ドラクエVIIIよ、永遠なれ (ふーてんもどき)
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大空大決戦

地の文がほとんどない、恐ろしく緩い作品となっています。


 暗黒神ラプソーンは打ち倒されてなお、絶大な力を吸収し蘇った。

 完全なる肉体を手に入れた魔神は今まさに、世界から光を奪わんとしていたのであった。

 

 

 

 

~神鳥の止まり木~

 

エイト「なんてことだ」

 

ゼシカ「まさか暗黒城を取り込んで変身するなんて!」

 

ヤンガス「でも、ちょっと……」

 

ククール「ああ。太ってるな」

 

トロデ「お前さんよりも見るに耐えんメタボっぷりじゃ」

 

ヤンガス「んだとぉ!?おっさんだって似たようなもんでげす!」

 

トロデ「なにおう!?ワシの方が100倍はハンサムじゃろうがっ」

 

ヤンガス「あっしだってあんなずんぐりむっくりと並べられたくないでげすよ!見るでがす、この身のこなしを」

 

 ヤンガスはステテコダンスを踊った!

 

トロデ「ううむ。確かに鮮やかよのう」

 

 トロデはショックを受けた!

 

ゼシカ「こら、茶番なんかやってないで、ラプソーンを倒す方法を考えないと」

 

エイト「あの出っ張ったお腹を僕の槍で刺すのはどう?」

 

ククール「それなら俺の弓の出番だろ。シャイニングボウなら地上からでもギリギリ届くぞ」

 

ゼシカ「うーん。よく見てみると、あいつ結界みたいなの張ってるわね」

 

トロデ「魔法が効かないと言うことか?」

 

ゼシカ「視認できるほど強力なものなんて聞いたことないし、物理も効くか怪しいと思うわ」

 

レティス「その通りです。暗黒神ラプソーンの結界を破るために、七賢者のオーブが必要になります」

 

エイト「やった。またいっぱい旅ができるね」

 

トロデ「お主の場合、旅というか放浪じゃろうが」

 

ヤンガス「しかし、デブで引きこもりでがすか。最悪な組合せでげすね」

 

ククール「違いねえ。その上、部下にだけ働かせてるニートだぜ」

 

ククールの皮肉な笑み!

 

エイト達は腹を抱えて笑っている!

 

 

 

~上空~

 

ラプソーン「……」プルプル

 

ラプソーン「なんなのだあいつらは!?」

 

ラプソーン「せっかく倒した暗黒神が、さらに強大になって甦ったのだぞ?」

 

ラプソーン「なぜ絶望もせずに笑っているのだ」

 

ラプソーン「しかもその理由が、なんだ、くそぉっ!」

 

ラプソーン「私がキモデブヒキニートだと!?ニートは言いがかりじゃないか!どちらかと言えば社長、いや名誉会長だ!」

 

ラプソーン「デブはっ、デブは、デブ……」

 

ラプソーンは己の腹を摘まんだ!

 

幾重にも重なった贅肉が気味悪く揺れている!

 

ラプソーン「.……あいつらが来るまで時間あるよな」

 

ラプソーン「ダイエット、してみるか」

 

 

 

 

 それからラプソーンは頑張った。死に物狂いで頑張った。自分の肉体を鍛えること、それは得意の魔法では叶わぬ。

 

 食事(魔力摂取)制限から始まり、ストレッチなどの有酸素運動、脂肪の揉み出しや呼吸改善による脂肪の燃焼促進も試みる。数日後には部下をパシらせ、本からヨガを学び始めた。結界の内側には『目指せ!レッドデビル!』と無駄に達筆な文字がデカデカと書かれている。

 

 世界征服はどうするのですか。

 そう言って嘆く部下を無視して、ラプソーンはみるみるうちに贅肉を落としていった。

 そして……。

 

 

 

 

~神鳥の止まり木~

 

ヤンガス「やっとオーブが集まったでがすよー」

 

レティス「ずいぶんと時間がかかりましたね」

 

ククール「こいつが寄り道ばっかりしてたもんでな」

 

エイト「いやあ、えへへ」

 

ヤンガス「でもその間に魔物が町を襲った話は聞かなかったでげすし、いったいラプソーンは何をしていたんでしょうかね」

 

レティス「それは私にも分かりません。ですが、油断はできませんよ」

 

ゼシカ「行きましょう。ハワードさんのとこで覚えた新しい魔法をぶっ放したくてウズウズしてるの」

 

ククール「えっ、仇討ちは」

 

ゼシカ「それもあるわ」

 

ククール「……」

 

レティス「では、いざ最終決戦へ!」バサッ

 

 

 

 

~上空~

 

ククール「こ、これは」

 

ヤンガス「どういうことで、がす?」

 

ゼシカ「わ、分からないわ。天才で可愛くておっぱいが大きい私にも分からない……」

 

エイト「や、や、や、」

 

一同「痩せてるぅーーーー!?」

 

ラプソーン「ふぅーははは!驚いたか人間どもよ。我が自慢の肉体美に!」

 

レティス「な、何があったのですかラプソーン。一ヶ月前のあなたはあんなにも、その、ふくよかだったではありませんか」

 

ラプソーン「だまれぇ!そんな過去のことなど口にするな!私はもう以前の私ではないのだ」

 

エイト「確かに。堀が深いジェントルマン風のランプの魔神みたいになっている」

 

ククール「全身紫色で、未だに全裸だけどな」

 

ゼシカ「汚かった尻穴もないわね」

 

エイト「女の子がそんなはしたない言葉使っちゃいけないよ」

 

ゼシカ「え、じゃあア○ル?」

 

ククール「もっと駄目な気がするぞ」

 

ヤンガス「ちくしょう、ラプソーンがイケメンになっちまったでがす……はっ!あっしも痩せればイケメンになる可能性が」

 

ゼシカ「ないから」

 

ラプソーン「おい、無駄話をするんじゃない!もっと褒め称えるがいい!」

 

ゼシカ「らぷそーんすごーい」

 

エイト「かっこいいー」

 

レティス「クッ……悔しいですが、彼の努力は本物のようです」

 

ラプソーン「ぐはははっ、そうであろう。さらに見よ!はあああああ……!」

 

レティス「ラプソーンの身体が闇に包まれていく!皆さん、警戒してください!」

 

ヤンガス「いやあ、この流れで警戒しろと言われても」

 

ラプソーン「どぅおーーーだぁーーーー!」バアアン

 

ゼシカ「ああ!人間の姿になってる!」

 

ヤンガス「マッチョでがす!」

 

エイト「サイズも僕たちと同じくらいになった」

 

ククール「ちゃっかり燕尾服まで着こなしてるな。くそっ、俺にはないダンディズムを醸し出してやがる」

 

ラプソーン「わっはっはっ!これはモシャスなどではないぞ。努力の末に手に入れた、私のもう一つの形態だ!これでもう誰も私をバカにできまい」

 

レティス「ら、ラプソーン……」

 

ラプソーン「なんだ忌々しき神鳥よ。貴様も我が肉体美に呆然としておるのだろう」

 

レティス「いえ、それもあるのですが……その、結界が」

 

ラプソーン「結界?……あああああ!?」

 

ゼシカ「あっ、ラプソーンの結界がいつの間にか消えてるわ」

 

レティス「恐らく、人間サイズに変身したことで魔力が分散してしまい、結界を維持できなくなったのでしょう」

 

ヤンガス「さすがレティス。素晴らしい解説でがす」

 

エイト「じゃあ、もうオーブがなくても普通に倒せるってこと?」

 

レティス「正直に言って……楽勝かと」

 

ゼシカ「よっし、じゃあサクサクっとぶっ放すわよ」

 

ククール「やれやれ、旅もこれで終わりか」

 

ヤンガス「長かったでがすなぁ」

 

エイト「トロデーンが復活したら祝勝パーティーしようよ」

 

ラプソーン「ま、待て待て待て待てぇ!」

 

レティス「なんですか暗黒人ラプソーン。往生際が悪いですよ」

 

ラプソーン「お前らそれでいいのか!?正義の勇者であるならば、敵の弱味につけ込むなど、してはならんことではないのか!」

 

レティス「別に私は正義の味方ではありませんよ。強いて言うなら平穏の味方です」

 

ククール「俺は腐れ縁でここまで来ただけだ」

 

ゼシカ「私は兄さんの敵討ち。正義って言えるかは怪しいけど」

 

ヤンガス「あっしは只の山賊崩れでげすし」

 

エイト「僕のスキルは勇者じゃなくて勇気だよ」

 

ラプソーン「き、貴様らあ……!」

 

ヤンガス「じゃあ、さっさとやっちまいますかい」

 

エイト「そうだね。トーポ、はりきりチーズお食べ」チーズ

 

ククール「善は急げだ」タンバリン

 

ゼシカ「やっと試せるわね」テンション

 

ラプソーン「やめっ、やめろぉ!ああ!?MPが足りなくて流星が唱えられんだと!?」

 

ゼシカ「マダーンテー!」ペカー

 

ラプソーン「うわああああ!!」

 

 ゼシカは すべての魔力を ときはなった!

 

 

 

 

~晴れた上空~

 

エイト「やー、綺麗なキノコ雲だね」

 

ゼシカ「魔力空っぽになっちゃってダルいわ。ヤンガス、魔力ちょうだい」

 

ヤンガス「ほいほい」マホアゲル

 

ククール「塵も残らなかったのは少し引いたぜ」

 

レティス「皆さん、お疲れさまでした。まさか本当に暗黒、神?ラプソーンを倒すとは。いや、あれは倒せて当然だけど……人間の可能性をこの目に焼き付けまし……いや別に言うほどでもなかったような」

 

レティスはなにかをつぶやいている!

 

ヤンガス「細けぇことはいいんでがすよ。今は純粋に喜ぶのが一番だって。ねえ兄貴?」

 

エイト「そうそう。あ、トロデーンが見えてきたよ」

 

 

 

~トロデーン城~

 

 

トロデ「おーい!ここじゃここじゃー!」ピョンピョン

 

ククール「まだ元に戻ってないのか」

 

レティス「ラプソーンの魔力の気配が消えかかっています。間もなく呪いは解けるでしょう」

 

トロデ「そうか、なら心配はいらんな」

 

トロデ「しかしお前たち、よくあんなのに勝てたのう。誉めてつかわす!よくやったぞ!」

 

ゼシカ「いやぁ、よくやったっていうか、ねえ?」

 

ククール「肩透かしだったな」

 

トロデ「なんじゃ、ずいぶん余裕そうに」

 

エイト「トロデ王。それよりも祝勝会を開きたいのですが」

 

ヤンガス「兄貴はブレねぇなあ」

 

トロデ「そうであるな。世界を救ったのだからパーっとやりたいところじゃ!」ペカー

 

ヤンガス「げっ!お、おっさんが光っているでがす!」

 

トロデ「む?フフフ、ようやくお前もワシの光輝かんばかりの美しさが分かったようじゃのう」ペカー

 

ヤンガス「ちげぇって!自分の体よく見るでがす!」

 

トロデ「何?……お、おお!?」ペカペカー

 

トロデ「ぬ、お、戻っ、た……?戻ったぞー!やったー!」

 

ゼシカ「魔物の頃とあんまり変わらないわね」

 

ククール「惨めだ」

 

トロデ「なんじゃと貴様ら!はっ、さてはワシの余りのかっこよさに嫉妬しておるな?」

 

エイト「それはない」

 

ヤンガス「……おっさん」

 

トロデ「なんじゃい。しんみりしくさって」

 

ヤンガス「お互い、ラプソーンには勝てなさそうでがすなぁ……」

 

トロデ「???」

 

 

 

 

おわり




陣痛のごとく唐突にドラクエⅧ愛が炸裂しました。すごく安産でした。


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はりきり!ミーティア姫活劇

~トロデーン城~

 

ミーティア「お料理がしたいの」

 

エイト「え、料理って、なんで」

 

ミーティア「なんでって、私たち、結婚するじゃないですか。それなのに私は花嫁修行の一つもしていないわ」

 

エイト「そりゃあ君はお姫様だからね。料理は召し使いに任せるべきだよそうすべき」

 

ミーティア「あら、エイトらしくもない。エイトは近衛隊長でも掃除や洗濯をするし、お料理のお手伝いだってしていますわ」

 

エイト「いや、うーん。それはそれとして」

 

ミーティア「私もやってみたいのです!」

 

エイト「......」チリンチリン

 

女中「お呼びですか?近衛隊長様」

 

エイト「ミーティアが料理の勉強をしたいって言ってるんだ」

 

女中「えっ」

 

エイト「頼んだよ」

 

女中「近衛隊長様、待ってください。あ、逃げないで!ちょ、エイトさーん!?」

 

エイトはにげだした!

 

ミーティア「エイトったら、ここ最近忙しそうなんだから」

 

女中(は、嵌められた......)

 

ミーティア「まあ、私ももう大人ですし、ワガママは言えませんね」

 

女中「ミ、ミーティア様。すみませんが私も仕事がありますのでこれにて」

 

ミーティア「あら、あなたはエイトの専属じゃない。エイトがああ言ったのだし、私に料理を教えてくださいな」

 

女中「」

 

 

 

 

~書斎~

 

ミーティア「お父様ー、お父様はおりませんか」

 

トロデ「おお、どうしたのだミーティアよ。まるで子供みたいにはしゃいでからに」

 

ミーティア「はい!私、お料理を作ってみました!」

 

トロデ「......りょーり?」

 

ミーティア「はい!」

 

トロデ「ななな何故ミーティアがりょり料理なんてて?」

 

ミーティア「もちろん、花嫁修行でございますわ。王妃と言えど妻になることに変わりはありませんですので」

 

トロデ「い、いやあ、召し使いがいるし、やらなくてもいいんじゃないかな?」

 

ミーティア「まあ、お父様までエイトと同じ事をおっしゃって。それでは妻としての面目が立ちません!」

 

女中「お、おうざま......」ヨロヨロ

 

トロデ「ひっ!?ん、じょ、女中ではないか。エイト専属の...」

 

女中「た、食べて、あげて、ください......姫様の、珠玉の一品で、こざいます......うっ」バタッ

 

トロデ「た、倒れた......!どうしたというのだ。まるでおっさん呼びを一身に受けた魔物のようになってるではないか」

 

ミーティア「彼女には先ほどまでお料理の手解きを受けていましたの」

 

トロデ「あ......」

 

ミーティア「とても熱心に教えてくれていたので、疲れてしまったのでしょう。ここのソファーに寝かせても構いませんか?」

 

トロデ「う、うん」

 

ミーティア「よいしょと」ヒョイ

 

トロデ(人を軽く抱えて......旅で逞しくなりすぎたのう)

 

ミーティア「さて!お父様、ぜひこれを食べてくださいませ」

 

トロデ「これは......」

 

ミーティア「クッキーです」

 

トロデ(形は不恰好。しかし実に良く焼けている。香りは芳ばしく、見た限りダマになっているところもないようだが......)

 

トロデ(とても過去の惨劇を忘れられん)

 

トロデ(ワシの腹は長い野外生活で鍛えられておる。雑草を食うくらい朝飯前じゃ。そう、信じるのだ、自分を......!いけ......!)パク

 

トロデ「サクッ......ん、おお?う、美味い」

 

ミーティア「やったあ!」

 

トロデ「美味い!?美味いぞ、ミーティアよ!」

 

ミーティア「大変でした。砂糖と塩の見分けから始まり、小麦粉の扱い方、作業ごとの力加減、そんな艱難辛苦を乗り越えたのです」

 

トロデ(それは女中の苦労じゃろうのう)

 

トロデ「ともかく、良くやったぞミーティア!これならエイトの奴も喜ぶじゃろうて」

 

ミーティア「嬉しいわ。あ、お父様、目を閉じてくださる?」

 

トロデ「ふむ?閉じたぞ」

 

ミーティア「はい、あーん」

 

トロデ(ふふっ、まるでミーティアが幼い時に戻ったかのようじゃな)

 

トロデ(あの頃は、妻も健在だった。こんなに大きく成長したミーティアを見せてやりたいのう)

 

トロデ「あーん」パク

 

トロデ「......!?!?!?」

 

ミーティア「どうでしょう。珍しいお酒入り(ハブ酒とスピリタスのちゃんぽん)のチョコレートにも挑戦してみたんです」

 

 

 

 

~兵士宿舎~

 

ぎゃああああああああああああ

 

エイト「トロデ王の悲鳴が聞こえる......アーメン」

 

部下1「隊長、行かなくてよろしいのですか?」

 

エイト「ミーティア姫とお戯れになられているから、行っても野暮なだけだよ」

 

部下2「なるほどっ!安心しました!」

 

部下3「それにしても隊長は本当に万能でありますな」

 

部下1「確かに、このキルシュは絶品です」

 

部下3「訓練で疲れた身体が癒されるであります」

 

エイト「ありがとう。昨晩に仕込んだ甲斐があるよ」

 

エイト(それにしても、ミーティアはいったい何を作ったんだろう)パクッ

 

エイト「......!?!?!?」

 

 

 

 

~書斎~

 

女中「」

 

トロデ「」

 

ミーティア「お父様まで倒れてしまうなんて、私のお料理のせいだったらどうしましょう......」

 

ミーティア「失敗なんてしていないはずだけど」

 

ぎゃああああああああああああ

 

ミーティア「あら?兵士さんの宿舎の方から声が......」

 

ミーティア「きっと訓練で、エイトが張り切ってるのね」クスッ

 

ミーティア(そういえば冷蔵倉に、私が作ったものと同じ形のチョコがあったわね)

 

ミーティア(あれは誰が作ったのかしら)パクッ

 

ミーティア「ん~美味しい♪」

 

 

 

 

おわり

 




 ミーティア好きなんです。
 プレイしていた当時はまだ小学生でして、マセガキたった私はストーリーもろくに進めていないくせに、ミーティアに会いたいあまり不思議な泉にリアルタイムで一時間ごとに足しげく通うという奇行を繰り返していました。エンディングの幸せなキスをして終了した二人を見たくて、ラプソーンを倒しまくったのも私です。

チョコのすり代わりの経緯には少し難があるとは思いますが、そこはミーティア姫の愛すべき超常的なドジっ子属性(偏見)として寛容なお心で補完していただきたく存じます。


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もう一人の姫君

~メダル王の城~

 

 メダル王女は、代々小さなメダルを収集することを生業としてきた由緒ある王族の末裔である。

父である現メダル王が病に倒れてからしばらく、その可憐な容姿からは想像しがたい辣腕で家業を滞りなく推し進めていった。

 現メダル王が復帰してからも多方面から父親の仕事を後押ししている。

 もはや彼女こそが、この小さな城を支える主柱になっていると言っていいだろう。

 

メダル王女「......ちっ」

 

 書斎に、そんな王女の舌打ちが響いた。側仕えのメイドの肩がビクリと跳ねる。王室にあるまじき、張り詰めた空気。

 王女の細く綺麗な指が、ベルガラックの銀行員も顔負けの速度で算盤を弾く。もう片方の手では休みなく、計算結果からデータやグラフを書き出している。

 しばらくして手を止めたメダル王女は深いため息をついた。

 

メダル王女「ダメだわ......何度やってもダメ」

 

 項垂れる王女に、メイドは大変怯えながらも、どうにか声をかけた。

 

メイド「お、王女様。その、大丈夫ですか?」

 

 王女はのそりと、疲れ切った顔で振り向く。目の下の隈と猫背が元々の美貌を台無しにしている。

 

メダル王女「大丈夫?大丈夫かですって?」

 

メイド「え、あ、あ」

 

 あまりの威圧に、メイドは目尻に涙を浮かべた。脚が震え、まともな言葉も出ない。

 このメイド、小さい頃に島の海岸でギガンテスに出くわしたことがある。あれは人生最大のトラウマだったわけだが、その記録は今しがた塗り替えられてしまった。

 そんなメイドの心情は関係ないとばかりに、王女は突如目をギラつかせ、思い切り握り拳でテーブルを叩いた。

 

メイド「ひぃっ!」

 

メダル王女「経営カツカツなのよおおおおおおおお!!!」

 

 

 

 

~メダル城、王女自室~

 

メダル王女「あーもう限界だわ。やってられない」

 

メダル王女「あんなチンケなメダルで生計を立てるなんて無理に決まってるじゃない」

 

メダル王女「道具屋?銀行?こんな孤島、まともに客なんて来やしない」

 

メダル王女「そもそも小さなメダルってなによ!なんの価値があるっていうのよ」

 

メダル王女「実際のところ、ノーリターンで赤の他人に国宝をあげちゃってるようなものじゃない」

 

メダル王女「今までは父の看病と家業を守ることに必死になってきたけど、まるで地獄だわ」

 

メダル王女「金がない、文化がない、娯楽がない。何より食事が貧しい」

 

メダル王女「ずっとこの島で育ってきたから当たり前に思ってたけど、はっきり言って異常だもの」

 

メダル王女「もう海草と固いパンは嫌なのよ!」

 

メダル王女「こんなの王家の生活じゃないわ。むかつく、いらいらする、とてもとても腹立たしい」

 

メダル王女「私は懲りました。もうたくさんです」

 

メダル王女「というわけで、今日をもって小さなメダル業は廃止し……」

 

メダル王女「新事業を開拓します!」

 

王様「……えっ」

 

 

 

 

メダル王女「まずはお金が必要ね。何をやるにしても、資金がないことには始まらないわ」

 

メイド「お、王女様、本気なのですか?」

 

メダル王女「どうかしたの?」ニッコリ

 

メイド「だ、だってその……」

 

メイド「山のように積まれた小さなメダルを全て溶かして、金塊に変えるなんて……」

 

メダル王女「大真面目よ。試しに比重を図ったらびっくりよ。無用の長物だと思っていたけれど、純金だったなんてね。てっきりメッキを塗ってある鉄だと思っていたわ」

 

縛られた王様「んんー!んんんー!」ジタバタ

 

大臣「それはそうとしても、王様を拘束するのは不味いのではないですか?」

 

ホイミスライム「猿轡までするのはやりすぎじゃないかなぁ」

 

メイド「ああ……助けるべき?でも王女様怖いし……」オロオロ

 

メダル王女「だって抵抗するんだもの。この国を栄えさせるためには一刻の猶予もないのよ」

 

王様「ふごー!んふごぉー!」

 

メダル王女「はあ、お父様。わかってください。先祖がやってきた趣味など、何の意味もないのですよ?」

 

メダル王女「むしろこれからの私たちの繁栄に貢献できるのですから、喜ぶべきではありませんか」

 

大臣「笑顔でご自分の家の歴史を貶されましたな」

 

ホイミスライム「けど、どうやって金塊にするんですか?この島にはそんな設備ありませんよ」

 

メダル王女「わかっているわ。すでにポルトリンクと船着き場間の定期船に連絡をとっているの」

 

メダル王女「船着き場まで運んだら、そこからは行商隊に頼んで、鋳造技術を持つアスカンタまで届ける」

 

メイド「あ、アスカンタは引き受けてくれるのでしょうか?」

 

メダル王女「そこももう連絡済みよ。あとは実行するだけ」

 

大臣「なんともすさまじい行動力ですね」

 

メダル王女「当たり前よ。いつかこの国に世界で三つ目のカジノを建てて、毎日の食卓に柔らかいパンと肉を並べるの」

 

大臣「むむ、確かに、それは嬉しいかも」

 

ホイミスライム「そ、そうなったら僕、ビンゴゲームの司会になりたいです!」

 

メダル王女「そうでしょうそうでしょう。じゃ、早速取りかかるとしましょうか」

 

メダル王女「今回の資金遠征における選抜メンバーと各要項を書類にまとめたから、今日中に目を通し、ここにいない該当者にも回すように」

 

王様「んがぁぁぁ!」ジタバタ

 

大臣「王様はどうしますか」

 

メダル王女「ほとぼりが冷めるまで宝物庫にでも入れておきなさい」

 

メイド「宝物庫って、あの鉄格子の……?」

 

メダル王女「よし、行くわよ皆!我らが国に栄えあれ!ファイトオー!」

 

大臣「……おー」

 

ホイミスライム「おー!」

 

メイド「ふええ……お、おー」

 

 

 

 

~アスカンタ城、応接間~

 

パヴァン王「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました」

 

メイド「すごい豪華なお城ですねえ」

 

メダル王女「歓迎いただき光栄ですわ」

 

パヴァン王「では約束通り、小さなメダルは一旦こちらで預り、加工したものをそちらに引き渡すということで」

 

メダル王女「ええ、報酬はそのなかから、規定の額をお渡し致します」

 

パヴァン王「スムーズに話が進んでなによりです。それでは使用人が、あなたがたが宿泊されるお部屋に案内しますので……」

 

メダル王女「お待ち下さい。もう少し時間を割いていただくことは可能ですか?」

 

パヴァン王「ええ、問題ありませんが」

 

メダル王女「実はこちらが本命なのですが……」

 

 

 

 

~メダル城~

 

メダル王女「ただいま」

 

大臣「おかえりなさいませ。予定よりも遅れましたので心配いたしました……おや?金塊はどうされたのですか」

 

メダル王女「もうほとんど使ったけど?」

 

大臣「え」

 

メダル王女「今回依頼した行商団体を買い上げたのと、アスカンタ国に余分に渡すことで行商のための道路設備工事を請け負ってもらうことにしたわ」

 

大臣「な、なんですとおぉ!?」

 

メイド「そのあの、ごめんなさい大臣様!私を含めて付き人は、あまりの展開にただ唖然とするばかりで......」

 

メダル王女「さらにパルミドの方にも声をかけて、建築家や大工衆をかき集めたわ。入ってきなさい」

 

屈強な大工屋集団「うぃーす」

 

大臣「!?」

 

メダル王女「これから貿易港と貿易船団を開発します。事業が軌道に乗れば、この島を観光地化させていく」

 

メイド「壮大ですぅ」

 

大臣「カジノを建てるって、本気だったのですね……」

 

ホイミスライム「ぼ、僕は嬉しいかも、へへ」

 

大臣「しかし、そう上手く行くんでしょうか」

 

ホイミスライム「そうですね。いきなり事業を初めても、つながりを持ったアスカンタ地方以外には受け入れられないかもです」

 

メダル王女「心配いらないわ。遠征に出発する前に、トロデーンおよび西の大陸各地から書簡あるいは呪文で、好意的なお返事をいただいているわ。ザウェッラのニノ法皇様にも通商許可証の申請を取り付けています」

 

大臣「この短期間でそこまで根回しが済んでいたのですか!」

 

メダル王女「世界中の道路開発や交易路整備に第一任者として金塊をばらまいたから、もう一割も残ってないけどね」

 

メイド「き、金塊だけでも十分に裕福な暮らしができたんじゃ?」

 

メダル王女「ダメよそんなの。ただの貯蓄は磨り減る一方じゃないの。活用して、未来への展望を広げなきゃ」

 

メイド「わあっ、そこまでお考えだったんですか」

 

ホイミスライム「僕、一生ついていきます!」

 

あらくれ大工「マジかよ……お前知ってた?」

 

青年大工「いや、正直こんなプロジェクトに加担することになるなんて、思ってなかったよ」

 

あらくれ大工「だよなぁ。荷が重い」

 

メダル王女「くくくっ……あははははは!近い将来、確実に現代の交易ラインでは物資供給が成り立たなくなる時代が来るわ。道を制する者こそが世界を制する。新地平の夜明けを私たちが創る!」

 

一同「お、おおっ」

 

メダル王女「陸路海路全ての物流を我らが手に!あまねく羨望を一身に受けようじゃない!」

 

一同「おおお......!」

 

メダル王女「これからメダル城は世界の交易中継都市並びに、一大観光地として名乗りをあげる!」

 

メダル王女「ついてきなさい!新しい時代の幕開けよ!」

 

一同「うおおおおおおお!!」

 

鉄格子の中の王様「んぐううううー!!」ガシャンガシャン

 

 

 

 

 その後、メダル城がある孤島は世界各国から人、物、情報など、あらゆるものが集まる大交易地となった。

 とんとん拍子に文明レベルは進歩していき、常に最先端の技術がここから生み出されていった。

時代が進み、いつしか空路も手に入れた元メダル城は、ただただ盛況の一途を辿った。

 その起点、始まりの御方として崇められるメダル王女は後に、こう呼ばれる。

 

 

 

『空と海と大地を金に変えた姫君』

 

 

 

 

 

おわり

 




小さなメダル集めが家業とか意味わかんないんですけど!でもご褒美の内容からしてすごくお金持ちっぽいんですけど!

