古雪椿は勇者である (メレク)
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一話 椿と銀

ゆゆゆ本編に触発されて書き出しました。よろしくお願いいたします。


今日も今日とて、今はもういない一つ年下だった幼なじみの家へ向かう。

 

『ふと思ったんだが、和風の家なのにピンポンなんだよなうち』

「知るかよ」

 

貰っている合鍵で中に入ると、既にご両親は起きていた。

 

「おぉ椿君。いつも悪いね」

「いえ、もう日課になってるので来ないと逆に違和感あるんですよね」

 

てきぱきと料理を作る。卵は未だに両手で割るが、速度は上がった自信がある。

 

「どうぞ」

「ありがとう...本当にいいの?」

「遠慮されるとこっちが困りますから。弟さん達起こしてきますね」

 

共働きのご両親に、やっと保育園にも入れるようになった子供と、小学生の少年の四人家族。夕飯は家政婦さんが作ってくれるらしいが、朝はずっと俺の仕事だ。

 

「そーらガキども!起きろ!!」

「にぃーちゃんうっさい...」

「にーにー...うるさい...」

「夕飯は肉抜きにするようメモ書きしとくぞ」

「おはようございます!」

「おはよぉー...」

「...現金なやつらだなぁ」

 

これが俺の日課。

 

『じゃあほら』

「いつも悪いねぇ...そぉら!」

「わぷ!にぃーちゃんまた?」

「苦しぃ...」

「いいからいいから...大きくなりやがって」

 

そして、これが彼女の日課だ。

 

『満足したよ。ありがとう』

「...さぁ!顔洗って飯食って歯磨きしてこい!」

「「はーい」」

 

そのあとは皆を送り出して、自分も家を出る。

 

訪れた家の家名は三ノ輪。幼なじみの名前は銀。

 

「んじゃ、俺らも行くか」

『そだな。椿、飯の時変われ』

「じゃあ勉強もうけるか?」

『アタシ一眠りしてるわ!』

「...はぁ」

 

亡くなった筈の彼女が文字通り俺と共に過ごすようになってから、一年と少し経とうとしている。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

三ノ輪家の隣の家にすむ俺こと古雪椿は、三ノ輪銀とよく遊んでいた。

 

家が隣だったのもあるし、銀がやんちゃで男ばかりの遊びにも付き合っていたからだろう。外で遊ぶこともあれば、ゲームで互いの家に入り浸ったこともある。

 

銀はお金持ちが通う神樹館という学校、俺は普通の小学校に通っていたが、小学生になってからも仲は良かった。

 

小学生も六年になるというとき、銀は、自分が神樹様に選ばれ、重要なお役目を果たすことになったと話してくれた。

 

この世界は未知のウイルスによって、四国以外が消されている。そのウイルスから守ってくれた神樹様は崇拝の対象で、お役目は名誉なことだ。

 

『だから遊ぶ時間減るかも...』と申し訳なさそうにしていた銀に対し、俺は寧ろ喜んだ。よく知る友達が英雄の様な存在になったのだから無理もないが、このときの俺はなんて浅はかだったのだろう。

 

それから銀は突然傷だらけになったり、消えたりするようになった。家庭の事情も知っていた俺は三ノ輪家の手伝いをするようになった。

 

本当はお役目のことを聞きたいし、傷だらけで帰ってくる銀に「お役目なんてやめちまえ」と言いたくなったこともある。でも、お役目のことは詳しく話しちゃいけないらしいし、辛いのは彼女自身だろうと思い、何も言わずに過ごした。

 

お役目が始まってからしばらくして、銀は同じお役目を果たす友達と仲良くなったんだと嬉しそうに話して来た。俺はそれを純粋に喜んで、今度紹介してくれと頼んだが『それは...まぁいいか。遠足から帰ってきたらな』と言われ、それが叶うことはなかった。

 

遠足の最中、彼女はお役目とやらで命を落とした。

 

 

 

 

 

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通っている讃州中学の特徴はこれといってない。道徳の授業が昔より多いというのは、俺達の年代が生まれる前からなので分からない。

 

「ん、チャイムか。ではここまでにする」

 

先生の一声で授業は終了し、皆がお昼を食べるべく騒ぎ出す。

 

「椿、あんたまたそんなの食べて!」

「風か...別にいいだろ?俺の勝手なんだし」

 

目の前の席にどかっと座り込んだのは、自称女子力王の犬吠埼風。『犬吠埼』という名字が噛むため風と呼んでいる。

 

ぷんぷんと怒る風が注目しているのは俺の昼飯。コンビニで買ったパンに野菜ジュースだが、それが気に入らないらしい。

 

(三ノ輪一家のは作るけどさぁ...)

 

「自分のはめんどくさいんだよ」

「とかいって、ホントは作れないんじゃないの~?」

「......作れないからこうして食べてるんです。これでいいか?」

「いーやよくない!アタシの目が黒いうちは健康的な生活してもらうからね!」

 

本人と同じようにどさっと鎮座するのは、何の代わり映えもしない弁当。

 

「...ついに弁当二つ持ちか」

「なー!そんなんじゃないわよ!これはあんたのぶん!」

「俺の?」

「どうせ作らないだろうから持ってきたのだ!...まぁ昨日の残りなんだけど」

 

ぶつぶつと呟きながら開かれた弁当は、余り物で出来たとは思えないほどバランスが整っているように見えた。

 

「くれるのか?」

「それ以外あるの?」

「...朝メールしてくれればパン買わなかったのに」

「あ、あんた人の親切をなんだと思って!」

「ありがとな。風」

「っ...部員の体調に気を使うのは部長の務めよ!」

「ツンデレみたいなセリフだな」

「っっ...っー!」

 

弁当をわざわざ用意してくれた風に感謝しながら掻きこむ。

 

(愛されてますなぁ...)

(よかったな。飯余ったからおやつは変わってやるよ)

(風先輩アタシも愛してる!)

 

 

 

 

 

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三ノ輪銀が死んで、開かれた式。俺はそこに招待された。

「銀ちゃんはねぇ。英雄になられたんだよ」

 

どこからかそんな声がする。

 

「三ノ輪家は大赦の援助が約束されている。銀も親孝行が出来て嬉しいだろう」

 

そんな声がする。

 

「お役目を立派に果たしたのよ...」

 

そんな声が_______

 

(ふざけんな)

 

そんな声を心の中で一蹴した。

 

(英雄?親孝行?なんだそれは)

 

安らかに眠る銀に花を添えた時にその言葉を聞いたら、今より冷静ではいられなかっただろう。

 

(もう銀はいない。いないんだ)

 

大赦を、神樹を恨んだ。お役目さえなければ、銀はまだ生きていた。一緒に中学に入学して、高校で青春して、大人になっても一緒に__________

 

「っ...うぁぁぁぁ」

 

すすり泣く声を抑えながら外まで出る。一家でもない部外者がこんなところで騒いでいい筈がない。

 

「ふっざけんな!!お役目やらせてる奴を殺すんじゃねぇよ!!神樹がぁぁぁ!!!」

 

だから、外で泣いた。この思いが天国にいる彼女に届いて欲しいと叫んだ。

 

雨の中、倒れるまで、俺は叫び続けた。

 

しかし、時の流れは残酷なまでに過ぎていく。次第に俺は悲しみから逃れ、それなりに生活を取り戻した。

 

そんなある日。

 

「......はぁ」

 

その日はなんとなくだるくてうどん屋で麺をすすってた時。

 

「...帰るか」

『いーや、帰る前にイネスに行くぞ!』

「...はぁ」

 

(最近はなかったんだけどなぁ...銀がまた見えるようになってきた)

(いや、心の中にいるんだから見えてはないだろ?)

(...は?)

 

自分以外の誰かが自分の中にいる。変な感覚に動揺しているうちに、もう一人の存在が声高に主張した。

 

(それより辛気臭く食ってんじゃねぇよ。変われよ)

(え、いや、え?)

 

「よおっし、頂きまーす!」

『は、なんで、銀!?!?』

 

体が乗っ取られた様に自分の意思とは関係なくうどんをすすっていく俺の体。

 

『え、なんで、死んで、え』

「...帰ってきたんだよ。ただいま」

『!?俺の意識はここまで不安定だったのか!?好きだった人の幻覚に体を乗っ取られるほど!?』

「え、好きって...照れるなぁ」

 

俺の体は女の子の様に体をくねらせた。

 

 

 

 

 

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「さぁ椿!部活行くわよ!」

「ん...寝てたのか」

「そりゃもうぐっすりよ。授業も帰りの連絡も掃除も全部終わったわ」

「俺の周りちゃんと掃除してんの?」

「風紀委員長に感謝するのね」

 

風紀委員長の方を見ると、ぐっと親指をたててくれた。とりあえず立て返しておく。

 

「朝早いから午後は眠くなるんだよなぁ...」

「お手伝いだっけ?」

「そうそう。やめるつもりはないけどな」

「ならしっかり勉強なさい」

「残念。風より成績は上なんだこれが」

「え...嘘でしょ。午後の授業ほとんど寝てるやつに負けてるの」

「予習復習しとけば中学の内容くらいは平気だよ」

 

駄弁っているとすぐに目的地には着く。

 

「お、今日は三番手かー」

「こんにちは、先輩方」

「こんにちはー!」

 

礼儀正しく挨拶してきたのは東郷美森、元気よく挨拶してきたのは結城友奈、どちらも一つ下の後輩だ。

 

(......)

 

約一名、未だに納得していない奴がいるが。

 

「あとは樹だけ...」

「お、遅れましたー!」

「噂をすればかな」

「大丈夫よ樹。全然遅れてないから」

 

慌てた様子で入ってくるのは犬吠埼樹、風の妹であり二つ下の中学一年生。

 

この五人が、この部室で活動する『勇者部』の部員である。

 

人のためになることを勇んで実施する。平たく言うならボランティア活動をする俺達は、先週末行った幼稚園での人形劇の話に花を咲かせていた。

 

「勇者も魔王もアドリブ多すぎて焦ったけど、上手くいってよかったな」

 

勇者役だった結城と、魔王役だった風は本番舞台を倒したりセリフを勝手に変えたりとてんやわんやだったが、ナレーションの東郷の機転等で幼稚園児には喜ばれていた。ちなみに樹はBGM、俺はライト等の裏方だ。

 

「はいはい。今日の依頼は猫の里親探し!張り切っていくわよ!」

『おー!』

 

 

 

 

 

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『んー...』

「まだいってんのか?」

 

今やもう一人の俺とも言える銀は、家への帰り道にまた唸っていた。

 

「どう考えても須美なんだけどなぁ...園子のリボンだし」

 

鷲尾須美と乃木園子。銀が死ぬ直前まで共にお役目を務めていた二人の親友と、東郷は酷似しているらしい。姿は鷲尾須美に、つけているリボンは乃木園子に。

 

初めて会った時は銀の方が体を掌握し、東郷を抱き締めて殺されかけた(逃げて謝ったのは俺)。

 

「でも、その鷲尾さんは車椅子でもなければ乃木さんもいないんだろ?」

『うん...あの二人が別れるわけないし』

 

恐らく、銀の予想は正しい。

 

以前、銀の意識が眠っている時に、東郷は小学生高学年の記憶が抜けていると話してくれたことがある。

 

そして、俺は心の中にいる銀から、彼女達の務めていたお役目がバーテックスと呼ばれる敵と戦い神樹様を守る『勇者』だと聞いている。

 

これを合わせるなら、バーテックスとの戦いで東郷の『鷲尾須美』としての記憶は消され、足が動かなくなり、乃木は__________

 

だが、銀はまだこの考えに至っていない。東郷本人が鷲尾であることを否定しているからだろう。

 

出来れば、気づいて欲しくない。銀が命を燃やして守った二人がそんな残酷な運命を辿ったなんてそんなことがあって欲しくない。

 

「...今度神樹館の近く行ってみるか?何か分かるかもしれないし」

『マジで!?』

「中三にもなったんだ。部活帰りに寄って遅くなっても怒られないだろう」

『サンキュー!』

「はいはい」

 

ふと見た夕焼けは、余計なことを忘れさせるくらいには綺麗だった。

 




というわけで、銀と一緒に暮らす椿が主人公の、原作に沿ったキャラ崩壊がない作品(のつもり)です。

感想なんかありましたら是非よろしくお願いいたします。


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二話 勇者の役目

「は?」

 

時が止まった。と言えばいいんだろうか。周りから聞こえていたノートをとる音は消え、チョークを刻む音も消え、石化したかのように動かなくなる。

 

「...どうなって」

「あんた動けるの!?」

「風?」

 

唯一、近くの席で授業を受けていた風だけが俺以外で動いていた。

 

「やっぱり...ついてきて。あとスマホ忘れないでね!」

「?...どうなってんだホント...」

 

わけのわからない状況の中、銀が呟く。

 

『樹海化...!』

 

 

 

 

 

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銀が『勇者』というお役目を務め、死んで、俺の中に入り込んでから、俺は銀のやっていたことを聞いた。

 

『アタシ死んだらしいし時効?だろ?』

 

確かに死んだやつから聞きました。と言えば大赦につれてかれてもそのまま病院送りだろう。

 

曰く、四国以外の世界を滅ぼしたのはバーテックスなる異形の怪物。そいつらに対抗するため、神樹様と大赦は勇者システムを開発し、バーテックスと戦う力を得た。

 

勇者システムというのは神樹様から力を受けとるらしく、人間離れした力で外から神樹様に迫るバーテックスを追い払う。というのが、お役目らしい。

 

その時世界に直接的影響を及ぼさないよう神樹様は時を止め、特殊な世界を作る。これが樹海化。

 

(...つまり、迫るバーテックスを止めなきゃ四国滅亡。止められるのは選ばれた勇者のみ...ゲームかよ)

 

「お姉ちゃん!」

「樹!よかった...」

「大丈夫か?」

「古雪先輩も!?皆が固まっちゃって、それで...」

「よく聞いて。アタシたちが当たりだった」

 

その時、辺りが白く光る。瞬きした後には、一面が樹木に覆われ、おとぎ話にでもでてきそうな空間が広がっていた。

 

「...なんだここは」

「椿も樹も、疑問はあるでしょうけど...まずは友奈と東郷と合流しましょ」

 

スマホを見つめて動く風についていくと、二人を無事に見つけることができた。

 

「風先輩!?皆!」

「一体何が...」

「ふぅ...皆よく聞いて。勇者部の部員にダウンロードしてもらったアプリ。その隠し機能は、この事態が起きた時に作動するようになってる」

「隠し機能...風先輩は何か知っているのですか?」

「アタシは...大赦から派遣された人間なの」

「大赦って...神樹様を奉ってるあの?」

 

(全員の頭に疑問マークがついてそうだな)

 

俺は前から銀の話を聞いていて、なんとか普段の冷静さを保ててはいるが、他は無理もないだろう。

 

「ここは神樹様の作り出した世界?」

「バーテックスを倒さないと世界が終わる?」

「そう。世界の恵みである神樹様の元にバーテックスがたどり着けば、世界は滅ぶ」

「っ...」

 

(...!)

 

風達の話には一切入らず辺りを見ていると、異形の怪物が姿を見せた。

 

「なんだありゃぁ...」

 

(あれがバーテックスだよ!)

 

「へぇ...」

「あんなの...どうして私達が...戦えと言われても無理よ!」

「戦う意志を示せば、アプリの機能がアンロックされて、勇者になれる」

「勇者...?」

 

突然バーテックスが動きだし、地面を揺らした。

 

『キャー!』

「無理よ...あんなのと戦うなんて」

 

東郷が始めに弱音を吐く。

 

(俺も、異常なことが起きすぎて逆に冷静になってるだけだがなぁ...)

 

勇者部に入ったとき入れたアプリを開くと、確かに以前は見なかったボタンがでかでかと表示された。

 

(...これで、勇者になれるのか?)

(前のとはちょっと違うけど、間違いないよ!)

 

先代勇者からのお墨付きは得た。あとは勇者となるかどうか。

 

(...なるに決まってんだろ)

(椿?)

 

「友奈は東郷と樹を連れて逃げて!」

「は、はい!」

「お姉ちゃん!私は一緒に行くよ!」

「樹...」

「何があっても一緒に...」

「っ...椿は?アンタは」

「なるよ。勇者。ここで動けてるってことは、俺にも素質があるってことだろ?」

「え、えぇ...男の勇者なんて聞いたことないけど」

「...よしっ」

 

一呼吸して、アプリのボタンを押した。

 

辺りがさっき見たように白く光る。中学の制服から、燃えるような赤い装束に変えられる。

 

光が弾けて消えた時には、俺は見たこともない衣装に身を包んでいた。同じく風は黄色、樹は黄緑の衣装に身を包んでいる。

 

(うぉー!これアタシが使ってた奴じゃん!)

 

「どうやったらあれ、外に追い返せるんだ?」

「追いかさなくていい。この場で倒せばいいのよ。ダメージを与えればバーテックスは御霊を吐き出す。それを破壊するのよ」

 

(アタシ達の時は追い返すことしか出来なかったけどなぁ...倒せるようになったのか!!)

