瑠璃色の嵐 (夢想イヴ)
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1話 瑠璃色の嵐



4月

桜が咲き誇る季節

立海テニス部の新たな一年が始まる。
ただ一人、部長である幸村を除いて―――


幸村は尚もまだ入院生活をしている。
そのせいか、今年は立海テニス部の空気も重く、例年以上に勝利にこだわるようになっていた。


そんな季節に、風が吹く


青学にアメリカ帰りのルーキーが入部したように
立海にもまた、新たな春風が吹くことになる。



桜の香りを纏う、可憐な、嵐のように





「青学では一年生のレギュラーが入ったらしい」

「は?一年がレギュラーっスか!?青学はそんなに戦力が無いんスかね」


桜が舞い散る道を、立海男子テニス部副部長の真田弦一郎と、噂の二年生エースと呼ばれる切原赤也が歩いていた。
話は青学のルーキー、越前リョーマのこと。
あの青学が一年生をレギュラーにするなんてことは異例のことであった。

しかし立海にも前例があった。
それは化け物と呼ばれるほどの実力を持つ三人…幸村、真田、柳である。
彼らもまた、一年生の時からこの王者立海でレギュラーとして活躍していた。
つまり、青学のルーキーもそれほど迄の実力があるのではないかと、真田は考えている。


そんな中、嵐は突然やってきた。


「Hello、nice to meet you.」


突然、金髪の腰より長い美しい髪の外国人が話しかけてきた。


桃色の桜の中で、鮮烈な色を放つ、瑠璃色の瞳――


「わわ!!外国人ッスよ副部長!!俺英語全然分からねーッス!!!」

英語が大の苦手である切原は激しく動揺した。
そんな様子を見て、彼女はクスクスと笑った。


「やぁ、ごめんごめん。日本語も話せるんだけどさ、やっぱりこの見た目だと英語で挨拶するのが礼儀かなーって思ってさ」


彼女は流暢な日本語で話し始めた。
切原はポカンと彼女を見つめたあと、またもや驚きの声を上げた。


「って!!ちょ、ちょ!?こいつ、この前雑誌に載ってた最年少女子テニス世界女王の華宮 光輝じゃねーか!?」


切原が名を出したのは、華宮 光輝 (かみや ひかり)
最年少14歳でなんと世界女王に輝いた、まさに天才と呼ばれている女子テニスプレイヤーだ。

実は彼女、アメリカ人の母親と日本人の父親を持つハーフだった。
父は以前プロテニスプレイヤーだったこともあり、活動拠点をアメリカにしていたため華宮もアメリカで生活していたが、名前の通り日本人国籍も持っていたりする。


「お、よく知ってるね!日本での知名度はイマイチだと思ってたけど」


真田もその名は耳にはしていたが、姿を見たのはこれが初めてだった。
思っていたよりも華奢で、幼い顔立ちなのだなと思っていた。

「ねぇ、立海大附属って中学校のテニス部はどこ?ボク、そこに入部しに来たんだ」

「女子テニス部の部室ならあっちだ」

「ノンノン!ボクが入部したいのは女子テニス部じゃなくて…」

華宮は綺麗な顔でニヤリと笑った。


「日本一強いって言われてる、立海男子テニス部さ!」


それを聞いて、真田、切原は言葉が出なかった。
彼女は何を言っているのか、女子が男子テニス部に入部するとは…?

「あ、分かってない顔だねそれは。まぁいいや、理由はテニス部に着いたら教えるよ。君たち、それテニスバッグでしょ?もしかして立海男子テニス部の人?」

「…そうだ、俺達は立海大男子テニス部レギュラー。俺は副部長の真田で、こいつは二年生の切原だ」

「フクブチョーさんか、なら話は早い。とりあえず部室に案内して欲しいんだけど」

「って何勝手に入部しようとしてんだよ!世界女王って言ったって、男子テニスとは別モンだろうがよ!」

切原のその言葉に、華宮はピクリと反応し、笑みが消えた。

「女子テニスと男子テニスは別物?なら君はボクに勝てるとでも言うのか?」

「さすがに女相手に負ける気しねーよ?俺は」


挑発する切原に、ギロリと睨み返す華宮。


「なら勝負をしよう。ボクが勝ったら男子テニス部へ案内すること。ボクが負けたら、入部は諦める」

「真田副部長、それでいいッスよね?」

「…致し方あるまい」


三人はちょうど近くにあった運動場のテニスコートへと入った。


「ボクは世界女王だ。ハンデをやろう。君がボクのコートに一回でもボールを返すことができたら君の勝ちで良い」

「んだと!?ナメんじゃねーぞ!!」

「ボクにとってはキミごとき、目を瞑りながら虫の足を捻るくらい簡単なんだよ」

華宮の挑発に、切原は完全に切れてしまった。


「アンタ、潰すよ?」

「やってごらんよ、ベイビーちゃん」


切原の目は既に真っ赤に充血して怒り狂っていた。
サーブは赤也から、赤也はグググっとボールを持つ手に力を込めた。

「その綺麗な顔をボコボコにしてやるよ!!!!」

渾身の力を込めたナックルサーブ。
どこに跳ねるか予測不能で、相手を攻撃する凶暴なサーブだ。

「野蛮なボール」

華宮は一言そう呟いて、顔面に向かって来た強烈なサーブをいとも簡単に切原のコートへと叩き返した。
それもナックルサーブの比にならないほどのスピードボールで。

初めて初見でナックルサーブを返された、その上にどこにボールが返されたのか分からないくらいの速さで。

切原は言葉を失った。
真田さえも、息を飲んで目を凝らした。


「ほら早く、ボクの綺麗な顔をボコボコにしてごらんよ」



―――――――――――――――――

―――――――――


―――




「一度も…ボールに触れなかった…だと…?」


切原は呆然とした。
全力でやった。それなのに彼女のボールに触れることは、一度も許されなかった。

嘘のような実力差。
これが、世界女王の力なのか…

真田も目を疑うしかなかった。


「さ、約束。早く部室に案内して」


華宮は息も乱さずに、コート上に立っていた。

真田は放心状態の切原に近づき、凄い勢いで鉄拳制裁を下した。
コートには凄まじい音と共に、軽く吹っ飛んだ切原の姿が…
さすがの華宮も一体何が起こったのか理解ができず、目を丸くしていた。


「情けないぞ赤也!!我々はどんな相手であれ、負けは許されぬのだ!!それがなんだ!一度もボールを返せぬまま敗北するなど有ってはならぬこと!たるんどるぞ!!」

「…はい、スミマセン……」


涙目の切原に、怒鳴りつける真田。
華宮は日本の部活動はこんななのかと唖然としていた。

「…約束は約束だ。華宮、入部を許すか否かは別としてとりあえず男子テニス部へは案内しよう」

「あ…うん。頼むよフクブチョーさん…」


なんとなく、この人恐いなと華宮は思いつつも男子テニスへと案内されて行った。




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2話 決意の証



それから数分後、三人は立海男子テニスへと到着した。
そこには練習をしているレギュラー陣…

真田が連れて来た金髪碧眼の美少女に皆が動きを止め、集まって来た。


「真田が金髪の美少女を連れて来たぜよ!!」

仁王が茶化すように言った。

「ん?おいちょっと待てよ、こいつ最年少女子テニス世界女王の華宮 光輝じゃねーか!?」

桑原が驚きすぎて顔を真っ青にした。
丸井は月間プロテニスを持って来て確認していた。

「うわ!マジじゃん!?何、なんでこんなところにいんの!?」


急に来た有名人に沸き立つレギュラー陣。
そんな中、柳は冷静に顔を打たれて涙目の切原に気づく。


「…赤也、もしや負けたのか?」


柳の言葉に、無言でコクリと頷く切原。

「負けはいけないな。相手は華宮か?相手の実力を推し量ることもお前は覚えるべきだ」

「…スミマセンっした」

「それで、華宮は一体何用があって男子テニス部に訪れたんだ?」

華宮は待ってましたとニヤリと笑った。


「ボク、ここの男子テニス部に入部したいんだ!」


その言葉に、初めて聞いた切原真田がそうであったようにレギュラー陣達も理解ができずに言葉を失った。
あの全てを予測する柳でさえも、珍しく固まってしまっていた。

「なぜ、わざわざ男子テニス部に…?」

柳は珍しく、相手に答えを訪ねた。
彼のこんな姿を見るのはレギュラー陣でさえも初めてのことだった。


「ボクは女子の世界でNo. 1になった。だから今度は男子テニスの世界でNo. 1になって、本当の意味で世界で1番になるために…まずは日本一のチームに入ろうと思ったのさ!」


華宮は更に続けた。


「…さっきそこの奴にも言われたけど、世間では女子テニスと男子テニスは全くの別物と言われてる。以前、ある男子プロ選手がこう言ったんだ。世界女王でも、男子の世界に来れば700位くらいだろうって…その時ボクはまだ女王じゃなかったけど、物凄い腹が立った。
確かに、体格やパワーの関係もあるけど…ボクは男にだって負けたくない。男子女子関係なく、世界一になりたい…ならなきゃダメなんだ!!」


華宮は力強く、そう言った。
何か強い信念がある…そんな瞳だった。


「…気持ちは分かるが、ルールがある。女子は男子の部活には入部できない」


「そうさ、だからボクは“男”になる!!」


そう言うと、華宮はバッグの中からハサミを取り出した。
この場にいた全員がまさか、とは思ったが、まさにその“まさか”であった。



「…この髪は、ボクが初めてテニスラケットを握った日からずっと伸ばしてきたんだ。No. 1になるまでの願掛けとして。そしてボクは今日からまた、今度は、男として、華宮 翼として、新たにテニスラケットを握る!!」


そう言うと、何の躊躇もなく華宮はその美しく長い金色の髪にハサミを入れ、バッサリと切り落とした。

鮮烈に、あまりにも美しく目を奪われそうになる瞬間


光に輝く髪は、桜と共にハラハラと散っていった



「ボクは今日から華宮 翼だ。華宮 光輝の双子の弟。これなら問題ないでしょ?」



短くなった髪はなおも美しく金色に輝いて、瞳は鮮烈な碧を放った。
中性的な顔立ちもあってか、髪が短くなると少年に見えないこともない。

レギュラー陣は言葉が出なかった。

願掛けと言っていた大切な髪を、何の躊躇いもなく切り落とした彼女に何と言えばいいのか分からなかった。



「その心意気、気に入った」



そんな空気の中、初めて声を出したのは意外にも真田弦一郎だった。


「大切なものを捨ててまでこの世界で戦いたいと言うのならば、俺はお前を否定することはできない。
だがしかし、簡単に入部することを認めるわけにもいかぬ」


華宮は真剣な顔つきで真田の言葉を聞いた。



「俺を倒してみろ」





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3話 入部試験



「俺を倒してみろ」


真田が出したのはかなり厳しい条件だ。

彼は皇帝と呼ばれるほどの、圧倒的な力を持つ。
あの青学の手塚と肩を並べるほどに…

その場にいる全員が、流石にそれは無理だろうと思うしかなかった。


「OK」



華宮はそれでも、嬉しそうにラケットを握った。


「負けないよ」

二人はコートへと入った。
ピリピリと周りまで痺れてしまうほどの、二人の気迫。

サーブは真田からだった。


「いくぞ!!」


真田は容赦の無いパワーでサーブを打ち込んだ。

「なるほど…!見た目通りのパワーだね…!!」

華宮はなんとかそのサーブを打ち返した。


「侵掠すること、火の如し!!!」


真田の得意技、風林火山の火を出した。

「弦一郎がこんな早くから風林火山を出すとは…!」

柳もデータを取りながら驚いていた。
そのパワーは凄まじく、まるで本物の火の玉のように激しい打球だった。


「ーーっ!?」


さすがの華宮も受け切れず、ラケットを弾き飛ばされてしまった。

「…この馬鹿力が」


そう言うと華宮は、ラケットを拾ってニヤリと笑う。


「そうだよ、こういうのを求めていたんだ!女子テニス界では、力強くでラケットを弾き飛ばされるなんてこと無いからね!!ボクの体験したこと無い世界!ここでボクはNo. 1になりたいんだ!!」


すると青色の瞳がギラリと光って、只ならぬオーラを纏いだした。
対峙する真田でさえも、気圧されるようなオーラ。


『なんだこのオーラは…無我の境地、とは違う。似て非なるもの…!?』


真田は構えた。


「きなよ、今度はその馬鹿力受け止めてあげる」


真田はサーブを打つ、先程よりも力強く。
華宮はそれをあっさりと返してきた、そこで真田はあの構えをする。

「侵掠すること、火の如し!!!」

本気の“火”
容赦の無い、弱者を焼き尽くすような力。


「君みたいに真っ直ぐなテニスをする人、好きだよ!!」


華宮はオーラを腕に集中させて、その打球を打ち返した。
真田は驚きのあまり反応することができなかった。

あの技は男子でさえも、手塚くらいの細さの奴ならばラケットを弾き飛ばされるほどの威力だ。
なのに、彼女は、その手塚よりも何倍も華奢な腕であれを打ち返してきた。

『あのオーラは一体なんだ…こいつは……!』

真田は華宮にただならぬ才能を感じた。
そう、それはあの神の子と呼ばれるほどの天才、幸村に通じる程の…並々ならぬ才能。


『…こいつなら、男子に混じっても充分すぎるほど戦える』


真田は確信した。
華宮は立海三連覇に必要な存在だ。



「…華宮 翼。お前の入部を認めよう」



まだ試合は終わっていなかったが、真田は華宮にそう言い渡した。
充分なほどの実力、それは試合を見ていたレギュラー陣達も納得せざるを得ないほどのもので、誰も華宮の入部を反対するものはいなかった。


「え!?いいの!?まだ試合終わってないけど!」

「お前の実力は分かった。レギュラー陣達も納得しているようだ。…それに、お前も先程赤也と試合をしたばかりで疲労もあるだろう」


華宮は大袈裟に万歳ジャンプをして喜んだ。


「うわーい!!やったーー!みんな、これからよろしくねー!!」


あんな試合をしていたのが嘘のように、まるで幼い子供がはしゃぎ回るようなギャップに誰もが驚きを隠せていないようだ。
おそらく、彼女はずっと緊張していたのだろう。
これが素の彼女の性格である。陽気で少し子供っぽい…まさにおてんば娘。


「あー…帰国してからすぐ飛んできたから疲れちゃったなー…緊張がなくなったら…なんだか……眠く………」


そう言い残して、なんとその場で寝てしまった。


「こいつ、もしかして帰国してから休まずに俺と真田副部長と試合してたのかよ…!?」


なんということだ。もしそれが事実なら、彼女の本当の実力は一体…その場にいる全員が息を飲んだ。

「…とりあえず、どうするんじゃ?しばらく起きそうにないぜよ」

「女性ですし、この場に残しておくわけにはいきません!家まで送り届けるべきでは」

「待てよ、誰かこいつの家知ってるのか?」


「……………」


もちろん、今会ったばかりの華宮の家を知る者など誰もいなかった。
ましてや帰国したばかりと聞いた、家はあるのか?両親は?

しかしもう日が沈みかけていた。
この場に放置するわけにもいかないし、いつ起きるかも分からないのでここで付き添うわけにもいかない…


「副部長、ここは責任取ってお持ち帰りするべきじゃないッスか…?」


切原の意味深な言い方に思わず仁王と丸井がブフッと吹き出してしまった。
もちろん切原に深い意味はないが、言い方が不味すぎる。

「赤也の言い方はともかく、確かに部の責任者である弦一郎が連れて帰り介抱するのが無難ではないか?」

「…致し方あるまい。とりあえず家に連れて行こう」

真田は柳に促され、渋々了承するしかなかった。


「真田が…!金髪美少女をお持ち帰り…っブフッ!!」

「仁王…殴られたいのか…?」

「冗談ぜよジョーダン…!」


とりあえず華宮を背負う事にした真田。
背負ってみると、驚くほど軽くて、こんな華奢な体で本当にあの風林火山を打ち返したのが信じられなかった。

……あと、男子とは違う、何か…良い匂いがする。



「顔が真っ赤だぞ。弦一郎」

「き、気のせいだ…っ!」






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4話 友との約束


「まぁ、弦一郎さん!そちらの方は?」


真田は未だに眠り続ける華宮を背負ったまま帰宅した。
玄関先ではもちろん、母親がかなり驚いた様子だった。

「今日からテニス部に入部した華宮という二年生なのですが…なんでも、今日アメリカから帰国したばかりで家がどこなのかも分からないまま疲れて眠ってしまい…仕方なく副部長である俺が責任者ということで連れてきました」

真田は丁寧に事の真相を話した。
もちろん、華宮の性別は男という事にして。

「アメリカから!それは疲れた事でしょう、客間に布団を敷いておくのでそこに寝かせてあげなさい」

「はい」

真田の母親は急いで客間に布団を敷いた。
家は昔ながらの日本家屋で、とても広い。

客間に敷かれた布団に華宮を寝せる。
スヤスヤと気持ち良さそうな寝息を立てて熟睡しているようだ。


『…不思議だ。この細い体のどこに、あんな力があるというのか…。単純な技量や速さは分かる…だがしかし、あのパワーは物理的に不可能なはず。やはりあのオーラが関係しているのだろう…』


真田はマジマジと華宮を見つめた。


『…世界女王、華宮 光輝。こんなにも小さな体で、こいつは女子テニスの天下を取ったというのか』


見つめれば見つめるほど、不思議な気分だった。
寝ている彼女はまるで子供のようで、自分が対峙した彼女とはまるで別人としか思えない。
あの時は、彼女がとても大きく見えた。

迫り来る気迫、突き刺すような青の視線。

あれが世界女王。この小さな少女が、世界一なのか。


「…ん」


華宮は小さく声を発した。
マジマジと見つめてしまった真田は思わず慌てふためいた。

目をこすり、長い金色の睫毛が開かれると、そこにはあの瑠璃色の瞳が。


「…ここ、どこ?」

「俺の家だ。いきなりお前が眠ってしまい、家も分からんからとりあえず副部長の責任で連れてきた」

「そっか…おやすみ…」

「待たんか!寝るな!!」


まさか二度寝しようとした彼女を揺すり起こした。

「お布団気持ちいいから今日はここで寝る…」

「目が覚めたなら自分の家に帰らんか!そもそもご両親が心配するだろう!!」

「パパとママはアメリカだよ。ボク1人で日本に来たんだ。まだ部屋の荷解きも終わってないから帰っても寝る場所無いし、今日はここに泊めてよ」

「む…」


荷解きが終わっていない一人暮らしの部屋では確かに今から片付けをするのは厳しい…
ここは泊めてやるべきなのか…

「…仕方無い、今日だけだぞ。明日は部活も休みだから、帰って部屋の片付けをしろ」

「わーい!ありがとう真田さん!」

試合の時と違って、ニコニコと笑う彼女の顔は…不本意にも可愛らしいと思ってしまい少し赤面した。


「…ところで、気になっていたことがいくつかある。お前は、何故男子の世界でまで1番になりたいのだ?大切な髪を切ってまで…何か信念のようなものを感じたのだが」


真田の問いに、華宮は表情を変えた。
少し悲しげな…何とも言えない表情に、真田は少々動揺した。彼女はこんな顔もするのかと。



「…約束したんだ。親友と」



その言葉に、真田はドキリとした。

親友との約束。

それは自分も同じだったから。


「真田さんには話しておきたい。聞いてくれる?」

「…お前が嫌でなければ、聞かせてくれ」

華宮は少し、微笑んだ。



「…ボクには一緒にテニスをする親友がいたんだ。名前はマリア。ボク達はいつでも一緒だった。ダブルスで一緒に優勝したり、時にはシングルス決勝戦を争ったり…」


華宮は嬉しそうに語っていたが、途中で視線を落とし悲しそうな顔をした。


「でも、ある時にマリアは重い病気になってしまった。テニスを続けることは出来なくなった…治療法がない、病気だったんだ」


真田は息を飲んだ。
似ている、自分と幸村の境遇に…
しかし幸いにも幸村には治療法がある…上手くいけば完治することもできると聞いた。
だが、華宮の友にはそれが無い…なら一体彼女は。


「ボクは彼女に誓ったんだ。マリアがテニスを出来なくなってしまった分、ボクが彼女の分まで強くなる。彼女の分まで勝ち続ける。そして世界で1番強くなるって」


「…親友は今はどうしたのだ」


やはり、華宮は悲しそうに静かに微笑んだ。



「……ボクが世界女王になった数日後に亡くなったよ。本当はかなり無理をしていたんだ。余命はとっくに過ぎていた。でも、ボクが世界一になるまではって…マリアも頑張ってくれていたんだ」



華宮は堪えきれずに、その瑠璃色の瞳からハラハラと宝石のような涙を流した。
綺麗な顔をクシャクシャに歪ませて、静かに泣いた。


「ボクはそこでテニスを辞めようと思った。ずっと一緒だったマリアはもういない。約束も果たした…その時はそう思っていたんだ。でも、さっきも言ったように女子テニスの女王だからと言って男子テニスに比べたらって…何度も言われた。ボクは悔しくて仕方なかった…!」