世界のほぼ真ん中にあって立地は最高だと思うですよ、あの島。

メダル王女様って真面目そうだし、なんか苦労してそうだなって思いが発端になって書きました。実際はどうやって生計を立てているんでしょうね。


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ハワード食道楽

 貴族とは趣味人なものです。

 誰も彼もがあまりに余った時間を悠々と有意義に使うことに執心しています。

 西大陸の北方、リブルアーチの貴族と言えば、ハワード様を措いて誰がいましょうか。

 彼も貴族の典型に漏れず、本業の魔術研究の他に様々なご趣味をお持ちです。

 数あるその中でも特に熱心なのが、食の道。つまりは食道楽にございます。彼の舌は大変に肥え、ついでに腹回りも肥え、ついにはレシピ本の監修や自費出版にさえ手を出しています。

 

そう、魔術師ハワード様は、美食家だったのです。

 

 

 

 

ハワード「飽きた」

 

料理長「え?」

 

ハワード「なんかな、飽きたのだ。今日の夕飯は、もういい」

 

料理長「えええ、ちょ、待ってください!ハワード様!」

 

メイド「うそ……あのハワード様が三杯のおかわりで食事を終えられるなんて」

 

ハワード「離せ、離すのだ料理長よ」

 

料理長「いやです!そんな、10人前食べないなんて、ハワード様じゃありませんよ!」

 

ハワード「いいや、わしはハワードだ。ほれ離せ、メラ」

 

料理長「アッチぃ!」

 

メイド「あわわ、ハワード様がご乱心なされた……」

 

料理長「待って!置いていかないで!いや!いやあああ!」

 

 ハワードは気怠そうに食卓を去り、メイドは放心し、中年ちょび髭の料理長はフラれた女のように狂乱した。

 

 

~ハワード自室~

 

ハワード「最近はダメだ。ちっともパッションが沸かん。今まで食事の時間が一番の幸福であったはずなのに」

 

ハワード「絶品なはずの料理長の食事が色褪せて思える」

 

ハワード「どれ……」

 

 ハワードは体重計にのった!

 体重計の針が振りきれて飛んでいった!

 

ハワード「なんと、以前より針の飛距離が短い。わしは思った以上にやつれているのだな……」

 

ハワード「それもこれも暗黒神が倒され、平和になったことが、わしの人生を情熱ごと間延びさせているのだろう」

 

ハワード「ああ、退屈とはかくも苦しきものか。ゼシカが訪ねて来てくれれば、あのボンキュッボーンで、ちょっとは心も潤いそうなものだが」

 

ハワード「いや、いかんな焼かれてしまう」

 

ハワード「何にせよ現状を打破しなければ。先細るだけの人生などまっぴらごめんだ」

 

ハワード「新しい食レポの企画提案も受けている。さあ、奮い立たねばならん」

 

ハワード「まだわしの知らない美食を求めに」

 

 

 

 

~客間~

 

編集者「ははあ、確かにそれは大問題ですねえ」

 

ハワード「わかってくれるか!」

 

編集者「もちろんですとも先生。人を動かすものは情熱以外にはありませんから。しかし困りましたね。そろそろ先生の新企画を打ち立てたいのですが」

 

ハワード「うむ、事は急を要する。何か良いアイデアはないか」

 

編集者「私が考案していたものの中に、『橋の街の知られざる珍味』というものがあります」

 

ハワード「橋の街。つまりはこのリブルアーチか」

 

編集者「ええ。都市伝説ではあるんですがね、この街のどこかに幻の食べ物が隠されているらしいんです」

 

ハワード「馬鹿な、わしでさえ聞いたことがないのだぞ?」

 

編集者「まあまあ。やってみる価値はあるんじゃないですか。もしかしたらハワード様にとっても、全くの未知なる味覚かもしれませんよ」

 

ハワード「……」

 

編集者「いざ行きましょう、お宝探しの旅へ」

 

 

~食堂~

 

ハワード「というわけで、わしが戻るまでは食事を作らなくてよい」

 

料理長「えあ、あ、え」

 

メイド「料理長が壊れかけているっ」

 

ハワード「外で食べてくるから、その間は休暇にでもしておけ」

 

ハワードは出ていった!

 

料理長「いひえええええ!」

 

料理長はこんらんした!

 

 

 

 

 それからというもの、ハワードはリブルアーチをほっつき歩いた。

 

街娘「あら?ハワード様。お供も付けずにどうされたのです?」

 

ハワード「探し物だ。幻の珍味なる噂を聞いたことがないか」

 

街娘「さあ、私はグルメでないから……食べ物と言えばやっぱり酒場じゃありませんか?」

 

 街行く人に訪ね歩き、人伝いに方々を駆け回った。

 

ハワード「この店で一番の珍味を出してくれ!」

 

酒場のマスター「これはこれは、ハワード様。ううむ。貴方にご満足いただけるかは分かりませんが、サイレスの尻尾を漬けたウォッカが当店秘蔵の品となっています」

 

ハワード「これは飲んだことがある。美味いが、違うようだな」

 

マスター「申し訳ありません」

 

ハワード「いや、無理を承知で頼んだのだ。仕方がない……ほれ、そこのバニーガールよ、尻を触らせろ」

 

バニーガール「いやんエッチ♪1000ゴールドになりま~す」

 

ハワード「倍プッシュじゃ」2000G

 

バニーガール「やーん、ハワードパパ大好き~」ムギュ

 

マスター「ここは風俗じゃないんですがね」

 

 

酒場から教会、果ては民家にまで押しかけ、リブルアーチの食という食を貪った。

 

 

シスター「お困りなのですね。けれど、神に身を捧げている私どもは、質素なものしかお出しできないのです」

 

武器屋「ちょうど家族でバーベキューやるところだったんすよ!人間、肉食ってりゃ幸せですぜ!」

 

宿屋「私がいつも飲んでいる青い草なんでも混ぜ混ぜ健康汁は、珍妙な味ならしますよ」

 

彫刻家「俺は貧乏すぎて石を食ったことがある」

 

腐った死体「うちの店でも扱ってませんねぇ」

 

 そして、時間だけが過ぎていった。

 

 

 

 

~ハワード邸の庭~

 

ハワード「ここまでくれば分かる。幻の珍味はガセネタだったのだな」

 

ハワード「あの編集者め……いや奴は悪くないか。奴もまた運命に翻弄されし者」

 

ハワード「ああ、どうしろというのだ。勢い余ってクソ不味い青汁を飲んだり、石をかじったりもした。魔物と会話した気もするが、きっと意識が朦朧としていただけだろう」

 

ハワード「もう……もうないのか?わしが満足できるような、刺激的な美味との出会いは」

 

ハワード「レオパルドの小屋……思えばチェルスの作ってくれるエッグタルトは最高じゃった。素朴だったが、どんなに心身が疲れておっても、あれならば食すことができたのだ」

 

ハワード「きっと今のわしでも、少しは喜びを感じられたに違いない」

 

ハワード「惜しい、なんとも惜しい人間を亡くしたことよ。わしは大馬鹿者じゃ。この無様を見れば、チェルスは悲しむだろうて」

 

ハワード「しかし一体、どうすれば……」

 

 今は亡き愛犬の小屋の前でうなだれるハワードは、大魔術師ではなく、ただの一人のおじさんだった。少しメタボリックな中年の男だった。

 愛犬と忠臣。二つの大切な存在を失ったことが、ハワードの心に暗い影を落としている。

 彼が見つめるレオパルドの餌入れは、今や砂埃に汚れ哀愁を漂わせるのみとなっている。

 この庭では辛いことがありすぎた。

 

ハワード「ん?」

 

 悲しみに暮れるハワードは突如、目を見開いた。

 

ハワード「レオパルドちゃんの、皿……」

 

ハワード「肉、幸せ、思い出……」

 

ハワード「こ、こ、これだああああああ!!」

 

 

 

 

ハワード「これだ!私はこれを求めていたのだ!」ムシャムシャ

 

メイド「そんなっ、ハワード様、おやめください!」

 

ハワード「いいや止まらん!まったく灯台もと暗しとはこのことだ」

 

ハワード「レオパルドちゃんがいつも食べていた餌……そう、この生ミンチ肉!ああ、たまらぬ美味さだ!」ガツガツ

 

メイド「だからって何も犬用の餌入れに盛ることないじゃないですか!見てくださいあれ!料理長が放心していますよ!」

 

料理長「あひっ、この私が、ハワード様に、犬の餌を作ったあ!」

 

ハワード「でかしたぞ料理長!」

 

料理長「びゃああああああ」

 

ハワード「わしは思うのだ。あの時チェルスには酷いことをしたが、それと同時に奴は密かに、わしも知らぬ生肉の美味さを知ったのだな。はっはっは!ただでは起きんなあ」

 

メイド「笑い事じゃないですってば。ああもう口髭にいっぱい付いてますよ」

 

ハワード「これはチェルスへの贖罪の意味も込めている。ならば食べ方もあいつと同じように、犬のように口だけで貪るのが筋であろう」

 

メイド「ええ……?」

 

ハワード「これも師、クーパス一族と我がハワード家の切っても切り離せぬ運命か。チェルスの墓に感謝を捧げに行かねばならんな」

 

メイド「迷惑だと思うのでやめた方が良いと思います」

 

料理長「うへへうへぇ。私の、私の料理人生はおしまいだあ」

 

ハワード「メイドよ。食事の邪魔だ。あのやかましい男はしばらく外に放り出しておいてくれ」

 

メイド「そんなことしたら料理長はきっと、運河に投身自殺しちゃいますよ」

 

ハワード「そうか?まあいい。それなら、もっとじゃんじゃん作らせてくれ」

 

メイド「鬼ですか貴方は」

 

 

 

 

 それからというもの、ハワードは犬の餌を食った男としてあちこちで噂されることとなる。荒ぶる創作意欲に任せて書き上げた『生物皆兄弟!仲良く餌を食べよう!』の記事は編集者に一蹴されて新企画の話も流れてしまった。

 しかしハワードは満足だった。求道は極めきれないからこそ楽しいのである。彼は己の世界をまた一つ、広げることに成功したのだ。

 世界で一番幸せな男が、そこにはいた。

 

 

 

 

ハワード「ああ!うまいうまい!おかわりだ!」

 

メイド「もう20杯目ですよハワード様!?」

 

ゼシカ「ちーっす。ハワードさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……うわっ、何食べてんのそれ」

 

ハワード「おお、ゼシカ!良いところに来たな!お前もやっていくか!」

 

ゼシカ「絶対に嫌」

 

 

 

 

ハワードはその夜、腹を壊した。

 

 

 

 

おわり

 




ハワードは大食漢らしいですね。彼とチェルスの話は心にくるものがありました。


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ドルマゲス☆スター

もしよろしければ、3DS 版で追加された、ドルマゲスの過去のイベントムービーをご覧いただいてから、本作をお読みいただくことをオススメします。


~マスターライラスの家~

 

ドルマゲス「師匠、そろそろ本格的な魔法の修行をつけて欲しいのですが」

 

ライラス「お前にはまだ早い。それよりも、頼んでおいた軒先の掃除は済んだのか?」

 

ドルマゲス「ピカピカです。落ち葉の一枚も残さず隣家に掃いておきました」

 

ライラス「うむ、それでは、水汲みはどうだ?」

 

ドルマゲス「たっぷり桶三杯貯めてあります。街中の井戸はもうすっからかんです」

 

ライラス「なら薪割りは?」

 

ドルマゲス「……まだです」

 

ライラス「こんの役立たずめが!魔法よりそっちを先にやらんか」

 

ドルマゲス「はい……」

 

 

 

 

~夕暮れのトラペッタ広場~

 

ドルマゲス「はあ、師匠に弟子入りしてもう何年も経つのに、雑用ばかりやらされている」

 

ドルマゲス「おかげでその辺のメイドより家事の要領がよくなってしまったぞ。夢見た偉大な大魔導師の姿は遠ざかるようにすら感じるのに」

 

ドルマゲス「使える魔法と言えば、ちゃちな手品くらいなものだ」

 

町の少年「ねえ、ドルマゲスのおっちゃん!」

 

少年2「おっちゃーん」

 

ドルマゲス「ん?おお、どうしたのかな」

 

少年「またあれやってよ!あの鳩出すやつ!」

 

ドルマゲス「いいとも」

 

ドルマゲスの胸がとつぜん膨れ上がった!

ドルマゲスが襟を広げると、胸元から、白い鳩が飛び出していく!

 

少年「すっげー!」

 

少年2「あ、落ちたよ。大丈夫かなあ」

 

ドルマゲス「あの鳩は雪で出来ているからね。長くは飛べないんだよ。服も濡れてしまうし」

 

少年「でもやっぱスゲーよ。なあ?」

 

少年2「うん、おっちゃん、ピエロとかやったらいいのに」

 

ドルマゲス「ははは、ピエロね……さあ、そろそろ暗くなってきたよ。二人とも帰りなさい」

 

少年「あ、やっべ!母ちゃんにしばかれるぞ!」

 

少年2「あわわ。じゃあね、おっちゃん。」

 

ドルマゲス「うん、またね」

 

少年2「あ、そうだ。ちょっといい?」

 

ドルマゲス「なんだね?」

 

少年2「手品で服濡れちゃったんでしょ。はい」

 

少年2の手のひらから熱がはなたれる!

ドルマゲスの服がみるみるうちに乾いていく!

 

少年2「えへへ、メラの応用だよ。じゃあねー」

 

ドルマゲス「っ!……あ、ああ。ありがとう」

 

ドルマゲス「くっ、ふふっ、あははは!そうか、あんな小さな子供でも、才能があれば魔法が使えるんだな。メラかあ……」

 

ドルマゲス「それに比べて私は、なんて情けないんだ。雪で作った鳩もすぐに溶けて落ちていく。あの滑稽な姿は、まるで私のようだな」

 

ドルマゲス「ああ、悲しいなあ」

 

 

 

 

~マスターライラスの家~

 

ドルマゲス「ううん。やっぱり師匠に頼りきりじゃ駄目だよな。こっそり魔導書を読んで勉強しよう」ペラッペラッ

 

ドルマゲス「おっ、なになに、トロデーン城に封印されし伝説の杖だって?」

 

ドルマゲス「莫大な魔力……人智を越えた力……」

 

ドルマゲス「これを手に入れれば、もしかして、私も」

 

ガチャッ

 

ライラス「むむっ!ドルマゲス、何をしておる!」

 

ドルマゲス「げっ、師匠!これは、その」

 

ライラス「許可なく魔導書を読むなと言い付けていただろうが!未熟者のお前が気安く触れていい物ではないのだぞ」

 

ドルマゲス「も、申し訳ございません」

 

ライラス「まったく、こんな簡単な言い付けも守れんようなら、犬でも飼っていた方がマシじゃ」

 

ドルマゲス「!!」

 

ドルマゲスはにげだした!

 

ライラス「お、おいこら!待たんかドルマゲス!出て行くなら飯を作ってから行かんか!」

 

~トラペッタ付近の森~

 

ドルマゲス「くっそ!言いたい放題言いやがって!そもそも、まともに教えてくれない師匠が悪いんじゃないか!」

 

ドルマゲス「でも、いきなり飛び出てしまったのは、さすがに駄目だったかなあ。一応麦のお粥は作り置きしておいたけど」

 

ドルマゲス「あ、薪割り忘れてた……ふっ、私は本当に役立たずなのかもな」

 

ドルマゲス「変わりたい。万人に認められる力を手に入れて、賢くもなって、師匠を見返したい」

 

ドルマゲス「トロデーンの国宝か……」

 

ドルマゲス「このまま枯れゆく人生であるならば、いっそ、一か八かやってみるか」

 

 

 

 

~後日、トロデーン城~

 

ドルマゲス「お初にお目にかかります、道化師のドルマゲスにございます。この度は私の拙い芸を披露する機会をいただき、恐縮でございます」

 

トロデ「よい、面を上げよ。では早速、お主の芸をみせてくれんかの」

 

ドルマゲス「はい。どうぞご覧ください」

 

 ドルマゲスの手品は最初、地味なものだった。頼りない輝きの光球がふよふよと宙に現れては弾けていき、か細い余韻を残すのみである。

 

トロデ「ふーむ」

 

ミーティア「まあ、綺麗ですわ」

 

ドルマゲス(くっ、ウケが良くないな。これでは警戒を緩めるどころか、泊めてすらもらえないかも)

 

ドルマゲス「さらに参ります!」

 

 続いてドルマゲスは袖の中からハンカチを取り出した。端が結ばれ連なった色とりどりのハンカチがスルスル出てくる。全部出せば数十枚という数におよぶ。そのうちの一枚を手に被せて思わせ振りな仕草の後に取ってみれば、一輪のバラがドルマゲスの手にあった。

 

ドルマゲス「この赤いバラを貴女に捧げます、姫様」

 

ミーティア「わあっ!見てくださいお父様、すっごく立派で綺麗です。うちの庭にも植わってないんじゃないかしら」

 

トロデ「うむうむ。良かったのう」

 

トロデ(こいつ、もしやミーティアを口説きに来たのではあるまいな)ギロッ

 

ドルマゲス(!?悪寒がしたぞ。睨まれてる?……まだ足りないのか)

 

ミーティア「エイト、見て見てっ」

 

エイト「綺麗ですね、姫様」

 

 ドルマゲスはあらゆる芸を見せた。

 水芸を繰り出し、トランプを自在に操り、ハンカチで作った即席の綱渡りを、トランペットを吹き鳴らしながら見事二往復した。演奏した曲はトロデーンの国家であった。

 魅せてやると夢中になり、息を切らせて大仰に深々とお辞儀をしてみれば、王座の間は割れんばかりの拍手喝采に包まれていた。

 我に帰り、あまりの盛り上がりに呆気にとられるドルマゲス。

 

ドルマゲス「え、何これ」

 

トロデ「素晴らしい!今まで見てきた中でも最高の芸じゃ!」

 

 トロデの言葉の合間、合いの手を入れるように口笛と拍手が鳴り響く。

 

トロデ「今夜は城に泊まり、自由にしていくが良いぞ。食事も用意させよう。いいやそれだけでは足りんな。大臣よ」

 

大臣「はっ。見事であったぞ、ドルマゲス。これはお主の華麗な技術に対し支払うものである。しかと受け取るがよい」

 

ドルマゲスは3000ゴールドをてにいれた!

 

ドルマゲス「えっ、えっ」

 

トロデ「実は三日後にサザンビークからの使者が来るので、小さなパーティーを開こうと思っておるのじゃ。ついてはドルマゲスよ、お主さえ良ければ、それまでここに留まり、手品を披露してくれんかの」

 

ドルマゲス「」

 

 

 

 

 トロデーンに来て三日後、開催されたパーティーの主役はドルマゲスであった。

 彼の芸は誰しもを感嘆させ、腹を抱えて笑わせた。サザンビークの使者も上機嫌に酔っ払って壇上に上がり、笛を演奏するドルマゲスと肩を組んで歌い出す始末。パーティーは近年稀に見る大成功をおさめ、トロデ王も鼻高々である。

 これほどの道化師が今まで無名であったことに、皆驚きを隠せず、メイドから近衛兵までドルマゲスに握手を求めるため行列ができ、さながら握手会のような様相さえ呈した。その中に密かに混ざっていたミーティア姫は酒気を帯びて赤ら顔であった。

 宴もたけなわになった頃に、ドルマゲスは多額の報酬と、四方八方から投げられたおひねりを両手に抱えていた。一夜にして巨万の富を得たのである。

 しかし彼の心には、身に余る金銀などには動じない、ある思いが滾っていた。

 

 

~トロデーン城、客室~

 

ドルマゲス「はあ、疲れたなあ。こんなに頑張ったのは初めてだ」

 

ドルマゲス「王様も皆も、喜んでくれていたな」

 

 彼の胸に満ち溢れているもの。

 それは達成感であった。他にも多幸感、充足感、万能感。人生史において感じたことがなかった様々な心地良さにドルマゲスは打ち震えていた。

 

ドルマゲス「もう、杖とか、どうでもいいな」

 

ドルマゲス「私は、私の生きる道を見つけたんだ。私の芸で人々を驚かせたい。喜ばせたい。笑いと感動をあまねく三千世界に届けたい!」

 

ドルマゲス「見せつけて、やるんだ!」

 

 

 

 

~トロデーン城、王座の間~

 

トロデ「そうか、もう行ってしまうか」

 

ドルマゲス「ええ、これから世界中を旅しながら、芸を披露していくつもりです。大変お世話になりました」

 

トロデ「気を付けて行かれよ。そなたであれば、何処でも受け入れられるじゃろうて。是非またここにも立ち寄ってくれよ」

 

ドルマゲス「ありがたき御言葉、感謝の極み。それではまたいつか会う日まで」

 

大臣「では皆、我らが友、ドルマゲス氏に別れの挨拶を」

 

兵士1「さようならー!」

 

兵士2「お元気でー!」

 

兵士3「一生忘れないであります!」

 

メイド「私も連れてってー!」

 

ミーティア「また来てほしいですね。ね、エイト」

 

エイト「ええ、本当に。頑張ってください、ドルマゲスさん。応援しています!」ニコッ

 

ドルマゲス「ああ、ありがとう!」ニカッ

 

 

 

 

 そらからドルマゲスは世界各地を旅して歩いた。

 

 

~リーザス村~

 

ドルマゲス「よっ、はっ、それ火吹き芸!」

 

ゼシカ「すごい!私のギラでも出来るかしら。ねえサーベルト兄さん」

 

サーベルト「出来るとは思うけど、令嬢が口から火を吐くのはどうなんだい」

 

アローザ「楽しい人ね。子供たちも喜んでいるし、リーザス塔で催すお祭りにも参加してもらおうかしら」

 

 

~マイエラ修道院~

 

ドルマゲス「この水をご覧ください。ほら、グラスに注いだそばから深紅のワインに!」

 

ククール「ひゅ~、やるもんだなあ。ちょいと頂くぜ」

 

マルチェロ「おいククール!仮にも聖堂騎士団の一員でありながら、昼間から酒を飲むとは何事だ!」

 

オディロ「良い味じゃのう」ヒック

 

マルチェロ「院長まで!」

 

 

 ドルマゲスは飽くことなく、次々と新たな芸を開発し、技を磨き、研鑽を積み続けた。

 

 

~アスカンタ城~

 

ドルマゲス「あなたの心を慰めましょう」メダパニ

 

パヴァン「ああ、シセル!情けない夫でごめんよ。これからは前を向いて頑張るからね」

 

キラ「王様が立ち直った……!良かったよお」グスッ

 

大臣「左右の目が逆方向に向いてるんだけど、あれって混乱してるんじゃないかなぁ」

 

 

~パルミド~

 

ドルマゲス「フラワーフェスティバール!ならず者の町にハンカチで花を咲かせましょう」

 

闇商人「あのハンカチ欲しいなあ」

 

ゲルダ「うはあ!いいねいいねぇ!おいヤンガス、お前もいっちょ腹芸でもやって来な!」チョークスリーパー

 

ヤンガス「ぐええ、久しぶりに帰ったと思ったらこれでげす」

 

 

 時に賑やかに、時に厳かに。もはや芸のみに留まらず、真の道化の覇道を歩む。人々に幸福を届けるため、海さえ越えて。

 

 

~メダル王城~

 

ドルマゲス「小さなメダルによる恵みの雨をお楽しみください。アモーレ!」ゴールドシャワー

 

メダル王「うひひぃ!こりゃ病床に伏せとる場合じゃないわい!」

 

メダル王女「メダルじゃなくてお金が欲しいわー」

 

ホイミスライム「あれ、これメッキ塗った銅貨だ」

 

 

~ベルガラック~

 

ギャリング「勝負せい!」

 

ドルマゲス「望むところです。ごうけつの腕輪にバイキルトかけてのアームレスリングだあ!」ヌググ

 

ギャリング「ぬおおお!こんなに血が滾るのは久しぶりだぞ!」グググッ

 

ユッケ「ありえなーい!パパと張り合える人がいるだなんて!」

 

フォーグ「ふっ、僕も男なら、父や妹を守れるくらい、強くならなきゃな」

 

ユッケ「ん?何か言った?お兄ちゃん」

 

フォーグ「いいや。何でもないさ」

 

 

 その名はいつしか世界中に轟き、多くの人々がドルマゲスの来訪を心待にしていた。

 

 

~サザンビーク城~

 

ドルマゲス「お久しぶりです。今日はとことん盛り上がりましょう」

 

使者「おおっ、待っていたぞ!王様、彼こそ私がトロデーンで出会った稀代の道化師ですぞ!」

 

クラビウス「なるほど、彼が。噂は常々聞き及んでいる。どうか我が国のバザールを盛り上げて欲しい」

 

チャゴス「と、トカゲは無しだぞ!」

 

 

~リブルアーチ~

 

ハワード「おお、これぞ至高の彫刻!素晴らしく立派な鳥の氷像だ!」

 

ドルマゲス「実はこれ、飛ぶんですよ。そおら!」

 

ハワード「なんと麗美な。マヒャドにも匹敵する大呪文、しかと拝ませてもらったぞ」

 

レオパルド「わおん!わおん!」

 

ハワード「はっは!レオパルドちゃんも喜んでおる。ほれチェルス、お前も火の輪くぐりくらいやらぬか」

 

チェルス「ええ!?」

 

ドルマゲス「大丈夫です。私がサポートしますよ」

 

チェルス「ひ~」

 

 

 旅をする上で、モンスターに襲われることは避けられない。しかしそれがドルマゲスを鍛え上げた。さらには、いつしかモンスターと心を通わせられるようにすら、なっていった。

 

 

~オークニス~

 

ドルマゲス「キラーマシンを使ったアクロバティックショーです!私が華麗にジェットキラーアタックを避けきりましょう」ヒョイヒョイ

 

メディ「息子の顔を見に来たら、こんなスリリングな見せ物にお目にかかれるなんてね。若返る気分だよ」

 

グラッド「あわわ……あの人が怪我しても治せるように準備しなくては」

 

 

~バトルロード格闘場~

 

モリー「遅かったではないか、スーパースター」

 

ドルマゲス「ふふっ、お待たせしてしまったようですね」

 

マリー「モリーちゃんね、貴方がモンスターを連れて旅をしているって聞いてから、ずっと来るのを楽しみにしていたのよ」

 

メリー「風が運命を運んできてくれる、ってね」

 

ミリー「いつかモリー様との夢の対決を見たいですう」

 

ムリー「まさかここまで来てバトらない、なんてこと言わないよね?そんなのムリムリー♪」

 

ドルマゲス「もちろん参加しますとも!しかしエンターテイナーたる私が観覧席で見ているしかないのは我慢なりません。どうか私も闘技場に立たせてください!」

 

モリー「ん~ナイスガッツ!君の情熱はよぉく分かった!許す!」

 

マリー「ちょ、いきなり許可しちゃダメでしょ、モリーちゃん」

 

 

 そして遂には天空に浮かぶ島や隠された大地など、到達不可能、または人跡未踏の地へと赴いた。

 

 

~ザウェッラ大聖堂、法皇の館~

 

ドルマゲス「出でよ聖なる炎の鳥よ!宙を舞うのだ!」

 

ニノ「ベギラゴンが鳳凰を象って、あんなにも神々しく……素晴らしい」

 

法皇「なんと荘厳なのだ。かような力強さを見ると、寿命が伸びていくようだ。ドルマゲス殿、どうか常闇で罪を償っている煉獄島の囚人たちにも光を届けて欲しい」

 

ドルマゲス「喜んで馳せ参じましょう」

 

ニノ「では、すぐに手配してまいります」

 

 

~三角谷~

 

ドルマゲス「私の水芸による海竜つがいの舞い、いかがでしたか」

 

ラジュ「とても楽しかったです。海竜の美しい愛の物語には感動しました。旅立ったチェルスにも見せてあげたかった。今は生きているかどうかも分からないというのに……」

 

ドルマゲス「チェルスさんですか?彼とは旅先で会ったことがありますよ」

 

ラジュ「なんですって?そ、それは本当ですか」

 

ドルマゲス「ええ。もしよろしければ、また会ったときに帰郷するよう言伝てしましょうか」

 

ラジュ「嬉しい!」

 

ギガンテス「おお、良かった。ラジュが元気になった。ありがとう、道化の者よ」

 

 

 ドルマゲスの旅路はそれでも終わらない。もっと、もっと多くの人に笑顔を。その思いのみで、異次元の壁さえ越えて行く。

 

 

~闇のレティシア~

 

レティス「助かりました。貴方が来てくださらなければ、我が子の命はありませんでした」

 

ドルマゲス「いいえ、当然のことをしたまでですよ」

 

村長「おかげでレティスに対する誤解も解けた。こちらからもお礼を言うぞ、光の世界の人よ」

 

ドルマゲス「平和になって何よりです。さあ、それよりも今夜は宴ですよね?最高に楽しもうじゃありませんか!」

 

懲らしめられて改心したゲモン「イエーーイ!!」

 

 

~竜神族の里~

 

竜神王「ありがとう旅の者よ。お主が私を止めてくれなければ、この手で愛しい村を滅ぼしてしまうところであった」

 

竜神族の若者「しかしまさか、人間に助けられるだなんてなあ」

 

長老「お主なら暗黒神ラプソーンにすら勝てるじゃろうて」

 

ドルマゲス「ラプソーン?聞いたことがあるような、ないような」

 

竜神王「ところでお主、竜の試練を受けてみる気はないか」

 

長老ズ「「!?!?」」

 

ドルマゲス「いえ、やめておきます。私には世界に笑顔と幸福を届ける使命があるので、一所に留まることはできないのです」

 

竜神王「そうか、残念だが仕方ないな。また来てくれ。恩人であるそなたはいつでも歓迎しよう」

 

 

 旅を始めてから、長い月日が経った。そして……………。

 

 

 

 

~マスターライラスの家~

 

ドルマゲス「ただいま戻りました、師匠」

 

ライラス「ぬ?お、おお!ドルマゲスお前、今までどこに行っておったのだ?」

 

ドルマゲス「修行の旅です。黙って出て行ってしまったことは、言い訳のしようもありません。しかしこうして、帰って来ました」ニコッ

 

ライラス「うむ。あの時はワシも言い過ぎたからな。すまんかった。そうだ、長年研究していた薬が、ついに完成したのだ!と言ってもお前が出て行ってすぐ出来上がったのだがな」

 

ドルマゲス「薬、ですか?」

 

ライラス「ああ。喜べ。これさえあれば、お前に眠っている魔力の才能を呼び覚ませるだろうて」

 

ドルマゲス「師匠……」

 

ライラス「なんじゃドルマゲス、泣いておるのか?」

 

ドルマゲス「ふふっ。そうですね。昔の自分のバカさ加減に呆れて、少し涙が出てしまいました」

 

ライラス「まだまだ未熟者じゃのう。さあ、ほれ、飲んでみよ」

 

ドルマゲス「はい。ありがたく」ゴクゴク

 

ライラス「どうじゃ?どうじゃ?」

 

ドルマゲス「……そうですね、少し外に出て、試してみましょうか」

 

~トラペッタ地方、拓けた場所~

 

ライラス「ええい、早くせんかい」

 

ドルマゲス「まあ待ってください。誰かに被害が出ない場所まで行かないと」

 

ドルマゲス「うん、ここら辺かな」

 

ライラス「はよ、はよ」ウズウズ

 

ドルマゲス「ではご覧ください。私の旅路と、師匠の研究の成果を!」

 

ドルマゲスはメラガイアーをとなえた!