 

「今は精霊が力を貸してくれる...行くわよ!」

 

風はどこからともなく大剣と犬の様なゆるキャラを作り出し、切り込んでいく。樹も後から続いた。

 

(...落ち着け。落ち着け)

 

「フォローくらいしろっての...結城、東郷、安全な場所まで連れていくぞ...といっても、どこが安全なのかはわからないけど」

「古雪先輩、私のことはいいから友奈ちゃんを守ってあげてください」

「東郷さん!?」

「車椅子の私はご迷惑に...あたっ」

「アホ言ってる暇あったらさっさと逃げるぞ。見捨てるくらいなら肉壁になった方がましだ」

「っ...」

「そうだよ東郷さん!」

 

一応樹海の中でもバーテックスから影になっている場所まで連れていく。

 

「じゃあそこで待ってろ。俺も前に出る」

「先輩...」

 

何か言おうとしている結城を置いてひたすらバーテックスに向かう。

 

「俺の武器は...」

 

念じると、手元に二つの斧が出てきた。武骨なそれは確かに強そうだ。

 

『アタシの武器じゃん!もうこれアタシのなんじゃね?』

「お前にはやらん!精霊は...いないのか」

『アタシの時もあんなゆるキャラいなかったなぁ...新しいシステムなのかも?』

「へぇ...まぁいいや」

 

全力で動いていたからか、風達が慎重に進んでたのか。あっという間に風達の元にたどり着く。

 

(ここまできたら...もういいよな)

 

「椿!」

「あのバーテックスを倒せばいいんだろ?周りの白いのは?」

「バーテックスが吐き出した取り巻きよ。初めてだし慎重に__________」

「了解」

「あ、ちょっと!」

「古雪先輩!?」

 

 

 

 

 

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『なぁ椿、アタシの方が慣れてるし代わるぞ?』

「いいから黙ってろ。銀」

 

バーテックスを見た瞬間、ある希望が見えた。勇者になった瞬間、それは現実となった。

 

「よぉ。バーテックス」

 

異形の怪物に挨拶する。勿論返事はない。

 

ある種の興奮、ある種の希望。

 

この力があれば______銀の敵が討てる。

 

「お前を許すつもりはない」

 

弟思いで、友達思いで、トラブル体質で、優しくて、綺麗で、かっこよくて、かわいくて、好きだった銀はもういない。

 

確かに俺の元には今、銀の人格が存在する。だが『三ノ輪銀』という一人の少女の人生は終わってしまった。神と化け物の戦いに巻き込まれたせいで。

 

「さっさと死ね」

 

だから俺は、敵をぶちのめせることに笑顔を作りながら__________両手の斧を振り回した。

 




ゆゆゆシリーズはヒロイン力高いキャラが多くて誰の話を書こうか悩みます。


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三話 勇者部部員

「ははははは!!死ね!死ねぇ!!」

 

あたし、犬吠埼風は顔をひきつらせた。

 

神樹様の話、勇者の話、バーテックスの話、樹海化してから全部話そうとしていたのは間違いなく失敗で、動揺する後輩の友奈と東郷は戦闘に参加できず、妹の樹も緊張している。

 

でも、この時あたしはあの二人だけでもこの光景を見なくてよかったと思った。

 

「どうした!!人を殺せる力はそんなもんじゃないだろう!!!」

「椿!一度下がりなさい!」

「ははは!!死にさらせぇ!!!」

 

同じクラスの古雪椿は、普段の落ち着いた雰囲気とはかけ離れた、まるで別人の様にバーテックスに切りかかっていた。二つの斧も初めて握ったとは思えないくらい縦横無尽に動かしている。

 

バーテックスも傷ついた箇所から回復していってるけど、傷跡は増える一方。間違いなく椿はバーテックスを圧倒している。

 

(あたしが説明してるときも上の空だったのに、いきなりやる気だすし、そう思ったらこれだし...)

 

だが__________どう見ても、普通ではなかった。

 

「椿!聞こえないの!!」

「悲鳴をあげてみせろよ!じゃないと殺しがいがねぇだろぉが!」

「お姉ちゃん...古雪先輩、怖い...」

 

頭に血が登っているのか、空中で体を捻ってひたすらに攻撃を当てる姿は、人間というより獣だ。

 

(椿...)

 

耐えられなかったのか、封印の儀を行うことなくバーテックスが小さな塊を吐き出す。

 

(あれが御霊!)

 

アタシも初めて見るそれを、椿も敏感に察知したらしい。

 

「逃がすわけねぇだろ...おい」

 

一本の斧を勇者の力で強化された腕力で投げる。それは逃げる間もなく御霊に突き刺さった。

 

「さようならだ!」

 

そのまま飛び付き、同じように斧を振るって__________いつの間にか、初めての戦闘は終わった。

 

 

 

 

 

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平凡と授業を受け続けるも、ついさっきまで起きていた出来事の興奮は収まることなく続いていた。

 

樹海化が終わると止まっていた時は元に戻り、いつも通りの日常が続いていく。『放課後話すよ』と言われて全員が授業に戻っても、俺と同じように授業を聞いていない奴ばかりだろう。

 

(むー...)

(二人ともどうしたんだ...)

 

心の中で銀はふてくされてる様子だし、風もちらちらこっちを見ている。

 

(だって、椿、お前...)

 

バーテックスと戦っていた時は銀の声も周りの声も聞いてなかった。

 

(バーテックスは倒せたんだし、良いだろ?)

(でも、あんな戦いかたは良くないと思うぞ。風先輩の注意も無視して)

(いや、お前らの声聞こえてなかったから)

(はぁ?ちゃんと聞けよな。勇者は連携が大事なんだぞ)

(...次から気をつけるよ)

 

心の声を止め、授業に集中するふりをする。

 

バーテックス対峙した時には、銀を殺した相手に復讐できるとしか考えてなかった。だから防御無視、攻撃一辺倒で暴れた。

 

本能のまま動いていたので覚えてるのは曖昧で、どう攻撃したかなんて覚えていない。倒した時の達成感は凄まじかったが。

 

(お前のため...とか言えないわな)

(え?)

(...銀、やっぱ疲れたから寝るわ。代わりよろしく)

(え、椿!?)

(いやー持つべきものは幼なじみですわー)

(ちょ、ホントに寝るなぁ!アタシ三年の授業とかついてけないんだぞ!)

 

 

 

 

 

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「はいこれ」

「おー!ありがとうございます風せ...風!いただきまーす!」

 

たまに椿は明るくなる。大抵その前は遅刻しないために走ってたり、体育だったりするので疲れた時に出てくる明るさなんだろうとは思うけど。

 

『逃がすわけねぇだろ...おい』

 

だからこそ、さっき聞いた暗い言葉が余計にあたしの中にこびりつく。

 

(普段優しい椿を、あそこまで変えてしまった...)

 

「ねぇ、あんたさ...」

「ん?どうかした?」

「...んーん。何でもない。放課後は部室ね。掃除あるから先いってて」

「わかった」

 

いつもより美味しそうに弁当を食べる椿を見て、言いたいことも言えなくなった。

 

椿が怒るのは、大体他人が絡んでる。バーテックスを初めて知った奴がそんなわけあり得ない、と思う一方、確信めいていて、聞いて、できることなら相談にのってあげたいと思う自分もいる。

 

(だからって...『バーテックスのせいで誰か死んだの?』なんて聞けるわけないか。あり得ないし)

 

「おかわり!」

「余り物の弁当におかわりあるわけないでしょ」

 

 

 

 

 

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「というわけで放課後だな」

「誰に対して言ってるのよそれ」

「誰でもないよ。ちょっと飲み物買ってくる」

 

現在、勇者部部室では風が黒板に文字を書き、この世界の仕組みについて語る準備をしている。結局勇者の力を使った結城と、風の妹の樹は未だに緊張した様子だし、東郷に至っては手の震えが止まってない。

 

ということで俺は近くの自販機まで行って、飲み物を適当に四本買った。

 

「流石に持ちにくいな...自分のは諦めるか」

 

一時間だけ抜け出した授業は大赦にフォローしてもらえるらしい。大赦すげぇ。

 

「ただいま戻りましたー」

「お、来たわね。って何よその量」

「部長ならも少し周りみたれー。ほいジュース」

「あの、お金...」

「いいよ。先輩からの奢りだ。あ、風、大赦に経費で落とせるなら落としてもらってくれ」

「あんたいいセリフが台無しよ...」

 

漫才じみた俺達の会話で部室に少しだけ暖かさが戻ってくる。

 

「とま、そんなわけで...さっきのやつ、全部話してくれよ」

「お願いします、風先輩」

「うん...バーテックスは全部で12体。あと11体ね。奴等の目的は、神樹様の破壊と、人類の滅亡」

「それ敵の絵だったんだ...」

「奇抜なデザインをよく表した絵だよね!」

「結城、それフォローになってない」

 

(そんだけいえるなら大丈夫かな)

(流石ですなー椿さん)

(ほっとけ)

 

「話戻すわよー。前もバーテックスは現れたことがあったらしくて、その時は追い払うのが精一杯だったらしいけど...バーテックスを倒すため、大赦が作り上げたのが勇者システム。その寄り代が、アタシ達だったってわけ」

「勇者部はそのために、風先輩が意図的に集めた面子...ということですか?」

「......そうだよ。適正が高いのは大赦の調べでわかってたから」

「知らなかった...お姉ちゃんが大赦の指令を受けてたなんて...ずっと一緒にいたのに」

「...黙っててごめんね」

 

風の告白は、知らず知らずのうちに危険な行為の片棒を担がせたことに対することも含まれているのだろう。

 

(この面子の中にそれを責める様な奴は...普段なら、いないけどな)

 

それは、風が指令以外でしっかり部員と絆を培ってきたからこそだ。

 

「次は...敵、いつくるんですか?」

「わからない。一週間後かもしれないし、明日かもしれない」

「...なんでもっと早く、勇者部の本当の意味を教えてくれなかったんですか」

 

(普段なら...だけど)

(須美...いや、東郷さん...)

 

東郷は親友の友奈を大切にしているし、思いやりもある。おまけに唯一勇者にはなっていない__________つまり、戦う意思を見せていない。

 

「友奈ちゃんも樹ちゃんも古雪先輩も...死んでいたかもしれないんですよ」

「勇者の適正が高くても、選ばれるチームは敵が来るまでわからなかったの。確率はうんと低かったんだ...」

「各地に勇者候補生がいたんですね」

「こんな大事なこと、今まで黙ってたなんて...」

「東郷...」

 

そのまま部室を後にする東郷。

 

「待って東郷さん!」

 

続いていく結城。

 

「...俺もちょっと出るわ」

 

風は樹と二人だけの方が素直な感情が出るだろうと思って、俺も部室を去ろうとする。

 

「椿!」

「なに?」

「...あんたは、怒ってないの?こんなことに巻き込んで」

「勇者部の部員が、その為だけに集められたなら...俺だけじゃなく、皆怒ってたかもな」

 

言う必要がある言葉なんかない。風は他人を思いやれるやつだ。

 

「でも、そうじゃないって知ってるから。東郷も少し動揺してるだけさ」

「あんた...」

「樹、お姉ちゃんのフォロー頼むな」

「あ、はい!」

 

それだけ言って部室の扉を閉める。これ以上は無粋だ。

 

「飲み物買いにいくか」

『お、いいねぇ。イネス行こうイネス!』

「それ飲み物じゃなくてアイス食べたいだけだろ。大赦の経費で落ちるなら毎日行ってもいいけどな」

 



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四話 誰のために

今回は短めです


「待って、東郷さん!」

「友奈ちゃん...」

「はいこれ。椿先輩のもあるかなーって思ったんだけど、私からも奢りたくて」

 

自動販売機で買ったジュースをようやく渡すことが出来た。渡された東郷さんは戸惑ったような顔をしている。

 

「でも私、奢られる様なことは何も...」

「そんなことないよ!だって東郷さんは、私達の為に怒ってくれたから」

 

東郷さんは優しい人だ。風先輩を責める様な言い方になってしまったけど、皆のために怒ってくれたのが私は嬉しい。

 

「ありがとうね。東郷さん」

「...なんだか友奈ちゃんが眩しいわ」

「?」

「あぁぁ、えっとね。私、戦いの間ずっとモヤモヤしてて、このまま変身出来なかったら、勇者部の皆の足手まといになるんじゃないかって...」

「えぇ!?そんなことないよ!」

「だからさっき、それを風先輩にもぶつけてしまって...国の一大事に友奈ちゃんは変身したのに、私は敵前逃亡...」

「と、東郷さーん?」

 

東郷さんの目が暗くなっていく。

 

「先輩の勇者集めだって国や大赦の命令でやっていたことだろうに...私はなんて女々しい」

「わーわー!東郷さん暗くなっちゃダメ!笑って笑って!」

 

東郷さんにはそんな暗い顔より笑顔の方がずっと似合うと思う。

 

「友奈ちゃんはあんな大事なことを隠されていたのに怒ってないの?」

「私...驚きはしたけど、でも私は嬉しいよ。だって適性のお陰で、勇者部の皆に会えたから!」

 

風先輩に樹ちゃん、椿先輩も皆良い人だ。勇者の適性が高くなかったら、皆とは会えなかったかもしれない。

 

「適性のお陰...そっか。私も事故で足が動かなくなって、記憶が少しなくなってて不安だったけど...友奈ちゃんがいてくれて、勇者部に誘われたからこうして楽しい学校生活を送れている。そうよね」

「これからだって楽しいよ。ちょっと大変なミッションが増えただけで」

「ふふ...友奈ちゃんは本当に前向きね」

「うん。だから私は...勇者になる!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ごっめんねー!...これだと軽すぎるな。大変申し訳ありませんでした...これだと下手すぎ?」

「お姉ちゃんちょっと待って...今占ってるから」

 

三人が消えた部室で、樹と一緒にどうやって東郷に謝ろうかと考えるも、あまりいい解決策は出てこなかった。

 

「...これで、と。えーと...誠心誠意謝りましょう」

「元から誠心誠意込めてるわよ!」

「そうだよね...」

 

占いが得意な樹だけど、今回は有効に働かなかったみたいだ。

 

(でも、そうよね...)

 

「よし、ひとまず探して、謝ってくるか!!」

「お姉ちゃんらしいね...あ、落としちゃっ...!」

 

樹の落としたタロットカードが、空中で止まる。

 

「これって...」

「まさかもう!?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

勇者アプリを開いて、書かれている説明文を片っ端から頭に入れていく。

 

「バーテックスから御霊を吐き出させる封印の儀?俺やってなくね?」

『いやー強すぎて吐いちゃったんじゃない?』

「そんな適当でいいのか...手早く倒せるならいいか」

 

俺の武器は二つの斧。装束は近接戦闘より。精霊はいないものの、致命傷になる攻撃は自動でバリアを張ってくれる。

 

封印の儀には時間制限もあるようで、途切れればバーテックスの進行は止められない。つまり世界の死を意味する。

 

『これがあったらアタシも死ななかったのになー』

「っ!!」

『あ、いや冗談だから』

「冗談ですまされるかバカ!」

 

銀の発言はあまりにも辛い。そうだ。二年前にこの機能があればきっと__________

 

その時、午前中も聞いた音楽が流れ、スマホにテロップが出た。

 

「樹海化警報...まさか今日二体目が」

 

言ってる側から世界は変わり、樹海に染められる。

 

『よっしゃ、勇者出動だ!』

「ひとまず合流するぞ。あいつらどこだ...」

 

バーテックスが見えないからか、勇者の姿になってもまだ冷静でいられた。

 

(いや...違うか)

 

『死ななかったのになー』

 

ついさっき銀に呟かれた言葉が頭をよぎる。

 

(しっかり連携して、誰も犠牲者なんて出させない!)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「三体同時に来たか...」

 

前方に見えるバーテックスは、前に二体、後ろに一体の布陣で近づいてくる。

 

「樹、大丈夫?」

「大丈夫だよお姉ちゃん。行こう」

 

 

 

 

 

「この場所...またなのね」

「変身!!東郷さん待っててね。倒してくる!」

「待って、私も...」

「大丈夫だよ。東郷さん。」

「っ...」

「行ってくるね」

「友奈ちゃん!」

 

 

 

 

 

(あのバーテックス、アタシを殺した...)

 

「あ...今度は三体かよ」

『ほ、ほら頑張れよ!勇者様!』

「...今回は譲ろうか?」

『いいって!やってこい!』

 

(うぬぼれ?だっけ...そうじゃなければ、椿はきっとアタシの敵だと知ったら無茶するから...でも、本来アタシはここにいちゃいけない存在。だから...)

 

神樹様。お願いです__________まだ、ここにいさせてください。

 



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五話 バーテックス討伐

『嫌なんだ。誰かが傷つく事、辛い思いをする事。皆がそんな思いをするくらいなら...私が頑張る!私が勇者になる!!』

 

そう言って、友奈ちゃんは勇者になった。桃色の勇者服に、髪色まで変わった友奈ちゃんはまさにヒーローの様な見た目だ。

 

「行ってくるね!」

「友奈ちゃん!」

 

今もそう。皆の為に勇者として戦いに行く。

 

(それなのに、私は...)

