ありふれた問題児(職業)が世界最強になるそうですよ? (きりがる)
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プロローグ

 逆廻十六夜に限りなく近い十六夜(仮)だと思って下さい。本人を表現しきれる自信がなかったと言っておきます。主人公の中で十六夜が結構好きだから仕方ない。ちなみに、メインキャラも入ってくる本気のハーレムとなる予定です。覚えておいて下さいです。

 あとから本人でええやんと思ったけど、時既にお寿司状態だったので、一応、オリ主にしておく。

 初めて三人称で書きました。一応、ありふれた原作や問題児原作を読んで文章構成を似せてますが、変な所があれば教えてくださいな。


 

 白い雲が僅かばかり空を泳いでいる昼下がり。

 学校の屋上にて、後頭部の下に組んだ手を枕にしつつ寝転がり、終夜十六夜(よもすがらいざよい)は太陽を見上げてふっと呟いた。

 

「あ、黒点発見。やっぱり太陽が氷河期に入り始めているってのは本当なのかね」

 

 何かを通すこともなく太陽を直視するといった、人外染みたことをした十六夜の頭にはヘッドホンがついており、そこからは彼のお気に入りの曲が流れている。

 しかし、それすらも流れ出るように意識することは出来ず、ただのBGMとなっていた。

 

 高校の屋上とは言え、こうも堂々と授業をサボり、昼休憩になれどサボりのスタンスを変えない姿はただ無気力としか見えない。

 

「何か面白い事ねえかなぁ……」

 

 ヘッドホンから流れてくる曲を音楽プレイヤーを操作して止めてヘッドホンを外すと、授業が終わったことでガヤガヤと騒ぎ出した生徒の声が聞こえてくる。

 購買に惣菜パンを買いに行く者。弁当を広げて友達とお喋りに興じるもの。

 十六夜の桁外れの聴覚はそう言った者たちの声すらも、容易に聞き取ることが可能だ。

 

 はぁ…と再びため息を一つ。

 それと同時に、屋上へと続く扉がギィ…と鈍い音を立てて開けられる。

 

 十六夜は目もくれなかったが、それはここに来る人物が誰なのかを既に知っているからだ。

 

 本来は施錠されているはずの屋上への扉を開け、心地よい日差しが差し込む屋上へと入ってきたのは、一人の少女だ。

 その少女はこの学校で有名であり、二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る美少女だ。腰まで届く艶やかな黒髪、誰もが優しそうだと感じられる大きな瞳。誰もが彼女を頼り、好意を向け、更に親しくなりたいと淡い思いを抱いている。

 

 名を白崎香織という。この学校で二大女神とまで言われる彼女の親友がもう一人の女神なのだが、今はこの場にいないのでいいだろう。

 

 休みの度に話しかけられ、常に側には親友と幼馴染、または友人が居り、いつも微笑みを絶やさない彼女が一人になることの方が珍しい。

 そんな誰からも注目されている香織が、何故、施錠されているはずの屋上へと入ることが出来るのか。まさか、職員室に忍び込んで鍵を盗んだのか。それとも、見た目からは考えられない技術、ピッキングを行えて鍵を開けたのか。

 

 勿論、人の良い彼女がそんなことはできるはずもなく、考えすらも浮かんだことはない。

 では何故か。それは至極簡単なことであり、終夜十六夜が彼女のために鍵を盗んで複製したからに他ならない。

 

 今は詳細は省くが、屋上にいた十六夜を香織が偶然にも見つけてしまい、問い詰めた所、紆余曲折あって二人だけの秘密の場所となってしまった。

 

 その二人だけの特別な場所に来た香織は、黒髪を風に靡かせながら十六夜の寝転がっている場所まで歩いて行く。

 

「もう、十六夜くん、また授業サボったでしょ? 机の上にプリントが溜まってたよ?」

 

 十六夜の頭上まで歩み寄ってきた香織は、髪を押さえつけながら十六夜の顔を覗き込む。日差しが遮られ、香織の作り出した影が十六夜の顔を覆う。逆光によって見えづらいが、彼女の顔はいつもの表情とは違ったものだった。

 誰もに見せている優しげな微笑みではなく、まるで安心したことにより無意識に出てきた、自然体な笑み。

 

「おいおい、パンツ見えちまうぞ?」

「ッ、この位置からじゃ見えないもん!」

「なんだ、頭の近くに立ってたから見せてくれるのかと思ったぜ。嫌ならさっさと座れば?」

「言われなくても座ります! ……それで、なんでサボったの?」

「退屈だから。今更、高校程度の授業なんざ受けても受けなくても変わりはしねえよ。お前も知ってんだろ? 俺が授業なんて受けなくてもいいってことをよ」

 

 まぁ、そうだけど……。と香織は呟く。十六夜がどれほど頭が良いのかを知っているからだ。

 嘗て、知り合ったばかりの頃にわからないところを何気なく呟いたところ、十六夜がわかりやすくかつ丁寧に説明してから、香織はどうしてもわからなくなったことがあれば、まずは十六夜に相談している。

 

 親友や幼馴染ではなく、十六夜にだ。

 

 どうしてこうも他人である十六夜と二人きりになり、相談もする間柄で、心底安心したかのような表情を見せるのか。普通であれば、家族との時間や自分の部屋などで、本来の自分というものを曝け出す。

 

 だが、香織は終夜十六夜を選んだ。

 切っ掛けは些細な事であり、それを十六夜が慰めたこと。十六夜のとっては別に慰めたのではなく、ただ単に側で五月蝿かった彼女の話を聞いてやり、アドバイスしてやった程度のことだが、香織にとっては救われたことだった。

 

 香織だって人間であり、ただの女子高生だ。周りからの好意を受け続け、頼まれたら断らず、嫌な顔を見せずに微笑みを浮かべる生活なんて普通ではないだろう。何気なく微笑むことはあれど、時には無理やりに浮かべることもある。容姿端麗故に告白もされる。それを断り続けていれば疲れもする。

 

 小さなストレスも受け続ければ大きくなり、溜め続ければいつかは爆発してしまう。

 そのストレスを受け止めたのが偶々十六夜だった。もし、他の男子であれば…これを機に付け入って仲良くなり、踏み込んであわよくば…なんていう邪な考えのもとに慰めることもあるかもしれない。

 

 一人の人間が抱える様々な悩みは、他人から見れば些細と思われるかもしれないが、本人の中では大きな問題となっていることが多い。

 これらを対処できずに問題を合理化したり、抑圧、置き換え、行動化などによる防衛機制によって対処されるが、やはり吐き出してしまったほうが楽だろう。だからこそ、受け止めてくれる存在は必要なのだ。一番例にし易い人物であれば、母親かもしれない。

 

 それから香織が自覚、無自覚的に疲れた際に逃げ込むのが屋上である。鍵も閉めることが出来るので誰からの追跡も避けることが出来るし、十六夜が居る。最近では南雲ハジメという男子生徒を構ったことにより、少しばかり面倒なことが多々起きているが、様々な感情を向けられてきた彼女が、南雲ハジメに送られる悪意ある感情を気づけないはずがない。よって、最近は自重している。

 

「十六夜くんはお昼食べた?」

「いや、まだだな。別に腹減ってねぇし、買いに行くのも面倒くさいから抜くつもりだ」

「だと思ったよ……そう思って十六夜くんの分のお弁当も作ってきたんだー。昨日の夜に肉じゃが作ってね、余ったから入れてきたんだけど……」

「へぇ…? そう言えば、何気に香織の肉じゃがって初めてだな。貰うわ」

「うん。ちょっと待ってね」

 

 よっ、と腹筋の力だけで起き上がった十六夜はその場で胡座をかき、香織がにこにことしながら手提げ鞄から弁当を取り出すのを眺める。まるで恋人同士のような風景だが、二人はそういった関係ではない。何気にこの光景も見慣れたな、と十六夜はふと思う。

 

 取り出された2つの弁当箱のうち、大きめの弁当箱がいつも十六夜の貰っているものだ。それで足りるのかというような女子の小さな弁当箱とは違った、黒の二段弁当箱。その2つの箱の蓋を開けて、箸を取り出して十六夜に手渡す。

 

 一つはふりかけのかかった白米に、もう一つは先程彼女が言っていた肉じゃがが半分ほどの空間を使用して詰まっていた。じゃがいも、肉、玉ねぎや人参、莢隠元を使って作ったようだ。肉じゃがの隣、もう半分の空間には卵焼きや茹でたブロッコリーなどが入っており、見た目も鮮やかに食欲をそそるようになっていた。

 

 不思議なもので、先程までは全くと言っていいほど腹が減っていなかったのに、この弁当を見ると途端に空腹が襲ってきた。

 

「いただきますっと」

「召し上がれ」

 

 香織の返事を聞いてから、早速とばかりに肉じゃがに箸をつける。じゃがいもと玉ねぎを一緒に掴んで、口へ運ぶ。咀嚼するとともに、どうせなら温かい状態で食べたかったと言う思いが浮かび上がる。

 冷たくもほろりと崩れるじゃがいもと、とろけるように崩れていく玉ねぎは実に自分好みの味付けだった。肉じゃがはその家庭の味とも言え、おふくろの味とも言う。親のいない十六夜は自分で店や惣菜の味を真似て作った物が我が家の味と言うものだが、売るために作られたものではなく、他人の作った家庭の味に少しばかり感慨深くなる。

 

 無意識的に美味いなと呟いてから、無言で箸をすすめる十六夜を見ている香織だが、気づいているのかいないのかわからないが、愛おしいものを見るような表情を浮かべており、普段から回りにいる者共が見れば驚愕と同時に見惚れるだろう。

 

 十六夜の一言に胸の内を暖かくし、喜びを感じる香織だが、この感情がどのようなものか…未だに自覚していない。それでもこんな日常が続けばいいと思う。

 

 温かな日差しの降り注ぐ晴天のもと、とある高校の屋上でたった二人の秘密の昼休み。

 

 いつまでも続くかのように思われる日常風景だが、それは叶わなくなる。誰もが想像できない出来事が、近い未来に起こってしまうからだが……それはまだ、少しばかり先のことである。

 

 




納得できないが…最初はこれくらいで良しとしておきます。


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第01話 教室に魔法陣が出現するそうですよ?

教室での一コマと魔法陣。
異世界へ向かう一行だが……残念、まだ異世界じゃない。それは次回。


 

 

 今日は生憎の雨空であり、ぱらぱらと雨粒が窓ガラスを叩く。

 窓ガラスが雨粒により濡れるさまを、肘をつきながらいつもよりも更につまらなさそうにした表情で眺める十六夜。

 

 今朝は曇天であり、いつもの様に屋上に寝転がってこんな日もいいなと思っていたところに、雨粒が頬を叩いたため、渋々と教室へ向かって自分の席に座っていた。

 

 机の上には分厚い本が積まれており、ドイツ語、英語、スペイン語などと本のジャンルに偏りが見られない。それらは既に授業中に暇つぶしのために読み尽くされてしまっていたのだが、その読書風景よりも、終夜十六夜自身が教室に居て、自分の席に座っていることに、クラスメイトと教師が驚愕していた。

 

 この日ばかりはそんなイレギュラーなこともあり、教室内もいつもよりも静かだった。

 

 現在、授業中とは言え、右隣の南雲ハジメはそんな十六夜を不思議そうに眺めていた。ハジメにとっても少しばかり驚くことであり、珍しい光景につい視線をやってしまう。

 十六夜の存在もあってのことなのか、いつもハジメを虐めてくる檜山達も今日ばかりは大人しく、何もしてこないことにハジメは安堵していた。檜山達もどこか十六夜に関わってはいけないという感覚を感じ取っているのかもしれない。苛めっ子や不良ほど、割りとそういったことには敏感だったりする。

 

 そして、その二人を先生の目を掻い潜って見つめているのが香織と、もう一人の我らが女神である八重樫雫だ。黒髪をポニーテールにしている美少女であり、現代に現れた美少女剣士とまで言われている。

 

 香織は十六夜との関係を隠しているわけではないが、周りに人がいるときは積極的に話しかけようとはしていない。十六夜と居るのは好きだが、それによって騒がれるのは嫌いだし、彼に迷惑になると考えていた。

 

 雫に関してはいつもは見ることのない十六夜と、授業中にも限らずハジメの方を見ている香織を珍しく思っているので香織を見ていると言ったほうが適切だろう。

 香織がハジメではなく十六夜を見ているとは露知らず、雫は親友のハジメに対する恋心か何かだと考えており、ついに気づいたのかと少しばかり感動しそうになっているが、そうではない。

 

(今日はサンドイッチ作ってきたのに……どうしよっかな………)

 

 当の本人は雫の予想とは全く違った考え事をしていた。

 

「それではこの問題を……終夜くん、お願いします!」

 

 窓の外を眺める十六夜に、四時間目の社会科担当である畑中愛子が指名する。小さな身長に可愛いというべき容姿に二大女神ほどとは言わないが人気は高い。

 

「あ、あれ? 聞こえてないのかな? お、おーい、終夜く~ん! この問題を解いてくださ~い!」

 

 再度、十六夜に話しかける愛子先生。心なしか、教壇を降り、近づいている気がする。

 

「き、聞こえてない…? 私って声もちっちゃいのかな?」

 

 もしかして、身長だけじゃなくて声もちっちゃいから無視されているんじゃ。そんな考えが浮かんで、ミニ教師は一瞬だけ遠い目をした。

 

「愛ちゃん愛ちゃん。近寄ってみれば?」

「そ、そうですね! 隣で話せば流石に聞こえますよね!」

 

 一人の女子生徒にそう助言され、とことこと十六夜に近づいて机の側に立ち、座っている十六夜に顔色を伺うようにして見ているため、少しばかり上目遣いになる。その光景に近くの生徒が鼻血を流した。

 

「よ、終夜くん……? その、聞こえてますか?」

「……………………」

「あ、あの? もしかして、寝てる?」

「……………………ん? あぁ、悪い。今気づいたわ」

「え゛っ!!?」

 

 目を開けているので寝ているわけないのだが、寝ているのかと疑った愛子先生はちょんちょんと十六夜の腕を突いてみたところ、漸く反応を貰ったのにそんなことを言われて女性が出しては行けないだろう声を出して驚く。

 

 別に無視していたわけではなく、雨に濡れる景色を眺めていたらいつの間にかぼーっとしていただけだ。変な声を出した先生を置いておき、ちらりと教室全体に視線を走らせる。誰もが愛子先生と自分のことを見ており、何か指名されて話しかけられていたのだろうと予測する。

 

「んで、何か用か?」

「問題を解いて欲しかったんですけど……もしかして、私の授業は詰まらないですか………?」

 

 ビクビクと心配そうにそう尋ねる愛子先生に、

 

「ああ、詰まらん」

 

 十六夜はバッサリと言い切った。

 予想もしていなかった答えだったのだろう。自分の担当している教室の生徒に、真正面から授業がつまらないと言われた愛子先生は「がーんっ!」なんて声を出しながら崩れ落ちた。

 ショックだった。皆に色んなことを教えてあげようと、少しでも面白い授業をしてあげようとした頑張りが、こうも一瞬で無駄になったことに、泣きそうになる。

 

 一番先生に近かった、隣のハジメがあわあわとどうしていいのか分からなくて慌てている。女子への対応すら拙いのに、先生であり歳上の女性にどうすればいいのだ!と混乱中のハジメ。状態異常回復のアイテムが本気で欲しい。

 

 そんな光景を見て、十六夜は少しばかり直球に言い過ぎたかと反省をする。愛子先生の授業がつまらないのではなく、既に知っていることを聞いても面白くないという意味合いなのだが、言葉が足ら無さ過ぎた。

 

「ヤハハ! 冗談だ冗談。アンタの授業がつまらないわけじゃねえよ。知ってることをもう一度聞いても面白くないだろ? それと同じだ。他の教師に比べりゃ遥かにマシな授業してるから誇りな」

「え、ちょ、な、なんで持ち上げてるんですか!? 先生は子供じゃありません! や、降ろしてー!」

 

 席から立ち上がり、しゃがんで崩れ落ちた愛子先生の脇の下に手を差し込んで子供のように持ち上げ、言葉を足してそう告げる。

 愛子本人からしてはたまったものではない。生徒とは言え、初めて男性に抱え上げられて、こんなにも顔が近いなんてことは初めてであり、顔を真赤にしてバタバタと暴れている。スーツを着ているのに本当に子供のようだ。

 

 十六夜は持ち上げたまま教壇に向かい、愛子先生を降ろしてから黒板にかかれている空白へと答えを書き込む。話を聞いていなくても黒板にかかれていることや、開かれている教科書のページから答えを導き出すことは、十六夜にとって造作も無いこと。

 

「うぅ……正解です」

「おう」

 

 一言だけそう答えてから、愛子の頭をポンポンと撫でて自分の席に戻っていく。それと同時に授業終了を告げるチャイムがスピーカーから流れ出し、教室内に響き渡る。十六夜と愛子のあれこれに時間が取られていたようで、いつの間にか授業終了となっていた。

 

「で、では、これで授業を終わりますね」

 

 愛子のその一言に途端に教室内がざわざわと騒がしくなる。各々が好きに昼休憩の時間を過ごし始める中、十六夜はポケットの中から十秒でチャージできる便利な簡易食、銀のパックに包まれたゼリーを取り出し、隣の席のハジメも自分の鞄の中から十六夜と同じ十秒チャージを取り出した。

 

 ハジメは普通に蓋を開け、十六夜は器用に親指だけで蓋を回転させて弾き飛ばしてからキャッチする。二人はまるで示し合わせたかのように飲みくちに口をつけて、ジュルルルと中身を十秒もかけずに吸い出し、飲み込んだ。

 

 隣から同じ音が聞こえたのを不思議に思ったハジメがそちらを見てみるが、同じようにゼリーを飲んでいた十六夜を見てこんな偶然があるのだとぼんやりと考える。

 いつもなら香織達に絡まれないように教室の外に出てから昼食を取るのだが、2日連続の徹夜がここに来て響いたのか、教室内で昼食を取ってしまった。

 ミイラのようにカラカラになった銀パックを机の上に置き、今日何度目かになる十六夜観察に入る。恋する乙女が大好きな男の子を見るわけでもないのに、何度も十六夜を見るというのはそこまで珍しいのだろう。

 

 肘をついて目を瞑っている十六夜を見て、自分も眠かったのだと自覚する。ハジメは机の上で腕を枕に寝ようとした瞬間、こちらに近寄ってくる存在を感知する。

 

 香織だ。教室内に居るハジメを珍しく思ったのか、いつもの朝のように話しかけてくる。

 

「南雲くん、今日は教室にいるんだね。よかったら一緒にお昼ご飯でも食べない?」

「い、いや、遠慮しておくよ。僕はもう食べたからさ」

 

 そう言ってヒラヒラと銀パックを揺らして見せる。

 

「え、それだけ!? だめだよ、ちゃんと食べないと! 私のお弁当分けてあげるよ! 今日はサンドイッチだから分けやすいし……」

 

 そこまで言ったところで香織ははっと天啓を受ける。このままの勢いでハジメの隣の席の十六夜を誘えば、ナチュラルに昼食を共に出来るのでは…私ってば天才? 

 思い立ったが吉日。香織は直ぐ様、ハジメの席を回り込んで十六夜の近くへ。十六夜も目を瞑っているとは言え、香織の声も気配も感じ取っていた。だが、ハジメに話しかけているのだと思って無視していた。雨の日はテンションも低いのだ。

 

 そんなテンションの低い十六夜なんて知らない香織は話しかける。

 

「いざ……終夜くん、よければ終夜くんも一緒にお昼、どうかな? 南雲くんと同じでそれだけなんて体に悪いよ?」

 

 そう話しかけられて、十六夜はゆっくりと目を開ける。

 

「――――あ?」

 

 少しばかり低い声音にクラスメイトの数々がこれはヤバイと内心で盛大に焦りだす。香織が十六夜に話しかけただけでも、何してんのこの子!?状態であったのにこの返答。これ以上何も言わないでと願いながらも、誰もがもしもの時のために香織を助けられるようにと覚悟を決めた。

 

 だが、香織は十六夜が機嫌が悪いわけでも怒っているわけでもないとわかっている。不意を突かれて出てしまった声だとわかっていたのだ。

 

「だから、一緒にお昼食べないって思って…南雲くんも誘ったからどうかな? サンドイッチだから食べやすいよ?」

「あー、昼飯ね、眠いからいいわ」

「またそんなこと言って! 朝と夜はちゃんと食べてるの!?」

「いや、なんでお前にんなこと聞かれないといけねえんだよ……朝は食ってないし、夜は適当に作ってるからいいだろ」

「1日1食じゃない! 体にわるいからちゃんと3食食べないと駄目なんだから!」

「お前は俺の母親か」

 

 きゃんきゃんと十六夜に説教している香織とのらりくらりとそれを躱している十六夜に、誰もがぽかんと口を開けている。

 クラスメイト達にとって香織と十六夜が話しているのを見るのは初めてのこと。しかし、驚愕をしながらも、まさかここまで十六夜相手に話すことが出来るなんて流石は女神と訳の分からない結論に至る。

 

 だが、そんなことを思ってもいない人物が一人居る。親友の雫は、香織の出している本音に驚愕を禁じ得ない。雫は香織が割りとどうでもいいことに対しては仮面を付けているのを知っていた。だというのに、ここまで十六夜に対して自分を見せているのを見て信じられない気持ちだった。

 

 自分だって嫌なことに対しては仮面をつけるし、香織だってなんでも受け入れてしまうような聖女という存在ではなく、ただの女子高生だというのは、今までの付き合いからわかっている。

 可愛いものを見て可愛いといい、美味しいものを食べて美味しいと笑う。好きなスイーツを見つけて食べてみたいと小さな我儘と欲をいう。課題が面倒くさいと部屋で倒れ込んで呟く。

 二人きりで過ごしているときは香織が割りと自分を出していると思っていたし、何かあれば自分がカバーすればいいと思っていた。だが、所詮は他人である。人に対して見せられないものは見せられないので、それは次第に溜まっていくものだ。そこが、雫の気付かなかった部分であり、香織が十六夜の前でつい爆発させてしまった部分だ。

 

 そろそろ面倒だと十六夜が教室を出ようと腰を上げたところで、第三者が話に入り込んでくる。

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだし、終夜も香織の優しさを振り払ってるみたいだから。せっかくの香織の美味しい手料理をいやいや食べるなんて俺が許さないよ?」

  

 爽やかに笑いながら気障な台詞を吐くのは香織の幼馴染であり絶大な人気を誇る天之河光輝と、その後ろに居るのが坂上龍太郎。この二人は二大女神とよくつるんでおり、四人揃って生徒から人気である。

 

「え? なんで、光輝くんの許しがいるの?」

 

 何処かでブフッと吹き出す声が聞こえたが、そりゃそうだと十六夜は思う。何故、香織のやりたい事に光輝の許しなんていうものが必要となるのか。

 

 少しばかり面倒なことになりそうだと、安全に椅子から立ち上がった十六夜。そして、とあるものを目にして思わず固まってしまう。

 

 十六夜の視線の先には光輝の足元に出現した、光り輝く魔法陣。円環と幾何学的模様により構成された魔法陣は、悪戯やドッキリで済ませられるようなものではないというのは一目見てわかる完成度だ。おまけに魔法陣から風まで吹き出す始末。思わず香織はスカートを押さえて慌てだす。

 

 この異常事態にはすぐに周りの生徒達も気がついたが、全員が金縛りにあったように魔法陣を注視する。

 

 愛子が何かを叫んだ瞬間、カッとより一層魔法陣が輝いたかと思うと、光が教室を満たす。まるで長い時間光っていたかのように思われた教室だが、それは一瞬の出来事だった。

 

 静まり返った誰も居ない教室。そこにはつい先程まで生徒たちが居たであろう痕跡のみが残っていた。これは後に集団神隠しなのではないかと騒がれる出来事となる。

 

 

 



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第02話 ありふれた問題児は正体不明

メリークリスマス。歳を取るにつれてイベントごとには思い入れも何もなくなってきてる俺ガイル。


 光が収まり、視界が良好となったところで、十六夜は反射的に抱きしめて何らかの外敵から守ろうとした香織を放す。暫く呆然としていた香織だが、自分が十六夜に抱きしめられていたことを自覚して、瞬時に顔を赤くする。

 

 一方、十六夜は一瞬にして教室の風景から変化した石造りの部屋を素早く見渡す。大理石か何かで作られた部屋の壁には金髪の中性的な人物が描かれている。美しい風景とその微笑みに素晴らしい壁画と言える物だが、十六夜にとっては興味深い対象物としてしか見えていない。

 美しいものは美しいと言える十六夜だが、違和感を感じ取ったのか、壁画から何か読み取れないかと全体に目を行き渡らせる。

 

 だが、それも中断することとなる。

 部屋に…十六夜達の周りにいたのは三十人近い人物であり、中でも一番存在感のある老人が動き出し、名乗りを上げる。

 その人物はイシュタルと名乗り、この世界をトータスと言った。

 

 そして、イシュタルはこの場では落ち着けないだろうと、生徒たちを伴って移動を開始する。辿り着いたのは幾つもの長テーブルと椅子の並ぶ部屋。そこで行われたのはこの状況とこの世界について。

 

 その話は十六夜やハジメにとって、どこか聞いたことのあるような、そしてどこか読んだことのあるような内容であった。

 愛子が地球に返せと叫び、生徒はドッキリだと言う。その後、様々な説明もあり、光輝により戦争への参加が決定されてしまったが、王城へと移動するためにイシュタルによる魔法によって別の場所へ。

 

 その際に外に出たことによりこの世界を目の当たりにする。

 

(なるほどな…魔王を討伐、神エヒトからのお告げに転移、この世界の状況と誰もが知るようなファンタジー……ハッ、やっと思う存分に暴れられるってか? いいじゃねえか、おい! 最高に面白くなってきやがった!)

