今宵──砂漠の精霊は銀色の月を見ゆ (皇我リキ)
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【プロローグ】今宵──砂漠の精霊は赤色の月を見ゆ
その瞳が映すのはつきのひかり


 大地が揺れる。

 

 

 足を取られた二匹の小さなポケモンが、頭に角の付いた大きなポケモンに突き飛ばされた。

 トレーナーの少女は悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる。

 

 自らの不甲斐なさを嘆き、相手のポケモンへの恐怖で身体が動かなかった。

 

 

「二体一でこの程度、これが私の娘とは呆れるな。……立て、まだバトルは終わっていない」

「……っぅ」

 黒い服を着た男が、倒れた二匹のトレーナーを睨み付ける。

 少女は崩れたまま俯き、ただ瞳から水分を落とした。

 

 

「私は……バトルなんてしない」

「ならお前がともだち(・・・・)だと大切にしているポケモンが、その命の灯火を費やすのを黙って見ているんだな。……ドサイドン、まずはあの忌々しい電気ネズミ擬きにトドメをさせ」

 唇を噛む少女を見下して、男は自分のポケモンに指示を出す。

 

 

 頭部に二本の角を持ち、身体に火山のマグマにも耐え得るプロテクターを持つポケモン──ドサイドン──は、一匹の小さなポケモンに狙いを定めた。

 

「や、辞めて!」

「……やれ───つのドリル」

 悲鳴をあげる少女を無視し、ドサイドンが大地を蹴る。

 その巨体に反したスピードで空気を貫きながら進む先には、ひんしになり動けなくなった一匹の小さなポケモンが居た。

 

 

「デデンネ!!」

 少女がそのポケモンの名前を呼ぶ。

 

 しかし、反応はない。次の瞬間訪れるだろう光景を想像して、少女は自分のポケモンから目をそらす。

 そうして目をそらしたその先に、必死に立ち上がるもう一匹のポケモンが居た。

 

 後頭部に鋼のアゴを持つポケモン──クチート──は地面を蹴ってもう一匹のポケモンを突き飛ばす。

 

 

 次の瞬間クチートはドサイドンの回転する角に突き上げられて、血飛沫を上げながら地面を転がった。

 少女はただ悲鳴をあげる。涙で視界が閉ざされ、頭は真っ暗になった。

 

 

 どうしてこんな事に?

 始まりがいつだったか思い出せない。

 

 そもそもこのバトルがなんだったのか。何のために大切な友達が傷付いて、倒れているのか。

 少女はゆっくりと、おぼつかない視界の中で自らのポケモンに手を伸ばす。

 

 

「黙って見ているだけか。……興醒めだ、仕留め損なったその電気ネズミ擬きも潰せ」

 男の命令を受けてドサイドンが吠えた。少女の伸ばす手は、どう足掻いてもポケモンには届かない。

 

 そうだ、モンスターボールに戻せば。

 

 

 モンスターボールに入れてしまえば、ポケットに入ってしまう。だからポケットモンスター縮めて───ポケモン。

 倒れている二匹は自分のポケモンだ。だから、モンスターボールに戻せば二匹はこれ以上攻撃を受けずに済む。

 

 急いで自らのモンスターボールを手に取ろうとするも、腰につけていた筈のボールが見当たらない。

 ふと振り向くと、地面から頭だけを三つ覗かせているポケモン──ダグトリオ──が少女のモンスターボールをその頭に乗せていた。

 

 

「待───」

 少女が手を伸ばすと同時に、ダグトリオは地面に潜ってしまう。

 

 ───退路は断たれた。

 

 

「ポケモンが大事? 結構。大切な物は人それぞれだ。……だが、それを守る力を身に付けずに言葉だけで綺麗事を吐かすな。見ろ、これが現実だ。見ろ、これがその結果だ」

「待って……辞めてぇ!!」

 少女が叫ぶ。ドサイドンが足を振り上げる。巨体が小さなポケモンを踏み潰さんとする次の瞬間、この場に見えない第三者の声が轟いた。

 

 

「───オーダイル、ハイドロポンプだ!」

 刹那、高圧の水流がドサイドンを襲い、突き飛ばす。

 

 遅れてその場に現れた赤い髪の少年(・・・・・・)は少女の前に立つと、男を睨みつけながら赤い髪の少女(・・・・・・)に手を伸ばした。

 

 

 

「……立てるか?」

「……ぇ、あ……おに───」

「誰かと思えば……。全く、久方振りの再会だというのに手荒い顔合わせだな」

 男は相手が増えたとしても冷静さを欠かずに、相手の出方を伺うために自らのポケモンを下がらせる。

 遅れて木々の間から、頭部から尾まで所々に赤いヒレを持ち大顎に鋭い牙を持つポケモン──オーダイル──が姿を現した。

 

 

 

「……あんたをずっと探していたからな」

「何のためだ? いや、言うまでもない。人から奪ったポケモンを持ち、私の前に現れたのだからな」

「……冗談が言えるようになったのか、それともボケが回って来たのか。寝言は寝て言え!」

 オーダイルを前に出しながら声を上げる少年は、一度振り向いて少女の手を取る。

 

「あいつの相手は俺がする。お前は自分のポケモンを連れて逃げろ」

「で、でも……」

「……俺は強くなれればそれで良かった。だが、ジョウトで旅をして違う考えを持つ奴と出会って、沢山の事に気が付いたんだ。……お前も旅をしてみろ。旅は良いぞ」

 そう言いながら、少年は少女の頭を撫でて手に飛行機のチケットを握らせた。

 

 

「行け。……早くしないとクチートが手遅れになる」

「……っ。う、うん!」

 少年に諭され、少女は自らのポケモンの元に走る。ドサイドンがそれを制そうとするが、オーダイルが立ち塞がった。

 

 

「バカめ。今更そのクチートをどうする気だ? お前の顔はもうトキワ中に広まっている。ポケモンセンターを利用出来ると思っているのか?」

「惑わされるな。トキワジムの回復システムを使え! お前の相手は俺だ。オーダイル、おんがえし!!」

 オーダイルがドサイドンに攻撃を仕掛ける。それで出来た隙に少女はクチートとデデンネを抱え、森の中を駆けていった。

 

 

 

「何故私は、こうも子供に邪魔をされるのだろうな」

「……何が目的だ? 自分の娘をあれだけ痛め付けて、故郷のトキワを混乱に貶め。何をする気だ?!」

 取っ組み合う二匹のポケモンを挟んで、少年は男を睨み付ける。

 男はただ口角を吊り上げ、二匹のポケモンを観察した。

 

 

「……よく懐いているな」

「答えろ!! 何が目的だ。組織の復活か?! アローラでエーテル財団を占拠した(ロケット)団と関係があるのか?! あの組織を仕切っていたのはお前なのか? 答えろ父さん───いや、R団首領サカキ!!」

 少年は叫んでオーダイルに指示を出し、それに合わせて男もドサイドンに指示を出して応戦する。

 

 サカキと呼ばれた男はただ薄ら笑った。自分の勝ちを確信しているかのように。

 

 

「我が名誉の為に答えよう───」

 男は胸に掲げた『R』のバッチに手を添えながら、口を開く。

 

「───アレは私自身ではない。R団の名に泥を塗った愚か者は必ず粛清する。……だから今日、この日を持ってR団を復活させるのだ! 世界に真のR団を知らしめるために!!」

 高々と宣言する男の背後で木々が燃え始めた。

 

 

「では始めようか。───R団復活の狼煙を上げる」

「……そうはさせない!!」

 彼の背後だけではない。トキワシティ全体で謎の地殻変動が起き、家は崩れ火災が起きている。

 

 

 

 

 

 二人のトレーナーが激闘を繰り広げ始めたその時、その場から逃げ出した少女はトキワシティの中心に位置するトキワジムに辿り着いていた。

 

 周りの建築物が崩れ火を上げている中で、このトキワジムだけは形を保っている。

 少女は関係者だけが知っている裏口から中に入り、ジム内の電源を探してブレーカーを上げた。

 

 しかし、電源は入らない。

 町中で停電が起きている為、無事な電力も全て重要な施設──ポケモンセンター等──に送られているからだ。

 

 

「で、電気が……」

 少女はクチートを仮のベッドに寝かせてから頭を悩ませる。

 

 ポケモンセンターに連れて行けば直ぐにでも治療を施して貰えるのだが、少女は諸事情によりポケモンセンターを利用する事が出来なかった。

 

 

「クチート……」

「デネ、デネデネ!」

 頰からアンテナのような髭を伸ばしたネズミポケモン──デデンネ──が少女の足にしがみついて鳴き声を上げる。

 どうやら考えがあるようだ。電気配線の所まで少女を引っ張ろうとするも、体格差がありデデンネは地面を転がった。

 

 

「デデンネが電力を引っ張ってきてくれるの?」

「デネ!」

 大きく首を縦に振るデデンネ。自らを守って傷付いたクチートが心配なのだろう。

 少女の答えを聞く前に、デデンネは電気配線が集まる設備がある場所まで走る。

 

 

「お願いデデンネ、あなたが頼りなの!」

「デネネ!」

 任せて、と。自身もボロボロなのに胸を張ったデデンネが配線に触れた次の瞬間、辺り一面が光りジム内に電気が回り始めた。

 

 

「やった、やったよデデンネ!」

「……デネ、デネネ」

 しかし、そこで力尽きたのか。その場で倒れこむデデンネ。

 少女はデデンネを抱き上げて、小さくお礼を言ってからクチートの横に寝かせる。

 

 

 

 これからどうしようか?

 

 つい先程、手に握らされたチケットを眺めながら二匹の回復を待つ少女は、ふと外の様子が気になって外に出た。

 

 

 

「ジャラランガ航空、アローラ行き」

 聞いた事のない地名。どんな所なのだろうか?

 チケットには、南国の暖かな島々のイラストが書かれている。

 

 きっとR団も居ない穏やかな雰囲気の地方に違いない。

 

 

 ──お前も旅をしてみろ。旅は良いぞ──

 

 そんな言葉を思い出しては、少女はしっかりとチケットを握りしめた。

 

 

 そうだ、このアローラという所に行こう。カントーから逃げて、きっとその場所なら平和に暮らせる筈。

 そうして今後の目標を見繕った矢先、ふと辺りが真っ暗になっている事に気が付く。悲鳴が聞こえた気がした。

 

 

 

「大変だ!! 病院もポケモンセンターも電力がダウンして、予備電源だけじゃ足りない」

 

「助けて! 誰か明かりを付けて! まだ娘と旦那とポケモン達が瓦礫に埋まってるの!!」

 

「お、俺のコラッタを誰か助けてよ! センターも停電で治療出来ないんだ!」

 

 

 悲鳴は気のせいではなかった。トキワシティのあちこちで、住人が電力の遮断により助けを求める声を上げる。

 

 

「どうして電気が?!」

 少女にはその理由が分かっていた。

 

 

「このままじゃ、怪我をした人やポケモン達が危ないぞ!」

 少女にはその先に起きる被害が分かっていた。

 

 

 

「ち、違う。……私じゃない。……わ、私じゃない。私はただ、クチートを助けたくて……。違う……違うの」

 少女は無意識に後退り、回復マシン以外のジムの電気を消す。

 

 

「……違う。違う。私じゃない。私じゃない。違う、違う。───違う違う違う違う違う違う違う違う違う」

 

 

 

 

 

 

 

 その日、カントーで最大の被害を記録する大震災がトキワシティを襲った。

 

 原因は不明とされ公のニュースでは自然災害と報じられているが、風の噂ではR団が暗躍していたと言われている。

 

 

 

 この件に関して国際警察はカントー各地及び一部アローラ地方に散ったというR団の幹部を追う事を決定。

 主にアローラ地方に逃げたと思われる赤髪の少女はR団首領に近しい関係であり、今回の事件の主犯である可能性が高い。

 

 早急に捉え、対処する必要がある。───国際警察ハンサム。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 そのポケモンは、空に憧れていた。

 

 

 砂嵐の中。それでも光を届かせる大きな星を、いつかこの瞳に映したいと願う。

 願いは翼となったが、まだこの姿ではあの星の所まで届かない。

 

 

 

 そのポケモンは空に憧れていた。

 

 

 砂嵐の奥で、銀色に光るその星を、そのポケモンは瞳に映す。

 

 

 その為に強くなった。この砂漠のありとあらゆるポケモン達に勝負を挑み、この砂漠で一番強くなった。

 

 

 

 ポケモンは進化し、強力な身体と翼を手に入れた。

 鬱陶しかった砂嵐は瞳を覆う赤いカバーで気にならない。

 

 この姿なら砂嵐の中も自由に飛び回る事が出来る。

 

 

 

 そのポケモンは空に憧れていた。

 

 だから、力を手に入れて、そのポケモンは砂嵐よりも高く飛んだ。

 

 

 

 視界に映ったのは銀色の月───では、なかった。

 

 

 

 赤いカバーに覆われた視界は真っ赤に塗られ、憧れていた空は赤黒く光る。

 

 

 

 

 

 そのポケモンは空に憧れていた。

 

 

 

 きっと、まだ足りないんだ。

 

 

 まだ力が足りないから、空が赤いんだ。

 

 

 

 そのポケモンは空に憧れていた。

 

 

 

 だから、ポケモンはまた自らを育てる。

 

 

 

 

 

 憧れていた銀色の月を見るために。

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

『えー、アテンションプリーズ。アテンションプリーズ。長い空の旅、お楽しみ頂けたでしょうか? ジャラランガ航空A85便は、まもなくアローラ地方メレメレ島空港に着陸致します』

 アローラ地方上空を飛行する飛行機の内部で、機械音によるアナウンスが流れた。

 

 

 それを聴いた乗客の一人である少女は、腕を伸ばしてその場で座ったまま背伸びをする。

 

 

「……っぅぅ、着くねぇ。もう少しで、アローラ」

 窓から飛行機の外を覗くと、うみねこポケモンのキャモメが飛行機と並行して空を飛ぶ姿が目に映った。

 

 

「見て見てクチート、デデンネ! キャモメの群れ!」

「クチ?」

「デネ、デネネェ!」

 仲良く窓の外を覗く、少女と二匹のポケモン。

 満月が照らす夜空を飛ぶのはキャモメだけではない。少女の知らない鳥ポケモンもまた、並行して空を飛ぶ。

 見下ろす海には、また海に生息するポケモン達がいた。勿論大地にもポケモンは存在する。人がいる所、人がいない所、色んな場所にポケモンは存在する。

 

 

 

「……なんだろう? あれ」

 

 

 

 

 この世界はポケモンの世界だ。

 

 

 海に、陸に、空に、宇宙に───そして別の世界に。

 様々な世界に生きる生き物達は、ボールに入れてしまえばポケットにしまう事が出来る。

 

 

 ポケットモンスター縮めて───ポケモン。

 

 

 この世界はポケモンの世界だ。

 

 

 

 

 ようこそポケットモンスターの世界へ。

 

 

 これは、ポケモンと命の物語。

 




初めましての方もそうでない方も、おはこんばんちわ。普段はモンハンの作品ばかり書いてる皇我リキです。

今回は新しい連載作品という事で、ポケットモンスターの作品にチャレンジさせて頂く事になりました。不束者ですが、もしお気に召されましたらお付き合い頂けると嬉しいです。


キャラクターの二次創作は苦手ですが、アローラの人々や一話から登場しメインになりそうなあのボスやその息子、色々な原作キャラのイメージを壊さないように頑張りたいと思います。
一方で原作がポケモンという事で、曖昧な独自設定などを含む場合があります。無理矢理な設定などあるかもしれませんが、ご了承して頂けると助かります。


さて、堅苦しいのはここまでにして。


ようこそ、ポケットモンスターの世界へ。

とある組織のボスの娘。その少女と周りの人々、ポケモン達が、アローラ地方で見せる新しいゼンリョクの大冒険。お楽しみ頂けると幸いです。


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【一章一節】今宵──少女は砂漠の精霊と邂逅する
砂漠の精霊は砂嵐の中うたう


『えー、アテンションプリーズ。アテンションプリーズ。長い空の旅、お楽しみ頂けたでしょうか? ジャラランガ航空A85便は、まもなくアローラ地方メレメレ島空港に着陸致します』

 カントー地方を離陸し、現在アローラ地方上空を飛行する飛行機の内部で機械音によるアナウンスが流れた。

 

 

「……っぅぅ、着くねぇ。もう少しで、アローラ」

 それを聴いた乗客の一人──赤い髪を短く後ろで纏めた少女──は、腕を伸ばしてその場で座ったまま背伸びをする。

 

「見て見てクチート、デデンネ! キャモメの群れ!」

 少女が窓から飛行機の外を覗くと、うみねこポケモンのキャモメが飛行機と並行して空を飛ぶ姿が目に映った。

 

 

「クチ?」

「デネ、デネネェ!」

 二匹のポケモンが釣られて少女と仲良く窓を覗く。満月が照らす夜空を飛ぶのは、鳥ポケモン達の群れだ。

 カントー地方では見ないポケモン、一面に広がる夜空やそれを反射する海を見て少女は歓喜の声を漏らす。

 

 

 見慣れない空の風景はこれまで見てきたどの夜空よりも光り輝いていて、夜なのを忘れる程の明るさだった。

 

 

「……なんだろう? あれ」

 そんな夜空に見た事のない光景が映り、少女は目を細めて首を横に傾ける。

 写真だけで見た事のあるオーロラのような。しかし、それはオーロラにしては不自然に綺麗な円形をしていた。

 

 

 月───ではない。満月の月はその円形から離れた所で輝いている。

 

 

 そして一瞬の閃光。円形の中心から何かが飛び出したかと思えば、その不自然な光はまるで吸い込まれるように形を小さくしていった。

 

 

 

「なんだったんだろう……」

『ここで、次のニュースです』

 呟く少女の傍らで、座席に設置されたモニターが光を発して音を出す。

 少女のポケモン──デデンネ──が誤ってテレビのリモコンを押してしまったらしい。

 

 

『カントー地方──トキワシティ──を襲った大震災から一ヶ月が過ぎ、被害者や犠牲になったポケモンに黙祷を捧げる人も見受けられました。未曾有の大震災から一月。環境省は自然現象だと結論を付けるも未だに原因は分かっておりません───』

「このニュース、アローラでもやってたんだ……。(ロケット)団の名前は出てないから大丈夫だとは思うけど……」

 少女はそのニュースを複雑な気持ちで見続ける気にもならず、デデンネが踏んでいたリモコンを持ち上げて消そうとした。

 

 

 一ヶ月前にカントー地方──トキワシティ──で起きた大震災。

 二次災害を含め、犠牲となった人々やポケモンは三桁に及ぶ地盤沈下や地震。

 

 少女にとってその事件は他人事ではなく、ニュースを見ているのも辛かったのだろう。

 

 

 ───しかし、リモコンのボタンを押す前にモニターは光を消した。

 

 モニターだけではない。飛行機内部の光が全て消え、乗客が一斉に悲鳴をあげる。

 

 

 停電?

 驚いた少女はふと夜空の光を頼りに自分のポケモンの安否を確認しようと窓の外に視線を送った。

 

「───嘘?」

 しかし、窓の外にはこれまで輝いていた星々の光は見えない。

 まるで闇に飲み込まれた感覚。唯一光る月の光だけが、暗くなってしまった夜空を照らす。

 

 

 

『───この事件の全貌について国際警察は独自の調査を進めており───』

「何……こ───きゃぁ?!」

 底知れぬ恐怖は突然の衝撃で跳ね上げられた。

 まるで飛行機に何かがぶつかったかのような衝撃。

 

 外を見ていなくても分かる程に、飛行機が急降下を始める。

 

 

「な、何が起きて……っ?!」

「お客様! お客様! 落ち着いて下さい。今すぐに非常電源に切り替えます。落ち着いて下さい!」

 乗員の一人が運転室から出て来て声を上げるが、突然の停電と急降下からくる乗客の恐怖はそんな物では紛れる訳がなかった。

 

 

「くっそ、まずい……。お客様! もしでんきタイプのポケモンをお持ちのお客様が乗客の中におられましたら力を貸して下さい! 非常電源の作動に必要な電力を貯めて貰いたいのです」

「……デデンネ、出来る?」

 乗員の声を聞いた少女はデデンネを抱き上げながらそう聞く。

 デデンネは勿論だともと言うように、持っていた眼鏡を掛けて親指を立てた。

 

 頼りになる相棒だ。

 少女は頷きながら乗員の前に向かう。突然揺れた機内で悲鳴が飛び交い、倒れそうになった少女をもう一匹の相棒──クチート──が支えた。

 

 

「私のデデンネ、電気ならピカイチです!」

「お、ありがたい。一緒に来てくれ!」

 乗員に導かれ、少女はさらに揺れる機内の中を走る。

 

 まるで飛行機の上で大きな何かが暴れているようだ。

 

 

 

「ここだ。ここに電力を供給したい。いけ、デンジムシ! でんきショック!」

「デデンネもお願い。でんきショック!」

 乗員がモンスターボールを投げ、中からバッテリーポケモンのデンジムシが姿を現わす。

 デデンネと共に放った技──でんきショック──は予備電源に電力を供給する事に成功した。

 

 

「よし、メモリはマックスだ。これで……。……なんでだ?」

 しかし、一向に機内が明るくなる気配がない。予備電源の電力は最大値。

 しっかりと音を出して動いているのも確認出来る。

 

 何かがおかしい。

 

 

 少女の頭には何かが引っかかっていた。

 

 

 これは本当に停電なのだろうか?

 

 停電だとしたら───

 

 

 ──この事件の全貌について国際警察は独自の調査を進めており──

 少女はモニターが消えた後も聞こえたテレビの音を思い出す。

 

 

 ───停電だとしたら、テレビの音は聞こえない筈。

 

 

「副機長!! おかしいんです、操縦室に来て下さい」

 少女が考える横で、もう一人の乗員が少女の隣にいた乗員を呼び付けた。

 何となく付いて行くと、少女の疑問はさらに加速する。

 

 

『こちら空間研究所。こちら空間研究所。ジャラランガ航空A85便応答願う。繰り返す。こちら空間研究所。ジャラランガ航空A85便応答願う』

 停電しているというのに、機械からは通信の音声が流れていた。

 

 アーカラ島──カンタイシティ──にある空間研究所からの通信である。

 副機長と呼ばれたデンジムシのトレーナーの男は、試しにと通信機を取って停電で使えない筈の受話器に話しかけた。

 

 

「こちらジャラランガ航空A85便。こちらジャラランガ航空A85便。応答した。機材トラブルだ。何が起きているか知りたい。どうぞ」

「こちら空間研究所。そちらの飛行経路のすぐ近くにてウルトラホールの出現を感知したわ。もしかしたらウルトラビーストに襲撃される可能性が───」

「それならもう多分手遅れだ。機体の上にデカいのが乗ってるのを確認した。機材はソイツのせいでトラブルが起きてるんだろう。……本機は不時着を決行する。そっちでベストな場所を案内してくれ」

 事態は少女が思っていたよりも深刻である。

 

 

 機材トラブルによって、電気的な安定した飛行は不可能。全てのメーターは機能せず、外部モニターにも何も映らない。

 そんな中での不時着だ。ベテランの飛行士でも成功する可能性は低い。

 

 

 

「……オーケー。その高度からだと急いで旋回すればハイナ砂漠に迎えるわ。ウラウラ島に連絡を入れて、直ぐに救助隊を派遣する」

「砂漠か……。岩の多い砂の上だが、海に突っ込んでバラバラになるよりはマシか。……上に乗ってるのはどうしたら良い?」

「救助隊に何とかさせる。……でも、計算したらそちらの不時着から救助隊の到着まで最低でも一時間掛かるわ。……持ち堪えられる?」

「……こっちは商売だからな。やってみせるさ。出来るだけ早く助けに来てくれよ。それじゃ、運転に集中する為通信を切る」

 そう言って受話器を乱暴に戻した副機長は操縦席に座り込む。

 

「ったく、機長は気絶するし変なポケモンに取り憑かれるし。最低な飛行(フライト)だな」

 この手一つに乗客乗員全ての命が掛かっている。こんな飛行は生まれてこの方初めてだ。

 

 

「あ、あの……私に出来る事は……?」

 一部話を聞いていた少女が、震えながら言葉を落とす。

 真に他人事でない状態に、また(・・)人々やポケモンが目の前で命を落とすかもしれない。

 

「皆を助けたい。誰も死なせたくない……」

 その中に自分が入っているのも忘れて、少女は無意識に発したその言葉の一心で、小さな身体を乗り出した。

 

 

「大丈夫だ、子供を守るのが大人の仕事さ。というよりは副機長的な仕事の意味合いでも、乗客乗員を守るのが俺の仕事だしな」

「で、でも……」

「嬢ちゃん、さっきのデデンネの電撃は中々だったぜ。不時着が成功したら別の所で力を借りたい。……だから今は席に着いてシートベルトをしてくれないか?」

 少女の頭に手を置きながら、副機長は彼女と共に客席に向かう。

 

 そして戸惑う少女を座らせてから、副機長が息を大きく吸ってから吐いた。

 

 

「えー皆さん。当機はこれより緊急の不時着を行います。不時着先はウラウラ島、ハイナ砂漠。安全な砂地を選び着陸いたしますので、何の心配もございません。衝撃に備え、シートベルトの着用をお願い致します。不時着後、救助隊の到着まで少しだけ時間が掛かりますが何の問題もありませんのでご安心と、ご理解ご協力の程を宜しくお願い致します」

 深々と頭を下げる副機長の話を聞いて乗客の反応は様々だったが、彼の熱い想いが届いたのか全ての乗客が席に座ってシートベルトを着用する。

 

 

 後は、彼の腕次第だ。

 

 

 副機長はもう一度深く頭を下げ、操縦室に戻って行く。

 

 明かりがなく、電子機器のメーターが表示されない中。

 彼は己の経験と勘を頼りに、乗客乗員総勢百名以上を乗せた旅客機の操縦桿を握った。

 

 

 

 

 

 ウラウラ島──ハイナ砂漠──は13番道路の北に広がる岩場の多い砂漠である。

 

 目印に出来そうな巨大な岩もあるが、似たような岩が無数に存在するので迷いやすくアローラ地方でも危険な地域だ。

 

 

 この砂漠の奥地には、アローラ地方の守り神を祀る遺跡の一つ──実りの遺跡──が建てられている。

 そこに鎮座する一匹のポケモンの眼に映ったのは、人々を乗せて今この地に向かってくる巨大な飛行機であった。

 

 守り神は目を細め、自らの行動を思考する。

 

 

 飛行機に組み付いた一匹の生き物。それが守り神──カプ・ブルル──の思考の決め手になった。

 

 

 

 

 飛行機は砂漠地帯に順調とは言えない状態で接近する。

 副機長の操縦は確かなものだったが、機器のメーターは使い物にならず視界も悪くモニターも何も映さない。

 

 砂嵐が窓を叩く操縦室の中で、副機長はモニターを叩き割りたい衝動を堪えながら必死に操縦桿を握っていた。

 

 

「視界は最悪、足場も最悪、状況は何もかも最悪。人生でこれ以上ないくらい最悪だ。これ以上最悪な事はこの先一生ないだろうな?! ───っぉ?!」

 せめてものストレス発散で声を上げる副機長の操縦する機体が大きく揺れる。

 

 これ以上もあったか。

 自分の不運を呪いながら、傾いた機体を戻そうとするが、また大きな揺れがその手を阻んだ。

 

 

「上に乗ってる奴が暴れてやがるのか?!」

 操縦室の窓からは薄っすらと鋭い影が見える。

 

 どうしてこうも視界が悪いのか? いくら夜だからといっても、暗過ぎないか?

 まるで光を奪われているような───窓には星の光すらも映らない。明らかに異常な光景だった。

 

 

 

「畜生、次攻撃を貰ったら不時着とかそういう話ですらなくなるぞ?!」

 そんな副機長の悲痛な叫びを聞いてか聞かずにか、黒い影は巨大な何かを振り上げる。

 

 それは客室から見ても分かる光景で、まるで闇が迫って来るかのような───人によっては飲み込まれる感覚を覚える者も居た。

 

 

 

 悲鳴が上がる。

 

 

 副機長も、これは流石にダメだと眼を瞑った。

 

 

 少女は窓の外に影を見る。

 

 

 赤い残光が走り、砂嵐の中を何かが飛翔する姿が一瞬だけ視界に走った。

 

 

 

 精霊は歌う。

 その翼を羽ばたかせ、砂嵐の中音を奏でる。

 

 

 まるで歌声のような音と、黒い影と赤い残光が重なったのはその歌の様な音が機内に広がったのとほぼ同時だった。

 

 

 

「な、なんだ?!」

 次の瞬間、機体が軽くなる。操縦室のモニターやメーターが光を放ち客室の光源も同時に復活した。

 

 

 機体が揺れるも、機器が頼りになるならば副機長にとってなんら問題ではない。

 直ぐに姿勢を戻し、機体は不時着の体制を整える。

 

 

「明かりが着いた?!」

「……やっぱりネクロズマか」

 少女の背後で一人の男が小さく呟いた。そんな言葉は機内の喧騒に妨げられて少女には届かない。

 

 

 

 未だに精霊の歌は機内に鳴り響く。

 

 それを不安がる人もいれば、その歌で安心する人も居た。

 

 

 その歌はまるで機体を誘導するかのように流れ続ける。副機長は何も疑わずに、己の勘と腕を信じて操縦桿を握った。

 

 

 

『「不時着致します!! 乗客乗員は衝撃に備えて下さい!!」』

 

 砂漠のポケモン達、退いていてくれよ。

 副機長がそう願った次の瞬間、機体は砂漠の砂と接触しそれを大量に巻き上げる。

 

 

 鳴り響く轟音。岩と鉄の響き合う音、砂を引き摺る音、爆発音。

 

 

 

 ───星々の光が照らす夜の砂漠に、巨大な黒い影が降り落ちた。




一話目からクライマックス。
それと、あけましておめでとうございます。


本日から七日間。一日一話ずつこの作品を更新しようと思います。無理かもしれませんが()。
もしよろしければ冬休みのお供にお読み下さい。それでは、またお会い出来る事を楽しみにしております。


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ハイナ砂漠に舞うはすなあらし

「バーネット博士! これを見てください。アローラ地方上空に出現したウルトラホールのデータなんですが……」

 アーカラ島──カンタイシティ──空間研究所にて、研究員の一人がバーネットと呼ばれた女性を手招きしながら声を上げる。

 

「現れたウルトラビーストの正体が分かったの?!」

 バーネットと呼ばれた白髪、褐色肌の女性は研究員に駆け寄ってモニターを覗き込んだ。

 その答えを研究員から聞くまでもなく、彼女はデータを照らし合わせて絶句する。

 

 

「……これ、引き出すデータを間違えたとかじゃなくて?」

「そうだったら良いと四度も確認しました……」

 研究員はモニターから目を逸らしながらそう答えた。

 

 考えうる限り最悪な事態の前で、バーネットは自らの手に掛かっている命の重さを握り締める。

 

 

「───なんで、また……ネクロズマが」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 焦げ臭い匂い。身体の節々の痛みで、少女は目を覚ました。

 

 

「……っ。……こ、ここは?」

 辺りを見渡すと、その空間は真っ暗で呻き声だけが小さく響く。

 少女は身体の痛みに耐えながらも、周りを見渡して自分のポケモンを探した。

 

「クチート……デデンネ……っ!」

 目が慣れて来ると、悲惨な光景が視界に入る。

 傷だらけの乗客達。天井の無い飛行機。

 所々から火柱を上げる機体は見るも無残にバラバラになっていた。

 

 

「クチィッ」

「デ、デネェ……」

 そんな中でも、少女のポケモンは無事で鳴き声を上げる。

 少女は二匹を抱き抱えて、もう一度周りを見渡した。

 

 

「ど、どうしよう……」

 怪我人の数は計り知れない。ポケモンだって怪我をしている。

 少女は奇跡的に軽傷で済んだが、不時着は決して成功とは言えない結果に終わっていた。

 

 

「デネ───」

 立ち尽くしている少女の頭上で、突然何か金切り音のような鳴き声が響く。

 巨大な影は残っていた屋根を引き裂き、少女の頭上を通り過ぎた。

 

「……何?」

 感じた事もないような恐怖に身を震わせる少女は小さく声を漏らす。

 一月程前の事を思い出し肩を抱くが、しかし無意識に身体は動き出していた。

 

 

「クチート、デデンネ、皆を助けたいの。手伝って!」

 痛む身体に鞭を打って、状況を確認しようと周りを見渡す。

 少女の周りは見れば見るほど悲惨な状態で、既に手遅れに見える乗客も何人か居た。

 

 それでも、一人でも多くの人を───ポケモンを助けたい。

 手を握り何を優先すべきか考える。砂嵐が舞った。金切り音と、悲鳴が重なる。

 

 

 少女の目の前で、黒い影が飛行機の翼を叩き潰した。

 

 爆音が鳴り、機体が揺れる。まだ脅威は去っていない。人やポケモンを助ける前に、まず求められるのは彼等の生命を脅かす危険の排除だった。

 

 

 

「……アイツを何とかしないと───」

「辞めとけ辞めとけ、アイツには一般人が束で掛かっても敵いやしねーよ」

 身を乗り出す少女の手を、突然褐色の顔に桃色の髪をした男が掴む。

 少女を諭すようにそう言った男は、手持ちのモンスターボールからポケモンを一匹同時に繰り出した。

 

 

「敵わないって……。貴方はあそこに居る生き物が何か知っているの?」

 男の言葉が気になって、少女は振り向いて口を開く。

 振り向いた先に居たのは、尻尾の先から出る液体で壁などに色を塗るえかきポケモン──ドーブル──だ。

 

「アレはウルトラビーストっていう化物さ。人間の敵う相手じゃないし、このままじゃこの飛行機に乗ってる奴は全員死ぬ」

 淡々とそう語る男は、ウルトラビーストと呼んだ黒い影を見ながらそう言う。

 心なしか口角を釣り上げて笑っているようにも見えるその男は、続けてこう言葉を落とした。

 

 

「だがこのドーブルに覚えさせたテレポートを使えば、俺とそうだな……君くらいは助ける事が出来るかもしれない。どうだ?」

「な、何言って……。他の人を見殺しにする気?!」

「なら此処で自分の大切なポケモンすら守れずに死ぬか?」

 男は少女を睨みつけてそう言う。

 

 それを聞いた少女は自分の二匹のポケモンに視線を落として、拳を強く握りしめた。

 

 

 

 もう、自分のポケモンをあんな危険な目に合わせたくない。

 

 

 自分のポケモンが苦しむ姿なんて見たくない。

 

 

 ───でも、今自分だけが逃げたらあの時と同じだ。

 

 

 

「……私は戦う。戦います!!」

「残念だがお前の意見なんて聞いてる余裕無いんだよなぁ……。ドーブル、テレポートだ!」

「え、ちょっと?!」

 男は少女の意見を無視してドーブルに指示を出す。ドーブルが技を発動する為のエネルギーを貯め終わった次の瞬間───

 

 

 

「ガlqギdpmギohキlqchィjfuギwqkhdギyqnァjgbjpjァpngギmgdpj」

 

 

 

 ───これまでで最大の金切り音が砂漠中に鳴り響く。意識のある者は耳を塞ぎ、それはドーブルも例外ではなくテレポートは不発に終わってしまった。

 

 

 

「……っ。おいおいマジかよ?!」

 そして巨大な黒い影は機体に近付いてくる。明らかな攻撃意思。その攻撃が届けば、機内の乗客乗員に命はない。

 

 

 

 しかし、次の瞬間鳴り響いたのは機体が破壊された音でも、ガソリンに引火し機体が爆発した音でもなく───

 

 

 

「……歌?」

 

 

 

 ───まるで精霊の歌声のような()だった。

 

 

 

 黒い影と赤い残光が重なる。しかし、それは簡単に叩き伏せられて地面を転がった。

 

 

 

「な、なんだアレは?」

 機体の近くに転がる緑色のポケモン。一対の翼と四肢を持つその姿は、ドラゴンタイプ特有の特徴である。

 

 

「……フライゴン?」

 少女はその竜の名を知っていた。じめん、ドラゴンタイプ。

 

 頭部から背後に伸びた二本の角と菱形状の翼、瞳を覆う赤いレンズが特徴的なせいれいポケモン──フライゴン──だ。

 

 

 

 じめんタイプだからだろう。少女はそのポケモンの事をある程度知っていた。

 主に砂漠に生息するポケモンで、砂嵐の中で舞う羽音が精霊の歌のように聞こえるポケモンである。

 

 

 つまり、先程から聴こえていた歌───音は、あのフライゴンの羽音だったのだ。

 

 

「あのこが飛行機を守ってくれていたの……? ……っ」

 少女は何の迷いもなしに天井の無くなった飛行機から飛び降りる。

 華奢な見た目からは考えられない身体能力でフライゴンに駆け寄った少女は、直ぐに倒れている身体を調べ出した。

 

 

「こんなに傷だらけになるまで……。待ってて、今キズぐすりを───」

 倒れたフライゴンの看病をしようと頭を上げようとするが、フライゴンは苦しそうに鳴き声を上げながらその手を払いのける。

 

 

「───なんで」

「フルァ……ッ!!」

 そして突然起き上がったフライゴンは少女を突き飛ばした。

 次の瞬間少女が居た場所を黒い影が引き裂く。砂漠の砂の上を転がっていた少女は巻き込まれなかったが、フライゴンはさらに地面を跳ねながら砂の上を転がった。

 

 

「……っ、そんな! フライゴン!!」

 ───自分のせいで。

 そんな感情に押され、少女はフライゴンの元に駆ける。

 しかし、黒い影は容赦無く次の攻撃へと移行した。

 

「───しまっ?!」

「クチィッ!」

「デネェッ!」

 遅れてやって来た二匹が少女の前に立ち塞がるが、そんな物では黒い影を止める事など出来る訳がない。

 少女が三匹のポケモンごと潰されるほんの数瞬前に、男は自らのポケモンに指示を出す。

 

 

「ドーブル、キングシールド!!」

「……ブルッ!」

 少女達の目の前に立ちふさがったドーブルが尻尾と両手を黒い影に向けた。

 

 同時に発生するエネルギーが黒い影の攻撃を止める。

 本来は一部のポケモンのみが覚える事の出来る技だが、ドーブルは相手の技をコピーする技──スケッチ──を使う事でキングシールドの発動を可能にしたのだ。

 

 

 そしてこのキングシールドには、エネルギーに打撃技で触れたポケモンの攻撃力を下げる能力がある。

 

 しかし、その能力は発動せずに黒い影は一旦少女達から距離を取った。

 

 

 

「……アレは技ですらないって事か。いや、本当に化け物だな。……おいバカ! 死にてーのか!!」

「だ、だってフライゴンが……っ!」

「守りたいんだったら一緒に死んでどうする! 力も無いのに理想ばっかり吐いてんじゃねーよ!」

 少女の胸ぐらを掴む男にクチートとデデンネが威嚇するが、二匹をドーブルが阻む。

 

 

「……っ」

「全てを助けようなんて甘い考えだからお前はこんな所に居るんだろうが。少しは考えろ!」

「な……。あ、貴方は一体───」

 少女の言葉を遮ったのはやはり金切り音だった。黒い影が迫る。男は再びドーブルに指示を出す準備をした。

 

 

「デンジムシ、でんきショック!!」

 そこで第三者の声が夜の砂漠に響く。声の主は墜落した飛行機の副機長で、モンスターボールから放たれたデンジムシが予備電源に放ったのと同じ技を黒い影に放った。

 

 

「君達無事か?! すまない、私の不時着が失敗したせいで……」

 副機長は素早く二人に駆け寄って、謝罪をする。自分の不甲斐なさで舌を噛み切りたい気分であったが、今はそれよりも自体の深刻化を防ぐ事が第一だった。

 

 

「不時着なら成功してたぜ? まぁ、衝撃で大勢が気絶してたようだが。それでもあの状態なら完璧な不時着だった筈だ。……まぁ、問題はその後またアレに襲われたって事実だけどな」

「成る程……。……ん? 待ってくれ、そのドーブル。もしかして貴方はメレメレ島のキャプテン、イリマさんでは?」

 男は明らかに歳上の副機長に対して大きな態度で答える。しかし、副機長はそんな事を気に留める事もなく驚いた表情で男をイリマと呼んだ。

 

 

「……。……あー、は? あー、うん。そうだ。俺が───じゃねーな。僕がイリマだよ」

 男は困ったようにそう答えてから、副機長の言葉を肯定する。

 

 キャプテン? 少女は言葉の意味も分からずに、ただ不規則に動く黒い影を見詰めていた。

 

 

 

 あの生き物はなんなのだろう……?

 

 

 

 なぜ暴れているの……?

 

 

 

 怖がっている? 違う。

 

 

 苦しんでいる……?

 

 

 

「ほ、本当にイリマさんなのか! 助かったぁ……。あの黒い影、イリマさんお得意のノーマルタイプのZ技──ウルトラダッシュアタックで蹴散らしてやってくれないか?!」

「はぁ?! 俺がZ技だぁ?! ───じゃ、なかった。いや、ごめん……今Zリングを忘れて来ちゃっててさ?」

 男は副機長の言葉にそう答え、一歩ずつ後ずさりする。

 そんな三人の前で、黒い影は再び攻撃の構えを取った。

 

 

「ヤバい……イリマさん、なんとかならないか?!」

「いやいやあんなのとまともに戦ったらキャプテンだろうが歯も立たねーよ?!」

 まぁ、まともに戦うつもりなんてねーけどな。そう小さく呟いた男は、二人の前に立ってドーブルに指示を出す。

 

 

「ドーブル、こころのめ!」

 男の指示で目を閉じるドーブル。黒い影が攻撃の姿勢を取った次の瞬間、ドーブルは目を見開き黒い影を見据えた。

 

 

 こころのめ。

 相手の動きを第六感で感じ取り、次の攻撃を必ず当てる技である。

 

 強大な黒い影を相手にどんな技を当てても意味がないように思えるが、一つだけ───相手がポケモンであれば必ず倒す事の出来る技が存在した。

 だがその技は命中率が非常に悪く、普通に放っても当たる可能性は精々三割もない。

 

 しかしこの技──こころのめ───は、その技を必ず当てる事が出来る。

 

 

 

「Z技なんか知るかよってんだ。こっちにはそれ以上だってある。……くらえ、いちげきひっさつ技───」

 その一撃こそ必殺の攻撃。

 

 

「───ハサミギロチン!!」

 ドーブルの尻尾の先から巨大なハサミ状のエネルギーが刃を開き黒い影へと伸びた。

 

 エネルギーは黒い影を確実に捉え、周りの砂を巻き込みながら閉じる。

 

 

 

 いちげきひっさつ。

 

 

 

 ───その謳い文句を形にするような衝撃が、砂漠を包み込んだ。




二日目です。完結間近かと思われそうな緊張感ですがまだ二話目です。本当はほのぼのが書きたい!!←

またお会い出来ると嬉しいです。


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精霊は砂漠のそらをとぶ

 砂煙が晴れる。

 相変わらずの砂嵐の中だが、舞い上がった砂が晴れるだけで視界は天と地程の差となった。

 

 

「……やったのか?」

 視界に黒い影が映り、副機長が小さく言葉を漏らす。

 しかし副機長の言葉とは裏腹に、黒い影はゆっくりと不規則にその身体を動かした。

 

「何?!」

「……レベルが足りなかったってか。こりゃ、お手上げだな。ネクロズマのデータは取れたし、正直引き際だよなぁ」

 男はそう言うと、周りを見渡す。

 

 

 そんな彼の視界に入ったのは、黒い影の背後で空間が捻じ曲がりながら穴を上げる光景だった。

 

 

「……ウルトラホール?」

 そして黒い影はその穴に入っていき、穴と共に姿を消す。

 同時に登って来た太陽によって辺りの視界は良好になり、黒い影が周りに居る様子はなかった。

 

 

 しかし、黒い影が居なくなっただけで状況が改善したとは言えない。

 

 大小様々な怪我をした人々やポケモン達。少女の脇で倒れるフライゴン。

 救助隊の到着はまだ先で、今ここでの応急処置で生死が決まる人々も少なくない。

 

「こうなればもう大丈夫か……。……よし、俺───じゃなかった。僕は救助隊を探して案内してくるよ」

「イリマさんなら安心だ、頼む。俺は乗客乗員の応急処置を進める。お嬢ちゃん、手伝ってくれ」

 イリマと呼ばれた男は副機長の返事を聞いてから、ドーブルにテレポートの指示を出す。

 一瞬でその場から消えた男が居た場所の隣で、少女は倒れているフライゴンに必死に呼びかけていた。

 

 

「フライゴン! フライゴン!!」

 まるで返事のない一匹のポケモン。試しに脈を測ってみると、心臓は止まっており息もしていない。

 

「そんな……」

 また、目の前で命の灯火が消えていく。

 

 

 誰も助けられない。

 

 

 何も助けられない。

 

 

 

 ───そんなのは、嫌だ。

 

 

「デデンネ、でんきショック!」

「デネ……ッ!」

 少女の指示で、デデンネがフライゴンにでんきショックを放つ。

 

 心臓マッサージのつもりなのだろうが───しかし、じめんタイプを持つフライゴンには文字通り効果が無かった。

 

 

「……っ。そうか、じめんタイプだから」

「そのフライゴンはもう諦めるしかない。君も機内の人達を運ぶのを手伝ってくれ」

 副機長にも思う所はあるが、今は一人でも多くを救う事が先決である。

 心を鬼にして、彼は唇を噛み切りながら少女の肩を叩いた。

 

 

「嫌です! 私はもう……誰も見殺しにしたくない!!」

「君……」

 少女は副機長の手を払いのけ、フライゴンの胸に手を当てる。

 

「生きて……。死なないで……お願い!」

 胸に当てた腕を押し込みながら、少女は必死に声をあげた。

 クチートとデデンネが首を持ち上げて、合間合間に人工呼吸を行う。

 

 

 少女の想いが届いたのか?

 

 処置が最適だったのか?

 

 

 フライゴンは砂埃を吐きながら息を吹き返した。少女は目を開くフライゴンに安堵して涙を流す。

 

 

「やった……良かった…………助かったんだね……?」

「フラィ……」

「おぉ……。だが、喜んでる暇はないぞ」

「そ、そうだ……。他の皆も……っ!」

 そう思い振り向いた少女の視界に映ったのは、太陽に照らされた事によりはっきりする絶望的な光景だった。

 

 原型を留めていない飛行機。重傷を負った人々やポケモン。そして、飛行機の不時着に巻き込まれた砂漠のポケモン達。

 無事な生き物の方が少ない、まさに地獄絵図のような光景に少女は口を押さえて後ずさる。

 

 

「そんな……」

「救える人を救うしかないか……」

 副機長の言葉に少女は唇を噛んだ。

 

 結局自分一人の力で何もかもを救う事なんて出来ない。

 またあの気持ちを味わうのだろう。ならまた逃げるのか。あの日のように、自分は悪くないと言いながら逃げるのか。

 

 

 少女は首を横に目一杯振って駆ける。

 

 直ぐ近くに倒れていたフカマルにキズぐすりを使い、その隣に倒れていたメグロコにも同様にキズぐすりを使った。

 そこから離れた所に倒れていたガバイトが息をしていない。少女は近くのポケモンをデデンネとクチートに任せて、フライゴンにしたようにガバイトにも心臓マッサージと人工呼吸をする。

 

 

「お願い、死なないで……っ! お願い……っ!」

 しかしガバイトは一向に息を吹き返さない。特性のさめはだにより、少女の体が傷付いていくだけだ。

 

 

「君、よせ! 今は見捨てるしかない命だってあるんだ!」

「嫌です! 私はもう……誰も見殺しにしたくない!!」

「だがそんな事をしていたら助けられる命も助けられない!」

「……っ」

 副機長の言葉に少女は手を止める。

 

 目を背けたくなる現実だ。受け止める事は出来ない。それでもこの世界にはどうしようもない事が多過ぎた。

 

 

 少女は血だらけの手を握り、涙を落とす。大粒の涙はガバイトの頭を伝って、砂漠の砂に吸い込まれた。

 

 

「……私は───」

 突然、歌が聞こえる。聞いた事のある歌。ついさっきまで、彼女達を守る為に戦っていた精霊の歌。

 フライゴンが砂嵐を舞う。同時にすなあらしは晴れていき、羽音である精霊の歌声も聞こえなくなった。

 

 

「……すなあらしが止んだ? ───な、なんだ?!」

 突如、少女達の足元から砂漠ではありえない光景が広がり始める。

 大地に広がる()。少女を中心に、大量の草木が砂漠の大地を染めていった。

 

 

 

「……何? これ?」

「これはまさか……グラスフィールド? カプ・ブルルなのか?」

 大地の恵みは生き物全ての生命を育む。

 

 

 緑に覆われた大地は、倒れているポケモン達や飛行機の乗客達の傷を癒していった。

 まるで奇跡でも見ているかのような光景に二人は眼を見開く。少女の眼に映るのは、二本の角を持つ見た事もないポケモンだった。

 

 

「あれは……?」

 そのポケモンはゆっくりと少女達の元に向かってくる。

 

 脚は無く、二本の腕と鐘のような尻尾を持つアローラの守り神。その一匹だ。

 

 

 名を───カプ・ブルル。

 

 

 

「まさか死ぬまでにカプに会えるなんてな……」

「カプ……?」

 カプ・ブルルは少女の前に鎮座する。力強い視線は、少女を見定めるように真っ直ぐに向けられていた。

 

 

「……あなたが、皆を助けてくれたの?」

 周りを見渡せば殆どのポケモンや人々が眼を覚ましている。息をしていなかったガバイトも例外ではない。

 傷は癒え、飛行機の乗客は何が起きたか分からずに辺りをキョロキョロと見回していた。

 

 

「あの、このポケモンの名前は?」

 返事のないポケモンを横目で見ながら、少女は副機長にポケモンの名を聞く。

 副機長はアローラの守り神に頭を下げてから、少女に振り向いた。

 

 

「アローラ地方で四つの島それぞれを守ってくれている伝説のポケモンの一匹、カプ・ブルルだ」

「カプ・ブルル……」

 未だに少女の姿を覗き見るカプ・ブルルの背後にフライゴンが降り立つ。

 再び少しずつ砂嵐が吹き始め、アローラの守り神は瞳を閉じた。

 

 

「……カプゥブルル!」

 その瞳を開眼すると、カプ・ブルルはその腕を少女に突き出す。

 ビックリして眼を閉じる少女だが、強い衝撃は感じずに手首に何かを乗せられた感覚で瞳を開けた。

 

 

「……なに? これ」

 少女の手首には、黒いデザインの腕輪が嵌められている。時計の様だが時間を示す針は何処にも見当たらない。

 何か菱形の物が嵌りそうな窪みはあるが、少女にはそれが何なのか分からなかった。

 

 

「カプがZリングを渡した……?」

 副機長はその光景を目の当たりにして眼を見開いて驚く。

 話には聞いた事があったが、本当にそんな事があるとは。

 

 

 カプ・ブルルは満足げに見詰めると、一度目を瞑ってから振り向いた。

 同時に生い茂っていた緑は砂に埋もれていく。フライゴンと眼を合わせたカプ・ブルルは静かにその場から離れていった。

 

 

 

「……なんだったんだろう」

「アローラの守り神は気まぐれだからな。こんな事もあるのかもしれない。……いや、呆然としてる場合じゃないか! 救助隊が着くまでまだ俺の仕事は終わらないしな」

 副機長は思い出したように走り出し、半壊した飛行機にデンジムシの攻撃──いとをはく──で足場を作って乗客を一人ずつ下ろしていく。

 

 

 

「助かったんだね、私達」

 少女の安堵した声に、手持ちの二匹が元気に答えた。

 

 ふと自分の身体を見てみると、服はボロボロのままだがガバイトのさめはだで傷付いた手は完治している。

 これも、さっきのポケモン──カプ・ブルル──のお陰なのだろうか? 少女がもう一度その姿を探そうと振り向いた次の瞬間だった。

 

 

「……っ?! フライゴン!!」

 少女の背後にいたフライゴンが、糸が切れたかのように倒れる。

 支えようとするが、小柄な少女にその身体を支えられる訳もなく押し倒されてしまった。

 

 

「……ったぁ。……ふ、フライゴン! しっかりして、フライゴン!」

 必死に声を上げる少女だが、反応は全く返ってこない。

 脈や呼吸はあるが、他のポケモンと違いフライゴンは傷が全く回復していなかった。

 

 

 飛行機の乗客達が安堵の声を漏らす中、一人の少女だけが必死に声を上げる。

 絶対に助けたい。見殺しになんてしない。

 

 

 アローラの守り神──カプ・ブルル──にZリングを手渡された少女は、心の中でそう誓った。

 

 

 

 

 救助隊が飛行機の不時着現場に到着し、乗客達と少女───そして瀕死のフライゴンを近くのポケモンセンターに運んだのはその一時間後である。

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「ったく、運が良いんだか悪いんだか。アローラに帰ってくるなり悲惨な目にあったぜ」

 ドーブルを連れた男がウラウラ島のフェリー乗り場で言葉を落とした。

 男は周りを見渡し、誰もいない事を確認するとモンスターボールを一つ取り出す。

 

 

 そうしてから褐色の顔を自らの手で掴むと、それを文字通り引き剥がした。

 男の顔に張り付いていた、へんしんポケモンのメタモンが褐色の男の顔から元の姿に戻る。

 

 

「お疲れちゃんメタモン。人のパスポートを使ってアローラに来るとはいえ、アイツの姿に化けなきゃならないなんて屈辱だが……お陰でスムーズに事が運んだしチャラにしといてやるか」

 薄い色の肌が露わになり、黒い髪が揺れた。

 まるで別人の姿に成り代わった男は、悪態を吐きながら足を進める。

 

 

 メタモンをボールに戻しながら男が向かうフェリーの行き先は───アーカラ島。

 

 

「……情報通り甘ちゃんだな」

 ポケモンセンターのある方角に振り向く男の表情は、不満気であった。

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「あの……フライゴンは」

 飛行機の不時着から十数時間。

 登った太陽が沈み再び夜空を星々が照らす中で、少女は窓越しに一匹のポケモンの安否を心配する。

 

 

 飛行機の乗客達が元々の行き先であるメレメレ島行きのフェリーへ乗り込む中、一人の少女だけはポケモンセンターに残っていた。

 

 

 

「あら、あなた確か副機長さんが言っていた娘よね……? お名前は?」

「あ、えーと、シルヴィ───ぃぃいいい!! シルヴィです!!」

 少女は何も考えずに答えた自分を呪いながら、ポケモンセンターのジョーイにそう名乗る。

 不自然な答え方に首を横に傾けるも、ジョーイはシルヴィと名乗った少女の頭を撫でながら口を開いた。

 

 

「もう大丈夫。峠は越えたわ」

 シルヴィはジョーイの声に安堵する。しかし一つだけどうしても気になった事があり、少女はジョーイを見上げながら口を開いた。

 

 

「カプ・ブルルは皆を助けてくれたのに……なんでフライゴンの傷だけ癒してくれなかったんですか?」

「癒さなかったのではなく、きっと癒せなかったのよ」

「癒せなかった……?」

 フライゴンとジョーイを見比べるシルヴィ。あの時の事をいくら思い出しても、少女には答えが見つからない。

 

 

「グラスフィールドっていう、大地から生命にエネルギーを与える技があるの。でもそれはね、大地に足を付けているポケモンにしか意味がないのよ。ひこうタイプとか、特性ふゆうを持ったポケモンがそうね」

 その言葉を聞いた時、少女は砂嵐が止んでいた砂漠を思い出す。

 

 フライゴンはカプ・ブルルが来た時空を飛んでいた。

 なぜそんな事をしていたんだろう?

 

 

 カプ・ブルルを呼ぶ為に?

 

 

 砂嵐をどうにかして止めていたから?

 

 

 

 理由は分からないが、きっとフライゴンは皆の為に戦っていてくれたに違いない。

 再び心配そうな表情でフライゴンを見詰めるシルヴィに、ジョーイは優しく微笑みながら話しかける。

 

「あの子のトレーナーになるつもりはある?」

「ぇ、わ、私がですか?」

 ジョーイの言葉に少女は驚いて再びフライゴンとジョーイを見比べた。

 じめんタイプはあまり良い思い出がない。それに、あんなに強そうなポケモンが自分を認めてくれるとも思えない。

 

 

「ポケモンセンターにこの子をずっと置いておく訳にはいかないから、傷が完璧に癒えるまでエーテル財団に預ける事になるのだけど……。さっきあの子を迎えに来たエーテル財団の人が投げ飛ばされちゃったのよね……」

 困ったようにそう語るジョーイの言葉を聞いて少女は青ざめる。

 

 

 投げ飛ばした……?

 

 いやいや、そんな事されたら死んでしまう。

 

 

「そ、それって、私も投げ飛ばされません……?」

「あなたは砂漠でこの子を付ききっきりで見ていたし、もしかしたらって思うのだけど。勿論強制はしないわ。危険だもの」

 ただ、そうなるとこの子は無理矢理連れて行くしかなさそうね。ジョーイは小さくそう付け足すと、イタズラな笑みでシルヴィに微笑んだ。

 

 

「む、無理矢理って……。うぅ……わ、分かりました! 私がフライゴンに話しかけてみます!」

「ふふ、流石カプに認められた娘ね。危なくなったら直ぐに助けるから、安心してフライゴンと話してみて。期待してるわ、シルヴィ」

 シルヴィはジョーイに案内され、フライゴンが寝ている個室に向かう。

 

 心配する二匹のポケモンを尻目に、少女はその扉を静かに開けた。




三日目。四話にしてやっと主人公の名前が出ましたね。

次回もお会い出来ると嬉しいです。


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少女はその竜となかよくする

「フライゴン……」

 個室で横になっているフライゴンに近付きながら、シルヴィは小さく言葉を落とす。

 

 

「……フラィ!」

 当のフライゴンは、声が聞こえるや起き上がって少女を睨み付けた。

 腕を構え攻撃の構えを取るフライゴンを見て、デデンネが飛び出そうとするがシルヴィはそれを制止する。

 

 

「大丈夫だよデデンネ。それに、デデンネはじめんタイプには(・・)勝てないでしょ?」

「デネェ……」

 少女の言葉を聞いて数歩下がるデデンネ。

 そんなデデンネに小さく「ありがとう」と伝えてから、シルヴィはフライゴンに向き直った。

 

 

「フライゴン、大丈夫? 無理矢理どこかに連れてかれそうになったって聞いたよ? 大丈夫、私はそんな事しないから。ね?」

 そう言いながらフライゴンに近寄る少女だが、フライゴンは爪からエネルギーを放出し、ドラゴンクローをシルヴィに向ける。

 

「危ない……っ! シルヴィちゃん下がって、キュワワー! ドレインキッスでフライゴンの体力を吸うのよ!」

「待ってください!!」

 シルヴィは声を上げてジョーイの指示を止めた。

 いつ繰り出されるか分からないドラゴンクローを前に、少女は唾を飲みながら両手を広げる。

 

 

「怖かったんだよね……。無理矢理連れて行かれるのなんて嫌だったんだよね。……あなたの住処は砂漠なんだもんね。……私は無理矢理連れてなんて行かないよ。大丈夫だよ……?」

 シルヴィはフライゴンに語りかけながら一歩ずつ、少しずつ近付いた。

 尚も威嚇を続けるフライゴンが遂に腕を振り上げる。少女は同時に地面を蹴って、フライゴンの元に飛び込んだ。

 

 

「シルヴィちゃん!」

 同時に放たれるドラゴンクロー。しかしその技は少女に当たる事はなく空気を切り裂くだけに終わる。

 フライゴンの懐に潜り込んだ少女は、その身体にしがみ付いてその動きを止めた。

 

 

「大丈夫。大丈夫だよフライゴン。怪我もちゃんと休めば治るんだよ。もう、大丈夫なんだよ……っ!」

「……っフラァ……ッ! ……フラィ!!」

 フライゴンはそんな少女の身体を掴み、壁に投げ付ける。

 機材にぶつかった少女はそれでも立ち上がって、ゆっくりフライゴンに近付いた。

 

 

「し、シルヴィちゃん! そこまでしなくて良いの! もう───」

「大丈夫!!」

 その言葉はジョーイに放ったものか、それともフライゴンに放ったものか。

 シルヴィはフライゴンの瞳を真っ直ぐに見て、フラフラする身体をゆっくりと前に進める。

 

 

 

「大丈夫だよ、フライゴン」

 そうして少女はもう一度、ゆっくりとフライゴンを抱擁した。

 驚いたような表情を見せるフライゴンは、少女の顔を見るや顔を赤らめる。

 

 何か恥ずかしい思いでも感じたのか。

 シルヴィを見下ろすフライゴンは恥ずかしそうに彼女から眼を逸らした。

 

 

「落ち着かせた……?」

「……大丈夫そうです。ちょっと怖がってただけなんだよね、怪我はもう殆ど治って───っと」

 振り向く少女は投げられた時の痛みが効いたのか、バランスを崩しそうになるがフライゴンがそれを支える。

 

「フラィ……」

「あ、あはは……大丈夫大丈夫。フライゴンのせいじゃないよ」

 申し訳なさそうな表情をするフライゴンに、少女は全身を動かして自分は大丈夫だとアピールした。

 その動きが奇妙でおかしかったのか、フライゴンは少し笑顔を見せる。

 

 

「えっへへ……」

 そんな少女に駆け寄るクチートとデデンネを抱いて、シルヴィはフライゴンやジョーイに笑顔を見せた。

 周りを安心させる事が得意なのだろうか。ポケモンへの接し方が上手いのか。

 

 若干ヒヤヒヤさせられた場面もあったが、カプに認められた者に任せてみて良かった。

 本当にポケモンが好きでなければ、こうはならなかっただろう。

 

 少女の腕に嵌められたZリングを眺めながら、ジョーイはそう思った。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 そのポケモンは空に憧れていた。

 

 

 視界を閉ざす砂嵐のない場所で、そのポケモンは空を眺める。

 赤い月はしかし赤いままで。憧れていたあの月を見るには、まだ自分は弱いのだと再確認した。

 

 

 砂漠の空から降って来た謎のポケモン。

 

 そのポケモンと戦ったのは、自分の力を高める為である。

 飛行機を助ける為ではなかったし、そもそも飛行機に人間が乗っているとは思わなかった。

 

 

 結果は惨敗。

 

 これまで、ただ戦い続けていた。力を付けるために。───あの銀色の月を見るために。

 

 

 周りは全て敵だった。

 

 

 目に付く物全てに戦いを挑み、気が付けば一匹になっていた。

 

 

 

 少女はそんな自らに寄り添ってくれた。

 

 誰かに話しかけられる事すら久し振りだったのだ。

 

 

 少女を助けたのは半ば反射的な事だった。

 

 

 ただ、暖かな感触が───

 

 

「何を見てるの?」

 ───心地よかったのだろう。

 

 

 

 空を見上げるフライゴンに話しかけた少女に、フライゴンは無言で向き直ってから空を指差した。

 

 

「……空を?」

 少女はその先に視線を移す。

 相変わらず綺麗な夜空だなと、輝く星々で知っている星座がないか探しながらシルヴィはそう思った。

 

 

「うーん、やっぱり私の知っている夜空じゃないなぁ。でも、綺麗だね」

 ただ、人によって、ポケモンによって、空の見え方は様々である。

 少女にとっては知らない夜空であり、フライゴンにとってはそれは偽物の赤い夜空だった。

 

 

「あなたは砂漠に帰りたいの?」

 少女の問いに、フライゴンは少しだけ考えて首を横に振る。

 砂漠に未練がある訳ではなかった。むしろ、砂嵐のない場所なら空を飛ばなくても夜空が見える。

 

「あなたの翼が治るのに、結構な時間が掛かるんだって。その治療の為に、えーてる財団って場所に連れて行かれる予定だったんだけど……それが嫌だったんだよね?」

 今度は首を縦に振るフライゴン。連れて行かれるのが何処だとかそういう問題ではなく、知らない人間達に無理矢理拘束されそうになったのを苦痛に感じただけだった。

 

 ただ、少女は違う。

 無理矢理自らを拘束しようとはせず、歩み寄ってくれた。

 

 

 この少女なら信じられる。

 

 

 野生のポケモン故の、人間不信。当たり前の感情。それが、フライゴンがエーテル財団の職員を拒んだ理由だった。

 

 

 

「で、でもね。私もそんなにお金がある訳じゃないから……元々の行き先のメレメレ島に行かなきゃなんだよね。……えーと、だから、その…………翼の傷が治るまで、一緒に付いて来てくれるかな?」

 だから、その問いへの答えは決まっている。

 

 少女が目を瞑って手を差し出してくるが、それが面白かったのかフライゴンはまた小さく笑った。

 

 

 そして、その手を握る。

 

 

「……ありがとう、フライゴン。自己紹介するね。私はシルヴィア。ちょっと事情でシルヴィって名乗ってるけど」

 後ろで手を組んで名乗る少女の背後から、二匹のポケモンが姿を表す。

 クチートは少女と同じ格好で、デデンネは眼鏡を態々掛けてからそれを外しながら挨拶をした。

 

 

「宜しく、フライゴン」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 アーカラ島──カンタイシティ──空間研究所。

 

 

 空間に関しての専門的な研究を行う為に設置されたこの研究所では、先日発生したウルトラホールのデータ検証で研究員が忙しなく働いている。

 

 

「ここが空間研究所ねぇ。ここまで来る事すら出来なかった俺からすると、地元なのに新鮮な物だな。……さて、どう入るかねぇ」

 その空間研究所の外に、ドーブルを連れサングラスを掛けた男が一人腕を頭の後ろで組みながら立っていた。

 

 そんな男が横目で見る空間研究所に、少年と大人の男が入って行く。

 男はそれを目で追いながら、丁度良い奴らが来たと口角を釣り上げた。

 

 

「メタモン、さっきの見てたな?」

 そう言いながら男が外したサングラスが、その姿を変えていく。

 

 

 へんしんしたメタモンを顔に貼り付けながら、男は空間研究所の近くの物陰に身を潜めた。

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「ハンサムさんですか。今、空間研究所は大忙しでありましてね……」

「少しだけ話を聞きたい」

 ベージュ色のコートを着た黒髪の男が、国際警察の証である手帳を突き出しながらそう言葉を落とす。

 驚いた表情で後退る研究院だが、ハンサムと名乗った男は「いやなに、研究所が悪さをしたと疑っている訳ではない」と付け足した。

 

 

「捜査協力を頼みたいんだ。……先日アローラ地方上空に発生した、ウルトラホールから出現したポケモンのデータを見せてもらいたい」

「わ、分かりました。……そちらのお子さんは?」

 研究員はハンサムの言葉を聞いてエレベーターに彼を案内するが、付いて着た少年を見て彼にそう問いかける。

 国際警察にしては若い。ハンサムと同じようなコートを着た、金髪で中性的な童顔の子供だ。

 

「彼はコードネーム──クリス──優秀な部下だ。安心してくれ」

「どうも」

 少年は研究員に小さくお辞儀をする。肩に乗っていた非常に小さなサイズのゲンガーが落ちそうになるが、気にしない少年が頭を上げると同時にゲンガーはなんとか肩の上に戻り、冷や汗を拭った。

 

 

「分かりました。それでは、ご案内致します」

 研究員と二人を乗せたエレベーターが閉まり、三階に登る。

 そしてエレベーターから降りた研究員が一人の女性に話しかけ事情を説明した。

 

 

「事情は理解したわ。私はバーネット、欲しい情報はこのモニターに写っている事かしら?」

 バーネットと名乗った女性は研究所で一番大きなモニターに手を向けてそう語る。

 

 モニターには様々なパラメーター、中心に一匹のポケモンとデータが表示されていた。

 

 

 

「これは……」

「先日、ウルトラホールから現れたのはネクロズマ。数ヶ月前このアローラ地方に現れたポケモンと同種族よ」

 バーネットがそう言うと、ネクロズマと呼ばれた黒い水晶のようなポケモンがモニターにズームで表示される。

 様々なネクロズマのデータが映り、画面端には数ヶ月前現れたネクロズマのデータと今回現れたネクロズマのデータの比例が表示された。

 

 

 データはほぼ一致。

 

 

 現場でネクロズマと遭遇したという、不時着した飛行機の副機長の証言もネクロズマの特徴と一致し、今回ウルトラホールから現れたのはネクロズマでほぼ確定。これが空間研究所が出した結論である。

 そしてネクロズマは現場に偶然居合わせたメレメレ島のキャプテン、イリマの活躍により撃退。背後に現れたウルトラホールへと姿を消した。

 

 

「これが現在私達で分かっている事よ。他に何か協力出来るかしら?」

「いや、結構だ。クリス、君は?」

「一つだけ」

 クリスと呼ばれた少年はハンサムの前に出て、バーネットに身体を向ける。

 データを見て少年は一つだけ気になる事があった。

 

 

「ウルトラホールは自然現象なんですか? それとも、人為的な物?」

「と、いうと?」

 少年の言葉にバーネットは意味を聞き返す。

 ウルトラホール自体、その存在を理解出来ている訳ではない。

 

 その殆どが自然現象ではあるが、人為的にウルトラホールを開く事も可能だ。

 エーテル財団での出来事を思い出しながらバーネットは少年の言葉を待つ。

 

 

「もし人為的なものであるならば、僕達の調べている事案に関わっている可能性が高いからです。……ウルトラビーストを悪事に使おうとしている組織の」

「……成る程。でも、残念ながらウルトラホールが人為的か、非人為的かを調べる方法はないわ。そもそもウルトラホール自体が不安定な存在だから、発生する度に計測されるデータに微妙な差があるのよ」

 バーネットの話を聞いて「そうですか、分かりました。ご協力感謝します」と答えた少年は再びハンサムの後ろに着いた。

 何か考え込む素振りを見せる少年を横目に、次はハンサムがバーネットに話し掛ける。

 

 

「協力に感謝する。ウルトラビーストの件でも世話になったし、今度お茶でも奢らせてもらおう」

「ふふ、嬉しいお誘いだけど。私は旦那が居るから他の研究員を連れていってあげて欲しいわ」

「おっと……こりゃ失礼。それでは、また」

 両手を上げて失礼を誤魔化したハンサムは、クリスを連れてエレベーターに向かった。

 案内するという研究員を断って、二人で一階に降りた二人はエレベーター内で小さく会話してから空間研究所を後にする。

 

 

 

「もし、(ロケット)団が裏で動いているなら奴等はウルトラホールの生成に成功しているという事になるのか……」

「そこはまだ分からないですね。ネクロズマを捕獲しなかった理由も分かりませんし、そもそもR団の動きがハッキリとしていません。飛行機を襲わせたのか、他の理由か」

 一ヶ月前、カントー地方──トキワシティ──を未曾有の大震災が襲った。

 

 しかしどう調べても、自然災害であるという確証が得られない。

 そして、R団のボス──サカキ──が得意とされていたのはじめんタイプのポケモンによる攻撃である。

 あの大震災はR団による物だ。それは少年もハンサムも同意見であった。

 

 

 

 だが、その数日前。

 

 アローラ地方のテレビにて、エーテル財団の記者会見の放送に突如謎の組織が乱入する。

 彼等は自らをRR(レインボーロケット)団と名乗り、エーテル財団を占拠した。

 

 そしてその放送に映り込んだ一人の男の姿。

 

 ハンサムは己の目が腐っていない限りは、間違いないと語る。

 その後ろ姿は───確かにあのR団のボスの物だった。

 

 

 

 R団はアローラに潜伏していたのか?

 

 

 ならばエーテル財団乗っ取りの事件の後、なぜカントー地方に戻ったのか。

 

 トキワジムの監視カメラに映っていた少女は何故アローラに飛んだのか。

 

 

 未だに分からない事だらけだが、それを調べるのが彼等──国際警察──の仕事だ。

 

 

 R団はかならず捕まえる。

 

 

「では、手筈通りに頼むぞ」

「了解です」

 二人は付近のT字路で曲がりながら、そう小さく呟いた。




七日連続更新四日目です。

本当はほのぼのが書きたいんだけどね!まだ序盤だからバトルをやるよ。ちゃんとした()バトルを書くのは初めてなので緊張しております。
それでは、次回もお会いできると嬉しいです。


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夜の船着所を照らすはフラッシュ

「国際警察のハンサムだ。さっきの話だが、本部で詳しく調べたいからデータをくれないか?」

 カンタイシティ──空間研究所──で、ハンサムと名乗る男が手帳を見せながらそう言う。

 

 

 空間研究所にはつい数分前にハンサムと名乗る男がクリスという少年と訪れ、データを見ていったのだが気が変わったのだろうか?

 研究員は一瞬で服装を変えて戻ってきたハンサムを、忙しくて大変な人なんだなと思いながらもデータを一枚のディスクにコピーした。

 

 

「これで良いですかね?」

「上出来上出来。そんじゃ、ありがとさん」

 男はそう言うと、足早に空間研究所を後にする。

 

 

「ちょろ過ぎるねぇ……逆に張り合いがねーよ」

 口角を釣り上げる男は、顔に張り付いているハンサムの顔にへんしんしたメタモンを引き剥がしながら呟いた。

 手に入れたディスクとサングラスにへんしんしたメタモンをポケットに入れる。

 

 男が向かうのは船着所だ。

 明け方になると出向する船の行き先はメレメレ島。少し予定と違うが、良い物を手に入れたと男は得した気分で口笛を吹く。

 

 

 星々に照らされた夜道には、彼以外の人影は見当たらなかった。

 

 

 仕掛けるならこの場所だろう。

 

 迎え撃つならこの場所だろう。

 

 

 男は背後からモンスターボールが投げられると同時に、自分もボールを二つ投球する。

 同時に飛び出す二匹のポケモン。ドーブルの目の前に現れたのは、二本の剣のような姿をしたポケモン──ニダンギル──だった。

 

 

「ニダンギル、きりさく!」

「夜道を影から襲うなんざ悪党の専売特許だってのによ……っ! ドーブル、キングシールド!!」

 姿の見えないニダンギルのトレーナーに悪態を吐きながら、男はドーブルに技を指示する。

 

 次の瞬間、エネルギーによるシールドが発生。それとニダンギルの攻撃が重なり、小さな砂埃が舞った。

 

 

 そしてキングシールドの追加効果が同時に発動する。

 

 直接攻撃でこのシールドに触れたポケモンの攻撃力を下げる能力だ。

 元々はニダンギルの進化系──ギルガルド──専用の技だが、ニダンギルもこの技の影響を受けてしまう。

 

 

「これでニダンギルの脅威は半減。……諦めて降参するなら今の内だぜ、とりあえず姿くらい現せよ悪党!」

「誰か悪党だ。悪党はそっちだろう(ロケット)団……」

 物陰から現れたのは、ベージュ色のコートを着た金髪の少年だった。

 

「なぜ俺がR団だと分かった?」

「カマをかけただけさ。……まぁ、想像通りだったけどね」

「はーん……」

 

 先程ハンサムと一緒に空間研究所に入っていた奴か。ガキだが油断ならないだろう。

 男は少年を見定めるように一歩下がり、少年のポケモンを観察した。

 

 

 ニダンギル。ゴースト、はがねの二つのタイプを合わせ持つポケモンで攻防共に優秀なポケモンである。

 その反面特殊攻撃に弱く、またスピードも非常に遅い。警戒するべき攻撃力はキングシールドで封じた。

 

 

 ───そうなると警戒するべきは二匹目のポケモンか。

 

 

 少年が腰に手を回した瞬間を男は見逃さない。モンスターボールを投げられる前に、ドーブルが少年に尻尾の先を向ける。

 

 

「させるな! ハサミギロチン!!」

「ニダンギル!」

 ハサミギロチンを繰り出すドーブルの前に立ちふさがるニダンギル。

 命中精度が悪いハサミギロチンだが、目の前に現れたニダンギルにはしっかりとヒットした。

 

 

 いちげきひっさつ。

 

 

 しかし、ノーマルタイプの技──ハサミギロチン──はゴーストタイプを持つニダンギルに効果がない。

 衝撃で砂埃が舞う中で、少年はコートの裏に隠し持っていた太い骨を取り出す。

 

 

「ボールじゃない?!」

「……くらえ!」

 そして少年はその太い骨を男に投げ付けた。

 

「あっぶね?! 人間が直接人間に攻撃してくるなよ!!」

 ギリギリそれを交わした男だったが、心底驚いた表情で少年に悪態を吐く。

 ポケモンの技にホネブーメランという物があるが、太い骨はそれと同じ要領で少年の手元に戻って来た。

 

 

「国際警察。コードネーム──クリス──だ。僕達は何をしてでもお前達R団を捕まえる」

「どこまで筒抜けなのかねぇ。……深ーい事情がありそうだけどよー、こっちもまだやらなきゃ行けない事が沢山あるんだよ。捕まる訳にはいか───」

 男は腰からモンスターボールを取り出しながら声を上げる。

 

 

「───な?!」

 しかし、それと同時に男を背後から(・・・・)電撃が襲った。

 

 

 10まんボルト。高い威力を誇るでんきタイプの技だが、ニダンギルが放った訳ではない。

 しかし少年がモンスターボールを投げた素振りはなかった。

 

 予め忍ばせておいたのか?

 いや、なら背後からの攻撃はおかしい。

 

 このバトルの間に背後に回り込まれる要素なんて───

 

 

「───さっきのブーメランか?!」

「ご名答だけどもう遅い。動きを止めろピカチュウ(・・・・・)! フラッシュ!!」

「ちぃっ、させるかよ! ドーブル、こころのめ!!」

 振り向きながら命令を出す男に従って、ドーブルはこころのめを使い次の技に備える。

 背後で強い閃光を放ち相手の命中力を下げる技──フラッシュ──を放ったポケモンをドーブルは捕えた。

 

 

「フラッシュで命中力を下げようが無意味だぜ! 蹴散らせドーブル、ハサミギロチン!!」

 強い光で視界が閉ざされる中、ドーブルのハサミギロチンが炸裂して砂埃をあげる。

 

 

 必中の一撃必殺。

 

 

 しかし、砂埃の中でフラッシュを放ったそのポケモンは平然と地面を浮遊(・・)していた。

 

 

 

「ピカチュウじゃ……ない?」

「トドメだロトム(・・・)、10まんボルト!」

 驚いた男の背後で少年が指示を出す。

 

 プラズマで出来た身体を持つポケモン──ロトム──は、少年の指示に従って男に電撃を放った。

 そのポケモンのタイプはでんき───そして、ゴーストタイプ。ノーマルタイプの技は文字通り効果がない。

 

 

「がぁぁっ?!」

 ロトムの放った電撃が直撃し、男はその場に倒れ込む。

 勝負あり。少年は背後から男の手を掴み上げて、ポケットの中のディスクを取り出した。

 

 

「なんだよ、ピカチュウって言ったじゃねぇか……えぇ? それともピカチュウってニックネームのロトムなのか?」

「ただのフェイクだよ。僕がピカチュウと呼べば、君はなんの疑いもなく確認もしてないポケモンにハサミギロチンを放つと思ったからね」

 自ら両手を挙げる男を見下ろしながら少年はロトムを呼び戻す。

 フラッシュで姿を隠したロトムをピカチュウであると誤認させ、ロトムには効果がないハサミギロチンを誘発させた。

 

 

 そして出来た大きな隙に10まんボルトを叩き込む。

 

 

 少年はその為にフラッシュを覚えるゴーストタイプ以外のポケモンの名を叫んだのだ。

 ピカチュウにしたのは他でもない。様々な地方でも姿を見せ、人気も知名度も高いポケモンだからである。

 

 

 

「夜道に背後から人を襲って? さらに騙し討ちとは。中々悪党の素質があるぜ……? どうだ、R団に入らねーか?」

「なんとでも言え。僕はR団を捕まえる為なら何でもやるだけだ。……さて、また電撃を貰いたくなかったら大人しく答えろ。お前達の目的はなんだ?! このアローラで何を企んでいる!!」

 少年は男の正面に立ち、その胸倉を掴みながら声を上げた。

 

 余程R団に恨みでもあるのか、それかただ真面目過ぎてR団が許せないのか。

 どっちでもいい。こうやって熱くなる奴は、直ぐに足元を取れる。

 

 

「ハッ! まだバトルが終わってないと思ってるかよ!! やれ、カクレオン!!」

 突然、声を上げる男の眼前──少年の背後──で、一匹のポケモンが姿を現した。

 

 

 いろへんげポケモンのカクレオンは、その姿を背景と同化させて視界から姿を消す事が出来る。

 初めに男はモンスターボールを二つ同時に投げていた。しかし、その場に現れてニダンギルを迎撃したのは一匹。

 

 

 このカクレオンはその時からこの反撃の為に姿を隠していたのだろう。

 少年の背後を取ったカクレオンはしかし───技を出す前に膝から崩れ落ちて地面に倒れた。

 

 

 

「───なぁ?! どういう事だ?」

「そこに倒れているゲンガーのほろびのうたさ。ボールを二つ投げたのに一匹の姿が見えなかったから、指示をしておいた。……もっともお前に聞こえないように声を小にして歌わせたけどね」

 ほろびのうたは聴いたポケモンの体力をしばらくしてから全て奪う技である。

 しかしその効果範囲は音を聞いたポケモン全てだ。聞こえなければ意味がなく、また技を放ったポケモン自身にも影響する。

 

 

 

「このサングラスがメタモンだという事も分かってる。ボールはもう使わせない。……さぁ、答えろ。お前達の目的はなんだ。空間研究所からなぜネクロズマのデータを持ち出した!」

 少年は男のポケットからもう一つ、サングラスを取り出してニダンギルの所に放り投げてから声を上げた。

 

 

 空間研究所に入る前から気が付かれていたのだろう。メタモンでの変装も、空間研究所からデータを頂いたのもお見通しという訳か。

 

 

 想像以上に歯ごたえのある相手に男は苦笑した。

 

 

「……何がおかしい」

「いやぁ、惜しい。本当に惜しい。後一歩のところで勝てたのになぁ。降参だ。参りました───なんて言うと思ったかよバカが!! メタモン、ロトムに変身だ!!」

 目を細める少年の前で、男は立ち上がりながらニダンギルの前に投げ捨てられたサングラス向けて声を上げる。

 

「させるなニダンギル!! せいなるつるぎ! ロトム、シャドーボール」

 一瞬の隙も許さず、少年は二匹のポケモンに指示を出した。

 

 

 メタモンに効果が抜群なかくとうタイプの技──せいなるつるぎ──の後に指示したシャドーボールは、もしロトムに変身されてしまっても有利なタイプの技である。

 やはりこの少年は想像以上だ。男はしかし、不敵な笑みで倒れたカクレオンをボールに戻す。

 

 

 次の瞬間地面に落ちていたサングラスは二つの技を受け粉々に砕け散った。

 

 

「───何?!」

 驚く少年の手の中で一枚のディスクがその姿を変える。

 

 

 へんしんポケモンのメタモン。特技は───へんしん。

 

 

 

「ポケットの中でディスクにへんしんしていたのか?!」

 少年の言う通り、メタモンはサングラスにへんしんした後ポケットの中でディスクに再び姿を変えていた。

 少年が男のポケットに手を入れた時、中でメタモンが本物のディスクを取られないように細工したのである。

 

 

 その攻防を最後に二人の行動は一瞬であった。

 

 

「メタモン、さっき見せてもらったのをお返しだぜ! フラッシュ!」

「ニダンギル、つばめがえし!」

 ロトムに変身したメタモンがフラッシュを放つ。

 目を絡ませている間にドーブルがテレポートでも放ったのか、閃光の後その場に男達の姿は確認出来なかった。

 

 

 

「……逃したか」

 少年は目を細めながら周りを見渡す。

 

 

 そして何も隠れていない事を確認してから、ロトムとニダンギルをボールに戻し倒れているゲンガーを抱き上げた。

 

 

 

「すみませんハンサムさん、取り逃がしました」

 背後から走って来たハンサムに向け、少年は落ち込んだ様子で言葉を落とす。

 本来ならあの怪しい男を捕まえて、全て吐かせる予定だった。エレベーターの中でその役目を引き受けた自分が情けない。

 

 

「いや、充分だ。きっと私でも同じ結果だったろう。あの男は相当なやり手だ」

「ブライさんならもっと上手くやっていた……」

「クリス、自分の力を人と比べる時は全体を見て判断しろ。こちらは人手も足りない状態だ。君は君のすべき事を成せばいい」

 失敗を落ち込む部下の肩を叩きながら、ハンサムはここ最近のR団の活動を思考する。

 

 

 

 カントーの大震災。アローラのRR団。ホウエン等他の地方でも、R団と思わしき集団が活動している話がここ最近急に上がってきた。

 

 

 

 確実に何かが起こっている。しかし何かが掴めない。

 

 

 

「あの男がR団なのは言動から言って間違いないだろう……。だが、ブライの報告ではホウエンでもR団の本格的な活動が始まっている、今回彼の手を借りるのは難しい」

「……分かってます。僕だって国際警察の一員ですから」

 顔を上げて、スイッチを切り替えた少年は海の向こうに視界を移した。

 

 

 四つの島からなるアローラ地方。一人では荷が重いが、やるしかない。

 

 

 

 ───R団を捕まえる為に。

 

 

 

「これからの事は明日決めよう。今は自分のポケモンを休ませてやるといい」

「分かりました。では、また明日」

 少年はハンサムに敬礼をすると、目を回しているままのゲンガーの頭を撫でながらポケモンセンターに向かう。

 

 

 しかし歩いている内にゲンガーが目覚めると、少年は腰に閉まってある太い骨を強く握りしめた。

 

 

 

 ───R団は必ず捕まえる。

 

 

「……待っいてくれガラガラ。君の仇は絶対に取るから」

 歯をくいしばる少年を、とても小さなゲンガーは心配そうに見上げていた。




七日連続更新、五日目。ここで一章一節は終わり、次回から二節が始まります。
やっとそれらしいポケモンバトル()が書けました。いやなんでもありですね。


今回、亜梨亜さん作のポケモン作品『虹色の炎』より主人公の一人ブライ君をゲストとして名前を出させて頂いております。同じ国際警察の所属なので、同僚として書かせて頂きました。まずは感謝を。
『虹色の炎』は今回私が書いた物とは比べ物にならない濃厚なバトルシーン、そしてホンエン地方で暗躍するR団から目を離せない素敵な作品となっております。是非是非ご一読下さい!


それでは、次回もお会いできると嬉しいです。


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少女は威勢良くにらみつける

「いやぁ……やられた。完璧にしてやられた。まさかここまでやるなんてな」

 真っ二つに折れた一枚のディスクを両手で弄びながら、一人の男が声を上げる。

 

 

 周りを草木に囲まれたテントで男を囲む三匹のポケモンは、必死に男に頭を下げていた。

 

 

「別にお前達を責めるつもりはねーよ。お前達は俺の命令を確実にこなした。三匹共だ。ミスをしたのは俺よ、俺」

 しかしなぁ……。と、溜息を漏らしながら男はディスクを設置されたゴミ箱に投げ捨てる。

 

 

「あそこで必中の技、つばめがえしを選択してディスクを叩き割るなんて普通やるか? やらねーよな?」

 一番落ち込んでいるカクレオンの頭を撫でながら、男は三匹に同意を求めた。

 しかしポケモン達は顔を上げない。男を相当慕っているのか、カクレオンに関しては泣き出す始末である。

 

 

「あ、こら、泣くなって! そもそもあの仕事は俺の独断で急場だったんだ。別に失敗しようが俺にお咎めはねーよ。な? だから泣くな」

 男はカクレオンを抱きながら、メタモンとドーブルの頭を叩いた。

 

 なんとか気を取り直した三匹にご飯を出して、次の行動に移る支度を整える。

 

 

「問題は次よ。こっからは真面目な仕事だ。……さて、準備と行くかドーブル」

 カクレオンをボールに戻し、サングラスにへんしんしたメタモンを頭に乗せた。

 引き連れるドーブルと向かう先は船乗り場。行き先はメレメレ島。

 

 

「さて、島巡りの始まりだ」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ウラウラ島──ポータウン──には、それはもういかがわしい屋敷が存在している。

 

 

 数ヶ月前までこの町はスカル団という組織が占拠しており、そのスカル団が解散した後も一般人は住んでいない。

 雨が降るそんな町で、赤いメッシュの入った黒い髪を後ろで結んだ少女が一人立っていた。

 

 

「……なぜだ、グズマさん。なぜスカル団を解散する!」

 その少女は屋敷の前に立つ、丸いサングラスを頭に乗せた白髪の男向けて声を上げる。

 

 その周りには旧スカル団メンバーが倒れており、少女の前には黒い体色に赤色が混ざった四足歩行のポケモン──デルビル──が姿勢を低く構えていた。

 

 

「気付いちまったんだよ。ぶっ壊してもぶっ壊してもたどり着けなかった答えって奴に。島巡りを毛嫌いするのはもう辞めだ」

「ふざけるな! 私のお兄ちゃんは島巡りで自信をなくして、何処かにいっちゃったんだ。貴方も島巡りを恨んでたじゃないか! それをなぜ今さら!」

 グズマと呼ばれた男はポケモンも繰り出さずに少女の瞳をしっかりと見返す。

 体格差もあるからか少女は少しうろたえるが、それでも負けじと声を上げる姿は真剣そのものだった。

 

 

「なら、試して見ろよ。こい、リア! お前のゼンリョクを俺にぶつけてみろ!」

 尚もポケモンを出さずに顔を上げるグズマ。リアと呼ばれた少女は男を指差しながら睨み付ける。

 

「……私はあなたを尊敬していたんだ。ここだけが私の居場所だった。この場所を奪うのなら、誰だって許さない! デルビル、かえんほうしゃ!!」

 リアの命令を聞き、デルビルは口から炎を吐き出した。

 それは真っ直ぐにグズマへと向かい、雨の中でも高威力を維持する豪炎が大地を焼く。

 

 

「グズマさーん!!」

 旧スカル団したっぱ達の悲鳴が屋敷に轟いた。

 しかし、グズマは動かない。不敵に笑う彼の表情はしかし、申し訳なさ気である。

 

 

「ぶっ壊してもぶっ壊してもよ、分からねー物があったんだ。だが俺がお前らに教えてやれるのは───」

 彼の正面に現れる一匹のポケモン。男は身を炎に焼かれながら構え、声を上げた。

 

 

「───ぶっ壊す事だけだからよぉ!!」

 目を見開き、グズマは少女を睨み付ける。

 

 

 二人のトレーナーは炎を雨が消化したのを合図に、お互いの力をぶつけ合った。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「……で、スカル団を破門されたと」

「破門なんてされてない。そもそもスカル団はもう───いや、私がスカル団だ。私一人だけでも……スカル団だ」

 ポータウンに続く道に設置された交番で、体操座りで拗ねる少女に気怠そうな表情の中年が話しかける。

 

 

 中年の男性はそんな少女の前にモンスターボールを三つ起き、ついでに顔も見ずに頭を撫でた。

 

 

「一人っきりじゃ()じゃねーだろ?」

「……う、うるさい」

 目を逸らしながらも、少女は三つのモンスターボールを開く。

 

 

 ダークポケモン───デルビル。

 

 わるぎつねポケモン───ゾロア。

 

 ばけぎつねポケモン───ゾロアーク。

 

 

 少女の手持ちである三匹のポケモンは、ボールから出るや少女の元に集まってそれぞれでじゃれ合った。

 

 

 

「まぁ……しかし、なんだ。その歳でグズマに喧嘩売った度胸だけは、認めてやるよ」

「……島キングだからってあんたも上から目線かよ、クチナシ。別に私は保護してくれなんて頼んでない!」

 再度頭をポンポンと叩くクチナシと呼ばれた男の手を弾きながら、リアは立ち上がって声を上げる。

 クチナシはそんな好戦的な少女を微笑ましくも思いながら、これからどうさせた物かと面倒臭そうに頭を掻いた。

 

 

「……別におじさんも保護するつまりなんてないからな? ポケモンも元気にしてやったんだ、これ持って出ていきな」

 そう言いながら、クチナシは少女にウェストバッグを一つ渡す。

 そのバッグには四つのカプを讃えるお守り──島巡りの証──が付けられていた。

 

 

「これは───わ、私は島巡りなんてしない!! 私からお兄ちゃんを奪った島巡りなんて、絶対にしない!!」

「そう言うなって。グズマが何を言ったか知らねーし、お前のにーちゃんが姿を眩ませた理由も知らねーけどよ。……やってみなきゃ分からず仕舞いだろ? グズマやおじさんに突っかかってきた根性、そこで見せてみたらどうだ? 丁度島巡りに出れる歳だしな」

 少女を見ずにそう言うクチナシは、口角を釣り上げながらさらにこう続ける。

 

 

「そしてまたおじさんやグズマの所までこい。その時はこいつを渡してやるから、これでグズマにリベンジすりゃ良い」

 そう言いながらクチナシは、暗い紫色の菱形のクリスタルをリアに見せた。

 

「……私はZ技なんて!」

 少女はそのクリスタルを見て目を見開くも、その手を払い除ける。

 

 

 強くなりたい。

 

 

 力が欲しい。

 

 

 だからスカル団に入った。グズマさんのようになりたい。兄を奪った島巡りなんか、Z技なんかに頼らなくたって、強くなりたい。

 

 

 

 それなのに……。

 

 

「じゃあ、どうする?」

「……っ。……分かったよ。でもこれはケジメだ。島巡りなんてなんの意味もないって私が証明する! キャプテンも島キングも、スカル団を解散したグズマさんも全員私が倒す!」

 そう啖呵を切った少女は、トレーナーを心配そうに見詰める三匹と共に交番の外に出る。

 しかし、ふと鞄の中を確認した少女は驚きのあまり足を滑らせてその場に転んだ。

 

 三匹が心配する中、ワナワナと震えながら立ち上がるリアは走ってクチナシの所に戻ってくる。

 

 

「こんな大金貰えない!!」

「いや、お前金もないのにどう島巡りするってんだ。気にするな、おじさんの金じゃない。アローラの役場の金だ」

「尚貰えないわ!! 犯罪者かあんたは!!」

「スカル団所属が何言ってんだ……」

 逆に口を開けて驚くクチナシの前で、少女はワナワナと身体を震わせた。

 どうも感情が不安定らしい。これはこれ以上関わると面倒臭そうである。

 

 

「こ、転んだの見た……?」

「見てないからとっとと行け」

「嘘だ! 絶対見た! 内心笑ってるんだろ!」

「面倒臭いなお前……」

 震える少女にデコピンを打つクチナシ。少女はギャーギャー喚きながら、交番の出口で何かに足を躓き転けた。

 

 

 あそこに何か躓く物……あったか?

 

 

「……っ。……ぅ、うぅ、み、見てろ! 絶対お前をぶっ壊しにくるからな! 真スカル団の名に掛けて!!」

 最早羞恥で涙目の少女は、クチナシを指差しながら小悪党のような言葉を吐き走っていく。

 スカル団らしさを感じながら、送り出したは良いが今後が心配なクチナシであった。

 

 

「……ちゃんとここまで来いよ、リア。……で、これで良いのかい? グズマちゃん」

「……恩に着ます。島キング」

 リアを見送ったクチナシの後ろで、グズマは頭を下げる。

 鞄に入っていた金は、グズマが真面目に働いて手に入れた金だった。

 

 彼は自らが誤った道に進めてしまったスカル団全員の人生に責任を感じているのだろう。

 そんな中でもリアは最年少。今年十一になり、島巡りも許される歳となった。

 

 せめて彼女だけは、自分が見つけられなかった物を見つけて欲しい。

 

 

 そんな身勝手な考えを受け入れてくれたクチナシに、グズマは頭を下げ続ける。

 

 

 

「……どうも丸くなっちまって。おじさんは寂しいよ」

「……ば、馬鹿野郎! これはケジメだ! ケジメ!! 俺様がならず者なのは変わらねぇ。破壊という言葉が人の形をしているのがこの俺様だぜ!!」

「はいはーい。お師匠様に丸められちゃった可愛いグズマくーん。ポータウンで可愛い皆が待ってるぞー」

「テメェぶっ壊すぞぉぉおおお!!!」

 しまった、火をつけてしまった。雨なのに。

 

 

 色々と面倒な事に巻き込まれてしまったが、まぁ……面白い物も見れるだろう。

 

 

 

 クチナシは将来の彼等彼女らを想像して、微かに口角を釣り上げた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 アーカラ島──カンタイシティ──乗船所。

 

 

「おはよう、アローラに来て早々初日にご苦労だったな。……まずはメレメレ島で調査を頼む。あそこはアローラでも観光の名所であり人口も多いからな」

「分かりました。逃した男も必ず捕まえます」

 コートを整えながら、金髪の少年──クリス──がハンサムにそう告げる。

 

 

 R団の動きは現状全く掴めていない。まずは情報を集める事が先決だ。

 こと捜査に関してクリスはバトル以上のセンスを発揮する。色々と謎の多い今回の事件に置いて、この人選は正しかったと言えよう。

 

 

「そう気負わなくて良い。何度も言うが、無茶はするな。私はウルトラビーストの件で培った人脈を使い捜査を進めるが、何かあれば直ぐに電話を寄越せ。……何せ今回は相手が相手な上に割ける人員も少ない」

「……分かっています。それでも、R団は必ず捕まえる」

 クリスは敬礼し、心配するハンサムを尻目に船に乗り込んだ。

 

「……もう誰も、失いたくないからな」

 

 

 向かう先は───メレメレ島。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ウラウラ島──マリエシティ──乗船所。

 

 

「美味しいねぇ、デデンネ」

「デネェ〜」

 アローラ名物マラサダを食べながら、少女がポケモン達と船の中で談笑する。

 搭乗した飛行機をウルトラビーストに襲われ、その過程で傷付いたフライゴンを保護したシルヴィは本来の行き先であるメレメレ島に向かう船に乗っていた。

 

 

「フライゴンも食べる? マサラダ(・・・・)

「ふ、フラィ……」

 彼女は笑顔でマラサダをフライゴンに向ける。

 しかしフライゴンは人間の作った物を食べた事がなく、それが何なのか分からずに首を横に振った。

 

 

「食べないの? クチートはマサラダ(・・・・)食べるよね?」

「チィ」

 一方でクチートはマラサダを受け取ると笑顔でそれを口に運ぶ。

 背後から盗みを狙うデデンネを頭の顎で噛み付きながら、しっかりとマラサダを完食した。

 

 

「デネェぇぇえええっ!!」

「それはデデンネが悪いよー。ほら、まだまだあるから取り合わないの!」

「……ちょっと、そのデデンネとかフライゴンとか、あんたのポケモン?」

 そんなシルヴィに乗客の一人が話し掛ける。

 赤いメッシュの入った黒い髪を後ろで結んだ、シルヴィよりも幼い少女──リア──は腕を組んで彼女を睨み付けていた。

 

 

「あ、はい。デデンネはそうですけど……」

「……騒がしいし、フライゴンに関してはデカい。マラサダも食べさせないならボールに戻したら?」

 リアはシルヴィをジト目で見ながら彼女に説教を入れる。

 船はポケモンの出し入れ自由であるが、あまり場所を取るポケモンはボールに入れておくのがモラルというものだ。

 

 出来る限りの暗黙の了解。

 

 しかし、シルヴィにはそれが出来ない理由があり、船長にも事情を説明している。

 

 

 

「あ、ごめんなさい。でも、フライゴンは私のポケモンじゃなくて預かっているだけだからモンスターボールに入れられないの。……デデンネは完全にデデンネが悪いから、謝るね」

 シルヴィはそう言いながらデデンネの頭を下げさせた。

 そんなシルヴィの態度を見て、リアは「まぁ、そういう事なら……」と他所を見る。

 

 ホッとして溜息を吐くシルヴィは、思い出したようにデデンネの分のマラサダを取り出した。

 

 

「あ、あの、お詫びに入りますか……? マサラダ(・・・・)

「要らないし。マラサダ(・・・・)ね? あんた余所者?」

「え、マサラダじゃないの?! カントーのマサラタウン発祥なのかなとか色々考えてたのに!」

「なんだその安直なネーミングセンスは! そんなもんがアローラの名物だったら嫌だわ!!」

 

「お客さーん、静かにねー」

「「……。……す、すみません」」

 船長に注意され固まる二人を見て、デデンネとゾロアが小さく笑う。

 

 シルヴィは一緒に微笑んで、リアは目を逸らして窓の外を見た。

 

 

 

 二人を乗せた船は乗船所から出航し、海の上を走る。

 

 

 

 行き先は始まりの島───メレメレ島。

 

 

 

 

 

 二人を乗せた船は数時間後、メレメレ島── ハウオリシティ──に到着した。




七日連続更新、六日目。
新キャラ──リア──が登場し、これでこの作品のメインキャラクターは出揃った感じです。

マラサダをマサラダだと思っていた人は私だけではない筈。


それでは次回もお会い出来ると嬉しいです。


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【一章二節】その日──運命は始まりの島に集う
始まりはたいあたりから


 メレメレ島──ハウオリシティ──船着場。

 

 現在アーカラ島とウラウラ島の二つの島から出航した船が定着しており、乗客達が次々に降りて行く様子が見て取れる。

 

 

「はい退いて退いてぇ! 通りますよぉ! イケメンが通りますよぉ!!」

 忙しなく動く人々の間を、騒がしい一人の男が通り抜けた。

 その男に肩をぶつけられたリアは舌打ちをしながら男の顔を確認する。

 

 黒い髪にサングラスをした男の顔ははっきりと分からないが、どこかで見覚えのあるような顔だった。

 

 

「……っ。お───」

「失礼! イケメンが通るぜぃ!!」

 サングラスの男は手を上げながら人混みの中を走って行く。

 男はどうしてどいつもこいつもこの島に同じタイミングで決めるんだ、とボヤきながらも乗客の中で一番に乗船所から走り去っていった。

 

 

 

「───気のせいか」

「大丈夫? リアちゃん。怪我してない?」

「……別に。ぶつかっただけだし」

 その一部始終を見ていたシルヴィがリアに駆け寄って、声を掛ける。

 

「乱暴な人も居たものだなぁ」

「ていうか気安く呼ばないで。……仲間でもなんでもないのに」

 船で知り合った少女を気遣い頬を膨らませるシルヴィだが、リアは不機嫌そうにそう答えた。

 

 

 名前を教えたのだって、しつこいシルヴィに耐えかねた結果である。

 リアとしては早く一人になって、島巡りの試練をこなして行きたい所なのだ。

 

 

「え、友達になれたと思ってたのに……」

「そりゃあんたの思い上がりだ」

 腕を組んでシルヴィに強く言い放つリアはしかし、人混みの中で足を躓いたのか盛大に転んでしまう。

 リアは直ぐに立ち上がるが、ワナワナと震えて涙目でシルヴィを睨み付けた。

 

 

「……み、見たな」

「……い、痛くない? 大丈夫?」

「……ぅ、うるさい! バーカ! バーカ!! お前なんか知るか!! バーカ!!」

 添え声を上げながら、リアは乗船所から走って行く。それを追いかけるデルビルを見ながら、シルヴィはただ唖然としていた。

 

 ……面白い娘だぁ。

 

 

「さて着いたぞゲンガー、寝てる場合じゃない。まずはククイ博士って人に会いに───ん? あの子は……」

 一方でアーカラ島からの船に乗っていた国際警察の少年──クリス──は、黒い帽子を被った少女を見付けて歩みを止める。

 

 

 カントー地方──トキワシティ──の大震災で一番不可解な出来事はトキワジムの回復システムが起動していたという事だ。

 ポケモンセンターはジムのシステムが起動する直前まで機能していて、態々トキワジムのシステムを使う理由はなかった筈である。

 

 理由を考えるなら二つ。

 

 一つは、ポケモンセンターを利用出来ない事情があった。

 もう一つは、ポケモンセンターが直ぐに利用出来なくなると知っていた。

 

 

 そしてそのジムの回復システムを作動させたと思わしき人物が、付近の監視カメラに映っていた。

 何故か捜査に邪魔が入り行方が分からなかったが、アローラに飛んだ事までは国際警察も掴んでいる。

 

 

「……フライゴンか」

 クリスはフライゴンを連れた少女を船の上から観察した。

 

 

 服装は当たり前だが違う。ただ、帽子だけが一致していた。

 赤い髪に、身長もそのくらいだろう。そして決定的なのは───

 

「……デデンネにクチート」

 ───二匹のポケモンだ。

 

 

 監視カメラに映っていたのは少女だけではない。肩に乗る小さなポケモンの影と、抱き上げられたクチートの姿である。

 

 

 デデンネなら肩に乗る事も出来るだろう。フライゴンは論外として。しかし、じめんタイプか。

 

 

「……寄り道であの子の事について調べるか。可能性をコツコツと消していくのが答えへの近道だ。行くよ、ゲンガー」

 目覚めのマラサダを食べるゲンガーを呼びながら、クリスは乗船所の事務室に向かった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「うわぁ……大きいねぇ」

 周りの建物の中でも頭一つ抜けた建築物を見上げながら、シルヴィは声を上げる。

 

 

 メレメレ島を誇るこのショッピングモールは、アローラでも最大の規模を誇る大型ショッピングモールだ。

 このショッピングモールは防火装置や水災への対応を全て自動で行う。最新鋭の技術が取り入れられていた。

 

 少女は三匹のポケモン達と並んで、まずはブティックに入って行く。

 

 飛行機の不時着の時に着ていた服は見るに堪えない程では無いがボロボロになってしまった。

 それにイメチェンもしておいた方がいいかな? そう思いながらも、ブティックに入るや否やシルヴィは少女特有の──服を見る今時の若者──状態になり考えていた事は吹き飛ぶ。

 

 

「あー、これ可愛い。これ似合うかな? これリアちゃんに似合うんじゃない? また会えるかな? あ、これも可愛い!」

「お客様、お気に召した物がありましたか?」

「あ、はい! これとこれと、あとそれからこれと!」

 興奮気味なシルヴィはしかし、服に付いていた値段を見て驚愕した。

 

 

「ぁ、ぇ、万、十……? 桁が一個おかしいような……? え?」

 想像と桁が違う服の値段を見て後ずさるシルヴィ。

 デデンネは両手を上げて「やれやれ」と少女を眺め、クチートは頭を抱えて、フライゴンは唖然とする。

 

 

 感情豊かに気を沈めるシルヴィは他の店で服を選んで買い、その場で着替えを済ませた。

 

 

 黒いキャスケット帽はそのまま。白いワンピースに、アシマリというポケモンをイメージした青いパーカーを着たシルヴィは、その場で一周回って三匹に「どうかな?」と聞く。

 クチートは喜んで声を上げて、デデンネは無言で親指を立て、フライゴンは首を横に傾ける。

 そんなフライゴンに向けて頬を膨らませるシルヴィだが、直ぐに機嫌を直して買い物袋を手に持った。

 

 

「なんかねぇ、アシマリとモクローとニャビーっていうポケモンをイメージしたパーカーが可愛かったから三着分組み合わせ買っちゃった! おかげでお小遣いがピンチです」

 少女の最後の言葉を聞いて、途中まで盛り上がっていたクチートとデデンネは一瞬で静かになる。

 そして、超低出力のでんきショック。静電気。少女は「ごめんなさいぃぃいいい!」と声を上げ、店員に怒られた。

 

 

 

「……節約します」

「デネ、デネデネ!」

 ショッピングモールのお手洗い近くにある椅子で座りながら反省するシルヴィを、デデンネが説教をしている。

 側から見たら凄い光景だが、シルヴィに反論の余地はなくデデンネはしかしお金が少ないのにマラサダを要求していた。

 

 

「でも、まだ結構あるし今日は外食にしよ? 住む場所も探さなきゃ行けないし、今日は忙しいもん」

 エネルギーを付けておかないとね。そう付け加えたシルヴィは、ショッピングモールの二回にあるバイキングに向かう。

 食べ放題でいっぱい食べて、今日は頑張るんだ。そう思いながらお店に入ると、中から観光客と思われる男が一人飛び出してくる。

 

 

「わぁ?!」

 今日は危ない人が多いなぁ。そう思いながら振り向くと、ぶつかりそうになった男は青ざめた表情で口を開いた。

 

「こ、この店に入るのかい? 辞めておいた方が良い。この店は危険だよ!」

 言い終わると、男は走って逃げていく。

 

 

 なんなんだろう?