ドルマゲスはギラグレイドをとなえた!

ドルマゲスはマヒャデドスをとなえた!

ドルマゲスはバキムーチョをとなえた!

ドルマゲスはイオグランデをとなえた!

ドルマゲスは地獄からいかずちを喚びだした!

ドルマゲスはビッグバンをひき起こした!

ドルマゲスはれんごく火炎を吐いた!

 

ドルマゲスは、大空へ向けて、すべての魔力を解き放った!

魔力の奔流が神鳥の姿となって翔んでゆく!

 

ライラス「」

 

ドルマゲス「ぜえ、はあ、どうですか師匠。これも全て、あなたのおかげです」

 

ライラス(え、あの薬って、こんな効果あったかな。なんか知らない呪文とかいっぱいあったし)

 

ドルマゲス「長かったような、あっという間だったような。グスンッ、こんなところまで来たんだなあ、私」

 

ライラス「まあええか。ほれ泣くな。これで終わりではないぞ。探求の道は広く深く、果てなどないのだからな」

 

ドルマゲス「ぐすっ、はい、そうですね!まだ世界には悲しみの底に沈む人々がいます。これからは師匠も一緒に、世界を幸せで包みましょう!」

 

ライラス「そうそ……んえっ?」

 

 ドルマゲスという男の旅路は果てなく続く。海を越え、大地を渡り歩き、空さえ夕暮れのような優しさで包もうとした彼を語り継ぐ伝承は、数多く存在する。

 あるところで彼は道化師であり、あるところでは大魔導師であり、またあるところでは英雄として奉られている。

 しかし無数にある彼の物語の末尾にはいつも、誰が書いたのか、こう記されている。

 

 『嬉しいなあ。嬉しいなあ』と。

 

 

 

 

ライラス「ところで本当にあの薬は成功していたのかのう。その辺がもうよく分からん」

 

ドルマゲス「何をおっしゃいます。てきめん効いたではありませんか」

 

ライラス「ううむ。まあ、それなら、よいのだがな」

 

ドルマゲス(……ま、道化だから、ね)

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

~トロデーン城、封印の間~

 

杖に封じられたラプソーン「あー、暇。暇だわー」

 

ラプソーン「誰も取りに来てくれないぞ、これ。暇すぎて死ねるわ」

 

ラプソーン「ずっと放置されてると、世界征服とかどうでもよくなってくるよね。ただ外に出てうまい空気を吸って、羽を思いっきり伸ばしたい」

 

ラプソーン「なんか最近、この城の外ですっごい賑やかな宴会やってたみたいだしさ。羨ましい。吐きそう。リア充とかホント爆発しろって感じだよ」

 

ラプソーン「あーあ。どうにかして暇潰しできないかなあ。この際、話相手だけでも欲しいわ」

 

ラプソーン「ワシのところに、色んな芸ができる道化師でも来ないかな。多少血色とか悪くてもいいからさ」

 

ラプソーン「ああ、退屈だわあ。寂しい。悲しいなあ」

 

 

 

 

おわり




 


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つまりはこれからも、どうかよろしくね

3DS 版の要素はない設定です。


~トロデーン城、貴賓室~

 

エイト「いやーお待たせ。ごめんね、折角来てくれたのに。最近公務が立て込んでてさ」

 

ククール「別に。のんびりくつろいでたよ。なあ、お嬢さん」

 

 ククールは側にいたメイドの手を取って、その甲に口づけをした。

 メイドは頬を赤らめている。

 

ククール「また会いましょう。麗しの君」

 

メイド「まあ、ククール様ったら」ポッ

 

エイト「んー、こほんっ」

 

メイド「あっ。そ、それでは新しくお茶を淹れて参りますので、どうぞ、ごゆっくり~」

 

 メイドはそそくさと部屋を出ていった。

 

エイト「困るよー。うちのメイドさん口説かないで」

 

ククール「おいおい、俺の性格は知ってるだろ?むしろお前がわざと、あの子を案内役に付けてくれたのかと思って感謝してたぜ」

 

エイト「じゃあ今度からは、あらくれ男に出迎えさせることにするよ」

 

ククール「え、やだ。やめてくれよ」

 

エイト「もしくは研究職のお爺さんの御高説で暇を潰すっていう手も」

 

ククール「やめて」

 

エイト「ふふっ。まあ久々に顔が見れて嬉しいよ。ヤンガスやゼシカはちょくちょく遊びに来てくれるけど、君は珍しいよね。いつぶりだっけ」

 

ククール「お前とミーティア王妃様の結婚式以来だから、半年近くになるな」

 

エイト「ああー、そっか。もうそんなに経ったんだねえ」

 

ククール「光陰矢のごとしってのはよく言ったもんだ」

 

エイト「シャイニングボウ使える君が言うと含蓄あるね」

 

ククール「親父ギャグかよ。トロデ王の義息子になってついにその辺のセンスが移っちまったか?」

 

エイト「酷いなあ。まあ、確かに、そろそろ親父にはなるんだけどさ」

 

ククール「ん?親父……」

 

ククール「んんん!?」

 

エイト「どうしたの」ニヤニヤ

 

ククール「親父ってお前、つまりあれだよな!父親ってことかよ!」

 

エイト「そうそう。ミーティアが今月で妊娠四ヶ月目」

 

ククール「なんで教えてくれなかったんだよっ!?」

 

エイト「だってククールはあんま遊びに来ないじゃんか」

 

ククール「くう~!手紙のやり取りはしてんだから、そこに書きゃいいだろうに」

 

エイト「あはは。ごめんごめん。こうやって驚かせたくてさ」

 

ククール「いやマジで驚いた。でも、そっか、お前がついに親になるのか……おめでとさん」

 

エイト「うん。ありがとう」

 

ククール「ゼシカとヤンガスはもう知ってるのか?」

 

エイト「ゼシカとはこの前、有力者会議の席で会ったから言っておいたよ。ククールと同じ反応してた。ヤンガスがまだだなあ。最近ゲルダさん達と大きな仕事やってるとかで、大変そうなんだよね」

 

ククール「あいつが姫様の大きくなったお腹を見たら絶叫しそうだな」

 

エイト「それそれ。あー楽しみ」

 

ククール「『あっしに黙ってるなんて水臭ぇでげす!』」

 

エイト「あはははは!似てる似てる」

 

ククール「だてに長い付き合いしてないからな」

 

エイト「実はゼシカにもそう言われて、もう凄い怒られてさ。挙げ句の果てに赤ちゃんの成長記録を逐一送るように強制されたんだ」

 

ククール「変わんねえなあ、あいつも」

 

エイト「そうだね。あ、でもその時は重要な会議だったから正装してたよ。髪も下ろしてたし」

 

ククール「ツインテール以外のゼシカが想像できんな。今度からかいに行ってやるか」

 

エイト「やめなよ。また燃やされるよ」

 

ククール「くくくっ。まあ、何はともあれ、皆息災そうで良かったよ」

 

エイト「君はどうなんだい。確か各地を巡礼して教会の振興に手助けしてるんだよね」

 

ククール「それはついでだ。俺は自由人さ。手紙にも書いただろう。一ヶ月前はアスカンタの辺りでバカンスしてただけさ」

 

エイト「ああ、孤児院の子供たちにホイミを教えたんだよね。しかも無償で」

 

ククール「おい、そんな情報どっから聞いた」

 

エイト「王様ともなれば何処からでも入ってくるよ」

 

ククール「ちっ、恥ずかしいったらないぜ」

 

エイト「まあまあ。心底偉いと思うよ。尊敬する」

 

ククール「ふん。王様にそう言われるのは悪い気はしねえが……ああーむず痒い」

 

 部屋にノックの音が鳴る。

 

メイド「お茶をお持ち致しました」

 

ククール「ありがとう。入ってくれたまえ」

 

エイト「君がそれ言うのかい」

 

 ククールとメイドはまた馴れ合っている。しばらくして、メイドは主であるエイトの白けた視線に気づくと、大慌てで謝って逃げ去った。

 

エイト「まったく……さてと、それで今日はどうしたのさ。伝書鳩にも用件は書いてなかっし、急でビックリしたよ」

 

ククール「悪いな。大した用じゃないんだが、お前のモンスターチームいるだろ?あれを貸しちゃくれないか」

 

エイト「いいけど、何をするんだい?」

 

ククール「モリーのおっさんに頼まれてな。パーフェクトな美形の俺と伝説のチャンピオンのチームとの演舞で、会場を盛り上げて欲しいんだとよ。面倒だが報酬は良かったんで、エイトの可否次第で受けるって言ってあるんだ」

 

エイト「へえ、いいなあ。僕も参加したいや」

 

ククール「王様が無茶言うな。ミーティア王妃様も絶賛妊娠中だってのによ」

 

エイト「わかってるわかってる。もちろん貸すのは大丈夫だよ。二チームとも今は国防に就いてもらってるんだけど、平和すぎて実際には何もしてあげられてないし」

 

ククール「助かる。ていうか最上級のモンスターチーム二つに暗黒神を倒した勇者って、どんな戦力過多だよこんちくしょう」

 

エイト「軍縮はしたんだよ?そう言われると弱いけど。なんならチーム二つとも持っていっていいけど、どうする?」

 

ククール「いや、一つで十分だ」

 

エイト「じゃあ『ムチムチむちうち団』と『はつらつカツレツ族』のどっちがいい?」

 

ククール「ムチ……前者で。ずっと思ってるんだが、どうにかならないもんかね、その名前」

 

エイト「僕は好きだけどなあ。ヤンガスも二つ目は好きだって言ってたよ」

 

ククール「カツレツだろ。あいつは食い意地が張ってるだけだぜ」

 

 再びノックが響きメイドが扉越しに言った。

 

メイド「エイト王。申し訳ありませんが、大臣様が新事業のことで御相談があるとのことでして」

 

エイト「わかった、今行くよ。ごめんククール、席を外すけど、君も来るかい?」

 

ククール「流石に仕事中の邪魔はできねえよ。それに肩慣らしも兼ねて、モンスターチームと色々調整しときたいから、俺ももう出るわ」

 

エイト「ゆっくりしていけば良いのに。泊まるならご馳走も出すよ?」

 

ククール「いや、いい。あんまりお前の厄介になるのも悪いんでな」

 

エイト「僕らは大丈夫だけど……わかったよ。それじゃあ、またね」

 

ククール「ああ。モンスターたちを返しに近いうちにまた来るさ。ところで新事業ってのは一体何をやってるんだい」

 

エイト「つい最近メダル王女様が貿易業に乗り出していてね。トロデーンも新しく道路を開発したりして協力してるんだ」

 

ククール「あの人は可愛い顔して大胆だなあ」

 

エイト「君はそんな人を密かに狙ってたよね。ゼシカに何度もツッコミ入れられてた」

 

ククール「よせやい」

 

 

 

 

~バトルロード格闘場~

 

モリー「よおく来た!ナイスガイ!」

 

ククール「まさか門前であんたに出迎えられるとはな。もしかして外でずっと待ってたのかい」

 

モリー「なに、風が噂していたのさ。そろそろ君が来るってね」

 

ククール「風ねえ。まあ、今日は俺のバギクロスで盛り上げてやるよ」

 

モリー「うむ!頼もしいな。では控え室に行こうか。衣装に着替えてもらいたいんだ」

 

ククール「衣装か。ピエロの服でも着ろって言うんじゃないよな?」

 

モリー「……ダメか?」

 

ククール「ダメだ」

 

 ククールとモリーは格闘場の中に入った。

 

ミリー「きゃー!モリー様、今日もステキー!」

 

モリー「はははっ、ありがとうミリー。君も相変わらずキュートだね」

 

ミリー「や~ん。あ、ククールさん久しぶり~。元気してたあ?」

 

ククール「こんにちはマドモアゼル。いつ見ても君はチャーミングだ」

 

ミリー「ククールさんまで、もうミリー困っちゃう。も、ち、ろ、ん、モリー様に誉められるのが一番嬉しいんだけどね」

 

ククール「手厳しいね。そんな一途なところも魅力的なんだがな」

 

 メリーとも挨拶を交わし、地下に降りて行く。

 ククールはスパンコールのスーツを装備した。

 

モリー「それでは、控え室でゆっくりするなり、バトルを観戦するなり、時間までは好きに過ごしてくれ。もし何か不都合があれば、遠慮なくスタッフを呼んでくれたまえ」

 

ククール「ああ。しかしいつ来てもここは暑苦しいな。スーツが汗ばんじまう」

 

モリー「喉が乾くかね?飲み物を持ってこさせよう。おーい、そこの君ー」

 

 モリーの呼び掛けに、一人のスタッフがやって来た。

 

マルチェロ「はい、なんでしょうか」

 

モリー「彼に冷たい飲み物を持ってきてくれ。アルコールは無しでね」

 

マルチェロ「かしこまりまし、た?」

 

ククール「えっ」

 

 その瞬間、ククールの耳から一切の音が遮断された。頭の中が真っ白になり、目は驚愕に見開かれる。

 考える余裕もなく、彼は人生史最大の大声で叫んだ。

 

ククール「兄貴ぃぃぃぃいいいいい!?!?」

 

マルチェロ「く、ククール!?なぜ……!」

 

モリー「ん?知り合い、いや、兄弟だったのかな。水を差しては悪そうだ。私は行くとするよ」

 

 モリーは空気を呼んで立ち去った!

 

ククール「なぜって……そりゃこっちの台詞だぜ。あんた今まで何処にいたんだよ」

 

マルチェロ「ふんっ。どうでもいいだろう、そんなことは」

 

ククール「ちっ……」

 

マルチェロ「……お前こそ、なんだその格好は」

 

ククール「モリーのおっさんに出演を依頼されてな。似合ってるだろう?」

 

マルチェロ「相も変わらずナルシストな奴だ。まったく……暗黒神を倒した英雄とは、思えんな」

 

ククール「兄貴?」

 

 長い沈黙が流れる。

 やがて先に口を開いたのはマルチェロだった。

 

マルチェロ「……見ての通りだ。俺はここで働いている」

 

マルチェロ「お前たちに敗れたあの日から世界各地を回ってはみたが、俺には何も残されていなかったからな。正直、自分が生きているのか死んでいるのかも分からなかった。お前が言った通り、惨めなものだったよ」

 

ククール「…………」

 

マルチェロ「酒に溺れた。金がなくて窃盗の誘惑にも駆られた。何度も死のうと思った」

 

マルチェロ「しかしここに来て、ただの一般人として働いてみて」

 

 闘技場を囲みモンスターを一心不乱に応援する人々を見て、マルチェロは微笑んだ。微かだったが、確かに笑顔になった。

 

マルチェロ「悪くないと思えるようになった」

 

 ククールはただ黙って、マルチェロの話を聞いている。

 

マルチェロ「これまで成り上がることだけが生き甲斐だった。母と俺を捨てたあの男親を、世界を平伏させてやることだけが俺の存在意義だった」

 

マルチェロ「だが何もかも失い、開き直ってみると、意外にも楽になれたよ。団長として聖堂騎士団に君臨していた時よりも、法皇に手が届きかけた時よりも、一人のウェイターとして人の近くで働いている方が生を実感できている。生きていると、思えるのだ」

 

ククール「兄貴……あんた、変わったんだな」

 

マルチェロ「そうだな。貴様などにこんなことをベラベラと話してしまうくらいには、俗物になったよ」

 

 マルチェロの笑みに以前のような酷薄さはない。

 ククールに似た皮肉るようで、しかしどこかスッキリとした面持ちだった。

 

マルチェロ「それで、そろそろメインイベントが近いが、お前の出番なんじゃないのか」

 

ククール「おっといけねぇ」

 

 モリーがとつぜん現れた!

 

モリー「話は済んだかね?」

 

マリー「もう出番よ、二人とも」

 

ククール「ああ……って、二人?」

 

ムリー「せっかくだもん!二人一緒に出演しちゃってよー!断るなんて、ムリムリなんだからー♪」

 

マルチェロ「も、モリー様。これはどういう」

 

モリー「行ってきてはくれないか。前から君はただ者ではないと思っていたんだ」

 

マルチェロ「……」

 

モリー「さあ、君たちの力を、存分に魅せてくれ」

 

マルチェロ「……足を引っ張るなよ、愚弟」

 

ククール「こっちの台詞だぜ、クソ兄貴」

 

 

 

 

 その日、バトルロード格闘場にて、歴史に刻まれるであろう演武が行われた。

 かつてバトルロードの最難関Sクラスを制覇したチャンピオンチームと、美麗な二人の剣士が対峙した。

 剣と爪がつばぜり合い、火炎が燃え盛り、地獄のいかずちとグランドクロスの輝きが縦横無尽に駆け巡った。その二人のコンビネーションは素晴らしく、観客たちの予想を覆し、最強のモンスターチームを難なく破ってみせたのだ。

 あまりの華麗さにその場で彼らのファンを名乗る者が続出し、ついには女性陣を中心としたファンクラブが出来る始末であった。二人はたまにゲリラ出演し、その度に重度のファンが必ず何人かは失神する事態になったりもした。

 そして客たちの熱い要望により、バトルロードの頂上にあるチャンピオン像の横には、レイピアを携えた二人の剣士の像が建てられ、いついつまでも、崇め続けられたという。

 

 

 

 

モリー「よぉし!次の企画だ!ウルトラスライム、グレートドラキー、マジーンを一つのチームに入れて大バトルをするぞ!」

 

マルチェロ「待ってください」

 

ククール「訳がわからん」

 

モリー「なに、それぞれを一匹のモンスターと見なせば問題ない。それに君たちなら、どんな試練も乗り越えられるはずだ!……乗り越えられる」

 

マリー「モリーちゃんったら。最後に同じことボソッと呟くのカッコ悪いって、ずっと言ってるでしょ」

 

ムリー「どう?やれる?」

 

ククール&マルチェロ「「ムリ!!」」

 

 

 

 

おしまい




 マルチェロの行方、気になりますよね。
 いや、実際はククールのキャラがツボだから、ククールが主人公と会話している前半が私にとってのメインだったりもします。もちろんマルチェロと絡ませることもできて万々歳です。まあ、ククール好きなんだぜ!という、ただそれだけの話です。その気持ちが高じてククールが丸くなりすぎている気もしますが、それだけ平和になったということでご了承ください。


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ミス・コンテスト~私が一番美しい!~前編

~リーザス村、アルバート邸~

 

ゼシカ「はあ?世界一の美女決定戦?」

 

アローザ「ええ。サザンビークのチャゴス王子から直々の招待よ。貴女に是非ともエントリーして欲しいんですって」

 

ゼシカ「げえっ、あいつかあ」

 

アローザ「ゼシカ。王族の方をあいつ呼ばわりなどと」

 

ゼシカ「だってさ、あのチャゴスよ。お母さんも噂話はよく耳にしてるんじゃないの。その大会、絶対にスケベな目的よ」

 

アローザ「そ、それはそうかもしれないけれど。でも、出場しなさいな」

 

ゼシカ「え~、なんで?」

 

アローザ「内容はともかく、世界各国の要人が集まることは確かだわ。これは政治的にとても重要な祭典になる」

 

ゼシカ「大げさねぇ。誰が来るっていうのよ」

 

アローザ「そうね、例えば、ザウェッラからはニノ法皇様がお見えになるそうよ。スポンサーとして莫大な資金を投じているらしいわ」

 

ゼシカ「うわあ。もうやだ、あのデブ共」

 

アローザ「もちろん私も来賓として参加します。ねえゼシカ、これもアルバート家のため。出てくれないかしら」

 

ゼシカ「そうは言っても、嫌なものは嫌よ」

 

アローザ「貴女の旅のお仲間も来るはずよ。ほら、ククールさんは元々好きそうでしょ、そういうの。エイト王は親交国の主として必ず来られるでしょうし、そうするとヤンガスさんも来るに決まっているわ。貴女、全員で集まりたいって、ずっと言っていたでしょ」

 

ゼシカ「うーん。そりゃそうだけど、でもなあ」

 

アローザ「エイト王とミーティア王妃のご子息を抱っこできる好機よ」

 

ゼシカ「あぐぐ、でも、でも」

 

アローザ「……はあ、仕方ないわね」

 

ゼシカ「うん。ごめんね。悪いけど断っておいて」

 

アローザ「ええ。『ゼシカは優勝する自信が欠片も無いので辞退します』とお伝えするわ」

 

ゼシカ「……あん?」

 

アローザ「だから『世界の並みいる美女には勝てる気がしません。負ける戦いには出られません』と手紙に書くわね」

 

ゼシカ「ちょっと、どういうことよ」

 

アローザ「嫌だから参加しない、などと失礼なことは言えないでしょう?相手は王族。お断りするなら、揉めないようにある程度下手に出るものだわ」

 

アローザ「それとも、まさか本当に優勝できると思っているの?」

 

ゼシカ「……っざけんじゃないわよ」

 

ゼシカ「このグラマラスボディーを捕まえて、自信がないですって?戦う前から負けるですって?ああん!?」

 

ゼシカ「冗談じゃないわよ!やってやろうじゃない!」

 

アローザ「と、いうことは」

 

ゼシカ「参加、もちろん参加よ!世界中に、このゼシカのおっぱいこそが、最も価値があるということを証明してみせる!」

 

アローザ「そうそう、その意気よ」

 

アローザ(我が子ながら、はしたないわね)

 

ゼシカ「待ってろ世界ぃ!」

 

 

時は遡り、数ヶ月ほど前。

 

~サザンビーク城~

 

クラビウス「大臣よ、今日貴様と二人きりになったのは他でもない。チャゴスについてのことだ」

 

大臣「はい」

 

クラビウス「率直に聞く。チャゴスにあのままで王位を継がせられると、お前は思うか」

 

大臣「……恐れながら、難しいかと」

 

クラビウス「だよなあ」

 

気まずい沈黙が流れる。

 

大臣「して、王はどのようにお考えでしょうか」

 

クラビウス「うむ。古今東西、足りない能力があるならば、修行することが鉄則である。チャゴスにも治世の修行をさせねばならん」

 

大臣「ごもっともです。」

 

クラビウス「そこでだ。チャゴスに一つ、国を興すための政策を考えさせ、実行させたい。その一連の流れを体験すれば、奴にも統治のなんたるかが、少しは分かるだろう。どうだ、大臣」

 

大臣「ふむ……素晴らしい案だと思います」

 

大臣「ミーティア様を巡る結婚式の件により、国民および諸外国からのサザンビークへの心証はよろしくありません」

 

大臣「しかし、その当事者であるチャゴス王子が善き政策を成し得たならば、各国へ権威を示すと同時に、国民からの信頼回復も見込めます。もちろん王子の成長も促せる」

 

大臣「一石三鳥。やらぬ手はありません。問題は、王子がちゃんとしてくれるかどうか、ですが」

 

クラビウス「何でもいい。褒美にカジノへの出入り自由や、コインを付けてもいい。部屋に閉じ籠るようなら即刻、破綻槌で抉じ開け、引き摺り出してやれ」

 

大臣「おお、そこまで本気とは。分かりました。この大臣、力を尽くしましょう」

 

クラビウス「頼んだぞ」

 

 

~一週間後~

 

 

大臣「王様、その、チャゴス王子の政策が、あの、決定しました」

 

クラビウス「どうした。歯切れが悪いな」

 

大臣「ええ、はい。そのですね。王子は意外にも積極的に取り組んで下さいまして、今しがた草案が出来たのですが」

 

クラビウス「おおっ、さっそく見せてくれ」

 

大臣「は、はい。こちらにございます」

 

クラビウス「どれどれ……」

 

『ミス・コンテスト。世界一美女決定戦』

 

クラビウス「こ、これはっ」ワナワナ

 

大臣「ええ。そうですよね。我ら臣下一同も、どうかとは思っています。しかし、王子は「これでないと自殺する」とまでおっしゃっていまして」

 

クラビウス「素晴らしいっ!」

 

大臣「あそこまで頑なな王子は久しく……え?」

 

クラビウス「さすがは我が息子だ。やればできるではないか」

 

大臣「あの、王様。いいのですか?これで」

 

クラビウス「何か問題でもあるか」ギロッ

 

クラビウスは大臣をおどかした!

 

大臣「い、いいえ……」

 

大臣はすくみ上がっている!

 

クラビウス「なあ大臣よ、貴様も本当はこの大会を開きたいと思っているのだろう」

 

大臣「な、何をおっしゃいますか」

 

クラビウス「知っているのだぞ。貴様が妻に視察と偽って、滝の裏側にある、いかがわしい店に通っているということは」

 

大臣「ぎゃあああはあああっ」

 

クラビウス「お主もだいぶスケベよのう。さあ正直になるがよい。一人の男として、この夢を実現させたくはないか?」

 

大臣「ぬうう……」

 

クラビウス「是が非でも、チャゴスを主催として祭り上げ、この空前の大会を成功させるのだ!」

 

大臣「くうーっ、お、仰せのままに!」

 

 

 そして、世界中にミス・コンテストの告知がされた。

 落ち目のサザンビークが発したこの一大イベントに、東西南北全ての人間が食いついた。

 貴賤は問わない。我こそ世界一と思う女子は名乗りを挙げよ。

 その伝聞は矢のごとく広まっていった。

 

 

~トラペッタ~

 

ルイネロ「水晶に吉日の印が出ておる。ユリマ、参加しなさい」

 

ユリマ「自信はないけど、分かったわ。お父さんの占いは信じてるもの。やってみるね」

 

ルイネロ「うむ。お前は自慢の娘だ。大丈夫さ」

 

~アスカンタ~

 

おばあさん「キラ、お前行ってみるかい」

 

キラ「ええ!?でも、私そんなに綺麗じゃないよ」

 

おばあさん「お世話になったエイトさん達に、また会いたいと言っていたろう?そのついでに楽しんで来るといいよ」

 

 

~バトルロード格闘場~

 

モリー「乗るしかないな、このビッグウェーブに」

 

メリー「それで、誰が出場するの?」

 

ムリー「私はちょっと無理かなー」

 

ミリー「やっぱりこういう時はマリーさんじゃない?ねっ」

 

マリー「そ、そうかしら。どう思う?モリーちゃん」

 

モリーは穏やかに笑っている!