華宮の、切原に挑発された時の顔を思い出す。
女子と男子のテニスは別物…そう言われて彼女があんなに殺気立った顔をしたのは、これが理由だったのか…



「なら、ボクは本当に世界一になってやる!男子の世界でも!!誰からも文句を言われない、完璧なNo. 1になるって、マリアの墓前で誓ったんだ…!!」



真田は自分と似たような状況の彼女に、強い信念を感じた。
亡くなった友のために、大切なものを捨ててまで約束を果たそうとする華宮の姿に、何も言えなくなった。


「…まぁ、そう言うわけなんだ。もしかしたら性別を偽ることで色々迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくね」


華宮は話し終わると、いつもと同じような顔でニコリと笑った。


「…実は、我が立海大のテニス部部長の幸村という男も、昨年の冬に原因不明の病に倒れ、今は長期入院中なのだ」


真田から、部長である幸村のことを聞き、華宮はハッとした顔になった。

「ねぇ!その人は!?治るの!?テニスは出来るようになるの!?」

「幸い、治療法はある。大掛かりな手術になるらしいが、成功すればテニス部への復帰も可能になる…」

「!!…良かった!本当に良かった…!!」


華宮は安堵した。
また、マリアと同じことになったらと思うと恐ろしかったのだ。


「幸村は俺の親友だ。幼い頃からずっと一緒にテニスをしてきた。そして約束したのだ、俺たちが在籍する三年間、負け無しで三連覇すると…!」


華宮も初めて真田の、そして立海の事情を知り、驚いた。



「真田さんも、ボクと同じなんだね」

「…親友との約束のために戦う、お前と同じだ」



二人は会って間もないながらも、似たような境遇から何か強い繋がりを感じた。

強気な表情で笑いながら、拳を合わせる。




「共に戦おう、互いの約束のために」




今はまだ、共に戦う仲間の絆として。
熱い想いを、胸に抱いて。






春の嵐がやってきた


鮮烈な青と 光り輝く金色の風



桜色の中に、彼女はやってきた―――――









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5話 お片付け(真田視点)


「お世話になりました!!」


華宮はそう言うと、俺の母親に深々と頭を下げた。
コート上で眠り込んでしまった華宮を仕方なく連れ帰り、結局そのまま一泊させてしまったのだ。


「これからも気軽に遊びに来てくださいね」

「はい!ありがとうございます!」


…というか、敬語が使えるならば何故俺達三年生には使わないのか……?
そんな疑問を抱きつつも、それについてはまだ日本語が不慣れと言っていた理由も分からなくもないので、とりあえず今は目を瞑るとする。


「華宮」

「翼でいいよ、真田さん!」


確かに、華宮 光輝の本名を隠すためには苗字ではなく、あえて翼と呼んだ方が良いのだろうか。


「…翼、家まで送ろう」


その言葉に、華宮…翼は、不思議そうな顔をした。

「え、まだ朝だし一人で帰れるよ?」

「副部長として、お前の住んでいる場所を把握しておかねばまたこういう事態になった時に困るだろう」

「あー、なるほど!」


翼は両親と離れ、単身で日本に来たらしい。
何かあった時に住所が分からなければまた困り果てることになる。

今日は久々に部活も学校も休みだったことが救いだ。
翼の家を把握し、時間があれば幸村にも新入部員として紹介しなければ…だが、この特殊な新入部員をなんと説明をしたものか…。




それから俺達はしばらく歩き、住宅街のような場所に出た。


「えーと、あ!ここだ!!」


翼が指を指す先は…
なんと、30階建の高層マンション…
中学生が一人暮らしをするような場所とは思えない…。


「最上階だってさ!アメリカから直で立海に行っちゃったからまだ部屋見てないんだよねー」


翼に連れられてエレベーターへと乗り込む。
…俺はただ呆気にとられてしまっていた。

最上階の一番奥、いわゆる角部屋が翼の部屋らしい。
カードキーを通すと、厳重な扉が開いた。


そこは広々として、全面ガラス張りの部屋がある…何と言うか、高級ホテルとでも言えばいいのだろうか…
とにかく、間違いなく中学生が一人暮らしをするような場所では無い…というのが正直な感想だ。


「すごーい!ホテルみたいだねー!!」

「これは…中学生が一人で住むには、向いていないのでは…?」

「パパが心配性でさぁ、セキュリティがしっかりしたところじゃないと絶対ダメだって言って…まさか最上階とは思わなかったけどね」


昨日、翼の両親のことは聞いた。
父親は元プロテニスプレイヤーで現在は選手を引退し、アメリカを拠点にコーチをしているらしい。
華宮 晃…確かに聞いたことのある選手だ。
日本人プレイヤーではかなりランクも上だったが、越前南次郎の存在によってなかなか日の目を見なかった選手だ。

母親はアメリカ人で、人気のあるモデルだと聞いた。
…俺はそういうことには疎いのであまり詳しくは分からないが、どうやら海外ではかなり有名なようだ。


父親は娘を溺愛しているようで、今回の単身一人暮らしも相当説得に苦労したと翼が言っていた。
……こんな部屋を与えるところを見ると、確かに物凄く溺愛されているのだろうということが分かる。


「荷物もいっぱいなんだよなぁ」

「この量を一人で片付けるのは無理だ、俺も荷解きを手伝ってやる。せめて寝床の確保はせんと明日から困るだろう」


そう言うと、翼は目を輝かせる。


「本当に!?ありがとー!真田さん!!」


そして勢いよく抱きついてきた…!
俺は不意を突かれてしまい、思わず動揺する。


「つ、翼!アメリカではそういうことも許されたと思うが…ここは日本だ!そ、その…!簡単に異性に抱きつくというのは…良くないぞ…!!!」


鏡を見ずとも今自分の顔が真っ赤なのが分かる…。
男装をして男子部員として入部すると言っても…女であることは変えられない事実であり、それを知ってしまっている以上、どうしても意識してしまうのは仕方がないことだ。


「あ、そうなんだね!sorry!!」



翼はパッと離れるが、顔はニコニコと笑顔のままである。
…この先本当に大丈夫なのだろうかと心配になる。






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6話 続・お片付け(真田視点)


俺達は早速荷解きに取り掛かることにした。
…が、思いの外大きな家具類も多く、二人で片付けをするのも大変そうな量だ。


「…翼、俺が手伝わなかったらこの量を一人でどうするつもりだったのだ…」

「あははー考えてなかった!」

「単身で日本に来たり、男子部員としてテニス部に入ろうとしたり…お前は猪突猛進というか、無鉄砲というか」

「ちょとつもーしん?難しい日本語よく分かんないよ」

「…後先を考えずに勢いだけで進んでるということだ」

「なるほど!でも勢いは大事だよね!!」


…なんか違う気もするが。
赤也とは違う意味で危なっかしい奴だ…。


「んー!これ重いなー!もー!!こんなに色々要らないってパパに言ったのに!」


翼は大きな棚のようなものを持ち上げようとするが、なかなか動かない。
一般的に考えて女子が持てるものではないだろう。

…だが、俺と試合をした時に風林火山を打ち返したあの力はなんだったのだ?
あれを打ち返すには相当な握力が必要なはず。
それなのに、今はそんな力があるようには全く見えなかった。


「昨日聞きそびれたのだが…俺と試合をした時にお前が纏ったあのオーラ…俺の風林火山を打ち返したあの力は一体何だったのだ?」

「ああ、あれは唯我独尊?って言うらしいよ。難しい言葉は分からないけど、パパがそう言ってた!」

「唯我独尊…自分が最も優れていると自負する、という意味だな」

「あの力もそのまんまの意味だよ。あれは、 自分が一番強いって身体に自己暗示をかけるんだ。そして無理やりリミッターを解除して、限界を超える技だよ」


唯我独尊…つまりは己を無にして様々なプレイスタイルを再現する“無我の境地”とは似て非なるもの…ということか。
むしろ無我の境地とは全くの正反対にある扉…とでも言うべきか。
なんにせよ、流石は女子の世界で頂点を獲っただけのことはある。その才能は幸村と同等か、もしくは…。


「でもね、体力の消耗が激しいから使いすぎると怪我したり倒れたりするから調整が難しいんだよ」

「それでお前はあの時、試合後に寝てしまったのか」

「あの時は一瞬しか使ってなかったけど、さすがにアメリカから直だし体が限界だったよね」


無邪気にニコニコと笑う翼。
しかし唯我独尊の正体を聞くと、無理をし続ける彼女にはあまりに危険な技なのではないだろうか…


「お前はあまりにも危なっかしい。無理をしすぎて怪我をするなよ」


少しだけ驚くような顔をしつつも、彼女は笑う。



「この歳で世界女王になるには、色んなものを犠牲にしてでも無理をし続けなきゃならないこともあるんだよ」



そう語る翼の顔は…普段の無邪気な笑顔とは違い、誇り高い女王のような大人びた微笑みだった。

俺は一瞬、目を奪われる


全てを見透かすようなその蒼い瞳に、その鋭い眼光に。




「さ!早く片付け終わらせないと今日も寝るところが無くて困っちゃうよー!」


そう言うと彼女はいつもの幼げな少女の顔に戻る。
俺もそこでハッと引き戻される。
どうしたというのだ…試合中もそうだったが、こいつの目を見ているとどうも調子が狂う…。

「ほら、それは俺が持ってやる」

「ありがとう真田さん!やっぱり男手がいると違うね!」



―――――――――――

―――――


「やーーっと終わったぁ!!」


片付けを終わらせるも、一日丸々使ってしまった…
……今からなら幸村への挨拶もなんとか間に合いそうだ。


「翼、今から幸村の所へ行くぞ」

「幸村…って、入院中の部長さん?」

「そうだ。新入部員が入ったことを報告に行くのだ。一応電話で今日行くことは伝えてはあるのだが…」


そうだ、一応電話で今日新入部員を連れてくるとは伝えた。
…しかしあまりにも特殊すぎてどう説明したら良いのか結局思いつかず、翼が女であることも、世界女王であることもまだ話していない。大丈夫だろうか…?


「お前は事情がありすぎるので幸村にはまだ詳しく話していない。直接会って、お前から話すのが良いだろう」

「幸村部長かー!楽しみだなぁ!!物凄くテニスが強いんだよね!?元気になったら試合してみたいなぁ!」



果たして、幸村はこの状況をどう思うのだろうか……
女である翼を入部させるという選択は、副部長として正しい判断だったのだろうか…?

気が重い俺のことは御構い無しに、翼はいつものように無邪気な笑顔ではしゃぎ回っていた…。







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7話 君は希望の(幸村視点)



「―――――っ!」


それは俺が8歳の頃

テレビ画面に映る、鮮烈な少女の姿に釘付けになり


俺は 画面越しに 恋をした




それから6年後

俺は14歳、中学三年生になった。

14歳の誕生日は、病室の中だった。

中学二年生の冬に原因不明の病に倒れ、今は治療中だ。
テニス部の部長でありながら、なんと情け無い。
不甲斐ない自分に嫌気が差す。

…怖い

手術をすれば治る可能性はあるというが、俺は果たしてまたテニスをすることができるのだろうか?
こんな身体で、王者の地へ戻れるのだろうか…?



―――ああ、外は桜が満開だ。



入院中のまま、三年生になってしまった。
今年は大事な年なのに。

立海の三連覇
最後の年なのに。

俺が部長なのに。

こんなところで、何をしているんだ……
薬品臭いこの部屋で、天井を見つめて。

横を向くと机に置かれたテニスの雑誌が目に入る。
真田達が毎月持ってきてくれるものだ。
…正直、テニスのことを考えるのが辛くてほとんど読んではいない。

しかし、久しぶりにその雑誌を手に取った。

画面越しで見ていた、彼女がいたから。


彼女は最年少で世界女王になったらしい。


写真に写る彼女の姿は、昔よりもずっと綺麗だった。
金色の髪に、瑠璃色の瞳。
鮮烈な少女の姿に、久々に胸が熱くなる。

まるでルノワールの画集を見ているような錯覚になるほど、美しい横顔。

……会いたいな。
なんて、夢のような話だけど。
何度も、何度も、そのページを見返してしまう。



…そういえば、今日は真田が新入部員を連れてくる日だったな。


写真の彼女に恋をしてるなんて、恥ずかしいから雑誌は隠しておこう。



――――――――――――


「幸村、入るぞ」


病室のドアをノックしてから、真田が入ってきた。
後ろには新入部員を連れて。



鮮烈な 色



あまりの眩しさに、俺は息を呑んだ。

目の前のことが信じられない。
時が止まる感覚がする。


「こんにちは、華宮 光輝…いや、華宮 翼です!幸村部長!」



胸が高鳴る。

久しぶりに気分が高揚していくのが分かる。

絶望しかないこの部屋に、俺の希望が。


「華宮…光輝…?あの、世界女王の…?」

「そう!本物だよ!」


頭が回らない。
画面越しで恋をしていた彼女が、目の前に。
あの雑誌の彼女が、今目の前に。

ただ一つ違うのは、長かった金色の髪が短くなっている。


「真田、これは一体どういうことなんだ…?」

「…すまん、部長であるお前に事前に相談出来なかったことは俺の責任だ。こいつは―――…」

「ボクが男子テニス部に入部した理由は色々あるんだけど、それは幸村部長が元気になってから話したいんだ。
ただ、ボクならば立海三連覇に貢献できるのは確実だと思うよ」


真田が理由を話そうとしたところで、彼女はそれを遮ってそう言った。


「…真田が、彼女の力が必要だと…判断したんだろう?」

「そうだ。立海三連覇を確実に成し得る力だと、思ったのだ」

「それなら、お前に任せるよ」


今の俺は部長として何も出来ないのだから。
そう言いかけたが、そんな弱気なことを言うとまた真田が怒りそうなので言わずにグッと飲み込んだ。


「華宮」

「翼でいいよ!」


彼女は笑う。
それは画面越しで見た、あの時の少女の笑顔だ。

希望の光が、希望の翼になるのか。

彼女らしいと思った。



「…翼、立海三連覇に導く希望になってくれ」



そして、俺の希望に。


「任せて!絶対に、負けないから!」



何度も画面越しで見たその笑顔。

俺も早く、コートに戻りたい。
君と、テニスをしてみたい。
あの眼光を見てみたい。



俺の心に、やっと桜が咲きそうだ。








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8話 正式入部


「と、言うわけで今日から正式に立海男子テニス部に入部した華宮 翼です!本名と区別つけるために翼って呼んでね!」

学校が始まる前の朝練習時間。
幸村への報告も無事に終了し、今日から華宮は正式に男子テニス部員としてレギュラー陣に挨拶をした。


「むさ苦しいテニス部に可愛らしい姫が来たもんじゃのぅ」

「よろしくお願いしますね、華宮くん。あ、失礼しました…!名前呼びというのは慣れていなくて…」

「ま、シクヨロだろい!」

「俺で良ければ同じハーフとして色々悩みとか相談してくれよ。まだ日本に慣れてないようだしな」

「世界女王のデータを間近で取れるとは思ってもみなかったな。よろしく頼むぞ、翼」


三年生達は大歓迎で挨拶をしたが、その中で一人、物凄く不満そうな顔をしている二年生がいた。


「俺はまだ認めねーぞ!!」


二年生エース、切原赤也。
初対面の時に完膚無きまでにやられてしまったこともあってか、華宮に対してあまり良い印象では無いようだ。


「大体、女が男に混じってテニスなんて無理だろ!」


その言葉に、華宮は切原を睨みつける。

「そう言ってボクに手も足も出なかったベイビーちゃんはどこのどいつだい?嫉妬にしても見苦しいよ」

「なんだとテメェ!今度こそ叩きのめしてやる!!」

「やれるもんならやってみなよ?どうせまたラリーにすらならないだろうけどねぇ」

「ぶっ潰す!!!」


「二人共やめんか!!!!」


「っ!!」


今にも喧嘩が始まりそうな二人に、真田が痺れる程の大声で喝を入れた。
思わず二人も押し黙る。


「二年生同士、これから色々協力し合うこともあるのだぞ!仲間内で揉め事を起こしているようでは試合にも出さんぞ!!」

「そんなぁ!ふ、副部長…!!」

「赤也!そもそもお前が喧嘩腰なのが原因だ!確かに女である翼を迎え入れるというのは難しい判断だった。だがしかし、実力は間違いがないのは実際に合間見えたお前とて分かるだろう!?」

「んぐっ…!」


真田の言葉にぐうの音も出ない切原。
確かに、実際に戦ってみて華宮がどれ程までに強いのかは充分に理解している。
男子部員に混じってもその実力ならばなんら問題は無い…
しかし、同じ二年生ということもあってか、急に現れた華宮がこんなにもあっさり立海のレギュラーになることに対して嫉妬が強いのだ。

自分は苦労して、辛い練習を乗り切ってやっとこのレギュラーの座を掴んだのだ。
それを、こんなにも簡単に…更にプライドをズタボロにされてしまい仲良くやろうとはどうしても思えない。


「幸村も承知したのだ。これからは翼も男子部員として、共に立海三連覇を目指す仲間だ。分かったな?」

「……っス」


切原は真田の手前、渋々了承するしかなかった。


――――――



朝練を終え、レギュラー陣はユニフォームから制服に着替える。
…もちろん、華宮もだ。


「…翼、更衣室なのだが…レギュラー専用の所と一般部員用の所しかなく……その、女子用がここには無いのだが」

「何言ってんの真田さん!ボクは男子部員だよ?もちろん、みんなと同じ所で着替えるに決まってるじゃん!」

「いや、だが、しかし…っ!!」

「大丈夫大丈夫!しっかり男物着てるから問題無いよ!」

「だからそういう問題では…!!」


真田は顔を真っ赤にしながら困り果てていた。
さすがに女子と同室での着替えは問題だろう…風紀委員長である自分が風紀を乱すわけには…。


「弦一郎。翼が女である事を知っているのは我々レギュラーのみ。一般部員に知られては情報漏洩の危険もある。怪しまれないためには、やはり同室で着替えをするしか無いのでは?」


確かに柳の言う通りだ。
華宮だけを特別に扱えば周りが怪しむ。


「早くしないと授業に遅れちゃうよ~!」

「……っく…!し、仕方ない…っ!!」


どう足掻いても解決策が見つからないため、真田は仕方なく華宮を同室で着替えさせることにした。


「ほーら!ちゃんと男物着てるから大丈夫!」


更衣室で、ランニングシャツとトランクス姿を真田に見せる。

「み、見せんでいいから早く着替えろ!!」

真田は耳まで真っ赤にして華宮から視線を逸らす。


「まーそんなぺったんこの幼児体形なら女だってバレねーだろうな」

「うるさいなー!ボクは成長期だから今後に期待する時期なんだよ!ボクのお母さんはグラビアモデルやるくらいナイスバディだもんねー」

「ほーう、姫の成長が楽しみじゃのう」


「お前らそんな話をしてないでさっさと着替えんかっっ!!!!」







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9話 噂の転校生


「はー、朝練からの1日はしんどいぜぇ…」

切原は大きなあくびをした。
朝練がある日は午前中の授業がほぼ睡眠の時間となる…真田が知ったら激怒しそうだ。

担任の先生が教室に入って来ると、騒いでいた生徒たちがきちんと席に着きはじめる。
さすがは立海大附属中学校とでも言うべきか。


「今日は転校生を紹介する」


担任がそう言うと、静かだった教室がワッと騒がしくなる。

そんな中で、切原は嫌な予感しかしなかった。


「Hello!nice to meet you!」


…やっぱりだ、この挨拶、この声色。


「華宮 翼くんだ」


金髪碧眼のあまりにも絵に描いたようなハーフの美少年に女子達は黄色い歓声をあげ、男子は外国人の転校生を珍しがっていた。


「スゲェ!めっちゃ外国人じゃん!」

「金髪碧眼なんてステキ…!」

「名前が日本人ってことはハーフなのかな?」

「日本語分かるかな?」


わいのわいのと騒ぐ中、華宮はニコニコと愛想の良い笑顔を振りまいていた。
……切原の姿を見つけるまでは。


「げっ!?赤也と同じクラスかよ!?」

「それはこっちのセリフだっつーの!!」


いきなり流暢な日本語を喋り出した華宮に、クラスは驚く。
切原は初日に自分がやられたことを思い出してイライラしてきた。


「あ、失礼失礼!華宮 翼です!日本語は難しい言葉はよく分からないけど、大体喋れるからよろしくね!!」


ハッとした華宮は笑顔に戻り、クラスメイト達に挨拶をした。


「男子テニス部に入部したらしいな。切原、お前もテニス部だろ?色々サポートしてやってくれ」

「はぁ!?なんで俺がこんな奴…!!」

「よろしく頼むよ赤也。ボクは問題を起こしてテニスが出来なくなるのはゴメンだからね、分かってるだろ?」

「ぐっ!!」


切原は朝、真田に言われたことを思いだして黙るしかなかった。


それから休み時間は物珍しい転校生に、クラス中が集まって質問したりしていた。
どこに行っても可愛がられる華宮を見るのは、やはり切原的には見ていて面白くはなかった。


そして昼休み


「…あ?もう昼休みかよ…また寝過ごしちまった……早く飯食わねーと…」

4限目から爆睡していたせいで、昼休みも半分寝過ごしてしまった切原は昼食の弁当を探す……が、見当たらない。


「やっべー!!弁当朝練の時に部室に置いて来ちまった!?」

切原は朝練の時に持って来た昼食を部室に置いて来てしまったことを思いだして、急いで部室へと取りに向かった。


「ったく、朝練なんてしなくても充分練習してるっつーの…!真田副部長は幸村部長が倒れてからますます厳しくなるし…」


切原はブツブツと文句を言いながら歩いていた。

すると、コートから何やら音がする。
テニスボールの音だ。


「……あいつ、何やってんだ」


切原が見たのは、昼休みも一人で練習をしている華宮の姿だった。


(昼休みまで練習してんのかよ…あんなに強いならそこまでしなくてもいいだろうに)


切原はそう思って気がついた。


(違う、練習してるから強ぇのか?あいつは)


世界女王。
言われてもピンとこないのが正直なところだが、あいつが女子の世界でNo. 1になるためにどれ程までの練習を、努力をしてきたのか…そんなことさえも想像していなかった。

…いや、想像できなかった。
それはあまりにも華宮がそれを表に出さないからだ。


俺は努力して練習してやっと立海のレギュラーになれた、なのにパッと出のあいつがレギュラーになるのは腹が立つ…そう思っていたが、華宮も間違いなく努力して練習をしてきたはずだ。きっと自分以上に血の滲むような努力を。



「…おい!華宮!!」


思わず声をかけてしまった。
その声で華宮はやっと切原がいたことに気がついた。
周りが見えないほど、練習に没頭していたのだろう。


「どうしたの赤也…あ、もしかしてお弁当部室に忘れたんだろ」

「うっ!そ、そうだよ!ワリーかよ!!」

「昼休み始まっても寝てるんだから、早くしないと食べる時間無くなるよ」


そう言うと華宮はまた練習に戻ろうとした。


「お前、いつもこんなに練習してんのかよ」

「んー、アメリカにいた時はもっとしてたけど、学校通いながらだとなかなか時間取れなくてね」

「…そんなに強いのに、そこまで練習必要か?」

「違うよ赤也、強くなるためには練習するしか無いんだ。そりゃ試合の方が楽しいけどね、楽しく試合をするためにはその何倍も練習しないと」


華宮は強気な顔で笑う。



「だって、負けたら悔しいじゃん!」




切原は誰よりも負けず嫌いだった。
…そうだ、立海に入学して、最初に三強にボコボコにされて…それから悔しくてひたすら練習をしてきた日々を思い出す。
レギュラーの座についたことで、そのことを忘れかけていたようだ。



(そうだ、俺はまだ誰にも勝ててねーじゃんかよ…!三強にも、そしてこいつにも…!!レギュラーになれたからって何満足してんだ俺は!!)



