島村さんならどんな捻くれ者も浄化できる。 (バナハロ)
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プロローグ
主人公が全員ボッチなのはオリキャラを出すのが面倒なだけだから。作者に友達がいなかったとかそういうのじゃないから。


 6月、中間試験という過酷な試験が終わった季節で、それと共に雨の多い季節、或いは祝日が一切ない季節だ。最後のは季節じゃないわ。

 部活のある奴は今日から部活が復活し、帰宅して勉強という時間が部活にチェンジされ、毎日のように「マジだりー」「めんどくせー」「顧問うぜー」の三連コンボを日課の如く愚痴っている。そんなに嫌ならやめりゃ良いのに、別に強制されてるわけじゃないんだから。

 そんな俺は一人暮らしの身であるため、部活ではなくバイトを選んだ。どうせ時間潰すなら金になる方が良いでしょ。

 バイト先はコンビニ。去年からやってるので、もう一年になる。時の流れとは早いものだ。

 ………そういえば、今日は新人が来るんだっけか。多分、去年の俺以来の新人さんだ。まぁ、新人って言っても一日くらい店長やるとかいうアイドルとのコラボらしいが。

 正直に言って、俺はアイドルに興味はない。だって、中身を知らないもの。顔だけ見りゃ可愛いのはわかるが、顔だけで人を判断する気にはならない。うちのクラスの女子は可愛ければ可愛いほど性格が悪いからな。その顔の可愛さで金を稼いでる連中なんて、それはもう性格悪かろう。いや、憶測でしかないんだが。

 とにかくアイドルが相手だろうと関係ない。一日だけとはいえ、足を引っ張られないように仕事は普通に教える。……まぁ、一番新人の俺にアイドルを任せるとは思えないし、そもそも一日店長なら既に仕事くらい覚えてそうなので俺が教えることなんて無さそうだが。

 そんな事を考えながら店に到着し、挨拶しながら店の奥に入った。

 

「はざまーす」

「ああ、来たね。古川くん、ちょっと来て」

「? なんスか?」

 

 手招きで呼ばれて近付くと、スーツを着た男の人とどっかで見た事ある女の子が座っていた。

 

「こちら、今日一日だけ働いてくれてる、島村卯月さん」

 

 紹介された島村さんは丁寧にも椅子から立つと、とても明るい元気な笑みを浮かべて挨拶した。

 

「島村卯月です、よろしくお願いします」

「…………」

 

 アイドルって生で見るとメチャクチャ可愛いな、この子は性格まで良いに違いない(手の平返し)。

 ボーッとその笑顔を眺めてると、店長に睨まれたためハッと意識が戻った。

 

「あ、どうも。古川皐月です」

 

 他に何か言った方が良いかな、いややめとこう。下手なこと言ってアイドルの前で滑るような事があったら一生拭えないトラウマになりそうだし。

 しかし、アイドルってテレビで見るのと生で見るのじゃ全然違うな。やはり3次元だからかな?2.5次元のテレビとはわけが違う。

 

「346事務所プロデューサーです」

「へ?あ、はい。どうも」

 

 続いて、島村さんの後ろのスーツの人が名刺を差し出して来た。いや俺にまで名刺配ってどうすんだ、とも思ったが、まぁ社会人の名刺もらえる機会なんてそう無いし、一応もらっておいた。

 すると、店長が俺にサラッと言った。

 

「古川くんには今日、卯月さんのサポートしてもらうから」

「えっ、俺が?」

「うん」

 

 うん、じゃねぇだろ。

 

「待って下さいよ、俺新人ですよ?」

「入ったの一年前でしょ」

「他の先輩達の方が教えるの上手いでしょ」

「教える事は朝の人達が教えたから、君は近くで見てあげて万が一、変なお客様が来たらヘルプしてあげれば良いから」

「いやでも俺は」

「古川くん」

 

 店長は真面目な顔で俺の両肩に手を置いて語り始めた。

 

「今日の他のメンバーを考えてみて?まずベテランの田中くん」

「変態ですね、この前休憩中にエロ本買って読んでました」

「山田くん」

「変態ですね、この前秋葉で買ってきたフィギュアの服を全部剥いでました」

「酒井くん」

「変態ですね、脱衣麻雀界の伝説です」

「その点、君は誠実だし紳士じゃないか。それに、中学まで護身術を習ってたんでしょ?君しか頼れる人材がいないんだ。いわば、最終兵器なんだ」

 

 最終兵器、だと……?俺が?新人にして最終兵器?そこまで言われちゃあ仕方ないな。

 

「良いでしょう、引き受けます」

「はい、決まり。じゃ、卯月さんもうすぐ休憩終わるから着替えてきて」

「了解しました」

 

 ふ、そうかそうか。俺はこの店の最終兵器か。

 少しご機嫌になってきて、鼻歌を歌いながら着替えた。戻ると、島村さんはわざわざ更衣室の前で待機していた。この子は忠犬か何かなの?

 

「では、よろしくお願いします。古川くん」

「あ、はい。こちらこそ……」

 

 挨拶され、その素敵な笑顔に押されて変な挨拶を返してしまった。生アイドルほんと可愛いな。ドルオタが騒ぐのも分かるわ。何ならドルオタの気持ちすら分かるわ。

 ………って、落ち着け俺。どうせこの人とは今日一日、いや俺が帰るまでの五時間しか会わないんだ。その五時間の間で変な真似してこれから先アイドルに変に思われるくらいなら、良い仕事する奴がいる、と思われた方が良いだろう。しっかりやろう。

 島村さんと他のバイトと一緒に表に出た。やはりというか何というか、結構店は混んでいる。

 島村さん専用のレジがあるようで、俺と島村さんはそっちに向かった。

 

「いらっしゃいませー、ご来店ありがとうございまーす」

 

 楽しそうな声と素敵な笑顔で島村さんは接客し始める。その後ろで、俺はいつでもフォローできるように控えていた。

 急いでる人や、アイドルに接客してもらわなくて良い人は隣の普通のバイトの所で買い物をしていた。

 ………一人だけ仕事してない罪悪感半端じゃないな。少しいづらいんだが………いや、まぁ俺を指名したのは店長だし、俺の所為ではないんだが。

 

「畏まりました、揚げ鶏ですね。188円です」

 

 島村さんはそう言うと、揚げ鶏を摘んで袋に入れ始めた。ホント、楽しそうにやるなー、この人。

 そんな事を考えながら、ぼんやりと島村さんの仕事してる姿を見てると、店の奥からプロデューサーさんが出て来た。

 

「じゃ、卯月。しっかりな。俺はもう一箇所の美穂の所行ってくるから」

「はい、頑張ります!」

 

 そう言うとプロデューサーさんはコンビニを出て行った。他の場所でもアイドル達が頑張ってるのか。そしてそれを一人でサポートしてるのか、あのプロデューサーさん。大変だな。

 しかし、これから忙しくなりそうだ。17時といえば定時で上がるサラリーマン達が帰り始める時刻だ。つまり、金が中途半端にある大人の男達がたくさん現れる事だろう。

 それに追加し、島村さんは休憩を挟んでいたとはいえ、朝から仕事してるから、かなり疲れてるだろう。明日は昼まで寝てそうだ。

 ………もう少し分かりやすく手伝ってやるか。と、言っても具体的に何をすれば良い?おそらくだが、アイドルがレジを打ち、商品を袋に入れ、客に手渡すまでが島村さんの仕事であり、やる意義なんだろう。

 そこに俺の介入する余地はない。やる事といえば……袋やフライヤー商品の補充くらいか。しばらく待機してるしかない。

 何も出来ない事に何となくモヤモヤしてると「きゃっ」と島村さんから声が漏れた。見るからにやばい奴が商品を渡そうとしてる島村さんの手を掴んでいた。

 

「ふへへへ、俺は商品よりこっちの方が欲しいわ」

「あ、あの、困るのですが………」

 

 なるほど、こういう奴がいるから俺がいるのか。業務開始から10分も経たないうちにこれなら、俺の仕事もハードなものになりそうだ。

 小さくため息をついてから、押すだけで警備会社にヘルプ要請できるカードを首に垂らして男の手首を掴んだ。

 

「お客様、そのようなサービスは当店では実施しておりません。ご遠慮下さい」

「ああ⁉︎………あっ」

 

 喧嘩腰で俺の事を見て来た割に、俺の首元にぶら下がってる防犯ブザーを見て、大人しく商品を持って引き返した。

 

「ありがとうございます、古川さん」

「いえ、別に………」

 

 仕事だし。ていうか一々、お礼言わなくて良いから。まぁ、そんな事言えないんですけどね。俺ってアイドルに関わらず女の子と話すの苦手みたいだ。

 まぁ、今の奴は防犯ブザーに気付いただけ冷静だったといえよう。他に厄介な奴はいくらでもいそうだし、気を抜かずに島村さんのサポートをさせてもらうとしよう。

 

 ×××

 

 時刻は10時。終業時刻であり、深夜夜勤の人と入れ替わりの時間だ。島村さんも今日の業務は終わりのようで、一緒に店の奥に戻った。

 戻ると、店長が顔を出した。

 

「ありがとね、古川くん。大丈夫だった?」

「はい………」

 

 超疲れたんですけど………。何なの?最近の男どもってみんなあんな盛ってんのか?頼むからもう少し自制する事を知って欲しい。

 

「古川さんのお陰で助かりました。色んな人に手を掴まれたりして大変だったです〜……」

 

 島村さんも疲れていたようで、元気な笑顔は若干苦笑いとなっている。

 

「卯月さんもお疲れ様。着替えて上がっちゃって良いよ」

「いえ、プロデューサーさんが来るまで待たないといけないので」

「そっか。じゃあその辺の椅子使って良いからね」

「ありがとうございます」

 

 そう言って、島村さんは着替えに行った。それに合わせて俺も着替え始める。

 いや、本当に疲れた。死ぬだろこれ………。何人かの人には胸ぐら掴まれたりもしたし、かといってこっちが手を出せば怒られるし……。まぁ、そういう人たちには防犯ブザーを見せれば大人しくなるんだが。

 でも一日店長なんだからそれも今日で終わりなんだ。今日は帰ったら即寝よう。

 着替え終わって更衣室から出ると、島村さんが店長と何か話しているのが見えた。女子って着替えるの遅いもんだと思ってたけど、アイドルはそうでもないんだな。

 

「………そうなの?」

「はい、道が混んでるみたいで駅前で集合になったので、私はこれで」

「そっか、分かった。ちょっと待っててね」

「? はい」

 

 店長はそう言うと、俺に目を向けて手招きした。あ、これは知ってるぞ。面倒ごとを頼まれる時だ。

 

「古川くん、悪いけど島村さんを駅まで送ってくれるかな?」

 

 ほら見た事か。

 

「何で俺が……」

 

 アイドルと二人で歩く機会なんて滅多に無いが、それ以上にさっきまで二人で働いてたし、今日はもう疲れたので帰りたいんだが………。

 すると店長はポケットから財布を取り出した。

 

「はい、ボーナスあげるから」

「オッケェ、我が命にかえても」

 

 千円札をいただいて、島村さんとコンビニを出た。

 他の人にバレないように裏口から出て駅に向かう。すると、島村さんは元気な笑みを浮かべて言った。

 

「今日はありがとうございました、古川さん!」

「え?あ、は、はい。い、いえ、仕事でしたので………」

「コンビニには結構、変なお客さんが来るとプロデューサーさんから聞いていたので、少し不安だったんです。でも、古川さんはちゃんと止めてくれたので助かりました」

「い、いえ………」

 

 ていうか、昼勤と早朝の人達も同じ事してたんじゃないの?

 

「朝とお昼の時はあまりそういった方はいらっしゃいませんでしたし、変な方が来ても店長さんを呼びに行くだけで、直接止めさせてくれる人はいなかったんです」

 

 おい、マジかよ。それはちょっと酷いな。いやまぁ、変なのには誰だって関わりたくないし仕方ないとは思うけど。

 

「ですから、古川さんはすぐに助けてくれたので、本当に安心しました!」

「っ……。そ、そうですか………」

 

 その眩しい笑顔やめろ。心が浄化されてる気がする。なんなら直視出来ないまである。

 

「古川さんは何年生なんですか?」

「えっ、こ、高校二年ですけど」

「あ、じゃあ同い年ですね」

「そうなんですか?」

「はい!私も高校二年生です」

 

 それは少し意外だ。あまりに純粋過ぎるので、てっきり歳下なのかとばかり………。

 

「あ、そうだ」

 

 島村さんは何かを思い付いたのか、ポケットからスマホを取り出した。

 

「L○NE交換しませんか?」

「えっ」

「私、男の子の友達って初めてなんです!せっかく、同い年だったんですから、私とお友達になってくれませんか?」

 

 お、おいまじかよ。俺は女友達どころか友達が初めてなんだが……。いや、そういうんじゃなくて。

 アイドルと?俺が?L○NEを交換して友達に?え、ていうかそんなことして良いの?

 

「本当はこういうのダメなんですけど………。でも、この機会を流すのは惜しい気がして。ダメですか……?」

 

 くっ……上目遣いは卑怯だろ………。

 

「………いや、俺は良いです、けど……」

「ありがとうございます!QRコードで良いですか?」

「あ、はい」

 

 そんなわけで、俺の家族しか登録されてない連絡先に、アイドルの名前が追加された。

 

 



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話好きの女の子は男を勘違いさせる。

 翌日、学校が終わり、今日はバイトの無い俺はまっすぐ帰宅していた。

 昨日は色々あったなぁ、と今でも思う。何よりデカイのは俺の携帯に入ってる連絡先に家族と店長以外の名前が入った事だ。これはかなり大きい。歴史的事件とも呼べるだろう。

 まぁ、連絡先をもらっただけで、まだやり取りとかしてないし、するとも思ってないが。だってほら、学生ってとりあえず使いもしないのに連絡先欲しがるでしょ?島村さんだって俺と同い年だから学生だし、そういう連絡先欲しがるタイプである可能性もゼロではない。

 だから、あまり期待しちゃダメだ。さて、帰ってギターの練習でもしよう。中学の頃からたまに弾いてるんだよな。まぁ、披露する相手がいないんだけど。

 そんな事を考えながら帰宅してる時だ。スマホが震えた。

 

「………あっ」

 

 島村さんからだ。しかも「今時間ありますか?」との事だ。いや、まぁ暇だけど。

 これはどういう意図なんだ?これから遊びに行こうって事?仕事は?なんか思う所はたくさんあるが、とりあえず今は返事を送らないと。

 

 古川皐月『暇ですけど』

 

 そう返した直後だ。電話がかかって来た。あー、なんだこれ。出ても平気なのか?いや、でも暇って答えちゃったしな………。出るしかないか。

 

「もしもし?」

『あ、古川くん?卯月です』

「そうですけど……仕事は無いんですか?」

『もう、同い年なんだからタメ口はいいのに』

「そのセリフ、そっくりそのままブーメランしますよ」

『ブーメラン?』

「あれ自分の元に帰ってくるでしょ」

『ああ、なるほど!面白い例えですね!』

 

 いや、割とみんな使ってると思うんだけど………。ちょっと古いし。

 

『じゃあ、私もタメ口で良いですか?』

「好きにしてください」

『分かりました。じゃあ、古川くんもタメ口ですね』

 

 いや「じゃあ」の意味がわからないんですが。まぁ、たかだか口調くらいで議論するつもりはない。

 

「わかった。で、何か用?」

『いえ、暇だったら何かお話ししたいなと思って』

「えっ、お話?」

『はい』

 

 ………いや、まぁ良いけど。そんな事でわざわざ電話してくるなんてな。

 

「何を話すの?」

『実は私、今日学校だったんですけど、お弁当忘れちゃって』

「あら」

『それで、友達から少しずつおかずをもらって回ったんだ』

 

 なるほど、友達がいるとそんな事も可能なのか。

 

「美味しかったの?」

『はい!特にあのカニクリームコロッケが美味しくて……!』

「弁当に入ってるカニクリームコロッケって普通冷食じゃね?」

『………え、そうなんですか?』

「朝からコロッケ揚げてる時間なんかないでしょ」

 

 一人暮らしだからよく分かる。

 

『………だから、微妙な顔してたんだ……』

「そんなに冷食コロッケを褒めちぎったんだ………」

『うぅ……申し訳ない事しちゃいました………』

 

 そりゃ喧嘩売ってるだろ………。悪意がない分、向こうも怒るに怒れないんだよなぁ。もしかしたら島村さんは割と天然なのかもしれない。

 心の中でその島村さんの友達に合掌しつつ、自分のアパートに到着した。

 

『今帰って来たの?』

 

 玄関を開ける音が聞こえたのか、そんな質問が飛んで来た。

 

「そうだよ。これからダラける」

『帰って来たら「ただいまー」って言わないとダメだよ?』

「いやいや、俺一人暮らしだし」

『えっ、そうなの?』

「ああ」

 

 そういや言ってなかったな。まぁ、言うタイミング無かったってだけなんだが。

 

『すごいね、高校生で一人暮らしなんて』

「いやいや、そんな大した事じゃないから」

 

 実際、去年は料理とか全く出来ないで、家庭科の授業で調理実習が始まるまではカップ麺とコンビニの廃棄弁当で過ごしてたからな。

 流石に掃除とか洗濯は出来なきゃマズいから最初から頑張ってたけど。

 

『じゃあ、古川くんも料理できるんですか?』

「いや、今は少しなら出来るよ」

 

 作れるのはカレー、チャーハン、うどん、そばくらいだが。基本は抑えてあるから、ちゃんとレシピとか調べりゃ他にも出来ると思う。

 

『へぇーなんだか意外だね』

「そんなにガサツそうに見えたって事ですかね……」

『そ、そういう事じゃないよ』

 

 しかし、割と話せてるな俺。もう少しテンパるものだと思っていたが………。

 まぁ、電話越しだし相手の顔色が見たくても見れない分、あまり考える必要がないから好き勝手言えるのだろう。メールでは饒舌になるやつと同じだ。つまり、顔を合わせたら絶対会話出来ない。

 スマホにイヤホンを挿してポケットにしまい、コードについてるマイクに声をかけた。

 

「島村さんは料理とかしないの?」

『私?私は……まぁ、お弁当はあまり作らないかな。簡単なものしか作れないから………』

 

 まぁ、なんとなく想像ついてた。

 

「料理とか出来ると良いよ」

『やっぱり、男の子って家庭的な子が好きなの?』

「いや、晩飯を自分の好きなものに決められるから。飯の準備時間と引き換えに」

『あ、あはは………』

 

 あれ?軽く引かれた?

 しかし、真面目な話すると料理も悪くないかもしれないな。通話が終わったら練習するか。

 

『あ、料理といえば私………』

 

 と、島村さんがまた何か話題を見つけたようで語り始め、俺はそれを聞きながら相槌を返してると、その日はいつのまにか夜の8時くらいまで長電話していた。

 

 ×××

 

 さらに翌日、不思議な気分で目が覚めた。接客を除いて、あんなにたくさん人と話したのは久し振りだった。

 ついうっかり、俺もなんか色々と話しちまってたなぁ。普段話さない反動でたくさん話してしまったのかもしれない。まぁ、たまにはこんな日があっても良いさ。

 で、今日は学校が休み。昨日バイトが無かったので、今日は午前中だけバイトだ。

 一人で暇そうにレジに立っていた。小さく欠伸をしながら、ボンヤリしてると、お客様が来店された。

 

「しゃいませー」

 

 挨拶すると、お客様は会釈して商品を見に行く。俺が思うに、来店時の挨拶ってのは先制攻撃だと思うんだよね。万引き犯とかに対して「店員はお前らのご来店をちゃんと見ているぞ」と知らせる為のものだ。それによって、万引き犯は割とひよる。ニ○チェ先生で読んだ。あの漫画ほんとに素晴らしいよね。コンビニで働く上で必要な事が全部揃ってる。

 とりあえず、品出しに行く事にした。暇なんですよね。土日のコンビニのバイト。特に今日は雨降ってるし。

 

「はぁ………」

 

 にしても、少し疲れてるな。退屈だとため息も出る。まぁ、でも暇してる時間を過ごすだけで金がもらえると思えばそれも悪くない。

 そんな事を考えながら、とりあえず品出しに向かった。弁当を並べてると、ぐぅーっと間抜けな音が鳴った。

 

「…………」

 

 そういや朝飯食ってねぇや。ていうか、学校がない日は食費削減のために朝飯を抜いている。

 まぁ、あと5分で休憩だし我慢しよう。そう決めて、時間の早い弁当を前の方に陳列した。すると、お客さんがレジに向かってるのが見えたのでレジに戻った。

 

「ありがとうございます」

 

 お礼を言いながら、商品のバーコードを読み込んで行く。

 

「358円でございます」

 

 袋に商品を詰めた。袋詰めの早さはこのコンビニで一番早いんだよね俺。まぁ、なんの役にも立たないんだが。

 お会計を済ませてお客様を帰すと、再び作業に戻った。今度はおにぎりの陳列を整えてると、後ろから肩を突かれた。ふと振り向くと、ふにっと頬に人差し指が当たった。

 

「?」

「こんにちは、古川くん」

「っ⁉︎しっ、島村さん⁉︎」

 

 な、なんでこんな所に⁉︎思わず狼狽えて手に持ってるおにぎりを落としてしまった。

 

「あっ、ご、ごめんね。そんなに驚いた?」

「い、いや……何でもない、ですけど………」

「また敬語に戻ってるよ?古川くんが敬語が良いならそれで良いけど」

「あ、いえ、そういうわけではないのですが………」

 

 だ、ダメだ………。やはり電話越しじゃないと会話は難しい。

 とりあえず、向こうに話し続けてもらおう。

 

「お仕事?」

「はい。ニュージェネレーションの写真集です」

 

 それをこの辺で撮ってるのか?後で見に行ってみようかな。

 

「中央公園分かる?あの噴水のある。あそこで撮影してるから、午後とか暇だったら見においでよ」

「………あ、ああ。わかった」

 

 へぇ、あそこか。近くにクッソ安い売店あるよな。あそこジャンプ早売りなんだよ。

 ………あれ?ならそこの売店で買えば良いのに。なんでわざわざここのコンビニまで来たんだろ。

 

「………あの、あそこ売店ある、よね……?なんでここまで……?」

「お昼を買うついでに、古川くんいるかなーと思って見に来たんだ」

「そ、そうですか………」

 

 なんでわざわざ俺の所に………。勘違いしそうになるからやめて欲しい反面、ちょっと嬉しい。

 

「凛ちゃんと未央ちゃんの分のお昼も買ってあげなきゃいけないんですけど……何かオススメはないですか?」

 

 コンビニのオススメとか言われてもな………。

 

「………俺の個人的な好みなら、あの蕎麦にしちゃうけど……」

「あー確かにああいうお蕎麦美味しいよね」

 

 ふむ、と島村さんは顎に手を当てて考え始めた。友達とはいえ、他人の昼飯のためにそこまで考えてあげる島村さん本当に良い人だなぁ。

 

「じゃあ、お蕎麦とこの二つのお弁当にしようかな」

 

 島村さんは弁当を三つ重ねた。まさか俺の意見が採用されるとは………。俺が選んだから気を使って買って行ってくれてるのか?そう考えると、もう少しまともな奴を選べば良かったとも思うが、ぶっちゃけ蕎麦以外の弁当は季節限定のものしか買わないから分からんのよな。

 

「あと飲み物買って行かないと」

 

 そう言うと、島村さんはドリンクの所に向かった。その間にレジに戻った。

 しばらく待ってると、島村さんがお茶を三本持ってやってきた。会計を済ませて袋に詰めて商品を島村さんに手渡すと、感心した目で俺を見ていた。

 

「…………」

「な、なんでしょう………?」

「いや、手際良いんだなって思って。考えたら私、古川くんが接客してるところ見るの初めてだから」

 

 そういや確かにそうだったな。あの時は島村さんのカバーしかしてなかったから。

 

「古川くん、今日の夜は大丈夫?」

「えっ?だ、大丈夫だけど………」

「じゃあ、また電話しようね」

 

 そう言うと、可愛らしく胸前で手を振ってコンビニを出て行った。あの子、アレで自然体なのかな………。だとしたら、今まで何人もの男を勘違いさせて来たのでは………?いや、まだ出会って三日なのに下手な詮索は止そう。

 とりあえず、後で撮影見に行こう。

 

 



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何を癒すつもりでそれをくれたんですかね?

 島村さんと知り合いになって、二週間が経過した。それなりに会話は出来るようになって来て、徐々に俺にも「友達」というものを理解できるようになって来た。まぁ、向こうにとっては数多くいる友達のうちの一人なんだろうし、自分が特別だと思わない方が良いかもしれないけど。

 だが、島村さんとよく話すようになったからだろうか。学校にいる間がとてもつまらなく感じる。だって、誰とも話さないで、ただぼんやりしてるだけだからなぁ。授業もつまらんし何もする事ないんだよね。まぁ、以前からつまらなかったんだけど、最近はより増してつまらない。

 まぁ、でもこの六限が終われば、バイトの時間だ。バイトなら基本的にやる事があるし、楽しみもあるので退屈ではない。たまに島村さんがうちのコンビニに来るので、それが少し楽しみだったりする。

 そんな事を考えながらノートに絵を描いてると、授業が終わった。ノートと教科書を鞄にしまってる間にHRが始まった。基本的にHRの話は聞かないので、その間は一人でスマホゲームをしている。と、いっても最近はログ○スもパズドラも飽きて来た。何か他に面白いゲームないかな。

 そんな事をぼんやりと考えながら、とりあえず10コンボ決めてると、HRが終わったのでスマホをしまって自宅に向かった。

 学校が終わるのが15時40分、バイト開始時刻が17時。だが、15分前にはバイト先に到着していなければならないため、実質16時45分開始時刻だ。

 つまり、ここでどれだけ早く帰れるかでバイトまでの時間の休み時刻が決まる。そんな俺は教室を飛び出すと、自転車のギアを全力全開にしてぶっ飛ばす。

 1年間と2ヶ月半の研鑽により、俺の帰宅スピードは3分を切っている。普通に走れば7分は掛かる道だ。

 今日はさらにその最速ラップを叩きだせそうだ。そう確信しながら自転車を走らせてる途中の事だった。スーパーから出て来たおばさんが、フラフラした足取りで重そうな荷物を抱えていた。

 

「……………」

 

 ………いや時間無いんで本当に。30分でも体力を温存したいんで。

 

「……………」

 

 それにほら、今日は揚げ物全品10%オフでいつもの1.5倍くらい客が来るし。

 

「……………」

 

 それにあの人の家どこだか分からないし、遠い所だったら最悪バイトに間に合わない可能性だってある。そうなったらそれこそ本末転倒………。

 

「あの、良かったら荷物持ちますけど」

「あらほんと、悪いねぇ」

 

 うん、無理。親の教育が良かったからか、ああいう人見過ごせないんです。まぁ、中学の時も同じ事してたらクラスメートに見られて「偽善者かよクソ真面目死ね」って一時期いじめられたが。お陰で俺のメンタルは通常の人間の三倍は強いぜ。

 まぁ、とにかくさようなら俺の休憩時間。

 

 ×××

 

 結局、バイトに到着したのはギリギリになってしまった。案の定あのバーさんの家遠いから、家に帰る暇すら無し。自転車をすっ飛ばしてなんとか3分前に到着した。

 さらに畳み掛けるように、揚げ物商品10%オフに大量の人が並んだ。今日に限ってこの2連コンボである。

 

「………それで、そんなに疲れてるんだ……」

 

 ようやく客が引いて、品出し中の俺に島村さんが同情したように言った。

 

「………死ぬかと思った」

「お、お疲れ様………」

 

 これで明日もバイトとかふざけてる。俺に死ねと言ってるのか?

 しかし、こんな俺よりも、おそらく島村さんの方が忙しいんだろうな。何せテレビでよく見るほどのアイドルだ。さぞ色んなテレビ局から引っ張りだこなんだろう。しかも、それがほぼ毎日だ。

 

「島村さんの方がお疲れなんじゃねぇの」

「私はもう慣れたから大丈夫だよ」

 

 しかし、その忙しさの中に俺に会いに来る時間まで作ってるんだからなぁ。ていうか、なんでわざわざここに来るんだろ。もしかして、ファンを一人でも増やそうとしてるのか?

 ちょうど良い機会だし、聞いてみるか。

 

「てか、島村さんは何でよくここに来るの?」

「へっ?」

「いや、忙しいのに最近は毎日のようにここに来てるじゃん」

 

 聞くと、島村さんは少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「め、迷惑だったかな………」

「いや、そういうんじゃないんだけどね」

 

 こっちは人と話す機会がないから。こういう誰かと話す機会は貴重なのでありがたい。ただ、無理して来てるなら少し申し訳ないだけだ。

 

「……その、私にとっては初めての男の子の友達だったから、少し嬉しくて………」

「………えっ、それだけ?」

「うん。アイドルの友達も学校の友達もいるけど、みんな女の子だから………」

「…………」

 

 営業のため、とか思ってたさっきまでの俺を地球7周半分くらいぶっ飛ばした。この人マジで天使かよ。

 

「でも、古川くんが迷惑なら、もう来ない方が良い、よね……」

「いや全然迷惑じゃないです。むしろ、常連が増えて店長から超感謝されてます」

 

 嘘だが。

 

「本当?なら、また明日も来るね!」

 

 クッ……笑顔が眩しい。どこまで純粋なんだこの子は。

 

「い、いやでも無理にお金使う事ないからな。コンビニってぶっちゃけスーパーとかより高いし」

「うん。大丈夫、ちゃんと必要なものしか買ってないから」

 

 ほんとかよ。俺がオススメしたものとか全部買ってってんだろ。

 そんな考えが表情に出てたのか、島村さんはぷくっと頬を膨らませた。

 

「むっ、ほんとだもん」

「いや、疑ってはないから。所で、今日のオススメの商品はこれなんだけど」

 

 言いながら、ジャンプを雑誌コーナーから手に取った。

 

「か、買わないよ流石に!バカにし過ぎだからね⁉︎」

「はいはい、分かったから怒るな」

 

 そんな事をしてると、別のお客さんがレジに並んだのが見えたため、ジャンプを元の場所に戻した。

 

「ごめん、行ってくる」

「あ、うん」

 

 慌ててレジに戻った。お客さんが商品を台に置き、財布の中を漁りながら言った。

 

「あとメ○ウスの3ミリ」

「畏まりました」

 

 返事をしながら、タバコの箱を取ってバーコードを読み取り、続いて飲み物とかの食品をバーコードに読み込ませる。

 

「お会計951円でございます」

「おい、これタバコ違ぇぞ」

「えっ?」

「これ5ミリだぞ」

「あっ、し、失礼致しました」

「チッ」

 

 やっべ。ボーッとしてた。やっぱ今日は疲れてんのかな………。慌てて3ミリを取り出し、打ち直した。

 お会計を済ませて、「ありがとうございました」と頭を下げ、お客さんが帰ったのを確認すると、小さくため息をついた。

 

「本当に疲れてるみたいだね」

 

 島村さんが慰めるように声をかけながら、レジに午後ティーを置いた。

 

「もう帰るの?」

「古川くん、あと5分で上がりだよね?イートインの所で待ってるよ」

 

 ………もしかして、俺のミスを自分の所為だと思ってる……?いや、マジそうじゃないんだけど………。

 会計を済ませて、島村さんはイートインに向かった。まぁ、後でフォローしておこう。

 

 ×××

 

 バイトが終わり、俺と島村さんは帰宅し始めた。………ていうか、何これ?なんでわざわざ一緒に帰ってんだ俺と島村さんは?

 いや、まぁ島村さんが来た時間帯が終業直前辺りだったからなんだろうけど………。いや、まぁあんま気にしなくて良いか。島村さんにとって俺は男友達だし、考えるだけ男子特有の妄想をして恥ずかしい思いをするだけだ。

 

「そういえばさ、古川くん。今日ね、私アレに出てたんだ。VS○」

「へぇー、あれに?」

「うん。+1ゲストで」

 

 うわ、いいなー。別にあのアイドル達に興味はないが、あのアトラクションが面白そうな奴ばっかだから。

 

「で、どうだった?」

「あれ難しいね〜。特にあのキ○キングスナイパーとかいうの。倒せる倒せないとかの前に当たらないんだもん」

「あー、だろうね。女子にあれは難しいよ」

「しかも、+1だから一番最初に蹴らなくちゃいけなくて………。前の人を参考にも出来なかったんだよ」

「今更言っても遅いけどさ、あれ先手で蹴るならインサイドキックで倒す事よりも当てに行った方が良いよ」

「? 倒れないんじゃ意味ないのでは……?」

「いや、当てて少しでもバランスを崩してやれば後の人が当てた時に倒れる可能性が高まるでしょ」

「………なるほど」

 

 俺が思うに、あれはスマホゲーのレイドボスと同じだ。当てるだけで後の人が楽になる。

 

「なるほど………。次あったら試してみるね」

「うん」

「ところで、インサイドキックってなんですか?」

「ああ、それ分かってなかったんだ」

 

 よく試してみるね、と言えたなおい。

 

「足の内側で蹴るんだよ。サッカーやる人はこの部分で球を転がしてパスを出すんだよ」

「なるほど………。パターゴルフみたいな感じ」

「ゴルフはやったことあるんだ」

「お仕事でやる機会があったんだ」

 

 なるほど。アイドルってゴルフの番組に出たりもするのか。意外だな。ゴルフってめちゃくちゃ難しいって聞いたが。

 

「色々やるんだな、アイドルの仕事」

「はい。デレラジっていうのもやってるんだよ。美嘉ちゃんと凛ちゃんと」

「へー、でもうちラジオ無いから」

「あーそっか。一人暮らしだもんね」

「まぁな」

 

 ラジオかー。興味ないことはないんだが、お金無いんだよ。機会があれば、と言わざるを得ない。

 

「そういうのってようつべとかで聞けんの?」

「あーどうだろ。分からない。私、あまりパソコンとかやらないから」

「ふーん……。まぁ、俺がよく行くラーメン屋はラジオ流してるから、そこで聞けたら聞くよ」

「うん、聞けたら感想聞かせてね!」

 

 いや、そこは「それ何億分の一の確率?」ってツッコむところなんだが。どうやら島村さんにツッコミ属性はないようだ。

 そんな話をしながら歩いてるうちに、駅に到着した。ここからは、島村さんは電車で、俺は家に帰らなければならない。

 

「じゃ、また今度な」

「うん、また………あっ、待って古川くん」

「?」

 

 呼び止められて足を止めると、島村さんは鞄の中を漁り始めた。

 

「今日はこれを渡そうと思ってたんだ。プロデューサーさんがこの前お世話になったから渡して来なさいって。古川くん、疲れてるみたいだし、もしかしたら良い癒しになるかもしれないよ」

 

 解説しながら、鞄から何か封筒を差し出して来た。

 

「何これ?」

「今度はそこで仕事なんだ。一日店長」

「またかよ、バリエーション少な過ぎるだろ………」

「今回のはコンビニとは違うの。今週の土曜日だから、絶対に来てね」

 

 言いながら島村さんは小さく手を振って走り去って行った。

 うーん………これは営業と受け取るべきなのか、それとも友達をバイト先に誘ったと見るべきなのか………。

 まぁ、あんま気にしても仕方ないか。偶然にも土曜日はバイト無いし、行ってみても良いかもしれない。

 そんな事を考えながら封筒の中を見ると、何かのチケットのようなものが入っていた。

 コンビニの優待券か何かか?と思いつつチケットを見ると、メイド喫茶の優待券だった。

 

 



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どんな女の子も照れる時は照れる。

 土曜日、秋葉原に来た。島村さんからいただいた優待券を持ってメイド喫茶に来てしまった。

 まぁ、誘われたら行くしかないわけで。決して下心はない。そもそも俺にメイド好きとかそういうのないし。ていうか、女の子は私服を着てこそ、個人の好みを把握できて可愛いわけで、決められた衣装を着てる所を見ても「可愛い」「綺麗」以外の感想は出ない。

 よって、俺に下心はない(2回目)。優待券には「2時〜2時半」と書かれていた。おそらく、島村さんが俺に接客してくれる時間帯なんだろう。三十分も長居して良いのか?とも思ったが、まぁ優待券を渡してる相手はアイドル事務所がお世話になった人達だろうから、おそらく多少特別扱いはしなければならないんだろう。

 ………そう考えると島村さんのここでの仕事はかなり忙しいんじゃないか?ほんと、アイドルって大変だな。今日はなるべく早めにおいとましよう。

 さて、その前にやる事はたっぷりある。せっかく秋葉に来たんだし、他にも色々見て回らないと勿体無い。今日は久々にたくさん金を使おう。

 そう決めて、まずはヨド○シに来た。俺の数少ない趣味の一つ、ガンプラを買うためだ。安いとこで買わないと一人暮らしは生きていけないから。

 ガンプラを見ながら、どれを買おうか顎に手を当てて考えた結果、ラスト1個しかないバスターガンダムを買おうと思って箱に手を伸ばした時、隣の人と手が重なった。

 

「あっ」

「あっ」

 

 同じ呟きを漏らしてお互いに顔を見合わせた。モコモコの髪の上にピンク色のふさふさした帽子を被り、独特の太い眉毛、そしてその下には似合ってない伊達眼鏡をかけた女の子、その子を俺は知っていた。

 だが、島村さんというアイドルと知り合っていたからか、声に出すことはなかった。だって島村さんとコンビニにいる時も、なるべく声に出さないようにしてるから。

 同じガンプラに手を乗せて目を合わせること数秒、神谷奈緒の方から声をかけて来た。

 

「あの、これ………」

 

 ふむ、こういう時はどうしたら良いのか。よりにもよってアイドルの女の子だ。もし、顔が可愛いだけの女の子なら、性格は最悪だ。譲るのは嫌だ。でも、もし中身が良い子なら譲ってあげたい。

 ………いや、ていうか譲ろう。なんか仮にじゃんけんになって取ったとしても心苦しいわ。

 

「どうぞ、俺ただ見たかっただけなんで」

 

 それだけ言うと、俺はその場から離れた。仕方ない、今日はビルドストライクにするか。作品全然違うけど。

 そう思って別の場所に移動した。あまりアイドルと何人も関わるわけにはいかないし。

 バスターは諦めて、ビルドストライクと墨入れペンだけ買って店を出た。

 プラモはもう良いかな。あと、トライエイジのカード買おう。

 

 ×××

 

 秋葉での買い物を済ませて、いよいよメイド喫茶に来た。いやー、変に緊張して来た。ていうか、手汗がすごい。

 そもそも周りから見たらメイド喫茶に入ろうとしてるキモオタだからな。いや、俺が用あるのは島村さんだけだから。そう、呼ばれたから来ただけだ。

 

「すーはぁー……」

 

 何故か深呼吸してから、店の扉を開けた。

 

「「「おかえりなさいませ、ご主人様」」」

 

 思わずドアを閉めた。すごいや、生で聞くこのセリフ。思いの外可愛い可愛くない以前に迫力がある。なんか知らんけど怖い。

 

「………やっぱ帰ろうかな」

 

 思わずそう呟いた直後だ。店の扉が開いた。顔を出したのはメイド服姿の島村さんだった。

 

「古川くん?な、なんで帰るの⁉︎」

「あ、いや………」

「ほら、おいでよ」

 

 眩しい笑顔で手を差し伸べられた。断れないんだよなぁ、この笑顔を見ると。

 仕方なく、その手を取って入店すると「改めて」と言った感じでメイドさん達は挨拶してくれた。

 

「「「おかえりなさいませ、ご主人様」」」

 

 うおお……よく見たらアイドルばかりやん。島村卯月、アナスタシア、それともう一人が………。

 

「あ、あああー!」

 

 ………あ、神谷奈緒だ。

 

「? 奈緒ちゃん?どうかしましたか?」

「さっきのカッコつけ男!」

 

 ほおぉう、何かなその風評被害丸出しの呼び方は。ちょっとイラッとしちゃったゾ☆

 

「おい、誰がカッコつけ男だ眉毛」

「お前だよ!アレだけバスターを欲しそうな顔でガンプラ見てた癖に、何が『俺はただ見たかっただけなんで』だよ!」

 

 ーっ!ば、バレてた⁉︎

 

「か、かかかカッコつけてはないから!大体、別にバスターガンダムなんて好きじゃないし!ちょっと超高インパルス長射程狙撃ライフル

 の連結をしてみたかっただけだし!」

「かなり欲しがってるじゃないか!」

 

 なんて怒鳴り合いをしてる時だ。コンッと神谷奈緒の脳天にトレーが直撃した。

 

「痛っ⁉︎」

「奈緒、仕事中だ」

 

 そう言ったのは、この前のプロデューサーさんだった。

 

「あ、お久しぶりです。プロデューサーさん」

「久しぶりです、古川さん。奈緒、仕事中だ。次やったらオタク趣味バラすから」

「今すでにバラしたじゃないか!」

 

 その反応を見ながら、楽しそうにプロデューサーさんは店の奥に戻った。なるほど、いじられキャラなのか神谷奈緒。ていうか神谷奈緒、なんで俺を睨む。

 そんな俺と奈緒のやり取りを見て、とりあえずといった感じで島村さんが俺に声をかけた。

 

「ではご主人様、こちらへどうぞ〜♪」

「えっ?あ、は、はい」

 

 なんかノリノリだなぁ、島村さん。

 俺を席に案内し、隣に座った。二人しかいないのに、複数人座れるようになってる席に到着した。

 

「こちらがメニューです、ご主人様♪」

 

 かなりノリノリなんだけどこの人。ま、まぁ仕事だからなんだろうけど………。

 いや何にしても俺とマンツーマンなんだからそこまで頑張ってくれなくて良いかな。

 

「あの、島村さん?普通に古川って呼んでも良いですよ」

「いえ、仕事ですので。けど、ご主人様がお望みでしたら、こちらからでしたらお選び出来ますよ?」

 

 断られてしまったが、呼び方を決められると言うのなら助かる。そう言ってメニューに書かれてる呼び方メニューを見た。

 

 ・ご主人様

 ・旦那様

 ・〜くん

 ・〜ちゃん

 ・お兄ちゃん

 ・お兄様

 

 スゲェな、メイド喫茶………。こんなに選べるのか………。ていうか上二つ以外メイド感ねぇな………。

 でも、衝撃的ではあったものの少し助かったぞ。「〜くん」があるのなら、島村さん的にも助かるんじゃないの?結局「古川くん」になるわけだし。

 

「あ、じゃあ『〜くん』で」

「畏まりました、皐月くん♪」

「っ⁉︎ゲフッ、ェゲフッ⁉︎」

「きゃあっ⁉︎だ、大丈夫ですか皐月くん⁉︎」

 

 そ、そっちかよ!なんで下の名前なんだよ!

 

「ご、ごめん……。あの、苗字でも」

「ダメです、皐月くん」

 

 仕事って大変だな………。まぁ、仕方ないか。こっちが慣れるしかない。

 

「えっと……優待券はいつ出せば………?」

「あ、はい。今、お預かり致します」

 

 ポケットから優待券を島村さんに渡すと伝票に挟んだ。

 それはそうと、食べ物を選ばねばならない。そう思ってメニューを見た。

 

 ・メイドさんのらぶらぶオムライス(900円)

 ・いもうとの手作りカレー(1000円)

 ・ツンデレ委員長の特製ラーメン(800円)

 

 た、高ぇ………。うちの近くのラーメン屋は580円でラーメン一杯の上、替え玉二つ無料だぞ。

 だめだ、完全にヒヨった。でも一番安い奴にしよう。俺もそんなに金があるわけじゃないし、何よりヒヨった(2回目)。

 

「………と、とりあえずラーメンで」

「かしこまりました。オーダー入りましたぁ♪ツンデレ委員長の特製ラーメン、よろしくお願いしまぁす」

 

 一々、語尾を跳ねさせるな、可愛いから。なんとなくだが「♪」が入ってる気がする。

 

「あー……その、何。島村さん?」

「卯月と呼んで下さい♪」

 

 そういう島村さんの胸のネームプレートには、平仮名で「うづき♡」と書かれていた。

 ………ボッチに異性を下の名前呼びはハードル高いんだけどな。

 

「………う、卯月さん」

「何ですか?皐月くん」

「あーいや、その………何?お疲れ様?」

「………はい?」

 

 なんかもう色々と大変だったろうなぁ、と思って労いの言葉をかけてみたが、通じなかったようだ。

 キョトンと首を傾げると、島村さんから声をかけて来た。

 

「皐月くん、奈緒ちゃんとお知り合いだったんですか?」

 

 ああ、その話か。

 

「いや、知り合いって程じゃないよ。さっき、ヨド○シでたまたま知り合っただけ」

「奈緒ちゃん、アニメ好きですからね……。何を買ったか聞いても良いですか?」

「大したものじゃないよ。ガンプラ」

 

 言いながら、袋の中からスタービルドストライクの箱を取り出した。

 

「へぇー、カッコ良いですね!」

「まぁな」

 

 ビルドファイターズに出てくる機体は基本的に大好きだ。どれもカッコ良いし強そうじゃん。それがトライでは何故ああなったのか……。

 そもそも、なんでガンダムなのにハーレムアニメみたいになってんだよ。リア充までなら許せる。ほら、考えてみればリア充がいるから、それが進化して夫婦となり、我ら子供達が生まれるわけでしょ?だけどハーレムは必ず誰かを切り捨てなければならない。

 それはちょっと、うん。

 

「これを作るんですか?」

「そうだよ」

「へぇー……なんだか大変そうですね……」

「いやいや、説明書通りにやれば出来るから」

 

 特に、俺みたいに墨入れだけで満足してるタイプは尚更。塗装とかはお金ないです。改造なんて余ったパーツが勿体無いから以ての外。やってみたいってのはあるんだけどね。

 

「へぇ〜……皐月くんの家には他にもガンプラがあるんですか?」

「超ある。高校生活で俺の友達ってガンプラだけだからなぁ………」

 

 遠い目をしながらぼんやりと呟くと、島村さんは微笑みながら俺の両手を握った。

 

「だ、大丈夫です!私もお友達ですから!」

「え、それ大声で言っちゃって良いの?」

「………あっ」

 

 慌てて口を塞ぐ島村さん。念の為、辺りを見回したが、幸いにもアイドルとコラボしてるだけあって、店内は騒がしい様子なので気付いてる人はいなかった。

 しかし、この店今日は超儲かってるんじゃないか?店内を見回すだけでも島村卯月、神谷奈緒、アナスタシア、小早川紗枝、あと名前が分からないのが数人ほどメイドさんをしている。休憩中の人を含めればもっといることだろう。これはドルオタにとってもお祭り騒ぎだろう。

 そんな事を考えてると、近くの席のオッさんが何か声をかけてるのが聞こえた。

 

「ふへへ、紗枝ちゃん。メイド服似合ってるよ」

「おおきに。お客様もその帽子良うお似合いどす」

 

 ………そういえば、神谷奈緒に何故か変な因縁つけられたお陰で島村さんに「似合ってる」というの忘れていたな。今更言うことでもないか?でも、わざわざ優待券をくれてまで誘ってくれたんだし、何か言った方が良い気もするし………。

 いや、メイドさん達からしたら、言われ慣れた言葉だろう。お客さんにとっては、たったの15分程とはいえアイドルと話せる時間なんだ。なるべく話せる事は話すはずだ。

 よし、落ち着け。言えるはず。言うぞ………!

 

「あー、しま……卯月さん」

「なんですか?」

「その………」

「………その?」

「……………」

 

 こ、声が出ない………!女の子を褒めるのってこんなにハードル高いことだったのか⁉︎

 いやいやいや、こんな情けない話があるか。あんなキモいオッさんも言えるのに、なんで俺が言えないんだよ。別に照れる必要なんか無い。サラッと会話するノリで言えば良いんだよ。

 

「………すぅーはー」

「な、なんで深呼吸してるんですか?」

「ちょっと静かに」

「は、はい………」

 

 ………よし、落ち着いた。さて、言うぞ!

 

「………そっ、その」

「お待たせ致しました、ご主人様。ツンデレ委員長の特製ラーメンでございます」

「…………」

 

 神谷奈緒がラーメンを運んで俺の前に置いた。「ごゆっくり」と言って何処かへ立ち去る神谷奈緒。俺はただただ呆然とするしかなかった。

 

「皐月くん?なんですか?」

「………コーヒー飲みたいんだけどある?」

「コーヒーですね?畏まりました。オーダー入りましたぁ♪コーヒーお願いしまーす!」

 

 ………次のチャンスをおとなしく待とう。

 

 ×××

 

 楽しい時間というのはあっという間で、気が付けば帰宅時間になっていて、気が付けば俺は家にいた。

 まぁ、確かに島村さんの言う通り癒しの時間となったし、良かった。そういえば、あの後はかなり島村さんガンプラに食いついて来てたな………。少し興味出たのか?ガンプラアイドルとかある意味では売れそうだが。

 っと、そんなことはどうでも良い。それよりも問題がある。結局、島村さんに「似合ってる」と言えなかった。あの後、島村さんの方からラーメンを食べさせてくれたりと色々、甲斐甲斐しくお世話をしてくれたのに。

 正直、ああいう店に来るオッさんとかをバカにしていたが、これじゃバカにできる立場じゃない。リア充度は俺の方が圧倒的に低いということだ。

 

「…………はぁ」

 

 今更になって後悔してる。いや、余計なことはしないというのが俺のポリシーだが、誘ってくれた相手に礼儀を尽くすのは当然の行為だ。

 ………あーあ、クソぅ。後悔のあまり、ガンプラ作りも手が進まない。

 なんかやる気が失せて、その場で後ろに寝転んだ。そういえば、日が沈むのが遅くなって来た。もうすぐ夏か………。クーラーの掃除だけ先にしとこうかな。

 そんなことを考えてる時だ。スマホが鳴り響いた。島村さんからだった。

 

「もしもし?」

 

 一瞬だけ出ようか迷ったが、とりあえず応対することにした。

 

『あ、皐月くんですか?』

「自分で誰に電話かけたんだよ……」

『確認だよー』

「ていうか、まだ名前呼びしてんのか」

『あ、そうだったね。でも皐月くんの方が呼びやすいし、皐月くんでも良いかな?』

 

 ………女子に距離感ってものはないのか。

 

「………お好きにどうぞ」

『はい、好きに呼ばせてもらいます』

 

 畜生、いちいち可愛いなこの子。このペースで話されたらこっちの心臓が保たねぇよ。話を変えよう。

 

「で、要件は?」

『あ、はい。お仕事が終わったので、私のメイドさんの感想を聞かせてもらおうと思って』

「感想?」

『はい!どうでしたか?』

 

 ………これは、チャンス到来か?すぐには言えなかったが、今なら自然な流れで言えるんじゃないか?何せ、向こうから話を振ってくれてるんだから。

 今度こそ、と気合を入れて、心の中で深呼吸してから、緊張気味に答えた。

 

「……ぃっ、に、似合ってたよ。メイド服………」

 

 

 ………我ながら小さい声で言ったなー。何処まで小心者なんだ俺は。これは島村さんにも聞こえなかったのでは?