 

 そう言われると気になる物なのだ。

 

 

 シルヴィは首を横に傾けながらも、店の中に入って行く。

 

 

 

「ようこそ、バトルバイキングへ。こちら一時間食べ放題で千二百円となっております」

「え、想像より安い。ポケモン達の分も良いですか?」

 シルヴィがそう聞くと「勿論」と答える受付の女性。

 さっきの男の人はなんだったのだろうか?

 

 周りを見ても色々な人が普通に食事をしていて、危険なようには見えなかった。

 

 

 

「うわぁ、いっぱいあるよ!」

 台に置かれた料理は様々な種類があり、お値段も安い。こんなにお得なバイキングなら毎日だって足を運んでも良いだろう。

 そんな事を考えながら料理を皿に乗せていくと、目の前でパスタがあと一食分になってしまった。

 

 そこで───老人と手が重なる。

 

 

「あ、すみません! どうぞどうぞ」

 眼鏡をかけた老人にパスタを譲ろうと下がるシルヴィだが、老人がパスタを取る事はなかった。

 しかし老人はパスタを譲る気配も見せず、片手に握られたモンスターボールを地面に落とす。

 

 

「───ぇ」

 なぜ?

 

 ボールから出てきた鋭い牙を持つうろつきポケモン──ヤングース──は既に臨戦態勢だ。

 

 

「え、えと、えーと……?」

「ふふ、さて君はどのポケモンで相手をしてくれるのかな?」

 当然のようにポケモンバトルを仕掛けて来た老人に、シルヴィは後ずさって「……わ、私?」と自分を指差す。

 

 

「ほっほっ、君以外に誰がいるのかね。ここはバトルバイキング。料理の取り合いになればポケモンバトルで決めるのが決まりだよ」

 バトルバイキングとはその名の通り、老人の説明した通りの施設だ。

 

 店内は強力なポケモンの技にも耐えられるように改装され、ポケモンバトルを見ながら食事も出来る。

 まさに一石二鳥の施設ではあるが、ポケモンバトルが得意でない者からすればただの恐ろしい施設だ。

 

 先程の男はそういう事だったのだろう。そして、自らもその例に外れていない事を思い出し、シルヴィは後退りした。

 

 

「どうしたのかな? こないならこちらから行かせてもらうよ」

「ちょ、ちょっと待って下さい。私バトルは───」

「フラィ」

 後退る少女の前に立つフライゴン。その目はやる気に満ちていて、ヤングースもその目に答える。

 

 

「ほっほっ、しかしお互いはやる気に満ちておるな」

「え、ちょ、フライゴン?!」

「ヤングース! たいあたりじゃ!」

 突然始まったポケモンバトル。先手を取ったのはヤングースだった。

 鋭い爪で地面を蹴りながら、ヤングースはフライゴン向けて疾走する。

 

 

 身体を目一杯相手にぶつける攻撃──たいあたり──はノーマルタイプの基本中の基本の技だ。

 フライゴンは両手からドラゴンタイプのエネルギーを放出。ドラゴンクローを持ってヤングースを迎え撃つ。

 

 

 二つの技がぶつかり合い、老人は次の技を思考した。

 

 

 ポケモンバトルはポケモンの技量だけで決まる勝負ではない。

 

 トレーナーは自らのポケモンのコンディションや相手のポケモンの能力、相手のトレーナーの戦法。その全てを考察しながら指示をだす必要がある。

 トレーナーとポケモンが一体となり戦う事こそがスポーツとしてのポケモンバトルであり、それこそがポケモンバトルの醍醐味であった。

 

 

 

「よし、一旦様子を見るぞ。かげぶんし───」

 ───しかし全てのポケモンバトルがその限りではない。

 

 

「───何ぃ?!」

 倒れるヤングース。フライゴンは無傷でヤングースを見下ろしていた。

 

 

 

「い、一撃で……」

 そんな少女の小さな声はバトルバイキングに来ていた客の声援で掻き消される。

 老人はバトルバイキングの常連の中でも腕の立つポケモントレーナーだった。

 

 しかし、その老人がたった一撃の技で敗北したという事実に歓声が湧き上がる。

 

 驚いていた老人だったが、直ぐに表情を整えてシルヴィに手を伸ばした。

 

 

 

「お見事だ。技を指示したタイミングも分からなかったよ。このパスタは君が食べると良い」

「え、えぇ……」

 戸惑う少女を横目にフライゴンは得意げな表情を見せる。

 

 その後も何度か食事を取り合いになるが(態とシルヴィが手を出す料理の所に向かって来た気もしたが)フライゴンは全て一撃で相手のポケモンを仕留めてしまった。

 湧き上がる歓声にうろたえながらも、シルヴィはフライゴンのおかげで好きな料理を好きなだけ食べる。

 

 複雑な気分ではあったが、フライゴンは必要以上に相手を痛めつける事もなく得意げにシルヴィを見て胸を張っていた。

 倒れた相手のポケモンもフライゴンを認め、握手を交わすポケモンまで現れる。

 

 

 

「フライゴン、凄く強いんだね」

 ポケモンバトルはポケモンを痛め付ける物だと思っていたから嫌いだった。

 でも、もしかしたらこれが本当のポケモンバトルなのかもしれない。

 

「ご馳走様でした!」

「ありがとうございました、またお越し下さいませ!」

 お腹いっぱい食べたシルヴィ達は、バトルバイキングを後にする。

 他の客は、良い物を見れたと拍手喝采をあげていた。

 

 

「フライゴン、ポケモンバトルは好き?」

「フラィ」

「私はちょっと……苦手なんだ」

 店を出たシルヴィは、俯きながらそう呟く。

 

 それを聞いたフライゴンも別に首を縦に振った訳ではないが、そっとシルヴィの言葉に耳を傾けた。

 

 

 

「私はポケモンが痛め付けられる姿をずっと見てきたの。見て見ぬ振りをしていた。……だから私が何を言っても、ただの身勝手なんだろうけどね」

 俯く少女を心配するクチートとデデンネ。彼女と昔からの付き合いである二人は、その言葉の意味を深く受け止める。

 

 

 

「……私は、ポケモンに傷付いて欲しくない。誰のポケモンも、野生のポケモンも───勿論あなたにも」

 その言葉を聞いてシルヴィから目を背けるフライゴン。

 

 

 自分はこれまで強くなる為だけに、沢山他のポケモンを傷付けてきた。

 

 それはきっとこの優しい少女には受け入れられないだろう。

 

 

 だが、少女の優しさを否定する事はフライゴンには出来ない。

 

 

 少女のその優しさに自分は救われたのだから。

 

 

 

 だから、今度はこの力を守る為に使ってみよう。

 

 

 それが自分を高める事に繋がるかもしれない。

 

 

 

「フライゴン……?」

「フラィ」

 行き場を失っていた力の矛先を見つけたフライゴンは少女の頭を一度叩きながら、一言鳴いた。

 

 

「ふふ、ありがとう」




如何でしたか? お正月七日連続更新イベントはこれで終わりです。次回からは不定期での更新になります。

そしてなんと、ブライの名前を貸して下さった『虹色の炎』のありあさんよりファンアートを頂きました。紹介させて頂きます。

【挿絵表示】


素敵なタイトルロゴとフライゴンのイラストを頂いてしまいました。チラリと描いてある月がとても素敵です。ありがとうございました。


それでは次回の更新がいつになるか分かりませんが、次回もお会い出来ると嬉しいです。
感想評価などお待ちしております。


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仕掛けられるはベノムトラップ

 メレメレ島──ハウリオシティ──乗船所の事務室。

 

「トレーナーカードが登録されていない……」

 国際警察の権限を使い、ウラウラ島から来た船に乗っていた少女の情報を調べるクリス。

 しかし結果は不自然で、どうも掴めない内容だった。

 

 

「個人情報が偽造されている。……名前はシルヴィ、15歳。手持ちのポケモンはクチート、デデンネ。フライゴンは野生のポケモンか」

 さらにそのフライゴンがまた不自然で、飛行機の不時着の時に現れたネクロズマと戦って傷付いたポケモンだとされている。

 ポケモンセンターで保護されていたフライゴンは、エーテル財団への引き渡しを拒んだ。しかし、少女には気を許し付いて来ている。

 

 少女が(ロケット)団の関係者であるのなら、そんな人物に野生のポケモンが気を許すだろうか?

 

 

「そしてカプ・ブルルに認められ、Zリングを手渡された……か」

 カプはアローラの守り神であり、現地の人曰く自らが認めたトレーナーにZリングを手渡す事があるという話だ。

 それこそ、少女が悪党ではないという根拠になりかねない。

 

 しかしシルヴィという名の少女の個人情報は何者かによって偽造されている。

 トレーナーカードは登録すらされてすらいなかった。

 

 

 トレーナーカードはポケモントレーナーならば誰しもが登録するものである。

 

 ポケモントレーナーはトレーナーカードに記載されたIDを使い、ポケモンセンター等でのポケモンの預かりや、ポケモンジムへの挑戦、ポケモンリーグへの登録を行うのだ。

 他にもポケモントレーナーに必要な事はこのトレーナーカードがあれば大抵の事が出来る。逆に、トレーナーカードがなければ出来ない事も出てくる訳だ。

 

 

「……シルヴィという名前のポケモントレーナーで彼女と顔が一致するトレーナーはいない。……となると、偽名か」

 クリスは事務室のパソコンを借りて、ポケモントレーナーの情報が集まるデータベースにアクセスする。

 そもそもポケモンを持っていても、トレーナーとしてポケモンバトルを行わないならトレーナーカードは必要がない。

 

 これだけ調べて出てこないという事は答えは二つだ。

 

 

 一つ、そもそもポケモントレーナーではない。

 

 もう一つ、個人情報を偽造し偽名を使っている。

 

 そして前者の場合も、R団等の悪党はトレーナーとして登録していない場合の方が多い。

 

 

 どちらにせよ黒である可能性が高い。

 これが、クリスが小一時間で辿り着いた答えであった。

 

 

 

 そうと決まれば次に彼が行うのは行動である。

 

 

 

 

 メレメレ島──ハウリオシティ──ショッピングモール。

 

 少女を尾行するクリスが見たのは、服を大量に購入するシルヴィの姿だった。

 次にシルヴィが向かうのはバトルバイキング。フライゴンで全てのバトルに勝利した少女は好きな料理を好きなだけ口にする。

 

 

「……フライゴンはとても強く見えるけど、指示を出していた様子がないな」

 元々フライゴンは野生のポケモンで、少女はフライゴンを捕まえた訳ではない。

 だからそれは当たり前といえば当たり前で、むしろ彼女がポケモントレーナーではないという可能性が高くなるだけの調査結果だ。

 

 しかしどうも何かが引っかかる。

 

 

 

 次に少女が向かったのはショッピングモールに設置されたステージだった。

 

 どうやら今日はアローラで今人気のアイドルがイベントで来ているようで、沢山の人が列になってアイドルの歌を聴いている。

 

 

 

「見て見てデデンネ、ライチュウが二匹居るよ! 女の子かもねー」

「デネェ!!」

 観客に混じりながら、自らの手持ちに声をかけるシルヴィ。

 デデンネは目をハートにして、ステージに立つライチュウの内の一匹に視線を送った。

 

 

「……あれ? でもあのライチュウ、なんだか姿がおかしい気がする」

 首を横に傾けるシルヴィの視線の先には、二匹のライチュウが居る。

 

 

 ライチュウ。

 ピカチュウの進化系。進化前であるピカチュウと変わらずでんきタイプのねずみポケモンだ。

 オレンジ色の体色に尖った耳と、鋭い雷マークのような尻尾が特徴的である。

 

 しかし、ステージに立つ二匹のライチュウの内一匹はそのような姿をしていなかった。

 耳は丸く尻尾はサーフボードのように丸い形をしていて、さらにその尻尾に乗りながらそのライチュウは───浮かんでいる。

 

 

「デネェ〜?!」

「あ、あれ何?! 本当にライチュウなの?!」

「あら、もしかして観光客さんかしら? リュージョンフォームを見るのは始めて?」

「りゅーじょんふぉーむ?」

 驚くシルヴィに話しかけたのはこの島に住む老婆だった。

 シルヴィは首を横に傾けて、その老婆の言葉を待つ。

 

 

「リュージョンフォームはねぇ、アローラの独特な自然に対応するために姿を変えたポケモンの事を言うんだよ。ポケモンのタイプも変わる事があるのさ。あのライチュウ、アローラの姿はでんき───そしてエスパータイプを持ってるんだよ」

「そ、そんな事があるんですか?」

 ポケモンの事に関して、シルヴィは一定以上の知識を持っているつもりでいた。

 しかしそんな常識を覆すポケモン達の生態を聞き、彼女は他にも姿の違うポケモンが居るのかな? と、内心まだ見ぬポケモンに想いを馳せる。

 

 

「せっかくアローラに来たんだ。他のリュージョンフォームのポケモンも探してみるといいよ」

「はい、教えて下さってありがとうございます!」

 深々と頭を下げるそんなシルヴィを見ながら、やはりクリスは首を横に傾けた。

 どうも悪い人間には見えない。アイドルのステージを三匹のポケモンと仲良く眺める姿は、一般的な少女そのものである。

 

 

「……何を隠している。R団とは関係ないのか?」

 だからこそ、やはり腑に落ちなかった。

 

 

「はぁ〜ぃ! 今日はカガミのライブに来てくれてありがとうね! 最後はライチュウ達のスパークで会場を盛り上げちゃうよぉ〜! 二匹共、お願い!」

 ステージで金髪のアイドルの少女が合図を送ると同時に、二匹のライチュウが頰の電気袋から電撃を放つ。

 

 電撃は空中でぶつかり合い、火花を散らして会場を盛り上げた。

 

 

 ───しかし、突然明るかった視界が閉ざされる。

 

 

「───停電?!」

 何の事はない。ライブステージのライチュウ達の電撃が強過ぎただけだ。

 

「ちょ! カガミちゃんやり過ぎ!!」

「うわぁ!! なんてこったぁ〜っ!!」

 しかしクリスの頭に過ぎるのは一ヶ月前のトキワシティで起きた停電である。

 同時期に起きたホウエン地方でのR団での活動でも、キンセツシティを停電が起こったとハンサムに聞いた。

 

「ご、ごめんなさいごめんなさいぃ! お願いレアコイル、フラッシュ!」

 嫌な予感がする。

 

 

 だが今回は目の前で起きた事故だ。

 

 

 いや、ならトキワの時も事故だったのではないか?

 

 

 

 思考が回る。

 

 

 アイドルのポケモン──レアコイル──が放つフラッシュでその周りだけには明かりが照らされた。

 クリスはショッピングモールの客達が騒つく中で、最悪の状態を想定しながらモンスターボールを握る。

 

 

 何も起きてくれるなよ。

 そう思いながら数秒。ショッピングモールに明かりが戻り、停電からモールは復旧。

 

『大変ご心配お掛け致しました。停電は一時的な物です、心配いりません。また、停電中に非常用シャッターが作動しモールより出入りが不可能になりましたが此方も直ぐ様復旧致しますのでご安心下さい。復旧までご迷惑をお掛けいたします。繰り返します。大変ご心配お掛け致しました。停電は一時的な物です───』

 設置されたスピーカーからアナウンスが流れた。

 

 

 安堵する客達。何も起こらなかったのか?

 

 全てを機械的に自動で行う最新の技術が仇となり、ショッピングモールは一時閉鎖空間となる。

 しかし従業員の動きも早かったからか、その場でパニックが起こる事はなかった。

 

 

「……あまり神経質になるのは良くないね」

 ただの事故。いかんせん停電に敏感になっていたクリスは胸をなでおろす。

 

 ───次の瞬間だった。

 

 

 

『復旧までご迷惑を───うごっ?! な、なんだ君───や、辞め───うるせぇ、黙ってなぁ!!』

 突如スピーカーからこれまで話していた人物とは違う声が漏れる。

 マイクが転がったと思われる雑音が流れ、暴力的な言葉と音をスピーカーはただ機械的に発した。

 

『や、辞め───助け───ひぃ?!』

 スピーカーから流れる音声にモールの客達は全員その表情を曇らせる。

 絶え間ない悲鳴。男の物と思われる声がスピーカーを伝って高笑いしているのが伝わってきた。

 

 

 

「……っ、糞が!! とにかくこのままじゃ不味い、ロトム! スピーカーを止めろ。それと先回りしてこの汚い声の主を足止めするんだ!」

 ボールを投げながらクリスはプラズマポケモン──ロトム──にそう命令する。

 ボールから放たれたロトムは直ぐ様付近のスピーカーに潜り込んだ。

 

 

 ロトムは身体がプラズマで出来ており、電子機器を操作出来る。

 そして電線の中を自由に動き回る事が可能だ。

 

 

 一瞬でスピーカーの音量を下げたロトムは次に近くの掲示板に移動。

 放送室の場所を表示し、それを見たクリスは地図を頭の中に入れる。

 

 

「ハンサムさんには無理をするなって言われたけども……っ!」

 間に合え。

 

 

 いや、間に合わせる。

 

 

 

 ただそれだけの事を考えながら、少年は一瞬でも気を抜いた自らを呪いながら走った。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 同時刻。バトルバイキング。

 

 

「停電かと思ったらよく分からない放送……。……ったくなんなんだ」

 数分前、バトルバイキングで勝負を挑んで来たトレーナーに自らのポケモン──ゾロアーク──で勝利を収めたリアはスピーカーの放送を聞いて首を横に傾ける。

 せっかくバトルで勝ったというのに、その余韻を邪魔されてしまった。真スカル団としてこの場に名を轟かせる計画が丸潰れである。

 

 

「まぁ、良いか。良く聞け! 私は真スカル団のリアだ、島巡りなんて下らない物をぶっ壊す為にこの島に来てやった!」

「停電が怖くて気が狂っちゃったのかい? 可哀想に」

「違うわ!!」

 バトル相手だった老人に怒鳴りつけるリア。

 しかし老人は耳が遠かったのか、彼女に耳を向けて「ちくわ?」と聞き返した。

 

「ち が う わ !」

「メタモン?」

「一文字も合ってない……っ!」

「危ないからじっとしてろよ?」

「もう何が言いたいか分からないんだけど?!」

 そんな会話をしていると、慌てた様子の従業員達が客の誘導を始める。

 歯向かおうとするが普通に丸め込まれたリアは従業員に連れられて、近くのステージがある広場に向かわされた。

 

 しかし、彼女と会話をしていた老人だけが別の方角へ向かうの見て「ボケてるなあのおっさん」と舌を鳴らす。

 

 

「……ったく、なんだって───」

「あ、リアちゃん!」

「ゲ、またお前かよ」

 そんな時に今朝出会った能天気な少女にまた出くわす物だから、今日はとことんついていない。

 リアは溜息を吐きながら、シルヴィに捕まらないようにトイレへと逃げた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「国際警察だ!! 今すぐに動きを止めて両手を挙げろ!!」

 ドアを叩き開けて、モンスターボールの着いた太い骨を片手に声を上げる。

 しかしクリスが見たのは、放送室で横に倒れている紫色の髪の男性一人だけだった。

 

 

「……なんだ? R団は───」

 着ているのは従業員の制服だ。なら、この放送室を襲った犯人は何処にいる……?

 

 いや───

 

 

 

「───お前か。ロトム、10万ボルト!」

「ロト!」

 モニターから現れたロトムが体内から電撃を放つ。

 

 その電撃の矛先は───

 

 

「良く騙されなかったなぁ!!」

 ───倒れていた男だった。

 

 突然起き上がる紫色の髪の男。彼が起き上がると同時に、その髪と同じ色の不定形なポケモンが地面から盛り上がる。

 

 

 

「ベトベトン、まもるだぁ!!」

 へどろポケモン──ベトベトン──は身体がその名の通りヘドロで構成されているポケモンだ。

 その為身体は不定形で、部屋の片隅に隠れていたのだろう。

 

 ロトムの10万ボルトをまもるで防いだベトベトンは、男とクリスの間に立ち塞がって独特な匂いを部屋中に撒き散らした。

 

 

 

「ここで放送していた従業員をどうした……。お前は何者だ? 直ぐに答えろ」

「その前に質問だぜぇ。なぜ俺が従業員ではないと分かったぁ?」

「……簡単だ。ここで事が起きた数秒後に僕はロトムを向かわせて犯人の足止め(・・・)を命令した。しかし部屋に着いてもロトムは倒れている訳でもなく、モニターの中に留まっている。その答えは一つ、足止めの必要がなかったという事」

 ロトムとの信頼関係の上に成り立つ答えを、クリスは口にする。

 それを聞いた男は特に驚く様子もなく、ただその場で高笑いした。

 

「クックッ、ハッハッハッ!! 俺が従業員じゃないと分かった事だけは褒めてやるよぉ。しかしなぁ、ダメだぁ、ダメ、全然ダメだぜぇ? お前は何も分かっちゃいねぇ。俺達R団の崇高な目的を……お前達は何も分かっちゃいねぇ」

 男は目を見開き口を開く。

 

 

 分かっていない?

 

 

 何を?

 

 

 いや、分からないなら聞き出すだけだ。

 

 

 

「その汚い口を開くなら僕の質問に答える事だけにしろ! ニダンギル!! ラスターカノン!!」

 クリスは太い骨を男に投げ付け、それを避けた男の背後に現れたニダンギルに技の指示を出す。

 現れたニダンギルは剣先にエネルギーを集中し、ベトベトンにそれを放った。

 

 

 効果は抜群。

 ベトベトンはヘドロの身体を三割ほど吹き飛ばされる。

 

 

「ライルから聞いちゃいたがそこそこやりやがるなぁ。いやぁ……良いねぇ、溶かし甲斐があるぜぇ!」

 奇襲によりダメージを負ったベトベトン。まだ倒れた訳ではないが、男が不利な状況は変わっていない。

 しかし男は余裕の笑みを浮かべて立っていた。何がおかしい。

 

 

「だがぁ……今回の俺の目的はお前を溶かす事じゃねぇ。大丈夫だぁ、従業員は溶かしてねぇよ。そうだ、良い頃合いだ、居場所を教えてやろうかぁ?」

「何……?」

 この男の目的はなんだ。

 

 

 なぜ向かって来ない。従業員は殺されていない?

 

 

 ──良い頃合いだ?──

 

 

 

「───足止め?! 僕をここにおびき出した?!」

「スゲェなぁ、そこに気がつくなんてよぉ! そうそう、足止め(・・・)だぁ!! 足止めされてたのはお前って訳よぉ。しかし気が付くのが早くてすげぇ。これは本当に溶かし甲斐があるぜぇ。だがよぉ、もうおせぇんだよなぁ!!」

 クリスがその答えに辿り着いたと同時に、男は笑いながら声を上げる。

 既に遅かった。それはクリスがこの場所に来た時点で、いや───あのライブステージから離れた時点で。

 

 

「貴様……っ!!」

「放送室にいた従業員はこの階にある事務室をスモッグでいっぱいにして、他の従業員と一緒に閉じ込めてあるぜぇ。今すぐに行けば助かるかもなぁ!」

「ロトム!! ニダンギル!!」

 目を見開き笑う男の目の前でモニターが移り変わる。モニターに映った事務室は確かにスモッグに覆われ、倒れている従業員の姿があった。

 

「ギャッハッハッハッ!! 間に合うと良いなぁ!! だがもうおせぇ。開かれるぜぇ、ウルトラホールがなぁ!!!」

 去り際にニダンギルが放ったつばめがえしをベトベトンにまもるで受けさせ、男は声を上げて笑う。

 

 

 唇を噛み切りながらクリスは走った。

 

 

 もう誰も失わない為に。

 

 

 

 目の前で大切な人やポケモンを失わない為に。

 

 

 誰にもこんな思いをして欲しくないから。

 

 

 

 あんな事は許されない。

 

 

 

 あんな事をした奴らを許さない。

 

 

 

「R団……っ!!」

 停電から僅か十分。

 

 

 

 

「さぁ、始めるよぉ〜。……おいで、可愛いウルトラビースト達」

 大勢の客が避難しているライブステージの中心に───

 

 

「なんだあれ?」

「なんだろうねぇ、アレは」

「なんじゃなんじゃ?」

「カガミちゃん、また何かしたの?!」

「えぇ、私じゃないよぉ?!」

 

 

「あの穴、どこかで……」

「フラィ……」

 ───ウルトラホールが開く。




良い感じの技名が無かった!(無理があるね)


なんとこの話を投稿する前日に放送されたアニメ、ポケットモンスターサン&ムーンがロトムメインのお話でロトム図鑑の中身が電線の中を走るという。
なんてタイムリーなお話でした。私ロトム大好きなので嬉しかったですね。

そして勿論、このお話はアローラの物語です。後は分かりますよね()。


あとイラストの紹介。

【挿絵表示】


パツキンの普通の男の子がウチのクリス君。隣に居るのはありあさんの『虹色の炎』よりお名前をお借りしたブライ君です。
最近ポケモンが描けないことに気が付いて四苦八苦しております。


さて、急展開ですが次回もお会い出来ると嬉しいです。


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VSウツロイド①

 メレメレ島──ハウリオシティ──ショッピングモール。

 

 停電から五分と少し。

 

 

「うーん、さっきリアちゃん居たと思ったんだけどなぁ」

 知人を見付けたと思ったのだが、どうやら見失ってしまったシルヴィは首を横に傾ける。

 トイレの方に向かっていった所までは見えていたのだが。そんな残念そうに項垂れる少女の肩を、一人の男性が叩いた。

 

 

「お嬢ちゃん、ワシのヤングースを知らんかね?」

「あなたは確かバトルバイキングで戦った人……。ぇ、どうかしたんですか?」

 話しかけてきた人物は、シルヴィがバトルバイキングで初めに戦った老人である。

 老人は困ったような、心配しているような表情で口を開いた。

 

「停電の後、ヤングースの姿が見えないんだ。避難指示でこのライブステージがある場所に人が集まってるから、人混みに揉まれたりしていないか心配でねぇ」

「それは心配ですね……。ごめんなさい、見てないです。私も探しましょうか?」

「いやいや良いんだよ。君には負けたがワシのヤングースは強いんだ。きっと大丈夫さ」

 笑顔を見せる老人に、シルヴィは「分かりました。でも見付けたら直ぐに連れて行きますね!」と声を掛ける。

 とは言ったもののやはり心配で辺りを見渡すシルヴィだが、やはりヤングースは見当たらなかった。

 

 

「どこに行っちゃったんだろうね?」

「クチィ」

 手持ちのポケモン達に話しかけるが、クチートもデデンネも首を横に振る。

 

 

 どこに行ってしまったのだろうか?

 人のポケモンだと言うのに、シルヴィは老人のヤングースがとても心配だった。

 

 

 ───もう誰にも、悲しい想いはして欲しくないから。

 

 

「───ぇ」

 ふとライブステージに眼を向けると、何処かで見た不自然な円形が視界に入る。

 光を飲み込むような、空間がねじ曲がったようなその円形は円というよりは───穴だ。

 

 

「さぁ、始めるよぉ〜。……おいで、可愛いウルトラビースト達」

 その空間は捻じ曲がり、この世界とは別の世界への扉となる。

 

「なんだあれ?」

「なんだろうねぇ、アレは」

「なんじゃなんじゃ?」

「カガミちゃん、また何かしたの?!」

「えぇ、私じゃないよぉ?!」

 ウルトラホール。別世界への入り口。

 

 

「あの穴、どこかで……」

「フラィ……」

 ───そうだ、あの時飛行機で。

 シルヴィが思い出したと同時に、その穴から半透明な生命体が身体を覗かせた。

 

 

 逆さにした金魚鉢から数本の触手が生えたようなその姿は、一見帽子を被った少女のような姿にも見えるだろう。

 ユラユラと揺れながらその生命体は、ライブステージに開いた穴から───無数に姿を現した。

 

 

「な、なんだ? ポケモン?」

「あら可愛い」

「え、怖いわよ。気持ち悪いわ」

「お母さんアレ何ー?」

 モールの客が様々な反応を見せる中、シルヴィは不安を覚えて後ずさる。

 

 以前あの穴を見た時に飛行機を襲ったポケモンを、思い出さずにはいられない。

 あの黒い影とは違う筈だが、同じような何かを本能的に感じ取っていた。

 

 

 嫌な予感は的中する。

 

 

「な、なんだ、何をす───うわぁぁ?!」

 現れた生命体が近くにいた成人男性を上から軽々しく持ち上げた。

 それに続くように、大量に現れた同種の生命体が辺りの人々を襲い始める。

 

「嘘……ッ?!」

 その事実に後退りしていたシルヴィは逃げ惑う人に足を引っ掛けて転んでしまった。

 そこに向かってくる二匹の生命体。デデンネがでんきショックで、フライゴンがドラゴンクローで迎え撃つ。

 

 

「デネェ!」

「フラィ!」

「あ、ありがとう二人共。でも、どうしよう、なんとかしないと……っ!」

 周りの人々は無数に現れた謎の生命体に何人も捕まってしまっていた。

 助け出そうにも手の届かない空中まで連れて行かれている人もいる。

 

 でんきショック等の特殊攻撃では捕まっている人も巻き添いにしかねない。

 かといって今は空を飛ぶ事の出来ないフライゴンの物理攻撃は届かない。

 

 

 ポケモンバトルという物から逃げてきた少女は、こんな時どうすれば良いか分からなかった。

 少女のポケモンも指示がなければ、自らのトレーナーを守る事しか出来ない。

 

 

 ───私は何も出来ない?

 

 

 それが分かってしまうと、そう思い込んでしまうと、人は本当に何も出来なくなる。

 自らの可能性を奪うその考えは、少女をその場に縛り付けた。

 

 

 

「───アレはUB01PARASITE(パラサイト)?!」

 停電が起きてから十分と少し。事務室で倒れていた従業員を助け出したクリスは、息を吐く暇もなくライブステージに戻る。

 そこで待っていたのは、ハンサムが調べていたウルトラビーストというポケモン。国際警察内でコードネーム──UB01PARASITE──と呼ばれてるポケモンだった。

 

 

 現在は学会にて──ウツロイド──という正式名称が付けられているそのポケモンが、機器の故障でシャッターが閉じ閉鎖空間となったショッピングモールに多数現れている。

 ライブステージの中央に開いているのはウルトラホールだ。あの先は別の世界へと繋がっている。

 

 

 ウルトラホールがこんな状態でこんな場所に発生するのは不自然だ。

 これは人工的に発生させられた物だろう。

 

 

 やはり(ロケット)団はウルトラホールの生成に成功していた?

 

 

 だが目的はなんだ?

 

 自らを───あの放送で動くだろう人物をこの場所から遠ざけた理由はウルトラホールの発生を邪魔させない為だろう。

 

 だがそれまでの足止めであの男は満足した。

 

 

 その理由として考えられる事は三つ。

 

 

 一つ、ウルトラビーストに閉鎖空間となったモールを襲わせる。

 

 もう一つ、この混乱に乗じてモール内の物品を盗み取る。

 

 もう一つは、ウルトラビーストの捕獲だ。

 

 

 

 そして、そのどれもがウルトラホールを開いた時点で実現可能となる。

 

 この時点で勝敗は決まっていた。

 今彼に出来る事は被害を最小限に抑える事である。クリスは直ぐに頭を切り替えて、辺りの状態を確認した。

 

 

 

「自分の非力さを呪うのは後だ……っ!」

 今は一人でも、一匹でも多くの命を救う事を考える。

 

 R団がウツロイドを捕獲しようが、何か物品を盗もうが後でどうにかする事は出来る筈だ。

 だが生き物の命だけは後でどうする事も出来ない。クリスは手に握る太い骨を強く握りしめる。

 

 

 ───何も失ってたまるものか。

 

 

「ロトム、シャッターが直ぐに開けられる状態を作っておいてくれ。ニダンギル、PARASITEに囚われた人に当てないようにつばめがえしで出来るだけ救い出せ!」

 クリスは指示を出しながら、ニダンギルを戻しておいたボールの着いた太い骨を投げつけた。

 ボールから放たれたニダンギルはウツロイドの背後からつばめがえしで攻撃し、囚われていた男性を解放する。

 

 地面に落ちる男性を地表で影に入り込んだゲンガーが身体を傷めないように受け止めた。

 滅びの歌を使う手もあるが、この広範囲では効果は薄いだろう。今はゲンガーにはこの仕事をしてもらうしかない。

 

 

 

 クリスの他にも自分のポケモンでウツロイドから身を守るトレーナーは何人か居た。

 しかし、その殆どが苦戦を強いられており捕まってしまうトレーナーも少なくはない。

 

 

 ウツロイドは捕らえた生物に神経毒を打ち込み、自我と身体能力を極限まで解放させ自らを守らせる生態を持っている。

 トレーナーが寄生されてしまえば、そのポケモンすら敵に回る厄介な生体だがウツロイド自身は自らを守る為に行なっているだけだ。

 

 

 だから悪いのはその生態を利用するR団。それでも、クリスは指示を出す声に力が入る。

 

 

 このままではジリ貧だ。

 ロトムが戻ってきた所で、クリスは次にするべき事を思考する。

 

 

 この現状を打破するには全てのウツロイドを弱らせて撃退する必要があるが、圧倒的に数が不利だ。

 クリスの主戦力であるニダンギルは人々を守るので手一杯。それどころか手が回らなくなっている。

 

 ゲンガーが使える技はほろびのうただけだ。

 ロトムは手元に残しておかなければ非常事態に対処できない。

 

 

 ───自分の力で出来る事はこれ以上ないか?

 

 それが分かってしまうと、そう思い込んでしまうと、人は本当に何も出来なくなる。

 自らの可能性を奪うその考えをクリスは───捨てた。

 

 

 自分が出来ないのなら、他の誰かに任せれば良い。

 

 

 自分は一人で何でも出来る訳じゃない。

 そんな事は国際警察で嫌という程学んでいる。

 

 自分の非力さ等知っている。

 

 

 それを補うのが仲間だ。それは国際警察という縛りだけの話じゃない。

 この場で何かを守ろうとしているポケモンやトレーナーは、同じ志を持つ仲間だ。

 

 

 この場で最適なのは───

 

 

「───あの娘は?!」

 クリスの視線に止まったのは、蹲る一人の少女。

 そして彼女を守る為に戦う三匹のポケモン。

 

 ここに来る前に調査対象として調べていたシルヴィである。

 

 

 四匹のウツロイドに囲まれる少女を、三匹のポケモンが必死に威嚇しながら守っていた。

 

 

 デデンネの電撃で動きを止めたウツロイドをクチートがアイアンヘッドで仕留める。

 その隙にクチートの背後に回り込むウツロイドをフライゴンがアイアンテールで叩き落とした。

 

 ウツロイドはどくタイプといわタイプを持つポケモンである。はがねタイプの技は効果抜群で、倒されたウツロイド二匹はウルトラホールに戻っていった。

 

 

 

 三匹の連携と力量は申し分ない。

 

 

 問題は少女の方だが、何故蹲っている?

 

 

 そもそもクリスは彼女をR団の関係者なのではないかと疑っていた。

 だがこの現状になって少女は一人で蹲っている。この事件の発端がR団にあるのは確定的だ。

 

 

 ───ならあの少女は白なのか?

 

 

 彼女を守る必死の形相のポケモン達を見て、クリスは最後の判断をする。

 彼女ではない。あのポケモン達を信じると。

 

 

 

「ロトム、援護を頼む」

 思考を終えたクリスはロトムに指示を出して走った。辺りにさっきの男やR団らしき人物は見当たらない。

 

 

「君、シルヴィだな?! 国際警察のクリスだ。力を貸して欲しい」

 フライゴンを襲うウツロイドにロトムがシャドーボールを放って動きを止め、クリスはその脇を滑り抜けてシルヴィに話し掛ける。

 俯いていた少女は頭を上げて、心底驚いた表情を見せた。ウツロイドへの恐怖か───それとも。

 

 

「こ、国際警察……? なんで、名前───ぇ、私に、力を?」

「たまたま居合わせた。この状態を打破するために力を貸して欲しい」

「で、でも私なんかじゃ……」

「少しで良いんだ。僕だけの力じゃ、全ての命を守る事は出来ない。……頼む!」

 その言葉にシルヴィは思い出したような表情で立ち上がった。

 

 

 守らなければいけない。

 

 

 もう目の前で命を失うのは嫌だった筈。

 

 

 なんで目を背けている?

 

 

 なんでこんな所で蹲っている?

 

 

 自分のポケモンは戦える。後は自分が意思を見せるだけだ。

 

 

 

 ───もう何も失わないと決めたじゃないか。

 

 

 

「───分かりました。やります。……何をしたら良いですか?!」

「ありがとう。……周りのPARASITE───あの浮いているポケモンを全て倒してウルトラホールに返したい。シャッターは直ぐにでも開けるようにしてあるけれど、あのポケモン達を外に出す訳にはいかないんだ」

 もしウツロイドが街に放り出されれば、それこそ事態を収める方法がなくなってしまう。

 それを防ぐには今この場でウツロイドを全て撃退するしかなかった。

 

 それも、R団に捕獲されれば同じ事が起きるだけだが今はそれを止める方法がない。

 

 

「分かりました。出来るよね、クチート、デデンネ。フライゴンも!」

 少女の声に、三匹が声を上げる。デデンネは眼鏡を取り出し、それを掛けながら決めポーズを取っていた。

 

「ありがとう。PARASITEに捕らえられた人は僕のニダンギルが助け出す。無理に攻撃して怪我をさせないようにしてくれ!」

「は、はい! 分かりました!」

 背筋を伸ばして敬礼をするシルヴィを見て、クリスは不覚にも苦笑する。

 こんな少女が悪事を働くだろうか? いや、否だ。

 

 

 

 しかし───状況は一転。悪い方に一気に転がる。

 

 

 

「───ンギッ」

 クリス達の背後に落ちてくるニダンギル。ひんしの状態で、もう戦える状態ではなかった。

 

 

「───しまった?! ニダンギル!!」

 単純に自らのポケモンへの過信。そして目を離し、指示を放置したトレーナーとしての致命的な失敗である。

 ニダンギルを倒したのは他でもないウツロイドだ。どくタイプといわタイプしか持ち合わせていないウツロイドだが、シャドーボールを覚える事が出来る。

 

 決定打がないと、少し目を離しただけではニダンギルは倒されないと過信したクリスの小さなミス。

 だがポケモントレーナーとしてはそれは致命的なミスだった。

 

 そしてそれはニダンギルが──囚われた人を傷付けずに救い出す──という役割を果たせなくなったという事実に繋がる。

 

 

 この先一人でもウツロイドに捕まれば、その人物を巻き添えにする覚悟で攻撃しなければならない。

 それは言葉だけで言えば、命の前に言えば非常に簡単に思える行為であると同時に───指示をする覚悟は非常に重い物だ。

 

 

 クリスは自らのミスにニダンギルのボールを強く握りしめ、罪のない自らのポケモンに謝罪しながらボールに戻す。

 

 

 

 そして恐れていた事は簡単に、なんの前触れもなく、当たり前のように起こった。

 

 

「───ひぃ?! こ、来ないで! 嫌だぁ〜!!」

 今日のライブのゲストとしてこのモールに来ていたアイドルの少女が、ウツロイドに捕まり空中に連れ去られる。

 一瞬ロトムに指示を出そうとしたクリスだが、少女を傷付けてしまう事を思い判断を遅らせてしまった。

 少女のポケモンであるライチュウ二匹も、同じ考えで攻撃が出来ない。

 

 

 その一瞬だけで、事態は悪化し手遅れになると知っているのに。

 

 

「くそ!! ロトム、シャ───」

「バカかお前! 人に当たったらどうする!」

 そんなクリスの指示を、一人の男が止める。

 

 その男の顔を見て、クリスは目を見開いた。その男は───

 

 

「確実に、そして堅実に。狙いを定めるは両の目でなく──こころのめ──仕留めるは──いちげきひっさつ──の奥義!!」

 男の口上と共に、隣に立っていたドーブルが尻尾の先を少女を攫ったウツロイドに向ける。

 

 

「───くらえ、ハサミギロチン!!!」

 刹那、鋏のような形状のエネルギーが少女を捕らえたウツロイドに向けて放たれた。

 閉じる鋏は少女を避けて、ウツロイドだけを正確に射抜く。

 

 

 いちげきひっさつ。

 

 

 倒されたウツロイドは少女を離しウルトラホールに向かい、落とされた少女をライチュウ達が受け止めた。

 

 

「───お前は」

 クリスは自分の目を疑う。

 何故か。

 

「Z技なんて糞食らえ、こっちの方が強いし何発でも撃てらぁ!!」

 ───その男は紛れもなく、前日に船着場で戦ったあの。

 

 

 

 

 R団の男だったからだ。




タイトルバレ。
さて、いきなりですがウツロイドに登場してもらいました。やっぱりウルトラビーストといえばウツロイドですよね。


ところでイラストの紹介です。

【挿絵表示】

今回は唯一出番が無かったリアを描いてきました。ちゃんと活躍の場はあるから、待っててくれ()
スカル弾のユニフォームですが11歳の彼女には少しブカブカらしいです。あとグラサンはグズマと戦う前に屋敷でパクったらしい。

頑張れ一人真スカル団。


それでは次回もお会い出来ると嬉しいです。


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VSウツロイド②

「もう一発、こころのめ───からのハサミギロチン!!」

 男の背後に構えていたもう一匹の(・・・・・)ドーブルが技を放つ。

 

 

 クリスは困惑していた。

 この男は(ロケット)団だった筈。それがなぜ、モールの人達を助けている。

 

 予想だにしない光景に頭が回らない。

 それでも男は二匹のドーブルでウツロイドを攻撃し続けた。

 

 

「……もう一匹はメタモンか」

「お、流石俺が見込んだ事はあるな。正解だけどよ、それは今関係あるか?」

 突拍子もなく口から漏れた言葉に男はそう返す。

 そんな分かりきった事を口にしてどうするんだ。クリスは頭を左右に振って、一度頭を空にする。

 

 

「……お前の、お前達の目的はなんだ?!」

「それを調べるのが国際警察の仕事だろ?」

 男は挑発的な態度でクリスの質問に答えるが、そんな彼を今攻撃する事は出来なかった。

 事実。彼が今こうしてウツロイドを攻撃してくれなければ、被害者は増えるだけである。

 

 

 その意図を探れ。

 

 

 クリスはようやく落ち着いた自分の頭を整理した。

 

 

 

 R団がウルトラホールを、この密閉空間で開けた理由は考えられるだけで三つ。

 

 

 一つ、ウルトラビーストに閉鎖空間となったモールを襲わせる。

 

 もう一つ、この混乱に乗じてモール内の物品を盗み取る。

 

 もう一つは、ウルトラビーストの捕獲だ。

 

 

 その内モールを襲わせる事は今目の前の男がR団であるなら否定される。

 そして残り二つの内どちらでも、人々に危害を加えるつもりがないという事か?

 

 

 

「ドーブル、こころのめ───からのハサミギロチン!」

 いや、これはフェイクだ。

 

 

「ハサミギロチン……」

 一撃必殺の技であるハサミギロチンだが、効果が期待出来ない相手が二種類いる。

 

 一つは、ゴーストタイプのポケモン。文字通り効果がないからだ。

 もう一つは、自分よりレベルが高いポケモン。放ったポケモンより元々の実力が高いポケモンを倒す事は出来ない。

 

 

 ───まさか。

 

 

「レベルの高いウツロイドを厳選して捕まえる……それがお前達の目的か」

「……お前、本当に凄いな」

 クリスの言葉を聞いた男は、目を丸くして声を落とした。

 彼のポケットにはウルトラビーストを捕まえる為のボール──ウルトラボール──が入っている。

 

 

 ウルトラビーストもポケモンだ。専用のボールさえ使えば捕まえる事が可能である。

 

 

 大量に現れたウツロイドの内、自分の手持ちよりも強いウツロイドを手に入れる事はそれだけで悪党にとって───R団にとって有意義な事。

 その為ならモールの被害なんて二の次だ。誰が死のうが物が壊れようが自分達には関係ない。

 

 

 それがR団。───その筈。

 

 

 

「……ならなぜだ。なぜ市民を助ける。お前がR団ならそこまでする理由はない筈だ!」

 R団は平気で人もポケモンも殺す。クリスはそれを身を持って知っていた。

 それなのに目の前の男は、自らをR団と認めながらウツロイドに捕らわれた人を助けている。

 

 理解が出来ない。

 

 

「お前は本当にR団なのか……?」

「なら俺がR団じゃない理由を聞きたいもんだぜ。……良いか? 勘違いするな。俺は俺のやり方をしてるだけだ。目的は果たす。ウツロイドを捕獲する目的はな」

 そう言ってから男は辺りを見渡した。

 

 

 フライゴンやロトム達がウツロイドを迎撃する中、捕らえられた人を二匹のドーブルが助ける。

 確実にウツロイドの数は減っていき、事態は収拾に向かっていた。

 

 

「そしておまわりさんよ、お前は今回完全敗北だ。自分の力じゃ市民を守れず、俺達の目的の邪魔は出来ない」

「まだお前を取り押さえればウツロイドを捕まえられずに済む……」

「そんな事したらどうなるか分からない訳じゃないだろ?」

 男をこの場で無力化すれば、捕まった人々を救う事が困難になる。

 

 

 そんな事は分かっていた。

 

 

 初めから───あの時この場所を離れた時点で、負けは確定していた。

 

 

「……僕はどうしたら良い」

「この場にいるウツロイドは俺一人でもどうにかなるが、例えばここから離れていった奴の対処は出来ないよなぁ? それにセキュリティシャッターが降りていても、ウツロイドが外に出る方法がある。トイレの下水道とかな。そこを守るべきなんじゃねーの?」

 この場を離れるのは男が好き勝手に動く事の出来る状態を作る事になる。

 しかし男の言う事は真実で、この階層だけでなく下の階でウツロイドが人々に危害を加えていないとは限らない。

 

 

 初めからクリスの完全敗北。

 

 R団の完全勝利は決まっていた。

 

 

「ひとつだけ質問させてくれ。……いや、する。少なくともお前は市民を助けてくれるんだな……?」

 希望的な言葉だとは自分でも分かっている。

 

 相手はR団だ。相手の命なんて考えていない連中だ。

 

 

 そんな相手に市民の命を託すなんて馬鹿げている。それでも、今クリスにはその選択肢しかなかった。

 

 

 

「……約束しても良いぜ」

 しかし、男はクリスと目を合わせずにそう言う。

 それが嘘か本当かすら分からない。だが、クリスには選択肢がなのだ。

 

 

「……シルヴィ、この階のトイレに行ってくれ。僕は下の階に行く」

「い、良いんですか……?」

「責任は僕が取る。何が起きても、君は悪くないよ」

 何があっても、自らが国際警察である以上最善の選択を行わなければならない。

 それがR団の思惑通りだとしても、男を完全に信用しなければならないとしても。

 

 

「で、でもロトムしか手持ちが……」

「大丈夫。下に家電屋さんがあったからね、あの場所なら僕のロトムは最強だよ。ロトム、先に行って洗濯機を探してこい」

 シルヴィに愛想笑いを見せながらロトムに命令を出して、クリスは拳を握りしめながら走る。

 背後の男はクリスがその場から居なくなっても、ドーブルへの指示を辞めなかった。

 

 

 男の目的がレベルの高いウツロイドの捕獲なら、なんら不思議な事ではないのだが。

 

 

 

「私、貴方にあった事があると思うんですけど……」

「気のせいだろ」

 クリスが居なくなってから、シルヴィは男に話し掛ける。

 彼が居た時に話せなかったのは、聞きたかった会話を聞かれると困るからだ。

 

 

「……私、R団───」

「それ以上はこのアローラで言うな」

 シルヴィの言葉を男が遮る。ならばと、シルヴィは質問の仕方を変えた。

 

 

「さっきクリスさんがあなたはR団って言ってましたよね? でも、貴方はあの飛行機に乗っていたイリマさんなんじゃないですか? 顔は違うけど、ドーブルと声が同じなんです。あと、ハサミギロチンも」

「……あんまり深い詮索をすると悪い人に消されちまうぜ。今お前の仕事はこの階のトイレに向かう事だろ?」

「あ、そうだった……」

 男は「やれやれ」と両手を上げる。

 

 

 全く狂気な運命だ。

 

 

「トイレに黒髪のポニテで目付きが悪い女の子がいたらさ、助けてやってくれないか?」

「……ぇ、それって」

 シルヴィの脳裏に一人の少女の顔が映る。

 

「一人で泣いてるかも知れねーんだ。寂しい思いをさせてるのは分かってるから」

「あなたは一体何者なんですか……」

「……ただのR団。悪党って奴さ。……ほら、行け」

 男の言葉を聞いてからシルヴィは三匹のポケモンとこの階のトイレへと走った。

 さっきから知り合いの少女の顔が見当たらない。

 

 黒い髪をポニーテールにした目付きの悪い女の子の姿が見当たらない。

 

 

 一抹の不安を覚えながら、少女はその場を離れる。

 

 

 

 残された男は微かに笑い、ポケットに入った青色のボールに手を伸ばした。

 

 

 

「こころのめ、ハサミギロチン。……さて、やっと見付けたぜ」

 そして男はドーブルの攻撃で倒れなかったウツロイドに向けて、そのボールを投球する。

 

 

 

 ウルトラビースト、ウツロイドはそのボールに収まり男の手に渡った。

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 ショッピングモール──トイレ待合室──。

 

 

 

「……んだ、お前」

 少女を五匹のウツロイドが囲む。

 

 

 赤いメッシュの入った黒い髪をポニーテールにし、目付きの鋭い少女は後ろにいる老婆の前に立ってウツロイドを睨み付けた。

 

 

 

「あわわわわ、メノクラゲが浮いておる」

「このばーちゃん怖がってるだろ。どっか行け、シッシッ」

 少女──リア──は手を払ってウツロイドを遠ざけようとするが、相手はそんな事を気にしてはいないらしい。

 少しずつ近付いてくるウツロイド達は、彼女の隙を伺っている。軽口を叩いてはいるが、リアは臨戦態勢だった。

 

 

 彼女の目の前には二匹のポケモンが構えている。

 

 

 ダークポケモンのデルビルと、わるぎつねポケモンのゾロアだ。

 

 

「……チッ。来るなら来いよなぁ! デルビル、ゾロア! かえんほうしゃ!!」

 リアの指示で二匹のポケモンは、同じ技を真ん中にいたウツロイドに放つ。

 高熱の炎がウツロイドを包み込むが、いわタイプを持つウツロイドにはあまり効いていないようだ。

 

 相手の攻撃を見定めた一匹のウツロイドが仕掛ける。

 デルビルの上を取り、パワージェムを放つがデルビルはそれを横に飛んで交わした。

 

 

「まだ引き付けろよデルビル(・・・・)。ゾロア、他の奴を近付けさせるな、かえんほうしゃ!」

 ゾロアのかえんほうしゃが、四匹のウツロイドに向けて放たれ壁となる。

 しかしデルビルを追うウツロイドはそんな事には構わずに、デルビルを追い詰めて接近しパワージェムを放った。

 

 この距離では外れない。

 

 

 ───側から見ればそう見えただろう。

 

 

 しかし、ウツロイドの正面からデルビルが消えた。代わりに現れた黒い影は、デルビルとは体格が全く違うポケモン───ゾロアーク。

 

 

 イリージョン。

 相手に幻影を見せ、自らの姿を別の姿に見せる特性である。

 

 

 

「みずタイプかと思ったけどその技ならいわタイプか。ゾロアーク(・・・・・)、けたぐり!!」

 デルビルの姿だと思われていたポケモン──ゾロアーク──は地面に手を付いて脚を振り回した。

 かくとうタイプの技であるけたぐりは効果抜群である。孤立したウツロイドはゾロアークと一対一を強いられ、二度目のけたぐりで戦う体力を失って逃げた。

 

 

「残り四匹……っ! デルビル、かえんほうしゃ!」

 ゾロアの攻撃による壁が消えた所で、隠れていた本物のデルビルがかえんほうしゃを放つ。

 決定打にはならないが、かえんほうしゃの連続でウツロイドは近付けなかった。

 

 

「ゾロア、まだ行けるか?」

「グァゥ……ケッ……ケッ」

 ゾロアは口から弱い炎を漏らして答える。本来かえんほうしゃは進化しなければ覚えないゾロアだが、努力で身に付けた技だ。

 その代わり放てる回数も少ない。これ以上は無理だとリアは判断して頭を切り替える。

 

 

「ゾロア、ナイトバーストで援護だ。なんとか一匹の孤立させる」

 相手の数が多い時は、孤立させて一匹ずつ倒すのが常套手段だ。

 しかしウツロイド達は中々孤立せず、デルビルとゾロアは疲労するばかり。

 

 

 今リアの手持ちでウツロイドに決定打を与えられるのはゾロアークだけである。

 強行突破するなら最低でもあと二匹は倒したい。

 

 

 背後で蹲る老婆を見ながら、しかしそれは出来ないとリアは選択肢から強行突破を消した。

 

 

 

「真スカル団なめんじゃねーよ。……アローラをぶっ壊すのはこの私だ。テメーらみたいなよく分からない奴に好き勝手されてたまるか!」

 少女は威勢良く睨みつける。ゾロアを下がらせて、デルビルにかえんほうしゃを指示した。

 

 

「何か突破口を───」

「クチート、アイアンヘッド!」

 唐突に聞こえてくる第三者の声。

 

 ウツロイド達の背後から現れた少女のクチートが、硬化した頭部でウツロイドに頭突きをする。

 態勢を崩したそのウツロイドを電撃が襲った後、駆けて来たフライゴンがドラゴンクローを放ちウツロイドを壁に叩き付けた。

 

 

 突然の奇襲で仲間を倒されたウツロイドは、その場に散らばる。シルヴィはリアを見付けるや、満面の笑みで彼女に抱き着いた。

 

 

 

「良かったぁ! リアちゃん無事だったぁ!」

「だぁぁっ! くっ付くな鬱陶しい!」

「リアちゃんは私が守るからね!!」

「いや邪魔だぁ!! 前見えないから!! まだバトル終わってないから!!」

「あ、そうだった」

 思い出したように抱擁を辞めるシルヴィは振り向いて辺りを確認する。

 

 ウツロイドが二匹、高い天井まで上がって彼女達を見下ろしていた。

 隙を見せれば直ぐにでも襲いかかる魂胆だろう。この距離ではデルビル達のかえんほうしゃも、デデンネのでんきショックも有効打は与えられない。

 

 

「……アレを倒さなきゃこのばーちゃんが襲われちまう。私は逃げないぞ」

「ふふ、リアちゃんって優しいんだね」

「はぁ?! だ、誰がだよ。別に私は優しくなんか───」

「うんうん、やっぱりいい子だなぁ」

 そう言いながらシルヴィは少女の頭を撫でた。リアは顔を真っ赤にしてその手を払い除けるが、少し寂しそうな表情を見せた後顔を左右に振る。

 

 

「あのポケモンを地面に下ろせば良いんだよね」

「……で、出来るのか?」

「出来る! から、一匹はリアちゃんが倒してね!」

「……お、おぅ」

 そう言ってからシルヴィは、デデンネとクチートに小声で作戦を説明した。

 それを聞いたデデンネは顔を真っ青にして首を横に振る。大丈夫なのかよ、とリアはデデンネを心配そうに見詰めた。

 

 

「よーし、お願いねデデンネ! クチート、デデンネを投げちゃって!!」

「クーーーチッ!」

 頭の上の顎でデデンネを掴み、その場で回った遠心力を使いクチートはデデンネを天井まで投げ付ける。

 

「デネェェエエエ?!」

 悲鳴のような鳴き声と共に宙に浮かぶデデンネ。大粒の涙を流しているように見えるのは、リアの気のせいではない。

 

 

「デデンネ、ほっぺすりすり!!」

「デネデネデネデネェ───……デネェェェッ!!!」

 ほっぺすりすりは身体中に電気を纏って体当たりし、相手をまひ状態にさせる技だ。

 二匹のウツロイドに向けて投げられたデデンネは、その二匹をまひ状態にする。

 

 身体が痺れたウツロイド二匹は徐々に高度を下げた。この距離なら攻撃は届く。

 

 

 

「フライゴン、お願い!」

「ゾロアーク、けたぐり!!」

 そして二人の指示で、二匹のポケモンがウツロイドに攻撃を放った。

 体力を失ったウツロイドはこの場から逃げて行く。フライゴンとゾロアークはお互いの力を認め合って、微笑んだ。

 

 いつかこのポケモンと戦いたい、と。

 

 

「……よし、後───」

「やったぁ! やったよリアちゃん! お婆ちゃんも、もう大丈夫ですからね!」

「メノクラゲは倒してくれたのかえ?」

「はい、倒しましたよ!」

「え、さっきのメノクラゲだったのかよ……」

 違う。

 

 

 

「これでこの辺りに来たメノクラゲはもう大丈夫だね。あれ? メノクラゲだっけ?」

「───バカ! まだ後一匹残ってるんだよ!!」

「ぇ───」

 安心して胸を撫で下ろすシルヴィを、突然リアが突き飛ばす。

 

 その背後から現れるウツロイド。

 シルヴィが来た時点でこの場に居たウツロイドは四匹。内一匹を奇襲で倒し、二匹をまひ状態にして倒したが───残り一匹はトイレの中に逃げて隠れていたのだ。

 

 

 隙を見付けシルヴィを襲おうとしたウツロイドだが、狙った獲物はリアに突き飛ばされて正面から居なくなる。

 しかしウツロイドにはそれは関係なかった。自身を守らせる為に寄生するのは、人間ならば誰でも良いのだ。

 

 

「───っ」

「そんな?! 待───」

 ウツロイドはシルヴィを突き飛ばして、体勢が崩れたリアを触手で捉える。

 そのまま逆さまにした金魚鉢のような身体に、彼女を取り込んだ。

 

 

「グァゥ?!」

「───リアちゃぁぁん!!」




ゾロアが本当はかえんほうしゃを覚えないと最近知った作者です。泣いた。
さて、実はタグにもある通り私は「ほのぼの」した作品が書きたいんですよね。どうしてこうなってるのか。しかしウツロイドを出したからには、アレを書かなくてはなりません……っ!


次回もお会い出来ると嬉しいです。感想評価もお待ちしております。


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VSウツロイド③

 ウラウラ島──ポータウン──周辺道路。

 

「……断る」

「何故だ」

 雨の降る中、他に何もない道路にポツンと立つ交番の前で二人の男が話をしていた。

 このウラウラ島のしまキング──クチナシ──と、国際警察──ハンサム──その二人である。

 

 クチナシはしまキングであると同時に、アローラの警察組織の一員だ。

 気怠そうな表情や格好からは想像も付かないが。

 

 

 対してハンサムは国際警察。

 その頼みを断るクチナシの表情は、どこか苛立ちが見え隠れしている。

 

 

「このアローラに(ロケット)団の手が及んでいるかもしれないんだぞ。なぜ協力してくれない? 元同僚の力になってくれても───」

「昔の話だ。それに、国際警察のやり方は気に入らないんでね」

 ハンサムの言葉をそう遮ると、クチナシは彼に背を向けた。

 その肩を掴んで振り向かせようとするハンサムの手を、彼は強く払い除ける。

 

 話を聞く気はない。その背中はそう語っていた。

 

 

「……許してはくれないか」

「……態々危険に仲間を突っ込ませ、挙句死に追いやる。人が足りない? 時間がない? そんな下らない理由でこれまで何人の仲間を失ったんだ」

 背中を向けたままそう語るクチナシに、ハンサムは何も言葉を返す事が出来ない。

 そうなってしまったのは誰のせいでもない筈だが、それでもハンサムは拳を握る。

 

 

「……今アローラで活動してるのはアンタと何人だ?」

「一人だ。クリスと言ってな、まだ若いが優秀な───」

「ほらな、そうやって仲間を危険に晒す。相手は地元のチンピラじゃないんだぞ。何も変わっちゃいないな」

「それは───」

「帰れ。話は聞かない」

「───……っ。わ、分かった」

 振り向かずに手でハンサムを払うクチナシ。

 ハンサムは俯きながら、雨の降る道に振り返った。

 

 

 それでも自分が国際警察である以上、R団を野放しにはしておけない。

 

 

「なぁ、そのクリスってのは」

「……ん?」

「今何処に居る?」

 突然クチナシはハンサムを引き止めるかのように、少し大きな声を出す。

 クチナシの視線の先にはテレビが設置してあり、メレメレ島のショッピングモールで謎の停電と電波障害が発生しているというニュースが流れていた。

 

 

 それを見たハンサムは慌てて携帯電話端末──ポケギア──を取り出し、クリスの番号に電話を掛ける。

 しかしポケギアから帰ってくる音声は、相手のポケギアが圏外であると知らせるアナウンスだけだった。

 

 

「……そ、そこに居るのか? クリス」

「……知らんがねぇ。おじさんは国際警察じゃないが、おまわりさんだ。こういう時は地元のおまわりさんが働く物だ」

「クチナシ……」

「勘違いするなよ、自分の仕事を全うするだけだ。このアローラを守る警察官として、しまキングとして」

 頭を掻きながらそういうクチナシは、一枚のメモを背中を向けたままハンサムに向ける。

 ハンサムが受け取ったそのメモに書かれていたのは、一つの電話番号だった。

 

 

「……アローラの警察組織の上層部とお話が出来る番号だ。上には後で言っとくから、クチナシの名前を使って勝手に動かせ」

「い、良いのか?」

「だぁからぁ、勘違いするな。おじさんは仕事してるだけよ。国際警察でなく……おまわりさんのな」

「……恩に着る」

 深く頭を下げてから、ハンサムはポケギアを手に雨の中を駆ける。

 

 

 メレメレ島で何が?

 

 

 その場所に居るのか?

 

 

 

「リアの奴、大丈夫かねぇ……」

 

「クリス、無事でいてくれ……っ!」

 

 

 二人は意味さえ違えど、お互いにとって大切な存在の安否を気に掛けながらそれぞれのするべき行動に移った。

 

 

 しまキングとして。

 

 国際警察として。

 

 

 しかし、その二人共───モールで何が起きているかは知りもしない。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 メレメレ島──ハウオリシティ──ショッピングモール。

 

 

「そ、そんな……」

 目の前の信じられない光景に、シルヴィは後退りしてその場に座り込む。

 自らを救う為にウツロイドからシルヴィを庇い、取り込まれたリア。

 

 ウツロイドは彼女を身体に取り込み、その姿を変貌させていた。

 

 

 

「…………ちゃ……ど……こ……?」

「り、リアちゃん……。ど、どうしたら……」

 肥大化し、黒く変色した身体。大きくなった触手は、何かを探すように振り回される。

 リアのポケモン達はそんな彼女を心配そうに見上げていた。少女を取り込んだまま浮遊するウツロイドの触手が、そんなポケモン達を捕まえる。

 

 

 デルビルも、ゾロアも、ゾロアークも、そんな触手に抵抗はしなかった。

 いや、出来なかったと言う方が正しいだろう。

 

 トレーナーを人質に取られてはポケモン達は手出しが出来ない。

 ポケモントレーナーとポケモンの絆というのは、多くの場合がそれ程までに堅いものなのだ。

 

 

 触手に触れられたポケモン達は、一度俯いてからリアを取り込んだウツロイドに背を向ける。

 そして禍々しい光を身体から漏らしながら、三匹のポケモンはシルヴィ達を血走った瞳で睨み付けた。

 

 

「さ、三匹共……? どうしちゃったの? リアちゃんを助けないと───」

 シルヴィの言葉を遮ったのは、高温の炎の塊。

 三匹はシルヴィ達向けてかえんほうしゃを放つ。もう技を出せない筈のゾロアですらも。

 

 

「うわぁ?!」

 なんとか炎を避けるシルヴィ。その場にいた老婆はフライゴンが守り、デデンネは燃やされた。

 

 

「……クチィ」

 というか、クチートが盾にした。

 

 

「デネェ!!!」

「クチチ、クチィ」

「三匹共どうしたの……? 私達は敵じゃないよ?」

 敵?

 

 

 敵ってなんだろう?

 

 どうしてこのポケモンは、彼女を取り込んだのだろうか?

 

 どうして彼女のポケモンは突然自分を襲い出したのだろうか?

 

 

 考える暇もなく、ゾロアークが前に出る。低い姿勢から放たれるその技は───けたぐり。

 

 

「……ラァィッ!!」

 ゾロアークのけたぐりを、フライゴンがドラゴンクローで受け止めた。

 顔を持ち上げて放たれるかえんほうしゃは、同じ技で応戦する。

 

 広がる炎。

 つい先程戦う事を望んだ相手だが、こんな戦いは望んでいなかった。

 

 

 

「……に…………こ……の……?」

「リアちゃん大丈夫?! 直ぐに助けるからね!!」

 でもどうやって?

 

 自分に何が出来る?

 

 

 そこまで考えてシルヴィは頭を横に振る。

 

 さっきその自問自答で何も出来なくなったばかりじゃないか。

 何が出来るかじゃない。何かするんだ。

 

 もう誰にも悲しい思いをして欲しくないから。

 

 

 目の前の少女にも、ポケモン達にも。

 

 

 

「フライゴン、おばあちゃんをさっきの場所まで連れて行って! あなたが帰って来るまで、ここは私達でなんとかするから」

「フラィ?!」

 シルヴィの言葉に、ゾロアークと向き合っていたフライゴンは驚きの声を上げる。

 今ここで自分が離れたら、この血走った眼をしたポケモン達はシルヴィに攻撃する筈だ。

 

 それが分かっているのだろうか?

 

 

「大丈夫、あなたが戻ってくるまではなんとか耐えてるから。多分今の私にはあなたの力がないと何も出来ないけど、それでもおばあちゃんの安全が第一だから……っ!」

 優しい人間だな。

 きっとフライゴンはそう思ったのだろう。

 

 

 呆れたような、安心したような表情をして、彼は老婆を持ち上げた。

 

 

 

「グァゥァッ!!」

 デルビルから放たれるかえんほうしゃを同じ技で返してから、フライゴンは両脚で走る。

 今はまだ飛ぶ事が出来ないため、走って老婆を送り届けてから戻って来るしかない。

 

 全速力で一分か。その程度の距離、その程度の時間だが───命というのはその程度の時間で灯火を消す事だってあった。

 

 

 それは、この中で少女が一番知っている。

 

 

 

「クチートは下がっててね。炎技は苦手でしょ?」

「く、クチィ……」

 リア達から眼は離さずに、屈んでクチートの頭を撫でてから少女は一度パーカーのフードを整えた。

 振り向いた先では三匹のポケモンが威嚇をしながら隙を伺っている。

 

 少しでも隙を見せれば、次こそ炎で少女を燃やす気でいるのだ。

 

 

「おに……ん…………ど……る……?」

「リアちゃんを離して……っ!」

「何処に……居るの?」

 ウツロイドがリアに話させているのか?

 それは意識を失ったリアの呻き声なのか?

 

 

「リアちゃん……?」

 ───そのどちらでもない。

 

 

 ウツロイドは寄生した相手に強力な神経毒を打ち込む。

 

 それは対象の肉体を限界まで酷使させ、極度の興奮状態に陥らせる神経毒だ。

 さらにウツロイドや寄生した身体を守らせるように心理誘導させる作用も含まれているが───自身を守るという事以外は、今のリアは興奮した本能的な自我(・・)により行動している。

 

 

「お兄ちゃんは……何処にいるの?」

 つまり、その言葉は彼女の本音だった。

 シルヴィにはその意味を知る余地も、彼女の自我を垣間見る事も出来ない。

 

 

 ただ、一つ言える事は───

 

 

「……怖いの? 辛いの?」

 ───リア(ウツロイド)からは、悪意のような物は感じない。

 

 

 感じるのは怯えているような、寂しがっているような、そんな暗い感情ばかりだ。

 

 

 

「───お兄ちゃんは何処?! 嫌だよ、一人にしないでよ。寂しいよ。ねぇ、何処にいるの?! お兄ちゃん……っ!! ……っぁああ!!」

 ウツロイドに取り込まれたまま、リアは心の叫びを口にする。

 それがどういう意味なのかはシルヴィには理解出来ない。何故リアがこの状況でこんな風に叫んでいるのか、理屈は分からない。

 

 

 ───でも、一つだけ分かる事があった。

 

 

「寂しいんだよね? 怖いんだよね? ……ごめんね、私はお兄ちゃんにはなれないけれど。一緒に居てあげる事は出来るよ。……いきなりよく分からない場所に来て怖がってただけなのに、攻撃してごめんね。大丈夫、私は敵じゃないよ」

 一歩ずつ歩み寄りながら、シルヴィはリア(一人)ウツロイド(一匹)に語り掛ける。

 

 

 なんとなく、ウツロイドはただ怖がっているんじゃないかと思った。

 だから自分を守る為にモールの人達を襲っていたんじゃないだろうか?

 

 

 どうしてこのポケモン達がモールに現れたのかは分からない。

 けれど、元々この場所に居なかった事だけは確かで、つまりは別の場所から迷い込んできたという事。

 

 

 だから、ただ怖がってるだけなんじゃないかな?

 

 シルヴィはそう思いながら、ゆっくりと一歩ずつ足を進める。

 

 

 

「グァゥァッ!!」

 だが、リアのポケモンはそれをただ見ているだけではなかった。

 口を開き、血走った瞳をシルヴィに向ける。この距離では避けれない。勿論、当たれば大怪我では済まない。

 

 

「───デデンネ、ほっぺすりすり!!」

 それを見た瞬間、シルヴィは走りながら声を上げた。

 しかしデルビル達の視界にはデデンネは映らない。

 

 そのポケモンは何処にいるのか?

 だが今の三匹は視界に映らないポケモンを気にしていられない程に、冷静さを欠いている。

 

 

 ただ大切な主人に近付く者を焼き払うのみ。その少女だけを見て、三匹は攻撃の姿勢を取った。

 

 

「───デネェッ!!」

 しかし、突然三匹の目の前にデデンネが現れる。

 少女の背後から肩を蹴って飛び出したデデンネは、突如現れた自身に驚いた三匹向けて相手をまひ状態にする技──ほっぺすりすり──を放った。

 

 

 突然の奇襲、そしてデデンネの行動の早さも相まって三匹は技を避ける事が出来ずにまひ状態になる。

 

 デデンネは何処に隠れていたのか? ボールから出てから技を出したのでは、今の奇襲は成り立たなかった。

 ポケモンがボールから出てから行動するには、若干のタイムラグがあるからである。

 

 

 

「ごめんね三匹共。大丈夫、リアちゃんは私が助けるから」

 身体が痺れて動けない三匹を横目で見ながら、シルヴィはパーカーのフードをまた(・・)整え直した。

 そう、デデンネは彼女のフードの中に隠れていたのだ。クチートの頭を屈んで撫でたその時から。

 

 

「なんだお前……お兄ちゃんじゃない。私はお兄ちゃんに会いたいんだ! お前じゃない!! そこをどけぇ!!」

 三匹を行動不能にされたリア(ウツロイド)は触手を振り回してシルヴィを攻撃する。

 シルヴィはその触手を走って躱しながら、一瞬で懐に入り込んだ。運動神経なら彼女はあの国際警察のクリスよりも高いだろう。

 

 

「デデンネ、三匹を見張ってて。……リアちゃん!」

「来るな……っ! お兄ちゃんを返せよ!!」

「……っ?!」

 デデンネを控えさせた瞬間、至近距離からの触手がシルヴィを捉えた。

 ウツロイドの神経毒は身体中から放たれる。それは勿論、触手も例外ではない。

 

 

「デネ?!」

「大丈夫……っ!! だから、三匹を、お願い……っ!!」

 そのまま触手に巻き込まれ、リアと同様ウツロイドに取り込まれていくシルヴィ。

 勿論デデンネやクチートは心配の悲鳴をあげるのだが、シルヴィは大声と伸ばした手で助けを拒んだ。

 

 このままリアに近付いて、彼女を助ける魂胆なのだろう。

 

 

「───ぇ」

 しかし、ウツロイドの神経毒が彼女の身体を蝕んだ。

 

 

 

 嫌だ。

 

 

 見たくない。

 

 

 私じゃない。

 

 

 私のせいじゃない。

 

 

 死なないで。

 

 

 殺さないで。

 

 

 助けて。

 

 

 見せないで。

 

 

「───ぁ……ぁぇ……っぅぇ…………ぁぁ」

 思い出したくない光景が次々に脳裏に浮かび、少女の瞳からは溢れんばかりの大粒の涙が流れ落ちる。

 

 

 ただ助けたかっただけだ。

 

 ただ守りたかっただけだ。

 

 あんな事になるなんて知らなかった。分からなかった。

 

 私のせいじゃない。

 

 

 神経毒はシルヴィをウツロイドが完全に取り込む前に、彼女の心を蝕む。

 極度の興奮状態に陥り、彼女は心の中に閉じ込めていた筈の自我に苦しめられていた。

 

 

 逃げて来たあの日(・・・)の事。

 

 

 目の前で命が消えていったあの日の事。

 

 

 

 助けたかった。

 

 

 助けたい。

 

 

 ───だが少女は。

 

 

「───だから私は今、ここに居る……っ!!」

 助けるんだ。

 

 強い自我は逆に彼女を奮い立たせる。あの時の事を繰り返したくない。もう目の前で誰かの大切な人を失わせたくない。

 ウツロイドに取り込まれながらも振り向いて、シルヴィはリアのポケモン達の様子を見た。

 

 まひ状態でまだ動けないが、その瞳はしっかりと大切な主人を見ている。

 

 

 

 助けるからね。

 少女は心の中でそう決意して、目の前のリアを抱きしめた。

 

 

「な、なんだよお前……っ! 邪魔だよ、退けよ、前が見えないだろ! お兄ちゃんを探せないだろ!!」

「私、リアちゃんとは船で会って少しお話ししただけだけど。友達だと思ってる。私がアローラで始めてお話しした友達だって思ってる」

 ウツロイドの神経毒。

 それがどういう物なのか、シルヴィはその身をもって知った事になる。

 

 だからか、今のリアがどういう状態なのか少し分かる気がした。

 

 

「ちょっと強気でいじっぱりな所あるけど、本当は寂しかったんだよね。お兄ちゃんの事は私分からないけど、友達にならなれる。なんならお姉ちゃんになってあげる! ここから出よう? 私が側にいるよ。一緒にお兄ちゃんだって探す。だから一人にならないで! ……こんな所で、意地になってもしょうがないよ!!」

 腕を伸ばす。リアを抱きしめたまま、シルヴィはウツロイドから脱出しようともがいた。

 

 

 

 絶対に助ける。

 

 

 なんだろう、不思議な感覚だ。

 

 

 今なら出来る気がする。

 

 

 

 それはウツロイドの神経毒の力なのか、彼女の心の強さなのか。

 リアを引っ張りあげて、シルヴィは遂にウツロイドの体内から頭だけ抜け出す事に成功した。

 

 

「───っ?! ……っぅ? あ、あれ? 私は?」

「リアちゃん、正気に戻ったの? よーし、今ここから脱出するからね!」

「……ぁ、ぇ、いや、なんでこんな事に───って、待て!! 待て待てデルビル! ゾロアーク!!」

 気が付いたリアを安心させようと声を掛けると、リアは突然青ざめた表情で声を上げる。

 

 

「───ぇ」

 そんな彼女に釣られてリアの視線の先に向けられたシルヴィの眼に映ったのは───

 

 

 

「待───」

 ───デルビルとゾロアークから放たれる、業火だった。




お久しぶりです。全然ポケットじゃないモンスターと戯れていました。はい、モンハンです。

VSウツロイド、後一話か二話で終わる筈。そしたら私はほのぼのを(きっと)書くんだ。
次は早めに更新できるようにしたいです。


あとイラスト描きましたー。

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何話か前にシルヴィがモールで買ったアシマリパーカーです。他にニャビーパーカーとモクローパーカーも買ったそうな。随時描いていくと思います。

それではまた、次回もお会いできると嬉しいです。


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VSウツロイド④

「リアちゃん、正気に戻ったの? よーし、今ここから脱出するからね!」

「……ぁ、ぇ、いや、なんでこんな事に───って、待て!! 待て待てデルビル! ゾロアーク!!」

 ウツロイドから逃れようと踠く二人の視界に映ったのはデルビルとゾロアークが放つ業火──かえんほうしゃ──だった。

 

 

「ぇ、待───」

 迫り来る赤。リアを庇うようにそれに背を向けるが、思っていた衝撃と熱さは感じない。

 代わりに背中に感じるのは暖かい感触。そんなシルヴィとリアを、一匹のポケモンが引っ張りウツロイドから引き離す。

 

 

「───フライゴン?」

「……フラィ」

 二人を業火から救ったのはフライゴンだった。

 老婆を安全な場所に送り届け、ギリギリのタイミングで戻ってきたのである。

 

 

 かえんほうしゃを自らの背中で受け流してから二人を床に降ろし、彼はドラゴンクローを展開。ウツロイドとデルビル達を睨み付けた。

 

 

「ど、どうなって……。私、なんで……」

「待ってフライゴン! ちょっとだけ待って!」

 混乱するリアの前で、シルヴィは臨戦態勢のフライゴンに待ったをかける。

 驚いた表情を見せるフライゴン。目の前のポケモン達は今まさに彼女を襲おうとしているのだ、フライゴンには彼女の行動が理解出来なかった。

 

 

「デルビル達はリアちゃんを守りたかっただけなんだよね? 大丈夫だよ、もうリアちゃんは助けたから!」

「私、助けられたのか……。……ぇ、なんだこれ、変な感じ」

 デルビル達に語りかけるシルヴィの横で、リアは頭を抱えて蹲る。

 そんな彼女を見た三匹は、ハッとしたような表情でリアに駆け寄った。

 

 偶然か、必然か、ウツロイドの神経毒が抜けたらしい。

 

 

「あれ? リアちゃん大丈夫……?」

「グァゥ……」

 三匹は蹲るリアに強く頬擦りして安心の表情を見せる。

 とりあえず三匹は大丈夫。そう確信したシルヴィは、次にウツロイドに身体を向けた。

 

 

 

「あなたはきっと、怖かっただけなんだよね……? いきなり変な場所にきちゃって、いきなり仲間が攻撃されて、怖かっただけなんだよね?」

 ウツロイドは真剣な表情で語りかけるシルヴィの様子を眺めるように、ただ浮遊する。

 警戒するフライゴンの横にデデンネとクチートがやって来て、やはり二匹ともウツロイドの動向を凝視した。

 

 

 それでも、シルヴィは足を一歩前に出す。

 

 

 両手を広げて、語りかける。

 

 

「大丈夫、もう攻撃しないよ。帰ろう? あなたの元居た場所に……」

「じぇるるっぷ……」

 少女の言葉に反応したのか、ウツロイドは突然動き出した。

 フライゴンが身体を前に出すが、シルヴィは手を広げて彼を止める。

 

 

「大丈夫」

 いつか自身に向けられたような、そんな言葉。

 

 攻撃されても、投げ飛ばされても、少女はそう言い続けた。

 その真剣な表情と気持ちに自分は救われている。信じられない訳がなかった。

 

 

「ありがと、フライゴン」

 構えを解くフライゴンに向けてそう言う少女の目の前を、ウツロイドが通り過ぎる。

 そして半回転。まるでシルヴィ達に挨拶をするように少しその場で揺れてから、ウツロイドはステージの方に戻っていった。

 

 

 

「……帰ったのか?」

「多分、あの穴に戻るんじゃないかな? あの人も居るし、ステージの方は大丈夫だと思う。……それより、リアちゃんは大丈夫?」

「……べ、別にどうにもなってない」

 リアは俯いたままそう言葉を吐くが、どうも様子がおかしい気がする。

 シルヴィはそんな彼女の顔を覗き込むように、自身も姿勢を低くした。

 

 

「……っ、こっち見んなよ!」

 しかし、リアはそんな彼女を突き飛ばす。

 なんの抵抗もなしに尻餅をついたシルヴィは、それでも心配げな表情でリアを見詰めた。

 

 

「リアちゃん……?」

「……ほっとけよ!! 私に関わんな!!」

 急に立ち上がったかと思えば、リアはそう声を上げてボールを三つ取り出す。

 デルビルもゾロアもゾロアークも、心配そうな表情でリアを見詰める三匹をボールに戻して、彼女はトイレに駆け込んだ。

 

 

「え、ちょ、リアちゃん?! お腹痛いの? 大丈夫?!」

「ほっとけって言っただろ!! なんだよもう、なんなんだよもう!! 一人にして!!」

「リアちゃん……」

 自分が彼女を傷付けてしまったのだろうか?

 

 ウツロイドから助ける時、彼女に言った言葉で傷付けてしまったのかもしれない。

 そう思うと自分に出来る事はないんじゃないかと思えて、シルヴィは個室から離れる。

 

 

「……ごめんね、リアちゃん。あの、多分大丈夫だけど、またあのポケモンが来たらちゃんと逃げてね? 私広場が心配だから、少し戻るけど、また後で落ち着いたら、お話しよ? えと、ごめんね……。……またね?」

 そう言ってから、シルヴィはフライゴン達に「行こっか」と小声で話してトイレから広場に戻った。

 残された少女は一人、個室で蹲って涙を流す。

 

 

 

「……なんで、なんでこんなに思い出すんだ。……寂しいなんて当たり前で、こんな、泣く事ないのに」

 溢れ出る涙の理由が分からずに、少女はただ止まらない涙を拭き続けた。

 

 

 ウツロイドの神経毒は人間には強力であり、寄生から逃れて直ぐに消えるものではない。

 つまり、リアはまだ極度の興奮状態なのである。抑えられない自我、それが彼女の本心。

 

「……お兄ちゃんに会いたい」

 少女はただ、誰もいない個室で呟いた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「いや、クソだな。マジでクソだなお前」

 男は両手を上げてそう悪態を吐く。

 

 

 彼の目の前には、太い骨を構えた少年とホースを男に向けた洗濯機が一台。

 そして背後には目を回して倒れているドーブルとメタモンの姿があった。

 

 その横に一緒に倒れているのはかなり小さなサイズのゲンガーで、これは少年──クリス──のポケモンである。

 洗濯機も実はポケモンで、プラズマポケモンのロトムが入り込んだ姿だ。身体がプラズマであるロトムは、家電に入り込む事で家電の力を使う事が出来る。

 

 

 

「なんとでも言え」

 クリスはゆっくりと手錠を片手に取りながら、男に近付いた。

 

 周りにウツロイドの姿はなく、ウルトラホールも閉じている。

 先程トイレの方からウツロイドが戻ってきたのが最後の一匹だった。

 

 それを男が見届けた瞬間、彼の目の前でドーブル達が倒れる。

 影に入り込み隠れていたゲンガーのほろびのうたの効果だ。

 

 

 

「せっかくモールの客を助けてやってたのに、この仕打ちはないぜ。そう思わねぇ?」

「……元々この騒動を起こしたのはお前達だろう。さぁ、もう逃げられないぞ」

 男の目の前まで来て、クリスは男の手を取る。

 後はこの手錠を掛けるだけ。

 

 

 

 正直、この広場を離れて一階の客の救助に向かったのは賭けだった。

 この男が広場の客を全員助けるとは限らない。目的──ウツロイドを捕まえる事──さえ達成されれば逃げていく可能性すらあったのだから。

 

 もし男が律儀に広場に残り続けたなら、広場の安全を確認次第ゲンガーにはほろびのうたで二匹と相打ちになってもらうという作戦は立てた。

 その作戦自体は成功したが、クリスは今回完全に敗北である。事を起こした(ロケット)団本人の力を借りなければ、事の収拾が付かなかったのだから。

 

 

 

 だからこの事件、クリスは───国際警察は完全敗北だ。

 

 しかし、それとこれとは話が違う。

 R団に好き勝手される訳にはいかない。この男を捉え、事の真相を掴む事が、今の彼の仕事だった。

 

 

「いやぁ、そうだな、降参だ、参りました───」

 男はクリスに背を向けて、声を上げる。

 

 なんだ?

 そう思った時には、すでに遅かった。

 

 

「───なんていうと思ったかよカーバ。……やれ、カクレオン」

「───な?!」

 クリスの視界に突然現れるカクレオン。

 

「ソーラービーム……発射ぁ!!」

 日の光を集め、そのエネルギーを放つ技──ソーラービーム──にはエネルギーを溜める時間が必要である。

 カクレオンはそのエネルギーを溜めたまま、この瞬間までその名の通り隠れていたのだ。

 

 

「───っ、ロトム!!」

「前回のお返しだ、カクレオンは出来る子なんでなぁ!」

 洗濯機に入り込みウォッシュロトムとなっていたロトムはでんき、みずタイプ。

 くさタイプのソーラービームは効果抜群であり、一階でのウツロイドとの戦闘の疲労も相まってダウンしてしまう。

 

 

 これでクリスの手持ちは三匹とも戦闘不能。

 軍配は男に上がった───

 

 

「え、えーと、なんで二人が戦ってるの……?」

 ───しかし、不安定要素がその場に現れた。

 

 

 何も状況を理解していないシルヴィである。

 

 

 

「シルヴィ、国際警察として頼みたい。この男を捕まえてくれ!」

「えぇ?!」

「ま、まじかよ……」

「どうせお前は停電のせいで降りたままのシャッターで逃げる事は出来ない」

「いやいや、流石に相手してられねーよ! カクレオン、へんしん!」

 咄嗟の指示にカクレオンは反応し、突然ドーブルに姿を変えた。

 目を見開くクリス。カクレオンは──へんしん──を覚える事が出来ない筈である。それが、なぜ?

 

 

「……ものまねか?!」

「へいへいビンゴ、流石だねぇ。決着はまた今度着けようぜ。まぁ? 今回は目的も達成、お前はR団を捕まえられず、何も得られない。つまり俺の勝ちだ。……あばよ」

 ウツロイドを捕獲したウルトラボールを見せ付ける用に突き出しながら、男はドーブル(カクレオン)に「テレポート」と短く指示を出した。

 クリスが手を伸ばす前に、男はドーブル(カクレオン)と自分のポケモン達と共に姿を消す。

 

 

 

「……くそ」

 自分の非力さが憎い。

 

 

 

 何も出来なかった。

 

 

 

 目の前でR団が悪事を働き、人命を危険に晒していたというのに。

 あまつさえそのR団の力を借りて、やっと事件の収拾が付いたのである。

 

 これが国際警察のやる事か? こんな無様な結果を出す為に国際警察に入ったのか?

 

 

 

 違う。

 

 

 R団を捕まえる為に。これ以上悲しい思いをする人を増やさない為に、国際警察になったんじゃないのか?

 

 

 それがこのざまか?

 

 

「くそ……くそ…………くそ……っ!!」

 床に両手を叩き付けるクリスを、シルヴィはただ黙って見ている事しか出来なかった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 誤作動で閉まっていたシャッターが開く。

 ハンサムの指示で外に待機していた警官達が次々に突入し、現状の把握と事態の収拾の為に動いた。

 

 

「あなたが国際警察のクリスさんですね? 事態の収拾へのご協力、アローラの警察を代表して感謝いたします」

「……はい」

 自分は何もしていない。何も出来ていない。

 

 そう思いつつも、仕事の為に頭を切り替える。

 失敗を引きずる事は誰にだって出来るのだ。今優先されるのは事態の収拾、そして今後の行動である。

 

 

「勿論、僕だけの力ではないですけど」

「ご謙遜を。流石、国際警察ですね」

 その言葉に悪意はない。だからこそ、余計にクリスは胸を締め付けられる思いだった。

 

 

 

「……多分R団はもうモールには居ないと思います。テレポートを使う奴が居たので」

「ウルトラビーストは?」

「何匹か分かりませんが一匹以上は捕獲されて、残りはウルトラホールに帰った筈。広場の監視カメラを確認しましょう。それで、R団の一人の男の顔も確認出来る筈」

「それが、監視カメラは破壊されてまして……。電波障害も発生しており、データは何も残っていないのです」

 対策済みか。

 

 

 どこまでも徹底的に負けている。このアローラで起きている事件、解決する事は出来るのだろうか?

 後先の不安に駆られながら、クリスは今出来る最善の行動を模索した。

 

 

「電波障害……。放送室に向かう途中でポケギアを使おうとしたけど、繋がらなかったのはそれが理由か」

 ロトムに指示を出してから走って放送室に向かうまでに、クリスは一度ポケギアでハンサムに連絡を取ろうとしている。

 しかし何故かポケギアは圏外で、その理由を調べる暇もなく今こうしてやっと原因が分かったのだ。

 

 

 突然の停電に、電波障害。流石に偶然とは思えない。

 

 

「情報ありがとうございます。僕はもう少し調べたい事があるので、持ち場に戻って下さい」

 敬礼してからそう言って、クリスは携帯電話端末──ポケギア──を取り出す。

 勿論電波障害はなく、通信が通っている事を確認してからクリスはハンサムに電話を掛けた。

 

 

『クリス?! 無事か? そっちで何があった?』

「すみません、全て僕の失態です。詳しい事は後に報告します。……一つ調べたい事がありまして、今回のモールの停電と電波障害。発生していた時間帯は分かりますか?」

 電話越しでも焦っているハンサムの声に、クリスはそう返す。

 それを聞いたハンサムは『調べる。一度切ってもう一度掛け直すが、無理はするなよ?』と言ってから電話を切った。

 

 

 

 直ぐに空間研究所に電話をして電波障害の発生時間を調べたハンサムから、折り返しの電話が掛かってくる。

 彼によれば、電波障害は停電の数秒前から継続的に発生していた。そして停電が発生、電気の復旧後も電波障害はシャッターが開くまで続いていたらしい。

 

 

 

「電波障害が先。そもそも停電は偶然なのか……?」

 あの停電は、アイドルのライチュウ達が放ったスパークにより発生したと思われる。

 流石にアローラのアイドルがR団の一員だとは考えにくいが、あの場に居たもう一匹のポケモンを思い出した。

 

 

 ──ご、ごめんなさいごめんなさいぃ! お願いレアコイル、フラッシュ!──

 

 レアコイルなら電波障害を発生させる事が可能ではないだろうか?

 

 

「……いや、あのレアコイルは一定時間フラッシュを放っていた。ちょうおんぱかなんかで電波障害を起こそうにも、基本的にポケモンは同時に技を出す事が出来ない」

 継続的に電波障害が起きている以上、電波障害の犯人はあのレアコイルではない。

 モールの中にはあのドーブル使いの男以外にもR団は潜伏していたし、隠れた場所で電波障害を起こしていたのだろう。

 

 どちらにせよ、停電を起こした彼女への事情聴取はした方が良いがそれは後回しでも問題はない。

 

 

「……考え過ぎて頭が痛くなってきた。ゲンガー達も休ませたいし、今日はもうポケモンセンターで休ませて貰おう。見る限り死者行方不明者はいな───」

「クリスさん、ステージ裏に来て下さい」

 手持ちのポケモンが入った二つのボールと、腕の中で目を回しているゲンガーを休ませようとモールを後にしようとした矢先。

 先程の警官が焦った様子で声を上げながら駆け寄ってきた。

 

 

 嫌な予感がする。

 

 

 彼の言葉は聞きたくない。

 

 

「ポケモンの……や、ヤングースの───」

 本能的にそう思い後退りしたが、警官は彼の気持ちを知る由もなく。

 

 

「───死体が見付かりました」

 ただ業務的に、口を開いた。




ほのぼのが書きたい(血涙)
ヤングースは実は伏線があるのですよ……。


ほい、最後のメインキャラ描きました。未だにこの人名乗らないから実はモブなんじゃないかと思われてそうだけど、名前はライルって言うんです。グラサンのセンスが悪い。


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次回もお会い出来ると嬉しいです。


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事実は二人の胸をしめつける

 痩せ細った───まるで命を吸い取られたかのような状態で転がる、一匹のポケモンの死体。

 

 

 うろつきポケモン──ヤングース。

 鋭い牙が特徴的なノールタイプのポケモンである。

 

 力なく倒れるヤングースの側には、その場で泣き崩れるシルヴィの姿があった。

 

 

「……っ。……シルヴィ、何があったか教えてくれないかな」

「私が……私がちゃんとあの時、探して、たら、……っ、っぅ、ぁぁ……私が……」

 泣き崩れるシルヴィの姿を見て流石に無理やり聞く事は出来ないと、クリスは一度彼女が落ち着くまで待つ事にする。

 ステージ裏は本来、関係者以外立ち入り禁止の筈だ。何故こんな分かりにくい場所に───いや、分かりにくい場所だからか?

 

 

 ───この場所で何かあったのか?

 

 

 そこまで考えてから、やっと話せるようになったシルヴィがヤングースの死体を見つけた経緯について語り出した。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ウツロイドが出現した事による騒動に収拾が付き、モールを警官達が調べだした頃。

 

 

 シルヴィはトイレに置いてきたリアの様子を見に行く為に、再び同じトイレに向かう。

 クリスに後で話があると言われたのは内心震える気持ちだが、今はリアの様子の方が心配だった。

 

「リアちゃーん。……リアちゃーん? あれ?」

 返事はなし。よく見てみれば、トイレの個室には誰も入っていない。

 どこへ行ってしまったのだろうか? また一人にしてしまうのはダメな気がして、シルヴィはリアを探す事にする。

 

 

「リアちゃーん?」

 広場に戻って彼女の名前を呼んだ。

 

 モール内には怪我人も居て、救急隊員が患者を運んだりその場で治療をしたりする姿が視界に映る。

 亡くなった人は見た所居ない。それに安堵しながらも、やはりリアが心配で少女は歩みを止めない。

 

 

「……デネ」

 そんな中で、肩の上に乗っていたデデンネが突然シルヴィから飛び降りた。

 デデンネは匂いを嗅ぐような仕草をした後、素早い動きで駆けていく。

 

 

「デデンネ? ちょっとー、迷子になっちゃうよー?」

 迷子といえば、あのおじいさんのヤングースはちゃんと見つかったのだろうか?

 バトルバイキングで戦った老人とポケモンを心配しながら、シルヴィはデデンネを追い掛けた。

 

 

「ちょっとデデンネー? ここ入っちゃ行けない場所───ぇ?」

 そうして付いて行くままに辿り着いたのは、ステージの舞台裏。

 

 

 それが一番初めに視界に入ったのは、部屋の真ん中に無造作に転がっていたからか?

 

 ───自分が一番見たくないものだったからか?

 

 

 

「ヤン……グース……?」

 ──お嬢ちゃん、ワシのヤングースを知らんかね?──

 

 ──停電の後、ヤングースの姿が見えないんだ。避難指示でこのライブステージがある場所に人が集まってるから、人混みに揉まれたりしていないか心配でねぇ──

 

 ──いやいや良いんだよ。君には負けたがワシのヤングースは強いんだ。きっと大丈夫さ──

 

 

 思い出すのはバトルバイキングで戦った、老人とヤングース。

 なぜあの時、確りと探さなかったのか。あの時ちゃんとヤングースを探していたら、こんな事にはならなかったんじゃないのか?

 

 

 膝から崩れ落ち、少女は泣き崩れる。

 これまで塞き止められていた感情が溢れ出して、止まらなかった。

 

 

 それはまだウツロイドの神経毒が残っていたからか、彼女の優しさ故か。

 

 

 もう自ら動く事はないヤングースの頬に大粒の涙が落ちる。

 デデンネが警察官を呼んできたのは、その数分後だった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「こちらのヤングースで間違いないですか?」

「……。……あ、あぁ…………そうだね。ワシの、ヤングース……だ」

 警察官に連れてこられた老人は、両手を付いてヤングースの隣に崩れ落ちる。

 

 

 同じポケモンでも、多少の体格や毛並みの差があり。それが自分のポケモンなら、長い付き合いで分かってしまうものだ。

 だから老人は信じたくなくても確信するしかない。その死体が自分のヤングースである事を。

 

 

「……すみません、見付かった時にはもう」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……私、私が……もっと早く……」

 手を握り締め謝罪するクリスの横で、少女はただ泣き崩れる。

 老人は少しだけ目を閉じた後、蹲るシルヴィと視線を合わせた。

 

 

 その横ではクチートがデデンネに怒っている。

 なぜこんな物をシルヴィに見せたのか。シルヴィの事を良く知る彼女だからこそ、それが許せない。

 だがデデンネもデデンネで考えがあるようで、反省の色は見られなかった。ただクチートの言葉を受け流し、シルヴィを横目で見る。

 

 フライゴンはそんな二匹とシルヴィを見比べた。

 彼女の事はそんなに深く知らない。彼女はどうしてこうも他人の不幸に悲しめる程、優しいのだろうか? そんな事を考える。

 

 

「……頭を上げてくれ。……良いんだよ、君が悪い訳じゃない。……ヤングースを見付けてくれて、ありがとう」

「おじいさん……。……でも! でも、私があの時ちゃんとヤングースを探していたらこの子は助かったかもしれない。私が……見殺しに───」

「それは違うよ。……君は、優しいね」

 少女の頭を優しく撫でた老人は、警官に一度許可を貰ってからヤングースを抱き上げた。

 

 

 とても軽い。普段からこうして抱き上げたりしているが、本当に自分のヤングースなのかと疑ってしまうほどに身体が軽くなっている。

 それでも彼には分かるのだ。このヤングースは間違いなく自分のポケモンであると。……それがポケモントレーナーという物なのである。

 

 

「この子はね、ポケモンバトルが大好きだったんだ。毎日のようにバトルバイキングに通い詰めて、常連の中でもこのヤングースに勝てるポケモンはそういなかった。……君のフライゴンに負けるまで、本当に敵無しだったんだよ」

 少女とフライゴンを見比べながら、老人はそう語った。

 

 まるでヤングースとの思い出を噛みしめるように、無意識にヤングースを抱く腕の力が強くなる。

 

 

「負けたのが久し振りだから、とても悔しかったんだろうね。次戦う時は絶対に勝つんだと張り切っていたよ。……だから、きっと、あのポケモン達に人々が襲われた時、ヤングースは誰かを守る為に戦ってたんじゃないかなって思うんだ」

「戦ってた……?」

 聞き返すシルヴィに、老人はヤングースの頭を撫でながら言葉を繋げた。

 

 

「力を付けたかったんじゃないかな。元々優しい子だったのもあるし、誰かが襲われていて、居ても立っても居られなくて、きっと戦っていたんだ……」

 シルヴィの脳裏にウツロイドに勇敢に立ち向かうヤングースが映る。

 一度戦ったから分かるのは、あのポケモンの恐ろしさだった。

 

 きっとあのポケモン達に悪意はない。それでも恐ろしい力を持っているのは確かで、戦う事はとても勇気がいる。

 

 

 もしあの広場でヤングースが戦っていたとして。

 

 

 その時私は何をしていた? 蹲っていただけじゃないか。

 

 

 後悔した。あの時、なんであの時から戦わなかったのか。救えたかもしれない。助けられたかもしれない。

 

 

 

「誰かを守って、力尽きてしまったのかもしれないね……」

「私は……っ!」

「君もヤングースと一緒で優しい。……だから、分かるだろう? ……それにね、責任があるとしたらワシなんだよ。ポケモントレーナーなら、自分のポケモンの事は責任を持って育てないといけない」

「でも……っ。でも───」

「よせシルヴィ……」

 泣き崩れるシルヴィの肩を叩いたのはクリスだった。

 彼は老人に深々と頭を下げる。それ以上はせずに、シルヴィに語りかけた。

 

 

「今一番辛いのは君じゃない。……分かるよね?」

「……っ。ぁ……ぁ、あぁ……私、ごめ……ぁ、ちが、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 気持ちが分からない訳じゃない。自分だって悔しい気持ちでいっぱいなのだから。

 

 でもそれ以上に、クリスは大切なポケモンを失う気持ちを分かっていた。

 

 

 だからこそ、老人にもう一度深く頭を下げるだけにする。

 それ以上はただ苦になるだけだ。

 

 

「ありがとう、二人とも。お巡りさんも、ありがとう。……少しだけ、ヤングースと二人きりにさせてくれないかな? 話したい事が沢山あるんだ……。……話さなきゃいけない事が、沢山あるんだ。……多分この事件の解明のためにヤングースの身体を貸して欲しいんだよね?」

 それを聞いたクリスは頭を下げたまま目を見開く。

 

 

 

 なぜ、どうしてあの停電の時この場所を離れた。

 

 

 ゲンガーだけでも置いていく事は出来た筈。何が最善の選択だ、僕は何も出来ていない。この老人の方が、よっぽど事件の解決に協力してくれている。

 

 

「……申し訳ありません。……お願いします」

 一度頭を上げてから、クリスは前よりも深く頭を下げた。

 

 老人は笑顔で頷いてから「ありがとう」と誰にいうでもなく言葉を落とす。

 警官が用意した個室に向かう老人はとても強い人に見えたが、シルヴィもクリスも部屋に入っていく老人が浮かべる涙を見てしまった。

 

 

 そんな訳がない。

 

 

 自分の大切なポケモンとの別れが辛い訳がない。

 

 

 そんな事は分かっているのに、何も出来なかった自分が情けない。

 

 

 

 二人はただ、老人が満足気な表情で出てくるのを待って頭を下げる。

 それまでに情けなさと悔しさの涙を流しきって、老人には一度だけのしっかりとした謝罪をした。

 

 

 老人は心良くヤングースの身体を警官に預ける。

 

 

 本当はそんな事したくない筈だ。そんな事は百も承知。呪われる覚悟でクリスは姿勢を正し、手を頭に向けて敬礼をする。

 

 

「……ご協力、感謝いたします」

「あぁ、ヤングースの事を少しだけ預けるよ」

 ただ小さく老人はそう呟いて、ショッピングモールを後にした。

 

 

 とっくの昔に日は沈んでいる。

 

 

 夜道を歩く老人を照らす月明かりはまるで何かが側にいるかのように、眩しかった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「……なんか、さっきは……その、ごめん」

 モールは二日間閉鎖する事が決まり、外の広場で座り込むシルヴィに一人の少女が話し掛ける。

 彼女の隣に座った少女──リア──は、蹲っているシルヴィの顔を覗き込んだ。

 

 

「……泣いてるのか?」

「……うん。ごめんね、格好悪い所見せて」

「別に、格好良いなんて思ってないし」

「酷いなぁ……」

 リアの言葉に笑顔を見せるシルヴィ。フライゴン達はやっと顔を上げたシルヴィに安堵して、溜息を吐く。

 

 

「……なんか、あったの?」

「……助けられなかった。ポケモンがね、一匹、死んじゃったの」

「それ、お前が悪いのか? 違うだろ」

「分かってても嫌だったんだ。誰かが悲しい思いをするのが。そして、それが分かってたのに私は自分勝手におじいさんの前で一人泣いてたの。最低だよね、一番辛いのはおじいさんなのに。……私、何も出来なかった」

 自虐的な言葉を並べるシルヴィの言葉を聞いて、リアは眉間に皺を寄せた。

 

 

 ただ、少ししてから溜息を吐いて、リアはゆっくりと口を開く。

 

 

「……少なくとも、私はお前に助けられたよ」

「リアちゃん……?」

「あの時あんたが助けてくれなかったら、私はどうなってたか分からない。……だから、その、ありが……とう」

 リアは赤く染まった頬を掻きながら、自分でも理由が分からずに口を開いた。

 

「リア……ちゃん……」

 頬から流れる大粒の涙。

 

 

 そうか、私は───

 

 

 

「な、なんだよ泣くなよ! 褒めてやってるだろ!」

「リアちゃん」

「……な、何?」

「……シルヴィって呼んで?」

「なんでだよ! 別に仲間でもなんでもないだろ!! 調子のんな!!」

「えー! 良いじゃん!! あ、おねーちゃんって呼んでくれても良いよ!!」

「誰が呼ぶかボケぇ!」

 声を上げるリアを見てシルヴィは笑顔を見せる。そんな彼女を見てホッとしたのか、リアは一度俯いてから顔を上げた。

 

 

「……私は、お兄ちゃんが居るんだ」

「……ぇ、ぁ、うん」

 唐突に話し始めたリアの言葉に、シルヴィは表情を曇らせる。

 

 ただ、もしかしたら自分を頼ってくれてるのかもしれない。

 そう思って表情を真剣な物に切り替えて、シルヴィは彼女の言葉に耳を傾けた。

 

 

「でも今はどこかに行っちゃって、独りぼっちになってる」

「だからあの時……」

 

 ──お兄ちゃんは何処?! 嫌だよ、一人にしないでよ。寂しいよ。ねぇ、何処にいるの?! お兄ちゃん……っ!!──

 ウツロイドに取り込まれていた時の彼女の言葉を思い出す。

 本当は寂しかったんだ。独りきりでずっと、我慢していたんじゃないだろうか?

