幸せなネギ (スターゲイザー)
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第一話 再会の父子



朝起きた時に布団の中でふと湧き上がったネタです。

村の襲撃時にナギの超絶的な力に魅せられ、力に魅入られたネギとどちらにしようかと迷いましたがとりあえず本作スタートです。





 

 

 バタフライ効果、という言葉がある。非常に些細な小さなことが様々な要因を引き起こしだんだんと大きな現象へと変化することを指す言葉である。

 蝶がはばたく程度の非常に小さな撹乱でも遠くの場所の気象に影響を与えるというのが最も分かりやすい引用であろう。

 

 ナギ・スプリングフィールドがフィリウス・ゼクトの体を乗っ取った造物主との決戦時に何の対策も取っていなかったのか。

 これは、殺せば造物主に乗っ取られる可能性に気付いて一つの策を施していたからこそ始まる物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イギリスのロンドン空港から日本の羽田空港に降り立ち、電車に乗って埼玉県にある目的地である麻帆良学園都市にやってきたネギ・スプリングフィールドは疲れ切っていた。

 

「よ、ようやく着いた……」

 

 事前に調べたはずなのに首が一回転しそうなほど悩みながら難解な日本の路線図を前に格闘したことを想起しながら、登校する為に走っていた生徒達を見送って一番最後に電車から降りる。

 

「日本の学生って凄い」

 

 電車から降りると走って改札を通過し、あっという間に遠くなっていく姿を見送ったネギも、無くさないようにスーツの胸ポケットに入れていた切符を取り出そうとした。

 

「あっ、ない!? って良かった反対に入れてたんだった」

 

 手に何も引っ掛からなかったので心臓がビクンと跳ね上がったが、反対側のポケットを探ったらちゃんと切符があったので大きく息をつく。

 しかし、改札を前にしてネギは固まった。

 

「切符をどうしたらいいんだろう?」

 

 自他共に認める田舎者であるネギは電車に殆ど乗ったことが無い。

 乗る時は買う段階で困っていたら親切な駅員に教えてもらって改札を通れたのだが、降りた後の改札を通る時も同じでいいのかと悩む。

 

「学生さん達は何かを押し当ててたけど……」

 

 人数が多すぎてしっかりと見たわけではないが学生達は改札に手の平サイズの何かを改札のところに押し当てていたように見えた。

 電子化が進んで通学時には通学定期代わりにICカードが使われているなどネギが知るはずもない。

 

「ど、どうしたら」

 

 しかもネギの目の前の改札機には電車に乗る前に切符を通した穴がない。

 ICカードが普及している麻帆良では、切符を通せる改札は一番端にある。

 目の前の改札機は利便性を考慮してICカード専用機になっているのでネギは更に悩む。

 

「おぉい、ネギ」

 

 涙目になって駅員に頼もうとした時だった。改札の向こうから成人男性の声がネギの名を呼んだ。

 

「…………お父さん!」

 

 困っていた時だけに、聞こえた声にホームにいる駅員の下へ行こうとしたネギは喜色満面になって振り返った。

 直ぐに改札の向こうにいる父の姿を見つけ、そちらに向かって走り出す。

 

「あだっ!?」

 

 当然のことながらICカードや切符を通さずに改札を通ろうとすればストッパーが発動するのも当然のこと。

 走っていた勢いもそのままにストッパーに激突するネギ。

 

「何やってんだ、ネギ」

「うぅ~」

 

 全く予想もしていなかった痛みに涙目になりながらナギを見上げながら切符を見せる。

 

「ああ、ここらのやつはICカード専用のばっかだかんな。そっちの端の奴は切符が使えるからこっちに来い」

 

 ナギに言われた通り、端にある移動して無事に切符を通すことに成功したネギは改札を通ることが出来た。

 

「ま、なんだ。久しぶりだな、ネギ」

「はい、お父さん」

 

 なんとも締まらない再会ではあったが、久しぶりなこともあって面映ゆいネギはもじもじとナギの前で指を擦り合わせた。

 

「…………って、何をやってるんですか?」

 

 魔法学校を卒業した時に祝いにナギがイギリスにやってきた時以来だから、実に半年ぶりの再会に何を言ったらいいか分からないネギが顔を上げると、ナギは腕を広げた姿勢のまま動かない。

 

「何って感動の再会を抱擁で分かち合おうっていう親心だよ」

「もう、僕はそんなに子供じゃありません」

 

 と、プリプリと言いつつも万言の言葉を費やすよりもこの気持ちを表す行動はないと信じているナギに絆されたネギはその胸の中に飛び込む。

 

「大きくなったな」

「半年じゃそんなに変わりませんよ」

「いいや、お父様には分かるね。また重くなった。つまりは大きくなったってことだろ」

 

 抱き抱えられて父の匂いを全身で感じながら、それは単純に背負っている鞄の重さもあるのではなかろうかという突っ込みをネギは控えておいた。

 感動の再会を喜び合いたのはネギも同じなので無粋なことはしないのだ。

 

「じっくり話し合いてぇけど、時間が時間なもんで急ぐぞ」

「それって僕が遅れちゃったから……」

 

 抱擁が解かれて下ろされたネギは、自分が電車を乗り間違えた所為でナギに迷惑をかけたのではないかと不安な表情を浮かべる。

 

「日本の交通が分かり難いことは俺も知ってたのに迎えにも行かなかったんだ。悪いのは俺だ。すまなかったな」

 

 割と早い段階で気付けたので予定時間よりも数十分の遅れで済んだが、迷いやすいことで有名な日本の交通事情を考えればそれだけで済んだだけで十分。分かっていながら迎えにも行かなかった自分の不手際だとナギは謝った。

 

「学校があるんだもの。仕方ないよ」

「だとしても誰かに迎えに行かせることぐらいは出来たんだ…………って、話してたら余計に時間が無くなっちまうか」

 

 このままでは堂々巡りになるだけだと察したナギは話を打ち切る。

 

『学園生徒のみなさん、こちらは生活指導委員会です。今週は遅刻者0週間、始業ベルまで十分を切りました。急ぎましょう。今週遅刻した人には当委員会よりイエローカードが進呈されます。余裕を持った登校を…………』

「こりゃ、いけねぇ。急ぐぞ」

「うわっ」

 

 突如として鳴り響いたアナウンスに顔を上げたナギは問答している時間の無さに気付いて、ネギを抱え上げておんぶする。

 

「揺れるかもしれねぇが我慢してくれ」

 

 ネギをおんぶしたままナギはそう言って走り出す。

 ネギを気遣って重心を全く揺らさないまま走り出したナギは瞬く間に最後尾を捉える。

 

「お父さん、凄く早い!」

「ははっ、偉大なお父様をもっと褒めろ」

 

 魔力や気で強化など全くせずに、純粋な身体能力だけで走るナギの背で快哉を上げるネギはどんどん流れていく風景に笑みを浮かべる。

 

「もっと早く!」

「任せろ!」

 

 ネギが喜んでくれるならばなんのその。

 限界近くだった速度を更に上げて、バイクの二人乗りをしながら肉まんを売る者やインラインスケートなどを履いて路面電車につかまっている者等を瞬く間に追い越す。

 

「日本って木造建築じゃないんだね。さっきの改札機もハイテクだったし、日本じゃないみたい」

「流石にサムライが刀を差してどうこうって時代じゃないからな」

 

 はぁ~、と息を吐き出して目の前に広がる麻帆良学園都市の光景に少し圧倒されているネギに苦笑するナギ。

 

「さあ、もっとスピードを上げるからしっかりと捕まってろよ!」

 

 更にグンと速度が上がり、ネギは振り落とされないようにナギの首にしっかりと捕まる。

 勿論、首が締まらないように持ち方には気をつけて。

 

「――――ていやっ」

 

 瞬く間に流れていく風景にネギがかんらかんらと笑っていると、どこか抑揚の薄い声が聞こえたと思ったら急に視界がクルリと回った。

 

「おっと」

 

 突然、足払いをかけられたナギは慌てることなく、走っている勢いもあって前方数メートル先に空中で五回転して足から着地する。

 

「なにすんだ、明日菜…………って、ネギィィィィ!?」

 

