瑠璃色の嵐 (夢想イヴ)
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1話 瑠璃色の嵐

4月

桜が咲き誇る季節

立海テニス部の新たな一年が始まる。

ただ一人、部長である幸村を除いて―――

幸村は尚もまだ入院生活をしている。

そのせいか、今年は立海テニス部の空気も重く、例年以上に勝利にこだわるようになっていた。

そんな季節に、風が吹く

青学にアメリカ帰りのルーキーが入部したように

立海にもまた、新たな春風が吹くことになる。

桜の香りを纏う、可憐な、嵐のように

「青学では一年生のレギュラーが入ったらしい」

「は?一年がレギュラーっスか!?青学はそんなに戦力が無いんスかね」

桜が舞い散る道を、立海男子テニス部副部長の真田弦一郎と、噂の二年生エースと呼ばれる切原赤也が歩いていた。

話は青学のルーキー、越前リョーマのこと。

あの青学が一年生をレギュラーにするなんてことは異例のことであった。

しかし立海にも前例があった。

それは化け物と呼ばれるほどの実力を持つ三人…幸村、真田、柳である。

彼らもまた、一年生の時からこの王者立海でレギュラーとして活躍していた。

つまり、青学のルーキーもそれほど迄の実力があるのではないかと、真田は考えている。

そんな中、嵐は突然やってきた。

「Hello、nice to meet you.」

突然、金髪の腰より長い美しい髪の外国人が話しかけてきた。

桃色の桜の中で、鮮烈な色を放つ、瑠璃色の瞳――

「わわ!!外国人ッスよ副部長!!俺英語全然分からねーッス!!!」

英語が大の苦手である切原は激しく動揺した。

そんな様子を見て、彼女はクスクスと笑った。

「やぁ、ごめんごめん。日本語も話せるんだけどさ、やっぱりこの見た目だと英語で挨拶するのが礼儀かなーって思ってさ」

彼女は流暢な日本語で話し始めた。

切原はポカンと彼女を見つめたあと、またもや驚きの声を上げた。

「って!!ちょ、ちょ!?こいつ、この前雑誌に載ってた最年少女子テニス世界女王の華宮 光輝じゃねーか!?」

切原が名を出したのは、華宮 光輝 (かみや ひかり)

最年少14歳でなんと世界女王に輝いた、まさに天才と呼ばれている女子テニスプレイヤーだ。

実は彼女、アメリカ人の母親と日本人の父親を持つハーフだった。

父は以前プロテニスプレイヤーだったこともあり、活動拠点をアメリカにしていたため華宮もアメリカで生活していたが、名前の通り日本人国籍も持っていたりする。

「お、よく知ってるね!日本での知名度はイマイチだと思ってたけど」

真田もその名は耳にはしていたが、姿を見たのはこれが初めてだった。

思っていたよりも華奢で、幼い顔立ちなのだなと思っていた。

「ねぇ、立海大附属って中学校のテニス部はどこ?ボク、そこに入部しに来たんだ」

「女子テニス部の部室ならあっちだ」

「ノンノン!ボクが入部したいのは女子テニス部じゃなくて…」

華宮は綺麗な顔でニヤリと笑った。

「日本一強いって言われてる、立海男子テニス部さ!」

それを聞いて、真田、切原は言葉が出なかった。

彼女は何を言っているのか、女子が男子テニス部に入部するとは…?

「あ、分かってない顔だねそれは。まぁいいや、理由はテニス部に着いたら教えるよ。君たち、それテニスバッグでしょ?もしかして立海男子テニス部の人?」

「…そうだ、俺達は立海大男子テニス部レギュラー。俺は副部長の真田で、こいつは二年生の切原だ」

「フクブチョーさんか、なら話は早い。とりあえず部室に案内して欲しいんだけど」

「って何勝手に入部しようとしてんだよ!世界女王って言ったって、男子テニスとは別モンだろうがよ!」

切原のその言葉に、華宮はピクリと反応し、笑みが消えた。

「女子テニスと男子テニスは別物?なら君はボクに勝てるとでも言うのか?」

「さすがに女相手に負ける気しねーよ?俺は」

挑発する切原に、ギロリと睨み返す華宮。

「なら勝負をしよう。ボクが勝ったら男子テニス部へ案内すること。ボクが負けたら、入部は諦める」

「真田副部長、それでいいッスよね?」

「…致し方あるまい」

三人はちょうど近くにあった運動場のテニスコートへと入った。

「ボクは世界女王だ。ハンデをやろう。君がボクのコートに一回でもボールを返すことができたら君の勝ちで良い」

「んだと!?ナメんじゃねーぞ!!」

「ボクにとってはキミごとき、目を瞑りながら虫の足を捻るくらい簡単なんだよ」

華宮の挑発に、切原は完全に切れてしまった。

「アンタ、潰すよ?」

「やってごらんよ、ベイビーちゃん」

切原の目は既に真っ赤に充血して怒り狂っていた。

サーブは赤也から、赤也はグググっとボールを持つ手に力を込めた。

「その綺麗な顔をボコボコにしてやるよ!!!!」

渾身の力を込めたナックルサーブ。

どこに跳ねるか予測不能で、相手を攻撃する凶暴なサーブだ。

「野蛮なボール」

華宮は一言そう呟いて、顔面に向かって来た強烈なサーブをいとも簡単に切原のコートへと叩き返した。

それもナックルサーブの比にならないほどのスピードボールで。

初めて初見でナックルサーブを返された、その上にどこにボールが返されたのか分からないくらいの速さで。

切原は言葉を失った。

真田さえも、息を飲んで目を凝らした。

「ほら早く、ボクの綺麗な顔をボコボコにしてごらんよ」

―――――――――――――――――

―――――――――

―――

「一度も…ボールに触れなかった…だと…?」

切原は呆然とした。

全力でやった。それなのに彼女のボールに触れることは、一度も許されなかった。

嘘のような実力差。

これが、世界女王の力なのか…

真田も目を疑うしかなかった。

「さ、約束。早く部室に案内して」

華宮は息も乱さずに、コート上に立っていた。

真田は放心状態の切原に近づき、凄い勢いで鉄拳制裁を下した。

コートには凄まじい音と共に、軽く吹っ飛んだ切原の姿が…

さすがの華宮も一体何が起こったのか理解ができず、目を丸くしていた。

「情けないぞ赤也!!我々はどんな相手であれ、負けは許されぬのだ!!それがなんだ!一度もボールを返せぬまま敗北するなど有ってはならぬこと!たるんどるぞ!!」

「…はい、スミマセン……」

涙目の切原に、怒鳴りつける真田。

華宮は日本の部活動はこんななのかと唖然としていた。

「…約束は約束だ。華宮、入部を許すか否かは別としてとりあえず男子テニス部へは案内しよう」

「あ…うん。頼むよフクブチョーさん…」

なんとなく、この人恐いなと華宮は思いつつも男子テニスへと案内されて行った。



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2話 決意の証

それから数分後、三人は立海男子テニスへと到着した。

そこには練習をしているレギュラー陣…

真田が連れて来た金髪碧眼の美少女に皆が動きを止め、集まって来た。

「真田が金髪の美少女を連れて来たぜよ!!」

仁王が茶化すように言った。

「ん?おいちょっと待てよ、こいつ最年少女子テニス世界女王の華宮 光輝じゃねーか!?」

桑原が驚きすぎて顔を真っ青にした。

丸井は月間プロテニスを持って来て確認していた。

「うわ!マジじゃん!?何、なんでこんなところにいんの!?」

急に来た有名人に沸き立つレギュラー陣。

そんな中、柳は冷静に顔を打たれて涙目の切原に気づく。

「…赤也、もしや負けたのか?」

柳の言葉に、無言でコクリと頷く切原。

「負けはいけないな。相手は華宮か?相手の実力を推し量ることもお前は覚えるべきだ」

「…スミマセンっした」

「それで、華宮は一体何用があって男子テニス部に訪れたんだ?」

華宮は待ってましたとニヤリと笑った。

「ボク、ここの男子テニス部に入部したいんだ!」

その言葉に、初めて聞いた切原真田がそうであったようにレギュラー陣達も理解ができずに言葉を失った。

あの全てを予測する柳でさえも、珍しく固まってしまっていた。

「なぜ、わざわざ男子テニス部に…?」

柳は珍しく、相手に答えを訪ねた。

彼のこんな姿を見るのはレギュラー陣でさえも初めてのことだった。

「ボクは女子の世界でNo. 1になった。だから今度は男子テニスの世界でNo. 1になって、本当の意味で世界で1番になるために…まずは日本一のチームに入ろうと思ったのさ!」

華宮は更に続けた。

「…さっきそこの奴にも言われたけど、世間では女子テニスと男子テニスは全くの別物と言われてる。以前、ある男子プロ選手がこう言ったんだ。世界女王でも、男子の世界に来れば700位くらいだろうって…その時ボクはまだ女王じゃなかったけど、物凄い腹が立った。

確かに、体格やパワーの関係もあるけど…ボクは男にだって負けたくない。男子女子関係なく、世界一になりたい…ならなきゃダメなんだ!!」

華宮は力強く、そう言った。

何か強い信念がある…そんな瞳だった。

「…気持ちは分かるが、ルールがある。女子は男子の部活には入部できない」

「そうさ、だからボクは“男”になる!!」

そう言うと、華宮はバッグの中からハサミを取り出した。

この場にいた全員がまさか、とは思ったが、まさにその“まさか”であった。

「…この髪は、ボクが初めてテニスラケットを握った日からずっと伸ばしてきたんだ。No. 1になるまでの願掛けとして。そしてボクは今日からまた、今度は、男として、華宮 翼として、新たにテニスラケットを握る!!」

そう言うと、何の躊躇もなく華宮はその美しく長い金色の髪にハサミを入れ、バッサリと切り落とした。

鮮烈に、あまりにも美しく目を奪われそうになる瞬間

光に輝く髪は、桜と共にハラハラと散っていった

「ボクは今日から華宮 翼だ。華宮 光輝の双子の弟。これなら問題ないでしょ?」

短くなった髪はなおも美しく金色に輝いて、瞳は鮮烈な碧を放った。

中性的な顔立ちもあってか、髪が短くなると少年に見えないこともない。

レギュラー陣は言葉が出なかった。

願掛けと言っていた大切な髪を、何の躊躇いもなく切り落とした彼女に何と言えばいいのか分からなかった。

「その心意気、気に入った」

そんな空気の中、初めて声を出したのは意外にも真田弦一郎だった。

「大切なものを捨ててまでこの世界で戦いたいと言うのならば、俺はお前を否定することはできない。

だがしかし、簡単に入部することを認めるわけにもいかぬ」

華宮は真剣な顔つきで真田の言葉を聞いた。

「俺を倒してみろ」



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3話 入部試験

「俺を倒してみろ」

真田が出したのはかなり厳しい条件だ。

彼は皇帝と呼ばれるほどの、圧倒的な力を持つ。

あの青学の手塚と肩を並べるほどに…

その場にいる全員が、流石にそれは無理だろうと思うしかなかった。

「OK」

華宮はそれでも、嬉しそうにラケットを握った。

「負けないよ」

二人はコートへと入った。

ピリピリと周りまで痺れてしまうほどの、二人の気迫。

サーブは真田からだった。

「いくぞ!!」

真田は容赦の無いパワーでサーブを打ち込んだ。

「なるほど…!見た目通りのパワーだね…!!」

華宮はなんとかそのサーブを打ち返した。

「侵掠すること、火の如し!!!」

真田の得意技、風林火山の火を出した。

「弦一郎がこんな早くから風林火山を出すとは…!」

柳もデータを取りながら驚いていた。

そのパワーは凄まじく、まるで本物の火の玉のように激しい打球だった。

「ーーっ!?」

さすがの華宮も受け切れず、ラケットを弾き飛ばされてしまった。

「…この馬鹿力が」

そう言うと華宮は、ラケットを拾ってニヤリと笑う。

「そうだよ、こういうのを求めていたんだ!女子テニス界では、力強くでラケットを弾き飛ばされるなんてこと無いからね!!ボクの体験したこと無い世界!ここでボクはNo. 1になりたいんだ!!」

すると青色の瞳がギラリと光って、只ならぬオーラを纏いだした。

対峙する真田でさえも、気圧されるようなオーラ。

『なんだこのオーラは…無我の境地、とは違う。似て非なるもの…!?』

真田は構えた。

「きなよ、今度はその馬鹿力受け止めてあげる」

真田はサーブを打つ、先程よりも力強く。

華宮はそれをあっさりと返してきた、そこで真田はあの構えをする。

「侵掠すること、火の如し!!!」

本気の“火”

容赦の無い、弱者を焼き尽くすような力。

「君みたいに真っ直ぐなテニスをする人、好きだよ!!」

華宮はオーラを腕に集中させて、その打球を打ち返した。

真田は驚きのあまり反応することができなかった。

あの技は男子でさえも、手塚くらいの細さの奴ならばラケットを弾き飛ばされるほどの威力だ。

なのに、彼女は、その手塚よりも何倍も華奢な腕であれを打ち返してきた。

『あのオーラは一体なんだ…こいつは……!』

真田は華宮にただならぬ才能を感じた。

そう、それはあの神の子と呼ばれるほどの天才、幸村に通じる程の…並々ならぬ才能。

『…こいつなら、男子に混じっても充分すぎるほど戦える』

真田は確信した。

華宮は立海三連覇に必要な存在だ。

「…華宮 翼。お前の入部を認めよう」

まだ試合は終わっていなかったが、真田は華宮にそう言い渡した。

充分なほどの実力、それは試合を見ていたレギュラー陣達も納得せざるを得ないほどのもので、誰も華宮の入部を反対するものはいなかった。

「え!?いいの!?まだ試合終わってないけど!」

「お前の実力は分かった。レギュラー陣達も納得しているようだ。…それに、お前も先程赤也と試合をしたばかりで疲労もあるだろう」

華宮は大袈裟に万歳ジャンプをして喜んだ。

「うわーい!!やったーー!みんな、これからよろしくねー!!」

あんな試合をしていたのが嘘のように、まるで幼い子供がはしゃぎ回るようなギャップに誰もが驚きを隠せていないようだ。

おそらく、彼女はずっと緊張していたのだろう。

これが素の彼女の性格である。陽気で少し子供っぽい…まさにおてんば娘。

「あー…帰国してからすぐ飛んできたから疲れちゃったなー…緊張がなくなったら…なんだか……眠く………」

そう言い残して、なんとその場で寝てしまった。

「こいつ、もしかして帰国してから休まずに俺と真田副部長と試合してたのかよ…!?」

なんということだ。もしそれが事実なら、彼女の本当の実力は一体…その場にいる全員が息を飲んだ。

「…とりあえず、どうするんじゃ?しばらく起きそうにないぜよ」

「女性ですし、この場に残しておくわけにはいきません!家まで送り届けるべきでは」

「待てよ、誰かこいつの家知ってるのか?」

「……………」

もちろん、今会ったばかりの華宮の家を知る者など誰もいなかった。

ましてや帰国したばかりと聞いた、家はあるのか?両親は?

しかしもう日が沈みかけていた。

この場に放置するわけにもいかないし、いつ起きるかも分からないのでここで付き添うわけにもいかない…

「副部長、ここは責任取ってお持ち帰りするべきじゃないッスか…?」

切原の意味深な言い方に思わず仁王と丸井がブフッと吹き出してしまった。

もちろん切原に深い意味はないが、言い方が不味すぎる。

「赤也の言い方はともかく、確かに部の責任者である弦一郎が連れて帰り介抱するのが無難ではないか?」

「…致し方あるまい。とりあえず家に連れて行こう」

真田は柳に促され、渋々了承するしかなかった。

「真田が…!金髪美少女をお持ち帰り…っブフッ!!」

「仁王…殴られたいのか…?」

「冗談ぜよジョーダン…!」

とりあえず華宮を背負う事にした真田。

背負ってみると、驚くほど軽くて、こんな華奢な体で本当にあの風林火山を打ち返したのが信じられなかった。

……あと、男子とは違う、何か…良い匂いがする。

「顔が真っ赤だぞ。弦一郎」

「き、気のせいだ…っ!」



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4話 友との約束

「まぁ、弦一郎さん!そちらの方は?」

真田は未だに眠り続ける華宮を背負ったまま帰宅した。

玄関先ではもちろん、母親がかなり驚いた様子だった。

「今日からテニス部に入部した華宮という二年生なのですが…なんでも、今日アメリカから帰国したばかりで家がどこなのかも分からないまま疲れて眠ってしまい…仕方なく副部長である俺が責任者ということで連れてきました」

真田は丁寧に事の真相を話した。

もちろん、華宮の性別は男という事にして。

「アメリカから!それは疲れた事でしょう、客間に布団を敷いておくのでそこに寝かせてあげなさい」

「はい」

真田の母親は急いで客間に布団を敷いた。

家は昔ながらの日本家屋で、とても広い。

客間に敷かれた布団に華宮を寝せる。

スヤスヤと気持ち良さそうな寝息を立てて熟睡しているようだ。

『…不思議だ。この細い体のどこに、あんな力があるというのか…。単純な技量や速さは分かる…だがしかし、あのパワーは物理的に不可能なはず。やはりあのオーラが関係しているのだろう…』

真田はマジマジと華宮を見つめた。

『…世界女王、華宮 光輝。こんなにも小さな体で、こいつは女子テニスの天下を取ったというのか』

見つめれば見つめるほど、不思議な気分だった。

寝ている彼女はまるで子供のようで、自分が対峙した彼女とはまるで別人としか思えない。

あの時は、彼女がとても大きく見えた。

迫り来る気迫、突き刺すような青の視線。

あれが世界女王。この小さな少女が、世界一なのか。

「…ん」

華宮は小さく声を発した。

マジマジと見つめてしまった真田は思わず慌てふためいた。

目をこすり、長い金色の睫毛が開かれると、そこにはあの瑠璃色の瞳が。

「…ここ、どこ?」

「俺の家だ。いきなりお前が眠ってしまい、家も分からんからとりあえず副部長の責任で連れてきた」

「そっか…おやすみ…」

「待たんか!寝るな!!」

まさか二度寝しようとした彼女を揺すり起こした。

「お布団気持ちいいから今日はここで寝る…」

「目が覚めたなら自分の家に帰らんか!そもそもご両親が心配するだろう!!」

「パパとママはアメリカだよ。ボク1人で日本に来たんだ。まだ部屋の荷解きも終わってないから帰っても寝る場所無いし、今日はここに泊めてよ」

「む…」

荷解きが終わっていない一人暮らしの部屋では確かに今から片付けをするのは厳しい…

ここは泊めてやるべきなのか…

「…仕方無い、今日だけだぞ。明日は部活も休みだから、帰って部屋の片付けをしろ」

「わーい!ありがとう真田さん!」

試合の時と違って、ニコニコと笑う彼女の顔は…不本意にも可愛らしいと思ってしまい少し赤面した。

「…ところで、気になっていたことがいくつかある。お前は、何故男子の世界でまで1番になりたいのだ?大切な髪を切ってまで…何か信念のようなものを感じたのだが」

真田の問いに、華宮は表情を変えた。

少し悲しげな…何とも言えない表情に、真田は少々動揺した。彼女はこんな顔もするのかと。

「…約束したんだ。親友と」

その言葉に、真田はドキリとした。

親友との約束。

それは自分も同じだったから。

「真田さんには話しておきたい。聞いてくれる?」

「…お前が嫌でなければ、聞かせてくれ」

華宮は少し、微笑んだ。

「…ボクには一緒にテニスをする親友がいたんだ。名前はマリア。ボク達はいつでも一緒だった。ダブルスで一緒に優勝したり、時にはシングルス決勝戦を争ったり…」

華宮は嬉しそうに語っていたが、途中で視線を落とし悲しそうな顔をした。

「でも、ある時にマリアは重い病気になってしまった。テニスを続けることは出来なくなった…治療法がない、病気だったんだ」

真田は息を飲んだ。

似ている、自分と幸村の境遇に…

しかし幸いにも幸村には治療法がある…上手くいけば完治することもできると聞いた。

だが、華宮の友にはそれが無い…なら一体彼女は。

「ボクは彼女に誓ったんだ。マリアがテニスを出来なくなってしまった分、ボクが彼女の分まで強くなる。彼女の分まで勝ち続ける。そして世界で1番強くなるって」

「…親友は今はどうしたのだ」

やはり、華宮は悲しそうに静かに微笑んだ。

「……ボクが世界女王になった数日後に亡くなったよ。本当はかなり無理をしていたんだ。余命はとっくに過ぎていた。でも、ボクが世界一になるまではって…マリアも頑張ってくれていたんだ」

華宮は堪えきれずに、その瑠璃色の瞳からハラハラと宝石のような涙を流した。

綺麗な顔をクシャクシャに歪ませて、静かに泣いた。

「ボクはそこでテニスを辞めようと思った。ずっと一緒だったマリアはもういない。約束も果たした…その時はそう思っていたんだ。でも、さっきも言ったように女子テニスの女王だからと言って男子テニスに比べたらって…何度も言われた。ボクは悔しくて仕方なかった…!」

華宮の、切原に挑発された時の顔を思い出す。

女子と男子のテニスは別物…そう言われて彼女があんなに殺気立った顔をしたのは、これが理由だったのか…

「なら、ボクは本当に世界一になってやる!男子の世界でも!!誰からも文句を言われない、完璧なNo. 1になるって、マリアの墓前で誓ったんだ…!!」

真田は自分と似たような状況の彼女に、強い信念を感じた。

亡くなった友のために、大切なものを捨ててまで約束を果たそうとする華宮の姿に、何も言えなくなった。

「…まぁ、そう言うわけなんだ。もしかしたら性別を偽ることで色々迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくね」

華宮は話し終わると、いつもと同じような顔でニコリと笑った。

「…実は、我が立海大のテニス部部長の幸村という男も、昨年の冬に原因不明の病に倒れ、今は長期入院中なのだ」

真田から、部長である幸村のことを聞き、華宮はハッとした顔になった。

「ねぇ!その人は!?治るの!?テニスは出来るようになるの!?」

「幸い、治療法はある。大掛かりな手術になるらしいが、成功すればテニス部への復帰も可能になる…」

「!!…良かった!本当に良かった…!!」

華宮は安堵した。

また、マリアと同じことになったらと思うと恐ろしかったのだ。

「幸村は俺の親友だ。幼い頃からずっと一緒にテニスをしてきた。そして約束したのだ、俺たちが在籍する三年間、負け無しで三連覇すると…!」

華宮も初めて真田の、そして立海の事情を知り、驚いた。

「真田さんも、ボクと同じなんだね」

「…親友との約束のために戦う、お前と同じだ」

二人は会って間もないながらも、似たような境遇から何か強い繋がりを感じた。

強気な表情で笑いながら、拳を合わせる。

「共に戦おう、互いの約束のために」

今はまだ、共に戦う仲間の絆として。

熱い想いを、胸に抱いて。

春の嵐がやってきた

鮮烈な青と 光り輝く金色の風

桜色の中に、彼女はやってきた―――――



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5話 お片付け(真田視点)

「お世話になりました!!」

華宮はそう言うと、俺の母親に深々と頭を下げた。

コート上で眠り込んでしまった華宮を仕方なく連れ帰り、結局そのまま一泊させてしまったのだ。

「これからも気軽に遊びに来てくださいね」

「はい!ありがとうございます!」

…というか、敬語が使えるならば何故俺達三年生には使わないのか……?

そんな疑問を抱きつつも、それについてはまだ日本語が不慣れと言っていた理由も分からなくもないので、とりあえず今は目を瞑るとする。

「華宮」

「翼でいいよ、真田さん!」

確かに、華宮 光輝の本名を隠すためには苗字ではなく、あえて翼と呼んだ方が良いのだろうか。

「…翼、家まで送ろう」

その言葉に、華宮…翼は、不思議そうな顔をした。

「え、まだ朝だし一人で帰れるよ?」

「副部長として、お前の住んでいる場所を把握しておかねばまたこういう事態になった時に困るだろう」

「あー、なるほど!」

翼は両親と離れ、単身で日本に来たらしい。

何かあった時に住所が分からなければまた困り果てることになる。

今日は久々に部活も学校も休みだったことが救いだ。

翼の家を把握し、時間があれば幸村にも新入部員として紹介しなければ…だが、この特殊な新入部員をなんと説明をしたものか…。

それから俺達はしばらく歩き、住宅街のような場所に出た。

「えーと、あ!ここだ!!」

翼が指を指す先は…

なんと、30階建の高層マンション…

中学生が一人暮らしをするような場所とは思えない…。

「最上階だってさ!アメリカから直で立海に行っちゃったからまだ部屋見てないんだよねー」

翼に連れられてエレベーターへと乗り込む。

…俺はただ呆気にとられてしまっていた。

最上階の一番奥、いわゆる角部屋が翼の部屋らしい。

カードキーを通すと、厳重な扉が開いた。

そこは広々として、全面ガラス張りの部屋がある…何と言うか、高級ホテルとでも言えばいいのだろうか…

とにかく、間違いなく中学生が一人暮らしをするような場所では無い…というのが正直な感想だ。

「すごーい!ホテルみたいだねー!!」

「これは…中学生が一人で住むには、向いていないのでは…?」

「パパが心配性でさぁ、セキュリティがしっかりしたところじゃないと絶対ダメだって言って…まさか最上階とは思わなかったけどね」

昨日、翼の両親のことは聞いた。

父親は元プロテニスプレイヤーで現在は選手を引退し、アメリカを拠点にコーチをしているらしい。

華宮 晃…確かに聞いたことのある選手だ。

日本人プレイヤーではかなりランクも上だったが、越前南次郎の存在によってなかなか日の目を見なかった選手だ。

母親はアメリカ人で、人気のあるモデルだと聞いた。

…俺はそういうことには疎いのであまり詳しくは分からないが、どうやら海外ではかなり有名なようだ。

父親は娘を溺愛しているようで、今回の単身一人暮らしも相当説得に苦労したと翼が言っていた。

……こんな部屋を与えるところを見ると、確かに物凄く溺愛されているのだろうということが分かる。

「荷物もいっぱいなんだよなぁ」

「この量を一人で片付けるのは無理だ、俺も荷解きを手伝ってやる。せめて寝床の確保はせんと明日から困るだろう」

そう言うと、翼は目を輝かせる。

「本当に!?ありがとー!真田さん!!」

そして勢いよく抱きついてきた…!

俺は不意を突かれてしまい、思わず動揺する。

「つ、翼!アメリカではそういうことも許されたと思うが…ここは日本だ!そ、その…!簡単に異性に抱きつくというのは…良くないぞ…!!!」

鏡を見ずとも今自分の顔が真っ赤なのが分かる…。

男装をして男子部員として入部すると言っても…女であることは変えられない事実であり、それを知ってしまっている以上、どうしても意識してしまうのは仕方がないことだ。

「あ、そうなんだね!sorry!!」

翼はパッと離れるが、顔はニコニコと笑顔のままである。

…この先本当に大丈夫なのだろうかと心配になる。



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6話 続・お片付け(真田視点)

俺達は早速荷解きに取り掛かることにした。

…が、思いの外大きな家具類も多く、二人で片付けをするのも大変そうな量だ。

「…翼、俺が手伝わなかったらこの量を一人でどうするつもりだったのだ…」

「あははー考えてなかった!」

「単身で日本に来たり、男子部員としてテニス部に入ろうとしたり…お前は猪突猛進というか、無鉄砲というか」

「ちょとつもーしん?難しい日本語よく分かんないよ」

「…後先を考えずに勢いだけで進んでるということだ」

「なるほど!でも勢いは大事だよね!!」

…なんか違う気もするが。

赤也とは違う意味で危なっかしい奴だ…。

「んー!これ重いなー!もー!!こんなに色々要らないってパパに言ったのに!」

翼は大きな棚のようなものを持ち上げようとするが、なかなか動かない。

一般的に考えて女子が持てるものではないだろう。

…だが、俺と試合をした時に風林火山を打ち返したあの力はなんだったのだ?

あれを打ち返すには相当な握力が必要なはず。

それなのに、今はそんな力があるようには全く見えなかった。

「昨日聞きそびれたのだが…俺と試合をした時にお前が纏ったあのオーラ…俺の風林火山を打ち返したあの力は一体何だったのだ?」

「ああ、あれは唯我独尊?って言うらしいよ。難しい言葉は分からないけど、パパがそう言ってた!」

「唯我独尊…自分が最も優れていると自負する、という意味だな」

「あの力もそのまんまの意味だよ。あれは、 自分が一番強いって身体に自己暗示をかけるんだ。そして無理やりリミッターを解除して、限界を超える技だよ」

唯我独尊…つまりは己を無にして様々なプレイスタイルを再現する“無我の境地”とは似て非なるもの…ということか。

むしろ無我の境地とは全くの正反対にある扉…とでも言うべきか。

なんにせよ、流石は女子の世界で頂点を獲っただけのことはある。その才能は幸村と同等か、もしくは…。

「でもね、体力の消耗が激しいから使いすぎると怪我したり倒れたりするから調整が難しいんだよ」

「それでお前はあの時、試合後に寝てしまったのか」

「あの時は一瞬しか使ってなかったけど、さすがにアメリカから直だし体が限界だったよね」

無邪気にニコニコと笑う翼。

しかし唯我独尊の正体を聞くと、無理をし続ける彼女にはあまりに危険な技なのではないだろうか…

「お前はあまりにも危なっかしい。無理をしすぎて怪我をするなよ」

少しだけ驚くような顔をしつつも、彼女は笑う。

「この歳で世界女王になるには、色んなものを犠牲にしてでも無理をし続けなきゃならないこともあるんだよ」

そう語る翼の顔は…普段の無邪気な笑顔とは違い、誇り高い女王のような大人びた微笑みだった。

俺は一瞬、目を奪われる

全てを見透かすようなその蒼い瞳に、その鋭い眼光に。

「さ!早く片付け終わらせないと今日も寝るところが無くて困っちゃうよー!」

そう言うと彼女はいつもの幼げな少女の顔に戻る。

俺もそこでハッと引き戻される。

どうしたというのだ…試合中もそうだったが、こいつの目を見ているとどうも調子が狂う…。

「ほら、それは俺が持ってやる」

「ありがとう真田さん!やっぱり男手がいると違うね!」

―――――――――――

―――――

「やーーっと終わったぁ!!」

片付けを終わらせるも、一日丸々使ってしまった…

……今からなら幸村への挨拶もなんとか間に合いそうだ。

「翼、今から幸村の所へ行くぞ」

「幸村…って、入院中の部長さん?」

「そうだ。新入部員が入ったことを報告に行くのだ。一応電話で今日行くことは伝えてはあるのだが…」

そうだ、一応電話で今日新入部員を連れてくるとは伝えた。

…しかしあまりにも特殊すぎてどう説明したら良いのか結局思いつかず、翼が女であることも、世界女王であることもまだ話していない。大丈夫だろうか…?

「お前は事情がありすぎるので幸村にはまだ詳しく話していない。直接会って、お前から話すのが良いだろう」

「幸村部長かー!楽しみだなぁ!!物凄くテニスが強いんだよね!?元気になったら試合してみたいなぁ!」

果たして、幸村はこの状況をどう思うのだろうか……

女である翼を入部させるという選択は、副部長として正しい判断だったのだろうか…?

気が重い俺のことは御構い無しに、翼はいつものように無邪気な笑顔ではしゃぎ回っていた…。

 



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7話 君は希望の(幸村視点)

「―――――っ!」

それは俺が8歳の頃

テレビ画面に映る、鮮烈な少女の姿に釘付けになり

俺は 画面越しに 恋をした

それから6年後

俺は14歳、中学三年生になった。

14歳の誕生日は、病室の中だった。

中学二年生の冬に原因不明の病に倒れ、今は治療中だ。

テニス部の部長でありながら、なんと情け無い。

不甲斐ない自分に嫌気が差す。

…怖い

手術をすれば治る可能性はあるというが、俺は果たしてまたテニスをすることができるのだろうか?

こんな身体で、王者の地へ戻れるのだろうか…?

―――ああ、外は桜が満開だ。

入院中のまま、三年生になってしまった。

今年は大事な年なのに。

立海の三連覇

最後の年なのに。

俺が部長なのに。

こんなところで、何をしているんだ……

薬品臭いこの部屋で、天井を見つめて。

横を向くと机に置かれたテニスの雑誌が目に入る。

真田達が毎月持ってきてくれるものだ。

…正直、テニスのことを考えるのが辛くてほとんど読んではいない。

しかし、久しぶりにその雑誌を手に取った。

画面越しで見ていた、彼女がいたから。

彼女は最年少で世界女王になったらしい。

写真に写る彼女の姿は、昔よりもずっと綺麗だった。

金色の髪に、瑠璃色の瞳。

鮮烈な少女の姿に、久々に胸が熱くなる。

まるでルノワールの画集を見ているような錯覚になるほど、美しい横顔。

……会いたいな。

なんて、夢のような話だけど。

何度も、何度も、そのページを見返してしまう。

…そういえば、今日は真田が新入部員を連れてくる日だったな。

写真の彼女に恋をしてるなんて、恥ずかしいから雑誌は隠しておこう。

――――――――――――

「幸村、入るぞ」

病室のドアをノックしてから、真田が入ってきた。

後ろには新入部員を連れて。

鮮烈な 色

あまりの眩しさに、俺は息を呑んだ。

目の前のことが信じられない。

時が止まる感覚がする。

「こんにちは、華宮 光輝…いや、華宮 翼です!幸村部長!」

胸が高鳴る。

久しぶりに気分が高揚していくのが分かる。

絶望しかないこの部屋に、俺の希望が。

「華宮…光輝…?あの、世界女王の…?」

「そう!本物だよ!」

頭が回らない。

画面越しで恋をしていた彼女が、目の前に。

あの雑誌の彼女が、今目の前に。

ただ一つ違うのは、長かった金色の髪が短くなっている。

「真田、これは一体どういうことなんだ…?」

「…すまん、部長であるお前に事前に相談出来なかったことは俺の責任だ。こいつは―――…」

「ボクが男子テニス部に入部した理由は色々あるんだけど、それは幸村部長が元気になってから話したいんだ。

ただ、ボクならば立海三連覇に貢献できるのは確実だと思うよ」

真田が理由を話そうとしたところで、彼女はそれを遮ってそう言った。

「…真田が、彼女の力が必要だと…判断したんだろう?」

「そうだ。立海三連覇を確実に成し得る力だと、思ったのだ」

「それなら、お前に任せるよ」

今の俺は部長として何も出来ないのだから。

そう言いかけたが、そんな弱気なことを言うとまた真田が怒りそうなので言わずにグッと飲み込んだ。

「華宮」

「翼でいいよ!」

彼女は笑う。

それは画面越しで見た、あの時の少女の笑顔だ。

希望の光が、希望の翼になるのか。

彼女らしいと思った。

「…翼、立海三連覇に導く希望になってくれ」

そして、俺の希望に。

「任せて!絶対に、負けないから!」

何度も画面越しで見たその笑顔。

俺も早く、コートに戻りたい。

君と、テニスをしてみたい。

あの眼光を見てみたい。

俺の心に、やっと桜が咲きそうだ。



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8話 正式入部

「と、言うわけで今日から正式に立海男子テニス部に入部した華宮 翼です!本名と区別つけるために翼って呼んでね!」

学校が始まる前の朝練習時間。

幸村への報告も無事に終了し、今日から華宮は正式に男子テニス部員としてレギュラー陣に挨拶をした。

「むさ苦しいテニス部に可愛らしい姫が来たもんじゃのぅ」

「よろしくお願いしますね、華宮くん。あ、失礼しました…!名前呼びというのは慣れていなくて…」

「ま、シクヨロだろい!」

「俺で良ければ同じハーフとして色々悩みとか相談してくれよ。まだ日本に慣れてないようだしな」

「世界女王のデータを間近で取れるとは思ってもみなかったな。よろしく頼むぞ、翼」

三年生達は大歓迎で挨拶をしたが、その中で一人、物凄く不満そうな顔をしている二年生がいた。

「俺はまだ認めねーぞ!!」

二年生エース、切原赤也。

初対面の時に完膚無きまでにやられてしまったこともあってか、華宮に対してあまり良い印象では無いようだ。

「大体、女が男に混じってテニスなんて無理だろ!」

その言葉に、華宮は切原を睨みつける。

「そう言ってボクに手も足も出なかったベイビーちゃんはどこのどいつだい?嫉妬にしても見苦しいよ」

「なんだとテメェ!今度こそ叩きのめしてやる!!」

「やれるもんならやってみなよ?どうせまたラリーにすらならないだろうけどねぇ」

「ぶっ潰す!!!」

「二人共やめんか!!!!」

「っ!!」

今にも喧嘩が始まりそうな二人に、真田が痺れる程の大声で喝を入れた。

思わず二人も押し黙る。

「二年生同士、これから色々協力し合うこともあるのだぞ!仲間内で揉め事を起こしているようでは試合にも出さんぞ!!」

「そんなぁ!ふ、副部長…!!」

「赤也!そもそもお前が喧嘩腰なのが原因だ!確かに女である翼を迎え入れるというのは難しい判断だった。だがしかし、実力は間違いがないのは実際に合間見えたお前とて分かるだろう!?」

「んぐっ…!」

真田の言葉にぐうの音も出ない切原。

確かに、実際に戦ってみて華宮がどれ程までに強いのかは充分に理解している。

男子部員に混じってもその実力ならばなんら問題は無い…

しかし、同じ二年生ということもあってか、急に現れた華宮がこんなにもあっさり立海のレギュラーになることに対して嫉妬が強いのだ。

自分は苦労して、辛い練習を乗り切ってやっとこのレギュラーの座を掴んだのだ。

それを、こんなにも簡単に…更にプライドをズタボロにされてしまい仲良くやろうとはどうしても思えない。

「幸村も承知したのだ。これからは翼も男子部員として、共に立海三連覇を目指す仲間だ。分かったな?」

「……っス」

切原は真田の手前、渋々了承するしかなかった。

――――――

朝練を終え、レギュラー陣はユニフォームから制服に着替える。

…もちろん、華宮もだ。

「…翼、更衣室なのだが…レギュラー専用の所と一般部員用の所しかなく……その、女子用がここには無いのだが」

「何言ってんの真田さん!ボクは男子部員だよ?もちろん、みんなと同じ所で着替えるに決まってるじゃん!」

「いや、だが、しかし…っ!!」

「大丈夫大丈夫!しっかり男物着てるから問題無いよ!」

「だからそういう問題では…!!」

真田は顔を真っ赤にしながら困り果てていた。

さすがに女子と同室での着替えは問題だろう…風紀委員長である自分が風紀を乱すわけには…。

「弦一郎。翼が女である事を知っているのは我々レギュラーのみ。一般部員に知られては情報漏洩の危険もある。怪しまれないためには、やはり同室で着替えをするしか無いのでは?」

確かに柳の言う通りだ。

華宮だけを特別に扱えば周りが怪しむ。

「早くしないと授業に遅れちゃうよ~!」

「……っく…!し、仕方ない…っ!!」

どう足掻いても解決策が見つからないため、真田は仕方なく華宮を同室で着替えさせることにした。

「ほーら!ちゃんと男物着てるから大丈夫!」

更衣室で、ランニングシャツとトランクス姿を真田に見せる。

「み、見せんでいいから早く着替えろ!!」

真田は耳まで真っ赤にして華宮から視線を逸らす。

「まーそんなぺったんこの幼児体形なら女だってバレねーだろうな」

「うるさいなー!ボクは成長期だから今後に期待する時期なんだよ!ボクのお母さんはグラビアモデルやるくらいナイスバディだもんねー」

「ほーう、姫の成長が楽しみじゃのう」

「お前らそんな話をしてないでさっさと着替えんかっっ!!!!」



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9話 噂の転校生

「はー、朝練からの1日はしんどいぜぇ…」

切原は大きなあくびをした。

朝練がある日は午前中の授業がほぼ睡眠の時間となる…真田が知ったら激怒しそうだ。

担任の先生が教室に入って来ると、騒いでいた生徒たちがきちんと席に着きはじめる。

さすがは立海大附属中学校とでも言うべきか。

「今日は転校生を紹介する」

担任がそう言うと、静かだった教室がワッと騒がしくなる。

そんな中で、切原は嫌な予感しかしなかった。

「Hello!nice to meet you!」

…やっぱりだ、この挨拶、この声色。

「華宮 翼くんだ」

金髪碧眼のあまりにも絵に描いたようなハーフの美少年に女子達は黄色い歓声をあげ、男子は外国人の転校生を珍しがっていた。

「スゲェ!めっちゃ外国人じゃん!」

「金髪碧眼なんてステキ…!」

「名前が日本人ってことはハーフなのかな?」

「日本語分かるかな?」

わいのわいのと騒ぐ中、華宮はニコニコと愛想の良い笑顔を振りまいていた。

……切原の姿を見つけるまでは。

「げっ!?赤也と同じクラスかよ!?」

「それはこっちのセリフだっつーの!!」

いきなり流暢な日本語を喋り出した華宮に、クラスは驚く。

切原は初日に自分がやられたことを思い出してイライラしてきた。

「あ、失礼失礼!華宮 翼です!日本語は難しい言葉はよく分からないけど、大体喋れるからよろしくね!!」

ハッとした華宮は笑顔に戻り、クラスメイト達に挨拶をした。

「男子テニス部に入部したらしいな。切原、お前もテニス部だろ?色々サポートしてやってくれ」

「はぁ!?なんで俺がこんな奴…!!」

「よろしく頼むよ赤也。ボクは問題を起こしてテニスが出来なくなるのはゴメンだからね、分かってるだろ?」

「ぐっ!!」

切原は朝、真田に言われたことを思いだして黙るしかなかった。

それから休み時間は物珍しい転校生に、クラス中が集まって質問したりしていた。

どこに行っても可愛がられる華宮を見るのは、やはり切原的には見ていて面白くはなかった。

そして昼休み

「…あ?もう昼休みかよ…また寝過ごしちまった……早く飯食わねーと…」

4限目から爆睡していたせいで、昼休みも半分寝過ごしてしまった切原は昼食の弁当を探す……が、見当たらない。

「やっべー!!弁当朝練の時に部室に置いて来ちまった!?」

切原は朝練の時に持って来た昼食を部室に置いて来てしまったことを思いだして、急いで部室へと取りに向かった。

「ったく、朝練なんてしなくても充分練習してるっつーの…!真田副部長は幸村部長が倒れてからますます厳しくなるし…」

切原はブツブツと文句を言いながら歩いていた。

すると、コートから何やら音がする。

テニスボールの音だ。

「……あいつ、何やってんだ」

切原が見たのは、昼休みも一人で練習をしている華宮の姿だった。

(昼休みまで練習してんのかよ…あんなに強いならそこまでしなくてもいいだろうに)

切原はそう思って気がついた。

(違う、練習してるから強ぇのか?あいつは)

世界女王。

言われてもピンとこないのが正直なところだが、あいつが女子の世界でNo. 1になるためにどれ程までの練習を、努力をしてきたのか…そんなことさえも想像していなかった。

…いや、想像できなかった。

それはあまりにも華宮がそれを表に出さないからだ。

俺は努力して練習してやっと立海のレギュラーになれた、なのにパッと出のあいつがレギュラーになるのは腹が立つ…そう思っていたが、華宮も間違いなく努力して練習をしてきたはずだ。きっと自分以上に血の滲むような努力を。

「…おい!華宮!!」

思わず声をかけてしまった。

その声で華宮はやっと切原がいたことに気がついた。

周りが見えないほど、練習に没頭していたのだろう。

「どうしたの赤也…あ、もしかしてお弁当部室に忘れたんだろ」

「うっ!そ、そうだよ!ワリーかよ!!」

「昼休み始まっても寝てるんだから、早くしないと食べる時間無くなるよ」

そう言うと華宮はまた練習に戻ろうとした。

「お前、いつもこんなに練習してんのかよ」

「んー、アメリカにいた時はもっとしてたけど、学校通いながらだとなかなか時間取れなくてね」

「…そんなに強いのに、そこまで練習必要か?」

「違うよ赤也、強くなるためには練習するしか無いんだ。そりゃ試合の方が楽しいけどね、楽しく試合をするためにはその何倍も練習しないと」

華宮は強気な顔で笑う。

「だって、負けたら悔しいじゃん!」

切原は誰よりも負けず嫌いだった。

…そうだ、立海に入学して、最初に三強にボコボコにされて…それから悔しくてひたすら練習をしてきた日々を思い出す。

レギュラーの座についたことで、そのことを忘れかけていたようだ。

(そうだ、俺はまだ誰にも勝ててねーじゃんかよ…!三強にも、そしてこいつにも…!!レギュラーになれたからって何満足してんだ俺は!!)