 

「っ...だ、ダメ......」

 

私にも勇者の適正はある。でも、怖がって変身も出来ない。

 

「一番出遅れた!なんでこんな出撃位置に違いが出るんだ!」

「古雪先輩...」

 

後ろから跳んできたのは悪態をつく古雪先輩。

 

「東郷か、ここじゃ危ないだろ」

「だ、大丈夫です。それより友奈ちゃんを」

「今一番危ないのはお前なんだよ。怪我でもしたら、それこそ守ろうとしてる結城が悲しむぞ」

「っ...」

「後は...風のこと、許してやってくれ。悪気があった訳じゃないんだ」

「それは...わかってます」

「ならよし。下がってろよ!」

 

古雪先輩はいつも周りを見ている。一つの取りこぼしも無いようにするその姿勢はやろうと思って出来るようなことじゃない。

 

今回だって、私達のことをよく見ているからこそ話してくれている。

 

「東郷、またな」

「ぁ...」

 

『またね』

 

いつか、誰かから聞いた気がした言葉と、古雪先輩の言葉が被る。その姿も__________

 

(いやいや、今はそんなことより...)

「キャーー!!」

「友奈ちゃん!?」

 

前に出た友奈ちゃんが近くまで吹き飛ばされる。後を追うようについてくるサソリの様なバーテックスが尻尾を向けた。

 

「結城に手をだすなぁぁ!」

 

斧を振り上げて突貫する古雪先輩も、どこからか飛んできた攻撃に吹き飛ばされた。

 

「友奈ちゃん!!古雪先輩!!」

「くぅ...」

 

友奈ちゃんは起き上がることは出来ず、バーテックスの尻尾が刺さる手前で精霊が受け止めている。

 

(でもあんなの、長くは...!)

 

「やめ...て」

 

『私は結城友奈。よろしくね!』

 

引っ越したばかり、隣の家に住んでいた友奈ちゃんの笑顔と、握手を求めてきた手を思い出す。

 

「...やめろ」

 

その手は不安だった私を、いつも笑顔で助けてくれた。

 

「友奈ちゃんがいたから、私はこうして皆に出会えた...」

 

恐いけど、だから。

 

「友奈ちゃんをいじめるな!!」

「東郷さん...逃げて...」

「逃げない!友奈ちゃんをいじめる奴は...私が許さない!!」

 

サソリ型バーテックスの尻尾がこっちに向き、貫かんと勢い良く迫る。

 

それを、私の精霊が受け止めた。

 

「私はいつも友奈ちゃんに守ってもらってた...だから次は私が勇者になって、友奈ちゃんを守る!」

 

次の瞬間には勇者の格好に変わり、武器である銃を撃ち込んだ。

 

(変身したら落ち着いた...武器を持ってるから?)

 

的確に尻尾を撃ち抜ち、二丁銃に素早く切り替えてバーテックスの胴体に撃ち尽くす。

 

「す、凄い。東郷さん...これなら」

「うぉぉぉらぁ!!」

 

別方向からも斧が飛んできて、バーテックスの胴体に深々と突き刺さった。

 

「結城!東郷!無事かって...東郷、お前」

「古雪先輩...ご心配、ご迷惑をおかけしました」

「心配はしたが迷惑はかかってないからな。じゃあ勇者部全員、勇者になったことだし...いきますか!」

「「はい!」」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あーもーしつこい男は嫌いなのよ!」

「お姉ちゃんモテる人みたく避けてないで何とかしようよ」

 

後ろにいるバーテックスの口の様な場所から放たれる幾千の光の矢を避け続ける。

 

「なかなか隙が...ってえ!?」

 

どうしたものかと悩んでいると、近くにサソリ型バーテックスが降ってきた。

 

「そのエビ連れてきたよー!」

「どうみてもサソリでしょ」

「どっちでもいいから潰すぞ!」

 

友奈と椿が戦線に戻ってきて、その後ろから__________

 

「東郷先輩!」

「東郷、戦ってくれるの...?」

「......」

 

こくりと頷いてくれる東郷に、あたしは涙が出そうだった。

 

「風先輩、部室では言い過ぎました。ごめんなさい。精一杯援護します」

「東郷...心強いわ!あたしの方こそごめんね」

「はいはい。湿っぽい話は後にしてくれよ。目の前に敵は残ってるんだからさ」

「そうね」

「遠くの敵は私が狙撃します」

「じゃああたしたち四人で手前の二体、さっさとやっちゃうわよ!」

「「OK!」」

「樹は俺に、結城は風に!二人で一体ずつやるぞ!」

「皆、不意の攻撃には気をつけて!」

「「はい!」」

「あたしのより返事がいい!?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「うぉりゃぁ!!」

『そいつの攻撃は尻尾ばっかりだ!やっちまえ!』

 

尻尾の先がなくなったサソリ型バーテックスを相手どる俺と樹は、全く苦労していなかった。最大の武器である尻尾の針は東郷が潰している。

 

「樹!」

「封印の儀、準備出来ました!」

「よし!とっとと死にさらせ!!」

 

正式には祝詞(のりと)を唱えなければならないらしいが、魂を込めた言葉ならなんでもいいらしい。本気の殺意を込めて斧を振るうと、ベロっと御霊を吐き出した。

 

「よし...じゃねぇな」

 

飛び出た御霊は分裂し、どれが本物か分からなくなる。

 

「先輩、任せてください!」

 

樹の普段より大きな声と共に、そこかしこに糸が張り巡らされる。

 

「これ樹の武器か...!」

「これで...えぇい!」

 

糸は全ての御霊を囲んで縛り上げ、一声と共に切り刻まれた。

 

一つだけ、糸に縛られているものの無事な御霊が残る。

 

「先輩!」

「よしきた」

 

目標が分かれば、斧で切り裂くことも簡単すぎた。御霊は何事もなく叩き潰される。

 

「やったぁ!」

「樹はそのまま姉ちゃんのカバーしてくれ。俺は奥のやつをやる!」

「わかりました!」

 

矢を放つバーテックスは、東郷の狙撃にやられっぱなしだった。

 

『無理しないでくれよ。椿』

「大丈夫。さっきの矢のお返ししなくちゃなぁ!」

 

こちらに気づいたバーテックスが大きな矢を撃つ。避けきれない程の矢を撃たれた方が辛かったのでやりやすい。

 

「それは見たよさっき!」

 

斧に炎が灯る。赤く赤く燃え上がった斧は、大きな矢を弾いてみせた。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

そのまま斧の乱舞を浴びせると、御霊が出た。高速で動き回ろうとしたそれは、東郷の狙撃で一撃だった。

 

「あの距離から...凄いな」

 

すぐに三体目も撃破され__________勇者部は誰一人犠牲になることなく、バーテックス三体を打ち倒した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「戻るのは一緒なんだな...」

 

讃州中学の屋上に戻ってきた俺達は、興奮覚めぬ様子で話始める。

 

「東郷さんかっこよかったよー!」

「そんな...私」

「本当、助かったわ東郷」

「風先輩。覚悟はできました。私も勇者として頑張ります」

「...ありがとう!一緒に国防に励もう!」

「国防...はいっ!」

「東郷先輩の目が輝いてるよ~...」

 

部室で東郷は国についてよく語っていた。目が輝いてるのはその時からだが、その時から本当にろくな目にあってない気がする(三時間近く話を聞かされたりとか)

 

(...ま、いっか)

 

今は全員無事に生き残れたことに感謝すべきだろう。

 

「よし、うどん食いにいくぞ!俺と風の奢りだ!」

「やったー!うどん!!」

「え、椿!何勝手にあたしも奢る側にしてるのよ!」

「お前の分を奢ったら俺は払いきれないからだよ!分かったら食べる量減らせ!」

「うどんは女子力を上げるのよ!食べないわけないでしょう!」

 

ぎゃーぎゃーと騒ぎながら、うどんを食べに向かう。

 

『皆無事でよかったよ』

「そうだな...」

 

そこには確かに全員の笑顔があった。

 



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六話 ふとした休日

大晦日なので少し早めの投稿となります。


「することねぇー...」

 

勇者になって半月近く経った休日。バーテックスの進行はなく、日課の三ノ輪家朝飯作りは終了し、勇者になってから続けてた筋トレもノルマは達成させた。

 

(勇者部唯一の男にして最上級生としては、やることやっとかないとな...といってもノルマは終わらせたし)

 

「銀~、何かやりたいことないか?体貸すぞ。弟達と遊びに行くか?」

『アタシもいいや。この前のノートは作り終わっちゃったし、弟達とはさっき遊んだから』

 

銀の言うノートとは、勇者になってから東郷(鷲尾須美)に関してわかったこと、わからないことを纏めた物だ。東郷が鷲尾とは限らないけど。

 

『須美は弓使ってたんだよなー...』

「俺が銀のをほぼそのまま使ってるなら、東郷は前のをそのまま使っててもおかしくないよな」

『あーそうだったら間違いないのに...』

「気にすんなよ」

『そう言われてもなぁ...』

 

(...はぁ)

 

すくっと立ち上がり、手早く出かける準備をする。

 

『どうしたんだ?』

「やることないからイネス行く。醤油ジェラートとみかんジュース買おうぜ」

『お、いいねぇ!』

「...やっぱ中止」

『え!そりゃないよ椿ー!』

「悪かった悪かった...だがまぁ、こっちの方が優先度は高いからな」

 

開いたスマホには『hepl me!』と書かれていた。

 

「...help meだろ。普通」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ありがとうございました。椿先輩!」

「いや、暇してたからいいけどさ」

 

うどん屋さん『かめや』で結城とうどんをすする。ちなみにお代は無料だ。

 

「おまけにこうしてタダでうどんが食えるならよかったよ。良い依頼主だったな」

 

結城は午前中、迷子のペット探しを手伝っていた。しかしなかなか見つからず、援軍として俺を呼ぶことに(犬吠埼姉妹と東郷は用事があるらしい)

 

捜索範囲を広げたお陰かなんとか昼頃に見つけ、依頼主さんはお礼に現金を渡してきた。

 

勇者部は別にお礼目的で動いているわけではないのでしっかり断ったが、それならばとうどん無料券を渡してきた。

 

うどんの魔力には逆らえず、現金は断ったという達成感からか、気づいたら無料券が手元にあり、依頼主は去っていた。

 

食べないのも勿体ないし、皆に見せたらめんどくさいことになるだろうしで今こうして遅めの昼食をとっている。銀は寝ちゃってるのかうどんを前にしても騒がない。

 

「うどん美味しいです...」

「トッピングでおろし醤油つけてよかった...」

 

四国のうどんは日本一!(四国以外の日本には行ったことないし行けないが)と叫びたくなるが、流石に自重してめんをすする。

 

「でも、勇者部の活動も程々にしとけよ?休日までやってたら体が幾つあっても足りないぞ」

「あはは...困ってる人がいたら助けたくなって」

「...そこが、結城のいいところなんだけどな」

 

人を助ける、どんなときも前向きで明るい結城だからこそ、いつの間にか人の中心にいる。勇者部も部長こそ風だが、場を明るくしているのは結城だと思う。

 

昔銀も人を助けてたが、あれはどちらかと言えば不幸体質だ。それでも凄いけど。

「...先輩」

「どうした?急に改まって」

「どうして私を『結城』って呼んでるんですか?」

「え?」

「風先輩も樹ちゃんも名前で呼んでるじゃないですか。東郷さんは本人の希望ですけど」

「えー...あの姉妹いつも一緒だから名字だと紛らわしいし、『犬吠埼』が呼びにくいから。それ以外はクラスの奴も名字だぞ?普通じゃないか?」

「よかったら『友奈』って呼んでください」

「...わかったよ。ゆ、友奈」

「!ありがとうございます!」

 

名前で呼んでくれと頼んでくる女子などいなかったため、少しドキッとする。

 

(よかったですねー古雪さん)

(ちょっ、起きてたのかよ!?)

 

「椿先輩?」

「あぁ、いやなんでもない。それよりこの後は予定あるのか?」

「予定...あー!お母さんに買い物頼まれてたんだった!」

「絶対それ目的で外に出ただろ...」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「すいません先輩。荷物持ちまで...」

「後輩の女の子一人で買い物行くってのに、暇人が何もしないのもな」

 

ところ変わってショッピングセンター。ちなみにイネスではない。

 

とはいえそう大した違いもなく、友奈のお母さんが頼んだ物も量こそあれど苦労することなく買えた。寧ろ量が多いからこそ、男手は役に立つ。

 

「頼まれてたのはこれで全部か?」

「はい」

「じゃあちょっと休憩しとくか...これから運ぶとなると少し重たいだろ」

「はい...あの、私お手洗いに行ってきますね」

「行ってこい行ってこい」

 

たたたーと駆けていく友奈を眺めて、改めて荷物の多さを確認する。

 

「友奈のお母さん...流石に女子一人に持たせる量じゃないっすよ」

 

大きめのビニール袋が三つ。どれも食材、雑貨等でパンパンに詰まっている。

 

「たまたま会ってよかったわ...」

『その上気遣いまでできる椿先輩サイコー!』

「なんのことやらさっぱりです」

 

友奈がそわそわしてたからなんとなく察しはついていた。

 

「異性の後輩への態度なんてこんなもんだろ」

『ついでにアタシにアイス買う気遣もあれば...』

「そっち目当てだろ!」

 

思わず大きな声が出たが、辺りを見渡し誰も聞いていなかったのを確認して、ほっと胸を撫で下ろす。

 

(また変人だと思われるところだった...)

(いや変人ですよ)

(誰のせいだと思って...)

 

銀との共生は楽しく、形は少し違うけど俺の理想だ。例えそれが他人から見れば不自然で、世界から見れば異端であろうとも。

 

「つくづく、甘くなったもんだ...色々と」

 

雨の中叫び、世界を恨んでいた俺はどこかに消えた。そのお陰でクラスや勇者部の仲間と絆を深めることができたといっても過言ではない。前のままでは間違いなく違った結果になっていたはずだ。

 

(...でも)

 

現れた勇者としての適性、これが俺自身の物であればいいなと強く思った。

 

もし銀の人格あっての適正ならば、それは神樹様が銀に更なる戦いを望んでいることであり、俺は用済みの器でしか__________

 

「大丈夫ですか?」

「っ!?」

 

気づいたら目の前に友奈がいた。しかもドアップで。

 

「って友奈か...びっくりしたー...」

「あぁすいません!そんなに驚くなんて思わなくて!」

「頼むから次からも少し離れてくれな。可愛い後輩の顔がいきなり目の前に来たら心臓に悪い」

「え、あ、は、はい...」

 

(たまにアタシにも分からない呟きするし、天然タラシなんてやっぱり変人だろ...)

 

銀の呟きは、胸の高鳴りで全く聞き取れなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「いやーいい休日だった」

 

買い物を終え、結城家に荷物を届けると、お礼がしたいと言われて結局夕飯をご馳走になってしまった。

 

友奈のご両親も良い方だったが、俺が名前呼びすると目のハイライトが消えるお父さんは怖かった。娘さん直々のお願いですからそんな顔しないでください。

 

「ありがとな。友奈」

「いえいえそんな!お母さんのムリに付き合ってもらってすいません」

 

提案者は友奈のお母さんで、俺の両親の許可をとり、ご馳走を用意してくれた。

 

「美味しかったし、友奈とより仲良くなれたからいいさ」

「は、はい...是非また来てください!」

「...機会があれば、またお邪魔させてもらうさ。じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

日はとっくに落ちていて、街灯だけが体を照らしている。

 

『美味しそうだったな...今度焼きそば作って食べたくなった』

「焼きそば要素一切なかったけど...銀の作るやつ美味しいもんな。期待してる」

『任せて!』

 

こうして、平和な休日は終わった。翌日、友奈から昨日の出来事を聞いた東郷に根掘り葉掘り聞かれたのは本当に勘弁してほしいと感じた。

 




年明けの勇者の章最終話が、幸せな話になって欲しいなと願いつつ。来年もよろしくお願いいたします。


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七話 新たな勇者

明けましておめでとうございます。

本編はタイトル通りです。にぼし片手に読むと面白くなります(個人差があります)


神樹様の作り出す樹海には、守り手である勇者と攻め手であるバーテックスしか存在しない。戦闘が長引けば長引くほど現実に悪影響が及ぶらしいが、一ヶ月半前の戦闘ではほとんど被害はなかったそうだ。

 

残るバーテックスは八体。

 

「久々で戦い方忘れてないかな!?牛鬼出ておいで!」

「友奈さん、これですこれ」

 

勇者アプリで基礎を今更見てる友奈と樹。友奈の精霊牛鬼(好物はビーフジャーキー)は友奈に言われる前に出てきている。

 

「成せば大抵なんとかなる!ビシッとやるわよ!」

「狙撃体勢に入ります」

 

部の五箇条のうち一つを語る、さっきまでよだれを垂らして寝ていた風と、淡々と戦闘準備に入るスナイパー東郷。足が動かないという彼女の不利も、遠距離ならば大した問題はない。

 

『一発かましたれ!』

(ノリノリだなぁ...)

