゲームでは初期の値は三桁だった筈だが。

 

「……ん?」

 

 タブレットを操作し画面に表示された資材の量を目にして、自分は移動や整理で疲れているのかと目を疑った。

 しかし、何度見直しても、その桁が変わる事はない。

 

 そこに表示されていたのは、ゲームで言うところの上限一杯の数値。

 即ち、カンスト値だ。

 

 大盤振る舞いと言うべきか、それとも、これが当たり前なのか。

 何れにせよ、考え方を変えれば暫くは資材が足りないと嘆く心配はない。

 

「ま、あり難く受け取っておこう」

 

 資材の量を確認し終えると、再び視線を手引書へと戻す。

 が、後に書かれている艦隊の発足・編成や出撃等、それらは結局の所艦娘がいなければ始まらず。

 次に成すべきは工廠での建造に決まった。

 

 手引書に目を通し終えると、工廠に向かうべく身支度を整え始める。

 流石にスーツ姿のままではしまりがない。

 

 手荷物のスーツケースから呉鎮の時より着慣れた軍服を取り出し袖を通していく。

 因みに、極東州海軍の幹部用軍服のデザインは大日本帝国海軍の第1種軍装等ではなく。ダブルの黒背広。

 即ち、海上自衛隊の幹部常装第一種冬服に酷似したものだ。その他各種夏服や下士官・兵と言った階級別の軍服も、概ね海自のそれに酷似している。

 

 真新しい中佐の階級章が付けられた軍服に袖を通し終え、最後に制帽を被ると、タブレットを片手に一路工廠を目指して執務室を後にする。



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第5話 これより建造を始めます その2

 官舎を出て基地内を移動し工廠を目指す。

 マッケイ少佐に紹介してもらった工廠エリアへと足を運ぶと、鉄を叩く音に油や鉄の臭い、そして漂ってくる熱気。そこは工廠の名の如く、鉄と炎の世界であった。

 

「ここか……」

 

 そんな工廠エリア内を歩き、極東州に割り当てられた施設へと足を踏み入れると、油や金属粉で汚れた施設内で一生懸命に働いている『妖精』に声をかける。

 

「お、見慣れない顔だ」

 

「何だ? 誰だ?」

 

「今日からこのラバウル統合基地の提督として着任しました、飯塚 源です! 妖精の皆さん、よろしくお願いします」

 

「おー! 新人だ!」

 

「にゅーふぇいす!」

 

「顔はふつうだ、でも性格は良さそうだ」

 

「カーン、カーンするのか!?」

 

 青い作業着を着て黄色の安全ヘルメットを着用している妖精の皆さんを前に挨拶を行うと、各々の反応が零れてくる。

 因みに、妖精達は前世のゲームのような頭身ではなく。艦娘がメンタルモデルである為に、本体たる軍艦を建造するに相応しい頭身を有している。

 

 始めて見る者にとっては、まるで子供が軍艦を建造しているようにも見えるだろう。

 

「で、新人さんが今日は何の用で来たんだ?」

 

「今日は新しい艦娘を建造しに来ました」

 

「おぉ、カーン、カーンッするのだな!」

 

「じゃ、こっちに、こっちに」

 

 用件を伝え妖精達に連れられ案内されたのは、施設の一角にあるプレハブの事務所みたいな所であった。

 

「ここに座る、で、持ってるタブレットとこの線を繋げる」

 

「繋げたらモニターをタッチして地域と年代を選択、そして投入する資源の量を選択する!」

 

「全部決まったら建造開始ボタンをタッチ! そしたらカーン、カーンが始まる!」

 

 妖精達の言うとおりにモニターの置かれた机の前に腰を下ろし、モニターから伸びている有線を持ってきたタブレットに接続。

 すると、なにやら読み込みが開始され、ものの数秒で完了すると、最初に地域と年代の設定画面が表示される。

 前世のゲームと異なり、建造する地域、所謂国籍とモデルとなった軍艦の建造の年代を選べるようだ。

 

 これも、幻想とは言え一つの国家であり、過去も未来もない故か。

 

 とりあえず費用対効果の一番良いとされる第二次世界大戦時の年代を選択し、国籍は日本を選択する。

 地域と年代を設定し終えると、次いでモニターに各種資源の投入画面が表示される。

 脇には、自分が今蓄えている各種資源の値も表示されている。

 

「ん~、とりあえず最初だし、無難に駆逐艦の数値で……」

 

 おぼろげに記憶している前世での建造レシピの数値を入力しようとして、ふと手が止まる。

 

 確かに今自分が建造しようとしている数値は安パイだ。だがしかし、本当にそれでいいのか。

 前世のプレイ時とは違う、今は資材の蓄えにも余裕がある。なら、ちょっと位冒険したっていいのではないか。

 

 いやしかし、これはゲームじゃない、現実の出来事だ。冒険心で行った挙句取り返しの付かない事になったらどうする。

 

「く、んん~」

 

「悩んでるのか?」

 

「迷ってる、分かる。欲望と理性が葛藤してる」

 

 そんな悩む自分の姿を見て、妖精達が各々言葉を漏らす。

 

「……だよ」

 

「そう、いいんだよ~」

 

「オール999で建造したって、イインダヨ~」

 

「そう、小出しは駄目。やる時はキッチリ、全力。贅沢、好奇心、冒険心、全ては全力で出し切るからこそ面白い」

 

「さぁ、さぁ、倍倍プッシュだ」

 

 刹那、まるで悪魔の囁き。

 欲望の沼へと誘う甘い誘惑。

 

 妖精達が語りかける、圧倒的甘言。

 

 そんな甘言に乗せられ、気がつけば入力、オール999。

 

 そして、押す。建造開始のボタンを。

 

「……あ」

 

 言い現せぬ達成感、そして満足感。

 

 が、それも束の間。次に訪れたのは、満足した事により正常を取り戻した自身の思考であった。

 ふと冷静さを取り戻し考える。万が一失敗した場合はトータル四千近い資材の散財であると。

 

 確かに今の蓄えならそこまで痛手ではないだろうが、今後も同じ過ちを犯すとも限らない。

 そう考えると、やはり最初の歯止め、最初の一歩は肝心だったな。

 

 なんてちょっと後悔していると、ふと、ある疑問が思い浮かぶ。

 

 あれ、そう言えばゲームでは建造の際には艦娘を一人同行させていたが、今回の場合は同行させていなくてよかったのだろうか。

 ま、ゲームはゲーム、こちらはこちらだ。多分大丈夫だろう。

 

 なんて無理やり納得させると、不意に施設内に作業開始を告げるサイレンが鳴り響き始める。

 次いで、機械の稼動音が活発となり、事務所の窓からは妖精達が慌しく動き回っている様が見られる。

 

「建造開始! 建造開始!」

 

「所要時間はモニターに表示されます!」

 

「カーン、カーンするぞぉ! 頑張るぞぉ」

 

 作業が開始され妖精達も一段と張り切っている。

 一体何が建造されるのか。それは妖精達の気分次第。

 まったく、どうしてこんな建造システムを採用してしまったのだろうか。採用者の顔が見てみたい。

 

 と頭の中で嘆いても仕方がない。

 とりあえずモニターに表示された時間を確認して、大まかな予想を。

 

「なん……、だと……?」

 

 しようとモニターを見た刹那、思わず心の声が漏れてしまう。

 おぼろげに残っている前世での建造時間は、どうあれ十時間は越えない筈だった。

 

 所が、今目の前のモニターに表示されている建造時間は、何度見返しても十一時間。そう、十一時間。

 大事なことだから二度言ったが、十時間を越えているのだ。

 

 どうしよう、こんな建造時間なんて例がないので何が建造されるか全く予想が付かない。

 ただ幸いと言うべきか、とりあえず建造は成功したので無駄な資材の散財と言う最悪の状況は回避された。

 

「どうしますにゅーふぇいす、高速建造材、使う? 使う?」

 

「十一時間は長い、使ったほうが早い」

 

「使おう、使おう!」

 

「……そうだな、使うか」

 

 流石に今から十一時間も待つとなると、完了するのは明け方になる。

 ならば、ここは余りある高速建造材を使ってもいいだろう。

 

 モニターから高速建造材を選択し使用すると、刹那、施設内にアナウンスが流れる。

 

「高速建造チームの皆さん、出動お願いいたします! 繰り返します、高速建造チームの皆さん、出動お願いいたします」

 

 謎のアナウンスが流れ終えると、事務所の奥から何やら慌しい足音が聞え始める。

 

「ヒャッハーッ!! けんぞうだぁ~、高速建造だぁーっ!!」

 

「高速建造タイムだぁーっ!!」

 

 モヒカンなんて髪型でもなければ、装いは他の妖精達と同じ外観。しかし、強烈な個性を彼女達は内に有していた。

 その世紀末を思わせる台詞と共に、バーナーやカッター等の機材を手にした高速建造チームと呼ばれた面々は、作業が行われている分厚く巨大な開閉式扉の向こうへと消えていく。

 

「ヒャハハハッ! 見ろよ! このタイムラプスの如く建造されていく様をよ~!」

 

お前(建造艦)は新鮮な()の塊だーっ!」

 

「熱いぜ~っ! 熱くてすぐ出来るぜぇ~っ!!」

 

「高速建造される奴はフレッチャー級(日刊駆逐艦)だ! 高速建造されない奴はよく訓練(売却・供与・貸与)されたフレッチャー級だ! ホント、高速建造は地獄だぜ!」

 

 開閉式扉の向こうから作業音と共に漏れ聞えてくる高速建造チームの声。

 それに連動するように、モニターに表示された建造時間のカウントが見る見る内に減っていく。

 

 やがて、表示されていた建造時間のカウントがゼロになると、再び施設内にサイレンが鳴り響く。

 

「作業終了、お疲れ様でした。お疲れ様でした」

 

「あ~、終わった」

 

「おつかれ~」

 

「かれーっす」

 

「先輩、この後一杯、どっすか?」

 

「お、いいねー」

 

 開閉式扉が開くや否や、作業をしていた妖精達が出てきて口々に漏らしているが、完全に仕事終わりのおっさんだよ。

 と言うか高速建造チーム、始める前や作業中はあんなに威勢が良かったのに、終わったら無言で戻るのか。

 

「さぁ、完成した艦娘を見に行く!」

 

「ご対面!」

 

「初顔合わせ!」

 

 と、作業の終わった妖精達の観察もそこそこに、付き添っている妖精達と共に出来たばかりの艦娘との初対面に向かう。



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第6話 これより建造を始めます その3

 開閉式扉の向こう側へは妖精しか入ってはいけないとの事で、開閉式扉の前で、艦娘自身が出てくるのを待つ。

 

「来た、来たよー」

 

「にゅーふぇいす!」

 

「カーン、カーンの申し子!」

 

 やがて開閉式扉の向こう側から妖精のものとは異なる足音が一つ。

 妖精達よりも高い頭身、と言っても自分よりもやや背丈は低いだろうか。そんな人影がこちらへと近づいてくる。

 

 そして、ついにその人影は開閉式扉のこちら側へとその全貌を現したのである。

 

「河内型戦艦一番艦の河内や! 自慢の主砲で敵をちぎっては投げちぎっては投げしたるさかい、頼りにしてや!」

 

 現れたのは、大和型一番艦大和に似た紅白のセーラー服の上から、大日本帝国海軍の士官用夏用軍服である第2種軍装を羽織った二十代前半の女性。

 またその容姿も、服装が酷似している事に関係してか、黒髪ショートヘアの大和と言った容姿を持つ。

 ただし、その言葉遣いは、艦名からか何故か関西弁であった。

 

 そして、当然ながら前世のゲームでは、河内型なんて戦艦は登場していない。

 

「……えっと、はじめまして」

 

「ん? もしかして、あたしを造った提督はん?」

 

「あ、はい。河内さん、じゃなかった。今後、河内の上官を務める飯塚 源だ、よろしく」

 

 河内から敬礼され返礼し、とりあえず互いの自己紹介が終わった所で、河内に対して気になるあれこれを質問していく。

 

「所で、河内」

 

「ん? なんや提督はん?」

 

「君は河内型戦艦、なんだよな」

 

「せやで」

 

 河内型戦艦。前世では大日本帝国海軍が第一次世界大戦前に竣工させた最初で最後の弩級戦艦。

 完成と同時に旧式のレッテルを貼られ、その生涯も二番艦の摂津共々あまり幸運なものとは言えない艦だ。

 

 後続の金剛型などのように近代化改装されていない為、その性能は数値だけで見れば、実戦においてはかなり厳しいものにならざるを得ないだろう。

 

「その、幾ら有名なアームストロング社設計の主砲を有しているとは言え、弩級である君は少しばかり実戦で活躍させるには……」

 

「ちょっとまってや! 何の話? あたし、アームストロング社設計の主砲なんて載せてないで」

 

「え?」

 

「え?」

 

 彼女の為にもはっきりと、と思った矢先、何やら認識の相違が発生する。

 

「え、ちょっと待って、君、河内型戦艦だよね」

 

「そや」

 

「日本唯一の弩級戦艦で、最後は爆発事故で爆沈した」

 

「あぁ、それ先代の方や」

 

「え、川内の方?」

 

「って、なんでやねん! 軽巡の方ちゃうわ!」

 

「あぁ、東北最大の都市の方か」

 

「そうそうそう、牛タンでお腹一杯になった後はシメのお蕎麦と地酒をグイッと……、ってそれでもないわ! 先代言うたら当代の前の代の事に決まってるやろ!」

 

 流石は難波っ子、切れるようなツッコミからの流れるようなノリツッコミ、流石だな。

 

 と、河内のお笑い技術を拝見した所で、再び本題へと戻る。

 

「なぁ河内、ちょっと『履歴書』見せてくれるか」

 

「ん、分かった」

 

 履歴書。

 それは艦娘が個々に有している自身の、と言うより艤装と呼ばれる本体部分、即ち軍艦のスペックや簡単な戦歴等が記入された用紙の事だ。

 そのレイアウトがあまりに学業や職業の経歴を記入する本来の履歴書に酷似している為、軍内部ではこの用紙の事を便宜上履歴書と呼んでいる。

 

「はいこれ」

 

 そんな履歴書を河内から受け取ると、そこに書かれている内容に目を通していく。

 顔写真が貼られた横の欄には、名前と生年月日、もとい起工や進水年月等が書かれているが。その数字は、自分の知っている河内型のものとは異なっていた。

 

 自分の知っている河内型戦艦は、西暦一九○九年の四月に起工し三年後の三月末日に竣工。そして西暦一九一八年の七月十二日、爆発事故によりその生涯を閉じた。

 しかし履歴書に書かれているのは、西暦一九三八年の三月末日に起工、そして三年半後の九月に竣工。と言う、自分の知ってる河内の没後二十年に生を受けている目の前の河内。

 しかも戦歴を見ると、南に行ったり西に行ったり、加えて何故かヨーロッパの戦艦達と殴り合ってたり。

 

 うん、どう見ても自分の知ってる戦艦河内じゃない。加えて、どうも前世で習ってきた歴史とは異なる歴史を歩んだ世界の河内型らしい。

 しかもちゃっかり、終戦まで無事に生き残っている模様。

 

 ま、そもそも年代の設定を第二次世界大戦時にしたのだから、自分の知っている河内型戦艦が建造される訳がないよな。

 しかし、一体いつの間にこの工房は次元連結システムをちょっとばかり応用するようになったのだろうか。

 

「……ゑ?」

 

 それに加えてスペックの方も確認してみると、彼女の主砲は50口径46cm連装砲。それも四基搭載。

 副砲は搭載していないが、大和型よろしく高角砲や機銃が多数搭載されている。

 当然それだけの火力の塊を収めるには、相応の船体が必要となり。大和型よりも大きな船体は基準排水量八万トン越えと、アメリカが計画していたモンタナ級戦艦をも超えるどたぷーんなボディなのだ。

 

 しかしそれでいてその最大速力は大和型を越える二九・五ノット。

 これはもはや大和型をも越える改大和型、或いは超大和型とでも言った所か。

 そしてつまりは、ばるんばるんしよると言う訳だ。

 

「っ!」

 

 なんて勝手に自己解釈していると、思い切り頭を叩かれた。

 何処から出したか、河内が手にしているハリセンで。

 

「提督はん、今絶対エロい事考えとったやろ?」

 

「いいじゃんか、どう解釈したって! 健全な男の子なんだぞ!」

 

「うわ、開き直りおった!」

 

 さて、こうして河内とのやり取りも楽しんだ所で、再び本題へと話を戻す。

 

「よし、君が自分の知ってる河内型戦艦じゃない事はよく分かった」

 

「あたしも、提督はんの世界とはなんか違う世界からやって来たみたいな事は薄々感じ取ったわ」

 

「にしても、履歴書を読む限り今後交流していくであろう他の艦娘達とは認識の相違が生まれる事は必須だな」

 

「それやったら提督はん。提督はんがあたしに歴史の勉強教えてくれたらええんちゃうん?」

 

「いや~、と言われても」

 

 教えてあげたいのは山々だが、第二次世界大戦時の各国各艦の戦歴なんて全部覚えてないし。

 何か丁度いい資料あったかな、官舎に戻って調べてみるか。

 

「おいおい!」

 

「ん?」

 

「お困りだな、ならこれ使え!」

 

 と自分が悩んでいると、妖精が袖を引っ張り何かを訴えてくる。

 何かと思えば、手にしたワイヤレスイヤホンを見せ付けてくる。

 

「これは?」

 

「それをあの河内さんの耳に装着させる、そしたら認識の相違はなくなる!」

 

「え!? ほんとうか!」

 

「なんやそれ付けたらええんか? ならさっそく」

 

 妖精とのやり取りを見ていた河内は、妖精からワイヤレスイヤホンを受け取るとそれを両耳に装着し、意識を耳に集中させる。

 それから約五分ほど、河内がワイヤレスイヤホンを耳から外すと、開口一番。

 

「よっしゃ、だいたいわかった!」

 

 と眩いばかりのドヤ顔と共に言った。

 その眩さに若干不安も募ったが、ここは河内の言葉を信じる事にしよう。



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第7話 これより建造を始めます その4

 こうして認識の相違の問題が一応解決したので、まだ時間もあるので続けて建造する事に。

 

「なんや、あたしだけじゃ不満なん?」

 

「不満と言うか、性能は大和型以上だから不満なんてないんだけど、やっぱり単艦だから何かとね」

 

 プレハブ事務所に戻りモニターに資材の数値を入力しながら、河内との何気ない会話を楽しむ。

 

「ちょ! あたしが大和さんよりも性能上とか、恐れ多いわ!!」

 

「え?」

 

「あ……そやった。提督はんの言う大和さんは、あたしの知ってる大和さんとは違うかったんやった」

 

「そう言えば、河内が軍艦(ふね)として生きてた世界にも、大和は存在してたのか?」

 

「当たり前や。そらもう大日本帝国海軍が世界に誇る……、と言うより、味方であるあたしらからしても、大艦巨砲主義ここに極まれりって存在やったわ」

 

「スペックとかどんな感じだったんだ?」

 

「そうやな、大和さんのスペック言うたら……」

 

 河内から河内の世界の大和についてのスペック等を聞いて、実物を見なくても確信した。ヤッバイ奴やん。

 基準排水量十五万トン越えとか56cm砲の巨大な主砲とか、果ては両用砲やアメリカ戦艦も真っ青な対空火器の山に初歩的なミサイルまで積んでるって。

 

 聞いただけで分かる、ものスッゴイヤッバイ奴やん。

 

「な、成る程……。それは足を向けて寝られないわな」

 

「せやろ」

 

 こうして河内との会話を楽しんでいると、ついつい手が止まってしまう。

 まぁ、今回は夢中になってと言うよりも、驚愕の事実に止まらざるを得なかったと言った方がいいだろう。

 

「っと、入力、入力……」

 

「なぁ、提督はん」

 

「んー? 何だ?」

 

「このモニターに資材入力して建造押したら新しい艦娘(こ)が建造されるん?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「ならあたしにもちょっとやらせてや!」

 

「ん~、そうだな。いいぞ」

 

「ありがと提督はん! ほなこっちのモニター使わせてもらうで!」

 

 更にその後、河内が建造してみたいと言い出したのでその対応の為に更に手が止まる。

 隣のモニターから伸びる有線をタブレットに接続させ、二台分使用可能にすると、簡単に河内に建造の方法を教授する。

 

 こうして、教授が終わると、いよいよ自身の建造作業に戻るのだが。

 その前に河内に資源を使いすぎないように注意しようとして、三度手が止まる。

 

「そうだ河内、幾ら資源に余裕があるからって無駄につぎ込むのはやめ……てぇぇぇぇっ!!」

 

「わ! 急に叫んだらビックリするやん!」

 

「ちょ! 数値! 数値!!」

 

「え? あかんかった?」

 

「アカーン! それあかーん!!」

 

 河内が入力した資源の数値は見紛う事なきオール999。

 

「えぇ~。余裕あるんやからちょっと位使ったってええやん」

 

「駄目だ、駄目!! 今は余裕があってもこれから本格的に始動していけば資源なんてどれだけあっても足りなくなるんだぞ!」

 

「そうなんか?」

 

「そうなんだ。……て事で、入力できる数値は全て100以内とする!」

 

「えー! なんやそのおやつは三百円までみたいな制限」

 

「制限設けないと見境なくなるだろ。はい、分かったらさっさと取り消す」

 

「ほーい……あ」

 

「あ?」

 

 河内の指が、その指先が、あろう事か建造開始のボタンを押していた。

 

「ごめーん提督はん、手滑って間違って押しちゃった、てへ」

 

「てへ、じゃねぇよ!」

 

 可愛らしく舌出しててへぺろなんてしているが、免じて許される事ではない。

 自分で散財したのならまだしも、勝手にトータル四千近い資源を散財させられたら、誰だって怒らずにはいられないだろう。

 

「そ、そんな怒らんでも……、ほんまごめん」

 

 そんな自分の怒りが伝わったのか、河内はしょんぼりとした表情を浮かべながら謝罪の言葉を述べた。

 

「あ、あぁ。悪い、少し頭に血が上って言い過ぎた」

 

 そんな河内の表情を見たら、何だか沸き起こった怒りもその行き場を無くし。

 気がつけば、自分も冷静さを取り戻していた。

 

「ううん、あたしもちょっとふざけ過ぎた、ほんまにごめんな、提督はん」

 

「ま、反省してくれたんならもういいさ。無駄に使っちまった分は、また頑張って貯めればいいだけだしな」

 

「ほな! あたしも頑張って協力したるからな!」

 

「おう、頼りにしてるぞ、戦艦河内!」 

 

「まかせとき!!」

 

 こうして河内と仲直りした所で、河内が開始した建造の結果を確かめていなかった事を思い出す。

 

「まぁ、駆逐艦でも開発されてれば御の字……ゑ!?」

 

「ど、どうしたんや、提督はん?」

 

「じ、十九時間!?」

 

 そこに表示されていた建造時間は、十九時間。先ほどの河内よりも八時間も加算された時間だ。

 前世のゲームでは大和だって八時間、それに十時間加算されたこの建造時間。一体何が建造されるって言うんだ。

 

「なんや、提督はん。この時間ってそんなに凄いんか?」

 

「あ、あぁ。少なくとも、自分はこの建造時間で何が出来るかなんて知らない」

 

「で、どないするん? 十九時間待つ?」

 

「いや、素直に高速建造材を使う」

 

 そして再びあのチームが出動し、怒りのビルドロードよろしくマッドがマックスな台詞が開閉式扉の向こうから漏れ聞える。

 

「なぁ、あたしん時もあんな感じやったん」

 

「あぁ、そうだ」

 

「うわぁ……」

 

 河内が高速建造チームの強烈な個性に圧倒されている間に、建造時間のカウントがゼロとなり、作業終わりの光景が再び繰り広げられる。

 

「って、帰りはなんも喋らへんのかい!」

 

 そんな光景に河内がツッコミを入れた所で、河内を引きつれ、新しく建造された艦娘との初対面へと赴く。

 

「どんな艦娘()が来るんやろな?」

 

「ま、どんな艦娘()でもこれから一緒に頑張っていく仲間だ。どーんと構えて、受け入れようじゃないか」

 

 と、河内と共に期待に胸を膨らませていると、開閉式扉の向こう側から足音が一つ。

 今回は時間が時間だけに開閉式扉から流れ出てくる煙の量が多く、全体のシルエットがもやっと見える程度だが、かなりの高身長を誇っていた。

 

 そして、遂にその時はやって来た。

 煙の向こうから自分達の前へとその鮮明な姿を現した者は、綺麗な直立不動の敬礼を披露すると、開口一番自己紹介を始める。

 

「紀伊型戦艦一番艦の紀伊だ。粉骨砕身、護るべき未来の為にこの身を捧げる。よろしくお願いする!」

 

 自分と同じ歳だろうか。大日本帝国海軍のまっさらな第2種軍装をきっちり着こなし、腰には軍刀を添えたその者は、女性にはない低音ボイスでそう自身を紹介した。

 スッキリとした目鼻立ち、さわやかな全体像、そして黒髪アンド長身。まさにイケメン。そう、イケてる男或いは面、略してイケメン。

 

 目の前にいるのは、紛れもなく男。

 おかしい、人工人体のモデルは女性だけの筈ではなかったのか。

 

「え、えっと、き、君本当に、艦、娘?」

 

「貴方はもしかして、俺の上官である提督ですか?」

 

「あ、あぁ。君の上官で提督の飯塚 源だ。よろしく」

 

 とりあえず握手を交しながら艦娘、否、この場合は艦息、とでも呼ぶべきか。

 

 兎に角、目の前のイケメン艦息紀伊が建造された原因を探る。

 

「失礼かもしれないが、紀伊は、男、だよな?」

 

「れっきとした男だが?」

 

「うーん、おかしいな。艦娘は文字通り人工人体としては女性型しかいない筈なんだが。紀伊、心当たりとか何かないか?」

 

「心当たりといわれても、悪いがそういうのに心当たりはない」

 

 しかし、本人に聞いてみてもそれらしい原因なんて知る由もないとの返答が返ってくる。

 なので、ここはその原因を一番知っていそうな、妖精達に尋ねようとしたのだが。

 

「イケメンにゅーふぇいす、キタコレ!」

 

「イケメンで強い(戦艦)のね! 嫌いじゃない、嫌いじゃないわ!!」

 

「やっぱり戦艦はイケメンに限る!!」

 

「こ、これは早速今晩のおかずですわ……」

 

 紀伊の容姿に完全に目がハートとなり、もはや原因を探れそうにはない。

 そもそも、自分の時とあからさまに反応違うな。何だその露骨過ぎる違いは。フツメンだからか、自分がフツメンだからなのか。

 

 くそう。

 

「はぁ……、とりあえず原因の究明は後回しだな。あ、紀伊、とりあえず君の性能とか知りたいから、君の履歴書出してくれる」

 

「了解だ」

 

 紀伊から提出された履歴書を見て、案の定と言うべきか、やはり紀伊は自分の知ってる歴史の中で生まれた産物ではなかった。

 主砲は45口径51cm連装砲を三基搭載し、副砲に60口径20.3cm三連装砲を二基搭載。更には、連装両用砲を多数搭載し、機銃の類は搭載していないようだ。

 

 そんな重武装を含め、十万トン近い基準排水量を誇るマッスルボディ。

 速度は二十七・一ノットと自分の知る大和型と然程変わらない。

 

 これはまさに、戦艦界の筋肉モリモリイケメンマッチョマンの大艦巨砲主義(変態)だ。

 

「提督、気のせいか、俺の事を今し方変に解釈していなかったか」

 

「え!? そ、そんな事ある訳ないだろ!」

 

 何とか誤魔化したものの、河内もそうであったが、彼ら彼女らは何故そこまで勘が鋭いのだろうか。

 あ、そうか。(かん)だけに勘が鋭いのか。

 

「っ!!」

 

「なんでやねん!!」

 

 と脳内でくだらない洒落を呟いたら、河内からハリセンの洗礼が。

 流石は難波っ子、脳内のボケにも瞬時に反応しやがる。

 

 

 さて、落ちもついた所で、紀伊に先輩と言うべき河内の紹介を行う。

 

「ん? 紀伊って、もしかして第二艦隊の旗艦務めとったあの紀伊か!?」

 

「あ、もしかして河内って、あの河内か!」

 

「そや! いや~、名前同じやったけど、男になってるからほんまに同じやなんて分からんかったわ」

 

「何だ、二人は知り合いなのか?」

 

「知り合いも何も、あたしと紀伊は、言わば同じ世界で生まれた存在やからな。ま、言わば同郷の先輩と後輩っちゅうやつや!」

 

 河内の話を聞くに、どうやら先ほど興味本位で紀伊の履歴書に目を通して、彼が自分と同じ世界の出身である事に気がついたようだ。

 それにしても、河内と同じ世界と言う事は、当然認識の相違も生まれる訳か。

 

「なぁ紀伊、ちょっとこれ耳に付けてや」

 

「これか?」

 

 これはあのワイヤレスイヤホンの出番なんて考えていると、いつの間にやら河内が紀伊にあのワイヤレスイヤホンを手渡していた。

 そして数分後。

 

「だいたい分かった」

 

 デジャブを感じずにはいられない台詞と共に、また一つ、問題は解決したのであった。

 

 その後、三度目の正直とばかりに二桁の数値を入力し、駆逐艦の吹雪・叢雲・漣・電・五月雨の計五人。

 新たな艦娘を迎え入れた所で建造を終了し、少々時間が過ぎ遅くなったが、親睦を深める意味合いを込めて、全員で基地の食堂へと向かうのであった。



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第8話 これより建造を始めます その5

 ラバウル統合基地の食堂は、基地に属する各州軍からの多種多様な味覚に対応すべく、ビュッフェスタイルを採用している。

 調理担当のスタッフは各州から腕に覚えのある者が集まっており。その中には、補給艦の艦娘もスタッフの一員として働いている。

 

 当然大所帯である基地の人員を収容できるだけの広さを持つ食堂は、端から端まで移動するのに数分はかかりそうだ。

 

「あ、そう言えば河内達はまだ『ミールカード』を発行してもらってなかったな」

 

「提督はん、ミールカードってなんや?」

 

「基地関係者に発行される食堂利用定期券みたいなもので、手持ちがなくてもそのカードさえあれば、利用時間内なら好きな時に食堂を利用できるカードさ」

 

「へぇ~、便利なカードやな」

 

「自分の分はもうあるが、河内達の分は基地の総務に行って発行してもらわないと駄目だからな……」

 

「それって直ぐ発行してもらえるもんなんか?」

 

「あぁ、すぐ発行される。だが、生憎今日はもう総務の受付は終了してるんだよな」

 

「それやったら、あたしら食堂使われへんの」

 

 河内達艦娘は外見は兎も角、その中身はシステムの塊である為、自分達人間と同じように食事を取らなくてもよい。彼女達には飢え死になんて概念はないからだ。

 しかし、規則では原則として艦娘も人間と同じ食事を取る様に決められている。

 

 これは、共に戦火に身を置くもの同士、同じ釜の飯を食べ強い信頼関係を築く為である。

 勿論、信頼関係を築く手段は食事以外にも存在するが。古今東西、軍隊にとって食事とは何者にも勝る楽しみなのだ。

 そんな楽しみを共有するからこそ、互いに強い絆が芽生えると言うもの。

 

「いや、カードがなくても受付で現金を払えば利用可能だ。……よし、ここは皆の上官であるこの自分が、皆の誕生(建造)祝いにパーッと奢ってやろうじゃないか!」

 

「さっすが提督はん!」

 

「その心意気、俺達も今後の活躍で応えないとな」

 

「あ、ありがとうございます! 司令官!」

 

「あら、おごってくれるの。ま、当然よね」

 

「流石はご主人様! これはメシウマだよ!」

 

「はわわ! あ、ありがとうなのです!」

 

「提督のお気持ちに応えて、一生懸命(食べるの)頑張ります!」

 

 皆からの感謝の言葉を背に、自分は食堂の受付へと赴くと、受付スタッフに声をかけ人数分の利用券を購入しようとして手が止まる。

 

「申し訳ありません中佐、こちらでは、その、クーポンのご利用は……」

 

「え!? 使えないの!?」

 

「……提督はん」

 

 宣言は守るがやはり少しでも費用を浮かそうと思ったのだが、生憎と、基地の食堂ではクーポンは使えなかった。

 そんな自分を、河内がなんとも言えない冷めた目で見つめていたが、とりあえず気にせずに利用券を購入しよう。

 

「ほい、お待たせ」

 

 こうして何事もなかったかのように装いながら皆に利用券を配った所で、いよいよ食堂中心部へと足を踏み入れる。

 

「ふわぁー! い、色とりどりの料理があります」

 

「あら、いい品揃えじゃない」

 

「ケーキ、キタコレ!!」

 

「これだけ種類があると、迷っちゃうのです」

 

「お肉にしようかな、お魚にしようかな」

 

 テーブルに並べられた各州内を代表する料理の数々に、駆逐艦たちは目移りしつつも各々が食べたいものを自身の皿へと取り分けていく。

 

「おかわり出来るやつはどんどんおかわりしていいからな」

 

 そんな駆逐艦達を横目に、自分もメインとなる料理を皿に取ると、続いて副菜などを選んでいく。

 

 こうして全員が料理を取り終え空いているテーブルへと移動すると、いただきますの挨拶と共に、全員揃っての夕食会が幕を開けた。

 

「提督はんのメインは肉かいな?」

 

「あぁ、折角本場のオセアニア州に来てるんだし、初日の料理は本場のを食べないとと思って。……それに、オージー・ビーフマンの件もあったし」

 

「ん? なんか言うた?」

 

「あぁ、なんでもない」

 

 オージー・ビーフマンの事は、幸い小声であった為河内には聞えなかったようだ。

 因みに、オージー・ビーフマンの薦めもあり、今回の夕食のメイン料理はオージー・ビーフのステーキとなっている。

 

 なお、自分の他には紀伊もメイン料理にオージー・ビーフを選択していた。

 

「それにしても一杯人がいますね」

 

「大所帯なのです」

 

「国際地球連合の一大基地のひとつだからな」

 

 料理を口へと運びつつ、吹雪や電と何気ない会話をしながら互いに親睦を深めていく。

 

「ご、50口径46cm連装砲……、へ、へぇ、凄いの積んでるじゃ、じゃない」

 

「ふふーん、せやろ」

 

 河内も、何やら叢雲と親睦を深めているようだ。

 

「ねぇねぇご主人さま~。このドレッシング美味しいよ、食べて食べて~」

 

「お、おい。俺は提督じゃないぞ」

 

「いいの、漣にはご主人さまもご主人さまなんだよ~」

 

「あ、あの漣ちゃん、紀伊さんが困ってるよ」

 

「あ、そうだ! なら五月雨ちゃんも一緒にご主人さまに『あーん』させようよ」

 

「え!? ……そ、それじゃぁ、す、少しだけ。紀伊さん、は、はーい!」

 

「……五月雨。そこは口じゃなくて、耳だ」

 

「ふぇぇっ、す、すいません!」

 

 紀伊なんて、早速漣と五月雨の二人といちゃついていやがる。

 くそ、イケメンだからか。イケメンだからなのか。

 

「し、司令官……」

 

「はわわ、司令官さん怖いのです」

 

 いけない、内に秘めた嫉妬のオーラが外に漏れ出していたようだ。

 

「いやいや提督はん、ステーキぶっ刺して食いちぎっとったら、誰が見たって怖いわ」

 

 と思っていたら、どうやら怖がられていたのはステーキの食べ方のほうであった。

 嫉妬のオーラの影響で、ちょっとワイルドになり過ぎていた。

 

 よし、これからは心を落ち着かせ、お上品に優雅な食事を心がけよう。

 

「はいご主人さま、あーん」

 

「一回だけだぞ、あーん」

 

 と思った矢先、結局残りのステーキもガッツリワイルドな食べっぷりで食べきってしまった。

 吹雪達のみならず、周囲の基地のスタッフ達からも視線を感じていたが、仕方がない。内に宿したイケメン嫉妬のオーラは簡単に治められるものではないのだ。

 

 

 こうして途中色々ありはしたものの、無事に夕食を食べ終えると、食後の一杯を堪能してから食堂を後にする運びとなった。

 

「本来なら艦娘用に用意されてる官舎で生活してもらうんだが、生憎、艦娘用の官舎は基本的には女性用だからな……」

 

「俺は別に野宿でも構わないが?」

 

「いや、それは駄目だ。……基地の総務に言って特別に用意してもらう事も出来なくはないだろうが。少なくても今晩は何処か別の所で寝泊りしてもらわないと駄目だな」

 

 食後の一杯を堪能しながら、紀伊の住居について本人と話を交す。

 艦娘は女性型しかいない、との認識から、当然彼女達用の官舎も女性用を基本として造られている。

 

 勿論、男であっても生活できない事はないが。風紀の観点からも、やはり女性しかいない場所に男性が出入りするのはあまり好ましいものではない。

 

「ま、今晩は自分の官舎に住み込んでくれ。今はまだ空き部屋も少しはあるし」

 

「了解した」

 

「都合が付いたらまたその時にでも改めて話そう」

 

 暫定的な措置として自分の官舎の一室を紀伊用にするという事で話がまとまると、残っていたコーヒーを一気に飲み干す。

 こうして食後の一杯を堪能し終えると、程なくして他の皆も堪能し終えたので、食堂を後にする。

 

 その後は各々官舎に戻り、設けられている風呂で疲れを洗い流して明日に備えて就寝する流れなのだが。

 

「提督はん、もっとつめてや」

 

「いやいや、これ以上は無理だって」

 

「ちょっと、紀伊、もうちょっと……よりなさいよ」

 

「あぁ、狭かったか、悪い」

 

「ち、ちが! そうじゃなくて」

 

「ごしゅじんさま~、漣の方向いてください~」

 

「皆で一緒に寝られて嬉しいのです!」

 

「何だか修学旅行みたいですね」

 

「皆さんあったかいです」

 

 何故か、自分の官舎の一室に全員が集まり、布団を敷いて川の字で寝ると言う流れになってしまった。

 

 確か、電あたりが五人だけで寝るのは寂しいと漏らし、それに便乗して漣が紀伊と一緒に寝たいと言い出し。

 河内が、あたしも一人で寝るのは寂しい、なんてどう考えても柄ではない、おそらく悪乗りで言った事が決定打となり。

 その後はあれよあれよと事が進んで、現在に至った。

 

「いいか、今回だけだからな」

 

 こうして何だかんだとあった初日の夜は更けていくのであった。

 

 

 因みに翌朝、相当寝相が悪いのか、河内の足が自分の顔を直撃していた事を付け加えておく。

 しかも他の面々は、器用に避けていた。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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艦隊の日々
第9話 これより本格始動します


 提督としての初日を無事に終えた翌日。

 布団などを片付け、朝の身支度を終え、自分以外は再びのおごりで食堂にて朝食を取り。

 

 提督二日目の本格的な活動がいよいよ始まる。

 

 先ずは、河内達の分のミールカードを基地の総務に赴いて発行してもらう。

 数十分待ち、無事に人数分のミールカードを発行してもらうと、今後の活動計画等を発表する為、全員揃って再び自分の官舎へと舞い戻る。

 

「では、今後の簡単な活動計画を発表していこうと思う」

 

 官舎内に設けられた会議室で、ホワイトボードを背に会議の開催を宣言する。

 

「先ず、我々は今後、ラバウル統合基地所属の『飯塚艦隊』として各種任務に励んでもらう事になる」

 

 艦娘を主軸として編成・運用される艦隊は、基本的には艦隊司令長官の名を持って呼ばれる。

 これは従来型の兵器を運用している艦隊との差別の意味合いもあるが。同様の艦隊が現在多数存在し、事務的な観点から安易に識別可能なようにとの要望が多く寄せられた結果こうなったのだ。

 

 因みに、艦隊は結成当初隷下に第一から第四までの戦隊を有することが出来、提督の階級や戦歴等々によって更に隷下の戦隊を増やす事が出来る。

 

「当然艦隊として行動する以上、旗艦を任命する必要がある訳だが……」

 

 そこで目の前に座る面々を見回して各々の反応を窺う。

 旗艦、艦隊司令官の乗船にして艦隊の顔とも言うべき軍艦(ふね)だ。

 

 当然、相応の重責を担う事になる為、覚悟も必要とされる。

 

「もしやってみたいと意欲がある者がいるなら、喜んで了承するが?」

 

 しかし、駆逐艦の艦娘()達はその重責に耐えられそうにないと感じているのか、皆視線が俯いている。

 一応、原則として艦隊の旗艦に戦艦を据えなければならないなんて文言はないので、駆逐艦でも旗艦を務める事はできる。

 現に、呉鎮にも駆逐艦を自身の艦隊の旗艦に据えていた提督は何人かいた。

 

「はぁ……、提督はん。幾らなんでも、あたしや紀伊がおる手前で旗艦になりたいって(てぇ)あげる艦娘()はおらんと思うで?」

 

「ん、そうか?」

 

「ま、あたしや紀伊の手前、遠慮してるだけかも知らへんけど。……しゃあない! ここは、大和さんが来るまで連合艦隊旗艦を務めとったこのあたしがなったるわ!」

 

「あ、言い忘れてたけど、誰も手を挙げなかったら河内に旗艦をやってもらう事はもう決定事項だったんで」

 

「なんやそれ!」

 

 刹那、会議室内に笑いが起こり少しばかり緩やかな空気が漂う。

 

 履歴書の経歴を見て連合艦隊旗艦の経験があるのは知っていたので、河内を自分の艦隊旗艦に据えるのは半ば決定していた。

 しかし、自発的に旗艦を務めたいと申し出る者がいれば、それを無下にせずにチャレンジさせるつもりでいたのも事実だ。

 

 あ、因みに紀伊も元は第二艦隊の旗艦の経験があるので紀伊でもよかったのだが。うん、イケメン君には潮風と額に輝く汗が良く似合うと思って考えてはいなかった。

 別にイケメンを傍に置いてたら自分の立場がないとか、そんな私怨めいた理由からでは断じてないんだからね。本当だからね。

 

「それじゃ、河内には飯塚艦隊の旗艦として、そして秘書艦として艦娘側から自分を補佐してもらいたい」

 

「ん? 提督はん、なんや秘書艦って」

 

「まぁ、先任伍長みたいなものかな」

 

 秘書艦とは、艦隊の規律及び風紀を維持すべく下の者達に服務の指導を行い。また、艦娘と言う立場から、同じ艦娘達と上官である提督とのパイプ役を担い。艦隊の融和団結を図る役割も担っている。

 その為任命された者には、責任感や協調性、それに知識や技能・統率・指導力等といった高いスキルが求められる。

 

 その他にも、様々な業務や雑務をこなさなければならないなど。文字通り多忙な職務なのである。

 

「でも、元連合艦隊旗艦を務めたことのある河内なら大丈夫だよな」

 

「……せ、せやな」

 

 思った以上の仕事量をこなさなければならないと感じ取った河内は、若干顔を引きつらせている。

 

「安心しろ、幾らなんでも一人でこなせるような仕事量じゃないから、ちゃんと補佐役の人員が本土から送られてくる手筈になってる」

 

「なんや、それ聞いたらちょっとは安心したわ」

 

「それじゃ、改めて、よろしくな河内」

 

「は! 戦艦河内、旗艦及び秘書艦の任、拝命いたします!」

 

 こうして旗艦及び秘書艦が決定すると、次いで戦隊の編成に移る。

 

「と言っても、残りの全員を第一戦隊とすればいいだけだし。……紀伊、第一戦隊の旗艦を頼めるか?」

 

「あぁ、構わない」

 

「よし、では第一戦隊は戦艦紀伊を旗艦とし、駆逐艦の吹雪・叢雲・漣・電・五月雨の計六隻をもって編成する」

 

「戦艦紀伊、任を拝命いたします!」

 

「吹雪、同じく拝命します!」

 

「叢雲了解、拝命するわ」

 

「了解ですご主人様! 漣頑張っちゃいまーす!」

 

「電も頑張るのです」

 

「わ、私も! 五月雨も一生懸命頑張ります!」

 

「うん、皆よろしく!」

 

 こうして艦隊運用に必要な最低限の任命が終わり、とりあえず一端小休止を挟むべくコーヒーブレイクをする運びとなる。

 

「所で提督、この後はどの様な予定を立てているんだ?」

 

「ん~、とりあえず艦隊として初陣を果たさなくちゃならないから、近海の哨戒を考えてる。あ、でもその前に、今日やって来る手筈になってる補佐役の人員達と合流してからだな」

 

「いつ頃こちら(ラバウル統合基地)に到着予定なんだ?」

 

「輸送機で必要な物資と一緒にやって来る筈だから、到着すれば基地司令部の方から連絡が……」

 

 と言っていたそばから、会議室に設けられている電話が鳴り出す。

 

「はい、はい……、分かりました」

 

 受話器を取り伝えられたのは、タイミングを見計らったように、基地に併設されている軍用飛行場に補佐役の人員達を乗せた輸送機が到着したとの連絡であった。

 

「丁度やって来たみたいだ、よし、皆で出迎えるぞ」

 

 日本から遥遥ラバウルへとやって来た者達を出迎えるべく、自分達は会議室を後にすると併設されている軍用飛行場へと足を向けるのであった。

 

 

 軍用飛行場へとやって来た自分達は、エプロンに停まり積荷の積み下ろし作業を行っている、空色に塗装された一機のC-130輸送機へと近づく。

 そして、積み下ろし作業の指示を飛ばす、自分と同じく極東州海軍の幹部用軍服を身に纏った人物に声をかけるのであった。

 

「よ、遠路遥遥お疲れ」

 

「あ、先輩」

 

 声をかけ振り返ったのは、嘗て呉鎮勤務時代同じ参謀部に勤務していた後輩の一人。

 谷川 至恩(たにがわ しおん)、眼鏡がトレードマークの二十三歳男性。階級は大尉だ。

 

 そして、本日より、自分の副官として活躍してもらう事になる人物だ。

 

「副官が付くと書かれてた時は誰が来るかとウキウキしてたが、まさか後輩のお前だったとな」

 

「酷いですよ、先輩。……でも、見ず知らずの方よりも、知り合いの僕で少しは安心したでしょ?」

 

「ま、少しはな……。あ、それから、一応今は職務中だから、自分の事は飯塚中佐と呼べよ」

 

「了解しました、飯塚中佐」

 

 こうして、谷川との会話を楽しみ終えると、次いで谷川に自分の後ろで控えていた河内達を紹介し始める。

 

「あぁ、そうだ大尉。先に紹介しておく、我が飯塚艦隊の旗艦兼秘書艦の戦艦河内」

 

「よろしゅうな!」

 

「で、第一戦隊の旗艦紀伊以下五名だ」

 

 谷川に簡単な紹介をすると、案の定と言うべきか、早速河内と紀伊の事について食いついてきた。

 

「せ、先輩! 河内って、あの弩級のじゃないんですか!? そ、それに、紀伊って、ど、どう見ても男性なんですけど!」

 

「まぁ落ち着け、大尉。自分だって、どうして実在した記録のない軍艦が艦娘として建造されたのか、しかも紀伊は男性としてだ。その見当もついてないんだ。聞かれても困る」

 

「で、でも先輩。実際に、二人はこうして目の前にいるじゃないですか」

 

「って言われてもな。艦娘建造に関する事は専門家じゃないから推測のしようも……」

 

「あ、なら先輩、聞いてみましょうよ、専門家の意見!」

 

「専門家の意見?」

 

「はい、一緒に来た人員の中に技術補佐役の方がいらっしゃいますから」

 

 そう言うと谷川は、積み下ろし作業を手伝っている者の中からピンクの髪をした女性に声をかけると、自分達のもとへと呼び寄せる。

 

「何か御用ですか?」

 

「明石さん、こちら今日から僕達の上官になる飯塚艦隊司令長官の飯塚 源中佐」

 

「よろしく」

 

「はじめまして、飯塚提督。技術関係の補佐、工廠での業務を補佐したり、艦娘達の、人間で言う体調管理をサポートしたりします、工作艦、明石です」

 

 目の前で敬礼したその女性は、どうやら艦娘だったらしく、自らを工作艦の明石と名乗った。

 成る程、艦娘に関する技術的な疑問等は専門知識を得ている艦娘に聞くのが一番か。確かにこれは適材適所だな。

 

 返礼し手を休めたところで、いよいよ明石に疑問をぶつけてみる。

 

「ふむふむ、それは興味深いですね」

 

「明石、君の見解を聞かせて欲しい」

 

「……分かりました、飯塚提督。これは間違いありません!」

 

 生唾を飲んで、明石の言葉に耳を傾ける。

 

「これは、……これは『ときめきゴルゴームクライシス』の仕業に違いありません!」

 

 そして、次の明石の言葉を聞いて、確信した。聞く相手を間違えたと。

 

「よし、要約すると分からんって事だな、わかった。あ、明石、もう作業手伝うのに戻っていいぞ」

 

「それでは、失礼します。……おのれ帝国、ゆ゛る゛さ゛ん゛」

 

 何やら戻り際に謎の言葉を残していった明石。あの艦娘()、大丈夫だろうか。

 

「あ、あれでも職務には忠実と評価されてますから、大丈夫ですよ先輩」

 

「ならいいけどな」

 

 結局、専門家でも河内と紀伊が建造された謎は解明される事なく。真相は当分闇の中を漂っていそうだ。

 一応上には報告書を出しておくので、もしかしたら今後、何かしら糸口がつかめる日が来るかもしれない。

 

 とりあえず今は、有力な戦力が手に入ったことを喜んでおこう。

 

 

 その後積荷の積み下ろし作業を手伝い、積み降ろした物資を官舎の方へと運び込み。

 昨日の安い事務所のような執務室を、立派な家具が並べられたものへと模様替えが完了した所で、再び会議室へと全員を集合させる。

 

「えー、先ずは、遠路遥遥ラバウルへの長旅、ご苦労さま! 今日来て下さった皆のお陰で、昨日とは見違えるほどこの官舎は立派になった」

 

 先ほど会議室を後にした時とは、目の前にいる人数は桁違いに増えている。

 

「そして、必要な人員・物資、そして艦娘達も揃い。晴れて、飯塚艦隊は本格的に始動する事が出来るようになった」

 

 目の前にいる面々の顔を見渡し、少しの間を置いて、締めの言葉を口にする。

 

「これより、飯塚艦隊は本格始動を開始! 暁の水平線に勝利の文字を刻む!!」

 

「飯塚艦隊司令長官に敬礼!!」

 

 河内の号令と共に敬礼する面々の姿を見渡し、彼ら彼女らと共になら、どんな困難も乗り越えていけると思うのであった。



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第10話 これより本格始動します その2

 二時間後、自分の姿は新しく模様替えされた執務室の、組み立て式にはない高級感と艶を持つ執務机で書類の処理に追われていた。

 同じ室内には、秘書艦用の机に添えられた椅子に腰を降ろした河内が、同じく書類仕事に追われていた。

 

「なぁ~、提督はん。ここちょっとはしょってもええか?」

 

「駄目だ。一から十まできっちり書いてくれ」

 

「うぅー」

 

 ただ、河内の手にしたペンの動く速さは、自分と比べるまでもなく遅かった。

 

「なぁ提督はん、ちょっと書類おおない?」

 

「始めだからな、仕方ないさ。ま、これを乗り切れば楽になると思って、頑張れ」

 

「うぅ……。提督はんはええよな、やる気の出るもん先にもうてるから」

 

「ん? それってこれの事か?」

 

 河内の言うやる気の出るもの。それが、腰の革製ホルスターに収まっている物であると察すると、ホルスターから抜き取り河内に見せびらかす。

 

「せや、ええよなー。提督はんはそれ貰ったからやる気出て」

 

「別にやる気出す為にって訳じゃないけどな」

 

 自分が手にしたそれは、軍用自動拳銃の、否、拳銃の代名詞ともなった傑作自動拳銃。コルト M1911。或いはコルト・ガバメントとも呼ばれる自動拳銃のカスタムモデルの一品だ。

 このカスタムガバメントは自分の護身用拳銃として受け取ったものなのだが、所謂官給品ではない。

 これは自腹で買った、言わば私物なのだ。

 

 わざわざ北アメリカ州はアメリカ管区西部にいる有名なガンスミスのもとに直接赴いて注文した一品で、これを手にするのにどれだけの貯金を使い果たした事か。

 

 ただ、ラバウルに来たのは公共交通機関であった為、当然ながらこのカスタムガバメントは持って行く事が出来なかった。

 そこで、後から輸送機でやって来る谷川に預けていたのだ。

 そして、この書類仕事を始める前に谷川から預けていたカスタムガバメントを受け取り。こうして無事に自分の手元に戻ってきたのである。

 

「あたしもやる気の出るもんなんか欲しいー!」

 

「ん~、それじゃ、頑張ったご褒美にほっぺにチューしてやろうか?」

 

「提督はん、知ってる? そう言うの、世間じゃセクシャルハラスメントって言うんやで」

 

「……冗談だって」

 

 ちょっとした冗談のつもりが真顔で返答され、出るとこに出される前に素早く謝るのであった。

 

「それじゃ、後でPX(基地内売店)にでも行って甘いものでも買ってやるよ」

 

「サンキュー! 提督はん! よっしゃ、やる気出てきたわ!」

 

「現金な奴だな」

 

「あ、そや! 実は今頭ん中で買ってもらいたい候補が色々あるんやけど、全部買ってもうてもええの?」

 

「どれぐらい候補があるんだ」

 

「マカロンの詰め合わせにカレヌの詰め合わせに、後それからティタムのバラエティーパックに間宮亭の羊羹三種詰め合わせ。後それから本場直送の紅茶!」

 

「却下」

 

「なんでやねん!」

 

「アホ! 多すぎわ! 買ってやるのは一点限りだ!」

 

「ぶーぶー!」

 

 頬を膨らませて不満を漏らす河内であったが、そんな事をしても自分の気持ちは変わらない。

 

「あぁ、あかん。期待したほど買ってもらわれへんかと思うたら、やる気もそんなに出えへんわ」

 

「おい、買わないなんて言ってないんだから頑張れよ」

 

「……じゃ、せめてもう一点増やしてくれたら、がんばったるわ」

 

「ぐ」

 

「あ~、あかんわ~、一点だけじゃおてての速度も十ノットも出えへん~」

 

「ぐぬぬ」

 

 駄目だ、乗せられるな自分。ここで甘い顔を見せれば後々痛い目を見るのは自分だぞ。耐えろ、耐えるんだ。

 しかし、だがしかし、ここで河内に頑張ってもらわないとどのみち自分に負担が。負のスパイラルが。

 

「……はぁ。分かった、じゃもう一点買ってもいいぞ」

 

「よっしゃ! 最大戦速でやったるでー!!」

 

「あぁ、さようなら、お財布の中の現金さん」

 

 結局、河内の最大戦速と引き換えに、自分の手持ちが数割減るという未来を迎えるのであった。

 あぁ、駄目だ、書類の文字が涙で霞んで見えないや。

 

 

 それから更に二時間後、漸く書類仕事に一区切りがつき、頃合も頃合なので河内に昼食を食べに食堂に行く誘いを行う。

 

「河内、行くぞ」

 

「はぁ……、やっと昼かいな」

 

 結局河内の最大戦速が続いたのは最初の三十分程度で、残りは言わずもがなな状況であった。

 それでも疲れただ何だと零しつつ投げ出さずにやってくれているだけ、まだあり難い。

 

「おーい、大尉。昼飯食べに行くぞ?」

 

「あ、はーい、只今」

 

 執務室を出て、隣の部屋の扉を叩き中にいる谷川達を昼食に誘う。

 執務室の隣の部屋は、副官を始め補佐の為のスタッフの部屋となっており、数人が詰めている。

 

「お待たせしました先輩」

 

「お待たせいたしました、提督」

 

「よし、それじゃ行くか」

 

 そんな詰めていたスタッフ達を引き連れて、自分達は食堂へと赴く。

 因みに、スタッフの中には人間のみならず艦娘の姿もあり、特に『大淀』と言う艦娘は、秘書艦である河内の補佐役として主に事務方面での業務を受け持っている。

 勿論、他にも色々と業務を受け持っており、大変あり難い存在の一人だ。

 

「所で先輩、第一戦隊からの定時報告で何か問題なのはありましたか?」

 

「いや、特にこれといってはいないな」

 

 紀伊を旗艦とした第一戦隊は、現在ラバウル統合基地の近海の哨戒に出撃していた。

 近海の地形や航路等を把握してもらう事や、艦隊行動の訓練等も兼ねてだ。

 

 肌身離さず持っているタブレットには、旗艦である紀伊からの定時報告が送られてきている。

 それによると、特に深海棲艦の艦隊等とは接触しておらず。問題らしい問題といえば、五月雨が野生の鯨に興奮して余所見をし、危なく電と艤装(船体)同士がぶつかりそうになった位か。

 

「近海は先任提督方のお陰でほぼ安全が保障されてるから、大丈夫だろう。万が一の場合は、無理せず退けとも言ってあるし」

 

 それに、紀伊の火力があれば、ある程度の敵は跳ね除けられるだろう。

 そんな一定の安心感からも、第一戦隊は無事に帰還してくれると信じていた。

 

「所で先輩。今日のお昼は何食べます?」

 

「ん~、昼は和食かな。うどんとか」

 

「あ、いいですね」

 

 こうして谷川と話している間に食堂へと到着すると、有言実行。昼食のメインはきつねうどんを選択する。

 こうして料理を各々選択し終えるとテーブルについて食べ始めるのだが。

 

「なぁ河内」

 

「ん、なんや提督はん?」

 

「お前、そんな服装なのにカレーうどん食べて大丈夫か?」

 

「大丈夫や、問題ない!」

 

 対面に座った河内の目の前には、メインとなる熱々のカレーうどんが入った丼の姿が。

 そして、汁がはねれば染み抜き待ったなしな服装にも拘らず、汁のはねなど心配無用とばかりの表情を見せる河内。

 

 これはもう、紙ナプキン待ったなしだ。

 

「大淀、悪いが紙ナプキン持ってきてくれ」

 

「分かりました」

 

「河内、汁が飛ぶから紙ナプキン付けろよ」

 

「ふ、大丈夫や提督はん。あたしのかれー(華麗)なるカレーうどん捌き、しかと見せたるわ」

 

「……じゃ、服に汁付けたら帰りにPXで甘いの買って帰るの無しな」

 

 この後河内は、大淀の持ってきてくれた紙ナプキンを付けてカレーうどんを食べたのであった。



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第11話 これより本格始動します その3

 無事に昼食を食べ終え、河内も衣服にカレーうどんの汁を付けなかったので、ご希望通り食堂の帰りにPXに寄って甘いものを買って帰り。

 再び執務室に戻ると午後からの書類仕事をこなしていく。

 

 そして、ある程度仕事に区切りがついた所で、河内に声をかける。

 

「河内、工廠行くぞ」

 

「ん? なんや急に」

 

「ずっと書類と睨めっこしていると疲れるだろ。だから、息抜きを兼ねて工廠で新しい艦娘を建造しようと思ってな」

 

「昨日あたしらを建造したとこやのに、もう建造するんかいな」

 

「第一戦隊分だけだと、色々と出来る選択肢も増えないからな」

 

「そうか、分かった」

 

 伸びをして共に工廠に向かうことを了承した河内と共に、執務室を後に工廠へと足を運ぶ。

 

「所で提督はん、狙う艦種とかあるんか?」

 

「そうだな……。出来れば何かと使い勝手の良い巡洋艦あたりが欲しいな」

 

「空母とかはええんか?」

 

「まぁ、今後の事を考えれば航空戦力なんかも整備していかないといけないけど、今は、巡洋艦や駆逐艦中心かな」

 

 河内とやり取りを交しながら工廠へとやって来た自分は、工廠で妖精達と共に汗水流している明石に声をかける。

 

「はいはい提督、どうしたんですか?」

 

「建造したいんだ、今出来るか?」

 

「はい、バッチリ!」

 

「なら四つ全てで建造する」

 

「了解です!」

 

 プレハブ事務所へと赴き、慣れた手つきでタブレットに有線を接続しようとする。

 すると、それを明石に制止させられる。

 

「あ、提督。ルーターを追加しておいたので、もう有線接続しなくても大丈夫ですよ。ほら、ここを押していただくと」

 

「お、本当だ。助かる」

 

 朝の第一印象で多少心配していたが、谷川の言う通り、明石は誠実に職務を果たしてくれるようだ。

 

「さてと、一番と二番は巡洋艦で、三番と四番は駆逐艦をと……」

 

 モニターにそれぞれの数値を入力すると、建造開始ボタンを押す。

 すると、四つのモニター全てに建造時間が表示され、どうやら四つとも無事に建造が開始された様だ。

 因みに地域と年代は、河内達の時と同じだ。

 

 こうしてそれぞれに表示された建造時間を見るに、一・二番は一時間と一時間半なので狙い通り巡洋艦。

 三・四番も二十分なので駆逐艦だ。

 ただ、個別にどれが建造されるかは、完了してからのお楽しみだな。

 

「提督、高速建造材を使いますか?」

 

「いや、ちょっとゆっくりしてからだ。駆逐艦のが完了するぐらいに一番と二番を頼む」

 

「了解です」

 

「あ、ここの給湯室使うぞ」

 

「どうぞ」

 

 工廠に来たのは息抜きも兼ねているので、事務所の給湯室でお茶をいれると、三・四番の建造が完了するまで事務所内でゆっくりと過ごす。

 

「はぁ~、提督はんのいれてくれたお茶、美味しいな」

 

「褒めても何もでないぞ」

 

「すいません、私も分まで」

 

「いいさ」

 

 椅子に座りながら、手にした湯飲みからほっこりする温かさを感じながら、まったりとした時間を過ごす。

 ただ、事務所の外では相変わらず工廠らしい、穏やかとは程遠い機械音等が響き渡っている。

 

 こうしてお茶を飲みながら息抜きしていると、妖精の一人が明石に近づき建造完了の報告を行う。

 

「では、残りの二つに高速建造材を投入します」

 

 明石の報告と共に、高速建造チームが出動する。

 何度聞いても、発せられる台詞の数々は、世紀末野郎A(あぶない)チームのそれなんだよな。

 

 と、お約束な光景を眺めながら湯飲みに残っていたお茶を飲み干すと、残りの建造も完了し新たな四人の艦娘との対面時間となる。

 

「天龍型一番艦、そう、オレの名は天龍だ。フフフ、どうだ、怖いか?」

 

「ごきげんよう。最上型四番艦、神戸生まれのお洒落な重巡、わたくし熊野ですわ!」

 

「響だよ。その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあるよ」

 

「初めまして! 子日だよぉ! ね・の・ひ、艦名読み間違えないでね!」

 

 新たに建造された面々が各々の自己紹介を終えた所で、自分達の自己紹介を始めていく。

 

「はじめまして、今後君達の上官になる飯塚艦隊司令長官の飯塚だ。よろしく頼む。……で、隣にいるのが」

 

「飯塚艦隊旗艦兼秘書艦を務める戦艦河内や! 皆よろしゅうな!」

 

 自分たちの自己紹介を終えた所で新顔四人の反応を窺うと、何やら困惑の様子が見られる。

 あぁ、これは昨日河内が吹雪達五人と初めて対面したときの反応にそっくりだ。

 

「あぁ、因みにだが、河内は君達の……」

 

「んだよ、この艦隊は随分と古臭い戦艦を旗艦に据えてるんだな」

 

 河内の説明をしようと思った矢先、まるで四人の心情を代表するかのように、天龍が口火を切り始めた。

 

「いや、違うんだ。彼女は君達の……」

 

「ったく、同郷出身として恥ずかしいぜ。大勢の前であんな醜態晒してよ」

 

 あぁ、そう言えば天龍が建造されたのって前世の河内と同じ横須賀海軍工廠だったな。

 確か前世の河内が爆沈した頃には、既に天龍は進水を果たしてたか。なら知らない仲でもないな、艦違いだけど。

 にしても、そこまで辛辣にズバズバと言わなくても。

 

「あ、あぁ、天龍。ちょっとその前にだな……」

 

「世界水準を超えようとして、結局超えられなかった奴の下で働くのは、何か気分いいもんじゃねぇな。あ、でもよ、世界水準をかるーく超えてるオレと旗艦の座を交代するって言うんなら、快く引き受けてやるぜ」

 

 結局最後まで言いたい放題言った天龍。

 当然、河内はそんな事言われて笑って受け流すような性格じゃない。

 

 恐る恐る横を見てみれば、そこには、戦艦クラス、否、超々々々弩級の眼光をした河内の姿があった。

 あ、背中から何か赤黒いオーラのようなものが見える気がする。

 

「えぇ、やん。ええ度胸やん。……やっぱ天龍は天龍やったわ、この威勢、ええやん」

 

「か、河内。君は秘書艦なんだから事はもっと穏便に……」

 

「っしゃおら!!!! ええ度胸やないか、たかが三五○○トン程度の小娘が!!! そんな大口叩くんやったらやったろうやないか! オラッ!! (海上)出えや!」

 

 その河内の威勢に、工廠内の音が一瞬消えたような気がした。

 さ、流石は前世の知ってる大和型を越える超大和型。その迫力、まさに超々々々弩級。

 

 あぁ、熊野達三人が寄り集まって尻込みしている。これは完全にトラウマものだろ。

 

「よ、よ~し、い、いいぜ。や、やってやろうじゃんか……よ」

 

 天龍も負けじと威勢を保ってるが、あれは完全に河内の気迫に飲まれてるな。

 目には涙が浮かんでいるし足も震えてるし、もはや虚勢でしかない。

 

「ほないこか。……提督はん? ちょっとこの聞き分けのない艦娘(新顔)、しごいてきてもええやろ?」

 

「ほ、ほどほどでお願いします」

 

「ほな、場所(海域)(演習弾)の用意だけよろしく。……いくで」

 

「ひっ! ……あ、お、おぅ」

 

 ドスの利きまくった声と共に天龍を連れて工廠を出て行く河内。おそらく桟橋に行ったのだろう、係留している自身の艤装(本体)を装備しに。

 

「あの提督、止めなくてよかったんですの?」

 

「ん、あぁ。多分、怒った河内を止められそうなのはうち(飯塚艦隊)の中じゃ紀伊ぐらいだろうし。艤装動かせば、少しは河内もスッキリして冷静さを取り戻すだろ」

 

「そんな暢気でいいんですの?」

 

「河内との付き合いはまだ浅いが、あいつは何だかんだと面倒見のいい奴だと思ってるさ。……あ、そうそう、さっきは言いそびれてたが、河内は君達の認識してる河内とは別の軍艦なんだ」

 

 河内の事に関する簡単な説明を三人に行うと、案の定な反応が三人から返ってくる。

 こうして三人に河内の出生の件、序に紀伊の事も含め説明し終えると、次いで事務所に足を運ぶと事務所内に設けられている電話に手を伸ばす。

 

 因みに、事務所内には関わりたくなかったのか、いつの間にか明石が隅の方で縮こまるように隠れていた。

 

「あぁ、谷川か?」

 

「どうしたんですか、先輩?」

 

「急で悪いんだが、基地司令部のほうに訓練海域の使用許可を取ってほしいんだ」

 

「本当に急ですね。どうしたんですか?」

 

「いや、まぁ……。河内が今し方建造した新入りに手ほどきをしたいって言い出してな。それと演習弾の積み込みも頼む」

 

「……分かりました。直ぐ確認します」

 

 何かを察してくれたんだろう、谷川は折り返し電話すると一端電話を切り、使用許可の確認作業を始めてくれた。

 それから程なくして、再び谷川から連絡が入り、訓練海域の使用許可が取れたことを報告してくる。

 

「分かった。それじゃ、河内達に連絡して訓練海域に行くように言っといてくれ。あぁ、それから、訓練開始の合図は自分が司令室から出すともな」

 

「了解です」

 

 受話器を置いて事務所を後にすると、官舎に戻るべく工廠を後にしようとする。

 

「あ、あの、提督」

 

「ん?」

 

「わたくし達は、どうすればよろしいのですか?」

 

「あ、しまった。河内に案内とかさせる予定だったんだ。……仕方ない、三人とも付いておいで、司令室に行く」

 

 今から案内などしている時間もないので、三人には自分と共に司令室で河内達の事の成り行きを見守ってもらう事にした。



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第12話 これより本格始動します その4

「何だか大変な事になったね」

 

「本当ですわ」

 

「今日は決闘の日だね」

 

 建造早々厄介な事に巻き込まれ各々本音を零す三人を連れて、自分は官舎へと舞い戻る。

 そして、そのまま地下へと赴くと、厳重そうな雰囲気を醸し出すとある扉を潜った。

 

「お待ちしていました、提督」

 

 足を踏み入れたのは地下故に薄暗く、しかし広さを有する部屋。

 薄着や半袖では風邪を引いてしまいそうな肌寒さを感じるのは、部屋の内部に設けられた多数の機器の熱対策の為だ。

 

 巨大なモニターを中心に、壁一面に大小様々なモニターが設けられ、その手前には機材が所狭しと置かれた個々のオペレーター用の机が設けられている。

 まさにこの部屋は、司令室と呼ぶに相応しい光景を有していた。

 

「大淀、悪いけど三人の為に椅子を用意してやってくれるか」

 

「分かりました」

 

 初めて目にする司令室に視線をキョロキョロさせる三人を壁際に用意した椅子に座らせると、自分も、司令室のセンターポジションとも言うべき席へと腰を下ろす。

 

「河内と天龍は?」

 

「はい、二人とも無事に沖合いに出て、訓練用の海域に向かっています。……天龍さんの方は建造間もないと言うこともあって、ドックから出して演習弾の積み込みと、少々ばたつきましたが何とか」

 

「はは、後でドックの妖精達や補給隊の皆さんに何か差し入れしとかないとな……」

 

 秘書艦不在時には、代行として大淀がその任についてもらう事になっている。

 

「提督、河内さん達のカメラ映像、接続完了しましたので中央モニターに表示いたします」

 

「うん」

 

 中央の巨大なモニターに表示されたのは、青く晴れた南国の空の下、ウェーキを立てて航行する河内の艤装の姿であった。

 映像は艤装の上部構造物、艦橋辺りにカメラがあるのだろう。映像の眼下には、巨大な50口径46cm連装砲が二基、その圧巻の巨砲を見せ付けている。

 

「音声は繋げられるか?」

 

「はい、直ちに」

 

 オペレーターに映像だけでなく音声も繋いでくれと指示すると、程なくしてスピーカーから、艦橋の艦長席でふんぞり返っているであろう河内の声が流れてくる。

 

「ちゃんと逃げずに付いて来てるか~?」

 

「あ、あたりめぇだ!」

 

「ん~、逃げるんやったら今のうちやで?」

 

「だ、誰が逃げる、かよ!」

 

 天龍とのやり取りが聞えるが、もはや完全に河内のペースに飲まれている。

 これじゃ、天龍はもう退くに退けないな。

 

「あー、河内、聞えるか?」

 

「ん? あぁ、なんや提督はん。司令室に着いたんか?」

 

「あぁ。所で河内、何度も言うがほどほどで頼むぞ」

 

「解ってるって。ちょっと天龍の頭(艦橋)スコーンと(九一式徹甲弾で)割って、脳みそ(重油的な意味で)チューチュー(流出的な意味で)するだけやから!」

 

「……」

 

 あぁ、大淀もオペレーター達も、そして後ろの三人も、顔が固まってるよ。当然、自分も。

 

「て、天龍の方に映像切り替えてくれるか」

 

 ここは切り替えとばかりに天龍に搭載されているカメラの映像に切り替わると、こちらも艦橋からの映像であった。

 しかし河内と比べやはり海面からの高さがなく、眼下に見える艦首方向の光景も頼りなく感じる。

 

 何より、前方を航行している河内の後姿の何と大きく力強いことか。軽巡である天龍が駆逐艦に錯覚させられる程だ。

 

「う、ぐ……」

 

「あ~、天龍。聞えるか?」

 

「ふぁ? て、提督か!? ん、ぐすっ、な、何の用だよ!?」

 

「今ならまだ間に合うぞ、恥を忍んで河内に謝ったらどうだ? 自分も二人が仲直りできるように努力して……」

 

「ば、ばか! んな事できるか!」

 

「提督、天龍との接続、切れました」

 

「……はぁ」

 

 これはもう駄目だ。互いに気が済むまでやらせるしか道は残されてない。

 あぁ、さようなら、幾分かの備蓄資材さん。

 

 それにしても天龍の奴、顔は見えなかったがあの声、涙声だったな。

 

 

 

 やがて、海図を表示しているモニターが河内と天龍が訓練海域に到着したことを知らせる。

 前世の世界ではビスマルク海海戦が発生したことでも知られるビスマルク海の一角で、今まさに、戦艦対軽巡の一騎討ちが行われようとしていた。

 

「では、訓練を開始する」

 

 訓練開始の合図を告げると、早速舌戦が始まる。

 

「天龍、レディーファーストや、最初の一発はそっちに撃たせたるわ」

 

「な、馬鹿にしやがって!」

 

「なんやったら、おまけで次弾も撃たせたるで?」

 

「きっー! そこまで大口叩いて余裕ぶっこいてんのも今のうちだからな!」

 

 舌戦は河内優勢のまま、次いで本格的な戦闘訓練が開始される。

 恐れ知らずに河内に突っ込んでいく天龍。流石は艦隊の切り込み隊長として造られただけはある。

 

 最大戦速の三三ノットで一目散に河内を目指す。おそらく至近距離で搭載している53cm魚雷をお見舞いする魂胆なのだろう。

 

 だが、複数ならまだしも単艦でその戦法は自殺行為だ。特に今回は、相手が戦艦だからなおの事。

 戦艦の主砲の射程と魚雷の射程、どちらの射程距離が優れているかなんて、火を見るよりも明らかだ。

 

 しかし、河内は何故か観測機を飛ばすどころか主砲を撃つ素振りを見せない。既に射程圏内に天龍を捉えている筈だ。

 命中弾を与えずとも、河内の主砲ならば三五○○トン程度の天龍には至近弾でもかなりのダメージを与えることは可能な筈だ。

 だが主砲を動かす素振りを見せないと言うことは、もしや、本当に最初の一発を受けるつもりなのか。

 

「おい河内! いくら訓練と言っても資材がかからない訳じゃないんだぞ! それに天龍とお前とじゃかかる資材の量もだな……」

 

「あ~。あ~。調子悪いんかな、聞えへんわ」

 

「おい河内!」

 

「あ、悪い提督はん。そろそろ戦闘に集中せなあかんから対応できへんわ、じゃ」

 

 こうして一方的に通信を切ると、やがて動きのなかった河内にも動きが見られるようになる。

 と言っても、天龍に対して牽制を撃つでもなく、回避行動らしい動きを見せる程度であるが。

 

「天龍、河内の右舷より接近……、あ、魚雷発射! 距離五千で魚雷を発射しました」

 

「本数は?」

 

「六発です」

 

 天龍は53cm魚雷の三連装発射管を二基装備している。

 つまり六発発射したと言うことは、一度に発射できる最大数を発射したと言う事になる。

 

「河内、被雷!」

 

「河内の被害は?」

 

「三発被雷した模様です。右絃対空火器数基が損傷、また最大速力も低下」

 

 回避行動を取ってはいたようだが、やはりあの距離では全てを回避するのは無理か。

 しかし、魚雷三発を喰らって戦闘力を殆ど喪失していない。流石と言うべきか。

 

「天龍、急反転。河内と同航戦を行う模様です」

 

 すれ違いざまに魚雷攻撃を行ったが、一撃程度では殆ど効果がないと判断したんだろう。河内の右絃側にて同航戦を仕掛けにいく。

 が、そこで河内に動きがあった。

 

 どうやら最初の一発を撃たせ終えたので、ここからは河内も反撃を開始するようだ。

 と言っても、主砲である50口径46cm連装砲を使うのではなく、舷側に配置されている高角砲で天龍を狙い打つようだ。

 

 しかし、河内の搭載している高角砲は確かに対艦攻撃もできる。が、これはまさに程度問題だ。

 そもそも河内の搭載している高角砲は、大和型同様で対空用の照準装置は搭載してはいるが、対艦用の照準装置は搭載していない。

 つまり、砲個々に設けられている照準器で直接目標に砲撃していく事になる。

 

 当然命中精度など、対空時に比べるまでもなく。

 そもそも元の用途が対空なので対艦用の徹甲弾など搭載しておらず、その威力も推して知るべしだ。ただし、それは単一の場合だ。複数ならば、その限りではないだろう。

 

「河内、高角砲による砲撃開始」

 

「天龍も主砲で砲撃を開始しました」

 

「何? 天龍も砲撃? 魚雷は?」

 

「あの、提督。もしかすると積み込んでいた分の演習弾を最初の斉射で全て使い果たしてしまったのではないでいでしょうか?」

 

 オペレーターからの報告に困惑していると、大淀が納得の推測を添えてくる。

 成る程、確かに急だったので満タンに積み込めた訳ではないか。

 

 ん、となると、天龍に残された攻撃手段といえば、主砲である50口径三年式14cm砲が四門だけじゃないか。

 

 これはもう詰んだ以外の何者でもないだろ。



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第13話 これより本格始動します その5

今回は少し短めとなっております。


「天龍、被弾、速力低下します」

 

「天龍、損傷箇所増大、ダメージ指数、中破に近づきつつあり」

 

「天龍、第三砲塔沈黙、第二・第四砲塔も発射速度低下」

 

 オペレーターの口から報告されるのは、どれも天龍の悲痛な状況を知らせるものばかり。

 モニターに映し出されている映像でも、天龍の周囲に多数の水柱が立ち、その中心地たる艤装の各所からは黒煙を立ち昇らせている。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるだな。

 

 一方の河内は、的がでかい分天龍からの砲撃を喰らってはいるが、天龍ほど戦闘力を喪失してはいない。

 右舷側の高角砲や機銃の幾つかが使用不能になった程度だ。

 

 これはもう、勝負はついたな。

 

「河内、聞えるか? もう勝負はついたぞ。訓練終了だ」

 

「……ま、こんなもんやろな。しゃあない。天龍、今回はこれ位でかんべん……、ん?」

 

「どうした、河内?」

 

「ちょっとまって、電探に感あり! なんか近づいてきてる!?」

 

「何? オペレーター、直ぐに確認!」

 

 河内からの報告にオペレーター達が確認作業に入る。

 

「提督、訓練海域を含め、本日周辺空域を飛行する航空機のフライト・プランは確認されません」

 

「河内、電探が捉えた数は幾つだ?」

 

「えっと、二十、四。二十四機や」

 

「基地司令部に至急連絡! 要撃機のスクランブルを要請しろ!」

 

「しかし、まだ確認が完全では……」

 

「二十四機なら民間機じゃない、加えて基地司令部から何の報告もないと言うことは、これは間違いなく敵襲だ! くそ、防空警戒はどうなってるんだ!」

 

 刹那、基地内をけたたましいサイレンが鳴り響き始める。

 

「提督、基地司令部より連絡。要撃機のP-51D マスタングがスクランブル発進し、上空待機するとの事です」

 

「よし、分かった。……とりあえずこれで基地の方は大丈夫だろう。……河内、聞えるか?」

 

「なんや、提督はん?」

 

「天龍を連れて訓練海域を一時的に離脱しろ、謎の航空部隊に補足されない様にな」

 

「あ~、提督はん。それ、ちょっと無理やわ」

 

「は?」

 

「何か電探の光点が、だんだんあたしらの方に近づいてきとる」

 

「何だと!?」

 

 基地の安全が一応確保できたと安心したのも束の間、今度は河内達から風雲急を告げる連絡が入る。

 

「まさか、基地が警戒体勢に入ったので河内さん達に?」

 

「いや、多分向こうが河内達を捉えたんだろう」

 

 大淀の言葉に応えながら、思考を巡らせ続ける。

 謎の航空部隊が基地の警戒態勢に気づいたとは考えずらい、それに河内達を哨戒隊と誤認したとしても、河内達は水上艦なのだから振り切って基地に直行してもいいはずだ。

 その上で河内達のほうへと進路を変更したのは、功を焦ったからか。それとも、別の理由か。

 

 何れにせよ、航空機に捉えられたのならば河内達は逃げ切るのは不可能だ。

 

「河内、演習弾の他に実弾は積み込んでるか?」

 

「まぁ、少しやったらな」

 

「よし、なら河内、対空戦闘用意だ! 第一戦隊を急いで向かわせる、それまで何とか持ちこたえてくれ」

 

「よっしゃ分かった!」

 

「天龍、聞えるか?」

 

「あ、あぁ、聞えるぜ」

 

「今の君じゃ残念ながら対空戦は絶望的だ。かと言って、今の状態じゃ単独退避をさせることも出来ない。河内を盾にしながら何とか耐えてくれ」

 

「へ、分かったよ」

 

「天龍、ちゃんと護ったるからな、傍から離れなや」

 

「けっ、わーってるよ」

 

 こうして河内達に指示を飛ばすと、次いで出撃している第一戦隊の現在位置の確認を指示する。

 程なくして第一戦隊の現在位置を確認すると、第一戦隊の旗艦紀伊と連絡をとる。

 

「何だって!? 分かった、直ぐに急行する!」

 

「頼んだぞ」

 

 そして紀伊に事情を伝え河内達のもとへと急行してもらう。

 紀伊は吹雪達に比べ速力が遅い為、吹雪達が先行する形だ。

 

 しかし、これで一安心と言うわけではない。吹雪達が河内達に合流するには数十分の時間を有するからだ。

 

 吹雪達が合流するまでの数十分間、河内一人で何とか持ちこたえてもらわなければならない。

 

「提督はん、きたで、きおったで! 提督はんの思った通り、深海棲艦の航空部隊や!」

 

「河内、頼んだぞ」

 

「ふ、まかせとき! 三式積んでなくても、あれ位やったら高角砲と機銃だけで十分や!」

 

 河内の視界内に捉えたそれは、カメラを通じてモニターからも確認できる。

 彼方の空に現れた小さな黒点は、やがて徐々にその形状を鮮明にさせていく。

 

 それは紛れもなく、深海棲艦の航空戦力を構築する航空機の姿であった。



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第14話 これより本格始動します その6

 司令室内の緊張が一気に高まる中、自分は、少しばかり暢気なことを考えていた。

 それは、深海棲艦の姿についてだ。

 

 深海棲艦の艦影は、どう見ても地球から遥か十四万八千光年彼方に存在する星間国家の軍艦にそっくりなんだよな。

 資料で見た駆逐艦なんて、どう見てもクリピテラ級に酷似している。

 ただし主砲を含め武装はレーザーではなく全て実弾、空中を飛ばなければ色も緑ではなく黒であるが、その艦影は瓜二つだ。

 

 確かに前世で、深海棲艦を軍艦化したらガミラス系の艦影に似ている。なんて思った事もあったが、まさかこの世界では本当にそうなっているとは、資料を見るまで思いもしなかった。

 

 因みに、今し方河内が対峙している深海棲艦の航空機は、DMB87 スヌーカに瓜二つな攻撃機型航空機だ。

 武装は全て実弾であり、ジェット機並みの速さではなくレシプロ機並みなど、こちらも性能面はオリジナルとは異なっているものの、その姿は瓜二つである。

 

「河内、対空戦闘開始しました」

 

「提督、始まりましたよ」

 

「あ、……あぁ」

 

 暢気な考えに引き寄せられていた意識を、大淀の呼び掛けを切欠に現実へと引き戻す。

 

 モニターに映し出されたのは、河内を沈めんと周囲を飛び回る攻撃機型航空機。

 そして、それを火達磨にせんと火を噴き続ける河内の対空火器の姿であった。

 

「あんまり弾積んでへんねや! さっさと墜ちんかい!」

 

 河内の言葉に連動するように、舷側に配置されている高角砲や機銃が火を噴き、空中に黒色の煙幕を展開させる。

 ただし右舷側は天龍との撃ち合いで使用不能なものがある為、左舷側と比べると、弾幕の張り具合が薄く感じる。

 

 そんな河内が作り出す弾幕に臆する事無く、攻撃機型航空機の群はその翼下に備えた無誘導爆弾を河内目掛けて投下していく。

 

「っち!」

 

 河内の操艦術の賜物か、投下される無誘導爆弾を回避してはいるものの、やはり天龍との訓練でのダメージがある分軽々とはいかないようだ。

 それに、その天龍を守る意味でも、あまり回避し続ける事は好ましい事ではない。

 自らが被害担当艦としての役割を果たすのならば、攻撃しても無意味だと相手に思われてしまっては駄目だからだ。

 

「きゃっ!」

 