 

 

「ちゃんと聞こえてた」

「え?」

「……聞こえてた、友達になれるって、側にいるって。……あんたの───シルヴィの言葉聞こえてた。ありがとう、助けてくれて……。一緒に居てくれるって、お兄ちゃんを探してくれるって言ってくれて、その……ありがとう」

 顔を真っ赤にしながら、それでもシルヴィの目を確りと見てリアはそう言う。

 名前を呼ばれたシルヴィは枯れるほど泣いたというのにまた涙を流した。それに驚いて、恥ずかしがったのも忘れてあたふたするリアをシルヴィは突然抱擁する。

 

 

「ぇ、ちょ、お、おい?!」

「リアちゃん……私…………私───」

「な、泣くなよぉ……」

「───やっぱりお姉ちゃんって呼んで欲しいよぉぉ!」

「ざけんなテメェぇぇ! どういう神経してんだ! 私の勇気を返せ!! 抱き着くな!! 離れろ!! シルヴィぃぃいいい!!!」

「えっへへー、やーだ! シルヴィお姉ちゃんと呼べー!」

「なんなんだぁぁ!!」

 

 

「……あのー。お取り込み中悪いんだけど、良いかなシルヴィ」

 そんな二人に話し掛けるのは全体的なモールの調査の指示を終えたクリスだった。

 なんだか異様な光景に苦笑いしながら、彼はシルヴィに話し掛ける。

 

「だ、誰……」

「えーと、クリスさん……?」

「クリスで良いよ。国際警察のコードネームだからね」

「ゲェ、国際警察……?」

 スカル団としてはおまわりさんとの相性は悪く、彼女はシルヴィの陰に隠れる形で身を隠した。

 クリスはそんな小さな少女の反応に首を横に傾けながらも、シルヴィに要件を伝えるべく口を開く。

 

 

「明日でいいから近くの喫茶店で話をさせてくれないかな? なんて事はない、今日のお礼の話だよ。勿論、お金は僕が出すから。なんなら、そこの友達も来るかい?」

「と、友達?! 友達なんかじゃ……いや、友達……う、うぅ……」

「えーと、大丈夫です分かりました。……お昼くらいでいいですか?」

「うん、勿論。ポケモンセンターに泊まるんだよね? 明日迎えに行くよ」

 そう言ってからその場を後にするクリス。

 

 

 さっきまでの気恥ずかしい雰囲気は良くも悪くも解消され、二人は同時に立ち上がった。

 

 

 

「ぽ、ポケセン行くけど。……シルヴィは?」

「うん、そうだねリアちゃん。行こっか!」

 二人はモールを後にして、ポケセンセンターへと向かう。

 

 

 

 

 

 ショッピングモールで起きたこの事件は、ひとまず幕を閉じた。




次のお話で二節は終わりになります。いやこの作品完結までどのくらいかかるんでしょうかねぇ……。
この話で既にある通り、この作品は普通にポケモンが死ぬので鬱展開が苦手な人はご注意下さい。


さて、なんとまたまた「虹色の炎」のありあさんからファンアートを頂きました。紹介させて頂きます。

【挿絵表示】

怒ってるクリス君!
男らしくて素敵。私は男の声の輪郭が描けないので、格好良いクリスが見れてほっこりしてます。


それでは、また次回もお会い出来ると嬉しいです。


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少年は思考をとぎすます

 キーボードを叩く音が途切れると同時に、その音を鳴らしていた少年は大きく背伸びする。

 

 

 沈んだ筈の太陽は再び登っていて、カーテンの隙間から部屋を照らしていた。

 経過した時間に驚きつつも、少年──クリス──は立ち上がって飲み掛けのコーヒーを飲み干す。

 

「……朝か」

 既に前日の事となってしまった事件の報告書を書き始めたのは、このホテルに着いてすぐだったか。

 一切の休息無しに仕事を進めていた彼は流石に身体の疲れを感じていた。

 

 

「ロトム」

 力の入らない手で、つい一時間前にポケモンセンターから帰って来たモンスターボールに手を伸ばす。

 中から出て来たロトムはポケモンセンターで体力を回復していて、ボールから出た瞬間部屋中を元気に飛び回った。

 

 

「ロトッ、ロトッ」

「元気になって良かったよ。ごめんな、僕のせいで。……それと、悪いんだけど三時間だけ寝かせてくれないか?」

 三時間後に起こしてくれという意味合いを込めてそう言うと、ロトムは全く間を空けずに机の上のデジタル時計に入り込む。

 

 それを見届けたクリスは小さくお礼を言うと、フラフラと歩いてベッドの脇で止まった。

 ベッドのど真ん中で大の字になって寝ている小さなゲンガーを見たクリスは、頭を抱えてからその場に倒れこむ。

 

 

 ……もうここで良いや。

 

 

 疲れ切った少年はそのまま床に寝転がって目を閉じた。

 今の彼なら例え火の中水の中に草の中でも眠る事が出来るだろう。

 

「……畜生」

 一気に薄れていく意識の中で、少年は色々な意味を込めて小さく呟いた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「現状報告は以上です、ハンサムさん」

 四時間後。纏めた資料をハンサムに送ってからポケギアで簡単な報告を済ませ、クリスは電話を切る。

 

 

 一仕事終えたクリスは、次の仕事に取り掛かる前にもう一度作った資料を見直した。

 

 

 

 今回の事件はどうも不可解な事が多過ぎる。

 

 

 まず一連の関係事件を並べると───

 

 

 ───初めにこのアローラでRR(レインボーロケット)団なる組織が姿を現した。

 

 このRR団はフェスサークルやエーテル財団を乗っ取りなんらかの企みを企てていたが、アローラの現チャンピオンがそれを阻止。

 その際サカキと思われる人物が姿を現している。チャンピオンに敗北したサカキは逃亡し、現在も見付かっていない。

 

 

 ───その次にカントーのトキワシティ近郊で謎の大地震が発生。

 

 どのような調査を用いても自然災害であるという確証が取れない事を不自然に感じて、調査を開始。

 見付かったのは震源であるトキワの森で行われていたと思われる、激しいポケモンバトルの痕跡だった。

 

 専門家の調査で、戦っていたポケモンはドサイドンを含むじめんタイプのポケモンが複数体。

 元トキワジムのジムリーダーだったというサカキのエキスパートタイプはじめんタイプ。

 報告されているサカキの使用していたポケモンとも情報が一致している。

 

 それ以外にはオーダイル、リングマ、なんらかの飛行タイプのポケモンの痕跡が見付かったがじめんタイプのポケモンと戦っていたらしき痕跡以外にはなにも見付かっていない。

 

 もしこの地震がこのバトルと関係、或いはバトルで起こされた現象ならオーダイルを使っていたトレーナーは重要な参考人になるのだが消息は不明だ。

 これに関してはハンサムさんに心当たりがあるらしく、一任している。

 

 そして同日に地震の影響で起きたトキワシティの停電。

 災害が広がった原因の八割がこの停電にあり、ポケモンセンターや医療機関の非常電源すらも被害が出た結果、多数の命が犠牲となった。

 

 当日の監視カメラの映像を全てチェックすると、当時ジムリーダーであるグリーンさんが友人とアローラに旅行中であるために閉鎖されていたジムに侵入者がいた事を発見する。しかも侵入者はジムの関係者しか知りえぬ出入り口を使っていた。

 周辺のカメラの記録から侵入者である少女──シルヴィ──の特徴を割り出して、行方を追った結果がこのアローラ地方だった。彼女が事件に関わっているのかは分からないが、どちらにしても不法侵入の件で事情聴取は必要だろう。

 

 非自然的な地震とトキワの森のバトルの痕跡、そしてトキワジムへの侵入者、当日以降から(ロケット)団の活動が活発化。

 この事から国際警察は、地震の原因を作ったのはR団首領サカキだと憶測を立てて調査を開始した。

 

 問題はRR団との関係性である。

 サカキがアローラに一度姿を表しているにも関わらず、R団の活動がカントーで行われていたのは何故だ?

 そしてまたアローラに戻る理由も分からない。なぜカントーのトキワシティを態々経由した。

 

 

 ───そして昨日起きたのがショッピングモールの閉鎖事件。

 

 アローラで活動し始めたクリスの前に、自分をR団と認める男が現れる。その男の逮捕に失敗した翌日に起きた事件だ。

 

 アイドルのコンサート中に停電が発生する。この停電だが、後の調査の結果コンサート中に放たれたスパークの影響ではないという事が判明した。

 つまり、何処か裏でタイミングを見計らっていた者が居たという事である。

 

 停電は直ぐに解消されたが、スタッフの放送中に放送室をR団が襲った。

 直ぐに救援に向かったが、R団の男は少しだけ時間を稼いで直ぐにクリスを解放している。

 

 その間にウルトラホールが開き、現れたUB01PARASITE(ウツロイド)にモールが襲われ五十三人もの市民が怪我を負った。

 死亡した人は居ないが、ポケモンが一匹不自然な死体として見付かり犠牲となっている。

 

 しかしR団の目的はモールを襲う事ではなく、ウルトラビーストを捕獲する事だった。

 

 だがそれだけなら、停電と放送室を襲った理由が分からない。

 

 あの時クリスが考えていたのは、あの放送で動くであろう人間──クリス(警察)──をウルトラホールが開くステージから離れさせる為。

 だがその理由はなんだ? 警察があの場所に居たら起きる不都合があったのか?

 

 考えられる理由は二つ。

 一つは、ウルトラホールの生成を邪魔されたくなかった。

 もう一つは、発生後に現れるウルトラビーストの捕獲を邪魔されたくなかった。

 

 あの男の行動からして後者ではない。そもそもウツロイドが放たれた時点で、R団の目的は阻止できなくなる。

 

 そうなると生成の邪魔をされたくなかったからか……?

 

 

 だが何故停電を起こした?

 

 警察を誘き寄せた理由はなんだ?

 

 あの場所に警察が居て不都合な事が何処にある?

 

 

 他の視点から考えろ。

 

 ───なぜポケモンが一匹だけ犠牲になったのか。

 

 司法解剖により分かったのは、ヤングースの死因はウツロイドの攻撃によるものではなかったという事。

 何かに生命力を奪われ、生き絶えたというのが調べた結果で、その理由は前例がなく判明しなかった。

 

 

 ウツロイドによる犠牲ではない。

 

 

 ヤングースが老人から離れたのは停電の後。

 

 

 ───なぜ停電を起こして警察を誘き寄せた?

 

 

 

「……ヤングースか」

 目的はヤングースの命だった?

 

 いや、これじゃまだ理屈が合わない。ウツロイドを捕まえる為にヤングースの命を奪う理由が何処にある?

 そもそもヤングースが居なくなったのはウルトラホールが開く前───ウルトラホールが開く前?

 

 

「そうか……」

 エーテル財団の極秘研究の内、コスモッグというポケモンのエネルギーを使ってウルトラホールを開く実験が行われていた。

 実験はコスモッグの生命を脅かす危険性があり中止になったが、密かに研究を続行し成功したという事例もある。

 

 

 ───ヤングースの命を使ったのか?

 

 

「……いや、まだ仮説だ。これが間違いなら亡くなったヤングースに申し訳がない。……答えを焦るな」

 クリスは一度頭を振ってから思考を辞めて現実に戻った。

 

 気が付けば約束の時間の一時間前。そろそろシルヴィを迎えに行かなければならない。

 

 

「とりあえずは目の前の事からかな。……シルヴィの事情聴取。彼女は白だと思うけれども」

 コートを着て、ロトムをボールに戻してから少年は寝ているゲンガーを抱き上げる。

 

 

 今日の仕事の始まりだ。

 

   ☆ ☆ ☆

 

「ところで、あの子は?」

「朝起きたら居なくなっちゃってて……。またな、って置き手紙が置いてあったんですよ。もー、せっかく仲良くなれたと思ったのに」

 メレメレ島のとある喫茶店にて、クリスの前でシルヴィは頬を膨らませる。

 

 

 一緒にポケモンセンターで休息を取ったは良いが、クリスの言うあの子──リア──は朝起きた時には姿を消していた。

 普通に考えれば何も間違ってはいない事なのだが、翌日からも一緒に居れると思っていたシルヴィは若干不貞腐れている。

 

「絶対にお姉ちゃんって呼ばせようと思ってたのに。……もー、フライゴンも起きてたならリアちゃん止めてよー!」

「ラァ……」

 少女のポケモンは三匹共ボールには治っていない。というよりは、クリスには彼女がモンスターボールを持っていないようにも見えた。

 

 

「あまり深く突っ込んだら怒られそうな話題だね……。……さて、それじゃ本題に入っても良いかな?」

「あ、はい、ど、どうぞ!」

 クリスが話をする体勢に入ると、シルヴィは硬くなって姿勢を正す。

 不意のその仕草に、クリスは笑いながら「別に硬くならなくても良いよ」とリラックスするように促した。

 

 

「まずは昨日の件。協力してくれた事に警察を代表してお礼を言いたい。……ありがとう、シルヴィ。こんな物しか用意出来なかったけど受け取って欲しい」

 そう言ってクリスが彼女に渡したのは、アローラの高級ギフトとして名高いとある名店のマラサダである。

 一日限定で二十個しか生産されない高級マラサダの値段は計り知れず、その値段以上に人気が高い為地元の住民でも食べた事のある人は少ない。

 

 

「えぇ?! こ、これ、高い奴じゃ……」

「デネェェェ!!」

「クチ」

「デネェェエエ?!」

「ほんの気持ちだよ。もし君が良いなら警察署で表彰も貰えるけれど、どうかな?」

「け、警察署ですか……」

 その場所の名前を聞いて、シルヴィは表情を引きずった。

 

「え、遠慮しても良いですか……? 私、そういうの苦手で。……それに、私そんなに褒められるような事はしてないです」

「そっか、分かったよ」

「あ、はい」

「ところで一ヶ月前、トキワジムにはどんな用事で不法侵入したのかな?」

 安堵の溜息を吐くシルヴィに、しかしクリスは突然声色を変えて単刀直入に言葉を落とす。

 それを聞いたシルヴィは、目を見開いて口を開けたまま固まった。カマをかけたつもりだったが、彼女にはそんな事をする必要はなさそうである。

 

 

「ぇ、えと…………あれは……その……」

「監視カメラに君の姿が映っていた。……僕はR団を追っている。君も知っている筈のあの大震災を僕はR団の仕業だと睨んでいるんだ。……君はなぜ彼処にいた? 何を知っている?」

 クリスの問答にデデンネとクチートの表情は険しい物となった。

 

 ただシルヴィは俯いて、言葉を話さない。

 

 

 

「……言えないかい?」

「……ちょ、ちょっと待って下さい。……私は、ただ」

「ただ?」

 どうしたら良い? どう答えたら良い?

 

 

 あの事件の被害が広がったのは───

 

 

「……ただ、クチートを助けたかっただけなんです。ポケモンセンターに行けなくて……えと、父がジムの、あ、違う、ジムの入り口は、えと、たまたま」

「……落ち着いて」

 歯切れ悪く言葉を並べていくシルヴィに、ジュースの入ったコップを寄せてクリスは飲み物を飲むように諭す。

 ジュースを飲み終わったシルヴィはただ俯いて震えていた。

 

 

「……フラィ」

「待ってくれ、僕は彼女をどうこうするつもりはない。……ただ、R団について何か知ってる事があれば教えて欲しかっただけなんだ」

「……ぇ?」

 クリスの言葉にシルヴィは目を丸くして顔を上げる。

 

 彼の表情は穏やかな物で、何かを裁こうという意思は見えてこなかった。

 

 

 

「ポケモンジムは公共施設だし、ジムリーダーが居なくて閉鎖状態とはいえ裏口から入ろうが罪には問われないよ」

 本来は注意されるべき事ではあるが、クリスはそこを割愛する。

 この少女に限って、悪さを目的に不法侵入をする事はしないという判断だ。

 

「目的も多分……ポケモンセンターが満員だったか、道が無かったか、ポケモンセンターまで間に合わないと思ったのか、それでもどうにかしてクチートを助けたかったって所かな」

 そこまで言ってから彼はシルヴィのクチートの頭を撫でる。

 クチートは不満そうにもクリスを睨むが、撫で方が上手かったのか彼女は直ぐに気持ち良さそうに目を瞑った。

 

 

「そ、それは……」

「誰にだって言えない事はあるだろうから、それを責めるつもりはないよ。君だってあの災害の被害者の筈だからね」

 彼の言葉に少女は自分の胸を掴む。

 

 

 

 被害者?

 

 違う、私は───

 

 

 

「心の整理が付いて、何かあったら教えて欲しい」

「───ぇ」

 クリスは席を立ちながら一枚の紙を彼女に渡した。

 

 そこには携帯電話端末──ポケギア──の番号が記されている。

 

 

「なんで……」

「確かに初めは僕も君を疑ってたし、正直何かを知っているとは確信してる。……でも、僕は君みたいにポケモンを大切に出来る人に悪い人は居ないって信じてるから。……だから落ち着いて、話せる時で良いんだ。その時でいいから、君が知ってる事を教えて欲しい」

 そう言ってから彼は財布を取り出しながら「これからの予定は?」と軽く質問した。

 

 

「アローラで暮らそうと思ってて……」

「それならホテルを取るか、家を探すか。……後は、島巡りをするのも良いかもね」

「島巡り?」

「この地方で言うカントーのジム巡りみたいな物だよ。詳しくはこの先の海岸にあるククイ博士の家を尋ねてみると良い。後これは、今日のお礼だ。釣りは要らない。僕はもう行くから、君はゆっくりしていってね」

 どう考えても有り余るお金を置いて、シルヴィが反応する間もなく店を出て行くクリス。

 

 

 その横ではデデンネが高級マラサダを独り占めしようとしてクチートに挟まれ、フライゴンは無言の横目でクリスを見る。

 唖然としている内に自らの危機が消え去ったシルヴィは、しかし自分の罪に胸を締め付けられる思いだった。

 

 

 

 落ち着いたら、話そう。

 

 

 

 せめてフライゴンの傷が治って、野生に帰ったら全部話そう。

 

 

 

 

 あの大震災。

 

 

 

 被害が広がり、沢山の人やポケモンが犠牲になったのは───

 

 

 

 

「……ごめんなさい」

「……フラィ?」

 ───私の所為なのだから。




やっっっと一章二節は終わりです。長々と申し訳ありませんでした。
次節からはほのぼのが始まる……っ!!(かもしれない)


と、いった矢先ですが三節の前に番外編をやろうかと思ってます。二話くらいで終わったらいいかな。


というわけで、次回もお会い出来ると嬉しいです。


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【番外編/コラボ回】過去──少年は信頼たる背中を追いかけて
国際警察はねこのても借りたい


突然の過去篇です。


 とある地方──国際警察本部──総務室前。

 

 

「ここだったかな」

 手に握られた地図と部屋の看板を見比べながら、金髪の少年が呟く。

 ベージュ色をした大きめのコートの肩に乗る平均よりも小さなサイズのゲンガーは、彼の言葉に頭を縦に振って同意した。

 

 

「失礼します、新人のクリスです。本日演習を───」

 総務室の扉を開け無礼のないように名乗り、そこまで言ってから少年──クリス──は口を閉じる。

 話しかけている目の前の人物が電話をしている事に気が付いたからだ。失態である。

 

 

「いや、すまない。何せ人手が足りなくてな……」

 電話をしているのは少年の上司、ハンサムだ。

 彼は携帯電話端末──ポケギア──を片手に、申し訳なさそうな声で電話越しに話をしている。

 

 どんな用事なのか?

 クリスは今日、上司であるハンサムに演習を実施してもらう予定だった。

 そこで「人手が足りない」と耳にすると、自分の存在が迷惑を掛けているのでは? そんな事を推測してしまう。

 

 悪い癖だ。

 

 

「安心してくれ、君より年下で、期待も出来る子なんだ」

 しかしハンサムのその言葉で推測は確信に変わる。

 

 自分が期待出来るかはさておき、一連の会話から察するにハンサム自身が忙しくなり演習に付き合う事が出来なくなった。

 それで代役を任せるために電話をしているのだろう。

 

 

「私が見るつもりだったんだが、今日中に纏めないといけない資料があるんだ。第三演習所は予約してある、新人は十時に本部の待合室に来る筈だ。……頼む」

 資料を片手間に触りながら、ハンサムは電話越しの相手に頭を下げた。

 自分の為に上司にそこまでさせるのは申し訳がない。

 

 

「わかっている、手当は出すさ」

 文句でも言われたのだろうか?

 その一言に少し間を置いて、ようやくハンサムは電話を切る。

 

 そうして資料を片手間に振り向いた彼は、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「すまないクリス、見ての通り急な仕事が入ってな。お前の先輩に代役を務めさせるから、聞いていた通り十時に待合室に向かってくれないか?」

「……あ、はい。それは良いんですけど、その……代役の人って気難しい人ですかね?」

 まだ幼い顔立ちを残した少年は、その顔を若干引き攣らせてそう答える。

 

 先程の電話から察するに、その先輩はとても気難しい人物なのではないだろうか?

 そう察したクリスは、過酷な演出を想像して首を横に振った。

 

 

 どんな相手であれ、未熟な自分の演習を見てもらうのだから真剣に向き合わなければならない。そうでなければ自分の目的は達成されない。

 

 今は居ない友達(ポケモン)の事を思っては手を強く握りしめ、少年は前を向く。

 

 

「……どちらかというと、気難しい。周りと距離を置いていて好かれていないし、面倒くさがり屋だしな」

「最悪じゃないですか」

 前言撤回したい。

 

 

「だがな───」

 ただ、ハンサムは一度目を瞑って言葉を繋げた。

 当人の事を思い出しているのだろうか?

 

 周りと距離を置いて、好かれていなくて、面倒くさがり屋で。

 それでもハンサムは彼の事を信頼して、目を開いて言葉を続けた。

 

 

「───与えられた仕事は的確にこなす、実力も信じられる私の自慢の部下だよ」

 当人を評価するハンサムの表情は真剣な物で、そこに嘘も冗談も含まれていないと断言出来る。

 

 

 一抹の不安を残しながらも、クリスはその足で待合室に向かった。

 

 時刻は九時四十三分。五分前行動、十分前集合を考えるに適切な時間だろう。

 

 

 少し時間が経って十時になり、いつ当人が来てもおかしくない。

 そんな緊張から椅子に座る動作も硬くなるが、影に出入りして遊んでいるゲンガーは少年の気など全く気にする様子もなかった。

 

 

「じっとしてろ」

「ゲー?」

 気難しい面倒臭がり屋という人物像が頭から離れない。

 

 そんな事を考えた矢先、クリスの前にある扉から一人の青年が姿を現わす。

 青いコートを着た銀髪の青年は、首から掛けたゴーグルを揺らしながら気怠そうにクリスの元に向かって来た。

 

 

「……初めまして。国際警察新人、コードネーム──クリス──です。宜しくお願いします」

 それを見て急いで立ち上がり、深々と頭を下げながら挨拶をするクリス。

 

「……コードネーム──ブライ──だ。早速だけど演習所まで移動するぞ」

 そうして青年──ブライ──は軽く挨拶を返した後、踵を返して待合室を後にする。

 急いでゲンガーを引っ張り上げ、後を追うクリスが彼に感じた第一印象は───

 

 

「……物凄く怖いんだけど」

 ───最悪だった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「……な、何をしているんですか? 先輩」

 駐車場に着くなり車のボンネットを開いて車両点検をし始めるブライに、クリスは恐る恐る声を掛ける。

 

 

 ブライは入念にタイヤの状態を凝視した後、鍵を開けてウインカーのライトの点滅を確認。

 車両点検を細かく済ませたかと思えば、車の前後に律儀に初心者マークを張り出した。

 

 

 先輩を怖いと感じた矢先にそんな真面目な行動を取られて、クリスは若干表情を引き攣らせる。

 勿論、笑わない為だが。

 

 

 

「言っておくが、車はポケモンより怖いぞ」

 彼の過去に何があったのか。むしろ助手席に座るのが怖くなったクリスだが、彼の眼光に促されるままに車内に乗り込んだ。

 

 どうか初日から交通事故で殉職なんて事にはならないようにと、切に願う。

 

 

 

 

「国際警察といってもやってる事は普通の警察と変らねぇ。ただ行動範囲が広いだけで、警察の仕事としてやるべき事はやる」

 想像よりも安全運転───というか、ゆっくりな運転にクリスが安堵する中でブライが口を開いた。

 ハンサムは面倒臭がり屋と言っていたが、手当も出るという事で彼なりに責任を持って指導しようとしているのかもしれない。

 

 しかし、そんなブライの表情はなぜか青ざめている。

 

 

「……あの、車酔───」

「酔ってない」

 真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐを見て運転するブライを見てクリスは一つの結論に辿り着く。

 

 

 この人、車の運転苦手だ。

 

 

 シートベルトの影に入ってベルトで遊ぶゲンガーに、クリスは本気で「止めてくれ」と願う。

 第一印象から反対の印象を受けた所で、車は道路脇に一時停止した。

 

 

 

「どうしたんですか?」

「言ったろ、普通の警察と変わらねぇって。トラブルを見付けたら対処するのが仕事だ」

 軽く舌打ちしながら扉を開け、近くの小さな家電ショップに向かうブライ。クリスも急いで彼の後を追う。

 

 

 家電ショップの目の前では店員と思われる男性と、今さっき店から出たと思われる客の男が揉め事を起こしていた。

 客の男に関しては手にモンスターボールを持って今にもポケモンを出そうとしている。

 

 

「あんたが店の冷蔵庫を持ち逃げしようとしたんだろう?!」

「そんな事する訳ねぇだろ!! この冷蔵庫が勝手に付いてきたんだよ!!」

「何言ってんだアンタ頭おかしいんじゃないのか?!」

「誰が頭おかしいだボケェ!!」

 どうやら会話から察するに、冷蔵庫の盗難事件のようだ。

 

 よくも冷蔵庫なんて盗もうと思ったな、と内心呆れつつもブライは客の男が投げたモンスターボールに警戒する。

 暴力沙汰になれば連行しなければならなくなる為、その前に止めたい所だ。

 

 こちらのポケモンを選んでいる暇はなく───ならば、対応力の高いポケモンを選ぶ。

 

 

 

「もう構ってられるか! モジャンボその店員を眠らせちまえ! ねむりごな!」

「アリゲイツ、みずのちかい!」

 直接攻撃に出る事はなかったが、仕事中の店員に睡眠作用のある技──ねむりごな──を放つのは頂けない。

 初めから用意していたボールを投げると同時に、指示を出したブライのポケモン──アリゲイツ──は体内のエネルギーを伸ばした手から地面に送り付けた。

 

 

 分類通り大量のツルからなるツル状ポケモン──モジャンボ──が放つねむりごなを、地面から柱のように放出された水が無効化する。

 突然の第三者の加入に驚いた男が反応する前に、ブライは次の行動をアリゲイツに指示していた。

 

 

「───れいとうパンチ」

 みずのちかいによりモジャンボを覆った水の柱向けて、アリゲイツは氷点下の拳を叩き付ける。

 水の柱は瞬時に凍り付き、モジャンボは行動不能。一瞬の出来事に男はおろかクリスも開いた口が開かなかった。

 

 

 

「これが……国際警察か」

 何もする隙もなくトラブルが解決して、クリスは手に持ったモンスターボールを腰にしまう。

 視界に映るのは店の売り物と見られる、男の身長より少し大きい冷蔵庫だった。

 

 

 ……しかし、これを盗もうとしたのか?

 

 

 

「国際警察だ、抵抗しなければ技を向けた事は厳重注意で終わらせてやる。モジャンボをボールに戻して両手を上げろ」

「ひぃ?! ち、違うんだよお巡りさん聞いてくれよ! 俺は何もしてないのに冷蔵庫を盗んだなんて言い掛かりを付けられたんだ」

「嘘つくな!! 現に冷蔵庫が店の外にあるじゃないか、金も払ってないのに」

「だから冷蔵庫が勝手に付いてきたんだって!!」

「そんな訳があるか!!」

「はぁ……? どうなってんだ?」

 二人の証言の違いにブライは眉間に皺を寄せる。

 

 

「あー、もう分かった。話は署で聞く」

「そんなぁ?! 待ってくださいって!!」

 しかし現象証拠だけ見れば男が冷蔵庫を盗もうとしたとなるのは当然だ。

 そもそもブライは今日非番で、突然ハンサムにクリスを見るように言われていてこれ以上面倒に関わるのは御免である。

 

 ここから先は署にいる人間に任せて、当初の目的通り演習所に───

 

 

「先輩、その人の言ってることは間違いではないかもしれません」

 本部に連絡を取ろうとしたその時、なにやら冷蔵庫を調べていたクリスが口を開いた。

 

 不思議そうにその様子を見るアリゲイツを尻目に、ブライは彼の元に向かって様子を見る。

 

 

「どういう事だ?」

「この冷蔵庫、引き摺られた後がないんですよ。これだけ大きいと冷蔵庫の下に付いてる車輪を使わないと人間が持ち上げるのは困難で、店の外に出て道路を転がしたら車輪に小さな跡が残る筈なのにそれがない。……少なくとも彼が運んだという根拠が見当たらないんです」

 クリスの言葉にブライは小さく「ほぅ」と感心するが、まだそれだけでは男の潔白を証明する事は出来ない。

 

 

「可能性として考えられるのは三つ。───彼のモジャンボが使えるようなつるのむちか、エスパータイプのねんりきか、ゴーストタイプのポケモンが冷蔵庫に入り込んでいたか」

 クリスがそう語ると同時に、冷蔵庫の影からゲンガーが飛び出した。

 

 確かにポケモンの力を使えば男が触らずに冷蔵庫を持ち出す事が可能である。

 しかし、彼は何が言いたいのか? ブライはその続きに注目した。

 

 

「そしてその中で彼が実施出来るのはつるのむちくらいです。他にポケモンを持っていない事は今ゲンガーが確認しました。彼はモジャンボ以外持っていません。……そしてモジャンボをボールから出したのは今さっき、犯行は不可能です」

「……なるほどな」

 ──期待も出来る子なんだ──

 ハンサムの言葉を思い出して、ブライは密かに口角を釣り上げる。

 

 

 なるほど、確かにな。

 

 

「じゃ、じゃあ、店の冷蔵庫は……?」

「何処かでエスパータイプのポケモンがなんて話は少し現実味がない。……お化けでも居るんじゃないですか? この店」

 ゲンガーに目を向けながらそう言うクリス。その類いの話が苦手だったのか、客の男は店を見て顔を真っ青にしていた。

 

 

「ほ、ほら見ろぉ?! 俺のせいじゃないじゃないか!」

「も、申し訳ありませんお客様!!」

「おばけのいる店なんて二度と来るか!」

「お、お客様ぁ!!」

 怒鳴り散らしながら去っていく客の男。それを見てクリスはブライに「捕まえなくて良かったんですか?」と問うが、ブライは答えずにクリスの証言を頭で整理する。

 

 

 確かそんな話が最近街で多くなったような?

 

 

「そういえば最近、うちの店で買った商品が夜中に勝手に動いたり設定以上の動作をしたりとクレームが絶えないんですよね……。本当にお化けでも居るんでしょうか? おまわりさん助けて下さい」

「いや、そういうのは管轄が違うから本部に直接言ってくれ。もう問題ないな?」

 泣きついて来る店員を押し退けてそう言い放つブライ。

 

 

 これ以上面倒に巻き込まれまいと、アリゲイツをボールに戻しながら彼は車に向かった。

 それをクリスが追いかけて来たのを確認して、ブライは気怠そうに口を開く。

 

 

「最近街で家電が火を吐いたとか、そんな事件が多発してるらしい。……まぁ、担当違いだから気にする事はないが頭に入れておけ」

「あ、はい。分かりました」

 エンジンを掛けて返事を聞いた所で、彼はアクセルを踏んだ。

 恐ろしくゆっくりと走る車の中で二人はそれぞれ実力のある先輩と、期待できる後輩という認識を確認する。

 

 

 そして何度か駐車をやり直して、二人はたどり着いた演習所に向かったのだった。




お久しぶりです。約一ヶ月ほどお待たせして申し訳ありません。

なんと今回はありあさんの『虹色の炎』とコラボして過去篇をやらせて頂きました。全三話で三日間一話ずつ投稿の予定です。
国際警察になったばかりの頃のクリス。先輩である国際警察のブライと共に実践演習へ。その日彼らが巻き込まれる事件とは? 乞うご期待。


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先輩は後輩をおどろかす

 大小様々な建築物が並び、一つの小さな街を模した演習所。

 

 

 ここ──第三演習所──は街中での戦闘を想定して造られた演習所だ。

 国際警察である以上大規模な犯罪組織と衝突する事もあり、人々が暮らす街中での戦闘も充分に起こりうる。

 

 街中での戦闘訓練、そして有事の際に建築物をシェルターとして利用できる施設。それがここ、第三演習所だった。

 

 

 そんな第三演習所の、少し開けたスペースにブライとクリスは立っている。

 これから始める演習を予測しては、クリスはどんな内容でもこなせるように頭を整理していた。

 

 

「……んじゃ、さっさとやるか。演習」

「宜しくお願いします」

 さて、どんな演習を行うのか?

 

 街中という広い空間でのポケモンバトルか、建築物内という狭い空間でのポケモンバトルか。

 どちらにせよ、国際警察として鍛錬を積まなければならない。クリスはブライの指示を待つ。

 

「じゃ、この演習所の中で鬼ごっこでもするか」

「はい。…………え?」

 そして言い放たれた演習内容に、クリスは間も開けずに返事をした。

 しかし少し時間を開けてから、ブライが真顔で不自然な事を言った事に気がつく。

 

 

 鬼ごっこ?

 

 

 今、鬼ごっこと言ったか?

 

 

 クリスはブライの言葉を頭の中で何度も復唱した。

 何か裏が隠されている? いや、どう考えても彼は鬼ごっこと言っている。

 

 あの、子供の頃に良くやったアレか?

 

 

「ルールは簡単。一時間以内に俺を捕まえるか、俺のポケモンを一体戦闘不能にしたら終わりだ。勝つ為なら何してもいい。……あ、安心しろ、俺は一体しか使わないし、最初の十分は反撃もしないから」

 そう説明すると、ブライは身体を伸ばしながら「何か質問は?」とクリスに目で問いかけた。

 その説明で自分の先輩が何をしようとしているかは理解出来たが、その目的が分からない。

 

 

 逃げる犯人を捕まえる訓練?

 

 

 ポケモンを使って?

 

 

 ポケモンの力を使えば逃げる悪党なんて簡単に捕まえられる筈だ。それを一時間も時間に猶予を持って行う理由が分からない。

 

 

「先輩、それって僕のポケモンで先輩を攻撃してもいいってことですか?」

「当たり前だろ」

 確認するも、ブライは当然のように返事をする。

 この男はどういうつもりなのか。理解が出来ない。

 

 

「……危ないですよ?」

「……当たり前だろ。安心しろ、多分お前じゃ無理だから」

 ただ、彼の身体を心配するクリスにブライはそう淡々と返した。

 

 挑発しているようには見えない。

 かといって自信に満ち溢れた表情をしている訳ではない。

 

 ただ単純に、事実としてそう捉えている。そういった言い方である。

 

 

「……わかりました。後悔しないでくださいね」

 だとしても、ポケモンを使っても人一人捕まえられないとまで言われてしまうと国際警察としての立場もない。

 クリスは年相応な表情でブライにそう言い放った。伊達にこの若さで国際警察に入った訳じゃないと見せつけてやろう、と。

 

 

「それでいいんだよ。……開始は一分後な」

 そう言い残すと、ブライは軽く走り建物の影に消えていく。

 

「……絶対捕まえてやる」

 ジャスト一分。ポケギアのストップウォッチを起動してから、クリスは決意の篭った声でそう呟いた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「ハァ……ハァ……あの人……ジュプトルか何かなのか……?」

 階段の手すりで身体を支えながら、クリスは息を荒げて悪態を吐く。

 彼の隣ではゲンガーが何かを探すように辺りを見回していた。

 

 

 演習開始から十五分。

 ブライを五回見付けるも、直ぐに見失ってしまう。

 

 

 街を模した演習所は建築物も模型ではなく実物として作られており、野外階段も多く索敵しなければならない範囲は想像以上に多い。

 それでもクリスは持ち前の推理力と判断力でブライを見付ける事だけは叶うのだが、その後が問題だった。

 

 

 ブライを見付けても、彼はまるでマンキーだかゴウカザルかのように地面から飛び上がり地表何メートルかの取っ手を掴んでそのまま一階分階段を飛び越したり。

 壁を蹴って二階の窓に手を伸ばしたと思えばそのまま屋上まで登っていくだの、最早人間とは思えない動きでクリスの追っ手を回避する。

 

 

「くそ……あ、あの人は本当に人間なのか」

 ゾロアークに幻影でも見せられていると言われた方が納得がいく現状に、クリスは息を整えながらも悪態を吐いた。

 

 自分が追っているのは人間の筈。

 

 なぜかそこで疑心暗鬼になる程に、ブライの身体能力は常識を逸脱している。

 それは勿論、クリスの中での常識なのだが。

 

 

 

「まあ、ポケモンバトルが強いだけじゃどうにもならないこともあるからな」

 建物の屋上からクリスを見下ろし、ブライは息を整えながら独り言を呟いた。

 世の中の悪党が、全て一般人程度の身体能力なら苦労しないだろう。

 

 それを身を持って教えているつもりだが、ブライとしても驚く事が少しはあった。

 

 演習所に来る時に見せた状況把握力と推理力はやはり高く思える。

 しかし、体力や瞬発力は足りていない。ポケモンやバトルの実力はともかく、本人がそれに付いて行けなければ意味はなかった。

 

 

「……見付けた! ゲンガー、屋上だ!」

 屋上にいたブライに気が付いたクリスがゲンガーに指示をしながら階段を上る。

 それではゲンガーの方が先に辿り着くし、クリスが付いた頃にはブライは走って飛んで別の建物の屋上だ。

 

 その間ゲンガーはただ指示を待つだけ。

 彼の欠点でもあるだろう。

 

 

 

「嘘……でしょ……。……はぁ」

 やっとの思いで登って来たクリスだが、そこには戸惑うゲンガーしか居ない。

 向かいの建物に立っているブライを見ては、クリスは顔を引き攣らせながら彼を睨み付けた。

 

 どうなってるんだ、畜生。

 

 

 逃げる素振りも見せないブライに、これまでポケモンの攻撃を向けるのだけは気が引けていたクリスだがついに腰のモンスターボールに手を向ける。

 

「ニダンギル、ラスターカノン!」

 自らの主戦力を放ちながら、クリスは苛立ちの篭った声で指示を出した。

 

 

 現れたのは二本の剣のような姿をしたとうけんポケモン──ニダンギル──である。

 ニダンギルはボールから飛び出すと同時にエネルギー剣先に集中、それを一本の光として放った。

 

 ラスターカノン。

 身体の光を一点に集めてエネルギーとして放つはがねタイプの技である。

 

 速度も早ければ威力も申し分ない。

 

 

 しかしブライはその攻撃を見切り、屋上から飛び降りた。

 正直そんな芸当をされるのはまだ信じられないが、クリスとて彼を追いかけて無駄な時間を過ごしたつもりはない。

 

 

 行動パターンを読んで先を行く。

 

 

「ゲンガー!」

 ブライが飛び降りたと同時に、ゲンガーがブライを追い掛けた。それを追ってクリスも階段を駆け下りる。

 

 

 ゲンガーが追うブライは行動を読まれた事だけ(・・)は心の中で褒めながら、ボールを腰から抜いて開閉スイッチを押した。

 

 

「ジュペッタ、かげうち!」

 繰り出されたぬいぐるみポケモン──ジュペッタ──は、小さく笑ってから右手を自らの影に入れ込む。

 ブライが振り返る事もなく──かげうち──がゲンガーを襲って動きを止めた。

 

 

「はぁ……はぁ……。って、ゲンガー!? くそ……捕まれられる気がしなくなってきた」

 クリスが階段を降りた時には倒れたゲンガーが地面に転がっているだけで、辺りにブライの姿は見当たらない。

 

 

 自分のポケモンにすら着いていけないクリスは、ゲンガーが何をされたのかすら分からないのである。

 勿論、ブライがポケモンを使ったのかも。そのポケモンがなんだったのかも分からない。

 

 

 

 

 そして演習開始から五十分経過。

 

 ゲンガーが倒れてから、クリスは一度もブライの姿を発見すら出来なくなっていた。

 まるで、探している場所を常に見られている(・・・・・・)ようにも思える。

 

 

 ブライはその通りに、ジュペッタの特性おみとおしと技──みやぶる──を駆使してクリスの居場所を常に特定していた。

 相手の場所が分かれば見付からないように動くのは容易い。

 

 そしてクリスにはそれを覆す身体能力もなければ、影に入り込める特性で索敵能力の高いゲンガーも戦闘不能である。

 さらにゲンガーを倒したポケモン(ジュペッタ)の存在も知らないクリスはブライがどう隠れているかすら推測が出来ない。

 

 

 

「……時間切れだな」

 演習開始から一時間経過。結局クリスは、ブライを捕まえることは出来なかった。

 

 背後に現れタイムアップを知らせるブライに、クリスは信じられないような物でも見るような様子で息を吐く。

 

 

「状況把握力、思考力は大したもんだが、体力と瞬発力が追い付いてねえ。それじゃジムリーダーや犯罪組織の幹部級には手も足も出ないだろうな。……まあ、バトルのエキスパートであるジムリーダーに勝てる奴なんか普通いないが」

 ブライは息を切らさずに淡々とクリスの評価点と問題点を挙げた。

 若干文句を言いたい所でもあるが、クリスはブライに実際手も足も出なかった為大人しく聞くしかない。

 

 

「まあ、躊躇無く俺に技ぶっぱなした度胸は認めてやる。新人にしちゃあよくやった方だ……。はい、面倒だし今日の演習終わり。どうせ今から続きやってもその体力じゃろくに動けないだろ。帰るぞ」

「それは……どうも」

 息も切らさずに踵を返して帰りの支度を進めるブライに、クリスは小さく返事をする。

 これが国際警察の実力なのか、この先輩が異常なのか。

 

 頭の中で問答していると、ジュペッタが小さく笑いながらクリスの頭を軽く撫でた。その意味は解らない。というか、ゲンガーを倒したのはジュペッタだったのか。

 

 

 それが分かっていたら対策を───いや、こちらの動向が掴まれていたのならゲンガーを失った時点で追跡は不可能である。

 ブライの言った体力と瞬発力の意味を少し理解しながら、クリスは彼の後を追って第三演習所を後にした。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 入れ替わりで駐車場に来た車を眺める事数分、車の点検を済ませたブライが慎重にアクセルを踏んで演習所を後にする。

 

 

 今回の失敗を踏まえて今後の課題にしなければならないだろうか?

 そんな事を思いながら、一時間前安全とはかけ離れた行動をしていた先輩の安全運転で走っていた車が急に止まった。

 

 

「ど、どうかしたんですか?」

「あのポケモンセンター、様子がおかしくないか?」

 ハザードランプを光らせながら、ブライは道路脇にあるポケモンセンターを見てクリスに問いかける。

 

 釣られてポケモンセンターを見てみれば、まだ昼間だというのに街灯が光ったり消えたりしていた。

 電光掲示板が不可解な図面を表示していたり、全くもって人の出入りが見られないのも不自然である。

 

 

「何かトラブルですかね?」

「はぁ……なんつぅ日だ」

 頭を掻きながら車を降りるブライにクリスも続いた。

 立ち止まって、その横を通り過ぎるクリスにブライは「不用意に前に出るな」と注意しながらモンスターボールの開閉スイッチを押す。

 

 

「アリゲイツ、みずのちかい」

 ボールから出て来たアリゲイツが拳を地面に向けると同時に、辺りの地面から水が噴き出した。

 すると空中に浮いていた何か(・・)に水が付着し、まるで小粒の雨を写真に切り取ったかのような光景が辺り一面に広がる。

 

 

 

「……ねむりごな?」

「その辺りだろうな。あの中で何が起きているのか……。ジュペッタ、ポケモンセンターの状況を知りたい。みやぶるだ」

 ブライが投げたボールから飛び出したジュペッタは、小さく笑いながら演習所でクリスの動向を探っていた技──みやぶる──を使った。

 

 

「……シシッ」

「立て篭もりか……。犯人は一人とポケモンが数匹。中に居る奴は殆ど寝てる、と」

 短いジェスチャーだけでジュペッタから状況報告を受けたブライはどうしたものかと頭を捻る。

 

 本部に連絡を入れて応援を呼ぶ事も出来るが、中で何が起きているか分からない以上迅速な対応が求められる筈だ。

 だが空気中に漂うポケモンの技といい、犯行は計画的だと見られる。

 

 犯人の目的も分からない。

 

 

 下手に動けば思わぬ事態を招くかもしれない。

 

 

 ───どう動く?

 

 

「まず目的はなんだ……。金か? 治療中のポケモンか? 愉快犯だったら考える時間も無駄だが」

「犯人の目的、お金ではないと思います」

 気怠そうにポケモンセンターを睨むブライの後ろから、クリスがそんな事を呟いた。

 どういう事だ? 返事を待つと、クリスは顎に手を向けながら口を開く。

 

「お金が目的なら直ぐに逃げると思うんですよ。ポケモンが目的でも同様です。しかしセンターから技が漏れる程時間が経っても、ジュペッタによれば犯人は中で何かをしている」

「確かにそうだな。……だがそれなら目的はなんだ?」

 ブライの質問にクリスは少しだけ間を置いてからまた口を開いた。

 

 

「考えられるのは三つ。一つは先輩の言う通り愉快犯である事。もう一つはセンターの中に珍しいポケモンが居てそれを探しているか。そしてもう一つはセンターの機材を盗み出す事ですかね」

 現状で考えられる選択肢を一つずつ纏めるクリス。

 そんな後輩の推測にブライは補足を促す。それだけでは説明が足りない。

 

 

「二つ目ですが、例えば犯人があのポケモンセンターに珍しいポケモンが居る事を知っていたとします。そのポケモンを手に入れる為にセンター内を無力化させて、ポケモンが見付からないから立て籠もってるのかもしれません」

 ポケモンセンターには様々なトレーナーがポケモンを預けに来る事がある。

 その中に珍しいポケモンが居ると睨んだ犯人が立て篭もりを起こしたというのが二つ目の推測だ。

 

 

「三つ目は単純にポケモンセンターの機材は貴重な物も多くて高く売れるからですね。ポケモン転送マシーンや回復マシーン、固定電話みたいに重くても重要な機材が沢山ありますから。時間を掛けてでも持ち出す価値がある。……それと、今朝の案件です」

「今朝の……? あぁ、あの冷蔵庫か」

 ブライは演習所に向かう前に起きたトラブルを思い出す。

 

 家電ショップの冷蔵庫を持ち逃げされたと店員が騒いでいたが、客は無実だった。

 そういえば結局あの冷蔵庫が勝手に動いた理由は分からず終いだったか。いや、まさか───

 

 

「───あの冷蔵庫同様って事か……」

「そうですね、個人的には三つ目が本命です。家電ショップでの事や、街で家電のトラブルが起きている事実にも少し繋がる気がしますし。一つ目なら眠らせずに犯行に移るだろうから一番可能性が低い、二つ目は少し気になりますが。……どちらにせよ犯人はセンター内部の人達を眠らせて目的を果たそうとしている筈、急いだ方が良いと判断します」

 クリスの推測を聞くなりブライは現状を整理し始める。

 

 

 先程放ったみずのちかいでついでに少し無効化されてはいるが、足元には──まきびし──まで散らばっていた。

 相当な計画犯であり、油断は出来ない。

 

 しかし、もし二つ目三つ目のどちらかだとしても急がなければ犯人の目的は達成されてしまうだろう。

 

 ブライはクリスに「付いて来い」と短く言い放って駆け出した。

 突然の判断にクリスは十歩ほど遅れてセンターに向かう。

 

 足元に散らばったまきびしを避けながら走るクリスを尻目に、それらを飛び越えて進んだブライは自動で開かなくなっていた自動ドアをアリゲイツと共に開いた。

 

 

「国際警察だ!」

 ポケモンセンターに突入すると同時に声を上げるブライ。

 しかし室内は静まり返っていて何も返事は返ってこない。

 

 それ事態が緊急事態なのだが。

 

 

 

「キノコのほうしか……」

 視界に映るトレーナーやポケモン達は全員眠っていて縄で縛られている。部屋中には広範囲に胞子を飛ばして相手を眠らせる技──キノコのほうし──が残っていた。

 ここまで念入りに邪魔者が入らないようにして居るという事は、犯人の目的は余程時間が掛かるという事だろうか?

 

 

「すまない起きてくれ。ここで何があった?」

 ブライはカウンターの横で倒れているポケモンセンターの従業員──ジョーイ──の肩を揺らしながら声を掛ける。

 ゆっくりと瞳を開けたジョーイは、自分が縄で縛られている事に気が付いて驚きの表情を見せた。

 

 それでセンター内を見渡すジョーイだが、何があったか分からないといった感じで頭を横に振る。

 

 

「え、えーと。そうだ、業者さんがパラセクトを出したと思ったら……うとうとして?」

「業者だ……?」

「先輩、何か分かりましたか?」

 遅れて来たクリスがそう聞くと、ブライは「遅い。何をしてる」と振り向かずに答えた。

 

 先輩みたいにまきびしを飛び越えられる訳ないんですけど。なんて口にすると怒られるだろうか?

 クリスは素直に「……すみません」と返す。さっきまきびしを踏んだ右足の踵が痛い。

 

 

 

「ここ最近、ポケモンセンターの洗濯機とか冷蔵庫……家電とか設備の調子がおかしくて。丁度良くその手の事に詳しいっていう業者さんが来たんですよ。そしたら……あれぇ?」

「その業者は今どこにいる?」

 ほぼ間違いなくその業者がこの事案の犯人だろう。

 

 そう推測するブライだが、肝心の犯人が見当たらない。

 もう逃げたのか? いや、ジュペッタ曰く犯人はまだ施設内だ。

 

 

 

 犯人の目的が設備なら倉庫や治療室か?

 急いで向かう為に立ち上がるブライだが、振り向いた先に見知らぬ第三者が映りその必要はなくなる。

 

 

 

「まさかこんなに早く警察が出て来るとはな」

 巨大なキノコを背負ったポケモンと腕の様な大きな耳を持つポケモンを従わせた男が一人、センターの奥から現れて口を開いた。

 

 

 

「ニダンギ───」

 それを見て直ぐ様ボールを手に取るクリスだが、ブライがそれを静止する。

 もう既に遅いが、相手が動いていないのに此方の手を先に見せるのは愚行だ。

 

 今はアリゲイツとジュペッタがボールから出ている為、ポケモンの数で負けている訳でもない。

 

 

「この有様はお前の仕業か。目的はなんだ?」

「答える義理はねーよ! もう少しで捕まえられるんだ、大人しくそこで眠りやがれ。パラセクト、キノコのほうしだ!!」

 男の指示で、きのこポケモン──パラセクト──は背中のキノコから胞子を放出する。

 

 その胞子に触れれば一瞬で眠りに落ちるうえに範囲も広く命中率も高い強力な技だ。

 

 

「アリゲイツ、みずのちかい!」

 だがブライはアリゲイツにそう指示して、今朝方モジャンボのねむりごなを止めた時のようにキノコのほうしの放出を防ぐ。

 そして水の柱に囲まれたパラセクトにアリゲイツは肉薄。ブライの意図を読んで既に拳を振るう準備をしていた。

 

 

「そいつを止める───れいとうパンチ!」

「させるかよ! テッカニン、れんぞくぎり!!」

「───三匹目か?!」

 れいとうパンチを放とうとしたアリゲイツの脇を高速の攻撃が切り裂く。

 ブライの視界に映る事すらなかったソレは、激しい羽音を立てながら目の前の悪党の背後に着いた。

 

 

 体格こそ小さいが全ポケモンの中でも屈指の素早さを誇る虫タイプのポケモン──テッカニン──の特性はかそく。

 動けば動く素早さを増していくテッカニンの攻撃は、ブライどころかジュペッタでも見切るのは困難だろう。

 

 

「……チッ」

 思わぬ反撃に舌を鳴らしながらも、ブライは冷静にアリゲイツを一旦下がらせた。

 厄介なパラセクトを倒そうにもテッカニンは無視出来ない。さて、どうするか。

 

 

 

「ハッ、国際警察って言ってもその程度かよ。よしホルード、お前はアイツを捕まえてこい。その間に俺は警察様と遊んでやるぜ」

 男は馬鹿にするような態度を取りながらホルードを施設の奥に向かわせる。

 

 捕まえてこい……?

 

 悪党の目的は機材じゃないのか?

 

 

 ブライの頭の中に思い浮かぶのは、先程クリスが推測した二つ目の仮説だ。

 

 

 ───目的はセンター内に居るポケモンか?

 

 

 だがそれだけでは情報が足りない。男の目的のポケモンが分からなければ、守るべき対象も分からない。

 それ以前にこの悪党とも戦わなければならない状態である。どうすればいい?

 

 いや───

 

 

「クリス、ホルードを追い掛けてアイツの目的を阻止しろ」

「え、僕が……? それより先輩、犯人を一人で相手する気ですか?!」

 先程の悶着をクリスは結局見ている事しか出来なかった。

 

 パラセクトのキノコのほうしは厄介で危険な技であり、あのテッカニンも充分に温まって(かそくして)いる。

 まだ隠し球を持っているかもしれない相手と一人で戦うという行動は、クリスにしてみればとても危険な行動だった。

 

 

 

「アイツは俺に任せれば良い。お前は自分のするべき事を目一杯やれ。お前の洞察力は俺が保証する」

「まだ見えてもいない悪党の目的を阻止しろって事ですね……」

「そう言う事だ。……俺との演習を無駄にするなよ」

「演習を……?」

「いいから行け」

 道は作ってやる。そう言わんばかりにアリゲイツとジュペッタ両方に技を支持するブライ。

 クリスはそんな先輩の言葉に答えるように床を蹴った。

 

 

「行かせるなテッカニン、れんぞくぎり!」

「ジュペッタ、かげうち!」

 クリスの正面に向かうテッカニンを、ジュペッタから伸びた影が襲う。

 

 バランスを崩したテッカニンの横を駆けるクリスは、信じられる実力のある先輩を尻目にホルードを追い掛けた。

 

 

 

「生意気な事してくれるじゃねーか……っ!」

「さて、お前の相手は俺だ」

 ブライは期待出来る新人を見送った後、鋭い眼光を犯人に向ける。

 

 

 状況としては二対二。ダブルバトル。

 

 

 両者は何の間もなく、何の断りもなく、何の前触れもなくお互いのポケモンに指示を出した。

 

 

 

 

「先輩なら信じられる。……なら、僕は自分のするべき事をするだけだ」

 

 

 ───任せましたよ先輩。




コラボ回二回目。次でラストです。さてさて、なんと立て籠り事件ですよ!


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目標と期待は両者をふるいたてる

 そこまで広くない空間を走る。

 

 

 追っ手が来ない事を確認する気はない。あの先輩がそう易々と追っ手を許すとは思えなかった。

 

 

 センター内の角を曲がるホルードを追い掛ける。

 途中で見掛けたのは倒れたポケモンとトレーナーだった。このポケモンセンターを利用していた人だろう。

 

 それに、何故か通路や至る所で扇風機が外に向けて風を送っていた。

 おかげでパラセクトの技はセンターの奥には充満していない。

 

 

「……大丈夫そうだ」

 倒れている人が気を失っているだけだという事を確認して、クリスはまだ奥に向かうホルードに視線を戻す。

 

「目的はなんだ……? これだけ計画的な犯行をして、ホルード一匹に探させるなんて」

 倒れているポケモンは背後からの奇襲で前のめりに倒れ、その後にトレーナーも気絶させられたと現場から推測出来た。

 

 パラセクトのキノコのほうしだけでセンター内を制圧する事は不可能である。

 騒ぎにテッカニンを混ぜて、奇襲でキノコのほうしから漏れた人やポケモンを制圧するという計画的な犯行だ。

 

 

 そこまでする理由は?

 

 

 犯人がホルードに「アイツを捕まえて来い」と言っていたという事は、目的は金品でも重要機材でもなくポケモンだろう。

 しかし犯人の言いようからして目的のポケモンは一匹だ。それなのにここまで完璧にセンター内を制圧する理由はあるのか?

 

 そこまでしないと捕まえられないポケモンという事か……?

 

 

 

「ホゥゥルァ!!」

「っぉわ?!」

 クリスがもう一つ角を曲がると同時に、ホルードは自らの腕よりも太い耳を使ってダイニングスペースにあった電子レンジをクリスに投げ付ける。

 かろうじて───というかほぼ偶々それを避けたクリスは焦ってモンスターボールに手を伸ばして、ニダンギルを放った。

 

 飛んで来た電子レンジに眼を向けて、アレが当たっていたらどうなっていただろう。

 クリスはそんな事を考えながらホルードを睨み付けた。振り向く前に近くにあった扇風機が動いたのは気のせいだろうか?

 

 

「僕でも主人が居ないポケモンくらいなんとか出来る」

 ホルードの目的がどんなポケモンであれ、まずホルードを倒してしまえば全ての問題は解決される。

 相手も交戦してくれる気があるのだ、ここで倒してしまえばいい。クリスはそう算段を付けて、ホルードの動きに集中した。

 

 

 

「ホルゥァ!!」

 ホルードは一度耳を折りたたんでから、勢いよくそれを前に突き出す。

 まるで腕のような耳に握られていた土のような物がニダンギル向けて放たれた。

 

 

「マッドショットか?!」

 じめんタイプの技──マッドショット──がニダンギルを直撃する。

 効果は抜群で、ニダンギルは音を立てながら地面を転がった。

 

 

「……っ、ニダンギル?!」

 じめんタイプを持つホルードははがねタイプを持つニダンギルには有利である。

 そんな事は分かっていた。

 

 水は炎に強いです。炎は草に強いです。草は水に強いです。タイプです。相性です。

 

 

 そんな事は頭に入っている。ポケモンバトルの基本だ。

 

 

 ホルードはじめんタイプの他にノーマルタイプを持っている。

 ノーマルタイプは得意とする相手こそ居ないが、弱体となる相手が少ない事が特徴だ。

 

 

 しかし、その数少ないノーマルタイプの弱点──かくとうタイプ──の技をニダンギルは覚えている。

 

 

 

「……お返しだ、ニダンギル! せいなるつるぎ!!」

 ホルードに向かっていく一対の剣。速度こそ遅いが、挟み撃ちのように回り込み、ホルードは避ける事が出来ずに斬撃を受けた。

 

「……よし!」

 クリスの手持ちはゲンガーとニダンギルのみ。

 ゲンガーはポケモンバトルの戦力としては頼りにならないが、その代わりにずっとクリスと戦っていたニダンギルの実力は確かな物である。

 

 

 絶対的な信頼。───それが、あだとなった。

 

 

 

「ホルァ!」

「───な?!」

 ホルードはダメージを受けてはいたものの、ニダンギルを両耳で綺麗に捕まえていたのである。

 そしてそのまま地面にニダンギルを叩きつけ、ホルードはマッドショットを放った。

 

 効果は抜群。ニダンギルはクリスの横に音を立てて転がる。

 

 

 

「ニダンギル?! ……っ!!」

「ホルゥァ」

 満足気な表情でクリスに背中を見せるホルード。

 まるで勝ったと言わんばかりにその場に崩れ落ちたクリスを無視して、何故か辺りの機械をその大きな耳で壊し始めた。

 

 

「……な、何をしているんだ?」

 ホルードはポケモンを探している筈。

 

 

 それなのにホルードはポケモン転送マシーンや回復マシーンではなく、ダイニングルームにある家電を破壊していく。

 倉庫に入っていた芝刈り機、古い洗濯機、さっき投げてきたのは電子レンジだった。

 

 次にホルードは冷蔵庫に向かって、太い耳を振り被る。

 

 

 アームハンマー。

 一撃で冷蔵庫は粉々になったが、ホルードは首を横に傾けて不満気に辺りを見回し始めた。

 

 

 

「くそ……バカにしてるのか」

 今思えば自分はあの時犯人に自分のポケモンの名前を晒していたか。

 だから犯人は、ホルードが対応出来ると確信して必要以上の追っ手を向かわせなかったのだろう。

 

 

 そして事実、クリスはホルード一匹に何も出来ずに立ち尽くしていた。

 

 自分の未熟さを痛感する。

 演習ではゲンガーを先に向かわせて、トレーナーの居ないポケモンが如何に脆いか教えられた。

 それなのに、自分はトレーナーの居ない脆い筈のポケモンにすら負けている。演習を無駄にしているのと同義だ。

 

 

 

 だが、そんな事を今考えても仕方がない事くらいはクリスも分かっている。

 

 失敗を恥じて動かなくなる事は誰にも出来るんだ。そこでなにもしなければ、本当にただの敗者になってしまう。

 

 

 

 ───考えろ。

 

 

 

 ホルードの───犯人の目的はなんだ?

 

 

 

 そもそも何故ホルードなんだ?

 

 犯人のポケモンはパラセクトにテッカニン、ホルードの三匹だった。

 他に手持ちが居たかもしれないが、あの状況でポケモンを探しに行かせるならスピードの速いテッカニンが適任ではないのだろうか?

 

 

 単にホルードがアリゲイツと相性が悪いからか?

 しかしアリゲイツはパラセクトのキノコのほうしをみずのちかいで止めていたから、隙を突いてパワーのあるホルードで叩いた方が簡単な筈。

 何よりテッカニンでちまちま攻撃しながらホルードがポケモンを探すよりも、ホルードが牽制しながらテッカニンがポケモンを探した方が早い筈。

 

 

 

 逆に探しているポケモンに対してテッカニンが不利、またはホルードが有利という可能性はあるだろうか?

 

 テッカニンが不利とするのは、『ひこう』『いわ』『ほのお』『こおり』『でんき』と幅は広い。

 逆にホルードが有利なのは『どく』『ゴースト』『いわ』『でんき』である。

 

 

 いわタイプ、もしくはでんきタイプだった場合は確かにテッカニンよりもホルードの方が有利だ。

 

 だがそれだけに絞っても約百種類という選択肢がある。その中から犯人の目的を当てろと言われても情報が足りない。

 

 

 

「ホルゥ……?」

 破壊した冷蔵庫の下を覗き込むホルード。なにを探しているのか全く分からない。

 

 そういえば……今日冷蔵庫が勝手に動き出したなんて事件があった。

 なんて関係ない事を思い出して、次の瞬間───クリスは足りなかったピースを見つけたような感覚に襲われる。

 

 

 

 勝手に動き出した冷蔵庫。何故か家電を破壊しながらポケモンを探すホルード。ポケモンセンターの外で不自然な点滅をしていた街灯と電光掲示板。ジョーイが言っていた、家電の調子がおかしいという言葉。

 

 

 

 その全てを繋ぎ合わせれば、犯人が───ホルードが探しているポケモンを一匹に絞る事が出来た。

 

 

 

「───ロトム、なのか?!」

 プラズマポケモン───ロトム。

 その異名の通り、身体がプラズマで構成されているポケモンである。

 

 プラズマで出来た身体は電化製品に入り込む事が可能で、ポケモン学会にて初めて発見されたロトムは家電に入り込んでイタズラをしていた所を捕獲されたというのは有名な話だ。

 個体数が少なく研究はあまり進んでいないが、その特性上悪用しようとすれば電子機器のハッキング等を簡単に行う事が出来る。

 

 

 それ故に悪党には良く狙われるポケモンで、個体数の少なさやその特性上からも犯人がここまで必死になる可能性は十分にあった。

 

 

 

 そしてロトムはでんきタイプ、さらにゴーストタイプを持つが、その殆どの攻撃がホルードには効果がない(・・・・・)

 犯人が態々ホルードを向かわせたのも合点がいき、これだけの長い時間ポケモンを捕まえられない原因としても申し分がない。

 

 

 

「ホルゥァ!!」

 探しているポケモンが見付からず、苛立ちを見せるホルード。

 

 一つだけ気になる事があるとすれば、なぜここまでされてもロトムが逃げないかである。

 身体がプラズマで出来たロトムは電気線さえあればどんな所でも移動出来るため、電気が通ったこのポケモンセンターから逃げる事はたやすい筈だ。

 

 

 

 ───なんにせよ、自分に出来る事を考える。

 

 

 

 目的のポケモンさえ分かれば、いくらか対処の仕方を考える事が出来た。

 問題はニダンギルの体力。次攻撃を受ければひんしは免れないだろう。

 

 しかしやるしかない。幸いにもホルードはニダンギルを倒しているつもりだ。

 

 

 

 ロトムを探すとなれば、次にホルードが向かうのは視界に映る家電のどれかだろう。

 ホルードの近くには洗濯機が置いてあり、ある程度冷蔵庫の残骸を調べ終わればそこに向かう筈だ。

 

 

 せいなるつるぎが直撃してもビクともしなかったあのホルードを倒すには少なくともあと二回は攻撃しなければならない。

 しかし接近戦はまた受け止められる可能性があり、遠距離技のラスターカノンは効果が薄い。

 

 

 つまり、ホルードを倒すには近付かずに(捕まらずに)攻撃を二回当てる必要がある。

 

 

 次に行く場所が分かっていれば、それは可能だ。

 

 

 

「ニダンギル、洗濯機の裏だ。頼む」

 クリスは座り込んだまま、ホルードに気が付かれないようにニダンギルに声を掛ける。

 腰に隠してあるある物(・・・)に手を向けて、ニダンギルが隠れるのを見届けた。

 

 

 

「ホルゥ……」

 ついに粉々になった冷蔵庫から見切りを付けて、想像通りに洗濯機に向かうホルード。

 トレーナーがこの場に居たらこんなに上手くは行かなかっただろう。ある意味、演習の経験は無駄にはなっていない。

 

 

 

「今だニダンギル、せいなるつるぎ!!」

 そしてここぞというタイミングでクリスは腰からふといほね(・・・・・)を取り出して投げる。

 勿論それは攻撃の為に投げた訳ではなく、しかしまるでブーメランのように弧を描いてホルードに向かった。

 

 一方で洗濯機の裏から突如現れたニダンギルはホルードにせいなるつるぎを放つ。

 一閃。確実にダメージは与えている筈だが、しかしホルードは倒れずにニダンギルを捕まえようと耳を伸ばした。

 

 

 ───だが、その耳は空気を切る。

 

 

 ホルードの目の前から突然ニダンギルが姿を消したのだ。

 幻を見せた訳でも、隠れた訳でもない。物理的に姿を消すニダンギル。

 

 

 

 

 ボールに入れてしまえば、ポケットに入ってしまうモンスター。ポケットモンスター、縮めてポケモン。

 

 

 クリスが投げ込んだふといほねの先にはモンスターボールが付けられていて、ニダンギルはそのボールに入る事により一度確かにその場から姿を消したのである。

 

 そして、弧を描いてブーメランのようにホルードの背後の床にぶつかったふといほね───その先端に着いたモンスターボールが開閉され、再びホルードの背後にニダンギルが現れた。

 

 

 

「ホルァ?!」

「遅い、ニダンギル! せいなるつるぎだ!!」

 一閃。

 

 

 三度目のせいなるつるぎがホルードを襲う。流石に三度も効果抜群の技を受けて倒れない訳がない。

 勝利を確信したクリスは立ち上がってホルードが倒れるのを待つ。

 

 

 

「───な?!」

 ───しかし、ホルードは倒れなかった。

 

 手にオボンの実を持ちながら、耳でニダンギルを捕まえるホルード。

 オボンの実はポケモンの体力を一瞬で回復させるきのみである。

 

 二撃目の時点で食べ始めていたのか、ホルードは未だに半分以上余力を持っていそうだった。

 

 

 

「ホォゥルァ!!」

 そしてホルードは掴んだニダンギルをクリス向けて投げつける。

 一対の剣が向かってくる光景は、それが自分のポケモンだろうが恐怖を覚えた。

 

 

「ちょ───」

 しかし、ニダンギルはギリギリクリスに当たらずに横の地面に転がる。

 それでニダンギルは目を回して倒れるが、なんとか命は拾ったようだ。

 

 

「……くっそ───ん?」

 こんな状況だというのに、クリスの視界に不自然な光景が映る。

 

 

 

「……はぁ?!」

 なんと、扇風機が独りでに動き始めて、クリスの目の前に立ったのだ。

 

 

 

 いや、これは───

 

 

 

「───ロトムなのか?!」

「ロト!!」

 機械的な音を発する扇風機。

 

 思えば電子レンジが当たらなかったのは偶然には思えないし、ホルードは電子レンジもニダンギルも確実にクリスを狙って投げていた筈である。

 それがクリスにかすりもしなかったのは本来ありえない事だ。相手は本気で自分を狙っていたのだから。

 

 

 

 つまり、この目の前の扇風機───ロトムが助けてくれていたという事だ。

 

 

 

「……分かったぞ、お前、センターにいる人達を守りたかったんだな? 僕を守ってくれたみたいに」

 ロトムがセンターから逃げなかったのは、中にいる人達を守る為なのではないかとクリスは考える。

 

 あの不自然な街灯の点滅は周りに異常事態を知らせる為、至る所に置いてあった扇風機はセンター内に充満していたパラセクトの技を弱める為。

 

 

 イタズラ好きで有名なロトムだが、イタズラが好きなだけで人間に敵対心がある訳ではない。

 むしろ人間が好きだから遊んで欲しくてイタズラをしているという説もある程だ。

 

 

 だから、このロトムはセンターから逃げられなかったのだろう。

 

 

 

 

「……困ってる人をほっとけない優しい奴なのかな?」

「ロト!」

 まるで返事をしてくれたようだ。

 

 

 ───なら。

 

 

「少しだけ君の力を借りたい。オボンの実を食べたとはいえ、かなり体力は削れた筈だ」

 あと一撃。効果が抜群の攻撃を当てられればホルードを倒す事が出来る筈。

 

 しかし問題はロトムの放つでんきタイプの技やゴーストタイプの技はホルードに効果がない事。

 

 

 しかしロトムには家電に入り込み、その家電の力を取り込む能力がある。

 

 

 扇風機に入り込めばひこうタイプの力を。

 

 電子レンジに入り込めばほのおタイプの力を。

 

 草刈機に入り込めばくさタイプの力を。

 

 冷蔵庫に入り込めばこおりタイプの力を。

 

 洗濯機に入り込めばみずタイプの力を。

 

 

 この中でホルードの弱点を付けるのは三つ。

 

 くさ、こおり、みずタイプである。

 しかし草刈機も冷蔵庫も目の前で破壊され、残る洗濯機もホルードの背後だ。

 

 

 

 ───どうする?

 

 

 

「ホルゥァ!」

 ホルードはロトムを見付けると臨戦態勢になって走ってくる。

 ポケモンを持っていないクリスなんて眼中になく、ロトム向けてマッドショットを放った。

 

 ロトムが狙われていては、洗濯機にロトムを導くのは難しい。

 しかしクリスには戦えるポケモンが居ない。

 

 

 ───どうする?

 

 

 

「ロト!」

 扇風機の羽を回して空気の固りを発生させ、マッドショットを相殺するロトム。

 次に10まんボルトを放つが、ホルードにはまるで効果がなかった。

 

 ロトムは自分の攻撃が通らない事を知らないのか?

 

 

 それだとタイプ相性が有利なフォルムも分からないのだろう。分かっていたら初めからそのフォルムで戦うか逃げていた筈だ。

 

 

 ホルードはクリスの事など気に留めずにロトムに近付いてアームハンマーを繰り出す。

 扇風機は粉々に砕けて、ロトムは中から出て来るしかなかった。

 

 それでもクリスの前から退かないのは、彼を守る為なのだろう。

 そういう性格らしい。よく見ればこれまで追いかけられ続けて身体はボロボロだった。

 

 

「ロトム……」

 そんな姿を見せられて黙ってみている程、クリスも根性無しではない。

 

 幸いにもホルードのトレーナーはここには居なくて、現場には勝機が残されている。

 後はロトムをどう洗濯機に入り込ませるか、だが。───答えは既に出ていた。

 

 

 

「いけ、ヒートロトム(・・・・・・)

 クリスがそう言った瞬間、ホルードの前を電子レンジが通過する。

 ただそれはロトムが入っている訳ではなく、小さなゲンガーが持ち上げているだけの───ただの電子レンジだ。

 

 

 しかしホルードには電子レンジが陰になってゲンガーが見えず、独りでに動く電子レンジにロトムが入っていると思い込む。

 これが近くにトレーナーがいたなら仕掛けにも直ぐに気が付かれていたし、すぐ近くに居るロトムに攻撃する指示を出されていたかもしれない。

 

 しかし件のトレーナーは今、信用出来る先輩と交戦中だ。

 

 

「ロトム、君がここの人達を守る為に逃げなかった事を前提で話すのを許して欲しい。あのホルードを倒すのに僕も協力する、力を貸してくれ」

「……ロト?」

 ロトムは突然話し掛けてきたクリスを眺める。

 まるで品定めをしていたかのようなロトムは、少し間を置いてから勢い良く縦に揺れた。

 

 

「いい返事が聴けて何よりだ」

 ホルードは、未だにゲンガーが持ち運んでいる電子レンジを追い掛けているのを確認。

 そうしてからクリスは携帯電話端末──ポケギア──を手に持って「ちょっとこの中に入ってくれないかな?」とロトムに提案する。

 

 

「意図を読むのが早いね。君を洗濯機のすぐ側に送り届けるから、合図と同時にハイドロポンプを頼むよ」

 素直にポケギアに入り込んだロトムを見ながら、演習じゃないけどもう少し体力と瞬発力は鍛えた方が良いかもしれない。そんな風に苦笑した。

 

 そしてクリスは間髪入れずに床を蹴る。目指すは洗濯機だが、その中央ではホルードが電子レンジを追い回している。

 

 

 ───それを突破するには?

 

 

「ホルゥァ!!」

 突然動き出したのを見て、ホルードはクリスに両耳を向けた。

 威圧感。しかしクリスはこの距離からなら自分でも届くと、ポケギアを洗濯機に向けて投げ付ける。

 

 

 

「いやぁ、近くで見ると顔だけは可愛いんだね。凄く怖いけど」

「ホルゥァ……?」

 不敵な笑みを浮かべるクリスと、突如動きが止まった電子レンジ。そしてその陰から顔を覗かせるゲンガーを見て、ホルードが気が付いた時には遅かった。

 

 

「君の敗因は、トレーナーが居なかった事だよ。───ロトム、ハイドロポンプ!!」

「ホルゥ───」

「───ットォ!!」

 振り向くと同時に、洗濯機から放たれた高圧水流がホルードを襲う。

 

 

 効果は抜群だ。

 

 

 三度のせいなるつるぎを受け、ハイドロポンプまで受けたホルードはいくら途中できのみを使い体力を回復していたとしても体力が底尽きる。

 クリスの真横に倒れこむホルード。それと同時にその現場に辿り着いたのはホルードのトレーナーではなく───クリスの先輩、ブライだった。

 

 彼は辺りの惨状を見て頭を抱えるが、無事な後輩を見るや頭を掻きながらクリスに近付く。

 

 

 

「……倒せたのか」

「演習を無駄にするな、でしたよね。大勝利ですよ、先輩」

「もう少し余裕を持って戦えるようになれ」

「これでも頑張ったんですよ……?」

 倒れ込んだまま片手を上げる期待の新人を見て、ブライはただ不敵に、短く笑った。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「……なんて日だ」

 本部に輸送される立て籠り事件の犯人を見送りながら、ブライは頭を抱える。

 

 

 非番の日の筈が新人の演習を任され、家電屋の騒動に巻き込まれ、ポケモンセンター立て籠り事件に巻き込まれて、彼にとっては散々な日だ。

 

 しかし、隣で疲れ果てて座り込んでいる新人の今後を期待すると、少しは今日の災難も薄れる。

 これが成長したら国際警察の負担も少しは減るのではないだろうか? そんな期待が出来る後輩だった。

 

 

「なぜロトムだと分かったんだ?」

「色んなヒントはあったんですけど、僕はゴーストタイプの事だけは他よりちょっと詳しくてですね。だから運良くピンときたといいますか」

 ニダンギルをクリスにプレゼントしてくれたとある人物を思い出しながら、クリスはブライにそう答える。

 

 ブライは小さく「そうか」と呟いてから、ポケモンセンターの中を覗き込んだ。

 

 

 センターは関係者以外立ち入り禁止になり閉鎖されているが、広場に設置されたテレビは利用者が居ないにも関わらずに番組を流している。

 

 

 

「悪党があそこまでする理由が確かにあるポケモンだ、ロトムは」

 ロトムはその特性上狙われる事が多い。

 

 このまま放置すれば、またロトムを狙った事件が発生する可能性もあり───さらに巷で噂の家電関連のトラブルもあのロトムが原因となれば、何か手を打つのも彼等の仕事だ。

 

 

「あのロトムどうしましょうね……?」

 クリスもそれは分かっていたので、先輩であるブライにそう尋ねる。

 

 

 二人はそんな事を話しながらセンターの中に入って、件のロトムの様子を見た。

 ロトムはテレビの中に入って、とある番組を視聴している。番組は『アローラ探偵ラキ』という探偵物のドラマで、今はエンディングが流れていた。

 

 

「なんだこれ」

「アローラ地方でやってるドラマの輸入版ですね。あっち特有の変なフレーズもあって結構人気なんですよ」

「……お前も見るのか?」

「ファンです」

 警察が探偵のファンになってどうする。そんな事を思いながらクリスを見ていると、テレビの中から満足気な表情のロトムが現れた。

 

 縦横斜めに飛び回って、随分とご満悦のようである。

 

 

 

「このロトム、ラキの大ファンだったんじゃないかしら?」

 二人の前に来てそう言うのは、このポケモンセンターのジョーイだった。

 

「は?」

「あー、なるほど」

 その話を聞いて意味が分からないと眉間に皺を寄せるブライと、納得の表情をするクリス。

 全く理由が分からずに、ブライは二人が話し始めるのを待つ。

 

 

「ラキの先週のお話が、勝手に動き出した冷蔵庫が人を襲ったっていう事件で今さっき放送されていたのがその解決編だったんだけど」

「僕はあれ最初、犯人はロトムを持ったトレーナーだと思ってたんですけどね」

「あ、私もー!」

「待て、意味が分からん」

 突然ロトムの話からドラマの話になり、付いていけなくなったブライは小さく溜息を吐いた。

 

 早く帰りたい。

 

 

「でも今日の放送で犯人はユンゲラー使いのトレーナーだった訳だけど。……この辺りで電化製品が動き出すトラブルがあったのは、先週のラキの放送直後からだったのよね」

「なるほど、ラキに影響されて家電でイタズラしていた訳ですか」

 クリスのそんな推理にロトムはご機嫌にも飛び回る。

 

 

 それを見たブライは不敵に笑い、クリスの肩を叩いた。

 

 

 面倒事は後輩に任せよう。

 

 

 

「……ブライさん?」

「お前、そのロトム捕まえろ」

「ぇ」

 クリスの手に乗せられる、一つのモンスターボール。

 

 

 ブライの言っている意味が分からないクリスではなかった。

 

 再び襲われる可能性もあるロトムの保護。それを買って出ろという事だろう。

 

 

 

「お前はポケモンバトルもまだまだで、正直ポケモンの保護は出来てもホルードを倒せるとは思っていなかった」

「酷くないですか……?」

 この先輩はかなりズバズバ言う人間だ。苦笑いしながら、しかしクリスは彼の言葉の続きを待つ。

 

 

「だがお前はニダンギルにゲンガー、そしてこのロトムと協力して俺の予定以上の結果を出した。……きっと良いパートナーになる」

 ブライはそう言ってから、テレビの方を見て「良く分からん趣味も合いそうだしな」と付け足した。

 

「ロト! ロト!」

 それを聞いたロトムは嬉しそうに飛び回る。まるで歓迎しているようだ。

 

 

「ロトム……。……僕で良いなら、君を保護させて欲しい───いや、これから君と一緒にラキのように事件を解決したい」

 そう言いながら、クリスはモンスターボールをロトムに突き出す。

 それに答えるように、ロトムはモンスターボールにたいあたりして自らその中へと入っていた。

 

 

「……ロトム、ゲットだぜ。……なんて」

 ───これが、彼とロトムの出会いである。

 

 

 こうしてポケモンセンター立て籠り事件は幕を閉じた。

 

 

 

 演習の結果で評価出来る点は少なかったが、推察力や実戦での行動力も大した物である。

 

 新人を車に乗せるブライは、いつか近い未来に彼と共闘する事もあるだろうと期待を持ち。

 先輩の車に乗るクリスは、一人で悪党を倒してしまった優秀な彼にいつか追い付きたいと憧憬した。

 

 

 

 二人が本部に着く前に、車酔いをした運転手が何度も車を止めたのはまた別のお話。




コラボ回ここに完結! コラボしてくださったありあさん、ありがとうございます。ありあさんの方の「虹色の炎」も是非是非。

クリスとロトムの出会いでした。ちょっとした伏線も貼ってたり。
リレー形式で書いてたんですけど、中々大変でしたね。難しかった。でも、楽しかった!またやりたいね。


さて、ここでお知らせです。
コラボしてくださったありあさんとポケモンサンムーンで書け(賭け)バトルをして負けたので、今日から三日間連続更新しまーーーす w w w

あーーーーーのやろぉぉおおお!!!

クリスはブライにはまだ勝てないね。とりあえず、コラボありがとうございました。


それでは、また明日()


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【一章三節】夕暮れ──三匹は己の主人を見極める
ポケモンどろぼうは誰だ!?


「さて、と。そろそろ行こっか。この先のククイ博士っていう人の家に行けばいいんだっけ?」

 喫茶店で少し時間を潰して、心を落ち着かせてから少女──シルヴィ──は席を立った。

 

 

 しかし、会計を済ませる少女の表情は少し暗い。

 

 

 これからの事、そしてあの時の事(・・・・・)を考えると、どうしても気分は晴れない。

 クリスにあの時の事をいつ、どう話すか。話したらどうなってしまうのか? そんな事ばかり考えてしまう。

 

 

 

「……考えても仕方ない!」

 それでも、じっとしていたって何も始まらない。

 彼女は次の一歩を踏み出す為に、店の外に飛び出した。

 

 

「よーし、行───」

「警察だ! シルヴィだな? ククイ研究所からポケモンを奪った罪で逮捕する。ご同行願おう!」

 しかしシルヴィが店を出た瞬間、突然現れた警察官に腕を掴まれ手錠を掛けられる。

 

「───はい?」

 シルヴィは警察官の言葉が全く理解出来なくて、その場で固まった。

 

 

 ポケモンを奪った罪……?

 

 

「え?」

 全く身に覚えがない。

 

 

「逮捕だ!」

「えぇぇええええ?!」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「少し休みたいな……」

 アーカラ島でのR団とのバトル。翌日にショッピングモールの停電事件に、その報告書。そしてシルヴィの取り調べ。

 

 

 クリスは頭を抱えながらホテルに足を向ける。

 仮眠は取ったが、流石にもう身体が限界だ。

 

 

「あ、クリスさん!」

 しかし、そんなクリスの事を呼び止める声。

 

 振り向けばそれはアローラの警察官で、困ったような表情でクリスに駆け寄ってくる。

 正直逃げ出したかった。もう身体は動かない。勘弁してくれ。

 

 

「ど、どうかしましたか?」

「ククイ研究所でポケモンの盗難事件がありまして。……お力を貸して下さいませんか?」

 表情を引攣らせて問い掛けるクリスに、警察官は淡々と事情を説明した。

 

 ポケモン泥棒。

 人のポケモンを奪うという行為は許されない。

 

 

 大切な存在を失うという事は、その生死に関わらず辛い事だと彼は知っている。

 

 

 だから、その事情だけで彼の眠気は吹き飛んだ。

 

 

「……案内してください」

 犯人を必ず捕まえる。表情を切り替えた彼は、決意を胸に警察官の後を追う。

 

 

 この事件が終わったら、僕は寝るんだ。そんな決意を胸に。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ククイ研究所。

 

 

 メレメレ島の海岸沿いに建てられたその一軒家は、何があったのか疑問に思う程の修繕された後がいくつもある。

 まるで家が何度も破壊されたかのような光景だ。

 

 ククイ博士はポケモンの技について研究している。

 研究の為に技を自ら受ける事も多々あり、家の修繕の後は全てコレが原因だった。

 

 

「……失礼します。現場はこの研究室でい───」

 家の外でも警察官が何人か検分をしていて、彼等に挨拶を済ましたクリスは扉を開けて現場に向かう。

 

 そこで彼が見たのは───

 

 

「だ、だから私じゃないんですってぇ!」

 ───ついさっき別れたばかりのシルヴィだった。

 

 デデンネとクチートはあたふたしていて、フライゴンはどうしたら良いのか分からずにただ窓の外を眺めている。なんだこれは、どういう状態だ。

 

 

「証拠は上がってるんだ。この監視カメラに映ってるのは確かにお前だろう?!」

 机の上に乗ったパソコンを指差しながら、一人の警察官が怒鳴る。

 全く状況が理解出来ないクリスは、手近な所に立っていた警察官に状況説明を求めた。

 

 

「昼間、ククイ博士が出掛けている間にモンスターボールに入った三匹のポケモンが盗まれました。犯行時間は十二時から十三時までの一時間。そして監視カメラの映像を見ると、彼女の姿が映っていたんです」

 説明を聞いてパソコンの画面を見ると、確かに画面にはシルヴィの姿が写っている。

 彼女は室内に侵入すると、なんの躊躇もなく机の上に置いてあった三つのモンスターボールを手にとって研修室を後にしていた。

 

 

「これは……」

「クリスさん。彼女、自分はやってない。その時間は国際警察のクリスさんと話をしていたと供述しているんですが、事実ですか?」

「そうですね。事実です」

 クリスはただ事実を述べる。

 

 では、この映像に映っている少女は何者なのか?

 

 

「クリスさん! 助けて下さーい!」

「大丈夫、君の無実は僕が証明出来るから」

 しかし問題は映像の方だ。いくらクリスが口で言った所で、映像として証拠に残っていれば証言は無駄になる。

 

 ならばそれを覆す証拠が必要だ。

 

 さて───

 

 

「考えられる可能性は三つか」

 一つは、犯人がシルヴィに変装している。

 

 もう一つは、映像が改竄されている。

 

 最後にポケモンの力による幻影。

 

 

「ロトム、改竄の可能性を調べてくれ」

 モンスターボールから出たロトムは短く笑いながらパソコンの中に入る。

 一瞬で出て来たロトムは、身体を横に振って改竄はなかったと主張した。

 

 

「となると……映像からはこれ以上情報は得られないな」

 変装だとしたら完璧過ぎるというくらいか。

 

 服装も同じ。どう見てもシルヴィにしか見えない。

 

 

「部屋に鍵は?」

「いや、それが掛けてなかったんだ。僕とした事がドわすれ(・・・・)していたみたいでね」

 そう答えたのはこの家の主、ククイ博士。

 

 上半身半裸の上に白衣を着るという特徴的な格好をした褐色肌の男性は、頭を抱えて表情を曇らせる。

 

 

「と、なると侵入は簡単な訳か……」

 犯人を絞る事が難しい。

 

 もう少しヒントが欲しいが。

 

 

「盗まれたポケモンは?」

「ニャビー、モクロー、アシマリの三匹だよ。元々は今日から島巡りに向かう女の子に渡す為に用意した三匹だったんだが……」

 アローラ地方の初心者用ポケモンという事か。

 

 それを三匹共奪うとは。

 

 

「……その女の子は?」

「朝方来るって話だったんだけど。結局昼になっても来なくて、僕は一旦買い出しに向かったんだ。……そういえば、まだ来てくれてないな」

 盗まれたのは用意されていたポケモンだけ。ポケモンが用意されていた事を知っている人物は少ない筈だ。

 

 犯人の目的は初めから三匹のだったのだろう。

 

 

 ……まさか。

 

 

「その子、どんな子ですか?」

「ん? えーと、クチナシさんからの推薦で、ウラウラ島に居たリアって名前の女の子としか聞いてないな」

「え、リアちゃん?!」

 その言葉に反応したのはシルヴィだった。

 

 

「……知り合い?」

「えと、昨日の夜にクリスさんがモールの外で話し掛けてくれましたよね? その時に横にいた女の子なんですけど……」

 その後シルヴィは「アローラに来てから始めて友達になった女の子で」と補足する。

 

 

 クリスの脳裏に映るのは、シルヴィに話し掛けた時に彼女の後ろに隠れてしまった幼い少女の姿だった。

 

 

「あの子か……」

 流石にあんな小さな子が泥棒を働くとは思えないが……。と、なると何者かに利用されている?

 リアという女の子は今朝方来るという話だったが、まだ姿を現していない。

 

 何かの事件に巻き込まれている可能性もある。

 

 

 彼女が犯人という可能性もあるが、本来貰えるポケモンを態々奪っていく理由も分からない。

 

 

 

「……あの子、どんなポケモンを持っていたか分かるかな?」

「えーと、デルビルに……あと、ゾロアとゾロアークでした」

 しかしその名前を聞いて、クリスの中で答えはひっくり返った。

 

 

 利用されているという可能性もあるが、犯人は───

 

 

「───犯人は多分、そのリアって子ですね」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「くっふっふ、くはは、かーっはっはっは!!」

 メレメレ島。郊外にて、一人の少女が高らかに声を上げる。

 

 

「ポケモン盗んでやったぞーーー!」

 大声で犯罪宣言を叫ぶのは、件の少女──リア──だった。

 

 片手を上げて満面の笑みを浮かべる少女の後ろには、ククイ研究所から盗んだ三匹のポケモンがいる。

 

 

 

 首を九十度横に傾け、状況を全く理解していないのはくさばねポケモン───モクロー。

 くさ、ひこうタイプを持つ鳥ポケモンで、薄茶色の体色に胸元の蝶ネクタイのような緑色の模様が特徴的だ。

 

 そのモクローの背中で身体を震わせて怯えているのはあしかポケモン───アシマリ。

 青い体色と尾びれのように進化した後ろ脚、水掻きを持つ前脚が特徴のみずタイプのポケモンである。

 

 

 そして、大声で叫ぶリアを横目で見ながら身体を丸めるのはひねこポケモン───ニャビー。

 黒に赤が混じった体色で、ほのおタイプのポケモンだ。

 

 

 三匹はこのアローラ地方で初心者用ポケモンとして馴染みのポケモンである。

 腰に手を置いて、リアは満面の笑みで三匹を見下ろした。

 

 

 これからどうなってしまうのか?

 

 おくびょうな性格なのだろう。アシマリは号泣しながらモクローに抱き着くが、モクローはただ首を左右に傾けるだけだった。

 

 

 

「真スカル団、初めての悪事はポケモン泥棒! まぁ、元々貰う予定のポケモンだけど、欲張りな悪党は全部貰って行くのが普通だ。うん」

 満足気に盗んだポケモンを眺めては、彼女はこれからどうするか考えてみる。

 

 とりあえずこの三匹を強くして、まずは妥当メレメレ島のキャプテン───イリマ。

 そう計画して、早速盗んだポケモン達の調子を見ようとしたその時だった。

 

 

「国際警察だ、ボールを全部床に置いて両手を上げろ!」

 突然背後から聞こえた声にリアが振り向くと、金髪の少年がリアの元に向かって走ってくる。

 

 ゾロアークに幻影を使わせて、犯人をシルヴィに見せ掛けようとしていたのにもうバレたのか?

 焦って腰のモンスターボールに手を向けるが、背後からニダンギルがそれを止めた。

 

 

 いつのまに?

 

 そう思うと同時に、金髪の国際警察──クリス──の手元にモンスターボールの着いたふといほねが回収される。

 

 

 ほねブーメラン……?

 

 

 

「やべ……どーしよ」

 彼女自身のポケモンであるデルビルも、主人の動きが止められている以上動く事は出来ない。

 

 ぞろぞろと向かって来るのは当事者のククイ、国際警察のクリス、そしてリアの知り合いだと言っていたシルヴィだった。

 

 

 

「おー、ニャビーにモクロー、アシマリ。全員無事だったか!」

「リアちゃん、この子達を盗んだのは本当にリアちゃんなの?!」

 ククイが三匹の無事を確認する横で、シルヴィはリアにそう問いかける。

 リアの事を優しい子だと思っていたシルヴィには、その事実が信じられなかった。

 

 

「……まぁ、今更隠しても仕方ないか。……私は真スカル団! 島巡りなんて風習はぶっ壊す為にそいつらを盗んだ! 悪いか!」

「悪いよ?!」

 シルヴィが冷静にツッコミを入れる横で、クリスが握った腕を震わせながら足を一歩前に出す。

 それにアシマリが怯えて号泣するが、気にせずにクリスは口を開いた。

 

 

「悪いか……だって? 元々人に渡すポケモンとはいえ、君はそのポケモン達を奪ったんだぞ。その事実は何も変わらない。君もポケモントレーナーなら、自分のポケモンが奪われたらどう思うか───考えないのか?!」

 声を上げるクリス。怒りの篭った声にリアは表情を引攣らせて後ずさる。

 

 十一歳の少女に、そこまでの罪の意識は無かった。

 ただ、元々貰える物を余分に貰っただけ。

 

 

 ちょっと悪い事、狡い事だとは思ったが、そこまで悪い事だとは本気で思っていなかったのだ。

 ただ、ちょっと悪さをする自分格好良い。その程度の感覚だったのだろう。

 

 

 

「そ、それは……。い、いや、だって───」

「言い訳は良い。話は署でたっぷりと聞くよ」

「く、クリスさん?!」

 ポケットから手錠を取り出したクリスに驚くシルヴィ。

 

 しかし、そんな彼を止めたのは誰でもない───被害者のククイだった。

 

 

「まぁまぁ、子供の可愛いイタズラだよ。三匹も無事に戻ってきたんだ、僕は彼女をどうこうしようなんて思わないさ」

「な……博士! 子供だからってやって良い事と悪い事が!!」

「彼女は三匹を悪事に使おうとも売り捌こうとも思っていなかった。ただ、三匹と一緒にこれから高め合って進んでいこうと思っていた。……そうだろう?」

 リアに近付いて、彼女の頭を撫でながらククイはそう言う。

 

「でも、ごめんな。これは決まりでもなんでもないんだが、君に渡せるポケモンは一匹だけなんだ。……どうか慎重に選んで、そいつとゼンリョクで旅をして欲しい」

「わ、私は……う、ぐぬ……ぐぬぬ……」

 ククイの言葉を聞いたリアは俯いて、小さく「ごめんなさい」と呟いた。

 それを聞いて満足したのか、ククイは道を譲って三匹を彼女に見せる。

 

 

 

 モクロー、アシマリ、ニャビー。好きなのを選ぶと良い。

 

 名前を呼んで、君の事が気に入ってくれればポケモンの方から君の所に来るよ。

 

 

 

「待ってくださいククイ博士。ポケモン泥棒は立派な犯罪です!」

「───っ、シャマァ?!」

 声を上げるクリス。しかし、それに反応したのはさっきから泣き叫んでいたアシマリだった。

 

 クリスの声に驚いたアシマリは全力で走って逃げてしまう。アシマリを背もたれにいつのまにか寝ていたモクローは、そのままコロコロと地面を転がった。

 

 

「おわ?! アシマリ!」

「しまった……」

 大声でおくびょうなポケモンを怖がらせてしまった事を後悔しながら、クリスは逃げていくアシマリを追いかける為に歩き出す。

 いくらアシマリが本気で走ろうが、どう考えても走るのに適していない身体で、人が走れば簡単に追い付く速さだ。

 

 だから怖がらせないようにゆっくり近付こうとしてしたのだが、そんなクリスの脇を一匹の野生ポケモンが通り過ぎる。

 

 

「───ガバッシャァ!」

 自らの胴体と同等の大きさを誇るカラフルな巨大な嘴。

 黒い体色をしたノーマル、ひこうタイプのポケモン。

 

 おおづつポケモン───ドデカバシ。

 

 ケララッパの進化系である大型の鳥ポケモンだ。

 

 

 

「な───」

「オゥォァッ?!」

「ガバシャ……ッ!」

 走っていたアシマリだが、空を飛ぶポケモンには止まっているように見えただろう。

 ドデカバシはその巨大な嘴でアシマリを捕まえ、一瞬でアローラの空に消えてしまった。

 

 

「あ、アシマリ!! ───っく、ウォーグル頼む!」

「そ、そんな……」

 ククイは同じ鳥ポケモン──ウォーグル──を放ち、シルヴィは目の前で起きた事に絶句する。

 クリスはただ、何も出来なかった事を後悔した。

 

 

 

「ど、ど、どうしよう?!」

「大丈夫だ、落ち着けシルヴィ。僕のウォーグルが追っている。……とにかく、後を追おう」

 ウォーグルが飛んで行った方角を向いてククイはそう言う。

 

 シルヴィも後を追うが、クリスはその場に止まって固まっていた。

 

 

 

「……ぼ、僕のせいで……アシマリが」

 ポケモンがポケモンを連れ去る理由なんて数は少ない。

 

 このままではアシマリの命は……。そう考えると何も出来なくなってしまう。

 

 

「あんた何してんだよ!」

 そんなクリスに声を上げたのはリアだった。

 

 彼女は真剣な表情で、クリスを見上げながら言葉を繋げる。

 

 

「このままじゃあいつ、死んじまうかもしれないぞ!」

「───……っ。も、元はといえば君がポケモンを盗んだのが悪いんだぞ!」

「んな事は分かってるけど、今はそういう問題じゃないだろ! 私が悪い事したのは分かったから、捕まえたいなら後で勝手にしろよな! でも今はそうじゃないだろ! 大切なのはあいつの命だろ!」

 そう言って、リアはククイを追い掛けた。

 

 ニャビーがその後を追いかけて行く。残っているのは寝ているモクローと、クリスだけだった。

 

 

「……そんなにポケモンの事を大事に出来るなら、盗んだりして欲しくなかったよ。……はぁ」

 疲れていたのもあるかもしれない。少し冷静じゃなかったと思う。

 

「ほら、君の友達を助けに行くよ」

 溜息を吐いてから、クリスは残されたモクローを抱き抱えて走り出した。

 

 

 

 あのアシマリは必ず助ける。そう心に決めて。




さてさて、一章三節開幕でございます。
連れ去られたアシマリはどうなってしまうのか?

展開がポケモンっぽくなってきましたね。

明日も更新します(白眼)


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現実は少年においうちをかける

「あいつ、どこ行った?!」

 走る事十数分。立ち止まっていたククイに追い付いたリアが、声を荒げながら問い掛ける。

 

 

 ククイは瞳を閉じて首を横に振った。どうやら見失ったらしい。

 ウォーグルも既にククイの横で俯いていて、しかしククイはそんなウォーグルを責める事なく頭を撫でた。

 

「お前は悪くないさ。良くやってくれた。……悪いが、付近を飛び回って探してきてくれないか?」

「ウォゥ!」

 ククイの頼みで、ウォーグルは再び翼を羽ばたかせて空を飛ぶ。

 

 

 そんなウォーグルを見送ってから、リアは小さく「ごめんなさい」と呟いた。

 

 

「……わ、私のせいでアシマリが」

「君は、ポケモンの事をとても大切にしてるんだね」

「あ、当たり前だろ! ポケモンは家族なんだから!」

 そう言うリアの声は真剣そのもので、ククイは彼女を見ながら口角を小さく上げる。

 

 

「な、何がおかしいんだよ!」

「いや、可愛いポケモンどろぼう(・・・・)だと思って。ちなみに、リア……もう貰うポケモンは決めたのか?」

「今そんな事言ってる場合じゃないだろ!」

「そうだな。その件はさきおくり(・・・・・)だ。今はアシマリを探そう」

 しかし、アシマリの手掛かりはない。どうすれば良いのだろうか? リアは頭を抱え込んで悩んだ。

 

 答えは出てこない。

 

 

「ねぇ博士、アシマリってニャビーとモクローとずっと一緒に居たんですよね?」

 シルヴィはそんな事を唐突に聞く。

 

 ククイは首を傾げながらも「あぁ、そうだが?」と短く答えた。

 

 

「だったら、鼻の効くポケモンにニャビーの匂いを嗅がせたら匂いを追えないかな?」

「ん、それは良い考えだな!」

 少女の提案にククイは賛同して付いてきていたニャビーを抱き上げる。

 ニャビーは不機嫌そうだが、抵抗する事はなかった。

 

 

「リア、デルビルはどうだい?」

「行けるか?」

 リアの問いにデルビルは短く、活気よく鳴いて首を縦に振る。

 その横ではデデンネが「任せろ」と言わんばかりに指を立てていた。

 

 

「……ニャ」

 二匹に詰め寄られ、ニャビーは眉間に皺を寄せる。

 しかしそれもすぐに終わって、デルビルは太陽の方角を向いて吠えた。

 一方でデデンネはその真逆をドヤ顔で指差す。

 

 

 走り出したデルビルに迷う事なく付いて行く三人。クチートは笑いながら彼の横を通り抜け、フライゴンは肩を叩いてから固まったままのデデンネを摘み上げて走った。

 

 

「あっちは海だがな……」

 ククイはそう小さく呟くが、視界に彼のウォーグルが映り疑いは晴れる。

 ウォーグルは三人の上空を数回旋回してから、デルビルが走る方へと翼を羽ばたかせた。

 

 

 

「ウォーグルも見つけていたか、近いぞ!」

「おっさん、あれ!」

 リアが海岸の崖を指差しながら声を上げる。

 

 ククイは「おっさん?!」と表情を引攣らせるが、少女の指差す方角を見て表情を真剣な物に切り替えた。

 

 

「あんな所に巣が……」

 切り立った崖の側面に、ククイは鳥ポケモンの巣を見付ける。

 木の枝等で作られたその巣には、遠目でも分かる青い小さなポケモンの姿が見えた。

 

 

「アシマリ、あそこに居るよ?!」

 シルヴィもそれに気が付いて声を上げる。

 

 

 見付けたのは良いが、とても楽観できる状況ではなかった。

 

 

 崖の下は海だが、目測でも高さは五十メートル以上。

 いくらみずタイプのポケモンといえ、下が海だろうがその高さから落ちれば無事では済まないだろう。

 

 

 近くにドデカバシの姿が見えない事だけが救いか。

 

 

 

「ど、ど、ど、どうしよう?!」

「ウォーグルになんとか掴んで連れて来て貰うか……。とりあえず、崖の上に行こう」

 ククイの提案で、三人は崖の上に。

 

 

 そこで待っていたのは、海の方を見ながら腕を組んで立っているクリスだった。

 

 

「クリスさん?」

「……あ、シルヴィ達か」

 残念そうな表情で振り向くクリス。

 その脇ではモクローがクリスと同じポーズで立っている。

 

 

「クリス君、まさか先に来ているとはね」

「風下に限定して鳥ポケモンが巣を作りそうな場所を探したんです。すみません、モクローにも手伝ってもらいました」

 そう言うクリスの横で、モクローはを片翼を上げて「ホルォゥ!」と元気に挨拶をした。

 

 

「風下……?」

「うん。ドデカバシは何の迷いもなくアシマリをさらっていったから、初めから狙いをつけていたんじゃないかと思ってね。つまり、アシマリの臭いが向かう方向、風下」

 そう言ってからクリスはモクローの翼を指差す。

 

 その翼に生えた軽い羽毛は、僅かだが海に向かって吹く風になびいていた。

 

 

「ふぇ〜……」

「よく分かってないな……?」

 だが、シルヴィは理解出来ずに頭を横に傾ける。そんなシルヴィを半目で見てから、リアはクリスに「アシマリは?」と問い掛けた。

 

 

「この下に居る。ただ、ちょっと厄介な状態だ」

「厄介……?」

「アシマリがとても怯えてて、近付けない」

 そう言われてから、リアとシルヴィは気を付けながら崖の下を覗く。

 視界に映るのは、今すぐにでも落ちそうな程震えるアシマリの姿だった。

 

 

「あれ、近付いたらビックリして落ちそうだな……」

「モクローが近付いただけでも足を滑らせそうになってたから、あまり刺激しない方が良い。救助隊を呼んだから、今は様子を見守ろう」

 クリスはそう言うと、リアをじっと見詰める。

 

 

「……な、なんだよ。アシマリは見付けたから私を逮捕ってか」

「よく考えたら君の年齢じゃ逮捕はされないよ。ただ、どうして盗んだのかを聞きたくて」

「そりゃ───」

「三人共! あれ!」

 リアの言葉を大声で遮るシルヴィ。

 

 その視線の先には、アシマリを攫ったドデカバシの姿があった。

 ドデカバシは真っ直ぐにアシマリの元に飛んでいく。

 

 

 

「……っ、戻ってきたのか」

 このままではアシマリの命が危うい。

 そんな事はこの場に居る全員が分かる事で、全員が同じ気持ちを持っていた。

 

 

 ───アシマリを助ける。

 

 

「ウォーグル、頼む! クリス君、モクローへの指示を!」

「分かりました。モクロー、もう少しだけ力を貸してくれ」

 ククイとクリスの指示で、ウォーグルとモクローが空を飛んだ。

 

 それに気が付かないドデカバシではなく、直ぐにスピードを落として臨戦態勢に入る。

 

 

「シルヴィ、フライゴン達とこれ持て」

 そう言ってリアがシルヴィに渡したのは、太いロープだった。

 彼女はそれを自分の腰に巻き付けて、逆側の端をシルヴィに手渡す。

 

「わ、私が行こうか?」

「お前どう見ても運動神経無いだろ。私が行く。……それに、アシマリが捕まったのは私のせいだし」

 そう言うとリアは崖の下の足場を確認しながら、ゆっくりと崖に身体を下ろした。

 そんなリアを、ニャビーが足場を探しながらゆっくりと追い掛ける。

 

 

「……なんだ、付いてきてくれるのか?」

「……ニャゥ」

 そんなニャビーを見て、ククイは少し疑問を感じていた。「あのニャビーが他人に着いて行くなんて」と。

 

 

「ガバァァッシ!」

 自らの縄張りへの侵入者を見つけ、ドデカバシは攻撃の準備に入る。

 クチバシ先にエネルギーを集中し、大きな岩を形成してそれを放つ──ロックブラスト──だ。

 

「まずい、避けろウォーグル!」

「モクロー!」

 左右に分かれる二匹の鳥ポケモン。しかし、連続して放たれるロックブラストは四発目でモクローを捉える。

 

 

「モクロー!」

「……って、まずいな」

 さらに、ロックブラストは崖の側面にも当たり崖を揺らしていた。

 揺れる足場にアシマリは大泣きになり、リアもバランスを崩しそうになって前に進めない。

 

 

「リアちゃん!」

「このくらい大丈夫だから、ちゃんとロープ持ってろよ!」

 しかし、そんな事を言うリアの背後で今度はドデカバシがタネマシンガンを放つ。

 大量のタネがリアを襲う一瞬前、タネマシンガンは彼女の真上で放たれた炎によって掻き消された。

 

 

「ニャビー……お前、かえんほうしゃ使えたのか」

「……ニャ」

 そんな事はどうでも良いから早く行け。まるでそう言っているかのようなニャビーに答えるように、リアは不安定な足場を降りる。

 

 アシマリの居る巣まで五メートル程だが、その五メートルがとても長く感じた。

 

 

「ウォーグル、出来るだけドデカバシの気を引くんだ!」

 今はドデカバシの気をそらして、リアがアシマリを助けるのを待つしかない。

 

 崖の上ではリアのポケモン達も、流れ弾をかえんほうしゃで防いでいる。

 しかしどうしても全てを防ぎきる事が出来なくて、崖が崩れてアシマリが落ちるのも時間の問題だった。

 

 

「ドデカバシの動きを止めなければ。……ウォーグル、ブレイブバードだ!」

 ククイの指示でウォーグルは翼を広げ、旋回しながらドデカバシに突進する。

 

「ガバァァッシ!」

 しかしドデカバシはすかさずロックブラストを放ち、向かってくるウォーグルを弾き飛ばした。

 

 

「ウォーグル!」

「かなりレベルの高い個体なのか……? これ以上は───ロトム、10まんボルト! ニダンギル、ラスターカノン!」

 これ以上はアシマリが危険の為、攻撃させたくない。

 

 クリスは一気に勝負を決める為に、自分のポケモン二匹に指示を出す。

 

 

「ちょ───クリス君待て!」

 ククイはそれを制止しようとするが、既に遅かった。

 二匹のポケモンはドデカバシ向けて高威力の遠距離技を放つ。

 

 技はドデカバシに直撃するが、距離もあり倒し切る事は出来なかった。

 

 

 

「───ガバァァッシ!!」

 そうなればドデカバシが次に狙うのは───勿論崖の上にいるロトム達。

 

 特性──スキルリンク──で最大限の力を発揮するロックブラストが崖の上に向けて放たれる。

 これまでは流れ弾だったが、直接飛んで来るロックブラストを不利なタイプのかえんほうしゃで弾くのには無理があった。

 

 

「しま───」

「……くっ?!」

「うわぁ?!」

 崖の上にロックブラストが直撃する。

 

 三人やポケモン達には当たりはしなかったが、崖は大きく揺れて崩れ、リアを縛っていたロープは半分千切れ掛けていた。

 

 

 

「うわ、やば、死んだかも……」

 それを見たリアは表情を引攣らせる。

 

 しかし、アシマリまでもう少しで手が届くんだ。なんとか上に投げて、アシマリだけでも。

 

 

「おいアシマリ、いきなり連れ出して悪かったよ。ごめん。ほら、手を握って、助けてやるから」

「ニャゥァ」

 アシマリの側にニャビーが立ち、リアの元へと誘導させる。

 

「シャマァァ……」

 震えながらも手を前に出すアシマリ。しかし、物事はそう上手く行く物じゃなかった。

 

 

 

「ガバァァッ!!」

「またロックブラストが来るぞ!!」

 ドデカバシが再びロックブラストを放つ準備をする。

 周りを飛ぶモクローやウォーグルには興味も示さずに、ただ崖の上のロトム達を狙って攻撃を放った。

 

 

「うわ───ロープ!」

 そして崖に直撃したロックブラストは、リアを縛っていたロープを中間で切断する。シルヴィが掴んでいたロープが急に軽くなった。

 リアは岩場に足を置いていてそのまま落下する事はなかったが、このままでは身動きを取る事が出来ない。

 

 そんな状態で、崩れた崖が頭上に降ってくる。

 

 

「うわぁ?!」

「───ニャゥァ!」

 間一髪。それをたいあたりで砕いたのはニャビーだった。

 

 しかし、ニャビーは衝撃に逆らえずに弾き飛ばされ、重力に吸い込まれ崖から落ちて行く。

 

 

 その手を掴んで、足場から身を乗り出したのはぼぼ反射的だった。

 

 

 後悔する暇もなく、リアはニャビーを抱き締めて衝撃に備える。

 大丈夫だ。私が助けてやる。小さくそう呟いて、彼女は勢い良く水面に叩き付けられた。

 

 

「リア……っ!」

「リアちゃん!! あ、アシマリ、ダメだよ!!」

 被害は終わらない。

 

 崩れて行く崖に巻き込まれて、身動きの取れないアシマリが崖から滑り落ちる。

 間に合わない。そう確信したシルヴィは、水面に飛び込む為に息を止めて姿勢を整え───飛び降りた。

 

 

「お、おいシルヴィ?!」

 直ぐに水飛沫が上がる。

 

 

 二人と二匹は?