 

今にも踊りそうな勢いの銀と、それに反比例して落ち着いていく俺。勇者部はそれぞれの反応をしながら、バーテックスを迎え撃つ。

 

「風、前出るぞ」

 

風の武器は大剣、友奈の武器は拳、どちらも近距離寄りだが、先陣をきるのは防御もできる双斧を握る俺だろう。

 

「じゃああたしは援護に...」

 

風の言葉は最後まで聞けなかった。遠くのバーテックスが突如として爆発する。

 

「今のは...東郷?」

「私じゃないです」

「ふっ、ちょろい!」

 

謎の声と共に、バーテックスの前に一人の少女が現れた。

 

「え、何あれ」

「新しい勇者!?」

『アタシ達のに似てるな』

 

赤い装束に、握られているのは細身の双剣。

 

「はぁ!」

 

彼女は剣を投げ、バーテックスにダメージを与えた上に、封印の儀を済ませていく。

 

俺達が援護するべきか戸惑っている間にも、バーテックスは御霊を吐き出した。

 

「思い知れ!私の力!!」

「あの子、一人でやる気!?」

「殲!滅!」

 

御霊が何かアクションを起こす前に切り刻まれ、五体目のバーテックスはなすすべもなく倒された。ツインテールを靡かせドヤ顔してる彼女はそのままこちらまで向かってきた。

 

「えーと...誰?」

「...ふん、揃いもそろってぼーっとした顔してるわね。こんなのが神樹様に選ばれた勇者ですって?」

「あの...」

「なによチンチクリン」

「チン...はぅ」

 

チンチクリン呼ばわりされた友奈はしょぼんとしている。そのことも気にすることなく、少女は堂々と言った。

 

「あたしは三好夏凜。大赦から派遣された完成型勇者よ」

「完成型?」

「つまり、あなたたちは用済みってことよ。お疲れさまでしたー」

「......は?」

『えー!?』

 

さらりと言われた言葉に、俺達は理解が出来なかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

三好夏凜は俺達の戦闘データを元にアップデートされた勇者システムを持っていて、援軍として大赦から派遣された勇者らしい。だから完成型勇者というのは納得いく。

 

これを知ったのは勇者部部室である。三好は転校してきたのだ。

 

「東郷と友奈のクラスなんだって?」

「はい」

「編入生のふりをしなきゃならないんだから大変だわ」

「夏凜ちゃん凄いんですよ!編入試験ほぼ満点で!」

「へぇー...」

 

割りとどうでもいい知識ばかり増えて、飽きたという意思表示も込めてオレンジジュースをちうーと吸った。

 

「私が来たからには完全勝利ね!あんた達トーシローとは違って...」

「それで夏凜ちゃん!勇者部に入るって言ってくれたんですよ!」

「は!?なな何言ってんのよ!?」

 

(今日も平和だねー)

(どいつもこいつも自分の話したいことしか話さねぇ...)

 

友奈の弾けるような笑顔で言われた言葉にだけ三好は反応して、大声をあげた。

 

「友奈、三好は全然そんなこと思ってなさそうだけど?」

「え、さっき『あんた達を監視しなきゃならないし、入っといてやるわよ!』って」

「監視されるようなことはしてないがな...」

「ともかく、部員になっちゃった方が早いよね!先輩もそう思いますよね?」

「...俺はどっちでもいいよ」

 

三好もバーテックス討伐の為に動いている。口こそ感じ悪いが別に悪いやつではないのだろう。

 

(友奈の前で否定して、悲しい顔されても困るしな)

(友奈さんには甘いなー)

(ほっとけ。どうせ部長の風が決めるものだし、俺はどっちでもいいんだよ)

 

「樹ちゃんは!?」

「確かに部員になった方が早いと思います」

「なによあんたたち!?どんだけこの部に入れたいの!?」

「まぁまぁ。落ち着きなさいって。この書類にサインするだけでいいからさ」

「ってこれ入部届けじゃない!?」

 

ずっと作業してた風が作っていたのは入部届けだった。皆三好を受け入れる気は満々らしい。

 

「...東郷、お前はどう思う?」

「彼女は悪い方ではないと思います。なにより友奈ちゃんが言ってますから」

「成る程」

 

小さく東郷とやりとりすると、彼女も乗り気らしい。大部分は『友奈ちゃんが言ったから』な気もするが。

 

「ともかくっ!これからバーテックス討伐は私の指示に従って貰うわよ!いいわね?」

「それはいいけど、事情はどうあれ学校にいる以上、上級生の言葉には従って貰うわよ...正体を隠すのも任務のうちでしょ?」

「...しょうがないわねぇ。残りのバーテックスを殲滅するだけの短い期間だもの。我慢するとしましょう」

「え、マジ?じゃあ三好飲み物買ってこい。みかんジュースな」

「んなっ、じゃあってなによじゃあって!?」

「パシりに使えるのは先輩特権じゃないのか?」

「そんなわけないでしょ!?」

 

なんとなく三好の扱い方が分かってきたので取り敢えずからかってみると、面白いくらいに反応が良かった。

 

(面白いなこいつ)

(蹴りとか食らってもしらないからな)

 

「大体あんた、こっちの後輩達にそんなこと頼まないでしょう!」

 

三好がびしっと指差すのは後輩三人。俺はしれっと答えた。

 

「いつも頼んでるぞ」

『え』

「ほれ」

 

財布から五百円玉を取りだし、友奈に放る。

 

「自分の好きな飲み物買ってこい」

「それは奢ってるだけじゃない!!」

「ナイスツッコミ」

「うがー!!いい!?私の足引っ張るんじゃないのよ!」

 

三好は吠えながら部員から去ってしまった。

 

「...流石にからかいすぎたかな?」

「いやあんた...」

 

部室に沈黙が訪れ黙っていると、閉まった筈の部室の扉が少しだけ開かれる。

 

正体は、真っ赤な顔した三好。

 

 

「......バック忘れた」

「なにそれかわいい」

「ーっ!!!」

 

決め台詞まで決めてから、顔真っ赤にして恥ずかしそうにしている姿は思わず呟いてしまうくらいには可愛かった。

 

(...こういうのが好みなのか?)

(え?ちゃんと聞こえるように言ってくれよ)

(なんでもないよ!)

 

「あ、アンタ!ちょっと来なさい!!!」

「え、あ、なんだよ...」

 

そのままずるずると外に引きずられる。部室から出る際、残りの部員は表現するのが難しい微妙な顔をしていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「で、わざわざ俺だけあそこから出した理由は?」

 

讃州中学の屋上に、俺と三好はいた。放課後もそれなりに時間が経った後なので、部活に励む運動部ばかり見える。

 

「単刀直入に言うわ。貴方、勇者やめなさい」

「......理由は?個人的恨みは持たれてないだろうし、そんな理由でやめさせられるもんでもないだろ?」

 

三好はバックから紙束を取りだし、俺に渡してきた。目を通す前に口が開かれる。

 

「それはあんた、古雪椿の使用している勇者システムのスペックよ。その勇者システムは、二年前、先代勇者の使っていた旧型をちょっと改造しただけの物」

「今の...俺以外の皆が使っているのは違うのか?」

「精霊がいないでしょう?それが大きな違いよ。最新の勇者システムは精霊をつけることでバリアを強固にできる。致命的な攻撃だろうとある程度防げるわ。生産がしにくくなって、今は五つだけしかないけど...でもあんたのは違う」

 

先代勇者________恐らく銀の使っていた端末が、俺の勇者システムなのだろう。

 

「数を埋めるための旧型は、バリアを辛うじて張れるようにした欠陥品。精霊はいないから、致命傷を防ぐことは出来ないわ」

「量産出来ないからこいつを新しくすることもできない...ってことか」

 

(人の奴を旧型旧型って...)

 

愛用していただろう銀が呟くのも無理はない。

 

「だから簡単には死ぬの。あんたの代わりに私が来たんだし、辞めときなさい」

きつい言い方で辞退を求められるが、俺は笑顔だった。

 

「三好はいいやつなんだな」

「は!?」

「人類存亡がかかった戦いから逃げろなんて堂々と言えないだろ?旧型を出してでも数を揃えたい状況なのに。寧ろ大赦から来たからそれを伝えて尚戦えって言うのかと思ったら」

「そ、それは私の力だけで敵を倒せるからあんたたちは邪魔なだけで!」

「でも、こうしてこの学校に転入までしてきた。本当に一人でいいなら樹海化したときだけ現れればいいのにさ」

「大赦からの指示なのよ!私の意志じゃないわ!」

「強情だなー...」

「そっちがね!」

 

ぜーはーと息を吐く三好。バーテックスとの戦いの方が疲れてなさそうだが。

 

「どっちにしろ、バーテックス討伐って目的は同じなんだ。よろしくな」

「...辞めろって言ったわよね?」

「言われたな。辞めないけど」

「...死にたいの?」

「バカか。死にたいわけないだろう。出来ることなら三好の様に勇者システムアップデートして欲しいわ」

 

思い返すのは銀の葬式。楽しみにしていた遠足が命日となり、英雄と語られて消えていった一人の幼なじみの最後。

 

「......でも、自分が死ぬより、自分の知る誰かが知らぬ間に死んだ方が辛いから」

 

(椿...)

 

もう一度そんな思いをするなら、喜んで俺は死のう。

 

「だから俺は勇者を辞めない。どうしても辞めさせるというなら俺を止めてみろ」

「っ...」

「その時は、後輩だろうと女子だろうと容赦はしない」

「...勝手にしなさい!」

「三好!また明日な!」

 

決意を込めて話すと、三好は屋上を後にした。最後の言葉に返事はなかったが。

 

「...これで、良かったんだよな」

『なぁ椿、お前は...』

「銀に出番は与えないから安心していいぞ」

『いーや、アタシも戦う!死人なんて出させない!今度こそ全部守ってみせる!』

 

死んだ時、銀は小六だった。それから二年足らずの中二がどんな経験をしたらこんな言葉を真面目に言えるのか。

 

(昔っからそうだ。銀はやるべきことには真剣で、とんでもない力を発揮する。だから昔からよく見てないとダメなんだ。遠くに行ってしまいそうで...)

 

「残りのバーテックス、頑張ろうな」

『あぁ』

 

夕焼け空の元、俺達は新しく決意を誓う。

 

バーテックスは残り七体。

 



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八話 折り紙

「はい」

「ありがとな。風。ほいお代」

「ありがと」

 

昼休み。いつもの様に弁当箱とお金を交換して「頂きます」と手を合わせる。

 

風の作る弁当は平日毎日作って貰ってるものの、種類もバランスも落ちることはない。最近学校で一番の楽しみになってきていた。

 

感謝の意味も込めて今までコンビニで買っていた代金を渡すのも日課である。初めは『お金なんて受け取れないわよ!』なんて言ってたが、俺のしつこさが勝り最近では口答えせず受けとる。

 

「そういや、三好は部活に入ったのか?」

「朝入部届け貰ったわよ。ふふふ...ああいったお堅いタイプは張り合いがいがあるわ」

「勝負でもするつもりか、お前は」

「昨日散々からかってたあんたがよく言うわ...」

「面白くなっちゃって」

 

てへっと舌を出したが、「キモい」と風に、『キモい!』と銀に一蹴された。解せぬ。

 

「そういや、風は大赦から派遣されたって言ってたよな」

「バカ、何でここで言うのよ!」

「小さい声だし大丈夫だろ...他からしたら意味わからんだろうし。それで?」

「...そうだけど」

「ちょっと頼みがあるんだけど」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「悪い、掃除で遅れた」

 

いつもより遅めに部室に入ると、三好が黒板になにやら書いていて、残りの皆はそれを見ていた。

 

「大丈夫よ椿。にぼっしーが話してるだけだから」

「にぼっしー?」

「にぼっしー言うな!!」

 

風の言葉に三好が反応する。これと口に咥えているにぼしで何があったかは確定だった。

 

「何の話してたんだにぼっしー?」

「あんたもか!?」

 

(ちょっと古雪さん家の椿さん?三好さんにすげぇ突っかかるな...)

(こいつの反応面白いんだよ)

 

「好きな女の子にいたずらしたくなる男の子みたいなもんさ」

『え!?』

「...あれ」

 

口に出してたのか、周りが驚いた様な反応をする。

 

(ちょっ、椿なに言って)

 

「いや別に、からかい甲斐のある奴ってだけだよ」

 

誰かが息をつき、誰かから睨まれた気もしたが、心の中の銀がうるさくて分からなかった。

 

「そんで、何の話してたんだ?」

「ゆ、勇者活動の注意よ!あんた達がゆるゆるだからしっかり言ってんの!!」

 

バンバンと叩かれた黒板には、辛うじてバーテックスとわかる絵が描かれている(前の風のと比べれば相当上手いが)

 

「バーテックスの出現は周期的なものと考えられていたけど...相当に乱れてる。明らかな異常事態よ」

 

(銀、前のバーテックスは周期的だったのか?)

(そんなことなかったと思うぞ?三体で来ることもあったし)

 

「一ヶ月前にも三体同時に現れましたね」

「気をつけて挑まないと、命を落とすわよ」

「命...」

 

樹が怯えるように呟く。ここまで優勢に動いているからあまり実感が分からないだろうが、いざ言葉にすると違うのだろう。

 

「他に...戦闘経験値を積むことで、勇者としてレベルアップして強くなる。これを『満開』というわ」

「へぇ~」

「『満開』を繰り返すことで、勇者はより強くなる。これが大赦の勇者システムよ」

 

昨日三好から受け取ったプリントによれば、俺の勇者システムにも『満開』システムは実装されているらしい。

 

『勇者として強くなるのはいいけど、精霊バリアの方が良かったよなー』と俺は言って、銀は『もっと強くなって手早く敵を倒せるんだろ!?良いことじゃん!!』と言っていた。見事に防御寄りの性格と攻撃寄りの性格が別れている。

 

「夏凜ちゃんは満開経験者なんですか?」

「うっ...まだ」

「なーんだ。夏凜もあたし達と同じなんじゃない」

「あ、あんたたちとは基礎経験値が違うのよ!」

「じゃあ私達も運動部みたいに朝練しようか!」

「友奈ちゃん朝起きられないでしょ」

「あははー」

 

真面目な話も笑い半分で進んでいき、風がパンと手を叩いて終わらせた。

 

「はい。じゃあ次は週末の子供会の手伝い、なにやるか決めるわよー」

「この前折り紙教室やろうって決めたよお姉ちゃん...」

「あれ?そうだったっけ?」

「樹、皆まで言わんでやれ。風はもう長くないから...」

「ちょっとー!!?」

 

勇者部の活動で三番目くらいに入る内容が、こうした子供達への催しの手伝いだ。以前に幼稚園でやった人形劇のように。

 

回数こそ少ないものの、皆に喜んでもらおうと全員の士気は高く、一回一回の思い出が深い。

 

「こんな非常時によくそんなことやれるわね」

「夏凜も手伝ってもらうわよ?」

「は?なんで私まで」

「にぼっしー入部届けだしたもんな」

「なっ...ていうかにぼっしーじゃないわよ!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「こんな非常時にレクリエーションなんて...」

 

いつものトレーニングと食事(コンビニ弁当だけど、完全食のにぼしとサプリを食べているから問題ない)と大赦への連絡を済ませ、私は子供会のプリントを眺めている。

 

「......はぁ」

 

大赦が用意した一人きりの部屋にはトレーニング器具と、一般家庭に揃っていそうな家具一式と_______日曜日に赤丸が書かれたカレンダーと、古雪椿に渡された折り紙入門書だけ。

 

『好きな女の子にいたずらしたくなる男の子みたいなもんさ』

 

「っ~!!」

 

放課後言われたことが頭によぎって顔が熱くなる。

 

(絶対、絶対本気で言ってないのにー!)