「っ! 天龍! 大丈夫か!?」

 

「っへ、こ、これ位……」

 

「天龍、敵弾至近!」

 

 攻撃機型航空機の群の内数機が、河内からターゲットを天龍に変更したのか、天龍目掛けて無誘導爆弾を投下し始める。

 幸いギリギリの所で回避したものの、今の天龍の状態では後何度も凌ぎきれるものではない。

 

「あたしだけ! あたしだけ狙ってこいよこのクソ野郎ども!!」

 

 河内の攻撃的な言葉と共に、弾幕の密度が濃くなると、幾つかの攻撃機型航空機が火達磨になってビスマルク海にその身を沈めていく。

 

「っ! やりおったな!」

 

 そんな味方の損害に激昂したのか、残った攻撃機型航空機は再び河内のみをターゲットに絞り込み、四方から河内目掛けて襲い掛かる。

 流石の河内も、四方から同時的に攻撃されては全てを回避できず、無誘導爆弾を一発、第三砲塔付近に被弾してしまう。

 

「お返しや! おらおらおら……、って、嘘やろ!?」

 

「どうした!? 河内」

 

「提督はん、ちょっとヤバイ事になったわ」

 

「な、何だ!? まさか!」

 

「実弾、尽きてもうた……」

 

「っ! 吹雪達は! 吹雪達はまだ合流できないのか!?」

 

「ま、まだ少し時間が」

 

「っ、くそ!」

 

 思わず机に拳を叩きつけ、何もできない自分自身に対する怒りをぶちまける。

 

「提督はん、そんなに感情的になったらあかんで」

 

「河内、お前が言うか?」

 

「あ、せやったな……、はは」

 

 自分よりも危険な状況に身を置いている筈の河内から漏れた言葉に、救われたような気がした。

 

「司令官たるもの常に冷静に、か」

 

「お、提督はん。冷静になったやん」

 

「あぁ、河内のお蔭だ」

 

「ほな、帰ったら、PXで甘いもん沢山買うてくれる?」

 

「あぁ、沢山買ってやる」

 

「よっしゃ! やったら、もうちょっと意地見せて頑張らんとな!」

 

 刹那、モニターに映し出された二基の50口径46cm連装砲が音を立て、その砲身を天高く向け始める。

 

「か、河内! 何する気だ!?」

 

「実弾尽きたって言うても、それは高角砲や機銃用のだけや、まだ主砲の九一式徹甲弾は残っとる」

 

「何言ってるんだ! 九一式徹甲弾じゃ航空機は撃ち落とせないぞ!」

 

「せやけど、このまま応戦せんのもあかんやろ。せやから、ここは一発主砲撃って敵を騙したろうと思うんや」

 

「騙す……。まさか、敵に三式弾を搭載していると誤認させる気か!?」

 

 だが、撃ってそれが三式弾ではいと分かるのは時間の問題だ。

 

「後少ししたら駆逐艦の子らが助けに来てくれるんやろ? それやったら、少しでも時間稼ぎせな」

 

「だが」

 

「提督はん、心配せんでも、あたしはちゃんと天龍を連れて帰ったるって」

 

「……、分かった。なら、帰ってこい、河内」

 

「了解や! ……よっしゃ、ほな派手にぶちかましたるで!!」

 

 50口径46cm連装砲の天高く向けていた砲身が固定されると、いよいよその時は訪れた。

 

「主砲、一番・三番・八番……、てぇーーっ!!」

 

 河内の合図と共に、耳を劈かんばかりの爆音が響き渡る。

 海上に花開く巨大な火焔と共に、河内の艤装をビリビリと小刻みな振動が走る。

 

 まさに海に浮かぶ鋼鉄(クロガネ)の城。同時に、その城を攻城せんと生み出された攻城兵器を内包する最強の縦と矛。

 

 その迫力を前にしては、群がっていた攻撃機型航空機も蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出していく。

 

「序に演習弾ももっていきや!」

 

 刹那、主砲だけでは欺瞞効果が薄いと判断したのか、実弾から交換を終えたのだろう、それまで沈黙していた高角砲や機銃が再び火を噴き始めた。

 しかし、演習弾はあくまでも訓練用の弾だ。艦娘同士ならばその効果を発揮するが、それ以外の兵器相手では所詮はこけおどし程度でしかない。

 

 見かけは派手に弾幕を形成してはいるものの、その全ては見掛け倒し。

 最初こそ、攻撃機型航空機は沈黙から一転して再び反撃を開始した河内の弾幕から逃れてはいたが、やがて見掛け倒しと看破したのか、再び弾幕に臆する事無く河内に機首を向け始める。

 

「っち、もう見破ったんか! もうちょっと騙されときや!」

 

 自身が考えていたよりも欺瞞効果が続かなかったことに舌打ちしつつも、河内は偽の弾幕を張り続ける。

 が、偽の弾幕と分かれば、もはや敵は神経を研ぎ澄ます必要などない。大胆に行動し、河内を沈めにかかる。

 

「敵機、河内直上! 急降下します!!」

 

「河内! 避けろ!!」

 

「っつ、あかん!」

 

 河内の直上を位置取った攻撃機型航空機は、その翼下の無誘導爆弾を河内の艦橋目掛けて今まさに切り離さんとしていた。

 が、次の瞬間。

 

「なんや!?」

 

 その機が突然火を噴出し、あっという間に火達磨に成り果てると、きりもみしながら重力に逆らう事無く河内の傍の水面に勢いよく飛び込む。

 しかも、火を噴き始めたのはその一機だけではなかった。

 河内の上空を飛び回っていた他の機も、次々に火を噴出し、ビスマルク海にその身を沈めていくのだ。

 

「……ふ、やっと可愛い守護天使達が到着したみたいやな」

 

 程なくして、河内と天龍を護るように展開する五つの艦影。

 急行していた吹雪・叢雲・漣・電・五月雨の五人が合流したのを機に、河内は勝利を確信したかのように呟くのであった。

 

「河内さん、大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫や、吹雪。あたしは甘いものの為なら爆弾五十発受けてもへっちゃらやからな!」

 

「吹雪、あれだけ軽口喋れるなら、たいした事ないんじゃない?」

 

「なんや叢雲、クールやな。嘘でももうちょっと心配したってええやん? ほらほら、河内お姉ちゃん大丈夫~? とか可愛げに言ってもええんやで!」

 

「な! 何で私がそんな事言わなくちゃいけないのよ!!」

 

「ちょっと二人とも! 漫才してないでちゃんと撃ってよ~!」

 

「はわわ、よそ見してるとあぶなのです!」

 

「うわぁぁん、当たらないよ~」

 

 五人の艤装から放たれる火線が攻撃機型航空機を貫いていく中、それでもしぶとく生き残っている攻撃機型航空機は逃げる事無く、再度攻撃を行おうとしていた。

 しかし、新たに現れた圧倒的弾幕に、その機会は永遠に失われるのであった。

 

「待たせたな。河内、大丈夫か?」

 

「なんや、真打は遅れてやって来るってか?」

 

「仕方ないだろ、俺は三十ノットも出ないんだ」

 

「まぁええわ、これで本当に一安心や」

 

 新たに現れた河内以上の巨大な艦影を誇る紀伊は、その艤装に備えられている圧倒的な火力を持って、残っていた攻撃機型航空機を全て海の底へと還すのであった。



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第15話 これより本格始動します その7

 数十分後、自分の姿は官舎地下の司令室ではなく桟橋にあった。

 桟橋には、今し方錨が下ろされた河内の艤装を始め、第一戦隊の艤装が並ぶ。

 

 なお、天龍の艤装に関しては損傷が酷い為、たった数十分前に出たばかりのドックに再び舞い戻ることとなった。

 

 そして、自分の目の前には、そんな艤装を解除し並び立つ河内達の姿があった。

 

「提督はん、何とか無事に帰還したで!」

 

「あぁ、お帰り」

 

 頬に少々煤が付き、衣服も端が少しばかり焼け焦げてはいるが、殆ど訓練にいく前と変わらぬ河内。

 

「天龍も、お帰り」

 

「お、おぅ……」

 

 対して、刀は折れ、ニーソックスは使い物にならない位破れ、頭の謎の装備からは火花が散っている。

 頬や腕など、各所に煤が付き、学生服を思わせる衣服は無残に破れ、手で隠していなければ大事な部分が露になっているであろう。

 

 そんな見ただけでボロボロな状態だと分かる天龍が、河内の横に並び立っている。

 

 何故両者の状態にこれ程の違いが現れているのか、それは、艤装の状態がそれぞれ異なるからである。

 河内は小破程度で、天龍にいたってはもはや大破と言ってもおかしくないほどの損傷具合なのだ。

 

 とここで、何故艤装の損傷具合が彼女達の衣服に反映されているのか、疑問に思う者もいるだろう。

 

 これにはちゃんと理由がある。

 それは、人間以上の大きさを有する艤装では損傷具合を一目で正確に測る事が難しく、素早く適切な対処をしかねない事態になる可能性もある。

 だが、人間と等身大の人工人体であれば、一目で損傷具合を正確に測り適切な対処を行えるのだ。

 

 それに、鉄の塊にしか見えない艤装と、同じ血が通っているように思える人工人体とでは、それが貴重な戦力であると言う重みの感じ方も異なると言うものだ。

 

 と、御託を並べていたが、自分自身も何故艤装と衣服がリンクしているかについては正確な所は分からない。

 だが、思うに。この謎のリンクについては安全に艦娘開発者の趣味だろうと思わざるを得ない。

 

 艦娘には駆逐艦に代表される幼児体形の容姿を持つ者もいれば、片や河内や天龍のようなグラマラスな容姿の持ち主も多い。

 そんな彼女達が戦闘から帰ってきて目のやり場に困るような姿で再び戻ってくるのだ。

 これを開発者の趣味と言わずして何と言う。視覚的に分かりやすく表現する方法など、他にも幾らでもあるだろうに。

 

 だから言いたい、例え伝わらなくても開発者に一言言いたい。物申したい。

 

 

 けしからん、いいぞもっとやれ。どんどんやれ。

 

 と。

 

 

「アホか!!」

 

「って! いてぇ!!」

 

 なんて煩悩を脳内で垂れ流していたら、河内からハリセンでツッコミを入れられてしまった。

 全く、相変わらずベテラン水測員にも引けを取らない反応を見せやがる。

 

「ボロボロになって帰ってきて考えるんがそれか!?」

 

「いいだろ!! 自分だっていたって健全な男の子なんだぞ!!」

 

「うわ! また開き直りおった!」

 

 刹那、桟橋に笑い声が響くと、改めて全員無事に帰還してくれたことに感謝の言葉を述べる。

 

「それじゃ、天龍、君は工廠の入渠室で身体のメンテナンスを……」

 

 そして、本題の後処理へと入る。

 損傷具合の酷い天龍には、入渠室と呼ばれる工廠に設けられた部屋で身体に反映された傷を癒すように指示する。

 

 なお、艤装が本体である為、必ずしも入渠室でメンテナンスを行わなければならない事はないのだが。

 どうも定期的にメンテナンスを行わなければ人工人体内にエラーが蓄積し、艤装装備時に深刻な不具合が生じる可能性があるのだとか。

 なので、入渠室でのメンテナンスは欠かす事は出来ない。

 

 因みに、入渠室内は前世の各種媒体で描かれたお風呂のようなものではなく。

 酸素カプセルのような装置が並べられ、それらを使用している。

 

 ただし、やはり共に命をかけて戦う者同士、信頼関係構築の一環として基地内には健康ランドのような温泉をテーマにした娯楽施設が設けられている。

 同施設は艦娘も利用可能で、基地内の多くの艦娘達が日夜利用している。

 

 なお、公共浴場なので当然の如く混浴なんてものはない。

 

「第一戦隊は報告書を作成し提出、で、河内だが」

 

「ほいな」

 

「と、その前に、はいこれ」

 

「はわー! 間宮亭の羊羹やん!」

 

「約束だからな」

 

「おおきに! 提督はん」

 

「じゃ、甘いものも買ってやったし、河内も頑張って報告書作ってくれよ」

 

「……へ?」

 

「へ、って、お前な、当たり前だろ。今回の騒動の中心は河内、お前なんだから」

 

「えぇぇぇっ!!」

 

 桟橋に来る途中にPXで買っておいた羊羹を手にし笑顔になったかと思えば、次いで報告書の三文字に慌てふためく河内。

 全く、陸にいても海にいても、忙しい奴だな。

 

 ま、嫌いではないが。

 

「あ、あかん、あたしも入渠せなあかんな~、頭がくらくらする~」

 

「……じゃ、羊羹没収な」

 

「うそやん」

 

 こうして指示を出し終えると、ぶつぶつと独り言を漏らす河内を引き連れ、再び官舎へと戻るのであった。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第16話 演習、始めました

 怒涛のような二日目を終えた翌朝、官舎内に設けられている自分用の私室でベッドから上半身を起こし、爽やかな朝を迎える。

 

「HEY! 提督ぅ! It's morning!! 今日もGood weatherヨー」

 

「提督はん! 朝やでーっ!!」

 

「おはよう司令官! 朝ですよぉぉ!!」

 

 予定だったが、目覚め数分でうららかで爽やかな朝とは無縁の時間が訪れてしまった。

 私室の扉を勢いよく開けやって来たのは、秘書艦の河内と昨日新たに加わった二人の艦娘。

 

 攻撃機型航空機との偶発戦後の後、再び建造して出来た艦娘()達で、戦艦の金剛と駆逐艦の朝風だ。

 

 金剛は変わらずと言うべきか、金剛語と称するのが適切な独特の言葉遣いを用いている。

 ただ、時折かなりネイティブに発音するものだから、聞き逃しそうになる。

 

 そして朝風だが、名の通り朝が大好きな子で。

 特に今日のような雲ひとつない快晴の朝などは特に大好きで、気分が高揚するようだ。

 

 で、そんな一般に言えば騒がしい三人に起きて直ぐに絡まれて、爽やかで清清しい気分など味わえるだろうか。

 答えは、否である。

 

「あ~、おはよう。朝から元気だな」

 

「なんや提督はん、テンション低いな?」

 

「……、いや、朝からお前らみたいなテンションなんて、無理だから」

 

「え? そうか?」

 

「別にこれ位のtension、normalだと思いマース」

 

「朝ならこれ位よね?」

 

「お前ら……」

 

 やはり基準が根本から異なる三人に一般的な標準と言うものを諭そうとした自分が馬鹿だった。

 着替えを口実に三人を私室から出て行かせると、気持ちを切り替え、寝間着から仕事着たる軍服に着替える。

 

 こうして身なりも気持ちも新たにすると、今日も新しい一日を始めるべく必要な荷物を持ち私室を後にする。

 

「おぉ、提督はん。着替え終わった?」

 

「おう、終わったぞ」

 

「なら、これから皆で一緒にGo to eat breakfastネー!」

 

「さぁ、行きましょう司令官」

 

 廊下で待っていた三人に引き連れられ、途中で谷川達や紀伊達とも合流し、まさに飯塚艦隊総出で朝食を食べに食堂へと向かう。

 

 

 

 飯塚艦隊総出でも問題なく席に座れる食堂へと到着すると、各々が食べたい朝食を選択していく。

 自分は、バターロールにオムレツとソーセージと言ったアメリカンブレックファストのような朝食を選択すると、テーブルにつく。

 

 他の者達もテーブルへとつく中、ふと対面を見ると、座っていたのは紀伊であった。

 紀伊の朝食は白米に豆腐の味噌汁、そして焼き魚に小鉢が幾つかと言った和食の選択であった。

 

「紀伊は和食なんだな」

 

「当然だ。朝は白米に汁物、そして焼き魚。和に生を受けたのなら、和を重んじなければ」

 

「お、おぅ……」

 

 そう言えば昨日の朝食も紀伊は和食を食べていたのを思い出し、普段の言動なども合わせ、彼はまさに日本男児を体現しているのだなと思いにふける。

 ただ、かと言って洋食は食べないとか頑固でもなければ英語は敵性語だとかを言うことはなく、そこは柔軟な対応を出来るようで。

 選択肢に和があればそれを選択し、なければ他のものを選択できる度量は持ち合わせている。

 

「HEY! 紀伊! 朝食のお供に私が淹れた温かい紅茶はどうデースか!? 本場United Kingdomの美味しい紅茶デース!」

 

「駄目ですよ金剛さん! やっぱり和食には温かいほうじ茶だよ、ね、ご主人さま。やっぱりご主人さまもほうじ茶が飲みたいよね、ほうじ茶ウマウマ、メシウマだもん!」

 

「フードペアリングだよ、飲み物や食べ物のベストな相性を考え出す概念の事だよ。フランスでは古くからマリアージュと呼ばれる伝統的な考え方があり、そんな考えになぞらえて生まれたんだよ。因みにほうじ茶はチョコレートのようなスイーツと相性がいいんだよ」

 

「はわわ! 響ちゃんは博識なのです!」

 

「おい、食べ辛いぞ。できれば食べ終わった後にしてくれ」

 

 ただ、出来る事なら。本当に出来る事なら、目の前でハーレムなんて展開しないで欲しい。

 因みに、金剛は建造時河内が報告書作成で不在の為、一足早く終えた紀伊を連れて行った所で一目惚れしたらしく、金剛の性格から人目も気にせず猛アタックを紀伊に仕掛けている。

 

「て、提督……、その目は何なんだ?」

 

「いや、紀伊は本当に大艦巨砲主義(男の夢)だと思ってるだけだよ、ホントダヨ」

 

「そう言う割りに目が血走っているが……」

 

 くそう、紀伊が艦息だとしても何故こうも世の中は不条理なのだ。

 何故この世には生まれながらにして異性に好かれる者と好かれない者とが別けられなければならないのだ。

 

 もしも、もしも顔の良し悪しを決める神様がいるのだとしたら、その神様に一言言いたい。

 

 何故自分はフツメンになったのでしょうかと。

 

「提督はん、提督はん」

 

「ん?」

 

「自然の摂理や、しゃあない」

 

「ちくしょうめぇぇぇぇっ!!」

 

 わざわざ自分の傍までやって来て肩に手を置き、どうする事も出来ない正論を河内の口から聴いた瞬間。

 心の中に溜まっていた自分自身の心の声が、場も弁えずに漏れ出してしまった。

 

 あぁ、周囲の視線が、食堂内の視線が突き刺さる。

 

「……すいませんでした」

 

 深々と頭を下げ、漸く突き刺さっていた視線は散漫した。

 

 こうしてちょっとした、と言っても自業自得なトラブルを経て朝食に手を付け始め。

 程なくして、食器に盛り付けられていた料理の数々は自身の胃の中へと収まるのであった。

 

「ご馳走様でした」

 

 食後の挨拶も終え、相変わらず対面で食後は紅茶だ珈琲だお茶だとハーレムしている紀伊達を、心を守るために何処か遠い目で眺めながら食後の余韻に浸っていると。

 不意に聞き覚えのある声が耳に入ってくる。

 

「飯塚中佐の所は朝から賑やかですね」

 

「あ! こ、これはおはようございます、マッケイ少佐」

 

「敬語はよしてください、飯塚中佐」

 

「あ、あぁ、すまない」

 

 声の方へと顔を向けると、そこにいたのは紛れもないマッケイ少佐であった。

 顔見知りに先ほどの自身の失態を見られたかと思うと、その恥ずかしさから、動揺してつい敬語が飛び出してしまった。

 

「飯塚中佐の所は、既に大所帯でいいですね」

 

「いや~、そりゃ多くて助かってる所もあるけど、まぁ相応に疲れる部分もあるから、一長一短かな」

 

「でも賑やかなのは良い事です」

 

「まぁ……退屈は、してないかな。所でマッケイ少佐の所は、今後増やしていく予定で?」

 

「えぇ、ゆくゆくは」

 

 自分の場合は桁外れの追加分があったからな、急激に戦力を充実させて大所帯となったが。

 やはり一般的には少しずつ整えていくものだろう。

 

 階級の差や属州の差なども、少しは関係してくるかとは思うが。

 

「所で飯塚中佐」

 

「ん、あぁ、はい」

 

「今日の午後からの演習、楽しみにしていますよ」

 

「あ、そう言えば……」

 

 それは、昨日の攻撃機型航空機との偶発戦後の事。

 ラバウル統合基地の司令部に呼ばれた自分は、ベイカー基地司令から直々に、基地の危機を救った事に関して感謝の言葉を述べられた。

 

 基地被害回避の為に迎撃してくれた事に対して感謝されたが、結果としてあれは敵が河内達を勝手にターゲットに変更しただけで、進んで迎撃した訳じゃないんだがな。

 

 ま、どうあれ基地を救った事に変わりはなく。感謝の言葉を受け取って終了かと思っていると。

 不意に演習の話となり、その後とんとん拍子にマッケイ少佐との演習がセッティングされてしまったのだ。

 

「では、自分たちはこれで失礼します」

 

「またねー!」

 

 ま、演習自体は何れ行わなければならない事だったので、快く承諾し、本日を迎えたのである。

 

「ん? ホバート、マッケイ少佐達もう行っちゃったぞ?」

 

「え、あ! ありがとうございます! そ、それでは、(わたくし)も失礼させて頂きます!」

 

 と、マッケイ少佐と演習する事になった経緯を誰に向けるでもなく心の中で語っていると、何やらホバートが何かを見つめながら立ち尽くしている事に気がつく。

 自分が声をかけると正気を取り戻したのか、軽くお辞儀をしてマッケイ少佐達の後を追うのであった。

 

 そんな彼女の後姿を見送りながら、ふと彼女が見つめていた視線の先を確かめてみると、そこには未だに繰り広げられている紀伊ハーレムの姿があった。

 

「はは~ん。あれは恋する乙女の顔やったな」

 

「……何だ河内、お前も見てたのか」

 

「ふ、当たり前や。所で提督はん、どうやらまた一人、紀伊ハーレムの参加者が現れたみたいやな」

 

「みたいだな。……ま、ホバートはお淑やかだから、人目気にせず騒がしくはしないだろ」

 

「ふ、提督はん、甘いな。ああ言ったタイプの子こそ、二人っきりになったらとんでもない位大胆な事するんやで」

 

「そ、そうなのか、成る程。……って、くだらない事言ってる場合か! ほらほら、午前中の業務があるんだ! さっさと戻るぞ!」

 

「ほいほい」

 

 河内の勝手な性格診断に頷いている場合ではない、午後の演習に向けて午前中にこなさなければならない業務は山の様にあるのだ。

 食後の余韻に浸っている者や紀伊ハーレムの面々を急かし食堂を後にすると、官舎へと早足で戻るのであった。



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第17話 演習、始めました その2

 各々がそれぞれに与えられた業務をこなし、特にトラブルらしきものもなく順調に時間は進む。

 河内が燃料切れと称して甘いものを強請ってはいたが、もはや慣れたもので、適当にあしらうと頬を膨らませる河内を他所に自身の書類の処理に勤しむのであった。

 

「なぁ提督はん、ちょっとだけでええからさ~」

 

「……駄目だ、ほら、手動かせ、手」

 

「むぅ」

 

「それに、そんなに間食ばっかりしていると……、バルジ増設(太る)だぞ」

 

「ぅ! せ、せやけど提督はん! あ、あたしは艦娘やから、普通の女の子とはちゃうし、ちょ! ちょっと位間食多くたって、べべ、別にバルジが増設なんて……」

 

「そう言えば噂で聞いたんだが。艦娘でもあまり間食し過ぎたり量を食べ過ぎたりすると、ナノマシンが処理しきれずどんどん体内にあまりものが溜まって、人間同様バルジが増設されてくって……」

 

「……」

 

 さて、河内が静かに自身の仕事に勤しみ始めた所で、自分も区切りのいい所まで頑張って勤しみますか。

 

 

 執務室内の壁に設けられている時計の針がいい頃合を示しているのを確認し、書類も区切りのいい所まで終わったのを確認すると、河内に声をかける。

 

「おーい、河内、そっちはどうだ? 一区切りつけたか?」

 

「うん、ついたで」

 

 余程増設バルジの事が効いているのか、いつにも増して反応が薄い。

 

「なら会議室に行くか」

 

「せやな」

 

 そんな河内を引き連れ執務室を後に向かったのは会議室だ。

 何故会議室に向かったのかと言えば、残り数時間に迫ったマッケイ少佐との演習に関して、参加メンバー等を決める為である。

 

「よーし、全員集まってるな」

 

 ホワイトボードを背に、会議室に飯塚艦隊所属の全艦娘、及び艦息紀伊が集まった事を確認すると、会議の開催を宣言する。

 

「では先ず、皆気になっていると思うが、今回予定されているマッケイ少佐との演習に参加してもらうメンバーを発表する」

 

 演習と言っても全員が参加出来る訳ではない。

 そもそも、全員参加となると明らかに数の差で勝敗がついてしまい、演習の意味をなさなくなる。

 

 なので、参加できるのは一個戦隊分のみだ。

 当然、参加できない面々には、各々その間別の仕事を与える。

 

「旗艦を熊野、以下天龍・球磨・漣・響・電の計六隻をもって演習参加の特別戦隊を編成する」

 

 自分の口から参加メンバーが発表されると、選ばれた面々は各々に意気込みを口にし。

 選ばれなかった面々は、選ばれた面々に声援を送ったり、安堵したり。その反応は様々だ。

 

 因みに、参加メンバーに選ばれた軽巡洋艦の球磨は、金剛や朝風と共に新たに加わった艦娘だ。

 名前のせいなのか、語尾にクマとつくのが特徴であるが、元気で、長女である為かそれでいて面倒見が良かったりもする。

 

「それじゃ、今回不参加となった面々には午後からそれぞれの仕事を与えるので、河内、プリントを」

 

「……」

 

「ん? 河内? おーい、どうした?」

 

「……でや」

 

「え? 何か言ったか?」

 

「なんで、なんであたしが参加できへんのやぁーっ!」

 

 配布するプリントを持ったままうなだれていたかと思えば、次の瞬間には自身が参加できなった事に不満を爆発させる河内。

 

「折角余分な脂肪をね……、やなかった! 折角戦艦揃えてんねやから、相手に遠慮なんかせんと使ったらええやんか!」

 

 その際、勢い余って本音が漏れてしまったようで。

 どうやら演習を適度なダイエットとして考えていたようだ。

 

「河内のfat-burningは兎も角、どうして私達Battleshipがメンバーに選ばれないんデース! 私と紀伊のThe power of loveがあれば、演習なんてPerfect gameネー!!」

 

「金剛、俺はお前とそんな関係になった覚えはないぞ」

 

「今はそうでなくても、何れ私のMy darlingにしてみせマース!」

 

「あー! 駄目だよ金剛さん! ご主人さまは私や五月雨ちゃんのご主人さまなんだから! 独り占めは駄目、ね、五月雨ちゃん」

 

「は、はい! 紀伊さんは、皆で分け合うものです!!」

 

「……俺は小動物でもないんだが」

 

「ちょ、まってや金剛! あたしは別にダイエットしたいから演習したいなんて言ってないやん!」

 

 なんて観察していたら、次いで金剛まで参加できなかったことに対して不満を漏らし始める。

 そして、それに端を発して、話の流れがどんどん別の方向へと向かい始める。

 

「ほらほら! 全員私語を慎め! 今は午後の演習とその間の割り振りについての会議だ、関係のない話は仕事が終わった後でするように。……それと、紀伊の(紀伊)持ちは紀伊本人の問題だから、押し付け合いはしないように! 紀伊の(紀伊)持ちを尊重しろよ!」

 

 なので、渾身の駄洒落と共に場を沈めようとしたのだが。

 何だか、思いのほか駄洒落が凄すぎて、皆想像以上に黙りこくってしまった。

 

「提督はん、提督はん。ハッキリ言って、むっちゃスベッてんで」

 

「……、えーそれでは、納得できない者もいるようなので、何故今回の演習に戦艦を参加させないのか、その理由を説明していこうと思う」

 

「あ、話題変えおった」

 

 分かってはいたが、改めて声に出して指摘されると、色々と恥ずかしい。

 なので、恥ずかしさを紛らわせる意味合いも込めて、演習に戦艦を参加させない理由を説いていく。

 

「演習は文字通り、他の提督が指揮する艦隊と実戦を想定して行う訓練だ。だが演習は互いが有する艦娘達の錬度を確かめる意味もあり、その為、演習は実力が拮抗しているであろう相手とのものが常となる」

 

 提督の階級や保有する艦娘の数、及び実力や戦力値等が拮抗、或いは差が少ないもので演習は組まれる事が多い。

 

「しかし、当然そう都合のいい様に同列の者同士で組めるものではないので、その場合は、事前に参加可能艦種を制限したり、同数や個艦性能の差を同程度に調整したりと、様々な制約を設ける事もある」

 

「それじゃ、今回の演習もその制約が設けられているんデースか?」

 

「いや、今回に関しては特に設けられてはいない」

 

「せやったら、なんであたしら戦艦は外したんや?」

 

「さっきも言ったように、演習は実戦を想定して艦娘達の錬度を確かめる意味もあるんだ。確かに戦艦は頼もしい存在であるが、だからと言って頼りきりにしていいものでもない。実戦では、いつも戦艦が同行しているとは限らない。だから、戦艦がいなくとも、困難な状況を切り抜ける確かな手応えをこの演習で感じ取って欲しい。その思いから、今回は戦艦をあえて外させてもらった」

 

 自身の説明に、耳を傾けていた面々は納得したような表情を見せる。

 

「まぁ、後は……、重巡以上を有していない少佐相手に戦艦出すのは大人気ないかなって思ったり、かかる資材の事も考えると、戦艦出さなくてもいいかなって思った次第で……、だって実戦じゃないし」

 

「本音はそこかいな!」

 

 そして、最後にオチもついて笑いが起こった所で、改めて演習不参加の面々に与える仕事について、河内からプリントを配布してもらう。

 

「では、これで会議を終了する。昼食を確りとって、皆午後からも頑張って欲しい、以上、解散」

 

 その後は滞りなく進み、会議が終わりを迎える頃には、丁度昼食の頃合となっていた。



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第18話 演習、始めました その3

 昼食を取り終え、少しばかりの休憩時間を挟み、午後からの業務が開始されると同時に官舎内は慌しくなっていく。

 演習に参加する面々は会議室で演習相手の予習、その他の面々も艤装と共に海に出た者や書類と睨めっこしている者など、各々が与えられた仕事を始めている。

 

 そして、そんな中でただ一人、誰よりも熱心に取り組んでいた者がいた。

 

「ほな提督はん! ちょっと基地内走ってくるわ!」

 

 誰であろう河内だ。

 しかも、業務とは何の関係もない、自身のバルジ増設予防の為にだ。

 

 昼食中、肥満対策にはやはり運動が一番。なんて話をしてしまったものだから、基地内を走りこんでくるといった流れになってしまった。

 実際にはバランスの良い食事や適度な運動適度な睡眠、それらバランスの良い生活習慣を持続する事が肥満対策には一番良いのだが。河内の耳には届いていなかった様だ。

 

 最も、先の肥満対策は人間に当てはまるもので艦娘にも適用されるかは疑問符がつくのだが。

 本人のやる気を削ぎそうなので、口にはしなかった。

 

 にしても、演習観戦に秘書艦の同席は自由となっているからといって、その間自身の為に走りこむって。

 色々と片付けておいて欲しい書類とかもあったんだけどな。

 本当に、河内は色んな意味で芯がしっかりしてるな。涙が出るよ。

 

 

 さて、そんな一幕も経て、いよいよ演習の時は訪れた。

 既に演習参加の面々は艤装と共に演習海域へと赴き、自分とマッケイ少佐は演習観戦の為、基地司令部内に設けられている観戦室へと移動している。

 

 眼前に見える巨大な机の上には演習海域の海図が広げられ、その上には、演習に参加する艦娘各々の艤装のモデルが置かれ。

 それらを現在進行形で動かさせるのは、部屋の端々にいる機材と睨めっこしているオペレーター達だ。

 まさに卓上にてリアルタイムで演習内容が表示されるシステムが、そこには設けられていた。

 

「それでは、演習を開始したします」

 

 演習開始が告げられ、いよいよ自分とマッケイ少佐が自信を持って送り出した艦娘達の演習が幕を上げた。

 

「よっしゃ、切り込み役はオレに任せろ!」

 

「ちょっと待ってください! 相手にはわたくしと同じ重巡がいらっしゃいますのよ、先ずは砲撃による牽制を……」

 

「んなチマチマした事してられっか! 一気に切り込んで必殺の魚雷を叩き込んでやるだけさ!」

 

「球磨は熊野の意見に賛成クマー」

 

「ぁぁ、もう何だよ! ならオレだけでも切り込むぞ! 熊野、砲撃で支援よろしくな!」

 

「ちょ! ちょっとお待ちなさい天龍さん! 勝手な行動は許しませんわ!!」

 

「ハラショー、相手は見事な艦隊運動だね」

 

「響ちゃん、感心している場合じゃないのです!」

 

「はにゃ~、これもうだめぽ……」

 

 のだが、室内に流れる艦娘達のやり取り、そして卓上で動かされるモデルの動きから、もはや熊野達の散々たる結果が嫌でも伝わってくる。

 

 マッケイ少佐の演習組は、旗艦の重巡オーストラリア以下ホバートとアデレードの軽巡二人、そしてアルタン及びアドミラルティW級のヴォイジャーとウォーターヘンの編成で臨んでいた。

 個別のカタログスペック等を抜きにすれば、編成や数など、全体としては拮抗していた。

 なので、勝敗を左右するのは錬度や味方同士の連携など、日々の訓練で培われたものとなるのだが。

 

 ハッキリ言って、今の熊野達には圧倒的にそれらが足りなかった。

 

 初動は互いに水偵を出して相手の位置を特定、そして、ほぼ同時的に相手の位置を特定した所で、いよいよ本格的な戦闘が開始された訳なのだが、その結果は言わずもがな。

 勝手に突出した天龍は見事に相手の集中砲火を受けて早々にリタイア。この時点で既に数的有利を失い。

 更に天龍を囮として残りの五人で相手の後背から襲い掛かろうとするも、艦隊運動が上手くいかず。

 

 結果、早々に天龍をリタイアさせた相手方は、その一糸乱れぬ見事な艦隊運動で残り五人にも白旗を挙げさせたのであった。

 

「……はぁ」

 

 演習終了が告げられ、自分は一番にため息を漏らす。

 まさかここまで不甲斐ない結果になろうとは思わなかったからだ。

 

 相手は自分達よりも艦隊として一日の長がある為、勝てなくても良いとは思ってはいたが、まさか一隻も白旗を挙げさせる事無く一方的な結果になろうとは思わなかった。

 文字通りの完敗だ。

 

「お疲れ様でした、飯塚中佐」

 

「あぁ、お疲れ様。……すまなかったマッケイ少佐、自分達の錬度不足で演習と言うよりもただの射撃訓練みたいになってしまって」

 

「いえ、謝らないで下さい、飯塚中佐。誰だって最初のころはあのような感じで、自分も最初のころは同じでした。ですから、頑張ってください飯塚中佐。今度演習する時、自分を驚かせてくれるほど成長した姿を期待しています」

 

「ありがとう、マッケイ少佐」

 

 マッケイ少佐の嫌味の感じられない言葉を受け、自分の中の肩の荷が少しばかり軽くなった気がした。

 そうだ、これは演習なんだ、不甲斐なくたっていいじゃないか。ここから問題点を見直し、実戦に向けて問題点を訓練で克服していけばいい。

 

「では、失礼します」

 

「ありがとう、マッケイ少佐」

 

 再度礼を言い、一足早く観戦室を後にするマッケイ少佐の背を見送りながら、今後の訓練メニューなどを頭の中で組み立てていく。

 そして、一応問題点克服の為の訓練メニューが組みあがると、自分も観戦室を後に官舎へと戻る。

 

 官舎に戻る途中、マッケイ少佐がベイカー基地司令から何やら感謝されていたが、恐らく自分との演習に完勝した事が誇らしいのだろう。

 

「あ、提督はん? 演習終わったん?」

 

「あぁ、終わったぞ」

 

「で、どやった?」

 

「負けた」

 

「あ~、やっぱりな」

 

 そしてもう一つ、戻る途中で走り終えた河内とも合流し、揃って官舎へと戻るのであった。

 

 

 

 官舎に戻り、演習に参加した熊野達が入渠室から戻ってくるのを書類を処理しながら執務室で待つ。

 

「提督、艦隊帰投いたしましたわ」

 

「帰ってきたクマ~」

 

「入渠室でお肌も心もリフレッシュ! キタコレ!」

 

「体が軽くなったのです」

 

「入渠だよ、ドック入りだよ」

 

「皆お疲れ様」

 

 やがて、入渠室で演習の傷を癒してきた熊野達が戻ってくると、労いの言葉をかけた後、早速彼女達を引き連れて会議室へと向かう。

 会議室には、既に演習に不参加であった面々が一部を除いて集まっていた。

 

「えー、では早速だが発表する。今後一定期間を錬度向上期間とし、厳しい訓練のもと艦隊運動や連携等を向上してもらいたいと思っている」

 

「はきゅー、今日からは訓練の日だ」

 

「何だかしんどそうクマー……」

 

「あら、私達は戦う為にいるのだから、厳しい訓練をこなすのは当然の事よ。特に、不甲斐ない結果を残したのなら尚更ね」

 

「ぐうの音も出ないクマー……」

 

 突然の発表に思い思いの感想を零してはいるようだが、特に反対意見は出ていない。

 

「艦隊運動に連携、対艦及び対空射撃の訓練、それに回避行動等々。明日から錬度向上に向けてみっちりと訓練を行っていくから皆心するように! いいか、『月火水木金土日』の精神で臨むように!!」

 

「……提督、それを言うなら『月月火水木金金』だ」

 

「いや紀伊、そこはもっと淡々とではなく切れ良くツッコミ入れてくれないとだな……」

 

「あら? そう言えば、この手のやり取りの時は必ずツッコミ役でいるはずの河内さんの姿が見当たりませんわ?」

 

「天龍の姿もないデース」

 

「ん、あぁ。天龍は河内とマンツーマンで訓練する事にしたんだ。今回の演習を見ても、天龍には特別メニューが必要と思って」

 

「それで河内さんとマンツーマンですのね。でも大丈夫ですの? 先日の事もありましたし、トラウマの心配など?」

 

「……そこは、大丈夫だろ」

 

 その後詳細な訓練メニューを記載した資料を配布し、翌日からは、まさに身体に覚え込ませるかの如く濃密なスケジュールのもと訓練が行われた。

 弱音を吐きそうな者も中にはいたが、他の者の助けや励ましを受けながら、再び訓練に臨むのであった。

 

 因みに、河内とマンツーマンで訓練に臨んでいた天龍だが。

 ある日途中経過を見に行くと、河内の事を『姐さん』と呼んでいたので、即座に他の面々と一緒のメニューに戻して合流させた。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第19話 空母来る

今回は少し短めとなっております。


 演習での散々たる結果を機に錬度向上の為の訓練を開始してから幾分かの日数が経過した。

 最初はぎこちなさを見せていた艦隊行動も、今では、多少ぎこちなさが残ってはいるものの、滑らかなものへと変化している。

 当然、実戦で要求される各種行動も正確でロスの少ない、まさに訓練の賜物と言った所だ。

 

 勿論、ここ何日か頑張っていたのは訓練だけではない。

 周辺海域での深海棲艦の脅威を警戒した哨戒活動や地元漁業の護衛活動も、当然行っている。

 なお、数日前には日頃の訓練の成果が発揮され、深海棲艦のはぐれ艦隊と思しき小規模艦隊に対し見事勝利を収めている。

 

 この様に、実務や訓練に精力的に取り組んでいる訳だが、問題がない訳ではない。

 

 任務と訓練と休暇のローテーションを組むにはもう少し数が欲しい。

 更には、現在保有する艦種ももう少し数を増やし任務や訓練にもっと幅を持たせたい。

 

 特に空母は現在早急に整えたいものと考えている。

 と言うのも、先だってはぐれと思しき深海棲艦側の軽空母、しかしどう見てもその外観はガミラス式三段空母、しかも初代。

 じゃなかった、連合側命名『軽空母ヌ級』と哨戒行動中の第一戦隊が接敵。相手は何故か単艦行動だった為最悪の事態には至らなかったが、搭載していた艦載機の攻撃により多少の被害を被った。

 

 この事から、やはり艦隊の対空防御策には空母と艦載機による航空戦力が望ましいとの考えに至り。

 更には、軽空母が出現したと言う事は将来的に正規空母との接敵も考えられる事から、現在、空母を欲している訳なのだが。

 

「うーん……」

 

「またハズレだ。でも気を落とすな」

 

「またカーン、カーンすればいい」

 

「ねばぎーぶあーーーっぷ!!」

 

 何故か空母が建造されない。

 ここ数日、空母を建造しようと工廠に足を運んでは、空母が建造された筈の数値を打ち込んで建造を行っているのだが。

 その結果たるや、もはや目も当てられない悲惨なもので。

 

 正規空母はもとより軽空母、最悪航空戦力整備の為に護衛空母でもいいと思っていたが、全然建造されないのだ。

 まさかの建造失敗、全戦全敗。年代・国籍問わず建造したのに全戦全敗。

 

 何故、何故建造されないんだ。幾ら気まぐれとは言えこれはあまりに酷すぎる。

 

「……はぁ」

 

「そう落ち込むな、次がある」

 

「そうそう、継続はPOWWWWWWWEEEEEEERRRRRRR!!!!なり」

 

「全ての建造はカーン、カーンに通じている、だから、あきらめるな」

 

「てけてんてんてんてんてーん! never~ give~ up!!」

 

「えっと、提督、大丈夫ですよ。うん、次があります」

 

「はは、ありがとう」

 

 妖精達や明石の励ましを背に、今回も建造失敗した悲しみを肩を落として表現しながら、官舎へと戻る。

 執務室に戻り、自身の席に深々と腰を下ろすと、再びため息を漏らす。

 

 妖精達や明石には次があるとは言われたが、そう言い続けられてもはや何回目か。ここまで建造されないと何か性質の悪い呪いにでもかかっているのではと疑いたくなる。

 

「……はぁ」

 

「なんやなんや提督はん、帰ってきたと思ったらそんな辛気臭い顔して?」

 

「分かってるだろ、河内。今回も建造失敗したんだよ」

 

「あぁ~、成る程。って事は、これで通算十回連続の大台突破やな」

 

「……言うなよ」

 

 十回連続と言っても、毎回建造一つではなく、時には四つ全てで建造した事もあるので。もはや無駄になった資材の量は直ぐに補えるものではない。

 

「せやけど不思議やな。なんでできへん(建造されない)のやろ」

 

「さぁな、そんなのこっちが聞きたいよ」

 

「せやな」

 

「あぁ、よし、忘れよ! 兎に角仕事して忘れるぞ!」

 

 溶かした資材はもはや戻ってはこない。ならば、次の為に気持ちを切り替え前を向かねば。

 そして、その為には目の前の机の上に積まれた書類を処理する事が一番の方法だ。

 

「ほなあたし、気分転換になるよう珈琲淹れてきたるわ」

 

 河内が給湯室で淹れてくれた珈琲の香りを楽しみながら、辛いことを忘れるべく、自分は一心不乱に書類の処理に専念するのであった。



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第20話 空母来る その2

 やがて、昼食を挟み午後からの業務を開始してから幾ばくかした頃。

 不意に河内がとある提案を持ちかけてきた。

 

「なぁ提督はん。もう一回建造してみいひん?」

 

「何だよ、突然?」

 

「いや、あんな。今まで建造試した十回は全部提督はん一人でやってたけど、今度はあたしも試してみたらどうやろって思って」

 

 確かに河内の言う通り。今までの十回は全て河内を初めとした艦娘達を連れずに建造を試してきた、その結果は言わずもがな。

 であれば、可能性を信じ、ここは河内の提案に乗ってみるか。

 

「そうだな、よし、一度試してみるか」

 

「よっしゃ、ほな早速行こか!」

 

 河内を引き連れ執務室を後に工廠へとやって来た自分達は、プレハブ事務所にて慣れた手つきでモニターに数値を入力していく。

 

「今回は河内さんが入力するんですね」

 

「自分じゃ今のところ全敗だからな、河内なら成功するかも知れないって思ってな」

 

 明石と雑談をしていると、入力が完了した河内からいよいよ運命のボタンを押すとの旨が伝えられる。

 

「ほな、いくで」

 

「お、おう」

 

「ご、くっ……」

 

「ほな、スタートや!」

 

 河内の指がモニターに接触し、表示されていた建造開始のボタンを押す。

 刹那、モニターに新たな表示が現れる。

 

「……や、やったぁぁっっ!!」

 

 それは、今まで見てきた失敗の二文字ではない、建造成功を告げる建造時間の表示であった。

 思わず両手を上げてガッツポーズをし、更には河内の手を取り上下に力強く揺らすなど、その喜びようを一頻り堪能した後。

 

 一体どんな空母がやってくるのかと、建造時間から大体の予想をしようと時間を確かめてみると、そこには、見慣れない時間が表示されていた。

 

「あれ、……ん?」

 

 あまりの喜びでピントがずれてしまったのか。

 一度目を閉じピント調節を行った後、改めて時間を確認するも、そこに表示されているのは相変わらずの見慣れない時間。

 

 何なんだ、二十四時間って。

 

 河内や紀伊よりも更に上をいく建造時間。

 当然こんな建造時間など見た事もないので予想など出来る筈もない。

 いや待てよ、見た事もないと言うことは河内や紀伊と同じパターンの可能性が高いと言うことか。と言う事は、河内や紀伊と同じ世界で生まれた空母が建造されていると言うことか。

 

 いや待つんだ自分。そもそも空母が出来ると言う確証を得たわけじゃないんだ。もしかしたら、空母以外の艦種かも知れない。

 まさか、この建造時間、河内が言ってた河内の世界の大和型がやって来るのか。あの超弩級大艦巨砲主義の申し子が。

 

「提督はん、大丈夫かいな? 興奮しすぎて顔色悪いで」

 

 ふと投げかけられた河内の言葉に、目まぐるしく動いていた思考回路の動きが緩やかに落ち着きを取り戻していく。

 そうだ落ち着け、落ち着くんだ自分。まだ慌てるような(建造)時間じゃない。

 

 今帰って、明日の同じ時間になったら建造が完了している、まだそんな建造時間だ。慌てるほどではない。

 

「ふぅ……すまん河内、ちょっと興奮しすぎた、外で風に当たってくる」

 

 とりあえず工廠を出て、外で風に当たりながら再び思考回路を巡らせていく。

 例え実在した記録のない軍艦が艦娘としてやって来たとしても、今更どう変わると言うんだ。既に河内や紀伊がいるんだ、今更一人二人増えたところで大した事じゃない。

 

 それに、考えによっては、河内と紀伊の新たな同郷の者がやって来る事は二人にとっても嬉しいことだ。

 

「……よし」

 

 建造時間に驚き無駄な心配をしてしまったが、もうそんな心配も吹き飛ばした。

 プレハブ事務所へと戻ると、明石に高速建造材の使用を指示する。

 

 例によって例の如く、高速建造チームの頭をねじ切って玩具にしちゃうような台詞を聞きながら、見る見る減っていく建造時間を眺め続ける。

 やがて、建造が完了すると、妖精達の間を通りながら新しく加入する艦娘()とのご対面へと向かう。

 

「先に言っておくが河内、この間の天龍のような事だけはしてくれるなよ」

 

「分かってるって提督はん。どんな嫌味ったらしい艦娘()が来ても、笑って流したるわ。……でも、扱いてええんやろ、訓練では?」

 

「程ほどでな」

 

「了解……っと、来たで、提督はん」

 

 河内に釘を刺していると、開閉式扉の向こう側から足音が一つ聞えてくる。

 開閉式扉から流れ出てくる煙の量が今まで以上多く、ぼんやりとしたシルエットが分かる程度ではあるが、そのシルエットは女性であった。

 その背丈は、れっきとした大人の女性そのもの。やはり、大型艦のようだ。

 

 程なくして、煙を突き破り、一人の女性がその鮮明な姿を現す。

 

 短めに纏めた黒髪のサイドテールを靡かせ、弓道着を思わせる服装。更に本人のイメージカラーであろう青い袴が目を引く。

 そんな衣服を身に纏った女性を、自分は知っていた。厳密に言えば、前世でプレイした艦これのゲームでである。

 女性の名前は『加賀』。ゲーム内ではかつて存在していた正規空母である同名の空母をモチーフとしたキャラクターだ。

 

 そんな彼女の人となりは、クール系。と思われるがそれは外見だけの事で。

 実際は感情表現が下手なだけで、その本性は激情家とも言われている。

 

 勿論、この世界でも艦娘加賀は存在しており。

 若干の個体差はあるものの、概ねゲーム通りの性格をしている加賀さん達は呉鎮でも数人見かけたことがある。

 

 だが、今自分の目の前に現れた加賀の表情は、呉鎮で見かけた氷の女の如く眉一つ動かさないそれではなかった。

 柔らかい笑みを浮かべ、まるで女神の如く慈愛に満ちたオーラを纏っているのだ。

 一体、この笑顔の素敵な美人は何処の何方なんだ。

 

「加賀型航空母艦、一番艦を務めます加賀と申します。貴方様が提督様、ですか?」

 

「は、はい……」

 

「何卒不束者ではございますが、今後ともよろしくお願い致しますね」

 

 綺麗なお辞儀と共に自己紹介を行う彼女の一方で、自分は、半ば唖然としっぱなしだった。

 それもそうだろう。容姿は同じ加賀なのに、その性格たるや、百八十度も違うのだから。

 

「あら? もしかして、河内さん、ですか?」

 

「お、あたしの事知ってるって事は、もしかしてあたしと同じ世界の方の加賀さんかいな!?」

 

「同じ、世界? ですか? よく分かりませんが、その様に表すのが適切ならばそうなのでしょうね」

 

「なんや! ……提督はん、この加賀さんはあたしと同じ世界の加賀さんや!」

 

 隣に立っていた河内の姿を見てその正体にはたと気がついた事からも、どうやら彼女が河内や紀伊と同郷である事は間違いないようだ。

 それにしても、河内の世界の加賀さんってこんなにも優しそうなお姉さんなんだな。

 鉄壁の牙城を崩していく達成感がたまらないクール系もいいが、最初から全てを包み込んでくれるような優しく愛らしいお姉さん系もこれはこれで捨て難い。

 

「提督はん。何かまた変なこと考えてるやろ?」

 

「いやなに。河内(サバサバ系)には全く見られない系統は新鮮で良いなって思っただけだ」

 

「それ、あたしへの当て付けなん?」

 

「いや、ただ男は女性に潤いを求めるものだよなって話だ!!」

 

「誰が乾燥剤やねん!!」

 

「うへべ!!」

 

「まぁ、お二人は仲がよろしいんですね」

 

 こうして加賀の前でちょっとした漫才を披露した後。先ずはお約束とばかりにワイヤレスイヤホンで認識の相違を無くすと。

 次いで、加賀さんの履歴書を拝見させていただく。



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第21話 空母来る その3

 自己紹介の際に一番艦と付けていて事から、自分の世界では生まれる事のなかった同型艦が存在しているのだろうと予想していたが、まさにその通りだった。

 その生い立ちは、自分の世界の加賀同様軍縮条約によって戦艦から改装されたものであった。

 所が、この空母への改装を施されたのは加賀のみならず。自分の世界では標的艦として自沈処分となった『土佐』に加え、三番艦の『阿波』、四番艦の『讃岐』と言う影も形もなかった筈の二隻まで加えた計四隻に施されているのだ。

 

 まさか河内の世界の加賀さんは四姉妹の長女になっていようとは、驚かずにはいられない。

 しかし、四姉妹の長女。成程、だから河内の世界の加賀さんは気立てが良くて優しい女神のような性格になったんだな。

 ま、世の中には誰とは言わないが長女であってもだらしのない者もいる。だが加賀さんはそんな例には漏れてくれたようだ。

 

 閑話休題。

 

 さて、その他の戦歴に目を通してみるも、もはや自分の世界と似ているのは生い立ちの部分位で、後は河内や紀伊同様にパラレルワールドなものだった。

 開戦時の時点で既に次世代型と言うべき空母群が次々竣工或いは竣工間近であった為、河内の世界におけるMI作戦らしき作戦には参加しておらず、主に南方の方で活躍されていた。

 しかも大戦が進み次々に若く新しい後輩達が出てくるにつれ、次第に活躍の場を失っていった加賀さんは、結局大戦末期には主に訓練用の空母として運用され。

 河内同様終戦まで生き残ったものの、終戦後間もなく除籍され解体されている。

 

 なお、その他の戦歴に関しては、彼女は大戦中大規模な改装工事が行われている。

 これにより、四万トンに迫る基準排水量を誇り、大鳳や隼鷹型のような煙突と艦橋の一体型アイランドを有し。更には大戦中に大型化する艦載機に対応すべくカタパルトまで装備するに至った。

 

 ただカタパルトに関しては、加賀さんが訓練用の空母として運用することが決定していた為に装備されたもので、姉妹艦の土佐と阿波には装備されていない。

 

「成る程ね」

 

 履歴書の戦歴をとりあえず目を通し終え、大体分かったとばかりに加賀さんに履歴書を返す。

 と、河内が何か言いたげな表情で自分の事を見ているのであった。

 

「提督はん、提督はんもあたしらの事言われへんのちゃう?」

 

 河内の言う事が何を意味するのか、もはや語るまい。

 

 さて、小ボケも挟んだところでいよいよ空母が空母たる所以の艦載機についての話をしていこう。

 

「所で加賀さん」

 

「あの、提督様。私の事はさん付けせずに呼んでください」

 

「いや、その。何と言うか、自然とさん付けしたくなってしまって」

 

「なんやそれ、ほなあたしにもさん付けで呼んでや」

 

「……河内『産』」

 

「提督はん、文字にせんでもニュアンスで分かるで」

 

 くそう戦艦の癖にイージス並みの感度しやがって、これが本当のイージス戦艦ってか。

 

「あほか!」

 

 河内のハリセンが炸裂した所で、加賀さんには今後もさん付けで呼ぶことを納得してもらい。

 いよいよ本当に、加賀さんが現在装備している艦載機の話をしていく。

 

「改めて加賀さん。加賀さんはどの様な機種の艦載機を装備しているんですか?」

 

「今装備しているのは、こちらになります」

 

「どれどれ」

 

 加賀さんから手渡されたリストを拝見し、現在装備している艦載機についての情報に目を通していくが。

 案の定と言うべきか、全く名前も知らない艦載機が装備されていた。

 

 何なんだ、九九式艦上戦闘機という名の艦載機とは。

 確か九九式と名が付く艦載機は艦上爆撃機の筈なのだが。やはり世界が異なると、相違も生まれてくる。

 

「あぁ、九九式っちゅうのは、あたしらの世界で使われとった戦闘機で、提督はんの知るとこで言う『零戦』やな。あたしらの世界では提督はんの知るのより早く採用されて、九九式って呼ばれとるんよ」

 

 九九式艦上戦闘機に関して加賀さんに説明を求めようかと思っていたのだが。

 何故か河内が自分の疑問を感じ取ったのか、加賀さんに代わって説明を始める。

 

「派生型としては零戦とほぼ同じの一一型に零戦五二型相当の二一型。それに零戦五四型相当の三三型に水冷エンジン搭載の四四型なんかもあるわ。更に変り種に練習機や水上機、はたまた『クアドラプルナイン』なんて呼ばれとった双胴型もあるで」

 

「す、水冷エンジンに双胴型……。世界は違えど零戦はやはり大日本帝国海軍の象徴の一つなんだな」

 

「いや、いうても九九式が活躍しとったんは大戦の初期から中期初め位までの間で、その後は後継の一式艦上戦闘機『紫電』に取って代わられとるで」

 

「……そ、そうなのか」

 

「まぁでも、日本では大戦が進むにつれ最前線から姿を消したけど、他国に輸出されたもんの中には終戦後も暫く一線で活躍しとったもんもあるし。一つの時代を築いたんわ違いないな」

 

「私も本来の世界では、当初九九式を使用していましたが、後に紫電や『天風』と言った艦上戦闘機を使用していました。それでも、九九式には数え切れないほどの思い入れもあります」

 

 世界や名は違えど、日本が産み出した零戦は日本人とは切っても切れないものなんだな。

 

「成る程ね。……ん、待てよ。そう言えば河内、お前空母じゃないのに戦闘機の事やけに詳しいな」

 

「あたり前やん。あたしは元連合艦隊旗艦やで! 例え空母やのうても運用している戦闘機の情報ぐらい、覚えてるんは基本中の基本や!」

 

「おぉ、流石元連合艦隊旗艦……」

 

「ふふん! もっと褒めてもええんやで!」

 

 胸を張る河内だが、するとどうだろう、基準排水量八万トン越えの無駄に大きなバルジが有無を言わさず強調される。

 本当に、黙っていれば色々な意味で素敵な女性なのが惜しまれてならない。

 

「ってへべ!!」

 

「また下らんこと考えとったやろ!」

 

 なんて頭の中で考えていると、やはり河内のハリセンが炸裂する。

 くそ、やはり河内はニュータイプだったか。(ニュー)(タイプ)(戦艦)だけに。

 

「アホか!」

 

 そしてまた河内のハリセンが炸裂したのは言うまでもない。



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第22話 空母来る その4

 こうして加賀さんの装備している艦載機。初期装備は九九式艦上戦闘機二一型であった、の情報を理解し。

 その他河内の世界での九九式艦上爆撃機である『九八式艦上爆撃機』も併せて初期装備として装備していることを理解する。

 

 と、文字として理解はしたものの、やはり実物を見て視覚的にも理解した。

 そこで、更なる理解を深める為にも、加賀さんの艤装(船体)を見に行く事となった。

 

「明石、加賀さんの艤装はもうドックから出てるか?」

 

「はい、ドックから出して指定のバースに既に係留されています」

 

「分かった、ありがとう」

 

 明石に加賀さんの艤装の所在を確認し終えると、自分は河内と加賀さんを連れ、工廠を後に一路桟橋へと向かった。

 いくつかのバースには、今日も艦娘達の艤装を始め、縁の下の力持ちである支援船達の姿が見られ。そのどれもが南国の太陽に映えていた。

 

 そんな光景を横目に、自分達は加賀さんの艤装が係留されているバースへと足を運ぶ。

 

「おぉ、これが加賀さんの艤装か」

 

 流石に八万トンや十万トンクラスの河内や紀伊の艤装に比べると、艦種の違いもあるだろうが、如何せん力強さというものはやや薄い。

 しかしそれでも四万トンに迫る、しかも元戦艦のそれは圧巻の一言だった。

 

 空母が空母たる最大の特徴である、艦首から艦尾まで伸びる全通形式の巨大な飛行甲板。

 そしてその脇には、斜めに突き出た煙突と一体型となった艦橋を含む構造物が姿を見せている。

 

 空母の中には船体の上甲板と飛行甲板が一体型となっているものもあるが、加賀さんは戦艦からの改装空母故。船体上甲板と飛行甲板の高低差はかなりのものを誇っている。

 それに連動して、船体の上部構造物を備えたその姿は、まさに巨大な壁と言えた。

 

「どうぞ、提督様。改装故、少々入り組んではおりますが」

 

 そんな艤装内部へと足を進めるべく、加賀さん先導のもとタラップを上る。

 

「ようこそ! 提督!」

 

 すると、タラップを上った先で出迎えてくれたのは綺麗に整列し、綺麗な敬礼を見せる女性達であった。

 彼女達は皆、大日本帝国海軍の兵用軍装に身を包んだ、所謂水兵の格好をしている。

 一体彼女達は何者かといえば、彼女達もまた『妖精』と呼ばれる存在なのだ。単に妖精と呼ばれているが、『装備妖精』と呼ばれる事もある。

 

 同じ妖精である工廠の妖精と異なるのは、艤装の大きさもさることながらダメコン等の際の利便性からか。その頭身は子供ではなく、大人の女性そのものであった。

 

 上陸すると人間と勘違いしてしまいそうだが、彼女達は基本的に艤装から出ることはない。

 ずっと艤装内部の閉鎖空間に篭りっぱなしだと、人間ならばおかしくなってしまいそうなものだが。そこは妖精、そんな事はないらしい。

 

「艦長! 乗組員全員! 既に歓迎準備完了しております!」

 

「ご苦労様」

 

 因みに、彼女達装備妖精から見ると、艦娘達は艦長と言う立ち位置だ。

 艦長加賀さんに案内され、水密扉を潜った自分達は加賀さんの艤装内を見学していく。

 

 入り組んでいるとの発言通り、元戦艦から改装し、更に二度の大規模改装工事を行っている為、内部は宛ら迷路にも思える。

 だが、そこは自分自身の体そのもの。加賀さんは迷う事無く各種施設を案内していく。

 

「そして、ここが格納庫となります」

 

 無機質な扉を開いて足を踏み入れた先は、骨組みがむき出しな巨大な空間。

 空母の盾にして矛でもある艦載機を格納しておく施設。格納庫であった。

 

 格納庫内には、加賀さんの初期装備たる艦載機、共に濃緑色に塗装された九九式艦上戦闘機二一型と九八式艦上爆撃機が翼を休めている。

 

「これが九九艦戦二一型と九八艦爆か……」

 

 実物に近づき触れると、その姿を目に焼きつけ始める。

 その姿はまさに自分の知る零戦五二型そのものであった。しかし、その内部は自分の知らない物の塊なのだろう。

 触れながら機体の周りを一周し、その姿を焼き付け終えると、次いで九八式艦上爆撃機へと向かう。

 

 九八式艦上爆撃機も同じように触れながら一周し目に焼き付け終えると、静かに見守っていた加賀さん達のもとへと戻るのであった。

 

「如何でしたか、提督様?」

 

「やっぱり良い機体ですね。あのシルエットは、日本人の心に共鳴してきます」

 

「喜んでいただけて嬉しいです。今はまだ二一型しかございませんが、何れは三三型や紫電等の新型も装備して提督様の目に見せてあげたいです」

 

「ん? 確か四四型も派生型の中にはあった筈じゃ?」

 

「あぁ、因みに四四型はもっぱら防空用として陸上基地や艦隊防空任務を帯びた空母なんかで使われとったんよ。ま、四四型が出てきた頃にはもう九九式の基本設計は古いもんやったし後継の紫電もそこそこ後方なんかに配備され始めた頃やったから、そうやって使われとったんもほんま短い期間だけやったけどな」

 

 自分の疑問に、加賀さんではなくここまで大人しかった河内が自慢げに四四型の用途に関して説明を行う。

 成る程、四四型は他の派生型と異なり征空ではなく防空に重きを置いているのか。勿論、征空に使用できない事はないだろうから、実際の用途としては他の艦上戦闘機同様臨機応変に使い分けていけばいいだろう。

 

「それでは、案内を続けましょう」

 

 こうして格納庫を見学し終えた自分達は、更に加賀さんの艤装内の見学を続ける。

 その後は飛行甲板に立ったり、カタパルトを間近で見たり。高角砲や河内の世界の加賀さん故に装備している40mm機関砲を拝見し。

 更にアイランド内の艦橋に立ったりと、加賀さんの艤装内を隅々まで見学し終え。

 

 無事に見学を終え理解を深めた自分達は、装備妖精達に見送られながらタラップを下り、バースへと降り立つのであった。

 

「如何でしたか、提督様?」

 

「うん、文字や写真で見るよりも理解が深まったよ。ありがとう、加賀さん」

 

「お役に立てて嬉しいです」

 

「今後は飯塚艦隊の正規空母として色々と頑張ってもらおうと思う。だから、改めてよろしくね、加賀さん」

 

「はい、よろしくお願いいたします、提督様!」

 

 固い握手を交わし、こうして加賀さんとの理解を深め終えると、自分達は再び工廠へと戻り、勢いが衰えない内にとばかりに更なる建造を行う。

 

 

 するとどうだろうか。

 この数日間は一体なんだったのかと声に出したくなる程、立て続けに二人の空母型艦娘が建造される。

 一人は、艦娘としては『お艦』の愛称で知られ、オリジナルは大日本帝国海軍初の航空母艦としても知られる航空母艦、鳳翔。

 そしてもう一人は、オリジナルは鳳翔に次いで完成した小型空母、艦娘としては自己紹介の独特なシルエットが艤装的にも体型的にもベストマッチしている、龍驤。

 

 厳密に言えば少し異なるが、それでもまさに一航戦の面々が顔を揃えたのである。

 

「はじめまして、飯塚艦隊司令長官の飯塚です。隣にいるのが飯塚艦隊旗艦兼秘書艦の戦艦河内。そしてその隣が、先任空母の加賀さんです」

 

 とは言え、河内は兎も角、やはり見た目は同じでも性格が異なる加賀さんには少々戸惑わずにはいられない鳳翔さんと龍驤。

 

「お二方の事は工廠の妖精さんが用意してくださった教材で既に覚えております。例え世界は違えど、帝国海軍空母の礎をお築きになったお二方には本当に頭が下がります」

 

「そんな、加賀さん、頭を上げて下さい。今はもう、共に提督の下で働く者同士ですから。先輩後背の関係は隅に置いておきましょう」

 

「ありがとうございます」

 

「なんや、うちが知っとる加賀とはえらい性格ちゃうけど。ま、これはこれでおもろそうやし、ええわ」

 

 しかし、戸惑っていたのも一瞬で。

 言葉を交わすとすぐさま仲を深める三人であった。



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第23話 空母来る その5

今回は少し短めとなっております。


 その後、河内も自身の説明序に混ざり、四人で楽しく仲を深めていく。

 そんな様子を静かに見守っていたのだが、ふと、龍驤が自分の方へと近づいてくる。

 

「ん? どうした、龍驤」

 

「なぁ司令官、一つ聞いてもええか?」

 

「何だ?」

 

「加賀や河内がうちらの世界とは別の世界の軍艦がモデルになっとるんはよー分かった。別にそれはええねん。せやけど、一つだけ、どーしても納得できへんもんがあるんや」

 

「それは一体?」

 

「あれや! あれ!」

 

 そう言って龍驤が指を指したのは、見まごう事なき河内のバルジ(・・・)であった。

 

「なんやねんあれ! 同じ関西弁やのにうちと全然ちゃうやん! もう完全に上位互換やん!」

 

 そして、艤装(船体)の方は正面から見るとボン・キュなのに、人工人体はスーとしている龍驤が吠える。

 わざわざ胸囲の脅威をジェスチャーで現しながら。

 

「あんなんおったら、うち、もうどうしたらええねん……」

 

 膝をつき、落ち込む龍驤。

 ここは、提督として龍驤を励まし、彼女の気持ちを前進させなければならない。

 彼女の肩に優しく手を置くと、自分は彼女の目を見て語り始めた。

 

「確かに大艦巨砲主義(メロン)には夢が詰まっている、だが安心しろ龍驤! 科学の世界じゃ大きい物より小さい物を作る方が難しく、しかし作れば称えられ後世に名を残せる。それにデメリットばかりじゃない、下着の種類は豊富だし男性用の服だって着れる。肩こりともあせもとも無縁! それになりより、重力の影響を全く受けない!!」

 

「司令官……」

 

「だから龍驤。落ち込むことなんてないんだ。さぁ、胸を張って、堂々と行こうじゃないか!」

 

「せやな! ありがとう司令官! うち元気でたわ!」

 

 立ち上がり、前を向き始めた龍驤と肩を組むと、まだ見えぬ暁の地平線を指差し締め括りの言葉を口にする。

 

「さぁ、龍驤。暁の地平線に勝利を刻もう!」

 

「おぉ!!」

 

「って、なんでやねんっ!!」

 

 自分と龍驤のノリのいいミニコントを締めくくる、河内の会心のハリセンツッコミが決まったところで、無事に交流を締めくくる。

 それにしても、龍驤。初めての絡みなのにノリノリである。

 

 

 さてその後は、四人を引き連れ工廠を後にして官舎へと戻ると、任務や訓練に出ている者を除く全員に新たに加わる事になった空母三人を紹介する。

 当然色々な反応はあったが、皆温かく迎え入れ。また一つ、飯塚艦隊は大きくなるのであった。

 

 因みに、その日は既に日没も近づいていた事や任務や訓練から戻ってきた面々への紹介等で時間がなかったので、空母三人の本格的な活動は翌日からとなった。

 なお、戦隊への組み込みに関しては、加賀さんと龍驤を組ませた上で飯塚艦隊の一航戦と言うべき第三戦隊に組み込んだ。第三戦隊は金剛を旗艦とし、第一戦隊から入れ替えた漣をはじめ、新たに建造して加入した護衛役の駆逐艦達で構成される。

 

 更に付け加えておくと、加賀さんと龍驤の装備している艦載機は見た目こそ似ているものの中身は全く異なる品物。なので混乱をきたさないかと心配する者もいるかも知れないが、そこは心配後無用。

 偉大なる妖精さん(ご都合主義)のお陰で、次元の違いなど微々たる問題に成り果てるのだ。

 と言うわけで、保守点検等の問題も妖精さん(ご都合主義)のお陰で解決されたので、めでたく二人にはタッグを組んでもらった。

 

 

 なお、鳳翔さんであるが。

 戦力的に使い物にならないと言うわけではなく。訓練の指南役、並びに予備戦力。

 そして最も重要な役割である、その圧倒的な包容力を持っての艦隊の精神的支柱。

 

 以上の事から基本的には後方勤務と言う形となった。

 

 

 そして最後に、空母三人の加入より実行が可能となった防空訓練等に関して。

 そのあまりのスパルタっぷりに、涙目になり逃げ出しそうになる駆逐艦の艦娘()達が一時続出した事を記しておく。

 

 やはり性格が変わっても、加賀さんの妥協を許さぬ厳しさの部分はお変わりなかったようだ。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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幕間 秘書艦体験

 それは今や日課となった、執務室での書類仕事を行っていた時の事。

 室内に設けられている秘書艦用の机で、自分と同じく書類仕事を行っていた河内が、例の如くぶうたれ始めたのが始まりだった。

 

「なぁ、提督はん」

 

「何だ……」

 

「やる気が急速潜航してもうた」

 

「そっか、ならさっさとメインタンク・ブローしろ(すべこべ言わずに手を動かせ)

 

 視線を上げることなく、軽くあしらいながら河内の相手をしていると。

 不意に、机を叩く音が聞こえてくる。

 

 その音に反応するように顔を上げ河内の方へ視線を向けると、そこには立ち上がった河内の姿があった。

 

「提督はん! 提督はんには優しさってもんがないんか!? あたしを気遣って休憩してきていいよって言ってくれる優しさはないん!?」

 

「いや、優しさも何も。真面目にちゃんとしてくれてれば配慮もするが、真面目にやる事やってない者には配慮もへったくれもないだろ」

 

 今の河内の主張は只のわがままだ。

 と、一刀両断して、再び書類仕事に戻るべく視線を下ろそうとした矢先。

 

 再び河内が机を叩き、視線が下ろされる事はなかった。

 

「あほ! もうええわ! 提督はんがそんな冷たい男やったとは思わんかった! あたし、実家(工廠)に帰らせてもらいます!!」

 

「はぁ?」

 

 訳の分からない事を言い残し、河内は勢いそのままに執務室を後にする。

 勢いよく閉められた執務室の扉を半ば呆然と見つめる事幾分か、やがて思考が正常に戻り始めると、最初に飛び出したのは溜息だった。

 

「はぁ……。まったく」

 

 額に指を当て、今回の河内の言動にどう対処したものか考えを巡らせる。

 然程無理を強いるような仕事量を与えているつもりはないし、適度に一休みは設けているつもりなのだが。それでもまだ不満だと言うのか。

 

 まったく。これじゃ他の艦娘()達に示しがつかない。

 

 とはいえ、自分にもわがままを助長させた原因があるのかも知れない。

 甘やかしているつもりは、ない筈だが。

 

 よし、ここは後の為にも、ガツンと言おう。

 

 

 考えを纏め終えると、執務室を後に、河内が言っていた工廠へと足を運ぶ。

 毎度のことながら鉄と油と炎の匂いが充満し、屋外とは異なる熱気をそこかしこから漂わせている工廠内。

 その一角にあるプレハブ事務所へと足を踏み入れると、目当ての人物は直ぐに見つかった。

 

「やっぱりいた。おい河内、戻るぞ。戻って仕事だ」

 

 椅子に座り背中を丸めていた河内を見つけると、早く執務室に戻るよう言葉をかける。

 しかし、手にした湯呑を見つめながら、河内は一向に立ち上がろうとしない。

 

「はぁ……。河内、お前は飯塚艦隊の旗艦で秘書艦なんだ。他の皆の手本となるべき立場なんだぞ。だからいい加減……」

 

「……で」

 

「ん?」

 

「ええ事思いついたで! 提督はん!」

 

 しかし、突如何を思いついたのか立ち上がると、自分の顔を見据えて、先ほどの不機嫌さなど微塵も感じさせず語り出す。

 

「一日秘書艦体験や! 他の艦娘()達に一日、あたしの代わりに秘書艦してもらうねん!」

 

「それの何処がいい事なんだ……」

 

「あたしは秘書艦の仕事をサボ……、やなかった。普段秘書艦をしてたら出来へん事に専念できる。で、一日秘書艦体験する艦娘()には将来秘書艦を任命された時に備えて貴重な経験を積める」

 

「で、自分にはどんなメリットが?」

 

「提督はんには、……あたしの事で頭悩ませんで済む!!」

 

 河内の口から語られた内容を聞き、そのあまりの馬鹿馬鹿しさに、もう、溜息も出なかった。

 

「……よし、帰るぞ」

 

「だぁぁっ! 待ってや提督はん! お願い、せめてお試し、お試しさせて!!」

 

 強硬手段とばかりに手を引っ張っていこうとするも、踏ん張る河内。

 

「だ、め、だぁぁ!」

 

「おねがいやー! お試しさせてや!! もしお試しさせてくれへんかったら、もう一生ここ離れへんで!!」

 

 意地でも楽できる方法を試したい河内、そんな河内の意地に影響され、自分も意地でも執務室に連れ帰ろうとする。

 まさに意地と意地とのぶつかり合い。

 だったが、その勝敗は、第三者の介入によって流れる事となる。

 

「あの~、お二人とも。ここは夫婦喧嘩する所ではないんですけど」

 

 自分と河内の騒ぎに気付きやって来たのか。

 気づけば、明石他工廠の妖精達が事の成り行きを見学していた。

 

 結局、作業の邪魔になると感じ、その場は一旦河内を説得し執務室へと移動する事になった。

 

 

 そして、執務室へと戻ると、再び勝負を再開する。

 

「大体、他人を巻き込んで楽したって、結局はいつか自分に負担が跳ね返ってくるだけだぞ!」

 

「そんなんわからへんやん!」

 

「そもそも、秘書艦経験のない艦娘()達にいきなり秘書艦の仕事はキツいだろ」

 

「誰かて最初は素人や! せやから何事も体験して経験を積んでもらう為に提案してんねや!」

 

 ああ言えばこう言って、勝負は平行線のまま時間だけが経過し。

 やがて、決着の瞬間は、訪れる。

 

「……はぁ、分かった。ならお試ししてみようじゃないか?」

 

「ホンマ! おおきに!!」

 

 その結果は、自分が根負けするというものだ。

 

「ただし、お前が期待しているような結果は訪れないとは思うけどな」

 

「んな訳ないやん、大丈夫や大丈夫」

 

 笑顔でウキウキな河内を他所に、自分は近い将来河内が泣きながら書類と向き合う未来を思い浮かべながら、再び河内に声をかける。

 

「じゃ、明日早速お試しするから、今日の分はきっちりと仕事をするんだぞ」

 

「了解や!」

 

 こうして、その日はそれ以降河内がぶうたれる事無く、無事にその日の業務は終わりを告げた。

 

 

 

 そして翌日。

 昨日の電撃発表によって実行されるに至った一日秘書艦体験。

 その第一号として一日秘書艦を務める事になったのは、金剛であった。

 

「HEY! 提督ぅ! reportが出来たがったよ!」

 

 河内と違ってぶうたれる事もなく、静かに淡々と仕事をこなしてくれる金剛。流石は第三戦隊の旗艦を務めているだけの事はある。

 これは、案外秘書艦交代を検討してもいいかも知れないな。

 

「ありがとう、金剛。どれどれ……」

 

 金剛から出来上がった報告書を受け取り、その中身を拝見する。

 すると、そこに書かれていたのは『やった、分かった、compleat』の三文字。

 

「……え?」

 

「提督、どうしたデース? あまりにPerfectなreportに感動して声も出ないですか?」

 

「いやあの、金剛さん。これ、何?」

 

 例の三文字を指差し金剛に解説を求める。

 すると、金剛はそれですかと声を漏らすと、例の三文字の解説を始めた。

 

「a regular meetingを行ったの『やった』、参加者の皆がContentを理解していたの『分かった』、無事に終了して大成功の『compleat』ネー! 簡素で分かり易くていいでしょ?」

 

「金剛、これじゃ駄目です」

 

「why!?」

 

 幾らなんでも簡素すぎる内容に、金剛に再度書き直すように指示するのであった。

 

 

 それから時が経ち午後の業務が開始。

 あのまま金剛を秘書艦にしておくと再提出の嵐となる為、急遽、一日ではなく半日秘書艦体験へと変更し、新たな艦娘()が秘書艦としての任を引き継ぐ。

 その者の名は、響。

 

「司令官、報告書だよ」

 

「お、ありがとう」

 

 金剛同様静かに仕事を行う響。

 最初こそたどたどしかったものの、飲み込みが早いのか、今では特に助け舟を出すこともなく仕事に励んでいる。

 そして、そんな響が書いた報告書を受け取ると、その中身を確認していく。

 

「何々……。『訓練、トレーニングとも言うよ。基本的には馴れるまで継続させて練習させる事だよ』『対空、航空機などによる空からの攻撃に対することだよ』、何これ?」

 

「注釈だよ、既述の文章や専門用語に対して補足や説明、解説を行う事だよ」

 

「響、枠を埋め尽くすほど注釈はつけなくていいんだ」

 

「ハラショー」

 

 金剛に比べれば簡素すぎる事無く適度に内容は書かれていた。

 しかし、その端々には、注釈をつけなくてもいいような単語にまで注釈が付けられ、もはやどれが本題だが分からなくなりそうな事になっていた。

 

 結局、再提出を指示して数十分後。再び提出された報告書は、キリル文字で書かれていました。

 

「響。すまねぇ、ロシア語はさっぱりなんだ」

 

「Нет, командир……」

 

 言葉の意味が分からなければもはや返す言葉もなく。

 再び再提出を指示するのであった。

 

 

 頭の痛くなる初日を無事に終えた翌日。

 今度は英語もロシア語も話すことも書くこともない人選で、半日秘書艦体験二日目を迎える事となったのだが。

 

「今日は秘書艦の日ーっ!」

 

 張り切っていた子日が書いた報告書は、全ての文章の語尾に『の日』が付けられていて、読みにくいものであった。

 

 時が経ち、午後からの業務は漣が秘書艦を勤める事になり。

 受け取る寸前になって気がついたのだが、報告書を受け取って中身を確認すると、案の定、サブカルチャーな語録の羅列がそこには書かれていた。

 ご丁寧に、お手製の顔文字と共に。

 

「ご主人様、どうどう?」

 

「可愛いけど、報告書としてこれは駄目だな」

 

「駄目だお?」

 

「駄目です」

 

「しょぼーん」

 

 結果、二日目も再提出の嵐は巻き起こり。

 二日間の秘書艦体験をお試しした結果分かったのは、自分が疲れるということだった。

 

 

 

 そして、翌日。

 

「提督はん、戻ってきたでー!」

 

 お試し期間を過ぎたので本日より再び秘書艦として戻ってきた河内。

 この二日間秘書艦の重荷から解放されリフレッシュし、晴れやかな笑顔と共に執務室にやって来た彼女を、自分は迎えると、とりあえずはいつも通りを装う。

 

 しかし、彼女が秘書艦机の椅子に腰を下ろしたそのタイミングで、椅子から立ち上がると、彼女の元へと近づいていく。

 

「ん? どないしたん、提督はん?」

 

「河内さん。二日間、楽しかった?」

 

「楽しかったで。せやけど提督はん、なんや他人行儀やな」

 

「……自分はね、全然楽しくなかったよ」

 

「そ、そうか。まぁ、提督はんはあたしらには分からん色々な責任とかあって大変やろうし……」

 

「でね、河内さん。そんな楽しかった二日間を満喫した河内さんに言いたいことがあるんだ」

 

「な、なんや、ちょっと怖いで、提督はん」

 

 少々引いている河内を他所に、自分は手にした書類の束を彼女の目の前に差し出すと、続けて、差し出した書類の束の意味を説明し始める。

 

「これ、二日間で河内の代わりに秘書艦を勤めてもらった艦娘()達の書いた報告書」

 

「そ、それが、何か……」

 

「悪いが河内、これ全部、明日までに訂正して提出してくれるか」

 

「えぇぇっ!? な、なんでなん!! なんで本人やのうてあたしが!?」

 

「本人達は各々任務でいない。だから河内、艦隊旗艦であり秘書艦にして彼女たちの上官であるお前が、これを訂正するんだ、いいな?」

 

「ちょ、ちょっとまってや提督はん! 上官って言うたら提督はんやって……」

 

「河内、そもそもこの書類の束を産み出した原因はお前にあるんだぞ。言ったよな、お前が期待したような結果は訪れない、負担は跳ね返るだけだって」

 

「う、うぅ」

 

「言っておくが、期限の延長は一切なしだ。もし期限を過ぎれば、その時は……。分かってるな?」

 

 結局の所、河内の浅はかな考えは、彼女自身の首をしめるだけの結果となり。

 その日、河内は秘書艦机に貼り付けにされたかの如く、食事の時以外机から放れる事はなかった。

 

 そして、期限までにきっちりと訂正を行い書類の提出を終えた河内は。

 暫く、真っ白に燃え尽きた姿を晒しながら、自身の浅はかな考えに後悔の言葉を漏らし続けるのであった。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第24話 航空戦隊、出る

 加賀さんに鳳翔さん、そして龍驤の三人の空母を新たに迎え入れてから早いもので数日が経過していた。

 加入翌日から早速始められた各種訓練において、鳳翔さんの丁寧で優しい指導に対し。

 加賀さんと龍驤が自主的に立案し行う訓練の、そのスパルタとも言うべき濃厚な内容に悲鳴を挙げる駆逐艦の艦娘()達が一時続出したが。

 今では、悲鳴を挙げる事無く訓練についていけているようだ。

 

「五月雨さん! 機銃はもっと引き付けてから撃って! 子日さん! 舵を切るスピードが遅い!」

 

「す、すいませんっ!」

 

「うぅ~、スパルタぁ~」

 

「熱血指導クマー……」

 

「へっ! オレにはこれ位が丁度いいけどな」

 

「球磨さん、天龍さん! 無駄口は謹んでください!」

 

「す、すまんクマ……」

 

「お、おう」

 

「提督様。お見苦しい所をお見せしました」

 

「いや、いいよ。加賀さんの貴重な熱血指導ぶりが見られたからね」

 

「……恥ずかしいです」

 

 頬を赤らめ少々俯く加賀さん。しかし、それも束の間。

 瞬時に気持ちを切り替え通信機越しにテキパキと訓練中の艦娘()達に指摘を飛ばすと、続けざまに装備妖精達にも指示を飛ばすのであった。

 

 

 さて、今自分が一体何処にいるのかと言えば、それは加賀さんの艤装内。

 艦橋に設けられたアドミラル・シートに腰を下ろしている。因みに、加賀さんも艦長席に腰を下ろし矢継早に声を飛ばしている。

 

 もう既に薄々気づいているかとは思うが、現在自分を乗せた加賀さんの艤装は、訓練海域の大海原の上に浮かんでいる。

 加賀さんをメインの対抗役に龍驤を補佐として、現在防空訓練の真っ最中なのだ。

 自分はそんな訓練の様子を、双眼鏡片手に見学している最中である。

 演習用の爆弾を搭載した九八式艦上爆撃機の編隊が、一糸乱れぬ機動で今回の訓練に参加している駆逐艦や軽巡洋艦に襲い掛かっている。

 

 因みに、そんな訓練に自分が同行見学しているのは、一種の気分転換だ。

 勿論、加賀さん達部下の艦娘達の頑張りを間近で見てみたいという気持ちも含まれている。

 

 なお、同行しているのは自分だけだ。河内は、今も官舎の執務室で書類と格闘している事だろう。

 

「艦長! 訓練中の第一中隊中隊長より入電」

 

「内容は?」

 