切原は部室に入ると、弁当ではなくラケットを持ち出してきた。



「おい華宮!…いや、翼!!練習に付き合え!!」





そうだ、嫉妬してイライラしてる暇があるならそれを燃料にしてもっと強くなればいい…!


だって、負けるのは悔しいからな!





「…付き合えって、ボクが先に練習してたんだけど」




そう言いつつも、練習相手ができた華宮は嬉しそうに笑っていた。






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10話 花壇



華宮がテニス部に入部してから随分と経った。

初めの頃は、女子が性別を偽り男子テニス部に入部するなど前代未聞のことだったので、どうなることかと真田は心配していたが意外にも大きなトラブルなどはなく過ごせている。
毛嫌いしていて仲が悪かった切原とも何とか上手くやれているようだ。…しょっちゅう喧嘩をしているが。


「ねぇ真田さん、ずっと気になってたんだけどさ…この花壇、何も植えないの?」


そんなある日のこと。
華宮は部室横にある小さな花壇を見て、真田に問いかけた。
花壇は雑草だらけで、花は何も咲いていない。


「ああ、それは幸村の趣味でな…入院するまでは綺麗に管理していたのだが…」


ガーデニングが趣味の幸村が、コートだけでは殺風景だと言って部室の横に作った小さな花壇。
幸村が健在の頃は色んな花が咲いていて、丁寧に育てていた。

…しかしあの冬、ちょうど花壇の花が枯れた頃、幸村も倒れて入院してしまった。
花壇はそれから新しく花を植えられることもなく、今では雑草だらけになってしまった。

真田達も幸村が倒れてからは切羽詰まっていて、花壇の存在などすっかり忘れてしまっていた。
こんな所に気がつくとは、女子ならではの着眼点だ。



「それなら、幸村部長が帰って来るまでに花でいっぱいにしようよ!」



「…そうは言っても、俺には幸村程の植物に関する知識も無いし、第一この大切な時期にそんな暇など…」

「こんな時だからこそだよ。張り詰めすぎるのは良くないと思うんだ」


華宮の言葉に、真田はハッとする。

そうか、自分達はそんなに余裕が無かったのか……
幸村が倒れてから、勝つことばかりに執着し、練習をして…いつしか、幸村が大切にしていたこの花壇の花のことすらも…思い出せない程に…


「…そうだな。どうやら俺は大切なことすらも忘れていたようだ。幸村が無事に戻ってきて、こんな状態の花壇を見たらどう思うか」


華宮は真田に笑いかける。
彼女の笑顔を見ると、何故だか鼓動が早くなるのを不思議に思いながら。


「せっかくだし、全国大会頃に満開になるような夏の花を植えたいな!ヒマワリと、ガザニア、コスモス…この辺は育てるのも簡単だしね…ああそうだ、ダリアも良いね!」


以外にも花に詳しい華宮に驚く真田。
失礼なことだが、正直そう言った…いわゆる女子らしいものには全く興味がないのかと思っていたからだ。


「…真田さん、今ボクが花に詳しいこと意外だと思ったでしょ?」

「す、すまん…!いや、お前はあまり、何というか…赤也と同じような趣味ばかりだと思っていたので…」


華宮はゲームや漫画も好きだった。
切原とよくゲームで対戦していたり、漫画の話をしていたりするから…なんとなく、花とは無縁だと思っていた。


「いや、実際ボクもあんまり興味なかったんだけどさ」


そして、彼女は少しだけ寂しそうな顔をした。



「…マリアが、花が大好きだったんだよ」



マリア…病気で亡くなった華宮の親友。
彼女のために華宮は世界女王になり、そして今もなお、彼女との約束を果たすため…真のNo. 1になるために男子の世界で戦い続けている。

華宮は試合の時、気合いを入れる時に赤いヘアピンを付ける。
それは、親友に貰った大切なお守りなのだと言っていた。


「花瓶の花も綺麗だけど、やっぱり外で生き生きと咲いてる花が好きだって言ってた。病気になってからは、余計に外に咲く花が恋しいって…きっと、幸村部長も同じなんじゃないかな」


真田は、急に自分が情けなく思える。
倒れた親友が大切にしていたものを、どうして忘れてしまったのか。
勝つことばかりを考えて、それこそが幸村のためになると信じて。


「…よしっ!部活が終わったら早速花壇の整備に取り掛かるぞ!!幸村にこんな状態のものを見せる訳にはいかん!」

「任せて!まずは雑草を綺麗にして、土も整備して、タネも用意しなきゃね!」




そして部活終了後。

真田と華宮は二人で花壇の整備を始めた。
他の部員も手伝うと申し出たが、小さな花壇のためあまり大人数で作業をするまでもない。

そう言うわけで副部長である真田と、花に詳しい華宮で整備する事にしたのだ。


「すまんな、こんな事まで手伝わせてしまって…本来であれば副部長である俺がきちんと管理すべき事を…」

「何言ってるの真田さん!なんでも副部長だからーなんて言ってたら体も心も保たないよ。ボクは迷惑だなんて全然思ってないんだから、もっと頼ってよ」


土いじりで少し汚れた顔でニコリと笑う華宮。
真田はまたしても鼓動が早くなるのを感じる。

頼って、なんて言われたのは初めてだった。

自分は副部長として、幸村が不在の間は部を預かる責任者としてしっかりしなければならない。
部を支え、引っ張っていかなければならない。
ずっとそうやって気を張り続けていた。


頼るなんて考えた事もない程に。
いつの間にか、一人で何もかも背負うようになっていた。



「…ありがとう」


真田は無意識に、ポツリと呟いていた。

張り詰めていた心が、彼女の笑顔で、言葉で、優しく溶かされていく。



「どういたしまして!」



夕日に輝く彼女の髪が、その瑠璃色の瞳が…
鮮烈な色が目に焼き付いて離れない。

身体が熱い。心臓の鼓動が早い。


どうしてこんなにも、彼女から目が離せないのだろうか



真田はまだ、自分の中の不思議な感覚に戸惑うことしかできなかった。






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11話 真っ直ぐな心



「………」

練習中にも関わらず、珍しく華宮はボーッとしていた。
その目線の先には練習試合をしている真田の姿が。


「どうした、翼。弦一郎の試合が気になるのか?」

「柳さん」


それに気づいた柳が華宮に声を掛ける。


「真田さんって、凄く真っ直ぐなテニスをするなーって思ってさ」

「真っ向勝負…それが弦一郎の信条だからな。相手の得意なプレイスタイルで正面から挑み、叩き潰す。実力があるからこそできる戦い方だ」

「でも、真田さんは色々な技を使えるんだから相手の弱点を突いた方が効率的なのに」


至極真っ当な華宮の意見に、柳は少しだけ笑ってしまう。


「その通りだ。そもそも、弦一郎のような多彩なプレイができるオールラウンダーの選手はその引き出しから相手の苦手なものを出すのが本来の戦い方…しかし弦一郎は己の信念のためにあえてそれをしない」

「どこまでも正々堂々ってことね」

「少々やり過ぎだとは思うがな」

「…でも、ボクは嫌いじゃないな。そーいうの」


そんな話をしているうちに練習試合が終わったようだ。
もちろん、皇帝真田の圧倒的勝利である。

汗を拭う彼と目が合う。

切れ長の、美しく透き通っている飴色の瞳。
まるで彼の生き様を表しているかのような、真っ直ぐで全てを射抜く力強さを宿す。

華宮はつい、そんな彼の瞳に見入ってしまった。


「翼、蓮二!何をしている!ボーッとしていないで練習に戻らんか!!」


いつもの彼の大きな声で、華宮はハッと我に帰る。
隣を見ると既に柳の姿はない。とやかく言われる前に逃げたのであろう。
華宮も急いで自分の練習へと戻っていった。



――――――

部活が終わり、夕日が沈んで暗くなる帰り道。
真田は華宮を家まで送っていた。

男装しているとは言え、夜道を女子一人で帰らせるなど副部長として、そして真田弦一郎という生真面目な男の性格上放っておくことは出来ずに毎日部活帰りはこうして家まで送り届けている。


「真田さんは律儀だね。毎日こうして送り届けてくれるなんて」

「副部長として当然の事だ」

「…副部長として、ね」

「どうした?」

「何でもないよー」


華宮は何か言いたそうだったが、結局それを口にはしなかった。
真田は不思議そうな顔をする。
そんな彼の表情に、華宮はつい笑ってしまった。

普段から気を張りつめたような顔をしている彼だが、案外思っている事が表情や態度に出やすいのだ。
本当に素直で真っ直ぐな人なんだなと、華宮は思う。

真っ向勝負が信条…彼らしいテニスだ。
そして華宮にとっては、それが羨ましくもあった。


「今日の練習試合を見てて、羨ましいなって思ったんだ」

「羨ましい?何がだ」

「あんなに真っ直ぐなテニスをする人、ボクは見たことないよ。ボクもあんな風に戦えたらもっと楽しいんだろうなぁ」

「お前程の実力があれば真っ向勝負を挑む事も可能だろう?」

「んー、そうなのかな?…世界女王を目指してたらさ、絶対に負けちゃダメだっていうプレッシャーが凄くて…いつからか絶対に勝つためのテニスしか出来なくなっちゃったんだよね。真田さんとは真逆の、少しでも勝率を上げる為に相手の苦手ばかりを突くようなテニスだよ」


華宮は苦笑いをする。
負けてはいけない、というのは今の立海でも同じ事だが…団体戦と個人戦では一人の敗北の重さが違う。
個人戦では自分が負けてしまったら、助けてくれる仲間などいないのだ。
そんな中で一人戦ってきた彼女は、プライドも何もかも捨ててただひたすらに勝つ為だけのテニスをしてきた。

…いつからか、自分のプレイスタイルなんて忘れてしまった。


「…本当は、真田さんみたいなテニスがしたかったのかもしれない」


自分の信念を真っ直ぐに貫く彼のテニス。
それはとても綺麗なものだと、あの時思ったのだ。


「ならば、今からそれを目指せば良い」

「…え?」


華宮は驚いて顔を上げた。

あの飴色の瞳が、真っ直ぐに彼女を見つめる。
真剣な表情で、力強く。



「お前はもう一人では無いのだ。共に戦う仲間がいる。ならば背を預けて、お前の目指すテニスを思う存分にやってみろ。倒れそうな時には、俺が支えてやる」



真っ直ぐな彼の言葉が、胸に響き渡る。

一人じゃない…そんな風に思えたのは何年ぶりだろう。
親友が病に伏せてから…ずっと一人で戦って。

誰かと一緒に戦うなんて、忘れかけていた感覚。


…ふと、華宮は昔の事を思い出した。
それはまだ親友のマリアが元気だった頃…一緒にテニスをしていた時代。


ああ、そうだ…あの時はただテニスが楽しくて、自分がしたいテニスをするために夢中でラケットを振って……
勝つ事よりも楽しむ事ばっかり考えて、マリアと笑いながら試合をしていた…



「…そっか、もう、一人で戦わなくていいんだね」



そう呟くと、今まで我慢していたものが溢れ出すかのようにその瑠璃色の瞳からポロポロと大粒の涙が落ちていく。

彼の言葉だからこそ、こんなにも真っ直ぐに心に届いたのだろう。


「あまり気負いすぎるな。…と、それはこの前俺がお前に言われたばかりだったな」


こういう時は何と言えば…と困る真田の姿を見て、華宮は思わず笑ってしまう。
ジャージの袖でゴシゴシと涙を拭くと、いつもの強気な彼女の顔に戻っていた。


「お言葉に甘えて、これからはボクもやりたいようにやらしてもらうよ!」

「無論、勝つという前提でな」

「当たり前じゃん!どんなテニスでもボクは負けないよ!」


やっと調子が戻った彼女の姿に、真田は優しく微笑んだ。
いつもの彼からは想像できない程の優しい笑顔に、華宮は驚いて目を丸くする。


「…真田さん、そんな表情もするんだね」


つい気の緩んだことに気づいた真田は、手で口元を隠しながら少し顔を赤らめていつもの険しい顔へと戻ってしまった。

「え!?なんで戻しちゃうの!!」

「少々気が緩んでしまっただけだ…!最近たるんどるぞ…真田弦一郎…っ!!」

「凄く良かったのに!!ボクさっきの顔好きだよ!」

「すっ……!?」

彼女の何気無い言葉に先程よりも更に顔を真っ赤にしてしまう。
彼もまた、何故彼女の前だとこんなにも気が緩んでしまうのか不思議で仕方なかった。

「は、早く帰るぞ!明日も朝練で早いのだから!!」

「真田さんもう一回笑ってよー!」

「男がそうヘラヘラ笑うものではない!」

「仁王くんとかいつもヘラヘラ笑ってるじゃん!」

「仁王と俺を一緒にするなっ!!」


赤面した顔を見られたくないからか、真田はスタスタと早歩きで華宮の前へと行ってしまった。



「……ありがとね、真田さん」



そんな真田の背に、華宮は小さく呟いた。


…実は自分も少しだけ顔が赤くなっていることは、彼にはまだ内緒である。






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12話 湧き上がる気持ち(真田視点)


華宮 翼が入部してから早数ヶ月。

正直なところ、こいつの性格を考えると練習などに文句を言ってくるかと思っていたが…意外なことに全くそんなことはなく、それどころか誰よりも真面目に取り組んでいることには大変感心した。
赤也や仁王にも見習って欲しいものである。

そして驚くべきは男子部員でもかなりキツイと言われているレギュラー陣達の練習に、こんなにか細い女子が付いてきているという事実だ。


「あー!今日も疲れたねぇー!」


そして練習後、翼は俺たちレギュラー男子部員と同じ更衣室で着替えをする……これはどうにかしたいと思ったのだが、いかんせん場所もないし変に分けては他の部員に怪しまれる。
翼が女だと知っているのはレギュラー陣のみだ。


「…お前さぁ、恥ずかしくないわけ?男子部員と着替えとかよぉ…」


赤也もやはり気になっていたようだ…

「え、別に?だってボク、このトランクスの下にもう一枚パンツ履いてるし、ランニングの下にはスポブラつけてるし。いわゆるこれは下着姿では無いから恥ずかしくないよ!」


逆にそんなことを聞いてしまっては変に想像してしまう…のは皆同じようで、何人か顔を赤くしてしまった……


「いいこと聞いたぜよ」

「俺は興味ねーだろい」

「100%の確率で二重に着ているとは思っていた」


仁王や丸井、蓮二はわりと冷静なままだった…というか仁王の言動が何故か気に食わない…何故だ…。


「ていうかお前、スポブラなんてつける必要ねーだろ。そんなまな板…」


と赤也が言いかけたところで、翼の物凄い殺気により口を閉ざす。


「お、おい赤也…女子に向かってそれはねーだろ…」

「そうですよ切原君。レディへのデリカシーの無い言動は慎みたまえ」

「ボクは別に女子扱いされたいわけじゃないけど、赤也に言われるのはなんかムカつく」


…難しいところだ。
翼本人は男子部員としてテニスをやりたいらしいが…しかし女であることは変えようのない事実。
特にこういったテニスとは関係のない部分でどう扱ったら良いものか、未だに答えが出ない。


着替えが終わり、部室の戸締りをして皆帰路へと着く。
夏季で日は伸びてきたとは言え、19時過ぎまで部活を行なっていると帰り道は暗くなってくる。

俺は翼の家まで一緒に帰るのが日課になっていた。
それはやはり、夜道を女子一人で歩かせるのは心配であり、護衛するのは部を担う者の責任でもあるからだ。


「…翼、お前は女子扱いはされたくないと最初に言ったが…俺にはお前をどう扱っていいのか分からないのだ。こうして家へ送り届けるのも、やはりお前が女子だからであって…その、不快ではないだろうか?」


翼は質問の意味が分からない、という顔をしていた。
それから少し考えて、ニコッと笑った。


「ボク、真田さんと帰るの嬉しいよ!一人で帰るのはつまらないもんね!」


…少し趣旨の違う答えが返ってきた。

「いや、その…お前のことをどこまで男子部員として扱ったら良いものか困っているのだ。やはり、俺にはお前のことを完全に男として見るのは難しく…」

「んー…ボク的には、テニスさえ男子部員と平等に手を抜かずにやってくれればそれで満足なんだけど。深いこと考えずにさ、ボクだってやっぱり体は女子だから完全に男と同じってわけにはいかないだろうしさ」

「なるほど。…ところで、それも踏まえて聞きたいのだが、お前は立海の練習をキツイとは思わないのか?」

「大変っちゃ大変だけど…楽しいから問題ないよ!」


俺は驚いた。
あの練習を楽しいという奴は初めてだったからだ。


「楽しい…?」

「うん!ボク、今まで個人戦しかしてなかったからこうしてみんなで一つの目標に向かって頑張るのも楽しいなって」


…そうか、彼女は今までずっと一人で戦ってきたのか。


亡くなった親友のために、身を粉にして、その細い腕を振るい、女子の手とは思えないほどの豆を作り、ラケットを握り…誰にも頼らずに、孤独の中で。

この歳で世界の頂点に立つなど、それこそ限界を超えて無理をし続けなければ叶わないほどのことだ。


しかし翼はそれを決して人には見せない。

無邪気に笑って、いつでも眩しく輝いて…
血の滲む努力の影さえもその姿には映さない。


このままでは本当に、彼女は無理をしすぎて壊れてしまうのではないだろうか?


「翼」


どうしたら良いのだ。
俺は幸村から部を預かった。その責任者として、彼女をどうすべきか。

責任者として…?

何故引っかかる。当たり前のことだ。
俺は副部長、部員を気にかけるのは当然の務め。



「無理はするなよ」


どう伝えたら良いのか分からなかった。
しかし、こう言うしかなかったのだ。



「無理しないと世界女王は務まらないよ」



お前は何故そんな眩しい笑顔で答えるのだ。
それすらも、俺には怖くなる。

いつかお前が突然消えてしまいそうで。

その笑顔が眩しければ眩しいほど、俺は怖い。
お前はいつでも明るくて、周りを照らしてくれる太陽のようだ。

しかし、そんなお前を誰が照らしてやれるのだ…?