切原は部室に入ると、弁当ではなくラケットを持ち出してきた。

「おい華宮!…いや、翼!!練習に付き合え!!」

そうだ、嫉妬してイライラしてる暇があるならそれを燃料にしてもっと強くなればいい…!

だって、負けるのは悔しいからな!

「…付き合えって、ボクが先に練習してたんだけど」

そう言いつつも、練習相手ができた華宮は嬉しそうに笑っていた。



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10話 花壇

華宮がテニス部に入部してから随分と経った。

初めの頃は、女子が性別を偽り男子テニス部に入部するなど前代未聞のことだったので、どうなることかと真田は心配していたが意外にも大きなトラブルなどはなく過ごせている。

毛嫌いしていて仲が悪かった切原とも何とか上手くやれているようだ。…しょっちゅう喧嘩をしているが。

「ねぇ真田さん、ずっと気になってたんだけどさ…この花壇、何も植えないの?」

そんなある日のこと。

華宮は部室横にある小さな花壇を見て、真田に問いかけた。

花壇は雑草だらけで、花は何も咲いていない。

「ああ、それは幸村の趣味でな…入院するまでは綺麗に管理していたのだが…」

ガーデニングが趣味の幸村が、コートだけでは殺風景だと言って部室の横に作った小さな花壇。

幸村が健在の頃は色んな花が咲いていて、丁寧に育てていた。

…しかしあの冬、ちょうど花壇の花が枯れた頃、幸村も倒れて入院してしまった。

花壇はそれから新しく花を植えられることもなく、今では雑草だらけになってしまった。

真田達も幸村が倒れてからは切羽詰まっていて、花壇の存在などすっかり忘れてしまっていた。

こんな所に気がつくとは、女子ならではの着眼点だ。

「それなら、幸村部長が帰って来るまでに花でいっぱいにしようよ!」

「…そうは言っても、俺には幸村程の植物に関する知識も無いし、第一この大切な時期にそんな暇など…」

「こんな時だからこそだよ。張り詰めすぎるのは良くないと思うんだ」

華宮の言葉に、真田はハッとする。

そうか、自分達はそんなに余裕が無かったのか……

幸村が倒れてから、勝つことばかりに執着し、練習をして…いつしか、幸村が大切にしていたこの花壇の花のことすらも…思い出せない程に…

「…そうだな。どうやら俺は大切なことすらも忘れていたようだ。幸村が無事に戻ってきて、こんな状態の花壇を見たらどう思うか」

華宮は真田に笑いかける。

彼女の笑顔を見ると、何故だか鼓動が早くなるのを不思議に思いながら。

「せっかくだし、全国大会頃に満開になるような夏の花を植えたいな!ヒマワリと、ガザニア、コスモス…この辺は育てるのも簡単だしね…ああそうだ、ダリアも良いね!」

以外にも花に詳しい華宮に驚く真田。

失礼なことだが、正直そう言った…いわゆる女子らしいものには全く興味がないのかと思っていたからだ。

「…真田さん、今ボクが花に詳しいこと意外だと思ったでしょ?」

「す、すまん…!いや、お前はあまり、何というか…赤也と同じような趣味ばかりだと思っていたので…」

華宮はゲームや漫画も好きだった。

切原とよくゲームで対戦していたり、漫画の話をしていたりするから…なんとなく、花とは無縁だと思っていた。

「いや、実際ボクもあんまり興味なかったんだけどさ」

そして、彼女は少しだけ寂しそうな顔をした。

「…マリアが、花が大好きだったんだよ」

マリア…病気で亡くなった華宮の親友。

彼女のために華宮は世界女王になり、そして今もなお、彼女との約束を果たすため…真のNo. 1になるために男子の世界で戦い続けている。

華宮は試合の時、気合いを入れる時に赤いヘアピンを付ける。

それは、親友に貰った大切なお守りなのだと言っていた。

「花瓶の花も綺麗だけど、やっぱり外で生き生きと咲いてる花が好きだって言ってた。病気になってからは、余計に外に咲く花が恋しいって…きっと、幸村部長も同じなんじゃないかな」

真田は、急に自分が情けなく思える。

倒れた親友が大切にしていたものを、どうして忘れてしまったのか。

勝つことばかりを考えて、それこそが幸村のためになると信じて。

「…よしっ!部活が終わったら早速花壇の整備に取り掛かるぞ!!幸村にこんな状態のものを見せる訳にはいかん!」

「任せて!まずは雑草を綺麗にして、土も整備して、タネも用意しなきゃね!」

そして部活終了後。

真田と華宮は二人で花壇の整備を始めた。

他の部員も手伝うと申し出たが、小さな花壇のためあまり大人数で作業をするまでもない。

そう言うわけで副部長である真田と、花に詳しい華宮で整備する事にしたのだ。

「すまんな、こんな事まで手伝わせてしまって…本来であれば副部長である俺がきちんと管理すべき事を…」

「何言ってるの真田さん!なんでも副部長だからーなんて言ってたら体も心も保たないよ。ボクは迷惑だなんて全然思ってないんだから、もっと頼ってよ」

土いじりで少し汚れた顔でニコリと笑う華宮。

真田はまたしても鼓動が早くなるのを感じる。

頼って、なんて言われたのは初めてだった。

自分は副部長として、幸村が不在の間は部を預かる責任者としてしっかりしなければならない。

部を支え、引っ張っていかなければならない。

ずっとそうやって気を張り続けていた。

頼るなんて考えた事もない程に。

いつの間にか、一人で何もかも背負うようになっていた。

「…ありがとう」

真田は無意識に、ポツリと呟いていた。

張り詰めていた心が、彼女の笑顔で、言葉で、優しく溶かされていく。

「どういたしまして!」

夕日に輝く彼女の髪が、その瑠璃色の瞳が…

鮮烈な色が目に焼き付いて離れない。

身体が熱い。心臓の鼓動が早い。

どうしてこんなにも、彼女から目が離せないのだろうか

真田はまだ、自分の中の不思議な感覚に戸惑うことしかできなかった。

 



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11話 真っ直ぐな心

 

「………」

 

練習中にも関わらず、珍しく華宮はボーッとしていた。

その目線の先には練習試合をしている真田の姿が。

「どうした、翼。弦一郎の試合が気になるのか?」

「柳さん」

それに気づいた柳が華宮に声を掛ける。

「真田さんって、凄く真っ直ぐなテニスをするなーって思ってさ」

「真っ向勝負…それが弦一郎の信条だからな。相手の得意なプレイスタイルで正面から挑み、叩き潰す。実力があるからこそできる戦い方だ」

「でも、真田さんは色々な技を使えるんだから相手の弱点を突いた方が効率的なのに」

至極真っ当な華宮の意見に、柳は少しだけ笑ってしまう。

「その通りだ。そもそも、弦一郎のような多彩なプレイができるオールラウンダーの選手はその引き出しから相手の苦手なものを出すのが本来の戦い方…しかし弦一郎は己の信念のためにあえてそれをしない」

「どこまでも正々堂々ってことね」

「少々やり過ぎだとは思うがな」

「…でも、ボクは嫌いじゃないな。そーいうの」

そんな話をしているうちに練習試合が終わったようだ。

もちろん、皇帝真田の圧倒的勝利である。

汗を拭う彼と目が合う。

切れ長の、美しく透き通っている飴色の瞳。

まるで彼の生き様を表しているかのような、真っ直ぐで全てを射抜く力強さを宿す。

華宮はつい、そんな彼の瞳に見入ってしまった。

「翼、蓮二!何をしている!ボーッとしていないで練習に戻らんか!!」

いつもの彼の大きな声で、華宮はハッと我に帰る。

隣を見ると既に柳の姿はない。とやかく言われる前に逃げたのであろう。

華宮も急いで自分の練習へと戻っていった。

――――――

部活が終わり、夕日が沈んで暗くなる帰り道。

真田は華宮を家まで送っていた。

男装しているとは言え、夜道を女子一人で帰らせるなど副部長として、そして真田弦一郎という生真面目な男の性格上放っておくことは出来ずに毎日部活帰りはこうして家まで送り届けている。

「真田さんは律儀だね。毎日こうして送り届けてくれるなんて」

「副部長として当然の事だ」

「…副部長として、ね」

「どうした?」

「何でもないよー」

華宮は何か言いたそうだったが、結局それを口にはしなかった。

真田は不思議そうな顔をする。

そんな彼の表情に、華宮はつい笑ってしまった。

普段から気を張りつめたような顔をしている彼だが、案外思っている事が表情や態度に出やすいのだ。

本当に素直で真っ直ぐな人なんだなと、華宮は思う。

真っ向勝負が信条…彼らしいテニスだ。

そして華宮にとっては、それが羨ましくもあった。

「今日の練習試合を見てて、羨ましいなって思ったんだ」

「羨ましい?何がだ」

「あんなに真っ直ぐなテニスをする人、ボクは見たことないよ。ボクもあんな風に戦えたらもっと楽しいんだろうなぁ」

「お前程の実力があれば真っ向勝負を挑む事も可能だろう?」

「んー、そうなのかな?…世界女王を目指してたらさ、絶対に負けちゃダメだっていうプレッシャーが凄くて…いつからか絶対に勝つためのテニスしか出来なくなっちゃったんだよね。真田さんとは真逆の、少しでも勝率を上げる為に相手の苦手ばかりを突くようなテニスだよ」

華宮は苦笑いをする。

負けてはいけない、というのは今の立海でも同じ事だが…団体戦と個人戦では一人の敗北の重さが違う。

個人戦では自分が負けてしまったら、助けてくれる仲間などいないのだ。

そんな中で一人戦ってきた彼女は、プライドも何もかも捨ててただひたすらに勝つ為だけのテニスをしてきた。

…いつからか、自分のプレイスタイルなんて忘れてしまった。

「…本当は、真田さんみたいなテニスがしたかったのかもしれない」

自分の信念を真っ直ぐに貫く彼のテニス。

それはとても綺麗なものだと、あの時思ったのだ。

「ならば、今からそれを目指せば良い」

「…え?」

華宮は驚いて顔を上げた。

あの飴色の瞳が、真っ直ぐに彼女を見つめる。

真剣な表情で、力強く。

「お前はもう一人では無いのだ。共に戦う仲間がいる。ならば背を預けて、お前の目指すテニスを思う存分にやってみろ。倒れそうな時には、俺が支えてやる」

真っ直ぐな彼の言葉が、胸に響き渡る。

一人じゃない…そんな風に思えたのは何年ぶりだろう。

親友が病に伏せてから…ずっと一人で戦って。

誰かと一緒に戦うなんて、忘れかけていた感覚。

…ふと、華宮は昔の事を思い出した。

それはまだ親友のマリアが元気だった頃…一緒にテニスをしていた時代。

ああ、そうだ…あの時はただテニスが楽しくて、自分がしたいテニスをするために夢中でラケットを振って……

勝つ事よりも楽しむ事ばっかり考えて、マリアと笑いながら試合をしていた…

「…そっか、もう、一人で戦わなくていいんだね」

そう呟くと、今まで我慢していたものが溢れ出すかのようにその瑠璃色の瞳からポロポロと大粒の涙が落ちていく。

彼の言葉だからこそ、こんなにも真っ直ぐに心に届いたのだろう。

「あまり気負いすぎるな。…と、それはこの前俺がお前に言われたばかりだったな」

こういう時は何と言えば…と困る真田の姿を見て、華宮は思わず笑ってしまう。

ジャージの袖でゴシゴシと涙を拭くと、いつもの強気な彼女の顔に戻っていた。

「お言葉に甘えて、これからはボクもやりたいようにやらしてもらうよ!」

「無論、勝つという前提でな」

「当たり前じゃん!どんなテニスでもボクは負けないよ!」

やっと調子が戻った彼女の姿に、真田は優しく微笑んだ。

いつもの彼からは想像できない程の優しい笑顔に、華宮は驚いて目を丸くする。

「…真田さん、そんな表情もするんだね」

つい気の緩んだことに気づいた真田は、手で口元を隠しながら少し顔を赤らめていつもの険しい顔へと戻ってしまった。

「え!?なんで戻しちゃうの!!」

「少々気が緩んでしまっただけだ…!最近たるんどるぞ…真田弦一郎…っ!!」

「凄く良かったのに!!ボクさっきの顔好きだよ!」

「すっ……!?」

彼女の何気無い言葉に先程よりも更に顔を真っ赤にしてしまう。

彼もまた、何故彼女の前だとこんなにも気が緩んでしまうのか不思議で仕方なかった。

「は、早く帰るぞ!明日も朝練で早いのだから!!」

「真田さんもう一回笑ってよー!」

「男がそうヘラヘラ笑うものではない!」

「仁王くんとかいつもヘラヘラ笑ってるじゃん!」

「仁王と俺を一緒にするなっ!!」

赤面した顔を見られたくないからか、真田はスタスタと早歩きで華宮の前へと行ってしまった。

「……ありがとね、真田さん」

そんな真田の背に、華宮は小さく呟いた。

…実は自分も少しだけ顔が赤くなっていることは、彼にはまだ内緒である。



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12話 湧き上がる気持ち(真田視点)

華宮 翼が入部してから早数ヶ月。

正直なところ、こいつの性格を考えると練習などに文句を言ってくるかと思っていたが…意外なことに全くそんなことはなく、それどころか誰よりも真面目に取り組んでいることには大変感心した。

赤也や仁王にも見習って欲しいものである。

そして驚くべきは男子部員でもかなりキツイと言われているレギュラー陣達の練習に、こんなにか細い女子が付いてきているという事実だ。

「あー!今日も疲れたねぇー!」

そして練習後、翼は俺たちレギュラー男子部員と同じ更衣室で着替えをする……これはどうにかしたいと思ったのだが、いかんせん場所もないし変に分けては他の部員に怪しまれる。

翼が女だと知っているのはレギュラー陣のみだ。

「…お前さぁ、恥ずかしくないわけ?男子部員と着替えとかよぉ…」

赤也もやはり気になっていたようだ…

「え、別に?だってボク、このトランクスの下にもう一枚パンツ履いてるし、ランニングの下にはスポブラつけてるし。いわゆるこれは下着姿では無いから恥ずかしくないよ!」

逆にそんなことを聞いてしまっては変に想像してしまう…のは皆同じようで、何人か顔を赤くしてしまった……

「いいこと聞いたぜよ」

「俺は興味ねーだろい」

「100%の確率で二重に着ているとは思っていた」

仁王や丸井、蓮二はわりと冷静なままだった…というか仁王の言動が何故か気に食わない…何故だ…。

「ていうかお前、スポブラなんてつける必要ねーだろ。そんなまな板…」

と赤也が言いかけたところで、翼の物凄い殺気により口を閉ざす。

「お、おい赤也…女子に向かってそれはねーだろ…」

「そうですよ切原君。レディへのデリカシーの無い言動は慎みたまえ」

「ボクは別に女子扱いされたいわけじゃないけど、赤也に言われるのはなんかムカつく」

…難しいところだ。

翼本人は男子部員としてテニスをやりたいらしいが…しかし女であることは変えようのない事実。

特にこういったテニスとは関係のない部分でどう扱ったら良いものか、未だに答えが出ない。

着替えが終わり、部室の戸締りをして皆帰路へと着く。

夏季で日は伸びてきたとは言え、19時過ぎまで部活を行なっていると帰り道は暗くなってくる。

俺は翼の家まで一緒に帰るのが日課になっていた。

それはやはり、夜道を女子一人で歩かせるのは心配であり、護衛するのは部を担う者の責任でもあるからだ。

「…翼、お前は女子扱いはされたくないと最初に言ったが…俺にはお前をどう扱っていいのか分からないのだ。こうして家へ送り届けるのも、やはりお前が女子だからであって…その、不快ではないだろうか?」

翼は質問の意味が分からない、という顔をしていた。

それから少し考えて、ニコッと笑った。

「ボク、真田さんと帰るの嬉しいよ!一人で帰るのはつまらないもんね!」

…少し趣旨の違う答えが返ってきた。

「いや、その…お前のことをどこまで男子部員として扱ったら良いものか困っているのだ。やはり、俺にはお前のことを完全に男として見るのは難しく…」

「んー…ボク的には、テニスさえ男子部員と平等に手を抜かずにやってくれればそれで満足なんだけど。深いこと考えずにさ、ボクだってやっぱり体は女子だから完全に男と同じってわけにはいかないだろうしさ」

「なるほど。…ところで、それも踏まえて聞きたいのだが、お前は立海の練習をキツイとは思わないのか?」

「大変っちゃ大変だけど…楽しいから問題ないよ!」

俺は驚いた。

あの練習を楽しいという奴は初めてだったからだ。

「楽しい…?」

「うん!ボク、今まで個人戦しかしてなかったからこうしてみんなで一つの目標に向かって頑張るのも楽しいなって」

…そうか、彼女は今までずっと一人で戦ってきたのか。

亡くなった親友のために、身を粉にして、その細い腕を振るい、女子の手とは思えないほどの豆を作り、ラケットを握り…誰にも頼らずに、孤独の中で。

この歳で世界の頂点に立つなど、それこそ限界を超えて無理をし続けなければ叶わないほどのことだ。

しかし翼はそれを決して人には見せない。

無邪気に笑って、いつでも眩しく輝いて…

血の滲む努力の影さえもその姿には映さない。

このままでは本当に、彼女は無理をしすぎて壊れてしまうのではないだろうか?

「翼」

どうしたら良いのだ。

俺は幸村から部を預かった。その責任者として、彼女をどうすべきか。

責任者として…?

何故引っかかる。当たり前のことだ。

俺は副部長、部員を気にかけるのは当然の務め。

「無理はするなよ」

どう伝えたら良いのか分からなかった。

しかし、こう言うしかなかったのだ。

「無理しないと世界女王は務まらないよ」

お前は何故そんな眩しい笑顔で答えるのだ。

それすらも、俺には怖くなる。

いつかお前が突然消えてしまいそうで。

その笑顔が眩しければ眩しいほど、俺は怖い。

お前はいつでも明るくて、周りを照らしてくれる太陽のようだ。

しかし、そんなお前を誰が照らしてやれるのだ…?

誰がお前を支えられる?

誰がお前を守ってくれる?

俺は…………

「どうしたの、真田さん?」

顔が熱い、胸が…燃えるようだ…。

なんだ、どうしてだ。

お前の輝く髪を、その瑠璃色の瞳を、その透き通る声を……

ダメだ。分からない。

何故お前を見るとこんなにも目がチカチカと眩しいのだ。

全身の血が沸騰しているように熱く、心臓の音は破裂しそうなほど響き渡る。

透き通る水晶のような目で見つめられると、この心の中全てを見透かされそうな気さえもする。

しかし目が離せない。

なんだ、これは…どうして目を逸らせないのだ。

「真田さん?」

翼の声にハッと我に帰る。

急に現実に引き戻されたような妙な感覚だ。

「す、すまん…少し考え事をしていた…」

「…真田さんも、大変だと思うけど無理しないでね」

気がつくといつの間にか翼のマンションに到着していた。

…どれだけボーッとしていたのだ、俺は。

「今日もありがとう!じゃあ、また明日!」

翼はいつもと同じように笑って手を振った。

「…ああ、また部活でな」

俺は翼を見送った。

分からない。

何故あいつを見ているとこんなにも苦しくて、身体が熱くなるのだ。

チカチカと輝いて、眩しい。

幸村に聞けば、何か分かるだろうか…?



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13話 嘘(幸村視点)

桜の季節から時は流れて、少しずつ夏の暑さが近づいて来る。

しかし年中空調が効いているこの病室では季節など感じられない。

…あれほど嫌だった梅雨の湿気さえも、今は恋しくなる。

 

その間も何度か、柳や真田が部員の状況報告に来たり、みんなでお見舞いに来てくれたりした。

俺はようやく手術の日程が決まり、それに向けて体調を整えていた。

そして関東大会も目前に迫った頃、いつものように真田が部員の報告に来ていた。

「丸井とジャッカルのダブルスは安定している。柳生と仁王はもう少し調整したいところだ。赤也も順調に伸びているが…もう少し何か強みが欲しいな」

「翼は…どうしてる?」

「ああ、翼は部員達とも馴染んでいるし、テニスに関しても申し分ないな。ただ、赤也と非常に仲が悪いのだけが問題か」

「仕方ない。赤也にとっては同じ歳のライバル…いや、ライバルどころか、高すぎる壁なんだよ。翼は。嫉妬もある、焦りもある…そこをどう乗り越えるかが、赤也の課題だ」

「そうだな。…ところで、翼についてもう一つ気になることがあるのだが」

真田は不思議そうな顔で聞いてきた。

「最近、あいつを見ていると眩しすぎて…何というか…言葉にするのは難しいが、こう、チカチカするのだ。しかし蓮二に聞いてみたらそんなことは無いと…」

俺はドキリとした。

その感覚は知っている。

初めて、画面越しで彼女を見た時と同じだ。

動くたびに輝く髪に、相手を見据えるその眼光に

目の前がチカチカして、本当に眩しかった。

眩しいのは視力のせいではない、心が、チカチカしたんだ。

そして画面越しに恋をした。

彼女を見るたびに、眩しくて、でも目が離せなくて。

「…眩しいのに、目で追ってしまうのだ」

真田は本当に不思議そうにしていた。

まだ理解出来ていないのだろう。

恋に落ちたことに

「…そうなんだ。翼は金髪で、太陽光に反射するからね。真田は視力が良いから、眩しく感じるんじゃないか?」

すまない真田。

俺は嘘をつく。

「うむ…やはりそうなのだろうか」

お前が恋だと気づかぬように。

汚い親友でごめん。

でも、彼女は…彼女だけは……

「……真田、今日は少し疲れたから、休ませてもらってもいいかい?」

「む、すまん!手術に向けて、しっかりと体を休めないとな!では、俺は帰るとしよう。また来る」

真田は真っ直ぐな男だ。

俺とは違う。

本当に真っ直ぐで、折れなくて、歪まなくて。

そんなお前を尊敬しているんだ。

「…真田、ごめん」

無意識に呟いた言葉に、彼はいつもの顔で笑う。

「謝るな幸村」

その真っ直ぐな瞳が、声が、心が

俺を抉り、嫉妬する。

すまない真田

俺はお前のように、なれないんだ。



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14話 君が気付く前に(幸村視点)

関東大会の前日。

みんながお見舞いに来てくれた。

部員達の顔を見れるのはやはり嬉しい。

それと同時に、こんな大切な時期にベッドの上で過ごすことしかできないこの身体を、酷く憎らしく思う。

「必ず、立海の三連覇を成し遂げる」

真田は力強く、誓った。

他のみんなも、そして……

「ボクがいれば大丈夫!勝利の女神様だもんね!」

眩しい彼女も。

「ああ!?女神様なんて柄じゃねーだろ!」

「んん!?文句あるならボクに一度でも勝ってから言ってみなよ?」

「テメェー!!」

「コラ!赤也に翼!!病室で喧嘩をするな!!」

赤也と翼の口論を真田が制止する。

なるほど、話に聞いていた通りの仲の悪さだ…

遥か遠くの存在だと思っていた彼女が、こうして見ると普通の年相応の女の子だった。

ああ、手を伸ばせば届く距離にいるんだ。

今ならまだ

間に合うかもしれない。

「…翼と二人きりで話したいことがあるんだ。悪いけど、みんな外で待っていてもらえるかな」

画面越しに、ページ越しに、ずっと想ってきた。

伝えなければ。

彼が…気づく前に……

せめて、彼より先に…

「分かった、俺達は帰るとしよう。…翼、病院の外で待っている」

みんなが部屋から出て行った。

薬品臭い部屋に二人きり。

本当だったら、花の匂いがする場所で…想いを告げたかった。

自由に動ける元気な体で、昔のような綺麗な心で、君に会いたかったんだ。

「…みんな帰るけど、真田は外で待っているようだね」

「うん!真田さん、暗くなると危ないからって毎日家まで送ってくれるんだよ!」

真田らしい。

きっと下心が無くても、彼ならそうするだろう。

そういう男なんだ。真田は。

あの時倒れなければ、俺は彼女の隣を歩くことができたのだろうか?

その笑顔を、俺に向けてくれたのだろうか

「好きだよ、光輝」

洒落た言い回しは何も思い浮かばなかった。

せめて、この時くらいは、真っ直ぐに。

「…!?」

固まる彼女。

それもそうだ。病室でしか会っていない男に、いきなり告白をされるなんて。

「昔、テレビで君を見たんだ。綺麗で、眩しくて…俺には希望の光だった。ずっと、ずっと…君に会いたかった」

俺は何年も前から、君を知っている。

でも、君は俺をほとんど知らない。

困るのは当然だ。

でも、時間が無いんだ。

きっと、もうすぐ、この想いを告げることさえ…できなくなるから。

だから、彼が本当の気持ちに気づく前に。

ズルイけど、先に言わせてもらうよ。真田。

「その…気持ちは嬉しいけど…あの……ゴメン!!」

翼は、顔を真っ赤にして頭を下げた。

こうなることは分かっていた。

分かっていても、やっぱり伝えたかったんだ。

「…いいよ、分かってる。好きなんだろ、真田のこと」

翼は耳まで赤くして、無言で小さく頷いた。

その表情は、あの誇り高い世界女王とは思えないほど、本当に年相応の少女の顔だ。

「…なんで、分かったの?」

「君のこと、よく見てたから」

そう、いつだって。

君が彼に向ける笑顔は、他のどれとも違かったから。

テレビで見た無邪気な笑顔でも、雑誌に載っている綺麗な笑顔でもない。

恋をしている、普通の女の子の笑顔だった。

「真田のどこが好きなの?」

「…真っ直ぐな、ところ……」

翼は顔を赤らめながらも、笑っていた。

「声も、視線も、心も、テニスも、全部…凄く真っ直ぐで、力強くて……側にいると安心するんだ。なんて言うか、眩しすぎる太陽みたいな、希望を与えてくれる人」

…ああ、そうか。

似ているんだ、二人は。

「…そうだね。あいつは…真田は凄い男だよ。眩しすぎるくらい真っ直ぐで、俺も何度も助けられてる。…だから、君が彼に惹かれる気持ちも分かるよ」

彼女の隣を歩くのは、やっぱり俺ではない。

多分、俺が倒れずにテニスを続けていて、普通に彼女と部活をしていても。

きっと、彼女が惹かれるのは俺ではない。

どんな条件だったとしても、きっと、彼女は真田を選んだだろう。

「幸村部長…本当に……ごめんなさい」

彼女はその瑠璃色の大きな瞳に涙をためる。

俺はそれを指で拭って、微笑むことしか出来ない。

抱きしめるのは、俺ではないから。

「何年も、何年も、画面越しに君に恋をして、触れたくて、伝えたかったんだ。ありがとう。聞いてくれて。それだけで、俺は幸せだから。…あとは、君が笑っていてくれれば、それだけで良いんだ」

ずっと触れたかった、その金色の髪を撫でる。

「君の好きな人が、俺の親友で良かった」

彼になら、安心して彼女を任せられる。

彼女を間違いなく幸せにしてやれるだろう。

すまない、真田。

どうしても、お前が想いを告げる前に…俺も伝えたかったんだ。

それくらいは、どうか許してほしい

 



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15話 関東大会

王者立海は県大会にて、最短試合時間新記録という驚くべき程の力の差で勝ち上がる。

こんなことは当然の結果で、三連覇へのただの通過点に過ぎない。

―――― ジリジリと暑くなってきた7月。

関東大会の幕が、ついに上がった。

立海の一回戦目、相手校の銀華中は不戦勝。

二戦目、栃木の名土刈学園も3-0で破り、王者の名の通り他を寄せ付けないほどの圧倒的強さを見せつけていた。

そして準決勝、不動峰中との戦い。

一試合目と二試合目のダブルスは丸井柳生、真田柳という普段とは違う組み合わせで対戦したが、それでも不動峰は手も足も出ずに6-0と完膚無きまでに叩きのめされた。

シングル3 切原VS橘

「アンタ、九州の獅子楽中の橘さんでしょ?たしかー、九州二翼の一人だったんだよね」

「…それがどうした」

「ふーん、まぁいいや。今大会最速試合、何分か知ってる?14分09秒…まぁ、俺の記録なんだけどね」

そして切原は挑発的な顔で笑う。

「13分台でやらせてもらうよ」

全国区プレイヤーとも言われる橘に、そう宣言した切原。

…だが、やはり一筋縄ではいかない相手だった。

あの切原が、翻弄されているのだ。

「あーあ、あれだけ偉そうなこと言ってたくせにね」

立海ベンチでは華宮がつまらなそうな顔で言う。

この大会で華宮まで順番が回ることはなく、まだ一試合もできていない事がとても不満なようだ。

華宮はあまりにも強く、目立ちすぎてしまうが故に極力試合に出さないようにしているのだ。

「どうした切原!13分台で倒すには随分なロスだな」

「…え”え?」

思うように試合が運ばず、切原の目は充血していき真っ赤になっていた。

まるで悪魔のような瞳。

それからは急にスピードもパワーも増して、橘を押し始める。

顔面や足などにボールを打ち付ける、なんとも凶暴なプレイスタイルだ。

「ねぇ真田さん。ボク、赤也のあーいう野蛮なテニス嫌いなんだけど、どうにかならないわけ?」

「…あいつは力の制御が下手で、感情のまま暴れてしまう。だが、そのおかげであの爆発的なテニスをする事ができるのだ。…つまり、あれが奴のプレイスタイルであってそれをどうこうできるものではない」

「ボクは真田さんみたいなテニスが好き」

華宮の何気ない発言に、またドキリとさせられる真田。

…しかし今はそんな場合ではない。

切原はそのまま物凄い勢いで橘をねじ伏せてしまった。

「ゲームセット!ウォンバイ立海大附属 切原6-1」

圧倒的な力の差で勝利したものの、時間をロスしてしまったことに切原は苛立ち、ネットを叩きつける。

「ジャッカル、何分だった?」

「14分01秒…あの橘を…アイツ、バケモンか」

華宮はそのタイムを見て鼻で笑う。

そして苛立つ切原にそのタイムをつげた。

「赤也、14分01秒だってさ。ギリギリ13分台は無理だったね。まぁ、ボクなら10分足らずで勝てる試合だったけど」

「うるせぇなっ!!」

「そうやって感情任せなのは良くないよ」

「黙ってろよ!!クソッ、腹立つ!」

「翼、からかうのはよせ。赤也、よくやったぞ。あの橘相手にここまで差をつけられれば誰も文句は言うまい」

「……っス」

立海は王者の威厳を感じさせるように、堂々とその場から撤収した。

「…あれが、立海大附属」

ちょうど六角との試合中、ウォームアップをしていた越前はその橘と切原の試合を見てしまった。

圧倒的な力の差。

あれが…決勝で当たる相手、王者立海。

「…ん?あの白帽子……」

そんな中、撤退しようとしていた華宮は呆然と立ち尽くす越前リョーマの姿を見つける。

「リョーマ!?」

思わず声を上げてしまう。

幸い、まだ越前は気づいていない。

「…あれは、青学のルーキーだな。知り合いなのか?」

真田が問いかける。

「ああ、うん…アメリカにいた時に同じテニススクールにいてさ…」

華宮はあまり嬉しそうではない。

むしろ、苦虫を噛み潰したような、いつも愛嬌の良い華宮にしては珍しい表情だ。

「あいつ苦手なんだよ…ていうか厄介だな…絶対バレるし、言いふらされそう………仕方ない、今のうちに話をつけておくしかないな…」

何やらブツブツと呟いて、華宮は越前の元へと向かった。

「翼!?」

「ちょっとリョーマと話してくる!真田さん達は先に戻ってて!!」

唖然としている越前に、意を決して華宮は声をかけた。

「おい、リョーマ!」

ハッと我に戻った越前は目の前の立海ユニフォームを着ている人物を不審な目で見ていた。

「立海のテニス部…?ていうかアンタ誰……」

と言いながら、よく見てみると自分の知っている人物だということに越前は気づいてしまった。

「は?もしかしてアンタ…華宮ひか…」

「名前は言うな!!」

普通に本名で呼ぼうとした越前の口を手で塞ぐ。

「…プハッ!何やってんだよこんな所で!?」

「色々訳あって今は男子テニス部員として立海にいるんだよ!ボクの名前は華宮 翼!いいね、翼だからね!?」

「ちょっと言ってる意味全然分からないんだけど…そもそもアンタおん…」

「Do be quiet ‼」

本当の性別を言おうとした越前に、思わず英語で静かにしろと注意しながらまたもや口を手で塞ぐ。

「…なんなんだよ!」

「いいかいリョーマ、ボクは男としてここにいるんだ。華宮 翼は、立海の男子テニス部員!分かった!?」

「つまり、内緒にしてろってこと?」

「そういうことだ!」

「…ふーん、どうしようかな」

そうだ、越前リョーマのこういう所が昔から華宮は苦手だったのだ。

「……このことをバラせば立海大附属はもしかしたら失格になってしまうかもしれない。そしたら晴れて青学は優勝できるかもしれないね。何せ王者立海と戦わないんだから」

華宮はあえて挑発的に言う。

しかしこれが越前には一番効く口止めだ。

何故なら、そんな勝利を絶対に認めない奴だから。

プライド高く、勝負が好きな越前リョーマが、華宮の正体をバラして立海を失格にし、強豪との試合をしないなんて道を選ぶはずが絶対に無いのだ。

「…ま、いいよ。アンタの事情なんて興味無いし、俺は強い奴と戦えればそれで満足だから」

華宮の思惑通り上手くいった。

これで越前にはとりあえず正体をバラされることは無いだろう。

「王者立海は本当に強いから、覚悟しておくんだね!」

華宮はそう言い残して、真田達の元へと走って行った。

越前は一息ついて、六角との試合中である青学ベンチへと戻って行く。

準決勝、シングルス1の海堂が六角の葵に勝利し、越前の出番は無いまま決勝進出が決まった。

次はいよいよ関東大会決勝戦。

立海大附属 VS 青春学園



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16話 決勝の幕開け

ついに関東大会決勝が始まった。

無敗の王者、立海大附属中学校…これは周囲の予想通りだ。

相手は、青春学園中等部。昨年までは大した成績がなかった学校だ。

それもそのはず、青学は年功序列がきつかったため手塚や不二ですらも昨年まではレギュラーとして出場していなかったのだから。

しかし今年は違う。

手塚が部長になったことにより、年功序列制度は廃止、実力があるものがレギュラーになれる制度になったのだ。

そう、1年生ルーキー、越前リョーマのように…

だがしかし、今年の決勝は両校とも部長が不在という異例の事態だった。

手塚は氷帝戦で肩の怪我を悪化させてしまい、療養へ。

幸村は原因不明の病で倒れ、入院治療中。

互いに不在の部長のためにも、優勝への執念は半端なものではない。

「立海には手塚が8人いると思え」

竜崎監督はそう言った。

それほどまでに、相手は強豪ということだ。

乾はノートを開き、一人一人のデータを読み上げた。

「ボレーの天才、丸井ブン太。ブラジル人ハーフで驚異的なディフェンス力を持つ、ジャッカル桑原。ジェントルマン柳生。最も怖いコート上のペテン師、仁王雅治。達人の異名を持つ、柳蓮二。二年生エースの切原赤也。最終兵器と噂される華宮翼。そして、今男子中学テニス界で最も強いと言われる男…皇帝、真田弦一郎」

更に乾は続ける。

「特に要注意すべきは華宮翼だ。あの世界女王、華宮光輝の弟…実力は計り知れない。その実力を隠すためか、今回の大会では一試合もしていない。ほとんどデータは無い状況だ」

シングルス2…華宮と当たるのは不二周助だ。

不二はいつものように、クスッと微笑んだ。

「面白くなりそうだね」

一方、立海ベンチでも話し合いが行われていた。

「幸村の手術までには終わらせるぞ」

そう、実は今日…部長である幸村の手術日だったのだ。

ストレート勝ちをすれば手術時間に間に合う。

負けを良しとしない立海レギュラー陣は、無敗の土産を持って幸村の元へ行くつもりだ。

「ストレート勝ちしたら、結局ボクは一試合もしないことになっちゃうね。つまんないの」

華宮は不満そうに言った。

「…お前は強すぎる。目立ちすぎると厄介なのだ」

「全国大会ではちゃんと試合させてよねー!」

そして両校部長…不在のため、部長代理である大石と真田がコート上で握手をした。

「よろしく」

「あ…!こちらこそ…!王者立海に胸を借りるつもりで…!!」

気弱な大石がそう言いかけた。

だがしかし、今の自分は大切な部を預かる部長代理…何を気弱なことを言っているんだ…!そう思いなおし、真田のことをキッとした目で見返した。

「俺達は、勝つために来た!!青学はキミたち立海に勝って、優勝してみせる!!!」

普段の大石からは想像できないほどの、力強い声だ。

「…ほぅ」

真田は威圧的な目で睨み返し、去っていった。

大石の心臓はバクバクで、なんてことを言ってしまったんだ!と涙目になり青学ベンチへ振り返る。

「ナイス!!大石部長!!」

青学の皆はよく言った!と笑っていた。

立海ベンチでは、そんなことさえも気にしないほど緊張感でピリピリしていた。

「王者に負けは許されない。必ずや三連覇を成し遂げるぞ!!」

『イエッサーー!!!!』

地響きがするほど、気合の入った返事。

さすが王者の風格だ。

そしていよいよ、青学VS立海の火蓋が切って落とされたーーーーー

 

 



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17話 追い詰められて

最初の試合は丸井ブン太、ジャッカル桑原ペアVS桃城武、海堂薫のダブルスだった。

実力の差は歴然としていたが、海堂の粘り強さに押され始め段々と青学のペースに飲まれそうになったが、そのまま丸井達が何とか押し切り勝利を決める。

二試合目は柳生比呂志、仁王雅治ペアVS菊丸英二、大石秀一郎のゴールデンペア。

大石の復帰戦ということもあったが、怪我の後遺症は全く無く、ゴールデンペアとして最高のコンディションだ。

柳生と仁王が入れ替わっていたり、予想外のことが起きてペースを乱されるも、ゴールデンペアの絆と信頼感が勝り、辛くも青学が勝利した。

立海では重すぎる敗北。

「柳生、仁王…王者に敗北は許されぬ。相手を見くびり過ぎていたようだな」

「本当に、申し訳ございません…」

「…プリ」

真田が制裁を加えようとした所を、華宮がラケットで遮った。

「…何をする、翼」

「この後で幸村部長に会うのに、殴ったら跡が残っちゃうよ。最終的に勝てばいいんだから、今日のところは見逃して、ね?」

華宮の言葉に、しばし真田は考えた後に制裁の腕を引っ込めた。

「姫のおかげで助かったぜよ」

「でも負けはいけないよ、仁王くん。ボクが見るに勝てない試合ではなかったはず」

「そうじゃの、ちと遊び過ぎたかもしれんな」

「まぁいいよ。おかげでボクも試合できるからね」

そして三試合目

柳蓮二VS乾貞治。

昔馴染みの二人の試合はデータマン同士とは思えないほど白熱した戦いになった。

いよいよ試合はタイブークへと突入し、永遠と終わらないように見える攻防が続いた。

互いに一歩も引かず、データに頼ることもなく、ただプライドをぶつけ合う……結果、乾が最終ポイントを制し、青学の二勝目となる。

まさかの立海二連敗…王者には絶対に許されない状況だった。

ベンチもピリピリし、皆の口数も減る。

そんな中で、華宮はいつも通りニッコリと笑い、眩しいほどの金髪を輝かせ軽やかな足取りで回った。

「みんな暗いよ!次の試合はなんと!華宮翼ちゃんの公式大会デビュー試合!!応援してね!」

真田はこんな時でさえも、華宮の輝く髪に、その瞳に一瞬魅入ってしまった。

ハッと我に返り、雑念を振り払うように少し頭を振る。

「…翼、頼むぞ」

「任せて!最速で勝ってくるよ!!」

そのままコートへ向かう華宮。

シングルス2

華宮翼VS不二周助

ネットを挟み、対戦相手と握手をする。

「随分と可愛らしい相手だね」

「キミもその綺麗な顔が泣き顔でぐしゃぐしゃにならないように気をつけた方が良いよ」

そして、天才と言われる者同士の戦いが始まった。

 



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18話 電話の向こう側(幸村視点)

関東大会決勝、当日

どうやら決勝までは順当に勝ち進むことができたらしい。

しかし、よりによってこの決勝戦の日が俺の手術日と重なってしまった。

手術には間に合わせると真田は言ったが、どうやら間に合わなそうだ。

先程、電話があった。

青学に二敗して手術には間に合わないと。

負けは許されぬ。

俺が倒れてから、ますます強くなってしまった我が部の掟。

それは、俺の代わりに部を背負っている真田への…とてつもないプレッシャーとなってしまったことだろう。

俺が部長の時は、いつでも真田が支えてくれた。

しかし、今の真田を支えられるのは…?