「搭載爆弾を全機使い果たしたとの事です!」

 

「そう。……確か今回積み込んでいた演習用の爆弾は先ほど補給したので最後よね?」

 

「は!」

 

「では、第一中隊は全機帰還するように伝えて。……龍驤さん、聞こえますか?」

 

「お~、聞こえとんで」

 

「今回はこれにて訓練を終了します。警戒機を戻してもらって構いませんよ」

 

「さよか。なら帰りは頼むで、加賀」

 

「はい、お任せください」

 

 程なくして、訓練の終了を告げる加賀さんの声が他の面々に伝わるや、各々やっと終わったと安堵の声が漏れ聞こえてくる。

 

「皆さん! まだ錨を下ろした訳ではありません! 地に足を付けるまで油断しない!」

 

 が、最後まで気を引き締めろとばかりに放たれる加賀さんの一言で、目には見えずとも他の面々は再び背筋を伸ばした事だろう。

 

「第一中隊の収容状況は?」

 

「後三分ほどで全機収容完了です!」

 

「分かりました。では第一中隊収容後、直ちに警戒の直掩機を上げてください」

 

 それからキッチリ三分後。

 飛行甲板に設けられたカタパルトから、直掩の九九式艦上戦闘機二一型が大空へと目掛け放たれるのであった。

 

 

 そして、数十分後。

 訓練に参加していた艦娘()達の艤装が指定のバースへと曳船に押され導かれる。

 程なくして、錨が下ろされると、艦娘達が艤装から下船していく。当然、その中には自分の姿もある。

 

「いい気分転換になったよ。ありがとう」

 

「提督様のお役にたてて光栄です」

 

 タラップを下りて加賀さんに感謝の言葉を述べると、少し頬を赤く染めて言葉を受け取る加賀さん。

 

「提督~。イチャイチャしてないで球磨達にも労をねぎらうクマ~」

 

 と、球磨がそんな自分達の間に割って入ってくる。

 刹那、加賀さんの目の奥から、元戦艦としての何かが放たれる。

 

「!! クマッ!」

 

「球磨さん。提督様は別にイチャイチャなどしていません。勘違いなさらないように、いいですね?」

 

「い、イエス、マムッ! ……クマ」

 

 目に見えないそれは見事球磨を貫き、球磨は、まるでゼンマイ仕掛けの人形のように、ガチガチの敬礼を行うとバースを後にするのであった。

 

「さぁ、提督様。提督様も残っておられるお仕事を片付けてくださいね」

 

「あ、はい」

 

 目の奥は再びあの柔らかなものへと戻ったものの、やはり加賀さんは加賀なのだと思い知らされるのであった。

 

 

 そんなバースでの一幕を経て、官舎の執務室へと戻ってきた自分は。

 秘書艦用の机に突っ伏している河内に声をかける。

 

「おーい河内。言っておいた書類は片付いたのか?」

 

「んー、片付いたで」

 

「お、そうか。それはご苦労」

 

 もしかするとまだ残っているかもと思っていたが、案外やればできるじゃないか。

 

「じゃ、そんな頑張った河内にご褒美をやろう」

 

「え!? 何々!?」

 

 ご褒美と聞いた瞬間、河内の背筋が九十度から百八十度へと切り替わる。

 そしてその瞳には、煌めくばかりのお星さまが見える。

 

「もったいぶらんとはよ教えてや!」

 

「聞いて喜べ。なんと!」

 

「なんと!?」

 

「追加の書類だぞ!」

 

 執務室に戻る道中で大淀から受け取った新しい書類を、笑顔と共に河内に差し出す。

 刹那、河内は再び机に突っ伏すと、恨み節を呟き始めるのであった。

 

「なんやねん、ホンマなんやねん。折角期待しとったって言うのに。ありえへんやろ……」

 

「おーい、河内?」

 

「そこは普通。河内いつもほんまありがとう、これ日頃のお前への感謝の気持ちや。とか言って、お菓子の一つでも差し出すとこやろ」

 

「か・わ・ちさーん」

 

「アホ、ボケ、フツメン」

 

「顔は関係ないだろ……。はぁ」

 

 まさかここまで落ち込むとは思ってもいなかったので、少しばかり悪戯しすぎたと内心少々反省する。

 

「河内、ほら顔上げろ」

 

「なんやねん。乙女の純情弄んだくせに」

 

「自分で乙女って言うか……」

 

 確かに黙っていれば乙女だが、と喉まで出かけた言葉を飲み込むと、手にしていた書類を河内の机に置き。

 そして、ポケットから、新しいものを取り出す。

 

「ほら河内。顔上げろ、さっきは悪かった。これやるから機嫌直してくれ」

 

「ん?」

 

 少しばかり顔を上げ、自分が差し出しているものを確かめると。

 刹那、河内の背筋は百八十度に瞬時に切り替わるのであった。

 

「やっぱ提督はんは分かってんな! おおきに!!」

 

 差し出したそれを掠め取る様に受け取ると、河内のご機嫌メーターもダウンからアップへと振り切れるのであった。

 まったく、本当に現金な奴だな。

 

 因みに、河内に差し出していたのは、PX(基地内売店)で使える間宮亭の羊羹引換券である。

 

 こうして河内の顔がキラキラになった所で、自分は自身の指定席へと腰を下ろし。

 執務机の上にいくらか置かれた書類の片付けを始めていく。

 

「失礼します、先輩」

 

「ん?」

 

 書類に手を付け始め最初の一枚を片付け終えた所で、執務室に谷川が入ってくる。

 

「どうした?」

 

「は! 実は先ほど基地司令部から連絡がありまして」

 

「基地司令部? 内容は?」

 

「は! 哨戒中の機がはぐれ、或いは威力偵察と思しき深海棲艦の小規模艦隊を発見。これを直ちに撃滅せよとの命令です」

 

 手にした書類に目を通しながら、命令の内容を簡素に告げる谷川。

 谷川が告げる命令の内容を聞きながら、自分はいくつかの確認事項とその答えによるいくつかの想定されるパターンを頭の中に並べていく。

 

「敵小規模艦隊の内訳は?」

 

「重巡一、軽巡二、駆逐艦三です」

 

「戦艦や空母と言ったものは確認されていないんだな?」

 

「はい」

 

 戦艦の砲火力も空母の艦載機による長槍もない。ならば、空母を含む戦隊で一方的な攻撃が有効か。

 勿論、伏兵の可能性も捨てきれないので万が一に備えて手は打っておくか。

 

「分かった。では第三戦隊と第四戦隊に召集を。河内、行くぞ」

 

「ん? あぁ、待ってや提督はん!」

 

 大谷が召集の為退室し、自分も会議室へと足を運ぶべく必要な物を手に取ると、輝きの世界から現実世界へと戻ってきた河内を引き連れ執務室を後にする。



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第25話 航空戦隊、出る その2

 会議室へと足を運んで第三・四戦隊の面々が到着するのを待っていると、程なくして両戦隊所属の艦娘達が会議室へと姿を現す。

 

「よし、揃ったな。では早速だが、ブリーフィングを始める」

 

 定位置であるホワイトボードの前に立つと、集まった面々の顔を見渡した後、説明を始める。

 

「今回の任務は先ほど報告が上がってきた深海棲艦の小規模艦隊の撃滅。なお、発見された場所はブーゲンビル島の沖合との事だ」

 

 既に河内の手で艦娘達にも配布されている簡素な資料に目を通しながら、自分は説明を続ける。

 

「敵小規模艦隊の内訳は書いている通り。よって、今回の作戦は、第三戦隊の加賀さんと龍驤の航空戦力による航空攻撃で可能な限りダメージを与え、残敵を第四戦隊の水雷攻撃でトドメを刺す。と言うものだ」

 

 刹那、第三戦隊旗艦を務める金剛が手を上げる。

 

「HEY! 提督ぅ! 質問ネー」

 

「何だ、金剛?」

 

「Air strikeはイイケド、どうして残敵掃討は第四戦隊の担当なんですか~? 折角Battleshipの私がいるのに」

 

 どうやら金剛は、終始主砲を撃つことなく護衛役に徹せられる事が少々不満なようだ。

 

「それは万が一伏兵がいた時の為さ」

 

「??」

 

「万が一伏兵がいた場合は、自身の存在を秘匿する為にも、攻撃を仕掛ける敵小規模艦隊から連絡が送られる可能性が高い。つまり、航空攻撃を仕掛けた時点で伏兵にも空母がいる事は伝えられるだろう。しかし、その時点では戦艦を含んでいるかどうかまでは判らない。故に……」

 

「成程、故に残敵掃討として接近してきた第四戦隊を第三戦隊の空母の護衛と誤認する可能性が高いと。そういう事ですね、提督様」

 

「そう。手薄になったと勘違いし、万が一伏兵が姿を現したら、その時は金剛の火力で蹴散らしてほしい」

 

「成程そうだったのネー! Okay! もし伏兵がいたら、私が見事蹴散らしてあげるヨー!」

 

 しかし、今回の想定している戦術を理解した加賀の一言によって、金剛も自身の役割に納得したようで。

 笑顔で自身に与えられた役割を全うすると宣言するのであった。

 

「伏兵の火力を金剛達のみで抑えきれない場合も考えられる。その時は、第四戦隊の皆、如何なくその足の速さを活かしてほしいと思う」

 

 頷く第四戦隊の面々、彼女達もまた、自分達が今回の作戦の要である事を十分に理解したようだ。

 

「では、これにてブリーフィングを終了。第三・四戦隊は直ちに出撃!」

 

 了解との返事が響き、次いで両戦隊の面々が会議室を後にしていく。

 彼女たちが会議室を出ていくのを見届けると、自分も河内を引き連れて地下の司令室へと向かった。

 

 

 司令室へと到着し、指定の席へと腰を下ろす。

 その間、河内は補佐のスタッフから出撃状況の確認を行っている。

 程なくして、状況をまとめ終えた河内からの報告が上がる。

 

「提督はん。第三戦隊及び第四戦隊の両戦隊、無事に錨を上げて沖合に出たで。これから目標海域に向かうわ」

 

「了解だ。両戦隊の陣形はどうなってる?」

 

「一応航行中の奇襲を警戒して輪形陣で航行中や」

 

 空母である加賀さんと龍驤を中心に、残りの第三戦隊と第四戦隊で円形を形成、全方位を漏れなく索敵しながら目標海域へと航行中。

 河内からその報告を受けて、とりあえずここまでは順調であると胸をなでおろす。

 

 しかし、数十分後には再び自身を含め司令室内にいる全員に緊張が走るだろう。

 

「提督、映像接続完了。中央モニターに表示します」

 

 だが今は、中央モニターに映し出された、ソロモン海を悠々と航行する彼女達の艤装の姿に心を落ち着かせよう。

 

 

 河内の淹れてくれたおかわりの珈琲が、再び湯気を立ち上らせた頃。

 出撃から既に数十分。遂に緊張を強いる時間が到来する事を告げる連絡が、オペレーターの口から零れる。

 

「提督、第三及び第四戦隊、目標海域に接近」

 

「提督、第三及び第四戦隊より偵察機の出撃許可を求める連絡がきています」

 

「出撃を許可する」

 

 刹那、中央モニターの脇のモニターに映し出された加賀さんの巨大な飛行甲板に、濃緑色に塗装された九七式艦上攻撃機が姿を現す。

 九七式艦攻はその翼を広げると、エンジンを始動。やがて、カタパルトを使い大空へと羽ばたいていく。

 

 因みに、今し方偵察機として発艦した九七式艦攻は、中島社製の九七式三号艦攻。九七式艦攻一二型だ。

 

 初期装備に艦戦と艦爆を装備してはいたが、やはり艦攻も欲しいという事で、装備開発して新たに加賀さんの装備として加わったものだ。

 なお、河内の世界においても、九七式艦攻に相当する艦上攻撃機が存在している。

 が、残念ながら、今のところ装備開発で出てきてはいない。

 

 とはいえ、加賀さんは九七式艦攻を運用する事に関しては全く問題ないとの事なので、こうして運用している次第だ。

 

「加賀より偵察機発艦。龍驤及び金剛・球磨からもそれぞれ偵察機が発艦します」

 

 次いで、オペレーターの口から発せられる報告に、視線は各々から発艦する偵察機の様子を映し出しているモニターへと移る。

 龍驤からは加賀さんと同じく九七式艦攻。そして金剛と球磨からは水上偵察機が発艦し大空へと羽ばたいていく。

 

 さて、偵察機を飛ばせば、後は飛ばした偵察機からの報告を待つだけだ。

 二十一世紀のように、即座に目標を補足出来るような高性能レーダーなどは搭載していない。

 故に、目標発見の一報が送られてくるまでには、少々の時間を有する。

 

 仕方がないこととは言え、戦闘の合間合間に訪れるこのような時間は、あまり居心地のいいものではない。

 

 それからどれ位の時間が経過したか。

 壁に掛けられている時計や自身の手に付けている腕時計を確認すれば分かる事だが、まだ一時間も経過していなかった。

 その時、オペレーターの口から急を告げる声が飛ぶ。

 

「提督! 龍驤航空隊所属の偵察機が目標と思しき艦隊を発見したと!」

 

「本当か!? 数は? どの様な陣形だ!?」

 

「数は事前の報告通り、内訳も一致しています。敵艦隊は単縦陣にてブーゲンビル島沖合いを北上中」

 

「解った。加賀さんと龍驤に攻撃隊の出撃を命令! それから、第四戦隊にはいつでも最大戦速を出せるようにとも」

 

「了解」

 

「そうだ。加賀さんに音声を繋げられるか?」

 

「お待ち下さい……。繋がりました、どうぞ」

 

 モニターに映し出された加賀さんの巨大な飛行甲板では、今まさに攻撃隊の発艦準備が慌しく行われていた。

 攻撃隊の各機に搭乗すべく、飛行服に身を包んだ装備妖精達が各々の機へと駆け寄っていく。

 その傍らでは、甲板作業員である装備妖精に誘導され、魚雷を胴体下部にぶら下げた九七式艦攻がカタパルトへと導かれる。

 更に後を待つのは、胴体下部や翼下に爆弾を備えた九八艦爆。

 重たいお届け物をぶら下げた艦爆と艦攻を護衛すべく、九九艦戦二一型も甲板上で発艦の時を待っている。

 

 モニターに映し出されたそんな光景を、加賀さんは艦橋から間近で見つめているのだろうか。

 

 刹那、一分一秒でも時間が惜しい時に余計なことを考えている暇などないと雑念を振り払うと、加賀さんに声をかけ始める。

 

「加賀さん、聞えますか?」

 

「提督様? どうかしたんですか?」

 

「いや、その。戦闘が始まる前に一言声をかけておこうと思って。加賀さんにとっては、艦娘としての初の実戦になる訳だし」

 

「提督様、お心遣い、感謝します。ですが、ご安心下さい、無茶をするつもりはありません。何より、みんな優秀な子ばかりですから」

 

「そう言って貰えると、心強いよ。……無事な帰還を」

 

「はい」

 

 程なくして通信が切れる頃には、大空へと羽ばたいていった攻撃隊が美しい編隊を形成し、発見した敵小規模艦隊へ向けて向かっていく姿がモニターに映し出されていた。

 青空の彼方に小さく消えていく攻撃隊の姿を見送りながら、加賀さんも、自分と同じく無事の帰還を願っているのだろうか。

 

 なんて考えに浸っていると、不意にオペレーターから連絡が入る。

 

「提督、龍驤から入電です」

 

「ん? 内容は?」

 

「はい、『うちも初の実戦やねんけど!?』との内容です」

 

 加賀さんとのやり取りを何処かから聞いていたのか、龍驤から自分も一声かけてよとの催促の入電であった。

 

「よし、ならこう返信してくれ『ホンマや!』と」

 

「提督はん。帰ってきたら絶対どつかれんで」

 

 河内のツッコミは恐らく半ば現実と化すだろうと予見しつつも、自分の意識は、既に別のモニターに映し出された攻撃隊からの中継映像へと向けられていた。



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第26話 航空戦隊、出る その3

 眼下に広がる雄大なソロモン海。

 時折眼下を通り過ぎる雲に機体のシルエットを反映させながら、攻撃隊は母艦である加賀さんや龍驤の誘導の元、一目散に敵小規模艦隊を目指して飛行を続ける。

 やがて、眼下に広がるソロモン海の一角に、六つのウェーキを確認する。

 

 先頭を航行するデストリア級航宙重巡洋艦、に瓜二つの連合側命名『重巡リ級』

 その後ろに付いて行くのは、ケルカピア級航宙高速巡洋艦、に瓜二つの連合側命名『軽巡ホ級』

 そして更に後ろを付いて行くのは、クリピテラ級航宙駆逐艦、に瓜二つの連合側命名『駆逐イ級』

 

 モニターに現れたのは、紛れもなく今回の攻撃目標である敵小規模艦隊であった。

 報告通り単縦陣で航行している。

 

 なお、初代並びにリメイクともガミラス軍に明確に軽巡として分離別けされた戦闘艦は存在していない。

 しかしこの世界では、ケルカピア級が軽巡として分類別けされている。

 閑話休題。

 

 目標を発見した攻撃隊は、それぞれ四方に分かれていく。

 迎撃機警戒と艦爆並びに艦攻の進入援護の為、飛行を続ける九九艦戦二一型及び零式艦戦二一型。

 急降下爆撃の為突撃隊形に移行する九八艦爆。

 そして目標を定め、高度を落としながら突撃の号令を待つ九七式艦攻。

 

 攻撃隊が攻撃準備に入ったと同時に、敵小規模艦隊側も攻撃隊を視認したのか、対空射撃を行い始める。

 オリジナルでは対空兵器らしきものは設定されていなかったが、深海棲艦としては、格納式の対空兵器を装備している。

 無論、レーザーではなく実弾。それも艦種ごとに装備している兵器の種類も数も異なっている。

 リ級では高角砲と機銃を装備しているが、イ級ならば機銃のみといった感じだ。

 

 自身に迫り来る攻撃隊を撃墜しようと、各々が装備している対空兵器が火を噴く。

 ソロモン海の空に黒煙の花を咲き乱す中、九八艦爆と九七式艦攻は臆せず対空砲火の只中に突っ込んでいく。

 

 それぞれの長機の合図と共に進入コースにて攻撃を開始する九八艦爆と九七式艦攻の各編隊。

 そして、それを援護するように、一部の九九艦戦二一型及び零式艦戦二一型が先んじて敵小規模艦隊へと機銃攻撃を開始する。

 人間が操る軍艦ならば、対空兵器を操作している人員を機銃で仕留めれば替りの人員が現れるまで無力化できる。だが、深海棲艦にはそれらしい操作人員の姿は見られない。

 故に、機銃攻撃は対空兵器そのものを破壊すべく行われる。

 

 援護を受けて突っ込んでくる九八艦爆と九七式艦攻の編隊に、敵小規模艦隊も精一杯の対空射撃を展開する。

 その甲斐あってか、数機の九八艦爆と九七式艦攻が対空射撃の餌食となる。

 加えて、援護していた九九艦戦二一型及び零式艦戦二一型も、数機が餌食となり海面にその翼を没した。

 

 だがそれでも、襲い来る攻撃隊の全て仕留めきる事は叶わず。

 

 まさに急降下の名の如く、九八艦爆がその機首を重巡リ級へと迫らせる。

 やがて投下高度へと達すると、爆弾投下の誘導アームから投下された二五○キロ爆弾が、吸い込まれるように重巡リ級へと襲い掛かる。

 

 閃光、そして爆音。

 爆弾を投下した機のパイロットは退避する事に精一杯で戦果を確認してはいないだろう。

 だが、上空で迎撃機警戒の役割を担って旋回を続けていた九九艦戦二一型のカメラからは、直撃を受けた重巡リ級の無残な姿がしっかりと確認できた。

 

 しかし、敵小規模艦隊にとっての悲劇はこれで終わりではない。

 

 重巡リ級が急降下爆撃の餌食になっている脇では、同じく急降下爆撃の餌食となった一隻の軽巡ホ級の姿があった。

 爆撃を受けた軽巡ホ級はせめて道連れにと黒煙に包まれる中、生き残った対空兵器が火を噴くも、海面スレスレに思える超低空で離脱する九八艦爆をその砲弾が捉える事は叶わなかった。

 

 一方、もう一隻の軽巡ホ級は、九七式艦攻からの魚雷攻撃の餌食となっていた。

 海中から忍び寄るそれは、未来位置を正確に割り出した三発が命中し。上部構造物を越える高さの水柱にその姿を一瞬隠すと、水柱が消えた次の瞬間には、数十秒前の勇ましい姿は見る影もなくなっていた。

 

 勿論、悲劇は巡洋艦ばかりではない。三隻の駆逐イ級にも、攻撃隊は攻撃の手を緩めることはない。

 

 

 搭載していた爆弾や魚雷を使い果たし、攻撃隊が帰還の途に就く頃には、攻撃以前の敵小規模艦隊の姿は見るも無残なものに成り果てていた。

 直撃を受けたものの、辛うじて大破に踏みとどまり航行は出来ている重巡リ級、そして運よく、それでも全くの無傷ではなく中破程度であろう一隻の駆逐イ級。

 生き残っているのはその二隻のみ、他の四隻は、嘗てそう呼ばれていた残骸を周辺に漂わせている。

 

「第四戦は残敵の掃討を、手負いだからと油断するなよ」

 

「了解だクマ~」

 

 第四戦隊旗艦球磨から復唱が告げられると、モニターに映し出された第四戦隊は単縦陣に移行しその戦速を上昇させていく。

 主目的である敵小規模艦隊の殲滅は、もはや時間の問題だ。

 

 だが、まだ安心していい訳ではない。

 攻撃隊の帰還時を狙って、伏兵が攻撃を仕掛けてこないとも限らないからだ。

 

「第三戦隊は警戒を厳に」

 

「了解ネー」

 

 第三戦隊旗艦金剛からの復唱に、肩の力を少しばかり抜く。

 伏兵が砲火か或いは航空攻撃を仕掛けてきても、被害を最小限に抑える態勢は整っている。

 大丈夫だ、心配ない。

 

「とりあえずは一安心、かな、提督はん?」

 

「今の所は、だがな」

 

 河内と作戦が順調に推移している事を分かち合っていると、オペレーターからの戦況報告が飛び込んでくる。

 

「第四戦隊、戦闘を開始。残敵に向け砲撃戦を開始します」

 

 モニターには、手負いの重巡リ級と駆逐イ級に向けて砲撃を開始する第四戦隊の姿が映し出されていた。

 駆逐イ級は砲撃により完全に沈黙。

 残りの重巡リ級は、やはり手負いとは言え重巡らしい頑丈さを見せ付け、更には残りの力を振り絞り第四戦隊の駆逐艦達に少々の手傷を負わせたものの。

 第四戦隊の至近距離での雷撃戦により、完全にその姿をソロモン海に没した。

 

 こうして残敵にトドメを刺して無事に作戦完了。

 伏兵は杞憂だったかと思った刹那、オペレーターから急を告げる報告がもたらされる。

 

「金剛より緊急電! 警戒中であった加賀搭載機が第三戦隊に接近する敵戦隊を確認との事です!」

 

「っ! 敵の数は!?」

 

「数は四隻、単縦陣にて駆逐艦が四隻のみとの事です」

 

「駆逐艦四隻? 随分敵さんの伏兵もしょぼいもんやな」

 

「河内、油断するなよ。伏兵がこの四隻のみとは限らないからな」

 

 伏兵の内訳に肩透かしとばかりに言葉を漏らす河内。

 思惑通り第四戦隊を加賀さんと龍驤の護衛と誤認し姿を現したとはいえ、その内容が駆逐艦四隻では確かに肩透かしだろう。

 

 しかし、たった駆逐艦四隻とはいえ油断できない。

 慢心し、結果手痛い代償を支払う羽目になる事は、先人達が身を削って教えてくれている。

 

 河内の襟を正させると、加賀さんと龍驤の攻撃隊の収容状況を確認する。

 

「まだ時間がかかるとの事です」

 

「よし、では加賀さんと龍驤は護衛の漣と共に万が一に備えて安全海域に退避。金剛以下残りの二人は、伏兵の駆逐艦四隻の殲滅せよ。第四戦隊も急ぎ金剛達と合流。更なる伏兵の出現に備えよ」

 

 収容状況を確認し終えると、矢継ぎ早に命令を下す。

 命令に従い、第三戦隊は二つに別れ、金剛達は伏兵の向かってくる方向へと艦首を向けた。

 

 数的には金剛・子日・若葉の三人に対して、伏兵の駆逐艦四隻。

 数的にはこちらが不利であるが、こちらには戦艦たる金剛がいる。

 

 河内や紀伊と比べるといかんせ非力に思えるが、それは同じ戦艦として比べた場合だ。

 駆逐艦と比べれば、その力強さは、比べるまでもない。

 

「Target lock-on! 撃ちます! Fireー!」

 

 故に、伏兵との戦闘はほぼ一方的な展開となった。

 

「あうー、子日の出番ない感じだね」

 

「ふ、こういうもの悪くない」

 

「Burning Love!!」

 

 子日と若葉が砲雷撃戦を仕掛けるまでもなく、伏兵の駆逐艦四隻は金剛自慢の45口径35.6cm連装砲の餌食となり果てた。

 

 その後、伏兵も無事に片付け、第四戦隊も金剛達三人と合流を果たすと、退避していた加賀さん達とも無事に合流を果たすと。

 第三戦隊及び第四戦隊は、パーフェクトゲームに近い勝利を収め、その誇りを胸に、基地への帰還の途に就くのであった。



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第27話 航空戦隊、出る その4

今回は少し短めとなっております。


 数十分後。

 司令室から第三戦隊及び第四戦隊の艤装が係留される指定のバースへと足を運んだ自分と河内。

 視線の先には、今まさに凱旋を果たした第三戦隊及び第四戦隊の艤装が曳船に導かれバースへと接舷を果たした。

 

 程なくして錨が下ろされると、今回の勝利の立役者たる艦娘達が艤装から下船してくる。

 

「提督ぅー! 見てくれましたか、まさにPerfect gameネー!!」

 

「ま、うちの実力やったらこんなもんやな」

 

「提督様、本当に良い作戦でした。他の皆様も素晴らしい方々ばかりで、また共に出撃したいものです」

 

 勝利の余韻に浸る艦娘達を出迎え、共にその余韻に暫く浸ると、浸り終えると同時に咳払いを一つ。

 そして、今回の勝利に慢心する事無く、次の作戦も気を引き締めて臨むように訓示を行う。

 それが終わると、この後の指示を出す。

 

「傷を負った者は入渠室で身体のメンテナンス、それ以外の者も念のため明石に検査してもらって、その後報告書を作成してくれ。それから、加賀さんと龍驤は今回の作戦で損失した航空機の報告書も忘れずに」

 

 人間が操作しているのならば、未帰還機が出たということは即ち乗員の死、或いは生死不明と判断され処理される。

 しかし艦娘達が運用する航空機に関して言えば、装備した艦娘の艤装の状態を万全にすると、その乗員は不思議な事に、暫くするとひょっこりまた姿を現すのだ。

 

 一体どういう原理なのか、それは分からない。

 ただ分かっているのは、乗員たる装備妖精は使い捨てが可能、という事だ。

 

 かつて、深海棲艦との戦争が幕を開けた当初、一部の提督達は戦果欲しさに使い捨ての出来る装備妖精達を、乗機の攻撃手段がなくなると帰還させる事無く敵に体当たりさせ、使い捨てていたという。

 今ではそんな事を行う提督は知る限りいない。そして自分も、そんな事をする気は全くない。

 

 装備妖精達だって共に戦う仲間だ。

 だから、決して無下には扱わないし、一時的とはいえいなくなった悲しみをあっさり受け流す事はしない。

 短い黙祷をささげると、再び言葉を続ける。

 

「さて、小規模とは言え敵艦隊に対してパーフェクトゲームを飾ったのに、これだけじゃ、多分味気ないだろ」

 

「なんや司令官、なんかお祝いでもしてくれるんか?」

 

「ささやかだがな。第三戦隊及び第四戦隊の皆には、PX(基地内売店)にて自分のポケットマネーで好きな物を買ってあげよう」

 

 自分の口からそんな言葉が漏れると、刹那、彼女たちの表情は今日一番の笑顔を見せた。

 

「やったー! 奢りキタコレ!!」

 

「球磨は美味しいマカロンの詰め合わせがいいクマ~」

 

「子日はねー、今日はキャラメルチョコの気分の日ーっ!」

 

「うちはな、そやな……」

 

「あ、提督はん、あたしも奢ってもおてええの?」

 

「河内さん、ダメです」

 

「……アホな」

 

 ちゃっかり便乗しようとする河内に、きっぱりとノーを突きつけると、秘書艦としての役割を果たしてもらうべく皆の先導を言い付ける。

 文句を垂れながらもしっかり職務を果たす河内、そんな河内に連れられバースを後にする面々を余所に。

 自分は、加賀さんに声をかけた。

 

「どうしたんですか、提督様?」

 

「加賀さん、もしよければ加賀さんの装備妖精達にも、後で何か差し入れをしてもいいですか? 彼女達も、今回の勝利の立役者ですから」

 

 すると加賀さんは、優しい笑みを浮かべて、答えを返してくれる。

 

「やっぱり提督様はお優しい方ですね。……はい、構いません」

 

「じぁ、後で持っていきますね」

 

「はい」

 

 こうして用件を伝え終えると、揃ってバースを後にするのであった。

 

 

 因みに。

 加賀さんが遅れている事に気が付いた龍驤が、肩を並べて歩いてきた自分に少しばかりちょっかいを出した後。

 ホンマや! のツッコミに関して物申した事を、ここに記載しておく。

 

「なぁ司令官、ちょっとええか?」

 

「お、おう」

 

「あそこであのツッコミはあかんやろ。あれは直に対面してやり取りしてる中で使うから生きるんや。ああいう場面やったら『よっしゃ、なら赤飯炊いといたろ』位にしとかな……」

 

 平手の一発でも貰うものとばかりに身構えていたのだが、それは杞憂であった。

 何故なら、物申した内容はお笑い戦士としてのスキル指導だったからだ。

 

 やはり龍驤、初めて絡んだ時から感じてはいたが。空母のみならず、そちらの方面においても妥協を許さぬプロであったか。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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幕間 ブッキー・ガイド

 皆さん、始めまして。

 ラバウル統合基地飯塚艦隊は第二戦隊所属、吹雪型駆逐艦或いは特型駆逐艦の一番艦、吹雪です。

 

 元々は第一戦隊の所属だったんですけど、新しい艦娘()達が一杯増えて編成の自由が利くようになったので、古株である私を含め元第一戦隊の艦娘()はそれぞれに配置換えになっています。

 あ、でも。第一戦隊の旗艦は結成当初の紀伊さんのままです。やっぱりかっこよくて頼もしくて、それでいて優しい紀伊さんですから当然とは思います。

 私も、何れ紀伊さんみたいに皆から頼られるような艦娘になりたいな。あ、でも紀伊さんは艦息でしたね。

 

「ちょっと吹雪。プロモーションに関係のない事言わないの」

 

 あ、ごめんね、叢雲ちゃん。

 

 叢雲ちゃんに注意されちゃいました。いけないいけない、これはれっきとした仕事なんだから、気を引き締めて余計なことは言わないようにしないと。

 

 では改めて、私は吹雪。ラバウル統合基地は飯塚艦隊に所属している艦娘の一人です。

 今回、私が案内を務めますこのプロモーションビデオは、私達艦娘の事、そして私達を指揮してくださる司令官の仕事ぶりの一部をご紹介するものです。

 特殊な仕事環境故、専門的な用語も出てくるとは思いますが、それらは可能な限り私が解説していきたいと思います。

 

 因みに、今私がいるのは私達艦娘用に用意された官舎の一つ、駆逐艦の艦娘専用の官舎、その共有スペースにいます。

 艦娘用の官舎は艦種ごとに分けられていて、戦艦・空母・巡洋艦等といった感じに分かれています。

 それから、所属する提督の在籍州ごとにも官舎は分かれていて。私達が使用している官舎は、極東州用に用意されたものです。

 

 ラバウル統合基地には私達の司令官、飯塚中佐の他に、同じく極東州からやって来ている先任の溝端准将指揮下の艦娘()達もいる筈なんですけど。

 何故か、彼女達はこの官舎を利用していないらしく、まだお会いしていません。だから、今は実質的に飯塚艦隊専用の官舎になっています。

 私達にとっても先任である人たちですから、何れはお会いして親交を深めたいです。

 

 

 そうそう、先ほど私に注意してくれたのは同じ飯塚艦隊に所属している艦娘の叢雲ちゃん。

 元第一戦隊の一人にして、吹雪型駆逐艦の五番艦、つまり人間で言えば私の妹に当たるの。

 でも私よりも確りしてるし、何でもそつなくこなせて、ちょっと言葉遣いがキツイ所もあるけれどでも優しい一面もある。

 姉としてはちょっぴり嫉妬しちゃう部分もあるけれど、でもそれ以上に、自慢の妹で、大好きな仲間の一人でもあるんだ。

 

 普段の態度からは、可愛げがないって思う人もいるかも知れないけど、実は可愛い一面もあるんですよ。

 

 私と叢雲ちゃんは同型ということもあって官舎では同じ部屋なんですけど。

 この間、飯塚艦隊の旗艦にして私達の頼れるお姉さん的存在の河内さんから、叢雲ちゃんが頑張ったご褒美だってぬいぐるみを貰ったんです。

 本人を目の前にしていた時は、ぬいぐるみが子供っぽいデザインだと言ってはいたんですけど。

 部屋に帰ると、貰ったぬいぐるみを抱きしめて可愛いって漏らしていたんです。多分、その時の目はハートになっていたと思います。

 

「ちょっとふぶきぃーっ!!」

 

 あ、叢雲ちゃんに聞えてしまいました。ここは戦術的撤退です。

 

 

 さて、官舎の外に出て何とか叢雲ちゃんの追っ手をまいたので、再び案内を続けましょう。

 艦娘用官舎は各艦隊司令部から歩いて数分圏内に建てられていますから、例え寝坊しても全速力で走れば何となる。かも知れません。

 私はまだ始業時間には遅れたことはないので分かりませんが。

 

 そして、目の前に見える三階建ての建物、こちらが私達が属する飯塚艦隊の司令部にして、私達の職場の一つでもあり司令官の私室なども備えている官舎になります。

 

 艦隊の司令部は司令長官たる提督の階級等に影響されるのか、他の提督の官舎はまさにピンからキリまで様々。

 見て下さい、溝端准将の官舎などとてもフューチャーで大変ご立派です。

 

 何れは、私達の頑張りが司令官の昇進につながり、そしてあのような立派な官舎に建て替えられる日が来ることを夢見ています。

 

 

 では、官舎の中をご案内しましょう。

 こちらが官舎の正面出入り口とホールになります。この辺りは特に紹介する事もないので次に向かいますね。

 

 まずこちらの廊下を歩いて行くと、ここが医務室になります。

 医務室には、私達艦娘の体調管理を行ってくださる明石さんがいらっしゃいます。

 

 おじゃまします。明石さん、いらっしゃいますか。

 

「おや、ふぶきん? どうしたの?」

 

 医務室に入ると、白で統一された清潔な室内に漂う薬品の匂いが鼻をつきます。

 そして、そんな医務室にいたのは、『波勝(はかち)』さんでした。

 

 波勝さんは、最近提督が工廠で建造して艦隊に加わった方です。

 

 艦娘はオリジナルである軍艦と瓜二つの艤装を、妖精さんの力を借りて一人で操る事が出来ます。

 元となる軍艦は私達のような戦闘艦もあれば、明石さんのような補助艦船も存在しています。

 

 そして、波勝さんは後者、オリジナルは『標的艦』として建造された波勝になります。

 その名の通り、訓練の際に標的として使用することを目的に建造された艦種で。実艦的とも呼ばれます。

 その為、武装は13mm機銃が搭載されている程度で、残念ながら最前線での作戦には活躍が期待されません。

 

 ですが、波勝さんは戦闘艦ではなく補助艦船。司令官もその事は十分熟知していらっしゃいます。

 なので、艦隊での波勝さんの役割は主に訓練の際の指南や各種補佐。それのみならず、工廠での業務を補佐して忙しい明石さんの補佐なども請け負っています。

 まさにオリジナル同様、艦隊のサポート役として献身的に働いています。

 

 オリジナルとしての艦影は、標的艦故に艦橋や煙突、それにマスト以外甲板上には構造物がなく。その姿は宛ら小型の航空母艦です。

 しかし艦娘は、皆人工人体として人間の女性と同じ外見を有しています。波勝さんもその例に漏れていません。

 

 ブラウンのショートヘアに黄色いメッシュが入った綺麗な髪。

 透き通るような綺麗な瞳に整った素敵な顔立ち。そして儀礼用軍服をきっちりと着こなして、指南役としての威厳を漂わせています。

 そして、ストレートパンツが波勝さんのスレンダーな体型をより一層引き立てています。

 更にその性格も、寛大で優しい。まさにできる大人の女性そのもの。憧れます。

 

 でもここだけの話、波勝さんは少しばかりマゾ気質なのではと思うんです。

 訓練が終わった際、時折興奮した視線で自分達の事を見てくる事があるんです。まるでもっと自分をいたぶってと言わんばかりに。

 

 あ、いけない。また余計な事でしたね。

 

「ん? ふぶきん、そのビデオカメラはなんだい?」

 

 あ、すいません波勝さん。

 これは、私達の事をもっと知ってもらおうと制作している、プロモーションビデオの為の撮影用のカメラなんです。

 

「そうだったのか。お、ってことはあちきのことも撮ってくれるの?」

 

 はい、ちゃんと撮ります。

 

「そりゃ嬉しいね。……で、ふぶきん、医務室には撮影で立ち寄ったの?」

 

 はい、職場の風景も撮影しようと思いまして。

 

「ま、ここは学校の保健室とそう変わりないから、撮ってもあまり問題ないけど。くれぐれも撮影する場所は選ぶんだよ」

 

 はい。

 

「よぉ~、波勝。おるか~?」

 

「何だ、りゅうちゃん」

 

 新しく医務室にやって来たのは、艦隊所属の航空母艦の一人、龍驤さんです。

 因みに、気づいた方もいらっしゃるかとは思いますが。波勝さんは私達の事を気取らず呼んでくれます。

 

「なんや吹雪もおったんか」

 

「それよりゅうちゃん、何の用なんだい?」

 

「あぁ、せやった。ちょっと訓練で疲れたから、少しベッドで休ませてや」

 

「また? まったく、しょうがないね」

 

「おおきに」

 

 龍驤さんは波勝さんの許可を得ると、二つあるベッドの内の一つに横になりました。

 先ほどのお二人の会話を聞くに、どうやら龍驤さんは医務室のベッドを使用するのは初めてではないようです。

 

「はぁ……、ふぶきんもいるっていうのに、もうちょっと航空母艦として威厳とか大事にしようと思わない訳、りゅうちゃん」

 

「なんや、ええやん。ちょっと位砕けた所見せといたほうが、何かと親しみやすすくなるかもしれへんやろ?」

 

「はぁ……。尊敬されるべき存在になる気はないんだな」

 

「そういうの、うちには性に合わんからな。うちは尊敬の眼差しで見られるより、気軽に何でも相談しやすい近所のお姉ちゃん、みたいなんが性に合ってんねん」

 

「全く、……でも、りゅうちゃんらしい」

 

 波勝さんは龍驤さんのベッドの脇に椅子を置いて腰を下ろすと、お二人でお話を始められました。

 お二人の仲が良い事は、既に艦隊内では周知の事実です。

 

 波勝さんは訓練の際、私達だけでなく、龍驤さんの装備する航空隊の訓練も補佐する為。

 というか、オリジナルは元々爆撃訓練用の標的艦である為、爆撃機も運用できる龍驤さんと仲良くなることは然程不思議なことではないのですが。

 波勝さんが訓練に本格的に参加する以前に、既にお二人の仲の良さはある程度構築されていたんです。

 

 なので前に一度、龍驤さんに波勝さんとの仲の良さ、その秘訣を尋ねてみたんです。

 すると『うちは波勝と初めて出会って感じたんや。同じや、うちと同じ同志やって』って言ってたんです。

 

 結局、仲良しの秘訣は今も分からず終いです。

 

「あ、ふぶきん。りゅうちゃんのシーン、後で編集した時必ずカットしといて。りゅうちゃんが艦隊の代表的な艦娘だと思われても困るからね」

 

「え? 編集? ……ってうわ! 吹雪カメラ持ってるやん! ちょ、止めて止めて!」

 

 私の手にしていたビデオカメラに気がついた龍驤さんは、ベッドから上半身を起こすと慌てて撮影を止めてほしいと懇願し始めました。

 

 大丈夫ですよ、龍驤さん。後で必ずカットしておきますから。

 

「さよか。それやったらええけど」

 

 私の言葉に安心したのか、龍驤さんは再び上半身をベッドに横たわらせた。

 

 それでは波勝さん、私は他の場所の撮影に行ってきますね。

 

「お、またねふぶきん」

 

 こうして医務室を後にしようと扉に手をかけ退室しようとした時。

 

 きゃっ。

 

 前方不注意で、誰かとぶつかってしまいました。

 

「ひゃっ! びっくりした。なんや、吹雪かいな」

 

 ぶつかったのは、艦隊旗艦を務める河内さんでした。

 私達のオリジナルとは別の世界の軍艦がモデルの方ですが、私ではとても真似できない大艦巨砲主義の持ち主さんです。

 

 その証拠に、ぶつかった弾みで、河内さん自慢のバルジ(・・・)に私は顔を埋めてしまいました。

 

「ん、んっ! く、くすぐったいって、吹雪」

 

 す、すいません。

 

 あまりに心地のよい感覚につい長く埋めてしまいました。

 直ぐに顔を離して河内さんに謝ると、河内さんは少しばかり頬を赤らめて許してくれました。

 

「所で吹雪。なんでここ(医務室)におるん?」

 

 はい、プロモーションビデオの撮影の一環で立ち寄りました。

 

「あぁ、そっか。そうやったんか」

 

 私が医務室にいる理由を聞いた河内さんは、何故か急に目を泳がせ始めました。

 

「なんや河内、いつもみたいに仮病や言うて書類仕事ほっぽりだしてきたんか?」

 

 と、ベッドで横になっていた龍驤さんが、河内さんの存在に気がついて、河内さんが医務室を訪れた理由を語り始めました。

 

「吹雪がおんのにアカンな~、仮病使って医務室のベッドで昼寝したら。艦隊旗艦兼秘書艦やったら、もっと吹雪の前でビシッとしてるとこ見せな」

 

「ちゃ、ちゃうて!! あたしは別にズル休みしにきた訳やのうて……」

 

 身振り手振りを交えて龍驤さんの主張は間違いだと語る河内さんですが。

 残念ながら、世間では今の河内さんのような状態を、図星と言います。

 

「って、そや! 吹雪、カメラ回してる!?」

 

 あ、はい。

 

「ちょ、止めて止めて!!」

 

 何だか、デジャヴュを感じます。

 

 

 その後、河内さんとの裏取引。PX(基地内売店)で使える割引券十枚セットと交換に、医務室での一件を編集でカットする事を確約しました。

 それを終えると、私は医務室を後に再び官舎内の案内を続けます。

 

 あ、移動の途中、廊下で司令官と出くわしました。

 

「やぁ吹雪」

 

 司令官、ご苦労様です。見回りですか。

 

「いや、ちょっと河内を探してるんだ。……どうせ医務室にいるとは思うが」

 

 流石司令官。河内さんの居場所など私が誤魔化さなくても既にお見通しです。

 

「吹雪はプロモーションビデオの撮影か?」

 

 はい。

 

「なら他の皆の事、かっこよく撮ってあげてくれ。あ、自分も忘れずに」

 

 分かってます、司令官。

 

「それじゃぁな」

 

 医務室の方へと去っていく司令官を見送った後、私も案内を再会します。

 そして暫くすると、河内さんの声が響き渡りました。

 

 やっぱり司令官は凄い方です。

 

 さて、では改めて案内を進めます。

 次は書庫の方にでも。

 

 あ、ビデオカメラのバッテリーが切れそうです。

 仕方ない。今回の撮影はここまでにしましょう。

 

 まだまだ案内したり紹介したい人や艦娘が沢山いましたが、今回はこれにて終了。

 

 さてと、撮影したデータを大淀さんに渡さないと。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第28話 嗜好品護衛任務

 深海棲艦の小規模艦隊との戦闘をまさにパーフェクトゲームで飾ったあの日から三日後。

 訓示の通り、皆慢心する事無く襟を正すと、翌日からは更に気を引き締め任務や訓練に励む日々が始まった。

 

 そして現在。

 自分は執務室の指定席に腰を下ろし、机の上に置かれている書類と戦闘中である。

 なお、秘書艦用の机にて同じく書類と戦闘していた河内は、早々に一時停戦を申し出ていた。

 

「おい河内。だらけてないで手を動かせ、手を」

 

「うぅ、提督はん、パワハラや。無理やりやらせるなんてパワハラやで」

 

「あのな、そういうのは与えられた仕事をこなしてその上で更に仕事を強要されるから成立する訳で。与えられた仕事もこなしてないのにそんな意見を言っても擁護の余地なしだ!」

 

「そんなぁ~」

 

 本来こなさなければならないものすらこなせていないのにパワハラだなんだと、全く、それはただのサボりだろ。

 そのような意見を主張するなら、やる事きちんとこなしてから言え。

 

 不満をたらす河内を他所に、止まっていた手を再び動かし始めた矢先の事。

 不意に扉がノックされ、入室を求める声が聞こえてくる。

 

「どうぞ」

 

 許可を出すと、執務室に入室してきたのは熊野であった。

 

「提督、先ほどの哨戒任務に関する報告書をお持ちいたしましたわ」

 

「あぁ、ご苦労様」

 

 熊野は、先ほど自身が旗艦を勤める第二戦隊が行っていた哨戒任務に関する報告書を提出する。

 提出された報告書を受け取ると、軽く目を通し記入漏れがないかを確認すると、とりあえず問題ないとの判断を下す。

 

「お疲れ様だったね、熊野」

 

「いえ、任務ですから。当然の事ですわ」

 

「補給はもう済んだんだな?」

 

「はい、皆さん手際よく行っていましたので、もう一杯ですわ」

 

「なら、これは自分からのご褒美だ」

 

 執務机の引き出しから幾つかの箱を取り出すと、それを机の上に置いていく。

 それは、どれもお菓子の入った未開封の箱だ。

 

「まぁ、よろしいんですの?」

 

「ご褒美だからな、第二戦隊の皆で遠慮せずに食べてくれ」

 

「ありがとうございます、提督!」

 

 目を輝かせお菓子の箱を受け取った熊野は、心の底から湧き上がる笑顔と共に執務室を後にする。

 第二戦隊の皆と、美味しい紅茶、そしてあのお菓子をお供に、ティータイムを楽しむ事だろう。

 

「……ええなぁ」

 

 第二戦隊の面々の笑顔を想像していると、不意に先ほどのやり取りの一部始終を見ていた河内の、羨ましそうな声が聞こえてくる。

 

「えぇなぁ」

 

「熊野達は自分たちのやるべき仕事をちゃんと全うした、だから対価を支払ったんだ。河内も、ご褒美が欲しかったら、与えられた仕事をちゃんと終えてから言うように」

 

 河内に釘を刺して再び止まっていた手を動かそうとした矢先。

 河内の口から、聞き捨てならない言葉が聞えてくる。

 

「でもあれやね、提督はん。さっき提督はんがやってたのって、餌付けやね」

 

「おい、河内。餌付けはないだろ、餌付けは」

 

「でも言い方変えたら餌付けやろ」

 

 全く、自身の書類仕事に対する情熱のなさ、それに対しての苛立ちを周りに向けないで欲しいものだ。

 

「そうか。そう言うなら、河内には今後、餌付けはなしだな。旗艦だものな、元連合艦隊旗艦。自意識が皆とは違うから、餌付けなんてしなくても大丈夫だよな?」

 

「……ワン、ワン! あたしは餌付けされたいワン!」

 

 少しばかりお灸を据える意味も込めて意地悪なことを言ったのだが、その反応、もう呆れるほどだ。

 

「……河内。今のお前に元連合艦隊旗艦の誇りはないのか」

 

「ねぇワン!」

 

 もうそれ以上、何も言い返すことはなかった。

 

 

 さて、忠犬河内もとりあえず書類との戦闘を再開し、三度止まっていた手を動かし始めて久しい頃。

 ふと気がついて壁にかけている時計に目をやると、時刻は既におやつの時刻であった。

 

「よし、時間もいいし、コーヒーブレイクにするか」

 

「待ってました!!」

 

 なので、一休みする事を提案すると、河内は迷わず身を乗り出す勢いでこの提案に賛成を表明する。

 

「それじゃ、自分はお菓子を用意するから。河内、珈琲を頼む」

 

「任せとき!」

 

 書類と向き合っていた時とは打って変わって、俊敏な動作で珈琲の準備を始める河内。

 給湯室で河内が珈琲を用意している間、自分は執務机の引き出しを開け、中に入っているお菓子類の中から適当なものを見繕う。

 

「ほい提督はん、珈琲とお菓子用の食器持ってきたで」

 

 タイミングよく河内が珈琲の入ったカップと食器を持ってきてくれたので、応接机にそれらを並べ食器にお菓子を盛ると、互いに応接椅子に腰を下ろす。

 そして、淹れ立ての珈琲の香りを堪能しながら、コーヒーブレイクが始まる。

 

 早速河内がクッキーを一枚手に取り、それを口に運び入れようとした、その矢先。

 

「失礼します!」

 

 ノックもそこそこに、執務室に副官たる谷川が入室してくる。

 しかも、何やら慌てた様子でだ。

 

「な、なんや?」

 

「どうした、谷川?」

 

 入室してきた谷川の様子に、自分も河内も、手にした珈琲とクッキー、それぞれを口にする事無く途中で固まったままだ。

 

「あ、休憩中でしたか」

 

「いや、構わない。所で、急用か?」

 

 手にしたカップを机に置いて谷川に用件を伺うと、谷川は息を整えて用件を話し始める。

 

「はい。実は、基地司令部より飯塚艦隊に対して輸送船団の護衛任務の命令が通達されました」

 

「護衛任務?」

 

「はい。オーストラリア管区はブリスベン港からラバウル統合基地への物資輸送の船団を護衛せよと」

 

「輸送船の積荷は?」

 

「衛生用品、洗剤、家庭日用品等の日用品。それと、お菓子や珈琲等の嗜好品です」

 

「お菓子やて!!」

 

 護衛対象の船団の積荷を確認していると、それまで固まっていた河内が突如大声を上げて動き始めた。

 

「それホンマなん!?」

 

「あ、は、はい。確認しましたから、間違いありません」

 

「提督はん! 行こ! 今すぐ行こ! 直ぐ行こ!!」

 

「お、落ち着け河内。まだ詳細を確認して終えてい……」

 

「このままやったら輸送船団はブリスベン港から出港できへんねんで! そうなったらPX(基地内売店)の商品棚がすっからかんになってまう! あぁ、アカン。絶望しかない!!」

 

 身を乗り出し、このままでは絶望があたしのゴールやと言わんばかりに、対面する自分に顔を近づけて力説する河内。その目は、かなり血走っている。

 どうやら、好きなものが絡むと途端にやる気がみなぎるのは、人間のみならず艦娘も同じらしい。

 

「分かった、分かった。谷川、司令部に詳細な情報を記載した書類を送ってくれるよう手配してくれ」

 

「分かりました」

 

「それから、河内。各戦隊の予定は?」

 

「あ、そやな。確か第三戦隊は訓練、第四戦隊はソロモン諸島方面の哨戒任務。第一及び第二戦隊は休日やで」

 

「分かった。ではヒトロクマルマル(午後四時)に第一及び第二戦隊、それと予備組の面々に会議室に集合するように通達しておいてくれ」

 

「了解や!」

 

 各々に指示を飛ばすと、飲みそびれていた珈琲を飲むべくカップを手に取る。

 そして、丁度よい温度に冷めた珈琲を一気に飲み干すと、護衛任務に向けて自分も動き始めるのであった。



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第29話 嗜好品護衛任務 その2

今回は少し短めとなっております。


 谷川から受け取った護衛任務の詳細が記載された書類に目を通し、時刻になったので会議室へと足を運ぶ。

 会議室に足を踏み入れると、そこには既に召集をかけた面々が全員欠ける事無く揃っていた。

 

「ではブリーフィングを始める」

 

 開催を宣言すると、間を置かず説明を始める。

 

「今回の任務はここ、ラバウル統合基地への物資を積載した輸送船団の護衛任務だ。積荷に関しては、配布した資料に記載している通り」

 

 大淀が作成してくれた簡素な資料に皆目を通している。

 

「船団は三日後の早朝ブリスベン港を出港、そして四日の航海の後ラバウル統合基地に到着する予定だ。そしてその航海の間、船団の安全を確保するのが今回の任務だ」

 

「提督、護衛対象の輸送船は全部で四隻。間違いないんだな」

 

 説明に一端の区切りがついた所で、紀伊が質問を投げかける。

 

「あぁ、間違いない。輸送船は全部で四隻だ」

 

「では航行ルート及び近海での深海棲艦の出現状況は?」

 

「現在確認できた範囲では、大規模な深海棲艦の艦隊が出現したとの報告は見られない。殆どが単艦或いは少数といった所だ。それに戦艦等の大型艦の出現報告もない」

 

 紀伊は自身が確認しておきたかった事を確認でき満足したのか、それ以上質問を投げかけてくる事はなかった。

 

「さて、では今回の護衛任務に出てもらうメンバーを発表する。先ず旗艦を……」

 

「あたしが出る!!」

 

「え?」

 

 そして、他に質問する者もいないので、出撃するメンバーを発表しようとした矢先。

 隣に立っていた河内が、自ら出撃を希望し始めた。

 その突然の発言に、自分のみならず、会議室内にいた全員の視線が河内に降り注がれる。

 

「おい河内、急にどうしたんだ?」

 

「提督はん! この通りや! あたしをメンバーに加えてくれへんか!!」

 

「あのな河内、先ほども言ったように今回の航行ルート及びその近海では戦艦と遭遇する率はあまり高くない、だから……」

 

「それでも、あたし出撃したいねん! 自分でお菓子護りたいねん!!」

 

 まさかここまで河内のやる気がみなぎっていたとは思っておらず、少々面食らう。

 そして、色々と頭の中の情報を整理すると、導き出した結論を河内に伝えるのであった。

 

「はぁ、分かったよ。なら河内、今回の護衛戦隊の旗艦を河内に任命する」

 

「よっしゃ! ありがとうな、提督はん!」

 

「ただし、必ず任務を全うしろよ」

 

「了解!!」

 

「では残りのメンバーだが、天龍・吹雪・叢雲・綾波、そして夕立。以上のメンバーで護衛戦隊を編成、任務に臨んでもらう」

 

 空母組護衛の為新たに建造し加入した綾波と夕立と、古参を組み合わせた臨時編成メンバーを発表する。

 選ばれた面々は、口々に任務を全うすべく決意を口にしている。

 

「では続いて、選ばれなかった面々だが。出撃メンバーが任務の間、それぞれ抜けた穴を埋めてもらう。紀伊、河内が出撃してる間、秘書艦代理を務めてくれるか」

 

「了解した」

 

「残りの者にもそれぞれ代理を務めてもらうから、配布したプリントに目を通しておいてくれ」

 

 その後選ばれなかった面々にも、各々に与えられる役割が書かれたプリントを配布し。

 それが終わると、最後に閉会を宣言し、各々が与えられた役割を果たすべく行動を開始する。

 

 

 数十分後、自分の姿は、艤装が係留される指定のバースにあった。

 

「では河内、頑張れよ」

 

「は! 護衛戦隊、出撃します!」

 

 河内の敬礼に続き、後ろに並ぶ五人も敬礼を行う。

 それに対して返礼すると、河内達は直り、それぞれの艤装へと乗船していく。

 

 曳船の力を借りてバースから離岸する河内達の艤装。

 やがて河内達の艤装が出港し、沖合いへと向かうのを見届けると、夕焼け色に染まるバースを後にするのであった。



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第30話 嗜好品護衛任務 その3

 河内達護衛戦隊が、護衛対象である輸送船団が停泊しているブリスベン港を目指してラバウル統合基地を出港してから、早いもので三日が経過した。

 その間、河内の代理である紀伊の書類仕事であっても全く衰えを知らない、仕事に対する熱意に感心し。

 このまま紀伊が秘書艦でもいいかな、と考えていたり。

 しかし、紀伊目当てに金剛や漣達が何かと執務室に押し寄せて、やっぱり当面河内のままでいいやと考え直したり。

 

 護衛戦隊や輸送船団に万が一の事があった場合に備え、援護並びに救援の為に第三戦隊の進出計画を作成したり。

 更には河内からの定時報告に目を通して、特に問題なくブリスベン港に到着した事を確認する等。

 色々と行っているうちに、あっという間に輸送船団出港の当日を迎えた。

 

「分かった、ご苦労。あぁ、タブレットでも確認した」

 

 私室のベッドで爽やかな朝を迎えたのも束の間。

 見計らったかのように私室に入ってきた谷川の口から、護衛戦隊と輸送船団がブリスベン港を出港したとの報告を受ける。

 慌ててタブレットを確認すると、そこには河内からも同様の報告が上がってきていた。

 

 内容は勿論、護衛対象である輸送船団と共にブリスベン港を出港した旨が書かれている。

 

 確認を終えると、谷川は同じ男なので遠慮する事もなく軍服に着替え。

 着替え終えると谷川を引き連れ一路、食堂へと向かう。

 腹が減っては戦はできぬ、からだ。

 

 

 食堂で朝食をとり終え、一目散に官舎へと戻っていると、官舎の正面出入り口に一人の人影を見つける。

 

「よぉ紀伊」

 

 誰であろう、紀伊であった。

 

「提督、第三戦隊、出港準備完了だ。後は提督の号令を待つだけだ」

 

「流石だな」

 

 歩み寄ってきた紀伊の口から告げられたのは、万が一に備えて航行ルートの水上及び対空警戒の為、途中まで進出を計画していた第三戦隊の出港状況であった。

 自分が朝食を食べている間に完了したのだろう。その手際のよさに感服の言葉を漏らす。

 

「よし、では第三戦隊は直ちに出港。事前の計画通り、予定海域まで進出」

 

「了解」

 

 紀伊に出港命令を伝えると、命令を伝えに行く紀伊を他所に、自分は再び足を動かし執務室を目指す。

 護衛任務を遂行中とはいえ、他にもやるべき事は山のようにある。

 特に事態が切迫していない状況ならば、執務室に篭っていても問題ない。

 

 とはいえ、いざ何かが起こればいつでも司令室に駆け込む心構えは出来ている。

 

 

 だがしかし。

 結局この日、護送船団は深海棲艦の襲撃を受けることもなければ特に他のトラブルに見舞われることもなく。

 自分の心構えも空振りに終わってしまった。

 

 そして翌日も、特に不測の事態が発生した、という報告もなく。

 順調な航海のままその日も終わりを迎えるのであった。

 

 

 こうして、案外杞憂だったのかと、頭の片隅にそんな考えが浮かび始めた三日目。

 執務室でいつものように書類仕事を行っていると、不意に執務机の上に置かれた電話が鳴り出した。

 

「ん? ……あぁ、分かった。直ぐ向かう」

 

 受話器を手に取り耳を傾け、伝えられたその内容を確かめると、受話器を置く。

 そして、何かを感じ取ったのか、事の次第を見守っていた紀伊に声をかけ、彼を引き連れ司令室へと向かうのであった。

 

「大淀、状況は?」

 

「はい。ご連絡の通り、金剛さん搭載の水偵二番機から重巡を基幹とする敵艦隊を発見したとの報が先ほどありました」

 

 司令室へと赴いたのは、進出していた第三戦隊が敵艦隊を発見した、との連絡を入れてきたからだ。

 

「敵艦隊の規模と位置は?」

 

「全部で六隻、内訳は重巡二、軽巡二、駆逐艦二です。位置は、護送船団の航行ルート上で待ち構えるように展開しています」

 

「分かった。加賀さんと龍驤に攻撃隊を出撃させ、可能な限り敵艦隊を無力化するように伝えてくれ」

 

「了解」

 

「それから、河内に敵艦隊の情報を伝えて迂回するように指示を」

 

 指示を出すと指定の席へと腰を落ち着け、事態の推移を見守る。

 モニターに映し出されたのは、珊瑚海で獲物を待ち受ける敵艦隊の姿。捕捉した水偵二番機からの映像故、遠巻きにその姿が確認できる。

 

 一方別のモニターには、龍驤の見事な飛行甲板から今まさに発艦せんとする攻撃隊の様子が映し出されている。

 発艦の為に風上に向かい全速力で航行し合成風力を産み出すと、チョークの外された攻撃隊の機が次々に飛び立っていく。

 

 更に別のモニターには、先頭を務める河内の艤装が緩やかに旋回を行う様子が映し出されている。

 河内以外の護衛戦隊のカメラからの映像だ。

 

「何とか護送船団を敵に補足されずに済みそうだな」

 

「だといいんだけどな」

 

「何か気がかりでもあるのか、提督?」

 

「いや、ただ心配性なだけさ。……万が一に備えて、河内に水偵を出しておくよう伝えろ」

 

 迂回先で更に別の敵が待ち構えている、そんな可能性を考慮し新たな指示を飛ばすと、再び事態の推移を見守る。

 程なくして、加賀さんと龍驤の攻撃隊が発見した敵艦隊に対し攻撃を開始した旨の報告が飛び込んでくる。

 

 モニターに映し出されたのは、深海棲艦にとって阿鼻叫喚な光景だった。

 迫り来る攻撃隊、投下される爆弾、海中より迫る魚雷。そして、黒煙を上げ海中に没していく味方の船体。

 まさに熾烈な戦争の一場面が、そこには映し出されていた。

 

「敵艦隊、敗走を始めました」

 

 オペレーターの報告の通り、攻撃隊の攻撃を受け辛うじて生き残っていた敵残存艦は、満身創痍な船体を反転させ敗走を始めていた。

 

「提督。金剛より、敵艦隊追撃の要請がきていますが?」

 

「追撃はしなくていい。今回の目的はあくまでも輸送船団のラバウル到着だ」

 

 こうして発見した敵艦隊の脅威が去ったかに思えた刹那、別のオペレーターからの急を告げる声が響き渡る。

 

「提督! 河内搭載の水偵一号機が新たな敵艦隊を発見したと!」

 

「何!?」

 

「単縦陣にて護送船団を目指し接近中。しかも先頭を航行しているのは巡洋戦艦と思しきクラスだとの事です!」

 

 オペレーターからの報告の内容を耳にし、顔が強張っていく。

 連合側命名、『巡洋戦艦ネ級』。前世ゲームでは同名は重巡に名付けられていたが、この世界では前世ゲームには登場しない巡洋戦艦の名前として名付けられている。

 その姿は、メルトリア級航宙巡洋戦艦に瓜二つである。

 

 現在までに確認されている深海棲艦の多くは、無砲身式の主砲を採用している。

 そんな中においても、ネ級は数少ない砲身式の主砲を有する深海棲艦であり、その砲戦能力は高いものを有している。

 

 事前の情報にない巡洋戦艦クラスが出てくるとは思わず、焦りの色を隠せない。

 

「数は!? 巡洋戦艦の数は何隻だ!?」

 

「お待ち下さい。……続報、きました。巡洋戦艦の数は一隻、その他は軽巡と駆逐艦で構成されているようです」

 

「一隻だけなんだな!?」

 

「はい」

 

「では輸送船は直ちに退避、第三戦隊との合流は可能か?」

 

「高速船でしたら」

 

「では第三戦隊を二手に分ける。加賀さんと龍驤、それに護衛の漣は引き続き攻撃隊の収容及び索敵。金剛・子日・若葉は直ちに退避した輸送船の護衛に向かわせる」

 

「護衛戦隊はいかがいたしますか?」

 

「護衛戦隊は綾波を退避する輸送船につける。そして残りは新手の敵艦隊の対処だ」

 

「了解」

 

 慌しさを増す司令室。

 モニターに映し出されるのは、そんな司令室の慌しさが伝染したかのように行動を開始していく艦娘達の姿であった。

 

 子日と若葉を引きつれ輸送船との合流へと向かう金剛。

 四隻の輸送船と共に河内達と別れ行動を開始する綾波。

 

 そして、新手の敵艦隊へ向け前進を開始する河内達。

 

 状況の推移を見守りながら、自分は、河内達の勝利を願っていた。

 

「提督、河内なら大丈夫だ。必ず、敵を仕留めてみせるさ」

 

「ん?」

 

「伊達に幾多の海戦で武勲を立ててはいないさ」

 

 すると、紀伊が何かを感じとったのか。不意に、同郷だからこそ分かる確信じみた言葉を口にする。

 紀伊の言葉を聞き、自分の心の隅に生まれた不安が、少しばかり消えたような気がした。

 

「そうだな、あいつなら大丈夫か。……よし、帰ってきたら、PX(基地内売店)で何か買ってやるか」

 

「それはいい考えだ」

 

 こうして紀伊と言葉を交わしていると、やがてオペレーターから事態が進展した旨が告げられる。

 

「新たな敵艦隊、二手に分かれました。旗艦と思しき先頭の巡洋戦艦が単独で前進、残りの四隻は単縦陣にて護衛戦隊の側面をつくものと思われます」

 

「随分思い切った行動だな。……よし、では敵巡洋戦艦の相手は河内に任せる。天龍以下三人は分離した四隻の相手を」

 

「いいのか提督?」

 

「なに、元々引き離す事も考えていたからな。相手が勝手に別れてくれるなら好都合だ」

 

 指示が伝わったのか、モニターに映し出された河内の八万トン越えの艤装(船体)が僅かに揺れる。

 続いて、天龍以下吹雪・叢雲・夕立の艤装が見事な跡白浪を描いて河内より離れていく。

 

 決戦の時は、刻一刻と近づいていた。



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第31話 嗜好品護衛任務 その4

 やがて、司令室に響く河内の装備妖精の声を合図に、決戦の幕は切って落とされる。

 

「見張所より艦橋! 敵艦視認! 十二時方向!!」

 

「きよった!」

 

 水平線上に姿を現したのは、地球の軍艦とは異なる機能美の元デザインされたネ級の艦上構造物であった。

 

「よっしゃ! 接近して見敵必殺の一撃をお見舞いや!」

 

「了解です」

 

 河内は射程ギリギリで砲撃を行うより、有効射程内で確実に仕留めるべくネ級との距離を詰め始める。

 だが、それに気がついたのか。

 

「敵艦発砲!!」

 

 青の世界の境に眩いばかりの炎の花が咲き誇った。

 海域に響き渡る轟音、その数十秒後、河内の前方に幾つかの水柱が出来上がる。

 

「なんや、敵さん随分慌てて撃ちおったな」

 

 挨拶代わりの一発だろうか、射程外或いは射程ギリギリか、何れにせよ敵の砲弾が河内の艤装を捉える事はなく。

 余裕を見せる河内の声が司令室にも響く。

 

「艦長、敵艦射程内に捉えました」

 

「今の距離は?」

 

「四万です」

 

「ほな三万でいくで」

 

「了解!」

 

 挨拶のお返しである砲撃開始の距離を指示すると、モニターに映し出された二基の50口径46cm連装砲が動き始める。

 重厚低音な駆動音と共に、敵ネ級に向けて四つの砲門が向けられる。

 

「敵艦との距離、三万七千」

 

 測的所からの報告が河内の艦橋及び司令室に伝わる。

 艦長席に腰を下ろしている河内は、一体今何を思っているのだろうか。

 自分の様に、焦る気持ちを抑えてその時が来るのを待っているのか。

 

「敵艦との距離、三万四千」

 

「敵艦、再び発砲!」

 

 再び、敵艦から放たれる第二射。

 それは先ほどよりも河内の近くへと着弾し、水柱を作り出す。

 相対距離も縮まり、また射弾修正を行ってきている為、徐々に命中精度は向上している。

 

「敵艦との距離、三万二千」

 

 残り二千、河内のお返しが火を噴くまでのタイムリミットは刻一刻と迫っている。

 その間にも、敵ネ級は第三射を行う。

 結果は、河内の艤装を捉える事はなかったものの、その着弾距離は行うごとに近づいている。

 

「敵艦との距離、三万五百」

 

 もう間もなくお返しができると焦る気持ちが現れるように。敵ネ級に向けられた一番・三番砲身が、急かすかのごとく身震いしているように思えた。

 

「残り百、……残り、五十」

 

 そして遂に、その時は訪れる。

 

「敵艦との距離三万!!」

 

「よっしゃ! 主砲、一番・三番、てぇーーっ!!」

 

 待ちに待った報告が告げられると同時に、河内の声が響き渡る。

 刹那、河内の声を掻き消すかの如く、間髪いれずに響き渡った轟音は全ての雑音を掻き消していった。

 

 八万トン越えの艤装(船体)が小刻みに揺れ、巨大な火柱と共に放たれた二発の砲弾は、発射の際のエネルギーによって重力に逆らいながら上方向へと突き進んでいく。

 が、次第に上方向へと向かうエネルギーが尽きると、今度は重力に逆らうことなく珊瑚海を目指し始める。

 その先には珊瑚海の大海原と共に、一つの黒点が浮かんでいる。何であろう、巡洋戦艦ネ級だ。

 

 刹那、二つの砲弾は珊瑚海に勢い良く飛び込むと、その勢いで巨大な水柱を作り上げた。

 その高さは、着弾観測を行っていた河内搭載の水偵一号機から見るに、ネ級の艦上構造物を軽々凌ぐほどの高さを誇っていた。

 

「着弾確認、全弾右方弾着!」

 

 水偵一号機と測的所からの報告を聞くや、間髪いれずに河内の射弾修正指示が飛ぶ。

 程なくして修正完了の報が飛び込むや、第二射開始の声が響く。

 

 再び小刻みに揺れる艤装(船体)、第一射では火を噴かなかった残りの二門が今度は火を噴いた。

 

 珊瑚海に響き渡る轟音と共に、程なくして再び二つの水柱が作られる。敵ネ級の近くに。

 

「っち! 巡洋戦艦だけあって足速いな……」

 

 修正を加えてもなお敵を捉えることができない焦りからか、河内の舌打ちが聞えてくる。

 だが、たったの二射で命中弾を与えるというのは、高度な射撃補正を行える二十一世紀のデジタル軍艦ならまだしも。そうではない河内にとっては余程の幸運でもない限り難しい。

 しかも、相手が戦艦よりも高速性能を持つと定義される巡洋戦艦ならば尚更だ。

 

「っち! やっぱ敵さんもええ腕してるやん」

 

 刹那、再び河内の舌打ちが聞える。

 今後は焦りからではない。敵ネ級の砲弾が遂に夾叉、至近弾を得るに至ったからだ。

 

「負けてられへんで! 第三射準備、急いでや!」

 

 負けじと、河内の第三射が放たれるも、これも捉えるどころか夾叉を得ることも出来なかった。

 

「っ!! 被害報告急げ!!」

 

 やがて、河内の焦りの色を含んだ声が響く。

 第四射を放つ寸前、先に命中弾を出したのは、河内ではなく敵ネ級の方であった。

 

 しかし、命中弾を出されても河内が砲撃を止める事はない。

 程なくして、河内の第四射が放たれた。

 

「報告します! 敵命中弾は短艇甲板に着弾。ですが中甲板を貫通するには至らず、火災も小規模で現在順調に消火中です!」

 

「ご苦労さん」

 

「弾着確認! 夾叉です、夾叉を確認!」

 

 水偵一号機からの報告に、装備妖精達の歓喜の声が聞こえてくる。

 一方、艦長たる河内の声は、装備妖精達とは正反対にまるで一層冷静になったかの如く落ち着き払っていた。

 

「油断したアカンで、まだ一回夾叉しただけや」

 

「第五射、準備完了!」

 

「てぇーーっ!!」

 

 響き渡る河内の号令。

 発砲の轟音と共に時計を作動させたのだろう、やがて時計員を務める装備妖精の声が響く。

 

「弾ちゃーーく、いまっ!!」

 

 水平線上にそそり立つ水柱、今までのそれと変わらないものであった。

 だが、今までのものとは明らかに異なる点が一つ確認できた。それは、弾け散る黒煙が見られる事だ。

 

「命中弾、一!!」

 

 巻き起こる装備妖精の歓声、そんな装備妖精達の声に呑まれ、河内の指示する声も何処か嬉しさを滲ませていた。

 

「よっしゃ、ようやった! ほな次から斉射を開始や!」

 

 だが、そんな喜びも束の間。

 河内の艤装を再び衝撃が襲う。主砲発砲の衝撃ではない、敵弾が命中した事による衝撃だ。

 

 第二の命中弾は、河内の右舷側の高角砲や機銃を幾つか吹き飛ばし、ただのスクラップ置き場へと変貌させていた。

 

「斉射、準備完了!」

 

 敵の命中弾に耐え、諸元の修正を繰り返しようやく敵ネ級を捉えた河内の主砲。

 群青の水平線の彼方に浮かぶ敵ネ級に向け、計八門もの50口径46cm砲が首をもたげる。

 

「お返しや! てぇーーっ!!!」

 

 刹那、モニター越しでも一時的に視力を奪ってしまう程の光が、発せられる。

 そして、モニター越しでも伝わる衝撃と音割れせんばかりの轟音。

 

 50口径46cm砲の斉発は、想像を遥かに凌駕する程のものであった。

 

「弾ちゃーーく、いまっ!!」

 

 今まではと比べ物にならない程の水柱が敵ネ級を包み込み、コンマ数秒遅れて、水とは異なる火柱が立ち上がった。

 発火点は、敵ネ級だ。

 

 巡洋戦艦は、戦艦に匹敵する攻撃力を有し、戦艦よりも速い高速性能を持ち、そして戦艦よりも軽装甲。というのが一般的だ。

 ネ級もこの例に漏れず、戦艦の主砲に耐えうる防御力は有していない。

 

 故に、次の瞬間。

 敵ネ級の船体は、まるで海神の槍に引き裂かれるかのように、船体中央部付近を基点に真っ二つに叩き割られた。

 金属が捻じ曲がる奇怪な断末魔を挙げながら、ネ級であった二つの塊は、引き裂かれた基点を中心に海中へと没していくのであった。

 

 それはまさに、文字通りの轟沈だった。

 

「敵艦! 轟沈!!」

 

 装備妖精からの報告を受け、河内は砲撃中止の号令と共に、各部の被害報告とその集計を命じるのであった。

 

 

 こうして河内の艦橋が勝利の安堵に包まれているのとは対照的に、司令室の空気は、今だ緊張の色を孕んだままだった。

 その理由は、派手な河内とネ級との砲戦の脇で繰り広げられていた、天龍達の戦闘の推移を見守っているからに他ならない。

 

「よっしゃ、これで決めるぞお前ら!」

 

「はい、いけぇーっ!」

 

「さっさと沈みなさい!」

 

「この一撃で終了っぽい!」

 

 しかし、敵の軽巡二隻を含むという戦力的不利をものともせず、天龍達は雷撃戦を行い見事に敵艦を戦闘不能に至らしめた。

 流石に無傷とはいかなかったが、中破以上のダメージを負う事もなく、まさに日頃の鍛錬の賜物というべき結果に、漸く自分の顔から緊張の色が薄れ始めた。

 

「これで漸く、一息つけるな……」

 

 加賀さんと龍驤の航空隊からも新たな敵艦隊発見の報は伝えられておらず、とりあえず、喫緊の脅威は終わりを告げた。

 司令室の張り詰めていた空気が和らぎ、安堵の声が所々から聞こえてくる。

 

 しかし、まだ輸送船団がラバウルに到着した訳ではない。

 一度深呼吸して再び一定の緊張感を呼び寄せると、護衛戦隊並びに第三戦隊の各々に新たな指示を飛ばし始める。



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第32話 嗜好品護衛任務 その5

今回は少し短めとなっております。


 再び合流を果たし、同じく合流を果たした第三戦隊を組み込み護衛戦力を大幅に強化した護送船団は、その後深海棲艦に強襲される事もなく航海を行い。

 ブリスベン港出港から四日後の夕刻、無事に、ラバウル統合基地へと到着するのであった。

 そして同時にそれは、今回の護衛任務の成功を意味していた。

 

「提督はん! 艦隊、帰港したで!」

 

「お帰り、河内」

 

「無事に任務完了や!」

 

「ごくろうさん」

 

 執務室に一週間ぶりとなる河内の声が響き渡る。

 本当はバースで出迎えたかったのだが、生憎と片付けなければならない書類が多く、今回は執務室で迎える事となった。

 

 今回の任務での傷を癒し最初に入室してきた河内の後ろには、同じく傷を癒した残りの護衛戦隊と第三戦隊の面々の姿がある。

 

「残りの皆もご苦労様」

 

「ま、オレと姐さ……、河内さんの力がありゃ、あんな敵から輸送船を護るなんて造作もねぇぜ」

 

「天龍の意見に賛同するのはちょっとしゃくだけど、ま、当然よね」

 

「夕立も頑張ったっぽい! 提督さん、褒めてほめて~!」

 

「綾波も、少しはお役に立てたでしょうか?」

 

「わ、私も……頑張りました」

 

「皆、よく頑張った、ありがとう」

 

 護衛戦隊の面々に労をねぎらい、夕立にはご希望に応えて頭をなでなでしてやる。

 

「な、なぁ提督。お、オレにもなでなでしてくれよ」

 

「あ、天龍ずるいわよ! 司令官、私もなでなでしなさい!」

 

「綾波も、出来ればして欲しいです」

 

「わ、私も」

 

「提督さん、もっとして欲しいっぽい!」

 

「提督はん、あたしはそんなんええから、物ちょうだい」

 

「河内はぶれないな……」

 

 何故か頭なでなでを要求される中、全くぶれない河内に呆れつつも、一人一人の頭をなでなでしていくのであった。

 因みに、護衛戦隊の面々の頭を撫でている間、第三戦隊の面々はどうしたのかといえば。

 

「紀伊! Heal the tired heart!!」

 

「わ、止めろ! 危ないぞ!」

 

 金剛が紀伊の胸に飛び込んでいた以外、他の面々は静かに事の成り行きを見守っていたのであった。

 

 

 それから暫くして、河内を除く護衛戦隊の面々も満足し。

 金剛もまた、疲れを癒す鍵となる紀伊成分の充填を完了した所で、今回の頑張りに対してのご褒美の品を用意する。

 

「ひゃー! 提督はん! これ全部貰ってええの!?」

 

 応接机に並べたお菓子の箱の山に目を輝かせる河内。勿論、他の面々も視線はお菓子の箱の山に釘付けだ。

 

「あぁ、ご褒美だからな。でも、ちゃんと皆で分けるんだぞ」

 

「りょーかいや! ほなあたしこのサブレ貰お」

 

「あ、ちょっと河内! それ私も狙ってたのに!」

 

「ふ、早いもん勝ちや」

 

「大人気ないじゃない! 少しは譲りなさいよ!」

 

「ほほほ~」

 

「オレは別に何でもいいけどな」

 

「では綾波は、このおせんべいをいただきますね」

 

「私は、このマカロンで」

 

「夕立はチョコクッキー貰うっぽい!」

 

「子日はね~、今日はグミの日ーっ!」

 

「では若葉は、ココアインシガレットを頂こう」

 

「じゃ漣はマシュマロ!」

 

「全く皆子供やな、うちはお酒の入った大人の贅沢チョコやで」

 

「では私は、このマドレーヌを頂きます」

 

「それじゃぁ私は、紀伊をいただきマースッ!!」

 

「おい、どうしてそうなる」

 

 各々好きなお菓子を手に取り、笑顔が溢れている。

 皆喜んでくれたようで、何よりだ。

 

 一人、全く別の次元の者がいるが。ま、紀伊なら上手く切り抜けてくれるだろう。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第33話 新戦力来る

 護衛任務を無事に成功させ、PX(基地内売店)の嗜好品滅亡の危機を回避した翌日。

 朝食を取り終え、午前の業務を開始して二時間ほどが経過した頃。執務机に肘をつきながら、自分は手にした書類を眺めていた。

 

「どないしたん、提督はん?」

 

「んー、これだよ、これ」

 

 先ほどからずっと書類を眺め続けている事を不審に思ったのか、河内が声をかけてくる。

 すると、書類を眺めていた原因。その原因たる悩みを共有すべく、近づいてきた河内に手にしていた書類を手渡す。

 

「えっと……。護衛任務に関する命令書、ってなんやこれ、護衛任務やったら昨日無事に終わったやん!?」

 

「確かに、な。だがそれは、昨日とは違う任務だ。書いてあるだろ、定期的って」

 

「あ、ホンマや」

 

 そう、言うなれば昨日の任務は単発任務。

 そして、今回通達されたのは、ウィークリー任務とも言うべき任務だ。

 ウィークリーと言っても隔週単位の為、毎週実行しなければならない訳ではない。

 

 その為、初回の任務の開始は来週からと記載されている。

 

「今回通達されたのは昨日の任務とは違う航路だ。オーストラリア管区じゃなくパプアニューギニア管区はニューギニア島を往来の航路の為、所要時間も安全面でも昨日とは違って簡単といえば簡単だが」

 

 近海とはいえ、完全に安全、楽な任務というわけではない。

 昨日のように、予期せぬ戦力と遭遇する事だってあり得るのだから。

 

「提督はん、何がそんなに心配なん?」

 

「昨日のように巡洋戦艦が出てくることは可能性的に低いとはいえ、重巡クラスは通商破壊において度々出現している。だから、今回通達された任務を行うに当たっては巡洋艦を加えた戦隊をあてるのが望ましいんだけどな……」

 

 そこまで言うと、河内は何かを察したのか、続いて自分が言おうとしていた内容を代弁し始める。

 

「あぁ、そういえばあたしらん所の艦隊って、巡洋艦少なかったな」

 

 駆逐艦だけだと火力面で不安が残り、逆に戦艦では速力の観点から使えるものが限られ、尚且つ費用対効果が良いとは言えない。

 そこで、火力もそこそこ、速力も申し分なく費用対効果も良い、そんな使い勝手のいい艦種たるのが巡洋艦。

 

 なのだが、悲しいかな。

 現在、我が飯塚艦隊に所属している重・軽合わせた巡洋艦艦娘の総数は、僅かに三人。

 重巡の熊野、そして軽巡の天龍と多摩、この三人だけなのだ。

 

 そんな三人の内一人を定期任務に組み込むとなると、他の任務の際に支障が出ないとは言い切れない。

 

 とはいえ、今回通達された任務を行えませんと上申しようものなら、間違いなく査定やら評価やらに響く。

 だから頭を悩ませていたという訳だ。

 

「はぁ、どう編成し直せばいいものか……」

 

「なんや、提督はん。そんな事で悩んでたん?」

 

「ん?」

 

「ローテーション組むのに足りへんかったら、新しく増やしたらええやん」

 

 書類を返しても自身の机に戻る事無くその場に佇んでいた河内は、ふと、単純明快な答えを呟く。

 深く考えすぎていてその様な単純な答えに辿りつけなかった自分は、まさに衝撃を受けた。

 

「別に増やされへん程、資材がない訳ちゃうんやろ? それやったら増やしたらええやん」

 

 加賀さん達を建造する為に無駄になった資材については、既に七割方補填できた。

 そして、その補填分が仮になくとも、初期の支給による蓄えはまだまだ残っている。故に、新たに建造出来ない事などないのだ。

 

「はは、河内。お前の言う通りだな。……なんで勝手に現有戦力だけで行おうと考えてたんだろう」

 

 深く考えすぎていた自身の思考に対して自嘲気味に笑うと、一度深呼吸して、頭の中の考えをリセットしていく。

 やがて、頭の中の考えがリセットされスッキリすると、椅子から立ち上がり、答えを導いてくれた河内に感謝の言葉を述べる。

 

「それじゃ、早速工廠に行くか」

 

「ほいな!」

 

 そして、思い立ったら直ぐ行動とばかりに、河内を引き連れ工廠へと向かうのであった。

 

 

 

 工廠に足を運び、妖精達にテキパキと指示を出している明石に一声かけて、プレハブ事務所へと向かおうとしたのだが。

 明石が声をかけ待ったをかける。

 

「どうしたんだ、明石?」

 

「提督、建造ですよね!?」

 

「そうだけど……」

 

「なら、つい昨日から始めたお得な建造パックを試してみませんか!?」

 