 

 

 ククイが確認しようとするが、ドデカバシが再び攻撃を仕掛けてそれを許さなかった。

 

 

 

 

「くそ……っ。だが、こちらも遠慮する必要がなくなったんだ。一気に行かせてもらう。……いけ、ウォーグル!」

 ククイの指示でウォーグルが動く。

 

 これまでは崖になるべく流れ弾が飛ばないように飛んでいたが、もうその枷はなくなった。

 この状態なら互角に戦う事も出来るだろう。それに既に倒す必要もない為、シルヴィ達の救助を邪魔されないように追い返すだけで構わない。

 

 

 ───後は、シルヴィ達をどう助けるかだが。

 

 

「クリス君、ここは僕に任せて君は下に降りてシルヴィ達───クリス君?」

「……ぼ、僕が……僕のせいで……二人が…………アシマリ達が…………そんな」

 クリスは自身のした事の責任に押し潰され、動けなくなっていた。

 

 崖に意識を向けさせてはいけない。

 そんな事は考えなくても分かった筈。

 

 何をしているんだと問い掛ける。何が起きてしまったのかと考える。

 

 

 答えは絶望的だった。

 

 

 

「クリス君!」

「───っ、ぁ、はい、ククイ博士……」

「下に落ちた二人と二匹を助けてくれ! ドデカバシの相手は僕がするから! ……早く!!」

 声を上げるククイに気圧されるように、クリスは後退して崖の下側を目指す。

 

 飛び降りれば数秒でたどり着いてしまうが、普通の道を使えば早くても三分は掛かってしまう道だ。

 フライゴンとデデンネ、クチートを連れてクリスは崖の下に急ぐ。

 

 

 

 そもそもあの高さから落ちれば、無事ではいられない筈だ。

 

 

 

 今から助ける事が出来るのか……?

 

 

 

 僕はあの二人と二匹を殺したのか……?

 

 

 そんな想いが頭を巡る。

 

 

 

「僕は───」

 ───何をしたんだ?




ククイ節を書くのが楽しいです。というか、ククイ博士が好きなのよね。
アニメでは一人称『俺』ですが、ゲームの方を優先して『僕』にしてあります。

さて、クリスが大切な時だけ無能になる悲しいキャラになりつつあります。なんとか挽回して頂きたいね。


また明日も更新しますよ。ポケモンバトルって闇が深いね!


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少女はなみだめで訴える

 信じられない光景が視界に映った。

 

 正直、心の奥底では二人も二匹も助からないと思っていたからである。

 

 

 クリスの視界に映るのは、気絶したリアとニャビー、そしてアシマリを背負って砂浜を歩くシルヴィの姿だった。

 

 

「シルヴィ!」

 クリスが駆け寄ると同時に、彼女は砂浜に倒れる。

 

 一人で全員助け出したのだろうか?

 

 あの高さから飛び降りて?

 

 

「……ぅ、っ……はぁ……はぁ……クリスさん、アシマリが息してない……の……っ。手伝……って!」

 それでもシルヴィはリアとニャビーの呼吸を確認してから、アシマリを仰向けに寝かせて脈を見た。

 心臓も動いていない。怯えたまま不用意な体勢で水面に叩き付けられたからだろう。

 

 

「……アシマリ…………ごめんね……っ。今、助けるから……っ!」

 シルヴィだって無事という訳ではない。それでも、彼女は泣きそうになりながらアシマリに呼び掛けた。

 

 絶対に助ける。そんな強い意志を持って。

 

 

 

「……アシマリ……ぼ、僕が───」

 あの時冷静じゃなかったから、アシマリは怯えて逃げてしまった。

 崖の上でだって、あの状況でロトム達に攻撃を仕掛けたのは失態以外の何でもない。

 

 アシマリは自分が殺したような物だと、クリスはその場に崩れ落ちる。

 

 

「僕は……」

「クリスさん! 手伝って!」

 シルヴィが声を上げるが、クリスはただ呆然とその場に座り込んでいた。

 声なんて聞こえていない。頭の中で大切な友達を失った日の事が何度も繰り返される。

 

 

 ───僕のせいで死んだんだ。

 

 

「クリスさん……っ! 辛いのは分かるけど、今は───」

「……っ、何が分かるだ! 君に何が分かる?! 自分のせいで目の前の命が犠牲になるなんて気持ちが君に分かるのか?! 自分に責任を感じてないからそんな事が言えるんだ!!」

 そこまで言ってからクリスはやっと後悔する。

 

 

 目の前の少女は今必死に命を助けようとしているのに、自分はこのザマだ。

 

 

 もはや自分に掛ける言葉すら見付からない。

 

 

 

「……。……分かりますよ」

 ただ、シルヴィは小さくそう呟く。

 

 そして、意を決したような表情をして口を開いた。

 

 

「私は……R団のボスの娘なんです。目の前で色んなポケモンが命を落とすのを見て来ました。止める事だって出来たかもしれない、でも私は何もしなかった。何も出来なかった。……それに、トキワシティの停電を起こしたのは私です」

「……シルヴィ? な、何を言って───」

 理解が出来ない。

 

 

「私のせいで数えられないくらいポケモンが死んでる。あの時から逃げてここに来たけど、でもやっぱり忘れられないよ。後悔も謝罪も意味無くて、考えたら頭の中ぐちゃぐちゃになりそうで……っ! だからクリスさんの気持ち、分かるから。だけど、今はまだ助けられるかもしれないんだよ?! 私馬鹿だから、どうしたら良いか分からないの……っ。だから、助けて……アシマリを助けて! ……お願い!!」

 大粒の涙を流しながらシルヴィはクリスにそう語り掛ける。

 

 

 何かを隠しているとは予測していた。

 

 

 しかし、彼女がまさかR団のボスの娘だったとは思いもしない。

 一つ重大な勘違いをしているようだが、彼女自身はそう思っているのだろう。

 

 だから、クリスはやはり自分が恥ずかしかった。

 

 

 

「……君のデデンネ、でんきショックが使えたよね?」

 クリスの後を追いかけて来たシルヴィのポケモンを見ながら、クリスは冷静に問い掛ける。

 

 

 考えろ。

 

 

 確実にアシマリを助ける方法を。

 

 

 

「え、あ……うん!」

「よし。僕は心臓マッサージをするから、シルヴィは気道の確保と人工呼吸をして欲しい。タイミングは教える。デデンネにはでんきショックで除細動器の代わりになってもらうから、僕の言う事をよく聞いてくれ」

 そう言いながらも、クリスはアシマリの脇に立って次の行動を見極めた。

 

 

「大丈夫だぞアシマリ───」

 諦めるな。

 

 

 

 諦めなければきっと助けられる。

 

 

 

 ───きっと、あの時だって。

 

 

 

「───絶対に助けるから」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「……うーん、お兄───あれ? ここは……?」

「リアちゃん起きたー! 良かったー!」

 朦朧とするリアの意識を覚醒させたのは、シルヴィによる腹への頭突きだった。

 

 

「グブォッハッ! ゲホッ、ゲホッ───この石頭?!」

「あ、ごめん。嬉しくてつい」

「死ぬかと思ったんだけど」

 頭を掻いて謝るシルヴィ。しかし状況がまだ掴めず、リアは周りを見渡す。

 

 

 

 一面海岸の砂浜。海の向こうに沈みそうになっている太陽が、空を赤色に染め上げていた。

 

 

 

「……私、確かニャビーを助ける為に───って、ニャビーは?!」

 思い出して、自分が助けようとした存在を探すリア。

 振り向くとそこには丸まって座りながらリアを横目で見るニャビーの姿があった。

 

 

「おー! 無事だったかニャビー! 良かったぁ……」

「……ニャゥ」

 喜ぶリアに対して、ニャビーはまるで「助けてくれとは言っていない」とでも言うようにそっぽを向く。

 

「ま、まぁ……私落ちただけで何もしてないけど……」

「そんな事ないよ、リアちゃん!」

 表情を引攣らせるリアに、シルヴィはそんな言葉を落とした。

 

 

 リアは首を横に傾けてシルヴィの言葉を待つ。

 

 

「リアちゃん達が海に落ちてから私も飛び降りたんだけど」

「え、飛び降りたの」

「飛び降りたよ?」

「あの高さから?」

「うん」

 平然と答えるシルヴィを見ながら、リアはまた表情を引攣らせた。ポケモンかお前は。

 

 

「それで、リアちゃんと二匹を助けようとしたんだけど……リアちゃんがニャビーの事を離さずにいてくれたからニャビーの事も助けられたんだよ! もしリアちゃんがニャビーの事を離してたら、私ニャビーの事見付けられなかったかもしれないから」

「待て、飛び込んで私とニャビーとアシマリを助けたのかお前は」

「うん、そうだよ?」

「ポケモンかお前は」

「え?」

 どんな身体能力してるんだコイツ。

 

 

 そう思っていると、起き上がった事に安心したのか彼女のポケモン達が集まってくる。

 少しの間じゃれあった後、リアは振り向いてニャビーの方を見て口を開いた。

 

 

「落石から助けてくれてありがとな、ニャビー」

「……ニャゥ」

 丸まったまま横目でリアを見るだけのニャビー。

 リアは「そっけない奴だなぁ」とその頭を撫でる。

 

 

 

「そのニャビーが誰かに気を許すなんて……」

 その光景に驚いたのは、ドデカバシを追い返して降りて来たククイだった。

 

 途中、遅れてやって来た救助隊に事情を説明してから海岸に降りて来たククイが見たのは全員の無事な姿。

 アシマリもかなり怯えて震えているが、命に別状はなさそうである。

 

 

 

「あ、ククイ博士。……アシマリなんですが、一時心肺停止状態だったのでポケモンセンターに連れて行く事を提案したいです」

 すっかり冷静さを取り戻していたクリスは、ククイにそう提案した。

 

 なんとか息を吹き返したアシマリだが、それでも心配が無い訳ではない。

 目覚めた瞬間クリスに怯えてシルヴィの背後に隠れてしまったのは、彼自身ショックが大きかったが。

 

 

「そうか、後で連れて行く事にしよう。……まぁ、見た感じ大丈夫そうだがな」

 ククイは笑いながらも「ニャビーもリアもシルヴィも、な」と付け足す。

 あの高さから落ちたのだ。全員無事だというのは奇跡だろう。

 

 

「……ニャビーがなんだって?」

 そう聞いたのは未だにニャビーの頭を撫で続けるリアだった。

 

「……そのニャビーは元々七年前に主人に捨てられたポケモンなんだ。……あまり人に懐かなかったんだよ。僕が間違えて用意しちゃっていたようだけど」

「七年前……」

 リアはニャビーを見下ろしながら「だから、かえんほうしゃをおぼえてたのか」と、ひとつだけ納得した。

 

「……お前、捨てられたのか?」

「……ニャゥ」

「なんだったらどうだい? そのニャビーをパートナーに選んでみないか?」

 唐突にククイはそう提案する。

 

 

 目を丸くしてニャビーとククイを見比べるリアだったが、途中でククイと彼女の間に入ったのはクリスだった。

 

 

「……まだポケモン泥棒の件は解決してないよ」

「……なんだよ、捕まえるのかよ」

 クリスの言葉にリアは反抗的な声を上げる。

 

「ニャゥァ……ッ」

 そんなリアを守るように、ニャビーがクリスと彼女の間に入った。

 これにはククイが「どうしたんだ……? ニャビー」と驚く。

 

 

「ま、待ってクリスさん。リアちゃんより先に捕まえるべき人が居るんじゃない……?」

 その話に割り込むシルヴィ。

 

「何? お前なんかしたの?」

「え、えとぉ……あはは」

 そんな言葉にデデンネは顔を丸くして、クチートはシルヴィとクリスの間に入って両手を広げた。

 フライゴンは訳が分からず、ただその様子を眺めている。

 

 

 

 自らを救う為に身体を張った少女。

 今日だってあの高さの崖から飛び降りてまで、誰かを救おうと真剣だった。

 

 そんな彼女が、今は俯いて苦しそうにしている。

 

 

 ……何故?

 

 

「……はぁ。僕は別に二人をどうこうしようとは思ってないよ」

 ただ、クリスは溜め息を吐いてそう口にした。

 

 

 そもそも被害届が出ていないので、事実がどうあれそんな権利はクリスにはないのである。

 

 

「じゃあなんだよ」

 クリスを睨み付けるリア。

 

「一つだけ聞きたい事があってね」

 そんな彼女を優しい表情で見ながら、彼はこう口を開いた。

 

 

「聞きたい事……?」

「うん。……君は、ポケモンが好き?」

 ただ端的に、クリスはそう聞く。

 

 

 ポケモンを奪う事は、やはり許せない。

 

 人とポケモンの絆を裂き、そして奪ったポケモンを私利私欲の為に使う、ポケモンの命をなんとも思っていない奴はそのままポケモンを殺してしまう事だってあるんだ。

 

 

 でも、もし本当に彼女が──貰える筈だった三匹のポケモンと、ただ旅がしたかった──だけだとしたら。

 

 十一歳の少女には誤ちを教えて、これからもポケモンを大切にして欲しいと伝えたい。その気持ちを大切にして欲しいと伝えたい。

 

 

 

「……おっさんと同じ事聞くんだな。当たり前だろ。てか、ポケモン嫌いな奴いんの?」

「……そうだね、そんな奴居る訳がない」

 そう思いたい。

 

 

 

「わ、私……は、逮捕かな……? え、えと、その、フライゴンは私の手持ちじゃないから許して欲しいのと……あと、出来たらデデンネとクチートは助けて欲しいというか……」

「デネ! デネデネデネ!!」

「クチィッ!」

 反発する二匹。フライゴンは状況が掴めずに両者を見比べる。

 

 

「君も逮捕はしないよ。……そもそもあのトキワの事件、停電は君のせいじゃない」

「え……ぇ、どういう───」

「ただ、君があのサカキの娘だというなら少し事情が変わってくる。今後は観察処分として、僕と行動を共にしてもらいたい」

 クリスはそうとだけ言って、彼女に同意を求めた。

 

 

 ───あの停電は私のせいじゃない?

 

 

 突然そんな事を言われたシルヴィは、混乱してただ頷く事しか出来ない。

 

 

 

 

 あの被害が自分のせいじゃない?

 

 

 

 理解が追い付かない。

 

 

 

 人とポケモンが大勢犠牲になったあの事件。被害が広がったのは自分のせいだと思っていたのである。

 

 

 それが……違う?

 

 

 

「私……じゃないの……?」

「うん。……君はあの日から逃げている間、ずっと勘違いしてたんだね。……さっきはキツイ事言ってごめん。君の方がきっと、辛かった筈だ」

 違う。私は……ただ───

 

 

 

「……ぅ、っ……ひっ、く、……私……ずっと…………トキワの人やポケモン達を…………殺しちゃったんだと……思って、て…………ぁ、ぁぁ……っ」

「詳しい事は後の方が良いかな……。君がサカキの娘だというなら、君はそれなりにするべき事がある。……けれど、少なくとも君はあの事件で誰も殺してないよ。今はそれだけを聞いて、安心して欲しい」

 クリスは大粒の涙を流すシルヴィを抱きしめて、背中を叩く。

 

 

 彼女のポケモン達は安堵の表情を浮かべ、彼女自身は彼の胸の中で思う存分涙を流した。

 

 

 

 これまで溜めてきた分の、これまで溜めてきてしまった分の涙を。

 

 

 

 太陽は姿を半分隠し、空には薄く月が見え始める。

 

 

 

 夕焼けはより一層深く、砂浜を鮮やかに染めていた。




書けバトルでの更新ついに終了。まさかの六日連続更新でした。当分更新しないです(大嘘)。
一月程開けてしまっていたので、戒めになったかな。もう少しコンスタントに更新したい。

そんな訳で短かいですが、多分次のお話で三節は終わりです。次回もお会いできれば幸い。読了ありがとうございました。


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新しいなかまづくりは夕暮れに

「ポケモンセンターに行く前に、リア! 君にコイツをプレゼント(・・・・・)だ」

 夕暮れ時、ククイはリアにモンスターボールを一つ手に持って向ける。

 

 

「……何? それ」

「ニャビーのモンスターボールだ。島巡りに向かう子供は、ポケモンを一匹貰えるんだぜ。本当は三匹の中から選ぶんだが、君ならニャビーを選ぶと思ってね!」

 ククイの視線の先には、リアを見詰めるニャビーの姿が映っていた。

 

 しかし、ニャビーはククイに見られている事に気がつくと直ぐに目をそらす。

 

 

 

 七年前。

 ニャビーを選んだトレーナーは初めての試練に挑んだ時に、試練を突破出来ずアローラから姿を消した。

 その時にニャビーは連れて行かれる事なく、街に捨てられていてククイの元に戻ってきたのである。

 

 それから幾度となくトレーナーの前に出してはみたが、トレーナーがニャビーを選んでもこのニャビーはトレーナーを受け入れなかった。

 

 仕方なく別のニャビーを渡し続けて七年間が経つ。

 これまで人に見向きもしなかったニャビーがリアの為に動いたのを見て、ククイは彼女とニャビーに何かを感じていた。

 

 

「一匹しか貰えないなら……そうだな、コイツが良い」

 そう言ってリアはニャビーを抱きかかえる。

 ニャビーは嫌がりはしなかったが、苦笑いで他所を向いていた。

 

「お似合いのコンビだな。ニャビーの熱い炎をふるいたてる(・・・・・・)良いパートナーになってやってくれ!」

「おぅ、任せろおっさん」

 おっさん呼びは諦めて、ククイはリアにニャビーのモンスターボールを手渡す。

 素直に喜ぶリアに吊られるように、彼女のポケモン達も喜びを露わにした。

 

 

 皆仲が良いんだな。ニャビーの事も任せられる。

 

 

 そう考えるククイの正面に、まだ少し顔の赤いシルヴィの姿が映った。

 

 

 

「良いなぁ……リアちゃん。ニャビー貰えて……羨ましい……」

「お前も島巡りしたら? おっさんがくれるぞ」

 おっさん。

 

 

「えっと……でも、私、その……クリスさんの観察処分……なんですよね?」

「いや行動を制限するつもりはないよ。僕も結局の所お手上げ状態だから、君が旅をするならそれに合わせて調査を進めれば良いだけだし。……勿論、協力して貰う時は協力してもらうけど」

 クリスがそう言うと、シルヴィは「それじゃあ!」と満面の笑みでククイとクリスを見比べる。

 

 

「島巡り、彼女も挑戦してもらって大丈夫ですよね?」

「勿論だとも。シルヴィもこのアローラを巡って、そしてカプにZリングを手渡された意味を考えて欲しい」

 カプ・プルルに貰った腕輪のような物。その意味も、島巡りをする中で分かるのだろうか?

 

 

「さて、君は誰を選ぶ?」

「私はこの子です!」

 そう言って、シルヴィはアシマリを抱き上げた。

 怯えて震えていたアシマリだが、彼女に抱き締められると笑顔で鳴き声を上げる。

 

 

「なんだか、ほっとけなくて」

「そいつは少し臆病だが、根が強い奴なんだ。どうかせいちょう(・・・・・)を見守って欲しい」

 ククイはそう言って、アシマリのモンスターボールをシルヴィに手渡した。

 

 

「これから宜しくね、アシマリ!」

「アゥッ!」

 アシマリも上機嫌で、彼女のポケモン達もまたアシマリを受け入れている。

 

 

「そしてこれが、島巡りの証だ。これがあるとポケモンセンターやホテルでサービスが貰えるから、大事にな!」

 さらにククイが渡したのは、リアの鞄にも付いている島巡りの証だった。

 

 

 各島々を巡り、キャプテンの試練を超え、しまキングの大試練を受ける事が島巡りの目的である。

 古来よりアローラに伝わる、子供が一人前に育つ為の儀式。島巡りを終えた者はカプに認められ、立派に育つと言われていた。

 

 

 

「ありがとうございます! よーし、頑張るぞー! これでリアちゃんとも旅出来るね!」

「いや、別にお前と一緒に行く気なんてねーよ」

「がーん!!」

 再び泣き喚くシルヴィ。リアはそれでも「私の目的は島巡りなんて物を壊す事だからな」と小さく呟く。

 

 

 

「この旅を通して、君達それぞれの答えを手に入れる事を楽しみにしてるよ。……さて、クリス君」

「……何ですか?」

 突然ククイに話を向けられたクリスは、何の用だろうかと推測し始めた。

 

 自分に用は無い筈だし、早くポケモンセンターに行った方が良い筈。そんな風に合理的に考えようとするのは、彼の悪い癖だろう。

 

 

 

「このモクロー、貰ってやってくれないか?」

 そして、ククイは自らの肩に飛んで来たモクローをクリスに向けながらそう言った。

 クリスはそれを見て目を丸くする。どういう理屈でそんな結論に至ったのか、彼には理解が出来なかったからだ。

 

 

「え、何故……?」

「二匹が居なくなってコイツも寂しいだろう───というのは建前で、モクローが君の事を気に入ってるみたいでな」

 ククイがそう言うと、モクローは敬礼のポーズを取ってクリスに視線を向ける。

 

 

「クォルゥ」

「……どうして僕なんかを?」

 自分はモクローの仲間を死に追い詰めた張本人だ。そんな自分を気にいる要素がどこにある。

 

「クリス君確か、このモクローとアシマリの場所を突き止めたんだろう? 初顔合わせでそこまで息を合わせるのなんて、そう簡単なことじゃない。きっとコイツは、君に何かを感じたんだ」

「で、でも研究用のポケモンですよね……?」

「勿論。研究用のポケモンだからこそだよ」

 その言葉からクリスはある程度仮説を立てる事が出来た。

 

 

 なるほど。

 

 

 

「つまり博士の狙いは、同じタイミングで旅をさせた三匹の成長度を見比べたい。……って所ですね?」

「……ふ、君は本当に凄いな」

 短く笑って、ククイはモンスターボールをクリスに向ける。

 モクローはクリスの推理を聞いて目を輝かせていた。実の所、その狙い(・・)よりモクローの気持ち(・・・)を優先したのだが。

 

 それでも、彼とモクローにも期待せざるをえない。

 

 

「宜しく、モクロー」

「クォルゥ〜」

 クリスとしても、戦力不足を補う面で嬉しい収穫であった。

 なにより彼自身がモクローの、のんびりとした性格を気に入っていたのもある。

 

 

 

「さて三人共、三匹共。アローラの夕陽の中で出会ったお互いを大切にな! この出会いが君達に取って良いものになる事を願ってるよ!」

 ニャビー、アシマリ、モクローはそれぞれのパートナーとなったトレーナーを見詰めて鳴き声を上げた。

 

 これから宜しく、選んでくれてありがとう。

 

 

 きっとこの世界のどこにでもある、そんな風景だ。

 

 

 

 だけども、その場にいる当事者にとってはとても大切で───

 

 

「キミに決めた!」

 ───きっと一生心に残る思い出になるに違いない。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「それじゃ、僕は荷物もあるし今日はホテルに戻るよ。明日迎えにくるから、待っててくれるかな?」

 ポケモンセンターにアシマリとニャビーを預け、クリスとククイはポケモンセンターから帰路に。

 

 

「うん! リアちゃんと待ってるね!」

「いや、私は起きたら直ぐ行くから」

 残る二人はポケモンセンターに泊まるのだが、今日こそリアを逃さまいとシルヴィは張り切っている。

 一方でリアは反抗気味だが、彼女達のポケモンはシルヴィのポケモンと仲良く談笑する程の仲になっていた。

 

 真スカル団のリアとしては、馴れ合いは不本意である。

 

 

 ただ───

「アイツらが楽しそうならそれはそれでありだな」

 ───こんな事も偶には良いかもしれない。そんな事を思うのだった。

 

 

「そーだクリス君、渡したい物があるからシルヴィの所に行く前に僕の家に寄ってくれないか?」

「渡したい物……? それなら、今からでも大丈夫ですけど」

「いや、悪い。こっちが色々と調整したくてね」

 そんな会話をしながらポケモンセンターを離れて行く二人を見送ってから、シルヴィ達は室内に戻る。

 

 

 そこで待っていたのは、検査の終わったアシマリとニャビーだった。

 ジョーイによれば、二匹共異常なし。一度心肺停止に陥ったアシマリも、的確な処置のおかげで後遺症は残っていない。

 

 

「アシマリ!」

 シルヴィはそんなアシマリを抱き締めて、何も異常がなかったのが余程嬉しかったのかくるくる回り出す。

 

 そんな彼女を見てリアはニャビーと一緒に苦笑いを浮かべるが、タイミングが合ったのがおかしくて彼女自身も声を上げて笑い出した。

 

 

「変な奴」

 ニャビーの頭を撫でると、ニャビーはそっぽを向いてしまうが嫌がりはしない。

 

 

 ──そのニャビーは元々七年前に主人に捨てられたポケモンなんだ──

 

 ふと、ククイの言葉を思い出す。

 

 

 

「七年前……」

 お兄ちゃんは確か───

 

 

 

「……ニャビー、お前さ。……私の事知───」

「ねーねーリアちゃん! 今日は皆で一緒に大きいベッドで寝よ! 皆で盛り上がろう!」

「ここ公共の施設だからな? 普通に迷惑だからな?」

 どっちが歳上でどっちがスカル団か分かったものではない。

 

「明日の事とかお話したいのにー!」

「言っとくけど私は起きたら行くからな」

「むー……。なんで一緒に来てくれないの?」

 頬を膨らませるシルヴィだが、それでリアの気持ちが変わる訳ではない。

 

 

「私は島巡りなんて認めない。……私からお兄ちゃんを奪った島巡りなんて、認めない。……ただ───」

 そもそも彼女の島巡りの目的はそれを否定する為だ。

 クチナシやククイの企みは分からないが、何があってもそれは変わらない。

 

 だから、普通に島巡りをするというシルヴィとは相容れない。

 

 

 ただ───

 

 

「───今日くらいはその……シルヴィと、一緒に寝ても良い……よ? って、うわぁ?!」

 リアがそう答えた瞬間、シルヴィの目が光って彼女を襲う。

 簡単に持ち上げられたリアはポケモンセンターの寝室まで連れて行かれ、ベッドに投げ飛ばされた。

 

 

「お、お、お、お、お前、さ?! 本当に人間か?! このヤレウータン! ナゲツケザル!」

「ウキー!」

「人語を忘れている!!」

 そして、リアの転がるベッドにダイブ。そして服を無理矢理剥ぎ、パジャマに着替えてさせ始める。

 

「やめろぉぉ!! 自分でやるからやめろぉぉ!!」

「ぐへへ、リアちゃん、良い体してますねぇ〜!!」

「嫌ぁぁ!! 変態!!」

 頬を叩く軽快な音が部屋に鳴り響いたのは言うまでもない。

 

 

 シルヴィのポケモン達は、アシマリ以外それをやれやれといった感じで見ていた。アシマリは恐怖で固まっているが。

 リアのポケモン達はニャビーも含めてそれを微笑ましそうに眺める。リアが「な、なんだよ」と表情を歪ませても、ポケモン達はただ笑顔を見せていた。

 

 

 

「うぬぬぬ……むにゃぁ……。……クチート、デデンネ……フライゴン、アシマリ……皆、私が……守る…………から……。リアちゃんも、他の皆も……」

「寝言まで変な奴……」

 気絶させたのは少し悪かったが、シルヴィも疲れていたのだろうと結論付けてリアも彼女の横に寝転ぶ。

 

 朝起きたら直ぐに出て行ってやるから、今だけだ。そうやって言い聞かせて。

 

 

 

「……だから、ごめんなさい」

 誰に謝っているのか。

 

 

 

「……もう、誰も、死なせない。私が、守るから……。……お願い」

「……シルヴィは誰も死なせてないって、あのおまわりが言ってたろ。……安心しろよ」

 寝ている……筈。

 

 だけど、あまりにも不安そうな表情で寝ているので、リアは無意識のうちにそんな事を呟く。

 

 

「……今日くらい、甘えてもいいかな」

 明日からは、島巡りを壊す為に動くんだ。

 

 

「アシマリ、ニャビー、デデンネ、ゾロア、来いよ。皆も、近くで寝よ」

 リアのその言葉に、その部屋にいたポケモン全員がベッドに近寄る。

 

 

「シャマァ」

「デネデネェ!」

「ウワゥッ」

「……ニャ」

 ……こうやって安心出来る皆で寝るのも、偶には悪くない。

 

 

 

「……お、おねーちゃん」

「……ふにゃー」

「……バカめ、寝てやがるぜ。しめしめ」

 そう言って、リアは少しシルヴィに近寄った。吐息が聞こえてくる距離で、人の温もりが伝わる距離で、もう一度少女は口を開く。

 

 

 寂しかった。

 

 

 島巡りなんて事に兄を奪われて。

 

 

 明日からはその復讐だから。

 

 

 だから、今日だけはあの時みたいに暖かい場所で。

 

 

 

「……おやすみ、おねーちゃん」

 いつか、兄と寝ていた時のようにそう呟いたリアはゆっくりと瞼を閉じる。

 

 

 

 その日の夢は、悪くなかったという事だけは覚えていた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「僕は寝る。起きるまで起こさないでくれ。それじゃ───」

 音を立ててクリスはベッドに倒れる。

 

 

 無理もないが、流石に姿勢も服装も悪く彼のポケモン達はあたふたあたふたと駆け回っていた。

 

 

 

「ゲン、ゲンゲー!」

「ロト!? ロトト、ロト」

「……ギギギ」

 どうやら、どうやって寝たままのクリスの服を着替えさせるか考えているようである。

 

 

 ゲンガーはニダンギルを指差してから、クリスの服に手刀を浴びせて作戦を伝えた。

 ロトムがそれに猛反対して、ニダンギルはそれを静かに見届けている。

 

 

「クルォゥ! ホルルォッ、ホルルォッ!」

 そしてヒートアップする言い争いに口を挟んだのは、新入りのモクローだった。

 

 モクローは翼を羽ばたかせ、クリスの片足を持ち上げる。

 こうしている間にゲンガーが服を脱がせて───と、順番に着替えさせる作戦だ。

 

 

「クォルゥ〜!」

「……ギギッ」

 それに賛同した三匹が行動に移る。

 

 モクローとニダンギルがクリスの身体を持ち上げ、ゲンガーが服を脱がして着せた。

 それの繰り返しだが、クリスは一向に起きる気配がない。相当疲れが溜まっていたのだろう。

 

 

 ロトムは着替えの入った洗濯機を回して、扇風機で乾燥させた。

 

 

 クリスの着替えにはかなりの時間がかかったが、日が昇る頃にはなんとか着替えに成功する。

 その頃には四匹とも体力を使い果たしていて、クリスの様にその場に倒れこんでいた。

 

 

 

 

「……なんで皆そんな疲れ果てたように寝てるんだ? ……あぁ、成る程ね」

 一度目覚めたクリスは辺りを見て状況を整理する。どうやらかなり頑張ってくれたらしい。

 

 

「……もう少し、寝ようか皆。……おやすみ」

 起きたら、また頑張ろか。

 

 

 

 

 

 

 新しい仲間達と一緒に。




あれ?もしかして、滅茶苦茶ほのぼのしてるんじゃない?()
この作品はほのぼの小説です!!

さて、少し短かったですが三節はこれにて完結となります。次のお話からはなんと皆大好きなアレも登場しますよ!お見逃しなく。


さてさて、久し振りにイラストを書いてきたので紹介させて頂きます。

【挿絵表示】

モクローパーカーシルヴィです。なんか凄く大人っぽくなるね。てかモクロー感があまりない気がする……。しょぼん。


次回もお会い出来ると嬉しいです。


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【一章四節】旅立ちの日──少女達はゼンリョクのバトルをする
おしゃべりロトム図鑑


「これは……ポケモン図鑑、ですか?」

 メレメレ島──ククイ研究所にて、ククイに手渡された物を見ながらクリスはそう呟いた。

 

 

 ポケモン図鑑。

 出会ったポケモンのデータを記録する電子手帳のような機械である。

 本来は持ち運びやすいように、四角くコンパクトな設計がされている物が多いが───

 

 

「あぁ、そうだぜ!」

「……これが?」

 ───今クリスが持っているそれは、かなり歪な形をしていた。

 

 なんというか、安物の小型ブラウン管のような。

 歪な星形。そして画面の上部に丸いくぼみが二つ。まるで目のように付いている。

 

 

 

 なんだこれは。

 

 

 

「……これもアローラの文化」

「いや、これを開発したのはカロスの人だよ」

 嘘だろ。

 

 

「クリス君、ロトムを持っていたよね?」

「え、あ、はい」

 ククイにそう言われて、クリスはボールからロトムを繰り出した。

 彼は普段、ゲンガー以外はボールの中なのでモクローもニダンギルも今はボールの中である。

 

 

「ロトっ」

 ボールから出たロトムは、クリスが手渡された図鑑をマジマジと見始めた。

 

 

「……気になるのか?」

「まぁ、見てなって」

 眉間に皺を寄せるクリスを、ククイが宥める。

 これから起こるであろう事を想像すると、自然と笑みが溢れた。

 

 

「ロトトッ」

 数秒図鑑を凝視してから、突然クリスが持っている図鑑に入り込むロトム。

 それだけならクリスも驚く事はなかっただろう。ロトムは身体がプラズマで出来ていて、家電等に潜り込む性質があるからだ。

 

 

 きっと直ぐにこの図鑑のモニターに出て来て───

 

 

 

「うわぁ?!」

 ───しかし、突然クリスの持っていたポケモン図鑑が宙に浮き出す。

 

 しかも先程まではなかった腕のようなパーツ(・・・・・・・・)が一瞬で装着されており、二つの丸いくぼみはまるで目のように青い円が映し出されていた。

 

 

「ピピビ、言語選択……終了」

「な、なんだ?!」

 そして当然、そのポケモン図鑑は人間の言葉を音声で話す。

 驚いたクリスは開いた口が開かなかった。

 

 

「ユーザー認証、相棒、クリス。ユーザー認証完了。……ロトム図鑑、起動プログラム中。……ロトム図鑑、起動」

「しゃ、しゃ、しゃ、しゃ……喋ったぁ?!」

 中にはロトムが入っているが、だからといってポケモン図鑑が喋るなんて。

 

 

 なんだこれは……。

 

 

「アローラ、ユーザークリス。いや、相棒。よロトしく」

「お前……まさか」

「その通り、ロトムだよ。これはロトム図鑑。ロトムが入り込む事で完成する全く新しいポケモン図鑑なんだ」

 クリスの前でロトム図鑑は浮遊しながらクルクルと回る。

 

 どうやらロトム図鑑の中は快適らしい。

 

 

 

「へい相棒、ボクの事を忘れたとは言わせないロト。これまで一緒に難事件を解決してきたロト!」

「い、いや……まさか、はは、こりゃ凄い」

「ゲゲー? ゲー?」

 クリスは驚いて座り込み、ゲンガーは気になるのかロトム図鑑に手を伸ばしていた。

 

 

「ポケモン図鑑としてだけではなく、良きパートナーとして所有者をサポートする。そんな思いの込められたポケモン図鑑なんだ」

「凄い発明ですね。……成る程、プラズマ体だからこそ機械に順応して人間の言語まで話す事が出来ると」

 幾分か落ち着いてロトムを観察するクリス。

 

 素晴らしい発明だと賞賛したいが、ロトムというポケモンは極端にではないが数が少ない。

 この研究を生かす事はかなり難しいだろうと、クリスはそこまで考える。

 

 

 なるほど、と。クリスはククイの狙いをある程度察した。

 

 

 

「……渡したい物っていうのは、やっぱりこのロトム図鑑なんですか?」

「その通りだ。ロトムは貴重なポケモンだからね、是非君に使って欲しい」

 ポケモン図鑑は出会ったポケモンのデータを集める他にも、そのポケモンのステータスを見る事も出来る機会である。

 これから得体の知れないR団の目的と立ち向かう中で、これほど頼りになるパートナーはありがたい。

 

 

「……しかし、僕の任務上ロトム図鑑本体の破損等を保証できないかもしれないです。……勿論、修理費は出させて貰いますけど」

「いやいや、そんなのは良いんだよ。好きに使ってくれれば、僕はそのデータで研究が出来る。修理費も僕が負担するよ。なんなら、ロトム図鑑にポケモンの技で攻撃して威力を調べるのも面白い」

 ククイがそう言うとロトム図鑑は「やめるロトぉぉ!」と大袈裟に騒いだ。

 

 

「君、結構テンション高い奴だったんだね」

「相棒が根暗過ぎるだけロト」

「……ふふっ」

 まさかこのロトムと話す事が出来るとは。人生分からないものである。

 

 

「ちなみに、ロトム図鑑に入っている間は技が出せないから注意だ。勿論ロトム図鑑にずっと入っていてくれなんて言わないから、本当に好きに使ってくれ」

「……ありがとうございます、ククイ博士。出来るだけ大切に使わせて頂きます」

 クリスはそう言ってククイに頭を下げた。

 ロトムとゲンガーもそれに吊られて頭を下げる。

 

 

 息の合ったそのパーティに、ククイは人知れず微笑んだ。

 

 

 

「それじゃ、早速だがゲンガーの事を図鑑で見てみたいな。こいつ小さ過ぎて何か変なんじゃないかって気になるんだよ」

「お任せロトぉ!」

 そう言ってロトム図鑑は背中──図鑑の背面──をゲンガーに向ける。

 そこにはカメラが設置されていて、ロトム図鑑はカメラを取ってデータを残す事も可能だ。

 

 

「……ゲ?! ゲー!」

 しかし、ゲンガーはロトム図鑑にカメラを向けられると影の中に逃げてしまう。

 

 

「……ゲンガー?」

 そんな不思議な光景に頭を横に傾けるも、クリスの隣ではロトム図鑑がゲンガーを解析していた。

 

 

「解析完了ロト! 図鑑を映すロト」

 そう言ってロトム図鑑は画面をクリスに向ける。

 

 

 

 しかし、表示されたのは───

 

 

「error……?」

 ───エラー。

 

 該当データ無し。ゲンガーは登録されていない事になっていた。

 

 

 

「……ポンコツ」

「ち、違うロトぉぉ!」

「お、おかしいな……。他のポケモンだとどうだ?」

 ククイの言う通りに、クリスはボールからモクローを蹴り出す。

 

 

 敬礼しながら現れたモクローに近付くロトム。モクローはそんなロトムを見て首を横に傾けた。

 

 

 

「クルォ〜?」

「解析完了ロト。モクロー。くさばねポケモン。くさ、ひこうタイプ。狭くて暗い場所が落ち着く。トレーナーの懐やバッグを巣の代わりにする事もある」

「あれ? 正常だな」

「ボクは至って高性能で正常ロト。ゲンガーの奴がおかしいロト」

 当のゲンガーはモクローと研究所内で遊び出している。

 

 

「ゲゲー?」

 昔から思っていたがあのゲンガー、やっぱり何か変なのかもしれない。クリスはその事を気にするつもりはないのだが。

 

 

 

「これは早くシルヴィに見せてあげないとね」

「エッヘン。シルヴィにもボクの新しい力を見せてやるロト。さぁ相棒、彼女の元へと急ぐロト!」

 これは予想外の収穫だ。

 

 

「ククイ博士、ありがとうございます」

「いやいや。まぁ、少しデータがおかしいかもしれないが、こっちでもアップデートを掛けていくし。何かあったら連絡をくれよ。これ、ボクのポケギアの番号だ」

 ロトム図鑑を手に入れたクリスはククイと連絡先を交換してから、当初の予定通りシルヴィの居るポケモンセンターに向かう。

 ロトム図鑑はその特性上モンスターボールに戻す事が出来ないので、ゲンガー同様モンスターボールの外だ。

 

 なんとも賑やかな。

 

 

 これからは彼女の島巡りに付き合いながらアローラ地方での調査を進める事になるだろう。

 しかし今の所殆ど手掛かりがない。

 

 

 

 分かっているのはR団と思われる二人の男の顔と、その手持ちポケモン数体。

 それとウルトラホールを開く事が出来る技術、ウルトラビーストを捕獲したという事だけだ。

 

 それだけでは全く情報が足りない。受け身になるというのはクリスとしては不本意だが、こればかりは仕方がないだろう。

 

 

 それに、完全に受け身という訳ではない。

 

 

「まずはシルヴィに色々聞くか……」

 彼女──シルヴィ──は自らをR団のボスの娘だと言っていた。

 

 そこから得られる情報は計り知れないだろう。

 これでR団に一歩近付けるかもしれない。

 

 

 

 ───大切な友達の仇に。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「アローラ、ボクはロトム図鑑。超高性能ポケモン図鑑ロト!」

「しゃ、しゃ、しゃ、しゃ……喋ったぁ?!」

 シルヴィの反応に、クリスは「同じ反応してる」と苦笑を浮かべる。

 

 

 ポケモンセンターに着くと、既に起きていたシルヴィがクリスを迎えてくれた。

 彼女が逃げる───なんて事は思っていなかったが、気負い過ぎていないかは心配だったのでロトム図鑑の挨拶は都合が良かったかもしれない。

 

 

 

「凄い凄いこれ! どうなってるのぉ?!」

「ロトムの身体に合うように設計されたポケモン図鑑で、図鑑としてロトムの力を最大限引き出してるんだって」

 クリスは「その代わり技を出して戦う事は出来ないけれど」と付け足した。

 

 

「それじゃ、このロトムはポケモン図鑑なの?」

「そういう事になるね」

「ロトムで、ポケモン図鑑で、ロトムで、ポケモン図鑑で……うぇ〜……?」

 頭をクルクル回すシルヴィはしまいには倒れてしまいそうになり、そんな彼女をクリスが支える。

 

 

「ロトム図鑑ロト」

「凄いなぁ……。むぅ、リアちゃんめ、待っててくれたらロトム図鑑見れたのに!」

「……彼女は?」

 昨日、シルヴィと同じくポケモンセンターに泊まっていた筈のリアの姿が見当たらない。

 クリスはてっきり、二人は一緒に旅をする物だと思っていたので少し意外だった。

 

 

「夜にリアちゃんを襲おうとした所までは覚えてるんだけど、気が付いたら朝になってて、リアちゃんもいなかったかな」

「何をしてるんだ君は」

 あまり深く関わらない方がいいかもしれない。

 

 

「それにしても凄いよねぇ、ロトム図鑑。他にどんな機能があるの?」

「写真を撮ったり、ネットに繋がるタブレットとしても使えるロト。取った写真をSNSに載せれば、いろんな人から感想が貰えるロト!」

 その他にも動画を録画する機能等、ロトム自身がシルヴィに機能を説明していく。

 

 

 それを聞くたびにシルヴィは眼を輝かせて、ロトムを賞賛していた。

 ロトムも機嫌が良いようで、自分の機能を余す事なくシルヴィに見せ付ける。

 

 そんな中で彼女のポケモン達とも仲良くなってきて、なかなか賑やかな旅になりそうだとクリスは再確認した。

 

 

 

「クリスさんクリスさん!」

「……さん付けはちょっと慣れないな。……何?」

「あ、さん付けダメ?」

 首を横に傾けるシルヴィに、クリスは「ダメじゃないけど」と口籠る。

 これから一緒に旅をしようというのだ、ずっとさん付けで呼ばれるのは少し寂しい。

 

 

「それじゃクリス君で!」

「……及第点かな。よし、それでいこう。……えーと、なんだっけ?」

 全然呼び捨てでも構わなかったのだが、さん付けよりは幾分かマシだ。そう思いながら、クリスは話の続きを聞く事にする。

 

 

「皆で写真撮らない? これから旅に出るぞーって写真! それで、皆に見てもらおうよ!」

「あんまり顔を晒すのはちょっとなぁ……」

 一応これでも彼は国際警察で、これからアローラを調査する予定なのだ。あまり顔が知れるのは問題ではないだろうか?

 

 

「……いや、まぁ、問題ないか」

 しかし、既にR団の男に顔を見られている事を思い出したクリスはその件について吹っ切れる。

 そもそもショッピングモールの時点で自分の存在がバレていたという事は、今更対策しても後の祭りという奴だ。

 

 

「やったぁ! ほらほら皆、並んで並んで!」

 そう言うシルヴィの声に集まるように、彼女のポケモン達だけでなくゲンガーやモクローもシルヴィに寄っていく。

 

 ポケモンセンターで保護されていたフライゴンを引き取っただとか、あのおくびょうなアシマリが彼女には懐いているのだとか、不思議な少女だ。

 そんな事を思いながら、クリスはボールからニダンギルを出して「一緒に写真を撮ろうか」とクリスらしくない事を言う。

 

 ニダンギルはそんなクリスの言葉に驚いたように左右に揺れるが、ゲンガーやモクローに呼ばれてシルヴィの元に向かっていった。

 

 

 

「……仲良くなるのが早いなぁ」

 クチートに噛まれて叫んでいるデデンネ、それを見守るフライゴンと怯えて震えているアシマリ。

 小さなゲンガーに敬礼してポーズをとっているモクローと、それを見守るニダンギル。

 

 真ん中にシルヴィが立って、クリスもその横に立つ。

 

 

「それじゃ撮るロ───って、これじゃボクだけ映らないロト!」

「タイマー機能とかあるだろう?」

「流石相棒ロト!」

「おっとコイツ本当はポンコツだな……?」

 ロトム図鑑から出てきたロトムは、クリスの横で短く笑って全員にポーズを促した。

 

 

 数秒後、シャッターが鳴る。

 

 

「どうロトどうロト、完璧に撮れてるロト!」

 直ぐに図鑑に戻ったロトムは、撮った写真を画面に表示してシルヴィ達に見せ付けた。

 

「タイマー機能だから撮ったの君じゃないけどね」

「ゲゲッ」

「ビビッ、そ、そんな事はないロト。ロトム図鑑はロトムで、ロトムはロトム図鑑なんだロトぉぉ!」

 なんとも騒しくなったものである。

 

 

「見せて見せて!」

「デネデネェ!」

「可愛く撮れてるロト、プリクラ機能もあるロト!」

 そんなロトムと笑顔で触れ合うシルヴィ達。

 

 モクローやゲンガーも混ざって、それはまるで大きな家族のようだった。

 国際警察として働いてきたからか、ロトムやゲンガーの笑顔を見るのはクリスも久し振りである。

 

 

 

「……賑やかな旅になりそうだ」

 そんな事を呟くクリスは、無意識の内に笑みをこぼしていた。




実は僕とてつもなくロトムが好きなんですよ。え?知ってた?
サンムーンでロトム図鑑なんて物が出て来た時はそれはもう興奮でした。アニメのロトム図鑑も好きですし、勿論この作品でも活躍させまいと思います!
あ、でもウォッシュロトムのドロポンだけは許さない。

さて、四節開幕です。何が起きていくのかお楽しみに。


次回もお会い出来ると幸いです。


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少女は過去をはきだす

「それじゃ、そろそろ出発しよう! って、えーと、どこに行けば良いんだっけ?」

 ロトム達としばらく談笑した後、シルヴィは遂に旅を始める決意を固めたのだが───

 

 

 島巡りってどうすればいいの?

 

 

 ───そんな疑問で、彼女は足を止める。

 

 

 

 さて、どう切り出した物か。

 そう考えていたクリスとしてはしかし、丁度良かった。

 

 

「シルヴィ、その前に良いかな?」

「えーと、何? クリス君」

「流石にボールに戻せるポケモンは戻した方が良いよ」

 そう言って、クリスはモクローとニダンギルをモンスターボールに戻す。

 ロトムは図鑑に入っている間ボールには戻せないし、ゲンガーはシルヴィのフライゴン同様捕まえた訳ではない。

 

「あ、そっか……。ごめんねアシマリ」

 シルヴィはそう言ってアシマリをボールに戻すが、フライゴンはだけでなくデデンネやクチートもボールに戻す事はなかった。

 

 

「……その二匹は?」

「え、えーと、それはぁ……」

「やっぱりこのボールはその二匹の物か」

 そう言いながら、クリスは鞄から二つのモンスターボールを取り出した。

 

 それを見て唖然とするシルヴィ。思い出すのはトキワの森で自らの父親と対峙していた時の事。

 

 

 

「そのボールは……」

「トキワの森でサカキともう一人が戦っていたと思われる場所に落ちていたんだ。君もあの場所に居たって事だよね?」

 クリスはそのボールをシルヴィに向ける。デデンネとクチートがそんな彼を睨み付けるが、二匹は向けられたボールに戻されてしまった。

 

 

「……うん。居たよ」

 シルヴィは静かに返事をする。

 

 やっぱりか。

 口には出さなかったが、クリスは手応えを感じていた。

 

 

 

 どのみち今から一緒に旅をする訳だが、聞ける事は直ぐにでも聞いておきたい。

 旅を始める前に、サカキの娘──シルヴィ──から聞きだせる事を全て聞き出す。

 

 

 

「ごめん、少しだけ調査に協力して欲しいんだ。昨日も言ったけど、君をどうこうするつもりはないよ」

「う、うん……」

 流石に気を落としてしまったのか、シルヴィの返事は重かった。

 

 

「……あの場所で戦っていたのは君なのか? もう一人居たんじゃないかな?」

 サカキと何者かのバトルの痕跡は調べた結果オーダイルとリングマ、なんらかのひこうタイプのポケモン。

 しかしシルヴィはそんなポケモンを連れている様子はない。

 

 そしてシルヴィのモンスターボールがそこに落ちていたという事実を合わせると、その場にいたシルヴィとサカキ───そしてもう一人の戦いをシルヴィが見ている可能性があるという結論に行き着く。

 

 

「……うん、居たよ。私のお兄ちゃんが」

「お兄さん……?」

 サカキの娘の兄という事は───サカキの息子。

 

 

「……ハンサムさんが言っていたのは彼の事だったのか」

 この件に関してはハンサムが心当たりがあると言って担当していたが、クリスにはその理由がようやく分かった。

 国際警察の中でも秘密事項とされているサカキの息子の存在(・・・・・・・・・)

 

 その事に関してはやはりハンサムに任せた方が良いだろう。一応、シルヴィの証言はハンサムに報告するとして。

 

 

 

「あの日、何があったのかは分かるかな?」

「……ごめんなさい。私はただ、お父さんに呼ばれただけなの」

 お父さん。

 そう言うシルヴィの言葉に、クリスは少し目を細めた。

 

 いくら彼女が善人だろうがR団ボスの娘である事には変わりはない。

 その事実を突きつけられ、手を強く握る。

 

 

「……呼ばれただけ?」

「……うん。私ね、あの日まではR団の拠点で暮らしてたの」

「な……」

 予想だにしていなかった回答に、クリスは目を見開いて固まった。

 彼女の事だからR団とは関係なく一人で平和に暮らしていたと勝手に思っていたのである。

 

 

 つまり、シルヴィはR団の幹部だったという事か……?

 

 

 この優しい女の子が……?

 

 

 

「……R団が悪い事してるってのは、知ってたよ。目の前で何匹もポケモンが酷い目に遭うのも見てきた。……でも私には何も出来なかった。ただの箱入り娘で、周りのR団の人達は私に優しくて、でも私には何も言わせてくれなかった」

「R団ボスの娘として、育てられた訳だ」

 よくこんな性格に育ったな……いや、だからこそ優しくなれたのかもしれない。

 寂しそうな表情で語るシルヴィを見て、クリスはそんな事を思った。

 

 

「クチートもデデンネも、私が欲しいって言ったら数日後には貰えたんだ。私の所に来た時は凄く怯えてて、でも理由は分からなかった。……今考えたらきっと、無理矢理連れて来られたんだよね」

 シルヴィは二つのボールを見ながらそう言う。

 

 これ以上は酷か。

 しかし、シルヴィは自ら口を開いた。クリスが止めようとするのも構わずに。

 

 

「その拠点があったのはクチバシティで。私は船でマサラタウンに連れて行かれた後、トキワの森に一人で行かされた。森の前まではR団の人が連れて行ってくれたんだけど」

「な……クチバシティ?!」

 少し冷静に考えれば、そんな拠点は直ぐに消えているだろう。

 しかし、そこに拠点があったという事実だけでも情報としては大きい物だった。

 

 

「トキワの森で待っていたお父さんは───サカキは、トキワシティをR団に襲わせて壊滅させるって言ったの」

「R団に襲わせて……?」

 あの日、大規模な災害はあれど町をR団が襲ったという事実は確認されていない。

 

 

 いや、あの停電は───

 

 それか、サカキの息子か───

 

 

 思考が交差する。その間にも、シルヴィは少しずつ口を開いていた。

 

 

 

「私はそんな事辞めてって言ったんだけど、やっぱり辞めてくれなくて……」

「……そしてバトルになって、ボールはその時に?」

「う、うん。それで、傷付いた二匹を戻そうとしたんだけど取られちゃって……」

「その時に助けに来てくれたのが、お兄さんと」

 クリスの言葉に、シルヴィは目を丸くして首を縦に振る。

 

 まるで心の中を読まれてるみたいだ、と。

 

 

 

「……ありがとう、もう良いよ」

「え、良いの? この後私、ジムの回復マシンを使って……その後停電が」

 停電の事を思い出すと、シルヴィは無意識に胸元を掴んだ。

 それでも、自分がした事は話さなければいけない。

 

 あの事件に関わった者として。

 

 そんな意地のような物が、シルヴィの胸を締め付ける。

 

 

「サカキの動向が少しでも分かっただけで充分だ。それに、昨日も言った通りあの停電は君のせいじゃない」

「そういえば……。えと、それはどうして?」

 昨日は聞けなかったが、シルヴィは確かに疑問に思っていた。

 

 あの停電は、電気を無理にジムに集めたから起きた事。シルヴィはそう思っていたからである。

 

 

「停電の理由は送電線や非常電源が地震の影響で被害を受けたからなんだよ。崩れた建物の影響でね。勿論、偶然にしては出来過ぎているから狙ってやったとは考えてるけど。……どちらにせよ君がジムで行った事は関係ない」

「そ、そっか……」

「むしろ、治療が間に合って良かったよ」

 彼女が話してくれた事はかなり有益な情報だ。クリスは手応えを感じて、しかし俯いてしまうシルヴィに感謝しながらその頭を撫でる。

 

 

「……話してくれてありがとう」

 R団はトキワシティを襲おうとしていた。

 しかしその痕跡は見つかっていない。

 

 

 その理由としてあげられるのは二つ。

 

 

 一つは、サカキの息子がR団の動きを止めたか。

 もう一つは、襲うというのは虚言か誇大だったという事。

 目的が停電による被害拡大だったのなら、送電線や非常電源を攻撃するだけでも襲うとは言える。

 

 

 そしてクチバシティに一時期でも拠点を構えていたという事実は大きかった。

 いや、シルヴィを子供の頃からそこで育てていたなら、何年も前から拠点があった事になる。それだけでも大きな情報だ。

 

 

 

「わ、私役に立てたかな……?」

「勿論。……あと、最後にひとつだけ聞いていいかな?」

「あ、えと……うん」

「……君はお父さんをどう思う?」

 少しだけゆっくりと、クリスはシルヴィにそう尋ねる。

 

 確かにシルヴィはR団の娘だが、彼等の思想とはかけ離れた優しい少女だ。

 しかし、確かに彼女はサカキの娘である。その事実だけは変わらず、その影響は計り知れない。

 

 

「……悪い人だとは、思う」

 ただ、シルヴィは小さくそう言った。

 

 曖昧な表現に彼女はこう続ける。

 

 

 

「でも、トキワの森でお話するまでは私にとても優しかったの。欲しいと思った物はなんでもくれた。……お父さんなんだって、思ってる」

「シルヴィ……」

 当たり前だ。どんな親であれ、どんな人間であれ、親として愛情を向けられればそう思う。

 それがどんな歪んだ愛だとしてもだ。

 

 

「だから、トキワの森でお父さんが酷い事をするって言った時はとても悲しかった。止めたいって思った。全力(・・)で。……それは、今も変わらないかな」

「……そうか。分かった。一緒に彼を止めよう。この旅はその力をつける物になると思うよ」

 改めて。そういうかのように、クリスはシルヴィに手を向ける。

 

「うん……っ!」

 彼女はその手を力強く握って、大きく返事をした。

 

 

 

 彼女達の旅の目的が決まる。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「えーとつまり。島に何人かいるキャプテン(・・・・・)という人の試練をこなして、島キング(・・・・)という人の大試練を受ければいいんだよね?」

 シルヴィは島巡りの目的を再確認する為にクリスにそう聞き返した。

 

 

「うん。まぁ、カントーのジム巡りみたいな物だと思えば良いよ。……ジム巡りは分かるよね?」

 思えば彼女はR団の娘として育てられてきた訳だから、カントーの常識もあまり通用しないかもしれない。

 そう思って聞き返したクリスだが、シルヴィは「うん。バッチを賭けてポケモンバトルするんだよね?」と返す。

 

 

「でも、試練……という事はポケモンバトルじゃないって事?」

「不満?」

「そんな! むしろ、バトルしなくていいなら私はその方が良いかなぁ」

 少し俯いて、シルヴィはフライゴンを横目で見ながらそう言った。

 当のフライゴンはその言葉に少し不満気であるが。

 

 

「バトルは嫌いかい?」

「だって、ポケモンを……相手を傷付ける為に戦わせるなんて。……モールで戦ってた時は、私必死だっただけだもん」

 R団として育てられたとは思えないような発言をするシルヴィ。

 

 いや、R団として育てられたからこそ、そう考えてしまうのだろう。クリスはそう考えた。

 

 

 

「確かに試練の中にはポケモンバトルを行わない物もある。でも、大試練は基本的に全部───ゼンリョクのポケモンバトルだよ」

「……ぅ、ば、バトルなんだ」

 クリスの言葉を聞いて表情を引攣らせるシルヴィ。

 そんな表情を見たクリスは、不敵に笑いながらこう続ける。

 

 

「シルヴィ、僕とポケモンバトルをしよう」

「ぇ……」

 笑顔でそう言うクリスを見て、シルヴィは固まってしまった。

 

 シルヴィにとって、良くも悪くもポケモンバトルは相手を傷付ける事だとして認識されている。

 だから、クリスにポケモンバトル(傷付けるために戦う事)をしようと言われて困惑してしまったのだ。

 

 

 あの優しいクリスさんが、なんでポケモンバトルを私と?

 

 

 そう、R団として育てられた彼女は知らないのである。ポケモンバトルが本来どういう物なのか。

 

 

 

「良いからさ。一回だけ、やってみよう?」

「え、えぇ……」

 それを教えてあげるんだ。

 

 クリスは昔を思い出しながら、シルヴィの手を引っ張ってポケモンセンターの外にあるバトルフィールドに向かう。

 

 

 

 ただ純粋に、自分の大切な友達(ポケモン)と一緒になって戦った。

 

 

 ───彼自身もあの頃の事を思い出す為に。




とても間を空けてしまった事に反省。

なんと、評価して下さった方が四人になりました!後一人で夢の色付きです。頑張ります。
さてさて、次回ははじめてのポケモンバトル公式戦ですよ!


また次回もお会い出来ると嬉しいです。


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初バトルは少女の心の内をつつく

「審判はボクが務めるロト!」

 ポケモンセンターの敷地には、ポケモンバトルを行えるバトルフィールドが設置されている。

 

 そこに二人で並んだクリスとシルヴィ。クリスは得意げに、シルヴィは不安げにお互いに向き合っていた。

 

 

「ありがとうロトム。……さて、ルールは一対一のシングル。お互いに一匹ずつのバトルにしようか」

「ほ、本当にやるの?」

「勿論」

 問い掛けに即答したクリスは、ボールを一つ取り出して開閉スイッチを押す。

 バトルフィールドに登場したのはモクローで、クリスに向き直り敬礼する姿は頼もしい印象だ。

 

 

「モクローはくさ、ひこうタイプ。クチートやデデンネは有利だね。……えーと、フライゴン。君は遠慮して欲しい」

 腕を鳴らして前に歩き出そうとしたフライゴンに向けて、クリスが苦笑いしながら口を開く。

 フライゴンと戦うのは悪くないが、それじゃシルヴィがポケモンバトルを体感出来なくなってしまうかもしれないからだ。

 

 不満そうなフライゴンを見ながら苦笑いするクリスの前で、シルヴィはモンスターボールを一つ取り出す。

 放り出されたボールから出たのは、クチートでもデデンネでもなく───アシマリだった。

 

 

「アシマリ……」

 クリスは目を細める。

 

 少しだけ考えた。

 

 

 クチートやデデンネじゃない理由。

 彼女の話では二匹とは長い付き合いの筈だ。ショッピングモールでの連携がそれを物語っている。

 

 しかし、バトルに選んだのはアシマリ。

 

 

 考えられるのは二つだ。

 一つは、付き合いの長い二匹をポケモンが傷付くバトルに使いたくない。

 もう一つは、相性の良いポケモンでモクローを傷付けるのを懸念しているか。

 

「───後者だな」

 

 

 しかし、それでは今度はアシマリが傷付く事になるだろう。

 彼女もそれは分かっているのか、身体は震えていて今にも泣き出しそうだ。

 

 流石に酷だろうか。

 そんな事を考えるも、クリスは首を横に振る。

 

 

 

 だからこそ、彼女には分かって欲しいのだ。

 

 

 

 ポケモンバトルが、相手を傷付ける偶の勝負ではない事を。

 

 

 

「ロトム、始めてくれ」

「い、良いロト?」

「僕に任せろ」

 クリスが視線を送ると、ロトムは両手を上げて声を上げる。ポケモンバトル開始の合図を。

 

 

「クリス対シルヴィ、バトル開始ロト!」

「さて、始めるか。モクロー、たいあたりだ!」

 同時に先手を取るクリス。彼の指示にモクローは翼を広げ、その身体を空に浮かした。

 

 空中からのたいあたり。アシマリはオロオロするだけで指示もなく、直撃を受けて地面を転がる。

 

 

「あ、アシマリ!」

「指示をしないとポケモンは動いてくれないよ。アシマリは君の指示を待ってるんだから」

「でも私ポケモンバトルなんて───」

 涙ながらに訴えるシルヴィだが、立ち上がるアシマリを見て言葉を失った。

 

 

 先日はクリスを見ただけで怯えて震えていたアシマリが、シルヴィを真っ直ぐに見て指示を待っている。

 

 

 シルヴィがアシマリを選んでくれたのは、クリスにとっては嬉しい誤算だった。

 

 研究所で初心者トレーナーに与えられるポケモンは、大抵の場合ポケモンバトルに順応出来るように育てられている。

 確かにポケモンバトルが嫌いなポケモンもいるかもしれない。しかし、研究所で渡されるポケモンに限ってはそんな事は殆どありえなかった。

 

 研究所としても、初心者トレーナーにそんなポケモンを渡す訳には行かないからである。

 

 

 それは、臆病なアシマリにも当てはまっていて。

 

 

 

「シャマ……ッ!」

「アシマリ……戦うの?」

「アシマリは断然やる気だね。……シルヴィ、君はどうする?」

 挑戦的な態度でクリスはそう言うが、シルヴィはまだ乗り気ではないようだ。

 それでも、アシマリのパートナーとしてそれを無視する訳にもいかない。

 

 シルヴィはアシマリとモクローやクリスを見比べて、唇を噛みながらも前を向く。

 

 

 

「……それで良い」

 きっと、ポケモンが大好きなら───その先は教えるより体感させる方が確実だ。

 ポケモンバトルがなんなのか、彼女に教える。一度瞳を閉じて、彼は不敵に笑った。

 

 

「あ、アシマリ! みずてっぽう!」

 シルヴィの指示で、アシマリはモクロー向けて水流を放つ。

 

「降下して避けろ!」

 対するモクローは、飛んでいる状態から翼をしまい滑空する。

 みずてっぽうを避けながらアシマリに近付くモクローに、クリスは続けて命令した。

 

 

「たいあたり!」

「あ、アシマリ避けて!」

 しかし、シルヴィの指示が届くより前に、アシマリはモクローに突き飛ばされる。

 

 

「アシマリは足が遅いからね。指示は早めに出さないと」

「そんな事言っても……」

「ロトム、彼女にアシマリの事を教えてあげてくれ」

 俯くシルヴィに対して、クリスはロトムにそう指示を出した。

 バトルは中断、と。モクローを元の位置に戻させる。

 

 

「了解ロト」

「ロトム……?」

 そう言ってシルヴィの前へ向かうロトム。

 彼女は倒れたアシマリを気遣いながら、そんなロトムを見て首を横に傾けた。

 

 

「アシマリの事を知らないと、バトルは出来ないロト」

 そう言ったロトム図鑑の画面に、アシマリの写真が映る。同時に表示された記録を、ロトム図鑑は淡々と読み上げた。

 

「アシマリ。あしかポケモン。みずタイプ。弾力性のある水のバルーンに乗って大ジャンプ。アクロバティックに戦う」

「バルーン?」

 シルヴィがそう聞くと、アシマリは声を掛けながら彼女の前で鼻を高く突き上げる。

 

 その天辺から徐々に膨らむ弾力性のある泡。

 試しに手で触っても割れないそれは、アシマリの体を包み込める程の大きさになった。

 

 

「おぉ……凄い」

「アゥッ、アゥッ」

 身体を起こして、モクローに手を向けるアシマリ。

 臆病ではあるがバトルには勝ちたいらしい。

 

 ポケモンにとってもトレーナーにとっても、ポケモンバトルが全てではないだろう。

 しかし、このアシマリは戦う事に抵抗はないし。それ以上に───大切な主人の為にバトルに勝ちたいのだ。

 

 

「戦いたいの……? なんで?」

 だが、シルヴィにはそれが分からない。

 

「アゥ……ッ!」

 それでも、アシマリの意思を尊重するなら戦うしかない事だけは分かる。

 シルヴィは唇を噛みながらも、前を見た。モクローと、そのトレーナーのクリスを。

 

 

「……準備は良いかな?」

「バトル再開ロト!」

 ロトムの合図と共に、モクローは飛んだ。続けてクリスは指示を出す。単純で基本的な攻撃──「たいあたり!」──を。

 

 

「あ、アシマリ! バルーンで受け止めて!」

 咄嗟にシルヴィもアシマリに指示を出した。

 アシマリは間髪入れずに自らの正面にバルーンを展開する。

 

 弾力性のあるバルーンはモクローのたいあたりを耐え切って、逆にモクローを弾き飛ばした。

 同時にバルーンが割れて、水飛沫が上がる。モクローの視界は水飛沫で遮られた。

 

 ───今なら。

 

 

「み、みずてっぽう!」

 その水飛沫を、水流が貫く。

 

 バルーンに弾かれてバランスを崩し、水飛沫に視界を邪魔されていたモクローにそれを避ける術はなかった。

 水流が直撃し、衝撃で弾かれたモクローは地面に叩きつけられる。

 

 

 シルヴィの表情が少しだけ歪むが、モクローは直ぐに立ち上がり翼を広げて、自分はまだまだやれるとアピールした。

 

 

「……どうして」

 どうしてそこまでして戦うのか。

 

 分からない。

 

 

「面白くなってきた……っ。モクロー、突っ込め!」

 クリスの指示に、モクローは再び空を飛ぶ。単純な直進。シルヴィにはそう見えたのだろう。

 

「アシマリ、バルーン!」

 さっきと同じ行動。

 

 

 同じ手は通用しないという言葉があるが、ポケモンとトレーナーが力を合わせて戦うポケモンバトルにおいてこれは真理でもあった。

 

 ポケモンバトルはポケモンとトレーナーが一体となって戦う競技である。

 ポケモンだけでも、トレーナーだけでも、片方では考えられない事も───ポケモンとなら、トレーナーとなら。

 

 

「───たいあたりがダメならこうだ。モクロー、つつく攻撃!」

 モクローは自らの嘴をバルーンに向けて突進した。

 

 文字通り嘴で相手を突く攻撃は、たいあたりと違ってバルーンに弾かれる事なくそれを貫く。

 水飛沫を被りながらも、モクローの嘴がアシマリを突き飛ばした。

 

 悲鳴と共に、アシマリが地面を転がる。

 

 直ぐにシルヴィが駆け寄るが、アシマリは直ぐに立ち上がって臨戦態勢を取った。

 

 

「なんで……」

 目の前にアシマリに問う。

 

 モクローはクリスの前に戻って、敬礼のポーズでアピールしていた。

 アシマリはシルヴィに振り返って、必死に声を上げる。

 

 

「……勝ちたいの?」

「アゥッ」

 バトルじゃない時は、あんなにも臆病だったのに。

 

 今のアシマリからは強い闘志を感じた。

 ふと振り向くと、フライゴンが腕を組んでアシマリを見ている。

 

 そんな彼と目があって。何かを訴えるように、フライゴンはシルヴィを真っ直ぐに見た。

 

 

 

「……私まだ、なんでポケモンバトルをするのか分からないけど。でも、アシマリは私のポケモンだもんね。私はアシマリのパートナーで、あなたのしたい事を私が手伝うのは当たり前だよね」

 立ち上がって、クリスを見る。

 

 彼も表情を引き締めて、そんな彼を見てモクローも臨戦態勢に戻った。

 

 

「続ける?」

「続ける」

 強く頷いて。

 

 

 まだ分からない。このバトルで分かるかも分からない。

 

 でも、アシマリのこの気持ちを無下にする事だけは出来ない。

 

 

「アシマリ、みずてっぽう!」

「モクロー、避けてつつく!」

 トレーナーが声を上げて、続けてポケモンが指示に従う。

 

 低空飛行で突貫するモクロー。指示を仰ぐアシマリにシルヴィが出した答えは───

 

 

「───アシマリ、バルーン!」

 ───さっきと同じ答えだった。

 

 しかしアシマリは彼女の言葉を信じて、バルーンを展開する。

 接近するモクローが、バルーンの水面に映った。

 

 

「何度しても同じだよ! 貫けモクロー!」

「アシマリ、バルーンを使って後ろに跳んで!」

 モクローがバルーンを貫く前に、アシマリは鼻からバルーンを孤立させてソレを両手ではたく。

 たいあたりを弾かれたモクローのように、アシマリは弾かれるように後ろに跳んだ。

 

 続いてモクローがバルーンを貫く。水面に映るアシマリとの距離感が掴めずに、モクローは何もない空気をつついた。

 

 

 

「クロ……ッ?!」

「何……っ?!」

「アシマリ、はたく攻撃!」

 驚く二人の正面で、シルヴィはモクローを指差しながら指示を続ける。その言葉に迷いはなかった。

 

 つつくを外したモクローに、アシマリが接近してはたくを繰り出す。

 単なる平手打ちだが、威力は十分だ。バランスを崩している事もあって、モクローは簡単に地面を転がる。

 

 

 みずてっぽうはくさタイプのモクローには相性が悪い。接近してでもはたくを選ぶのは間違っていなかった。

 この短時間でそこまで頭を回転させ、アシマリのバルーンを上手く利用したシルヴィを見てクリスは唇を舐める。

 

 想像以上に自分が楽しい。

 

 

 シルヴィにバトルを楽しませる以前に、負けたくないという気持ちが上回った。

 

 

「アシマリ、もう一度はたく!」

「飛べ、モクロー!」

 地面を転がるモクローは、唐突に地面を蹴って羽ばたく。空を飛ぶモクローに、はたくを当てる事は叶わない。

 

 

「アゥ……」

「大丈夫!」

 攻撃を失敗したアシマリが俯くが、シルヴィは大きな声でそう言った。

 ただ、シルヴィ自身意識していなかった言葉に自分で驚く。

 

 バトルなんてしたくない筈なのに、頑張るアシマリを見て応援したくなったのか。アシマリと共に頑張りたいと思ったのか。

 

 

 ───ただ、負けたくなかった。

 

 

 彼女達の想いが繋がる。

 

 

 

「バルーンでジャンプだよ、アシマリ!」

 言われて、真下にバルーンを作りその弾力で空高く飛ぶアシマリ。

 それにはモクローも驚いて、目を丸くした。アシマリが飛んでいる。正しくは跳んでいる、だが。

 

 

 ──弾力性のある水のバルーンに乗って大ジャンプ。アクロバティックに戦う──

 

 

 凄いな、と。

 ただクリスは感心した。それでも、負けたくない。

 

 

 

「落ち着けモクロー、相手は空で動けない。つつく!」

「バルーン!」

「二度目はない。空中で止まる必要はない。貫け!!」

 直前の攻防でモクローがつつくを外したのは、目標が地面にいて勢いを殺さなければ自分が地面に激突するからである。

 相手が空中に居る今、その事を気にする必要はない。ただ全力で突き進むのみだ。

 

 

「アシマリ、今度は横に跳んで!」

 しかし、アシマリはバルーンを使って横に跳ぶ。

 モクローはバルーンを貫いて視界が奪われるが、それも気にせず直進した。

 

 目の前にアシマリがいる筈。その錯覚が、モクローの背後をガラ空きにする。

 空中戦で後ろを取るという事がどれだけ大切な事か。ポケモンバトルを知る者なら分からない訳がなかった。

 

 

「しま───モクロー、後ろだ!」

「みずてっぽう!」

 モクローが振り向くのが間に合う訳がない。攻撃が直撃したモクローはバランスを崩して地面に叩きつけられる。

 

 

「やった───」

 ───だが、モクローは立ち上がった。

 

 

「───え」

「流石に僕も焦ったけど、タイプ相性はそう簡単に覆る物じゃなかったね。───モクロー、このは!」

 アシマリがまだ空中にいる間にモクローは翼を広げ、大量の葉っぱを飛ばす。

 

 

 くさタイプの技───このは。

 

 

「あ、アシマリ……っ!!」

 空を覆うそれを、アシマリが避ける術はなかった。

 

 

 

 効果は抜群。

 

 

 ダメージを受けたアシマリはそのまま地面に叩きつけられ、気を失う。

 

 

 

「勝者、クリスロト!」

 決着が着いた。

 

 同時にクリスはやり過ぎた、と後悔する。

 これでは逆効果だったかもしれないと、シルヴィとアシマリを見比べた。

 

 

 

「アシマリ!」

 直ぐ様アシマリに駆け寄って、その身体を抱き上げる。

 アシマリは悔しそうな表情でそんなシルヴィを見上げた。クリスには彼女の表情が見えない。

 

 

「え、えーと……ごめんシルヴィ。ここまでやるつも───」

「うぇぇぇん、アシマリごめんねぇぇ……っ」

「───えぇ?!」

 謝ろうと駆け寄ったクリスだが、シルヴィは突然大泣きし始める。

 

 

 ただそれは、さっきのような悲しい表情ではなくて。

 

 

 悔しいとか。アシマリに申し訳ないとか。

 ポケモンバトルが嫌だという感情を感じさせるものではなかった。

 

 

 

「……し、シルヴィ?」

「……正直、よく分からないんだけどね」

 涙を拭きながら、アシマリを抱いてシルヴィは立ち上がる。

 

 その表情に曇りはなかった。

 

 

「アシマリが頑張ってるのを見て、私も負けたくないって思った。勝ちたいって思ったの。……そしたら必死になって、それでも負けたら本当に悔しくて……」

「……そうか」

 そう言ってくれるなら、目論見は成功だろう。

 

 

 クリスは表情を崩しながら、肩に止まったモクローとアシマリの頭を撫でた。

 

 

 

「二匹共、お疲れ様。ナイスファイトだったよ」

 二匹はお互いを見合って笑顔を見せて、それを見てシルヴィも笑顔になる。

 

「傷付けるだけが、ポケモンバトルじゃない。ポケモンもトレーナーも、相手も尊重して、お互いを高め合う競技として戦うのがポケモンバトルだ。……君がこれまで見てきた事は変えられない。それでも、君がこれから見る世界を、そんな悲しい思いで見ないで欲しい」

「お互いを高め合う……競技」

「うん」

 クリスの言葉を何度も復唱して、シルヴィは胸の前で手を握った。

 

 

 ポケモンバトルは相手を傷つける事だと。少なくとも彼女の中ではそういうものだったのである。

 

 

 それが変わった瞬間であり、彼女が一歩、大きな一歩を踏み出した瞬間でもあった。

 

 

 

「フラィ」

 そんな二人の間に入って声を上げるフライゴン。彼もまた、バトルがしたいのだろう。

 

「おっと、君とやるのはまた今度」

「フラィ……」

 半目で睨まれたクリスは、苦笑いしながら両手を軽くあげて許しを願った。

 朝から連続でポケモンバトルは遠慮願いたい。

 

 

「それじゃ、アシマリをポケモンセンターで休ませようか。バトルの後ちゃんとポケモンを休ませるのも、トレーナーの義務だからね」

「うん! アシマリ、お疲れ様」

 シルヴィは元気に返事をしながら、アシマリを気遣って優しく抱き上げる。

 

 そんな彼女を見てクリスも微笑んだ。

 

 

 彼女は本当にポケモンが大好きなんだな、なんて事を思う。

 

 

 だからこそ、ポケモンバトルを嫌いなままでいて欲しくなかったんだ。

 

 ポケモンが好きだからこそ。

 

 

 

「───皆ぁぁ!! キャプテンがバトルをするぞぉ!!」

 そんな中、街中に聞こえるような大声がポケモンセンターのバトルフィールドにも木霊する。

 

 キャプテンがバトルするぞ、と。ただそれだけの事を連呼する大声だが、それだけで街は騒ついた。

 

 

 

「……キャプテンがバトル?」

「これは……見に行くしかないね」

 その意味が分からないシルヴィは首を横に傾けて、クリスは口角を釣り上げる。

 カバンから取り出したオレンのみをアシマリとモクローに渡しながら「ごめんアシマリ、モクロー。休憩は後でも良いかな?」と控えめに問いかけた。

 

 二匹は気を悪くする事もなく、笑顔できのみを受け取る。

 

 

「シルヴィ、ポケモンバトルはするだけじゃない。見る事でも楽しめるんだよ。行ってみないかい? いや、行こう」

「え、えぇ?!」

 シルヴィの手を引いて、クリスは騒ぎの中心に足を向ける。

 

 シルヴィとクリスと、アシマリやモクロー達。

 街の中心に向かうトレーナーとポケモン。

 

 

 これが二人の旅のスタートで、初めてのポケモンバトルだった。




ポケモンバトルを書くのが非常に楽しいです(ごめんなさい長くなりました)。
さて、続きましてはアローラ地方のキャプテンの登場ですよ。なんともほのぼのしたお話が続いてますね!充分に油断しておいて下さい。

私事ですが、遂に評価バーに色が付きました。投票してくださった方々、ありがとうございます。嬉しいです。これからも頑張ります。
それでは、次回もお会いしたいです。


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相性をひっくりかえすのは誰が為に

 己が弱かったからだと、何度も悔いた。

 

 

「初めてましてニャビー。今日から俺とお前は相棒だぜ」

 手を伸ばしてくる初めての相棒に、ポケモンは恐る恐る手を向ける。

 屈託のない笑顔で手を伸ばす少年は、そんなポケモンの手を強く握った。

 

 

「今日から俺とお前で島巡りを始めるんだ! やろうぜ相棒。一緒にどこまで行けるか進んでみよう。きっと、いやぜってー面白い」

 そんな少年の熱意がポケモンも好きになって。

 

 ポケモンは彼の為にゼンリョクで強くなろうと努力する。勿論、相棒である少年と共に。

 ポケモントレーナーとポケモンは一心同体だ。それ以上に大切な家族で、友人で、仲間で、相棒で。

 

 

 

 ポケモンにとって少年はかけがえのない大切な存在で。

 

 

 

「初めての試練だな、やろうぜ相棒!」

 ここからどこまで進めるか。それが楽しみで、ワクワクで。

 

 

 ここから始まるんだと、ポケモンは少年を見てそう思う。

 

 

 

 

「試練はそうだな。……友達同士、勝った方が今日の試練を受けさせてあげよう。負けた方は一週間後だ」

 少年の島巡りは、同い年のもう一人の少年と同時に始まった。

 二人は友人同士で、お互いどこまで行けるか高め合おうと言い合う仲で。

 

 

 そのもう一人が選んだポケモンはアシマリ。

 ニャビーとは相性の悪いみずタイプのポケモンである。

 

 

 

 どうしてそんな試練なのか。

 

 

 

 勝つ方なんて決まっていた。ポケモンのタイプ相性はそう簡単には埋まらない。

 ましてや旅を始めて直ぐの彼等に埋められる訳もなく。

 

 少年は悔しくて走り去って、ポケモンはそれをボロボロの体で追い掛けた。

 

 

 

 友人は心配そうにそれを見守っていたが、彼ならきっと立ち直ると信じて前に進む。

 

 

 

 

「俺がモクローを選んでたら勝てたんだ」

 少年はそう言った。

 

 

「くそ、何がタイプ相性だ。そんなのニャビーを選んだ時点で間違ってるんじゃねーかよ!」

 少年はそう言った。

 

 

「俺がアシマリでアイツがニャビーなら俺が勝ってた!!」

 少年はそう言った。

 

 

 

 ポケモンにとっても、勿論少年にとっても、お互いは大切な相棒。

 それでも、まだ十一の少年に初めての試練で躓くという事は耐えられなかったのだろう。

 

 思ってもいない事をボロボロと吐き出した。

 

 

 ポケモンは震えながら、それを聞く。

 

 

 

 認めたくなかった。だって、少年の事が大好きだったから。

 

 自分が悪い。タイプ相性を覆す程の力を持っていなかった自分が悪い。

 ごめんなさい。もっと強くなるから。ごめんなさい。大切な相棒。だから泣かないで。君は悪くない。ごめんなさい。

 

 

 悔しくて、情けなくて。

 地面を蹴る。少年が気が付いて手を伸ばしても、もう遅い。

 

 

 

 認めたくなかった。だって、ポケモンの事が大好きだったから。

 

 本当は自分が悪い。タイプ相性を覆す程の指示を出せなかった自分が悪い。

 ごめんなさい。謝るから、戻ってきて。ごめんなさい。大切な相棒。いかないで。君は悪くない。ごめんなさい。

 

 

 

「……ニャビー! ニャビー!!」

 結局ポケモンは見つからなくて。

 

 

 

 後悔する。

 

 悔しかった。情けなかった。

 

 

 

 もう二度と、大切な相棒に恥を欠かせない。

 強くなる。だから、戻って来てよ。お願いだから、戻ってきてよ。

 

 君は本当は強いんだ。俺がその力を発揮出来るように頑張るからさ。

 これからはきっと、君と前に進んでいける。お前と笑顔で旅を続けたいんだ。

 

 何処に行ったんだろう。なぁ、相棒。お前は何処にいるんだ? あんなに酷い事を言ったんだ。俺の事を嫌いになって当たり前。

 

 

 

 もう二度と、大切な相棒に恥を欠かせない。

 強くなる。強くなってから少年の元に戻るんだ。

 

 こんなに強くなったよ。タイプ相性だって覆すくらい、強くなったよ。

 そしたらきっと、大切な相棒はまた笑顔で撫でてくれる。また隣に要られる筈だ。

 

 強くなったよ。ねぇ、相棒。何処にいるの? ねぇ? もう、見捨てられてしまったの?

 

 

 

 

 掛け替えのないものをなくして。

 

 

 

 心に穴が開いたみたいで。

 

 

 

 もう二度と、自分のポケモンに責任を押し付けない。大切な相棒を絶対に傷付けない。

 

 もう二度と、負ける事は許されない。大切な相棒に報いる為に強くなる。

 

 

 

 離れ離れの相棒の事を想って、今日もお互いに前に歩いた。

 

 

 あの日の事は、それでもきっと、忘れられない。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 時は進んでから、また数時間前に巻き戻る。

 

 

「真スカル団のお出ましだぁ! このスクールに居るっていうイリマって奴と戦わせろ!」

 片面が半月型に割れた黄色いサングラスを掛けた幼い少女が、メレメレ島にあるポケモンスクールの前で声を上げた。

 

 

 生徒達は「なんだなんだ」と騒ついて、真スカル団を名乗る小さな少女を学校から見下ろす。

 

 スカル団と聞いて身構えてはいたが、そこに居るのは小さな子供だった。

 ともなれば、大人達は子供の悪ふざけかと彼女の言葉を右から左に受け流す。

 

 

「……ふふ、威勢の良い子ですね」

 しかし、彼だけは少女の事をしっかりと見て言葉を落とした。

 桃色の髪に褐色肌の青年は、近くにいたスクールの生徒を手招きで呼び寄せる。

 

 

「なんすか? イリマさん」

 青年に呼ばれた生徒は、首を傾げてそう呟いた。スクールの下に居る少女は、未だに同じような事を大声で叫んでいる。

 そんな中で、イリマと呼ばれた青年は笑顔を見せて首を何度も縦に振った。まるで微笑ましいものを見るように。

 

「彼女とバトル、して来てくれませんかね?」

 そして青年に突然そう言われた生徒の少年は、口を開けたまま驚いて固まってしまう。

 スクールの生徒でもない、しかもあんな悪ふざけをする子供に付き合う必要があるのかと疑問に思った。

 

 

「あんなガキ相手にする必要あります?」

「彼女のバッグに着いてる物、よく見てごらん」

 イリマがそう言うと、少年は目を細めて少女を見下ろす。

 

 彼女のバッグに着いているのは、四色の三角形模様が描かれた飾り物───島巡りの証だった。

 

 

「島巡りの挑戦者……」

「まだなんの話も聞いていないので、今日出発したのでしょう。初々しい感じがまた宜しい。……このイリマの試験、受けてもらいましょうか」

 イリマがそういうと、少年は身を引き締めてモンスターボールを握る。

 

 そのまま下に向かう階段を降りていく少年を横目で見てから、イリマは再び下で騒ぐ少女に視線を送った。

 

 

「……はて、あの娘どこかで」

 そんな事を思うがなぜか思い出せない。頭に浮かぶのは、何故かニャビーというポケモン。その理由すら、浮かぶ事はなく。

 

 ただ、始まるポケモンバトルを見守るのみだ。

 

 

 

 ───メレメレ島のキャプテンとして。

 

 

 

「ようやく降りて来たな。お前がイリマか!」

 柄の悪い声を出しながら、少女──リア──が降りて来た少年にモンスターボールを向ける。

 しかし返って来たのは「違うけど、イリマさんの代わりに俺が相手をしてやる」と威勢の良い返事だった。

 

 

「ハッ、丁度良い。肩慣らしにはなるか。……行け、デルビル!」

「イワンコ、頼む!」

 少女がボールを投げると、ボールからダークポケモンのデルビルが姿を現わす。

 対して少年のポケモンはこいぬポケモン──イワンコ──だ。首回りに首輪のように岩を持ついわタイプのポケモンである。

 

 

 デルビルはほのおタイプを持っていて、いわタイプは不利。その時点で少年は口角を釣り上げた。

 

 

「ヘッ、逃げるなら今の内だぜ。タイプ相性ってな簡単にはひっくり返らないからな!」

「……そうだな、タイプ相性は簡単にはひっくり返らない」

 挑発する少年に、しかし少女は逆に不敵に笑ってみせる。

 

 少年は表情を歪ませるが、少女はそれを見て冷静に先手を取った。

 

 

「───デルビル、かえんほうしゃ!」

 少女の命令とほぼ同時に、デルビルは口から火炎を放つ。

 燃え上がる炎がイワンコを包み込んだ。慌てた少年は、イワンコに逃げろと指示を出す。

 

 

 ほのおはいわに弱い。全てがそうではないが、ポケモンのタイプ相性は逆も然りだ。いわはほのおに強い。

 

 かえんほうしゃが直撃したイワンコだがしかし、身体を震わせて自らの無事を主人に伝える。

 

 

「……ほっ。ヘッ、ほのおなんて聞かねーよ。イワンコ、いわおとし!」

 反撃だ、と。

 

 少年の指示の数瞬後、イワンコは足元の岩盤を崩してからそれを尻尾で打ち付けた。

 いわタイプの技──いわおとし──はほのおタイプのデルビルには、こうかは抜群である。

 

 

「当たるかよ、右に交わせ!」

 しかしデルビルはそれをサイドステップで華麗に交わした。同時にかえんほうしゃを放つデルビルの動きは見た目以上に早い。

 

「んな?! 避けろイワンコ!」

 トレーナーの指示も虚しく、イワンコは再び火炎を浴びる。ダメージは低いが、これが続く事は望ましくなかった。

 

 

「いわおとし!」

「当たるか!」

 少年の視界に同じ光景が広がる。デルビルはあんなにも早く動くポケモンだっただろうかと、少年の中で大きな疑問が浮かんだ。

 いわおとしが当たらない。かえんほうしゃだけが命中して、イワンコだけが傷付いていく。

 

 

「簡単にはひっくり返らなくても、ひっくり変える事もあるのかもな。……なんて」

 少女の挑発に、少年は顔に青筋を浮かべた。少女は少年よりも幾分か幼く、そんな少女に調子に乗られているのが気に食わない。

 

「もう少し近付いたらどうだ? 当たるかもよ?」

「この野郎言わせておけば……っ! イワンコたいあたりだ!」

 たいあたりを当てて隙を作り、その隙にいわおとしをぶつけてやる。

 そんな目論見を立てて少年はイワンコに指示を出した。イワンコ自身もその気で、デルビル向けて全速力で地面をける。

 

 

 少女の口角が釣り上がるのを見て、少年が気が付いた時には遅かった。

 

 

 イワンコのたいあたりが目標を捉える。しかし、その目標はデルビル(・・・・)ではなくなっていた。

 勿論ポケモンの交代はしていない。さっきから戦っていた、正真正銘の対戦相手。その相手にたいあたりはしっかりと直撃している。

 

 ───デルビルではなく、ゾロアークに。

 

 

「───幻影?!」

 少年が戦っていたのはデルビルではなく、ゾロアークだったのだ。

 

 ゾロアークは相手に幻影を見せて自身を他の姿に見せるとくせいを持っている。

 そしてゾロアークは数百居るポケモンの中でも動きの速さは上から数えた方が早いポケモンだ。

 

 

 いわおとしを避け続けた事にも納得して、そして「まずい」となった時には事は起こる。

 

 

 

「───タイプ相性は簡単にはひっくり返らないよな。ゾロアーク(・・・・・)、けたぐり!」

 ゾロアークにたいあたりを仕掛けたイワンコは、そう簡単には次の行動を避ける事は出来ない。

 向かってくる黒い脚に、イワンコはなす術もなく地面を転がった。こうかはばつぐんだ。

 

 

 

 かえんほうしゃを受け続けていた事もあり、イワンコはその一撃でダウンしてしまう。

 

 勝負あり。

 

 

 いつのまにか集まっていた観客から歓声が上がった。少女を絶賛する声がスクールの外まで響き渡る。

 

 

 

「う、嘘だろ……。イワンコ!」

 直ぐにイワンコに駆け寄ると、少年はイワンコを優しく抱き抱えた。

 そうして少女を見上げながら「何者だよ」と愚痴を吐く。

 

 

「……ほらよ」

 しかしその少女は、少年に近付いてオレンの実を突き出した。

 少年は首を横に傾けて「は?」と間抜けな声を上げる。

 

「は、早く食わせてやれよな! 私のポケモンにやられて傷付いてるんだから……」

「なんだお前……」

 自称スカル団を名乗っていた少女が、突然相手のポケモンを心配してきのみを渡したのだ。もう意味が分からない。

 

 

 

「私は真スカル団のリーダー様だ! 島巡りなんて下らない風習をぶっ壊す!」

「島巡りしてるのに……?」

 少年は意味が分からないと両手を上げる。ダメだ、お手上げだ、自分の手には負えない奴だ。

 

 

「で、お前イリマじゃないんだろ? イリマどこ」

「イリマさんな───」

「イリマならここですよ」

 少年の声を遮ったのは、四葉の葉の一枚に白が塗られたキャプテンの証を持つ青年。

 

 

 キャプテン───イリマ。その人である。

 

 

 

「……あんたがイリマか」

「肯定します。ボクがあなたの探していたイリマだと思いますよ、島巡りのトレーナーさん」

 片目を瞑ってそう答えるイリマの周りで、女性達が黄色い声を上げた。

 

「ケッ、お高くとまっちゃってまぁ」

「ふふ、元気なチャレンジャーさんですね。このイリマの試練、受けてみますか?」

「勿論。お前なんかぶっ倒して、島巡りなんて間違ってるって証明してやる!」

 イリマの言葉に、少女は噛み付くように返事をする。

 

 青年はゆっくりと歩み寄って、少女に微笑んだ。

 

 

「それではイリマの試練、始めましょう。集合場所は茂みの洞窟で。内容は現地にて教えます」

「……は?」

 イリマの言葉に、リアは口を開けて固まる。

 

 

「バトルじゃねーの?」

 少しだけ間を置いてから、間の抜けた声で少女はそう尋ねた。そんな反応にイリマは「ふふっ」と小さく笑う。

 

 

「ポケモンバトルだけが試練ではありませんよ。……それとも、このイリマを倒すと?」

「ハッ、要するに負けるのが怖いんだな」

「ふふ、威勢の良い事ですね」

 嫌味なくそう返すイリマを、リアは睨み付けた。

 

 

 そんな彼女に反応するように、ポケットのボールから一匹のポケモンが姿を現わす。

 

 

 ひねこポケモンのニャビーだ。

 

 

 

「……ニャゥァッ」

 背中を持ち上げて、イリマを威嚇するニャビー。

 臨戦態勢といった所だろうか。

 

 

「な、なんだ? ははーん、やる気満々じゃん。やってやろうぜ相棒」

「───ニャ」

「んぁ? どした?」

 ニャビーの反応に、リアは首を横に傾ける。

 

 それを見てイリマは「まさか……」と、小さく呟いた。

 

 

「……ふふ、良いでしょう。イリマの試練、ボクと君のポケモンバトルとします。ルールはシングル戦、使うポケモンは二匹で宜しいですか?」

「全然問題ない」

 リアはそう言うとゾロアークとニャビーをボールに戻す。

 

 

 二人がスクールに設置されたバトルフィールドで準備を終える頃には、大勢のギャラリーがスクールを覆い尽くしていた。

 

 

 

「さっきも言った通り、ルールはシングル戦で使用ポケモンは二匹。交代は自由です」

「なんでも良いからとっとと始めろよな。……全部ぶっ壊す」

「その意気です。それでは───」

「さぁ───」

 

 

 ───バトルスタート。




リアがかえんほうしゃしかしてない()。
さて、初めての試練バトルです。気合い入れて書きますよ!

ニャビーの過去にも少し触れてみました。今後どうなっていくか、楽しみにして下さればと。


前回から凄くお気に入りが増えている気がします。やっぱり赤評価は偉大だなって。これからも頑張ります。
それでは、次回もお会い出来ると嬉しいです。


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ゼンリョクのかえんほうしゃで

「……そろそろ初めての試練でもやってる頃だろうなぁ」

 ウラウラ島のとある交番にて。

 

 野良のニャース達に餌を出しながら、島キング──クチナシ──は口角を釣り上げる。

 そろそろ昼飯の時間だな、と。買い貯めしてあるカップラーメンのどれを食べようかと模索しながら。

 

 

「リア、果たしてお前にあるか?」

 適当なカップラーメンを選んで、メレメレ島の方角を見上げるクチナシ。

 空は快晴で、きっと彼女の味方だ。脳裏に映る激しい炎。

 

 

「───覚悟って奴が」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「審判は俺が。……ルールはシングル戦二対二。交代は島巡りの挑戦者のみ認められる! 尚この試合を、島巡りイリマの試練とします!」

 ついさっきイワンコを繰り出して、リアのゾロアークと戦った少年がバトルフィールドの真ん中に立って声を上げる。

 

 

 島巡りの試練の内容は、各島々のキャプテンが各々自由に決めるものだ。

 本来イリマは別の方法で試練を与えるのだが、彼女の意気込みを気に入ってポケモンバトルという形になったものである。

 

 ただ、今さっき彼女のボールから出て来たニャビーだけがイリマの気掛かりだった。

 

 

 

「それでは、バトル始め!!」

 審判の合図と共にリアとイリマがボールを投げる。

 

 登場したのはゾロアークとドーブル。

 タイプ相性に有利不利はないが、ゾロアークは先程の試合でかくとうタイプの技──けたぐり──を見せていた。ノーマルタイプのポケモンにも効果は抜群だ。

 しかしドーブルはスケッチという特別な技で様々な技を覚える事が出来る。お互いにお互いの弱手をどう突くかが重要になるだろう。

 

 

「ドーブル、けたぐりです!」

 先に動いたのはイリマのドーブルだった。

 

 先程の戦いをスケッチしたのだろう。

 そしてかくとうタイプの技はいわタイプのポケモンやノーマルタイプのポケモンの他にあくタイプのポケモンにも効果は抜群だ。

 

 

「近付けさせるな! かえんほうしゃ!」

 リアの指示でかえんほうしゃを放つゾロアーク。ドーブルは瞬時の判断でそれを避ける。

 

 

「良い判断です。けたぐりは体重の重いポケモン程ダメージが上がる技。ドーブルとゾロアークが打ち合えば、先に倒れるのはゾロアークでしょうからね」

「知った様な物言いしやがって……」

「ポケモンバトルで大切なのはやはり、難しい事を抜きにしてもタイプ相性です」

 リアの目を真っ直ぐ見ながら、イリマは彼女にそう語りかけた。

 

 

「ポケモンとの絆、ポケモン自身の技術、トレーナーの指示。どれもとても大切ですが、まず基礎となるのはポケモンのタイプの相性。……ノーマルタイプは弱点を突く事は出来ませんが、逆に弱点は一つしか無く、さらにゴーストタイプを受け付けません。このノーマルタイプをどう攻略するか、君の力を存分に発揮してください。───ドーブル、みずてっぽう!」

 イリマの指示で、ドーブルは尾先をゾロアークに向けてそこから水流を発射する。

 

 ゾロアークは指示されるまでもなく、屈んで攻撃を避けた。

 

 

「まだまだ、ひのこ!」

 続く攻撃をゾロアークはサイドステップで避ける。

 不敵に笑うイリマを見て、リアは頰に汗を流した。

 

 

「このは!」

「かえんほうしゃ!」

 更に続く攻撃、くさタイプの技──このは──はほのおタイプの技で焼き尽くす。

 

 

「……しゃらくせーよ、技全部見せて私を試そうってか」

「ふふ、正解です。ボクは今基本となる三つのタイプを君に見せました。島巡りに出たのならアシマリ、ニャビー、モクローの三匹の中から一匹ポケモンを貰う筈。……君はニャビーでしたね」

 不敵に笑うイリマは「そしてドーブルはどのポケモンにも弱点を突く事が出来ます」と付け加えた。

 

 

 そうなると、バトルをするならタイプ相性を深く考えなければならない。

 弱点を突かれるニャビーを出すのは難しいだろう。

 

 なら、君はどうしますか?