 足払いを仕掛けた少女に文句を言おうとしたナギは背負っているネギの手がダラリと垂れているのを見て異変を感じ取った。

 五回転をした当人はともかく、全く心の準備もしていなかった上に一瞬で回りきったことでネギが完全に目を回していた。

 

「私、悪くない。ナギ、悪い」

「なんで片言なん?」

 

 ネギを下ろして恋人が死んだかのように慟哭を上げるナギをドヤ顔で見下ろす明日菜に突っ込みを入れる関西弁少女の木乃香。

 

「理由はない」

 

 フンスー、と鼻息を漏らした明日菜の首にはカメラがかけられており、慟哭を続けるナギの姿をしっかりと写真に収めていたりする。

 

「これで一万は固い」

 

 とは、明日菜が漏らした物欲に染まった眼が見据えた未来であった。

 

「最近、明日菜が分からんわ」

「木乃香には三十分早い」

「微妙に現実的なのがムカつくわ。というか、なんでそんなに早いんや。三十分経ったら何が分かるん?」

「ひ・み・つ」

 

 このピースをする大親友のことが良く分かりません、とは木乃香の常日頃からの悩みである。

 

「おいおい、明日菜さんよ」

 

 地面に寝かせたネギから鞄を外させて枕にしつつ、どこぞのヤンキーの如くメンチを切りながら明日菜へと近づいていくナギ。

 

「いきなり人に足払いかけて来やがって、何やってんだオメェはよ」

「近い。無駄に近いから」

 

 麻帆良で抱かれたい男№1の称号を長年獲得している男に近づかれたからといってトキメキもしない明日菜は、ナギの顔をむんずと掴んで押し返す。

 

「何やってるって聞きたいのはこっちの方よ。周りの目を考えなさい」

「周り?」

 

 周りの目と言われてもナギには心当たりが全くない。

 取りあえず、首を巡らせてみれば登校途中のはずの生徒達が固まって自分達を凝視している。

 

「どうした、お前ら?」

 

 生徒らがどうしてか自分達、それも自分とネギを凝視していることに気付いたがその理由が分からなくて首を捻った。

 

「みんなの気持ちを代表してうちが聞くわ」

 

 明日菜を除いて一番彼らに近い場所にいた木乃香はみんなからの無言の圧力を受けて一歩前に出る。

 

「ずばり、聞くでナギ先生」

「おう、ドンと来い」

 

 なんとなく聞かなければならないと判断して身を正したナギはゴクリと息を呑む。合わせてみんなの緊張も高まって行く。

 

「そのナギ先生そっくりの子はなんなん?」

「何って……」

 

 手汗が滲んでいる木乃香に対して、聞かれたナギはそれがどうしたのかと逆に聞きたい気分で続きを口にする。

 

「俺の子だけど」

 

 子、俺の子、子供…………ナギの言葉がみんなの脳内でリフレインしたり、口に出したりして微妙に変わって行く。

 しかし、与えた衝撃はとても計り知れないもので携帯を取り出して何やら打ち込んでいる者もいて、ナギが有名人であることも考えれば一時間後には麻帆良中に広まることだろう。

 

「ほんまにそっくりやから疑う気はないんやけど、独身ちゃうかったんや」

「そんなこと一言も言ったことないぞ?」

「彼女や恋人はいないとは言ってたけどね」

 

 木乃香の驚きはこの場にいる少数を除いた全員の驚きであったが、分かっていて正さなかった明日菜のドヤ顔は留まるところを知らない。

 

「じゃあ、ナギさんは」

「結婚してるし、こいつは俺の子供のネギ・スプリングフィールドだ。仲良くしてやってくれ」

 

 明確な言葉として放たれた証明は静かに響き渡って行く。

 事実を呑み込む時間は十分にあって、どうしたのかと訝しむナギが首を捻った後に全員が受け止めた。

 

『ええ――ッ!?』

 

 その場にいる全員が異口同音に驚きを露わにした。

 

「はっ!? アップルパイなんて食べてないよ、お母さん!」

 

 まだ目を回していたネギは集団の大声に鞄から起きあがり、ここにはいない誰かに向かって何かの釈明を行う。 

 

「これでみんな遅刻が確定。しかし、私は進むのだ」

 

 木乃香の質問ターンに入った段階で、嵌めている腕時計で時間を確認した明日菜はドヤ顔のまま一人で先に進む。

 

「アリカのアップルパイは絶品だよな。盗み食いしたくなる気持ちは良く分かるぞ、ネギ」

 

 ネギの寝言っぽい何かに深い共感を示したナギの頭上遠い空の上で、アホーと烏が鳴いた。

 

 

 




次回から『魔法先生ナギま!』が始まるのだ…………………というギャグは置いておいて、

本作において、十年前の造物主との決戦時に憑依されても乗っ取られなかったIFの世界です。アリカも生きていてイギリスにいます。

だが、何故ナギだけは日本にいて一緒に暮らしていないのか、一切身体強化を使わなかったのか。それらは全て繋がっています。

本作はタイトル通り、ネギが幸せな物語であります(嘘じゃないよ!)



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第二話 これでいいじゃないか!

続いちゃったお話。
タイトルに意味はない。


 

 

 麻帆良を襲う第一次スプリングフィールドインパクトと名付けられた話題は、始業前どころか始業中も学生他諸々に響き渡っていたが、その張本人達はナギを除いて学園長室に場所を移していた。

 

「ネギ・スプリングフィールドです。この度は未熟な僕を受け入れて頂き、ありがとうございます」

 

 そう言って頭を下げて、数秒の溜めの後に上げたネギはやり切った表情をしていた。

 この為に何度も練習した台詞を間違ったり噛まずに言えたことが嬉しいようだ。

 

「よいよい。そう固くならんでもよいぞ。初めまして、じゃな。ネギ君」

 

 僕、やれました! と全身で表現しているネギを好々爺した雰囲気全開で微笑ましく見る学園長の姿はどう見ても孫を見守る祖父そのもの。

 

「とはいえ、ナギから散々手紙やら写真を見せられて見知っておるからの。初めて会ったという感じはせんわい。なんならお爺ちゃんと呼んでくれてよいぞ」

「いえ、そんな……」

 

 モジモジと指を擦り合わせるネギの姿に荒んだ精神が癒されるような心地を味わう学園長。

 

「ナギの子なら孫も同然じゃ。ほれほれ、恥ずかしがらんと」

「実の孫がおるのに他の子に何呼ばせようとしてんの」

「…………トンカチで祖父を叩く孫はちょっと」

 

 更に言い募っている祖父を止めようと癖でトンカチを取り出していた木乃香は、目を逸らす学園長に流石に我が身を振り返って振り下ろしかけていた手を下ろした。

 

「ちっ」

「っ!? 今、舌打ちせんかったか!」

「気の所為ちゃうの」

 

 なんて祖父が孫との仲を真剣に考えようと心に決めたところで、何故トンカチを持ち歩いているのか不思議でならないと首を傾げているネギを見た木乃香は学園長と向き合う。

 

「うち、ナギ先生とは十年近い付き合いがあるつもりやったんやけど、結婚してることや子供がいることを今日初めて知ったわ」

 

 当然、知っていたであろう学園長を見据える木乃香。

 

「知らんかったんか? 儂はてっきり知ってるものだとばかり」

「ネギ君に会ったことないし、奥さんの姿も見たことないのに結婚とかしてるとは思わんやん」

「まあ、十年近く離れて暮らしとるからの」

 

 それは世間的に別居というのではないかと木乃香は思ったが、流石に余所様の家の事情に口を出すのは憚られたので聞くことは出来なかった。

 

「明日菜も知っとったみたいやし、知らんかったんはうちだけやん」

 

 明日菜も知っていた様子なので疎外感を覚えてプクッと頬を膨らませる。仲間外れにされたぐらいで拗ねるほど子供ではないが面白いわけでもない。

 

「その顔、頂き」

 

 微妙な心情が顔に現れているところを、前に回り込んだ明日菜が至近距離でカメラを構えてパシャリと写真に撮る。

 

「…………何やっとるん、明日菜?」

「写真撮ってる」

 

 それは見れば分かる。

 愛用のカメラで人の写真を撮って、奇妙な行動を取っている親友を見る木乃香に向かって何故かピースする明日菜。

 