 少々興奮気味な明石の口から告げられたのは、謎の建造パックなるサービスの勧誘であった。

 名称だけ聞くと、何ともお得感を謳い文句にしているデータ通信のサービスのようだな。

 

「因みに、それはどういったサービスなんだ?」

 

「はい! 一律五百の資材で、何と三人分の建造を行えちゃうお得なサービスなんです!!」

 

「それは、凄いな……。所で、それって狙ってる艦種を絞り込めたりは」

 

「出来ません。何が建造されるかは完了してからのお楽しみです!」

 

 先ほどはデータ通信のサービスのようだと例えたが、明石の説明を聞いてその例えは間違いだと気づいた。

 このサービス、言うなれば福袋のようなものだ。買って開封するまで中身が分からない、まさに福袋の特徴そのもの。

 

 しかし、一律資材五百か。

 戦艦や空母等の大型艦が建造されれば、それだけで元は取れお得感は得られるだろう。

 だが建造されたのが全員駆逐艦となると、少々お得感は得ずらい。

 

 いや、そもそも、今回は巡洋艦を狙って建造に来たんだ。わざわざ確立が低くなるような方法を選ぶべきではない。

 

「悪いが明石、今回は……」

 

「面白そうやん! なぁ提督はん、一回やってみいひん?」

 

「……河内、お前なぁ」

 

 だが、そんな自分の考えとは裏腹に、河内は興味津々だ。

 何も今試さなくてもいいだろうと、今回自分達が工廠へとやって来た経緯を河内に改めて言い聞かせる。

 が、河内は頑固にも譲らない。

 

「ええやん、一回だけ、な。お願いや提督はん」

 

 手を合わせ、首をかしげてお願いを行う河内。

 全く、面白そうだからといって軽はずみに消費していい数値でもないんだぞ。

 

「……はぁ、分かったよ。それじゃ、一回だけだからな」

 

 だが結局、自分が折れてしまい、一回だけ試す事となった。

 

「それでは用意しますんで、プレハブ事務所の方へどうぞ」

 

 明石に案内されプレハブ事務所へと足を運ぶと、明石が準備を進めている間、河内に試すのはこの一回限りだと念を押す。

 程なくして、準備が整った明石に呼ばれると、いつもとは異なる表示のモニターに、手にしたタブレットから各種資材を五百を入力する。

 

「では、開始ボタンをどうぞ」

 

 建造開始ボタンを押すと、普段であればモニター一つに対して建造時間が一つ、表示される筈なのだが。

 建造パックは、まさに建造が完了するまでお楽しみ、とばかりに建造時間の表示が現れない。

 

「明石、これちゃんと建造されてるのか?」

 

「ご安心下さい! お得な建造パックに失敗の文字はありません!」

 

 失敗がないって、それはそれで何気に凄い事ではないのか。それを通常の建造時にも導入できれば、一気に建造時のリスクが軽減される。

 ただ、明石に聞いてみると、そこは妖精達が許してくれないらしい。残念だ。

 

「失敗がないのは分かったが、建造時間が表示されないといつ完了するか分からないな。……明石、高速建造材は使えるのか?」

 

「はい、使えます」

 

「なら高速建造材を使う」

 

 高速建造材も一個で三つ分なら良かったのだが、残念ながら一個につき一つと、通常時と変わらなかった。

 高速建造チームの、威勢のいいデッドなファイヤーががががしそうな台詞を耳にしながら、見えない建造時間が零になるのを待つ。

 

 やがて、作業が終わりを告げ妖精達が撤収する中、明石に連れられ新しく加入する艦娘()達との初対面へと向かう。

 

 開閉式扉の向こう側から聞えるのは複数の足音。

 程なくして姿を現したのは、駆逐艦でもなければ戦艦でもない、その中間の艦娘達。そう、巡洋艦をモデルとする艦娘()達だ。

 

「はーい、お待たせ。データ採集はバッチリお任せ! 兵装実験軽巡、夕張。只今到着!」

 

「古鷹型重巡二番艦、あたし加古ってんだ……、ふぁぁあ。よろしく」

 

「きっらり~ん。最新鋭軽巡の阿賀野でーす! ふふ、よろしくね」

 

 軽巡洋艦の夕張と阿賀野、そして重巡洋艦の加古。

 天が味方したのか、それとも妖精達が自分の気持ちを汲み取ってくれたのか。

 何れにせよ、新たに建造された艦娘()達は、今の自分にとって喜ばしいメンバーであった。



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第34話 新戦力来る その2

「ようこそ三人とも。はじめまして、自分は今後君達の上官になる飯塚艦隊司令長官の飯塚だ。よろしく頼む」

 

 嬉しさから自然と笑顔も零れる中、自己紹介を終えた三人に対して、自分達の自己紹介を始めていく。

 

「で、隣にいるのが……」

 

「あ、阿賀野……」

 

 自分の自己紹介が終わり、隣の河内の紹介を始めようとした矢先。

 不意に河内の口から阿賀野の名前が零れたかと思うと、次の瞬間。何を思ったのか、河内が阿賀野を抱きしめ始めた。

 

「え!? ふぇ!?」

 

「お、おい河内!」

 

 突然の河内の行動に、自分のみならず抱きしめられた阿賀野も、そして夕張・加古・明石の三人も、何が起こっているのやら困惑するしかない。

 しかし、程なくして我に返り河内を阿賀野から引き離しにかかると。河内も、まるで我に返ったかのように阿賀野から離れるのであった。

 

「あ、あはは。ご、ごめんな。びっくりしたやんな。あはは……」

 

「す、すまない。ちょっと失礼!」

 

 自嘲の笑みを浮かべる河内を引き連れ、一度プレハブ事務所へと舞い戻る。

 そして、先ほどの行動に対して河内に問う。

 

「河内、いきなり抱きしめるなんてどういうつもりだ?」

 

「ごめん、提督はん。……同じやったから、つい」

 

「同じ?」

 

「うん。あたしが軍艦やった時に、あたしを庇って沈んでもうた軍艦()と同じ名前やったから、つい」

 

 何処か悲しげに理由を語る河内。

 履歴書には河内に関する戦歴等は記載されていたが、僚艦については一切記載されていない。

 だが、海戦等は軍艦一隻で行えるものではない。そこには必ず僚艦が存在している。

 

 そして、戦争である以上、敵味方どちらも無傷である筈がない。

 

 どの様な状況で、河内の世界の阿賀野が河内を庇い沈んだのか、それは分からない。

 問い質せば分かるかもしれないが、それはあまりに河内にとって酷というものだ。

 所詮はシステムなのだから遠慮などする必要はない、と思う者もいるかもしれないが、自分はそうは思わない。

 

 例えシステムだとしても、彼女達には感情がある。共に笑い、共に泣き、共に語り合える感情がある。

 人間と同じ外見を持ち、人間と同じ習慣を共有している。

 だから、例えシステムだとしても、自分は河内の、個人の尊厳を犯すことは絶対にしない。

 

 だから、恐らく状況は分からないままだ。

 

「そうか、そうとは知らず、引き離して悪かったな」

 

「いや、別に提督はんは悪るないで。名前が同じでも別の軍艦()やって分かってた筈やのに、我慢できへんと抱きしめてしもたあたしの方が悪いんやから」

 

「でも知ってたら、少しは配慮してやれた」

 

「もう、ホンマに提督はんは優しいな。そういうとこ、嫌いやないで」

 

 理由を語り終え、少しは気持ちがスッキリしたのか、河内の表情はいつものはつらつとしたものへと戻りつつあった。

 

「でも、そういう事なら、今度はちゃんと見守ってやらないとな」

 

「せやな、うん。あたし、頑張るわ!」

 

「お、いつもの河内に戻ったな。それじゃ、皆の所に戻るか」

 

 程なくしていつもの河内に戻ったのを確認すると、再び四人のもとへと戻り、阿賀野に先ほどの事を改めて謝罪すると、改めて河内の紹介を行い始める。

 

「へぇ~、河内さんは別の世界の軍艦がモデルなんですね。これは色々と気になります! あの、後でデータを採取してもいいですか!?」

 

「データ? 別にええけど?」

 

「わぁ! ありがとうございます!」

 

「あたしは何でもいいけど、ふぁ」

 

「あ、阿賀野、さっきはかんにんな」

 

「いえ、ちょっと驚いたけど、何だろう……。河内さんに抱きしめられた時、何だかお姉ちゃんに抱きしめられているみたいで、少し心地よかったんです」

 

「阿賀野……」

 

「あの、もしご迷惑でなければ、河内さんの事、お姉ちゃんって呼んで、いいですか?」

 

「う、うぅ、あがのぉ~!」

 

「うわ!」

 

「ええで! お姉ちゃんって呼んでもええで! あたしも阿賀野の事、妹以上に妹みたいに可愛がったるさかいにな!!」

 

 河内と阿賀野は思いのほか早く打ち解け、更には一層仲を深める。

 勿論、残りの二人についても、仲を深めるのにそれほど時間はかからなかった。

 

「それじゃ、河内。仲良くなった所で、三人の案内を頼めるか」

 

「任せとき!」

 

「じゃ、よろしく頼むぞ。自分はもう少し建造していくから」

 

 河内に三人の案内を任せると、自分は明石と再びプレハブ事務所へと舞い戻り、今度は普通の建造を行う。

 そして新たに軽巡の能代と多摩、それに駆逐艦の睦月・文月・秋月の五人を迎え入れ建造を終了すると、五人を引き連れ工廠を後に案内を行うのであった。

 

 

 その後、案内を終え、既に先任として着任している艦娘()達を官舎の会議室に招集すると、今回新たに加わる事になった八人を紹介する。

 先任していた艦娘()の中には、姉妹艦がやってきたという事で大いに喜んでいる者もいた。

 

「しかし、手狭になってきたな。この会議室も」

 

「では先輩、増築しますか?」

 

「え? 出来るのか?」

 

「はい、可能です」

 

 そんな光景を眺めていて、ふと会議室が手狭になってきた事を呟いたのだが。

 それを聞いた谷川から、渡りに船な言葉がもたらされた。

 

 こうして、官舎に増築を施す形で、現在の会議室よりも大人数を収容可能な第二会議室の増築が決定したのであった。

 なお、増築工事は妖精さんが一晩でやってくれました。

 

 

 

 巡洋艦不足の問題も解決し、会議室の手狭問題も解決した翌日。

 執務室の定位置たる椅子に腰を下ろした自分は、執務机の上に置かれた艦隊の現有戦力が記載された書類を眺めながら、新たな編成に頭を悩ませていた。

 

「戦艦が三、空母が三、重巡が二、軽巡が六、駆逐艦が二十。……で波勝か」

 

 補佐のスタッフとして働いている大淀と明石を除き、戦闘に動員可能な艦娘()達だ。

 ただ、波勝はモデルが標的艦なだけに戦闘には出せないし、出す気もない。それに鳳翔さんも、以前話した通り少々戦闘は厳しいので、後方にいてくれるのが望ましい。

 

 故に、それらを除いた数が、実質的に動員可能な数となる。

 

「錬殿のバランスを考えると、幾つかの戦隊を再編するか……。あ、でも第三戦隊は現状維持のままにしておこう」

 

 因みに、一昨日の護衛任務を成功させたお陰か。

 この度、新たに編成可能な戦隊を増加出来る許可を得たので、合計六個戦隊を隷下に有する事となった。

 

「とりあえず新加入の加古を……」

 

 書類に目を通しながら新たな戦隊の編成案をメモ帳にメモしていると、不意に執務室の扉がノックされる。

 

「失礼します、提督」

 

 入室してきたのは、能代であった。

 

「どうしたんだ、能代?」

 

「はい、阿賀野姉ぇを見かけませんでしたか?」

 

「阿賀野? いや、ここ(執務室)には来てないが?」

 

「そうですか……。全く、何処行ったのかしら、阿賀野姉ぇ。自主練習するって言ってたのに」

 

 どうやら、自主練習を行うと約束していたにも関わらず、その約束をすっぽかして何処かへ行ってしまったようだ。

 

「すいません、提督、河内姉ぇ。もし阿賀野姉ぇを見かけたら、連絡いただけますか」

 

「あぁ、分かった」

 

「了解や」

 

 こうして用件を終えた能代は、再び阿賀野を探すべく執務室を後にする。

 なお、能代が河内の事を河内姉ぇと呼んでいるのは、阿賀野が河内の事をお姉ちゃんと呼んでいる事に影響されてだ。

 

 能代が退室してから程なくして、それまで静かに秘書艦机で書類仕事を行っていた河内が声を挙げた。

 

「なぁ提督はん、ちょっと阿賀野探してきてもええか?」

 

「ん? あ、あぁ。それなら別に構わないが」

 

 仕事のやる気が低下したので休憩、といつもの河内なら言う所が。今回はちゃんとした目的である為、特に却下する事もなく許可する。

 何だ、阿賀野や能代にお姉ちゃんと呼ばれるようになって急に責任感が漲ってきたのか。いい傾向だな。

 

「ほな行ってくるわ」

 

 阿賀野を探しに執務室を後にする河内を見送ると、再びメモ帳にメモを取る手を動かし始める。

 

 

 そして、それからどれ位の時間が経過していただろうか。

 

「ふぅ、とりあえずこんなものか」

 

 編成案をメモ帳に書き終え、同じ姿勢で凝り固まった上半身をストレッチでほぐすと、腕時計に視線を向ける。

 

「もうこんな時間か」

 

 腕時計の針は、既に正午を僅かに過ぎたあたりを指し示していた。

 

「河内の奴、いつまで探してるんだ」

 

 そしてふと、阿賀野を探しに行ったきり執務室に戻ってきていない河内の事を思い出す。

 幾らなんでも時間をかけすぎている、書類仕事もまだ残っているというのに。

 まさか、探すといいながら何処かで油を売っているのか。

 

「探すか……」

 

 空腹を訴え始めた自身の腹には少しの間我慢してもらい、執務室を後にすると、河内を探すべく官舎内の捜索を開始する。

 

「とりあえず、最初は医務室からだな」

 

 先ず最初は、河内がよく油を売っている医務室へと向かう。

 だがその途中、医務室の方から、能代の怒鳴るような声が聞こえてくる。

 

「こらぁ! 阿賀野姉ぇ、河内姉ぇ!! まちなさーい!」

 

「ゆ、許して能代ーっ!」

 

「か、かんにんやー!」

 

 程なくして、廊下を走る河内と阿賀野の姿が視界内に現れる。

 二人の後ろからは、鬼のような形相をした能代の姿も見える。

 

「あ、提督さん!?」

 

「げ、提督はん!?」

 

 河内と阿賀野の二人は、自分の存在に気がつくと急ブレーキをかけ、別の方向へと逃げようと進行方向を変更しようとする。

 だが、残念ながら廊下は一本道で、逃げるには自分か能代の脇を抜けなければ逃げることは出来ない。

 

「阿賀野姉ぇ、河内姉ぇ!」

 

「ひ、の、能代。お願い、見逃して」

 

「頼むわ、この通りや! あ、提督はん、お願いや、能代に今回は見逃してくれるように頼んでや」

 

 逃げ切れないと悟ったのか、二人は許しを請い始める。

 だが残念ながら、今回二人に救済の手を差し伸べてあげようとの気持ちは、湧き上がらない。

 

「悪いが助けてやれない。二人とも、能代に確りお灸をすえてもらえ」

 

「そ、そんなぁ~」

 

「薄情なぁ~」

 

「さぁ、阿賀野姉ぇ、河内姉ぇ。たっぷりお説教させてもらいます!!」

 

 涙を流す河内と阿賀野を引き摺りながら何処かへと連れて行く能代。

 そんな三人を見送ると、自分は河内達が見つかったので、遅れていた昼食をとるべく食堂に向けて足を進め始める。

 

「ごめんなさーい!」

 

「ごめんやー!」

 

 官舎を出ようとした刹那、河内と阿賀野の声が官舎内に響き渡るのであった。




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幕間 夢と希望と発育、スイッチ・オン!!

 皆元気しとるか、飯塚艦隊が誇るスーパーキャリアー、龍驤や。

 

 なんや最近司令官が建造して、うちらの艦隊にまた新しい艦娘()が加入したみたいやな。

 新戦力が加入して、段々大所帯になって、艦隊が賑やかになっていくんはええことや。

 

 せやけどな、ホンマに嬉しいことなんやけどな。やっぱりちょっと悔しいと言うか、切なくなる事があるんよ。

 

 うちらの艦隊、端的に言ってグラマラスな子が多いねん。

 駆逐艦のチビどもは別にええねん、あれはあれ位のもんやから。

 せやけど問題は、それ以上の、巡洋艦に空母に戦艦達や。

 

 特にうちらの艦隊の旗艦を勤める河内、あれはもう歩く凶器や。

 前に日頃の疲れを癒すリフレッシュの為に、基地内に在る娯楽施設で温泉に入った時の事や。

 

 時間もちょっと遅かったし、次の日の任務の関係もあるから、うちらの艦隊で温泉に入りにいったんは大型艦の艦娘()らだけやった。

 

 脱衣所で同志の波勝と喋りながら服脱いどったら、ふと目に留まってもうたんや。

 あの河内の、あの脅威のバルジ(・・・)の、一糸まとわぬ姿を。

 

 そらもう、絶句、絶望。

 波勝共々、目ぇ真ん丸にして開いた口が塞がらんと数秒間固まってもうたよ。

 

 一糸まとわぬってことは誤魔化しなしの真剣勝負や、で、うちらはそれを前に見事に敗北した。

 

 心の隅っこでちょっとは思っててん、もしかしたら、ちょっと位誤魔化しとるんやないかって。

 せやけど、そんな事なかったわ。ありゃもう正真正銘の超々々々弩級やった。

 あんなん見た後やったら、加賀や金剛らのがなんて控えめなんやろうて錯覚してまいそうやったわ。

 

 そや、それでやっと固まってたんが解けて、湯船に浸かりにいったら、偶々河内の隣になってな。

 仕返しって訳でもなかったんやけど、ちょっと悪ふざけしてる雰囲気出して、河内のバルジ(・・・)触ってみたんよ。

 そしたら、そらもううちなんかではどうしようもない感触で、更に絶望してもうたわ。

 

 結局、帰り道で波勝に慰められながら帰ったんを今でも鮮明に覚えとる。

 

 

 勿論、巡洋艦以上の艦娘()の中にも控えめな艦娘()はおるんよ。

 せやけど、うちらの艦隊で言ったらその比率は多くない。故に、うちらのような『希少価値戦隊』は内心で肩身の狭い思いをしとんねん。

 

 そもそも、こうもホルスタインみたいな艦娘()が集まってんのは、艦隊の最高責任者である司令官の性癖が原因ちゃうんかと思うねん。

 なんや大艦巨砲主義(スイカ大好き)らしいし、類は友を呼ぶって言葉もあるしな。

 

 あぁ、そう考えると今後もホルスタインみたいな艦娘()が集まってくるんかいな。

 まさかその内、駆逐艦のチビどもの中にも。あ、あかん、唯一の安全圏やと思っとった所にまで現れたら、もう安全な場所なんて何処にもないやんか。

 

 

 はぁ、あかん、考えすぎや。

 医務室でも行って波勝と下らん事喋って考え振り払おう。

 

「あれ、龍驤さん。どうしたんですか?」

 

 医務室の扉を開けてみたら、医務室には波勝の他に明石と、最近加入した艦娘()の一人やった夕張の姿があったわ。

 

「なんや、明石に夕張もおったんかいな」

 

「えぇ、実は波勝さんに私と明石さんが作った"新装備"のデータ採取に是非協力してくれないかと頼んでたんです」

 

「あ! ちょうどいいわ! 龍驤さん、是非龍驤さんも新装備、試してみない!?」

 

 夕張は明石と気が合うらしく、直に仲ようなって、今ではなんや工廠で二人協力して謎の機械を自作しとる。

 そんな自作機械のテストを波勝に頼みこんどったみたいなんやけど、なんか話の流れでうちにまで頼み込んできよった。

 

「試す言うても、一体どんな効果があるんや。変な事が起こるんやったら御免やで」

 

「ふふふ、実はですね、ここだけの話。……これを使えば、龍驤さんや波勝さんの人工人体を構築するナノマシンに干渉し、日和山や天保山があら不思議! 富士山、いえ、エベレストに大変身できちゃうんです!」

 

 なん、やて。

 

「ゆ、夕張、それホンマなん、か?」

 

「勿論です!」

 

「さぁ、どうですか、龍驤さん!? 波勝さん!? 試してみませんか!?」

 

 夢のような事が突然目の前に現れて、あまりに突然の事になんや思考が追いつかへん。

 せやけど、波勝の方は、もう答え決まったみたいや。

 

「あかしん、ばりぃ、あちき試す!」

 

「お、よく言ってくれました!」

 

「では早速用意しますね!!」

 

「ちょ、ちょっと波勝、それ本気なん!?」

 

「だってりゅうちゃん! この機械を試せば、あちき達がどれだけ努力しても到達できない頂に上り詰められるんだよ!?」

 

「せ、せやけど……」

 

「あちき達にはもう、これ以上の手はないんだよ、りゅうちゃん!!!」

 

「っ!!」

 

 波勝の言葉に、うちの脳内で電流が走った。

 確かにそうや、うちらは人間やない。だから歳をとっても成長するかも、なんて可能性は微塵もない。

 せやから、うちらみたいな希少価値戦隊の隊員がホルスタイン戦隊と対等に戦う為には、もうこんな方法しか残されてへんのや。

 

「夕張、明石! うちもやるで!!」

 

「そう言うと思って二人分、ちゃんと用意してますよ!!」

 

 明石が何処からか持ってきた謎の機械。

 それを早速受け取って、夕張と明石の二人から使い方の説明を受ける。

 

「このスイッチのような物は『グローススイッチ』と言う物で、こちらが右側、こちらが左側に効果をもたらします」

 

「ふーん、成る程な。ほなこのスイッチ、両方押せばええんやな」

 

「わ! ちょっと待って龍驤さん。まだグローススイッチだけじゃ、意味ないんです!」

 

「え? どういうことや?」

 

「ふふ、じゃーん!! この『アドバンス探照灯ドライバー』と組み合わせる事により、その効果を最大限に引き出せるのです!!」

 

 明石が差し出したんわ、何やごちゃごちゃとしたもんが付いとるベルトやった。

 探照灯、と名が付いているように、バックル部分には探照灯みたいな造形が施されとる。

 

「なんやごちゃごちゃしとるけど、これとスイッチを組み合わせればええんやな?」

 

「そうです。さぁ、早速腰に装着してみて下さい!」

 

「さぁさぁ!!」

 

 明石と夕張の期待に満ちた視線が突き刺さっとる中、うちと波勝は受け取ったドライバーを腰に装着してみた。

 なんや、装着したけど、時になんも起こらへんな。

 

「で、この後どうするん?」

 

「はい。先ずはスイッチを両手に持って振ります。そして、スイッチを左右それぞれの溝に差込、手前のスイッチを入れます。そして、脇にあるハンドルを回して探照灯が光ったら、大きく右手を天に翳すんです!」

 

「……なんや、むちゃくちゃ面倒くさいな。もっと、こう、スイッチ押すだけとか、簡単な手順とかないん? そもそも、何でスイッチとベルトの組み合わせなん? スイッチだけでもええやろ?」

 

「「私達の趣味よ! いいでしょう!?」」

 

 声ピッタリ揃えて言いよった。

 あぁ、さよか。趣味やったら、仕方ないな。

 

 言われた通りの手順を経て、右手を思いっきり天に翳す。

 すると、何や頭上に変なリングみたいなもんが現れよったで。

 せやけど今更引き返されへんし、えぇい、もうなるようになれや。

 

 回転したリングがうちの胸元の位置までやってくると、刹那、急に目ぇ開けてられへん位眩い光を放ち始めた。

 

「まぶし!」

 

 眩しくて直に目ぇ閉じたけど、それから暫くした時、今まで感じた事のない重さを感じ始めた。

 なんやこれ、この肩にのしかかるような、前に倒れてしまいそうになるこの重さは。

 

 は、まさか、これがホルスタイン共が感じとる疲れってやつかいな。

 

 そして、その時は訪れた。

 

「さぁ、お二人とも、もう目を開けて大丈夫ですよ!」

 

「おぉ! 大成功です! お二人とも、おめでとうございます!!」

 

 明石と夕張の声に、閉じてた目ぇをゆっくり開けていく。

 すると、我が目を疑う光景が広がっとった。

 

 今まで何度でも見えてもうた足元が見えへん程の、視界を遮るもんがうちの胸元に現れてたんや。

 

 そらもう河内なんかにも負けへん程大きくて立派で、なんやめっちゃ輝いて見えるやん。

 でもなんやろ、なんか弾力っちゅうもんがあまりなさそうな、なんか硬そうやな。まるで、今にも誘導弾みたいに飛んでいきそうな……。

 

「ってこれ!!! ミサイルやん!!!」

 

「ふぇぇ!? りゅうちゃん!! あちきのは何だか先端がドリルなんだけど!?」

 

 波勝の声に反応して見てみたら、そらもう先端には立派に輝くドリルがあったわ。

 

「ちょ! 何やねんこれ!! 明石! 夕張!! 説明してや!!」

 

「あれ? 私ちゃんと説明しましたよ」

 

「そうそう」

 

「説明しとるかいな!! 巨乳になれるんとちゃうんかい!?」

 

「……私は別に、"巨乳"だなんて一言も言ってませんよ」

 

「そうですよ。エベレストに変身できるとは言いましたけど、巨乳になるとは一言も言ってません」

 

「……う!」

 

「早とちりして勘違いしたお二人が悪いじゃないですか?」

 

「そうそう、私達は悪くない! だから私達は謝らない!!」

 

「それはそうと、早速感想とか聞かせて下さいよ。あ、後で試射も行いたいんで外に出てもらっていいですか?」

 

「お、おどれらぁぁぁっ!! うちらの純情もてあそんで、絶対に許さへんで!!」

 

「そうだそうだ!!」

 

「え? ちょっと、お二人とも!?」

 

「わ、わわわ!! は、話を……」

 

「「イってイイヨ」」

 

 この後、うちと波勝とでみっちり、明石と夕張の二人にお灸すえたった。

 これに懲りて今後、アホな事せんかったらええけどな。

 

 せや、あの後ドライバー外したら、何とか元の胸元に戻ったわ。

 見える景色とか、負担とか、やっぱちゃうけど。なんやかんや、やっぱりありのままが一番ええわ。

 

 ま、でも、ちょっとだけおもろかったな。

 

 

 

 

 

 

「……あれを使えば、私も最強になれるかもにゃしい?」




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第35話 アッレナメント

 新たに五人の艦娘が艦隊に加わり、隷下の戦隊の再編も行われた翌日。

 来週から始まる新たな護衛任務を含め、各種任務に臨むべく、各戦隊、予備組も含め。皆一層訓練に力が入っている。

 新加入の艦娘()達は少しでも早く先任達に追いつく為、先任達は新加入の艦娘()達に負けじと、まさに切磋琢磨している。

 

 そして今もまさに、訓練海域にて互いの単装砲が火を噴き、訓練海域の大海原に幾つもの水柱を作り出している。

 

「撃ち方はじめ! てーっ!」

 

「雷撃、てー……」

 

 程なくして砲撃戦から雷撃戦へと移行したようで。

 仮想敵役の天龍目掛けて、朝風と朝凪(あさなぎ)の艤装に搭載している三基の魚雷発射管から各々一発ずつ、二人合わせて計六発の演習用魚雷が発射される。

 

「は、おせぇよ!」

 

 しかし、天龍は魚雷の進路をまるで手に取るように分かっていたのか。

 見事な操艦で楽々魚雷の航跡を回避すると、お返しとばかりに、二基の三連装発射管から六発の魚雷を発射する。

 

「きゃ!? いやー! こんなのって、……嘘!」

 

「あう、やられちゃった」

 

 天龍より放たれた六発の魚雷は、まるで吸い込まれるように。

 否、まるで朝風と朝凪が魚雷の進路に自ら進むかの如く、舵を切った矢先、二人の艤装の横っ腹に見事な水柱が生まれるのであった。

 

「はは、まだまだ読みが甘いな」

 

「もう、なんでよ~! くやしぃ~!」

 

「朝風姉ぇ、叫んでも結果は同じだよ……」

 

「朝凪! 貴女ももう少し悔しがりなさいよ!!」

 

 勝敗が決し、勝ってご満悦の天龍に対し、朝風は悔しさを隠す事無くさらけ出している。

 一方、同じく負けた朝凪は、何処か達観した様子で姉である朝風を諭している。

 

「ま、オレに追い付きたかったら、もっと訓練して実力をつけてくるこった」

 

 そんな二人の会話を聞いてか、天龍は勝者の余裕とばかりに二人にアドバイスを送るのであった。

 

「にゃしぃ……、先輩達の訓練は、やっぱり凄いね。私達なんて一撃も出せなかったにゃ……」

 

「でも睦月お姉ちゃん、天龍さんにはあたし達筋がいいかんじって褒められてたよ」

 

「にゃ! そうだったにゃしぃ! ならもっと自主練して、先にきてた弥生ちゃんや水無月ちゃんに追いつけ追い越せにゃしぃ!」

 

「うん、だね。もっと練習してまだまだ強くなろう!」

 

 一連の訓練を見ていた者の中には、先に訓練を終えた艦娘()達の姿もあった。

 その中の二人、昨日加入したばかりの睦月と文月は、早速自分達にとっては軍艦としても、そして艦娘としても先輩の訓練の様子に感想を漏らす。

 

 最初は加入したての自分達の錬殿低さを嘆いてはいたものの、天龍から送られた言葉を思い出し、自分達には才能があり磨けば輝くと連想すると。

 先に着任していた姉妹艦の弥生と水無月に追いつけ追い越せと、自分達を奮い立たせるのであった。

 

 

 さて、訓練を行っている艦娘()達の一挙手一投足を把握できる自分が何処にいるのかと言えば。

 訓練の各種データの計測役として同海域に停船している夕張の艦橋だ。

 因みに、訓練に同行しているのは気分転換も兼ねた視察の為だ。

 

「どうだ、夕張。データの方は?」

 

 座席に腰を下ろす事無く、窓際に佇み首から下げた双眼鏡を手にした自分は、隣に佇み同じく双眼鏡を手にした夕張に尋ねる。

 

「はい、バッチリですよ!」

 

 すると、計測漏れなしとばかりに力強い夕張の返事が返って来る。

 

「よろしい。……で、次の訓練は?」

 

「はい、次は航空攻撃の訓練です」

 

 自分達の訓練が終わり指定の場所へと退避していく艦娘達の艤装を眺めながら、夕張と他愛のない会話を行い時間を潰す。

 やがて、夕張の艦橋内に航空攻撃訓練の準備が完了した旨の連絡が響く。

 

 双眼鏡を覗き込み左右を捜索すると、やがて航空攻撃の標的役たる波勝の艤装を発見する。

 暫く眺め続けていると、やがて波勝の艤装を目掛け、大空を突き進む加賀さんが装備する航空隊の姿が見えてくる。

 

 最初はゴマ粒のように見えていた航空隊の姿も、一瞬と思える内に、そのシルエットを鮮明に判別できるほど接近する。

 視界内にハッキリとした姿を現したのは、九八式艦上爆撃機の編隊だ。

 

 そんな航空隊の姿を捉えたのは波勝も同様のようで、射程内まで接近してきた機に対し、装備している13mm機銃が火を噴出す。

 だが、放たれる機銃弾は機体を捉える事は叶わず。航空隊はあざ笑うかのように軽々と波勝の対空射撃を避けると、お返しとばかりにぶら下げていた演習用の爆弾を波勝の甲板目掛けて投下する。

 

「あぁ、っぁぁ! き、キタ!! キタッァァッ!! あちきの(艤装)に突き刺さる、ぶっとくて逞しい航空爆弾……、あぁ、カ・イ・カ・ン」

 

 そして、程なくして夕張の艦橋内に聞えてきたのは、純粋無垢な艦娘()達には教育上どう考えてもよろしくない、波勝語録の数々であった。

 

「夕張、ちゃんと駆逐艦の艦娘()達に聞えないように回線切ってあるか」

 

「はい、バッチリ……」

 

 夕張同様に、死んだ魚のような目をしながら、引き続き航空攻撃訓練の様子を眺める。

 結局、訓練中に波勝語録が途切れることはなく。終始、夕張の艦橋内にはマゾヒズムな快楽に溺れる通信が流れ続けた。

 

 一応波勝の名誉の為に言っておくと、波勝は決して悪い艦娘()ではない。

 むしろ艦隊の為に献身的に働いてくれる素晴らしい艦娘()だ。

 ただ、他の艦娘()達よりもちょっとだけ性癖が個性的なだけなのだ。そこは分かってほしい。

 

 波勝の気苦労に悩まされながらも、何とか無事に航空攻撃訓練が終わると、夕張に全行程の終了を確かめる。

 

「夕張、これで今回の訓練の行程は全て終了だな?」

 

「はい、これで全て終了です」

 

「……では余韻に浸っている波勝は、加古に曳航してもらうか。夕張、加古との回線を繋いでくれ」

 

「了解」

 

 訓練も終了し、後はラバウル統合基地に帰港するだけだ。

 自力で帰港できる者はいいが、残念ながら波勝は、艤装の至る所から黒煙や火花を挙げ、自力での帰港は困難と思われた。

 

 よって、訓練に参加している者の中で余力のある加古に、栄光たる曳航の役割を与える事にした訳だ。

 

「提督、繋がりましたよ」

 

「ありがとう。……加古、聞えるか?」

 

 夕張から加古への回線が繋がったので、夕張から手渡されたマイクを手に加古へ呼び掛けを行う。

 だが、応答がない。

 

「ん? おーい、加古。聞えてるか?」

 

 再び呼び掛けを行うも、返事が返って来る気配は全くない。

 

「夕張、確かに繋がったんだよな?」

 

「失礼ですね、ちゃんと繋げましたよ!」

 

 まさか回線が不調なのかと夕張に尋ねてみたが、どうやら回線の不調はないようだ。

 では一体、どうして加古からの応答がないのか。まさか、何らかのトラブルが起きているのか。

 

 言い知れぬ不安が頭の中を過ぎった刹那、それまで全く反応を示さなかった加古から、返事が返ってくる。

 

「長、艦長、起きて下さい。呼ばれています」

 

「艦長、早く応答しないと心配していますよ」

 

 しかしそれは、返事というよりも、装備妖精達の漏れ聞えてきたものであった。

 しかもその内容は、どう聞いても艦長たる加古を起こそうとしているとしか思えないものだ。

 

「……ん、Zzzz。グゴッ! あ、え? 何?」

 

 加えて、今し方起きたと言わんばかりの加古の声が聞こえてきて、確信した。

 加古のやつ、居眠りしていやがったと。

 

「あー加古、聞えるか?」

 

「ふあぁぁっ……、あ、提督、おはよ、じゃなかった。どうしたんだ?」

 

 途中から回線が繋がっている事に気付き慌てて誤魔化そうとしたようだが、残念ながら、完全に露見している。

 

「加古、居眠りしてただろ」

 

「し、してねぇよ。ちゃんと起きてたよ!」

 

「ほー、ふーん」

 

「ほ、本当、だぞ」

 

「よし、そう言うなら今回は不問としよう」

 

「ほ、本当か!? やっ……」

 

「ただし!」

 

「っ! ……ただし?」

 

「もし今度、訓練や任務中に居眠りしてる事が発覚した場合は、罰を受けてもらう」

 

「ば、罰?」

 

「そう、今後『艦隊のねぼすけアイドル、加古ちゃんダヨー』と自己紹介してもらう罰だ」

 

「ちょ!! 何だよその恥ずかしい自己紹介は!」

 

「嫌なら今後、勤務中に居眠りしなければいいだけの話だ」

 

 自分の提案に反発していた加古ではあったが、結局渋々提案を受け入れ、これにてこの件は一件落着となった。

 そして一件落着し終えると、本題である波勝栄光の役目を伝える。

 

「じゃ、頼んだぞ」

 

 先の件とは異なり、波勝の件に関しては、加古は特に反発する事もなくすんなりと受け入れるのだった。

 

「さて、それじゃラバウルに戻るか」

 

 こうして自分を乗せた夕張を含め、訓練に参加していた面々は、真上に上った太陽の光に照らされながら、一路ラバウル統合基地に戻るべく舵を切るのであった。



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第36話 アッレナメント その2

 特に深海棲艦の奇襲を受けることもなく、無事にラバウル統合基地へと戻った自分は、訓練参加者の面々と別れると、一目散に官舎へと歩を進める。

 そして、執務室の扉を潜り目にしたのは、秘書艦用の机で真っ白に燃え尽きている河内の姿だった。

 

「河内? おーい、河内?」

 

 呼びかけてみるも反応がなく。

 体を椅子の背もたれに寄りかかり、その安らかで綺麗な顔をしている河内の姿を見て、思ってしまった。

 

「へんじがない。ただのしか……」

 

「生きとるわ!!」

 

 だが安心した事に、少しばかり疲れてフリーズしていただけのようだ。

 

「起きてたなら直ぐに返事しろよ」

 

「疲れてたんや、しゃぁないやろ」

 

「ま、いいが。……で、ちゃんと仕事はやったのか?」

 

「やったで、見てみぃ!」

 

 どうだと言わんばかりに、河内の手が秘書艦机の上に置かれていた書類を指し示す。

 書類を手に取り中身を確認すると、河内の言う通り、ちゃんと記入漏れもなく書類は完成されていた。

 

「やっぱり、ちゃんとすれば出来るんだな」

 

「当たり前やん、元連合艦隊旗艦やで」

 

「じゃ、そんな元連合艦隊旗艦だった河内には敬意を払う意味でも、ご褒美をあげないとな」

 

「なんや、また追加の書類とか言うんちゃうやろな?」

 

 前回もご褒美と称して追加の書類を渡した事がある為か、警戒感をあらわにする河内。

 だがそんな河内の警戒感を、自分はポケット取り出し、河内の目の前に差し出した物で裏切る。

 

「ふぉわぁぁぁっ! やっぱり提督はんは神様や! あたし提督はんに一生ついていくで!!」

 

「そりゃどうも」

 

 差し出したのは、クロノ・クェイクを経験してもなお受け継がれている、京都の老舗飴屋の飴だ。

 一般には高級キャンディーともいえるそれを一粒あげただけなのだが、河内は想像以上の反応を示した。

 

 ここまで喜んでくれると、あげた甲斐があるというものだ。

 

 さて、河内も燃え尽きた状態から不死鳥のように蘇った所で、自分も今後の為に片付けられる仕事を片付けてしまおう。

 椅子に腰を下ろし、執務机の上に置かれた未処理の書類の中から幾つかを引っ張り出すと、手にしたペンを書類に当てようとした。

 

 だがその時、不意に扉を叩く音が聞こえてくる。

 

「ん? 誰だ?」

 

「先輩、僕です」

 

 入室を求めてきたのは、副官の谷川であった。

 

「どうしたんだ?」

 

「はい、実は。『チェザリス中佐』から、合同訓練に関しての相談がきているのですが……」

 

「チェザリス中佐から?」

 

 入室した谷川から告げられたのは、自分の艦隊と先方の艦隊との合同訓練を打診するものであった。

 

 ロベルト・チェザリス、それが今回の合同訓練を打診してきた提督の名前だ。

 ラバウル統合基地に所属する先任提督の一人で、ヨーロッパ州海軍に籍を置く、イタリア管区出身の男性。

 

 着任式の際に手渡された資料によれば、歳は自分と然程離れていない。

 添付していた写真を見るに、染めたのか綺麗な黒の長髪をポニーテールにし、その顔立ちは褐色気味の肌に彫りが深く高い鼻筋と、まさに見紛う事なきハンサム提督だ。

 

 そんなチェザリス中佐から打診を受けたのが、合同訓練。

 それは読んで字の如く互いの艦隊に所属する艦娘同士が共に訓練を行うものだ。

 各提督指揮下の艦娘達は各々日頃から訓練に勤しんでいる。なのに、指揮下の垣根を越えて合同で訓練を行う意味があるのか。そう思う者もいるだろう。

 だが、合同訓練は、日頃の訓練では得られない貴重なスキルを身に着ける事が出来る。

 

 それが、連合艦隊での出撃の際の連携や意思疎通だ。

 

 連合艦隊とは、二人以上の提督の艦隊をもって編成された合同艦隊の事を指し。

 主に同一の基地や鎮守府に所属する提督をもって編成される。

 なお、連合艦隊の司令長官には、基地や鎮守府の司令官が兼任し。まさに連合艦隊は、各々の基地や鎮守府の戦力を結集した、顔そのものなのだ。

 

 そんな連合艦隊の運用目的は、大規模な深海棲艦戦力の攻勢に対するもの。

 或いは逆に、大規模な深海棲艦戦力が確認された支配海域への攻勢において用いられる事が多い。

 要は大規模作戦を行うに際して用いられるのだ。

 

 編成される基準は、指揮下の戦力や提督自身の階級等、極力差があまりない者同士が好ましいとされている。

 ただし、所属の全提督総動員で編成される事もあれば。

 時間的に精査している余裕のない緊急時等は、司令官の一任で新米がベテランと組む、なんて事も間々あったりする。

 

 

 さて、連合艦隊の概要がお分かりいただけた所で、合同訓練の説明へと移ろう。

 合同訓練は、そんな連合艦隊編成の際に、スムーズな運用を行えるよう基地や鎮守府に所属する提督間で行う訓練の事だ。

 

 幾ら戦力や階級等に差がない、としても。日頃から一度も挨拶を交わしたことがない者同士、いきなり本番で華麗な連携を見せろと言われても、無茶な話だ。

 編成する司令官側にしても、連合艦隊を編成した際には可能な限りツーカーな仲である事が望ましく。

 そこで合同訓練と呼ばれる、互いの連携を高める訓練があるのだ。

 

 合同訓練は基地司令部等から訓練の日程が送られてくる事もあるが、今回のように、各提督が自発的に提案してくる場合もある。

 連合艦隊は提督であれば誰でも組み込まれる。なので、合同訓練は行っていて損はない。

 

 そもそも今回の場合、着任以来色々と立て込んでいたり、先方方の都合が合わなかったりして、実は先任提督方へ顔を合わせての挨拶を行えていない状況なのだ。

 一応、着任した旨の連絡は先任提督方に送っているので、自分が仲間に加わったことは認知されている。

 だがやはり、共に肩を並べて深海棲艦の脅威と戦う者同士、顔を合わせて言葉を交したいものだ。

 

 故に、今回やってきた提案を断る理由はない。

 

「断る理由は特にないし。谷川、提案を受け入れる旨の連絡、チェザリス中佐に送っておいてくれるか」

 

「分かりました」

 

 こうして退室した谷川を見送ると、自分は再び止まっていた手を動かし、書類にペンをつけると、顔を執務机の上の書類へと傾けた。

 

 

 

 書類と向き合い続けて二時間ほどが経過した頃。再び扉を叩く音が耳に入る。

 

「どうぞ」

 

 入室を許可して執務室へと入室してきたのは、朝凪であった。

 

「司令、訓練の報告書、持ってきた……」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 手にしていた報告書を受け取ると、ふと改めて朝凪の容姿に目がいく。

 朝凪の容姿は、綺麗なピンク色のロングヘアーをオレンジ色のリボン付き三つ編みにしており。

 他の神風型同様整った綺麗な顔立ちをしているものの、その目元はタレ目で、醸し出す雰囲気と相まって不思議系な印象を与える。

 

 朝凪の服装は、他の神風型同様に大正時代の女学生風の着物を着込んでいる。

 上着は名前を反映してか、上着は緑、そして袴は青色。腰の帯は金色だ。

 

 なおその性格は、少々天然で、不思議ちゃんと呼べるものだ。

 

「どうかしたの、司令?」

 

「あ、いや。……そうだ、お菓子食べるか?」

 

「うん、食べる」

 

 あまりじろじろと観察していると怪しまれかねないので、話題を変える。

 執務机の引き出しから小分けに包装されたお菓子の包装袋を取り出すと、目を輝かせている朝凪へと手渡す。

 

「朝風達と分けて食べるんだぞ」

 

「うん、ありがとう司令」

 

 お菓子を受け取った朝凪は、嬉しそうに執務室を後にする。

 

 こうして朝凪とのやり取りを終えたのだが。

 先ほどから、河内の突き刺さるような視線が気になって仕方がない。

 

「何だ、河内? お前の分のご褒美はもうあげただろ?」

 

「いや、ちゃうねん」

 

「ならなんだ?」

 

「ちょっと気になっただけやねんけど。……提督はんって、もしかしてロリコン?」

 

「んな! ンな訳ねぇだろ!! どうしてそうなる!!?」

 

「いやだって、さっき朝凪の事舐め回すように見とったし」

 

「断じて見てない! そんな風には見てないぞ!! 大体、自分は紛うことなき大艦巨砲主義(どたぷ~ん大好き)だ!!」

 

 あらぬ誤解をされていた事に対して必死に釈明すると、その熱意が伝わったのか、河内は誤解を解いてくれたようだ。

 しかし、何故だろう、少しばかり白い目で見られているような気がする。

 

 さて、誤解も解けたので、そろそろ時間もいい頃合だし昼食を食べに食堂に行くとするか。

 

 

 昼食をとり終え、補佐の為のスタッフ部屋にて、谷川達をはじめとするスタッフ達と共に珈琲を飲んでまったりとした時間を過ごすと。

 執務室へと戻り、定位置に腰を下ろすと、午後からの業務を始める。

 

「失礼します」

 

 業務を開始してから程なくした頃、執務室に大淀がやって来る。

 

「提督、チェザリス中佐から合同訓練に関しての打ち合わせを行いたいとの連絡が入りました」

 

「そうか」

 

ヒトゴマルマル(午後三時)にチェザリス中佐の官舎にて行うそうです。それと、秘書艦を同席させて欲しいとの言伝もございました」

 

「了解だ。では時間通りに伺うと連絡しておいてくれ」

 

「分かりました」

 

 用件を伝え終えた大淀が退室すると、ふと腕時計で現在の時刻を確認し、打ち合わせまでの残り時間を確認する。

 

「よし河内、後一時間で七割終えるぞ」

 

「うそやん!!」

 

 残り時間を加味し捌く書類の量を設定すると、案の定河内から反発の声が響く。

 

「さぁ、最大戦速でいくぞ!」

 

「うへぇぇぇ……。あ、そや提督はん。実はあたし、肘に雷撃を受けてもう……」

 

「で・き・る、よな?」

 

「あ、ほい」

 

 何かにつけて無理だとごねようとする河内だったが、少しばかり言うことを聞くような視線を送ると、素直で聞き分けのよい秘書艦に様変わりするのであった。

 

 

 一時間後。

 何とか設定した寮の書類を捌き終え、河内の進行状況を確かめるべく、ふと河内の方に目をやると。

 そこには、まるで生気を吸い取られたかのような河内の姿があった。

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

 

「あ、……あかん。もう、あかん」

 

「確りしろ河内!」

 

 まさかここまで困憊するとは思わず、慌てて河内の生気を取り戻させる魔法の食べ物。

 お菓子を差し出す。

 

「ほら河内! 抹茶のカレヌだぞ!」

 

「ま……、まっちゃ、かれ、ぬ。……抹茶、のカレ、ヌ。……抹茶のカレヌーっ!!」

 

 すると、あっという間に生気を取り戻す河内であった。

 

「……お前本当に、お菓子好きだな」

 

「うん! 大好きや!!」

 

「ははは、そうかい」

 

 河内のお菓子好きの度合いに少々呆れつつも、河内の進行状況を確かめる。

 すると、ちゃんと設定した量を捌いていた。

 

 やっぱり、真面目にやればちゃんとできる奴なのだ。

 

 さて、お互いに設定した量を捌けたところで、そろそろチェザリス中佐の官舎にお邪魔するか。



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第37話 アッレナメント その3

 谷川達に一声かけ、自分達の官舎を後にすると、一路チェザリス中佐の官舎を目指して基地内を歩く。

 日本では秋口と呼ばれる時期であっても、ここラバウルの地では年間を通しても平均最低気温が二十度を下回るのは希少な事だ。

 更に付け加えれば、十二月であっても最高気温の平均値は三十度前後にもなる。

 

 故に、建物の空調完備は必須だ。自分の官舎も含め、快適な職場環境の整備は必要不可欠。

 

 だが、屋外となると、残念ながら空調の整備はしようがない。

 扇風機を置いて使えなくもないだろうが、残念ながらそれは点を作り出すだけで、面での効果は全くない。

 

 よって、炎天下の中、自分達は目的地を目指して歩き続ける。

 

「あ~、あづいぃ~」

 

 フル回転させた頭の疲れに追い討ちをかけるかのごとく状況に、河内の不快指数は急上昇しているようだ。

 

「ぶうたれるな、自分なんてお前より暑苦しい格好してるんだぞ」

 

「せやけど提督はん、今日は一段とあづいぃ」

 

「……はぁ、なら帰りにPX(基地内売店)でアイスでも買ってやるから、ちょっとの間だけ我慢してろ」

 

「了解や!!」

 

 アイスという単語が出た途端、河内の体感温度は快適数値へと瞬時に変化したようだ。

 本当に、羨ましいほど現金なやつだ。

 

 

 

 歩くこと数分、基地内の一角に世界遺産が現れる。

 勿論本物ではない、妖精さんがリクエストした当人のリクエストに可能な限り応えて造り上げた風な建造物。

 それが、ドゥカーレ宮殿と呼ばれるイタリアを代表する世界遺産に酷似した、チェザリス中佐の官舎であった。

 

「うわぁ、ごっつい個性的な官舎やな。こんなんと比べたら、あたしらん所、むっちゃ地味やん」

 

「地味には地味なりにいい所もあるんだ。ほら、行くぞ」

 

 他の提督達に比べれば圧倒的なまでの無個性だが、それもそれで味があったり利点がある。

 と、まるで自分に言い聞かせるように河内に私語を慎むように注意すると、官舎の正面出入り口へと足を進める。

 

 その個性的な官舎の出入り口へと赴くと。そこには、まるで門兵の如く出入り口を監視する二人の警備員の姿があった。

 

 M33型ヘルメットを被り、カーキ色の熱帯用水兵服と短ズボン。それに、足元にはゲートル代わりにレギンスを着用している。

 そして目を引くのが、『サムライベスト』と呼ばれる大戦時のイタリアのエリート部隊に支給されていた後のタクティカルベストの走りとも呼べる装備だ。

 おそらく肩にかけている短機関銃、ベレッタ Modello 1938Aの予備弾倉を収納しておく為に装備しているのだろう。

 

 警備員達の装いは、一部独自の装備が見られる以外は、ギリシャの戦いやトブルクでの戦いで功績を挙げた大戦時にイタリア海軍が有した陸上部隊。

 サン・マルコ海兵連隊を参考にしていた。

 

 その装いからおそらく、ラバウル統合基地司令部が管轄している警備人員ではなく。各提督が独自に設けることの出来る警備隊の隊員だろう。

 

「失礼、そこで止まっていただけますか?」

 

 等と、警備員を観察していると、自分と河内の存在に気がついた一人が声をかけてくる。

 幾ら基地内だからとはいえ、やはりほいほい第三者を官舎に通していては、職務怠慢だ。

 

「失礼ですが、今回やって来たご用件は?」

 

「チェザリス中佐から合同訓練に関する提案を受けたので、その打ち合わせに」

 

「……お待ち下さい、今、確認いたします」

 

 警備員の側も、自分と河内の格好を見て何者であるかをある程度察したのだろう。

 丁寧な質問を自分に投げかけると、自分も相手側を刺激しないよう丁寧に答えを返す。

 

 すると、もう一人の警備員にアイコンタクトを送るや、アイコンタクトを送られた警備員は、やや駆け足気味に正面出入り口の脇に設けられている詰所へと確認に向かった。

 

 それから暫くして、再び駆け足気味に詰所から戻ってきた警備員は、待っていた相棒に軽く頷きアイコンタクトを送ると、確認できた旨を話し始める。

 

「確認が取れました。間もなく案内の者が来るとの事ですので、もう暫くお待ち下さい」

 

「ありがとう」

 

 こうして無事に自分と河内が客人であると分かってくれた所で、少々張り詰めていた空気が和み始める。

 と、空気が緩んだせいなのか。案内の者がやって来る間、暇を紛らわせるかのように様々な考えが頭の中を駆け巡る。

 

 自分の所も、そろそろ警備隊の都合をつけるべきだろうか。

 今はまだ意見を聞かないが、その内休暇に基地の外に気分転換しに行きたいと言い出す艦娘()が出てこないとも言い切れない。

 勿論。その他の事も考慮するとなると、万が一に備えて都合を付けやすい独自の陸上戦力は何れ必要か。

 

 と、考えを巡らせていたが、ふと河内の声が聞こえて意識を戻してみると。

 なにやら警備員と、いつの間にか親しげに話をしていた。

 

「それホンマ!?」

 

「あぁ、俺の故郷には美味いって評判だったビスコッティを作ってる店があってな。ガキの頃は、よくお駄賃片手に買いに行ったもんだ」

 

「ええなぁ、近所に美味しいお菓子屋さんがあるって憧れるわ」

 

「あ、あの! じ、自分は、お菓子ではありませんが、ライスコロッケは得意料理です!」

 

「お、ええなぁ、料理できる男ってやっぱええね」

 

 ま、親しくなって何か不都合なことがある訳でもないので、特に注意する事もなく。

 折角なので、自分も会話の輪に混ざろうと歩み寄った、その時。

 

「軍曹。職務中に、女性と楽しくお喋りですか?」

 

 出入り口の方から、女性の声が飛んでくる。

 声に反応して視線を変えれば、そこには一人の女性が立っていた。

 艦橋を模したカチューシャを被り、肩甲骨のあたりから腰までの背部がざっくり開いたノースリーブの襟シャツ、しかし露出対策か白のケープを羽織っている。

 赤いミニスカートにニーソックス。そんな服装を着こなすのは、眼鏡をかけた焦げ茶色の前髪ぱっつんボブカットの持ち主。

 

 そう、前世でもゲーム内に登場した、ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦四番艦、ローマその人だ。

 

「あぁ~、いや違うんだよローマちゃん。これは待ち時間の間、彼女が退屈しないようにと思って」

 

 ローマの登場に、苦笑いを浮かべながら釈明を行う軍曹と呼ばれた警備員。

 ローマに対して頭が上がらないのだろうか。

 

「……そうですか、では、そういう事にしておきましょう」

 

 軍曹の釈明に納得したわけではなさそうだが、ローマはあまり軍曹との相手をしていられないと切り上げる。

 

「ご苦労様でした。後は私が案内しますので、軍曹達は元の職務に戻ってくださって結構です」

 

「い、イエス・マム!」

 

 ローマの言葉に従い、門兵の職務へと戻る警備員二人。

 そんな二人を他所に、自分と河内はローマと対面する。

 

「飯塚中佐、ですね」

 

「はい」

 

「はじめまして、私、チェザリス艦隊の旗艦兼秘書艦を勤めますローマです。よろしく」

 

 ローマから差し出された手を軽く握ると、握手を交す。

 握手を終えると、ローマは次いで河内とも握手を交し始める。

 

「飯塚艦隊旗艦兼秘書艦の河内や、よろしゅう」

 

「っ! よ、よろしくお願いします」

 

 しかし、軽く握った刹那、ローマは何かを感じ取ったのか眉を動かす。

 だがそれも一瞬の事で、程なくして二人は握手を終える。

 

「では、アンミラーリオ(提督)の元へご案内致しますので、どうぞついてきてください」

 

 こうして挨拶を終えると、ローマに案内され、自分と河内は正面出入り口を潜る。

 正面で入り口を潜ると、その先に待っていたのは、外観同様に絢爛豪華な内装であった。

 

 司令部としてはあまり必要とは感じられない絵画や調度品の数々。

 まるで官舎を歩いていると言うよりも、本当に世界遺産の中を歩いているような錯覚に陥りそうだ。

 

「チャオ! ローマさん!」

 

「リベッチオ、廊下は走っては駄目といつも言ってるでしょ! それに、他の提督の前よ、ちゃんとしなさい!」

 

「はーい」

 

 しかし、ここが世界遺産などではなく、れっきとした艦隊司令部の官舎である事は程なく再認識させられる。

 廊下を元気よく走っていた一人の艦娘の存在が、それを再認識させてくれた。



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第38話 アッレナメント その4

 リベッチオ。マエストラーレ級駆逐艦の三番艦で、艦娘としては健康的に日焼けした肌からも容易に想像出来るほど元気溌剌な性格、更に戦艦にはかなりの憧れを抱いている。

 

「今回、私達の艦隊と合同訓練を行ってくださる飯塚艦隊司令長官の飯塚中佐と、秘書艦の河内さんよ。挨拶しなさい」

 

「ボンジョルノ! リベッチオです。リベって呼んでいいよ、よろしくね!」

 

「こら、リベッチオ。初対面なのにそんな……」

 

「ええで、ええで、かまへんで。はじめまして河内や、よろしゅうな!」

 

「か、わ、ち、さん。……河内さん!」

 

「そうや、河内や」

 

「ねぇ河内さん。河内さんって、もしかしてローマさんと同じコラッツァータ(戦艦)?」

 

「お、よう分かったな。そうやで、戦艦やで、しかも元連合艦隊旗艦やで!」

 

「ふぉぉぉぉっ! 凄い! 凄い!!」

 

 戦艦好き故に河内が戦艦であると見抜いたリベッチオは、おそらくあまり連合艦隊の意味を分かっていないだろうが、旗艦という二文字も相まって目を輝かせている。

 

「ねぇ河内さん! 色々お話聞かせて……」

 

「リベッチオ、お二人はアンミラーリオ(提督)と合同訓練の打ち合わせに来ているんです。話はまた今度にしなさい」

 

「……は~い。じゃ、またね!」

 

「またな~」

 

「こら! だから廊下は走っちゃ駄目と……、はぁ」

 

 本人は色々と河内の話を聞きたかったのだろうが、今回はローマの目が光っている故、残念ながらそれは叶わなかった。

 

「申し訳ありません。お恥ずかしい所をお見せして」

 

「いえ、そんな事ありませんよ」

 

「そうやそうや、駆逐艦やったらあれ位明るく元気な方が丁度ええんや」

 

 こうしてリベッチオとのやり取りを経て、引き続き官舎内をローマの後に続き歩く事数分。

 やがて、執務室と書かれたプレートが付けられた扉の前で、ローマは立ち止まった。

 

「鍵なら開いてるよ~」

 

「失礼します」

 

 軽くノックし入室の許可を得ると、ローマは慣れた手つきで扉を開く。

 そして、ローマに招かれ自分と河内も扉を潜ると、その先には、官舎内の内装とは異なる少々殺風景な光景が広がっていた。

 

 

 書類や資料を収納しておく本棚に、小さなキャビネット。応接用の家具一式に、唯一煌びやかさを醸し出している壁に掛けられた絵画が一点。

 そして室内の奥には、部屋の主にして官舎の、ローマ達の上官である男性が、少々年季の入った執務机にて仕事に勤しんでいた。

 

アンミラーリオ(提督)、飯塚中佐と秘書艦である河内さんをお連れしました」

 

「お、ご苦労さん、ローマちゃん」

 

 だがローマの声に反応し仕事の手を止めると、立ち上がり、握手をすべく自分達のもとへと歩み寄ってくる。

 

 写真で顔は拝見してたが、直接その全体像を目にすると、写真よりも数割り増しのハンサムである事が嫌でも分かる。

 自分よりも一回り高い身長、そんな身長を栄えさせるかのように着こなすヨーロッパ州海軍の軍服が、より男前度を引き上げている。

 まさに、同性でも惚れてしまいそうな程の男前だ。

 

ベンヴェヌート(ようこそ)! 飯塚中佐。遥遥足を運んでいただきご苦労様。それと、この度は俺の提案を快く受けてくれてラリングラツィオ(どうもありがとう)

 

「こちらこそ、この度は素敵な提案をしてくださり感謝しています。それから、顔を合わせての挨拶が遅れて、本当に申し訳ありません」

 

「あぁ、別にそんな事謝る必要なんてないさ。気にしてないし。あ、それと、そんな丁寧に喋らなくてもいいぞ。歳も近いし、階級だって同じ。もっと崩して喋ろうぜ」

 

「あ、は……。じゃないか。あぁ、了解だ」

 

「お、いいね。ほぐれてきたね。じゃ、改めて、よろしくな」

 

「こちらこそ」

 

 握手を交し互いに笑みを浮かべる。チェザリス中佐は、どうやら自分が想像していたよりも気さくな人の様だ。

 

「さてと。で、隣の彼女が、中佐の所の?」

 

「秘書艦の河内だ」

 

「河内や! よろしゅうな!」

 

「おぉ~。聞いてはいたが、確かにこれは、あのヤマトクラスをも勝るすばらしい大きさだ……」

 

 自分との挨拶を終えたチェザリス中佐は、次いで河内の、胸囲の脅威に目を釘付けにする。

 それを見て自分は思った。チェザリス中佐とは、よき戦友(とも)になれるだろうと。

 

アンミラーリオ(提督)、何処に感心しているのですか?」

 

「え、何処って、ローマちゃんとどっちが大き……イダダダッ!!」

 

 だがチェザリス中佐は失念していた。部屋の中には、秘書艦であるローマもいた事を。

 故に、チェザリス中佐はその特徴であるポニーテールをローマに引っ張られる。

 

「ちょ、ローマちゃん! 痛いよ。引っ張んないで!!」

 

アンミラーリオ(提督)、私達は言わばイタリア管区の代表としてラバウルにいるんです。ですから、管区の品位を落とすような行為は、謹んでいただきたいのですが!」

 

「わ、解った、解ったから! ひ、引っ張んないで! 千切れる、千切れちゃう!!」

 

 程なくして降参の意思表示を示したチェザリス中佐は、そこで漸くローマの手から自身のポニーテールが解放されるのであった。

 

「なんや、提督はんと気が合いそうやな、あの提督」

 

「……」

 

 そんな二人のやり取りを見ていた河内は、二人に聞えないようにぼそりと自分に呟く。

 メロンには男の夢が一杯詰まっているんだから、大好きになるのは当然だろう。と本当は言い返したいところであったが、声に出すとローマの厳しい視線が飛んできそうな気がしたので、声には出さなかった。

 

「いや~、全く、厳しいんだからローマちゃんは」

 

アンミラーリオ(提督)がだらしなさ過ぎるんです!」

 

「そんなに眉間にシワ寄せて、折角の美人が台無しだぞ。ほら、もっとソッリーソ(笑顔)ソッリーソ(笑顔)!」

 

 といってチェザリス中佐が自身の手で持ち上げたのは、ローマの口角、ではなく。

 たわわに実ったローマのメロンであった。

 

「……あ、ア・ン・ミ・ラーリオ!!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁっ!!」

 

 当然、どストレートなその行動にローマが怒らない筈もなく。

 鬼の形相で、再びチェザリス中佐のポニーテールを引っ張るのであった。

 

「あ、そやけど、提督はんよりも更に煩悩に忠実やね」

 

「河内、それ絶対誰にも言うなよ」

 

 再び繰り広げられる二人のやり取りを目にし、河内が再び小さく呟く。

 だが今度は、ちゃんと釘を刺しておくのであった。



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第39話 アッレナメント その5

 さて、挨拶からチェザリス中佐の人となりを拝見し、ローマの機嫌も落ち着いた所で。

 いよいよ本題である合同訓練に関しての打ち合わせを、応接用の家具に腰を下ろしながら始める。

 

「さて、先ずは俺の所の現有戦力だが、今はこんな所だ」

 

 対面に座るチェザリス中佐は、自身が保有している艦隊の戦力を書き示した書類を手渡してくる。

 手渡された書類に目を通すと、そこには戦艦二、空母一、重巡四、軽巡四、駆逐艦十、潜水艦四の文字が書かれている。

 

「チェザリス中佐の所には潜水艦がいるんだな」

 

「ん? 飯塚中佐の所には潜水艦はいないのか?」

 

「あ、ええまぁ。一応、今手持ちの戦力はこんな所で」

 

 お返しに、自分も用意してきた保有戦力の書かれた書類をチェザリス中佐に手渡すと、受け取ったチェザリス中佐は書類に目を通し感想を漏らす。

 

「おいおい、こりゃ、かなりの潤沢な戦力だな。俺ん所の1.5倍はあるじゃねぇか」

 

 平均的にはやはり、チェザリス中佐程度の保有数が多いのだろうか。

 自分は初期ボーナスを大量に頂いたからな、ここまで戦力拡張出来たのもその恩恵とする所が大きい。

 

「でも、俺の経験から言わせて貰えば、もう少し重巡は欲しい所だな。あと潜水艦も」

 

「やっぱり潜水艦は整備しといた方が?」

 

「護衛任務には使いづらいが、哨戒や通商破壊等にはかなり使えるな。それになりより、一番燃費がいいってのも魅力だ」

 

「なるほど」

 

「だが、それよりももっと潜水艦を持つべき理由がある! それは、何を隠そう潜水艦の艦娘()達は皆水着を着用しているという事実だ!! 艦娘の一部はあまり妖艶ではない者もいる。だが、そんな一部の者であっても言い表しようのないエロチシズムを引き立たせる魔法のアイテム! それが水着!! そんな水着を勤務時に常時着用しているのが潜水艦の艦娘()達なのだ!! この事実をして潜水艦を保有していないなど、男としてあるまじきこと!!」

 

 熱弁をふるうチェザリス中佐、その熱意に同意し、自分も言葉を返そうとしたが。

 刹那、チェザリス中佐の後ろに歩み寄る、あの人の存在に気がついてしまい、喉まで出ていた言葉を引っ込めた。

 

「だから飯塚中佐、中佐も早く潜水艦を整備して、その眩いばかりの姿を拝むといい。特にこのラバウルじゃ、彼女達の水着姿は何とも絵にな……、いだだだだだ!!!!」

 

「ア・ン・ミ・ラーリオ」

 

 あの人とは誰であろう、ローマだ。

 

「品位を落とさぬようにと申した筈ですが……?」

 

「い、いだだだ! ろ、ローマちゃん、俺は別に品位を落とす話なんてしてない! ただ純粋に、男として、水着姿の女性の魅力について語っただけで……いだだだだっ!!」

 

「それが品位を落としているんです!」

 

「で、でもでも、彼女達の魅力はすばら、いだだ! ……そ、それに、ローマちゃ! んだって、この間水着着てくれた時は、凄く素敵だだだだ、いだ! し!」

 

「んな!」

 

 先ほどと同じくチェザリス中佐が降伏の意思を示すのかと思っていたのだが、どうやら今回は違うようだ。

 チェザリス中佐の言葉を聞いたローマは、途端に顔を真っ赤にしてチェザリス中佐のポニーテールから手を離した。

 

「な、何を言い出すんですか! アンミラーリオ(提督)!!」

 

「何って、本当の事を言っただけさ。ローマちゃん、君は本当にウナ・ドンナ・アッファシナンテ(素敵な女性)だ」

 

「っぅ、な、なによ。そ、そんな素敵な瞳で、見つめながらだなんて、卑怯よ、アンミラーリオ(提督)……」

 

 頬を赤らめながらまんざらでもない様子のローマ。

 一方、チェザリス中佐は、安堵の表情を浮かべていた。本気なのか、それとも遊びなのか、今一わかりにくい所だ。

 

 しかし、何にしてもローマの機嫌も直ったところで、再び打ち合わせを再開する。

 

「しかし、潜水艦がいないとなると、対潜訓練の仮想敵は俺の所が一手に引き受ける事になるな」

 

「迷惑かけます」

 

「いや、別に問題ない。……だが、その代わりと言ってはなんだが、飯塚中佐の所の空母達で俺の所のアクィラを訓練してやって欲しいんだ」

 

「アクィラを?」

 

「中佐も知っての通り、オリジナルは、記録ではアクィラは完成する事無くその生涯を閉じている。故に艦娘としてのアクィラの運用については、まさに手探り状態だ。しかも、本来運用を想定していた地中海ではなくこの太平洋でだ。……俺にとっても初の空母だし、まだ着任して日が浅い。だから、先に運用慣れしている飯塚中佐の空母達から、色々と手ほどきを受けられれば一番いいかと思ってな」

 

「そういうことなら、全然構わない」

 

「恩に着る」

 

「同じ提督、助け合うのは当然だろ」

 

 その後は特にチェザリス中佐がローマを困らせる事もなく、打ち合わせは順調に進んでいく。

 そして、やがて打ち合わせも一区切りついた所で、ローマが一休みの為の珈琲とお菓子を用意してくれる。

 

「どうぞ、カッフェ(珈琲)とビスコッティになります」

 

「ありがとうございます、ローマさん」

 

「このビスコッティはローマちゃんの手作りなんだ、美味いぞ!」

 

「手作り!? そら凄いな。ほな、いただきまーす」

 

「いただきます」

 

 用意されたビスコッティ、二度焼きしてしっかりと乾燥させた固焼きビスケットであるイタリアの郷土菓子を手に取ると、河内と同じタイミングで口にする。

 

「んんっー! なんやこれ、むっちゃ美味しい!」

 

「本当だ、中に入っているドライフルーツもいい感じに味を引き立ててる」

 

「だろだろ、美味いだろ!」

 

 自分達の感想を聞いて、自身の事のように喜ぶチェザリス中佐。

 

「俺も今まで色んなビスコッティを食べてきたが、ここまで美味いビスコッティは食べたことがないからな」

 

「ア、アンミラーリオ(提督)……、大げさです」

 

 絶賛の嵐に、ローマは少々俯き頬を赤らめる。しかしその表情は、満更でもなさそうだ。

 

「このカッフェ(珈琲)に浸して食べるとまた格別なんだ!」

 

「お! おぉぉっ! ホンマや! また食感が変わって飽きへんな!」

 

「だろだろ」

 

 こうして美味しい珈琲とビスコッティを堪能し一休みを満喫すると、リフレッシュしたので再び打ち合わせを再開する。

 特に問題もなく順調に進み、やがて、同郷訓練を三日後に行うことを再確認して、打ち合わせは終了となった。

 

「それじゃ、三日後を楽しみにしているぞ」

 

「こちらこそ」

 

 チェザリス中佐とローマに見送られ、チェザリス中佐の官舎を後にすると、一路自分達の官舎を目指して暁に染まる基地内を歩く。

 

「なぁ提督はん、約束覚えてる?」

 

「ん、あぁ、アイスだろ。……全く、ビスコッティをご馳走になったのにまだ食べたいのか」

 

「甘いもんは別腹や」

 

 ビスコッティも甘いものに分類されるがと思いつつ、その視線は、自然と河内のお腹周りへと向けられる。

 

「……だ、大丈夫や!! 合同訓練するからそれまでの分はちゃんとチャラになるって!」

 

「ふーん、ほー」

 

「う、うぅぅ。お願いや~、この通り! 買うてくれたら、何でも言うこと聞くから!」

 

「……ん? 今何でも言うこと聞くと言ったな」

 

「え、あ、いや、それはその。それ位の気持ちって意味で、ほんまに何でも言うこと聞くってことや……」

 

「じゃ、やっぱアイスは買うのやめよっかな」

 

「嘘やん、嘘! 出来る範囲の事やったら何でも言う事聞くから~、お願いや、提督はん!」

 

 河内の言質を取る事に成功すると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

「よし、なら約束通りアイスを買ってやろう」

 

「ホンマ、ありがとう! おおきに!」

 

「ただし、自分の言うことをちゃんと聞いてもらうぞ」

 

「な……なんや、は! まさか、あたしにバンジージャンプとかお手製アクティビティさせる気やろ!? バラドルみたいに! バラドルみたいに!!」

 

「どうしてそっちになるかね……」

 

 河内の想像に呆れつつ、交換条件となるお願い事を述べる。

 

「そんな事させるか。聞いてもらうのは、ぶうたれずちゃんと真面目に仕事をする、それだけだ」

 

「なんや、そんな事かいな。それやったらええで、ちゃんとしたるわ!」

 

「約束だぞ」

 

「了解や」

 

 こうして約束を交し、ちゃんとPX(基地内売店)にてアイスを買って帰った。

 

 そして翌日の業務時、確かに、河内は約束通りぶうたれる事はしなくなった。

 ただし、代わりに顔がうるさくなってしまっていた。

 

 あぁ、真面目に、普通に、河内が仕事をしてくれる日は来るのであろうか。

 否、くるのではない、こさせなければならないのだ。その為にも頑張れ、自分。



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第40話 アッレナメント その6

 うるさい顔を矯正させるのは苦労したが、何とかうるさいと呼べるか呼べないか程までの状態には、もってくることが出来た。

 苦労はしたが、その分達成感は一入だ。

 

 等と浸っている場合ではない、河内の矯正をしたり他の業務等々、忙しい日々を過ごしている内にあの日がやってきた。

 そう、今日はチェザリス中佐との合同訓練を行う日だ。

 

「全員揃っているな、ではこれよりチェザリス中佐達と合流を行う」

 

 事前に通知しておいた通り、今日は任務も訓練もなく、艦娘並びに紀伊は第二会議室へと集まったいた。

 欠員なく全員揃っていることを確認すると、皆を引き連れ、集合場所へと足を運ぶ。

 

 集合場所となっている埠頭へと足を運ぶと、既にチェザリス中佐は部下である艦娘達と共に自分達の到着を待っていた。

 

「遅れてすいません」

 

「お、来たな」

 

 無事に合流を果たすと、先ずは簡単な自己紹介から始まる。

 

「戦艦紀伊だ、今日はよろしくお願いする」

 

 当然その中には紀伊も含まれているのだが、紀伊が自己紹介を行うと、チェザリス中佐の部下である艦娘達からざわめきが起こる。

 艦息である事に加えてその美形、ざわめきが起こらない方が不思議か。

 

「へぇ~、聞いてはいたが、本当に男だな」

 

 チェザリス中佐も、やはり艦息である紀伊には興味が沸いているようだ。

 にしても、イケメンが並ぶと絵になるな。二人分だから相乗効果で威力絶大だ。

 

「提督はん、泣いてもええんやで」

 

「……お黙れ」

 

 そんなイケメンツーショットを眺めていた自分の気持ちを、察しなくてもいいのに河内が察してくるものだから、つい言葉に本音が含まれてしまった。

 いかんいかん、気持ちを落ち着かせなければ。

 

 気持ちを落ち着かせ、沸きあがる感情を収めた頃には、既に双方の艦娘達の自己紹介は終わりを告げていた。

 

「それじゃ飯塚中佐、早速合同訓練を始めようか」

 

「えぇ、そうですね。……ではこれより、我が飯塚艦隊とチェザリス艦隊との合同訓練を開始する。先ずは各々艤装に乗船し、訓練海域へ向け出港。海域に到着したら、各種訓練を開始する」

 

「お互い今回が初の合同訓練だが、日頃の訓練で鍛えた錬度を存分に示し、お互いの事をよく知るといい。特にアクィラ、お前は飯塚中佐ん所の空母にみっちりイロハを教えてもらえよ」

 

 開会宣言の後、艦娘達はそれぞれのバースへと駆け足で向かうと、各々の艤装に乗船していく。

 やがて曳船の力を借りて出港していくそれらを見送ると、彼女達が移動している間に、自分達も訓練の様子を見学できる場所へと移動を開始する。

 

「ようこそ、お待ちしていました」

 

「ヒョー、こんな凄い所でいつも指揮をとってるのか、凄いな」

 

 やって来たのは、自分がいつも艦隊の指揮をとっている司令室であった。

 その設備の規模に羨ましさを含んだ感想を漏らすチェザリス中佐であったが、程なくして出迎えの大淀にナンパまがいの声をかけるのであった。

 

「チェザリス中佐、ローマさんに後で怒られますよ」

 

「はは、何言ってるんだよ、ここにはローマちゃんはいないからだいじょ……、っ!!」

 

 刹那、何かを感じ取ったのか、チェザリス中佐は急に肩をビクつかせると大淀から距離を置いた。

 

「そうだな、飯塚中佐の言う通りだ。今はこんな事している場合じゃないよな、うん」

 

 その様子はまるで、ローマの陰に脅えるかのようだ。

 

「提督、河内より全員訓練海域に到着したとの報告です」

 

 そんな一幕を経ている内に、オペレーターの口から全員が訓練海域に到着したとの旨が伝えられる。

 

「分かった。ではモニターに映像を映し出してくれ」

 

「了解」

 

 自分は定位置に、そしてチェザリス中佐は用意された椅子へと腰を下ろすと、モニターに映し出された映像に視線を釘付けにしていく。

 モニターに映し出されたのは、指示通り各種訓練を開始していく艦娘達の様子であった。

 

 

 

 先ず最初に目に留まったのは、自身隷下の駆逐艦とチェザリス中佐隷下の潜水艦による対潜訓練の様子だ。

 

「ぽい? 確かこの辺りにいた気がするっぽい」

 

「あたしがいっちばーんに発見してみせるんだから!」

 

「白露や、夕立には負けません! 私だって一生懸命頑張って……、あ、きゃっ!? うわぁぁん、いたいよぉ」

 

「はわわ! 五月雨ちゃんが被雷したのです!!」

 

「だらしないわね。針路を空けなさい、私が追い詰めてあげるわ!」

 

「ブフーッ! 自信満々に言っておいて被雷してる、テラワロス!」

 

「漣、後で覚えてなさい……」

 

 海中に潜む潜水艦を探して海上を右往左往する駆逐艦達。だが無情にも、五月雨が被雷しおたのを皮切りに、叢雲や白露と、次々に被雷していく。

 夕立や電がソナーを駆使して位置を割り出し、艤装の艦尾に備えている演習用の爆雷を投下していくものの、成果の程は全く感じられない。

 

「アネキ、なぁアレやっていいだろ?」

 

「アレを? ……全く、しょうがないですわね。よろしくてよ」

 

「よっしゃ!」

 

 一方、混乱する駆逐艦達に対して、仮想敵役のアミラリオ・カーニ級の二人。

 狭い艦内では邪魔にならないのかと思わずにはいられない巻き髪が特徴的な、ネームシップであるアミラリオ・カーニと。

 ツインテールな元気っ子である姉妹艦であるアミラリオ・ミロの二人は余裕の会話を繰り広げている。

 

 しかし、アミラリオ・ミロの言うアレとは何のことであろうか。

 潜水艦は水上艦と異なり、外部の様子を映すカメラがない故に状況を把握しづらい。

 だが、アレの正体は程なくして理解することとなる。

 

 不意に海面の一部が盛り上がったかと思うと、刹那、波を掻き分け巨大な鋼鉄の鯨が海面にその姿を現す。

 

「ヒャッホーッ!!」

 

「はわわ! 浮上してきたのです!!」

 

「ぽいぃぃ! びっくりしたっぽい!」

 

「み、見て下さい、砲がこちらを向いているのです!!」

 

 船体の甲板上、司令塔の前後に設けられている二門の47口径10cm単装砲が、艦内から姿を現した装備妖精達の手によって、それぞれが電にその照準を合わせる。

 刹那、目標を捕らえた二門の単装砲が火を噴いた。

 

「はにゃ! 撃たれたのです!」

 

 どうやらアミラリオ・ミロの言っていたアレとは、潜水艦であるにも拘らず浮上し、砲撃戦を仕掛けるという戦法の事であった。

 潜水艦の絶対的な優位性である隠密性を生かした水面下からの攻撃ではなく、その優位性を自ら捨てる戦法に、電達のみならず自分も唖然とする他なかった。

 

「ははは、ミロ(アミラリオ・ミロ)の奴は浮上して砲撃戦を行うのが好きなんだ。勿論、普段の任務は潜水艦らしく戦ってるが、訓練時は衝動が抑えられないのか、時折浮上して砲撃戦を行いたくなるのさ」

 

 チェザリス中佐の補足を聞きながら、引き続きモニターに映し出された訓練の様子を見つめ続ける。

 潜水艦が砲撃戦を行うなど範疇になったか駆逐艦達は、回避行動もとらず、結果電が被弾する。

 だが、やはり二門の砲では致命的なダメージを与えるには至っていない。

 

 だが、電が被弾した事で我に返ったのか、白露がアミラリオ・ミロに対して砲撃を行ったのを皮切りに、夕立や漣も、そして被弾した電も砲撃を開始。

 

 砲撃戦を想定していない潜水艦では、当然砲撃戦になれば分が悪く。

 駆逐艦達が反撃を開始して早々に、白旗を上げるに至った。

 

「やったぁ! やっぱり美味しいところは一番なあたしにいっちばーんよくにあ……、きゃぁっ!? 痛い!」

 

「ぽいぃぃっ!? 被雷しちゃったっぽい!」

 

「よーし、漣の本気見せちゃうんだから。……はにゃ!? い、いつの間に。はう! なんもいえねぇ~」

 

「ま、まだまだやれます! この! このぉっ! あれ? あれぇっ!? な、なんでぇっ!?」

 

 アミラリオ・ミロに白旗を上げさせ勝利の余韻に浸る駆逐艦達に、程なくしてそんな余韻など吹き飛ばさせる厳しい洗礼が浴びせられる。

 洗礼を浴びせたのはそう、今だ海中に無傷で潜むアミラリオ・カーニだ。

 仮想敵役はまだ残っている、その事実を、駆逐艦達は被雷と共に思い知らされる。

 

 爆雷による反撃を試みる間もなく、無情にも、対潜訓練終了の合図が響き渡った。

 結局、一時の勝利を収めたものの、訓練としては色々と課題の残る結果となった。



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第41話 アッレナメント その7

 対潜訓練の様子を見学し終えると、次は軽巡洋艦達による雷撃訓練の様子を映し出したモニターに視線を向ける。

 

「にゃ? 三五ノット出せないにゃ?」

 

「あの、その。すいません、ジュノは繊細なものですから」

 

「私達あまり安定性がよくないから、地中海と太平洋の違いもあるけど、大体三十ノット位が最高なのよ」

 

「にゃ、でも不思議だにゃ、船体は多摩達よりも大きいのににゃ」

 

「多摩、そこは察してやるクマー」

 

 訓練海域の一角、設置された洋上ターゲットに対して雷撃を行っている軽巡洋艦達。

 現在は天龍や阿賀野、それに能代達が訓練を行っている。

 

 その脇で、一足先に訓練を終え、洋上接舷してお喋りを楽しんでいるのは球磨と多摩の球磨型姉妹。

 そして、アルベルト・ディ・ジュッサーノ級軽巡洋艦のネームシップ、アルベルト・ディ・ジュッサーノと姉妹艦アルベリコ・ダ・バルビアーノの二人だ。

 

 なお名前が長いからか、アルベルト・ディ・ジュッサーノはジュノとの略称で呼んでいる。

 

「所で、二人とも長い名前にゃね。略称じゃにゃきゃ舌を噛みそうにゃ。……あ、あ、アスファルト・で? ジューサーの」

 

「盛大に間違えてますよぉ~」

 

「全く駄目だクマ、ちゃんと呼んであげなきゃ駄目だクマ。球磨の華麗なるイントネーションをよく聞くクマ。……衝撃のアルベルト・ゲェ・ジュッケツシュウーノ」

 

「にゃ、それはそれで色々と酷いにゃ……」

 

「我らがドゥーチェ(ロベルト・チェザリス)のためにッ!!」

 

「ちょ、ジュノ姉さん!?」

 

 そんな四人の会話は、何とも恥ずかしいものであった。

 球磨と多摩の二人の非礼を二人に代わりチェザリス中佐に詫びると、当のチェザリス中佐は軽く笑って許すのだった。

 

 そういえば、自己紹介の際のジュノの容姿を思い出すと。

 長袖である以外はザラ級に似た服装を着込み、おっとりした雰囲気を持ちながらも、赤毛のロングヘアをなびかせていた彼女の目元には、確かに片眼鏡をかけていた。

 

「イタリア軽巡をなめるなぁぁっァァ!!」

 

 なお、再び訓練を再開したジュノはスイッチが切り替わったかの如く、上記のような台詞を叫んでいた。

 訓練が終わったら球磨と多摩の二人に、ちゃんとジュノに謝っておくようにきつく言っておこう。

 

 

 

 軽巡洋艦の訓練を見学し終えると、次は重巡洋艦達の紅白戦による訓練の様子を映し出したモニターに視線を映す。

 チェザリス中佐の有する重巡洋艦は全てザラ級の為、魚雷発射管を有していない。故に、紅白戦は主に砲撃戦の様相を呈していた。

 

 因みに、自身が有する重巡洋艦は二隻の為。ザラ級の一人、ゴリツィアが熊野と加古と共に白組の一員として戦っている。

 

「フィウメ、ポーラ。ちゃんと先頭艦に指向してる?」

 

「大丈夫ですわよ、ザラ姉様。照準はバッチリです」

 

「大丈夫ですぅ、ザ~ラ姉さま」

 

「では、砲撃開始! フォーコ(撃て)!!」

 

フォーコ(撃て)!」

 

「ふぉ~こ!!」

 

 ザラを先頭に単縦陣で航行する赤組は、同じく単縦陣で並走している白組に主砲の砲弾を浴びせ始める。

 対する白組も、反撃とばかりに主砲が火を噴く。所謂同航戦だ。

 

「やはり砲撃戦では分が悪いですわね」

 

「うわ、やば! なぁ、熊野。魚雷使えねぇのか?」

 

「紅白戦を行うにあたって、公平を期す為に雷撃は行わないと取り決めをしたではありませんか」

 

「でもよー、火力投射能力は向こうの方が上だぜ」

 

 数は共に三、加えて主砲の門数も共に合計二四門。

 しかし、赤組はザラ級で統一されているのに対し、白組は熊野・加古・ゴリツィアとそれぞれ艦型が異なっている。

 故に、主砲の発射速度が同一な赤組に対し、白組は主砲の発射速度がバラバラな為、火力投射能力は赤組に劣ってしまう。

 

「大丈夫ですよ、お二人とも。頑張れば何とかなります」

 

「何とかなるっていってもなぁ」

 

「愚痴を零していても仕方がありませんわ。今は、撃ち負けないように踏ん張りますわよ!」

 

 だがそれでも、ゴリツィアの言葉に奮い立たされたのか、白組も必死に砲撃を行う。

 互いに航行する周囲の海上に、幾多もの水柱が生まれては消え、生まれては消えていく。

 

 やがてどれ位同航戦での砲撃戦が繰り広げられたのか。

 互いに頭を抑えようと先頭を航行するザラと熊野に被害が集中する中、不意に、赤組最後尾を航行するポーラの艤装が大きく蛇行し始めた。

 その幅は、もはや回避行動の範疇を超え始めている。

 

「ちょっとポーラ!? どうしたの?」

 

「ヒック! ふぁ~、らいひょうぶで~す、ザ~ラ姉ーさま~」

 

 被弾している自身の心配よりもポーラの心配を優先するザラだったが、そんなザラの気持ちとは裏腹に、ポーラの声は、明らかにろれつが回っていない。

 

「ポーラ!? まさか貴女、またヴィーノ・ロッソ(赤ワイン)を飲んでいるんじゃないでしょうね!?」

 

「ちがいま~すよ、ザラね~たま。ヴぃ~ののろーっそなんて、のんでましぇーん。飲んでるのワ、サケ(日本酒)で~す!」

 

「それも結局アルコオル()でしょぉぉぉっ!!」

 

「れ?」

 

「いつもいつも任務や訓練中にお酒を飲んじゃ駄目って言ってるでしょ!!」

 

 どうやら日頃から口酸っぱく注意していたようだが、ザラの気持ちはポーラいんは届いていなかったようだ。

 

 そんなポーラに注意を行っていたザラだが、ふとフィウメの発射速度が低下している事に気がついたのか。

 何かを感じ取ると、急いでフィウメへと回線を繋ぐ。

 

「フィウメ、まさか貴女もあれほど注意していたのに、また間食してた訳じゃないでしょうね!?」

 

「んぐんぐ、ん! ごほごほ! ざ、ザラ姉様! わたくしそんな事していませんわ。ただ、ちょっとその、新発売のケーキの味見をしていただけですわ」

 

「それを間食って言うのよフィウメ!!」

 

「まぁまぁ~、フィウメ姉さまも反省してますし、ここは可愛いポーラに免じてゆーるして……」

 

「ぽぉぉぉらぁぁぁっ!」

 

 どうやらザラは、日頃から手のかかる妹二人の世話に苦労しているようだ。

 

 だが、今は紅白戦の最中、そんなザラの苦労など、白組の熊野達は関知すべき事ではない。

 故にこのチャンスを生かすべく、熊野は加古とゴリツィア

 

「何だか分かりませんが、相手の攻撃が乱れていますわ! この隙に一気に畳み掛けますわよ!」

 

「Zzzzz、んあ、お、おう。りょーかい」

 

「ちょっと加古さん!? もしかして居眠りしていましたの!!」

 

「な、居眠りなんてしてねーよ。ちょっと瞼を閉じて夢の世界に意識を馳せてただけだ」

 

「それを居眠りとおっしゃいますのよ! ……ゴリツィアさん、貴女は大丈夫ですわよね?」

 

「ズーピー、Zzzz、ピ~」

 

「ゴリツィアさん!?」

 

 と思っていたのだが、どうやら白組もまた苦労しているようだ。

 とりあえず、加古には今後暫く、艦隊のねぼすけアイドルと自己紹介する罰を執行する事にしよう。

 

 結局、紅白戦はザラと熊野以外の面々に振り回され、勝敗はうやむやとなって終了する事となった。

 

 それにしても、ザラはあの個性的な三姉妹の世話をいつもしているのか。

 そう思うと、ザラが日頃から感じている苦労は、自分の想像を遥かに絶するものだろう。

 しかし、そんなザラに少々申し訳ないことなのだが、ザラが三姉妹に苦労している様子を想像し、大物女優と三兄弟とのシュールな掛け合いが印象的なテレビコマーシャルの事を連想してしまった。

 

 心の中で、ザラにお詫びを申しておこう。




ボンジョルノ! ザラ級重巡一番艦、ザラです。提督、今日もよろしくね!
え? ザラの妹達が先に着てる?