 とりあえず、向こうの第一声を待ってると、珍しく少し恥ずかしそうな声が聞こえて来た。

 

『………あのぅ、外見ではなくて仕事っぷりの方を聞きたかったのですが…………』

「えっ?」

『……………』

 

 向こうの欲しい回答すら答えられないという、最大級に恥ずかしい答えを言ってしまった………。

 余りのダサさに両手で顔を覆ってると、今度は明るい声が聞こえて来た。

 

『でも、ありがとうございます』

「ーっ」

 

 ………俺は今まで何を悩んでいたのか。スパッと言えば良かったのに。こんな簡単な事も一大決心しないと言えないなんて、とことん情けないな、俺は………。

 自己嫌悪しながらも、とりあえず仕事ぶりに対しての感想を述べることにした。

 

「仕事もとても良かったんじゃない?ちゃんと客の目を見て話せてたし、ずっと笑顔だったから」

『そ、そうですか?まぁ、接客のプロの皐月くんがそう言うならそうなんですよね』

「ただ、あーんの時はもう少し周り見て欲しかったです。一回、鼻に突っ込んで来たから」

『うう……あ、あれは本当にごめんなさい……』

「いや、気にしてないけど。あれ他に接客するなら、ふーっふーって麺に息ふきかけてやると良いぞ。男はそれで興奮するから」

『分かりました!次、試してみますね!』

「いや、一日店長ならそこまでやることないと思うけど」

『えー?じゃあなんで言ったんですかー!』

 

 からかい甲斐があるなー、やっぱり。

 ………まぁ、それはそうとずっと気になってたんだけど。もしかしてさ。

 

「………島村さん、照れてる?」

『えっ⁉︎』

「いや、さっきからずっと敬語に戻ってたから」

『………え、えへへ。実は少しだけ』

 

 ………ほんとに可愛いなこの人。

 少し呆れながら、その後も夜中まで長電話した。

 

 



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事務所では(1)

 メイド喫茶で働いた翌日、卯月は事務所に来ていた。本来はオフなのだが、こうして休みの日も一人でレッスンしている。

 そんな卯月の元に、奈緒が顔を出した。

 

「卯月、今日もレッスンしてるのか?」

「あっ、奈緒ちゃん!お疲れ様です!」

 

 ちなみに、奈緒も今日はオフなのだが、何となく卯月がいる気がして顔を出しに来た。と、言うのも別に百合展開とかそういうのではなく、昨日の男について聞きたかったからだ。

 

「お疲れ様は卯月の方だろ。昨日、プロデューサーさんに今日は休めって言われてたのに」

「そ、そうですね。プロデューサーさんには内緒にしておいてください」

「じゃあ、今日はもう休んであたしと少し表に出ないか?」

「へ?」

「そしたら、内緒にしてあげる」

「分かりました」

 

 明るく微笑み「汗を流して来ますね」と卯月はシャワーを浴びに行った。

 シャワーを終えてから、二人でとりあえずスタバに入った。好みの飲み物を注文し、席に座った。

 

「で、あの男は誰なんだよ」

 

 早速、奈緒は聞いた。その質問に、卯月はきょとんと首を捻った。

 

「あの男?」

「惚けるなよ。昨日、メイド喫茶にきてた奴だ」

「ああ、皐月くんの事ですか?」

「皐月って言うのか?」

「はい。少し前にお友達になったんです」

 

 そう言われ、奈緒は眉をひそめた。

 

「………それだけ?」

「はい!」

「わざわざメイド喫茶に呼んだ男が?」

「はい!初めての男の子のお友達でしたので!」

「………なーんだ、てっきり恋人か何かかと思った」

「さ、流石にそれはないですよー。知り合ったのは、この前のコンビニ一日店長の時ですよ?」

「え、その時から仲良くなったのか?」

「はい。とても良い人なんです。私のこと、とてもよく面倒見てくれて」

「ふーん………まぁ、そうだろうな」

 

 自分もガンプラを譲られたことを思い出し、何となく納得する奈緒。

 そんな奈緒に、今度は卯月の方から聞いた。

 

「というか、むしろ奈緒ちゃんこそ皐月くんとお知り合いだったんですか?」

「えっ?あ、あー……まぁな。知り合いというか、名前も知らないし少し話したくらいの仲なんだが………」

「………とてもそうは見えなかったんですけど」

「ほんとだって。ヨド○シのガンプラコーナーで、買おうと思ってたバスターのプラモを取ろうとしたら、同じタイミングで手を伸ばしててさ。なんかいきなり『どうぞ、俺ただ見たかっただけなんで』とか超欲しそうな目で言いながら去って行ったんだよ」

「………でも、昨日お店で会った時に大声上げてましたよね?」

「それは、その……いつかお礼言わなきゃなーって思ってたけど、もう会う事も無いだろうし、どうしようかなーって悩んでる時に突然目の前に現れたもんだから………」

「それで、お礼は言えたんですか?」

「………言えてない」

 

 その返事に、卯月は明るく微笑みながら言った。

 

「よし、じゃあお礼を言いましょうか」

「えっ」

「皐月くんに連絡を取ってみますね」

「ま、待てよ!いいよ別に今更!」

「いえ、お礼を言いたいなら言った方が良いですよ。私もお付き合いしますから!」

「い、良いってほんとに。そこまで気にしてないから」

「でも、そういうお礼はしっかりとするべきだと思いますよ」

 

 そう言われて、奈緒は少し狼狽えた。どうしたものか悩んだが、卯月の真剣な目には逆らえなかった。

 

「………わかったよ、また今度な」

「はい。じゃあ、今から……」

「いや、今からは無理だろ!向こうの都合もあるし」

 

 奈緒にそう言われて「確かに」と卯月は顎に手を当てた。

 

「じゃあ、今度皐月くんの予定を確認してみますね」

「そ、そこまでしなくても良いんだけどな………」

 

 若干呆れつつも、奈緒は話題を逸らす事にした。

 

「ていうか、卯月はなんでそんなにそいつに懐いてるんだ?」

「へ?懐いてるように見えますか?」

「見えるよ。大体、出会ったばかりの男を下の名前で呼ぶって………」

「変、ですか?」

「いや、なんつーか………何でもない。とにかく懐いてるように見えるって事だ」

 

 説明しても分からなさそうなので省いた。すると、卯月はきょとんと首を捻った。

 

「そう、でしょうか………?」

「ああ。あたしにはそう見えたけどな」

「まぁ、さっきも言いましたけど、初めての男の子のお友達ですからね。それに、面倒見が良いところがとてもプロデューサーさんに似てるので」

「そうなのか?」

「はい。仕事が終わって、プロデューサーさん達の到着が遅れるってなった時に、私の事を駅まで送ってくれたんですよ」

「…………」

 

 とても嬉しそうに語る卯月を見ながら、奈緒は心の中で「惚気んなよどいつもこいつも」と思った。

 

「………卯月はその人の事好きなのか?」

「はい、好きですよ?」

「マジでか!あっさり認めたな!」

「へっ?い、いけませんか………?」

「い、いや別にいけなくはないが………」

 

 自分で聞いといて顔を赤くする奈緒だった。そんな奈緒に、卯月は小首を捻って聞いた。

 

「奈緒ちゃんだって、加蓮ちゃんや凛ちゃんの事好きですよね?」

「あ、ああ……そういう………」

 

 今度は勝手に落胆し始めた奈緒に、キョトンとした様子で再度質問した。

 

「えっ、どんな意味で聞いてたんですか?」

「っ、そ、それは………!」

 

 純真に聞かれて、ドキッとする奈緒。目を逸らしながら、若干モジモジと体をよじらせつつ、ボソボソと呟くように小声で言った。

 

「……こ、恋人にしたい、とか…………」

「恋人、ですか?」

「そ、そうだよ!ていうか、男女間の好きって言ったら普通そうだろ!」

「うーん……私にはまだ恋愛とかはよくわからないので」

「そ、そうか………」

 

 ニコニコ微笑みながら言われて尚更、奈緒は恥ずかしくなり、誤魔化すように話題を変えた。

 

「いや、最近は凛がなんか男と仲良くゲーム実況までしてるらしくてさー。どう聞いても友達同士の距離感じゃないから、卯月もそうなのかなって思って」

「ああ、この前話してた奴ですね。お泊まりまでしてたみたいで、凛ちゃんも恋愛するんだなぁと思いました」

「そりゃ、あたし達だってJKだからな………。だから、卯月もしそうだなーと思って」

「でも、私は皐月くんと会ったのはまだ数十回くらいですから」

「………えっ?そんなに会ってるのか?」

「え?はい。私、たまに皐月くんがバイトしてるコンビニに行くんです」

「わざわざ?」

「はい。あと、毎日電話もするんです。お友達と電話で話すと、つい話し込んで長電話になっちゃいますよねー」

 

 卯月のそのセリフに「あれ、やっぱりどっちだ………?」と奈緒は眉をひそめた。

 そんな話をしてると、ヴヴッと卯月のスマホが震えた。

 

「あ、皐月くんからです」

「え、向こうからも連絡来たりするのか?」

「いえ、珍しいです。基本的に私からいつも連絡とかするので」

「………ほんとに卯月はそいつのこと好きじゃないのか?」

「だから好きですよ?」

「や、だからそういうことじゃなくて………いや、もういいや」

 

 奈緒が諦めたのを無視して、L○NEの画面を開いた。皐月からのL○NEにはビルドストライクのガンプラの写真とメッセージが送られて来ていた。

 

『 皐月 から写真が送信されました。』

 皐月『完成したガンプラ』

 皐月『昨日、出来たら言ってって言ってたから』

 

 そういえば、長電話の時にガンプラの話になり、そんな事を言った事を思い出していた。奈緒も隣から画面を覗き込む。素組みで塗装も墨入れだけだが、それなりに綺麗に作られているビルドストライクを見て、奈緒は小さく声を漏らした。

 

「おお……すごいな………」

「そうですね………。皐月くん、器用ですね………」

「いや、やる人はもっとすごいんだけどな。それどうやってんの?って気になるレベルでプラモ作る人もいるし」

「そうなんですか?」

「ああ。まぁ、皐月のプラモもすごいけどな。パーツの合わせ目処理とかゲート跡処理とか完璧だし」

「へぇ〜……私にはよく分からないですけど………」

「作ってみればわかるよ。まぁ、卯月はそういうの興味ないか」

「そうですね、ガンダムのロボットもガンダムとザクしか知りませんし」

「ロボットじゃなくてモビルスーツな」

「へ?は、はい?」

 

 ガノタの拘りを軽く流しつつ、卯月は返信した。

 

 島村卯月『すごくカッコ良いですね!』

 古川皐月『そ、そう?まぁ、そうだな』

 

「返信早っ」

 

 4秒もしないうちに帰ってきて、奈緒は軽く引いた。

 

 島村卯月『他にも皐月くんってガンプラ作ってるんですか?』

 古川皐月『ま、まぁ一応』

 島村卯月『今度見に行っても良いですか?」

 

「えっ」

 

 今度は声を漏らした。

 

「お、おい卯月。行くって、男の家に行くのか?」

「? ダメですか?」

「いや、ダメっつーか………いやダメだろ」

「でも、凛ちゃんもお相手の方の家に行って遊んでるそうですし、大丈夫ですよ」

「い、いや凛の相手は多分だけど、かなり特殊なだけでだな!とにかく男と二人で一つ屋根の下なんかダメだからな⁉︎」

 

 奈緒が説得してると、返信が来た。

 

 古川皐月『えっ』

 古川皐月『それうちに来るって事ですか?』

 島村卯月『そうですよ?』

 

「おい、勝手に返信するなよ!」

「何でですか。皐月くんはそんな人じゃありません」

「そんな人って………」

 

 ガンプラに興味津々な卯月を見て、奈緒はどうしたものか腕を組んで考え込んだ。

 すると、卯月が「あ、そうだ」と声を漏らした。

 

「じゃあ、奈緒ちゃんも一緒に行きましょうよ!」

「えっ」

「ほら、今度皐月くんにお礼も言わなきゃですし、ちょうど良いじゃないですか」

 

 な、なんでそうなるんだ………⁉︎と狼狽える奈緒を他所に、卯月は返信し始めた。

 奈緒がテンパっている間に、卯月と皐月の爆速のL○NEのやり取りによって、いつのまにか行く事が確定になってしまい、奈緒は小さくため息をついた。

 

 



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ガノタへの道〜序章〜
人懐っこい女の子ほど男を勘違いさせる。


 さて、一体全体どうしてこんなことになったのか。考えれば考えるほどわからない。ホントなんでこんな事になってんの?神様って奴はふざけてんのか?

 いや、ここでいくら愚痴っても仕方ないので、一文で状況を説明しよう。

 うちに、島村さんが来ている。

 事の発端は一週間前だった。神谷奈緒を連れて島村さんがうちのバイト先に来た。なんか突然、この前バスターを譲ったお礼とか言ってお礼言われた。そのついでに俺のガンプラを見たいとか言って、うちに来て飾ってあるプラモを見学して行った。二人ともバカみたいに目を輝かせてたっけ。

 その結果、島村さんがプラモにハマった。なんでだろう。そこが分からないんだ。ハマる要素あったか?

 で、現在。プラモを買った島村さんがうちに来ている。

 

「作りましょう!皐月くん!」

「えっなんでうちに来るの?」

「教えてもらおうと思って」

「……………」

 

 いや、教えてもらうも何も説明してくれる書があるじゃん。俺が教える事なんてあるのか?

 

「ダメ、かな?」

「いや、ダメ、では……ない、けど………」

 

 前の時は女子2人いたから良かった。だってハーレムなんて現実じゃ絶対ありえないもの。

 だが、マンツーマンで部屋の中にいると、こう……変に意識してしまう。それも一つ屋根の下で、だ。

 

「じゃあ、お邪魔するね」

 

 元気にうちの中に上り込む島村さん。うーん、流石アイドルなだけあって可愛い。でもさ、もう少し異性の部屋を意識しようぜ。

 ドギマギにしながら、とりあえず台所に来てお茶を淹れた。

 

「どうぞ」

「わっ、ありがとう」

 

 お茶を置くと、お礼を言いながら口を付ける島村さん。で、手に持ってるビニール袋から買って来たプラモの箱を出した。

 出て来たのはルナマリアのガナザクのプラモだった。

 

「………えっ、なんでこれ?」

「ピンクのガンダムもいるんだね。可愛くて、私この子大好きになっちゃった」

 

 ガンダムじゃないんだけどな、なんて言っても、ガンダム好き以外でモビルスーツの違いなんて分からないだろうし、不粋なことは言わないでおく。

 

「まぁ、乗ってる人も可愛いからね」

「? そうなの?」

 

 見てないのかよ………。側面に描いてあるじゃん。まぁ、俺はルナよりメイリンのが好きだがな。

 

「で、ニッパーとかヤスリは買ったのか?」

「にっぱー………?」

 

 おい、今のお婆ちゃん発音だったぞ。ニッパー知らないってマジかよ。最近の女子高生はプラモとか作らんのか。………作らないよね。

 

「買ってないってことね………」

「う、ご、ごめんなさい………」

「いやいや、別に怒ってないから。俺のニッパー貸すから、今日はそれで作ろう」

「はい」

 

 素直な返事とともに、ガンプラの箱を開けた。俺は種死は別に好きでもなんでもないから、種死のプラモは作った事ないけど、やっぱルナザクのパーツはどれも赤いわ。

 

「じゃあ、まずは説明書開こうか」

「はい、先生!」

「先生はやめて」

 

 そんな大層なこと教えるわけでもないし。何よりそういうの照れ臭いです。

 

 ×××

 

 で、まぁ手取り足取り教えた。ニッパーの使い方から始まり、やすり、二度切り、パーツの合わせ目などなど。だが、島村さんは決して器用というわけではなかった。

 例えばポリキャップ、予備の分を全部台無しにした。

 例えば右肩、左腕が付いてた。

 例えば盾に生えてるツノ、一本接着剤でついてる。

 まぁ、そういうわけでゲート跡とかは初心者にしては上手く処理してあるが、割とグダグダなガナザクになった。

 だが、それでも島村さんにとっては初めての作品だ。完成させたのがよほど嬉しいようで、ニコニコしながらガナザクを眺めていた。いや、多分ニヤニヤしてるんだろうけど、島村さんがニヤニヤしてると擬音がニコニコに感じるのがほんと不思議。

 

「ふふふっ、ロボットもこれくらいのサイズだと可愛いね」

「右手にM1500オルトロス高エネルギー長射程ビーム砲なんていう物騒なもん持ってるけどな」

「そ、そんなに長い名前の武器なんだね……」

「まぁ、ルナザクと言ったらその武器が一番似合うから。逆に物語で他の武器使ってたっけ?って感じだから」

 

 インパルスに乗ったらルナマリア超強かったなぁ。いや、ていうかルナマリアに無双されるデストロイ軍団がゴミだっただけか。

 

「物語、かぁ………」

 

 島村さんが意味深に呟いた。おい待て、まさかとは思うけど………。

 

「ガンダムって面白いの?」

 

 そっちにも興味を持ったかぁー………。俺は額に手を当ててため息をついた。

 さて、どうしようかな。面白い、というのは簡単だが、それでもし島村さんがガノタになってしまったら………。考えるだけでも恐ろしい。神谷奈緒なら速攻で俺の仕業だと気付くし、そうなったらアイドル全体に嫌われる羽目になる。

 だが、ガノタである俺の口から「つまらない」と言うことは出来ない。ほんと、どうしたものか………。

 

「皐月くん?」

 

 や、待てよ?そもそも、島村さんはなんでガンプラにハマった?俺の作品を見たから、というのもあるかもしれないが、それだけじゃ女子がガンプラにハマる理由にはならんだろ。

 もっと、こう………他に理由があったと考えてみよう。例えば、ビルドファイターズみたくガンプラアイドルみたいなのに選ばれた、とか。だとしたら、島村さんがこうしてガンプラに興味持ってることも頷ける。基本的にどんな仕事でも全力全開だからなぁ。メイド喫茶ですらノリノリだったし。

 いや、まぁ何事も決めつけは良くないか。一応、聞いてみよう。

 

「あの、島村さん」

「? なんですか?」

「もしかして、仕事でプラモ関係のものがあったりすんの?」

「ないよ?」

 

 1発で俺の考えていたことは吹っ飛んだ。

 

「え、じゃあなんでガンダムに興味を?」

「皐月くんが好きなものだから私も知りたいなって思ったからだよ」

「…………」

 

 え、この子何?なんでこんな恥ずかしいことをストレートに伝えて来るの?天性のキャバ嬢なの?

 

「そ、そうか……」

「はい、そうです。それで、ガンダムって面白いんですか?」

「………まぁ、俺は大好きですけど」

「!じゃあ、私も見たいです」

「あーでも、見るならガナザクが出て来る奴のが良いですよね?」

「ガナ……?」

「ガナーザクウォーリア」

「あっ、は、はい。この子が出るのが良いです」

 

 さっきから気になってたけど、モビルスーツを「この子」と呼ぶ女子高生は多分、君だけだよ。

 しかし、ガナザクが出る作品となるとSEED Destinyなんだよなぁ……。俺は別に好きでも嫌いでもないが、種死とか言われてる作品だしなぁ。

 

「でもガナザクが出るのって続編だから、その前に1シリーズ見る必要があるけど」

「面白いのなら大丈夫だよ」

 

 ………まぁ、本人がそう言うなら良いか。教えちゃおう。

 

「ガンダムSEEDだよ。50話あるから見るの大変だと思うけど」

「がんだむしーど、だね。わかった!」

 

 発音がおぼつかないどころの騒ぎじゃなかったんだが。本当に分かったんだろうな。

 

「あの、長いから本当オススメはしないけど」

「うーん……じゃあ、皐月くんも一緒に見ようよ!」

「えっ」

「予定のない日があったら皐月くんの家に来るね!」

 

 えっ、何その家デートみたいな奴。いや、考え過ぎるな。島村さんはガンダムを見たいってだけだ。変な意識するとどん引きされるかもしんないし、なんかキモいよなぁ………。

 

「分かったよ………」

「じゃあ、早速今から見ようよ!」

「えっ、い、今から………?」

「うん、TU○AYA行こうよ!」

「…………」

 

 俺に、この溌剌とした笑顔を浮かべてる島村さんのお願いを断る術は無かった。

 二人で家を出て、近くのTU○AYAに向かった。元気良く前を歩く島村さんと、その後ろをのんびりと歩く俺。まるで妹と出掛けてる気分だ。

 すると、前を歩いてる島村さんが振り返って俺に大きく手を振った。

 

「皐月くん!早くー!」

 

 その早く、というのはどういう意味なんだろうか。隣に来いって事?だとしたら、女の人と二人で外を歩くと照れ臭いので隣を歩けません。まぁ、そんな心配は杞憂だろうけど。

 

「焦らなくてもTU○AYAは逃げないから………」

「そうじゃなくて、せっかく一緒に出かけてるんだから隣を歩こうよ!」

「…………」

 

 この子は本当に………。なんかお世話になってる人へのプレゼントに肩たたき券とかプレゼントしそうなくらいピュアな人だな………。

 しかし、マジで女の子の隣を歩くのはちょっと俺にはハードル高いんだけど………。いや、一つ屋根の下で一緒に遊んでる時点で今更何言ってんの?って思うかもしれないけど、人目の付かない場所なら二人しかいないから照れるも何もないんだよ。人目がつくからこそ照れ臭いというか………。

 男らしさなどカケラもなくウダウダと悩んでると、いつのまにか島村さんが目の前に来て俺の腕を握っていた。

 

「っ⁉︎」

「ほら、早く行こう!」

「いやあのちょっとぉ⁉︎」

 

 人懐っこいにもほどがあるだろこの人!

 俺の腕を引っ張って歩き、俺も一緒に歩くというより引き摺られてる気分で後に続いた。

 

 ×××

 

 SEEDの1巻だけ見終わった。まぁ、時間も時間だから4話見るのが限界だし、仕方ないと思う。

 で、最初の4話しか見てないというのに島村さんと言えば………。

 

「わぁー!すごい、次どうなっちゃうんだろうね⁉︎」

「いや俺は知ってるけど………」

「あ、そ、そうだよね。にしても楽しみだなぁ。次はいつ見れる?」

「いや、続きが気になるなら自分で見ても良いよ別に。俺は全部知ってるから」

「ダメだよ。せっかくだから一緒に見ようよ」

 

 ………続きが気になるんじゃないんかい。まぁ、もうなんでも良いや。

 

「来週の土曜なら空いてるよ」

「じゃあ、次は来週の土曜日だね!」

 

 明るく元気にそう言うと、島村さんはDVDを抜いてケースにしまった。

 

「じゃあ、今日は帰るね」

「駅まで送るよ」

「ほんと?じゃ、一緒に行こう!」

「おお」

 

 二人で家を出た。

 この時の俺は知らなかった。まさか、俺の軽率な行動が、すでに島村さんをガンオタへの道へ誘い込んでるという事に。

 

 



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出待ちは卑怯でしょ。

 翌日、学校が終わって家に帰宅していた。昨日は随分と長くガンダム見ていたなぁ。4話分だからザックリ2時間弱か。今になって変な虚無感があるわ。

 まぁ、面白いからいいんだけどさ。それよりも、これから踏みつけたバクゥにゼロ距離射撃したりするし、島村さんが楽しめるか心配だ。あとは、その、何?フレイとアレコレとか……。まぁ、その時は何となくフォローするか。

 それよりも、これから古本屋寄って行かないといけないんだよね。

 

「皐月くーん!」

「えっ」

 

 聞き覚えのある声が聞こえ、振り返ると島村さんが手を振って駆け寄ってきていた。

 

「島村さん………?」

「えへへ、我慢出来なくて来ちゃった♪」

 

 えへっとはにかむ島村さん。そういう仕草とセリフ、スイカバー突き刺さって心臓ブチ抜かれた気分になるから辞めてほしい。死んじゃうから本当に。

 右手には黒い布の袋が下げられているため、多分TU○AYAでもう借りてあるんだろう。可愛すぎかよ。

 

「はぁ……。まぁ、良いけど。それより、俺帰りに古本屋寄ってくけど」

「分かった、じゃあ古本屋に行ってからだね!」

 

 ………さっさと用を済ませよう。やっぱ2人で出掛けるのは苦手だ。

 駅前の古本屋に向かってると、ふと気になったので島村さんに聞いてみた。

 

「島村さんさぁ、そういえば仕事は?」

「今日はオフだよ。だから、皐月くんの所に遊びに来たんです」

 

 落ち着けよ、俺。別に暇があれば俺の所に来たいって意味じゃないから。暇があればSEEDが見たいって意味だから。勘違いするなよ。

 

「そういえば、もうすぐ期末試験だねー」

「グッ……嫌な事を思い出させてくれるぜ………」

「へ?皐月くん、勉強苦手なの?」

「いや、苦手っつーか超嫌いなだけだから………」

「苦手なんですね………」

 

 いや本当に。数学生物化学現代文古典日本史世界史は平気だ。ただ、英語が圧倒的にダメ。死ねる。てか死ね。

 

「少し意外かな、皐月くんって勉強苦手なんだ」

「勉強っていうか英語が無理」

「英語が?」

 

 大体、俺は日本からは絶対に出ないから英語学ぶ理由なんかないんだよ。グッドラックだけ覚えときゃなんとかなるだろ。

 

「うーん、じゃあガンダムなんて見てる場合じゃない?」

「問題ないよ。別に他の教科は普通にできるし、英語は覚えないで教科書を丸暗記すればなんとかなる」

「丸暗記⁉︎」

「まぁ、毎回テスト前は死ぬけどね。今年も栄養ドリンクの本数も増えそうだなぁ」

 

 遠い目をしてそんな事を呟くと、島村さんが俺の肩に手を置いた。

 

「さ、皐月くん。それは体に悪いよ」

「えっ、そ、そう?」

「うん。プロデューサーさんもこの前『スタミナドリンク』っていうの飲み過ぎて倒れちゃったんだから」

 

 そんな栄養ドリンクあったっけ?見た事ないわ。しかし、倒れるなんて大変だなプロデューサーさんも。それの影響で島村さんはオフになったのかもしれない。

 

「よし、決めた!」

「何を?」

 

 てか、突然何?

 

「私、しばらくオフなので皐月くんの英語の面倒を見てあげるね!」

「えっ」

「島村卯月、頑張ります!」

 

 なんでそうなるんだよ。

 

「いや、いいよ別に」

「ダメだよ、倒れてからじゃ遅いもん」

「いやそんな1日2日で倒れるわけないてしょ。ていうか、島村さんだって勉強しなきゃいけないわけだし……」

「とにかく、私が面倒見てあげるので、一緒に勉強しましょう!」

 

 な、なんでこんなに強引に………?と、思ったけどすぐに合点がいった。何の根拠もないけど聞いてみるか。

 

「なんの教科を教えて欲しいの?」

「………バレましたか?」

「そりゃあれだけ食い下がられたらな………」

「数学をお願いします………」

「任せろ」

 

 まぁ、数学なら大丈夫だろ。60点は固いからな。

 

「じゃあ、早速今日から頑張ろう!」

「いや、SEEDはどうすんだよ」

「あ、明日から頑張ろう!」

 

 はいはい、明日からね。

 小さくため息をついてると、古本屋が見えて来た。

 

「着いた」

「何を買うの?」

「ん、カード」

「か、カード?」

「そ」

 

 言いながら、中古カードコーナーに来た。トライエイジのカード買いに来た。おー、あるある。今回の弾のOOのカード。えーっと、とりあえずアリオス、オーライザー、M刹那と……いや、高いからオーライザーはいいや。こんなもんかな?スタゲとソルセレーネは当てちゃったし、他のOOのPはいらん。鉄血?何それ?あ、あとアニバ買って行こう。

 

「へぇ〜……ガンダムってカードゲームもあるんだぁ………」

 

 感動したように島村さんが呟いた。

 

「カードゲームっていうか、データカードダスっていうのかな。100円入れてカードが一枚出るタイプの奴」

「ああ、ムシ○ングみたいな奴ね!」

 

 うーん……まぁそれで良いやもう。そう自分で呟いた直後、島村さんは流石に少し引いたように呟いた。

 

「………えっ、皐月くんムシ○ングやってるの?」

「うるせ、面白いんだから良いだろ。それと、ムシ○ングじゃねぇから」

「ま、まぁ趣味は人それぞれですからね!」

「おい、なんで敬語になった」

 

 島村さんとの距離が少し遠くなった気がした。

 

「はぁ……もう良いよ、買ってくるから」

「だ、大丈夫だよ!全然……いや全然ってことはないけど引いてないから!」

 

 それは少なからず引いてるって事じゃないですかね………。いや、もうなんでも良いや。

 ショウケースのカードを買って、さっさと店を出た。さて、これからSEEDだ。正直、SEEDなんてどうでも良いが、島村さんという可愛いJKアイドルとガンダムを見ることが出来るというだけで嬉しい。

 

「よし、島村さん。SEED見ようかーあれ島村さん?」

 

 島村さんの姿がなくなっていた。あれ、なんだろ。帰られた?もしかして待ちきれなくて家帰ってDVD見てるのか?そんなにSEED楽しみだったのか?

 ………いや、それとも俺の部屋に来るのが嫌だったとか……。や、それはないだろ。向こうから来たいって言ったんだし。

 そう自分で否定しながらもドキドキしてると、島村さんがレジに並んだのが見えた。中古のプラモの箱を持って。

 

「………何してんの?」

 

 聞いてみると、島村さんははにかむように微笑んで言った。

 

「我慢できなくて。あそこに置いてあったよ」

 

 手に持ってるのはストライクルージュだ。そう言うの好きそうだもんなぁ。

 

「ちなみに、この子は出て来ますか?」

「来るよ」

 

 大した活躍しないし、Destinyでキラに壊されるけど。まぁ、それはネタバレになるし、島村さん悲しみそうだからそれは黙ってるべきだな。

 

「じゃ、それ買ったらSEED見ようかな」

「うん」

 

 レジの脇で待機した。

 

 ×××

 

 うちに到着し、SEEDの鑑賞が始まった。俺の持って来たポテチと飲み物を摘みながら、ぼんやりとSEEDを眺めた。

 しばらく眺めてると、キラがガンダム4機に袋叩きにされ始め、フェイズシフト装甲はいよいよダウンしてしまう。島村さんのハラハラ顔可愛い。

 その直後、隠密作戦中のムウの襲撃が成功し、ザフトの戦艦を2隻撤退に追い込んだ。

 

「おおおおおおお⁉︎」

 

 島村さん大はしゃぎ。楽しそうで何よりです、ほんとに。で、ようやくアルテミスに逃げ込み、そこで武装兵に囲まれたところで終わった。

 

「皐月くん!次、次!」

「分かったから落ち着け」

 

 次の話に回し、島村さんは食い入るようにテレビの画面を見始めた。しかし、なんつーか……改めて思うのは、アイドルも普通の女の子なんだなぁ。

 こうして影響され、アニメを見て、楽しみ、続きが気になる。やはり、芸能人だからってあまり変な先入観は抱かない方が良いかもしれないな。まぁ、これから先に芸能人と知り合うことなんて無いだろうけど。

 そんな事を考えながらジロジロ見ていた所為か、島村さんがいつのまにかこっちを見ていた。

 

「あの、私の顔に何か付いてる?」

「へっ?あ、いや、なんでもないです」

「なんかジッと見てたから」

「なんでもないって。ただ、やっぱアイドルも普通の人と変わらないって思っただけだから」

「あー……確かにそうかもね」

「え、島村さんもそう思う節があるの?」

 

 それはちょっと意外だ。アイドルってのはアイドルである自覚が必要なものだと思ってたから、特別な存在だと自分に言い聞かせなけりゃダメなもんだと思ってたわ。

 俺の問いに、島村さんは「うん」と頷いた。

 

「結構、みんな事務所ではやりたい放題やってるからね。机の下にいたり、きのこ育ててたり、野球観戦してたり………」

「じ、自由だな………。学童保育?」

「他にもよく分からない難しい言葉をノートにまとめてたりしてる子もいるなぁ。あとはネイルとかお化粧とか実験とか………」

 

 最初のは俺の傷口も開きそうなのでスルーで。ネイルとお化粧も俺には無縁なのでパス。で、実験ってなんなんですかね。とても気になるが、島村さんは思い付くのを言い始めてしまっていた。

 

「あとは空手とか忍者とかサンタクロースとか……とにかくいろいろ」

「おい、それほんとにアイドル事務所か。役者事務所じゃないの?」

「アイドルだよ?」

「………なんか俺の知ってるアイドルと違う」

 

 聞かなきゃ良かった………。いや、別にアイドルに興味あるわけじゃねぇし、アイドルの実態なんてどうでも良いんだけどね。

 

「でも、みんな可愛いよ?」

「そりゃアイドルだからな………。てか、その奇人変人達はどうやってアイドルになったんだ?」

「うーん……人それぞれだからね。オーディション受ける子もいれば、スカウトされる子もいるよ」

「島村さんはオーディションでしょ」

「えっ………ど、どうして?」

「随分と頑張ってたから。コンビニとかメイド喫茶では。多分、たくさん努力したんだろうなって思っただけ」

「………私、頑張ってるように見えた?」

「え、頑張ってなかったの?」

 

 何それ恥ずかしい。柄にもない事言ったのに。死のう。

 が、島村さんは慌てた様子で首を横に振った。

 

「う、ううん!頑張ってたよ!けど、そういう風にアイドルじゃない友達に言われたのは初めてだったから、少し嬉しかったんだ」

 

 そう微笑みながら言われ、また俺の心臓に的確にダメージが刻まれた。ホント、照れもせずにこういうセリフを………。

 こっちが照れたのを必死に隠してると、6話が始まったため、とりあえずそっちを見て誤魔化した。

 

 



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純粋さはたまに罪深くなる。

 学校が終わり、図書館に向かった。まぁ期末試験の勉強をする約束を島村さんとしたので、早速という感じだ。

 しかし、まぁなんでも良いんだけど、島村さんって教えられるほど英語出来んのか?いや、教わる立場で偉そうに言うのもどうかと思うが、あの人そんなに頭良さそうに見えねーんだよなぁ。超純粋だし。

 その点、俺は英語以外なら何でも教えられる自信がある。要領と運だけは無駄に良いから、何となくテストに出そうな場所を山張れば大体当たる。いや、要領良いのに文系理系どちらにも出て来る英語ができないのはどうかと思うが。

 しかし、思えば誰かと一緒に勉強するのは初めてだ。今までは家で一人で勉強してたから、何と無く新鮮な気分だ。まぁ、やる事はいつもと同じなんですけどね。ウフフなイベントがあるなんて期待はするな。

 図書館に到着し、中を見回した。島村さんの姿は見えないため、先に勉強を始める事にした。鞄から教科書を取り出して、とりあえず数学から始めた。

 ノートを開いて、耳にイヤホンをぶち込んで、音楽を聴きながら片っ端から問題を解く。しかし、数学って解けば解くほど思うけど、絶対に考えた奴は厨二病だよなぁ。なんでxなんだよ。別に記号なんて○とか△でも良いだろ。アルファベットにするにしてもxってなんだよ。容疑者かよ。

 

「皐月くん」

 

 ていうか、そもそもアルファベットの「X」だけ異様だよな。名前に本気出し過ぎでしょ。日本語に直すと四文字だぞ。ああ、同じ意味では「Z」もすごいよな。いや、まぁカッコ良いけどね。

 ちなみに、個人的には「K」が好きかな。ほら、なんかシンプルな割に発音の響きが良いじゃない。

 

「皐月くん?」

 

 何より、Kって強そうだよね。悪性って感じも神性って感じも無くて、なんか、こう………強そう。人間の中では最強みたいなのがKだよね。XとかZはラスボスオーラ強いけど。あ、Yはラスボスっていうより最強の幹部のイメー………。

 

「さーつーきーくん!」

「いだだだだだ!頬取れる取れる!」

 

 突然、頬を引っ張られた。え、何?と思ってイヤホンを外して横を見ると、島村さんがぷくっと可愛らしく頬を膨らませて立っていた。

 

「あ、島村さん。いつ来たの?てかなんで襲撃して来たの?」

「声掛けても無視するんだもん」

 

 あ、声かけてたの?それは気付かなんだ。

 

「ご、ごめん」

「別にいいよ。それだけ集中してたんでしょ?」

 

 ま、まぁ一応。アルファベットの厨二病性について思考しながら、数学の問題を2ページ分解いてた。

 それより問題なのは、島村さんの隣にいる見覚えのある女の子だ。なんで連れて来たの?

 

「えっと、島村さん?隣の子は?」

「あ、はい。お友達の三村かな子ちゃんです」

「は、初めまして………」

「いやそうじゃなくて。なんで?」

 

 なんで呼んだの?俺なんも言われてないしなんも聞いてないんですが。

 

「はい。実は私、人に教えられるほど勉強が出来るわけではなくて………それで、かな子ちゃんに来てもらいました!」

「あの、私も成績普通なんだけどね………」

「良いじゃないですか。かな子ちゃんも期末テスト近いんですよね?」

「それはそうだけど………」

 

 おい、まさか成績普通って言ってる上に初対面のアイドルに英語教われって言ってるおたく?冗談だよね?

 

「じゃあ、勉強会始めよう!」

 

 1人、ノリノリの島村さんがそう言い、それを聞いた俺と三村さんはため息をつくしかなかった。まぁ、純粋さは罪ではあるまい。

 再びイヤホンを装着して勉強再開。また黙々と数学の問題を解き始め………ようとしたところでイヤホンが勝手に外された。隣に座ってる島村さんが不満そうに俺を睨んでいた。

 

「え、何?」

「なんでイヤホンするの」

「勉強するときはイヤホンするでしょ。周りの雑音消すために」

「ダメだよ。今日はわからないところ教え合うんだから」

 

 ふむ、まぁそう言われたらそうなんだろうけど………。でもイヤホンないと集中出来ないんだよなぁ。

 まぁ、別に良いか。今日は集中しての勉強はしないって事で。

 

「分かったよ」

「うん。じゃあ数学からやろっか!」

 

 結局かあ。島村さんと三村さんが教科書を出して勉強し始めたので、俺も再開した。指数対数ホント楽だわ。

 小さく欠伸をしながら問題を解いてると、肩を突かれた。

 

「?」

「あの、皐月くん。ここの問題なんだけど………」

 

 ああ、わかんないとこね。任されよ。

 

「どれ?」

「この練習5………」

「ああ、それね。それは………」

 

 ………あれ、この問題ちょっと知らないなぁ。えっ、何これ分かんないんだけど。何だよ三角比って。

 

「………ち、ちょっとタンマ」

「? どうしたの?」

 

 サインってなんだよ………。これ教科書読まなきゃ分からないんだけど。高校によって進める範囲が違うのか?

 

「………皐月くん?」

「…………」

 

 だが、出来ないとは言えない。アレだけ出来ますアピールしといて出来ないとか笑えないでしょ。

 

「10分くれ」

「へ?」

「基本は全部理解するから」

「………もしかして、分からないの?」

「いや違うんだよ。俺の高校と範囲が違うんだよ。うちの高校は指数関数やってて………」

「じゃあかな子ちゃん、教えてくれませんか?」

「…………」

 

 クリティカルヒットした、今の。ふん、まぁ良いよーだ。それなら俺も自分の勉強出来るし。

 仕方ないので、目の前でお勉強会が開かれてる中、俺は問題を解き続けた。

 

「………だからね、つまりその問題は……」

「……なるほど。sin30°を当てはめれば」

「そゆことですよ」

 

 ………なんか、せっかく誘ってもらえたのにほっとかれて、申し訳ない気分と少し気に入らない気分になって来るんだけど。何これ、どういう感情なんだこれ。

 ………まさか、寂しいとか思ってる?いやいやいや、ありえないから。別に1人でいられる事に今更不安も何も無い。むしろ、島村さんとよく今まで友達といられたと思うよ。

 ってか、別に島村さんに勉強を教えられなかったからって縁が切れるわけでも無いし、なんでまるでこれで終わりみたいなこと考えてんの。アホか俺は。

 だー、くそ。なんだよこの感覚。まるで、こう………俺も混ぜてよ、みたいな。って、カマちょか俺は。

 

「そうそう、卯月ちゃん出来るじゃん」

「この説明を私の先生、とても難しく説明するんですよ」

「あーいるよね、そういう先生」

 

 ズババババッと問題を解き続けながら、チラッと隣を見ると、島村さんと三村さんは仲良く勉強会を続けていた。

 ………楽しそうで良いなぁ。なんか、友達っぽい人が一人できると、その人が他の人と仲良くしてると何となく羨ましくなってしまう。こんな感覚初めてだ。

 そんな事を考えながら、島村さんの向かいから勉強を教えてる三村さんを見ると、机の上に置かれている胸に目がいってしまった。

 ………デケェなこの人。巨乳なんてアニメの世界にしかいないもんだと思ってたが、本当にいるんだ。って、いかんいかんいかん。見るなよ、俺。そういう目線に女性は敏感だと聞くし、あまり見てるとアイドルにドン引きされるという悲惨な事になる。

 

「……………」

 

 集中出来ねぇ………。くそう、やっぱ一人で勉強するべきだったか。まぁ良いか。ちょうど良いから気分転換でもして来よう。

 2人の邪魔にならないよう、スクッと立ち上がって本を読みに行った。こういう図書館には必ず………ああ、あった、あ○ち充作品の総集編。

 その中の一巻を持って席に戻った。2人が勉強してる中、タ○チを読み始めた。しかし、普通に面白いよなぁ、あ○ち充作品。クラスのアニオタの話に耳を傾けてると、なんかよくdisられてるけど。アレなんなんだろうな。

 

「コラッ」

「えっ」

 

 読んでた漫画が手元から消えた。辺りを見回すと、隣の島村さんがまたまた頬を膨らませていた。

 

「えっ、何?」

「ダメだよ、皐月くん。勉強中なんだから集中しないと」

「あ、いや………」

 

 言い訳しようとしたが、構って欲しい、或いは三村さんの胸に気を取られていた、とは言えなかった。なので、ここは素直に謝るしかない。

 

「………すみません」

「もう、すぐに集中力切らすんだから」

「プラモ作ってる時は5時間でも保つんだけどな」

「その集中力を勉強に活かさないとダメだよ」

「いや、それみんな言うけど無理だから。そんな簡単に集中力を応用することなんて出来ないから」

「それでもやるの!」

 

 ………なんか、母ちゃんに怒られてる気分だ。島村さんってオカン属性もあったのか?

 何となく、構ってもらえたことに嬉しくなってると、三村さんが口を挟んだ。

 

「2人は仲良いんだね?」

 

 ふむ、仲良いのか?まぁ、過去に俺が出会った人の中では一番仲良いけどな。

 しかし、そう聞かれて肯定する人を俺は見たことが無……。

 

「はい。一緒にガンプラ作ったりもしてるんですよ」

 

 平気で肯定して来たな………。ほんと、島村さんのこういう所は男を勘違いさせるのでやめて欲しい。

 

「へぇー、卯月ちゃん最近、ガンダムよく見てるなーって思ってたけど、古川さんの影響だったんだ………」

 

 三村さんが苦笑いを浮かべながら俺を見た。いや、すみませんね。俺の所為でガノタにしちゃったみたいで。

 

「ま、まぁ俺は勧めたわけじゃ無いんだけどな。うちのガンプラを見て島村さんが勝手にハマっただけで………」

「かな子ちゃんも見れば分かりますよ!皐月くんのガンプラ、カッコ良いんですよ?」

「いや、あれ素組みに墨入れしただけだから、そこまでってもんじゃ………」

「………待った。その前に卯月ちゃん、どうやって古川くんのガンプラを見たの?」

 

 あっ、そっちに話の流れが行っちまうか。おい待てやめろ。

 

「へっ?どうやってって……皐月くんの部屋でですよ?」

「部屋に、上がったの?」

「うん」

 

 直後、三村さんの目線が変わった。まるでチャラ男を見るような目になった。どんな目だよそれは。

 

「………ふ、古川さんって、意外と……」

「ち、違うから!俺が誘ったわけじゃないから!島村さんの方から………!」

「そうなの?卯月ちゃん」

「……どうだったかな?」

「島村さん⁉︎しっかりしろ!神谷奈緒にお礼を言わせるとかで連れて来たのは島村さんの方だ!」

「そう言えばそうだったかも………」

 

 おいやめろ、洗脳してる人を見る目で俺を見るのはやめろ三村さん。違うんだって、今のが真実なんだって。

 

「………古川さんと卯月ちゃんって、どんな関係なの?」

「お友達ですよ?」

「………本当に?」

 

 あ、ヤバイ。これ以上この話はまずい。勉強に戻ろう。ていうか戻るべきだ。

 

「お、おいもうその辺にしよう。勉強しよう、勉強」

「あっ、そうだね。じゃあ、再開しようかな。皐月くん、もう漫画読んじゃダメだからね?」

「お、おう。了解」

 

 そう言うと、何とか勉強に戻ったが、三村さんの俺に向ける怪しい人を見る視線が突き刺さったまま勉強したため、結局捗らなかった。やっぱ勉強は1人でするに限る。

 

 



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事務所では(2)

 試験が終わり、それと共にプロデューサーも復帰。よって、試験期間を抜けた卯月は事務所に来ていた。試験の結果は、図書館での勉強会の後に、皐月がわざわざ指数関数対数関数も勉強して卯月に教えて、何とか平均点を2点越えることができた。関係ないが、皐月は英語32点と赤点をギリギリ回避した。生まれて初めてらしい。

 事務所にはレッスンをしに来ていて、今は休憩時間。飲み物を飲んで一息ついてると、スマホが震えた。皐月からのL○NEだった。

 

 古川皐月『テスト終わったんで一発目www』

『 古川皐月 が写真を送信しました。』

 

 その写真に映されていたのは、エクシアのRGだった。それを見るなり、卯月は目を輝かせて返信した。

 

 島村卯月『すごいですね!』

 島村卯月『カッコ良いです!』

 古川皐月『まぁ、RGだからね』

 島村卯月『良いなぁ、私も新しいの作りたいなぁ』

 古川皐月『買えば良いのでは?』

 島村卯月『買っても時間が無いんだよー』

 島村卯月『Pさん復帰して忙しくなるからね』

 古川皐月『Pさん?放送禁止用語?駐車場?』

 島村卯月『プロデューサーさんだよ!』

 古川皐月『あ、なるほど』

 

「………ふふっ、まったくおバカなんだから。皐月くんは」

 

 そんな事を考えながらスマホをぽちぽちいじってると、後ろから肩を突かれた。

 

「卯月ちゃん、何を見てるの?」

「あ、美穂ちゃん。響子ちゃん」

 

 後ろから声をかけたのは小日向美穂だった。隣には五十嵐響子の姿もある。

 

「L○NE見てたんですよ、皐月くんとの」

「皐月くん?」

「誰?」

「私の初めての男の子のお友達です」

 

 男の子のお友達、の時点で2人の目は恋バナを聞きつけた女子高生のような目になった。つまり、まんまな目だった。

 

「卯月ちゃんが⁉︎」

「彼氏⁉︎」

「か、彼氏じゃないよ!お友達ですよ!」

 

 顔を赤くして反論する卯月に、響子は「いやいやいや」と手を振った。

 

「男女間の友情は成立しませんよ。ね?美穂ちゃん」

「えっ?わ、私はよく分からないけど………。でも、確かに男の子と女の子が2人でいたら、そういう風に考えちゃうよね」

「そんなことないですよ!皐月くん、多分恋愛とか興味ないですし、私もそういうのはよくわからないですし………」

 

 それに、と卯月は少し不機嫌そうに続けた。

 

「大体、ここ数日は私と2人きりでも何回か勉強してたのに、皐月くんずっと無表情だったんですよ?お互い、そんな対象じゃないです」

「そ、そうなんだ………」

「いや、2人きりって時点でアウトでしょ」

「あっ、勉強と言えば、皐月くんって本当に英語できないんですよ?」

「「えっ」」

 

 急に楽しそうな表情になる卯月に、2人は困惑した表情を浮かべたが、構わず続けた。

 

「『あなたは野球をしましたか?』っていう英文を作るのに『Was you played baseball?』って英文を作って………。過去形ダブってるしbe動詞間違ってるし、受動態の間違いみたいになっちゃってたんですから」

「わ、わずゆー……?」

「でも、ちゃんとかな子ちゃんが教えたら、過去形くらいはできるようになってたので良かったです」

「あ、卯月ちゃんが教えたんじゃないんだ………」

「ていうか、かな子ちゃんとも知り合いなんですね……」

「うん。代わりに私も数学教えてくれて………あ、皐月くんってば変な所で律儀でね、英語教えてもらった代わりに数学教えるとか言って、まだ習ってない範囲を教科書読んで独学で勉強して教えてくれたんですよ」

「えっ、わざわざ?」

「はい」

「…………」

 

 響子も美穂も、間違いなく皐月が卯月の事を好きだと悟った。いや、好きまでとは行かずとも好意を寄せていることは明白だった。

 

「良い人ですよねぇ、皐月くん」

 

 しかも、その努力を「良い人」の一言で片付けられてしまい、顔も知らない男の子に同情までしてしまった。

 

「そ、それで、その子とL○NEをしていたと?」

「はい。ほら、見てください。皐月くんが作ったガンプラですよ」

 

 嬉しそうに卯月は皐月の作ったガンプラの写真を見せた。エクシアがGNソードを構えて立っている。

 

「おお……確かにカッコ良いね……」

「これだったんだ、卯月ちゃんのL○NEの画像が赤いロボットになってた理由………」

 

 美穂、響子と呟くと、卯月は微笑みながら頷いた。

 

「はい。今、ガンダムSEED見てるんですよ?キラさんが新しいガンダムに乗ってアークエンジェルの前に降ってきたところです」

「うん、言われても分からないから………」

 

 やんわりと美穂が断ると、「あ、そっか」と卯月は説明を止めた。

 

「ガンダム面白いから、二人も見ませんか?」

「いや、私はいいかな………」

「私も、別にそこまで………」

「そうですか……」

 

 ショボンと肩を落とす卯月。すると、スマホがまた震えた。

 

「あ、皐月くんからだ♪」

 

 画面を見るなり、声を弾ませてスマホを開いた。

 

 古川皐月『2作品目製作なう』

『 古川皐月 が画像を送信しました。』

 

 そのメッセージと共に送られてきた画像には、バウのプラモの箱が映されていた。直後、目を輝かせる卯月だった。

 

「見てください、お二人とも!カッコ良いですよね⁉︎」

 

 嬉しそうに画面を見せてくる卯月。2人とも画面を見ると「確かに」みたいな表情を浮かべた。

 

「カッコ良いにはカッコ良いですけど……」

「これなんのロボット?」

「ガンダムのMSです!」

「えっ、スーツなんですか?」

「違います。ガンダムの世界ではロボットをモビルスーツと言うんです!」

「そ、そうなんだ………」

 

 そのこだわりに関しては聞かないことにした。多分、聞いてもわからないから。

 なので、代わりに分かりそうなことを響子が聞いた。

 