 

 外の世界を見て獰猛に嗤う十六夜の目に映るのは、完全無欠に異世界であった。

 

 

 

 

 そこからは休む暇のない時間であった。爺と爺のキスを見て、ランデル殿下が香織にしきりに話しかけているのを無視して晩餐会による異世界料理を堪能し、各自一室与えられてから十六夜はベッドに倒れ込む。

 

 まさに異世界。十六夜にとってはこの時間、この瞬間全てが未知の出来事であり、全てにおいて興味の対象となっていた。快楽主義者である十六夜にとって、この世界は退屈にならないだろう場所であり、柄にもなく子供のようにワクワクしているのを自覚した。

 

 暗い部屋の中で天井を見上げ、これからの出来事に思い馳せる。

 自分が他の人間とは違うというのは自覚している。全力を出せば軍隊だって抵抗できずに壊滅させられるだろう。そんなことすればどうなるか……それは想像に難くない。だから、十六夜にとって地球での生活と言うのは、好きに過ごすには息の詰まるものだ。実に生きにくい。

 

 異世界転移からの怒涛の一日。未知で溢れる明日に期待しつつ、十六夜はゆっくりと目を閉じるのだった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 

 翌日は早朝から座学であった。

 まず行われたことは各自にステータスプレートというアーティファクトが配られ、自分自身のステータスを確認する作業からだ。

 

 全員が集まったところでやってきたのはこの国の騎士団長であるメルド団長であり、この人物は十六夜の目から見てもイシュタルのように何かを企んでいるといったことは見られなかった。

 十六夜の観察眼は相当なものである。その観察眼からして、一先ず信用はしても良さそうだと言わしめるメルド団長の豪放磊落であっけらかんとした性格は確かなものなのだろう。

 

 事実、これから戦友になる奴らに他人行儀に話せるかと笑いながら言ったメルドだ。上のものとしての責務や育てようという思いは確かにあった。

 

 さて、ステータスプレートを配られた十六夜は言われたように指先から自力で血を出してステータスプレートに塗りつける。

 十六夜の人外地味た体の耐久力は、たかだか針程度では傷すらもつけることは叶わないため、自分で傷をつけて血を出したのだ。痛みはあるが強靭な精神力を持ってして我慢し、皮膚を噛み切ると言った真似をして血を出す。

 

 よく、アニメなどでは親指の指腹を噛み切って血を出すシーンがあるが、実際は出来ないだろう。

 親指…指先と言うのは神経が多く通っており、カミソリや紙で切れてしまうならいざ知らず、噛み切るなんて言う真似をして大きな傷をつけるのはとんでもない激痛を伴うだろう。

 

 十六夜のステータスプレートの色はコバルトブルーであった。その隣ではハジメが空色のプレートを持っている。個人によってステータスプレートの色は違うといったところ。

 

 自分のステータスはどんなものかと見てみるが、そこには予想を超えるようなことが書かれていた。

 

 

 

===============================

終夜 十六夜 17歳 男 レベル:1

天職:問題児

筋力:ERROR

体力:ERROR

耐性:ERROR

敏捷:ERROR

魔力:ERROR

魔耐:ERROR

技能:正体不明(コード・アンノウン)・言語理解

===============================

 

 

 

(ERRORだと? ステータスプレートでは俺を測りきれなかったということか?)

 

 ステータスがびっしりとERRORで埋め尽くされているのを見て、訝しげに表情を歪める十六夜。メルドによるとこの世界の平均は10前後であり、勇者である光輝が告げたステータスから考えるに、転移組はどこかのステータスには100近くある項目があると言ってもいいだろう。

 

(ふ~ん、俺のはレアケースなわけだ?)

 

 角度を変えて見ても変わりのしないステータスプレートに、十六夜はニヤリと笑う。訓練内容を考えるためにステータスを見せろというメルドだが、十六夜は見せる気なんてない。

 

ERRORばかりだからというのもあるが、人に自身の能力を測られるのは好きではない。自分の力は自分だけが知っていればいいのだ。

 

 そう考えたところで隣が俄に五月蝿くなったため、そちらを見てみるが、どうやらハジメがこの世界の一般人並のステータスだったようで、職業も生産職と非戦闘要員だったために檜山達に弄られているようだ。

 

 それをどうでもいいとばかりに周りを観察していると、メルドが十六夜に近づいてくる。

 

「後はお前だけだぞ? ステータスはどうだったんだ?」

「ハッ、悪いがおいそれと自分の能力を見せるわけにはいかないんでね。ステータス提示は断らせてもらぜ、ダンチョウサマ?」

「おいおい、それじゃあ訓練内容が組めんだろう? 別世界に来て新しい力を手に入れたからと浮かれるんじゃない。この世界は生と死は隣り合わせだ。大人しく見せておけ」

「おいおいおいおい、アンタこそどうかしてんじゃねえのか? こっちからしてみれば勝手に召喚されて、自分たちの知らない場所に飛ばされた。つまりだ、何事にも警戒するのは当たり前なのに、わざわざどうして、弱点になるようなステータスを開示しなきゃならないんだ。アンタは敵かどうかもわからない場所で、味方かわからない怪しい人物に、自分の全てであるステータスを見せるほどアホなのかよ?」

「…………………………。それもそうだ。俺なら見せんな。わかった、ステータスは見せなくてもいい…けど、訓練ではせめて基礎は学んでもらうぞ。その動きを見て、あったスタイルを言う。どうだ?」

「それでいいぜ」

 

 十六夜は飄々と肩を竦めながらそう言った。

 確かに、十六夜の言うことは一理あるとメルドは思った。それと同時に、十六夜に対して他のクラスメイトとは違う、思考の回転が早く、どこか侮れない相手だと認識した。

 

 ステータスだけでは見られないこともたくさんあるだろう。技術や経験、その人物が持っている技というのはステータスでは確認できない。だが、ステータス値と言うものがある時点で身体的にも魔法的にも覆せない事実がある。

 そこを補うのが技能と言うものだ。それなのに、技能まで見られてしまっては全てとまではいかないが、ある程度のことは対処されてしまい、容易に捉えることも可能となるだろう。

 

 十六夜にとっては見られても何もわからないから問題ないのだが、ここでお前らになんでも従うわけではないのだと、抵抗する手は持っているかもしれないぞという意思表示をすることで立場をある程度確立させた。

 

 十六夜とメルドの話を聞いたハジメは後悔する。自分もステータスを確認した時点で隠してしまえば、誰にも見られることはなかったし、自分の能力を知られることはなかったのだ。ましてや、能力も何もない異世界から来た自分たちは、スタートは一緒であり、それこそステータスや職業、技能で上下関係も決まってしまうような場面。

 

 やはり十六夜は只者ではないと思うと同時に、自分もあのような行動が取れるようになりたいと、ハジメの心の奥で密かに十六夜に対して憧れを持つ。

 

 だが、十六夜のそれを快く思わないものも居る。十六夜がどういう人物かわからないために手出しも出来なく、地球では十六夜が居るときはハジメに手を出せなかった檜山達は大人しくしていた。しかし、この世界に来て力を得て、十六夜すらも好きにできるのではないかと考えていたのだが……これでは十六夜の能力が分からずじまいだ。

 

(ステータスがわからないのなら、訓練する意味はないか…俺に今必要なのは実戦経験と知識ってところかね)

 

 そう考えて、ステータスを確認してから二週間は図書館に篭って知識をひたすら集めていた。十六夜にとってある本すべてが未知の知識であるので退屈することはなかった。こう見えても十六夜はかなりの知識を蓄えており、それはこうして書物を読みふけていたことも一因だろう。

 

 そして、その図書館には十六夜だけではなくハジメも居た。二週間経ったというのにレベルは2しか上がらず、ステータス値は刻むように上がるだけであり、訓練しても意味が無いのではないかと考え始めていた。

 自分は強くなれないのではないかという可能性の一つに軽く絶望し、檜山達に虐められるのも相まってかなり精神的に来ているというのが現状だ。

 

 目の前で座っている十六夜も、もしかしたら同じなんじゃないかと淡い期待を持っている。もしかしたら仲間では、と。

 

 この二週間、結局のところ十六夜が訓練に出たことはない。ハジメが図書館に行けば、必ずと言っていいほど本を読んでいる姿を見る。その十六夜の前の席に座ってハジメは本を読んでいた。

 

(異世界ということは亜人も居るだろうし、ぜひ見てみたいなぁ……攻略や魔王討伐は勇者に任せて、僕は飛び出して世界でも見てこようかな……)

 

 本を閉じ、窓の外をぼんやり見ながら色々と考える。そして、窓の外から十六夜へと視線を向ける。本を読むその姿は見慣れてしまったものだが、その真剣な姿は男のハジメからしても格好いいと思わせるような表情。いつもつまらなさそうにしているのでギャップがあるからといったところだろうか。

 

(終夜君も誘ったら、来るかな?)

 

 多分、ついてきてくれるだろうとハジメは確信めいた予想をする。十六夜が何か決まったことに捕らわれて行動するタイプではなく、自由気ままに、好き勝手に動く方がらしいと思ったからだ。何にも縛られることのなく、自分の力のみで突き進み、面白いことを求めて生きていく。そんな気がした。

 

 実際に十六夜は知識を蓄えて、ある程度のことを経験したら外に出て好きに生きていくつもりである。こんなにも面白そうなことが溢れている異世界で、縛られるのはつまらない。故に、自分で面白いことを求め、強い敵や感動を探しに行く。ついでに魔王という力の有りそうなやつと戦ってみるのもいいかもしれない程度には考えていた。

 

 幸いにも、この広大な図書館には膨大な量の書物が蓄積されており、流石王城と言ったレベル。外では見られないようなものも置いてあり、これ幸いにと全てを読んでいく。

 

 それでもハジメの存在には気づいている。毎日、自分の前に座って本を読み、何故か自分を見つめてくるその視線に何してんだと疑問は湧くし、敢えて無視していたが、流石に今のようにずっと見つめられるということはなかったため、ため息をつきながら顔を上げる。

 

「おい、南雲」

「うぇっ!? ぼ、僕!?」

「オマエ以外に異世界に南雲ってやつが居るのかよ。世界に同じ顔が3人いるっつーなら、異世界にも適応されんのかよ? 別世界のやつなのに。それなら会ってみたいもんだな」

 

 初めて十六夜に話しかけられたハジメは、いきなりのことにテンパってしまい、変な声を出す。

 

「な、何かな…?」

「何かなじゃねぇよ。オマエ、ずっと俺のこと見てただろうが……何か用か?」

「よ、用ってほどじゃないけど……終夜君はさ、訓練にも出ずに本を読んでるでしょ? それって何でかなって……もしかして、僕と同じ?」

「あー…そのことな」

 

 ハジメにそう聞かれて、ポツリと呟く。

 理由を話してもいいが、ステータスプレートを見せたほうが早い。別に見られても何もわからないだろうし、南雲にならいいかと思い、ステータスプレートを取り出して、机に投げる。

 

 くるくると回転しながら机の上を滑るステータスプレートは、ピタリとハジメの前に止まった。その動作にちょっと格好いいと思いながらも、ステータスプレートを覗き込む。しかし、そこに表示されているのは明らかにおかしいことだった。

 

「なッ!?」

 

 全てERRORのステータス値に技能は正体不明。これからは何も読み取れない。

 

 驚愕すると同時に、納得する。確かに、これならばわざわざ訓練によって何かを鍛える必要はないだろう。なぜなら、どれを鍛えればいいのかわからないし、どれだけ自分が動けるのかわからないからだ。

 とは言え、十六夜は自分がどれくらい動けるのかは把握している。今現在は地球に居た頃となんらかわりはない。

 

 ステータスを見て一人納得するハジメを見た十六夜は、ハジメが浅い考えをするだけの存在ではなく、考えることの出来る奴だと、他とは違った考えができるのだと評価を上方修正する。

 

 今はまだ何も出来ないが、何か人生を変えるような出来事にあえば、思いもよらない成長を遂げるかもしれない。

 

 ハジメから返されたステータスプレートを受け取ってしまう。

 

「終夜君はさ、これから何をしようかとか考えてる?」

「まぁな。魔王には興味がある。そんな素敵ワードを放っておくなんて出来ねぇだろ?」

 

 そうかもしれないね、とハジメは苦笑する。

 

「それでも、縛られた生活は性に合わねえ。だから、ある程度の知識を蓄えたら、この世界を見て回ろうかとは考えてるぜ。ついでに魔王と戦えたらいいなとは思っちゃいるがな」

「そうなんだ…僕もこのままじゃ役に立たないし、外にでも出ようかなって考えてるんだ。よかったらさ、一緒にここから飛び出さない?」

「へぇ…そんなこと考えてたんだな。まあ、こういった異世界のことを知ってるなら、それもそうか」

「え、もしかして終夜君も二次創作とか読むの?」

「あ? そりゃ見るぜ? 蔵書も読むが、ネットなんかで素人が書いたものを漁って読むなんてのも、また違った楽しみがあるからな」

「そうなんだ! じゃあゲームとかも?」

「人並み以上にしてんじゃね?」

「おお! じゃあさ、最近人気になった「ありふれた家具で世界最強」とか読んでる!?」

 

 思わぬ趣味を共有できる人物に、今までの落ち込んだ様子が嘘のように目を輝かせて十六夜に話しかけるハジメ。その姿に苦笑しながらも、嫌いではないのでなんだかんだ話をする十六夜。今まではそういった相手がいなかっただけで話をしなかったが、相手がいれば人並みに話くらいはする。香織がいい例だろう。

 

 そうしてそのまま二人で訓練をサボって話に花を咲かせたのだった。

 

 



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第03話 ありふれた問題児がオルクス大迷宮で嗤うそうですよ?

ランキング上位、感想多数、評価は下がっちゃいましたが皆さんありがとうございます。


 

 

 

 【オルクス大迷宮】

 

 それは全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つであり、階層が深くなるに連れて出現する魔物は強くなっていくが、逆に言うと浅くなるほど弱いということだ。

 そのため、魔物の強さを段階付けし易いという点を活かして、新兵の訓練などに使われているので人気のある迷宮の一つだったりする。

 

 その迷宮で実戦経験を積むために向かった勇者を含む地球組ももれなくそれに含まれている。これからオルクス大迷宮で訓練を行うのだ。

 

 メルド団長と複数人の騎士とともに冒険者たちのための宿場街【ホルアド】に到着し、王国直営の宿屋に泊まることになった。

 

 最低二人で一部屋使われるために、十六夜ももう一人のペアが出来るのだが、それはハジメだ。見知った顔の方がいいとハジメが十六夜を誘ったためこのペアになった。

 

 久しぶりに見る普通の部屋に、ハジメはベッドにダイブして一息つく。十六夜も学ランを脱いで椅子にかけ、ベッドに座り込んだ。

 

「南雲、借りてきた迷宮の魔物が載っている図鑑はどこだ?」

「あ、それなら僕の鞄に入ってるから取っていいよ」

「あいよ」

 

 十六夜はハジメの鞄の中から図鑑を取り出して読み始めた。

 

(期待しちゃいなかったが、低層の魔物は弱い……行けたとしても二十階層と団長サマが言っていたから、歯応えの有りそうな敵には出会わないか……つまんねぇなぁ。とは言え、初めて魔物が見えるんだから、そこは楽しませて貰わねえと)

 

 図鑑に書かれている詳細と描かれた絵を見ながら、本物が感じさせてくれる威圧はどんなものなのか、実際の魔物との戦闘はどんなものなのかと考える。

 

 十六夜が図鑑を読みながら様々な体験を予想し、ハジメがうとうととしだした時に、それらを邪魔するように扉をノックする音が響いた。

 この世界にとっての深夜帯に来訪者というのは怪しいだろう。ハジメはもしかしたら檜山達かと警戒するが、ここには十六夜も居ることを思い出して力を抜く。

 

「十六夜くん、起きてるー? 私だけど、今お邪魔してもいいかな?」

 

 安堵のため息を吐いたかと思いきや、意外な来訪者に驚愕し、その来訪者の尋ね人に更に驚愕する。

 

 香織の声に十六夜が図鑑を閉じて、頭を掻きながら扉に向かい、鍵を外して扉を開けた。その先にはネグリジュの上にカーディガンを羽織った香織が佇んでおり、十六夜の姿を見て安心したかのように表情を緩める。

 

「よう、どうしたんだ? まさか夜這いにでも来たのか? それなら歓迎するぜ」

「夜這ッ!? ち、違うから! ちょっとお話しに来ただけだよ!」

「ヤハハッ、そりゃ残念だ。ま、入れよ。南雲もいるけど構わないよな?」

「え、南雲くんと一緒なんだ」

 

 十六夜に入れと言われた香織は部屋に入り、十六夜の言葉通りにハジメが居るのを見て少しだけ目を見開く。まさか十六夜がハジメとペアになって同じ部屋に居るとは思わなかったのだ。

 ネグリジュ姿の香織の姿を見て、思春期男子らしく顔を赤めて視線を逸しながらも小さく会釈をするハジメ。つい、香織も小さく頭を下げて返す。

 

 その間に十六夜が紅茶モドキを3つのカップに入れて戻ってきた。香織は十六夜の寝ていたベッドに座り、十六夜自身は椅子に座る。

 

 十六夜がカップを香織に手渡すと、ありがとうとお礼を言いながら受け取り、ハジメも十六夜から紅茶を貰った。水出しの紅茶モドキのため、美味しいとは言えやしないだろうが、月明かりの照らす小さな部屋の中で始まった、三人だけのお茶会。

 

 まるでお伽噺の不思議の国で行われるお茶会みたい――――とは程遠いお茶会。創作物語の異世界の国のお茶会と言ったほうがしっくりくるのではないだろうか。それもお茶菓子もなければ、綺麗な部屋ではなく騎士たちが使うような宿屋の一室。まるでありふれた物語の風景。

 

 しかし、月明かりに照らされる香織はどこか天使のようであり、神秘的に見える。その姿を見たハジメは見惚れていたが、十六夜は目の保養とばかりにニヤニヤと香織を眺めていた。

 

「んで、話ってなんだ?」

「うぅん、別に大したことじゃなけどさ、この世界に来てから十六夜くんと二人で話すこともなかったし、なんか、寂しかったから……雫ちゃんも寝たし、メイドさんとかもいないから今がチャンスかなって」

「そう言えばそうか。だけどよ、そんなに話すこともないじゃねえか」

「あるよ! ステータスのこととか、こっちの世界に来てから何してたのかとか! いっぱいあるもん!」

「じゃあ勝手に喋ってろ。適当に相槌だけでも打っておいてやるから」

「いつも通りじゃん!」

 

 更に更に驚愕を重ねるハジメはもはや口と目が開ききったまま動かない。それもそうだろう、まさかこの二人がこんなにも接点があるなんてことは思いもよらなかったし、誰も予想できなかったに違いない。ほぼ毎日話しかけられていたハジメでさえ全く気づきはしなかった。

 

 暫しの硬直の後、小さく息を吐いて顔を戻す。少しの間、眉間を揉みほぐした。

 温くなった紅茶モドキを一口飲んで、目の前で繰り広げられている二人の男女の会話に注目する。会話といえども、少女が一方的に話しかけ、少年が相槌を打って投げられた質問に少しばかり返す程度だ。

 

 久しぶりの十六夜との会話に香織も場所は違えど、まるで地球の頃の屋上での昼休みのようだと嬉しくなる。初めての異世界生活にどれだけ困惑したか、魔法という新しいものにちょっとワクワクしたこと、これからの戦闘に不安を抱いていること。

 

 今までは座学とメルド達のよる訓練ばかりであったため、本気の殺し合いも命の削り合いもしたことはない。地球で普通に暮らしていれば当たり前の平和が、ここではありえない。ましてや今の自分達の境遇。平和とは程遠いし、平和を作り出さなければいけない立場。不安は募る。

 

 空になったカップをカチャリと戻して、目の前の存在に不安そうな表情を隠しもせずに顔をうつむかせ気味に、今思っていることを吐露する。

 

「ねぇ、十六夜くん……明日の戦闘…うぅん、これから私達って大丈夫かな?」

「さあな。だが、危険は伴うだろうよ。ここは異世界、いずれ殺人も経験するだろうし、命を多く奪うことは深く考えなくてもわかるだろ。ましてや戦争を行うんだぜ? それに魔人なんて存在もいやがる。……何が言いたいかわかるか?」

「………………魔人ってことは、人の姿をしてるってこと」

「そういうことだ。根本が違えど、それは人の姿をしている。お前達は人を殺すということだ。だというのに……あの残念糞イケメンサマは軽々と全員を戦争へと参加させ、アイツ自身も他の生徒も殺すということについて何も考えちゃいねえ。あれは人を追い込んで、後は殺せばいいという時に話し合おうとか言い出す馬鹿なタイプだ」