俺はいつしか、真田すらも壊れてしまうのではないかと心配になることもあった。

あいつはとても真っ直ぐな男だ。

真っ直ぐで、純粋で、誰よりも頑張り屋だ。

…だからこそ脆い部分がある。

でもそれを誰かに見せることは絶対にしない。

彼は強いから、きっとみんなそう思って、全てを任せている。

違うんだ。

昔から真田の根は変わっていない。

子供の頃、ダブルスを組む相手を見つけられず、声をかけられずに一人で困っていたあの頃と…。

本当は、一人で前を歩くのが苦手なタイプなんだ。

そんなこと俺以外は思いもしないだろうけど。

勝利にこだわり、部員に厳しくなり、更に孤立していく彼を…どうか…支えてくれる誰かを…。

「大丈夫!ボクが一緒にいるから!」

それは関東大会が始まる前日のこと。

彼女に想いを告げたあの日。

俺は振られてしまったけども…それでも、君が好きな人が俺の親友で良かったと思ったのは本心だ。

「真田さんは強いけど…でも、意外と一人が苦手だったり、部を引っ張っていく部長には正直向いてないよね」

翼の発言に驚いた。

俺以外に、ここまで真田のことを分かっている人がいたのかと。

…本当に、彼のことをよく見ているんだな。

これでは、俺に勝ち目はないのは当然だ。

「フ…フフ…!」

「え、なに幸村部長?なんで笑ってるの?」

「いや…そんなことを言うのは、君が初めてだったから。

みんな真田のことは怖いとか、強いとか…そればっかりだ」

「んー…まぁ、確かにそれもあるのかもしれないけど…

少なくともボクは真田さんを怖いとは思ってないからなぁ。本当は優しいし、笑うと…凄く……」

言葉を詰まらせて、翼は頬を赤くした。

ああ、彼女の前では一体どんな顔で笑うのか。

きっとそれは、俺すらも見たことのない彼の一面なのだろう。

…もう大丈夫。

真田と共に歩いて、支えて、手を引いてくれる人がいる。

立海三連覇も、成し遂げてくれるだろう。

何故だろう、さっきまでは真田に渡したくないと思っていた彼女なのに…今では彼を支えてくれることに感謝している。

彼と共に歩んでほしいとさえ、思えるんだ。

それはきっと、彼女が…翼が、本当に真田のことを理解してくれている存在だからだ。

真っ直ぐすぎるゆえに、脆くて壊れやすくて、一人が苦手な彼のことを…その笑顔で照らしてくれる存在。

「…翼、真田のこと頼むよ」

おかしいな。

本当なら、真田に彼女を頼むって言う立場だったのに。

「大丈夫!ボクが一緒にいるから!」

―――真田からの電話を受けながら、そんなことを思い出していた。

「二敗か…厳しいね」

まさかの青学にここまで追い詰められているのは、正直意外だった。

電話越しに、厳しい表情の真田が思い浮かぶ。

『だが安心しろ。次は翼の試合だ。相手は不二だが、それでも翼が負けることは絶対にあり得ぬ』

彼女に寄せる絶対的な信頼。

それはもちろん強さもあるけど、それだけではない。

そうだ、彼女は彼の勝利の女神様なのか。

「だったら電話なんかしてないで、早く翼の側にいてあげた方がいい。…俺は大丈夫だ。手術を受けて、必ず…そこに、コートの上に、立海大テニス部に戻る…!」

『幸村…約束だ。お前が目覚める頃には、優勝の土産を必ず持っていく!!』

いつもと同じ、力強く真っ直ぐな声に励まされる。

いつだってお前は俺に希望を与える。

生きることさえ辛くなったあの時も、お前の真っ直ぐな心に救われたんだ。

「…真田。俺はお前に感謝しているよ。お前のおかげで俺は、テニスを諦めずにいられたんだ」

だからお前は、もう俺の事ばかり気にしなくていい。

「俺は大丈夫だ。もう、迷いはない」

前へ進もう、お前も俺も。

「だから、お前も彼女と前に進んでほしい」

これからは自分のために歩むんだ。

大切な人と。

『…………』

電話越しに固まっているのが目に浮かぶ。

きっと思い当たる節を自覚して、顔を真っ赤にしていることだろう。

「じゃあね、今度会うときには優勝トロフィーが楽しみだ」

『…うむ。任せろ。立海三連覇に死角はない』

彼はまだ少し顔が赤いんだろうな。

今度会う時には、きっと彼の隣であの子が笑ってる。

大丈夫

俺も、前に進もう。



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19話 二人の天才

サーブは華宮からだ。

会場中が未知の選手への期待に息を飲む。

先程の激しい試合で疲労しきっている乾、柳までも休む暇もなくデータを取ろうとしている。

「キミも天才って言われてるみたいだけど、本物との差を見せつけてあげる!」

そう言って高く上げたボールを、目に見えない速さで相手コートへと叩きつけた。

不二は全く反応できなかった。

通常、サーブというのは身長が高いほど速く打てるものなのだが華宮は…おおよそ160cmほどの小柄な体型で物凄いサーブを打ってくる。

その後も不二はなかなか反応ができず、会場がどよめく。

「そんな…あの不二が全く反応できないなんて…!」

青学ベンチも不安そうな声が上がった。

そのままあっさりとポイントを取られてしまう。

不二は一度もサーブを返せなかった。

「…凄いや、今まで戦った誰よりも君は強い」

しかし不二は余裕があるかのように、フフッと笑った。

不二からのサーブ。

華宮はなんなく拾う。

「トリプルカウンター、白鯨」

逆風を利用したショット、超スライスをかけた打球がホップし落下、急激なバックスピンで自分のコートに戻ってくるという普通の人には打てないような超高度なショットだ。

「動画で見たよ、面白い打球だよね…まぁボクには関係ないけど!」

華宮は体を捻り、難しい体勢からバックスピンで戻ってきた打球を打ち返した。

「トリプルカウンター、羆落とし」

そこへ頭上を越える高いロブショットである羆落とし。

白鯨を返したことで体勢を崩した華宮がすぐに取りに行けない位置へとボールを落とした。

「…白鯨はオトリ。この体勢でロブショットを打たれたら確かに取りに行けないよね……普通は」

だがしかし、華宮は違う。

着地と同時に一本足スプリットステップで跳ね、なんと打球へ追いついた。

酷く体勢を崩したにも関わらず、正確に打ち返す。

不二もあまりのことに驚いてしまい、ボールが拾えなかった。

「まさか、さすがにこれは…って思ったでしょ?普通の人にはできないことができるから、天才なんだよ。ボクは」

華宮は力強く、相手を見据える。

その姿は間違いなく、誇り高い世界女王の姿だ。

「常識捨てて挑まないと、ボクから1ポイントも奪えずにキミは負ける」

その突き刺すような瑠璃色の視線に、不二はゾクゾクした。

嬉しいのだ。自分より格上の相手と戦えることが。

そこからは不二もエンジンをかけてきて、一進一退のラリーが続いた。

だがしかし、華宮のリードは続く…

「…ボク、キミのことあんまり好きじゃない」

ラリー中に、華宮が言う。

「キミからは勝ちたいっていう信念を感じない。動画で他の試合も見たけど、まるでゲームで遊んでるかのような…相手を躍らせて楽しんでるだけのように見えた」

「………」

「ボクは勝ちたい…そう思っていつもテニスしてる。相手が誰であろうとも、手を抜いて遊ぶような戦い方なんてしたくない…!!」

「……そうだね、君の言う通りだ。僕は勝ちに執着できない。相手の力を引き出して、ギリギリのスリルを楽しんでいるような男だ」

確かにそうだ。

華宮に言われた通り、不二は勝利に固執することができなかった。

「…あの試合を見るまでは」

不二はキッと華宮へ視線を返した。

とても真っ直ぐな視線を感じ、華宮も息を飲む。

「手塚が自分犠牲にしてまで、勝利することに固執した…僕達チームのために。あれを見て、僕もそうなりたいと強く思った。そして今、僕は初めて…勝利するということに、全力をかけたいと思ったんだ!!」

不二のプレイスタイルが変化する。

綺麗なまとまったテニスではなく…熱く、がむしゃらなテニス。

急激な変化に、華宮はついポイントを取られてしまう。

「…今のキミは嫌いじゃない」

華宮はニヤリと笑った。

そしてポケットから赤いヘアピンを取り出して、前髪につけた。

これは、亡くなった親友からのプレゼントで、華宮の大切なお守りだ。

「でも、ボク達も時間が無いんだ…一気に決めさせてもらうよ…!!」

そう言うと、華宮からとてつもない気迫…オーラのようなものを感じた。

金色の髪に鋭く光る青の瞳…まるで虎のようにも見える。

「唯我独尊…!一番強いのは…ボクだ!!!」

今までとは比べ物にならないほどの気迫。

会場全体がピリピリと痺れるほど…

そして渾身のサーブを打つと、それこそ本当に目に見えないほどの球威で審判でさえもコールができなかった。

「…強すぎる…!」

あの不二が珍しく焦った。汗が流れる。

『ダメだ…あの子に勝てるビジョンが…全く見えない…!!』

そんなことを思っているうちに、ノータッチエースを取られてしまった。

『どうする…どうすれば、勝てる…!?』

常に冷静な不二が、動揺を隠しきれていない。

サーブを打つ手が震えている。

このサーブを打った後、華宮はあの速さで返してくる…きっと自分がサーブ後に体勢を整えるよりも早く…

何十通りも作戦を考えたが、それでも華宮からポイントを取る算段が思いつかない…。

その瞬間、不二の目の前が真っ暗になった。

『何も…見えない…!?』

サーブを打つ恐怖心からか、不二はイップス状態へと陥ってしまったのだ。

うまく体が機能しない…精神的なものだ。

『ダメだ…こんなところで諦めるな…手塚は、あんなになってまで勝利を欲した。手塚なら…手塚ならどうする!?』

不二は必死に考えた。

そして辿り着いた、一つの決心。

「手塚なら…何があっても諦めない!!」

なんと、不二は目が見えない状態でサーブを打った。

華宮も若干の違和感を感じたが、まだ不二が目の見えない状態であることに気づいていない。

唯我独尊のオーラを纏う、激しい打球が返ってくる。

『!?分かる…感じる…!!』

その打球を、打ち返したのだ。

さすがの華宮も驚きを隠せなかった。

何せ、唯我独尊状態で打球を返されたのは女子テニスのプロと試合をした時以来だったから。

「翼の打球を…返しただと…!?」

立海のベンチも思わずどよめいた。

真田も立ち上がるほどに驚いていた。

「嘘だ…まぐれだよ、返せるわけない…!」

華宮も動揺しつつ、すぐに切り替えていった。

不二からのサーブで、華宮が打ち返す…しかしポイントが決まることなく、打ち返され激しいラリーが続く。

「なんで…!?なんで返せるの…!?」

「……目に見えるものに惑わされないから。体で、心で感じるんだ…!!」

「ウソッ…!?目を…閉じてる!?」

華宮は目を疑った。

不二は目を閉じてラリーしているのだ。

不二自身も偶然の産物だと思っていた。

華宮の打つ打球は、とても強いオーラを纏っている。

それは目を凝らしても見えないし、動体視力だけではあのボールの速さに追いつかない…なので、むしろ見えない方が、ボールの位置が分かりやすかった。

ボールの急速に惑わされない。

心の目で、火の玉のようなオーラを感じる…確かにこれが1番の解決法かもしれない。

だがしかし、目を閉じたままプレイができるのはまさに天才と言われた不二だからこそできる芸当だ。

「くっ…!!こんなことで、唯我独尊を破られてたまるかぁ!!」

華宮も負けじと返球をする。

やはり球威自体は凄まじい…ラリーが続くとは言っても、華宮がリードしていることには変わりない。

このまま力強くで押し切る…!!

そう思った矢先、ガクンと華宮の体に重りが落ちてきたような感覚が襲う。

『まずい…!このまま粘られると…唯我独尊状態を保てない…!!』

そもそも唯我独尊というのは、自身に強い暗示をかけることによって身体機能を無理矢理極限状態へと高めるものなのだ。

そのため、体力の消費は半端じゃない…長い時間この状態を続けると体を壊してしまうこともある諸刃の剣だった。

「ボクは…勝つんだ…!!勝つんだ、絶対に、勝つんだぁぁぁぁああ!!!!」

華宮は咆哮を上げ、無理矢理に唯我独尊の状態を継続させた。

「翼…っ!!やめろ!壊れるぞっ!!」

真田がたまらずにベンチから声を上げる。

何を犠牲にしても勝利するのが掟…だが、華宮が怪我するのだけは…どうしても止めたかった。

真田は怖くなる。華宮まで幸村のように動けなくなってしまったら…唯我独尊というものは未知の力で、どれ程までに負担が出るのかも予測がつかなかった。

「真田さん…!ボクはNo. 1にならなきゃダメなんだ…!!絶対に勝たなきゃ…!!こんなところで、負けられない!!!」

金色の髪は輝き、瑠璃色の瞳が全てを見据えるように真っ直ぐと光を放つ。

凄まじい勝利への固執に、不二も思わず気圧される。

「勝つのはボクだっっ!!!!!」

それからの華宮はまるで別人のように凄まじかった。

不二のクローズドアイですら通用しなくなり…そして、限界を超えた華宮にポイントを取られてしまう。

最後の一球が、激しくコートへと叩きつけられる。

『ゲームセット!!ウォンバイ、華宮 翼!6-1!!』

審判のコールが響き、この凄まじい試合は幕を閉じた。

両選手、最後の握手をするために歩み寄る。

「…不二周助、確かに君は天才だ…このボクをここまで焦らせたのは…ひさし…ぶり……」

と言いかけたところで、華宮は倒れ込んでしまった。

幸い、不二が受け止めたので怪我はない。

「翼!!!」

真田が思わず駆け寄る。

「…すー…すー……」

「大丈夫、寝てるだけみたいだ。怪我もない」

不二は華宮を真田へと引き渡す。

「…華宮くんが起きたら伝えてほしい。君のテニスで、僕はきっと変わることができた。ありがとうって」

関東大会決勝 シングル2

華宮翼VS不二周助

6-1で、立海大 華宮の勝利――――



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20話 勝敗の行方

疲れ切って眠ってしまった華宮を、真田はゆっくりとベンチに寝かせた。

「…よく、戦った」

スヤスヤと寝息を立てる彼女の顔を見て、真田は初めて出会った時のことを思い出していた。

春の嵐のように現れた彼女。

あの時も、疲れ切ってコート上で眠ってしまった。

今と同じように…

(世界女王としての誇り、親友との約束…こんなに小さな身体で背負いこむのはあまりにも重すぎる。

…なのに、立海三連覇という新たな重りまで乗せてしまった)

真田は華宮の寝顔を見て、そう思った。

(こいつは…約束のためならば限界をも超えて、体が壊れるまで戦い続けるのだろう)

真田はラケットを握る。

次は自分の試合だ。

相手は青学一年生ルーキー、越前リョーマ。

この試合で優勝校が決まるのだ。

絶対に、負けられない。

(……俺は、こいつの背負う重過ぎるものを共に背負ってやりたい。壊れないように、側で見守ってやりたい。

この試合に勝って…優勝を成し遂げたら……)

未だに開かれない、瑠璃色の瞳を想って。

真田はコートへと向かった。

――――シングル3 真田弦一郎VS越前リョーマ

それは物凄い戦いだった。

誰もが瞬殺で立海の勝利を疑わなかった…だがしかし、越前リョーマというルーキーはとんでもない選手だ。

無我の境地を使いこなし、常人では不可能な変幻自在のプレイスタイルで真田を押していた。

しかし真田は冷静だ。自身も無我の境地を使える故、後から襲い来る副産物を知っているからだ。

先程の華宮同様、無我の境地とは体の限界を引き出すもの。

このペースで使っていては必ず崩れ落ちる。

案の定、越前は体力を使い果たし崩れ落ちた。

このまま勝負が決まると誰もが思ったが、それでもまだ越前は食らいついてくる。

試合も中盤…

真田の風林火山で一気にペースが立海へと向いたところで、華宮は目を覚ました。

「…ん……あ!?ボク寝てた!?真田さんの試合は…!?」

勢いよく起きた華宮に思わず驚いた立海レギュラー達。

そろそろ起きる頃合いだと読んでいた柳を除いて。

「弦一郎の試合はもう始まっている。現在は3-4、越前リョーマが多少リードしている。前半、無我の境地で畳み掛けたためだ。…だがしかし、無我の効力も切れ、弦一郎が風林火山を発動させた。ここからは弦一郎の勝利まで時間の問題だろう」

「油断したらダメだ…あいつ、越前リョーマは試合中に進化していくんだよ…!アメリカで同じテニススクールにいたけど…あいつは……正直、ボクが最も戦いたくない相手だった…!!」

華宮はアメリカにいた頃、越前リョーマと同じテニススクールにいた顔馴染みだった。

その頃から、越前の秘めたる才能には恐ろしささえも感じていたのだ。

「…あ!幸村部長の手術は…っ!?」

「お前が試合している間に始まってしまった」

「…ボクが速攻で決められなかったから…!!」

「それは違う。お前が最速で決めたとしても、この試合がある以上どちらにせよ精市の手術には間に合わなかった。…悪いのは、敗北してしまった俺達だ」

柳は申し訳なさそうに、そして悔しそうに言った。

「優勝すれば問題ないよ!手術が終わって、幸村部長の目が覚めたら部屋に優勝トロフィーがあるサプライズも面白いかもね!」

「それは面白いのぅ」

「ナイスアイデアだろい!」

「幸村部長の驚く顔、写真撮ろうぜ!」

華宮のおかげで立海ベンチの士気も上がってきた。

そこで真田は華宮が目覚めたことに気がつく。

華宮も、真田に真っ直ぐな視線を送った。

真田は安心した。開かれたその瑠璃色の瞳に。

いつもと同じ眩しい笑顔に。

あとは優勝するのみだ…!!

自分自身に言い聞かせ、奮い立たせる。

――すぐに優勝が決まると思われていた試合だったのに、その勝敗は予想がつかないほどの試合展開になった。

越前が真田の究極奥義である風林火山を破り、尚もまだ攻め続けているのだ。

真田はその姿に一瞬、サムライのような姿を見て動揺する…こいつは、一体何なのだ…!?そう思わざるを得ないほどの気迫、精神力を感じる。

…だが、こちらとて負けるつもりなど微塵もない。

手術で共に戦う親友のためにも。

そして、優勝のために苦楽を共にした仲間達のためにも。

自分が、この手で優勝を決めなければ…!!

試合も終盤

越前がそのままの勢いで押し切ろうとしていた。

あと一球で越前の勝利。

たが、越前の体力気力共にすでに限界を遠に超えていて、今にも倒れそうな状態だった。

この一球…この一球で決められなければ、正直越前リョーマの勝利は厳しい。

しかしそこで真田は今まで温存してきた無我の境地を発動させる。

絶対に決めさせない。

この一球を止めれば、間違いなく越前は崩れ落ちる。

「真田さん…頑張れ…!!」

華宮も祈る。

誰もが真田の無我の境地発動と共に、やはり立海の勝利は決まりだと思ったのだが、越前リョーマという男の恐ろしさを知っている華宮は冷や汗を流す。

このような逆境の時こそ、越前の最も恐ろしい力が発揮されるからだ。

互いに譲らないラリーの応酬

「いけぇーーっ!!これで決まれーーっ!!」

越前が最後の一球…スマッシュを打ち込んだ。

「ダメだ…!スマッシュが浅い!!」

越前はしまった…!と目を見開く。

「これで終わりだ!!越前リョーマ!!」

真田が正確無比なトップスピンロブを上げる。

越前のあの位置から拾ったとしても正確に打球は返せないはず…!真田は今度こそ決まったと思った。

「真田さん!!構えて!!!」

華宮が叫ぶ。

このロブで決まったと一瞬油断した真田が、その声に気づきラケットを力強く構え直した。

「うおおぉぉぉお!!!!」

越前が咆哮を上げ、高く飛び上がり見たことがないドライブショットを打ち込んできた。

「これはドライブBではない…!?」

ボールがバウンドせずに駆け抜けようとした。

しかし華宮の声で構え直していた真田は、その地を駆け抜ける球を拾うことができた。

「徐かなること、林の如し!!」

逆回転を加えて全ての打球の威力を消し去る、真田の風林火山…『林』

バウンドしないボールは手塚の零式同様、急激な回転をかけられていると読んだのだ。

その読みは見事に当たり、林による逆回転でかろうじて拾うことに成功した。

そして体勢を直しきれていない越前は返されたボールを拾うことはできず、渾身の一撃を返されてしまったのだ。

「…COOLドライブ…さすがに、実戦でいきなり成功は…難しいね…!」

真田はヒヤリとした…

もし華宮の声がなければ、今のショットは間違いなく拾うことはできずに敗北していた。

そして、越前の逆境での恐ろしさを知っている華宮だからこそ、叫ぶことができたのだ。

越前はもうCOOLドライブを打つ体力も無く、真田に押し切られてしまう。

常人であればすでに戦意喪失してもおかしくない状況にも関わらず、越前リョーマは絶対に諦めようとはしなかった。

「越前リョーマよ…!お前のその精神力の強さ、認めてやろう…!!」

真田が逆転し、今度はあと一球で立海の勝利が決まるポイントとなった。

越前は立っているのもやっとの状態だが、最後までラケットを構えることをやめなかった。

真田は容赦なく強力なサーブを打ち込む。

「まだ…まだまだまだまだぁっっ!!!」

越前は必死に食らいついていく、真田すらも恐ろしいと思わせるほどの気迫。

越前は渾身の力を込めてスマッシュを打つ。

だがその時…汗でグリップが滑ってしまい、手元が狂った。

無理もない、限界を超えた越前は尋常でない量の汗をかいていたのだ。

しかし真田は油断せずにラケットを構える。

一瞬の油断でさえも、越前リョーマの前では命取りだからだ。

「アウトッ!!!」

しかしボールはギリギリライン上に入ることはなく、アウトのコールが響いた。

「…俺も…まだまだ……だね…」

越前はそう言い残して、ついにコート上へ倒れ込んだ。

「ウォンバイ、真田弦一郎!!8-6!優勝は、立海大附属中学校!!」

勝利のコールが鳴り響くと共に、青学は倒れた越前へと駆け寄り涙した。

真田はやっと、ラケットを下ろして張り詰めていた気を緩めた。

頭が真っ白になる。あまりにも凄い緊張感の中にいて、まだ思考が上手く働かないようだ。

呼吸が苦しい。これ程までに追い詰められていたのか…あのルーキーに…。

立海レギュラー陣も駆け寄って来て、華宮は真っ先に真田に抱きついた。

「カッコよかったよ…真田さん…っ!!」

涙を流しながら、震える声でそう言った。

真田は、まだ少しボーッとする頭で…いや、思考回路が働いていないおかげで、動揺することなく、華宮を抱きしめ返した。

「勝利の女神…というのは本当にいるのだな。お前がいたから、俺は勝つことができた」

そして、誰にも聞こえないように耳元で囁く。

体が、胸が熱いのは、激しい試合のせいか…それとも…

「……光輝。俺は、お前のことが――――」

華宮の頬は赤く染まり、幸せそうに目を細めた。

返事の代わりにその細い腕で、ありったけの力を込めて彼の熱い身体をギュッと抱きしめる。

この温もりだけで、言葉にはせずとも想いが充分に伝わっている。

中学生男子テニス 団体の部 関東大会

優勝は立海大附属中学校 ――――

 



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21話 目覚めた世界(幸村視点)

いよいよ手術が始まった。

麻酔で意識が徐々に遠のいていく。

…今頃は真田の試合だろうか

次に目を覚ました時、俺に与えられるのは希望か絶望か。

……早くあの場所に戻りたい

ボールが跳ねる音のするコート

鳴り響くラケット

練習後に着替えるあの部室

少し軋む、年季の入ったロッカーの音でさえも恋しい。

部室横に作った花壇の手入れはしてくれてるのかな?

それも聞けばよかったな。

…愛しい日常が浮かんでは消える。

ああ神様。どうか、俺をもう一度あの場所に…みんなと同じあの場所に帰れるように。

そこで俺の意識は途絶えた。

―――――――――――

―――――

……身体がだるい

麻酔から徐々に意識が戻る。

まるで海の底からゆっくりと、引き上げられるような感覚。

…手術が終わったのか。

眠ってしまえば本当に一瞬のことなんだな。

体はまだ動かない。

…嫌だな、病気で動けなくなったあの時のことを思い出す

………っ!?

視界の隅に、輝くものが見えた。

俺はかろうじて少しだけ動く頭を横にして、ベッドの横のテーブルに視線を移した。

優勝…トロフィー……

真田達…勝ったのか…!!

不意に涙が溢れでる。

次から次に、ポロポロ溢れて枕を濡らす。

今まで優勝なんて当たり前で、泣くことなんて無かったのに…今回の優勝は…ああ、なんて……胸が熱くなるのだろう。

「目が覚めたようだね」

主治医の先生だ。

俺は口を動かそうとするが、やはり麻酔のせいで未だに声が出せない。

「まだ麻酔が抜け切っていないからね、喋らなくてもいいよ。…ああ、このトロフィーはさっきテニス部の子達が持って来たんだ。術後は面会できないと伝えたら、せめてこれだけでもって置いていったんだ」

早く会いたい、みんなに…伝えたい。

ありがとう。よく頑張ってくれたって。

「…幸村くん、君の手術のことなんだけど」

…そうだ、すっかり忘れていた。

目の前のトロフィーに夢中になり過ぎて、自分の身体の状態など気にもしていなかった。

「無事に成功した。少しリハビリをすれば、すぐにでもテニス部に戻れるはずだ」

……戻れる、やっと、あの日常へ…!

あのコートへ、みんなの所へ!!

身体に熱が伝わってくる。

生きている証。生きられる証。

早く、早く、みんなの所へ…!!

きっと真田達には見せられないくらい、今の俺はぐしゃぐしゃな顔をしている。

涙が止まらない。ああ、麻酔がもどかしい。

あの愛しい日常へ、みんなの所へ…!

――― 部室横の花壇がどうなっているのか、今から楽しみだな。

 

 



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22話 優勝土産

関東大会決勝は、立海大附属中学校の優勝で幕を閉じた。

誰もが予想していた結果だったにも関わらず、会場は熱い熱気に包まれて両校共に盛大な拍手が送られた。

あの時、華宮が声を上げなければ越前のCOOLドライブが決まり、青学が優勝していたことだろう。

そう考えると、本当に勝利の女神と言っても過言では無い…真田はそんな事を考えていた。

優勝トロフィーを片手に、急いで幸村の病院へ向かった立海レギュラー達。

だがすでに手術は終了していて、今日中の面会はできないと言われてしまった。

「…これだけでも、どうか、幸村の部屋に置いてもらうことはできませんか?」

真田が病院のスタッフへ、大きな優勝トロフィーを手渡そうとした。

「真田くん…?」

その時、声をかけてきた女性…幸村の母親だ。

真田達が来る事を幸村が伝えていたのだろう。

「お久しぶりです。……あの、幸村の手術は」

「おかげさまで、無事に成功しました」

その言葉に、立海レギュラー達はワッと歓声を上げるもすぐさまスタッフに注意をされて口を塞いだ。

「まだ麻酔で眠っているけど…手術の直前まで、テニス部のことを話していたの。絶対に、あの場所に戻るんだって…!」

幸村の母親は堪えきれずに涙を流した。

長いこと苦しむ息子を見てきて…そしてようやく、その苦しみから息子が解放されたのだから。

「真田くん…テニス部の皆さん…本当にありがとうございます…っ!!貴方達のおかげで、精市は諦めることなくここまで頑張れた…!そして、これからも…あの子のこと、よろしくお願いします…!」

そして涙ながらに深々と頭を下げる。

真田も、帽子を外して勢いよく頭を下げた。

「それは俺達も同じです!幸村がいてくれたからこそ、俺達はここまでこれた…!そしてこれからも…我が部を引っ張っていけるのは、あいつだけなんです…!幸村は、このテニス部には絶対に必要な存在だから…っ!!」

そして真田は頭を上げ、優勝トロフィーを幸村の母親に手渡した。

「これを、あいつの部屋に飾ってやってください。これは皆で…もちろん、幸村も含めて、戦った証です」

幸村の母親は、大切そうにそのトロフィーを預かった。

涙はまだ止まらない。震える手で、優勝トロフィーをしっかりと抱きしめた。

「ありがとう…本当に、ありがとう…っ!!」

―――――――――

――――

真田達は病院を後にし、それぞれが帰路に着いた。

打ち上げは後日、幸村が退院してから全員で行うことにした。もちろん、幸村の退院祝いも合わせて。

今日は家族がご馳走を用意して待っていることだろう。

…ただ一人、単身で日本にいる華宮以外は。

真田はいつも通り、華宮を家に送るために一緒に帰っていた。

「パパもママも今日の試合、ネットの中継で見ててくれたって!今は忙しくて日本には来れないけど、お祝い送るって電話があったよ!」

「そうか」

華宮は嬉しそうに話す。

…が、やはり家に帰ったらあの広い部屋で一人で過ごすのは寂しいのだろう。

いつもより歩く速度が遅い。

「…翼。今日、俺の家に来ないか?」

真田の意外な誘いに、華宮はキョトンとしていた。

「……真田さん、意外と大胆だね」

「違うっ!やましい誘いでは無い!!そうではなく…!その…俺の家族が、優勝祝いをやると言っていて……お前も、今日は一人でいるのは嫌だろう…?」

顔を真っ赤にしている真田に、華宮は大きな目を見開いて、宝石のような瑠璃色の瞳を更にキラキラと輝かせた。

「行くっ!!泊まってもいい!?」

「か、構わんが…」

「やったーーっ!!」

華宮は勢いよく真田に抱きつく。

あの試合後の時は頭に酸素が回っていなかったせいで冷静に抱きしめたけれど、今抱きつかれると顔は真っ赤になってしまうし心臓が破裂しそうなほどドキドキと音を立てた。

いつもなら「やめんか…!」と言って引き離すところだ。

だがしかし、今はもう告白をして正式に交際を始めたのだから…恋人同士が抱き合うのを拒絶する必要はないのだ。

「つ、翼…っ!」

と言ってもまだまだぎこちない真田。

華宮は引き離されないことに喜んで、更にギューっと抱きしめた。

「…好きだよ、真田さん」

ポツリと呟く。

嬉しくて嬉しくて、愛しそうに華宮は微笑んだ。

真田も顔を真っ赤にしつつも、ぎこちなく、華宮を抱きしめる。

「……俺は、こういうことは…まだ不慣れで…っ!しかし、お前を大切にする事は、絶対に約束する…っ!!」

華宮はそんな真田が愛しくて仕方なかった。

抱きしめられた彼の胸からはドキドキと心臓の音が聞こえる。

熱い身体に、夜風がとても心地良かった。



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23話 想いの正体(真田視点)

翼は一旦自分の家へ寄り、着替えなど泊まる準備をして戻ってきた。

「お待たせ!行こっか!」

そう言うと自然な流れで手を繋いできた。

俺は驚いて顔を真っ赤にする…。

「つ、翼…」

「ん?手を繋ぐの、嫌?」

「い、嫌ではない!その…こんな所、誰かに見られたら…」

そうだ、一応翼は男ということで学校にも通っている。

もしこんな所をうちの生徒に見られてしまったら色々と厄介な事になる。

「大丈夫!アメリカ流のスキンシップってことにしとくから!」

…果たしてそれは大丈夫なのだろうか?

しかし、こうして手を繋いで帰路を共にするというのは…ますます自分達は恋人という関係になったのだと自覚させられる。

正直、こういったことには本当に疎くて、いざという時にどうしたら良いのか分からない。

まだ慣れていないせいか、顔もすぐに赤くなってしまって…男として情けなくも思う。

しかし翼はもともとスキンシップが多かったのもあって、自然にそういうことをしてくる。

…もしかして、過去にも恋人がいたことがあるのだろうか?

「翼、俺はその…恋人ができるというのは初めてで、どうしたら良いのかも分からないし…まだ動揺してしまう事もあるが、それでも…大丈夫だろうか…?」

「ボクだって恋人ができるのは初めてだよ。でも、ずっと真田さんと手を繋いだり、抱きついたりしたいって…思ってて…」

そう言うと自分でも恥ずかしくなったのか、翼は見る見るうちに顔を赤くした。

そうか、翼も初めて…そうか、そうか!