「これはなんてロボットなんですか?」

「分かりません」

「えっ?」

「私もガンダムはSEEDしか見てませんし、今のところですけど、このモビルスーツは出て来ていないので何とも………」

「そうなんだ………」

「で、でも、いつかはガンダム全部見るので、いつか説明しますね!」

「いやそこまで知りたくはないから大丈夫だよ」

 

 そんな話をしてると、再びスマホが震えた。

 

 古川皐月『このモビルスーツはどの作品に出てくるでしょうか?』

 

 それを見て、卯月は眉をひそめた。

 

「………わかりますか?」

「いや、この中だと卯月ちゃんが分からないんだったら分からないんじゃないかな………」

「あ、奈緒ちゃんに聞いてみますか?」

 

 そんな話をしてると、またスマホが震えた。

 

 古川皐月『ヒント、Ζの後』

 

「がんだむ、ぜっと………?」

「聞いたことないですね」

「ゼータ、じゃないかな?」

「いや、にしても分からないけど………」

 

 議論してると、またスマホが震えた。

 

 古川皐月『って、ほとんど答えだなこれ』

 古川皐月『分かんなかったら神谷奈緒さん呼んでも良いよ』

 古川皐月『………見てる?』

 古川皐月『あ、仕事中か』

 古川皐月『ごめんなさい』

 

「……………」

「……………」

 

 あまりの連打に、美穂も響子も黙り込んだ。この人割とウザいな、みたいな。だが、それでも卯月は微笑みを絶やさなかった。

 

「皐月くんったら、L○NEだとお話ししたがるんですよね」

 

 楽しそうに『ごめんね、問題の答え考えてたんだ』と返信する卯月に、美穂は気まずそうに聞いた。

 

「あの、今更こんなこと聞くのはアレだけど………古川くん?ってどんな人なの?」

「良い子ですよ?私のために習ってない範囲の数学も勉強してくれて、直で会って話すと余り話してくれないんですけど、電話とかL○NEだと割となんでも言える子みたいで」

 

 それを聞くなり、2人揃って「典型的なヘタレな男の子だ」と思ったのは言うまでもない。

 

「あと、学校にお友達がいないみたいで、その反動なのか分からないけど、とてもおしゃべりさんなんですよ?」

「そ、そうなんだ………」

「一周回ってかわいいね………」

 

 美穂と響子が引き気味に呟いた。

 

「ですから、私が少しでも皐月くんのお話相手になられればなって思っています。皐月くんは良い人ですから、私ももっと仲良くなりたいですし」

 

 そうキラキラした笑顔で言われ、美穂と響子は思わずキュンとしてしまった。

 

「天使ですか………」

「天使なのかな……」

「へっ?」

「「な、なんでもないよ!」」

 

 とりあえず誤魔化してから、響子は聞き返してみた。

 

「そ、それより卯月ちゃん!それで、結局その古川くんのことを卯月ちゃんはどう思ってるんですか?」

「へっ?どうって?」

「好きか嫌いかですよ」

「それはもちろん………」

 

 好きですよ?と答えようとした卯月の口が止まった。何となく、好きというワードを言うのが恥ずかしいような気がしたからだ。

 だが、嫌いとも言いたくない。なので、若干照れつつも答える事にした。

 

「ま、まぁ、好きですよ?」

 

 その意外にも脈がありそうな反応に、2人は「おっ………?」と少し期待したような表情になった。聞いた感じだと、卯月大好きなカマちょウブ少年、という印象しかなかったが、卯月の中では違うようだ。

 その辺について、詳しく問い詰めようとしたが、トレーナーから声がかかったので、尋問は諦めた。

 

 



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島村さんと夏休みに入れば、疲れも暑さも吹っ飛ぶ。
分からないことがあれば、まずはググれ。


 夏休みに入った。外はミンミンゼミ合唱団が声を合わせることもせずに汚い歌声を放ち、驚く程喧しく喧しい。俺、虫嫌いなんだよね。

 だが、そんなものはバイト中の身なら関係ない。クーラーの効いた一軒の店の中で、客が来るまでただただ待機。客といえば、部活の前に飲み物を買う学生か、部活が終わって買い食いする学生、部活や仕事の最中に飯を買いに来る学生か社会人しかいない。つまり、割と忙しい。

 まぁ良いさ。涼しいし、おでん70円セールや揚げ物10%オフセールよりはマシだ。何より、暇過ぎても仕事してないみたいで何となく嫌だ。

 まぁ、そう思えるのはここ最近、バイトしてなかったからだろうし、慣れちゃうとまたかったるくなるんだろうなぁ。これも生活費のためだ。

 さて、品出しするか。おにぎりの陳列を始めた。しばらくおにぎりを並べてると、肩をツンツンと叩かれた。なんだ?フライヤーフードの調整か?と思って振り向くと、むにっと頬に何か刺さった。

 

「ふふっ、引っかかった〜」

 

 島村さんが楽しそうな顔で立っていた。後ろには三村さんの姿もある。そういう事をするのは、ついうっかり恋人かと思っちゃうからやめて欲しい。

 

「どうも。三村さんも久し振り」

「うん」

 

 なんか前に勉強会してから、三村さんがすごい警戒というか……むしろ軽蔑の目線を送ってくるんだよな………。まぁ、付き合ってもないのに2人で部屋に入ってる時点で怪しまれてもおかしくないってのは分かるが。

 まぁ、島村さんがカマってくれるならどうでも良い。なんていうか、最近は俺の方から島村さんに連絡する事が多くなった。俺と島村さんの関係を友達といっていいのかわからないが、仮に友達だとしたら、友達とはこれほど良いものなのかと、今更実感している。

 いや多分、初めての友達が島村さんだからこんな気分になってるのだろう。あの善意の塊のような女の子が友達になってくれたから、こんな風に心変わりしたんだろうな。

 

「今日は忙しそうだね」

「そうでもないよ。今はもう昼過ぎたから、遅めの昼食取りに来る人しかいない。………あ、もしかして遅めの昼食を買いに?」

「はい。レッスンが少し長引いちゃって」

「あの、コンビニ店員の俺が言うのもあれだけど、毎日コンビニ弁当食ってたら体壊すよ」

「ま、毎日は食べてないよ!昨日とかは李衣菜ちゃんが作ってくれたお弁当食べたんだ」

「李衣菜って……ああ、多田李衣菜?」

「うん」

 

 うおお、なんかそういうアイドルの口から友達感覚でポロっとアイドルの名前が出るのって良いな。スパロボやってる気分だ。シンの口からカミーユの名前が出てる感覚。

 

「それで、今日はお昼遅くなっちゃったし、ちょうど良いから皐月くんに会いに行こうかなって思ったんだ」

「っ………」

 

 だからそういうことを平気で………。すこし顔を赤くしてると、隣の三村さんが島村さんの肩を叩いた。

 

「う、卯月ちゃん。ダメだよ。そういう事を男の子に言ったら」

「なんでですか?」

「か、勘違いされちゃうよ……」

「勘違い?何を?」

「そ、その………皐月くんに会いたくて来た、みたいな……」

「? だってそうだよ?」

「……………」

 

 話が通じねー。この人に男女間の距離感は無いのか。困った顔を浮かべる三村さんが、俺の肩を叩いて言った。

 

「………ごめんね、卯月ちゃんが悪いね」

「いや、良いよ別に」

「えっ、私何か悪いことしたの⁉︎」

「「したよ」」

「息ぴったり⁉︎」

 

 そりゃもう………俺じゃなかったら勘違いどころの騒ぎではない。速攻告白して振られて逆恨みしてるまである。

 

「あの、皐月くん。私、何か悪い事したなら謝りたいんだけど……」

「いや、別にそういうわけじゃないから、そんな不安にならなくて良いよ」

 

 そんな話をしてると、レジに人が並んだのが見えたので、品出しを中断した。

 

「ごめん、お客様」

「あ、うん。頑張ってね」

「うう、私知らない間に皐月くんに何か言っちゃってたのかな……」

 

 そんな呟きを背に、お客様の接客に戻った。まぁ、別に島村さんの言動が嫌ってわけではない。ちょっと嬉しいし。

 ただ、他の男性に同じことを言ってると思うと、何となくキツいものがある。それと共に、その男達に同情もチョロっと。

 接客を終えて、再び品出しに戻ろうとすると、島村さんと三村さんがおにぎりとかお弁当、お茶を持ってレジに並んできた。先に並んだのは三村さんだった。

 

「もう行くの?」

「うん」

「………あの、この量一人で食べるの?」

 

 三村さんがレジの前に置いたのは、菓子パンにおにぎり、エクレア、シュークリーム、プリン、抹茶ラテとおにぎりを除いて全部甘ったるいものばかり。

 俺の質問を聞いて、三村さんはキョトンと首を捻った。

 

「そうだけど?」

「く、食い切れるのかこんなに?」

「美味しいから大丈夫だよ」

 

 食べる前から美味しいこと確定してんのか………。まぁ、お客さんの欲しいものを買わせない理由なんてないので、黙って会計を済ませた。

 続いて、島村さんの番だ。こちらは普通より少なめでおにぎりを二個にお茶、あとプリンを一つだけだった。女の子はやっぱ甘いもん好きなのかな。

 

「あ、それと唐揚げ棒一つお願いします」

「あ、はい」

 

 なるほど、まぁこれならそれなりの量になるのかも。いや、男の俺から見たら足りないが。

 島村さんとも会計を終えて、「またね」と微笑みながら言った去り際、島村さんが何かを思い出したように言った。

 

「あ、そうだ。皐月くん」

「? なんですか?」

「来週の日曜日は暇ですか?」

「日曜日?暇だけど」

「良かった。実は、この前バラエティ番組で共演した方に、水族館のチケットをいただいたんです。カップル優待券といって安くなるんだ」

「えっ……それ、俺と一緒に行っちゃって良いの?」

「大丈夫だよ。カップルじゃなくても、男女一緒に行けばカップルに見えるから」

「や、そういうことじゃなく………」

 

 その子、島村さんからデートに誘って欲しかったんじゃ………。いや、そいつもそいつで渡すなら誘えよって感じだが。島村さん鈍感だからそういうの気付かんぞ。

 しかし、どうしたものか。それで俺が行くのは少し申し訳ないんだけど。

 なんとか島村さんに気付かせようと言葉を探してると、急に島村さんは不安そうな表情になって、上目遣いで聞いて来た。

 

「ダメなら、無理しなくても良いよ………?」

「……………」

 

 そんな風に言われたら断れないじゃん………。

 

「良いよ。行こうか」

「!じゃあ、来週の日曜日に待ち合わせね!詳細は後ほどL○NEで連絡するから」

「う、うん………」

「じゃあ、今度こそまたね!」

 

 笑顔で手を振りながら店を出る島村さんを見ながら、俺はチケットを渡した顔も知らない男の子に同情しながら、胃を痛めていた。

 

 ×××

 

 バイトが終わり、コンビニを出た。今日は廃棄弁当は無し。なので、晩飯は自炊しなければならない。

 ま、それくらい別に構わないし。夏休みは暇だし、料理とか頑張って勉強出来る。いや、勉強したいわけじゃないけど、色々と色んなものにチャレンジ出来る。無事に島村さんと三村さんのお陰で英語も赤点回避出来たしな。

 それよりも問題がある。それは、来週の水族館だ。どうしよう本当に。どこの水族館に行くのか知らないが、行くと決まった以上、顔も知らない少年に気を使っても仕方ない。

 ただ、それ以上に着て行く服とか、当日何をしたら良いのか分からない。そういうのを教わるのには、やはり男子の友達が良いのだが、そんなもの俺にはいない。

 俺のスマホに入ってる連絡先は家族以外に島村卯月、三村かな子、神谷奈緒、店長の四つのみ。75%アイドルとかある意味リア充。

 まず、店長は論外。あと島村さんも無理。本人に相談することじゃないでしょ。となると、神谷さんか三村さんになるが………。

 でも、どっちも別に仲良いわけじゃないし、誘いにくいな………。

 

「……………」

 

 どうしよう。俺のセンスでも良いかな。スマホで調べりゃ服装くらい出てくるから何とかなるにしても、何を話せば良いのやら………。なるべく島村さんを退屈させないようにしないと………。

 悩んでると、ヴーッヴーッとスマホが震えた。島村さんからの電話だ。

 

「もしもし?」

『えっとー……古川皐月くんのお電話ですか?』

 

 ………誰だ?島村さんの声じゃないな。

 

「えっと、どちら様?」

『五十嵐響子って言います』

「………えっ、アイドルの?」

『はい』

 

 えっ、最近のアイドルってこんな簡単に知り合えるの?擬似太陽炉並みにやっすいんだけど。

 

「えっと、何か?それ島村さんのスマホですよね?」

『はい。卯月ちゃんの目を盗………卯月ちゃんの許可をもらって少しお話ししたいと思って』

「今、盗んだって言いかけなかった?」

『言ってませんよ?』

「いや、『目をぬす』から始まる熟語って『目を盗んだ』以外に思いつかないんだけど」

『言ってません』

 

 うん、これ以上は無駄だわ。この人、全力で惚けに来てる。

 

「まぁ良いけど。それで、俺に何かご用ですか?」

『実は、卯月ちゃんからあなたの話をよく聞くんですよ。それで、来週は卯月ちゃんと出掛けるそうじゃないですか?』

「はい。………何処かの男性芸能人にとても申し訳ない水族館のチケットで」

『申し訳ない?』

「何でもないです」

 

 その辺の事は話してないのか。話せない事情でもあるのか?どうでも良いけど。

 

『それでさ、卯月ちゃん不審者に「お菓子あげるからついておいで?」って言われたら多分ついて行っちゃうほど純粋だから、よろしくお願いしますと言おうと思っただけです』

「あ、そうですか」

『はい』

 

 ………えっ、それだけ?切って良いのかなこれ。どうしたら良いのか固まってると、ようやく本題、といった感じの声が聞こえて来た。

 

『それで、卯月ちゃんの事はどう思ってるんですか?』

「…………はい?」

『好きか嫌いかですよ』

「…………」

 

 何をいきなり言い出すんだ?

 

「えっと……それはどういう意味で?てか、いきなりなんですか?」

『ほら、やっぱり友達と仲良い男の子って気になるじゃないですか』

 

 ………だからって本人に電話してくるか普通。いや、まぁ別に気にしないけど。

 

「まぁ……好きか嫌いか、で言ったら……その、す、好き……ですけど………」

 

 なんか、別に恋愛的な意味で言ったんじゃなくても、女の子を「好き」って言うのは恥ずかしいな………。俺は純情な少年かっつの。

 

『愛してる方の?』

「っ!」

 

 だからなんでいきなり確信的な質問してくんだこの人は⁉︎

 流石に文句を言おうとした時、別の声が聞こえて来た。

 

『き、響子ちゃん!何してるんですか⁉︎』

『あっ、ヤバっ』

 

 そこで通話は切れた。なんだったんだ一体。

 ………しかし、俺は島村さんのことが好きなのか?いや、まぁ好きか嫌いかで言えば好きだけど。

 確かに、思い返してみれば島村さんは可愛らしい人だ。いつも笑顔だし、人当たりも良くて、性格も裏表が無い、まるでアニメのキャラのような子だ。一緒にいてドキドキする事もたまにあるくらいだし。

 だけど、仮に好きだとして、島村さんは俺の事を好きになる事はあるのか?いや、無いな。向こうはアイドルだし。

 なら、俺は島村さんを好きになるべきではない。その辺はしっかり判別しないと、島村さんに迷惑を掛けることになる。

 そう判断し、再び家に帰り始めた。…………あ、結局水族館でどうしようか決めてないや。

 

 



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コミュ障はつまらない事で悩む。

 さて、困った事になった。服装は何とかなったものの、やはりカップルはどんなことをしているのかが分からない。調べても、デートコースだの話題に気をつけるべきことだの載ってるが、話すべきことは載っていなかった。ていうか、例え載っていたとしても、やっぱり俺が興味ある事じゃないと話してても楽しくないよなぁ。

 いや、そもそも俺と島村さんはカップルじゃないけど「男女 二人でお出掛け 会話」で検索するとカップルのことしか出て来ないんだもん。

 まぁ、とにかく少し表に出てみるか。カップルのいそうな場所でそいつらの事見張ってみよう。人の話の盗み聞きは俺の特技の一つだ。スパイか俺は。

 そんなわけで、部屋を出て駅前に向かった。大体のカップルはここで待ち合わせするだろ。案の定、チラホラと待ち合わせに集まってる連中が溜まってきていた。

 しかし、アレだな。待ってるのは男の方が多い。やっぱり、女子ってのは準備が遅れたりするものなのか?

 そんな事を考えてると、一人の男が駅に向かい、その後ろをつけるように女の子が歩いてるのが見えた。一番早く合流したカップルはあそこのようなので、そこの後をつけることにした。

 しかし、標的を間違えたかもなぁ。電車に乗るまで一切会話なし。てか、この人達本当にカップルか?

 男の方が席に座ろうとしたら、ちょうど別の入り口から乗ってきた人と目が合った。すると男は目を逸らして立ったままスマホをいじり始めた。反対側の人は軽く会釈して席に座った。

 もしかして、席を譲ったのか?リア充なんて自分達が楽しけりゃ後はどうでも良い自己中ばかりだと思っていたが、ああいう奴もいるんだな。

 少し感心してると、女の方がようやく第一声を発した。

 

「優しいとこあるじゃん」

「いやいや、人として当たり前の………えっ、なんでいんの?」

 

 えっ?なんでいんのって……お前ら約束してたんじゃないの?

 

「ん?私もお出かけ」

「………なんでスーツケース持ってんの?」

「泊まり掛けなの」

「うん、もうストレートに聞くわ。どこ行くの?」

「青梅の方」

 

 青梅⁉︎そこまで行く金無ぇよ!ていうか、男の方も今の今までつけられてんの気付いてなかったのか⁉︎

 

「えっ、ついて来る気?」

「え?うん」

 

 なんだ?なんか話が飲み込めないんだが。カップルって話が噛み合わないもんなのか?そんなわけあるか。

 女の方のあっさりした答えに、男は若干呆れたように半眼になった。

 

「いや、来ても良いけどうちで何すんだよ………」

「特に何かしたいとかじゃないよ。ただ、ナルと一緒にいたかっただけ」

 

 ………あ、なんだ。やっぱりカップルか。てか、うちってなんだよ。もしかして、里帰りでもすんのか?高校生で一人暮らししてる奴なんて俺くらいだと思ってたが。

 まぁ、カップルならここでしばらく聞き耳立てていよう。あの二人がこの電車から降りたら、俺もそこで降りてその駅で別のカップルを探そう。

 

「………まぁ来るのは良いけど、気を付けてね」

「? 何が?」

「うちの連中、色々とアレだから」

「えっ………?」

 

 あれってなんだよ、怖ぇよ。大体、「うち」ってのが家族の事だとして「連中」呼ばわりって………。反抗期かあいつは。

 ていうか、帽子で顔よく見えないけど、女の子の方メチャクチャ可愛いな。

 

「………でも、W○i無いよ?俺の部屋にあるゲーム、全部実家から持って来た奴だし」

「大丈夫、持って来た」

 

 なんでいきなりゲームの話?てかあの女の子も家庭用ゲーム機持ってきちゃうのかよ。なんなんだ、このカップルは。

 しかし、彼氏、或いは彼女がいる奴でも、ゲームくらいやるんだな。恋人がいるのとゲームをやるのは関係ないってことか?

 

「凛」

 

 男の方がまた女の子の方に声を掛けた。ていうか、彼女の方は凛って言うんだ。

 

「何?」

「数字やるか」

「何それ?」

「お互いに1から連続した数字を三つまで数えて、30って最初に言った方の負け」

「良いね、やろう」

 

 へぇ、そんなゲームあるのか。面白そう………あれ?それ、先手必勝じゃね?何そのクソゲー。何が楽しいんだ?

 そんな事を思ってる間に、2人はゲームを開始した。

 

 ×××

 

 結局、次の乗り換えが終わるまで、ずっと2人はそのゲームをしていた。それまでの間、男は完封で勝ち切っている。てか、あの凛って人は割とバカなのか?先手譲ってもらってるのに勝てないとかアホだろ。

 まぁ、お陰でカップルのことは少し分かった。電車に乗ってる時はあの手の口だけで遊べるゲームがウケるんだな。女の子の方、超楽しそうだったし。一回も勝ってないけど。

 改札口を出て、次のカップルを探し始めた。

 

「さ、皐月くん!」

 

 そんな声が聞こえ、振り返ると島村さんが立っていた。

 

「あ、島村さん。どうも」

「何してるの?こんな所で……」

「何って………」

 

 あれ?俺何してるんだろ?カップルをストーキングしてる上に会話を盗み聞きしてたなんて言えないよな………。

 

「ひ、暇潰しに……たまには、外に出ようかなって思って………」

 

 苦しまぎれにそう言うと「そっか!」とあっさり島村さんは信じた。この子、本当宗教とか簡単に引っかかりそうで心配だ。

 

「じゃあ、今暇なの?」

「あー……まぁ、暇だね」

「良かった。私もレッスン終わって暇なんだ。一緒にお昼食べない?」

「良いけど」

「よし、決まり」

 

 ホンットにこの子の笑顔は素敵だなー。可愛らしいを通り越して眩しい。この笑顔を見ると、心の汚さとか全部浄化されてる気がする。

 

「何か食べたいものはある?」

「何でも良いよ。安けりゃ」

「じゃあ、マックで良い?」

「えっ、良いけど……逆に良いの?」

「うん。安い方が良いんだよね?」

「…………」

 

 そいえば、ググった時にやっちゃいけないことの中に「なんでも良い」はダメって書いてあった気が………。それと、彼女の方に店を決めさせるのもダメだって。あ、いや別に島村さん彼女じゃないけど。

 

「あ、や、やっぱりこう……肉が食いたいかも………」

「お肉?」

「ああ、超腹減ってる。むしろ腹しか減ってないわ。ファミレス辺りで良い?」

「分かった。じゃあファミレスね!」

 

 ふぅ、これで良いのかな?女の人と出掛けるのって神経使うなぁ。

 まぁ、ファミレス程度なら良いとこ千円くらいで済むだろうし、割と上手く躱せたと思う。

 

「しかし、この辺って近くにファミレスあんのか?」

「うん。駅の近くに………ほら、ガ○ト」

 

 ふむ、ガ○トか。値段はジョナよりマシだな。

 島村さんの案内の元、ガ○トに向かった。店に入って店員さんに案内され、一席に座ると、早速メニューを開いた。

 

「何にしようかなー」

「島村さんって好きな食べ物とかあんの?」

「はい。生ハムメロンです!」

「………は?な、生……?」

 

 何言ってんのこの人。

 

「知らないの?生ハムメロン」

「ちょっと存じ上げないですね。どこの世界の食べ物?」

「この世界だよ!メロンに生ハムを巻いて食べるの。美味しいんだよ?」

「………それ最初に試した奴絶対頭おかしいだろ……。バナナに牛肉巻いてしゃぶしゃぶするようなもんじゃね」

「全然違うよ!皐月くんも食べてみれば分かるよ!」

 

 いや、そんな黒魔術の実験に参加したくはない。

 

「機会があればな。それより、さっさと注文しよう」

 

 さっさと話を切り上げた。俺から振っておいて話を切り上げるのは申し訳ないけど、ほんとに食わされそうだったから。

 

「俺、この鶏肉で良いや」

「あー、美味しそうだね」

 

 ガ○トに来たら毎回これなんだよな。肉で一番美味いのは鶏だし。

 

「でも、ステーキって言ったら牛肉ってイメージあるけど……」

「いやいや、牛も豚も肉じゃないでしょ。すぐに喉乾くし」

「それ、鶏も一緒だと思うけど………」

 

 分かってないなぁ。牛や豚も脂っぽいし中々噛み切れないし、何より牛と豚って味同じでしょ。鶏みたいな個性的な味がないよね。

 が、俺の言うことに納得してないのか、苦笑いを浮かべつつ、島村さんはメニュー見ながら指を指した。

 

「私は和風パスタかなー。それとドリンクバーかな」

「あ、それなら俺、ガ○トのクーポン携帯にあるから安く出来るよ」

「良いの?」

「ああ。俺、基本的にパスタ食わんし」

「やった。ありがと」

 

 よし、決まったな。ピンポーンとボタンを押して店員を呼び出した。若鶏のグリルと和風パスタ、ドリンクバーの他にポテトも注文し、ようやく息をついた。やっぱり、店員さんに注文するのにも少し勇気がいる。

 

「皐月くんはパスタ嫌いなの?」

「えっ?なんで?」

「基本的にパスタ食べないって言ってたから」

「ああ、いや好きだよ。ただ、パスタくらいなら自分で作れるから」

 

 茹でるだけだからな。余り料理は得意じゃないんだが。

 

「てか、島村さんはパスタ好きなの?」

「はい。私、余り嫌いな食べ物とかなくて」

 

 まぁ、生ハムメロンが好きな人だからな。俺みたいに好き嫌い激しそうじゃないし。

 しかし、今ふと思ったけど、島村さんと偶然出会うなんてすごい確率だよな……。島村さんは何してたんだろう。

 

「島村さんはさっきまで何してたの?」

「レッスンだよ。今日は午前中で終わりでしたので」

「ああ、なるほど………。てことは、事務所ってこの近くなの?」

「うん。ほんとはさっきまで響子ちゃん……あ、この前勝手に私のスマホを使って皐月くんに電話した子と一緒にいたんだけど」

 

 ああ、あの時の子か。

 

「分かるよ。五十嵐響子さんでしょ?」

「はい。その子と美穂ちゃんと一緒にいたんですよ。だけど、私が皐月くんを見つけたら、2人とも『一緒に食べてきなよ!』って言われて………」

「は?なんでまた………」

「さぁ………」

 

 もしかして、五十嵐さんは俺と島村さんが恋仲になるとでも思ってるのか?だとしたら、それはちょっとあり得ないかな。だって、島村さんにその気はないもの。唯一の男友達として俺を見てるわけだし。

 そういえば、島村さんはこんなに純粋なわけだが、恋とかしたことないのかな。いや、無さそうだけども。ちょっと聞いてみようかな。

 

「島村さんってさ」

「? 何?」

「好きな人とか出来たことないの?恋愛的に」

「恋愛、ですか……」

「まぁ、アイドルになれるくらい……そ、そのっ、かわっ……可愛いんだし、告白とかされたことありそうだなって思って」

 

 ………アイドルになれるくらい、っていう言い訳を付けても女の子に可愛いって言うのは勇気がいるな。どこまでチキンなんだよ俺は。

 

「私は恋愛とかよく分からないから。告白されたことは一回だけあるよ」

「………へぇ、あるんだ」

 

 スゲェなそいつ。よく島村さんに告白する勇気があったな。水族館のチケットをくれた人といい、多分アプローチはたくさん受けてたんだろうな。まぁ、島村さんが鈍過ぎて気付かれなかったんだろうけど。

 

「皐月くんはそういう話は無いんですか?」

「………恋愛話どころか友情話もありませんが」

「…………あ、あはは。で、でも、私とこれから友情話を作っていけば良いよ!」

「………そいつはどうも」

 

 そこは冗談でも恋愛話って言っとけや。別に俺が島村さんのことが好きか、或いはその逆は置いといても異性だぞ。いや、まぁ恋愛話とか急に言われても勘違いしちゃうから困るんだけどさ。

 

「そ、そうだ!せっかくだから、これからガンプラ買いに行かない⁉︎それで一緒に作ろうよ!」

「ああ、そうだな………」

 

 全力でフォローされ、何となく何とも言えない気分になった。

 すると、料理が運ばれて来て、俺と島村さんの前に置かれた。そういや、ドリンクバーの飲み物取りに行ってないな。

 

「島村さん、何か飲む?ドリンクバー頼んでたよね」

「へっ?あ、良いよ。自分で取りに行くから」

「いやいや、ついでだから気にしないで」

「うっ……じゃあ、スプライトで」

「りょかい」

 

 ドリンクバーに戻り、スプライトを注ぎ始めた。

 ………あれ?そういえば、割と島村さんと話せてるな、俺。これなら別にカップルをストーキングする必要なんか無かったんじゃないか?

 考えてみれば、友達と遊ぶのにわざわざ話す内容を考えておく必要なんかない。その時にふと話したいと思ったことを話せば良いのだ。無ければ、向こうの話を聞くのもアリだろう。

 ………となると、俺は今日一日、交通費を無駄に使ったってことになるな………。

 そう自覚した直後、なんてアホな真似をしてたんだと後悔し始めた。ため息をつきながら自分の席に戻ると、島村さんが小さく手を振っていた。

 

「食べてなかったの?パスタ冷めるよ?」

「だって、皐月くんと一緒に食べたかったから」

 

 そう笑顔で言う島村さんの前に、注文のスプライトを置いた。

 ………まぁ、島村さんと飯食えてるし、別に良いか。

 そう思う事にして、とりあえず昼飯を食べ始めた。

 

 



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唐突に意識されると緊張が移る。

 日曜日、見事なまでに晴れたその日は、俺と島村さんが恋人割引チケットを使って水族館に行く日だ。

 島村さんと二人でお出かけ、というのが異様に楽しみで1時間も早く来てしまった。初デートの彼氏かっての。そういえば、あの電車の中で見たカップルはどうなったのか。まぁどうでも良いが。

 

「あ、皐月くん!」

 

 声が聞こえて振り返ると、島村さんが小さく手を振っていた。

 

「あれ、島村さん?早くね?」

「え、えへへ、楽しみでつい………。皐月くんこそ早いよね?」

「っ、ま、まぁ、俺も同じです」

「えへへ、案外私と皐月くんって似てるのかもしれませんね!」

「いや、それはない」

「即答で断言⁉︎」

 

 当たり前だろ。あんたほど汚れのない高校生、そうはいないぞオイ。

 

「じゃ、行きますか」

「はい。楽しみだね」

 

 駅の中に入って改札口に入った。電車に乗り込み、席が空いてたので2人で座った。

 ………あれ、なんか島村さんには珍しく声をかけて来ないな。普段なら仕事の話とか振ってくるのに。と思って、ふと島村さんを見ると、少し眠そうにこっくりこっくりと船を漕いでいた。

 

「島村さん?」

「……はっ、す、すみません」

「いや、良いけど。眠いの?」

「ご、ごめんね。昨日のお仕事は割と夜までやってたから………」

「いや、眠いなら寝てて良いよ。これから水族館に行くんだし、むしろ今のうちに寝てた方が良いんじゃね?」

「……うん。じゃあ、肩借りるね………」

「へっ?か、肩………?」

 

 直後、島村さんは俺の肩に頭を置いた。えっ、何してんのこの人?ちょっ、恋人かよ⁉︎

 

「し、島村さん………?」

「…………すぴー」

 

 もう寝てるし⁉︎なんなんだよ、この人。危機感とか無しか⁉︎いや、電車の中なんだから危機感も何もないかもしれないけど。

 あ、ヤバい。緊張してきた。クッソ………。これだから無自覚系女子は………!

 結局、水族館の駅に着くまで島村さんは眠り、俺は緊張しっぱなしだった。

 

 ×××

 

 水族館に到着し、2人分のチケットを購入した。恋人割引により安く入れたのはラッキーだろう。

 中に入ると、まず目の前に出てきたのはデッカい水槽だった。

 

「うわぁー!すごい大きいね!」

 

 目を輝かせて島村さんは水槽の前まで走った。俺も何かコメントしたかったが、さっきまでのショックが未だに大きくて反応出来ない。何で異性の肩で寝息を立てててあんな普通にしてられんだよ……。

 

「おーい、皐月くーん!早くー!」

 

 お呼びですかそうですか。こっちの気も知らないで………。

 仕方なく、歩いて島村さんの方に向かった。

 

「見てください!マンタ、マンタです!」

「そうですね。マンタです」

「すごいなぁ……。んっ?何か、マンタの下にくっ付いてませんか?」

 

 島村さんが一匹のマンタを指差して見上げていた。

 ああ、アレね。

 

「あれは多分、コバンザメだよ」

「あれ、サメさんなんですか?」

 

 鮫にさん付けしちゃうんだ。かわいい。

 

「まぁ、一応。サメって付いてますけど、これ硬骨魚類だから普通のサメとは違うらしいんだよね。俺もそんな詳しいわけじゃないんで、よくわからないけど」

「へぇ〜、よく知ってるね」

「いや割と有名だと思うけど………」

 

 俺は小学生の時はよく図鑑読んでる子だったからなぁ。夏休みに本をなるべく多く読もうみたいな奴で5冊借りさせられてたけど、全部動物とか植物の図鑑だったし。

 

「じゃあ、あの魚は何?」

「いや分からんけど」

「あ、本当に詳しいわけじゃないんだ………」

 

 そりゃな。それに、俺が好きなのはこういう大型の水槽じゃない。壁と一体化してる小さな水槽だ。その中のマニアックな生き物の方が可愛いしロマンがある気がする。

 しかし、こうしてみると魚って本当スゲェよな。何せ「魚」というカテゴリーだけでこれだけバリエーションがあるんだから。動物なんて「犬」ってカテゴリーでも数百種類程度しかないだろ。

 そんな事をぼんやり考えながら見てると、島村さんがくいっと袖を引いてきた。

 

「皐月くん、写真撮りませんか?マンタが来たら」

「へ?ああ、良いよ。スマホ貸して。撮るから」

「えっ……?あ、ち、違うよ!私と一緒に映るんだよ!」

「は?」

「いいから来て!」

 

 言われて腕を引っ張られ、島村さんの隣に立たされた。強制的に腕を組まされ、俺の右肘が島村さんの胸にあたる。

 

「っ⁉︎」

 

 リアクションしたいが、島村さんが平気な顔で自撮りの準備をしてるため、グッと我慢した。

 

「よしっ」

 

 準備出来たのか、スマホを構えてマンタが来るのを待つ島村さん。流石、JKなだけあって、スマホという狭い画面の中に、俺と島村さんの顔がしっかり納めてある上に、マンタの入るスペースまで確保してある。

 すると、これまた良いタイミングでマンタがそのスペースに入ってきた。

 

「撮るよ」

「は、はいっ」

 

 何故かとても良い返事をすると共に、カシャっとシャッター音が鳴った。

 

「よし、撮れた」

「お、おう」

 

 撮れたと分かったら、すぐに俺から離れる島村さん。若干、ホッとしてると、島村さんはすぐに近付いてスマホの画面を見せてきた。

 

「見て、コバンザメも入ってるよ!」

「あ、ほ、ホントだ」

 

 すごい激写だとは思うが、それ以上に島村さんのパーソナルエリアが分からなくて心臓に悪いです。ホント、グイグイ来るなこの人。

 

「よし、じゃあ次に行こうか」

 

 そう言って、歩き始める島村さんの後を歩き始めた。深海魚やらタコやらイカやらのコーナー。相変わらず、深海魚って面白い体してんなー。ていうか、深海に住んでる魚を生かす事が出来る環境を水族館に作れる人間の技術もすごいわ。

 

「皐月くん、皐月くん!大きなタコさん!」

 

 だから、さん付けはやめて。吐く程可愛い。

 

「おお、そうだな。てか本当にデカいな」

「はい。私、実は一回で良いから生きてるタコさんの足に絡まれてみたいんだ」

「えっ、な、なんで?」

「吸盤にくっ付かれるの気持ち良さそうじゃない?」

「うーん……。分からないなー」

「みんな分かってくれないんだよね……。なんでかなぁ?」

 

 この人、生ハムメロンといい、たまによくわからん感性を発揮するよな………。

 外見がグロい生命体コーナーの次に続いてやってきたのはふれあいコーナー。ヒトデとかカニとか、そういうのに触れ合えるコーナーだ。

 

「わぁ、カニさん!可愛い」

「あの、ハサミに挟まれないようにね」

「分かってるよ」

 

 そう言いながら、カニの背中をツンツンと突いては、嬉しそうに「えへへ」とはにかむ島村さん。

 

「島村さんって、アレな。意外と生き物とか触れるんだな」

「意外、かな?」

「普通、女子って生き物とか哺乳類以外は気持ち悪がって触らないじゃん」

「あー、確かにそういう子は多いよね。美穂ちゃんとか虫とかダメみたいで………。ゴキブリが出たら毎回、響子ちゃんの後ろに隠れてるよ」

 

 確かに、何となく小日向美穂さんって虫ダメそうだよな。逆に五十嵐さんとかは何となく慣れてそう。主に駆除する方で。

 

「わ、私もゴキブリさんはダメなんですけどね………」

 

 この子はゴキブリにまでさん付けするのか。割と博愛主義者なのか?それとも生きとし生けるもの全てを尊敬してるの?

 すると、チョコチョコと島村さんの方にカニが歩いてきた。

 

「わっ、見て皐月くん!この子、自分から寄ってきた!」

「すごいな。島村さんって水陸両用生物にも好かれるんですね」

「すいりく………?」

 

 俺は動物には嫌われやすいからなぁ………。試しにカニに触れようとしたら、ハサミを持ち上げて威嚇された。すみませんでした。

 

「皐月くん、写真撮って!」

 

 嬉しそうな声でカニを持ち上げた島村さんはカニに近づけた。カニは威嚇をすることなく、大人しくしている。ハサミを持ち上げてはいるが、むしろピースしてるように見えてとても腹立たしい。

 スマホをポケットから出して、一人と一匹を画面に納めた。

 

「撮るよ」

「はい♪」

 

 ピロンと音が鳴り、写真を撮った。俺が撮った写真を確認すると、満足したのか、島村さんは「またね」とご丁寧に手を振って挨拶してカニを水槽に戻した。

 

「それ、後で送ってもらっても良い?」

「了解」

 

 ………にしても、流れとはいえ良い写真が撮れたな。てか、アイドルの生写真撮っちゃったな。これどうしよう。とりあえず永久保存しよう。

 

「じゃ、次行こう」

「え、もう良いの?」

「うん。これ以上いると、名残惜しくなっちゃうから」

 

 何その可愛い理由。なんかこっちまでほっこりしてくるわ。

 ほっこりしたままふれあいコーナーを出た後、次はイルカショーへと足を踏み入れた。

 

 ×××

 

 あの後、イルカショー、ペンギンコーナーと回り、大体の場所を回った次の場所はカフェだった。どうやら、昼飯を食べる場所も用意されてるようだった。

 気が付けば時刻は14時を回っているし、昼飯にしては遅いくらいだ。

 

「島村さん、食べて行く?」

「そうだね。少しお腹空いちゃったし」

 

 こういうとこの飯って高いんだろうなー。まぁ、空腹には勝てないが。

 二人で席に座ってメニューを見ると、案の定高かった。

 

「………高くね?カレーで750円ってバブルかよ」

 

 思わず店内でそんなセリフが漏れた。その直後、島村さんからわざとらしく「ふっふっふっ」と笑い声が漏れた。

 

「? 何?」

「実はね、カップル優待券の半券を見せれば、お昼ご飯20%引きしてくれるんです!」

「うおっ、マジか」

 

 じゃあこのパスタ600円か。いやそれでもサイゼとかより高いけど。

 

「へぇー、ラッキーじゃん」

「だから、少しは高くても大丈夫ですよ!」

 

 まぁ、たかが20%引きなんだけどな。あまり贅沢を言うつもりはないが、割引って高けりゃ高いほど値引額が上がるから、微妙な値段で引かれてもなって感じ。や、まぁ安くなるだけマシなんだけどさ。

 とりあえず、軽くで良いかな。俺はたらこスパで良いや。

 

「決まった?」

「俺は決まった。良いの?」

「うん」

 

 店員さんに手を上げて「すみませーん」と声を掛けた。

 

「ご注文お決まりですか?」

「あ、島村さん先良いよ」

「じゃあ、私はこのパンケーキでお願いします」

「俺、たらこスパで」

「あ、あとこれでお願いします」

 

 島村さんがカップル優待券の半券を見せた。店員さんは笑顔で「かしこまりました」と返事をすると、店の奥に戻った。

 

「パンケーキだけで足りんの?」

「私、あまりたくさん食べるタイプじゃないから」

「ふーん……。そういえば、三村さんはたくさん食べるよね。この前コンビニで大量に買って行ったじゃん」

「あー確かに。かな子ちゃん、甘い物とかお菓子ならたくさん食べるんだよ。他の子に『太るよ?』って言われても『美味しいから大丈夫だよ』って言ってて………」

 

 出たよその謎理論………。まぁ、その辺はちゃんと自己管理してるんだろう。仮にもアイドルだし。

 

「それで、この前トレーナーさんにとてもしごかれてた」

 

 あ、自己管理出来てないんだ。トレーナーさんって多分、レッスンとかしてくれる人か?アイドルってのも大変だなー。

 なんて事を考えてると、店員さんがやって来て机の上に飲み物を置いた。あれ、これ頼んでないんだけど………。

 

「こちら、ただいま優待券のお客様にサービスさせていただいてるジュースでございます」

 

 それだけ言うと、店員さんは立ち去った。え、このジュースストローが二つ入ってんだけど………。

 

「えっ、これ………」

「か、カップルジュース?」

 

 流石の島村さんも、困惑したような声を上げた。え、何これ聞いてないんだけど。ていうか気まずいんだけど………。

 

「し、島村さん……。これは………?」

「い、いえ、私も……あ、ここに書いてあった」

 

 普通に書いてあるんだ。そこは見逃すなよ。

 いや、そんな事は今はどうでも良い。

 

「これ、どうする?」

「飲もうよ!せっかくだもん」

 

 あ、そこも躊躇ないんだ。少しは意識して欲しいものだ。

 

「え、いやでもほら……良いの?」

「せっかくだし、これ量多いからどの道1人じゃ飲めないよ」

 

 そう言って、島村さんはジュースに口をつけた。仕方ないので、俺ももう片方のストローからジュースを飲む。

 …………あれだな。顔近いな。ちょっと恥ずかしくて島村さんから目を離した。なんだろう、そもそもカップルジュースってまだ生きてたのか。ていうか、これ別に2人で飲むんならわざわざ一緒に飲む必要なかったんじゃね?

 まぁ、どうせ島村さんは大して意識してないんだろうし、そんな事提案しても「何でですか?」と答えられるのがオチなんだろうけどな。

 そう思ってふと島村さんを見ると、顔を真っ赤にして目をグルグルと回していた。

 

「し、島村さん⁉︎」

「っ⁉︎な、なんでしゅか⁉︎」

 

 突然、意識が復帰したのか慌てて顔を離した。

 

「あっ、あははっ……!ち、ちょっと、顔が近くて……ひゃっ、恥ずかしい、ですね………!」

 

 顔を真っ赤にしたまま、椅子の上で縮こまって俯く島村さん。さ、流石にカップルジュースは効いたか………。でも、俺もそこまで照れられると恥ずかしくなってくるんだけど………。

 あれ、何この罪悪感。俺何も悪いことしてないのに。あとこの謎の気まずさ。

 俺もジュースから口を離して目を逸らした。どうしよう、このままだと午後はかなり気まずくなるんじゃ………。何とか気分を盛り上げないと。

 

「あっ、そ、そうだ。島村さん、SEED全部観た?」

「っ!は、はい!SEEDは全部見ました!」

 

 島村さんも意図を理解してくれたのか、話を合わせてくれた。

 

「お、面白かったですか?」

「は、はい!ニコルさんやトールさんが亡くなった時は少し悲しかったですけど………。でも、戦争の悲しさとかよく伝わって来ましたね」

「だ、だよね。最後のクルーゼの演説とかな!」

「あ、でもサイさんがフレイさんをキラさんに取られた時は少し可哀想………」

 

 そこで、島村さんの口は止まり、顔を赤くして俯いた。ああ、そういやキラとフレイのベッドシーンがあったっけか………。

 結局、その日は二人してカップルジュースを飲んだ事による羞恥心でまともに会話できなくなった。

 

 



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事務所では(3)

 翌日、事務所のロビーで美穂と響子はお茶を飲んでいた。

 

「そういえば昨日だよね。卯月ちゃんのデート」

「そうでしたね。大丈夫かな………」

「大丈夫だよ。少なくとも卯月ちゃんの方は」

「あ、ああ。確かに卯月ちゃんの方は大丈夫そうだよね」

 

 二人して卯月に対する評価が酷かった。

 

「そういえば、響子ちゃんは卯月ちゃんの相手の男の子と話したんだよね?」

「はい。古川皐月くんっていう子なんですけど、なんていうか……神経質そうな子でしたよ」

「あら、そうなんだ………。それは、卯月ちゃんの言動にヤキモキしてそうだね」

「うん。結構疲れてる様子だったし」

「卯月ちゃんももう少し、異性に興味があれば良いんだけどね……」

「私もそう思います。私もたまに彼氏欲しいって思うこともありますしね」

「へぇ、響子ちゃん好きな人いるの?」

「い、いやいや、いないよ!美穂ちゃんこそ、そういう人は学校にいないんですか?」

「わ、私はまだ恋愛とか……その、は、恥ずかしいし………」

「あー……まぁ、美穂ちゃんはそんな感じします」

「ど、どういう意味⁉︎」

「だって、恥ずかしがり屋さんだし……すぐに照れちゃうから、好きな男の子がいても何も話さずに学校卒業しちゃいそうだなって」

「三年間も⁉︎そ、そこまで恥ずかしがり屋さんじゃないよ!」

「うーん……じゃあ、仮に好きな人が出来たとして、その人とキス出来ます?」

「ふえっ⁉︎き、キシュ⁉︎」

「ほら、噛むほど照れてる」

「っ……う、うぅ〜………」

 

 年下に論破され、悔しさと羞恥心で顔が赤くなる美穂。そんな2人の後ろから、かな子が顔を出した。

 

「何、美穂ちゃん好きな人いるの?」

「ひゃっ!か、かな子ちゃんっ?」

「い、いないよ!例えばの話!」

「なーんだ。最近、卯月ちゃんに良い人がいるみたいだから、美穂ちゃんにもいるのかなーって思ったんだけどな」

「あれ、かな子ちゃんも知ってるんですか?」

「あれ?響子ちゃん達も知ってるの?」

「はい。今、卯月ちゃんの話をしてたところなんです」

「そっかー。じゃ、情報交換しよっか。私も飲み物買って来るね」

 

 平気な様子で刑事の捜査会議の如く、情報交換会が始まった。

 自販機でいちごオレを買ったかな子は、美穂の隣に座って話し始めた。

 

「じゃ、まずは二人の知ってる情報を教えて欲しいな」

「情報、と言うほど私達は詳しくないよ。響子ちゃんが一回卯月ちゃんのスマホで電話したくらいだよ?」

「その時に、割と神経質な人なんだなって事が分かっただけです」

「なるほどねー」

「かな子ちゃんはどこまで知ってるの?」

 

 聞かれた直後、かな子は得意げな表情を浮かべた。

 

「私はね、一緒に勉強したりしたよ」

「ええっ⁉︎」

「会ってるんですか⁉︎」

「うん。英語教えてあげた」

「英語⁉︎」

「英語が苦手みたい」

「あ、そういえば前に卯月ちゃんが話してたような………」

 

 美穂が思い出したように呟くと、続いてかな子が言った。

 

「それとコンビニでバイトしてるんだよ」

「え、そのコンビニには………」

「行ったことあるよ」

「今度お店教えて下さい!」

「良いよ。美穂ちゃんも行く?」

「うん。行く。気になる」

 

 勝手に3人で約束して、美穂が質問した。

 

「かな子ちゃんの印象ではどんな子なの?」

「うーん……最初は良い印象無かったなぁ」

「そうなの?」

「うん。なんか卯月ちゃんを一人暮らしの家に入れたらしくて、チャラい人なのかなーって思ってた」

「ま、まぁ……卯月ちゃんだからね……。友達の家に遊びに行く感覚だったんだろうね………」

「美穂ちゃんじゃあ、顔を真っ赤にしちゃってとても無理そうですよね」

「そ、その話はもう良いよ〜!」

 

 プンプンと頬を膨らませて、響子の肩を叩く美穂を見ながら「まぁまぁ」となだめながらかな子は続けた。

 

「でも、卯月ちゃんの天然具合が酷くてね………。一緒にコンビニに行ったんだけど、いきなり後ろから頬を突いたり、本人に平気で『皐月くんに会いたくて来たんだ』みたいなこと言ったり………」

「あ、ああ〜………」

「私達も卯月ちゃんから古川さんの話を聞いたことあるんですけど、卯月ちゃんのために範囲じゃない数学も全部勉強して教えてあげたのを『良い人』の一言で済まされちゃってたし」

「可哀想に………」

 

 美穂と響子が顔も知らない少年に同情した時、かな子が話題を変えるように言った。

 

「逆に、古川くんにとって卯月ちゃんはどうなんだろうね?」

「ああ、それは私達知ってるよ」

「はい。古川さんは卯月ちゃんのこと大好きみたいですよ?」

「えっ、そ、そうなのっ?」

 

 興奮した感じでかな子が聞き返すと、今度は響子と美穂が得意げに答えた。

 

「恋愛的にかどうかは分かりませんけど、相当卯月ちゃんに構って欲しいみたいで、よくL○NEとかで連絡取ってるみたいですよ」

「うん。学校に友達いないみたいだから、その反動で卯月ちゃんにベッタリみたいで………」

「あ、あははっ……一周回って可愛いね」

 

 かな子が引き気味に呟いたのを聞いて、少し前の自分達と全く同じ感想を抱いたことを思い出し、クスッと微笑んだ。

 

「? どうしたの?」

「いや、前に卯月ちゃんからこの話聞いた私達と同じ感想持ってたから、おかしくて」

「あ、あははっ……。やっばそうなんだ」

 

 かな子も何となくおかしくなって、3人でクスクスと笑ってると、ウィーンと自動ドアが開いたのが見えた。

 そこから入ってきたのは、卯月だった。が、珍しく死んだ魚のような目でゾンビのようにうなだれた姿勢で歩いているのが見えた。

 

「「「うっ、ううう卯月ちゃん⁉︎」」」

 

 その卯月らしからぬ様子に、慌てて3人揃って駆け寄った。

 

「ど、どうしたの卯月ちゃん⁉︎」

「な、何⁉︎何事⁉︎バイ○ハザード⁉︎」

「だ、誰かー!救急車ぁー!」

 

 と、騒ぎながら駆け寄る3人の方をチラッと見ると、引きつった笑みを浮かべて手を挙げた。

 

「あ、かな子ちゃん、美穂ちゃん、響子ちゃん………。初めまして」

「初めまして⁉︎私達の名前当ててるのに⁉︎」

「卯月ちゃん、落ち着いて!目の焦点が合ってないよ!」

「顔色悪過ぎますよ!ほ、保健室……保健室に………!」

「みんなぁ、大袈裟ですよぉ………」

 

 フラフラしながら歩く卯月を、響子と美穂が両腕を持ってソファーに座らせた。

 

「だ、大丈夫?卯月ちゃん」

「何か飲む?ジュースとか買ってこよっか?」

 

 美穂の「ジュース」という言葉にピクッと反応する卯月。そして、顔を真っ赤にして俯いておでこを机に乗せた。

 

「う、卯月ちゃん⁉︎」

「な、何があったの昨日⁉︎」

「………無理です。言うの恥ずかしいです……」

 

 美穂と響子の予想とは裏腹に卯月がダウンしてきて困惑するばかりだったが、かな子が何か思い付いたのか、確認を取るように質問した。

 

「卯月ちゃん、古川くんと何かあったの?」

「…………さ、つき……くん………うぅっ……」

 

 顔を真っ赤に染めた卯月を見て確信したかな子は、スマホを取り出して耳に当てた。

 

「もしもし、古川くん?卯月ちゃんと何があったか………」

「わ、わーわーわー!分かりました!話す、話すから今、皐月くんの名前を出すのはやめてください!」

「今、自分で出してたけどね………」

 

 言われて、卯月は観念したように頬を赤らめて、俯きながら呟いた。

 

「実は、その……昨日、水族館に行ったのですが………」

「うん」

「お昼ご飯の時に、カップル優待券に書かれてた……その……キャッ、カップルジュース……を、いただいて………」

「それで?」

「………さつっ……お、男の子と、至近距離で飲んでたら………は、恥ずかしくなっちゃって………」

「「「…………」」」

 

 その反応に3人は黙り込んだ。なんていうか「それだけ?」みたいな。当然、3人にカップルジュースを飲んだ経験などないため、仕方ないといえば仕方ないことだった。

 どうしたものか迷った3人は顔を見合わせたあと、とりあえず卯月に話を合わせることにした。

 

「そ、それは大変だったね………」

「………は、はい……」

 

 純粋なだけあって、小さい事で大きく反応してしまうのかもしれない、と3人は推測したりした。

 で、響子が何か解決策を見つけるために聞いてみた。

 

「古川さんの方はどういう感じでした?」

「………その、恥ずかしくて……昼から、さ……男の子の顔、見れなかったので、分からない、です………」

「あー……な、なるほど………」

 

 どんだけウブなんだよこの人ももう一人も、と少し呆れたが、この際黙っておいた。

 しかし、卯月がこんな様子だと仕事にも支障が出る。今、何とかしてあげたい。というかしなきゃダメだわと思い、かな子が声をかけた。

 

「と、とりあえず気にしないようにしなよ、卯月ちゃん」

「それは、そうなのですが……。でも、男の子とあんな近い距離に近付いたのは、初めてで………思い出す度に……」

「でもほら、古川くんだって恥ずかしかったと思うし、周りに知り合いとかいたわけじゃないんでしょ?だったら、卯月ちゃんもあまり気にしない方が良いと思うな」

 

 微笑みながらかな子がそう言うと、しばらく黙り込む卯月。何か色々と考え込んでるようで、「うーむ」と少し唸ってから「よしっ」と呟いて頬を叩いた。

 

「そうですね。これでお仕事に支障が出たら皆さんも困りますし!」

「そうだよ」

 

 どうやら解決したようで、美穂も響子もホッと胸を撫で下ろした。

 

「美穂ちゃんも響子ちゃんもごめんなさい。心配かけちゃいましたよね」

「ううん、卯月ちゃんが元気になってくれたらならそれで良かったから」

「気にしないで下さい」

 

 2人がそう言うと全開の笑顔で「ありがとう」とお礼をされて、2人が軽く昇天しかけたのは言うまでもない。

 まぁ、とにかく解決した。そんな空気が流れた時だ。4人の元に奈緒が駆け込んできた。

 

「お、おい!卯月、お前の彼氏はどうなってるんだ⁉︎昨日からL○NEがうるさいんだけど!」

「っ⁉︎か、彼氏⁉︎」

 

 ボンッと煙が出るほどに顔を真っ赤にした卯月は、その場で再び膝を抱え込んだ。その様子に不信感を感じた奈緒は、頭上に「?」を出して近寄った。

 

「どうした?卯月……」

「はい、連行」

「ちょっと奈緒ちゃんこっち来ようね」

「えっ、な、何すんだよ⁉︎」

 

 響子と美穂に奈緒は捕まり、かな子は卯月を再び慰めに入った。

 

 



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人への好意に気付くには素直になるしかない。

 島村さんとの水族館の2日後、今日もバイトしていた。この前の水族館は、なんかダメだったかもなぁ。島村さん、途中から完全に黙り込んじゃったし、やっぱ俺なんかが女の子と2人で出かけるのなんて身の程知らずにも程があったかもしれない。あの日以来、島村さんから連絡こなくなったし。

 ま、人生こんなもんさ。出会いと別れが人のメンタルを強くするんだよ。主に別れで。………あれ?それ卑屈になってるだけでメンタル強くなってるわけじゃなくね?