 

ぽろっとこぼした様に言っていた言葉だから、無意識だった______そしたら本気だ。

 

でも、あって二日目の奴に言う言葉なんかじゃない。だから本気じゃない__________二つのことが頭を支配する。

 

古雪だけじゃない。友奈の笑顔にも、私は引き込まれる。あれを前にすると言いたいことも言えなくなってしまう。

 

東郷も、樹も、風も_______

 

「...ふん!緊張感のないやつら!」

 

私は全部の思考を振り払うようにして、折り紙作りに集中した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「本は受け取ってくれたし、大丈夫だろ」

 

日曜日に開かれる子供会に、ひとまずにぼっしーこと三好は参加してくれるだろう。

 

「それなら安心ね。断られたらドッジボールの的でもやらせようかと思ってたわ」

「えげつねぇ...」

 

その報告に電話越しで答えているのは風。互いに折り紙で作品を作る練習をしながらの会議だった。

 

「~♪」

「随分と良いBGMが流れてるな。何のやつだ?」

「え?あぁ、樹が歌ってるオリジナルよ」

「へー...綺麗だな」

「樹に伝えとくわね」

「今度歌ってくれって追加してな」

「へいへーい」

 

その後も他愛のない会話がポンポン進んでいく。

 

「そういえば本題忘れてた。大赦から連絡来たか?」

「あぁ...来たわよ。一週間預けてくれればやってくれるって。土曜日取りに来るって話だから、金曜日に私に頂戴」

「その間はスマホ使えないのか...代替機制度ないのか?」

「ないらしいわよ」

「...別にいっか。その間にバーテックス来たら頑張れよ」

「他人事ねぇ...そうそうさっきの続き、実はさ__________」

「__________成る程、いいんじゃないか?」

「あ、次私お風呂だから」

「おう。おやすみ」

「おやすみ~」

 

ぶつっと通信が切れて、ベッドにスマホを放る。

 

「ふぅー...よし、完成」

『出来悪いなー』

「言うなよ...」

 

少しいびつな鶴は、片翼を机にくっつけていた。

 

「...楽しみだな。週末」



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九話 ハッピーバースデー

十時五分前に部室の前までつく。開けると誰もいなかった。

 

普段では考えられない静けさに不気味さを感じながら、十時を迎える。

 

「...遅いわねぇ」

 

日曜日。誘われた子供会の筈なのに、勇者部は誰一人来ることはない。電話もメールも誰とも交換していない。

 

「...おかしい」

 

渡されたプリントを見返す。確かに十時に__________

 

「あ...現地集合じゃない」

 

気づいた時には三十分以上回っていた。勇者にでもならない限り、今から向かうのは無理過ぎる。

 

遅刻してまで向かうつもりはなかったし、そんな失態を晒したくなかった。

 

(...行く必要なんかないわ)

 

なにもせず部室を去る。今日の分のトレーニングは折り紙の練習でしていなかった。

 

部屋に戻って、ある本が目に入る。折り紙入門書__________

 

「...バカじゃないの」

 

勇者が何をやっているのか。世界の存亡と子供の相手、どちらが大事など語る必要もない。

 

外のトレーニング場として利用している浜辺で二本の木刀を振り回す。

 

きっと、今頃折り紙を教えているのだろうか__________

 

(っ!集中!!)

 

気合いを入れ直しても、

 

(私は世界の未来を託されている。だから、普通じゃなくていい)

それでも結局どこか気の抜けた、普段と違うものな気がして早々にやめてしまった。帰ってからも何一つ身入らず、あっという間に日がくれて。

 

「......なんなのよ。これ」

 

こんな気持ちは今までなかった。ひたすらに勇者を目指し、それ以外はなにもしてこなかった私は__________

 

「なんなのよ...」

 

ピンポーン。

 

「...?」

 

それが外からの呼び鈴と気づくまでに。

 

ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピン_________

 

「あーなんなのよ!!」

 

思わず木刀を構えてドアを開けてしまった。

 

「寝込んでたわけじゃなくてよかったです」

 

木刀に動揺しながら答えたのは車椅子の東郷。いたのは勇者部の三人。

 

罪悪感を感じたものの、語気は強めで聞いていた。

 

「何?」

「まぁまぁ、ちょっと入るわよー」

「あ、ちょっと!?」

 

部長の風とその妹樹、三人は私の部屋にずかずかと入り込んでは、トレーニング器具を触ったり、冷蔵庫を物色したり、机にお菓子を並べたりしている。

 

「なんなのよ!?いい加減にしないと追い出すわよ!」

「にぼし食べてるわりに沸点低いわねぇ...」

「突然こられたらこうなるでしょ!」

 

私が叫ぶと、三人はこしょこしょと話をしてから、こっちを向いてきた。

 

『夏凜(さん)、ハッピーバースデー!』

「...え?」

 

突然のこと過ぎて思考が止まる。確かに今日は私の誕生日だけど誰にもそのことなんて________

 

「あんた誕生日でしょ?」

 

そう言って風が取り出したのは入部届け。書いたのはクラス、名前、生年月日。

 

「あ...」

「児童館でやりたかったんだけどねー。本人来ないしケーキはないしで...お、来た」

 

ピンポーンとさっきより控えめなチャイムが鳴り、風が出ていく。

 

「セーフ!?」

「ギリギリ間に合ったくらいかしら?」

「よっしゃあ!」

「くたくたですー...」

 

風に続いて現れたのは友奈と古雪。

 

「夏凜ちゃん、ハッピーバースデー!!」

「友奈が美味しいケーキ屋で予約取ったのはよかったんだがな、本人確認が必要な上、開店は午後、おまけに隣町ときたもんだ」

「椿先輩それ以上言わないで!」

「はぁ...ま、味は保証するけどさ」

 

持ってきた箱を開封すると、大きなショートケーキが。

 

「三角帽子持ってきたよ~」

「いいじゃない!パーティー感出てきたわね!」

「ありがとう友奈ちゃん」

「美味しそうなケーキです...古雪先輩、どうぞ」

「ありがとな樹。でもなんで三角帽子俺と三好の分ないんだ?」

「えへへ...」

「お前か友奈...三好?」

 

皆が好きなように座って、私だけ立っている。

 

「バカ...ボケ...誕生会なんてやったことないから...」

 

少しだけ見える景色がぼやけたけれど、皆が笑顔だった。

 

「...とりあえず座れよ。主役」

「っ...」

 

そこからはいつものように__________いつもより騒がしかった。

 

「あ、折り紙!練習してたんですか?」

「な、ななななな!?」

「部活の予定と...遊びの予定」

「友奈、それ全部丸ついてるじゃない」

「カレンダー真っ赤ですね...」

「友奈、にぼっしーがにぼし食べてた日もカウントしていこうぜ。全部たまったら高級にぼしプレゼントみたいな感じでいこう」

「はーい!」

「なーー!?!?」

 

 

 

 

 

それが、一時間前。今日のトレーニングとは違って、過ぎた時間はあっという間で、今は誰かいた痕跡なんて何もない。

 

(いや...)

 

第二会場となったかのように、連絡アプリ NARUKO が騒がしくなる。風から『連絡手段として持ってて』といわれ、今さっき『勇者部』のグループに参加したばかりだ。

 

写真が送られました。

 

風:これなら連絡が行き違うこともないでしょ。おめでとう夏凜

 

友奈:ハッピーバースデー夏凜ちゃん!学校や部活でわからないことがあれば何でも言ってね

 

樹:これからも仲良くしてください。よろしくおねがいします

 

東郷:次こそはぼた餅を食べてくださいね。有無は言わせない

 

椿:誕生日おめでとう三好。同じ勇者部部員としてよろしく頼む。主に風を弄る役割で

 

「ふっ...了解っと」

 

夏凜:了解

 

風:レスポンスいいじゃない。椿覚えてろ

 

椿:怖いんですけど!?

 

樹:古雪先輩...お姉ちゃん怖いです......

 

椿:こう言えって友奈が言ったんです!

 

友奈:ええ!?私!?

 

東郷:夏凜ちゃんはぼた餅食べてね。古雪先輩は明日楽しみにしていてくださいね?

 

椿:東郷まで敵に回した!?助けてくれ三好!!

 

夏凜:椿が頭を地面につければいい話よ

 

椿:土下座!?

 

「あっ...椿って送っちゃった」

 

何度も椿という文字を見たからか、つい送ってしまった。

 

「...いいか」

 

私は一番始めに送られてきた写真を開く。笑顔の皆に、面白いくらい戸惑った顔をする自分自身。

 

「......」

 

自然と、部屋に満足げな吐息が漏れた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『大成功で終わってよかったな!』

「そうだな」

 

授業の予習復習を済ませていると、勉強中にしては珍しく銀が答えてくる。普段なら『アタシはもうやる必要ないな!』と言って出てくることはないのに。

 

「どうかしたか?」

『え?』

「勉強中なのに出てくるのは珍しいだろ?数学解くか?」

『解くか!なんでグラフが曲がるんだよ!』

「はぁ...で、本題は?ケーキ食べたかった?」

『いやそうでもなくて!別に理由はないんだけど...本当によかったなって』

「...」

『勇者部皆良い人達じゃん。夏凜さんも言葉選びが下手ってだけみたいだし』

「折り紙練習してたり、このやりとり見てたらそう思うよな」

 

作った鶴と放ったスマホに軽く触れる。

 

『アタシは嬉しいんだ。頑張ってバーテックスを追い返した世界で、幼なじみが良い友達と過ごしてることがさ』

「銀......」

『たはは、湿っぽくなっちゃったな!ごめんごめん!』

「...銀もいるから俺の生活は楽しくなるんだよ」

『つ、椿...』

「これからもよろしくな」

『おうよ!』

 

心の声は、勇者部の中では友奈が一番似ていた。

 

友奈や銀は、いつも自分より他人のことを考え、優先する。そんな女の子は好きであり、少しだけ嫌いだ。

 

他人を思いやるあまり、自分のことはないがしろにして、結果、どこかへ行ってしまいそうだから。

 




こうやって夏凜のエピソード書いてると、勇者部に入ってからどんどん変わったキャラだなって思います。


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十話 揺れる心

勇者の章最終話、明日...ですと!?


「ふっ!...ふっ!」

 

最近夏至が近くなり、朝日が早々と昇る。明るくなるのは嬉しいが、暑くなるのは勘弁だ。

 

「みかんっ!ジュースがっ!飲みたいっ!!」

『なんだそれ』

 

誕生日を祝ってから夏凜は赤くなったカレンダー通り毎日部活を訪れ、本格的に六人体制となってきている。とはいえバーテックスがいつ現れるかわからない以上、トレーニングも必須。

 

夏凜(そういえば、三好より夏凜と呼んでほしいと言われたため変わっている)は大赦の勇者な上、以前部屋を訪れた時はトレーニング器具が多かったので、どんなトレーニングが効果的か聞いてみた。

 

サプリとかにぼしとかは置いといて役にたちそうなのは、筋トレ数種類と、この木刀による素振り練習だ。

 

最も、こなしてる数からして夏凜には遠く及ばないが。

 

(あいつは凄い努力している。俺だって先輩として少しはやらないとな!)

 

『椿、今日は弁当多目に作るんじゃなかったのか?』

「それ早く言ってくれよ!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ギリギリセーフだと思ったんだがなぁ...」

「余裕でアウトよ」

 

椿は朝のショートホームルームを遅刻し、一時間目から出席している。授業はいつもより真面目に受けているように見えたけど。

 

「はぁ...あ、はい。遅刻ギリギリまで作ってたんだから美味しいに決まってる。食べてみてくれ」

 

置かれたのは普通の弁当箱。でも、あたしには違って見えた。

 

「これが、椿作の弁当...」

「いつも飯作ってる所の親御さんが許可くれてな。材料費はいらん」

 

子供の朝ごはんを作っているのは元から知っていたけど、勇者になってからはトレーニングをしているらしい。朝何時からなのかは分からないが相当早いのだろう。今もあくびを噛み締めている。

 

普段はあたしが椿と樹の分の弁当を作っているけれど、『流石に悪いだろ』といって今日は逆に作られる立場だった。樹のもさっき届けていた。

 

「じゃあ遠慮なく...頂きます」

「召し上がれ。俺も食べるか...頂きます」

 

早速料理に箸を伸ばす。

 

「...ん!美味しいじゃない」

「だろ?俺だってちゃんと料理出来るのだ」

 

想像してたより美味しかった弁当の中身はあっという間に空になる。

 

「ごちそうさま」

「お粗末様でした。どうだった?」

「...正直予想以上よ。あたしより上手いんじゃないの?」

「それはないだろ。女子力王にはまだまださ」

「おい古雪、また愛妻弁当か?」

「羨ましいな~」

 

椿の後ろからからかうように言ってくるのはクラスメイト。

 

「残念。今日は愛夫弁当だ」

「ちょっと椿!?別に夫でも妻でもないでしょ!?」

「からかわれてるだけなんだから気にするなよ」

 

確かに、あたしもクラスメイトで弁当を渡し合う男女がいたら恋人なんじゃないかと疑うだろう。

 

「......」

「ん?」

「...なんでもないわよ!」

「なんで怒ってるんだ...」

 

心のもやもやは晴れないままだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「今日の議題は樹の歌のテストをどうやって合格させるかよ!」

 

得意な占いで四枚目の死神のカードを出して落ち込む樹の隣で、過保護な姉の風が声を張り上げた。

 

「別に樹の歌は綺麗じゃないか?」

「え!?古雪先輩いつ聞いたんですか!?」

「この間風との電話で」

「ーっ!?」

「あれ、風言ってなかったのか?」

「忘れてたわ☆」

「は、恥ずかしい...」

 

聞かれてなかったと思っていたらしい樹が顔を赤くして更に暗い雰囲気を纏う。

 

「人前で緊張するだけじゃないでしょうか?」

「だったら習うより慣れろ!だよね!」

 

樹は堂々としている(適当とも言う)風と違って大人しく、引っ込み思案なところがある。

 

時々見せる芯の強い部分が、今回のことに関してはわざわざ議題にする必要ないんじゃないかと思わせるが。

 

(ていうか今日眠い。午後の授業も起きてたからかな...銀、カラオケ遊んできていいぞ)

(マジ!?やった!)

 

そうして俺は、意識を落とした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「~♪よし、これでいいわね」

 

お姉ちゃんの歌が終わって皆が拍手する。

 

(うまいんだよね、お姉ちゃん)

 

カラオケ採点機が出した点数は92。一言コメントには「プロレベル」と書いてあった。

 

「夏凜ちゃん、一緒に歌おう?」

「馴れ合うために来たわけじゃないのよ」

「そうよねー...私の後じゃあねー?」

「友奈、マイク貸しなさい!」

 

(簡単に扱われてる...)

 

煽られた夏凜さんと友奈さんのデュエットも、見事92を叩き出した。

 

『おー!』

「どう、これが私の...私達の実力よ!」

「夏凜ちゃーん!」

「やめなさい、私は二人で歌ったから言っただけで!」

「お、次ア...俺の番か」

 

古雪先輩が選んだのはポップな女性ボーカル曲。

 

「椿珍しいの歌うわね」

「たまにはいいだろ?俺だってこういうの歌いたくなったんだよ」

 

音程は全体的に低くなってしまったけど、楽しげに歌っていた。

 

「ふぅ...次はロックな曲歌うかな」

「次はいよいよ樹よ!頑張って!!」

「う、うん...」

 

お姉ちゃんに言われて立ち上がる。マイクを持つ手は震えていた。

 

(み、皆が見てる...)

 

「...~、♪」

 

やっぱりというか、歌声は普段より掠れて歪に聞こえた。

 

「...やっぱり硬いかしら」

「ううっ...」

「樹大丈夫、まだまだ今日は歌えるから慣れていけばいいさ」

「そうだよ樹ちゃん!」

 

古雪先輩と友奈先輩に言われ、再び選曲する。

 

(頑張らないと...!)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「大赦から連絡?」

「...最悪の事態を想定しろってさ」

 

女子トイレで、風は呻くように伝えてきた。

 

(私には何の連絡もないのに...)

 

既に勇者としてはひとくくりにされている証拠だが、それはどちらでもよかった。

 

「貴女は統率には向いてない。私の方が上手くやるわ」

 

仲間の死を考える風は、長所であり短所だと思う。別に皆が死んでもいいとは思わないけれど、私はそれ以上にバーテックスを倒したという証拠が欲しい。

 

(でなければ、私の努力は報われない)

 

「これはあたしの役目で、私の理由なの。後輩は先輩の背中を見てなさい」

「......」

 

その後は特に何もなくカラオケが終わる。

 

「樹はもっと練習が必要かな」

 

そう結論付けて解散になった。

 

「...それで、あんたがなんでいるのよ」

「え、俺も帰り道同じなんだよ」

 

隣を歩くのは椿。歩調を合わせているのか普段より少し遅い気がする。

 

「それで、どうかしたか?俺でよければ話してみ?」

「...何の話よ」

「風せ...いや風とお手洗いに行ったときからかな?少し思い詰めてるみたいだったからさ」

「...よく見てるじゃない」

 

正直、気持ち悪いくらいに周りを見ている。普通気づくだろうか。

 

(それに...)