誰がお前を支えられる?
誰がお前を守ってくれる?



俺は…………




「どうしたの、真田さん?」


顔が熱い、胸が…燃えるようだ…。

なんだ、どうしてだ。


お前の輝く髪を、その瑠璃色の瞳を、その透き通る声を……


ダメだ。分からない。
何故お前を見るとこんなにも目がチカチカと眩しいのだ。

全身の血が沸騰しているように熱く、心臓の音は破裂しそうなほど響き渡る。


透き通る水晶のような目で見つめられると、この心の中全てを見透かされそうな気さえもする。


しかし目が離せない。
なんだ、これは…どうして目を逸らせないのだ。


「真田さん?」


翼の声にハッと我に帰る。
急に現実に引き戻されたような妙な感覚だ。


「す、すまん…少し考え事をしていた…」

「…真田さんも、大変だと思うけど無理しないでね」


気がつくといつの間にか翼のマンションに到着していた。
…どれだけボーッとしていたのだ、俺は。



「今日もありがとう!じゃあ、また明日!」



翼はいつもと同じように笑って手を振った。


「…ああ、また部活でな」


俺は翼を見送った。


分からない。
何故あいつを見ているとこんなにも苦しくて、身体が熱くなるのだ。

チカチカと輝いて、眩しい。



幸村に聞けば、何か分かるだろうか…?





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13話 嘘(幸村視点)


桜の季節から時は流れて、少しずつ夏の暑さが近づいて来る。
しかし年中空調が効いているこの病室では季節など感じられない。
…あれほど嫌だった梅雨の湿気さえも、今は恋しくなる。

その間も何度か、柳や真田が部員の状況報告に来たり、みんなでお見舞いに来てくれたりした。

俺はようやく手術の日程が決まり、それに向けて体調を整えていた。


そして関東大会も目前に迫った頃、いつものように真田が部員の報告に来ていた。


「丸井とジャッカルのダブルスは安定している。柳生と仁王はもう少し調整したいところだ。赤也も順調に伸びているが…もう少し何か強みが欲しいな」

「翼は…どうしてる?」

「ああ、翼は部員達とも馴染んでいるし、テニスに関しても申し分ないな。ただ、赤也と非常に仲が悪いのだけが問題か」

「仕方ない。赤也にとっては同じ歳のライバル…いや、ライバルどころか、高すぎる壁なんだよ。翼は。嫉妬もある、焦りもある…そこをどう乗り越えるかが、赤也の課題だ」

「そうだな。…ところで、翼についてもう一つ気になることがあるのだが」



真田は不思議そうな顔で聞いてきた。



「最近、あいつを見ていると眩しすぎて…何というか…言葉にするのは難しいが、こう、チカチカするのだ。しかし蓮二に聞いてみたらそんなことは無いと…」



俺はドキリとした。

その感覚は知っている。


初めて、画面越しで彼女を見た時と同じだ。


動くたびに輝く髪に、相手を見据えるその眼光に
目の前がチカチカして、本当に眩しかった。

眩しいのは視力のせいではない、心が、チカチカしたんだ。

そして画面越しに恋をした。
彼女を見るたびに、眩しくて、でも目が離せなくて。




「…眩しいのに、目で追ってしまうのだ」



真田は本当に不思議そうにしていた。
まだ理解出来ていないのだろう。




恋に落ちたことに





「…そうなんだ。翼は金髪で、太陽光に反射するからね。真田は視力が良いから、眩しく感じるんじゃないか?」



すまない真田。

俺は嘘をつく。



「うむ…やはりそうなのだろうか」



お前が恋だと気づかぬように。

汚い親友でごめん。

でも、彼女は…彼女だけは……


「……真田、今日は少し疲れたから、休ませてもらってもいいかい?」

「む、すまん!手術に向けて、しっかりと体を休めないとな!では、俺は帰るとしよう。また来る」



真田は真っ直ぐな男だ。

俺とは違う。

本当に真っ直ぐで、折れなくて、歪まなくて。
そんなお前を尊敬しているんだ。


「…真田、ごめん」


無意識に呟いた言葉に、彼はいつもの顔で笑う。



「謝るな幸村」



その真っ直ぐな瞳が、声が、心が

俺を抉り、嫉妬する。


すまない真田



俺はお前のように、なれないんだ。






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14話 君が気付く前に(幸村視点)


関東大会の前日。

みんながお見舞いに来てくれた。


部員達の顔を見れるのはやはり嬉しい。
それと同時に、こんな大切な時期にベッドの上で過ごすことしかできないこの身体を、酷く憎らしく思う。


「必ず、立海の三連覇を成し遂げる」


真田は力強く、誓った。

他のみんなも、そして……


「ボクがいれば大丈夫!勝利の女神様だもんね!」


眩しい彼女も。


「ああ!?女神様なんて柄じゃねーだろ!」

「んん!?文句あるならボクに一度でも勝ってから言ってみなよ?」

「テメェー!!」

「コラ!赤也に翼!!病室で喧嘩をするな!!」


赤也と翼の口論を真田が制止する。
なるほど、話に聞いていた通りの仲の悪さだ…

遥か遠くの存在だと思っていた彼女が、こうして見ると普通の年相応の女の子だった。

ああ、手を伸ばせば届く距離にいるんだ。


今ならまだ

間に合うかもしれない。



「…翼と二人きりで話したいことがあるんだ。悪いけど、みんな外で待っていてもらえるかな」



画面越しに、ページ越しに、ずっと想ってきた。

伝えなければ。


彼が…気づく前に……

せめて、彼より先に…


「分かった、俺達は帰るとしよう。…翼、病院の外で待っている」


みんなが部屋から出て行った。
薬品臭い部屋に二人きり。

本当だったら、花の匂いがする場所で…想いを告げたかった。

自由に動ける元気な体で、昔のような綺麗な心で、君に会いたかったんだ。


「…みんな帰るけど、真田は外で待っているようだね」

「うん!真田さん、暗くなると危ないからって毎日家まで送ってくれるんだよ!」


真田らしい。
きっと下心が無くても、彼ならそうするだろう。
そういう男なんだ。真田は。

あの時倒れなければ、俺は彼女の隣を歩くことができたのだろうか?


その笑顔を、俺に向けてくれたのだろうか




「好きだよ、光輝」




洒落た言い回しは何も思い浮かばなかった。

せめて、この時くらいは、真っ直ぐに。


「…!?」


固まる彼女。
それもそうだ。病室でしか会っていない男に、いきなり告白をされるなんて。


「昔、テレビで君を見たんだ。綺麗で、眩しくて…俺には希望の光だった。ずっと、ずっと…君に会いたかった」


俺は何年も前から、君を知っている。
でも、君は俺をほとんど知らない。

困るのは当然だ。

でも、時間が無いんだ。
きっと、もうすぐ、この想いを告げることさえ…できなくなるから。

だから、彼が本当の気持ちに気づく前に。



ズルイけど、先に言わせてもらうよ。真田。




「その…気持ちは嬉しいけど…あの……ゴメン!!」


翼は、顔を真っ赤にして頭を下げた。


こうなることは分かっていた。
分かっていても、やっぱり伝えたかったんだ。



「…いいよ、分かってる。好きなんだろ、真田のこと」



翼は耳まで赤くして、無言で小さく頷いた。

その表情は、あの誇り高い世界女王とは思えないほど、本当に年相応の少女の顔だ。


「…なんで、分かったの?」

「君のこと、よく見てたから」


そう、いつだって。
君が彼に向ける笑顔は、他のどれとも違かったから。

テレビで見た無邪気な笑顔でも、雑誌に載っている綺麗な笑顔でもない。


恋をしている、普通の女の子の笑顔だった。



「真田のどこが好きなの?」

「…真っ直ぐな、ところ……」


翼は顔を赤らめながらも、笑っていた。


「声も、視線も、心も、テニスも、全部…凄く真っ直ぐで、力強くて……側にいると安心するんだ。なんて言うか、眩しすぎる太陽みたいな、希望を与えてくれる人」



…ああ、そうか。

似ているんだ、二人は。



「…そうだね。あいつは…真田は凄い男だよ。眩しすぎるくらい真っ直ぐで、俺も何度も助けられてる。…だから、君が彼に惹かれる気持ちも分かるよ」



彼女の隣を歩くのは、やっぱり俺ではない。

多分、俺が倒れずにテニスを続けていて、普通に彼女と部活をしていても。
きっと、彼女が惹かれるのは俺ではない。



どんな条件だったとしても、きっと、彼女は真田を選んだだろう。



「幸村部長…本当に……ごめんなさい」


彼女はその瑠璃色の大きな瞳に涙をためる。
俺はそれを指で拭って、微笑むことしか出来ない。

抱きしめるのは、俺ではないから。



「何年も、何年も、画面越しに君に恋をして、触れたくて、伝えたかったんだ。ありがとう。聞いてくれて。それだけで、俺は幸せだから。…あとは、君が笑っていてくれれば、それだけで良いんだ」



ずっと触れたかった、その金色の髪を撫でる。



「君の好きな人が、俺の親友で良かった」



彼になら、安心して彼女を任せられる。
彼女を間違いなく幸せにしてやれるだろう。

すまない、真田。

どうしても、お前が想いを告げる前に…俺も伝えたかったんだ。



それくらいは、どうか許してほしい






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15話 関東大会


王者立海は県大会にて、最短試合時間新記録という驚くべき程の力の差で勝ち上がる。
こんなことは当然の結果で、三連覇へのただの通過点に過ぎない。



―――― ジリジリと暑くなってきた7月。

関東大会の幕が、ついに上がった。


立海の一回戦目、相手校の銀華中は不戦勝。
二戦目、栃木の名土刈学園も3-0で破り、王者の名の通り他を寄せ付けないほどの圧倒的強さを見せつけていた。


そして準決勝、不動峰中との戦い。


一試合目と二試合目のダブルスは丸井柳生、真田柳という普段とは違う組み合わせで対戦したが、それでも不動峰は手も足も出ずに6-0と完膚無きまでに叩きのめされた。

シングル3 切原VS橘


「アンタ、九州の獅子楽中の橘さんでしょ?たしかー、九州二翼の一人だったんだよね」

「…それがどうした」

「ふーん、まぁいいや。今大会最速試合、何分か知ってる?14分09秒…まぁ、俺の記録なんだけどね」


そして切原は挑発的な顔で笑う。


「13分台でやらせてもらうよ」


全国区プレイヤーとも言われる橘に、そう宣言した切原。

…だが、やはり一筋縄ではいかない相手だった。
あの切原が、翻弄されているのだ。


「あーあ、あれだけ偉そうなこと言ってたくせにね」


立海ベンチでは華宮がつまらなそうな顔で言う。
この大会で華宮まで順番が回ることはなく、まだ一試合もできていない事がとても不満なようだ。

華宮はあまりにも強く、目立ちすぎてしまうが故に極力試合に出さないようにしているのだ。


「どうした切原!13分台で倒すには随分なロスだな」


「…え”え?」


思うように試合が運ばず、切原の目は充血していき真っ赤になっていた。
まるで悪魔のような瞳。
それからは急にスピードもパワーも増して、橘を押し始める。

顔面や足などにボールを打ち付ける、なんとも凶暴なプレイスタイルだ。


「ねぇ真田さん。ボク、赤也のあーいう野蛮なテニス嫌いなんだけど、どうにかならないわけ?」

「…あいつは力の制御が下手で、感情のまま暴れてしまう。だが、そのおかげであの爆発的なテニスをする事ができるのだ。…つまり、あれが奴のプレイスタイルであってそれをどうこうできるものではない」

「ボクは真田さんみたいなテニスが好き」


華宮の何気ない発言に、またドキリとさせられる真田。
…しかし今はそんな場合ではない。

切原はそのまま物凄い勢いで橘をねじ伏せてしまった。


「ゲームセット!ウォンバイ立海大附属 切原6-1」


圧倒的な力の差で勝利したものの、時間をロスしてしまったことに切原は苛立ち、ネットを叩きつける。


「ジャッカル、何分だった?」

「14分01秒…あの橘を…アイツ、バケモンか」


華宮はそのタイムを見て鼻で笑う。
そして苛立つ切原にそのタイムをつげた。


「赤也、14分01秒だってさ。ギリギリ13分台は無理だったね。まぁ、ボクなら10分足らずで勝てる試合だったけど」

「うるせぇなっ!!」

「そうやって感情任せなのは良くないよ」

「黙ってろよ!!クソッ、腹立つ!」

「翼、からかうのはよせ。赤也、よくやったぞ。あの橘相手にここまで差をつけられれば誰も文句は言うまい」

「……っス」



立海は王者の威厳を感じさせるように、堂々とその場から撤収した。


「…あれが、立海大附属」


ちょうど六角との試合中、ウォームアップをしていた越前はその橘と切原の試合を見てしまった。

圧倒的な力の差。

あれが…決勝で当たる相手、王者立海。



「…ん?あの白帽子……」


そんな中、撤退しようとしていた華宮は呆然と立ち尽くす越前リョーマの姿を見つける。


「リョーマ!?」


思わず声を上げてしまう。
幸い、まだ越前は気づいていない。


「…あれは、青学のルーキーだな。知り合いなのか?」


真田が問いかける。


「ああ、うん…アメリカにいた時に同じテニススクールにいてさ…」


華宮はあまり嬉しそうではない。
むしろ、苦虫を噛み潰したような、いつも愛嬌の良い華宮にしては珍しい表情だ。


「あいつ苦手なんだよ…ていうか厄介だな…絶対バレるし、言いふらされそう………仕方ない、今のうちに話をつけておくしかないな…」


何やらブツブツと呟いて、華宮は越前の元へと向かった。


「翼!?」

「ちょっとリョーマと話してくる!真田さん達は先に戻ってて!!」




唖然としている越前に、意を決して華宮は声をかけた。


「おい、リョーマ!」


ハッと我に戻った越前は目の前の立海ユニフォームを着ている人物を不審な目で見ていた。


「立海のテニス部…?ていうかアンタ誰……」


と言いながら、よく見てみると自分の知っている人物だということに越前は気づいてしまった。


「は?もしかしてアンタ…華宮ひか…」

「名前は言うな!!」


普通に本名で呼ぼうとした越前の口を手で塞ぐ。


「…プハッ!何やってんだよこんな所で!?」

「色々訳あって今は男子テニス部員として立海にいるんだよ!ボクの名前は華宮 翼!いいね、翼だからね!?」

「ちょっと言ってる意味全然分からないんだけど…そもそもアンタおん…」

「Do be quiet ‼」


本当の性別を言おうとした越前に、思わず英語で静かにしろと注意しながらまたもや口を手で塞ぐ。


「…なんなんだよ!」

「いいかいリョーマ、ボクは男としてここにいるんだ。華宮 翼は、立海の男子テニス部員!分かった!?」

「つまり、内緒にしてろってこと?」

「そういうことだ!」

「…ふーん、どうしようかな」


そうだ、越前リョーマのこういう所が昔から華宮は苦手だったのだ。


「……このことをバラせば立海大附属はもしかしたら失格になってしまうかもしれない。そしたら晴れて青学は優勝できるかもしれないね。何せ王者立海と戦わないんだから」


華宮はあえて挑発的に言う。
しかしこれが越前には一番効く口止めだ。

何故なら、そんな勝利を絶対に認めない奴だから。

プライド高く、勝負が好きな越前リョーマが、華宮の正体をバラして立海を失格にし、強豪との試合をしないなんて道を選ぶはずが絶対に無いのだ。



「…ま、いいよ。アンタの事情なんて興味無いし、俺は強い奴と戦えればそれで満足だから」



華宮の思惑通り上手くいった。
これで越前にはとりあえず正体をバラされることは無いだろう。


「王者立海は本当に強いから、覚悟しておくんだね!」



華宮はそう言い残して、真田達の元へと走って行った。
越前は一息ついて、六角との試合中である青学ベンチへと戻って行く。

準決勝、シングルス1の海堂が六角の葵に勝利し、越前の出番は無いまま決勝進出が決まった。




次はいよいよ関東大会決勝戦。


立海大附属 VS 青春学園






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16話 決勝の幕開け


ついに関東大会決勝が始まった。

無敗の王者、立海大附属中学校…これは周囲の予想通りだ。
相手は、青春学園中等部。昨年までは大した成績がなかった学校だ。

それもそのはず、青学は年功序列がきつかったため手塚や不二ですらも昨年まではレギュラーとして出場していなかったのだから。
しかし今年は違う。
手塚が部長になったことにより、年功序列制度は廃止、実力があるものがレギュラーになれる制度になったのだ。
そう、1年生ルーキー、越前リョーマのように…


だがしかし、今年の決勝は両校とも部長が不在という異例の事態だった。

手塚は氷帝戦で肩の怪我を悪化させてしまい、療養へ。
幸村は原因不明の病で倒れ、入院治療中。

互いに不在の部長のためにも、優勝への執念は半端なものではない。


「立海には手塚が8人いると思え」


竜崎監督はそう言った。
それほどまでに、相手は強豪ということだ。

乾はノートを開き、一人一人のデータを読み上げた。


「ボレーの天才、丸井ブン太。ブラジル人ハーフで驚異的なディフェンス力を持つ、ジャッカル桑原。ジェントルマン柳生。最も怖いコート上のペテン師、仁王雅治。達人の異名を持つ、柳蓮二。二年生エースの切原赤也。最終兵器と噂される華宮翼。そして、今男子中学テニス界で最も強いと言われる男…皇帝、真田弦一郎」


更に乾は続ける。

「特に要注意すべきは華宮翼だ。あの世界女王、華宮光輝の弟…実力は計り知れない。その実力を隠すためか、今回の大会では一試合もしていない。ほとんどデータは無い状況だ」

シングルス2…華宮と当たるのは不二周助だ。
不二はいつものように、クスッと微笑んだ。


「面白くなりそうだね」




一方、立海ベンチでも話し合いが行われていた。


「幸村の手術までには終わらせるぞ」


そう、実は今日…部長である幸村の手術日だったのだ。
ストレート勝ちをすれば手術時間に間に合う。
負けを良しとしない立海レギュラー陣は、無敗の土産を持って幸村の元へ行くつもりだ。

「ストレート勝ちしたら、結局ボクは一試合もしないことになっちゃうね。つまんないの」

華宮は不満そうに言った。

「…お前は強すぎる。目立ちすぎると厄介なのだ」

「全国大会ではちゃんと試合させてよねー!」




そして両校部長…不在のため、部長代理である大石と真田がコート上で握手をした。


「よろしく」

「あ…!こちらこそ…!王者立海に胸を借りるつもりで…!!」


気弱な大石がそう言いかけた。
だがしかし、今の自分は大切な部を預かる部長代理…何を気弱なことを言っているんだ…!そう思いなおし、真田のことをキッとした目で見返した。


「俺達は、勝つために来た!!青学はキミたち立海に勝って、優勝してみせる!!!」


普段の大石からは想像できないほどの、力強い声だ。


「…ほぅ」


真田は威圧的な目で睨み返し、去っていった。
大石の心臓はバクバクで、なんてことを言ってしまったんだ!と涙目になり青学ベンチへ振り返る。


「ナイス!!大石部長!!」


青学の皆はよく言った!と笑っていた。
立海ベンチでは、そんなことさえも気にしないほど緊張感でピリピリしていた。



「王者に負けは許されない。必ずや三連覇を成し遂げるぞ!!」


『イエッサーー!!!!』


地響きがするほど、気合の入った返事。
さすが王者の風格だ。




そしていよいよ、青学VS立海の火蓋が切って落とされたーーーーー






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17話 追い詰められて



最初の試合は丸井ブン太、ジャッカル桑原ペアVS桃城武、海堂薫のダブルスだった。

実力の差は歴然としていたが、海堂の粘り強さに押され始め段々と青学のペースに飲まれそうになったが、そのまま丸井達が何とか押し切り勝利を決める。


二試合目は柳生比呂志、仁王雅治ペアVS菊丸英二、大石秀一郎のゴールデンペア。

大石の復帰戦ということもあったが、怪我の後遺症は全く無く、ゴールデンペアとして最高のコンディションだ。
柳生と仁王が入れ替わっていたり、予想外のことが起きてペースを乱されるも、ゴールデンペアの絆と信頼感が勝り、辛くも青学が勝利した。


立海では重すぎる敗北。


「柳生、仁王…王者に敗北は許されぬ。相手を見くびり過ぎていたようだな」


「本当に、申し訳ございません…」

「…プリ」


真田が制裁を加えようとした所を、華宮がラケットで遮った。


「…何をする、翼」

「この後で幸村部長に会うのに、殴ったら跡が残っちゃうよ。最終的に勝てばいいんだから、今日のところは見逃して、ね?」


華宮の言葉に、しばし真田は考えた後に制裁の腕を引っ込めた。


「姫のおかげで助かったぜよ」

「でも負けはいけないよ、仁王くん。ボクが見るに勝てない試合ではなかったはず」

「そうじゃの、ちと遊び過ぎたかもしれんな」

「まぁいいよ。おかげでボクも試合できるからね」



そして三試合目
柳蓮二VS乾貞治。

昔馴染みの二人の試合はデータマン同士とは思えないほど白熱した戦いになった。
いよいよ試合はタイブークへと突入し、永遠と終わらないように見える攻防が続いた。
互いに一歩も引かず、データに頼ることもなく、ただプライドをぶつけ合う……結果、乾が最終ポイントを制し、青学の二勝目となる。


まさかの立海二連敗…王者には絶対に許されない状況だった。
ベンチもピリピリし、皆の口数も減る。

そんな中で、華宮はいつも通りニッコリと笑い、眩しいほどの金髪を輝かせ軽やかな足取りで回った。


「みんな暗いよ!次の試合はなんと!華宮翼ちゃんの公式大会デビュー試合!!応援してね!」


真田はこんな時でさえも、華宮の輝く髪に、その瞳に一瞬魅入ってしまった。
ハッと我に返り、雑念を振り払うように少し頭を振る。

「…翼、頼むぞ」

「任せて!最速で勝ってくるよ!!」


そのままコートへ向かう華宮。

シングルス2
華宮翼VS不二周助


ネットを挟み、対戦相手と握手をする。


「随分と可愛らしい相手だね」

「キミもその綺麗な顔が泣き顔でぐしゃぐしゃにならないように気をつけた方が良いよ」





そして、天才と言われる者同士の戦いが始まった。






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18話 電話の向こう側(幸村視点)

関東大会決勝、当日

どうやら決勝までは順当に勝ち進むことができたらしい。
しかし、よりによってこの決勝戦の日が俺の手術日と重なってしまった。

手術には間に合わせると真田は言ったが、どうやら間に合わなそうだ。

先程、電話があった。
青学に二敗して手術には間に合わないと。

負けは許されぬ。
俺が倒れてから、ますます強くなってしまった我が部の掟。
それは、俺の代わりに部を背負っている真田への…とてつもないプレッシャーとなってしまったことだろう。

俺が部長の時は、いつでも真田が支えてくれた。


しかし、今の真田を支えられるのは…?