 イリマは真っ直ぐに彼女を見て、その瞳で問い掛けた。

 

 

 

「……うるせぇよ」

「……ほぅ」

 イリマを睨むリアに、彼は気を悪くせずにその続きを待つ。

 では見せて下さい、聞かせてください、君の答えを。

 

 

「水は炎に強いです。炎は草に強いです。草は水に強いです。タイプです、相性です。んなこたぁ、基礎中の基礎。聞き飽きた! でも戦ってるのは私じゃない目の前の相棒達だ。コイツらがやる気なら、それを支えるのが私のやり方だ! 突っ込め!」

 リアの指示で、ゾロアークはドーブルと間合いを詰めた。

 

 

 しかしイリマの言う通り、もしけたぐりを打ち合ったのなら先に倒れるのはゾロアークだろう。

 それだけは、何をしても覆らない筈だ。

 

 ───もし、けたぐりを打ち合ったのなら。

 

 

 

「そうですね、良い心構えです。それでも、気持ちだけではその基礎はひっくり返りませんよ! ドーブル、けたぐり!」

 間合いに入って来たゾロアークに、ドーブルがけたぐりを放つ。

 

 

 ドーブルの脚は綺麗にゾロアークの脚を捉え───たかのように見えた(・・・)

 

 

 

 同時に、ゾロアークの姿が歪む。

 

 その光景にドーブルもイリマを目を見開いた。

 眼前に広がるのは、ゾロアークではなくドーブルの脚が捉えた黒い小さなポケモンである。

 

 

 わるぎつねポケモン───ゾロア。

 

 

 

「───イリュージョン?!」

 とくせいイリュージョンを持つポケモンはゾロアークだけではない。

 その進化前、ゾロアも同じとくせいを持つポケモンだった。

 

 

「───カウンター!!」

 けたぐりで受けた衝撃を乗せて、ゾロアはドーブルにカウンターを仕掛ける。

 受けた物理ダメージをおよそ倍にして返す技が、ドーブルの身体を吹き飛ばした。

 

 

「ドーブル?!」

「よっしゃぁ!」

 ガッツポーズで喜ぶリア。しかし、直ぐに彼女の表情は青ざめる。

 

 

「……ブグゥ」

 立ち上がるドーブル。あの攻撃で倒せなかった事には、流石に驚いた。

 

 

「……なるほど、ゾロアークに化けるとは予想外でした。しかし、少しだけ足りませんでしたね。ドーブル、みずてっぽう!」

 高速の水流をそう簡単に避けられる訳がない。

 

 前の攻撃でみずてっぽうを簡単にしゃがんで交わしたのは、そもそも体格の小さなゾロアに当たっていなかったのだろう。

 面白い事をする娘だと、イリマは舌を巻いた。

 

 

 避けきれずにみずてっぽうが直撃し、地面を転がったゾロアはそのまま目を回してしまう。

 

 

 

「ゾロア戦闘不能!」

 ひんしになったゾロアをボールに戻して、リアは「良くやった」と労いの言葉を掛けた。

 そして別のボールに手を掛ける。

 

 

 

「さて、二対二のバトルですから。君のポケモンはあと一匹。どんなポケモンを見せてくれますか?」

「お望みどおり見せてやるよ!」

 放たれるモンスターボール。現れたのはひねこポケモン───ニャビーだった。

 

 

 みずてっぽうを持っているドーブルにニャビーを出すのは悪手だろう。

 ただ、ゾロアークもデルビルもドーブルに弱点を突かれていて、その点では変わりはないかもしれない。

 

 しかし、ニャビーにはイリマの使うノーマルタイプへ弱点を突く技がなかった。

 

 

 

 何を考えているのか。イリマは考える。

 

 

 ニャビーではなく、ニャビーに化けたゾロアークだという可能性が一番に浮かんだ。

 それが彼女の戦いなのかもしれない。なるほど、とイリマは不敵に笑う。

 

 

 

「もう騙されませんよ! ドーブル、間合いを詰めてください!」

「近寄らせるな、かえんほうしゃ!」

「みずてっぽう!」

 試合開始と同じような光景から、イリマはみずてっぽうを加えて状況を一変させた。

 みずてっぽうによりかえんほうしゃが相殺され、ドーブルはそのまま距離を詰める。

 

 

「化けの皮を剥がします。ドーブル、けたぐり!」

 そしてニャビー向けて、ドーブルはけたぐりを放った。小さな身体が地面を転がるが、幻影が溶ける様子はない。

 

 

「そのままニャビーなのですか?! しかし、ならば水で攻めるだけ。ドーブル、みずてっぽうです!」

「かえんほうしゃ!」

 水と炎がぶつかれば、水が勝つのが自然の摂理である。

 かえんほうしゃは掻き消され、みずてっぽうがニャビーを襲った。

 

 

「……っ、ニャァッ!」

 脚を崩しそうになるが、立ち上がるニャビー。

 

 

 それを見てイリマは表情を歪ませる。

 

 

 

「なんの策も無しに、ニャビーを出したのですか? ボクのドーブルがみずてっぽうを覚えている事を知りながら」

「んな御託は聞き飽きたって言ってるだろ。……戦うのはコイツだ。コイツが戦いたそうだったから、私はコイツを戦わせる。そして、勝たせる! ニャビー、かえんほうしゃ!!」

 ポケモンバトルは気迫でどうにかなるものではない。

 

 それもバカの一つ覚えのように同じ技を繰り出しているだけでは、トレーナーとしても未熟。

 まだ彼女に試練を突破させる訳にはいかない、と。イリマは心を鬼にしてドーブルに指示を出した。

 

 

「……みずてっぽう!」

 放たれる水流。しかし炎と重なり合った水は炎に包み込まれて、蒸発していく。

 

 

「バカな?!」

「行けぇ!!」

 

 

 

「───な、ドーブル?!」

「ドーブル戦闘不能!」

 みずてっぽうを貫いたかえんほうしゃの直撃を受けたドーブルは、カウンターのダメージもあり倒れた。

 イリマはドーブルをボールに戻すと、労いの言葉を掛けてからリアとニャビーを真っ直ぐに見る。

 

 

「よっしゃぁ! やるじゃんニャビー。流石ぁ!」

「ニャゥァ!」

 ニャビーの背中から炎が漏れていた。まるで、抑えきれないエネルギーを放出するように。

 

「……なるほど、無策だった訳ではないみたいですね」

 これは反省しなければならない。そう思いながら、イリマはボールから二匹目を繰り出す。

 

 

 鋭い牙を持つヤングースの進化系。

 ヤングースより大柄な茶色い身体に、頭の逆立って前に突き出た毛が特徴的なポケモン。

 

 

「出番です、デカグース!」

 はりこみポケモン───デカグースだ。

 

 

「いかりのまえば!!」

 鋭い牙をニャビーに向けるデカグース。

 ニャビーは避けきれずに噛みつかれるが、何とか身体を捻ってデカグースから逃れる。

 

 

「だ、大丈夫か?! ニャビー!」

「……ニャ!」

 元気な返事と、さっきよりも背中から炎を漏らす姿を見てリアは満足気に笑った。

 

 

「とくせい、もうか。体力が低くなる程、炎技の威力があがるとくせいですね。ドーブルのみずてっぽうを打ち破るとは、おみごとです」

「ハッ、言っただろ。勝たせるって!」

 得意気に語るリアを前に、イリマはポケットから時計の様な物と白い石を取り出す。

 

 

「今のニャビーは体力も限界、きっと最大威力のかえんほうしゃが放てる筈です。そんな君達のゼンリョクに、ボクもゼンリョクで挑む事にするとします!」

 腕にリングを付け、そのリングに石を填めるイリマ。

 

 

 それを見て、リアは口角を釣り上げた。

 

 

 

「Z技か」

「その通りです」

 言いながら、イリマは顔の前で両手をクロスする。

 

 そして一度広げた手を前に突き出してから、両手が斜めに繋がる様に右手を下に左手を上に広げた。

 拳を握りしめ、肘から先を自らの身体に引き寄せる。まるで『Z』の文字を描く様な格好で、イリマは口を開いた。

 

 

 

「見せてください、君達のゼンリョクを! ボクもゼンリョクで答えましょう!!」

「Z技なんて、私達のゼンリョクで吹き飛ばす!!」

 お互いに口角を釣り上げる。

 

 イリマの身体から光が放たれて、その光がデカグースを包み込んだ。

 対するニャビーも、とくせい──もうか──により高められた今にも漏れ出しそうな炎の力を口に溜め込む。

 

 

「これがボク達の───」

「これが私達の───」

 二人は同時に声を上げた。二匹もまた、同時に動き出す。

 

 

 

「「───ゼンリョクだぁ……ッ!!!」」

 空気が震える様な叫び声。

 

 

 

「ウルトラダッシュアタック!!」

「かえんほうしゃ!!」

 お互いのゼンリョクがぶつかり合うその光景は、見る者全てを魅了した。

 

 

 

 

「……凄い」

 光に包まれたデカグースの突進を、かえんほうしゃとは思えない程の火力を持った炎が襲う。

 炎が吐き出されなくなれば、デカグースの攻撃がニャビーを襲う筈だ。

 

 デカグースが先に倒れるか、ニャビーの炎が消えるか。それが勝負の決め手だろう。

 

 

 

「行けぇぇえええ!!」

 決着は、唐突に着いた。

 

 

 

 ニャビーの炎が弱まって、デカグースがニャビーを突き飛ばす。

 

 

 誰もがニャビーの敗けを認めた───その時。

 

 

 

「グゥ───」

 ニャビーを突き飛ばした時点で、体力の限界が来ていたデカグースが地面に横たわった。

 

 

 

「……っ、ニャ」

 対するニャビーも、地面を転がって横たわる。

 

 

 

 両者引き分け。審判が両手を広げようとしたが、イリマがそれを制した。

 

 

 

 ──くそ、何がタイプ相性だ。そんなのニャビーを選んだ時点で間違ってるんじゃねーかよ!──

 

 

 ──初めてましてニャビー。今日から俺とお前は相棒だぜ──

 

 

「───っ、ニャァ……ッ!」

 負ける訳にはいかない。

 

 

 

 もう、負けない。大切な、大好きな相棒に報いるために。

 

 

 

「ニャビー……」

「ニャァァッ!!」

 立ち上がり、ニャビーは雄叫びを上げる。

 

 

 勝敗は、その時点で決した。

 

 

 

 

「で、デカグース戦闘不能! よって、勝者は島巡りの挑戦者!!」

 気が付けばスクールを覆い尽くしていた観客から、大量の拍手喝采が上がる。

 

 

 

 満足そうな表情で空を見上げるイリマは、ふと小さく呟いた。

 

「彼にこの光景を見せたかった……」

 いつか見た、大切な友人の姿が少女と重なって。

 

 

 それでも違う道を歩く彼女の今後が、とても楽しみだと微笑む。

 

 

 

 ニャビーを抱き抱えてはしゃぐ少女の顔は、いつか見た誰かの顔にとても似ていた。




ちょっとバトルが短かったかな?なんて。
それでも初めての試練バトル。とても楽しく書かせて頂きました。
シルヴィの時は、ゲームの試練っぽくやりたいなって。


さてさて、なんと少し前にランキングに載るような事がありまして。とてもお気に入りが増えて嬉しく思っております。
読む人が多くなると、評価も厳しくなって平均評価も下がってしまったのですが、見限られないように頑張りたいですね。


それでは、また次回もお会い出来ると嬉しいです。読了ありがとうございました。


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試練突破のおいわいとその後

「凄い……」

 初めて見たゼンリョクのポケモンバトルは、少女の瞳には輝いて見えた。

 

 

 光に包まれて地面を駆けるデカグース、迎え撃つ紅蓮の炎。

 二匹が崩れ落ちて、勝負は引き分けになったと審判が両手を挙げる。

 

 しかし、それを制するキャプテンイリマ。

 

 彼の視線の先で、炎を放っていたポケモンが脚を震えさせながら立ち上がろうとしていた。

 

 

 これまで、ポケモンが傷付く姿を見るのが嫌だったのに。

 無理して苦しそうなポケモンを見る事に耐えられなかったのに。

 

 

 どうしてか、そのポケモンに対して「頑張れ」と心の中で叫ぶ。

 

 

「ニャァァッ!!」

 そしてそのポケモンは立ち上がった。

 不思議と涙が出てきて、隣にいる少年にハンカチを渡される。

 

 

「凄いね、リアちゃん」

「君もアレやるんだけどね」

「ぇ」

 そして現実を叩きつけられた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「おめでとう。試練を突破した君にはコレを渡そう」

 戦いに勝ちニャビーと戯れるリアに、イリマは白い石を向けながらそう言う。

 

 

「要らん」

 しかし彼女の答えはコレで、イリマは転びかけた。

 

「いやいやいやいや、えぇ?!」

 コレには流石のイリマも驚きの表情である。

 彼女は何をしに来たのか。

 

 

「ソレZクリスタルだろ? 私は島巡りなんてぶっ壊す為に旅をしてるんだ。そんなもん要らん!」

「でも、なんらかの試練突破の証がないと……大試練に挑めませんというか」

「なん……だと……。な、何やってんだリアぁ! うわぁぁ!」

 目を見開くリア。何かと葛藤しているのか、彼女は頭を掻き毟ってから片手を伸ばした。

 そんな姿が何処かのならず者の元ボスに似ていて、変な影響を受けているなと苦笑する。

 

 

「はい、これを試練突破の証として受け取って下さい。ノーマルタイプのZクリスタルです。い、一応Z技を放つ為のエレガントなポーズを───」

「ほいセンキュー。ポーズなんか知らん。アンタその歳で恥ずかしくないの?」

「……オーウ」

 これまで島巡りの挑戦者に試練を与え、Zクリスタルを手に入れた者達にポーズを教えて来たが。

 まさかZクリスタルの受け取りを拒否され、さらにポーズを教わる事すら拒否される事になるとは。

 

 

 まだまだ自分は若いと思っていたが、人生色々な事があると、イリマは頭を抱えてそう思った。

 

 

 

「リアちゃぁぁぁん!!」

「ギャァァ?!」

 そして突然の奇襲にイリマはさらに困惑する。

 

 Zクリスタルを手に入れたリアに跳び付いたのは、つい先程クリスとポケモンバトルをしてから彼にここまで連れて来られたシルヴィだった。

 この場でゼンリョクの戦いを見て感動したシルヴィは、居ても立っても居られなくてリアに突進したらしい。普段からこんな感じだが。

 

 

「な、なんだよお前?! 見てたのかよ!!」

「うん!! 見てた!! 凄かった!! 格好良かった!!」

「語彙力ないなお前……」

 もう少し言いようはなかったのだろうか。

 

 

「……君は?」

 そんなシルヴィを見ては、イリマは彼女にそう質問する。

 鞄に付いている島巡りの証。察するに、彼女も島巡りの挑戦者なのだろうが。

 

 

「あ、私リアちゃんのおねーちゃんです!」

「ぇ」

「ちげーよ」

「ぇ」

 困惑するイリマ。そんな彼の顔を覗き込んで、シルヴィは何か思い出したように手を叩いた。

 

 

「もしかして、一緒の飛行機に乗ってて砂漠で助けてくれた人?! ほら、ドーブルであの黒いポケモンにハサミギロチンしてたよね?!」

 シルヴィが思い出したのは、ハイナ砂漠で少しの間共に行動した青年の姿。

 何か少しだけ違う気がするが、あの時の彼の顔と目の前の彼の顔は一致している。

 

 

「……ハイナ砂漠? いや、申し訳ありません。ボクにそんな記憶は」

「あ、あれぇ……? 双子?」

「ボクに双子は居ませんけど……?」

 お互いに首を横に傾ける二人。そんな彼女達の背後で、大体の事を察したクリスは話を前に進める為に二人の前に立った。

 

 

「それはともかく、まず君は試練突破おめでとう。イリマさんはじめまして。彼女はもう一人の島巡りの挑戦者でシルヴィと言います。僕は……えーと、付き添いのクリスです」

 リアに祝いの言葉を伝えてから、シルヴィをイリマに紹介するクリス。

 

「ふふ、今回の島巡りの挑戦者は元気があって良いですね。ボクはイリマ。メレメレ島のキャプテンを務めています」

 クリスの紹介を受けて、イリマはシルヴィに手を伸ばす。彼女も少し緊張しながら彼の手を取った。

 

 

 

「しかし申し訳ありません。君の試練は明日に持ち越してもよろしいでしょうか? ボクもポケモン達も疲労が溜まっておりまして」

「そ、それは勿論……なんですけど。わ、私もイリマさんとバトルするんですか……?」

 震えながらそう質問するシルヴィに、イリマは不敵な笑みで「しますか?」と答える。

 

 

 千切れそうな勢いで首を横に振るシルヴィを見ては、イリマは短く笑った。

 

 

「彼女は特別戦いたそうだったので、バトルという試練を与えたに過ぎません。君には本来のイリマの試練を受けてもらいますよ」

「よ、良かったぁ……」

 正直、あんなバトルを見せられては勝てる気がしない。フライゴンの力を借りても良いのか分からないし。

 息を吐くシルヴィにしかし、イリマは不敵な笑みを見せる。

 

「試練は甘くありませんよ。……それでは明日、お昼ご飯を食べて力を付けてから、ここに来てください」

「は、はい!」

 気が付けばギャラリーの減っているポケモンスクールで、元気な返事をするシルヴィ。

 

 

 その横をそっと、バレないように逃げようとするリアをでんこうせっか(・・・・・・・)の様に捕まえたのもまたシルヴィだった。

 

 

「うえぇぇ?! 離せぇぇ!!」

「今日のお話とか聞かせてぇぇ!!」

 バカをしている主人を見詰めるニャビーとフライゴン。

 

「それでは明日、よろしくお願いします」

 そんな二人を楽しそうな表情で見るイリマに、クリスが代わりに挨拶をする。

 

 

 明日はシルヴィの初試練か。

 旅を始めて早々、面白いものが見れそうだ。

 

 

 逃げようと暴れ回るリアと、四つも歳下の女の子を襲う不審者(シルヴィ)を見て苦笑して。

 それでもクリスは明日を楽しみに、バカ二人をポケモンセンターまで連れて行く。

 

 海に沈む太陽が、まずは一人目の試練突破を祝っているようだった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「見に行かねーぞ」

「えぇぇ、なんで?! 手伝ってよぉ……」

「いや手伝ったらダメだろ?!」

 ポケモンセンターにて。

 

 

 今日バトルで疲れたポケモン達を休ませながら、シルヴィ達は宿泊の準備をする。

 そんな中で、シルヴィはリアに明日の試練に着いて来て欲しいと頼み込んでいた。

 

 島巡りを否定する為に旅をしている筈だが、そこは真面目なのかとクリスは苦笑する。

 

 

「君は島巡りを否定したいんだよね?」

「……ん? そ、そうだけど」

「それじゃ、着いて来た方がいいと思うよ。島巡りの全てを知らないのにそれを否定するのは難しいと思うからね」

 クリスのそんな説得に、リアは「それもそうか」と頷いた。

 

 目を輝かせるシルヴィに向けて、クリスはバレないように親指を立てる。

 

 

「しょ、しょうがねーな。……着いて行くだけだぞ」

「やったぁ!」

 同時にリアに抱き着くシルヴィだが、直ぐに押し飛ばされた。

 

「で、勝算あんの? アイツ結構強かったけど」

 懲りずに抱きつこうとするシルヴィを足で遠ざけながら、リアは彼女ではなくクリスにそう聞く。

 シルヴィに聞いても「気合いでなんとかする」とか言われそうだからだ。

 

 

「そもそも島巡りの試練って、ジムバトルみたいは物じゃないんだよ。まぁ、僕も詳しくは知らないけれど。ポケモンバトルだけが試練じゃない」

「アイツと戦うわけじゃないのか」

「そういう事だ。だから、勝算とかは考えなくて大丈夫。勿論、どんな試練でも困難な事は困難だろうけどね」

「気合いでなんとかする!」

 想像と一字一句同じ台詞に頭を抱えながら、リアは少しだけ明日が楽しみになる。

 

 

 島巡りを否定するという目的を忘れて、ただ目の前の友人(・・)が何を見せてくれるのか。ただ、それが純粋に楽しみだった。

 

 

 

「そういえば、フライゴンはどうする気だ? お前のポケモンじゃないんだろ?」

 結んだ髪を解きながら、リアはシルヴィにそう聞く。

 

 ジムバトルは当たり前だが、島巡りも己のポケモンと共に挑戦するものだ。

 彼女のポケモンではないフライゴンが一緒に挑戦して良いのかは分からない。

 

「もうゲットしたら?」

 勿論フライゴンが居れば相応な戦力になる為、リアとしてはフライゴンも手持ちに加えた方が良いと考える。その為の発言だった。

 

 

「フライゴンは怪我が治るまで私が面倒を見るって決めてるだけだから……。私達を守ってくれたフライゴンに、これ以上迷惑掛けるのもちょっと……」

 彼女のそんな言葉を聞いて、フライゴンは視線を逸らす。

 

 そんなフライゴンを見てはクリスは考え込むが、珍しく良い答えは出て来なかった。

 これは彼女とフライゴンの問題だし、変に口を出すのもお節介だろう。

 

 

「でもお前のポケモン、戦えるの? あ、いや、バトルじゃないんだっけ?」

 どんな試練が待っているのか分からないが、ポケモンの実力は問われる筈だ。

 リアの知る限りシルヴィのポケモン達は、あまり戦えるポケモン達には見えない。

 

 

「デデンネは凄く強いよ!」

 ただ、シルヴィは自信満々にそう言う。

 

 彼女のデデンネを思い出しては、リアもクリスは顔を見合わせた。そうだったか、と。

 

 

「そんな事より、今日はリアちゃんの試練突破を祝おう!」

 ポケモンセンターで食べられる食事やデザートを見比べながら、勝手に晩餐を企てるシルヴィ。

 リアは遠慮するのだが、そもそもそのお金は誰が出すのだという会話になった所でクリスが財布を開ける。

 

 断るにも断れず、その日は結局リアの試練突破を祝う晩餐会となったようだ。

 

 

 

 明日は初めての試練だと。

 

 自分のポケモン達と月を見ながら決意を胸に明日を見る。

 

 

 

 今日見たバトルの感動を胸に、彼女もまたその一歩を踏み出そうとしていた。




これにて四節終了です。次から五節に突入して、シルヴィの試練が始まります。どんな内容になるかはお楽しみに。
前回高評価沢山頂きまして、とても嬉しかったです。ありがとうございました。

それでは、また次回もお会い出来ると嬉しいです。


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【一章五節】その日──少女は初めての試練を受ける
ポケモン達のてだすけで


 太陽と月が同時に見えた。

 

 

 まだ日差しが登ってまもなく、ほんのり青くなった空。

 水平線を赤く照らす太陽の上で、銀色に輝く月がまるで太陽に寄っていくように堕ちていく。

 

 

 段々と薄くなる月が、夜の終わりを告げるようで。

 輝く太陽は、朝の始まりを空に刻み込んでいた。

 

 

「よーし、今日はがんばリアちゃんだね……っ!」

 ニャビーをイメージした黒色のパーカーを着て、赤い髪を後ろで一つに結んだ少女──シルヴィ──が太陽と月に向かって声を上げる。

 鳥ポケモンが目を覚まして、羽ばたいていく音が妙に耳に残った。

 

「行こっか」

 完全に月が見えなくなるのを待ってから、少女は太陽に背を向ける。

 

 

 初めての冒険。初めての試練が、彼女を待っていた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「で、勝算は?」

 普段は髪を後ろで結んでいる小柄な少女は、珍しくそのまま髪を下ろした状態でそんな言葉を落とす。

 

 

 どうやらシルヴィとお揃いなのが気恥ずかしいらしい。

 赤いメッシュの混じった黒髪を弄りながら、少女──リア──はシルヴィにそう問いかけた。

 

 

「気合い?」

「幸先不安過ぎる」

 首を横に傾けて、人差し指を唇に向けながらそう答える少女はしかし表情に曇りはない。

 

「だって、リアちゃんみたいにポケモンバトルする訳じゃないんだよね。だったら、全力で頑張るだけだよ!」

「こんなんで大丈夫かコイツ」

「不安でオドオドしてるよりは良いんじゃないかな」

 肩に小さなゲンガーを乗せた金髪の少年──クリス──は、なんとも言えなそうな表情でそう答える。

 

 今日はシルヴィがイリマの試練を受ける日だ。

 彼女達と行動を共にする気はないリアだったが、島巡りを否定する為には島巡りを知らなければならないというクリスの口車に乗せられて、この場に居る。

 

 

「手持ちはクチートにデデンネにアシマリ……。不安しかねぇ」

「え? 皆良い子だよ」

「んなことは知ってるよ! 試練ってのが何するのか分からないけど、腕力が居るとかだったらどうするんだって話」

「気合い?」

「ダメだこりゃ」

 気合いも必要だが、それだけではなんともならない事も多いのだ。

 

 昨日のポケモンバトルで、ニャビーのかえんほうしゃがデカグースのZ技に打ち勝ったのだって気合いだけじゃない。

 とくせい──もうか──を最大限生かし、それにニャビーの気持ちが加えられた結果である。

 

 

「フライゴン、捕まえれば良いのに……」

 ポケモンセンターを出ても、彼女に懐いているのかフライゴンはシルヴィにピッタリくっついていた。

 このフライゴンさえ居れば、戦力としては差し迫った問題はなくなるだろう。

 

 そうしないのは、彼女の優しさか。

 

 

 

 ───それとも怖いのだろうか。

 

 そんな事を考えた。

 

 

 

「スクールへの道はボクが案内するロト!」

 三人の前方に向かって振り返り、画面に地図を写しながらロトムはそう言う。

 リアは未だに慣れないが、シルヴィは「凄ーい! 流石ロトム図鑑!」とはしゃいでいた。

 

 

「どうなってんだ……アレ」

「所謂、かがくのちからってすげーって奴だよ」

 そんな会話をしている間に、三人はポケモンスクールの入り口にたどり着く。

 

 

 そんなスクールの校門を背に、一人の青年が瞳を閉じて立っていた。

 桃色の髪を海風が靡かせる。彼こそメレメレ島キャプテンの一人───イリマだ。

 

 

「お、おはようございます……っ」

 ここに来て緊張しだしたのか、シルヴィは歯切れ悪くイリマに挨拶をする。

 その声を聞いてイリマも瞳を開け「おはようございます、チャレンジャー」と返事をした。

 

 

「さ、早速ですが試練を受けさせて下さい!」

「ダメです」

 声を張り上げるシルヴィにしかし、イリマは笑顔でそう答える。

 

 リアはその場で転けて、シルヴィは目を丸くして固まった。

 

 

「あ、あるぇ〜」

「ふふ、イリマの試練を受ける前に……試練を受ける為の試練を受けてもらいますよ」

 して、シルヴィに視線を合わせてそう言うイリマ。

 その意図が読めず、シルヴィは未だに固まっている。

 

 

「私にイワンコ使いをけしかけて来た感じの事でもするのか?」

 ただ、リアは思い当たる節があるようでそんな言葉を落とした。

 どういう事だと、シルヴィやクリスが聞く前にイリマはこう返事をする。

 

「そういう事ですね。試練を受ける前に、試練を受けるに値するか試させて貰います」

「ば、バトルですか……?」

 青ざめて足を引くシルヴィに向けて、イリマは首を横に振った。

 安心して息を吐く彼女はしかし「バトルになるかもしれませんが」という言葉で再び表情を痙攣らせる。

 

 

「試練はとても簡単です。街中に貼ってあるこのヌシール(・・・・)を五枚集めて来て下さい」

 黄色が主体の六角形の大きなシールをシルヴィに見せながら、イリマは笑顔でそう言った。

 

 

 リアは転んで、クリスも目を丸くして、シルヴィは口も開けて固まってしまう。

 

 

 

 なんだそれ。満場一致の心情だった。

 

 

 

「そ、そんな事で良いんですか? あ、制限時間があるとか?」

「ありませんよ。日を跨いじゃっても大丈夫です。ただし、君達二人の手助けは禁止です」

 街にどれだけのシールが貼ってあるか分からないが、その内五枚を集めるだけで試練を受ける事が出来る。

 とても簡単じゃないかと、三人は首を横に傾けた。そんな彼女達を見てイリマは不敵に笑う。

 

 

「さて、それではヌシール探し始めましょうか。ボクも付いていきますし、なんならお二人も付いて来て構いません。ただし、助言は禁止です。……これは彼女の試練ですから」

 ここで気になるのは、フライゴンの扱いであった。所謂野生のポケモンのフライゴンはシルヴィを助けて良いのか───そんな疑問が頭を過る。

 

 

「一つだけアドバイスを。アローラはポケモンと暮らす地方です。他人のポケモンはともかく、野生のポケモンに力を借りるのも、このアローラでは当たり前の事なんです───勿論、そのフライゴンだって例外ではありません」

「それじゃ……フライゴンの力を借りても?」

「構いませんよ。そして、今のボクの言葉を忘れずに」

「分かりました! 頑張ります!」

 元気に返事をしてから、振り向いて街を見渡すシルヴィ。

 

 

「それでは、イリマの試練への試練───スタートです!」

 照り付ける太陽の下、シールを探す試練が始まった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「ない」

 一時間後、シルヴィはポケモンセンターの前で崩れ落ちる。

 

 

 メレメレ島のハウリオシティはアローラの観光客も良く訪れる、この地方の都会であり比較的広い。

 しかし一時間も探し歩いてヌシールのヌの字も見当たらないとなると、流石のシルヴィも気が滅入ってきた。

 

 

「ヌシール、街にどのくらい隠してあるんですか?」

「百枚くらいかな」

 即答するイリマ。均等に貼られているとすると、今まで歩いて来た場所だけでも五枚は存在する計算である。

 そうなると、これは目に見えないような場所に隠してあるのだろうとクリスは瞳を細めた。

 

 ただ探し回るだけではこの試練を突破する事は出来ない。そこに気が付けるか、どうか。

 

 

 

「……こんなん何の意味があるんだよ。やっぱ島巡りなんて意味ないな」

 欠伸をしながら、リアは半目でそう呟く。

 

「ふふ、そうですか……?」

「……なんだよ」

 彼女になら分かる筈。手持ちのポケモン、そして先日手に入れたばかりであろうニャビーとあそこまでの友情を深めていた君になら。

 そう思いながら、イリマは不敵に笑う。そして目の前で試練を受けている彼女にも、それを分かって欲しかった。

 

 

 

「闇雲に探してもダメだ……。初めからそんな事が試練な訳がない。それじゃ、この試練は何が目的なんだろう……」

 クチートやデデンネ、アシマリやフライゴンにだって探して貰っている。

 

 ポケモンと協力して探しても見付からない。

 この試練の意味は? 考えろ、考えろ、考えろ。

 

 

「───って、うわぁ?!」

 座り込んで地面を見ていると、突然地面が盛り上がって一匹のポケモンが姿を現した。

 

 大きな顎を持ったむしタイプのポケモン───アゴジムシ。

 アローラ地方には多く住んでいるポケモンで、主に地面の中で暮らしている。

 

 

「……ジジッ?!」

 シルヴィが視界に入るや否や、アゴジムシは後退して地面の中に戻ってしまった。

 

 

「ビックリしたぁ……。色んな所にポケモンが居るんだね」

 そう思って周りを見てみると、アローラには想像以上にポケモンが暮らしていると認識させられる。

 こんな大きな街なのに、野生のポケモンが沢山いるのだ。まるで、自然と人々が共存しているかのように感じる。

 

 

 ──アローラはポケモンと暮らす地方です──

 

 ふと、イリマのそんな言葉を思い出した。

 

 

 

 だからフライゴンの力を借りたって良い───それだけじゃない。

 

「───この試練の意味、分かったかも」

 立ち上がって、周りを見渡す。

 

 

 その表情ははっきりとしていて、前を見ていた。

 

 

 

 

「……気付いたか」

「何にロト?」

「この試練の意味だよ」

 クリスもロトムがそんな会話をする隣で、リアは首を横に傾ける。

 

「試練の意味……」

 彼女にはそれが、まだ分からなかった。

 

 

 

「皆、探すの中止! 野生のポケモン達に、こんな感じのシールを見た事ないか聞いてみて!」

 そしてシルヴィの指示で、ポケモン達が次々に野生のポケモン達に話し掛ける。

 

 それを見てイリマは瞳を閉じて笑った。そして小さく「もう、合格ですね」と呟く。

 

 

 

「フラィ……」

「ヤ、ヤヤヤヤ……」

 フライゴンに話し掛けられて、震える野生のヤングース。

 そんな二匹の間にクチートが入り込んで、事情を説明するようにヤングースに話し掛けた。

 

 ヤングースには心当たりがあるそうで、付いて来てと背を向ける。

 フライゴンは慣れないコミニュケーションに頭を掻きながら、シルヴィに「ありがとう!」と背中を叩かれて共にヤングースを追い掛けた。

 

 

 

「……細い」

 ヤングースに連れて来られた場所は、人どころかヤングースも通れなそうな家と家の隙間である。

 イリマがあそこにどうやってシールを貼ったのかすら疑問になる程だ。

 

 

「うーん、届かない。デデンネ、行ける?」

 シルヴィのポケモンの中で一番小さなデデンネは、胸を叩いてからその隙間に入っていく。

 小さな身体を生かして簡単にシールを取ったデデンネは、直ぐに帰ってきてシルヴィにシールを渡した。

 

 

「ヌシール、ゲットだぜ! あと四つかぁ。ありがとう、ヤングース!」

「ヤンッ」

 走り去るヤングースを見送ってから、その場で再び聞き込みを開始する。

 

 次に見覚えがあると案内してくれたのは、野生のイワンコだった。

 付いて行くと、ポケモンセンターの屋根の下側にシールが貼ってあるのが見える。

 

 

「こんな所に……」

 何度も通った所で少しショックだったが、ポケモンによって見る所が違うんだとまた一つ勉強になった。

 ジャンプしても届かなかったので、フライゴンの肩に乗せて貰ってシールを取る。

 

 これで二つ目。

 

 

「ありがとうイワンコ!」

「ワンッ」

 イワンコを見送って、さらに聞き取り開始。

 

 

 その次に案内してくれたのは、さっき見付けたのと同じポケモン───アゴジムシだった。

 付いて行くと、アゴジムシは人の家の敷地に入ってしまう。野生のポケモンならともかく、自分が他人の家に入るのはまずいと思ってシルヴィは足を止めた。

 

 

「ど、どうしよう……」

「ちなみにここはボクの家なので、ご自由にお入りください」

 転けそうになってから、頭を掻きながらシルヴィは敷地に入って行く。

 アゴジムシがその鋭い顎を向けるのは、敷地内にあったプールの奥だった。

 

 

「水の中にあるって事……? うーん、見えないなぁ。アシマリお願い!」

「アゥッ!」

 プールの中を泳いで、アシマリがシールを一枚撮ってくる。これで三枚目だ。

 

 

「どんどん行こう!」

 次に案内してくれたのは、ドデカバシの進化前のポケモン───ケララッパ。

 長く鋭利な嘴で木に穴を掘るのが得意な鳥ポケモンは、大きな木の上にシールが貼ってあると教えてくれる。

 

 それこそビルのような巨木を見上げながら「どうやってあんな所にシールを……」と唖然するシルヴィ。

 フライゴンはまだ飛べないし、鳥ポケモンのケララッパにシールを剥がすのは難しい。

 

 ショッピングモールで天井近くのウルトラビースト相手にデデンネを投げ飛ばしたが、それよりも高い位置だ。

 アシマリがモクロー戦で見せてくれたバルーンでのジャンプも届かないだろう。

 

 

 だったらどうするか。

 

 

 

「フライゴン、キャッチお願いね」

 その言葉に震えて逃げ出そうとしたのはデデンネだった。

 

「デネーーーッ!!!」

「大丈夫! デデンネなら出来るよ!!」

 泣き叫ぶデデンネを、クチートが大きな顎で掴む。

 

 

「クチート、なげとばす! アシマリ、水鉄砲!!」

 そのままクチートはデデンネを勢いよく投げ飛ばし、アシマリがみずてっぽうでその身体をより高く持ち上げた。

 

 

 そしてシールのある場所まで飛び上がると、デデンネは青ざめながらもシールに手を伸ばしてそれを剥がす。

 

 

 同時に重力に吸い込まれ、泣き叫びながら落下するデデンネはアシマリの作ったバルーンで衝撃を和らげてからフライゴンにキャッチされた。

 

 

「やったぁ! ありがとう、皆!」

 目一杯腕を広げてポケモン達を抱きしめるシルヴィ。

 

 後一枚ヌシールを集めれば、試練に挑む事が出来る。

 この調子で最後の一枚も手に入れてしまおうと思った矢先、背後で聞き慣れないポケモンの鳴き声が聞こえた。

 

 

「マネネ!」

 どうしてか。

 

 何もない空間に手を広げて、空気に抱き着くような行動をとる一匹のポケモンが視界に映る。

 ピンク色に、紺色のソフトクリームのような頭上が特徴的な小柄なポケモンだ。

 

 見た事もないポケモンの不可解な行動に、シルヴィは頭を横に傾ける。

 

 

 

 

「なんだ、アイツ?」

「アレはマネネだね」

「ボクが説明するロト。───マネネ。マイムポケモン。エスパー、フェアリータイプ。モノマネが得意。相手が驚くと嬉しくなってついつい真似しているのを忘れてしまう」

 メレメレ島に生息するポケモンの中でも珍しい部類のポケモンだ。

 

 イリマはそんなマネネを見て「ふふ、マネネに見つかってしまいましたか」と楽しげに呟く。

 

 

 

「何してるんだろう?」

「マネマネネ」

 シルヴィが首を横に傾けると、マネネも同じように首を横に傾けた。

 逆に首を傾けると、マネネも首を逆に傾ける。

 

 どうやら面白いポケモンだと感じたシルヴィは、微かに笑って───しかし今はシールを集めている最中だと思い出した。

 

 

「あのポケモンに聞いてみよっか」

 クチートがマネネに事情を説明すると、マネネはこれまでのポケモンと同様に背を向けて案内してくれる。

 

 これで後一枚。そう喜ぶシルヴィには見えていないが、クリス達の視界に映るマネネは───

 

 

「───マネマネネ」

 ───口角を釣り上げて不敵に笑っていた。




ヌシールを色んな所に貼り付けるキャプテン達を想像すると笑えます。
さて始まりました五節です。シルヴィの初試練……一波乱あるかも?


そんな訳で、久し振りにイラストの紹介。

【挿絵表示】

曰く、がんばリアちゃんです。ただのがんばリーリエだね!

それでは、次回もお会い出来ると嬉しいです。


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イタズラまねっこマネネ登場!?

 交番の裏側。

 

 ヌシールを探していたシルヴィが、野生のポケモン──マネネ──に連れてこられたのはそんな場所だった。

 

 

「マネネ!」

 笑顔で振り向いて、マネネは交番に置いてあるパトカーの下側を指差す。

 パトカーの底面かパトカーの下の地面にヌシールがあるという事だろうか。

 

 シルヴィは屈んでパトカーと地面の間を確認するが、それらしい物は見えない。

 これはまた見つかり難い場所に隠してあるに違いないと、彼女はデデンネに「探してみて」とお願いした。

 

 

「デネネ」

 自分の胸を叩いて、デデンネは「任せろ」と言わんばかりにパトカーの下に潜り込んで行く。

 一応急に動き出したら危ないからと、運転席を見るが人は乗っていないので大丈夫そうだ。

 

 少し待つと、パトカーの下から「デネェ……?」と不満気な鳴き声が聞こえてくる。

 

「デデンネ、一度戻って来てー」

 見付からないのなら探し方を変えようかと思い、シルヴィは一度デデンネを呼び戻そうと声を上げた。

 

 

「デネデネ───デネ……?」

 ただ、デデンネは顔を出すもののパトカーの下から出てこない。

 

 と、いうよりは身体が挟まって出てこれないといった感じである。

 

 

「何やってるのデデンネ……? マラサダの食べ過ぎで太ったんじゃない?」

「デネェェェエエエ?! デネデネデネェ!!」

 シルヴィの言葉に顔を真っ赤にして首を横に振るデデンネ。

 

 確かにアローラに来てからデデンネのマラサダ摂取量は多かったが、そこまで太った覚えはなかった。

 それに、出る前は簡単に入る事ができたのである。逆が出来ないなんて事があるだろうか。

 

 デデンネは別の場所からならと、動き回って出られる隙間を探すが一向にパトカーの下から出る事が出来ない。

 まるでパトカーと地面の隙間に見えない壁が突然出来て、その隙間が狭くなってしまったのではなんて思えた。

 

 

「ど、どうなってるの……?」

「マネネ……ッ、マネ、マネネッ」

 ふと自分達をこの場所に連れてきたポケモンを見ると、地面を転がりながらお腹の辺りを抑えている。

 笑っているのだろうか。少なぬともシルヴィには、そう見えた。

 

 

「マネマネ───マネ……?」

 さらに突然立ち上がったかと思うと、マネネは何やら見えない壁に挟まっているような演技をしだす。

 まるでそれは、パトカーから出られなくなったデデンネのものまねをしているようだった。

 

「……デネェ」

 そんなマネネを見て、デデンネは額に青筋を浮かべて頬の電気袋から電気を漏らす。

 それに気が付いたシルヴィが「ダメ……っ!」と声を上げた時には───すでに遅かった。

 

 

「───デネェェッ!」

 でんきタイプの基礎的な技、でんきショックがデデンネから放たれる。

 あまり威力の高い技ではないためパトカーが大きく傷付く事はなかったが、盗難防止装置が作動して大きな音が鳴り始めた。

 

 一方で電撃はマネネにギリギリ届かずに消えてしまう。

 まるで見えない何かに阻まれたかのようにも見えたが、それよりも今は───

 

 

 

「───コラァ!! 何者だぁ!!」

 ───お巡りさんに事情を説明しなければ。

 

 ここは交番の裏側で、パトカーはその交番で使っているものだ。

 怒られるのは当たり前だが、一歩間違えば逮捕である。

 

 

「ち、違うんです……っ! あのマネネが───って、居ない!」

 事情を説明しようとシルヴィは事の発端であるマネネを指差そうとしたが、そこには既にマネネの姿はなかった。

 

「あ、あれぇ……」

「交番の中で詳しい話を聞こうか?」

「そ、そんなぁ?! 違うんです、デデンネが閉じ込められちゃって───」

「デデンネならそこに居るじゃないか」

「……え?」

 警官の言葉を聞いて振り向くと、倒れるようにパトカーの下から身体を出していたデデンネが何が何だかわからないと頭を横に振っている。

 

 何が何だか分からないのはシルヴィもだった。

 

 

「どういう事ぉ……」

「彼女は悪くありません。これはボクの責任です」

 警官とシルヴィの間に入りながら、イリマが唐突にそう口にする。

 

 彼を見て警官は驚いた顔をするが、シルヴィの鞄に付いている島巡りの証を見て納得したような表情で一歩引いた。

 

 

「さっき、パトカーの下にデデンネが閉じ込められて居たのです。マネネのリフレクターでね」

「またマネネですか……」

 イリマの話を聞くと、警官は納得したような顔で頭を抱える。

 そしてシルヴィに「疑ってごめんよ」と頭を下げた。

 

 

「どういう事ですか?」

 こんらんして口を開けたまま固まっているシルヴィの後ろから、クリスがイリマと警官にそう尋ねる。

 

 ──ふふ、マネネに見つかってしまいましたか──

 彼はどうもマネネを見つけた時のイリマの言葉が気になっていた。

 

 

「この街では少し有名なんですよ。イタズラ好きのマネネ。……ボクもキャプテンなので、対処はしようとしているのですが中々捕まえられなくて」

「ポケモンと暮らす……ならではの問題か」

 目を細めるクリス。本来なら警察がさっさと解決しなければならないような問題だが、どうもこの街は野生のポケモンが多い。

 色々問題はあっても、その問題とも生きていくのがアローラなのだろう。

 

 しかし、困ったポケモンも居るものだ。

 

 

 

「良いじゃん、悪を感じる。……ん? アイツ、あんな所に」

 そんなマネネを気に入ったような事を言うリアは、視界にもう一度映ったマネネを指差す。

 マネネは家と家の間に立っていて、彼女達に見えるように何かを持った手を挙げていた。

 

 

「……アレ、ヌシールじゃね?」

 リアの言葉にシルヴィはその先を凝視する。

 

 確かに彼女の言うとおり、マネネが片手に持って持ち上げて居るのはシルヴィの探しているヌシールだった。

 

 

「……デネネ」

「分かったよデデンネ。リベンジマッチだね。悪い子は捕まえて───お仕置きしなくちゃ」

 普段からは想像出来ない悪い顔を見せるシルヴィを見て、クリスとリアは青ざめる。

 R団で育った悪い所が少し出ているのかもしれない。このままだと、マネネの命にも危険が───

 

 

「───無限こしょこしょの刑だぁぁ!! 皆であのマネネを捕まえるぞぉぉ!!」

 ───及ぶ事はなさそうだった。

 

「……驚かさないでくれよ」

 走り去るシルヴィを見てため息を吐くクリス。

 

「む、無限こしょこしょ……」

「ふふ、彼女は元気ですね」

 その横でなぜか青ざめるリアと、微笑むイリマ。

 

 シルヴィが最後に手に入れるヌシールは、さてどうなるか。

 

 

 

「そこにいてよ……っ!」

 マネネはそんな彼女達を見ても動かずに、ただそのままのポーズで微動だにしない。

 

 

 そのまま速度を落とさずに、シルヴィとデデンネはマネネを捕まえるために直進───

 

 

「ぐへぇ?!」

「デネェ?!」

 ───マネネの目の前で、見えない何かに直撃してバランスを崩しその場に倒れる。

 

「マネッ、マッネネネ」

 それを見て再びマネネはお腹を抱えて笑いだした。

 

「ど、どういう事ぉ……」

 頭を抑えながら起き上がるシルヴィは、目の前を確認する。

 何かガラスにでもぶつかったのだろうか。それにしては、硬い何かにぶつかった感触はなかった。

 

 なんというか、見えない布団にたいあたりした気分である。

 

 

 

「ここ、何かあるの……?」

 自分達とマネネを隔てる空間。一見何もないし、実際に何もない。

 何もないといえば語弊があるが、そこにあるのはただの空気だった。

 

 

 

「コレは……リフレクターか」

 追い付いてきたクリスはシルヴィの後ろでそう呟く。

 

「リフレクター?」

「ボクが説明するロト。リフレクター。不思議な壁で相手からの物理攻撃を弱める」

 ロトムの説明は、シルヴィにはちんぷんかんぷんだった。

 

「不思議な壁……?」

「そこにあるのは空気の壁だ。エスパータイプ特有の力で空気を押し固めて、壁のような物を作って身を守る技だよ」

 クリスの説明を聞いて、シルヴィはマネネと彼を見比べて頭を捻る。

 

 目には見えないのに壁があるという状況が、彼女にはあまり理解出来ていないらしい。

 当のマネネは壁にたいあたりして倒れるデデンネのマネをして、デデンネの怒りを更に買っていた。

 

 

「そうだなぁ……透明な生クリームを空気中に浮かせていると思えば良い。完全な壁にはならないけど……弱い攻撃なら届かないし、強い攻撃も生クリームを通してからだと威力が弱まってしまうような気がするだろう?」

「つまり、デデンネが出てこれなかったのは車と車の間に生クリームがたっぷり入ってたからって事?」

「そういう事」

「成る程、分かりやすい!」

「むしろ理解出来ないロト」

 半目になるロトムを他所に、シルヴィは立ち上がってマネネを見据える。

 

「そこにあるのが空気なら、物理的な攻撃以外で突破出来る筈。デデンネ、でんきショック!」

「───デネデネェ、デネェ!」

 デデンネから放たれた電撃は、空気の壁であるリフレクターに干渉されずに突き進んだ。

 

 

 ───しかし、マネネにその電撃は届かない。

 

 直撃の寸前、電撃は何か別の物に当たったかのように威力を弱めて消えてしまう。

 

 

 

「なんでぇ?!」

 パトカーの時も、同じような光景を目にした気がした。

 まるでリフレクター以外にも何か壁があるようでもある。

 

 

「ひかりのかべまで使うんだね」

「ひかりのかべ……?」

「ボクが説明するロト。りかりのかべ。不思議な壁で相手からの特殊攻撃を弱める」

 ロトムの説明に、シルヴィは目を丸くして首を横に傾けた。

 

「また不思議な壁……?」

「ただし、今度は空気じゃなくてポケモンの使うエネルギーで出来た壁だけどね。そうだなぁ……生クリームが詰まってるんじゃなくて、見えないくらい小さな金平糖がその空間に沢山散らばってると言えば分かりやすいかな? ポケモンが放った特殊技は、沢山の金平糖に当たって威力が弱まってしまう。その代わり物理攻撃には意味がないけどね」

「分かりやすい!!」

「理解不能理解不能」

 目を輝かせるシルヴィの後ろで、ロトムは頭上とモニターにクエスチョンマークを浮かべる。

 

 

「そんな技を使われてたら手出し出来ないよ……」

 残念そうにそう言うシルヴィを見ながら、マネネはそんな彼女の真似をしていた。

 青筋を浮かべるデデンネだが、その攻撃がマネネに届く事はないだろう。

 

 

「困ったポケモンもいたものだ」

「全くロト」

「君は言えないだろ」

 ロトムを捕まえた時の事を思い出して、クリスは苦笑した。

 

 困ったポケモンだって、根は良い奴だっている。

 クリスはそれを知っているが───彼女はどうなのだろうか? そんな事を考えた。

 

 

 

「ヌシールは他にもありますし、別に態々マネネの持っているヌシールを手に入れなくても良いのですよ」

 と、イリマはシルヴィに助言をする。

 

 イリマ自身このマネネには手を焼いたりもするが、特に大きな被害を出す事もなくただイタズラを繰り返しているだけなので大きく動く事も出来ないでいた。

 これでこそアローラ特有のポケモンと生きる事だとも思い、特にマネネをどうしようだとかは考えていなかったが───

 

 

「───どうしますか?」

 ───ただ、目の前の彼女が……。なんて事を考える。

 

 

「あのこ、笑ってるんですよね」

「……え?」

 ただ、返ってきたのはそんな返事だった。

 

「てか、笑ってるというか……笑われてるんじゃん」

「うーん、そうなんだけど。笑ってるんだよね」

 リアの指摘にも、シルヴィは何か不思議に思っているかのように首を横に傾ける。

 

 逆に不思議に思う他の三人の前で、シルヴィは突然手を叩いてこう口を開いた。

 

 

「遊びたいんだね、キミは」

 不敵に笑うシルヴィを見て、マネネも首を横に傾ける。

 

「イタズラをして、誰かに構ってもらって……遊びたいんだよね。だったら、私が付き合ってあげる!」

 それが、彼女の答えだった。

 

 

 唖然とするリアとクリスの隣で、イリマは不敵に笑う。

 当のシルヴィは指をグネグネと動かしながらマネネにゆっくりと寄っていった。

 

 

「なら、私が遊んであげる。そして───」

 彼女の表情か気迫か、マネネは冷や汗を流して後ずさる。

 

 それでも彼女は歩みを止めない。

 

 

 

「───無限こしょこしょの刑だよ!!」

 マネネは全力で逃げ出した。




ついに三十話を突破してしまいました。お気に入り登録や評価感想等、皆様応援ありがとうございます。

感謝を込めましてイラストを描いてきました。

【挿絵表示】

夏はポケモンという事で、メインキャラ二人の水着姿を。野郎どもは知らん!()

いやー、夏はポケモンですよね。みんなの物語本当に面白かったです。ポケモンは最高だぜ……。出来れば、サンムーンの映画がみたいけど。

それでは、次回からも楽しんで頂けると幸いです。読了ありがとうございました。


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イタズラポケモンのおきみやげ

 小さな身体が地面を駆ける。

 

 

「待て待てぇ!」

 それを追い掛ける一人の少女は、指を奇妙な程動かしながら走っていた。

 

 まるで児童を襲う変質者である。

 

 

 

「アイツ、偶に怖いよな」

「同意するよ」

 リアとクリスが青ざめているのも御構いなしに、シルヴィは遂にマネネを路地裏の行き止まりに追い詰めた。

 

 ジリジリと近寄るその姿はやはり、変質者にしか見えない。

 

 

「アレで試練クリアさせて良いのか? 側から見たらポケモン虐待だぞ」

「スカル団を名乗る子の言い分じゃないけど、同意するよ。シルヴィは怒らせない方が良さそうだ」

 マネネには同情するが、彼女を煽ったのが運の定めだとクリスは十字を切る。

 元々街の人々を困らせていたポケモンなのだから、むしろこれで凝りてくれたら街としては助かるのかもしれない。

 

 

「……ま、マネネ!」

 マネネはシルヴィに振り向くと、両手を前に出して戦闘態勢を取った。腹を決めたらしい。

 

 

 

「……バトルするの?」

 しかし、対するシルヴィは目を見開いて動きを止めた。

 

 ポケモンバトルは相手を傷付ける為だけの行為ではない。

 それを分かったつもりではあっても、未だに彼女には抵抗がある。

 

 それでも、彼女は前に進もうと足を踏み出した。

 

 

 

 島巡りを通して成長して───父を止める。

 

 それが、彼女の今の願いだから。

 

 

 

「───デデンネ、リベンジマッチだよ!」

「デネ!」

 彼女はデデンネを前に出して、他の三匹を下がらせた。

 やろうと思えば四匹でマネネを囲む事だって出来る。それをしなかった事に、クリスは内心安堵した。

 

 

「……面白い展開になりましたね」

 マネネと彼女を見比べるイリマは、バトルを見届けようと目を細める。

 このバトルで彼女は何をするのか───

 

 

 

「デデンネ、電気ショック!」

「───デネェ!」

 命じるが早いか、デデンネの頬袋から電撃が放たれた。

 マネネは瞬時に反応し、眼前にひかりのかべを展開させる。

 

 エネルギーの粒子に電撃は弾かれ、マネネには届かない。

 しかし安堵するマネネの視界に移ったのは、高速で走ってくるデデンネだった。

 

 

「───ほっぺすりすり!」

「マネ───ネェッ?!」

 まるで流れるように連続で放たれた技に、マネネは反応出来ずに地面を転がる。

 頬周りに電気を溜めてその身体をぶつける技──ほっぺすりすり──は、相手の身体をまひさせる効果もあった。

 

 

「あ、あいつやるじゃん」

「ポケモンとの息がぴったりですね。彼女の思う事を、指示する前にポケモンが受け取っているようです」

 驚くリアに、イリマがそう説明する。

 

 確かにデデンネはシルヴィが指示を出す前に動き出していた。だから、マネネも反応が間に合わなかったのだろう。

 

 

「……ま、マネェ」

 しかしほっぺすりすりの攻撃力は低い。マネネは痺れる身体に鞭打って立ち上がり、デデンネを睨み付けた。

 

 

「……マネネ、私はただそのヌシールが欲しいだけなんだけどなぁ。別に、戦いたい訳じゃないんだよ?」

 シルヴィはゆっくりとそう言うが、マネネは聴こえていないのか余所を向いて手を広げる。

 シルヴィがその先に視線を合わせると、そこにはアゴジムシが居て今まさについ数刻前のように地面を掘って潜っていく所だった。

 

 なぜアゴジムシを見ていたのだろう。

 首を横に傾けるシルヴィの前で、マネネは突然地面に手を突き───あなをほり始めた。

 

 

「うそぉ?!」

 ポケモンが覚えられる技は殆ど決まっていて、基本的にマネネは地面を掘って攻撃する技──あなをほる──を覚えられない。

 しかし眼前のマネネは確かにあなをほっている。彼女が困惑している間に、マネネは完全に地面に潜ってしまった。

 

 

「まねっこか……」

「なんだそれ?」

 呟くクリスに、リアが眉をひそめて聞き返す。

 

「相手が使った技をそのまま繰り返して自分の技として使う技だよ。今のは、アゴジムシのあなをほるをまねっこしたって事だね」

「へぇ……面白いじゃん」

 シルヴィにとっては全く面白くないが、リアは「気に入った」と口角を釣り上げた。

 

 

 して、あなをほるは地面タイプの技である。でんきタイプのデデンネには効果が抜群だ。

 

「デデンネ気を付けて!」

 そして何処から現れるか分からない以上、避けるのも容易ではない。

 案の定デデンネは地中から現れたマネネに突き飛ばされて、地面を転がる。

 

 

 しかし、デデンネは直ぐに立ち上がって身体についた砂を払った。

 まだまだやれる、と。そう言うようにシルヴィに視線を送る。

 

 

「……やっぱり、そうなんだね」

 ただ、シルヴィは何かに納得したような表情でマネネを見ていた。

 対するマネネは、なぜか自分の頬を擦り始める。それはまるで───

 

 

「───ほっぺすりすり?!」

 ───マネネの身体を電気が包み込んだ。勿論マネネはそんな技は覚えない。

 

 

 そしてまねっこは、直前に相手が放った技をコピーする技である。だからコレは別の技だ。

 

 

 

「ものまね、か」

「さっきと何が違うんだ?」

「ものまねは相手が使った技を少しの間覚えて自分で使えるようになる技だよ。多分さっきほっぺすりすりをされた時に使ったんだろうね」

 まねっことの差は然程ないが、タイミングを選んで使う事が出来る分使い勝手も良い。

 

 

 それよりも、クリスはマネネの覚えている技に注目する。

 

 基本、ポケモンが一度に覚えていられる技は四つだ。

 そしてこの攻防だけでマネネの出した技は『リフレクター』『ひかりのかべ』『まねっこ』『ものまね』の四つ。

 相手の技構成が分かればバトルも有利に進められる筈だ。

 

 まねっことものまねによる突然の奇襲に気を付ける必要があるが、それも目の前で放たれた技しか使われないのなら対策は出来る。

 クリスは彼女がそこまで考えられるかが、このバトルの鍵だと位置付けていた。

 

 

 

「デデンネ、戻って。……フライゴン、お願い」

 シルヴィはデデンネを下がらせて、フライゴンを前に出す。思いもよらない行動に目を見開いくクリス。

 マネネはフェアリータイプ。そして、フライゴンのドラゴンタイプの技をコピーされてしまえば、フライゴンは不利だ。

 

 彼女の意図が分からない。

 

 

「バトルは好き?」

 シルヴィは何かにそう問い掛ける。視界の先に居るのは、マネネだ。

 

 

 

「……マネ」

 そんな彼女の言葉に、マネネは口角を釣り上げて笑う。

 無言の返事といったところか。シルヴィも不敵に笑って、フライゴンに指示を出した。

 

 

「フライゴン、ドラゴンクローでお願い! その子とゼンリョクで戦ってあげて!」

 言うと同時に、フライゴンは両手からドラゴンクローを展開。マネネも瞬時に技をコピーして、同じ技を真似る。

 

 

「アイツバカか? いや、知ってたけど……」

「ぼ、僕にはちょっと理解出来ない」

 もしバトルに勝つ事を考えるなら、自身には効果が少ない技を持つデデンネやクチート、アシマリが有効な筈だ。

 それを態々フライゴンに戦わせて、しかも自分に不利な技をコピーさせる意味が分からない。

 

 そう考えるクリスの横で、イリマは満足気に笑う。

 

 

「素敵な娘ですね、彼女は」

 ただ短くそう言って、バトルを見届けた。

 

 

 

 クローが交差する。

 

 フライゴンの大振りを両手のクローでガード。しかし振り下ろされたのは一本で、フライゴンは別の腕を横に振った。

 マネネは身体を捻って腕を振り、それを弾く。そして小さな身体を活かしてフライゴンの懐に潜り込んだ。

 

 不敵に笑ったのはフライゴン。

 

 

 下に向けた口を開き、火炎を放つ。

 とっさにマネネはひかりのかべを展開。しかし、ほぼゼロ距離のかえんほうしゃの威力を抑え切る事は出来ずにマネネは地面を転がった。

 

 

 しかし立ち上がり、マネネはフライゴンに向かっていく。

 

 

 

「……笑っている」

 フライゴンの強さに驚きながらも、クリスが気になったのはマネネの表情だった。

 規格外の強さに翻弄されるマネネだが、その表情は決して険しいものではない。

 

 

 楽しんでいる。

 

 

 そんな表情だった。

 

 

 

「───マ……ネェッ!」

 頬を膨らませたかと思えば、マネネはフライゴンにかえんほうしゃを放つ。

 フライゴンは避けずに、そのまま走ってくるマネネにドラゴンクローを向けた。

 

 マネネもクローを展開。間合いに入り、ドラゴンクロー同士がぶつかり合う。

 

 

 

「あなたはさっき、あなをほるでこの場から逃げる事も出来た筈。イタズラをしてたのはきっと誰かを困らせたかったんじゃない、誰かと遊びたかったんだよね?」

 指示は出さないで、シルヴィはマネネとフライゴンを見ながらそんな言葉を落とした。

 

 バトルでマネネを倒してしまえば、ヌシールはそれで手に入る。

 そう考えてしまっていたクリスは自分が間違っている事に気が付いて頭を抱えた。

 

 

 

「僕はポケモンが好きなつもりだったけど……。シルヴィはもっとポケモンが好きだったんだな」

 そこまで相手の事を考えられる人はきっと、そうはいないだろう。

 それも街に迷惑を掛けているポケモンを、迷惑なポケモンと位置付けてしまわないで気持ちに寄り添う事がどれだけの人に出来るだろうか。

 

 

 だから、彼女は一番戦い慣れしているフライゴンを選んだ。

 

 

 ゼンリョクのポケモンバトル。

 彼女はマネネと、本気で遊んであげたかったのだろう。

 

 

 

 

 勝負は唐突に着いた。

 

 一瞬の隙を見せたマネネの身体に、硬質化したフライゴンの尻尾が叩き付けられる。

 アイアンテール。はがねタイプの技はマネネに効果抜群だった。

 

 

 倒れ、満足気に空を見上げるマネネの元にシルヴィは歩いて行く。

 姿勢を低くして笑顔で手を伸ばすと、彼女は「お疲れ様」と声を掛けた。

 

 

「昨日の敵は今日の友。バトルが終わったら友達だよ。握手しよ?」

「マネ……」

 立ち上がるマネネは、その手を自分の頬に向ける。

 

 恥ずかしがっているのだろうか?

 そう思った矢先、マネネはその手を擦り合わせ───身体に電気を纏った。

 

 

「ぇ───」

「───マネネ」

 不敵に笑うマネネは電気を纏ったままシルヴィの手を掴む。勿論、彼女の身体にその電気は流れていった。

 

「うわぁぁぁぁ?!」

 シルヴィは悲鳴を上げ、その場に倒れる。

 そんな彼女が痺れている姿を真似してから、マネネは大笑いしながらその場を去っていった。

 

 

「フラ……」

「デネェェ!!」

 デデンネが追い掛けるが、マネネは信じられないスピードで逃げていく。

 フライゴンは倒れているシルヴィを突いて、無事を確かめていた。

 

 クリス達が遅れてシルヴィに駆け寄ってくる。一番初めに飛び出したのはリアで、倒れた彼女の顔を覗き込んでは「大丈夫か?!」と声を上げた。

 

 

「しっかりしろ!! ぽ、ポケモンセンター?! いや、コイツポケモンじゃねぇ!! 死ぬなぁぁ!!」

「いや死なないとは思うけど」

 前述した通りほっぺすりすりは威力の低い技である。その代わり、まひ状態になるが。

 

 

「……ぁ、ぁば……ば。ぅ……ぉぉ」

 とても年頃の女子とは思えない呻き声を上げながら、しかしシルヴィはゆっくりと立ち上がった。

 

「痺れたぁ……」

「───っ。し、心配掛けさせんなよな!」

「心配してくれたの?」

「してねぇ!」

 顔を真っ赤にしてそっぽを向くリアの後ろから、イリマが彼女に手を伸ばす。

 

「心を開いてくれたと思ったのですが、残念でしたね。でも、正直もう試練は───」

「残念じゃなかったです」

 そしてイリマは彼女を認め、ヌシール集めを免除しようとしたのだが、シルヴィは笑顔で手に持った五枚(・・)のヌシールをイリマに突き付けながらそう言った。

 

 

「……な。これは? マネネから奪ったのですか?」

「いや、マネネがくれたんです。電撃付きでしたけど……」

 イリマの質問にシルヴィは頬を掻きながらそう答える。

 あの時マネネはほっぺすりすりをしながら、シルヴィにヌシールを渡していたのだ。

 

 

 イタズラ好きの困ったポケモンだけど、ただマネネは遊んで欲しかっただけで。

 それを分かってくれたシルヴィへのイタズラの篭ったお礼だったようである。

 

 

「これで試練の試練突破ですよね!」

「……あ、あはは。キミは想像以上に面白いですね。はい! イリマの試練の試練突破です」

 彼女からヌシールを受け取ったイリマは、笑顔でシルヴィにそう伝えた。

 

 

 喜んでデデンネ達と抱擁する彼女の横で、クリスはふと近くの家の陰に視線を移す。

 

 離れた場所から顔を半分だけ出しているマネネが見えたかと思えば、その姿は直ぐに消えてしまった。

 

 

「……本当に、不思議な娘だよ」

 歓喜の声が上がる昼前のメレメレ島の空から、そんな彼女達を一匹のポケモンが見守る。

 

 まるで面のような両手を持つそのポケモンは、甲高い声を上げて森の中に消えて行った。

 それに気が付いたのはクリスとイリマだけで。

 

 一方は首を横に傾け、一方は不敵に笑う。

 

 

「それでは、試練に参りましょうか」

 そして、彼女の本当の試練が幕を開けようとしていた。




マネネの技構成が凄い。ゲームでは絶対に使えないけど、こういう作品ならこんな感じも面白いかなって。再登場の予定もあるので、乞うご期待です。

さて、次は試練ですね。サンムーン発売からかなり経っているので、懐かしく思いながら読んでいただけると幸い。
ところであの試練、スカル団が出て来るんですが……その辺りもどうなるか楽しんでいただけたらなと。


それでは、次回もお会い出来ると幸いです。読了ありがとうございました。


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全力のはたくを想像して

 一行が訪れたのは街の中でも比較的大きな敷地を持つ屋敷だった。

 

 何か見た事があるとリアが思ったが、それもその筈。ここはアゴジムシがヌシールがあると案内してくれた───イリマの自宅である。

 

 

「……試練って、ここでするんですか?」

「いいえ。試練の前にする事があります」

 シルヴィの問い掛けにそう答えるイリマ。リアは「また試練かぁ?」と表情を引き攣らせた。

 

 

「いえいえ、まさか。……皆さんは腹が減っては戦は出来ぬという言葉を知っていますか?」

 そう言いながらイリマは部屋の扉を開ける。

 

 その奥には、豪勢な料理が長い机に並べられていた。

 思わず涎を垂らすシルヴィとリア。クリスは怪訝そうに「これは……僕達が食べていいのだろうか」と呟く。

 

 

「お連れの二人も味わって下さい。この後少し歩きますし」

 イリマは笑顔でそう答え、同時にシルヴィはポケモン達と料理に向かって行った。

 遠慮のないシルヴィを半目で見ながら、リアもなるべく遠慮していないような態度を取って料理を取っていく。

 

 自分はスカル団なのだから、こういう時は堂々としなければと彼女の良心とプライドが交差していた。

 

 

「試練はどこで?」

「二番道路の先にある茂みの洞窟という所です。案内もしますので、ご心配なく」

 茂みの洞窟は、ハウリオシティの北側から伸びる二番道路の北東にある小さな洞窟である。

 アローラ地方に来る前にあらかた地域の地図を頭に入れておいたクリスの記憶によれば、その場所は人の住む場所ではなくて野生のポケモン達の縄張りになっている筈だ。

 

 人為的な試練ではないという事だろうか。

 

 

「さー皆、いっぱい食べて力を付けるよー!」

 シルヴィは後の事は気にせず、目の前の食事にありつく事に必死である。

 

 勿論ポケモン用の料理も置いてあって、彼女のポケモン達も各自様々な反応をしながら食事にありついた。

 

 

「お前、思ったより食い方が下品だよな」

「酷い?! だって、ほら、お上品に食べるの疲れるんだもん!」

 そう言いながらシルヴィは一度だけ、完璧なテーブルマナーをリアに見せ付ける。

 リアは「なんだその食べ方」と首を横に傾けるが、イリマとクリスは感心したように息を吐いた。

 

 

「……育ち故、か」

 一人納得するクリスを見て、イリマは首をかしげる。

 しかし、あまり詮索するのも良くないだろうと彼はクリスにも食事をとるように促した。

 

 彼の肩の上に乗っていた小さなゲンガーが真っ先に食事に向かい、クリスは頭を掻きながら「ったく。すみません」と頭を下げる。

 

 

 

「シルヴィちゃん、少し良いですか?」

 イリマが尋ねると、シルヴィはソースの付いた顔を持ち上げて首を横に傾けた。

 そんな彼女の顔をタオルで拭いてから、イリマはシルヴィの左手を優しく持ち上げる。

 

 その手首には時計のようなリングが嵌められていた。

 

 

 

「ど、どうかしたんですか……?」

「いえ。君は……このZリングを何処で手に入れたんでしたっけ?」

 イリマの質問に、シルヴィは人差し指を唇に当てて瞳を閉じる。

 

 

 確か、あの時は───

 

 

「えーと、イリマさんがドーブルであの黒い影に攻撃した後……」

「え、ボクが……? なんの話ですか?」

「え? だから、飛行機の事故の時。私達を助けてくれたじゃないですか。んー、でも今思い出すと……なんかあの時のイリマさん目の前のイリマさんと違う気が。……イリマさんって、同じ名前の双子の兄弟とか居ます?」

 シルヴィの破茶滅茶な質問に、イリマは頭を抱えて首を持ち上げた。

 

 

 どれだけ記憶を探っても、彼にそんな記憶はない。

 

 それもその筈で、彼女がその時に見たのはイリマ本人ではないのである。

 それを想像出来ているのは、クリスだけだが。

 

 

「い、居ませんよ」

「あ、あれぇ……。えーと、その、砂漠で貰ったんです。カプ・プルルに」

 リングを見ながら、シルヴィはそう答えた。

 

 事情は良く分からなかったが、イリマにとってはその答えだけでも充分である。

 カプに認められ、Zリングを手渡された。その事実だけで。

 

 

「少しだけネタバレをしますと、この試練を終えると同時にキミはZクリスタルを手に入れます」

「Zクリスタル……?」

「はい。不思議な力を持つ石で、ポケモンの技にトレーナーの力を足してゼンリョクの攻撃にする事が出来るのです」

 イリマの質問でシルヴィが脳裏に浮かべるのは、リアと彼の勝負で最後にデカグースが放った技だ。

 

 

 光を纏ったデカグースがかえんほうしゃを受けながらも突き進む事が出来る程の突進。

 

 アレが、ゼンリョクの技。

 

 

「ゼンリョクの技とそれを引き出すクリスタルはポケモンのタイプの数だけ存在します。その他例外の物もありますが、基本はポケモンのタイプです。そして、今日の試練で手に入れられるのは───このノーマルZ」

 言いながら、イリマはシルヴィに菱形の石を見せる。

 

 丁度、リングにある窪みにハマりそうな大きさのその石は白く半透明になっていた。

 

 

「これが……あの技を」

「そしてこれが、ゼンリョクの技を出す為のエレガントなポーズです」

 言いながら、イリマは顔の前で両手をクロスする。

 

 一度広げた手をゆっくり前に突き出してから、彼は両手が斜めに繋がる様に右手を下に左手を上に広げた。

 拳を握りしめ、肘から先を自らの身体に引き寄せる。まるで『Z』の文字を描く様な格好だ。

 

 

「どうです?」

「ダサっ」

 口を挟んだのはリアで、それを聞いたイリマは崩れるように地面に倒れる。

 

「酷い……」

「そんな恥ずかしいポーズしてられるかよ。ま、やっぱり島巡りなんて大した事ないな。私とニャビーの全力のかえんほうしゃの方が強か───」

「格好いい!!!」

 イリマを見下ろしながら口を開くリアの言葉を遮ったのは、目を輝かせてイリマを見るシルヴィだった。

 

 そんな言葉に、リアは転けてイリマは笑顔で立ち上がる。

 

 

「このポーズがエレガントだと分かるのですね!」

「うん! エレザードと何が関係してるのかは分からないけど格好良い!!」

「エレガントで───いや、しかし……分かってくれれば良いのです」

 うんうんと首を縦に振るイリマの横で、崩れ落ちたリアは「正気か……?」とシルヴィを見上げた。

 当の本人は目を輝かせて、イリマを尊敬の眼差しで見つめている。

 

 

「ポーズの取り方は覚えましたか?」

「うん! えーと、こうしてこうして……こう!」

 イリマの正面を向いて、シルヴィは先程彼が見せた動きを完璧にコピーして再現してみせた。

 驚きの声を上げて、イリマは拍手を送る。

 

 

 

「お前は、どう思う?」

「人それぞれだと思うけど。……僕は恥ずかしいかな」

 苦笑いの二人の前で、シルヴィは笑顔で何度もポーズを決めていた。

 

 初めてなのに様になっていると、イリマは首を縦に振る。

 

 

「ノーマルタイプのゼンリョクの技───Z技はノーマルタイプの技を覚えているポケモンしか使えません。君のポケモンでノーマルタイプの技を覚えているのは……アシマリですかね?」

「えーと、はたくだったかな?」

「はい。そうですね。また忘れたらいつでも教えるので、聞いてくださいね。……さて、食事を終えたら早速試練に参りましょう!」

「はい! 頑張ろうね、アシマリ!」

 アシマリと目を合わせ、アシマリがあの時のデカグースと同じ技を繰り出す所を想像すると思わず笑みが零れた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 二番道路を北東に歩いた場所に、その洞窟は存在している。

 

 

 二番道路には色々な施設もあり途中寄り道する事も出来たが、今のシルヴィら試練の事しか頭にないらしく真っ直ぐに洞窟まで進んだ。

 洞窟の入り口付近に用意されたポケモンセンターで少しお茶休憩を取ると、イリマに続いて三人は洞窟の前に立つ。

 

 入り口の左側には黄色と赤の三角の飾りが付いた柱が、右側には桃色と青色の三角の飾りが付いた柱が。

 それぞれ別の形を成して、門のように建てられていた。

 

 この先に入れば、試練開始である。

 

 

「それでは、試練の前に一つだけ。試練中、モンスターボールでポケモンを捕まえる事は禁止です。今回は自分のポケモンの力でチャレンジしてもらいます───なので、フライゴン君はお留守番です」

 イリマの言葉に不満げな表情を見せるフライゴン。

 そんな彼を宥めて、シルヴィは「頑張ってくるね!」と赤いレンズの奥にある瞳を見つめた。

 

 

 あまりにも真っ直ぐな瞳に目を逸らして、フライゴンは彼女の肩を突いて行って来いとそっぽを向く。

 そんな彼の反応を見て頬を緩ませるクリスだが、彼女が試練に挑む状態が芳しくない事を思い出して緩んだ表情を引き締めた。

 

 

 博士に貰ったばかりのアシマリに、息はぴったりだが火力に難のあるデデンネ、クチートも戦い慣れしているようには見えない。

 内容によっては、とても困難な試練になるだろう。クリスは心配そうに、洞窟の奥に視線を向けた。

 

 

「試練の内容は簡単。奥にある祭壇から、クリスタルを拾って無事持ち帰ってくる事です。……しかし、洞窟内には手強いポケモン達が居て邪魔をしてくるかもしれません。君と、君のポケモンの力でこの試練を乗り越えてみて下さい」

「帰ってくるまでが、試練なんですか?」

「はい。ちゃんと、手に入れたクリスタルをボクに見せてくださいね」

 笑顔でそう答えるイリマの前で、シルヴィは両手でガッツポーズを取りながら振り向いて洞窟の奥を見る。

 

 

「行ってくるね!」

 そうして洞窟の奥に消える彼女を、残った三人とポケモン達はただ見守った。

 

 

 ここからは、彼女の試練である。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 茂みの洞窟はその名の通り、草木の茂った洞窟だ。

 

 

 天井に穴が空いている場所もあり、そこから伸びる陽の光で視界も悪くない。

 所々段差と横穴のが見え、深い谷が見えるが気を付ければ危険ではないだろう。

 

「落ちたら大怪我だね……。気を付けなきゃ」

 谷を渡る為の橋が細いのが少しきになるが。

 

 

「奥って、あっちかな?」

 入り口の反対側を遠目に見ると、天井ではない所から光が漏れているのが見えた。

 あの出口から出た所にZクリスタルが置いてある祭壇があるのだろう。そう予想を立てたシルヴィは、奥に向かって洞窟を歩き出した。

 

 

 

「周りにポケモンは居ないけど……」

 イリマは邪魔をしてくるポケモンが居るかもと言っていたが、周りにはそれらしいポケモンは見当たらない。

 気にせずにシルヴィが前に進むと、大きな横穴が視界に入る。

 

 

 ポケモンが入りそうな、大きな横穴が。

 

 

「───グァゥッ」

「───うわぁ?!」

 横穴を見ていると、突然何かが彼女を突き飛ばした。

 

 後ろに転がってそれを交わすと、シルヴィは腰のモンスターボールに手を伸ばす。

 

 

「アシマリ、お願い!」

 ボールから出て来たアシマリは突然目の前で牙を見せるそのポケモンに怯え、シルヴィの後ろに隠れてしまった。

 

「お、おくびょうだったね。大丈夫、私が付いてるよ!」

「アゥ……」

 シルヴィの応援に、アシマリは意を決して現れたポケモンの前に向かう。

 

 

 彼女達を襲ったのは、細長い身体と鋭い牙を持つポケモン───ヤングースだ。

 

 

「ヤングース……」

 ショッピングモールでの事を思い出して、彼女は少し表情を暗くする。

 

 しかし、直ぐに前を向いて、しっかりと目の前のヤングースに視線を合わせた。

 

 

 もう、あんな事はさせてはいけない。R団を止める。その為に試練を受けて力を付けるんだ。

 

 手を握って、彼女は真っ直ぐに前を見た。

 

 

 

「行くよ、アシマリ!」

「アゥッ!」

 前に進む為に。

 

 

 

 

 ───この試練を突破してみせる。




ちょっと更新が遅くなると思います。申し訳ありません。


さて、やっと一つ目の試練。なんとここで三十話超えですがどうなるんでしょうね。完結する頃にはサンムーンのリメイクが発売されているかもしれません!()
感想評価お待ちしております。


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VSデカグース①

「アシマリ、はたく!」

 襲ってきたヤングースを見て、シルヴィはアシマリに指示を出す。

 ヤングースのスピードが早く、みずてっぽうでは間に合わないと判断したからだ。

 

 

 たいあたりを仕掛けてきたヤングースを、アシマリはカウンターのようにはたくで応戦する。

 自分の攻撃の勢いもあってそのまま地面を転がったヤングースは、逃げるように出てきた横穴に走っていった。

 

「ビックリしたー。急に出て来るポケモンにどう対処するかって試練なのかな……?」

 冷や汗を拭いながら、シルヴィは前方を確認する。洞窟にはポケモンが隠れられそうな場所が沢山あって、いつ何処から現れるか分からない。

 

 

 

 この世界はポケモンの世界だ。

 

 世界の至る所にはポケモンが居て、人は時に協力し、時に争って生きている。

 草むらを歩いていている途中で突然襲いかかって来るポケモンだっているのだ。

 

 

 

「だったら任せて……。反射神経は良いから。行こう、アシマリ!」

 舌で唇を舐めながら、シルヴィは早足であるきだす。

 

 同時に目の前の横穴から小さな影が飛び出した。その影が攻撃に移る前に、シルヴィは指を指して指示を出す。

 

 

「みずてっぽう!」

 ちょうど指差した方角向けて、アシマリがみずてっぽうを放った。

 発射直後はそこには何も居なかったが、飛び出してきて移動していたヤングースに丁度着弾する。

 

「アゥァ?!」

 これにはみずてっぽうを放ったアシマリ自身が驚いた。直撃したヤングースは、やはり逃げるように横穴に逃げていく。

 

 

「ふふーん、プチ特訓の成果だね」

 シルヴィとアシマリは今朝方、誰よりも早く起きてから少しだけ簡単な特訓───というより作戦会議をしていた。

 

 その内容は簡単。

 みずてっぽうの射角をシルヴィの指先に合わせるというものである。

 

 

 アシマリが敵の位置を掴めていなかったり、作戦を立てて攻撃する時に役に立つからとアシマリに教えていた小技だ。

 この作戦はシルヴィの姿をアシマリが確認する為に、彼女自身が前に立っている事が条件である。シルヴィは早足で進んで、先にポケモンを誘き寄せる必要があった。

 

 

「アシマリ、みずてっぽう!」

 しかしそうすれば、より素早くアシマリが対応出来て負担を減らす事が出来る。

 勿論ポケモンより前に出ているシルヴィは危険であるが、彼女はアシマリを信頼していた。

 

 

「行けるよ、アシマリ! 大丈夫!」

「アゥッ!」

 そしてアシマリも、そんな彼女を信頼している。出会って数日でここまでの信頼が築けるのは、彼女のポケモンの気持ちを考える想いの強さ故だった。

 

 

 

 

「ボクがこの試練でチャレンジャーに考えて欲しい事はただ一つ。この世界でポケモンと共に生きるとはどのような事なのかという事」

「襲ってくる野生のポケモンにどう対処するか……という事ですか?」

 洞窟の外でシルヴィを待っているイリマがふと呟いて、そんな彼にクリスはそう質問する。

 

「それもあります。そして、旅をする中でポケモンバトルはきっとも切れない。……そしてそのポケモンバトルで大切なのはなんでしょうか? リアちゃん」

「私かよ。……えーと、絆?」

「君は本当にスカル団なのか……」

 半目で彼女を見るクリスに、リアは「うるせー。当たり前の事だろ」と反論した。

 

 

 そんな彼らを見て笑いながら、イリマは「正解ですが、もっと初歩的な事ですよ」と不敵に笑う。

 

 

「答えはタイプ相性です。みずはほのおに強いです。ほのおはくさに強いです。くさはみずに強いです。タイプです、相性です。……トレーナーはこのタイプ相性をちゃんと考えてポケモンバトルを組み立てなければならない。勿論、それが絶対という訳ではないですけども」

 リアを横目で見てそう言って、彼はこう続けた。

 

「しかし、やはり基本はタイプ相性。ただ、この世界にはノーマルタイプと呼ばれるタイプ相性に殆ど関わらないポケモンがいるのをご存知ですか?」

「弱点のタイプが一つしかなくて、効果なしも一つ、効果いまひとつも一つ、ばつぐんはなし。ノーマルタイプのポケモン以上に戦う時にどの技を使えば良いかが難しいポケモンは居ない」

「その通りです」

 クリスの答えにイリマは満足そうに頷く。

 

 

 この洞窟に主に生息するポケモンはノーマルタイプのポケモン達だ。

 そんなノーマルタイプのポケモン達とどう戦うか。そしてそれ以上に───

 

 

「この洞窟にはぬしと呼ばれるポケモンが住んでいます。普通の野生のポケモンよりも遥かに強大な敵にどう立ち向かうか」

 ───それを試されるのだ。

 

 

 

 

 

「アシマリ、みずて───ごめん! はたく!!」

 疲労が出て来たのか、洞窟の出口付近でシルヴィは息を切らしながら指示を出す。

 反応が遅れた指示に、さらに反応が遅れてアシマリが動き出した。

 

「うぁ?!」

 しかし、アシマリの反撃が間に合わずにシルヴィはヤングースのたいあたりで吹き飛ばされて地面を転がる。

 腹部を抑えながら立ち上がった彼女が見たのは、ヤングースに攻撃されているアシマリだった。

 

 

「しま───っ、あ、アシマリ!」

 地面を蹴って、アシマリの小さな身体を奪うように抱いて連れ去る。

 そんな彼女をヤングースは執拗に追いかけた。

 

 

「はぁっ……はぁ、や、やばっ」

 逃げるように奥に進むと、行き止まり───というよりは慎重に渡らなければ危険な橋に辿り着く。

 追いついて来たヤングースはどのタイミングで彼女達を襲おうかと姿勢を低く出方を伺っていた。

 

 

 そのまま橋を渡ろうとすれば、背後からヤングースに襲われて谷の下に落ちてしまうだろう。

 

 

「アシマリ、いける?」

 抱き抱えたまま問い掛けると、アシマリは強く頷いて地面に降りた。

 

 これまでの攻撃は奇襲へのカウンターであり、今はそれが通じない。

 正面からの真剣なポケモンバトル。アシマリはシルヴィの前に出て、指示を待つ。

 

 

「まずは相手を動かす。アシマリ、みずてっぽう!」

 指示の直後、アシマリはヤングースに向けて水流を放った。

 

 しかし出方を伺っていたヤングースはすぐにそれを交わして、回り込みながらアシマリに向かっていく。

 

 

「来る?! いや、まだ……」

 ポケモンバトルはトレーナーの指示が大切だ。

 

 その指示一つで、戦っているポケモンは勝ちもするし負けもする。

 怪我だってするし、させる。

 

 

「引きつけて───」

 タイミングを見計らって───

 

 

 

「───アシマリ、はたく!」

 振り上げられた手のひらがたいあたりを仕掛けてきたヤングースに直撃した。

 

「みずてっぽう!」

 そのまま地面を転がったヤングースが起き上がると同時に、水流がその身体を襲う。

 ヤングースは眼を回してそのまま地面に倒れ込んだ。どうやら戦闘不能らしい。

 

 

「ふぅ……。ありがとう、アシマリ」

「アゥッ! ……ウァ?」

 シルヴィのお礼に答えるアシマリだが、当の彼女は橋ではなく倒れたヤングースの元に向かっていく。

 そんな彼女を見てアシマリは首を横に傾けた。

 

 

「ごめんねー。住処を荒らして。ちょっと通るだけだから、許して欲しいなって」

 そう言って、彼女は倒れているヤングースの脇にきのみを置く。

 

 ショッピングモールで見たヤングースの姿が重なって、シルヴィは少しだけその場で視線を落とした。

 

 

「……強くならなくちゃいけないよね」

 立ち上がって、橋を渡る。

 

 

 洞窟の出口に辿り着くと、日の光が差し込んで彼女は少し眼を細めた。

 

 

「アレが祭壇かな?」

 出口には広々とした空間が広がっていて、その中央には何やら小さな石が飾ってある祭壇が建っている。

 周りを岩や木に囲まれてはいるが、日の光を遮る物はない不思議な空間だった。

 

 

「あそこにあるのがZクリスタル……?」

「アゥッ!」

 近付こうと足を前に出そうとすると、アシマリがそんな彼女の前に飛び出す。

 何かを威嚇するような鳴き声。同時に当たりの岩陰や木の上から、五匹のヤングースが現れて彼女達を囲んだ。

 

 

「嘘ぉ?!」

 後ずさりするも、後ろにもヤングース。右も左も正面もヤングース。

 

 冷や汗を流しながら、シルヴィはしかし冷静に腰のモンスターボールに手を伸ばす。

 

 

「なんとかするしかない……っ。デデンネ、クチートお願い!」

 ボールから出てきたデデンネとクチート、そしてアシマリで三角形を作るシルヴィ。

 全員で周りを見て背中を預かるのだが、三匹に指示を出すのはシルヴィ一人だった。

 

 

「デデンネ、ほっぺすりすり! クチートはかみつく!」

 デデンネが怯ませた相手に、クチートが噛み付く。

 それでヤングースは一匹逃げていくが、どれだけ視野を広くしても同時に指示を出せるのは二匹が限界だ。

 

 

「あ、アシマリはたく! デデンネ援護……って、うわこっちもぉ?! もう怒ったぞぉ……クチート、当てなくても良いから暴れちゃって!! じゃれつく攻撃!!」

 シルヴィの指示でクチートはその場を目一杯駆けながら暴れだす。

 これにはヤングース達も怯んで、一歩下がった。それを見てシルヴィは舌を巻く。

 

 

「アシマリ、周りにみずてっぽう!! デデンネ───でんきショック!!」

 次にアシマリはヤングース達の周りをみずてっぽうで濡らし───デデンネはそこに電撃を放った。

 

 電撃は水を伝って、周りを囲むヤングース全てを感電させる。

 倒れるヤングース達。三匹のポケモン達は、お互いにお互いを讃えて笑顔でじゃれついた。

 

 

「ふぅ……これで───」

 そんな三匹を微笑ましく見ていると、背後で信じられないような地鳴りがする。

 

 まるで、巨大な何かが祭壇の前に降りて来たかのような、そんな地鳴り。

 恐る恐る振り向いたシルヴィの視界に入ったのは、信じられない光景だった。

 

 

「デカ……グース?」

 ヤングースの進化系。デカグース。

 イリマとリアの戦いで、イリマが繰り出しZ技を放ったのと同種のポケモン───の、筈である。

 

 ただ、シルヴィはそれが信じられなかった。

 

 

「デカグースって進化するっけ……」

 青ざめながらそう言うシルヴィを、目の前に現れたデカグースが見下ろす(・・・・)

 彼女が青ざめるのも無理はない。そのデカグースは彼女の身長よりも身体が大きかったのだから。

 

 

「グォゥ……」

「あ、あはは……は、ハロー?」

「グァァァァァッ!!」

「わぁぁぁぁ!! 出たぁぁぁぁ!!!」

 本当の試練が幕を開ける。




ほぼ一ヶ月ぶりとなってしまいました。申し訳ありません。
ついに始まった最初の試練。初めてぬしポケモンを見た時はびっくりしましたね。

ちょっと低い評価を頂いたので、挽回できるように頑張りたいです。

ところで前日のアニメ版ポケモンは個人的に泣けました。未来コネクションがベベノムをテーマに歌われていたんだなと感慨深くてね……。本当に。
サンムーンの映画は結局なさそうですが、私はアローラ押しで頑張りたいと思います。


それでは、次回も楽しんで頂けると幸いです。感想評価お待ちしております。読了ありがとうございました!


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VSデカグース②

 地面が砕ける。

 

 巨体から繰り出される技は、通常のデカグースからは考えられないような威力でシルヴィ達を襲った。

 青ざめて後ずさるが、ここで逃げたって前には進めない。祭壇に飾られるZクリスタルを手に入れるのが目的なのだから。

 

 

「もう一度……。耐えてクチート、おねがい! てっぺき!」

 前に出たクチートは大顎をデカグースに突き出して、身体を硬質化する技───てっぺきを繰り出す。

 対するデカグースはその剛腕を持ってクチートをきりさこうと腕を振り下ろした。

 

 きりさく攻撃。

 はがねタイプのクチートには効果はいまひとつである。

 さらにてっぺきで防御を上げているにも関わらず、クチートは地面を滑る程の衝撃に表情を歪めた。

 

 しかし、なんとか持ち堪える。

 そこに僅かな隙が生まれた。

 

 

「アシマリ、みずてっぽう! デデンネ、でんきショック!」

 そこに水流を直撃させ、なおも不動のデカグースに電撃を叩きつける。

 

 範囲と威力を増した電撃だが、それでもデカグースはビクともしなかった。

 

 

「嘘ぉ?!」

「ぬしゃあっ!!」

 ついにはクチートを突き飛ばして、デカグースは高々と雄叫びを上げる。

 

 こんなポケモンにどう勝てば良いのか。全く想像も出来ない。自分達は勝てないと、その場に崩れ落ちた。

 

 

「私じゃ……何も出来ない」

 結局、いつもそう。

 

 目の前でポケモン達が苦しんでいても、ポケモンバトルで大切な友達が勝とうと頑張っていても、試練を受けようとしても、自分一人の力じゃ何も出来なかった。

 

 

「私は───」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「───ヌシポケモン?」

「はい。ここ、茂みの洞窟には───いえ、アローラの至る所には不思議な光で身を包み強大な力を持ったポケモンが希に現れるのです」

 洞窟の外にて、イリマは淡々と所謂シルヴィの試練の相手について語る。

 

 

 その昔よりアローラ各地に伝わる、かがやきさま(・・・・・・)の力。その片鱗を受けZパワーによりその力を高めたポケモン。

 その力は、普通のポケモンが自己を強化する技を数回使ってやっと同等とされていた。

 

 

 

「そんなポケモンにシルヴィが勝てるのかぁ……?」

「今のままの彼女だけでは無理でしょう」

 半目で疑うように言うリアに、イリマはキッパリとそう言い切る。

 

 これにはクリスも怪訝そうな表情になるが、イリマは不敵に笑いながらこう続けた。

 

 

「ヌシポケモンの能力値の上昇ですが、全てにおいて強くなる訳ではありません。その能力値もポケモン其々で違います。……ここ、茂みの洞窟のヌシポケモン───デカグースは、オーラを纏い普通のデカグースよりも防御が上がっています。まず、普通の攻撃では倒せないでしょう」

 淡々の述べたイリマはその後「普通の攻撃では」ともう一度付け加える。

 

 リアは怪訝そうな表情で首を横に傾けたが、クリスは「そういう事か」と目を細めた。

 

 

「ドユコト?」

「この試練の目的、ゴール地点は?」

「奥にある祭壇に飾ってあるZクヌギダマを取ってくる事だろ?」

「いやZクリスタルだよ。なんでクヌギダマになったんだい」

「別に私は興味ないし」

 リアの返答にクリスは「あー……」と苦笑いし、一旦咳払いしてから話を進める。

 

「君は興味ないかもしれないけれど、今回取ってくるのが目的のZクリスタルは、全力の技を出す為に必要不可欠なアイテムだ」

「あの、私のニャビーのかえんほうしゃに負けた技か」

 それを聞いてイリマが苦笑いするが、クリスはそれも無視して話を続けた。

 

 

「何も、持ってくるまでその力を使ってはいけないなんてルールはない。そして全力の技ならばヌシポケモンにも攻撃が通る……そういう事ですよね?」

「エレガントな答えです。……長大な敵にどう立ち向かうか。この試練のキモはそこですから」

 しかし、それには襲い来るヌシポケモン達をいなしてZクリスタルを手に入れなければならない。

 

 

 どちらにせよ、今のシルヴィには荷が重い話だろう。

 

 

「───それでも、君は進まなきゃいけない。僕達が、君が止めようとしている奴らはそのポケモンよりも強くて……恐ろしい相手なのだから」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「私は───」

 諦めかけたその時、彼女の目の前に三匹のポケモンが立ち塞がった。

 

 

 クチートも、デデンネも、アシマリも、まだ諦めてはいない。

 

 

「皆?!」

 デカグースがその剛腕を振るう。クチートが前に出てそれを受け止めると、残りの二匹がそれを支えた。

 

「……皆が諦めてないのに、私が諦めるなんて。トレーナー失格だよね。いや、今からでも!」

 立ち上がる。

 

 デカグースの攻撃は三匹でなら止める事が出来ていた。

 

 

 全く攻撃は歯が立たなかったが、相手の攻撃まで強い訳ではない。デカグースを抑える事は出来る。

 

 

「私は───」

 三匹とデカグースを見ながら考えた。今出来る事を───

 

 

「───私は一人じゃない!」

 ───皆と出来る事を。

 

 

「グシャァァッ」

 攻撃が通らない事にイラついたのか、デカグースは一旦距離を取って洞窟に響くような大きな鳴き声を上げる。

 それに釣られてか、ヤングースが二匹集まってきた。とてもじゃないが相手はしていられない。

 

 

「デカグースには効かなくても……っ。アシマリ、はたく! クチート、アイアンヘッド!」

 二匹は左右に別れて、デカグースの背後に現れたヤングースに攻撃───それを撃退する。

 

 背後を取られ、祭壇を気にしたのか振り向こうとしたデカグースに電撃が放たれた。デデンネの電気ショックだが、しかしデカグースには効かない。

 

 

 気にせず、デカグースは祭壇に近いクチートを攻撃しようとする。クチートは身構えるが、デカグースをさらに連続で電撃が襲った。

 

 

「デデンネ、本気見せちゃって! こっちに気を向けるよ!! いっぱいでんきショック!!」

「デネデネェ!」

 何処からか取り出したサングラスを頭に乗せて、デデンネは心なしか威力の上がった電撃をデカグースに放ち続ける。

 

 流石に無視をし続けるのも難しくなったのか、デカグースは怒りの表情で振り向いてデデンネを睨み付けた。

 一瞬怯んで動きが固まるが、それでもデデンネは効かない攻撃を続ける。

 

 

 向かってくるデカグースの迫力に怖気付きそうになるが、それで良い。今はそれしかない。

 

 

 

「で、デデネ……」

「大丈夫。私が守るから……っ!」

「グシャァァッ!」

 迫り来る剛腕からデデンネを庇うように、シルヴィは身体を丸めて地面を転がった。

 しかし、完全に攻撃を交わしきる事が出来ず、剛腕に掠められた彼女の身体は勢い良く飛んで洞窟の壁に激突する。

 

 

「───かはっ」

 背中を強く打ち、肺の空気を血と一緒に吐き出して。それでもシルヴィは心配するデデンネを下ろしながら「大丈夫」と笑顔を作った。

 

 

「むしろ、好都合……っ!」

 今デカグースは壁際にいるシルヴィ達とも祭壇の近くにいるアシマリ達とも離れた場所にいる。

 これだけの距離があれば、充分に時間は足りた。

 

 

「クチート、お願い!!」

 彼女の掛け声と同時に、クチートは祭壇に置かれていたノーマルZのクリスタルを大顎に挟む。

 そのままそれを、距離が離れているシルヴィまで正確に投げ飛ばした。

 

 

「流石、ナイスコントロール!」

 Zクリスタルを受け取って、左手のリングの窪みに嵌める。

 正直その時まで、自分がカプ・ブルルに貰ったこれにちゃんとクリスタルがハマるか半信半疑だった。

 

 

 アローラ地方に伝わる全力の攻撃。Z技。

 

 

 その攻撃なら、あのデカグースにもダメージを与えられる筈。

 布石を整えたシルヴィは一旦瞳を閉じて、イメージする。大丈夫、出来るよ。

 

 誰に言い聞かせるでもなく、自分に言い聞かせて。

 

 

 

「ぬしゃあっ!!」

 デカグースは誰に攻撃しようとする訳でもなく、警戒の雄叫びをあげた。

 甘んじてその技を受けようという意思の表れか。その身体は自然と力を溜めるアシマリの方に向けられる。

 

 

「行くよアシマリ!」

 両手を顔の前でクロスしながら、シルヴィは閉じていた瞳を開けた。

 

 そして広げた手を前に突き出し、両手が斜めに繋がるように右手を下に左手を上に広げる。

 拳を握りしめ、肘から先を自らの身体に寄せたその姿は、まるで()の文字を描く様な格好だった。

 

 

 同時にシルヴィの身体を光が包み込み、その光がアシマリに向かって行く。

 

 

 自分達の力がみなぎるのが手に取るように分かった。

 これがZパワー。ゼンリョクの力。

 

 

「私達の今あるゼンリョクで、あなたに勝つ!」

 強大な敵をしっかりと見て声を上げる。

 

 デカグースはその言葉を背中に感じながら、光を纏うアシマリを睨み付けた。

 

 

 

「これが私の───私達の!!」

「アゥァッ!」

 光が放たれる。

 

「ゼンリョクだぁぁ!!」

「アゥァァァッ!!」

 同時に、アシマリは地面を蹴った。

 

 

「ウルトラダッシュアタック!!」

 光に包まれたアシマリが、砂埃を上げてデカグースに向かって行く。

 

 避ける事もままならず、デカグースはせめて衝撃を抑えようとその場に踏ん張った。

 

 

 直撃。

 地面を大きく滑り、持ち堪えたかのように見えたがアシマリの攻撃は終わっていない。

 未だに勢いは衰えずに、デカグースはゆっくりとその脚で地面を削っていく。

 

 

「まだ! 終わってない。勝つんだ、私達は!!」

 シルヴィの言葉に押されるように、アシマリの力が増していった。彼女を包み込む光が増えていく。

 

 

「───いっけぇぇえええ!!」

「───アゥァァアアアッ!!」

 途端、デカグースは遂に耐えきれずバランスを崩した。

 

 そして勢いを増すアシマリの突進に、その巨体が宙を舞う。

 地面に叩きつけられたデカグースはそのまま目を回して起き上がる事はなかった。

 

 

 戦闘不能だ。

 

 

 

「……勝った?」

 半ば信じられないといった表情で、シルヴィとアシマリはお互いに目を合わせる。

 

 クチートとデデンネがデカグースに近寄ってその頬を突くのを見て冷や汗が吹き出たが、起き上がったデカグースが二匹を襲う事はなかった。

 

 

 

 それどころか、デカグースは二匹を称えるようにその頭を小突く。

 

 

 ここの主として、彼女達を試していたのか。少なくとも、シルヴィの目にはそう映った。

 

 

「グシャ」

 ゆっくりとシルヴィに歩み寄って、デカグースは彼女のリングに嵌められているZクリスタルを爪で器用に抜き取る。

 目を丸くするシルヴィだが、直ぐにデカグースはそれを彼女に向けて突き出した。

 

「あ、ちゃんとくれるって事……かな? 試練も突破してないのに、勝手に使ってごめんなさい……。えーと、ありがとう!」

 それを受け取って、シルヴィはその大きな身体に抱擁する。

 

 身体のサイズに負けない毛量で、その身体の触り心地はこれまでにない体験だった。

 

 

「うわっはぁ、もっふもふ。もふぅ!」

 とてもさっきまで争っていた相手とは思えない怠惰に、デカグースも困惑して頭を掻く。

 しかし満更でもないようで、頬を釣り上げるデカグースと未だにその身体に抱き付いているシルヴィを突然電撃が襲った。

 

「もぴゃぁぁっ?!」

 変な悲鳴を上げて倒れるシルヴィ。電撃は効いていないが目を丸くするデカグースの目の前で、デデンネが唾を吐く。

 

 嫉妬していたらしい。

 

 

「し、試練の途中だもんね……」

「デネデネ」

 半目でシルヴィを睨んでから、デデンネは洞窟の出口に向かって歩いていった。

 

 このZクリスタルを持って洞窟の出口に辿り着くまでが試練である。

 

 

「行こっか。クチート、アシマリ。デデンネに置いてかれちゃう。ありがとう、デカグース!」

 シルヴィはデカグースに手を振って別れの挨拶をしてから、洞窟の出口に向かった。

 

 

 

「出てきたね。あの顔なら、試練クリアかな」

 洞窟から出てきて、何故かトレーナーのシルヴィがボロボロなのを見て溜息を吐くクリス。

 しかし彼女の満足気な表情を見て呆れを通り越して安堵した彼は、歩いてくる彼女に「おかえり」と手を振る。

 

 それを横目で確認したリアは、何も言わずに町の方に歩いていった。

 

 

「どこに行くんですか? 祝って上げないのですか?」

「私は友達ごっこなんてするつもりはない。今回は試練って奴が何なのか確認したかっただけだ」

 振り向かずにそう言うリアは、片手を上げてこう続ける。

 

「どうあれ私はこの島巡りをぶっ壊すだけ。……シルヴィには、おめでとうって言っといて」

 そうとだけ言って、彼女は走ってその場を去っていった。

 

 それを確認してもシルヴィにはもう走る体力は残っていない。

 

 

「り、リアちゃん?! どこ行くの?!」

「おめでとうと、言っていましたよ」

「素直じゃない子だ……」

 呆れるクリスの横で、シルヴィは寂しそうに口を尖らせる。

 

 でも、きっと直ぐに会える筈だ。島巡りを続けていたら。

 

 

「それでは、試練突破おめでとうございますシルヴィ。島巡りでは、島にいるキャプテンが与える試練を全て突破する事で島キングとの大試練に挑戦する権利が与えられます」

 四つの島の大試練を全て制覇する事が島巡りの目的である。

 

「この島のキャプテンはボク、イリマだけ。この島の島キング、ハラさんに挑む事が出来ますよ。勿論、今日はもう遅いので帰って寝る事をお勧めしますが」

 まだ太陽は頭上に登っているが、もう時期沈んで空の色を変える時間だ。

 

 

 今日はゆっくり休んで、明日挑むもよし。もう少し己を鍛えるのもよし。

 イリマはそう言って二人を街のポケモンセンターまで送る。

 

 

 

「あれ、なんだろう? どこかで見た気が……」

 ───空を見上げると、穴が空いているような不思議な光景が広がっていた。




主人公発Z技。うまく描写出来たでしょうか。
クチートのなげつけるが伏線だったりするんですけど、気付いていた人はいるのだろうか。


さてさて、次回よりまた新しい節に入っていきます。一体一章はいつ終わるのか。


読了ありがとうございました!


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【一章六節】日没───島の神は遠吠えをあげる
カプのとおぼえ


 夕暮れ、二人のポケモントレーナーがバトルフィールドの上に立っていた。

 

 

 ここリリィタウンにはカプに捧げるバトルの為のバトルフィールドが設置されている。

 島巡りの挑戦者と島キングの戦い。今そのバトルフィールドに立っている二人も例外ではなかった。

 

 

「あんたをぶっ倒して、ぶっ壊して、島巡りがなんの意味もないって証明する」

 赤メッシュの入った黒髪をポニーテールに纏めた少女───リアは、その髪を揺らしながらモンスターボールを投げる。

 バトルフィールドに登場したポケモン───デルビルは、彼女と目を合わせてから遠吠えを上げた。

 

 

「そのやる気結構。島キングとして、全力で受け答えますぞ」

 対する白髪の小太りした初老の男こそメレメレ島の島キング───ハラである。

 

 ラフな格好に黄色い法被を着た彼は、空手のポーズを取りながらモンスターボールを一つ投げた。

 

 

 バトルフィールドに降り立つ巨体。

 自身の顔よりも大きな平手が特徴的なつっぱりポケモン───ハリテヤマ。

 

 

 デルビルとの体格差はさる事ながら、あくタイプを持つデルビルはかくとうタイプを持つハリテヤマと相性最悪である。

 それでもリアは自分の勝利を疑っていなかった。

 

 

 

「確かに相性が良い訳じゃないけど、ほのおが効かない訳じゃない。私達にはとっておきがあるからな」

 そのとっておき(・・・・・)をいつ使うか。自己分析ではそこに勝敗のカギが眠っている。

 

 

「先行は譲りましょうかな」

「それじゃ遠慮なく。……デルビル! かえんほうしゃ!!」

 紅蓮の炎が、ハリテヤマを包み込んだ。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 半目で空を見上げながら、一人の青年が溜め息を吐く。

 これから何が起こるか、自分がすべき事とやらなければいけない事を比べて視線を逸らした。

 

 

「ライルくーん、お仕事分かってる〜?」

「そこら辺は問題ねーっすよ。姉さんから貰ったポケモンも居るし」

 人差し指の上でモンスターボールを回しながらそう言う黒髪の青年は、振り向かずに立ち上がって歩き出す。その先にあるのはリリィタウンの奥───マハロ山道だ。

 

 

「でも、本当に良かったんすか? このポケモン貰っちゃって」

「ライルくんなら大切にしてくれると思うし、私は手持ちが複雑だからさ〜。うん、大切にしてね!」

「へいへい」

「それじゃ、私の仕事は終わったし。別のお仕事に向かうから後は宜しくね───二人共」

 片手を上げる青年の後ろで一人の少女がそう言う。

 

 その言葉を皮切りに、一人その場に座っていた男も不敵に笑いながら立ち上がった。

 

 

「ちゃーんとカプ様を引き付けておいてくれよぉ? ライル」

「へいへい。そっちはそっちでやりすぎんなよー」

「なーに。ちょっと……溶かすだけだ」

 不敵に笑う男は、フラつきながらライルと呼ばれた青年とは別の方角へ歩き出す。

 

 それを見て青年はまた溜め息を吐いた。

 

 

「何してんだろうなぁ、俺」

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「これ程とは……」

 片膝を着くハリテヤマを前に、ハラは感心の溜め息を吐く。

 

 

 対するデルビルは息を荒げてはいるが、その闘志は未だに衰える事なく炎を燃やしていた。

 

 

 

「ハッ、そんなもんか」

 リアは冷や汗を流しながらそう言う。

 軽口を叩いてはいるが、内心は気が気ではなかった。

 

 数刻前。とっておき(・・・・・)の一撃を放った彼女達だが、ハリテヤマは片膝を着くに留まり倒しきる事は出来なかったのである。

 その技は炎タイプの技の中でも最高陣の威力を誇る技だが、一撃の度に自身の力が弱まっていく弱点のある技だった。

 

 正真正銘とっておきの一撃。この攻撃で倒せなければ、彼女に勝機はない。

 

 

「次の攻撃は外せないし、当てても倒せるか分からない……」

 デルビルが限界なのは彼女が一番分かっている。それでも負ける訳にはいかないし、認める訳にもいかなかった。

 

 

「私からお兄ちゃんを奪った島巡りを認める訳にはいかないんだ」

 その気持ちも、デルビルが一番知っている。

 

 デルビルは遠吠えを上げて口から炎を漏らした。

 

 

「気合もよし。ポケモンとの連携もよし。正直何も言うところがありませんな。……しかし、一歩届かなかった」

「強がり言ってんじゃねーよ。ハリテヤマだって虫の息だ。次の攻撃で決める!」

「───だからこそ、わしもゼンリョクで相手をするべきでしょう。受け止めてみなさい!」

 ハラが突き上げた拳が光る。Z技の構えだと直ぐに分かった。

 

 

「やっべ───」

 身構える。瞬時に頭に過るのは、攻撃を避けるか迎え撃つかだ。

 

 攻撃を避けようにも、Z技がそんなに甘い攻撃でない事は知っている。

 迎え撃つにしても、その一撃で倒さなければ倒されるのはこちらだった。

 

 

 万事休すか?

 

 

 そう思ったその時───

 

 

 

「───コケァァァァァッ!!!」

 マハロ山道の奥から甲高い咆哮が鳴り響く。

 

 

 バトルをしていた二人と二匹だけでなく、観客やリリィタウンの村人達もその鳴き声に釘付けになった。

 特に島キング(ハラ)は目を見開いて、マハロ山道の奥を見る。

 

 

「まさか……カプ?」

 バトルから意識を逸らし、信じられないというような声をもらすハラ。

 マハロ山道の奥地には、このメレメレ島の守り神と呼ばれているポケモンの為の遺跡が点在していた。

 

 

 戦の遺跡。

 それがこのメレメレ島の守り神───カプ・コケコの為の遺跡である。

 

 

「よそ見してんじゃねぇ! デルビル、オーバ───」

「ハリテヤマ、ストーンエッジ!」

「な?!」

 攻撃しようと身構えたデルビルを、下から岩盤が突き上げた。

 

 そのまま地面に転がるデルビル。まだやれると立ち上がるが、足をくじいて倒れてしまう。

 

 

「デルビル!」

「ウガゥ……ッ」

 ただ、それでもデルビルは立ち上がった。負ける訳にはいかないと、ハリテヤマを睨み付ける。

 

 

「申し訳ない。この試合、預けさせてもらう事は出来ませんかな」

 ただ、ハリテヤマをボールに戻したハラは彼女達の前に歩いてきてそう言った。

 

 

「は? に、逃げんのかお前!」

「実質的には逃げると同じでしょうな。しかし、島キングとしてアレを見過ごす訳にもいかない」

 そう言いながらハラが指差したのは、戦の遺跡───ではなく、ハウオリシティ全体から上がる黒煙。

 

 街が燃えている。

 

 

 

「な、なんだアレ?!」

「何が起きたかは分かりませんが、カプが反応する程の何かが起きている。……バトルから逃げる卑怯者と罵って貰って結構。しかし、島キングとして───」

「バカかお前。島キングとか大試練とかどうでもいいだろ。街の人達が危険な目にあってんなら助けるのが当たり前だ!」

 リアは真剣な表情でそう言うと、デルビルをモンスターボールに戻した。

 

 

「私も行く」

「なんと。……頼もしい限りですな。この騒動が落ち着いたら、改めて大試練と参りましょうか」

「ハッ、決着は後回しにしてやるよ」

 そうは言いつつも、リアは冷や汗を拭う。

 

 もしかしたらあのままバトルを続けていたら、自分は負けていたかもしれない。

 そんな不安が頭を過ぎった。

 

 

 ただ、彼女は両頬を叩いて直ぐに頭を切り替える。

 

 

「私達スカル団が壊す筈の街に手を付けやがってるのは何者だ!」

 ハウオリシティから上がる黒煙はどう見ても異常な光景だった。

 

 

「その格好、やはり……」

「どうしたおっちゃん。早く行かないと」

「むむ、少しまたれよ。わしはカプの遺跡の方も気になっておりましてな」

 ハウオリシティを見ながらも、横目でリリィタウンの奥に視線を送るハラ。

 街の人々の安否も大切だが、島キングとしてあの異様な鳴き声を無視する事も難しい。

 

 そんな葛藤に頭を悩ましていると、村の入り口の方から一人の青年が現れる。

 

 

「ハラさん!」

「む、イリマ君。……何が起きているか知っている様子ですな」

「げ、エレガント野郎」

 ハラの元に焦った様子で現れたのは、この島のキャプテンを務める青年───イリマだった。

 

 彼は息を整えながら、居合わせたリアを見て「せっかち過ぎないですか……?」と呆れた声を出す。

 

 

「うるさいやい」

「その調子だとバトルは終わっていないかお預けって所でしょうね。しかし、今は緊急事態なので我慢して貰えると助かります」

「わ、わかってるよそのくらい……」

 口を尖らせて目をそらすリアを見て笑顔を見せるイリマだが、彼は直ぐに真剣な表情を見せハラに向き直った。

 

 

「ハウオリシティにウルトラビーストが現れました。あの時メレメレ島に現れたのと同じ種類です」

「マッシブーン……ですな。しかし、どうして……」

「分かりません……」

 イリマがここに来たのは、突如ハウオリシティに現れたウルトラビーストへの対応を求める為である。

 

 しかし彼自身も、そしてハラも気になったのはつい先程マハロ山道の奥から聞こえた鳴き声だった。

 

 

「今、街は警官隊の人達に任せていますが……。正直、ボクの手にはおえないと判断しました」

 イリマとしても唇を噛む気持ちだが、それは冷静な判断である。

 

 今の街の光景を見れば、誰もが思う事だ。

 

 

 

 ───あの化け物には勝てない。

 

 

「島キングの力をお借りしたい」

「……分かりました。ではイリマ君。君には戦の遺跡に行って貰いましょうかな」

 ハラは冷や汗を流しながらも、真剣な表情でそう言う。

 

「わしがあのウルトラビーストと戦った時、カプの力がなければ勝つのは難しかったかもしれない。君に、わしの命運を託しましょう」

「ハラさん……。分かりました。このイリマ、ゼンリョクでカプをあなたの元に」

 そう言うと、イリマはリリィタウンの奥に走っていった。

 

 リアは首を横に傾けるが、今は疑問に思っている暇はない。

 

 

「神頼みなんて情けねぇぞおっさん。なんかヤバいのが現れたなら、そいつをぶっ壊しておしまいだ」

「ふふ、君はやはり彼の下にいたのですな。悪い所も受け継いでいるが───良い所も受け継いでいる」

「何言ってんの……」

 ハラは弟子(・・)のことを思い出しながら不敵に笑う。

 

 彼女といると元気が出た。何故だろうか。

 

 

「それでは、参りましょうかな。島キング、ハラが相手しますぞ!」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 現象に対して原因は二種類に分ける事が出来る。

 人工的か、そうでないか。ただその二つだ。

 

 

 どちらにせよ、今は目の前の現状をなんとかするしかないとクリスは唇を噛む。

 

 

 

 それはシルヴィ達が試練を終えて、ハウオリシティに戻ってきた時の事。

 

 突如爆煙が上がり、現場に駆けつけた彼等の視界に移ったのは粉々に粉砕された大量の車だった。

 

 

 

「な、何が起きているんですか……」

 目を見開くイリマは周りを見渡す。大勢の怪我人と倒れているポケモン達。まるで悪夢のような光景に、膝を落としそうになった。

 

「R団か……? いや、今こんな事をするメリットが奴等にあるとは考えられない」

 人もポケモンも物も、無差別に傷付ける行為は確かに彼等のやり口にも似ている。

 しかしクリスにはこの惨状がR団の手による物だとは思えなかった。

 

 

 

 理由としては二つ。

 

 一つは───もしR団の目的がハウオリシティを襲う事なら、ショッピングモールでウルトラホールを開いた時モールを閉鎖せずにウツロイドを街に放てば良かっただけという事。

 

 もう一つは───目に見えて広大な範囲が被害を受けているのに対して、実行犯が視界に映らないという事。実行犯がR団だとしたら、今頃街はR団員だらけになっている筈。

 

 

 

「自然災害だとすると、ポケモンか……?」

「み、見てクリス君! あれ!」

 唐突に民家を指差すシルヴィに釣られて視線を動かすクリス。

 その先では、一軒家をまるごと基礎部分から引き抜き持ち上げる何か(・・)が、高々と持ち上げた民家を地面に叩きつけていた。

 

 

「な、なにあれ?!」

「UB02───EXPANSION(イクスパンション)?!」

 全体的に赤い体色に、人一人分の大きさの剛腕。四本の足に羽と、針状の特徴的な口を持つその存在。

 

 

 ウルトラビースト───マッシブーン。

 

 

 見た事も聞いた事もない異様な姿のそのポケモンを見て、シルヴィはショッピングモールでの出来事を思い出す。

 

 

「ウルトラビースト……?」

 目が合ったような気がした。

 

 どこか楽しげな、陽気な───

 

 

「危ない!!」

 マッシブーンはその剛腕を振りながら彼女達に近付いてくる。イリマが叫ぶが早いか、その剛腕を受け止めたのはフライゴンのドラゴンクローだった。

 

 

「フライゴン?!」

「フラィ……ッ!!」

 歯ぎしりをしながらも、なんとかマッシブーンを弾くフライゴン。

 

 等のマッシブーンは余裕綽々と、その剛腕の筋肉を見せ付けるように力拳を作る。

 

 

「み、見えなかった……」

「ありがとうフライゴン。ごめんね」

 腰を抜かしそうになるクリスの隣でフライゴンにお礼を言ってから謝るシルヴィ。

 

 自分はフライゴンのトレーナーではない。

 だけど、傷が治るまでは世話をするんだと決めていたのに───手伝って貰ったり、助けて貰ったりばかりだ。

 

 

「この島のキャプテンとして見逃す訳にはいけません……。デカグース、ひっさつまえば!」

 二人の前に立ってボールを投げるイリマは、ボールから出てきたデカグースにそのまま指示を出す。

 

 高速でマッシブーンの懐に飛び込んだデカグースはしかし、その剛腕の一振りで民家に激突させられた。

 

 

「な……っ?! デカグース!」

「嘘……」

 悲鳴と黒煙が上がる街の中心で、マッシブーンは叫びながらその剛腕を周りに見せ付ける。

 

 周りの人もポケモンも逃げ出すばかりだ。

 

 

「強力な奴だとは聞いていたけど、ここまでとは……。ロトム、アイツの情報を」

「へい相棒。了解ロト。───マッシブーン。ぼうちょうポケモン。むし、かくとうタイプ。それ以上のデータなし」

 見た目通りのタイプに苦笑いするクリスだが、イリマのポケモンはノーマルタイプが殆どという事を思い出す。

 

 いくらキャプテンといえど、強力なウルトラビースト相手にタイプ相性を覆すのは難しい。

 

 

 一方で自分のポケモン達の事を考えて、クリスは今やるべき事を頭の中で纏めた。

 

 

 

「イリマさん、島キングを呼んできて貰えませんか? ここは僕がなんとかします」

「え、君が……?」

「腐っても国際警察ですから」

 不敵な笑みを見せるクリスに、イリマは驚いた顔を見せるが直ぐに表情を引き締める。

 デカグースをボールに戻し、彼はリリィタウンへ続く道に走った。

 

 

「わ、私はどうしたら良い?」

「手伝って欲しいって気持ちはあるけれど、君の手持ちは今試練の後で疲れてるだろう?」

 マッシブーンの動向から目を離さずに、クリスはシルヴィにそう言う。

 

 実際デデンネ辺りの力が欲しかった所だが、そこで彼女達に無理をさせたくはなかった。

 

 

「君はフライゴンの支えになって欲しい。正直言って僕だけじゃ頼りないから彼の力は借りたいのだけど、一応野生のポケモンだからね」

 マッシブーンに向けて闘志を燃やし、その巨体を睨み付けるフライゴンを見ながらクリスはそう言う。

 

 さっきのマッシブーンの攻撃を受け止めた姿を見るに、このフライゴンはやはり相当な力の持ち主だ。

 今はどうしても人手───いや、ポケモン手が欲しい。

 

 

「分かった。フライゴン、私がいるから大丈夫だよ!」

「フラィ……」

 その声が聞こえているのか聞こえていないのか、傷付いた翼を揺らしながらフライゴンはドラゴンクローを展開する。

 

 

「いけ、ニダンギル!」

 クリスもニダンギルをボールから出して、少しずつ間合いを詰めた。

 

 

 

「───強大な相手にどう立ち向かうか、か」




新節突入。またほのぼのから遠ざかって行くぅ!!