 

 

~パルミド~

 

ゲルダ「見なよヤンガス。優勝者には豪華な賞品が贈られるってさ。これはアタシもいっちょ、出る他ないねえ」

 

ヤンガス「えっ、ゲルダが?顔はともかく中身が……」

 

ゲルダ「あ?何か言ったかい」

 

ヤンガス「いやいやいや!応援するでがす!優勝間違いなしでがすよ、アハハハっ」

 

ゲルダ「そうだろう。ついでに国宝の一つくらい盗ってやるかね」

 

 

~メダル王の城~

 

メダル王女「絶好の機会ね。各国の運搬業務を一手に引き受けましょう。下々への知名度を上げるために出店もやりたいわ。リーザス地方とアスカンタ領から名産を取り寄せなさい。それから、支部への定期連絡の密度を上げること」

 

メイド「あわわわ、大忙しですぅ」

 

王様「なあ、メダルは……?」

 

メダル王女「見つけ次第、溶かして金に替えます」

 

 

~ベルガラック~

 

ユッケ「お兄ちゃん!あたしもコンテストにエントリーしたい!」

 

フォーグ「いや、しかしだな、妹よ。僕たちはベルガラックを取り仕切るオーナーとして、品よく立ち回らねばならなくて」クドクド

 

ユッケ「いいじゃない。平民から王族まで、誰でも参加できるんだよ。すっごく楽しそう!やらなきゃ損よ」

 

フォーグ「やれやれ、言い出したら聞かないんだからなあ」

 

 

~三角谷~

 

ラジュ「私も出ようと思うの。チェルスが旅した世界の人々を、私も見てみたいから」

 

ギガンテス「行ってくるといい。我々は魔物だから外の人間の前には出られないが、エルフの美しさならば、皆が認めるだろう」

 

ラジュ「まあギガンテスったら。口が上手なんだから」

 

 

 過去、誰も試みなかった、世界を巻き込んだ狂宴。それは老若男女を夢中にさせた。

 人は『一番』に惹かれる。憧れる。それが真理である。

 この世で最も美しい者。

 突如として出現した、未だ誰も手にしていない、つまり手垢の付いていないその称号は、平和に微睡んだ人々を熱狂させるには十分な力を持っていた。

 皆が退屈していたのだ。チャゴスの思い付きは、今や全世界を魅了していた。

 

 

~トロデーン城~

 

ミーティア「あら、エイト。夜遅くに何をしているのですか?」

 

エイト「ちょっと錬金の研究をね。赤ちゃんの夜泣きは大丈夫かい」

 

ミーティア「ええ。今は乳母さんが見ていてくれているし、ぐっすり寝ていますよ」

 

エイト「そっか、良かった」

 

ミーティア「……ねえ。エイトは、今度サザンビークで開催される大会、楽しみ?」

 

ミーティアは不安そうな仕草で、エイトに上目遣いをおくった。

 

エイト「うん。お祭りは楽しみだよ。また皆と会うのが待ち遠しいなあ」

 

ミーティア「あっ……うふふ。そうよね。それでこそ、私の旦那様だわ」

 

エイト「それにしても意外だよね。あのチャゴス王子が主催するなんてさ」

 

ミーティア「本当に。アルゴンハートを取りに行ったことが懐かしいですね」

 

エイト「せっかくだし、許しを頂いて、もう一つ取りに行こうか。僕には形見のアルゴンリングがあるけど、ミーティアのは無いもんね」

 

ミーティア「まあ。私はこの結婚指輪だけで十分よ。でも、気持ちはすごく嬉しい。ありがとう、エイト」

 

エイト「うん。それじゃあ、ミーティアももうお休み。僕はまだ少しだけやることがあるから」

 

ミーティア「ええ、お休みなさい。エイトもお体に気を付けて下さいね」

 

エイト(さて、早いところ仕上げなきゃな)

 

 

 それぞれの思惑を胸に、時は流れていく。

 そして今まさに、史上最大規模の祭りが、サザンビーク城にて開かれようとしていた。



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ミス・コンテスト~私が一番美しい!~中編

小ネタを使った繋ぎ回です。ストーリー進行には関係ありませんので、読み飛ばしていただいても大丈夫です。


 チャゴス王子の国興しにより開催された、世界で一番の美女を決める大会。

 たった一日のことながら、その規模はバザーすら越えるものとなった。

 サザンビーク湖畔の草原には、遠方から来る一般客用のテントが続々と設置されていき、ゆうに千人は宿泊できる運びである。テント村からサザンビーク城までは、その日限りの荷馬車が国費によって無料で運行しており、至れり尽くせりの用意周到さには大臣の苦労と辣腕が窺える。

 

 そして、ついに当日。

 来場者数は前日から既に予想を上回り始めている。天候に恵まれ、遥か向こうの空にも怪しげな雲は一つとして無い。まるで神がこの祭典の後押しをしているかのようである。

 厳重に閉められているはずの城門も、今日ばかりは開け放してある。

 続々と客が押し寄せ、サザンビーク城下町はあっという間に人で溢れ返っていた。

 

 

~サザンビーク城、会合室~

 

 建ち並ぶ出店と、その合間を埋め尽くすような人混みを眼下に、エイトは感嘆した。

 

エイト「すごい人だかりですね」

 

クラビウス「うむ。皆、娯楽に飢えていたのだろう。ここまでの祭りをチャゴスが開いてくれるとは、父親としても鼻が高いぞ」

 

チャゴス「がはははっ、まだまだこれからですよ、父上。メインイベントが始まれば、もっと凄くなります!」

 

クラビウス「ボン、キュッ、ボーンか」

 

チャゴス「いやいや、キュッ、キュッ、ボーンもなかなか」

 

大臣「でかけりゃ何でもいい……」ボソッ

 

トロデ「マジかお主」

 

 サザンビークの大臣の性癖にドン引きするトロデ。

 その隣では、アスカンタ王のパヴァンが気恥ずかしそうに笑っている。

 

パヴァン「いやはや、私のような弱小の国の王まで会席させてもらえるとは、感激です」

 

エイト「弱小だなんて、とんでもありませんよ」

 

トロデ「そうだとも。アスカンタは治世が領土の隅々まで行き届いておる素晴らしい国じゃ。パヴァン殿と国民が信頼し合っているからこそ成し得ていることじゃろう」

 

クラビウス「まったくです。パヴァン王、貴方を信じる国民のためにも、ご自分の国を弱小などと貶されてはなりませんぞ」

 

パヴァン「み、皆さん……!ありがとうございます。若輩者ですが、これからも精進致します」

 

エイト「あ、こちらこそ」

 

 エイトとパヴァンは頭を下げあう。

 腰の低い二人の若き王に、二ノ法皇は大笑した。

 

二ノ「はっはっはっ、そう畏まりなさるな。ここにいる皆は暗黒神ラプソーンの災厄を経て、絆を深めた同志ではないですか。今日は無礼講、酒を酌み交わしながら心行くまで楽しみましょうぞ」

 

フォーグ「むむむ、弱ったな。僕はお酒が飲めないのだが……」

 

メダル王女「それでしたら、メダル船団がリーザスより輸送してきました上等な葡萄のジュースがありますわ」

 

フォーグ「おお、助かります」

 

メダル王女「今後ともご贔屓にしてくださいね」

 

 場は和気藹々としている。

 クラビウスは平和の象徴にも見える有力者たちの談笑を嬉しそうに眺めてから、拍手を一つ打った。

 

クラビウス「まあ、何はともあれ乾杯しようではありませんか。さあチャゴス、主催者であるお前が仕切りなさい」

 

チャゴス「は、はい、父上。ごほんっ。それでは皆様、えーっと……これからの、世界平和と……なんだっけ」

 

大臣「各国の繁栄、ですぞ」ボソボソ

 

チャゴス「うむ。えー、各国のさらなる繁栄を願って……かんぱーい!」

 

一同「かんぱーい!」

 

 チャゴスの音頭に続いて、飲み物が入っているグラスが、高々と掲げられた。

 

 

パヴァン「それにしても~」

 

 たった一杯で酔いが回ったのか、パヴァンの顔は赤くなっている。

 

パヴァン「私の妻のね、シセルがいればね、優勝間違いなしだったと思うんですよぉ」

 

クラビウス「確かに、昔の有力者会議の際にシセル王妃にはお会いしましたが、美しい方でしたな」

 

パヴァン「そーなんですよー!まあ、いいんです。言っても仕方ないし。今回は、うちからはキラが出ますからね。城の全兵士の推薦もあって、優勝候補筆頭ですよ」

 

二ノ「ぬふふ、審美眼に長けるパヴァン王のイチオシとは、楽しみですな。ちなみにエイト殿。此度はミーティア王妃は出場なさらないのかな?」

 

チャゴス「げほおっ」

 

 ミーティアの名前が出た瞬間、チャゴスが盛大に飲み物を吹きこぼしたが、誰もが気付かぬフリをした。

 

エイト「ええ。大切な妻ですから、あまり衆目に見せびらかしたくなくて。本人もそこまで乗り気ではありませんでしたし」

 

二ノ「なるほど。仲睦まじいようで、結婚式を取り持った甲斐がある」

 

クラビウス「ま、まあまあ。そうだ、フォーグ君。確か、妹のユッケが出場すると聞いているのだが」

 

 デリケートな国交の問題に触れることを嫌ってか、クラビウスは冷や汗を流しながら話題を強引に変えた。

 突然話を振られたフォーグが驚いて振り向く。

 

フォーグ「あ、ええ、はい。恐れながら。世界には綺麗な女性が沢山いるというのに、あいつは自分の子供っぽさをまだ自覚していないようで困ってしまいます」

 

クラビウス「良いではないか。そのお転婆さがカジノの人気に一役買っていると、噂になっているぞ。兄妹仲良くやれているようだし、ギャリング氏も天国で喜んでいることだろう」

 

フォーグ「あはは。王にそう言っていただけるとは、光栄の極みです」

 

 少々の護衛と待女たちが見守る中、権力者たちは意気投合し、女性談義を始めとした話に花を咲かせている。

 そんな最中、ふとチャゴス王子は立ち上がり、エイトに近寄ると、こそこそと耳打ちした。

 

チャゴス「……おい、エイト、例の物はどうした」

 

 エイトはチャゴスと同じく、小声で返事をする。

 

エイト「錬金釜で仕上げ中。あと一時間もしない内に出来上がるはずだから、完成したら使いの者に送らせる」

 

チャゴス「よし、間に合うな。報酬は約束通り、今度の定期便に紛れ込ませてやる」

 

エイト「頼んだよ」

 

 二人の怪し気な会話に聞き耳を立てている者はいない。

 目も眩むような豪華な面子での酒宴に、一人のメイドが萎縮しながらも、チャゴスと話していたエイトに歩み寄った。

 

メイド「エイト王、伝言にございます。どうやら民衆の中に王と対面したいと申す者が多数おりまして、いかがなさいましょう」

 

エイト「分かった。すぐ行くよ。じゃあ皆さん、ちょっと席を外しますね」

 

トロデ「おうエイト、人気者じゃのう」

 

チャゴス「けっ」

 

メダル王女「あ、私もやることがありますので、そろそろ行きますわね」

 

 そうしてエイトと王女は、会合室を後にした。

 

 

~サザンビーク城、門前~

 

 エイトが城から出ると、一人の女性が駆け足でやって来た。

 息を弾ませているその人は、高名な占い師ルイネロの娘、ユリマであった。

 

ユリマ「エイトさん!お久しぶりです!」

 

エイト「あ、ユリマさん。久しぶりだね」

 

 ユリマは多少落ち着くと、エイトが着ている王族の衣装をまじまじと見て、身を縮こまらせた。

 

ユリマ「あ、ご、ごめんなさい。今は王様だから、こんなに気安く話しかけてはいけませんでしたよね」

 

エイト「そんなことないよ。むしろ嬉しいかな。皆が畏まってくるのって、なんだか変な感じするんだよね。性に合わないや」

 

ユリマ「まあ、エイトさんったら」

 

エイト「ユリマさんは今回のコンテスト、参加するの?」

 

ユリマ「は、はい。父が背中を押してくれまして。優勝できるかは分からないですけど、精一杯、頑張りますねっ」

 

エイト「うん。応援してるよ」

 

ユリマ「うふふ。お父さんが言った通り、本当に吉日かも……それじゃあ、他の人もいるから私はこれで。また会場の方でお会いしましょうね」

 

 ユリマは晴れやかに笑って、巨大なステージへと駆けて行った。

 それからも、エイトの元にはひっきりなしに握手やサインを求める人々が押し寄せ、ついには衛兵たちが行列を整理し始める事態にまで発展した。

 このままでは日が暮れると慄いたエイトは、巧みな体さばきで場を逃れ、目立たぬマントに身を包んで城下町を巡ることにした。

 

エイト「ふう、身が持たないや。体よく外に出られたんだし、観光していこうかな」

 

ヤンガス「あれ?アニキ、何やってるんでがすか」

 

 出店を渡り歩いていると、後方から声がかかる。振り向けば、自称子分のヤンガスがいた。さも当然のようにエイトの正体を見破った観察眼は、忠誠心からくるものか。

 

エイト「ヤンガス。来てたんだ。君はこういうの興味無いと思ってたよ」

 

ヤンガス「いや、それがゲルダのやつが出場するって言うんで、仕方なく付き添いで来たんでがす。こうしてアニキの元気そうな様子も見れたし、結果オーライですがね」

 

エイト「ヤンガスもたいてい、尻に敷かれるタイプだよね」

 

ヤンガス「ぬうう、反論できねえや」

 

エイト「そうだ、何処かでハワードさん見なかった?城での集まりに来てなかったんだよね」

 

ヤンガス「ハワードのおっさんなら、町の病院で寝込んでるでがすよ。なんでも、周りが止めるのも聞かずに生肉食って腹壊したらしくて。貴族っていうのは、何考えてるか分からんでがす」

 

エイト「あの人も大概だなあ。まあ、無事に着いてるならいいんだけど。ヤンガス、せっかくだから一緒に屋台でも見て回ろうよ」

 

ヤンガス「もちろん!お供するでがす!」

 

 出店の様子は、バザーに輪をかけて活気に満ちている。

 きらびやかな武器防具、新作のアクセサリ、各国の郷土料理など、あらゆる物品が揃い踏み、つい財布の紐を緩ませる。

 世界樹の葉を売っている少女は、世界樹のしずくやエルフの飲み薬といった加工品まで陳列している力の入れ様である。その横には『ピュア・ギガンテス』なるカクテルを売っている店まである。

 祭りの熱気にあてられ目まぐるしく練り歩いていると、女の人だかりが出来ている所があった。

 その中心にいる人物は背が高く、特徴的な白髪から、すぐに誰なのか判別がついた。

 

ヤンガス「ククール」

 

ククール「おっ、ヤンガスと……なるほどね。すみませんね、お嬢様方。少し野暮用がありまして、またお会いしましょう」

 

女集団「や~ん、ククール様~!」

 

 取り巻きの女性たちに別れを告げたククールは、エイトたちと合流した。

 

ククール「よう二人とも。久しぶりだな」

 

ヤンガス「やいククール、久しぶりに会ったっていうのに、ちっとも変わってないでがすな!この女たらし!」

 

ククール「なに怒ってんだよ。変わらねえってことは喜ぶべきところだろ。なあ、エイト」

 

エイト「そうだね。ククールが女たらしじゃなくなったら、少し寂しいかな」

 

ククール「すまん。その考えはよく分からん」

 

ヤンガス「まったく……むしゃむしゃ」バクバク

 

 ヤンガスは怒りを発散するように、ほねつき肉を食べている。

 

ククール「おいヤンガス、それなんだよ。美味そうだな」

 

ヤンガス「あばれうしどりのグリルでがす。あそこでメダル王女のねーちゃんが売ってるでがすよ」

 

 ヤンガスが指さした方を向くと、屋台の一角で次々と肉を売り捌くメダル王女がいた。笑顔が眩しく、主に男性客がこぞって並んでいる。知名度を経験値化できるならば、急速にレベルアップを果たしているであろう。

 

ククール「いいね、美女の手渡しか。俺も一つ買ってこよう」

 

エイト「ククールは他の店は行ったの?オススメとかある?」

 

ククール「ぼちぼちな。あの出張ぱふぱふ屋は相変わらず凄かったぜ」

 

 今度はククールがテントを指し示す。そのテントは異質で、四方が黒い布ですっぽり覆われている。店の前では『ぱふぱふ屋』と書かれた看板を掲げたあらくれ男が客を呼び込んでいる。いかにも怪しい雰囲気であるが、こちらも男性客の行列ができていた。

 エイトとヤンガスも男の例に漏れず、引き寄せられるようにして、ひっそりと列に並んだ。

 

 

ヤンガス「ふいーっ。やっぱり本物にはない魅力があるでがすなあ」

 

エイト「こんなところミーティアに見つかったら大変だよね……」

 

ヤンガス「なに、ばれなきゃ問題ないでがす」

 

エイト「だね。ばれない内に来賓席に戻るとするよ。そろそろコンテストが始まる頃だしね」

 

ヤンガス「そうでげすな。あっしもゲルダの奴の応援をしに行かなきゃなんねえ。それじゃアニキ、また今度」

 

エイト「うん。またね」

 

 エイトとヤンガスは手を振って別れた。

 広間では前座として、モリーによる魔物のショーが行われている。前座というには些か派手であるが、その分、会場はすっかり温まっていた。三人のバニーも華麗な躍りを見せている。

 昼時となり、いよいよ熱気も最高潮に達している。

 モリーたちは最後の大技を繰り広げ、拍手喝采の中で退場した。

 続いてチャゴスが壇上に登る。

 世界中から集まった人々が、この祭りの主催者に注目し、歓声を上げた。

 ここまでは上々。チャゴスはにやりと笑った。

 かくして、ついに祭典のメインイベント、ミス・コンテストの幕が開けたのである。




祭りの雰囲気を表現したいと思い書いていたら、過発酵したパン生地のように膨らみ過ぎていました。反省しています。


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ミス・コンテスト~私が一番美しい!~後編

 


 「お日柄もよく」などと平凡な挨拶から始まり、チャゴスは今回の祭典の意義、来賓とスポンサーの紹介などを、カンペを見ながらしどろもどろに読み上げる。そのせいで、モリーの活躍により盛り上がっていた会場の熱は、少し冷めてしまった。

 チャゴス王子のぐだぐだな挨拶が終わり、司会が舞台に上がる。こちらは遥々バトルロードから馳せ参じた一流の男である。

 ステージを中心にして群がる人々に深く一礼をする。待ちきれない観客の中から野次が飛ぶ。

 司会の男は野次などものともせず、堂々とした姿勢を崩さない。息を肺一杯に吸いこみ、そして大気を突き破らんばかりの大声を張り上げた。

 

 

 

司会「世界一を目指して何が悪いッ!!!」

 

 

 

 突然の大音声に、観客席はシンと静まり返る。

 

司会「人として、女として生まれたからには一度は絶世の美女を志すッ!世界が羨む自分の姿を一度たりとも夢見たことがない───そんな女は一人として存在しないッ!」

 

司会「それが心理だッ!!!」

 

司会「ある者は物心ついてすぐに。

ある者は友人の優れた容姿に。

ある者は近所の綺麗なお姉さんに。

そしてある者はお姫様の高貴な美貌に屈して、それぞれが一番の座を諦め、それぞれの道を歩んだ」

 

 暴論を吐く司会を非難したり、嘲笑う者はいない。誰もがその力強い魂の叫びに共感していた。

 

司会「しかしッ!今日、諦めなかった者がいるッ!」

 

司会「偉大なバカヤロウ八名ッッッ!!!!」

 

司会「この世で誰よりもッ!誰よりもッ!一番を渇望んだ八名ッッ!!!」

 

司会「皆さん、彼女たちを盛大な拍手でお迎え下さい!選手入場ッ!!全選手、入場ですッ!!!」

 

 司会の合図と同時にステージの幕が上がってゆく。

 そして現れた八人の美女が、世界の視線と拍手を一身に浴びた。どの女性もこの大舞台に恥じぬ美を持っている。可憐、麗美、優雅。とてもではないが十把一絡げにはできない。

 歓声のなか、負けじと司会もさらに声量を上げる。

 

司会「父親思いの町娘!その心は水晶よりも美しい!トラペッタから、ユリマだ!!」

 

ユリマ「あ、あの、私そんなにガツガツしてないです……」

 

司会「優しさならこちらも負けてはおりません!献身的な態度には逆に保護欲をそそられる!アスカンタのアイドル、その名はキラ!!」

 

キラ「ひいいっ、恥ずかしいよ……」

 

司会「あたしの物はあたしの物!お前の物もあたしの物!本大会きってのクールビューティー!麗しの女盗賊、ゲルダ!!」

 

ゲルダ「おいアンタ、バカヤロウってなんだい。後で覚えときなよ」

 

司会「王家の仕事はどーした!まさかこの人が来てくれるとは!小さな島の偉大な君主、メダル王女様だ!!」

 

メダル王女「これも仕事の一環ですわ」

 

司会「特に理由はない!バニーガールが可愛いのは当たり前!バトルロードの隠れた花形、バニー四人衆のリーダー格、マリー!!」

 

マリー「誉めてくれるのは嬉しいけど、私たちは皆対等よ?」

 

司会「元気爆発!カジノのオーナー兼看板娘!ベルガラックから、ユッケだ!!」

 

ユッケ「うわわ、どうしよう。すごい美人ばっかりだなあ」

 

司会「異種族の魔性の美しさ!悠久の時を経て、伝説の魅力が今ベールを脱ぐ!三角谷から、エルフのラジュだ!!」

 

ラジュ「なんて賑やかなの……チェルスもこういうのが好きだったのかしら」

 

司会「どうやら、もう一人は到着が遅れているそうですが、到着次第、皆様にご紹介いたします!」

 

 次に司会は、ステージの右隣に手を仰ぎ、高台に座る男たちを示した。

 

司会「審査員の方々も超豪華です!カリスマ美剣士ククール、大魔導師ハワード様、そしてあろうことかクラビウス王!このお三方が厳重に審査します!ハワード様は体調が優れないようですが、審査には問題はないとのことです」

 

ククール「ベホマしとくかい」

 

ハワード「キアリーも頼む」

 

クラビウス「ううむ。よりどりみどり……」

 

司会「そして皆様、ステージの真上をご覧ください!」

 

 司会に促され、観客たちはステージの天蓋に取り付けられている巨大なパネルを見た。パネルの中には三つのゼロが並んでいる。

 

司会「本大会のために特別に開発された魔法道具です!皆様の歓声が大きければ大きいほど、その選手に得点が入ります!審査員の持ち点が各々50点、観客の持ち点が150点、合計で300点満点となります!」

 

司会「みごと最高得点を得た一人が、優勝賞品を受け取れます!その内容は、比類なき伝説の衣とスペシャル特典となっておりますが、私も詳細は知りません!後のお楽しみというわけです!」

 

司会「ではこれから、審査に移りたいと思います!選手たちは最高の衣装に着替え、各々が一人ずつアピールを行います!それまで、もうしばらくお待ちください!」

 

 熱狂冷めやらぬ。衣装替えを待っている間も、客たちはそれぞれ夢中で予想を立てている。場繋ぎとして来賓席から一言ずつ挨拶が行われているが、耳を傾ける者は少ない。そしてそんな観衆を咎める無粋な者もいなかった。

 

 

 それから数十分ほどして、大変身を遂げた美女たちが次々に再登場した。

 タイトなドレス、ミニスカートのメイド服、社交ダンス用の薄絹の羽衣など、それぞれが持つ魅力を遺憾なく発揮する。

 七人全員の審査が終わり、狼を模したヘアバンドと尻尾を着けたマリーが260点で現在トップとなっている。その可愛らしさを兼ねた美しさは、万人が認めるものだ。

 

 しかし、まだ皆納得がいっていない。最後の一人、八人目がまだ来ていないのだ。

 運営にも何の連絡も入っていないようで、司会もこのまま審査発表に移ってもいいものか迷っている様子である。

 しばらく大臣と話し合い、やがて司会は「申し訳ありません」と観客に言った。

 

司会「最後の一人はどうやら来られなくなってしまったようですので、これから審査発表を行います。主催者であるチャゴス王子のボーナス点も加味し、最終的な優勝者を決めます!さあ、気を取り直して、レッツ──」

 

「待ったあーーーーーーー!!!!!」

 

 レッツゴーと言おうとしたのだろう。しかしそれは、上から降ってきた声に遮られた。

 全員が呆気に取られる。

 突如として、ステージの真ん中に、一人の女性が音もなく降り立ったのだ。女性を纏っている青白い光は、見る者によってはルーラによるものだと気付くだろう。

 肩と胸の谷間を存分に見せ付ける大胆な服を来ているその女性、ゼシカ・アルバートが現れた。

 

司会「な、なんということだあー!このタイミングで、待ちに待ったシード選手の登場です!」

 

 いち早く我に帰った司会が叫ぶと、観客たちも遅れて声援を上げる。男たちはその豊満な胸に釘付けである。

 

司会「どこへ行っていたンだ賢者様ッ!俺たちは君を待っていたッ!立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花ッ!!暗黒神ラプソーンを打ち倒した四英雄の一人、リーザス村のゼシカだぁーッッ!!!」

 

ゼシカ「よろしくお願いしまーす!」

 

 元気よく頭を下げるゼシカを見て、来賓席に座っているエイトは怪訝そうな顔をする。

 

エイト「レベルが、上がっている……?」

 

司会「それでは早速着替えて来ていただきましょう」

 

ゼシカ「その必要はないわ。私は今のままの姿で、優勝を狙う!」

 

司会「おおっと、大胆不敵な発言だ!それでは審査員の方々、採点をどうぞ!」

 

ククール「やれやれ、相変わらず騒がしいな。だが美しさも変わっていない。ま、新しい衣装を見たかった不満も含めて、45点かな」

 

ハワード「やはりあの胸は素晴らしいな。他の部位にも、以前より磨きがかかっていると見える。しかし化粧くらいはしても良かったのではないかな。ワシは40点をつけよう」

 

クラビウス「おっぱいだ。50点だ」

 

 合計値がパネルに映し出される。そして次に控えるのは観客たちの歓声を点数に換算した一般票。

 数字が目まぐるしく回り始めたところで、ゼシカは「度肝を抜いてやるわ」と呟いた。

 

ゼシカ「私が今まで何処にいて、何をしていたか、結果で教えてあげるわ」

 

 その時、全ての人がそれを見たと言う。

 ゼシカから立ち上る、膨大な気炎を。

 

 

~竜神族の里、教会~

 

竜神王「ううむ、恐ろしや……」

 

長老「いったい何があったのですか、竜神王様。あなたが倒れてしまわれるなどと」

 

竜神王「ゼシカ……彼女が、何度も竜神の試練に挑みに来たのだ……恐ろしい強さと気迫だった……」

 

長老「なんと、人間の女がそれほどまでに……しかし、そやつは一体何を目的に挑み続けたのでしょうか」

 

竜神王「わからん。だが、私を倒したあと稀に、何かを拾って喜んでいたが。あれは何だったかな。そう、確か──────」

 

 

 

 

『スキルのたね』

 

 

 

 

 

 竜神王を倒し続けて得たスキルのたね。それによって得た莫大なスキルポイント。

 その全てを、おいろけスキルに注ぎ込む!

 

エイト「ば、バカな!ゼシカ、君のおいろけスキルはもう一杯だったはずだ!何の効果があるっていうんだ!君がやっていることは、たねの無駄使いだぞ!」

 

ゼシカ「常識に囚われていては辿り着けない領域があるわ……」

 

ゼシカ「設定の壁を今!私が越えてみせる!!」

 

ククール「う、うそだろ、おい」

 

ヤンガス「そんな、セクシー・ダイナマイトのさらに上があるなんて……!」

 

アローザ「何が始まるんです?」

 

ゼシカ「はあああああ!!!」

 

 ゼシカのおいろけスキルが限界突破した!

 ゼシカは超絶アルティメット・セクシー・ギャラクティカダイナマイトになった!

 

 その瞬間、ゼシカ以外の全ての人間が固まった。まるで時間が止まったかのような静寂が流れる。

 そして一瞬の空白の後、爆発的な大歓声が鳴り響いた。

 審査員の三人はあまりの出来事に口をあんぐり開けている。来賓の王や貴族も総起立し、無意識のうちに拍手を送っていた。

 ゼシカのお色気は今や、この地上で比肩しうる者がいなくなった。モンスターどころの話ではない。無機物すら魅了せんばかりの傑物である。

 パネルの数字が高速で動く。

 歓声を数値化しようと尽力するが、情報があまりに膨大だったため処理が追い付かず、ついにオーバーヒートを起こし沈黙してしまった。

 

司会「け、け、計測不能ーーーー!!!」

 

司会「第一回ミス・コンテスト!優勝者はゼシカ・アルバートだあああーーーー!!!」

 

 拍手喝采が巻き起こる。他の七人の選手たちも、負けを潔く認めたように清々しい笑顔でエールを送る。

 ゼシカは成し遂げたのだ。

 満場一致。誰の文句もなく、ゼシカこそが、史上初となる世界一の美人の座に輝いたのだった。

 

 

司会「皆様、大変お疲れ様でした。激戦を乗り越え、ついに王者が誕生いたしました」

 

司会「これより授賞式に移ります。優勝者であるゼシカ様には、チャゴス王子より直々に賞品が手渡されます。それでは王子、よろしくお願いします」

 

チャゴス「うむ。おほんっ……ゼシカよ。この度の結果、僕も非常に嬉しく思うぞ。お前こそが世界一にふさわしい」

 

ゼシカ「チャゴス王子から言われてもなあ。ま、ありがたく賜っておくわ」

 

チャゴス「ぐぬぬ、どこまでも無礼なやつめ。まあいい。それでは受け取るがいい。これこそが、比類なき伝説の衣だ!」

 

 チャゴスの言葉と共に、掛けられていた布が取り払われる。

 宝飾に彩られた衣紋掛けにかかっているそれは『紐』だった。

 ゼシカも司会も観客も、一様に首を傾げる。どこからどう見ても紐である。防具どころか服ですらない。

 一見して、ただの紐がそこにあった。

 

ゼシカ「なにこれ」

 

 唖然とするゼシカに、チャゴスが高笑いする。

 

チャゴス「ぶわっはっはっは!ただの紐ではない。これはな、水着なのだ!名付けて、超あぶない水着!ほーれほれ、ここで局部を隠すのだあ」

 

 チャゴスの鼻の下は下品に伸びきっている。

 ゼシカは意味が分かったようで、徐々に頬を赤らめ、そして激怒した。

 

ゼシカ「は?はああ!?まさか私にこれを着ろっての!?ふざけんじゃないわよ、バカ!変態!こんな紐でどこが隠れるってのよ!」

 

 そこで立ち上がり異議を唱えたのは、なんとトロデーンの若き国王、エイトであった。

 

エイト「大丈夫だよゼシカ!」

 

ゼシカ「何が大丈夫ですって!?」

 

エイト「デザインは確かにアレだけど、性能は完璧だよ!なにせ竜神王様に改造してもらった錬金釜でも、三日も錬成に時間がかかったんだ!ドラゴンローブがボロ布に思えるほどの防御力と耐性だよ!」

 

ゼシカ「何言ってんのか分かんないわよバカ!あんたが共犯か!」

 

エイト「だって、チャゴスが研究のための資金と素材をくれるって言うから」

 

ゼシカ「この錬金バカ!」

 

 ゼシカは二人の王族に「バカ」と連呼する。

 しかしチャゴスは余裕たっぷりのニヤケ面で「まあまあ」と宥めすかした。

 

チャゴス「無理に今着ろとは言わんさ。さて、それとは別にもう一つ、賞品があるぞ」

 

 ゼシカが嫌な予感に冷や汗を流し、観客たちも固唾を飲み込んだ。

 そしてチャゴスは何も持っていない両手をバッと広げ、高らかに叫んだ。

 

チャゴス「喜ぶがいい!優勝者であるお前を、このチャゴスの第一婦人として迎え入れてやろう!」

 

 今度こそ、ゼシカは言葉を失った。

 あまりに突飛な宣言に、先ほどまで熱弁を振るっていたエイトさえ困惑している。

 

チャゴス「その水着は結婚初夜に着るのだ!なんなら結婚式でも良いぞ!わーい、わーい!」

 

司会「あ、あの、チャゴス王子。これはいったい、どういうことでしょう」

 

チャゴス「やかましい!引っ込んでろ!」

 

チャゴス「いいか、王子の妻だぞ!一番の美女が一番の王子である僕と結ばれる!これこそ真理だ!」

 

 そんな真理があってたまるか。

 観客たちがその言葉を飲み込めたのは奇跡に近い。

 

チャゴス「もちろん僕は寛大だ。優勝できなかった女たちも、皆側室にしてやる!がははははっ」

 

 よだれを垂らしたチャゴスに近寄られ、参加者の七名は露骨に嫌そうな表情をしたり、顔を背けたりした。

 

 そんなチャゴスの後ろから、ゼシカがゆらりと歩み寄った。

 チャゴスが振り向きゼシカを見て「ヒッ」と短い悲鳴を上げる。

 ゼシカは紫色の闘気を滾らせていた。言わずもがな、スーパーハイテンションである。

 

ゼシカ「まさか、そんな下らないことのために乙女のプライドを利用したとはね。許さないわよ」

 

 グリンガムのムチが床をぴしゃりと打つ。ゼシカの異常な攻撃力により、それだけで石畳に亀裂が入った。

 チャゴスが助けを求めるように周りをキョロキョロ見渡すが、皆は明後日の方を向いて知らんぷりした。

 七人の女性たちも、各々が反逆の眼差しでチャゴスを射ぬいていた。

 

チャゴス「なんだ貴様ら!大国であるサザンビークの王家に嫁げるのだぞ!これほどの名誉はあるまい!」

 

ゼシカ「遺言は以上ね。覚悟はいいかしら。歯あ食い縛りなさい」

 

チャゴス「やめ、止めろお!誰か、誰か助けてくれええええ」

 

チャゴスは なかまを よんだ!