「食べすぎですわ」

「の~みすぎで~す~」

「寝すぎ……Zzzzz、ガッ、です」

出たわね!(私の胃に日頃の苦労から必要以上のストレスを与えるという意味で)余分三姉妹!!


飯塚提督の連想ビジョン


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第42話 アッレナメント その8

 重巡洋艦の訓練の様子を見学し終えると、次は空母達による訓練の様子を見学する。

 モニターに映し出されたのは、満載排水量約二七八○○トンを誇る艤装の飛行甲板上で、今まさに発艦及び着艦の訓練を行っているアクィラの姿であった。

 

 映像は、航空機の訓練に際して随伴している駆逐艦のカメラからの映像だろう。

 随伴する艦は機体が母艦へ着艦する際の進入角度の目印となる他、着艦失敗時の乗員の救助の役割も担っている。

 そんな随伴艦のカメラが捉えているのは、前方を悠々と進むアクィラの艤装の艦尾と、飛行甲板目掛けてアプローチを図るアクィラ航空隊の艦上戦闘機の姿だ。

 

 一方、別のモニターに映し出されていたのは、アクィラから距離を置き訓練の様子を見守っている龍驤の姿であった。龍驤に随伴している駆逐艦のカメラが捉えたものだろう。

 

「龍驤、聞えるか?」

 

「ん? あー、司令官、どないしたん?」

 

「いや、龍驤は何をしているのかと気になったから呼び掛けてみただけだ」

 

 予期せぬ呼びかけに最初こそ驚いたようだが、理由を話すと納得し、龍驤も自身が今何をしているのかを語り始める。

 

「うちは今、待機中や。今は鳳翔と加賀がアクィラに乗り込んで、手とり足とりアクィラに教えてるわ」

 

 龍驤の話によると、どうやら元練習空母の二人が艤装を装備妖精に任せてアクィラに乗り込み、アクィラにマンツーマンの指導を行っているとの事。

 そして龍驤は、現在の訓練行程が終わった後に控えている航空隊の模擬戦の相手役なのだとか。

 

「なんや話聞いたら、あの子、艦爆も艦攻も積んでないって言うやん。積んでる艦戦に魚雷とか爆弾搭載して使うみたいやけど、うちはちょっと不安やな」

 

「あー龍驤。司令室にはチェザリス中佐もいるんだけど」

 

「いや別に気にしてないから構わないぞ。寧ろ、彼女の言う通りだ。本来の用途外で使えば、当然専用に作られた機体よりも性能が劣るのは必然だし、そんな事情、敵さんは汲み取ってなんかくれはしない。……だが今はまだ、今装備している機体以上のものを揃えられないんだ。だから、今ある装備で最大限の活躍が出来るように、アクィラと航空隊達を君達の力で鍛えてやって欲しい!」

 

「色男にそこまで言われたら、がんばらなしゃあないな。よっしゃ、うちの航空隊であの子の航空隊を一航戦にも負けへんように鍛えたるわ!」

 

 チェザリス中佐の気持ちが龍驤いんも伝わったのか、龍驤は帝国海軍航空隊の育ての親とも呼ばれた名にかけて、アクィラを鍛え上げる事を約束するのであった。

 こうして龍驤のやる気に火がつき、通信を終えた刹那。オペレーターからある者の要望に関する通信がきている旨が伝えられる。

 

「波勝から?」

 

「はい。訓練の行程に関して、航空攻撃による訓練の行程を早急に追加して欲しいとの要望が先ほどからひっきりなしに……」

 

 それは誰であろう、波勝からだ。

 彼女からの通信内容を聞かなくても、彼女の言っている言葉の意味は大体察しがつく。イタリア産の爆弾で快楽に溺れたいのだ。

 

 だが、チェザリス中佐がいる手前、彼女との回線を繋げる訳にはいかない。

 繋げたら最後、司令室に、聞いているこちら側が顔を真っ赤にする事請け合いの波勝語録が流れてしまう。

 それだけは、何としてでも阻止せねばならない。

 

「よし、では波勝にはこう伝えておいてくれ。『埋め合わせは後でちゃんとする』とな」

 

 しかしチェザリス中佐がいる手前、あからさまな対応をとるのも印象によろしくないので、遠まわしに自分の意向を波勝へと伝える。

 すると、自分の意向を汲み取ってくれたのか、波勝からの要望ははたりと途絶えるのであった。

 

 こうして波勝を黙らせる事に成功すると、引き続き空母達の訓練の様子を拝見する。

 

 一通りの訓練を終え翼を休めているのか、アクィラの周囲を旋回していたアクィラ航空隊の姿はモニター上に捉える事は出来ていない。

 やがて、アクィラに二艇の艦載艇が接舷すると、程なくして二艇の艦載艇はアクィラから離れ、それぞれアクィラに接近していた艤装へと戻っていく。

 艤装の艦長を務めるは、鳳翔さんと加賀さんだ。

 

 どうやら、航空隊の模擬戦を行うにあたって公平を期すべく、二人はアクィラから下船したようだ。

 

 やがて、再び大空へと向け、アクィラ航空隊がそのスカイブルーに塗装された翼を羽ばたかせた。

 片や、龍驤航空隊もまた、銀塗装が施された零式艦戦二一型が大空へと羽ばたいていく。

 

 互いの航空隊が上空にて編隊を整え終えた所で、模擬戦は静かに始まる。

 初動は互いに出方を伺い旋回を続けていたものの、やがて意を決したのか、アクィラ航空隊が龍驤航空隊へと機首を向け襲い掛かった。

 

 アクィラ航空隊が装備している艦戦は、『Re.2001 OR改』と呼ばれる機体だ。

 大戦中にイタリア空軍が運用した単座の戦闘機であるRe.2001の派生型の一つである艦上運用装備型をモデルとし。

 原型機であるRe.2001はBf109でもお馴染みのダイムラー・ベンツ社製液冷エンジン、DB 601のライセンス生産品を搭載し、最高速度は五四○キロメートル毎時。

 武装は12.7mm口径のブレダSAFAT機関銃が二挺と7.7mm口径の同機関銃が二挺。そして六四○キロまでの爆弾を搭載可能。

 イタリア語で雄羊を意味する『アリエーテ』の愛称を持つ。

 ただ、搭載エンジンの使用優先権の関係から、原型機の生産数は僅かに二五○機程に限られている。

 

 しかし少数の生産であっても複数の派生型が産み出され、Re.2001 OR改のモデルも、そんな派生型の一つだ。

 記録によればオリジナルは審査用としてごく少数が生産されたに過ぎないが、Re.2001 OR改を取り巻く生産環境は劣悪すぎる事もないので、資材と運さえあれば妖精の手により幾らでも生産できる。

 

 なお、オリジナルの命名には改の文字は付けられていないが、これはオリジナルとの命名混同を避ける為に付けられたものだ。

 因みに、改と付けられたからと言って格別性能には影響していない。概ね、オリジナルと同様の性能を有している。

 

 

 模擬戦を行う両機種の機体のスペックを並べれば、Re.2001 OR改は航続距離等を除けば零式艦戦二一型と拮抗或いはやや上、と言える。

 しかし、例え機体のスペックが相手を上回っていたとしても、最後に鍵を握るのは操縦者の腕前だ。

 性能の劣る機体であっても、格上の機体を相手に互角以上の戦いを行えるのは先人達が身を以って証明している。

 

 そしてそれは、機体を操縦しているのが装備妖精であっても変わらない。

 

 襲い掛かってきたRe.2001 OR改と対峙する零式艦戦二一型。

 初弾の一撃である12.7mm弾と7.7mm弾の雨を軽くいなすと、そこからは敵味方散開し入り乱れての乱戦、所謂ドッグファイトが始まる。

 だがこの状況こそ、龍驤航空隊が待ち望んでいたものであった。

 

 無類の格闘戦性能を有する零戦。

 その特性を知り尽くし機体の得意な戦闘状況へと持ち込める者こそ、ベテランと呼べる錬度を有した装備妖精達だ。

 そして、龍驤航空隊の多くは、そんなベテランと呼べる部類に含まれていた。

 

 ドッグファイトが始まるや、あっさりと後ろを取られ、20mm機銃から放たれる演習用の20mm弾によりスカイブルーの機体を色とりどりに染め上げていく機が続出する。

 撃墜判定を受けてドッグファイトの輪から抜け出すRe.2001 OR改の姿は多く見られど、零式艦戦二一型の姿は全くない。

 だが、アクィラ航空隊も一方的にやられ続ける訳にもいかず、一機が意地を見せて零式艦戦二一型の背後につける。

 後ろに食いつき続け一撃を叩き込めるタイミングが訪れるのを待っていたその機に訪れたのは、あろう事か自らの機に叩きつけられる演習用の20mm弾だった。

 

 一体何が起こったのか、機体の操縦者である装備妖精には訳が分からないだろう。

 しかし、映像越しに見ていた自分には、その時何が起こったのか、その真相をハッキリと目に出来た。

 その真相とは零戦の必殺技、左捻り込みが使われたのだ。

 この必殺技のお陰で、後ろに食いつき続けていたRe.2001 OR改は、宙返りが終わるやいつの間にか食いつき続けていた零式艦戦二一型を追い越す事になり、見事演習用の20mm弾の餌食となったのだ。

 

 ただし、この左捻り込みに関しては、前世におていは実戦で使ったことは一度もないと言い伝えられている。

 これは、実戦では一対の操縦者がお互いに秘技を尽くして戦う場面が訪れる事がなかったからに他ならない。

 

 模擬戦だからこそ出せた技とも言えるし、全力で立ち向かってくる相手に敬意を表した、とも言えるかも知れない。

 

 何れにせよ、龍驤航空隊もアクィラ航空隊も、死力を尽くし。

 その結果、模擬戦は龍驤航空隊の圧倒的な勝利で幕を閉じるのであった。

 

「ははは、流石は一日の長がある飯塚中佐の空母だな、完敗だ」

 

「いや、アクィラ航空隊も中々、今後が期待できるさ」

 

「お、そう言ってくれると嬉しいね」

 

 模擬戦を追え各々の母艦へと戻っていく両航空隊の様子を横目に、自分とチェザリス中佐は互いの航空隊を称え合うのであった。



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第43話 アッレナメント その9

 航空隊の模擬戦が終わり空母達の訓練の様子を見学し終えた自分達は、最後に戦艦達による訓練の様子を見学する。

 モニターが切り替わり映し出されたのは、タイムトライアルの如く海上を航行する二つの艤装の姿であった。

 艤装の持ち主は、我が艦隊の金剛と、チェザリス中佐隷下のもう一人の戦艦、コンテ・ディ・カブールの二人だ。

 

 一体どういう経緯でこんな事になってしまったのか。

 事の経緯を確かめるべく、映像を映し出すカメラの持ち主、紀伊と音声を繋げ一連の経緯を聞きだす。

 

「俺も困惑しているんだが。どうも金剛とカブールで勝手に俺の取り合いを始めて、勝手に勝負で勝った方が俺の正妻になるという事になってしまっているんだ……」

 

 紀伊の口から語られたのは、何とも羨ましい。もとい、何ともはた迷惑なものであった。

 

「よし分かった。自分が何とか説得してみる」

 

 合同訓練は正妻の座を争う場ではない、ここは自分が金剛にちゃんと言い聞かせなければ。

 金剛との音声が繋がり、彼女に注意をしようとした刹那、金剛の怒鳴るような声が司令室に響き渡る。

 

Seat next to him(紀伊の隣の座)は私にこそ相応しいんデース!!」

 

「何言ってるのさ! Accanto a lui(彼の隣)は僕にこそ相応しいんだ!」

 

「は! ほざけデース! 三十ノットも出せない、老体に鞭打ってる貴女には紀伊の隣は荷が重いデース」

 

「言ってくれるね! でもそういうけど、僕の方が君より二年も後に竣工してる。だから若さなら、僕の方が良いに決まってるさ!」

 

「ほほ、ほざけデース!! 大体若いから良いって訳じゃないデース! 私には、ちんちくりんな人工人体の貴女にはないSex appeal満載デース!!」

 

「確かに僕の容姿は戦艦としては不相応だけど。でも世の中には、こんな容姿を愛している人だっているんだ! 彼だってそうかもしれないじゃないか!」

 

「紀伊はnice-looking bodyがきっと大好きデース!!」

 

 金剛とコンテ・ディ・カブールことカブールの熾烈な言い争い、そんな間に割って入り説教する。そんな事、果たして出来るだろう。

 答えは、否、である。

 間に割って入れば最後、お互いに向いていた敵意が一気にこちら側に降りかかるのだ。それだけは、御免蒙る。

 

 因みに、コンテ・ディ・カブールの人工人体は、金剛や河内のようなグラマラスな容姿ではなく。人工人体だけなら駆逐艦と誤認しそうな容姿を持っている。

 サラサラとした銀のショートヘアに艦橋を模した帽子を被り、白の長袖ブラウスにイタリアカラーのリボン、黒のケープを羽織り、ショートパンツにニーソックスをはいている。

 

 閑話休題。

 

「よし紀伊、大体事情は分かった」

 

「提督、説得はどうしたんだ……」

 

「あれは無理だ、うん。と言う訳で、説得は無理だが自分なりに代わりの解決策を考えてみた」

 

「ほう、どんなものだ?」

 

「いっその事二人を娶ればイインダヨ。なぁに、そもそも艦娘との結婚なんて『仮』って付いてるだけあって義務とか権利とか建前みたいなもんで実質は事実婚だし、そもそも紀伊以外艦息がいた事もないから前例がない分重婚したって大丈夫さ」

 

「提督、仮にも俺達の上官である貴方が、そんな適当な事でいいのか」

 

「違うぞ紀伊。自分が提示したのは皆が何とか幸せになれるようにと考えに考え抜いたものだ。決してモテモテ紀伊君のあまりのモテさ加減にもう嫉妬を通り越してやけっぱちになって、こうなれば逆転の発想でとことん紀伊君のハーレムを応援してやろうとか思っての事ではないぞ」

 

「本音はそこか……、はぁ。もう提督では埒が明かなさそうだ。チェザリス中佐も司令室にいるのだろう? チェザリス中佐、中佐の口からカブールに言い聞かせてやってくれないか?」

 

「ははは! カブールの奴、普段警備隊の連中に声を掛けられてもあまり愛想は良くないし、自分の事を僕と呼んでいるから、男に興味ないのかと思ってたが。なんだ、ちゃんと興味あったんだな! しかも紀伊のような男がタイプとは! よし、ちゃんと幸せにしてやれよ!」

 

「……貴方達には失望したよ」

 

「そういうな、紀伊。結局、男女間の恋愛問題はやはり当人達で話し合って解決するのが一番だ。下手に自分達が間に入れば取り返しの付かない事になる可能性だってある。ま、もし話し合っても折り合いが付かなさそうなら、自分が間に入って何とか説得してみるさ」

 

「……分かった。では、何とか話し合ってみるとするよ」

 

「もし話し合いでも纏まらないなら、もう一発やればいいんだよ! 二人を竿姉妹にしちゃえばいいんだ!」

 

「お、チェザリス中佐、いいこと言う!」

 

「……、やっぱり貴方達には失望したよ」

 

 こうして自分とチェザリス中佐によるちょっとした紀伊遊びを経て、紀伊に先ほどの事は半分冗談である事を伝えると、姿の見えない河内とローマについて尋ねる。

 

「二人なら砲撃訓練を行う為に離れた場所にいる。あぁ、精度の測定の為に俺が搭載している水偵を派遣しているから、そちらに切り替えてくれれば様子を見学できる筈だ」

 

 紀伊の言葉に従ってモニターの映像が切り替えられると、映し出されたのは、大海原に産み出された巨大な火柱。そしてスピーカー越しに響き渡る轟音であった。

 

「凄いな……、これがヤマトクラスを上回ると言われる主砲」

 

 火柱を上げる張本人、河内の艤装に設けられた50口径46cm連装砲の発砲映像に、チェザリス中佐はそれまでの様子から一変、生唾を飲み込むようにモニターに食い入っている。

 そんなチェザリス中佐の様子を横目にした自分は、内心少し、鼻高々であった。

 

 

 

 こうして一通りの訓練の様子を見学し終え、ちょっとした意見交換会を終えた頃には、合同訓練も無事に終わり。参加してた面々が帰港の途についていた。

 彼女達を出迎えるべく、司令室から集合場所へと足を運ぶと、艤装から下船しやって来た彼女達に労をねぎらう。

 

「無事に事故もなく合同訓練を終えることが出来た。今回の合同訓練により、互いの艦隊の事を少しは分かり合えたと思う。だが、一度だけでは分かりきれない事もある。そこで、今後もチェザリス中佐の艦隊とは可能な限り合同訓練を行っていく事で双方合意したことを、最後に報告しておく」

 

「じゃ、最後はビシッと敬礼して決めるか」

 

 チェザリス中佐の合図とともに、一同敬礼し、今回の合同訓練は幕を閉じたのであった。

 

「……じゃ、無事に終わった打ち上げに、俺が用意した上質なアルコオル()と美味いピッツァ(ピザ)でパーッと盛り上がるか!! な、飯塚中佐!」

 

「え? 自分達も御呼ばれしても?」

 

「勿論だ! 飯塚中佐達の分も含めて用意してるんだ。中佐達が来なけりゃ、折角用意した分が腐っちまう!」

 

「うひょー! むっちゃ気前ええやん! なぁ提督はん、こう言うてることやし、遠慮なく及ばれしよや!」

 

「では遠慮なく。……あ、でも駆逐艦の艦娘()達にはお酒は、どうなんだろう」

 

「ご安心下さい。ちゃんとスーコ(ジュース)もご用意してあります」

 

 自分の心配にローマが答えてくれた事により、迷いは完全に断ち切られた。

 

「よぉーし、会場は俺の官舎の中庭だ! さぁ、いくぞ!」

 

 チェザリス中佐を先頭に、自分達は打ち上げ会場となるあの個性的な官舎を目指す。

 暁に染まる基地内を移動し会場に到着すると、そこにはビュッフェ形式の見事なまでの光景が広がっていた。

 

「さぁ、遠慮せずにどんどん食べて飲んでくれ!!」

 

 チェザリス中佐の合図とともに、チェザリス中佐の艦隊の艦娘()達はもとより、自分の艦隊の艦娘()達一斉に料理目掛けて最大戦速で向かう。

 各々が食べたい料理を自身の皿へと取っていくと、口にし、更に目を輝かせ口々に美味しいと言葉を漏らす。

 

「ここまで喜んでくれてると、用意した甲斐があるってもんだ」

 

「今回は何から何まで、本当にありがとう」

 

「ん? いゃぁなに、気にするなって。提督同士、助け合いだからな。……それよりも、さ、飯塚中佐も飲め飲め!!」

 

「あ、あぁ」

 

 嬉しそうな彼女たちの様子を眺めながら、自分はチェザリス中佐に勧められるがままに手にしたグラスにワインを注がれ。それを飲み干す。

 

「お、いい飲みっぷりだな! さ、まだまだあるからどんどん飲んでくれ!!」

 

 飲みっぷりが良かったからか、更にワインが注がれ、再び自分の胃の中へと消えていく。

 

「はぁ~い! ぽぉ~ら、モノマネ一発芸しまぁ~す。……コロッセオ!!」

 

「あはひゃひゃひゃ!! ポーラさん最高!! あはははっ!!」

 

「よぉ~し、阿賀野も負けないんだから! モノマネ一発芸、……秋刀魚!!」

 

「ぷっ、ふふ、くく。わ、わたくしはお洒落な重巡、ぶふっ! ですから、ひ、品のない笑い方は、い、いたしません、わ」

 

 会場の一角では、既に出来上がった一部の艦娘()が楽しい余興を行っている。

 

「私だって、グスッ、好きで長女やってる訳じゃないん、グスッ、だから……。変われるものなら、グスッ、変わりたいわ!」

 

「ザラさん、ザラさんの苦労、解りますよ。私も阿賀野姉ぇには苦労をかけられてますから」

 

「グスッ! ノ、ノシーロ……」

 

「私でよければ愚痴、聞きますよ」

 

「うぅ、ありがとう、ノシーロ」

 

 また別の場所では、残念な妹と姉を持つ二人が、お互いを慰め合っている。

 

「なぁローマ、あんたとはえぇ友達になれそうやな!」

 

「そうね、これからもお互いウンブオンアミーコ(良き友人)でありリヴァーレ(ライバル)でありましょう」

 

 また別の場所では、互いの艦隊旗艦同士が、何やら熱い女の友情を芽生えさせ。

 

「さぁ、紀伊! このピザ美味しいデース! あーんしてあげるからお口をOpenネ!」

 

「何を言ってるんだい! 今はこのリゾットこそ食べ頃だよ。はい、あーんしてあげるから遠慮せずに食べていいんだよ」

 

「HEY! Cavour! 紀伊に食べさせてあげるのは私一人で十分ネ! お邪魔虫はとっととBACK OFF!!!」

 

「何を言ってるんだい! ここの料理の事なら僕が一番良く知ってるんだ。一番知ってる者が一番おいしい食べ方を教えてあげてこそ、食べる側も幸せと言うものだよ! だから、コンゴウ、君こそ邪魔だよ!」

 

「……俺は自分で食べたいんだが」

 

「「紀伊は黙ってて!(Shut up!!)」」

 

「……はい」

 

 片や女同士の熱き戦いが繰り広げられていた。

 

 そんな楽しい会場の様子を眺めていると、自然と自分の気持ちも嬉しくなり。つられて、喉を通るワインの量も、増えていくのであった。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第44話 潜水艦は楽園(ラプチャー)の薫り

 世界が回る、ぐるぐると。

 楽しい、嬉しい、解放感、幸福感、自由。負の感情のない世界。

 

 目に見える景色はどれもが輝いて、でもそんな世界に踏み出す一歩は千鳥足。

 あれ、おかしいな、真っ直ぐ歩けないぞ。

 

 そんな時、ふと自分に手を差し伸べてくれる優しい王子様が現れる。

 彼の名は紀伊、パーフェクトイケメンで、自分の頼もしい部下の一人だ。

 

 その綺麗なマスクに気遣い抜群の優しい行動、もう同性だけど惚れてしまいそう。

 

 とりあえず、お礼の言葉を述べておこう。サンキュー。

 

「提督、大分酔っているな」

 

 何を言う、自分は寄ってなどいない。少しばかりシラフの時よりも楽しくて体が軽くて頭がポカポカしているだけだ。

 

「ほら、しっかりしろ」

 

 紀伊に肩を貸してもらい、我が家へと向け足を進め始める。

 あぁ、自分は幸せ者だ、こんなにも優しい部下に恵まれて。

 

「提督、大丈夫か?」

 

 おかしいな、自然と目から心の汗が流れてしまう。

 いかんいかん、紀伊が見ている、堪えるんだ、自分。

 

「……泣きたい時は思う存分泣くといい、俺は何も見ていないからな」

 

 紀伊の優しさにより、自分の防波堤は決壊。止め処ない心の汗が目から滝のように流れる。

 やがて、ひとしお心の汗を流し終えた所で、疲れたのか意識が暗転する。

 

 

 次に意識を戻した時、肩を貸してくれていた筈の紀伊の姿はなく。

 まるで吸い寄せられるかのように、自分は見慣れた建物、鉄と炎と油の世界、工廠目指して一人で歩いていた。

 

 あれ、どうして工廠に向かっているんだ。いや、待てよ、そうだ思い出した。

 建造しに来たんだ。

 チェザリス中佐の意見を汲んで、艦隊に不足している重巡と潜水艦を建造する為に。

 思い立ったら即行動。

 

 ふらふらしながら工廠に足を踏み入れると、鼻を突く臭いに食道の奥から何かがこみ上げてきそうになるも。

 何とか堪えてプレハブ事務所に到着すると、肌身離さず持っているタブレットを使い、いつものようにモニターに数値を入力しようとする。

 

 だが、何故だろう、モニターに表示される数値がたくさん見える。

 おかしいな、表示される枠は四つの筈なのに、三倍・四倍もの枠が現れて数字だらけで頭がパニックになりそう。

 

 ん、あれ、どの枠がどの資源のだっけ。

 上が燃料だっけ、いやボーキサイトだったか。

 あれ、どれだけ入力すれば建造されやすいんだけっけか。思い出せない、イライラする。

 あぁ、面倒くさい。思い出せないし、枠も一杯、鼻を突く臭いも気になるし、あぁ、イライラが収まらない。

 

 もういい、適当だ。適当。

 適当に入れちゃえ。で、建造開始のボタンを押す。

 

 ポチっとな。

 

 お、何か時間が表示されている。でも、おかしいな枠が重なって時間が分からん。

 

 でも何となく、大分時間がかかる気がする。

 そうだ、ここには丁度いい大きさのソファがあるじゃないか、あれに腰を下ろして待ってればいいんだ。

 

 よっこらしょと。

 

 あぁ、支えられるこの感覚、気持ちいい。

 しかし、ふぁ、気持ち良すぎて眠気が。

 

 あ、体が、倒れる。

 

 そして再び、意識は暗転した。

 

 

 

「とく……、提督……」

 

 誰だろう、誰かが自分の事を呼んでいる。

 女性の声で優しく囁くように呼ぶ声が、何処か懐かしさを呼び起こさせる。遥か昔、母親に叩き起された時のようだ。

 

 やがて、声だけでなく自身の体をユサユサと、声の主は揺らし始めた。

 声と揺れのダブル攻撃で、夢と現実の狭間を漂っていた自分の意識は、現実世界へと誘われるのであった。

 

「ん?」

 

「起きましたか、提督?」

 

 重たい瞼をゆっくりと開くと、視界には、覗き込むように見つめる見知った顔。明石の顔がそこにはあった。

 

「あれ? 明石。何で君が自分の私室に?」

 

「何を言ってるんですか、提督。ここは工廠の事務所ですよ」

 

「ん? え?」

 

 一瞬明石が何を言ってるのか理解できなかった。

 だが、意識が覚醒していくにつれ、体の節々から感じる違和感が脳を襲い、やがてそれは痛みを伴う。

 

「いて、痛てて」

 

 痛みにより完全に意識が覚醒すると、上半身の起こして自身の状態を確認する。

 明石の言う通り、周囲を見渡すと、そこは見慣れた私室ではなく。プレハブ事務所だった。

 そして、自分はベッドではなく、大き目のソファをベッド代わりにして寝ていたようだ。

 

 本来の用途とは異なるもので睡眠をとったものだから、その代償として体の節々が痛い。

 

「う~、頭もいてぇ」

 

「お水、持ってきますね」

 

「あぁ、助かる……」

 

 更には、昨日の打ち上げの席での飲酒が確実に原因である頭痛や軽い吐き気が襲い掛かってくる。

 しかし、自分の顔色の悪さを察してくれたのか、明石が用意してくれた水を口にすると、少しは症状も和らいだ気がした。

 

「ありがとう明石、少しは楽になった」

 

「いえ。……所で提督、昨晩遅くに建造を行ったんですか?」

 

「……え?」

 

 建造、記憶にない言葉が明石から呟かれ、間抜けな返事を返してしまう。

 

「いや、建造した記憶なんてないんだが」

 

「でも、私がやって来た時から稼動してますよ、四つとも」

 

「四つぅっ!!」

 

 そして、更に明石の口から漏れた稼動四つの言葉を聞いて、残っていた頭痛も吐き気も節々の痛みも、全てが一瞬にして吹き飛んだ。

 

「ちょ、え、まて。よっつぅ!?」

 

「は、はい」

 

 自分の余りの驚きように若干引いている明石だが、今の自分にはそんな明石の反応などどうでもいい事だ。

 今の自分にとっての一番の問題は、建造した記憶もないのに建造し、しかも上限一杯の四つ同時に行ってしまったという事実だ。

 

 慌てふためく心を落ち着かせ、記憶の隅々まで昨晩の自身の一挙手一投足を思い出していく。

 

 確か、打ち上げでチェザリス中佐に勧められるがままワインを飲んで、その後、どうしたか。

 あれ、一人で帰ろうとした。いや、誰かに肩を借りていたような気がしなくもない。

 

 駄目だ、完全に打ち上げ後から現在までの記憶が吹き飛んでいる。

 

「えっと、提督。油を注ぐような気もするんですけど、これ、一応建造時に消費した資材のリストです」

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!!!!」

 

 思い出せずに半ば絶望していると、明石から手渡されたリストを拝見し、声にならない声を挙げて絶望へのゴールを決める。

 オール999の最悪の数字は記載されてはいなかったが、それに迫るかのような数字の数々が記載され。合計欄には、もう目を覆いたくなるような数字がしっかりと記載されていた。

 

「……」

 

「提督? 提督!? だ、大丈夫ですか!!?」

 

 明石の声が遠くなる。あぁ、真っ白だ。燃え尽きたよ、真っ白に、よ。

 

 

 それから暫く、自分は明石の声にも反応せず、ただリストを眺める人形へと成り果てていた。



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第45話 潜水艦は楽園(ラプチャー)の薫り その2

 さて。何とか燃え尽きた灰の中から自力で立ち上がり、再び現実と向き合う覚悟を決めた所で、明石に建造状況の説明をお願いする。

 

「四つともまだ建造中です」

 

「……なら、高速建造材を使ってくれ」

 

 明石に指示してさっさと建造を完了させる。

 それにしても、一体何時間経過しているかは分からないが、かなりの長時間だな。これだと少なくとも、駆逐艦や巡洋艦辺りではなさそうだ。

 となると、戦艦或いは空母か。

 

 記憶にないが使った資材の分が無駄にならなくて済むのはありがたい事だが、少しばかり贅沢を言うと、重巡や潜水艦辺りがよかったな。

 

「提督、建造完了しました」

 

「よし、分かった」

 

 なんて思いを馳せていると、明石から建造完了の報告が飛んでくる。

 さてと、鬼が出るか蛇が出るか。ご対面といきますか。

 

「ん、明石、まだか」

 

「もうすぐ出てくると思います」

 

 新しく加入する艦娘()達はマイペースなのか、既に開かれている開閉式扉からまだ姿を現さない。

 と、不意に開閉式扉の奥から足音が聞えてくる。

 

 だがその足音は、まるでヒールを履いているかのような、或いは金属同士がぶつかるかのような甲高い音を響かせている。

 

 そして遂に、煙の中から一人の艦娘が姿を現す。

 

 姿を現したのは、前世のゲームでは影も形もない、一見して今までの艦娘()達とは異なる装いをした艦娘であった。

 それはまるで、ヘルメット潜水或いは古臭い硬式潜水服の様な装い。ただし、機能美よりも女性美を優先してか、身体のラインがハッキリと強調される程密着している。

 背中には酸素ボンベ、そして両腕には、カタパルトを模したものを装備している。

 

 あれ、この姿、似たような外見をしたキャラを前世で別のゲーム内で見た事がある。

 おかしいな、ここ(ラバウル統合基地)は太平洋であって大西洋じゃないんだけどな。しかも海底でもないし。

 『ADAM』なんて物質もなければ、保護すべき小さな姉妹さん達もいない。

 

 そもそも、自分は『プラスミド』なんて使えません。あ、でも、レンチなら工廠だからあるだろう。

 

 そのあまりにも凶悪な形相に内心戦々恐々としていると、目の前で立ち止まっていたビッグシス……、もとい謎の艦娘がおもむろにヘルメットに手を当てヘルメットを脱ぎ始めた。

 そして、ヘルメットの下から現れたのは、綺麗な黒髪ショートヘアでぱっつん前髪の美しい女性だった。

 

「はじめまして、超弩級潜水艦伊一○○○です。敵地奇襲から、特殊作戦の支援までお任せ下さい。……そうだ、名前、呼びにくいですよね。では『ユキ』と呼んで下さい」

 

 透き通るような声で自己紹介を行う彼女に対して、自分はヘルメットを脱ぐ前と後のギャップに少々面を食らっていた。

 しかし、いつまでも間抜けな表情を彼女の前に曝け出している訳にはいかず。気を引き締め意識を戻すと、自身の自己紹介を行う。

 

「提督、今後ともよろしくお願いしますね」

 

「あ、あぁ、こちらこそ。"恐縮"だが、よろしく頼む」

 

「??」

 

 い、いかん、まだ心の隅にラプチャー(楽園)の香りが残っていたようだ。

 頭を振り残り香を全て消し去ると、改めて挨拶を行いながら握手を交すのであった。

 

 

 こうしてユキとお互いの自己紹介と挨拶を終えた所で、ユキの履歴書を拝見していく。

 名前を聞いて前世とは異なる世界からやって来た艦娘()だろうとは容易に想像できていたが、案の定そうであった。

 

 伊一○○○型潜水艦、潜特型の別名で呼ばれている潜水艦の艦級の一つで、同型艦には伊一○○一がある。

 前世の大戦時において通常動力型潜水艦として最大の大きさを誇った伊四○○型。

 その伊四○○型を遥かに凌ぐ、全長一九○メートル、全幅二四メートル、基準排水量は水上で約一万八千トン、水中では役二万五千トンもの排水量を誇る。

 

 前世においても第二次世界大戦時までは、潜水艦にも単装ながら艦砲を搭載するのが標準とされていた。

 そして、世界は違えどユキにも、艦砲は搭載されている。

 ただ、その搭載されている艦砲と言うのが、3インチなんて豆鉄砲ではなく30口径46cm砲。しかも単装砲ではなく三連装砲、それを前後に一基ずつ計二基搭載。

 それだけの巨砲故に、直接照準ではなく大型の司令塔に設けられている射撃測距儀で狙いをつける。

 その背後には、背負い式に連装高角砲を一基ずつの計二基装備し。大型の司令塔を航空機の胸囲から護るべく、左右には三連装対空機銃が計六基も配置されている。

 勿論、潜水艦らしく艦首には魚雷発射管を六門設けている。

 

 また船体の大きさを活かし、左右両絃には水上機を一機ずつ格納できる飛行機格納筒が設置され、設けられたカタパルトを延ばし、斜め前方に射出できるようになっている。

 

 史上空前の大きさと強武装を誇るユキ。そしてその速力は、その大きさに似合わず水上二二・五ノット、水中八・一ノット。

 搭載しているディーゼル機関とモーターにより産み出される馬力によって、巨体ながらもそれ程の速力を得るに至っている。

 

 まさに怪物潜水艦、モビーディック。

 そして、人工人体となってもその名に恥じぬ見事なまでの胸部装甲。

 

 全く持って、何て規格外なニューフェイスなんだ。歓迎しよう、盛大に。

 

「あの、扱い辛いとは思いますけど、一生懸命頑張りますから。使ってくださいね」

 

「え、あぁ、うん」

 

 履歴書に一通り目を通し終えユキに履歴書を返すと、何やら意味深な言葉を彼女の口から告げられた。

 軍艦時代にはあまり活躍できなかったのか、何て余計な事に思考を回していると、開閉式扉の奥から足音が聞えてくる。

 

「ん?」

 

 そういえば、建造したのは四つの筈なのに、まだユキ一人しか出て来ていなかったな。

 と暢気に思いを馳せていると、姿を現したのは、ユキと同じ装いに身を包んだもう一人のエレノ、じゃなかった艦娘だ。

 

「あれ? お姉ちゃん?」

 

 彼女は一体何者なのかと目を釘付けにしていると、くぐもった声で、確かに彼女はユキの事をお姉ちゃんと呼んだ。

 

「ぷはぁ、……やっほ、お姉ちゃん!」

 

「チサネ!」

 

 ヘルメットを脱いで素顔を現すと、現れたのは黒髪をポニーテールに眼鏡を掛けた女性。

 そんな女性の素顔を見て、ユキは彼女の事をチサネと呼んだ。

 

「チサネもきたのね、嬉しい」

 

「うん、私も嬉しいよお姉ちゃん」

 

 二人のやり取りからすると、どうやらチサネと呼ばれた彼女は、ユキの妹。つまり彼女は伊一○○一なのだろう。

 手を取り合って再会を喜んでいる二人を見比べてみると、姉妹だけあって、やはり似ている。

 お互いに身長も高く、その肌も透き通るような白さを持っている。

 

 ただ、決定的に異なっている部分が一部ある。

 密着した服装を着込んでいるが故に否が応でも強調される胸部装甲。妹のチサネの方は、姉であるユキよりも少しばかり控えめだった。

 

「あ~、再会の感動に浸ってる所悪いんだけど、自己紹介してもらってもいいかな?」

 

「あ、失礼しました! 超弩級潜水艦伊一○○一です。チサネって呼んでください。例え相手が巡洋艦や戦艦だろうと、自慢の主砲で吹き飛ばしてみせます!」

 

 ユキよりも元気に自己紹介を行うチサネ、どうやら彼女は姉よりも活発な子のようだ。

 その後自分の自己紹介と挨拶を終えると、例によって、ワイヤレスイヤホンで姉妹共々認識の相違を無くす。

 

 こうして一通りの事が終わった頃。三度開閉式扉の奥から足音が聞えてくる。

 

 全く、どうして今回はこう一人ずつ出てくるのだろうか。

 と内心愚痴を零していると、開閉式扉の奥から足音の主が姿を現す。

 

「……え」

 

 その姿を目にし、思わず心の声が漏れてしまった。

 何故なら、姿を現したのは、セーラー服を身に纏ってはいたもののまさに筋骨隆々。文字通りの筋肉モリモリマッチョマンだったからだ。



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第46話 潜水艦は楽園(ラプチャー)の薫り その3

 紀伊と同等の背丈に褐色に焼けた肌、別の意味で河内とタイマンを張れそうな胸板に、鍛え抜かれ見事なまでに隆起している手足。

 日頃の激しいトレーニングのせいなのか、手足には痛々しい傷跡が見える。

 そんな鍛え抜かれた肉体美を持つ者の顔は、これまた男らしい逞しさに溢れていた。

 

 ただ、その髪型はお洒落なショートボブで、赤いリボンの可愛いヘアアクセサリーを付けている。

 

「失礼、(うぬ)が提督であるか?」

 

 声は女性のように高めにも聞えるが、外見では艦娘か艦息か性別測定できない者が自分の目の前まで歩み寄ると、その鋭い眼で自分を見つめながら問うのであった。

 

「あ、あ……は、はい」

 

「そうか。では自己紹介をさせてもらおう。伊六○○型潜水艦、一番艦を務める(わらわ)が伊六○○である! ふむ、ちと呼びづらいか。では(わらわ)の事は『リクト』と呼ぶが良い」

 

 差し出された逞しい手と握手を交すと、その力強さが嫌でも伝わってくる。

 

「所で提督よ? (うぬ)は先ほどから何かに脅えている様子が見られるが、一体どうした?」

 

 一体どうしたって、そりゃあなたのせいですよ。

 そんなユキとは別次元の凶悪で圧迫される形相を目の前にして、一体どれだけの者が及び腰にならないといえるか。

 

「あ、あのですね。リクトさん」

 

「ん? (うぬ)(わらわ)の上官なのだ、そんな下手に出ずともよい。もっと堂々と接して構わぬ」

 

「じゃ、じゃぁリクト。失礼を承知で聞きたいんだが。……君、艦"娘"?」

 

 刹那、リクトの眉間にシワが寄り、自分は身の危険を感じ取った。

 まずい、やっぱりストレート過ぎた。

 

「……、やはり、提督には(わらわ)が女に見えぬか」

 

「え……、ということは?」

 

(わらわ)は立派な『女』だ」

 

 失礼な自分に対して制裁の強烈ビンタでも飛んでくるのかと内心身構えていたが、飛んできたのはしおらしいリクトの声であった。

 

「あー! 提督さん、リクトちゃん泣かせた!」

 

「え!? 違う違う!! あぁ、すまないリクト、泣かせる気はなかったんだ!!」

 

「いや、(わらわ)がユキ様やチサネ様に比べ可愛げがない事は既に理解している。故に提督に今更指摘された所で、(わらわ)は泣きはせぬ!」

 

 リクト、何て強い子なんだ。

 と感想を語っている場合ではない。急いでリクトに非礼を詫びると。

 

「謝る事はない。もはや(わらわ)は気にしておらぬ。それに、(うぬ)(わらわ)の上官。上官の言葉ならば、(わらわ)はどのような罵詈雑言であろうと受け止める所存よ」

 

 と言って、その輝かしい白い歯を携えた笑顔を見せてくれた。

 あぁ、リクト、何て健気で強い子なんだ。本当に、君は素敵な女性だ。いや、素晴らしい艦娘だ。

 

「リクト! 改めて、我が飯塚艦隊へようこそ! そして、今後ともよろしく頼む!!」

 

「うむ! よろしく頼む!!」

 

 再びガッチリと握手を交す。もう、及び腰は何処かへ消えていた。

 

「所でリクト。さっきユキやチサネの事を知っているような口だったが、二人の事、知っているのか?」

 

「うむ。お二人の事なら十分に承知している。軍艦だった頃は、共に艦隊を組み幾多もの(いくさば)を巡ったものよ」

 

 成る程、先ほどのチサネの発言もあり知らない仲ではない、とは思ってはいたが、共に僚艦として戦った仲だったのか。

 ということは、同じ世界の出身か。

 

「となると、リクトもユキ達と同じ潜水艦なのか。やっぱりユキ達と同じ潜水戦艦のような潜水艦とか?」

 

「いや、(わらわ)はどちらかと言えば潜水空母のような性質を持つ潜水艦である」

 

 リクトの性能を知るべく彼女から履歴書を受け取ると、それに目を通していく。

 因みに、潜水艦であるにも拘らず水着を着ていないと思われたリクトだが、セーラー服の下に紺の水着を着用していました。

 

 さて、リクトの水着事情も知った所で、本題の性能へと目を向けていこう。

 

 ユキやチサネと比べると一回り小ぶりな全長一五○メートル、全幅一五メートル、基準排水量は水上で約七千トン、水中では約九千トンもの排水量を誇る。

 しかしユキやチサネのように巨砲を搭載する事はなく、砲の類は搭載していない。しかし戊式40ミリ連装機銃、即ち40mm機関砲を四基搭載しており、かなりの対空能力を有している。

 勿論、艦首には魚雷発射管を六門設けている。

 

 そして、リクト最大の特徴と言えるのが、デッキ上に設けられた筒状の構造物。

 大型の司令塔の下部にあり先の戊式40ミリ連装機銃に護られたそれは、艦首に向かって設けられたカタパルトを使い大空へとその翼を羽ばたかせる鉄の鳥達の巣。即ち飛行機格納筒だ。

 巨体に似合う飛行機格納筒に搭載される航空機の数は六機。前世で潜水空母とも俗称された伊四○○型の倍の数を搭載可能としている。

 まさに、潜水空母と呼ぶに相応しい潜水艦だ。

 

 搭載されている航空機は『晴嵐改』と呼ばれる、前世でも日本海軍が開発した特殊攻撃機の改良型で。

 航続距離は千キロと前世の晴嵐よりも低下したものの、一トンもの爆弾ないし八○○キロ魚雷を搭載可能な、戦闘爆撃機兼雷撃機に仕上がっている。

 

 この様な性能を有する巨体を持つリクト、発揮される速力は水上二二ノット、水中は十・一ノットを誇る。

 

 なお、同型艦には伊六○一がいるようだが。

 やはりリクト同様に、艦娘となった場合には素晴らしい肉体美を持つ女性となるのだろうか。

 怖いもの見たさで、少しばかり見てみたい気もする。

 

「ありがとう、大体理解できたよ」

 

「うむ。それはよかった」

 

「あ、そうだ。実を言うとね……」

 

 履歴書をリクトに返すと、ユキとチサネ同様に簡単に軍艦時代とは別の世界である事を説明し、ワイヤレスイヤホンで認識の相違を無くしてもらう。

 

「承知したぞ」

 

「それはよかった」

 

「所で提督、あの者達は一体何者なのだ?」

 

「え?」

 

 こうして問題も無事に解決した矢先、不意にリクトが指を指しながら告げた方へと視線を向けると。

 工廠の出入り口付近にいたのは、河内を筆頭に紀伊や加賀さん、それに天龍や響に電。

 そして、宇宙最強のマグロ解体業者兼システムエンジニアのような、溶接保護面とレンチを手にした明石の姿があった。

 

 おい待て明石、何故そんな格好をしている。あれか、ユキに対抗してか。

 

「大丈夫かいな提督はん!? 明石が、提督はんが潜水服の化け物に襲われそうやって助け求めてきたから助けにきたで!!」

 

「待て待て、ちょっと待て! ユキ達は化け物なんかじゃないぞ、お前達と同じ立派な艦娘だ!!」

 

 明石の奴が早とちりしたせいで、何やら大事になってしまった。

 そういえば、思い返せばユキが出てきた直後ぐらいから姿を見せないと思ったら、応援呼んで来てたのか。

 

「へっ! 安心しろよ、提督。化け物だろうが何だろうが、このオレ、天龍様がかるーく捻り潰してやるからよ! おい化け物ども! よく聞け! オレが天下の軽巡、天龍様だ。フフ、どうだ……」

 

 しかし、自分の言葉を聞いていなかったのか、威勢よく天龍がその手に自慢の刀を持って歩み寄ってくる。

 が、最後まで言い終える前にリクトと目が合ってしまったのか。

 急に歩みを止めると、見たこともない速さで後ずさりし、紀伊の背中に隠れながら。

 

「……こ、こひゃいか!!」

 

 裏返った声で最後の台詞を言うのであった。

 

「天龍と申したか、なかなか面白い者だ」

 

 その結果、怖いどころか面白いと、リクトには思われていた。

 

「皆落ち着け! ユキもチサネもリクトも、三人とも立派な艦娘だ! 化け物なんかじゃない!!」

 

「ん? ユキ、チサネ、リクト? なんやどっかで聞いたことある名前やな?」

 

「河内、お前三人の事知ってるのか!?」

 

「んん~、お、そや。そういえば同じ名前で特別潜水艦隊構成してた子がおったな」

 

 河内から零れた言葉に、他の面々が纏っていた警戒感が徐々に解けていくかのように、表情が和らいでいく。

 

「そういえば、そんな艦隊があるとの噂は、俺も聞いた事がある」

 

「私も、聞いた事があります。極めて機密性の高い艦隊で、海軍内でも極一部の者しかその全容を知らないと噂されていました」

 

 そして、河内の言葉を後押しするかのように紀伊や加賀さんからも言葉が漏れると、他の面々の警戒感は完全に払拭される。

 

「な、なんだ、姐さんの後輩か」

 

 足が震えている天龍が口火を切ると、響に電も、それまで加賀さんの陰に隠れていたのが、一歩踏み出すとユキやチサネに近づいていく。

 

「わはは、綺麗なお姉さんなのです! 化け物だと思ってごめんなさいなのです!」

 

「ハラショー! とんだ早とちりだね」

 

「いいのよ、気にしてないわ。ユキです、よろしくね」

 

「私、チサネ、よろしくね!」

 

「よろしくなのです!」

 

「よろしく」

 

「天龍と申したな。(わらわ)はリクトだ、これから(いくさば)にて肩を並べる戦友(とも)として、よろしく頼む」

 

「おおお、お、おぅ。よろしくな」

 

 直に手を取り合って仲良くなる響と電に比べ、天龍は足は震え腰が引けてはいるものの、こちらもリクトと打ち解けていったようだ。

 こうなると残りの河内や紀伊に加賀さんも輪に加わり、三人との親睦を深めていく。

 

「ふぅ、なんだ、河内さんのお知り合いだったんです。インフェルノやエレクトロボルト代わりに溶接機やスタンガンを用意していたんですけど、使わなくてよかったですよ」

 

「明石、"恐縮"だが、罰として腕立て伏せ二百回してくれないか」

 

「ン゛ン゛ッッゥゥゥ!!」

 

 そんな彼女達を他所に、事の発端を作った張本人にお仕置きを執行すると、自分も輪に加わるのであった。

 

「しかし提督、あの後本当に建造をしたんだな」

 

「へ? あの後?」

 

「昨晩、打ち上げが終わり官舎まで肩を貸すと言ったのに、途中で工廠に寄って建造してから戻ると言って別れたじゃないか」

 

 紀伊の口から零れた昨晩の出来事の様子を聞いて、ぼんやりとだが、昨晩の自身の行動を思い出すのであった。

 

「提督様が今朝は私室にいらっしゃらないと、河内さんが慌てていらっしゃいましたので、探していたんですよ」

 

「なのです。皆で探していたら紀伊さんが工廠にいるかも知れないと言っていたので皆で向かっていたのです。そしたら、明石さんが慌てて司令官さんが襲われていると助けを求めにきたのです」

 

 成る程、それであのメンバーでやって来た訳か。

 

「明石。"恐縮"だが追加で百回な」

 

「ン゛ン゛ッッゥゥゥ!!」

 

 さて、明石に追加のお仕置きも執行した所で、そういえばまだ一人、新加入の艦娘()が出てきていない事を思い出す。

 

「ここまでユキにチサネにリクト、潜水艦と名は付いているが特殊な型ばかりだな……」

 

「なんや提督はん。大まかに言ったら三人とも潜水艦やん?」

 

「そうだが、やっぱり(一般的に周知されている運用方法的な意味で)普通の潜水艦も一人くらいは欲しいです」

 

「提督はん。諦めたらそこで試合終了やで?」

 

「河内先生……」

 

「お、来たみたいやで」

 

 河内とのやり取りを行っていると、開閉式扉の奥から最後の一人が姿を現す。

 

「伊二五潜水艦、只今ちゃくにーん! あ、もしかして貴方が新しい司令!? じゃ、私の事はニコって呼んでね! ふふ」

 

 姿を現したのは、オレンジのショートヘア、イ25と書かれたゼッケンを備えている紺色の水着に、イルカのシルエットが刺繍されたキャップを被った少女であった。

 同名の潜水艦は前世において伊十五型潜水艦の六番艦として、大戦中はアメリカ本土を爆撃し、更にはアメリカ軍基地を砲撃した事でも有名な潜水艦の一隻だ。

 だが、同名の潜水艦が河内の世界にいないとは言えない。なので、名前だけでは自分の知っている伊二五なのかどうかは分からない。

 

 ゲームでも実装されていなかったので、姿を見ただけでも判別は不能だ。

 

「ようこそニコ、飯塚艦隊へ。司令長官を務める飯塚だ。そしてこちらが飯塚艦隊旗艦兼秘書艦の戦艦河内。更に……」

 

 しかしとりあえずは自己紹介を行い、更には河内達を紹介していく。

 すると、河内や紀伊、それにユキやチサネにリクトの事は知らない様子だったので、どうやら前世の世界の生まれのようだ。

 

「さてと、それじゃ他の面々にも紹介したいから、官舎の方に移動するぞ」

 

 こうして新たに建造された四人と、明石を除く面々を引き連れて工廠から官舎へと足を運び。

 任務で出ている者を除く艦隊所属の全員を第二会議室へと集め、加入する四人の紹介を改めて行う。

 

 その反応は様々だったが、ユキやチサネやリクトに関しては、既に河内や紀伊に加賀さんといった前例がある為、すんなりと受け入れられ。

 ニコも含め艦隊初の潜水艦艦娘という事もあり、温かく迎え入れられるのであった。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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幕間 ジュースで深まる親睦

 皆さん始めまして、吹雪です。

 あ、いけないいけない、今日はプロモーションビデオの撮影じゃないから自己紹介しなくても大丈夫だったんだ。てへ。

 

「吹雪ちゃん、何しているの、早く行こうよ?」

 

「そうっぽい」

 

「あ、ごめんね!」

 

 今私達は工廠の入渠室にいます、先ほどまで任務で受けた傷を癒していたからです。

 でも傷自体は大したことなかったので、これから書き上げた報告書を、司令官の執務室に睦月ちゃんと夕立ちゃんの三人で持って行く所です。

 

「そういえば聞いたっぽい? 夕立達が任務に出ている間に、新しい艦娘()がやって来たっぽい」

 

「にゃ、聞いたよ。期待のにゅーふぇいすだって、妖精さん達が言ってたにゃしぃ」

 

「どんな人達なんだろう、早く会いたいね!」

 

 私達は入渠室で傷を癒していた間、妖精さんから私達の艦隊に新しい仲間が加わった事を聞きました。

 妖精さん達はどんな人達が加わったのか詳しくは教えてくれませんでしたけど、どんな人達でも新しい仲間なら大歓迎です。

 

 新しい仲間と出会える事に期待に胸をふくらませながら、三人揃って官舎の出入り口を潜ると、執務室を目指します。

 

「どうぞ」

 

 そして、目的地である司令官の執務室に入室すると、執務机でお仕事に励んでいる司令官に挨拶をした後、報告書を提出します。

 

「うん、記入漏れなし。ご苦労様、三人とも」

 

 司令官からお褒めの言葉を頂き、睦月ちゃんや夕立ちゃん共々顔がほころびます。

 

「そうだ、三人はまだユキ達とは顔合わせしていなかったな。確か今、河内と一緒に艦娘用官舎を見て回ってる筈だから、会いに行っておいで」

 

「了解です」

 

「ぽいっ!」

 

「にゃしぃ!」

 

 司令官に敬礼し退室すると、私達は新しい仲間と顔を合わせるべく、艦娘用官舎へと足を運びます。

 どんな容姿なのか、どんな性格なのかを、三人で想像しながら艦娘用官舎へと到着すると、官舎の前で弥生ちゃんに出会いました。

 

「あ、睦月お姉ちゃん……」

 

「およ? 弥生ちゃん、何やってるの?」

 

「特に何も、ただの、散歩」

 

「そうなんだ。あ、そうだ弥生ちゃん! 新しくやって来た艦娘さんって何処にいるか知らない?」

 

「知ってる。今、駆逐艦用の官舎の共有スペースで他の子達とお喋りしてる」

 

「そっか、教えてくれてありがとう弥生ちゃん」

 

 弥生ちゃんは相変わらず変化が乏しい表情だったけど、お姉ちゃんの睦月ちゃんにお礼を言われて、何となくだけど、目の奥が嬉しそうに感じた。

 

 さて、お散歩を続ける弥生ちゃんと別れると、私達は普段利用している駆逐艦用の官舎へと足を踏み入れます。

 慣れた足取りで共有スペースへと足を運ぶと、確かにそこには、見慣れない四人の艦娘()達の姿がありました。

 

「な、何あれ、ぽぃ……」

 

「にゃしぃ、睦月達と同じ、艦"娘"だよね?」

 

「こ、個性的な、方々、ですね」

 

 四人の内お一人は、キャップを被っている以外は他の提督隷下の潜水艦艦娘同様、一目見て潜水艦の艦娘さんであると分かります。

 ですが残りの三人に関しては、かなり個性的な装いをしており。特に、セーラー服を着た方は、紀伊さんと同じ艦息さんでしょうか。かなり目立つ外見をしています。

 

「あれ? 夕立、それに睦月に吹雪も、そんな所で突っ立って何やってるの!?」

 

 個性的な新し仲間に衝撃を受けて固まっていると、白露ちゃんが私達に気付いて声をかけてきました。

 そのお陰で、それまで気付いていなかった他の艦娘()達も私たちの存在に気付きます。当然、その中には四人の新人さんの姿も含まれていました。

 

「ほらほら、そんな所で突っ立ってないで、さ、おいでおいで!」

 

「ぽ、ぽぃぃ」

 

「睦月姉ぇも、さぁさぁ!」

 

「にゃ、にゃしぃ」

 

「ほら吹雪、あんたも紹介してあげるから、こっちきなさい」

 

「う、うん」

 

 夕立ちゃんはお姉ちゃんの白露ちゃん、睦月ちゃんは妹の水無月ちゃんに、そして私は叢雲ちゃんに手を引かれ。

 四人の新人さんの前に並ばされました。

 

「紹介するね! あたしの妹の夕立!」

 

「睦月姉ぇだよ!」

 

「私の姉の吹雪よ」

 

 四人に紹介される私達を他所に、四人の中で第一印象が最も衝撃的過ぎるあの艦娘、さんと思しき片が、その巨体を私達に歩み寄らせます。

 

(うぬ)達が、皆が話していた姉妹達であるか。(わらわ)は伊六○○型潜水艦、一番艦を務める伊六○○である! だが気軽に、(わらわ)の事はリクトと呼んでくれて構わぬ」

 

 そして、自己紹介を行って手を差し出してくれたのですが、その圧迫される姿を間近にして。私達は肩を寄せ合って怯えてしまいました。

 

「夕立! リクトに失礼だよ!」

 

「睦月姉ぇ、そんなに怯えなくても大丈夫だよ。リクトさんは水無月達と同じ艦娘だから」

 

「はぁ、しょうがないわね。ごめんね、私の姉が怖がっちゃって」

 

「ははは、構わぬ構わぬ。(わらわ)の姿を見て怯えられるのは、もう慣れておる。……御三方、怖がらせるつもりはなかったのだ、どうか顔を上げてくれ」

 

 リクトと名乗った巨漢さんの声に反応し、恐る恐る三人揃って顔を上げると。

 

「どうだ? これで(わらわ)の事、少しは怖くなくなってくれたか?」

 

 そこには、変顔を作っているリクトさんの姿がありました。

 

「ぷふ! お、面白いっぽい!」

 

 リクトさんの変顔を見て吹き出す夕立ちゃん。

 それを切欠に、段々私の中に芽生えていた恐怖心がなくなっていきました。

 

 そして、程なくして完全に恐怖心を払拭した私達は、第一にリクトさんに謝罪しました。外見から艦息であると勘違いした事も含めて。

 すると、リクトさんは白い歯を輝かせて笑って許してくれました。

 本当にリクトさんは、素晴らしい人です。

 

 こうしてリクトさんと打ち解け始めると、次は残っていた三人。

 ユキさんにチサネさんに、ニコさんとも打ち解け始める。

 

 それぞれがお喋りして、お互いの理解をもっと深めていきます。

 私は、ユキさんとニコさんの三人でお喋りします。

 

「それじゃ、ニコさんって凄い偉業を達成したんですね!」

 

「そうだよ、ふふ、凄いでしょ。ま、実際にはのぶっちの力もあっての事なんだけどね」

 

「世界は違えど似たような作戦は行われるものなんですね」

 

「ユキさんも、偉業を?」

 

「はい。と言っても、ユキは爆撃ではなく砲撃で吹き飛ばしただけですけど。あ、すいません。でしゃばり過ぎました」

 

「そ、そんな事ないですよ! ね、ね、ニコさん!」

 

「う、うん! 凄いよ。ニコなんかよりもずっと凄い!」

 

 ニコさんは打ち解けやすい方でしたけど、ユキさんは少し引っ込み思案なようです。

 でも、河内さんと同じ世界の軍艦さんがモデルだけあって、流石のものをお持ちです。

 人口人体の年齢設定で言えば潜水艦の艦娘()も私達駆逐艦と同じくらい設定の筈なんですけど、モデルの世界が違うからでしょうか。

 

 正直、羨ましい。

 

「あ、そうだユキさん! ユキさんが好きなものって何ですか!?」

 

「ユキの好きなもの、ですか? そうですね。……缶詰、ですかね」

 

「缶詰……」

 

 話題を変えてユキさんの好きなものの話題で盛り上がろうと思った矢先。

 ちょっと反応に困る回答が返ってきました。

 

「あ、でも分かるな。ニコも嫌いじゃないよ、缶詰」

 

 やっぱり食糧事情が私達のような水上艦とは異なるからでしょうか、同じ潜水艦のニコさんは共感しています。

 こうなると、缶詰で話題を広げない訳にはいきません。

 

「えっと、その。お勧めの缶詰とかって何ですか?」

 

「牛大和煮にうなぎの蒲焼。後は黒毛和牛のコンビーフもお勧めですね! それに、ユキは食べるのも好きですけど作るのも好きなんです。焼き鳥の缶詰と野菜を混ぜるだけの簡単サラダから、鯖の水煮で作るお味噌汁なんかもあって、もう缶詰レシピは無限の可能性を秘めているんです!!」

 

 ユキさん、本当に缶詰が好きなんですね。先ほどよりも生き生きとしています。それに凄く饒舌です。

 

「ユキさんって缶詰が好きなんですか!? 実は私も大好きなんです、缶詰!!」

 

 と、そんなユキさんの缶詰愛に惹かれて、秋月ちゃんが話に加わりました。

 ユキさんとニコさんと秋月ちゃんで、白熱した缶詰鼎談が始まり。缶詰にそこまで情熱を注げない私は、他の艦娘()とお喋りすべく移動します。

 

 白露ちゃんと水無月ちゃんが、チサネさんと楽しくお喋りしている輪に加わらせて貰います。

 

「あたしはやっぱり白身魚が好きかな。特に白身魚のフライがいっちばーん好き!」

 

「水無月は青魚、特に秋刀魚が好きなんだ。シンプルに焼いて食べるのが好きさ」

 

「いいね、いいね。でも、私はやっぱり鯖の煮つけかな」

 

 どうやら三人は好きなお魚料理の話で盛り上がっているようです。

 私も頑張って話についていかないと。

 

「わ、私は鮭の……」

 

「でもね、私は食べるもの好きだけど捕るのも好きなんだ」

 

「へぇ、いいね」

 

「それってやっぱり、釣り?」

 

 あう、何だか話題が切り替わって話に乗り遅れました。

 

「あー、違う違う、釣りじゃないよ。そもそも釣りって、私の性格からして性に合わないし……」

 

「え、でも釣り以外でどうやって魚を捕るの?」

 

「まさか、網?」

 

「網なんて使わないよ。私、潜水艦でしょ。だから、素潜り! モリ片手に素潜り漁だよ!」

 

 私達水上艦とは違い厳しい環境で過ごしているからでしょうか、チサネさんは凄く逞しい趣味をお持ちみたいです。

 やっぱり、魚を捕れたら声高らかに捕れたぞと叫ぶんでしょうか。

 

 なんて色々と想像していると、三人はもう別の話題で盛り上がっていました。

 あまりに話題の切り替え頻度が早くて、もうついていける気がしません。

 

 ですので、再び他の艦娘()とお喋りすべく輪を抜け出し、移動します。

 

 次に輪に加わらせてもらったのは、睦月ちゃんと夕立ちゃん、そしてリクトさんがお喋りしている輪でした。

 

「ぽぃぃ……それはちょっと、ウケが悪いと思うっぽい」

 

「うむ。そうであるか」

 

「もっと他に、こう、可愛らしい特技とか、趣味とかはないの?」

 

 どうやら睦月ちゃんと夕立ちゃんは、リクトさんの趣味や特技についての話で盛り上がっていたみたいです。

 参考に、先ほどまでの話の内容を睦月ちゃんから伺うと。リクトさん、休日などは鍛錬をして過ごしているそうです。

 やっぱり、見た目通り、なのかな。

 

「可愛い、かどうかは分からぬが。そうだな、海洋生物と戯れたことはあるぞ」

 

「ぽい! それ可愛いと思うっぽい!」

 

「これは異性に受けそうな話題ね」

 

「うん、いいと思う」

 

「それで、どんな海洋生物と戯れたっぽい?」

 

「うむ。(わらわ)を餌と思い襲ってきた獰猛なホオジロザメと水中でダンスを踊り、更には鼻先に熱い接吻をしたものよ」

 

 イルカさんやラッコさん、それにペンギンさん等の可愛い海洋生物さんを想像していたのですが。

 リクトさんの口から語られたのは、可愛さをあまり見出せない海洋生物さんとの、戯れ。というより、生存競争でした。

 

 あぁ、睦月ちゃんと夕立ちゃんも、なんて言葉を返せばいいか困った表情を浮かべています。

 

「そ、それは、その、楽しそうですね」

 

「うむ。少々向こうのふれ合いが激しく数箇所歯で引っ掛かれはしたが、よい経験であった」

 

 あぁ、どうしましょう。

 睦月ちゃんと夕立ちゃんに代わって感想を返せば、更に反応に困る言葉が返ってきました。

 

 もうこうなったら、強引にでも話題を変えなければなりません。

 

「あの、リクトさん! サメさんとの話もいいんですけど。他にもリクトさんの可愛い一面をお聞きしたいんですけど」

 

「ん? そうだな。では、この話題はここまでとしよう」

 

 話題を変える、と決まった瞬間、睦月ちゃんと夕立ちゃんの口から小さなため息が漏れました。

 

「では、他に自身ではこれは可愛いと思うことってありますか?」

 

「そうだな……。うん、手製のジュースを作ることもあるが」

 

「ぽい! それ凄く女子力高そうっぽい!」

 

「およ。なんだ、リクトさんもちゃんとそういう趣味あるんだね」

 

「わぁ、お手製ジュースですか。いいな、飲んでみたいです」

 

「おぉ、そうだ。折角の機会なのだ、今ここで手製のジュースを作って皆にご馳走しよう」

 

 その後はあれよあれよという間に、何処からか調達してきた果物に、人数分の容器が用意され。

 ユキさんにチサネさん、それに私達駆逐艦の面々が見守る中、リクトさんのお手製ジュース作りが始まりました。

 

 あれ、でも材料と容器の他には調理器具の姿が見当たりません。一体どうやって作るんでしょうか。

 

「では始めよう」

 

 そう言うと、リクトさんはおもむろにリンゴを一つ手に取り、その手を容器の上まで移動させます。

 一体何が始まるのかと瞬きせずに見守っていると、次の瞬間。

 

「っ!!」

 

 リンゴを手にしたリクトさんの腕に血管が浮かび上がったかと思うと、手にしてたリンゴが、見事に握りつぶされました。

 握りつぶされ見事に木っ端微塵となり、破片と化したリンゴがテーブルの上に飛び散ります。

 

「おっといかん、久々なものでつい力を入れすぎてしまった」

 

 そのあまりの衝撃映像に、私を含め、駆逐艦の皆さんは口を開いて呆然としています。

 でもユキさんとチサネさんは見慣れているのか、お茶目さんと言っています。

 

「では気を取り直して」

 

 再びリンゴを手にしたリクトさん、再び容器の上までリンゴを持ってくると、再びその手に力を込め始めます。

 すると、今度は加減しているのか粉砕する事無く、音を立てて手の中のリンゴが見る見るうちに変形していきます。

 やがて、変形して出来た亀裂から、その輝く汁液を容器の中へと落としていきます。

 

 凄いです、これこそまさに、"手"作りジュース。百パーセントまじりっけなしの絞りたてです。

 

 その後も、リクトさんは次々に果物を手で搾り果汁を容器の中に落としていき、手作りジュースを作っていきます。

 

「さぁ、出来たぞ。(わらわ)手製のジュースだ」

 

 こうして、人数分の手作りジュースが完成すると、私達は各々容器を手に取りジュースをいただきます。

 

「……美味しい」

 

「そうか、美味いか。それはよかった」

 

 作り方は凄く豪快だけど、その味は、とても美味しいものでした。

 なので、思わず美味しいと感想が漏れてしまうほどです。

 

「また機会があれば、ご馳走しよう」

 

 私達の喜ぶ顔を見て、リクトさんも腕組しながら嬉しそうな表情を浮かべています。

 

「リクトさん、また是非お願いしますね!」

 

「うむ」

 

 白い歯を見せて笑うリクトさんにつられ、私の表情も、自然と笑顔で溢れます。

 

 

 そして、リクトさん手製のジュースを堪能し終えた頃。

 案内役の筈なのに何処かへ行っていた河内さんが戻ってきて、再びユキさん達四人の案内の続きを始めたので、私達駆逐艦とユキさん達四人のちょっとした親睦会はお開きとなりました。

 

 親睦会の後片付けをしながら、私はまた、楽しいお喋りを皆でしたいと思いました。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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幕間 楽園の残り香、イェーイ!