やっと色々な人が動き出します。勿論ゲームオリジナルのキャラも大活躍!ハラにイリマにあの人まで。是非ご期待ください。


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ここから先はとおせんぼう

 岩盤が砕ける。

 

 

 コンケリートで固められた地面を砂でも掘るように片手で鷲掴みにして、それを投げ付けるマッシブーン。

 岩盤が直撃したニダンギルは地面を転がって、そこに追い打ちを掛けるようにマッシブーンが肉薄した。

 

「つつく!」

 しかし、その背後からモクローがマッシブーンに向かっていく。

 声に反応したのかニダンギルへの攻撃を中断して振り向いたマッシブーンだが、モクローの姿はその視線の先にはなかった。

 

 次の瞬間、マッシブーンの背後───ニダンギルの倒れている方角からモクローが姿を現わす。

 

「羽音を極力消して相手に悟られないように背後を取る。モクローの特徴を上手く使った攻撃ロト。流石相棒ロト」

「説明ありがとう、相棒。やれモクロー!」

 クリスの指示で、マッシブーンの背後に現れたモクローは嘴を尖らせてその翼を羽ばたかせた。

 

 

 異世界の生き物だとしても、ポケモンとしてのタイプはむしタイプとかくとうタイプだ。ひこうタイプの攻撃は効果が抜群である。

 攻撃を与える事が出来れば、それなりのダメージを期待出来た。

 

 ───攻撃を与える事が出来れば、だが。

 

 

「───マブシッ!!」

「───クロ?! クォゥルルルッ?!」

 背後に目でも付いているかのように、マッシブーンはその剛腕を後ろに回してモクローを鷲掴みにする。

 

 

 そのまま、マッシブーンは掴んだモクローを地面に倒れているニダンギル向けて叩き付けた。

 二匹とも目を回して、これ以上戦う事は出来なくなる。

 

 

「嘘……だろ。も、戻れモクロー! ニダンギル!!」

 すぐさま二匹をモンスターボールに戻すクリス。

 

 

 状況はとてもじゃないが楽観視できる状態じゃなかった。

 街全体を一匹で崩壊させる程に強力なこの生き物。放っておけば死者が出る。ポケモンだって殺される。

 

 なんとしてもこのマッシブーンを倒してしまうか、少なくとも島キングが来るまで足止めをしなければならない。

 

 

 

「……僕達だけで倒してしまえれば、それ以上に楽な事はないけれど」

 それが難しい事は百も承知である。

 

 手段としてはゲンガーのほろびのうたという手があるが、それをするにはゲンガーをあのマッシブーンの懐に潜り込ませなければならない。

 モクローですら懐に入った瞬間に仕留められたのだから、ゲンガーにそれをさせるのは至難の技だった。それ以外に勝つ手段が見つからない以上、何も考えずにリスキーなだけの攻撃を仕掛けるのは悪手である。

 

「悪いなロトム。戦ってもらいたいから、扇風機を探してきてくれ」

「了解ロト!」

 クリスの指示で近くの瓦礫に向かっていくロトム。一般の市民の家にも被害が出ている為、道のあちこちに家電などが落ちていた。

 

 

「マブシァァッ!」

 二匹を倒した事を喜ぶように、マッシブーンは両腕を持ち上げる。

 夜を照らす街灯を芯から抜いて持ち上げて、そのまま地面に叩き付ける姿はクリス達に恐怖を覚えさせた。

 

 

「な、なんかパワーが上がってないか……?」

「クリス君、来るよ!」

 クリスが驚いている間に、マッシブーンは地面に叩きつけられてひん曲がった街灯を片手で持ったまま接近して来る。

 特に早いという訳ではないが、原型を留めていない街灯を持ち上げて向かって来る姿は化物(モンスター)そのものだった。

 

 

「……っ」

「フライゴン、お願い!」

 そんなマッシブーンの目の前にフライゴンが立ち塞がる。

 

 振り下ろされた街灯をドラゴンクローで受け止めるフライゴン。

 足が滑り、地面が削れた。それほどの力だがしかし、フライゴンは息を鳴らしながら街灯を弾き返す。

 

 

「ロトム、エアスラッシュ!!」

 攻撃を弾かれた隙に、扇風機の中に入ってスピンロトムとなり戻ってきたロトムに指示を出すクリス。

 体制を崩したマッシブーンはそれを避ける事が出来ず、攻撃は直撃した。

 

 風圧で砂埃が舞う。

 

 

 やったか?

 そんな事を考えたが、そう考えた時は大体やってないというのが約束だとクリスは苦笑いを零した。

 

 

「───マブシァァ」

 腕を振るっただけの風圧で砂埃を払うマッシブーン。無傷とまではいかないが、その体力を削れているようには見えない。

 

 

「……これは、本気でまずいね」

 確かに同じウルトラビーストのウツロイドも危険な生き物である。しかし、マッシブーンとはベクトルが別だ。

 その腕力だけで全てを破壊し尽くすマッシブーンは、一匹だけでも非常に危険である。被害は数十匹のウツロイドが現れた先日の事件より遥かに大きい。

 

 どうして暴れているかも分からない上に、勝てるかも分からない。経験が浅いだとかそういう事は関係なく、クリスには今どうしたらいいのか分からなかった。

 

 

 

「イリマさんが島キングって人を呼んできてくれるんだよね!」

 頭を抱えそうになるクリスの横で、シルヴィは真剣な声でそう言う。

 

 それまで耐えるしかないのはち重々承知だ。

 その為の方向が分からない。

 

 

「よく分からないけど、こっちから仕掛けなければ時間稼ぎは出来る気がする」

「どういう事……?」

 シルヴィの言葉に、クリスはマッシブーンから目を離さずに横目で彼女を見ながら聞き返した。

 

「あの子、なんだか街を壊そうとして壊してる訳じゃない気がするんだよね……。なんだろ、良く分からないけど。ほら、私達と戦ってる間はそれ以外の事はしてないじゃん」

 シルヴィの言う通り、彼女達との戦闘に入ってからマッシブーンの破壊行動は抑えられている。

 

 戦っているだけで街に被害を与えているが、それが広がっていないのは事実だった。

 

 

「なるほど、受けに徹するって事だね。……その提案に乗るよ」

「い、良いの……? もしかしたら私の勘違いかもしれないのに……」

「あの化け物が何を考えているのか分からないけど、僕達に集中してるってのは間違いない。選択肢としては正解だ。───来るよ!」

 マッシブーンから目を離していなかったクリスは、向かって来る姿を見て直ぐにロトムに指示を出す。

 

 

 エアスラッシュで勢いを落とし、フライゴンがその攻撃を受け止めた。

 

 

 防戦一方だが、今はこれしかない。

 

 

 

 ───島キングの到着を待つ。ただそれだけだ。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 街の様子を間近で見た島キング───ハラは、唇を強く噛み締める。

 

 

 破壊された街は見るに耐えない状態で、怪我人も決して少なくはなかった。

 自分がもっと早く駆け付けていれば───そんな事を考えるが、彼は頭を横に振って冷静に目の前を見る。

 

 彼について来た少女、リアも同じような事を考えていた。

 自分が島キングと戦っていたからこの惨事に島キングという実力者が気が付けなかったのだから、こうなったのは自分のせいなのかもしれない。

 

 

 それでも彼女はハラと一緒に前を見る。

 今は後悔している暇はない。

 

 

「その、マッシブーンってのはどこだ?」

「今さっき大きな音が聞こえた方角が気になりますな」

 そう言ってハラが視線を向けるのは、北の方角だ。釣られてリアが視線を向けると、大きな音と共に砂ぼこりが舞い上がる。

 

 何が起きたかまでは分からないが、そこに何かが居る事は確かだった。

 

 

「む、今のは……」

「迷ってる暇はないだろ。行くしかない」

 そう言って走り出そうとするリア。しかし、彼女の目の前にフードを被った男が一人立ち塞がる。

 

「行かせねーよぉ……。ここから先はとおせんぼう(・・・・・・)ってな。ヒッヒヒヒ」

 不敵に笑うその男は、フードを外して奇妙な笑みを移す顔を露わにした。

 

 

 紫色の長めの髪。見開いた瞳と吊り上がった口角が特徴的なその男は、同時にモンスターボールを一つ投げる。

 その中から出て来たのはヘドロポケモン───ベトベトン。男の髪の色と同じ体色の身体中から異臭を放ちながら、ベトベトンはリア達の前で身体を持ち上げた。

 

 

 

「な、なんだお前?! この状況見て気でも狂ってんのか?!」

「ワシらは急いでいる。……そこを退いてくれますかな?」

「……だから、行かせないって言ってんだろぉ? どうしても進みたいならぁ〜、俺を倒せば良いじゃねぇかよぉ!」

 奇妙な笑い声を上げて、男は両手を広げる。

 

 

 この時点でハラは、この男が今回の事件の黒幕───ないし関係者だという事は察した。

 だが男の言動は理解出来ない。目的が見えないのである。

 

 しかし、それを探っている時間も惜しい。

 

 

「押し通りますぞ。ハリテヤマ、ストーンエッジ!」

 ハラが投げたボールから出てきたハリテヤマは、間髪入れずに地面にその大きな平手を打ち込んだ。

 

 同時に、岩盤が盛り上がってベトベトンを襲う。

 

 

 吹き飛ぶヘドロ。その威力にリアは少し前までの戦いを思い出して息を飲んだ。

 

 

 

「……良いねぇ、溶かし甲斐がある」

 しかし、男のベトベトンに大きなダメージは見受けられない。ピクリとも動いていないようにも見える。上手く交わされたのだろうか。

 

「デルビル、かえんほうしゃ!」

 すかさずリアもボールを投げて加勢に入った。

 

 

 こんな奴の相手をしている暇はない。

 

 

 火炎がベトベトンを襲う。ヘドロが飛び散って爆煙が舞い上がった。

 

 

「どうだ?! やったか?!」

「いや……まだですな」

 爆煙が腫れる。しかし、ベトベトンはピクリとも動いていない。

 

 

 不敵に笑う男も相まってリアにはそれが不気味に思えた。

 いくらなんでもダメージが通ってなさ過ぎる。本当に攻撃が当たっているのか?

 

 どうして目の前のベトベトンはピクリとも動かない。まるで、ポケモンじゃなくてただのヘドロがそこにあるようだ。

 

 

 

「おかしいと……思っているなぁ?」

 口角を釣り上げて、男は嬉しそうに言葉を漏らす。

 

 そんな男の前にあった(・・・)ベトベトンは、みるみるその形を失って地面に散らばってしまった。

 いや、最初からそれはベトベトンではなかったのだろう。ベトベトンの身体を構成するヘドロの塊。つまり───

 

 

「───みがわり?!」

「ご名答ぅ。自らの体力を使ってみがわりを作り出す技だ。ベトベトンの場合ぃ、自分の身体の一部をそこに置いていく。さぁて、それじゃぁ〜本物のベトベトンは何処だろうなぁ?! ヒャッハハハハハッ!!」

 ハラが気が付いた通り、男の前に居たベトベトンの形をしたヘドロはみがわりだった。

 

 

 そして気が付いた時にはもう襲い。

 

 

「ベトベトン、まとわりつく!!」

 突如ハラの背後から現れた少し小柄なベトベトンは、ハラに向かってそのヘドロの身体を伸ばして来る。

 

 ハラはそれに反応出来なかったが、真横からリアに蹴り飛ばされてその攻撃は避けられた。

 

 

「のごぉ?!」

「悪りぃ、おっさん。おっさんデカいから蹴るしかなかった!」

 全く悪気のなさそうな声でそう言うリア。攻撃を外してベトベトンは苛立ちの表情を見せるが、その主人のトレーナーは笑っている。

 

 

「今の攻撃に反応した……。おもしれぇ……島キングよりも溶かし甲斐がぁ、あるじゃねぇか」

 男は不敵に笑いながら自分の顔を抑えていた。笑いを堪えるように、そして己のポケモンに指示を出す。

 

 

「ベトベトン、どくどく」

 子供と大人の体格差やハラの体格もあり、彼を蹴り飛ばしたリアはその反動で地面に転がっていた。

 そんな体制の彼女に向けて、ベトベトンは猛毒のスモッグを身体から吐き出す。ハラが手を伸ばすが避けられる訳もなく、リアの身体を一瞬で猛毒が蝕んだ。

 

 

「……っ、ぁ゛」

 嘔吐感。同時に吐き出したのは血反吐。

 

 ポケモンが受けても数分の内に動けなくなるような猛毒を人間が受けて、無事でいられる訳がない。

 満足気な表情の男の元に、同じく満足気な表情のベトベトンが戻っていく。

 

 ハラはそんな彼女を見ている事しか出来なかった。

 島キングの自分が、こんな小さな女の子に助けられたという事実よりも───

 

 

「───おのれ」

 こんな小さな女の子を手にかけた男の事が許せない。

 

 

 恥は後で感じれば良い。

 

 後悔も後で幾らでもすれば良い。

 

 

 だが、今後ろを向いても前に進む事は出来ない。ハラは立ち上がって、男を睨み付ける。

 

 

 

「───て、よ……おっさん。待てよ」

 しかしリアは立ち上がって、そんなハラに手を伸ばした。

 

 

「見る方向が違うぜ……。そっちは前じゃない」

 唇を噛みながら血色の悪い顔で、しかし彼女は真っ直ぐ前を向いて口を動かす。

 

 

「あんた……島キングだろ。小悪党と戦うより優先すべき事があるじゃん?」

「リア君……」

「私に考えがある……。島キングとか、島巡りとか嫌いだけど。あんたが強いって事は、分かってるから」

 今にも倒れそうなリアだが、ハラの目を見る彼女の目から光は失われていなかった。

 

 島キングは小声で話された彼女の作戦に目を見開くも、少しだけ考えて頷く。

 

 

 

「お別れの挨拶は済んだかぁ? さーて、次はどっちを溶かしてやろうかなぁ……アッヒヒ」

「デルビル、かえん……ほうしゃ!!」

 余裕で構える男とベトベトンを、デルビルのかえんほうしゃが襲った。

 

「緩いなぁ〜、まもるだ!!」

 爆炎が瓦礫を包み込む。しかし、ベトベトンの前方にエネルギーの壁が現れ火炎は二人には届かなかった。

 

 

 焦げ臭い匂いに爆煙。

 

 

 黒い煙が晴れると同時に、男は不敵に笑う。

 

 

 

「……っ」

 視界に入ったのは毒でもがき苦しんで倒れているリアだった。

 ハラはそれを見ている事しか出来ない。

 

 男はこの瞬間がたまらなく好きなのである。

 相手が毒で苦しむ姿を見るのが、楽しくて楽しくて仕方がないのだ。

 

 

 痺れを切らしたのか、ハリテヤマが指示もなくベトベトンに突進する。

 しかし、ヘドロが飛び散るだけ。またみがわりを発動されていた。

 

 

 

「やれ、ベトベトン。まとわりつく」

 そして、ハリテヤマが近くにいなくなり隙だらけとなったハラを、背後から現れたベトベトンが襲う。

 

 ヘドロの身体で全身に絡みつき、締め上げた。

 締め上げる力もさる事ながら、ベトベトンの身体を構成するヘドロがさらに体力を奪っていく。

 

 

 この時点で男は勝ちを確信した。

 

 

 小娘も島キングも倒れ、残るはポケモン達だけ。

 時間稼ぎだけで良かったのだが、島キングなんてこんなものか。まだあの国際警察のチビの方が溶かし甲斐がある。

 

 

「……つまらねぇ。ベトベトン、トドメをさせ」

「───そうかよ。でもさ、もう少し遊んで行けよな」

 唐突に聞こえたのは、倒れていた筈の少女の声だった。

 

 

「あ……?」

 立ち上がる少女を見て男は素っ頓狂な言葉を漏らす。

 

 どうして立てるんだ。

 それ以前に、この現状でどこからそんな言葉が湧いてくる。

 

 

ゾロアーク(・・・・・)、かえんほうしゃ」

 男を見ながらリアがそう言うと、ハラを包み込んでいた筈のベトベトンの身体が突然炎に包まれた。

 たまらずにまとわりつくを解くベトベトン。ハラが燃えたのかと目を見開いた男の視線に入ったのは、ハラではなく一匹のポケモンだった。

 

 

「ゾロアーク……だと?!」

 ばけぎつねポケモン───ゾロアーク。

 

 相手に幻影を見せるその力でハラに化けていたゾロアークを、ベトベトンはなんの疑いもなく攻撃したのである。

 

 

「ゾロア、かえんほうしゃ」

 続いて、男の近くにいたハリテヤマがその拳から火炎を放った。

 完全にハリテヤマの間合いではないと思い込んでいた男は、その火炎を避けきれずに地面を転がる。

 

 

「……ば、馬鹿な」

 目を見開く男の前で、ハリテヤマはその姿を消した。

 

 否、わるぎつねポケモン───ゾロアが化かすのをやめたと言うべきか。

 

 

 既にその場にはハラも、ハリテヤマも存在しない。

 

 

「とうせんぼう、ねぇ。そんじゃ、今度はこっちの番だぜ。なんかよく分かんないけど、おっさんの邪魔はさせねぇ」

 リアは男を睨みながら、はっきりと前を向いて口を開く。

 

 男はそれを見て不敵に笑った。

 笑いながら、不安定に立ち上がり、ゾッとするような目でリアを見る。

 

 

「……おもしれぇ。最高に溶かし甲斐があるぞ、小娘ぇ!!」

「こいよ小悪党。スカル団の支配するアローラで、好き勝手やれると思うな」

 二人のやりとりを確認してから、近くの物陰に隠れていたハラは地面を蹴った。

 

 

 本当はあんな小さな子供に任せるべきではないだろう。

 

 

 だがしかし、島キングとして彼女を認めていた。認めざるおえなかった。

 彼女は立派な、島巡りの挑戦者だと。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 視界に映る遺跡を見て、イリマは目を見開く。

 

 

 どうして此処に?

 

 いや、此処だとか何処だとかではなくて。

 

 

 

 どうして君が居るんだ。

 

 

「ライル……君?」

 小さく言葉を漏らすイリマの目の前で、ライルと呼ばれた男は口角を吊り上げる。

 

「よぅ、久し振りだな親友。七年ぶりか。まさかお前が此処にくるとは。……まぁ、この先には行かせないけどな。カプ・コケコは通さない」

 何を言っているかが分からなかった。

 

 

「待ってくれ……何故君が? あの街の騒動は君が主犯なのか?」

「もしそうだとしても答える訳ねーだろバーカ。こういう時、人に物を聞こうとするならどうするか……分かるだろ? ポケモントレーナーならさ」

 モンスターボールを構えながらそう言うライル。イリマは唇を噛みながらも、同じくモンスターボールを構える。

 

 

「街の事だけじゃない。今ここに居る事や、どうしてあの日姿を消したのか。……リア君をどんな思いで一人にしたのか、聞かせてもらいます! ドーブル!!」

「いけ、ドーブル!!」

 二人はお互いに同じポケモンをモンスターボールから放った。

 

 

「七年前の続きをしようぜ。俺はもう、絶対に負けない。……負けさせない。ドーブル、えんまくだ!!」

 黒煙が辺りを包み込む。

 

 

 

 遺跡の奥からは、煙幕をも照らすような光が溢れていた。




ちょっと長くなってしまいました。ソーリー。

シリアス全開。三つの場所でゼンリョクのバトル、スタートです。


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えんまくの中で

 特に夢みたいな物はなかった。

 

 

 ただ、少年期特有の期待と不安を持っての旅路。

 家で待っている家族には目一杯強がってみせて、少年(・・)は未来への一歩を踏み出す。

 

 その結果は───

 

 

 

「───卑怯だって、そう思った」

 黒煙の中で()は不貞腐れたような声を漏らした。

 

 姿勢を低くして構えるイリマはしかし、彼の言葉を一字一句違える事なく聞き取るために耳を傾ける。

 

 

「……ボクは、そんなつもりはありませんでした」

「んな事は知ってら。でもな、俺はあの時ガキだったんだ。お前の事を卑怯だと思ったし、俺がモクローを選んでいればとかつい口に出した。それで、大切なものを失った」

「待ってくださいライル君、それは───」

「言うな! 俺が悪いなんて事は分かってんだよ!」

 ライルはイリマの言葉を遮って、色んな表情が混ざってぐちゃぐちゃになった顔を落とした。

 

 しかし、黒煙の中の彼の顔を見る事は今のイリマには出来ない。

 

 

「だからって、あんな事をする事はないじゃないですか!」

「アホかお前。そんな昔の恨みであんな惨事を起こす訳ねーだろ」

「それじゃ───」

 声を上げるイリマの顔すれすれを水流が横切る。

 

 冷や汗を流して逸らした視線を元に戻すと、晴れた煙幕の先でライルのドーブルが尻尾の先をイリマ達に向けていた。

 イリマのドーブルは煙幕からの突然の攻撃を避けられず、水浸しになっている。

 

 

「そんな事とは微塵も関係なく、俺は今するべき事の為にここに居る。だけどまぁ、なんだ。因縁みたいなのを感じると……燃えるよなぁ? ポケモントレーナーなら!! ドーブル、みずてっぽう!」

 ライルの指示を聞き、ドーブルは尻尾の先から水流を放った。

 

 スケッチというドーブル特有の技は、目で見た技をコピーし自分で使えるようにするという技である。

 つまり極論を言えば、ドーブルはこの世界の全ての技を使う事が出来るポケモンだ。

 

 

「ドーブル、みずてっぽうです!!」

 それに対してイリマは同じ技をぶつける。水流同士が重なって、中央で水飛沫が広がった。

 

 イリマのドーブルの方が威力が高く押しているが、それでも押し切る事は出来ずにお互いの技はその場で弾けて消える。

 

 

「同じ技とは、奇遇ですね」

「態々同じにしてやったんだよ。お前、試練の時に有利な技を出すためにほのお、みず、くさの基本技をドーブルに覚えさせてるんだってな」

 イリマのドーブルはリアとの戦いで見せたみずてっぽう以外にもひのこ、このはという技を覚えていた。

 ほのおタイプとくさタイプ、そしてみずタイプ。様々な技を使う事が出来るようになるドーブルだからこそ出来る芸当だろう。

 

 

「ちょっとせこくないか? ドーブルひのこ!」

「ひのこです!」

 同時に放たれた同じ技はぶつかり合って相殺した。

 

「このは!」

「こちらもこのはです!」

 続いて同じ技。これも、ぶつかりあって相殺する。

 お互いの実力に大差はないという事だ。ここから先はトレーナーの指示やポケモンとのコンビネーションによって大きく変わってくる。

 

 

「全く同じ技にして挑戦という事ですか……」

「なーに、軽い遊びみたいなもんだ。早く来いよ。来ないならこっちから行くぜ? ドーブル、このはだ!!」

 ライルの指示に尾の先から草木の混じった風を放つドーブル。

 

 

「ならば、ひのこです!」

 対してイリマがドーブルに指示を出したのはほのおタイプの技───ひのこ。

 

 このはの草木は半分以上が焼けてイリマのドーブルへのダメージは半減した。

 一方でライルのドーブルはひのこが直撃し、ダメージを負ってしまう。

 

 

 

「ポケモンにはタイプの相性がある。それは勿論技だって同じです。炎の技は水の技に弱く、水の技は草の技に弱く、草の技は炎の技に弱い。タイプ相性を考えて的確な指示を出す事、それを挑戦者に学んで欲しくて僕はドーブルにこの技を覚えさせました」

「ご立派な考えだ事よ。それじゃ教えてくれよ、ポケモンバトルで大切なタイプ相性ってのをな! ドーブル、みずてっぽうだ!!」

 ライルの指示でみずてっぽうを放つドーブル。イリマは反撃にこのはを選び、その技の打ち合いはこのはが押し切る形に終わった。

 

 

 どの技を選んでもその技に有利な技を使われれば殆どが消されてしまう。三つの内どの技を選ぼうが結果は同じ事だ。

 先に出せばタイミング的に多少ダメージを与える事が出来るが、明らかに貰うダメージの方が多い。

 

 先出し不利後出し有利のこの状態でしかし───

 

 

「ドーブル、このは!!」

 ライルは再び先手を取ってドーブルにこのはを放たせる。

 

 ドーブルはなんの迷いもなくこのはを放ち、イリマは不可解に思いながらもひのこを指示して同じ結果を繰り返した。

 

 

 

 何かがおかしい。

 

 

 双方共にダメージを負いつつも、こちらの方が確実にダメージを与えている筈だ。

 

 

 

 彼の目的は?

 応戦の中でイリマは考える。

 

 考えている間にもライルのドーブルはこのは、みずてっぽう、このは、ひのこ、と技を繰り出して来た。

 その一つずつに相性の良い技を放って応戦する。お互いに消耗戦だが、確実にこちらの方が有利な筈だ。

 

 

 先に倒れるのは間違いなくライルのドーブルだろう。しかし、目で見る限り互いの体力は同等と言ったところ。

 その理由が分からない。しかし、このままでは拉致があかない。

 

 

「……中々タフですね」

「そうかもなぁ?」

 含み笑いを見せながらそう返すライルには余裕があった。何か策があるのかもしれない。

 

「ポケモンは自分と同じタイプの技を得意とし、威力も五割増しになるといいます。しかしボク達はノーマルタイプのドーブルにノーマルタイプの技を使わせず、等倍で勝負を挑んでいる。……このままでは拉致があきませんね」

 しかし、こちらにだって作はある。

 

 

「だから……勝負を決めに行きます!」

「へー、何か策でも?」

「えぇ、ライル君と僕のドーブルは確かに同じ技を三つ持っていますが残る一つは違うようですからね」

 基本。ポケモンが一度に覚えられる技は四つだ。

 

 

 これは特にルールで決められているという訳ではなく、ポケットモンスターという生物達がそろって持っている特徴のような物である。

 覆しようのないこの世界の理。ポケモン達は四つ以上技を覚えようとすると、一つ技を忘れてしまうのだ。

 

 

「ライル君のドーブルの技はひのこ、みずてっぽう、このはの三つと───そしてえんまくです」

 ここまでの戦いで、ライルのドーブルは始めに使ったえんまくを含めて四つの技を見せている。

 

 つまりそれは、もう他に隠し持っている技がないという事だ。

 

 

 

 対してイリマのドーブルはひのこ、みずてっぽう、このはの三つの他にもう一つだけ技を覚えている。

 

「しかし、ボクのドーブルはえんまくではなく別の技を持っています。それをお見せしますよ!」

 ライルはイリマのドーブルと同じ技にして来たと言っていたが、彼のドーブルはえんまくを覚えている訳ではなかった。

 

 

 

「ドーブル!!」

 目を合わせ、アイコンタクトで指示を察したイリマのドーブルは尾先を相手に向けそこから大量の水を放出する。

 

「おっと、みずてっぽう(・・・・・・)じゃねーか。大口叩いて同じ技かぁ?! ドーブル、このは!!」

 対してライルはこれまでイリマがしていた通り、タイプ相性の良い技で迎え撃った。

 

 

 さっきまでなら草木が水流をほぼ押しのけていたのだが、イリマのドーブルが放った水流はダメージにはならない程に減速しつつも掻き消される事なくライルのドーブルを濡らすだけに終わる。

 イリマのドーブルは直進して来たこのはが直撃してダメージを負うが、水に濡れただけのドーブルは不思議そうな表情で首を横に振るだけだった。

 

 

「なめてんのかお前」

「みずびたし、です」

 目を半開きにして口を開くライルに、イリマは得意げにそう返す。

 

 

「……なにぃ?」

「相手をみずびたしにして、ポケモンのタイプにみずタイプを加える技ですよ。今ライル君のドーブルはみずタイプを得ています。それがどういう意味か分かりますか?」

 まるで学校の授業で先生が生徒に教えるようにそう問いかけるイリマ。

 

「はいはい、みずはくさに弱いです。ほのおに強いです。今ドーブルはくさタイプの攻撃を受けると倍のダメージを負う事になる」

 対してライルはやや呆れたような表情でそう返した。

 

 

 現状。同じ技を持つ二匹のドーブルだったが、ノーマルタイプに有効打を与える効果が抜群(かくとうタイプ)の技を二匹とも覚えていない。

 だからダメージレースには大した差は付かず、なんなら指示の差でイリマのドーブルの方が有利を取っている状態でもある。

 

 

 そしてライルのドーブルだけ(・・)がみずタイプになった。

 

「これでダメージレースはこちらのもの。普通に技をぶつけ合えば、先に倒れるのは君のドーブルです!」

 その場合、ライルのドーブルだけがこのはを受けた時二倍のダメージを与えられ続ける事になる。

 

 

 そうなれば結果は考える必要もなかった。

 

 

 

「決めます。ドーブル、このは!」

「こっちもこのはだ!」

 しかし、ライルは臆さずにこのはで対抗する。

 

 

「このはです!」

「このは!」

 このまま行けば先に倒れるのはライルのドーブルの筈だ。

 それなのに、このはの応酬は止まらない。無数の草木が飛び散り、相殺しながらも少しずつお互いにダメージを負っていく。

 

 

 不自然な点はあった。

 

 

 三種の技の内、ライルはこのはを多用していたようにも見える。

 イリマのドーブルには効果抜群ではない筈だ。

 

 みずびたしを使ったのはイリマのドーブルで、ライルのドーブルの四つ目の技はえんまくなのだから。

 

 

「……勝てると思ってるだろ、お前。あの時と一緒だ」

「……っ。あの時は……っ!」

 含み笑いを漏らしながら言うライルに、イリマは何かを言いかけるがその口は開かない。

 

「そりゃ、そうだろ。あの時俺達はまだガキだった。純粋に勝ち負けが嬉しくて、悔しくて……。……だからさ、お前は別に悪くねーよ。でもな、タイプ相性で勝ちを確信してるその顔は個人的に見てて腹立つからよ───ドーブル!!」

 不敵な笑みで、ライルはさらにドーブルに指示を出す。

 

 

「このはだ!!」

「このはです!!」

 ぶつかり合うこのは。相殺しきれずに流れた草木はお互いのドーブルを少しずつ傷付けた。

 

 

 そして───

 

 

 

「───な?!」

 ドーブルが片膝をついて、そのまま地面に倒れる。

 

 

 倒れたドーブルがライルのドーブルだったのなら、イリマはただ安堵の表情を浮かべていただろうが───

 

 

 

「……どう、して……ボクのドーブルが、先に」

 ───倒れたのはイリマのドーブルだった。

 

 ライルのドーブルは苦しそうな表情を見せながらも、しっかりと両足で地面に立っている。

 どうして。理解が出来なかった。

 

 

「あの時俺がモクローを選んでたら、きっと立場は逆だったろうぜ」

「何をしたんですか……ライル」

 自分のドーブルに駆け寄ってその身体を抱きしめながら、イリマは驚愕の表情でそう問い掛ける。

 実力は均衡していた筈。同じ技のぶつけ合いはほぼ(・・)互角だった。

 

 

 そう、ほぼ(・・)互角だった。

 

 

「実力が同じで、同じ技を続けていたなら。……タイプ相性でこちらが有利な筈でした」

「そりゃそうだ。しかしよぉ、イリマ。お前のドーブルはやけにみずてっぽうの威力が高いよなぁ?」

 ライルは得意げな表情でそう語る。

 

 始めのみずてっぽうの打ち合いでは、イリマのドーブルの攻撃が若干押していた。

 

 

「まるで、みずタイプが放つ威力だったぜ。……確かポケモンは自分と同じタイプの技を得意とし、威力も五割増しになるんだよなぁ?」

「ま、さか……」

 自分のドーブルとライルのドーブルを見比べて、イリマは言葉を失う。

 

 

「みずびたし。相手のポケモンにみずタイプを付与する技だ。……言ったろ? 調べてきたって」

「始めにえんまくの中からしてきた攻撃はみずてっぽうではなく……みずびたしだった?」

「正解。流石イリマキャプテン賢い事で」

 不敵な笑みを浮かべながらそう答えるライル。

 

 

 始めにイリマの顔すれすれを横切った水流がみずびたしなら、彼が不自然に思っていた事にも説明が付いた。

 

 やけにこのはを多用していたのは、イリマのドーブルにこうかがばつぐんだったから。

 逆にひのこをほとんど使わなかったのはイリマのドーブルに威力の上がったみずてっぽうを撃たせない為。

 

 

 この結果を得る為にそこまでの計算をされていた事に、イリマは完全に自分の負けを認める。

 しかし、やはり一つだけ疑問が残っていた。

 

 

「ポケモンが覚えられる技は基本四つ。しかし、君のドーブルは───」

 ひのこ、みずてっぽう、このは、えんまくと続いてみずびたしまで使っていたのならライラのドーブルは五つ目の技を使った事になる。

 

 それだけは理解が出来ない。

 

 

 だってそれはありえない事だから。

 

 

 

「お前さぁ、俺がいつドーブルで戦うって言ったよ。なぁ、メタモン(・・・・)

「メタ、モン……っ?!」

 ライルが口を開いた瞬間、彼の前に立っていたドーブルはその姿が崩れていき薄紫色の粘土のような姿になってしまった。

 

 

 メタモン。

 へんしんポケモン。ノーマルタイプ。

 

 このポケモンは自分の細胞組織を組み替える力があり、その身体そのものを変化させて他のポケモンと同じ姿になる事が出来る。

 完全に細胞そのものをコピーするので、相手の脳力や技までも使う事が出来るようになるのだ。

 

 

「勿論俺は最初からメタモンで戦ってたぜ。始めに俺のドーブルにへんしんさせておいて、えんまくを使ってからへんしんを解いて、お前のドーブルにへんしんした。これが五つ目の技を使ったカラクリだ」

「まさか、そこまで……」

「だから言ったろ? 調べてきたってな」

 そう言うライルの背後の洞窟から、瓦礫の崩れる大きな音と共に光が放たれる。

 しかしそれは洞窟の外に届く事はなく、ライルは音にも動じずにただイリマを真っ直ぐに見ていた。

 

 

「……君は、何をしているのですか? ここまでしてボクを止める目的は! 妹を泣かせてまで今まで姿を隠していたのは!!」

「黙れよ。お前に言える事なんざ何もねぇ。お前に俺の気持ちは分からねーよ」

 蔑むような声でそう言って、ライルは洞窟と街を見比べる。

 

 

 まだか、と。彼は小さく呟いた。

 

 

「……分かりません。しかし、それでも君のニャビーは!!」

「んな事はわかってんだよ!! でもな、これは俺の為なんだ。残念ながら俺は悪党なんだよ。……(ロケット)団。名前くらい知ってるだろ?」

「な……」

 ライルの言葉に口を半開きにして視線を落とすイリマ。

 

 

 ショッピングモールでの事件の犯人グループとされるR団。

 

 

「……そうでしたか」

 旧友である人物がそのメンバーと知って、彼は唇を噛みながら立ち上がる。

 

 

 

「……そうと分かれば、このイリマ。メレメレ島のキャプテンとして君を見逃す訳には行きません」

「来いよ。何が出て来ても叩き潰してやる。カプ・コケコはここから出させねぇ」

「それが君の、R団の狙いなら……っ!!」

 ボールを投げるイリマ。

 

 

「……俺を止めてみろよ」

 ライルは小さな声でそう言って、洞窟の中を覗いた。

 

 

 

 

 

 光は外には届かない。




物凄くお待たせしました。なんと更新していない間にお気に入りが100人を超えていまして、ビックリしています。いや、本当に遅れてごめんなさい。

そんな訳でお礼のイラスト描いてきました!

【挿絵表示】

全力ノーマルZ技のシルヴィです。Z技のポーズは全部描きたいなーって思ってます。


別作品に集中していたので更新が遅れてしまいましたが、これからは最低でも月一で更新したいと思います。これからもよろしくお願いします。

それでは。読了ありがとうございました!


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ゼンリョクのとっておきで

 茶色。

 

 

 イリマのモンスターボールから飛び出したポケモンは、四本脚の小柄なポケモンだった。

 特徴的なのは長い耳と柔らかな尻尾。首回りの白い毛を除き茶色い毛並みが整っている。

 

 イーブイ。

 それが、イリマが出したポケモンの名前だった。

 

 

「バカにしてんのかお前」

「いいえ、これがボクのとっておき(・・・・・)ですから」

 ライルは出て来たポケモンに拍子抜けになり、開いた口のまま「はぁ?」と声を漏らす。

 しかしイリマの表情は真剣そのものだ。

 

 それでもライルには彼の意図が分からない。

 

 

 イーブイはしんかポケモンと言われていて、その遺伝子は不規則であり様々な姿に進化するポケモンである。

 進化後のイーブイはどの種類もある程度の戦闘能力を有しているが、イーブイそのものは非常に非力なポケモンだと知られていた。

 

 

「まぁ、どんな作戦だか知らねーけど。……ドーブル!! ロックオン!!」

 ライルはメタモンをボールに戻し、ドーブルを出して指示を出す。

 

 ロックオン。

 次の技を確実に当てる為の技だ。

 

 

「イーブイ、かげぶんしんです!!」

「そんな事しようが次の技は必中だぜ!!」

 イーブイは高速で移動し自らの分身を作り出すが、ロックオンされたイーブイをドーブルが見違えるわけもない。

 

 

 ───放たれる技を交わす事は出来ない。

 

 

「喰らえや一撃必殺!! ハサミギロチン!!」

 ドーブルはロックオンしたイーブイに自らの尾を向ける。

 

 同時に鋏のようなエネルギーが現れ、開かれたソレはイーブイを包み込むように閉じた。

 

 

 

 爆風。

 ハサミギロチンは隙の大きい技だが、必ず相手を一撃で戦闘不能にする技である。

 

 

 勝ったな、と。不敵に笑うライルの目に映ったのは、砂埃の中で未だに立っているイーブイだった。

 

 

「何?!」

「まもるを使わせて頂きました。Z技でもない限り、その先に攻撃は届きません。……しかしなるほど、それが本来の君のドーブルの技ですか」

 砂埃が晴れ、その中でイーブイを包み込むエネルギーのシールド。

 

 まもる。どんな攻撃をも防ぐが、連続で使用する事は出来ないという欠点がある。

 しかしハサミギロチンを必ず当てるには下準備が必要だ。

 

 その間に再びまもるを使用できるようになってしまうなら、彼の得意な戦法(ロックオンからのハサミギロチン)は封じられたも当然である。

 

 

「んのやろぉ……だったら無理矢理当ててやる。ドーブル、ハサミギロチンだ!!」

 ならばと、ライルはロックオンを挟まずにドーブルにハサミギロチンの指示を出した。

 

 ドーブルの尾から鋏が展開される。

 

 

「かげぶんしんです!!」

 しかしイーブイはイリマの指示でふたたび高速移動。自らの分身を作り出した。

 ロックオンもない今、本物がどれかも分からず命中不安定の技を当てる事は非常に難しい。

 

 案の定。ハサミギロチンは分身に当たる事すらなく不発に終わる。

 舌を鳴らすライルだが、反撃がこない事にさらに表情を歪めた。

 

 

「守ってばかりじゃねーか。だったら地味にいかせて貰うぜ! ドーブル、れんぞくぎり!」

 尾の先端から発生した刃を振るドーブル。れんぞくぎりは放つ度に威力を増していく技である。

 

「まもるです!!」

「守ってばかりじゃ何もできねぇって言ってんだろ!! カプ・コケコをなんとかしたいんじゃねーのかぁ?! 次は無い。れんぞくぎりだ!!」

 再びのれんぞくぎり。二度目なのでまだ威力は低いが、それでも一度目よりは遥かに威力が増していた。

 

「みがわりです!!」

「はぁ?!」

 イーブイの前に現れる分身。今度はかげぶんしんではなく、自分の体力を削って生み出すみがわりである。

 

 ドーブルの刃はイーブイのみがわりを切り裂いた。転がるみがわりとは逆に、イーブイはバックジャンプでドーブルと距離を取る。

 

 

「まもるにかげぶんしんにみがわりだぁ?! 戦う気あんのかよ……」

「勿論ですよ。……さて、そろそろ頃合いですね」

 言いながら、イリマは両手を前に突き出してから腕を斜めに開いた。

 そのまま肘を曲げて、彼の腕はZの文字を描き出す。

 

 同時にイリマの身体を虹色の光が包み込み、その光は流れるようにイーブイに注がれた。

 

 

「Z技?! させるかよ、ドーブル!!」

 三度目のれんぞくぎりが立ち止まっているイーブイへと向けられる。しかし、ドーブルの前にまだ消えていなかったみがわり(・・・・)が立ちふさがってれんぞくぎりを防いだ。

 

 

 

「───ナインエボルブースト」

 刹那。

 イーブイを七色の光が包み込み、光がドーブルを吹き飛ばす。

 

 しかし、ドーブルは無傷だった。

 ライルは何が起きたか分からずイーブイとイリマとドーブルを見比べる。

 

 

 何か変わった事があるとすれば、イーブイを光が包み込んでその光が消えていない事だけだ。

 

 

「……なんだ? 技は失敗か? たいそうな事言ってたのによぉ」

「いいえ。成功ですよ。……なにも威力が高いだけが、技の全てではない。それは君も知っている筈です。───イーブイ、かげぶんしん!!」

 またかげぶんしんか、と。ライルは呆れ半分で反撃に転じようとドーブルに指示を出すために、イーブイから一瞬目を話す。

 

 

「とっておき」

「───な?!」

 ───そしてドーブルに視線を向けたライルの目に映ったのは、今さっきまでイリマの側にいたイーブイがドーブルを地面に叩きつけて戦闘不能にしている光景だった。

 

 

 早過ぎる。

 ライルは目でイーブイを追う事すら出来なかった。

 

 そして、ドーブルを一撃で戦闘不能にするほどの力。

 

 

「何をした……」

 一瞬で主人の元に戻ったイーブイとイリマを睨みながら、ライルは低い声でそう言う。

 さっきまでとは打って変わって、余裕のない表情だ。

 

 

「ナインエボルブースト。……イーブイの本来の力、進化の力を最大限に発揮させる───Z技ですよ」

「Z技……か」

 なるほど知らない訳だ、と。ライルは目を瞑って一旦深呼吸をする。

 

 ドーブルを使う以上この世界のありとあらゆる技を知っていればいるほど、戦いの幅が広がるがZ技はドーブルのスケッチでもコピーする事が出来ない。

 それに、Z技なんてものは嫌いなのだ。試練だ大試練だ、島巡りだ、そんなものは嫌いなんだ。

 

 

「さて、道を開けてもらいますよ」

 得意げな表情で前に歩くイリマに、ライルは舌打ちをしながら視線を反らす。

 

 

 その顔も嫌いだ。その勝ち誇った表情が嫌いだ。

 

 

 

「───行け」

 ドーブルを戻してから、ライルはモンスターボールを手から落とす。

 

 そして背を向けて洞窟へと歩いた。

 

 

「……リングマ、ですか」

 モンスターボールから出て来たのはお腹に円の模様がある茶色い毛生のポケモン。

 しかし同じ茶色だが、イーブイとは天と地ほどもの体格差がある大型のポケモンである。

 

「グァァッ!!」

 鋭い爪を振り上げ、イーブイを睨むリングマ。

 

 

 しかしライルは指示を出す事もなく、ただ背中を向けているだけだった。

 

 

「ライル君……? バトル中に背を向けるとは、どういう事です」

「こいつは暴れ馬でなぁ、俺が指示を出しても無意味なのよ。まぁ、指示を出す必要もないがな」

 洞窟の奥を見ながらそう言うライル。彼の言葉にイリマは真剣な表情でリングマを見詰める。

 

 

 確かにリングマは体格もパワーも比較的に高いポケモンだ。

 

 しかし、ナインエボルブーストで強化されたイーブイなら───

 

 

「───イーブイ、かげぶんしんからのとっておきです!!」

「ブイ!」

 イーブイはかげぶんしんと共に高速でリングマに肉薄する。

 

 イリマのイーブイの持つ唯一の攻撃技───とっておきは、他の全ての技を使ってようやく放てる技だ。

 その代わり威力は高く、さらにイーブイと同じノーマルタイプの技でもある。

 

 いくら体格差があろうと、今のイーブイの攻撃が当たれば───

 

 

「……レベルが違うんだよ」

 イーブイの突進がリングマの腹部に直撃した。しかし、リングマは微動だにせずにイーブイを掴んで持ち上げる。

 

「───な?!」

 彼はイーブイを充分に育てていたつもりだった。それこそこの重要な戦局でのとっておきとしてバトルに出す程には。

 しかし全力の攻撃にリングマはビクともしない。

 

 そのまま地面に叩きつけられたイーブイは地面を転がって目を回した。これ以上の戦闘は不可能だろう。

 

 

 雄叫びを上げるリングマ。

 しかし特に暴れるという事もなく、イリマの出方を伺うように彼を睨んでいた。

 

 

「……イーブイ、ご苦労様です」

 イリマはこれ以上戦えるポケモンを今所持していない。

 

 実質上の負け。何も出来ない彼をリングマが襲ってこないだけマシかもしれない。

 

 

 

「どうして……」

「本当は本気でやり合いたかったけどな、それは後回しだ。こっちは仕事なんでね」

「どうして君がR団の犯罪に手を貸しているんですか!!」

「手を貸してるんじゃなくて、犯罪を犯してんだよ」

 イーブイを抱えて跪くイリマを見下ろしながら、ライルは冷たい表情でそう言う。

 

 彼が指を鳴らすと、どこからともなく姿を現したカクレオンがその長い舌でイリマを捕縛した。

 歯軋りをするイリマだが、そんな事は気にせずにライルは洞窟の奥を見る。光が放たれては消え、放たれては消えていた。

 

 

「無駄だぜカプ・コケ───ん?」

 洞窟に視線を送っていたライルだが、突然街の方角から爆音が聞こえて視線を逸らす。

 

 この場所から街は距離が離れている筈だが、それでも轟く音。視線を向けたライルの視界に入ったのは、天まで届きそうな巨大な炎の柱だった。

 

 

「───なんだ、アレ?」

「街の方で……。こんな時にボクは……」

 唖然とするライルと唇わ噛むイリマ。何が起きたかは分からないが、何かが起きたのは明白である。

 

 それがなんなのか思考している間に、洞窟内でも小さな爆発が起きて一匹のポケモンが転がってきた。

 

 

「っ、エレザード?!」

 驚いて再度振り向いたライル。

 

 転がってきたのは首回りのエリマキが特徴的なポケモン、エレザードである。

 ライルの手持ちの一匹で、洞窟内である仕事をさせていたのだが。

 

 どうも爆音に気を散らされて、一瞬の隙を突かれたらしい。

 洞窟の中から視線が追いつかない程の高速で何かが飛び出していった。

 

 

「ザァ……」

「大丈夫か? おー、よしよし。頑張ったな。なーに、さっきのはビックリするだろ。お前は充分時間を稼いでくれたよ」

 立ち上がって申し訳なさそうな表情をするエレザードの頭を撫でながら、ライルはそんな言葉を落とす。

 

 彼の言葉を聞いたイリマはどうにも腑に落ちなかった。

 

 

 R団は人やポケモンが傷付くのをなんとも思わないような連中が集まる組織だと聞いている。

 それなのに目の前の旧友(自らをR団と名乗る男)は、自分のポケモンに対してこの態度だ。

 

 

 

「エレザード……パラボラチャージを応用してカプ・コケコを止めさせていたという事ですか」

「大当たりだ。流石賢いなお前は。そういう所も嫌いだよ」

「そのエレザードに与えられていた仕事、ボクの見立てでは失敗しています。それなのになぜ君は───」

 声を上げるイリマの前で、ライルはリングマをふくむ自分のポケモン達をすべてモンスターボールに戻す。

 

 そして手を伸ばすイリマに背を向けて、街を横目で見ながら歩き出した。

 

 

「充分仕事はこなしたさ。……それにな、俺はもう大切な相棒を自分のせいで傷付けたくないんだよ。全部、俺が悪かったんだから」

 瞳を閉じて、いく年か前の事を思い出す。

 

 

 希望を見て歩き出した。

 

 絶望して突き放してしまった大切な存在は、もうこの手に戻って来る事はないだろう。

 

 

「覚えてるか? お前がアシマリを選んでから、俺はニャビーを選んだ。後に選んだくせに、俺はニャビーにな……あの時モクローを選んでいればなんて事を言ったんだよ」

「バトルに負けたら誰だって悔しくて、そんな事だって言ってしまいますよ」

「それが許されるかどうかは別だろ。……俺はきっと───」

「待ってください!!」

 手を伸ばすが、イリマの身体は動かなかった。

 

 

 したでなめる。相手を麻痺状態にするカクレオンの技である。

 

 

 

 視界から遠ざかっていくライルに、イリマはそれでも手を伸ばした。

 

「君は……どうして、こんな」

 暗転。

 

 

 意識が途切れる。

 

 

 

「……カプ・コケコ。守り神ってんなら、護ってみろよ」

 遺跡の洞窟から解き放たれたその存在は、真っ直ぐに街に向かっていた。



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奇矯なヘドロこうげき

 瓦礫に散らばったヘドロを踏んで、一人の男が不敵に笑う。

 

 

 甲高く、耳に残る声。

 若干十一歳の少女に恐怖心を与えるには充分だった。

 

 

「……さて、と」

 震える身体を抑えながら、リアは状況を整理する。

 

 

 ハラをここから逃がしたのは良いが、目の前の男をどうにかして自分一人でなんとかしなければならない。

 自分だって街がどうなってるのか気になるし、こんな所で小悪党の相手をしている時間は惜しかった。

 

 

「自信満々だな。……ところでよぉ、スカル団ってなんだぁ? 子供のごっこ遊びかぁ? ヒッヒッ」

「アローラでスカル団舐めてんと痛い目みんぞ。……まぁ、私は真スカル団の団長だけどな!」

「……やっぱごっこ遊びじゃねーか。キッヒヒ」

 不敵に笑う男の周囲で、黒いヘドロが突然周囲に浮き出す。

 ヘドロに囲まれた男の姿はその喋り方も相まって非常に不気味な光景だった。

 

 

「……えー、何。お前本当に人間?」

 顔を真っ青にして後退りするリアだが、ここで逃げる訳にはいかないと頭を横に振る。

 相手がなんだろうが、スカル団を馬鹿にする事は許せなかった。

 

 

「キッヒヒ」

「言っとくけど、本当にスカル団舐めてんと後悔すんだからな。……とりあえずお仕置きしてやる。ゾロア、ゾロアーク、かえんほうしゃ!!」

 リアの指示で、二匹のポケモンがベトベトンに向けてかえんほうしゃを放つ。

 

「まもる!!」

 しかし彼女達お得意の技は、ベトベトンを包み込んだエネルギーのシールドで防がれた。

 まもるは殆んどの技を完全に防ぎきる事が出来る技だが、連続使用は出来ない。ならばそこを着くのが定石だろう。

 

 

「デルビル、かえんほうしゃ!!」

 待機していたデルビルが、続けて火炎を放った。

 

 

「みがわり!」

 しかし火炎はベトベトンに届く事なく、身体のヘドロで作られたみがわりに防がれてしまう。

 

「……っ、なろぉ!」

「おいおい指示がお留守だぜぇ!! ベトベトン、どくどくだぁ!!」

 デルビルへの指示に集中していたリアは、他の二匹が目に入っていなかった。

 初めに攻撃を仕掛けたゾロアとゾロアークは指示待ちで、その動きを止めてしまっている。

 

「しま───ベトベトンから離れろ!!」

 彼女のそんな悲痛の叫びはもう遅く、二匹は猛毒のヘドロに飲み込まれて地面を転がった。

 

 ゾロアークはなんとか立ち上がるが、ゾロアは立とうとしても立ち上がらずにそのまま倒れてしまう。戦闘不能だ。

 

 

「ゾロア……っ!!」

 急いでゾロアをボールに戻すリアだが、その行動こそ他のポケモンから目をそらす事である。

 リアが視線を戻したその時には、ゾロアークにベトベトンが巻き付いていた。

 

 

「っ、ゾロアーク?!」

「ポケモン三匹出して数で押そうとしてたみたいだけどよぉ、結局指示がお留守になっちゃぁ……意味がねぇよなぁ? んだぁ、スカル団ってのは大勢で集まってイキってるチンピラかぁ?」

「んなろぉ、バカにすんな!! ゾロアーク、かえんほうしゃで振り払え!!」

 リアの指示で巻き付かれたままのゾロアークは口から火炎を放つ。

 

 

 しかし、ベトベトンは直ぐにゾロアークの頭を締め上げてかえんほうしゃの放出を止めさせた。

 ハラの姿の幻影をみせられて捉えた時は油断していていたが、相手がちゃんとポケモンだと分かっていればそう容易く反撃は許さない。

 

 ベトベトンはそのままゾロアークを締め上げて体力を奪っていく。

 

 

「……っ、デルビルかえんほうしゃ!!」

 ならばと、リアはデルビルにかえんほうしゃを命じた。

 ゾロアークごと攻撃する事になるが、このまま好きなようにさせる訳にはいかない。

 

 

「正しい判断だが───おせぇ!! みがわりだ!!」

 しかし、デルビルの放った火炎はヘドロのみがわりに阻まれてしまう。その内にベトベトンはゾロアークを解放して男の前に戻った。

 

 解放されたゾロアークは毒と締め付けにより体力を奪われ倒れてしまう。こちらも戦闘不能だ。

 ゾロアークをボールに戻しながら、リアは唇を噛む。

 

 

 

 この男は強い。

 

 あの島キングと同等か、それ以上に。

 

 

 

 そして自分の弱さに吐き気がした。

 腰のボールに手を伸ばしてニャビーを出そうとするが、直前の男の言葉を思い出して思い留まる。

 

 

「王勢で集まってイキってるチンピラなんかじゃない……っ!!」

「……あぁ?」

「スカル団の皆は、皆はそれぞれちゃんと高い志を持って! ダメな自分とも戦って! しっかりと前を見て生きてんだ! お前みたいなチンピラもどきに皆をバカにする権利なんてないんだよ!! デルビル、かえんほうしゃ!!」

「だったらそれを証明してみせろよぉ!! ヒッヒッヒッ!」

 いつからから、独りになった。

 

 

 旅に出た筈の大好きな兄と連絡も付かなくなって。

 

 兄以外に何もなかった少女は、ただひたすら孤独に怯える日々を過ごす。

 周の人は皆敵だった。人と仲良くするのが苦手だった少女は、何もかもと敵対して独りだった。

 

 そしていつか何もかもに否定されて、独りになる。

 

 

 だけど、そんな彼女を否定しなかった人達がいた。

 その威勢の良さを褒めてくれて、そんな彼等と敵対した彼女すらも肯定してくれる人達がいた。

 

 

 

 それが彼女の居場所。スカル団。

 

 

 

 

「───っ、な……」

 火炎に包まれるヘドロ。しかしみがわりに全てを防がれ、炎は届かない。

 

「なんで? そう思ってんだろぉ」

 男は不敵に笑う。

 

 

 火炎が届かない事に驚いている訳ではなかった。そんな事の理由は、火力が足りないからだと分かっている。

 リアが疑問に思っているのは、ベトベトンの体力だった。

 

 みがわりは体力の二割以上を消費する技である。それを連発しているにも関わらず、ベトベトンは未だに体力を残しているようにみえた。

 

 それがどうしてか、彼女には分からない。

 

 

 

 ベトベトンがこれまでに使った技は四つ。

 まもる、みがわり、どくどく、まとわりつくだ。

 

 ポケモンが覚えられる技は四つまで。それがこの世界の理。

 ならあのベトベトンはどうやって体力を回復している。

 

 

 

「教えてやるよぉ。……その前にヒントだ。お前が毒から回復したのは多分、モモンのみを使ったからだな?」

 モモンのみは解毒作用のある木のみで、ポケモンに持たせておく事によって戦闘中でも毒状態から回復する事も出来る。

 

 

 このように、ポケモンに道具を持たせて戦う事は良くある戦法だ。

 体力や状態異常を回復する木ノ実、自分のステータスを上げるアイテムや、進化を超えた力の発揮等───

 

 

「道具という事は……たべのこし、か」

「惜しいなぁ、くろいヘドロって道具よ」

 不敵に笑う男の周りには、その黒いヘドロ(・・・・・)が浮いている。

 

 

 持っていると少しずつ体力を回復するたべのこしというアイテムはそれなりに有名だ。

 そしてくろいヘドロは、どくタイプに持たせるとたべのこしと同じく体力を少しずつ回復出来るアイテムである。

 

 どくタイプのみが恩恵を受けそれ以外のポケモンは持っていると体力を奪われてしまうが、たべのこしとの効果の差は薄い。

 

 

 男の周りを浮いていたヘドロは、少しずつベトベトンの身体に混ざっていった。

 これで体力を回復しているのだろう。

 

 

 

「テメェの火力じゃ、ベトベトンの体力を削りきる事は出来ねぇ。……後はぁ、じっくりコツコツと溶けていくのを待つだけよぉ!! ベトベトン、まとわりつくだぁ!!」

「に、逃げろデルビル!」

 直ぐに避けるように指示を出すリアだが、ベトベトンはデルビルを通り過ぎてリアの元に向かってきた。

 

「……っえ?! ぐぁっ」

「誰がポケモンを狙うって言ったよぉ! そんな弱っちぃ犬っころより威勢の良いガキの方が溶かし甲斐があるってもんだぜぇ!!」

 リアを包み込むヘドロの身体。

 

 

 ベトベトンの身体は猛毒のヘドロで出来ていて、触れているだけでその身体を毒が犯していく。

 

「デルビル、私ごとで良いからかえんほうしゃ!」

 締め付けられる痛みと毒で苦痛の表情を浮かべながらも、リアはデルビルにそう指示を出した。

 このまま思い通りにされてたまるかと。しかし、デルビルは身動きせずに狼狽えている。

 

 

「……で、デルビル?」

「なんだぁ? 仲間のポケモンには躊躇なく攻撃したのに、ご主人には無理ってか。立派な忠犬だなぁ!!」

 男の言う通り、デルビルはリアを攻撃する事を躊躇っていた。

 

 

 そうしなければ彼女がもっと酷い目にあうと分かっていても、自らの手で彼女を傷付ける事が出来ない。

 デルビルにとってリアはそれほどまでに大切な存在なのだから。

 

 

「デルビル……。っ、だったら!!」

 リアは唇を噛みながら、締め付けられて上手く動けない身体でなんとか腰のボールに手を伸ばす。

 

「ニャビー! かえんほうしゃ!」

 虎の子。最後の最後に決め手として残しておいたニャビーは、ボールから出るやいなや器用にリアに当たらないようにかえんほうしゃをベトベトンに放った。

 

 

「クッヒヒヒ、四匹目かぁ。良いぜぇ、そう来なくちゃなぁ……」

 流石にベトベトンも反応出来ず、リアを解放してしまうが男の勝ち誇った表情は変わらない。

 

「一匹増えようが、腰抜けの忠犬とチビ猫じゃなんともならねぇよなぁ?!」

「私のポケモンをバカにすんな……ッ!!」

「それじゃぁ……その自慢のポケモンを痛めつけてやるよぉ!! ベトベトン、まとわりつくだぁ!!」

「させるか! ニャビー、デルビル! かえんほうしゃ!!」

 迫り来るベトベトンを二匹のかえんほうしゃで迎撃する。

 

 かえんほうしゃは直撃し、リアはガッツポーズを取るが爆煙が晴れた後そこにはベトベトンは居なかった。

 

 

「しま───みがわり?!」

「……どくどくだ」

 二匹が迎撃したと思い込んでいたのはベトベトンのみがわりだったのである。

 そしてそれに気が付いた時には、本体は既に彼女達の背後に回り込んでいた。

 

 

 猛毒のガスがリアと二匹を包み込む。

 吸い込まないように口を押さえたが、それだけで対策出来る程ベトベトンの毒は甘くない。二匹も揃って全身に毒を受けリアは血反吐を吐きながら倒れた。

 

 

 

「キッヒヒ、あっは、ヒッハッハッハッ! 溶けたなぁ!! 溶かしたぞぉ!!」

 毒で倒れたリアに弱りながらも駆け寄る二匹のポケモンを見ながら、男は奇妙な高笑いを上げる。

 

 やはり、この瞬間が一番楽しい。

 

 

「ヒヒッ、さてベトベトン……トドメをさせ」

 そして男が指示を出すと、ベトベトンは一人と二匹をまとめてそのヘドロの身体で締め付けようと襲い掛かった。

 

 

 しかし、すんでのところでニャビーだけはその攻撃を交わす。リアとデルビルはベトベトンに取り込まれその身体を毒に犯されながら身体を締め付けられた。

 

 

 

「ニャゥァ!」

「離せってか? まぁ……見てろよぉ。お前の主人と仲間が、仲良く溶けていく様をなぁ!!」

 リアとデルビルの頭だけを解放してから、その身体を一気に締め上げるベトベトン。

 わざと主人の悲鳴を聞かせるベトベトンを、ニャビーは歯軋りをしながら睨み付ける。

 

 

 しかしニャビーは何も出来ずに、ただ主人と仲間が苦しむ姿を見る事しか出来なかった。

 

 

 

「どうもいつ倒れるのか疑問だったがよぉ……ようやくだぜ。本当に溶かし甲斐があった」

 アレだけの毒を貰いながら尚も戦いを続ける少女に男は称賛の声を送る。

 

 どれだけモモンのみを用意していたのだろうか。多少気になる事はあったが、終わってしまえばどうでも良い事だった。

 

 

 

「さぁ……そのまま溶けちまいなぁ!!」

 毒に侵され、小さな身体を締め上げられ、リアは悲鳴をあげる。

 

 ニャビーはそれを見ている事しか出来なかった。

 

 

 

 そして、リアと一緒に締め付けられているデルビルも───




一ヶ月以上空けてしまい申し訳ありませんでした!


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しんかの炎オーバーヒート

 ずっと一緒だった。

 それこそ、お互いに物心がつく前から。

 

 

「デルビルー!」

 幼い少女の声。

 

 その声に応えて、短い尻尾を振りながら一匹のポケモンが少女に駆け寄っていく。

 じゃれ合う一人と一匹を見ながら、少女の兄は「仲良しだなぁ」と笑った。

 

 

「うん。だってデルビルは私の……えーと、えーとー、相棒だから!」

 ニッと笑いながら、少女はそう言ってデルビルにしがみつく。デルビルはそんな彼女の頬を舐めて、少女はくすぐったいよと笑った。

 

 

「俺が旅に出てもデルビルが居たら安心だな」

「お兄ちゃんどこか行くのー? 私も連れてって!」

 意味も知らずに着いて行くと言う少女に、少女の兄は困った様子で頭を掻く。

 

 別に今生の別れという訳でもない。ただ、ずっと一緒に過ごしていた兄妹と数日以上も離れる事なんてなかったのだ。心配にもなる。

 

 

「なぁ、デルビル。……リアの事宜しくな」

 そう言って、少女の兄は姿を消した。

 

 どこか別の地方に行った訳ではない。ただ、アローラ地方を旅するだけの筈だったのに。

 彼が帰ってくる事はなくて、少女は独りになってしまう。

 

 

「ほっといてよ! 私はお兄ちゃんを探しに行くんだ!」

 両親と喧嘩する少女を、デルビルは見ている事しか出来なかった。

 俯いて歩く少女に、ついて歩く事しか出来なかった。

 

 

 ──リアの事宜しくな──

 

 

 物心着く前から一緒だった彼の言葉。

 デルビルと少女とその兄はいつも一緒で、お互いがお互いにとって本当に大切な存在だったのだろう。

 

 なのに、どうして彼は消えてしまったのか。

 

 

 考えても考えても分からない。

 ただデルビルの前には少女がいて、彼はいなかった。

 

 

 いつも少女を守っていた彼はもういない。

 いつも自分や少女を大切にしてくれていた彼はもういない。

 

 

 なら、自分に出来ることは一つだけだろう。

 

 

 大切な相棒を、彼の代わりに守って、見守って、そしていつか彼に───

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 血反吐を吐いた。

 

 

「溶けろ……。ヒヒッ、溶けろ溶けろぉ!!」

 息が苦しい。

 

 全身に回った毒で感覚が狂っていく。意識は遠のくし、身体の感覚はもうなかった。

 

 

「ニャゥァ……ニャァ!」

「はぁ、やめろってか? だったらさっきみたいに止めてみろよ。もっともご主人様ごと燃やして良いならだけどなぁ!」

 唯一自由の身のニャビーは男を睨んで叫ぶ。男の言う事はごもっともだが、奇襲ならともかく今攻撃しようとしてもベトベトンに交わされるのがオチだ。

 

 そもそも下手に攻撃して、主人や仲間に攻撃を当てる訳にもいかない。

 確実に攻撃を当てられる距離まで近付くのも難しいだろう。ニャビーだけでこの状況を打破するのは不可能だった。

 

 

 

「さぁ、溶けろ。何も出来ず、苦しんで、それを見る事しか出来ないお前も! あとでちゃぁんと、溶かしてやるからよぉ!」

 ニャビーは高笑いする男を睨みながら歯軋りをするが、言われた通り何もする事が出来ない。

 男の高笑いに合わせ、ベトベトンはリア達を締め付ける力を強めていく。悲鳴が上がって、嫌な音が響いた。

 

「あ゛……ぅ、ぁ」

「グァゥ……っ?! グァゥッ!」

 突然グッタリとして言葉にならない声を漏らすリアを見て、デルビルは悲痛の叫びを上げる。

 必死にその脚を伸ばそうとするが、ベトベトンの力に負けて動く事は出来なかった。

 

 

「デル……ビ、ル。大丈夫、だから」

 しかし、リアはその手を伸ばしてデルビルの頭を撫でる。目を見開くデルビルに対して、優しくゆっくりと撫でられる感触はどこか懐かしく感じた。

 

 

「……お前の()は、私が一番……知ってる。だから、私を信じろ。私が信じる、自分を信じろ」

 小さくそうとだけ言って、リアは大きく息を吸う。毒に蝕まれた身体は悲鳴を上げて、血反吐がむせ返ってきた。

 

 だけど、大丈夫。

 

 

 しかしデルビルは目を見開いて悲鳴をあげる。どうして自分は何も出来ていない。彼女を守る事が出来ない。

 

 

 

 悔しかった。力が欲しい。大切な相棒を守る力が。

 

 

 

「ニャビー!! 私に当てるのもきにすんな!! ゼンリョクでかえんほうしゃ!!」

「バカかテメェ、燃え死ぬつもりかぁ?! 大人しく溶けやがれ!!」

 リアの指示に、ニャビーは姿勢を低くして構える。男の罵倒も気にせずに、炎を目一杯溜めたニャビーの背中からは漏れ出た炎が吹き出していた。

 

「正気か……?」

「溶ける溶けるうるせぇんだよ……っ。なんなら溶かしてやるってな、炎で……っ! 行けニャビー!!」

 リアの指示でニャビーは彼女とデルビルもろともベトベトンにかえんほうしゃを放つ。

 

 見境なしの攻撃に回避する事も叶わないベトベトンは炎に包まれた。勿論、リアもデルビルも。

 

 

「ベトベトン……っ! 馬鹿が……燃えて溶けるのは趣味じゃね───何?」

 しかし、ベトベトンを包み込んでいた炎は突然一箇所に収束していく。

 

 まるで炎を吸収しているかのように、その一箇所───デルビルの元に集まった炎は、その身体に少しずつ吸収された。

 

 

「グァゥ……」

 力が漲ってくる。

 

 

「なんだ……」

「もらいび。デルビルの特性だ……」

 もらいび。

 炎の技を受けるとその炎を糧に自らの炎の威力が上がる特性だ。

 

 

 それが、リアが信じたデルビルの力。そしてここからは、彼女が信じた自分の力。

 

 

「ハッ、炎が強くなった所でチビ犬に何が出来る! その状態でデルビルが攻撃すればそれこそテメェが丸焦げだぜ!! そのまま大人しく溶けろ!!」

「私はデルビルを信じる!!」

 そう言ってリアはデルビルと目を合わせる。

 

 大丈夫。やれるよな。

 彼女の瞳と強く目を合わせたデルビルは、ゆっくりと頭を持ち上げて遠吠えを上げた。

 

 

「デルビル……?」

 そして突然、デルビルの身体が光出す。

 発光する身体は少しずつ膨れ上がり、頭からは角が生えて、尻尾は細く伸びた。

 

 倍以上になった身体の大きさに、ベトベトンも姿勢の維持が難しくなる。

 そしてデルビルを包んでいた光が消え───

 

 

「……デル……ビル?」

 ───そこに居たのはデルビルではなかった。

 

 正しくはデルビルがその姿を変えた存在。

 ポケモン───ポケットモンスターは、特定の条件を満たすとその姿を変化させる事がある。

 

 その条件は様々だが、殆どの場合ポケモン自身の能力値は飛躍的に上昇する事が多い。

 

 

 

「……進化した、だと?」

 ポケットモンスターという生き物の生態の中でも、特に関心が集められているこの現象を人々は進化(・・)と呼んでいた。

 

 そして進化したポケモンは生物としてそのものの種類が違う事から、別の名前で呼ばれる事になる。

 

 

 リアの前で姿を変えたデルビルの新たな姿の名前は───

 

 

「───デルビル……いや、ヘルガー」

 ───ダークポケモン。ヘルガー。デルビルの進化系だ。

 

 

「ガゥァァッ!!」

 遠吠えを上げるヘルガーは姿勢を崩したベトベトンを振り払い、リアの服を咥えてまとわりつくから脱出する。

 

 若干驚いて地面に降ろされるや腰を地面に落としてしまうリアだが、ヘルガーと目が合いその強い瞳を見て彼女は大きく縦に首を振った。

 

 

「その姿……格好良いな!」

「ガゥァ!」

 目を輝かせるリアに、ヘルガーは自分の身体を見せびらかせるように横に向ける。

 ニャビーも合流したところで立ち上がったリアは、ベトベトンと男を睨み付けた。

 

 

「……ケッ、子犬が少しデカくなっただけじゃぁねぇかぁ? 何をよぉ、そんなに意気がってんだぁ?! 大きさだけで意気がるチンピラかぁ、テメェはよぉ!!」

「なんとでも言えよ。今この時に進化したデルビルの───ヘルガーの気持ちの強さがお前には分かんねーよな!」

「だったらやってみろよ。その犬っころと猫で俺のベトベトンを倒せるならなぁ!!」

 男の前にベトベトンが立ち塞がり、リアの前で二匹のポケモンが吠える。そんな二匹の後ろで、彼女は揺れる視界に唇を噛んだ。

 

 

 ベトベトンは守るとみがわり、そしてくろいヘドロを使った戦法で、もし攻撃を与えられても一撃で倒さなければまた体力を回復されてしまう。

 それに対してこちらはポケモンもトレーナーも体力の限界だ。次の攻撃が最後の一撃になるかもしれない。

 

 だから、この一撃に全てを賭ける。

 

 

「ニャビー! かえんほうしゃ!!」

 強い意志で声を上げ、リアはそう指示を出した。身体から溢れんばかりの火炎を放つニャビーだが、男は不敵に笑う。

 

 

「結局馬鹿の一つ覚えかぁ? あぁ?! ベトベトン、まもるだぁ!!」

「ヘルガー、突っ込め!!」

「あぁ?!」

 ニャビーのかえんほうしゃに対してまもるを選択したのだが、突然ベトベトンの正面にヘルガーが飛び込んだ。

 かえんほうしゃはまもるを発動しているベトベトンには届かずに、ヘルガーの特性もらいびによってその身体に吸収される。

 

 

「まもるを使わされた……だと?!」

 ベトベトンの背後まで伝わってくる熱気が、今のヘルガーの力を物語っていた。

 

「み、みがわりだ!! ベトベトン!!」

 まもるは連続では使用出来ない。だがこちらにはみがわりがある。ここを防げばもう敵に勝ち目はない。

 

 

「みがわりごと燃やしてやれ!! ヘルガー、オーバーヒートぉ!!」

「ガゥァァ───」

 リアの指示に咆哮を上げながら口から炎を漏らすヘルガー。

 

 

 オーバーヒート。

 ほのおタイプの技の中でも最大級の威力を誇る技だ。

 しかし文字通り許容以上の炎を吐き出す為、それ以降の攻撃に支障が出る諸刃の剣でもある。

 

 一撃必殺の大技。これが今の彼女のゼンリョク。

 

 

「いっけぇええ!!」

「───ガアアアアッ!!」

 みがわりを展開したベトベトンを、みがわりごと包み込むような炎が包み込んだ。

 炎は爆炎となり空まで届きそうな円柱を立て、周囲一帯を燃やし尽くす。

 

 

 紅蓮の炎。

 火炎が消えた時には、そこには何も残されていなかった。灰が舞い、瓦礫が崩れる。

 あまりの熱のせいか視界が揺れた気がした。その場に崩れ落ちたリアは、そういえばと揺れた視界の理由を思い出す。

 

 

「……そういや毒、貰ってたんだった」

 男はモモンのみで解毒したと言っていたが、彼女が立っていたのは維持と気合と根性だった。

 いつ倒れてもおかしくない状態だったが、ベトベトンを倒した事で緊張の糸が切れてしまったのだろう。

 

 全く身体も動かないし、なんなら血反吐を吐いて身体中が痛い。

 

「お兄……ちゃん」

 このまま死ぬんじゃないかとも思えて、声は震えた。

 

 

「……残念だが、お前の兄ではない」

 倒れてうわ言を言っているリア。そしてそんな彼女を心配して、なんとかしようと狼狽えていた二匹のポケモンの後に一人の青年が現れてそう言う。

 

 片目の隠れた金髪に、ダメージ入りの黒い服。

 腕を組んでいたその青年は、二匹のポケモンの間に入って彼女の身体を持ち上げた。

 

 

「このありさまはウルトラビーストか……? リーリエの言っていた通り、このアローラで何かが起ころうとしている」

 リアを持ち上げながらそう呟いた青年は、ヘルガーの目を見て「お前の主人を病院まで運ぶ。手伝ってくれ」と声を掛ける。

 ヘルガーは強く首を縦に振り、ニャビーも心配そうな表情でヘルガーの背中に乗せられたリアを見詰めていた。

 

 

「大丈夫だ。すぐに応急手当てはする」

 青年はそう言ってポーチからどくけしを取り出すと、煙状のその薬を彼女に吹きかける。

 そうしてから少し考えるそぶりをして「病院はあっちの筈だ」と先頭を歩いた。

 

 

「……お兄……ちゃん?」

「スカル団の一員ならしっかりしろ。確か、あの時居た俺に突っかかって来たチビだな?」

 懐かしむようにそう言った青年は、リアの頭をゆっくりと撫でてそう言う。

 

 彼女と顔見知りであると言う青年の顔に、ヘルガーは見覚えがあった。

 

 

 

 それは確か、リアとスカル団として活動していた時の事。

 スカル団の用心棒として雇われた一人の青年。装甲を付けたポケモンを使い、用心棒の名に恥じない実力を持っていた───

 

 

「母さん。俺だ、グラジオだ。リーリエの言っていた通り、メレメレ島でウルトラビーストが暴れている」

 ───グラジオ。それが、彼の名前である。

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 リア達が去った後、崩れた瓦礫を押し返して一人の男がその下から現れた。

 男はボロボロになりながらも、身体の傷は気にせずにその場に倒れ込む。

 

 

「ヒヒッ、ヒッヒヒッ。ハハッ、ハーッハッハッ!! おもしれぇ!! 溶かし甲斐がある。溶かしてぇ。その顔をぐちゃぐちゃにしてぇ!! ハハッ、アーッハッハッハッハッ!!!」

 倒れたままそういう男の周りを、ベトベトンが心配そうに取り囲んでいた。

 

 

 

 あの時、ベトベトンはみがわりからギリギリまもるの発動に間に合った───にも関わらずこの威力。

 体感した事もない屈辱。この上ない侮辱。

 

 

 

「……必ず、テメェはこの俺が溶かす。ヒヒッ、ヒヒヒッ、ヒッヒヒヒヒヒヒ、アーッハッハッハッハッ」

 奇妙な声が、瓦礫に埋もれた街に轟く。

 

 

 

 街は奇妙な静寂に包まれていた。



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VSマッシブーン①

 破裂音。

 瓦礫が崩れるというよりは、弾け飛ぶと表現した方が分かりやすいだろうか。

 

 豪腕で投げ飛ばされた瓦礫は地面にぶつかると形も残らない程にバラバラになり、それを成し遂げたウルトラビーストは自らの筋肉を見せつけるような仕草を取った。

 

 

 半壊した建物の上で、そんな光景を見ながら一匹のポケモンが頭を横に傾ける。

 ウルトラビーストのものまね(・・・・)をしてみるその野生のポケモンだが、それが何を意味しているのかは全く分からなかった。

 

 

 

 

 

 UB02EXPANSION。別名マッシブーン。

 

 そのウルトラビーストは以前にも、ここメレメレ島に現れたとの記録がある。

 島キングのハラと守り神カプ・コケコがEXPANSIONを抑えたというが、成る程とクリスは皮肉にも笑った。

 

 

「こんなの一般人が相手していい相手じゃないな……。EXPANSION、伝説のポケモンと同等か……それ以上か。化け物め……」

 当初の予定通り、二人は戦いを受けに徹して攻撃を控えてはいる。

 周りの瓦礫を攻撃に使ったりはしているが、シルヴィの言っていた通り戦いに集中して周りに危害を加える様子はなかった。

 

 しかし、ジリ貧である。

 

 

「フライゴン、上からくるよ!」

 シルヴィの指示で視線を持ち上げるフライゴン。その先には、豪腕を振るおうとするマッシブーンの姿があった。

 

 

「───フラァ……ッ!!」

 対するフライゴンは両手からドラゴンクローを展開し、それをクロスしてマッシブーンの拳を受け止める。

 衝撃で地面が陥没するが、耐え切ったフライゴンはマッシブーンを振り払って突き飛ばした。

 

「ロトム、エアスラッシュ!」

 攻撃を弾かれてバランスを崩したマッシブーンに空気の刃が襲い掛かる。

 しかしエアスラッシュの直撃に怯みもしないマッシブーンは、再びその豪腕を見せつけるように前に突き出した。

 

 コイツは何がしたいんだろう。苦笑いするクリスは、それとは別にこのウルトラビーストが現れた理由を考えていた。

 

 

 

 ウルトラホールは確かに自然に開くものだが、人工的にウルトラホールを開く事は可能である。

 ショッピングモールでウルトラビーストが現れた時、R団が計画的に動いていたのが何よりもの証拠だ。

 

 

 しかしウルトラホールを開いたのがR団なら、その目的は?

 

 

 街の破壊行動でないなら、考えられる理由は二つ。

 

 一つは、街の機能を停止させ組織が動きやすくする場を整える事。

 R団の目的は他にあるという事だ。

 

 もう一つは、人々の注意をそこに集めるという事。

 これもある意味では同じ理由に突き当たる。

 

 

 つまり───この現状がR団による物なら今こうやってマッシーブーンと戦っている事自体が思う壺だという事だ。

 

 

 

 

「おそらく、R団の目的はマッシブーンの───っ、シルヴィ!」

 言いかけた所でマッシブーンの異様な行動にクリスは彼女の前に立って手を広げる。

 こんな事して何になるのか疑問にも思ったが、どうも珍しく頭より身体が先に動いてしまった。

 

 

「マブシァ!!」

 マッシブーンが突然地面に拳を向けたかと思えば、その豪腕で岩盤を掴み持ち上げる。

 地面を引き抜いたと表現すれば簡単だが、その光景を目の当たりにしたクリス達の表情は真っ青だ。

 

 

「……投げてこない?」

 ただ、シルヴィの言う通りマッシブーンは持ち上げた岩盤を投げてこようとはしてこない。

 まるで見せ付ける用にその姿勢を維持する姿は異様である。

 

 しかしそう考えたのもつかの間、若干困惑していたフライゴンの目の前にマッシブーンは岩盤を叩き付けた。

 当たってはいないが、アレに直撃していたら如何にレベルの高いフライゴンであろうとも瀕死は免れなかっただろう。

 

 

「なんなんだコイツは……。R団はなんとか対策を取ったけど、僕にこんな化け物を相手にする程余力はない」

 苦虫を噛み潰したような表情で周りを見渡すクリス。彼の肩にさっきまで乗っていたゲンガーは、マッシブーンの視線を気にしながらも瓦礫の影へと消えていった。

 

 

「来るよ!」

「ロトム、エアスラッシュ!」

 再び接近してくるマッシブーンにエアスラッシュを放ち、足を止める。

 

 文句ばかり言っているが彼は腐っても国際警察だ。考える事はやめない。どれだけ力量で劣っていようが、状況が悪かろうが、考える事だけはやめない。

 

 

「シルヴィ、フライゴン、目を閉じて。アイツの動きを止める。……ロトム、フラッシュ!」

 一度エアスラッシュで怯ませたマッシブーンに接近したロトムは、全身から突き刺すような光を放った。

 

 強い光は眼を焼いてその眼から光を奪う。

 

 

「今だ!」

「フライゴン!」

 視界を焼かれ悶絶するマッシブーンに向け、フライゴンはかえんほうしゃを放ちながら地面を蹴った。

 

 接近し、展開したドラゴンクローでマッシーブーンの身体を切り裂く。

 目が見えていないマッシブーンは身体を振り回して抵抗するが、フライゴンはそれを上手くあしらいながら攻撃を加えた。

 

 

「マブシァァァ!!」

 豪腕を振り回しながらマッシブーンは怒号を上げる。

 その豪腕をさらに膨らませるマッシブーンは、勢いそのままに地面を殴りつけて大地を揺らした。

 

 

「お、怒ってない……?」

「怒ってるかもしれないね」

 もしかしたら自分は過ちを犯したのではないかと冷や汗を流すクリス。

 

 

 この場は早く島キングに任せたいのだが、その島キングはいつになっても到着する気配がない。

 

 

 

「……マブシ!」

 しかし、怒っているのかと思いきやマッシブーンは再びその筋肉を見せ付けるようにポーズを取り始める。

 いよいよマッシブーンという存在が分からなくなってきたクリスは、表情を引き攣らせながら次の手を考えた。

 

 

「あの子……もしかして」

 そんな中で、シルヴィはマッシブーンの事を考える。

 どう戦うかではなく、マッシブーンそのものの事を。

 

 どうしてマッシブーンは自分達と戦い始めてから街を破壊しなくなったのか。どうして自分達と戦い始める前に街を破壊していたのか。

 戦っている最中にも見える奇妙な行動の数々の意味は?

 

 

「───もしかして。いや、あはは」

 彼女なりに考えて、ふと至った結論に自分でも意味が分からなくて笑みを込み上げる。

 

 

「シルヴィ……?」

 そんな彼女に困惑した表情を見せるクリス。

 

 笑いたくなるのは分かるが、笑っていられる状態ではない。

 

 

「ねぇ、あのこ……遊んでるだけなんじゃない?」

「はぁ?」

 そして、シルヴィが唐突に言い放った事にクリスは口を開けて固まってしまった。

 遊んでるだけ? 何が?

 

 

「遊んでるっていうか……筋肉を見せびらかせてる?」

「いや、それは見てれば分かるけど」

 確かにマッシブーンはたまに筋肉を見せびらかすようなポーズを取ったりしている。

 しかし、その理由は全く分からなかった。勿論、暴れている理由───

 

 

「───そうか。そういう事なのか」

 何かに気が付いて、クリスは目を見開く。

 

 

 マッシブーンが現れた───否、ウルトラホールが開かれたその理由については大体の察しはついていた。

 しかし、当のマッシブーンが暴れている理由をクリスは考えもしていなかったのである。

 

 

 

 ウルトラビーストはポケモンではなく化け物だ。

 

 そんな潜在意識からか、目の前の存在が暴れている理由に全く目を向けられていなかったのだろう。

 これが普通のポケモンが暴れていたのなら、まずその理由を推測して対処に掛かっていた筈だ。

 

 何故それをしなかったのか。ウルトラビーストはポケモンではない。だから、暴れる事に理由はないだろう。

 

 

 そんな事を心の何処かで思ってしまっていたから、クリスにはその発想が出来なかった。

 

 

 

 ただ、シルヴィは違う。

 目の前の存在を、ちゃんと自分達と同じ生き物だと捉えて真剣に向き合って考えた。

 

 その結果手に入れた答えがそんな単純な事だったのなら、確かに彼女だって笑うだろう。

 

 

 

「自分の力を、筋肉を見せ付けるために暴れてるって事なら……それはそれで本当に迷惑な話だね」

 苦笑いしながらそう言うクリスだが、どこか納得したような彼の表情にシルヴィも満足気だ。

 

 

「UB02───いや、こいつもポケモンなのか。……マッシブーンが元いた世界ではこのくらい暴れるのが普通なのかもしれないけど、こっちでは違うって事を教えてやらないといけない」

 ウルトラビーストは別の世界のポケモンであると最近の発表で明らかにされていた事を思い出す。

 

 その別の世界ではこのマッシブーンが普通に何処にでもいるというのだから恐ろしい話だ。

 しかし、その世界ではそれが当たり前なのだろう。だから、マッシブーンは悪意があって暴れている訳ではない。

 

 

「うーん、でも……どうやったら暴れるのを止めてあげられるのかな」

 彼女達に筋肉を見せ付け続けるマッシブーンを見ながら、顎に手を当てて考えるシルヴィ。

 

 クリスも一緒に考えたが、こればかりは中々答えが出てこなかった。どうも筋肉で物を考えるタイプは人だろうがポケモンだろうが苦手である。

 

 

「……そうだ!」

 何か思いついたのか、シルヴィはハッとした表情で手を叩いた。

 

 

「何か思いついた?」

「うん。私達もマッスルポーズで答えれば良いんじゃない? きっと、あのこは筋肉勝負がしたいんだよ!」

 自信満々でそう語るシルヴィの言葉にクリスは目を白くして口を開ける。

 

 なにを言っているんだ。

 真顔でそう言いそうになったが、彼女とマッシブーンを見比べてどうもバカに出来ないのではないかと思ってしまう。

 

 

 短い付き合いだが、そう思わせる何かが彼女にはあった。

 

 

 

「よーし、勝負だよマッシブーン!」

 シルヴィはフライゴンの前に出て、マッシブーンと同じようなポーズを取る。

 年頃の女の子がする格好じゃないだろうと苦笑するクリスだが、彼女はなにも恥ずかしがる事なくその姿のままマッシブーンに語りかけた。

 

 

 対してマッシブーンはそんな彼女を見るや、意気揚々とシルヴィに近付いてくる。

 フライゴンはそれを警戒して一歩前に出ようとするが、彼女は「大丈夫だよ」と彼の前に手を出した。

 

 

「私、結構運動には自信あるよ!」

 自信ありげな表情でそう語るシルヴィの前で、マッシブーンも彼女と同じようにポーズを取り出す。

 

 シルヴィがポーズを変えると、マッシブーンも再びそのポーズを真似るという行動を何度も繰り返した。

 

 

 

「……僕には脳筋の考えが分からない」

「……ロト」

 今は図鑑に入っている訳じゃなく喋れないロトムだが、相棒が同意見で困惑してくれているのは感じ取れる。

 確かにシルヴィの運動能力は高い。それはこれまでの付き合いでも簡単に分かるほどだ。

 

 

「ただ、これで一件落着という訳でもないしな……」

 目の前で変なポーズを繰り返すシルヴィとマッシブーンを横目で見ながら周りを見渡す。

 

 半壊した街の被害は大きく、修復には時間がかかりそうだ。

 ふと何か小さな物が動く影が見える。それを視線で追おうとしたその時、マッシブーンが突然腕を上げてそれを振り下ろした。

 

 

「ぇ」

「っ、シル───」

 振り返って手を伸ばそうとした時には、その豪腕は既に振り下ろされた後で。

 風圧で巻き上がった砂埃と赤い何かだけがクリスの視界に映る。

 

 目の前に居た筈のシルヴィとフライゴンは居なくて、腕を振り下ろしたマッシブーンだけがその場で再びポーズを取っていた。

 

 

「───っ、お前……っ!!」

 お前じゃない。僕だろう。今のは完全に自分のミスだ。

 

 

 轟音が鳴り響いて、音のする場所で砂埃が舞う。

 フライゴンが彼女を庇ったのだろうが、それでもマッシブーンに殴られて平気な訳がない。

 

 シルヴィは血反吐を吐きながらフライゴンの胸の中で噎せ返った。頭の中で音が響いて、喉の奥から内臓が出てくるんじゃないかという感覚に襲われる。

 

 

 クリスも、フライゴンもマッシブーンを睨んだ。

 

 

 コイツにとっては遊んでるだけなのかもしれない。だけど、こっちにとっては迷惑でしかない。

 

 

 

「結局化け物と解り合うのは無理だったって事か……っ! ロトム、エアスラ───」

「ダメ!!!」

 急いでロトムに攻撃を支持しようとするクリス。しかし、そんな彼をシルヴィはむせ返りながらも大声で止める。

 

 

「シル……ヴィ?」

 どうして、そんな風に出来るんだ。

 

 

「ダ……メ、だよ……クリス、君……っ!」

 苦しそうに立ち上がるシルヴィ。そんな彼女を支えるフライゴンだが、その瞳は怒りに染まってマッシブーンを睨んでいる。

 

 

 そうやって今君が苦しんでいるのは、このマッシブーンの所為なんだ。それなのに、どうして?

 

 

 クリスにはシルヴィの考えている事が分からない。

 優しいとか、甘いとか、それだけじゃない物が彼女にはある。だけど、それがなんなのか彼には分からなかった。

 

 

「マッシブーン……。私達、友達だよ」

 力強い眼差しでマッシブーンの目を見ながら、シルヴィはしっかりとそう言う。

 

 ポーズを取っていたマッシブーンは、その瞳に答えるように───拳を振り上げた。

 

 

「な───」

 クリスが手を伸ばすよりも早く、マッシブーンはシルヴィに向かって突進していく。

 

 声を出すよりも早く、フライゴンが構えるよりも早く、その拳は砂埃を巻き上げて振り下ろされた。

 

 

 赤が散る。

 

 

「───な、ぁ……あぁ……」

 手は届かない。

 

 

「……シル……ヴィ。シルヴィ……シルヴィ!!!」

 僕は何をしているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 これじゃ、あの時と一緒じゃないか。




令和一発目。やっとマッシブーン戦です!


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VSマッシブーン②

「───シルヴィ!!!」

 絶叫が響いた。

 

 

 これだけ大声を出したのはいつぶりだろう。妙に冷静にそんな事を考えてしまうのは、いつかの事を思い出してしまったからか。

 

 

「───ラ……っ、違う」

 小さな声が漏れて我に返った。無意識に力強く握っていた懐のふといほねから手を離して、クリスは砂埃の元に走る。

 

 走ってどうするのか。

 目の前にいるのは自分の手には追えないウルトラビースト。

 

 

 あんな攻撃を受けて彼女が無事だとは思えない。建物すら跡形もなく破壊するような化け物だ。

 人の身体なんて意図も簡単に潰せてしまうだろう。最悪の結果を想像すると吐き気がした。

 

 それでも身体が勝手に動く。

 

 

 

 煙が晴れた。

 

 

 

「マブシァァ!!」

 振り回されたマッシブーンの剛腕が、周りの砂埃を吹き飛ばす。

 それ程までの力を持った生き物に殴られて無事な筈がない───そう思っていた。

 

 

「……っ、あ……あれ?」

「シルヴィ?!」

 視界に入る赤い髪。それは血肉に変わった無残な姿ではなく、明らかに無事ではないが人の形を保っている。

 

 どうして? 

 望んでもいない程に都合の良かった事だが、そんな疑問が絶えなかった。

 

 

 マッシブーンから貰った初撃は、フライゴンが庇ったとはいえほぼ直撃。

 その後の攻撃はフライゴンが庇うことすら出来なかった筈である。

 

 マッシブーンが攻撃を外した? 

 そんな事があるのか。しかし、それ以外だとどうしても外的要因が必要になる。

 

 

 何を考えても原因が分からない。

 

 

 その答えを探す事に意味があるかと聞かれれば───答えはイエスだ。

 何故ならクリスには今シルヴィを助ける力がない。その答えが分かれば、三度マッシブーンが攻撃を仕掛けても彼女や自分を危険から守る事が出来る。

 

 だから考えろ。探せ。

 

 

 

「なんだ……?」

 ふと、視界に異様な物が見えた。

 

 マッシブーンとシルヴィの間。その空間に、砂埃がまるで自ら集まったかのように固まっている。

 周りの砂埃は晴れたというのに、その空間だけにはまるで空気が固まったかのように砂埃が浮遊していた。

 

 

 

 脳裏に映るのはマッシブーンとシルヴィを見比べて苦笑いを浮かべながら、少しだけ視界に入った小さなポケモン。

 そのポケモンに彼はつい最近───その日の内に見覚えがあり、目を丸くする。

 

 今朝方、シルヴィの試練への試練で彼女に散々イタズラを仕掛けた迷惑なポケモン───

 

 

 

「……マネ……ネ?」

 痛みに表情を歪ませながら、シルヴィは彼女の目の前で手を広げているポケモンの名前を呼んだ。

 

 

 ───マイムポケモン。マネネ。

 

 

 今朝方ヌシールを巡り、彼女とあまりにもふざけた戦いを繰り広げたポケモンである。

 

 

 

「……マネ!!」

 マッシブーンとシルヴィの間で手を広げながら、マネネは眼前の自らよりも遥かに大きな相手を睨んだ。

 今朝方のような、相手を陥れようとふざけているような表情ではない。真剣な眼差しで、マッシブーンを睨む。

 

 

 その眼前にある、砂埃の塊。

 その正体は空気をエスパーの力で固めたリフレクターだった。

 

 

 成る程と合点がいく。

 そして、突然現れたマネネがなぜそのような行動をとったのか。クリスにはなんとなしに分かっていた。

 

 

 

「どうして……あなたがここに? あ、危ないよ!」

 それが分からなかったシルヴィは、マネネに「逃げて!」と心配の声をかける。

 しかしマネネは彼女の言葉を聞こうとはしなかった。それは彼女への反抗心ではない、自分の意地のような物なのだろう。

 

 

「シルヴィ!!」

 再びポーズを決め出すマッシブーンの横をすり抜けて、倒れたまま動かないシルヴィに駆け寄るクリス。

 マッシブーンはまた今の分からない行動を繰り返しているが、いつ攻撃してくるから分からない。

 

 横目でマッシブーンを睨みながら、クリスは彼女の身体を抱きかかえようと手を伸ばした。

 

 

「立てる? とりあえず逃げよう。コイツは僕達には手が追えない」

 一般人である筈のシルヴィを巻き込んだ自責か。クリスは苦虫を噛み潰したような表情でそう言う。

 

「……大丈……夫」

 しかし、シルヴィは彼の手を取らずにフラつきながらも自分で立ち上がった。

 そんな彼女を見ながらクリスは唖然とする。どうして───

 

 

「───どうして、そんな目をしてるの」

 シルヴィはまるで優しく微笑みかけるような瞳をマッシブーンに向ける。

 さらにフラつきながら姿勢を落として、彼女は臨戦態勢のマネネにこう語りかけた。

 

「マッシブーンを怒らないであげて」

「マネネ……?」

「フラァ……?」

 二匹のポケモンは彼女のそんな言葉に唖然とした表情を見せる。

 

 

 マネネもフライゴンも彼女のポケモンではない。野生のポケモンだ。

 しかし、そんな二匹が彼女を助けるのは彼女のその優しい性格故にだろう。

 

 傷付いて情緒不安定だったフライゴンに寄り添い、街の厄介者だったマネネに対等に向き合った。

 そんな彼女だから、マネネは今さっきマッシブーンの攻撃から彼女を守ったのだから。

 

 

 

「このこは、あなたと一緒なの。遊んでるだけなんだよ」

 マネネの頭を撫でながら、シルヴィはそんな事を言う。

 

 今さっき殺されかけた相手にどうしてこんな事が言えるんだ。

 クリスは唖然として、しかしどこか諦めたような納得したような表情で彼女を後ろから眺める。

 

 

「マネネ、力を貸して!」

「……マネ?」

 どうする気だ? 

 そうクリスが聞く前に、シルヴィはむせ返ってフラつきながらも立ち上がる。

 

「マッシブーン、まだ私負けてないよ!」

「お、おいシルヴィ!」

 再びポーズを取り始めるシルヴィ。クリスは手を伸ばしてそんな彼女を止めようとした。

 それじゃさっきの二の舞だと、再びクリスが言う前にシルヴィは「大丈夫!」と自信満々な声を漏らす。

 

 

「マネネ、またリフレクターで私を守ってほしいの。あと、お得意のモノマネで一緒にマッシブーンと筋肉勝負しよ!」

 何を言ってるんだ君は。

 

 そんな言葉すら出ない程、彼女の言動は馬鹿馬鹿しく思える。

 

 

「フライゴン……ごめんね。もう少しだけ付き合って! 私は大丈夫だから!」

 だけど、彼女の真剣な表情を見れば分かる事がある。

 

 彼女はいたって真面目なんだ。

 

 

 

「行くよマネネ!」

「マネ!」

 筋肉ポーズを繰り出す一人と一匹。マッシブーンも、それに吊られてポーズを決める。

 フライゴンとクリスはお互いの顔を見合わせて、溜息半分真剣な表情で彼女達を見守った。

 

 もしもの事があれば、今度こそ彼女を助ける。

 きっと彼女はマネネの事も自分たちの事も信じているんだ。だから、こんな事が出来る。

 

 

 そして事実、彼女達とポーズを取り合っているマッシブーンは下手にバトルをするよりも大人しく見えた。

 

 

 

「遊びたいんだよね。ここが何処だか分からなくても、きっと貴方はそんな事気にしないくらい強いから。自慢の身体を見てほしいんだよね」

 マッシブーンを真っ直ぐに見ながら、ポーズを取って彼女はそう言う。

 

 確信はない。確証もない。

 しかし、彼女の言う事が正しく思えた。

 

 

「だから───っ、ぁっ」

 突然、彼女は表情を歪ませながら膝をつく。込み上げてきた物を吐き出すと、地面が赤く色付いた。

 一度でもマッシブーンの攻撃を受けたのだから。こうなって当然である。

 

 マネネが心配して彼女の顔を覗き込んだ。しかし、それを止めるようにクリスが叫ぶ」

 

 

「マネネ!! リフレクターだ!!」

「───マネ?!」

 振り返るマネネの目の前で、マッシブーンが拳を振るっていた。

 

 間に合わない。

 しかし、空気の塊がマッシブーンの拳を襲い、少しの隙ができる。

 

 ロトムのエアカッター。

 その一瞬の隙にリフレクターを展開したマネネの眼前に、空気の塊を殴って威力の落ちた拳が降ってきた。

 

 

 あと少しでも遅れたら───いや、そんなミスはもう犯さない。

 

 

「シルヴィ、限界かい?」

 そんな強い意志を持ちながら、クリスはシルヴィにそう問いかける。

 

 当たり前だが一般人をこんな危険に晒すことは許されない。

 それでも、彼が考えた最善の方針に進み続けるしかない。

 

 

 だから、彼女が限界ならそれはそれでいいのだ。

 

 

「……大丈夫!」

 真剣な表情で立ち上がる彼女に、クリスは「これが終わったらなんでも奢るよ」と優しい言葉を掛かる。

 

 

 もう同じ過ちは繰り返さない。

 

 

 

 ───それに、時間は充分に稼いだ。

 

 

 

「───ハリテヤマ!!!」

 何処からか聞こえるそんな声。

 

 攻撃を防がれ、首を横に傾けながらも再び腕を振り上げるマッシブーンの前に一匹のポケモンが立ち塞がる。

 

 

 自身の顔よりも大きな平手を前に突き出し、マッシブーンを睨みつけるハリテヤマ。

 その主人は体型とは反対に軽やかな動きで二人の隣に現れ「お待たせしてしまいましたな」と優しい声を漏らした。

 

 

「……貴方は?」

「わしがここメレメレ島の島キング、ハラ。君達の事はイリマ君から聞いておりますぞ」

 二人の頭を同時に撫でながら、ハラはハリテヤマ同様マッシブーンにその細めを向ける。

 

 

「はじめまして……ですかな? どうも不思議とそんな感じはしない。勿論、これはただの勘ですがな」

 構えながらそう言って、ハラはハリテヤマの隣に立った。

 

 

 その背中がとても大きく見える。

 まっすぐに伸びた背筋。その気迫が、背中越しでも伝わって来た。

 

 

「マブシ」

「ハリーテェッ」

 二匹のポケモン睨み合う。

 

「あ、あの……ハラさん……」

 そんな二匹の背後で、シルヴィは恐る恐るといった雰囲気で小さな言葉を漏らした。

 

 

「む、なんですかな?」

 マッシブーンからは目を逸らさずに、ハラは優しくそう返す。

 当のマッシブーンはハリテヤマの前で再び筋肉を見せ付けていた。

 

「マッシブーンは、遊んでるだけなんです……っ! だから───」

 彼女なりの答えを、必死な声でハラにぶつける。

 

 

 彼ならマッシブーンを倒す事も出来るかもしれない。島キングの彼からはそんな力強さを感じた。

 だけど、それじゃダメだと胸の前で手を強く握る。

 

 

「大丈夫。任せて貰えませんかな?」

 しかし、ハラはシルヴィの言葉を遮ってそう言った。

 

 

 

「島キングハラとその相棒、ハリテヤマが相手をしましょうぞ。アローラ伝統、アローラ相撲で!! ハリテヤマ、つっぱり!」

 ハラの指示で、ハリテヤマはマッシブーンに平手を向ける。

 そして反撃するように向けられたマッシブーンの拳を、ハリテヤマはその大きな手で掴んで取っ組み合った。

 

 空気を震わせる程の衝撃が走る。

 しかし、ハリテヤマはピクリともせずにマッシブーンの拳を掴み続けその手を離そうとしなかった。

 

 

 マッシブーンは力尽くでハリテヤマから離れようとするが、それは叶わずに取っ組み合いが続く。

 

 

 

「───それでは、体力が切れるまで付き合ってもらいましょうかな」

 シルヴィを横目で見ながら、ハラはそう言って笑顔を見せた。

 

 まるで彼女の言いたい事が分かっているかのように見える。

 クリスはそんな二人を見比べてそう思った。

 

 

「島キングさん……」

「そのマネネ、イリマ君でも手を焼いていたポケモンですが。……そんなポケモンとも絆を結べる君の事です、きっとこのポケモン(・・・・)の事も分かっているのでしょう。だから、後はこの島キングにお任せあれ」

 マネネとシルヴィを見比べてそう言ったハラは、再び前を見て何故か突然四股を踏む。

 

 

「───島キングの力、とくとご覧あれ!」

 その腕に飾られたリングから、輝かしい光が溢れ出した。

 

 

 

 同時に、メレメレ島の夜空を一筋の光が過ぎる。

 

 

 

 島の守り神が、その光景を空から見守っていた。



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VSマッシブーン③

 クロスした両腕を弧を描くように広げてから、拳を左右交互に前に突き出す。

 最後に突き出した右手は、勢い良く空気を殴った。

 

 そんな()()()を取ったハラの全身を光が包み込み、やがてその光は溢れ出すようにハリテヤマをも包み込む。

 マッシブーンを一度突き放し、同じポーズを取るハリテヤマとハラの息が重なった。

 

 

「さぁ、ゼンリョクでお相手してもらいましょうぞ。───ハリテヤマ、全力無双激烈拳(ぜんりょくむそうげきれつけん)!!」

「ハーリーテェェ!!」

 連続で拳が放たれる。

 

 残像。その攻撃は、無数の拳がマッシブーンを襲っているようにも見えた。

 強靱な肉体で攻撃を受け止めようとするマッシーブーンだが、勢いに負けて少しずつ足を滑らせる。

 

 

 そうしてマッシブーンが一瞬バランスを崩し、ハリテヤマはその隙を逃さずに全体重を乗せてタックルを繰り出した。

 

 

 押し出す。

 岩盤を持ち上げそれを投げ付けるかいりきの持ち主に、ハリテヤマは力比べで勝ってその体を壁に叩きつけた。

 

 

 

 爆煙。

 砂埃が舞う。

 

 

「す、凄い……」

 全力無双激烈拳はかくとうタイプのZ技だ。

 クリスがアローラに来てZ技を見たのはこれで二度目だが、そんな言葉しか出て来ない程の圧倒的な力を見せつけられて冷や汗を流す。

 

 これがZ技か。

 

 

「マッシブーン……っ」

 そんな彼の隣で、胸元を押さえながらも砂埃に手を伸ばすシルヴィ。

 倒れそうになる彼女をフライゴンとマネネが支えるが、彼女は自分の体調よりもマッシブーンの安否を気にしていた。

 

 

「あのポケモンはそんなにやわではありませんから、安心しなさい」

 そんな彼女の頭を撫でながら、ハラは横目で砂埃の奥に視線を向ける。

 

 砂埃が晴れた先で、彼の言う通りマッシブーンは健在。再び筋肉を見せ付けるようなポーズを取っていた。

 

 

「ば、化け物か……」

 今の攻撃で倒れないなんて。クリスがそう言おうと口を開く前に、ハラは「いや。中々満足気ですな」と微笑ましそうに口を開く。

 

「ほんとだ……」

 訳のわからないハラの言葉にシルヴィが共感して、クリスは頭を横に傾けたままマッシブーンへと視線を戻した。

 

 しかし、なるほど、どうして。

 

 

「……マブシ」

 さっきまでポーズを取っては違うポーズを取り、気を抜けば暴れていたマッシブーンは心なしか落ち着いているようにも見える。

 

 そして決定的だったのが、最後に筋肉を突き出してからマッシブーンが彼等に背中を向けた事だった。

 そのままゆっくりと、マッシブーンは街の裏路地に向けて歩いていく。道中街を破壊する訳でもなく、その姿はクリスにも分かるほど何処か満足気だった。

 

 

 

「どうして……」

 だけど、その理由は理解しかねる。

 

 シルヴィの言っていた、マッシブーンは遊んでいるだけという言葉。

 百歩譲ればそこまでは理解できた。だけど、どうして今の攻撃でマッシブーンは暴れるのを辞めたのか。まるで理解が出来ない。

 

 

「……多分、満足したんじゃないかな。島キングさんのゼンリョクとぶつかって」

「満足……だって? あんなに暴れておいて……」

「怒らないであげて。だって、あのこは───」

 そこまで言って、シルヴィは突然意識を失って崩れ落ちる。

 

 そんな彼女を抱き抱えて支えるクリス。

 命に別状はないが、あのマッシブーンの攻撃を受けたのだ。無事な訳がない。

 

 

「……なんで君は、そう思えるんだい」

 首を横に降る。

 

 今はそれを考えている場合じゃない。

 

 

 

「ハラさん、彼女の事を頼みます。僕は国際警察としてやるべき事があるので」

「むむ……。マッシブーンはもう暴れる気はないと見ますが……君には違う物が見えているのですかな」

「はい。……なので、お願いします」

 自分の非力で彼女を傷付けてしまった。これ以上の事態には絶対にさせない。

 そう小さく漏らしてから、クリスはハラに一礼してゆっくりと瓦礫の奥に消えるマッシブーンを追っていく。

 

 彼を見送りながら、ハラはシルヴィの事を抱き抱えて空を見上げた。

 

 

「この子は優しい子だ。そしてあの子は真剣な子だ。……カプよ、どうか彼をお守り下さい」

 そうとだけ言って、ハラは街の端に存在する病院に向かって歩いていく。

 

 マネネとフライゴンに「付いて来て貰えますかな?」と彼が問うと、二匹はお互いに頷いてハラに付いて歩いた。

 

 

「……マッシ……ブーン」

「大丈夫。後の事は彼に任せて。……今はゆっくりと休みなさい」

 うわ言を漏らすシルヴィに優しい声でそう言うハラ。

 

 アローラの夜空を一筋の光が通過する。それはきっと───

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 住宅街の裏路地。

 建物の影になって月の光も届かない場所を、クリスはゆっくりと歩いていた。

 

 

「マッシブーンはまだ来てないな」

 ゆっくりと裏路地に歩いて行ったマッシブーンを追い抜いて、先回りする形で歩きながらそう呟くクリス。

 視界に入るゲンガーの合図で、彼は足音を立てないようにゆっくりと前に進む。

 

 

 

 ゲンガーには予め、ある物を探してもらっていた。

 

 そのある物とは───ウルトラホール。

 別世界へと繋がる、謂わば時空の歪みである。

 

 ウルトラビーストはこの時空の歪みへと続く別の世界からやって来ていると言われてた。

 

 

 

「僕の推理が正しければ───」

 クリスの推理が正しければ、そこに今回の騒動の目的を果たす為の人員が居る筈。

 

 

 ウルトラホールを開き、マッシブーンを好き放題暴れさせる事で───体力を消費したマッシブーンを捕まえようとする者達が。

 

 

 

 クリスがそう推理した理由は二つ。

 

 

 一つはマッシブーンが暴れている間にR団のそれらしい活動がなかった事。これはゲンガーがウルトラホールの在処を掴むのと同時に確認済みだ。

 

 そしてもう一つはショッピングモールでのR団の行動。あの時R団を名乗る一人の男はモールでウツロイドを捕獲している。今回も目的がウルトラビーストの捕獲という可能性は高かった。

 

 

「R団の目的はウルトラビーストの捕獲。……だけど、それは何故?」

 その先が読めない。しかし、その先よりも今は目先の事件。

 

 R団が何を企んでいるにせよ、強力な力を持つウルトラビーストを利用させる訳にはいかない。

 

 

 

「───そこか」

 角を曲がると、視界が歪む。

 

 時空の裂け目。ウルトラホールがその先にはあった。

 

 

 

 暗い裏路地。事を秘密裏に運ぶには丁度いい場所だろう。

 

 

 

「キタカナ〜。可愛いウルトラビーストちゃ〜ん」

 突然そんな声が聞こえて、クリスは急いで建物の陰に隠れた。

 

 R団なのか? 