「いや、だからなんで人の顔の写真を撮ってるんって聞いてんねんやんか」

 

 行動そのままの説明ではなく、その行動を取るに至った理由をこそ知りたいのだ。

 

「刹那に売る」

「せっちゃんに?」

 

 なんでか最近、妙に一緒にいるところを見る木乃香の幼馴染で、現在、絶賛避けられている刹那の名前を出されて理由もなく頬がヒクつく。

 

「なんでせっちゃんにうちの写真を売るん?」

「高値で買ってくれるからだけど」

「はぁっ!?」

 

 誰もが思い描く京美少女として有名な木乃香の下顎がガクンと外れた。

 

「…………せっちゃんがうちの写真を?」

「うん、もう何十枚も買ってくれた」

「な、なんで?」

 

 え、なんで、と刹那と疎遠気味の木乃香は信じられない思いで困惑するが、実は木乃香フリークスで今までにも何十枚と買ってくれていることを聞いてしまって爆発せんばかりの衝撃に体を揺らされた木乃香の膝がガクガクと揺れる。

 木乃香に大ダメージ炸裂がして残りHPは少なそうだ。

 

「傍にいることは出来なくても、せめて写真だけでもだって」

 

 これは感動不可避の理由ではないかと木乃香の内心で刹那フィーバーが巻き上がる。

 HPが急回復して、寧ろ天に召されそうな勢いである。

 

「でも、風呂の写真や寝てる姿をやたらと欲しがって、見てる時に涎を垂らしてるのは謎」

 

 巻き上がったフィーバーは一瞬にして地上にめり込み、そのまま遥か地下へと潜っていた。

 HPはレッドゾーンに突入し、後一押しで教会のお世話になることだろう。

 

「せ、せっちゃん……」

「刹那は大事な私の資金源だから、もう少し疎遠でいてね?」

「ぐはっ!?」

 

 幼馴染の知られざる一面を知って膝をつきながらも耐えていた木乃香だったが、刹那との仲を一人で抱え込んで気負っていた気持ちだけ追い打ちを食らって崩れ落ちた。

 

「まあ、木乃香は大事な友達だから二人が仲良くなるのに協力するよ。嘘じゃないよ? 大事な金蔓はもう一人出来るだろうから」

 

 ちゃんとフォローしたものの、崩れ落ちた木乃香に聞こえているかどうかは本人にしか分からないだろう。

 刹那が麻帆良に来てから木乃香を避けながらも良く見ていたことは知っていた。

 木乃香を見る目には好悪で言えば明らかに好の字が透けて見えていたので、ナギが自分の生活風景などを家族に送る写真を撮るために買ったカメラがあったので写真を買わないかと持ち掛けて見たら物凄く喜ばれた。

 

「ねぇ、木乃香。刹那の写真、いらない?」

 

 と、高畑にねだってカメラを買ってもらい、木乃香に隠れて木乃香の写真を撮って刹那に売っている間にカメラの魅力に取りつかれてしまった明日菜は、刹那にもした悪魔の囁きを木乃香にもするのであった。

 

「い、幾らや……」

「金額は応相談」

 

 と、辛うじて顔を上げた木乃香がいるいらないではなく、値段を聞いてきたことに術中に嵌ったと一人でほくそ笑む。

 

「授業中の刹那、部活中の刹那、夜に一人で剣を振るう刹那、夕陽を見つめてアンニュイな表情の刹那、お風呂に入る為に服を脱いでる刹那…………」

 

 ゴクリとどういう写真があるかを笑みを浮かべてシーンを語る明日菜に木乃香の喉が我知らずに鳴った。

 

「買う?」

「言い値で全買いや!」

「ふっふっふっ、これで欲しかったカメラが買える」

 

 今では立派なカメラ少女となった明日菜は前々から狙っていた目的の品に手が届くと判断して悪魔の笑みを浮かべるのだった。

 報道に命を賭けている朝倉和美にカメラマンとして報道部に誘われているが、あくまで写真にしか興味の無い明日菜は断っているのだった。

 

「そうかそうか、修行のために日本にのう。そりゃ大変な課題をもろうたもんじゃわい」

「が、頑張ります!」

 

 明日菜と木乃香の関係が親友から金蔓と受け取り手に変わりかけている中で、ネギと学園長の話は続いていた。

 

「教師という話じゃが、流石に見た目通りのネギ君に生徒達を任せることは出来ん」

 

 魔法学校の卒業課題で麻帆良で教師をやることになったことを聞いた学園長は一度好々爺然とした雰囲気を収め、威厳たっぷりな学園長モードになって厳格に告げる。

 

「そ、そんな、じゃあ僕は修行失敗……」

「慌てなさんな。話は最後まで聞くもんじゃよ」

 

 始まる前から終わってしまったと泣きそうになるネギの勘違いに、学園長モードを早々に収めた学園長は苦笑する。

 

「高畑先生は知っておるね?」

「え、あ、はい。良くお父さんの手紙をウェールズまで届けてくれましたから」

「なら、話は早い」

 

 実年齢よりも若く見られることの多いナギと比べ、実年齢よりも老けて見られる高畑が既知であることに頷いた学園長。

 

「ナギ先生のクラスの副担任なんじゃが高畑先生は出張が多くての。これでは担任のナギ先生に負担が大きいので問題になっておったんじゃ」

 

 ふむふむと真剣に聞いてくれるネギに話し甲斐がメラメラと燃えた学園長の口が回る。

 

「時期が時期じゃから直ぐに補充をというわけにもいかん。そこでネギ君、いやネギ先生、君の出番じゃ」

 

 期待を持って見られることなど何年振りかと、若い頃の情熱が蘇る気持ちでネギを見る。

 

「ネギ先生、君の仕事は出張の多い高畑先生の代理として担任のナギ先生の補佐をすることじゃ。だが、親子だからといって甘えてはならんぞ。仕事は仕事じゃからな」

「は、はい! 任せて下さい!」

「うむ、良い返事じゃ。期待しておるぞ」

 

 力強く返事をしたネギを見る学年長はどう見ても孫の頑張りを嬉しく思っている祖父そのままである。

 

『ネギは儂の孫じゃからな!!』

 

 と、学園長の耳に遠いイギリスはウェールズの魔法学校の校長であるネギの実の祖父の魂の雄叫びが聞こえたりもしたが気の所為と片付けられた。

 

「ところで、話は変わるんじゃがアリカ殿は息災かね」

 

 何故か学園長室の部屋の隅に行ってコソコソと何かを話している明日菜と木乃香のことを気にしながら聞く。

 

「はい、出来ればお母さんも一緒に来れれば良かったんですけど」

 

 見送ってくれた母アリカの面立ちを思い出しつつ、ちょっとだけホームシックになったネギは遠い目をして答える。

 

「仕方あるまい。王家の魔力によって影響がナギに出んとも限らんからな。もう少し様子を見ておいた方がええじゃろう」

 

 この家族が一刻も早く共に暮らせることを切に願っている学園長としても、これだけは譲れない一線なので引く気は無い。

 

「電話や手紙でしか交流できないから、もしかしたらと思ったのに」

「アルのお蔭で封印は年々強化出来ておる。ネギ君をこの街に迎え入れることが出来るようになったことも考えれば、もう少しすれば家族三人で暮らすことも夢ではないじゃろう。スマンが耐えてくれ」

「…………はい」

 

 多くの人が努力してくれていることを知っているのでネギも文句を言うほど子供ではなかった。

 何よりも真に再会を熱望している二人を知っているからこそネギはそれ以上、何も言わなかった。

 

「また話が変わるんじゃが」

 

 あまりこの話題をしていてネギが家に帰ると言い出したら対応に困るので、またもや話を変える学園長。

 

「君の泊まることについて、のう」

「お父さんの所に泊まるんじゃないんですか?」

 

 親子なのでネギはナギと同じところに泊まると疑いもせず、今まで数日しか一緒に寝泊まり出来なかったのでかなり楽しみにしていたのだが。

 

「ナギは独身者用のワンルームマンションに住んでおるんじゃよ。ネギ君が子供だとしても少々手狭じゃろうて」

 

 と言いつつも、理由はそれだけではないと続ける。

 