 しかし、島村さんとお別れなのはちょっと応えてるなぁ。島村さんとは少し親密な関係になり過ぎた。だから、別れとなってしまった今でも継続ダメージが入っている。

 まぁ、これから先は人と付き合う時は別れる時を考えて距離感を考えることにしよう。

 なんて事を考えながらタバコの補充を終えて、おにぎりの陳列に向かうと、自動ドアの開く音がした。

 

「いらっしゃいませ」

 

 いつも通り先制攻撃のつもりでそう言うと、店に入ってきたのは見覚えのあるアイドル3人だった。五十嵐響子と小日向美穂、そして三村かな子だ。

 最後の1人の時点で既に嫌な予感がした俺は、集中しておにぎりの陳列をするふりをした。こっち来るなよ、頼むから。

 左上の天井の鏡を見ると、3人は迷い無くこっちに歩いてくる。あの3人はきっとおにぎりを買いに来たに違いない。なら、俺は退かなきゃいけないので、しれっとその場から立ち去ろうとした。

 

「古川くん、ちょっと」

 

 逃げられない!

 

「………な、なんでしょうか……」

 

 ビクビクしながら聞き返すと、いつの間にか3人に退路を塞がれていた。

 

「ちょっと良い?」

「………あと12分で休憩ですのでそれまで待っていただけませんか」

「分かった」

 

 さて、遺書でも書いておくか。

 

 ×××

 

 休憩になり、イートインにいるアイドル3人と合流した。なるべくなら五十嵐響子と小日向美穂に関してはそっくりさんだと信じたいが、三村さんと一緒にいる時点で多分本物だろう。

 あー……やだなー。あの中行きたくないなー。だって絶対島村さん関係じゃん。男女間の揉め事において、男は女に勝てないのは世の定めであり、なんなら理りでもある。いや、別に揉めてはないけど。

 と、いかんいかんいかん。ビビるな、俺。仮にも男だろ。何を言われるのか知らないが、仮に文句だとしたら主導権を握られたら終わりだ。男らしく堂々としろ!

 

「お待たせ」

 

 なるべくビビってるのを察されないように、しれっと3人に声をかけた。直後、3人は同時に顔を上げて俺を見た。その集団行動並みに揃えられた動きが怖くて怖くてついうっかりひよってしまいました。

 

「座って」

 

 三村さんに言われ、小日向さん、五十嵐さん、俺、三村さんという順番で座らされた。アイドルキャバクラという言葉が生まれそうな状況だが、何故か全然嬉しくない。というか超怖い。

 休憩時間は15分。どこまで俺の精神が保つかだよなぁ……。ていうか、そもそも俺が攻められる理由なんてないよな。

 ドギマギしてると、柔らかい声が聞こえてきた。

 

「あ、古川さん、ですよね?私、小日向美穂です」

「私は五十嵐響子です。よろしくお願いします」

「え?あ、は、はい。古川皐月です。よろしくお願いします……?」

 

 初対面の2人と挨拶した。なんか割とフランクな感じだったので、少しホッとした。別に文句を言いにここにきたわけではないのか……?

 だとしたら少し安堵できる。女子3人に袋叩きにされたら島村さんどころか女性不信になるわ。

 

「古川くんさ」

 

 三村さんに「本題に入るよ?」みたいな感じで声をかけられ、ビクンッと肩が震え上がった。落ち着け、まだ名前を呼ばれただけだ。

 落ち着けと言い聞かせながらも内心はドギマギしてると、第二声が発された。

 

「卯月ちゃんと何かあった?」

 

 やっぱその話か……。だが、それほど怒ってるような声には聞こえなかったな。

 

「いや、特には……カップルジュースを飲んだくらい?」

「うーん……卯月ちゃんの言ってた通りかぁ」

「えっ、本人に話を聞いてるの?」

 

 あれ、じゃあこの3人はどういう理由でここに来てるんだ?

 俺の心境を察してか、五十嵐さんが説明してくれた。

 

「うん。いや、卯月ちゃんがこの前軽く壊れかけたから、もしかしたら古川さんはもっと大変なことになってるんじゃないかなって」

「あっ、それで何で初対面の五十嵐さんと小日向さんが……?」

「あ、私達は卯月ちゃんと古川さんの関係を知るメンバーですので」

 

 関係って何だよ。なんかやましい関係があるみたいな言い方すんなや。

 五十嵐さんの説明の続きを言うように三村さんと小日向さんが続けた。

 

「だから、古川くんは大丈夫かなって確認しに来たのと」

「私達は卯月ちゃんの相手の男の子がどんな子なのか見てみたくて」

「俺は動物園の希少動物ですか……」

 

 そんな記念みたいなノリで言われてもなぁ……。ていうか、卯月ちゃんの相手ってなんだよ。恋人みたいな言い方すんな。

 そもそも、俺は別に壊れるなんて程じゃない。そんな事で壊れてたら島村さんと友達やってく事なんて出来ない。

 

「それで、島村さんの破損は治ったのか?」

「破損って……人を精密機械扱い?」

「いや壊れたとか言ってたお前らが言うか……」

「卯月ちゃんのこと、気になるんだ?」

「まぁ、俺に原因がないとも言えないからな。ほとんど絶縁状態になってるとはいえ、少し前まで友達みたいな感じになってた人だし」

「えっ、ぜ、絶縁………?」

「島村さんからL○NE来なくなったし、送っても返事来なくなったし。高校も違うから会う事もないし。そもそも、たまたまバイト先にやってきたアイドルとよく1ヶ月ちょっとも連絡とってたと思った方が……」

 

 そこまで矢継ぎ早に口を動かしてると、3人が意外なものを見る目で見てきていた。いや意外なもの、というかキョトンとした顔?それもちょっと違うか。なんか色んな感情が渦巻いて、結果的に少し驚いてるような顔になってる感じ。

 

「えっ、何?」

 

 3人揃って同じ顔してるのに驚いて思わず聞き返すと、三村さんが口を開いた。

 

「……もしかして、古川くんさ」

「?」

「拗ねてるの?」

「…………はい?」

 

 こいつ今、なんて言った?何で俺が拗ねる必要があるんだよ。

 

「拗ねてないよ。そんな子供みたいな……」

「えー、だってなんか不機嫌そうだし」

「言い訳するみたいに文句を羅列するし……」

「語尾が拗ねてる時の子供みたいだし」

「………」

 

 こいつら打ち合わせでもしたのか?ってレベルで声を揃えられた。

 

「い、いやいや!拗ねてないから!大体、何で俺が拗ねるわけ⁉︎」

「うーん……卯月ちゃんに構ってもらえなくて、ですかね?」

「なっ……!」

 

 ほぼ初対面の五十嵐さんにそう言われ、思わず恥ずかしくて顔が赤くなった。だって別に拗ねる必要がないでしょ。たかが女の子と一生会わなくなるくらいで……。

 

「うん、古川くん拗ねてるよ」

 

 俺の心境とは真逆の感想を持った三村さんだった。

 

「いやいや、拗ねてないって。大体、島村さんに構ってもらえないからって拗ねる理由が分からないんだけど」

「そんなの決まってるよ」

 

 えっ、俺でもわからない事を三村さんがわかるの?俺の心情に関しての事なのに?ニュータイプ?

 ただでさえ焦ってるのに、三村さんはさらに信じられないことを言った。

 

「多分、古川くんは卯月ちゃんの事好きなんだよ」

 

 そう言われた直後、俺はポカンとし、五十嵐さんと小日向さんは「ひゃーっ」と小声を漏らした。

 

「なっ……何をいきなり……!」

「だって、そうとしか考えられないもん」

「い、いやいやいや!それはないから!」

「いや、あるよ」

「何で当の本人より俺の事分かってんの⁉︎俺が違うって言ってるんだから……!」

「うーん……数回しか会ってない私でも分かるけど、古川くんってアレでしょ。島村さんを好きになっちゃいけない、とか思ってるでしょ」

「………えっ」

 

 な、なんでわかんの……?マジでニュータイプなのか?

 

「古川くん、分かりやすいもん」

「あ、いやでも実際好きになっちゃダメでしょ。だって島村さんアイドルだし……」

「まぁ、そうかもしれないけど……でも、結構この事務所で恋愛の噂とか聞くよ?」

「えっ、そ、そうなの?いや、仮にそうだとしても恋愛ダメならルールは破るべきではないから。島村さんは特に仕事には熱心だし」

「そういうのも分かるけど、でも卯月ちゃんも古川くんもまだ高校生でしょ?年齢的には恋愛の一つや二つくらいしても良いと思うけどなぁ」

「……まぁ、そう言われりゃそうなんだが……。でも、それで島村さんの足を引っ張るような事があるのは一番嫌だし」

「あ、今卯月ちゃんの事好きなのを認めた?」

「…………」

 

 こいつ、今完全にカマかけてたよな。まさか、俺が抜かるなんて……いや、結構島村さんに想定外のことされてドギマギさせられてるけど。

 

「ねぇ、認めた?」

 

 あ、こいつすごい意地悪そうな顔してる。三村さんもこんな顔するのか。気がつけば小日向さんも五十嵐さんも同じ顔してるし……。なんかもう何でも良いや。

 

「‥…わかったよ。それで良いよ………」

「うん。じゃあ、私達が協力してあげる」

「はっ?」

 

 協力?っていうと?

 

「卯月ちゃんと古川くんが付き合えるように、色々協力するよって」

「いや、いいよ別に」

「は?なんで……?」

 

 そりゃそうでしょ。答えるまでもないわ。

 

「島村さんが俺を好きになるとは思えないし、告白なんかされても困らせるだけでしょ。告白なんかしないよ」

 

 何より、告白する勇気なんか俺にはないし。

 それよりも現状、島村さんからの返信がないことを何とかするべきでは?

 

「……古川さんってアレですね。ヘタレなんですね」

「ふぁひっ?」

 

 五十嵐さんが半眼になって俺を睨みながら毒を吐いた。突然の毒舌に思わず変な声を上げてしまった。

 

「振られるのが怖いだけですよね?それ」

「えっ、いやまぁそれもあるけど……」

「いや、それが大半でしょう」

 

 俺の考えてることってそんなに分かりやすいのかな……。ほぼ初対面の人にも見透かされるなんてなぁ……。

 どうしようか考えてながらふと時計を見ると、もうあと2分くらいで休憩は終わりだった。

 

「ごめん、時間だわ」

 

 そう言って店の奥に戻ろうとする俺の背中に、三村さんが声をかけてきた。

 

「卯月ちゃんに告白するなら、私は協力するからね」

「………そいつはどうも」

 

 それだけ返して戻った。確かに、島村さんに告白するのを回避するために並べた言い訳かもしれない。

 だが、俺が言い訳として言った言葉は決して間違いではないはずだ。やはり、下手に告白するべきではない気もする。でも、三村さんは協力すると言ってくれている。この機を逃したら、三村さんの協力は無くなるということだ。

 

「………はぁ」

 

 まぁ、その……なんだ。その前に島村さんとの関係修復を考えよう。結論を出すのはこれからにするべきだろう。

 

 



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焦っても良いことなんてない。

 バイトが終わり、コンビニを出ると見覚えのある女の子が立っていた。

 島村卯月、絶縁したと思ってた女の子だ。その子が俺を見つけるなり、ぺこっと小さくお辞儀をした。若干、頬が赤いけど、何かあったのだろうか。

 

「どうも」

 

 小さく手を振った。すると、何となくホッとしたのかこっちに駆け寄って来た。

 

「あ、あのっ……皐月くん」

「あ、話はどっか店入ってしましょう。こんな所で立ちっぱなしで話すと疲れるでしょ」

「そ、そっか……」

 

 とりあえず駅に向かって、駅周辺のスタバに入った。2人で飲み物を購入し、席に座った。

 

「それでどしたの?」

「……うん。その、謝りたくて」

「……え、謝られるようなことされたっけ?」

「メールとか、無視しちゃってたから……」

「ああ、そんなこと。気にしなくても良いのに」

 

 そんな事、普通の学生間の中ではよくある話だ。

 

「いえ、でも……かな子ちゃんや響子ちゃん達から『とても傷ついてるように見えたよ』って言われて……」

「あいつら……」

 

 そんな謝らせるような事を……。実際、少し傷付いたっちゃあ傷付いてたが、わざわざ言わんでも良いのに。

 

「あの時、皐月くんと顔の距離が近くて……。その、とても恥ずかしかったから……話すのも、恥ずかしくなっちゃって……」

 

 まぁ、島村さんは良くも悪くも距離感なんて考えずに、友達にはグイグイ行くタイプだからな。ある意味ではそういう、恋愛的なシチュエーションに慣れていないのだろう。

 それなら、耐性が付かないのも当然だ。

 

「俺こそ悪い。あの場面は別に一緒に飲まなくても、お互い別々のタイミングで飲むべきだった」

「そ、そんな……!そもそも、ちゃんとチケットを見てなかった私が悪いんだし……」

 

 珍しく羞恥心で顔を真っ赤に染めた様子の島村さんは、目を逸らしながらボソリボソリと呟くように続きを言った。

 

「……そっ、それに……皐月くんだって、嫌だったよね……。私なんかと、恋人役なんて……。今まで、結構紛らわしく思わせちゃってたみたい、だし……」

「………」

 

 どうやら、三村さんか小日向さんか五十嵐さんか……いや、3人にか?自分の行動を少し指摘されたようだ。

 まったくこの人は一体、何を言ってるのか。自分がアイドルだってこと分かってないのか?それに、外見のことやアイドルのことがなくても、そんなことは気にする必要がない。

 

「別に、嫌じゃないから」

「………えっ?」

「今更、島村さんの男を勘違いさせる行動なんて気にしてられないから。嫌だったから、そもそも水族館に行かないよ」

 

 むしろ、島村さんの恋人に見られるなんて超ラッキー……いや、周りの男の嫉妬の視線に焼かれそうだからラッキーではないな。

 

「島村さんは反省なんかしなくて良いよ。今更、されたってギクシャクするだけだし。今まで通り、俺の心臓に負担をかけてくれたら良いから」

「心臓に負担までかけてたの私⁉︎」

「あ、いや、とにかくそんな気にしないで良いから」

 

 言いながら、コーヒーを啜った。うわ、スタバ初めて入ったけどコーヒー美味いな。高いけど、これはそれだけ値段するわ。

 若干、感動しながらコーヒーを机に置くと、島村さんが少し驚いた様子で俺を見てるのに気づいた。

 

「……皐月くん、良い人だね」

「え、何急に」

「いや、前々から思ってたけど……ううん、何でもない。じゃあ、これからもよろしくね、皐月くん」

「……んっ」

 

 ……それに、島村さんの笑顔は控えめに言って輝き過ぎてるので、それだけで心臓に負担が掛かるわ。今更、どんなことされたって動じはしない。

 

「じゃあ、これからビ○グカメラさん行かない?私、少し気になるモビルスーツがあるんだ♪」

 

 まぁ、少しは自重して欲しいんだが。大体、JKの気になるモビルスーツってなんだよ。

 

 ×××

 

 プラモ売り場に到着し、店の中のガンプラを見回した。相変わらず、モビルスーツの絵が描いてある箱が大量に並んでる光景はいくつになっても男を興奮させやがるぜ。どんなクソダサモビルスーツでも、あの群れの中に入ってればカッコよく見えるんだから不思議。

 それで、島村さんの気になるあの子はどれなの?そう思って隣の島村さんを見ると、島村さんの姿はなかった。勝手にプラモを探しに行っていた。

 行くなら一声かけて欲しかったってばよー。それとも何も言わずに黙って俺について来い的な意味か?何その島村さん(イケメン.ver)ちょっと気になる。

 

「おーい、皐月くん!こっちこっち!」

 

 元気に手を振って来た。島村さんは相変わらず元気だ。立ち直るにしても早過ぎる気がするが、まぁそれは島村さんの長所なんだろう。

 早くー、とか言ってたのでのんびり歩いて合流すると「これです!」と元気良く箱を見せて来た。

 手に持ってるのはインフィニットジャスティス、隠者と呼ばれるモビルスーツのガンプラの箱だ。ああ、確かに島村さん好きそうだもんな、隠者。

 

「これです!気になる子!」

 

 おいおい、本当に気になるあの子になっちゃったよ。

 

「乗ってる人はともかく、カッコ良いよね!デスティニーをやっつけた時なんかすごかったもん」

 

 おおっと、さらっとディスられましたよ、アスラン。まぁ、俺もアスラン好きじゃないし、島村さんの意見も頷けるので何も言わないが。

 

「ああ、まぁ機体は良いよな。足にサーベルついてるあたりとか」

「はい!あのデスティニーの足を蹴り斬った所とか良かったです!」

 

 蹴り斬る、という単語は聞き慣れないが、多分褒めてるので黙っておこう。

 

「武装は完全にアスランに合わせてるけどな」

「はい。でも、ちゃんと外見と武装が合ってて、私は良いと思うよ」

 

 そう言われりゃそうなんだがな。まぁ、種に出て来る主人公格は全員リア充だし、そんな事で機体が好きになれないのはおかしいか。

 

「まぁ、俺はそもそも種死のモビルスーツがインパルス以外好きでもないからなぁ。どちらかというと種の時の方が好き」

「それはちょっとわかるな。デュエルのデザインとか本当に好きだったから」

「あれ、意外。イージスかジャスティスだと思ってた」

「それ色で言ってるでしょー。ちゃんとデザインで見てるよ」

 

 まぁ、そりゃそうか。それでも、ガンダム系が好きなんだな、やっぱ。SEEDのガンダムは厳密にはガンダムではないが。

 

「他のガンダム見れば、ガンダム系モビルスーツ以外も好きになれると思うんだけどな」

「一番好きなのはガナザクだから」

「それなら元のザク見ればそっちの方が好きになりそうだな。元のザクはそれはもうカッコ良いから。ガノタの神だから」

「? ザクはカッコ良いというより可愛いんだよ?」

 

 たまにこの子の感性がよくわからないわ。いや、壮大な想像力を持てば可愛く見えなくもないのか……?

 でも、モビルスーツで可愛いって言ったらアッガイとかだよな……。

 

「そ、そっか……。まぁ、とにかくガナザクがパチモンに見えるレベルでは初期のザクは良いから」

「そっかー。どんなの?」

 

 そういや、ここプラモコーナーだったな。まぁ、ザクの売ってないプラモ屋なんてないだろうし、すぐに見せられる。

 宇宙世紀のプラモの方に向かい、ザクのプラモを探した。

 

「ああ、これこれ」

 

 言いながら、量産型のザクの箱を見せた。すると、キョトンとした様子でザクの箱を眺めた。

 

「……赤くない?」

「ガナザクだって量産機は緑でしょ」

「……私は、赤い方が好きだけどなぁ」

「ならこれ。シャアザクかジョニザク」

 

 別の箱を差し出すと「おお……」と島村さんは声を漏らした。

 

「なんか、スッキリしてるね」

「まぁ、ガナザクに比べたらな。正直、俺はザクの性能は高くない方が好きなんだよね。高くないのにパイロットによっては強くなる、みたいな」

「ガナザクってそんなに強かったかな……」

「アレ、ストライクと同等レベルの性能らしいよ」

「えっ、そ、そうなの⁉︎」

 

 トライエイジのカードの裏に書いてあった。コモンのガナザクだったっけか。そこまでは覚えてないや。

 

「だけど、このザクはマシンガンをガンダムに直撃させても傷一つつかないんだよ」

「ええっ⁉︎」

「こんな機体でシャアはガンダムと互角以上に戦ってたんだから本当にもう」

「……ガンダムの人が弱かったんじゃ」

「まぁ普通の男の子だからな。まぁ、ランバラル辺りから化け物になるんだが……」

「キラさんとどっちが強いの?」

「いや終盤になるとアムロのが強いんじゃね。逆シャアのアムロになったら多分、相手にならんし」

 

 まぁ、逆シャアのアムロと比べたらダメか。ていうか、そもそも世界観の違うキャラの強さ談義自体あまり意味ないわ。そういう話は好きだけど。

 

「……ふーん。キラより強い人いるんだ」

「まぁ、見れば分かるよ。特にアムロは少年期から化け物だから」

 

 機体の方がついて来れないってなんですかね。アムロとかがガンダムのゲームやったらどうなるんだろうな。そこでもニュータイプ発揮すんのかな。

 

「じゃあ、次は初代ガンダムだね」

「今は何見てんの?」

「SEED Destinyの終盤」

 

 もうそこまでいったか。そして種死を見てしまったか……。絶望しないことを祈るだけだ。

 

「とにかく、今日はインフィニットジャスティスにしておくね」

「好きなのにしなよ」

「……あ、そうだ。せっかくだから、皐月くんも買おうよ」

「あー……そうだね。何買おうかな」

「ストライクフリーダム!」

「いや、宇宙世紀のモビルスーツにするわ」

「そ、そっか……」

 

 ショボンと肩を落とす島村さん。

 

「………と、思ったけど、SEEDのMSも良いかなー」

「ほんとですか⁉︎じゃあ、ストライク……!」

「ストフリはいいです」

 

 別に好きじゃないし。

 

「とりあえず、フォビドゥンにしよう」

「……思いっきり敵モビルスーツだね」

「だってカッコ良いじゃん」

「ま、まぁね」

「それに、俺あの三馬鹿好きなんだよね。強いし、SEED系の三馬鹿で一番個性的だから」

「私はあまり……なんか『死ね、死ね』って言うし……。あまり口の悪い人とか……そ、そのっ……怖い人は……」

 

 本当にこの人かわいいな。アニメのキャラに怖いっていう感情を抱くとか……。ヤンデレとかならともかく。

 とにかく、機体は決まったしさっさと買いに行こう。

 

「この後、うちで一緒に作る?」

「うん♪」

 

 2人でガンプラを購入した。

 いやー、楽しみになって来た。誰かと作るガンプラってのは割と楽しいもんだからな。なんか新しい発見とかあるかもしんないからな。

 楽しみなのは島村さんも同じのようで、鼻歌を歌いながら言った。

 

「なんだか久しぶりだね。2人でプラモ作るの」

「そうな。最近は連絡も取ってなかったし」

「うっ……ご、ごめんね……」

「あーいや、そんなつもりじゃなかったんだけど……」

 

 少し軽率な発言だったな。

 

「まぁ、そんな気にしないで。元々、俺は一人だったし別に気にしてなかったから」

「………」

 

 あれ、今度はなんか不機嫌になったぞ。ぷくっと頬を膨らませて、下から俺を睨んでいる。でも怒った顔も可愛いのが狡い。

 

「……皐月くんは、私とお友達じゃなくなっても平気ってこと?」

「へっ?あ、いや……そういうわけじゃないから!一人ぼっちなのが慣れてるだけで、島村さんと連絡取れなくなるのはキツいから!」

「えっ?そ、そっか……」

 

 今度は顔赤らめるんだ。なんて言えば正解だったんだよ……。

 ていうか、今になって思ったけど結構恥ずかしいこと言ってんな俺……。

 なんか純愛カップルみたいに2人して顔を赤らめながらエスカレーターを降りて、そのままビ○グカメラを出た。

 天気はさっきまでと違ってあまり良くない。雨が降って来そうな感じだ。

 とりあえず、雨に降られないように早歩きで俺の家に向かう。その間、俺と島村さんの間に会話は無かった。

 もう少しで俺の家に着きそうな辺りで、島村さんが突然足を止めた。

 

「あの、皐月くん」

「? 何?」

「やっぱり、今日は帰りますね」

「へっ?」

「き、急に行っても迷惑かもしれないし……」

「いや、迷惑じゃないけど……」

「じゃあね!」

 

 それだけ言って、島村さんは別の道を進もうとした。その直後、ポツッと鼻の頭に何かが当たって足を止めた。島村さんの体の一部にも当たったのか、足を止めた。

 やがて、ポツッポツッと勢いは増し、ザアァァッと思いっきり雨が降って来た。

 

「降って来やがった……!」

「い、急がないと。またね、皐月くん!」

「あ、ちょっ……!」

 

 走り出す島村さん。まぁ、でも慌てて走り始めた時の人間なんて、歩き始めの赤ん坊と変わらない。

 

「ひゃっ!」

 

 ステンと前のめりに盛大に転んだ。

 小さくため息をついて、涙目になってる島村さんを自宅まで運んだ。

 

 



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明るい子ほど凹むとネガティブ。

 自宅に到着し、島村さんはお風呂に入った。その間、俺も着替えて洗濯機を回して料理を作り始めた。

 真夏とはいえ、雨に濡れたら風邪引くから暖かいものをと思い、とりあえず味噌汁とカレーを作っておいた。

 しかし、どうしたものかな。何というか……島村さん、怒ったのか何なのか知らないけど、急に帰ろうとしてたなぁ。俺、なんかしたかな。

 風邪引くとヤバイとか濡れたまま電車はヤバイとか色々言ってうちに連れて来てしまったが、もしかして迷惑だったかな。

 

「はぁ……」

 

 いや、でもなぁ……何というか、こう……どうしよう。やっぱり怒ってるのかな。島村さんと会話が無くなり、最後に俺が言ったのは、あの小っ恥ずかしいセリフだけだし……。

 ……もしかして、「えっ、何こいつ。恋人気取りかよ」みたいな事を思われたんかなぁ……。

 ていうか、島村さんが怒ってるんだとしたらそれくらいしか理由は思い付かない。怒ってなかったとしたらー……なんだろ。軽く引いたとか?それはそれでキツイわ。

 しかし、せっかく仲直り……いや喧嘩してたわけじゃないが、関係が修復されたと思ったのに、また何かやらかしてしまったようだ。

 

「はぁ……」

 

 まぁ、人間関係はそんな簡単に修復されるもんじゃないってことか。とりあえず、島村さんに夕食を作ったら親御さんなりプロデューサーさんなりに連絡しよう。

 そうこう考えてるうちに、カレーが完成した。島村さんはお風呂からまだ出ないようなので、暇潰しにトライエイジのカードを整理することにした。テレビの下の棚から箱を引っ張り出し、中に使わないカードを入れる。

 まぁ、どのカードも結構愛着湧いてるから中々終わらないんだけどね。例えば、最初に当てたPレアのサイサリスは使いもしないのに未だに持ち歩いてたりしてます。

 床に座ってボンヤリとカードをいじる事、数十分が経過した。

 

「………」

 

 ……遅くね?島村さん。長風呂過ぎでは?真夏ですよ?

 しかし、ここで心配になって見に行った所で着替え中と遭遇なんてアホな目にも遭いたくない。そんなアニメみたいなことにはならない、と思うこともあるかもしれないが、中学の時に内科検診の準備中の女子がいる教室を開けた事があるので油断はしない。アレ、気まずいだけで何一つラッキーとか思えないからね。

 でも、何かあったら、それはそれで困る。こういう時、どう転んでもフラグにしかならないのが、もはやセコイよね。

 だが、こういう時にフラグにならない方法を知っているのが俺だ。フラグを壊すためには「こいつバカじゃないの?」と思われるほどに臆病になれば良いのだ。

 石橋はバズーカで撃って渡れ、確か逃げの小太郎もこんなこと言ってたはずだ。

 こういう場合、文字通り叩いて渡れば良いのだ。今回叩くのは石橋ではなく、洗面所の扉である。たかがノック、これを疎かにするから世の中にラッキースケベは生まれるのだ。いや、むしろラッキースケベ主人公はノックをわざとしてない可能性まである。

 とにかく、ノックをして中の様子を確認しよう。ドアを二回叩いて声をかけた。

 

「島村さん?」

 

 ……返事はない、ただの屍のようだ。いや屍じゃないけど。まだ湯船に浸かってるのか?

 いや、早とちりは良くない。ここで入れば、頭を拭いてたりドライヤーを使ってたりして俺の声とノックが聞こえていなくて返事していなかった島村さんとかち合う可能性もある。いや、ドライヤーの場合は問題ないか。全裸でドライヤーやる奴なんていないだろうし。

 ここは5分ほど待機した方が良いだろう。

 扉の前で新作ガンプラ情報を覗いてると、すぐに5分経過して再びノックをした。

 

「島村さん、ご飯できたけど……」

 

 ……やはり返事がない。まだ湯船か?にしても、長風呂過ぎでは?ご飯冷めちゃうんだけど……。

 お風呂に入ってる異性に声を掛けるのは失礼だろうか。でも、ご飯冷めちゃうし……。

 

「へぶしっ!」

 

 ……それに俺もお風呂入りたいし。いや、ここ数年は風邪引いてないから、風邪引くかもなんて思っちゃいないが、単純に寒い。なんか髪もごわごわして気持ち悪いし。

 一応、声掛けるだけ掛けてみようかな。洗面所に入り、まずは島村さんが着替え中でないことの確認、辺りを見回してると、島村さんのピンク色の下着が目に入ったので、視界から削除しました。

 で、扉一枚挟んで聞いてみた。

 

「島村さん?」

「っ⁉︎がぼっ、ゴボボッ⁉︎」

 

 急に声掛けられて驚いたのか、なんか溺れてる人の声が飛んで来た。悪かったな、急に声かけて。でも目を合わせてからだと目以外にも視界に入っちゃうから急に声掛けざるを得なかったんだ。

 

「ェホッ、エホッ!っ……さっ、皐月くん⁉︎どうしたの⁉︎私、入ってるよ⁉︎」

「いや分かってるよ。ご飯出来たよって。あと何分くらいで出るか教えてくれれば温め直せるから」

「えっ⁉︎い、いいよいいよ!すぐに出るから!」

「そう?じゃあ、待ってるから……」

 

 あれ、なんかザバァッて水が返り打つ音が聞こえたんだけど。え、おいちょっと待て。まさか、まさか立ち上がってるんじゃ……。

 湯船に浸かってる中、立ち上がった後の行動なんて一つしかない。身体を軽く拭いて風呂場を出るときだ。いや、人によっては拭かない人もいるかもしれない。

 そして、そこまで結論が出た時にはすでに遅かった。島村さんはガッツリお風呂場から出て来ていた。

 

「……あっ」

 

 島村さんから「うわやっべ」みたいな声が漏れた。が、ここで「目が合う事数秒」的な事を回避した。俺は速攻で目を背けて出口に向かった。よし、これで変なトラブルは回避され……。

 

「きゃああああああああ‼︎」

 

 後ろから濡れた事と丸めた事によって威力が高まったタオルが後頭部に直撃した。

 どうやら、どう回避しようと制裁は免れなかったようだ。

 

 ×××

 

「ほんとのほんとに見てないんだよね?」

「ああ、すぐに目を背けたからな」

 

 飯中、顔を赤くした島村さんから、裸を見たかどうかを問い詰められていた。まぁ、そっちからしたら気になるよな。でもな、そういう事はタオル投擲をやる前に確認しような。

 

「ほんとのほんとね?」

「ほんとのほんとのほんと」

 

 ほんとは右胸の乳首と股間のとこのイン毛がチラッと見えたけど。……思い出すと顔が熱くなってくるな……。それと、あと、1秒くらい見ておけば良かったという後悔も。

 

「あ、や、やっぱり見たんでしょ⁉︎」

 

 顔を赤くした俺に島村さんが食いかかってきた。あ、いや今のはそういうんじゃないんだってばよ。

 

「見てないって……。ホント、一瞬だったから見えなかったんだよ。残念ながら」

「残念ながらってどういう事⁉︎」

「冗談だよ」

 

 それよりも問題は山積みだ。これからどうするのか、とか。島村さんの服は一応、干してはいるものの濡れている。とても乾きそうにない。

 今は一応、俺のスウェットとパーカーを着てるけど、多分本人は恥ずかしくて死にそうなんだろうなぁ。別に俺の服を着てるからとかじゃなくて、下着も濡れて干してるから今、ノーブラノーパンだし。

 泊まりの可能性も無いことは無いが、泊まらせたら真っ赤な顔が破裂して死んじゃうんじゃないか。

 なんにしても、親かプロデューサーさんに連絡して迎えに来てもらうのがベストだろう。

 

「あの、島村さん」

「本当に見てないのね⁉︎」

「いや見てないってば。お願いだから会話しよう」

 

 まずそこを注意してから話を続けた。

 

「で、今日はどうすんの?誰か迎え呼ぶ?親御さんとかプロデューサーさんとか」

「うーん……でも、プロデューサーさんはお仕事忙しいと思うし、パパもお仕事だし、ママは免許持ってないし……」

 

 両親をパパママ呼びか、可愛いなオイ。

 

「ならタクシーでも呼ぶか」

「あの……ガンプラ買っちゃって、お金下ろさないと無くて……」

「コンビニまでなら傘で歩いて行けるでしょ。送るよ」

 

 直後、ピシャアァァッッッとすごい音が外から聞こえた。いつの間にか、雷までゴロゴロと鳴っていた。避雷針先輩がいないから傘をさすこともできないよね。どうやら、神様は意地でもうちに島村さんを泊まらせたいようだ。

 

「………泊まっていくしかなさそうだな……」

 

 そう言うと、島村さんはまた顔を真っ赤にしてカレーを口に運んだ。冷静ぶってるものの、俺もかなりテンパっている。だって、アイドルを自分の狭い1人ぐらしのアパートの一室に泊まるんだよ?

 部屋なんてトイレと洗面所しかないし、別々の空間で寝るのは不可能だ。健全な男子高校生ならそりゃテンパるさ。

 

「……ごめんね、皐月くん」

「いやいや、別に良いよ。寛いでって」

「いや、そうじゃなくて」

「?」

 

 なんだ?他に謝られる事なくね?この現状だって別に謝られるような事じゃないし。

 キョトンとしてると、島村さんが相変わらず顔を赤くしながらボソリボソリと呟くように言った。

 

「……ごめんね、その……さっき、態度悪かったよね……」

「はっ?」

「だって、その……やっぱり帰るね、なんて言って……。ずっと黙ってて、少し良くなかったよね」

「いやいや、それは俺も一緒だから」

「ううん、皐月くんが静かなのはいつもの事だもん」

 

 それはそれで問題がある気がするんだけどな。

 

「でも、私がさっき黙ってたのは……その、皐月くんがいつも黙ってるのと違うんだよ。恥ずかしさとか、照れとか……そういうのが頭の中を真っ白にしちゃって……それで……」

「あーいや、別に気にしてないから謝らなくて良いよ」

「でも……」

「それより、いつも通りアホの子みたいな笑顔浮かべてくれてた方が俺としては助かる」

「あっ、アホの子⁉︎」

 

 それは本当だ。正直、気にしてなかったと言えば嘘になるが、それでも島村さんにショボンとされてると何故か罪悪感が芽生えてしまうため、いつもみたいに笑っていて欲しい。

 こんな事は口が裂けても言えないため、悪口を挟んでしまったが。お陰で島村さんはぷくっと頬を膨らませて不機嫌そうな表情を浮かべてしまった。

 

「も、もー!アホの子ってどういう事⁉︎」

「あ、いやそれは……」

「私のパパもママもアホじゃないよ!」

「そういう意味じゃねぇよ」

 

 アホの子、という言葉の意味も分かってなかった。本当、良い意味でも悪い意味でも純粋な娘さんですね。

 

「とにかく、いつも通りにしてて下さい。ごっそさん」

 

 さっさと食べ終えて手を合わせた。これ以上のやり取りは無駄だと理解した為、食器を片付けに行った。島村さんも元に戻ったみたいだし。

 

「あ、皐月くん」

 

 食器を戻して、ついでに洗い物を始めた俺に島村さんから声が掛かった。

 

「ありがとう」

 

 そう言ってにっこりと微笑まれ、思わず「お、おう」と半端な返事をして目をそらした。ダメだ、やはり島村さんの笑顔は俺には直視出来ん。

 照れた顔を島村さんに見られるのを隠すように、俺は洗い物を無駄に長く続けた。

 

 



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風邪は寝てりゃ治る、間違っても照れるな。

 翌日、誰かに体を揺さぶられる感覚で目を覚ました。何となくかったるい気分と、いつもより重く感じる頭を抑えながら薄っすらと目を開けると、島村さんが俺の顔を上から覗き込んでいた。

 

「あ、起きた?おはよ!」

「……どうも」

 

 なんかよく寝た気がする。寝過ぎて頭が痛いのと同じ感覚だ。……あれ、でもまだ8時半過ぎか、時間的にはそんな寝てないな。ていうか、むしろいつもより早く起きてる気がする。

 ……なんか、こう……ダルいな。いつもしない早起きなんてしたからか?

 

「どうしたの?なんか、ボーッとしてる?」

 

 島村さんがキョトンとした表情で、下から覗き込んで来た。確かに少しボーッとしてるかも。

 

「何でもない。今、朝飯作るから待ってて」

「あ、それなら大丈夫だよ」

 

 にこにこ微笑みながら、島村さんは「じゃーん♪」と楽しそうに机の上を指した。味噌汁に野菜炒めに白米と、素朴だが栄養バランスの良さそうなメニューが並べられていた。

 

「えっ、作ってくれたんですか?」

 

 なぜか敬語になってしまった……。

 

「うん。皐月くん、昨日は私のご飯用意してくれてたから、今度は私の番かなって思って」

 

 いや、うちに泊まってるんだからそんな気にしなくても良かったのに……とは思ったが、口にはしなかった。作ってからそんな事を言っても仕方ないし、何より料理をする気分ではなかったから有難い。あと、その、何?せっかく作ってくれたし、とか……女の子の手料理食べる機会なんてこの先は一生なさそうだし、とか……。

 

「………どうも」

 

 色々と頭の中で言い訳をしてしまったが、早い話が感謝してるという事なので、簡潔にボソッとお礼を言った。

 ……何故か照れながらになってしまったけど。そんな俺の気を知ってから知らずか……いや、多分知らないんだろうけど、相変わらずツィツィヤックより眩し過ぎる笑顔で「うん」と答えた。

 

「でも、皐月くん。冷蔵庫の中、少し少な過ぎるよ?ちゃんとお買い物しなきゃダメだよ」

「……今日行こうと思ってたんだよ」

 

 嘘ではない。どの道、朝飯作ろうとすれば冷蔵庫の中覗く事になってただろうし。

 

「さ、食べよう?」

「んっ」

 

 島村さんに言われて、机まで移動しようと立ち上がった。が、体がゆらりと揺れた。

 

「?」

 

 あれ、なんだ。力が入らん。ていうか、なんか身体の節々とか痛いし、頭も痛い。

 

「皐月くん?どうしたの?」

「いや、なんでも……」

「………」

 

 なんだ、風邪でも引いたか?考えてみれば、昨日は雨に濡れて帰って来てから島村さんをお風呂に入れて、体拭いて着替えて料理作って歯磨きして2人でガンプラ作ってようやく風呂入ってたっけ……。

 すると、いつのまにか再び俺の目の前まで移動して来た島村さんが、顔を近づけて来ていた。

 

「大丈夫?」

「何が?」

「……なんか、顔色悪いよ?」

「そ、そう?それより、さっさと飯に……」

 

 言いながら歩いたが、足元がふらついて前のめりに倒れかけた。前にいた島村さんの肩に顎を置いてしまった。

 

「っ⁉︎さ、皐月くん⁉︎」

「っ、ご、ごめん……!」

 

 やっべ、セクハラかよ。体を上げなきゃいけないのに、体に力が入らない。

 すると、島村さんが「ひょっとして……」と声を漏らしながら、俺の両肩に手を置いた。違うんです、セクハラじゃないんです。なんか身体の調子が悪いんです。

 と、思ったら、島村さんは手を置いた俺の身体を起こし、オデコを当てた。

 

「ちょっとごめんね」

「っ⁉︎」

 

 なっ、ななな何しやがんだこの野郎⁉︎近い近い近い顔から火が出る所か顔が太陽になる!

 

「……皐月くん、熱ある?」

「いやそれこっちのセリフ」

「どういう意味⁉︎心配してあげてるのに!」

 

 俺から離れながらツッコミを入れ、今度は自分と俺の額に手を当てた。最初からそうやって熱測れや。

 

「やっぱり……熱あるよ」

「そうですか……」

 

 それ今上がった熱じゃないだろうな……。今世紀最大級に緊張したぞこの野郎……。

 

「とにかく、ご飯食べてゆっくり寝なね?」

「えっ、でも昨日のガンプラ作りの続きは?」

「ダメ!大人しくて寝てなさいっ」

 

 言いながら、島村さんは机まで俺を運んでくれる。しかし、風邪引いたか……。まぁ、昨日は雨に濡れたのにすぐに体暖めたりしなかったからなぁ……。

 あ、ヤバイ。風邪引いたって自覚すると体調が一気に崩れて来てる気がする……。

 

「大丈夫?食べれる?」

「あーうん。一応ね」

 

 いただきます、と手を合わせて一口もらった。おお、美味い……。

 

「美味いなこれ」

「ありがと。でも、食欲なかったら無理しなくて良いからね?」

「いやいや、むしろ体調悪い時の方が食欲出ない?」

「ごめん、それはちょっと分からない」

 

 ああ、だよね。親からも気持ち悪がられてたわ。

 でもその方が早く治るってもんでしょ。別に悪いってわけじゃないよな。

 島村さんの作った朝食を食べ終えて、布団に戻った。島村さんは食器を片付けると、枕元で正座する。

 

「よし、じゃあ今日一日は私が面倒見てあげるからね」

「いや、その前に着替えとか良いの?」

 

 あんたそれ俺の服の上にノーブラノーパンだろ?いや、俺としてはそれでも良いけど、あなたとしては良くないですよね?

 俺の言わんとしてることを察したのか、若干顔を赤らめて島村さんは俯いた。

 

「う、うん……。でも、その……帰るには、外に出ないと…いけないから……」

「あ、そ、そっか……」

 

 今は島村さんの着替えは洗濯して外に干してるが、それまでは島村さんは外に出れないのか。なんか申し訳ないな。いや、下着にまで貫通するほど雨で濡れたんだからしゃあないっちゃあ、しゃあないんだが。

 

「……じゃあ、乾くまでうちにいるんだ?」

「洋服が無くても、今日は皐月くんの家にいるよ」

「えっ、なんで?」

「だって、皐月くん風邪引いちゃったから。誰かいた方が良いでしょ?」

「そ、そりゃまぁ……」

 

 なんか悪いな。しかし、島村さんは多分、出て行こうとしないし、帰らせようものならしゅんっと凹んでしまうだろうし、ここは甘えるしかない。

 

「はぁ……なんか悪いな……」

「ううん。困った時はお互い様だからね」

 

 ああ、天使や……。ここに、天使がおる……。

 かなり感動しながら、とりあえずさっさと食事を終えて歯磨きして布団の中に入った。

 

「何かして欲しいことあったら遠慮なく言ってね。私はここにいるから!」

 

 島村さんが枕元に座ってそう言った。……なんだろう、なんかすごいうずうずしてるんだけど。どうしたのこの人?

 いや、まぁでもいてくれるだけでありがたいものさ。あまり気にせずに目を閉じてるべきだろう。

 布団の中で目を閉じた。……なんか、視線を感じるな。島村さんがすごい見て来てる気がする。

 いや、気にするな。多分、島村さんは変な所で真面目でアホの子だから、俺から目を離さずに見張ってくれるつもりなんだろう。

 ……でもちょっと気になるな。

 

「あの、島村さん?」

「何?喉乾いた?」

「あ、いや……そのー……あれだ。部屋にある漫画とか読んでていいよ。必要な時に呼ぶからさ、それまではそんなにじーっと見てなくても……」

「あ、そ、そっか。分かった」

 

 少しシュンっと肩を落としてしまったが、眠れなかったら風邪が治らなくなるし、そこは仕方ない。

 言われるがまま、島村さんは本棚に挿さってるガンダムOOのマンガ本をとって読み始めた。

 さて、俺もこれでゆっくり眠れる……。……その前にちょっと喉乾いたな。水飲もう。

 そう思って起き上がり、台所に向かった。

 

「? どうしたの?」

「や、喉乾いたから」

 

 島村さんからの質問をしれっと答えると、水道水を汲んで布団の中に戻った。くいっと一口飲んで、残りは枕元に置いて寝転がると、島村さんと目があった。ぷくっと頬を膨らませている。

 

「……ねぇ、皐月くん」

「えっ、何」

「皐月くんはさ、おバカさんなの?」

「はいっ?」

 

 おそらく、最大限に丁寧に「馬鹿かお前は」と言おうとしたんだろう。その結果が「おバカ」ってもはや可愛いな。

 しかし、言おうとしてることに変わりはない。島村さんから飛んで来たとは思えない暴言だった。

 

「な、なんで?」

「言ったよね、何かあったら呼んでって」

「言ったけど……」

「なら、そういうのも言ってよ!私が水を汲むから!」

「いや、そんな事で頼むのもアレかなと……」

「言い訳しない!」

 

 い、言い訳なのか……?いや、でもなんか怒ってるし従っておくべきだよな……。

 

「す、すみません……」

「じゃあ、お水汲んでくるね」

「え?いや、もう汲んだし……」

「ダメです、私がやります」

「………」

 

 もしかしてこの子……むしろお世話したくて仕方ないのでは……?まぁ、そんな事を聞いても否定すると思うけど……。

 まぁ、でもとりあえず寝てよう。いずれにしても俺に出来ることは寝る事だけだ。

 

 ×××

 

 何時間くらい経過したのだろうか。目が覚めて辺りを見回した。薄眼を開けて壁の時計を見ると、12:37だった。

 もうお昼か……。そういや、腹減ったな……。とりあえず起きるか……。

 そう思って体を起こした時だ。おでこの上に何かが乗っていることに今更気がついた。

 俺が起き上がると、俺のおでこの上に置かれていたもの、島村さんの手はビクッと震えて空中で静止した。本人は、顔を赤くしてぼんやりと俺のことを眺めている。

 

「あっ、ご、ごめんなさい!寝顔が可愛くてっ、つい……その、頭を撫でて、しまって……。それで、起きちゃったよね……」

「いや、全然……」

 

 なるほど、それで異様に心地よい眠りだったのか。

 

「むしろ、その……お陰で、それなりに……その、何?良く眠れた」

「っ、そ、そっか……」

 

 ……なんか、最近島村さん顔を赤くする事多くなったなぁ。というか、照れ屋?っていうの?