俺はいつしか、真田すらも壊れてしまうのではないかと心配になることもあった。
あいつはとても真っ直ぐな男だ。
真っ直ぐで、純粋で、誰よりも頑張り屋だ。

…だからこそ脆い部分がある。

でもそれを誰かに見せることは絶対にしない。
彼は強いから、きっとみんなそう思って、全てを任せている。

違うんだ。

昔から真田の根は変わっていない。
子供の頃、ダブルスを組む相手を見つけられず、声をかけられずに一人で困っていたあの頃と…。

本当は、一人で前を歩くのが苦手なタイプなんだ。
そんなこと俺以外は思いもしないだろうけど。

勝利にこだわり、部員に厳しくなり、更に孤立していく彼を…どうか…支えてくれる誰かを…。



「大丈夫!ボクが一緒にいるから!」



それは関東大会が始まる前日のこと。

彼女に想いを告げたあの日。


俺は振られてしまったけども…それでも、君が好きな人が俺の親友で良かったと思ったのは本心だ。


「真田さんは強いけど…でも、意外と一人が苦手だったり、部を引っ張っていく部長には正直向いてないよね」


翼の発言に驚いた。

俺以外に、ここまで真田のことを分かっている人がいたのかと。

…本当に、彼のことをよく見ているんだな。

これでは、俺に勝ち目はないのは当然だ。


「フ…フフ…!」

「え、なに幸村部長?なんで笑ってるの?」

「いや…そんなことを言うのは、君が初めてだったから。
みんな真田のことは怖いとか、強いとか…そればっかりだ」

「んー…まぁ、確かにそれもあるのかもしれないけど…
少なくともボクは真田さんを怖いとは思ってないからなぁ。本当は優しいし、笑うと…凄く……」


言葉を詰まらせて、翼は頬を赤くした。

ああ、彼女の前では一体どんな顔で笑うのか。
きっとそれは、俺すらも見たことのない彼の一面なのだろう。


…もう大丈夫。

真田と共に歩いて、支えて、手を引いてくれる人がいる。
立海三連覇も、成し遂げてくれるだろう。

何故だろう、さっきまでは真田に渡したくないと思っていた彼女なのに…今では彼を支えてくれることに感謝している。

彼と共に歩んでほしいとさえ、思えるんだ。

それはきっと、彼女が…翼が、本当に真田のことを理解してくれている存在だからだ。
真っ直ぐすぎるゆえに、脆くて壊れやすくて、一人が苦手な彼のことを…その笑顔で照らしてくれる存在。


「…翼、真田のこと頼むよ」


おかしいな。
本当なら、真田に彼女を頼むって言う立場だったのに。



「大丈夫!ボクが一緒にいるから!」






―――真田からの電話を受けながら、そんなことを思い出していた。


「二敗か…厳しいね」


まさかの青学にここまで追い詰められているのは、正直意外だった。
電話越しに、厳しい表情の真田が思い浮かぶ。


『だが安心しろ。次は翼の試合だ。相手は不二だが、それでも翼が負けることは絶対にあり得ぬ』


彼女に寄せる絶対的な信頼。
それはもちろん強さもあるけど、それだけではない。

そうだ、彼女は彼の勝利の女神様なのか。


「だったら電話なんかしてないで、早く翼の側にいてあげた方がいい。…俺は大丈夫だ。手術を受けて、必ず…そこに、コートの上に、立海大テニス部に戻る…!」

『幸村…約束だ。お前が目覚める頃には、優勝の土産を必ず持っていく!!』


いつもと同じ、力強く真っ直ぐな声に励まされる。

いつだってお前は俺に希望を与える。

生きることさえ辛くなったあの時も、お前の真っ直ぐな心に救われたんだ。



「…真田。俺はお前に感謝しているよ。お前のおかげで俺は、テニスを諦めずにいられたんだ」



だからお前は、もう俺の事ばかり気にしなくていい。



「俺は大丈夫だ。もう、迷いはない」



前へ進もう、お前も俺も。



「だから、お前も彼女と前に進んでほしい」



これからは自分のために歩むんだ。
大切な人と。


『…………』


電話越しに固まっているのが目に浮かぶ。
きっと思い当たる節を自覚して、顔を真っ赤にしていることだろう。


「じゃあね、今度会うときには優勝トロフィーが楽しみだ」

『…うむ。任せろ。立海三連覇に死角はない』




彼はまだ少し顔が赤いんだろうな。

今度会う時には、きっと彼の隣であの子が笑ってる。


大丈夫



俺も、前に進もう。






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19話 二人の天才



サーブは華宮からだ。

会場中が未知の選手への期待に息を飲む。
先程の激しい試合で疲労しきっている乾、柳までも休む暇もなくデータを取ろうとしている。


「キミも天才って言われてるみたいだけど、本物との差を見せつけてあげる!」



そう言って高く上げたボールを、目に見えない速さで相手コートへと叩きつけた。

不二は全く反応できなかった。
通常、サーブというのは身長が高いほど速く打てるものなのだが華宮は…おおよそ160cmほどの小柄な体型で物凄いサーブを打ってくる。

その後も不二はなかなか反応ができず、会場がどよめく。


「そんな…あの不二が全く反応できないなんて…!」


青学ベンチも不安そうな声が上がった。

そのままあっさりとポイントを取られてしまう。
不二は一度もサーブを返せなかった。


「…凄いや、今まで戦った誰よりも君は強い」


しかし不二は余裕があるかのように、フフッと笑った。

不二からのサーブ。
華宮はなんなく拾う。


「トリプルカウンター、白鯨」


逆風を利用したショット、超スライスをかけた打球がホップし落下、急激なバックスピンで自分のコートに戻ってくるという普通の人には打てないような超高度なショットだ。


「動画で見たよ、面白い打球だよね…まぁボクには関係ないけど!」


華宮は体を捻り、難しい体勢からバックスピンで戻ってきた打球を打ち返した。


「トリプルカウンター、羆落とし」


そこへ頭上を越える高いロブショットである羆落とし。
白鯨を返したことで体勢を崩した華宮がすぐに取りに行けない位置へとボールを落とした。


「…白鯨はオトリ。この体勢でロブショットを打たれたら確かに取りに行けないよね……普通は」



だがしかし、華宮は違う。
着地と同時に一本足スプリットステップで跳ね、なんと打球へ追いついた。

酷く体勢を崩したにも関わらず、正確に打ち返す。
不二もあまりのことに驚いてしまい、ボールが拾えなかった。


「まさか、さすがにこれは…って思ったでしょ?普通の人にはできないことができるから、天才なんだよ。ボクは」


華宮は力強く、相手を見据える。
その姿は間違いなく、誇り高い世界女王の姿だ。


「常識捨てて挑まないと、ボクから1ポイントも奪えずにキミは負ける」


その突き刺すような瑠璃色の視線に、不二はゾクゾクした。
嬉しいのだ。自分より格上の相手と戦えることが。


そこからは不二もエンジンをかけてきて、一進一退のラリーが続いた。
だがしかし、華宮のリードは続く…


「…ボク、キミのことあんまり好きじゃない」


ラリー中に、華宮が言う。


「キミからは勝ちたいっていう信念を感じない。動画で他の試合も見たけど、まるでゲームで遊んでるかのような…相手を躍らせて楽しんでるだけのように見えた」

「………」

「ボクは勝ちたい…そう思っていつもテニスしてる。相手が誰であろうとも、手を抜いて遊ぶような戦い方なんてしたくない…!!」

「……そうだね、君の言う通りだ。僕は勝ちに執着できない。相手の力を引き出して、ギリギリのスリルを楽しんでいるような男だ」


確かにそうだ。
華宮に言われた通り、不二は勝利に固執することができなかった。


「…あの試合を見るまでは」


不二はキッと華宮へ視線を返した。
とても真っ直ぐな視線を感じ、華宮も息を飲む。


「手塚が自分犠牲にしてまで、勝利することに固執した…僕達チームのために。あれを見て、僕もそうなりたいと強く思った。そして今、僕は初めて…勝利するということに、全力をかけたいと思ったんだ!!」


不二のプレイスタイルが変化する。
綺麗なまとまったテニスではなく…熱く、がむしゃらなテニス。

急激な変化に、華宮はついポイントを取られてしまう。



「…今のキミは嫌いじゃない」


華宮はニヤリと笑った。

そしてポケットから赤いヘアピンを取り出して、前髪につけた。
これは、亡くなった親友からのプレゼントで、華宮の大切なお守りだ。


「でも、ボク達も時間が無いんだ…一気に決めさせてもらうよ…!!」


そう言うと、華宮からとてつもない気迫…オーラのようなものを感じた。
金色の髪に鋭く光る青の瞳…まるで虎のようにも見える。


「唯我独尊…!一番強いのは…ボクだ!!!」


今までとは比べ物にならないほどの気迫。
会場全体がピリピリと痺れるほど…

そして渾身のサーブを打つと、それこそ本当に目に見えないほどの球威で審判でさえもコールができなかった。


「…強すぎる…!」


あの不二が珍しく焦った。汗が流れる。

『ダメだ…あの子に勝てるビジョンが…全く見えない…!!』


そんなことを思っているうちに、ノータッチエースを取られてしまった。


『どうする…どうすれば、勝てる…!?』


常に冷静な不二が、動揺を隠しきれていない。
サーブを打つ手が震えている。

このサーブを打った後、華宮はあの速さで返してくる…きっと自分がサーブ後に体勢を整えるよりも早く…
何十通りも作戦を考えたが、それでも華宮からポイントを取る算段が思いつかない…。

その瞬間、不二の目の前が真っ暗になった。


『何も…見えない…!?』


サーブを打つ恐怖心からか、不二はイップス状態へと陥ってしまったのだ。
うまく体が機能しない…精神的なものだ。


『ダメだ…こんなところで諦めるな…手塚は、あんなになってまで勝利を欲した。手塚なら…手塚ならどうする!?』


不二は必死に考えた。
そして辿り着いた、一つの決心。


「手塚なら…何があっても諦めない!!」


なんと、不二は目が見えない状態でサーブを打った。
華宮も若干の違和感を感じたが、まだ不二が目の見えない状態であることに気づいていない。

唯我独尊のオーラを纏う、激しい打球が返ってくる。


『!?分かる…感じる…!!』


その打球を、打ち返したのだ。
さすがの華宮も驚きを隠せなかった。
何せ、唯我独尊状態で打球を返されたのは女子テニスのプロと試合をした時以来だったから。


「翼の打球を…返しただと…!?」


立海のベンチも思わずどよめいた。
真田も立ち上がるほどに驚いていた。


「嘘だ…まぐれだよ、返せるわけない…!」


華宮も動揺しつつ、すぐに切り替えていった。
不二からのサーブで、華宮が打ち返す…しかしポイントが決まることなく、打ち返され激しいラリーが続く。


「なんで…!?なんで返せるの…!?」

「……目に見えるものに惑わされないから。体で、心で感じるんだ…!!」

「ウソッ…!?目を…閉じてる!?」


華宮は目を疑った。
不二は目を閉じてラリーしているのだ。

不二自身も偶然の産物だと思っていた。
華宮の打つ打球は、とても強いオーラを纏っている。
それは目を凝らしても見えないし、動体視力だけではあのボールの速さに追いつかない…なので、むしろ見えない方が、ボールの位置が分かりやすかった。

ボールの急速に惑わされない。
心の目で、火の玉のようなオーラを感じる…確かにこれが1番の解決法かもしれない。
だがしかし、目を閉じたままプレイができるのはまさに天才と言われた不二だからこそできる芸当だ。



「くっ…!!こんなことで、唯我独尊を破られてたまるかぁ!!」



華宮も負けじと返球をする。
やはり球威自体は凄まじい…ラリーが続くとは言っても、華宮がリードしていることには変わりない。

このまま力強くで押し切る…!!

そう思った矢先、ガクンと華宮の体に重りが落ちてきたような感覚が襲う。


『まずい…!このまま粘られると…唯我独尊状態を保てない…!!』


そもそも唯我独尊というのは、自身に強い暗示をかけることによって身体機能を無理矢理極限状態へと高めるものなのだ。

そのため、体力の消費は半端じゃない…長い時間この状態を続けると体を壊してしまうこともある諸刃の剣だった。



「ボクは…勝つんだ…!!勝つんだ、絶対に、勝つんだぁぁぁぁああ!!!!」



華宮は咆哮を上げ、無理矢理に唯我独尊の状態を継続させた。


「翼…っ!!やめろ!壊れるぞっ!!」


真田がたまらずにベンチから声を上げる。
何を犠牲にしても勝利するのが掟…だが、華宮が怪我するのだけは…どうしても止めたかった。

真田は怖くなる。華宮まで幸村のように動けなくなってしまったら…唯我独尊というものは未知の力で、どれ程までに負担が出るのかも予測がつかなかった。


「真田さん…!ボクはNo. 1にならなきゃダメなんだ…!!絶対に勝たなきゃ…!!こんなところで、負けられない!!!」



金色の髪は輝き、瑠璃色の瞳が全てを見据えるように真っ直ぐと光を放つ。

凄まじい勝利への固執に、不二も思わず気圧される。



「勝つのはボクだっっ!!!!!」



それからの華宮はまるで別人のように凄まじかった。

不二のクローズドアイですら通用しなくなり…そして、限界を超えた華宮にポイントを取られてしまう。

最後の一球が、激しくコートへと叩きつけられる。




『ゲームセット!!ウォンバイ、華宮 翼!6-1!!』




審判のコールが響き、この凄まじい試合は幕を閉じた。

両選手、最後の握手をするために歩み寄る。


「…不二周助、確かに君は天才だ…このボクをここまで焦らせたのは…ひさし…ぶり……」


と言いかけたところで、華宮は倒れ込んでしまった。
幸い、不二が受け止めたので怪我はない。


「翼!!!」


真田が思わず駆け寄る。


「…すー…すー……」

「大丈夫、寝てるだけみたいだ。怪我もない」


不二は華宮を真田へと引き渡す。



「…華宮くんが起きたら伝えてほしい。君のテニスで、僕はきっと変わることができた。ありがとうって」




関東大会決勝 シングル2
華宮翼VS不二周助

6-1で、立海大 華宮の勝利――――







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20話 勝敗の行方



疲れ切って眠ってしまった華宮を、真田はゆっくりとベンチに寝かせた。


「…よく、戦った」


スヤスヤと寝息を立てる彼女の顔を見て、真田は初めて出会った時のことを思い出していた。

春の嵐のように現れた彼女。

あの時も、疲れ切ってコート上で眠ってしまった。
今と同じように…


(世界女王としての誇り、親友との約束…こんなに小さな身体で背負いこむのはあまりにも重すぎる。
…なのに、立海三連覇という新たな重りまで乗せてしまった)


真田は華宮の寝顔を見て、そう思った。


(こいつは…約束のためならば限界をも超えて、体が壊れるまで戦い続けるのだろう)


真田はラケットを握る。

次は自分の試合だ。
相手は青学一年生ルーキー、越前リョーマ。

この試合で優勝校が決まるのだ。


絶対に、負けられない。



(……俺は、こいつの背負う重過ぎるものを共に背負ってやりたい。壊れないように、側で見守ってやりたい。
この試合に勝って…優勝を成し遂げたら……)



未だに開かれない、瑠璃色の瞳を想って。

真田はコートへと向かった。




――――シングル3 真田弦一郎VS越前リョーマ

それは物凄い戦いだった。
誰もが瞬殺で立海の勝利を疑わなかった…だがしかし、越前リョーマというルーキーはとんでもない選手だ。

無我の境地を使いこなし、常人では不可能な変幻自在のプレイスタイルで真田を押していた。
しかし真田は冷静だ。自身も無我の境地を使える故、後から襲い来る副産物を知っているからだ。
先程の華宮同様、無我の境地とは体の限界を引き出すもの。
このペースで使っていては必ず崩れ落ちる。

案の定、越前は体力を使い果たし崩れ落ちた。
このまま勝負が決まると誰もが思ったが、それでもまだ越前は食らいついてくる。


試合も中盤…
真田の風林火山で一気にペースが立海へと向いたところで、華宮は目を覚ました。


「…ん……あ!?ボク寝てた!?真田さんの試合は…!?」


勢いよく起きた華宮に思わず驚いた立海レギュラー達。
そろそろ起きる頃合いだと読んでいた柳を除いて。

「弦一郎の試合はもう始まっている。現在は3-4、越前リョーマが多少リードしている。前半、無我の境地で畳み掛けたためだ。…だがしかし、無我の効力も切れ、弦一郎が風林火山を発動させた。ここからは弦一郎の勝利まで時間の問題だろう」

「油断したらダメだ…あいつ、越前リョーマは試合中に進化していくんだよ…!アメリカで同じテニススクールにいたけど…あいつは……正直、ボクが最も戦いたくない相手だった…!!」

華宮はアメリカにいた頃、越前リョーマと同じテニススクールにいた顔馴染みだった。
その頃から、越前の秘めたる才能には恐ろしささえも感じていたのだ。


「…あ!幸村部長の手術は…っ!?」

「お前が試合している間に始まってしまった」

「…ボクが速攻で決められなかったから…!!」

「それは違う。お前が最速で決めたとしても、この試合がある以上どちらにせよ精市の手術には間に合わなかった。…悪いのは、敗北してしまった俺達だ」


柳は申し訳なさそうに、そして悔しそうに言った。

「優勝すれば問題ないよ!手術が終わって、幸村部長の目が覚めたら部屋に優勝トロフィーがあるサプライズも面白いかもね!」

「それは面白いのぅ」

「ナイスアイデアだろい!」

「幸村部長の驚く顔、写真撮ろうぜ!」

華宮のおかげで立海ベンチの士気も上がってきた。


そこで真田は華宮が目覚めたことに気がつく。
華宮も、真田に真っ直ぐな視線を送った。

真田は安心した。開かれたその瑠璃色の瞳に。
いつもと同じ眩しい笑顔に。

あとは優勝するのみだ…!!
自分自身に言い聞かせ、奮い立たせる。



――すぐに優勝が決まると思われていた試合だったのに、その勝敗は予想がつかないほどの試合展開になった。

越前が真田の究極奥義である風林火山を破り、尚もまだ攻め続けているのだ。
真田はその姿に一瞬、サムライのような姿を見て動揺する…こいつは、一体何なのだ…!?そう思わざるを得ないほどの気迫、精神力を感じる。

…だが、こちらとて負けるつもりなど微塵もない。
手術で共に戦う親友のためにも。
そして、優勝のために苦楽を共にした仲間達のためにも。


自分が、この手で優勝を決めなければ…!!