「出来れば数日は四六時中一緒にいるのではなく夜間だけでも距離を取って様子を見たいんじゃ」

「期間は?」

「一週間を見ておる。理由はそれだけではないんじゃがな」

 

 ワンルームマンションに通い妻をしているロリババア吸血鬼がいたり、親戚になりたくないのとアリカのことを思って邪魔をする義妹というか義叔母的な明日菜の所為で一時期ナギの世間体がヤバくなったことはネギには秘密にしておく。

 

「ちゃんとナギはネギ君と暮らせる部屋を確保しておったんじゃ」

 

 ネギがやってくると分かってナギは早々に引っ越しを決めている。

 問題はその引っ越し先がこの直前になって第三者に介入された所為でややこしくなったことにある。

 

「エヴァンジェリンのことは聞いておるかね?」

「その人の名前を聞くとお母さんの機嫌が急降下する程度には」

「なんか、すまん」

 

 その時のアリカの状態が容易に想像できるほど一気にダウナーになったネギに何故か謝らなければならない衝動に駆られた学園長は深々と頭を下げた。

 

「お父さんが昔、呪いをかけてうっかり解くのを忘れちゃった吸血鬼の人ですよね」

 

 なんちゅう覚え方かと思わないでもない学園長は何も言わなかった。

 

「後、お父さんに纏わりつく薄汚いヒル、ってお母さんは言ってました」

「まあ、アリカ殿がどう認識しているかはともかくとして、その知識、実力とも間違いなく現代でも五本の指の入る練達の魔法使いじゃ」

 

 アリカにしてみればそう思っても無理はないのかもしれないが、子供にもう少し言い方というものはないものかと世の無常さを思いつつ、学園長は女の戦いに首を突っ込むことはしない。

 

「今の体質もあってナギは自分ではネギ君に魔法を教えてやれんことを気に病んでおっての」

「お父さん、やっぱり魔力が」

「いや、念は念を入れてじゃ。ナギは魔法使いとしての未来よりも今の未来を選んだからこそ後悔はしていないと言っておったよ」

 

 心配げなネギを安心させるように微笑む。

 そう、ナギは魔法を全く使えない今の状態を後悔などしていない。造物主に完全に乗っ取られていたら、こうやってネギと一緒に暮らせる算段も取れなかったのだから。

 

「戦士としてはともかく、魔法使いとしては明らかに自分を上回るエヴァに、ネギ君に魔法を教えてやってほしいと頼んだんじゃ」

 

 その所為で義理の息子(の予定)のネギの為にエヴァンジェリンが張り切ってしまったのだ。

 

「弟子とするならば衣食住も管理しなければならんと張り切ってしまってな。実際、ナギは野暮ったいところがあるしの。仕事も忙しいから満足に子育てが出来るとは曲りなりにも言えん」

 

 料理も所謂、男飯で腹が膨れれば良いと栄養など二の次。仕事はともかく、プライベートでは面倒臭がりで脱いだ服はそのまま。

 一人暮らしならばともかく、ネギを育てると考えるとエヴァンジェリンの訴えは真っ当であった。

 

「正直言うとエヴァの料理は絶品じゃぞ」

 

 なにせ、ナギを餌付けしようと料理を一から学び、家事も完璧にこなす淑女っぷりである。しかもナギと少しでも関わりたいと呪いを解く気も全くなく中学生を繰り返し続ける剛の者。

 ストーカーと思ってしまうのは無理ない事である。

 

「僕は下手でもお母さんの料理が一番好きです」

 

 ムッとしつつも、実は母の料理は下手と酷評していることに気付かない天然ネギ。

 

「元から通い妻のようなものじゃからの。一緒に住んで邪魔をして監視した方がアリカ殿の為にもなるぞい」

「そうでしょうか……」

「何よりもあれほどの魔法使いに師事出来る機会は他にはない。それにナギの体のことに関してはエヴァも深くまで関わっておる。この機会を生かすべきじゃぞ」

 

 迷いつつもやがて頷いたネギに説得成功した学園長は机の下でガッツポーズをする。

 

(これで改装費用はエヴァ持ちじゃな!)

 

 無事にネギを説得できれば、エヴァンジェリンの家の改装費用はエヴァンジェリン持ち。出来なければ学園長持ちと、事後承諾で工事を手配されては従わないわけにはいかない。

 エヴァンジェリンの生活費用は学園長のポケットマネーから出ている。ここに改装費用まで毟り取られては学園長の首が回らなくなる。

 

「改装工事には丁度、一週間じゃ。それまでは待っておくれ」

「待つのはいいんですけど」

 

 その間の一週間をネギはどこに泊まるのかである。

 

「じゃあ、私の部屋に泊まればいいんじゃないの」

「明日菜さんの、ですか?」

「そうそう。なんだって私はネギの叔母? みたいなもんだんだから」

 

 立候補したのはまさかの明日菜である。

 結局、刹那の写真を無償で渡すことで木乃香と友情を取り戻したが、それでいいのかと明日菜も思ったが友情には代えられないと、二束三文なやつを渡して秘蔵のは高値で吹っ掛ける気満々である。

 

「お主の部屋は女子寮ではないか」

「大丈夫、大丈夫。一週間だけのことだし10歳にもなってないガキを気にするほど、うちの生徒は神経細くない」

 

 難色を示す学園長に対して不敵な笑みを浮かべた明日菜には秘策があるようだ。

 

「うちの生徒の普通を基準にしてはならんぞ。中には必ず嫌だと言う生徒もおろう」

 

 何事にも必ず例外はいることを長年の経験で知っている学園長は苦言を呈す。

 

「問題ない。ナギの写真を振り撒いて買収するから」

 

 最終兵器があればどんな反論も封じることが出来るとドヤ顔の明日菜に学園長の顔に射線が入った。

 

「人の写真を勝手に使うのは」

「お宅のお孫さんも幼馴染の写真見てトリップしてるけど」

 

 一瞬引く学園長だったが、刹那の写真を見て涎を垂らさんばかりの孫娘の姿を指差されては強くは否定できなかった。というかちょっと育て方を間違ったかと思わざるをえない。

 

「僕、この学校でやっているけるかなぁ……」

 

 明日菜のドヤ顔と木乃香の涎を垂らさんばかりの顔を見て、この学校でやっていけるのかと不安になったネギだった。

 

「儂、こんな学校の学園長をやるのが嫌になったわい」

 

 隠居したくなった学園長の言葉を聞いて余計に不安になったネギだった。

 

 

 





こ、これも一種のキャラ改変なのだろうか。


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第三話 道を踏み外しちゃった



本作はノリと勢いで駆け抜けています。





 

 何故か疲れたと言って学園長室から追い出されたネギは指導教員だという超爆乳の源しずなに深々と頭を下げる。

 

「よろしくね、ネギ先生」

「源先生、こちらこそよろしくお願いします」

 

 女体に救いを求めようとして筋肉ドライバーを食らって沈んだ学園長の姿を見ていたので、しっかりと頭を下げても超爆乳に頭を沈めないように一歩下がってから挨拶を忘れない。 

 

「しずな先生で良いわよ。直ぐに苗字も変わるから」

 

 あらあらうふふ、と頭を上げると、とても学園長をノックアウトしたとは思えない物凄く幸せそうな顔で言われ、ネギは直ぐに意味が理解できなくて首を捻った。

 

「あら、分からない? これよこれ」

「あっ!? えっと、薬指に指輪ってことは結婚指輪…………ご、ご結婚おめでとうございます!!」

 

 左手を見せられて苗字が変わる理由に思い至ったネギは起き上がり小法師のように再び頭を下げた。

 これがこの世の春を謳歌している人の顔なのかと、後光が差すとまではいかないが幸せそうなしずなにネギも嬉しくなって笑みを浮かべる。

 

「ありがとう。はい、これクラス名簿」

 

 幸せのお裾分けをしてもらった気分でクラス名簿を受け取ったネギは早速開いて中を見る。

 

「一クラス29人なんて多いですね」

 

 魔法学校では片手の指の数だけで済む学年の人数だったので、一クラスだけで三十人近い人達が教室にいるのを見た経験はない。

 