 まぁ、俺もそれ以上に照れてる回数多いし、人の事言えないけど。

 

「お、お昼にしよっか。私、お粥作るね!」

「へっ?あ、いや俺あんまお粥好きじゃないから普通にガッツリ肉食いたいんだけど……」

「じゃあ、卯月特製のオムレツ作ってあげるね!」

 

 そう言いながら、台所に消えて行く島村さん。なんだろ、大丈夫かな。怪我とかしないかな。

 なんか不安に駆られながら、とりあえず食事を待った。

 

 



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助けを求める島村さん(1)

 昼飯を食べ終えて、皐月は再び眠りに入った。何とかここまでは皐月を困らせるようなことはしていないと安堵している卯月だが、それでもこれから皐月の世話をするなら、皐月に負担が掛からないようにしなければならない。

 体を拭く、冷えピタを貼る、体温を測るなどと言ったイベントを残してる以上、ここからが本番と言えるだろう。

 自分に対しては余りポジティブに考えることのできない卯月は、とりあえず誰かに助言を求める事にした。

 で、誰が適切か。もちろん、五十嵐響子が適切だろう。だが、卯月は何をテンパったのか、自分と同じな境遇にいる女の子に電話をしてしまった。

 

「もしもし?凛ちゃんですか?」

『? 卯月?どうしたの?』

 

 絶賛、恋する乙女真っ最中の渋谷凛に電話していた。もちろん、卯月に自覚なんてない。ただ、直感的に何となく自分と凛が同じ境遇だと思ってしまった。

 

「そのー……実は今……」

 

 卯月はボソリボソリと呟くように現状を説明した。すると、とても腹立たしい声で、おそらくはニマニマしながら言った。

 

『ふーん?卯月も人のこと言えないんじゃん』

「っ?な、何がですかっ?」

『いや、ちゃんとJKらしく恋してるんだなーって思って』

「っ⁉︎こっ、ここっ、こここっ恋⁉︎」

『何で今一瞬ニワトリ入ったの?』

「ちっ、違います!だっ、誰が誰に恋してるんですか⁉︎」

『えっ?だから卯月がその男の子に』

「ちっ、違います!皐月くんのことを好きになるなんて…!」

『へー、皐月くんって言うんだ』

「なっ……!り、凛ちゃんと一緒にしないで下さい!」

『は?私は別に全然ナルの事なんて好きじゃないし』

 

 ぐぬぬっ、むぐぐっ、と電話を挟んで二人で唸り合うが、今回は自分が相談してる立場であることを思い出し、卯月の方から折れた。

 

「っ……と、とにかく、お願いします。凛ちゃんの力を借りたいんです」

『……ふーん。じゃあ、条件』

「何ですか?」

『今度、ナルとプール行くから水着選び手伝って』

「良いですけど……それだけ?」

『うん。……私も悩んでるから』

 

 あっ、なるほど……と納得した卯月は、とりあえずお互いに契約を結んで今回は自分の相談に乗ってもらうことにした。

 

「それで、その……どうすれば良いでしょうか……」

『どうすればって言われても……。普通に看病してあげれば良いでしょ』

「で、でも……男の子の裸見るの初めてで……!」

『は?裸?え、今何してるの?』

「へっ?何って……はっ、あ、いや変な意味じゃなくてですね⁉︎か、看病とかだと体拭いてあげなきゃいけないのかなとか!色々考えてて……!」

『わ、分かったから落ち着いてよ……』

 

 なんか色々と自爆した卯月はスマホを耳に当てたまま、顔を赤くして俯いた。

 

『まぁ、別に卯月がしてあげたいことしてあげれば良いだけだと思うけど』

「でも……かえって迷惑かけたりするようじゃ、皐月くんの負担になっちゃうし……」

『変な事しなければ、風邪引いてるときは何されても嬉しいものだから大丈夫だよ』

「変な事って……」

『例えばほら、風邪引いてるのにモンハンやったりとか……』

「皐月くんはゲーマーじゃないもん」

『いや例えだから。とにかく、風邪引いてるときに出来ないことを代わりにやってあげたり、やらなければいけないことを手助けしてあげるだけで、本人はかなり楽になると思うよ』

 

 そう言われて、卯月は顎に手を当てた。出来ないことを代わりにしてあげたり、やらなければいけないことの手助けを考え、まずは前者から考えることにした。

 出来ないことの手助け、といえばやはり食事や風呂だろう。食事は代わりに作ってあげて、必要ならたべさせてあげれば良い。お風呂も勇気が必要ではあるけど、上半身だけなら拭いてあげる事も出来ると思う。

 続いて後者。やらなければならないことの手助け。風呂や食事以外に病人がしなければならない事は、トイレと歯磨きと睡眠の三つだ。いや、病人という縛りがなければ部屋の掃除とか色々あるけど、部屋は綺麗なので必要ない。

 トイレは流石に手助けできないし、歯磨きは自分で出来ると思うし、磨いてあげるくらいなら特に恥ずかしくはない。磨かれるのは恥ずかしいが。

 残りは睡眠。睡眠に手助け出来る事はあるか。

 

「……」

 

 腕を組んで考えてると、皐月の寝てる様子が目に入った。暑いのか、寝ながら布団を引っぺ返していた。

 

「もう、皐月くん。熱上がっちゃうよー」

『? どうしたの?』

「あ、いえ。皐月くんが寝ながら布団から出て来ちゃって……んっ?」

 

 布団から出て来た皐月は、抱き枕の代わりにするかの如く寝返りを打った。

 直後、卯月の顔は真っ赤に染まり上がった。まさか、添い寝してあげて、という意味なの……?みたいな思考が浮かんだ直後、電話の向こうの凛にボソリと呟くように言った。

 

「………凛ちゃんのえっち」

『なんで⁉︎』

「……そ、添い寝なんて…出来ないもん……」

『どういう思考回路でそういう結論になったの⁉︎』

「そ、添い寝なんてしないから。じゃあ、またね」

『ちょっ、待っ……!なんっ……⁉︎』

 

 そこで電話を切った。で、再び皐月の寝顔を見た。

 

「………添い寝かぁ」

 

 少し考えていた。しばらく考え込んだあと、皐月が今度は寒くなったのか、寝返りを打ちながら布団を自分に被せた。

 寝返りに寝返りを繰り返したからか、布団の端に内側を向いて眠っている皐月。色々と迷ってる卯月には誰かのためのスペースがあるような気がしてならなかった。

 

 悪卯月『入ってしまいましょうよ!彼も体を冷やすと良くないですし、温めてあげるという大義名分があれば怒られませんよ!』

 善卯月『お待ちなさい!まだ女子高生なのにそんな淫らな事は許されません!彼がくしゃみの一つでもしてからじゃないと言い逃れは出来ませんよ!』

 

 直後、へくちっと皐月の口からくしゃみが漏れた。心のシーソーは一発で傾いた。

 頬を赤く染めながら、モゾモゾと皐月の布団に入る。

 

「っ、ちっ、近っ……近いっ……」

 

 目の前で寝息を立てる皐月と、顔を真っ赤にしつつも瞬き一つしないでその寝顔を眺める卯月。

 やっぱりやめておけば良かったかも、と思いながら恥ずかしくなって目を閉じた。

 その直後、布団の中でギュッと手を繋がれ、ドキッとして目を見開いてしまった。

 

「……さっ、皐月、くん……?」

「せぇきはぁ……らぶらぶ、てんきょーけん……」

「らっ、ラブラブ⁉︎」

 

 まだGガンダム未視聴の卯月は意味の分かる部分だけ抜粋して勝手に意識してしまった。

 

「あうぅ〜……」

 

 一体どういう夢を見てるのか、どういう意味の言葉なのか、自分だったら良いなぁ、と考えれば考えるほど目も頭もグルグルと回っていった。

 そもそも、目の前の皐月は自分の事をどう思ってるのか。それが気になって仕方なかった。ただの友達なのか、ガノタ仲間なのか、それとも……と、考えたところで三つ目の可能性は浮かぶ前に削除した。自分の事を意識していたら、こんな目の前で呑気に眠れるわけがない。

 そう考えると、無邪気にすら見えるこの寝顔に少しイラっとしたが、皐月本人に自覚があるわけではないのでここはグッと抑えることにした。イラっとしたことを抑えたため、少し落ち着いて来た。

 

「まったく……高校生の癖に、子供みたいな寝顔して……」

 

 寝転がりながら、繋いでない方の手で皐月の頬を突いた。ふにっと頬が持ち上がる。

 

「わっ……柔らかい……」

 

 なんか感動して、ふにっふにっと頬を突き続けたが、皐月がその指を避けるように顔を背けたので、起こしてしまうと思って手を引っ込めた。

 そろそろふざけるのもここまでにしてお部屋の掃除でもしておこうかな、そう思って布団から出ようとした時だ。皐月が「んっ……」と声を漏らし、自分の方に寝返りを打って来た。

 

「ちょっ、皐月く……」

 

 自分の胸の前に皐月の顔が転がって来て、あと数ミリで胸に顔が埋まるという距離まで近づいて来ている。それを意識する度に頬が熱くなっていった。

 このままではなんかマズい気がした卯月は、早く布団から脱出しようとした。だが、グッと腕を引っ張られる感触。皐月と繋いでいた手が離せなくなっていた。

 

「………きゅう」

 

 で、とうとうショートした。顔を真っ赤にした卯月は、頭から煙を出してそのまま気絶してしまった。

 

 ×××

 

 1時間後。皐月が目を覚ますと顔を真っ赤にした卯月が眠っていた。ていうか、気絶していた。

 

「ーっ⁉︎」

 

 驚いた皐月は慌てて離れようとしたが、手を繋いでることに気付き、手を離してから布団から出た。

 

「………どういう状況?」

 

 まず何で同じ布団の中にいるのか、そしてなんで手を繋いでいるのか、色々と分からないことだらけだったが、とりあえず卯月が起きたら何が起こるかだけ理解した。

 

「多分、顔真っ赤にしてあたふたしちゃうんだろうなぁ……」

 

 そうなると、これからも多分看病してくれるし、その時に気まずくなるのは目に見えてる。

 看病してもらう以上、そういう空気にするのは申し訳ないと思い、とりあえず自分が布団を出た。

 で、とりあえず体温でも測ろうと思って体温計を脇の下に挿した。しばらくぼんやり待機してると、ピピッと音が鳴ったので結果を見た。

 

「……おっ」

 

 37.1度。下がって来ていた。明日には平熱に戻ってそうだと少し安堵しながら、寝てる卯月の方を見た。相変わらず、ノーパンノーブラでジャージを着て眠っている。

 自分以外の男なら間違いなく襲われてるな、なんて思いながら、干してある卯月の下着を見た。見た感じでは乾いているのだが、触らないと分からない。触るとセクハラになるかもしれないのでやめておいた。

 

「………」

 

 眠くなって来たので何処かで寝ようと思ったが、布団は卯月に貸している。

 さっきまでは向こうから来たから良いものの、今回は自分から行かなくてはいけないため不可抗力とは言えない。よって、入るわけにはいかなかった。

 

「……床でも良いか」

 

 そう呟いて、布団の横で寝ようと座り込んた時だ。卯月がムクっと体を起こした。

 

「……んっ、ここは……?」

「あ、起きた。おはよう、島村さん」

「……んー……?」

 

 寝惚けた表情で辺りを見回したあと、皐月の顔を見上げた。

 

「下着乾いてるかどうか、一応確認し」

「お母さぁん……朝ご飯……」

「は?」

 

 寝ぼけてるのか、ボンヤリした表情で皐月の体にもたれ掛かった。ノーブラの卯月の胸が自分の胸に当たり、流石に照れて顔を真っ赤にする皐月。それに気付かず、卯月は皐月にしばらく体重をかけ続けた。

 

「あっ、あにょっ……ひっ、しまむりゃさん……?」

「んー……。……んっ?」

 

 母親どころか女性ではない声音が聞こえ、ようやく卯月は正気に戻った。恐る恐る、という感じで顔を上げると、皐月の顔があった。

 直後、卯月は顔を真っ赤にした。結局、気まずくなって看病は続いた。

 

 



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プラモ屋は一度入ると中々抜け出せない底無し沼。

 島村さんのおかげなのかどうなのか分からないが熱は下がった。いや、お陰ではないかな。なんか目を覚ました後、テンパってたのか水ぶっかけられるし、コーヒーに塩入れられるし、身体拭いてくれる時にタワシで拭かれるしで、決して楽ではなかったわ。

 まぁ、でも治ったんだからそれで良いよね。

 で、現在は島村さんにお礼の品を買うために買い物に来ている。そう、プラモ屋に。

 島村さん、確かSEED系が好きだって言ってたよな。そうなると、その辺りのモビルスーツから選んだ方が良い。

 

「ふーむ……」

「あれ?古川?」

 

 聞き覚えのある声が聞こえ、顔を上げると神谷奈緒が立っていた。

 

「あ、どうも」

「何してんだこんなとこで……って、聞くまでもないか」

「島村さんのプレゼント買いに」

「おい待てお前今なんつった?」

「えっ?島村さんのプレゼント……」

 

 あれ、なんか怒ってる……?

 

「……一応聞くけど、それ何のプレゼントだ?」

「や、最近さ、俺風邪引いてたんだよね。それで看病してもらったからそのお礼」

「お前……お礼の品にガンプラを選ぶ気か……?」

「え?だって、島村さん……ガンプラ、好き……」

「単語だけで話すな!外国人か!」

 

 えっ…ダメなの?島村さん、喜ぶと思うんだけど……。

 

「あのなぁ、そういうお礼にプラモは無いだろ。もっと、こう……食べ物とか小物とかな……」

「……え、そういうもん?」

「プレゼントとかあげたことないのか?」

「ないなぁ。あげる相手いなかったし」

「……すまん」

「家族には、親父には戦車、お袋にはバイク、弟にはフレームアームズガールのプラモ買ってたし……」

「弟……」

 

 うちの家族ロクでもないな……。弟に限らないけど、神谷さんが呆れるのも分かる気がする。

 

「とにかく、そういう時のプレゼントならプラモはダメだろ」

「えっ、な、なんで……?」

「いや普通に考えてダメでしょ。もっと、こう……分かりやすいものをだな……」

「分かりやすいってなんだよ」

「だからなぁ、こう……食べ物とか小物とかそういうのをだな」

 

 ふむ、食べ物とか、かぁ……。そういえば、島村さんに俺って何か買ってあげたことないなぁ。

 

「ふーむ……小物かぁ……」

「例えばだけどな。もし必要ならあたしも手伝うけど……」

「あーそれなら頼む。ガンプラ選びなら負けないけど小物とかそういうのは無理だ」

「待て」

「んっ?」

 

 なんだ?急に口調が強くなったぞ。

 

「ガンプラ選びならあたしだって負けないぞ」

 

 は?俺にガンダムのことで勝つつもりか?

 

「は?俺にガンダムのことで勝つつもりか?」

 

 思った事と全く同じことを言うと、神谷さんは好戦的に微笑んだ。

 

「この世のガノタなんて大抵はSEEDとOOとビルドファイターズと鉄血だけ見てブイブイ言わせてるだけじゃん。古川だってどうせそんなもんだろ?」

「は?初代からGレコまで全部見てるわ。鉄血はちょっと最後まで見る気力なかったんでネタバレで満足しちゃいました」

「……Gレコも見たのか?」

「いや戦闘シーン良いじゃん。あとモビルスーツカッコよくね?」

「え、そ、そう?趣味悪いな」

「いやいや、むしろあのゲテモノ感が良いだろ。ダハックとかカバカーリーとか見たことある?」

 

 直後、お互いにニヤリと微笑んだ。幸い、ここはプラモ屋だ。決着をつけるにはうってつけと言えるだろう。

 

「上等、テーマは?」

「まずは基本だろ。ザク系MSで一番カッコ良い奴」

「おk」

 

 二人してモビルスーツの好みを争い合った。我ながら不毛な争いだなこれ。

 

 ×××

 

「いやー、確かにダハックの両手ビームシールドとか良いな」

「だべ?ストーリーよりモビルスーツの格好良さで見れば面白いからあれ」

 

 ガンダムカッコ良いMS7番勝負なんてアホなことして、ついうっかりプラモ屋に長居してしまった。最終的に「基本的に全部カッコ良い」で収まっちゃったし。

 その後も二人でプラモ屋をじっくり見回って、モビルスーツの格好良さを語り合ってた。神谷さんとは仲良くなれそうだ。

 

「俺はほら、機能的なモビルスーツが好きだからさ。Wのガンダム五機で一番カッコ良いのヘビーアームズだし」

「あーあたしはやっぱ主人公だけどなー」

「神谷さんはロマン派かー。まぁ、ゼロカスの羽も一応は大気圏突入に使えるから、別に実用的じゃないわけじゃないけど……でも好きかどうかで言われたら……。俺はゼロのが好きかな」

「ゼロも良いよな。てかあれに出て来る機体は全部イケメンだろ」

「それな」

 

 そう、結局全部カッコ良いんだよな。俺が本当にダメなガンダムのモビルスーツって言ったら……いや、本当に無理なのは無いか。

 そんな事を話しながら、ようやくプレゼントを選び始めた。まぁ、プレゼントなんて大袈裟なものじゃないが。

 

「で、例えば?」

「そうだな……。夏休み抜けたら徐々に寒くなるんだし、手袋とかマフラーとか……」

「じゃあそのどっちかで」

「お前少しは考えて生きろよ……。逆にそれで良いのか?」

「いやでも、こういうのはあんま何買えば良いのかわからないし……」

「だからって丸々採用しようとするな。同じ系統のものから、お前が卯月に買ってやりたいものを考えろ」

 

 ……なるほど、同じ系統か……。それは確かに良いかもしれない。

 同じ系統……マフラーや手袋……いや、流石に季節巡りすぎか?神谷さんは例えで言ってただけだし。

 ふーむ……ようは実用的なものってことだろ……?それもオシャレにも応用できる奴。なんだろうか……。

 

「あっ、アレは?なんだっけほら……リストバンドとか!」

「なんでそうなったのか知らないけど良いんじゃないか?」

「確か、ジオンのマークがついてる良い奴があったはず……」

「おーい待て待て。なんでガンダムのなんだよ」

「え?なんで?」

「だから……や、もういい。リストバンドはやめとけ」

 

 なんだ……?なんか、説明を諦められたような……。いや、気にせず話を進めようか。

 他に実用的かつデザインが重要なもの……。

 

「じゃあアレだ。時計とか」

「えぇ〜……大丈夫なのか?値段とか」

「確かシャア専用腕時計ってのがあったと思」

「おい、いい加減にしろよ!ガンダムから頭離せ!」

「ダメなのガンプラだけじゃないの?」

「普通のJKが着けそうなものにしろよ!」

 

 ふーむ……それは一番難しいかもしれないな……。何せ、普通のJKが着けそうなものなんて俺の興味の対象に一番遠い所にあるものだからな。

 

「別にJK限定じゃなくても卯月が喜びそうなものでも良いんだぞ?」

「そう言われてもな……」

「例えば、卯月が毎日欠かさずに身体に着けてるものとか浮かべてなよ」

 

 ……ブラかパンツ?なんて言ったら通報されそうなのでやめよう。

 

「……下着以外か……」

「下着って!お前何考えてんだよ⁉︎」

 

 あっ、やばっ。口に出てた。

 

「ま、待て待て違うんだって!だって人が身に付けてるものって言ったら服だろ⁉︎私服には種類が色々とあるし、俺に分かるのは下着くらいで……!だから頭の中で速攻打ち消したのが口から漏れたんだって!」

「……い、言い訳がましい……。まさか、本当に……?」

「違うからスマホから手を離せ!」

 

 は、早く次の案を出さないとマジで通報される……!島村さんが毎日着けてるものか……。

 

「分かった、ヘアゴムか!」

「んっ……おお、よく気付いたな」

 

 感心した様子になる神谷さん。よし、何とかなったか……?

 

「ヘアゴムなら秋どころか年中無休春夏秋冬一事が万事使えるよな」

「最後のは少し違くないか……?や、まぁその通りなんだが」

「よし、じゃあ早速だけど、見に行くか」

「お、おう。さっきの発言は忘れてないからな」

「………謝るので誰にも言わないで下さい」

 

 とにかく謝った。

 で、神谷さんがいつもヘアゴムを買ってる店に向かった。まぁ、基本的には安い束売りのものを買ってるらしいのだが、それでも気に入ってるヘアゴムが売ってる店はちゃんと抑えてあるあたり、やはりアイドルもJKと同じなんだなと思う。

 

「なんかあるかなー」

 

 神谷さんが楽しそうにヘアゴムゾーンを眺める横で、俺も同じようにその辺りを見ていた。

 しかし、髪をまとめるだけのゴムなのに色々と種類があるもんだ。色がついてるだけのものや、ゴムになんかりんごとかついてる奴、あとこれはなんだっけ……シュシュ?とかいうの。

 まぁ、ここからは俺が選んだ方が良いんだろうな。しかし、島村さんに似合いそうなものか……。

 やはり明るい色?いや、そんなの島村さんだって持ってるはずだし、むしろ別の色を選んだ方が良いかもしれない。しかし、だからといって似合わないものを買っても仕方ないか……。

 

「……神谷さん、ヒント」

「いつからクイズ番組になったんだよ……。別に、ゴチャゴチャ考える必要ないんじゃないか?ただ、古川が卯月に使って欲しいものを買えば良いんだから」

「使って欲しいもの……やすり」

「次、ガンプラ関係のこと言ったら帰るからな」

 

 すみませんでした……。でもね、彼女ニッパーしか使わないもんだから、そろそろヤスリとか使って欲しいんですよね。

 

「……ふーむ、シュシュとか?」

「ああ、良いんじゃないか?」

 

 よし、シュシュだな。しかし一口にシュシュと言っても色々と種類があるものだ。

 さて、どうしようか。俺がつけて欲しいもの……。正直、シュシュ一つくらいで女の子の印象が変わるとは思えないし、どれでも良い気がするんだよな。

 だが、せっかく渡すものだし、ちゃんと選びたい。……もう直感で良いか。俺が見た感じ可愛いと思った奴を買おう。

 

「……よし、これにしよう」

「ん、良いんじゃないか?」

 

 手に取ったのは薄い紫基調のシュシュだ。

 

「でも、なんでこれ選んだんだよ」

「ん、何となく。あんま女の子に何が似合うかとか分かんないし、俺の好きな奴を選ぼうと思って」

「……なるほどなぁ。まぁ、それで良いかもな。てか紫好きなんだ?」

「俺が鉄血で数少ない、というか3機だけ好きなモビルスーツがキマリスとキマリストルーパーとキマリスヴィダールなんだよね」

「そんなに紫が好きなのか?」

「紫っていうか……いや紫も好きだけど、あの作品に関しては余り好きなモビルスーツ多くないんだよね」

 

 そもそもどう見てもガエリオが主人公だし。機動戦士ガンダムGO(ガリレオー)だろ。いや、名前もう少し考えろよ。

 

「まぁ、でも古川が選んだものなら卯月も喜ぶと思うぞ」

「そっか。じゃ、買って来るわ」

 

 よし、喜んでもらえるなら良いぞ。まぁ、お礼に渡すわけだから、それはそれで良いんだけど。

 購入を終えて神谷さんと合流して声をかけた。

 

「悪いな、手伝ってもらっちゃって」

「いいって。……最近、同じような依頼受けたばかりだし」

「そうなん?」

「や、なんでもない」

 

 俺以外にもアイドルに恋愛してる奴がいるってことか?いや、神谷さんの学校の友達かもしれないし、それは分からないか。

 まぁ、他人のリア充化に興味はないし首を突っ込む気もない。ただ、別のことに興味あるな。

 

「ちなみに、そいつの選んだプレゼントと俺のプレゼントはどっちがマシだった?」

「ある意味ではお前の方がまともだった」

 

 そ、そっか……。シュシュという選択肢は間違ってなかったのか。何となくホッとしてると、神谷さんが何かを思い出したように言った。

 

「そういえば古川、お前こんなとこにいても良いのか?」

「え?なんで?」

「知らないのか?」

 

 え、何?なんかあんの?もしかして緊急避難警報とか出てる?ザクが三機攻めて来たりとか?

 

「卯月、今風邪引いてるんだぞ」

「………はっ?」

「今日、仕事だったのに自宅療養中」

 

 それってさ……完全に俺の熱移したよな……。なんかそう思った直後、反射的に口から質問が飛び出していた。

 

「神谷さん、島村さんの家ってどこ?」

「は?え、えっと……確かうちの事務所の近くだけど……」

「詳細に!」

「お、おう」

 

 住所を教えてもらうと、走って駅に向かっていた。

 

「お、おい!行くのかよ⁉︎」

「ああ、今日はありがと。今度飯奢るわ」

 

 それだけ言って走って島村さんの家に向かった。

 

 



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蛙の子は蛙。

 えーっと、つい勢いで島村さんの家の前まで来てしまったが……これ、どうすれば良いんだろう。冷静になったわ。

 今更だけど、島村さんって一人暮らしじゃないよな……。娘が風邪引いてるんだし、普通に片方は家にいそう。

 いや、せっかく途中でポカリとりんごまで買って来たんだし、勇気を出せよ俺。

 

「……すぅーはぁー……」

 

 深呼吸をしてからインターホンを押した。しばらくして女性の声が聞こえて来た。

 

『もしもし?』

「あー……えっと、島村さんの知り合いなんですけど……」

『えっと……島村さんって、卯月のことかしら?』

「へっ?……あ、そ、そっか。はい、卯月さんの知り合いです」

 

 すると、「まぁ!」と興奮したような声が聞こえた。

 

『もしかして、あなたが卯月からよく聞く皐月くん?』

「へ?聞いてるんですか?」

『はい、それはもう。最近ではあなたの話ばかりなんですよー?昨日は風邪を引いたみたいで、その看病をしたー可愛かったーなんて嬉しそうな顔で帰って来て……』

『ママ⁉︎何言ってるの⁉︎』

 

 島村さんか?なんか聞こえて来た。

 

『あら、卯月。用があるなら呼んでって言ったじゃない。風邪治らないわよ?』

『そ、そんなことどうでも良いの!今、皐月くんと話してるんだよね⁉︎』

『そうよ?お見舞いに来てくれたんじゃないかしら?それより、何しに来たの?何か欲しかったなら、後で二階に持って行くけど』

『い、良いから!余計なこと言わないで帰ってもらって!』

 

 丸聞こえ……丸聞こえだ……。帰って欲しいのかよ……。

 

『あら、せっかく来てくれたのにどうして?失礼じゃない』

『そっ、それはっ……!そ、その……と、とにかく帰ってもらって!』

『……仕方ないわねぇ。それより、早く上で寝てなさい。何欲しいの?持って行ってあげるから』

『……ポカリ』

『はいはい。じゃあ上行ってなさい』

 

 ……まさか、追い返されるとは。ちょっとショック。せめて買って来たものだけでも渡して帰ろう。

 

『えーっと……皐月さん、まだいます?』

「……はい」

『ごめんなさいね。卯月がちょうど起きて来てて……』

「いえ。では、りんごとポカリ買って来たので、それだけでも……」

『上がってくれる?今、玄関開けるから』

「えっ、良いんですか?俺、会話ガッツリ聞こえてたんですけど」

『良いのよ。本当は上がっていってくれた方が卯月も喜ぶと思うし』

「そ、そうですか……?」

『そうよ』

 

 でも、本人が嫌がってるんだし……。それに、親は絶対に娘の知り合いには邪険に出来ないだろうからそう言う風に言ってるのかもしれないし……。

 そうこう考えてるうちに、玄関が開いてしまった。島村さんのお母様が顔を出し、俺に小さく会釈した。

 

「ど、どうも……」

「さ、上がって上がって」

 

 うおっ、可愛いなこの人。美人じゃなくて可愛い。てか島村さんにそっくりやな。若くね?どう若く見積もっても32歳の人とは思えないんだが。

 

「あの……本当に良いんですか?」

「良いの良いの。ポカリ持ってるんでしょ?ちょうど今、切らしてるのよ」

 

 あっ、なるほど。そう言うことか。

 

「じゃあ、これだけ渡すんで……」

「ダメよ。ほら、上がって行って」

「……すみません」

 

 急かされたので、仕方なく家に上がった。お邪魔します、と控えめに挨拶して中を歩く。

 

「二階の『うづき☆』って書いてあるプレートが下がってる所が卯月の部屋だから。一応、ノックを忘れないようにね?」

「は、はいっ」

 

 本当に部屋にプレートつけてる人っているんだ……。なんか可愛いな。

 言われるがまま、二階に上がって部屋の前に来た。なんか緊張するな……。女の子の部屋に入るのなんて初めてだ……。ノックするのも恐れ多い気がする。

 でも、ノックしないと入れないし……。頑張れ、俺。チキるな、俺。

 ……念の為、深呼吸してからノックをした。すると、2〜3秒くらい時間を置いてドアが開いた。あ、髪下ろしてる。新鮮で可愛い。

 

「どうしたの?ママ。ノックなんてして……」

「あっ、し、島村さん……」

「ーっ⁉︎」

「ちょっ、なんで閉めるの⁉︎」

 

 すげぇターボ!何今の⁉︎俺の顔見た瞬間閉められたんだけど⁉︎

 

「なんでいるのなんでいるのなんでいるの⁉︎」

「えっ?いや、お母さんが入れてくれたからだけど……」

「おっ、お義母さんなんて気が早いよ!」

「えっ、何言ってんの?」

 

 この人どうしたの?最近、ポンコツ化が特に酷い気がするんだけど……。

 

「……もぉ〜……お母さんってば……」

 

 ドアの向こうから、全力で呆れてるような声が聞こえて来た。

 えーっと……どうしよう。とりあえず、要件だけでも伝えておこう。

 

「一応、お見舞いに来たんだけど……。なんか、俺の風邪が移っちゃったみたいだし……」

「う、ううん!そんな事ないよ!たまたま、私と皐月くんの風邪の時期が被っただけで……!」

「一応、ポカリとりんご買って来たんだけど……」

「………」

 

 言うと黙り込む事、数十秒。ガチャっ……と、何故か切なそうな音でドアが開き、隙間から島村さんの左目が覗き込んで来た。

 

「……さ、30秒だけ、待ってくれる……?お部屋、片付けるから……」

「や、風邪引いてんのにそれはダメでしょ。気にしないから入れてよ」

「わ、私が気にするの!」

「じゃあ俺が片付けるよ」

「そ、それが一番ダメだから!じゃ、30秒だけね!」

 

 釘を刺され、とりあえず待機する事にした。

 俺の脳内時計で41秒後、ようやく扉が開いた。同じように片目だけチラつかせて、上目遣いで島村さんは俺に言った。

 

「ど、どうぞ……」

「お、お邪魔します……」

 

 俺も同じように気まずそうに挨拶して中に入った。中は前々から片付けてあったんじゃねぇの?と思うほど綺麗だったが、部屋の隅にあるニッパーが上に乗せられているプラモの箱を見つけてしまい、多分あれを片付けたんだろうなと理解した。

 しかし、なんと言うか思ったよりプラモ作ってるんだなこの人。色んなところにフリーダム、ジャスティス、エールストライク、ストライクルージュ、ルナザク、ストフリ、インジャのプラモが並べられている。

 素組みの割には綺麗に作られているそのプラモを見回していると、ベッドの上に戻った島村さんが頬を赤らめながら言った。

 

「……さ、皐月くん。女の子の部屋をジロジロ見るのは、良くないと思うんだけど……」

「あっ、ご、ごめん」

 

 ……とりあえず、ポカリ渡そうか。

 

「はい、ポカリ」

「……ありがと。わざわざ」

「それと、リンゴ買って来たよ。剥いてこようか?」

「う、ううん!余り、食欲ないから……」

「じゃあ、とりあえずここ置いとくから」

「……う、うん……」

 

 ……なんだろ、気まずいわ。俺が看病されてる時はこんな感じじゃなかったのに。

 ていうか、気まずさが島村さんが放出されてる気がする。顔赤らめたまま、ずっとベッドの上で座り込んで俯いてる。

 やっぱ怒ってるのかな。島村さんは俺を帰らせるつもりだったんだし、怒っててもおかしくないといえばおかしくない。

 ……迷惑なら早めに帰ろう。とりあえず、お礼のシュシュだけ渡しておくか。

 

「島村さん」

「っ、な、何?」

「これ、昨日看病してくれたお礼」

「へっ……?」

 

 小さな紙袋を手渡した。

 驚いた表情で島村さんはその紙袋をまじまじと見つめると、紙袋に書かれている店名を見た。

 それだけで何を買ったのか分かってしまったのか、その表情は徐々に嬉しそうな顔に変わっていく。このまま島村さんの様子を観察して「島村観察日記」を書いてみても良いのだが、贈り物を貰っても俺に何一つ声をかけて来ない辺り、やはり怒ってるのかもしれない。

 やっぱ早めに帰ろう。

 

「じゃ、また今度」

「へっ?あっ……待っ……」

 

 帰ろうと扉の方に体を向けた直後、呼び止めるかのような声が聞こえたので振り返ると、島村さんが名残惜しそうな表情で中途半端に俺に手を伸ばしていた。

 ……えーっと、帰るなって事かな……?いや、でも勘違いだったら恥ずかしいし……。もしかしたら「さっさと帰れ、シッシッ」の手である可能性もゼロではないし……。

 そんな風に迷ってるのが顔に出ていたのか、島村さんが今にも泣きそうにも聞こえる声でボソリボソリと呟いた。

 

「あっ、あのっ……も、もう少しだけ……ゆっくり、していって…くれ、ませんか……?」

 

 一言一言区切りながら、俺の表情を伺うようにチラ見して主張を進める島村さん。

 そこまで言われたら、帰れという意味でない事は流石の俺にも分かった。

 

「……わかった」

 

 俺にまで照れが感染し、頬を赤らめながらベッドの隣に腰を掛けた。

 

「………」

「………」

 

 呼び止めた割に何も喋らない島村さん。いや、俺も俺で残ってる割に何も言おうとしてないから人の事言えないんだけどな。

 二人揃って顔を赤らめたまま、顔を合わせることもなく俯いていた。

 

「……さ、皐月、くん……」

「っ、な、何……?」

 

 あ、声かけてきた。

 

「たっ、体調は平気……?」

 

 病人に気遣われた。

 

「それはこっちのセリフ」

「……わ、私は…平気、ではないかな……。38度あるし……」

「やっぱ俺の移しちゃったでしょ。ほんと悪い」

「……ううん。そんな事ないよ。私がしたくて、皐月くんの看病してたんだから。移っちゃうのも覚悟してたからね」

「そこまでする事なかったのに」

「ううん。風邪引くとやっぱり心細いと思ったから。一人暮らしなんだから、特に皐月くんは寂しいかなって思って……」

「別に寂しくはないよ。基本的に一人だからな」

「………」

 

 あっ、そういや前に一人みたいな事言ったら、少し嫌そうな反応してたっけ……。

 それを思い出した頃には遅かった。後ろから島村さんは俺の肩に手を置き、ポツリポツリと呟くように言った。

 

「……皐月くんは、もう一人じゃないよ……」

「……そうだったな、すまん」

 

 素直に謝ると、後ろから頭を撫でてくれた。照れ臭かったけど、抵抗する気にはならなかった。

 体重を後ろに掛け、ベッドにもたれかかった。何だろう、この雰囲気……。てか、なんで俺今肯定した?今の言い方じゃ、まるで友達というより恋人っぽかったぞ。

 落ち着けよ俺。どんなに俺にその気があっても、俺が島村さんと恋人になる未来なんてないんだ。

 自分の中の複雑な心境から逃げるように言った。

 

「……島村さんの部屋、ガンプラ割と多いんだな」

「……うん。皐月くんの好きなものは、私も好きになりたかったから……」

「………そ、そっか」

 

 前にも同じようなことを言われた気がする。でも、前とは全く違う意味に聞こえたのは気の所為だろうか。

 またも気まずい空気がその場を支配した。俺も島村さんも何も言わない。島村さんも恥ずかしい事を言ってしまった自覚はあったのか、多分顔を赤らめて俯いてる。その証拠に、頭を撫でていたはずの手が止まって、代わりに若干震えている。

 今度は島村さんが恥ずかしさを誤魔化すように言った。

 

「あっ、そ、そうだ!この袋、開けても良い?」

「あ、ああ。どうぞ、ご自由に」

 

 後ろからガサガサと音が聞こえる。多分、開けてるんだろうな。

 

「わぁ……!やっぱりシュシュだ」

「……わかってたんだ」

「このお店、奈緒ちゃんとたまに行くから」

 

 なるほど。神谷さん本当に行きつけなんだな、あの店。

 すると、何かを察したのか島村さんは少し声を低くして聞いてきた。

 

「……奈緒ちゃんと買いに行ったの?」

「あー、まぁね。偶然、向こうで会ったんだけどさ」

「……そう、なんだ」

 

 なんだ?なんかテンション下がったような……。何か悪い事言ったかな……。

 

「そのお陰で、神谷さんから島村さんが風邪引いてる事知って、それで現在に至るって事」

「そう、なんだ……。奈緒ちゃんが行けって言ったの?」

「え?あー……いや、神谷さんからは聞いただけだよ。ていうか、神谷さんには申し訳ない事したかな。島村さんが風邪って聞いて、思わず走って来ちゃったから……」

 

 一応、今度何か奢るって言っておいたけど……。あとで改めてお礼言わないとな。

 島村さんも、流石に何のお礼もせずにここに来てしまった事に若干引いたのか、返事が来なくなった。

 再びしばらく沈黙。すると、なんか後ろからゴソゴソと音が聞こえて来た。何かしてるのかな、と思ったら肩を突かれた。

 後ろを振り向くと、買って来たシュシュを使っていつもの髪型にまとめた島村さんが、頬を赤く染めながら控えめな声で聞いて来た。

 

「………どう、ですか……?」

「ッ……」

 

 あ、あれっ?なんか、思ってるよりというか……薄い紫も割と似合うな……。正直、髪留め一つでそんな変化なんて起きないと思っていたが……目の前の島村さんは随分と可愛くなってるように見える。

 ……ハッ、ボーッと見てる場合ではない。感想を求められてるんだ。何か言わないと。

 

「……あー……その、何?と、とても良くお似合いなのでは、ないで……しょうか……」

 

 目を逸らしながら、ボソリボソリと褒めてみると、嬉しかったのか、島村さんは顔を赤くして目を逸らした。

 

「っ……ぁ、あり、がと……ございます……」

 

 ……その仕草はやめろ。可愛いにもほどがある。俺も一緒になって顔を赤らめて目を逸らした。

 ……あー、うー。どうしよう。なんだこれ。初恋かっつーの。もしくはウブ同士のお見合い。第三者がいないと会話もままならないとかマジで中学生か。いや、お互いに高二である事を含めると中学生以下だな。

 今回の沈黙は今日の沈黙で一番長い。だが、その沈黙は思わぬ形で破られた。

 

「っ、ぇほっ、ケホッケホッ!」

「しっ、島村さん?大丈夫っ?」

 

 突然、咳き込み、思わず変な声音が漏れた。

 

「……だ、だいじょうぶ……」

 

 そうだ。風邪引いてるんだったな。早めに帰らないと迷惑か。島村さんの家はご両親もいるし、俺はいない方が良いだろう。

 

「そ、そろそろ俺帰るな」

「えっ?も、もう……ですか……?」

「ああ。あまり長居しても風邪を悪化させちゃうかもだし」

「そ、そっか……」

 

 シュンッと肩を落とす島村さん。ぐっ……この人の落ち込んでる顔はどんなにこっちが悪くなくても良心を抉ってくるから卑怯だ。

 でも、ここで引かれるわけにはいかない。こんなので島村さんが満足するかは分からないが、一応慰めるために言った。

 

「ま、まぁ、その……何?俺で良ければ、いつでもL○NEしてくれりゃ相手するから」

「………」

 

 そうは言うものの、向こうから反応はない。やっぱ今のは良くなかったか……?自分でもらしくない事言ったと思うし……。

 

「……じゃあ、条件」

「えっ?」

「条件!これを飲んでくれないと帰らせないから!全力で引き止めるから!」

 

 グッ、卑怯な……。全力を出されたら風邪を引いてる島村さんに無理をさせる事になるし、どう足掻いてもその条件を飲むしかない。本人にそこまで深い考えはないだろうけど。

 

「分かったよ。何?」

「そ、その……これからは、下の名前で呼んで?」

「えっ?」

「もう、3ヶ月くらい一緒に遊んだりしてるのに、いつまでも『島村さん』じゃ他人行儀でしょ?」

「で、でも……いきなり下の名前っていうのは……」

「………」

「……わ、分かったよ……」

 

 その懇願するような上目遣いは卑怯だろ……。島村さんなら尚更。

 

「……じゃあ、用あったら連絡してな。うっ、卯月……」

「! ……うん、すぐに連絡するね!」

 

 すぐにしちゃうのかよ、というツッコミが出来ないほどに照れるに照れた俺は、足早に部屋を後にした。

 

 



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想像も妄想も口に出ないように気を付けよう。

 翌日、バイト先に向かっていた。なんだかんだ言って、もう夏休みも中盤、あと少しで憂鬱な学生生活が戻って来る。

 その反面、今の夏休みはそれなりに充実していたと思う。何せ、今年の夏は女の子と何日か一緒にいられたんだからな。それもアイドルと。それはもうテンション上がらない方がおかしい。

 昨日は結局、島村さんが起きてる間はほとんどL○NEしていたようで、会話が始まる時には「おはよ」、途切れる直前には「寝るね、おやすみ」のメッセージが送られて来ていた。

 しかし、なんというか、島村さんとの関係も随分と長くなった気がするぜ。本人を目の前にすると緊張の方が勝ってしまい、中々上手く話せなくなるけど、一人の時はそれはもう心も体もピョンピョンしてしまう。

 その所為か、柄にもなく今日のバイトも頑張ろうという気になってきてしまう。

 そんな事を考えながらコンビニに到着すると、工事の時によくしてある、布のカバーみたいなのに店が覆われていた。

 

「……はっ?」

 

 え、工事中?なんで?昨日と一昨日休んでた間に何があったんだ……?

 すると、スマホがヴヴッと震えた。バイト先の田中さんだ。

 

 田中@おっぱいに挟まれたい『悪い、連絡すんの忘れてた』

 田中@おっぱいに挟まれたい『今日からコンビニリニューアルの工事でしばらく休業だって』

 

 ……早く言えよこの野郎。

 はぁ、やる気も元気も全部無駄になった気分だぜ……。

 仕方なく「了解」と短く返事をして引き返した。しかし、これでしばらくする事なくなっちまったなぁ。

 まぁ、それならそれで作りかけのガンプラの続きができるし、別に良いか。

 ……いや、ダメだよ。来月はもう学校やぞ。金ないと困るわ。短期のバイトでも探そうかな。

 そんな事を考えてると、スマホがヴヴッと震えた。

 

 母親『あんた暇でしょ?山中さん家のプール、人手足りないみたいだから帰ってきて手伝ってあげなさい』

 

 そんなわけで、実家に帰る事になった。

 

 ×××

 

 山中さん家のプール、というのはうちの地元にある大型のプールのことだ。

 ウォータースライダーのなんかでっかいのとか波のプールとか流れるプールとか、とにかくたくさん色々な種類のプールがある。

 そこの監視員を頼まれたわけだ。その日のうちに荷物、というか部屋の片付けと洗濯モノの処理だけして、あとは財布とPA○MOを持って家を出た。

 

「……あっ」

 

 その前に島村さんにしばらく返信遅くなるとだけ言っとくか。

 そう思って電話をかけた。島村さんはメッセージより電話の方が喜ぶんだよな。

 

『もしもし?』

「島村さん?俺さ、これから……」

『……つーん』

 

 ……えっ、何?殺虫スプレーの香りの効果音?

 

「えっと……島村さん?どうしたの?」

『……卯月でしょ』

「はっ?」

『卯月って呼ばなきゃ返事しないもん』

 

 ……なんだそれ。可愛すぎかよ。なんて言ってる場合じゃない。すっかり忘れてたわ。

 

「うっ、卯月……」

『はい。何?皐月くん』

 

 嬉しそうだな。声を聞くだけでも分かるんですけど。

 

「いや、大したことじゃなくて。俺、しばらく実家帰るから」

『えっ?ど、どうして?』

「や、プール行くから」

『誰と⁉︎』

 

 うおっ、ビックリした。そんな驚く要素あったか?

 

「一人だけど」

『ひっ、一人でプール⁉︎………そ、それってナンパ?いや、皐月くんに限って……でも、皐月くんだって男の子だし……』

 

 なんかすごい風評被害受けてる気がするんだが……。

 

「だから、しばらくL○NEの返事とか遅れるかもってだけだから」

『………』

「しまむ……うっ、うじゅっ、卯月?」

 

 噛んでしまった。しかし、反応がまったくなかった。それはそれで寂しいんだけど……。

 ていうか、なんで島村さんがそんな深刻そうにしてるんですかね。なんかナンパとか言ってたけど……あ、もしかして「一人でプール行くなんて寂しい……可哀想……」とか思われてるのかな。

 だとしたら心配無用なので、なんかブツブツと小声で喋ってる島村さんにこちらから声をかけてみた。

 

「あっ、あのー……俺、監視員というか……バイトとして向こうに行くだけだから、ナンパなんてしないからね?」

『へっ?ば、バイト……?』

「うん。親の知り合いが経営してるんだけど、人手足んないらしいから」

『な、なぁんだ。それならそうと早く言ってよー。ついうっかり、私も仕事お休みもらって付いて行こうかと思っちゃったよー』

「なんでだよ……。てか、仕事休んでまで来るなよ……」

『あ、プールといえばね、私も明日プールでお仕事なんだー』

「へぇー。プールで仕事とかあるんだ。普通、海だと思ってたけど」

『うん。かなり大きい所みたいでね、バラエティ番組の取材みたいな感じで行くんだ』

 

 みたいな感じって……ちゃんと把握してなくて平気なのか?

 

「ふーん。一人?」

『ううん。プロデューサーさんと、あと川島さんと一緒』

「誰?」

『誰って、アイドルとアナウンサーの人だよ』

「ああ、あの人」

 

 可愛い、というより美人系の人か。……まるで若い親子だな。主に島村さんの精神年齢的に。

 

『……今、何か失礼なこと考えてたでしょ』

「えっ⁉︎い、いや何も⁉︎」

 

 割と鋭いなこの人。話をさっさと逸らそう。

 

「それより、風邪は治ったの?いや、仕事行くとか言ってたし治ったんだろうけど」

『うん。もうすっかり。皐月くんがくれたリンゴ、ママが剥いてくれたんだよ。リンゴ一個で医者いらずとはよく言ったものだよね』

「いや、リンゴで治ったわけじゃないと思うけど。てか、病み上がりなら今日くらいは仕事休んだ方が良いんじゃねぇの」

『ううん。昨日、一昨日はお休みだったんだし、風邪が治った今日は頑張らないと!』

 

 うーん……まぁ、島村さんは頑張り屋さんだし、こういう時は言っても聞かないだろう。本当は止めるべきなんだろうけど。

 

「まぁ、体調悪くなったらすぐに休むように」

『うん。……ふふっ』

「? 何?」

『ううん。ただ、皐月くんって優しいなって思って。なんだかんだ言って結局は心配してくれるから』

「………」

 

 おいバカやめろ。人をツンデレみたいに言うんじゃねぇよ。

 

「……もう切るぞ」

『あ、うん。私もお仕事だから、またね』

 

 それだけ話して通話を切った。さて、仕事だ仕事。一々、ドギマギしていられるか。

 

 ×××

 

 自宅に到着し、早速バイトに追い出された。あいつ3〜4ヶ月ぶりくらいの息子の顔に何一つの感想も寄越さなかったな……。

 で、監視員との事で椅子の上に座っていた。トランシーバーを持って辺りを見回し、飛び込みなどの危険行為の注意と溺れてる人を見かけた場合に浮き輪などで救助、それとナンパやトラブルなどの場合はトランシーバーで本部へ連絡との事だ。

 大型のプールなだけあって、地元民だけでなく県外からも遊びに来てる人がいて、当然女性も多い。

 別に下心はないが、こういう所で一番多いトラブルは事故、そして二番目はナンパと言えるだろう。つまり、女性を目で追っているべきだろう。別に下心はないが。

 しばらく監視をして、結局事故は起こらずにバイトが終わった。いやー、にしてもここに座ってたまに水分補給してりゃ良いバイトとか楽過ぎるわー。

 今日は半日しか入らなかったので多くはもらえなかったが、今年の夏はしばらくこっちで暮らす事になりそうだ。これは金貯まるぞおい。

 

「お疲れ様、皐月。本当、今日は悪かったな急に」

 

 オーナーが声をかけてくれた。

 

「いえ、ちょうど俺のバイト先が急に改装工事に入って暇でしたから」

「マジか。まぁ、明日からしばらく頼むよ」

「はい。お疲れ様です」

「おう、お疲れ」

 

 テキトーに返事をして、帰宅し始めた。

 考えたら、しばらく島村さんと会えなくなるのか。いや、まぁ前々から会うというよりL○NEとか通話の方が多かったけど。

 まぁ、普通にそういうこともあるよね。別に寂しくなんかないし。

 そんな事を考えてると、ヴーッとスマホが震えた。

 

「……あっ」

 

 島村さんからだ。夕方だから島村さんも仕事終わったのかな。

 

「もしもし?」

『あ、皐月くん?今、大丈夫かな』

「ああ。暇だよ」

 

 まぁ、いつもの長電話だろう。無料通話なら金かからんし、本当にL○NEって便利だなオイ。

 

『聞いてよ、今日クイズ番組の収録だったんだけどね!』

「へぇー、なんの?」

『ほら、なんだっけ……あの、勝ったチームが最後にトロッコに乗ってクイズに答えると商品もらえる奴』

「ああ、ネプナントカね」

『うんそれ。それに出たんだ』

 

 ナントカで分かっちゃうのかよ……。いや、まぁ島村さんだし仕方ないか。

 

「島村さんに解ける問題あったの?」

『ば、バカにし過ぎ!私だって、こう見えて高校生なんだからね』

「いや、そういうのって割と難しい問題出るんじゃないのって」

『そんなに難しいのは出ないよ。いや、問題のレベルにもよるんだけどね』

 

 そういえば、後になればなるほど難しいんだっけか。あの番組最後に見たの中学の時だしな……。一人暮らしを始めてからはテレビよりプラモだからなぁ。

 

『それに、私はそれなりに勉強出来るんだからね』

「じゃあ問題。同じ元素で異なる数の中性子を持つ原子をなんていう?」

『……運命共同体だっけ?』

「同位体な」

『そんなの分からないよ!文系だもん!』

 

 まぁ、文系なら仕方ないか。いや、にしてもその答えはアホまっしぐらだろ。

 

『じゃあ私から問題ね。日本地図を最初に完成させた人は?』

「おい、それ小学生レベルだぞ……」

 

 性格だけじゃなく難易度までやさしいとかどこまでも天使だな。

 

『じゃあ、徳川七代目将軍は?』

「えっと……吉宗の前……家継か」

『うっ……じ、じゃあ、秀吉のフルネームを三つ!』

「木下藤吉郎と羽柴秀吉と豊臣秀吉」

 

 さっきから難易度低いな……。これで難しくしてるつもりなのか?それとも反射的に優しさが出てしまってるのか?何れにしても可愛いなこの人。

 うんうんと頭を悩ませる島村さんにほっこりしてると、電話の向こう側から別の声が聞こえてきた。

 

『あれ、卯月?何してるの?』

『? あ、奏さん!良いところに!何か難しい問題下さい!』

 

 おっと、お知り合いですか?つーか、通り掛かった人に助けを求めるなよ。

 

『問題?というか、電話中なのに良いの?』

『電話中だからこそですよ!実は、皐月くんに問題を出してて……』

『皐月くん?男の子かしら?』

『はい、そうで……あっ』

『何、あなたも彼氏なんていたの?どんな子?』

『ちっ、違うんです!か、彼氏なんてそんなんじゃ……!』

『歳上?歳下?同い年?』

『も、もうっ!良いから難しい問題下さいよ!』

 

 何をしてんだこの子は……。助力をもらおうとした人に追い詰められてんじゃねぇよ。

 ていうか、あなたもって言った?俺と島村さんは付き合っていないが、他のアイドルは誰かしら彼氏がいるって事になる。やはり、アイドルって基本的にはリア充なんだな。

 

『じゃあ、難しい問題を一つあげるから、その度に私の質問に答えてくれる?』

『う〜……わ、分かりました』

『じゃあ、1問目。次の酸化物のうち、両性酸化物はどれか。Al2O3、MgO、P4O10、SiO2、SO3』

 

 いきなり難易度も問題形式も教科も変わり過ぎだろ。

 

『え、えっと……つ、次の?』

『酸化物』

『サンカブツのうち……』

 

 しかも覚え切れてないし。まぁ良いか、さっきの聞こえたしさっさと答えよう。

 

「Al2O3」

『あら、正解。頭良いのね、その子』

『あれぇ……?今の、英語だよね?皐月くん、英語出来ないって……』

「おい、出題者。今のは化学だ」

『し、知ってたもん!化学って言ったもん!』

『ごめんなさいね、次からは卯月ちゃんでも科目の分かる問題にするわね』

『謝らないで下さい!悲しくなりますから!』

「島村さん、まずは理系の基礎、算数から始めましょう」

『誰でも最初は1+1からよ』

『そこまで出来なくないですよ!というか、二人とも顔も合わせてないのにどうしてそんな息ピッタリでいじめるんですか!』

 

 涙目で頬を膨らませてる島村さんの姿が想像できる。いや、もしかしたら奏さんとやらの肩をぽかぽかと叩いてるかもしれないな。

 

『もう……皐月くん、駅に着いたから切るからねっ』

「ん、ああ。了解」

『また後で時間ある?』

「今日は基本的に暇だよ」

『分かった。じゃあ、また後でね』

『あら、もう良いの?あと2〜3問は考えていたのだけれど』

『い、良いんです!これから問題出してもいじられる気しかしな』

 

 そこで通話は切れた。さて、俺もさっさと帰ろう。明日は1日バイトだからな。

 

 



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逆ナンされたら黙って逃げろ、間違っても口を開くな。

 翌日、今日も今日とてバイトである。2日目なので若干リラックスしていたが、甘かった。まぁー、昨日より人多いこと多いこと。考えてみりゃ一昨日は俺は昼過ぎから参戦したわけだし、朝からやってる今日の方が混んでるように感じるのは当然だ。

 で、当然ナンパとかも発生するわけで。

 

「こちら流れるプール第二コーナー。ナンパ発見しました。青の海パンに紺色のムカつくサングラスとムカつく金髪、身長170cm程度の男に、ピンクと白の水玉の水着に茶髪、BWHは85-53-80程度の女性が絡まれています」

『ムカつく青の海パンにムカつくサングラスとムカつく金髪、ムカつく身長170cm程度の男と、ピンクと白の水玉の水着に茶髪、BWHは85-53-80程度の女性、了解。今すぐ向かいます』

 

 と、まぁこんな具合で頑張っていた。え?説明に憎しみが漏れてるって?良いじゃん別に。

 一応、護身術をやっていた俺が仲裁しても良いんだが、あくまで護身術なので相手がボクシングやら柔道やら空手やらをやってたら勝てない。俺が怪我をしたら責任を問われるのはオーナーだ。それだけは避けたい。

 

「……ふぅ」

 

 やがて、俺が呼んだ警備員が集まって来て、男は厳重注意を受けていた。

 心底ザマァ味噌汁とか思いながら再び水分補給。

 そういえば、今日はテレビ番組が取材に来るんだっけか。まぁ、別に俺には関係のない話だが、万が一にも俺がテレビに映ることがあったら、その時はカメラから全力で目を逸らそう。鼻毛とか出てたら恥ずかしいし。

 まぁ、仮にテレビに映る瞬間があったとしてもこの忙しさだとピース一つする余裕も無さそうだし、あまり気にしなくて良いか。

 そんな事をぼんやり考えながら仕事する事、大体2時間が経過した。テレビ番組の取材の人達が流れるプールの所に来た。

 うお、すっげー。テレビの撮影って本当にああいう、こう……カメラ以外にも機材使うんだ。って、いつぞやのプロデューサーさんじゃん。なんでここにいんのあの人?もしかしてアイドルの撮影でもやるのか?