試合も終盤
越前がそのままの勢いで押し切ろうとしていた。

あと一球で越前の勝利。
たが、越前の体力気力共にすでに限界を遠に超えていて、今にも倒れそうな状態だった。

この一球…この一球で決められなければ、正直越前リョーマの勝利は厳しい。

しかしそこで真田は今まで温存してきた無我の境地を発動させる。
絶対に決めさせない。
この一球を止めれば、間違いなく越前は崩れ落ちる。


「真田さん…頑張れ…!!」


華宮も祈る。
誰もが真田の無我の境地発動と共に、やはり立海の勝利は決まりだと思ったのだが、越前リョーマという男の恐ろしさを知っている華宮は冷や汗を流す。

このような逆境の時こそ、越前の最も恐ろしい力が発揮されるからだ。


互いに譲らないラリーの応酬


「いけぇーーっ!!これで決まれーーっ!!」


越前が最後の一球…スマッシュを打ち込んだ。


「ダメだ…!スマッシュが浅い!!」


越前はしまった…!と目を見開く。


「これで終わりだ!!越前リョーマ!!」


真田が正確無比なトップスピンロブを上げる。
越前のあの位置から拾ったとしても正確に打球は返せないはず…!真田は今度こそ決まったと思った。


「真田さん!!構えて!!!」


華宮が叫ぶ。

このロブで決まったと一瞬油断した真田が、その声に気づきラケットを力強く構え直した。


「うおおぉぉぉお!!!!」


越前が咆哮を上げ、高く飛び上がり見たことがないドライブショットを打ち込んできた。


「これはドライブBではない…!?」


ボールがバウンドせずに駆け抜けようとした。
しかし華宮の声で構え直していた真田は、その地を駆け抜ける球を拾うことができた。


「徐かなること、林の如し!!」


逆回転を加えて全ての打球の威力を消し去る、真田の風林火山…『林』

バウンドしないボールは手塚の零式同様、急激な回転をかけられていると読んだのだ。
その読みは見事に当たり、林による逆回転でかろうじて拾うことに成功した。

そして体勢を直しきれていない越前は返されたボールを拾うことはできず、渾身の一撃を返されてしまったのだ。


「…COOLドライブ…さすがに、実戦でいきなり成功は…難しいね…!」


真田はヒヤリとした…

もし華宮の声がなければ、今のショットは間違いなく拾うことはできずに敗北していた。

そして、越前の逆境での恐ろしさを知っている華宮だからこそ、叫ぶことができたのだ。


越前はもうCOOLドライブを打つ体力も無く、真田に押し切られてしまう。
常人であればすでに戦意喪失してもおかしくない状況にも関わらず、越前リョーマは絶対に諦めようとはしなかった。


「越前リョーマよ…!お前のその精神力の強さ、認めてやろう…!!」


真田が逆転し、今度はあと一球で立海の勝利が決まるポイントとなった。
越前は立っているのもやっとの状態だが、最後までラケットを構えることをやめなかった。

真田は容赦なく強力なサーブを打ち込む。


「まだ…まだまだまだまだぁっっ!!!」


越前は必死に食らいついていく、真田すらも恐ろしいと思わせるほどの気迫。

越前は渾身の力を込めてスマッシュを打つ。
だがその時…汗でグリップが滑ってしまい、手元が狂った。
無理もない、限界を超えた越前は尋常でない量の汗をかいていたのだ。

しかし真田は油断せずにラケットを構える。
一瞬の油断でさえも、越前リョーマの前では命取りだからだ。



「アウトッ!!!」



しかしボールはギリギリライン上に入ることはなく、アウトのコールが響いた。



「…俺も…まだまだ……だね…」



越前はそう言い残して、ついにコート上へ倒れ込んだ。




「ウォンバイ、真田弦一郎!!8-6!優勝は、立海大附属中学校!!」




勝利のコールが鳴り響くと共に、青学は倒れた越前へと駆け寄り涙した。

真田はやっと、ラケットを下ろして張り詰めていた気を緩めた。
頭が真っ白になる。あまりにも凄い緊張感の中にいて、まだ思考が上手く働かないようだ。
呼吸が苦しい。これ程までに追い詰められていたのか…あのルーキーに…。

立海レギュラー陣も駆け寄って来て、華宮は真っ先に真田に抱きついた。


「カッコよかったよ…真田さん…っ!!」


涙を流しながら、震える声でそう言った。
真田は、まだ少しボーッとする頭で…いや、思考回路が働いていないおかげで、動揺することなく、華宮を抱きしめ返した。



「勝利の女神…というのは本当にいるのだな。お前がいたから、俺は勝つことができた」



そして、誰にも聞こえないように耳元で囁く。
体が、胸が熱いのは、激しい試合のせいか…それとも…





「……光輝。俺は、お前のことが――――」





華宮の頬は赤く染まり、幸せそうに目を細めた。
返事の代わりにその細い腕で、ありったけの力を込めて彼の熱い身体をギュッと抱きしめる。

この温もりだけで、言葉にはせずとも想いが充分に伝わっている。





中学生男子テニス 団体の部 関東大会

優勝は立海大附属中学校 ――――








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21話 目覚めた世界(幸村視点)




いよいよ手術が始まった。

麻酔で意識が徐々に遠のいていく。


…今頃は真田の試合だろうか


次に目を覚ました時、俺に与えられるのは希望か絶望か。


……早くあの場所に戻りたい

ボールが跳ねる音のするコート

鳴り響くラケット

練習後に着替えるあの部室

少し軋む、年季の入ったロッカーの音でさえも恋しい。


部室横に作った花壇の手入れはしてくれてるのかな?
それも聞けばよかったな。


…愛しい日常が浮かんでは消える。
ああ神様。どうか、俺をもう一度あの場所に…みんなと同じあの場所に帰れるように。



そこで俺の意識は途絶えた。




―――――――――――

―――――




……身体がだるい


麻酔から徐々に意識が戻る。
まるで海の底からゆっくりと、引き上げられるような感覚。

…手術が終わったのか。
眠ってしまえば本当に一瞬のことなんだな。

体はまだ動かない。

…嫌だな、病気で動けなくなったあの時のことを思い出す



………っ!?



視界の隅に、輝くものが見えた。
俺はかろうじて少しだけ動く頭を横にして、ベッドの横のテーブルに視線を移した。



優勝…トロフィー……



真田達…勝ったのか…!!

不意に涙が溢れでる。
次から次に、ポロポロ溢れて枕を濡らす。

今まで優勝なんて当たり前で、泣くことなんて無かったのに…今回の優勝は…ああ、なんて……胸が熱くなるのだろう。


「目が覚めたようだね」


主治医の先生だ。
俺は口を動かそうとするが、やはり麻酔のせいで未だに声が出せない。


「まだ麻酔が抜け切っていないからね、喋らなくてもいいよ。…ああ、このトロフィーはさっきテニス部の子達が持って来たんだ。術後は面会できないと伝えたら、せめてこれだけでもって置いていったんだ」


早く会いたい、みんなに…伝えたい。
ありがとう。よく頑張ってくれたって。


「…幸村くん、君の手術のことなんだけど」


…そうだ、すっかり忘れていた。
目の前のトロフィーに夢中になり過ぎて、自分の身体の状態など気にもしていなかった。



「無事に成功した。少しリハビリをすれば、すぐにでもテニス部に戻れるはずだ」



……戻れる、やっと、あの日常へ…!
あのコートへ、みんなの所へ!!

身体に熱が伝わってくる。
生きている証。生きられる証。

早く、早く、みんなの所へ…!!


きっと真田達には見せられないくらい、今の俺はぐしゃぐしゃな顔をしている。
涙が止まらない。ああ、麻酔がもどかしい。

あの愛しい日常へ、みんなの所へ…!





――― 部室横の花壇がどうなっているのか、今から楽しみだな。







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22話 優勝土産


関東大会決勝は、立海大附属中学校の優勝で幕を閉じた。

誰もが予想していた結果だったにも関わらず、会場は熱い熱気に包まれて両校共に盛大な拍手が送られた。


あの時、華宮が声を上げなければ越前のCOOLドライブが決まり、青学が優勝していたことだろう。


そう考えると、本当に勝利の女神と言っても過言では無い…真田はそんな事を考えていた。



優勝トロフィーを片手に、急いで幸村の病院へ向かった立海レギュラー達。
だがすでに手術は終了していて、今日中の面会はできないと言われてしまった。


「…これだけでも、どうか、幸村の部屋に置いてもらうことはできませんか?」


真田が病院のスタッフへ、大きな優勝トロフィーを手渡そうとした。


「真田くん…?」


その時、声をかけてきた女性…幸村の母親だ。
真田達が来る事を幸村が伝えていたのだろう。


「お久しぶりです。……あの、幸村の手術は」

「おかげさまで、無事に成功しました」


その言葉に、立海レギュラー達はワッと歓声を上げるもすぐさまスタッフに注意をされて口を塞いだ。


「まだ麻酔で眠っているけど…手術の直前まで、テニス部のことを話していたの。絶対に、あの場所に戻るんだって…!」


幸村の母親は堪えきれずに涙を流した。
長いこと苦しむ息子を見てきて…そしてようやく、その苦しみから息子が解放されたのだから。


「真田くん…テニス部の皆さん…本当にありがとうございます…っ!!貴方達のおかげで、精市は諦めることなくここまで頑張れた…!そして、これからも…あの子のこと、よろしくお願いします…!」


そして涙ながらに深々と頭を下げる。

真田も、帽子を外して勢いよく頭を下げた。


「それは俺達も同じです!幸村がいてくれたからこそ、俺達はここまでこれた…!そしてこれからも…我が部を引っ張っていけるのは、あいつだけなんです…!幸村は、このテニス部には絶対に必要な存在だから…っ!!」


そして真田は頭を上げ、優勝トロフィーを幸村の母親に手渡した。


「これを、あいつの部屋に飾ってやってください。これは皆で…もちろん、幸村も含めて、戦った証です」


幸村の母親は、大切そうにそのトロフィーを預かった。
涙はまだ止まらない。震える手で、優勝トロフィーをしっかりと抱きしめた。



「ありがとう…本当に、ありがとう…っ!!」




―――――――――

――――


真田達は病院を後にし、それぞれが帰路に着いた。

打ち上げは後日、幸村が退院してから全員で行うことにした。もちろん、幸村の退院祝いも合わせて。


今日は家族がご馳走を用意して待っていることだろう。

…ただ一人、単身で日本にいる華宮以外は。



真田はいつも通り、華宮を家に送るために一緒に帰っていた。

「パパもママも今日の試合、ネットの中継で見ててくれたって!今は忙しくて日本には来れないけど、お祝い送るって電話があったよ!」

「そうか」


華宮は嬉しそうに話す。
…が、やはり家に帰ったらあの広い部屋で一人で過ごすのは寂しいのだろう。
いつもより歩く速度が遅い。


「…翼。今日、俺の家に来ないか?」


真田の意外な誘いに、華宮はキョトンとしていた。


「……真田さん、意外と大胆だね」

「違うっ!やましい誘いでは無い!!そうではなく…!その…俺の家族が、優勝祝いをやると言っていて……お前も、今日は一人でいるのは嫌だろう…?」


顔を真っ赤にしている真田に、華宮は大きな目を見開いて、宝石のような瑠璃色の瞳を更にキラキラと輝かせた。


「行くっ!!泊まってもいい!?」

「か、構わんが…」

「やったーーっ!!」


華宮は勢いよく真田に抱きつく。
あの試合後の時は頭に酸素が回っていなかったせいで冷静に抱きしめたけれど、今抱きつかれると顔は真っ赤になってしまうし心臓が破裂しそうなほどドキドキと音を立てた。
いつもなら「やめんか…!」と言って引き離すところだ。

だがしかし、今はもう告白をして正式に交際を始めたのだから…恋人同士が抱き合うのを拒絶する必要はないのだ。


「つ、翼…っ!」


と言ってもまだまだぎこちない真田。
華宮は引き離されないことに喜んで、更にギューっと抱きしめた。


「…好きだよ、真田さん」


ポツリと呟く。
嬉しくて嬉しくて、愛しそうに華宮は微笑んだ。

真田も顔を真っ赤にしつつも、ぎこちなく、華宮を抱きしめる。



「……俺は、こういうことは…まだ不慣れで…っ!しかし、お前を大切にする事は、絶対に約束する…っ!!」



華宮はそんな真田が愛しくて仕方なかった。
抱きしめられた彼の胸からはドキドキと心臓の音が聞こえる。



熱い身体に、夜風がとても心地良かった。







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23話 想いの正体(真田視点)


翼は一旦自分の家へ寄り、着替えなど泊まる準備をして戻ってきた。


「お待たせ!行こっか!」


そう言うと自然な流れで手を繋いできた。
俺は驚いて顔を真っ赤にする…。


「つ、翼…」

「ん?手を繋ぐの、嫌?」

「い、嫌ではない!その…こんな所、誰かに見られたら…」


そうだ、一応翼は男ということで学校にも通っている。
もしこんな所をうちの生徒に見られてしまったら色々と厄介な事になる。


「大丈夫!アメリカ流のスキンシップってことにしとくから!」


…果たしてそれは大丈夫なのだろうか?

しかし、こうして手を繋いで帰路を共にするというのは…ますます自分達は恋人という関係になったのだと自覚させられる。

正直、こういったことには本当に疎くて、いざという時にどうしたら良いのか分からない。
まだ慣れていないせいか、顔もすぐに赤くなってしまって…男として情けなくも思う。

しかし翼はもともとスキンシップが多かったのもあって、自然にそういうことをしてくる。
…もしかして、過去にも恋人がいたことがあるのだろうか?


「翼、俺はその…恋人ができるというのは初めてで、どうしたら良いのかも分からないし…まだ動揺してしまう事もあるが、それでも…大丈夫だろうか…?」


「ボクだって恋人ができるのは初めてだよ。でも、ずっと真田さんと手を繋いだり、抱きついたりしたいって…思ってて…」


そう言うと自分でも恥ずかしくなったのか、翼は見る見るうちに顔を赤くした。
そうか、翼も初めて…そうか、そうか!
俺は嬉しくて、ニヤケてしまいそうな口元を思わず手で隠した…俺としたことが、たるんどる。


「これからもよろしくね、真田さん」


そう言って微笑む翼は、いつもより普通の女子のようで…ついさっきまであの不二周助を相手に、圧倒的な力でねじ伏せていた人物と同じとは思えない程だった。

…小さな手だ。

ラケットを握っていない左手は、綺麗なままで柔らかい…俺達男子とはまるで違う手。

この小さな手で、あんなに激しい試合をするのが未だに信じられない。
彼女の体はどれ程の無理をしているのだろうか。

俺が、少しでも支えになってやりたい。



「翼、これからは共に歩んでいこう。何もかも一人で背負うことは無いのだぞ」



以前、翼が俺に言ってくれた言葉。
あの言葉に、どれだけ救われたことか。



「…ありがとう」



彼女は頬を染めて、くすぐったそうに微笑んだ。


ああ、そうか。
これが愛おしいという、気持ちなのか…




俺はやっと、チカチカとするあの眩しいものの正体を理解することができたのだった。







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24話 月に照らされて(真田視点)


そのまま翼と手を繋いで、俺達は家へと辿り着いた。


「…すまない、手汗が、止まらなくて」


結局、手を繋いでる間ずっと落ち着かなくて…繋いでいた手は汗まみれになってしまった…。
平常心を保てるようにもっと鍛錬すべきだな…。


「真田さんの手、大っきくて好き」


それでもニコニコと笑う翼。
…抱きしめたい衝動に駆られるが、もう家まで着いてしまったのでそれをグッと堪える。



「ただいま戻りました」



ガラガラと玄関を開ける。


「イェーイ!試合見てたぜ!我が弟ながらやっぱり凄いな、弦一郎は!!」


すると浮かれすぎている兄が出迎えてくれた。


「…え、待って、金髪の…彼女?」


兄にそう言われて、俺は思わず顔を真っ赤にさせてしまった。
一応翼の性別は家族にも隠しているので、それを考慮して違うと否定すべきだったが、何となくそれが出来ずに口籠ってしまった。


「ボクは男子テニス部の華宮 翼です!真田さんにはいつもお世話になってます!」



さすが、翼。
動揺せずにいつもの笑顔で答えた。


「あー!試合に出てたね!!いや、あれも凄い試合だった!あ、俺は弦一郎の兄貴です!」

「真田さんにそっくり!顔だけ!!」


「ゲンイチローお帰りー、今日はご馳走…え!?彼女!?ゲンイチロー彼女できたの!?」


兄に性格が似ている甥が騒がしくやってきた…。


「佐助!あなた!やめなさい!弦一郎君は疲れてるんだから…あら、お客様?ごめんなさいね、騒がしくしちゃって…」

「こっちが嫁の百合香!美人だろ?」

「やめなさいって言ってるでしょ!?」


兄家族はこの家に同居している。
百合香さん…義姉さんは正直兄には勿体無いと思う程しっかりしている。

初めて翼がこの家に泊まった時は、ちょうど兄家族達は旅行に行っていたためこれが初対面となる。


「華宮さん、お久しぶりですね」

「真田さんのお母さん!お久しぶりです!」


母には電話で翼が来ることは報告しておいた。
…なんだか、恋人になってから翼を母に会わせるのは…何とも言えない気持ちになる。


「今日は二人共お疲れ様でした。優勝おめでとう。今日は百合香さんとご馳走を用意したので、華宮さんも楽しんでね」

「ありがとうございます!!」


…普通に敬語が使えるならば、何故それを三年生には…と前も思ったがそれはもう諦める。
そもそも、今更敬語を使われたら…逆に、嫌かもしれん。


そして俺達は賑やかな食卓につき、豪勢な食事をありがたくいただいた。


「こんなに賑やかな食事、久しぶりで楽しいな!」


…翼を連れてきて良かった。
あの広すぎる部屋で一人なのは…寂しいだろう。


「華宮さんは単身で日本にいるのよね」

「はい!パパ…あ、いや、父も母もアメリカでの仕事が忙しくて」

「うちで良かったら、いつでも泊まりに来てくださいね。お夕飯だけでも、是非食べに来て。中学生が一人で暮らすのは大変だろうから」

「…っ!!」


母のその言葉に、翼はいきなりポロポロと大粒の涙を流し始めた…
俺は一体何が起きたのか全く分からず、ただ焦るしかなかった。


「つ、翼!?大丈夫か!?」

「ご…ごめん…!急に、アメリカの…ママを思い出して…寂しくなっちゃって…!」


…無理もない。
まだこいつは14歳、それに中身は普通の女子だ。
しかも甘えたがりの性格をしているのに、親元を離れて一人暮らしをするのは相当堪えるのだろう。

それでも、彼女は今まで弱音も吐かずに戦ってきた。


これからは俺が、翼に寂しい思いをさせないように側にいてやらなければ…



「日本にいる間は、私のことをお母さんだと思って良いですからね」


翼は顔を赤くして、涙を拭ってニコッと笑った。


「ありがとう…ございます!!」


…やはり同性の近しい人というのは必要なのだろう。
男子として生活をしなければならない故に、女子ならではの悩みなど相談する相手もいないのは…確かに問題だ。


「弦一郎さんも、たまには華宮さんのお家に泊まってあげなさい。お部屋が広いと寂しいでしょうから」

「泊まっ…!!」


予想外の母の提案に俺は思わずむせ返る。
…兄がニヤニヤとこちらを見て笑っているのは、あえて無視をしよう。


「わぁ!そうだよ、真田さんもお泊まり来てよ!ベッド大きいから二人で寝れるよ!」

「ゴホッ!ゴホッ!!」


更に翼の発言に俺はもう限界だった。
おそらく耳まで真っ赤だろう…じんじんと熱いのが伝わってくる…
翼の発言に深い意味は無い…と、思いたい…!



それから、今日の試合のことなどで話は盛り上がり、食事も終わったところでささやかな祝賀会はお開きとなった。

さすがに俺も翼も、今日の試合のこと、幸村の手術のこと、そして…交際が始まったこと。
色々なことが一日でありすぎて、心身共に疲労困憊だった。

早めに風呂に入り、寝る準備をした……

…………

…待て



「……何故、俺の部屋に、翼の布団まで敷いてあるのだ…!?」


俺は思わず立ち尽くす。

普通に考えて、初めて翼がこの家に泊まった時のように、彼女の布団は客間に敷いてあるものだと思っていたからだ。


「あ!今日は真田さんの部屋で寝るんだね!」


そこに風呂上がりの翼がやって来る。

その姿は家で貸した浴衣姿に、少し湿った金色の髪、火照った桃色の頬、血色良く艶のある唇……

…って、俺は何を考えているのだ!!たるんどるぞ真田弦一郎!!!


「…翼、これは、その」

「真田さん、ボクこういうの何て言うか知ってるよ!」


翼は何故か妙に自信のある表情で言い放つ。


「初夜って言うんだよね?」


俺はもう今日何度目となるか分からないが、例に漏れず顔を真っ赤にさせる。
このままでは血圧がどうにかなりそうだ。


「翼!そんな言葉を!どこで!!覚えたのだ!?」

「仁王くんが貸してくれた漫画」


翼に妙な知識を入れおって…っ!!仁王の奴は後で制裁だ…っ!!!