 

 静かに十六夜の言葉を聞いていたハジメは、ああなるほど、と一人納得をする。確かに、言われればそうだろう。あの正義感の強い光輝に無抵抗の人を殺すなんてことは出来そうにもないし、話し合えば平和になるとでも考えていそうな勘違いタイプじゃないかと。

 

「どうしてこうなっちゃったのかな………」

 

 ポツリと誰に話しかけるまでもなく、零れ落ちたかのような胸の内が口から出ていく。

 

「知るかよ。エヒトって奴のおかげだろ。ま、俺としちゃ感謝してるがね。こうして全力で遊べる場所を提供され、面白さに溢れた世界に放り込まれた……ハハハッ、これで楽しまなきゃ損ってもんだろ」

「言うと思ったよ、快楽主義者。ふふっ、十六夜くんはどこでも変わらないね。何も変わってない」

「おう、変わらねえさ。打倒魔王を掲げつつ、その道までは存分に楽しませてもらうさ。……………で、南雲にも話すことがあるんだろ? なんだ? 戦いを前に告白でもすんのか?」

「真面目な話ですぅ」

 

 見つめ合っていた二人だが、十六夜のその言葉とさっさと話せと目が言っているので、香織はハジメに向き直る。

 

「南雲くん」

「……なにかな?」

「明日の迷宮探索だけどね、南雲くんはここに残ってくれないかな?」

「………それは、足手まといだから残ってろってこと?」

「え? あ、ち、違うよ!!」

 

 ハジメが思わず自分の力の弱さ加減を思い返して、そう呟きながら遠い目をするのを見た香織は慌ててそうじゃないと手を振りながら説明する。そのコントじみた光景を見ながらヤハハと笑う一人の快楽主義者。

 

 いくら騎士団がついていて二十階層までは安全だからというのに、まさかそれでも力がないから留守番していろと言われるなんて……と、ハジメは遠い目をして乾いた笑いを見せる。

 

 そのハジメに言い訳紛いに語ったのは夢で見た話である。迷宮でハジメが消えてしまう夢。人間というのは膨大なストーリーで形成された夢だろうと、起きたときにはその大半を忘れてしまうもので、その中でも印象の強い出来事が夢を見たといえるようなもの。悪夢とまでは言わないだろうが、ハジメに語るほどの印象の強い出来事が夢の中で起きたのだろう。

 

「ちなみに、十六夜くんは笑いながら大きな魔物を殴ってたよ」

「うわなにそれ超ありそう」

「でもね、何故か十六夜くんも消えてしまったの。そこで飛び起きちゃって……十六夜くんには待っててと言っても無駄だよね」

「まあな」

 

 例え何を言われたとしても行くのを止めないだろう。疲れ切った顔でそう告げた香織は、その表情の中に色濃く心配、不安を浮かばせる。

 

 ハジメを見るきっかけとなった優しい強さと、全てを受け入れて尚強い十六夜。互いの強さは別ベクトルであれども、香織が惹かれる何かがあったのだろう。

 

「簡単に言えば、香織は南雲と俺のことが心配できたと」

「うん……」

「おいおい、良かったな青少年。こんな美少女に心配されるなんて滅多にないぜ? 喜べよ」

「喜んでいいとこなの?」

「さあな。それで、香織の心配事だが、別に気にしなくてもいいんじゃね?」

「え?」

「いざとなりゃ俺がこいつを引っ張ってやるし、俺が死ぬなんてことはねぇよ。明日以降は危険を伴うかもしれねぇが、明日は大した危険はない。さっさと部屋に戻って寝な」

「そっか…じゃあさ、二人共、怪我したらすぐに私のところに来てね? 怪我とかは治すから、そう言った意味では二人を守るよ」

 

 絶対に守る。そう決意した香織の強い意思に二人は頷いておく。その返答に満足したのか、表情を緩めていつものふわりとした微笑みを浮かべる。

 

「おやすみ、十六夜くん、南雲くん。明日、頑張ろうね!」

「おう、おやすみ」

「うん、おやすみ、白崎さん」

 

 挨拶を残して部屋を出て行く香織。少し離れたところでは、その姿を見ている人物が一人。まるで先程の三人の雰囲気には似つかわない、真逆の感情で睨みつけていたのは誰か…その存在は誰にも気づかれることはなかった。

 

 本来ならば。

 

 その存在を知っている人物が唯一人。十六夜の並外れた空間把握能力は確りと香織を良からぬ視線で見ている存在を感知し、それが誰なのかということも分かっていた。

 だが、十六夜はその人物を問い詰めるために部屋を出るといったことはしなかった。十六夜達二人に敵意はあれど、今現在は何か行動を起こすというわけではなかったからだ。

 

 視線が外れたのを確認すると、カップを片付けて寝るためにベッドに倒れ込む。既にハジメもベッドに寝転んでいたが、寝てはいない。ハジメは明日が本当に何もなく終わるのかが心配だった。何もわからない異世界に、小説ではよくあるイレギュラー。それらがこの世界でも起きてしまうのではないかと不安だった。

 

 しかし、次第に睡魔に負けて思考を途切れ途切れに目を閉じ、少し後には寝てしまった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 翌日、十六夜たちはオルクス大迷宮に入っていた。十六夜とハジメは最後方をゆっくりと歩いてオルクス大迷宮内を観察していたが、他のクラスメイトはまるでお上りさんのようにキョロキョロと辺りを見渡しながら、メルド団長の後ろをカルガモのヒナのようについて歩いていた。

 

 それも仕方がないと言えば仕方がないだろう。未だゲームか何かのような感覚で居る生徒にとっては、この世界はまるでファンタジー世界。本の中の世界、画面の向こうの世界なのだ。

 

 それを実際に体験しているとなると、気分が上がってしまうのもわからないことではない。だが、緊張感がまるでないというのは、メルド含めた騎士達の心配事の種だ。

 

 その中、最後尾を観察するように歩く二人に騎士達は別の生徒とは違うと感じ始める。詳細不明で正体不明の十六夜に、お荷物にしかならないだろうと思われたハジメ。周りと違うということだけでもポイントになっていた。

 

 そしてラットマンや犬のような魔物を相手にしながら二十階層まで到達する。初めての戦闘に戸惑いや高揚感はあれど、大方何も問題はなく目的地に到着できた。

 

 戦闘においてハジメは騎士に守られながらお零れを倒していく。だが、その倒し方は慎重であるが、騎士たちからしたら見たことない倒し方に目を見張る戦闘方法だ。基本、錬成師と言うのは鍛冶職であり、戦闘に参加することはないため戦闘では無能のイメージが強い。しかし、ハジメは落とし穴や串刺し、足止めと戦闘に役立つ技術を取得し、見事使用していた。本拠初公開である。

 

 だが、そのハジメよりも無能ではないかと思われているのが十六夜だった。騎士団員のおこぼれも全てハジメに譲り渡し、自分はズボンのポケットに手を入れて眺めているといった舐めプ。しかも、装備が装備なのだ。学校から身につけていたスラックスにハジメと同じ黒い半袖シャツ、学ランに丈夫な靴にヘッドホン。何ら代わり映えのない姿。防具も着けていなければ、武器も持っていないといった始末。完全に舐めているとしか見えなかった。

 

 それでも、香織に何も持っていないのは危ないからと詰め寄られ、雫と同じ刀に似た武器を護身用に左腰に差している。抜いたことはない。

 

 小休止に入り、壁に背をつけて休んでいる十六夜の隣で腰掛けたハジメが、ふと前方を見ると香織と目が合った。彼女はハジメを見て微笑んでいるが、それと同時に十六夜のことも見ていた。武器をもたせたとしても、何もしていないから何もわからないのだ。

 

 そんなことは露知らず、横目で見ていた雫が忍び笑いをし、小声で話しかけた。

 

「香織、なに南雲君と見つめ合ってるのよ? 迷宮の中でラブコメなんて随分余裕じゃない?」

 

 からかうような口調だが、香織はなんとも反応しない。十六夜で慣れているからだろう。そんな香織を意外なものを見るような目で見つめる。

 

「うん、戦闘職じゃないから心配だもん。それに………」

 

 そう呟いて香織が十六夜を見たため、釣られて雫も見る。ヘッドホンを付け、腕を組んで壁を背に立っている姿を見て雫も思うことはあった。

 

「ああ、終夜君……彼、今回何もしてないけど、大丈夫なの? ステータスも見せてなかったし、戦闘職じゃないのかしら」

「うーん、何も焦ってないから大丈夫だと思うよ?」

「なら、なんで見てたのよ」

「……十六夜くん、楽しめてないなぁ…って思って」

 

 まあ、前線に出てないから仕方ないかな。なんて苦笑しながらそう言った香織に、今度こそ、初めて見る親友の姿に雫は驚愕する。まるで十六夜をわかっているかのような物言いに、名前呼び。その目は絶対の信頼があり、全てが初めて見る姿だった。

 

 今まで雫は十六夜と香織の接するところを見たことはなかった。ただ、偶に昼になると自分たちの誘いを断って弁当を片手に出ていくことはあったため、それを不思議には思っていた。弁当もいつもより大きくて……雫はてっきりいつも教室を出るハジメのところに行っているのだと思っていたのだ。もしかしたら、それは間違いで、十六夜のところに行っていたのでは……そんなことが思い浮かぶ。

 

 この二人の様子を横目に見ていたハジメは、そのまま十六夜を見つめる。確かに何もしていないが、今日はこのまま何もしないのだろうか。このままでは騎士団員にも生徒たちにも馬鹿にされるというのに。

 

 一行は二十階層を探索する。

 既にマッピングは完璧であるため、この階層で迷子になることはない。

 

 この階層にいた魔物はロックマウントという魔物。ロックマウントが咆哮する。“威圧の咆哮”という魔力の篭った咆哮により一時的に動きを封じるものだが、前衛組はそれによって動けなくなる。そのまま突進してくると思われたロックマウントだが、サイドステップにより近くの岩を持ち上げて投擲した。狙いは香織達後方支援組。

 

 避けるスペースが心もとないと迎撃準備を始める香織たちだが、衝撃的な光景に身を固まらせてしまう。

 

 投げられた岩はまさかのロックマウントであり、さながらルパンダイブのように手を広げて香織達にダイブしてきたからだ。

 思わず魔法を中断してしまったため、そのままロックマウントがダイブすると思いきや……突如、後方から赤熱化した弾丸が放たれ、ロックマウントの頭から入って体を粉砕し、爆散させた。

 ズガァンッ!ととてつもない音が辺りに響き渡り、衝撃が全員を襲って、迷宮内を微かに揺らす。振動により天井からパラパラと小石が降り注ぐ。

 

 誰もがその光景に、その魔法よりも遥かに高い威力に呆然とする。誰がこんなことをしたのか、行える人物はいなかったはず……しかし、行ったのはこの場にいる者で、誰もが予想していない人物、その正体は十六夜だ。

 

 地面に落ちていた小石を掴み取り、何気ない動作で投げた小石はそのフォームからは信じられない速度と威力を見せつけた。手加減されていたため第一宇宙速度で放たれた小石は対戦車ライフルを優に超える威力でロックマウントを粉砕し、迷宮の壁に小さなクレーターを作り上げた。

 

 人間が喰らえば本当の意味で爆発四散するだろう。

 

 いきなりのことに誰もが戸惑い、ざわめくが、

 

「落ち着け! 敵ではない! 次のロックマウントが来るぞ、対応しろ!」

 

 メルドの一喝に落ち着きを取り戻す。生徒たちは落ち着いたが、メルドと騎士団員は警戒を跳ね上げた。咄嗟に後方を見るが、勿論そこには魔物などいなければ最高峰の十六夜とハジメ以外いない。

 

 ハジメも何があったのかわからないようで呆けているし、十六夜はポケットに手を突っ込んでハジメよりも後ろで立っているだけ。

 ならば先程のことは何だったのかと警戒するが、いつまでも後方を向いていて他の生徒を見放すのは不味いと思い、前方に向き直る。

 

 どうやら誰にもバレなかったようだ。

 ………と思えば、光輝がロックマウントに大技を放っている中、香織だけが十六夜のことを見ていた。確証めいたことはなかったが、何故か十六夜がしたのではないかと思って見つめていると、その視線に気づいた十六夜が、イタズラに成功したかのような笑みを見せながら、小石を放ってキャッチした。

 

 まさかあんな小石でロックマウントを倒したと思わなかったが、それでも助けられたことに純粋に感謝し、嬉しく思う。

 あとでしっかりとお礼を言おうと決めて、皆の方に向き直る時、香織は崩れた壁から生えていた鉱物を見つける。

 

「…………あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 香織の視線の先、声に反応した者達が一斉にそちらを見る。そこにあるものに、女子はうっとりとし、メルドは感嘆するように声を上げる。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい。貴族に人気の鉱石であり、求婚の際に選ばれることも多いぞ」

「素敵……」

 

 頬を染めて更にうっとりとグランツ鉱石を見つめる香織は、誰にも気づかれない程度にチラリと後方にいた人物に視線を向ける。もっとも、雫ともう一人だけは気づいていたが………尚、視線を向けられた人物は別の鉱石を見ていた模様。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。美味しい話には裏があるというのに、なにも確認をせずに崩れた壁をヒョイヒョイと登っていく。

 咄嗟にメルドが止めようと声を上げるが、檜山は聞こえていないかのように無視し、そのグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。

 

 鉱石を使用しておびき寄せることで発動するトラップ。ダンジョンの中に置かれている宝箱と同じ様なものだ。

 

 光が満ち、まるでこの世界に転移したときと同じように転移させるもの故に、人が意思を持って転移させようとしたものではないので害意はない。

 もれなく十六夜も巻き込まれ、同時に別の場所に転移されるが十六夜は脚から着地する。

 十六夜たちが転移したのは石造りの橋の上だった。

 

「総員、あの階段まで走れ! 撤退しろ! 急げ!」

 

 メルドの叫びに全員が立ち上がるが、次の瞬間、一メートル程の魔法陣が夥しく展開され、さらに十メートルはあろうかという魔法陣が出現する。夥しい数の魔法陣から排出されたのはトラウムソルジャーという骨だけで出来た体と武器を携えた魔物だ。

 そして、一際大きな魔法陣から魔物が出てくる。まるでトリケラトプスのような体に巨大な角。その角からは炎が吹き出しており、爪と牙を打ち鳴らしながら佇む一線を画した姿は、どこまでいっても魔物のようで……

 

「まさか……ベヒモス……なのか……」

 

 メルドの呟きを聞いた一人の人物、十六夜はその姿と威圧感に身を震わせる。

 まるで待ち望んでいたかのような強敵と、テンプレじみているが転移なんていうトラップといった最高のシチュエーション。その先には数多くの魔物に騎士団長すら恐れ慄く強大で強靭な魔物。

 

 地球ではあり得なかった光景。初めて感じる巨大な威圧感。待ち望んでいた…心躍るかのような光景。

 

 自然と口角が釣り上がり、目が鋭くなると同時に、抑えきれない興奮が身を震わせる。後ろから見ればこの絶望的な状況に身を震わせているようにみえるだろう。だが、正面から見れば……その獰猛さに腰を抜かすに違いない。

 

 その時、ベヒモスが大きく息を吸い込み、開戦の合図だとでも言うように凄まじい咆哮を上げた。

 

「グルァァァァァァアアアアアアアッッ!!!!」

 

 誰もが恐怖に身を固める。咆哮一つで全身の気力を削ぎ落とされるかのような感覚が襲い掛かってくる。そして、脱出口には百を優に超える魔物の数々。

 

 誰もが絶望と最悪の結末を思い浮かべる中、かかってこいとでも言うかのような魔物の咆哮と、最強最悪で快楽主義者の問題児が獰猛な笑みを浮かべる。

 

「あァ……最高に面白くなりそうじゃねえかッ…!!」

 

 ついに待ち望んだ状況――化け物と問題児が今ここに邂逅したのだった。

 

 

 

 




今回はここまで。

いつまでもあの説明を残しておくものでもないし、消しておきました。以降、もうどのように捉えてもらっても構いません。


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第04話 ベヒモスと問題児が戦うそうですよ?

かなり頑張った…けど、戦闘描写がそのせいで不安です。

結構無茶苦茶であり、ご都合主義…とまでは生きませんが、無理矢理感があるけど、勘弁してください。

私には、これが限界だった―――。

あ、明けましておめでとうございます。今年はこっちに来れる時間は少ないかもしれませんが、どうぞ宜しくお願い致します。


 

 

 

 場がパニックに包まれる。前方のトラウムソルジャーに後方のベヒモスという状況はまさに前門の虎、後門の狼。トラウムソルジャーを排除してもベヒモスがすぐに襲い掛かってくるだろう。最悪の状況だ。

 

 ベヒモスが咆哮を上げながら巨体を揺らし、逃げ惑う生徒たちに向かって突進してくる。その巨体と突進力は途轍もない威力を誇り、撤退中の生徒はあっけなく圧殺されてしまうだろう。

 

 だが、そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を展開する。最高級の巨大な紙に書かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらには3人同時発動は絶対的な守りを見せる。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する。神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず、“聖絶”!!」」」

 

 燦然と輝く半球状の障壁は、たった一回だけの効果を発揮するにはふさわしい程の役割を果たす。ベヒモスの突進を防ぎ、この場にいる全員を守りきったのだ。

 しかし、衝突の瞬間に凄まじい衝撃が生じてしまい、ベヒモスの足元が粉砕されるとともに石造りの橋を揺らす。

 大きな揺れに撤退中の生徒たちは悲鳴を上げ、思わず転倒してしまうものが相次ぐ。

 

 次から次へと襲いかかる恐怖に誰もがパニック状態に陥り、隊列など無視して走り出す。

 

 その時、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされて転倒してしまった。

 

「あ」

 

 ただ、それだけ。目の前で剣を振りかぶる恐ろしい魔物、トラウムソルジャーの姿にその一言しか出すことは叶わなかった。助けを呼ぶことも叶わず、死ぬという一言が頭のなかに浮かび上がる。

 

 思わず目を閉じる…………だが、衝撃は一向に襲いかかっても来ないし、痛みもない。ゆっくりと目を開ける。そこにはトラウムソルジャーの剣を片手でなんでもないかのように掴んでいる金髪の少年が一人。

 

「終夜、くん……?」

「ったく、どいつもこいつもなっちゃいねえ。おい、無事か?」

「え、あ、うん!」

「そうか」

 

 助けられた女子生徒は、差し出された十六夜の左手を思わずつかみ、力強い力で立ち上がらされる。その間も右手にはトラウムソルジャーの剣が握られており、必死に剣を引き抜こうとしているが、十六夜の腕はびくともしない。

 

 先程まで間近だった死の恐怖に足に力が入らなかった女子生徒は、引き上げられると同時に十六夜に抱きつくようにして凭れ掛かってしまう。咄嗟に見上げてしまい、普段見ることのなかった十六夜の楽しそうに口角を釣り上げる横顔に思わず頬を染めて見惚れてしまう。

 

「おい」

「え…? あ、な、なに!?」

 

 十六夜の一言に慌てて返事をする女子生徒。

 

「今から道を作り出す。それが出来たら今度は突き飛ばされないように階段まで走れよ。橋が壊れないように加減はするが、巻き込まれんじゃねえぞ!」

 

 そう言うが否や、十六夜はトラウムソルジャーの橈骨と尺骨を左手で握りつぶし、かちあげるように左裏拳で頭蓋骨を叩く。それだけでトラウムソルジャーの頭蓋骨は頸椎から分離し、一つの弾丸となって迷宮の壁を穿つ。爆発したかのような轟音と土煙に誰もが目をそちらに向けてしまう。

 

 頭部を失ったトラウムソルジャーはがしゃりと膝から崩れ落ち、剣だけが十六夜の手の中に残る。そして、それを握りしめるとともに、軽いフォームで生徒たちの前方にいるトラウムソルジャーの塊に投擲した。

 

「らァ!」

 

 瞬きすら許されない刹那の間に、弾丸と化した剣はトラウムソルジャーの塊の中央に突き刺さり、衝撃が辺りを蹂躙する。橋に出来たクレーターの中央には赤熱化したボロボロの剣が刺さるだけで、残りのトラウムソルジャーは全て破壊されるか、衝撃に吹き飛ばされて奈落への落ちていく。

 

 あまりの衝撃的な出来事に誰もがついていけない。十六夜が何かしたと思ったら次の瞬間には橋が爆発し、トラウムソルジャーが消え去っていたからだ。

 

 そんな中、十六夜が近くの女子生徒の肩を後ろからぽんと押し、階段に向かうように告げる。

 

「道は出来たぞ。さっさと行け。邪魔だ」

「ぁ……で、でも、終夜君は……」

「あ? 別に気にすんなよ。俺はちょっと…あれと戯れてくるからな」

 

 女子生徒が十六夜を心配そうに見つめるが、十六夜は気にもしていないのかベヒモスに向けて獰猛な笑みを見せる。その純粋な殺気にベヒモスも瞬時に察知し、低く唸りながら殺気元の十六夜を睨みつける。既に一人と一匹に周りの存在は映り込んでいないといえるだろう。熱く見つめ合うのは化物同士。

 

 ポケットに手を入れ、笑みを浮かべながらコツコツといつの間にか静まり返った空間に靴音を響かせる。対するは最強の冒険者ですら敵わなかったと言われる最強の魔物、ベヒモスが威嚇するかのように唸る。今まで感じたことのない叩きつけられる殺気に十六夜が嗤った。

 

 その余裕綽々な姿にメルドですら声をかけるのを忘れ、目の前を横切っていくのを呆然と見つめる。

 

 一人の問題児が、ベヒモスの前で立ち止まる。

 

「よう、お前は中々強そうじゃねぇか。なぁ――――俺と遊ぼうぜ?」

「ッ―グギャアアァァァァアアアアアアッッ!!!」

 

 今までで一番の咆哮に、大気が震え、迷宮そのものが悲鳴を上げるかのように壁を、橋を揺らす。レベルの低く、戦闘にも慣れていない勇者達には認識すらできなかった、最速で最大の一撃が繰り出される。ベヒモスの巨大な右前足が、目の前の障害物を叩き潰すが如く斜め上方から振るわれる。

 

 この国最強のメルドだろうと瀕死になるだろう重すぎる一撃は、人間が受けるには辛すぎる。あまりにも桁外れな威力を誇るその一撃は、

 

「ハッ―――しゃらくせえッ!!!」

 

 更に上を行く問題児(化け物)による一撃の前に、その威力を発揮することはなかった。

 

 行われたのは至極単純。十六夜が繰り出した右の拳がベヒモスの一撃よりも更に速かっただけのこと。

 十メートルはあろうかという巨体が人間の小さな拳により、一度も橋にバウンドすることもなく斜め上に飛んでいく。

 今までで最大の衝撃と轟音が鳴り響き、まるで大型爆弾による爆撃でもあったかのような光景が生み出される。吹き飛んだベヒモスは壁に深く埋まり、周囲の岩壁を尽く粉砕して煙に埋もれてしまった。

 

 あり得ない光景に誰も動けやしない。人間が生み出していい一撃ではない。まるで神話の出来事やお伽噺の出来事にような光景に、思考を混乱させるメルド。あれを…あの一撃と同等の攻撃を自分が繰り出せるだろうか。――否。あれは誰にも真似出来ない。考えることすら許されない一撃。

 

(本当に…人間か………?)