俺は嬉しくて、ニヤケてしまいそうな口元を思わず手で隠した…俺としたことが、たるんどる。

「これからもよろしくね、真田さん」

そう言って微笑む翼は、いつもより普通の女子のようで…ついさっきまであの不二周助を相手に、圧倒的な力でねじ伏せていた人物と同じとは思えない程だった。

…小さな手だ。

ラケットを握っていない左手は、綺麗なままで柔らかい…俺達男子とはまるで違う手。

この小さな手で、あんなに激しい試合をするのが未だに信じられない。

彼女の体はどれ程の無理をしているのだろうか。

俺が、少しでも支えになってやりたい。

「翼、これからは共に歩んでいこう。何もかも一人で背負うことは無いのだぞ」

以前、翼が俺に言ってくれた言葉。

あの言葉に、どれだけ救われたことか。

「…ありがとう」

彼女は頬を染めて、くすぐったそうに微笑んだ。

ああ、そうか。

これが愛おしいという、気持ちなのか…

俺はやっと、チカチカとするあの眩しいものの正体を理解することができたのだった。



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24話 月に照らされて(真田視点)

そのまま翼と手を繋いで、俺達は家へと辿り着いた。

「…すまない、手汗が、止まらなくて」

結局、手を繋いでる間ずっと落ち着かなくて…繋いでいた手は汗まみれになってしまった…。

平常心を保てるようにもっと鍛錬すべきだな…。

「真田さんの手、大っきくて好き」

それでもニコニコと笑う翼。

…抱きしめたい衝動に駆られるが、もう家まで着いてしまったのでそれをグッと堪える。

「ただいま戻りました」

ガラガラと玄関を開ける。

「イェーイ!試合見てたぜ!我が弟ながらやっぱり凄いな、弦一郎は!!」

すると浮かれすぎている兄が出迎えてくれた。

「…え、待って、金髪の…彼女?」

兄にそう言われて、俺は思わず顔を真っ赤にさせてしまった。

一応翼の性別は家族にも隠しているので、それを考慮して違うと否定すべきだったが、何となくそれが出来ずに口籠ってしまった。

「ボクは男子テニス部の華宮 翼です!真田さんにはいつもお世話になってます!」

さすが、翼。

動揺せずにいつもの笑顔で答えた。

「あー!試合に出てたね!!いや、あれも凄い試合だった!あ、俺は弦一郎の兄貴です!」

「真田さんにそっくり!顔だけ!!」

「ゲンイチローお帰りー、今日はご馳走…え!?彼女!?ゲンイチロー彼女できたの!?」

兄に性格が似ている甥が騒がしくやってきた…。

「佐助!あなた!やめなさい!弦一郎君は疲れてるんだから…あら、お客様?ごめんなさいね、騒がしくしちゃって…」

「こっちが嫁の百合香!美人だろ?」

「やめなさいって言ってるでしょ!?」

兄家族はこの家に同居している。

百合香さん…義姉さんは正直兄には勿体無いと思う程しっかりしている。

初めて翼がこの家に泊まった時は、ちょうど兄家族達は旅行に行っていたためこれが初対面となる。

「華宮さん、お久しぶりですね」

「真田さんのお母さん!お久しぶりです!」

母には電話で翼が来ることは報告しておいた。

…なんだか、恋人になってから翼を母に会わせるのは…何とも言えない気持ちになる。

「今日は二人共お疲れ様でした。優勝おめでとう。今日は百合香さんとご馳走を用意したので、華宮さんも楽しんでね」

「ありがとうございます!!」

…普通に敬語が使えるならば、何故それを三年生には…と前も思ったがそれはもう諦める。

そもそも、今更敬語を使われたら…逆に、嫌かもしれん。

そして俺達は賑やかな食卓につき、豪勢な食事をありがたくいただいた。

「こんなに賑やかな食事、久しぶりで楽しいな!」

…翼を連れてきて良かった。

あの広すぎる部屋で一人なのは…寂しいだろう。

「華宮さんは単身で日本にいるのよね」

「はい!パパ…あ、いや、父も母もアメリカでの仕事が忙しくて」

「うちで良かったら、いつでも泊まりに来てくださいね。お夕飯だけでも、是非食べに来て。中学生が一人で暮らすのは大変だろうから」

「…っ!!」

母のその言葉に、翼はいきなりポロポロと大粒の涙を流し始めた…

俺は一体何が起きたのか全く分からず、ただ焦るしかなかった。

「つ、翼!?大丈夫か!?」

「ご…ごめん…!急に、アメリカの…ママを思い出して…寂しくなっちゃって…!」

…無理もない。

まだこいつは14歳、それに中身は普通の女子だ。

しかも甘えたがりの性格をしているのに、親元を離れて一人暮らしをするのは相当堪えるのだろう。

それでも、彼女は今まで弱音も吐かずに戦ってきた。

これからは俺が、翼に寂しい思いをさせないように側にいてやらなければ…

「日本にいる間は、私のことをお母さんだと思って良いですからね」

翼は顔を赤くして、涙を拭ってニコッと笑った。

「ありがとう…ございます!!」

…やはり同性の近しい人というのは必要なのだろう。

男子として生活をしなければならない故に、女子ならではの悩みなど相談する相手もいないのは…確かに問題だ。

「弦一郎さんも、たまには華宮さんのお家に泊まってあげなさい。お部屋が広いと寂しいでしょうから」

「泊まっ…!!」

予想外の母の提案に俺は思わずむせ返る。

…兄がニヤニヤとこちらを見て笑っているのは、あえて無視をしよう。

「わぁ!そうだよ、真田さんもお泊まり来てよ!ベッド大きいから二人で寝れるよ!」

「ゴホッ!ゴホッ!!」

更に翼の発言に俺はもう限界だった。

おそらく耳まで真っ赤だろう…じんじんと熱いのが伝わってくる…

翼の発言に深い意味は無い…と、思いたい…!

それから、今日の試合のことなどで話は盛り上がり、食事も終わったところでささやかな祝賀会はお開きとなった。

さすがに俺も翼も、今日の試合のこと、幸村の手術のこと、そして…交際が始まったこと。

色々なことが一日でありすぎて、心身共に疲労困憊だった。

早めに風呂に入り、寝る準備をした……

…………

…待て

「……何故、俺の部屋に、翼の布団まで敷いてあるのだ…!?」

俺は思わず立ち尽くす。

普通に考えて、初めて翼がこの家に泊まった時のように、彼女の布団は客間に敷いてあるものだと思っていたからだ。

「あ!今日は真田さんの部屋で寝るんだね!」

そこに風呂上がりの翼がやって来る。

その姿は家で貸した浴衣姿に、少し湿った金色の髪、火照った桃色の頬、血色良く艶のある唇……

…って、俺は何を考えているのだ!!たるんどるぞ真田弦一郎!!!

「…翼、これは、その」

「真田さん、ボクこういうの何て言うか知ってるよ!」

翼は何故か妙に自信のある表情で言い放つ。

「初夜って言うんだよね?」

俺はもう今日何度目となるか分からないが、例に漏れず顔を真っ赤にさせる。

このままでは血圧がどうにかなりそうだ。

「翼!そんな言葉を!どこで!!覚えたのだ!?」

「仁王くんが貸してくれた漫画」

翼に妙な知識を入れおって…っ!!仁王の奴は後で制裁だ…っ!!!

「いいか、翼…初夜というのは…いや、それは今はいい…!それよりも、一緒に寝るのは…少し俺達には…早すぎるのでは無いだろうか…っ!?」

「ボク今日は真田さんと一緒に寝たい。ダメ?」

「ーーーーっっ!!!少し!頭を冷やしてくる…っ!!」

顔どころかもう全身の血液が沸騰するように熱かった俺は、冷静になるために夜風の当たる縁側へと出た。

冷たい夜風が俺の体を冷やす。

「涼しいねー」

翼も縁側へと出て来た。

…今日はあまりにも色々なことがありすぎて、頭の整理が追いついていないのが正直なところだ。

夜空を見上げると、月が美しく輝いていた。

「…月が、綺麗だな」

何気無しに、そう呟いた。

翼は俺の隣に座る。

「それって、愛してるってこと?」

っ!?待て、何故そんな難しいことを知っているのだ!?

これは絶対に伝わらないとばかり…!

「…誰に教わった」

「柳さん」

…やはりか。そんな気はしていた。

しかしまぁ、これは、悪い気はしない。

「ねぇ、そんな遠回しな言葉じゃなくて、ちゃんと言ってよ。あの時みたく」

あの時…立海の優勝が決まって、想いを告げた時。

歓声に掻き消されたとばかり思っていたが…ちゃんと、届いていたようだ。

「……光輝、愛してる」

俺はもう観念して、はっきりと彼女の目を見て言った。

様々な光を宿すその瑠璃色の瞳。

ある時は鋭く、貫くように。

ある時は心を見透かす鏡のように。

ある時は澄み渡る空のように。

俺はもう目が離せなくなっていた。

まるで誰もが魅了される、魔性の宝石のようだ。

「今日頑張ったボクに、ご褒美ちょうだい」

「褒美?何がいい?」

そう問いかけると、翼はその輝く瞳をそっと閉じた。

金色の、長い長い睫毛が俺に向けられる。

…これは、まさか。

「…翼、その……これは…」

「ボク達にはまだ早いなんて、無粋なこと言わないでよね」

さすがに、男として覚悟を決めるしかないようだ。

「…失敗したらすまん」

「…いいから」

俺は破裂しそうな心臓をどうにか抑えつけようとしたが、そんなことは無理な話で。

彼女の肩に手を乗せて、俺もゆっくりと目を閉じる。

身体が熱い。

今日の試合の時よりも、熱く感じる。

唇を、重ねる

柔らかく、暖かい。

ああ、今日は色々なことがありすぎて

全く頭が回らない――――



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25話 寝不足の朝(真田視点)

「おはよう、真田さん!」

「……おはよう」

結局、俺達はそのまま同じ部屋で寝ることにした。

……無論、やましい事など一切していない…っ!!

「なんか眠そうだね?」

それもそうだ。

隣で翼が寝ていると思うと、自分の心臓の音が煩くて結局一睡もできなかったのだから…

…しかし、そんな中でスヤスヤと普通に寝ていた彼女は、少し無防備すぎやしないだろうか?

「はい、おはようのチュー」

そう言うと翼は何の迷いもなしに、口付けをしてきた。

俺は不意を突かれて、目を閉じる間も無く唇を奪われていた…

「ひ、光輝っ!!」

そしてやっと思考が追いついて、顔が燃えるように熱くなる…いい加減、こいつと付き合うにあたって過度なスキンシップに早く慣れないと高血圧になってしまう。

「目が覚めた?」

「……っ」

「…真田さん、キス嫌い?」

「き、嫌いでは…ないっ!まだ、慣れていないから…その、アメリカでは普通なのかもしれんが、俺には刺激が強く…出来れば、もう少し緩やかなペースで…頼む…!」

そうしなければ俺の身が持たん…っ!

正直、交際初日から口付けを交わすなど…全くの予想外のことで…そもそも手を繋ぐことですらも平常心を保つのが難しいと言うのに…!!

「んー、分かった!ボクももう少し我慢するよ!」

「…すまんな」

「ボクも真田さんと恋人になれたのが嬉しくて、ついはしゃぎすぎちゃった!」

少し頬を染めて、照れ隠しをするように彼女は笑った。

…そういう仕草がまた、愛おしくてたまらない。

俺は翼を…光輝を、抱きしめた。

「俺は、お前を…大切にしたいのだ」

腕の中の小さな彼女も、嬉しそうに微笑んで抱き返してきた。

「ボク、日本に来て、立海に来て…真田さんに出会えて、本当に良かった」

愛おしくて仕方がない。

こんな姿は恥ずかしくて誰にも見せられんな…。

特にテニス部の奴らには……

テニス部の…

「…光輝、正式に交際が始まったことを…テニス部の奴らにも報告せんと…流石にまずい、よな…」

「…あ、そうだね。すっかり忘れてたけど、部内恋愛ってどうなの…?」

そうだ…これは部内恋愛ということになるのか…

男子テニス部内でこんな事態になるとは誰も予想してない…いや、普通は出来ないだろう…。

それ故に部内恋愛についての決まり事は全くの白紙。

まずは部長である幸村に報告すべきだ…。

…しかし、思い返してみれば幸村の手術前に電話したあの時…すでに俺と翼の関係を認めているような口ぶりだったが…。

「今日みんなで幸村部長のお見舞いに行くよね。そのタイミングで言うべきなんじゃ…」

「手術後まもない幸村に余計な心配はさせたくないのだが…」

「…んー、確かになぁ……」

今日は術後、幸村との面会が許される日だ。

立海の皆と見舞いに行く予定ではあるのだが…この件をいつ切り出したら良いのか…

あまりにも前例が無いことなので、慎重に様子を見て報告をすることにしよう…。

それから俺達は朝食を取り、家を出て集合場所へと向かった。

…さすがに外も明るいので今回は手を繋がなかった。

本当はもっと普通に、恋人らしく出来れば良いのだが…

「あ、みんなー!good morning!!」

集合場所にはすでに皆が集まっている。

…我ながら情けない事に、昨晩は一睡もできなかったせいで結局起床が遅くなり、珍しく俺達が最後になってしまった。

「…弦一郎、寝不足のようだが?」

「色々あってな…気にしないでくれ…」



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26話 見舞いと報告(真田視点)

俺達は幸村の病室へと向かった。

…手術後、初めて会うということもあり多少緊張する。

「幸村、見舞いに来たぞ」

病室のドアを開ける。

最初に目に飛び込んで来たのは、あの優勝トロフィーだ。

一番目立つ所に飾ったのだろう。

「真田!みんな!!」

そう言って振り向いた幸村の顔を見て、俺は目を見開く。

目を輝かせ、曇りのない笑顔。

ああ、幸村のこんな笑顔を見たのはいつぶりだろうか。

倒れてからは、心の底から笑うことが無くなった幸村。

いつでも絶望的な目で、表面だけ笑ってみせて。

それが、何より俺には辛かった。

「幸村…」

昔のままの笑顔だ。

子供の頃、初めて声をかけてくれた時のような。

そして、共に全国優勝を目指したあの時のような。

「何、泣いてるの?真田」

俺は無意識のうちに涙を流していた。

幸村に言われハッと気づき、腕のリストバンドですぐに拭う。

「昔から泣き虫だな。ゲンイチロー君は」

子供の頃の呼び方で、名前を呼ばれる。

幸村は戻って来たのだ。

本当に良かった…本当に……。

「な、泣いとらん…っ!それより、術後の体の調子はどうなのだ?」

「さすがにまだ傷口が痛むけど、体の調子は凄く良いよ。よく動くし、歩くのも前よりずっと楽だ」

「…良かった。よく、頑張ったな。幸村」

「…頑張ったのはお前だよ、真田。俺が不在の間、よくみんなのことを引っ張ってきてくれた。そして俺のことも。本当にありがとう。苦労を、かけたね」

幸村は笑う。

…駄目だ。油断をするとすぐに涙腺が緩んでしまう。

昔馴染みということもあり、幸村の前ではどうしても子供の頃のように感情が露わになってしまうことがある。

「俺達のことも褒めてくださいよ!幸村部長!」

「そうそう!ボク達も頑張ったよ!褒めて褒めて!」

赤也と翼の二年生組が幸村に駆け寄る。

こいつらは二年生ながら、本当によく頑張ってくれた。

「赤也、翼。後輩である君達にも本当に苦労をかけた。君達のおかげで関東大会を優勝できたと言っても過言ではない。頑張ってくれて、ありがとう」

「幸村部長ーっ!」

その勢いで幸村には抱きつこうとする二人を俺は慌てて引き止める。

「落ち着けお前ら!幸村はまだ傷口も塞がってないのだから加減をしろ!!」

「ははは!可愛い後輩達じゃないか」

幸村のこんなに楽しそうな顔は本当に久しぶりだ。

彼の辛く苦しい日々がようやく終わったのだと、実感する。

「…蓮二も、仁王も、柳生も、丸井も、ジャッカルも…みんな、本当にありがとう。お前達のおかげで、俺は頑張れたんだ。そしてこれからも、共に全国大会…立海の三連覇を目指していこう」

「精市が戻ってきたことにより、我が立海の三連覇を成し遂げる確率はほぼ100%と言っても良いだろう。…おかえり、精市」

「やっぱりお前さんがおらんと刺激が足らんぜよ」

「やはり幸村君がいてこその立海大テニス部です。ずっとお待ちしていましたよ」

「幸村くん!本当に良かったぜぃ!!退院祝い楽しみにしてろい!」

「こんなメンツ纏められるのはお前だけだよ。あ、でも無理はするなよ!俺にできる事があったら遠慮なく言ってくれよな」

皆が幸村に声をかける。

一つ一つに、嬉しそうに微笑む幸村。

「術後の経過も良いし、8月頭には退院して学校に戻れそうだ。…ああ、楽しみだな。またみんなでテニスができるんだ」

全国大会には幸村を含めて、今度こそ誰一人欠ける事なく戦う事ができる。

それが俺達にとって、どれ程までに幸せなことか。

「…幸村もまだ術後間もない。長居するのも悪いので俺達は帰るとしよう。次に会うのは、退院の時だ」

俺達は帰りの準備をする。

さすがに手術翌日では幸村もまだ体が怠かろう。

「真田。お前からも何か報告する事があるんじゃないか?」

幸村に呼び止められる。

報告すること…?一体何が………

…………あ、

「…幸村、それは、つまり…」

俺は思わず翼と目を合わせる。

「そうだよ、その件だよ」

幸村はニヤニヤと笑う…先程までの笑顔とは違う。

昔と同じ、俺をからかう時に見せるあの顔だ。

「いや、しかし、この流れで…言うべきでは…」

「昨日も色々あって寝不足だったようだしな。弦一郎」

まさかの蓮二まで逃げ場を無くしてきた。

……そうだ、この二人はいつも厄介な所で妙に団結するのだった。

「え、なんスか!?真田副部長!?なんか重大発表っスか!?」

…周りを見ると、赤也以外の奴らは何となく察しているような顔をしている……くっ!赤也の無邪気な言動のせいで余計に言いにくい…!!

「真田さん、ボクから言おうか?」

「…い、いや。ここは、俺が言うべきだろう…!男として…っ!!」

「ほら、真田!男らしく頑張って!」

「弦一郎、時間が経てば経つほど言いにくくなるぞ」

幸村と蓮二は容赦なく俺の退路を断つ。

…男、真田弦一郎…!覚悟を決める時だ…!!

「俺と翼…もとい、俺と光輝は、昨日時点で正式に交際を始めた事を、ここに、報告する…っ!!」

…言った、言ってしまった。

またもや俺の顔は燃え上がるほどに赤くなっている。

その隣では翼が嬉しそうな顔で微笑んでいる。

……こんな状況でも、やはりこの笑顔が愛おしいと思ってしまう俺も相当なのだろう…。

「…ハァァっ!!?真田副部長と翼がぁ!?嘘だろオイオイ!!」

「え、赤也気づいてなかったの?」

「二人の様子を見ていれば、いずれこうなる事は明々白々」

「なーんで姫はそんな怖いおっさんがええんかのう」

「いいですね…!テニスコートで生まれるラブロマンス…!映画のようで素敵です!!」

「…柳生、こういうの好きだよな」

「あの真田が金髪女子と…っていうのは意外だけどな」

…聞いていると俺の翼への好意が、今の今まで全て丸見えだったという事だろうか…?

……血圧の上がりすぎか頭がクラクラしてきたぞ……

「ていうか幸村部長っ!部内恋愛ってどうなんスか!?」

「いいんじゃないか。真田も翼も、テニスに関しては真面目だし、恋愛しているからと言って部活が疎かになることはまずあり得ないだろうからね」

「確かに、弦一郎と翼が交際をした所で、この二人がテニスに対して手を抜く事は100%の確率で起こり得ない。故に部活に与える影響は無く、今まで通り部活を続ける事は可能だろう。ただし、色々あるからと言っても睡眠はしっかり取るように、弦一郎」

意外とあっさりと許されてしまった。

何というか、それなりの覚悟はしていたのだが拍子抜けである。

「わーい!良かったー!もう男子テニス部に居られないんじゃないかって内心ハラハラだったよー!!」

ホッとする様子の翼。

そんな彼女を見て、幸村は優しくその金色の髪を撫でる。

「そんなこと言うわけないだろう。俺だって翼と部活をするの、ずっと楽しみにしてたんだから」

…翼に向ける幸村の視線は、何と例えたら良いのか分からないが、愛おしそうなものを見るような目で…

何故か、俺の心が騒めくのを感じた。

 



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27話 感謝の気持ち(真田視点)

「…今度こそ本当に帰るぞ!」

無事に俺と翼の交際の件も報告し終わったので、今度こそ幸村の病室を後にしようとした。

「真田、久しぶりに二人で話そうじゃないか」

幸村はまたもや俺を引き止める。

「それでは弦一郎、俺達は病院の外で待っている」

蓮二達は何かを察してか、俺を残してさっさと病室から出て行ってしまった。

…二人で話したいなど、一体どういうことか。

俺と幸村は静かな病室に二人きりとなった。

「…この病室でお前と二人きりになると、あの時のことを思い出すよ」

「あの時…?」

「俺がこの病気に負けそうになって、テニスを諦めると弱音を吐いた時だ。お前は容赦なく俺の顔にビンタしてきただろ?」

「…あ、ああ。あの時はすまなかった…」

「違う、俺は感謝してるんだよ。あの強烈な痛みが、俺はまだ生きてるんだって教えてくれた。お前の真っ直ぐな言葉が、いつも俺を支えてくれた」

幸村は微笑む。

あの頃は笑う余裕などお互い無くて、いつもギスギスとしていた。

そして二人きりになった途端、ついに幸村の感情が爆発してしまった。

苦しくて絶望して、弱音を吐いてテニスの事など考えたくないと叫んで、全てを諦めようとした。

俺はそんな幸村に耐えられず、目を覚まさせるために手を上げてしまった。

…ずっとその事は後悔していた。

しかし、優しい言葉をかけて慰めるのは違うと思ったのだ。

そんなことをしても、きっと幸村には届かない。

中途半端な生温い言葉などでは、この深い絶望の闇を晴らす事などできない…このままでは本当に幸村が全てを諦めてしまうと、恐ろしくなったのだ。

「病人の俺にこんな事したのはお前だけだよ。…でも、そのおかげで俺は目が覚めたんだ。お前がいなかったら、きっと全てを諦めて、今もただベッドの上で寝ているだけの生活をしていたかもしれないな」

「お前が復活できたのは、お前自身の強さがあってこそだ。俺はそれに少し力添えしただけにすぎん」

「…俺は心配だったんだ。お前は俺のことをいつでも支えてくれる。でも、そんなお前を誰が支えてやれるのか…ほら、真田は昔から手を引いてもらう側だったろ?ダブルスの相手が見つけられなくて、俺が声をかけた時みたいに」

「それは…本当に子供の頃の話ではないか。さすがに今はそんなこと…」

「そんなことない、って思ってるんだろうなって。でも違うよ、お前は真っ直ぐすぎて、何でも背負いすぎて、強すぎるが故に脆すぎるんだ」

幸村は見据えるような目で、俺を見つめる。

テニスをしている時のような目だ。

相手の心の奥底にある弱味まで、見据えてしまう目。

「…でも、心配は要らなかった。彼女が…翼が、そこまでお前を理解して支えてくれていたと知ったあの時から」

それは以前見舞いに行った時に、翼と二人きりで話したいと言った…あの時だろうか。

あの時に幸村と何を話したのかは、翼には聞かなかった。

「あの時、俺は翼に…光輝に、好きだと伝えたんだ」

俺は耳を疑う。

幸村が……翼を…光輝を、好きだと…?

「光輝にはこの事は真田に絶対言わないよう、口止めしたんだ」

「そんな大切なこと…何故…」

「…だって、もし俺が光輝を好きだとお前が知ったら、お前は彼女に想いを告げることはしなかっただろう?」

……そうかもしれない。

病床に伏せる親友が想っているならば、俺はきっと…光輝を諦めたかもしれない…。

あの試合の後に、彼女を抱きしめることは…無かったのだろう。

「それを…何故、今俺に言ったのだ…」

「もう大丈夫だと思ったからさ。もし、俺が今…光輝を譲ってくれと言ったら、お前は彼女をどうする?」

幸村の目は射抜くように鋭かった。

冷たいナイフのような視線に、俺は体が強張る。

「俺は…!あいつを、光輝を大切にすると誓ったのだ…!例えお前の頼みであれ、彼女を渡すことは…できぬ…!」

俺がそう言うと、幸村はフッと表情を和らげて優しげな顔に戻り微笑む。

「それでいいんだ。結局俺は振られたけど、それでも、彼女が好きな人がお前で良かったって思った。真田を支えてやってほしいって、思ったことも本心なんだ」

…光輝と幸村がそんな会話をしていて、幸村が彼女に対してそんな想いを向けていたことは…正直驚いた。

それでも今は、親友の願いであれども彼女を渡す事など考えられない程に彼女が…光輝が愛おしくてたまらないのだということを、再確認させられる。

「幸村。俺は、光輝を必ず大切にする。彼女と共に歩んで、支えになってやりたいと思っている。絶対に、幸せにする。約束しよう」

幸村の想いを知った俺は…ますます彼女を大切にしなければと、強く、強く思った。

「真田、それは俺じゃなくて光輝に言ってあげなよ。お前達のそういう真っ直ぐな所が、本当によく似ていてお似合いだ」

お似合いと言われると、なんだか照れ臭くて顔を赤くしてしまう。

…すぐに赤面する癖は本当にどうにかせんとな。

「もし真田が、幸村のためなら光輝を譲る…なんて言い出したら今度は俺がお前に鉄拳制裁してやろうと思ってたのに」

「俺は光輝と約束したのだ、共に歩むことを。何人たりとも、例え旧知の親友だとしても、彼女を渡すことは無いから安心しろ」

「はは!真田のくせに生意気だなー!」

幸村はからかうように笑う。

俺もつい、つられて笑ってしまう。

久しぶりだ、こうして二人で思い切り笑い合うのは。

「…真田、俺に遠慮はしなくていいからな。光輝が選んだのはお前なんだから。振られた俺の分まで、彼女を大切にしてくれよ」

「無論だ。言われずとも、必ず幸せにしてみせる」

「そうだな。お前なら心配ない」

そう言うと幸村は、力強く笑って拳を突き出した。

「次に会うのは、部長として復帰する時だ」

俺はその拳に、自分の拳を突き合わせて応える。

「ああ、待っているぞ。幸村」

拳から伝わる熱。生きている証。

まごう事なき、倒れる以前の幸村の拳だ。

病気の時の冷たい手とは、全然違う。

それは幸村の情熱が、希望が、体を巡っているのだろう。

その瞳には光が宿る。

共に戦ってきた、あの幸村精市が戻ってきたのだ。

今度こそ誰も欠けることなく、全国へ ――――

 



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28話 俺の居場所(幸村視点)

8月1日

外は真夏だ。

年中空調の効いているこの部屋からでも分かるほど、太陽の日差しがジリジリと熱を発している。

セミの鳴き声がする。

久しぶりだ、季節を肌で感じられるのは。

ずっと一人この部屋で、雪が降るのを見て、桜が咲くのを見てきた。

――― それも今日で終わりだ。

今日は待ちわびた退院日。

母が荷物をまとめて、車へと積み込む。

リハビリも順調で、もう動くことには何の支障もない。

自分でも分かる。倒れる前の体に戻ったことを。

病院の人達にお礼を伝えて、いよいよこの部屋とはお別れだ。

病院の外に出ると、空調の効いていない自然な気温。

ああ、空が眩しい。

夏ってこんなに暑かったんだな。

「母さん、先に家に帰っててくれるかな。俺は…これを、自分の手で届けたいんだ」

俺はそう言って、自分の足で歩き出した。

――――――――――

――――

向かったのは、懐かしい…俺の居場所。

立海大附属中学校。

まだ朝早いので生徒達の姿は見えない。

そう、彼らを除いては。

耳をすませば、彼らの声が、懐かしい音が聞こえてくる。

俺は逸る気持ちを抑えきれずに、走り出す。

ああ、早く、早く、あの場所へ―――!!

「今日は幸村の退院の日だ。だが、学校へ来るのは明日からだと聞いている。幸村不在の間に鍛えた実力を見せられるよう、今日も集中して練習に取り込むように!!」

真田の声だ。

相変わらず大きくてよく通る声をしている。

どの部活よりも朝早く練習をしている男子テニス部。

俺が不在の間も本当に、よく頑張ってくれた。

「みんな、動きが悪すぎるよ!」

テニス部にいた時の俺の口癖。

どうしても、ここから始めたかったんだ。

「……なんてね!懐かしいだろ」

振り返る部員達。

誰もが目を見開いて口を開けていた。

あの真田でさえも、面白い顔になっている。

「幸村っ!?何故…!登校は明日からでは…!?」

「退院したら、どうしても一番にここに来たかったんだ」

そして俺は、預かっていた優勝トロフィーを真田に差し出す。

「これを、早く部室に飾りたかった」

みんなが頑張ってくれた証。

いつもは関東大会優勝など当たり前のことで気にも留めなかったけど…これは、俺達にとって大切な優勝トロフィーだから。

「それともう一つ、ずっと気になってたことがあってね」

俺はずっと気になっていた部室横の花壇を見に行った。

まぁ、真田達のことだ。

すっかり忘れ去られて雑草だらけになって……

「…これは……」

咲き誇る 色鮮やかな夏の花々

目に焼きつくような 鮮烈な色

俺の大好きな匂い。

花瓶の花とは違う、土の上で力強く咲く花。

「ちょうど満開の時に見せられて良かった!」

まるで夏の花のような笑顔の彼女。

「…これは、翼が?」

「そうだよ!幸村部長、花が好きだって聞いたから!」

「こんなに綺麗に…」

ああ、懐かしい匂いだ。

嫌いだった病室の薬品の匂いがもう思い出せないほど、たくさんの花の香りに包まれる。

夏の空気、温かい土の匂い、生きている花の香り。

ずっと、ずっと、戻りたかった場所。

「俺の大好きな夏の花だ…特に、ダリアの花」

ダリアを見ると、いつも君のことを思い出した。

倒れやすくて、支えることが必要な花。

でも強くて、色鮮やかで、大きな花を咲かせる。

その鮮烈な色は俺の心を奪って。

手の届かない場所で咲き誇る…そう、まるで君のように。

「ありがとう、翼。俺の大切にしていた花壇を、忘れないでいてくれて」

照れ臭そうに笑う彼女。

…やっぱり、真田に渡すのは悔しいなんて思ってしまったり。

「どうせ真田達は花壇なんか忘れて雑草だらけにしてるだろうなって思ってたから嬉しいよ」

「ぐっ…!恥ずかしながら…翼に指摘されるまでは…」

「はは!やっぱりお前には翼が必要だよ。お前の見落としているものを、見つけてくれる彼女を大切にな」

悔しいけども、二人はお似合いだ。

真っ直ぐすぎて色々と見落としがちな真田を、きっと翼は上手く支えてくれるだろう。

この花壇の花のように。

「明日から、正式に部長として復帰する。長いこと留守にしてすまなかった。もう心配はいらない、共に三連覇を目指して戦おう!」

俺は一人一人の目を見て、力強く宣言した。

『イエッサーー!!!』

それに応える、力強いみんなの声。

響き渡るほどの大きな声を聞くのも久しぶりだ。

みんなの声が、熱が、想いが、俺の心臓にまで届いてくる。

もう迷いはない

俺達は進むべき道を、突き進むだけ ―――



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29話 キング襲来

その後、幸村も無事に復帰し、全国大会へ向けて男子テニス部の指揮は高まってきた。

全国大会の組合せ抽選会を数日後に控え、部員達は練習へと打ち込む。

そんな中で、騒ぎが起こる。

「おい、大変だーっ!!今うちのテニスコートに氷帝学園が乗り込んできてるらしーぜ!」

「マジかよ!?行ってみよーぜ!」

他の部活の生徒達がザワザワと騒ぎ始めた。

どうやら、氷帝学園の誰が立海大テニス部へと単身で乗り込んできたらしい。

「氷帝……跡部か」

部活前に健診を受けていた幸村は、すぐにテニスコートへと向かった。

「立海!立海!立海!立海!!」

大勢の立海コールが鳴り響く中、テニスコートでは二人の男が戦っていた。

「何度やっても同じだっ!!」

「らぁっ!!」

まさしく氷帝学園からの挑戦者、跡部景吾…そして、それを相手にするのは皇帝 真田弦一郎だ。

「動かざること 山の如し」

風林火山の『山』を発動させる。

それは鉄壁のガード。『山』を前にして跡部は成す術もない。

「あらら~惨め惨め」

「圧倒的だな」

切原とジャッカルは余裕の笑みだ。

「もう決まりだろい」

「相手が悪すぎましたね」

「プリッ」

他のメンバーも真田の勝利を確信している。

そんな中で、華宮だけは何か嫌な予感を感じ取る。

「…こんなに押されてるのに、跡部って人の目…何かを探っているような……」

華宮は跡部の視線が気になって仕方がなかった。

『ゲーム真田!4-0!!』

コールが鳴り響く。

あの跡部ですらも、真田からはまだポイントを奪えずにいた。

「全国へ行く事のできぬお前が、我が立海に単身で乗り込んで来るとはな。何の茶番だ?跡部」

汗塗れの跡部に対して、涼しい顔で余裕の表情を浮かべる真田。

周りのギャラリー達も盛り上がり、立海コールの大合唱が始まる。

『常ーーーっ!勝ーーーーっ!立海大!!レッツゴーレッツゴー立海大!一発決めてやれーっオオーッ!!』

いつもなら派手な氷帝コールに包まれているキング、跡部が完全にアウェーな状況にいる。

真田も勝利を確信し、圧倒的な力の差を見せつける。

「そんな程度か」

真田は不敵に笑う。

―――絶望と共に散れ 跡部景吾

「動かざること 山の如し」

決して崩されない『山』を繰り出す。

その容赦無い姿に周りはどよめく。

「お、鬼だ!また風林火山の『山』を!!」

「この鉄壁の守備はもう崩せない!持久戦で完全に跡部を潰す気だぁーーっ!!」

持久戦は跡部が得意とするスタイル。

それをあえて真っ向から捻り潰そうとするのは、皇帝真田弦一郎らしい戦い方だ。

「―――っ!!!?」

しかし、次の瞬間。

誰もが目を疑った。

まるで時が止まったかのように、静まり返る。

(こ、こいつ…バカな、俺の死角を…!?は、反応できぬ…っ!)

鉄壁の守備と言われる『山』を発動していたにも関わらず、跡部のボールは真田の完全な死角をついてコートへと叩き込まれたのだ。

「フフフ……ファーッハッハッ!!!」

跡部は目を見開いて、高らかに笑い声をあげる。

「完成だ!!」

満足したかのような顔の跡部。

周りがまたもやざわつく。

すると、何者かによってコートのネットがスルスルと下ろされ始めた。

「ゆ、幸村部長っ!?」

ネットを下ろしたのは、その試合を見ていた幸村だった。

「さあ、そこまでだ」

「フーン、テメェが相手してくれんのか?」

跡部の挑発に、静かな顔の幸村。

「遠慮しておく。公式戦が楽しみだ」

幸村は静かにそう言った。

公式戦…氷帝は関東大会で青学に敗れたために全国大会へは進出できないはず。

跡部でさえも、幸村の言葉の意味は理解できなかった。

「どーいう意味だ?」

「いずれ分かるよ」

跡部はフンっと鼻で笑うと、コートから出ていく。

そのすれ違いざまに、ベンチにいた華宮と目があった。

「…華宮 翼」

跡部は華宮に声をかける。

「どういうつもりでその名を名乗ってるのかは知らねーが、俺の目は誤魔化せないぜ。女王サマよ」

華宮はビクリとした。

バレてる。自分が世界女王、華宮 光輝 本人であることが。

「…君の目はよく見えるんだね」

「その通りだ。俺の目は何でもよく見えちまう」

先程の真田との試合を思い出す。

跡部は『視る』ことに特化しているのだ。

その人の弱点を、本質を、全て見透かす氷の瞳。

「まぁ安心しろ。別に言い触らそうなんてことは思っちゃいねーし、弱みを握るつもりでもねぇ。そんなやり方はキングに相応しくないからな」

華宮は跡部に苦手意識を感じた。

越前リョーマのような、掴めない感じがどうも合わない。

「立海は面白いことをするじゃねーかと思ってな。どうだ、今度紅茶でも飲みに来いよ。世界女王の話には興味がある」

華宮は明らかに嫌そうな顔をする。

それに気づいた真田が、すぐさま恐ろしい形相で近付いてきた。

「跡部っ!!貴様…っ!翼に、何を言った…っ!?」

あまりにも必死な真田の様子に、跡部は思わず高笑いをする。

「ハーッハッハ!なんだ、テメェらそういう関係かよ!!」

「ーーっ!!?」

跡部にはどうやら二人の関係が『視え』てしまったようだ。

「真田にしちゃあイイ趣味してるじゃねーか。だが、うつつを抜かし過ぎてテニスの方が疎かにならねーように気をつける事だな!」

「お前に言われるまでもない!立ち去れ!!」

「ハッ!その油断と奢りに、いつか足掬われるぜ?」

そう言い残すと、跡部は走り込みをするように去って行った。

真田は試合を止めた幸村に詰め寄る。

「たわけが…何故邪魔をした?」

「…あのまま続けてたら負けていたぞ、真田」

幸村から衝撃的なことを言われ、驚く真田。

確かに、死角を一瞬突かれはしたがそれでも負けるとまでは思っていなかったからだ。

「……お前にはそう見えたのか」

「そうだ。少なくとも、『風林火山』だけでは負けていたと俺は思う」

油断と奢り…

…それも事実なのかもしれない。

関東大会を制し、幸村が無事に復帰して、やっと肩の荷が下りたこともあってか多少なり気の緩みはあったのだろう。

気を引き締めなければと、真田はラケットを強く握った。



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30話 男の嫉妬(真田視点)

その日の帰り道。

いつものように俺は翼と手を繋いで歩く。

手を繋ぐことに関してはだいぶ慣れてきたので、以前ほど手汗も出ないし顔も赤くならない…まだ少し、心臓の鼓動は早くなるが…。

「あの跡部って人、ボク苦手だなぁ…なーんか勘が鋭すぎるというか、あんまりあの目で見られたくないや」

翼は越前リョーマと会った時のような苦い顔をする。

「あの時、跡部はお前に何を言っていたのだ?」

「あー、ボクが本当は光輝本人だろってことと、今度紅茶でも飲まないかっていうナンパだよ」

「な…なん…っ!!?」

それを聞いて、俺は腹わたが煮えくり返るほどの怒りが込み上げてきた。

……これが、嫉妬という感情なのだろうか。

「…翼、少しお前の部屋に寄ってもいいだろうか」

何故だか、今日はこの手を離したくない。

「え!ホント!?わーい!お泊まり!?」

「ち、違う!寄るだけだ!!」

「なーんだ、泊まっても良いのにぃ」

それは意味を分かっている上で言っているのだろうか…?

翼は無防備すぎるというか、どこまでが本気なのだが分からない時がある…試合中はあんなにも隙がないのに、まるで別人のようだと毎回思う。

いつもここで別れる玄関ロビーだが、今日はそのまま彼女と共にエレベーターへと乗り込む。

…なんだ、この妙な、落ち着かない気持ちは。

「そういえば、真田さんがボクの部屋に来るのって引っ越してきた時の片付け以来だよね」

「ああ、そうだな」

「あの時は朝だったけど、この時間帯だと夜景が凄いんだよー」

思えば、恋人として初めて彼女の部屋へ行くことになる。

しかも夜……い、いや、何も変な意味など無いが。

最上階へと到着し、一番奥の翼の部屋へ向かう。

娘を溺愛する父親が選んだというセキュリティーは凄まじく、カードキーと指紋認証の二重ロックらしい…それなら確かに安心だろう。

「どうぞー!」

俺は翼に続いて部屋へと上がる。

…全面ガラス張りの部屋から見る夜景は確かに素晴らしく、本当に高級ホテルのような部屋だとつくづく思う。

「綺麗でしょー!」

「確かに凄いな…部屋も、綺麗に片付けられている。感心したぞ」

「まぁ部活で疲れて帰ってきて、お風呂入って寝るだけだしねー。そうだ!今度休みの日にでもみんな呼んで遊ぼうか!無駄に広い部屋だし!」

それを聞いて、俺は靄のかかるような気持ちになる。

…レギュラー陣が翼と仲良くしているのは良いことだ、しかし、この部屋に呼ぶ…そう思うと、何故かあまり良い気はしない。

俺は自分自身の嫉妬深さに驚いた。

「光輝」

「真田さ…」

許可もなく、唇を重ねる。

彼女もさすがに驚いた表情をしていた。

「……もう一度いいか」

「ん」

一旦離した唇を、もう一度重ねる。

今度は長く。まだ離したくない。

彼女もそれを受け入れてくれた。

「………すまん」

どうしても我慢できなかった。

跡部に話しかけられた彼女を見ている時も、熱くて苦しいこの醜い嫉妬心をどう発散すればいいのか分からなかった。

「…今日は積極的だね」

「……男の嫉妬は、見苦しいものだ」

「嫉妬…?」

「お前が今日跡部に話しかけられた時だ。俺は奴に激しい憎悪を抱いた…これがきっと、嫉妬というものなのだろう…」

それを聞いた光輝は、驚いたように青い瞳を見開いて…それから頬を赤く染めた。

「や…なんか、予想外…真田さんって、嫉妬してくれるんだ…嬉しい、な」

嬉しい?今度はその返答に俺が驚く。

てっきり、束縛が激しいと嫌われるかと…。

「真田さんってそういうの気にしなそうっていうか…あんまり嫉妬しなそうって思ってたから…でも、そのくらいボクのこと、好きってこと…だよね?」

上目遣いでそんなことを尋ねられると…あまりの可愛らしさに頭がクラクラとしてしまう。

彼女に出会う以前の俺が聞いたら、たるんどる!と一喝して鉄拳制裁を自らに食らわせそうなほど、自分でも自分の変化が信じられない。

俺の前でしかしない、女性的な表情。

そう思うと余計に愛おしく、この笑顔を独占したいとまで思ってしまう。

「…自分でも驚くほど、どうやら俺はお前のことが好きなようだ」

「ボクもだよ。こんな気持ち、生まれて初めて」

静かに目を閉じて、唇を何度も重ねる。

…跡部の言う通りというわけでは無いが、確かに私生活も気が緩みすぎているのは事実かもしれん。

たが、恋という感情は難しく…理屈ではどうにもコントロールできないもののようだ。

「…もっと欲しい」

そう言うと、光輝は唇を重ね…舌を絡めてきた。

熱が上がりすぎて何も考えられない状態の俺は、それを受け入れ……待て、待て待て待て!!!?