「いいか、翼…初夜というのは…いや、それは今はいい…!それよりも、一緒に寝るのは…少し俺達には…早すぎるのでは無いだろうか…っ!?」

「ボク今日は真田さんと一緒に寝たい。ダメ?」

「ーーーーっっ!!!少し!頭を冷やしてくる…っ!!」



顔どころかもう全身の血液が沸騰するように熱かった俺は、冷静になるために夜風の当たる縁側へと出た。

冷たい夜風が俺の体を冷やす。


「涼しいねー」


翼も縁側へと出て来た。

…今日はあまりにも色々なことがありすぎて、頭の整理が追いついていないのが正直なところだ。


夜空を見上げると、月が美しく輝いていた。


「…月が、綺麗だな」


何気無しに、そう呟いた。
翼は俺の隣に座る。


「それって、愛してるってこと?」


っ!?待て、何故そんな難しいことを知っているのだ!?
これは絶対に伝わらないとばかり…!


「…誰に教わった」

「柳さん」


…やはりか。そんな気はしていた。
しかしまぁ、これは、悪い気はしない。


「ねぇ、そんな遠回しな言葉じゃなくて、ちゃんと言ってよ。あの時みたく」


あの時…立海の優勝が決まって、想いを告げた時。
歓声に掻き消されたとばかり思っていたが…ちゃんと、届いていたようだ。



「……光輝、愛してる」



俺はもう観念して、はっきりと彼女の目を見て言った。

様々な光を宿すその瑠璃色の瞳。


ある時は鋭く、貫くように。

ある時は心を見透かす鏡のように。

ある時は澄み渡る空のように。


俺はもう目が離せなくなっていた。
まるで誰もが魅了される、魔性の宝石のようだ。


「今日頑張ったボクに、ご褒美ちょうだい」

「褒美?何がいい?」


そう問いかけると、翼はその輝く瞳をそっと閉じた。
金色の、長い長い睫毛が俺に向けられる。

…これは、まさか。



「…翼、その……これは…」


「ボク達にはまだ早いなんて、無粋なこと言わないでよね」




さすがに、男として覚悟を決めるしかないようだ。




「…失敗したらすまん」

「…いいから」




俺は破裂しそうな心臓をどうにか抑えつけようとしたが、そんなことは無理な話で。

彼女の肩に手を乗せて、俺もゆっくりと目を閉じる。


身体が熱い。
今日の試合の時よりも、熱く感じる。





唇を、重ねる





柔らかく、暖かい。


ああ、今日は色々なことがありすぎて

全く頭が回らない――――









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25話 寝不足の朝(真田視点)


「おはよう、真田さん!」

「……おはよう」


結局、俺達はそのまま同じ部屋で寝ることにした。
……無論、やましい事など一切していない…っ!!


「なんか眠そうだね?」


それもそうだ。
隣で翼が寝ていると思うと、自分の心臓の音が煩くて結局一睡もできなかったのだから…
…しかし、そんな中でスヤスヤと普通に寝ていた彼女は、少し無防備すぎやしないだろうか?


「はい、おはようのチュー」


そう言うと翼は何の迷いもなしに、口付けをしてきた。
俺は不意を突かれて、目を閉じる間も無く唇を奪われていた…


「ひ、光輝っ!!」


そしてやっと思考が追いついて、顔が燃えるように熱くなる…いい加減、こいつと付き合うにあたって過度なスキンシップに早く慣れないと高血圧になってしまう。


「目が覚めた?」

「……っ」

「…真田さん、キス嫌い?」

「き、嫌いでは…ないっ!まだ、慣れていないから…その、アメリカでは普通なのかもしれんが、俺には刺激が強く…出来れば、もう少し緩やかなペースで…頼む…!」


そうしなければ俺の身が持たん…っ!
正直、交際初日から口付けを交わすなど…全くの予想外のことで…そもそも手を繋ぐことですらも平常心を保つのが難しいと言うのに…!!


「んー、分かった!ボクももう少し我慢するよ!」

「…すまんな」

「ボクも真田さんと恋人になれたのが嬉しくて、ついはしゃぎすぎちゃった!」


少し頬を染めて、照れ隠しをするように彼女は笑った。
…そういう仕草がまた、愛おしくてたまらない。

俺は翼を…光輝を、抱きしめた。



「俺は、お前を…大切にしたいのだ」



腕の中の小さな彼女も、嬉しそうに微笑んで抱き返してきた。


「ボク、日本に来て、立海に来て…真田さんに出会えて、本当に良かった」



愛おしくて仕方がない。
こんな姿は恥ずかしくて誰にも見せられんな…。
特にテニス部の奴らには……

テニス部の…



「…光輝、正式に交際が始まったことを…テニス部の奴らにも報告せんと…流石にまずい、よな…」

「…あ、そうだね。すっかり忘れてたけど、部内恋愛ってどうなの…?」


そうだ…これは部内恋愛ということになるのか…
男子テニス部内でこんな事態になるとは誰も予想してない…いや、普通は出来ないだろう…。
それ故に部内恋愛についての決まり事は全くの白紙。

まずは部長である幸村に報告すべきだ…。

…しかし、思い返してみれば幸村の手術前に電話したあの時…すでに俺と翼の関係を認めているような口ぶりだったが…。


「今日みんなで幸村部長のお見舞いに行くよね。そのタイミングで言うべきなんじゃ…」

「手術後まもない幸村に余計な心配はさせたくないのだが…」

「…んー、確かになぁ……」


今日は術後、幸村との面会が許される日だ。
立海の皆と見舞いに行く予定ではあるのだが…この件をいつ切り出したら良いのか…
あまりにも前例が無いことなので、慎重に様子を見て報告をすることにしよう…。




それから俺達は朝食を取り、家を出て集合場所へと向かった。

…さすがに外も明るいので今回は手を繋がなかった。
本当はもっと普通に、恋人らしく出来れば良いのだが…



「あ、みんなー!good morning!!」


集合場所にはすでに皆が集まっている。
…我ながら情けない事に、昨晩は一睡もできなかったせいで結局起床が遅くなり、珍しく俺達が最後になってしまった。



「…弦一郎、寝不足のようだが?」

「色々あってな…気にしないでくれ…」






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26話 見舞いと報告(真田視点)


俺達は幸村の病室へと向かった。

…手術後、初めて会うということもあり多少緊張する。


「幸村、見舞いに来たぞ」


病室のドアを開ける。
最初に目に飛び込んで来たのは、あの優勝トロフィーだ。
一番目立つ所に飾ったのだろう。



「真田!みんな!!」



そう言って振り向いた幸村の顔を見て、俺は目を見開く。


目を輝かせ、曇りのない笑顔。


ああ、幸村のこんな笑顔を見たのはいつぶりだろうか。

倒れてからは、心の底から笑うことが無くなった幸村。
いつでも絶望的な目で、表面だけ笑ってみせて。


それが、何より俺には辛かった。



「幸村…」


昔のままの笑顔だ。

子供の頃、初めて声をかけてくれた時のような。
そして、共に全国優勝を目指したあの時のような。


「何、泣いてるの?真田」


俺は無意識のうちに涙を流していた。
幸村に言われハッと気づき、腕のリストバンドですぐに拭う。


「昔から泣き虫だな。ゲンイチロー君は」



子供の頃の呼び方で、名前を呼ばれる。

幸村は戻って来たのだ。
本当に良かった…本当に……。


「な、泣いとらん…っ!それより、術後の体の調子はどうなのだ?」

「さすがにまだ傷口が痛むけど、体の調子は凄く良いよ。よく動くし、歩くのも前よりずっと楽だ」

「…良かった。よく、頑張ったな。幸村」

「…頑張ったのはお前だよ、真田。俺が不在の間、よくみんなのことを引っ張ってきてくれた。そして俺のことも。本当にありがとう。苦労を、かけたね」



幸村は笑う。
…駄目だ。油断をするとすぐに涙腺が緩んでしまう。
昔馴染みということもあり、幸村の前ではどうしても子供の頃のように感情が露わになってしまうことがある。


「俺達のことも褒めてくださいよ!幸村部長!」

「そうそう!ボク達も頑張ったよ!褒めて褒めて!」


赤也と翼の二年生組が幸村に駆け寄る。
こいつらは二年生ながら、本当によく頑張ってくれた。


「赤也、翼。後輩である君達にも本当に苦労をかけた。君達のおかげで関東大会を優勝できたと言っても過言ではない。頑張ってくれて、ありがとう」

「幸村部長ーっ!」

その勢いで幸村には抱きつこうとする二人を俺は慌てて引き止める。


「落ち着けお前ら!幸村はまだ傷口も塞がってないのだから加減をしろ!!」

「ははは!可愛い後輩達じゃないか」


幸村のこんなに楽しそうな顔は本当に久しぶりだ。
彼の辛く苦しい日々がようやく終わったのだと、実感する。


「…蓮二も、仁王も、柳生も、丸井も、ジャッカルも…みんな、本当にありがとう。お前達のおかげで、俺は頑張れたんだ。そしてこれからも、共に全国大会…立海の三連覇を目指していこう」


「精市が戻ってきたことにより、我が立海の三連覇を成し遂げる確率はほぼ100%と言っても良いだろう。…おかえり、精市」

「やっぱりお前さんがおらんと刺激が足らんぜよ」

「やはり幸村君がいてこその立海大テニス部です。ずっとお待ちしていましたよ」

「幸村くん!本当に良かったぜぃ!!退院祝い楽しみにしてろい!」

「こんなメンツ纏められるのはお前だけだよ。あ、でも無理はするなよ!俺にできる事があったら遠慮なく言ってくれよな」



皆が幸村に声をかける。
一つ一つに、嬉しそうに微笑む幸村。



「術後の経過も良いし、8月頭には退院して学校に戻れそうだ。…ああ、楽しみだな。またみんなでテニスができるんだ」



全国大会には幸村を含めて、今度こそ誰一人欠ける事なく戦う事ができる。


それが俺達にとって、どれ程までに幸せなことか。



「…幸村もまだ術後間もない。長居するのも悪いので俺達は帰るとしよう。次に会うのは、退院の時だ」



俺達は帰りの準備をする。
さすがに手術翌日では幸村もまだ体が怠かろう。



「真田。お前からも何か報告する事があるんじゃないか?」



幸村に呼び止められる。

報告すること…?一体何が………

…………あ、



「…幸村、それは、つまり…」



俺は思わず翼と目を合わせる。



「そうだよ、その件だよ」



幸村はニヤニヤと笑う…先程までの笑顔とは違う。
昔と同じ、俺をからかう時に見せるあの顔だ。


「いや、しかし、この流れで…言うべきでは…」

「昨日も色々あって寝不足だったようだしな。弦一郎」


まさかの蓮二まで逃げ場を無くしてきた。
……そうだ、この二人はいつも厄介な所で妙に団結するのだった。


「え、なんスか!?真田副部長!?なんか重大発表っスか!?」


…周りを見ると、赤也以外の奴らは何となく察しているような顔をしている……くっ!赤也の無邪気な言動のせいで余計に言いにくい…!!


「真田さん、ボクから言おうか?」

「…い、いや。ここは、俺が言うべきだろう…!男として…っ!!」


「ほら、真田!男らしく頑張って!」

「弦一郎、時間が経てば経つほど言いにくくなるぞ」


幸村と蓮二は容赦なく俺の退路を断つ。

…男、真田弦一郎…!覚悟を決める時だ…!!




「俺と翼…もとい、俺と光輝は、昨日時点で正式に交際を始めた事を、ここに、報告する…っ!!」




…言った、言ってしまった。
またもや俺の顔は燃え上がるほどに赤くなっている。

その隣では翼が嬉しそうな顔で微笑んでいる。
……こんな状況でも、やはりこの笑顔が愛おしいと思ってしまう俺も相当なのだろう…。


「…ハァァっ!!?真田副部長と翼がぁ!?嘘だろオイオイ!!」


「え、赤也気づいてなかったの?」

「二人の様子を見ていれば、いずれこうなる事は明々白々」

「なーんで姫はそんな怖いおっさんがええんかのう」

「いいですね…!テニスコートで生まれるラブロマンス…!映画のようで素敵です!!」

「…柳生、こういうの好きだよな」

「あの真田が金髪女子と…っていうのは意外だけどな」


…聞いていると俺の翼への好意が、今の今まで全て丸見えだったという事だろうか…?
……血圧の上がりすぎか頭がクラクラしてきたぞ……


「ていうか幸村部長っ!部内恋愛ってどうなんスか!?」

「いいんじゃないか。真田も翼も、テニスに関しては真面目だし、恋愛しているからと言って部活が疎かになることはまずあり得ないだろうからね」

「確かに、弦一郎と翼が交際をした所で、この二人がテニスに対して手を抜く事は100%の確率で起こり得ない。故に部活に与える影響は無く、今まで通り部活を続ける事は可能だろう。ただし、色々あるからと言っても睡眠はしっかり取るように、弦一郎」



意外とあっさりと許されてしまった。
何というか、それなりの覚悟はしていたのだが拍子抜けである。


「わーい!良かったー!もう男子テニス部に居られないんじゃないかって内心ハラハラだったよー!!」


ホッとする様子の翼。
そんな彼女を見て、幸村は優しくその金色の髪を撫でる。



「そんなこと言うわけないだろう。俺だって翼と部活をするの、ずっと楽しみにしてたんだから」




…翼に向ける幸村の視線は、何と例えたら良いのか分からないが、愛おしそうなものを見るような目で…


何故か、俺の心が騒めくのを感じた。







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27話 感謝の気持ち(真田視点)


「…今度こそ本当に帰るぞ!」


無事に俺と翼の交際の件も報告し終わったので、今度こそ幸村の病室を後にしようとした。


「真田、久しぶりに二人で話そうじゃないか」


幸村はまたもや俺を引き止める。


「それでは弦一郎、俺達は病院の外で待っている」


蓮二達は何かを察してか、俺を残してさっさと病室から出て行ってしまった。
…二人で話したいなど、一体どういうことか。

俺と幸村は静かな病室に二人きりとなった。


「…この病室でお前と二人きりになると、あの時のことを思い出すよ」

「あの時…?」

「俺がこの病気に負けそうになって、テニスを諦めると弱音を吐いた時だ。お前は容赦なく俺の顔にビンタしてきただろ?」

「…あ、ああ。あの時はすまなかった…」


「違う、俺は感謝してるんだよ。あの強烈な痛みが、俺はまだ生きてるんだって教えてくれた。お前の真っ直ぐな言葉が、いつも俺を支えてくれた」


幸村は微笑む。

あの頃は笑う余裕などお互い無くて、いつもギスギスとしていた。
そして二人きりになった途端、ついに幸村の感情が爆発してしまった。
苦しくて絶望して、弱音を吐いてテニスの事など考えたくないと叫んで、全てを諦めようとした。

俺はそんな幸村に耐えられず、目を覚まさせるために手を上げてしまった。
…ずっとその事は後悔していた。

しかし、優しい言葉をかけて慰めるのは違うと思ったのだ。
そんなことをしても、きっと幸村には届かない。
中途半端な生温い言葉などでは、この深い絶望の闇を晴らす事などできない…このままでは本当に幸村が全てを諦めてしまうと、恐ろしくなったのだ。



「病人の俺にこんな事したのはお前だけだよ。…でも、そのおかげで俺は目が覚めたんだ。お前がいなかったら、きっと全てを諦めて、今もただベッドの上で寝ているだけの生活をしていたかもしれないな」

「お前が復活できたのは、お前自身の強さがあってこそだ。俺はそれに少し力添えしただけにすぎん」


「…俺は心配だったんだ。お前は俺のことをいつでも支えてくれる。でも、そんなお前を誰が支えてやれるのか…ほら、真田は昔から手を引いてもらう側だったろ?ダブルスの相手が見つけられなくて、俺が声をかけた時みたいに」

「それは…本当に子供の頃の話ではないか。さすがに今はそんなこと…」

「そんなことない、って思ってるんだろうなって。でも違うよ、お前は真っ直ぐすぎて、何でも背負いすぎて、強すぎるが故に脆すぎるんだ」


幸村は見据えるような目で、俺を見つめる。
テニスをしている時のような目だ。
相手の心の奥底にある弱味まで、見据えてしまう目。


「…でも、心配は要らなかった。彼女が…翼が、そこまでお前を理解して支えてくれていたと知ったあの時から」


それは以前見舞いに行った時に、翼と二人きりで話したいと言った…あの時だろうか。
あの時に幸村と何を話したのかは、翼には聞かなかった。



「あの時、俺は翼に…光輝に、好きだと伝えたんだ」



俺は耳を疑う。

幸村が……翼を…光輝を、好きだと…?


「光輝にはこの事は真田に絶対言わないよう、口止めしたんだ」

「そんな大切なこと…何故…」


「…だって、もし俺が光輝を好きだとお前が知ったら、お前は彼女に想いを告げることはしなかっただろう?」



……そうかもしれない。

病床に伏せる親友が想っているならば、俺はきっと…光輝を諦めたかもしれない…。

あの試合の後に、彼女を抱きしめることは…無かったのだろう。



「それを…何故、今俺に言ったのだ…」

「もう大丈夫だと思ったからさ。もし、俺が今…光輝を譲ってくれと言ったら、お前は彼女をどうする?」


幸村の目は射抜くように鋭かった。
冷たいナイフのような視線に、俺は体が強張る。



「俺は…!あいつを、光輝を大切にすると誓ったのだ…!例えお前の頼みであれ、彼女を渡すことは…できぬ…!」



俺がそう言うと、幸村はフッと表情を和らげて優しげな顔に戻り微笑む。


「それでいいんだ。結局俺は振られたけど、それでも、彼女が好きな人がお前で良かったって思った。真田を支えてやってほしいって、思ったことも本心なんだ」


…光輝と幸村がそんな会話をしていて、幸村が彼女に対してそんな想いを向けていたことは…正直驚いた。

それでも今は、親友の願いであれども彼女を渡す事など考えられない程に彼女が…光輝が愛おしくてたまらないのだということを、再確認させられる。



「幸村。俺は、光輝を必ず大切にする。彼女と共に歩んで、支えになってやりたいと思っている。絶対に、幸せにする。約束しよう」



幸村の想いを知った俺は…ますます彼女を大切にしなければと、強く、強く思った。



「真田、それは俺じゃなくて光輝に言ってあげなよ。お前達のそういう真っ直ぐな所が、本当によく似ていてお似合いだ」



お似合いと言われると、なんだか照れ臭くて顔を赤くしてしまう。
…すぐに赤面する癖は本当にどうにかせんとな。


「もし真田が、幸村のためなら光輝を譲る…なんて言い出したら今度は俺がお前に鉄拳制裁してやろうと思ってたのに」

「俺は光輝と約束したのだ、共に歩むことを。何人たりとも、例え旧知の親友だとしても、彼女を渡すことは無いから安心しろ」

「はは!真田のくせに生意気だなー!」


幸村はからかうように笑う。
俺もつい、つられて笑ってしまう。

久しぶりだ、こうして二人で思い切り笑い合うのは。


「…真田、俺に遠慮はしなくていいからな。光輝が選んだのはお前なんだから。振られた俺の分まで、彼女を大切にしてくれよ」

「無論だ。言われずとも、必ず幸せにしてみせる」

「そうだな。お前なら心配ない」


そう言うと幸村は、力強く笑って拳を突き出した。




「次に会うのは、部長として復帰する時だ」




俺はその拳に、自分の拳を突き合わせて応える。



「ああ、待っているぞ。幸村」




拳から伝わる熱。生きている証。
まごう事なき、倒れる以前の幸村の拳だ。

病気の時の冷たい手とは、全然違う。

それは幸村の情熱が、希望が、体を巡っているのだろう。
その瞳には光が宿る。


共に戦ってきた、あの幸村精市が戻ってきたのだ。




今度こそ誰も欠けることなく、全国へ ――――








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28話 俺の居場所(幸村視点)


8月1日


外は真夏だ。

年中空調の効いているこの部屋からでも分かるほど、太陽の日差しがジリジリと熱を発している。

セミの鳴き声がする。


久しぶりだ、季節を肌で感じられるのは。


ずっと一人この部屋で、雪が降るのを見て、桜が咲くのを見てきた。



――― それも今日で終わりだ。



今日は待ちわびた退院日。

母が荷物をまとめて、車へと積み込む。


リハビリも順調で、もう動くことには何の支障もない。
自分でも分かる。倒れる前の体に戻ったことを。


病院の人達にお礼を伝えて、いよいよこの部屋とはお別れだ。


病院の外に出ると、空調の効いていない自然な気温。

ああ、空が眩しい。
夏ってこんなに暑かったんだな。




「母さん、先に家に帰っててくれるかな。俺は…これを、自分の手で届けたいんだ」




俺はそう言って、自分の足で歩き出した。





――――――――――

――――


向かったのは、懐かしい…俺の居場所。

立海大附属中学校。


まだ朝早いので生徒達の姿は見えない。

そう、彼らを除いては。



耳をすませば、彼らの声が、懐かしい音が聞こえてくる。


俺は逸る気持ちを抑えきれずに、走り出す。



ああ、早く、早く、あの場所へ―――!!