 

しかし たすけは こなかった!

 

 

 その後、チャゴス王子は何故か、井戸に脇腹がつっかえ挟まっているところを発見された。本人に前後の記憶はなく、事実関係は曖昧であったが、国は問題なしとの見解を表明した。

 それと、騒ぎのどさくさに紛れて、エイト王が妻であるミーティア王妃に耳をつままれ引っ張られて行くのを見たと言う人間が何人かいたが、こちらも真偽は定かではない。

 

 歴史には、この祭りは阿呆の極みであった、と記されることとなる。

 しかし同時に、夢の塊であったと述べる識者も多く、似た内容の大会が各地に普及し、聖地サザンビークでは毎年ミス・コンテストを開催している。

 

 とにもかくにも、世界は平和であったということだ。

 

 

おわり




ミスコンの話は以上です。お読みいただきありがとうございました。


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錬金バカ一代

キャラ崩壊きつめです。


 ある日、錬金釜の軽快な音が鳴ったすぐあとに、大気を震わす雄叫びがトロデーン城に響き渡った。

 

~トロデーン城、エイトの自室~

 

エイト「ぎゃああああああああああ!」

 

たまたま遊びに来ていたヤンガス「な、なにごとでがす、兄貴!」

 

エイト「や、ヤンガスぅ……もう駄目だあ。おしまいだあ」

 

ヤンガス「お、落ち着いてくだせえ」

 

エイト「これが落ち着いていられるかっ!」

 

ヤンガス「一体なにがあったんでがす。さっきまでノリノリで錬金してたじゃないでがすか」

 

エイト「錬金……」

 

エイト「錬金っ! 錬金れんきん! ああー、あああー、レンキン!」

 

ヤンガス「ひでえ壊れっぷりでがすなあ」

 

ヤンガス(こりゃ錬金で何かしら失敗したに違いねえや)

 

ヤンガス「話してくださいよ兄貴。このヤンガスにどーんと任せるでがす」

 

エイト「ううう、ヤンガスじゃ無理だよお」

 

ヤンガス「ひどい」

 

エイト「実はさあ……」

 

ヤンガス(結局話すのか)

 

エイト「メタルウィング作ったんだよ」

 

ヤンガス「ウィングって、ああ、ブーメランでがすね。作ったってことは成功したんでしょ。良かったじゃないでがすか」

 

エイト「何も良くない!」

 

エイト「ヤンガス、僕のブーメランスキルは幾つだ。言ってみろ」

 

ヤンガス「ええー、そんなホクロの数みたいな質問はちょっと生々しくて嫌でがすねぇ」

 

エイト「いいから」

 

ヤンガス「うーん。確か、あっしは一度も兄貴がブーメランスキルを育ててる所は見たこと無いでがす」

 

エイト「そう、その通り、全くのゼロさ。さらにブーメランを使ったこともほとんど無い」

 

 

 

 

 

エイト「……ブーメランてさ、戻ってこないでしょ、普通。敵に当てるんだからさ」

 

 

 

 

 

ヤンガス「ええ……今さら……」

 

エイト「今だからこそだよ。完全にブーメランの役立たずっぷりを忘れてた。もはや武器じゃないよね、あれ」

 

ヤンガス「それを言っちゃおしまいでがす。そういや旅の最初のころにトラペッタで買ってやしたね。すぐに使わなくなったけど」

 

エイト「買った最初はそりゃ嬉しかったよ。攻撃力高かったし、ドラキーを粉砕したときはすごい気持ちよかった」

 

ヤンガス「それで調子に乗ってザバンに投げたら、当たったあと滝壺に落ちていったんだったでげすな」

 

エイト「あれはトラウマだよ。ザバンさん何故か気に入ったみたいで返してくれなかったし」

 

ヤンガス「水晶玉のより大きな傷付けられたのに不思議でがすな」

 

エイト「不思議だねえ」

 

ヤンガス「まあ、ブーメランなんかで魔王だの暗黒神だの倒しに行くなんて変な話でがすし、早いとこブーメランスキルに見切りがつけられて良かったでげすよ」

 

エイト「そう、そうだね。でもさあ……こいつがさあ!」

 

 エイトは メタルウィングを そうびした!

 

 エイトの こうげき!

 

 部屋の壁がくだけ散った!

 

ヤンガス「な、何やってるんでがす、兄貴!」

 

エイト「ああもう、使えない! 戻ってこない! こんなもののために僕はメタルキングの槍を失ってしまったんだ!」

 

ヤンガス「竜神族の里に行く道すがらに拾った槍でしたっけ」

 

エイト「僕の唯一無二の相()だった……槍だけに」

 

ヤンガス「つまんないでがす」

 

エイト「それがどうだよ。こんな姿になり果てて、錬金して戻すことは出来ないっていうんだよ。こんな残酷なことがあっていいのか!」

 

ヤンガス「あちゃー。()()そのパターンでげすか。懲りないでがすねえ」

 

ヤンガス「あっしの覇王のオノもメガトンハンマーにしちゃったし」

 

エイト「ぐっ」

 

ヤンガス「ゼシカが持ってた皮のムチを売っちまったせいで蛇皮のムチを作れなかったし」

 

エイト「うぐぅ」

 

ヤンガス「二つしかなかった金塊を金のオノに変えて落ち込んで」

 

エイト「ぎぎぎ」

 

ヤンガス「そのあと「大活用☆」とか言ってキングアックスを作ってスライムの冠まで無駄にした挙げ句、後になってキングアックスは普通に買えることが判明したんでがした」

 

エイト「ぬわーーーーー!!」

 

 ヤンガスの無自覚な痛恨の一撃!

 

 エイトは しんでしまった!

 

ヤンガス「ほんと普段はカッチョいいのに、錬金のこととなると見境がねえと言うか、かしこさが下がると言うか」

 

エイト「」

 

ヤンガス「あれ、兄貴?」

 

ヤンガス「兄貴がいた場所に棺桶が置いてあるでがす」

 

 

~ドニの町、宿屋~

 

 エイトにザオリクをかけてもらうため、ヤンガスはククールの居場所を訪ねていた。

 

ククール「よく俺がここにいるって分かったな、ヤンガス」

 

ヤンガス「なあに、あっしの盗賊の鼻にかかればチョロいもんでがす」

 

ククール「利きすぎだろ」

 

エイト「……ううっ、ここは?」

 

ククール「おう。起きたか」

 

ヤンガス「おはようごぜえやす兄貴。気分はどうでがすか」

 

エイト「気分……うぷっ、おええ」

 

ククール「おい、俺の下宿部屋なんだから汚すなよ。女将さんに叱られるのは俺なんだぜ」

 

ヤンガス「兄貴がここまで弱るなんて滅多にないことでげす」

 

ククール「いやいや、お前が追い込んだんだろうが」

 

エイト「僕はたしか錬金のショックで死んで……ああ、そうか。ククールが生き返らせてくれたんだね」

 

ククール「ああ。安酒と引き換えにな」

 

ヤンガス「なにぶん、あっしは手持ちがないもんで、教会には行けなかったんでがすよ」

 

ククール「今の俺たちじゃけっこうな値段ふんだくられるからな。しかしエイトは出会ったときから相当だったが、いよいよ錬金狂いが極まってきたな」

 

エイト「今回は物が物だけにね」

 

ククール「ふうん。しかしなんでまた、使いもしないブーメランなんて作ったんだ」

 

エイト「仕方なかったんだよ……まだ試してないレシピがあったら、とりあえず作りたくなるものなんだ。探求者の性ってやつさ」

 

ククール「お前ほど向こう見ずなやつは求道者にもいねえだろうよ」

 

ヤンガス「というか、さりげなく王様から転職しちゃいけませんぜ」

 

エイト「ああ、もう何もかも嫌だ。しばらく一人にしてもらえるかな。今は何もしたくない」

 

ヤンガス「そんなこと言わず元気になってくだせえ」

 

ククール「おいやめとけよ。一人が良いって言うんだから、そうさせときゃいいだろ。面倒くさい」

 

ヤンガス「だからってこんな、パルミドで姫様が誘拐された時と同じかそれ以上に落ち込んでる兄貴は見たくねえでがす」

 

ククール「今のエイト何気に最低だな」

 

ククール「うーん……なあエイトさんよ。本当にメタルキングの槍はもう手に入らないのかい」

 

エイト「うん。メタルウィングに対して錬金釜が全く反応しないんだ。レシピだって世界のどこにも無いし。あれはもう無理だよ」

 

ククール「へえ。でもよ、レシピが無いなら新しく開発すりゃ良くないか。メタルキングの槍だって存在してたってことは誰かが昔に作ったってことだろ」

 

エイト「誰かが、作った……?」

 

ククール「そりゃそうだろ」

 

ヤンガス「んななっ、ク、ククール!」

 

ククール「どうしたヤンガス」

 

エイト「あれをああして……こうして……そのために必要なのは……」ブツブツ

 

 エイトは夢中でなにかを呟いている。

 

ヤンガス「まずいでがすよ! 余計なことしやがって、兄貴の錬金魂に火がついちまったでがす! このまま錬金から離れさせたかったのに、どうしてくれんだ!」

 

ククール「良いじゃねえかよ。元気になってほしかったんだろ」

 

ヤンガス「他人事だと思って……巻き込まれるのはあっしでが──」

 

エイト「閃いた」

 

ヤンガス「」

 

ククール「へえ。そんなに早く新レシピが思い浮かぶもんなのか」

 

エイト「きてるよ。これはキテる。さっそく素材から集めなきゃいけない。スライムの冠、さびた剣、オリハルコン。どれも一個じゃ足りないや。忙しくなるぞお」

 

ヤンガス「あ、兄貴。一つお聞きしやすが」

 

エイト「なんだい」

 

ヤンガス「そんな超希少品を、どうやって手に入れるつもりでがすか」

 

エイト「決まっているじゃないか。ヤンガスの大どろぼうのかま、頼りにしているよ。さあ、ドクロのかぶとを被って攻撃力を減らすんだ」

 

ヤンガス「い、いやだ……もう地獄のアイテム集めは嫌でがす……!」

 

 エイトは ヤンガスに ドクロのかぶとを装備させた!

 

 ヤンガスは のろわれてしまった!

 

エイト「よし、行こうか」

 

ヤンガス「何も良くないでがす! ククール、ぼさっと見てないで助けてくれよ!」

 

ククール「お疲れさん。せいぜい頑張れよ。それじゃあ俺はイカサマで荒稼ぎしてくるから、このへんで」

 

エイト「何言ってるんだいククール。君も来るんだよ。補助が必要だろう」

 

ククール「え、いや、勘弁してくれよ」

 

エイト「来てくれるなら、うちのメイドさん自由に口説く権利あげちゃうよ」

 

ククール「仕方ねえなあ」

 

ヤンガス「くそ、この色欲魔! そして錬金バカ! あああっ、錬金なんて大嫌いでがす!」

 

 

 それから暫くの時が流れた。

 

~トロデーン城、エイトの自室~

 

エイト「で、出来た……」

 

ククール「さすがに、きつかったなあ」

 

ヤンガス「メタルキング何匹狩ったか分かんねえでげす」

 

ククール「なあエイト、装備してみろよ」

 

エイト「うん」ゴクリ

 

 エイトはメタルキングの槍改をそうびした!

 

エイト「す、凄いよこれ。攻撃力は前の比じゃないし、はやぶさの剣改を組み込んだから二回攻撃できる。ついでに体力回復の効果まで付けられた!」

 

ククール「もはや超兵器だな。この平和なご時世になんてもん作っちまったんだ」

 

エイト「錬金釜をさらに改造する必要さえあったんだから、苦労が報われた気分だよ」

 

ヤンガス「スライムの冠が三つも必要とか正気の沙汰じゃなかったでがすな。それで兄貴、作った槍は国宝にでもするんでがすか」

 

エイト「そうだねえ。そもそも武器がいらないわけだし。でも折角だから竜の試練で試し切りさせてもらおうかな」

 

ヤンガス「試練だけに、でがすか」

 

エイト「そうそう」

 

ククール「竜神王も災難だな」

 

エイト「よーし。思い立ったが吉日だ。具合を確かめてから、もっと改良していくことにするよ!」

 

 エイトが喜色満面、握りこぶしを突き上げたその瞬間、扉の前に立っていたトロデと目があった。

 トロデは憤怒の形相をしながら穏やかにエイトを睨んでいた。

 

エイト「ひいっ」

 

ヤンガス「おっさんいつの間に!」

 

トロデ「なあエイトよ。何日も公務をほったらかしてどうしたというのだ。ん?」

 

エイト「えっと、これはですね、その」

 

 エイトが口ごもっている内に、扉を開けてミーティアも部屋に入ってきた。

 普段から穏和なミーティアさえも明らかな怒気を滲ませている。

 

ミーティア「エイト……いったい何ですか。その槍は」ゴゴゴ

 

エイト「げっ、み、ミーティア」

 

ミーティア「まさか錬金にかまけて城を留守にしていたなんてこと、ないですよねぇ?」

 

エイト「あの、話せば長くなるんですが……」

 

トロデ「たわけがっ!!」クワッ

 

 トロデは 身も凍るおぞましいおたけびをあげた!

 

 エイトは ショックを受けた!

 

エイト「ひいぃ!」

 

トロデ「お前にはまだ王としての自覚が無いようじゃな。連日連夜、公務尽くしの刑に処してくれるわ。覚悟せい!」

 

ミーティア「それと錬金釜は没収いたしますわね。神鳥の杖があった部屋に、エイトが入れないよう術式を書き換えて封印します」

 

エイト「や、やめて下さい! それだけは、それだけは」

 

トロデ「ええい、往生際が悪い! さっさと来んかい!」

 

 エイトはトロデと近衛兵たちに引きずられて行った。

 ククールとヤンガスに謝罪し、他の兵士に錬金釜を運び出すよう指示をしてから、ミーティアも部屋をあとにした。

 そして張り裂けんばかりの慟哭と、それを叩きのめす一喝がトロデーン城に響き渡った。

 

「嫌だあ! 錬金釜は僕のパートナーなんだあああ!」

 

「貴方のパートナーは私ですっ!!」

 

 

ククール「……いやあ、怖かったな、ミーティア王妃」

 

ヤンガス「怒髪天を突いてたでがすね。あんなのはゲルダでも見たことねえや」

 

ククール「しかし良かったな。俺たちはお咎め無しでよ」

 

ヤンガス「巻き込まれた上に叱られたら堪ったもんじゃないでがす」

 

ククール「ま、俺は麗しいメイドさん達を口説けるからいいがね。エイトの奴もこってり絞られるようだし、結果オーライさ」

 

ヤンガス「まったくでげす…………」

 

ヤンガス「このまま末代まで、錬金釜は封印して欲しいでがすな」

 

 

おしまい




前回のミスコンの話でもそうでしたが、ドラクエ8の主人公が錬金狂いになっています。
原作では仲間からも寄り道大好き人間として知られているようですので、それなら探求心から錬金にもハマってるだろうなと勝手に思って書いた次第です。

しかし錬金釜って一種の詐欺ですよね。
プレイした当時、子供だった私はまんまと引っかかりキングアックスを作るという暴挙を行いました。もちろんメタルウィングもちゃんと作り、新品のまま道具ぶくろの中で埃を被っております。


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チャゴスを追え!

できるだけ豪華な面子を集めました。


~ベルガラック~

 

チャゴス「くっそ~。今日もカジノで負けてしまった。また小遣いをせびらなければ」

 

チャゴス「まあムフフな隠し事をしている大臣を脅せばいいか。簡単簡単」

 

子ども1「あ、チャゴス王子だ」

 

子ども2「ほんとだー」

 

チャゴス「ん?なんだ、庶民のガキか」

 

子ども2「やーい、ダメ王子ー」

 

チャゴス「な、なんだと!?」

 

子ども1「ヘボ王子~」

 

チャゴス「庶民の分際でなんだその態度は! 極刑に処すぞ!」

 

子ども1「うちの父ちゃんと母ちゃんも言ってるもん」

 

子ども2「うちも。チャゴス王子は下町のダメ親父みたいだって」

 

チャゴス「僕はそんな風に言われていたのか!? ますます許せん!」

 

子ども1「お姫様にも逃げられたんでしょ。恥ずかしくないの?」

 

チャゴス「それを言うなあああ!」

 

子ども1「怒ったって怖くないもんね~」

 

子ども2「実際、僕らのほうが強いでしょ」

 

チャゴス「馬鹿にするなよ、ガキ共が!」

 

 チャゴスが おそいかかってきた!

 

子ども1「わあい、ダメ親父をやっつけるぞ」

 

子ども2「ニフラム! ニフラム!」

 

 子ども2は ニフラムを 唱えた!

 

 チャゴスを 光のなかに 消し去った! 

 

子ども1「すっげー! お前本当に呪文使えたんだなあ」

 

子ども2「あ、あれ?チャゴス王子は?」

 

子ども1「何言ってんだよ。お前が消したんじゃん」

 

子ども2「そんな……適当に唱えただけだったのに」

 

子ども1「ふーん。で、王子は戻せんの?」

 

子ども2「……」

 

子ども1「………………やっべぇ」

 

 

 

 

~サザンビーク城~

 

クラビウス「よくぞ来て下さいましたな。エイト王」

 

エイト「いえいえ、お困りとのことでしたので。それと公務の場ではないので普段通りの言葉遣いでけっこうですよ」

 

クラビウス「そうか。助かる」

 

エイト「それで、内密に僕個人をお呼びになった理由をお聞かせ願えますか」

 

クラビウス「うむ。そなたにしか頼めないことがあるのだ。暗黒神を倒した勇者にしか、な」

 

エイト「一体どのような……」ゴクリ

 

クラビウス「チャゴスがな……消えてしまったのだ」

 

エイト「消えた、と申されますと、まさかお亡くなりになってしまったということですか!?」

 

クラビウス「いいや違う。もしそうなら、蘇生呪文を使い我々でなんとか出来ただろう。しかし今回のことはそのような生易しい話ではないのだ」

 

 クラビウスは一冊の本を広げて見せた。

 

クラビウス「ここに書いてある、ニフラムという呪文を知っておるか」

 

エイト「いいえ、初耳です。僕の旅の仲間達も使えなかったと存じます」

 

クラビウス「そうか……この呪文の概要を読んではくれまいか」

 

エイト「はい。ええと『これは悪霊払いならびに破邪の呪文である。邪悪で下等な心を持った魔物に有用で、特にアンデッド系に効果がある。呪文が成功したら、敵は光に飲まれてこの世から消え去る』と」

 

エイト「……まさかとは思いますが、チャゴス王子は」

 

クラビウス「そうだ。ニフラムで跡形もなく消え去ってしまったのだ」

 

エイト(うわあ、きっつ)

 

クラビウス「先日、また城を抜け出してベルガラックに行っていたらしくてな。そこの子ども達が遊びでチャゴスに唱えたところ、本当に消えてしまったというわけだ」

 

エイト「その子ども達は今どうしているんですか」

 

クラビウス「ひとまず、決して一般に口外せぬよう、この城に招いてある。有り体に言って監禁状態だ。仮にこのままチャゴスが還らねば、法に則り極刑を下す他あるまい」

 

エイト「ううん。しかしニフラムという呪文でさえ聞いたことが無いのに……」

 

クラビウス「我々も手を尽くして調べたが、ニフラムで消えた人間を元に戻す方法は分からなんだ。無茶なのは百も承知だ。しかし、世界を隅々まで巡ったそなたならば何か可能性があるのではないか」

 

クラビウス「どうかこの通りだ! チャゴスを救ってやってくれ!」

 

 クラビウスは勢いよく頭を下げた。さすがに一国の王にそこまでさせて、断れるエイトではない。

 

エイト「……分かりました。出来る限りのことをやりましょう」

 

クラビウス「おお、流石は救世主だ! ありがとう、ありがとう」

 

エイト(チャゴスはどうでもいいけど、子どもが可哀想だもんなあ)

 

 

 

 

~リーザス村、アルバート邸~

 

エイト「というわけで何か知らない?」

 

ゼシカ「そうは言ってもねえ。ニフラムの存在なら私も知ってはいたけど、それで消えた人間なんて聞いたことすらないわよ」

 

 偶然居合わせたククールが紅茶を飲みながら言う。

 

ククール「身体も綺麗さっぱり消えちまったんだろ?」

 

エイト「うん。そうらしい」

 

ククール「ならザオリクだろうが世界樹の葉だろうが無理だろうな」

 

ゼシカ「実体がないなら手の打ちようがないわね」

 

エイト「やっぱそうだよねぇ」

 

ゼシカ「というか、ニフラムが効くって何気に凄いわよね。どんだけ心汚れてるのよ」

 

ククール「ゾンビキラーで攻撃したら効果抜群だったかもな」

 

エイト「ねえ、気持ちは分かるけどそんなこと言わずにさ、真面目に頼むよ。これでも子ども二人の命がかかってるんだ」

 

ゼシカ「あなたも結構ひどいこと言ってるわよ」

 

ククール「しかし難儀だな。書物にも手掛かり無しか。いっそのこと、竜神王にでも頼んでみるのはどうだい」

 

ゼシカ「あ、それ良いわね。現実では考えられないようなご褒美くれたし、それくらいの願いパパっと叶えてくれそう」

 

エイト「簡単に言うなあ。うん、でもそれしか無いか。行ってみるよ」

 

 

 

 

~天の祭壇~

 

竜神王「久しいなエイトよ。仲間たちは一緒ではないのか」

 

エイト「ええ。今回は竜の試練ではなくて、ちょっとお願いがありまして」

 

 エイトは事の経緯を説明した。

 

竜神王「なんと、よもやニフラムで人が消えるとは」

 

エイト「竜神王様でも驚くことですか」

 

竜神王「うむ。長い年月を生きてきたが、初めて耳にした。恐ろしいことだ」

 

エイト「どうかチャゴスを戻してやれませんか」

 

竜神王「難しいだろうな」

 

エイト「そんな……」

 

竜神王「私の力であれば、肉体の蘇生なら可能だ。しかしニフラムという呪文の特性上、魂までもが消えてしまっているのだ。これを現世に呼び戻す方法は知らぬ」

 

エイト「体なら直せるんですか」

 

竜神王「ああ。だがそれも相手の姿形を知らねばならない。チャゴスとやらの肖像画でもあれば出来るぞ」

 

エイト「肖像画ですか」

 

 エイトはサザンビーク城に飾ってあったチャゴスの絵を思い出した。

 眉目秀麗なあれをチャゴスと言うには無理があるだろう。

 

エイト「無い……ですねぇ」

 

竜神王「それならば残念ながら望みは無いに等しい。魂と肉体との結び付きは非常に重要なものだ。もしチャゴスの魂を連れてきても、器が違えば入ってはくれないだろう」

 

エイト「万事休す、か」

 

エイト「……いや、待てよ。僕は知ってます! 人でも物でも、あらゆる記憶を現世に写し出せる人物を!」

 

エイト「僕たちは旅の途中、その人に二度も助けてもらったんです」

 

竜神王「ふむ。奇遇だな。私も一人だけ心当たりがある人物を思い出したぞ」

 

エイト「え?もしかして」

 

竜神王「恐らく私とそなたが考えている人物は同じであろう。月の住人、イシュマウリ。私の旧知の友だ」

 

エイト「友達だったんですか!? じゃあ会う方法も知っているんですよね」

 

竜神王「無論だ。少し下がっていなさい」

 

 竜神王が杖をかざした瞬間、とっぷりと日が暮れたような闇が訪れた。

 続いて杖から光が放たれ、月のような光の珠があらわれた。淡い輝きは祭壇の門を照らし、色濃い影を作った。

 竜神王が地面を軽く踏み鳴らすと岩の壁がせり上がり、門から伸びてくる影をくっきりと一面に映し出す。やがて影は光を帯びて、その姿を一つの窓へと変えた。

 黄金の窓枠が艶めき、薄絹のカーテンは風もないのにはためいている。

 

エイト「すっげぇ……」

 

竜神王「どうした。早く来ないと置いていくぞ」

 

エイト「あ、は、はい」

 

 竜神王のあとに続き、動揺しながらエイトも窓を開けてその中へと入って行った。

 

 

 

 

~月の世界~

 

イシュマウリ「おや、これはまた珍しいお客だね」

 

竜神王「久しぶりだな。イシュマウリ」

 

エイト「こんにちは。ああいや、こんばんは?」

 

イシュマウリ「やあ竜神の王よ。何年ぶりだろうね。十か、百か。そちらの客人は三度目の来訪になるね。月影の窓が人の子の願いを叶えるのは生涯で一度きり。その機会が幾度も訪れるのは、本当に珍しい」

 

竜神王「月影のハープは現在のようだな」

 

イシュマウリ「しばらく手放していたのだけどね。そこの客人が以前、持ってきてくれたのさ」

 

エイト(背が高くて美形で長髪。耳まで長い。似てるなあ、この二人)

 

イシュマウリ「さて、今回も私に用があるのは人間の客人のようだ。話してごらん」

 

エイト「はい。実はかくかくしかじかで」

 

 エイトは これまでのことを話した。

 

イシュマウリ「なるほど。竜神王にチャゴスという人物の正しい姿を見せるために、私の力が必要だと言うのだね」

 

エイト「ええ」

 

イシュマウリ「それなら容易いことだ。しかし目的は彼を生き返らせること。肉体の蘇生だけでは足りないのではないかい」

 

竜神王「その通りだ。魂を呼び戻さねば意味がない」

 

竜神王「復活させるための、何か心当たりはないか、イシュマウリ」

 

イシュマウリ「そうだね。魂の導き手であれば適任がいる。二人ともよく知っているのではないかな」

 

エイト「ええっ、誰だろう」

 

竜神王「……」

 

エイト「魂の……たましい……」

 

エイト「神鳥のたましい……あっ、レティス! レティスですか!?」

 

イシュマウリ「そう。神の鳥は、肉体を持たずとも自らの魂を現世に残すことが出来る。彼女ならば、私と協力すれば光の彼方に消えた魂を手繰り寄せることも可能だと思うよ」

 

竜神王「なるほど。光明が見えてきたな」

 

イシュマウリ「月と星の位相をずらし、神鳥にここまで来るよう伝えておこう。私たちがチャゴスの幻影を見て戻ってくる頃には、彼女もやって来るだろう」

 

エイト「なんだか大事になってきたぞ」

 

 

 

 

 エイトたちはサザンビーク城に残る記憶からチャゴスの姿を確認し、また天の祭壇に戻ってきた。

 

~天の祭壇~

 

イシュマウリ「美しい城だったね」

 