 

 まるでその体に、拳に神でも宿っているのではないかと思えてくる、馬鹿げた光景だった。

 それも数秒のこと。騎士団長にまで上り詰めた男はすぐに思考をもとに戻し、生徒の安全の確認を行う。戦場では何が起こるかわからないし、新たな敵は何をしてくるのかわからない。そんな状況で臨機応変に動かなければ死んでしまう修羅場を幾多も潜り抜けてきたのだ。

 

 体に力を入れ、声を上げる。

 

「総員、隊列を組み直せぇッ!! もたもたするな、トラウムソルジャーが新たに生み出されてきたぞ!!」

 

 その大声に全員がハッと意識をこの場に戻す。慌てたように後ろを見れば、再び階段の前には赤い魔法陣から新たなトラウムソルジャーが排出されていた。騎士団員を中心に隊列が組み直され、攻略と撤退が開始される。

 

「階段まで撤退したら詠唱の準備をしろ! ベヒモスを魔法で牽制して十六夜を撤退させる!」

「待って下さい、メルドさんはどうするんですか!?」

「光輝…俺は十六夜のバックアップだ。おそらく、ベヒモスはあの一撃では死んではいない。壁から這い出てきたら更に激昂することだろう」

「なら! 俺も残ります!」

「馬鹿者! お前が相手になると思っているのか!」

 

 二人が言いあっている最中だとしても、ベヒモスは止まらない。自身の感じた初めての痛みと衝撃に、怒りのボルテージを跳ね上げる。角から放たれるスパークは留まることを知らず、体を覆い尽くさんばかりに放電されていた。

 

 のそりと壁の中から巨体を覗かせる。それを見た十六夜はにやりと嗤った。

 

「グルルルル………」

「そうじゃねえと面白くねえ。オマエの全てを見せてみろ……俺を、楽しませろよッ!!」

「グルオオオオォォォオオオッッ!!!」

 

 十六夜の叫びに応えるかのように、ベヒモスは大きく咆哮を上げる。角を振りかざし、スパークを見せつけるかのように振り回す。出現した当初よりも赤熱化を果たした兜を掲げ、振り乱しながら地面を砕きつつ突進を開始する。巨体に見合わぬ速度に、十六夜との距離はあっという間に縮められ、残り五メートルと言ったところで重さを感じさせない跳躍をする。

 

 自分の体高以上に飛び上がったベヒモスは、兜を大きく振り上げ、真下の小さな標的に向けて振り下ろしたッ――!

 

 橋ごと叩き潰さんとするその一撃に、十六夜はバックステップによって距離を取ることも、着弾点から逃げようとすることもせず嗤って仁王立ちし、ぶつかる瞬間に頭上で両腕をクロスした。

 

 誰かが後方で十六夜の名を呼び、叫びを上げる。誰もが十六夜が潰されるだろうと咄嗟に視線を逸らす。

 

 しかし、この男に常識は通用しない。

 

 クロスした両腕の交差点にベヒモスの右角がぶつかり合う。十六夜の足元が受け止めた衝撃に尽く粉砕され、その衝撃は止まることなく周囲の地面を盛り上げて砕き散らす。その後、バゴンッ!と巨大なクレーターが十六夜を中心に形成された。未だ橋が崩れていないことが奇跡だ。

 

 だというのに、十六夜は涼しい顔をしている。まるで堪えておらず、角から奔る電撃も効いていないかのようだった。

 信じられないことだが、真正面から最強の冒険者でも倒せなかったベヒモス相手に力比べをするつもりなのだ。

 

 巨体から見て取れる体重と重力、遠心力とベヒモス自身の力が加わったというのに、十六夜は圧殺されることも、膝を屈することもなかった。

 

「ハッ、いいぜいいぜいいなオイ!! いい感じに盛り上がってきたぞッ…………!!!」

「グガァァァアアアアァァッッ!!!」

 

 更に力が加えられる。しかし、着弾からの押し合いになったのは僅か一瞬。

 ベヒモスは十六夜の腕に押し上げられ、下げていた顎を晒すこととなる。

 

「グルルルルルッ!!」

「おいおい、どうした自称最強の魔物! 苦しそうな声を出してるじゃねえか!」

 

 ついには十六夜が左腕一本で支え、右手で角を鷲掴みにする。そして、撚るように手を回すと、まるで合気のようにベヒモスが回転して地面に背中から叩きつけられる。追い打ちとしてその腹を踏みつけてもいいのだが、十六夜の足踏みはそれだけで橋を崩壊させるには十分な程の力だ。

 

 流石にそれはやめておき、角を掴んだまま、ヒョイッと重さを感じさせない動作でベヒモスを持ち上げる。そして、それを第三宇宙速度で最初にあけた穴の下に投げつける。轟音、そして衝撃。もう、石造りの橋は衝撃だけで崩れてしまいそうな程となっている。

 

 何度目の衝撃だろうか。目の間で起きていることが誰も信じられない。あのベヒモスが、ステータスすらわからない謎の少年に圧倒されているのだ。生徒たちも、あの終夜十六夜が見せたことのない獰猛な笑みで、喜々として人外じみたことを行っていることに、唖然とする。勇者も普段の勘違い的発言すらもしていない。

 

 夢を見ているのだろうか。そう思った人物は決して少なくない。

 

 そして、その驚くべき光景に目を見開いているのはハジメもだった。普通では考えられないような力を見せつけられ、これでは十六夜が主人公のようだと、隠された力を持っているなんていうテンプレじゃないかと…その他諸々、様々なことを考えている。

 

 同じく、十六夜と親しかった香織も驚愕に身を襲われていた。だが、それと同時に嬉しくも思っていたのだ。

 普段から何かを押さえつけるかのように、我慢していたつまらない顔をする十六夜が、こうも笑って楽しそうにしている。初めて見る表情と十六夜の戦闘、雰囲気や全てに知れたことによる喜びが胸の内を染める。

 

「ハッ!? か、各自、詠唱開始! ベヒモスがあの壁から出られないように魔法を撃て!」

 

 メルドの号令に全員が魔法を詠唱して放ちだす。色取り取りの魔法弾は流星のようにベヒモスが居るであろう壁の穴へと放たれる。

 

 だが、それをよく思っていないのが十六夜だ。

 

「つまんねえことしやがる……」

 

 一気に興が削がれてしまい、不機嫌を隠そうともせずにポケットに手を入れてベヒモスの居るだろう場所を眺める。

 後ろからメルドの戻ってこいという声が聞こえてくる。ため息一つ。

 

 最後に一度だけベヒモスを一瞥し、踵を返して生徒たちの方へと戻ろうとしたその瞬間、再び咆哮がこの空間内を支配し、魔法を物ともしないベヒモスが壁の中から出現して突進してくる。

 

 もし、メルドが攻撃をしようと、レベルの低い生徒たちが魔法を放とうと傷すら付けられない状態であろうと、通常状態のベヒモスであればまだ魔法は目眩ましに程度には効果を発揮したかもしれない。

 

 だが、今いるのはベヒモスを容易に傷つけ、死に追いやるだろう存在が居る。何度も自分を吹き飛ばし、投げつけられたベヒモスは当たり前かもしれないが激昂している。そして、速度を重視して足止め及び目眩まし程度に放たれた魔法なぞ怒りの前には目にも入らず、今のベヒモスが見えているのはただ己を傷つける存在。この場で唯一、自分の敵である十六夜のみ。

 

 角を突き出した状態での突進。あらゆる魔法が着弾とともに弾かれて消え去り、地響きが橋を揺らす。この突進を十六夜が受け止めなければ後方の生徒たちは壊滅へと追いやられるだろうことは容易に想像できる。

 

「よしよし、いい子だ。俺に全てをぶつけてみやがれッ!!」

 

 魔法を無視して自分だけを目指して攻撃を放つベヒモスに、十六夜は萎えきっていた闘争心を再び燃やして嬉しそうに嗤う。

 

 三度ベヒモスの攻撃を受ける。今度は左腕一本で角を掴み取り、突進を止めると同時に、右腕を大きく振りかぶる。狙いは目の前の頭だ。

 

「頭がいい位置になったな! オラァ!」

 

 ドゴォンッ!と分厚いゴムを殴ったかのような重い音とともにベヒモスの頭は橋に埋もれる。そして、十六夜のその手には突進を止めた時に把持していた右の角が、半ばから折れた状態で握られている。

 バチッバチッと数度スパークを放った後に、宙に溶けるようにスパークが消えていき、ベヒモスの頭から離れたただの巨大な角だけが残った。

 

 後ろに放る。回転しながら放物線を描く角は、最前線にいた雫の前に突き刺さった。

 

 あのベヒモスの角が、だ。もう、目の前に刺さっていることが夢じゃないかとさえ思えてきた雫だった。

 

「坊主、行けるな!」

「はい!」

 

 メルドの合図にそう返事したのはハジメだった。

 この二人は十六夜がベヒモスと戦っている時に予めベヒモスへの対抗策を考え、タイミングを図っていたのだ。

 そして、丁度ベヒモスが体の一部を、頭を地面の中に入れた瞬間にハジメは走り、十六夜の隣で膝をつく。

 

「錬成――ッ!!」

 

 錬成の魔法陣が組み込まれた手袋を嵌めた手をつけ、錬成を発動させる。頭を引き抜こうとしたベヒモスの動きが止まる。流石のベヒモスとは言えど、頭を封じられては力も入りにくいのか、四肢を暴れさせて頭を引き抜こうと躍起になっている。そのため、四肢の足元を錬成して封じることは困難であった。

 

 それが駄目だったのだろう。どこか頭の隅で考えていたはずの最悪の事態が起きてしまった。

 

 ベヒモスが暴れまわり、生徒たちが更に強力な魔法を放とうと準備をしている中、はっきりと耳に残る音が聞こえた。

 ビシリとまるで亀裂が入るかのような音。それは、ついに橋が限界を越えたことで上げた悲鳴だった。

 ベヒモスが暴れまわり、十六夜が受け止めた足元の橋は本当に奇跡的と言っていいほどにすぐすぐ崩れることはなかったのだが、もう保たない。

 

 ベヒモスの頭の元まで巨大な亀裂が走り、錬成が行われる前に頭が引き抜かれてしまうが、まだ橋は崩れることはなかった。

 

「グゴォオオオッ!!」

 

 吠えながら一本だけになってしまった兜を振るうように地中から脱出したベヒモスに、ハジメは錬成を止めて尻もちをついた。

 

「いかんッ! 地面に当たらないようにベヒモスだけを狙って魔法を放て! 足止めをするんだ!」

 

 その状況にメルド団長は魔法を放つように叫び、一斉に魔法が放たれた。地面に当たれば砕けてしまう可能性が増加するため、ベヒモスだけを狙えと指示を出す。

 

「坊主、十六夜! 早く走ってこい!」

 

 ハジメの錬成を近くで見ていた十六夜は、いつでもハジメを抱えて階段まで跳躍できるようにと身構えていたが、ハジメが立ち上がって走り始めたのを見て自分も戻るかと考えたその瞬間、右腕が上下から何かに挟まれ万力のような力で砕こうと力を込められる。

 十六夜にとって痛みなどなかったが、足止めを食らって何事かと後ろを振り向くと…そこには魔法を喰らいながらも自分の右腕に喰らいついているベヒモスの姿があった。その左目は魔法でやられたのか潰れており、血を流しているが、残った片方の目は十六夜のみを睨みつけている。

 

 そして一歩。たった一歩だけベヒモスが踏み出した瞬間、ベヒモスの重い一歩と体重に耐えられなかった崩れかけの橋が崩壊を始める。

 

 全体に亀裂が走り、一瞬で十六夜とベヒモスの足元が重力に逆らうことなく奈落へと落ちていき、それは一体と一人も例外ではない。流石に足場がなければ跳躍も出来ない。よって、十六夜はベヒモスを腕一本で投げることで自分の身も上方へと持ち上げようとしたが、なんとベヒモスはそれを感じ取ったのか口を離してしまう。

 

「チッ……」

 

 やるせない気持ち。落ちることなんてどうもでいい。ただ、試合に勝って勝負に負けたかのようなこの晴れない気持ちに、十六夜は勝ち逃げされたかのように思えて仕方なかった。

 

 もう、十六夜が橋の上に戻る手段はなくなった。橋の方を見る。すると、丁度ハジメもともに奈落へと落ちていく瞬間だった。

 

 ハジメは橋が砕ける前、ベヒモスに魔法を放たれていた時に、一つの魔法が目の前に着弾し、その衝撃に脳を揺さぶられる。そのまま呆気なく橋の瓦礫とともに奈落へと落ちていってしまったのだ。

 

「十六夜くん! 南雲くん!」

 

 香織の叫び声が聞こえてくる。香織が飛び出そうとして雫や光輝に羽交い締めされている姿だった。他のクラスメイトは目を覆ったり視線を逸したりして、その光景を見ないようにしていた。

 

 奈落の底へと落ちていく十六夜、その少し上を落ちてくるハジメ。すぐに光は届かなくなり、二人の周りは闇に包まれるのだった。

 

 

 



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第05話 問題児と問題児(予定)はこれからを決めるそうですよ?

いつの間にか、時間が空いて感想も来ていて…確りと読ませていただいています。ありがとうございます。

今回は落ちたところだけなのでそこまで面白くはないかもしれません。


 

 

 石造りの橋が崩壊し、ともに奈落へと落ちていくこと数分。十六夜は落ち続けるこの状況に身を任せるようにし、欠伸を一つ出す。

 

 地面までの距離は大凡予想がついている。

 

(そろそろか……)

 

 ポケットから石を取り出し、体を撚るようにして前面を下に向けて投石する。たとえ第三宇宙速度で放たれているとは言え、力加減ぐらい出来る。人間からしたら凄まじい速さだが、十六夜からすればゆっくりとした速度で石は遥か下にあるであろう地面に穴を穿ち、轟音を鳴らす。

 

 投げてから音を立てるまでの時間で大凡の距離を頭のなかで導き出した。

 

(あと十数秒程度ってとこかね)

 

 足を下にする。秒を数え、地面が迫ってきた気配を感じ取りながら足趾がついた瞬間、衝撃を吸収及び発散させながら着地した。

 

 石が落ちたときとは比べ物にならないほどの轟音と衝撃が辺りを襲う。地面に巨大なクレーターを形成しながらも、傷一つなく着地に成功した十六夜はゆっくりと立ち上がってあたりを見渡した。

 

 辺りは緑光石が発光しているおかげで何も見えないわけじゃなく、十六夜の視力を持ってすれば何も問題はなかった。

 十六夜のいる場所は縦横二十メートルはある自然の洞窟であり、通路自体は複雑にうねっている。

 

 とはいえ、ここもまだ迷宮内だということは確かなのだろう。

 

「さてと……ここは何処なのか。ん? このまま行けば自然な形で王宮を抜け出したことになるから、好きに旅ができるってことか?」

 

 どこかはわからないとは言え、数分も落ちるほど深ければ捜索は不可能だろう。そして、底の見えない奈落へと落ちたのだから生存は絶望的と考えるのが普通。

 

 思わぬことで一人になれたことに少しばかり気分を良くする。まずはこの状況を楽しみ、走破した後に好き勝手しようじゃないか、と十六夜はその顔に笑みを浮かべる。

 

 普通なら死んでいなかったとしてもこの状況でここまで気楽に考えることは出来ないに違いない。だが、それを出来るだけの力と自信が十六夜にはある。

 

 この世界は面白い。それだけでここに居る価値がある。どこに何が転がっているのかわからないのがこの世界だ。まだ見ぬナニカをこの目で見て、体験する事が可能であると言うならば、絶望することなぞありはしない。

 

 クレーターを登り、この洞窟内の探索を開始する。

 地面は自然にできた道のため歩き難くはあるが、洞窟の幅が広い方へと歩みを進める。

 

 そうやってどれくらい歩いただろうか。

 十六夜が未だに魔物と遭遇することもなく、そろそろ飽きてきたところで遠くから何かが壊れるような音が聞こえてくる。とは言え、その程度では魔物が他の魔物と戦っているのだろうと思った十六夜は、何ら変わらない歩みで進もうとした時、

 

「――あがぁぁぁああああ!!!」

 

 洞窟に絶叫が木霊した。

 その絶叫は十六夜のいる場所から遠かったため、微かに聞こえる程度なのだが十六夜には十分にはっきりと聞こえており、その声がハジメの声だとわかった。

 

「生きてたのかッ」

 

 それだけ呟くと前傾姿勢になり、足元を砕きながら加速する。第三宇宙速度でうねり狂った洞窟内をどこにも打つかることなく、横を通った魔物にすら気づかれることはなく声の元…ハジメの元まで走り抜ける。

 

 足を滑らせながら停止した先には、ハジメの姿はなかった。しかし、地面には多量の血が付着しており、その場にいたのは一匹の熊。

 

「グルゥアアアアアッ!!!」

 

 その熊は通常サイズの熊とは違い、一回りは巨大であった。ベヒモスよりも遥かに小さいが、それでも身に纏う気配はベヒモス並みに濃いものであり、その熊の魔物が一筋縄ではいかない存在だと一目見てわかる。

 

 その熊の魔物は執拗に壁を攻撃しており、その爪からは斬撃が飛ぶ。

 

「おお! 爪を振れば斬撃が飛ぶとかなにそれかっけえ! 流石奈落の底ってとこか? 魔物はベヒモス並かそれ以上に強そうじゃねえか」

 

 十六夜が獰猛に嗤う。その気配に熊が気づくが、その前に十六夜がすでに飛び出していた。

 

 跳躍し空中で一回転してから右腕を振りかぶる。

 

「俺も混ぜろやゴラァァァァァァァァッ!!!」

 

 遠慮なしに振りかぶられた拳は熊の前方に辺り、橋のときとは比べ物にならないほどの衝撃が生み出される。その一撃に地面どころか壁すらも砕け散り、夥しい数の亀裂が地面と壁に歪な模様を作り上げた。

 

「ゴアァァァアアアッ!!」

「おせぇ!」

 

 ズンッと十六夜の拳が熊の胴体に突き刺さる。吹き飛んだ熊はその一撃に死んだかと思われたが、洞窟の奥から左右三本、計六本の斬撃が十六夜がけて飛翔する。

 

 それに対して十六夜は右腕を横薙ぎに振るう。たったそれだけでその斬撃は砕け散った。

 

「なるほど、風の爪って訳だ。つまり、お前は風を操って爪に乗せ、斬撃として飛ばしてんだな? ヘッ、いい技持ってやがるぜ」

 

 風の爪を飛ばして攻撃するなんてロマンだなと呟きながら、足元の拳大の石を掴み上げ、熊がいるだろう場所へ投げつける。瞬間、爆発したかのような轟音がなり、洞窟が揺れる。もし、当たっていればあの熊であろうと瀕死の重傷は免れない。高確率で体に拳大の風穴を空けて死ぬことになる。

 

 少しばかり、動きを止めて気配を探る。

 

「………………………。逃げたか」

 

 所詮は獣。故に本能で敵わないとわかった熊は一撃の負傷もあり、逃げることを選択した。遠ざかる気配に十六夜は追うことはなく、その熊を見逃した。

 

 歯応えの有りそうな敵にもう少しばかり戦っていたかったと思うが、それよりもまずはハジメのことだ。いくら快楽主義者だからといって知り合いが死にそうになっているのをどうでもいいというほど腐ってはいない。逆に本当の仲間は大切にするタイプだ。

 

 まだ知り合い程度だがそれでも一つの部屋で過ごし、こっちに来てからほぼ毎日一緒にいたのだから気にかけるくらいはする。

 

「さて、喰われちまったわけじゃないだろうが……あそこか」

 

 熊が執拗に攻撃していた壁、十六夜の一撃の余波で崩れてしまったため穴は塞がってしまったが、おそらくこの先に錬成によって穴を作って逃げ込んだのではないかと推測する。

 

 その予想は当たっており、熊に襲われたハジメは命からがら錬成によって奥に逃げ込んだのだった。

 

 崩れてしまった壁を軽く蹴る。つま先が当たったところから瓦礫は粉々になりガラガラと地面を転がっていき、岩壁は人工的に作られた穴を晒す。穴が見えると同時に奥からは血の匂いが漂ってくる。やはり負傷しているのだろう。

 

 その小さな穴はしゃがむのではなく、匍匐前進でやっと進める程度の広さであり、十六夜は躊躇うことなくその穴を進んでいった。穴を拡張しても良かったが、その広がった穴から小型の魔物が侵入して来ないとは限らない。

 

 地面に付着した血液を見ながら、相当量出血しているとわかる。

 もし、逃げ切っていたとしても腹を割かれたりしていたら生存は困難だろう。

 

 少し進んだところから横幅が五十センチ程度しかなかったのが、頭を持ち上げても余裕ができるほどの広さになり、地面が何かの水で少しばかり濡れ始めてきた。

 

 やがて、穴から数十メートル程の場所に、影が見える。一際大きなポケットが形成されているが、精々人が一人座り込めばあまりの空間はほんの少しと言った程度。その影は青白い光に照らされており、体育座りで左腕を抑えて唸り続けている。

 

 やっと見つけたとばかりに進む速度を速めて体を起き上がらせることの出来る空間に出る。

 ぴちゃりと十六夜が膝をついたことで地面の水が鳴る。その音にハジメは魔物、あの兎の魔物がやってきたのかと大きく身を震わせ、自分に迫る死を受け入れ始める。そんなハジメを見て、十六夜は出来るだけ安心のできるような声音で、しかしいつものように話しかけた。

 

「おい、南雲。死んじゃいねえだろうな?」

「ぇ……?」

 

 十六夜の声にハジメが頭を上げる。そして、青白い光に照らされた空間に十六夜が居るのを確認して、吐息のような小さな声を出す。

 

「よ、終夜…君…?」

「おう、終夜十六夜様だぜ。左腕無くして……イメチェンか? 似合ってねえぞ」

 

 ハジメはそのいつもの様に変わらない態度でケラケラと笑っている十六夜を見て、思わず飛びついて上腕しかない腕も使って抱きつく。ハジメはこのまま一人、孤独に死んでいくのかと思った。

 

 圧倒的強者である熊の、捕食者の目を向けられ、そして実際に自分の腕を喰われるのを目の当たりにし、ハジメの心は砕けてしまっていた。誰にも届かないと思った助けの声、誰の声も聞こえない精神を削る小さな空間。

 

 だが、それも今は違う。安心できる力強い声もあり、自分を認識してくれる存在がいて、他人の暖かさを感じることができる。背中を撫でられる手と聞こえてくる心音に、声を上げながら泣いている状態でも安心感は伝わってくる。ハジメは十六夜の存在に本当に救われたのだ。

 

 心が砕けた状態で痛みもあり、絶望的状況の閉鎖空間というのは想像以上に恐怖だ。

 

 涙が枯れるのではないかというくらい泣き、次第に落ち着いてきたのかゆっくりと離れる。

 