「…っ!!待て!光輝…これは…流石に…っ!!俺達はまだ、未成年で…っ!!」

「チッ、正気に戻っちゃったか」

悔しそうな顔をする光輝。

俺は自分のしたことを冷静に思い出して、頭の上から足の先まで熱くなる…今、俺は、何を…!!

「真田さん、普通のキスじゃ足りなそうだったからもうワンランク上に行けるかなと」

「お前は油断も隙もないな…!?」

「だってボク、真田さんのこと物凄く好きだから」

「~~~っ!!!」

そんな風に言われてしまってはこちらも何も言い返せない。

…確かに、がっついてしまった俺に非がある。

だが風紀委員長として、清らかな男女交際を…っ!!

「真田さんの理性はなかなか手強いけど、なんとか攻略してみせるから覚悟してね!」

……情けない事だが、正直に言うと俺はこういう面でも彼女に勝てる気が全くしない。



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31話 的確なアドバイス(真田視点)

「…少し脱線したが、俺は今日の試合のことを話したくてお前の部屋に寄ったのだ」

そうだ。もともとは今日の跡部との試合について意見を聞きたくて彼女の部屋に寄ったのだ。

…まだ動悸が収まらない。

「ボクはてっきりエッチなことをするために来たのかと」

「翼…っ!!!」

「冗談だよジョーダン!そんな怖い顔しないで!」

俺は普段通り翼呼びに切り替えた。

どうも光輝と呼ぶと女として意識してしまう…。

「…で、あの試合がどうしたの?」

「幸村に、あのまま続けていたら俺は奴に負けていたと言われたのだ…俺はどうしてもそれが納得いかなくてな」

あの時…幸村はわざわざ試合を中断させて、俺に言った。

幸村が言うのだから、もしかしたら本当にそうだったのかもしれない…だが、俺は試合を中断されたことに少なからず不満を抱いていた。

「あの時点では俺が余裕でリードしていた。…確かに、死角を突かれて『山』が破られた時には驚いたが…それでも、俺は奴に負けるとは微塵も思えないのだ」

「…死角を突いたのは偶然ではなく、跡部さんが狙って打ち込んだものだ。あの人の目は何でも見える恐ろしい目。正直に言うと、真田さんみたいに真っ直ぐなテニスをする人とは相性が最悪だと思う」

翼は先程までの可愛らしい顔ではなく、テニスをしている時の…あの鋭く凛々しい顔で冷静な分析をする。

本当に別人なのではないかと常々思う。

「客観的に言わせてもらうと、相性的にも真田さんが負けていた確率は低くないと思う」

「…そうか」

「真田さんは、強過ぎるがために自分の有利な状況になると余裕を見せてしまうのが悪い癖だよ。テンションが上がり過ぎて油断が目立つ。あと予想外のことが起きた時に上手く対処できなくて力強くで押し通そうとするのも見直した方がいいかも」

翼は遠慮なしに意見を言ってくる。

…確かに、言われていることは思い当たる節があるし適切なアドバイスなのだろう。

しかし、それを恋人に言われると……情けない事に、物凄く…心理的にキツいものがある…。

「あ、ごめん!言い過ぎた!?」

「い、いや…少々精神的にくるが……俺が見えない所をよく見ていてくれて本当に助かる。全国大会には、完璧な状態で臨みたいからな…。やはりお前に相談して良かった。ありがとう」

俺は翼の頭を撫でる。

すると、あの鋭く凛々しい女王はどこへ行ったのか…またもやニコニコと可愛らしい少女に戻ってしまった。

「…と言ってもボクも跡部さんとは相性最悪だと思うし、出来ればあの人とは戦いたくないのが本音だよ。あー、あと不二さんとももう戦いたくない。あの人試合中に新しいことどんどんしてくるから怖くって」

「意外だな。お前はどんな相手でも戦いたいとか言うものかと思っていたが」

「ボクは負けるのが何よりも嫌いだから、出来れば相手は選びたい派だよ。まぁ、どんな相手でも負けるつもりはないけどさ」

またも彼女の意外な一面を知る。

赤也のような誰とでも戦いたい好戦的なタイプかと思っていたが…相手の相性も加味して少しでも勝率の高い方を選ぶ冷静さがあるのだな。

…それもそうか。世界女王ともなればその一敗はあまりにも大きな過失。それを防ぐためには相手をよく観察し、出来るだけ勝率を上げる工夫をするのは当たり前のこと。

ずっと一人で戦ってきた彼女の知恵だ。

「でも珍しいね、真田さんが相談だなんて。いつもならこんなこと誰にも言わずに、自分で何とかしようとしてたのに」

「…前に幸村が言ったように、俺は自分で見落としているものが思ったよりも多いらしい。あの花壇のように。それに気付かせてくれるのは、いつもお前だ」

瑠璃色の大きな瞳を見つめる。

いつまでも見ていたくなるような、澄んだ瞳。

この夜景よりも、ずっと美しい。

「お前には俺の弱みも、全て見せようと決めたのだ。そうすればお前も何かあった時、俺に頼りやすくなるだろう?」

彼女はそう、なかなか弱みを見せようとしない。

きっと今まで誰にも頼らずに戦ってきたからだろう。

しかし、それではいつか壊れてしまう。

俺は彼女と共に歩むことを、そしてその小さな体に背負う重すぎるものも、一緒に背負うことを誓ったのだ。

「…俺はお前の支えになりたい。お前が辛い時にそれを全て受け止めてやれる男になりたい。だから、少しずつでもいい。お前も俺に、弱みを見せてほしいと思っている。俺の前では女王として強がることはないのだからな」

翼は、その宝石のような瞳を細める。

目には涙を溜めて、しかし優しげな顔で微笑む。

柔らかくて愛おしい笑顔。

「真田さん。ボク、君の恋人になれて本当に幸せだよ。一緒にいてくれて、ありがとう」

俺の胸に飛び込む光輝。

ああ、本当に小さな身体だ。

「もう、一人だった頃に戻れないね」

「戻らなくていい。これからは、俺がずっと側にいる」

「……ありがとう」

見つめ合って、口付けを交わす。

…顔を赤らめる癖は、ようやく無くなりそうだ。



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32話 テニス合宿1

後日

今日は朝からミーティングが行われていた。

跡部が新たに力をつけてきたこと、幸村の完全復帰のための練習…更には関東大会での反省と補うべき課題。

全国大会を目前に控え、皆真剣に話し合いをしていた。

「ねぇ、そういえばさ。まだ関東大会優勝と幸村部長退院のお祝いやってないよね?」

そんな中で、華宮は思い出したかのように言った。

「…言われてみれば、そうだな。うむ、全国大会前で時期もちょうど良い。どこか食事にでも…」

「あ、それなら俺行きたい所があるんだけど」

幸村本人が挙手をして行きたい場所を推薦してきた。

「去年、柳のペンションにテニス合宿に行ったじゃないか、海の近くの。またあそこに行きたいなって、入院中に思ってたんだ」

海の近くのペンション…それを聞いて、華宮は目を輝かせた。

「海!?行きたいっ!ボク、男として学校通ってるからプールの授業も出られなくてさ!本当はずっと泳ぎたかったんだよね!!」

「おいおい!お前は去年いなかったから知らねーと思うが…あのテニス合宿は地獄だぜ…?海で遊んだ記憶なんか…ねぇよ…?」

切原は去年のテニス合宿を思い出して青ざめた。

海の近くのペンションとは聞こえが良いが、実際はまさに地獄のテニス合宿だった。

朝から晩までそれはもうみっちりと…海なんて存在は無かったかのように…。

「その通りだ、翼よ。遊びに行くのではないのだからな」

「えー!真田さんはボクの水着姿見たくないの!?」

「…っっ!」

「俺は物凄く見たいぜよ」

「仁王は黙ってろ…!」

「いいんじゃないか、今年は頑張った後輩達のために海で遊ぶのも。俺も久しぶりに羽を伸ばしたいし」

「弦一郎、俺もテニス合宿は賛成だ。全国前に各々の課題に集中して取り組むこともできる。それに、根の詰めすぎはかえって効率を悪くする。今年は海で休憩する時間も取り入れてみよう」

「…お前達がそう言うのなら、仕方ない」

「やったーー!!」

今年は海で遊べる、それを聞いて華宮と切原の二年生組は特に喜んだ。

「だがしかし!あくまでこれはテニス合宿、あまり浮かれ過ぎぬように!!」

「新しい水着買わなくちゃー!楽しみだなぁ」

「………」

華宮はもう完全に海へ遊びに行くことしか頭にないようだ。

真田はこの浮かれ具合も心配だが、それよりも彼女の水着姿というのが気になりつつ、自分以外の男にもそれを見られてしまうことにあまり良い気分ではなかった。

――――― そして、当日。

「夏だ!海だ!!」

「イエーーイ!!」

海を前にしてテンションが上がる二年生組。

「翼!赤也!あまり浮かれ過ぎるな!まずは荷物を運んで、午前中は練習だ。海に行くのは午後だぞ!」

「はいはーい!早く練習しよーっ!」

「こんなに練習楽しいの初めてだぜー!」

「…全く」

「まぁまぁ真田。二人は大会でもかなり頑張ってくれたんだから、今日くらい羽目を外したって良いじゃないか」

「しかしだな…」

「全国大会ではもっと厳しい戦いが待っているんだからね。言わば、最後の晩餐とでもいう感じかな!」

「………」

幸村はたまに怖いことを笑顔で言ってくる。

それには流石の真田ですらも押し黙ってしまうことがあるほどだ。

それから荷物をペンションへと運んで、ユニフォームに着替えるとすぐに練習へと取り掛かった。

柳が大会の時に取ったデータを元に、改善すべき点などをレギュラー達に伝えていく。

「翼は大会中試合を一度しかしなかったのでデータ不足な点は否めないが、あえて改善点を挙げるとすれば、唯我独尊についてだ」

「分かってるよ。リスクの高い唯我独尊に頼りすぎてるってことでしょ?確かに、あれは長時間維持するのもキツイ…あの時の不二さんのように、思いもつかない方法で粘られちゃうと焦るよね」

「さすが翼だ。言いたいことはその通り。万が一、持久戦に持ち込まれた時が厳しい。唯我独尊は諸刃の刃。できれば、それ以外の技を増やすことを考えたい。それと、唯我独尊自体も持続できるよう、体力の底上げを重点的にやっていこう」

「新しい技…か。よし!頑張るぞ!!」

華宮は気合を入れて練習へと打ち込んだ。

自分自身、唯我独尊に頼りすぎているということは自覚していた。

天才と呼ばれる華宮は、その名の通り全てが完璧だった。

一つ一つの基本的な技や、動き、勘…そのどれもが超越していて、故に唯我独尊だけで充分だったのだ。

何故なら女子の世界ではあまりパワーを必要とされなかったので、唯我独尊を保ち続けるという事態になることが少なかったからである。

しかし、男子の世界ではそうもいかない。

実際、女子である華宮はどうしてもパワーが男子と比べれば劣るところだ。

そしてそれを補うために唯我独尊を使うと、思わず持続時間が長くなってしまい、スタミナの消費が凄まじいことになる。

柳に言われた通り、男子の世界でも通用する新たな技を身につけなければこれからの戦いが厳しいだろう。

唯我独尊に頼らずに勝つ方法…。

真田のようなパワー系の技は好きだけども、自分には向いていない。

切原のような攻撃的なテニスはしたくない。

柳のようにデータなど頭を使う戦い方も苦手。

ジャッカルのようなスタミナもない。

幸村はまだ実際に試合を見ていないので分からない。

参考にすべきは、丸井のようなテクニック重視の技、仁王のようなトリッキーなスタイル、柳生のようなスピードボール…ここら辺は自分とも相性が良いと華宮は考えた。

「丸井くん、ちょっとボクと練習しようよ!妙技について教えて!」

「お、珍しいな!いいぜ、俺の天才的な妙技、よーく見てろい!」

華宮と丸井、なかなか珍しい組み合わせだが意外と気が合う二人でもあった。

丸井は華宮のことを全然女子として見ていないこともあり、他の部員よりも気さくに接してくれる。

「この鉄柱当てってさーー」

「そうそう、それでこれをーー…」

「あー、なるほど!そしたら綱渡りはーー」

丸井の妙技について、華宮は色々と教えてもらった。

パワーやスタミナを必要としない、テクニック重視の丸井の技は華宮とはとても相性が良く、新技の参考になりそうだと思った。

「…翼は、丸井と練習をしているのか。珍しいな」

「新技の開発だそうだ。確かに丸井の技は翼の能力と相性が良い。……嫉妬か?弦一郎」

「ち、違う!」

「真田みたいな力任せの技は翼に不向きだからな。手取り足取り指導できなくて残念だったね」

「だから違うと言っている!!」

真田をからかう柳と幸村。

この二人は口が達者なのもあって、いつも真田はからかわれる側だ。

…しかし正直なところを言うと、自分の技が参考にならずに残念だと思う気持ちは多少なりあった。

確かにパワーを必要とする自分の技は翼には不向きだ。

それは仕方がない…こんなことにまで嫉妬してどうするのだ……

「…幸村、俺に一発喝を入れてくれないか」

「え、いいの?」

「最近たるんどる…気を引き締めなければ」

「じゃあ遠慮なくいくよ」

そう言うと幸村はバシッと真田の頬を叩いた。

急に一体何が起こったのだと、何も知らないレギュラー陣は目を見開いて固まった。

「…目が覚めた、練習に戻るぞ」

「あ、みんなさっきのは気にしないで!真田に気合い入れただけだから!」

そんなことを言われてもなかなか動けない…。

「……やっぱり地獄のテニス合宿だな」

海で遊べることに浮かれていた切原でさえも、それを見て真面目に練習をやろうと固く決心した。



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33話 テニス合宿2

普段の部活よりもハードな練習をこなし、やっと昼食になった。

夜にバーベキューをする予定なので、昼食は買ってきたものを軽く食べる。

そしていよいよ、海へと出発した。

「わーい!海だ海だー!!やっと夏休みっぽい感じだね!夏最高!海サイコー!!」

「今年もテニスに明け暮れて夏休みが終わると思ってたぜー!イエーーイ!!」

例のごとくはしゃぎ回る華宮と切原。

「落ち着けお前ら、翼は女子更衣室があっちにあるから着替えてこい。着替え次第ここに集合だ」

「へっへー!実はボク、服の下に水着着てきたんだー!」

「俺だってそうだぜー!これなら着替えの手間もはぶけるしな!」

「……お前達、替えの下着は持ってきたのか?」

「え、持ってきてないけど」

「俺もっス」

「帰りはどうするつもりだ!濡れた水着の上から服は着られぬだろう!!」

「あ…」

「やべ…」

これはよく小学生にあるミスだ。

服の下に直接水着を着てしまって、帰りに着替えられずに途方にくれるという…

まさか中学二年生にもなってこんなことも考えつかないとは…真田も呆れるしかなかった。

この二人に来年からテニス部を預けても大丈夫なのだろうか…そんな不安さえもよぎった。

「ま、暑いし乾くでしょ!」

「なんとかなるよな!!」

華宮と切原は普段仲が悪いわりに、こういう時はやたらと気が合うというか…思考回路のレベルが同じなのだろう。

「…とりあえず、更衣室で服を置いてこい」

「はーい!ボクの水着、楽しみにしててねー!」

華宮はウインクをすると、足取り軽やかに女子更衣室へと向かっていった。

そして男子も更衣室で水着へと着替える。

「翼の水着楽しみだね、真田」

「翼の性格を考えると、それなりに露出度の高めな水着の可能性が高い。覚悟しておくことだな、弦一郎」

「……っ!!」

「あんなまな板の水着に何を期待するんスか…」

「姫の水着姿を拝めるなんて、夏も悪くないのう」

「仁王君!レディーの体をジロジロ見るのはやめたまえよ!」

「俺は海の店が楽しみだぜー!」

「お前さっき昼飯食ったばっかりだろ!?」

男子達もワイワイと盛り上がる。

真田はすでに心臓バクバクで、彼女の姿を直視できる自信がなかった。

着替え終わり、集合場所へ向かう。

そこで待っていたのは、夏の日差しに金色の髪と白い肌を輝かせる彼女。

「真田さん!見て見て、可愛い水着でしょ!」

華宮はニコニコと笑って、水着を見せびらかすようにくるりと回った。

彼女の水着は、上下別のセパレートタイプ。

ヒラヒラと可愛らしいレースやリボンが付いている。

「……っ!そ、…ん……っ!!」

真田は顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる。

可愛い、もちろん可愛いとは思っている…が、セパレートタイプのため、腹など普段見えない箇所まで見えてしまうのは真田にとってあまりにも刺激が強すぎた。

「可愛いじゃないか翼、似合うよ」

「へへー!幸村部長、ありがとー!」

「ほら、真田もなんか言ったら?」

「…っ!!」

華宮は期待をするような目で真田を見上げる。

言葉を発したいが自分の心臓の音がうるさすぎてどうしようもない。頭に血が上りすぎて目が回る。

「真田、一発喝を入れてあげようか?」

「た、頼む…」

幸村は先程と同様、何の躊躇いもなく真田の頬を殴る。

側から見ると恐ろしすぎるが、彼としてはこの方法が一番冷静になれるのであった。

「…翼、よく似合っていて…その、凄く、可愛らしい…が、俺には少々…刺激が…っ!!慣れるまで…時間をくれ…!」

「真田さん鼻血出てるけど大丈夫?」

これは興奮して出たものなのか、幸村に殴られたことによって出たものなのか…どちらが原因か分からない方が真田にとってはありがたい。

「つーか中学二年生だろ…もう少し体にメリハリあってもいいんじゃねーのか…真田副部長もよくこんな子供体型に欲情できるっていうか…」

「赤也、よー見てみんしゃい…、確かにまだ胸は成長段階じゃがこのスラっとした長い足を…スタイル自体は悪くないぜよ」

「でも俺は巨乳派なんで足は興味ないっス」

「仁王君、切原君!セクハラですよ!!」

「柳生も固いこと言いなさんな。これは水着…言わば海での正装じゃ。別にやましいものを見ているワケじゃない」

「それっぽい言い方しないでください」

「ジャッカルも巨乳派だから興味ねーだろい?」

「お、俺に話を振るな!!」

華宮は確かに全く胸の膨らみが無いが、さすがは母親がトップモデルなだけあって足はスラリと長く、スタイル自体はとても良い。

白人とのハーフなので、改めて見ると肌も白く美しい。

「お前ら…!そんな目でジロジロと翼を見るんじゃない…っ!!」

「一番性的な目で見てるのはお前だがな、弦一郎」

「い、いやっ!俺は!!そんな…やましい事はっ!」

「別に恋人同士なんだから問題ないよ、真田さん♡」

「ひ、光輝…っ!」

「なるほど、弦一郎は興奮すると光輝呼びになる…と。興味深いデータが取れたな」



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34話 テニス合宿3

部員達は久しぶりの海にはしゃいで遊んだ。

王者立海と言えども、普通の中学生には変わりない。

特に学校のプールに入れない華宮は楽しそうに海で泳いでいた。

「慣れてきたかい、真田」

「…だいぶ」

三強達はビーチパラソルの下で部員達を見守っていた。

真田はだいぶ華宮の水着姿にも慣れてきたようだ。

「真田は女子に耐性なさすぎなんだよ」

「精市、それは仕方がないことだ。弦一郎は俺達と違って女兄弟もいない環境で育ったからな」

幸村には妹が、柳には姉がいるためか男二人兄弟だった真田に比べると女子への耐性があった。

…真田は性格的なものもあるのだろうが。

「で、ぶっちゃけさー翼とはどこまで行ったわけ?」

「ゆ、幸村!?」

「まさか弦一郎と恋話をすることになるとはな。俺の計算から翼とはーー」

「蓮二!何でもデータで予測するのは止めてほしいのだが…っ!!」

「ああ、すまん。俺の悪い癖だ」

そう言いながらも悪びれもなく笑う柳。

「翼は積極的だからなー!今流行りの肉食系女子ってやつ?」

「アメリカ育ちだから自然とスキンシップも多いのだろう。だが弦一郎。女性にばかりリードを任せてはいけないぞ。たまにはお前から積極的に行かなくては…」

「確かに。翼みたいなタイプはつい女側に任せ気味になりそうだけど、男側が頑張らないとなー。真田、尻に敷かれてそうだよね」

「お前達…予想だけで勝手に話を進めるなっ!!」

真田は顔を真っ赤にする。

この素直な反応が面白くて、幸村と柳もついからかってしまうのだ。

「……俺だって、お前達が思っているより男だ」

真田はからかわれっぱなしでは悔しいと思い、自分だってやる時はやると反撃したつもりだった。

…が、言葉が悪かったのか、二人は更に面白いことを聞いたと言わんばかりにニヤニヤと笑う。

「聞いた、蓮二!?真田も健全な中学生男子だから性欲には勝てなかったと!」

「は!?せ…せいよ…っ!?待て幸村!俺はそんなこと一言も言っていないぞ!!」

「いや、今の言い方はそう捉えられても仕方がない。…そうか、俺のデータを超えてきたのか…弦一郎…」

「違うっ!!!くっ!お前達と話してると血圧が上がりそうだ…っ!!」

「高血圧には気をつけてね」

「お前はすぐに血がのぼるからな」

「誰がそうさせているのだ!…頭を冷やしてくる!」

真田は熱くなりすぎた体を冷やすために海へ向かった。

「…やっぱり素直で面白いな、真田は」

「それがあいつの良い所だ」

「もちろんそうだけど、それが時には欠点になることもある。テニスも、恋愛もね」

「…跡部との試合か」

「真田は真っ直ぐすぎて動きが読みやすい。まぁ、読まれたところであいつは強いからほとんど問題無かったけど…今回の全国大会ではそうもいかない。跡部といい、そして手塚も復活した。…真田も状況に応じて変わらなきゃならない時が絶対に来る」

「…しかし弦一郎はそれを受け入れるだろうか。真っ向勝負はあいつの信念。それを曲げることは、あいつにとって受け入れ難いものなのでは」

「それでも、勝利のためには仕方がない」

幸村は鋭い顔で言う。

これが王者立海を率いる、部長 幸村精市の姿だ。

勝利のためには冷酷な判断をも下す。

それでもその判断はいつでも正しく勝利へと導くのだ。

情で動きやすい真田には務まらない、部長としての役目。

「あー、せっかく休息に来てるのにすぐテニスの話になっちゃうのも俺の悪い癖だね。今は忘れよう。それより本当に真田の奴、翼とはどこまで行ったのか気になるな」

「その話に戻るのか。…あくまで俺の予想だが、口付けまでは済ませていそうだ。体の関係はさすがに無いだろう」

「俺もそう思う。翼のペースに飲まれてそうだよね、あいつ。たまには積極的になった方が喜ばれるだろうに」

「人の恋路に口を出すのはやめておこう。少なくともあの二人なら大丈夫だ」

「はー、俺にも新しい春が来ないかなー」

「…お前の口からそんなことを聞くとは思わなかったな」

「神の子だって私生活は普通の中学生男子だよ」

一ヶ月前までベッドの上で辛い毎日を過ごしていのが本当に嘘のようだと、幸村はふと思った。

こうやってテニスのこと、そして未来のことを考える余裕もなくて、ただ毎日毎日、ちゃんと明日が来ることを祈るしかなくて。

眠る時も、もう二度と目を覚まさなかったらどうしよう…なんて毎日恐怖に怯えていて。

もう全部終わったんだ。

暑い夏の日差し、澄み渡る青い空を見上げて幸村は体を伸ばす。

「ちょっと昼寝でもしようかな。外の空気は本当に気持ちがいいや」



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35話 テニス合宿4

真田は血が上った頭を冷やすように海へ入った。

…ああ、冷たい海水がなんと心地良いものか。

「…俺ももう少し余裕が持てないものか」

いい加減自分でもそう思う。

このままでは皇帝と呼ばれる男の威厳が無くなってしまう。

…そういえば、先程から華宮の姿が見えないことに気が付き辺りを見回す。

すると、浜の方で何やら二人組の男に絡まれている少女が見えた…金色の髪、間違いなく華宮だ。

「うわ、綺麗な髪と目だねー!中学生?」

「胸無いけど顔がイイじゃん、お兄さん達と遊ぼうよ」

「……知性も品性も感じられないね、気色悪い」

おそらく相手は大学生だろう。

ちょうど華宮が一人になったところを狙われたようだ。

こういう輩が大嫌いな華宮は、ギロリと刺すように睨みつけて舌打ちをする。

「は?こっちが下手に出てればなんだこのガキ!!」

「痛い目見てぇようだな!?」

大人気もなく男達は華宮に手を上げようとした。

…その瞬間、振り上げられた拳は何者かによって止められる。

「女に手を上げるとは、男として最低だな…っ!!」

真田が恐ろしく低い声で、怒りを露わにしながら睨みつける。

「な、なんだコイツ…!?」

「彼女に少しでも触れてみろ…その時は俺が貴様らを……」

真田は掴んだ相手の拳を、凄まじい握力で骨ごと砕くように握り潰した。

「ぶっ潰す…っ!!!」

尋常でない殺気を込めて相手を睨みつける。

それはまるで鬼神の如く恐ろしい表情である。

大学生達は青ざめて、悲鳴を上げながら逃げ去っていった。

「真田さん、ありがとう!助かったよ!」

「すまない翼…っ!俺が目を離した隙に…こんな…っ!」

すぐに自分を責める癖がある真田を、華宮はギュッと抱きしめた。

「ボクにはこんなに強くてカッコイイ恋人がいるんだから、あんな奴ら全然怖くないよ」

不意に抱きつかれて真田は焦る。

水着同士なのでいつもよりも肌の密着感が高い。

いつもなら顔を真っ赤にして、固まってしまうのが恒例だが…先程の幸村達の会話を思い出した。

たまには積極的になるべき、男側が頑張らないと。

「翼…ちょっと、いいか…!」

そう言うと真田は、華宮の手を引いて人気のない岩場へと連れて行く。

「翼…いや、光輝…!」

そしてやや強引にキスをする。

真田が嫉妬している時の行動だ…と、華宮は思った。

「…嫉妬してる?」

「……俺は、お前の肌を他の男に見られるのが嫌だ。水着なのは仕方がないが…できれば、俺の前でだけに、してほしい…!」

真田は正直に自分の気持ちを伝えた。

ずっとモヤモヤと思っていたが、そんなことを言うと彼女に器の小さい男だと思われそうで黙っていた。

…だが、さっきの件もあり我慢出来なくなったのだ。

「真田さんの、前でだけ?」

「っ!!」

自分の失言に顔を赤くする。思わず本音が出てしまった。

他人には見られたくないが、自分は興味があると…。

「真田さん、ボクの体に興味ある?」

「…っ、そ、その…っ!」

「…みんな言ってるけど、胸も無いしお尻も小さいし…女性的でセクシーな体じゃないから…実は、真田さんがボクの水着姿を見てガッカリしたらどうしようって…ちょっと自信なかったの…」

華宮は恥ずかしそうに、そして自信が無さそうな表情で言った。

普段は自信に満ち溢れていて、いつも余裕の笑みを絶やさない彼女の、真田の前でしか見せない顔。

真田はたまらず、岩場の壁を背にする彼女の横に手を添えて顔を近づけ…耳元で囁く。

「好きな女の身体に、興味の無い男はいない…っ」

いわゆる壁ドンという体勢で、いつもより積極的な彼の言葉を聞けた華宮はあまりの嬉しさに頬を桃色に染めて、そのまま彼の体を抱きしめる。

「…真田さんの体も、筋肉が凄くて…男の人って感じ。いつもは服が邪魔で聞こえないけど、心臓の音が…」

ドキドキと早く、そして力強く鳴り響く鼓動の音に、華宮も彼がどれ程自分の身体に興味があるかを確認させてくれるようでとても嬉しかった。

「…俺が未熟故に、上手く言葉で伝えられずにお前を不安にさせてしまってすまない。これからはもっと、積極的にきちんと言葉にできるよう、努力する」

「…言葉だけじゃなくて、もっと行動で示してもいいよ」

「……それも努力する」

そう言って、二人は再び唇を重ねる。

今度こそはと彼女の舌が侵入してくる…真田は一瞬驚くが、積極的になることも大事だと思い、覚悟を決めてそれを受け入れた。

熱く、激しいキスに二人の体が溶けそうだった。

密着する肌からは互いの熱が伝わってくる。

「……んっ…」

時々漏れる甘い吐息が、ますます愛おしい。

ああ駄目だ。夏の暑さでどうにかなりそうだ。

理性が働かない。

「あ…真田さん……」

唇を離すと、更に物欲しそうに彼女は目を潤ませた。

真田は甘い媚薬にクラクラと理性を奪われて、今まで抑えていた彼女への独占欲で溢れてしまう。

「光輝…っ!好きだ……!お前の全てが、愛おしくてたまらない…!!」

彼女の白い首筋にキスをする。

駄目だ、このままでは…もう自分では止められない…!

「あっ…真田さん…!ストップ…っ」

思いがけず、華宮は真田を止めた。

彼女に止められた事で、真田は一気に冷静になって…そして自分のしたことが信じられずに、思わず思考回路が停止する。

「すまん…光輝……!俺は、何ということを……っ!腹を切って詫びる……しか…」

「待って!別に嫌とか、そういう理由で止めたんじゃないから!むしろ…ボクも……これ以上は止められなくなりそうだった…から……」

華宮は顔を真っ赤にして、少し恥ずかしそうにしていた…が、事の重大さに真田は青ざめて土下座をする勢いだった。

「勢いだけでしちゃったら…真田さんが後々後悔すると思ったから…。その…初めては、ちゃんと、お互いもっと、心に余裕を持って楽しみたいな」

恥ずかしそうに頬を染めながら、でもいつもの無邪気な笑顔でそう言った。

真田は未だに自分のしたことに罪悪感を感じつつ、理性が吹っ飛ぶとこんなにも制御が効かない自分に改めて驚きを隠せない。

「本当にすまん…こんなにも、制御が出来ないものとは…思わなかった…」

「やっぱりあのキスはお互い刺激的すぎたね…凄い良かったけど、もっと余裕が持てるようになるまで我慢かな!」

真田は改めて、彼女を大切にするためにも色々と学ばなければならない…そう強く思った。

 



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36話 テニス合宿5

午後2時

海での休憩時間は終わりだ。

これからペンションへ戻り、テニスの午後練が始まる。

「乾かなかったね…」

「帰ったら着替えねーとな…」

下着を持ってきていなかった華宮と切原は結局、濡れたままの水着の上から服を着る羽目になった…

「…ねぇ、真田」

幸村がボソッと真田に耳打ちをする。

「積極的になれとは言ったけど、急ぎすぎるなよ?」

「っ!!?」

真田は何故バレたのか、とでも言いたげな顔で驚いた。

「翼の首、あれお前だろ」

彼女の白い首筋をよく見てみると、少し赤くなって…そこで真田は気がついた。

あの時のキスの跡だ、理性が効かずに跡が残るほど強くしてしまったのか…!

真田は恥ずかしさのあまりに耳まで赤くするが、それと同時に本能に打ち勝てなかった情けなさで意気消沈する。

「…幸村。大切にするということは、俺が思っていたよりも難しいことなのだな」

取り乱して真っ赤になる反応を期待していた幸村だが、意外と冷静に反省をしてる真田に感心した。

まぁ、これもある意味では成長したということだろう。

「大切に想うあまり、言葉や行動にすることを躊躇えば不安に思わせてしまう。しかし積極的になりすぎると、今度は制御が難しい…」

「だからこそ二人で話し合って、理解しあって、一緒に歩いて行くんだろう」

「……その通りだ。俺はこれからも色々と学ばなければならない。光輝のためにも…」

幸村は嬉しかった。

今までは倒れた自分のためだけに全てをかけてくれていた彼が、やっと自分の道を歩み考えることができるようになったことを。

こうやって、テニス以外の話ができるのもとても嬉しいことだった。

…それでもやっぱり真田は、誰かのために生きることが性に合っているらしい。

今は彼女のために、その想いでいっぱいなのだろう。

「さて、そろそろ気持ちを切り替えていくよ!全国大会では一つの取りこぼしもなく、完全制覇が目標なのだから」

「無論だ!テニスに私情は挟まぬ!!立海三連覇に向けて、突き進むのみ!!」

―――――――――

―――

ペンションに辿り着くと、二年生組は濡れたままの服を急いで脱ぎ捨てユニフォームへと着替える。

「あー、サッパリした!!よし、午後からも練習頑張るぞ!!」

他のレギュラー達もユニフォームへと着替え、すぐに練習へと取り掛かった。

さすがはスパルタで有名な立海男子テニス部。

オンオフの切り替えが早く、さっきまで無邪気に遊び回っていた中学生達とは別人のようだ。

華宮は新技の開発を進めるために、仁王と柳生に声をかけた。

「仁王くん、柳生さん!ちょっと参考にしたいから練習に付き合ってよ!」

「もちろん、喜んでお付き合い致しましょう」

「俺が手取り足取り教えちゃるけぇの♡」

「仁王君!もっと紳士的になりたまえ!」

そんな様子を遠目から見ている真田。

「仁王の奴は何度注意しても懲りずに翼にちょっかいを出しおって…っ!!」

「真田、テニスに私情は挟まない」

「…っ!す、すまん…!!俺も修行が足りぬ…幸村っ!頼む!!」

「オッケー!」

今日何度目になるか分からない幸村からの喝。

幸村も容赦なく真田の顔に鉄拳制裁を食らわせる。

…もはやこれも私情が入っているのでは、と柳は巻き込まれないように遠目から思っていた。

そんな二人を見ている華宮は、思わず呟いてしまう。

「真田さんって、殴られるの好きなのかな…M…?」

恋人にまさかの疑念をかけられているとは露知らず。

真田は大会前にしっかりと気を引き締めなければ、と練習に打ち込んだ。



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37話 テニス合宿6

海で遊び疲れたにも関わらず、普段の倍以上の練習をこなした立海レギュラー陣。

やはり全国大会前とあって、皆気合が入っているのだろう。

あっという間に午後練も終わり、夜食は庭でバーベキューが行われた。

「肉を焼くぜ!!ファイヤーー!!」

「俺の天才的な食いっぷりを見てろい!」

「今日は練習キツかったから余計に肉が体に染み渡るぜー!うまーー!」

「赤也も丸井も肉ばかり食べ過ぎだ。きちんと野菜もバランス良く…弦一郎、お前もだ」

「すまん、つい肉ばかりに手が…」

「いつも思ってたんだけど、立海の人達ってみんなお肉好きすぎじゃない?…まぁ、ボクも好きだけどさ」

「俺は魚派だけどね」

「私もどちらかと言えばさっぱりしたものが好きですね」

「いーや、男は肉を求めるもんじゃ…!」

「仁王くんって細いからあんまり肉好きのイメージ無かったなぁ」

「俺は肉食系男子ぜよ。姫のことも可愛すぎて食べちゃいたいのう♡」

「仁王!!翼から離れんかっ!!!」

やはりテニス以外の彼らは割と普通に中学生男子である。

しかし今日一日で体力をかなり消耗したにも関わらず、まだ大騒ぎできる程の元気があるところはさすがと言うべきか。

ワイワイとはしゃぐ皆の姿を見て、幸村は微笑む。

やっぱり、ここに来てよかった。

今更言葉にはしないけど、心からそう思った。

夏の日差し、海の香り、心地よい風。

そして響き渡るみんなの声。

全てのものが恋しくて、この瞬間が幸せだ。

―――――――

――

肉食系男子達はあっという間に肉を平らげてしまい、バーベキューはお開きとなった。

「明日のスケジュールは8時から朝練開始、昼食を取りその後は16時まで練習。終わり次第すぐに帰り支度をし、17時のバスで帰宅だ」

真田が明日のスケジュールを皆に告げる。

やはり地獄のテニス合宿、最後までみっちりと練習をさせられるようだ。

明日に備えて皆すぐにシャワーを浴びて寝支度をする。

大広間のような部屋に布団を敷く。

華宮は一番端、もちろん隣は真田だ。

「うわー!みんなで寝るのなんかワクワクするね!!ボク、真田さんと二人きりでしか寝たことないからなぁ」

何気ない華宮の爆弾発言で、一瞬部屋が静まり返り…そして騒ぎ出す。

「つ、翼!待て!その言い方には、語弊が…っ!!」

「真田副部長!!翼と寝たってマジっすか!!?」

「へー、真田も意外とよーやるのうー…」

「変な想像をするなっ!俺はやましい事など一切しとらんぞ!!」

「しかし一緒に寝た、ということは否定しないのだな?」

「ぐっ…それも色々あって…だな…!」

「真田君…風紀委員長でもある貴方が…見損ないましたよ」

「別に同意の上なら良くね?」

「そういう問題じゃねーだろ…ていうか、やめてやれよみんな…プライベートなことなんだからよ…」

「ジャッカルは優しいねぇ」

みんな寝るどころではなく、興奮して騒ぎが収まらない。

まるで修学旅行で盛り上がる男子の部屋だ。

「はいはい!詮索したい気持ちはとても分かるけど、明日も練習があるんだからもう寝るよ!寝坊した人は練習メニュー倍にするからね!!」

幸村が部長らしく、みんなを纏める。

寝坊したら練習メニューが倍になるという恐ろしい発言に、先程まで騒いでいたのが嘘のように皆静かに布団へ入る。

「消灯するよ。みんな、おやすみ」

電気が消される。

真っ暗になると余程疲れていたのか、切原はすぐにイビキをかいて眠りについたようだ。

華宮はこんなに大人数で寝ることに慣れていないせいか、なかなか寝付けずにゴロゴロとしている。

『眠れないのか?』

すると、隣の真田が華宮にだけ聞こえるように静かな声で話しかけてきた。

『今日は楽しかったからかな…なんか、まだ眠くなくて』

『そうか。…手を貸せ』

そういうと、真田は華宮の手を優しく握った。

大きくてゴツゴツしている、男らしい手。

その手はいつでも温かく包み込んでくれる。

華宮はそんな真田の手が大好きだ。

『…今日は、すまなかった』

『真田さんが謝ることなんて一つもないよ』

『俺はお前を大切にしたい。…しかし、大切にするとはどうすれば良いのか…もっときちんと考えて、向き合う必要があると痛感した』

握られた手に、ギュッと力が込められる。

『まだまだ至らぬ所が沢山あるが…こんな俺でも、一緒にいてくれるだろうか…?』

真っ暗な部屋だからか、普段誰にも見せないような少しだけ不安そうな顔で彼女に問いかけた。

華宮は柔らかく微笑んで、彼に包まれている手の上へもう片方の手を被せる。

『ずっと君の側にいるよ』

彼女の小さな手から、熱い体温を感じる。

こんな時、すぐにキスをしたくなってしまうのはだいぶ彼女に影響された結果なのだろう。

さすがにみんながいる部屋ではできないと思い、握りしめた彼女の小さな手に軽くキスをした。

『ありがとう…光輝。愛してる』

『ボクも愛してるよ、真田さん』

昔だったら愛してる、なんて彼はそうそう言わなかっただろう。

しかし、きちんと言葉や行動にして伝えていくことが彼女にとっての幸せならば…何も躊躇わず素直に伝えようと彼は決めたのだ。

真田の温かな体温を感じていると安心して、華宮は幸せそうに微笑みながら眠りについた。

 