 ラバウル、それは常夏の楽園。

 都会の喧騒を離れ、一時的な楽園での時間を満喫するには、まさに最高の場所であろう。

 ただし、それは人生と言う名の長い時間の流れの中にあって、一瞬の内での事。

 

 人生の長い時間をこの地で過ごす、そうなれば、果たしてそこが楽園と言えるのだろうか。

 答えは、分からない。

 

 人は慣れる生き物だ。だから、一定の時間をその場所で過ごせば、楽園とまでは言えなくとも、居心地のいい場所にはなるだろう。

 

 では一体、自分は何を問題としているのか。

 それは、その場所が楽園或いは居心地がいいと感じるようになるまでに有する時間の事だ。

 

 その時間は人によって様々だ。

 短時間の内にその域に達する者もいれば、五年や十年を経ってもなお、その域に達せない者もいる。

 

 そして、その問題提起に自分自身を当てはめてみると。

 自分はまだ、残念ながらこの全身に纏わりつくような暑さを快適、とは思えていない。

 

 

 

 さて、暑いと感じた時、多くの者はどうするか。そう、冷たい飲み物を口にする。

 特に発汗によってミネラルや水分が失われているような現状では、スポーツドリンクがいいだろう。

 

 ラバウル統合基地内でスポーツドリンクを置いている場所は幾つかある。一番に思いつくのはやはりPX(基地内売店)だろう。

 しかし、何とも残念な事に、先ほどPX(基地内売店)に立ち寄って見てみれば、スポーツドリンクが売り切れていたのだ。

 スポーツドリンク以外の清涼飲料水はまだ売っていた、だが、自分の口は既にスポーツドリンクを受け入れる準備を整え終わっていた。だから、他の清涼飲料水を買うと言う選択肢は選べなかった。

 

 さて、PX(基地内売店)に置いていないとなると、次の候補は官舎だ。

 官舎に設けられている休憩室には、自分や補佐のスタッフ、それに艦娘達が自由に利用できる自販機や冷蔵庫が設置されている。

 そして、自販機の取り扱い商品の中にはスポーツドリンクも含まれている。

 

 候補が決まれば、後は目的の自販機目指して足を運ぶだけ。

 相変わらず太陽が燦燦と輝く屋外から、空調により見事なまでの室内環境を作り出している官舎へと足を踏み入れると、一目散に休憩室を目指す。

 時間帯によっては賑わっている休憩室だが、今は閑散としている。

 賑わっていては自販機であっても売り切れになる可能性があるが、閑散としているならばその心配はない。

 

 大股になりながら自販機の前までやって来ると、まだ売り切れのランプが点灯していないことを確認し、ポケットから小銭を取り出す。

 ここの自販機は、命をかけて戦う戦士達に優しいオールワンコインの為、細々とした小銭は必要ない。

 小銭を入れ、ボタンを押し、受け取り口に出てきたスポーツドリンクを取り出そうと手を伸ばしたまさにその時。

 

「アッハハハハハハハハハッッッ!!! ベンディングマシーンで物欲をぶっ潰せぇぇ~!」

 

 耳を劈く愉快な声が響き渡ったのである。

 その声量たるや、大西洋の海底から大空の彼方に浮かぶ空中都市にまで飛んでいきそうな程だ。

 

「……」

 

 耳の奥まで響き渡った愉快な声が消えるまで、暫しの時間を有した。

 だが、声が完全に消えると、自分は折角買ったスポーツドリンクを取り出すこともなく、踵を返して一路ある場所へと向かう。

 

 そこは、昨日、先ほど利用した自販機の修理を依頼した二人が今現在職務に専念している場所。

 そして、修理ついでにちょこっと改造を施してしまったのであろう二人がいる場所。

 

 そう、工廠だ。

 

「明石!! 夕張!!」

 

 暑さも喉の渇きも吹き飛ばして、工廠に響き渡るような大声で、限りなく黒に近い二人の名を呼ぶ。

 すると、プレハブ事務所から疑惑の二人が姿を現す。

 

「どうしたんですか、提督。そんな大声出して?」

 

「そうですよ、何かあったんですか?」

 

 何故自分が大声で自身の事を呼んでいるのか、しらばくれているのか、それとも本当に考えが及んでいないのか。

 二人の表情からは分からない。

 

「二人とも。昨日、官舎の休憩室にある自販機が壊れたんで修理してくれと頼んだよな?」

 

「……あ~、はいはい。そういえば、そんな事も」

 

「……あったような、気がするような、しないような」

 

 だが、休憩室の自販機という言葉が出た瞬間、二人の目が、明らかに泳ぎ始めた。

 やましい事がなければ、目が泳ぐ筈はない。

 

 これは、もう間違いないとみていいだろう。

 

「さっきその自販機を使ったんだがな。知らない間に妙な機能が追加されてたんだ。……二人とも、知らないか?」

 

 返事を返さない二人の目を交互に見つめるも、二人は目を合わせようとはしない。

 最早これは決定的だ。

 

「正直に話してくれれば、今回の件は水に流す事も、考えなくはないが?」

 

「……お、面白そうかなって」

 

「ゆ、夕張!」

 

「ん? どうしたんだ、夕張?」

 

「確かに、自販機に修理以上の手を施したのは全部私達のせいです!! でも、それが悪いことだとは思いません! 故に、私達は謝らない!!」

 

「そうです! 大体、ただ直しておしまいだなんて味気なさ過ぎます! 最近は喋る自販機もありますし。従来通りの自販機だけなんて、全然遊びがなくてつまらないじゃないですか!!」

 

「そうそう! だからこれは私達なりの思いやりです!! 心遣いです!!」

 

 素直に謝るどころか、逆に清清しいぐらい開き直る二人。

 その開き直りっぷりには、もはやため息すらも出なかった。

 

 この二人、各々の職務には誠実なんだが、それ以外となると少々羽目を外し過ぎる傾向がある。

 今回の件も、親切心だなんだと御託を並べているが、世の中にはその親切が他人にとっては大きな迷惑になる事だってあるのだ。

 

 今後、二人が今回のように羽目を外し過ぎないようにする為にも、確りとお説教をして言い聞かせなければ。

 それと、あの自販機を元に戻すようにも言わないと。

 

「いいか、明石、夕張。親切と言ってもそれは他人にとっては……」

 

 二人の心に響くように一言一言丁寧に説いていく。

 やがて、お説教が終わり二人の心境に変化が現れたかどうかを確かめてみると。

 

「でも私達は謝らない!!」

 

「そう、何故なら私達は遊び心を忘れぬ、相性ベストマッチな二人で一人の艦娘(ブルーカラー)だから!!」

 

「そう、例えどんなお説教をされようと、私達の心は揺るがない。何故なら! 私達の心は、鋼のムーンサルトだから!!」

 

「イェーッイ!!」

 

 成る程、反省の気持ちが微塵もないのは大体分かった。

 よろしい、ならばお仕置きだ。

 

「二人とも、正直に話してくれれば水に流すと言ったな。……あれは嘘だ」

 

「「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!」」

 

 青筋を浮かべながら笑顔でお仕置きの開始を告げる自分に対し、明石と夕張の二人は、漸くふざけ過ぎていたと理解したのか、肩を寄せ合い恐怖に顔を歪める。

 だが、もう謝るには、遅きに失していた。

 

 

 

 明石と夕張の二人にお仕置きを執行し、あの自販機もユートピア・シティの香りを取り除き、再び普通の自販機として営業を再開した。

 そして、自分はといえば。

 執務室にて午後の業務に勤しんでいる。

 

「なぁ、提督はん」

 

「ん? どうしたんだ、河内?」

 

 すると、所用で執務室を空けていた秘書艦の河内が執務室に戻ってくるや否や、自分に質問を投げかけてきた。

 

「何で明石と夕張の二人、『私がやりました』なんて書かれたプラカード首から下げて廊下で正座してるん?」

 

「さぁ、何でだろうな。世の中、不思議なことがあるものだな」

 

 穏やかに質問に答えると、河内は何かを察したのか、それ以上この件については尋ねることはなかった。

 

 さて、少し喉が渇いたので、すっかりぬるくはなったスポーツドリンクを飲むとするか。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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第47話 新たな翼はバカヤロウ

 今日も今日とて、我が飯塚艦隊は絶賛活動中。

 昨日より始まった新たな護衛任務は、我が艦隊が誇るねぼすけアイドルの加古ちゃんを旗艦とした、新第四戦隊によってつつがなく行われている。

 勿論、他の任務に関してもローテーションを組んだそれぞれの戦隊が当たり、つつがなく行われている。

 

 そんな絶賛活動中の飯塚艦隊を構成する各戦隊の中でも、特殊なものが第六戦隊だ。

 同戦隊は、ユキ達潜水艦四人で編成された戦隊で、まさに飯塚艦隊版潜水艦隊なのだ。

 

 同戦隊は現在、昨日よりラバウル統合基地を出港し、完熟航海も兼ねた近海への哨戒任務に当たっている。

 

 そして、そんな第六戦隊からタブレットへと送られてくる定時報告を、自分は執務室の定位置に腰を下ろしながら眺めていた。

 昨日は特に会敵する事はなく平和な定時報告が連なっていた。だが、今日は違う。

 先ほど送られてきた定時報告の内容は、深海棲艦と会敵、交戦したというものであった。

 

 水中を航行中、水上を航行する不審な航行音を探知。

 音を探知したチサネが潜望鏡深度まで浮上した後、潜望鏡にて音源の正体を探り、音源の正体が単艦航行している駆逐イ級と判明。

 確認される範囲内に更なる敵影の存在も確認できない為。見敵必殺とばかりに、チサネは浮上し自慢の30口径46cm三連装砲で砲撃。

 見事初弾で命中させると、見事に駆逐イ級を撃沈した。

 

 この交戦により、第六戦隊に損害らしい損害はなく。第六戦隊にとってはまさに華々しい初戦果となった。

 

 しかし、この定時報告を見た時、自分は思った。

 これは潜水艦からの定時報告だよな、と。

 

 潜水艦が駆逐艦を"砲撃"で撃沈した。アンブッシュによる雷撃ではなく、浮上しての砲撃戦でだ。

 今まで見たことも聞いたこともない内容に、思わず二度見してしまった程だ。

 

 だが、時間がたつにつれ、今までの概念から外れた異次元の戦力を、今まさに自分自身の手元に有しているのだという実感が強くなり。

 彼女達の存在が、今後の飯塚艦隊にとって頼もしい存在になって欲しいとの期待感が芽生え始めるのであった。

 

 

 それから数時間後、午後の業務も間もなく終了の時刻を迎えようかとした頃。再び第六戦隊が深海棲艦と会敵し交戦したとの報告が上がってきた。

 午前の報告と異なり、午後の報告では重要な役割を果たしたのはリクトであった。

 再び不明な航行音、それも複数を探知した第六戦隊は、ニコの潜望鏡により音の正体を知る。軽巡ホ級一と駆逐イ級二からなる小規模艦隊。

 単艦ではなく複数の深海棲艦である為、午前のように浮上し砲撃戦を挑むのは困難と判断。魚雷攻撃による奇襲が提案された。

 

 だがそこで待ったをかけたのが、リクトであった。

 リクトはまだ日没前である事や気象条件にも問題ないとの事から、艦載している晴嵐改での航空攻撃を提案。

 アンブッシュによる魚雷攻撃よりも確実性があるとして、リクトの提案が採用され、敵小規模艦隊に対してリクト航空隊による航空攻撃が実施された。

 

 八○○キロ魚雷を搭載した六機の晴嵐改が大空へと放たれると、一路敵小規模艦隊に向けて羽ばたいていく。

 空母による航空攻撃ならば、六機という数は効果の程はあまり期待できないかもしれない。

 しかし、それが水中から突如として現れた潜水空母によるものならば、例え六機であろうとその効果は絶大だ。

 

 特に、相手側の思考の外、何の前触れもなく航空隊が飛来してきたのならば尚更。

 

 機数が少ないとはいえ、敵小規模艦隊の混乱の隙を突き、二機が被弾したもののリクト航空隊は見事航空攻撃を完遂。

 駆逐イ級を一隻撃沈し、残りについても手負いとする事に成功。

 そして、航空攻撃により速度を落として航行することを余儀なくされた二隻に対して、第六戦隊はユキとチサネによる砲撃での追撃戦を敢行。

 

 見事、残りの二隻も撃沈し、ここに二度目となる戦果をもぎ取ったのだ。

 

 

 特殊な潜水艦故に出来たであろう、見事なまでの戦果を挙げた翌日。

 起床して定時報告を確認すると、夜明けに深海棲艦の護送船団に対し雷撃を敢行、輸送艦二隻の撃沈を確認。

 との、極めて一般的な潜水艦の戦果報告が上がっていた。

 

 一連の第六戦隊からの定時報告に目を通すのは当然ながら、自分には他にも目を通さなければならない報告の数々がある。

 護衛任務遂行中の第四戦隊からの報告に、他の任務に当たっているその他の戦隊からの報告書に、訓練の報告書。

 更には。

 

「で? なんだこれ?」

 

「せやから、休憩室にお菓子の自販機設置して欲しいって上申書や! 因みに取り扱っとる商品のリストはな……」

 

「却下!!」

 

「……うそやん」

 

 河内のくだらない上申書など。

 兎に角目を通さなければならない書類は山のようにある。

 

 

 

 そんな書類に追われる日々の中、ひと時のリラックスタイムたる昼休憩を終えて午後からの業務を開始して間もなく。

 谷川が慌てた様子で執務室へとやって来て、基地司令部からの命令を伝えるのであった。

 

 その内容は、ニューアイルランド島とブーゲンビル島の中間点にて、哨戒機が発見した深海棲艦の機動部隊を撃滅せよとのものであった。

 

 何故今回発見したのが機動部隊であると確信できたのか、その理由(わけ)を尋ねると。

 どうやら哨戒機は発見した直後、上空警戒に当たっていたと思しき深海棲艦の航空機の歓迎を受けたのだと言う。

 成程、深海棲艦の勢力圏内でもなければ、近隣の島々にも深海棲艦の基地は存在しない。そんな状況の中で深海棲艦の航空機から攻撃を受けたとなれば、必然的に空母の存在が浮かび上がる。

 

 相手が空母を含めた戦力なると、こちらも空母を出すのが得策だ。艦隊の傘、或いは長槍。どちらの役割を担っているにしても、航空戦力には航空戦力で対抗するのが一番だ。

 

 更に谷川から、敵機動部隊の詳しい陣容を聞きだし、投入する戦力を決定する。

 空母が一、重巡が一、そして複数の駆逐艦。それが谷川の口から告げられた敵機動部隊の陣容であった。

 空母が正規空母か軽空母か、そのどちらかでも戦力としては大きく変わってくる所だが、残念ながら空母としか分からないとの事だ。

 

 しかし、空母が一隻である事は間違いないとの事なので。こちらは空母二隻を含んだ第三戦隊と、水雷屋である第二戦隊を投入する事を決める。

 

「なんや、あたしが軍艦やった頃にあたしのいたとこ(河内時空の日本海軍)が使こてた通商破壊艦隊に似てるな」

 

 なお、敵機動部隊の詳しい陣容を聞いた際、河内が上記のような言葉を漏らしていたのが。

 それを聞いて、河内や紀伊、それにユキ達の事も含め。河内の世界の日本は、本当に、前世で背伸びしてやりくりしていた日本とは雲泥の差がある国なのだと改めて認識するのであった。

 

 

 さて、投入する戦力が決定すると、第二及び第三戦隊の面々を第二会議室へと召集し、ブリーフィングを行った後出撃する彼女達をバースから見送る。

 その後は、司令室に詰めて、逐次状況確認を行っていく。

 

 ラバウル統合基地を出港した第二及び第三戦隊は沖へ出ると、そこで深海棲艦の機動部隊を発見した哨戒機と合流。哨戒機に先導されながら一路発見した海域近海へと急ぐ。

 特に問題なく発見海域近海へと到着すると、先導した哨戒機に別れを告げ、接敵の為の偵察機が搭載艦から放たれる。

 

 そして、幾分の間を置いたのち、待望の報告が龍驤航空隊の偵察機からもたらされる。

 

 軽空母が一、重巡一、そして駆逐艦が八。輪形陣で航行中。

 第一発見時よりも正確な陣容が報告され、内心、勝利の確信が高まっていく。

 正規空母なら一隻とは言えその搭載機数は侮れない。だが、軽空母ならば数は知れているし、正規空母である加賀さんがいる分、自分達の方が断然有利になる。

 

 しかし、それが束の間である事を、矢継早にもたらされた続報で思い知る事となる。

 

 

 敵軽空母並びに重巡は"エリート"クラスの可能性あり。

 

 

 オペレーターから告げられたその報告に、先ほどまでの楽観的観測は、何処かへと吹き飛ばされてしまう。

 ゲームでも敵の強さを分ける区分の一つであったが、それは現世でも変わらない。

 

 深海棲艦との生存競争開始当初、深海棲艦に艦種ごとの違いはあれど、同一艦種ごとの性能や錬度等の力の優劣はないものと思われていた。

 所が、生存競争が始まり年月が経過すると、同一の艦種であっても個艦ごとに力の優劣が存在している事が確認されたのだ。

 それが『エリート』並びに『フラグシップ』と現在区分分けされている深海棲艦の等級である。

 

 現在最も多く見られる所謂無印と、エリート並びにフラグシップは、ゲームのようにオーラを纏っているわけではない。

 だが、外見的な特長を持っている為、その判別は容易である。

 その無印とエリート並びにフラグシップの外見的相違、それは、霧の艦隊の識別紋章よろしく、船体に浮かび上がった紋章だ。

 

 なお、紋章の色によりエリートかフラグシップ、そのどちらであるかも現在では判別可能となっている。

 紋章の色が赤ならばエリート、黄色ならフラグシップとなる。

 

「色は!? 紋章の色は確かに赤なんだな!」

 

 叫ぶようにオペレーターに確認させると、間を置いて、色は赤、エリートクラスであるとの報告がもたらされる。

 更に肉眼での確認に、偵察機のカメラが捉えた映像を拡大編集して表示した画像がモニターに映し出されると。

 そこには紛れもなく、赤い紋章を船体に浮かび上がらせた軽空母ヌ級と重巡リ級の姿が映し出されていた。

 

 だが、今更エリートクラスを含む機動部隊だったからといって、引き返す訳にはいかない。

 

 第二及び第三戦隊の艦娘()達を信じ。そして、航空隊の乗員たる装備妖精達を信じて。

 加賀さんと龍驤に攻撃隊の第一陣、その出撃を命令する。

 

 

 母艦を飛び立った銀翼の群れ、その第一陣は、届け物を敵機動部隊の中核に届けることは出来なかった。

 これがエリートクラスの力なのか。そう痛感せずにはいられない光景が、モニターには映し出されている。

 

 エリート・ヌ級は、どうやら防空空母としての役割を持っているらしく。

 その役割を全うすべく、第一陣の前に強力なエアカバーを展開させていた。

 当然、第一陣はそのエアカバーを突破すべく、護衛の九九艦戦二一型及び零式艦戦二一型が先だって砲火を交え始める。

 

 九九艦戦二一型及び零式艦戦二一型と砲火を交えるのは、まるで槍の先端を思わせるフォルムを有した、DW109 デバッケに瓜二つの艦上戦闘型航空機だ。

 大空に激しい軌道を描きながら砲火を交える航空機達。

 ドッグファイトの末翼をもがれ、黒煙と共に無残にも眼下の海へと墜ちていくのは、敵よりも味方の方が多いように感じる。

 やはり、エリートに搭載されている艦載機はエリート揃いと言う事か。

 

 やがて、ドッグファイトの輪から余力を残して抜け出した艦上戦闘型航空機の一部が、護衛を欠いた攻撃隊へと襲い掛かる。

 

 艦爆も艦攻も、防御用の機銃で迎撃を試みるも、やはり対航空機戦ではその用途に特化した艦上戦闘型航空機には敵わず。

 無残にも数機が翼をもがれ、海面へとその姿を消していく。

 

 しかし、航空機による歓迎を受けながらも何とか、艦爆と艦攻は敵機動部隊をその射程に捉える事が出来た。

 だが、次に待ち受けていたのは、エリート・リ級を始めとする厚い対空砲火だった。

 特にエリート・リ級の対空射撃は無印以上の精度を誇り。艦爆と艦攻も容易にエリート・リ級が陣取る敵機動部隊中央へは到達できない。

 

 それでも敵機動部隊に一太刀浴びせるべく、熾烈な対空砲火の中を突き進み、爆撃及び雷撃を敢行。

 敵機動部隊の外苑にいた駆逐イ級を三隻戦闘不能とし、一隻に深手を負わせた。

 

 だが、その代償として、第一陣の攻撃隊は四割近くもの損耗率を出して母艦への帰路につく事になる。

 この損耗率は、第三戦隊運用開始以来、最悪の数字だ。

 

 しかし、そんな数字に臆して第二陣を出撃させない訳にもいかない。

 今敵機動部隊はエアカバーを疲弊させ、更には少なからず数を減らしてる。それに輪形陣による対空防御にも、第一陣のお蔭で穴が開いている。

 この隙を突かずして、いつ勝機を見出せようか。

 

 第二陣の出撃命令を発令すると、再び飛行甲板から大空目掛け銀翼達が羽ばたき始めた。

 

 

 目論見通り、第二陣は見事に敵機動部隊の中核に打撃を与える事には成功した。

 エリート・ヌ級の最上部甲板に見事二五○キロ爆弾を叩きつけ、艦上戦闘型航空機の着艦を不可能にした他。エリート・リ級にも魚雷を叩きこみ、何とか中破程度の損害は与えた。

 勿論、他の駆逐イ級も一隻を沈めた他、複数に多かれ少なかれ傷は負わせた。

 しかし、その代償に、第二陣も手酷い傷を負い。第一陣程ではないにしろ、高い損耗率を出す結果となってしまった。

 

 だが、彼女達の犠牲と努力のお蔭で、敵機動部隊は今や敗走の様相を呈している。

 彼女達の気持ちに応える意味でも、敵機動部隊は残らず海の藻屑にしなければならない。

 

 故に、第三戦隊旗艦金剛、そして第二戦隊による殲滅殴り込み戦隊を手負いの敵機動部隊追撃に差し向ける。

 

 その結果は、言わずもがな。

 母艦に帰れなくなった艦上戦闘型航空機のうっとおしい足止めをもろともせず、殴り込み戦隊は手負いで速力の出ない敵機動部隊を射程に収めると、金剛の主砲が火を噴いたのを皮切りに、次々に殴り掛かっていく。

 金剛や熊野の火力、多摩や駆逐艦たちの必殺の雷撃。

 

 手負いであれどエリートの意地を見せこちらにも傷を負わせたものの、砲火が収まる頃には、敵機動部隊はかつて船体を形作っていた破片を海面に浮かばせるだけに成り果てていた。

 また、生き残っていた艦上戦闘型航空機も、後の面倒を増やさぬ為にきっちりと、加賀さんと龍驤の継戦可能な両艦戦をもって全て排除するに至った。



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第48話 新たな翼はバカヤロウ その2

 こうして無事に敵機動部隊を海の藻屑へと変え、立役者たる第二及び第三戦隊が暁に染まるラバウル統合基地へと帰港した報告を、自分は執務室で書類と対峙しながら受けた。

 本当はバースで出迎えたかったのだが、戦力拡充とそれに伴う任務の増大により、片付けなければならない書類は着任当初の数割り増しにもなっていた。

 その為、損傷した艤装のドッグ入り状況や入渠室でのメンテナンスの状況など、主だった報告を大淀の口から告げられながら、自分は執務室の定位置に貼り付けっぱなしだった。

 

 本来であれば食堂に行って夕食を取りたい所であるが、集中力がリセットされる恐れもある為。

 本日の夕食は、鳳翔さんが官舎の休憩室に隣接して設けられている簡易キッチンで作ってくださった、栄養満点和食定食だ。

 

 あぁ、このお味噌汁の丁度いい塩梅、五臓六腑に染み渡る。

 

 簡易キッチンで作ったとは思えぬその美味しさを存分に堪能し、お腹も心も満たされた所で、再び書類作業を再開させる。

 

 

 夜が更け始めた頃、最後の一枚を処理済の書類トレーへと入れると、やっと終わったとばかりに伸びをする。

 すると、やはり長時間同じ姿勢であった為、肩の辺りからポキポキと音が聞こえてくる。

 疲れた肩周りなどを解すべくセルフマッサージをしていると、不意に執務室の扉がノックされる。

 

「提督様、私です」

 

 入室の許可を求めてきたのは、加賀さんであった。

 入室を許可して執務室へと入室した加賀さんは、真っ直ぐ自分のもとへと歩み寄ってくると、訪れたその理由(わけ)を語り始めた。

 

「提督様、今回の空母対決を受けて、私、このままで提督様や艦隊の皆さんのお役に立てないのではと不安なのです」

 

 空母対決。加賀さんの口から漏れたその言葉は、おそらく先の航空戦での航空隊の損耗率の高さを指しているのだろう。

 最終的に報告書にて提示された今回の任務での加賀さん及び龍驤航空隊の損耗率は、両空母が艦隊に就役して以来、最悪の数字を叩き出していた。

 また、無傷で帰還を果たしたのも、両航空隊とも全体の五分程度。

 

 相手がエリートクラスであると言う要因もあるが、戦争である以上、対戦相手を選ぶ権限など何処にもない。

 故に、相手が悪かった、は体のいい言い訳でしかない。

 

「私達は、例え提督様たちと姿を似通わせていても、所詮は兵器です。ですから、命令であれば、例え劣悪な装備であろうと臆する事無く戦地にて敵と戦う覚悟はあります」

 

「……」

 

「ですが。解ってはいるのですが、湧き出てしまうんです……。私達は、提督様たちと同じ、心を持ってしまいましたから。だから、湧き出てしまうんです。恐怖や不安が」

 

「……それは、今後も第一線で使ってもらえるのか、という不安や恐怖? それとも、今後も戦っていけるのか、という不安や恐怖?」

 

「どちらも、でしょうか。……空母の本分は、搭載し運用する航空機の運用基地。故に、運用できる航空機が一線級でなくなれば、その空母は必然的に第一線から身を引かずにはいられません」

 

「成る程……」

 

「あの子達は、皆優秀です。それに、説明の際にも申した通り思い入れもあります。……ですが、先の空戦を経験し、満身創痍で着艦したあの子達の姿を目にして、思ったんです。このままではいけない、と……」

 

 ふと見ると、まるで悔しさやるせなさを滲ませるかのように、加賀さんは下唇を少し噛んでいた。

 

「私の戦歴を見た提督様ならお分かりと思いますが、軍艦であった頃、私は第一線を退き、中・高等訓練を行う空母として余生を過ごしました。その際、多くの雛鳥達を見送ってきました。その体験は、今となっても貴重で、素晴らしいものであったと思います」

 

 そこで加賀さんは、一度深呼吸し息を整えると、再び静かに、しかし力強く語り始めた。

 

「ですが、私はれっきとした航空母艦です。それも、後方で使われる為ではなく、最前線で、如何な戦艦であろうとなし得ない長い槍、そして艦隊を護る傘にもなり得る航空機を運用すべく産み出された、航空母艦です。……軍艦の頃は、否応なく第一線を退きました。ですが今は、違います。我侭と思われても構いません、私は、私は、これからも提督様の指揮の下、第一線で活躍していたいんです! 提督様のお役に立ち続けたいんです!!」

 

 普段の柔らかな物言いではない、その力強い訴え。

 加賀さんの気持ちが、それだけ本気であると言う証拠だ。

 

 であれば、こちらもその気持ちに、応えなければならない。

 

「なら、具体的には、どうしたいんですか?」

 

「……提督様のご許可がいただけるならば、現在装備している航空機よりも、更に高性能な航空機の配備を上申いたします!」

 

 空母の戦闘力は搭載し運用する航空機の性能に左右される。

 運用可能な範囲の中で最も高性能な航空機を運用できれば、必然的に第一線に留まっておける期間は長くなる。

 

 今回エリートクラスと初めて対峙したが、それが今後も続くとなると、現行装備の航空機では苦戦は必須。

 更に格上との対峙も考慮するとなると、現行装備以上の高性能機を欲するのは必然だな。

 

 予想はしていたが、はっきりと言葉にされると、やはり応えてあげる気持ちの入り具合が違うな。

 

「加賀さんは我が艦隊の貴重な航空母艦。ですから、これからもその活躍には期待しています。……故に、今回の加賀さんの申し入れ、受け入れましょう」

 

「本当ですか!」

 

 申し入れを受け入れる、その言葉が出た途端、加賀さんの表情が明るくなる。

 

「ありがとうございます、提督様!」

 

「そんな、頭を上げてください」

 

「提督様、私、いつまでも提督様の事を、お慕い申します」

 

 と、加賀さんの口から漏れた言葉に、一瞬返事が詰まった。

 それはどういう意味なのか、尊敬としての意味か、はたまた……。いや、尊敬として意味だろう。

 

 邪な考えを振り払うと、咳払いして、再び言葉を紡ぎ出す。

 

「それじゃ、忘れない内に開発してしまいましょうか」

 

「え、今からですか?」

 

「確かに、もう夜も更けてるので訓練飛行は出来ませんけど。開発するだけなら、日中でも夜中でも構いませんからね」

 

「分かりました。……では、工廠の方へ?」

 

「うん。あ、加賀さん、一緒に来てくれますか?」

 

「勿論です」

 

 こうして新型航空機の開発を行う為、加賀さんを連れて工廠へと向かうべく執務室を後にしようと扉のノブに手をかけようとした時。

 不意に、扉がひとりでに開き始めた。

 

「ん? あぁ、提督はん」

 

 と思ったのだが、扉の先には河内の姿があった。どうやら河内が先に開けただけの様だ。

 因みに、河内は少し前に娯楽施設の温泉に入りに行くと言っていた。

 それでだろう、微かに河内からシャンプーのいい香りが漂ってくる。

 

「なんや、どっか行くん?」

 

「あぁ、ちょっと工廠にな」

 

「え、こんな時間にかいな? ……あれ、加賀さんもおるやん?」

 

「ちょっと二人で新型航空機開発の為に工廠に行ってくる。……あ、そうだ。留守番、頼んだぞ」

 

 タイミングよく戻ってきた河内に執務室の留守を任せ、自分と加賀さんは、一路工廠を目指し満天の星空の下を歩む。

 空調の効いた官舎内と比べれば至極快適、とは言えないまでも、日中よりも過ごしやすい中、加賀さんと肩を並べて歩いていく。

 

 そして、あと少しで明りの消えない工廠へと到着しようとした時。

 不意に、聞きなれた声が自分を呼び止めた。

 

「なんや、満点のお星様の下で夜中の星空デートかいな?」

 

「……茶化すな、龍驤!」

 

「はは、堪忍、堪忍。……んで、本当は何しに行くとこやったん?」

 

 星空と基地内の明りに照らされ、呼び止めその者の姿はしっかりと確認できる。

 龍驤は、人懐っこい笑みを浮かべながら再び質問を投げかけてきた。

 

「工廠に、新型の航空機を開発しに行く所だ」

 

「新型! それホンマ!」

 

「あぁ、本当だ」

 

 目的地とその目的を伝えると、龍驤は途端に目を輝かせ始めた。

 これはもしかして、龍驤も加賀さん同様、今回の航空戦を経て新型高性能機の配備を痛感したのだろうか。

 

 これは、確かめてみる必要があるな。

 

「そうだ。龍驤、君も我が艦隊の貴重な航空母艦の一人だ。だから、龍驤、君の素直な意見が聞きたい」

 

「それ、おふざけなし、かいな?」

 

「あぁ、おふざけなし、だ」

 

 漂う雰囲気を察したのだろう、龍驤の表情から真剣さが伝わってくる。

 

「よっしゃ、分かった。ほな、真剣に答えよか」

 

「よろしい。では聞くが、龍驤。……そんな装備(現行装備艦載機種)で大丈夫か?」

 

「大丈夫や、問題な……。と、言いたいとこやねんけど。うちのゴーストが囁くねん。一番いい(高性能機種)のを頼む、ってな」

 

「よろしい。じゃ、一緒についてこい。龍驤の分も開発を行うからな」

 

「お、了解や!」

 

 真剣と言いながら少々ネタに走ってしまったが、これは仕方がないのだ。自分の中に流れる血が、真剣な場面でも笑いを求めてしまう。

 

 と、誰に対してかは分からない弁解を終えた所で。

 自分は新たに龍驤を引き連れ、三人で工廠の出入り口を潜るのであった。



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第49話 新たな翼はバカヤロウ その3

 眠らない街の如く、昼夜を問わず炎と油、それに鉄と光に満ちたその空間へと足を踏み入れた自分達三人。

 そんな自分達を、ストレッチしながら歩いていた明石が見つけ、声をかけてくる。

 

「あれ? 提督、どうしたんですかこんな時間に? と、加賀さんに龍驤さんもお連れで」

 

「明石は今上がりか?」

 

「え、あぁ、もう少ししたら上がりますよ。後は艤装の整備状況を報告書にまとめるだけですから」

 

「そうか、ご苦労さん」

 

「いえ、仕事ですから。……と、それで、結局提督はお二人を連れて何しにここ(工廠)へ?」

 

 他愛のない話を終えた所で、明石に今回工廠にやって来た目的を話す。

 

「というわけで、新しい航空機を開発したいんだ」

 

「成る程、分かりました。では開発を行いましょう」

 

「あぁ、疲れてるところ悪いな。よろしく頼む」

 

「いえいえ、工廠での業務の補佐が、私の仕事ですから。……所で提督、新しい航空機を開発するとなると、また一から鍛えなおさないといけませんよね?」

 

「まぁ、そこは仕方がない所だろう」

 

「ふふ、でも提督。実は、今装備している航空機の錬度を新たに開発する航空機に引き継げるとしたら、どうしますか?」

 

「なん、……だと!?」

 

 プレハブ事務所に足を運び、明石から告げられた衝撃の内容に、思わず口が開いてしまう。

 

「"機種転換開発"、現在装備している航空機を資材として新たな航空機の開発を行うことの出来る開発プランです」

 

「凄いな、それは……」

 

「ただし、艦戦なら艦戦。艦爆なら艦爆。と、資材となる機種以外の機種は開発されません。それに、必ず上位機種が開発されるとも限りませんし、成功するとも限りません。また、国籍も変更もされません。もととなった航空機の国籍と同じ国籍のみです」

 

「つまり、下手をすればいたずらに貴重な戦力を失う事になると」

 

「はい、その通りです」

 

 世の中、そんな都合よくうまい話がある訳じゃないか。

 一か八かにかけるか、それとも、手堅くいくか。

 

 やはりここは、実際に装備し運用する加賀さんと龍驤の意見を尊重しよう。

 

「加賀さん、龍驤。二人はどう思う?」

 

「私は、手堅く……」

 

「あ、やっぱりそう……」

 

「と答えるのが良いのでしょうが。今回は、あえて挑戦してみてもよろしいのではと、思います」

 

「え?」

 

「手堅く開発し、一から育てるのが良いのでしょうが。……その間も与えず、敵が攻め入ってくる可能性も考えられなくはありません。ならば、今回は可能性を信じて、挑戦してみるべきです」

 

「うちも加賀と同じ意見や。可能性があるんやったら、それにかけてみるんもええやろ。ま、もしアカンかったら、そん時はそん時や。うちらが選択した未来やし、後悔はない。今まで以上に一から鍛え直したったらええねん」

 

 加賀さんと龍驤の意見を聞き、開発の方法を内心決めると、後はそれを言葉に出して明石に伝える。

 

「明石、機種転換開発で頼む」

 

「本当によろしいんですね?」

 

「あぁ、頼む」

 

「分かりました。では、準備します」

 

 建造の際に使用するモニターとは異なる別のモニターを眺めながら、慣れた手つきでキーボードを打ち込んでいく明石。

 程なくして、明石から準備が整ったことを告げられると、自分は開発専用モニターの前に立つ。

 

「では後は、こちらから開発資材となる装備を選択し、開始ボタンを押すだけです。……あの、今ならまだ、開発を止めることも出来ますけど?」

 

 明石から最後の念押しが告げられ、ふと見守っている加賀さんと龍驤の方へと視線を移す。

 すると、二人は黙って頷いた。

 もう二人の覚悟は出来ている、ならば、後は自分が最後の一押しを行うだけだ。

 

「いや、大丈夫。……それじゃ、いくぞ」

 

 資材となる航空機、九九式艦上戦闘機二一型を選択し、運命の開始ボタンを押す。

 刹那、作業開始を告げるサイレンが響き渡ると共に、モニターの表示が切り替わり、開発成功を告げる開発時間が表示される。

 

 どうやら、第一関門である成否は無事に突破できたようだ。

 

 装備の開発は、建造と異なり高速建造材等がない為、一律十分となっている。

 その為、時間から大体の予想を立てることも難しく。特に、今回のような開発方法なら尚更だ。

 

「……さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

 開発の成功にとりあえず安堵しながらも、自分は十分後に訪れる未来に対して、そんな独り言を零すのであった。

 

 

 

 そして、十分後。

 作業終了を告げるサイレンと共に、モニターに表示されていたカウントがゼロとなる。

 

 刹那、建造と異なり、開発結果を告げる表示がモニターに映し出される。

 

「……ん?」

 

 モニターに映し出された開発結果は、見たことも聞いたことも。否、加賀さんが就役した頃に名前だけは聞いたことのあるものであった。

 三式艦上戦闘機『天風』。九九式艦上戦闘機の後継機である一式艦上戦闘機『紫電』の後継機だったか。

 

 と言っても、軽く聞き流していた程度であった為機体の詳細は分かっておらず、加賀さんに詳細な機体の説明を求める。

 

「私達の世界の大日本帝国海軍、が大戦の後期に主力として運用していた艦上戦闘機です。二三○○馬力を誇る『栄』エンジンより産み出される約七○○キロの速度に、二○ミリ機関砲を六挺搭載の超重武装。更にはそのペイロードを活かし、ロケット弾や爆弾等を用いて戦闘攻撃機としても活躍しました」

 

 モニターに映し出される全体像を見るに、疾風の愛称を持つ四式戦闘機に酷似しているものの。

 胴体の後部両絃にラジエーターを設け、更に主翼から六つの砲身が覗かせている等、細部を見ると別の戦闘機であることが分かる。

 

 全幅一一・二四メートル、全長一一・二○メートル。航続距離は約二一○○キロ。

 しかも搭載しているエンジンは、名前こそ前世でも知れた名であるが、中身はどうやら日本版ダブルワスプエンジンとでも言うべきもののようだ。

 

 加賀さんの説明を聞くに、まさに大日本帝国海軍版サンダーボルトと称するに相応しい艦上戦闘機であると実感する。

 ジェット機は次元が異なる為除外するが、レシプロ機の範囲に絞れば、間違いなく最高戦力の一角だろう。

 

「凄い機種が開発されたもんだ……」

 

 今回の開発結果についてしみじみ思いを馳せていると、ふと開発結果の端に、何やら人名らしきものが表示されている事に気がつく。

 よく見ると、そこには『(すが)隊長付き』とプラモデルのおまけのような文面が表示されている。

 

 固有名詞付きの航空機装備。それは、機体のみならず、モデルとなった航空機を代表的な乗機とする撃墜王。即ち、エース・パイロットの技術や経験、更には人格などをその身に宿した装備妖精を有する装備である。

 

 前世のゲームでも機種毎に実装されていたが、当然ながら天風と(すが)隊長のセットなど影も形もなかった。

 どんな人物がモデルとなっているのだろうと、知っていそうな加賀さんに尋ねようとしたまさにその時。

 

「出迎えの一人もいねぇってのはどういうことだバカヤロ、コノヤロッ!!」

 

 工廠内に響く、怒鳴り散らすような甲高い女性の声。

 そんな声に反応するようにプレハブ事務所を出てみると、開かれた開閉式扉の前に飛行服を身に包んだ一人の女性、もとい装備妖精の姿があった。

 黒髪ショートに精悍な顔立ち、女性としてはなかなかの高身長を誇っているものの、女性的な魅力の一つである胸元のふくらみは、残念ながらお察しである。

 

 因みに、何故か鼻に絆創膏を貼っている。

 

「アタシは日本海軍が誇る空戦の神様・仏様・菅様だぞバカヤロ! コノヤロ!! 出迎えよこすのが当然だろうがバカヤロ、コノヤロッ!!」

 

 そんな装備妖精。もとい菅隊長はご機嫌が急降下爆撃よろしく悪いのか、眉を逆八の字にして激怒している。

 

「な、なぁ司令官。あれなんなん?」

 

「さっきの開発で付属してきた固有名詞付きの装備妖精の筈だが……」

 

「いやあれ、ちょっと強烈過ぎんちゃうん、個性」

 

 確かに龍驤の言う通り、これまでの固有名詞なしの装備妖精と比べると、大分。

 というよりもその見た目とは裏腹な口の悪さから、個性の塊のような装備妖精だ。

 というよりも、並行世界の別人がモデルなのだろうが、何故か前世のそっくりさんよろしく問題児(ベテラン)として艦隊内でその名を轟かせる未来しか見えてこない。

 

 と、不安しかない未来を想像していると、菅隊長が自分達の存在に気がつき、その荒らげる声を飛ばしながらずかずかと歩み寄ってくる。

 

「アァッ!? 誰だコノヤロ!? 敵なら二○ミリ弾ぶち込むぞコノヤロウ!!」

 

「あ、あぁ……えっと、落ち着いて。自分は敵じゃない、今日から君の上官になる提督の飯塚だ」

 

「てめぇが提督か!? ……ふーん」

 

 自分の前まで歩み寄ってきた菅隊長は、突如口をつむぐと、自分の姿をまじまじと見つめ始める。

 やがて、一通り見つめ終えると、再び口を開いて。

 

「五十点だな、バカヤロウ!」

 

 おそらく提督と言うよりも、男としての自分の採点を言い放つのであった。



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第50話 新たな翼はバカヤロウ その4

「で、提督? 後ろの二人は誰なんだコノヤロウ!?」

 

「あ、あぁ、我が飯塚艦隊の誇る空母、加賀さんと龍驤だよ」

 

「ん? 加賀ぁ~!? おいおいおい、懐かしい名前じゃねぇかバカヤロウ!!」

 

「加賀さんの事知ってるのか?」

 

「知ってるも何も、アタシら38期生は訓練用空母加賀の栄えある卒業一期生だからな!」

 

 両者の間にそんな関係性があったとは思ってもいなかった。

 

「ま、正式に空母航空隊に配備される前に十二分に実物を使って訓練させてもらった事は感謝してるよバカヤロ!」

 

 なお、菅隊長は感謝の言葉をさらに述べていたが、口が悪いので本当に心の底から感謝しているのかどうかは今一伝わりづらい。

 

「加賀さんも、菅隊長についてはよくご存知で?」

 

「えぇ、そうですね。他の方もいらっしゃいましたけど、菅学生は特に覚えています。……彼は、よく無茶な操縦をしたり、胴体着陸した事もありました。更に、教官に怒られ不機嫌になると、通路の壁などを思い切り蹴っていましたので」

 

 一方加賀さんの方も、菅隊長についてはかなりの思い出をお持ちのようであった。

 ただしその殆どは、お世辞にも良いものとは言えないものばかりであったが。

 

「しかし、そんな彼もなんとか卒業し正式に航空隊に配備された後は、良きパイロットとして……」

 

「てか思い出話はそれ位でいいだろコノヤロ! おら提督! さっさと天風操縦させろよバカヤロコノヤロ!!」

 

 思い出話に花を咲かせる加賀さんではあったが、菅隊長の割り込みにより、結局思い出話はそこで終了を余儀なくされる。

 

「いや、そう言われても。もう夜だから……」

 

「あ? 夜……。そうか、夜か。なら仕方ねぇなコノヤロウ」

 

「なんや、案外聞き分けはええんやな」

 

「ん? そういやお前、龍驤とか言ったな!? アタシの世界にも同じ名前持ってた奴はいたけど、ほーん、成る程」

 

 そして、舌も乾かぬうちに、菅隊長は次なる口撃のターゲットを龍驤に絞るのであった。

 なお、彼女自身は装備妖精である為か、初めから認識の相違というものは解決済みらしい。

 

「そ、そうやけど。……な、なんやねん」

 

「ふーん、お前も加賀と同じ空母なんだよなコノヤロウ!?」

 

「そ、そや、れっきとした航空母艦や!」

 

 菅隊長は目を細め、龍驤の姿を上から下まで隅々に渡って確かめていき。

 時折加賀さんの方に視線を移しては、まるで何かを見比べるかのような動きをした後。

 

 やがて、何も言わず龍驤に対して手を差し出すと、再び言葉をつむぎ始めた。

 

「気が合いそうだな! よろしくなバカヤロウ!!」

 

 気が合うとは、もしかして希少価値的な事を言い表しているのだろうか。

 そんな事を内心思いながら、若干動揺しつつも菅隊長と握手を交す龍驤の姿を眺めているのであった。

 

「そうだ、菅隊長。龍驤と気が合うのなら、菅隊長を含めた天風航空隊は龍驤にとうさ……」

 

「ちょ、待ってや司令官!!」

 

 同属的な意味で気が合うのなら話は早いと、彼女達を龍驤に預けようと言い出した矢先。

 言い終わる前に龍驤に裾を引っ張られ、菅隊長に聞えぬように離れた場所へと移動させられる。

 

「何だ龍驤、別に搭載できる機種に制限はないんだから問題ないだろ? それに、"一番いいのを頼む"って言ってたじゃないか」

 

 オリジナルであれば、カタパルトを持たない上に飛行甲板の長さ等から、運用は極めて困難と判断されるだろう。

 だが、艦娘においては、搭載する機種も妖精さん(ご都合主義)の脅威の科学力によって生み出された物ゆえ。特に問題視される事なく。

 オリジナルでは運用が困難とされている組み合わせであっても、特に問題なく運用は出来るのだ。

 

 ただし、全くの制限がない訳でもなく。レシプロ機の運用を前提にしている空母では、ジェット機の運用は出来ない。

 だが、天風はレシプロ機である為、今回は問題はない。

 

「いやいや、確かに言うたけど。あんな悪い意味で一番いいのは、うちちょっと無理やわ」

 

 同属嫌悪か、と一瞬頭を過ぎったが、おそらくそれは関係ないだろう。

 

「……分かった。じゃ、天風航空隊は加賀さんに装備して運用してもらう。これでいいか?」

 

「あぁ、ええで」

 

「じゃ、戻るか」

 

 いつまでも二人でこそこそと話していると、いつまで内緒話をペッチャラクッチャラしてんだと菅隊長からの怒号が飛んできそうだ。

 なので、話を終えて菅隊長のもとへと戻ってみると、そこでは衝撃的な光景が繰り広げられていた。

 

「てか何だよこりゃ!? 初めて軍艦として見たときもでけぇとは思ってたけどよコノヤロウ!! 人間になってもでけぇなバカヤロ!!」

 

「や! んっ!」

 

「つかこんなでけぇの持ってて意味あんのかバカヤロコノヤロ!!? それともあれか!? このでけぇのであの提督のナニをナニして喜ばせてんのかバカヤロコノヤロ!! つかやわらけぇな! 羨ましいな! バカヤロウコノヤロ!!」

 

「わ、私と提督様、んっ、わ、その様な関係では、ん、ありません……」

 

「つかクソッ! 謝れバカヤロ! 全世界の同属に謝れバカヤロコノヤロウゥゥゥッ!!」

 

 そこで繰り広げられていたのは、加賀さんの豊満なメロンを鷲掴みにし揉みしだいている菅隊長の光景であった。

 一体何がどうなってこの様な光景が繰り広げられるに至ったかは分からないが。ただ一つ言えるのは、菅隊長の表情はまるで血涙を流しているかのごとく、嫉妬に満ちていたという事であった。

 

 因みに、ふと脇にいた龍驤の方を見て見ると、よく言ったと言いたげな表情をうかがわせていた。

 

 

 その後、自分が仲裁に入り何とか一件落着する。

 それを経て、菅隊長を含む天風航空隊を加賀さんにて運用していく事を伝える。

 

「また世話になるのか、よろしくな、コノヤロウ!」

 

「えぇ、よろしくお願いしますね」

 

 こうして、先ほどの件の仲直りの印を含めた握手を交した所で、菅隊長には明日の午前に訓練飛行を行うことを伝え。

 ゆっくりと休んでもらう為に、待機所と呼ばれる場所に戻ってもらう。

 因みに待機所というのは、航空機搭乗員である装備妖精達の官舎のようなものだ。

 

 装備妖精の中でも航空機の搭乗員である装備妖精は少々特殊で、彼女達は艤装から出入りする事が出来る。

 空母のみならず、陸上でも運用する事があるからだろう。

 なお、人間との区別の為か、彼女達は常時飛行服のままである。

 

 閑話休題。

 

 さて、菅隊長が去り、静寂とまでは言えないまでも格段に静かになった所で。

 再びプレハブ事務所に戻ると、龍驤の為の機種転換開発を行う。

 

「……、一番いいの過ぎるだろ」

 

 するとどうだろう。

 モニターに映し出された開発結果は、見たことのあるものではあった。が、前世のゲームにおいてはもはや滅多にお目にかかれぬもの。

 『震電改』。オリジナルにおいてもゲームにおいても、まさに幻の翼と呼ばれたそれであった。

 

 オリジナルは、日本海軍が七○○キロメートル毎時以上の高速を発揮できる局地戦闘機として試作したもので。

 それまでの既存の航空機とは異なる、エンテ式と呼ばれる先尾翼形式とプロペラを機体後部に設けた推進式を組み合わせた、日本唯一の機体である。

 試験飛行にて初飛行を成功させるも、結局その直後に終戦となり、それ以降大空に羽ばたく事はなかった。

 

 一方ゲームでは、オリジナルをもとに艦上戦闘機として登場している。改と付けられているのもその為だ。

 しかし、ゲームではイベントの報酬としてのみ入手可能であった筈なのだが。

 何故か、現世では開発で入手出来てしまった。

 

 ま、持っていても困るものではないし、ありがたく受け取っておこう。

 

「うわ、これどっちが前なん!?」

 

 そんな震電改を装備し運用することとなった龍驤は、モニターに表示された震電改の全体像を見て、そんな言葉を漏らすのであった。

 

 

 艦上戦闘機が終わると、次は艦上爆撃機と艦上攻撃機の機種転換開発を行う。

 こうして開発されたのは、九八式艦上爆撃機の後継機にして、河内の世界の彗星一二型こと『一式艦上爆撃機"彗星"一一型』に。

 九七式艦上攻撃機の後継機として登場した艦上攻撃機『天山』の二機種であった。

 

 菅隊長付きの三式艦戦天風に震電改等。

 まさに今回の新型航空機開発は大満足の結果に終り。工廠を後にするその表情は、加賀さん曰く大変満たされた表情をしていた。

 

 

 因みに、翌日は予定通り、新たに開発された航空機の訓練飛行が行われたのだが。

 菅隊長たってのご希望により、菅隊長率いる天風航空隊と震電改航空隊の模擬戦が行われる事となり。

 幾ら名のある撃墜王であっても、相手が震電改では分が悪いのでは、と内心心配している自分を他所に。

 

 何と緒戦は互角の戦いを見せ、その後無茶苦茶白星あげた。

 

 

 

 この結果を目にして、自分はさぞ菅隊長は名実共に日本海軍を代表する撃墜王なのだろうと思い、その辺りの事を知っていそうな河内に彼女の事を尋ねたのだが。

 返ってきたのは、予想に反した答えであった。

 

 確かに、菅隊長は素行は兎も角腕は一流の戦闘機パイロットらしいのだが。

 こと国内での知名度においては、大戦後期に活躍し始めた事もあり、開戦当初から活躍し名の知れた『ツクモ虎徹』や『海軍大魔王』の陰に隠れ。

 更に主な乗機が大戦後期に搭乗したレシプロの天風であった為、開戦当初の九九式の大活躍や大戦末期に搭乗したジェット機による戦闘機隊に比べ注目度も低く。

 結果、国内での知名度は一部のマニア以外にとっては、かなりマイナーな人物だったようだ。

 

 ただし、国外においては、戦後にとある国に教官として半ば厄介払いの如く派遣された際、かなり有名になったのだとか。

 トラブルメーカーという認識で。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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幕間 彼女はかく語りき

 私達は航空機を、九九艦戦二一型を操る装備妖精。固有名詞を持たない、名無しのパイロット。

 でも、そんな私達にも上下関係は存在している。私達の直属の上官、それが隊長という存在だ。

 

 隊長は私達にとって親代わりのような存在。

 時に厳しく、けど時に優しくいたわってくれる。

 

 前回の激しい戦いの中、翼を折られやられてしまい。

 そんな無様な姿を晒してもなお、隊長は戻ってきた私に優しく声をかけ、ラムネを差し出してくれた。

 

 この人と共に、翼を並べ戦い続ける。

 そんな思いが芽生えるのは自然の事だった。

 これからも、隊長と共に、艦隊の為何処までも戦い続けると誓った。

 

 そんな、矢先の事だった。

 

 隊長の口から、衝撃的な事実が伝えられたのは。

 

「どういう事ですか、隊長!?」

 

「皆、今までありがとう。本日をもって、私は隊長の任を退く事となった」

 

「そんな、嫌です! 嫌ですよ! 隊長……」

 

 待機所に響き渡る他のパイロット達の声。

 詳しい説明を求めて、隊長に詰め掛けている。

 

「先ほど、辞令がきたんだ。司令長官が機種転換開発を行われた、故に、私は隊長の任を退き、皆を後任の隊長に任せる事となった」

 

 機種転換開発、確か現在運用している装備を資材にして新たな機種の開発を行う開発方法の一つ。

 開発が成功すれば、上位或いは下位であっても、私達装備妖精は新たに開発された機種に錬度を引き継いだまま搭乗する事となる。

 

 ただし、隊長は別だ。

 隊長は言わばその機種の顔。つまり、新たに開発された機種には搭乗することは出来ない。

 何故なら、既に新たな顔と言うべき隊長がいるからだ。

 

「心配するな。皆の隊長でなくなっても、私は皆の事をいつまでも見守っている」

 

「隊長!?」

 

「たいちょーう!」

 

「タイチョウッ!」

 

 他のパイロット達が各々別れを惜しむ中、私は、何も言えずにただ隊長の事を見続けているだけであった。

 と、不意に隊長が私の方を真っ直ぐ見つめると、柔らかい笑顔を、私に向けてくれた。

 

 その瞬間、堪えていたものが、目から涙となって零れ始めた。

 

「隊長! お元気で!!」

 

 そして、同時に声を張り、別れを惜しんだ。

 

「……それじゃ、時間だ。皆、私がいなくても、私が教えてきたことを忘れずにな」

 

 手を振り別れの時を告げた隊長は、やがて、光の束となり私達の前から姿を消した。

 

 私をはじめ、残されたパイロット達は、そんな隊長を敬礼して見送るのであった。

 

 

 

 別れがあれば出会いがある。

 前任の隊長との別れを惜しんでから数分後、気持ちの切り替えも整わぬ内に、待機所に私達の後任である新しい隊長がやって来た。

 

「オラオラ! アタシが新しい隊長だバカヤロコノヤロ!! アタシの新しい部下は何処のどいつだバカヤロコノヤロ!?」

 

 そして、開口一番の言葉を耳にし、思った。

 隊長(前任)カムバックと。

 

「あぁん? お前らがアタシの新しい部下達か!? ほーん」

 

 私達の事を見つけるや、新しい隊長は早速私達を整列させ、私達の顔を一人一人確かめていきます。

 

「よーし、覚えた! ……いいか、よく聞けよバカヤロウ!! アタシが今日から、お前らの新隊長を務める事になった、空戦の神様・仏様・菅様こと菅だ! 夜露死苦なコノヤロウ!!」

 

 後任の菅隊長は、前任の隊長とは違い、かなり男勝りな性格の方のようです。

 そのルックスも、どちらかと言えば男っぽいです。

 

「いいか、お前ら! アタシが隊長になったからには、前隊長のように一切の甘えはないものと思え!! 分かったかバカヤロウ!!」

 

「アイ・マムッ!!」

 

「前隊長がどんな鍛え方してたかは知らねぇが、アタシは厳しくいくぞ!! 耳の穴かっぽじってよく聞け、今後は『月月月月月月月』の精神で訓練するから覚悟しとけよバカヤロコノヤロ!」

 

 私達の前を往復しながら、菅隊長は今後の訓練方針を説明します。

 ただ、その方針内容は、聞いただけでは少し理解し辛いものでした。

 

「あの……火水木金は何処に?」

 

 それは他の子達も感じていたようで、堪らず一人の子が手を上げて菅隊長に質問をぶつけます。

 

「あぁ!? ンなもん、アタシの辞書に火水木金(休日前)なんてある訳ねぇだろバカヤロ!! アタシの辞書には月月月月月月月(地獄)だけだバカヤロコノヤロ!!」

 

 すると、今日一番の威勢と共に言葉の意味が説明されました。

 これは、相当ハードな訓練が今後私達に課せられそうです。

 

「あ? 何だよその顔は!? いいか、生き残りたきゃアタシの訓練について来いバカヤロコノヤロ! ついてくりゃ、必ず発艦から着艦まで五体満足でいさせてやるよコノヤロウ!!」

 

「で、でも……」

 

「ねぇ?」

 

「うんうん」

 

「かぁぁぁっ!! ならとっておきだ! 隊長就任祝いに、お前たちにとっておきの生き残る秘策を教えてやる!!」

 

 とっておき、その言葉に、私達は一様に菅隊長に注目します。

 

「耳の穴かっぽじってよく聞けよ! いいか、生き残りたきゃ撃たれる前に撃つ事だ。で、その時の機動が『ガッときてダダッと撃ってガーッとやってドン!』だ、分かったかバカヤロコノヤロ!!?」

 

「……すいません、分かりません」

 

 ですが、そのあまりに抽象的な内容に、思わず口々に本音が漏れてしまいます。

 

「ああぁぁっ!? ンだと!? お前らそれでもパイロットかぁ!? 分かんだろ、ふつうこれ位!!」

 

 多分先ほどの説明で分かるのは貴女だけですと、その場にいる私を含め全員が一同に思ったのは想像に難しくない。

 

 因みに、私達に理解されなかったのが悔しかったのか。

 菅隊長は、私達が新しく搭乗する事となる三式艦戦天風の模型を使って、その後無茶苦茶レクチャーしてくれた(バカヤロ言われた)

 

 

 こうしてレクチャーも終了し、何とか菅隊長の言っていたことを理解すると、菅隊長は締め括りの言葉を語り始める。

 

「よーし、いいか。これからは返事の際や喋る際には、必ず語尾に『天風万歳』と付けろ、いいなコノヤロ!」

 

「あ……、アイ・マムッ!! 天風万歳っ!!」

 

「お前らがこれから命預ける相棒だ! その名を連呼して、骨の髄まで叩き込めバカヤロ!!」

 

「アイ・マムッ!! 天風万歳!!!!」

 

「上出来だバカヤロコノヤロ!! それじゃ、明日からお前らに地獄を見せてやるから、確りついてこいよバカヤロコノヤロ!」

 

 そして、締め括りの言葉通り。翌日から、私達は地獄の日々を過ごす事となる。

 

 

 

 翌日、朝日も昇らぬ内から叩き起された私達は、有無を言わさず早朝ランニングや腕立て等による基礎体力の向上訓練を行い。

 朝食を取った後も、平衡感覚の強化の為と菅隊長から言われた特別訓練や、歩兵のようなフル装備でのランニング。

 更には、固定された自転車を用いて、自転車競技の選手のようにひたすら漕ぎ続ける訓練。菅隊長曰く、持久力強化の為の訓練。

 

 等などを経て、気づけば、実機を使っての実技。

 訓練飛行を行う時間が差し迫っていた。

 

「いいか、お前ら! 今回の訓練飛行で、本物の空中戦闘機動って奴を見せてやるから、確り目に焼き付けろよバカヤロコノヤロ!!」

 

「アイ・マムッ!! 天風万歳!!!!」

 

「よし! いくぞ!!」

 

 菅隊長の十二分過ぎる気合のもと始まった訓練飛行。

 そこで、菅隊長はあろう事か、私達同様新たに機種転換して生まれた震電改航空隊との模擬戦を、司令長官に上申したのです。

 

「あの菅隊長、幾らなんでもあまりに突然ではありませんか……」

 

「あぁ!? ンなことねぇよ! つか、相手いねぇと本物の空中戦闘機動が出来ねぇだろうがバカヤロコノヤロ!!」

 

 菅隊長の上申は受け入れられ、両航空隊選抜メンバーによる模擬戦が執り行われる事になりました。

 そして、私達の航空隊からは、菅隊長の他、私も含め数人が選抜されることになり。

 

 私は、菅隊長と初めて翼を並べて飛ぶ事になりました。

 

「ははははっ!! やっぱ空はいいなぁ、バカヤロコノヤロ!!」

 

 無線機から聞えてくる菅隊長の声は、心の底から湧きあがってくる嬉しさに満ちているように感じました。

 

「っは!! いいぜっ! 脊髄まで響くこの負担! 迫る殺気!! これだよこれ!! やっぱ空戦はこうじゃなくちゃなコノヤロッ!! おらおら! プロペラ後ろに付いてようが前についてようが航空機は航空機だ!! とっとと落とすぞバカヤロコノヤロ!!」

 

 そして、菅隊長が操る機体のその凄まじい空中戦闘機動に、私は目を奪われました。

 あの人は、態度は悪いが、本当に空を愛し、パイロットとしての腕に誇りを持っている。

 

 そう思うと、それまで少なからずくすぶっていた嫌悪感が、何処かへと消えるような気がしました。

 

「オラ五番機!! さっさと後ろ付いて護れよバカヤロコノヤロ!!」

 

「は、はい!」

 

 菅隊長、この新しい隊長の下で艦隊の為何処までも戦い続ける。

 操縦桿を握りながら、私は、そんな誓いを立てていた。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます


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第51話 ミニ観艦式と女王との邂逅

 新たな航空機を装備に加え、第三戦隊の戦力を向上させた三日後。

 哨戒任務を行っていた第六戦隊が任務を無事に終え基地に帰港した。

 

 初めての任務を無事に終えた事や、あの定時報告以降も幾つかの戦果を挙げる等。

 任務中に飾った戦果を称える意味も込めて、帰ってきた彼女達と共に執務室にてちょっとしたパーティーが催される事になった。

 

 しかし、何故かユキのリクエストで缶詰を使ったアレンジ料理がメインを飾り。

 更に、乾杯の音頭で使われたのは、リクトのお手製ジュース。ワイルドにして文字通りのお手製ジュースであったり。

 更に更に、楽しい一時を過ごす中にあって、不意に提出された今回の任務における各種資材の消費量を示した報告書に目を通した際、潜水艦の燃費がいいとは一体なんだったのか。と思わずにはいられなかった等。

 パーティーは、彼女達の新たなる一面を知る切欠ともなった。

 

 

 そんなパーティーを行った翌日。

 いつものように執務室で、時折河内が真面目に向き合っているのかを確かめながら、書類業務を行っていると。

 谷川が落ち着いた様子で執務室へと入室してきた。

 

「先輩、基地司令部より連絡です」

 

「ん? 何だ?」

 

「来週予定されている『ミニ観艦式』に関する打ち合わせを行うとの事ですので、基地司令部の方に出頭せよと」

 

 谷川の口から伝えられたのは、来週開催が予定されているラバウル統合基地主催のイベントに関する打ち合わせへの出頭命令であった。

 

 観艦式、それは軍事パレードの一つにして、文字通り軍艦を用いて壮行する式の事だ。

 前世では国家ごとに祝典の際や、海軍の記念行事の一環として行われていた。

 その目的は、自国民に対して海軍への理解を深めてもらう為だ。

 

 そして現世でも、一応一つの国家である為、連邦海軍の一大記念行事として行われている。

 『連邦観艦式』と名付けられたそれは、ほぼ十年ごとにハワイの周辺海域で盛大に行われる。

 

 各州海軍から選りすぐった通常並びに艦娘混成の各水上・潜水・航空部隊が一同に参加し航走する様は、まさに圧巻の一言に尽きる。

 

 そんな連邦観艦式に次いで規模の大きな観艦式が、州海軍単位で行われる観艦式だ。

 この州海軍単位で行われる観艦式は、国民に対して海軍への理解を深めてもらうとの目的の他、ライバル視する他の州海軍に対して自らの州海軍の威厳を示すとの側面も持ち合わせており。

 その為、交流の為に観艦式を実施する州海軍以外の州海軍から艦艇等を招いていはいるが、その実、招致した者達に間近で見せびらかす為なのだ。

 

 そんな大人気ない側面を持つ州海軍単位の観艦式に次いで規模があるのが、管区単位。

 さらにそれに次ぐのが、定期・不定期に各海軍基地単位で行われるミニ観艦式だ。

 そして、先ほど谷川の口から伝えられたイベントこそ、最後に紹介したミニ観艦式となる。

 

 なお、厳密に言えば海軍基地単位で行われるミニ観艦式は、観艦式と名が付いてはいるものの、実際は訓練展示である。

 しかし、参加する艦艇や航空機の数など、通常の訓練展示と比べると規模が大きい為、便宜上ミニ観艦式と呼ばれている。

 

 因みに、ラバウル統合基地では当然ながら初めてではあるが。呉鎮時代には、一度呉鎮で行われたミニ観艦式に参加した事がある。

 その時は参謀の一人であった為、主に裏方ではあったが。開催当日、透き通るような青空の下、大阪湾を雄大に航走する参加部隊の姿は、今でも瞼の裏に焼きついている。

 

「分かった。それじゃ、ちょっと行ってくる。河内、留守番頼んだぞ」

 

「ん、了解や」

 

 だが、今度は裏方ではなく、参加部隊の司令官の一人として参加する。

 故に、その意気込みも、呉鎮時代の時とは段違いだ。

 

 

 河内に一声かけた後、谷川を引き連れ、ラバウル統合基地の司令部施設へと出頭する。

 案内してくれた司令部員に通された会議室には、既にベイカー基地司令をはじめ、自分と同じく参加するチェザリス中佐やマッケイ少佐の姿があった。

 軽く会釈しながら、自分と谷川は指定の席へと腰を下ろす。

 

「では、全員揃ったところで、早速打ち合わせを開始しよう」

 

 ベイカー基地司令の宣言のもと、打ち合わせが開始される。

 配布された資料に目を通しながら、進行役の参謀の声に耳を傾ける。

 

 予定される来観者の数や当日の警備状況、更には参加部隊の出港から訓練展示、そして帰港するまでのルートの確認等。

 

 打ち合わせは順調に進み、やがて一旦休憩を挟むこととなる。

 司令部員が淹れたての珈琲を各々に配る中、不意に、ベイカー基地司令が口を開いた。

 

「所で、飯塚中佐。君はミニ観艦式に参加するのは初めてかね?」

 

「いえ、前任地である呉鎮守府で一度参加した経験があります。……裏方で、ですが」

 

「おぉ、そうか。それは心強い」

 

 ベイカー中将は、自身に配られた珈琲の淹れられたカップを手に取り一口、口へと含ませると。

 程なくして口内を潤わせると、再び言葉をつむぎ始める。

 

「では飯塚中佐。君の前任地では、どの様な理由でミニ観艦式を行っていたのかね?」

 

「それは、来観者や周辺住民等に海軍への理解を深めてもらう為です」

 

「……まぁ、そうであろうね」

 

「ラバウルでは、違うのですか?」

 

「飯塚中佐、君は……、"ブラック提督"と呼ばれた者達を知っているかね?」

 

 ベイカー中将の口から不意に漏れた『ブラック提督』の単語に、眉をしかめる。

 

「えぇ、実物は見たことはありませんが、前任地において古株の方々等から聞き及んではいます」

 

 ブラック提督、それは嘗て、艦娘が本格的に運用を開始し深海棲艦との生存競争が激戦の様相を呈して程なくの頃。

 その頃は現在のように近海の安全を持続して安定的に確保できず、まさに海の支配権が日夜、人類と深海棲艦とで入れ替わりが激しく行われ。

 一進一退の状況は世界中の各地で繰り広げられていた。

 

「当時、私は本土(オーストラリア管区)に勤務する一介の士官に過ぎなかったが、ここラバウルの地の激戦の様子は本土(オーストラリア管区)にも連日のように伝えられていたよ」

 

 そんな状況の中、まさに必然と言うべくして現れてきたのが、ブラック提督と称される各州海軍の軍人達であった。

 

「同時に、当時共同基地として運用され始めたばかりのラバウル統合基地に巣くっていた、ブラック提督達の悪名もまた、私の耳にも届いていた」

 

 彼ら或いは彼女らは、深海棲艦との生存競争における新たなる主力、艦娘を用いて次々に戦果をあげ、人類側に生存競争の主導権を渡す事に多大な貢献をもたらした。

 だが同時に、彼ら或いは彼女らは、その強引な手法を用い戦果をあげる事も多く。

 損傷した艦娘達を捨て駒のように使い潰したり、装備妖精達をただの航空機の形をしたミサイル程度にしか考えていなかったり。

 

「艦娘に対する性的暴力等、……不謹慎だが、海軍内部で事が片付くものであればまだよかった。だが、当時ラバウルに巣くっていたブラック提督達は、事もあろうに、地元住民に対しても圧制を強いていたんだ」

 

 更には、聞いているだけでも胸糞が悪くなるような悪名の数々も平然と行える。

 ブラック提督とは、人にして人にあらず、そんな異端な存在であった。

 

「当時はまだ配給制だったのだが、ラバウルに巣くうブラック提督達は、自ら私服を肥やす為に、本来配給されるはずの配給品の一部を横流ししていたと言う……」

 

 だが、そんなブラック提督達を、当時の各州海軍上層部は地位を剥奪する事も拘束する事もなく、彼ら或いは彼女らの行為を黙認していた。

 それは、ブラック提督達が多大な戦果をあげ、各州海軍にとって簡単に切り捨てられない存在となっていたからだ。

 一説には、一部のブラック提督達は自らの行為を黙認してもらう見返りとして、多大な賄賂を上層部の人間に渡していたとも言われている。

 

「だが知っての通り。時代が進むにつれ、一進一退の状況から我々人類に戦況が有利に傾きはじめ"余裕"が生まれると、各州海軍内ではブラック提督追放の声が大きくなっていった」

 

 そんなブラック提督達も、状況の変化により、その立場を追われる事となる。

 多くの者は逮捕され、後に裁きを受ける事になったが。一部は事前に動きを察し、逮捕の手を逃れ協力者達と共に何処かへと姿を晦ませた。

 

 なお、その際姿を晦ませた一部の者達は、現在『ブラック海軍』を名乗り、暗躍していると言われている。

 世界各地で地元の過激派或いは反政府組織を支援しているらしいが、現在までにブラック海軍が直接行動を起こしたとの話は聞かない。

 

 一説では共通の敵を持つ深海棲艦と同盟を結んでいるとも言われるが、真相は今だ不明である。

 

「こうしてラバウルの地からブラック提督達は排除されたが、地元住民の海軍に対する不信感は、完全には払拭されることはなかった」

 

 だが、追放したブラック提督達の後始末は、簡単には終わる事はなかった。

 長年黙認してきたツケと言われればそれまでだが、各州海軍は奔走する事になる。

 

「再び信頼を得る為、地道に活動し、その中で生まれたのが、ミニ観艦式だ」

 

 嘗て巣くっていたブラック提督達の二の舞を踏まぬ為、そして地元住民達にブラック提督の影を払拭したことを証明する為。

 この時期に執り行われるようになったのが、ミニ観艦式であると、ベイカー基地司令は告げた。

 

 再びカップを手にし、珈琲で渇いた口を潤すと、ベイカー基地司令は三度語り始めた。

 

「今でもご高齢の方の中には、少なからず不信感を持っている者もいると聞くが。それでも、かなり状況は改善されたよ。……飯塚中佐、この様な背景がある、という事を、どうか心の隅に留めておいていて欲しい」

 

「分かりました」

 

「チェザリス中佐やマッケイ少佐も同様だ」

 

「了解ですよ、基地司令官殿」

 

「先輩方が再び築き上げてきた信頼、ここで途絶えさせないよう、必ず今回のミニ観艦式を成功させてみせます!」

 

 今回のミニ観艦式を必ずや成功させる。

 マッケイ少佐のように口には出さなかったが、内心ではそんな決意を表明していた。

 

 こうして決意表明を行った頃、休憩が終わりを告げ、再び打ち合わせが再開される。



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第52話 ミニ観艦式と女王との邂逅 その2

 その後も特に問題なく進行し、やがて打ち合わせは終わりを迎えようとしていた。

 

「あぁ、そうだ。観閲部隊と受閲部隊の役割分担については、君達の間で話し合って決めてくれ。それから……、打ち合わせには参加していないが、今回のミニ観艦式にはもう一人、『フロイト少佐』も参加する。彼女と役割分担について話し合うと同時に、今回の打ち合わせの内容を伝えておいてくれたまえ」

 

 その直後、ベイカー基地司令はそう言い残すと、打ち合わせの終了を宣言し会議室を退室するのであった。

 

 レギーナ・フロイト少佐。

 打ち合わせには参加していないが、配布された資料にもその名が明記されている、自分と共に今回のミニ観艦式に参加が決定している先任提督の一人だ。

 自分よりも二つほど年上の、ヨーロッパ州海軍に籍を置く、『モスクワ管区』出身の女性。

 

 彼女の出身は、少しばかり特殊な出生を持っている。

 世界が国境を廃止し八大州へと再編される中で、ヨーロッパ州とアジア州に跨る巨大な存在であったのが、ロシアであった。

 内包する資源等、ヨーロッパ州もアジア州も、互いにロシアを取り入れようと譲らず。

 紆余曲折を経て、落としどころとして、ウラル山脈以西をモスクワ管区としてヨーロッパ州に属させ。

 ウラル山脈以東を、『シベリア管区』としてアジア州に属させる事で最終的に決着がついた。

 

 そんな特殊な出生を持つ管区出身のフロイト少佐。

 資料に添付されていた写真を思い出すと、北の地域出身らしく白い肌に綺麗なヴェーブのかかった金髪を持った、美しい女性だ。

 更に写真では見切れていて全体は写っていないが、かなりのものをお持ちでもある。

 

「じゃ、俺とマッケイ少佐は観閲部隊でいいから、飯塚中佐とフロイト少佐で受閲部隊をやってくれ」

 

「え、いいのか?」

 

「ほら、やっぱ河内や紀伊みたいな迫力ある艤装を持ってる者が受閲部隊を務める方が、来観者の受けもいいだろ」

 

「でも、そういうなら、チェザリス中佐だってローマさんやカブールを……」

 

「あー。それはそうだが。……お、バランスだ! お互い中佐と少佐、綺麗にバランス取れてていいだろ!? な、マッケイ少佐もそう思うよな?」

 

「は、はい! 自分もチェザリス中佐の仰る通りだと思います!」

 

 そんな彼女に打ち合わせの内容を伝える前に、自分を含めた三人である程度役割分担の話を決めておこうと思ったのだが。

 事前の想像では、チェザリス中佐がいの一番にフロイト少佐と組みたい、と言い出すのかと思っていたのだが。

 何故か、実際にはチェザリス中佐もマッケイ少佐も、まるでフロイト少佐と組みたくないかの如く、少々強引に役割分担が決められてしまった。

 

「あぁ、そうだ! 折角受閲部隊で組むんだから、飯塚中佐、フロイト少佐に打ち合わせの内容、確り伝えておいてくれよ」

 

「え!? ちょっと待って! 伝えるだけならわざわざ自分じゃなくても……」

 

「いやー、俺さ、この後色々と予定が立て込んでて忙しくて」

 

「マッケイ少佐は……」

 

「じ、自分も、暇がありませんので、すいません!」

 

 何処かよそよそしく、互いにフロイト少佐とはあまり関わりを持ちたくないかの如く雰囲気を醸し出す二人。

 何故そこまで、フロイト少佐を避けようとするのか。

 

 ここは一つ、直球で尋ねてみるとするか。

 

「チェザリス中佐は、フロイト少佐の事が苦手なのか?」

 

「あーまぁ、そうだな。かもしれないな」

 

「てっきり、チェザリス中佐なら相手は女性だし、メロメロになるのかと思ってたんだが?」

 

「いや~、確かに、あの顔立ちにあのスタイルは、物凄く俺好みではあるものの……。やっぱり、相手があの"北海の女王"の異名を持つ女性提督じゃなぁ……」

 

「北海の女王?」

 

 すると、チェザリス中佐の口から、フロイト少佐の事を避けている理由と思しき単語が零れる。

 

「何だ、飯塚中佐は知らなかったのか。……フロイト少佐が俺と同じヨーロッパ州海軍に籍を置いてるのは知っての通りだが。少佐は、こっち(ラバウル統合基地)に来る前には北海においてその手腕を発揮し、北海の女王との異名を持つほどの、ヨーロッパ州海軍では少しは名の知れた女性提督だったんだぞ」

 

 チェザリス中佐の口から語られたフロイト少佐の経歴は、凄いの一言に尽きた。

 太平洋や大西洋等の広大な海域を有さぬ北海、そこにも、深海棲艦は出没し、隣接する管区の脅威となっている。

 そんな北海を守護するのが、ヨーロッパ州はノルウェー管区のホルダラン県はベルゲンの西南にある州海軍が誇る基地の一つ、ハーコンスヴァーン海軍基地だ。

 

 フロイト少佐はラバウルに異動する以前、同基地を拠点に活動を行っており。

 大西洋や太平洋などの大洋に比べると、深海棲艦との遭遇率の高さは高く、それは激戦地と言い換えてもおかしくはない。

 勿論、陸地からの支援も受けやすいが、それでも砲火が絶えることのない海域である事に間違いはない。

 

 そんな北海で、フロイト少佐はソ連海軍をモデルとする艦娘達を指揮下に置いて戦っていた。

 他のヨーロッパ海軍をモデルとする艦娘と異なり、オリジナルは外洋に出たこともなければまともな艦隊行動を行った記録も少ない彼女達。

 しかし、そんな彼女達を率いて、フロイト少佐は着実に勝利を勝ち取り。

 北海の女王の異名を得ると共に、自身も『大佐』の地位にまで上り詰めた。

 

 所が、大佐に昇進してから暫くした後、先任の基地司令の後任として赴任したゲール少将なる新基地司令との間にトラブルを抱えた事から、フロイト少佐の栄光は暗雲低迷する事になる。

 

「ま、俺も直接その場を見たわけじゃないし、人伝に聞いたもんだが。……そのゲール少将に、公衆の面前で直接言い放ったらしい。『お前のような上官の顔色伺いしかしていない者の下では戦いづらい』ってな。しかも強烈なビンタ付きで」

 

 その言動の結果。

 例え北海の女王ともてはやされていても、上官に対して手を上げ、無礼な振る舞いをし恥をかかせた事を罰しない訳にもいかず。

 二階級降格の上、武勲の立役者でもある部下の艦娘達も殆ど引き離され。そしてこのラバウルの地に飛ばされたのだとか。

 

「俺もこっち(ラバウル統合基地)に来てから初めてフロイト少佐と会ったんだが。ありゃ確かに、伊達に『女王』の名を冠してはいないって思ったよ」

 

「自分も。フロイト少佐とは演習で言葉を交した事があるのですが。あの内から溢れ出る気概には、終始圧倒されっぱなしでした」

 

 チェザリス中佐とマッケイ少佐の口から語られるフロイト少佐の人物像を聞き、漸く、二人が距離を置きたい理由(わけ)が何となく感じ取れた。

 

「ま、何れにしてだ。飯塚中佐、フロイト少佐の事は任せたぞ。んじゃ、そろそろ予定があるから失礼するわ」

 

「え!?」

 

「お疲れ様でした、飯塚中佐」

 

 理由(わけ)を語り終えた二人は、そのまま会議室を後にしようとする。

 伝言役をまだ正式に決めたわけではないと自分は思っていたのだが、どうやら二人の間では、既に自分が伝言役になるとの事は決定済みだったようだ。

 

「あーそうだ、フロイト少佐に会いに行く際のアドバイスを一つ。彼女に会いに行くなら、警備隊を連れてった方がいいぞ」

 

「け、警備隊!?」

 

「あ~、もしいないなら。……そうだな、腕の立つ艦娘を連れてけ、それも複数。一人じゃ駄目だぞ。あぁ、紀伊辺りなんかは適任と思うぞ。それじゃぁな」

 

「失礼します」

 

 謎のアドバイスを言い残して会議室を後にするチェザリス中佐。軽くお辞儀をしてその後に続くマッケイ少佐。

 そんな二人を見送りながら、残された自分は、これから伝言を伝える相手の事を考え、少し戦いていた。

 

 警備隊を同行させなければ身の安全を保障できない程の人物。

 チェザリス中佐のアドバイスを考えるに、そういうことなのだろう。

 

 いかん、考えれば考えるほど、恐怖が増大していく。

 

「先輩」

 

「ひゃい!」

 

「? どうしたんですか、変な声出して」

 

「いや、ちょっと、その」

 

「あぁ、フロイト少佐の事ですか。先輩をからかって少し大げさに言っていただけなのでは? それに、強いじゃないですか、先輩」

 

 谷川の奴はあまり二人の話を本気で捉えていないのか、全くもって恐怖している様子がない。

 くそう、他人事な事もあるのだろうが、その暢気さが今は無性に腹立たしい。

 

「なら、谷川。自分の代わりにフロイト少佐の所に伝言役で行ってくれよ」

 

「先輩。それはフロイト少佐に失礼では? そもそも、代理を遣したと知ったフロイト少佐が殴りこんできたらどうします?」

 

 結局、もはや選択肢など残されてはいないのであった。



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第53話 ミニ観艦式と女王との邂逅 その3

 谷川を引きつれ会議室を後に、司令部施設を後にすると自分達の官舎を目指し晴れた空の下を歩く。

 昨夜は一時激しい雨脚も見られたようだが、本日は昨晩の天気が嘘のような快晴だ。

 しかし、基地内の各所に出来た水溜りが、昨晩の雨模様の形跡として見られた。

 

「それじゃ、谷川は他の艦娘()達にミニ観艦式についての説明をよろしく頼む」

 

「分かりました。……でも、大丈夫なんですか先輩? 連れていくのが紀伊とリクトの二人だけで?」

 

「我が艦隊で腕っ節の強そうなのと言ったら、あの二人位だし。……幾らなんでも、共に肩を並べて戦う者同士、手荒すぎる歓迎はない、とは思うが。……って、谷川、さっきお前心配し過ぎって言ってただろ!?」

 

「そうですけど」

 

「ま、いざとなったら腰にぶら下げてるこいつで何とかするさ」

 

 腰の革製ホルスターに収まっているカスタムガバメントを使う状況には、出来ればなって欲しくないけどな。

 と心の中で付け足しつつ、目前に迫った官舎に足を踏み入れようとした時だった。

 

「司令官さーん! 大変!! 大変なのですっ!!」

 

 官舎の中から、慌てた様子の電が飛び出してきたのだ。手を繋いだ響を引き連れて。

 

「どうしたんだ、電? そんなに慌てて?」

 

「響ちゃんが大変なのです!! 変なのです!!」

 

「響が?」

 

 電の口から慌てている理由を聞き、ふと電の隣に佇む響に目を向ける。

 大変、と慌てる割には、特に普段と変わらないようにも、ん。

 

 そういえば、被っている帽子が黒から白いものに変わっている。それに身に付けている服も、何処か違うような……。

 

「えっと、響、だよな?」

 

「Я не резонирую."Верный"Я знаю.Внешний вид может быть схожим, но не ошибиться(私は響じゃないよ、"ヴェールヌイ"だよ。姿は似ているかもしれないけど、間違わないでね)」

 

 響、と思しき目の前の艦娘()は、何とも流暢なロシア語で質問に答える。

 

「は、ははは……。響、からかうのはよせ」

 

「Не для того, чтобы сделать удовольствие от меня.(からかう事なんてしていないよ)」

 

「響ちゃん、どうしちゃったのです!?」

 

Вот почему я не резонирую.(だから私は響じゃない)

 

 以前にも、響はからかってロシア語で話しかけてきた事があった。

 今回も、からかっているのかと思っていたのだが、どうやらそんな雰囲気でもなさそうだ。

 

「ん、待てよ。……響そっくりで流暢なロシア語。……まさか、君、ヴェールヌイか!?」

 

Я так давно сказал об этом(さっきからそう言ってるよ)

 

 ロシア語はさっぱりだが、頷いた仕草から、彼女が響ではなくヴェールヌイである事は間違いないようだ。

 

 しかし、おかしいな。

 前世のゲームではレベルを上げて改造を施せばヴェールヌイは入手出来る。

 現世でも、一部の艦娘においてその辺りは変わっていない筈だが。自分は、そんな改造を施す命令を出した覚えはない。

 

「電、響がおかしいと感じたのは何時からだ?」

 

「えっと。……今日はお休みだったし、雨も止んでいいお天気だったので、響ちゃんと基地内をお散歩していたのです」

 

「うん、それで?」

 

「あ、そうなのです! お散歩中に不注意で綺麗な大人の艦娘さんとぶつかったのです! それで、ちゃんと謝って、その後官舎に戻ってきたら、響ちゃんの様子がおかしな事に気がついたのです!!」

 

 電の説明を聞くに、どうやら散歩の途中でぶつかった際に響とヴェールヌイが入れ替わってしまったようだ。

 

「電、ぶつかった艦娘が何処の提督指揮下の艦娘()か分かるか?」

 

「そこまでは、分からないのです……。ごめんなさい」

 

「謝らなくても大丈夫だ。電は良く頑張った。それに、ちゃんと謝れたのもえらいぞ」

 

 肝心な所で役に立てない歯痒さから顔を伏せる電、そんな電の頭にやさしく手を置くと、やさしく撫でてあげる。

 すると、伏せていた電の顔がぱっと明るくなって戻ってきた。

 

「まぁ、一番いいのはヴェールヌイが自分で所属を言ってくれる事なんだが。……ヴェールヌイ、英語か日本語、どちらか喋れたりしないよな?」

 

「喋れるよ」

 

 刹那、流暢な日本語を話すヴェールヌイに対し。

 某新喜劇よろしく、自分や谷川、それに電がこけたのは言うまでもない。

 

「しゃ! 喋れるのか!?」

 

「うん。だって元は日本の軍艦(ふね)、だからね」

 

「それじゃ、ヴェールヌイ。君の所属は何処なんだ? 送っていってあげるよ」

 

「私はレギーナ・フロイトアドミラールの指揮する艦隊所属さ」

 

 乾いた笑いが零れる中。

 何はともあれ、これでヴェールヌイを元の所属先に返すことが出来るし、響も迎えにいける。序に自分の用事も済ませられるで一石二鳥だ。

 と、自分自身の心に言い聞かせるのであった。

 

 

 

「それじゃ、行くか」

 

「提督、体が硬いが、大丈夫か?」

 

「うむ、相当強張っているぞ」

 

「だ、大丈夫だ大丈夫。さぁ、いくぞ」

 

「はい、なのです」

 

Уразуметно(了解だよ)

 

 それから数分後。

 紀伊とリクト、それに別件の電とヴェールヌイを連れて、自分は一路、フロイト少佐の官舎(女王の居城)を目指し歩き始めた。

 

 

 それから更に数分後。

 サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群、或いはノヴォデヴィチ修道院の建造物群。

 のようなロシアの文化遺産に酷似した個性的な官舎、ではなく。

 

 フロイト少佐の官舎(女王の居城)はいたって平凡な、無個性溢れる白いコンクリート造りの三階建ての建物であった。

 

 だが、そんなフロイト少佐の官舎(女王の居城)の正面出入り口を守っているのは、屈強な身体を有する警備員達であった。

 黒を基調としたセーラー服にブーツを履き、頭にはヘルメットではなくセーラー帽を被っている。

 また、上半身にはポーチ代わりか、弾帯を巻きつけている。

 

 襟元からは、白地に紺の伝統的なストライプシャツがその姿をちらついている。

 

 そして、その手には、バラライカの名で知られる短機関銃、PPSh-41の姿が黒く光っている。

 なお、弾倉はドラム型ではなく箱型だ。

 

 その姿は、間違いなく陸に上がり戦った海兵達。

 第二次世界大戦時にソ連海軍が各戦線に投入した海軍歩兵部隊に酷似していた。

 

Стоп!(止まれ!)