 ……つーかあの人、なんで撮影現場に群がる巨乳野次馬お姉さんよりも、プールではしゃいでる幼女に目を向けてんだ?ロリコンなの?

 謎は色々と残るが、それどころではない。仕事しないと。テレビなんかに目を向けてる場合じゃない。野次馬が集まってると言うことは、その人混みを利用してセクハラやナンパ、盗撮をする輩が増えるかもしれない。

 心を入れ替えて目を光らせ始めた。いや、テレビに自分が仕事をしてるところを見せたいわけではなく。

 ボンヤリしながらプールサイドを見下ろしてると、ゴヌッと顔面にビーチボールが飛んできた。

 

「ふぁぐっ」

 

 ってぇ……いや、痛くはないけど。何、下克上?

 辺りを見回すと大学生くらいの女の人達がビーチボールを探してるのか、キョロキョロしてるのが見えた。

 人の顔面を狙撃した奴に親切にする理由はないが、仕事なので仕方なく地面に落ちたビーチボールを拾ってやった。女子大生達は流れるプールの向こう側にいる。投げて渡すのは失礼なので、渡しに行かなければならない。

 突っ切った方が早いが、海パン濡れると椅子に座ってる時寒いので橋を使う事にした。

 

「すみません、これ違いますか?」

 

 声を掛けると、女の人達はこっちを振り向いた。

 直後、コンビニ店員の俺より立派な営業スマイルで微笑んで駆け寄って来た。

 

「すみませ〜ん♪ありがとうございまぁす」

「あのっ、お一人ですか?良かったら私達と遊びません?」

「私達も女だけで来てるからちょうど良くないですか?」

 

 おいおいおい、こいつらマジか。逆ナン嬉しいというのも正直、40%くらいあったが、それ以上に発言から読み取れる頭の悪さが、自動的に俺の嫌悪感を溢れ出そうとしていた。

 つーか、女3対男1とかバランス取れてねーだろ。ビームマグナムを無理して撃って腕に火花が走ってるデルタプラスか。いや、今の例えはわかりにくいな。

 

「あの、俺スタッフなんで仕事中なんですよ」

 

 一応、支給されたパーカーと帽子を装着ているし、そのパーカーにも帽子にも「スタッフ」の刺繍が入っている。

 だが、この女達はその程度じゃ怯まなかった。

 

「だーいじょぶだって、どうせバイトでしょ?」

「それより遊ぼうよ。ちょうど2対2でビーチバレーも出来るし」

「おっ、意外と腹筋硬いね。大胸筋も……あれ?心臓ドキドキしてない?」

 

 最後の一言がきっかけで、他二人までボディタッチが激しくなる。てか、テメエ。何勝手に人の身体ベタベタと……あっちょっ、良い匂い良い香り。

 

「ほんとだー。かわいいー」

「何々、彼女いないの?」

「もしかして童貞?」

 

 ちょっ、やめて下さい!そのワガママボディを腕に擦り付けないで!

 な、なんてこった……!この人達が何歳か知らないが、学生である事は間違いないだろう。

 最近の学生はこんなビッチしかいないのか……!ていうか僕の腹筋は護身術やってた頃に少し鍛えただけなんです!大胸筋なんて鍛えた覚えないし、触って分かるほどありません!

 ちょっ、誰か助けっ……!オーナーに怒られる……!

 その直後だった。後ろから俺の肩にボンッと手を置かれた。ふと振り向くと、プロデューサーさんが立っていた。

 

「失礼します。彼、困ってるのでその辺りにしてもらえませんか?」

「ぷ、プロデューサーさん……」

「久しぶり、古川さん」

 

 うおっ、話したこと無いのに名前も覚えてくれてたのか。この人、良い人なの?

 

「はぁ?何あんた」

「てか、なんならおじさんも遊ぶ?」

「おじさん審判ね」

 

 それでも怯むことなく話を進める女ども。

 その直後だった。後ろから可愛らしい怒気を感じた。俺ではなくプロデューサーさんの後ろの女性、川島瑞樹さんの背中に隠れながらも俺を睨んでる島村さんだった。

 えっ?この人なんでここにいるの?という感想の前に、一生懸命俺を睨んでる島村さんの顔が怖可愛かった。あんなに怒ってるのになんであんな可愛いんだろう……。いや、それ以前になんであんな怒ってんの?

 だが、後ろに控えてるアイドルがかなり怒ってることにようやくヒヨってくれたのか、女子達は立ち去った。

 

「す、すみません、プロデューサーさん」

「いやいや、気にしなくて良いよ。それよりも卯月に……」

「じゃ、俺は仕事なんで!失礼します!」

 

 走って監視員用の椅子に戻ろうとした直後、襟を島村さんに掴まれて喉が締まり「クェッ」と鴨みたいな声が漏れた。

 そんな俺に気を使うこともなく、島村さんは俺に聞いてきた。

 

「……なんでいるの」

「えっ?あ、いや……」

「遊んでたの?あの人達と」

「い、いやいや!あの人達知らない人だし。ていうかなんで怒って……」

「………」

「………」

 

 え、なぜそこで黙る。

 すると、その空気を読んでか、川島瑞樹さんが俺と島村さんの間に入ってフランクに声をかけた。

 

「まぁまぁ、話は後にしましょう。ふ、ふる……古川くんだってバイト中なんでしょう?私達は撮影終わったら自由時間あるから、その時に話す時間があればお話ししましょう?」

 

 流石、大人だわ。こちらの事情も自分達の事情も踏まえた上での提案をしてくる。

 それには俺も乗るしかない。

 

「分かりました。では、俺はこれで」

「あっ……」

 

 島村さんの切なそうな声から逃げるように職務に戻った。さて、今日は休憩抜きで閉園まで頑張ろうかな。

 

 ×××

 

 昼飯の時間。休憩いらない言うたのに労働基準法だなんだと言われて、飯を食うことになってしまった。

 これから一時間ほど休憩。プールにいるのに一切濡れてない海パンのまま、昼飯を一人で食いにきた。

 ラッキーなことに、オーナーがお昼のお金を出してくれた。このオーナーには感謝せねばならない。その恩は勤務態度で示す他ないな。

 そんな事を考えながら飯はラーメンで済ませてると、相席に誰かが勝手に座ってきた。

 いや、許可取れよ、と思って顔を上げると、島村さんが座っていた。さっきは隠れられていて気付かなかったが、パーカーの下に水着を着ている。

 

「……良い?」

「い、良いけど……撮影は?」

「今は休憩中」

「ならお昼は……」

「お昼は取材中に食べたの」

 

 な、なるほど……。まさか2〜3箇所ある出店からピンポイントで当てられるとは……。撮影が終わるまで待つまでもなかったわ。

 とりあえず、こちらからお礼を言おう。どんな風に思われてるか知らないが、助かった事は確かだ。

 

「さっきはありがと。助かったわ」

「……ううん。私のために、やった事だし……」

「はっ?」

 

 島村さんのため?なんで?助けてくれたんじゃないの?

 

「……私の方こそ、ごめんね。遠くから見てたら、皐月くんが私に嘘ついて、女の人と遊びに来てるのかと……」

 

 まぁ、あの人たちボディタッチ激しかったからなぁ。あのエロい身体を恥じも外聞もなく押し付けてきやがったもんだから、周りから見たら仲良いリア充にしか見えなかったんだろう。

 ……柔らかかった。過程はどうアレ、女の人の胸が自分の身体の一部に触れる事はアレが最後だろうし、どうせならもっと堪能しとけば良かった。

 

「皐月くん、目が気持ち悪いよ」

「えっ、マジ?」

「……本当に何もないんだよね?」

「な、ないよ!大体、名前も知らないっつの」

「そっか……。なら、良かった」

 

 良かったって何が……と、思ったが何と無く聞かない方が良さそうな気がして黙っておいた。

 島村さんは今の話で元気が出たようで、急ににこにこと微笑み始めた。

 

「皐月くん、今日の16時くらいは暇かな?」

「仕事してると思うけど」

「うーん……じゃあ、仕事終わるのはいつ頃?」

「閉園時間」

「うー……」

 

 またまた表情を曇らせる島村さん。さすがに島村さんが何を言いたいのか、俺でも理解出来た。

 

「……今の休憩を30分早く切り上げれば、ラスト30分くらいなら遊べるかも」

「! ほんと⁉︎」

「もしかしたらだけどね」

「じゃあ、17時半にこのお店の前でねー」

 

 そう言って、島村さんは手を振って俺の前から立ち去っていった。もしかしたら、って言ったんだけどな……。

 まぁ、言っちまったもんは仕方ない。島村さんとの約束を果たすべく、俺はオーナーの元に向かった。

 島村卯月の名前を出したら二つ返事でオーケーもらった。サインと引き換えに。

 

 



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トラブルが恋愛のタネになる時は既に両想いである時だけ。

 17時半。待ち合わせ場所のフードコートで座って待機していた。客ももう減ってきて、半貸切状態のプール。

 夏だがすでに陽は沈みかけていて、夕日がプールの水面を照らしている。

 三箇所あるフードコートのうち二つが閉まり、徐々に閉園の準備が進められて行く中、これから遊ぶという人も少ないだろう。

 ましてや、俺なんて一日中海パン履いてたのに、初めてその海パンを濡らすからね。多分、これから入るプールはかなり心地良いものになるだろう。

 無論、スタッフが遊ぶなんて本来あり得ない話だと思うので、それまでの間、俺はかなり頑張って働いていた。後でオーナーには感謝しないとな。

 夕日をぼんやり眺めてると、島村さんが走って来るのが見えた。

 

「おーい、皐月くーん!」

 

 これからの30分、島村さんと遊ぶ時間だ。1日ある中で30分しか遊べないのは、なんか彦星と乙姫っぽいが、あいにく俺と島村さんはそんな関係ではない。

 それでも、勤務中はこの時間が楽しみだったのは確かだ。

 

「ごめんね、待たせちゃった?」

「いや全然」

「そっか、良かった。じゃ、遊ぼう!」

「ん。何して?」

「とにかく泳ぐんだよ!」

 

 元気にそう言うと、島村さんは走ってプールに向かった。が、その島村さんの手を川島さんが掴んだ。ていうか、いつの間にいたんだこの人。

 

「だめよ、卯月ちゃん。パーカー脱がないと」

「あの……川島さんも一緒に遊ぶんですか?」

「ううん。私は卯月ちゃんがギリギリまでパーカー脱ぎたくないって言うから、パーカーを回収する係よ」

「あ、そうですか」

「二人の邪魔なんてするわけないじゃない」

 

 いや別に邪魔では無いが……。あ、まぁ高校生二人に大人が一人混ざってたら浮くよね。ここは何も言うべきではないな。

 しかし、島村さんでも水着になるのが恥ずかしいっていう感情はあったんだなぁ。

 

「はい、卯月ちゃんパーカー」

「ううっ……脱がなきゃ駄目、ですか……?」

「ダメよ」

 

 恥ずかしそうに自分の身体を纏っているパーカーを抱いた後に、島村さんは顔を赤らめながら俺を見た。

 

「……あの、皐月くん。違うからね、私の趣味とかじゃなくて、水着を買う時間がなくて……」

「はっ?」

「わ、私だって皐月くんがいると知ってれば、ちゃんとした水着を選んでたんだからねっ」

 

 何か言う前から言い訳を並べながら、島村さんはパーカーを脱いだ。パーカーがパージされ、下から露わになったその水着は、スク水だった。

 

「………」

「ううっ……」

 

 ……なるほど、言い訳を続けていたのはそういう理由か。いや、まぁ俺にそういう特殊性癖はないし、正直ビキニが見れるもんだと思ってたから少しガッカリと言えばガッカリだが、スク水にはスク水の良さがある。

 それは、ボディラインがこれでもかというほどハッキリ強調される事だ。服の上だと分からなかったが、島村さんの胸はさっきのムカつく女どもにも負けないくらい張りがあった。何より「うづき」と書かれた自分の名前を、女性の中で最もどすけべな部位で強調してるのがエロい。

 まぁ、総評すればこれはこれで百点満点である。

 

「さっ、さつきくん……。見過ぎだよ……」

 

 いつのまにか顔をゆでタコのように真っ赤にした島村さんは、頭からぷしゅ〜っと煙を上げていた。

 

「ご、ごめん……」

 

 ヤバい、ついうっかり……。さっき絡まれた女学生は直視出来なかったが、島村さんの場合は逆にガン見してしまう。……どっちも犯罪者臭いな。

 

「さ、二人とも。楽しんで来なさい」

 

 川島さんがまとめるように言ったので、とりあえず俺もパーカーを脱いだ。

 細くも太くもない俺の上半身を見て、島村さんは更に顔を赤くした。

 

「な、なんでいきなり脱ぐの⁉︎」

「え、なんでって……プールだからでしょ」

「も、もうっ!脱ぐなら脱ぐって言ってよ!こっちだって心の準備とか……!」

「えっ、さっきまで……というか今だって男女共に下着同然の姿で群がる場所にいたんじゃないんですかね」

「っ、そっ、それはっ……!」

 

 顔を赤くしている島村さんは、俺から目を逸らして斜め45°下を見下ろしながら、ポツリポツリと呟くように言った。

 

「さっ……さつきくんと、他の人じゃ……ぜんぜん、違うもん……」

「えっ……」

 

 そ、それってどういう意味で……。ていうか、さっきから色々とあなたの言動が的確に俺の心中を攻めて来てて心臓が痛いんだが……。

 

「はぁ……若いって良いわね……」

「………」

 

 隣の人からの呟きで、さらに気まずくなってしまった。なんて事を呟くんだよこの野郎……。

 恥ずかしさと気まずさが空気を支配する中、俺達の後ろを女の子達が走りながらの話し声が聞こえてきた。

 

「やばいっ、あと25分だって!」

「プールサイドは走らないで下さい」

「は?何あんた」

「きもっ。それよりウォータースライダー!」

 

 あ?やべっ、つい反射的に。そういやパーカーも帽子も着てなかったな。1日で職業病とか俺どんだけ頑張ったんだ。

 が、それがトリガーとなった。島村さんが再起動し、

 

「って、そうだよ、皐月くん!30分しかないんだから、早く遊びに行こう!」

「え?お、おう?」

 

 そう言いながらプールの中へ走る島村さんの表情には若干照れが残っていたが、それなりに元気が戻っていた。

 プールの中に飛び込み、プハッと顔を出すと元気良く手を振っていた。

 

「おーい、早くー!」

「プールのスタッフにプールサイドを走る事を強要するな。あと、飛び込み禁止」

「でも、時間ないよー!」

「電車の飛び込み乗車だって時間ないけど禁止されてるだろ。だから急かすなよ……」

「……早くぅ」

 

 涙目になってしまったので、全力でダッシュしてプールサイドで跳ね上がり、空中で一回転して飛び込んだ。

 プハッと顔を出すと、島村さんが俺の頬をツンっと突いた。

 

「いけないんだー、プールサイド走って飛び込んだでしょー」

「………」

 

 この野郎、いつからこんな小悪魔に……。しかも可愛いのが腹立つ。

 

「よし、泳ごう!」

「了解」

 

 二人でプールの中をぼんやりと泳ぐ。さっきまで自分が監視していたプールを泳ぐのは変な気分だが、これはこれで面白い。

 それに、こうして泳いでるとこのプールでどんなところが危険かが良く分かるようだ。

 例えば、水を流してる水中の通気口。この辺に巻き込まれたりなんてしたら大変だ。応援を呼びながら俺も水の中に飛び込む必要があるだろう。

 それと、あのコーナーの部分。あそこは人と人との接触が激しそうだから、ヤンキーとのトラブルとかに目を光らせておかないと……。

 

「皐月くんっ」

「うおっ、な、何?」

 

 突然、島村さんに名前を呼ばれ、変な返事をしてしまった。

 

「……今、仕事中の目をしてた」

「えっ、どういう事?」

「皐月くんはお仕事には真面目だから、今『流れるプールで何処が危険か』を探してたでしょ」

 

 うおっ、意外と鋭いなこの人。

 

「もうっ、今は私と遊んでるんだから、仕事の事は忘れてよ」

「わ、悪い……」

「ほら、水の中に潜ったりすると気持ち良いよ?」

 

 言いながら、島村さんはザブンと潜水して見せた。俺も水の中に潜り、島村さんの後を追う。

 ……しかし、プールの中で遊ぶってこういうことで良いのか?ただ一緒に泳いでるだけなんだが……。仕事中はトラブルがないかに目を光らせていたため、何して遊んでいたかなど見てもいなかった。

 明日からはそういうところも見てみようと思いつつ島村さんを追ってると、目の前の島村さんは水の中で一回転してみせた。

 なんか人というよりイルカと遊んでる気分だなーなんて思ってると、島村さんが水面から顔を出したので、俺も顔を出した。

 

「見た?どう?」

「どうって……水中ドリルのモノマネ?」

「違うよ!一回転したの見てなかったの?」

「いや見てたが……」

 

 どう?って言われてもな……。すごーい、君は回転が得意なフレンズなんだね!とでも言えば良いのか?

 まだ感想を言う前に島村さんは満足したのか、島村さんは笑顔のまま言った。

 

「じゃ、今度は皐月くんの番!」

「へっ?」

「何か芸やってよ!水中芸!」

 

 水中芸って言われてもな……。さすがゴッグだ、何ともないぜ!とかやっても島村さん分からないだろうし……。

 ……あー、小学生の時に考えた芸がないこともないが。

 

「ほら、早くー」

「……やらなきゃダメ?」

「ダメ!」

 

 仕方ない……。俺は水の中に潜ると、両足をガニ股にして水面から出した。しばらく両足を出したままにする事数秒、息が苦しくなったので顔を出した。

 

「っ、はぁ!……どう?」

「……えっ、何?今の」

「犬○家の一族」

「………?」

 

 俺が小学生の時にやってた短期のスペシャルドラマでしてね……。足だけ出てる死体のシーンがシュールで面白かったのを覚えてる。

 しかし、島村さんには通じなかったのか、キョトンとしたまま頭の上には「?」が大量に浮かんでるように見えた。

 だからやりたくなかったんだよ……と、後悔し、今になって恥ずかしさがこみ上げてきてると、それを察したのか島村さんはキョトン顔のまま言った。

 

「……おもしろかったよ?」

「なんで疑問形なんだよ……。変な同情はいらねぇから……」

「……あ、皐月くん!波のプールがあるよ!あっちに行こう!」

 

 他のプールを指差し、島村さんは俺の腕を組むようにして引っ張り、プールから上がった。

 俺も引っ張られるようにプールから出たが、気分的にはあのまま流されていたかった。これは最新トラウマ確定ですわ……。

 肘に当たってる島村さんの胸に気にかける余裕もなく引き摺られてると、島村さんが声を漏らした。

 

「……あれ?」

「どうしたん?」

「あー……波のプールは今日は終わっちゃったみたいだね……」

 

 そういえば、波のプールとか特殊な奴は早めに切り上げてるんだったか。

 

「まぁ、仕方ない。あと20分くらいだしな」

「うー……明日には帰らなきゃいけないのに……」

「取材で入らなかったのか?」

「うん。今日は取材だけだったからね。遊びに来てる人に私と川島さんがインタビューしてたんだ」

 

 なるほど。まぁ、たかだかテレビの取材でアイドルの水着姿なんて見せたら写真集とか売れなくなりそうだしな。

 何より、島村さんスク水だから、そういう意味でも水着姿にさせるわけにはいかなかったんだろう。

 

「まぁ、この時間に遊べるプールなんて流れるプールと競泳プールくらいだろうからなぁ。人も少なくなってるし」

「何処か他のプールとかないの?」

「あそこのお湯プールなら最後までやってるよ」

「そ、それはプールなのかな……?」

「割と悪くないぞ。あそこは屋内だし、湯加減もそれほど熱くないから、俺が中学生の時に一人で来た頃は一日中寝てた事もあったよ」

「ひ、一人でプールに来たんだ……」

 

 そこはツッコむなよ……。夏の温泉代わりだったんだよ……。あとは、その、何?同級生もよく来てたし、水着姿とか拝んだりしてた。水中眼鏡してればどこを見てるかまでは分からないからな。

 

「でも、せっかく遊んでるのにそこでボーッとしてるのはもったいないよね」

「………」

 

 島村さんは名残惜しそうに言ったが、閉園時間が迫ってるために使えないプールも多く、寂しそうに辺りを見回していた。

 少しショボンとした様子の島村さんはそれはそれで可愛かったが、何となくそういう島村さんは見たくないと思ってしまった。

 

「……まぁ、その、なんだ。今度、日を改めて連れて行ってやるから」

「……うん」

 

 嬉しそうに頬を赤らめて島村さんは頷いた。

 今更ながら、らしくないことを言ったと少し後悔し始めた。あー、くそ。最近は特に島村さんに対してらしくない事を言い過ぎてる気がする。なんだこれ、新手の病気か?

 何となく熱くなってる頬を濡れて冷えた手で冷やしてると、島村さんはお湯プールに向かっていった。

 

「あれ、行くの?お湯プール」

「うん。……さっ、皐月くんオススメの場所なら、その……私も、一度は入ってみたいから、ね……」

 

 ……騙されるな。島村さんはそういうことを平気で言う人なんだ。

 頭の理性を総動員で仕事させてる間にお湯プールに到着した。ちょうど、中には誰もいない。元々、そこまで広くないしな。

 隣同士に入って、プールの中の腰掛けに座った。

 

「わっ……ほんとだ。このまま寝ちゃいそう……」

「夏には持って来いなんだよなぁ……」

 

 ホッ、と二人で息をついて暖かい水の中で肩までお湯に浸かった。

 

「……良いお湯だねー」

「温泉かよ、ここは」

「えへへ、でもなんだか温泉みたいで。皐月くんと一緒にお風呂に入ってるみたいで新鮮だねっ」

「えっ」

「えっ?」

 

 ……そういうこと言うなよ。なんか混浴みたいだろうが……。

 何となく居心地が悪くなって、頬を赤く染めながら目を逸らすと、多分同じことを察した島村さんも顔を赤らめて俯きながら言った。

 

「あっ、あれっ?な、なんか今恥ずかしいこと言っちゃった……?」

「い、いや……」

 

 言ってるよ、かなり。言われた方まで恥ずかしくなることを。

 もう何度目か分からないが、二人揃って顔を赤くして目を逸らす事数分、耐えられなくなったのか、島村さんが立ち上がった。

 

「もっ、もう行こっか!せっかく来たんだし、遊ぼうよ!」

「えっ?お、おう?」

 

 お湯プールを出ると、とにかく恥ずかしかったのか島村さんは流れるプールに走った。

 

「って、おい。だからプールサイドは走るなって!」

 

 慌てて後を追うが、追い付きそうもない。もう走らせちゃっても良いか、と諦めかけた時だ。

 つるっ、と島村さんが足を滑らせた。目の前はプール、このまま行っても怪我はしないだろう。

 それを分かっていた上で、俺の身体は動いた。水面に島村さんが落下する前に走り、何とか手を掴んだ。

 ギリギリ間に合った……と、ホッと一息ついた直後、俺の足元もズリッと滑った。

 

「えっ」

 

 今度は二人揃って水の中にダイブした。

 ドッボーンと高校生二人分の水飛沫が舞い上がり、俺と島村さんはぶくぶくとプールの底に沈んだ。

 足の裏が底に着いてからふと目を覚まし、プハッと二人揃って顔を出した。

 

「っはぁ、はぁ…。ェホッ、エホッ……!大丈夫か?島む……卯月」

「うっ、うん……」

「だから走るなっつったろうが……!」

 

 あ、耳に水入ったかも……。

 コメカミの辺りをガンガン叩いて耳を傾けてると、島村さんが「あっ、あのっ……」と声を掛けてきた。

 

「何?」

「あっ、あの……いつまで、抱き締めてるのかな、って……」

「……えっ?」

 

 言われて今の状況を確認した。水着姿の島村さんを抱き抱える形で立っていた。

 しかも、左手はガッツリ島村さんのお尻を握っている。あ、やばい。俺死んだ。主に社会的に。

 

「っ、ご、ごめっ、いやごめんなさっ、いや申し訳っ、いやかたじけっ、いや申し訳ございませんでした!」

 

 慌てて両手を上げて離れようとした。だが、島村さんが腰に回してる手に力を入れた。

 

「まっ、待って!」

「えっ……?」

「も、もう少し、このまま……」

「………えっ?」

 

 流れるプールの中で流されることなく、島村さんは俺の胸に抱き付いていた。

 俺の素肌には水着越しの島村さんの胸がダイレクトアタックしてきて、勃起を収めるのに精一杯で頭が働かなかった。

 えっ、なにこの状況……。ていうか、島村さん何してんの?こんな所で……。

 だ、ダメだ……。脳が働かない……。島村さんが何のつもりなのか、何を考えてるのか、何がしたいのか、すべてがわからないし、考える余裕もない。

 

「……しっ、しまむらさっ……」

「……卯月だよ」

 

 封じられた……。な、なんだこれ……。ど、どうするのが正解なんだ……?だ、誰か……かっ、神谷さーん!神谷さん助けてー!

 どうしたら良いのか分からず、ただ顔を赤くしてると、チャイムの音が聞こえた。閉園時間五分前だ。

 それによって、俺も島村さんも肩を震わせて跳ね上がった。

 

「っ、じ、時間だ!か、帰ろう!卯月!」

「そ、そうだね!閉園時間だもんね!」

 

 二人して焦ったような声を上げて更衣室に向かった。

 結局、その後、島村さんと話すことは無かったが、俺の心臓はずっと鼓動を納めることは無かった。

 

 



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助けを求める島村さん(2)

 帰りのバスの中。卯月は未だに鳴り止まない鼓動を抑えながら、座席の上で寝たふりをしていた。起きていれば、川島瑞樹に色々と問い詰められるのは目に見えていたからだ。

 しかし、目を閉じていると脳に浮かぶのは、流れるプールで皐月に抱きついてる自分だった。あの時、何を思って抱きついたのか、自分でも分からなかった。

 まぁ、そんなわけで身体は横に倒しているものの、目は開けているというよくわからない状態だった。

 幸い、背凭れが顔を隠してくれているため、前に座っている二人にはバレないだろうという状況である。

 しかし、今日の自分の行動は我ながらよく分からないものが多かった。

 まず、何故皐月が女の子達に絡まれていた時に不愉快になったのか。今回のは友達では無かったが、仮にアレが友達ならむしろ皐月に友達が出来たと喜ぶべきポイントであるはずだ。

 それと、仕事中はふと気がつくと皐月の方を見ていた。見過ぎて瑞樹に怒られたくらいだ。

 終いには、流れるプールで助けてもらった時に抱き締めるなんて事をしてしまった。あの時はどういうつもりだったのか自分でも分からない。ただ、助けてもらって、ホッとして、抱き抱えられていて、気が付けば抱き締めていた。

 そんな事を思い返す度に、キュッと胸が痛くなる。しかも、目を閉じるたびにそんな記憶がフラッシュバックして、心臓が大忙しだった。

 とにかく、自分でも自分の考えや行動が分からなかった。というか、今でも混乱していて、頭の中がグルグルと回っている。

 頭の中だけではなく、目もグルグルと回っていた。ほけーっとした表情で自分の事をとにかくボンヤリ考えたが、答えは出そうもなかった。

 とりあえず誰かに聞くことにした。自分一人で答えが出ないのなら、他の人の力を借りるべきだろう。

 だが、シチュエーションは重要だ。目の前では相談しにくいが、スマホを通してなら相談しやすい。からかわれないし。よって、プロデューサーと瑞樹は抜き。

 次は人選。やはり自分と皐月の関係を知っている人物が良いと思って、小日向美穂とのトーク画面を開いたが、指が止まった。

 何故なら、最近奈緒と加蓮と一緒になって、渋谷凛の恋愛相談をからかっていた覚えがあるからだ。

 つまり、関係性を知っている相手ほどからかわれやすいかもしれない。

 よって、三村かな子、小日向美穂、五十嵐響子、神谷奈緒、それと渋谷凛も外しておいた。からかわれ返しとかされるの嫌だったし。

 と、そんな中、最近街で顔を合わせた速水奏の顔が浮かんだ。彼女も自分と皐月の関係を知っている。思い浮かべたのは、その時に速水奏と約束した事だ。

 なんか鷺沢文香の彼氏になる人の私服を見に行く手伝いの約束をしてしまったことを思い出した。つまり、現役で恋愛していて、尚且つ皐月と自分の関係を知らない、これ以上にない人選だ。

 自分と皐月は別に恋愛関係ではないが、男女間の友達としての相談相手としても十分と言えるだろう。

 そんなわけで、早速トークルームを開いた。さて、どんな文面で相談しようか。人をからかうような人ではないが、それでもなるべくなら詳細には言いたくない。

 そんなことをポリシーにしながら文を打ち込んだ。

 

 島村卯月『お疲れ様です、卯月です』

 鷺沢文香『お疲れ様です』

 島村卯月『実は、文香さんにご相談したい事が』

 鷺沢文香『珍しいですね、卯月さんが私にご相談とは』

 

 ノータイムで返事が来て若干引いたが、気にしないことにした。

 

 島村卯月『は、はい……。他に相談できる人がいなくて……』

 鷺沢文香『私が、ですか?』

 島村卯月『彼氏さん、いらっしゃいますから!男性とのお付き合いの仕方のアドバイスをいただくには一番だと思いまして』

 

 直後、返事は1分ほど途絶えた。何かあったのかな、と思ったら滅茶苦茶な文が帰ってきた。

 

 鷺沢文香『っ、なづ、なちを言ってるんぇすか!』

 鷺沢文香『私と千秋くんはそんか関係では、あ「ませ?』

 鷺沢文香『まっ、まぁもうすこひで恋人になふんでふが……』

 

 三通送られてくるまでの秒間、たったの2秒という速さではあったが、内容はほとんど解読不能だった。

 その中で一つだけ分かったのが、目の前の大学生はもうすぐ「千秋」という名前の彼氏が出来るらしい。

 

 島村卯月『わぁ、彼氏が出来るんですね!おめでとうございます』

 鷺沢文香『い、いえ……ですから、まだなんですけどね』

 島村卯月『どんな方なんですか?』

 鷺沢文香『えっ?えーっと……』

 鷺沢文香『優しくて可愛くてかっこ良くは無くて……』

 島村卯月『カッコ良くは無いんですね……』

 鷺沢文香『あっ、顔はカッコ良いですよ?』

 鷺沢文香『ただ、すぐバレるのに嘘付くから、そこがカッコ良くなくて……』

 島村卯月『嘘つきさん、なんですか?』

 鷺沢文香『はい。まぁ、嘘がバレた時の千秋くんも可愛いんですけどね』

 

 そのセリフに若干、引いてると文香から続けてメッセージが来た。

 

 鷺沢文香『卯月さんの彼氏さんはどんな方なんですか?』

 島村卯月『かれしあ⁉︎』

 

 今度は卯月の文、というか単語が狂ってしまった。

 

 島村卯月『違います!辛子なんかじゃないです!』

 鷺沢文香『そりゃ辛子ではないでしょうけど……』

 島村卯月『五時です!』

 島村卯月『誤字』

 鷺沢文香『どんな方なんですか?』

 島村卯月『どんなって……』

 島村卯月『えっと……照れ屋さんとか?』

 鷺沢文香『あら、それはまた可愛らしい彼氏ですね』

 島村卯月『ですから、まだ彼氏ではありません』

 鷺沢文香『ふふ、まだ、ですか?』

 

 画面の前で顔を赤くして俯く卯月。人のこと言えない癖に、とも思ったがぐっと堪えた。

 

 島村卯月『も〜……文香さんならからかわれないと思ってチョイスしたのに……』

 鷺沢文香『それはごめんなさい。それで、その方と何かあったのですか?』

 

 そういえば、今更になって相談のためにL○NEしたのを思い出した。

 言おうか言うまいか悩んだが、すぐに返信した。

 

 島村卯月『その……最近、私は皐月くんといると、こう……胸が痛くなることが多くて……」

 鷺沢文香『胸が?心不全では?』

 島村卯月『いえ、今日一日取材していたので何ともないみたいです』

 島村卯月『今日も、色々と自分でもよく分からない行動をよく取ってしまっていて』

 鷺沢文香『よく分からない行動とは?』

 島村卯月『その……皐月くんが女性にナンパされていた時にイライラしてしまったり、気がつくと皐月くんを目で追ってしまっていたり、助けてもらった時、意味もなく数時間抱きついてしまっていたり……とにかく、自分でもよく分からない行動を取ってしまっていて……』

 

 すると、画面の向こうで何かを考えてるのか、返信が途切れた。

 2分ほど経過してから、返事が返ってきた。

 

 鷺沢文香『いくつか質問させてもらっても良いですか?』

 島村卯月『はい』

 

 なんのこっちゃ?と思ってるとすぐに質問が飛んできた。

 

 

 鷺沢文香『皐月さん、でしたか?その方といるとドキドキしたりしますか?』

 島村卯月『はい』

 鷺沢文香『ときめいたりは?』

 島村卯月『どうでしょうか……。たまにドキッとすることはありますが』

 鷺沢文香『皐月さんに外出に誘われたことは?』

 島村卯月『今度、またプールに行こうと言ってくれました』

 鷺沢文香『どうでした?』

 島村卯月『今から楽しみです』

 鷺沢文香『もし、何日か皐月さんと会えなくなるとしたら?』

 島村卯月『いつでもL○NEしてくれるみたいなので寂しくはないですよ』

 鷺沢文香『プールに行ってたんですよね?皐月さんの水着姿を見てどう思われました?』

 島村卯月『いきなり脱がれたので少しドキッとしました……』

 鷺沢文香『えっ、か、海パンを?』

 島村卯月『ち、違いますよ!パーカーです!』

 鷺沢文香『そ、そうですよね。驚きました』

 

 ツッコミを入れながらも、卯月は万が一にも皐月の海パンの下を想像してしまった。

 少し前に荒木比奈が描いていた同人誌の一枚を見て以来、男の股間を見たことはないが、何となく形は知っている。かなり太くてなんか「刺し穿つ死棘の槍」とか言われていた覚えがある。

 それが皐月の股間にあると思うだけで、頬を赤く染めて頭から煙を出したが、文香からのL○NEで正気に戻った。

 

 鷺沢文香『おそらく、病気だと思います』

 島村卯月『病気、ですか?』

 鷺沢文香『はい。かの有名な海賊女帝も掛かり、高熱に侵された伝説の病気、その名も……』

 

 そこで文は途切れて、新たなメッセージが送られてきた。

 

 鷺沢文香『恋はいつでもハリケーン!です!』

 島村卯月『そ、それって、恋の病って事ですか⁉︎』

 

 あれ?通じた?と画面の向こう側の文香は戸惑ったが、自分の言い出したことなので「そうなのです!」とメッセージを送っておいた。

 

 島村卯月『そう、ですか……。これが、恋ですか……』

 

 自覚をすると何か恥ずかしくなって、さっきとは別の意味で顔を赤くして俯いた。

 

 鷺沢文香『恥ずかしいことではありませんよ?』

 鷺沢文香『私も恋心を自覚したのは最近ですから』

 島村卯月『そ、そうでしょうか……』

 鷺沢文香『良かったですね、原因が分かって』

 島村卯月『でも……私はどうすれば……』

 鷺沢文香『告白すれば良いじゃないですか』

 

 告白、の文字を見た直後、また顔を紅潮させた。

 

 島村卯月『む、無理です!そんな告白なんて……!』

 鷺沢文香『でも、好きなんでしょう?』

 島村卯月『そ、それは……』

 鷺沢文香『では、他の方にとられてしまっても良いのですか?』

 島村卯月『そ、それは絶対に嫌です!』

 鷺沢文香『でしたら、告白するしかありません。相手の方も卯月さんに好意を寄せているのなら話は別ですが』

 

 言われて、卯月は皐月の顔を思い浮かべた。そういえば、何故か自分が発言するたびに顔を赤らめていた気がする。

 案外、意識されてないことはないのかもしれない。そう考えると、告白してみる気にもなって来た。

 

 島村卯月『分かりました。頑張ってみますね!』

 鷺沢文香『はい。何かご相談があれば、いつでもまた連絡下さい』

 島村卯月『ありがとうございます!』

 

 挨拶して、卯月は決意を固めた。とりあえず、告白する側かされる側か分からないので、告白の練習と告白される練習、両方しておこう、と。

 

 



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主人公が変わるのは種死だけではない。
花を咲かすにはまず種を植えよう。


 私は取材が終わって家に帰ってから、早速皐月くんへの告白の練習を始めた。

 まずは文を考えないとね。だけど、私は男の子に告白するのなんて初めてだ。なんて言えば良いのかなんて分からない。

 なので、ここはググってみることにした。パソコンは持っていないので、スマホで「告白 練習」と検索してみた。

 トップに「告白予○演習」が出て来た。アニメーション、かな?もしかして、告白の練習をアニメにしてあるとか?だとしたら最初の一つ目で出て来てくれたってことになる。

 まさに私の望む動画だったため、早速ようつべで見てみた。

 

 〜視聴中〜

 

 ……お、おお〜……。上手く行ったんだ……。これが甘酸っぱいって感覚なんだね。凛ちゃんののろけ話聞いてる時と同じ感覚だよ……。

 えっと、これはハニワっていうんだ……。他の動画も無いかなー。

 ……えっと、ヤキモチ○答え?これも見てみよう。というか、ハニワの曲って多いんだなぁ。私もこんな曲を歌えるようになりたい……。

 今度、プロデューサーさんにお願いしてみようかな……。でも、ちょっと恥ずかしいかも……。

 とりあえず、ハニワの曲でようつべで見れるものは全部見て回ってると、スマホがピロンと鳴り出した。スマホの画面には「鷺沢文香」の文字があった。

 

 鷺沢文香『告白の準備は整いましたか?』

 

 ……あっ、そうだった。私、告白するために調べ物してたんだった。とりあえず、ハニワについては後で調べよう。

 

 島村卯月『いえ、まだです……』

 島村卯月『告白の文を考えているうちに、ハニワにハマってしまって……』

 鷺沢文香『ハニワ!』

 

 え?なんかすごい反応してきた……。

 

 鷺沢文香『私も大好きなんですよ!特に告白予○演習。あの頭にお団子ついてる方がとても可愛らしくて……恥ずかしくてつい「告白予行演習」なんたらウソついちゃうあたりがもうほんと胸がキュンキュンしちゃいますよね。相手の男の子も告白されて少なからず驚いたでしょうに、微笑みながら「こちらこそ」ってスッと答えてる辺り、とても男らしくて素敵な方だと思います。私の千秋くんにもそれくらい男気があれば良いのですが……まぁ、あれはあれで可愛いんですけどね』

 島村卯月『分かります。皐月くんもすぐに顔を赤くする所あるんですけど、基本的にそこが可愛いんですよね。男らしくない男の子もそういう愛らしさがあるというか……たまに思うんです。皐月くんを膝の上に乗せてみたいなって』

 

 長文で来たので、長文で返してみた。まぁ、そんなことはできっこないんだけどね。せめて、恋人にならないと無理だと思う。

 

 鷺沢文香『まぁ、やりたいことは恋人になってからやりますけどね』

 島村卯月『そうですね。私もそうします』

 鷺沢文香『それなら、ちゃんと告白の準備はしておきましょうね』

 島村卯月『……は、はい』

 

 そうだった……。そういえば、文香さんはどうするつもりなんだろう。

 

 島村卯月『文香さんはどうやって告白するんですか?』

 

 すると、返事が途絶えた。あれ、なんかまずいこと聞いちゃったかな……。

 しばらく待ってると返事が来た。

 

 鷺沢文香『えっと』

 鷺沢文香『明日朝起きたら俺たちが恋人同士の関係になっていたとしたら面白いと思わないか?』

 鷺沢文香『とか、ですね』

 島村卯月『えっ、それを文香さんが言ったんですか?』

 鷺沢文香『はい』

 島村卯月『俺って?思わないかって?』

 鷺沢文香『はい』

 島村卯月『カッコ良いですね!堂々としていて!』

 鷺沢文香『……はい』

 

 あれ、何故か三点リーダ入れてきたな。まぁ、文香さんみたいな人は嘘ついたりしないだろうし、気にしないようにしよう。

 

 鷺沢文香『告白に関しては、他の方を参考にすることなんて出来ません。卯月さんが伝えたい事をその方に伝えた方が良いと思いますよ』

 

 なるほど……伝えたい事、か。

 ……待てよ?文香さんはあの告白で何を伝えたかったんだろう。もしかして、彼氏さんに男らしくしてもらうために男前な告白をしたのかな。

 

 島村卯月『分かりました。考えてみますね!』

 鷺沢文香『はい。頑張って下さい』

 

 よし、とりあえず告白の言葉を考えよう。

 

 鷺沢文香『ところで』

 

 なんだろう。まだ何かあるのかな。

 

 鷺沢文香『告白の言葉をどんなに考えても断られたら意味ないのですが、その辺りは大丈夫なんですか?』

 

 私の目の前が真っ暗になるのが分かった。

 

 ×××

 

 気が付けば、私はスタバで奈緒ちゃんと合流して、事情を説明していた。

 本当は文香さんに相談しようと思っていたけど、今日は本屋のバイトというので、次にからかわれなさそうな奈緒ちゃんに相談した。どちらかと言うと、からかわれる側の子だし。

 

「……で、あたしの所に来たと」

「は、はい……」

 

 困ったようにため息をつく奈緒ちゃんだった。すみません、面倒な質問をしてしまって。

 

「……なぁ、一言いいか?」

「なんですか?」

「卯月って、そんなポンコツだったか?」

「ポンコツ(裏声)⁉︎」

 

 い、言うにことかいてポンコツ⁉︎いくらなんでも酷い!そ、そりゃ自分でもアレだと思ったけど……。

 

「……とりあえず、古川のことが好きなんだな?」

「……はい」

「ったく、この事務所はどいつもこいつも彼氏作って……!」

 

 ……すみません。凛ちゃんも文香さんも……。特に、凛ちゃんの相談にも奈緒ちゃんは乗ってたよね……。

 

「それで、奈緒ちゃん。私はどうしたら……」

「卯月は何もしなくて良い」

「……えっ?」

 

 質問するとよく分からない答えを即答して来た。

 

「どういうこと?」

「卯月の武器はな、笑顔だ」

「……へっ?」

「卯月は誰にでも笑顔を振りまいて、常に明るく元気で他人を勇気付けたり元気づけたりすることが出来る。それが卯月の良い所であり、男に……いや、女にもモテる理由だ」

「そ、そうなのかな……?」

 

 イマイチ、釈然としないんだけど……。

 

「つまり、卯月は何もしない方が良い。むしろ、もう古川は卯月に惚れてる可能性もある」

「えっ⁉︎そ、そうかな……?」

「まぁ、何にしても下手に男の気を引こうとすると逆効果になることもある。卯月は今のままでいた方が良い。そのうち、向こうから告白してくる可能性だってあるからな」

「さ、さちゅきくんから⁉︎」

 

 さっ、皐月くんの方から……告白をされるなんて……⁉︎

 

『明日朝起きたら俺たちが恋人同士の関係になっていたとしたら面白いと思わないか?(皐月ボイス)』

 

 っ、す、すごい破壊力……!絶対言わなさそうだけど。

 

「……〜〜〜ッ‼︎」

「卯月、想像力豊かなのは結構だが、なるべく顔に出さない方が良いぞ」

 

 奈緒ちゃんにツッコまれて、さらに顔が熱くなった。最近、頬が紅潮する事が多くなってる気がする……。

 

「うう〜……最近、恥ずかしい思いしてばかりだよぅ……」

「ま、まぁまぁ。凛だって同じように恥ずかしい思いしながら自分の気持ちに気付いたんだし……」

 

 それを言われたらそうかもしれないけど……。それにしても、ありのままの私で良い、か。

 でも、なんていうか、微妙にそれで良いのか不安な気もするなぁ。奈緒ちゃんの言葉を疑うわけじゃないけど、私にそんな魅力があるとは思えないし……。

 そんな私の考えを読み取ったように奈緒ちゃんは腕を組みながら言った。

 

「まぁ、疑う気持ちも分かる。自分の素が男ウケ良いなんて言われてもピンと来ないよな」

「……は、はい……」

「けど、卯月は今まで素で古川に接して来てたよな」

「うん」

「それを今更態度を変えても、古川みたいなタイプには逆効果だと思うんだ。急に疑われると思う」

 

 なるほど……。凛ちゃんみたいに意地悪ばかりしてる子が男の子に素直になったら……いや、凛ちゃんの相手の男の子なら鈍感だから「あ、優しくなった!」って喜びそうだな。

 でも、皐月くんは若干、頭良いからそういうのは敏感そうだ。

 

「……わかった。今まで通り接してみるね」

「困った事があったらあたしに言いなよ。それと、文香さんにもな」

「はい!頑張りますね!」

「ああ」

 

 そんな話をしてる時だ。私のスマホがヴーッと震えた。見ると、皐月くんからだった。

 

「あ、ちょうど皐月くんからですよ!」

「お、おう。嬉しそうだな」

 

 そりゃ嬉しいですよ。好きな男の子からのメールですから。内容はともかく、着信しただけで嬉しくなってしまう。

 何というか、皐月くんの事が好きと自覚しただけでなんかすごく気持ち良い。変な開放感がある気がする。

 

「返信するときは、なるべくいつも通りになー」

 

 奈緒ちゃんからのキャラメル○ラペチーノを飲みながらのアドバイスを聞きながら、メッセージを開いた。

 

 古川皐月『どうも』

 古川皐月『次の日曜?』

 

 え、えっと……いつも通りに、いつも通りに……。

 

 島村卯月『はい、暇な時間ですのでこれから30時間くらい暇ですよ』

 

「おい待て卯月」

 

 奈緒ちゃんからツッコミが来た。

 

「いつも通りにだよ。なんだその文、日本語すら危ういぞ」

「えっ、そ、そうなの……?」

「普段の卯月のL○NE知らないけど、そんな文は打たないだろ」

「そ、そっか……。えっと……いつも通りに……」

 

 そうだよね。文変だよね……。送信する前に消して打ち直した。

 こういうL○NEが来た時の返信……。いつも、いつも……。

 

 島村卯月『皐月くんが暇だと言うなら、例えどんな時でも暇だよ』

 

「だからな!いきなり服従宣言してどうすんだよ!」

 

 またまた奈緒ちゃんのツッコミで止められてしまった。

 あ、あれ?ていうか、こう……なんだろう。いつも通り、いつも通り……。

 

「な、奈緒ちゃん……。私のいつも通りってなんだっけ……?」

「そんなのあたしが知るか!」

「き、既読つけちゃったし、早く返信しないと……!」

「ま、待て落ち着け!慌てて文を送ると……!」

 

 奈緒ちゃんの制止を聞き終える前に文を送ってしまった。

 

 島村卯月『明日朝起きたら俺たちが恋人同士の関係になっていたとしたら面白いと思わないか?』

 

 やっちゃった……!お、送っちゃった!