竜神王「しかしチャゴスというのは肖像画と実際の姿がだいぶ違っていたな。もしも絵の方の肉体を作っていたなら、間違いなく魂が拒絶反応を起こしていたぞ」

 

エイト「でも後はこれで、レティスが来るのを待つばかりですね」

 

イシュマウリ「おや、そう言っている間に到着したようだよ」

 

 イシュマウリが振り向いた虚空に亀裂が走った。卵の殻のヒビのような亀裂が薄く長く、広がってゆく。

 そして次元の裂け目から甲高い嘶きと共に、青白い光を放つ神鳥レティスがあらわれた。レティスは天の祭壇の周りをぐるりと一周し、力強い羽ばたきでゆっくりと門の上に降り立った。

 

レティス「星座の導きに従い、やって参りました。おや、エイト。お久しぶりですね」

 

エイト「レティス! 本当に来てくれたんですね!」

 

レティス「ええ。何やら月の世界の人から呼び出されまして。もしや貴方が関わっていることなのですか」

 

 エイトは辛抱強く、再三の説明をした。

 

レティス「なるほど、そんなことが。ニフラムは私がラーミアと呼ばれていた世界にもありましたが、人間に効果があるとは思いもよりませんでした」

 

エイト「やっぱり何処でもそうなんですねえ」

 

レティス「それで……そちらは現代の竜神王ですね」

 

竜神王「ああ、そなたの噂はかねてより聞いている。暗黒神と闘った大いなる神鳥よ」

 

レティス「いいえ。私の力は微々たるものです。ラプソーンを討ち果たすことができたのは、人間の信念──仲間を信じる力があったからこそです」

 

竜神王「信じる力、か。ほとほと我ら竜神族は傲慢だったのかもしれぬな。かつて地上を支配し、他を省みることをしなかった。故に大戦にもやぶれてしまったのだろう」

 

レティス「そんなことは……」

 

竜神王「私の先代は大戦当時にレティスが共闘してくれなかったと憎んでいた。私も若い頃はそなたを逆恨みすることもあったが、今ではそなたと人間を頼らなかった竜神の不徳を悔やむばかりだ」

 

レティス「いえ、私もあなた方を助けられなかったこと、未だに辛く思っています。亡くなられた竜の同胞にはご冥福をお祈りします」

 

竜神王「おお、レティスよ……」

 

エイト「なんか凄い話を聞いてる気がする」

 

イシュマウリ「ふふ、得てして運命とは奇妙だね。一人の頼み事から、このような出会いが生まれることもある」

 

レティス「頼み事……そうでした。すみませんエイト。あなたのご親族を蘇らせることが優先でしたね」

 

竜神王「つい熱くなってしまったな」

 

エイト「いえ、いえ。チャゴスなんかにお構い無く」

 

イシュマウリ「仮にも肉親だ。そういうことを言ってはいけないよ」

 

エイト「すみません」

 

イシュマウリ「気持ちは分かるけれどね」

 

エイト「あはは……」

 

竜神王「では、そろそろ始めようか。まずはチャゴスの体を復活させるとしよう」

 

 竜神王が左腕に禍々しい魔力を纏う。

 その魔力が徐々に漏れだし、地面に人の影を形作っていく。

 しばらくして、竜神王の手から離れた人影は色を持ち始め、やがてチャゴスの体が完成した。羽根つきの帽子や、樽のような体型までしっかり再現されている。

 

レティス「流石ですね、竜神王」

 

エイト「寸分違わずチャゴスだ」

 

イシュマウリ「器の問題はないようだね。それでは、次は魂を入れる番だ。よろしく頼むよ。神鳥レティス」

 

レティス「ええ、初めての試みですが、月の人の力添えがあれば何とかなりましょう」

 

 今度はイシュマウリとレティスが前に出る。

 イシュマウリが月影のハープを奏でると、その音色に合わせてチャゴスの体が仄かに光始めた。

 

イシュマウリ「たとえ作りたての肉体であっても、その者の生きてきた記憶は宿っているはず。それを呼び起こしながら、魂を復活させよう」

 

 レティスが深く祈りを込めることにより一層強く、チャゴスの体が光輝く。その姿はドルマゲスの呪いから解ける際のトロデ王を彷彿とさせるものだ。エイトは心のなかで「おっさんが光ってるでがす」と叫んでみた。

 

 次第に光は眩いほどになり、そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チャゴス「ぬっ」

 

エイト「あ、起きた」

 

レティス「成功ですかね」

 

竜神王「いや、まだ分からん。記憶に食い違いがあるかもしれんぞ」

 

エイト「確かに。ねえチャゴス、意識はハッキリしてるかい」

 

チャゴス「むむむ。お前は、エイトか? なぜお前が僕の側にいるのだ。それよりもここはどこだ。僕は確かベルガラックにいたはずだが」

 

エイト「どうやら、大丈夫みたいです」

 

レティス「良かった。久々の大仕事だったので心配でした」

 

竜神王「身体の重心や骨の密度まで再現するのには苦労したがな」

 

イシュマウリ「これも星の巡り合わせ。面白い体験ができたよ」

 

チャゴス「んん?誰だ貴様ら、頭が高いぞ」

 

エイト「ちょ、ちょっとチャゴス。この方々は君を助けてくれたんだよ。それに王族よりずっと偉いし、罰当たりなこと言っちゃダメだって」

 

チャゴス「がははっ、法皇でもあるまいし、王族より偉い奴などいるはずないだろう。一人、というか一羽など只のデカイ鳥ではないか」

 

エイト「チャゴスってば!」

 

イシュマウリ「おやおや」

 

レティス「これはまた随分と筆舌にしがたい人間を蘇らせてしまいましたね」

 

チャゴス「おい貴様ら。僕を助けたか何だか知らないが、褒美などはせがむなよ。僕はカジノで負けてちょっと金欠なのだ」

 

エイト「お礼くらい言いなよ……僕の肩身が狭いんだよう」

 

イシュマウリ「私は構わないよ」

 

レティス「そうですね。世界を救ってくれたエイトの力になれたので何よりです」

 

竜神王「私も竜神族を救ってもらった恩が未だにあるからな。礼は要らぬ」

 

エイト(神様たちの懐が広すぎる)

 

チャゴス「ええい、結局ここはどこなんだ。僕はもうサザンビークに帰りたいぞ」

 

竜神王「良かろう。私が二人を竜神族の里まで送ってやろう。そこからはエイトのルーラで帰れるな」

 

エイト「はい。本当にお世話になりました。ほらチャゴスも頭下げて」

 

チャゴス「なにっ、僕は世話になった記憶などないぞ! おいやめろ、頭を押さえるな!」

 

 

 

 

~サザンビーク城~

 

クラビウス「おおチャゴスよ、戻ったか!」

 

チャゴス「父上、少し痩せましたか?」

 

クラビウス「うむ。お前のことが心配でな」

 

チャゴス「???」

 

クラビウス「何はともあれ、良くぞやってくれたな、エイト。さぞ困難な道のりであっただろうに。お前ほどの者にはこれから先も巡り会わぬだろう」

 

エイト「いえ、当然のことをしたまでですよ」

 

エイト(本当だよ。神様や異世界の人の力を結集して練り上げた奇跡がこれだよ)

 

チャゴス「なぜ父上がこんなやつを誉めるのですか!?」

 

エイト(なんて残念な奇跡だ)

 

エイト「クラビウス王。これで例の子ども達はお許しいただけますよね」

 

クラビウス「もちろんだとも」

 

チャゴス「子ども? あっ、そういえばベルガラックに失礼なガキがいたな! 父上、あの町には王族を馬鹿にする庶民がいますよ。今すぐに処刑しましょう!」

 

エイト「えぇ……」

 

クラビウス「まあまあ。チャゴスはまだ状況が飲み込めず混乱しているのだろう。詳しい話はまた後にして、今日はゆっくり休みなさい」

 

クラビウス「おい、そこの者」

 

待女「はい。クラビウス王」

 

クラビウス「チャゴスを部屋に連れて行き休ませてやってくれ」

 

待女「かしこまりました。それでは王子、行きましょうか」

 

チャゴス「ううむ……しかしガキ共が」

 

クラビウス「エイトには礼を尽くさねばならんな。トロデーンとの国交もより親密に発展させていこう。それから──」

 

チャゴス(くそう。なぜ奴が誉められているのだ。全てに納得がいかん。モヤモヤするぞ。何かでストレスを発散したい)

 

 悶々とするチャゴスは、スカート越しでも丸い線が分かる若々しい待女の尻に目をつけた。

 

チャゴス「おお、これはこれは」

 

 そしてチャゴスは突然、前を歩く待女の尻を鷲掴みにした。

 

待女「きゃ!? ち、チャゴス王子! 何をなさるのですか!」

 

チャゴス「やかましい! お前は世話係なのだから、大人しく尻でも乳でも揉ませればいいのだ」

 

 抵抗する待女に声を荒げ、チャゴスはさらに尻を揉みしだいた。ついでに胸にも手を伸ばす。

 凶行を止めようとクラビウスとエイトが駆けつける間も、チャゴスのいやらしい手つきは止まらない。

 

エイト「チャゴス、何やってるんだよ!」

 

チャゴス「ぐへへ。お前新入りか? なかなか良い尻をしているなあ」

 

待女「あ、やめっ、……やめてください!」

 

チャゴス「にょほほほ」

 

待女「やめろって、言ってんでしょうがあ!」

 

チャゴス「なんだ! 貴様も王族に向かってそのような態度をとるか!」

 

待女「うるさい、あっち行け変態! バシルーラ! バシルーラァァァ!」

 

 待女は バシルーラを となえた!

 

 チャゴスを はるか かなたへ はねとばした!

 

 

 

エイト「…………あっ」

 

クラビウス「チャゴスが、また消えてしまった……」

 

 

 

 

 こうして、何処へ消えたとも知れぬチャゴスを追う旅がまた始まったのであった。

 

 

 

 

おしまい




チャゴスにはニフラムが効く(確信)。


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ダービークエスト

ちょっと長いです。

『注意』本作は競馬を題材に扱っていますが、演出のために現実の競馬とは多少の違いがある描写があります。読者諸賢の中に競馬ファンの方がいらしたら申し訳ありませんが、違和感を感じさせてしまうかもしれません。何卒、ご了承ください。


 暗黒神ラプソーンが討ち果たされてから早数年。世界は平和となり──────。

 

 

 

 競馬に熱狂していた。

 

 

 

 

 

 平和が長続きすれば、人は退屈を覚える。それが引き金となり、つまらない犯罪に手を染めさせることもある。少なからず刺激を求めてしまうのは、人間として仕方のないことだ。

 そんな退屈の受け皿となったのが、競馬であった。

 トロデーンが国営の競馬場を開設して以来、サザンビークやアスカンタなどでも続々と競馬場が建てられ、連日客で賑わっている。経済は活発化。農耕馬や荷馬なども充実し、今や馬こそが人の世を支える縁の下の力持ちであると言える。

 

 そうした近年の馬ブームを受けてこの度、初の世界大会が行われることとなった。

 各国からの代表はもちろんのこと、一般からの参加も自由となっている。世界中の名馬が集まるだけでなく、どんなダークホースが来るかも分からない未明の大舞台に、人々は強く期待を寄せている。

 レースの遥か前から着順予想が何度も塗り替えられ、非公式の馬券が売られるほどの盛り上がりだ。

 

 しかし、そんな世界大会を目前にして、主催国のトロデーンには暗雲が立ち込めていた…………。

 

 

 

 

~トロデーン城、会議室~

 

 それは、大会を控えた馬の様子をエイトが視察しに行った直後のことだった。競馬場から戻ってきたエイトは血相を変えて緊急会議を開いたのである。

 

エイト「皆、今回は急な呼び出しに応じてくれてありがとう」

 

大臣「ううむ、それはいいのですが」

 

ミーティア「大丈夫ですか、エイト。調子が悪そうですよ」

 

トロデ「おしまいじゃあ……我がトロデーンはおしまいなんじゃ……」

 

ミーティア「お父様まで」

 

 エイトだけでなく、トロデも顔面を蒼白にしてうわ言を呟いている。

 陰鬱な空気を放って俯いていたエイトはのっそりと顔を上げた。その表情にはラプソーンの復活を目の当たりにした時よりも固い緊張が浮かんでいる。

 

エイト「今度の競馬の世界大会についてのことなんだ」

 

 拳を握りしめ、気持ちを押さえつけるように一呼吸の間を開けてから、エイトは告げた。

 

エイト「トロデーンデラックスが、肺出血を起こしました」

 

 会議室にどよめきが走る。大臣が「そんな馬鹿な」と頭を抱え、トロデ王などはダムが決壊したように滂沱の涙を流している。

 一人だけ、事情を理解できていないミーティアが恐る恐る手を上げた。

 

ミーティア「あの、どういうことでしょう」

 

エイト「うちの代表馬がレースに出られなくなったってことだよ」

 

 トロデーンデラックスとは体格、スタミナ、脚力など全ての能力において他を圧倒する名馬である。勝率は七割を越え、世界大会での人気も頭一つ分抜きん出ていた。

 それが大会を目前にして、欠場することとなってしまったのだ。

 

トロデ「あびゃびゃびゃびゃ」

 

大臣「……トロデ様はどうされたんですか」

 

 トロデの壊れっぷりに引きながら大臣が聞いた。

 

エイト「視察に行ってた僕に付いて競馬場に来たんだけど、馬券を外しちゃったみたいで」

 

大臣「また賭けに行ってたのかあ……」

 

ミーティア「お父様、あれだけ度を超えた賭け事は止めてくださいと言いましたのに……」

 

大臣「お小遣いを使い果たして兵士やメイドにまで無心したこともありましたな」

 

ミーティア「でも前借りも無心も禁止していたのに、今回はどうしたのですか」

 

エイト「最近入った新兵たちにカンパさせて三万ゴールドかき集めたらしいよ。勝ったら配当を山分けする予定だったんだって」

 

大臣「分かりました。彼らにはキツイお灸を据えておきます」

 

エイト「あはは……まあ結果はご覧通り、その三万ゴールドをトロデーンデラックスに注ぎ込んで惨敗。その上、さっきの大会欠場の話を聞いたらこうなっちゃったんだ」

 

トロデ「はっ、エイトよ、騎手はどこじゃ! 馬の不調にも気付けん阿呆など即刻クビにしてくれるわ!」

 

エイト「落ち着いて下さい。誰も悪くないってことで納得したじゃないですか」

 

トロデ「嫌じゃ嫌じゃ! トロデーンデラックスじゃないと嫌なんじゃ!」

 

 わんわんと泣いて駄々をこねるトロデを無視して、エイトたちは話を進めた。

 

大臣「それで、どうなさるおつもりですか」

 

エイト「ゼシカが馬主の責任をとって、二番目に強い馬を調整してくれるって話になっている。でも、サザンビークやアスカンタの馬も強いから、どうなるかは分からない」

 

 エイトの言葉に皆が呻いた。

 トロデーンデラックスへの期待が大きかった分、落胆の色も濃い。何より、最高のパフォーマンスで栄えある大会に挑めないのは、国の威信にすら関わることだった。

 

 会議室が一段と重苦しい空気に包まれる。

 

ミーティア「エイト……」

 

 そのなかで一際、心労を抱えているだろうエイトをミーティアは心配そうに見つめた。

 エイトは近衛兵隊長だった実力を買われ、また国の象徴として、本番の騎手を勤めることになっている。そんな彼が担っている重圧は押して知るべしである。

 旅でもあまり見せたことのない憂鬱そうなエイトの表情に、ミーティアはただただ、自分の無力を呪うばかりだった。

 

 そして希望を見出だせぬまま時間だけが過ぎていき、ついに世界大会の幕が開けた。

 

 

 

 

~トロデーン国営競馬場~

 

 大会当日は好天に恵まれた。青空は高く澄んで、会場の地面も程よく締まっている。

 だというのに、トロデーンの陣営は歓声を上げる周囲と比べて温度差があり、見えない雨雲が覆い被さっているようであった。

 

エイト「ついに来ちゃったなあ、この日が」

 

 開会式を終え、前座となるパレードが行われている中、エイトは馬の様子を見ようと厩舎まで足を運んでいた。

 

ヤンガス「おや、兄貴。こんなところでどうしやした」

 

 すると馬を連れたヤンガスが通りかかった。 

 旅の仲間との久しぶりの再開を喜ぼうとしたエイトだったが、ヤンガス側にいる馬を見て唖然とした。

 

エイト「うわあ、ヤンガス、その馬凄いね」

 

 白く艶やかな毛並みと、皮膚越しでも分かる引き締まったしなやかな筋肉の束。佇まいは落ち着いており、知性に溢れた瞳の奥には荒々しい闘志が見て取れる。

 エイトたちの本命だったトロデーンデラックスにも劣らない稀代の名馬がそこにいた。

 

ヤンガス「ああ、こいつでがすか。この大会のためにゲルダが捕まえて来たんでがすよ。森に棲んでいて、手の付けられない暴れ馬だって噂になってたんでげすが、ゲルダが手懐けちまいまして」

 

 エイトは参加選手の名簿を思い出した。確かに騎手の中にゲルダの名前があった。

 しかし、こんな素晴らしい馬を持ってくるとは予想外である。

 

ヤンガス「名前はファルシオンっていうんでがす。ゲルダにしちゃあ、なかなか洒落た名前でがしょう」

 

エイト「うん、本当に強そうだ……勝てるかなあ」

 

 エイトの弱気な発言の理由を知らないようで、ヤンガスは「げすげすげす」と大いに笑った。

 

ヤンガス「何言ってんです。兄貴なら優勝間違いなしでがすよ。こんなことゲルダに知られたら大目玉だけど、あっしは兄貴の方を応援してますからね」

 

エイト「あはは、ありがとう」

 

 エイトとヤンガスが話していると、そこにもう一人の人物が馬を引き連れて現れた。

 

チャゴス「がはははっ、な~にが優勝だ」

 

 高笑いをしてやって来たのは、ササンビーク国王子のチャゴスだった。

 

ヤンガス「げっ、チャゴス……王子」

 

チャゴス「げっ、とは何だ!まったく相も変わらず失礼な平民だな。まあいい。今日の僕は気分がいいのだ。なにせ貴様らに吠え面をかかせてやれるのだからなあ」

 

ヤンガス「なにおう! その言葉、そっくりそのままお返しするでがす!」

 

チャゴス「ふんっ、お前らがいくら頑張ったところで、このチャゴス・スペシャルには勝てんぞ」

 

 チャゴスは自慢するように、従者に連れさせていた馬に触れようとする。

 そして避けられた。チャゴスが一歩寄ると、たっぷり二歩は遠ざかる。手綱を握ろうとするも首を振ってひょいひょい避けられる。

 チャゴスは明らかに馬に嫌われていた。

 

チャゴス「くそ、何なんだこの駄馬め!」

 

 地団駄を踏むチャゴスを従者が宥める。

 

従者「王子、やはり騎手は他の者に任せませんか。もし王子の身に何かあれば……」

 

チャゴス「うるさいっ、僕が乗るんだ! お前は余計な口出しをせずに馬を連れてこい」

 

 どうやら、チャゴスが騎手として参戦するようである。それを知っていたエイトはただただ苦笑して、呆れたヤンガスは冷めた視線をチャゴスに向けた。

 

ヤンガス「ああー……これはまあ、予想の範疇でがすな。ともかくライバルが一人減りやしたね、兄貴」

 

エイト「そうだねえ」

 

チャゴス「貴様ら僕を馬鹿にするのか! ええい、もう許さないぞ!」

 

ヤンガス「へえ。どう許さないんでがすかねえ」

 

チャゴス「こうしてくれる!」

 

 沸点の低い怒りでもって、チャゴスが馬用の鞭を振り上げた。

 その時だった。

 

馬「ヒヒィーーーン」

 

 どこからともなく現れた白馬が嘶き、チャゴスとエイトたちの間に割って入った。驚いたチャゴスが尻餅をつく。

 

 馬はチャゴスを一瞥してから、エイトの方に首を向けた。隣のファルシオンにも負けていない綺麗な毛艶の白馬は、優しい瞳でエイトを見つめる。

 

ヤンガス「あれ? この馬、どっかで見た覚えがあるでがすな」

 

エイト「……ま、まさか」

 

 エイトの呟きに応じるように、白馬は鼻頭をエイトに擦り寄せた。

 

ミーティア『エイト、エイト、聞こえますか』

 

 するとエイトの脳内に直接、ミーティアの声が響いた。

 

エイト『や、やっぱりミーティアだったんだ。どうしたんだい、その姿は。まさかまた呪いが……』

 

 白馬のミーティアが長い首を横に振る。

 

ミーティア『いいえ。私が自ら望んで竜神王様に姿を変えてもらったのです』

 

エイト『そんな、なんで……君はあんなにも呪いで苦しんでいたのに』

 

ミーティア『エイトを助けたかったの。旅の間も私は無力で、あなたに苦労ばかりかけていました。けれど、今なら力になれます』

 

 よく見れば、ミーティアの体格は旅の頃のものとは段違いであった。ドルマゲスの呪いにかけられていた時は馬車引きなどに適していたはずだが、今は理想的な競走馬の姿となっている。

 

ミーティア『ねえエイト。旅をしていたとき、私が夢の中で言ったことを覚えている?』

 

エイト『え、なんだったっけ』

 

ミーティア『もし、このまま呪いが解けなかったらという話よ。ラプソーンを倒しても私が馬のままだった時は、貴方を私の背中に乗せて、貴方の行きたい場所へどこまでも連れていってあげると』

 

エイト『うん、うん。そうだったね。そんな約束をしたね』

 

ミーティア『呪いは解けてしまったけれど、私は貴方と苦労を共にし、どこまでも歩んでいくと誓ったわ。だから今こそ、その誓いを果たす時だと思ったの』

 

エイト『ミーティア……そこまでして僕を……』

 

ミーティア『当たり前じゃない。だってミーティアは、エイト、貴方の伴侶だもの』

 

 ミーティアは口調を軽くして、優しく心で告げた。

 

ミーティア『さあエイト。今日は私に乗って。そしてどうか、二人で勝ちましょう』

 

 エイトとミーティアが脳内で会話をしている最中、置いてけぼりのヤンガスは頭をかしげながら言った。

 

ヤンガス「兄貴、どうしたんでがすか。この馬を見つめて急に黙りしちゃって」

 

エイト「ああ、いや、何でもないよ」

 

チャゴス「おい! 思い出したぞ! こいつお前たちが旅の時に連れていた馬にそっくりじゃないか!」

 

ヤンガス「え? ううん、確かに言われてみれば雰囲気も見た目も馬姫様にそっくりでがすが、背格好が違うでがすよ」

 

チャゴス「いいや、こいつはあの時の馬だね! やい貴様、王家の山ではよくもこの僕を振り落としてくれたな! 今度こそ馬肉に変えてやるぞ」

 

従者「お、王子……どうかお気を沈めてください」

 

 恨みを根に持っているチャゴスは従者の言うことも聞かず、鞭をしならせる。

 しかし今度は、エイトがチャゴスの前に立った。

 

エイト「乱暴は止して欲しいな、チャゴス。この馬は僕の相棒なんだ。つまりトロデーンの代表馬だ。それに酷いことをしたら、国際問題になるよ」

 

 エイトが毅然として言うと、チャゴスは舌打ちをして鞭を引っ込めた。

 

チャゴス「ちっ、まあ今のうちにせいぜい調子に乗っておくんだな。レースでは貴様らなんぞ足元にも及ばない速さでゴールしてやる」

 

 そう捨て台詞を吐いて、自分の馬を厩舎に引っ張って行こうとする。もちろん避けられて、チャゴスはぷんすか怒りながら向こうへ行った。

 

ヤンガス「……何年経っても、どうしようもない奴でがすねえ」

 

エイト「まあ、チャゴスだからね」

 

 エイトはヤンガスと揃って苦笑してから、握手を交わした。

 

エイト「ゲルダさんに伝えておいて。お互いに頑張ろうって」

 

ヤンガス「がってんでがす。ゲルダの奴はあたしが勝つ、としか言わないでしょうけどね」

 

 そんな二人の横で、ミーティアはファルシオンと視線を交錯させる。

 ミーティアは『絶対に負けません』という意思を込めて。

 ファルシオンは何を考えているのか、涼しげな瞳をして。

 二頭は、ライバルの存在を強く認識した。

 

 

 

 

司会「レディース・アーンド・ジェントルメン! ついにこの日がやって参りました! 世界一の馬が今日、このトロデーン国営競馬場で決まるのです!」

 

 馬の入場を知らせるラッパの演奏が鳴り響き、司会の男が声を張り上げる。

 

司会「レースの解説を勤めますのはバトルロードでお馴染みの私と」

 

トロデ「トロデーンの元国王、トロデじゃ。よろしくな」

 

司会「あれ、トロデ様。おかげんが優れないようですが、どうかされましたか」

 

トロデ「ううむ。実は、我が国の最高の馬が不調でのう。今回のレースが不安で仕方ないのだ」

 

司会「トロデーンデラックスですね。競馬ファンなら誰もが知るあの名馬が欠場とのことです。ご存知の方も多いでしょう。私個人も非常に残念ですが、気を取り直して他の馬たちを応援したいと思います」

 

トロデ「お、競争馬がパドックに入ってくるぞ」

 

 パドック─(レースの前に、馬が客に顔見せをして歩く場所)─に続々と今回のスターである馬たちが入ってくる。その絢爛な顔ぶれに、観客たちは大興奮だ。

 しかしその中の、一頭の馬を見て、トロデは驚きのあまり目を見開いた。

 

トロデ「え? み、みみ、ミーティア……?」

 

司会「ミーティア……ああ、トロデーンデラックスの代わりに出場することになった馬ですね。あれ、おかしいな。名簿では昨日まで違う名前の馬だったはずだけど……」

 

トロデ「ぬうう、貸せい!」

 

 トロデが司会から大会の名簿表を引ったくる。

 

トロデ「なになに。ホワイトミーティア、じゃと……」

 

トロデ(旅でのミーティアの姿とはまた違うが、やはりあれはわしの可愛い娘じゃ。見間違えるはずがない)

 

トロデ「むむむ、エイトのやつめ、どうなっておるんじゃ」

 

司会「あの、トロデ様、次の馬の説明に入りたいので返して下さいませんか」

 

トロデ「おお、すまんすまん」

 

 自分の手元にも同じ冊子があるのを思い出し、トロデは名簿表を司会に返した。

 

司会「さて、二番ゼッケンはサザンビークより、チャゴス・スペシャルです────」

 

 

 

 パドックでゆっくり馬を歩かせている最中に、エイトは後ろから声をかけられた。

 

ゲルダ「やあ、ヤンガスの兄貴分……いや、今は国王陛下って呼ばなきゃ失礼かい」

 

 ファルシオンに乗ったゲルダが軽く手を振ってエイトの横に並んだ。

 

エイト「ゲルダさん。お久しぶりです」

 

ゲルダ「トロデーンデラックスが欠場って聞いてたから楽勝だと思ってたんだけどね」

 

 ゲルダはちらりとミーティアのことを見た。ミーティアは彼女を見つめ返し、一つ会釈をする。

 

ゲルダ「……その馬、あんたらがビーナスの涙と引き換えに私から取り戻した馬だろう」

 

エイト「分かりますか」

 

ゲルダ「気に入ってたんでね、忘れないさ。なぜか背や足の太さがあの時とはずいぶん違うようだけど……まあ、ごちゃごちゃ言っても仕方ないか」

 

 ふっと息を吐いて、ゲルダはミーティアに微笑んだ。女盗賊として恐れられる彼女にしては珍しい、優しげな笑顔だった。

 

ゲルダ「勝つのはあたしとファルシオンだよ。こいつはそこいらの有象無象とは違う、とっておきの馬なんだ。その力、たんと味わうがいいよ」

 

エイト「こちらこそ、負けません。トロデーンと、何より僕たちの誇りにかけて」

 

ゲルダ「世界を救った英雄様にそう言われちゃあ、嫌でも燃えるね」

 

 パドックでの顔見せの時間が終わり、スタート地点への道が開かれる。

 「先に行ってるよ」ゲルダはそう言い残し、馬を駆って行った。

 

ミーティア『……ゲルダさんは、やっぱり優しい方ですね』

 

エイト『うん。正々堂々、頑張ろう』

 

ミーティア『もちろんですわ』

 

 客の歓声を全身に浴びながら、エイトとミーティアも、スタートに向けて蹄を前に進めた。

 

 

 

 

司会「さあ、馬がスタートゲートに入っていきます。このレース、トロデ様はどのように展開すると考えますか」

 

トロデ「初めての世界戦じゃからのう。蓋を開けて見んことには分からんが……あの十二番の馬に要注意じゃな」

 

司会「たしか、ファルシオンですね。無名の馬ですが、ゲート入りも落ち着いていて余裕を感じさせます」

 

トロデ「騎手のゲルダはわしも知っているが相当頭がキレる。どこで勝負を仕掛けてくるか分からんぞ」

 

司会「すでに思わぬダークホースの登場です。おっと、ホワイトミーティアも無事にゲートに入りました。試合経験は無いとのことですが、トロデーンの秘密兵器といったところでしょうか」

 

トロデ「うむ、まあ、そんなところじゃ」

 

トロデ(詳細はわしの方が知りたいわ!)