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38話 テニス合宿7

「真田さん、おはよう」

いつもなら毎朝四時起きの真田だが、さすがに昨日は色々あったせいで少しばかり寝すぎたようだ。

華宮の方が先に起きて、ニコリと微笑んでいた。

「おはよう、光輝…」

まだ起きたばかりで頭がボーッとしている。

いつも険しい顔をしている真田だが、寝起きの顔は何とも力が抜けている貴重な表情だ。

「ん」

華宮は冗談のつもりでおはようのキスをねだってみた。

「光輝…」

寝起きのせいで頭が回っていない真田は、何の躊躇いもなくそれに応えてキスをしてしまう。

……テニス合宿中であることをすっかり忘れて。

「っっ!!?」

そこでようやくテニス合宿中であることを思い出して、バッと皆の方を振り返る。

どうかまだ寝ていてくれと強く祈りながら。

「良い目覚めだね、真田」

「弦一郎も欧米の文化に染まってきたようだな」

だがそんな彼の祈りも虚しく、切原と丸井以外はすでに起床していて先程の光景をほぼ全員に見られていた。

「手馴れすぎてて正直驚いたぜよ」

「朝の日差しに包まれて、小鳥の鳴き声と共に彼を起こすのは恋人の甘い口付け…ロマンチックですね」

「うわ、柳生のポエム久しぶりに聞いたよ」

「あー…その、真田。欧米だと挨拶みたいなもんだし、うちの両親もそんなだから、気にしなくて良いと思うぜ…?」

「ナイスフォロー!ジャッカル!」

しかし真田には何も聞こえていない。

顔を真っ赤にして、人前で…しかも部員達の前で普通にキスをしてしまった恥ずかしさのあまりに涙目になる。

切原には絶対に見せられない、皇帝の威厳も何も無い普通の男子中学生の表情。

「あ…ごめん、真田さん…いや、まさか寝惚けてるとは思わなくてさ…でも、嬉しかったよ?ね?元気出して?」

さすがの華宮も申し訳なくなり、必死で真田に声をかけてる。

「たるんどる…寝惚けていたとは言え…人前で……こんな姿…っ」

耳まで真っ赤な顔を隠すように布団に顔を埋める。

そんな彼の姿を見て、可愛い…と華宮は思ったがそれは彼のプライドのためにも黙っていることにした。

「真田、そんなに落ち込むなよ!赤也に見られてないだけマシだって!」

「そうだぞ弦一郎。別に悪い事をした訳ではないのだから、そんなに気に病むな。貴重なデータがまた一つ増えただけだ」

「柳、それ追い討ち…」

みんなの騒ぎに、切原、丸井もようやく目を覚ます。

「…あーよく寝た…っていうか、何スかぁ、こんな朝っぱらから騒いでて…ふぁーあ」

切原は大きなあくびをして目をこする。

真田はこんな姿を後輩である切原には見せられないと、自分の頬を思い切り叩き気持ちを切り替える。

「何でもない。さっさと準備をして朝食を取り次第、練習に移るぞ」

「真田副部長、相変わらず朝から気合入ってんなー…」

後輩の前で強がる彼の姿を見て、幸村と柳は笑いを堪えるのに必死だった。

丸井も何となく察したが、面倒ごとには巻き込まれたくないので後でこっそりジャッカルに聞くことにした。

朝食を手早く済ませ、ユニフォームへと着替えた彼らは練習場へと向かう。

「真田さん、ごめんって」

「…怒ってなどいない。そもそも寝惚けていた自分がたるんどるのだ。全国大会を前にして、最近気の緩みが目立つ…。明日の組合せ抽選会では気を付けねば…」

「組合せ抽選会、真田さん行くの?幸村部長は?」

「俺はその時間ちょうど定期健診があるんだ。だから抽選会には真田と柳に行ってもらうよ」

「ボクも行きたい!全国の人達見てみたーい!」

「翼、遊びに行くのでは無いのだぞ。それこそ全国の奴らに王者立海の威厳を見せつけなくては…」

明日は全国大会のトーナメント組合せ抽選会だ。

会場は昨年の優勝校でもある立海大附属中学校…つまりホームだ。

地方大会を勝ち抜いてきた全国の猛者達が集まる場所。

そんな所で、副部長である真田が今朝のような失態をおかす訳にはいかない。

「俺は別に構わないぞ。翼、弦一郎と行ってきたらどうだ」

「本当!?わーい!ありがとう柳さん!」

「蓮二!?」

「いい機会だ。お前も翼といて皆の前でボロを出さない練習だと思え」

「……っ、分かった…」

そう言われてしまうと返す言葉がない。

確かに、彼女と交際を始めてから公式大会に出るのは初めてのことだ…公の場で今まで通り、男子テニス部員として接しなければならない。

ある意味ではそれの予行練習にもなる。

「全国大会に向けて、頑張ろー!」

ニコニコと華宮は練習へと向かった。

そんな彼女の姿ですら可愛いと思ってしまった真田は、今から抽選会で平常心を保てるか不安になる。



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39話 テニス合宿8

午前の練習を終え、軽く昼食を取って30分程休憩した後にすぐさま午後の練習へと移る。

「真田さん、練習に付き合ってよ」

華宮は真田に声を掛けてきた。

彼女は今まで新技開発のために、自分と相性の良いプレイスタイルの部員達と練習をしていた。

パワーの問題で真田の風林火山は参考にはならないため、合宿中は一緒に練習をする事はないと思っていたが…

「俺でいいのか?」

「うん!新技、形になってきたから真田さんに見てもらいたくて!」

「っ!!」

真田は驚いた。

この短期間のうちに、もう新たな技を形にしたのかと。

「実はね、真田さんの風林火山を参考にして四技編成にしてみたんだ」

「四技…!?こんな短期間で…」

「まだ試作段階だけどね!」

「…よし、俺が見てやろう」

真田と華宮はテニスコートへと入る。

ネットを挟んで彼女を見るのは、とても久しぶりだった。

コートに入るとまるで別人のようだ。

まるで相手を貫くように鋭く光を放つ瑠璃色の瞳。

凛とした表情。美しい姿勢。

まさに誇り高き世界女王。

真田は彼女に初めて出会った時のことを思い出す。

桜吹雪に現れた、春の嵐のような彼女。

今ではどんな姿も見惚れてしまうほど、愛おしい人。

しかし、ネットを挟めばそこは真剣勝負の世界。

真田も一切の私情を捨て、彼女を向かい打つ。

――――――――

―――

「…お前は、本当にどれ程までの……っ!」

彼女の新技を見て、真田は思わず驚愕する。

荒削りだが、一つ一つの完成度も高く、それは自分の風林火山に匹敵するものだと感じた。

そんな技を、たったこの二日間で作り上げたと言うのか…

この少女には一体どれだけの才能が眠っているのだ…?

「どうだった、真田さん!?」

「…まだ、荒削りではあるが……全国でも充分に通用するだろう」

「本当!?やった!」

真田に褒められて喜ぶ華宮。

その姿はいつもと同じ、無邪気な少女だ。

「それでね、この技に名前をつけて欲しいんだ」

「俺が、か?」

「風林火山みたいに、カッコイイ日本語が良いな!」

彼は試合中の彼女の姿を思い出す。

強く、凛々しく、そしてどんな姿も美しい。

まるで移りゆく季節のような彼女の姿。

「花鳥風月…で、どうだろうか」

花のように舞い、鳥のように飛び、風のようにすり抜けて、月のように輝く…

彼女にピッタリだと、真田は思った。

「自然の美しい風物、という意味の言葉だ」

その意味を聞いて、華宮は嬉しそうに頬を桜色に染めて微笑む。

「ありがとう!花鳥風月…良い名前!」

柔らかく微笑む華宮の女性的な表情…先程の試合をしている時の彼女との落差に未だに真田は慣れないでいる。

どちらももちろん愛おしいが、特にあの鋭い表情からこの花が咲いたような笑顔を見せられると…普段の倍程可愛らしく見えてしまう。

「必ず、立海三連覇の力になるからね」

今度は勝気な顔で笑う。少年のような笑顔だ。

色んな顔を持つ彼女のどれもが全て美しい…まさに花鳥風月とでも言うべきか、と真田は思う。

ーー その一方で、華宮の新技を見ていた切原は焦りを感じていた。

「クソ…なんだアイツ…!どこまで強くなりやがる…っ!」

同じ二年生ということもあって、切原にとって華宮は三強よりもずっと近しい壁だったのだ。

切原も越前リョーマとの草試合で限界を超え、無我の境地を手に入れた…だが、それでも華宮にはまだまだ届かない。

そして関東決勝戦では、試合に出ることができなかった。

不二相手ということもあり、シングルス2に選ばれたのは華宮だった。

…それが悔しくてたまらなかった。

確かに、凄い試合だったのは認める。もし自分が不二を相手にしてあそこまで圧勝できるかと言えば…おそらく、無理だろう。

そこでまた、自分と彼女との差を痛感させられた。

「全国大会…!今度は絶対に決勝試合に出てやる!!そのためには何か、俺も新しい…何かを…っ!!」

がむしゃらに練習に打ち込むが、切原はなかなか新しいものを掴めずにいた。

それを見ている柳、幸村は話し合っていた。

「…赤也は、もっと窮地に立たないと覚醒しなそうだな」

「少々荒いやり方になるが、全国大会の中で奴を追い詰め目覚めさせるしかない。あの赤目状態の、もう一段上を」

「そうだね…そのためには赤也には内緒で作戦を練らないと」

全国大会中に、何か彼にきっかけを与えるようだ。

それはまだ、切原自体も知ることがない…彼の中の悪魔を目覚めさせるために。

――――――――

―――

夕刻になり、練習を切り上げて皆帰宅の準備をする。

バスで立海の校門前まで行って、そこで解散だ。

荷物を運び、練習で疲れ切ったレギュラー達も座席へと乗り込んでバスは出発する。

窓際で華宮は遠くなる海を名残惜しそうに見つめていた。

海に沈む夕日がとても綺麗だ。

隣に座る真田の肩にもたれながら、華宮は言った。

「真田さん。全国大会、頑張ろうね」

「ああ、共に頑張ろう」

真田は華宮と拳を突き合わせる。

そういえば初めて出会ったあの日…彼女の過去を、信念を聞いた時も、こうやって拳を突き合わせて共に頑張ろうと言い合ったことを思い出した。

「初めて会った時みたいだね」

「俺もちょうど思い出していた」

「…地区大会から一緒に戦ってきて、いよいよ全国大会か。楽しみだけど、なんだか…終わりが見えてきて少し寂しいな」

「何を言っている。これから始まるのだ」

「……でも、この大会が終わったら…三年生は…」

三年生は全国大会が終わったら引退だ。

しばらくは部活を続ける者もいるが、受験などのために冬には殆どの三年生が引退となる。

立海大附属とて、進学するには受験が必要なのだ。

「…大会が終わっても俺とお前は変わらない。これから、もっと長い時を共にいるのだから。部活以外にも、色々なことを一緒に経験していくのだ。寂しいことはない」

確かに、部活動として彼とテニスを出来なくなるのは寂しいことだ。

…でも、離ればなれになるわけではない。

彼とテニスをしたければ、いつだって一緒に出来るのだから。これからもずっと。

「そうだね、ありがとう。真田さん、君の隣にいられて…ボクはやっぱり幸せ者だよ」

「それは俺の台詞だ。光輝」

海に沈む夕日の赤い光に包まれて、オレンジ色に光る彼女の髪を優しく撫でると、彼女は目を瞑ってお決まりのようにキスを求める。

真田も反射的にそれに応えようとするが……今は寝惚けていない。危うく雰囲気に飲まれかけたが、ここはバスの中。

そう、もちろん他の部員も乗っているテニス合宿の帰りのバスだ。

…切原と丸井はやっぱり寝ているようだが。

「え、いいよ、真田。遠慮しなくて。見てない見てない」

「俺達のことは喋る空気とでも思ってくれ」

「海に沈む夕日の、目が眩むほどの橙色の光に包まれて…共に歩むことを決めた二人は唇を重ね合わせ、誓うのです…んん!ロマンチック!!!」

「柳生のことは気にせんと、はよ続けんしゃい。据え膳食わぬは男の恥ぜよ、真田」

「お前ら寝てるフリでもしてやればいいだろうよ…」

「俺は同じ過ちは二度おかさんぞ…っ!!!」

真田はなんとか雰囲気に飲まれずに踏み止まったものの、だいぶ恥ずかしい台詞を聞かれていたことを思い出して赤面しながら顔をしかめる。

ダメだ、どうしても彼女の顔を見ていると本音を語ってしまう。

明日の抽選会が本気で不安になってきた。

「真田さん」

呼びかけられて、彼女の方を振り向くと…不意打ちで唇を奪われる。

花のような笑顔で、まるで風のようにするりと。

「明日の抽選会、楽しみだね!」

あまりにもその笑顔が愛おしくて、彼は不意打ちのキスさえも怒る気になれずに黙り込むしか無かった。

「翼、さすがぁ!」

「早速尻に敷かれてるな。弦一郎」

真田はもうそれにすら反論することを諦めた。

彼女の笑顔には絶対に勝てないというのは、紛れもない事実なのだから。

明日は運命の全国大会トーナメント抽選会。

いよいよ、波乱の幕開けだ。

 



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40話 組合せ抽選会

全国中学生テニストーナメント

全国大会 組み合わせ抽選会

立海大附属中学校の旧校舎が会場だ。

全国大会へと勝ち進んだ各学校の部長、副部長が集まっている。

立海は幸村が定期健診の時間と被ってしまったため、代理である副部長の真田と付添人として華宮が行くこととなった。

「今年の立海はかろうじて優勝したとは言え、青学なんかにあそこまで追い詰められてちゃ威張れねーよなぁ!」

「王者も地に落ちたな!」

愛知代表の六里ヶ丘中学が軽愚痴を叩いて笑っていた。

「愛知六里ヶ丘…そういうことは正面向いて言え!」

真田はギロリと恐ろしい顔で睨みつけた。

「げげっ!真田~っ!?」

「フン!」

「地に落ちたかどうかは、実際ボク達と当たった時を楽しみにしててね」

その後ろで華宮がニコニコとしている。

しかし目は笑っていない。威圧的な眼光に六里ヶ丘の二人は青ざめて黙り込む。

「しんけん中学生だばぁ?」

「止めなさいよ、甲斐くん。ゴーヤくわすよ」

挑発的な態度を取るのは沖縄の比嘉中学校だ。

比嘉中が全国大会に出場するのは初めてである。

(木手永四郎か……今年の九州地区は沖縄が制した様だな)

真田がそんなことを考えていると、華宮は不思議そうな顔をしていた。

「ねぇ、真田さん。さっきの変な髪型の人達の日本語よく分からなかったけど、何て言ってたの?」

「くだらんことだ、お前が気に留めるまでもない」

変な髪型と言われて甲斐が華宮を睨みつけたが、先程と同様に木手に制止される。

華宮は何となくだが真田の悪口を言われたのは分かっていたみたいで、わざとらしくベーッと舌を出して敵意を表していた。

そんな緊張感が張り詰める会場で、青学の大石は人一倍緊張していた。

どうやら今日は一人で来たようだ。

(いよいよ全国大会だ…気負うことなく、俺達の全てを出せば必ず…)

「…………」

『――東京代表、青春学園!青春学園はいないんですか!?』

「あっハイ…!スイマセン、すぐ行きます!!」

「ワッハッハ!見ろよアイツ!ダセーッな、緊張してやがる!!」

あまりにも緊張しすぎていた大石は呼ばれている事に気付かず、慌てて席を立った。

「大石…それは俺に引かせてくれないか」

入り口から、一人の男の声がした。

騒がしかった会場が、一瞬でシン…と静まる。

「ああ…っ」

大石もその姿を見て、思わず驚きと感激の声が漏れる。

全国の猛者達の目が一気にその姿に集中する。

「手塚っ!!?」

そう。青学の部長、手塚国光だ。

怪我の治療を終え復活したその姿は、以前と変わらず一切の隙も油断もない…真っ直ぐな目の手塚だ。

「手塚、お前いつ東京へ…!?」

大石が嬉しそうに手塚を迎え入れた。

「アイツあれだろ…プロからも注目されてるって奴!?」

「ホントか、だが怪我してるって話だぜ」

会場がまたも騒めき立つ。

それもそうだ。おそらく、全国から最も注目されているプレイヤーなのだから…。

「バーロー、手塚国光が何ぼのもんじゃ!ワシのスーパーテニスを持ってすれば…」

強気に言うのは、前年度全国大会準優勝の兵庫、牧ノ藤学院の門脇だ。

「止めておけ、テメェじゃ15分もたねぇぜ門脇」

それをあっさり否定するのは氷帝学園の跡部。

氷帝学園は関東大会で敗退し、全国へ進出できない筈だったのだが開催地区推薦枠に入り、全国大会への出場が決まったのだ。

「なぁ、樺地?」

「ウス」

「じゃかーしぃ跡部!」

手塚が階段を降りていくと、何かに足を躓かせた。

わざと誰かが足を引っ掛けたようだ。

「…随分長い足だな」

「AHAHAHA!!」

ドレッドヘアーが派手な黒人系ハーフ…山形代表、聖イカロス中学のリチャード坂田だった。

手塚は気にも留めずに歩みを進める。

「うん、いよいよ役者が揃ってきたって感じだね」

山吹中の千石も手塚を見て頷く。

「あれが青学の部長、手塚さんですか?」

「そう…立海の幸村が不在の現時点で真田と並んで最もプロへ近い男」

六角の部長、葵は初めて見た手塚の姿にキラキラと目を輝かせている。

「手塚さん、間に合ったみたいだね」

「…たるんどる」

手塚を目で追いながら、真田はそう言い捨てた。

華宮は、本当は嬉しいくせにーと思いながらもあえて言葉にはせずにニコニコといつものように彼の隣で笑っていた。

「遅れて申し訳ありません」

手塚は一礼をして、組合せのくじを引く。

その様子を会場の皆が注目していた。

「おっ、手塚クン昨年よりオーラ増しとるわぁ。今年来るかもしれへんなぁ……青学」

大阪、四天宝寺中の白石は冷静に手塚を見る。

「…ところで、真田クンもなんや可愛いらしい子連れとるな。あんな子去年おったか?」

「今年の春に編入してきて、すぐレギュラー入りしたっちゅう二年の華宮やないか?ほら、小春が要チェック言うとった」

白石の問いに、副部長である小石川が答える。

「あ、関東大会であの不二クンとえらいごっつい試合してたっちゅう噂の華宮クンか!話には聞いとったけど、あんなお人形さんみたいな子やったんやなぁ」

「真田の隣におると余計ちっこく見えるな」

「まぁ、うちのルーキーみたいのもおるし、外見に騙されるなっちゅう話やな。……それにしても、なんかあの子…引っかかるなぁ…」

「何がだ?」

「ああいや、何でもあらへんわ。気にせんとき」

白石は華宮に対して何か違和感を感じていた。

そして普段は部員に対して厳しい態度の真田が、華宮に接する時にだけ少し丸くなっている気がする…と。

白石は跡部程では無いが、かなり勘が鋭く観察力も高い。

それ故に華宮の正体に気付きかけていた。

しかし何の確証もないし、無駄な詮索をするのは止めることにした。

――――――

――

全員がくじを引き終わり、全国の組み合わせが決定した。

「ふーん…これだと、もし青学が勝ち上がってきたらまた決勝で当たるのかぁ」

「…青学が勝ち上がればの話だがな」

「今度こそ手塚さんと戦えるといいね!」

華宮はニコニコと彼に笑いかける。

先日の合宿で幸村と柳に言われた通り、これから公の場では華宮を男子部員として扱わなければならない。

交際以前は何とか出来ていたのに、恋人という関係になってからはそれがどうにも難しく、真田はボロが出ないようにするのに必死だった。

彼女の笑顔を見ると、つい表情が緩んでしまいそうになるのをぐっと堪えて、王者立海の副部長である威厳を損なわぬよう顔に力を入れて表情を保つ。

「アーン?随分と我慢してるじゃねぇか、真田」

そんな時に、よりによって一番話しかけられたくない相手に話しかけられてしまう。

真田はギロリと跡部を睨みつける。

「幸村はどうしたんだよ」

「幸村は定期健診だ」

「成る程な、まぁそれは良い」

跡部は周りに聞こえないよう、小さな声で囁いた。

「自分の女自慢したい気持ちも分からなくねぇが、バレないように気を付けろよ。他の奴らは気付かねぇとは思うが、勘の良い奴が見ればお前の態度でバレバレだぜ」

跡部の警告に、真田は眉を潜める。

自分ではかなり気を付けていたつもりだが、跡部のようにやたらと勘の鋭い奴には特に注意しなければならない。

「そんなヘマはしない…!行くぞ、翼!!」

「あ、待ってよ真田さーん」

「じゃーな華宮、今度は二人きりで話そうぜ」

「跡部…っ!!貴様っ!」

「…ほうら、そういう態度が危ないって言ってんだろ。もっと余裕持てよ」

跡部はクククとほくそ笑む。

確かに、こういう事に過剰反応してしまうのもマズイとは分かっている。

…分かってはいるが、どうも嫉妬だけは上手く抑えられない。

「もー!跡部さんもあんまりからかわないでよね!真田さん、行こ行こ!!」

今にも跡部にブチ切れそうな真田を隔離するべく、華宮は真田の背を押して出口へと向かった。

他の選手達も、あの鬼神のように恐ろしい真田を全く怖がっていないどころか、二年生のくせにあんなにも馴れ馴れしく接している華宮に誰もが驚いていた。

「……真田だけじゃなくてアイツも何とかすべきじゃねぇのか?なぁ、樺地」

「……ウス」

 



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41話 全国大会、開幕

抽選会から三日後。

場所は東京都立アリーナテニスコート。

ついに全国大会の幕が上がる。

全国の猛者達が集い、日本一を決める決戦の地。

そこに立てるのは激戦を勝ち抜いてきた選ばれし者達のみ。

「選手入場!!」

さすが厳しい戦いを勝ち抜いてきただけあり、選手達の姿は皆凛々しく迫力がある。

そんな中で特に注目を集めるのは、昨年度優勝校の立海大附属中学校。

優勝旗を掲げ、王者の名に相応しい誇り高き姿を観客に見せつける。

入場が終わり、開会式が始まった。

真田と柳が前に出て、優勝旗を返還する。

こうして、全国の火蓋は切って落とされた―――

今回は大会特別ルールがあり、試合はシングル3からダブルスと交互に行われていく。

立海は午前の初戦は無いため、午後からの試合となる。

「沖縄武術?」

開会式が終わり、午後の試合まで時間がある立海のレギュラー達は青学の話をしていた。

「そう、沖縄比嘉中…今年のダークホースと言ってもいい」

柳が調べたデータを見ている。

「彼等は昨年全国ベスト4の獅子楽中らを破って九州を制しています」

「おそらく、青学の初戦の相手になるだろうよ」

「…んで、沖縄武術となんの関係があるんスか?」

「テニスにそれを取り入れたことによって、全く予想のつかない動きで攻めてくる。いや、取り入れるというより…子供の頃から武術をやっていた天才少年を、木手永四郎という男が掻き集めた」

柳は説明をするも、切原と華宮は全然理解出来ていないようだ。

「そう、彼等は…一歩でサービスラインからネットにつける」

それは沖縄武術特有の技なのだろう。

テニスに応用されれば、確かに恐ろしい技術である。

「へぇー凄いんだね。でもボク、あの人達キラーイ」

華宮はぶーっと頬を膨らませる。

「あの人達、抽選会で真田さんの悪口っぽいこと言ってたんだよ!よく分からない日本語でさ!」

「俺は全く気にしとらんからそう怒るな」

「むー!今回ばかりは青学応援しちゃうよ!」

自分のために怒る彼女を、やはり愛おしいと真田は思っていた。

…態度に出さぬように、気を張り詰めなければと頭を少し振る。

――午前の試合が全て終了したようだ。

予想通り、比嘉は六角を破り青学の初戦の相手となる。

立海の初戦は愛知の六里ヶ丘…そう、抽選会の時に立海の陰口を言っていたところだ。

立海大附属と六里ヶ丘がネットを挟んで整列をする。

「あ、君達…抽選会の時に立海のことバカにしてた奴らか。あれだけのこと言ってたんだから、ちゃんと楽しませてよね」

華宮にそう言われ、青ざめる相手チームの部長と副部長。

そんな様子を見て華宮は意地の悪い顔でニヤリと笑う。

「さぁ、絶望と共に散れ」

華宮は真田の決め台詞を口にした。

その威圧的な表情もなかなかにそっくりだ。

「…お前に似てきたな、弦一郎」

「…………」

真田は何となく、複雑な気持ちになった…。

結局試合は全試合1ポイントも与える事なくで、見事なまでの完封ストレート勝ち。

あれだけ偉そうなことを言っていた六里ヶ丘は王者立海の前では全く歯が立たず、惨めな姿を晒してしまった。

「殺し屋!?」

「偉く物騒な異名を持ってますね。その沖縄の部長は…」

「ホントにそいつテニスプレイヤーか?」

試合終了の整列をしている時にも話題は青学と戦っている比嘉中のことだった。

先程戦っていた六里ヶ丘のことなど誰も気に留めていない。

「とにかく、その木手という奴に当たったらタダじゃ済まねえってことかよ」

「へー、大変だねぇ青学は」

「おい!私語は慎め!」

『5対0で立海大附属(神奈川)準々決勝進出!礼っ!!』

「ありがとうございました!!」

そんな完封試合を見ていた観客達は騒めき立つ。

「強いっ!今年の立海も強すぎる!!」

「全国三連覇に向け好発進だぁーっ!!」

しかしそんな中、ベンチで試合を見ていた部長 幸村精市は冷静に言い放つ。

「初戦とは言え…皆、動きが悪すぎるよ!」

他の人から見ると恐ろしい程に強く圧倒的な試合だったにも関わらず、幸村は納得がいかないようだった。

まさに王者。微塵の油断さえ許されない。

「真田」

「そうだ!幸村の言う通り、この全国一つの取りこぼしも許さん!!完全勝利で三連覇を成し遂げる!!」

『イエッサーー!!!』

まるで軍隊のような集団。

それこそが誇り高き立海大附属。

「ねぇ真田さん!青学まだ試合やってるみたいだし、見に行こうよ!」

華宮は六里ヶ丘を完膚無きまでに叩きのめしたことによりだいぶスッキリしたような表情をしていた。

(殺し屋、木手永四郎か……)

真田も初出場校である比嘉の試合が気になるようだ。

「手塚の腕が鈍っていないか、見てやろう」

―――――――

―――

立海陣が見に行ってみると、ちょうど木手と手塚の試合の最中だった。

手塚は百錬自得の極み、そして零式ドロップ…まさに隙のない強さだった。

怪我のブランクなど微塵も感じさせない程、完璧な強さの前に殺し屋、木手永四郎でさえも手も足も出ないようだった。

「て、手塚部長…正直言って、治療中のブランクはキツイと思ってた…」

「それが逆に強くなっているなんて…」

同じ青学のレギュラー達でさえ、手塚の驚異的な実力に驚き、言葉を失っていた。

「たわけが…同じ学校にいて分からんとはな!これが本来の、手塚の姿だ!」

真田がそう言うと、周りにいた観客や選手までも騒めく。

そうだ、何せ王者立海のビッグ3が揃っているのだから凄い迫力である。

「お、おい…見てみろよ…!」

「王者立海大附属!!」

「それもビッグ3揃い踏みだ!」

ビッグ3に注目が行く中で、華宮は真田の後ろで若干不満そうな顔をしている。

「みんなビッグ3ばっかり、ボクも注目されたーい!」

そんな華宮の愚痴も虚しく、注目されるのは復帰したばかりの部長、幸村ばかりだった。

昨年の幸村の試合を見たと言う人が、口々に恐ろしい程の強さであることを語っている。

「久々だ…手塚のアレを見るのは」

幸村が手塚の百錬自得の極みを見据える。

「百錬自得の極み…ここ三年ほど腕の怪我だか何だか知らんが封印していた様だからな」

青学レギュラー達はあまりの凄さに押し黙る。

手塚がそんな技を封印していたなど知らず、今まで見ていた手塚は完全では無かったという事実に驚きを隠せない。

手塚が腕を怪我したのは一年生の時。それからこの三年間、この技を封印していたため同じ学校内でも知る人はいなかった。

真田、幸村は手塚が小学生の時…まだ腕を怪我する前の時に対峙しているため百錬自得の極みを知っていた。

「翼、お前もよく見ておけ」

「百錬自得の極み…なるほどね、腕に無我の力を集中させてるのか。確かにあれなら疲労は最小限に抑えられるけど、腕への負担が大きすぎる。怪我をしてたら扱えないわけだ」

華宮は瞬時に百錬自得の極みの正体を見破り、尚且つその弱点までも見抜いた。

真田は相変わらず鋭い彼女の観察力に感心する。

「その通りだ。普通に扱えるものではない。それを可能にするのが手塚ゾーンだ…あれによりボールは勝手に引き寄せられるため、腕にだけ集中していればいい」

「ほぼ手塚さん用の技だね。唯我独尊に応用できないかなって思ったけど、そもそも根っこから違うから無理そう」

華宮はふうっと残念そうにため息をついた。

しかし良いものが見れた。真田が長い事勝利を悲願する男…手塚国光。これがその姿なのかと。

「ハァーーッハッハッハ!!」

そんな中で響き渡る派手な高笑い…姿を見ずとも予想が出来る。

氷帝学園の跡部だ。そして氷帝レギュラー陣までも手塚の試合を見に来ていた。

跡部も手塚本来の姿を見て火がついた様だ。

準々決勝…青学とは二度目の対決となる。

氷帝以外にも、四天宝寺までもが全員で手塚の試合を見ている。

いかにこの手塚国光という男が、全国的に注目をされているのかが分かる。

『ゲームセット!ウォンバイ、青学 手塚!6-4!!』

試合終了のコールが響く。

手塚が圧倒的な力で木手永四郎を打ち破り、青学は5対0の完封勝利で準々決勝進出を決めた。

「…行くぞ」

立海もその場を立ち去る。

真田は手塚の完全復活を確認できて満足したようだ。

今度こそは、自分が倒すのだと…強く決意して。

 