「落ち着いたか?」

「うん……ありがとう。ここにいてくれて、本当にありがとう」

「あいよ。んで、その腕はあの熊公にでも喰われちまったか?」

「熊……」

 

 その一言に自分の左腕を確認し、あの恐怖を再確認して震えだした。咄嗟に十六夜は撫でて気をそらす。

 

「余計なこと言って悪かったな。出来る限りでいいから状況を説明してくれないか?」

「えっと……落ちてからは下が水だったから生き延びたんだよ。それから歩いてたんだけど…兎の魔物に殺されるかと思ったら、いきなり止まって…そしたら…熊が来て、僕の左腕を…………そ、それから錬成で逃げて…気づいたらこの水のお陰で生き延びてた」

「ほぅ…この水はなんなんだ?」

「さぁ…でも飲んだら体の痛みと怪我も治るし、魔力も回復するっぽいよ? 左腕の断端も塞がったし。でも、左腕の痛みは治らなくってさ…」

「幻肢痛か…」

 

 幻肢痛は実際の疼痛ではないため、痛み止めや麻酔は効かない。ミラーセラピーなどにより実際にあるかのように思わせることで緩和は可能だが…鏡のない現在では難しい。

 

 幻肢痛は切断直後から出現する人も少なくはないため、ハジメもその部類に含まれるのだろう。この症状は時間の経過により消失していくが、それは個人差がある。短期間で消失する人もいれば、十年以上続く人もいるのだ。

 

 試しに十六夜もハジメの飲んだ水、【神水】を口に含んでみた。喉を通り、体内に入り込んだと同時に体から疲労感が消え去った。

 

「へぇ…これは凄いな。南雲、この水を無駄にしないように何か容器でも錬成して蓄えておけ。絶対に今後役に立つ」

「容器はまだ作れないんだけど……」

「なら練習すればいい。幸いにもここには魔力を瞬時に回復してくれる水があるんだぜ? 魔力が切れたら回復して練習。それにな、今のうちに練習しておけばこの水と同じように今後役に立つと思うんだが? 武器も鉱石から作れるようになるだろうよ」

「それもそうか…終夜君が言うんだし、そうするよ」

「おう、そうしておけ。それと、俺のことは十六夜でいいぞ」

「なら、僕のこともハジメでいいよ、十六夜!」

「はいよ、ハジメ」

 

 それからハジメは錬成の練度を上げるためにひたすら練習を始める。十六夜が少し動くだけで、まるで飼い主に見捨てられた子犬のように反応するので、十六夜は立てた片膝に両腕を置き、その上に顎を置いて眺めることとした。

 

 最初は罅を作って割ってばかりであったが、次第に形ができるようになり、中をくり抜き、壺のような形まで完成させることを可能とした。半日ばかり時間を使用したが、魔力は神水を飲めばどうとでもなるが、空腹ばかりはどうにもならない。ただ、空腹でも神水を飲めば生きていくことは可能だ。それでも飢餓感は隠しきれない。

 

「出来た……」

「お疲れさん。その中に貯めておけ。もう要領はつかめたろ? 今後もそれを作っていけばいい」

「そうだね……今後?」

「ああ、これからのことを考えてたんだが…この迷宮、攻略難易度はルナティック位あるのはわかるか?」

「うん…ベヒモスレベルの魔物がうじゃうじゃいるから」

「そういうこった。俺達は橋から落ちてきたし、構造からして恐らく下に進むタイプの迷宮であり、魔法陣か何かで転移するようになっているんじゃないかと考えたわけだが……ここを上層とすると恐らく百階層まであるだろうな」

「つまり、皆が攻略してたのは表の迷宮? ここが到達地点じゃないだろうし、本当の迷宮はこっちってパターン?」

「可能性は高いと思うぜ。問題なのは食料だ。この迷宮にあるかどうかもわからん…俺は大丈夫だが、ハジメがなぁ……」

「……もしかして、十六夜が探しに行く…の…?」

「もしくは、俺がこの迷宮を走破して、道がわかったら戻ってきてからハジメを抱えてゴールまで走り抜ける。だが、それがどれくらいかかるのかわからない。数日か、一週間か…月まではかけないつもりだ。あぁ、途中で食料になりそうなものがれば戻るって手もある」

 

 十六夜であれば次の階層までの探すのも、その速度で走り回れば容易だろう。そして、魔物も片手間に潰すことが可能だ。ただ、下層になるに連れて難易度が上がるのは確実で、十六夜自身、自分の力がどこまで通じるのかは未知数だ。

 

 しかし、その提案に身を震わせるものが一人。

 

「ぼ、僕もついていくのは……」

「……足手まといとまでは言わないが、俺がより最速で効率的に動くのであれば、守りながらよりも1人のほうが良い。ここの入り口は塞いでおくから、待っててくれ」

「そ、そんな! い、嫌だよ! 折角十六夜に逢えたのに! もう一人じゃないのに! み、見捨てないで…なんでもするから! れ、錬成も上手になるから!」

「見捨てるわけじゃねぇから落ち着けや。俺達が助かるにはそれしかないって話だ。必ず会いに来る…だから少しの我慢だ」

「うぅ……」

 

 絶望から救い出し、自身を見てくれる十六夜への信頼感…といえば、言い方はいいかもしれない。依存を思わせるその尋常じゃない態度で縋り付くハジメに、思わず慰めることを優先する。

 

 寝れば居なくなってしまうんじゃないかと思ったハジメは、十六夜の腕に抱きつきながらもずっと浮かんでくる負の感情と葛藤していた。理性が合理的な手段を考え、感情が一人になりたくない、離れたくないと叫んでいる。小説とかを読んで絶望的な状況に、登場人物は過剰になりすぎじゃないかと笑い、だがこれがいいと思っていた。しかし、自分がその場面に出逢えばどうだ。こんなにも怖くて、正常な思考が出来なくて、縋り付きたくて……人間は脆い。そう思わせるには十分だった。

 

 あぁ、なるほど、人間は1人では生きれないというのはこういうことか。そんなことを思ってしまう。

 

 3日要した。3日間、考え続けて、答えを出す。

 十六夜もこの状況でどうなるかは分かっていたので、3日も離れないハジメに何も言いはしなかった。不安になるようなことを言えば、今度こそハジメは壊れきってしまうから。

 

「いざよい……まってるから……」

「……答えが出たか?」

「うん…ここで待ってる……でも、我慢できなくなったら追いかけるからね?」

「………………………。錬成を戦えるまでに鍛え上げれば、或いはな。まぁ、オートメイルでも作って鋼の錬金術師とか名乗れば、ちったァそれなりに見えてくるんじゃねえの?」

 

 見上げたハジメの目に光が宿っていないのを、これは不味いなと思いながらも通常通りに笑いながら話しかける。そして、自分の言っていることが嘘ではないことを思わせるため、ヘッドホンを外してハジメの首にかける。

 

 それをハジメは不思議そうに見ていた。

 

「これは…」

「これをお前に預けておく。ヘッドホンを取りに帰ってくるし、若しくは返しに来いよ。いくら寛容で寛大な器の持ち主の十六夜さんも、壊したりしたら許さないぜ?」

 

 ケラケラと笑いながら、そう告げる。別に特別なものでもないが、今はこう言っておくほうがいいと思ったのだ。そして、「もう一つ」と言いながら腰に差さっていた刀に似た剣をハジメに渡した。迷宮で持っていたはいいが、存在すら忘れて先程思い出したものである。様々な武器が使えるとはいえ、無手を得意とする十六夜よりもハジメが持っていたほうがいいと思ったのだ。

 

 その台詞にハジメも剣とヘッドホンをそっと握りながら微笑む。

 

「うん、必ず……いってらっしゃい」

「……行ってくる。おみやげに期待してろよ」

 

 最後にコップ一杯分の神水を飲んでから、十六夜はハジメに背を向けて穴を出る。それを見送るハジメは決意する。必ず錬成をものにして十六夜の隣に立ち、役に立ってみせると。

 

 十六夜の迷宮攻略と、ハジメの長い孤独な時間が再び始まる。

 

 

 




ん? 今、なんでもって……。
正直、剣のことをすっかり忘れてたので、ハジメに渡しておきました。彼ならいいものを作ってくれるに違いないという期待をしておこう。

最近、伸びが良くないようなので…催促するみたいで私は余り言いませんけど、

面白いければ感想、評価、お気に入り登録を宜しくお願い致します。割りと励みになってます。

P.S. 感想で色々ありましたが……正直な話、今ならハジメのTS、間に合うんだわ……。自分的にもありなのでいいけど……。
どうするか迷いどころですねぇ……。


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第06話 ありふれた問題児のお月様

お久しぶりでさァ。
今回はみんな大好きあの子が登場。そしてまさかの一万超え…なので、駄文だと思われます。
さあ、これからどこまで十六夜色に染まるだろうか。


 

 

 十六夜の攻略が始まる。

 小さな洞窟から出た十六夜は既に落ちてきた階層の下への階段は見つけていた。途中、あの熊を見かけたが、警戒するだけで襲いかかってこようとはしなかったために無視することにした。

 

「ここか…複雑な道じゃなけりゃ直ぐなんだがな」

 

 そして躊躇いなく、下層へと続く道へと踏み入れた。

 その階層はとにかく暗かった。

 

 今までは緑光石により多少なりとも光源が確保されていたが、ここには一切そういったものがない。そのため、目が暗闇に慣れるなんてことはなく、一歩先もわからない状態であった。

 

 仕方なしに十六夜はポケットに入れてきた緑光石を一つ取り出し、軽く前方へと放り投げる。その軌跡上に映り込んだもの全てを頭に記憶し、道を叩き込む。数度、それを繰り返して把握したところで歩みを進めた。

 

 暫く投げたことにより転がっていた緑光石の場所まで歩いては拾うのを繰り返していると、通路の奥で何かがキラリと光る。それと同時に十六夜は嫌な予感を感じ取り、咄嗟に腕を横薙ぎに振るう。その一振りは物体を殴った感触はないが、魔法を砕くのと同じような何か不可視な能力を砕く感覚があった。

 

 また、二メートル程先に転がっている緑光石がビキビキと音を立てて色を変えつつ光を失っていき、最後にはばきりと砕けてしまった。

 

「石化させる技能持ちの魔物か…俺は問題ねぇが、一張羅が石になるのは勘弁だな」

 

 場所は既にわかった。そうと決まれば十六夜の取った行動は早く、ポケットの中から石を取り出して投石する。

 

「クア!?」

 

 ズンッと重い音が鳴り響き、壁が砕けるとともに、甲高い魔物の悲鳴が聞こえた。

 十六夜の投げた石は見事に石化の技能を持っている、二メートルはあろうかという灰色の蜥蜴の胴体を食いちぎり、真っ二つにした。

 

 この闇の中で魔物と戦うならば、閃光弾のように強烈な光を発する道具を使用すれば、暗闇に適応した魔物の視力は焼かれることになるだろう。その隙きに倒すという手筈でもいいが、十六夜は一瞬だけ空間と敵を確認できたため、確認してから刹那の時間で投石して敵を逃がす暇さえ与えなかったために殺れたのだろう。

 

 そうして、十六夜の迷宮攻略は脅威の速度で進んでいく。僅か4日足らずで迷宮の半分、五十階層まで到達していた。途中、虫やカエルなどが出現する階層もあったが、流石の十六夜でもモスラのような虫を素手で触るのは躊躇ってしまい、投石と己が脚に物を言わせて五分で離脱。今までで最速のタイムで次の階層に繰り出すほどだった。十六夜は後に語る。あの時、ハジメのドンナーがあれば楽だった、と。

 

 麻痺の鱗粉を撒き散らす蛾や毒を吐き出す虹色の蛙は状態異常系の攻撃であり、神水がなければ攻略は不可能と言ってもいいほどだったが、十六夜にそれらは全く効かず………とはいえ、最速でクリアしたので何かやられていると感じ取る暇もなかった。

 

 だが、そうも行かない階層があった。そこは地下迷宮であるはずなのに密林のようであった。地上では感じたことないほどの蒸し暑く鬱蒼としていた肌が不快になるような場所。

 

 そこは巨大なムカデが大量に存在しており、唯でさえ多いのに節ごとに分裂して襲い掛かってくる光景はもはや悪夢。

 地面びっしりと埋め尽くされるかのような多さに、十六夜は覚悟を決めた。蛾よりマシだと思うことにしたのだ。

 

 ムカデを叩く不快な感触、全身に浴びる汚らしい体液、減らないムカデ。脚と手をフルに使って対応したことにより、戦闘技術は飛躍的に向上し、知識で持っていた截拳道をものにする。ただ、それは副産物のようなものであり、十六夜独自の完成されたとまでは言わないが、そこそこ確立されている戦闘スタイルは、その桁外れの身体能力と合わされば対人戦で敵う者は居ないのではないだろうか。

 

 怪我の功名といえよう。

 ただ、トレントモドキの投げつけてくる赤い果物に十六夜は救われた気持ちだった。甘く瑞々しいその赤い果実は、例えるならスイカであり、約一週間ぶりの食事に全力で食べまくった。勿論、ハジメに持って帰る分もあるので狩り尽くしてはいない。

 

 そうして気づけば五十階層であり、短時間で到達したのだ。

 

「ようやく半分か…この五十階層は他とは違うな。折り返し地点とでも言うべき場所だから、中ボスでも居るのか? ハッ、それはそれで楽しそうじゃねえか」

 

 ニヤリと口元を歪めて、脱いでいた学ランを肩に、どの階層とも違う不気味な空間へと進む。

 開けた場所には装飾のされた荘厳な両開きの扉があり、その両隣には一対の巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座している。

 

 この空間に足を踏み入れた瞬間、十六夜は今までとは違う変化を感じ取る。全身を駆け巡るような悪寒は、しかし、十六夜にとってはただのスパイスにしかならない。

 無視して次の階層に行くことも全然可能なのだが、快楽主義者にこの面白そうなものを見逃すという選択肢は有りはしない。

 

 見事な装飾の施された扉の前まで歩み寄る。だが、その扉には2つの窪みがある魔法陣が掘られていた。

 

「あ? 見たことねぇな……人間の扱うものとは違う次元なのか、相当古いのかだが……」

 

 王宮の図書館でハジメと共に相当量の本を読み漁っていたため、魔法陣を見て何もわからないということはないのだが、十六夜が今見ている魔法陣は一つも解読出来るものがない。人間とは別の種族が作り出した魔法陣という可能性もある。だが、この人為的なものに何の意図があるというのだろうか。

 

 その不可思議に興味が湧く。自分の知らない未知に対する興味が、自然と腕を伸ばして魔法陣に触れようとし、指先が接触した瞬間に弾かれるようにして魔法陣が放電し始める。傷はないが放電の威力はそこそこであり、普通であれば怪我は免れないだろう。

 

 魔法陣が起動した直後、異変が起きた。

 オォォオオオオオオオッ!!

 突然の野太い雄叫びが部屋全体に響き渡ったのだ。

 その正体は扉の両隣に埋まっていた巨人の彫刻。2つの巨人の彫刻が動き出し、壁をバラバラと砕きつつ現れたが、その姿は本やゲームで見慣れたサイクロプスのそれ。

 

 十六夜は見慣れたその姿とベタな展開に笑みを浮かべて興奮する。

 

「おお! やっとファンタジーっぽい魔物が出てきやがった! それでこそファンタジーってもんだろ!」

 

 壁から出てきた2体のサイクロプスはポーズを決める。その姿に学ランを脇に投げて十六夜が叫びながら拳を握った。

 

 戦闘の合図はなかった。ただ、両者ともに一歩を踏み出して振りかぶった拳を相手に向けて叩きつける。

 

 ゴシャァッ!

 

 下から繰り出される十六夜の小さな拳と叩き潰すかのように上から振り下ろされたサイクロプスの巨大な拳。接触。しかし、拮抗するなんてことはなかった。

 肉を潰すかのような音と、共に打つかりあった片方の腕がミンチになるとともに、肩から引きちぎれ、ベシャリと血肉が天井にへばり付く。数瞬後、ドチャッと落ちてきた肉の塊と、天井からは血が滴り落ちる。

 

 突如、感覚のなくなった腕を見る。それは勿論、サイクロプスであった。

 

「ドラァ!」

 

 跳躍とともに殴ったものを直すかのような掛け声とともに繰り出された二発目の拳は、的確に顎を下から捉える。

 そして、拳がクリーンヒットした顎は当たり前のように砕かれ、頭部はその首という台座からすっぽ抜けて天井に穴を開ける。左腕のように頭部も肉体と離れ離れになり、まるで投石された石のように壁の一部となっただけだ。

 

 パラパラと天井から石と土埃が降り注ぎ、同じように潰れ果てた頭部から零れ落ちてくる脳漿と血液、髄液が地面を汚す。頭部と左腕を消失した緑色の巨体は、ぐらりと傾いて倒れ伏した。

 

 それを呆然と見ていたのがサイクロプスの片割れだ。 

 それもそうだろう。力自慢の自分達が、まさか小さな存在の力に負け、部位欠損までして死んでしまうという事態に陥れば、その現実は受け入れ難い。

 

「こんなもんか…」

 

 殴った手を握ったり開いたりして、サイクロプスから伝わった力を確認する十六夜。最後に一度だけ握ってだらんと腕を垂らし、

 

「シッ!」

 

 突如、もう一体のサイクロプスの腹部が丸々消失した。そして、少し離れた壁からパァン!と何かが弾けるような音がするとともに、サイクロプスは何があったのか分からないまま絶命してしまったのだった。

 

 十六夜が右足を降ろして左足の隣に戻す。

 そう、十六夜がサイクロプスの腹部を蹴ったのだ。腕をおろした瞬間にサイクロプスの知覚を上回る速度で蹴撃を放ち、腹部は壁に叩きつけられたため壁から音がなった。

 

 あまりの速度に十六夜の右足には血すらついておらず、サイクロプスの後方の壁に横一文字、斬撃線が作り出されていた。

 

「ついでにあれでも試してみっか」

 

 サイクロプスの死体に近づいた十六夜が徐に手刀を作り上げた腕を軽く振りかぶり、腰を最大限に使用した手刀を繰り出した。十六夜が試してみたかったことは自身の速度で手刀を繰り出せばそれは斬撃になるのではないかということだ。

 

 刀を持たずして対象を斬る。まるで宮本武蔵にでもなろうとしているかのようだが、十六夜の斬撃は地面までもバターか豆腐のように斬る。どこかで美食家として活動していたんじゃないかと思わせる手刀だった。

 

 瞬きの間に数度手刀を振れば、サイクロプスの胸は切り刻まれて、綺麗に魔石だけが取り除かれた。

 

「これが鍵か」

 

 2つとも取り出した十六夜は魔法陣の窪みに嵌め込む。すると、魔石は赤黒い魔力を放って魔法陣を起動させる。やがて、何かが割れるかのような音が鳴り響くとともに光が収まり、周囲の壁が発行し始めたではないか。

 

 魔力により光っているのか、それでも久方振りの光に十六夜は眩しそうに目を細める。

 

 開くことが可能となった扉を無造作に開けて中に入る。中は幾本もの石柱が規則正しく奥へと並び立っており、部屋の中央には立方体の石が置かれていた。

 

 取り敢えず、光源を確保したいから扉でも固定しておくか、とサイクロプスの死体で扉を固定しようとした十六夜の耳に、聞こえるはずのないものが聞こえてくる。

 

「………だれ?」

 

 掠れた、弱々しい女の子の声だ。咄嗟に声のした方を凝視すると、そこには一人の少女が立方体の石に埋まっていた。随分と窶れているが、その美しさは失われておらず、絶世の美少女と言えるほどに整った容姿をしている。

 

(……この迷宮の更に五十階層に封印されている少女か…怪しすぎるな。んで、暗くてわかりにくいが裸ってことは、男として見なきゃどうよ? いや、待てよ? 敢えてのアイツの寝室ってパターンもワンチャンあるか?)