 

 突き刺すような視線と共に、鋭いロシア語が飛んでくる。

 意味は分からずとも、制止を促す手の動きや、その突き刺さる視線と雰囲気から、何をすべきかは理解できる。

 

「自分は、飯塚艦隊司令長官の飯塚中佐だ! 来週予定されているミニ観艦式の打ち合わせの件と、もう一つ別件も含め、フロイト少佐に面会を願いたい」

 

 立ち止まると、臆する事無く今回の訪問の理由を説明する。

 しかし、警備員達は互いにアイコンタクトを送るだけで、確認を取ってくれる気配がない。

 

 もしかして、ロシア語で説明しなければならないのだろうか。

 ならヴェールヌイに通訳を、と思った矢先。

 

「失礼ながら飯塚中佐。我等が女王様は只今大変忙しく、面会はまた後日、改めてお願いしたい」

 

 警備員の一人が、流暢な日本語を話してきた。

 

「な! それ程時間はとらせません!」

 

「どうか、お引き取りを」

 

「ミニ観艦式にはフロイト少佐の参加も決定しています。その打ち合わせ内容は大事な筈では!? それに、別件も、自分にとっては大事な事なんです! どうか面会を!」

 

 と、必死に面会を求める自分を他所に。

 日本語を話した警備員に対して、他の警備員達がロシア語でなにやら話を交し始める。

 

「『曹長、あんなマッチ棒みたいな男、女王様の御前に立たせるだけ時間の無駄だろ』『あぁそうだ、どうせ女王様の雷が落ちて追い返されるに決まってる』『ちげぇねぇ、ガハハハ』……と言っているよ」

 

 を前に紀伊の影に電同様隠れていたヴェールヌイが、不意に彼らの話を訳してその内容を教えてくれた。

 やがて、彼らの話も区切りがついたのか、再び曹長と呼ばれた警備員が、日本語で話しかけてくる。

 

「飯塚中佐。どうしてもお引き取りできませんか?」

 

「えぇ、勿論」

 

「そうですか。……、ではこうしましょう。我々と腕比べし、我々に勝てたら、我等が女王様のもとへお通しいたしましょう」

 

「腕比べ……、腕相撲、或いはアームレスリング?」

 

「いや、違います」

 

 腕比べと聞いて腕の格闘技で勝敗を決するのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。

 それまで事の成り行きを見守っていた他の警備員達が、体を解しながら、ぞろぞろと自分達の近くへと集まってくる。

 

「腕比べと言ったら、"殴り合い"でしょ」

 

 指の骨を鳴らしながら、まるで獲物を捕らえた狩人の如く視線が、自分たちに襲い掛かる。

 出来れば、痛いのは避けたかったんだがな。

 

「提督、どうやら向こうは本気の様だぞ」

 

「うむ。これはもはや、穏便に事を済ませられそうにはないな」

 

 そんな警備員達の臨戦態勢にあてられ、紀伊とリクトも、臨戦態勢へと移行する。

 そして、電とヴェールヌイの二人は、自分のもとへと駆け寄る。

 

「お、おい、二人とも!?」

 

「安心しろ。提督や電達の事は必ず守る」

 

(わらわ)も、提督達には指一本触れさせぬようお守りする」

 

 紀伊とリクトのファイティングポーズを目にした曹長は、これはいいとばかりに声をあげた。

 

「お互いに取り巻き同士の腕比べか、これはいい。それじゃ、お互い護衛対象の方の為、全力で腕比べといきますか!」

 

「かかってこい!」

 

「ふん、(うぬ)らなど全力を出すまでもなく打ちのめしてやろう!」

 

「かかれ!!」

 

「Ураааааааа!!」

 

 雄叫びと共に開始される紀伊・リクト対警備員達による殴り合い。

 

 軽い身のこなしで相手のパンチを避けつつ、相手にパンチを叩き込む紀伊。

 その巨体に似合わぬ身のこなしを見せ付けつつ、その重い拳を叩き込むリクト。

 

 紀伊のパンチは一撃必殺、とはいかない一方。

 リクトの叩き込むパンチは、その一発の威力が殴り合っている者の中では一番なのだろう。リクトのパンチを受けた警備員は、もはやノックアウト状態だ。

 

 個々の戦闘力では紀伊とリクトが優勢。

 だが、数の優勢は、圧倒的に警備員側にある。

 倒しても倒しても、まさに北の大地お得意の人海戦術よろしく現れる警備員達に、紀伊とリクトも流石に疲弊気味だ。

 

 そうなると、自分達の守りにも隙間が生まれてくる。

 

「のやろう!」

 

「わはは! 司令官さん!」

 

「ちっ! しまった!」

 

「ぬうっ!」

 

 その隙を突き、一人の警備員が自分目掛けてその拳を振りかざしてくる。

 電の悲鳴にも近い声や、紀伊にリクトの油断したとばかりの声が響く中、自分は降りかかる火の粉を払うべく行動を起こす。

 

「ったく、手荒なことはあまりしたくなんだけどな」

 

 本音を吐き捨てるや、自分目掛けて向かってきた拳を片手で受け流すと、拳を作ったもう一方の手を相手の懐に叩き込む。

 

「うっ!」

 

 低い唸り声をあげる警備員に構わず、受け流した警備員の腕を引き手に、素早く低重心の姿勢へと移行する。

 ここまでくれば、後は引き手を思い切り引き、相手の警備員を投げるだけだ。

 

「うぐっ!!」

 

 地面に叩きつけられ、再び唸り声をあげる警備員。

 まさか、自分よりも貧相で身体を動かすことがあまりないと思っていた提督に、屈強な自分が背負い投げを決められるだなんて思ってもいなかっただろう。

 

「はわわ! 司令官さん強いのです!」

 

「何だ、意外とやるな」

 

「これは少々以外であったな」

 

 それに、身内である電達も、思いもよらないとばかりに口々に感想を漏らしている。

 

「хорошо」

 

 そして、ヴェールヌイも同様であった。

 

「『ちっ! 何だ、あの中佐もそこそこ出来るのか!?』と言ってるよ」

 

 なお、わざわざご丁寧に曹長の感想までも翻訳してくれるのであった。



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第54話 ミニ観艦式と女王との邂逅 その4

 さて、自分の背負い投げを披露したお陰で一時的に休戦が訪れる。

 だが、紀伊もリクトも、そして警備員達も。互いに消耗した体力を回復させているだけに過ぎない。

 何れ、時が来れば再び激しい殴り合いがまた始まるだろう。

 

 何とか事を収めたいが、身を挺しても、紀伊とリクトが逆上してしまうだろうし。

 かと言って、もう今更話し合いで収まるような雰囲気でもない。

 

 本当にもう、どちらかが力尽きるまでこの殴り合いは終わらないのか。

 

 そんな諦めが脳裏を横切った時であった。

 

「『そこまで!!』と言ったんだよ」

 

 不意に、フロイト少佐の官舎(女王の居城)から凛とした女性の声が叫ばれる。

 刹那、その声に反応するように、警備員達の臨戦態勢が解除される。

 

 なお、ロシア語で叫ばれた為、ヴェールヌイの翻訳はあり難い。

 

「何だ?」

 

「女王様のお出ましさ」

 

 ヴェールヌイの説明に呼応するかのように、ヨーロッパ州海軍の軍服を身に纏った一人の女性が、正面出入り口から姿を現す。

 それは、写真で見るよりも見事なまでにたわわに……。

 じゃなかった、凛とした雰囲気を漂わせたフロイト少佐であった。

 

「曹長! これは一体何事か!?」

 

「は! 少佐との面会を申し出た者達を、面会させてもよいかのテストをしていた所であります!」

 

 直立不動で現状に至るまでの経緯を説明する曹長。

 そんな彼の説明を聞きながら、フロイト少佐は自分達の方へと歩み寄ってくる。

 

 因みに、フロイト少佐と曹長の会話の内容は、ヴェールヌイの翻訳によって理解できる。

 

「ふ、成る程。また曹長の悪い癖が出たと言うわけか……」

 

 薄汚れ、殴られた跡を曝け出している紀伊とリクト。

 そして、そんな二人によって地に伏せさせられた警備員達の姿を目にしながら、フロイト少佐は現状に至るまでの経緯を理解した模様だ。

 

「それで? 貴様が私に面会したいと言う提督か?」

 

「自分は、飯塚艦隊司令長官の飯塚中佐。フロイト少佐、貴女に来週予定されているミニ観艦式の打ち合わせの件を伝えにやって来た」

 

 やがて自分の方へと歩み寄ると、真っ直ぐ自分を見据え、先ほどまでのロシア語は何処へやら。流暢な日本語で自身を訪ねてきた用件を尋ねる。

 女性とはいえ、その身に纏った雰囲気は相手を簡単に飲み込もうとしてくる。

 

 自分も、一瞬彼女の雰囲気に飲まれそうになったが、何とか切り抜けると、用件を伝える。

 

「あぁ、あの行事の事か。安心しろ、ドタキャンなどせん。ちゃんと参加はする」

 

「で、では。フロイト少佐の官舎に上がらせていただいてよろしいか? 詳しい内容をお伝え……」

 

「だが! 少々、癪に障る事がある。……分かるか? 中佐?」

 

「え、いえ」

 

「今回のミニ観艦式に参加する提督は、中佐他、チェザリス中佐にマッケイ少佐、そして私だ」

 

「数が少ない事が問題だと?」

 

「人数構成は問題ではない、寧ろ、これ位が丁度いいだろう。……私が気に入らないのは、参加する提督の顔ぶれだ」

 

 厳しくなる視線が突き刺さる。

 問題とする顔ぶれの中に自分もいるのだから、当然だろう。

 

「あの、自分自身で言うことではないですが。今回参加する提督たちは、皆ずぶの素人ではなくある程度の実績を築きあ……」

 

「他人の下した評価など、私には何の意味も成さん! 私は、私が信用に足り、肩を並べ背を預けられると判断するのは、私自身の下した評価をおいて他ない!!」

 

 そこまで声を荒らげているわけではないのだが、その気迫に、圧倒されそうになる。

 成る程、これはチェザリス中佐やマッケイ少佐が苦手意識を持つ訳だ。

 

「しかし、ミニ観艦式はラバウルの地において代々続いてきた大事な行事だ。それに、命令とあればそれには従う。だが、覚えておけ! 私は中佐や他二名の提督を信用に足る者とは思っていないと!」

 

 きっぱりと言い捨てると、フロイト少佐は踵を返して官舎へと戻ろうとする。

 

「ま、待ってくれ!」

 

「……ん?」

 

「では、フロイト少佐が、貴女が自分達の事を信用に足る者とそう評価してくれれば、問題は解決し、円満にミニ観艦式当日を迎えられる。そう言う事ですね?」

 

「まぁ、そうだな」

 

「ではこの場で、自分の事を信用に足る者であると、テストしていただきたい!」

 

「……ほう」

 

 突然の申し入れに、フロイト少佐は足を止め再び自分の方へと振り返ると、不敵な笑みを浮かべる。

 

「その言葉に、二言はないな?」

 

「えぇ」

 

「……よろしい、曹長!!」

 

「は!!」

 

「"アレ"を持ってこい、大至急だ!」

 

「アイ・マムッ!!」

 

 フロイト少佐は曹長を呼び寄せると、何やら指示を出し準備を始める。

 次いで、事の成り行きを見守っていた他の警備員達にも指示を飛ばし、同じく準備を進める。

 

「な、何が始まるのです!?」

 

「多分、凄いことだよ」

 

「提督、あんな事を言っていたが、本当に大丈夫なのか?」

 

「うむ。(わらわ)も少々軽率ではないかと思うが」

 

「あはは、大丈夫だって……、多分」

 

 準備が進む傍ら、うやむやな決着を向かえた殴り合いと言う名の腕比べから解放された紀伊とリクトは、自分の今後を心配し。

 一方の自分も。二人の心配の眼差しや、着々と進んでいく準備状況を目にして、内心段々と先ほどの申し入れは軽装だったのではと、不安になっていくのであった。

 

 

 

「よし、準備できたぞ!」

 

 程なくして、フロイト少佐から準備が整ったとの旨が告げられる。

 準備と言っても、何やら地面を掃いて、応急処置の為の道具を用意し。そして、曹長の手からフロイト少佐へと渡された、二本の木刀。

 

 一体、これから何が始まると言うのだろうか。

 いや、何となくではあるが、当たってほしくない嫌な予感は浮かんでいる。

 

「中佐、さぁ、こちらへ」

 

「……紀伊、これ持っててくれ」

 

 フロイト少佐に呼ばれ、紀伊にタブレットを託すと、観覧と化した紀伊達や警備員達の視線を受けながら彼女のもとへと歩み寄る。

 

「受け取れ、中佐のだ」

 

 そして受け渡されたのは、二本の木刀の内の片割れであった。

 

「あ、あの……。フロイト少佐、これは?」

 

「中佐が言ったのだろう、テストして欲しいと? だから、これよりテストを行う!」

 

「……状況から推測して、平和的なテスト内容には思えないんだけど」

 

「そうだ。中佐、これより私と戦って一本を取れれば、その時は中佐を信用に足る人物であると認めよう」

 

「やっぱり……」

 

 そして、嫌な予感は見事に的中した。

 自分自身で見極めた評価が絶対なのだ、ならば、当人同士でテストを行うのが一番いいに決まってる。

 

 だが、仮にも相手は女性だ。ここは、手加減をすべきだろう。

 

「言っておくが、女だからと手加減すれば、一本を取ったとしても信用に足る人物との評価は下さん! そのつもりで」

 

 あぁ、どうやら女王様は全力がお望みの様だ。

 

「何、この身体、入隊した時から傷物になる覚悟は出来ている」

 

 しかも何て男らしいのだろう、これは曹長ら警備員達が慕うのも納得だな。

 

「では、ご希望通り、全力で一本を取らせていただきます」

 

「ふ、さぁこい!」

 

 互いに距離を取り木刀を構えると、開始を告げる合図を待つ。

 

「では、……始め!」

 

 やがて、曹長の合図と共に、戦いの幕が開かれる。

 

「はぁぁっ!!」

 

「っ!!」

 

 開始早々、フロイト少佐は一気に間合いを詰めると、迷う事無く自分目掛けて構えた木刀を振り下ろす。

 何とか一本取られないように太刀筋を見切って攻撃を受け流してはいるものの、開始早々、防戦一方の展開だ。

 

「頑張るのです! 司令官さーん!」

 

「提督! 頑張れ!」

 

(わらわ)らが応援しておる! 頑張るのだ、提督!」

 

 テストを観覧している紀伊達の声援が聞えてはいるものの、フロイト少佐の攻撃を受け流すので精一杯なのだ。

 

「っ! のぉ!」

 

 が、このまま防戦一方では何れ一本取られるのは明白。

 何とか一瞬の隙を突いて横切りを仕掛けてはみたものの、華麗なバックステップであっさりと回避される。

 

 あわよくばとは思っていたが、やはり一筋縄ではいかないか。

 仕切り直す事が出来ただけでもよしとしよう。

 

「……ふむ。受ける方はまぁまぁだな、だが、防戦一方では私からは一本も取れんぞ、中佐」

 

「く」

 

 フロイト少佐の言葉に乗せられそうになるが、気持ちを落ち着かせ自らのペースを保つ。

 

「ふ、そう簡単には乗らんか、成る程。……だが、中佐と私とでは日頃からの鍛え方が異なっているようなので、例え攻めてきたとしても、返り討ちにあうのが関の山だろう」

 

 挑発に乗せられ自分自身のペースを崩されれば一巻の終りだ。己を見失い感情に身を任せれば、その先に待つのは多くが破滅だ。

 勿論、勝利を手に入れられる可能性もゼロではないが。何しろ相手はフロイト少佐だ。

 

 先ほどの短い手合わせの間に、彼女が相当の手練れである事はよく解った。

 自ら他人を見極める為に腕を磨いてきたのか、何れにせよ、我武者羅に感情に任せて立ち向かえば無様な姿でテストを終える未来が容易に想像できる。

 

「攻めてこない、か。……ならば、再び攻めさせてもらうぞ!」

 

 かと言って冷静に攻めたとしても、実力の差から言って彼女の言った通り返り討ちにあう可能性は高い。

 ならば、自分が彼女から一本を取る為には、奇策を講じるしかない。

 

 再び構え直し間合いを詰めてくるフロイト少佐の姿がスローモーションに感じられるほど思考と意識を集中すると、考え出された一度限りの奇策を講じるべく、行動に移す。

 

「ん? 何だ?」

 

 木刀の構えを解き、片手でただ持つだけとする。

 フロイト少佐は自分が一体何を始めるのか、怪しんではいるものの、間合いを詰めることを止めはしない。

 

 不意に小さくほくそ笑むと、次の瞬間、自分は手にした木刀をフロイト少佐目掛けて思い切り投げつけた。

 

「なに!!」

 

 木刀を投げるなどと言う予想もしていない行動に、声をあげるフロイト少佐。

 だが、流石は実力者、驚きはしたものの冷静に飛来する木刀を自身の木刀で払い除ける。

 

 しかし、自分の考え出した奇策は、木刀を投げつけ当てる事ではない。

 投げつけられた木刀を払い除ける事により生まれる一瞬の隙、それを生み出す事こそ、木刀を投げつけた真の目的だ。

 

 そして、生まれたその一瞬の隙を、自分は見逃す事無く、一気にフロイト少佐との間合いを詰める。

 

「しまっ……!」

 

 視界の端に一気に間合いを詰める自分を捉えたのだろうが、既に遅い。

 投げつけられた木刀の対処に意識を集中した為、自分への対処動作には数秒の遅れが生じる。

 

 その数秒の遅れこそ、自分が彼女から一本を取れるか取れないかの分かれ目だ。

 

「っ!!」

 

 持てる力を振り絞り、彼女の木刀が振り上げられる寸前。自分は彼女の懐に飛び込むと、一気に飛び掛り彼女を押し倒す。

 

「ぐっ!」

 

 幾ら男勝りと言えど女性。男の力の前には堪えきれず、彼女の身体は硬い地面に背中から叩きつけられる。

 だが、それで終りではない。

 

 倒れた彼女の身体の上に馬乗りになり上半身の自由を奪うと、最後の仕上げに、腰の革製ホルスターからカスタムガバメントを抜くと。

 その銃口を、彼女の額に突きつける。

 

「はぁ、はぁ……。フロイト少佐、貴女は仰った、"戦って一本を取れれば"自分を認めると。試合をしてとも、木刀を使ってとも言っていない。そう、ただ戦って一本を取ればそれでいい。……なら、試合ではない以上、どんな方法であろうと、銃口を貴女の額に突きつけたこれは、一本取った事になりませんか? フロイト少佐」

 

 屁理屈かもしれない、だが、これこそ自分が考え出した奇策で、唯一見出した勝機だ。

 

「……ふ、フハハハハッ!! 成る程! 確かにそうだ。ハハハッ!!」

 

 額に銃口を突きつけられても顔色を変えなかったフロイト少佐だったが。

 自分の屁理屈を聞き暫くすると、不意にその顔色を変え大声で笑い始めるのであった。

 

「やられたよ、中佐、貴様の勝ちだ」

 

「それは、つまり……」

 

「あぁ、中佐を信用に足る人物であると認めよう」

 

 勝利を勝ち取った、そう理解した瞬間、一気に肩の力が抜けていく。

 

「曹長! これはテストだ!! 銃を下ろせ!!」

 

 刹那。フロイト少佐の怒鳴り声にふと視線を動かすと、観覧していた筈の曹長ら警備員達が手にしたPPSh-41の銃口を自分へと向けていた事に気がつく。

 フロイト少佐の命令で銃は下ろされたものの、彼らは、職務を全うしたに過ぎない。

 自分達が守るべきフロイト少佐に、セーフティ(安全装置)をかけていたとは言え額に銃口を突きつけたのだ。そんな事をした相手に銃口を向けるのは、当然の事だろう。

 

 と、自分もフロイト少佐に銃口を向けっぱなしであった事に気がつき、慌てて彼女の額から銃口を外すのであった。

 

「ん! ……所で中佐、その、"手"を退けてくれないか?」

 

 刹那、フロイト少佐の妙に色っぽい声が零れたかと思うと、彼女は何故か手と言う部位を指定して退いてほしいと言ってきた。

 何故手なのか、疑問に思い、自分はカスタムガバメントを持つ右手とは反対側の、左手の行方を確かめ始める。

 

 因みに、その目で確かめる以前には、彼女の肩の辺りを掴んでいた気でいたのだが。

 実際に視線を動かし確かめてみると、そこには、彼女の豊満な右のメロンを鷲掴みにしている自分の左手の姿が、紛れもなく確認できた。

 あぁ、テストの最中は夢中になって気づかなかったが。

 意識すると、左手から伝わる何とも言えぬ柔らかで包み込まれたくなるような感触が……。

 

「……っ!! わははははっ!! こここ、これはこれで、これなので!! ごごご、誤解です!!!」

 

 なんて何時までも左手の感触に胸をときめかせている場合ではない。

 慌てて左手を離し、更にはフロイト少佐の上半身からも退くと、先ほどの事は誤解であると、事故であると説明を始める。

 

「解っている」

 

 すると、フロイト少佐は他意はないと理解を示してくれた。

 が、一部始終を観覧していた者達は、そう簡単にはいかず。

 

「提督、がっかりしたよ」

 

「うむ、幾ら全力での事とは言え、あのような行動は如何なものか」

 

「し、司令官さん! こんな真昼間、しかも屋外であんな事をするなんて、破廉恥なのです!!」

 

「だ、だから! これは誤解だぁぁっ!!」

 

 思い返せば、客観的に見てフロイト少佐の豊満なメロンを鷲掴みにしたのみならず、上半身に馬乗りになった際には自分のアレがアレでアレになっているように見えなくもない。

 誤解を解くのは、難しいだろう。

 だが、断じて宣言する、やましい気持ちなど一切ない。

 

「『羨ましいぞこのやろう!』『おら! てめぇ替われこら!!』『てめぇラドガ湖に沈めるぞ!!』……と、羨望と嫉妬の感情が入り混じった怒号だよ」

 

 身内である紀伊達よりも、更に激しい怒号のようなロシア語の嵐が吹き荒れているのが、誰であろう曹長ら警備員達だ。

 意味が解らなければ、少しは楽だったのだが。ご丁寧に、ヴェールヌイの翻訳により聞きたくもない内容を知るのであった。



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第55話 ミニ観艦式と女王との邂逅 その5

 その後、何とか観覧していた面々の誤解を解く事に成功し。

 足を踏み入れる前からどっと疲れたものの、自分達は女王様の許しを得たので、フロイト少佐の官舎(女王の居城)へと足を踏み入れる。

 

 その際、曹長ら警備員達に見送られたのだが、何人かから殺気を含んだ視線で見送られたような気がした。

 

「そうだ、中佐。私を訪ねてきた用件は、ミニ観艦式だけではないのだろ?」

 

 自ら案内役を買って出たフロイト少佐と共に、正面出入り口を潜りホールへと足を踏み入れた時。

 不意に彼女の口からそんな言葉が零れる。

 

「あの、もしかしてヴェールヌイの事」

 

「当然、はじめから気づいてた。少し待て、今中佐の大事な部下を連れて来させる」

 

 そう言うと、彼女は自身の部下の名を呼ぶ。

 ロシア語で呼ばれたそれはハッキリとは分からなかったが、漠然とではあるものの、『ガングート』並びに『マラート』と呼んでいた気がした。

 

 それから程なくして、奥へと続く廊下から、三人の人影がホールへと姿を現す。

 その真ん中にいるのは、紛れもなく響であった。

 

「響ちゃん! 響ちゃんなのですっ!!」

 

「わふ、ごめんね電、心配かけさせたね」

 

「いいのです! 無事でなによりなのです!」

 

 響の姿を見た途端、電は駆け出し響と抱き合い姉妹の再会を喜ぶ。

 

「安心しろ、私は艦娘であれば客人として丁寧にもてなす」

 

 フロイト少佐の言葉に、認めた人間以外の者も同じようにもてなして欲しいものだ、と喉まで出掛かったツッコミだが。

 それを何とか奥へと押し込むと、フロイト少佐に響をもてなしてもらったお礼を言い。

 

 今度は、こちらがヴェールヌイを返す番となる。

 

「お帰り、ヴェールヌイ」

 

я дома(ただいま)、アドミラール」

 

 フロイト少佐のもとへと歩み寄ったヴェールヌイは、フロイト少佐から無事に帰ってきた証に頭をなでなでされ。

 嬉しいのか、かすかに伏せて頬を赤らめるのであった。

 

「ヴェールヌイ、他のアドミラールの所は楽しかったか?」

 

「Да、楽しかったよ」

 

「そうか。こちらもヴェールヌイがいない間、あの子に随分と楽しませてもらったぞ」

 

 程なくしてなでなでから解放されたヴェールヌイに、一人の艦娘が声をかける。

 銀のロングヘアーに琥珀色の瞳、白のコートに赤の半袖シャツ、黒のプリーツスカート。そして、頭には白柄に黒つばの海軍将校の帽子。

 

 前世のゲームにも同じ容姿、同じ名前のキャラクターとして登場した、ガングートその人だ。

 

「そうよ、このマラート様も大満足だわ」

 

 そんなガングートに続いて声をかけているのは、恐らくマラートの名を介した艦娘であった。

 

 マラート、ガングート級戦艦の二番艦としてロシア帝国海軍時代に『ペトロパブロフスク』として生まれた彼女は、時を経て、ソ連海軍時代に『マラート』の名を名付けられる。

 艦歴を言えば、第二次世界大戦をソ連海軍の数少ない戦艦として生き残ったが、それは決して平穏無事なものではなかった。

 大戦時、彼女はドイツ空軍が誇る対地攻撃のスペシャリスト、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルによる爆撃で大破着底。

 その後もドイツ軍の砲撃を受け、応急修理で何とか傷を庇いつつ海上砲台として運用が続けられ。

 更に、艦名をペトロパブロフスクに戻す措置も取られている。

 

 結局、本格的な修理と改装が行われるのは、戦後数年経ってからの事であった。

 また、最終的に彼女の名は『ヴォルホフ』となる。

 

 

 なお、一番艦のガングートや残りの姉妹艦と異なり、マラートは艦橋構造が簡略化されており。

 その姿は、何処か日本海軍の扶桑級に通ずるものがある。

 また、先に述べた爆撃により艦首が断裂されたものの応急修理をしたまま運用された為、全長も短く、排水量や乗員も姉妹艦よりかなり減少している。

 

 そんな事実が人工人体にも影響しているのか。

 姉と言うべきガングートの隣に立つマラートのその姿は、とても戦艦とは思えぬ背丈の持ち主であった。

 具体的に言えば、彼女の体型は見紛う事なき幼児体型。

 響を連れてきた時も感じ取ってはいたが、響とほぼ変わらぬ身長なのだ。

 

 そんな彼女は、ガングートとは色違いの緑のコートを着ている以外、ほぼ類似した格好をしている。

 だが、恐らく人間が着れば特注品になる事必須だろう、あの体型ならば。

 

 しかし、そんな体型とは裏張らに、醸し出される雰囲気はやはり戦艦としての何かを持ち合わせていた。

 

 と言うよりも、金髪ショートボブ、そして輝く青い瞳。加えてあの体型。

 東北最北部の県で戦車を使った武芸のチームの隊長さんをしておられた方によく似ている。

 

 二番艦はわがままボディ、なんて迷信があったが、やはりあれは眉唾物であったか。

 これが肩車されてる方ではなく、している方ならば、そうとも言い切れなかったが。

 

 

 因みに、本来であればロシア語辺りで会話しているであろう彼女達のやり取りだが。

 自分達に気を使ってか、或いはわざと聞かせているのか。何れにせよ、日本語でやり取りを行っている。

 

「さて、お互いに交換も済んだところで、紹介しよう。私の秘書艦兼艦隊旗艦を勤めるガングート。そしてこちらが、ガングートと並び艦隊の主力の一人であるマラートだ」

 

 そんな事を頭の中で考えていると、フロイト少佐が二人の紹介を始める。

 慌てて頭を切り替え、自分も自らを含め紀伊達の紹介を行う。

 

「一応聞き及んではいたが、成る程。中佐、貴方はよい部下をお持ちのようだ、羨ましい」

 

 すると、官舎の前で警備員達と腕比べしていた事を考慮してくれたのか。

 フロイト少佐は、紀伊とリクトを実物でお目にかかった感想を零すのであった。

 

「いえ、そんな。フロイト少佐の方こそ……」

 

「私の部下が素晴らしい事など、改めて言われなくとも解っている!」

 

「あ、はい……」

 

 やはり褒められると嬉しいもので、お返しとばかりにフロイト少佐の部下についても褒めてあげようとしたのだが。

 どうやら女王様にとってそれは無粋な事であったようだ。

 

「ふふ、アドミラールが久々に認めた者だからどんな者かと思ってはいたが。成る程、これは面白い奴だ」

 

「そうね、歴代の人の中でも、かなり上位にいるんじゃない?」

 

「ハラショー、これは今後が楽しみだね」

 

 そんな自分を見て、ガングート達が口々に自分の印象を零す。

 褒められているのか、それとも馬鹿にされているのか、どちらかであるかは定かではないが。

 

「さて中佐。そろそろ私の執務室に行こうか」

 

「あ、はい」

 

 その様なやり取りを経て、いよいよ今回フロイト少佐のもとを訪れた最大の目的である用件を済ませるべく、彼女の執務室へと移動を開始する。

 

「ガングート、アレをして頂戴!」

 

「ん? しょうがないな」

 

「はわわ! 高そうなのです!」

 

「ふふーん! どう。これでここにいる誰よりもこのマラート様が一番高いわよ!」

 

 その際、マラートがガングートに肩車してもらい、合体戦艦ガンラートに……。じゃなかった。

 マラート当人は大変ご満悦の様子であった。

 

 やっぱり、声や表情には出さなかったが、自身の身長の事は気になっていたのだろうか。

 

 

 

 執務室は二階にあると言うことなので、フロイト少佐案内のもと一路彼女の執務室を目指す自分達。

 外観は無個性溢れるものであったが、内装に関しては、各所にロシア的な。或いは北欧のような調度品が目に付く。

 

 そういえば、先ほどまでいたホールの一角には、ガラスのケースに入れられ展示されていたマトリョーシカ人形があったな。

 そうすると、やはりフロイト少佐の執務室も、ロシアの雰囲気を感じられる家具や小物で溢れているのだろうか。

 

 そんな事を思いながら、自分は階段を上がり二階へと足を運んでいた。

 

「そうだ、中佐」

 

 そのタイミングであった。不意にフロイト少佐が声をかけてきたのは。

 

「何か?」

 

「中佐に言っておきたい事がある、大事な事だ」

 

 立ち止まり、自分の方を振り向き見据えたフロイト少佐に対し。

 彼女から伝わってくる真剣な空気に、目を背ける事無く応える。

 

「先ほど。……外でのテストの際、私は傷物になる覚悟は出来ていると言ったな?」

 

「あ、えぇ、言いましたね」

 

「提督と言う肩書きを有しながら、私は警備員達と共に、己の剣を手に取り戦い傷を受けたこともある。勿論、相手は深海棲艦ではなく、地元の武装勢力の人間だったがな」

 

 そこまでしなくても、と言葉が喉まで出掛かったが、また余計なことを言って女王様のお怒りを誘うような事は不味いと。

 寸での所で言葉を奥へと戻す。

 

「だが、その……。今日のような、傷のつけ方は、は、初めて、……だ」

 

 刹那、何故かフロイト少佐の顔が赤く染まっていき、歯切れも悪くなり。

 身に纏っている雰囲気も、何処かしおらしく。手なんかもじもじし始めて。

 

 え、何なんだ、一体何なんだ。

 

「意とした事でないのは解っている。弾み、事故、それは解っている。……だが、その、押し倒されて、あんな破廉恥な事をされたのは、は、初めてで……」

 

「え、え?」

 

「だから、その……。中、佐、さえよければ。その……、"責任"を取ってほしい」

 

「責任?」

 

 あれ、何だこれは。

 やましいことなど一つもした覚えはないのに、何故こんなに背徳感駆られなければならないんだ。

 

 確かに、大勢の前で辱めを与えてしまったかもしれない。だが、あれはテストで、仕方がなくて。

 お、落ち着け、落ち着くんだ自分。

 

「そうだ、もう、あんな傷つけ方をされたら……、その、もうお嫁にいけないと、思う。……だから、中佐さえ、よければ。中佐は、私が認めた、お、男の、人、だから。け、結婚を前提としたお付き合い、を、して欲しい」

 

 先ほどまで自分が見ていた、凛とし、弱きものは切り捨てるかのごとく振舞っていた女王様は幻だったのか。

 今目の前にいるのは、北海の女王と恐れられた女性ではない。

 まるで花も恥じらう歳相応、否。ティーンエイジャーのようではないか。

 

 そんな彼女が、聞いた事もないようなか細い声で、確かに『結婚』の二文字を発した。

 

 ちょっと待て、どうしてそうなる。

 あまりに唐突な爆弾発言に、自分も紀伊達も驚きを隠しきれない表情を浮かべている。

 

「駄目、か? 日本の男は、日本男児は責任感が強く、男気がある、と聞いたのだが……」

 

 そんな表情に気づいてか。

 フロイト少佐から追い討ちとばかりに、おそらく当人は無意識にだろうが、上目遣いを加えた言葉が迫る。

 

 ぢかし何故だ、何故こうなった。

 言ってはあれだが、たかが胸を鷲掴みにした位でどうして結婚と言う結論に至るのか。

 

 思考を働かせ目まぐるしく結論を導き出そうとするも、何れもしっくりくるものがない。

 

「アドミラール、どうやら中佐は突然の事で混乱しているようだ」

 

「え? そ、そうなの」

 

「どれ、私達が中佐に説明してこよう。アドミラールは彼らと共にここで待っていてくれ」

 

 そのように思考を働かせていると、不意にガングートが自分の手を引き廊下の角へと連れて行く。

 肩車されたマラートと、ヴェールヌイも一緒にだ。

 

 程なくして、フロイト少佐や残してきた紀伊達の視界から隠れた所で。

 何故か自分は壁を背に、肩車から下りたマラート、ヴェールヌイ、そして対面に立ちふさがるガングートに完全に取り囲まれる。

 

「え、えっと……。ご説明、してくれる、だけですよね?」

 

「そうだ、中佐。貴方にちゃんと"OHANASI"するさ」

 

 刹那、ガングートは何処からか取り出した黒光りするものをその手に持つと、その黒光りするものの先端を自分の顔へと向ける。

 トゥルスキー・トカレヴァ1930/33、トカレフの名で一般にも名の知れたソ連製の軍用自動拳銃だ。

 

「あ、あの、ガングート、さん。これは、何でしょうか?」

 

「ん? あぁ、気にするな。なぁに、私の故郷では、これを持っていると相手が私の話をよく聞いてくれるようになるのでな」

 

 それは聞いてくれるんじゃなくて聞かざるを得ない状況にしているだけでは。

 と言葉が声に出てしまいそうになったが、寸での所で飲み込むと、あまりガングート達を刺激しないように言葉を選びつつ話を始める。

 

「それで、ご説明というのは……」

 

「中佐。先ほどのアドミラールの言動から、貴方も薄々感づいているかとは思うが。……アドミラールは、軍人としての才は言うまでもない。だが、恋愛や、性への知識や免疫に関しては。控えめに言っても歳相応どころか、全くもってないも同然」

 

「そう。システムである私達が言うのも、あれだけどね」

 

「ウブだよ、ピュアなんだよ」

 

「あ、そうなんですか」

 

 成る程、ウブだったのか。それならば、フロイト少佐のあの反応や導き出した結論も合点がいく。

 しかし、北海の女王と呼ばれたフロイト少佐もとんだギャップの持ち主だな。

 

「そこでだ、中佐。これから私が言うのは"命令"ではなく"お願い"だ。心して聞いて欲しい」

 

「あ、あぁ」

 

「アドミラールが北海で活躍してた頃、とあるトラブルに巻き込まれこちらに来たことは知っているか?」

 

「あ、あぁ、人伝に聞いて」

 

「ではその際、部下の艦娘達を引き離された事も知っているな?」

 

「勿論」

 

「ヴェールヌイを初とした者達はこのラバウルの地で新たに建造し指揮下に加えた者達だ。だが私とマラートは、北海時代からアドミラールの下で活動している。だから、アドミラールの事は他の誰よりも解っているつもりだ」

 

「あ、それから警備隊の人たちもね。わざわざ志願してアドミラールと一緒にこっちまでついて来たんだから」

 

 フロイト少佐は多くの者から慕われた人だったんだな。

 

「だからこそ。北海を去る時に目にしたアドミラールの悲しい顔を、私達はもう二度と見たくないんだ!」

 

「そうよ。アドミラールの笑顔の為なら、何だってするわ!」

 

「だから、中佐。……中佐には是非とも、私達の気持ちも含めて判断を下して欲しい」

 

「そう、アドミラールの質問に"イエス"か"ダー"で答えるのよ!」

 

 マラートさん、それは選択肢になっていないのでは。

 と、言葉にしていないのだが表情に出てしまっていたのか、ガングートの手にしたトカレフの銃口が頬に近づく。

 

「中佐。あくまでこれは"お願い"だ。だから、勿論拒否する権限はある。……だが、もし私達の目の前でアドミラールに涙でも流させようものなら。……どうなるかは、分かっているだろう、中佐?」

 

「ガングートとこのマラート様が、警備隊を引き連れて直々に会いに行くわ。その後は、言わなくても分かってるわよね?」

 

「福利厚生だよ、田舎暮らしだよ」

 

 背筋が凍るような、嫌な汗が頬を伝う。

 それは所謂シベリア管区送りですか、確かに今なら書面上国境はないので送ることも出来るだろうが、そんな事したら色々と管区同士の間で問題に。

 いやそれどころか、ガングート達にそこまでの力はない筈だが。

 

 何故だろう。

 赤いお国の血が流れているからか、そんな事を出来そうな錯覚に陥りそうだ。

 

 あぁ、お願いとは何だったのか。

 

「付け加えておくと、アドミラールとは清く正しいお付き合いをお願いしたい。順序を守り、自らの欲を満たす為だけに先走った事をするなど言語道断だ。分かるだろ、中佐?」

 

「それと、教えることは許してあげるけど、アドミラールにはちゃんとした知識を教えなさい! もし変な事吹き込んだら只じゃおかないわ!!」

 

「粛清だよ、ハラショーだよ」

 

「さて中佐、"OHANASI"の内容は理解してくれたかな?」

 

「も、勿論……」

 

замечательный(素晴らしい)、では中佐、そろそろアドミラール達のもとへと戻ろうか」

 

「だ、だぁ……」

 

「ふふ、中佐。中佐とは良き友、そして良き同志として、今後も末永く付き合っていけそうだな」

 

「は、ははは……」

 

 最高の笑顔を見せるガングート達に対して、自分の笑顔は、もう引き攣る他なかった。



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第56話 ミニ観艦式と女王との邂逅 その6

 こうして、お願いの皮を被った赤い洗礼を受けた自分は、再びフロイト少佐達のもとへと戻ると。

 今だ顔を赤らめ乙女の様相を呈しているフロイト少佐に、自身の答えを伝えるのであった。

 

 ガングート達の厳しい視線を受けながら。

 

「フロイト少佐、その、こんな自分でよければ、どうかよろしくお願いします」

 

「それは、その、付き合ってくれる。と言うことでいいのか?」

 

「はい」

 

 刹那、フロイト少佐の顔が一気に嬉しさで満たされると、自分の手を取り喜びを隠しきれない様子で言葉をつむいでいく。

 

「で、では、中佐。私の事は堅苦しく階級など交えず、気軽に"レーニャ"と呼んでほしい。その代わり、私も中佐の事を、ハジメと呼んでいいか!?」

 

「ご、ご随意に……。あ、でも時と場所によっては」

 

「分かっている。ちゃんと公私は分けて接する」

 

 こうして恋人同士らしく互いの名前の呼び方も決まった所で、それまで黙っていた紀伊達から祝福の言葉が送られてくる。

 

「何だか不思議な感じだが、兎に角提督、おめでとう」

 

「提督、幸せになるのだぞ」

 

「お付き合いだよ、甘くなるか酸っぱくなるかは本人次第だよ」

 

「破廉恥から始まる恋物語なのです!」

 

 祝福は嬉しい、それに、現世では初めて出来た彼女だし、これで晴れて自分も紀伊側の仲間入り、嬉しくない訳がない。

 ただ、ただ一言言わせて貰うと。

 

「ふふ、中佐、我々も末永く二人の幸せを祝福しよう」

 

「えぇ、そうね」

 

「ハラショー」

 

 不敵な笑みを浮かべている彼女の保護者様方が過保護でなければもっと嬉しかったのだが。

 

 

 こうして、紀伊達立会いのもと正式にお付き合いをする事になった自分とフロイト少佐、もといレーニャ。

 レーニャは承諾前とは打って変わって、今にもスキップしそうな程上機嫌に案内を再会している。

 

 一方の自分はといえば、歩きながら今後のレーニャとのお付き合いの仕方を熟考していた。

 

 厳しい保護者様方の目がある手前、いきなり初デートでキスなんてしたら順序を飛ばしすぎと言われるだろうか。

 やはり、最初は手を握る所から順序だてて、キスは三回目のデート位でしたほうがよいのか。

 と言うか、そもそもあんな魅力的な御身体を持っているにも拘らず順序を守らぬ穢れたお付き合いは厳禁とか、もう生殺しじゃないですかやだー。

 

「わはは、何だか司令官さんが頭を抱えて悶えているのです!?」

 

「あれはね、葛藤、だよ」

 

「本能と理性の狭間で揺れ動いているんだよ」

 

「って、こら! 勝手に人の心を分析するんじゃない! ダブル響!」

 

「「はっラショー!!」」

 

 なんて熟考していたら、響とヴェールヌイが勝手に自分を分析して楽しんでいた。

 まったく、人事だと思って楽しむんじゃない。

 

「ハジメ、さぁ、着いたぞ」

 

 なんて内心怒っていると、何時の間にやらレーニャの執務室の前に到着していた。

 

「失礼します」

 

 執務室に足を踏み入れると、事前に想像した通り、室内はロシアを含めたヨーロッパ家具で飾られていた。

 なお、執務机の上にはマトリョーシカ人形が置かれている。

 

「こちらにかけて待っていてくれ、今お茶を用意する」

 

 そんな執務室内の一角に設けられた応接用のソファーに腰を下ろすと、手際よく準備を進めるレーニャの姿を眺める。

 勝手なイメージが先行していたが、こうして見ると、北海の女王と呼ばれた彼女も、実は可愛らしい女性なんだな。

 そんな彼女と付き合う事になった、そう思うと、不意に言い表せぬ優越感が湧いてくる。

 

 は、いかん。ニヤニヤしてしまっていた。

 別室で待つ事になった紀伊達が同席していたら、間違いなくからかわれていた所だ。

 

「紅茶は取り寄せたものだが、ジャムの方は自家製だ。口に合えば……嬉しいんだが」

 

 テーブルに置かれたガラス製容器には、黄金色に輝く紅茶が美味しそうな香りを立たせている。

 そしてその隣には、鮮やかなイチゴジャムが入った容器が置かれている。

 

「スプーンでジャムをすくい、直接舐めながら紅茶を飲むんだ」

 

「成る程。……では、いただきます」

 

 レーニャの言う通り、ジャムをスプーンで適量すくいそれを舐めると。次いで容器を手に取り、一口、紅茶を口へと含ませる。

 すると、芳醇な甘みと紅茶の香りが口一杯に広がり、心も身体も温かさで包まれる。

 

「ど、どうだ?」

 

「うん、とても美味しいよ、レーニャ」

 

「本当か!! ……よかった」

 

「このジャムも美味しいし、レーニャは良いお嫁さんになりそうだね」

 

「!! そそ、そそそ……あぅ」

 

 褒められ慣れていない訳ではないのだろうが、この手の褒められ方はあまりされてこなかったのか。

 一瞬で湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしたレーニャは、程なくして顔を伏せてしまう。

 

 会って間もないとは言え、見た事もない彼女の一面に、自然と笑みが零れる。

 

「は! も、もう。からかうのはよせハジメ」

 

「本気で思ったことなんだけどな」

 

「あぅ……」

 

「はは」

 

「も、もう。……でも、ありがとう」

 

 こうしてレーニャの新たな一面を楽しんだ所で、いよいよ本題であるミニ観艦式の打ち合わせの内容や本番での役割分担について、伝えていく。

 その際は、やはり公私を確りと使い分け、レーニャも再び北海の女王の顔に戻るのであった。

 

「それでは、本番までの予行練習等については、また調整がつき次第連絡するという事で」

 

「うむ、了解した」

 

「では、そろそろ御暇させてもらいます」

 

「え、もう、帰るのか……」

 

 今回足を運ぶ事になった用件も全て終えたので、退室しようとソファーを立ち上がると、再び北海の女王からレーニャへと切り替わる。

 

「しょ、レーニャも解ってると思うけど、他にも色々と今日中に処理しなきゃならない書類とかがあるから、あまり長居してると、ね?」

 

「あ、あぁ、そうだな。ハジメにもハジメの仕事があるものな。すまない、引き止める様な真似を……」

 

「いや、そんな……っ!!!」

 

 少し俯き加減で別れを惜しむレーニャであったが、そんな彼女とは別の方角から、具体的には執務室の扉の方から凄まじいばかりの殺気が飛来し突き刺さる。

 これはあれか、保護者方の何してんだといわんばかりの無言の圧なのか。

 

「あ、あぁ……その。もう少しだけ、いようかな」

 

「え!? 本当か!?」

 

「その、もう少しだけレーニャと話をしたいし。勿論、プライベートな」

 

「嬉しい! では、おかわりの紅茶を用意しよう!」

 

 悲しそうな表情が一変、再び明るい表情に戻ると、レーニャは空になったガラス製容器を持って紅茶のおかわりを淹れ始める。

 刹那、それまで突き刺さっていた殺気がふと消えると、無言の圧から解放された嬉しさから自然とため息が漏れた。

 

 その後、レーニャのプライベートな、得意料理であるビーフストロガノフやピロシキ等の話で一通り盛り上がると。

 少しばかり名残惜しそうなレーニャを残し、彼女の執務室を退室すると、別室で待っていた紀伊達を迎えにいく。

 

「やぁ中佐、お帰りで?」

 

「あぁ」

 

「では、出入り口までお送りしよう」

 

「感謝しなさい!!」

 

 出迎えたガングートとマラートのご好意を受け、自分達はレーニャの官舎の正面出入り口を潜り、お天道様の下に姿を晒す。

 と言っても、既にお天道様は夕焼けと言うお姿になられていた。

 

「では中佐、また会おう」

 

「楽しみにしてるわ!!」

 

「飯塚中佐、お気をつけて!!」

 

 ガングートとマラート、それに曹長ら警備員達に見送られて、自分達は我が家である官舎を目指し歩き始める。

 

「所で提督、フロイト少佐と付き合う事になったとの報告は、河内達にするのか?」

 

「……隠しきれるものじゃないし、するしかないだろ」

 

「河内辺りは、いじってくるだろうな」

 

「うむ、(わらわ)もそう思う」

 

「ははは……」

 

「でも、司令官さんの幸せなら皆さん祝福してくれるのです!」

 

「お祝いだよ、赤阪炊くよ」

 

 こうして自分達の官舎へと戻った後、任務や訓練に出ている者を除く全員を第二会議室へと集めると、自分の口から先ほど決定した重大発表を行う。

 その内容とは、無論、レーニャと"健全"なお付き合いをさせていただく事になったとの内容だ。

 

 自分からの発表を聞いた面々の反応は、紀伊達の言っていた通り、祝福に溢れていた。

 

 ただし、やはりというべき、河内だけは、やはりいじってきた。

 

「嘘やろ提督はん! フツメンで、なんか地味で、彼女いない歴イコール年齢なんちゃうかと思ってた提督はんに、ホンマにホンマに、彼女出来たん!?」

 

「よし河内、後で官舎の屋上に行こうか」

 

 フツメンや地味だけならばまだ許してやろうかと思っていたが、年齢と彼女いない歴が同一というのは感心しないな。

 そもそも、自慢じゃないが、前世では学生時代にはちゃんと彼女がいたんだぞ。ま、一年で別れたけど。

 

 等と、前世の甘酸っぱい記憶を思い出しながら、河内とのお約束のようなやり取りを経て、無事に、レーニャとの関係に関する発表は終わりを告げた。

 

 

 

 

 翌日からは、それはもう今まで以上に忙しい日々が待っていた。

 通常の業務に加え、ミニ観艦式本番を滞りなく成功させるために、参加する提督や艦娘、そしてスタッフの面々を交えての会議や予行練習等々。

 通常の業務の合間の時間を見つけては行われる為、それはもう日本の首都圏鉄道ダイヤに匹敵するような超過密スケジュールの連続であった。

 

 だが、そんな過密スケジュールとも、今日でお別れだ。

 

 そう、本日は、ミニ観艦式本番当日だからだ。

 

「ご覧いただいております、受閲艦艇部隊の旗艦を務めますは、極東州海軍、飯塚艦隊所属、戦艦紀伊でございます」

 

 アナウンス担当スタッフによる案内と共に、紀伊に先導受閲艦艇部隊が、指定海域の大海原を悠然と航行していく。

 紀伊を先頭に、ガングートやマラート等の戦艦が続き、中間には加賀、そして後方には電やヴェールヌイ等の駆逐艦や潜水艦が続く。

 総勢三十隻もの軍艦が等間隔で航行しているその様は、まさに圧巻の一言に尽きるだろう。

 

 因みに、今回受閲艦艇部隊として参加できなかった河内達は、ミニ観艦式開催海域の警備として指定海域外苑で警備の任についている。

 多分今頃、なんであたしが警備やねん! とか文句を垂れているんだろうな。

 

「上空をご覧ください、受閲航空部隊によります祝賀飛行でございます」

 

 等と考えている内に、観閲が終了し、受閲艦艇部隊は展示訓練実施の為に観閲付属部隊の後方から一八十度回頭を開始していく。

 またその間、来観者を飽きさせない為にも、航空部隊による催しが行われる。

 

 鮮やかな編隊を組みながら先頭を飛行するのは、震電改航空隊の選抜隊、その後に続くはRe.2001 OR改やカーチス P-40、更にはLaGG-3等の各参加提督が有する航空隊の機体が大空を飛んでいく。

 

 因みに、当初受閲航空部隊には菅隊長率いる天風航空隊を充てるつもりだった。

 所が、予行演習の際、菅隊長がお行儀よく飛んでちゃ客が面白くねぇだろバカヤロコノヤロ、と、観閲部隊すれすれを飛行する事件を起こし。

 万が一本番で事が起こっては俺の首が飛ぶだけでは済まないと、急遽震電改航空隊に変更された経緯がある。

 

 なお、今頃待機所で柱に縄で縛りつけられているであろう菅隊長は、不満爆発で罵詈雑言の雨あられを言い放っているんだろうな。

 

「皆さま、お待たせいたしました。只今より、訓練展示を開始いたしたいと思います」

 

 等と考えている内に、観閲部隊や観閲付属部隊の一八十度回頭も終わり、訓練展示用の隊列が形成し終えた所で、受閲艦艇部隊による訓練展示が始まる。

 流石に、戦艦の主砲による祝砲発射は祝砲用の砲弾の問題や発射時の衝撃等々の問題から採用されておらず、代わりに、熊野や加古等の重巡洋艦の主砲を用いて行われる。

 

 戦艦の主砲に比べれば確かに迫力等は劣るものの、それでも、日ごろから軍艦などに接し慣れていない観覧者の方々にすれば、重巡の主砲でも迫力満点だ。

 

 その後、駆逐艦達による戦術運動や、チェザリス中佐たっての希望で行われたアミラリオ・カーニ級の二人による潜水艦の潜航・浮上運動。

 更に加賀さんによる一式艦上爆撃機"彗星"一一型の発艦等々。

 

 ミニ観艦式本番は特にトラブルなども起こる事なく、滞りなく進み。

 夕焼けに染まったラバウル統合基地のバースに、参加した面々の艤装が接舷され、準備が整った順にタラップから観覧者の方々が下艦していく。

 

 

 目下の一大イベントが無事に終わりを告げ、安どする俺ではあったが、それも明日までだろう。

 明日からはまた、いつものように深海棲艦から海の平和と安全を守る為の日々が再開するのだ。

 

 でもまぁ、今日の所は、ミニ観艦式を無事に成功させた祝いの気分を存分に堪能するとしよう。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。


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幕間 SIDEブラック

 地元の青く綺麗な海、幼い頃より慣れ親しんだこの海を、今、私は陰鬱な気分で眺めている。

 それというのも、周囲に殺到している人混みの多さからではない。

 

 他人の海を、我が物顔で航行している鉄の船のせいだ。

 

「皆さま、お待たせいたしました。只今より、訓練展示を開始いたしたいと思います」

 

 船上に響き渡るアナウンスの後、私の乗る軍艦の左側を航行する軍艦の主砲が火を噴いた。

 実弾ではなく祝砲らしいが、その迫力は実弾発射と何ら変わらない。

 

 周囲の客共は歓声を上げてどよめき、その勇ましい姿に釘付けになっているようだが、私は、そんな姿を同じ目で見る事はない。

 

 その後も潜水艦や空母といった軍艦の訓練展示が続き、その度に、周囲の客共は私の神経を逆なでするような反応を示す。

 だが、私はそんな周囲の反応に逆上することなく、自らの感情を抑え続けながら、愛すべき海で行われる愚かな行事を見つめ続けるのであった。

 

 

 

 時は経ち、夕焼けに染まるニューブリテン島の一角。

 近隣の地元住民も知らぬ森の中、そこに、私達の組織のセーフハウスは存在している。

 

「あぁ、リーダー。お帰りなせぇ」

 

 セーフハウスに足を踏み入れると、出迎えたのは私の腹心の一人である初老の男。

 私よりも一回り上ではあるが、私や組織の為に奔走してくれる頼もしい男だ。名を、フォアという。

 無論、本名などではない、組織内での秘匿名だ。

 

「所で、どうでした、敵情視察の方は?」

 

「ふ、苦々しい事この上なかった。私たちの愛すべき海を、奴らは我が物顔で荒らしていたのだからな。……だが同時に、再び燃え上がらせてもらったよ、奴らを愛すべき海から追い出し、再び愛すべき海を私たちの手中に収める解放の炎にね」

 

 あの行事を拝見するにあたり、変装の為に着用していた付け髭やメイクなどを落とすと、素顔の私に戻った所で椅子に腰かけながらフォアから留守中に変わった事はなかったかを尋ねる。

 

「いえ、特に問題なく」

 

「そうか」

 

 フォアが用意してくれた水を一口含むと、暫し目を閉じ、昼間の光景を思い出す。

 私達組織の憎き敵、国際地球連合の先兵であるラバウル統合基地。

 私たちの長年にわたる憎しみの炎で同基地が焼き尽きてゆく姿をこの目で見るのも、そう遠い事ではない。

 

 だが、私たちの悲願を達成するためには、"奴ら"の支援なしには成し得ないだろう。

 

「……所で、"例の物"に関して奴らから何か連絡はあったか?」

 

 ゆっくりと目を開き、フォアに奴らからの連絡の有無について確認を行う。

 

「いえ、まだ特には……、あ」

 

「ん?」

 

 返答の途中で何かに気が付いたのか、フォアが不意に声を漏らす。

 それに反応するように、私も、フォアの視線の先に見た物を確かめるべく、視線をセーフハウスの出入り口へと向ける。

 

「YO! YO! 調子はどうだYO!!」

 

 そこにいたのは、ラッパー口調が特徴的な、私達の浅黒い肌よりも更に濃色な、アフリカ系の私と同年代の男性であった。

 しかも、彼はその口調のみならず、格好もまた個性的で目に付く。

 

 趣味の悪い星形のサングラスに、首や手には付け過ぎなほどのアクセサリー。

 長身の鍛え上げられた己の肉体を自慢したいのか、上半身は裸で、ダメージジーンズにこれもまた趣味の悪い帽子を被っている。

 とどめとばかりに、時折口元から見えるは、黄金に輝く金歯。

 

 

 出来る事ならば関わりたくないものなのだが、生憎と、私は彼との関りを断つわけにはいかない。

 何故なら、彼は私たちの組織の最大の支援者である"ブラック海軍"の連絡員なのだから。

 

「お出になるのなら、先に一報欲しい所ですが?」

 

「OHーっ! それはすまなかったYO! でも、最近連合軍の目や耳が厳しいから、アポなしも致し方ないんだYO!」

 

 椅子から立ち上がり、ご足労おかけいただいた彼と握手を交わす。

 

 にしても、何故ブラック海軍はこのような輩を私達との連絡員に任命したのか、未だに理解に苦しむ。

 確かに能力の方は優秀だ、それは長い付き合いの中で認めざるを得ない部分だ。

 だが、やはりこの個性的すぎる人格は、何時までたっても受け入れがたい。

 

「それで、突然お出でになった理由は?」

 

「OHーっ! そうだったYO! 今日来たのは、例の物の引き渡しの目途がついたから、それを教えに来たんだYO!!」

 

「ようやく、ですか」

 

「待たせてすまなかったYO! これが、引き渡しの日程と場所だYO!」

 

 何処からか取り出した一枚の紙には、私達が待ち焦がれていた例の物の引き渡し日とその場所が書かれていた。

 不意に、笑みがこぼれる。

 

 これで、解放の為の準備は整う。

 あとは、解放の炎を撃ち込むのみ。

 

「所で、確認なんだけどYO! ちゃんと代金の方は用意できてるのかYO!?」

 

「ご安心を、……フォア、例の帳簿を」

 

「へい!」

 

 フォアに指示し、例の物を購入するための資金、それを書き記した帳簿を持ってこさせる。

 フォアから受け取った帳簿を目にした彼は、資金の方は何の問題もないと理解していただけたようだ。

 

「OK! OK! そっちの準備も万全なんだYO! それじゃ、おいらは用件も終わったんで失礼させてもらうYO!」

 

 相変わらずじっとしていられないのか、それとも、動かさなければ喋れないのか。

 手の振りを交えながらお暇すると告げる彼に、私は、今しばらくこちらの話を聞いてもらうべく制止を呼びかける。

 

「少しお待ちいただきたい」

 

「ん? 何だYO!?」

 

「今回の事も含め、ブラック海軍の援助には感謝に堪えない、だからこそ」

 

「だからこそ? 何だYO!?」

 

「今回の解放計画実行の際には、是非とも、ブラック海軍の更なる支援。具体的には、実働部隊による共闘を是非とも願いたい!」

 

 私に背を向け立ち止まり話を聞いていた彼だが、不意に私の方へと振り返ると、その太い眉を大きくひそめ始める。

 

「あー、そいつぁ……、無理だYO!!」

 

「な、何故!!」

 

「悪いけど、今はまだ表立って動ける時じゃないんだYO! だから、物資などの提供はするけど、共闘はできないYO!!」

 

「く……」

 

「そもそも、おいらの一存だけじゃ、あんた達と共闘するかどうかなんて決められないYO!! んじゃ」

 

 再び私に背を向けると、彼はセーフハウスから立ち去ろうとする。

 

 確実に、確実に開放を成し遂げる為にはブラック海軍との共闘が必要不可欠だ。

 にもかかわらず、彼らは物資の都合をつけるだけで、何ら表立って共闘しようとはしない。

 

 私達の立場が彼らと対等でない事は分かっている。だが、それでも。

 

 心の中で膨らむやるせなさを紛らわせる、あるいは、溜まりに溜まった鬱憤を少しでも解消したかったのか。

 

「何がブラック海軍だ……、表に出ず裏でコソコソと、まったく文字通り陰湿(ブラック)海軍か……」

 

 気づけば、小声で愚痴を零していた。

 

「っ! が!!」

 

 だが、次の瞬間。

 凄まじい速さで私の胸ぐらが掴まれ、その勢いのまま足が床から離れる程体を持ち上げられる。

 

 その犯人は、誰であろう、連絡員の彼であった。

 

「おいおい、あんたよぉ、今のは聞き捨てならねぇんだけどさぁ?」

 

 先ほどとは打って変わり、その口調はふざけたラッパー口調などではなく。

 また声も低く、ドスの効いた声であった。

 

 まさに別人、口調が変わっただけなのに、今の彼からは恐怖すら覚えてくる。

 

「陰湿って言ったか? あぁ?」

 

「っ、あ、そ、それは……」

 

「あんたさぁ、自分の立場、分かってんの? おいら達があんたら支援してなきゃ、今でもあんたらはただ道の片隅でギャーギャー喚いてるだけの存在でしかなかったんだぞ?」

 

「そ、れは……」

 

「別によぉ、おいら達は支援すんのがあんたらじゃなくてもいいんだよ。代わりは幾らでもいるんだ。そこんとこも、分かってのさっきの発言か? あぁ?」

 

「っる!」

 

「あ? なんだって?」

 

「先ほどの、は、発言は、撤回する! すまなかった!」

 

 刹那、私の体が重力に逆らうことなく床へと叩きつけられる。

 喉の気道の急激な変化にむせていると、私の背中をいたわるように、彼がさすり始める。

 

「YO! 分かればいいんだYO!! 所で、大丈夫かYO!?」

 

「……、あぁ」

 

「それはよかったYO! それじゃ、今後こそ、おいら、失礼するYO!!」

 

 再びいつものラッパー口調に戻った彼は、セーフハウスから出て行った。

 彼が出て行ったのを見届けると、私は立ち上がり、己の不甲斐なさとやるせなさをまるでぶつけるかのように、近くの椅子に蹴りをいれる。

 

「り、リーダー……」

 

「あぁ、すまない。少し取り乱したようだ」

 

 部下の前で椅子に八つ当たりするなど、何と恥ずかしい事か。

 だが、そのお陰で、少しばかり冷静さを取り戻す事は出来た。

 

 確実性の大幅な向上は見込めない事は分かったのだ、ならばブラック海軍との共闘などという夢物語はさっさと切り捨て、私達自らの手だけで確実に解放を成せるように努力すればいい。

 

 頭を切り替え、フォアに指示を飛ばす。

 

「ふん、陰湿海軍め、見ているがいい。私達がこの母なる海を解放し、解放の炎をラバウルにともすその時を……」

 

 まもなくだ、まもなく、私達の悲願の炎はともされる。




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第57話 Can you feel my cry?

 ミニ観艦式を無事に終えて数日。いつも通りの日常が戻ってきた。

 深海棲艦による積極的な攻勢の前兆も見られず、この南国のラバウル統合基地には、一定の緊張感と穏やかな空気とが入り混じり、流れていた。

 

 南国特有の眩いばかりの太陽の下にあるラバウル統合基地だが、今現在、自分はそんなうだるようなお天道様の下にはいない。

 ではクーラーの効いた官舎の中かと聞かれれば、それも違う。

 では一体何処にいるのか。

 

 それは、ラバウル統合基地内でも少々特殊な場所だ。

 コンクリート造りで窓のない空間、照明がなければ、日中でも暗い事間違いない。

 かなり奥行きのあるその空間には、いくつかの可動式のターゲットが設置されている。

 また、空間内には火薬の臭いがこびり付いている。

 

 と、ここまで説明すれば察しはつくと思うが。

 自分は今、ラバウル統合基地内に設けられている射撃訓練施設、その屋内型射撃場で自主的な射撃訓練を行っている。

 

 勿論、クーラーも完備しているのでうだるような暑い日でも快適に過ごせる。

 

 

 等間隔に半個室ごとに区切られたスペースの一角。

 目の前のテーブルには、愛銃である私物のカスタムガバメントと予備マガジン。それに、実弾の管理帳簿等々が置かれている。

 

 因みに、訓練用にイヤーマフをしている以外、自分の装いは普段の軍服姿のままだ。

 

「こんなものか」

 

 テーブルの前まで移動してきたターゲットには、先ほどの射撃の成果が示されている。

 やはり最近撃っていなかったからか、前と比べると、少しばかりばらつきが気になる。

 

「んー、ん?」

 

 と、先ほどの射撃を自己分析していると、不意に屋内型射撃場に誰かがやって来る。

 時間帯的に多くの者は昼食を食べに基地の食堂等に出向いている、なので、今は自分以外の利用者はいない。

 

 故に、自然と今しがたやって来た者が誰なのかが気になってしまう。

 

「何だ、紀伊か」

 

「提督?」

 

 薄暗い出入り口から近づいてきたのは、自分のよく知る艦息、紀伊であった。

 

「珍しいな、紀伊がこんな所に来るなんて」

 

「提督、それを言うなら、提督こそ」

 

「あぁ、自分はほら、ラバウルに着任してから撃ててなかったから、久々にと思って」

 

「前任地の呉ではよく?」

 

「んー、まぁ、鈍り過ぎない程度にそこそこな」

 

 他愛もない自分の事情を話した所で、攻守交替とばかりに、今度は自分から紀伊が射撃場へやって来た理由を尋ねる。

 

「所で、紀伊はどうしてここに?」

 

「この間申請していた護身用の拳銃がやっと完成したんで、その試射をしに来たんだ」

 

 紀伊の口から洩れた言葉に、自分は数日前の事を思い出した。

 それは、レーニャとの初めての打ち合わせの翌日の事。

 前日のレーニャの警備隊との腕比べで必要性を感じたのか、紀伊が自身の護身用の拳銃の携帯申請と共に、"開発許可"申請を提出してきたのだ。

 

 拳銃の携帯申請は特に不思議な事ではない、ただ、開発許可申請の方は、提出された際に困惑した。

 紀伊曰く、既存のものではなく、自身が使い慣れた、即ちパラレルワールドである河内達の世界の大日本帝国海軍が採用していた拳銃を作る為の開発許可申請なのだそうだ。

 

 前世でも、そして現世のリセットデイ以前にも影も形もない拳銃を作れるのかと疑問が浮かぶところだが、そこは妖精さん(ご都合主義)の脅威の科学力で万事解決なのだ。

 

 という事で、紀伊の申請を承認したのだが。

 その成果が、今まさに現れたという事だ。

 

「紀伊、どんな拳銃なのか見せてもらってもいいか?」

 

「あぁ、構わない」

 

 腰に装着した革製のホルスターから紀伊が取り出して見せてくれたのは、何処かで見覚えのある二つの拳銃が合体したかのような、そんな外観をした自動拳銃であった。

 

「紀伊、この拳銃は何て名前なんだ?」

 

「九六式自動拳銃という名前で、使用弾薬は9x19mmパラベラム弾、シングルカラム式マガジンで装弾数は最大十発」

 

 紀伊の解説に耳を傾けながら、自分は九六式自動拳銃と呼ばれる拳銃をまじまじと観察する。

 

 紀伊の解説によると、同拳銃は、前年に正式採用された九五式自動拳銃を補助する目的、ハイローミックスのローを担うべく開発された拳銃との事。

 因みに、九五式自動拳銃とは、何と前世でも傑作自動拳銃の一つとして名高く、"天才"の称号に恥じぬ銃器設計者が最後に設計した事でも知られる『FN ブローニング・ハイパワー』、正式名称ブローニング・オートマティック・ピストル・モデル・ハイパワー。

 の日本生産型だというのだ。

 

 ただし、オリジナルの設計そのままで生産されたものではないらしく。

 基本構造は同じながら、照準が固定式に変更され、またオリジナルの一番の売りでもある、実用拳銃として初めて採用されたダブルカラム式マガジンを、シングルカラム式マガジンに変更。

 これにより、装弾数は低下する事となったが、当時の欧米人と比べ手の小さかった日本人でも握りやすい形状となった。

 

 因みに、何故ブローニング・ハイパワーの生産を当時の日本が獲得できたのかと言えば。

 紀伊曰く、先の大戦、即ち第一次世界大戦に日本軍が参戦し、戦後の戦訓調査と欧州の兵器研究に関して訪欧していた日本の銃器開発の第一人者が、ブローニング・ハイパワーの設計者と交流を持つこととなった。

 そのパイプを当時の日本がうまく使い、ブローニング・ハイパワーの開発計画に関して出資等を行い、共同開発する事によって、ブローニング・ハイパワーに関する権利を得たとの事らしい。

 

 そんな経緯で正式採用された九五式自動拳銃だが、如何せん、拳銃は戦車や戦闘艦などの所謂正面装備と比較して生産の優先度は低く。

 また、設計変更でオリジナルよりも値段が安いと言われてもある程度の値段はするので、配備が行き届くのには時間がかかる事は容易に想像できたようだ。

 

 そこで、そんな九五式自動拳銃を補助する為に九六式自動拳銃は設計された。

 九六式自動拳銃を手掛けたのは、ブローニング・ハイパワーの設計者と交流を持った日本の銃器開発の第一人者、そして、彼が代表を務める銃器メーカーであった。

 開発に関しては、開発期間と生産コストを抑える為に、九五式自動拳銃の設計を流用し、日本らしいデザインを有しながらブローニング・ハイパワーの血を引く、まさに"いとこ"のような拳銃として誕生した。

 

 こうして九六式自動拳銃として正式採用された後、九五式自動拳銃と共に陸・海・空の三軍で使われたそうな。

 

 

 なお、紀伊の解説を聞いて、解説を聞く前に思い浮かべていた二つの拳銃。

 ブローニング・ハイパワーと十四年式拳銃の合体説が間違っていなかった事をここに記する。

 

「へぇー、成程な。……所で、九五式自動拳銃も同じように採用してたのなら、どうしてそっちにしなかったんだ? 解説を聞いてる限り、九五式自動拳銃の方が性能がよさそうだけど?」

 

「慣れ、の問題だな。俺にとっては、九六式自動拳銃の方が慣れ親しんでいるからな。……それを言うなら、提督だって、ガバメントを使ってるじゃないか」

 

「そういえばそうだな。……所で、紀伊の世界の日本軍も、ガバメントを使ってたのか?」

 

「俺は詳しくは知らないが、ライセンス生産されたものが各軍の一部部隊で使用されていたと聞き及んだことはある。おそらく、特殊部隊やそれに準ずる部隊等だろう。あぁ、もしその辺りを詳しく知りたいなら、俺なんかよりも河内に聞くといい、なんたって、河内は元連合艦隊旗艦だからな」

 

 ブローニング・ハイパワーのみならず、まさかガバメントまでライセンス生産していたとは。

 改めて思うが、紀伊や河内達の存在もそうだが、この九五式自動拳銃等の存在にしても、河内達の世界の日本は前世の同年代の日本とは比べ物にならないくらいの成長を遂げてるな。

 

 この分じゃ、河内達の世界の戦後の兵器体系は前世じゃ考えられないものになっていそうだ。

 

 にしても、戦闘機から拳銃まで、本当に、河内の奴は何でも知ってるんだな。普段からじゃとてもそうには見えないが、やはり元連合艦隊旗艦、知識に関しては面目躍如といった所か。

 

 

 

 

 ──へっ! くしょぉぉっぃいいっ!!!

 

 うわ、物凄いくしゃみしてもうた。

 あぶなぁ、もし今執務室に口の堅い大淀以外の誰かがおったら、ドン引きされとったわ。

 

「大丈夫ですか? 河内さん?」

 

「あぁ、心配せんでええって、風邪やないから。……大方、誰かがあたしの溢れんばかりの魅力を羨ましんであたしの噂でもしとるんやろ」

 

 なんや、大淀の表情が物凄い何か言いたそうな顔しとるけど、ま、気にせんとこ。

 

「ほんで、ここ書いたらええんやろ」

 

「はい、そうです」

 

 ま、そんなんもありつつ、大淀の持ってきた書類に必要事項を記入していく。

 せやけど、ホンマに書類仕事って面倒やな。

 提督はんもそうやけど、古賀のおっちゃんもなんや書類仕事は生き生きとしとったけど、これのどこに楽しみを見出してんねや。

 

「はぁ……」

 

「河内さん、進む速度が遅くなってますよ」

 

「大淀、あんたホンマ、最近姑みたいやで、小言多ない?」

 

「提督から、河内さんがしっかりと仕事をするように見ていてほしいと言われていますから」

 

「とほほ……」

 

 提督はんがおらんから少しくらい(てぇ)抜いてもかまへんなんて考えは、どうやら甘かったみたいや。

 

「HEY! 提督ぅ!! Where are you? My darling!」

 

 なんておもとったら、いきなり勢いよく扉が開けられたかとおもたら金剛が体からハートでも出しそうな勢いで入室してきおった。

 なんや、紀伊の事探しとるみたいやけど。

 

「What? 河内に大淀! 提督は何処ですか?」

 

「提督はんなら、なんや、これ撃ちに行っとるで」

 

 あたしが引き金引くジェスチャーをしたら、金剛は意味を理解したみたいで言葉を漏らしとる。

 

「そうですかぁ……。折角提督に愛しのMy darling! の居場所を尋ねようと思ったのに、残念デース」

 

 ま、最も、金剛の最終目的は紀伊みたいやさかい、提督はんの居場所分かった所で、所詮は通過点みたいなもんやけどな。

 

「せやけど、金剛もなんや最近、ホンマにますます人目気にせずになってきとんなぁ」

 

「当たり前デース!! ここ最近、更にLove rivalが増えて、私のlegal wifeの座が危ぶまれてるんデース! これが焦らずにいられますかってんだデース!!」

 

 そういえば、なんやまた最近、紀伊争奪レースに新しい選手が加わったみたいや。

 確か提督はんの彼女さんのフロイト少佐の秘書艦やったかな。

 そういえば、この間のミニ観艦式でも二人揃って航行しとったな。ま、あれは行事やから、金剛も割り切っとると思うけど。

 

 にしても、以前から表明しとった漣とか五月雨、それにコンテ・ディ・カブール。

 他にも、金剛曰く、潜在的に艦隊内外で紀伊に好意寄せてる艦娘()は多いみたいやし、ホンマ、そう考えたら紀伊はモテモテやな。

 最近彼女が出来て浮かれとるどっかの誰かとは大違いや。

 

「もうこうなったらプランB(既成事実)デース!! 今夜紀伊の部屋にNight attack! を仕掛けてNON"鉄兜"で紀伊の主砲を私のEndometrialにシュート! させてみせるネーッ!!」

 

 あ? ないわんなもん!

 って、ここは突っ込んどいた方がええんやろか。

 

 そもそも、あたしらの人口人体は赤ちゃんなんてできへんのやけど。金剛、そこんとこ分かっとんのかいな。

 

「こうしちゃいられないネー! 早速準備にLet's Go!」

 

 こうして、嵐の様に執務室を去っていく金剛。

 ホンマ、何しに来たんや。

 

「紀伊だけに、キーキー叫んだだけで帰りおった……」

 

 ──あ、あかん!

 

 提督はんみたいな事口走ってもうた!

 

 あぁ、大淀がなんか言いたげな顔であたしの事やっぱり見てる!

 

「河内さん……」

 

「ちょ! そんな顔で見んといて! 頼むわ、何でもするから!」

 

「へぇー、今、何でもするとおっしゃりましたね」

 

「え?」

 

「では、こちらの書類、昼食前に片づけていただけますか」

 

「……、ぎょえぇぇっ!!! こ、これ、これあたしのやる量かぁぁーーっ!?」

 

貴女(秘書艦)だからやるんでしょぉっ!!」

 

 何処からか新しく大淀が取り出した書類の束を見て、あたしは叫ばずにはいられへんかった。

 

 なんでや、なんでこうなるんや!

 それもこれも、全部提督はんのせいや! 提督はんのドアホーッ!

 

 

 

 

 ──へっくしゅ。

 ん、風邪かな?

 

「大丈夫か、提督?」

 

「大丈夫だ。きっと、河内辺りが書類仕事に嫌気がさして自分に文句を漏らしてるんだろ」

 

「あぁ、成程」

 

 ま、大淀に見張り番を任せてあるし、Exodus(逃げ出す)ようなことはないだろう。

 でももしかしたら、"オーバーヒート"位はしてるかもしれないな。



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第58話 Can you feel my cry? その2

 他愛もない雑談を終え、紀伊は九六式自動拳銃の試射を行うべく、空いているスペースに姿を消す。

 自分も、残ったマガジン分撃って昼食を食べに行こうかと、頭の中で予定を立てていたが、程なくして聞こえてきた九六式自動拳銃の発砲音に、予定は未定となってしまった。

 

「ほぉー」

 

 紀伊の使用しているスペースに近づくと、そこで試射を行っている紀伊の射撃姿勢に声を漏らす。

 銃の撃ち方は十人十色、基本は同じでも、その後の応用はまさに千差万別。

 自分とは異なるサポートハンドの使い方など、色々と紀伊の射撃姿勢の癖を観察し、また声を漏らす。

 

「成程ね」

 

 にしても、紀伊の射撃している姿は、男の自分から見ても絵になるな。

 艦隊内外の艦娘()から桃色の視線を送られるのも分かるというものだ。

 

 ──自分はいいんだ、自分にはレーニャがいるからな!

 まだ、保護者の方々の視線とか、互いの業務なんかでデートなんてまだ一度もしてないが、それでも自分にはレーニャがいるから羨ましくなんてないんだ。

 

 

 さて、自分に言い聞かせるようにして気持ちを落ち着かせた所で、当初の予定通り残ったマガジン分を撃っていこう。

 

「あ、ハ……、飯塚中佐、奇遇だな」

 

 自分の使用していたスペースに戻ろうとした時、再び誰かがやって来ていたのに気が付く。

 九六式自動拳銃の発砲音にかき消されて足音などが聞こえなかったその者は、誰であろう、レーニャであった。

 

 ただし、もう一人の人物が紀伊とは気付いていないのか、その口調や雰囲気はレーニャではなく、北海の女王ことフロイト少佐であった。

 

「えぇ、奇遇ですね。……所で、フロイト少佐、一応、もう一人、利用しているのは自分の部下である紀伊なのですが」

 

「ん? そ、そうなのか? なら……。あ、いや、駄目だ! 一応ここは他の者も共有施設だ、公私混同すべきではない!」

 

 紀伊の事を説明してはみたものの、どうやらプライベート空間ではない為フロイト少佐としての立場を崩す事はないようだ。

 でも、少しだけ揺れ動いた時の表情は、いいものだったな。

 

「所で、フロイト少佐、少佐も銃を撃ちに?」

 

「当たり前だ! 射撃場に来ているのに銃を撃たないで何をする!?」

 

「で、ですよね……」

 

「ふむ。飯塚中佐、どうだ、私の射撃の腕を見ていかないか?」

 

「え? 少佐の腕前を、ですか?」

 

「あぁ、嫌か?」

 

 多分、旗から見ると、自分は蛇に睨まれた蛙の様に見られるんだろう。

 だが、自分は気づいている、フロイト少佐の威厳に満ちた瞳の奥に、レーニャとしての気持ちがある事を。

 

「い、いえ! とても光栄な事です、是非拝見させていただきたく存じます!」

 

「では、あそこ撃つとしよう」

 

 上機嫌でフロイト少佐が向かったのは、自分が使用しているスペースの隣であった。

 

「よし、では始めよう」

 

 フロイト少佐が腰のホルスターから取り出したのは黒光りするトカレフであった。

 ガングートも同じものを使用している事を考慮すれば官給品なのだろう、警備隊が使用するPPSh-41とは弾薬の相互性もあるので妥当な選択である。

 

「いくぞ」

 

 刹那、トカレフが火を噴き、放たれた7.62x25mm トカレフ弾がターゲットに飛来し、中心位置付近に弾痕を残す。

 その後も、リズムよく火を噴くトカレフ。その度に、ターゲットの弾痕が数を増やす。

 

 にしても、かつて警備隊と共に地元の武装勢力と戦ったと言うだけの事はある。その射撃姿勢、まさに歴戦の戦士の風格。

 下手な新兵など圧倒するだろう。

 

 だが、だがしかし、自分はそんな凛々しい姿に視点を合わせてはいなかった。いや。合わせられなかった。

 何故なら、トカレフが放つ反動により、小刻みに揺れ動くフロイト少佐の豊満なメロンから、どうしても視点が離れないからだ。

 

 あぁ、素晴らしい、何と素晴らしい、まさに福眼。

 だが、惜しむらくは、フロイト少佐の格好が軍服であるという事だろうか。

 もしこれが薄手のシューティングウェアとかなら、自分の両目はまさしく大開眼していた事だろう。

 

「ん? どうかしたのか? 中佐」

 

「は! い、いえ! なんでも!!」

 

 等と、自身の欲に忠実な妄想を考えている内に、どうやら一区切りがついていたようだ。

 妄想していた事を怪しまれないように適当に誤魔化し終えると、自然な流れでテーブルの前まで移動してきたターゲットに話題を変える。

 

「あー、所で、凄い腕前ですね」

 

「そうか? ふむ、最近は撃っていなかったからな、少し腕が鈍った様だ。これからまた、鍛えて感覚等を取り戻さなければならんな」

 

 流石は北海の女王様、提督という役職にある者ならば及第点以上の成果だというのに、それでは駄目だとは。

 常に理想とする高い次元を維持しようとするその姿勢、流石はストイックでいらっしゃる。

 

「所で、中佐も先ほどまで撃っていたんだろ? 結果を見せてくれないか?」

 

 刹那、フロイト少佐から自分の結果が見たいとのご所望が飛び出す。

 特に見せて不都合でもないので、隣にある自分が使用しているスペースに移動し、自身の結果をご披露する。

 

「っ! ……これは、これは本当に中佐が撃ったものなのか!?」

 

「え、えぇ、そうですけど」

 

 なのだが、何故かフロイト少佐はターゲットが示した結果を疑っているようだ。

 念を押して確かめていることから、どうやら相当疑われているようだ。

 

「……中佐、一つ聞きたい」

 

「あ、はい、なんでしょう?」

 

「貴様は、貴様は一体、何者なんだ!?」

 

 などと思っていると、何と自分自身の事まで問いただされてしまう。

 

「何者と言われても、少佐と同じ提督ですよ」

 

「中佐、私はこれまでにも様々な提督を見てきた。その大半は、信用するにも値しない、権威や権力などを盾に口先だけは達者な者ばかりだった」

 

「そ、そうですか……」

 

「だが中佐、貴様は、貴様は私の信用を勝ち取った数少ない提督だ。……だからこそ! 問いたい! あのテストの時の動き、あれは訓練を積んでいない者が考えた所でとっさに出来る動きではない。それに、この射撃の結果。……貴様は、貴様は本当にただの提督なのか!?」

 

「あー、そのー。自分が提督じゃないんじゃないかと疑われているのでしたら、少佐の権限でも自分の経歴はある程度なら閲覧できますから、そちらを……」

 

 欲していた答えと違うからか、フロイト少佐の目つきは、まさに北海の女王の如く冷たく鋭くなっていく

 

「おい、中佐、耳を貸せ」

 

「あ、はい」

 

 そんな目つきと低い声に完全に屈した自分は、フロイト少佐に言われるがままに耳を貸すのであった。

 

「……ハジメ、私達は、その、恋人同士なんだ。だから、もし誰にも打ち明けられないような辛い事があったとしても、少しくらい、私に話してくれてもいいんじゃないか? 私は、口は堅いぞ。それに、あまり秘密の多い男は、好きじゃ、ない」

 

 一体どんな事を言われるのかと身構えていると、耳元から聞こえてきたのはレーニャとしての本心であった。

 ただの親しい間からではなく、恋人同士という特別な関係。そんな関係でありながら、何故もっと信頼してくれないのか。

 

 そんな不満が現れてか、彼女の顔を窺うと、少し、頬が膨らみ目はうるんでいた。

 

 

 いつか、いつかレーニャと一生を添い遂げると誓いを立てるその時がくれば、その時には、彼女に本当の事を話そう。

 自分が現世の人間ではない事、そして、前世で行っていた海軍軍人らしからぬ血生臭い事。

 包み隠さず、真実を伝えよう。

 

 でも今は、今はまだ、皆を惹きつけてやまない謎多き提督。のままでいさせてもらおう。

 

「レーニャ、ごめん。今はまだ、言えないんだ。……でも、でも必ず、いずれ君には包み隠さず全てを伝える。だから、今は黙っていてほしいんだ」

 

「……そう」

 

 刹那、レーニャからフロイト少佐に切り替えると、凛とした声と共に彼女は、分かった、と告げた。

 どうやら、自分の気持ちを汲み取り、理解を示してくれたようだ。

 

「フロイト少佐でしたか」

 

 と、自身の過去の経歴の件に一応の区切りがついた所で、試射を行っていた紀伊が声をかけてきた。

 

「紀伊か。どうかしたのか?」

 

「いえ、フロイト少佐のお姿が見えたので、ご挨拶にと」

 

「そうか。……所で、紀伊はもう帰るのか?」

 

 紀伊が手にしていたイヤーマフ等から、帰るものと判断したのだろう。

 

「えぇ、食堂で昼食を食べようと思いまして」

 

「ふむ」

 

 と、紀伊のこの後の予定を聞いたフロイト少佐は顎に手を当て何かを考え始めると、程なくして、再び口を開く。

 

「では紀伊。もしよければ、ガングートを誘ってはくれないか? 紀伊との昼食を所望していたのでな。汲み取ってくれるとありがたいのだが?」

 

「……、分かりました」

 

 何だ、紀伊の奴一瞬自分の方に視線を向けたが、一体その意味深な視線は何なんだ。

 

「では提督、フロイト少佐。俺はこれで失礼します」

 

「あ、あぁ」

 

「ガングートの事、頼んだぞ」

 

 こうして紀伊は屋内型射撃場から去っていった。

 

「よし、中佐! 中佐はまだ撃っていくのだろ?」

 

「え、えぇ、そのつもりですけど」

 

「では、私と射撃の成果で勝負しよう! 勿論、勝負なのだから勝った方には褒美がある。負けた方が勝った方の昼食後のデザートを奢るというものだ!」

 

 こうして屋内型射撃場に二人きりとなった訳だが、フロイト少佐からレーニャに切り替わる事はなく。

 それどころか、射撃の成果で勝負しようと言い出した。

 

「言っておくが、真剣一発勝負だ。手加減などするのなら……、分かってるだろ?」

 

「だ、だぁ……」

 

「ふ、ではいくぞ。……、負けないんだから」

 

「え? 今何か?」

 

「なんでもない!」

 

 気のせいか、一瞬フロイト少佐からレーニャに切り替わったような気がしたのだが。

 それに、心なしか、フロイト少佐の頬が赤らんでいるような気がする。

 

「ほら、早く構えろ!」

 

「あ、はい!」

 

 等と暢気に考えていると、フロイト少佐からの喝が飛んでくる。

 背筋を伸ばし、自分のスペースで準備を整えると、フロイト少佐の合図と共に互いに射撃を開始する。

 

 互いに隣り合って射撃を行う。

 客観的に考えると、そんな何気ない光景となるのだが、そこに恋人関係というものが絡むと、あら不思議。

 これって、所謂デートと言えるのではないだろうか。

 

 自分達以外誰もいない屋内型射撃場で恋人同士の男女が並んで仲良く射撃をする。

 でも待てよ、射撃場でデートって、あり、なのか?