「今日は幸村の退院の日だ。だが、学校へ来るのは明日からだと聞いている。幸村不在の間に鍛えた実力を見せられるよう、今日も集中して練習に取り込むように!!」



真田の声だ。
相変わらず大きくてよく通る声をしている。

どの部活よりも朝早く練習をしている男子テニス部。


俺が不在の間も本当に、よく頑張ってくれた。




「みんな、動きが悪すぎるよ!」




テニス部にいた時の俺の口癖。

どうしても、ここから始めたかったんだ。



「……なんてね!懐かしいだろ」



振り返る部員達。
誰もが目を見開いて口を開けていた。

あの真田でさえも、面白い顔になっている。


「幸村っ!?何故…!登校は明日からでは…!?」

「退院したら、どうしても一番にここに来たかったんだ」


そして俺は、預かっていた優勝トロフィーを真田に差し出す。


「これを、早く部室に飾りたかった」


みんなが頑張ってくれた証。

いつもは関東大会優勝など当たり前のことで気にも留めなかったけど…これは、俺達にとって大切な優勝トロフィーだから。


「それともう一つ、ずっと気になってたことがあってね」


俺はずっと気になっていた部室横の花壇を見に行った。

まぁ、真田達のことだ。
すっかり忘れ去られて雑草だらけになって……



「…これは……」




咲き誇る 色鮮やかな夏の花々


目に焼きつくような 鮮烈な色

俺の大好きな匂い。
花瓶の花とは違う、土の上で力強く咲く花。



「ちょうど満開の時に見せられて良かった!」



まるで夏の花のような笑顔の彼女。


「…これは、翼が?」

「そうだよ!幸村部長、花が好きだって聞いたから!」

「こんなに綺麗に…」



ああ、懐かしい匂いだ。

嫌いだった病室の薬品の匂いがもう思い出せないほど、たくさんの花の香りに包まれる。

夏の空気、温かい土の匂い、生きている花の香り。


ずっと、ずっと、戻りたかった場所。



「俺の大好きな夏の花だ…特に、ダリアの花」



ダリアを見ると、いつも君のことを思い出した。

倒れやすくて、支えることが必要な花。
でも強くて、色鮮やかで、大きな花を咲かせる。

その鮮烈な色は俺の心を奪って。
手の届かない場所で咲き誇る…そう、まるで君のように。



「ありがとう、翼。俺の大切にしていた花壇を、忘れないでいてくれて」



照れ臭そうに笑う彼女。
…やっぱり、真田に渡すのは悔しいなんて思ってしまったり。


「どうせ真田達は花壇なんか忘れて雑草だらけにしてるだろうなって思ってたから嬉しいよ」

「ぐっ…!恥ずかしながら…翼に指摘されるまでは…」

「はは!やっぱりお前には翼が必要だよ。お前の見落としているものを、見つけてくれる彼女を大切にな」


悔しいけども、二人はお似合いだ。
真っ直ぐすぎて色々と見落としがちな真田を、きっと翼は上手く支えてくれるだろう。

この花壇の花のように。





「明日から、正式に部長として復帰する。長いこと留守にしてすまなかった。もう心配はいらない、共に三連覇を目指して戦おう!」





俺は一人一人の目を見て、力強く宣言した。



『イエッサーー!!!』



それに応える、力強いみんなの声。
響き渡るほどの大きな声を聞くのも久しぶりだ。

みんなの声が、熱が、想いが、俺の心臓にまで届いてくる。




もう迷いはない


俺達は進むべき道を、突き進むだけ ―――







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29話 キング襲来


その後、幸村も無事に復帰し、全国大会へ向けて男子テニス部の指揮は高まってきた。

全国大会の組合せ抽選会を数日後に控え、部員達は練習へと打ち込む。


そんな中で、騒ぎが起こる。



「おい、大変だーっ!!今うちのテニスコートに氷帝学園が乗り込んできてるらしーぜ!」

「マジかよ!?行ってみよーぜ!」


他の部活の生徒達がザワザワと騒ぎ始めた。
どうやら、氷帝学園の誰が立海大テニス部へと単身で乗り込んできたらしい。


「氷帝……跡部か」


部活前に健診を受けていた幸村は、すぐにテニスコートへと向かった。



「立海!立海!立海!立海!!」



大勢の立海コールが鳴り響く中、テニスコートでは二人の男が戦っていた。


「何度やっても同じだっ!!」

「らぁっ!!」


まさしく氷帝学園からの挑戦者、跡部景吾…そして、それを相手にするのは皇帝 真田弦一郎だ。


「動かざること 山の如し」


風林火山の『山』を発動させる。
それは鉄壁のガード。『山』を前にして跡部は成す術もない。


「あらら~惨め惨め」

「圧倒的だな」


切原とジャッカルは余裕の笑みだ。

「もう決まりだろい」

「相手が悪すぎましたね」

「プリッ」

他のメンバーも真田の勝利を確信している。
そんな中で、華宮だけは何か嫌な予感を感じ取る。


「…こんなに押されてるのに、跡部って人の目…何かを探っているような……」


華宮は跡部の視線が気になって仕方がなかった。


『ゲーム真田!4-0!!』


コールが鳴り響く。
あの跡部ですらも、真田からはまだポイントを奪えずにいた。


「全国へ行く事のできぬお前が、我が立海に単身で乗り込んで来るとはな。何の茶番だ?跡部」



汗塗れの跡部に対して、涼しい顔で余裕の表情を浮かべる真田。
周りのギャラリー達も盛り上がり、立海コールの大合唱が始まる。


『常ーーーっ!勝ーーーーっ!立海大!!レッツゴーレッツゴー立海大!一発決めてやれーっオオーッ!!』


いつもなら派手な氷帝コールに包まれているキング、跡部が完全にアウェーな状況にいる。
真田も勝利を確信し、圧倒的な力の差を見せつける。


「そんな程度か」


真田は不敵に笑う。

―――絶望と共に散れ 跡部景吾



「動かざること 山の如し」



決して崩されない『山』を繰り出す。
その容赦無い姿に周りはどよめく。


「お、鬼だ!また風林火山の『山』を!!」

「この鉄壁の守備はもう崩せない!持久戦で完全に跡部を潰す気だぁーーっ!!」


持久戦は跡部が得意とするスタイル。
それをあえて真っ向から捻り潰そうとするのは、皇帝真田弦一郎らしい戦い方だ。



「―――っ!!!?」



しかし、次の瞬間。

誰もが目を疑った。
まるで時が止まったかのように、静まり返る。


(こ、こいつ…バカな、俺の死角を…!?は、反応できぬ…っ!)


鉄壁の守備と言われる『山』を発動していたにも関わらず、跡部のボールは真田の完全な死角をついてコートへと叩き込まれたのだ。


「フフフ……ファーッハッハッ!!!」


跡部は目を見開いて、高らかに笑い声をあげる。



「完成だ!!」



満足したかのような顔の跡部。
周りがまたもやざわつく。


すると、何者かによってコートのネットがスルスルと下ろされ始めた。


「ゆ、幸村部長っ!?」


ネットを下ろしたのは、その試合を見ていた幸村だった。


「さあ、そこまでだ」

「フーン、テメェが相手してくれんのか?」


跡部の挑発に、静かな顔の幸村。


「遠慮しておく。公式戦が楽しみだ」


幸村は静かにそう言った。
公式戦…氷帝は関東大会で青学に敗れたために全国大会へは進出できないはず。
跡部でさえも、幸村の言葉の意味は理解できなかった。


「どーいう意味だ?」

「いずれ分かるよ」


跡部はフンっと鼻で笑うと、コートから出ていく。

そのすれ違いざまに、ベンチにいた華宮と目があった。



「…華宮 翼」


跡部は華宮に声をかける。



「どういうつもりでその名を名乗ってるのかは知らねーが、俺の目は誤魔化せないぜ。女王サマよ」



華宮はビクリとした。
バレてる。自分が世界女王、華宮 光輝 本人であることが。


「…君の目はよく見えるんだね」

「その通りだ。俺の目は何でもよく見えちまう」



先程の真田との試合を思い出す。
跡部は『視る』ことに特化しているのだ。

その人の弱点を、本質を、全て見透かす氷の瞳。



「まぁ安心しろ。別に言い触らそうなんてことは思っちゃいねーし、弱みを握るつもりでもねぇ。そんなやり方はキングに相応しくないからな」



華宮は跡部に苦手意識を感じた。
越前リョーマのような、掴めない感じがどうも合わない。


「立海は面白いことをするじゃねーかと思ってな。どうだ、今度紅茶でも飲みに来いよ。世界女王の話には興味がある」



華宮は明らかに嫌そうな顔をする。
それに気づいた真田が、すぐさま恐ろしい形相で近付いてきた。



「跡部っ!!貴様…っ!翼に、何を言った…っ!?」



あまりにも必死な真田の様子に、跡部は思わず高笑いをする。


「ハーッハッハ!なんだ、テメェらそういう関係かよ!!」


「ーーっ!!?」


跡部にはどうやら二人の関係が『視え』てしまったようだ。


「真田にしちゃあイイ趣味してるじゃねーか。だが、うつつを抜かし過ぎてテニスの方が疎かにならねーように気をつける事だな!」

「お前に言われるまでもない!立ち去れ!!」


「ハッ!その油断と奢りに、いつか足掬われるぜ?」



そう言い残すと、跡部は走り込みをするように去って行った。

真田は試合を止めた幸村に詰め寄る。


「たわけが…何故邪魔をした?」

「…あのまま続けてたら負けていたぞ、真田」


幸村から衝撃的なことを言われ、驚く真田。
確かに、死角を一瞬突かれはしたがそれでも負けるとまでは思っていなかったからだ。


「……お前にはそう見えたのか」

「そうだ。少なくとも、『風林火山』だけでは負けていたと俺は思う」




油断と奢り…

…それも事実なのかもしれない。


関東大会を制し、幸村が無事に復帰して、やっと肩の荷が下りたこともあってか多少なり気の緩みはあったのだろう。


気を引き締めなければと、真田はラケットを強く握った。









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30話 男の嫉妬(真田視点)


その日の帰り道。

いつものように俺は翼と手を繋いで歩く。
手を繋ぐことに関してはだいぶ慣れてきたので、以前ほど手汗も出ないし顔も赤くならない…まだ少し、心臓の鼓動は早くなるが…。


「あの跡部って人、ボク苦手だなぁ…なーんか勘が鋭すぎるというか、あんまりあの目で見られたくないや」


翼は越前リョーマと会った時のような苦い顔をする。


「あの時、跡部はお前に何を言っていたのだ?」

「あー、ボクが本当は光輝本人だろってことと、今度紅茶でも飲まないかっていうナンパだよ」

「な…なん…っ!!?」


それを聞いて、俺は腹わたが煮えくり返るほどの怒りが込み上げてきた。


……これが、嫉妬という感情なのだろうか。




「…翼、少しお前の部屋に寄ってもいいだろうか」



何故だか、今日はこの手を離したくない。


「え!ホント!?わーい!お泊まり!?」

「ち、違う!寄るだけだ!!」

「なーんだ、泊まっても良いのにぃ」


それは意味を分かっている上で言っているのだろうか…?
翼は無防備すぎるというか、どこまでが本気なのだが分からない時がある…試合中はあんなにも隙がないのに、まるで別人のようだと毎回思う。

いつもここで別れる玄関ロビーだが、今日はそのまま彼女と共にエレベーターへと乗り込む。
…なんだ、この妙な、落ち着かない気持ちは。


「そういえば、真田さんがボクの部屋に来るのって引っ越してきた時の片付け以来だよね」

「ああ、そうだな」

「あの時は朝だったけど、この時間帯だと夜景が凄いんだよー」


思えば、恋人として初めて彼女の部屋へ行くことになる。
しかも夜……い、いや、何も変な意味など無いが。


最上階へと到着し、一番奥の翼の部屋へ向かう。
娘を溺愛する父親が選んだというセキュリティーは凄まじく、カードキーと指紋認証の二重ロックらしい…それなら確かに安心だろう。


「どうぞー!」


俺は翼に続いて部屋へと上がる。
…全面ガラス張りの部屋から見る夜景は確かに素晴らしく、本当に高級ホテルのような部屋だとつくづく思う。


「綺麗でしょー!」

「確かに凄いな…部屋も、綺麗に片付けられている。感心したぞ」

「まぁ部活で疲れて帰ってきて、お風呂入って寝るだけだしねー。そうだ!今度休みの日にでもみんな呼んで遊ぼうか!無駄に広い部屋だし!」


それを聞いて、俺は靄のかかるような気持ちになる。
…レギュラー陣が翼と仲良くしているのは良いことだ、しかし、この部屋に呼ぶ…そう思うと、何故かあまり良い気はしない。


俺は自分自身の嫉妬深さに驚いた。


「光輝」

「真田さ…」



許可もなく、唇を重ねる。

彼女もさすがに驚いた表情をしていた。


「……もう一度いいか」

「ん」


一旦離した唇を、もう一度重ねる。
今度は長く。まだ離したくない。

彼女もそれを受け入れてくれた。



「………すまん」


どうしても我慢できなかった。

跡部に話しかけられた彼女を見ている時も、熱くて苦しいこの醜い嫉妬心をどう発散すればいいのか分からなかった。


「…今日は積極的だね」

「……男の嫉妬は、見苦しいものだ」

「嫉妬…?」

「お前が今日跡部に話しかけられた時だ。俺は奴に激しい憎悪を抱いた…これがきっと、嫉妬というものなのだろう…」


それを聞いた光輝は、驚いたように青い瞳を見開いて…それから頬を赤く染めた。


「や…なんか、予想外…真田さんって、嫉妬してくれるんだ…嬉しい、な」


嬉しい?今度はその返答に俺が驚く。
てっきり、束縛が激しいと嫌われるかと…。


「真田さんってそういうの気にしなそうっていうか…あんまり嫉妬しなそうって思ってたから…でも、そのくらいボクのこと、好きってこと…だよね?」


上目遣いでそんなことを尋ねられると…あまりの可愛らしさに頭がクラクラとしてしまう。
彼女に出会う以前の俺が聞いたら、たるんどる!と一喝して鉄拳制裁を自らに食らわせそうなほど、自分でも自分の変化が信じられない。


俺の前でしかしない、女性的な表情。


そう思うと余計に愛おしく、この笑顔を独占したいとまで思ってしまう。



「…自分でも驚くほど、どうやら俺はお前のことが好きなようだ」

「ボクもだよ。こんな気持ち、生まれて初めて」



静かに目を閉じて、唇を何度も重ねる。

…跡部の言う通りというわけでは無いが、確かに私生活も気が緩みすぎているのは事実かもしれん。
たが、恋という感情は難しく…理屈ではどうにもコントロールできないもののようだ。



「…もっと欲しい」



そう言うと、光輝は唇を重ね…舌を絡めてきた。
熱が上がりすぎて何も考えられない状態の俺は、それを受け入れ……待て、待て待て待て!!!?



「…っ!!待て!光輝…これは…流石に…っ!!俺達はまだ、未成年で…っ!!」


「チッ、正気に戻っちゃったか」



悔しそうな顔をする光輝。
俺は自分のしたことを冷静に思い出して、頭の上から足の先まで熱くなる…今、俺は、何を…!!


「真田さん、普通のキスじゃ足りなそうだったからもうワンランク上に行けるかなと」

「お前は油断も隙もないな…!?」

「だってボク、真田さんのこと物凄く好きだから」

「~~~っ!!!」


そんな風に言われてしまってはこちらも何も言い返せない。
…確かに、がっついてしまった俺に非がある。
だが風紀委員長として、清らかな男女交際を…っ!!



「真田さんの理性はなかなか手強いけど、なんとか攻略してみせるから覚悟してね!」




……情けない事だが、正直に言うと俺はこういう面でも彼女に勝てる気が全くしない。






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31話 的確なアドバイス(真田視点)


「…少し脱線したが、俺は今日の試合のことを話したくてお前の部屋に寄ったのだ」


そうだ。もともとは今日の跡部との試合について意見を聞きたくて彼女の部屋に寄ったのだ。
…まだ動悸が収まらない。


「ボクはてっきりエッチなことをするために来たのかと」

「翼…っ!!!」

「冗談だよジョーダン!そんな怖い顔しないで!」


俺は普段通り翼呼びに切り替えた。
どうも光輝と呼ぶと女として意識してしまう…。


「…で、あの試合がどうしたの?」

「幸村に、あのまま続けていたら俺は奴に負けていたと言われたのだ…俺はどうしてもそれが納得いかなくてな」


あの時…幸村はわざわざ試合を中断させて、俺に言った。
幸村が言うのだから、もしかしたら本当にそうだったのかもしれない…だが、俺は試合を中断されたことに少なからず不満を抱いていた。


「あの時点では俺が余裕でリードしていた。…確かに、死角を突かれて『山』が破られた時には驚いたが…それでも、俺は奴に負けるとは微塵も思えないのだ」

「…死角を突いたのは偶然ではなく、跡部さんが狙って打ち込んだものだ。あの人の目は何でも見える恐ろしい目。正直に言うと、真田さんみたいに真っ直ぐなテニスをする人とは相性が最悪だと思う」


翼は先程までの可愛らしい顔ではなく、テニスをしている時の…あの鋭く凛々しい顔で冷静な分析をする。
本当に別人なのではないかと常々思う。


「客観的に言わせてもらうと、相性的にも真田さんが負けていた確率は低くないと思う」

「…そうか」

「真田さんは、強過ぎるがために自分の有利な状況になると余裕を見せてしまうのが悪い癖だよ。テンションが上がり過ぎて油断が目立つ。あと予想外のことが起きた時に上手く対処できなくて力強くで押し通そうとするのも見直した方がいいかも」



翼は遠慮なしに意見を言ってくる。
…確かに、言われていることは思い当たる節があるし適切なアドバイスなのだろう。
しかし、それを恋人に言われると……情けない事に、物凄く…心理的にキツいものがある…。


「あ、ごめん!言い過ぎた!?」

「い、いや…少々精神的にくるが……俺が見えない所をよく見ていてくれて本当に助かる。全国大会には、完璧な状態で臨みたいからな…。やはりお前に相談して良かった。ありがとう」



俺は翼の頭を撫でる。
すると、あの鋭く凛々しい女王はどこへ行ったのか…またもやニコニコと可愛らしい少女に戻ってしまった。


「…と言ってもボクも跡部さんとは相性最悪だと思うし、出来ればあの人とは戦いたくないのが本音だよ。あー、あと不二さんとももう戦いたくない。あの人試合中に新しいことどんどんしてくるから怖くって」

「意外だな。お前はどんな相手でも戦いたいとか言うものかと思っていたが」

「ボクは負けるのが何よりも嫌いだから、出来れば相手は選びたい派だよ。まぁ、どんな相手でも負けるつもりはないけどさ」


またも彼女の意外な一面を知る。
赤也のような誰とでも戦いたい好戦的なタイプかと思っていたが…相手の相性も加味して少しでも勝率の高い方を選ぶ冷静さがあるのだな。

…それもそうか。世界女王ともなればその一敗はあまりにも大きな過失。それを防ぐためには相手をよく観察し、出来るだけ勝率を上げる工夫をするのは当たり前のこと。
ずっと一人で戦ってきた彼女の知恵だ。


「でも珍しいね、真田さんが相談だなんて。いつもならこんなこと誰にも言わずに、自分で何とかしようとしてたのに」

「…前に幸村が言ったように、俺は自分で見落としているものが思ったよりも多いらしい。あの花壇のように。それに気付かせてくれるのは、いつもお前だ」


瑠璃色の大きな瞳を見つめる。
いつまでも見ていたくなるような、澄んだ瞳。
この夜景よりも、ずっと美しい。



「お前には俺の弱みも、全て見せようと決めたのだ。そうすればお前も何かあった時、俺に頼りやすくなるだろう?」



彼女はそう、なかなか弱みを見せようとしない。
きっと今まで誰にも頼らずに戦ってきたからだろう。

しかし、それではいつか壊れてしまう。

俺は彼女と共に歩むことを、そしてその小さな体に背負う重すぎるものも、一緒に背負うことを誓ったのだ。



「…俺はお前の支えになりたい。お前が辛い時にそれを全て受け止めてやれる男になりたい。だから、少しずつでもいい。お前も俺に、弱みを見せてほしいと思っている。俺の前では女王として強がることはないのだからな」




翼は、その宝石のような瞳を細める。
目には涙を溜めて、しかし優しげな顔で微笑む。

柔らかくて愛おしい笑顔。



「真田さん。ボク、君の恋人になれて本当に幸せだよ。一緒にいてくれて、ありがとう」




俺の胸に飛び込む光輝。
ああ、本当に小さな身体だ。



「もう、一人だった頃に戻れないね」

「戻らなくていい。これからは、俺がずっと側にいる」


「……ありがとう」





見つめ合って、口付けを交わす。

…顔を赤らめる癖は、ようやく無くなりそうだ。








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