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42話 甘い誘惑

全国大会二日目

青学は関東大会に続きニ回目となる氷帝戦だ。

氷帝は跡部を筆頭に、リベンジを果たすために血の滲むような努力をして這い上がってきた。

この試合は、きっと凄まじい戦いになるであろう。

立海の相手は奈良の兜中だった。

二日目も容赦無く、王者の絶対的な強さを見せつける試合となった。

兜中は成す術もなく、1ポイントも取れないままあっさりとニ試合を立海に取られてしまう。

シングルス2は切原だ。

コートに入ると、ポツポツと雨がってきた。

「げ、さっきまであんなに晴れてたのに降ってきやがった…雨降ると髪型乱れて嫌なんだよなー」

切原は対戦相手よりも雨で髪型が崩れることの方が気になって仕方ないようだ。

「赤也ー!早く帰りたいから速攻で決めてよねー!」

華宮も雨に濡れるのが嫌で、切原に注文をつけた。

「言われなくてもわーってるよ!!つーことで、さっさと終わらせるんでよろしく」

―――結果、6-0の完封勝利。タイムは12分06で自身の最速タイムを更新した。

圧倒的すぎる力の差に、兜中も項垂れるしか無かった。

立海はどこよりも早くベスト4進出を決めたのだ。

「本降りになる前に試合終わって良かったね」

「そうだな…おそらく、他の奴らは一時停止試合となるだろう」

「青学と氷帝もまだ試合終わってないみたいだね」

「この雨で幸村の体調を崩すといけないので、我々はさっさと撤収するぞ」

「試合見に行きたかったけど仕方ないかー」

「…翼」

雨がどんどんと強くなってきた。

真田は自分のジャージの上着を、華宮が濡れないように頭から被せてやった。

体格差があるので華宮には充分すぎるほど雨避けになる。

「真田さん…?」

「急な雨で誰も傘を用意しとらん。それを被っておけ」

「でも、真田さん濡れちゃうよ」

「俺は大丈夫だ」

「…ありがとう、真田さん」

彼の匂いがするジャージについ頬を赤らめてドキドキとする。

最近はお互い全国大会モードになっていたため、恋人として過ごす時間がほとんど無かった。

久しぶりに男子テニス部員から普通の女子に戻ってしまう。

今すぐにでも抱きついてキスをねだりたい衝動に駆られるが、このユニフォームを着ている限り今は男子テニス部員なんだと言い聞かせてグッと堪える。

…それはどうやら彼も同じようで、拳を固く握り締めて自分の欲望に耐えている。

本当は雨で冷え切った彼女の手を握りたい、抱きしめて温めてやりたい…その想いでいっぱいだった。

「ねぇ、真田さん…ボクの部屋で雨宿りしてきなよ」

「……そう、だな。少しだけ…」

早々に試合を決めた立海はバスに乗り込む。

そこで、本日の試合は一時停止試合になり明日の9時から続きが開始されるという情報を得る。

どうやら氷帝は鳳・宍戸ペアのダブルスの途中で一時停止試合になったらしい。

立海は試合が終わっているので、明日の午後からの試合となる。

皆が帰路に着く頃には本降りになってしまった。

コンビニで傘を買い、今日は解散となる。

真田は華宮の部屋で雨宿り…という名目で、久しぶりに恋人として過ごす時間を得た。

「あー、びっちょりだ…夏でもさすがに雨に濡れると冷えるね」

部屋に着くと、すぐさま真田にもタオルを渡して濡れた髪を拭く。

「シャワー浴びちゃおう。真田さんも一緒にどう?」

「…っ!?い、いや…流石に…それは…っ!!」

「そう?残念」

華宮は残念がった。冗談かと思いきや割と本気だったようだ…真田は久々に気を緩めて赤面する。

この前の海での件があったため、真田は彼女に対して少々慎重になっている。

あんなにも自分が欲望に弱く、歯止めが効かないことを思い知らされたからだ。

一緒にシャワーなんてしたらそれこそ自分でも止められる気がしない。…ましてや、最近は華宮に触れることさえずっと我慢してきたのだから。

先にシャワーを浴びた華宮が着替えて戻ってくる。

家に泊めた時もそうだが、湯上がりの彼女は何とも色っぽくて魅入ってしまう…と彼は思っていた。

「真田さんも浴びてきなよ、寒いでしょ?」

「俺は大丈夫だ。着替えもないしな」

「シャワー浴びてる間に乾燥機かけておくよ」

「そ、そうか…それでは、シャワーを借りよう」

「今度から真田さんの服も何着かここに置いておくといいよ。その方が便利でしょ?」

「!!」

それはつまり……色々な意味を模索してしまったが、真田はそこで考えることをやめた。

真田はありがたく浴室を借りる事にした。

……恋人の家でシャワーを浴びるという状況に、どうしても鼓動が収まらない。

もちろん、やましい事は何もない…はず、だと、思うが。

どうしても顔が赤くなってしまう。ここの所ずっと華宮との関係を顔に出さないよう気を張り詰めていたせいか…。

「あ、真田さん!ジャージ乾くのもう少しかかりそうだからバスローブ出しとくね!パパが日本に泊まりにきた時用にって、この前勝手に送ってきたやつがあったから」

真田が浴室から出ると、自分でも着れるサイズのバスローブが用意されていた。

…ホテルのような部屋に恋人とバスローブ。

いやいや、何もない。仕方ないのだ、服が乾かないのだから…と必死で自分に言い聞かせる。

「…すまないな。助かった」

なんとか平常心を装った…が、それは次の瞬間にすぐさま崩壊した。

何故か、彼女までバスローブ姿になっているからだ。

「つ、翼…っ!?何故、そんな格好…!」

「これママが泊まりにきた時用って一緒に入ってたから来てみたー!バスローブって軽くていいね!」

「…お前はっ!もう少し危機感をだな…っ!」

「……ボク、ずっと我慢してたんだよ」

彼女がするりと真田の胸元へとやってくる。

本当に春風のようだ…と不意を突かれながらも真田は思う。

「男子部員としてテニスをやるのはもちろん楽しいし、それは自分が望んだ事だけど…やっぱり、真田さんを見てるとどうしても…触れたくなっちゃう」

「……俺もだ、光輝」

目を瞑り、久方ぶりのキスをする。

互いにずっと我慢していたせいで、愛しさが溢れ出して仕方がない。

こんなに近くにいるのに触れられないのは、ここまでもどかしいものなのかと…二人は思う。

共に目標に向かってテニスをするのは素晴らしく楽しいし、共に戦える事を誇りに思い嬉しく思う。

しかしどうしても恋人としての感情もふとした瞬間に湧き上がってしまうのだ。

複雑すぎる関係に、頭を悩ませる。

「…ね、真田さん。もっと欲しい」

彼女は頬染めて物欲しそうに彼にねだる。

真田はこの瞬間がたまらなく好きだ。

自分より強くて、いつも強気な彼女が…こんなにも弱々しい表情で自分を求めてくる。

それは彼の中の男としての本能を呼び覚ますには充分すぎることだった。

「…すまんが、手加減できそうにないぞ。俺も随分我慢していたからな」

真田の意外にも強気な発言に、華宮は嬉々としてゾクゾク体を震わせる。

男らしい彼の姿が本当に好きで、試合をしている時のような鋭く野生的な切れ長の目が愛おしくて仕方なかった。

激しく唇を重ねる。

舌を絡ませて、吐息が漏れる。

「…ん…っ」

欲望に飲まれていく、互いの想いが絡み合う。

真田はそのまま華宮をベッドに押し倒す。

一人で寝るにはあまりにも広すぎるダブルベッドだ。

「…真田さん…好き……」

唇を離すと、ハァハァと荒く息をしながら彼女が潤んだ瞳で見つめてくる。

色んなものを映す瑠璃色の瞳の、新たな姿。

それは恋人が愛おしくて、女性になる時の濡れた瞳。

「…俺も、愛している。光輝」

そう言うと海の時とは違い、跡をつけないように優しく彼女の首筋にキスをした。

そのまま鎖骨をなぞり、バスローブに手をかける。

「……本当に、続けてもいいのか…?」

「…いいよ。全身で、真田さんを感じたい……」

今回はあの時のような勢いと興奮だけではない。

何よりも愛おしさが溢れて、彼女の身体に優しく触れる余裕がある。

欲望のためではなく、愛し合う意味で彼女抱ける。

バスローブを少しずつ、脱がせていく。

ついに表した彼女の綺麗な上半身。

あまりにも美しくて、思わず魅入ってしまう。

「…そんなに見ないでよ、恥ずかしい……」

「す、すまん!あまりにも綺麗で…つい…!」

そんなことを言うとお互いに顔を赤くする。

しかしながらこうやって彼女の身体を見てみると、本当に華奢な少女である。

胸も、確かに大きくはないが…きちんと膨らみもあって、間違いなく女性の身体だ。

こんな子が、男子に混じってこの全国大会を戦っている最中なのか……そんな事実が不思議に思えて仕方がない。

「触るぞ……」

「ん…」

一言声をかけて、真田は華宮の胸を撫でる。

何故だろう、初めてキスをした時ほど緊張しない。

それはおそらく、欲望よりも愛情が勝っているからだろう。

やましい事をしているというよりは、彼女の身体を愛でている感覚に近い。

小さな胸を優しく撫でる。

その度に彼女は小さく喘いで、身体を震わせる。

桃色の突起に軽くキスをする。

「…っ!あっ」

そのまま先程の口付けのように、舌を絡ませて優しく刺激をする。

「さな……あっ!…んっ……!」

華宮は今まで発したことが無いような、高くて可愛らしく…吐息混じりの色っぽい声で喘ぐ。

真田もその声に更に男の本能を刺激される。

「光輝…愛してる……っ」

いよいよ彼のその手が、彼女の腰から下がっていき可愛らしい下着の中へ…彼女の秘部へ進行しようとした。

…が、その時だ。

『ジリリリリリ!!!』

「っ!!?」

机に置いておいた真田のケータイ電話が鳴り響いた。

その電話の音で、急に二人は現実に引き戻された感じになってしまった…

「…すまん。こんな時に」

「いいから電話出ないと。明日の大会のことかもしれないし」

「…そうだな」

真田は少々…いや、かなり意気消沈気味に電話に出た。

電話の相手は柳だった。

『ああ、弦一郎か。明日の大会のことなのだが』

「…なんだ」

『どうした、元気が無いな。………あ、すまない。もしかして良い所を邪魔してしまっただろうか』

「…そんなことは……」

無い。とは言い切れなかった。

さすがの真田も今回ばかりは邪魔をしないで欲しかった、という本音を隠しきれなかった。

『この柳蓮二としたことが申し訳ない。後で掛け直すので、続きを楽しんでくれ。では』

データマン柳蓮二は何かを察したらしく、空気を読んで電話を切った。

だが、残念ながらそれも後の祭り。お互いにクールダウンしてしまった。

「…蓮二からだ。明日の大会の件だったが…結局掛け直すと…」

「そっか。まぁ仕方ないよね!まだ全国大会最中なんだから!ボク達ももう少しだけ我慢して男子部員として頑張ろ!」

華宮は物凄く落ち込む真田を、ニコニコといつもの無邪気な笑顔で励ました。

先程まであんなに色っぽい顔で目を潤ませていたのが信じられない。毎回の事ながら表情豊かな彼女には驚かされる。

「この続きは、全国大会が終わってからにしようね」

そう言って彼女は悪戯っぽく微笑んで、彼の唇に軽くキスをする。

「また明日からはしばらく男子部員の翼としてよろしくね!真田副部長!」

「…副部長なんて言わんだろ、お前は」

華宮はクスクスと笑う。

本当に表情がコロコロと変わる四季のようだ。

「明日から、またよろしく頼むぞ。翼」

それでもやはり愛おしい恋人であることは変わらなくて。

軽く額にキスをして彼女の頭を撫でた。

また明日から気を引き締めていかなければ。

全国大会 目指すは立海の三連覇 ――――



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43話 青学VS氷帝

全国大会 三日目

天気は晴天に恵まれ、立海以外は昨日の試合の続きからとなった。

立海は午後からの試合となるため、他の学校の試合を見学する。

もちろん、向かうのは青学VS氷帝の試合だ。

「宍戸、鳳と青学のゴールデンペア…正直、どっちが勝つか分からねーぜ」

プラチナペアと呼ばれる丸井は、興味深そうに見ていた。

まさに一進一退の激戦。一歩も譲ることがない、ダブルスペアとしての誇りと意地のぶつかり合いだ。

終盤、氷帝ペアがリードしてこれで決まる…誰もがそう思った時…青学のゴールデンペアがダブルスの奇跡と呼ばれる『シンクロ』を発動させた。

「なんだありゃあ…!?」

ジャッカルも驚く。

声に出して指示もしていないのに、まるで相手の思考が読めるかのような動き、完璧な連携。

しかし、結局試合はギリギリのところで氷帝に軍配が上がった。

どうやら、大石の手首の限界を察した菊丸が最後のショットを止めたらしい。

「青学…ダブルスも力を付けてきたようだな。考察するに、どうやら無意識のうちにシンクロをしていたようだが…あれを意識的に扱えるようになれば厄介だ」

柳は忙しくデータを収集する。

丸井、ジャッカルのプラチナペアも、このダブルスの試合を見て更に気合いを入れ直した。

「次は跡部さんとリョーマの試合か。あの二人、何処と無く似てるからヤバイ試合になりそうな予感」

華宮は性格的に跡部も越前も苦手である。

捻くれ者というか、偉そうというか…とにかく、あの二人も絶対に反りが合わないタイプだろうから試合も大変な事になりそうだと思った。

――案の定、試合は大荒れだ。

まさかの負けた方が坊主になるという賭けまでしてしまった二人。プライドが高すぎるのも考えものだ。

最強の負けず嫌いがぶつかり合い、競い合う。

越前も無我の境地で攻め続けるも、真似ばかりの技では跡部には効かない。

「ほうら、凍れ」

跡部がそう言うと、越前は完全な死角を突かれ身動き一つ取ることができなかった。

「あれは……」

真田は跡部が練習試合に乗り込んできた時のことを思い出した。

あの時も先程の越前と同じ様に、完全な死角を突かれ動くことができなかった…跡部はあの時、この技を完成させたのだ。

「氷の世界」

氷の世界と呼ばれる技は凄まじく、越前はポイントを取れずにまさにズタボロにされていた。

「死角を突くなんて、なかなかいやらしい技だね。跡部さんらしいや」

「…翼、お前ならどう返す」

「んー…難しいなぁ。一番良いのは手塚ゾーンみたくボールを引き寄せちゃえばいいんだろうけど…まぁ現実的ではないよね」

そんなことを言っている中、越前がまさかのそれを実行した。

手塚程は完成度が高くないにしろ、氷の世界を破るには充分すぎるほどのものだ。

「…だから嫌いなんだよ。ホント生意気」

華宮は不満そうに言う。

越前リョーマは恐ろしい。試合の中で常に進化し続けて、あり得ないと思う事すら実現してしまう。

その才能はかつてプロで名を馳せた彼の父親を思い出す。

華宮の父も越前南次郎と同世代であったために、なかなか日の目を見れなかった…それ故個人的に未だ南次郎を一方的に敵視している様だ。

そしてその才能を確実に受け継ぐ、越前リョーマ。

正直、自分が彼と戦ったとして勝てるかどうか分からないと思ってしまう唯一の存在だ。

その後も試合は白熱し、途中で照明器具が落下するアクシデントもあったが跡部と越前にはそんなことさえ関係無いという程の集中力だ。

跡部はいよいよ自分の本来のテニスである超攻撃型へとプレイスタイルが変わる…越前も集中力を一瞬足りとも途切れさせることなく食らいついていく。

二人の試合はタイブレークへと突入した。

そこからはもう意地のぶつかり合い、プライドなどかなぐり捨ててただチームの勝利のためだけに戦った。

89-89

この試合はいつまで続くのか。誰もがそう思った。

立海のレギュラー達でさえも一言も発さずに試合に見入っている。

117-117

それは大会の歴史にも残る程長い長い戦いだった。

しかしそんな戦いにもいつか終わりがやってくる…その時が、ついに来たのだ。

プライドの高い二人が、力尽きて地へと倒れこむ。

ポイントは同点。90秒以内に次のプレイを開始しなければ相手のポイントとなる。

つまり、起き上がった者の勝利だ。

青学からも氷帝からも声が湧き上がる。

そして、先に立ち上がったのは氷帝…跡部だ。

そこで周囲の者は皆氷帝の勝利を確信した。

…だが、その後ですぐに越前が起き上がる。

両校からの歓声が湧き上がった。

「俺は…青学の柱になる!!」

その掛け声と共に越前はツイストサーブを叩き込む。

「ーーーっ!」

誰もが目を疑った。

跡部は、立ったまま気絶しているのだ。

誇り高き王が、そのプライドと意地だけで立ち上がり気絶してもなお凛々しく君臨し続けたのである。

「…跡部よ、敵ながらその根性には敬意を示す」

真田も、跡部の地を這う様な試合を見て感服する。

王らしくチームの為に最後まで立ち続けた彼を見直したのだ。

試合は越前の勝利で、青学のベスト4進出を決めた。

「ねぇ、気を失ってるトコ悪いんだけど…」

越前は電動バリカンを持ち出して来た。

「え、リョーマまさかお前…嘘でしょ…!?」

その様子を見ている華宮でさえも絶句する。

越前は気絶している跡部の髪を容赦無く電動バリカンで坊主にしていく。

さすがに青学のベンチからも悲鳴が上がる。

「…やっぱりダメだわ。ボクあいつ大っ嫌い」

華宮は青ざめてそう呟く。

先程の試合で見直した越前リョーマへの好感度が真っ逆さまに落ちていった……

 



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44話 立海VS名古屋星徳

午後、立海の準決勝の試合が始まる。

相手は愛知の名古屋星徳。

試合開始の挨拶をするためにコートへ並ぼうとする。

「ーーっ!?真田さん、ちょ、ちょっと!帽子貸して!!」

華宮は急に焦ったように真田の帽子を取り上げて顔が隠れるように深く被った。

「どうした、翼」

「…相手のチームに昔馴染みの奴がいる…っ」

「…何スか、コイツ等?」

「2回戦までのメンバーとは明らかに違いますね」

「よくもここまで集めたモンだぜ…」

「プリッ」

なんと、名古屋星徳の選手全員が外国人留学生にメンバーチェンジされていたのだ。

日本と比べて外国の方がテニスの実力が上なのは事実ではあるが、わざわざ全国大会でメンバーチェンジをしてまで全員を外国人留学生にしてきたことに立海のレギュラー達は怒りを覚えた。

「フフ…面白いじゃないか。なぁ、真田!」

部長の幸村はそれすらも我が立海には関係無いと、余裕で強気な笑みを浮かべる。

「ブッ潰す!!」

真田もギロリと相手チームを睨みつけて、その挑戦を受けて立った。

「ーーー?ーー」

相手は英語で何か喋っている。

『やたら小さい奴がいるな。そのお子様も選手なのか?』

『こんなガキがレギュラーなんて、たかが知れてるな』

『日本のテニスなんか俺達の足元にも及ばないな』

そう言うとゲラゲラと笑いが起こる。

ネイティヴな英語が分からないと思って悪口を言いたい放題だ。

全て聞き取れる華宮は腹立たしさのあまり怒鳴りつける。

「shut up!! You never permit!(黙れ!!お前達、絶対に許さないからな!)」

キッと相手チームを睨みつける…と、よりによって昔馴染みであるリリアデント・クラウザーと目が合ってしまう。

華宮はマズイと青ざめ、すぐに帽子を深く被り直す。

『………』

『なんだ、アイツもアメリカ人か?』

『どうしたクラウザー』

『…なんでもない』

審判のコールにより、両校試合前の挨拶をする。

しかし名古屋星徳は感じの悪い態度を取る。完全に挑発している様だ。

切原は腹が立つも、他のレギュラー達は相手にしないようにと自分達のベンチへと向かう。

するとクラウザーが一人、立海ベンチへとやって来た。

「あ″?なんだテメェ…!」

切原が睨みつけ、唸る様に言う。

しかしクラウザーはそんな切原を無視し、華宮の元へと歩み寄った。

ネイティヴな英語で話しかける。

『ヒカリ…?ヒカリだよね?』

『ボクは翼。光輝の弟だよ』

『嘘だ。僕が君の目を見間違えるはずがない』

『…クララ、今はヒカリと呼ばないでほしい』

『やっぱり!ヒカリだ!!ああ、日本に行ったと聞いてからずっと探していたんだよ!やっと会えた…っ!』

クラウザーは華宮に勢いよく抱きついた。

こんな状況を恋人である真田が黙って見ているはずもなく、すぐさま力強くでクラウザーを引き離す。

「…Don't bother.(邪魔をするな)」

「邪魔なのは貴様だ…さっさと自分のベンチへ戻らんか…っ!!」

まさに一触即発な状況…華宮は英語で話を続ける。

『ボクは今ワケあって、男子部員の華宮 翼としてここにいるんだ。この事は内緒にしてほしい。あと、本名だとバレるからヒカリって呼ばないで』

『僕は君の為なら何でもするよ。ヒカ…いや、ツバサ。君と試合になったら僕は棄権しよう。君を傷つけたくない』

『…君の相手はボクじゃない。あまり立海を舐めるな。痛い目見るぞ』

『相手が君じゃないなら安心してやれるよ。ここの奴等は特に気に入らない』

「おい、テメェはさっきから敵のベンチで何ベラベラ喋ってんだよ…!目障りだから消えろ!!」

切原がクラウザーに唸る。

英語が苦手なので何を言っているのかはさっぱり分からないが、それが余計に腹立たしい。

『…磔にしてやろうか?』

「だから何言ってんのか分かんねーっつってんだろ!」

クラウザーは切原をフンっと鼻で笑う。

『…ツバサ、ここは君に相応しくない。もしうちの学校が優勝したら、こっちにおいで』

『余計なお世話。ボクは立海が好きでここにいるの。優勝するのはボク達だ、君らは大人しく帰国するといい』

『必ず迎えに行くから、待っていて』

クラウザーは華宮にそう言うと、自分のベンチへと戻って行った。

華宮は史上最悪に苦い顔をしている。

「あいつ、アメリカの幼馴染なんだ。根は悪い奴じゃないんだけど、テニスの事になると凶暴でね…気をつけた方がいい」

「……あいつはお前に好意を持っているのか?」

真田が堪らずに華宮に問う。

これは間違いなく嫉妬している…真田は意外と嫉妬深いようだ。

「そうだとしても、ボクが好きなのは真田さんだから安心してよ」

耳元でそう囁いて、借りていた帽子を彼に被せる。

彼女の愛しい笑顔に気が緩みそうになるが、今から大切な試合だ。気持ちを切り替えて行く。

「……皆、電話で打ち合わせた通りだ。頼むぞ」

柳が切原と華宮には聞こえないよう、他の三年生にだけ小声で確認をする。

真田、幸村も目で合図をして頷く。

そして幕を開けた、波乱の準決勝。

立海大附属VS名古屋星徳



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45話 悪魔覚醒

――こんな展開を、誰が予測できただろうか。

シングル3は柳生のレーザービームが通用せず2-6。

ダブルス2の丸井、ジャッカルペアですらも1-6で敗退したのだ。

この大会、圧倒的なまでの差で勝ち上がってきた王者立海がまさかの二連敗。

そして、シングル2の切原は…

『ゲーム名古屋星徳、リリアデント・クラウザー!5-0!!」

あのリリアデント・クラウザーに全く歯が立たず、5-0…更に華宮の言っていた彼の凶暴なテニスのせいで切原は血みどろでフェンスに磔にされていた。

「く、くそっ…くそっ!!」

目が真っ赤に充血した切原が叫ぶ。

フラフラと何とか立ち上がるも、すぐに倒れ込んでしまった。

「赤也っ!!」

華宮が声を上げる。

しかしその後もクラウザーは容赦の無い猛攻で切原を更に痛めつける。

『彼等は本当に昨年の王者なのか?』

クラウザーが英語で言った。

『俺の国なら小学生でも勝てるぜ!ククク…』

名古屋星徳のベンチにいる選手達も次々と英語で罵倒する。

「や、柳生先輩…今こいつら、何て言ったんスか?」

英語が全く分からない切原が、コートに這いつくばりながらも柳生に聞く。

「本当に昨年の王者か?我々の国なら小学生でも勝てるぞ、このワカメ野郎……と」

柳生はそう答える。

華宮は何気に付け足されているワカメ野郎、に驚いたがあえて訂正はしなかった。

その言葉を聞いて、切原は立ち上がる。

充血した目だけではなく、体全体が真っ赤に染まり、髪は真っ白……まさに、悪魔としか言いようがない程恐ろしい姿になっている。

それからの切原はまるで人が変わったかのような動きになった。

無我の境地とは違う、どちらかと言えば華宮の唯我独尊に近い…己の身体能力を限界まで引き上げる力のようだ。

さっきまで瀕死状態だったとは思えない程の猛攻、超攻撃、容赦の無い悪魔のテニス。

「テメーも赤く染めてやるぜ!!」

クラウザーが凶暴なテニスなら、今の切原はまさに凶悪。

誰にも止められない、暴走にも近い。

「ヒャーヒャッヒャッヒャッ!!!」

不気味な笑い声を上げて、容赦無くクラウザーを血で赤く染め上げる。

「デ…デビル赤也…」

思わず立海のベンチからもそんな声が漏れる。

いつも切原をからかう華宮でさえも、今の切原には絶対に近づきたくないと思った。

「そうだ…王者立海の三連覇に死角はねぇ」

もはや自分の血なのか相手の返り血なのか分からないほど、真っ赤に染まってニヤリと笑う切原は悪魔の化身だ。

『ゲームセット、ウォンバイ立海大附属 切原赤也、7-5!!』

あっという間に逆転してしまい、切原は立海に勝利を捧げた。

「No way…I can't believe we lost to an island nation of tennis amateurs.(バカな…こんなテニス後進国の島国に我々が負けるハズがない)」

柳が綺麗な発音の英語で言う。

「Right?(違うか?)」

自分達の思っていたことを先に言われた事に驚き、そして相手のチームは気付いてしまったのだ。

「プリッ」

今までの連敗は詐欺である事に。

次のゲーム、仁王、柳ペアのダブルス1は6-1であっさりと名古屋星徳を下す。

『そんなバカな…今までの二試合も全て…ペテン…!?』

そのセリフに、負けたフリをしていた丸井、ジャッカルもニヤリとする。

「ウチの若いのを覚醒させる必要があったぜよ」

そんな状況に気が付いていないのは、どうやら切原本人と華宮だけだった。

「へ?」

「は?」

幸村は最後の指示を出す。

「さぁ、真田。止めを!!」

シングル1、皇帝 真田弦一郎。

一切の容赦もなく、封印していた技を解き放つ。

「…動くこと、雷霆の如し!!」

―――――――

―――

結果、真田の試合は6-0で圧勝。

立海大附属の勝利で終わった。

整列をし、試合終了の挨拶をする。

『…ツバサ』

悪魔赤也にボロボロにされたクラウザーは、チームメイトの肩を借りて何とか立っていた。

『僕はもっと強くなって、また日本に来る』

華宮は強気な顔で笑う。

『そしたら、今度はボクが相手してあげるよ』

クラウザーもフッと笑い握手をして退場して行った。

皆も今回の試合は色々と疲れたようで、すぐに帰りの支度をする…が、切原と華宮は今回の件に納得がいっていないようだ。

「酷くないっスか!?俺本当にこのままじゃ立海が負けちまうって焦ったんスよ!!」

「そうでもしなければお前は追い詰められないだろう」

「っていうか!赤也に内緒にするのは分かるけど、なんでボクまで内緒にされてんの!?他のみんなは知ってたのに!!ボクもめっちゃ焦ったよ!!」

「お前はすぐに顔に出るからな…幸村にも今回のことはお前には内緒にしておくよう言われていたのだ」

「酷ーい!ボクかなりショックー!!」

「すまなかった。そう怒るな…そうだ、詫びの印に飯でも奢ってやろう」

「本当に!?わーい!やったー!!焼肉が良いなー!」

「姫もすっかり焼肉族じゃの」

「えぇ!!?今日一番頑張ったの俺っスよね!?」

「赤也、お前にも奢ってやる。今日は本当に良くやったな。この調子で決勝戦も頼むぞ」

「っ!!ういっス!!!」

珍しく真田に褒められた切原は、嬉しくてニコニコと笑っていた。先程の凶悪な悪魔の面影など微塵も感じない。

…華宮といい切原といい、何故うちの二年生達はこうもテニスをしている時と普段の表情差が激しいのか…いや、よく考えれば幸村も大概か…などと真田は考えていた。

「え、真田が焼肉奢ってくれるの?やったね!」

「たらふく食いまくるだろい!!」

「お前らは自分で払えっ!!!」

その日、立海は久しぶりに皆で焼肉へと行った。

…青学も実は焼肉屋へ行ったのだがそちらは別の店だったようで、何故か他校が集まり大変なことになったとか。

そんな事とは露知らず、立海の焼肉パーティは平和的に終わった。

全国大会 決勝

立海大附属 VS 青春学園

開催は三日後

ついに、頂上が決定する時がやってきた―――



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46話 全国大会 決勝

全国中学生テニストーナメント

全国大会 決勝

ついにここまで来た。

全国の中学生達が戦ってきたこの夏…様々な激戦を勝ち抜いた二校が、日本一を決める。

立海大附属 そして 青春学園―――

一昨年、昨年と二連覇を成し遂げた立海が無敗の三連覇を獲るのか。

手塚や不二、そして越前リョーマが加わった青学がそれを阻止するのか。

それは誰にも予想できない。

今まで戦ってきたライバル達も、観客席から見届けている。

会場は常勝立海のコールと、青学の応援が響き渡る。

その中で両校が入場し、整列をする。

関東大会決勝以来の対面だ。

「決勝までよく来た」

真田は真っ直ぐに手塚を見据える。

「だが内容はお粗末極まりない。幸村の加わった我が立海と戦えるレベルでは無いわ」

今回は幸村が、そして手塚がいる…どちらも完璧な状態、のはずであった。

「…ま、まだまだだねっ」

何やら越前リョーマの様子がおかしい。

「随分覇気の無い一年坊じゃの」

仁王だけでなく、他の皆も気付いている。

あれは越前リョーマでは無い。しかしそれを指摘する事は無かった。

越前という男はいつも予想外の行動ばかりする、今に始まったことではない…と。

どうやら、越前は軽井沢にいて電車のトラブルで間に合わなかったらしい。

そんな事情を聞いて跡部がプライベートヘリを飛ばし、桃城、忍足と共に越前を迎えに行った。

―――いよいよ、火蓋は切って落とされる。

シングル3

手塚国光 VS 真田弦一郎

二人がコートに入っただけで、会場の雰囲気が一気に変わる。

どちらが強いのか、この三年間誰もが待ち望んだ対戦。

まさに頂上対決。

「…ただでは帰さん」

真田は気合いが入る。

それもそうである。この対戦を誰よりもずっと待ち望んでいたのは真田自身なのだから。

青学が年功序列制度だったため、この二年間手塚はレギュラーとして大会に出ることが無かった。

立海はその間に真田、柳、幸村を含めたチームで二連覇を成し遂げる。

…しかし真田はわだかまりを感じていたのだ。

手塚国光を倒していないことに。

「真田さん…頑張れ…!」

華宮は祈るように手を合わせる。

この試合だけは、どうか神様…彼に勝たせてあげてください。そう願うことしかできなくて。

「行くぞ手塚国光!!敗北の淵へ案内してやろう!」

そして試合が始まった。

序盤から互いに全力を出し合う。

真田は最速で風林火山を繰り出す…それに対し手塚も出し惜しみなく手塚ゾーンで応戦してくる。

まさにハイレベル。プロのような試合だ。

誰にも破られたことの無い手塚ゾーンを、真田は真っ向から叩き潰す。

風林火山を容赦無く撃ち込み続け、ついに手塚ゾーンの円が乱れる。

手塚は百錬自得の極みで真田の『火』を倍返しした。

しかし、真田は瞬間移動をしたようにコート上を移動していてそのボールに追いつく。

「動くこと、雷霆の如し」

そう…真田は手塚国光を倒す為だけに二つの奥義を封印していたのだ。

それは光の速さでどこにでも現れ、そして落雷ににも似たほぼ直角に曲がる強烈な打球で相手を恐怖のドン底へ叩き落とす――雷。

そしてもう一つは、才気煥発での動きを予想出来なくする…『陰』

これが彼の本当の究極奥義

『風林火陰山雷』、風林火山の真の姿だ。

「どうした手塚…?顔が青いぞ」

―――――――

―――

彼等の戦いは熾烈を極めた。

雷の圧倒パワーで手塚ゾーンも真っ向から破られるも、手塚はその腕を酷使して手塚ゾーンの6割増しの回転を掛け相手の打球を全てアウトにする『手塚ファントム』を仕掛ける。

それにより真田の打球は全てアウトにされてしまう。

…しかし、手塚の腕の負担も相当なものでファントムを打ち続けた手塚の腕はついにうっ血して紫色に腫れ上がっていた。

チームの為に、手塚はまたもや自分の腕を犠牲にする覚悟で挑んできたのだ。

しかし、真田も限界を超えた光速移動である『雷』を連続で使い続けた結果、脚が腫れ上がり思うように動けなくなってしまう。

手塚は腕を、真田は脚を…

己の、そしてチームの勝利の為に限界を超えて尚酷使し続ける。

そしてインターバル。

立海のベンチへとフラフラしながら戻ってくる真田に、他の部員がアイシングの準備をする。

「真田副部長、アイシングを…!」

「触るな、放っておけ」

しかし真田はそれを追い返す。

「…ちょっと、それ貸して!」

退散しようとしていた救護班のアイシングを華宮が奪い取って強引に真田の脚をアイシングする。

「…翼」

「真田さん、強がってる場合じゃないよ」

華宮に言われては真田もおとなしくするしかない。

アイシング中に幸村がやってくる。

「…真田」

それは、真田の信条とする真っ向勝負を捨てろ、という幸村からの冷酷かつ勝利への最も適切な指示だった。

「真っ向勝負を…捨てろと言うのか…!?」

「そう…全ては立海三連覇の為だ」

幸村はテニスに関しては非情になれる。それだからこそ王者立海の部長として、そして最強のプレイヤーとして君臨できるのだ。

いつだって勝利の為なら手段を選ばない、最も適切でいて無駄のない戦い方をする。

…それは、感情で動きやすく自分の信念に忠実な真田には無い、幸村の強さである。

「そんな…だって、真田さん……」

華宮も戸惑うが、幸村の言うことは理解出来る。

このまま真っ向勝負を続けても真田は脚を駄目にするだけ…多様な技を持つ彼ならもっと適切な戦い方は出来る。

しかし、この二年間待ち望んだ手塚との対決…彼は自分の信念を貫き通したい気持ちが強いだろう。

「………っ」

インターバルを終え、真田は無言でコートへと戻って行った。

幸村はそんな彼を冷静に見つめる。

試合開始と共に、手塚はその腕を休めること無く手塚ファントムを打つ。

「動くこと、雷霆の如し…!」

真田もそれを雷で迎え撃つ。

「やはり弦一郎は真っ向勝負を捨てられぬ」

柳はそう言うが、幸村の目は常に冷静だ。

「……加えて、徐かなること林の如し」

真田は『林』でファントムの回転を相殺し、アウトになる事を防いだ。

それは、皇帝 真田弦一郎が…真っ向勝負を捨てたという意味である。

会場は唖然とする。

手塚はいつ雷が来るか分からないのでこのまま腕を酷使しファントムを打ち続けなければならない。

そして手塚に隙ができたところで、スマッシュを打ちポイントを決める。

これは間違いなく、勝利する為には適切な戦い方だ。

だがしかし、こんなやり方は真田にとっては本望では無い。

立海三連覇、その為にはプライドさえも捨てなければならいのだ。

「何が皇帝だよ…」

「汚ねぇーぞ!真っ向勝負もしないで何が皇帝だ!!」

青学の観客席からブーイングが飛んでくる。

…華宮はもう我慢の限界だった。

「戦いもしない部外者が口を出すなっ!!真田さんがどんな気持ちでこの戦いに挑んでるのかも知らないくせに…っ!これ以上の悪口はボクが絶対に許さないからな…文句があるならかかってこい!!全員黙らせてやる…!!」

華宮は並々ならぬ殺気を込めてギャラリーを睨みつける。

その視線に、観客席は一瞬で静まり返った。

(……光輝…っ)

彼女の声はどんな声援よりも彼に力を与える。

そう、まさに勝利の女神なのだ。

――白熱した試合も、ついに真田のマッチポイントを迎える。

手塚からのサーブだ。

疲労のあまりもう零式は打てない…誰もがそう思っていた。

「っ!!手塚はまだ死んでいない…!零式サーブだっ!!」

幸村が声を上げる。

その通り、手塚は最後の力を出し切って零式サーブを打ってきた。

「侵掠すること『火』の如く…加えて、徐かなること林の如く……そして、動くこと雷霆の如しぃ!!」

真田も全ての力を込めて、零式サーブを打ち返した。

手塚のラケットはガットに穴が空き弾き飛ばされた。

ボールは…

空中に高く打ち上げられ、ネットの上に落ちる。

(手塚は回転を掛けている…馬鹿もん、動かんかーっこの脚がっ!!動けぇーーっあと一歩……っ!)

負ける訳にはいかんのだ――――

会場はどよめく。どっちに落ちる…!

しかし手塚はラケットを飛ばされた状況でなお、回転を掛けていた…このままでは真田側に落ちる。

しかしここで決めなければもう脚は動けない…どうしても、こちらに落ちて来ることは許されない…っ!!

「真田さん…っ!!負けないでっ!!!」

「翼…っ!!」

ああ、泣くな…泣かないでくれ…

俺は絶対に負けはしない…だから……っ!!

手塚は立ち上がり、ラケットを構える。

「勝つのは俺達、青学だっ!そして青学の時代を再び築き上げる!!」

真田は立ち上がろうとするも脚はもう限界で力が入らずに倒れてしまう。

それでも、皇帝のプライドさえも捨てて地を這いずりボールの元へ向かう。

「向こうに入らんかーーーっ!!!!」

最後の力を込めて、物凄い気迫で叫ぶ。

ボールは…その気迫に押されたように、手塚のコートへと落ちていった。

『ゲームセット…ウォンバイ 真田弦一郎!7-5!!』

勝利のコールが鳴り響き、真田は倒れたまま天高くガッツポーズをする。

真田はフラフラと立ち上がり、手塚の元へ向かう。

「もう二度と、貴様とはやらんぞ…」

そして手塚と握手を交わす。

ついに、悲願の勝利を手にしたのだ。

長いことずっと…小学生の時から追い続けた手塚国光に勝利したのだ。

「真田さん…っ真田さんっ!!」

ベンチでは、早速華宮が人目も気にせず彼に抱きついて泣きじゃくる。

それは嬉しさと心配と色々感極まっている涙だ。

「泣くな翼」

「だって…だってぇ…!!」

「…勝利の女神は、笑っていてくれ」

真田はそう言うと、張り詰めていた緊張を一瞬だけ解いて華宮にだけ見えるように微笑んだ。

愛しい彼女にだけ向ける優しい笑顔。華宮はやっと落ち着いて、涙を拭った。

そして、彼の言う通りに笑ってみせる。

「……真田さん、ボクも絶対に勝つから!立海三連覇の為に、何としてでもっ!!」

華宮は固く誓った。

立海三連覇の為に信念を曲げてでも戦い、勝利した彼のその姿に…いつも以上に胸が、身体が熱くなる。

激戦のシングルス3

真田弦一郎の勝利 ――――



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47話 悪魔の末路

頂上対決と呼ばれた熾烈な戦いは、皇帝真田弦一郎の悲願の勝利となった。

青学はまさか万全の状態の…しかも百錬自得の極みや才気煥発を使いこなす手塚が負けるなど、とてもじゃないが信じられなかった。

そんな手塚の敗退により、青学の指揮が下がりそうなところへ桃城が越前を連れてやって来た。

「桃ーーっ!おチビーーっ!戻って来たー!!」

菊丸が歓喜の声を上げる。

…しかしどうも桃城の顔が浮かない。

「…それが、帰っては来たんですけど……っ」

連れて来られた越前は、キョトンとした顔で言い放つ。

「…あの、人がいっぱい居るけど…何かやってるんですか?」

いつもの生意気な表情は消え、見たこともない程素直な顔でニコニコと笑っていて礼儀正しい…

そんな越前の変わり果てた姿に、皆唖然とする。

「き、記憶喪失ーーーーっ!!?」

その騒ぎは立海ベンチにまで聞こえて来た。

「…越前、戻って来たのか」

「でも何か今…記憶喪失とか聞こえたけど…」

華宮がチラリと越前の方を見る。

すると目があった越前が、ニッコリと笑ってお辞儀をしてきたのだ。

気色悪い程の変わり様に華宮は思わず青褪める。

「誰だよあれ!?」

「あのままテニスも思い出せずに不戦勝なんつってな」

切原は意地悪くニヤリと笑う。

「ま、このままストレート勝ちさせてもらうから関係無いけどな。ねぇ、柳先輩」

「赤也、油断は大敵だ」

全国大会 ダブルス2

柳、切原 VS 乾、海堂

「奴らは今まで俺達が対戦してきたどのダブルスペアより強い!心して行くぞ!」

「誰だろうがぶっ倒すっス!」

「またお前と戦う事が出来るとは」

「15分で充分っしょ」

相変わらず血気盛んな後輩達を引き連れて、関東大会でも合間見えた柳、乾が握手をして試合が始まる。

――試合展開は立海が有利。

データを取らせない柳、そして海堂の得意とするショートスネイクを真似て挑発をする切原。

3-0でポイントが取れないまま青学は立海の勢いに飲まれて行く。

「切原ぁーっ!さっきのお返しだコラァ!!」

「…赤い目の奴にトルネードスネイクは効かないぞ」

海堂がトルネードスネイクを打つも、目が充血している切原には全く通用せずにその倍以上の威力のスマッシュを乾、海堂に向けて打ち込まれてしまう。

「潰すよ…アンタら二人共」

充血モードの切原の猛攻は止まらない。

乾も海堂も成すすべなく押されてしまう…誰もが立海の勝利を確信した、その時だ。

「ーーっ!?」

海堂が放ったのは立海、柳生のレーザービーム。

スネイクと全く同じモーションから放たれたのだ…。

直球と曲球を全く同じモーションで打ってくる海堂に、立海は押し返されついにポイントを取られてしまう。

そんな中、海堂が放つ超高速のレーザービームが切原の顔面に直撃し、顔面血塗れになりながら切原はぶっ飛ばされる。

「15分経ったぞコラ…!」

海堂の挑発に、仁王が声真似をして付け加える。

「このワカメ野郎…」

…名古屋星徳の時と同じだ。

その禁句を聞いた切原は、悪魔として覚醒する。

「テメーも赤く染めてやろうか?」

悪魔切原はもう誰にも止められなかった。

挑発した海堂ではなく、あえて乾を狙って強烈な打球を食らわせる。

もはや乾はボロボロだ。

「止めろぉぉーーーっ!!」

そんな乾を見て、海堂までもが悪魔として覚醒してしまった…己を見失った者の成れの果ての姿…。

「止めろ海堂…データは取れたぞ」

血を流し、ボロボロになりながらも乾は海堂の手を取って悪魔への道から引き戻した。

海堂も正気に戻り、乾は限界を超えて立ち上がる。

「さぁ……反撃だ……っ!!」

――乾はもはや限界だと誰もが思ったが、その限界すらも超えて彼は立ち上がり抗い続けた。

命懸けで取ったデータは、あの悪魔切原ですらも翻弄される。

そしてついに、悪魔に限界が訪れる。

「…ん、だ…と?」

体が思う様に動かない…目の充血が引いて行く様に、真っ赤な体も戻ってしまったのだ。

「……タイムリミット、か」

柳が呟く。

そう、無我の境地や唯我独尊と同じように身体能力を爆発的に上げるこの悪魔化にも限界…いわゆるタイムリミットがあるのだ。

「う、嘘…だろ…っ!ふざ、けるな…っ俺は…俺は…っっ!!誰よりも、強く…なら、ねえ…と…っっ!!!」

切原は最後の力を振り絞って叫ぶが、とうとう力尽きてコートの上に倒れ込んでしまった。

悪魔化とは、あまりにも身体に負担をかけるものだった。

オーラ系とは違い、無理矢理に血液の循環を活発にしているようなもの…長時間その状態でいると心臓の方がもたない。下手をすると、命に関わる程のものだ。

切原は気を失って、ピクリとも動かない。

「赤也…お前はよく頑張った。時間内に決められなかったのは俺の過失だ。すまなかった…」

柳は気絶している切原にそう語りかけ、審判に向かって手を挙げる。

「…この試合、負傷により棄権させていただく」

審判は切原の様子を見て、小さく頷きコールをする。

『ゲームセット!選手負傷により立海大附属の棄権を認めます!よって試合は5-4で青学 乾、海堂ペアの勝利!!』

青学は大きな歓声を上げる。

ボロボロになってまで立ち上がった乾を皆で褒め称え、海堂は悪魔化を引き止めてくれたことを感謝する。

一方で立海ベンチ。

切原は救護室へと運ばれ、柳だけが戻ってきた。

「……精市、すまなかった。赤也の悪魔化の危険性は重々承知の上だった…その時間内に決められなかったのは俺の実力不足故の事。制裁は、俺だけにしてくれ」

幸村はそんな柳を見据えた。

「蓮二、赤也の悪魔化に関してはまだ調整不足だった。それは部を統括する俺の責任でもある。この敗北は、次への課題だ。自分を責めすぎるな」

本当ならば、身体に深刻な負担をかける悪魔化は封印すべきなのだろう。

しかし立海は三連覇の為に、それを利用してしまった。

一方で青学は身を呈して、後輩の悪魔化を止めたのだ。

……それが先輩として本来あるべき姿なのだろう。だからこそ、青学はこの試合に勝利したのだ。

「翼、次の試合…頼むよ」

幸村は気持ちを切り替える。

そうだ。立海の三連覇を成し遂げる為には、どんな手段も使う。

それが王者の誇り。王者のやり方。疑念を持ってはいけない。

悪魔化だろうが、ペテンだろうが、そして性別を偽ることでさえも…必要ならば受け入れる。

「任せて、絶対に勝つ」

華宮は凛々しい表情でコートへ向かう。

物凄い集中力が周りにも伝わる…

相手は不二周助。

規格外の天才二人が、再びぶつかり合う。

 



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48話 美しき戦い、再び

シングルス2

華宮 翼 VS 不二周助

奇しくも関東大会決勝の時と同じ組合せになった二人。

あの時と同じように、ネットを挟んで握手をする。

「また君と戦えて嬉しいよ。今度は、勝たせてもらう」

「ボクは誰にも負けない。絶対に」

関東大会の時よりも成長した二人。

華宮の視線は鋭く、恐ろしい程の集中力を感じる。

真田の試合を見て火が付いたのだろう。

しかしそれは不二も同じこと。あの手塚の試合を見て、絶対に負けられないと決心したのだ。

華宮のサーブで試合が始まる。

激しいラリーの応酬。華宮はまだ唯我独尊を使わない。

「第1の返し球『鳳凰返し』」

この全国大会で進化し続けた不二のカウンター。

華宮はそれをも正確に拾う。

「不二周助、君は天才だ。この大会で進化し続ける君は正直恐ろしいよ。…でも、成長してるのは君だけじゃない!」

華宮はラケットを構える。

「花鳥風月、散りゆくは『花』!!」

合宿の時に開発した新たな技…花鳥風月。

真田の風林火山のような四技編成で、この大会中では初のお披露目となる。

「っ!!」

『花』と呼ばれた打球はまるでハラハラと落ちて行く花びらのように予測の出来ない動きで不二のラケットを擦り抜ける。

「…綺麗な技だね」

不二は微笑む、強い相手と戦えるのはやはり心踊るものだ。

――試合は進み、2-3で両者共一歩も譲らない。

不二の進化したカウンター、そして華宮の新技『花鳥風月』…

観客の誰もが魅入ってしまう、技術と技術の織り成す美しく激しい試合だ。

「花鳥風月、羽ばたくは『鳥』!!」

その打球はまるで生きている鳥のように、相手には届かない場所へと飛んで行く。

それは相手が次にどこへ動こうとするのか見極める眼力、そして瞬時に回転を掛ける高い能力と技術が無ければ出来ない技だ。

2-4…華宮がリードをし始めた。

進化したカウンターも、世界女王と呼ばれる華宮の技術でことごとく返されてしまう。

(ダメだ…既存の技ではあの子に届かない…!新しい技を…更に高みへ…っ!!)

不二は考える。

華宮に勝つには新しい技が必要だ…それも今までのカウンターよりももっと高い技術の技が…。

「百腕巨人の門番!!」

その為にも時間稼ぎを試みる。

「それ厄介なんだよ…返すの疲れる…!」

華宮は凄まじい回転が掛けられている打球に更に逆回転を掛けて、ネットを超えさせないとする門番を打ち返す。

さすがの華宮もここまでキツイ回転の球を正確に打ち返すのは容易ではなく、ポイントになかなか繋げられないまま体力ばかり消耗する。

(唯我独尊を出すか…?いや、まだだ…何か嫌な予感がする…この人、まだ何かやろうとしている…っ!)