「女子中等部は一学年だけでも五百人を超えるから、どうしてもそれぐらいになっちゃうのよ」

「大丈夫でしょうか、僕……」

 

 幾ら父が担任で、友人である高畑が副担任とはいえ、安易に頼ってはいけないと言われているネギは不安だった。

 

「良い子達ばかりだから、きっと上手くやれるわ」

「そうでしょうか」

 

 学校なのだから一杯いるのは仕方ないが現実を直視して気後れしてしまったようで、ネギはやっていく自信が薄れて俯いてしまった。

 

「さあ、ついたわ。ここがあなたのクラスよ」

 

 しずなが目的地である教室の前で足を止めながら言うと、ネギもピタリと足を止めてギクシャクとした動きで教室に向かい合う。

 

「げっ……い、いっぱい……」

 

 窓から教室の中を覗き見たネギは絶句した。

 全員自分より年上の人の顔と名前を見たら気後れするのが普通の反応だろう。魔法学校では一学年十人にも満たないから余計に多く感じるのかもしれない。

 

「早くみんなの顔と名前を覚えられるといいわね」

「はうっ……」

 

 追い打ちをかけられて、こう見えてプレッシャーに弱いネギがよろけた。

 

「き、緊張を解すには手の平に人って漢字を書いて呑み込めばいいんですよね?」

「良く知ってるわね。やってみたらどう」

「分かりました。人、人、人って書いて、呑み込む」

 

 藁にも縋る思いでネギは手の平に人を書いては呑み込むを繰り返す。

 

「大丈夫?」

「大丈夫です…………多分」

 

 手の平に人と書いて何の意味があるのだろうかと、学術的な疑問にぶち当たって考察したことで緊張も解れたような気がしないでもないネギは頷くしかなかった。

 

「さあ、行きましょうか」

「は、はい!」

 

 何時までも廊下にいるわけにもいかない。

 しずなに背中を押されたネギはぶり返して来た緊張によって右足と右手を一緒に出しながら、ネギは新しい一歩を踏み出して――――。

 

「ゲフンッ!?」

 

 教室へと踏み出した一歩の直後に頭の上に何かが落ちて来て、頭との衝突によって舞い上がった何かでネギは激しく咽せた。

 

「な、何がぁアッ?!」

 

 ゲホゲホと咳き込みながら踏み出したもう一歩で足に何かが引っ掛かって盛大に前方に身を投げされるネギの体。

 

「へぶっ!?」

 

 ネギの足を引っ掛けたロープに連動したバケツが倒れ込んだネギの頭にジャストミート。

 

「あぼっ!?」

 

 すっぽりと嵌ったバケツに動揺して受け身も取れない。

 頭が入ったバケツで倒立するように下半身が跳ね上がったところに、これも連動して作動した罠である吸盤の着いた二つの矢がネギのお尻にパスパスと命中する。

 

「ぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああああ―――――――ッッッッ?!?!?!?!?!」

 

 完全にバランスを崩して床にバケツを削りながらの七転八倒。

 罠を仕掛けた者達ですらここまで引っかかるとは思わない程の見事な倒れっぷりは、喜ぶよりも唖然としてしまうほどだった。

 

「あらあら」

 

 そんなクラスのムードの中にあっても幸せなしずな先生はにこやかに流す。

 

「…………えっと、あの、大丈夫?」

 

 教卓に突っ込んだネギに、一番近くの席にいた椎名桜子がおずおずと訊ねる。

 

「ぐすっ……」

「え?」

「僕なんて誰にも好かれないんだ。そうだよ友達だって殆どいないし、親友はオコジョのカモ君って時点で人としてどうなのって気もするような。お父さんは全然会えない、お母さんは何時も寂しそうで、でも僕には何も出来ないんだ。そうなんだ、僕はいない方がいいんだ……」

 

 涙声で自虐に走ったネギに誰も何も言えない。

 そこに、しずなの後ろでスパーンとドアが開けられた。

 

「悪い悪い。クラス名簿を忘れるなんてな――」

 

 手に持った忘れ物のオリジナルのクラス名簿を駒回しのように回していたナギの動きが教卓の前で倒れて泣いている体勢のネギを見てピタリと止まった。

 回されていたクラス名簿はナギの指から零れて、バサァと音を立てて床に落ちる。

 

「――――――」

 

 感情を全く滲ませぬ目で足元のロープを見て、ネギの頭に覆い被さっているバケツを見て、尻に張り付いている吸盤の着いた矢を見て。

 固まっている生徒を見て、あらあらうふふと笑っているしずなを見て、やはり泣いているネギを見る。

 

「………………」

 

 ナギの思考が加速する。

 音を超えて、光を超えて、那由他を超えて、ビックバンを起こし、ブラックホールに呑み込まれていく。

 

「罠を仕掛けた奴、挙手」

 

 普段は温厚で優しく、しかしワイルドでイケメンという麻帆良で抱かれたい男№1を数年連続で受賞しているナギらしからぬ感情の乗らない声。

 人は一定ラインを超えた怒りは寧ろ表面化しないと言うことを学ばされた生徒達の目が下手人を捉える。

 

「春日に鳴滝姉妹か。後で校舎裏に来い」

 

 王者のオーラすらも纏って睥睨する魔法世界の英雄に幾人かの武闘派が恐怖に身を震わせ、全く堪えなかったカメラ少女はシャッターチャンスとばかりにカメラを構えて激写する。

 

「あらあら、一昔前の不良漫画みたいね」

 

 ニコニコなしずなは、あら大変とばかりに頬に手を当てて困った風に笑う。

 この状況でも笑っていられるしずなに対して畏怖を抱けばいいのか、称賛すればいいのか。

 

(助けてよ、しずな先生!)

 

 生徒達の懇願は届かない。現実は非情であったが天使はいた。

 

「お、お父さん、僕なら大丈夫だから」

 

 ネギに声をかけられたナギは英雄の覇気をゴミ箱にあっさりとポイ捨てする。

 

「ネギ、しかしな」

「生徒さん達を怒らないであげて?」

「よし、許そう」

『だぁ――っ?!』

 

 息子のお願いを聞いたナギはあっさりと前言を翻したことで、さっきまで物理的な金縛りに合うほどのプレッシャーから解放された生徒達が椅子ごと次々に倒れる。

 

「何やってんだ、お前ら?」

 

 突然、倒れた生徒達に首を傾げたナギだったが、直ぐにネギに意識を戻して目元の涙を拭ってやる。

 

「は、恥ずかしいよ、もう」

「ふっ」

 

 十歳にもなろうというのに父親に世話をしてもらって恥ずかしいながらも、本音では嬉しいネギの半々な表情に恍惚とした笑みで堪えたナギの顔が激写される。

 とあるショタコンがどストライクなネギに鼻から愛情を溢れさせていたりする。

 

「おい、明日菜」

 

 勝手に人の写真を撮って売買している明日菜のことをナギも知っていた。

 

「――――半泣きネギで許して」

「いいだろう」

 

 カメラを構えた明日菜が気配を消してナギの後ろに瞬動術で現れ、ポラロイドカメラで撮った半泣きネギの写真を渡して説得完了である。

 またもや瞬動術で席に戻る明日菜に一部の生徒の顎が外れたりしているが余談である。

 

「さて、ホームルームの時間なんだが、みんなに紹介しておきたい奴がいる」

 

 明日菜のことに全く触れようともしないナギは教卓に立って生徒達を毅然とした表情で見下ろす。

 

「ネギ」

「は、はい!」

 

 しかし、傍らのネギを見る時は表情が一変していたが誰も突っ込めない。

 ナギに促されて前に出たネギは緊張を隠せない表情で口を開く。

 

「この学校で教師をやることになりましたネギ・スプリングフィールドです。3学期の間だけですけど、よろしくお願いします」

 

 言い切ったネギは、僕やったよとばかりにナギを見る。

 運動会の徒競走で一着を取って喜ぶ子を見守る親の顔をしたナギがネギと場所を変わる。

 

「名前から分かるように俺の子だ。だが、特別扱いはしないから皆もそうしてくれ」

 

 どの口がそれを言うのかと一連のやり取りを見ていた生徒達は思ったとか。

 

「今日は特に連絡事項もないし、残りはネギへの質問タイムとするか」

 