 

普段とは少し違う感じがする。どちらかと言えば、友奈に近くなったというか__________

 

「それで話してみろよ。ちゃんと聞くからさ」

「...嫌よ」

「そう言わずに。話したら新しい気づきがあるかもよ?」

「...」

「勇者部五箇条、悩んだら相談!」

「......」

「言わないなら言うまで待たなきゃならないから、夏凜の家に泊まりかなぁ」

「はぁ!?」

「ほれ、いやなら話してみ」

「...今日の椿、なんか変よ」

 

その言葉に、わざわざ「ぎくっ」と声に出す必要はどこにあるのだろうか。

 

「い、いやー...なんのことだか...俺のことはいいんだよ!夏凜!」

「わひゃっ!?」

「俺に夏凜のこと、教えてくれ!」

 

肩を捕まれ、目を合わせられる。

 

「...しょうがないわねぇ」

 

その目は拒否することに罪悪感を感じさせるようだった。

 

「...聞くなら、全部ちゃんと聞きなさいよ」

「わかってる」

「...私はバーテックスを殲滅したい。それで思い悩んでたのよ」

「世界を平和にするのはいいことだろ?」

「違うわ。確かに世界を救いたい...でも、私は手柄を立てたいの」

「...うん」

「私には兄貴がいるの。成績優秀、スポーツ万能、品行方正の完璧超人で、今は大赦の中枢で働いている」

「大赦ってあの?」

「他にどの大赦があるのよ...そんな兄貴は親からも誉められて...兄貴の絵は廊下に飾るけど、私のは一つもないの」

「うん」

「そりゃ、兄貴に比べたら私は劣るわ。でも一つくらい飾ってくれてもいいじゃない?」

「普通ならそうだな」

「...それが、悔しかった」

「そっか...」

 

私の愚痴一つ一つに、椿はしっかり返事を返してくれる。「うん」や「そうだね」だけでも、心から聞いているのがなんとなく伝わった。

 

「そんなときにチャンスが来た。私には勇者の適性があるってね。そこから私は鍛え続けた。才能で敵わないなら努力するしかないから」

「夏凜は強いんだな」

「...結果、私は調整され援軍として送られる勇者の枠に入ることができたの。ここまでやったらあとは結果を出すだけ。バーテックスを殲滅して、兄貴に並ぶ...」

「......それで思い詰めてたのか」

「...熱くなっちゃったわね。だからなんだって話なんだけどさ」

「それはバーテックス来ないとなんとも言えない問題だなー...楽に倒せる相手でも手柄を譲るため呑気にやってたら一気に劣性に!なんてのもあるだろうから」

「...そうよね」

 

ごもっともな話だ。人類の敵に妥協は許されない。死んだら元も子ないのもわかっている。

 

「...俺の幼なじみだった奴は弟が二人いたんだけどさ、特に親に区別されることなく育てられててるみたいで、将来は舎弟としてこきつかってやる!って思ってた...らしい」

「へぇ。いくつよ?」

「今小学校と保育園通い。でも年齢なんて関係なく、家族それぞれの兄弟の形ってあると思う」

「......」

「でもさ...きちんと家族がいるからそうやって比べられるんだ。うん」

「?」

 

言っている意味がよくわからず椿の方を向くと、出始めた星空を眺めていた。

 

「バーテックスを倒して手柄を得るのはいい。でもそれで無理をして...もし死んでしまったら。どんな家族でも悲しむと思うんだ」

「椿...」

「死んだ方はもう会えないことに悲しむし、死なれた家族はもう戻ってこないことに悲しむ。夏凜にそんな思いは絶対してほしくない」

 

「あぁだからってもっとトレーニング詰めろとかじゃなくて!ちゃんと勇者部も参加して欲しいんだけど!!」とあたふたしながら手を動かす椿に、思わず笑ってしまった。

 

「大丈夫よ。わかってる」

「ならいいけど...命大事に。だぜ」

「うん」

「...もし、バーテックスを全部倒して、お兄さんに並ばなかったとしても...勇者部の皆がいる」

「え?」

「もう皆、夏凜をかけがえのない仲間だと思ってるからさ。家族とはちょっと違うけど」

「っ!!」

 

その言葉で、私は顔を背けなければならなかった。

 

「俺こっちだから...大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ!早く行きなさい!」

「そっか」

椿は交差点をささっと渡る。

 

「またね夏凜!」

「...また、明日」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

夜になって意識を銀と交代し、緊張を解す方法を調べていると個人メールが来た。

 

「夏凜から...?」

 

内容は『今日はありがとう』だけ。

 

「銀、夏凜となに話したんだ?」

『あー...言わなきゃダメだよなー』

「会話の齟齬があると困るだろ」

 

その後、カラオケの帰り道で銀と夏凜が話していたことをかいつまんで説明され、俺は震えた。

 

「それは古雪椿じゃない。漫画やアニメのイケメン主人公だろ」

『それってアタシがイケメンな性格してるってことか?』

「...はぁ」

 

ひとまず、『思い詰めてたのが少しでも取れたならよかった。これからは俺だけじゃなく勇者部皆を頼ってくれよな』と返信する。

 

『齟齬がどうこうって言うわりには長文だな』

「俺だって心配なんだよ」

『ツンデレー?』

「デレてはいてもツンはしてねぇし、ツンデレは夏凜だろ」

 

話をしていると、あっという間に夜は更けていく。

 



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十一話 寄せ書き

カラオケで遊んだの次の日の昼休み、俺達は部室で列をなして鎮座するサプリを眺めていた。

 

「リンゴ酢は肺にいいから声が出やすくなる。ビタミンは血行を良くして喉の荒れを防ぐ。オリーブオイルと蜂蜜も喉に効くし、こっちの__________」

 

矢継ぎ早に説明されたのはサプリの効能。全て声を出すことに関するものだった。

 

夏凜が持ってきたサプリは確かに凄そうな物しかない。樹の為に持ってきてくれたのも嬉しい。だが。

 

「さぁ、これ全種類飲んでみて」

「樹の為なのはわかるけど...全種類とか無理だろ」

 

誰が薬をオリーブオイルとリンゴ酢で飲むのか。

 

「夏凜も飲めないんじゃないの~?」

「!いいわ。お手本を見せてあげる」

 

((ヤバイな))

 

風の下手な煽りに乗った夏凜を見て、銀と心でハモった。

 

錠剤タイプの薬を口に入れ、リンゴ酢とオリーブオイルで飲みほす。

 

「......!」

「一番近いトイレは上の階な」

 

一瞬だけ作られたどや顔はすぐさま青白く染まり、俺が言ったことを聞いてるのか分からないうちに走り出した。

 

「全く...この疲労回復の奴でも頂くかな」

「あの...椿先輩」

「どうした友奈?」

「一階上の一番近いのって...男子トイレじゃ?」

「あ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「樹はビギナーだし、一つ二つでいいわよ」

「ぐえっ」

 

すっきりした様子の夏凜さんは満面の笑みでそう言った。

 

「は、はい...」

「わざとじゃないんです...ぐふっ」

「あ、あの夏凜ちゃん...」

「なぁに友奈?」

「ひっ!」

「ぐぼぁっ!」

「夏凜、一応それくらいに...もう白目向きそうだから」

「私は何もしてないわよ?」

「も、もう許して...ぐは」

「それじゃあ樹、試しにそこで歌ってみて。効果あると思う」

「はい...」

「助け...もう、無理」

 

急いでサプリを飲んで歌う準備に入ると、皆が椅子について即席のステージができあがる。夏凜さんに蹴られていた古雪先輩は倒れたままだった。夏凜さんの目が怖いので助けはしない。

 

「あ、あー...~♪」

「...次は緊張を解すサプリを持ってくるわ」

「そんなのあるの!?」

「あるわよ。樹、明日からそれも飲みなさい。これで完璧よ!」

「ありがとうございます夏凜さん。皆さんも...」

 

勇者部の皆さんは私の悩みにちゃんと一緒に悩んでくれる。それがとても嬉しい。

 

「樹、気にしなくていいの」

「そうよ、樹ちゃんの問題は私達の問題だもの」

 

お姉ちゃんの、勇者になれる人を集めるのが本来の目的だったこの部活に皆さんが入ってくれて__________私が入れてよかったなと思う。

 

「じゃあ昼休みは解散。あんた達さっさと出なさい」

「助けてくれ東郷、友奈!」

「夏凜ちゃん...授業二分前くらいには帰ってきてねー」

「...まだ十分ありますけどね」

「風!」

「あたし教室戻るわねー...」

「樹!!」

「椿、そんな声出さなくてもいいのよ?」

「ひっ!ご勘弁を!夏凜様!」

「お、お疲れさまでしたー...」

 

夏凜さんと古雪先輩だけ残して部室を閉める。

 

『いや本当やめて!風の愛妻弁当出るから!!』

『何が愛妻弁当か!!それにちゃんと手加減してるからっ!大丈夫よっ!』

『ギャー!!』

 

「...さ、教室戻るわよ」

 

お姉ちゃんの言葉でそれぞれの教室に戻った。

 

(古雪先輩...無事だといいなぁ)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「次、犬吠埼さん」

「は、はい!」

 

(どうしよう...)

 

始まってしまった歌のテスト。あれからサプリは欠かさず飲んだしそれなりに歌えるようにはなったと思う。

 

(...でもやっぱり私......え?)

 

音楽の教科書に見覚えのない紙が挟まっていて、気になって開ける。

 

「!!」

 

そこには、真ん中に「樹ちゃんへ」と書かれたメッセージの集まりだった。

 

終わったら打ち上げでケーキ食べに行こう! 友奈

 

周りの人は皆カボチャ 東郷

 

気合いよ

 

樹の歌は綺麗だから大丈夫。自信持っていけ 椿

 

周りの目なんて気にしない!お姉ちゃんは樹の歌が上手いって知ってるから 風

 

「っ...」

 

見てると心がほっこりする。

 

(私には...こんなに良い人達がいる)

 

「犬吠埼さん?」

「はい!」

 

(周りの人は皆カボチャ。目なんかない。気にしない...)

 

そこからは一生懸命歌っていて覚えていない。でも、伝えられた結果はクラス一位だった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「これ、返しとくわね」

「サンキュー。なんとか新しいのが来る前に終わってよかった」

 

風からスマホを受けとる。勇者システムの確認をすると、要望していた通りの強化がされていた。

 

「でも、防具はともかく武器なんているの?あんたあの斧上手く動かしてたし、今さら新しいのなんて...」

「これなら木刀で普段から近い特訓が出来るからな」

 

追加してもらった武器は日本刀。大赦が試験段階で作成した物をつけてもらった。

 

ついでにあるならばと盾ももらった。

 

(斧も、どちらかと言えば銀の武器だしな...)

 

そんなことは言えるはずもなく、適当に笑って誤魔化す。

 

「それにしても...樹のテスト大丈夫かしら」

「ちょっと過保護だぞ...って、そんなこともないか」

 

風の家庭は親がいないため二人暮らしをしている。中一の頃は勇者部の活動もそこまで大きなこともできず、暇な時は買い物を手伝ったこともあった。

 

そんな風が妹を溺愛するのも無理はない。小学校の授業参観の為に中学を休んだ時はひいたが。

 

「でも、樹なら大丈夫だろ」

「お姉ちゃんー!テストバッチリだったよー!」

「...ほらな?」

 

他学年の教室まで来た樹が、笑顔でこちらに手を振ってくる。

 

「ねぇ、椿」

「?」

「...なんでもない」

「話してみろよ。水くさい」

「......樹を勇者に巻き込んで、よかったのかなって。ふと思っちゃったのよ」

 

勇者のお役目は危険が伴うのは、どう見ても明らか。それを気にしているのだろう。

 

「気になるなら本人に聞いてみろよ。予想ではよかったって言いそうだけどな」

 

風が樹のことを愛しているように、樹も風のことを愛している。端から見ても良い姉妹なんだから__________

 

「そっか、ありがと」

「いえいえ」

「樹ー!部室向かいなさい!あたしと椿も行くから!今日はお祝いよー!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

その日の夜、風から電話がかかってきた。樹は勇者になれて、皆と一緒に戦えて嬉しいらしい。やりたいこともでき『樹が成長したぁ...』と涙ぐんでいた。

 

他愛ない、でも大好きな日常はなんとなく過ぎていき、俺も銀や皆と一緒に楽しく過ごしていく。

 

そんな日々を過ごし、このまま行けば夏休み__________というところで、世界が止まった。

 

「......」

 

迷うことはない。バーテックスを倒すため、授業を受けていた席から立つ。

 

何が来ようと今の俺達なら負けない。

 

「さぁ、勝負といこうか...!」

『椿...頑張ろうな!』

「あぁ!」

 



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十二話 決戦

この作品もアニメでいう五話!早いなぁ


「...多くね?」

 

樹海化した世界でスマホを使い敵の数を確認すると、残る七体全てのバーテックスが確認できた。

 

「目標視認!」

「数で攻めてきたわね...」

「なんですぐ攻めてこないんだろう...」

「決戦ね。皆準備して」

 

友奈の疑問には誰も答えられない。風をはじめとしてひとまず勇者の装束に身を包む。

 

「よっと...」

「椿先輩なんですかそれ!?」

「ん?大赦にちょっと頼んでな」

 

俺の装束は、元は銀も使っていたという赤を基調としたものの各所に、新しく白い布がつけられている。風に靡くくらいのため重さは全くない。

 

「いいなー...」

「これでもお前達の勇者システムの方が強いんだからな」

 

あくまで追加はバリアを強化するものでしかない。俺以外の精霊システム付きの勇者の能力を10とすれば、俺は勇者服で8、追加分で1でしかない。

 

「無理しないでよ」

「簡単に終われば無理しないわな」

「......」

「樹ちゃん、緊張しなくても大丈夫!皆いるんだから」

 

着替えた面々は改めてバーテックスを見る。まだ進行する気はないのか、さっきから動いていない。

 

「あれを殲滅すれば戦いは終わったようなもんでしょ?」

「七体全部いるしな...普通のやつ六、大型一...」

「よし、ここはあれ、いっときましょう!」

 

風が近くにいた友奈と東郷を捕まえる。

 

「あれって...円陣?」

「それ必要?」

「夏凜ちゃん、ほら早く」

「し、しょうがないわねぇ」

「古雪先輩も」

「いや、女子の間に入るのは...」

『じゃあアタシやるー!』

『あ、ちょ銀!』

 

素早く銀に乗っ取られた体は円陣の中にするりと入る。しかも組んだ瞬間に体を明け渡してきた。

 

「あんたたち!勝ったら好きなの奢るから絶対死ぬんじゃないわよ!」

「やったー!うどん食べたいなー...」

「言われなくても殲滅してやるわ」

「私も...叶えたい夢があるから」

「頑張って皆を...国を守りましょう!」

「...ここにいる誰一人欠けることなく終わらせよう!」

『アタシ達はやられない!』

「よぉーし、勇者部ファイトー!」

『おー!!』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

特に陣形なんかは決まっていない。遠距離射撃の東郷が全体の流れを見て指示を伝え、俺達は前線で片っ端から暴れるだけだ。

 

「一番槍ー!」

 

先頭を務めるバーテックスと夏凜が衝突する。夏凜の刀はバーテックスの頭に相当しそうな部分を切りつけた。

 

「じゃあ二番槍だ!」

 

それにならって俺も刀を突き立てる。夏凜のより大きめな刀はバーテックスに深く刺さった。

 

『変わりな!』

 

すぐさま意識を切り替え、銀が二つの斧を虚空から呼び出し乱舞する。

 

(こりゃ便利だ)

 

俺は扱いやすい武器で近寄り隙ができる一撃を叩き込むまでを担当し、銀は威力の高い斧で火力を担当する。常に全力で動きながら精神的にはクールタイムを設けつつ、周りも確認することができる。これは銀がいるからこその戦いだ。

 

「樹!友奈!封印の儀を!」

「「はい!」」

 

傷ついたバーテックスは封印の儀を施され、いやがる素振りを見せつつ御霊を出した。夏凜が回転し始める御霊に迷うことなく突っ込む。

 

「夏凜!」

「大人しくしろ!」

 

刀を突き刺すと動きは直ぐに止まり、光を放ち砂のように消えた。

 

「一体目終了!」

「ナイス連携だよ!」

「夏凜気を付けろよ。なにやって来るか分からないからな」

「わ、わかってるわ」

 

あっさり一体目が終わり、喜び反面疑問が残る。

 

(あんな数がいて特攻染みた行為のどこに意味が...)

 

思考に入りきる直前、気味悪い音が鳴り響く。

 

「う...な、なんだ...?」

 

耳を塞ぎながら見上げた先には、鐘のような物を鳴らすバーテックス。

 

『うるさーい!椿止めてくれ!』

「他の二体もきてる...このままじゃ」

「音は...皆を幸せにするもの。こんな音はぁー!!」

 

樹の糸がバーテックスの鐘を拘束する。途端に体が楽になった。

 

「「ナイス樹!」」

 

風と俺の声がハモる。風は巨大化させた大剣を振るって迫る二体を凪ぎ払い、俺は鐘を刀で貫いた。離脱したところで東郷の狙撃も入る。

 

「っ...再生スピードが早い!」

 

今までとは明らかに違う速度で奴等の傷は消えた。再び攻撃に備えて__________

 

「撤退してる!?」

「違うわ!これは...」

 

出てきた三体が後退し、一番後ろを陣取っていた大型バーテックスと融合する。

 

「合体したぁ!?」

「四体だろうと纏めて封印すればいいのよ!」

 

合体し終わったバーテックスの行動は早かった。

 

「っ!!!!」

「えっ?」

 

咄嗟に隣にいた友奈を蹴る。加減出来なかったのは許してほしい。

 

一瞬光ったバーテックスを見た直後、鋭い衝撃が走った。

 

「ーーーっ...」

『椿?椿!!!』

「...大丈夫だ...まだバリアはあるから」

 

レーザー、というのが一番例えやすい。何十メートルも吹き飛ばされてもまだ無事だったが、バリアの限界は近いだろう。

 

「椿!」

「椿先輩!」

「...お前ら!前!」

 

バーテックスが吐き出した炎の弾が、俺の方を向く夏凜と樹にぶつかっていく。

 

「きゃっ」

「この」

『二人とも!』

 

(やめろ...)

 

「これで...効いてない!?」

 

東郷の狙撃はバーテックスに当たっても怯むことすらなく、逆にレーザーが東郷の狙撃ポイントを焼き払う。

 

『須美!!』

 

(やめろ...)