 

 ねぇよ。

 

 ……何処かからそんな声が聞こえてくる。きっと、読者や作者の…所謂、神の声なのだろう。断じてエヒト様とかいう存在ではない。

 

「すまん、間違えたわ。ゆっくり寝てくれ」

 

 扉の片方を蹴り閉める。もう片方は把持したまま出る時に閉めようとして……。

 その光景に少女が慌てたように引き止める。もっとも、その声はもう何年も出していなかったために掠れ掠れで、微かにしか聞こえてこないため何を言っているのか聞き取りづらいが、それでも必死さは伝わってくる。

 

「ま、待って!……お願い!……助けて……」

「そういったプレイは一人でするもんだぜ? お嬢ちゃん」

 

 巻き込むなよ―と言いながら扉を締める。何をどう勘違いすればどうなるのかわからないが、十六夜は少しばかり楽しんでいるようだった。ただ、それは少女にはそうは見えないため、本当に必死だ。

 

 一筋の光。一本だけ垂らされた蜘蛛の糸。奇跡。

 少女にとってどれほど待ち望んだものだろう。それらが消え去り、絶望へと再び叩き落される時、その救いに縋り付こうと全てを曝け出す。本当に助けてほしいのなら嘘を吐く余裕もないのだから。

 

「ど、どうして……なんでもするから!……ケホッ……私、何もしてない!………う、」

 

 少女が最後に「う」と声を出し、その次は言葉ではなく何度も繰り返される咳だった。久しぶりに声を出したことにより、枯れたのではないかと思われた唾液が分泌されて、咳とともに地面に垂れ落ちていく。

 

 それでも、少女は助けを求めて視線を十六夜から逸らさず、言葉を紡ごうと必死になっていた。それを、十六夜は見定めるようにしてジッと見つめている。

 

 少女もそれに気づく。嘘は許されない。真実だけを全て話せ。俺に信用されてみろ。そう、十六夜の目は語っていた。だから少女も必死に本当のことを語って自分を売り込む。

 

「コホッ……私、裏切られただけ!……せ、先祖返りの……ケホッ…吸血鬼で……すごい力持ってる。…………でも……国のために戦っても………最後は危険だからって………殺せないから……封印するって………」

 

 嗄れた喉を必死に酷使させて自分のことを次々語る。首を落とされても治ること、魔力を直接操れるから陣無しで魔法を発動できること。様々なことを語った。

 

 十六夜は腕を組みながらそれを黙って聞いていた。その表情はなんの変化も見られず、少女からすれば既に見捨てられているんじゃないかと襲い来る絶望に身を震わせ、十六夜をこの場に留めようと話を止めない。

 

 最後に、少女が語ることも尽きて、何かを喋ろうと口を開閉するだけになったところで、十六夜は一度目を閉じて……扉の外へ出ていった。無情にも閉まる扉に、一筋の光を呆然と眺める少女。

 

「ま、待って……助けて!……なんでもする!……この力使っていいから!…ゲホッ!お願い……だからぁ……助けて……助けてよぉ…!!」

 

 閉じてしまったその扉に、残ったあらん限りの力を振り絞って泣き叫ぶ。届いて欲しい、戻ってきて、一人にしないで、一緒にいて…嘗て渇望し、いつしか諦めていた願いをありったけ込めて叫ぶが……扉は開かなかった。

 

 項垂れて涙を流し、虚ろな瞳で地面を眺める。今度こそ、終わったと思ったのだ。

 

 十六夜に合う前以上に濁り、焦点の合わない目と力の欠片も見られない体。そんな少女の耳に、ズズズ……と重い音が聞こえてくる。そして、その瞳に再び光が差し込んだ。

 

「ぁ…」

 

 再び開け放たれた扉からは光とともに十六夜が入ってきたのだ。

 扉を大きく開けながら入ってきた姿は、先程見た姿と違って学ランが羽織られている。

 

 十六夜は見捨てたわけじゃなかった。

 

「勘違いさせて悪かったな、お姫様。ちょいと学ランを取りに行ってただけだったんだが……お前の叫びは聞こえたぜ。それにしても吸血鬼か…なるほど、だから美人設定なのか」

「……え?」

「いや、いい。気にするな。それよりも、俺は魔法とかでそれをどうにかするんじゃなくて、殴って壊そうと思ってんだが……痛みは、」

「我慢する! く、首落とされても生きてるから…!」

「…そうかよ。なら、我慢しろよ」

 

 学ランを羽織り、ヘッドホンがないとは言え本調子の状態で拳をバキバキと鳴らしながら、獰猛な笑みを浮かべて少女を封印している立方体に近づく。封印しているものが壊せるかどうか…いや、壊す。ただそれだけを考えて力を漲らせる。

 

 その十六夜の笑みに、少女は見惚れてしまった……近づいてくるその顔を見逃さないとでも言うようにジッと見続ける。

 

 少女の元に辿り着いた十六夜は立方体に触れて撫でる。

 

(……壊せそうだな。所詮は人工物であり、魔法特化のお姫様が抜け出せないっつーことは、つまり、魔法及び魔力に最大の抵抗があるってことか? 壊そうにもそれなり以上の力がいるから誰も壊せない……ふん、玩具だな。俺には問題ない)

 

 問題ない。そう判断した十六夜は地殻変動を引き起こし、山河すら砕くその力を開放する。イメージとしては力が立方体を抜けるのではなく、広がるようにだ。少女は確実にダメージを受けるだろうが、首を落としても生きているほどであれば問題ないだろう。身体が消し飛ぶほどの力は使わないつもりだ。

 

「行くぜ…しっかり我慢しろよ!」

「ん!」

「らァ!」

 

 立方体の側面から十六夜は殴りつける。ズドォォンッッと戦艦の主砲を一斉射でもしたかのような轟音が部屋に鳴り響く。立方体に放たれた十六夜の拳は立方体をバラバラに吹き飛ばす……のではなく、インパクトの数瞬後に内から爆ぜるようにして崩壊した。

 

「ッ…!!」

 

 細かい破片となって崩れ落ちる立方体の石から少女が倒れ伏す。それなりに膨らんだ胸部が顕になり、ついで腰、両腕、太ももと神秘性を思わせる美しい女体を晒すが……その身体は、特に下半身と腰、両腕が青黒くなっており、創傷ではなく体内へのダメージによる内部出血が生じていた。

 

 筋はもちろん、骨折もしているのが明らかであり、少女は痛みに顔を歪めながら起きることも出来ずに倒れていた。

 

 さすがの十六夜もそれをただただ眺めているわけではなく、直ぐ様しゃがみこんで少女を抱きかかえる。同時に自分の学ランを脱いで少女に着させてやった。その状況に少女は痛みすら感じなくなるほどの感情が溢れ出す。

 

 一体、どれだけ感じていなかった人の温かみだろうか。感じる事ができたのは石の冷たさだけで、身体は動くことすら許されていなかった。それが今はこうして他人の暖かさを感じることが出来ている。

 

 弱っているのか再生が遅いが、それでも着々と治っているのを感じながらも、感覚は全て十六夜に向けられていた。十六夜の顔も、匂いも、肌も暖かさも全てを己の身に刻み込もうとする。

 

「あ、ありがとう……」

「おう、感謝しつくせ。それよりも、治るのが遅いようだが、やっぱ血とかが必要なのかよ?」

「確かに……血があったほうが治るのは早くなるし、力も復活する……」

「そういうことなら、俺の血でも飲むか?」

「………いいの?」

「ああ。しかしなぁ…牙が俺の皮膚に入るのかどうかがわかんねぇ…まぁ、物は試しだ。ってことで、やってみろ」

「ん………なら……」

 

 ケラケラと笑いながら自分の血を吸えといい、首を傾ける十六夜。曝け出された十六夜の首筋に、ゴクリと少女が喉を鳴らす。

 十六夜の首筋に唇を付け、更には牙を突き立てて血を体内に入れようとする…それを考えるだけで、少女の身体と一部分の最奥は熱くなる。

 

 いつの間にか多量に分泌されていた唾液が口の中に溜まっており、口をゆっくりと開けば湯気でも出そうなほど熱い唾液がとろりと牙の先から舌の上に垂れ落ちる。

 

 少女の口がゆっくりと十六夜の首筋に近づき、栄養不足で血色が悪くとも魅力的な唇が、一部の隙きもない程の付けられる。牙を肌に立て…しかし、刺さらない牙に少しばかり力を入れて齧るようにすると、十六夜の肌に牙が刺さったのだった。

 

 それに驚いたのは牙を突き立てられている十六夜本人であった。十六夜の意思関係なく状態異常を弾く強靭な肉体だが、まさか吸血鬼の牙が突き立とうとは…これは害ではないとでも認められたのだろうか。

 

 皮膚が傷つけられたことで溢れ出す血液。吸血鬼の主食とも言え、嗜好品でもある血液を随分と長いこと口にしていなかった少女はその味に身を震わせ、力をつける。

 

(これ………駄目………)

 

 ずっとずっと飲んでいたくなるような芳香で濃厚な味わい。そして舌触りの良さと喉を通り抜ける感覚に延々と飲めるほどの飲みやすさがあるのにもかかわらず、ここまで濃いことに驚く。今までで飲んだことがないような至高ともいえる味。

 

 更に、細胞の一つ一つまで染み渡るような…まさに体の奥にまで染み渡るような感覚が全身を駆け巡る。舌先に触れただけで身体に力が漲った。正直、既に絶頂しそうなほどの快楽を味わえているのに、このまま飲み続けていたらどうなるかわからない。こんなところで、最初から印象を悪くするわけにもいかないので懸命に我慢しているだけだ。

 

 これ以上は駄目だと感じ取り、はしたない姿を見せて嫌われないために少女は渋々と、本当に名残惜しそうに首筋から口を離す。牙を抜かれ、ぷっくりと傷跡から血が溢れてくるのを舌で舐め取る。熱く、ぬるりとした感触に十六夜も少し身を震わせた。

 

 血液を摂取したことで傷がすっかり癒えた少女は、十六夜から身体を離す。

 血を吸い終わった後の火照ったような肌と蕩けた表情を見せる幼い裸体の少女は、まさに妖艶の一言。まだ成長はあったかもしれないのに止まってしまった成長。それでも完成されたかのような女の体に十六夜は見惚れてしまった。

 血液を摂取する前と後でその身体は変化を見せる。まるで輝くような金髪に瑞々しいぷっくりと肉厚な唇。目は潤み、肌は世の女性が羨むほど美しく、いつまでも触っていたくなるような柔らかさや艶めかしさまで見せている。

 

「……随分と変わったじゃねえか。綺麗でありながらエロいとか、さすが吸血鬼。いいとこ取りってとこか?」

「これからは貴方だけの身体……貴方だけが好きにしてもいい」

「ハッ、そいつは光栄だ。男の夢を物にできるなんて感動で涙が出そうだぜ。っと、俺は終夜十六夜だ。十六夜でいい」

「私は………」

 

 名前を少女に教える十六夜に、少女も名乗ろうとするが言い淀むように俯いて何かを考えている。

 

「…………名前、付けて」

「どうした、封印されてたから名前忘ちまったか?」

「もう、前の名前はいらない。………十六夜がつけた名前がいい」

「……そうかい。とは言え、名前か」

 

 恐らく、何かを切っ掛けに新しい人生を歩む区切りとして、新しく名前を変えるのと同じようなものだろう。死んだと思ったら生きていて、新しい人生を別の名前で過ごしていく、といったように。

 

 少女は期待するかのようにじっと見つめており、その視線の先の十六夜は腕を組んで少しばかり考える素振りを見せる。そして、少女にとって新しい名前を告げる。

 

「“ユエ”でいいか? 俺の名前から取ったんだが…」

「ユエ?………ユエ………十六夜の名前から……」

「おう。月名の中に十六夜の月ってあるんだが、そこから取った。流石に安直すぎたか? まぁ、お前の紅い目や金髪から月の色を思い浮かべたってのもあるんだが……嫌ならなんか適当に別のを考えるぜ」

 

 十六夜は最初に月からルナという名前も考えたのだが、この名前は国外の知り合いに同じ名前が居たため却下した。

 名前を告げられた少女は、暫し自分の中で反芻するように名前を呟いく。自分の名前から考えて付けてくれた名前に確かな繋がりを感じ、容姿から連想されるものの名前を与えてくれて確りと見てくれていると感じ、どちらの理由も相まって十六夜にあってから何度目になるかわからない嬉しさに全身を侵される。

 

 変わらない無表情であるが、喜色を含ませた表情と瞳をみせる。

 

「………んっ。今日から十六夜の(ユエ)。ありがとう」

「構わねえよ。それよりも………」

 

 お礼を言われ、それに短く答えた十六夜だったが、その直後にユエを抱きかかえる。突然のことにユエは驚きに身を固め、十六夜の腕の中だとわかると頬を朱に染める。

 だが、その幸せも一瞬のことであった。十六夜が跳躍するとともに先程まで二人の居たところへと一つの巨大な影が地響きを立てながら着地する。

 

 それは魔物であった。

 体長としては五メートル程あるだろうか。四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の脚を動かしていた。さらに尻尾が二本生えており、先端には鋭い針がついていることから見ようによってはサソリに見える。その為、尻尾の先端から生えている針は毒があると考えたほうがいい。

 

 その全体像を瞬時に見渡して、可能な限り考えられることを考え尽くし――――それらを放棄した。

 

「それじゃあ、詰まんねえからな」

 

 ニィ…と口角を歪めてサソリモドキを睨みつける十六夜。今までとは違った一線を画すその姿と威圧に身を震わせる。だが、それは決して恐怖からくるものではない。強大な魔物を前にして楽しみに身を震わせていたのだ。

 

 その十六夜の姿を見上げるようにしていたユエは、また新たな一面を知れたと嬉しくなる。普通に考えれば状況は最悪と言っていいほどだが、十六夜の余裕がユエに安心感を与えている。

 

 このサソリモドキの魔物は部屋に入った時点では十六夜の気配感知能力では捉えられていなかった。

 ということは、ユエを開放してから出現したことになる。つまり、ユエを逃さないための最終ギミックといったところだろうか。

 

 十六夜の表情からもこのサソリモドキと戦うのは確実。それにはユエを何処かに逃がす必要がある。十六夜の動きは人知を超えたようなものであり、初速から第三宇宙速度を叩き出す十六夜の動きに吸血鬼といえども長時間は耐えられないだろう。そうすれば荷物になってしまうだけである。

 さらに、十六夜は徒手空拳で戦うため、超近距離戦闘となることからも抱えたまま戦うというのは余り優れた選択肢ではないのはわかる。

 

 腕の中のユエをチラリと見る。彼女は目の前のサソリモドキなぞには目もくれず一心に十六夜だけを見つめていた。その目からは自分の運命を全て十六夜に預け、力が使えるなら如何用にも使ってくれと言っている。

 その表情に十六夜も、いつもの軽薄な笑みから愉快さを見出したような獰猛な笑みへと変わる。牙を剥き出しにして嗤うその姿は何者にも負けないと思わせるには十分。ユエは自然と同じように口角を釣り上げていた。

 

「ハッ、いいじゃねえかその覚悟! だがな、力が振るえんなら自分で抗ってみろよ。俺に付いてくるってんなら、俺を楽しませてみろ!」

「んっ!」

「キシャァァァァアアアアァァッッ!!!!」

 

 誰か一人に向けたのではない。この場にいる十六夜以外の全ての存在に向けて、十六夜は己を楽しませてみせろと叫ぶ。それに応えるかのように、ユエとサソリモドキの声が重なる。

 方や役に立ってみせる。方や敵を殺してみせる。それぞれの譲れない意思が全て十六夜に向けて叩きつけられる。

 

 サソリモドキの咆哮とともに放たれた毒。一瞬肥大化した尻尾の針から紫色の液体を凄まじい勢いで噴射する。

 しかし、十六夜には止まっているかのように見える。避けるのは容易だった。更には避けると同時にユエを遠くへと放り投げたのだ。

 

 覚悟と咆哮、投げるのは同時であり、ユエも投げられたことに驚きながらも確りと着地して魔力を体中に漲らせる。

 

 視界の端には常に十六夜の姿を捉え、今はサソリモドキを睨みつける。サソリモドキは見るからに硬そうであり、どの魔法がその外骨格にダメージを与えられるか…三百年前に国のために戦ってきた経験値が、今こうして役立っている。でも、もう昔の記憶なんてもういらない。これからは十六夜との、十六夜と過ごした時間だけの思い出があればいい。

 

 自分の人生は十六夜に助けられたときから進み始めた。止まっていた時間は十六夜を見たときから動き出し、運命はその瞬間から決まっていたのだと。

 

 ユエの()()()()()()が始まる。

 

 

 

 




吸血に関してはもう色々とあやふやなので、はい。

ということでユエ参戦です。

そろそろハジメの事も考えないといけないけど、どうしようかと考えてるところです。
感想欄での状況から皆さんハジメきゅんがいいかもしれませんが…僕っ娘にするか、俺っ娘にするか…そこが問題だ!
俺っ娘にすると魔王らしいけど、十六夜と被りますしねぇ…十六夜廃僕っ娘依存尽くし系魔王様ヒロイン(ボソッ)


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第07話 お次はサソリモドキと問題児が戦うそうですよ?

お、お久しぶりでさァ……。
やばい…空きすぎたか……。

相も変わらず拙い戦闘描写なので駄文注意です。


 ―――ゴガァンッ!!

 轟音とともに粉砕音も同時に聞こえてくる。

 戦闘開始時に小手調べと十六夜が砕け散った立方体の石を拾い、第三宇宙速度で投げたのだが、サソリモドキのあまりの硬い外骨格に石の方が耐えきれずに粉砕してしまったのだ。とはいえ、第三宇宙速度で投げられた石を食らった外骨格も無事ではなく、着弾点は無理やり削り取られたように砕けていた。

 

「ふぅん? 見た目通りに硬いってわけか……ま、石で砕ける時点で苦戦する程ではないってことが分かっちまったが」

 

 手の中の石を放ってはキャッチする動作を繰り返しながら、サソリモドキを観察する十六夜。それを見て驚愕しているのがユエだった。

 それもそうだろう。軽く投げたような動作で石を投げたと思ったら、自分の魔法が出せる最高速度を優に上回る目に見えない速度で投げられ、瞬きする暇もなく気づけばサソリモドキの外骨格が弾けていた。これをみて驚くなという方が酷というものだ。

 

 自身が今まで見たこともないようなその光景。思えば、自分を助け出してくれたときも、魔法ではどうにも出来ない立方体を殴って砕き、助けてくれたではないか。

 結論。十六夜は凄いし、格好いい。単純明快。ユエの好感度は鰻登りであり、もはや天元突破していると言っても過言ではなかった。

 

「なら、今度は殴ってみるか! 簡単にくたばんじゃねえぞ! サソリモドキ!」

 

 持っていた石を放り捨てて、叫ぶとともに前傾姿勢になったと思うと破裂音とともに十六夜の姿は掻き消え、次の瞬間にはサソリモドキは尋常じゃない力で吹き飛ばされた。

 悲鳴を上げることすらも許されず、第三宇宙速度で岩壁に叩きつけられる。一瞬の内に赤熱化するが、その熱は感じる暇もなく瓦礫によって消え去り、治まることのない衝撃に身を削られる。

 水流に流され、石と打つかりあって角が取れ、丸くなる小石のように………なんてことは到底言えないような勢い。

 

 漸く止まったときには岩壁の中を数十メートルも突き進み、見えない力に止められ、突き立てた脚の角ばった部分が削れた時だった。

 まさに満身創痍。十六夜の一撃でサソリモドキは重症を負い、殴られた部分はまるごと吹き飛んで肉が見えていた。本当に考えられないような威力。

 

 そして、その威力に首を傾げていたのが十六夜だった。

 全力ではなく手加減して殴ったはずなのに、手加減以上の威力が出たことに自分の手を眺めながら疑問に思う。いつもの様に手加減してこの力…確実に力が上昇していたのだ。

 

(どういうことだ? 全力じゃないのに明らかに威力が違った…まさか、異世界に来たことで俺にも変化が生じて……いや、違ぇ。まさか――)

 

 短い思考であったが、それだけで自身の変化の原因を思い浮かべた十六夜は徐にステータスプレートを取り出して見る。

 そこには当たり前のようにステータス値全てがERRORと書かれており、技能欄もなんらかわりはない。だが、変化している項目が一つだけあった。

 

(なるほど、俺もこの部分だけは他の奴らと同じだったのか………)

 

 レベル:1 → レベル:48

 

 そう、十六夜のステータスプレートが他とは違い、一切の詳細がわからなかったのだが他と同じ共通する場所はあった。それが、レベルだ。

 いくら十六夜が正体不明の力を保持していたとしても異世界人に変わりはなく、レベルという概念のあるこの世界に来たことで十六夜にもレベルはつくこととなる。勇者達と同じ異世界人であり、力は違えど出発点は同じであるが故に、この世界で得られる経験値はゼロからのスタートなのでレベルがERRORとなることはなかった。

 

 よって、勇者達同様にレベルは1から始まった。

 十六夜は落ちる前の上層の迷宮区では香織たちを助けた時以外に戦うこともなかったのでレベルは急激に上がることもなく、上昇した力に気づくことはなかった。しかし、奈落の底に落ちて迷宮を駆け抜け、魔物を殺して経験値を取得したことでレベルも上昇し、身体機能も上昇した。

 自分の益になる恩恵は確りと取得するのでレベルと上昇したステータス値は獲得したことになっている。

 

 未だにステータス値はERRORと計測されることはないが、それでもレベルが上昇した分だけ力は上がり、こうしてサソリモドキ相手に力を行使したことで自覚できたのだ。

 今は手加減して第三宇宙速度を叩き出せるが、恐らく…いや、確実にこれ以上レベルが上昇するなら更なる力と速度を繰り出せることだろう。十六夜は、まだ強くなれる。強くなれてしまうのだ。

 

 その事実ににやりと笑いながらステータスプレートをしまい、前方を向くと同時に十六夜に殴られたサソリモドキが空けた穴の中から、何十本もの鋭い何かが飛んできて、十六夜を襲う。

 十六夜の並外れた動体視力は確りとそれを把握する。それはサソリモドキが尻尾から撃ち出した針だった。飛んでくる針が確実に自分に当たるものだけを見極め、体をずらして避け、手掌で叩き、手背で弾き、一歩も動くこともなく全ての針に対応する。

 

 十六夜にとってはこの程度はどうということはない。だが、それでも、無事だと分かっていてもそれを是としない者がいた。

 

「“蒼天”」

 

 目を鋭くさせたユエが徐に穴の中に向けて手を掲げたと思うと、自身の金髪と同じ色の魔力を膨大な量噴出させ、魔法を発動させる。魔力光に彩られた神秘的なユエの前方に直径七メートルはありそうな青白い炎の球体が出来上がる。ただそこにあるだけなのに、少しばかり離れた場所にいる十六夜にすら肌を焼くような熱が伝わってくる。

 

「ハハ、あれが最上級並の魔法ってやつかよ。しかもそれを詠唱なしに一瞬で発動させるだと? 魔法使い涙目じゃねえか、クソが」

 

 そんなことを言いながらも愉快そうに笑う十六夜の姿を見て、ユエは楽しませられたことに喜悦を感じる。そして、その青白い炎の玉を洞窟内にぶち込めるだけの大きさに変化させ、躊躇いなく放り込んだ。

 

 直後、爆音が空間全域に伝わり、凄まじい熱風が穴から吹き出して二人を襲う。穴の入口からサソリモドキの場所まで接触面は全てどろどろに溶け、溶岩のようになった鉱石がどろりと地面に落ちていく。

 さらに、次の瞬間、膨大な量の炎が穴から吹き上がる。サソリモドキに当たって爆発した蒼天は一瞬にして穴の中の空気を使い尽くし、穴の外の空気を急激に吸い込んだことによって炎が吹き出した。所謂、バックドラフトと呼ばれる火事の際に起こる現象が一瞬の内に起きたのだ。

 

 これほどまでの攻撃を狭い空間で食らったサソリモドキは咄嗟に受け止めた四本のうち2つのハサミをどろどろに溶かしながらも叫び声すら全てに掻き消され、我武者羅に脚を動かし、巣窟の外へ…空気のある場所へと飛び出した。

 

 その姿は満身創痍であり、飛び出してから暫く動けないほどであった。その姿を見てユエは満足する。十六夜を襲った報いだとでも言うように胸を張った。

 

「蒸し焼き」

 

 最上級の魔法を放った事による消耗を感じさせながらもそう呟き放った。

 

「ヤハハ! 確かに蒸し焼きだったな! やるじゃねえか、流石、吸血鬼ってとこか?」

「私…役に立つ…?」

「おう。虫が大量に湧くところとかで一掃できそうだな」

「虫……」

 

 いつの間にか近くに来ていた十六夜が軽薄な笑みを浮かべながらユエにそう言った。十六夜の言った虫と言うのはここに来るまでの虫が大量に湧く階層のことだろうが、虫を一掃できると言った十六夜に、ユエは微妙な気持ちになる。流石に虫のために魔法を頼られるというのは、考えどころなのだろう。いや、ユエとしては虫とは関わりたくないが、避けられない場合に焼き殺すことに対しては大いに賛同できることなのだが。

 

「あとは俺が楽しむから、離れたところで見てろ」

「ん、わかった。……負けないで」

「ふん、誰に言ってんだ? あの程度に負けるわけねえだろうが!」

 

 叫ぶとともに、サソリモドキの振り下ろされたオオバサミを右手で受け止め、更にもう一振りのハサミも左手で受け止める。ズンッと十六夜の足元を中心に地面が揺れ、衝撃が周囲に拡散していった。

 

 十六夜が受け止めたオオバサミはそのまま十六夜を押しつぶす…なんてことは無く、逆に少しばかり力を込めて握った十六夜の手の中で、接触面がバキッと砕けて外殻の中の肉を握り潰されてしまった。

 

「キシュアァァアッ!?」

「どうしたよ、お前と出会ってから悲鳴ばかり聞いてる気がするぜ?」

「ギギャアァァアアァッ!!」

 

 ハサミと手で握り合うかのようにしているため、サソリモドキと十六夜の顔は必然的に近くなる。サソリモドキの巨大な顔の前で十六夜がニヤリと笑えば、サソリモドキは泡を噴くかの如く、濁った声を上げる。

 既にサソリモドキの中では十六夜は小さな、取るに足らない存在ではなく、自身の命を脅かす強大な敵だと認識されている。初っ端から殴り飛ばされて壁の中を突き進み、こうしてハサミまで握って壊されたら嫌でも認めなければならない。それでも、目の前の自分の体よりも小さなものにこうして目の前で喧嘩を売られているのは、我慢がならなかった。