 

「なんでCLANNADだ⁉︎」

「く、CLANNAD⁉︎違うよ!文香さんだよ!」

「文香さん⁉︎あの人何言って……!」

 

 はっ、はわわわ……!ど、どどどどうしよう……!

 なんて慌ててると、返信がきた。

 

 古川皐月『L○NEの相手間違えてない?』

 古川皐月『古川だぞ俺』

 

「………」

「………」

 

 冷静に切り返された。よ、よし、何とか持ち直した……。

 

 島村卯月『う、うん。ごめんね』

 島村卯月『暇だよ』

 古川皐月『次の日曜日暇?』

 古川皐月『いや、全然デートとかナンパとかそんなんじゃなくて、普通に暇かなって思って?別にほんと深い意味は無いけど、強いて言うなら、いやほんとに強いて言うならだけど、なんかプールのオーナーに「お手伝いありがと」とか言ってデ○ズニーのチケットもらったから、他に誘う人いないし一緒にどうかなと思って。いやホント下心なく』

 

 すごい長文が送られてきた。ほんの10秒の間に。最近の学生は文字打つの早いのかな……。

 ていうか、何の言い訳だから分からないけど言い訳まみれなのはどういうわけなんだろう……。

 隣で奈緒ちゃんが「お前らもさっさとくっ付けバーカ」とか言ってるのを無視して返信した。

 

 島村卯月『うん、暇だよ』

 古川皐月『じゃあ……その、何?10時に駅前で』

 島村卯月『分かった』

 

 そこまで返事をした所で、私は奈緒ちゃんを涙目で見た。

 

「……服装選び、手伝って……」

「……助けを求めるの早いな……」

 

 



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隠し事をする時は油断無く。

 皐月くんと出掛ける事になり、奈緒ちゃんと一度、私の家に来た。デート用の洋服を見るためだ。本当は買いに行きたかったけど、

 そういえば、最近の買い物だと皐月くんと作る用のプラモばかり買っていて、全然私服は買っていなかったような……。

 そもそも、私は今回が初恋なので、男の子とデート用の私服なんて持っていないし買ったこともない。私の好みの服ばかり入ってるタンスを見て、奈緒ちゃんは顎に手を当てた。

 

「……う、ん。これなら別に新しく買わなくても良いんじゃないか?」

「え、そ、そうですか……?」

「ああ。なんというか……どれもヒラヒラしてて、それでいて露出少なめだから上品だし、良いと思うぞ」

「で、でもほら、私あまり男性と出掛けた経験なんてないし、それ用に買っておいた方が……」

「や、だからそれ用にすれば良い服はそれなりに揃ってるから……」

 

 奈緒ちゃんの言わんとしてることは分かる。なるべく、私にお金を使わせないようにっていう気遣いから来てるものだろう。

 でも、私は全く別の理由で買いに行きたかった。それを言うのは恥ずかしいけど……多分、言わないと通じないから言うことにした。

 

「……その、皐月くんとの初デートだから……なるべく、他の誰にも見せたことの無い洋服を着たいなって……」

 

 う〜……なんでこんな恥ずかしいことを暴露してるんだろ……。

 恥ずかしくて、思わずモジモジしながら事情を説明すると、何故か奈緒ちゃんまで顔を赤くし始めた。

 

「……卯月、よくお前そんな可愛い事言えるな……」

「っ、そ、そうかな……」

「……あたしなら絶対言えない」

 

 それは奈緒ちゃんだし、と思ったけど怒られそうだから黙っておいた。

 

「ま、まぁそういうことなら分かった。買いに行こう。でも、なるべくならそういうのは家に来る前に言ってくれるとな……」

「……だ、だって……恥ずかしかったんだもん……」

「うぐっ……!」

 

 何故か悶えられてしまった。

 

「……卯月はあれだな。女にもモテそうだな……」

「へ?何ですか?」

「……いや、なんでも。行こうか」

 

 はぐらかされたけど、とりあえず買い物に出かけた。

 家を出て、駅に向かった。それにしても、どうしよう。奈緒ちゃんは特別なことはするなと言ってくれたけど、やっぱり不安だ。何かした方が良いような気もする。

 

「……うーん……」

「? どうかしたか?卯月」

「えっ?あー……なんでもないですよ」

 

 でも、アドバイスをくれた奈緒ちゃんにそれを言うのも気が引けたので黙ってる事にした。

 

「そういえばさ、この前クローネの撮影だったんだけどさー」

「あ、はい。そうだったみたいですね」

 

 凛ちゃんからおみやげ話を聞いた。なんか今度、その時のアルバイトの子の服を買いに行く事になっちゃったんだよなぁ。

 

「その時にさー。なんか文香さんがすごい機嫌悪くて」

「そうだったんですか?」

「ああ。なんか、こう……バイトの男子高校生がいたんだけどさ、その子、文香さんに好かれてたんだよ」

「文香さんに?」

「そう。恋愛的な意味で」

 

 ……あー、もしかしてこの前話してた、文香さんが告白する子の事かな。

 

「それをあたし、行きのバスの中じゃ知らなくてさ。ガンガン話しかけてガンダムの話で盛り上がっちゃったんだよね。加蓮と凛と一緒に」

「あー……それは」

「気まずかった……。すごい怖かった……」

 

 察した。まぁ、そんなの私でも怖いと思う。

 

「……文香さん、怒ったら怖そうですからね。主にオーラが」

「ああ。私もうビビっちゃって本当に……」

「そ、それは災難でしたね……」

 

 ……ていうか、文香さんにアドバイスもらってたりしてたけど、文香さんは文香さんであんまり恋愛に関して余裕無い人なんじゃ……。

 

「……あな、奈緒ちゃん。もしかして、文香さんって恋愛経験は……」

「無いんじゃないか?すぐに嫉妬するし顔赤くするし照れるし……」

「……な、なるほど……」

「なんで?」

「……たくさんアドバイスをもらいましたから……」

「あの人は……。えっと、どんな?」

「えーっと……他の人に取られたくなければ告白するしかないとか、告白するときのセリフとか……」

「告白される側の人が何を言ってるんだ……」

「えっ、される側なんですか?する側、と聞きましたけど……」

「いやいや。詳しく言うと長くなるけど、文香さんはもう千秋……男の方が自分の事好きである事に気付いてるからな?その上で、向こうから告白させるんだから」

 

 ……聞いてた話と随分違う。いや、まぁ確かに恋する女性の気持ちは身を持って痛感してるし、見栄を張りたくなる気持ちも分かる。

 ……でも、その、なんだろう。何が「明日朝起きたら俺たちが恋人同士の関係になっていたとしたら面白いと思わないか?」なんだろう。道理で文香さんにしては男前過ぎると思った。

 

「……文香さん」

「ま、まぁ、見栄を張るのも分かるよな!多分、凛に相談しても同じ事するし!」

「た、確かにそうですよねっ」

「私が何?」

「いや、だから凛ちゃんに相談しても見栄を張って先輩振りそうだなーって思って」

「そうそう。すぐに照れて自分の失態を無かった事にしそうだからな」

「へー。私ってそういうイメージなんだ」

「そうそ……」

「………」

「………」

 

 あれ?一人多いよ?と思った時には遅かった。私と奈緒ちゃんの後ろで凛ちゃんがニコニコ微笑んでいた。

 

「……り、凛ちゃん……?いつから、そこに……」

「さっき。二人で歩いてたから声かけようとしたんだけど……声かけなくて正解だったな」

「………」

「………」

 

 この後、ご飯を奢った。

 

 ×××

 

 ファミレスで凛ちゃんのご飯を奢り、さらには洗いざらい私に置かれた状況を全て白状した。

 すると、凛ちゃんはこれでもかというほどにニヤニヤして、山手線のゲーム実況の時のような感じで言った。

 

「いやーそっかそっか!卯月も恋する乙女になったんだ!人に散々言っておきながら!」

「うぐっ……!」

「道理で最近は頬を赤らめることが多かったり、スマホに夢中になってたりしたわけだね。人に散々言っておきながら!」

「ひぅっ……!」

「私の猛烈なアタックに若干引いてた癖に、実は参考にするつもりだったんだね!人に散々言っておきながら!」

「そ、その長ったらしい語尾やめて下さい!」

「奈緒と加蓮と一緒に私をいじめながら、実は次は自分がいじめられるんじゃないかってビクビクしてたんだね!人に散々言っておいたから!」

「す、少し変えてもダメですよぅ……」

 

 うぅ……油断したなぁ……。まさか、こんな元気溌剌な凛ちゃんにいじめられる時が来るなんて……。

 恥ずかしさで涙目になり、顔は真っ赤になった状態でジュースを啜ってると、隣の奈緒ちゃんが口を挟んできた。

 

「ま、まぁまぁ凛。その辺で……」

「言っとくけど、奈緒も同罪だからね」

「えっ、な、なんでだよ?」

「隠してたんだから当たり前じゃん。罰として、この前奈緒の部屋を漁った時に出て来たフリフリのとても可愛らしいこの私服、346事務所グループL○NEに貼るから」

「おいぃ!やめろよってかなんで勝手に部屋漁ってんだよ⁉︎」

「ベッドの下って男子高校生がエロ本隠す時の場所だからね」

「やめろ!言うなよ!」

「まだ本棚にあったBLエロ同人のが見つけにくかったから」

「や、やめろってば!ていうか、結局そっちも見つけてるじゃんか!」

 

 二人して仲良く言い合う中で聞きなれない単語が聞こえた。

 

「……あの、びーえるってなんですか?」

「ああ、卯月。BLっていうのはこういうの」

 

 凛ちゃんが本の写メを見せてくれた。あれ?なんか絵の感じが前に見た「刺し穿つ死棘の槍」と絵が似てるような……。

 ていうか、男の人同士がキスしそうな距離で見つめ合ってて……。

 

「へ?……えっ、お、男の人同士が……。……な、奈緒ちゃん……」

「写メまで撮ってたのかよ⁉︎ていうか、卯月離れるな!もう協力しないぞ!」

 

 え、それは困る……。文香さんがヘタレだと分かった今、奈緒ちゃん以外に私の協力者はいないし……あ、かな子ちゃんとかもいるけど。

 

「ま、とりあえず卯月が今、非常に面白い事になってるのは分かったから、私も加蓮も同行するね」

「かっ、加蓮ちゃんもですかっ⁉︎」

「ヤッホー!散々、凛をからかってた癖に実は同じ立場に立っていた卯月の噂を聞きつけてやってきた加蓮でーす!」

「しかも来るの早い⁉︎いつ呼んだの凛ちゃん⁉︎」

 

 とてつもない感染力!と思ったら、凛ちゃんの手元にはスマホがあった。いや、にしてもいつの間に打ったんだろう……。文香さんにしてもそうだけど、オタクになった人達は文字を打つのが早すぎるよね。

 何にしても、情報感染を早速目の当たりにしてしまい、小さくため息をついた。

 

「ああ……早くもトライアドプリムス全員に知られてしまいました……」

「ま、まぁまぁ、協力者は少ないより多い方が良いだろ?」

「そうだよ卯月。大船に乗ったつもりでいな」

「? 何言ってんの凛?凛も協力される側だよ?」

 

 しれっと加蓮ちゃんに言われて、凛ちゃんがピシッと固まったのが分かった。

 冷や汗を流した凛ちゃんは、狼狽えた様子で加蓮ちゃんに分かりきった質問をした。

 

「えっ、な、なんで……?」

「当たり前じゃん。凛だって恋する乙女だし、せっかくだから一緒に見てあげる(着せ替え人形にしてあげる)

 

 ……あ、あれ?な、なんだろう……何か別の文が聞こえた気が……。凛ちゃんも同じように冷や汗をかいているので、多分同じ言葉が聞こえたんだろう。

 二人揃って奈緒ちゃんに目を向けたが、全力で目を逸らしていた。まぁ、その、なんだろう。腹をくくるしか無さそうだ。

 

「で、卯月の男の子はどんな子なの?」

「まだ私のではないのですが……」

「良いから早く言ってよ。散々、凛の男の子の話は聞いたんでしょ?」

「……また話すんですか?」

 

 奈緒ちゃん、凛ちゃんに一人ずつ話したから3回目だ。いや、文香さんとかを含めたら4回目かな。

 まぁ、何回目でも良いけど、どの道逃してもらえないし話そう。

 そのままガールズトークに花を咲かせてしまい、洋服を買いに行くのはだいぶ遅れてしまったが、何とかみんなの協力で買うことはできた。

 

 



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男が女を褒める時は照れずに堂々と褒めないと、余計に恥ずかしくなる。

 日曜日。今日は皐月くんとのお出かけの日だ。皐月くんは「全然デートじゃないからね」と言っていたので、デートでは無い。彼にそんな気はないからだ。

 でも、私にとってはデートと一緒だ。今回のデ○ズニーでなるべく、皐月くんに私を意識させてみせます!卯月、頑張ります!

 加蓮ちゃんと凛ちゃんと奈緒ちゃんに選んでもらった私服を着て家を出た。少しウキウキした気分で待ち合わせ場所の駅前に向かっていた。

 待ち合わせ場所に到着した。……えーっと、あれ?もう皐月くんいる……。私、30分も早く来ちゃったのに。

 とにかく、待たせちゃってるんだし走らないと。慌てて駆け寄った。

 

「さ、皐月くんっ!」

「……あ、島む……卯月」

「ど、どうしたの?集合時間より早いけど……」

「そのセリフ、そっくりそのままヤタノカガミシステム」

「ヤタノ……?」

 

 あ、アカツキか!

 

「わ、わかりにくいよ!」

「知ってるよ。さ、行こう」

「も、もー!行こうって……!」

 

 なんだろ、いつもと態度が違う気が……。怒ってるのかな……。

 

「……あの、皐月くん?何か怒って……」

「あっ、あの、卯月……」

「?」

「……その、何……。……やっぱ何でも無い」

「っ、な、なんですかっ?」

 

 言おうとして言わないのはダメだよ。気になる。今の状況だと尚更。

 だが、皐月くんは絶対言いたく無いようで、頬を赤く染めたまま目を逸らしている。

 その皐月くんの腕を掴んで、ジーッと顔を睨みつけた。

 

「何っ?」

「……言わなきゃダメ?」

「ダメっ!」

 

 もし、もし私が怒らせたのなら謝りたいし、体調が悪いとかなら言って欲しい。

 とにかく言うまで睨んでると、観念したのか小さくため息をついた。

 

「……そ、その……」

「何?」

「……その私服、かっ……可愛いですね……って」

「………へっ?」

 

 小声だった部分もハッキリと聞こえた。えーっと……「かわいい」って言った、のかな?かわいいってなんだっけ?聞き覚えはあるんだけど……どういう意味だったかな……?確か、可愛いっていうのは……こう、愛らしさ?とか、そのものに対して愛でたいなーとか感じるみたいな意味だよね。

 つまり、皐月くんは私に愛らしさとか愛でたさを感じてるって事だよね。

 そっか……。今の私、皐月くんから見て愛らしかったり愛でたかったりするんだ……。そっか……。

 

「ーっ⁉︎」

 

 自覚した直後、顔が急激に熱くなるのを感じた。ぼんっと煙が出そうな程に熱を感じ、鏡を見なくても顔が真っ赤になってるのが分かった。

 普段、ライブやサイン会みたいなイベントで何度も言われてる言葉なのに、皐月くんに言われるのはかなり嬉しさが違った。

 皐月くんの腕を掴んでいた私の手の力はするっと抜けて、赤くなった顔を俯いて隠すことしか出来なかった。

 

「……」

「……」

 

 二人して顔を赤くし、お互いから目を逸らす。そのまましばらく黙り込んでしまった。

 ……どうしよう、どうすれば良いんだろう。私も皐月くんを褒めた方が……いやでも、今褒めても今の状況が悪化するだけな気が……。

 

「……い、行こうか……。卯月……」

「あ、う、うん……」

 

 皐月くんの方からそう言ってくれて、無言のまま出発した。凛ちゃん、奈緒ちゃん、加蓮ちゃん……私服、一緒に選んでくれてありがとう……。

 

 ×××

 

 舞浜駅に到着し、私達はチケットを購入して入園した。相変わらず混んでいるが、今日は特に恋人同士の人達が多い気がした。

 男女で手を繋いだり腕を組んだりしている。あ、キスしてる人達もいるし……。

 

「………」

 

 ふと、皐月くんの空いてる左手を見た。普段はポケットにしまってるのに、今日はだらんと垂らしていた。

 もしかして、私が繋げるように待っててくれてる?それなら、そっちから繋ぎに来てくれれば良いのに……。

 ……待った。もし、今日は何となくポケットにしまってないだけだとしたら?でも、違ったら恥ずかしいし……。

 いや、そんなんじゃダメだ。少しでも私を意識させなきゃいけないんだから!昨日、洋服を買ってる途中、凛ちゃんには絶対言われたくなかったけど凛ちゃんにも言われたでしょ、女は度胸だって!えーい!

 

「あっ」

 

 勇気を出して皐月くんの左手を取ろうとした。その直後、無理してヒールの靴を履いたからか、転びそうになった。

 その結果、大胆な事に皐月くんの腕に抱きつく形になってしまった。

 

「……う、卯月?大丈夫?」

「ーっ、う、うん……」

 

 勇気を出した結果、手を繋ぐ以上の事をしてしまった。なるほど、女は度胸とはこういう事か。

 恥ずかしさを嬉しさが追い抜き、口から「えへへ」と笑い声が漏れた。

 

「皐月くん、良かったらこのままでも良いですか?」

「えっ?い、良いけど……」

 

 許可をくれたので、そのまま歩き始めた。

 さて、せっかくデ○ズニーに来たんだし、乗り物に乗らないとね。

 

「皐月くん、何か乗りたいものある?」

「卯月の好きなもので良いよ」

「……こういうのは男の子がエスコートしてくれる所でしょ?」

「や、俺デ○ズニー来たこと無いから分からないんだよね」

「……え、な、無いの?」

「無いよ」

 

 そうなんだ……。何だか意外……でもないかな?皐月くん、私以外のお友達いないって言ってたし。

 

「じゃあ、今日はめいっぱい楽しまないとね!」

「……そーね」

 

 少し照れたように目を逸らす皐月くん。そういう所が可愛いんだよなぁ。

 とにかく、こういう時は私がエスコートしないとね。

 

「じゃ、まずはデ○ズニーっぽい格好をしないとね!」

「はい?」

「こういう所では、必ずと言って良い程、身に付けなきゃいけないものがあるんだよ」

「チケットでしょ?」

「そういうのじゃなくて……」

「じゃあ金?」

「世知辛すぎるよ!もう少し発想を夢の国に寄せてよ!」

 

 思考がリアル過ぎるよ!あながち間違ってない辺りがまた少し腹立たしいし……。

 でも、今私が求めてる回答は違った。皐月くんはそれをつけるのは絶対嫌がると思うので、勝手に買っちゃう事にした。

 

「じゃ、答え合わせね。お店に入ろう!」

「え、お土産屋は帰りに寄るものでしょ?」

「デ○ズニーのお土産屋さんはお土産以外にも色々売ってるんだよ」

 

 そう言って、半ば強引にお店に入った。物珍しそうに中を見回す皐月くんの腕を引いて、カチューシャコーナーに来た。

 

「さ、これ買おう」

「あー……良いんじゃない?」

「皐月くんもだよ?」

「えっ?」

 

 他人事みたいに言っていたのでしれっと当然のことを伝えると、今度は間抜けな声が聞こえてきた。

 

「……な、なんで?」

「当たり前だよ?皐月くんだってデ○ズニーにいるんだから」

「嫌だよ、俺がこんなのつけたって……!」

「大丈夫、似合わなくても面白ければ良いんだから!」

「俺は芸人か⁉︎」

「ノリっていうのはそういうものだから!じゃあ、私はミ○ーで皐月くんはミ○キーね!」

「えっ?あ、あー……まぁ、良いけど……」

 

 あれ、割とあっさり……。なんでかな?まぁ、つけてくれるならそれで良いかな。

 

「じゃ、これは私が買うね」

「え、いや良いよ。それくらい自分で……」

 

 言いながら、皐月くんは値段を見た。直後、固まった。そう、高いんだよね。遊園地のお土産屋さんって。カチューシャ一つで1400円、一人暮らし高校生には少しキツい値段かもしれない。

 その点、仮にもアイドルの私なら二人分買うくらいなんて事ない。そう思ったのだが、皐月くんは奥歯を噛んで財布を出した。

 

「……買うよ」

「えっ?で、でも……」

「このくらいなら何とかなる、はず……! 女の子に奢られるよりマシだ」

「そ、それなら無理して買わなくても良い、けど……」

「でも、卯月はつけて欲しいんでしょ?」

 

 そ、それは一応……。

 

「なら買うよ。……ほら、その、何? こうした方が……卯月も、楽しめるだろう、し……」

「……皐月くん……」

 

 ……そういう事を言われると、嫌でも嬉しくなってしまう。

 

「……ありがと」

「いいよ。どうせなら、卯月の分も俺が買うけど」

「そ、それはいいよ!じゃあ、レジに行こう?」

 

 二人でカチューシャを持ってレジに並んだ。

 ……あれ?今更だけど、カチューシャって男の子もつけても変じゃない、んだよね……?

 ふと店の外を見てカップルの様子を見るが、男の子でつけてる人の姿は見えない。これ、皐月くんに恥をかかせてしまうんじゃ……。

 そんな事を思ってると、私の前の前に並んでる、何処かで見た男の子が一人でカチューシャを持って並んでるのが見えた。良かった、全然普通のことだった。

 

「……ほっ」

「? 卯月?どうかしたのか?」

「えっ?う、ううん!何でもないよっ」

 

 言えない、勧めたものを買わせようとしてる上に、その買い物が不安になってるなんて言えない。

 なるべく話を逸らそうと思って別の話題を上げた。

 

「そ、そういえば、皐月くんって夏休みの課題とかあるの?」

「終わったよ」

「……えっ?」

 

 お、終わった……?は、早くない?

 

「あんなもん、後になればなるほど面倒になるからな。答えがあってようが間違ってようが終わらせりゃ良いんだよ」

「……ま、真面目なのか真面目じゃないのか……」

「そう言われても、答えを配らない教師が悪いからなぁ……。卯月は?」

「……えへへ」

「……空いてる日あったら手伝ってあげる」

「ご、ごめんね……」

 

 撮影とかで忙しくて……。

 でも、皐月くんって確か英語が苦手なんじゃなかったっけ……?いや、あまり考えないようにしよう。他の科目を手伝ってもらえば良いんだ。

 ……あれ?それ、私の家に皐月くんが来るって事……?あ、どうしよう。そう思うとなんか恥ずかしくなってきた……。見られて困るものがあるわけでもないのに。

 

「……き、卯月」

「は、はいっ?」

「レジ」

「あ、そ、そっか……。ごめんね」

 

 慌ててカチューシャを買いに行った。……とりあえず、今日は帰ったら部屋片付けないと……。

 お店から出て、早速カチューシャをつけた。お店の窓を鏡にして、変な所は無いか自分で確認してから皐月くんの方を見た。

 

「皐月くん、どう?」

「ん?」

「……えっ?」

 

 ……皐月くんのミ○キーカチューシャ、予想に反して少し似合ってるんだけど……。ぶっきらぼうな表情なのにミ○キーのカチューシャつけてるってギャップが……。

 一方の皐月くんも、私の顔を見るなり顔を赤くして背けた。どうやら、私は私で似合ってるようで何よりだった。

 そんな顔を赤くした皐月くんは、照れながらも私に言った。

 

「……その、なんだ……? 似合ってる、んじゃねぇの……?それ」

 

 今度は自分から褒めてくれた。それが嬉しくて、微笑みながら返した。

 

「ありがと。皐月くんもとても可愛いよ?」

「……そいつはどうも」

 

 何故か不貞腐れたように皐月くんはそう言った。でも、今回は照れているというのは分かっている。

 そんな皐月くんの左腕に再び掴まり、デ○ズニーデートを再開した。

 

 



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ジェットコースターは連続で乗るものじゃない。

 デ○ズニー内の探索を始めた。まず乗るのは大きい絶叫系が良いと思ったので、ス○ラッシュマウンテンに来た。

 キャーと絶叫しながら水の中に落ちるアトラクションを眺めながら、ス○ラッシュマウンテンの列に並んでると、困惑した様子で皐月くんは聞いて来た。

 

「……今からあれに乗んの?」

「そうだよ?」

 

 えっ、なんだろう。なんか嫌だったかな。あ、もしかして。

 

「……絶叫系とかダメなの?」

「や、乗ったことないから不安なだけ。昔から遊園地より水族館とか動物園のが好きだったから、子供の頃も親と行ったのはそっちばかりだったんだよ」

「へぇ〜……」

 

 そっか、遊園地より動物園か。良い事を聞いた。次からはそっちに行こう。

 

「動物好きなんだね」

「人よりよっぽど素直で優しいからな……。良くも悪くも平等だし」

「……あ、あはは……」

 

 ……空気重くしちゃったなー。コンビニでアルバイトしてるからか、人の悪意には敏感なのかもしれない。

 

「ま、まぁでもほら!親しい人とか出来たら、人へのイメージも変わるかもしれないし!」

「……親しくない友達も出来ないのにそんな事が可能なのか?」

「そ、それは分からないよ!これから友達以外にも出来るかもしれないよ!」

「友達以外の親しい人って何」

「それはー……ほら、彼女とか。そ、それに皐月くん、自分で言うほど一人じゃないよ!」

「それは学校での俺の様子を知らないからでしょ」

「そんな事ないよ。今だってデ○ズニーに女の子とお揃いのカチューシャをつけて二人きりでいるって時点で、周りから見たら明らかにカップルだから!だから自信持って!」

「……お、おう……」

「……?」

 

 あれ、なんだろ。急に顔を赤くしたな……。私、今変なこと言ったかな?

 冷静に自分の言った言葉を解析してみた。

 

『そんな事ないよ。今だってデ○ズニーに女の子とお揃いのカチューシャをつけて二人きりでいるって時点で、周りから見たら明らかにカップルだから!だから自信持って!』

 

 ……どう考えても恥ずかしい事を言っていた。

 

「……〜〜〜ッ!」

 

 自分でも恥ずかしくなり、カァッと頬を赤く染めた。その場で俯いていると、皐月くんが頬を赤く染めながらポツリポツリと歯切れ悪く言った。

 

「……まぁ、その、何?気持ちは伝わったから……」

「えっ……?そ、それって……!」

「恋人じゃなくて友達だけど、親しい人は一人はいるから……」

「………」

 

 ……怒れば良いのか喜べば良いのか分からないんだけど。でも、モヤモヤするので多分、怒ってるんだろう。

 不機嫌を隠さずに頬を膨らませてる私に気付いたのか、皐月くんが慌てるように聞いて来た。

 

「……え、なんで怒ってんの?」

「知らないっ」

「え、今なんか悪い事言った?」

「知らないっ」

 

 ……皐月くんも凛ちゃんの恋人さんと同じタイプなんだね。かなりイライラして自分からガツガツいこうって決めた凛ちゃんの気持ちがよくわかった。

 でも、私にガツガツいく勇気はない。だって恥ずかしいもん。だから、イラっとしても我慢して徐々に好意を伝える事にした。

 そう決めて、皐月くんの腕にしがみついてる力を強くした。

 

「……罰として、今日は1日このままだからね」

「えっ……や、これからあれ乗るのに?」

「……屁理屈言わないっ」

「はいっ」

 

 胸が腕に当たってて、なんだか唯ちゃんとか美嘉ちゃんみたいで恥ずかしいけど、これも皐月くんを堕とすためだ。あ、美嘉ちゃんは口だけで実行しないって莉嘉ちゃんが言ってたっけ……。

 しばらく並んでると、列は進んでようやく室内へ。このス○ラッシュマウンテンの独特な雰囲気が好きだ。並んでるだけでワクワクして来る。

 

「……ほえー。結構作り込んでんのな」

 

 私と違って全く緊張していない皐月くんが辺りを物珍しそうにキョロキョロ見回しながら呟いた。

 

「そうなの?」

「いや、こういうの作るんならホワイトベースの内部構造を再現したものも作れるんじゃねーのって思って」

「あ、あー……そういうこと」

「一度でいいからジャブローを作って欲しいぜ……」

「じ、地味じゃないかな……。基本的に建物ばかりだし」

「いやいや、ジムが並んでるとことか盛り上がるでしょ」

「……あ、確かにっ。あと、考えてみたらガンペリーとかファンファンとかもいるからねっ」

「そうそう。岩の間に体育座りしてるアッガイとか置いてな」

「あ、いいねそれ!じゃあ、アトラクションの内容は大量の爆弾を乗せた車を走らせるって奴だね」

「アレンジして、ガンダムとシャアズゴの足元走ったりとかすれば盛り上がりそうだな」

「じゃあガンキャノンがズゴックを吹っ飛ばす所も!」

「いいね。やっぱホワイトベースのパイロット達の活躍は欲しいよな」

 

 やっぱりこう言う想像は楽しい。まあ、多分一生出ないのは分かってるけど。

 そんな話をしてるうちに、私達が乗る番になった。座席に座り、しっかりと固定された。皐月くんの腕から離れる羽目になってしまったけど、手だけは繋いでおいた。

 

「……始まったね」

「今更だけどさ、これどんな乗り物なの?」

「乗ればわかるよ」

「……そ、そうなん?」

 

 ガタン、と動き始めた。

 かなりのスローテンポで動く乗り物。序盤はこれ遅いからねー。やがて登り坂に入った。

 

「うおっ、急だなオイ……」

「あははっ、新鮮な反応してこれ乗る人初めて見ました」

 

 大体、高校生になってデ○ズニーに来たことがない人とデ○ズニーに来たことはない。というか、私自身、デ○ズニーなんて一年振りくらいだ。

 すると、皐月くんは若干不貞腐れたように呟いた。

 

「……悪かったな」

「あっ、ご、ごめんね……。そういうつもりで言ったんじゃないよ!」

「だろうな」

「えっ?……あっ、も、もうっ……!そんなこと言って、怖くて泣いちゃっても慰めてあげないからねっ」

 

 ……たまに意地悪な事言うんだから……!

 そうこうしてるうちにコースはピークまで来た。ふと下を見ると、水の中に真っしぐらのレールが見えた。

 ……あれ?これ、こんなに怖かったっけ……?そう思った直後、ふわっと体が浮き上がったかと思ったら、一気に急降下した。

 

「「「きゃああああああああああ‼︎」」」

「うおー」

 

 乗ってるお客さんと私の悲鳴が重なる中、横から呑気な悲鳴が聞こえ、何だか色々と頭の中がグチャグチャになる中、ザブンッと水の中に突入した。

 思いっきり水が溢れ返って来て、頭からザブンッと水をかぶった。今日の私の服装は簡単に言えば白とピンクのワンピースだ。

 つまり、水を被ると洋服は透けてしまう。私の服は透けて下着姿が見えてることは目視するまでもなく分かった。

 

「うおー、割とあれな。飛び降り自殺感出てて面白いなこれ」

 

 呑気な声で皐月くんは感想を言ったが、頭に入って来なかった。安全バーが外れたら下着が見えてしまう。それだけが頭に残っていた。

 ボンヤリしてるうちにアトラクションが終わり、私と皐月くんは降りた。ていうか、皐月くんなんで全然濡れてないの?隣だったよね?

 

「いやー面白かったな。もっかい乗……あっ」

 

 私の透けてる私服に気付いたのか、頬を赤らめて目を逸らす皐月くん。こうなることは予測できた、けどやはり男の子に下着を見られるのは恥ずかしい……。

 私も頬を赤らめながら、両手で自分の身体を隠してると、フワッと上半身に何か掛けられるのが分かった。自分の着てる半袖の上着を脱いで私に羽織ってくれた。

 

「っ、あ、ありがと……」

「島村さんの下着を周りの奴に見せるわけにはいかないからな」

「ーっ……う、うん……」

 

 それは、どういう意味なんだろう。私以外に見せたくないってことかな?いや、多分皐月くんのことだしどうせ……。

 

「……一応、アイドルなんだし」

「……言うと思った」

 

 絶対そんな事だろうと思った。自分のことより他人のことを優先する性格が好きになったとはいえ、少しは「他の男に見せたくない」とか言って欲しい。

 少し不満な事を思ってると、隣からも悔しそうな声が聞こえた。

 

「………畜生……」

「……? 何が?」

「何でもない」

 

 何か悔しいことでもあっ……あ、もしかして上着貸さなきゃ俺も下着見れたのに、的な事かな?……って、皐月くんに限ってそんな事思わないよね。反省。

 ……にしても、この上着良い香りするなぁ。こう、なんだろう。皐月くんの匂い?いや、男の子の匂いかな?なんというか……羽織ってるだけで身体がポカポカしてくる。

 ……って、本人の前で匂いなんて嗅いでたらダメだよ。気を取り直して、次の乗り物に行こう。

 

「次、何乗ろっか」

「その前に、タオル買いに行こう。卯月、また風邪引くよ」

「……あ、それなら大丈夫。ハンカチ持ってるから」

「なら、早く拭きなよ。待ってるから」

「うん。ごめんね」

「いいって」

 

 まずは体を拭いた。そっか、前に風邪引いたことあったからそれで皐月くん心配してくれてるんだ。やっぱり優しいなぁ、皐月くんは。

 身体を拭き終えて、次のアトラクションに向かった。次に乗るのはス○ースマウンテン。結構速くて怖い奴なんだけど、ス○ラッシュマウンテンを乗ってケロリとしてる皐月くんなら問題ないだろう。

 これもまた並ばなきゃ乗れないため、しばらく並んでると、皐月くんの方から声をかけてくれた。

 

「最近さ」

「はい?」

「地元のプールでバイトしてたじゃん?」

「はい。あの大型のですよね」

「そう。あのプールのバイトしてて思ったんだよ。女の人は胸じゃないって」

「……んっ?」

 

 急に何を言い出すんだろこの人。

 

「監視員の仕事しながら学生を見てると、大体問題起こす女って露出の多い水着着てる巨乳ばかりなんだよね。だから、やはり性格と身体は関係ないんだなって思ったわ。小さ過ぎても大き過ぎてもダメ。要は平均が……」

「……皐月くんさ、テンパってる?」

「………」

 

 口数多いし、唐突に始まった話だし、私が恥ずかしい思いした直後だったし。

 図星のようで、皐月くんはおとなしくなって小声で謝った。

 

「………ごめん」

「ううん。なんか私もごめん……」

 

 ……冷静に対処してくれたと思ったら、皐月くんもテンパってたんだね……。なんだか私の身体に反応してくれたみたいで少し嬉しいのは内緒にしておこう。

 今の皐月くんは冷静ではないみたいなので、私の方から話題を振ることにした。

 

「そういえば、これから乗るのはス○ースマウンテンって言うんだけど、かなり速いんだよ」

「そうなん?」

「うん。デ○ズニーのアトラクションの中で4番目に早いんだから」

「へー。デ○ズニーって海の方も含めて?」

「うん」

「それはすごいな」

「まぁ、ス○ラッシュマウンテンの方が速いんだけどね」

「あー、なら楽勝だな」

「そうかもねー」

 

 私もこれに乗るのは初めてだけど、凛ちゃんや未央ちゃんが言うにはそんなに怖くないらしいし。

 そんな話をしてるうちに、私達の番になった。

 

「じゃ、乗ろっか」

「おー。終わったら昼飯だな」

「そうだね」

 

 この後、二人揃って泣かされて食欲が無くなり、お昼は食べれなかった。

 

 



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覚悟を決める皐月くん(1)

 一体全体、何故こうなったのか。俺はそればっかり考えていた。

 今日はデ○ズニーで卯月とのデートだった。今日のデートで察したが、多分卯月は俺の事が好きだ。自惚れじゃなければ。じゃなきゃ、周りからカップルに見られるのを覚悟で胸を押し当てるように腕に飛びついて来たりしない。俺は鈍感系主人公ではないので、それは察した。

 それに、卯月のエスコートのお陰で俺自身もかなり楽しめたし、今回のデートはとても良かった。楽しかったなんてもんじゃない。まぁ、卯月の気持ちに対する答えは俺の中で出すとして、問題はここからだ。

 帰り道の電車の中。卯月が俺の肩に頭を乗せてヨダレを垂らしてる。

 

「すぴー」

 

 気持ち良さそうな寝顔で寝息を立てている。いやもう、ホント可愛い事可愛い事。ヨダレの事は水に流そう。

 しかし、身体を俺に預けるのはいただけねぇなぁ。もう心臓の高鳴りが収まらないなんてものではない。この天然ボケの女の子は男を狙わずにドギマギさせるプロだ。

 

「……」

 

 ……こんな子を傷つけるわけにはいかない。俺も、答えを出さないとなぁ……。

 しかし、やはり俺は卯月が好きなのだろうか。一緒にいてドキドキする事も多々ある。

 だが、心の何処かで俺は卯月と付き合って良いのかと考えている。確かに卯月は俺の事を好きなのかもしれない。だが、両想いでも上手くいくとは限らない。

 彼女なんてできたことの無い俺なんかと付き合って、卯月は楽しめるのだろうか。そこが不安だ。ただでさえアイドルだからリスクがあると言うのに。

 まぁ、今日の様子を見た感じだと卯月は十分楽しんでるように見えたが、今日は卯月のエスコートがあっての事だったからかもしれない。付き合い始めたら俺がエスコートすることになるだろうし……。

 ……でも、島村さんを振る勇気も俺にはない。前に誰かに言われた通り、ほんとにヘタレだな俺は……。

 

「……どうしようかな」

 

 一人じゃ答えは出そうにない。誰かに相談するしかなさそうだな……。そう結論を出した時だ。駅に到着した。

 

「あ、卯月。起きて」

「……スピー」

 

 ……え、起きないの?嘘、この事態は想定してなかった。

 

「ちょっ、卯月。降り損ねるってば」

「……スピー」

 

 え、どうしよう。やばいって、もう扉閉まるって……!ええい、ままよ!腹を括って、卯月をおんぶした。

 ギリギリ電車から降りて、二人分のスイカを使って改札を出た。このまま卯月の家に行くしかなさそうだ。

 

「さつきくぅん……」

「っ」

 

 お、起きたのか……?いや、寝言か……。

 何にしても耳元で囁くのはやめてほしい。ほんと心臓止まるかと思った。

 

「……みて、しんさくの……プラモ……でぃーぷ、すとらいかー……だってぇ……」

 

 それはもっと先の話な。発売はされるけども。

 ……なんか良い匂いするな、この人。芳香剤?洗剤?いや分からんけど。まぁ、俺に匂いフェチの気はないのでクンクンしたりしないが。

 こうしてると、俺って本当にラッキーなのかもしれない。普通、アイドルを背負うことなんてあるか?胸が背中に当たって反応に困る事困る事。

 ……ま、無邪気な寝顔で眠ってるこの人は無意識なんだろうけどね。

 

「……この野郎め」

 

 少しいらっとしたので、左手の肘を曲げて頬をデコピンした。それでも起きない辺り、寝が深いタイプなんだろう。

 家に到着し、インターホンを鳴らすと玄関が開いた。顔を出したのは卯月の母親だ。

 

「はーい。……あら、皐月くん?うちはラブホテルじゃないのよ?」

「いきなり何を言い出してるんですか……。電車の中で寝ちゃったから送りに来たんですよ」

「それはわざわざごめんね」

「いえ」

 

 おたくの娘さん、起きないんですね。頬にデコピンまでしたのにピクリとも起きないんですよ。

 

「……ふふ」

 

 あれ、なんか卯月のこと見て笑ってるなこの人。

 

「せっかくだから、うちに上がって行ったら?」

「え、いやいいですよ」

「ほら、娘を持って来てくれてお礼したいし……」

「持って来てくれたって……」

 

 間違ってないのがまたすごい。まぁ、でも俺は家に親いないし、少しくらい遅くなっても問題無いので、誘われた以上は上がっていこう。

 

「すみません、お邪魔します」

「どうぞ」

「卯月はどうしたら良いですか?」

「卯月の部屋に寝かせてあげて。起きたら勝手にお風呂に入ると思うので」

「分かりました」

 

 そんなわけで、部屋に置きに行った。

 前に来た時より若干汚れているが、相変わらず基本的には綺麗に片付いてる部屋だ。

 ただ、気になるのはベッドの上に放置されてる大量の下着だ。や、これが私服なら分かる。だってほら、今日のための服を選んでたんだろうなーって思うし?

 けど、なんで下着?他人に見せるわけでもあるまいに……。どうしよう、この上に卯月を置いても良いのかな……。

 

「……どかした方が良いか」

 

 そう呟いて、おんぶしてる卯月をお姫様抱っこに変え、一度床に置こうとした。

 が、俺は変に力を入れてないはずなのに、何処か見えない力が働いたのか、卯月の体がベッドの上に落ちてしまった。その反動で身体が転がり、うつ伏せになって下着の束を隠すように寝転がった。

 

「………」

 

 まぁ良いか。下着は隠れたし。さて、さっさと部屋から出ないと、このタイミングで卯月が起きたら最悪だ。

 そう思って出て行こうとした時だ。枕の上に顔がダイレクトに埋まっているのに気付いた。……あれ、窒息すんじゃね?

 引き返して、卯月の頭に手を当てた。顔を横に向け、頭を撫でて今度こそ部屋を出て行った。

 一階に降りると、卯月の母親がお茶を用意して待ってくれていた。

 

「さ、おいでおいで」

「すみませんね、わざわざ」

「ううん。私も皐月くんとお話ししたかったから」

「そうすか……。あ、いただきます」

 

 とりあえず、用意していただいた紅茶を一口もらい、一息ついた。

 

「あ、美味しいですねこれ」

「でしょ?この前、卯月が事務所のアイドルの子からもらって来たんだって」

「へぇ〜」

 

 なるほど、そういう関係もあるのか。アイドル事務所でアイドルやるのも苦労ばかりじゃないんだな。

 

「それで、今日のデートはどうだった?」

「……やっぱそれ聞かれるんですね……」

「当然じゃない。うちの娘の彼氏だもの」

「彼氏じゃないですから……。卯月は楽しんでたみたいですよ」

「あら、下の名前で呼ぶ仲になったのね」

「………」

 

 カマかけスキルが半端なく高いんですけど。いや、自爆しただけにも取れるが。

 

「まぁ、卯月は良い子ですから。どんな事をしてても楽しめる子だと思いますけど」

「本当にそう見える?」

「……いえ」

 

 ……いや、見えない。俺と一緒にいる時の卯月しか知らないが、腕に飛びついて来たりとはしゃいでるように見える。照れ隠しでした。

 

「卯月が俺以外と一緒にいるところは見た事ないんですが」

「確かに、どの子といても楽しそうにはしてるけど。でも、皐月くんの時は特別に見えるわ。家にいる時なんてアイドルを始めた時はアイドルの話ばかりだったけど、あなたと関わってからはあなたの話ばっかりよ?」

 

 それは前も聞いたな……。まぁ、実際そうなんだろうし、卯月の母親が、卯月がどれだけ俺の事を好きかを判断する材料はそれしかないからな。

 

「本当は卯月の気持ちに気付いてるんでしょ?」

「……はい」

「どうするの?」

「……まだ考え中です」

「あら、即決だと思ってた。あなた、卯月のこと好きなんだとばっかり」

 

 そりゃ普通の学生なら即決だったが……。

 

「多分、アイドルと付き合って良いのかな?なんて考えてませんか?」

「……まぁ、考えてますけど」

「やっぱり。私は気にしなくて良いと思いますよ」

「え、そ、そうですか?」

「学生なんですから。好きなようにしても大丈夫です。それに、アイドルが恋愛禁止かどうか、それは事務所によって違うのですから、そこを確認してからでも遅くないと思いますよ」

 

 ……へぇ、それは知らなんだ。問答無用だとばかり思ってた。

 少し、勇気が出たかもしれない。卯月の事務所は346事務所、だっけ?ちょっと調べてみるか。

 

「あの、島村さん。ありがとうございます」

「ううん。ま、私としては今日、卯月のこと襲って行って欲しいくらいなんだけどね」

「台無しなんですけど……」

 

 この人、涼しい顔してとんでもないことを平気で言うよな……。

 とりあえず、いただいた紅茶を飲み干して席を立った。

 

「じゃ、帰ります。お邪魔しました」

「ね、皐月くん」

「? なんですか?」

「今日の天気予報見た?」

「はい?」

 

 いきなり天気の話題?どうしたのこの人急に。

 

「見てませんけど……」

「ダメだよ、デートの日の天気は確認しなくちゃ」

「は、はあ……」

 

 どうしたんだろう、この人急に。何かあったのかな……。

 と、思った直後、ポツッポツッと水滴が物体に落ちる音がした。えっ、この音って……。

 

「今日の9時45分より、降水確率100%」

「……はっ?」

 

 その水滴の落ちる音は徐々に強くなり、やがてザアァァッという連続したものになった。

 ふと時計を見ると、ちょうど9時45分だった。……うわ、やべっ、帰れねっ……。

 

「泊まっていきなさい」

「……えっ」

「卯月の部屋でね?」

「………えっ」

「お風呂沸かしてあるから。パジャマのジャージは卯月ので良い?」

「…………えっ」

 

 色んな意味で眠れなさそうな夜が始まりを告げた。

 

 ×××

 

 お風呂から上がり、卯月のジャージを着た。一言で言えば超良い匂い。ほんとこれなんの匂いなんだろ。卯月の体臭か?

 着替え終えてバスルームから出ようとすると、ちょうど卯月と顔を合わせた。

 

「あっ」

「っ……」

「起きたんだ。お母さんから聞いた?俺、今日泊まっていくから」

「えっ、そ、そうなんだ……!」

「で、卯月のジャージ借りたんだけど……」

「ーっ……!」

「あっ、卯月……!」

 

 顔を赤くした卯月が俺の横を通り過ぎて行った。あれ、なんか照れる要素あったかな……。卯月の部屋借りるって言い損ねたんだけど……。まぁ、何回かうちに泊まってるし平気かな。

 風呂場から出て卯月の部屋に入った。ま、夏だし布団はいらないな。床に寝転がった。

 

「………」

 

 やっぱ床は硬ぇな……。いや、この際贅沢は言うまい。

 目を閉じた。……なんだろ、眠れない。硬いからか?いや、卯月の部屋だからか?自分の部屋に女の子入れるのはなんとも思わないのに。

 いや、考えるな。とりあえず寝よう。意識すればするほど眠れなくなるぞ。

 

「………」

 

 やっぱ眠れねぇんだけど。いや、だから諦め早いって。頭の中でプルを数えろ。そうすりゃ眠れる気がする。

 プルが一人、プルが二人、プルが三人……ダメだ。眠れる気がしない。むしろ天国に近くなって永遠の眠りにつく気がする。

 

「ていうか、俺はロリコンかよ!」

「……へっ?」

「えっ?」

 

 卯月が部屋に入ってきてた。キョトンとした顔で俺の事を見ていた。

 

「……何してるの?」

 

 だよね、まず床で寝てることに疑問持つよね。

 

「……いや、その……床で寝ようと……卯月のお母さんに、卯月の部屋で寝ろと言われてしまって……」

「……も、もう……お母さんったら……」

 

 卯月は俺をまたいでベッドに上がった。で、ベッドの端に寝転がると、心底恥ずかしそうな顔で呟いた。

 

「……その、皐月くん……」

「? 何?」

「……半分、どうぞ……」

「………へっ?」

 

 い、良いの……?一緒に寝ちゃうの……?一緒のベッドで……?ていうかそれ眠れるの……?

 卯月は頬を染めたまま俺に目を合わせない。チラチラとこっちの様子は見てくるけど、目は合わなかった。

 

「……じゃあ、その……失礼します……」

 

 ベッドの中に入った。夏なので布団はタオル一枚。俺と卯月は背中合わせで寝転がっていた。ほんの一部しか当たっていない背中から伝わる卯月の体温がヤケに温かく感じた。むしろ熱いとさえ思う。

 例え、現在の季節が真冬であったとしても熱く感じたと思ったりもした。

 その熱を誤魔化すために、スマホで346事務所について調べ始めた。恋愛禁止かを調べるためだ。……あ、別に恋愛禁止とかそういうのは書かれてないな。ていうか、調べ終わっちゃったよ……。

 まぁ、とにかく卯月に告白するって事は決まった。いつにしようかな。今?いや今は下心が見え隠れしてるように思われそうだから無理だわ。

 ……まぁ、その辺は神谷さんに相談しよう。

 

「……ね、皐月くん」

「うえっ?な、何?」

 

 声かけて来た……?

 

「……私、普段は23時には寝てるんだよね……」

「へ、へぇ……それで?」

「だから、その……深夜のテンション?で、その……舞い上がってるからかも、しれないんだけど……」

「……お、おう……?」

「……腕枕、してもらっても良い、かな……」

「……えっ?」

 

 ど、どうしたのこの子……いや、分かるけど……にしてもそんな……え、とりあえずどうしよう……。

 

「……い、良いけど……」

 

 考えがまとまらないまま返事をしてしまった。それでようやく、島村さんの意図を察した。腕枕をするには、少なくとも仰向けにならなければならない。つまり、背中合わせを回避したかったのだ。

 しかし、オーケーと返事をしてしまった以上は従うしかない。卯月の方を見て、腕を伸ばした。

 すると、何を思ったのかこの卯月さんは俺の方を向いて腕に頭を置いた。

 

「……へっ?」

「……えへへ」

 

 いたずらを成功させた子供のように微笑む卯月。で、俺の頬に手を伸ばすと、微笑みながら目を閉じて言った。

 

「……おやすみ、皐月くん」

「お、おう……」

 

 その夜、俺は卯月の可愛さによる心臓への負担と腕の痺れによって一睡も出来なかった。

 

 



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この告白不在のカップルに祝福を!
一人暮らしの長期休みは感覚を失う。


 学校が始まった。皐月くんとほぼ毎日会える日々は終わり、今日からは会えない日もあるかもしれない。

 それでも、私はあまり寂しくはなかった。あのデ○ズニーデートが終わってから、ずっとL○NEしてくれたからだ。皐月くんの方からメッセージが来ることも多くて、少し嬉しかった。

 まぁ、そういうわけで離れ離れでもスマホがあれば連絡も取り合えるので寂しく無い。しかし、毎日のように連絡くれたけど、皐月くんにとって私ってどんな存在なんだろう……。

 まぁ、多分大した感情は持ってないよね、皐月くんだもん。どうせ「俺の唯一の友達だから手放せない」みたいな感覚なんだろうなぁ……。

 正直、今はそれでも構わない。まずは友達から、という言葉があるように、恋人になるには相手との関係を段階的に上げる必要があると思うから。

 さて、とりあえず今日からアイドル、学校、恋愛の三つを両立出来るように頑張らないとっ。

 むんっと気合を入れて、学校に向かった。登校中、何となくチラチラとスマホを見た。……普段なら朝起きると共に皐月くんから連絡来るんだけど、今日は来ないな……。もしかして、生活リズム戻ってないのかな?