 

立ち上がろうとするも力が上手く入らない。

 

「皆ー!」

 

叫ぶ友奈に炎が群がる。一つ一つ潰していたが迫る数は留まることをしらず、爆発が起きた。

 

「やめろ...やめてくれ...」

 

盾を顕現させ地面に突き立てて立ち上がる。爆発の煙が晴れて見渡せば、風以外の皆が瀕死だった。精霊の力で無事ではあるだろうが、端から見たら死んだようにしか見えない。

 

(いや、もう...死んでいるのか?)

 

視界がふっと暗く________

 

『椿!』

「...思い込んでる場合じゃ、ねぇよなぁ!!」

 

(気合いを入れろ!まだ動ける!俺が生きてるうちは死人なんて出させるか!)

 

「銀が守った世界...これ以上荒らすんじゃねぇよ!化け物風情が!!」

 

心の中で叫ぶ幼なじみのようには誰もさせない。だから俺は__________

 

「あたしが巻き込んだんだ...誰一人、

死なせるもんか...みんなで帰るんだ!」

「風ー!!」

 

叫ぶ風とバーテックスの間に割り込んで。

 

「少しは前見ろよ?」

 

構えた盾の向こうから光が見えて__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「少しは前見ろよ?」

あたしの目の前で、そう言って。

 

次の瞬間には激震が走っていた。

 

「ぐっ...」

 

樹海にぶつかってもさほど痛みはなくて、直ぐに立ち上がる。

 

「あ...」

 

でも、遠くまで飛んでいく椿が見えて、世界が暗くなった。

 

ついこの間手に入れてた盾を離すことなく地面と激突する。

 

「あたしを庇って...?冗談じゃないわよ...」

 

初めて戦った時も、人が変わったように暴れて、今もあたしの為に傷ついた。

 

「あたしのせいじゃないの...」

 

呆然としてると後ろから衝撃を受ける。

 

(息が...!)

 

バーテックスの放った水球に閉じ込められてしまった。手元の剣を振っても水を切ることは出来ない。

 

上空に昇っていく水球からは、倒れてる皆が見えた。

 

(だめ...樹を置いて、椿を巻き込ん...皆を巻き込んでくたばれるわけ、ないでしょ!!)

 

声にならない叫びが届いたのか、バーテックスの攻撃が更に来たのか。私の視界は光で白く染まった。

 

答えは_____前者だった。

 

光が晴れた時には水中にいた苦しみもなく、寧ろ力がみなぎってくる。両手を眺めるといつもとは格好も違った。

 

「これならいける...そぉぉぉい!!」

 

迫る合体バーテックスに体当たりすると、それだけでバーテックスが吹っ飛んだ。

 

頭が意識しなくても教えてくれる。

 

「これが、勇者の切り札...満開!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「風先輩...」

 

敵の攻撃で一瞬意識が遠のき、気づいた時には風先輩が大きな花の光を咲かせていた。

 

「あれが満開...」

 

なすすべもなくやられていたバーテックスをいとも簡単に倒していく様は、満開がどれだけの力を秘めているのかが理解できる。

 

「私も...っ!」

 

奮起したところで、地面から別のバーテックスが現れた。もう目と鼻の先。

 

(合体してなかった敵の一つ!?地下に潜っていたの!?)

 

「間に合わ...」

 

バーテックスが腕のような物を伸ばして、盛大な音が響いた。金属とぶつかる様な音で________私自身に痛みも衝撃もない。

 

「え?」

思わず閉じた目を開けると、そこには赤と白の服を身に纏い、盾を構えた古雪先輩が。

 

「なんとか間に合った!」

 

にこやかな笑顔でそう言った。

 



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十三話 アタシは守るから

勇者の章終わりましたね...リアタイで見ました。

考察云々は置いといて、今後日常が綴られることを期待します。具体的に言うとどの時系列でもいいから日常ネタで三期ください。

こっちも佳境!


「なんとか間に合った!」

 

風先輩への攻撃を庇ってから、椿の意識は消えてしまった。一方中で待っていたアタシは衝撃を受けることなく意識を保っていられた。

 

風先輩が以前話にあった満開をして、合体バーテックスと戦っているのを眺めていたら、視界の端に地面を這いずり回るバーテックスを見つけた。狙いは間違いなく東郷さん。

 

手元に握っていた盾を構えて突撃する。ここ一年でぐっと身長が伸びた椿の体も、今では思うがままに操れる。傷もアタシの最後に比べれば痛くない。

 

バーテックスがぶつかる前に、東郷さんとの間に割り込んで盾を地面に突き立てた。激しく当たってもアタシはびくともしない。

 

「あっちいけ!」

 

呼び出した一本の斧を投げ当て、少しだけ後退させた。

 

「古雪先輩!?」

「...許してくれ。椿」

 

(今くらい、都合の良い解釈してもいいよな?)

 

「須美。ここは任せて」

「え...」

 

二年前、アタシの最後で守れたか分からない親友ととてもよく似ている人の頭を撫でる。須美はこれが好きだったみたいだから_______

 

「またね」

 

それは、前にも言った別れの言葉。

 

本当は一時の別れにしたかったのに、永遠の別れになってしまった言葉。

 

でも、今度こそ、今度こそ。

 

(前は出来なかったからね...)

 

とるべき道はたった一つ。

 

「......いくよ」

 

私は尚向かってくるバーテックスに突進する。

 

(椿...体、貸してね!)

 

「満開!!!」

 

今なら出来るという確信があった。守るべきものが背中にあって、倒すべき敵が目の前にいるんだから。

 

地面の方から白い枝の様な物がアタシを取り囲む。花開いた時には、アタシの背中に機械染みた羽がついていた。

 

「カッコいいね!アタシ好みだ!」

 

同時に二回り大きくなった斧を握りしめると、炎が舞い散る。

 

合体バーテックスが出すのなんかよりはるかに明るく、触れるもの全てを焼き尽くす切り札。

 

「いっくぞぉぉぉぉ!!」

 

羽を広げ、目の前のバーテックスめがけて両手を降り下ろす。斧の先まで伸びた炎はバーテックスより大きくなり、バーテックスを丸ごと溶かしていった。

 

「御霊ごとぉ!」

 

封印することなく出てきた御霊も炎に飲まれ消えていく。たった一振りで今まで苦戦してきたバーテックスは消し炭になった。

 

「これが、満開の力!それから!」

 

勢いそのままに合体バーテックスに接近する。普段出来ない空を駆けることで真上をとった。

 

「椿!?」

「人間の根性だぁぁぁ!!」

 

急降下、そして今まで以上の乱舞をお見舞いする。斬っても斬っても再生されるが、そこに新たな切り口をつけ炎を染み込ませる。

 

「皆を...守るんだぁー!!」

 

理性を捨て、本能だけでただひたすらに攻撃を当てていった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん...椿先輩...」

 

二人が満開して一番大きなバーテックスを相手していた頃。私はようやく傷に慣れて立ち上がれた。その矢先にスマホのアラームが鳴る。

 

「今...!?」

 

映し出されていたのは、バーテックスの一体がここより遥か先、既に神樹様の近くにいるということを示している。

 

辺りを見れば________最初に倒した一体、古雪先輩が倒した一体、合体した四体。

 

「数が合わない...お姉ちゃん!!」

 

咄嗟に声をかけても、お姉ちゃんも古雪先輩も合体バーテックスと戦っていて動けそうにない。でも、今神樹様に向けて移動するバーテックスはとても早い。

 

「...私達の日常を壊させない!」

 

私に、光が溢れた。

 

「満開!」

 

勇者としてレベルアップした満開。その使い方が頭に流れ込んでくる。

 

「そっちにいくなぁー!!」

 

一声上げ、無数の糸がバーテックスの元まで飛んでいく。絡めとったバーテックスを手元まで引き寄せて、

 

「おしおき!」

 

そのまま糸で引きちぎった。小さな御霊も糸が細切れにする。

 

「やった...お姉ちゃん!」

 

まだ戦いは終わってない。お姉ちゃんの加勢をするため、私はバーテックスの方へ飛んだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「封印開始ぃ!」

 

どこからかそんな声がして下を向くと、夏凜さんが剣を地面に突き立てていた。

 

「あんたたち封印くらいしなさいよ!そんだけ弱らせれば大丈夫でしょ!」

 

(封印忘れてた。やったことないからなーアタシ)

 

もう合体バーテックスに勢いはなく、始めこそレーザーや炎の弾をだしてたけど、全て斧で潰すと一気に弱くなっていった。

 

「よぉし!勇者部一同!封印開始!」

 

風先輩とアタシも夏凜さんの横につき、封印を進めていく。大型だからか時間はかかるけど、確実に封印は出来ていると感じた。

 

「遅れました!」

「友奈!」

「お姉ちゃん!」

「樹!」

「その姿...」

「私も満開出来ました!」

 

倒れていた友奈さんと、気づかぬうちに満開していた樹さんも封印に参加する。やがてバーテックスは御霊を________

 

「...は?」

 

御霊は出た。

 

「...」

 

皆の息を飲む音と、封印の音だけが耳に入る。

 

「あんなでかいの、どうしろって...」

 

思わず呟いてしまうくらいには、大きかった。おまけに御霊が出た場所は空高く。

 

「大丈夫!」

 

毅然として言ったのは友奈さん。

 

「御霊なんだから、今までと同じようにすればいいんだよ」

「友奈ちゃん行こう。今の私なら、友奈ちゃんを運べると思う」

 

光と一緒に東郷さんがそう言ってくる。大輪が咲いて、昔の戦艦みたいなのが出てきた。

 

(須美が言ってた奴みたいだ...)

 

突然のことに頭がそんなことしか考えられてないけど、時間がない。

 

「じゃあアタシも!」

「早く殲滅してきなさいよ!」

「よろしく!友奈、東郷、椿...」

「っ!風!!」

「お姉ちゃん!!」

「風先輩!」

 

風先輩が椿の名前を呟いたのを最後に、地面に倒れる。

 

「二人とも、行って。俺はここに残って時間を稼ぐ」

「でも」

「風は無事。多分満開の時間が切れただけだから。早めによろしく!」

 

風先輩がただ気絶しただけなのを確認して、二人に告げる。東郷さんの戦艦は友奈さんを乗せて空高く飛んでいった。

 

「よし...樹!夏凜!時間を稼ぐよ!!」

「はい!」

「言われなくても!」

 

風先輩が封印に参加できなくなった分、拘束時間が短くなっている。

 

(ホントは行きたかったけど、こっちやんなきゃ皆終わるよね...)

 

封印の儀からバーテックスが抜け出せば、世界は終わる。前に椿と勇者アプリで確認したことだ。

 

「勇者は、気合いと根性ー!!!」

 

だからアタシは少しでも力を入れて、拘束時間を延ばした。

 

(椿も起きれば時間延びるのかな?早く起きろー!)

 

残り二分を切ったところで、空が明るく光り、花が咲いた。

 

「友奈も満開したの!?」

「よし、もうちょい!勇者ファイトー!」

 

自分を、周りを鼓舞するため声を張り上げる。

 

そして、そう時間は経たずに__________御霊は消えた。封印をしていた目の前のバーテックスも砂になって消える。

 

「やった!」

「友奈さん!東郷先輩!」

「......よかった」

 

(これ、走馬灯だっけ...)

 

ちらちらと、頭に思い出が浮かんでは消えていく。前に三体のバーテックスと戦ってた時はこんなことなかった。

 

「ははは...本当、よかった」

 

なんとなく自分に起こる事が分かる。きっとアタシは__________

 

(椿...ごめん。また置いてっちゃう)

 

でも、これがアタシでよかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「東郷ー!友奈ー!!」

 

空から落ちてきた二人を樹が受け止めてくれて、安否を確認しにいく。私以外の皆は満開し、その代償の様に倒れている。

 

「友奈、東郷!?」

 

二人とも、互いの手を握りあって目を閉じていた。

 

「そんな...」

 

視界が潤んでいく。みんな死んで__________

 

「大丈夫...」

「!!!」

 

掠れた声で、友奈が目を開けてくれた。

 

「私も...」

「友奈!東郷!!」

「はい...なんとか、生きてます」

「こほっ...」

 

風と樹も意識がある。無事だ。

 

「よかった...椿?」

 

唯一反応のない椿の元に向かう。

 

「椿、椿...起きなさいよ」

 

揺すっても、目を覚ますことはない。

 

「椿、椿!?あとあんただけなの!起きなさいよ!!」

 

いつの間にか樹海化が解け、讃州中学の屋上に戻っていた。急いでスマホを取りだし、大赦に連絡を入れる。

 

「バーテックスと交戦、負傷者四名、意識不明者一名。至急霊的医療班の手配をお願いします!」

 

矢継ぎ早に言いたいことだけいって、椿を見つめる。

 

「死んでたらただじゃおかないわよ!!」

 

 




椿(銀)の満開で出る羽は、個人的にデスティニーガンダムを想像しています。

わすゆ組の二人は満開時に乗り物に乗っているので合わせようかと思ったのですが、最前線に立つ者がそんなのいるかなってことでこうしました。



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十四話 消えた意識

椿...ごめん__________

 

誰かの謝る声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ん...」

 

目を開けると知らない天井で、月明かりが見える。

 

「どこだここ...」

 

体を起こすと左手にいくつものケーブルが繋がっていた。

 

「なんだこれ...っ!!!」

 

ようやく意識が戻ってくる。バーテックスの攻撃から風を守って俺は__________

 

「風は...皆、戦いは!?」

「...椿?」

「へ?」

 

誰もいないと思ってた部屋には、夏凜がいた。真横過ぎて気づかなかった彼女が、俺の姿を見るなり涙を流す。

 

「え、夏凜?」

「バカァ!!バカバカ!!」

「ぐふっ...」

 

腹にタックルされ変な声が出る。

 

「夏凜、きついって」

「バカ...どれだけ心配したと思ってんのよ...」

 

涙声でそう言う夏凜の頭を撫でる。

 

「...ごめん」

「......いいわよ」

 

話を聞くと、ここは病院で、俺は意識を失ってから半日近くたっていたらしい。

 

それからすぐに医者が来て精密検査が始まった。夏凜は「みんなに伝えにいく」とだけ言って消え、俺は病院内の各所を回って検査を受けさせられた。

 

スマホも手元に無いため連絡手段もなく、一通りの検査をされ、気づいた時には朝方だった。

 

「これで一通りの検査は終了です。結果しだいで退院となりますが、最低でも今日一日は入院してください」

「あの、費用は...」

「全て大赦が持ちます」

「あ、ありがとうございます」

 

有無を言わさぬ医者の態度に戸惑うものの、なんとか検査は終了したらしい。

 

「とは言われても、俺の病室どこかな...」

 

初めて訪れた病院でいきなり解放されても、病室がどこなのかまるでわからない。ふらふらしてると、黄色い髪が見えた。

 

「風、お疲れー」

「......は?」

 

何故か片方の目に眼帯を着けている彼女は、こっちを見るやその目を幽霊を見たかのように見開いた。

 

「って、友奈も樹も、なんだみんないるじゃんか」

「...椿先輩?」

「どうしたみんなして...って、風?」

 

近寄っていくと、同じように近寄って来た風が頬をつついては自分の頬をつねっていた。

 

「風?」

「椿...椿!!」

「うわっ...とと」

「生きてる...生きてる!!」

「そりゃ生きてるわな」

 

普段のお姉ちゃんっぽく振る舞っているのはどこへいったのか、子供の様に泣きじゃくる風の頭を撫でた。他の面々も涙をこぼしてたり満面の笑みを浮かべてたり「よかったぁー!!」と騒いでいる。

 

「...思ったより心配かけたみたいだな。ごめん」

「ぐすっ...ホントよ!あたしたちの中でこんなに気を失ってたのあんただけなんだからね!」

「風、悪かったから俺で涙拭かないでくれ」

「満開して疲れたんでしょ。風は目、樹は声にそれが出て、椿は意識にでたってだけよ」

 

さっきので満足してたのか、遠めから夏凜が言ってくる。手柄を欲しがっていた彼女にとって満開は__________

 

「は?満開?」

『え?』

「...いや、なんでもない。ちょっと疲れてるだけだ。悪いな」

「情けないぞ、それでも男か」

「さっきまで俺の為に泣いてた風はどこへ...」

「あ、あれは別に!」

「まぁともかく。今朝だろ?昼まで寝かせてくれ...今日は入院確定らしいからさ」

「元気になったら、パーティーしましょうね!」

 

友奈は手元に握っていたお菓子袋を向けてくる。今から食べるつもりだったのか、少し封が開いていた。

 

「...わかったよ」

 

場所を病室の職員に訪ねて、無事部屋に入って、ベッドに座って__________眠れるわけがなかった。

 

「銀。起きてくれ銀」

 

俺の意識が無いのにも関わらず、勇者として活動していたら答えはただひとつ。

 

「おい、銀!」

 

銀からの反応は、一切なかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ホントに無事でよかった...」

「私が言ったでしょ」

「実物見るまで不安でさ...」

 

最後の部員の無事が確認できて喜ぶ風に私が突っ込む。

 

一番早く検査が終わった私は、椿の病室で目覚めるのを待っていた。その後目覚めて検査に出る椿を見送ってからその事を他のメンバーに伝えたが、どうやらあまり信じられてはいなかったようだ。

 

お菓子パーティーの準備は済ませているあたり、流石という他ないけど。

 

「あ、携帯どうしよ」

「私が置いてくるわよ。病人は安静にしてなさい」

「あんたも病人でしょうが。今日は全員入院なんだし」

 

12体のバーテックスは全て殲滅し、勇者としてのお役目は終わった。私は大赦から派遣された勇者の為例外だが、残りは勇者アプリを無くしたスマホを代替機として使う。

 

そのスマホは先程風宛てに届いて、後は椿に渡すだけだった。

 

「はっはーん...まさか寝込みを襲いに...」

「泣きじゃくってたあんたとは違うのよ!」

「うぐ...」

「夏凜ちゃんが風先輩を押してる...!」

「珍しいわね」

「じゃ、行ってくるわね」

「夏凜ちゃん、椿先輩によろしく!」

「スマホ置いてくるだけで話してくるわけじゃないわ」

 

私も泣いたし抱きつきもしたが、誰にも見られていない。顔を赤くしないよう最大の努力をしながら病室に向かった。

 

「椿ー?」

「夏凜!?丁度いいところに来てくれた...電話しようかと思ってたんだ」

 

椿は寝ると言った割にはベッドに座っているだけで、スマホを握っていた。

 

「どうかした?」

「...非常に言いにくいんだけどさ」

「??」

「俺、ちょっと戦いの記憶が飛んでて...」

「はぁ!?」

「夏凜、良ければ教えてくれないか?あいつらに言うと心配かけそうだからさ」

 

その何気ない言葉は、私の胸に刺さった。

 

「...私だったらいいの?私も心配してたのに......」

「!!」

 

さっきとは別の意味で涙がこぼれそうだった。

 

(兄貴の話も、人に初めてしたのに...)