 

司会「トロデーンの王妃様と同じ名前を冠する馬がどのような走りを見せるか、気になるところです」

 

トロデ「おお、ミーティア。わしは心配で堪らんぞ……」

 

司会「しかし、オークニスからはトナカイが参戦していますね」

 

トロデ「まあ自由と平和が主題の大会じゃからのう」

 

司会「トナカイが走ることは規則でも禁止されていません。皆様、北国からの来訪ですが、温かい目で見守りましょう」

 

トロデ「それよりも、モリーの奴が乗っている馬の方が問題なんじゃが……いや、あれは馬なのか?」

 

司会「どう見てもモンスターのあばれうしどりですね」

 

トロデ「もう何でもありじゃな」

 

司会「二足歩行でどれほど健闘できるのか見物です」

 

 名馬から珍獣まで、あらゆる生き物が練り歩くパドックは異様な光景である。もはや競馬の体を成しているかも怪しい。

 しかし楽しければそれで良いのか、観客はひたすら盛り上がっている。

 

司会「さて、ほとんどの馬が出揃いましたが……おや? 二番ゲートにだけまだ入っていませんね」

 

 ゲートから少し離れた所に、二番ゼッケンを着けた馬がノロノロと歩いていた。その手綱を握り、どうにか動かそうとしているのはチャゴスである。

 明らかに嫌がっている馬を見かねて従者が手伝い、やっとのことでゲートまで辿り着く。

 

司会「これは出走前から不安ですね。チャゴス王子はちゃんとゴールまで走れるのでしょうか」

 

トロデ「もし出来なくても問題あるまい。誰もやつには賭けていないから、見たこともない高倍率を誇っておるわ」

 

 トロデの言葉に、会場中から笑いが起こる。

 

チャゴス「くそっ、くそっ、どいつもこいつも馬鹿にして! 目にもの見せてやる!」

 

司会「ようやく揃いましたね。改めて並んでいるところを見ると錚々(そうそう)たる顔ぶれであると実感します」

 

 

 

 今度は試合開始を告げるファンファーレが吹き鳴らされる。

 緊張の一瞬。

 そして、一斉にゲートが開かれた。

 

司会「さあ、世界大会の幕が切られました。横並びのスタート。果たしてどの馬が制するのか」

 

 華麗なる出走であったが、すぐに観客席からどよめきが上がった。

 

司会「おおっと、何ということでしょう! 二番ゲート、チャゴス・スペシャルがまだスタートしておりません」

 

 チャゴスが乗る馬は、合図を受けたにも関わらず一歩もゲートから出ていなかった。チャゴスが「この、この」と叫んで必死に鞭を打つも、意に介さないどころか足元の草を食べ始めている。

 

チャゴス「貴様、なぜ走らん! ふざけるな、おい、こらっ!」

 

 自棄になったチャゴスが、馬の尻ではなく頭に鞭を振るった。

 それですこぶる機嫌を悪くしたらしく、馬が甲高く鳴いて暴れだす。

 

チャゴス「うわ、何をする! 暴れるな!」

 

 チャゴスを乗せることがどれほどストレスだったのか、馬は狂ったように前へ後ろへと跳ねまくり、チャゴスの丸い体を振り落とす。

 背中から落馬したチャゴスは「げごっ」と蛙が潰れるような悲鳴をあげた。

 

従者「大丈夫。大丈夫だよー」

 

 すぐさまチャゴスの従者が飛び出したかと思うと、彼は両手を広げてゆっくり馬に歩み寄った。

 一瞬にして落ち着いた馬は、従者に手綱を引かれながらチャゴスを振り返ることなく退場していく。

 それから少し遅れて、衛生兵がチャゴスを助けに向かった。

 

司会「ええーっと、開始早々、大変なハプニングが起こってしまいました。チャゴス王子の安否は心配ですが、今はレースに集中しましょう」

 

 汗を拭きながら言う司会に、それもそうだと皆納得してレースの方に向き直った。

 

司会「最初を見逃してしまいましたが……先頭はアスカンタのスイートシセルですね」

 

トロデ「逃げに回っているようじゃの」

 

司会「体力はある馬なのですが、本大会は長距離ですからね。吉と出るか凶と出るか」

 

トロデ「むっ、ゲルダとファルシオンが迫って来たぞ!」

 

司会「中段に控えていたファルシオン、まさかここで躍り出てくるとは予想できませんでした。速い速い! スイートシセルを追い越し、みるみるうちに後続との差を広げます!」

 

トロデ「稀に見る大逃げじゃな。熱いのう」

 

トロデ「それで、ミーティアはいったいどこに……ああ!? 最後尾ではないか!」

 

 第一コーナーを曲がる馬群。先頭をひた走るファルシオンとは真逆で、ミーティアは最後尾にて苦しんでいた。

 

 

 

ミーティア『はあ、はあ』

 

ミーティア『どうしよう、差が縮まらない……! こんなに一生懸命なのにどうして?』

 

 すぐ前方にはモリー騎乗のあばれうしどりが尻を振りながら走っている。二足歩行のモンスターは意外に速かった。

 

モリー「ははは、どうだねボーイ。これが私とうっしー君の力だ!」

 

うっしー君「ウモオオオ」

 

 ミーティアは悔しそうに歯噛みした。

 

ミーティア『お馬さんの姿に慣れていないから? ミーティアはまた、エイトの力になれないの?』

 

ミーティア『嫌……そんなの嫌……!』

 

 思い詰めるほどにやる気は空回りする。

 ミーティアは焦りでいっぱいいっぱいになり、どうにかして前に出なければと思った。

 

ミーティア『あ、外が、外側が空いてますわ!』

 

 抜かしたい一心で、ミーティアは馬群からコーナーの大外に出ようとする。

 しかしそれを、エイトが軽く手綱を引いて止めた。

 

ミーティア『え、エイト……?』

 

 困惑するミーティアの首筋に寄り添い、エイトは念話で優しく言った。

 

エイト『ミーティア、落ち着いて』

 

ミーティア『でも、このままじゃ負けてしまうわ』

 

エイト『大丈夫さ。焦らず、出来ることを一つずつやっていこう。自分を、そして背中にいる僕を信じてくれ。今、僕と君は一心同体で走っているんだから』

 

ミーティア『…………』

 

ミーティア『ごめんなさい。勝たなきゃって、一人で意固地になって。そうよね。エイトの言う通りだわ』

 

エイト『いいんだよ。足はまだ余裕あるよね?』

 

ミーティア『ええ。落ち着いたら、すっかり軽くなった気がしますわ』

 

エイト『そろそろ第二コーナーが終わる。直線に入る手前で、内側から一気に加速するんだ。出来るかい』

 

ミーティア『任せてください。エイトがいるなら、何も怖くないわ』

 

エイト『じゃあ、心の準備をして。行くよ。1、2の…………3!』

 

 

 

司会「さあ第二コーナーを曲がり終えて直線へ……ああっと!? 後ろにいたホワイトミーティアがインコースから出てきました!」

 

トロデ「うおおー! ええぞええぞ、その調子じゃあ!」

 

司会「先ほどのぎこちない走りはどこへやら、紙一重で他の馬をかわし、無駄のない走りで前へ上がって行きます!」

 

 

 

エイト『ミーティア、前の馬がこっちを警戒してる。一瞬速度を緩めてから、一気にかわすよ』

 

ミーティア『わかりました』

 

モブ「くっ、王族が何だって言うんだよ。レース上では対等だ! 姑息な手だろうが使わせてもらうぜ」

 

 前方の馬がミーティアの行方を阻むように移動する。

 しかし真後ろに着けたミーティアは、緩急を使って翻弄し、楽々と追い抜いてみせた。

 

 

 

司会「鮮やかな切り返しぃ! 見事としか言いようがありません!」

 

トロデ「わはははっ、どうじゃ見たか! 最後尾からもう先頭のファルシオンに追い付きそうじゃぞ!」

 

司会「人と馬が通じ合って初めて至れる境地、これぞ人馬一体です! まさか世界戦でその理想形が見られるとは!」

 

トロデ(当たり前じゃ。幼い頃から一緒にいて、夢の中でも励まし合い艱難辛苦を乗り越えてきたのじゃ。二人がどれだけ心を通わせていることか)

 

トロデ(頑張れ。エイト、ミーティア。お前たちがナンバーワンじゃ!)

 

 

 

エイト『どうだい、調子は。まだいけそう?』

 

ミーティア『ええ! すごいわ、体が軽くてすごく気持ちがいいの。今ならどこまでも走れる気がするわ』

 

エイト『よし……じゃあその力は最後までとっておこう。今はラストスパートのタイミングをじっくり狙うんだ』

 

ミーティア『はいっ』

 

 ついに馬群からも抜け出し、逃げていたファルシオンの背中を捕らえる。エイトはその後ろにべったりと張り付き、風を避けて体力を温存する作戦に出た。

 

 その様子を、ゲルダがちらりと確認する。

 第三コーナーを曲がり終え、変わらぬ位置取りで第四コーナーに差し掛かる。そこを抜けたら、あとはゴールまでの直線に坂があるのみだ。

 その坂でミーティアとの一騎討ちになることは明白であった。

 

ゲルダ(ふん、やるねえ。あれだけ離していたのに追い付いて来るなんて)

 

ゲルダ(しかもアタシ達を風避けに使うなんて、見た目とは裏腹にずいぶんと強かじゃないか。きっと、これはあの騎手の力だね。それに応える馬も相当なもんだ)

 

ゲルダ「さすがはヤンガスが慕っているだけのことはある、か」

 

 どことなく嬉しそうに呟いたゲルダは、一転して表情を引き締める。誰が相手だろうが勝負事で手は抜かない。それがゲルダという女であった。

 

ゲルダ「正直、使うつもりはなかったんだけど、相手がここまでやるんじゃ仕方ない」

 

ゲルダ「悪いね。盗賊は目的のためなら何でもやるのさ」

 

ゲルダ「さあファルシオン! あんたの真の姿を見せてやりな!」

 

 ゲルダが手綱をしならせる。彼女の力強いかけ声に、ファルシオンが嘶いた。

 レース中にも関わらず馬の雄叫びが響き渡ったが、観客たちが驚いたのはそこではなかった。

 なんとファルシオンが神秘的な光りを放ち始めたのだ。その光は徐々に集まり、形を作っていく。薄く広く、地面と水平に伸びていく。

 ファルシオンの肩辺りで具現化したそれは、まさしく────。

 

 

 

司会「つ、翼だあ! ファルシオンの背中に、天使のような翼が生えています!」

 

トロデ「ば、馬鹿な…………あれは神話の、ペガサスではないか!」

 

司会「これは大変なことになりました。ファルシオンは天馬、ペガサスだったのです! それもレースの終盤になってその正体を現すとは、なんというどんでん返しでしょう!」

 

トロデ「司会よ! あれは反則だろう!?」

 

司会「ええっと……いえ、規則にはピオラやほしふる腕輪によるドーピングが禁止されているだけですので、セーフですね」

 

トロデ「くううっ、空など飛ばれては坂の意味が無いではないか。あれではどう頑張っても追い付けんぞ……」

 

司会「ペガサスとなったファルシオン。力強く羽ばたいて、ホワイトミーティアを突き放します」

 

司会「そして今、第四コーナーを回り、最後の直線へと向かいます。トロデーン競馬場の直線は長く、心臓破りとされる急な上り坂がありますが、今のファルシオンには関係ありません」

 

トロデ「こんなことなら坂なんて作るんじゃなかった……」

 

司会「さあ、どう食らいつくかホワイトミーティア。それともこのまま勝負がついてしまうのかー!」

 

トロデ「ぬおおっ、うるさい! ミーティアが勝つ! 勝つんじゃあ~!」

 

 

 

エイト「くそ、ここまできて……!」

 

 空気抵抗を少しでも減らすため姿勢を低く保っているし、出来る限りミーティアに負荷がかからない姿勢も取っている。

 だが、そんなもので太刀打ちできるような相手ではなかった。

 

 翼を生やしたファルシオンは、天空を駆って遥か前にいる。もはやその差は絶望的なほどであった。

 エイトは悔しさから、下唇を噛み締めた。自分の無力を呪ったのである。

 国の誇りを背負っているのに、これだけミーティアが頑張っているのに、肝心なところで何もできない自分が腹立たしかった。ミーティアは己を無力だと卑下していたが、今この大一番で力がないのは自分の方だとエイトは思った。

 

 負けてしまうのだろうか。このまま、相手の背中が遠ざかるばかりで。何もできずにただ見ているしかないのか。

 

ミーティア『……エイト』

 

 そうして陰っていたエイトの心に、ミーティアの声がした。

 

エイト『ミーティア……ごめん。なんとかしたいんだけど、僕はもう』

 

ミーティア『自分を責めないで、エイト。貴方は誰よりも頑張っているわ。今も、これまでも。それは私が保証します』

 

エイト『でも、いくら頑張っても、どうしようもないことはあるよ……』

 

ミーティア『あら、エイトらしくもない』

 

エイト『えっ?』

 

ミーティア『貴方はどんな辛いときでも諦めなかったわ。最後まで諦めない。それが頑張るということでしょう』

 

エイト『……そう、だね』

 

ミーティア『どんな時でも、私はエイトからたくさんの勇気を貰いました。さっきもそうです。焦っている私を、エイトは優しく宥めてくれました』

 

エイト『…………』

 

ミーティア『だから今度はミーティアが励ます番ね。エイト、どうか最後まで諦めないで。貴方が乗っているミーティアと、何よりも貴方自身を、しっかりと信じてあげて』

 

ミーティア『何があっても大丈夫よ。私がついているわ』

 

 

 

 ミーティアが坂を登り始めるが、ファルシオンは何馬身も前にいる。

 着順は決定的か。

 誰もがそう思った瞬間、それは起こった。

 

司会「ど、どうしたことでしょう。今度はホワイトミーティアが光を放っています!」

 

トロデ「な、なんじゃ。何が起こっているんじゃ」

 

司会「ファルシオンの淡い光とは違う、眩しく神々しい光です!」

 

 観客たちは応援も忘れて息を詰める。

 突如、ミーティアとエイトが輝いたかと思うと、そこには一頭の竜が出現していた。胴の長い、白く巨大な竜が。

 光の尾を引き、猛々しく身体をしならせる。その様はまるで、稲妻が地を這っているような圧巻の光景だった。

 

 

 

ヤンガス「ど、ドラゴンソウルだ! 兄貴の奥義、ドラゴンソウルでがす!」

 

ゼシカ「いつ見ても綺麗ね」

 

ククール「だが以前より竜の姿が安定してないか。一体どうしたんだ、あいつ」

 

竜神王「おそらくだが」

 

ヤンガス「竜神王! いつのまに!?」

 

竜神王「ごほんっ。お前たちも知っての通り、竜の気は発するだけでも精神を著しく消耗する。竜化を持続すればその分だけ心は蝕まれてしまうのだ」

 

ククール「あんたが暴走しちまったようにか」

 

竜神王「……そうだ。しかし竜の血に狂わないよう心を安定させれば、その限りではない」

 

ゼシカ「けど、竜神王様でさえ無理だったんだから、実質不可能に近いわよね?」

 

竜神王「誰であろうと、一人ではとても無理だろう。竜の血に抗えるほど強い心の支えがなければな」

 

ククール「ということは…………」

 

竜神王「ああ。今のエイトの支えとして考えられるのはただ一人。私の力で馬になっている、エイトの伴侶の存在に他ならん」

 

ゼシカ「愛の成せる技ってわけね。ロマンチックだわ」

 

ヤンガス「うーん、難しいことは分かんねえが、とにかく兄貴たちはすげえってことでがすな! 行け行けーっ、兄貴ー!」

 

 

 

ゲルダ「な、なんだいあれは!?」

 

ミーティア『すごい、すごいわエイト!』

 

エイト『ミーティアのおかげだよ。僕たち二人の力だ。さあ、全力で行くよ!』

 

ミーティア『はいっ!』

 

ゲルダ「ぐっ……負けてたまるかあああ!」

 

 

 

司会「迫る迫る! 白い光の竜が、弓から放たれた矢のように飛んでいく! まさに純白の流れ星!」

 

トロデ「おお、ファルシオンに追い付くぞ!」

 

司会「ゴールまであと少し! 伝説が二頭、ここに並ぶのか!?」

 

司会「いや、並ばない! 並ばないっ!! ホワイトミーティアがファルシオンを追い抜き、栄光へ向かって一直線!!!」

 

 ゴールの僅か手前。竜と化したミーティアはついに先頭へ突出する。もう目の前を遮るものは何も無い。

 

 そして誰よりも早く、二人は世界初のゴールラインを乗り越えたのだった。

 

 

 

 

 レース後、馬の身体検査も終わってから、ミーティアはこっそり竜神王に元の姿に戻してもらった。

 

ヤンガス「優勝おめでとうごぜえますお二人とも。あっし、感動したでがすよ!」

 

エイト「うん。ありがとう」

 

ミーティア「ふふ。応援してくださってありがとうございました、皆さん」

 

ゼシカ「最後までハラハラしちゃったわ。でも、ミーティアもエイトもすごく格好良かったわよ」

 

ククール「そういやゲルダさんは何処に行ったんだ? レースが終わってからはもう姿を見かけなかったが」

 

ヤンガス「ああ、ゲルダなら『敗者は潔く去るよ』なんて言って帰っちまったでがすよ」

 

ククール「嵐のような人だな」

 

ヤンガス「そうそう。それから、兄貴たちに『今度は負けないよ』と伝えてくれと言ってたでがす」

 

エイト「まあ、今度は普通の馬で、特殊能力とか無しでやりたいね」

 

ゼシカ「しかし難儀な話よね。このレースでホワイトミーティアのファンになった人も多いでしょうに。一生に一度きり、もう二度と見られない幻の名馬になっちゃうんだから」

 

ミーティア「あら、そうとは限りませんよ?」

 

ゼシカ「え?」

 

ミーティア「私はまたやってみてもいいですわ」

 

ゼシカ「ええー!」

 

ヤンガス「どういう心境の変化でがすか。馬姫様だった頃は、いつも人間に戻りたそうにしていたのに」

 

ミーティア「確かに四六時中、馬のままなのは辛かったですけどね。でも、エイトを乗せて一緒に走れるのはとても楽しかったんです。それに走り終わった時の爽快感……うふふ、少しクセになっちゃうかもしれません」

 

ククール「マジか……おいエイト、お馬さんプレイとかそんな変態趣味があるのか、お前んとこは。羨ましいなおい」

 

エイト「いや違うよ!? どう解釈したらそうなるんだよ!」

 

ヤンガス「まあ羨ましいのは同感でがす」

 

ゼシカ「この変態共は…………」

 

ヤンガス「あっしはゲルダの尻に敷かれっぱなしでがすからね。兄貴とミーティア様の関係が羨ましいでがすよ」

 

ゼシカ「な、なんだ。そういうね」

 

ヤンガス「もちろんお馬さんプレイもしたいでがす」

 

ミーティア「あ、あはは…………」

 

 

トロデ「…………」コソコソ

 

 

ククール「あれ。あそこでコソコソしてるのって、トロデのおっさんじゃねえか」

 

ヤンガス「本当でがす。一人で何をやってるんだ、あのおっさん」

 

ミーティア「お父様ー、どうかされましたかー」

 

トロデ「げっ、み、ミーティア!」ビクッ

 

ゼシカ「んん? なーんか怪しいわね」

 

トロデ「な、何のことかな?」

 

エイト「トロデ様、アナウンスのお仕事、お疲れ様でした」

 

トロデ「うむ。まあお前たちを応援しすぎるがあまり、ほとんど司会の男に任せてしまったがな」

 

エイト「いえいえ、その応援があったから勝てたんですよ。それでトロデ様、今回はどの馬券を買ったんですか?」

 

トロデ「うーん。スイートシセルの辺りを一通り買ったのじゃが、見事に外れてしまってのう…………」

 

 がっくり項垂れて口走るトロデ。一瞬の後に、自分が失言したことを知り、慌てて口を押さえる。

 

トロデ「はっ!? しまった!」

 

エイト「やっぱりかぁ」

 

ククール「口では応援しているとか言いながら、ちゃっかり馬券は本当に勝ちそうなところを選んでたわけか」

 

ゼシカ「うわー、最悪だ、この人」

 

ヤンガス「おっさん、嘘つきは泥棒の始まりって言うんだぜ」

 

トロデ「ち、違う! わしは本当に、ほんっとーにミーティアを信じておった! だが万が一ということもあるから、だから、その、あの」

 

 何とか言い訳を捻り出そうとしているトロデに、ミーティアがにっこり笑って話しかけた。

 

ミーティア「お父様」

 

トロデ「お、おお、ミーティア……ひっ!?」

 

 しかしその目は笑っていなかった。

 

ミーティア「私はね、別に応援してくださらなかったことを怒っているわけではありませんのよ」

 

トロデ「そ、そうかそうか。優しいのう。さすがは自慢の娘じゃ」

 

ミーティア「そもそも禁止されていたはずの賭け事をしていたことに怒っているのです」

 

トロデ「」

 

ミーティア「あれだけ大臣にも叱ってもらいましたのに、全然反省されていないだなんて。さあ、これからはお小遣い無し、外出は許可必須の修行生活に入っていただきますわ」

 

トロデ「う、うわあああん! 許してくれえ、ミーティア!」

 

ミーティア「なりません。これからはビシバシ鞭を入れますからね!」

 

トロデ「あひいいいぃぃ」

 

 

 

エイト「わあ、あんなミーティア見るの久々かも」

 

ヤンガス「やっぱり何処へ行っても、男より女の方が強いんでがすなあ」

 

ククール「世の真理だな。男は常にレディを敬い、顔を立てるものさ。それこそ馬を愛でるようにな」

 

ゼシカ「あら、ククールがたまには良いこというじゃない」

 

ククール「たまにって何だよ。俺はいつも良いこと言ってるよなあ、エイト?」

 

エイト「あははは。うん、そうだね。ククールの言葉はためになるよ」

 

エイト「取り敢えず、僕はこれからも、ミーティアに手綱を握ってもらうとしようかな」

 

 

 

 

 

 

おわり

 




お読みいただきありがとうございました。
本作にはドラクエ6の要素や、ドラクエ8の3DS 版で追加された要素などが入っているため、その両方を知らない方だと、話の展開に疑問を感じてしまわれたかもしれませんね。
ですから、この場を借りて少し説明をさせていただこうと思います。

まずドラクエ6要素ですが、今回ゲルダが乗っていたファルシオンという馬が、公式ではドラクエ6に登場するキャラクターとなっております。ストーリー終盤で天馬になります。『神鳥のたましい』と同じ飛行役ですね。

そして3DS 版の要素は、最後にエイトとミーティアが光の竜となった『ドラゴンソウル』という特技です。元は海外版が初出で、逆輸入した設定らしいです。簡単に概要を解説しますと『竜の魂を解き放つ、竜神族の秘技』であります。格好いいですね。気になった方は是非、調べてみて下さい。

さて、今回の話を書くきっかけとなったのは、前シーズン放送のアニメ『ウマ娘 ~ プリティーダービー ~』です。今更ながら視聴しました。女の子が皆可愛くて最高です。馬を擬人化するにも、元にした史実の馬の特徴をしっかり随所に盛り込んでおり、萌えだけではない骨太な作品だったと思います。
このアニメのおかげで人生で初めて競馬場に行き、ギャンブルに負けました。楽しかったです(半ギレ)


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キャプテン・クロウの野望再び ~海賊王に、我はなる~ 前編

 海峡の洞窟の奥深く。ある日そこで、死霊が咆哮した。

 

 

 

 

~海賊の洞窟、最深部~

 

 宝箱のある祭壇を中心に闇が発生していた。その周りを、通常ならここにはいないはずのモンスターたちが取り囲んでいる。

 闇はだんだんと人の形をとっていく。そして内側から眩く光ったかと思うと、そこには一人の男が立っていた。

 

キャプテン・クロウ「む、ここは…………」

 

あやしいかげ「おお、復活した…………皆、キャプテンが復活したぞお!」

 

メラゴースト「この日をどれだけ待っていたことか」

 

くさった死体「キャプテン、お加減はいかが?お水でも持ってきますのんね」

 

がいこつ「バカお前、幽霊は水なんかいらねえだろ」

 

 唐突に現れた男は混乱しているようで辺りを見回した。

 

キャプテン・クロウ「お前たちは、我のかつての仲間、か? 一体どうなっているんだ。我は確かやつらに敗北し、光の海図を託してこの世から消えたはずだが…………」

 

さまようたましい「それは俺たちにも分からん。しかしキャプテンが復活するという確信があってここに集まったのだ。いつからか一人、また一人と自我を取り戻し、俺たちはあんたの帰りを待っていたんだ」

 

 よほど期待していたのだろう。寄り集まった魑魅魍魎は自分たちのリーダーへ熱い視線を注いでいる。

 キャプテン・クロウはしばらく黙考した。かつて七つの海を制したその頭の冴えは健在である。復活したばかりで情報が充足していないにも関わらず、彼はあらかたの状況を把握し始めていた。

 

キャプテン・クロウ「なるほど。再び亡霊として蘇ったということは、我はまだこの世に未練がある、もしくは新たな未練を持ってしまったらしいな」

 

さまようたましい「では、その未練とは」

 

キャプテン・クロウ「我は以前、ここで光の海図を守護していた。いつかこのキャプテン・クロウの野望を継ぐに足る者が現れるのを待ってな。それが叶えられてもなお蘇った理由…………考えられるのは一つだろう」

 

 亡者たちがざわざわと騒ぐ。察しの良い者は「おおっ、おおっ」と感嘆の声を上げる。

 キャプテン・クロウはカッと目を見開き、鋭い眼光で部下たちを睥睨した。

 

キャプテン・クロウ「誰かに野望を譲るというのがそもそもの間違いだったのだ。我としたことが軟弱な考え方だった。我らは海賊だ。戦い、奪い、支配する。これが本質だ。略奪こそ王道、強欲こそ正義よ」

 

亡者たち「おおおおっ」

 

キャプテン・クロウ「今度こそお前たちに誓おう。幻の大地レティシアへ至ると。いや、世界中の海を股にかけこの世の全てを手に入れると。大海賊キャプテン・クロウ伝説、その第二幕を特等席で拝ませてやろうではないか!」

 

 じごくのよろいが剣を掲げた。くさった死体が両腕を振り上げて「万歳」と叫ぶ。海賊の魂が乗り移ったマーマンは歓喜に舞い踊り、メラゴーストが興奮のあまりメラをやたらと吐き散らした。

 

キャプテン・クロウ「我は蘇った。蘇ったぞ、同胞諸君。剣を携え銃を持て。樽には火薬を詰めて大砲に砲弾をこめろ。微睡んだ連中に思い出させてやるのだ。我らの恐ろしさを。ドクロの旗の恐怖を」

 

 野郎ども、錨を上げろ。

 偉大なる船長はそう言い放った。

 

キャプテン・クロウ「船出の時だ」

 

 死霊の海賊団が咆哮した。

 

 

 

 

~海賊の洞窟、船長室~

 

キャプテン・クロウ「思った通りだ。我は自由に外へ出られるようになっている。先ほどこの洞窟から出たが、何も問題はなかった」

 

さまようたましい「今までのキャプテンはこのアジトに縛られた地縛霊だったからな。野望の大きさに引っ張られて浮遊霊に進化したといったところかい」

 

キャプテン・クロウ「そうなるな。これで大手を振って侵略できるというもの」

 

さまようたましい「で、早速どこかを攻めるのか」

 

キャプテン・クロウ「いや時期尚早だろう。我らは長く眠りについていた。今の世界の状況を知る必要がある。表舞台に立つのは下準備が済んでからだ」

 

さまようたましい「残念だぜ。皆血に飢えてやる気十分だってのに」

 

キャプテン・クロウ「ふふ、そう言うな。すぐに美味しい思いをさせてやる。まずは船の修理に専念しろ。急拵えで構わん。我らは海賊、船がなければ情報収集にも乗り出せん。船、次に情報、そして金と力だ。順次揃えていく」

 

さまようたましい「そうは言うけどよぉキャプテン。俺たちにまともな面の奴はいないぞ。あんたは浮いてる上に透けてるし、生身がある奴なんて腐った死体くらいのもんだ。情報を得るにも人間社会に紛れるなんざ無理だぜ」

 

キャプテン・クロウ「まだ寝惚けてるのか。言っただろう。我らは海賊だ。海賊には海賊のやり方というものがある。分かるよな?」ニヤリ

 

さまようたましい「ク、クククッ。いいねぇいいねぇ。楽しくなってきたねぇ」

 

 

 

 

がいこつ「お頭ぁ、大変だあ!」

 

キャプテン・クロウ「ああ。想像以上に何も残っていなかったな。我らがいない間、アジトにこそ泥が入り込んだらしい」

 

 口髭を弄りながらキャプテン・クロウは考える。思い付く節はあった。光の海図を渡したバンダナの青年と共にここへやって来た女盗賊。たしかゲルダといったか。いかにも手癖の悪そうな女だった。奴だけではないだろうが、かなりの財産を持っていかれたに違いない。

 

がいこつ「どうしようお頭。我たちが溜め込んだ金銀財宝が無くなっちまったよ。盗った奴を血祭りにあげなきゃ気が済まねえよ」

 

キャプテン・クロウ「焦るな。報復なんぞいつでも出来る。財宝よりも大事なものは残っているのだから今は良しとしろ」

 