 

 ──いや、アメリカンスタイルだと思えばいいんだ! 前世でも確か、アメリカの有名人なんかが射撃場デートしていた事をスクープされていた気がするし。

 

 

 等と、余計なことを考えている内に、互いに射撃が終了し、結果発表となる。

 

「おい、これは本当に真剣にやったんだろうな?」

 

 なのだが、余計なことを考えていたせいか、自分の結果は集中していた時に比べ散々なものとなっていた。

 

「……まぁいい、勝負は勝負だ。約束通り、昼食後のデザートを奢ってもらうぞ」

 

「喜んで」

 

 この結果に何処か腑に落ちないフロイト少佐ではあったが、一方で、デザートを奢ってもらえる嬉しさからか、口角が自然と上がっていた。

 

「よし、では片づけて食堂に行こうか」

 

 あれ、そういえば二人で食堂に行って昼食を食べる。

 この流れ、これこそ間違いなくデートだよな。

 

 基地の食堂という公共性の高い場所ではあるものの、雰囲気とかを気にしなければ、楽しい昼食が期待できそうだ。

 

 まさに気持ちは天にも昇るほど。

 が、この時、自分はそんな天にも昇る気持ちが、一瞬で地獄へと引きずり落される事になろうとは、思いもしていなかったのであった。

 

「あ、いたいた、アドミラール!」

 

 それは、片づけを終えて屋内型射撃場を後にしようとした直後の事であった。

 フロイト少佐の部下であるマラートが、彼女に声をかけながらやって来たのだ。

 

「マラート、どうかしたのか?」

 

「えぇ、……実はね」

 

 用件を述べる直前、二人きりだからといっておかしな事はしていないわよね? と言わんばかりに一瞬自分に睨みを利かせたマラートであったが。

 それを終えると、何やら手にした書類を交えながらフロイト少佐と話し始める。

 

 その様子から、どうやら急を要するもののようだ。

 

「分かった、では直ぐに官舎に戻る」

 

「Да!」

 

 そして、用件を伝え終えたマラートは、踵を返して屋内型射撃場を出ていくのであった。

 

「……すまない中佐、どうやら、食後のデザートを奢ってもらうのは、今度、機会があればとなった」

 

「え?」

 

「すまないが、昼食を共にしている暇がなくなったんだ。私は急いで官舎に戻らねばならない」

 

「あ、あぁ。そうですか、分かりました。えぇ、ではまた、デザートの件は今度の機会という事で」

 

「……すまない」

 

 最後にしおらしい声を漏らすと、フロイト少佐は足早に自身の官舎を目指して屋内型射撃場を後にした。

 

 そして、一人残された自分はといえば。

 折角巡ってきたチャンスを逃したショックから立ち直るまでの間、フロイト少佐が出て行った出入り口の方をぼんやりと眺め続けるのであった。



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第59話 Can you feel my cry? その3

 気持ちを切り替え、屋内型射撃場を後にした自分は、先ほどから主張の激しい腹の虫を落ち着かせるべく食堂へと向かった。

 ピークは過ぎていた様だが、それでも食堂内には兵士や艦娘等でまだまだ賑わいを見せている。

 

「はぁ……」

 

 適当に選んだ昼食を持って、適当な場所に座り、昼食を食べ始めたが。

 切り替えたはずなのに、まだレーニャと昼食を一緒に食べれなかった事が尾を引いて、あまり美味しく感じないし、ため息が漏れてしまう。

 

 と、聞き慣れた声が自分の名を、いや正確に言えば役職を呼んだ。

 

「どうしたんだ、提督? 何だか辛そうな顔をしているが?」

 

 それは、自分よりも先に屋内型射撃場を出た筈の紀伊であった。

 紀伊の手には、昼食を乗せたトレーの姿がある。

 

 そして、そんな彼の周りには、見慣れた三人の艦娘の姿。

 金剛、コンテ・ディ・カブール、そしてガングートだ。

 

「あぁ、何でもない。……それより紀伊、確か、自分より先に出て行った筈じゃ?」

 

「実は、ガングートを誘って食堂に向かう途中で金剛とカブールに出くわして……」

 

「HEY!Gangut! 抜け駆けは許さないデース!!」

 

「それは僕だって同じだよ!」

 

「と、いう訳だ、中佐」

 

 四人のやり取りを聞いて大体の理由を察した自分は、その後金剛などから辛気臭いなどと言われつつも適当に会話を交わし、再び食事の方に意識を集中し始める。

 

「どうだ、紀伊。今度私特製のボルシチを食べに来ないか? 勿論、"二人きり"でな」

 

「HEY!Gangut! My darlingを誘惑しないでほしいデース!!」

 

「おや? 紀伊と金剛とは、まだそのような関係ではないと聞いていたが?」

 

「そうだよ、仮とは言え正式に婚姻を交わしてないんでしょ。なら僕にだってまだ権利はあるよね。……ねぇ紀伊、もしよかったらさ、今度秘蔵のワインと一緒に、手作りのチョコレートタルトを楽しまない? 誰にも邪魔されないでさ」

 

「Why!? Cavour! どさくさに紛れてちょっかいを出すんじゃねぇデース!!」

 

「おい、俺は食事をしたいんだ……」

 

 だが、テーブルの対面で繰り広げられるイチャイチャコントを否が応でも見せられては、とても食事に集中などできない。

 

 そもそも、今、自分はレーニャと昼食を一緒に食べれなかった事への絶望感に打ちひしがれているというのに。

 まるで自分への当てつけかの如く繰り広げられる目の前の光景は、自分の中に新たなる感情を呼び起こさせる。

 

「……提督、本当に大丈夫なのか?」

 

「中佐、まるで人を殺しそうな目つきだぞ」

 

「わぁ~、僕怖いよ紀伊」

 

「HEY!Gangut! だからどさくさ紛れにMy darlingに抱き着くのは止めろっつてんだろデース!!」

 

「キャー! 金剛も怖いよー!」

 

「お、おい、動けないんだが」

 

 あぁ、いかん。

 感情が漏れ出て表面化してしまっていた様だ。

 

 落ち着け、落ち着くんだ、自分。

 

「とっとと離れろでーす!」

 

「い・や・だぁー!」

 

「ふふ、では逆にもっと抱き着いてやるというのだどうだ? こんな風に、な」

 

「お、おい、ガングート、流石にこれは、感触が……」

 

「ふふ、私の心の温かさが伝わるだろ?」

 

「Nooooooo!!! 二人とも場を弁えろデース!!」

 

「僕はさっきから大声で叫んでいる金剛の方こそ場を弁ええるべきだと思うけど?」

 

「確かに、そうだな。食堂ではもっと静かに過ごすべきだ。紀伊も、そう思うだろ?」

 

「あ、あぁ、まぁな」

 

「うぅぅっ! ……なら、私もMy darlingにholdネー!」

 

 ──あぁ、落ち着け、落ち着け、お、ち、つ、け。お……。

 

「っ!!!」

 

 刹那、食堂に静寂が訪れる。

 原因は、自分が手にしていたフォークで肉をぶっ刺したのだが、勢い余って肉を貫通し、皿はおろかトレーまで真っ二つにしてしまったからだ。

 

 その際の衝撃で、食堂内は静寂に包まれる事となった。

 

「……あ、あ、あははは。す、すいません! 本当にすいません!!」

 

 嫉妬の炎から解き放たれ、我に返った自分は、慌てて立ち上がると全方位に向けて頭を下げ始める。

 すると、食堂内の静寂も徐々に騒がしくなり、食堂スタッフが割れたトレー等を回収しに来た頃には、ほぼ静寂ではなくなっていた。

 

「本当にすいませんでした」

 

 食堂スタッフに再度頭を下げ、こうして再び椅子に腰を下ろしたが。

 対面の四人は、未だ固まったままであった。

 

「あぁ、えっと。驚かせて、本当にすまん!」

 

「て、提督、本当に、大丈夫なのか?」

 

 ここでようやく我に返ったのか、紀伊が恐る恐る自分を心配してくれる。

 

「あー、やっぱり疲れてるみたいだな、うん。折角皆で楽しく食事してたのに、水を差して悪かったな。じゃ、先に官舎に戻ってるわ」

 

「あ、あぁ、気を付けてな」

 

 紀伊達の視線を背に感じつつ、自分は立ち上がると、食堂の出入り口に向かって歩き始める。

 

「何だか今日の提督、いつもと様子が違いマース」

 

「確かに、この間会った時はあんな感じじゃなかったよね」

 

「しかし、一瞬中佐が放ったあの覇気、一介の提督とはとても思えぬものだった。……一体何者なんだ?」

 

 金剛達のひそひそ話に耳を傾けつつも、食堂を後にすると、その足で自分の官舎へと向かう。

 おそらく、今自分自身を客観的に見るとすれば、その姿は、相当哀愁を漂わせているんだろうな。

 

 

 

 分かりやすい程肩を落として官舎に到着すると、出入り口を潜る前に一度深呼吸し気持ちを切り替える。

 流石に、官舎の中では人目に付くので、艦隊司令長官としての威厳を保つためにも、気持ちを切り替えいつも通りに背筋を伸ばし終えると、出入り口を潜る。

 

 と、早速自分に向かってくる人影と目が合う。

 

「あ、先輩、ちょうどよかった」

 

「ん? どうかしたのか、谷川?」

 

「先輩あてに呉鎮から直通電話がきてるんです」

 

「え? 呉鎮から?」

 

 慌てていた様子の谷川から告げられたのは、何やら急を要しそうな内容であった。

 呉鎮から自分への連絡、しかもラバウル統合基地の基地司令部を介さずに直接連絡してくる。これは、ただならぬ用件なのではないか。

 

 谷川に了解した旨を伝えると、自分は急いで執務室へと駆ける。

 程なくして執務室に入ると、河内の姿はなかった。昼食か或いはサボりという名の小休止か、いずれにせよ、今は河内にかまっている暇はない。

 

 執務机の上に置かれている電話の受話器に手をかけ、一旦呼吸を整えた後、話を始める。

 

「はい、飯塚中佐であります」

 

「おぉ、飯塚中佐か! ははは、元気そうだな、うん、なにより」

 

「……しし、司令長官閣下ぁっー!!」

 

「ははは、いやー、そんなにいいリアクションしてくれると、わしも連絡した甲斐があるってもんよ!」

 

 受話器の向こうから聞こえてきた声は、忘れもしない、あの辞令を受けた日、にこやかな笑顔で自分の肩を叩いてくださった呉鎮守府司令長官その人のものであった。

 

「ななな! な、何故名雲司令長官閣下自らご連絡を!??」

 

「いやー何、事が事だけに、わし自ら伝えた方がいいと思ってな。……所で、ラバウルはどうだ? 心地いいか? あぁ、そうそう、報告書、目を通させてもらったよ、いやー、実に興味深い! いずれ機会があれば、是非ともパラレルワールドからやって来たという艦娘を、この目で拝見したいもんだ」

 

 自分の緊張を解こうとしておられるのか、名雲 誠壱(なぐも せいいち)呉鎮守府司令長官は、用件を伝える前に他愛のない会話を挟んできた。

 しかしながら、名雲呉鎮守府司令長官のお気遣いに水を差すようで申し訳ないのだが、自分としては、電話の相手が名雲呉鎮守府司令長官というだけで、緊張が取っ払われる事は絶対にないのだ。

 

 極東州海軍が誇る五大大将の一人、そんな人物と電話越しとはいえ一対一で会話をしていて緊張しない者が果たしてどれ程いるだろうか。

 少なくとも、一介の中佐である自分にとっては、相手はまさに雲の上の存在。今にも心臓が飛び出してしまいそうだ。

 

「ん~、飯塚中佐? どうした?」

 

「あ、あああ、いえ、何でもありません!」

 

「ははは、そう緊張するな。リラックスだ、リラーックス」

 

 そのお言葉の一つ一つで、リラックスどころか余計に緊張が増すんです。

 

「ん? あぁ、すまんすまん。あぁ分かっとるよ。もうからかうのはこの位にしておく」

 

 と思っていると、名雲呉鎮守府司令長官が誰かとのやり取りを始めた。

 あれ? 今、からかうと言われなかったか。

 

 名雲呉鎮守府司令長官は茶目っ気のある人だと聞いたことはあったが、まさか、自分はまんまと乗せられてしまっていたのか。

 

「いやー、すまんかったな、飯塚中佐。ちょっとからかうつもりだったんだが、少し調子に乗ってしまったようじゃ」

 

「は、はぁ……」

 

 何だろう、まだ用件も聞いていないのにどっと疲れた。

 ま、同時に緊張も疲れで紛れたので、よかったと言えばそうなのだが。

 

「ごほんっ! では、今回飯塚中佐に連絡を取った用件を伝える」

 

「はい!」

 

「一応付け加えておくとな、直通といっても何ら存亡に関わる様な喫緊の用ではないぞ」

 

「は、はぁ……」

 

「実はの、今週に予定しておった"警備府"への視察に関してちょっとしたトラブルが発生したので、それで連絡したんじゃ」

 

 警備府、それはラバウル統合基地や呉鎮守府等の、各州管区内に設けられている大規模拠点とは異なり。

 指定された近海海域の警備及び監視等を主任務とする為に設けられた小規模な拠点である。

 その為、大規模拠点と異なり、常駐する提督も一人や二人。艦娘の数もそれに比例して少なく。また、提督が拠点の最高責任者を兼任している。

 

 よって、警備府に着任させられた提督はまさに一国一城の主のようなものである。

 

 が、それは所詮、建前。

 本音は、警備府に着任させられるという事は、提督にとっての島流しを意味する。

 

 そもそも警備府の立地として、主要な大規模拠点の活動範囲外、即ち、主要な航路から離れた海域などに設けられている。簡潔に言って、辺境やド田舎だ。

 その為、深海棲艦側の活動も活発とは言い難く。故に、功績もあげづらい。

 まさに島流し。警備府に着任させられた提督は、各州海軍内でも出世コースから落伍した者や素行に問題がある者等が殆どだ。

 

 だが、そんな人材の墓場である警備府であっても、各州海軍においては大事な拠点。

 ブラック提督の件もあり、定期的に中央の影響を残す為、各州海軍内ではこうした警備府などの拠点に視察を出す事が行われている

 

 自分も、呉鎮時代には視察に同行して紀伊半島のとある警備府に行った事がある。

 呉鎮とは異なり、どこか緩やかな雰囲気が漂っていたのは、今でも思い出す。

 

「それで、トラブルというのは?」

 

「実は、視察を行う筈だった提督が、視察に行けなくなってしまってのぉ……」

 

「行けなくなった? ご病気か何かですか?」

 

「あーいや、病気では……。いや、あれもまぁ病気といえば、病気? かの?」

 

 何だか歯切れの悪い名雲呉鎮守府司令長官、一体、本来視察に行くべき筈の提督の身に何が起こったというのだろうか。

 

「まぁ、頼むんだし、素直に話しておいた方がいいかのぉ」

 

「名雲司令長官閣下?」

 

「実はの、本来行くべき筈の提督が、自身の部下である艦娘とケッコンカッコカリしたんじゃが、視察の予定日と新婚旅行の日程が重なってしまったんで、視察の方を行けないと言っておってのぉ」

 

 ──は?

 一体名雲呉鎮守府司令長官は何を言っていらっしゃるんだ、トラブルの内容を聞いた自分は、そう思わずにはいられなかった。

 

 軍務よりも新婚旅行を優先させる、ちょっと何を言っているのか自分には分からないな。 

 

 詳しく話を聞くと。

 本来視察を行う筈だった呉鎮配属の提督、階級は大佐。は、部下であり秘書艦でもあった重巡の愛宕とケッコンカッコカリを果たし、晴れて幸せを掴んだ。

 だがその矢先、今回の視察を命ぜられ、愛宕との幸せでぱんぱかぱーんな新婚旅行と日程が重なってしまうという問題が発覚。

 

 自分は悩む必要があるのかと思わずにはいられないが、本人は悩みに悩んだ挙句、何と愛宕との新婚旅行を選んでしまった。

 

 強制的に視察を行わせることもできなくはないのだが。曰く、彼はエリートで素晴らしい功績を残しており、故に将来を嘱望されている者の一人である為、当然上層部からの評判も良く。

 さらに言えば、かなりのパイプを上層部のみならず方々にお持ちのようで。それらの方面から不要な軋轢は望まないとの声があったとかなかったとか。

 結果、彼のわがままを許す事になったそうな。

 

「で、そんな彼の代わりを、是非とも君に、お願いしたく連絡をしたんじゃ」

 

 で、そんなわがまま大佐の尻ぬぐいを、あろう事か自分がする事になってしまった。

 

「し、失礼ながら、どうして自分が?」

 

「うむ。わしが、飯塚中佐を見込んでいるからじゃよ。わしは、君がいずれ、新しい極東州海軍を支える逸材になると信じておるからじゃ」

 

「か、閣下……」

 

「という理由ならよかったんじゃがの」

 

「え?」

 

「ははは、いや、すまん。勿論、君を見込んでいるのは個人的な事なので本当じゃが、流石にそれだけでは代理として決定はされんよ」

 

 何だろう、嬉しいような悲しいような、複雑な気分だ。

 

「飯塚中佐が代理として選ばれた理由は、君の任地であるラバウルから今回視察を行う警備府が近い、というのが一番の理由だ」

 

「そ、そうですか……。それで、その今回の視察を行う警備府の場所とは何処なのですか?」

 

「うむ。場所は、"クック諸島"の主島である"ラロトンガ島"となる。……あぁ、視察に関して、必要な手配や視察先の警備府の規模や人員等の視察要項を記載した書類は後でそちらに届くと思うので、詳細は書類に目を通してほしい」

 

「分かりました。飯塚 源、視察代行の任、謹んで拝命いたします!」

 

「では、期待しとるぞ、飯塚中佐」

 

 そして、受話器の向こうから聞こえてきたのは、通話終了を告げる電子音であった。

 

 刹那、身体中から張り詰めていたものが一気に放出され、同時に口から深いため息が漏れだす。

 受話器を置き、同時に自分も椅子に腰を下ろす。

 

「はぁ……」

 

 そして、残されていたため息を吐き出す。

 

「なんでこうなるかな……」

 

 一体今日はどうしたというのか。顔に手を当て、思考を巡らせ始める。

 まだ一日の半分程度しか経過していないというのに、アップダウンが激しすぎて精神が疲弊しまくっている。

 

 最初は天にも昇る上りが続き、次いで、急降下爆撃並みの急勾配を下り、更に下りの勢いそのままに三回転のコークスクリュー。

 

 この調子じゃ、一日が終わる頃には、自分の心と体は最凶ジェットコースターを体験した後の抜け殻の様になっていてしまいそうだ。



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第60話 Can you feel my cry? その4

「はぁー……」

 

「うわ、司令官、むっちゃ深いため息ついてるやん!」

 

「提督様、相当お辛いんでしょうか?」

 

「ご主人様、大丈夫ー?」

 

 不安な未来に深いため息を漏らしていると、入室許可も取らずに誰かが執務室へと入室してくる。

 顔を上げ入室してきた者の顔を確認すると、そこにいたのは、龍驤、加賀さん、そして漣の三人であった。

 

「ん? どうしたんだ三人とも、今日は休みの筈だろ?」

 

 三人の所属する第三戦隊は、本日はローテーションにより休日となっている。

 故に、わざわざ執務室に足を運ぶ必要性はない筈なのだが。

 

「なんや、金剛から司令官がむっちゃ辛気臭そうにしとるって聞いたから、励ましたろと思てな!」

 

「提督様、お辛い事がありましたら、遠慮なく言ってくださいね」

 

「漣達がご主人様の悩みなんて吹っ飛ばしちゃうよー!」

 

 どうやら食堂で自分の情緒不安定さを見た金剛から、三人に話が伝わり、自分を励ますべくやって来たようだ。

 あぁ、なんて気遣いのできる素晴らしい艦娘()達なんだ。

 嬉しすぎて、今にも目から熱いものがこみ上げて流れ出してしまいそうだ。

 

「ぐす、あ、ありがとうな」

 

「いやぁ、まさかそこまで思い詰めとるなんて思ってへんかったわ」

 

「提督様、心に留めず、私達に遠慮なくぶつけてくれていいんですよ」

 

「ドーンっと受け止めちゃいますよ、ご主人様!」

 

「本当にありがとう、でも、その気持ちだけで十分だ。悩んでた事は、まぁ、プライベートな事だから、あまり言えないんだよ」

 

 心配そうな表情の三人に元気づけられ、立ち上がった自分は、三人に感謝の印とばかりに握手を交わす。

 

「まぁ、人に言われへんもんは誰にでもあるさかいしゃあないけど。せやけど、あんまり辛気臭い顔皆の前でせんといてや。司令官がシャキッとしてへんかったら、ウチらの士気にも関わってくるんやから」

 

「本当に辛くなったら、ため込まずに言ってくださいね、提督様。喋れば荷が下りますから」

 

「ご主人様はやっぱり、いつもシャキッとしていた方がかっこいいですからねー!」

 

「ほな、司令官も元気になったし、ウチらはこれで失礼するわ」

 

「失礼いたします」

 

「じゃあねー!」

 

 こうして元気づけてくれた三人は、執務室を後にした。

 執務室に一人残された自分は、再び椅子に腰を下ろすと、暫し目を閉じる。

 

 心を落ち着かせ、気持ちを切り替え、そして、決意を新たにすると、ゆっくりと目を開ける。

 

「……よし」

 

 そして執務机の上の書類に手をかけると、黙々と書類を片付け始める。

 今はただ、自身の職務を果たすために邁進するのみ。

 

 

 そして、視線を手元と書類に固定してからどれ程の時間が経過しただろうか。

 時折、定時報告を確認するためにタブレットに目を移す以外殆ど手元と書類しか目にしていなかったので、時間経過が分からない。

 

 が、そんな状況もここまでだ。

 何故なら、今し方、本日中に片付けるべき最後の書類を無事に片付け終えたからだ。

 

「ふぅ」

 

 ようやく一段落したので一息つける、そう思うと、集中力が切れたからかあちこちから疲れが襲い掛かる。

 とりあえず、疲れ目を解消すべく目頭を押さえる。

 

「なんや、ようやく終わったんかいな」

 

「あぁ、河内か」

 

「あぁ、って。あたし一応、三時間位前からおったんやけど」

 

「え? そうだったのか?」

 

 目頭を押さえ終え、ピント調節がてらに視線を動かしていると、秘書艦用の机で仕事をしている河内の姿に気が付く。

 

「ホンマに提督はんは、仕事に集中しすぎてあたしらの事全然気づいてへんかったやな。……小休止しよって、折角阿賀野と能代がケーキ持ってきてくれたのに、提督はん、声かけても全然反応せいへんかったし」

 

 河内の話から、どうやら自分は書類を片付けるのに集中し過ぎていたようで、河内はおろか阿賀野と能代が入室していた事すらも気が付いていなかったようだ。

 

「それは悪かったな。……所で、阿賀野と能代、三人で食べた"チョコレートケーキ"は美味しかったか?」

 

「ゲッ! なんでチョコレートケーキやって分かったん!? あたしケーキとしか言わへんかったのに! 提督はん、もしかしてエスパー!?」

 

「な訳あるか、口の周りに付いてるぞ、食べかす」

 

 お喋りしながら食べたからか、河内の口の周りには、茶色いクリームが付着していた。

 そんなクリームを指で取り除き、最後の余韻に河内が浸り終えた所で、再び河内が語り始める。

 

「せやけどホンマ、提督はんもよう集中力続くなぁ。あたしには昼から夕方までなんて、とても無理やで」

 

 夕方まで、河内の口からそんな言葉が漏れた瞬間、自分は腕時計を確認し現在の時刻を確かめてみた。

 すると、既に時刻は夕刻を差していた。

 

「あぁ、もうこんな時間だったのか」

 

 暢気に時間が過ぎるのが早いと呟いていると、不意に、扉をノックする音が響き渡る。

 入室許可を出すと、刹那、書類を手にした谷川が執務室に入室してくる。

 

「先輩、呉鎮から書類が送られてきました」

 

「あぁ、あれのか、うん、ご苦労」

 

 谷川から受け取った書類に軽く目を通す。

 名雲呉鎮守府司令長官が言っていた視察代行に必要な書類で間違いなさそうだ。

 

 谷川が退室した所で、改めて詳しく書類に目を通していく。

 

 今回の視察代行で赴くのは、伝えられた通り、クック諸島の主島であるラロトンガ島。

 同島に設けられている極東州海軍管理下にある、"ラロトンガ警備府"と呼ばれる警備府だ。

 

 クック諸島は、もともとオセアニア州はニュージーランド管区と自由連合制、外交や防衛等の権限をニュージーランド管区に委ねた関係を構築していた。

 しかし、大陸から離れた南太平洋の島国という地理的環境から深海棲艦の脅威に対しては脆弱で、また同諸島の主な産業も観光業である事から保護対象としての順位も低くならざるを得ず。

 結果、ニュージーランド管区、ひいてはオセアニア州から半ば見捨てられる事となった。

 

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。

 それが、極東州であった。

 ま、とはいえ、慈善活動で極東州がクック諸島に助け舟を出す筈もなく、おそらく裏では子供には決して見せられないようなドロドロした思惑があっての事だろう。

 

 とそんな経緯があって設けられたラロトンガ警備府。

 現在の人事は、最高責任者を兼任している提督が一人に、艦隊及び警備府運営の為の補佐が十数名。

 そして部下である艦娘が二十名程と、妖精達。

 

 主な役割は、近海の警備と監視ではあるが。

 記載されている同警備府の報告書の内容を精査した文章を読むに、少なくともこの数か月は大規模な深海棲艦の脅威に晒されている様子はないようで、羨ましいかないたって平穏な日々を過ごしているようだ。

 

「……あれ?」

 

 一体こんな羨ましい、もとい、穏やかな警備府ライフを送っているのは何処のどいつだと詳細な人事が書かれた書類に目を通した時。

 そこに記載されている提督の氏名を見た瞬間、自分は声を漏らさずにはいられなかった。

 

 何故なら、そこに書かれていたのは、呉鎮時代に自分がお世話になった人物の名前だったからだ。

 

「どうして、西邑少佐の名前が?」

 

 西邑 正二(にしむら しょうじ)、自分とは一回り程年の離れた人物ながら、呉鎮時代、当時少佐であった彼には色々とお世話になった。

 当時提督として活躍していた西邑少佐からは、参謀部の人間ながら、提督としてのいろはを学ばせてもらった。

 また、西邑少佐を通じて、様々な交流も持たせてもらった。

 

 だが、そんな恩師ともいうべき西邑少佐との付き合いは、僅か一年ほどで終わりを告げる。

 

 その理由は、西邑少佐が中佐への昇進に伴い、呉鎮から佐世保鎮守府へと異動する事になったからだ。

 佐世保鎮守府に異動した後は、少しの間交流もしていたが、互いに忙しい身となった事で自然と交流も途絶えてしまった。

 

 だが自分は、今でも西邑少佐が佐世保鎮守府で頑張っているものとばかり思っていた。

 故に、西邑少佐の名がラロトンガ警備府の最高責任者兼提督の欄に記載されている事実に、驚かずにはいられなかった。

 

「直接会えば、語ってくれる、かな?」

 

 どのような経緯で、恩師が人材の墓場にいく事になったのか。

 会って本人の口から語られるかは不透明だが、出来る事なら、本人の口から本人の意思で語られるのが望ましい。

 

「なぁ提督はん、さっきから書類見てぶつぶつと何言ってるん?」

 

「ん、あぁ、悪い。ちょっとな」

 

 西邑少佐の件は、今は頭の片隅に置いておこう。

 それよりも、今は視察代行の為に色々と準備を進めていかなければならない。

 

 先ずは、急な視察代行で自分が不在となる為に、任務のローテーションを基地司令部と話し合って変更してもらわなければならない。

 

「ちょっと基地司令部に行ってくる」

 

「いってらっしゃーい」

 

 書類とタブレットを手に執務室を後にすると、官舎を出て基地司令部へと赴く。

 行きは暁に染まっていた基地内も、話し合いを経て官舎へと戻る頃には、既に太陽は地平線の向こうへと沈み空には美しい星々が輝いていた。

 

 官舎へと戻ると、視察代行に同行させる人員の選定や自分が留守中の代理選定等、河内や補佐スタッフを交えて決めていく。

 こうして必要な準備が概ね整い終えた頃には、既に夜も深まり、基地内は静寂が多くを支配し、多くの者が明日への英気を養うべく夢の世界へと出かけている。

 

「ふぅー、ふあ」

 

 選定作業などで長らく同じ姿勢を取り続けていた為か、体の節々が凝り固まっている。

 それをほぐす為ストレッチを行うと、凝りがほぐれたのを確認すると、軍服から寝間着へと着替える。

 

「おやすみ」

 

 誰もいない私室に響く挨拶、それを合図に部屋の電気を消すと、自分はベッドに横たわり、怒涛の一日の疲れを癒すべく夢の世界へと旅立っていく。

 

 

 

 ──あれ? おかしいな、自分はいつの間に起きて軍服に着替えていたんだ。

 何故か再び意識を覚ますと、自分はいつもの執務室で佇んでいた。

 

「おかしいな?」

 

 違和感を覚えつつも、とりあえず定位置である椅子に腰を下ろそうと執務机に近づく。

 すると、執務机の上に置かれた一枚の紙に目が留まる。

 

「何々? 食堂に来てください?」

 

 紙に書かれていたのは、食堂に来て欲しいとの内容であった。

 しかし、不思議な事に、これを書いたと思しき差出人の名は何処にも書いていない。

 

 悪戯か、直感でそう判断したが、何故か気になり。

 気づけば、執務室を出て食堂へと向かっていた。

 

 にしても、何だか先ほどから視界、否、世界そのものが歪んでいるような気がするのだが、気のせいだろうか。

 

 色々と気になる事はありつつも食堂へと足を運ぶと、差出人と思しき人物を探し始める。

 が、探すどころか、食堂内には人っ子一人見当たらない。

 

「すいませーん!」

 

 呼んでみるも、全く返事は返ってこない。

 一体、どうなってるんだ。

 

「っ!?」

 

 刹那、食堂内の照明が消えた、否、それはまるで世界が暗闇に飲まれたかの如く、食堂内を漆黒の闇が覆う。

 

 一体何だこれは、停電なんてものではない。

 仮に停電だとしても、非常用電源はある筈だし、何より窓がある為日の光が差し込んである程度の明かりは確保できる筈だ。

 一体全体、何が起こっているというのだ。

 

 兎に角、落ち着け、落ち着くんだ。

 先ずは自身の身の安全を守るべく、腰のホルスターから武器を……。

 

 って、ない!

 ホルスターはおろか、愛銃のカスタムガバメントの感触も何処にもない。

 暗闇の中、いつも装着している部分を必死に手の感覚で探すも、何処にもそれらしいものの存在は感じられない。

 

 こんな大事な場面でどうして身を守る為の武器がないんだ。

 

 焦りの色を出し始めた自分であったが、刹那、突如としてスポットライトのような光が照らされる。

 

 暗闇の中、突如として出現した光に目を細めながら、照らされた光の中を確認すると。

 何やら、人らしき者の輪郭が確認できる。それも、一人ではなく複数人の。

 

「おやおや、誰かと思えば、提督じゃないかー」

 

 聞き慣れた声が響く中、光にも慣れ、徐々に視点が定まるにつれて複数人の人物の判別もはっきりと確認出来始める。

 

「き、紀伊? なのか?」

 

 光に照らされたその中心、そこにいたのは。

 高級そうな椅子に腰を下ろし、優越な笑みを浮かべている紀伊の姿であった。

 

「それに、金剛に、ガングートに、コンテ・ディ・カブール……」

 

 しかも、その周りには先に申した者のみならず、阿賀野や夕張や天龍、それに漣や五月雨等の自分の部下である艦娘達の姿。

 更には、他の提督達の配下にある艦娘達の姿まであり。

 加えて、漏れなく彼女たちの目はハートマーク。

 

 その様子は、まさに紀伊が選り取り見取りな美女たちを侍らせているかのようであった。

 

「な、何してるんだ、お前……」

 

「何って、見ての通りさ。いや~、まいっちゃうよ、俺、モテちゃってさ」

 

 あれ? 紀伊ってこんな性格だったっけ。

 

「あ、ごめんごめん。提督には分かんないよね、この、圧倒的な優越感ってやつ」

 

 否、紀伊はこんなに他人を見下すような奴ではない。

 

「あ、ガングート。俺、喉乾いちゃったからさ、ミルク、くれる?」

 

「しょうがないな、ん、ほ、ほら」

 

 なんて思っている間に、おいおいおい、一体何を始めてるんですか。

 大事な部分を露わにしたかと思えば、紀伊が思い切り顔をうずめ、いや、それはまさに授乳以外の何物でもない。

 

「ふぅ、相変わらずガングートのミルクは美味いな」

 

「ねぇ紀伊、私のmilkも飲んでくださーい」

 

「ぼ、僕だって出せるんだよ!」

 

「私も!」

 

「わたしも……」

 

 一体何なんだ、どうなってるんだ。

 私も私もと次々に紀伊に授乳してほしいと懇願し始める彼女達。

 

 それを、受ける側の紀伊は満足げな笑みで選んでいる。

 

「こ、これは、何なんだ……」

 

 目の前で繰り広げられるカオスな光景に、自分は自然と後ずさりしてしまう。

 が、直ぐに足を止める。

 

 何故なら、後ろに気配を感じたからだ。

 

「っ!?」

 

 振り替えて気配の正体を確かめると。

 そこにいたのは、紀伊達と同じくスポットライトの光に照らされた、チェザリス中佐とローマの姿があった。

 

 しかも、チェザリス中佐がローマのたわわなメロンを鷲掴みで……。

 というかあの体制にローマのとろけるような表情、あれ絶対、あれだよね。

 

「よぉ、飯塚中佐」

 

「ちちち、チェザリス中佐、何をしてるんですか!?」

 

「何って、なにだよ」

 

「場を弁えてください!」

 

 チェザリス中佐は確かに少々場を弁えない行動もあるが、ここまで見境のない人ではない。

 

「一応弁えてるぞ。だから服、着てるだろ?」

 

「服着てれば公共の場でなにをしていい、とはならないですよ!」

 

 とんでもない屁理屈がチェザリス中佐の口から飛び出し、自分は頭を抱えたくなった。

 

「そんなにカッカしちゃって! 鉄分、足りてないんじゃないか!?」

 

 刹那、聞き慣れた声が右から聞こえ、声の方へと振り向くと。

 そこには、スポットライトの光に照らされたマッケイ少佐。否、オージー・ビーフマンの姿があった。

 

「鉄分不足にはこれ! そう、オージー・ビーフ!!」

 

「「ビーフッ!!」」

 

 ご丁寧に、同じ格好のホバートとアルタンもいる。

 

 あぁ、これは一体、本当に一体何なんだ。

 このカオスな空間は、一体全体どうなってるんだ。

 

「ぱんぱかぱーん!!」

 

「っ!?」

 

 刹那、背後から、即ち自分の最後の退路である方向から聞こえてきたのは、聞き慣れない声であった。

 ただし、その声の主の見当ならついている。前世でもゲームで、そして現世でも呉鎮時代に他の提督方が連れていて聞き覚えがある。

 

 そう、この声の主は、重巡愛宕のものだ。

 

「誰、だ?」

 

 振り返ると、そこにはスポットライトの光に照らされた提督と思しき男性と愛宕が仲良く並んで立っていた。

 ただ、何故か提督と思しき男性の顔はぼやけていて確認ができない。

 

 しかし、その軍服から同じ極東州海軍の者であることは判断できる。しかも相手の階級は大佐だ。

 

「駄目だよ、逃げてちゃ」

 

「何を、言ってるんですか、貴方は?」

 

「掴まないと……。強請らず、待たず、自ら動かないと。じゃないと、掴み取れないよ、勝利ってやつは」

 

「しょう、り?」

 

「あっと、そろそろ時間だ。じゃ、お別れだね」

 

「はーい、せーの、足元がぱんぱかぱーん!!」

 

 愛宕の意味不明な言葉が響いた刹那、足元から伝わったのは、浮遊感であった。

 しかし、それも一瞬の出来事。

 

 次に伝わってきたのは、否、体感したのは自分の体が重力に逆らわず落下していく感覚。

 そう、暗くて見えなかったのだが、どうやら自分の足元の地面が消え、底の知れない何処かへと落下しているようだ。

 

「ぬぁぁぁぁっ!! うぶっ!!」

 

 暫しの落下の後、叩きつけられる様に落ちたのは、水面であった。

 早く泳がないと、頭ではそう思っている筈なのに、何故か身体は動かない。

 

 その間にも、自分の身体はどんどん水底へと沈んでいく。

 

 ──誰か、誰か。

 

 声も出ず、身体も動かず、ただ水底へと沈みゆく。ゆっくりと、絶望感に蝕まれていく。

 

 しかし、その時。

 水面に光が反射し、誰かの影が浮かび上がる。

 

 ──あれは、一体、誰だ。

 

 誰とも分からぬ影、その影から、自分目掛けて腕が伸ばされる。

 まるで、絶望から自分を救い出してくれんとする希望のように。

 

 刹那、それまで動かなかった身体が不思議と動くようになり。

 精一杯、伸ばされた腕を掴まんと、自身の腕を伸ばす。

 

 あと少し、もう少し。

 

 掴み取る、自分は、掴み取ってやる。

 

 

 ──未来という名の勝利を。



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第61話 Can you feel my cry? その5

「っ、は!!」

 

 飛び上がるようにして目覚めてみれば、そこは、薄暗いながらも自身の私室であった。

 

「あれ?」

 

 壁にかけられた時計、ベッド脇のベッドサイドチェストに置かれたタブレットと愛銃のカスタムガバメント。

 そして、窓からうっすらと差し込む月明かり。

 

 間違いなく、そこは自分自身の私室で間違いなかった。

 

「つまり……、さっきまでのは、夢」

 

 現在時刻を確認すると、就寝前に確認した時刻から、まだ二時間程度しか経過していない。

 

「にしても、なんて夢だよ」

 

 今し方まで見ていたものが全て夢の中の出来事であった、その事実を確信すると、安堵感と共にため息が漏れる。

 例え夢であったとしても、その内容は混沌(カオス)以外のなにものでもなく、一言で言って悪夢だ。

 

 故に、目覚めは最悪。

 

「うわぁ……」

 

 加えて、相当うなされたのか。

 着ていた寝間着やインナーシャツは汗でぐっしょり、不快なことこの上ない。

 

「着替えよう……」

 

 なので、早速ベッドから起き上がり部屋の電気をつけると、新しい寝間着やインナーシャツに着替え、不快感も払拭できたので再び眠りにつこうかとベッドに腰を下ろした。

 だが、ふと思う。

 今寝るとまた悪夢を見てしまうのではないか、仮に悪夢は見なくとも、寝つきは悪くなりそうだ。

 

 となると、少し気分をリフレッシュして寝つきをよくした方がいいだろう。

 

「よし」

 

 部屋の電気を再び消す事を止め、三度着替えを始める。

 着替えるのは、いつもの着慣れた軍服だ。

 

 そして軍服への着替えを終えると、私室を後に、忍び足で官舎を出ていく。

 

「すー、はー」

 

 昼間の喧騒が嘘のように、夜の基地内は静かであった。

 深く深呼吸すると、南国の潮風が肺一杯に充填される。

 

「綺麗、だな」

 

 そして、空を見上げれば、ここが軍事基地である事など忘れさせてくれる程の、美しい星々が夜空に散りばめられている。

 空気が澄んでいる為か、その輝きは、都市部で見るよりも一際鮮明で美しい。

 

 あぁ、これがプライベートの旅行で訪れているのならば、更に気分は高揚していただろうな。

 例えばそう、レーニャと二人きりの旅行、とか。

 

 なんて、ちょっぴり妄想に浸りながら何気なく基地内を歩いていると、気づけば、艦娘達の艤装等が係留されているバースへと足を運んでいた。

 

 昼間と異なり基地内に響く雑音が少ない為か、心地の良い波の音が耳に届いてくる。

 

「ん?」

 

 と、外灯に照らされたバースの一角に、座っている人影を見つける。

 服装からして艦娘ではないが、一体誰だろうか。

 

「……あ」

 

「ん? あぁ、誰かと思えば、ハジメか」

 

 近づく自分に対して、腰のホルスターに手をかけんとしていたのは、誰であろうレーニャであった。

 

「こんな時間に、奇遇ですね、フロイト少佐」

 

「……む、今は、レーニャと呼んでほしい」

 

 場所がてらフロイト少佐と呼んだのだが、どうやら今はレーニャと呼んでほしいようだ。

 頬を膨らませ不機嫌ながらそう主張する彼女の顔は、とても可愛かった。

 

「あぁ、分かったよ、レーニャ」

 

「ふ、それでいいぞ。さ、隣に座るといい」

 

 呼び方を改めると、レーニャは満足した様子で自身の隣に座るように誘ってくる。

 彼女の誘いに乗り、自分はレーニャの隣へと腰を下ろす。

 

「ハジメは、こんな時間にどうしてここに?」

 

「寝つきが悪くて、それで気分転換に」

 

「そうか」

 

「レーニャは、どうしてここに?」

 

「私か? 私は、……その、笑わないでくれよ。……星を、眺めていたんだ」

 

 あぁ、少し恥じらいながら理由を述べるレーニャの顔は、とっても可愛い。

 

「笑わないさ。とっても素敵な理由じゃないか」

 

「そ、そうか! うん、ありがとう」

 

 あぁ、若干俯きながら照れを隠すレーニャは、とっても可愛い。

 

「それにしても、綺麗だな」

 

「え!? そ、そんな、急に言われると、は、恥ずか……」

 

「星」

 

「……うぅ」

 

 早とちりして更に顔を赤らめるレーニャは、とってもとっても可愛い。

 と、あまりからかい過ぎると何処からか保護者の方々の鋭すぎる視線と鉛玉が飛んできそうな気がするので、この位で止めておこう。

 

「でも本当に、ここから見る夜空の星は綺麗だよな」

 

「そう、だな」

 

「こんなに綺麗だと、ずっと眺めていたくなるのも分かるな」

 

「ふふ、そうだろう。……でも、私はただ綺麗だから眺めていた訳じゃないぞ」

 

「え?」

 

「この満遍なく見渡せる夜空の星を眺めていると、思い出すんだ。北海に残してきた部下達の事を」

 

 そう言いながら星を眺めるレーニャの瞳は、何処か物悲しさを宿らせていた。

 

「だが、同時に。この星空の下、北海に残してきた部下達と私は今でもつながっている、そう思える。いや、そうとしか思えん! だからこそ、私はこの地で武勲を立て、再び部下達の待つ北海に戻ってみせる! そんな意欲が湧いてくるんだ」

 

 刹那、その瞳が宿すのは、溢れんばかりのやる気であった。

 

「……で、でも、最近は、少しその考えも変えなくてはと感じ始めているんだ」

 

「え? どうして?」

 

「は、ハジメを残して、北海に戻るのは……。さ、寂しいから」

 

 あぁ、再び恥じらいながら、最後は聞こえるか聞こえないか程の小声になりながら理由を語る乙女なレーニャは、今すぐにでも抱きしめたくなる程可愛い。

 だが、耐えるんだ自分。ここで欲望のままに抱きしめようものなら、保護者の方々が黒いナニを手にもって押しかけてくることは容易に想像できる。

 

 まだだ、まだ強引にステップアップするような時じゃない。

 

「じゃぁ、レーニャが武勲を立てて北海に戻る前に、自分が昇進して将官になって、将官権限で北海に残っているレーニャの部下をラバウルに異動させよう。そうすれば、離れ離れにならずに済む」

 

「ふふ、ハジメ、それは随分と都合がよすぎるんじゃないか」

 

「そうかな?」

 

「……でも、ありがとう」

 

 欲求を抑え込むついでに変な事を口走ってしまったが、自分としては少しばかり本気で考えていたのだ。

 レーニャは冗談と思っているようだが、確かに仮に将官に昇進しても、新米将官に他の州海軍の人事にまで口を出せる影響力があるとは思えない。

 しかし、雲呉鎮守府司令長官辺りならば、もしかしたら可能性があるかもしれない。

 

 一度、ダメもとで上申してみるか。

 心の中で、レーニャの笑顔の為に頑張ろうと心に誓うのであった。

 

「さてと、それじゃ、そろそろ戻るよ」

 

 レーニャと話をした事で、随分と気分はよくなった。

 これなら、寝つきもよくなりそうだ。

 

「あ、ならその前に、いいか」

 

「ん?」

 

「とっておきの、寝つきがよくなる"おまじない"があるんだ。だから、試してもいいか?」

 

 官舎に戻ろうと立ち上がる直前、レーニャからおまじないという単語が飛び出し、立ち上がるのを止める。

 レーニャはあまり迷信じみたものは信じないと勝手に思っていたが、少しばかり異なるようだ。

 

「じゃ、折角だし、試してもらおうかな」

 

「よし、では、目を閉じて、そのまま動かずにじっとしているんだぞ」

 

 言われた通りに目を閉じたが、一体どんなおまじないなのだろうか。

 

 ──ん。

 今、今確実に、自分の頬に温かくやわらかな触感を感じたのだが。

 

 これって、もしかして。

 

「も、もう目を開けてもいいぞ」

 

 目を開けて、直ぐにレーニャの方を見てみると。

 そこには、今まで見た事もない程顔を真っ赤にして若干うつむき加減のレーニャの姿があった。

 

「レーニャ、あの、今のおまじな……」

 

「そ、それじゃぁな、ハジメ!! 私は先にお暇させてもらう!!」

 

 おまじないの正体を確かめるよりも前に、レーニャは素早く立ち上がると、急ぎ足に自身の官舎へと帰っていった。

 

「やっぱり……、だよな」

 

 残された自分も、とりあえず立ち上がると、自身の官舎を目指して歩き始める。

 そしてその道中、未だ感触の残る辺りを手で触りながら、おまじないの絶大な効果を噛みしめるのであった。

 

 同時に、自然と口角を上げながら。

 

 

 

 翌朝。

 目覚めバッチリ、やる気百二十パーセントで支度を済ませ私室を後にすると、廊下で遭遇した朝風と朝凪に声をかける。

 

「やぁ朝風、朝凪。二人とも、おはよう! いやー、今日も晴天! 全くもっていい朝だな!」

 

「あら? 司令官も朝の素晴らしさを遂に理解したのね!」

 

「えー、朝風姉ぇ。朝はつらいよー」

 

「もう、朝凪は本当に朝が弱いんだから!」

 

「ははは、それじゃ二人とも、また後でな」

 

 姉妹の仲の良さをほほえましく眺め終えると、自分はスキップしたくなるような軽々しい足取りで朝食を食べるべく食堂へと向かう。

 

「ねー、朝風姉ぇ」

 

「ん? 何よ?」

 

「司令官、何だかいつもより嬉しそうだったね」

 

「? そうだったかしら?」

 

 角を曲がる寸前まで二人の会話に耳を立てながらも、結局、それ以上は角を曲がった為、聞くことはできなかった。

 

 こうして官舎を出ると、その直後、任務を終えて帰港した第六戦隊の面々と遭遇する。

 

「提督、第六戦隊、只今任務を終え無事に帰港いたしました!」

 

 代表でユキが帰港を宣言すると、自分は無事に帰ってきてくれた事を喜び、そして彼女たちの労をねぎらう。

 

「ねー司令? もしかして、何か嬉しい事でもあったの?」

 

 労をねぎらい終えると、不意にニコからそんな言葉が飛び出した。

 

「ん? 急にどうしたんだ、ニコ?」

 

「だってさ、何だか司令、凄く嬉しそうなんだもん」

 

「ニコ達が無事に帰ってきてくれたから、じゃないからか」

 

「いや、提督が嬉しいのは(わらわ)達が無事に帰ってきただけとはとても思えぬ」

 

「あ、分かりました! きっと、楽しみにしていた高級牛タンの缶詰を食べたから嬉しいんですね!」

 

「お姉ちゃん……。多分それで喜ぶのはお姉ちゃんだけだと思うよ」

 

「そうかな」

 

「はいはーい! もしかして、いい夢見れたとか!?」

 

「その可能性は無きにしも非ず、とは思うが。案外、理由はもっと単純なものかも知れぬ。例えば、今日の星座占いが一位であった、とか」

 

 そして、いつの間にやら自分が嬉しそうな理由を勝手に推理し始める第六戦隊の面々。

 

「あー皆、盛り上がるのは構わないが、出来れば報告書の作成など、やる事を終えてから盛り上がってくれると助かるんだけど」

 

「あ、そうでした! では提督、失礼いたします!」

 

 自分の言葉で我に返ったのか、第六戦隊の面々は敬礼した後、報告書作成の為に官舎内へと消えていった。

 そして自分は、彼女たちの姿を見届けた後、再び食堂に向けて歩き始めるのであった。

 

 

「よぉ、飯塚中佐」

 

「おはようございます、飯塚中佐」

 

「飯塚中佐、おはようございます」

 

 こうして足を運んだ食堂で、朝食中のチェザリス中佐とローマ、そしてマッケイ少佐と出会う。

 

「ん? なぁ、飯塚中佐。何か嬉しい事でもあったのか?」

 

「え? いきなりどうしたんだよ?」

 

「いや~、なんて言うか、な、ローマちゃん」

 

「そうですね。今の飯塚中佐は、全身から幸せのオーラが放たれています」

 

 体面に座ったチェザリス中佐とローマから、そのように指摘され。

 

「よほどいい事があったんですね、飯塚中佐」

 

 隣に座っているマッケイ少佐からも、幸せさが隠しきれていないと言われてしまった。

 

 こうしていじられながらも朝食を終えた自分は、本日の業務を始めるべく官舎へと舞い戻る。

 その道中、今日も今日とて騒がし羨ましい紀伊ハーレムと遭遇したのだが。

 

「ははは、今日も楽しそうだな。うんうん」

 

 特に負の感情など湧くことなく、清々しい笑顔さえ浮かべられた。

 

「Oh my God! 遂にテートクがぶっ壊れたデース!」

 

「金剛、それは飯塚中佐に失礼だと思うが?」

 

「でも僕は、昨日の飯塚中佐よりも今の飯塚中佐の方が好きかな」

 

「提督、今日は随分と調子がいいみたいだな」

 

「あぁ、"おまじない"のお陰でな!」

 

「おまじない?」

 

「ふ、紀伊も何れ分かるさ」

 

「お、おう……」

 

 昨日の自分にさようなら。

 そう、自分は生まれ変わった、いや、一皮むけたんだ。

 

 そう、自分にはレーニャいる。だから周りの幸せに過剰に反応する事なんてないんだ。

 

 時間はかかるだろう、だが、必ず掴み取ってみせる。

 強請らず待たず、掴み取ってやる。彼女との、幸せな未来ってやつを。

 

「さぁ! 今日も張り切っていくぞーっ!!」

 

 その為にも、先ずは喫緊に迫った視察代行を無事に乗り越えなければ。



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第62話 Can you feel my cry? その6

 いやー、やる気に満ち溢れていると、時間が経つのもあっと言う間だな。

 気が付けば、昼食を終えて午後の業務を開始する時刻となっていた。

 

 しかし、今回はその前に、艦隊所属の全員を第二会議室へと招集する。

 その目的は、ラロトンガ警備府への視察代行を正式に発表する為だ。

 

「という事で、この度ラロトンガ警備府への視察代行を拝命したので、視察代行中は艦隊の活動を制限する事となった」

 

「やったぁー! 臨時休暇だ! たっぷり昼寝だぁーっ!!」

 

「あ、活動を制限するといっても訓練などは通常通り行ってもらうので、艦隊のねぼすけアイドル・加古ちゃんも、しっかり励んでおくんだぞ」

 

「話が違うじゃないですか、ヤダー!!」

 

「ちょ、私は臨時休暇だなんて言ってない……」

 

 この発表を受けて、各々がそれぞれの反応を示している中。

 何やら加古の奴が夕張の言葉を早とちりしていた様で、物凄い一喜一憂した挙句、夕張に涙を流しながら詰め寄っている。

 

「えー、それでは、視察代行中の艦隊代理人事を発表する。まず提督代行は谷川、秘書艦代行兼臨時艦隊旗艦を紀伊とする」

 

 その後、加古も落ち着きを取り戻した所で、臨時の人事発表を経て。

 最後に、自分が視察代行で不在の間の心構えを皆に伝える。

 

「自分が不在で不安な者もいるかもしれないが、安心してほしい。自分の心は、いつも皆の傍に……」

 

「提督! 私、お土産は可愛い工芸品がよいぞよいぞ!」

 

「私は素敵なパーティーに合う物がいいっぽい」

 

「し、司令官。私はパレオなどで……」

 

 筈だったのだが、何故かいつの間にかお土産の要望発表会と化してしまっていた。

 あれ、自分、いてもいなくても皆はそれ程気にしてないのかな。

 

「言葉に出さなくてもよい程、提督は皆から信頼されている。という事じゃないのか」

 

「紀伊……」

 

「因みに、俺はアウチ島で生産されている特産の珈琲で頼む」

 

「これ立派な仕事って事、忘れてない?」

 

 紀伊の言葉に涙しそうになったが、溢れそうな涙も次の瞬間には引っ込んでしまった。

 でもま、シリアスな場面でも冗談を交えられる程信頼されている、と思えば、悪い気はしないな。

 

「よし、じゃ、お土産を買ってはくるが、一人"二千地球ドル"までな」

 

 刹那、お土産の金額設定に文句の嵐が吹き荒れる。

 なんだよ、これでも大分譲歩してやってるんだぞ。

 

 そもそも、いくら佐官だからってたんまり給料もらってる訳じゃないんだぞ。

 ただでさえ着任直後よりも人数増えて、ポケットマネーの出費は厳しいんだぞ。

 

 くそう、信頼してるならもう少しは自分のポケットマネーにも気を使ってくれよ。

 

 

 因みに、地球ドルというのは、表面上現世唯一の国家である国際地球連合政府の公式通貨で、唯一無二の基軸通貨である。

 なお、ドルと名がついてはいるが、その額は前世の祖国たる日本の円と変わりない。

 つまり、二千地球ドルとは、前世でいう所の二千円なのだ。

 

 一人二千円相当だぞ、奮発してるだろうが。

 

 

 と、少々ごたついたものの、無事に視察代行の発表と代理人事の発表などを経て、午後の業務を開始。

 特に問題なども起こらず午後の業務を終了すると、夕食へ。

 

 さて、いつもなら今日も一日頑張ったと肩の荷を癒す所だが、今日はそうもいかない。

 

 何故なら、ラロトンガ警備府への視察に向けてラバウル統合基地を出発するのが本日の夜中になるからだ。

 何故夜中に出発するのかといえば、それは時差が関係しているからに他ならない。

 

 という訳で、夕食を終えて一休みする間もなく、自分は視察の為の出発準備に追われていた。

 

「なぁ提督はん!? これ持ってっていい!?」

 

「だから遊びに行くんじゃないんだぞ!!」

 

 因みに、視察同行者の河内は、ふざけているのか本気なのか分からないが、水着や浮き輪など。

 どう考えても海水浴の為の、視察には不必要な物を持っていけるかどうかを尋ねてくる。

 

 あぁ、出発まで時間がないというのに、余計な手間を増やさないでくれ。

 

「なぁ提督はん、ホンマに同行すんのあたしだけでええん?」

 

「あぁ、今回は視察だけだからな。視察ついでに演習も行うなら人数も必要だし艤装も必須だ。でも、今回は演習は行わないから、同行も最低限、艤装も必要なしだから移動も飛行機で楽々だ」

 

 視察先への移動手段は主に二通り。

 一つは艦娘の艤装に乗って視察先に赴く。もう一つは、艤装以外の交通手段を用いて赴くかだ。

 

 艦娘の艤装に乗って行く場合は、主に視察先で演習などを行う予定がある。或いは、最前線等の不安定で危険度が高く、万が一の場合も迅速に対処できる安全性の確保が必要な場合が多い。

 一方、艦娘の艤装に乗っていかない場合は、主に演習の予定もなく、視察先の危険度もほぼない場合が多く。

 

 急な事ではあれ、ラロトンガ警備府は戦火からは程遠い平穏な場所である為、飛行機を用いた移動方法となった。

 

 因みに、移動に用いられる飛行機の手配に関しては、送られてきた書類によれば溝端准将が用意してくれる手筈となっている。

 最初に目を通した時は何故溝端准将が、と思ったが、お互い極東州海軍の提督同士、困った時は助け合い。

 という事で納得した。

 

「じゃ、留守の間頼んだぞ」

 

「任せてください! 先輩もお気をつけて」

 

 こうして必要な荷物をアタッシュケースに詰め終えると、官舎の出入り口で見送る谷川達に言葉を交わした後。

 飛行機に搭乗すべく、河内と共に基地内の軍用飛行場へと足を運ぶ。

 

 夜中ではあるが、夜間飛行の為に基地内でも一際明るい軍用飛行場の一角。

 自分達が搭乗予定の飛行機が駐機している筈のエプロンへと足を運ぶ。

 すると、照明灯に照らされた一機の飛行機の姿が目に入る。

 

 飛行機に近づいていくと、まるで出迎えの如く、数人の人影が立っていた。

 

「お待ちしておりました、飯塚中佐」

 

 一歩前に出た位置で出迎えたのは、自分と同じく極東州海軍の軍服を着用した若い男性であった。

 彼の軍服には、照明に反射する少佐の階級章が見える。

 

「えっと、貴方は?」

 

「は! 私は、溝端司令の副官を務めております田中と申します! 今回、飯塚中佐の移動中の保安担当を任せられました! 中佐の快適な空の移動の為、可能な限り尽力させていただきます!」

 

 敬礼しながら喋る、人当たりのよさそうな田中少佐の後ろには、民間警備会社の戦闘要員の如く装備を身に纏った男達が整列している。

 

「同行の方は秘書艦一名との事ですが、間違いございませんか?」

 

「えぇ」

 

「では、お席にご案内しますので、どうぞこちらへ」

 

 田中少佐に先導され、自分と河内は駐機している目の前の飛行機へと近づく。

 スマートな旅客機とは異なるずんぐりとしたその胴体、そこから広がる巨大な翼には四基のターボファンエンジンが取り付けられている。

 

 C-17、グローブマスターⅢの愛称を持つ軍用大型長距離輸送機。

 今回、自分の移動の為に溝端准将が用意してくれた飛行機だ。

 

 機体後部のカーゴハッチが開閉され、機内の貨物室へと、まさに要人警護の如く警備の方々周囲を守られながら乗り込む。

 

 M1エイブラムス主力戦車やヘリコプターをも搭載可能な貨物室は、まさに広々空間だ。

 だが、当然ながら人を運ぶために設計されていない為、側面や天井など、配線やフレーム等色々と剥き出しだ。

 

「本来ならばビジネスクラス相応のお席をご用意したかったのですが、何分今回は急な事で時間がありませんでした。ですので、申し訳ありませんが、中佐のお席はこちらになります」

 

 田中少佐にそう言われて視線を動かした先には、貨物室に固定されている一台のキャンピングカーであった。

 キャンピングカーの中を覗いてみると、四人家族にもぴったりな、標準的な設備を備えたキャンピングカーであった。

 

「お気に召しませんでしたか?」

 

「え? いやそんな事ないですよ! むしろ、ここまで手厚く配慮してくださって、逆に心苦しくなります」

 

 貨物室に足を踏み入れる前は簡易椅子程度だろうと思っていたので、キャンピングカーでも大変有難い気遣いだ。

 

「それはよかった。では、間もなく出発しますので、キャンピングカーにご乗車ください」

 

 こうして出発の為に操縦室へと向かっていった田中少佐を見送ると、貨物室内の簡易座席に座り始める警備の方々を他所に、自分と河内はキャンピングカーへと乗り込む。

 よく考えてみれば、飛行機の機内で車に乗るというのは摩訶不思議な感覚だな。

 

「飯塚中佐、離陸を開始します。シートベルトの着用をお願いします」

 

 暫くすると、カーゴハッチが閉じられた後、機内アナウンスが流れ、自分と河内は座席のシートベルトを着用する。

 すると、キャンピングカー越しにグローブマスターⅢが軍用飛行場から離陸していく感覚が伝わる。

 

 さて、これから数時間に及ぶ空の旅の始まりだ。

 

 

 といっても、素敵な笑顔の客室乗務員はいないし、機内食や飲み物なども田中少佐曰くキャンピングカーの冷蔵庫に入っているので、食べる際は自分でレンジ等で調理してほしいとの事。

 当然、新聞や雑誌、ゲームに映画などの娯楽はない。

 

 よって、時間つぶしといえば、河内と喋るぐらいしかない。

 

「なぁ、提督はん」

 

「ん、何だ?」

 

「視察の移動ってこんなもんなん?」

 

「んー、場合によるな。視察場所が前線とかだと艤装に乗って、それこそ厳戒態勢でピリピリした空気の中で行くだろうな。……あとは、視察する側の階級も影響してくるだろうな。例えば自分が将官クラスの階級なら、それこそファーストクラスのサービス等、移動と言えどVIP待遇だろうな」

 

「って事は、提督はんは"そこそこ"の待遇って事やな!」

 

「河内さん、"そこそこ"は余計だと思います」

 

「ほなら、並?」

 

「やめて、もっと安っぽくなるから……」

 

 こうして河内と喋り時間をつぶしていたが、それも数時間も続く筈もなく。

 気が付けば、時間帯もあり、河内はキャンピングカーの展開式ベッドを展開させ、すぐさま夢の世界へと旅立ってしまった。

 

 一方自分は、冷蔵庫に入っていた飲み物を片手に、座席に座りながら考えに耽っていた。

 

 移動なれど万が一に備えて警備の人員まで割いてくださった溝端准将には本当に頭が下がる。

 しかし、今後も同じように視察の頼みがこないとも限らないし、視察でなくとも危険は常に潜んでいる。

 それに、自分のみならず部下の艦娘()達の事も考えると、やっぱり、独自に動かせる警備戦力は整えていた方がいいのかもしれないな。

 加えて、移動手段の方も。

 

 だがな、それらを加えるとなると、今まで以上に出費が……。

 

 かといって現状のままでは、自分としても心苦しいままだし。

 

「むふふ、あかんて、もう食べられへんって」

 

 くそう、自分はこんなに真剣に悩んでいるのに、河内の奴は何て幸せそうな顔して寝てるんだ。

 むかつくので、頬を突いてやろう。

 

 あ、くそ、なんて羨ましいぐらいのもち肌なんだ。

 

「大丈夫、やて、提督はん。あたしは、特殊な訓練うけとるから……、チョコレートファウンテンに頭突っ込んでも、大丈夫、や」

 

 一体、どんな夢見たらそんな寝言が飛び出すというのだ。

 そもそもチョコレートファウンテンに頭を突っ込むのは、衛生的にも道徳的にも悪い事なので、良い艦娘()の皆は決して真似しないようにね。

 

 と、脳内で注意喚起も終えた所で、飲み物の残りを一気に飲み干すと、自分も就寝の準備に入る。

 

「ふぁ~」

 

 欠伸をしながら自分の分のベッドを展開させ終えると、すぐさま横になり眠りにつく。

 夢の世界から目覚めれば、そこは既にラロトンガ島空の玄関口、ラロトンガ国際空港だろう。



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第63話 Can you feel my cry? その7

 頬に伝わる、やわらかく温かな触感。

 これは、もしかしてあの夜の。

 

 ──痛。

 

 あれ、何だ、今の衝撃は。

 

 ん? ちょっと待てよ、何だかあの夜の感触よりも少しばかり固いような気がする。

 

 ──痛。

 

 まただ、一体何なんだこの衝撃は。

 まるで、殴られて、いや、これはむしろ……。

 

 

「って、足!?」

 

 目が覚め、最初に飛び込んできたのは、自分の顔目掛けて目一杯伸ばされた河内の足であった。

 それを見た瞬間、自分は思い出した。河内は寝相が悪い事を。

 

「おい河内! 河内!! ここはただでさえ狭いんだからもっとお行儀よく寝なさい!」

 

「んー、あかんて。もうイチゴは食べられへん……」

 

 全く、自分はこんなに迷惑を被っているというのに、河内の奴は相変わらず幸せそうな寝言を漏らしている。

 

「はぁ……」

 

 自分も、河内位能天気ならどれ程幸せだったろうか。

 とため息を漏らした所で、現在の時刻を確認する。

 

 出発した時刻よりも数時間が経過しており、予定通りならば、もう間もなく目的地に到着する頃だ。

 

 と、誰かがキャンピングカーのドアをノックしてくる。

 

「おはようございます。飯塚中佐、よくお眠りになられましたか? ……あ、秘書艦の方は大変良くお眠りになられていたようで」

 

「あはは……」

 

 ドアを開けると、そこにいたのは田中少佐であった。

 田中少佐は自分の脇から目にした河内の寝相を目にし、気を利かせてくれるのであった。

 

 あぁ、当人は何も知らず幸せそうな夢見てるというのに、どうしてこうなる。

 穴があったら、入りたい。

 

「そ、それで、何か御用で?」

 

「あ、はい。間もなくラロトンガ国際空港に到着しますので、準備の方をお願いしますと伝えに」

 

「分かりました」

 

 こうして、顔を真っ赤にしながら用件を伝え終えた田中少佐を見送ると、早速河内を叩き起こす。

 

「おら! さっさと起きんか!!」

 

「ちょ!? なんなん!! 起こすんやったらもっと優しく……」

 

「こちとら赤っ恥なんだぞ! 優しくなんて起こせるか!!」

 

「何やねん、赤っ恥って!?」

 

 叩き起こされ文句を垂れる河内を他所に、自分はさっさと着陸に備えての準備を始める。

 河内も、やがて不満たらたらながらも着陸準備を始めると、程なくして互いに準備が完了する。

 

「飯塚中佐、間もなく着陸いたしますのでシートベルトの着用をお願いします」

 

 刹那、田中少佐の機内アナウンスが流れ、自分と河内は座席のシートベルトを着用する。

 程なくし、キャンピングカー越しにグローブマスターⅢがラロトンガ国際空港へと着陸した感覚が伝わる。

 

「お疲れさまでした、飯塚中佐。では、我々は機内で待機しておりますので、お帰りの際はお声がけください」

 

 貨物室で田中少佐や警備の方々に見送られながら、自分と河内は再び開閉されたカーゴハッチから、南国の太陽に照らされたラロトンガ国際空港へと降り立つ。

 かつては観光客で賑わっていたであろう同空港だが、今や、徒歩距離にあるビーチなどを楽しみにした観光客を満載した旅客機の姿はなく。

 

 エプロンでその姿を晒しているのは、ラロトンガ警備府航空隊所属と思しき二機の彩雲であった。

 ラロトンガ国際空港は、今や立派な軍用飛行場へと変わった様だ。

 

「所で、田中少佐らは同行せいへんのかいな?」

 

「あぁ、所管が違うからな。移動中の自分の保安に関しては田中少佐の所管だが、一歩ラロトンガ島に降り立てば、そこからはラロトンガ警備府の所管となる」

 

「ふーん。で、そのラロトンガ警備府のお迎えはどこにおるん?」

 

 エプロン内を見渡すも、特に迎えらしき人物は見当たらない。

 となると、空港ターミナルビルだろうか。

 

 早速、エプロンから三角屋根の空港ターミナルビルへと足を運ぶと、旅行客で賑わっていた頃の面影を随所に残した内装が目に付く。

 だが、それらも、一目で積もっていると分かるほどの埃が積もっている。

 かつての賑わいが失われてからかなりの時間が経っている事が容易に判断できる。

 

 と、空港ターミナルビル内を観察しつつ迎えの人物がいないかを探していると。

 不意に、到着ロビーの方から足音が聞こえてくる。

 

 足音は確実に、自分と河内が立っている搭乗ゲートへと近づいている。

 

 

 やがて、視界内に現れたのは一人の艦娘であった。

 儚げな雰囲気を纏い、流れるようなロングの黒髪、緋色の瞳。

 肩だしの大胆な紅白の巫女のような着物に赤いミニスカートを着込み、頭に目を引く髪飾りを付けた、そんな彼女の名は。

 

「扶桑さん!」

 

「……あら? その声、もしかして飯塚中尉、なの?」

 

 自分の声に小首を傾げた彼女の名前は、扶桑。

 西邑少佐が率いる艦隊の双璧たる戦艦の一人だ。当然、自分も西邑少佐が呉鎮にいた頃に、彼女とは面識を済ませている。

 

「やっぱり! 飯塚中尉、久しぶりね!!」

 

 しかし、西邑少佐が呉鎮から佐世保へと異動したと同時に、顔を合わせる事も連絡を取る事もなくなったので、お互い顔を合わせるのは久々だ。

 故に、扶桑は自分の顔を確かめるや、嬉しそうに小走りして近づいてきてくれると、自分の手を取り久々の再開を笑顔で喜ぶ。

 

「お久しぶりです、扶桑さん」

 

「ふふ、本当に、何年ぶりかしら。……あ、ごめんなさい。今は中尉じゃなくて、中佐、なのね」

 

 軍服に取り付けている中佐の階級章が目に付いたのか、扶桑は慌てて訂正する。

 

「でも、数年の間に、立派になられましたね。私が最後に見た時は、書類を持っておろおろしていたのに」

 

「ちょ、扶桑さん! よしてくださいよ、もう……」

 

「ふふ、ごめんないさい」

 

 でも、例え階級が変わっても、扶桑の中での自分の印象が変化するのはまだまだこれからのようだ。

 

「でも、本当に見違えました。急遽視察が代理の方に変わったと聞いてどんな方がいらっしゃるのかと思っていたのだけれど、まさか飯塚ちゅ……、中佐だなんて」

 

「自分も、視察先が西邑少佐が責任者を務めている警備府とは思ってもいませんでした」

 

「本当に、世界は広いけれども、世間は狭いわね。それから飯塚中佐、提督は今は"少佐"ではなく"大佐"ですよ」

 

「了解しました。……あ、そうだ、紹介しておきます。自分の艦隊の総旗艦兼秘書艦を務めている河内です」

 

「なんや話しぶりから提督はんの知り合いみたいやけど、どうも、よろしゅう。あたし、戦艦河内や」

 

「河内さん、ですか?」

 

 河内を紹介すると、案の定というべきか、扶桑の顔が少々困惑の色を隠せなくなる。

 多分、戦艦河内と聞いて弩級戦艦の方だと思っているんだろうな。

 爆発事故の際、扶桑も事故現場である徳山湾に停泊していたのだから。余計に思う所はあるよな。

 

「えっと、説明すると少し長いんですけど。河内は扶桑さんが思っている河内ではなくてですね……」

 

 なので、可能な限り簡潔に河内の説明を行うと、扶桑も納得してくれたようだ。

 

「そうだったんですね。すいません、お名前が同じだったので困惑してしまって……」

 

「ええねん、ええねん。別に、あたしはそこまで気にしてへんから」

 

「それにしても、パラレルワールドの戦艦ですか。何だか、不思議な感じですね」

 

「まぁ、あたしからしても、扶桑が"戦艦"ってのも、ちょっと違和感あるけどな」

 

「河内さんが軍艦だった世界では、私は戦艦ではなかったんですか?」

 

「んー、世代にもよるけど。あたしが軍艦で現役やった頃は、扶桑の名前を付けられとったんは航空母艦やったな」

 

「航空母艦、ですか。……ふふ、何時か、もし河内さんの世界の私に出会う事が出来れば、是非とも一度お会いしたいものです」

 

「お、戦艦と航空母艦の扶桑の対面。なんやそれ面白そうやな。提督はん、頑張ってあたしの世界の扶桑出してや」

 

 と、何やら勝手に当人達で盛り上がって、仕舞には無茶なお願いまで飛び込んできたが、どうやら仲良くなれたようだ。

 

 それにしても、内容は兎も角、艦娘同士が盛り上がって話をしている。

 これが本当のガールズ・フリート(GF)トーク、なんつってな。

 

「──んがっ!?」

 

「あほかっ!!」

 

 しまった、こいつ(河内)は人の心(ボケ限定)を読めるんだった。

 

 久々にさく裂した河内のハリセンを合図に、旧交を温め終えたので、いよいよ視察先であるラロトンガ警備府へと向けて移動を始める。

 

 

 ラロトンガ国際空港を後にした自分達は、扶桑先導のもと、同島の中心地にしてクック諸島の首都たるアバルア内にあるアベイウ湾を目指す。

 同湾にラロトンガ警備府は置かれているからだ。

 

 因みに、ラロトンガ島は島一周約三二キロメートル、車なら三十分程で一周できる大きさしかない。

 なので、ラロトンガ警備府へはラロトンガ国際空港から徒歩でも疲れ過ぎる事無く行ける。

 

 美しい南太平洋の海を横目に、扶桑さんと会話しながら歩き続ける。

 

「いい所ですね。のんびりした時間が流れてて」

 

「えぇ、地元の方々もとても優しい方々ばかりで、私達の事を温かく迎え入れてくれました。本当に、ここは素晴らしい場所です」

 

「それにしても綺麗な海やな、これやったら、美味しい魚も一杯釣れそうや」

 

「おい河内、お前は相変わらず食い気ばかりだな」

 

「えぇやん」

 

「ふふ、島には近海で獲れた美味しいお魚を使ったお店もありますから、視察が終われば案内しますよ」

 

「ホンマ!? やったー!」

 

 歩き続けていると、やがてアバルアの中心部が見えてくる。

 地元のスーパーマーケットや商店、教会などが見える中に、南国の風景に溶け込んでも不自然でない、赤レンガの建造物が見える。

 

 あれこそ、ラロトンガ警備府だろう。

 手前の湾内には、艦娘達の艤装が停泊している。

 その中でも特に目を引くのは、何といっても二つの鋼鉄(クロガネ)の城。細部は違えど大まかには似通ったそれは、扶桑と山城の艤装だ。

 

 呉鎮時代に幾度も目にした、懐かしの姿が湾内にはあった。

 

「こちらが、私達の家であり職場でもあるラロトンガ警備府になります」

 

 ラロトンガ警備府前まで足を運ぶと、さらにその詳細な姿を見る事が出来る。

 遠目からでも見えた通り赤レンガで造られた建物は、三階建ての、言葉は悪いがこの様な僻地に置かれた警備府としては十二分すぎる程の外観を誇っていた。

 

「ほえー、すんごい立派やな。もっと田舎のこじんまりした役所みたいな感じかとおもとったけど」

 

「こら、河内!」

 

「いいんですよ。……私も、引き継ぎの際に聞いたんですけど。これほど不釣り合いで立派な建物なのは、最初にラロトンガ警備府を任せられた提督の発案だと聞いています」

 

「え?」

 

「当時、半ば見捨てられ絶望に打ちひしがれ、手を差し伸べにやって来た初代の提督にすら疑心の目を向けていた地元の方々に、自分達は見捨てる事無く手を差し伸べる。そんな強いメッセージを込めて、この警備府は建てられたと聞いています」

 

 成程ね、この立派な警備府の建物は、まさにラロトンガ島の人々にとって守り神のような存在なんだな。

 そして、扶桑の話から、ラロトンガ警備府の初代責任者である提督の苦労も垣間見えた。

 

「では、提督の所にご案内しますね」

 

 こうして建物の外見を拝見し終えた自分達は、いよいよ西邑少佐。いや、西邑大佐に会うべく、建物内へと足を進める。

 

 筈なのだが、何故か扶桑は立派な出入り口を潜る事なく。

 何故か建物の裏手へと回っていく。

 

「あ、あの、扶桑さん? 西邑大佐の所に案内してくれるのでは?」

 

「はい、ですからご案内してるんです」

 

 これは黙ってついてこいと言われているのだと理解し、その後は疑問を挟むことなく扶桑の後をついていく。

 すると、港の一角に、南国の島には不釣り合いなほどの一軒の日本家屋が姿を見せる。

 しかし、外観の大きさからして母屋というよりも離れといった所か。

 

 何れにせよ、凄く目立つ。

 

「提督ー! 提督! 視察の方が参られましたよ!」

 

 そんな離れの玄関を潜ると、扶桑は奥に向かって叫び始める。

 すると、奥の方から懐かしい声が聞こえてくる。

 

「何時もの場所にいるから、連れてきてくれー」

 

「……はぁ、まったく。飯塚中佐、ついてきてください」

 

 何やら呆れた表情の扶桑に再度ついていくと、離れの玄関を潜る事なく、離れの側面へと回り込む。

 回り込んだ先は、海が見渡せる離れの一角であった。

 

 そこには、海を見渡せるからか、南国の太陽を浴びながらゆったりと潮風を感じられる縁側が設けられていた。

 

 そして、そんな縁側に、目的の人物はいた。

 

「提督。……全く、視察の方がお越しになられたんですよ。少しはしっかりと職務に励んでいる姿を見せてください!」

 

「んー。視察に来た時だけちゃんとしてたって、それじゃ意味ないだろ。ありのまま、いつも通りの俺の姿を見せてやった方が、視察側のレポートも公明正大になるってもんだ! ははは!」

 

「全く。……山城、貴女も提督の奥さんなら、提督に常日頃から職務に対してもう少し愚直に取り組むように言わないと駄目よ」

 

「でも姉さま。正二さんには勤勉に取り組んでいる姿よりも、こうして健やかにだらけている方が似合うと思うんです」

 

「はぁ……、全く」

 

 扶桑の言葉があまり響いているとは思えぬその人は、昔と変わらず、扶桑と同じ装いながらボブカットの黒髪が美しい、秘書艦にして艦隊の総旗艦。

 そして、最も愛すべき最愛の艦娘の膝枕を素晴らしい眺めと共に堪能していた。

 

 呉鎮時代より更に日焼けして肌の色が濃くはなっているが、軍服を着崩したりと、飄々としたあの性格は呉鎮時代からどうやら変わっていないようだ。

 

「相変わらず、扶桑さんを困らせてますね。西邑大佐」

 

「ん? その声!?」

 

 扶桑の後ろから姿を現した自分の姿を確認するや、西邑大佐は飛び起きると、暫し自分の顔を見つめた後、口角を最大限まで上げると嬉しそうに口を開いた。

 

「やっぱりそうか! 飯塚! 久しぶりだな!!」

 

「お久しぶりです、西邑大佐」

 

「っははは! 相変わらず他人行儀だな」

 

「山城さんも、お久しぶりです」

 

「あら、もしかして今回の視察の代理の方って、飯塚中尉だったの」

 

「提督、それに山城も。今は中尉じゃなくて中佐ですよ」

 

「あ、本当だ」

 

「なんだ、しばらく見ない間に随分と出世したな!! いやー、めでたい。……で、そちらの素敵なご婦人は何方かな?」

 

「む、正二さん」

 

 そして、山城という愛すべき人がいるにもかかわらず、女性に目がない所も、相変わらずのようだ。

 むすっとした表情を浮かべる山城に、西邑大佐はこれは一種のお約束の如く返事を返すのであった。



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第64話 Can you feel my cry? その8

 河内の紹介と説明に関しては、やはり山城は爆発事故の際、戦艦河内の当時の艦長を救助した経緯から複雑な表情を浮かべていたが。

 それでも、最後は河内の気さくな性格もあって、河内の事を受け入れてくれたようだ。

 こうして自己紹介も終わった所で、早速ラロトンガ警備府の視察を開始しようと思ったのだが。

 

「まぁ、待てよ。折角会えたんだ。少しくらい話していってもいいだろ?」

 

 との西邑大佐からの提案で、自分は西邑大佐とこの離れの縁側で暫し話をして旧交を温める事となった。

 因みに、河内は扶桑と山城の二人と共に、警備府内を案内がてら西邑大佐の部下の艦娘()達と交流してくるとの事。

 

「しっかし、まさか飯津が俺と同じ提督になるとはな」

 

「辞令を受けた時は、半ば呆然としてました」

 

「だろうな。参謀から提督に華麗にジョブチェンジだ、すんなり受け入れられる方が稀だよな。……でもま、そんだけ上から期待されてるって裏返しだから、良かったな!」

 

「はは、色々と苦労してますけど」

 

「若い時の苦労は買ってでもしろってこった。まだまだ苦労して頑張れよ、青少年!」

 

「あはは……」

 

「にしても、あの河内、とか言ったか。不思議な艦娘だな」

 

「実は、他にもいるんですよ」

 

 紀伊や加賀さん、それにユキ達に菅隊長の事など。

 摩訶不思議な艦娘や妖精たちの話を、西邑大佐に話していく。

 

「力があるから引き寄せられる、か。……お前はもしかしたら、俺が期待していた以上の大物になるかもしれんな!」

 

「そんな、大げさですよ」

 

「いや、断言する! お前は絶対、近い将来俺なんかを追い越すだろう。……あ、もしそうなったら、その時は是非とも、ラロトンガ警備府の戦力増強に尽力してくれると助かるんだがな」

 

「それって、何人か提督なり艦娘なりを送れって事ですか?」

 

「お、察しがいいな! そうすりゃ、俺も楽できるし。何より、山城が戦わなくて済む」

 

「結局は山城さんの為、ですか」

 

「あったりまえだろ! 俺は愛する山城の為なら戦闘機に乗り込んで深海棲艦とも戦えるぜ」

 

「本当にそんな事をしようものなら、山城さんが凄い顔して止めそうですけどね」

 

「ふ、そうだな。愛する女性(山城)が流す涙程、男心を掴んで離さないもんはないからな」

 

 凄いしたり顔で決まったと言わんばかりに自分の事を見ているが、これは呉鎮時代から変わる事のない西邑大佐の決めセリフの一つのようなものなので、懐かしさから反応してしまいそうになるも、結局軽く聞き流す。

 

「ふ……、相変わらずつれないな」

 

 すると、西邑大佐も呉鎮時代を思い出したのか、結局それ以上深く突っ込むことはなかった。

 

「だが、何時かお前も分かる時がくるさ。愛する女性が出来ればな」

 

「なら、そう遠い話じゃないかもしれませんね」

 

「! おい、飯塚!? お前、その口ぶり……。まさか、まさか。……やりやがった、のか?」

 

 西邑大佐は自分の発言から勘付いたのか、物凄い勢いで顔を近づけてくると、真相を問いただしてくる。

 

「え、えぇ。おかげさまで、何とか」

 

「……相手は? まさかさっきの秘書艦か? いや、ありゃ違うな、あれはどちらかといえば漫才コンビの相方みたいな感じだ。……一体どこの誰だ? 人間か、それとも艦娘か?」

 

「人間、ですよ。ラバウルで自分と同じく提督を務めているヨーロッパ州海軍の少佐です」

 

 西邑大佐の圧に押されつつ、自分はレーニャの事を語り始める。

 一通りレーニャの事を聞いた西邑大佐は、最後に、それまでにない真剣な眼差しと雰囲気で自分に重要な質問をする。

 

「それで、そのフロイト少佐とやらは。……一体どれ程素晴らしい"もの"をお持ちなんだ?」

 

「それはもう……、自家用ジェットなんて自家用車感覚で乗り回す程の資産と同じくらいです」

 

 ちょっと自分で言っておいて分かりにくいんじゃないかと思っていたが。

 西邑大佐は暫し無言を貫くと、不意に、声を挙げて笑い始め。

 

「っはははは!! そうか、そうか!! いや~、うらやま……、いやけしからん!! 色白パツキンたゆんたゆんだと!! 実にけしからしいぞ!!! チクショー!」

 

 そして、本音を垂れ流すのであった。

 

 因みに、西邑大佐も自分と同じく、無類の大艦巨砲主義(ぷるんぷるん・ラブ)だ。

 だからだろうか、西邑大佐と馬が合うのは。

 

「いやすまん。俺とした事が、つい夢の詰まった資産を手に入れた羨ましさから取り乱してしまった」

 

「いえ」

 

 ま、その資産を限度なく自由に取り出し可能なら最高なのだが。

 実は今はまだ厳しい引き出し限度額(保護者様方の過保護な目)があるという事実は、西邑大佐には伏せておこう。

 

「にしても、飯塚に彼女か……。俺、後五年ぐらいは彼女出来ないんじゃないかと思ってたんだがな」

 

「ちょ! 西邑大佐!?」

 

「いや~、でもこの見解、山城も同調してくれたんだけどな」

 

 あぁ、どうしてそんな見解になるんですか。

 

「ははは、冗談だよ、冗談。……ま、でも、おめでとさん」

 

「ありがとうございます」

 

 ま、西邑大佐らしいと言えばらしいのだが。

 

 

 さて、その後幾つか雑談を交え、そろそろ最後の話題で話を締めようとの流れになり。

 そこで、自分は西邑大佐に直接聞きたかったあの話題を切り出す。

 

「西邑大佐、最後に聞きたいことが……」

 

「言うな、分かってる。どうせ佐世保に異動した後に、俺に何があったのかを聞きたいんだろ」

 

 すると、西邑大佐自身も話題を切り出す前に何かを感じ取ったのか、自ら、ラロトンガ警備府の最高責任者となった経緯を語り始めた。

 

「呉鎮から佐世保に異動した後は、ま、俺もそこそこ頑張ってた訳だ」

 

 出だしを聞く限り、特に問題はなさそうだ。

 

「だかよ、やっぱ何処でも一人位、馬が合わない奴はいるわけだ」

 

「呉鎮でも、何人かいましたね」

 

「しかもそいつ、俺と同じく提督でよ。となると、極力避けようと思っても避けられねぇ場合が出てくる訳だ」

 

 鎮守府のスタッフ等であれば関りを遠ざける事はある程度容易だ。

 しかし、同じ提督となると、職務上、どうしても当人と関わらなければならない。

 

「で、ある日の会議の場で、そいつとちょっとした口論になってよ。……で、遂には、"手"出しちまった訳さ」

 

「その方に、山城さんの悪口でも言われたんですか?」

 

「はは、やっぱお前は俺の事よく分かってるな。……あぁ、そいつがヒートアップした時に言いやがったのさ。"鈍足で弾除けにしかならん欠陥戦艦など、とっと解体すべきだ"ってな」

 

 西邑大佐の言葉を聞いて、西邑大佐が相手の提督に手を出した事に納得する。

 西邑大佐は山城の事を兎に角愛している、それ故に、彼女を傷つけたくない一心であんな特殊な戦法まで編み出してしまう程だ。

 

 そんな西邑大佐に対して、最も言ってはいけない"欠陥戦艦"の言葉を言ってしまった。

 西邑大佐は自身の悪口等に関しては、笑って済ませるだろう。が、自身の部下である艦娘の悪口や、特に山城に関する悪口等は、冷静さを失いやすい。

 

 加えて、口論で互いにヒートアップして冷静さを更に失っている状況だ。

 感情が理性を上回り、結果手が出た。

 

「だがま、後になって冷静に考えれば、やっぱ手を出すのはまずかったな」

 

「そうですね。……それで、その後はどうなったんですか?」

 

「あぁ、直ぐに同じ会議に出てた他の提督が間に入ってその場は強引に納められ、で後日、俺は突然昇進を言い渡され、同時にこのラロトンガ警備府への異動も命じられた訳だ」

 

「手を出された提督は、処分なしですか?」

 

「いや、聞いた話じゃ大湊の方に異動させられたらしい。ま、喧嘩両成敗ってやつだ。……もっとも、手を出した分、俺は島流しにされたがな」

 

 提督同士が起こした不祥事、外部に公表されれば海軍としての威信に傷がつく。

 かといって、何ら処罰を与えず有耶無耶にしてしまえば示しがつかないし、しかし処罰をすれば外部に公表せずにはいられない。

 

 そこで、人事異動という形で双方に処罰を与えたという事か。

 

「でもまぁ、元々俺は出世コースから外れてるんだし、今回の島流しはちょうどいいと思ってるけどな」

 

 もっとも、西邑大佐自身は今回の処罰的人事に関しては、むしろ喜んで受け入れているようだ。

 

 おそらく、主流から外れたおかげで、深海棲艦との激しい陣取り合戦に愛する山城を送り出さねばならない機会が減って嬉しいのだろう。

 或いは、職務に追われる事なく山城と緩やかな時間を多く過ごせる居心地の良さからか。

 

「ですけど、自分は西邑大佐なら、もっと上を目指していけると思っていました」

 

「おいおい、飯塚、俺の事過大評価し過ぎなんじゃないのか? 俺には、今ぐらいのが身の丈に合ってるんだよ」

 

 西邑大佐の回答に納得できないとばかりの顔を浮かべていると、西邑大佐は再び口を開く。

 

「そもそも、俺から言わせりゃ。飯塚、お前こそ自分自身の事過小評価してるだろ。お前は、自分が思ってる以上に凄い奴なんだよ。……だから、もう一度言うぞ。お前は、必ず大物になる!」

 

「……なら、自分が西邑大佐の言う通り、大物になった暁には、自分のもとに呼び戻してこき使ってもいいですか?」

 

 それに対する回答を聞くや、一瞬の間を置いて、西邑大佐は膝を叩きながら笑い始めた。

 

「……っ、はははは!! 成程! そうきたか! くくく」

 

「そんなに笑う事ですか、これでも少しは真面目に考えた結果なんですけど?」

 

「いや、スマンスマン。……でもそうか、よし! いいぞ。お前の下でなら、こき使われてやっても。山城達も、お前の下でなら特に不満もないだろうからな」

 

 冗談なのかそれとも本気なのか。

 いずれにせよ、この南太平洋の島国でその能力を腐らせてしまうのは惜しい、との自分の考えに賛同はしてくれたようだ。

 

「さてと、それじゃそろそろ視察を始めてもらおうかな」

 

 こうして、聞きたい事も聞けて、旧交を温め終えた所で、ようやくラロトンガ警備府の視察を始める流れとなった。

 

「あ、一応聞くけどさ。昔のよしみできっちりやってましたなんて報告書に書いてくれる事は?」

 

「ありません。職務ですから、きっちりありのままを書かせていただきます」

 

「相変わらず真面目ちゃんだね」

 

 立ち上がり、河内達と合流すべく離れから警備府の建物へと肩を並べて向かう途中、そんなやり取りを交えるのであった。



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