 

 怒りそのままに尻尾に力を込め始める。その尻尾は今までの膨らむ速さとは遅く、徐々に徐々にと肥大させていくことで最大最強の攻撃を放とうとしているのだろう。

 今、膨らんでいる尻尾の中には夥しい数の針と膨大な量の溶解液が溜め込まれ、目標に向かって放たれるのを今か今かと待ち構えている状態だ。

 

「キシャァァァアアアアアッ」

 

 サソリモドキの咆哮が轟く。それと同時に、サソリモドキの足元から周囲の地面が広範囲に波打ち、十六夜の足元を不安定にする。

 

「おっ、テメエの魔法か? 錬成みたいだな……っと」

 

 これはサソリモドキの固有魔法なのだろう、周囲の地形を操ることが出来るようだ。

 地面が波打つと同時に、轟音を響かせながら地面から円錐状の棘が無数に飛び出してくる。当たっても問題ないだろうが、流石にここは一度距離を取るべきだと、サソリモドキのオオバサミから手を離して後方へと跳躍する。

 

 その直後、十六夜のいた場所は周囲から一点に向けて棘が放たれたことで棘が天に向かって伸び、入り乱れたかのようなオブジェが出来上がる。あの棘の群れに串刺しにされていれば、まるで串刺し刑のように頂点には貫かれて棘の上で寝ているような死体が出来上がってしまうのだろう。

 

 距離を取った十六夜だったが、離れたところまで魔法の範囲は届かないだろうと予想していた。

 だが、サソリモドキの固有魔法は止まることはなく、十六夜の元まで瞬時に地面が波打って無数の棘が十六夜を串刺しにせんとばかりに飛び出してくる。どうやら、遠距離まで地形を操作することが可能なようだ。

 

「カッ――しゃらくせえッ!!」

 

 拳撃一つ。地面に向けて振りかぶった拳を打ち付ければ、それだけでこの部屋全ての地面に亀裂が走り、轟音とともに崩壊する。

 

「わっ」

 

 遠くで十六夜のことを見守っていたユエの足元すらも破壊され、慌てて被害の少ない地面にまで飛び移ることで難を逃れた。

 

 周囲の地面がクレーターが出来上がったかのように破壊され、巻き上がった瓦礫が両者の間を遮るが、全てが遮られているわけではなく間間から互いの視線がぶつかりあう。互いにとって、瓦礫など障害物にすらなりえない。逃しはしない。よそ見など許さないとばかりに互いの違った意味合いを含む視線がぶつかり合っている。

 

「キシュアアァッ!」

 

 先に動いたのはサソリモドキだった。巻き上がった瓦礫が崩壊した地面に再び落ちる前に、サソリモドキは尻尾の先から数多の散弾針と溶解液を十六夜目掛けて発射する。勢い良く尻尾から射出された針は瓦礫を粉砕して尚、威力と速度を落とすこと無く十六夜に向かい、溶解液は瓦礫を尽く溶かし尽くしていく。

 

 例え、タワーシールドで身を守ろうとも、盾ごと溶かされ、串刺しにされるだろう。そして、広範囲であることからも、普通であれば上下左右どこに避けようともこの距離と着弾までの時間では間に合うことはない。

 

 しかし、それは普通の騎士や冒険者であれば、のことだ。

 

 十六夜は普通という言葉に当て嵌まるはずのない問題児。この絶望的な状況でも、その笑みは消えることがなく、牙を剥き出しに嗤う。

 握った右拳を左の腰の横に持っていき、まるで居合のように構え、腰を撚る。そして、抜刀するかのように腰と腕の力を最大限に発揮させ、溜められた拳は抜き放たれた。

 

 放たれた拳は寸前まで迫っていた針の一つに触れる寸前に右拳は振り抜かれた。全力ではないが尋常じゃないその速度と威力。山河すらも砕き、星を揺るがすほどの力が一瞬にして放たれ、理不尽に染められた暴力は拳圧や衝撃、乱された大気及び歪んだ空間全てを生み出して、数多の散弾針と溶解液を吹き飛ばした。

 

 ありえない光景だった。たった腕の一振りで前方の空間を埋め尽くさんばかりの絶望が薙ぎ払われたのだ。

 

 そして、サソリモドキにとって全力の攻撃が消し飛ばされたと思えば、十六夜の姿は既に無くなっていた。

 十六夜は居合拳を放つと同時に跳躍し、既にサソリモドキの頭上に居た。

 

「ま、なかなか面白かったぜ、オマエ」

 

 決着だった。サソリモドキの頭上に居た十六夜は今度は即死レベルの拳を放つ。一瞬にしてサソリモドキの胴体が穿たれ、外殻と肉及び組織は延長線上の地面とともに消し飛び、胴体の大きな穴を形成した。

 

 胴体に穴を開けたサソリモドキは、自分が十六夜に殺されたのだということも分からずにその巨体を地面に沈ませる。重い音が鳴り響き、地面の亀裂にサソリモドキの血が染み込んでゆく。

 

 サソリモドキの死体の上に着地した十六夜は、息を吐いて力を抜く。

 十六夜にとってこの戦いはベヒモスよりも楽しめたものだった。ベヒモス戦のときは邪魔もあったし、場所的にも暴れるには狭く、途中で終わってしまったために消化不良であった。だが、サソリモドキといった巨大でやりごたえのある中ボスレベルの魔物と戦えたのは、本当に異世界に来て良かった想えるような出来事だったのだ。

 

 力も上昇して手加減していたとしても、思う存分壊すことが許された場所。そして、命をかけた殺し合いのできる相手。地球に居た頃には考えられないことだ。

 

(これでまだ半分…サソリよりも強い敵が居るんだろうが…いいね、そう考えるだけでもワクワクしてくるじゃねえか)

 

 そんなことを考えながら、サソリモドキの死体から飛び降り、駆け寄ってきて少し涙目で飛びついてきたユエを苦笑とともに抱きとめた。

 

 




まぁ、そういうことです。
何も強くなるのは技だけじゃないってこと。レベルも手段の1つということにしました。

そして結局、十六夜が戦うっていうね。


追記
5月7日までアンケートします。詳しくは活動報告をご覧ください。簡単に言えばTSについてです。


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第08話 ありふれた問題児と奈落の化物が再会するそうですよ?

お久しぶりです。
さて、いきなりぶっこみますが―――

―――ハジメきゅんの誕生だ! 祝え、野郎ども! 誕生日だぞ!

わーわー!ひゅーひゅー!

ま、これについては賛否両論あるでしょう。プロローグ前書き伏線回収完了(無理やり感)。
言いたいことは簡単にですが、活動報告に書いてますんで、そちらをどうぞ。批評批判等々は受け付けますが、お手柔らかにお願いします。


今回はそこまで深くないし、学校や仕事の休憩時間にささっとどうぞ。

まだあれがあれだから、ハジメきゅんって感じじゃないです。多分、これから。ユエが可愛い。可愛い。知ってる。

※あっぶねぇ…アレだけ言ってたのにタグ忘れてたぜ…皆さんありがとうございます。タグ付けておきました。


 現在、十六夜とユエの二人は魔物を歯牙にもかけず、十六夜が辿ってきた迷宮の道筋を逆走していた。

 ユエは十六夜の血を吸うことで身体能力を強化し、十六夜ほどではないにしろ、技能・縮地に迫るほどの速度を叩き出していた。愛の力なのだろうか。

 

 一方、十六夜はと言えば、ユエの出せる最高速度と同速度で走っており、その背中には魔物の革で作られた風呂敷を背負っている。中には途中で収穫してきた大量の赤い実が詰まっており、これらはハジメのために持って帰っているものであった。

 

 十六夜はハジメに約束した通り、食料が見つかったためにハジメの元へと戻っているのだ。例え、既にハジメが死んでいようが生きていようが、それでも追いついてきていないのであれば一度戻ることは考えていた。

 

 途中で虫をユエに焼き払わせ、魔物を踏み台にし、血を吸うためにユエが抱きついてきて吸われながら走り、ユエを抱えて走ってユエが目を回し、魔物を乗り回し、ユエに血を吸われ…………。

 流石に魔物にライドオンした時はロデオを楽しんでしまったが、ご愛嬌である。

 

 そしてまた一つ、階層を登りきったとろこで足を止める。草原のような階層は実に見晴らしがよく、十六夜の並外れた視力があちこちに倒れている魔物を見つけたのだ。どの魔物も頭が吹き飛んでいたり、肉が引き千切られている。または、斜めからバッサリと切り落とされていた。

 

「魔物が死んでるな…ってことは、ここにハジメがいるかもしれねえな」

「ん…さっきの階層は荒らされてなかった」

「そういうことだ。まぁ、スニーキングで抜けたっつー可能性もあるかもしれねえが、ここの何処かに居るのが無難だろ」

 

 ユエを降ろし、走ること無く歩き出す。魔物は全てユエの魔法で殺され、偶に十六夜がポケットから出した鉱石の粒を指で弾き、殺していく。

 

「十六夜…私、役に立ってる?」

「おう、雑魚相手に俺がわざわざ動かなくてもいいってところが、有り難いとこだな。接近戦も面白いが、遠距離も面白そうだ」

「魔法なら私が手取り足取り教える」

「呪文的なのを唱えるのが面倒だから却下。魔法を放つよりも俺が攻撃する方が確実に速いし」

「残念……」

 

 シュン…と小さく落ち込むユエの頭を苦笑しながら撫でる。撫でられているユエは撫でられる心地よさと十六夜の手と暖かさに頬を緩ませ、頭を手に擦り付ける。普通なら気が狂いそうになるような環境で手も足も動かせない状況にて過ごしたユエは、ちょっとのスキンシップでも嬉しそうに受け入れている。血を吸う時に抱きついたり、その甘美なる味に酔いしれる際の一つの欲を抑えるのが大変なほどだ。

 

 また一匹、魔物が第一宇宙速度により投石された鉱物によって胴体を吹き飛ばされたことで、頭部を地面に転がす。過剰に威力が込められた何かの鉱石は速度を落とすことなく、延長線上に居た魔物の頭部を消し去り、外壁に轟音とともにクレーターを作り出す。

 

「いないな」

「いない……」

「寝てるのか?」

「死んでるかも…」

「ここまで来たのならそう簡単に死なねえと思うが、というか、ここまでよく来たものだ。恐らく、錬成で武器を作り出したんだろうが、ステータスはどうしたのやら…」

 

 この世界では技術も保有戦力も重要だが、ステータスの差は中々覆せない。初期ステータスと言ってもいいハジメが、奈落の底の強敵にどう立ち向かったのかを考える。一つ、方法を思いついたが、それは死ぬ確率が高いものだ。

 

 十六夜がハジメのことについて少しばかり考えていると、腕と腕を組んでいたユエがくいくいっと引っ張ってくることに気づく。

 

「なんだ?」

「少し疲れた……」

「そういやそうか、ここまで休み無しに来し、そろそろ休んどくか」

「ん、賛成」

 

 十六夜の提案にユエは頷きながらそう返答する。いくら十六夜にくっついていた時間があったとしても、サソリモドキを倒してからあまり時間も経たずに移動を開始したため、実質ユエが封印から解かれてそう時間は経ってはいない。

 

 疲労は血液で回復するとしても、精神的な疲れは確実に蓄積しており、少し疲れを感じる程度まで溜まっていた。

 流石の十六夜もそこら辺は考えていたのか、ユエの疲れたという宣言に間を開けずに休もうと提案。二人は座れそうな場所を探し出し、並んで座ることにする。

 

 実を言うと、ハジメと十六夜達は背中合わせで座っているようなものだった。

 十六夜が休憩場所として座っているのは、ユエが疲れたと言ったところから数百メートル離れた場所に生えている大樹の根っ子の部分。樹齢何万年と経っていそうな大樹の真反対にハジメは魔物の肉を食料として食べた後に、休憩がてら寝ている。

 

 そのため、十六夜の視力でも大樹の裏に隠れていたので見つけることができなかった。

 

 その大樹の根っ子に腰掛け、何十メートルと上空の枝葉を眺める。不思議なもので、地下の迷宮区だと言うのにこうも巨大な樹がジブリにでも出てきそうなほど育って尚、天井まで余裕がある。

 

 十六夜は自然が嫌いではない。むしろ、感動するような光景には感動するくらいの心は持ち合わせている。とはいえ、善人だと言い切れるタイプではない。

 

 ふと、隣のユエが同じように枝葉を眺めていたと思ったら、指を指して口を開いた。

 

「あれ…なんだろう…」

「うん? ああ、あの樹の実か。確かに、このサイズの大樹にしては出来ている実が小さすぎるし、純粋に種だけを含んだ実か? それにしては周りには木が生えていないようだが…食べれそうにはないな」

「採ってみる?」

「そうだな…俺も気になるし、ちょいと採ってみっかな。よし、少し離れろ」

「ん」

 

 起き上がって大樹から離れる。十六夜のみ根の上に残って無造作に蹴りを放った。ズンッ!と重い音が鳴り響き、ちょっとしたビルの太さほどもありそうな大樹が揺れ、軋む。折らない程度に絶妙に加減されたため、樹を大きく揺らすだけに留まったが、枝葉はそうでもなかった。

 

 衝撃が伝わったのか、わっさわっさと生い茂った葉を震わせ、葉とともに小さな樹の実もぽろぽろと雨のように落ちてくる。

 

 その衝撃に飛び起きたのが、十六夜達がいることを知らないハジメだった。少し歩けば会えるだろう距離にいるが、根から転げ落ちるような衝撃に己の武器を引き抜きつつ起き上がる。警戒すると同時に……頭上からハジメの頭部を襲うものがあった。木の実である。

 

 だが、それはハジメだけではなかった。

 

「きゃっ!? 痛っ…!? うにゅ……!!」

 

 コンコンココンッとユエの小さな頭に小さな木の実がどんどんヒットしていき、その度に小さな悲鳴を上げる。それを十六夜は木の実をキャッチしながら苦笑して見ており、助ける気はさらさら無いようだ。

 

 頭上から更に降ってきた木の実をキャッチしながら、既に持っていた木の実を観察する。実の大きさは十センチ程度であり、重さは小さなじゃがいもよりも軽いくらい。硬めであり、少し押しつぶしても凹まないので中の身質も硬いのだろう。もしかしたらココナツのようなものかもしれないが、この小ささでは余り期待もできない。

 

 様々な仮設は思い浮かぶものの、それは地球の植物基準であり、異世界の不思議植物の実や種は流石に分からなかった。その木の実をバキリと砕くと中は白い実が詰まっている。

 

「う~…痛い……むぅ」

「ヤハハッ、まるで雨のようだったな。ほら、食ってみろ」

「……食べれるの?」

「毒ではないと思うぜ?」

「ちょっとだけ………」

 

 十六夜に差し出され、少しだけ興味を持ったのか、受け取ってから小さく牙で削り取るようにして食べる。削られた身が口に入り、舌に触れたその瞬間、ユエは表情を歪ませた。

 

「ッ!? にぎゃっ…!? いじゃよぃ、ににゃっ……!!」

 

 にぎゃっ、みにゃっ!? うみゃんっ!?と言葉にならない悲鳴を上げて涙目で口を押さえる。

 

「へー、苦いのか。毒はなさそうだが、苦いんだったら積極的に食う必要もねえな。口直しに赤い実でも食ってな」

「ん!」

 

 苦すぎる実を放り投げ、十六夜の持ってきた赤い実を頬張る。口の周りを汚すのすら気にせずに貪っていところを見るに、余程苦かったのだろう。赤い実を渡した十六夜はまさに救世主であった。原因となったその苦味に苦しんでいる姿を見て笑っていたのが、実を渡した張本人であったが。

 

 そんなユエを見ていた十六夜だが、突然、ユエを抱えて跳躍する。突然のことに食べかけの赤い実を落とし、瞬きする暇もなく気づけば枝の上。周りが突然葉で埋め尽くされ、十六夜に抱きしめられていることに気づき、ユエは頬を染めながらも小さく十六夜に問う。

 

「どうしたの…?」

「何かが警戒しながら動いていた気配を感じ取った。そこら辺の魔物よりも断然気配は強いが…」

 

 静かにユエを太い枝の上に降ろし、身軽になる。数十メートルも上になる太い枝の上にいるため、下から見られても気づかれることはない。だが、下に居た何かは十六夜とユエのいた事に気づいたのか、それとも何か違和感を感じ取って攻撃したのか…突如、ドパンッという音と共に、枝を貫通して何かが飛び出してくる。

 

 その貫通してきた小さな物体は偶然にも十六夜の顎下を狙っており、咄嗟に右手でそれをキャッチする。

 

 小さく、熱く、硬い物体がサソリモドキの針よりも強い威力で手に衝撃を加える。その物体を受け止めた瞬間、十六夜は枝を蹴って眼下の攻撃してきた存在に向かって飛び出した。数十メートルという十六夜にとっては無いにも等しい距離を、コンマもかけずに消し去る。

 

 そして、着地と同時に抜手を眼前の存在に放ち………喉を抉り取る寸前で停止させる。

 

「………ハジメか?」

「え…? ぁ……い、十六夜……なの…?」

 

 手刀を止めた十六夜、異世界に存在しない武器である拳銃を所持している、姿の変わったハジメ。

 

 こうして、両者は偶然にも再会を果たした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 上空から降ってきたユエをキャッチした十六夜は、木の実を払って適当な場所に三人で座る。土産とばかりにハジメに赤い実を渡し、あまりの美味さと感動に無言で全てを平らげていく。その後に三人で話し合いが始まった。

 

 話し合いとは言うが、ハジメの心境を聞いて武器をどうやって作ったのかということを聞いただけだ。十六夜はこの迷宮を走り抜けてサソリモドキを殺し、ユエを助けたことだけを簡潔に話す。それを赤い実を噛りながらハジメは聞いていた。

 

 十六夜がなによりも驚いたのがハジメが魔物の肉を喰らい、神水により破壊と再生を繰り返し、魔物の力と技能を手に入れたことだった。この世界で魔物の肉というのは、猛毒どころの騒ぎではない。食べたら死ぬ、その一言で終わらせることが出来るほどだ。

 

 そして、無視できないこともある。

 

「まさかの性転換からのハジメちゃん。流石異世界、本当に何があるのかわかんねえ…」

「あはは、だよねー……僕も女の子になるなんて思わなかったもん」

 

 南雲ハジメくんがハジメちゃんになっているということだ。

 骨格も女性よりの丸みを帯びた滑らかな造形になり、顔つきも元々中性的だったが完全に女の子である。ショートの白髪はストレスにより脱色してしまったのだろうか。だが、なり損なった部分があり、前髪が一房だけ黒いままだった。

 服を押し上げる胸は特別大きいというわけではないが、強いて言うならDはあるだろう。男のときよりも括れが出来たことにより細くなった腹部と、そこから先の殿部はしっかりと大きく、腰つきは実に艶めかしいラインを描いている。治る際に最適化も行われたのか、女性でも羨むような抜群のスタイルとなっている。

 

 さて、このようになった原因であるが、上記でも述べたように魔物の肉は喰らうことにより身体の崩壊を起こす毒物である。このことより、ハジメは仮説としてこのように考えている。

 

 魔物の肉を食らったことにより破壊が始まるが、それは死を免れないほどのものであり、身体を破壊すると同時に細胞も死んでいるのはわかるだろう。その過程で細胞に含まれる核も破壊され、遺伝子情報が共に破壊された際に無理やり再生させ、何らかの条件により性染色体が変化したか。

 

 だが、これはあまりないだろうとは考えている。ホルモン分泌の異常による男性化や女性化は疾患で見られるが、破壊されただけで完全な性転換するほどの異常が起きるとは考えにくい。

 

 だからもう一つ。

 

 もしかしたら――――()()()()()()()()()()()()()

 

 もしも、喰らった魔物が雌だった場合、破壊と再生の折に再生中の遺伝子に雌としてのXX染色体が混じり、ハジメが女になってしまったのではないか。

 

 まだ、この仮説のほうが納得するには話として出来ている。

 

 ハジメとしては性別が変わったことに特に思うことはない。マイナス方向に思うことはないが…プラスとしてなら、これで遠慮はしなくてもいいと思っている。

 そう、壊れた精神が変わる際に心を占めたのは十六夜のこと。だからハジメは思う。男同士なら性別の壁からも、地球に帰った時の世間の反応や十六夜自身の男同士という忌避感を考えさせられたが、男と女であるならば、どれだけ十六夜に対して強い想いを抱いても問題はなのだから。

 

 ユエという女が増えているが問題ない。私は/俺は/僕は、ただ十六夜だけいればいいのだから。

 

 ヤンデレの道に踏み入れているような思考だが、それでも他の女を排除するなんていう考えをしていないのはいいことなのかもしれない。十六夜の嫌がることは行わないし、益になることを考える。

 

 これが、デキるヤンデレなのだろうか…。

 

「そういやそうだったか…魔物の肉は毒だったな。それなら尋問や拷問の時に、目の前で魔物を捌いて肉を喰わせるようにしたら効果的じゃね?」

「十六夜ってば天才なの? 十六夜の敵が現れたら今度実験してみるね」

 

 そんな話をしている二人に、傍らのユエはドン引きしていた。

 話を戻そう。ハジメは極度の孤独感と、何よりも埋めることも満たすことも出来ない飢餓感についに精神は壊れ、似て非なるまるで別人格ではないかと言うほどの精神を作り出した。

 

 敵は殺し、喰らう。

 

 クラスメイトなんて関係ない。世界なんてどうでもいい。ただただ、十六夜に会いたい、会いに行きたい。そして、生き抜いて地球に、家に帰る。この2つの想いを胸に動き始めた。

 

 魔物を喰らい、錬成で武器を作り、蹂躙しながら迷宮の最下層を目指す。その強さはもはやメルド団長なんて比べることの出来ないほどであった。これぞ、奈落生み出した化物。

 

 だが……

 

「ドンナーを作り出して、力を手に入れても……十六夜にだけは勝てるビジョンが浮かばないなぁ…」

「へぇ…? 俺と戦おうと思ってんのか? いいぜ、殺さない程度に殺してやるぜ」

「それ普通に殺してるからね!? それに、絶対に十六夜と敵対することなんてないから!」

 

 どうしても、ハジメは十六夜に勝てるとは思えなかった。勝てる云々の前に敵対しようとすら思っていないのだが、それを必死に十六夜に詰め寄りながら説明するハジメ。そのハジメに身を引きながらお、おう…としか言えない十六夜であった。

 

 やはり、ハジメをみてドン引きするユエがいる。ついていけない。安心して欲しい、貴女もいずれそうなる。

 

 元々、迷宮を脱出することを長期目標に、十六夜に会いに行くことを短期目標としていた。いや、ハジメとしては十六夜に会いに行くことがメインだったのだろう。

 

 このハジメになる前のハジメが受けた絶望で、十六夜という存在は想像以上に大きかったのだ。そこに心の支えとして大半を占めていたため、依存心が見え隠れしていることに、この場にいる誰も気づくことはできない。本人のハジメですら気づいていないのだ。

 

 絶望的状況からの心の拠り所に依存してしまうというのは、なにも女性のみ…詳しく言えば主人公に助けられたヒロインだけというわけではない。性差はあれど、人間の精神は等しく強く、平等に弱く脆い。それも、成熟しきっていない高校生ならそうなっても仕方ないだろう。