がいこつ「大事なものぉ?」

 

キャプテン・クロウ「海図に決まっているだろう。いくつか劣化していたり無くなったりしているが、この辺りを航行するには不便しないな」

 

がいこつ「へええ、そりゃあ良かった」

 

キャプテン・クロウ「ところでお前、航海士だったか?」

 

がいこつ「いや、おいらは雑用係だけど」

 

キャプテン・クロウ「それは運が良かったな。航海士だったら海図の重要さも分からないその頭をかち割っていたところだ」

 

がいこつ「」

 

 

 

 

 次の日、アジト内に残されていた小船四艘の修理が終わった。睡眠も食事も必要ないアンデッドだからこそ出来る早業だった。

 キャプテン・クロウは初陣のメンバーを選抜し、自らも出向くことにした。リーダーであり、海賊団の頭脳でもある自分が直接赴いて見聞きすることが肝要だと考えたからだ。

 

 アジトにしている洞窟はトロデーン地方を南北に分断する長大な海峡にある。場所によっては底が浅いので帆船が通るには満ち潮の時を狙う必要があるが、小舟ならば関係ない。大王イカ避けの藻草を船底に繁らせておくのは船乗りの知恵だ。

 

 東側から大洋に出て南下する。羅針盤と海図を照らし合わせて進む。

 キャプテン・クロウの生前の記憶では、この先にポルトリンクという田舎の漁村があったはずだ。立地は良かった覚えがある。そこが発展していて貿易港となっているのなら狙い目の商船も見つけやすいと考えての行動だ。

 するとすぐに一艘の船に出会した。進路を妨げているうちに別の小舟を横付けして侵入し、乗組員をとっちめる。死してなおその手際は衰えておらず、実に手早い仕事だった。

 

くさった死体「楽勝でしたのねん」

 

キャプテン・クロウ「ああ、だがこいつは商船じゃないな。海賊船だ。ずいぶん軟弱な連中だが、平和ボケでもしているのか? 同業とは思いたくないな。この時代はどうなってるんだ」

 

 甲板で一網打尽にされている海賊たちは顔を青くして震えている。普段襲う側の彼らは、日中に海の真ん中でアンデッドに襲われるなどと思っても見なかったのだろう。

 

キャプテン・クロウ「さて、貴様が船長だな」

 

船長「や、止めてくれ。言うことなら聞くし金も全部やる。だから食わないでくれぇ」

 

キャプテン・クロウ「海の男がそう簡単にペコペコするものではない。安心しろ、いくつか聞きたいことがあるだけさ」

 

 捕らえられた海賊の船長はキャプテン・クロウに別室へと連れていかれた。「もうダメだ」と言ってメソメソと泣く。くさった死体と他に数名のアンデッドも、呼ばれて二人の後ろをついていく。

 しばらくして聞こえてきた絶叫と嗚咽に、捕らわれている下っ端の海賊たちも泣き出した。

 

 

 

 

~海上、海賊船の船長室~

 

 

キャプテン・クロウ「あらかた必要なことは分かったな。素晴らしく早い仕事だったぞ。初陣にしては上々だ」

 

あやしいかげ「一つ聞けば十話すような腑抜けでしたからね」

 

キャプテン・クロウ「こいつの作ったシチューはいつの時代でも優秀な拷問器具になるということが証明されたわけだ」

 

くさった死体「えへん」

 

あやしいかげ「金品は少なかったですが、この船があればさらに長距離の航海に耐えます。捕らえた連中はどうしますか。シーメーダーの餌にするのが手っ取り早いと思いますが」

 

キャプテン・クロウ「生かしておけ。心の弱い人間ほど利用しやすいものはない」

 

あやしいかげ「アイアイサー」

 

キャプテン・クロウ「最初に襲ったのが海賊船だったことも都合がいい。世間からいなくなっても困らない連中だ。まだこちらも戦力が揃ってはいないから足が着くのは避けたいところだ」

 

キャプテン・クロウ「ふふふ。さて、次はどの手を打つか」

 

 船長室の机に足を投げ出して海図を眺めていると連絡が入ってきた。マーマンを偵察に送り出していたのだ。すぐそばに中型の商船がいると云う。

 キャプテン・クロウはニヤリと笑い、捕虜を収容している船内倉庫へと向かった。

 

キャプテン・クロウ「ちょうどいい。奴等に襲わせようじゃないか」

 

 

 

 

 飛ぶ鳥を落とす勢いというのは、まさしく彼らのことだった。キャプテン・クロウ率いる不死の海賊団はすさまじい早さで進出範囲を広げていった。

 

 手始めにポルトリンクとアスカンタ領の間にある航路に目をつけた。狙うのは商船ではなく同業のはずの海賊船である。彼らを次々に打ち倒しては自分の従順な駒としたのだ。

 商船など堅気の船を彼らに襲わせ、金品を巻き上げる。そうしてアンデッドである自分たちの存在を隠しながら活動した。

 

 情報収集も抜かりなく、捕虜である海賊たちを旅人に装わせ町に出入りさせた。

 港の倉庫番や城の兵士見習い、能力のある者には銀行員などの職に就くよう命じ、それぞれで得られる情報を集める。時には適当な理由を作り、陳情を述べる体でアスカンタなどの王に謁見させに行った。

 それらを管理するのはキャプテン・クロウの忠臣であるアンデッドで、並みの人間よりも遥かに優れたその武力によって恐怖を与え、支配していた。

 今やクロウ海賊団は、裏社会の一部で超新星と渾名されるほどに勢力を拡大し始めたのだった。

 

キャプテン・クロウ「幽体とはなんと便利なのだ。疲れ知らずで能力もただの人間を凌駕している。我は運が良い。人生に追い風が吹いているのをひしひしと感じるぞ」

 

キャプテン・クロウ「目的だった光の海図の在処もすでに分かった。トロデーン城だ。よもやあの時のバンダナの青年が国王になっているとは。しかも暗黒神を討ち滅ぼした英雄だと? ふふっ、十年もしない内にこうも世界が変わっているとは、面白いじゃないか」

 

キャプテン・クロウ「ぜひ奴も我が海賊団に迎え入れたい。ゆくゆくはアンデッドにし、私の右腕として仕えさせよう」

 

 壮大な夢を掲げつつも、実際にはそれが非常に困難であることを、キャプテン・クロウは自覚していた。

 理由は単純。戦力が圧倒的に足りていないのだ。

 刃を交えた当時と違い、あの青年は今では雲の上のような存在となっている。神鳥から信頼され、暗黒神を倒すほどの強さなど想像もつかない。彼がその気になれば今のクロウ海賊団など一人で壊滅させられるだろう。

 そうでなくとも、どの国の軍隊が相手でも厳しい。キャプテン・クロウはまだ寄せ集めでしかない自分の組織の弱さをはっきりと認めていた。

 しかしおいそれと戦力や財力を増強できないのにも理由があった。あまりにも事を急くと国家に目を付けられかねない。今でこそチマチマとした実績を積み重ねているから助かっているのだ。

 例えばポルトリンク航路の貿易船を襲おうものなら、即座に一級の討伐対象となるに決まっている。そして裏にいるのが強力なアンデッドだと知られたが最後、出張ってくるのはあのバンダナの青年率いる世界最強の水軍だ。勝てるわけがない。

 

キャプテン・クロウ「いいや、諦めてなるものか。我は欲しいものは必ず手に入れる。トロデーンの水軍も、サザンビークの広大な土地も、サヴェッラの権威も、あのバンダナの青年も」

 

キャプテン・クロウ「そうでなくてはいかんのだ。そうでなくては蘇った意味がない。強欲こそが正義だ。支配してやるぞ、この世の全てを」

 

 再び自身に向かってそう誓う。だがどういうわけか、キャプテン・クロウは気持ちが晴れなかった。何処かにモヤモヤとした言い様のない違和感を抱えている。それが何なのか見当もつかなかった。

 

キャプテン・クロウ「まあいい。ゆくゆくは全てが我の手中に収まる。些細な問題よ」

 

 現在持っているなかで一番大きな船を旗艦として、そこに自分専用の船長室を設けてある。室内には財宝と書物が溢れ、壁一面に様々な海図や地図が張り付けてある。その一つを眺めながら、キャプテン・クロウは面白がるように口角を上げた。

 

キャプテン・クロウ「しかしそろそろ椅子に座っているのも飽きてきたな。やはり海賊の本質は冒険に尽きる」

 

 机に置いてある箱からダーツを一つ取り、気軽にひょいと投げる。無造作な投げ方だったが、ダーツの矢は鋭くまっすぐに飛び、世界地図のとある地点を穿った。

 そこはトロデーン城だった。キャプテン・クロウが最も警戒している国の中心であり、そして光の海図が保管されている場所。

 

キャプテン・クロウ「征くか。夢にまで見た伝説の大地へ」

 

 

 

 

~トロデーン城、応接室~

 

ゼシカ「どうしたのよエイト。緊急の呼び出しなんて。それも謁見の間じゃなくて応接室で会うって何だかおかしくない?」

 

エイト「悪いね、ゼシカも領主の仕事が忙しいのに」

 

ゼシカ「まったくよ。今度はあなたをうちに遊びに来させるんだから。リーザス自慢のワインとあばれうしどりの肉料理で一晩中パーティー開いてやるわ」

 

エイト「それは困ったなあ。ぼく王様なのに」

 

ゼシカ「嬉しそうにしてんじゃないわよ」

 

エイト「あれ?というかリーザスにいるあばれうしどりって、スカウトモンスターのうっしーなんじゃ…………」

 

 しばらくして雑談を終え、茶を一口飲み、場の空気を変える。

 

ゼシカ「で、用件は?」

 

 領主となってより一層責任感の強くなったゼシカが発する言葉には、どれだけ短くとも重みがある。

 しかしエイトは優しい微笑みを絶やさない。はるかな旅で鍛えられた彼の精神力は、冒険を終えてなお衰えていない。ゼシカの質問に、まるで昼下がりの茶会へ誘うかのような気軽さで、エイトは答えた。

 

エイト「結論から言うと、海賊の討伐依頼さ」

 

 

 

 

続く




ふとネタを思い付いたので久しぶりの投稿になります。
しばらく離れていたため執筆の感覚が上手く掴めず、地の文が多かったりと以前の作品より雰囲気が違っていると思います。
もしもその点で疑問や希望などがありましたら是非お気軽に、ご感想をお寄せください。


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キャプテン・クロウの野望再び ~海賊王に、我はなる~ 後編

~海賊船、船長室~

 

さまようたましい「順調だなキャプテン。船も金も集まっている。各地のアンデッドも次々に傘下に入って人員も十分。もうじき一丁前の船団も作れちまうぜ」

 

キャプテン・クロウ「そうか」

 

さまようたましい「おいおいどうした。興味なさそうな顔して。まさか悩み事か?」

 

キャプテン・クロウ「…………まあ、そんなところだな」

 

さまようたましい「マジかよおい。嘘だろ。全てが上手くいってるんだぜ。この上り調子で、あんたほどの男が何を悩むんだ」

 

 悩みなどいくらでもある、とキャプテン・クロウは内心で思う。

 負かした海賊たちを手足として使うには限界がある。恐怖政治は長く続かない。だからといって、加入したばかりの新参アンデッドたちも忠誠心が低いので重要な仕事は任せられないだろう。局所で自分の代わりに判断を下すなど到底無理だ。

 組織力の弱さ。そこから来る戦力不足。弱味を補強するだけの金もまだまだ足りていない。目の上のたんこぶである諸王国と、いまだ攻略の糸口すら掴めないトロデーンとその国王である青年。

 

 メダル王女が経営する海運業者も実に厄介だった。

 ちいさなメダルとかいう無用の長物を集めることしかしていなかった小島の王族が、いつの間にか巨大な船団を率いて貿易都市を築いているなどと誰が思おう。年若い小娘がたった十年弱でそれを成し、完璧な経営体制を敷いているとはにわかに信じがたい。しかもキャプテン・クロウが見るに、まだまだ発展の余地を残しているのだから末恐ろしい話だ。

 武力こそ海軍に劣るが、その組織力は驚異と言う他ない。彼らもまた、今のクロウ海賊団が真っ向から対峙するには厳しい相手だった。

 

キャプテン・クロウ「お前は、我がどうやって負けたか知っているか」

 

さまようたましい「は? キャプテンは生きていた頃無敗だったじゃねえか。何言ってるんだ」

 

キャプテン・クロウ「死んでからのことだ。このアジトで光の海図を賭けてあのバンダナの青年と三人の仲間たちに試練を与え、我は敗れた」

 

 話すうちに語気が強くなる。キャプテン・クロウは歯軋りをし、苛立たしげに机を叩いた。

 

キャプテン・クロウ「あの屈辱的な敗北を…………俺は決して忘れない!」

 

 彼の脳裏には今、まざまざと悪夢のような光景が思い起こされていた。

 ゼシカが放つぱふぱふの連打。否応なしに視線を釘付けにされ、せっかく溜めたテンションは水の泡となる。満足に動けぬまま袋叩きに遭い、キャプテン・クロウはこの世から一度は消えたのだ。

 

さまようたましい「…………たしか胸のでかい小娘だったな。今はリーザスの領主になっているらしい。名前はゼシカだ」

 

キャプテン・クロウ「ゼシカ。そうゼシカだ。どうしても胸に目がいってしまう。しかし我は必ずやあの女に打ち勝たなくてはいけないのだ」

 

 ある意味で、キャプテン・クロウにとってはもっとも警戒すべき存在と言える。まさに男への特攻とでも呼ぶべき威力。彼女の持つおいろけスキルをどうやって克服するかが、何においてもキャプテン・クロウのもっとも懸念するところであった。

 

さまようたましい「…………確かに恐ろしいな、そりゃ。仲間たちにも警戒対象として広めておくか」

 

キャプテン・クロウ「ああ。よく言っておいてくれ」

 

さまようたましい「ところで、最近くさった死体の野郎を見ないが、奴はどこに?」

 

キャプテン・クロウ「あいつなら一人で仕事に行かせている。潜入任務だ。予定ではそろそろ戻ってくるはずだが」

 

さまようたましい「ええっ!? 馬鹿も休み休み言ってくれよ。無理だぜそりゃあ。脳ミソまで腐ってるんだぜ、あいつはよ」

 

 その時、船長室の扉が開いた。不躾にもノックも無しに入ってきたのは、今ちょうど話題にしていた部下だった。

 

くさった死体「キャプテン、ただいま戻りましたのねん」

 

キャプテン・クロウ「よく帰った。目的の物は手に入れたのだろうな」

 

くさった死体「これよん」

 

 渡されたのは薄汚れた紙切れだった。キャプテン・クロウはそれを大事そうに受け取り、机の上に広げる。

 

キャプテン・クロウ「ふふふ。時を越えて我がもとへ。待ち焦がれたぞ」

 

 世界地図に映された一筋の線が、伝説の大地への正しい道順を示している。

 レティシアへの鍵。光の海図がキャプテン・クロウの手に戻ってきた。

 

 

 

 

~時は遡り、トロデーン城厨房~

 

メイド「おやめください陛下! お茶は私たちで準備いたしますから、どうかごゆっくりお待ちになってくださいませ」

 

エイト「まあまあ。ゼシカは貴賓っていうよりただの友達だし、いいじゃないか」

 

 半ば個人的にリーザス村からゼシカを呼び出したエイトは、彼女を迎えるための準備を自ら整えたくてウズウズしていた。

 

メイド「そういう問題ではありません! 私たち使用人の面目が立たないのですからね。まったくもう」

 

エイト「子供の頃は僕もこっちで働いていたのに。君とも、お茶の入れ方を一緒に習った仲じゃないか」

 

メイド「いつの話をしているんですか。とにかく、お茶は私がお入れしますから!」

 

エイト「仕方ないなあ。じゃあ僕はお茶菓子の準備でも」

 

メイド「エイトさんっ!」

 

エイト「分かった。分かったよ」

 

 根負けしたエイトがとぼとぼと厨房を出ていこうとする。その時、片隅の洗い場で寸胴鍋を磨いている存在に目が止まった。

 

エイト「あれ? そこにいるのは…………君、スミスだよね」

 

くさった死体「!!!」

 

 スミスとは、エイトが有するスカウトモンスターのくさった死体のことである。

 主人に声をかけられたのだが、くさった死体は振り向かず鍋を磨き続ける。何故か小刻みに体が震えている。

 

エイト「どうしてここに? 君はたしか庭の手入れ係だった気がするんだけど」

 

くさった死体「え、えっと、えっと。そ、そうだ。こっちに呼ばれてきたのんね。うちはいつもたくさんの雑用を任されるのよん」

 

エイト「ふーん」

 

 じっと見つめられ、くさった死体はさらに緊張する。

 

エイト「そっか。いつもありがとうね、スミス。僕はこれから応接室に行くけど、適当なところで休憩してよ」

 

くさった死体「は、はい。ところで、ちょっと聞きたいことがあるのよん」

 

エイト「なに?」

 

くさった死体「ご主人が旅してるとき…………えっと、なんだったかしら。ひ、ひか、光ったかーず? とかいうのを持っていた気がするのだわん」

 

エイト「えっ、うーん…………もしかして光の海図のこと?」

 

くさった死体「そ、そう! それなのねん。そのお宝、どこにあるのかなーって、少し気になったのんよ」

 

エイト「ほとんどの貴重品は宝物庫だけど、あれは歴史的にも重要な資料だからね。図書館に保管してあるよ。貸し出しはできないけど僕のスカウトモンスターなら、司書さんに見たいって言えば見せてくれるよ」

 

 そうして何も怪しむことなく、エイトは立ち去った。

 

くさった死体「や、やったわん。キャプテン、 頭の悪いうちでもやれたのねん!」

 

 

 

 

~少し時間は経ち、トロデーン城、応接室~

 

ゼシカ「討伐依頼? あなたが、私に?」

 

エイト「そうそう」

 

 唐突な『海賊討伐』というエイトの要望に、ゼシカは首をかしげた。

 

ゼシカ「ちょっと待って。私、あくまでも一地方の領主よ。そりゃポルトリンクとは繋がりが強いけど、直営しているわけじゃないし。何より水軍を動かせるあなたが私にそんなの依頼するって、おかしくない?」

 

エイト「ま、そうだよね」

 

ゼシカ「最近じゃ海賊なんて下火じゃない。旅人の小さい船をこそこそ襲うくらいのものだわ。なんで今さらそんな…………」

 

エイト「それが商船を襲い始めてるんだよね」

 

ゼシカ「そうなの?」

 

 聞かれて、エイトは報告書をゼシカに手渡した。

 

ゼシカ「ふうん。サザンビーク航路の個人商船がいくつかね。あとは…………うわ、メダル王女様のところの子会社襲ってるのがいるじゃない。命知らずもいたものね」

 

エイト「で、これ見て」

 

 次に差し出された紙を見て、ゼシカは目を見開く。そこにはかつて、旅をしていた頃に倒したはずの幽霊海賊、キャプテン・クロウの人相が描かれていた。

 

ゼシカ「こいつは…………!」

 

エイト「捕まえた海賊から聞き出した情報を足掛かりにしてね、そこから諜報員使って調べていったら、彼にたどり着いたってわけ」

 

ゼシカ「まさか生きていたなんて」

 

エイト「どっちにしろ死んでるけどね」

 

ゼシカ「まあ、だいたい話は分かったわ。私を呼んだのも納得。適任だもんね。領主の仕事はお母さんに頼めるし、行ってもいいわよ」

 

エイト「ありがとう。僕はそうそう自由に動けないから助かるよ」

 

ゼシカ「ただ裏に隠れてるってのが厄介ね。足取りが掴みにくいわ。ヤンガスとか連れて行けないの?」

 

エイト「うん、もう頼んだよ。でもゲルダさんから大事な仕事があるとかで断られちゃってね。アンデッド相手だからククールにも頼みたかったんだけど、彼とは今連絡つかなくてさ」

 

ゼシカ「どうせどっかで遊んでるんだわ。今度見かけたらシバいといたげる」

 

エイト「ほどほどにね?」

 

 そうやって二人が話していると、にわかに外が騒がしくなった。何やら尋常ではない雰囲気である。ドタドタと廊下を駆けて来る足音がして、応接室のドアが荒立たしく叩れる。

 

近衛兵「国王陛下! お取り込み中のところ申し訳ありません! 至急お伝えしたいことがあり参りました!」

 

 エイトが入室を促すと、かしこまった近衛兵が仰々しく応接室に入り敬礼する。

 

近衛兵「大変申し上げにくいことなのですが、つい先ほど、陛下が直々に図書館へ寄贈された光の地図が盗み出されてしまいました」

 

エイト「なんだって!? いったい誰が…………」

 

近衛兵「司書の話では陛下のスカウトモンスターであらせられるスミス殿に貸し出したらしいのですが図書館に姿がなく、中庭にいたところを確保したのですが『何も知らない』とのことでして。陛下に伺いを立てに参った次第であります!」

 

 一息に言い切った近衛兵の報告を聞き、エイトは汗をだらだらと流し始めた。

 

エイト「え? いやいや、スミスはさっき厨房の方で見たけど」

 

ゼシカ「それ本当にスミスだったわけ?」

 

エイト「だ、だってくさった死体だったし。くさった死体だったし」

 

ゼシカ「どこか変なところはなかったの?」

 

エイト「そういえば…………喋り方がオカマっぽくてだいぶ変だったかも。光の海図についても聞かれた…………」

 

ゼシカ「ドンピシャじゃないのよ。馬鹿なの?」

 

エイト「」

 

 沈黙したエイトに呆れたようにゼシカは肩を竦める。

 

ゼシカ「まっ、これで話も早く済むわ。ちゃっちゃと片付けてくるとしますか」

 

エイト「どういうこと?」

 

ゼシカ「ただの野良モンスターが、なりすましをしてまで城に潜入するわけないでしょ。キャプテン・クロウが手下を使って光の海図を盗み出したのよ。次に彼がどこへ向かうのか、分かりやすいんじゃなくて?」

 

エイト「あ、そっか。さすがだね」

 

ゼシカ「ふふん」

 

エイト「船は旅のときに使っていた魔法の船を貸すから。他に何かいるものがあったら言って」

 

ゼシカ「大丈夫よ。すぐに終わらせて戻ってくるわ」

 

エイト「気を付けてね。相手は集団だからさ」

 

ゼシカ「平気だってば。なんたって私は天才魔導師であり、おいろけスキル天元突破のゼシカ・アルバートよ」

 

 ゼシカは不適にウインクをし、応接室を出て行った。その頼もしい背中は淑やかな女領主のものではなく、暗黒神と戦い抜いた英雄の風格が確かにあった。

 

 全ては順調だった。キャプテン・クロウが間違えたとすればただ一つ。欲を出してしまったことだ。浮遊霊となり溢れてしまった冒険心が彼自身の首を絞めたのだ。

 過ぎた欲をかけば、身を滅ぼすのはこの世の常である。

 

ゼシカ「旅も久々ねー」

 

 死神が動き出した。

 

 

 

 

~海洋~

 

さまようたましい「着いたぜキャプテン。光の海図の出発点だ」

 

キャプテン・クロウ「ついにだな…………む、岩礁が光りだしたぞ」

 

 船を取り囲むようにして聳えている四つの岩が、光の海図に呼応するように輝き始めた。それはだんだん強くなり、海面にまで達すると同時、天にまで達する光の柱が立ち上った。「うおおおっ」とアンデッドたちのどよめく声が甲板に響く。

 光の柱はまるで生きているように海の上を蛇行する。柱が去ったその軌跡には、輝く道筋が残されていた。

 

がいこつ「お頭ぁ、見張りのガーゴイルが遠くの大陸に光がぶち当たったって言ってるぞぉ」

 

さまようたましい「そこまで光の道は続いているのか」

 

がいこつ「ちょっと聞いてくる…………続いてるってよー!」

 

キャプテン・クロウ「よし、光の上をなぞって進め。道が細いからな。船首が逸れないよう注意しろ」

 

 キャプテン・クロウが乗る帆船を先頭に、船団が動き出した。全ての船がドクロの旗を掲げ、甲板では種々様々なアンデッドたちが剣を振り上げて騒ぎ立てる。

 しばらく進むと、肉眼でも目的地が見えてきた。高い岸壁に覆われた、侵入者を阻む伝説の大地。しかし天然要塞の壁の一部はまるで船団を迎え入れるかのように神々しく光っている。あれこそがレティシアへの入り口であることは疑いようがない。

 

さまようたましい「歌え野郎ども! 俺たちは死してなお帰るべき場所に帰ってきた! 凱旋の唄を歌えぇ!」

 

 花火代わりに景気のいい発砲音が鳴り響き、海賊の歌が波のさざめきを掻き消す。

 

 

 キャプテン・クロウも舳先で仲間たちの馬鹿騒ぎを気持ち良く聞いていた、その時だった。

 

キャプテン・クロウ「なに? 進路に怪しい船がいるだと?」

 

 上空で見張りをしていたガーゴイルから報告を受け、怪訝そうに双眼鏡を覗く。この何もない海域で自分たち以外にどんな船がいるというのか。

 見てみると確かに船が一艘だけ、沖合いにポツンとあった。海賊団の進行を妨げるようにして、光の道の上にいる。いや、よく見るとこちらへ向かって来ていた。

 

キャプテン・クロウ「大砲でも撃ってみるか…………いや、あれは……………!」

 

 近付くにつれて、その船首の上に立つ人物を、キャプテン・クロウはハッキリと目視した。

 それは考えうる限りで最悪の状況。悪夢の再臨。

 

ゼシカ「成仏させに来てやったわよ。海賊ども」

 

キャプテン・クロウ「な、なにぃぃいい!?」

 

 陽気に歌っていたアンデッドの海賊団は、一瞬にしてパニックに陥った。

 

がいこつ「ぜ、ゼシカだああ! ゼシカが出たぞお!」

 

あやしいかげ「殺される! いや俺はもう死んでるのか? いやそれでも殺される!」

 

さまようたましい「ぱふぱふされてしまうぅぅぅ」

 

さまようたましいは まごまごしている!

 

キャプテン・クロウ「ひ、怯むな野郎ども! 逃げずに戦え!」

 

ゼシカ「逃げようったって無駄よ」

 

ゼシカは マヒャドを 唱えた!

 

がいこつ「ぎええっ、あの女、海を凍らせやがった!」

 

キャプテン・クロウ「くそっ! 船が動かせん!」

 

くさった死体「どうするの? キャプテン、どうするの!?」

 

 ゼシカを乗せた魔法の船がゆっくりと迫ってくる。不死の海賊たちの目に見えるところまで来た彼女は、大胆にも胸元を強調した服を見せつけ、いのりの指輪を光らせ魔力を回復した。

 

ゼシカ「久しぶりのぱふぱふよ。とくと味わいなさい」

 

 キャプテン・クロウたちは成す術もなかった。ぱふぱふに魅了され、セクシービームに貫かれ、ピンクタイフーンに巻き上げられて次々に昇天していく。

 

キャプテン・クロウ「お、俺が、この俺がこんなところで終わるはずがない!」

 

ゼシカ「うっさい」

 

ゼシカは キャプテン・クロウに ぱふぱふを してあげた!

 

キャプテン・クロウ「ぬわーーーーー!!」

 

キャプテン・クロウは きもちが よさそうだ!

 

 あのキャプテン・クロウでさえ例外ではなかった。胸に見惚れ鞭で打たれ、「あはん」という海賊にあるまじき声を上げ、天に召されていった。

 

 

 

 

 猛威を振るっていたキャプテン・クロウ率いる海賊団は、実にあっけなく全滅した。

 

 

 

 

~トロデーン城、応接室~

 

ゼシカ「はあー。さすがに疲れたわ」

 

エイト「お疲れ様。ごめんね、面倒事を任せちゃって」

 

ゼシカ「いいのよ、久し振りに船旅もできたし。仕事自体は楽だったわ」

 

エイト「まあ、竜神の試練何回もやってたらそうなるよね」

 

 エイトは苦笑しつつ事の顛末を聞いた。話を聞けば聞くほどゼシカの活躍は見事と言う他なく、アンデッドたちに憐れみの情すら浮かぶほどであった。

 

エイト「でも大丈夫なのかな」

 

ゼシカ「なにが?」

 

エイト「彼らを無理矢理あの世送りにしちゃったことだよ。キャプテン・クロウだって一度倒したけど復活したし、幽霊に対して力技は有効な解決策じゃなかったんじゃないかって気がして」

 

 幽霊は思念体だ。未練がそのまま形となって現れる彼らはまた復活するのでは、とエイトは不安を口にした。

 しかし当のゼシカは、その心配を気楽に笑い飛ばす。

 

ゼシカ「大丈夫大丈夫。きちんと成仏したと思うわよ、私は」

 

エイト「え、どういうこと?」

 

 ゼシカは窓の外を眺めた。澄んだ青空に大小様々な雲が浮かんでいる。

 おいろけスキルによって倒され、悲鳴をあげながらも何故か恍惚とした表情で空へ消えていったアンデッドたち。彼らのことを思い浮かべながら、ゼシカは呆れるように笑った。

 

ゼシカ「あのスケベども、満更でもなさそうだったから」

 

 

 

 

おしまい




ドラクエ8やり直したらキャプテン・クロウの一人称が『我』でした。『俺』だとばかり思っていました。


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