 しかし、そこはそれ、麻帆良で一番のバイタリティーを持つとの噂もある2-Aの生徒達である。

 こんなおいしいネタに飛びつかないはずがない。

 

「はい!」

 

 真っ先に手を上げたのは朝倉和美。

 

「ネギ先生は何歳ですか!」

「えうっ!? か、数えで十歳です……」

 

 丁度、十年前にナギが麻帆良にやってきたことは周知の事実であったので推理と推測が次々と飛び交う。

 

「お母さんは美人ですか!」

 

 次いで興味津々な明石祐奈が質問する。

 

「美人に決まってるだろうが」

 

 ムッとした様子でナギが代わりに質問に答えると、ナギと激似なネギを見比べてあまり母親の想像が出来ない。

 

「写真とかないの、ネギ君」

 

 柿崎美砂が興味を引かれて聞く。

 

「あんまり人に見せないようにって言われてるんですけど」

「いいじゃん、ちょっと見るだけだから」

 

 そう言われたネギは教室の後ろの方の席に座る美砂の所まで行って、スーツの内ポケットに入れていたパスケースを取り出して開き、母と二人で撮った写真を周りには見えないように見せる。

 

「うわぁ……」

 

 その写真を見た美砂は口をポカンと開けて声を漏らす。

 

「うん、美人、マジ美人」

「そうだろそうだろ」

 

 前後の席からなんとか覗き込もうとしていた鳴滝史伽と早乙女ハルナの顔を物理的に引き止めているナギが自慢気に何度も頷く。

 

「美人でグラマー嫁さんなんて…………ナギ先生、ぱねぇっす」

 

 尚、料理は上手くない上に過去が地雷である。

 

「っていうか、ナギ先生結婚してたの?」

「彼女も恋人もいないって言ってたのに」

 

 佐々木まき絵と彼女の後ろに席にいた釘宮円が教卓に戻るナギに向けて言った。

 

「嫁さんはいるぞ」

 

 普通は嫁さんいますかとは聞かないのだ。

 

「ナギの嫁は私だからな!」

 

 ナギの嫁を自称する金髪ロリコン中学生がいるから誰も聞かなかったというのもある。

 

「フシャァー!!」

 

 母の味方をするべく、父に纏わりつくヒルを撃退せんと猫の如き威嚇をする猫。

 

「ああ、ネギ先生……」

 

 鼻から母性が溢れて堪らないあやかはトリップし、その後ろの席で血が苦手な和泉亜子が顔色を青くして――。

 

「ネギの猫写真いかがっすか」

 

 忍者よりも忍者っぽいと一部で風評被害を出す神出鬼没な明日菜があやかの背後に出現する。

 

「他の写真はありますの?」

「まだ少ないけど」

 

 淑女の理を行使し、愛を隠して貞淑になったあやかは平常運転でショタコンだった。

 

「ところで鼻血はどうしたの?」

「なんのことですの? 真の淑女たるもの鼻血などだし、ませ」

 

 ナギとの再会のシーンや学園長室での一幕を収めた写真を見せると、再び愛と言う名の鼻血が溢れ出るあやか。

 

「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 新たな力にでも目覚めそうな叫びを上げるあやかに気絶していた亜子が目を覚ましたが、飛び散る血に再び失神する。

 

「幾ら払う?」

「白紙の小切手を差し上げますわ」

「新たな金蔓ゲットだぜ」

 

 クックックッ、と悪役ロールな交渉をしたような二人。

 

「フシャー!!」

「猫は最初は懐かぬもの。だが、私は諦めん。必ずお前に母と呼ばせて見せようぞ!」

 

 相変わらずなクラスを幽体離脱したように俯瞰で見た長谷川千雨は思った。

 

「もう直ぐ春だなぁ」

 

 最早、諦めを通り越して解脱した雰囲気の千雨の心は悟りを開こうとしていた。

 

 

 





ナギがこんなだから汚染されたのか、
明日菜がこんなだから広まったのか、

だが、そう全てはこの一言に集約される。

A.彼らには元から素質があったのさ

とな。


続くのか!!


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第四話 ネタに走ってはいけない


古本屋で『ぐらんぶる』を立ち読みした結果、近年ないぐらいに笑ってしまいました。
大人買いをしてじっくり読んだ結果、ギャグ物が書きたくなった影響で今話は出来、ネタに走っています。



 

 

 

「ん?」

 

 放課後、西欧文化の流れを汲んだ石像を中心に置いた広場でサイドポニーの少女とすれ違った時、ふいにネギは顔を上げた。

 

「あれは、27番の宮崎のどかさんだったけ。たくさん本持って危ないな」

 

 見覚えのある少女にクラス名簿を取り出して確認したネギが不安を帯びた顔で見つめる視線の先で、宮崎のどかは手すりの無い階段を大量の本を持ってヨロヨロフラフラと危なっかしく階段を下り始めた。

 

「っ!? やっぱし!」

 

 ネギの危惧通り、足を踏み外したらしく大きく本が散らばり姿勢を崩したのどかが階段の外側に落ちた。手摺がないので十メートル近い高さから真っ逆さまに落ちていく。

 

風よ(ウェンテ)!」

 

 ネギは咄嗟に手に取った杖を落ちていくのどかに向け、魔法を発動して風を生み出した。そして自身もまた風になったかのように疾走する。

 地面に落下直前ののどかを風が押し留め、その間に走り寄ったネギは見事に受け止めた。肩とスカートの下の剥き出しの太腿を抱き留め、走る勢いを止める為に足を踏ん張ってブレーキをかける。

 

「危なかったぁ……」

 

 土下座の近い姿勢で安堵するネギの腕の中でのどかは目をパチクリとさせていた。どうやら現実を認識できていないようだ。

 

「大丈夫ですか、宮崎さん?」

 

 父親を見ても将来はイケメン確定の、現在は可愛い系の顔立ちのネギに微笑みながら聞かれたのどかの目の前には、夢心地から現実に引き戻されても夢のような人物の顔があった。

 自分でも確実に死んだと思われたのを救われたこともあって、コテコテ系の少女漫画の愛読者であるのどかの精神は上下左右に振りきれた。

 

「王子様……」

「へ?」

 

 世が世ならば、それほど離れていない敬称で呼ばれたネギはのどかが頭を打ったかと、髪の毛ごと頭を撫でながら心配する。

 それがのどかの印象を更に上昇させることなど考えもせず、うっとりとしたその表情に困惑していたネギは顔を上げて固まった。

 

「あ」

「…………」

 

 ネギの視線の先には先程すれ違ったばかりの、同じようにのどかを助けようと駆けつけたらしいサイドポニーの目付きが鋭い見覚えのある少女――――桜咲刹那が立っていた。

 

「あ……いや、あの……その」

 

 のどかが落ちてネギが飛び出してから数秒程度しか経っていない。

 ネギが魔法を使ったところは、距離的に刹那も見ていただろう。

 

「…………あなたは!!」

 

 のどかがうっとりとし、ネギと刹那は互いに動かなくなったまま見つめ合いが続いていたが、遂に状況が動いた。

 魔法を目撃してしまった刹那がネギの襟首を掴み、有無を言わせずに走り出した。

 確実に魔法を見られたタイミングであったネギは固まってしまって、上手く抵抗することも出来ずに攫われて行ってしまった。

 

「せ……先生?」

 

 視界からネギが消えたことで、ようやくのどかが現実に帰還した頃には子供を抱えて全力疾走するという力技を成し遂げた刹那。

 街路樹が生い茂る場所にまでやってきた刹那はネギを木に押し付ける。形的には壁ドンみたいな感じで。

 

「あ、あなたは人前で、い、一体何をやってるんですか!」

「ちがっ」

 

 太目の幹に背を当てて、刹那の両腕によって逃げられない状態のネギは必死に抗弁しようとした瞬間、刹那の背後から流れた風が彼女の髪の毛を揺らした。

 

「は」

「は?」

「は、は……ハッ」

 

 揺れる髪の毛はまるで計ったかのようにネギの鼻先を擽った。

 

「ハクチンッ!!」

「っ!?」

 