 

 結論から言えば、ハジメの目には十六夜しか視えていない。

 

 ユエのことも十六夜の害にならないし、殺せば十六夜が悲しむだろうと思って何もしないだけである。また、金髪ロリ吸血鬼というテンプレ的な存在に、だから美人設定なんじゃね?とか十六夜と同じようなことを考えてはいた。ファンタジーには心変われど抗えなかった。美人吸血鬼万歳。

 

 そんなこんなで三人の話も終わり、この場所で休憩してから奈落を走破しようという話に落ち着いた。取り敢えず、ユエのいた五十階層まではハジメのレベリングをしながら進み、サソリモドキを喰らってから更に進むといった段取りとなっている。

 

 バチリと、焚き火の中で燃えていた枝が音を立てて爆ぜる。その上に更に枯れ枝を放り投げながら、十六夜はハジメに話しかける。

 

「そう言えばよ、そろそろヘッドホンを返してくれ。どうも頭の上に何かないと落ち着かねえ」

「ああ、そうだったね、ありがとう。これがなかったら、きっと、僕は壊れ果ててたと思うから」

「大げさな…とはいい難いか。サンキュ。剣の方は要らねえから」

「そうなの? よかったー。剣の方は勝手に改造してガンブレードにしちゃったんだけどね。ブレード単体として使ってもよし、ドンナーに装着してもよし、って感じだよ」

「ほお? いいじゃねえか、まさに男のロマンってやつだ。心揺さぶられるってもんだ。俺もレールガン撃ってみてえなぁ…魔物の肉でも食ってみるか?」

「なら、余裕のある時に十六夜用の銃とレールガン用の雷撃を放てる装置を作ってあげるよ!」

「まじかよ、流石錬成師」

「えへへ。十六夜のために最高の代物を作ってみせるから!」

 

 もし、十六夜が魔物肉を食ったとしても、その毒に侵されて死ぬなんてことはないだろうが、技能だけを奪うことは出来るのかは分からない。果たして、いいとこ取りだけして技能を奪えるのか、それとも何も変化を生じないのか。

 

 むんっ、と拳を握って小さくガッツポーズをするようにして気合いを見せるハジメ。しかし、その目の中は本当に十六夜のために最高品質のものを作り出す、喜んでもらう、役に立ってみせるといった気持ちが見える。簡潔に言おう、ガチである。

 

 ハジメが気合十分と見せながらも慌てて十六夜用に銃と装置を作ると言い出すと、十六夜はその提案を受け取ってくれた。

 そのことに内心冷や汗を垂れ流しながら、十六夜が魔物の肉を食べることがなくて安堵する。十六夜なら食べそうだというのがハジメの考えであり、十六夜が食べても問題ないということを知らないため、あの地獄のような激痛を味合わせる訳にはいかないと、話を逸らすために別の話題を急いで出す。

 

「そ、それでさ、この奈落から脱出したらどうするの?」

「あ? そうだな…他の街に行ってみてもいいし、宛もなく歩いてみてもいいかもな。………いや、やっぱり街に行って情報でも収集するか? 面白そうなところがあればそこに行ってみてもいいかもしれねえ。ああ、金もいるか。なんか美味いものでもありゃ食ってみたいしな」

「ああ、いいなぁ、そういった異世界を満喫する感じ。ユエも?」

「だろうぜ? どうせついてくるだろうしな」

「そう……ねぇ、僕も、十六夜の傍にいても、いいかな…?」

 

 恐る恐るといったように不安に揺れる目で、十六夜の太ももを枕に寝ているユエの頭を撫でていた十六夜にそう聞く。

 

「ついてくるってことか? おう、別に構わねえよ。というか、最初からついてくるものだと思ってたんだが?」

 

 そう言われて、知らず知らずのうちに安堵の息を吐いていた。もし、ここで拒絶でもされれば、勝手についていこうかと考えていたが、十六夜のなんでもないかのように答えられた返答に安心する。

 

「それよりも、今のうちに寝ておけよ。これからはお前のレベリングも兼ねて探索していくんだから、万全とまでは言わねえが、問題ない程度までは回復しておけ」

「いや、十六夜の方が寝たほうがいいんじゃない? 最後に寝たのはいつ? 普段の十六夜の顔よりも眠そうな顔してる…」

「んー…オルクス大迷宮に来る前の、あの宿?」

「えぇ!? もう何週間も寝てないじゃん!?」

「あー、いや待て、何階層だか忘れちまったが、どこかで仮眠取ったからちげえわ」

「それでも何日も寝てないことには変わりないって! 駄目、駄目だよそれは! 硬くて寝づらいかもしれないけど、ぼ、僕の太もも使っていいから寝よう!? ねっ!?」

「ヤハハッ、問題ねーよ。あとで寝だめすれば大丈夫だっつーの」

 

 いいから寝とけ、と十六夜は隣りにいたハジメの頭を押さえつけ、座位から臥位へと合気の要領でコテンと寝転がせる。何も抵抗できず、気づけば寝転んでいたハジメはその状況に驚くが、上から微笑んでいる十六夜をみる。その微笑みを見ただけで敵わないなぁと思いながらも、自分もいつの間にか微笑みながら目を瞑る。

 

 目を瞑れば先程の十六夜の微笑みが現れ、少しばかり顔が熱くなる。

 一人じゃない、誰かが側にいて、それが十六夜であり、近くで存在を感じる状況に久しぶりに心から休むことが出来ていた。

 左腕を熊に喰われ、残った右手でいつの間にか十六夜の袖を掴んだまま眠ってしまったハジメ。

 

「ったく、男にされても嬉しくねえよ……おっと、今は女になったんだっけか? ヤハハ、面白いことがあるもんだな」

 

 まだガキだし、仕方ねえか。と更に呟きながら、ユエの頭を肘置きに枝で焚き火をつつく。その小さな衝撃にユエが小さく呻きながら顔を顰める。

 二人が起きるそのときまで、十六夜は警戒しながらも暇な時を過ごすのであった。

 

 

 




この階層は適当です。
ハジメのところは自分でもわーわーわんわん言いながら書いてました。私は一体何を書いているのだろう……でも満足。てな感じで。

魔物の肉を食って性転換的なことはかなり前から考えていました。無理やりかどうかは…。
可能性としてはありそうだよなー。的な感じで軽く考えて下さい。


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第09話 ありふれたサブタイトルもつけられないそうですよ?

ありふれたの漫画3巻読んだら、ハジメが格好良すぎた。今更ながら男のままでもありだったと感じ始めたのであった…。

今回は物語全く進みません。ごめんなさいです。だからサブタイも死んでます。


 バチリ。焚き火が黒ずんだ木を弾くこと数度。迷宮内では朝か夜かも判断はつかないが、女へとフォルムチェンジしたハジメと十六夜の月で在り続けたいユエが寝てから既に数時間は経過していた。

 

 二人が寝ている間、見張りとして起きていた十六夜も、もう何度焚き火に木を継ぎ足したのか覚えていないほどであり、ここまで魔物が襲ってこない静かな階層だと流石に眠くなってきたのか、何度も欠伸をしては滲む涙を拭いていた。

 

「…………あー暇。超暇。暇が売れたらひと稼ぎ出来る自信があるね」

 

 ポツリと呟いて再び欠伸をもらす。彼は地球にいた頃でも十分に暇だったが、それでもまだ本やネットなどやれることは少なからずあったのだ。しかし、今現在は二人の美少女に膝を貸している動けない状況で、自分に対することでも他人に対することでも、何に対してもやるべきことがない。焚き火に枝を放り投げ、落ちている木の実を放り投げ、弾ける様を見届ける要らぬ使命に捕らわれている。あ、今飛んだ種の数は13個。ふっきつー。

 

 ここまでくればもはや何を考えているのかもわかっていないのかもしれない。

 

 弾け飛んだ実の代わりである、第118号を焚き火へと送り投げていると、片膝を枕にしていた一人がもぞもぞと動き出した。寝返りをうつのではなく、起きるために動いたのはユエよりも一足早く起きたハジメである。

 

「んん………」

 

 寝起き特有のぼんやりとした言葉にならない声を出しながら、片肘と片手を地面についてのそりと起き上がった。右腕を伸ばして身体を支えるようにして起き上がってから、目を擦っているハジメは未だに意識が覚醒していない。

 

 この大迷宮内で十六夜に再会する前の一人で寝ていたときには、短い睡眠時間と常に警戒していたためにぐっすりと眠るということは出来なかった。

 もともと寝起きはそこまで良くなかったハジメ。ゆっくりと安心して睡眠をとれたことから元の寝起きが戻ったのか、すぐに思考を巡らせるということが行えずに、ぼーっとしてしまっている。

 

「おはようさん。硬い地面で随分と長いこと寝てたじゃねぇか。なんだ、硬い場所じゃないと気持ちよく眠れない性癖なのか?」

 

 寝起きのハジメにいつものように軽薄に笑いながら冗談を言う十六夜。

 しかし、それを聞いたハジメはぴくりと身体を反応させ、十六夜の方を向いて見つめる。少しの間、顔を見てくるハジメにまだ寝てるのかと、さっさと覚醒させるためにタネマシンガンを準備する十六夜だった。手の中に暇つぶしに焚き火に放り込んで、弾け飛んだ木の実の種を握り込んで連続指弾による射出。これを第三宇宙速度でやればなんであろうと殺れるだろう。

 

 流石にそんな威力の物をぶっ放すわけにも行かないために加減したタネマシンガンだ。さて、狙い撃つぜと指弾を向けたその瞬間、白い1本の腕が十六夜の左頭部付近に伸び、するりと首に巻き付いた。

 

「あ~…いざよいだぁ……むぎゅぅ……」

 

 未だに寝ぼけているハジメが十六夜に抱きつく。腕を十六夜の首に回して、顔を首筋に埋めるようにぎゅっと抱きついた。

 

 元は男とは言え、胸元の柔らかな感触と突然の抱擁に多少驚きながらも、抱きついてきたことに疑問を浮かべる。ただ寝ぼけているだけなら引き剥がしてしまうものだが、抱きつき方と雰囲気がそうではないのだと伝えてくる。

 

「ずっと…こうしたかった……」

 

 小さな…誰にも聞こえないような小さな本音とも言える呟き。それでも、十六夜の耳元ということもあり抱きつかれている本人にははっきりと聞こえていた。

 

 自分よりも何段と格上の魔物による恐怖と絶望を叩きつけられ、目の前で腕を喰われた事も含めてここに至るまで何もなかったわけではない。

 魔物を食べる経緯に至った変化があり、熊相手にリベンジを行って果たした時はこんなものかと思った。気を抜けない迷宮内で情報の一切ない魔物相手に殺し合い、全て殺して喰らってやると思った。

 それでも、やはり胸の奥底にはこうなった自分でも譲れない強い想いがあり、大きな存在と家への帰還を胸に無意識的に不安と恐怖を押し込んでいたのだが……それが全て表に出るほどの、出てしまってもいいほどの、ハジメの心を占めている存在を前に抑え込んでいたものがつい出てしまった。

 

 ちなみにだが、ハジメは未だ寝ぼけている。

 

 そうなのだ。寝ぼけているからこそ、自制を施す理性が、未だに思考がはっきりとしたものではないために弱く、十六夜の姿を見てつい出てしまっただけ。  

 

 十六夜にとっては男女である関係なしに、ハジメの変化前を知っているし、人間がどういうものなのか、人はどう感じて思うことが出来るのかも予想できるからこそ、安心させるように背中をぽんぽんと叩く。

 

 しかし、事情を知らない人物が一人。

 いつの間にか起きていたユエである。

 

 起きて大好きな十六夜を見ればこの状況。何があった。ハジメさん、貴女、元は男なのよねん?と疑問を浮かべながらも、流石は十六夜です!とお目々キラキラ。

 

 目が覚めて抱きついている事に気づいたハジメが真っ赤になって慌てふためいたというのは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 

 巨大な扉を開ければ一面が崩れ果てており、渇水した地面のみせる幾つものひび割れと地震による地割れで捲れ上がった地盤をも小さな出来事のように思わせる崩壊が目の前にある。クレーターを中心にブロック状の岩が散り、それに刺さった巨大な針と強力な酸で無理やり溶かされたかのような跡が凄絶な戦闘のあとを物語っている。

 何よりも目に留まるのが、岩壁に無理やり空けられた大穴だろう。開口部は余程高温にあてられたのか融けて丸みを帯びており、穴の前方には中から外へと黒く焦げた跡がついていた。

 

 ここは長い年月をユエが封印されていた部屋であった場所。十六夜とハジメ、ユエの三人は一番に解決しなければいけなかった二人の再会を済ませたことにより、ある程度の余裕が出てきたため、ハジメのレベリングとユエの戦闘経験値稼ぎも兼ねて今までの速度とは違った歩みでここまで戻ってきていた。

 

 扉を開け、中に入ってまず目にする部屋の崩壊加減に唖然とし、部屋の中央に鎮座する既に物言わぬ巨大なサソリモドキの死体に口をぽかんと開けた。

 これほどまでにボロボロな状態を目の当たりにしているというのに、その原因である戦闘を行った本人は傷一つ無くケロリとした表情で隣に立っているのだ。よく思い出せば、再会当初も傷一つない状態だった。

 

 当の十六夜とユエはこんなこともあったなと戦闘痕を見返している。ここまで荒れているが、これでもユエにとってはここが十六夜との運命の出会いを果たした場所でもあるのだ。まあ、ユエを封印したという忌々しい過去もあるが、十六夜とのことを考えるとプラマイゼロ。むしろプラスしかない。

 

「これ……十六夜が…?」

「殴ったらこうなった」

「あのサソリモドキのグチャグチャは…」

「殴ったらこうなった」

「……あの馬鹿デカイ大穴は…」

「殴ったらこうなった」

「……なんで殴ったの?」

「良かれと思って」

「もう! ほんとにもうっ!」

 

 全くもってそう思っていなさそうな十六夜の表情にハジメはぷんぷんだった。あの怪物相手に殴るだけではなくて他にもやりようはなかったのかと胸でもポカポカしながら聞こうと思ったのだが…よく考えなくてもあの十六夜なら嬉々として突っ込んでいきそうだという結論に。武器も持たない十六夜に言っても仕方ないよねと叱るのはやめたのだった。

 

 一先ずそのことは置いておいて。ハジメは地面の割れ目をひょいひょいと越えていきながらサソリモドキの死体に近づいていく。この部屋の入口から死体までは距離が少しあったため予想のみだったが、近づいていくに連れてサソリモドキの大きさがわかるようになる。人を何人並べたら同等の大きさになるのだろうか。

 

 見上げるレベルのサソリモドキは既に倒されてから2日ほど経過している。ハジメの見た感じ、魔物であるからなのかどうかはわからないがサソリモドキの肉は腐っているようには見えなかったため、食べることも出来るだろう。

 また、肉よりも何よりもサソリモドキの一番の特徴というべきなのが、ボロボロではあるがその身を包んでいる外殻である。触っただけでは硬さから何かの鉱石ではないかと思わせる手触りだった。

 

 サソリモドキの外殻に興味を持ったハジメが少しばかりの間だが周囲を周りながら調べているのをみた十六夜は、サソリモドキがどうであったかを告げることにした。十六夜ではなくハジメにしかわからないこともあるだろう。故に興味を持っているハジメに特徴を教えていくのだ。

 

「そいつのそれだが、恐らく、ドンナーの電磁加速でも貫けないくらいには硬いと思うぞ」

「そうなの?」

「ああ。それと、戦闘中はそれくらい硬いんだが…何故か死んでからは俺にとっちゃそこまで硬くない程までになってんだよな。あれか? 死後硬直終わって柔らかくなっちまったのか?」

「……サソリにも死後硬直ある?」

「つか、魔物に死後硬直なんてあんのか?」

「さぁ…」

「強度の低下……なるほど」

 

 途中から十六夜とユエの会話になっていたが、ハジメは十六夜からの情報で思い当たることはあった。生きていたから硬かった…つまり、魔法陣も詠唱も必要のない直接魔力を操れる魔物が生きている際に硬かったということは、魔力によって硬くなっている可能性がある。それは魔力を込めれば性質通りに変化する鉱石と同じ。ならば、このサソリモドキの外殻は鉱石ではないか?

 

 考えつつも錬成師であるハジメは外殻について調べてみれば……

 

「……ビンゴ」

 

 まさしく、ハジメの予想通りの結果であった。

 

 シュタル鉱石。魔力を込めた分だけ耐久度が増していく特殊な鉱石。魔力によって耐久度が増す…ということは、これまで以上に無茶をしても耐えられるだけの鉱石だということ。これならば、また新しい武器を作り出せるのではないか。

 

 ニッと小さく笑みを作ったハジメが十六夜に鑑定結果の報告とこれからのことを話す。

 

「これ、魔力を込めれば耐久度が増すシュタル鉱石だったよ」

「ん? やっぱ鉱石だったのか…それならあの硬さは納得行くな。死んで魔力を込められなくなったから強度が初期値まで戻ったってとこか…魔物から素材を入手できるなんざ、まるでゲームじゃねえか」

「あはは、確かにそうかも! ……それでね。あの、十六夜には悪いんだけど…お願いがあって…」

「なんだ?」

「えっと…この鉱石で武器を作っても、いいかな…? こ、この鉱石があればドンナーよりも強い武器を作れると思うの! そうしたら、これまで以上に手札も増えるし、十六夜の気に入らない存在も簡単に屠れるから! 時間かかっちゃうかもだけど…どうしても作りたくて……」

 

 一緒に行動しているのであれば私用で時間を潰す…それも十六夜の時間を奪ってしまい、それが十六夜にとって気に入らないことだったらと不安になり、作ることによるメリットや理由を一生懸命訴えながらも上目遣い気味にお願いをする。

 十六夜第一であるからこそ自分の時間よりも十六夜の時間や興味のあることに時間を費やしたいが、先のことや素材のあるメリットを考えれば、この先の十六夜の敵になりうる存在を始末できる武器を作るのは必要だと考えた。

 

 そして、そのお願いを聞いた十六夜は別にそのくらいのことなら問題ないと思っている。

 

「別にいいぞ」

「え…いいの…?」

「ああ、武器作るんだろ? 俺としてもお前がどんな武器を作るのかは気になるし、これから先のことを考えればお前には武器が必要になってくる。それは作り出す武器だけではなく、魔物から奪うスキルもそうだ。だから、別に時間なんざそこまで考えなくていい。ハジメの行うことの結果は、俺のためでもあり、ユエのためでもあり、お前自身のためでもあるんだよ。好きにすりゃいいじゃねえか」

「うん……うんっ! わかった、十六夜の気にいるようなロマン溢れる格好いい武器を作ってみせるね!」

「ヤハハ! 格好いい武器か、いいじゃねえか! 作るならそれくらいしなきゃな。期待してるぜ!」

 

 既にドンナーからのレールガンというロマン武器を作り出したという実績のあるハジメなのだ。十六夜としても次に作り出される武器がどんなものになるのかは気になるところ。だが、異世界出身のユエだけがロマンをわからないためなのか、二人の話しが通じているのを見てちょっとだけ拗ねてしまった。

 

「十六夜の武器は私…」

「おっと、十六夜の武器は僕だから」

「む……ならお嫁さん」

「戦争をお望みのようだね」

「望むところ……」

「いいから早く作り始めろ」

 

 ゴゴゴゴ…とハジメとユエの背後からオーラが立ち上り、人ならざる化物へと変化する寸前に、十六夜に頭を叩かれてハジメが武器作成に入り始める。危なかった。あのままいけば妖怪大戦争もかくやという人外戦争が始まっていただろう。あのオーラが一体何に変化するのか…ちょっとだけ気になる十六夜だった。

 

 さて、武器の作成に入ったハジメだったが、銃を作るのであればドンナー諸々の武器で経験値を積んでいるからと言って一朝一夕で身につくものではない。集中力と継続力、繊細さに精密さが必須となってくるため時間はかかる。

 

 既に一日経過しているが、武器を作る分には時間を食うのはまだいい。しかし、それ以外ではとある事によって早く外に出たいと考えるようになった十六夜。

 

 十六夜が何をきっかけに外に出たくなったのか、それは食事に関してであった。

 

 十六夜の食料といえば赤い実にユエに出してもらった水くらいだ。それに対してユエはユエにとって極上とも言える飽きの来ることのないだろう十六夜の血。まあそれはいい。ユエは吸血鬼であるため血液を食料とするが、十六夜は人間なので共感は出来ない。だが、ハジメは別だ。ハジメの食料は必要であることも含めてこうなってしまったのは仕方のないことなのだが、それでも、それでも!焼ける肉の匂いに滴る油。そしてそれに齧り付くハジメを見て十六夜が何も思わないわけがない。

 

 つまり、簡単に言うと、

 

「肉が食いたい」

 

 早く、そして最高品質にと集中しているハジメには聞こえなかったが、ベッタリとくっついているユエに聞こえるくらいには呟いてしまう程度には食べたくなってしまうのも仕方ないだろう。食事も娯楽の一つだ。我慢の限界というものは存在する。

 

「…私のお肉…食べる…?」

 

 ここぞとばかりに十六夜の腕に胸を押し付け、未だ体を隠す程度の服であるためむき出しの生足を座っている十六夜の膝の上に置くようにくっつけ、白く細い腕を掲げてみせる。危うい体勢に下を見れば見えてはいけない大切な場所が見えるくらいなのだが……今の十六夜は性欲よりも食欲である。三大欲求の2つが重なり合った時、どちらが上に行くとなれば飢えている方が重要となってくるのは当たり前だと思われ。

 

 暇であることも相まって、十六夜がかぷりとユエの前腕に齧り付いた。

 

「ひゃんっ!?」

 

 吸血鬼であるので齧り取られたとしても問題はないのであるが、それでも流石に冗談で言い出してみたことであったのに、本当に齧り付いてきた十六夜にユエが思わずと言ったように声を上げる。

 

「んっ……あっ……いざよい…くすぐったい……あぁ……!」

 

 甘噛みと舐められる感触にユエが艶やかな声音で小さく抗議する。しかし、声の通りユエの表情はとても恍惚としたものであり、男も女も関係なくノックダウンさせるくらいの艶めかしい表情と雰囲気であった。十六夜が…あの十六夜が自分の冗談に乗ってこんなにも嬉しいことをしてくれるなんて。幸せすぎて色んな意味でイキそう。

 

「んぁ……な、なに、あじ…なの…?」

「んー……クリスピークリームドーナツ?」

「そ、そう……なんか…甘そう…だね……」

 

 バタンッ。口を離されたユエが地面に倒れ込む。暗い天井を見上げるその幸せそうに蕩けた顔は、鼻血で汚れていた。ユエと十六夜のイベント?に未だ気づかないハジメの集中力は凄まじいものなのかもしれない。

 

 




ハジメきゅんの目ってどうすればいいの? ハジメの瞬光ってどうすればいいの!? 適当な理由が思い浮かばない! 教えて! エロい人!(切実)
なにか良い案ないですかね…?

やる気が出ない、モチベーションが上がらない、意欲がない、ネタがない、思い浮かばない、指動かなぁい。

つまり、これは―――ッ!!!


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