 冷や汗を流しながら耳を澄ませる。小砂利を踏む音ですら聞き逃さない。

 

 

「あれ〜? 違う?」

 物陰から視線を向けると、人が一人立っているのが見えた。

 フードを被っていてハッキリとは顔が見えない。

 

 強いて特徴を上げるならフードから漏れる金髪と、声と身体付きからするに若い女だという事だけだろう。

 それだけでは情報不足だが、これ以上泳がせておく訳にはいかない光景が視界に映った。

 

 

「早く来ないかな〜」

 口角を釣り上げながら、女は手の平でモンスターボールを持ち上げる。

 

 それは特殊な形状をしたモンスターボールで、ウルトラビーストの捕獲用にエーテル財団が開発したモンスターボール───ウルトラボールだった。

 

 

「───思い通りにはさせないぞ。ロトム、フラッシュ!」

 クルクルとその場で踊るように回る女がクリスに背中を向けた瞬間、彼はそう言いながら懐に隠していたふといほねを投げ付ける。

 

 ふといほねは弧を描くように旋回し、見事に女が持っていたボールを弾いた。

 更に骨の先端に繋がっていたモンスターボールからロトムが飛び出す。

 

 

「うぇ?!」

「ロトトッ」

 小さなプラズマの身体を震わせながら、ロトムはその身体から眩い光を漏らした。

 

「───ひゃっ、嘘?! な、何?! 誰〜?!」

 突然の閃光に目を焼かれ、女は痛みの走る肉眼を抑えながら悲鳴をあげる。

 

 

 その隙に彼女の後ろまで回り込んだクリスは、女の手首を捻って手錠を掛けた。

 

 

 

「国際警察だ。R団だな、逮捕する」

 冷徹な声でそう言うと、クリスは女の顔を確かめる為に身体を振り向かせようとする。

 しかし、女は突然身体を捻ってクリスから強引に離れた。

 

 手錠の片側はクリス本人に付いているため逃げる事は出来ずにその場で転ぶ。

 クリスは女を見下ろしながら、低い声で「無駄だ。逃さない」と言って手錠を持ち上げた。

 

 

「ちょ、何も〜っ。どうしてここが分かったの?!」

 顔を地面に向けたまま、女はゆっくりとそう呟く。

 

 

 ウルトラホールに帰ろうとするマッシブーンを追いかけて来たのならともかく、クリスはマッシブーンよりも早く先回りしてこの場所にやってきた。

 どうしてここにR団である彼女がいる事が分かったのか、その答えは単純である。

 

 

「ゲンガーにウルトラホールの場所を探させておいたんだ。影の中に入れるポケモンで有名だけど、影の中でのゲンガーの移動速度は結構早いんだよ。……だから、しらみつぶしに探させた」

「それでも……この街結構広い筈なんだけどな〜」

 時間を稼ごうとしているのか、元々そのような喋り方なのか、女はゆっくりとそう返事をした。

 

 

 いくらゲンガーが俊敏でも、この広い街の裏路地の一角をピンポイントで探し当てるなんて事は難しい。

 それは賭けにも近い確率である。

 

 

「だから、探させる所を絞った。……出来るだけ人目の届かない裏路地かつ、建物が()()()()()()()破壊されてる場所にね」

「なんで……」

「簡単だよ。君達の目的がウルトラビーストの捕獲なら、ある程度暴れさせて疲れて帰ってきたマッシブーンをウルトラホールで待っているのが一番都合が良い。だから、君達はウルトラホールから現れたウルトラビーストを一旦ウルトラホールから遠くに誘導する筈だ。マッシブーンが暴れて建物が崩壊したりしたら、帰ってくるウルトラホールが塞がれてしまってウルトラビーストの行動を予測出来なくなる。君達は裏路地で静かに事を済ませたいだろうからね」

 そう長々と語ったクリスは、突然振り向いて「シャドーボール」と短く呟いた。

 

 

 ロトムがクリスの背後にシャドーボールを放つ。放たれた黒い球体は銀色のエネルギー波と衝突して爆発した。

 

 

「……ラスターカノンか」

 それはクリスのニダンギルが使える技と同じ攻撃である。はがねタイプの高威力の遠距離技だ。

 

 

 爆煙の中から現れる一匹のポケモン。

 鉄球状の身体の中心に瞳を持ち、頭上にはボルト、体の左右には磁石を持っている。

 ラスターカノンのタイプと一致するはがねタイプに、でんきタイプを合わせ持つじしゃくポケモン───コイルだ。

 

 それが三匹。このコイルだが、三匹で集まっている場合レアコイルと呼ばれる一匹のポケモンとなる性質がある。

 

 

 

「君のポケモンか」

「あたり〜。悪いけど、捕まる訳にはいかないよ〜ん」

 女の言葉に舌打ちをしながら、クリスはポケットに手を突っ込んだ。

 

 抑えればポケモンは出てこないと思っていたが、先にボールから出していたらしい。世の中上手くいかない。

 

 

「ちょうおんぱで動きを止めちゃって〜!」

「ロトム!」

 レアコイルは自身の身体を揺らして非常に不快な音を立てる。それに対してクリスはポケットに突っ込んだ手を持ち上げながら叫んだ。

 

 同時にちょうおんぱがクリスを襲い、彼は耳を抑える。

 ポケモンが聞けばこんらんしてしまう事もある厄介な攻撃だ。これで警察の動きもポケモンの動きも止まる───そう、女は思っていただろう。

 

 

「よーし、やり〜。レアコイルちゃん、この手錠をラスターカノンで破壊し───」

「ロトム、シャドーボール」

 しかし、突然ロトムはレアコイルの背後に現れシャドーボールを繰り出した。

 突然の死角から攻撃に反応出来る訳もなく、レアコイルは建物の壁に叩き付けられる。

 

「───ちょ、なんで?!」

「プラズマポケモン。ロトムの分類だ」

 ポケギア(携帯電話)を持った手で女を抑えつけながら、クリスは冷徹な声でそう言った。

 

 

 身体がプラズマで出来ているロトムは電子機器等の電流に混じって移動する事が出来る。

 ロトムはちょうおんぱが放たれた時にクリスがポケットから取り出したポケギアに入り込んで、更に近くの電線へと移動してレアコイルの背後から攻撃したのだ。

 

 

「……っ、ぬぬ〜。でんじは!」

「無駄だ」

 レアコイルはクリスに向けて電流を放つ。しかし、その間にロトムが入り込んでその電流を受け止めた。

 でんじはは相手を麻痺状態にする強力な技だが、じめんタイプやでんきタイプのポケモンには効果がないという弱点がある。

 

 クリスを狙ったのは正解だが、それを易々と許す程クリスもその相棒のロトムも甘くはなかった。

 

 

「10まんボルト!」

「シャドーボール」

 必死の抵抗か、四回目の指示で放たれるでんきタイプの主流な技。

 シャドーボールで反撃するがクリスの思っていた以上に威力が高く、シャドーボールは押し負けて10まんボルトはロトムに直撃する。

 

 しかし、いかな10まんボルトといえどでんきタイプであるロトムには効果は薄い。

 

 

 

 それにこれでレアコイルの技は四つ目。

 ポケモンは四つ以上の技を覚える事が出来ない。

 

 それを全て見る事が出来た情報アドバンテージは、今のクリスにとって大きかった。

 

 

 

「マッシブーンの捕獲はやらせない」

「こんの……っ。まだ───うわぁ?!」

 声を上げて驚く女の視線の先で、ゆっくりと一匹のポケモンが現れる。

 

 

 

 赤く筋肉質な身体。

 

 ウルトラビースト。マッシブーン。

 

 

 

「……来ちゃった。この、離してよ〜。マッシブーンのウルトラゲットしたいのに〜!」

「させないって言ってるんだよ」

 暴れまわる女を抑えつけながら、クリスはマッシブーンに視線を向けた。

 

 

「……シルヴィ達を信じるなら、お前はもう満足なんだよね。だから、R団に捕まる前に元の世界に帰るんだ」

 さっきまで街を破壊し、暴れていた化け物。

 

 

 しかし、彼女や島キングを信じるなら。

 

 

 

「さぁ、行け」

 これで正しい筈。

 

 

 

 ウルトラビーストがポケモンであるなら。




剣盾発売までに一章が終わるかどうかすら怪しい気がしてきました。地道にやっていこうと思います。


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VSマッシブーン④

 空間の歪み。

 この世界と別の世界を繋ぐ、ウルトラホール。

 

 

 その───別の世界からの来訪者は、ゆっくりと空間の歪みへと足を運ぶ。

 暴れまわっていたのが嘘かのようだ。そんな姿を見ながら、クリスは女を抑えつける力を強める。

 

 お前達の思い通りにはさせない。

 

 

「さぁ、行け」

 マッシブーンが別の世界に帰りさえすれば、少なくともR団の目的の一部を邪魔する事が出来る筈だ。

 だから今は余計な事はしない。レアコイルにだけ注意をしていれば問題はないだろう。

 

 

 

「マブシ」

 マッシブーンがウルトラホールに向かって手を伸ばした───その時だった。

 

 

「───だいばくはつ」

 女は小さな声で、クリスが想像もしていなかった言葉を漏らす。

 

 

 

 だいばくはつ。

 ポケモンの技の一種だが、今この場所にだいばくはつを使えるポケモンはいない筈。

 

 レアコイルはだいばくはつを覚える事が出来るが、ポケモンは四つ以上の技を覚える事が出来ないのだ。

 

 

 

 しかし、次の瞬間視界を光が包み込む。

 

 爆炎。

 あまりにも強い衝撃が起こり、クリスは何がなんだか分からないままに意識を手放した。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 色はない。

 白と黒だけの世界でクリスは目を開く。

 

 

「ここは……。僕は、いったい……」

 直前の事が思い出せない。

 

 ただ、どこか不思議と懐かしい感覚だった。

 

 

 のどかな町の風景。一際目立つのは、町の端に位置する一軒の建物。

 静かな時間の流れる町。そんな町の端にあるその建物だけが、まるで都会のビルのように天高く連なっている。

 

 その場所をクリスは知っていた。

 

 

 

 忘れる訳がない。

 

 

 

 だから、吐きそうになる。

 

 

「なんで……ここに」

 瞳を揺らしながら、彼は一度顔を抑えてから視線を上げた。声が聞こえる。

 

 

「───やめて!!」

 小さな男の子の声だ。

 

 

「───ラを虐───で!!」

 上手く聞き取れない。しかし、目にはしっかりと映る。

 

 

 大きなふといほねを持ったポケモンの前で、小さな男の子が泣いていた。

 そのポケモンの前には黒い服を着た大人が何人も立っている。

 

 大人達はポケモンに手を上げて、その身体を傷付けていった。

 

 

「───辞めろ」

 声は届かない。分かっている。

 

 

「───辞めろ……っ!」

 手を伸ばしたって、届かない。手を伸ばすべきなのはここにいる自分じゃないからだ。

 

 

 ポケモンは力なく倒れて、持っていたふといほねが男の子の目の前に転がってくる。

 その骨は赤く塗られていて。そうして、視界も何もかもが赤くなって───

 

 

 

 

「辞め───」

 視界が反転した。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

「───めろぉ……っ?! ハッ……はぁ……はぁ? ここは?」

 暗転。

 

 

 視界に色が戻る。今の光景がなんだったのか、それを理解する前に彼の目に入ったのは赤だった。

 再び吐きそうになる口元を押さえて、しかしクリスは顔を持ち上げる。

 

 その赤は血の色ではない。

 

 

 逞しい筋肉質な赤色。

 持ち上げた視線の先にあったのは、マッシブーンの顔だった。

 

 

「な……」

 そこで、今の自分の状態を思い返す。

 女を拘束してマッシブーンがウルトラホールの先に戻るのを待っていたその時に、突然周囲を吹き飛ばす程の爆発が起きたのだ。

 

 それに巻き込まれて、自分は───

 

 

 視線を上げたその先。マッシブーンの身体は少し暗い。

 それ以前に視界が暗く、まるで大きな影の中に居るようにも感じる。

 

 確かに今は夜だったがまるで月の光も感じない。それもその筈で、彼は今瓦礫の下に居るのだった。

 

 

 崩れてきた建物の瓦礫を、マッシブーンが支えているのが見える。

 

 

 建物の崩壊に巻き込まれる所だったのをマッシブーンに助けられた。

 その事実を頭では理解出来ても、何処かで納得がいかない。

 

 今さっきまで街で好き放題暴れていて、あまつさえシルヴィを傷付けたウルトラビーストが───何故? 

 

 

 

 ──遊びたいんだよね。ここが何処だか分からなくても、きっと貴方はそんな事気にしないくらい強いから。自慢の身体を見てほしいんだよね──

 思い出すのはシルヴィのそんな言葉。

 

 本当に彼女の言う通り。ウルトラビーストはこの世界でなくても、自然に他の世界で生きるポケモン(生き物)なのだろう。

 

 

「……助けて、くれたのか?」

「……マブシ」

 それを、やっと本当の意味で理解出来た。

 

 

「マブシァ!!」

 勢いだけで瓦礫を吹き飛ばして、当たり前のようにポーズをとるマッシブーン。

 砂埃に目を細めながらも、クリスはそんなマッシブーンを横目に辺りを確認する。

 

 

 アレからそんなに時間は経っていないようだ。R団と思わしき女の姿は見当たらない。逃げられたのだろう。

 街全体に避難警報が出ていた為に周りに人は居ない。野生のポケモンが何匹か視界に入るが、レアコイルは見当たらなかった。

 

 

「マッシブーンを捕まえる邪魔を出来ただけでも良しとするか……」

 脱力してその場に座り込み、クリスは空を見上げながら小さく呟く。我ながら情けない。

 

 

「マブ……?」

 そんなクリスの顔を覗き込みながら、マッシブーンは首を横に傾けた。

 

 

「……まさか、心配してるのかな? そんなまさか───いや、ありがとう」

 短くそう言って、クリスは頭を掻きながら立ち上がる。

 

 

 まだ仕事は終わっていない。

 

 

「僕はお前の事をよく分からない化け物だと思っていたけど、違うんだね。君は───君も、ここではない何処かの世界で生きているポケモンなんだ」

 少し痛む身体を持ち上げて、クリスは空間の歪みの前に立った。

 

 

「君の世界はこの先だ。まったく、後始末する人の気持ちにもなって欲しいけどね」

 困ったような口調でそういうが「伝わってないか」と苦笑する。

 目の前のマッシブーンは挨拶の代わりとでも言うかのように筋肉を見せつけてきた。やはり意味は分からない。

 

 

 クリスが苦笑いを見せている内に、マッシブーンは空間の歪みに足を進める。

 まるで吸い込まれるようにその姿が消えたかと思えば、ウルトラホールもまた役目を終えたといわんばかりに少しずつ消滅した。

 

 それを見届けて、クリスは溜息を吐く。

 

 

 

「……一件落着───とは、言えないか」

 街の被害もそうだが、結局R団を取り逃がしてしまった。

 

 R団の目的はなんなのか。ウルトラビーストを捕まえて、その先にあるのは? 

 

 

 

「R団……」

 拳を強く握りながら、ふと今さっき見た(・・)物を思い出す。

 

 

「さっきのは……一体」

 夢というには少し現実的で、しかしどうもおかしな光景。まるでそこにあったかのような。

 ウルトラホールの影響か。いや、考えるのはもう疲れた。

 

 

「……シルヴィが心配だし。病院かポケモンセンターかな」

 ポケギアを取り出して地図を確認する。ここの場所はちゃんと覚えておいて、調査は現地の警察に任せる事にした。

 

 

「……コケェ」

 月が照らす街は、前の喧騒が嘘だったかのように静かに時間が流れていく。

 カプはそんな静かな街を見下ろして、決意めいた表情で瞳を閉じた。街に夜の光が差していく。

 

 

 

「……作戦失敗。怒られちゃうかな〜。……でも、良いもの見ちゃった」

 フードを外し、金色の髪を靡かせる一人の女性は不敵に笑い───

 

 

「───君も見たのかな」

 ───瞳から涙を流していた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 知らない天井。

 真っ白な壁に手を伸ばすと、白に突然赤色が塗られて身体が勝手に痙攣する。

 

 

 ただ、その赤が空の色だと気が付いてシルヴィは伸ばした手を一度下ろした。

 

 窓の外を見てみると、空は真っ赤に燃えている。

 

 

「朝焼け……?」

「夕焼けだよ」

 ポツンと漏れた言葉に帰ってきた返事は、カーテンを開けたクリスからの物だった。

 

 

「クリス君……? ここは……」

「病院。ほぼ一日寝てたわけだけど、倒れる前の事は覚えてる?」

 そんなクリスの言葉にシルヴィは一旦俯いてから、ハッと顔を上げて「マッシブーン」と小声を漏らす。

 

「マッシブーンは?」

「自分の心配をしなよ……」

 呆れながら溜息を吐くクリスだが「君らしいか」と半ばあきれた口調で視線を窓の外に逸らした。

 

 

「ちゃんと元の世界に帰ったよ。R団が居たけど、手は出させなかった」

 クリスがそう言うと、シルヴィは満面の笑みで「よかったぁ……」と呟く。

 何よりも嬉しそうな彼女の表情に、クリスも自然と笑みがこぼれた。

 

 

「マッシブーンを守ってくれてありがとう、クリス君」

「いや、僕は何も出来なかったよ。……それよりも、僕がマッシブーンに助けられたしね」

 そう言ってから、クリスは崩れた建物の下敷きになりそうな自分をマッシブーンが助けてくれた事を話す。

 シルヴィはそれを聞いて「マッシブーン凄い!」と目を輝かせた。

 

 

「……僕は、ウルトラビーストを勘違いしていたのかもね」

「クリス君……?」

「アイツは、君の言う通りポケモンだったよ」

 そんなクリスの言葉にシルヴィは首を横に傾ける。

 

 意味が伝わってないあたりも、彼女らしい。

 

 

 

「そんな事より、君は自分の心配をしてくれ。君を心配してる奴も居るんだから」

「ふぇ?」

 ポカーンと口を開けて固まるシルヴィに分からせる為に、クリスは窓側を見ている彼女の背後を指差した。

 

 

「マネネ……フライゴン」

 クリスの指差す先に視線を向けると、二匹のポケモンが彼女に顔を向けて寝ている姿が見える。

 二匹共自分のポケモンではないのだが、フライゴンはともかくマネネまでここに居ることに彼女は驚いた。

 

 

「どうしてあなたが……」

「君の事をとても心配してた。あの時からずっと君の事が気になってたんだろうね」

 二人が話しているうちに、マネネはゆっくりとその瞼を開く。

 そうしてシルヴィが起きている事を確認すると、マネネは───彼女に頭突きした。

 

「マネェ!」

「あだぁ?!」

「えぇ……」

 苦笑いするクリスの前で、マネネは彼女の上に立って心配そうな表情を見せる。今の頭突きはなに、とシルヴィは泣きながら頭を抑えた。

 

 

「マネネ」

「し、心配してくれてたのかな……。あはは、ありがとう」

 そう言ってシルヴィがマネネの頭を撫でると、マネネは嬉しそうに目を細める。

 

 イリマが町の厄介ないたずらっ子と呼んでいたポケモンが、今はこうしてシルヴィに懐いているのだからクリスは驚いた。

 しかし、このマネネもマッシブーンも同じなのだろう。ポケモンと心を通わせる何かが、彼女にはあるように思えた。

 

 

 今細目を開けて起きたフライゴンしかり、マネネやマッシブーンに対しても彼女は真っ先に相手の事を考えて動く事が出来る。

 だから今こうしてマネネは彼女とじゃれあっているし、フライゴンはそれをジト目で見ているのだから。羨ましいのだ。

 

 

 マッシブーンが無事に帰れたのだって───

 

 

 

「うーん、でもマネネはこんな所に居ていいの……? 仲間とか居ないの?」

「マネ?」

「ゲットしちゃえば良いんじゃないかな」

 そんなクリスの言葉に、シルヴィだけじゃなくてフライゴンも目を見開く。

 

 フライゴンは直ぐに視線を逸らしたが、シルヴィは「そうしたい!」と脇に置いてあった鞄からモンスターボールを取り出した。

 

 

 

「ねぇ、マネネ。私と一緒に来ない?」

「マネ!」

 シルヴィが言いながらモンスターボールをマネネに向けると、マネネは間も置かずにボールに触れる。

 すると赤い光がマネネを包み込んで、その身体は小さくボールの中に収まった。

 

 ボールに入れてしまえばポケットに入ってしまう。ポケットモンスター。縮めてポケモン。

 

 

「マネネ、ゲットだぜー。なーんて?」

 白い歯を見せながらマネネの入ったボールをクリスやフライゴンに見せ付けるシルヴィ。

 年相応のそんな表情にクリスも釣られて笑い、フライゴンはそっぽを向いた。

 

 

「皆出ておいで!」

 そうしてシルヴィは鞄の中のボールを取り出して合計四つのボールを投げる。

 

 

 クチート、デデンネ、アシマリ、そして新しい仲間のマネネ。

 賑やかな病室でデデンネが白眼を向いてマネネを見ていたり、そんなデデンネをクチートが口で挟んだり。

 アシマリに悪戯をするマネネをシルヴィが叱って、病室で騒ぐシルヴィ達は病院の看護師にとても怒られた。

 

 

 あんな事があった後だというのに。

 

 

 クリスは微笑ましそうに彼女達を見比べる。

 

 

 

 

 シルヴィだからこそ、なのかな。そんな事を思いながら沈んでいく太陽を見送るのだった。




次のお話で今節はやっと終わりです。何ヶ月掛かったんだ?!
剣盾楽しみですが不安もありますね。フライゴンは出ます。完全勝利。


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いのちがけの攻防の後に

 静かな時間が流れる。

 

 

 メレメレ島───ハウオリシティの病棟。

 とある病室の前でクリスは腕を組んで瞳を閉じ、女性警官からの報告を聞いていた。

 

「───以上、報告を終えます」

 敬礼してそう言ってから振り向く警官に「ご苦労様です」と短く返事をして、病室を横目で眺める。

 

 

 シルヴィが寝ている病室を覗き込みながら、彼は溜息を吐いて頭を抑えた。

 

 

 

「避難が早かったし、怪我人は居るけど死者はなし。……だけど、ポケモンの不審な死体がまた一匹見つかった」

 報告を復唱しながら、クリスは今回の事件を再び考察する。

 

 

 マッシブーンが街に現れ暴れ出した今回の事件。

 黒幕はR団であったが、ウルトラビーストの捕獲以外の目的は一切不明だ。

 

 そして見つかった不審な死体。

 これがショッピングモールで見つかった死体と同様、痩せ細ってまるで命を吸い取られたかのような死体だったという。

 

 

 ポケモンの種類はイワンコで、調べた結果野生のポケモンではなく一般トレーナーのポケモンだったらしい。

 

 

 この事実はシルヴィには伏せておくべきだろう、とクリスは病室から視線を逸らした。

 

 

 

「報告ではマッシブーンはきゅうけつを使う事も出来るらしいけど、マッシブーンがあんな場所でトレーナーのイワンコにそんな事をする理由が分からない」

 イワンコが見つかったのはマッシブーンが出入りしたウルトラホールの発生していた場所のすぐ近くだったらしい。

 しかしイワンコの死因がマッシブーンからの攻撃だとは思えないし、状況がヤングースの件と似通っているだけに無視出来ない関係性があると見える。

 

「類似点はウルトラビーストの出現と、ウルトラホールの発生……R団───ウルトラホールの人工発生に関係がある? いや、根拠がないな。……これは一回アーカラ島の空間研究所に直接話しを聞きに行きたい案件だ。ヤングースと……イワンコのデータを送っておいてもらうか」

 一人ブツブツと推論を立てていくクリスの脇から、小さなゲンガーが顔を覗かせた。

 

 モクローやニダンギル、クリスのポケモン達はどれも申し訳なさそうな表情で彼の後ろに留まる。

 

 

「気付いてすらいないロト」

「───ん、ぁ、ロトム。ポケモンセンターの方に話をつけてくれてありがとう。喋れるのはやっぱり助かるね」

 ロトム図鑑の声でやっとポケモン達に気が付いたクリスは、申し訳なさそうな表情のポケモン達を見て「どうしたの……?」と表情を曇らせた。

 

 

 いつも何かしらポカを起こしても平然としているのんきな性格のゲンガーまでも反省している様子なので、どうも調子が狂う。

 

 

 

「……君達は全力を尽くしてくれた。ポケモンバトルが下手な僕が悪いし、あのだいばくはつを防げなかったのを気にしてるならお門違いだぞゲンガー。ロトムも僕も他にポケモンがいるなんて気がつかなかったんだから」

 レアコイル以外にポケモンがどこかに隠れていたのなら、あのR団がそこまで仕込んでいて一歩上手だったというだけだ。

 

 君達は悪くない、とクリスは全員の頭を撫でる。

 

 

 げんなりモードのポケモン達だったが、モクローが強く敬礼をしてからニダンギルもゲンガーも釣られて調子を取り戻した。

 

「ボクは大活躍だったロト」

「お調子者め……」

 半目でそう言うクリスだが、ロトム含め手持ちのポケモン全員に「これからもよろしくね」と小声を漏らしてから病室の扉を開ける。

 

 

 夕焼けが空を赤く染め始めた。医者は時期に眼を覚ますだろうと言っていたが、彼女は大丈夫だろうか。

 

 

 シルヴィの脇で眠るフライゴンとマネネを見て、クリスは「大丈夫、だろうね」と呟く。

 彼女とポケモン達なら。きっと。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 知らない天井だ。

 

 

 全く状態が理解出来ない事に周りをキョロキョロと見渡すと、自分のポケモン達が見えてリアは「ふぅ……」と安心する。

 

 ニャビーがヘルガーの腹を枕にして寝ている様は自分のポケモンながら可愛らしい。

 

 

 ふとヘルガーの姿を見て、リアは自分の状態を思い出した。

 

 

 

 確か変な毒男と戦って、デルビルがヘルガーに進化して。

 男を倒してからの記憶がない。確か倒れたと思うんだけど、どうしてこんなよく分からない場所にいるのか。

 

 多分、病院なんだけど。誰がここまで? 

 

 

 ポカーンと当時を思い出そうとするが、やはり何も思い出せない。それもそうだ、彼女は気絶している間に見知らぬ青年に助けられたのだから。

 

 

 

「起きましたかな」

 それからしばらくして、病室に大柄な初老の男が入っている。メレメレ島の島キング、ハラだ。

 

 

「げ、島キング」

「はっはっはっ、元気そうで何よりですぞ」

 苦笑いをするリアに、ハラは病院だというのに大声で笑って答える。

 

「ここ病院だろ……」

「おっと、これは失礼」

 自称悪党のリアに注意され、ハラは頭を掻きながら真剣に謝罪の言葉を漏らした。

 

 リアは溜め息を吐いて「どうなってんの?」と半目で質問を漏らす。

 

 

「……君はあの場所で戦いを終えた後、その場で倒れてしまっていたらしいですぞ。そして、たまたま通りかかった青年にこの病院まで連れてこられたという訳ですな」

「いや、私の事じゃなくて。街は大丈夫だったのかって話」

 リアの返答にハラは一度目を見開いてから、静かにこう口を開いた。

 

 

「……マッシブーンは無事、ウルトラホールに戻りましたぞ。しかし、ポケモンが一匹犠牲になった。ワシの……力不足ですな」

「……。……そっか。でも、アンタは自分の役目を果たしたと思う」

 視線を逸らしながらリアはそう言う。

 

 アイツはまた泣くのかな、なんて事を思って首を横に振った。

 

 

「ワシがそう出来たのも、君の助力があったからこそ。……だからこそ、君にはこれを託したい」

 そんなリアに近付いて、ハラは彼女の掌に小さな何かを握らせる。

 

 掌を開いてそこにあったのは、オレンジ色のクリスタルだった。

 

 

「Zクリスタル……? お、おい待て。私はまだアンタに勝ってない!」

 格闘Z。

 

 それは、ハラの大試練を突破した際に貰う筈だった物である。

 挑戦中に起きた今回の事件のせいで大試練は中止になって、まだ彼女は大試練を突破してはいなかった。

 

 

 それにあの大試練だって、あのまま続けていたら───

 

 

 

「大試練はポケモンバトルに勝つ事ではない。己を磨き、その腕をカプに認めてもらえるかどうか。その旨を我等島キングや島クイーンが代行しているに過ぎない」

 ハラはそう言いながらリアの頭を撫でて、さらにこう続ける。

 

「あの時、君がいてくれなかったらワシはマッシブーンの元に行けなかったでしょうな。そして君は、あの悪党を見事に撃退し……こうして無事に生きていてくれた」

 優しく微笑みかけながら、ハラはZクリスタルを持つリアの手を優しく握らせた。

 

 

「だから、これを受け取って欲しい。勿論バトルの再挑戦は受けて立ちますぞ。いつでもワシの家に突っかかってきなさい。……君は、彼に似てますからな」

 そう語ると、ハラは背中を向けて病室の扉を開ける。

 

 

「大試練突破おめでとう。次の島に向かうも良し、己を鍛え上げるもよし。島巡りは……そういうものですぞ」

 言い終わるとハラは病室の扉をゆっくりと閉じた。

 

 

 また静かな時間が流れて、リアは受け取ったZクリスタルを一度見てから強く握りしめる。

 

 

「私はあの時……あのまま戦って勝てたかな」

 あの戦いで、リアはハリテヤマをデルビルのオーバーヒートで倒そうとしていた。

 

 その後の毒男との戦いで、デルビルがヘルガーに進化して放ったオーバーヒートは確かに最高の技だっただろう。

 だけど、島キングとの戦いの時は───

 

 

 

「グァゥ……?」

 手を覚ましたヘルガーが見たのは、俯いて震えていたリアの姿だった。

 

 そんなリアにヘルガーは自らの鼻先を擦り付ける。

 

 

「ヘルガー……?」

「ガゥ」

 短く、小さくなくヘルガー。

 

 身体は大きくなったが、中味は変わっていない。

 そんな事を頷けるように、ヘルガーは長くなった尻尾を大きく振った。

 

 

「……強くなろうな」

 ニッと笑ってリアはそんなヘルガーの頭を撫でる。

 

 

 気持ち良さげに鳴くヘルガーと笑いかけるリアを横目で見ながら、ニャビーは欠伸をしてもう一度眼を閉じるのであった。

 

 小さく頷くニャビー瞳の中に映っているのはきっと───

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 唖然とした表情で街を歩く。

 

 

「す、凄いね……」

 退院したシルヴィはすっかり元気に、ハウオリシティを散策していた。

 クリーニング屋さんでボロボロになった服を受け取って着替えた彼女は、新しく捕まえたマネネと共にゆっくりと周りを見渡しながら歩く。

 

 街の被害は彼女が思っていたよりも大きかったが、既に復興が進んでおり休業していた街の店も営業を再開している店舗が多かった。

 

 

 

「ポケモンの力を借りてるから復興も早いんだろうね。……それよりも、シルヴィの回復力の方が凄い気がするけど。君はポケモンなのか」

「えへへー」

「褒めてないからね」

 ジト目でそう言うと、シルヴィは「え?」と首を横に傾ける。どうやら意味も理解していないらしい。

 

 

「でも、犠牲者が出なくて良かった……。今回はポケモンも誰も……死んでないんだよね?」

 しかし突然小さくそう言葉を漏らすシルヴィに、クリスは息を飲み込んでから「……そうだね」と返した。

 

 嘘だとしても、知らなくて良い事もある。

 特に彼女の場合は。

 

 

「そんな事より、君が元気になって良かったよ。島巡りで大切な大試練も待ってるし───」

 シルヴィが入院してから三日しか経っていないのだが、そんな彼女はソフトクリーム屋さんを見つけて飛び跳ねて行く程に元気になっている。

 

「聞いてすらいない……」

 苦笑いを漏らすクリスだが、彼女が元気になった事はいい事なので不満は言わずに「何が欲しいの? 買ってあげるよ」と財布を取り出した。

 

 

「良いの?」

「勿論。今回の件、君には沢山助けられ───」

「それじゃー、コレとコレと、それからコレと、あとコレとコレとコレ下さい!!」

 クリスの言葉を遮って、シルヴィは店に並ぶソフトクリームの味を片っ端から指差していく。

 

 どれどけ食べる気だとクリスは唖然と口を開いた。

 

 

「病み上がりとは思えないロト」

 ロトム図鑑の画面にジト目が映る。

 

 

「そ、それ全部食べたら流石にお腹壊す気がするけど……」

「流石に全部は食べないよ?! 私をなんだと思ってるの?!」

 しかし、シルヴィは予想外にもそんな反応を見せた。つまり、どういう事だろうか。

 

 

「それじゃ……なんで?」

「皆で食べたいから……。皆で食べた方が美味しいでしょ? クリス君も、ポケモン達と食べよ! 勿論フライゴンも!」

 突然モンスターボールを投げてポケモン達を外に出し「ソフトクリームだよー!」と目を輝かせるシルヴィ。

 

 呆気にとられていたクリスだが、彼女らしいなと苦笑して自分もモンスターボールを取り出す。

 

 

 元々肩の上に乗っていたゲンガーと、ロトム図鑑として浮遊していたロトム。

 ニダンギルとモクローも合わせて四匹。自分も合わせて五個も味を選ばなければならない。

 

 

「ニダンギルは性格上しぶい味の方が良いかな。さて、ガラガラはどうす───」

 そうして何となく口から溢れた言葉に、クリスは自分で固まってしまった。

 そんなクリスをゲンガーが心配しうに覗き込む。

 

 

「あ、こらデデンネ。ミント味は私が……って、クリス君? どうかしたの?」

「───ぇ、あ……いや。なんでもないよ! モクロー、君はどの味が好きなんだ?」

 珍しく焦った様子のクリスにシルヴィは首を横に傾けるが、目をそらす彼を不思議に思いながらもデデンネにソフトクリームを奪われて意識を持っていかれた。

 

「こんな風にポケモンとはしゃぐの……久し振りかもね」

 そんなシルヴィを横目で見ながら、クリスは小さく呟く。

 

 

 いつかの事を思い出して、彼は首を横に振った。一度だけ自分の顔を強く叩く。

 

 

「全部代金払います。いくらですか?」

「五千五百円になります」

「たっか」

 十一個のソフトクリームの値段を払うクリスは表情を痙攣らせながらも、はしゃぐポケモン達やシルヴィを見て微笑むのであった。

 

 

 

「たまにこういうのも良いよね」

 そう言って、ソフトクリームを口にする。

 

 

「……ソフトクリームが辛いってのも、面白いな。美味しいけど」

 たまには、じゃなくて。これが当たり前だったなら───

 

 

 

「でも、やっぱり合わないかな」

 ───そんな妄想の中に、一匹のポケモンの影があった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 鼻歌交じりに一人の女が森を歩く。

 

 

「カプ・コケコ〜、島の守り神カプ・コケコ〜。あなたの心をゲットだぜ〜」

 目を瞑ったまま歩く女は、突然人差し指を後ろに向けて「バ〜ン」と白い歯を見せた。

 

「ゲット出来てねーじゃねーか……。溶かすぞ」

「まーまー、そんな事もあるだろ」

 二人の男が後ろでそう返事をして、女は「ライル君の言う通り」とその場でクルクル回る。

 

 

「そんな事もあるよ〜。大丈夫。データは取れたし、ウツロイドだけでも充分。私達の計画には何にも問題な〜し。だって私達の目的はウルトラビーストじゃなくて───」

 不敵に笑う女はそう言って、彼女の前に居るもう一人の人物と目を合わせた。

 

 

 その人物───銀色の長髪を伸ばし、森に差し込む光を反射する眼鏡を掛けた長身の女性が口角を釣り上げる。

 

 

「ね、リーダー」

「そう。我々の目的は───」

 雲が指して、森は闇に包まれた。

 

 

 光の届かないその場所で、女性は小さく口を漏らす。

 

 

 

「───ネクロズマ」

 雲が晴れ、森に光が射した。

 

 

 

 

 事の終わりに遺跡に戻るカプ・コケコ。森は静かに光を浴びて、今日も木々が靡く。



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【一章七節】祭りの日───少女は試練の壁を突き破る
少女は知識をたくわえる


 風を切る。

 

 つばめがえしはひこうタイプが得意とする、身を反転させて神速で放つ攻撃だ。

 避けるのは困難。ならばと、迎え撃つトレーナーは受け止める方向に指示を出す。

 

 

「マネネ、リフレクター!」

「マネ!」

 トレーナーであるシルヴィの指示で、マネネは前方に手を向け念力で空気の壁を作り出した。

 

「ニダンギル、側面だ!」

 一方で正面から斬りかかろうとするニダンギルにそう指示を出すもう一人のトレーナー。

 クリスの指示で、ニダンギルは二つの剣に別れてマネネの左右を挟み込む。

 

 

 

「マネ?!」

「───つばめがえし!」

 リフレクター(空気の壁)があるのはマネネの前方のみ。ニダンギルの刃は何にも阻まれる事なくマネネを切り裂いて、そのままマネネは倒れてしまった。

 

 

「マネネ……っ!」

「マネネ、戦闘不能。よって勝者、クリスロト!」

 審判をしていたロトム図鑑が手を上げてそう仕切る。

 

 マネネに駆け寄ってその小さな身体を抱くシルヴィ。そんな彼女の肩を叩いて、クリスは「お疲れ様」と健闘を讃えた。

 

 

 

「攻撃が全部正面から来るとは限らない。そこはトレーナーの判断と指示が大切だよ」

「うぅ……そうだよね。ごめんね、マネネ」

「マネぇ……」

 俯くシルヴィだが、こんな事でへこたれている場合ではない。

 

 

「とりあえずポケモンセンターで回復させよう。ほら、島キングに勝つんでしょ?」

「う……。そ、そうだった……」

 そもそも、なぜ二人がポケモンバトルをしていたのか。

 

 

 その理由は数日前に遡る。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

「───アーカラ島に?」

 ソフトクリームを頬っぺたに付けたまま、シルヴィは目を丸くしてそう呟いた。

 

 

「付いてるよ……」

 ハンカチを取り出してそう言ったクリスは、一度咳払いをしてからこう続ける。

 

 

「メレメレ島で起きた二つの事件。両方共ウルトラホールが発生していたし、色々と共通点も多い。これが一体何を意味しているのか、アーカラ島にある空間研究所って場所に調査を依頼したんだ」

 クリスの話は、近い内にアーカラ島に向かうという趣旨の話だった。

 

 ポケモンの死体の件を伏せているのが気まずくてクリスは少し目を逸らすが、シルヴィは「なるほど……」と素直に頷く。

 

 

「それ……私も着いて行った方が良いよね?」

「無理強いはしないよ。元々僕達が一緒にいる意味もそんなにないしね。……確かに君はR団のボスの娘かもしれない。でも、君は間違いなくR団じゃないよ」

 そう言ってクリスは視線を上げ、何処か遠くを見るように目を瞑った。

 

 

「でも、私も……R団は放っておけないよ」

 しかし、予想外の返事にクリスは開いた目を丸くする。

 

「シルヴィ……」

「お父さんや、その仲間の人達が酷い事してるなら……私も止めたい。その為に島巡りをしようって思ったんだもん。クリス君と一緒に居たい。……ダメ、かな?」

 上目遣いでそう言うシルヴィに、クリスは少し顔を赤くしながら視線を逸らした。どうもこういう展開は苦手である。

 

 

「……ありがとう。正直、君の協力は欲しい。仮にも今回の事件、君に悪気がなくても全く無関係という確証はないからね」

 そんなクリスの言葉にシルヴィは首を横に傾けた。多分意味は通じてないが、彼女にはそれよりも大切な事がある。

 

 

「それよりも、僕に着いてくるって事はアーカラ島に行く事になる。メレメレ島の試練は突破して後は大試練だけなんどけど……シルヴィは良いの?」

「うわぁぁぁ?! そうだった!!」

 大切な事を思い出して、シルヴィは大声を上げて頭を抱えた。流石に大袈裟である。

 

 

「ど、どうしよう……どうしよう……」

「あはは。勿論待つよ。そもそもデータを送って結果が出るまで一週間以上掛かるって言われてるからね。急ぐ必要もないし、こう立て続けで事件の起きてるメレメレ島から不用意に離れるのも良くない」

 後半言っている事は良く分からなかったが、クリスが待ってくれるという事だけは理解出来たのでシルヴィは泣きながら「ありがとぅぅ」とクリスに抱きついた。

 

 そんな彼女を突き放す訳にも行かず、どうしようかと表情を曇らせていたクリスは思い出したようにこう続ける。

 

 

「まぁ、あの島キングに勝たないといけないんだけどね」

「……ぁ」

 クリスのそんな言葉を聞いて、シルヴィはまるで石になったように固まってしまった。

 

 思い出すのはマッシブーンとの戦いで放ったZ技と、それを放ったハリテヤマ。

 大試練の内容は島キングとのゼンリョクのバトルで勝利する事。しかしシルヴィには、彼に勝てるビジョンがまるで浮かばない。

 

 

「あの子、えーと……リアちゃんだっけ? 彼女は大試練を突破したって聞いたよ。君も負けてられないね」

 石になっているシルヴィをからかうようにクリスがそう言うと、彼女は突然小刻みにプルプルと震えだす。

 

 怒らせてしまったのかと若干慌てるクリスだが、次の瞬間シルヴィが両手を挙げたので驚いてこっちが固まってしまった。

 

 

「特訓だーーー!」

 自分のポケモン達の方を向いてそう叫ぶシルヴィ。唖然としていたクリスだが、そんな彼女らしい発言に自然と笑みが零れる。

 

 

「私も、島キングに勝つ!」

「その意気だ」

 こうしてシルヴィのポケモンバトル特訓が始まったのが、つい数日前の事。

 

 

 朝昼晩と実践が三回。休憩時間はクリスによるバトル指南で、バトルの基本を頭に叩き込んだ。

 もっともクリスもポケモンバトルは得意という訳ではない。しかしそれでも彼女が持っている知識よりは遥かに多くの物を持っている。

 

 

 

「勉強……嫌だ」

 そして彼女は真っ白になっていた。

 

 

「はい、復唱して。みずはほのおに強いです。ほのおはくさに強いです。くさはみずに強いです。タイプです、相性です」

「みずはほのおに強いです。ほのおはくさに強いです。くさはくさに強いです。タイプです、相性です」

「草に草を生やさない」

 ジト目で腕を組むクリスだが、目の前のシルヴィが頭から煙を出しているのが見えて唖然として頭を掻く。

 

 

「休憩する?」

「……うん」

 そしてそのまま机に倒れこむシルヴィ。

 

 ポケモンセンターの宿で勉強に励んでいたシルヴィだが、どうもこと勉強に関しては苦手なようだった。

 

 

 

 よくよく考えれば、ずっと外の世界を知らないで生きてきたのだから当然だとも言える。

 しかし、それを理由に甘えさせる訳にもいかない。相手はあの島キングなのだから。

 

 

 

「正直、君のバトルセンスはかなり高いと思う」

「えへへー」

「でも知識がなさ過ぎる」

「うへー」

 クリスとシルヴィの初めてのバトルで、彼女はアシマリの特性を生かしてタイプ相性の悪いモクローをあと少しという所まで追い詰めた。

 奇抜な発想と機転。それはポケモンバトルを有利に進めるにはもってこいの物である。

 

 しかし、ポケモンバトルでもっとも大切なのは気合でも根性でもない。知識だ。

 知識がなければ相手の弱点も、こちらの弱点も分からない。相手のポケモンの特徴を知らなければ、虚をつかれて負けるのは自分である。

 

 

「少し嫌な質問をしていいかな?」

「え、あ……うん」

 唐突なクリスの言葉にシルヴィは机に突っ伏したまま目を丸くして返事をした。ありがとう、と伝えたクリスはこう続ける。

 

「君はサカキ───R団のボスの娘として生まれた。サカキのカリスマ性はジョウトの事件で良く知ってる。だからこそ不思議に思う事があるんだ」

「不思議?」

「うん。本来なら君とお兄さん───サカキの息子と娘は次期首領候補として育てられる筈。だけど、全くその様子はない。……どうして?」

 サカキの息子。ジョウト地方でR団残党が事件を起こしたのと同時期に、ウツギ研究所からポケモンを盗んだ人物といえば国際警察では少し有名な人物だ。

 しかし彼もまた現在所在不明。R団が彼等を次期首領として扱っているのか、クリスとしては疑問に思う所がある。

 

「私は多分……出来損ないだから」

「出来損ない……?」

 シルヴィの答えに、クリスは表情を曇らせた。

 

 

「……R団の、かんぶ? の人達は、確かに私に優しくしてくれた。でも、私の目の前で沢山ポケモンを傷付けて……私が辞めてって言ってもその人達はポケモンは道具だって、そういう物だって」

 声が震える。当時を思い出すシルヴィの表情はとても良いものではなかった。

 

「……ごめん」

 しかし、だからこそ今の彼女がある。

 

 

「だから、R団の人達はちゃんと私を……その、じきしゅりょう? として育ててくれてたと思うよ。私はダメダメだったみたいだけど……あはは」

「それで良いんだよ。……それが、正しい」

 やはりR団は許せない。クリスは今一度その考えを心に刻んだ。

 

 

「ありがとう……」

「まぁ、それでも教養はダメダメだけどね」

「クリス君が酷い」

「島キングに勝つんだろう?」

「ぬぬぬ……」

 唸ってはいるが、シルヴィも成長していない訳ではない。ここ数日でそこそこの知識は覚えたし、正直決められた相手───ハラと戦うだけなら知識は今あるもので充分である。

 

 

「タイプ相性は確かに大事だけど、どうして特訓するのはマネネなの? ハラさんのハリテヤマと相性がいいのはひこうタイプ、エスパータイプ、フェアリータイプなんだよね? クチートもデデンネもフェアリータイプなのに」

「タイプ相性っていうのは、相手の攻撃に対する物だけじゃない。そして、二つのタイプを持っているポケモンはタイプ相性が重複するんだよ」

 シルヴィの質問にクリスがそう答えるが、当のシルヴィはまた眼を白くして固まってしまった。

 

 

「例えば、クチートはフェアリータイプの他にはがねタイプも持ってるよね。はがねにかくとうの相性は?」

「こうかばつぐん! ダメージは二倍!」

 自信満々に答えるシルヴィの言葉にクリスは「正解だ」と漏らしてからこう続ける。

 

「だけどフェアリータイプにはかくとうタイプの攻撃はこうかいまひとつ。ダメージは半分。その場合、二つのタイプへの相性を掛けた効果が適応される。……シルヴィ、二倍の半分は?」

「えーと……一倍?」

「そう。つまり、クチートにはかくとうタイプの攻撃が等倍で入ってしまう。そしてデデンネには半分。それじゃ、マネネは何タイプだったかな?」

 そんなクリスの質問に、シルヴィは両手の人差し指で頭を抑えながら「うーん」と唸った。まるでエスパータイプのZ技のポーズである。

 

 

「……エスパーと、フェアリー?」

「正解。そしてエスパータイプはかくとうタイプに強いし、フェアリータイプもかくとうタイプに強い。つまりエスパー、フェアリータイプのマネネにはかくとうタイプの技は半減の半減───四分の一、全体の二十五パーセントまで減らす事が出来るんだ」

 クリスの説明に、シルヴィは眼を丸くして「凄いね!」と前のめりになった。ポケモンバトルをするトレーナーなら、知っていて当たり前の知識である。

 

 

 彼女がそれを知らなかったのは、ポケモンを道具として戦わせるR団の行いを見てポケモンバトルを勘違いしていたからだ。

 でも今は違う。確かにバトルでポケモンが気付くとシルヴィはとても心配そうにするが、ここ数日バトルに負けて悔しがるポケモンを励ます事だって多くなってきた。

 

 スポーツとしてのポケモンバトル。それを理解出来た証だろう。

 

 

「それにマネネの技は面白いし、上手くやれば攻撃面でも有利を作れると思うよ」

「マネネの技?」

 シルヴィが首を横に傾けると、クリスの真横からロトム図鑑がシルヴィの前まで動きモニターを点滅させた。

 

 

 そこに映ったのはマネネのプロフィール。

 

 マイムポケモン。エスパー、フェアリータイプ。

 使える技。まねっこ、ものまね、リフレクター、ひかりのかべ。等々。

 

 

「攻撃技はないけれどリフレクターでさらに相手の攻撃の威力を下げられるし、ものまねでこうかばうぐんの技を使えるようにしておけば戦いやすい。あと、シルヴィはノーマルZのクリスタルを持ってるだろう? Zまねっこはかなり面白い攻撃だって聞いたよ」

「Zまねっこ……? それって、Z技なの? Z技ってはたくみたいな攻撃技じゃなくてもゼンリョクの攻撃になるの?」

 またもや頭から煙を出し始めるシルヴィ。

 

 これはまたフリーズから治るのに時間がかかりそうだなと眼を細めていたクリスだが、突然部屋の扉が開いてクリスも眼を丸くする。

 

 

「Z技はなにも攻撃技だけではありません。Z技の魅力、知りたくはありませんか?」

 突然部屋に入って来て、桃色の髪を揺らしながら爽やかな笑顔で語る青年───イリマ。

 

 

 メレメレ島のキャプンテンを務める人物にしてシルヴィに試練を与えたその人物は、白い歯を見せながら褐色肌の手でシルヴィの手を掴んで眼を輝かせていた。

 

 

「「イリマ……さん?」」

 二人の声が重なる。

 そして声を掛けられたイリマ本人は、爽やかな笑顔のまま「ポケモンスクールで催しがあるのです。息抜きにどうですか?」と二人を部屋の外に誘うように手招きした。

 

 

 シルヴィはクリスに視線を合わせて、目でどうしようと訴える。

 しばらく考えてから、クリスは「行ってみようか」と笑いかけた。

 

 

 キャプテンのイリマが態々誘いに来たのだ、無意味な事にはならないだろう。

 

 

 それに、シルヴィは頭で考えるより行動する方が向いているのだ。そう考えている側からシルヴィは出掛ける用意を整えたので、クリスも慌てて用意を整える。

 

 

 準備を終えた二人を連れてポケモンセンターを出るイリマ。不敵に笑う彼の表情は、それでもやはり爽やかだった。



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きあいだめのアスレチック大会

 街を歩くとやはり災害の跡が目立つ。

 しかし、ポケモン達と協力して建物の修理をする人々の姿は活気に満ち溢れていた。

 

「大試練への意気込みはありますか?」

「気合い!」

 イリマの質問にそう答えるシルヴィを見て、クリスは頭を抱える。もう少しだけ頭で考えて欲しい、と苦笑いをした。

 

 

 街を歩く三人のトレーナーと、ボールから出ているのはクリスのゲンガーとロトム図鑑。イリマのイーブイ。シルヴィのマネネ、そしてフライゴン。

 アローラでは少し珍しい顔ぶれに、道行く人の視線は自然と三人に集まっていく。

 

 

「気合い充分、ですね。勿論気合いだけではバトルに勝つ事は出来ませんが、気合いはとても大切です」

 まるで学校の講師のようにそう語るイリマは、「しかし」と続けて片目で一匹のポケモンを見た。

 

「街の厄介者だったあのマネネが、今はシルヴィ君のパートナーですか。キャプテンとしては感慨深いものですね」

「マネネは確かにやんちゃな所もありますけど、本当は優しいんです。よく私のデデンネと喧嘩するんですけどね……」

 あはは、苦笑いしながらそう言うシルヴィ。

 

 初めてあった時の事もあってか、彼女のデデンネのマネネは結構な頻度で衝突する。ここを改善するのも彼女の目下の課題だ。

 

 

「同じ仲間のポケモン同士なのですから、直ぐに仲良くなりますよ」

 イリマのそんな言葉にシルヴィは「そう……ですかねぇ?」と普段の二匹の姿を思い返しながら首を横に傾ける。

 

 目を合わせれば味を占めたようにデデンネに悪戯をするマネネ、そして簡単に引っかかって激怒するデデンネ。

 仲良くなる未来が見えなくて、シルヴィは小さく溜め息を吐いた。

 

 

 

「着きました。ポケモンスクールにようこそ。今日は復興を応援する為に、アスレチック大会を開いているのですよ。大試練前のきあいだめには丁度良いかもしれませんね」

 二人の前に立って学校に両手を向けるイリマ。

 

 ポケモンスクールのグラウンドは沢山の人々とポケモン達で賑わっていて、何やらお祭り騒ぎの様子である。

 

 

「アスレチック大会……?」

 再び首を横に傾けるシルヴィ。その横でグラウンドを観察していたクリスは、納得したように「なるほど」と声を漏らした。

 

 

 グラウンドには様々なアスレチックが用意してあり、ポケモントレーナーも多く集まっている。

 大会といってもバトルをする訳ではなく、何かを競い合う訳ではない。

 

 ポケモンと身体を動かして活力を高め、賑やかに行こうというイベントだ。穏やかなアローラ地方らしいイベントでもある。

 

 

「楽しそう!!」

 イリマから簡単な説明を聞くと、シルヴィは目を輝かせて前のめりにクリスに詰め寄った。

 

「そ、そうか。息抜きには良いかもね。君は身体を動かす方が得意そ───」

「クリス君も出よ!!」

「───ぇ、ちょ、待」

 クリスが言い切る前に彼の手を掴んで走るシルヴィ。直ぐに戻ってきて、イリマに「受付どこですか?!」と答えを聞くと彼女はクリスを引っ張ったまま走り去ってしまう。

 

 目を回すクリスを眺めながら、イリマは「元気で何よりですね」と微笑ましく笑った。

 

 

 戻ってきたクリスが青ざめていたのは言うまでもない。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 マイク音が響く。

 ポケモンスクールのグラウンド。その真ん中で、一人の女性がマイク片手に人々の注目を集めていた。

 

 

「ようこそ、アスレチック大会へ〜。司会進行はこの私、アローラの新生アイドルカガミちゃんが務めちゃうよ〜!」

 何処かで見たことのあるアイドルがそう言うと、大会参加者達は大いに盛り上がって声を上げる。

 

 そんな彼女を見てクリスは顎に手を当てた。ショッピングモールの事件で、ステージで開いたウルトラホール───

 

 

「カガミちゃんだー! 見て見てクリス君、カガミちゃん!」

「ぇ、ぁ、うん。ぇ、ファンなの?」

 少し考えていたところでシルヴィに話しかけられて、クリスはそんな疑問を投げかける。彼女はアローラに来てそこまで日数も経っていない筈だが。

 

「昨日ラジオ聞いててファンになった!」

 ガッツポーズを取りながらそう言うシルヴィ。女の子らしいなぁ、と素直な感想が漏れた。

 

 

 カガミというアイドルの脇には姿の違うライチュウ二匹が並んでいて、彼女のサポートをしている。

 アローラ地方特有のリージョンフォームが存在するライチュウだが、アローラの姿のライチュウと通常のライチュウが並んでいるのが印象的だった。

 

 

「大会の〜、目的は簡単! 街の復興を盛り上げるための、ポケモン達とのアスレチック大会だよ〜! それぞれ四つのステージ全てを初めにクリアした人にはなんと! このエスパーZのクリスタルが授与されまーす!」

 カガミのその言葉に、会場はどよめきと拍手に盛り上がる。

 

 Zクリスタルは貴重な物だと思っていたシルヴィ達は、そんな事で手に入れられて良いのだろうか? と首を横に傾けた。

 

 

「このアスレチック大会は並の覚悟では全ステージクリアは不可能ですよ」

 二人に向けて不敵な笑みでそう漏らすイリマ。

 

 彼はこのアスレチック大会の主催と協力してアスレチックの監修にも関わっている。

 シルヴィ達の思っている通り、Zクリスタルは貴重な物だ。そんな物を景品に出来るほど、このアスレチック大会は険しい物なのだ。

 

 

「ルールは簡単。本日二十二時までに一番初めに四つ全てのアスレチックをクリアした人が優勝だよ〜ん! 各アスレチック毎に係りの人が居るから〜、その人に従ってね! あと、小さなお子様は二十時までにお家に帰るよ〜に!! それでは、大会スタートだよ〜!!」

 カガミの合図で大会参加者達は喝采と喧騒を漏らす。アスレチック大会スタートだ。

 

 

「エスパーZだってー!」

「マネネはエスパータイプの攻撃技を覚えてないけど、ものまねであらかじめエスパータイプの技を使えるようにしておけば大試練でエスパーZが使える。これは是非ゲットしておきたいね」

 それにリフレクターやひかりのかべはエスパータイプの技である。イリマの言うとおりなら、このようなサポート技もZ技として出す事が出来る筈だ。

 

 何はともあれ、エスパーZは彼女にとって必要なものになるだろう。

 

 

「悪は急げ、だっけ? 早くクリアしなきゃ!」

「善は急げだよ……それに使い方も間違って───聞いてないな。ちょっと、待ってくれシルヴィ。僕も参加するのかこれ?!」

 焦った様子でシルヴィを追い掛けるクリスの姿を、ステージの上からカガミは細目で見ていた。

 そうして表情を歪めて苦笑いを漏らし、彼女はこう漏らす。

 

 

「な、なんであの国際警察がここに居るの〜っ。も〜」

 完全に脱力しきって椅子に座ったカガミは「ま、いっか〜。バレてなさそうだし」と用意されていた飲み物を飲み干した。

 

 

「……お手並み拝見、かな〜」

 視線を向けた先では、シルヴィとクリスが一つ目のアスレチックに挑戦しようとしている。

 R団のボスの娘と、R団を追い掛ける国際警察の男。中々面白い組み合わせだ。

 

 

 

「アスレチックBにようこそ。参加でよろしいですか?」

「はい! クリス君も!」

 係員の男性に元気に返事をしたシルヴィは、男性から水が沢山入った紙コップを手渡される。

 

「僕もやるのか……」

「頑張るロト、相棒」

 ケケッと笑う自分のポケモン二匹をジト目で見ながら、クリスも係員の男性から紙コップを受け取った。

 一見普通の水だが、なんの理由があるのか。

 

 

「飲んで良いんですか?」

「カントーのハナダシティ郊外を流れる川のおいしいみずだよ。飲む前に、このアトラクションのルールを説明しようか」

 そう言って、男性はアトラクションに両手を向ける。

 

 その先にあるのは長さ五十メートルにも及ぶ細長いプールと、その真ん中に貼られた一本の橋だった。綱渡り───というか橋渡りという事だろうが、距離が長く難易度はかなり高いだろう。

 

 平均台というと分かりやすいかもしれない。

 

 

「ルールは簡単。その手に持ったコップの水を溢さずに、五十メートルの橋渡りをポケモン一匹と一緒に成功させればクリアだよ! コップの水を半分以上こぼしてしまうか、プールに落ちてしまったらチャレンジは失敗だ。あ、ポケモンは飛んだり浮いたりしたらダメだからね」

 フライゴンやロトム図鑑を見ながらそう言う係員。

 

 フライゴンは怪我で飛べないのだが、そもそもシルヴィのポケモンでもない。

 

 

「あ、えーと。フライゴンは私のポケモンじゃなくて……」

「手持ちのポケモンじゃなくて大丈夫。人とポケモンの関係はトレーナーとその持ち主、だけではないからね」

 係員の人がそう言ってアスレチックに目を向けると、年幅もいかない少年がヤングースと一緒にアスレチックに参加している姿が見えた。

 

 

 流石にポケモントレーナーではないだろう。少年の両親と思われる二人がヤングースと少年の名前を呼んで応援している事から察するに、そういうこと(家族)なのだ。

 

 

 ポケモントレーナーだけがポケモンと接している訳ではない。この世界の不思議な生き物。ポケモンは、人々と共にこの世界で生きている、人間と同じ生き物なのだから。

 

 

「なるほど……。フライゴン、一緒にやらない?」

「フラ……?」

「え、シルヴィ、綱渡りだよ? 橋渡りか? いやどうでも良いけど、綱渡りが何か知ってる?」

 挑戦中の少年がヤングースとプールに落ちるのを見ながらクリスは引き攣った表情でそう言葉を漏らす。

 プールに落ちた少年はヤングースと笑いあっていて、成る程ポケモンと楽しむ為のアスレチックだと言う事は分かったのだが。

 

 

「フラァ……」

「大丈夫、あなたは強いから!」

「いやそういう問題じゃないと思うよ」

 流石に大型のポケモンであるフライゴンと橋渡りをしようというのは、無謀だとしか思えなかった。

 フライゴンも意味を理解しているので冷や汗と苦笑いを漏らしている。当人のシルヴィは息を漏らして「大丈夫」の一点張りだが。

 

 

「それじゃ、フライゴンにもどうぞ」

 係員の男性は紙コップをフライゴンに渡して、二人をアトラクションの前に誘った。

 もうこうなっては止める手段はないが、クリスは頭を抱えて溜息を吐く。

 

 細い橋は体重の重いポケモンが乗ったら揺れが大きくなるし、ポケモンのバランスも考えて小型のポケモンと参加した方が成功率は高くなる筈だ。

 シルヴィが何を考えているのか分からない。

 

 

「よーし、それじゃあ行こう!」

 そう言いながらフライゴンの背中を押すシルヴィ。フライゴンは苦笑いしながら細い橋の上に脚を乗せる。

 

 橋は大きく歪むが、とても頑丈な素材で出来ているのか折れるような気配はなかった。

 フライゴンが少し進むと、シルヴィがゆっくりと着いていく。両手を広げて歩く彼女のバランス感覚は良好だ。

 

 しかし、フライゴンが一歩歩く度に橋は大きく揺れてシルヴィは両手をパタパタと揺らしながら「うぉぉぉ?!」と悲鳴をあげる。

 

 

「ほら見たことか……」

「でも結構順調ロト」

 ジト目でそんな光景を見ていたクリスだが、ロトムの言う通りフライゴンとシルヴィは既に橋の半分まで到着していた。

 勿論、橋の中心という事もあって今が一番橋が揺れる場所である。

 

 しかしシルヴィは持ち前の運動神経とバランス感覚で、フライゴンが歩いて揺れる橋から落ちずにコップの水も溢さない。

 

 

 観客からは歓声が湧き、余裕があるのかシルヴィはピースサインで答えていた。

 

 

 

「あの子は本当に人間なのか……」

「ビビッ、ボクの図鑑に登録するロト?」

「冗談だよ……。冗談じゃないけど」

 唖然とするクリスだが、そんな彼の気持ちに関係なくシルヴィは順調に橋を進んで行く。

 

 もう少しでゴールのいう所で、しかし───フライゴンが橋を渡りきった瞬間だった。

 フライゴンの重量から解放された橋は突然大きく反り返って揺れる。シルヴィは「うわぁ?!」と悲鳴をあげながらその足を滑らせた。

 

 

 クリス含め、観客全員が目を閉じる。

 ダメだったか。そう思って瞳を開いた視線の先にあったのは、想像だにしていない光景だった。

 

 

「……フラァ」

「……っ、フライゴン!」

 落ちそうになったシルヴィの手を、冷や汗をかきながらフライゴンが掴んでいる。

 なんとかプールに落ちる前に助かっているし、コップもちゃんと手に持っているので係員的にはセーフだったらしい。あれでちゃんとコップの水を溢さなかったシルヴィも凄いが。

 

 フライゴンに持ち上げられたシルヴィに係員が駆け寄ってその手を挙げた。

 そして係員の「クリアです!」の一言に観客は大いに賑わって拍手を上げる。

 

 

「良いのか、アレ」

「ポケモンと遊ぶ事が目的のアスレチックですから。むしろ、アレで正解です」

 突然後ろから現れたイリマのそんな言葉に、クリスは「なるほど」と納得した。

 

 ただ挑戦者の運動神経を試すためのアスレチックではない。挑戦者の、人とポケモンの絆を試す試練のようなものなのだろう。

 

 

「キミは挑戦しないのですか?」

「……僕は腐っても国際警察ですよ」

 ジト目でそういうクリスはしかし、モンスターボールを一つ取り出しながら不敵に笑った。

 

 

「この程度、朝飯前だ」

 ボールから出てきたモクローを肩に乗せて、クリスは係員の男性に参加の意思を伝える。

 

「あー……負けず嫌いなんですかね」

「相棒は結構負けず嫌いロト」

「そこ聞こえてるからね」

 少し顔を赤くしながらも、クリスはモクローと一緒に紙コップを持ちながら橋の上を歩いた。

 体力には自信がないが五十メートルの綱渡りなんて、国際警察ならもっと過酷な状況も想定しなければならない。

 

 体重の軽いモクローと共に悠々と危なげなく歩く姿は中々さまになっている。

 

 

「彼も中々やりますねぇ」

「当然ロト。相棒は運動神経以外は成績優秀だったロト!」

 

「そこ聞こえてるからね!!」

 

「そして地獄耳ロト」

「凄いですねぇ……」

 平然と橋渡りをクリアするクリスに歓声が湧いて、観客達は大いに盛り上がった。

 

 

 このアスレチック、常人にはクリアすら難しい。それは、次に挑戦した成人男性が簡単に失敗した事からも伺える。

 

 

 

「中々やるじゃ〜ん」

 目を細めて横目でそんな光景を見ていたカガミは、不敵に笑いながら立ち上がった。

 

 

 

「クリス君もクリアだね! 余裕!」

「キミは危なかったけどね」

「私はフライゴンを信じてたから!」

「えぇ……」

「フラ……」

 残りアトラクション。三つ。




この作品はほのぼの作品です()

最近ちょっと伸びてきてうれしいです。感想評価お待ちしております。


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ロッククライムほら乗り越えたら

 残りのアトラクションは三つ。

 そして全てのアトラクションを一番早くクリアした者には、Zクリスタルが授与される。

 

「早く次に行こう!」

「まぁまぁ、少し落ち着いて下さい。このアトラクション、大切なのはポケモンとの助け合いです」

 急ごうとするシルヴィに、イリマは「おいしいみずでも飲んで」と爽やかな笑顔で彼女を宥めた。

 

 

「さて、次ですね。多分面白いものが見れますよ」

 そう言って、イリマは橋渡りのステージを見るように二人に促した。

 

 

 

 次の挑戦者はイワンコを連れた少年。

 シルヴィとクリスは何処かで見たことがあるような、と首を横に傾ける。

 

 彼はポケモンスクールの生徒で、リアがイリマと戦う前にバトルをした少年だった。イリマとリアのバトルの時に、審判をしていたのも彼なので見覚えがあったのだろう。

 

 

 少年はイワンコが橋の上に乗ると、その後ろにピッタリと付いて深く息を吸った。

 そして一度目を閉じて、強く開く。

 

 

「行くぞイワンコ!」

「アゥッ!」

 少年は叫びながら両手を顔の前でクロスして、その手を広げて前に突き出した。

 そのまま流れるように両手を斜めに繋がるように、右手を下に左手を上に広げる。

 

 拳を握りしめ、肘から先を自らの体に寄せた腕はZの文字を描いた。

 

 

「Z技?!」

 驚いたシルヴィがそう言うと同時に、少年とイワンコを光が包み込む。

 

 

「ウルトラダッシュアタック!」

 少年はそう言いながら、イワンコの身体に背後から抱きついた。

 そして、イワンコはゼンリョクの攻撃。ウルトラダッシュアタックを繰り出す。

 

 直進するイワンコは少年を引きずりながら五十メートルの橋渡りを一瞬で終えてしまった。

 

 

「クリアです!」

「やったぜイワンコ!」

 歓声が湧き上がって、少年とイワンコは抱き合って喜びを分かち合う。

 

 そんな光景を見ながらクリスは「そんなのありか」と苦笑いをこぼした。

 

 

「このアスレチック大会のルールにポケモンの技を使ってはいけないなんて書いてありませんから」

 清々しい表情でそう言うイリマ。

 クリスは納得したように「なるほど……」と漏らす。

 

 

「凄い……。でも、Z技はそんなに連続では使えないから使う場所を考えないと」

「そうですね。勿論、普通の技も使って良いので、ありとあらゆる戦法を試して下さい。それでは、ボクも大会に参加するので」

 爽やかな笑顔でそう言って、イリマは別のアスレチックに向かっていった。

 彼が参加しているなら一位争いは厳しいものになるだろう。

 

 シルヴィとクリスはお互い視線を合わせて頷いてから、次のアトラクションへと向かった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 切り立つ壁。

 次のアトラクションへ向かい、所々に凹凸のある壁が視界に入る。壁はかなり高い。

 

 

「壁登りかな」

 クリスの言う通り、このアトラクションは壁登りだ。

 

「アトラクションCにようこそ。ルールを確認しますか?」

 係員の女性にそう聞かれ、クリスとシルヴィは二人で首を縦に振る。

 

 

「ルールは簡単。ポケモンと一緒にあの二十メートルの壁を登る事が出来ればクリアです!」

 係員が手を向ける先にある壁は、高さ二十メートルにも及ぶ壁だ。

 

 その壁を登る為の凹凸も小さかったり少なかったりと、かなり安定性に欠ける。

 そのうえ二十メートルも登らなければならない為、体力や精神力も試されるアスレチックだ。

 

 

「……高いね」

「あ、危なくないんですか?」

「大丈夫です。足場はモンメンのわたで出来たクッションで、さらに周りにはエスパータイプのポケモンが居て、落ちた人やポケモンを無事に着地させます!」

 大会の性質上アトラクションの難易度はいずれも高く設定されているが、勿論小さな子供からお年寄りまでが楽しめるように安全には一番に力を入れている。

 

 崖の方を見てみれば、五メートル程登ったところで落ちてしまった小さな少女とポケモンがバリヤードというポケモンに慰められて笑っていた。

 

 

「マネ、マネネ!」

「アレは……?」

 それを見てマネネが指を指す。首を傾けるシルヴィの前にロトムが寄ってきて、モニターを光らせた。

 

「バリヤード。バリアーポケモン。エスパー、フェアリータイプ。マネネの進化系。素晴らしいパントマイムの腕前を持つ。見とれている間に、いつの間にか本当に壁ができている。感心してあげないとおうふくビンタで襲ってくる」

「あのポケモンがマネネの進化系なんだぁ、凄いね!」

 ロトム図鑑の説明に興奮してマネネを抱き上げるシルヴィ。

 

 ポケモンの進化に立ち会った事はないが、進化そのものは知っているので今からそれが楽しみになる。

 

 

「さて、どのポケモンと挑戦しますか。あ、勿論浮いたり飛んだりするポケモンはダメですからね!」

「僕はモクローかな。もう一度頼むよ」

「クルルォゥ」

 そもそもクリスのポケモンは、浮いているポケモンが多いので選択肢は少ない。

 

 敬礼するモクローと相槌を打って、クリスとモクローはもう一人の係員に連れられ崖に向かった。

 

 

「よーし、フライ───」

「フラ」

 フライゴンを誘おうとしたシルヴィだが、フライゴンは流石に無理だと首を横に振る。

 

「あははー、デスヨネー。えーと、じゃあ……マネネ?」

「マネネ」

 マネネを誘うシルヴィだが、マネネも何故か首を横に振った。

 胸を張って腰に手を置くマネネは「自分はトリだ」とでも言うようである。

 

 

「よーし、それじゃ! アシマリ!」

「アゥァ?」

 少し考えてから、シルヴィはモンスターボールからアシマリを出して「この子と出ます!」と崖に向かった。

 

 それを見ながらロトムはどうしてか感じる既視感にモニターにクエスチョンマークを浮かべる。

 

 

 それもその筈で、シルヴィ達とアシマリ達の出会いで一番印象深いのはあの崖での出来事だからだ。

 あの時崖から落ちたアシマリを助けに飛び降りたシルヴィが、今度はアシマリと壁を登ろうとしているのは少し感慨深い。

 

 

「クリス君? 何してるの?」

 壁の前まで歩いたシルヴィの前で、上を見ながら頭を捻るクリスの姿が目に映る。

 

「登りやすそうな所を探してるんだよ。この壁横に広いけど、壁の凹凸は場所によって違うからね」

「んーと、えーと?」

 クリスの言葉にクエスチョンマークを浮かべるシルヴィ。クリスは「登っていくルートを模索してるって事」と付け足して、シルヴィは「なるほど!」と手のひらを叩いた。

 

 

「よーし、よく分かんないから私は行けそうな所に行こう!」

 頭が真っ白なのか、アシマリを連れて正面の壁の凹凸に手を掛けるシルヴィ。彼女らしいので、クリスは呆れるよりも先に「流石だなぁ」と笑う。

 

 

「さて、ハーフパンツとはいえ女の子の後をついていくのは流石にね。行こうかモクロー」

 シルヴィが来るまでにある程度の目星を付けていたクリスは、少しシルヴィから離れた所の凹凸に手を掛けて壁を登り始めた。

 これでも国際警察の一員なので、壁登りに苦戦する事はない。モクローを肩に乗せながら難なくスムーズに進んでいく。

 

 クリスの見立て通り、登りやすいルートだが流石に難易度が高い分普通に登っては手が凹凸に届かない場所にあった。

 そこでクリスは、肩に乗っていいたモクローを肘まで移動させる。

 

「モクロー、つつく」

 そして、クリスの指示でモクローはつつくで嘴を壁に突き刺した。

 モクローはそのまま力強い脚でクリスの腕を固定して、クリスはモクローを支えに壁を登っていく。

 

 

「……ふぅ。流石に二十メートルは堪えるな。先輩なら軽く跳んでくんだろうけど」

 そうして壁を登りきったクリスは、モクローを労いながら登って来た壁を見下ろした。

 シルヴィの運動神経の高さは知っているのであまり心配はしていないが、中々苦戦しているようである。

 

 

「先に下に降りようかな」

 時間もかかりそうなので、クリスは壁の裏側に設置された階段から壁を降りた。

 クリスが降りてまた壁の正面に戻ってきた時には、シルヴィも半分ほど進んでいるが道が悪かったのか苦戦しているようである。

 

 

「どんな感じ?」

「アシマリを選んだのが失敗だったロト」

「ん?」

 ロトムがそう言って、クリスは目を細めて壁に視線を向けた。

 

 

「ア、アゥァァ……」

「あ、アシマリ……大丈夫?」

 半分ほど壁を登りきった所で凹凸が少なくなってきて、シルヴィはどう登ったものかと固まってしまう。

 というのも、頼みのアシマリはおんぶされたまま震えてどうも何も出来ない様子だ。

 

 元々臆病な性格なのと、彼女と出会った日の事を思い出してしまっているのだろう。

 

 

「だ、大丈夫だよアシマリ! もし落ちても下はフカフカだし、エスパータイプの皆が助けてくれるって……」

「アゥゥ……」

 ついに泣き出してしまったアシマリを見て、シルヴィは「ど、どうしよう……」と表情を曇らせた。

 

 

「アレはもうダメロト」

「マネ……」

「フラ……」

 諦めモードの三匹を横目で見ながら、しかしクリスは「いや……」と顎に手を向ける。

 

 彼女はその程度で折れたりはしない。

 

 

「……。よし、分かった。私がなんとかする! 大丈夫!」

 そう言ってシルヴィは、手を伸ばしても届きそうにない凹凸に一生懸命手を伸ばした。

 

「うぬぬぬ……っ」

 足場も悪く背中に体重約七キロのポケモンを背負いながら、シルヴィは歯を食いしばって手を伸ばす。

 やはり手は届かなくて。さらに足をもつれさせて彼女は悲鳴を上げながら重力に吸い込まれ───

 

 

「……っ、わ……のぉ!」

 ───しかし、彼女はすんでのところで右手で凹凸を掴んで落ちるのを回避した。

 左手には衝撃で落ちそうになって目を閉じて震えているアシマリが抱えられている。

 

 

「大丈夫だよアシマリ。もう、絶対に離さない。一緒に無事に登り切る!」

 落ちたって平気な事は、周りのチャレンジャーが次々に失敗しているので分かりきっている事だ。

 

 だけどシルヴィは、アシマリに「絶対に離さない」と。ここから落ちる事はないと言い聞かせる。

 

 

 そうしてまた少しずつ壁を登るシルヴィに、アシマリが何も感じない訳がなかった。

 

 

「ぐぬぬぬぬぬぬ……」

 手を伸ばすシルヴィの背中で、アシマリは下を向いて顔を青ざめさせる。

 高さ十メートル。だけど、あの時の崖と比べればはるかに低い。

 

 

「アゥゥ……ッ」

 意を決したような表情で、アシマリは真下にみずてっぽうを放った。

 その反動でシルヴィの手が届きそうで届かなかった凹凸に届く。

 

「アシマリ?」

「アゥ……ッ!」

 まだ身体が震えているのは、背中越しでもよく分かった。それでも必死な声が背中から聴こえて、シルヴィは強く頷く。

 

 

「大丈夫。行こう!」

「アゥッ!」

 壁を登りきる頃には震えは止まっていた。

 

 

 

「危なっかしいけど、シルヴィらしいね」

 残りアトラクション。二つ。




この歌詞好きです。


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でんこうせっかで駆け抜けて

 残りのアトラクションは二つ。

 半分まで来た所で、クリスは周りの様子が気になっていた。

 

 参加者のほとんどは街の子供で、アトラクションをクリアできている人は殆どいない。

 このまま行けば、シルヴィや自分が一番初めに全てのアトラクションをクリアするのも現実的に思えてくる。

 

 

 Z技はとても強力な技だ。それも、かくとうタイプによく効くエスパータイプのZクリスタルは今のシルヴィに必要だろう。

 本気で狙ってみるのも良いかもしれないが、気になるのは彼女をこの大会に誘ったイリマの事だった。

 

 

「彼の目的は……」

「クリス君クリス君! 次はあそこ!」

 そんな事を考えていると、シルヴィに手を引っ張られてステージのような場所に連れて行かれる。

 

 ここはアスレチックなのか? と、首を横に傾けるクリス。

 視界に映ったのは、ステージの上に沢山並んだ自転車とその自転車を漕ぐ挑戦者達だった。

 

 

 

「アトラクションAによ〜こそ〜。ここはカガミちゃん特製の〜! 自転車コーナーだよ〜!」

 ステージの上で踊りながらアトラクションの説明をしているのは、大会の開会式でも司会をしていたアイドルの女性だった。

 

 

 整った顔に金髪。何処かで見たことあるような、と首を傾げる。

 

 

「カガミちゃんだー! カガミちゃーん!」

 シルヴィが目を輝かせながら手を振ると、そのアイドルの女性───カガミは笑顔でシルヴィに手を振った。

 

 

「見て見てクリス君! カガミちゃんが手を振ってくれたー!」

「だ、大興奮だね……。しかし、これはアトラクションなのかな……」

 ステージ上の自転車を見ながら、クリスは表情を痙攣らせてそう言葉を漏らす。

 

 

「君達も参加かな〜?」

 クリスが目をそらしていると、カガミが二人に近寄ってきてステージの上から手を伸ばした。

 シルヴィは目を輝かせて、クリスはカガミの顔を除き混む。

 

 

「あの……失礼ですが、何処かでお会いしましたか?」

「え、えと、え〜、き、気のせいじゃないかな〜。ほ、ほら〜、私〜、一応アイドルだから〜」

 笑顔でそう言うカガミを見て目を細めるクリスだが、真横で「はい! はい! 参加します!」と煩いシルヴィの声を聞いて再び彼の顔は引き攣った。

 

 

「へい相棒。自転車漕ぐくらい、なんて事ないロト」

「足がない君には労働の辛さが分からないんだよ」

 小声でそう言いながら、クリス達はステージの上に登る。

 沢山の自転車が並ぶステージの上で、挑戦者達はポケモンと一緒に二人乗り自転車を必死に漕いでいた。

 

 

「お二人様参加〜。ルールは簡単、ランニングマシンに固定された自転車で百キロ分ランニングマシンを動かしたらクリアだよ〜! 途中で諦めたらゲームオーバー!」

 簡単、というがこの大会の性質上簡単な訳がない。カガミがそう言っている間に、挑戦者の一人が「もう無理ー!」と言ってリタイアする。

 

 

「百キロ……」

「よーし、頑張るぞー!」

「いやいや、待ってシルヴィ」

 何も考えず挑戦しようと歩き出すシルヴィの肩を掴むクリス。シルヴィは目を丸くして「どうしたの?」と首を横に傾けた。

 

 

「ママチャリの平均時速は十五キロ。頑張って時速二十キロで走っても、五時間はペダルを漕がないといけないんだよ?」

「えぇ?!」

 深く考えていなかったシルヴィは目を丸くして口を開いたまま固まってしまう。

 リタイアしてその場に倒れこむ挑戦者達が、その過酷さを物語っていた。

 

 これまでの二つのアトラクションとは、難易度のベクトルが違う。

 

 

「……でも、やってみなきゃ分からない!」

「どこからそんな自信が湧いてくるんだい……」

「君達もここに挑戦ですか」

 話していると、背後から聞き覚えのある声が聞こえて二人は振り向いた。

 

 その先にいたのは、タオルを肩から掛けて全身汗だくのイリマ。

 肩の上に乗っているイーブイと共に若干の疲労が見える彼は、肩を上下させながら飲み物を喉に流し込む。

 

 

「イリマさん!」

「その様子だと……このアトラクションに参加していたって感じですか?」

 少し考えて、クリスはイリマにそう問いかけた。

 

 まだ大会が始まって二時間程。もしイリマがこのアトラクションに参加していたとして、単純に考えればリタイアしたという事になる。

 

 

「はい。今さっきクリアした所ですよ」

 しかし、彼からの返答はそんな言葉だった。

 

 

「な、なに……」

「あの時も言いましたが、この大会はポケモンとのアスレチック大会です。技もあり、なんでもあり。ポケモンと力を合わせれば、出来ない事はありません」

 人差し指を立てながら笑顔でそう言うイリマは、二人に背を向けてから「急がないと、ボクがエスパーZを手に入れてしまいますよ」と言葉を漏らす。

 

 他のステージに向かうイリマを見て、シルヴィは焦った様子で係の人に参加の申し込みをした。

 

 

「どう考えても無理だ……」

 全くもって正解が分からない。無謀な事は、無理な事はしない。クリスはそういう主義なのである。

 

 

「うーん、誰と挑戦しよう。アシマリとZ技のウルトラダッシュアタックでランニングマシンを……いや、アシマリが疲れちゃうよね……うーんどうすればーーー!」

 頭を抱えてからマネネとフライゴンに視線を送るも、二匹は首を横にするだけだ。

 

「僕は諦めるよ……」

「不甲斐ないロト」

「いや、だってね……」

「諦めたら〜! そこで終わりだ〜!」

 ステージから離れようとするクリスに、突然背後からカガミが詰め寄って声を上げる。

 

「うわぁ?!」

「私が応援するから〜、君もレッツチャレンジだよ〜!」

 そう言って、彼女はモンスターボールを二つ取り出してそれを放り投げた。

 

 登場する二匹のポケモン。ライチュウ。

 

 

 同じライチュウではあるが、リュージョンフォームであるアローラの姿のライチュウと通常の姿のライチュウが並ぶ姿は中々絵になっている。

 

 

「行こうライチュウ! さ〜、皆頑張って〜! 私も歌って踊って応援するから〜!」

 そうして唐突に、カガミはアイドルとしての自分の持ち曲を歌い出した。

 真っ直ぐ自分を見てウインクをする姿に、クリスは不覚にもたじろいでしまう。

 

 

「うわ、デデンネ……?」

 一方のシルヴィは、カガミが踊り出した瞬間───というかライチュウが出て来た瞬間、突然ボールからデデンネが飛び出して来て首を横に傾けていた。

 

「デネネ!! デネェ!!」

「うぉぉ……やる気満々! よし、君に決めた!」

 目を燃やしてやる気十分のデデンネと共に、シルヴィは自転車で、デデンネは走ってランニングマシンを走らせる。

 

 

 それを見たクリスは溜息を吐きながら「やれるだけやるか……」と自転車をこぎ始めた。

 相棒のゲンガーと共にランニングマシンを走らせるが、彼は重大な事を忘れていたのである。それに気が付くのはもう少し後の話だが。

 

 

「ふふふ〜、頑張れ皆〜!」

 カガミの応援で、ステージは周りの観客も含めてヒートアップして気温も上がっていった。

 

 ただでさえ気候もよく気温の高いアローラ地方。会場の熱気に加え、自転車を漕いで身体はどんどん熱せられていく。思っていたより遥かにキツい。

 

 

「……うぅ。でも……ここまで来たんだ!」

 それでもシルヴィは、デデンネと共にランニングマシンを動かし続けた。

 

 かれこれスタートから二時間が経ち、彼女が始める前から参加していた人は既にこの場にはいない。

 

 

 

「うぉぉぉおおおお!!」

「デネェェェエエエ!!」

 雄叫びを上げる一人と一匹。マネネは椅子に座ってジュースを飲みながら、そんな主人と仲間を優雅に見上げる。

 

 そしてその横では───

 

 

「……もう、無理だ」

 ───クリスが倒れていた。

 

 

「へい相棒。今の心境を一言ロト」

「二度と自転車に乗りたくない」

 その場に突っ伏したまま、クリスは燃え尽きたような声で答える。

 

「おかしい……。どうして同じ時間漕いだのに僕のメーターはシルヴィの半分しかいってないんだ」

 確かにシルヴィが自転車を漕ぐ速度は異常だが、それでも計算が合わない程にクリスのランニングマシンは動いていなかった。

 

 

「なぁ、ゲンガー……どうしてだと思───」

 そうやって理由を考えながら振り向いたクリスの視界に映ったのはランニングマシンの上で足を動かしているゲンガーの姿。

 確かにゲンガーの足は動いている。デデンネより遥かに遅いが、それでも動いてはいる。

 

 

 しかし、ゲンガーの足はマシンをとらえる事なくすり抜けていた。勿論、それでマシンが動く訳がない。

 

 

「ふ……僕とした事が」

 クリスは頭を抱えてその場に倒れ込む。

 ゲンガーはそんなクリスを見て頭を横に傾けながら、主人の為に必死に足を動かすのであった。

 

 勿論、メーターは動かないのだが。ゴーストタイプに実体はない。

 

 

「フラ……」

 そんなクリスの肩を叩くフライゴンは、横目でシルヴィを気にかける。

 

 流石のシルヴィでも、自転車を二時間も漕いでいれば体力は限界だ。

 強がって雄叫びを上げてはいるが、自転車を漕ぐ速度は明らかに遅くなっている。

 

 

「君も諦めた方が良いよ……。これは常人にはクリア出来ない」

 一体イリマはどうやってここをクリアしたのか。この大会、実は出来レースなのではないかとすら疑い始めるクリス。

 そんな彼の気持ちは知らずに、シルヴィはただひたすら自転車をこぎ続けた。

 

 

 そしてその一時間後。

 

 

 売店で買ってきたサイコソーダを片手にクリスが見守る中で、シルヴィは唐突に倒れる。

 

 

「言わんこっちゃない」

 そんな彼女に近寄って、手を伸ばそうとするクリス。

 だが彼を差し置いてシルヴィに手を差し伸べたのは、カガミだった。

 

 

「クリアおめでと〜う!」

 カガミのそんな言葉と同時に、会場に喝采が上がる。

 シルヴィのランニングマシンはしっかりと百キロを記録していた。

 

 

「本当に……クリアした」

 唖然とするクリスに向けて、シルヴィは倒れたまま親指を立てる。

 

「で、デネ……」

 そしてデデンネは、その横で真っ白になっていた。完全に燃え尽きている。

 

 

「最後まで諦めない心。ポケモンとの息もピッタリだったよ〜」

 どうしてかクリスを横目で見ながらそう言うカガミ。クリスはそんな彼女から視線を逸らして、目を細めた。

 

 

「───次!」

 して、倒れていたシルヴィは急に立ち上がって歩き出そうとする。

 しかし足が全く曲がらず、再び彼女はその場に倒れてしまった。

 

 

「だ、大丈夫かい? ほら、とりあえず少し休んで。飲み物買ってこようか?」

「う、うごぉぉぉ……」

「女の子が変な声ださないの……」

 苦笑いするクリス。彼の言葉が聞こえているのか聞こえていないのか、シルヴィは呻き声を上げながら立ち上がる。

 

 

「……どうしてそんなに頑張れる?」

「楽しいから、かな」

 唐突なクリスの質問に、シルヴィは少しだけ考えてそう答えた。質問の主は虚を突かれた表情で固まる。

 

 

「フライゴンやアシマリと遊んだの初めてだし、デデンネと遊ぶのも楽しいし。次はマネネと初めて遊ぶ。別に、私は頑張ってるつもりはないけど……やるからにはゼンリョクで取り組みたいし!」

 そう言いながら彼女はボールを取り出して、今度はクチートを呼び出した。

 

 

「クチート、デデンネをお願い!」

 彼女の言葉に答えるように、クチートは頭の大きな顎で真っ白になっているデデンネを挟み込む。

 

 

「よーし行くぞ───うわぁ?!」

 気合は充分。しかし、身体がそれについて行かないのかシルヴィは再び倒れてしまった。

 

 

「うげぇ……」

「フラ」

 そんな彼女に手を伸ばしたのはフライゴン。

 首を横に傾けながら手を伸ばすシルヴィの腕を持ち上げて、フライゴンはその大きな背中に彼女を乗せる。

 

「おわっ?! の、乗せてってくれるの?」

「フラィ」

 コクリと頷くフライゴンを見て、シルヴィは嬉しそうにその背中に抱き着いた。

 

 

「いいね〜。ゼンリョクだね〜。青春だね〜。そんなあなたに〜、カガミちゃんからプレゼント!」

 それを見ていたカガミは、どこから持ってきたのかサイコソーダをシルヴィにプレゼントする。勿論、その場にいる彼女のポケモン達とフライゴンの分まで。

 

 

「あ、ありがとうございます!」

「最後のアトラクションも頑張ってね〜!」

 シルヴィは手を振るカガミにお礼を言って、フライゴンに連れられて次のアトラクションに向かった。

 

 

「キミは、何につかれてるの? もう少し楽しんでもいいと思うよ」

 それを追い掛けようとするクリスの横で、カガミは小さくそう呟く。

 

 

「……今、なんて?」

「なんでもないよ〜。あの子の応援頑張ってね〜!」

 そう言ってステージに戻っていくカガミを見て、クリスは視線を落とした。

 

 

 

「……僕は、何につかれてるんだろうね」

 落とした視線の先で、ゲンガーが心配そうに彼を見上げる。

 

 

 日が沈み掛け、影が伸びてくる時間。

 クリスはゆっくりと最後のアトラクションに向かいながら、周りでポケモンとアスレチックを楽しむ人々に視線を向けていた。

 

 

 

 残りのアトラクションは一つ。




添削せずに更新されていました。ここにお詫びいたします。


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スタートダッシュはこうそくいどうで

 残りのアトラクションは一つ。

 シルヴィを背中に乗せたフライゴンは、会場を歩いて最後のステージに向かっていた。

 

「えへへー、温かーい」

 背中から抱き着きながら笑顔を見せるシルヴィと目があって、フライゴンは正面に視線を逸らす。

 着いてくるアシマリとマネネ、デデンネを掴んで歩くクチートを置いていかないような速度でたどり着いたのはアトラクションD。

 

 

 会場をグルッと一周囲む、大きな陸上競技用のトラックが視界に入った。

 

 

「待っていましたよ、シルヴィ」

 アトラクションの受付近くで飲み物を飲んでいた青年が、フライゴンの背中に乗っているシルヴィに声を掛ける。

 今回の大会に彼女を誘った青年。メレメレ島のキャプテンを務めるイリマだ。

 

 

「イリマさん?」

「他の三つのアトラクションはクリアしましたか?」

 イリマのそんな質問に、シルヴィはゆっくりと首を縦に振る。

 しかしその質問の意図は彼女には分からなかった。

 

 

「実はボクも他の三つのアトラクションを全てクリアしていましてね。このアトラクションをクリアすれば、今のところ一番早くアトラクションを全制覇した事になるのですよ」

 淡々とそういうイリマの言葉を聞いて、シルヴィを「おー!」と感性の声を上げてから目を丸くして固まる。

 

 ようやく質問の意図が分かったようだ。

 

 

「……それって、マズイのでは?」

「はい。マズイですね」

 爽やかな笑顔でそう返すイリマ。彼がこのアトラクションをシルヴィよりも先にクリアしてしまえば、エスパーZのクリスタルを手に入れる事が出来なくなってしまう。

 

 

「───うぇぇぇええええ?!」

 その事実に気が付いたシルヴィは絶叫してフライゴンの背中から落ちた。

 そんな彼女を見下ろしながら、遅れて来たクリスは怪訝な表情をイリマに向ける。

 

 

「初めから出来レース。こうなるように仕組んでいたような展開ですね」

「さーて、それはどうでしょうか。誰かがボクより早くクリアするかもしれないですし、シルヴィが途中でリタイアするかもしれません。現にキミだってあのステージ以外はクリアしているのですから」

 笑顔を絶やさずにそう答えたイリマは、得意げな表情でこう続けた。

 

 

「それでも彼女がここに辿り着いたのは、奇跡か偶然か。それをボクが読む事は出来ませんよ。……ただ、ボクは信じていましたが。カプに認められ、ボクの試練を突破し、ウルトラビーストと対峙した彼女の力を」

 そう答えるイリマに、クリスは「物は言いようか……」と視線を逸らす。

 

 イリマは「まぁまぁ、怒らないで下さい」と漏らして、倒れているシルヴィに手を伸ばした。

 

 

「シルヴィ、勝負をしましょう」

「勝負……ですか?」

 起き上がったシルヴィは首を横に傾けてイリマに聞き返す。

 勝負といっても、今は大会の最中なのだが。

 

 

「ボク達が今から参加しようとしているこのアトラクションは、障害物競争です」

 トラックに手を向けながら、イリマは最後のアトラクションのルールを説明した。

 

 

 ルールは簡単。

 ポケモン一匹と一緒に四百メートルトラックに設置された障害物競争を最後まで走りきればクリア。

 

 例によって難易度はかなり高く設定されており、五十メートル間隔で八つ用意された障害物はどれもリタイア者が続出している。

 

 

 一番初め。幅一メートルほどの斜めの足場を飛び移りながら、足場の下のプールに落ちないように進む障害物。

 軽々超える者もいれば、運動不足のトレーナーが水面に落ちる光景も視界に映った。

 

 

 

「この障害物レース、見て頂ければ分かる通り他のアトラクション同様何人も同時に挑戦する事が出来ます。ボク達は二人ともこのアトラクションをクリアすれば、全てのアトラクションをクリアした事になる」

「……だから、同時に挑戦して。……勝負」

「はい。このイリマと、ゼンリョクで」

 得意げな表情でそう語るイリマは、係の人に事の経緯を説明し始める。

 

 シルヴィは俯いて何かを考えているようだった。

 

 

「どうも気に食わないのは分かるけど、これに勝てばエスパーZは───」

「うぉぉおおお!! やるぞぉぉおおお!!」

「えぇ……」

 突然叫び出したシルヴィに、クリスは表情を引攣らせる。

 

 

 そうして思い出したのは、前のアトラクションをクリアした後のシルヴィの言葉だった。

 

 

 ──楽しいから、かな──

 

 

「……そういえば君は、遊んでるだけだったね」

 きっと彼女にとってエスパーZはそこまで重要ではないのだろう。ただ彼女は、自分のポケモン達と遊びたいだけなのだ。

 

 

 ──キミは、何につかれてるの?──

 

 

「僕は……」

『さ〜! ここでお知らせだよ〜!』

 突然、会場にカガミの声が響く。声は周りのスピーカーから会場全体に放送されているようだ。

 

 

『なんとなんと〜、この超難関アスレチック大会のステージを二人のトレーナーが三つもクリア! 今から残る一つに挑戦するんだけど〜、この二人のどちらかがアトラクションをクリアすれば、その人は全アトラクションをクリアした事になり! エスパーZを手に入れる事になりま〜す! はい拍手〜!』

 彼女の言葉に、会場は一丸となって拍手喝采が響く。

 

 

 全てのアトラクションが順次停止していき、しまいに観客達はトラックを囲むように集まってきた。

 アローラ地方特有のお祭り騒ぎというか、一体感のある行動にクリスはたじろぎながら人々の列に流されていく。

 

 成る程、復興を兼ねて町の人々を元気付けるという運営の目論見通りだ。

 

 

「自転車のアレ、クリアしなくて良かったよ。この量の観客達の前で障害物レースに出るなんて嫌だしね」

「負け惜しみロト」

「うるさいな」

 クリスがロトムから視線を逸らしていると、再びスピーカーが『あ〜、あ〜テステス』と鳴る。

 どうやら始まるらしい。

 

 

 

「シルヴィ、今日Z技は使いましたか?」

 スタート地点で相棒であるイーブイと準備運動をしながら、イリマはシルヴィとその相棒であるマネネを横目にそんな言葉を漏らした。

 

「えーと、使ってないです」

「なるほど。では一つ僕からの塩を受け取ってください」

「塩?」

 首を横に傾けるシルヴィは、ハッとした表情をしてから慌てて両手を皿にしてイリマに向ける。

 

「いや、本物の塩じゃなくてですね。敵に塩を送るという事ですよ」

「敵……」

「はい。今からボク達は戦います。ライバル、ですね」

 笑顔でそう言って、イリマは白い歯をシルヴィに見せた。シルヴィは息を飲んで、真剣な表情で彼の顔を真っ直ぐに見る。

 

 

「マネネが使う技、ものまねとまねっこはノーマルタイプの技。ノーマルZのクリスタルの恩恵を受ける事が出来ます」

「え、でもZ技って……ゼンリョクの攻撃じゃないんですか?」

「いいえ。ボクは言いましたよね。相手を攻撃するだけが、Z技ではない。時に相手の妨害、自身の強化をする技もゼンリョクのパワーで強化される事があるのです」

 イリマの言葉に、シルヴィは目を回して両手の人差し指を頭に向けた。

 そんな彼女にイリマは苦笑しつつも、一度咳払いをしてからこう続ける。

 

 

「ゼンリョクの変化技は、時にその技の特徴に加えてさらに別の効果を付与する事があります。例えば体力や状態異常が回復したり、ステータスが上がったりとその内容は様々です」

「す、凄い……」

 シルヴィの反応に、イリマは満足げな表情でさらにこう続けた。

 

 

「マネネの覚えているまねっこ、ものまねは二つ共Z技として使うとポケモンの命中率を上げる事が出来るのです。さらに───」

「さらに……?」

「───まねっこは相手が最後に出した技を自分で繰り出す技ですが。この技をZ技として放つと、相手が最後に出した技を元にZ技として放つのです」

「えぇ?!」

 驚くシルヴィにイリマは「それだけじゃありませんよ」と付け足すと、横目でイーブイを見て不敵に笑う。

 

 

「ノーマルZを使うZまねっこですが、ノーマルタイプの技をコピーすれば勿論ノーマルタイプのZ技───ウルトラダッシュアタックが使えます。しかし、例えばほのおタイプの技をコピーした時はほのおタイプのZ技───ダイナミックフルフレイムが使えるのです」

「つ、つまりマネネは……」

「はい。やろうと思えば全てのZ技をノーマルZのクリスタルだけで出せる、凄いポケモンなのですよ」

 イリマの話を聞いて、シルヴィはマネネを持ち上げ「マネネ凄い!」と賞賛の声を上げた。

 まだレースも始まっていないのに、マネネは自慢げな表情である。

 

 

「それを踏まえて、今回のレース───ゼンリョクで戦いましょう。ボクも、ゼンリョクで戦います」

「イリマさん……。……はい!」

 真剣な表情でそう答えて、シルヴィも準備運動を終わらせた。

 

 スピーカーが響き、会場の視線は一丸となってトラックに集中する。

 

 太陽も沈み掛け空が赤く燃える時間。

 二人はトラックのスタート地点に並んだ。

 

 

 

『えー、コホン。只今より、イリマ選手とシルヴィ選手による〜! 障害物競走一騎打ちの勝負を開催しま〜す! 司会は〜、アローラのアイドル。カガミちゃんで〜す!』

 湧き上がる歓声。会場の熱は日が沈みかけているとは思えない程にヒートアップしていく。

 

 

『ご存知の通り〜、二人は他の三つのアトラクションを既にクリア済み。このアトラクションをクリアする事が出来れば、一番早く全てのアトラクションを制覇して〜、このエスパーZのクリスタルを手に入れる事が出来ま〜す! だからだから〜、大会を盛り上げるためにも、二人には一騎打ちで戦ってもらうよ〜! この障害物競走を先にクリアした方が、この大会の優勝者って訳だね〜!』

 中央のステージで司会をするカガミの横には、優勝者に送られるというトロフィーとエスパーZが置いてあった。

 

 ステージには大型のモニターが置いてあり、浮遊するポケモン達が構えるカメラから映像が流れてくる仕組みである。

 トラックの周りと違ってステージのライブモニターはレースの全貌が見られるので、特等席という訳だ。

 

 

 そんな特等席を確保する事が出来たフライゴンとクリスとシルヴィのポケモン達は、サイコソーダ片手にモニターのシルヴィに視線を向ける。

 

 

「フラィ……」

「さて、今度は何を見せてくれるか」

 このアスレチック大会、シルヴィは危なげなくクリアしていった訳ではない。

 

 ただ、彼女はその度にポケモンとの絆と起点と根性でそれらを乗り越えてきた。

 きっと彼女なら。

 

 

「シルヴィ、ゼンリョクの真剣勝負です」

「……はい!」

『両者位置について!』

 カガミの声で、二人はスタート地点に立って姿勢を落とす。足に力を入れて、後は踏み出すだけだ。緊張が走る。

 

 

『よーい───』

「マネネ」

「そういえばキミとは少し因縁がありましたね。……決着をつけましょうか」

 マネネが手をイリマに向け───

 

 

『───ドン!!』

 戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 同時に地面を蹴る二人と二匹。

 しかし、イリマとイーブイはダッシュと同時に突然仰け反ってその場に倒れる。

 まるで見えない壁にぶつかったかのようだ。そしてそこには、確かに見えない壁が置いてあった。

 

 リフレクター。超能力で固められた、空気の壁が。

 

 

『おーと! 開幕マネネが狡〜い!! リフレクターによる妨害だ〜!! あ、ルール上はオーケーで〜す』

 ポケモンの技を使っていいと明言されているし、邪魔をしてはいけないというルールはないのである。

 

「良いのか……」

「フラ……」

「狡いロト」

 

 

「えぇ?!」

 それに対してシルヴィも驚いていたが、マネネに急かされ司会もそう言っているので走る事にした。

 足止めを貰ったイリマはしかし、ゆっくりと立ち上がって不敵に笑う。

 

 

「ふふ、やっぱり()()はイタズラが過ぎますね。……良いでしょう、このイリマ───ゼンリョクで相手をします。イーブイ!」

「ブイ!」

 イリマは立ち止まったまま、両手を前に突き出してから腕を斜めに開いた。

 そのまま肘を曲げて、彼の腕はZの文字を描き出す。

 

 同時にイリマの身体を虹色の光が包み込み、その光は流れるようにイーブイに注がれた。

 

 

「Z技?!」

 五十メートル走り、プールに落ちないように斜めの足場を跳ぶ最初の障害物を軽々と超えながらもシルヴィは冷や汗と唾を飲む。

 

「ウルトラダッシュアタックか……」

 クリスの言う通り、イリマのポーズはノーマルタイプのZ技のポーズだ。

 

 

 ──相手を攻撃するだけが、Z技ではない──

 しかし、そんなイリマの言葉を思い出す。何をする気なのか。

 

 

 

「───ナインエボルブースト」

 刹那。

 イーブイを七色の光が包み込んだ。眩い光が夜を照らす。

 

 

 しかし、何も起こらなかった。

 何か変わった事があるとすれば、イーブイを光が包み込んでその光が消えていない事だけだ。

 

 

「失敗……?」

「い、いやアレは……イーブイのステータスが大幅に上昇してるロト!」

 確かに見た目は殆ど何も変わっていない。しかしロトムの言う通り、イーブイの内なる力は大幅に増幅している。

 

 

 その証拠に───

 

 

「こうそくいどうです!」

 走り出すイリマがそう指示すると、イーブイは信じられないような速度で地面を蹴った。

 

 イーブイはそこまで足の速いポケモンではない。しかし、今のイーブイはマネネのリフレクターで開いた差を一瞬で埋める程の瞬発力を手に入れている。

 

 

「嘘ぉ?! なにそれぇ?!」

「マネェ?!」

「ブイブイ!!」

 イリマ達は直ぐに障害物をクリアして、二人の後ろに着いた。

 

 

「あの日彼に負けて、ボク達はもっと先に進まなければならないと確信しました。だから、イーブイの受け身だった技も一から練り直し───かげぶんしんから応用した前線よりの技。それこそがこのこうそくいどうです」

 あのウルトラビーストの事件以来、イリマとイーブイはただひたすら特訓を重ね新たな技を身に付けている。こうそくいどうはその一つだった。

 

 

 

 

 

「真剣勝負ですよ、シルヴィ」

 シルヴィとイリマの真剣勝負。会場はその熱気に歓声をあげる。

 

 空に浮かぶ月は、まるで二人の戦いを見守るように天高くから会場を照らしていた。




ほのぼのしてる?!