 目の前のネギから急激な魔力の高まりを感じ取った刹那は咄嗟に気のオーラを纏ったが、あまりにも遅すぎた。

 くしゃみによって暴走した魔力に反応したネギの得意属性である風の精霊が反応して激風を放ち、気のオーラで守られた刹那の服をはだけさせる。

 制服のボタンが弾け飛んで前が全開になり、スポーツブラもずり上がって片乳が露出し、スカートのホックも外れてずり落ちた。

 

「なっ、え、あ……」

 

 今の状況をジワジワと認識した刹那が露出している片乳を手を隠した正にその瞬間だった。

 

「なんだろう今の風は?」

「スカートが捲れてもうたわ」

 

 丁度、通りかかった神楽坂明日菜と近衛木乃香が草むらを掻き分けて顔を覗かせた。

 

「……………」

 

 刹那が壁となったことで返って来た風がネギのスーツのボタンを吹っ飛ばしていた。前が全開となり、くしゃみをしたことでズズズと鼻水を啜って涙目になっているネギの顔の直ぐ横には刹那の手。そして刹那は半裸に等しい状況で羞恥で顔を赤らめていた。

 しかし、見方を変えれば別の状況にも見える。

 

「襲われている少年と襲っている痴女」

 

 明日菜が見た状況から類推出来る考えを述べた。

 ネギが顔を横に向けながら涙目になっている姿は襲われている恐怖で泣いていると見ることも出来るし、刹那の顔が赤いのは興奮の為で片乳を隠しているのもスポーツブラを自分で上げたからだと邪推することも出来る。

 

「ち、違います!!」

 

 当然ながら刹那にそんなつもりはなく、必死に否定するが口下手なこともあってそれ以上の否定の言葉が咄嗟に出て来ない。

 

「何が違うの?」

「これは――」

 

 絶対に分かっているであろうニヤニヤ顔で訊ねた明日菜に、真実を話そうとした刹那はピタリと動きを止めた。

 

(魔法のことを言えない!?)

 

 不用意に使用した魔法のことを怒ろうとして、更に魔法の暴発をしたネギによって半裸状態にされた今の状況を誤魔化して説明できるほど刹那は頭も要領も良くなかった。

 

「ぅ、ぁ……」

 

 刹那の口からまともに言葉が出ない。それに比例して最初は驚愕を驚愕そのものといった木乃香の顔から感情がどんどん抜けていく。

 何かを言わなければ、何かを言わなければ、と思うほどに刹那の唇は上下で張り付く悪循環。

 

「せ、先生も何か言って下さい!」

「えぅ!?」

 

 階段を転げ落ちるように混乱を深めた刹那が縋ったのは、未だに顔の横に刹那の右腕があるネギは突如として話の嘴を向けられて目を見開いた。

 

「…………桜咲さんは何も悪いことはしてませんよ! 悪いのは全部僕なんですから!!」

 

 ネギとしては魔法を使ったのは自分で、魔法を暴発させて半裸にさせたのも自分だからそう言うのも当然だった。

 ただ、日本に来てから花粉症気味のネギの目から涙が一筋零れ落ちなければ。

 

「木乃香」

 

 ますます面白そうな展開にニヤニヤが止まらない明日菜は、混乱を深めていく刹那に比例して能面の如く無表情な木乃香の名を呼んだ。

 

「判決は?」

有罪(Guilty)

 

 親指を立てて首を掻き切る動作をした後、その親指を下へと向けた木乃香の顔を見た刹那はこの世の終わりを見たかのようだったと後に明日菜は語ったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体、桜咲に何があったんだ?」

 

 ネギの歓迎会の場で2-Aの担任であるナギは口から魂が出ている刹那を見て率直な感想を漏らした。

 

「僕にも何が何だか」

「ぷくく……わ、私にも……さ、さっぱり……」

 

 本気で分からない様子で頭をコテンと傾けるネギに、絶対にお前は分かっているだろうとばかりに思い出し笑いをする明日菜の横で菩薩の如き表情を浮かべている木乃香。

 

「取りあえずネギは悪くないぞ。うん、絶対」

 

 生徒よりも息子を優先することにしたナギはそう言ってネギの頭を撫でる。断じて木乃香を見ているだけで寒気がしてくるのから逃げたわけではない。

 

「それでいいんかい教師」

「生徒間の問題に、下手に男の俺が首を突っ込むとセクハラだなんて言われかねないしな」

 

 ナギが関わってくれた方がもっと面白くなりそうだと明日菜が唆そうとするが、女生徒間の問題に異性が首を突っ込むとややこしい問題になることは新人教師時代の経験で痛感したナギは二の足を踏んでいた。

 

「つうわけで、頼んだぞタカミチ」

「なんでそこで僕の名前が出て来るんですか」

 

 出張帰りでネギの歓迎会に参加した高畑が突然のフリに突っ込みを入れる。

 

「副担任は担任の補佐をするものだろう?」

「え、僕がおかしいんですか? というか、自分で男が関わるとセクハラに言われかねないって言いましたよね。僕も男です」

「んなむさ苦しいオッサンを女と間違える奴はいねぇよ…………別にお前なら何言われたっていいだろ、結婚するんだし」

 

 謎の超理論に額を抑えた高畑は自分が間違っているのかと自問自答し、間違っていないと確信して手を離す。

 

「その理屈はおかしいですよ」

「幸せな奴は死んだ方が世の中の為じゃないか」

 

 冷静に言ったら、また変な超理論が返って来た高畑は考える人になった。

 

「ナギ先生、その理屈で言うと私も死んだ方がいいですか?」

「いや、これはタカミチにだけ適用される方だから、源先生はもっと良い奴を見つけた方がいいぞ」

「高畑先生以上の人は私にはいませんよ」

「またまた、冗談を」

 

 あらあらうふふ、と左手の薬指に嵌められた結婚指輪をこれ見よがしに周囲に見せることで最近評判の源しずな(近々、源から高畑に苗字が変わる予定)の問いに対する返答は、バッサリと高畑が抱くナギへの憧れを失わせる十分な物であった。

 

「な、ナギさん、な、何を、言ってるんですか」

「俺のことを知ってるくせに幸せになろうとするお前が悪い」

 

 歯に衣着せぬ率直過ぎる妬みに、息子か娘が出来たらナギからあやかって『凪』か『薙』とでも名付けようかと先走っていた高畑を現実に叩き落とした。

 

「ナギさん、あなたには失望しました。心底からね」

「はっ、俺は昔から失望していたさ。具体的にはタカミチが婚約した時からな!」

 

 二人共に立ち上がって虎と龍のイメージをバックに対峙する。

 

「本当にあの二人は仲が良いわね」

「え、そうなんですか?」

「このやり取りも、これで二十八回目だったかしら? 二、三日に一回はしてるのよ」

 

 二人の間でオロオロとしていたネギをしずなが招き寄せ、サラサラの髪を撫でながら自分もこんな子供が欲しいなと思いながら教える。

 

「亡きガトウに代わってお前に教育を施してやろう!」

「勝手に人の師匠を殺さないで下さい!!」

 

 高度な肉体戦術の武闘に武闘派の古菲と長瀬楓が最前席で齧り付きで見ようとして吹っ飛ばされていた。

 

「男の友情って女には入れないのよね」

 

 少し寂しいわ、と言いながらも幸せそうなしずなの後ろで、楓が天井に穴を開けて首から宙ぶらりんになり、古菲が窓を割りながら外へと飛んで行っている。

 

「本当に止めなくていいんだろうか……」

 

 更に肉体闘争を高めている二人にネギは頭を捻りまくっているが、他の生徒達は煽り立ててどっちが勝つかの賭けをしているぐらいで、多少なりとも交流がある明日菜の方を見てみた。

 

「なんのつもりなん?」

「私の、誠意です」

「土下座が誠意って凄いわね」

 

 仁王立ちする木乃香の前で土下座をしている刹那の姿に、腕を組んで遠い目をする明日菜を余所に「ジャパーニズドゲザ!」と日本にカブれたネギの目が輝いた。

 

「足らんわ」

 

 木乃香は近くにあった椅子にドカリと座り、スカートをヒラリとさせながら足を組む。

 舞い上がったスカートの奥の白い布をしっかりと見逃さなかった刹那の顔が、性欲が滾って表面化した男子中学生みたいな顔になってしまった。

 