 一人暮らしだし仕方ないと思い、なるべく気にしないようにした。

 

 ×××

 

 始業式が終わり、お昼に学校は終わった。それでも皐月くんから連絡は来ない。どうしよう、何かあったのかな。もしかして、何か事故とか……。

 そう思った直後、かなり不安になって来た。どうしよう、探しに行った方が……でも、私も今学校だし……アイドルで学校に行けないことも多い分、授業をサボるわけには……でも、皐月くんの命に関わることだったら……。

 考えれば考えるほど、思考はネガティブな方向に進んで行った。まずは本人に電話した方が良いかな……。そう思って、スマホを耳に当てた時だ。ヴヴッとスマホが震えた。

 

 古川皐月『今起きたわ。昨日の夜、遅くまでストフリの足細くするのに熱中し過ぎた』

 

 ……この人、もしかして今日から学校だって忘れてる……?

 とにかく、事故とかじゃなくてホッとしながら返信した。

 

 うづき『今日から学校なんだけど……ちゃんと学校行ったの?』

 

 答えの分かり切ってる質問をすると、しばらく返事が途切れた。

 スマホを見ながら昇降口に向かって靴を履くと、ようやく返事が来た。

 

 古川皐月『今から行く!』

 うづき『もうお昼だよ』

 

 まず間違いなく学校は終わってる。どの高校も始業式のはずだし。

 

 古川皐月『遅れたもんは仕方ないよね』

 うづき『ちゃんとしないとダメでしょ』

 古川皐月『明日から本気出すから』

 

 まぁ、そう言うなら私が怒るのは筋違いだよね。とりあえず、これから皐月くんの家に行こう。今日はオフだし。

 スーパーでオヤツと飲み物、それとご飯になりそうなおかずを買って皐月くんのアパートのインターホンを押した。

 

「あーい……」

 

 腑抜けた声とともに出て来たのは、未だにパジャマ姿の皐月くんだった。

 

「あーい、じゃないよ。もうお昼なのに何してるの」

「やー、生活リズム戻らなくてさー。今二度寝してたわ」

「もー!制服脱ぎっぱなし!ちゃんと畳むなりハンガーに下げるなりしないとシワになっちゃうよ!」

「さっきまで着替えてたんだけど、学校行かなくて良いと思うとめんどくさくなっちゃってな」

「まったく、ほらちゃんと立って。とりあえず、パジャマから着替えなさい」

「はいはい……」

 

 欠伸をしながら皐月くんは立ち上がった。まぁ、一日くらいそんな日もあるよね。

 しかし、さっき着替えたって事は、やはりお昼も食べていないようだ。ここは私の出番かもしれない。

 

「今からご飯作るから待っててね」

「おう……。悪いな……」

「ううん、こういう時はお互い様だから」

「食材は冷蔵庫に入ってるから。俺シャワー浴びてくる……」

「いや、買って来たから大丈夫だよ」

「あそう……え、わざわざ買って来たの……?」

「え?うん」

「あ、じゃあ後で金出しとくわ……」

「いいよ、勝手に買って来ただけだから」

「や、そういうわけにはいかないから……。後でレシートくれ……」

「もう、いいって言ってるからいいの。それより、早くサッパリして来て。寝癖ついてる」

「あそう……」

 

 ……なんか、いつもと感じ違うなぁ、皐月くん。もしかして、寝ぼけてるのかなぁ。

 なら、ちゃんと目が覚めるくらい美味しいもの作ってあげないとねっ。料理はあんまり得意じゃなくて、この前皐月くんが風邪引いた時以来だけど……。島村卯月、頑張りますっ。

 とりあえず、簡単で短時間に美味しく作れるって凛ちゃん、正確には凛ちゃんののろけ話に出て来た彼氏さんが言ってた炒飯を作ろう。

 エプロンを装備してから、まずはエビと長ネギとウィンナーを刻む、んだよね。比較的、難易度の低そうなネギを手に取った。

 長ネギなのであまり目に染みる事はなく、ゆっくりと時間をかけて刻んだ。続いてウィンナーを手にした。

 

「……」

 

 ヌルヌルしててあまり上手く切れないなぁ。それに加えて、円形でしっかりと形を保ってるものは切りにくい。前のオムレツの時は、元々ママにオムレツの作り方を教わってたっていうのもあったし、何より包丁使わなかったからなぁ……。

 でも、皐月くんのために美味しいチャーハンを作らないといけないし、こんな事でめげていられない。

 何とか頑張ってウィンナーを切ろうとした時だ。人差し指に小さな痛みが走った。

 

「っ……」

 

 痛みを感じたのと遅れて血が流れて来る。指を切ってしまったようだ。

 とりあえず、絆創膏貼らないと……。私の血を皐月くんに食べさせるわけにはいかないし……凛ちゃんは興奮するとか言ってたけど……。

 救急箱のありかはガンプラを一緒に作ってる時から知ってるので、それを開けて左手の人差し指に巻いた。

 早く続きを作らなければならないため、さっさと救急箱をしまおうと手に取った所で、洗面所のドアが開いた。

 

「……あれ?卯月?何してんの?」

 

 さっきまでとは違い、ハッキリした眼差しの皐月くんが出て来た。……なんか顔が赤い気がするけど気の所為かな。

 とりあえず、慌てて救急箱と切ってしまった人差し指を背中に隠した。

 

「っ、な、何でもないよっ」

「今なんか隠したろ」

「隠してないよ」

「何、ガンプラで遊んでて壊しちゃった?別に気にしなくて良いよ、接着剤あるし」

「あ、遊ばないよ!プラフスキー粒子も無いのに!」

「あったら遊ぶんだ……」

 

 言いながら近付いてくる皐月くん。何とか救急箱と左手人指し指は見せないようにしたが、座ったまま方向転換しようとしてたからか、腰が救急箱に当たって中から溢れてしまった。

 

「あっ」

「やっぱ怪我してたんか」

 

 淡々とそういうと、救急箱を片付けた。

 

「大丈夫?」

「う、うん……」

 

 そう声をかけると、台所に向かう皐月くん。もしかして、代わりにご飯作る予定なのかなと思って慌てて後を追った。

 

「なるほど、チャーハンね」

「あっ、ま、待って!私が作るから……!」

「いや、また怪我されたら困るし……」

「い、良いの!」

「良くないでしょ」

「でも、せっかくだから私が作りたいし……」

 

 そう懇願すると、少し困ったような顔をした後、「なら」と言葉を返した。

 

「俺が手伝うよ」

「へっ?で、でも……」

「二人で作れば問題ないでしょ」

 

 そう言うと、台所に向かってしまった。私も立ち上がって慌てて後を追った。

 そう言えば、最近は皐月くん随分と態度が柔らかくなったなぁ。前は優しかったけど少しぶっきらぼうな感じがした。まぁ、そこが可愛かったんだけど。

 その辺の棚から包丁を取り出すと、転がってるウィンナーを手に取って刻み始めた。それを見ながら、私も包丁を握ってウィンナーを切る。

 ……やっぱり、皐月くんの方が手慣れてるなぁ。テンポよくトントントンと音を立ててウィンナーを切る皐月くんを見てそんな事を思った。私もあんな風に料理が上手くなりたい。

 

「……あ、卯月。それ指切る、包丁の斬撃射程内に指が……」

「あ、う、うん」

 

 危なかった……。またやっちゃう所だった。

 

「……よし、切れた」

「じゃ、まずはフライパンに油敷いて。あったまったらウィンナーとエビを投入、焼けて来たらネギ、米をぶちまけてテキトーに炒めてテキトーに調味料加えて」

「わ、分かった……!」

 

 よし、頑張ろ。緊張気味にウィンナーとエビを入れて、菜箸でツイツイ突きながらフライパンを揺らした。

 その間に、皐月くんは換気扇のスイッチを入れてお皿とスプーンの準備をしてくれる。

 続いてライスとウィンナーを入れた。ここからが本番。さらにフライパンを揺らし、途中で塩とか胡椒とかを加えていく。

 

「味見した方が良いよ。何なら俺がするし」

「ダメ、私がする」

「お、おう……」

 

 皐月くんには本番まで食べて欲しくない。

 言われた通りに少量ずつ調味料を加えては味見を繰り返して、ようやく完成した。お皿に盛り付けて、さっきまでまな板のあった場所に置いた。

 ……あれ?まな板は?と、思ったら皐月くんが流しで包丁とまな板を洗っておいてくれていた。

 

「フライパン、水に漬けておいてな」

「あ、う、うん」

 

 流しに置いて水を溜めてから、エプロンを外して皐月くんのお向かいに座った。

 

「さ、食うか」

「あ、うん……。一応、美味しく出来たとは思うんだけど……」

「いただきます」

 

 ……淡々としてるなー。もう少し緊張感持って食べて欲しい。

 炒飯を一掬いして口に運び、もっさもっさと咀嚼する。ど、どうかな……。美味しくなくても食べられる程度にはなってるはずなんだけど……。

 

「ん、美味い」

「っ、よ、良かった……」

 

 ホッと胸を撫で下ろしながら私も炒飯を食べた。あ、ほんとだ、美味しい。とにかく、変なもの出さなくて良かった。本当に。

 これで少しは皐月くんのお世話は……あれ?ていうか、お料理手伝ってもらって危なかったら止めてくれて、助言を加えながら足りない部分は補助してくれて……お世話されたのは私じゃないのこれ?

 

「……」

 

 なんだか恥ずかしくなって頬を赤らめて俯いた。いつから立場逆転してたんだろう……。

 料理に挑戦する妹とそれを見守る兄みたいな状態に思わず自分で呆れてると、皐月くんが「それはそうと」と言葉を継いだ。

 

「その……いつ言おうか悩んでたんだけど……」

「? な、何?」

 

 なんだろ。もしかして、味見した時に頬にお弁当ついてたかな……。それとも私も人のこと注意しておいて寝癖がついてたり……?

 自分の顔や頭を触って容姿を確認してると、少し照れた様子の皐月くんがボソッと言った。

 

「エプロン姿が、その……とても新妻っぽくて、似合ってたです……」

「……」

 

 全然、兄妹なんかでは無かった。何というか……隣の家に住んでる幼馴染みたいな感じかな。

 

「そういう事は、早く言ってよねっ」

「……悪い」

 

 それだけ言って、二人で美味しく炒飯をいただいた。

 

 



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お互い告白はしていません。

誕生日を9分過ぎてしまった……。




 学校が本格的に始まったけど、結局私と皐月くんの関係は変わらなかった。放課後になって仕事のない日は、ほぼ毎日のように皐月くんの部屋に遊びに行って、二人でプラモを作る。

 まぁ、今日は私はプラモを買っていないので、一人でプラモを作る皐月くんの背中を背もたれにしてガンダムの漫画を読んでいるんだけどね。

 ……でも、飽きたなぁ。というか、せっかく私といるのになんで皐月くんはガンプラに夢中なのかなぁ。

 何だか気に食わないので、漫画を畳むと後ろから皐月くんの背中にくっついてみた。背中をツンツンと突くが反応はない。静かにパチンとニッパーがパーツを分離させる音が響くだけだった。

 

「……」

 

 続いて、背中をなぞった。これでくすぐったくて少しは反応してくれるはず……と、思ったが、無反応。どうやら、くすぐりには耐性があるようだ。

 ……それでも気付いてるはずなんだから反応してくれれば良いのに……。もしかして、プラモに集中してるのかな……。それなら私に集中してよ。

 

「……むー」

 

 肩の上に顎を乗せてみた。これなら鬱陶しいでしょ。私の全体重が肩に掛かるんだから。

 しかし、それでも皐月くんは反応してくれなかった。微動だにしない背中に私の方の我慢が限界だった。

 

「むー!むー!」

 

 皐月くんの肩甲骨の間におデコをグリグリと擦り付けて腰の後ろから手を回してギュっと抱き締めた。

 すると、皐月くんはニッパーを持ったままおでこに手を当てた。

 

「……何この可愛い生き物……」

「あー!もしかして最初から気付いてた⁉︎」

「可愛かったよ、卯月」

「もー!何でそういうことするの⁉︎」

「いや、なんか構って欲しい猫みたいで可愛かったから」

「もー!もー!」

「牛かよ」

「女の子に向かって牛はないよ!」

 

 むーっ!からかわれてたなんて……!

 横からジロリと抗議の視線で睨み付けるも、皐月くんは平気な顔で私の頭を撫でた。

 

「はいはい。文句は後で聞いてやるから、今は一人で遊びなさい」

「もー!せっかく私が遊びに来てるのに……」

「ほら、これでじゃれてて良いぞ」

 

 言いながら皐月くんは緑色にザクのモノアイと動力パイプが描かれたボールを放り、思わず私は手を伸ばした。

 

「あ、うん!ありが……って、ホントに猫扱い⁉︎」

「にゃー」

「にゃー。って、にゃーじゃないよ!」

 

 ぜ、絶対バカにしてる!なんとか仕返ししたいけど……。でも、どうやって仕返ししようか……。

 あ、そうだ。こういう時は大人の色気って美嘉ちゃんが言ってた!よーし、大人っぽいと言えば美嘉ちゃんや奏さんだよね……。確か、二人はいつも第二ボタンを開けてる。そういう所から試してみよう。

 そう決めると、リボンを取って第二ボタンを外し、少し恥ずかしいけど皐月くんの腕に横から抱きついてみた。

 

「さーつきくん♪」

 

 ……えっと、なんて言えば良いんだろう……。誘惑するような言葉、だよね?えっと……。

 

「……わ、私と……プラモ作らない?」

 

 ……あれ、なんだろ。なんか違う。それいつもしてるよ。

 なんだか痛烈に恥ずかしい思いをしてると、また皐月くんは私の頭の上に手を置いた。

 

「……卯月、お前に大人の色気で誘惑とか無理だ」

「っ⁉︎ど、どうして⁉︎」

「何しても可愛くなっちゃうから」

「なっ……⁉︎も、もー!どういう意味っ?」

 

 カァッと顔を赤らめてポコポコと皐月くんの肩を叩く私を微笑ましそうな顔で眺めながらもプラモ作りの作業を進めた。

 うう……ていうか、誘惑しようとしてるのも簡単にバレちゃってるし……。

 すると、何を思ったのか皐月くんはニッパーと製作中のプラモと塗装用のガンダムマーカーとカッターとやすりを箱の中にしまって、私の方を見た。

 

「よし。で、何する?」

「! もう良いの?」

「キリが良かったからな」

 

 やった!じゃあ、せっかくだし何をしようかな……。といっても、特にしたい遊びがあるんじゃないし……。

 どちらかというと、お話ししたい事がたくさんある。

 

「最近ね、事務所の小早川紗枝ちゃんと塩見周子ちゃんって子がいるんだけど」

「アイドル?」

「そう!……ていうか有名だよ!今度、二人で『羽衣小町』っていうユニットで話題になってるんだから」

「テレビはガンダム以外で使わねえからなぁ」

 

 そ、そうだよね……。皐月くんだもんね……。この前やったガンダムのゲームもう一回やりたいなぁ。

 

「その二人がどうしたの?」

「あ、うん。私のCMの収録終わったところでその二人と出会してね」

「CMって、あのTMの衣装着た超エロい卯月の?」

「は、ハッキリ言わないで!私だって恥ずかしかったんだから!ていうか、テレビ普通に見てるじゃん!」

「……まぁ、卯月が出てるCMだったしな……」

「あっ、そ、そっか……ありがと……」

 

 ……それは嬉しいけど、少し照れ臭いかも……。……でも、やっぱり嬉しいなぁ。えへへ……。

 

「で、その卯月のCMのスクショ動画がこれ」

「あー!なっ、なななんでスマホに保存してるの⁉︎」

「ようつべに上がってたからな」

「だからって保存しないでよ!」

 

 もう!感動を返してよ!

 

「うう……あんなのもう一生着たくないよ……」

「で、その二人がなんだって?」

 

 鏡を見なくても顔が赤くなってるのが分かるくらい顔が熱くなってると、皐月くんが話を戻したので慌てて答えた。

 

「あ、うん。その二人、今度仕事で京都行くんだって」

「へー。修学旅行以外で京都って羨ましいな」

「いや、二人は実家が京都だからね」

 

 少し実家が京都って羨ましいかも……。毎日がデ○ズニーランドみたいで、

 

「というか、皐月くん京都好きなの?」

「まぁ、それなりに。一人か卯月と行ければ」

「あー……。そ、それでね、確か皐月くんって今年の修学旅行、京都なんでしょ?」

「そうだよ」

「それでね、美味しい八つ橋のお店教えてもらったんだ」

「わざわざ俺のために?」

「うん。だから、時間があったら食べに行って来たら?」

 

 すると、皐月くんはしばらく考え込んだあと、何かピンと来たのか聞いて来た。

 

「……お土産買って来て欲しいのか?」

「……そ、そうです……」

 

 ほんと変なとこ鋭いなぁ、この子。だってあんな風に「ほんま美味しかったなぁ」「うん。あれは最早至高の一品」なんて言われたら食べたくなっちゃうんだもん!

 そもそも、女の子は総じて甘いものが好きだ。かな子ちゃんとか。

 

「てか、八つ橋くらい東京駅に売ってるだろ」

「そういうのじゃダメなの!」

「お、おう……」

 

 分かってないなぁ。皐月くんが好きなラーメン屋だってチェーン店より個人経営のお店の方が好きな癖にぃ……。

 

「ま、お店さえ教えてくれりゃ買って来るよ」

「ほんと⁉︎」

「ほんと。どうせ自由時間は一人で回るハメになるから」

「ありがとう!ふふ、今から楽しみだなぁー」

 

 その場で寝転がって足をパタパタと振った。ふふ、今から楽しみだし、なんなら修学旅行について行っちゃっても……。

 そんな事を思ってると、皐月くんが床に転がってる財布とスマホをポケットにしまいながら立ち上がった。

 

「卯月」

「何?」

「たまには外出るか」

「へっ?」

「ほら、いつも室内じゃ不健康でしょ」

「でも……この時間から?」

「……卯月と行きたい場所があるんだ」

「良いよ!」

 

 やった、今から楽しみっていうか楽しい事が今から起こる!

 一緒に二人で玄関に向かった。靴を履いて玄関を開けながら皐月くんに聞いた。

 

「それで、皐月くん!どこに行くんですかっ?」

「ん?食材を買いに」

「……はい?」

「今日、特売なのさっき思い出してさ。お一人様お一つで卵が安いんだよね。今から行って間に合うかな」

「……私と行きたいって、そういう事?」

 

 この人は本当に……!今のは流石にムカっとしたため、皐月くんをジトーッと睨み付けたが、皐月くんは弁解するように言った。

 

「いやいや、卯月以外に誰かいたとしても一緒には行かないから」

「どうせ他に友達いないからでしょ」

「お前今、酷いこと言った自覚ある?ないよね?自覚持ってお願い」

「普段、そういう言動してるのは誰⁉︎」

「や、そんな夫婦みたいな買い物の仕方、他の女の子とはしたくないって意味だったんだけど……」

「……」

 

 ……そういうことか。なんだか嬉しくて、でも不機嫌になりながらすぐ喜ぶのは簡単な女みたいで嫌で、必死に緩む口元を押さえながら、今度こそ仕返ししてやろうと皐月くんの腕に飛びついた。

 

「? う、卯月?」

「……な、なら、買い物に向かう途中も夫婦みたいにしないとねっ……!」

「……尊過ぎて死にそう……」

「し、死んじゃダメだよ!ほら、早く行こ?」

 

 抱き締めてる腕を引いて、スーパーに向かった。

 

「ね、皐月くん」

「? 何?」

「しりとりしながら行こう!」

「卯月先手で良いよ」

「やった!えっとね……り、りんご!」

「ゴルドルフ所長」

「……何それ?」

「ん? FGOの……」

 

 そんな事をしながら歩いた。

 

 ×××

 

「え、えーっと……う、う〜……」

「ほら、もうスーパー着いたから」

「うー!ズルイよ皐月くん!『う』で終わる文字ばかり!」

 

 知らない間にスーパーに着いていた。ほんとに皐月くん意地が悪い。しかも、悔しがってる私を見て楽しそうにしてるんだから尚更酷い。

 

「しりとりってそういうもんだから。今度、神谷さん辺りに試してみなよ。あいつアホそうだから速攻で掛かると思うよ」

「うー……わ、分かった……」

 

 そっか……しりとりってそういうゲームなんだ……。

 スーパーに入り、カゴを持った皐月くんと並んで歩く。流石に買い物中は邪魔になると思うので腕から離れた。

 入り口付近にあるのは野菜なので、そこから皐月くんは回った。顎に手を当てて二つのキャベツを持つ。両手に持って重い方を選んで行った。

 やがて、決勝戦になったのか二つのキャベツを渡して来た。

 

「どっち重いと思う?」

「んー……こっち」

「じゃ、こっちだな」

「……そんなに変わらないと思うけどなぁ」

「主婦になれば分かるよ。割とこういうのが生活の苦労を決めるから」

「……もう主婦だもん」

「俺の方が主夫っぽいけどな」

「うっ……そ、それはまぁ高校生だから仕方ないけどね……」

「まぁ、卯月の収入を俺がもらってるわけじゃないし、一方的に俺が主夫なわけだが」

「も、もう!この口はすぐそういうこと言うんだから!」

 

 皐月くんの頬を突いて抗議すると、皐月くんは私を落ち着かせるように頭を撫でた。……それだけでなんだか落ち着けて大人しくなっちゃうんだから、やっぱり私簡単な女の子なのかな。

 私の頭を撫でたあと、皐月くんはじゃがいもを選び、カゴの中に入れた。せめて私にできる主婦っぽさを探し、皐月くんのカゴを持つ手を握った。

 

「カゴくらい持たせて」

「いやいや、重いもの持つのは男の仕事だから」

「で、でも……私も少しは女の子っぽい事を……」

「なら、このままで良いじゃん。二人で持とう」

「っ……う、うん……」

 

 そ、それは少し恥ずかしいけど……。でも、皐月くんと同じ事出来るのは何となく嬉しい。

 私達の間に買い物カゴを挟んで二人で手を繋ぎながらカゴを持って、続いて人参を買いに行った。

 

「……あら?卯月と皐月くん?」

 

 不意に私達を呼ぶ声が聞こえ、振り返るとママが買い物カゴを持って立っていた。

 

「あ、マ……お母さん!」

「いつも通りママで良いのに。二人ともカゴを二人で持っちゃって、まるでカップルみたいね」

「そうかな」

「あ、どうも。島村さん」

「あ、あれ……?」

 

 普通に返すと、ママは何故か狼狽えたような様子を見せた。

 

「ふ、二人とも随分と仲が良いのね……?」

「まぁ、なんていうか……もう毎日顔合わせてますから」

「ねー?最近、皐月くんってば私の学校の校門まで迎えに来てくれるんだよ?」

「そ、そうなの……」

 

 ? なんだろ。なんかママの様子がおかしいような……。どうかしたのかな。

 すると、皐月くんは小さく会釈して言った。

 

「じゃ、俺達はこの辺で。8時までには卯月を家に送り届けますから」

「へっ?あ、う、うん。そう?ありがとう」

「またね、お母さん」

 

 それだけ挨拶して、ママと別れた。さて、皐月くんとお買い物続けないと。

 ……それにしても、ママ何かあったのかな。具合悪いとかだと心配だし、帰ったら一応聞いておこう。

 

 



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奈緒ヒロイン案を本格的に考え始めました。

言い忘れましたが、最終章です。


「いやいや、おかしーだろ」

 

 休日、その日を利用して、私と皐月くんは奈緒ちゃんに相談した。相談内容は主に私のお母さんのこと。なんか最近、毎日のように「え?告白してないのにあの距離感なの?」みたいな質問をして来るので、とりあえず最近の私達の関係も含めて奈緒ちゃんに相談したら今の返事が返ってきた。

 

「そんなに変ですか?」

「変だしおかしいし頭もおかしいわ。え、告白してないのに普段の会話に『夫婦』とか『新妻』とかいうワードが出てくんの?」

「え、ダメ?」

「表現の自由だろ」

「お前らの場合、比喩表現で済んでないからダメなんだよ!」

 

 二人で反論すると、声を荒げて反論して来た。

 え?ていうかそれって……。

 

「皐月くん、今私達夫婦に見えるって言われちゃったね」

「まぁ、第三者にそう言われちゃうって事は本当に夫婦っぽいんだろうな」

「オイ、そのテンションやめろ。酷くウザったい」

 

 そう言われても、これが素だし……。

 

「というか卯月。そもそも古川の腕に抱きつくのやめろ」

 

 え、何で今更そんな事注意するんだろう。さっきからずっと皐月くんとくっ付いてるのに……。

 

「離れろ」

「なんでですか?」

「良いだろ別に」

「あたしがいづらいんだよ!」

「神谷さんもくっつけば良いじゃん」

「は、はぁ⁉︎何言い出すんだお前は⁉︎」

「……皐月くん?」

「じ、冗談です……。卯月様……」

「嫉妬もするのかお前ら!」

 

 まったく、私も一緒にいるのに失礼な!普通、女の子の前でそういうの事言わないでしょ。

 

「もう一度聞くけど、告白はしてないんだよな?」

「してないですよ」

「しなくても、こう……お互いに通じ合っちゃってるっつーか……最早イノベイターかニュータイプだよな」

「もう……皐月くんったら……!あ、それならカテゴリーFとかどうかな?」

「……兄弟になるのか?」

「違うよ。……二人だけが、通じ合ってるみたいな……」

「う、卯月……」

「……なんだこれ。内容は甘ったるいのになんか怖い……」

 

 私と皐月くんが二人して頬を赤らめてると、奈緒ちゃんが全く空気を読めない事を言い出した。

 

「奈緒ちゃん、そこは黙って見届けるところですよ」

「メイジンかテメーは」

「すぐにガンダムに例えるのをやめなさい」

 

 ……むー、奈緒ちゃん機嫌悪いのかな……。なんでそんなに怒ってるんだろう。

 

「あのな、そりゃ卯月のマ……お母さんも困惑するぞお前ら。告白してないでそういう関係なんだろ?」

「……別に告白しなくても仲良くするのは良いと思いますけど」

「ガンダムのキャラだってほとんど明確な愛の告白シーン無いだろ。それなのにみんななんか上手く付き合ってんじゃん」

「じゃあ聞くけど、お前ら付き合ってるのか?」

 

 言われて、私も皐月くんもドキっと心臓を震わせた。確かに、付き合ってる……のかな?

 

「別に、告白しなきゃ付き合えない、ってわけじゃないだろうしその辺に定義があるとは思えないけど、告白くらいしっかりしないと卯月は他の男を勘違いさせるぞ」

「おい、なんで俺をハブった」

「……私が、ですか?」

「卯月のその性格なら他の男にも人当たり良くしてそうだし、勘違いさせて告白されて相手を傷つけるかもしれないんだからな」

「あの、奈緒ちゃん……。別に、私は男の子にモテるってわけでは……。告白された事だって無い、ですし……」

 

 ……というか、なんだかモテるモテるって言われてるみたいで少し照れちゃうんだけど……。

 

「古川だってそうだ」

「あ、やっぱり?俺もモテそうに見える?別にモテたいわけじゃないけ……」

「他に好きな女の子出来てその子に入れ込んでも、別にそれ浮気ってわけじゃなくなるし、卯月との関係を見られると『何こいつ、色んなところに女作ってんの?』って思われるぞ」

「……なんで俺だけクズっぽい例えなんですかね……」

 

 奈緒ちゃんのその例えに冷やっとすると同時にカチンと来た。で、皐月くんの腕から離した手を皐月くんの服の襟に移して問い質した。

 

「ち、ちょっと皐月くん⁉︎浮気なんてしてないよね⁉︎」

「な、なんでそう言う話になるんだよ⁉︎するわけないだろ!」

「もししてたら許さないから!ママにお説教してもらうんだから!私のママ、怒るとパパに土下座させる程度には怖いんだからね!」

「し、しないってば!……か、仮にしたとしても……卯月に説教してもらいたいけどな……」

「ーっ、そ、そうやって誤魔化してもダメなんだからぁ……!」

「……なんでそこから惚気になるんだよ。ていうか、浮気って言っちゃってるし……」

 

 他人事のようにツッコむ奈緒ちゃんもキッと睨み付けた。それに気付いたのか、背筋を伸ばす奈緒ちゃんに私は言った。

 

「奈緒ちゃんも不安にさせるような事言わないでっ」

「お、おう……。ごめん……」

 

 まったく……。私は一息つきながら皐月くんから手を離して飲み物を一口飲んだ。

 

「ま、神谷さんの言うことも分かるし、告白しておくか」

「そうだね」

 

 ……うっ、そういえば、告白されるのって初めてなんだよね……。せっかくだから、こう……デートの後とかにロマンチックに告白してもらいたいな……。

 高層ビルの屋上、なんて高校生離れした場所じゃなくて、こう……夜のお台場あたりでガンダムの等身大が見える二人きりになれる穴場みたいな場所で……。

 

「卯月、好きだ。……ゴクッ、ふぅ。付き合ってくれ」

「……」

 

 ……コーヒーを飲みながら、他の女の子もいるのにさらっと言われてしまった。

 奈緒ちゃんもドン引きしながら「うわ〜……」と声を漏らしている。当然、私も少しむかっとした。

 

「……むー!」

「えっ、何?なんで怒ってんの?」

「何でそんなサラっと言うの⁉︎もっとこう……雰囲気とかあるでしょ⁉︎」

「や、もうお互いカテゴリーFなんだし、今更改まっても茶番感が……」

「すぐガンダムに例えるのをやめなさい!」

「えぇ……お前さっき散々……」

「口答えしない!」

 

 まったく、こういうところは無神経なんだから……!大体、何飲みながら告白って何なの?凛ちゃんだったら半殺しにしてるレベルなんだけど?

 

「……でも今更ロマンチックにとか言われてもな……」

「……まぁ、確かにな。結果は分かりきってるのにロマンチックな告白とかある意味普通の告白より難しいぞ」

「うう……」

 

 確かに二人の言い分も分かる。今更告白なんてされても「ドキッ」どころか「ビックリ!」もしない。

 ……でも、それでも最初の彼氏が告白無し……いや、さっきされてたっけ。さっきの0点の告白じゃ嫌だ。

 

「……なら、せめて卯月の要望通りに告白すれば良いんじゃないか?」

「そうだな、それが良い。じゃ、告白の日程決めようぜ」

 

 この時点でロマンチックさの欠片もないんだけど……。

 いや、逆転の発想なのかな?ロマンチックはどう足掻いても無理だから、せめて私の要望通りにしてくれる、ということかな。それなら少し嬉しい。

 

「とりあえず、卯月の意見は?」

「……そうですね、色々あるんですけど……」

 

 正直、出来レースだからなぁ……。出来レースな告白の場合、要望に合わせれば合わせる程、茶番になってしまうような……。

 ……うーん、あまり変に望みを高くするのは良くないよね……。最低限のことだけ伝えた方が逆に良いかもしれない。

 

「じゃあ私の要望は一つかな」

「一つで良いのか?」

「はい」

 

 皐月くんの確認に微笑みながら答えた。

 

「私を、ドキッとさせて下さい」

「……ドキッと?」

「うん。サプライズ的な……この際、ロマンチックでなくて良いから、告白されるのを分かった上で私をドキッとさせるような告白をして欲しいな」

「……なるほど」

「あれか、ドッキリみたいな?」

「奈緒、空気読め」

「奈緒ちゃん、空気読んで下さい」

「いきなり辛辣になるなよ⁉︎」

 

 そう言われても、今は真面目に話してるんだから。

 

「分かった。まぁ、ようはドキッとさせれば良いんだな?」

「うん。なるべくデート中に」

「じゃ、来週の日曜にガンダムの等身大でも見に行くか。何だかんだ見に行ったことなかったし」

「あーそうだね。その時に?」

「ああ」

 

 やった!まさかデートまで出来るなんて!来週が楽しみになってきたなー。

 

「……じゃ、とりあえず今日はお開きにするか」

「うん。奈緒ちゃんにもアドバイスもらえましたしね」

「いやー、ありがとな。神谷さん」

「はい。今度、何か奢らせて下さい、奈緒ちゃん」

「……お前らとは一生出掛けないからな。例えガンダム関係でも」

 

 それだけ話して、私達はお店を出た。奈緒ちゃんが何故かゲンナリした様子で駅に向かうのを見ながら、皐月くんは私に声をかけてきた。

 

「……で、どうする?これからどこか行くか?」

「うん。今日はカラオケ行きたいなー」

「えぇ……アイドルと?」

「ダメ?」

「や、良いよ。行こう。……今日はネタ曲だけで良いや」

 

 そんな話をしながら、皐月くんと手を繋いでカラオケのある駅周辺に向かった時だ。後ろから「卯月ちゃん」と声が聞こえた。

 振り返ると、どこかで見た男の子……あ、前に水族館のチケットくれた人だ。その人が立っていた。

 

「あっ……えっと……」

 

 名前なんだっけ、まぁ良いか。とりあえず挨拶しておこう。

 

「こんにちは」

「う、うん」

「卯月、この人は?」

「水族館のチケットくれた、前にバラエティ番組で一緒に出た人だよ」

 

 名前はー……あ、確か山田さんだっけ?

 

「ふーん……」

「そ、それより卯月ちゃん。この人は?」

「お友達の古川さんですよ」

「へ、へぇ〜……何、二人は付き合ってるの?」

「んー」

 

 なんて答えようかな……。本当はもう私の中では結婚しちゃってるんだけど、せっかく来週告白してもらえるんだし、ここは付き合ってないって答えておこうかな……。

 

「まだ付き合ってないですよ?」

「ちょっ、卯月……!」

 

 皐月くんが狼狽えたような様子で声をかけてきたのと同時に、山田さんは「そ、そっか……」とホッと胸を撫で下ろした。何をホッとしてるのか分からないけど、とりあえず今はカラオケに行かないといけない。

 

「じゃあ、私達はこれで」

「えっ、あ、ま、待って!」

「? なんですか?」

 

 なんだろ、もしかしてまた仕事で一緒になったのかな。それなら失礼のないようにしたいけど……。

 

「ら、来週の日曜日空いてる?もし良かったら……」

「あ、ごめんなさい。来週の日曜はこの人とガンダム見に行くんです」

「おい、卯月」

「へ?が、ガンダム……?」

「お台場の等身大です」

「あ、あー……そ、そっか……」

「すみません、もしかしてお仕事とかですか?」

「いや、なんでもないよ。じゃあね」

 

 それだけ言って山田さんは立ち去って行った。なんだろ、何の用だったんだろ?

 ボンヤリと足早に立ち去る山田さんを眺めてると、少し真面目な声音で「卯月」と皐月くんが声をかけてきた。

 

「お前……今のは嘘でも付き合ってるって言っとけよ」

「? なんで?」

「……本来、こう言うこと言うべきじゃないんだけど言うわ。あの人、完全に卯月の事狙ってたぞ」

「狙う?」

「お前のこと彼女にしたがってるって事」

「ええっ⁉︎」

 

 そ、そんなまさかぁ……。わ、私そんなにモテる女の子じゃないし……。

 

「まぁ、俺の見た感じの主観だから本当かどうか分からないけど、そういう人をあまりその気にさせるなよ。特に、あの人学生だろ?」

「う、うん……。確か大学生だけど……」

「なら、若いから思慮は浅いし芸能人だからプライドは人の倍はある。何してくるか分かんないんだから」

「……ま、まぁ、皐月くんがそう言うなら……」

「ん。じゃ、カラオケ行くぞ」

「うん!」

 

 まぁ、今の話は本当にあの人が私を好きだったら、の話だし……それに、来週には皐月くんとお付き合いするんだから、それまでの間気を付けてれば大丈夫、だよね。

 それよりも、今は皐月くんとのカラオケのが重要なので、それにウキウキしながら歩いた。

 

 



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覚悟を決める皐月くん(最終)

 翌日、俺と卯月はデートを始めた。まぁ、もう既に何度も二人で出掛けてるから、今更ドキドキもトキメキもない。

 なので、待ち合わせ場所では特に緊張感など持たずにぼんやりとガンダムのアプリをやっていた。

 しばらく待ってると「お待たせ」と声が掛かる。いつもの3倍以上、オシャレした卯月が立っていた。

 

「よう、卯月」

「うん。よう」

 

 卯月の「よう」可愛い。鼻血出そう。

 そんな俺の気も知らずに、卯月はその場で横に一回転してみせた。

 

「どう? いつもより少し、その……気合い、入れてみたんだけど……」

「ああ、かわいいよ。一瞬、どこかのお姫様かと思った」

「も、もうっ……! 私はアイーダさんでもディアナさんでもないよ……!」

「そうだな、そいつらより可愛い」

「も、もうっ! 恥ずかしこと言うの禁止! それよりも行こ?」

 

 卯月が微笑みながら手を差し出してきて、俺はその手を受け取った。

 さて、お台場だ。二人で駅に向かった。改札口を通り、しばらく電車に乗ってからはモノレールに乗り換え。

 モノレールの改札を通ると、思った以上に落ち着いた様子の卯月に聞いた。

 

「慣れてんの? モノレール」

「うん。お仕事で何度か来てるから」

 

 なるほど。そういやそういうもんかもな。しかし、俺は初めてだ。お台場に来ること自体が初めてなんだから。

 モノレールが来たので車両に乗りながら聞いた。

 

「じゃあ、ガンダムは見たことあんの?」

「うーん……あるにはあるけど、前はあんま興味なかったから流して見てたんだ」

「なるほど」

「だから、ガンダムっていう世界を私に広げてくれた皐月くんにはとても感謝してるよ。これで、またお台場での楽しみが増えたから」

「……そっか」

 

 あまりに可愛かったので頭を撫でてあげると、すごい楽しそうに「ふふっ♪」とはにかんで俺の胸に頭をスリスリと寄せてきた。

 うん、もう野生動物かな? ってレベルなんだけど……まぁ、可愛いから良いや。

 次の駅に到着すると、前の席が空いたので二人で座った。卯月は俺の肩の上に頭を置き、俺は卯月のその頭を撫でた。

 しばらくそんなことをしてると、お台場の前の駅に到着した頃には車両から人が消えていた。

 

「……あれ? 誰もいないね、皐月くん」

「ほんとな。なんかあったのか? 爆破予告とか」

「もう、映画じゃないんだからやめてよっ♪」

「その割に楽しそうに言うな、お前は……」

「……でも、二人きりなら……良い、よね?」

 

 頬を赤らめながら卯月はそう言うと、そのまま俺に顔を近づけ、頬にキスした。

 

「……っ、な、なんだよ……。急に……」

「そ、その……今日の告白、楽しみにしてるね? って……」

 

 ……あー、畜生。可愛すぎかよこいつ……。何なの? どういう生き物なの?

 再び顔を近づけてくる卯月の唇に、俺は人差し指を添えた。

 

「?」

「……そういうのは、俺が告白をしてからな」

「……そ、そっか。ありがと」

 

 ……こういうストレートな子だったから、俺の心の汚れとか浄化されたんだろうなぁ……。

 そんな事を思ってるうちにお台場の駅に到着し、俺と卯月は降りた。別の車両から人がたくさん降りてきた。

 

「……なんだよ、人結構いたのか」

「ーっ……」

「どうした? 卯月」

 

 ふと顔を赤らめたまま俯いてる卯月が目に入ったので聞くと、真っ赤になった顔のままポツリポツリと呟くように言った。

 

「……う、ううん……。その……人がたくさんいたのに私、皐月くんに……ちゅーしちゃったなって思って……」

「……」

 

 ……なるほど、見られてた可能性はあると。

 

「卯月ってば……公共の場で大胆だな」

「も、もうっ……! やめてよ皐月くん!」

「俺はそこまで大胆にはなれないかなー」

「も、もー! もー!」

 

 ポコポコと俺の肩を叩く卯月を受け止めながら、とりあえずお台場に向かって歩いた。

 さて、まず向かったのは海沿い。なんと船に乗れるらしい。二人で船の乗船チケットを購入した。

 

「やー、船だな」

「そうだねー。船だね」

「乗ったことある、んだよな? 多分」

「うん。というか、相当変なところじゃない限りほとんど来た所あるから……」

「ま、それなら行ったことなさそうな場所選ばなくて良かったよ」

「でも、こうして男の子と乗るのは初めて、だから……」

「まぁ、実際誰と乗っても一緒だと思うけどな」

「違うもん。皐月くんとなら、尚更……」

「そうだったな。俺も卯月とは違う」

「えへへ」

 

 そんな話をしながら、船が来るまで海沿いで待った。乗船待機場の橋みたいな場所で海の中を見下ろすだけで魚が泳いでるのが見えて、あまり海の魚は見たことのない俺にとっては新鮮だった。

 

「……こいつら美味いのかな」

「食べる気⁉︎」

「や、俺小学生の時に家族旅行で沖縄行ったことあるんだけど、これがすげぇんだよ。なんだか名前のよくわからないもんでも魚ならとりあえず美味かったな」

「へぇ〜、良いなぁ……沖縄」

「……沖縄はせめて俺が大学に行ってバイトの時間増やせるようになるまで待ってくれない?」

「そうだね……。遠いもんね」

 

 それに、行くだけで金が尽きそうなものだ。

 

「……や、待てよ? 卯月の水着姿が見れると思えば……」

「も、もうっ、この前見たじゃない」

「この前は事務所が選んだ水着だろ? そうじゃなくて、卯月の選んだ水着が見たいんだよ」

「わ、私の……?」

 

 事務所の水着ってのは、早い話がその子に似合っていて且つ、男ウケする水着を選んでるわけだからな。

 その点、卯月チョイスの水着の方が卯月らしさが出る気がする。

 

「……でも、他の男に卯月の水着は見せたくねーなぁ」

「さ、皐月くんってばあ……。そんなこと言ってたら、一緒に水着着なきゃいけないような所にいけないよ?」

 

 そうなんだよなぁ……。何とかして卯月とお風呂に入る方法……。

 

「あ、じゃあアレだ。風呂一緒に入るか」

「っ⁉︎ お、おふりょ⁉︎」

「水着着て。それなら平気だろ。俺だけ卯月の水着見れるし」

「あ、そ、そういう……それなら良いかもねっ」

「……じゃ、帰ったら早速」

「今日⁉︎」

「そ、今日」

「……み、水着は?」

「今から買おうぜ」

「……」

 

 頬を赤らめたまま俯く卯月。おそらく、卯月の中で葛藤しているのだろう。

 が、やがて、小さく頷きながら呟いた。

 

「……仕方ないなぁ……」

「っしゃオラ! じゃ、もう帰るか!」

「それはダメ!」

「冗談だよ」

 

 そんな話をしてると、乗る船が帰って来た。

 

「よし、行くか」

「うん……♪」

 

 二人で船に乗り込んだ。

 

 ×××

 

 船から降りた後は、水着を卯月が購入してる間、俺は別の店でぼんやり買い物し、合流した後はジョイポリスだのなんだのと回り回った。

 で、いよいよガンダムの等身大。気がつけば夕方になっていて、ガンダムもようやく本気を出して目を光らせる時間だろう。

 

「おおー! が、ガンダム! 大きい!」

 

 爛々とした目で卯月が見上げて言った。

 

「18メートルってこんなに大きいんだぁ……。……これが、動いて戦ってたんだ……」

 

 そこまで言って、卯月は俺の方を見て言った。

 

「これは確かに怖いね、皐月くん!」

「だろ? こんなのに襲われたら俺達なんかネズミが二本足で立ったのと同じくらいのサイズだろ。これで同じ身長の兵器のマシンガン効かねえんだから」

「ジーンさんの絶望はどれだけのものだったんだろうね……」

 

 俺がジーンなら間違いなく逃げてる。さて、そんな話はともかく言わせてもらうか。

 

「冷静に考えりゃ、すげぇよな。アニメがさ、三次元に出てきたってことだろ?」

「あー……確かにね」

「動かないとは言え、ガンダムって色んな人達の心を掴んできたっていうのがよく分かるよな……」

「うん。まぁ、私も皐月くんもその一人なんだけどね」

 

 えへへ、と頬を掻きながら微笑む卯月。可愛い。

 

「そんなガンダムよりさ、俺はお前の方が好きだ。だから、付き合ってくれ」

「私もガンダムより皐月くんの方が……今、なんて?」

「ん、だから付き合ってって」

「……い、いまあ⁉︎」

 

 あー、やっぱそうなるか。まぁ仕方ないね。

 

「しゃーないだろ。お互いに気持ちが分かってる以上、ロマンチックよりサプライズだと思ったから」

「そ、そうだけど〜……! う〜……」

 

 まぁ、納得行かないだろうなってのは分かってた。だから、ここから先がほんとのサプライズだ。

 

「卯月、手ぇ出して」

「何?」

 

 キョトンとした顔の卯月の左手薬指に、卯月が水着を選んでる間に購入したおもちゃの指輪を添えた。オモチャっつっても五千円くらいする奴だからな。

 

「……ふえっ?」

「何間抜けな声出してんだよ」

 

 そこにツッコミを入れてから、少しやってることがキザ過ぎる自覚はあったので、目を逸らしながら頬をぽりぽりと掻いた。

 

「ま、まぁ……他の奴らから見たら俺達は恋人飛ばして夫婦に見えるみたいだし……それくらいしてても良い、んじゃないか? まぁ、オモチャだけど」

 

 何とか照れを隠してそう言うと、卯月の頬も徐々に赤く染まって言った。

 

「……そ、そっか……。そう、だね……。えへへ」

 

 そう小さく小声ではにかんだあと、ガバッとジャンプして俺の上半身に飛びかかった。

 それを受け止めると、耳元で囁くようにボソッと言った。

 

「いつか、本物をくれる日を楽しみに待っていますね」

「……ああ、多分二十年後くらいになるけどな」

 

 この日、俺達はようやく恋人になった。

 

 〜完〜

 

 

 ×××

 

 

 〜エピローグ〜

 

 その日の夜。バスルームで水着に着替えた俺はシャワーの前で座っていた。

 しばらくぼんやりしてると、ドアの向こう側から控えめな声が聞こえてきた。

 

「……さ、皐月くん……」

「おお、早く入れよ」

「……本当に入るんですか? ……い、一緒に……?」

「敬語に戻ってんぞ。てか、なんのために水着買ったんだよ」

「そ、そうだけど……。でも、その……思った以上に恥ずかしいなあって……」

「俺も同じ条件だけどな。むしろ俺は水着買うの忘れて学校指定のもんだぞ、俺の方が恥ずかしいわ」

「……うー」

 

 すると、控えめにドアが開かれた。コンマ数秒で後ろを振り向くと、ピンク色のビキニを装備した卯月が顔を真っ赤にして立っていた。

 

「……おお」

「……何よ、その反応」

「……いや、割と大胆なの選んだなと」

「うー、えっちなんだから……」

 

 男はみんなそうだ。

 

「じゃ、洗いっこしようか」

「……も、もうっ……!」

「嫌ならいいけど……」

「……嫌じゃないから困ってるんだよ……」

 

 顔を真っ赤にしながら卯月は俺の背後に立ち、俺も立ち上がってシャワーの蛇口をひねった。

 

「じゃ、まずは俺から洗ってやろう」

「……よ、よろしくお願いします……」

 

 俺の前に座る卯月の頭上で、シャンプーを手になじませて泡立てると、卯月の髪をシャコシャコと洗い始めた。

 

「っ……」

「卯月の髪、サラサラだなー」

「そ、そう、かな……」

「砂時計の砂みたい」

「それ、褒めてるの……?」

 

 や、砂ってサラサラしてて気持ち良いでしょ。

 

「あ、つむじ」

「っ、ま、まじまじ見ないでよぅ……」

 

 恥ずかしそうに頬を赤らめる卯月。なんだか可愛いな本当に。

 洗い終えて、卯月はトリートメントをつけた。正直、そっちは使い方わからないので俺はパス。

 その間に俺もシャンプーを済ませて、続いて卯月の身体……というか背中を洗い始めた。

 華奢でかつ綺麗な背中を、うちにあるスポンジでゴシゴシと背中を擦る。流石に身体なので下手な場所は洗えない。

 しかし、困って来たのは卯月の表情が徐々に色っぽくなって来てる事だ。呼吸なんか乱れまくってるし。

 

「……」

 

 こ、この辺にしておこうか。

 お互いに体を洗い終えると、ようやく湯船に浸かった。俺が先に入ると、卯月は何を思ったのか俺の足の間にチョコンと収まった。

 

「え、う、卯月……? 別に入る時はくっつかなくても……」

「……つーん」

 

 ……あれ、何か怒ってる? ていうか、そこまでくっつかれると俺の下半身が反応しちゃうんだけど……。

 あの、ヤバい。俺全然こんなつもりじゃなかったのに……。

 そんな俺の気も知らずに、卯月は俺の方に身を委ねた。俺の胸に頭を置き、ホッと一息つく。

 

「……えへへ、皐月くんも心臓ドキドキ言ってるね……」

「お、おう。まぁな……」

「自分から言ってきたくせにドキドキしてるんだ……。……可愛い」

 

 っ、だ、ダメだ! なんか分からないけど怖い!

 ザバァッと無理矢理立ち上がり、慌ててバスルームを出た。ちゃっちゃと着替えて布団を敷いた。今日は卯月は泊まっていくそうだ。

 晩飯も済ませたし歯磨きもしたし風呂も入ったし……もう大丈夫だな! さて、寝よう!

 そう決めて布団の上で寝転がろうと座り込んだ時だ。バスルームの扉が開いた。卯月が戻って来たようだ。

 

「……あ、卯月。もう寝よ……」

 

 直後、卯月が俺の背中に抱きついて、俺をそのまま横に倒した。

 

「うっ、卯月⁉︎」

「……皐月くんのバカ」

「えっ、な、何……?」

「……あのね、女の子は…男の子の倍は性欲強いんだから……」

「は?」

「……皐月くんが誘ったんだから、責任とってよ」

 

 え、ちょっ……嘘だよね卯月? 君はそんな子じゃないでしょ。君はもっとこう……顔を真っ赤にして狼狽えるタイプでしょ? それがなんでそんなグイグイ男勝りに俺初体験の時くらいは自分から行こうと思ってたのにあっ、ちょっ、待っ……。

 このあと、メチャクチャ搾り取られた。

 

 




終わってから山田くんのこと忘れてました。というより、こんな馬鹿達の馬鹿なデート見たら邪魔する気なんて失せるだろ。邪魔するタイミング一切わからなかったわ。


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