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ものまねで追いかけろ

 ハウオリシティでポケモンによるイタズラの報告が増え始めたのは約半年程前の話だ。

 

 

 アローラ地方の中でも人口が多いこの街では、ポケモンによる悩み事の報告が多い。

 人とポケモンが共に生きるとは言っても、野生のポケモンが全て人々と仲が良いというわけでもないのである。

 

 そんな悩み事に対して、メレメレ島のキャプテンであるイリマは島キングのハラに変わって人々の相談に乗る事も多かった。

 彼はその知識量もさる事ながら、ポケモンバトルも、ポケモンと触れ合う技術も持ち合わせている。

 

 

 人とポケモンの間に立って、彼は何度もポケモンとの問題を解決してきた。

 

 

 

 

 そんな彼の元に、いつものように相談が寄せられる。

 街の交番の警察官がパトカーに近付こうとした時、突然見えない壁が出来て躓いたりパトカーの扉が開かなくなったり。

 

 かなり悪質な物だったので、イリマは直ぐに現場に向かった。

 そしてその場に居て、警察官にイタズラをしていたのが───マネネである。

 

 

「マネネ、そんなイタズラをしてはボク達は困ってしまいます。美味しいご飯をあげるので、止めて貰えませんか?」

 イリマは優しく、諭すようにマネネに語りかけた。

 

 ポケモン用のマラサダをマネネに差し出しながら、見惚れる笑顔で姿勢を落とすイリマ。

 マネネはそのマラサダを受け取るがしかし、同時にイリマの手を空気の塊で固めて彼を動けなくしてしまう。

 

 

「これはこれは……困りましたね」

 それでもイリマは怒る事なく、度々マネネに手を差し伸べた。

 

 話し方をもっと優しくしたり与える食べ物を変えてみたり。幾度となくマネネにイタズラを止めるように語りかけたが、この半年間彼の努力が報われることはなく。

 

 

 

 そして、彼の前にシルヴィが現れた。

 

 

 イリマの試練。ヌシールを探す事に挑戦したシルヴィの前にマネネが現れた時は、マネネとは無条件で試練を突破した事にしようと思ったのである。

 それ程までにあのマネネは人の言葉を聞かないポケモンだと───そう思っていた。

 

 

「───しかし、キミは今そこに居る」

 斜めの台座を飛び越えながら、イリマはマネネに視線を向ける。

 

 アレだけ手を伸ばし続けたがそれを拒んだマネネの手を掴んだのは、アローラ地方に来たばかりの幼い少女だった。

 悔しくないといえば嘘になる。しかし、その理由は納得のいく物だった。

 

 

 ──イタズラをしてたのはきっと誰かを困らせたかったんじゃない、誰かと遊びたかったんだよね?──

 

 少女の言葉が胸に突き刺さる。

 自分はマネネに手を伸ばしていたつもりだった。しかし、そんな事はなかったのだろう。

 

 

 自分の不甲斐なさに己を恥じながらも、まだまだ自分は成長出来ると思った。

 そして───成長しなければならない理由もある。

 

 

「ライル……。……さて、行きましょうイーブイ!」

 あの日届かなかった手を伸ばすために。

 

 

「マネ、マネマネネ?!」

「早すぎない?!」

 一方でまだリードを保っていたシルヴィ達だが、イリマとイーブイのあまりの早さに表情を引き攣らせていた。

 マネネは足の速いポケモンではない。むしろ、二足歩行なので遅い方でもある。

 

 このままではマズイ。そう考えたシルヴィはハッとした表情をして「よし」と希望を見出した。

 

 

「マネネ、ものまね!」

「マネ? マネネ!」

 シルヴィの指示でマネネはものまねを発動する。

 

 ものまねは相手が最後に使った技を少しの間自分の技として扱う事が出来るようになる技だ。

 そして相手が最後に使った技は───

 

 

「───マネネ、こうそくいどう!!」

 こうそくいどう。その名の通り、自信の速度を上げる技だ。

 イーブイが彼女達に追いつくために使った技を、今度は自分達が使う。

 

 マネネのスピードば大幅に上がり、それに着いてシルヴィは二つ目の障害物──百メートル付近──に辿り着いた。

 それから少しだけ遅れてイリマも彼女に追いつく。

 

 

 

『両者並んだ〜! これは白熱したレースになりそうだ〜! お互いにポケモンの技を駆使していて凄〜い!』

 カガミのアナウンスで会場は更に湧き上がった。日は沈んだというのに、トラックの周りには熱がこもっている。

 

 

「技を駆使してるのはともかく、あの速さで走るポケモンに着いて行く二人も凄いロト」

「凄いっていうかもう常人じゃないよね」

 シルヴィはともかくイリマはクリスと同じでインドア派だと思っていたので、クリスとしては意外だった。裏切られた気分である。

 

 

『さーて次の障害物はパン食いで〜す』

 百メートル付近。二人の前に立ちふさがる障害は障害物競争お馴染みのパン食いだ。

 しかし、例によってこれも普通の難易度ではない。

 

 

 パンがぶら下がっているのは普通なのだが、そのパンは地上から四メートル上に設置されている。

 流石のシルヴィでも、これには目を丸くした。

 

 

「む、無理だぁぁ?!」

「流石に無理か」

「アレを普通にクリアしたら人間じゃないロト」

 今更驚きはしないが、流石に彼女も人間らしい。

 

 

 

「イーブイ、みがわりです!」

 追い付いたイリマは、イーブイにみがわりを支持する。

 イーブイの身体からエネルギー体が発生し、まるでイーブイがもう一匹その場に現れたかのような姿の『みがわり』が完成した。

 

 

 イリマは姿勢を一度落としてから地面を蹴る。

 飛び上がったイリマの肩を蹴ってイーブイとみがわりが更に跳んだ。

 そしてイーブイはみがわりを蹴って、更に上に。遂には地上4メートルのパンに辿り着いて、口でパンを加えて落下する。

 

 そのイーブイをイリマは綺麗に受け止めて、パンを二つに割ってイーブイと二人で食べた。

 あまりの綺麗な技に観客はさらに歓声を上げる。

 

 

「す、凄い……」

「さてシルヴィ。キミはどうしますか? 早くしないと、置いていきますよ」

 パンを食べ終わったイリマは片目を瞑って、直ぐに走り出した。このままではイリマの勝ちだ。

 

 

『さ〜てイリマ選手、シルヴィ選手を抜きました〜! シルヴィ選手、どうするか〜!』

「どうするかって言われても……」

 例えばマネネのものまねでみがわりをコピーしても、マネネがイーブイのようにジャンプ出来る訳ではない。

 

 頭を抱えそうになるシルヴィだが、マネネは胸を張って自分に任せろとでも言うように両手を上に向ける。

 

 

 するとシルヴィの目の前で視界が揺れだした。

 まるで見えない何かがそこに集まっていくような、そんな感覚がする。

 

 

「……そうか、リフレクター」

 クリスの言う通り、それはマネネの技リフレクターだった。

 念力で空気を固めて壁を作り出す。そしてその壁を垂直ではなく平行に並べれば、それは一つの階段となるのだ。

 

 マネネは自分のリフレクターで作り出した階段を上って、パンを咥えてゲットしてから地上に戻ってくる。

 

 

「マネネ……凄い!」

「マネネ」

 どんなもんだいと胸を張るマネネは、パンを二つに割ってシルヴィに手渡す。

 直ぐにそれを食べると、マネネはこうそくいどうでイーブイを追い掛けた。それにシルヴィも続く。

 

 

「流石に、この程度ではリタイアしませんか」

 不敵に笑うイリマは、次の障害物。百五十メートル付近に辿り着いていた。

 

 三つ目の障害物は網くぐり。

 これも定番だが、網は虫ポケモンのいとをはくで作られており頑丈かつ質量があり重く、粘着質でもある。

 

 

「……クリアさせる気ないよね」

 モニターを眺めながらクリスは苦笑いを零した。

 

 この先の障害物も見えてはいるが、難易度が高いなんてレベルじゃないものばかりである。

 勿論楽しめるように、そしてポケモンとしっかり力を合わせれば小さな子供でもクリア出来る難易度ではあるが。

 

 

「イーブイ、大丈夫ですか?」

「ぶ、ブイぃ……」

 四足歩行のイーブイは粘着質の網に絡まって上手く動けないようだ。

 

 それに比べてマネネは網に絡まっても手でそれを強引に外しながら前に進んでいく。

 先に網くぐりをクリアしたのはシルヴィ達だった。

 

 

「うぅ……ベトベトだよぉ……」

 糸が絡まって酷い格好になっているが、気にしている場合ではない。

 それに、次の障害物はその点も考慮してあるらしく水の中に入る系の物なのでシルヴィは急いでトラックを走る。

 

 

 二百メートル付近。トラックの半分を走りきり折り返し地点、四つ目の障害物はダイビング水泳。

 水面に蓋のされた十メートルのプールを息継ぎなしで泳ぎきる事が出来ればクリアだ。勿論蓋は軽くて頭で押せばプールから出られるので安全だが、その時点で失格である。

 

 粘着質な糸も水で洗い流せるので、シルヴィとマネネはなんの躊躇もなくプールに飛び込んだ。

 

 

「遅れましたが、まだ負けませんよ……っ!」

 少し遅れてやってきたイリマも、イーブイと共にプールに飛び込む。

 

 難なく先にクリアしたシルヴィは、振り向く事もなく地面を蹴った。

 イリマもその背中を追って走る。

 

 

『さ〜て折り返し地点を突破〜! 両者一歩も引かない、白熱したレースが続いておりま〜す!』

 続く二百五十メートル地点。

 

 五メートルの壁登りは二人と二匹が並んで同時にクリアした。

 いくらマネネがこうそくいどうを使っても、ナインエボルブーストでステータスの上がったイーブイに素の速度が劣っている。

 

 次の五十メートルを走る前に、イーブイはマネネを突き放した。

 

 

「やばいな……。マネネの技が全部受け身なのがここで響いてくるか」

 マネネの技はその性質上、どうしても後出しになってしまう。

 

 三百メートル地点の障害物はアメ食い。

 パン粉の中に隠れたアメを『手』を使わずに拾わなければ次に進めないという物だ。

 

 それをイリマはイーブイのみがわりで、みがわりに拾わせてクリアする。みがわりは手ではないので良いらしい。

 対するシルヴィも、まねっこでみがわりをコピーしてみがわりにアメを拾わせてクリアした。

 

 

 確かに順調に、横並びに進んでいるようにも見えるレース。

 

 しかし実際はシルヴィがマネネのものまねやまねっこで後を追う形になっている。

 

 

 

 

『さ〜、残る障害物は二つ!! 勝敗はどっちのものだ〜?!』

 会場の盛り上がりは最高潮に達していた。

 

 

 

「この勝負、勝たせてもらいますよ。シルヴィ」

 最後の勝負が、切って落とされる。



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ゼンリョクでいわくだき

 障害物レースも大詰め。

 残る二つの障害物が視界に入る。

 

 

 三百五十メートル地点。七つ目の障害物は平均台。

 十メートルの綱渡りと言ったら分かりやすいだろうか。

 

 そしてその先、最後の障害物は巨大な岩の塊だった。コース毎に一つずつ置いてある岩はかなり頑丈そうに見える。

 これに関しては、シルヴィは見ただけではどんなルールなのか分からなかった。

 

 先に平均台にたどり着いたイリマはイーブイを先頭にゆっくりと細い足場を歩いていく。

 ここで慌てて落ちてしまえば失格なので、リードを奪っているイリマは冷静だ。

 

 

 続けて平均台にたどり着いたシルヴィは「これなら!」とマネネと視線を合わせて首を縦に振る。

 

 

「マネネ、リフレクター!」

 空気の塊が、平均台の周りに固まって足場を作った。

 

 細い筈の足場はリフレクター(見えない壁)によって補強され、走って渡られるようになる。

 シルヴィとマネネは走って平均台を突破し、イリマを再び抜いてリードを奪った。

 

 

『お〜、これは〜! シルヴィ選手、イリマ選手を突き放したぁ〜!』

 これで後は最後の障害物を越えれば勝利。

 

 手に力が入る。

 そしてシルヴィは最後の障害物にたどり着いた。

 

 

 

 巨大な岩。

 

「これは……」

 その岩の前には紙が貼られていて、この障害物のルールがそこに示されている。

 そのルールは───

 

 

「この岩を破壊することが出来たら、クリア」

 ───岩砕き。

 

 単純明快。

 この岩を砕く事が出来ればクリアだ。

 

 そして、最初にこの岩を砕いた選手が優勝という事になる。

 

 

「こういう単純なの好きだよ、考えなくて良いから! マネネ───」

 そうしてマネネに指示を出そうとしたシルヴィだが、彼女は指を岩に向けたままピタリと固まってしまった。

 

 それもその筈である。

 

 

「───マネネ、攻撃技……覚えてない」

 マネネの覚えている技はまねっこ、ものまね(こうそくいどう)、リフレクター、ひかりのかべだ。

 

 岩に攻撃をする手段がない。

 何かまねっこで技をコピーしようにも、イーブイが最後に使った技はみがわりである。

 観客達はレースの視聴に集中している為、技を放っているポケモンは周りにもいない。

 

 ものまねはコピーした技を一定時間使い続けられるが、その一定時間コピーした技が使える間はものまねを再び使う事も出来ないのだ。

 

 

 

「お、終わったぁぁ?!」

「ふふ、何をしているのですかシルヴィ。追い付きましたよ」

 そんな声に振り向くと、爽やかな笑顔でイリマが彼女の隣に並ぶ。

 

 

「最後の障害物は岩砕きですか。なるほど、マネネの技では難しそうですね。これはボクの勝ちでしょうか」

「そ、そんな事ない! マネネは凄いんだから。……よし、マネネ! 私が『たいあたり』するからそれをまねっこで一緒にたいあたりしよう!」

「マネ?! マネマネネ、マネ!!」

 流石のマネネもシルヴィの言葉に驚いて青ざめた。確かにシルヴィの身体能力は凄いが、それでも彼女は別にポケモンではない。

 

 

「この勝負貰いましたよ。イーブイ、まもる!」

 そしてイーブイにまもるを指示するイリマ。イーブイの正面にエネルギーのシールドが出来上がる。

 

 しかし、当たり前だが何も起こらない。

 

 

 

「……何してるんですか?」

「……マネネ?」

「準備は整いました。……イーブイ、とっておきです!」

「イ───ブイッ!!」

 イリマの指示で地面を蹴るイーブイ。

 

 飛び上がったイーブイは岩に着地して、表面が砕ける程の衝撃を起こした。

 

 

「え、何今の?! たいあたり……じゃない?」

「とっておき。覚えている技全てを使って始めて使う事が出来る技です。その代わり、威力は見てもらった通り絶大ですよ」

 その為にまもるを空撃ちした訳で。

 イリマは得意げにそう言うと「ちなみに」と言葉を続ける。

 

 

「ちなみに、もしマネネがまねっこでとっておきを使おうとしても技は失敗します。ものまねでは別ですが、今はものまねはこうそくいどうをコピーしているので使えませんね」

 勝ち誇った表情で、しかしイリマはシルヴィの眼を真っ直ぐに見ながらそう言った。

 

 

 

「……そういう事か」

「どういう事ロト?」

「あの人は意地が悪いけど、正真正銘メレメレ島のキャプテンって事だよ。これは彼からの、試練みたいなものなんだ」

 クリスがそう言うも、ロトムはモニターにクエスチョンマークを何個も表示させる。

 

 彼の狙いは多分───

 

 

 

「さてシルヴィ、なすすべもないでしょうし。そこで手でも握って見ていて下さい。僕の目算ですが、後三回も攻撃すれば岩を砕けます」

「そんな……っ」

「マネネ……」

 マネネとその場に固まってしまうシルヴィ。

 その間にイーブイは二発目のとっておきを放ち、岩を半分砕いた。

 

 

「君がここで気が付けないのなら、ボクの勝ちです。イーブイ、とっておき!!」

 三発目。岩に亀裂が入って、次の攻撃が決まればその岩が砕けるのが明白になる。

 

 ここまで来たら、何をしても間に合わない。

 

 

「私は───」

「……見込違いでしたかね。イーブイ、とっておきです!!」

 そして最後の攻撃。イーブイは地面を蹴って───

 

 

「───マネネ、リフレクター!!」

「な?!」

 ───固まっていた筈のシルヴィが突然マネネに指示を出した。

 

 イーブイと岩の前に空気の壁が出来上がる。イーブイのとっておきはリフレクターに阻まれ、岩を砕く事が出来なかった。

 

 

「時間稼ぎ?!」

「……私、バカだから。レースの前にイリマさんが言ってた事を思い出すのに時間がかかっちゃった。けれど───」

 シルヴィは強く前を見て、マネネと視線を合わせる。

 

 

「私にはポケモン達が居る。大切な友達が、バカな私を支えてくれる!!」

 声を上げながら、シルヴィは両手を顔の前でクロスして、その手を広げて前に突き出した。

 両手が斜めに繋がるように右手を下に左手を上に広げる。

 

 

「それが楽しいから、前に……進むんだぁ!!」

 そうしてZの文字を描くように、肘から先を自らの身体に寄せた。

 

 

「……君はやはり───」

 同時にシルヴィの身体を光が包み込み、その光がマネネに向かって行く。

 

 

 

「これが私の───私達の!!」

「マネ!!」

 光が放たれた。

 

「ゼンリョクだぁぁ!!」

「マネネェェェ!!」

 同時に地面を蹴るマネネ。

 

 

「───まねっこZ!!」

 まねっこ。相手が使った技を自分の技として放つ技である。

 とっておきはまねっこで放つ事は出来ないが、しかし───

 

 

 ──相手を攻撃するだけが、Z技ではない──

 

 ──まねっこは相手が最後に出した技を自分で繰り出す技ですが。この技をZ技として放つと、相手が最後に出した技を元にZ技として放つのです──

 

 

 Z技は元になった技の威力によってその力が変わる技だ。

 元になる技を自分が使えるかどうかは関係ない。

 

 

 

 マネネはまねっこでとっておきをZ技に変える。

 

 

 

「───ウルトラダッシュアタック!!」

「───マネネェェエエエエ!!」

 地面を蹴ったマネネは、そのまま巨大な岩を突き抜けるように走った。

 岩は木っ端微塵に割れて、マネネをシルヴィが追い掛ける。

 

 

 

「……流石ですね」

『ウルトラダッシュアタック決まったぁ〜! そしてこのレースを制したのは、シルヴィ選手だぁ〜!!』

 会場は今日一番の大盛り上がりを見せた。

 拍手喝采が沸き起こり、島全体が揺れるような盛り上がりを見せる。

 

 

「やったよマネネぇ!」

「マネ、マネ!」

 抱き合ってお互いを讃え合う姿を見て、イリマは満足気な表情で頷いた。

 しかし、それを見たクリスはどうも怪訝そうにイリマを睨む。

 

 

 

 

 そんな事は他所に、カガミのステージ上にて表彰式が行われる事になった。

 シルヴィとそのポケモン達とフライゴンがカガミの前に一列に並ぶ。

 

「優勝おめでと〜う! トロフィーと、エスパーZのクリスタルの授与になりま〜す!」

「ありがとうございます! 皆、やったよ! ほらほら!!」

 ポケモン達にZクリスタルを見せるシルヴィは、彼女らしいゼンリョクの笑みでポケモン達と抱き合った。

 

 

 そんな微笑ましいステージを他所に、会場の端でイリマに詰め寄る青年が一人。

 

 

「あの岩、妙に簡単に砕けましたよね」

 ジト目でイリマを見上げるクリスは、怪訝そうな表情でそう言う。

 

「と、言いますと?」

「惚けなくて良いです。確かにZ技は強力な技だけど、あなたのイーブイがとっておき四発で砕けなかった岩が一発で砕けるなんておかしいと思いませんか?」

「さーて、なんの事でしょう」

「出来レースだったんじゃないんですか?」

「……ふふ」

 お互いに表情を崩さずに言葉を交わし合うが、最後に折れたのはイリマだった。

 

 

 

「半分は当たりですね。あの岩は特別頑丈ですが、Z技を受けると砕けるように細工をしてあります」

「それを知っていたなら、どうして───」

「それでも勝つ気では居ました。これは真剣な勝負です。彼女の、シルヴィの本気とボクも本気で向き合いました。四発目の攻撃の指示の時は少しガッカリもしましたが、彼女はそれを超えて本気の───ゼンリョクのボクに勝ったのです」

 そう言うとイリマはクリスに背を向けて、小さな声でこう続ける。

 

 

「今アローラで活動しているというR団。これはボクの勘なのですが、きっと彼女はこの先起きる事件に大きく巻き込まれていくでしょう。……その時必要なのはポケモンとの友情でも根性でもなく、正確な知識と判断力。最後にZ技を使うという判断を下せるように彼女を導いたつもりでしたが……どうやらボクは間違っていたようですね」

「間違っていた?」

「はい。彼女は最後、ポケモンとの友情であの危機を脱しました。彼女は既にボクの予想の遥か上に居たわけです。完敗ですね」

 アローラを照らす月を見上げながら、イリマは悔しそうに口を開いた。

 その手は少しだけ強く握られている。

 

 

「R団の団員らしき人物の一人。ドーブルを使う男の正体をボクは知っています」

「な……」

 そして唐突に語られたそんな言葉に、クリスは目を見開いて固まった。

 

 

「彼はボクの幼馴染で、名前をライルと言います。でも───」

 イリマの言葉を聞いて、クリスは急いでメモを取り始める。

 しかし次の瞬間イリマが語った言葉にクリスはメモを取るペンを地面に落とした。

 

 

「───でも、彼は死んでいる筈なんですよ」

 月の光がイリマの表情に影を作る。

 

 

 式典で盛り上がる会場の端で、語られた信実はクリスの表情を引き攣らせた。




一章が終わる前に剣盾が発売されてしまう()


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【一章八節】その日───少女は初めての大試練に挑む
大試練の緊張にかくばる


 ハウリオシティ───ポケモンセンター前バトルフィールド。

 

 両手の人差し指を頭に向けてから、左手を開いてゆっくりとその手を前に向ける。

 その身体を光が包み込んだかと思えば、その光は正面で同じ格好をしていたマネネを包み込んだ。

 

 

「───マキシマムサイブレイカー!!」

「───マネネェ!!」

 マネネを包み込んだ光が弾ける。

 

 同時にマネネの正面に飾られていた人形が宙に浮いて、そうかと思えば人形は突然上下に揺れだした。

 

 人形は四方八方に作られた空気の壁に何度も叩き付けられて、そして最後には空気の壁を叩き割る威力で吹き飛ばされる。

 

 

 マキシマムサイブレイカー。エスパータイプのZ技だ。

 

 

 

「おぉー! 凄いよマネネ!!」

「マネ、マネネ」

 シルヴィは技を放ったマネネを褒め称える。マネネは胸を張ってご満悦の様子だ。

 

 

「ねーねークリス君見てた?! 見てたよね?! 凄いよね!!」

 大興奮のシルヴィはすぐそばに居たクリスに詰め寄って目を輝かせる。

 しかしクリスの反応は「ん? あ、あぁ? えーと、うん。凄いね」と、シルヴィの思っていたよりも薄かった。

 

 

「……凄くない?」

「いや、凄いよ。見事に物にしたね」

 二人がイリマにアスレチック大会に誘われてから二日目の夜。

 

 見事に大会に優勝し、エスパーZのクリスタルを手に入れたシルヴィはエスパーZのポーズを習ってZ技の練習をしていた所である。

 

 

 町外れで見付けたコダックというポケモンと少しバトルして、コダックにねんりきを使わせた所でマネネはものまねで少しの間ねんりきを使えるようになった。

 その技を元にZ技を放ったのだが、威力はボロボロになった人形が物語っている。

 

 マイペースなポケモンである筈のコダックをバトルに引きずり込んだマネネの策略は、イリマが困り果てていた様子も納得出来る物だった。

 彼女の旅の先行きが不安でもある。

 

 

「クリス君、どうしたの……?」

「ん、あー、いや。少し考え事をね」

 クリスが考えていたのはアスレチック大会の後、イリマに聞いた言葉の数々だった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

「R団の団員らしき人物の一人。ドーブルを使う男の正体をボクは知っています。彼はボクの幼馴染で、名前をライルと言います。でも───」

 アスレチック大会の表彰式の裏で、イリマは一人の男の事を語り始める。

 

 

「───でも、彼は死んでいる筈なんですよ」

 それは、クリスがアローラで始めて目撃し、ウツロイドの事件にも関わっていると思われる人物が───死んでいる人間だという話だった。

 

 

 

「それは……どういう事ですか?」

「あぁ、失礼しました。別に今の彼が幽霊……だなんて話ではないんです。ただ、彼は何年も前から行方不明なんですよ」

 少し困ったような表情でそう言い直したイリマの言葉に、クリスは表情を痙攣らせる。

 

「お、驚かせないでください。見ちゃいけない物を見たのかと思いましたよ……。しかし、行方不明?」

「はい。彼は僕の幼馴染で、同い年です。彼とボクは同じ年に島巡りに挑戦し、その途中で彼は行方をくらませました」

 神妙な面持ちでそう語るイリマ。クリスはペンを持ち上げて、彼の言葉をメモに取り始めた。

 

 

「初めての試練。ボクと彼がポケモンバトルをする事になりまして、そのバトルでボクは勝ち、彼は負けました。……その後、彼は相棒のポケモンを置いて飛び出して───それっきり、ボクにも家族にも連絡もなく。目撃情報もありませんでした。……ゴーストタイプのポケモンに拐われたとか、事件に巻き込まれたと当時は騒がれたものですが。結局彼は見付からず、行方不明者という扱いから死亡扱いとなった訳です」

 イリマ曰く、当時十一歳の少年が数年も連絡も目撃情報もない状態が続き捜索は打ち切られたらしい。

 

 ポケモンは確かに人々の生活に溶け込んだ生き物だが、危険なポケモンだって沢山いる。

 事件や事故に巻き込まれたのかもしれない。

 

 手掛かりがない以上、もう何年も前の事だ。死亡扱いになっていてもなんらおかしくはないだろう。

 

 

 

「そして、彼の相棒なんですがね。……あなたのモクローやシルヴィのアシマリと一緒にいた、ニャビーなんですよ」

「な……」

「さらに、そのニャビーの今の持ち主。……リアの兄こそが、ライルです」

「そうか……。なるほど」

 次々と語られる真実に、クリスはペンを止めて頭を抱えた。

 

 

「……ボクが知っているのはここまでです。ボク自身もライルの事は気になりますし、メレメレ島のキャプテンとしてR団を放置する訳にもいけませんから」

 そう言って、イリマはクリスに手を向ける。

 クリスは少しだけ考えてからその手を取った。

 

「少し貴方は胡散臭いですけど。……貴方が真にこの島のキャプテンである事はこの大会でも分かりました。……改めて、国際警察として事件調査の協力に感謝します」

 その後二人は、情報の交換を約束して別れる。

 

 ライルの事は調べれば過去のニュースに載っていた。

 リアはコレを知っているのか、シルヴィにコレを伝えるべきなのか。

 

 

 

 そんな事を悩んで早二日。

 

 クリスの気持ちを知ってか知らずか、シルヴィはハラの大試練に向けて特訓をしている所である。

 

 

 

「───それはともかく、Z技の使い所は決まったのかい?」

 この二日間でシルヴィはエスパーZを使ってマネネと修行をしていた。

 

 勿論一日に使えるZ技の回数は限られている。時間を掛けて何回か使った程度だが。

 

 

「ひかりのかべは流石に意味がないけれど、Zリフレクターも結構凄いんだよ! マネネの防御力が上がるの!」

「ちなみにひかりのかべは特殊防御力が上がるロト」

「ロトムが色々教えてくれたんだー」

 笑顔でそう言うシルヴィは、ロトム図鑑と手をてないでその場でクルクルと回った。知らないうちにかなり仲良くなっていたらしい。

 

 

「ねんりきを元にしたZ技も今見た限り素晴らしい威力ロト!」

「うーん。だからまだどこでどうZ技を使うか迷ってるんだよね。でも……今日の晩ご飯は何にしようかと悩んでるんじゃなくて、目の前に沢山ご飯があって何を食べたらいいか分からない感じ!」

「とても分かりやすい説明ありがとう。ついでにおかずを増やすと、ノーマルZだって選択としてはあるんだ。キミはその中で最善を尽くしてバトルに挑まないといけない」

 クリスが意地悪そうな表情でそう言うと、シルヴィは再び頭を抱えて唸りだしだ。

 

 

「……でも正直なところ、君は悩んでも仕方がないと思うよ」

「え、もしかして呆れられてる……? そ、そんなぁ! 明日が大試練の日なんだよ?! 見捨てないでぇ……っ」

 号泣するシルヴィにクリスは冷や汗を流しながら「いや、そうじゃなくてね」と言葉を続ける。

 

 

「あの障害物レースで、君はしっかりとZ技の選択が出来た。君の起点と、奇抜な発想と……ポケモンとの絆は誇れる物だと思う。それを全力でぶつければ良いんじゃないかな? 自分の感覚を信じて決めれば良いと思うよ」

「クリス君……」

 急に褒められて目を丸くするシルヴィ。クリスはそんな彼女に、意地悪そうな表情で「不安ならまた特別講師を引き受けようか?」と迫った。

 

「明日の朝までタイプ相性とバトルの基礎をたっぷりとその頭にねじ込んであげよう。まずかくとうタイプの弱点はエスパー、フェアリー、ひこうタイプだ。そして逆にかくとうタイプに効果が薄いのはいわ、あく、むしタイプでそれから───」

「寝ます!! おやすみなさい!! クリス君も早く寝てね!!」

 さっきまで悩んでいたのが嘘かのように声を上げて頭を下げるシルヴィは、そう言い切るとポケモンセンターの宿まで一瞬で走っていく。

 

 それを追い掛ける彼女のポケモン達を見送りながら、クリスは顎に手を当てて視線を横に逸らした。

 

 

「何を考えてるロト?」

「この数日間、結局R団の活動らしい行動は確認出来なかった。……メレメレ島で起きたウルトラビーストが絡んだ二つの事件。同一犯とみて間違いはないのに、その後の活動は見受けられない」

 それなりに身構えていたからか、クリスの表情には疲れが見える。

 ゲンガーはそんな彼を心配そうに見上げていた。

 

 

「ライルという男……。それにハラさんから聞いた話ではあのショッピングモールで放送室を襲ったベトベトン使いの男もマッシブーンの事件に絡んでいたって話だ。奴等の目的がウルトラビーストの捕獲だとして、その先が見えてこない。どうして奴等の動きが止まった……」

「そもそもウルトラホールをそうポンポンと発生させてるのもおかしいロト」

 ロトムのその言葉に、クリスは人差し指を持ち上げて「それなんだよ」と目を半開きにする。

 

 

「エーテル財団が極秘に開発していた装置だって、かなり無理矢理な技術とエネルギーと、さして一種のポケモンの生体エネルギーが必要だった───いや、そうか」

 言っている途中でクリスは目を見開いて持ち出していたノートパソコンを触りだした。ロトムはモニターにクエスチョンマークを浮かべながら、パソコンの画面を覗き込む。

 

 

「二つの事件の度に現場近くでポケモンが一匹だけ死体で見つかってる理由は……もしかしたら。これは、空間研究所に分析を入れてもらう価値があるな。……ロトム」

「ビビ……?」

「シルヴィの大試練が終わったら、向かうはアーカラ島だ。分からないことは一つずつ潰していく。それが警察のやり方だからね」

「ガッテン承知ロト、相棒。船の予約とか検索しておくロト!」

「頼むよ」

 話し終えたクリスはパソコンをしまって、自分達も寝る為にポケモンセンターに向かった。

 

 

「……僕は奴等を絶対に許さない。逃がさない。……絶対にだ」

 ふといほねを強く握る。街灯は小さくも道に影を作っていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 リリィタウンはハウオリシティから少し山道に入った所に位置している。

 カプが祀られているという戦の遺跡があるマハロ山道へ続く道もあり、山の中の和な村という印象だ。

 

 

 その村の中心部には大きなバトルフィールドが用意されている。

 

 このバトルフィールドはカプにゼンリョクのバトルを見てもらう為に作られたバトルフィールドで、このメレメレ島の───島キングハラの大試練の場だ。

 事件前リアが受けて中断した大試練の場もここであり、島キングであるハラは「以前のバトルの中断、誠に失礼であった。お許しを」と短く唱えてからフィールドに立つ。

 

 続いてバトルフィールドに上がったシルヴィは、ギクシャクと緊張した面持ちでハラに頭を下げた。

 

 

「よ、よ、よよよ、よろしく、お、お願い、しま、します!!」

「ハッハッハッ、そんなに気張らなくて良いですぞ。しかし、まぁ、これだけの観客がいればそれも仕方がない事かもしれませんがな!」

 バトルフィールドの周りは多くの人々が観客として集まっている。島巡りの大試練ともなると、村ではもうお祭り騒ぎなのだ。

 

 

「一旦深呼吸をしましょう。そして、落ち着いて目を閉じ、カプに想いを馳せて願いましょうぞ」

「は、はい!」

 目を閉じて深呼吸をする。

 

 風が吹いた。周りの音が小さくなる。

 

 

「……始まるか」

「……せいっ! お待ちしておりました。島巡りに挑む者たちよ、改めて挨拶をしますかな。メレメレ島の島キング、ハラと申します。では、始めるとしますか。メレメレ島、最後の試練にして島キングとのポケモン勝負! その名も大試練! ではシルヴィ! カプ・ブルルにZリングを託された君と! 絆を深めたポケモン達のゼンリョク、見せていただこう! こちらもゼンリョク! オニのハラで行きますぞ! 大試練っ! 始めぃ!!」

 その合図で二人はモンスターボールを一つずつ投げ合った。

 

 

 

 シルヴィの大試練が始まる。



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その壁を打ち砕くかわらわり

 島巡り。

 それはアローラ地方に伝わる、子供が一人前に成長する為の儀式だ。

 十一歳以上の子供は誰でも参加でき、アローラの四つの島でキャプテン達の試練を達成する。

 

 そうしてその先にある島キングや島クイーンの大試練を突破する事で、アローラではその子供が一人前になったと証明されるのだ。

 

 

 勿論、全ての子供が島巡りに挑戦する訳でもなければ全ての挑戦者が島巡りの試練を突破出来る訳ではない。

 

 

 その旅の果てにあるのは一人前になった子供の姿か、それとも───

 

 

「大試練っ! 始めぃ!!」

 ───それでも、子供達は前に進む。

 

 

 

 バトルフィールドに登場したハリテヤマとマネネの体格差は雲泥の差だ。

 しかしタイプ相性はその逆で、ハリテヤマのかくとうタイプにマネネのエスパーフェアリータイプは非常に有利である。

 

 力の差をタイプ相性とポケモントレーナーの起点や作戦でどれだけ補えるか、このバトルはそこに懸かっていた。

 

 

「ほほぅ、街のイタズラ者だったマネネですか。これは興味深いですな」

「マネネ……なんで島キングさんにまで知られてるの?」

「マネネ」

 誇らしげなマネネに、シルヴィは「褒めてないよ!」と必死な声を上げる。

 

 そんな光景を見て、ハラは「カッハッハッ」と大きく笑った。

 

 

「あのマネネの手を握ったシルヴィ君の実力、とくとワシに見せてもらいましょうかの。ハリテヤマ、ストーンエッジ!」

 ハラの指示でハリテヤマは地面をその手で穿つ。すると地面が突然盛り上がり、マネネに向けて岩盤が突き出した。

 

「やっぱりかくとう技以外で攻撃してくる……っ。マネネ、リフレクター!」

「マネネ!」

 両手を前に突き出し、マネネは自分の正面に空気の壁を作り出す。

 ストーンエッジは空気の壁に阻まれて、マネネをギリギリ捉える事はなかった。

 

 

「凄い威力……。とりあえずこっちも反撃……っ。マネネ、サイケこうせん!」

「マネネー!」

 ストーンエッジを耐え切ってから、マネネは両手をハリテヤマに向ける。その手から放たれたのは虹色に見える光。

 

 サイケこうせんは念力を直接相手にぶつける技で、時には相手をこんらん状態に陥れる事もある技だ。

 大試練の前にマネネのものまねで野生のポケモンからコピーした技で、ねんりきより威力も高い。

 

「ハリテヤマ、はたきおとす!!」

「ハリーテ!!」

 対してハリテヤマはハラの指示ではたきおとすを繰り出す。

 

 はたきおとすは文字通り、相手を叩いて持ち物を落とさせる技だ。同時にあくタイプの技でもある。

 そんな技をハリテヤマは相手ではなくサイケこうせんに向けて放った。

 

 ハリテヤマの大きな平手が、サイケこうせんを押し潰してしまう。ハリテヤマはノーダメージだ。

 

 

 

「そんなのありぃ?!」

「マネネ?!」

 驚く二人は、続くハリテヤマの攻撃(ストーンエッジ)に対してリフレクターで応戦する。

 バトルはシルヴィが一方的に押されているようにも見えた。

 

 

「あくタイプにエスパーは効かないからな。アイツ……もしかしてバカか」

 そんなバトル光景を、フィールドの周りではなく近くの木陰で見守る小さな影。

 赤メッシュの入った黒い髪をポニーテールに纏めた少女───リアは、ジト目で二人のバトルを観戦している。

 

「最近顔を見ないと思ったら、こんな所に。近くで見ていかなくて良いのかい?」

 そんなリアに、背後からクリスが話しかけた。リアは驚いて「どっから出て来た?!」とその場で転んでしまう。

 

「顔を見かけたからね。応援してあげれば、シルヴィは喜ぶと思うけど」

「別に喜ばせたくないし……。ただ、ちょっと気になっただけだから」

「ライバルの調子が?」

 意地悪な笑みでそう言うクリスに、リアは顔を赤くして「うるせー!」と反論した。その反論自体が肯定の意味になってしまうのだが。

 

 

「大丈夫、シルヴィは勝つよ」

「心配なんてしてねーよ! でも、本当に大丈夫なのか……? アイツの攻撃通ってないじゃん」

 リアの言う通り、バトルはシルヴィが応戦一方である。

 

 ストーンエッジはリフレクターで防げるが、サイケこうせんをはたきおとすで無効化されている以上、シルヴィには決め手がない。

 

 

「それにハラさんはまねっこの対策をしっかりしてるね。ストーンエッジとはたきおとすも、まねっこで使われようがハリテヤマには効果今ひとつだからね」

「そんでエスパーZも、はたきおとすで無効化されるかもしれないと」

「シルヴィがエスパーZを持ってるの知ってるんだね」

「は?! あ、ぇ、ぁ、と、持ってて当たり前だろ!!」

「当たり前なのか……」

 二人のそんな会話を他所に、バトルは会話の通りハラが押してシルヴィが耐える展開が続いていた。

 

 

「さて、そろそろバトルを進めますかな。ハリテヤマ、ストーンエッジ!」

「その技だけは……っ。マネネ、リフレクター!」

「ハリテヤマ、前に!!」

 ストーンエッジはリフレクターで跳ね返す。そんなマネネの元に、ハリテヤマが突進する。

 

 

「え、何?!」

「かわらわり!!」

 マネネに肉薄したハリテヤマは、その平手を垂直に振り下ろした。

 

 リフレクターはまだ続いている。物理攻撃なら耐えられる筈。

 

 

 そう思っていたシルヴィの目に映ったのは、ハリテヤマの攻撃で地面に叩きつけられるマネネの姿だった。

 同時に、何かが割れるような甲高い音が響く。一体なんの音なのか分からない。何が起きたのかも分からない。

 

 

「嘘……なんで」

「かわらわり。文字通り、リフレクターを割らせて貰いましたぞ」

 空手家が見せる瓦割りは、気を一点に集中し芯を捉える事で硬い瓦を破る一種のパフォーマンスだ。

 

 勿論瓦は割れやすいように出来ているのが殆どだが、それでも瓦の芯を捉えられなければ瓦を破る事は出来ない。

 

 

 

 かわらわりはその瓦割りを応用したポケモンの技で、空気の壁やエネルギーの壁をも叩き割る事が出来る。

 マネネのリフレクターの芯を捉え、リフレクターを叩き割って攻撃をマネネに届かせたのだ。

 

 

「あれ……ヤバくね?」

「マネネにはもう決定打もなければ防御面でもハリテヤマに勝てる手段がない……。マズイな」

 クリスの言う通り、もはやマネネに残された術では攻撃も防御もままならない。

 

 

 そしてハラは攻撃の手を緩める事なく、次の手を打つ。

 

 

「ハリテヤマ、ストーンエッジ!」

「マネネ、リフレク───」

 そこまで言って、シルヴィは首を横に振った。リフレクターを使ったら、またさっきと同じ展開になる。

 

 だったら───

 

「マネネ、右にジャンプして避けて!」

「マネ!」

 ───避けるしかない。

 

 

 マネネはシルヴィの指示通りにストーンエッジを避けるが、動きが早い訳ではない為に回避はギリギリだ。次は避け切れるか分からない。

 

 それに攻撃を受け続けているだけでは、いつかマネネが倒れるだけだろう。

 

 

「どうしたら……」

 ストーンエッジやはたきおとすをまねっこでコピーしても、ハリテヤマには効果が薄い。

 

「……ぁ」

 攻撃の手段を考えていると、ふとシルヴィは昨日の夜の事を思い出した。

 

 

 

 ──明日の朝までタイプ相性とバトルの基礎をたっぷりとその頭にねじ込んであげよう。まずかくとうタイプの弱点はエスパー、フェアリー、ひこうタイプだ。そして逆にかくとうタイプに効果が薄いのはいわ、あく、むしタイプでそれから──

 クリスの有難いお勉強で教わった事は、いわタイプもあくタイプもハリテヤマには効果が薄いと言う事。

 

 

 ポケモンのタイプには相性がある。

 

 エスパーフェアリータイプのマネネにかくとうタイプの技は効果が薄いように、かくとうタイプのハリテヤマにはいわタイプやあくタイプの技は効果が薄い。

 

 

 受け身の技しか持っていないマネネにとって、ストーンエッジやはたきおとすをコピーしたり、その技をゼット技に変えるZまねっこでもハリテヤマに大きなダメージは与えられないのだ。

 

 

 

 しかしひとつだけ、ハリテヤマにそれなりのダメージを与えられる方法がある。

 

 

 

「……かわらわり」

 シルヴィの脳裏に浮かんだのは、マッシブーンとハリテヤマの攻防の中でハリテヤマが放ったゼンリョクの攻撃だった。

 

 

 

 かくとうタイプのZ技。全力無双激烈拳。

 

 あの技なら───

 

 

 

「マネネ、サイケこうせん!」

「その攻撃は通用しませんぞ。ハリテヤマ、はたきおとす!」

 強く前を見て、シルヴィはバトルに意識を持っていく。

 

 この作戦は賭けだ。

 成功するか分からない。だから、少しでもその確率を上げる為に集中する。

 

 

 

 

「アイツ、何かに気が付いた……?」

「……見せてくれシルヴィ。君の───君とポケモンの力」

 観客達も、バトルの流れが少し変わったのを肌で感じていた。その流れは、一気に早くなっていく。

 

 

「ハリテヤマ、ストーンエッジ!」

「───ここだ。マネネ、リフレクター!!」

 大きな声で、シルヴィはハッキリとマネネにそう指示した。

 

 

 

「避けないならまたかわらわりが来るぞ……?」

「……いや、かわらわりを誘ったのか」

 これまでの攻防で、ストーンエッジはリフレクターで耐える事が出来ている。

 しかしついさっきハリテヤマが見せたかわらわりは、リフレクターを叩き割ってマネネを攻撃する事の出来る技だ。

 

 ストーンエッジを避けずにリフレクターで防御しようとすれば、その技が来る。

 

 

「ハリテヤマ、前に!」

「……来た───マネネ、耐えて!!」

 直進するハリテヤマ。その平手が振り下ろされるが、マネネはしっかりと前を見て直撃に備えた。

 

 この攻撃は貰ってもいい。信頼たる主人の指示ならば───

 

 

 

「ハーリーテーッ!」

「……っ、マネ……ッ!」

 かわらわりは空気の壁を叩き割り、マネネにそのまま直撃する。

 効果は薄いが、それでもダメージは小さくない。

 

 しかしマネネはそれを耐え切って、地面を滑りながらも倒れる事なく前を向いていた。

 

 

「今だ!! 行くよマネネ!!」

 同時に、シルヴィは両手を顔の前でクロスして、その手を広げて前に突き出す。

 そして両手が斜めに繋がるように右手を下に左手を上に広げ、肘から先を自らの身体に寄せZの文字を描いた。

 

 シルヴィの身体を光が包み込み、その光がマネネに向かって行く。

 

 

 

「ここでノーマルZ? 何やってんだアイツ」

「……そういえば、僕はシルヴィにタイプ相性を教えたんだけど。かくとうにいわやあくは効かないって事、ちゃんと覚えてたんだね」

 だからこそ───

 

 

 

「これが私の───私達の!!」

「マネ!!」

 光が放たれた。

 

「ゼンリョクだぁぁ!!」

「マネネェェェ!!」

 同時に、マネネは拳を前に突き出した。

 

 

「───まねっこZ!!」

 まねっこ。相手が使った技を自分の技として放つ技である。

 ハリテヤマが最後に使った技は───かわらわりだ。

 

 

 マネネはまねっこでかわらわりをZ技に変える。

 

 

 

 

「───全力無双激烈拳!!」

 バトルフィールドを拳が貫いた。




この作品を書き始めたときはまさか次の世代にまで引っ張るとは思えませんでした。というか、この速度で更新したとして完結した時ポケモンの種類がどれだけ増えているのか()


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全力無双激烈拳

「───全力無双激烈拳!!」

「───マーネネッ!!」

 連続で拳が放たれる。

 

 拳から放たれる無数の衝撃波がハリテヤマを襲った。

 

 

「なんと……っ。ハリテヤマ、堪えますぞ!」

 ハリテヤマはその巨大な平手で衝撃波を受け止めようとするが、Z技の威力は知っての通り強大である。

 ハリテヤマの巨体が押され、足が滑って土を捲った。

 

 

 そうしてハリテヤマが一瞬バランスを崩し、マネネはその隙に全体重を乗せてタックルを繰り出す。

 

 

 渾身の一撃。

 衝撃で砂埃が舞って、会場はどよめいた。

 

 

 

「……やった?」

 マッシブーンが現れた時にハラが見せてくれたかくとうタイプのZ技。

 それをZものまねで放ったが、威力は絶大である。

 

 この攻撃なら。

 

 

 

「中々やりますな」

 砂埃の中からそんな声が聞こえた。

 

 

 

「───ならば、こちらもそれ相応に応えるべきだと判断しましたぞ……っ!」

 そして、砂埃の中で何かが光る。

 

 同時に突風が起きて、周りの砂埃が吹き飛んだ。

 

「マネネ?!」

「マ、マネ……?」

 その突風でマネネが転がってくる。

 

 

 

「ハリーテ……ッ」

 そして砂埃の晴れたバトルフィールドの上には、全身に傷を負いながらも山の如く立つハリテヤマの姿があった。

 

 

 

「嘘?!」

「マネ?!」

 今の攻撃を耐えきって、尚も攻撃の姿勢に移るハリテヤマにシルヴィ達は青ざめる。

 

 勝てなかった───いや、違う。

 

 

 

「こちらも限界ですが、君達のゼンリョクにはこちらもゼンリョクで……っ!!」

 目を見開くハラ。

 

 同時に彼はクロスした両腕を広げ、拳を左右交互に突き出した。

 最後に突き出した右手は、勢い良く空気を殴って砂を舞い上げる。

 

 

 そして同じポーズを取ったハリテヤマとハラを光が包み込んだ。

 

 

 

「Z技?!」

 それこそが、本当の格闘Zのポーズ。

 

 

 

「さぁ、ゼンリョクでお相手してもらいましょうぞ。───ハリテヤマ、全力無双激烈拳(ぜんりょくむそうげきれつけん)!!」

「ハーリーテェェ!!」

 連続で拳が放たれる。

 

 マネネの放った衝撃波とは比べ物にならない力がフィールドを吹き飛ばした。

 このままでは直撃する。

 

 

「マネネ! リフレクター!!」

「マネー!!」

 対してマネネは自分の正面に空気の壁を作りあげた。

 

 リフレクター。

 念力で固められた空気の壁に、ハリテヤマが放った衝撃波が直撃する。

 

 

 爆音。

 一撃で砂埃を上げるような衝撃波が、何度も空気の壁を叩いた。

 今にも割れてしまいそうなリフレクターを、マネネはなんとか集中して念力で持ち堪える。

 

 

「マネネ……頑張って!!」

「さぁ、耐えてみなさい。これがワシのゼンリョク。受け取ってもらいましょうか! ハーッ!!」

 空気が割れた。

 

 

「マネネ……ッ!!」

「ハリテヤマ……ッ!!」

 リフレクターを突破され、衝撃波に吹き飛ばされたマネネに向けてハリテヤマが走る。

 

 

 その衝撃は村の端まで届いて、バトルフィールドから離れていたリアの髪も大きく揺らした。

 

 

 

「……っ、どうなった?」

 あまりの衝撃に目を逸らしていたリアはゆっくりとバトルフィールドに視線を移す。

 

 

 一瞬舞い上がった砂埃が晴れて、立っているハリテヤマの姿が視界に映った。

 

 

 

「負けか……?」

 そして、マネネはフィールドの中で倒れている。観客達は息を呑んだ。

 

 

 

「ハリ……テ……ハリ……」

 ハリテヤマも殆どギリギリの状態だが、しっかりと立っている。

 

「勝負ありましたかな……」

 しかし───

 

 

「このこ、街の悪戯っ子だったって聞きました……」

 俯いたまま、シルヴィはそんな事を言った。

 

 

「……むむ?」

「確かに沢山の人を困らせてたかもしれない。でも、マネネはただ……遊びたかっただけなんだと思います。だって……こんなに凄い痛そうなのに───笑ってるから!」

 前を見て、シルヴィも笑う。

 

 

 マネネは倒れながらも笑っていた。

 

 

 

「まだまだ───遊び足りないよね!! マネネ!!」

「マネ、マネネ……ッ!」

 立ち上がるマネネ。観客達の歓声が湧く。

 

 

 

「なんと、今の攻撃を耐えた。ほほう……っ!!」

「いっけぇぇ、マネネ! 突っ込んで!!」

 シルヴィの指示で体格差のあるハリテヤマに果敢にも突進するマネネ。そんな光景に会場はどよめいた。

 

 

「ここで接近戦か……?」

 クリスが驚くのも無理はない。マネネの技の構成上、近付いたって特に有利になるわけではないのだから。

 

「いや、違うぞアレ」

「マネネ、サイケこうせん───」

 近付いてから、シルヴィはマネネにサイケこうせんを指示する。手を正面に向けるマネネ。

 

「無駄ですぞ! ハリテヤマ、はたきおと───」

 だが近付こうがその技に対するハリテヤマの解答は変わらない。

 

 

 ───だからこそ。

 

「───と、思わせてリフレクター!!」

「───マネ……ッ!!」

「なんと?!」

 しかし、マネネが使った技はサイケこうせんではなくリフレクターだった。

 

 

 念力で空気が固められ、壁が出来上がっていく。

 はたきおとすを繰り出したハリテヤマは空気の壁を叩いて、その攻撃は弾かれた。

 

 

 かわらわりでなければ、リフレクターを破る事は出来ない。

 

 

 そして攻撃を弾かれたハリテヤマには確実な隙が出来る。

 

 

 

「いまだ……っ!! マネネ、サイケこうせん!!」

「マ……ネネェエエ!!」

 懐に潜り込んだマネネの掌から粘力が放たれた。

 

 攻撃は直撃して、ハリテヤマを吹き飛ばす。

 こうかはばつぐんだ。

 

 

 

「……ハ……リ、テ」

 巨体が倒れ、地鳴りが響く。

 

 

 

 勝敗は決した。

 

 

 

 

「ハリテヤマ戦闘不能ロト!」

「凄いなシルヴィ……」

 歓声が上がる。

 

 

「ふふ、ふっはっはっは。完敗ですぞ!」

 ハラはハリテヤマをモンスターボールに戻し「ご苦労でしたぞ」と労ってから大声で笑った。

 

 放心状態だったシルヴィも、その声を聞いてやっと我に戻る。

 マネネと目を合わせてお互いに目一杯笑い、抱き合ってその場でクルクルと回った。

 

 

「良き勝負でした。これならカプ・コケコも───」

「カプゥーコッコ!!」

 ハラが言いかけた途端、何処からか何かの鳴き声が聞こえてくる。

 

「おお! カプ・コケコのさえずり……っ!」

 それは、島の守り神。カプ・コケコのさえずりだった。

 

 

 

「島の守り神がシルヴィを認めたって事かな……。最後までマネネとバトルを楽しんだ彼女の勝利だねって……何処に行くんだい? 祝ってあげないのかい?」

 バトルの感想を漏らすクリスの横で、リアは踵を返して村を去ろうとする。

 

 クリスの言葉で一度立ち止まるが、彼女は振り向かずにこう言葉を落とした。

 

 

「次の島で待ってる。……その時はどっちが強いのか勝負だって伝えといて」

 短くそう言って、リアは村を出て行く。

 

 

「Z技なんかに負けてられない……。私は、島巡りを破壊するんだ……」

 その拳は強く握られていた。

 

 

 

 

「ライバルが良いバトルを見せてくれて焦ってるのか……それとも───」

 そんな後ろ姿を見ながら、クリスは数日前にイリマから聞いた言葉を思い出す。

 

 ──R団の団員らしき人物の一人。ドーブルを使う男の正体をボクは知っています。彼はボクの幼馴染で、名前をライルと言います──

 ──ニャビーの今の持ち主。……リアの兄こそが、ライルです───

 

 

「……君は、何の為に戦っている」

 自分と微かに似たものを感じて、クリスの視線は少しだけ強くなった。

 

 

 

 

「……む、そうであった! シルヴィ、これを」

 そう言って、ハラはオレンジ色のクリスタルをシルヴィに手渡す。

 

「これは……」

「かくとうZのクリスタルですぞ。君のポケモンでかくとうタイプの技を覚えているポケモンは今は居ないかもしれないが、これは試練突破の証。受けってもらえますかな?」

 ハラのそんな言葉を聞いて、シルヴィは笑顔でかくとうZのクリスタルを手にした。

 

 

「かくとうZ……ゲットだよ!」

「マーネネッ!」

 シルヴィはかくとうZのクリスタルを天に掲げて、ハラはその手を持ち上げ讃える。

 観客達から喝采が湧いて、シルヴィはそれに答えるように手を振った。

 

 

 祭りは続く。

 

 

 大試練が終わっても、村の盛り上がりは消えずに至る所で屋台が並んで大盛り上がりだ。

 

 

 

「Zリングはポケモンの秘めた力……Zパワーを引き出す不思議な腕輪。我々島キングはカプ・コケコにいただいた輝く石を加工してZリングにするのですな」

 そんなお祭り騒ぎの村の中で、シルヴィとクリスはハラの話を聞きながら過ごす。

 

 それはアローラの伝統、島巡りの話だった。

 

 

 

「もっとも、島巡りをしてZクリスタルを集めねばZパワーは発揮できませぬがな。Zクリスタルは試練や大試練をクリアすれば貰えたりしますぞ。今シルヴィ君は何個Zクリスタルをお持ちですかな?」

「えーと、ノーマルZとエスパーZ。それからかくとうZで……三つです!」

 指で数えながらそう言うシルヴィを見て、ハラは満足そうに笑う。

 

「ほほう、それはそれは順調でなによりですぞ。タイプ別のクリスタルに加えて、あるポケモンのとある技にのみ反応する特別なクリスタルも存在しますからな。シルヴィ君の成長には期待が出来る」

 我が子のように彼女の成長を喜んで、島キングハラは海の向こうに視線を向けた。

 

 

「それにしても、直にZパワーリングをカプに頂いた子供か……。今回はカプ・ブルル。……うーむ、少し懐かしいものを感じますぞ」

「懐かしい……ものですか?」

 首を横に傾けるシルヴィに、ハラは懐かしむように視線を持ち上げてこう続ける。

 

 

「このアローラの初代チャンピオンも……いや、これはまた別の機会に話しましょうかな。……しかし、本当にカプから何かを授かる事は貴重な事ですからな。……何か、君にも使命があるのかもしれませんな」

「使命……」

 そう言われて、シルヴィはこの島に来る前の事とこの島での出来事を順番に思い出した。

 

 

 自らの父が首領を務める犯罪組織───R団。

 

 そのR団がアローラで何かをしようとしている。

 

 

 

 自分がここに来た事は何かの運命なのかもしれない。そんな事を考えながら、シルヴィはふとアローラに来た理由を思い出した。

 

 

 

 ──お前も旅をしてみろ。旅は良いぞ──

 

「……お兄ちゃん」

 彼から手渡されたアローラ行きの飛行機のチケット。何かの運命というよりは、何者かに導かれてここにいるのか。

 

 

 

 小さく呟いたシルヴィの声を聞いて、クリスは少し考えてから彼女の肩を叩く。

 

 

「シルヴィ、明日の夜の便でアーカラ島に行こう。運命とか神様とかは信じられないけど。……僕も、君がアローラに来たのは何か理由があるんだと思うよ」

「……うん。行こう、アーカラ島に!」

 そんな二人を見て、ハラは満足気に頷いた。

 

 

 月の光が二人の旅立ちを祝うように島を照らす。

 

 

 

 

 

 メレメレ島での旅が終わろうとした。




剣盾楽しい(挨拶)
今年最後の更新でキリのいい所まで行けて良かったです。

一章はまだ終わらない()


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【一章九節】夕暮れ───少女達は新しい旅路へ
旅路を見守るあさのひざし


 メレメレ島───ハウオリシティ船着場。

 汽笛を鳴らし、アーカラ行きの船が出港の準備を整えていた。

 

 アローラ地方は四つの大きな島に人口が集中している地方で、島と島の移動は主にフェリーで行う。

 その為毎日の定期便は満員になる事も珍しくなく、そこには急ぎ足で船に向かう一人の男性の姿があった。

 

 

「いかんいかん。朝一で向かうって伝えたのに、船に乗り遅れたらバーネットに怒られる……っ」

 その男性は上半身裸の上に白衣というラフな格好で、冷や汗を流しながら船着場の受け付けに辿り着く。

 

「定期便、まだ空いてますか?」

「おぉ、ククイ博士。空いてますよ」

 彼こそは、アローラ地方を代表するポケモン研究家のククイ博士───その人だった。

 

 彼は主にポケモンの技を研究している博士で、さらにはアローラ地方のポケモンリーグ開設に大きく関わった人物でもある。

 

 

「そりゃ良かった。それじゃ、これ代金───」

「邪魔だ邪魔だぁ、スカル団様のお通りだぁ!!」

 そんなククイが受付人に代金を渡そうとした直前、後ろから小柄な少女がククイと受付人の間に割って入って来た。

 

 

「スカル団?!」

 その単語を聞いた受付人の男性は引きつった表情で周りを見渡す。

 

 スカル団といえば一昔前までアローラで有名だったゴロツキ、ならず者───ようするにチンピラだ。

 その名前を聞いて良い反応をする人物は限られているだろう。

 

 しかし、彼らの前に現れたのはまだ十代前半に見える小さな女の子だった。服装は厳ついが。

 

 

「リア、君も船に乗るのか?」

 そんな少女を見ながら、ククイはキョトンとした顔でそんな言葉を落とす。

 

「当たり前だろ、私は島巡りをぶっ壊す為に居るんだからな!」

 そんなククイにかくとうZのクリスタルを突き付けながら、リアは得意げな表情でそう言った。

 

 

「ハラさんの大試練をクリアしたのか! 凄いじゃないかリア!」

「ま、ま、まぁな! と、当然……」

 想像以上に食いついて来たククイに、リアは少したじろいで視線を逸らす。

 

 実際にハラにバトルで勝った訳ではない。

 シルヴィがハラに勝つ瞬間を思い出しては、リアは唇を噛んで表情を曇らせた。

 

 

「それで、次はアーカラ島に?」

「……そういう事。そんな訳だから、これお金」

 そう言って、リアは受付人に船の代金を渡して船に乗り込もうとする。

 

「待てリア」

「なんだよ、横入りがダメだってのか? 私は真スカル団だぞ。悪い事してなんぼだからな!」

 得意気にそう言うリアに、ククイは困った様子で頭を掻きながら───しかし「いや、違う違う」と彼女が受付人に渡したお金を手に取った。

 

 

「え、泥棒?! お前……それはいくらなんでもやって良い事と悪い事があるぞ!」

「本当に君はスカル団のつもりなのか……。いや、そうじゃなくてだな。ほらそれ、君は今島巡りの試練に挑戦中だろう? 島巡り中はその島巡りの証があれば船はタダで使えるんだよ」

 そう言って、ククイはリアが払ったお金を彼女の手に乗せる。

 

 受付の男性も首を縦に振っているのでそれが嘘という事ではないらしいが、リアは少しだけ考えてもう一度受付の男性にお金を渡した。

 

 

「リア……?」

「私は島巡りをぶっ壊す為に島巡りをするんだ。そんな事には甘えない。……そ、それに! タダで船乗ったらダメだろ普通!!」

 そう言って、リアは船に向かって歩き出す。

 

 

 困り顔の受付の男性に、ククイは「しっかりとした子でしょ?」と我が子のように彼女の行動を自慢した。

 

 

 

「午前の定期便、出港しまーす」

 しかしどこからかそんな声が聞こえて、ククイは青ざめる。

 結局流されて船に乗るタイミングを失ってしまった。

 

「ま、まだ乗れますかね?」

「その荷物を持ってアーカラまで立って待ってるというなら……乗れますよ?」

「は、ははぁ……。午後の便を待ちます」

「それが良いです」

 溜息を吐きながら、ククイは大きな荷物を横に出発する船を見送る。

 

 

「その目のまま、真っ直ぐに進むと良い」

 満足気な表情のククイはしかし、頭を抱えながら「午後までどうしようか……」と悩むのであった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 船はゆっくりと波に揺られながら海を渡る。

 アローラの豊かな海には様々なポケモンが住んでいて、船の外に映るのは海とポケモンが作り上げる自然の絶景だった。

 

 

 マンタインが水を切って海上を飛び、波に揺られてメノクラゲ達が踊っている。

 時折海面から頭を出す水タイプのポケモン達は、船が気になるのかゆっくりと移動する船を視線で追った。

 

 

「あと三つか……」

 そんな船の上で、リアはかくとうZのクリスタルを握り締めながらそんな言葉を落とす。

 

 メレメレ島での事を思い出しながら、彼女は少しだけ深く溜息を吐いた。

 

 

「私は……弱いのかな」

 ショッピングモールではなんだかよく分からない内に兄の事を思い出して泣いて、ハラとの大試練はあのまま続けていたらどうなっていたか分からない。

 

「……ヘルガー?」

 震える手を、突然ボールから出て来たヘルガーが舐める。

 続いてゾロア、ゾロアーク、ニャビーがボールから出て来て彼女に寄り添った。

 

 

 ポケモンは人間よりも感覚が敏感である。

 主人の不安を感じているのか、ゾロアもゾロアークもリアを心配そうに見詰めていた。

 

 

「お前ら……。……こんなんじゃダメだよな。私は島巡りをぶっ壊すんだ」

 手を強く握って、強い視線で前を見る。

 

 一匹だけ彼女から離れていたニャビーは、横目でそんな彼女と視線を合わせた。

 

 

「アーカラの大試練は絶対にパパッとぶっ壊す。その為にも着いたら修行だな!」

 視界に映るのは巨大な火山が中心に聳える島。アーカラ島。

 

 

「強くなるんだ……」

 振り向けばメレメレ島がモンスターボールよりも小さくなっている。

 

 

 

「……そして、お兄ちゃんを───」

 彼女の新しい旅が始まろうとしていた。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 ハウオリシティ郊外───二番道路。

 

 

 シルヴィとクリス達は、大方の荷物の整理を終えてからハウオリシティの外れを歩く。

 クリスに「ついて来て欲しい」と言われて歩いてきたが、街から離れてしまいシルヴィは首を横に片付けた。

 

「何処に行くの?」

「午後の便、出発まで結構時間があるからね。せっかくメレメレ島に来たんだから観光スポットの観光と───」

 彼に観光の気分がある事に驚くシルヴィ。

 

「───君に会って話したいって人が居てね」

 しかし、その言葉が主な目的なのだろう。

 

 

 クリスは表情を変えずに、二番道路の脇にある小さな道に足を踏み入れた。

 

 

「ここは……」

 そして少しだけ歩くと、木々の中に開けた空間が現れる。

 

 視界に入ったのはその空間に沢山並ぶ───墓標だった。

 

 

 

「ポケモンのお墓だよ。ハウオリ霊園って名前らしいね」

「ポケモンの……お墓」

 それを見てシルヴィの視線が揺れる。彼女の後ろからついて来たフライゴンは、そんな彼女の瞳を横目で見てから空に視線を移した。

 

 

「死んだポケモンが眠る場所。シルヴィはカントー出身だし、シオンタウンのポケモンタワー……今だとたましいの家か。それと同じような場所といった方が分かりやすいかな」

 カントー地方には昔ポケモンタワーというポケモンの墓が並ぶ塔があったが、今その塔はラジオ塔になっている。

 

「うん……」

 シルヴィもポケモンタワーの事は知っていて、俯きながらも小さく頷いた。

 

 

 

 ポケモンも人間と同じ生き物だから。

 命があって、始まりと終わりがある。

 

 ここはその終着点。

 

 

 

 そんな霊園のお墓の前で座っていた一人の老人が、シルヴィ達に気が付いて立ち上がった。

 そうして手を持ち上げて振る老人の表情は特段暗いという訳でもなく、むしろ明るい印象を受ける。

 

 

「……っ、おじい……さん?」

 しかしシルヴィはその老人とは正反対に表情を落とした。

 

 老人の姿には見覚えがある。

 ショッピングモールのバトルバイキングでバトルした、ヤングースがパートナーの老人だ。

 その後ショッピングモールで起きた事件で、彼のヤングースは───

 

 

「相変わらず、優しい顔をしているね」

 老人は今にも泣きそうな表情のシルヴィにハンカチを渡しながらそう言う。

 

 彼女はそれを受け取って涙を拭き、一度首を大きく横に振ってからクリスに「話したい人って?」と問い掛けた。

 

 

「うん。そうだよ」

 短く答えたクリスは一度老人に小さくお辞儀をして、シルヴィもそれを見てペコリと頭を下げる。

 そんな二人を見て老人はニッコリと笑った。あの日、ヤングースを抱えていた時の表情が嘘のようだ。

 

 そしてよく見ると、彼の足元に小さなポケモンが一匹引っ付いている。

 

 

 尖った牙が特徴的な、茶色い毛並みのポケモン。

 産まれたばかりなのかとても小さいが、それは紛れもなくヤングースだった。

 

 

「……ヤングース」

「ん。あー、紹介するよ。ワシの新しい相棒だ」

 そう言いながら老人は小さなヤングースを持ち上げて、その頭を撫でながら優しく微笑む。

 

「ほらヤングース。挨拶しなさい」

「ヤン?」

「やんって、はっはっは」

 老人はニッコリと笑う。

 

「あの後少ししてからね、ワシの家の裏で小さいこの子が鳴いていたんだよ」

 そうして、シルヴィ達に背を向けた老人はゆっくりと一つの墓標のの前まで歩いた。

 

 

「あの子からの贈り物なんじゃないかなと思ったよ」

 そうして、老人は墓標を撫でながらそう言う。

 少しだけ寂しそうな表情だが、それでも老人の表情は明るかった。

 

 

「どうせ老い先短い人生だ。正直なところ、あの子の後を追いかけようとも思った。ワシは身寄りもなくてな……」

「おじいさん……」

「でもな、君が試練を突破した日か……。街で何かが暴れた日でもあったかな。家の裏でこの子が怯えて丸くなっていたんじゃよ。最初は少しだけ面倒を見て、逃がすつもりじゃった。あの子の事を思い出して、悲しくなるからのう」

 老人はそう言ってから立ち上がり、墓標に手を合わせる。

 

 シルヴィもクリスも釣られて墓標に手を合わせて目を瞑った。

 あの日の事が脳裏に浮かぶ。

 

 

 

「でもな、ふとリリィタウンでお祭りがあるからと……この子と一緒に見に言ったんじゃよ。そしたら、君が大試練を受けていた」

「来ていたんですか……?」

「うむ。見ていたよ。凄かった。この歳で柄になく興奮してしまったわい。……それでな、この子も目を輝かせてバトルを見てたんじゃ。バトルが終わった後、ワシらの気持ちは一つだったよ」

 老人の肩に乗っているヤングースを撫でながら、彼は少し強い目線で真っ直ぐにしっかりとシルヴィの目を見て言葉を落とした。

 

 

「バトルがしたい。また、あの頃のように。この子も、君達に憧れたのか……あの子の意志を継いでいるのか。ワシもこんな歳じゃが、まだまだ若いのには負けてられんからの」

 ニッコリと笑って、ヤングースと笑い合う。

 

「君のおかげだ。ありがとう。……それを伝えたかった」

「そんな私なんて……。でも……おじいさんが笑ってくれて私は嬉しいです!」

 シルヴィは涙を流しながら、それを隠すように老人に抱き着いた。

 

 老人は驚いたが、まるで孫にでもするように彼女の頭を撫でる。

 

 

「君は本当に優しいね。そんな君の成長がワシはとても楽しみなんだ」

 そう言って老人はシルヴィと一旦離れて、彼女の瞳を真っ直ぐに見ながらこう口を開いた。

 

 

 

 

「大試練突破、本当におめでとう」

 

 

 

 

 笑顔でそう言って、老人は二人の旅路を見送るように手を振りながらその場を後にする。

 

「……私、強くなる」

「そうだね」

 残された二人は強く手を握って、空を見上げて呟いた。

 

 

 

 R団は必ず止める。

 

 そんな願いを抱き締めて、朝の日差しは墓標を明るく照らしていた。




あけましておめでとうございます!

【挿絵表示】


という訳で、実はこの節で一章もついにラストになるんでふよね。やっとですが()
今年もよろしくお願いします!


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あまいかおりのする場所で

「……クリス君?」

 突然思い出したように墓標にお祈りするクリスを見て、シルヴィは頭を横に傾ける。

 その場所は老人のヤングースの墓ではない。

 

 

「君は僕が思ってたよりよっぽど強いね」

「んえ?」

 クリスの返答に、シルヴィは目を丸くして口を開けたまま固まってしまった。

 

 言っている事が急過ぎて、何が言いたいのか分からない。

 

 

「君には隠してたんだけど……。あのマッシブーンの事件、ポケモンが一匹だけ犠牲になっていたんだ」

「ぇ……」

 そして話される真実に、シルヴィは再び違う意味で固まってしまう。

 

「……それって、マッシブーンが?」

「それは違う。犠牲になったのはイワンコで、外傷はほとんどなかった。おじいさんのヤングースと同じく、まるで命を吸われたかのように衰弱死した状態で見つかったよ」

 墓標を見ながらそう言うクリスの隣で、シルヴィは目を瞑りながら墓の前で手を合わせた。

 

 

「……そっか」

「うん。……君が傷付くと思って、黙っていた。すまない」

「ううん。クリス君は……優しいね」

 笑ってそう言うシルヴィだが、やはりその瞳には少しだけ涙が漏れる。

 

「……そうでもないよ。でも、君の意志は分かったからしっかりと話そうと思う。ヤングースと、このイワンコ……僕の想像だけどウルトラホールの人工発生の為の犠牲になっている」

「そんな……。だって、理由は分からないけど……そんな事の為にポケモンの命を───」

「R団っていうのはそういう存在だよ。……君も知ってるだろう?」

 クリスのそんな言葉に、シルヴィは何かを思い返すように俯いて瞳を閉じた。

 

 

 彼の言う通りだ。

 

 

 

「少しだけ……昔話をしようか」

 立ち上がって墓標に背中を向けてから、クリスはどこか遠い所を見上げながらそんな言葉を漏らす。

 

 身構えるシルヴィだが、振り返ったクリスの表情を見て自分もしっかりと立ち上がって彼の眼を真っ直ぐに見た。

 

 

 

「僕はジョウト地方出身なんだけどね、陸続きのカントーには親戚絡みとかで良く遊びに行ってたんだ。友達のガラガラと一緒にね」

 そう言いながら、クリスはコートの裏に忍ばせてあるふといほねを突き出す。

 それは元々ガラガラというポケモンが肌身離さずに持ち歩いている物だ。

 

 

「さっき言ったポケモンタワーっていう場所があった町。シオンタウンには僕のおばあちゃんが住んでて、カントーに行く時はいつもシオンタウンだったかな。このガラガラと出会ったのも、シオンタウンだしね」

 ふといほねを指してこのガラガラという言葉に、シルヴィは唇を少し噛む。

 

 

 そのガラガラがどうなったのか、シルヴィには心当たりがあったからだ。

 

 

 

「君は知ってるのか分からないけれど、ガラガラの頭の骨って物凄く高く売れるんだ。当時まだ活動が活発だったR団は───」

「ガラガラを殺して……その骨を売っていた」

 シルヴィの言葉に、クリスは少しだけ驚くが首を縦に振ってそれを肯定する。

 

 

 

 その昔、カントーのとある少年がR団を壊滅させる前。

 

 カントー地方を中心に悪事を働いていた犯罪組織───R団。

 ポケモンを道具のように使う彼等は、ポケモンの命を奪う事すら平気で行う集団だった。

 

 ガラガラというポケモンが乱獲され、その命を奪われていた事はカントー地方では有名な話である。

 

 

「……その、クリス君の友達も?」

「……うん」

 小さく頷いて、クリスはふといほねを強く握った。

 

「僕の友達のガラガラはR団に殺された。R団はその後壊滅したけれど、だから国際警察になったって訳じゃなくて。……僕は僕と同じ気持ちになるような人を一人でも少なくしたいと思ったからこの仕事をしている」

 そう言ってからクリスは霊園から出て行って、シルヴィはそんな彼を追い掛ける。

 

「……そして僕の前にまたR団が現れた。勿論、これは仕事だけど。思念が入ってないと言えば嘘になるかな」

 霊園を出てからそう言って、クリスはシルヴィに「失望したかい? こんな奴が国際警察をやってるんだから」とは儚げな表情で言葉を漏らした。

 

 

「失望なんてしない!」

「……っ?! シルヴィ?!」

 シルヴィは声を上げながらクリスの後ろから抱き付いて、クリスはそれに驚いて固まってしまう。

 ロトムもフライゴンも、ボールから出ているポケモン達は全員目を丸くしていた。

 

「私は友達が居なくなっちゃう気持ちは分からないけど……そうなるかもしれないってなった時、頭の中が真っ白になって。今でも、もしそうなったらなんて思ったら心がはち切れそうだよ……。クリス君の気持ちは……間違ってなんかないよ」

「シルヴィ……」

 ゆっくりと俯いて、少しだけ目を瞑ってからクリスは「ありがとう」と小さく言葉を漏らす。

 

 

「うん」

 聞こえないように言ったつもりだったのだが、振り向いてみればシルヴィは少しだけ泣きそうな顔で笑っていた。

 クリスは顔を赤くしながら焦って振り向いて、頭を抑えながら二番道路をさらに奥に進んで行く。

 

 

「街に戻らないの?」

 そんなクリスを追い掛けながら、シルヴィは首を横に傾けてそう言った。

 街とは反対側の道で、この奥にはシルヴィがイリマの試練を受けた茂みの洞窟がある。

 

 

「言っただろう? 観光スポットを見に行くって。良いから着いてきて」

 得意げにそう言うクリスは、二番道路の茂みの洞窟への入り口を通り抜けてさらに奥まで歩いていった。

 

 

 二番道路を抜けた先。

 三番道路は山道で、鳥ポケモンが多く生息している。

 

 空を飛んでいる鳥ポケモン達を眺めながら、シルヴィはクリスに着いてさらにその奥まで足を進めた。

 

 

 

「……洞窟?」

 たどり着いたのは三番道路の奥にある小さな洞窟の入り口。

 そんな洞窟に迷わずに入っていくクリスにシルヴィは心配そうな表情をする。

 

「この先にあるんだけど……。あ、そうだ。なんなら目を瞑って行こうか。きっとビックリするよ」

「さ、流石に目を瞑って洞窟を歩くのは危ないよ!」

「シルヴィなら行けると思ったんだけど」

「私をなんだと思ってるの?!」

 目を丸くするシルヴィを見て、クリスは珍しく「はは」と短く笑った。

 そんなクリスに頬を膨らませるシルヴィだが、クリスが笑っているのを見て自然と彼女も笑みが溢れる。

 

 

「……なら、フライゴンにおんぶして貰おう」

「そ、そこまでして目を瞑っていかないといけないの……?」

「後悔はさせないよ」

 得意げな表情でそう言うクリス。シルヴィは口を尖らせてから、フライゴンに「良い……?」と問い掛けた。

 

「フラィ」

 フライゴンはその首を縦に振って、彼女に背中を向ける。

 シルヴィはそんなフライゴンの背中に登って、肩をしっかりと掴んで目を閉じた。

 

 

「そし、それじゃ行こうか」

 そのまま洞窟に入り、少しだけ歩く。

 

 

 シルヴィは目を瞑ったまま、クリスがフライゴンに「シルヴィを降ろしてあげて」と言ったのを聞いてゆっくりとフライゴンの背中から降りた。

 

 

 

「……風が吹いてる」

 目を瞑ったまま、シルヴィは小さくそう呟く。

 洞窟の中に入った筈なのに、その場所は風が吹いていた。

 

「目を開けても良いよ」

 首を横に傾けているシルヴィに、クリスは優しくそう語り掛ける。

 

 

 ゆっくりと目を開けたシルヴィの視界に入ってくるのは、光だった。

 

 燦々と照りつける太陽の光。

 洞窟に入った筈なのに。不思議に思いながら、眩しさに慣れた瞳をしっかりと開く。

 

 

 

「───わぁ……っ! 綺麗……」

 視界に映る満面の山吹色。

 風になびくその山吹色は、一瞬吹いた強い風で宙に舞って景色を飾った。

 

「メレメレの花園。メレメレ島の観光名所の一つだよ」

 花。

 

 

 花園に咲く山吹色の花弁が視界を覆う。

 

 

「凄い! 凄いよクリス君! 凄い綺麗。ポケモン達も沢山いる!」

 そんな光景に、女の子らしく目を輝かせてはしゃぐシルヴィ。

 ロトム図鑑に「教えてあげて」と声を掛けて、クリスは満足そうに花園に視線を移した。

 

 

「アブリー。ツリアブポケモン。むし、フェアリータイプ。花のミツや花粉が餌。オーラを感じる力を持ち、咲きそうな花を見分けている」

 シルヴィの顔よりも小さいポケモンが、花に集まっている。

 ロトムがそのポケモン───アブリーの解説をすると、数匹のアブリーがシルヴィの元に集まってきた。

 

「ふぇ……? 何々?」

「アブリーは花のオーラに集まってくる習性があるロト。シルヴィが花のオーラに近いオーラを放っているのかもしれないロト」

「オーラ……? よく分からないけど、可愛いポケモン達に囲まれて気が緩むなぁ……。ねぇ、ロトム。あのポケモンは?」

 表情を緩めながら、シルヴィは花園の中で踊っている黄色い鳥ポケモンを指差して問い掛ける。

 

 その鳥ポケモンといいアブリーといい、全体的に山吹色の花と似た色彩をしていて明るい景色は自然と心を和ませた。

 

 

 

 

「……ビビッ。オドリドリ、パチパチスタイル。ダンスポケモン。でんき、ひこうタイプ。やまぶきのミツを吸ったオドリドリ。明るく陽気なダンスで敵の身も心も弾けさせる」

「スタイル?」

「オドリドリというポケモンは吸った花の蜜でその姿を変えるポケモンロト。他にはふらふらスタイル、めらめらスタイル、まいまいスタイルという姿があるロト」

 ロトム図鑑のモニターに映る四種類のオドリドリ。

 その全てが体毛の色も雰囲気も違い、シルヴィは花園の中で踊っているオドリドリを見ながらモニターの他のオドリドリと見比べる。

 

 

「不思議なポケモンだねぇ……踊りが素敵」

「アローラの雰囲気にピッタリだね。どうだい? 喜んでくれたかな」

「うん! 勿論! こんな素敵な所に連れてきてくれてありがとう、クリス君!」

「どういたしまして」

 素直な返事が照れ臭くて、視線を逸らしながらクリスは周りを見渡した。

 

 

 自然のままの世界。ポケモン達の楽園。

 

 こんな場所があるアローラ地方で、R団に好き勝手はさせない。

 クリスは再び決意を目に拳を強く握る。

 

 

「さて、後はゆっくり街で買い物とかを済ませて乗船場に行こ───」

 そうしてクリスが今後の予定を提案した直後、視界に稲妻が走った。

 

 山吹色の景色がより一層世界に広がる。

 

 

「な、なんだ……?」

「何これ……?」

 花園だけではなく、空も、地面も、洞窟の入り口も。

 薄い絵の具で塗ったかのように、視界は黄色で埋まってしまった。

 

 

「電撃……何かの攻撃?」

 クリスの頭の中に浮かぶのは、マッシブーンを追って辿り着いた場所にいたR団の一人。

 

「……いや、違うな。コレは……エレキフィールド?」

 直ぐにクリスはこの状態の答えを導き出す。

 

 

 電気の攻撃ではなく、電気のフィールド。

 

 

 

「エレキフィールド……?」

「辺りを電流で覆って、でんきタイプの技の威力を上げる技だよ。オドリドリが使ったのか……?」

「オドリドリはエレキフィールドを覚えないロト」

 クリスの予想は外れるが、ならばこのエレキフィールドは誰が使ったのか。

 

 周りを見渡してもそれらしき影はない。

 それよりも、アブリーやオドリドリ達がこの状態に全く動揺していないのも不自然だ。

 

 

「一体───」

 目を細めて考えるクリス正面が突然光る。

 

 

「コケーッ!」

 そして眩しさに目を閉じた二人の前に現れた影は、両手を広げて山道に響くような鳴き声をあげた。

 

 

 それは、アローラ地方四つの島を守る守り神として讃えられる四匹のポケモンの内のいっぴき。

 

 

 

「───カプ・コケコ」

 メレメレ島の守り神である。




アローラ(挨拶)
剣盾にどっぷり浸かっている作者ですが、アローラに帰るとやっぱりここが大好きだってなります。この作品はちゃんと完結させるぜ……。
だけど他にもポケモンを書きたい欲望が止まらないですね()

さて、そして一章ラストを飾るのはやはりカプ・コケコです。お楽しみ下さい。

読了ありがとうございました。


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エレキフィールドの中で

 電流が走る。

 エレキフィールドに流れる電気自体は強い訳ではないが、どうも気が休まらない。

 

 この技の最中はポケモンバトル中にポケモンが眠らなくなるというのも納得だ。

 

 

「カプ・コケコがその……エレキフィールドっていう技を使ったの?」

「いや、これだけに関しては違うかな。……これはカプ・コケコの特性だよ」

「特性……?」

「ロトム」

 眼前のカプ・コケコから目は離さずに、クリスはロトムに情報を出すように指示をする。

 

 

「カプ・コケコ。とちがみポケモン。でんき、フェアリータイプ。守り神と呼ばれるが気分を害する人間やポケモンには襲い掛かる、荒ぶる神でもある。特性はエレキメーカーロト」

 両腕に大きな盾のような物が付いている、黄色と黒の体色のポケモン。

 ロトム図鑑のモニターにカプ・コケコが映って、ロトムはこう音声を漏らした。

 

 

「エレキメーカー?」

「カプ・コケコの特性であるエレキメーカーは、技を使わずに周りにエレキフィールドを展開出来る特性ロト」

「……それに気分を害する人間やポケモンに襲い掛かるって……わ、私達何かしちゃったのかな?!」

 あたふたしながら目を丸くして慌てるシルヴィ。そんな彼女の前にフライゴンが立ってカプ・コケコに目線を合わせるが、カプ・コケコはフライゴンの事は見ずにただ一点を見つめている。

 

 

「……僕に用事なのかな? いや、でも───」

 その視線の先に居たのは、クリスだった。

 

 

「コケーッ!!」

 そうして電撃が放たれる。

 

 電撃はクリスにギリギリ当たらずに地面を抉った。

 尚もクリスを見続けるカプ・コケコはしかし、何かを待つようにじっとしている。

 

 

 

「クリス君……っ!」

「だ、大丈夫だ。……殺意はない。だけど、エレキフィールドが張られているという事はバトルをする気があるという事。───だったら」

 そう言って、クリスはモンスターボールを取り出して投げた。

 

「ニダンギル!」

「……ギギッ」

 ボールから出てきたニダンギルが刃を鳴らしてカプ・コケコの眼前で構える。

 

 

「荒ぶる神。……メレメレ島の人々はカプ・コケコに神聖なるポケモンバトルを見せてその怒りを鎮めたとかなんとか。要するにポケモンバトルがしたいんだろう。理由は分からないけどね」

 その相手がどうして自分なのかも、と付け加えてクリスは目を細めて構えた。

 

 

「あの日、僕にあの光景を見せたのは君なのか? 聞いても答えないだろうけど───ニダンギル、つばめがえし!」

「ギギッ!」

 二手に別れたニダンギルは、カプ・コケコを挟み込むようにその刃を捻る。

 

 神速の刃。いくら神と称えられるポケモンでも交わす事は出来ない。

 

 

「カプァ……ッ」

 しかしカプ・コケコは両腕を細めてその腕で身体を包み込んだ。

 その姿はまるで仮面のようでもあり、神秘的でかつどこか恐ろしい物にも見える。

 

 

 そしてニダンギルの刃がカプ・コケコを切り裂くが、腕を開いたカプ・コケコがダメージを負っている様子はなかった。

 

 

「効いてない?」

「カプ・コケコはでんきタイプロト。ひこうタイプのつばめがえしは効果が薄いロト」

 あれだけタイプ相性にうるさかったクリスが何故? 

 

 シルヴィはそう疑問に思いながら、バトルを見守る。

 

 

「……よし。もう一度だ、ニダンギル! つばめがえし!」

 しかし、クリスは再びつばめがえしを指示した。

 

 襲い掛かる刃にカプ・コケコは同じ反応をする。

 

 

「どうして……」

 そう思った次の瞬間、その答えが目の前に出される事になった。

 

 

 

「今だ、ラスターカノン!!」

 カプ・コケコがガード形態を解除した直後、ニダンギルはカプ・コケコの背後に回ってラスターカノンを放つ。

 

 視界の外からの攻撃に、カプ・コケコは反応する事も出来ずに直撃した。

 

 

 

「クリス君凄い!!」

「あの守りの形態、顔まで隠すから周りが見えなくなる筈だ。だから最初は必ず攻撃を当てられるつばめがえしで様子見をして、確定どころで相性の良い技をぶつける。……バトルの基本だよ」

 そう解説するクリスの肩の上で、ゲンガーが自分の事のように誇らしげに胸を張っている。

 

「君の成果じゃないけどね……」

「ゲゲ?」

「……さて───ん?」

 ラスターカノンははがねタイプの技の中でも高威力に分類される技だ。

 

 

 タイプ一致、効果抜群の技を受けたのだからそれなりのダメージを負っている筈である。

 

 

 

「───コケェ!!」

 しかし、技の衝撃で起きた砂埃が晴れた先でカプ・コケコは悠々とその場に浮遊していた。

 

 

「流石、神様って所かな……。目的は何なんだ」

 目を細めるクリスだが、カプ・コケコからは目を離さない。

 島の人達に崇められる存在だから、悪い事にはならないとは思うのだが。

 

 

 

「コケァァァ……ッ!!」

 そして電撃が放たれる。目標はニダンギルではなく───

 

「直接?!」

 ───クリスだった。

 

「クリス君……っ!!」

 シルヴィの悲鳴も虚しく、電撃はクリスに直撃して彼と彼の背中に乗っていたゲンガーは地面を転がる。

 

 

「どうして……っ」

 そんな二人を助けようと足を踏み出すシルヴィだが、彼女の肩を掴んでそれを止めたのはフライゴンだった。

 

「……フライゴン?」

「……フラィ」

 同じポケモン同士、何かが分かっているのか。

 

 

 そういえばと、シルヴィはフライゴンと出会った時の事を思い出す。

 あの時、カプ・コケコとは違うがフライゴンは別の島のカプ───カプ・ブルルと意思疎通をしていたようにも見えた。

 

 

 

「……っ。なんのつもり───ゲンガー!」

 クリスが表情を歪めながら起き上がると、小さなゲンガーに詰め寄るカプ・コケコの姿が視界に映る。

 

 今にもゲンガーに襲いかかろうとするカプ・コケコを見て、いつかの出来事がクリスの頭の中で木霊した。

 

 

 ──やめて!! ガラガラを虐めないで!! ──

 

 R団による密猟。

 当時まだ小さな子供だったクリスにはただ叫ぶ事しか出来なくて、大切な友達が目の前で命を落とす。

 

 

 ───もう、そんな事は経験したくない。

 

 

 他の誰にも、自分だって。

 

 

 

「ゲンガー!!」

 地面を蹴って、ゲンガーの小さな身体を守るように覆い被さった。

 

「ゲ?!」

「僕はもう……大切な友達を失いたくないんだ!!」

 カプ・コケコを電撃が包み込む。そうしてゲンガーを守るクリスに、島の守り神は突撃した。

 

 

 

「ビビッ、相棒ー!」

「クリス君……っ!!」

「……っ」

 爆風。

 

 山吹色の花弁が散る。

 

 

 

 電撃の余韻で身体中から電流を漏らすカプ・コケコは、ゆっくりと浮いて───満足気な表情をしていた。

 

 

 

「……クリス君?」

 砂埃が消えて、クリスの姿が視界に入る。

 心配していたシルヴィだが、彼女の視界に入ったのは目を丸くして固まってはいるが、怪我一つしていないクリスの姿だった。

 

 

 

「……寸止め?」

 唖然とした表情のクリスは、カプ・コケコを見上げながらそんな言葉を漏らす。

 

 カプ・コケコの攻撃はクリスには届いていなかった。

 それどころかいつのまにかエレキフィールドも解除されていて、カプ・コケコからの戦意も感じられない。

 

 

 

「……な、なんのつもりだ」

「コケェ」

 困惑するクリスに、カプ・コケコが手を伸ばす。

 目を細めながらその手に答えるようにクリスも手を伸ばすと、彼の掌に何か石のような物と黄色く光る物が乗せられた。

 

 

「これは───」

 そして言い掛けた途端。花園一帯が光りクリス達は眩しさに目を瞑る。

 

 そうして開いた瞳にはカプ・コケコの姿は映っておらず、ただただ静かで和ましい花園の光景だけが広がっていた。

 

 

 

「───これは、なんだ? 一つはでんきZか」

 しかしその手には、しっかりとカプ・コケコから受け取った石とZクリスタルが握られている。

 

 

「クリス君! 大丈夫?!」

「え、あー、うん。平気だよ。大丈夫か? ゲンガー」

「ゲゲー」

 駆け寄ってきたシルヴィに、クリスは怪訝な表情ながらも手を振って無事をアピールした。

 

 一体なんだったのか。詳しそうな人に聞いた方が良いかもしれない。

 

 

 

「せっかくの観光だったのに、なんだかごめんね」

「そ、そんな事気にしないで! それより怪我としてない?! 大丈夫?!」

「あはは、心配性だな。大丈夫だよ。……ニダンギルごめん、戻ってくれ。ありがとう」

「ギギッ」

 クリスは心配するシルヴィを宥めながら、ニダンギルをボールに戻して立ち上がる。

 

「服が汚れてしまったから、船が出る前に変えたいかな。あと、リリィタウンにも寄りたいけど……良い?」

「え? う、うん!」

 少し混乱しているシルヴィを先導して、クリスは花園を後にして三番道路を降って一番道路まで歩いた。

 

 

 そのまま少し歩き、二人はリリィタウンに辿り着く。

 

 

 

「ハウオリシティから二番道路を真っ直ぐに行ったのにリリィタウンに着いちゃった……?」

「そんなに大きな島じゃないからね。ゆっくりと島の周りを回って来た……というのが正しいかな」

 そう言いながらクリスは町の中心に位置する大きな家に辿り着き、その扉をノックした。

 

 

「むむ、これはシルヴィ君とクリス殿。何用ですかな?」

 出て来たのは、島キングのハラ。シルヴィは「島キングさんの家?」と首を横に傾ける。

 その言葉で自分に用があるのはシルヴィではなくクリスなんだと察したハラは、その細い瞳をゆっくりとクリスに向けた。

 

 

「実は、今さっきカプ・コケコに出逢いまして」

「なんと! それは誠ですか!」

「……は、はい。それで、バトルになって……そのバトルが突然終わったかと思えばこれを───」

 言いながら、クリスはカプ・コケコから受け取った石とZクリスタルをハラに見せる。

 なんなのかよく分からないが、この地方の伝統やカプに詳しい島キングならコレがなんなのか分かるかもしれない。そんなクリスの算段だった。

 

 

「───これは、輝く石!」

 そして、クリスの手の上にある物を見てハラは興奮気味でそう声を上げる。

 

「……輝く石?」

「輝く石は、謂わばZリングの原石みたいな物ですな。我々島キングはカプより頂いた輝く石を加工してZリングにするのです。……それにしても、直でカプ・コケコに輝く石を貰うとは。カプ・ブルルにZリングを貰ったシルヴィ君といい、二人は不思議ですな」

 感慨深いといった表情でそう話すハラ。

 

 そしてハラは「少し良いですかな?」とクリスに了承を得てから輝く石を手にとってその細目を少し開いて石を見回した。

 

 

「これなら数日あればZリングに加工する事が出来ますぞ。いかがなさいますかな?」

「え、でも僕は島巡りをしてる訳じゃないですよ……?」

「ハッハッハッ、なにも島巡りをしなければ必ずZ技が使えないという訳でもありません。何より君はカプに直接認められた存在。自ずとこのアローラの大地も君に力を貸すでしょうな」

 クリスの肩を叩きながらハラはそう言って「どうですかな?」と問い掛ける。

 

 

「やったねクリス君! これでクリス君もZ技が───」

「お言葉は有難いんですが、僕は今晩アーカラ島への船に乗る予定なんです。Zリングが要らないという訳ではないんですけど、今は事件解決を優先したい。……それがこの輝く石をくれたカプ・コケコの気持ちに応える事だと、僕は思っています」

 しかし、クリスはハラの目を見てハッキリとそう言った。

 

 その言葉を聞いたハラは、満足気な表情で「そうですかな」と言葉を漏らす。

 

 

「ならば、完成したZリングはこのハラが責任を持って保管させて頂きますぞ。もしこの力が必要な時が来たら、いつでもワシの所に来なさい」

「はい。ありがとうございます」

 そう言って、クリスはハラに頭を下げて彼の元を後にした。

 

 

 

「カプに認められし少年少女。それよりも、カプが何かを我々に伝えようとしている……。これはワシらも気を引き締めなければならないかもしれませんな」

 カプ・コケコが実際何を思ってクリスに輝く石を渡したのかは分からないが、それなりの理由があるならそれなりの答えを返さなければならない。

 

 

 

 だから今は、一刻も早く事件解決に向けて動き出そう。

 

「R団の好きにはさせない……」

 そう思いながら街に向かって歩くクリスを、カプ・コケコは森の奥でただジッと見詰めていた。




名探偵ピカチュウは最高だね(関係ない)。

お待たせしてすみませんでした。一章は残り一話です。


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せいちょうと次の島に

 日が落ちる。

 月が昇る。

 

 世界が反転するような感覚で、変わっていく空の色は何度見ても神秘的だった。

 

 

「さよならバイバイ」

 そんな空を背に、シルヴィは少し寂しそうに船の上からメレメレ島に手を振る。

 

 この島に来て数週間しか経っていないが、色々な事が彼女の周りで起きた。

 名残惜しくなるのには充分である。

 

 

「行こう、次の島に」

 メレメレ島での旅が幕を降ろした。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 朝の便と違い夜の便は比較的空いている事が多い。

 アーカラ島への定期便は出航間近で、その準備に取り掛かる船員達が慌ただしそうに船の中を走り回っている。

 

 

「出発だねー」

「着いたらとりあえずポケモンセンターに泊まろうか。次の日からの事は朝に話すよ」

 街で買い物やホテルのチェックアウト等を済ましてきたシルヴィとクリスは、アーカラ島行きの定期便に乗り込んでいた。

 

 予想外の出来事もあったが、予定通り船に乗れたのでクリスとしては安心している。

 

 

「フラィ……」

「ねぇ、クリス君。フライゴン、ずっとリリィタウンの方を見てるけど……どうしたんだろう? この島に残りたいのかな?」

 そんな中で、シルヴィはふと船の端で陸に視線を向けるフライゴンを見ながらそう言った。

 

「どうしてそう思うんだい?」

「そもそもフライゴンは私のポケモンじゃないし……私の勝手で連れ回してるだけなのに、着いてきて貰って良いのかなって」

 表情を落としながらそう言うシルヴィを、彼女に見えないところでフライゴンは横目で見てから直ぐに視線を逸らす。

 それを見てクリスは短く笑ってから、彼女の肩を叩いてこう答えた。

 

「君が面倒を見るって言ったんだろう?」

 聞いた話では、ウラウラ島での飛行機の不時着事件で怪我を負ったフライゴンはポケモンセンターで人を引き付けずに弱っていたらしい。

 そんなフライゴンに対して、攻撃されても手を伸ばすのをやめない少女がいて。

 

 思えばそれが、このアローラ地方での物語の始まりだった事を思い出す。

 

 

「そう……だね!」

 前を見て、立ち上がったシルヴィはフライゴンに駆け寄って横から抱き着いた。

 

「フライゴン、翼が治るまでは私がちゃんと面倒見るからね!」

「……フ、フラ」

 視線を逸らすフライゴンは、なんだか照れ臭そうである。そんな事は知らずに、グイグイ行くシルヴィから逃げるフライゴン。

 

 

「あの翼、もう治ってる気がするけれど。……口出しは野暮かな」

「ビビッ、どうしてロト?」

「野暮なものは野暮なんだよ」

「相棒が珍しく感情的ロト」

「僕をなんだと思ってるんだ」

 そんな光景を横目で見ながら、クリスはそういえばと思考を巡らせた。

 

 飛行機の墜落事件。

 原因はウルトラホールから出現したウルトラビーストの襲撃だと聞いている。

 

 これはR団とは関係ないと思っていたが、今考えると考察の余地がある事件だ。

 

 

 

「ゲゲ……?」

「なんだ、心配そうな顔して。……大丈夫だよゲンガー。新しい仲間もいるし、確実に犯人の事は追い詰めてる。少し長丁場になるかもしれないけど……R団は絶対に捕まえる」

 言いながらクリスはモンスターボールからモクローとニダンギルを出して、ゲンガーに笑顔を向ける。

 

「クルォ〜」

「ギギッ」

「ボクも居るロトー!」

「そうだね」

 ポケモン達に笑顔を見せるクリスだが、一瞬だけ虚しそうな顔をした彼をゲンガーは心配そうに見詰めていた。

 

 

 

「お、モクローじゃないか! シルヴィにクリス、君達もアーカラ島に行くのか?」

 船が出発するというアナウンスが流れている中で、上半身半裸に白衣という格好の男が唐突に話し掛けてくる。

 

「ククイ博士だ!」

「あ、どうも。そうですね……アーカラ島に」

 話し掛けて来たのは、モクローをクリスに渡した人物でもあるアローラでも有名なポケモン博士───ククイだった。

 

 

「凄い荷物ですね」

「はは、ちょっと仕事でね」

 今朝方船に乗り損ねたククイは、夜の定期便まで時間を潰して今やっと船に乗れた訳である。今頃リアはアーカラ島だ。

 

 

「それより、島巡りはどうだい。ハラさんの大試練は突破したのか?」

「バッチリです!」

 ククイの質問にそう返したシルヴィは、自分のポケモン達を出してハラにもらったかくとうZのクリスタルを彼に見せる。

 

「おー、凄いじゃないかシルヴィ! 良いせいちょう(・・・・・)ぶりだな! アシマリも元気そうで何よりだ」

「マネネ!」

「ん、そのマネネは?」

 シルヴィのポケモン達を見渡して、ククイは見慣れないポケモンがいる事に気が付いた。

 彼女と会った時はデデンネにクチート、そしてフライゴンが一緒に居たのだが記憶が確かならマネネは居なかった筈である。

 

 

「街の悪戯っ子です!」

「マネネェ!」

「あはは、ごめんごめん。新しい友達のマネネです。ハラさんの大試練もマネネと一緒に突破しました!」

 シルヴィはマネネの身体を抱き上げて、ククイに大試練でのマネネの活躍を効かせた。

 

「───それで、やっぱり最後はマネネの得意技のリフレクターでマネネがしっかりと耐えてくれたんです!!」

 そして話の流れでイリマの試練の事や、アスレチック大会での事。

 他にもウルトラビーストと関わった二つの事件の事も話す。

 

 

「今日はクリス君がメレメレの花園に連れて行ってくれたんですけど、カプ・コケコっていうポケモンが突然現れて!」

「何?! カプ・コケコが。それは凄いな!」

「なぜか僕が戦う羽目になったんですけどね……」

 楽しい事も悲しい事も、このメレメレ島で沢山起きた。

 

 

「その話は後で詳しく───お、出発だな」

 話をしている中で、船が出発して揺れ始める。

 色々な事があったメレメレ島ともしばらくお別れだ。

 

 

 

 ──旅は良いぞ──

 そんな言葉を思い出して、シルヴィは一人で強く頷く。

 

 

「旅って、良いですね」

 唐突にそう漏らした彼女に、クリスとククイのは顔を見合わせて「そうだね」「そうだな」と言葉を合わせた。

 

 

 

「デデンネ、クチート」

「デネ!」

「クチ!」

 始まりと。

 

 

「フライゴン!」

「フラィ……」

 出会いと。

 

 

「アシマリ!」

「アゥァ!」

 冒険と。

 

 

「マネネ!」

「マネ!」

 試練と。

 

 

 

「……私、アローラに来てよかった。これからも、宜しくね!」

 沢山の経験を積んで、楽しかった事も悲しかった事も胸の中に溶けていく。

 だからこそ、自然とそんな言葉が漏れた。

 

 人々とポケモンと自然が共存するアローラ地方。

 

 

 残りの三つの島の冒険にも胸を踊らせ、少女は小さくなるメレメレ島に手を振る。

 

 

 

 すると突然、島の方で何かが光った。

 遅れて数秒して、空気が震える。

 

 

「───コケェェェエエエエ!!!」

 まるで何かを見送るような、そんな遠吠えにクリスは鳴き声のする島の方に視線を向けた。

 

 

 

「……今のは?」

「カプ・コケコの遠吠えだ……。シルヴィ達を見送ってくれてるのかもしれないな」

 ククイの言葉に、シルヴィは眼を輝かせる。

 そして船から身を乗り出して、彼女は大声でこう叫んだ。

 

 

「次の島、行ってきまーす!!」

 シルヴィ達の、次の冒険が───今始まる。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 アーカラ島───空間研究所。

 

 

「もう、ククイ君ったら朝の便に乗り遅れるなんて!」

「まーまー、落ち着いて下さいバーネット博士。夜の再会の方が盛り上がるじゃないですか」

 資料を漁りながら少し不機嫌なバーネットを宥める銀髪の女性は、困ったような声を漏らしながらズレた眼鏡を持ち上げた。

 

 机の上にはここ一ヶ月ほどで起きたウルトラホール発生に伴う事件と、R団という組織の活動の資料が並んでいる。

 

 

「そ、そんな事言ってる場合じゃないわよ! ほら、アイーダも資料の整理を手伝ってちょうだい」

「あ、すいません私定時なので」

「泣きそう」

「冗談ですよ。あ、でも疲れたので少し休憩を取らせて下さい。勿論残業代は払って下さいね」

「ありがとう、アイーダ。頼りにしてるわ」

「先日突然メレメレ島に行く許可も貰ってますから。博士の助手として頑張りますよ」

 そう言って、アイーダと呼ばれたバーネットの助手は研究所の禁煙室に脚を運んだ。

 

 そこで、少しだけ周りを見渡してからポケギアを取り出す。

 

 

 

 

 

 

「空間研究所も動き出すなら……少し早めに動かないといけないですね。───次はこのアーカラ島で」

 

 To be continued……




第一章「完」


【挿絵表示】

お祝いのエスパーZシルヴィです。インテリジェンス度があまりにも足りない。


更新が遅れてしまい申し訳ありません。別作品の執筆に時間を使っている事と、今後の展開に悩んでいる事もあり更新を控えておりました。剣盾の発売もあり、この更新速度だと二章が終わる頃にはさらに次回作が出ているという可能性。
次回から二章なのですが、更新にはまだ時間がかかるかもしれません。この場をお借りして読者の方々にお詫びをさせてください。すみません。

もし待って頂けるなら、もう少しだけ待って頂けると幸いです。読了ありがとうございました。


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