「その顔、誠意を見せる気あるん?」

 

 鼻下を伸ばした刹那に、人を舐めているのかと、木乃香の顔面に青筋が浮かぶ。

 

「勿論です! かくなる上は」

 

 過ちに気付いても性欲が暴走する年頃の刹那の頭の中には木乃香のパンツしかなかった。

 

「…………久しぶりにキレたわ」

 

 土下座から足を伸ばして土下寝の体勢に移行した刹那に木乃香の青筋は全身に広がっていた。

 

「な、何が悪かったというのですか!? 長の友人という方から教わった最上級の謝罪のポーズなのに……」

「それ、おちょくられてるだけだから」

 

 恐らくあの筋肉ダルマだろうな、と以前に京都に共に足を運んだことがある明日菜はのほほんとして突っ込んだ。

 

「ば、馬鹿な!?」

「せっちゃんが性犯罪者になる前に、うちが真人間に矯正したる」

 

 本気で信じていた刹那はガバッと体を起こしながら驚愕し、木乃香は闇のオーラを纏ってどこからか『一トン』と書かれた巨大なハンマーを取り出している。

 刹那は考えた。考えて、考えて、考え抜いた。

 

「大丈夫や。きっと痛くない。小さな男の子に興味を示す悪いところも一発で吹っ飛ぶで」 

「矯正どころかあの世へ吹っ飛びそうよね」

 

 考えに考え抜いた果てに刹那に名案が浮かんだ。

 

「私が興味があるのはこのちゃんだけです!!」

 

 迷案だったようだが、叫んだ本人は気付かなかったらしい。

 

「せ、せっちゃん……」

「このちゃんの足、手、胸、尻、顔、耳、鼻、口…………私が興奮するのはこのちゃんの物だけなんです、信じて下さい!!」

 

 それは信じてはいけないだろう、と面白そうだからツッコミを自制した明日菜は笑いそうになる口を必死に抑える。

 

「寝る前にこのちゃんがプリントされた抱き枕にキスをして! 葉加瀬さんにお金を積んで作ってもらったこのちゃんの声を切り貼りして作った目覚まし時計で起きる時にはこのちゃんの『おはよう、せっちゃん。早くお・き・て♪』の声で起き! 日中も五分に一回はこのちゃんの裸を想像して興奮して欲情しているこの私が!」

 

 人間として終わっている告白に明日菜がドン引きしている最中にも刹那の叫びは止まらない。

 

「ネギ先生如きなど襲うはずがあるわけがないじゃないですか!!!!」

 

 一世一代の告白の如き全力のシャウトは教室中に轟き、肉体闘争をしていた高畑とナギも動きを止めた。

 

「せっちゃん……」

「このちゃん、信じてくれるんですか?」

 

 一瞬で氷河期が来たかの如く固まった教室の中で、体を起こしている刹那の肩に手を置いた木乃香はフッと笑った。

 

「――――正直、キモい」

「ガフッ」

「けど、気持ちは伝わったで」

 

 五分に一回は欲情していると言われて嫌悪感も露わに吐き捨てた木乃香に、ショックで血を吐いて心臓が止まって床に倒れ込んだ刹那はその後に続けられた言葉を聞くことはなかった。

 

「あ、あの桜咲さんは何を言ったんですか?」

「子供はまだ知らなくて良いことよ」

 

 教育上、子供が聞くにはよろしくない言葉の羅列にネギの耳を塞いでいた明日菜は、倒れ込んだ刹那に敬礼をして真実を話す為に木乃香へと近寄る。

 

「あの、ネギ先生」

 

 また刹那の半裸写真で買収、もとい説得しようとしている明日菜を見ていたネギに声がかけられた。

 

「宮崎、さん?」

 

 振り返ったネギはヘアピンで目がハッキリと見えている少女が最初は誰だろうと思ったが、先程の明日菜達のやり取りで深く関わった宮崎のどかであると直ぐに思い当たった。

 

「さっきは危ないところをありがとうございました」

 

 男が苦手なのどかは担任・副担任のナギ・高畑にも理由がなければ近づけないにも関わらず、この急接近に教室中の関心が集まっていた。

 

「い、いいえ、お怪我がなくて何よりです」

 

 魔法のことに気付かれていないかと内心動揺していたから、のどかの目に宿る熱情に気付けない。

 

「それでなんですけど」

 

 日本人は礼節に拘ると聞いていたので、その通りなのだなとネギが感心しているとのどかは決心を固めたように一歩前に出た。

 

「私と一緒の墓に入って頂けませんか?」

 

 一瞬、世界から音が消え去った。

 

『ん?』

 

 音は直ぐに戻って来たが、あまりにも予想外過ぎるのどかの発言に全員が目から黒目を消失させながら頭を捻った。

 

「…………のどか、それは流石に先走り過ぎではないのですか?」

 

 先走るどころか最後のゴールにまで到達しているのどかに、唆した綾瀬夕映すら動揺していた。

 

「どうして? 最終的には一緒なのに」

 

 宮崎のどかは混乱していた、暴走していた、トチ狂っていた。

 

「こう、世の中には段階というものが」

「よくぞ言ったな、宮崎」

 

 白魔法使い・夕映の状態異常治療は間に合わず、魔王・ナギが闇のローブを纏って君臨する。

 

「ネギを俺から奪おうとは片腹痛い。やはり人間とは度し難いものだ」

「で、出てる!? なんか出てますってナギさん!!」

 

 人間に絶望した所為でナギの足下から造物主の触手が這い上がってローブの形を形成しているのに気づいた高畑が戦々恐々としていた。

 

「宮崎さん、お待ちなさいな!!」

 

 そこへ賢者・雪広あやかが委員会の都合で遅れて教室に現れた。

 

「ネギ先生はわたくしの物ですわ!」

 

 魔王・ナギが第二形態へと移行し、高畑が闇に捕まった。

 

「いいんちょ、いいんちょ」

「なんですのハルナさん。わたくしは宮崎さんを止めなければ」

 

 勇者・のどかと敵対しようとしている賢者・あやかに遊び人・早乙女ハルナが背後に現れる。

 

「合法的にネギ先生に『おねえちゃん♪』って呼ばせる方法があるんだけど」

「聞きましょう」

 

 遊び人に賢者は惑わされるものである。

 

「のどかと養子縁組したら、のどかとネギ先生が結婚したら法律上で義姉弟になるじゃない。ほら、合法的にお姉ちゃんじゃない」

 

 魔王は第三形態へと移行し、高畑は魔王の眷属にされてしまった。

 

「し、しかし、のどかさんを雪広家の養子するのは彼女の親御さんのことを考えれば」

「何を言ってんの? いいんちょが宮崎家の養子になればいいのよ」

「はっ!?」

「これで誰も悲しまないでしょ」

「確かに……」

 

 自分の親はいいんかい、と冗談でこうなったら面白いなとハルナに話した夕映が遠い目をして現実逃避をする。

 

「あなたに協力いたしますわ、宮崎さん! わたくしの誇りにかけてネギ先生を結婚させてみせますわ!!」

「ありがとう」

 

 勇者・のどかは仲間となった賢者・あやかに強く頷き、遂には最終形態へと至った魔王・ナギと中ボスとなった高畑に向かってゆく。

 

「ネギ先生は頂きます」

「させんぞ、小娘」

 

 勇者と魔王の世紀の一戦が始まる……。

 

「…………バカばっかりですね」

「原因の一端を担ってるお前が言うな」

 

 何も見なかったことにして黄昏ている夕映に、最初から現実逃避をしていた長谷川千雨が壁の花に成り切れずに突っ込んだ。

 

「止めて下さい! 僕の為に争わないで!!」

 

 世紀の一戦はぶつかり合うその一瞬前に、囚われの姫・ネギの懇願で止まった。

 魔王・勇者の一行は最終的に囚われの姫・ネギのハーレムに入ることで合意し、一時休戦を決めたらしい。

 

 

 





最近、古本屋に行っても昔の本が無い。電子書籍の影響なのかもしれませんが、紙で読みたい派としては悲しい限りです。

ぐらんぶるの原作の人の『バカとテストと召喚獣』を買うか迷い中。


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