唯我独尊はまだ発動させない。

この不二周助という男は予想だにしないことを挑戦してくる…唯我独尊で体力が底を尽きてから何か仕掛けられたら、対処出来ないかもしれない。

華宮は冷静に考えた。

「翼、冷静だね」

「あいつは勘が鋭い。何か予感を感じているのだろう…」

「進化し続ける男…天才、不二周助。彼を倒すのに必要なのは冷静な判断力、最良を見極める目、そして不二を超える技術力…ここまでの力があるのは俺か翼しかいない」

幸村はコートで戦う小さな彼女を見つめた。

不二との試合は集中力を使う。常に気を張り続けなければならない。

それに関しては華宮は適任だ…パワー勝負よりも得意分野である…だが、技術力の戦いというのは単純な力比べよりも精神力が削られるもの。そこだけが心配だった。

「花鳥風月、吹き荒れるは『風』!!」

花鳥風月、『風』

まるで嵐のような風圧と共に放たれ、そして相手のラケットをフワリと交わして風のように消える。

不二は華宮の完成度の高い技の数々に驚くばかりだ。

「…花鳥風月、君らしい技だ。こんなに美しくて魅了されるテニスは初めてだよ」

「ありがとう。ボクこそこんなに神経使う試合は初めてだよ…っ!」

不二は鋭い瞳で華宮を見据えて、静かに微笑んだ。

「悪いけど、僕は同じ相手に二度負けない」

何か仕掛けてくる。華宮は更に神経を研ぎ澄ませた。

「第6の返し球『星花火』」

やはり新しいカウンターを作り出してきたか…この男は本当に底が見えない…越前リョーマといい、こういう相手が一番苦手だと華宮は思った。

「おおおーっ!第6の返し球だってよ!凄えーっ不二先輩いつの間にーっ!!」

青学ベンチも新たなカウンターの誕生に沸き立った。

「…ここに来て新しい返し球だと…?」

「まぁ、常識で考えてあの短期間で新しい返し球が出来るとは思えませんが…」

「それが出来るから、不二は天才と呼ばれているんだ」

幸村も目を細める。

どこまでも読めない男だ…殆どの選手は新技に戸惑い試合を決められてしまう。

ここが一番の見極め時だ。

この第6の返し球をどう対処するかが…運命の分かれ道となる。

華宮は慎重に試合を進める。

絶対に決めさせてはならない…!集中力を限界まで高める…迎え討つ。

「第6の返し球『星花火』!」

ついに来た…っ!そう思ってラケットを構えた瞬間…

「…何、今の……!?」

華宮は目を疑った。

見たこともない技に、動くことすら出来なかったのだ。

「翼…っ!?」

あの華宮が身動き一つ取れないなんて、前代未聞のことに立海のベンチは騒ついた。

幸村でさえも、予想外の出来事だったようだ。

「僕は、君を超えて上に行く…!!」

不二の猛攻に華宮は焦り出した。

マズイ、集中力が切れてしまう…このままでは…っ

負け……

敗北のビジョンが一瞬チラつくと、華宮の雰囲気が一変した―――!

思い出す、亡き友のこと。

自分は誰の為に戦っている……?

マリアとの約束の為?

共に戦う立海の仲間の為…?

それとも………



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49話 真・友との約束

――――――――――――

―――――

真っ暗な意識の中で、呼び起こされたのは昔の記憶だった。

「マリア!今日の決勝負けないからね!」

それは幼き自分の姿。

「もちろん、私も負けないよ。光輝」

シルバーブロンドの髪が綺麗なボクの親友…マリア。

そう、ボク達はいつでも一緒だった。

初めてラケットを握ったあの日から…ずっと。

「……光輝、私はもうテニスが出来ないみたい」

時は流れて、ボク達が10歳の時だった。

マリアは治療法の無い、重い病気を患ってしまう。

「嘘だよ…だって、一緒に世界一を目指そうって…約束したじゃん…!」

「…ゴメンね。もう、昔のように動けないの」

あまりに酷すぎる現実が受け止められなかった。

それでもボクが、彼女の為に出来ることはただ一つだ。

「じゃあ、ボクがマリアの分までテニスを頑張る!そして、必ず世界一になるから…っ!!絶対に、見てて!」

「うん…!新しい、約束。私も頑張って、光輝が世界一になるまで…病気なんかに負けない…!」

――そう誓ってから、ボクは全てを犠牲にしてでも勝ち続けた。

全ての時間をテニスにだけ注ぎ込んで、一時もラケットを手放さずに戦い続けた。

マリアは余命の一年を超えても、病気と戦い続けていた。

ボクはそれを力に這い上がって行く。

そして13歳、あの約束から二年…ボクはついに世界最年少で女王の座に君臨した。

「マリア!ボク、世界一になったよ…!ほら、これ…マリアのラケット…!ずっと一緒に戦ってきたんだ!!」

マリアの身体はもう限界だった。

痩せ細って、もう起き上がることすら叶わない。

「…おめでとう…光輝……本当に、ありがとう。私達の夢を…叶えてくれて…」

「そうだよ、ボク達は世界一になったんだ…だから…!」

だから、マリアも頑張って…そうは言えなかった。

もう充分すぎる程に彼女は頑張ったのだ。

そう、ボクなんかよりもずっとずっと…。

思わず、涙が溢れる。

絶対に彼女の前では泣かないと決めていたのに。

「…ねぇ、光輝。新しい約束、してくれる?」

マリアは優しく微笑んだ。

昔と変わらない、美しい笑顔だ。

「あなたはこれから、私の分まで楽しく生きて。たくさんオシャレして、素敵な恋をして、立派な大人になって…そして幸せな結婚をして。私が出来なかったこと…あなたは名一杯楽しんで」

ボクは涙を止めることができなかった。

彼女の細い手を握りしめる。…ああ、まだ温かい。

「光輝…あなたにはどこへでも行ける翼があるのよ。だから、もう私には捉われないで。一人で戦わなくていいの。隣に誰か…あなたを支えてくれる人を見つけて」

「…分かった。約束…する…!ボクはマリアの分まで生きるよ…!でも、君の事も絶対に忘れない…!」

「……そこの、引き出しの中に世界一になったお祝いのプレゼントがあるの」

ボクはその引き出しを開けた。

すると、真っ赤なヘアピンが二つ…箱に入っていた。

「…ゴメンね、大したもの用意できなくて…これは、お守りだと思って。あなたが幸せでありますように。そして、あなたの進む道を照らしてくれますように」

―――――――――――

―――――

そうだ。思い出した。

マリアとの本当の約束…

勝ち続ける事じゃない…ボクは ―――

 

 

 

 

 



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50話 勝利の女神

「ボクは……っ!勝ちたいっ!!」

華宮は気付いた。

いつしか勝ち続ける事、負けない事に縛られすぎていた。

親友が望んだのはそんな事ではなく、華宮にやりたい事を自由にやってほしいという願いだった。

それが、勝ちたい――という、単純な事だった。

勝たなければ、では無い。勝ちたいという願い、想い。

それは誰の為でも無い、自分の為に。

唯我独尊の根本的な能力…そう、自分を強く信じる力。

自分の為に願う力――!!

「ーーーっ!!!」

会場の誰もが驚いた。

華宮の、神々しいほどに輝く光のオーラに。

「マリア、ありがとう。ボクは…大切な人ができたよ。いつも隣で支えてくれる人だ。その人のおかげで、ボクはやっと一人じゃなくなった。一人だったあの頃よりも、戦うのが楽しくて…幸せだよ!」

そう言うと、ベンチにいる真田に微笑んだ。

真田は息をするのも忘れる程に、彼女の姿に魅入ってしまった。

あまりにも美しくて、一瞬足りとも目が離せない。

誰もが言葉を失う。

それは対戦相手の不二でさえも…。

「天上天下、唯我独尊…本当の意味で分かった気がするよ。自分が一番であることだけが大切な訳じゃ無い…みんながいるから、ボクも強くなれるんだ」

まるで羽衣のような光のオーラ。

華宮は真っ赤なヘアピンを髪につけて微笑む。

いつものテニスをしている時の鋭い表情では無い…むしろ、全ての緊張から解き放たれた柔らかい表情だ…。

そこからの彼女はまるで天を舞うような美しい動きを見せつける。

誰もその領域に入ることは許されないほど、神々しい。

「天衣無縫…っ!?いや、違う…あれは、一体…!?」

四天宝寺の千歳は幻の扉、天衣無縫のようで少しそれとは違う新たな扉に驚いていた。

まるで慈愛に満ちたような…不思議なオーラだった。

そんな彼女にもはやどんな打球も通用するはずがなかった。そう、あの星花火でさえも―――

『…ゲームセット!!』

不二がハッとすると、いつの間にかゲームセットのコールが鳴り響いていた。

まるで夢でも見ていたような、思考回路が追いつかない程の世界にいたのだ。

『ウォンバイ、立海大附属!華宮 翼 4-6!!』

負けた…そこでようやく不二は現実に引き戻される。

ネットを挟み、握手をする。

「君はどこまでも上に行くんだね…僕も、いつかは辿り着いてみたいよ。その世界へ」

華宮は無言で微笑むと握手をして、そのまま倒れ込んでしまった。

関東大会決勝の時と全く同じだ。

不二は何となく予想していたため、華宮の体を優しく受け止める。

「…あっ!?え?試合は!?」

しかし今回は眠りにつかなかったようだ。

一瞬だけ気を失って、もとの華宮に戻っていた。

「君の勝ちだよ。覚えてないのかい?」

「ぼんやりとしか…えっと、なんか唯我独尊よりふわーっとした感じがして…楽しかったってことしか…」

「そうだね、詳しくは君の大切な人に聞くと良いよ」

「???」

華宮がベンチに戻ると立海のレギュラー達が皆唖然としたまま固まっていた。

「え、何…どうしたのみんな…」

真田が思わず駆け寄る。

「翼…っ!大丈夫か…!?何ともないか!?」

「ちょっと疲れてるけど、元気だよ!」

先程の大人びた微笑みとは違う、いつものニコニコと無邪気な彼女の笑顔に真田は心底安堵した。

「お前は…いつも予想が出来ないことをしおって…!」

そして力強く抱き締める。

「わーい!ご褒美ご褒美~♪」

真田の心配をよそに華宮は無邪気なものである。

人目も気にはなるが、それでも真田は彼女を離すことができなかった。

「先程のオーラは、どうやら翼の身体にも然程負担が掛かっていないようだな…唯我独尊を使いこなした先にある扉…と言うことだろうか」

「まるで本当に女神のようだったね」

柳、幸村も華宮の奥底に隠された才能には度々驚かされる。

…まだ二人は抱き合っていたが、まぁ勝利した二人へのご褒美という事で少し目を瞑ることにする。

シングルス2

立海大附属 華宮 翼 4-6で勝利を決める―――

 



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51話 帰ってきた王子様

華宮と不二による、誰もが目を奪われるような天才同士の戦いが終わった。

全国大会決勝だけあって、どの試合も今までの比ではない程レベルが高い…。

これで2-1、あと一勝で立海大附属の勝利が決まる。

そして第4試合、ダブルス1

丸井、桑原 VS 大石、菊丸ペアの対戦だ。

これぞダブルスの頂上対決。

日本一強いと言われる立海のプラチナペアと、シンクロを成し遂げた奇跡のゴールデンペア。

「俺らで優勝決めっぞ!!」

「当然だろい」

「これが俺達、最後のダブルスだ…」

「今までの色々サンキュー」

ついにお互い、最後となるダブルスが始まった。

序盤から激しい打ち合い。日本一のプラチナペアに食らいついていくゴールデンペアの二人。

「来い!越前っ!!」

桃城は先輩達の勝利を確信して、今自分がすべきことを考えた。

…そう、越前の記憶を何とかして取り戻す事だ。

必ず最後のシングル1…越前まで繋いでくれる。

ならばそれまでに、越前を完全復活させなければ。

桃城はテニスで、越前の体に眠る記憶を呼び起こすべく…戸惑う彼を引き連れて会場外のコートへ向かった。

ゴールデンペアも、それを見届ける。

――その間にも試合は進んでいく。

一進一退。間違いなくこれはダブルスの日本一を決める試合だ。

「妙技、時間差地獄」

丸井の妙技も冴え渡る。

それから段々と立海のペースになっていき、ついに5-2。

立海が大きく青学を突き放しリードする。

このまま立海の優勝が決まるか。

そんな時だ―――

「部長ーーっ!越前の記憶っ!!今まで対戦した他校のライバル達と再び戦う事で、徐々に取り戻し始めてます!!」

桃城が叫ぶ。

この試合の裏で、越前リョーマは戦っていたのだ。

過去、倒してきた猛者達と再び…。

「今さら間に合わねーよ!このダブルス1で終わりだっ!!」

目を覚まし、医務室から戻ってきた切原が言う。

真田は何かを考えるように黙り込んだ。

「英二センパイ、大石センパイ!!時間稼ぎ…ありがとうございましたぁ!!!」

桃城のセリフに、プラチナペアは目を見開く。

そして大石、菊丸はニヤリと笑った。

「そろそろ行くっしょ、大石」

「越前に繋ぐぞ…英二」

「こ、こいつらまさか…っ!!」

すると、ゴールデンペアの二人は氷帝戦で見せた同調…シンクロを意識的に発動させたのだ。

あの時は窮地に追い詰められ、無意識のうちに偶然発動できたのだが…今回は違う。

「自在にシンクロを操れる領域まで…!?」

シンクロをした大石、菊丸の前ではあのプラチナペアでさえもたちまち手も足も出なくなってしまった。

それを見た真田が、何も言わずに何処かへ向かおうとする。

「行くのかい…ボウヤの所へ?」

幸村が振り向かずに言う。

「幸村よ…真っ向勝負であの小生意気な新人を倒せ…それが王者立海のやり方だ!!」

真田は敵である越前の記憶を取り戻す為にコートへ向かう。

三連覇…それは真っ向から完全な状態の相手を叩きのめしてこそ意味のある栄光。それが王者立海の誇り。

「真田さん…っ」

華宮は真田の背に語りかける。

しかし、なんと声をかけたら良いのか迷った。

真田の気持ちも分かる、彼がそう望むのなら自分も手伝ってやりたい。

…だが、それは幸村への裏切りにもなるのではないだろうか…そんなことを少しだけ考えたのだ。

「…翼、お前はここに残れ」

「っ!!」

そして振り向かずに、彼女に言った。

「お前は勝利の女神だ。今は…幸村の側にいてくれ」

華宮の気持ちを察してか、本心からそう言ったのか。

真田も多少なり幸村に罪悪感があるようだ。

本来であれば副部長である自分は、部長である幸村の為に行動すべきなのに、己の信念の為わざわざ敵に塩を送りに行くなど…悩んだ事だろう。

「……分かった!任せて!!」

華宮も真田の気持ちを察する。

そして去り行く彼の背中を見送った。

――ついに、ダブルス1の試合も終了した。

『ゲームセット!ウォンバイ青学、7-5!!』

中学ダブルストップの座は、奇跡のシンクロを自在に操れる程の実力と、そして固い絆を持つ…大石、菊丸の青学ゴールデンペアが制した。

これで2勝2敗…全ては次のシングル1で決まる。

『続いて全国決勝、シングル1の試合―――立海大附属 幸村精市 VS 青春学園 越前リョーマ!!』

今までで一番大きな歓声が鳴り響く。

…しかし、両者共まだコートに入ろうとしない。

いや、正確には幸村は越前リョーマを待っているのだ。

彼が記憶を取り戻し、完全復活することを。

越前はまだ来ない。

「なぁなぁ立海の大将さん、コシマエ来るまでワイと勝負せーへんか?」

すると、観客席から四天宝寺の遠山金太郎が乱入してきた。

越前が来るまで時間稼ぎをするつもりなのだろう。

「こら待て!勝手に入るな!」

「えーやんか!これもアカンのん?一球だけ頼むわぁ~っ」

しかし当たり前の事だが、大会のスタッフに制止されて退場させられそうになる。

「やろうか、遠山クン…」

幸村が立ち上がり、静かに言う。

それだけで場の空気は凍りつくほどの緊張感だ。

―――誰もがその姿に恐れをなした。

越前と互角に一球勝負ができる程の実力を持つ遠山が…それこそ本当に文字通り手も足も出ず…負けたのだ。

幸村は肩に羽織ったジャージを落としもせず。

『神の子』幸村精市

間違いなく、中学生で一番の実力者。

「…来たようだね」

そしてやって来た。

誰もが待ちわびた天才ルーキー。

「おまたせ」

―――全国大会決勝 ファイナル―――

本当に、最後の試合だ。

これで全てが決まる。

長い長い夏を共に駆け抜けた中学生達の戦いに

決着を――――



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52話 運命の決戦

運命の決戦が始まった―――

越前はツイストサーブに始まり、ドライブA、そしてCOOLドライブと最初から全力で攻めていく。

しかし幸村それを何の苦もなく正確に、そして冷静に返球していく。

「ふーん、やるじゃん…だけど、上着肩から落ちてるよ」

生意気な越前らしい挑発だ。

わざと幸村のジャージを肩から落とすために、その技を選んで打たせていたのだ。

「ボウヤ、これは上着を落とすゲームじゃないよ」

「あっそ、じゃあそのゲームは俺の勝ち!」

記憶喪失の時の素直さは一体どこへやら、そこにいるのは間違いなく勝気で生意気なテニスの王子様だ。

越前の記憶を取り戻すために席を外していた真田が立海ベンチへと戻って来た。

「真田さん、おかえり。リョーマの奴、すっかり元通りだね…少しくらい素直さが残ってもよかったのに」

「あれでこそ越前リョーマという男だ。…翼、恐らくこの試合は今までのどの試合よりも凄まじいものになるだろう。よく、見ておくのだ」

越前は出し惜しみなく、最初から無我の境地を発動させる。

そして繰り出すのは、今まで戦ってきたライバル達の必殺技。

…しかし流石は神の子、幸村精市。

全ての球を冷静に、本質を見抜いて淡々と打ち返す。

「風林火陰山雷の…『雷』か」

越前は真田の神業『雷』すらも会得していた。

そう、記憶を取り戻す際に真田が見せたのだろう。

「…見せたんだ」

幸村はベンチに座る真田のことをチラリと見た。

――越前の猛攻は続く、だがしかし、そのどれもが幸村には全く通用がしなかった。

百錬自得の極みでさえも、幸村の前では無意味。

才気煥発の絶対予告。

越前が少しだけ押し始めたようにも見えた…だが、その次の瞬間…!

あの越前がコートを大きく外れた大ホームランを打ってしまうのだ…。

「おチビ大丈夫か!?鼻血、鼻血!!」

「えっ…、マジっスか?」

越前は鼻血が出ている事すらも気付かなかった。

おかしい。体の感覚が、無くなっていく…

「いよいよ…幸村のテニスが始まった」

真田がそう言うと、それを体験した遠山が震え上がる。

それから越前の動きはおかしくなっていく。

触覚を失い、視覚を失い…そして、最後には…

「ボウヤの負けだよ…」

幸村のその声と共に、聴覚が失われた―――。

これが『神の子』幸村精市のテニス。

絶対的な技術により、どんな球でさえも打ち返されていく…すると、どこへ打っても必ず返されてしまうイメージがこびりついて一種のイップス状態になってしまうのだ。

「もうキミには聴こえてないだろうけどね」

容赦の無い、冷たい声。

しかしそれさえも、既に越前には届かない。

何も見えない、聴こえない、感触もない、絶望の世界。

越前はそれでも、全く形にならないにも関わらず立ち上がる。

ボールなど打てない。それでも、戦おうとする。

その姿に、青学の皆は叫び、涙を流す。

「これが幸村部長の本気のテニス、か…」

初めて幸村のテニスを目にする華宮も、その恐ろしさに絶対戦いたくないと思った。

誰にでも勝てる自信があったけど、幸村にだけは…勝てる気がしない…そう思ってしまう程に。

「……でも、これでいいのかな…」

華宮は呟く。

幸村はきっと誰よりも立海三連覇を成し遂げなければならないという想いが強い。

勝たなければ、何をしてでも、負けることは許されない…それは部長としての責任、義務。

その義務感にいつの間にかテニスを楽しむこと、そして単純にただ『勝ちたい』と願うことすら忘れてしまう。

華宮もそうだった。

世界女王としてのプライド、親友との約束…勝たなければというプレッシャーに、無理をして無理をして戦ってきた。

それが、先程の試合の最中に思い出した…親友と交わした本当の約束のおかげで、華宮は勝利への義務という鎖から解放されたのだ。

だからこそ、心を殺してまで戦う幸村の姿が…華宮の瞳には悲しく映る。

「…幸村部長にも、勝たなきゃならないテニスじゃなくて、もっと…楽しいテニスをしてほしいな」

華宮は幸村の姿を見て、そんなことを思っていた。

――それからは酷いものだった。

あのプライドの高い越前リョーマが、ボールを打つ事さえままならない…惨めな姿を晒し続けている。

しかしそれでも、越前が膝をつく事は絶対に無かった。

それを見かねた手塚は、竜崎コーチに越前の棄権を促す。

いつも強気な竜崎コーチも、越前のそんな姿に耐えられずに号泣し、手塚の提案を受け入れようとした……

「何故だ…?もう五感は失われて、誰もがテニスをするのも嫌になるこの状態で…このボウヤは…」

今まで一切表情を変えずに冷静でいた幸村が、驚愕する。

越前は、絶望の中でも笑っているのだ。

「テニスって、楽しいじゃん」

そう言うと、越前は覚醒した。

天衣無縫の極み

無我の奥底の…百錬自得や才気煥発のそれより先にある……幻の扉。

(天衣無縫の極みか、見極めてやろう)

しかし幸村は怯まない。

再び鋭い瞳で、全てを見据える。

―――信じられないことが起きた

ボールは、いつの間にか幸村の後ろに転がっていた。

あの幸村が反応できないなど、そんなことはあり得ない。

幸村本人も、そしてそれを見ている人達全てが…目を疑い、時が止まる。

審判でさえもボールが入ったのか見えなかったため、モニターでチェックすると…間違いなく、その豪速球は幸村のコート上へと打ち込まれている。

「しっかりしてよ。んじゃ、少し遅めにいくよ!」

またもや幸村は全く反応が出来なかった。

その姿に、幼い頃から共にテニスをしてきた真田が、こんなこと信じられないという顔をする。

幸村が反応出来なかったことなど、今まで一度も無かったのだから…。

幸村はノータッチエースを取られてしまった。

(いったい、何が……起こってるんだ…!!)

一番この事態を信じられないのは幸村本人だ。

人生で初めての経験。もはや、冷静ではいられなかった。

全てを見据える瞳に焦りの色が浮かぶ。

越前の快進撃が始まる。

凄まじい勢いで追いつき、ついに神の子を追い越す…!

(集中力を高めろ、冷静になれ精市ーー、絶対に返せないボールなんて無いんだ!!)

幸村は再び集中力を高め、冷静に心を落ち着かせる。

「っ!!ボールは、どこだ…っ?」

後ろを振り向くもボールは見当たらない。

シュルル…という音に気づきネットを見ると、ボールはゆっくりとネットを超えて静かに自分コートへと落ちていた。

幸村にはもう、越前の打球が見えない。

「楽しんでる?」

追い詰められて汗塗れの幸村に対して、全く汗をかかずに強気な笑みを浮かべる越前。

――後半、流石は神の子。

一方的にやられるだけではなく、その実力で天衣無縫に食らいつき盛り返していく。

その姿は心を殺して虚ろな瞳をしていた幸村ではない。

瞳には光が、そして熱意が宿る。

汗を飛ばし、ボールを追いかけて、必死に戦う幸村の姿は…追い詰められているにも関わらず『生きた』テニスをしているように見えた。

「…幸村」

しかし幸村の中にはやはり『テニスを楽しく』という概念を持つ事は難しかった。

負ける事の許されない、絶対的な王者の頂点に君臨する責務。掟。誇り。

時が経てば経つ程、強くなればなる程…背負う物は増え、勝利に強く固執する。

楽しくテニスをしていた頃には、もう戻れない――っ!!

最後のポイント

越前は見た事のない構えをする。

「今こそ青学の柱になれ!越前っ!!」

手塚が叫ぶ。

それに越前はニヤリと笑い、応えた。

「サムライドライブ!!!」

凄まじい勢いで放たれたボールは、ネット横の紐で真っ二つに切れて…そのまま半分になった二球が同時に幸村のコートへ叩き込まれる。

「我が立海の三連覇に…死角はない!!」

誰もが無理だと思ったその球を、幸村は二球同時に打ち返す。

「幸村ぁ!勝たんかーーーっ!!!」

真田が必死に戦う友へ、出来る限りの喝を飛ばす。

幸村が打ち返した二つのボールは…空高くに舞い上がる。

そして…その二球が重なる一点を、越前は見極めて相手コートへ叩き込んだ…!

「ーーっ!!!」

幸村は、愕然とする。

『ゲームセット!ウォンバイ…越前リョーマ6-4!!』

大会最後のコールが、鳴り響く。

長い、長い戦いが 終わったのだ。

日本一に輝いたのは、青春学園――――

 

 

 

――――――――

 

――――

 

全国の中学生達が戦い抜いた、熱い夏。

仲間と共に走り、目指した栄光。

その栄光を手にしたのは青春学園。

神の子、幸村を破り青学の優勝を決めた越前リョーマは仲間達に胴上げをされていた。

青学は歓喜の声を上げ、あの手塚すらも顔が綻ぶ。

一方で無敗の三連覇を成し遂げることが出来なかった、王者立海。

皆のもとへ、幸村が帰ってきた。

「みんな、すまなかった…俺は、負けて……っ」

冷静を保とうとした幸村だが、ついに我慢出来ずに大粒の涙を零してしまう。

部長として絶対に泣かないと決めていたのに…それでもみんなの顔を見ていたらこの三年間を思い出して、溢れる涙を堪える事は出来なかった。

「幸村っ…!!」

真田ですらも、そんな親友の姿を見て涙を流してしまう。

…いや、真田だけではない。他の皆も…涙が止まらない。

そしてそれを責める者など誰一人としていない。

「……でも、彼と戦ってる時…久しぶりに、テニスが楽しいって、少しだけ思えたんだ…」

幸村は涙を拭う。

負けたのに、何故だろう…この高揚感は。

今までは淡々と勝つ為だけにラケットを振っていた、しかしこの試合はそれとは全く違かった。

必死にボールを追いかけて、汗を流して…そう、テニスを始めたあの頃のような気持ち。

「テニスを楽しく、か……それも悪くないかもな…」

胴上げされている彼の姿を見て、幸村は少しだけ微笑みながらそう呟いた。

――― 閉会式

青学は堂々とその手に優勝旗と、トロフィーを受け取る。

ライバル達もそれを見届けた。

立海は準優勝の盾を、真田がしっかりと受け取る。

それは敗北した事実と向き合う為。

そして王者立海の復活を固く誓う証。

こうして、全国中学生テニストーナメント大会は幕を下ろした。

地区大会から始まり、様々なライバル達と戦って…勝ち抜いて、時には敗北の悔しさに涙を流して…

どのチームも並々ならぬ情熱を注ぎ、仲間達と共にただ一つの栄光を目指して走り抜いた熱い季節。

それは、かけがえのない 大切な時間

 

 

 

 



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53話 熱帯夜

歓声に包まれていた会場も、閉会式が終われば嘘のように静まり返る。

太陽も沈みかけ、熱い一日の終わりを告げる。

立海の皆は様々な思いを胸に帰路へと着いた。

真田はいつものように華宮を家へと送る。

帰り道、しっかりとその手を握りしめながら。

…華宮の家の前まで着くも、お互いにその手を離すことができなかった。

いつも強気で明るい声の彼女は、驚く程弱々しい声で真田に縋る。

「…真田さん…今日は、側にいてほしい……一人に、なりたくない…」

真田は彼女の涙に濡れる瞳を真っ直ぐに見つめて、安心させるように優しく抱きしめる。

「ああ。もちろんだ。お前を一人にはしない」

―― 部屋に着くなり、華宮は再びポロポロと涙を零して泣き出してしまった。

次から次に溢れ出る涙を、自分自身でも止めることが出来なくなっていた。

「翼、泣くな…お前のそんな顔を見るのは…心苦しい」

「だって…!こんな終わり方…っ、真田さん達…三年間も頑張ってきたのに……っ!最後だった…のに…っ!!」

負けてしまった悔しさと、大会が終わってしまった寂しさと…色々な感情が一気に押し寄せて、心の波が収まらない。

華宮は真田の胸を借りて子供のように泣きじゃくる。

彼はそれを全て受け止め、落ち着くまで頭を撫でてやった。

「…光輝、俺達は確かに悔しくは思っている。しかし、皆が惜しむ事なく全力を出し切った結果なのだ。誰も後悔などしてはいない」

「それでも…ボクは…っ!真田さん達に勝ってほしかったんだ…!!」

「……お前は優しいな。素直に泣けぬ俺達の為に、その涙を流してくれるのか…しかし、俺はお前に笑っていてほしいのだ」

真田は優しく華宮の涙を拭い、唇を重ねる。

「それに、お前と出会って…共に戦い過ごした日々は、俺にとって優勝以上に価値のあるものだ」

普段の彼からは想像もつかないほど、柔らかく優しい笑顔。

彼女にだけ向ける、特別な顔。

「ボクも…日本に来て、立海のみんなに…真田さんに出会えて、一緒にテニスをしたり、遊びに行ったり…本当に、本当に…楽しくて幸せだった…っ!」

華宮の涙がやっと止まった。

そして、いつものように彼へと微笑む。

「ありがとう、真田さん。愛してる…これからも、ずっと」

「俺もだ、光輝。大会が終わっても俺達の未来は続く。俺はずっと、お前の側に…」

「………あのね、大会が終わったら言おうと思ってて…実は、ボク…」

急に真剣な顔つきになった華宮は、真田の目を真っ直ぐに見つめる。

「アメリカに帰らなきゃならないんだ」

彼女の口から放たれた、予想外の言葉に真田は頭が真っ白になった。

帰る…?彼女が……アメリカに…?

「もともと、一年だけの約束で日本に単身で行くっていう話だったんだ…」

「……光輝…」

真田の思考は追いつかない。

もはや全国大会の敗北すらも忘れてしまう程の、受け入れ難い現実。

…しかし、真田は意を決したように彼女を強く抱きしめる。

「光輝!お前が嫌でなければ…俺も、アメリカへ一緒に行こう…!!」

「真田さん…っ!?」

「家には兄がいる…家族は説得する…!俺は誓ったのだ…お前と共に歩む事を…っ!!何があっても!!」

「ーーっ!!」

華宮は彼がこんなにも自分の事を想ってくれて、真剣に将来の事を考えてくれているのが嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

「ありがとう…真田さんの想い、本当に嬉しい…っ、でも、その、言いづらいんだけど……」

そして彼女はちょっと申し訳無さそうに言う。

「帰るって言っても一時帰宅みたいなもんで…色々終わったらすぐ日本に戻って来るつもりなんだ」

それを聞いて、真田は拍子抜けする。

「そう…なの…か…?」

「うん。急に日本に来ちゃったからやり残した事もあるし、日本にずっと住めるようにちゃんと手続きしないと…。あっちのこと全部片付けたら、すぐに戻るよ」

「っっ!!」

真田は思わず顔から火の出るような程真っ赤になった。

冷静に考えてみればプロポーズのような自分のセリフが恥ずかしくなってしまった…。

「ごめん、真田さん…なんか、誤解させちゃって…」

「…っ!いや…最後まできちんと話を聞かなかった俺の早とちりだ…っ!!」

「…でも、さっきの言葉…本当に嬉しかったよ」

愛おしそうに微笑んで、華宮は真田の唇を奪う。

少しだけ長めに、優しく、互いの唇から柔らかな体温を感じる。

「いつ…出発するのだ」

「真田さん達の卒業式の後…春休み頃に」

「どれくらいで帰って来る」

「手続き次第だけど…高校進学に合わせるのが一番かなって思ってるから…一年くらいの予定」

「……一年」

一年、それでも彼はその期間ずっと離れ離れになるのは辛いと思ってしまった。

「一年も真田さんと離れるのは嫌だけど…これからずっと一緒にいられるようにする為だから…真田さん、少しだけ待っててくれる…?」

「もちろんだ。心変わりなど絶対にしないから安心しろ」

「そうだね、真田さんはいつでも真っ直ぐで、一途だもんね」

二人は何度も唇を重ねる。

「…ボクがアメリカに帰る前に、これから会えなくなる一年分…たくさん愛し合おうね」

「一年分より、もっとだ」

互いに愛おしさが溢れ出てくる。

初めて出会った春も、共に戦った夏の日も…恋を知った瞬間も、キスを交わしたあの夜も……全ての記憶が二人の心を、身体を熱くする。

深い深いキスに想いを絡める。

そのままベッドに体を沈ませた。

彼女の綺麗な首に、肩に、鎖骨に…優しく愛を伝えるようにキスの雨を降らす。

「…あっ、真田さん……電話…今回は大丈夫?」

「抜かりない、電源は切ったからな」

そんな事を言い合って、つい二人は笑ってしまう。

「今日は誰にも邪魔をさせん」

真田は華宮に優しくキスをすると、ユニフォームの下に手を忍ばせて彼女の身体を丁寧に愛でる。

シャワーも浴びていない事に気付くが、そんな事はもう二人にとってどうでも良かった。

汗の匂いすらも愛おしい。

溢れる吐息に、愛を囁く声が混じる。

熱く燃えるような身体を肌で感じ合う。

愛しい人と二人だけの世界で、一晩中互いの愛を激しく確かめ合った ――――



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54話 自由の翼(真田視点)

翌朝

目が覚めると、隣では光輝が気持ちの良さそうな寝息を立てている。

…昨夜の出来事が嘘のようだ。

昨日一日であまりにも色々な事がありすぎて、思考が全く追いつかない…とりあえず、シャワーを借りて汗を流したい…。

俺は寝ている彼女を起こさないよう静かにベッドを抜け出して、浴室を借りることにした。

早速シャワーを浴びる。とても心地よく、頭の中を鮮明にしてくれるようだ。

俺は昨日の出来事をゆっくりと思い出す。

そう、俺は悲願であった打倒手塚を成し遂げたのだ。

今更その高揚感を思い出して、拳を握り締める。

ずっと…何年も心に引っかかっていたものがようやく取れたように清々しい。

結果的には立海の三連覇を達成する事は叶わなかったが…それでも、俺は後悔など微塵もなかった。

中学最後の大会を、幸村を含めた全員で戦えた事が嬉しかったのだ。

……そして、そうだ…俺は、光輝を…

昨夜の事を思い出して、急に様々な感情が湧き上がり全身の血が頭に上がってくるような程、顔が熱くなる。

シャワーを冷たい水に切り替えて頭から被る。

今更になって胸の鼓動がバクバクと大きな音を立てる。

交際した当初はこんなにも早く物事が進むとは思っておらず…随分と彼女の積極性に俺自身も影響されたようだ。

頭を冷やしながらそんな事を考えていると、浴室のドアがガチャリと開いた。

「おはよう真田さん…って、うわ!冷たっ!!水じゃんこれ!?」

「光輝っ!?」

急に浴室に入ってきた彼女に焦り、また顔が赤くなる。

「今更照れるような仲じゃないでしょ?昨日はもっと…」

「そ、そうなのだが…っ!それとこれとは…っ!!」

焦る俺にも御構い無しに、光輝はシャワーの温度を上げて俺から奪い体の汗を流し始めた。

「あー、サッパリするねー!!」

「………」

昨夜は暗がりだったため気付かなかったが…こうして改めて彼女の身体を見ると、初めて出会った頃よりも体つきが女性らしくなってきたというか…何というか…。

「ん、何?見惚れてるの?」

「っ!!す、すまん…っ、その、何と言うか…成長したな、と思って…」

「そうだね、だんだん…女らしくなってきたかな」

光輝も同じ事を思っていたらしく、少し寂しそうな顔をした。

「…ボクが翼として、男子テニス部にいられるのは…きっとこの一年が限界だ」

…おそらく、その通りだろう。

彼女の身体はまさしく第二次性徴期を迎えている最中だ。

体格は本人の意思とは関係無しに女性的になって、これから男子との体格差が目立ってくる。

光輝の実力ならば、これからもテニスで男と同等に戦う事は可能だ。

しかし、男装をして性別を偽るのは…難しくなる。

実際、跡部など正体を見破っている者も何人かいる。

「本当は高校でも男子テニス部に入りたいけど…その頃にはもう誤魔化せなくなってるんだろうな」

「光輝……」

「…でも、いいんだ。マリアとの本当の約束を思い出したから」

「本当の、約束…?」

「男子の世界でも一番になるっていうのは、ボクが勝手にした約束。マリアが本当に願っていたのは…たくさんオシャレして、素敵な恋をして…そう、女性として幸せになってほしいって…約束だったんだ」

そう言って微笑む彼女は、幸せそうだった。

「あ、でもやっぱりテニスで一番にもなりたいから、何とか男装しなくても強い人とは戦っていきたいな!男よりも強い美人女子テニスプレイヤー的な立ち位置で!!」

…本当に強い女だ。こいつは。

手を離したらどこまでも行ってしまいそうだ。

それでも、俺はどこまでも付いて行ってやろう。

「お前といると、退屈しなそうだな」

自然と唇を重ね合わせる。

「真田さん、キス上手くなったね」

「……お前のおかげでな」

しかし惚れた弱みというやつか…こんな習慣も存外悪くないと思ってしまうのだ。

これから先もきっと彼女に振り回されるのだろう。

それでも…いや、そんな彼女だからこそ、共に歩みたいと思ったのだ。

前へ前へと突き進む、この手を決して離さぬように。



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最終話 光輝く未来

夏の暑さはいつの間にか少し肌寒い風へと変わっていた。

三年生達はすぐには引退せずに、文化祭である海原祭でもテニス部の出し物をしたり、次の年への引き継ぎ資料を作成したりとなかなか忙しく過ごした。

冬も近づく11月には、U-17の日本代表合宿へ立海レギュラー陣全員が招待され…なんと、世界大会へ挑んだりもした。

全国大会後も様々な事があり、春までテニス部にいた三年生達もいよいよ卒業だ。

桜が咲き誇る中で、三年生達の卒業を見送った華宮は両親との約束通り…アメリカへと帰って行った。

――――― 季節は巡り、一年後の春。

真田は高校二年生へと進学した。

進学後も、ほとんど皆が男子テニス部に入部して今でもテニスを続けている。

中学時代に三強と呼ばれていた幸村、真田、柳は高校でも入部早々にレギュラー入りを果たして校内でも話題となった。

 

 

真田は一人、部室へと向かっていた。

あの日と同じ満開の桜並木を歩きながら、初めて華宮に出会った時の事を思い出す。

本当に春の嵐のような奴だったと。

会えなくとも想わない日は一日も無い程に、彼女の笑顔は彼の心にいつまでも咲き誇る。

まるで、散ることのない桜のように。美しく。

「Hello、nice to meet you.」

――― 凛とした声が、春の風と共に響き渡る。

花の香りを纏う、可憐な、嵐のように

「ーーっ!!」

桃色の桜の中で、鮮烈な色を放つ、瑠璃色の瞳

「ただいま、真田さん」

金色の光を放つ髪は、肩まで伸びて。

少しだけ大人びた顔。しかし、その無邪気な笑顔は何も変わっていない。

「光輝…っ!!」

初めて出会ったあの時を思い出すような世界の中で、真田は彼女の名を呼び…駆け寄る。

「真田さん…待っててくれてありがとう…。これからは、ずっと一緒だからね…っ!」

「光輝…!会いたかった…!!」

愛おしい恋人を、久しぶりに抱き締める。

着ているのは、真田と同じ立海大附属高等学校の女子制服。

これからは女子として…華宮 光輝として学校に通うのだ。

「…ねぇ、真田さん」

それでも、華宮 翼の強気な笑顔は変わらずに。

「再会の記念に、テニスしようよ!」

ロマンチックな空気すらも御構い無しに、華宮は彼にラケットを向ける。

相変わらずな彼女に、真田も強気にニヤリと笑う。

「面白い、受けて立とう!!」

これが二人にとって、何よりも最高の時間。

テニスは彼等を繋ぐ絆。

どんな言葉よりも、熱く伝わる想い。

咲き誇る桜の中で、テニスボールの音が響く――――



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