 

「いやそういう意味じゃなくて!!ごめん、配慮が足りてなかった...」

「.......いいのよ。私が悲観的になっちゃっただけだから」

「そう言われてもな...取り繕ってるだけに聞こえて当然なんだけど、俺は夏凜のこと...ああもう!」

「はぅっ」

 

突然抱き締められて変な声を出してしまった。

 

「夏凜が家族のことを打ち明けてくれたみたいに、俺も夏凜を頼りたいと思ったんだよ!心配されてたのは知ってたけど、ついさっきのみんなより落ち着いてそうだったから!」

「椿...」

「傷つけたなら謝る!だから...許してくれないか」

「...ずるいわよ。そんな風に言われたら」

 

がばっと椿を引き剥がした。

 

「わざとじゃないことくらい分かってる。私も悪かったわ...」

「...ごめん、ありがとう」

「それで、戦ってた時の話?どこから覚えてないの」

「...風を庇った辺りから、かな」

「わかった。私の見た範囲だと...」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

バーテックスに対して危機に陥った時、風、俺、樹と続いて満開を遂げ、普通のバーテックス二体を撃退、合体バーテックスに封印の儀を施す。

 

合体バーテックスの御霊は宇宙に出現し、大きさも桁違いだったが、満開した東郷につれられ、最後は友奈が満開して終止符を打った。封印していた俺は敵が消えた途端に気絶。今に至る________というのが、事の顛末らしい。

 

「何か質問は?」

「あー...何で風は眼帯してたんだ?」

「勇者になって戦ってきた疲労がここにきて出ただけ。視力が落ちてるんだって。樹も今声が出せない状況よ」

「そうか...夏凜は大丈夫か?」

「えぇ...」

 

用意した椅子に座った夏凜は少し悔しそうだった。

 

「手柄が無くて悔しいのか?」

「結構率直に聞くじゃない...そうよ。一人だけ満開しないで、何も出来なかった...」

「俺はその悔しさが分からない。手柄を立てたいとは思ってないし、というか途中から記憶ないし。でも一つ言えるのは...夏凜も無事でよかった」

「っ...」

「前も言ったけど、もう夏凜も大切な仲間だからな。下手に突っ込んだりしなかっただけよかったよ」

「あんたの話聞いてると、私がバカみたいね...ありがとう」

「どういたしまして」

 

そのあと二、三どうでもいい話をして。

 

「あ、そうそう。バーテックスは全て討伐し終わったから勇者アプリは回収、スマホを大赦に渡せってさ。これ代替機」

「え...一回くらいなら間違えましたですむよな」

「は?」

「いやほら、もしかしたら残存とかいるかもしれないから...もう少し持っててもいいか?」

「...悪用されたらたまんないわよ」

「そんなことしないけど...」

「まぁ、後で風に渡して。その時までに必要そうなデータは移しときなさい」

「はーい...」

「じゃあ私戻るから」

 

夏凜が部屋から出て、窓の外を見る。だいぶ時間が経ったようで太陽が見えていた。

 

(...銀も、遊んだ後一日寝てた時もあるから、大丈夫だよな?)

 

今、彼女との繋がりである勇者装束を離したくない。これを手放したら、彼女もどこかへ消えてしまいそうで__________

 

「銀...早く起きてくれ。それでパーティーしよう。これからも...」



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十五話 もう戻らない

感想、評価してくださった方ありがとうございます!

すぐ下から本編です。


「それじゃあ、みんなよくやった!!勇者部大勝利を祝って、乾杯!!」

『乾杯ー!!』

 

椿先輩の病室にて、風先輩から音頭がとられて缶ジュースを思い思いにぶつけた。

 

いくら大赦が用意してくれた個室とはいえ、病院で騒いでいいのかは悩みどころだけど。

 

(...あれ)

 

「...売店でお菓子も買いました!」

 

ジュースを一口飲んで覚えた違和感を拭うように、声を出す。

 

「いやー目標を達成した後のジュースは格別よね」

「みかんジュースうまい」

「ホント好きねぇ」

「今年は収穫量が少なくなる見込らしいから、今のうちに飲まないとな」

 

みんな私の違和感には気づいていなかったみたいで、祝賀会はどんどん進んでいった。

 

「椿、退院は決まった?」

「さっき検査終わったばかりだぞ...」

『私とお姉ちゃん、友奈さんは今日には退院出来るそうです』

「樹?...あぁそっか、声が出ないんだったな」

 

樹ちゃんは疲れで声が出なくなっちゃってて、スケッチブックに書いて会話している。

 

『お姉ちゃんのアイデアです♪』

「丁度売店にあったからね。治るまでの辛抱よ」

「いいお姉ちゃんもったな。樹」

『はい!』

「ちょ、やめなさいよ!」

「古雪先輩はどこにも異常はないですか?」

「っ...今のところはな。内臓のどっかが止まってたら分からないけど」

 

一瞬だけ椿先輩が困ったような顔をしたように見えた。

 

「確かに大変だ!」

「心臓とか止まってたら死んでたなー。今でこそ笑い事ですむけど」

「こ、怖いこと言わないでちょうだい!!」

「悪かったって」

 

みんなで話す時間はとても楽しくて、あっという間に終わってしまう。勇者として頑張ったから、今もこうして平和に過ごせる。

 

(よかった...)

 

 

 

 

 

「友奈ちゃん?」

「あ、ごめん東郷さん。なに?」

 

私は東郷さんの車椅子を病室まで押していた。パーティーはもう終わって、私は暗くなる前に家に帰らなきゃならない。

 

「友奈ちゃん、体、どこかおかしいところあるよね」

「......」

 

私の大親友はなんでも分かっちゃうみたいだ。

 

「さっきジュース飲んでたとき、おかしかったから」

「東郷さん鋭いなー。でも大したことないから」

「話して」

「...味、感じなかったんだ」

 

ジュースだけじゃなく、お菓子の味も分からなかった。そのことを伝えると、東郷さんが悲しそうな顔をする。

 

「すぐ治るよ。風先輩や樹ちゃんと同じじゃないかな?でもお菓子の味分からないなんて人生の半分は損だなー」

「そうね。友奈ちゃんらしいわ」

「えへへ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

病室でただ時計を見つめる。さっきから心臓の音がうるさくて、止まって欲しいとさえ感じた。

 

結局、あのパーティーの後病院から出たのは犬吠埼姉妹と夏凜と友奈で、東郷と俺は次の日である今日も入院である。

 

だが、そんなことはどうでもよかった。

 

「......頼む」

 

俺自身が起きてから丸一日が経過するまで、あと一分。これを過ぎると、銀が意識ない状態の最長記録になる。

 

昨日見えていた月明かりは雲に隠れ見えない。かといって部屋の明かりをつける気にもならず、暗闇の中時計を見る目だけが冴えていく。

 

「頼む...」

 

残り五秒。

 

「銀...」

 

残り三秒。

 

「......っ」

 

そして、一日が回った。

 

「......ま、疲れであれなら仕方ないだろ...風の眼とか樹の喉とかもあれだしな」

 

そう思って寝ることにした。そうでないとあれこれ考えてしまいそうだから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

夕焼けが見える空の元、病室で左耳にイヤホンを当てる。音楽はまだ流れていない__________ように聞こえた。

 

「...」

 

パソコンに記入していく。「回復の兆しなし」

 

「...これが本当なら」

 

気合いを入れて電話をかける。三コール目直前に繋がった。

 

「東郷?わざわざ電話なんかしてどうした?」

 

四つ隣の個室で寝ているはずの古雪先輩は、いつも通りの声だった。

 

「あの、伺いたいことがあるんです」

「?」

「古雪先輩、体のどこかに異常はないですか?」

「......それ、昨日も聞いてたよな」

「っ...はい」

 

一瞬、心の底から冷えた声が電話越しで伝わって、身震いした。

 

(古雪先輩...そんな声、出せたんだ)

 

「なんかあるのか?探偵東郷さん」

「...風先輩は眼、樹ちゃんは声帯。勇者とした戦った疲れだと思われてますけど......私は左耳が聞こえず、友奈ちゃんには味覚がありません」

「それは...!!!」

「逆に夏凜ちゃんは今のところ何もありません。私は、これが満開の後遺症なんじゃないかと、考えています」

「...だから、満開した俺に聞いてきた。と」

「はい」

 

まだ予想の範疇でしかない。大赦もこの事実を分かっていたかも分からない。でも、せめて原因くらいは突き止めて起きたかった。

 

「...現状、俺に異常はない。何かあったらすぐに連絡する」

「分かりました。ありがとうございます」

「......逆に、よかったこと考えようぜ!例えば東郷、足動くようになったとかないか!?」

「え、私ですか...?」

 

突然のことに戸惑いながら足をあげようとしても、ピクリともしない。

 

「ダメですね。二年前の記憶もないままです」

「________」

「古雪先輩?」

「あぁごめん、少しでもいいことあればと思ったんだけど...ごめんな」

「気にしないでください」

『東郷さーん、いる?』

「!友奈ちゃんが来たので失礼します」

「あぁ...」

「友奈ちゃん、大丈夫よ」

 

通話を終了させ、友奈ちゃんを招き入れる。

 

「失礼しまーす。東郷さん元気?」

「お見舞いありがとう友奈ちゃん私は元気よ__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あぁ...」

 

東郷からの電話を切って、そのままスマホを投げつけた。代替機は意図も簡単に割れる。

 

「あぁ...あぁ」

 

頭が最悪のケースを作り上げ、それ以外の選択肢を消していく。

 

「ふざけんな......ふざけんなよ!」

 

俺だけない満開の後遺症。未だに目覚めない銀。

 

更に付け加えるなら_______

 

『二年前の記憶もないままです』

 

つい先程の、東郷の言葉。東郷のことを『須美』と呼んでいた銀。

 

先代勇者は二年前、乃木園子、鷲尾須美、三ノ輪銀が勤めていた。そして、両足と二年前の記憶がなく、『乃木園子のリボン』によく似た物を大事につけている東郷美森。

 

繋ぎ合わせれば、一番しっくり来る解答が__________満開すると肉体、精神問わず一部が使えなくなる。その傷は治らない。ということ。

 

「またなのか...」

 

銀はもう、戻ってこない。一緒に過ごせる奇跡の時間は終わった。その事実を認めるのが、何よりも怖かった。

 

「また、お前は俺の前から消えるのか...なにも、言わずに...」

 

あの雨の日、銀の葬式の日がフラッシュバックする。あのときもあいつは、何も言わずいなくなってしまった。

 

「俺は...また、何も言えずに...」

 

そして、せめて言いたかった別れの言葉も__________言えなくなってしまった。

 

銀が満開したとき、消えるとき、意識を失ってた俺はなんだったのか。俺の体なのにも関わらず何故そんなことをしていたのか。

 

何故満開の代償が俺の体でなく銀なのか。

 

「持ってくなら俺の体を持っていってくれよ...いくらでもやるから...だから頼む」

 

だから、だから。

 

「返してくれよ......うわぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

あたしは、目の前の扉を開けられなかった。

 

「風先輩?」

 

先に東郷の部屋に行っていた友奈がただならぬ空気を察して黙りこむ。

 

「くそっ!くそっ!くそっっ!!!」

 

聞こえるのは、扉一枚隔てた先にいる椿の叫びだけだった。さっきからずっと叫び続けている。

 

「あの、風先輩、椿先輩は...」

「分からない。あたしが来たときには...」

 

何かを悔やむような言葉を呟いて、聞くに耐えないくらいの呪詛が飛んでいる。

 

「...私、行きます」

「ダメ、今日は出直しましょう」

「でも、先輩がこんな苦しそうな声出してるのに」

「あたしたちじゃ多分、何もできないから...」

「っ!」

 

あたしは涙を流しながら友奈を止めた。

 

「ひとまず来て」

「......」

 

談話室までついてから、友奈に口を開く。

 

「さっき、椿ね。こう言ってたの。『銀を返してくれって』」

「銀?」

「多分人の名前。なにがあったのかは全然分からなかったけど...その銀って人じゃないと、今は無理だと思う。悔しいけど...」

 

クラスにそんな人はいないし、誰のことなのかは分からない。出来ることならあたしが慰めてあげたい。でも、あの状態の椿には、きっとなにもしてあげられない。

 

「...少なくとも今はまってあげて。落ち着いたら大丈夫なはずだから」

「わ、わかりました」

 

さっきの声がショックだったのか、いつもなら「それでも行きます!」とでも言いそうな友奈が頷く。

 

「......ひとまず帰ろうか」

「...はい」

 

帰り道、あたしたちの顔は暗かった。

 



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十六話 変わった日常

電車内でこの作品の評価平均バーに色がついていたのを確認して、三度見したあげく「うぇ!?」と声をだしてしまいました。

ゆゆゆ好きの方々に見てもらえて嬉しいです!皆さんありがとうございます!


「えーと...H、A、E...」

 

友奈さんの途切れ途切れのタイピングと、私とお姉ちゃんの書類を書く音が部室に響く。

 

バーテックスとの戦いから数日。部室にはメンバーの半分しか揃っていない。東郷先輩と古雪先輩はまだ病院から退院していないし、夏凜さんはずっと来ていない。

 

「ふぅ...やっぱり三人だと調子出ませんね」

『かりんさんずっと来てませんね』

 

私も声が出せないのでスケッチブックに書いて見せる。皆と話したい、歌を歌いたいけど、まだ治らないみたいだ。

 

「SNSも返信ないし、授業終わったらどこか行っちゃうし...」

「そっか...」

「私、探してきます!!」

「行ってらっしゃい」

 

でも、一番ぎこちないのはお姉ちゃんだと思う。ここ数日家でも学校でも様子がおかしい。

 

「ん、どうした?」

『お姉ちゃん、何かあった?』

 

肩をつついてスケッチブックを見せる。

 

「...なんでもないわよ。気にしないで」

 

お姉ちゃんは、いつもより無理してそうな笑顔を作った。間違いなく隠し事がある。

 

『何かあったら言ってね』

「ありがとう、良い妹を持ったものだわ」

 

私はあえて深く聞かなかった。きっと、時間が経てば教えてくれる。

 

(それまで待ってるからね...お姉ちゃん)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

樹に心配をかけさせてしまったらしい。でもあたしは深く話すこともできず、今後の予定表と、これまでの活動記録を纏めていく。もちろんその手は遅い。

 

(椿...)

 

あのあとメールで椿とはやり取りしたが、別になにもない。わざわざ見舞いも来なくていいぞ。といった普通のことしか送られてこなかった。

 

出来ることなら何かしてあげたいけど、何をすればいいのかわからず、ずるずると日常を過ごしている。普段なら喜ぶべき夏休み直前だと言うのに、全く気分が晴れない。

 

(全部話してくれればいいのに)

 

勇者部五箇条のひとつを見上げる。教室にはってあるそれは、友奈と東郷が入部した時に作ったものだ。

 

でも__________

 

(あたしなんかが聞いて、慰められるのかな...)

 

あんな風に叫ぶ椿の声は聞いたことがなかった。正直どう支えてあげれば良いのかも分からない。

 

あたしの眼、樹の声のこともある。そっと眼帯に手を当てた。

 

東郷から聞いた話だと、満開の後遺症であるかもしれないらしい。東郷は左耳、友奈は味覚、椿は特にないらしいが__________あれを見たら、精神にきてるんじゃないかと思っても無理はない。

 

(周りのことばかり心配できるような人間じゃないし...ここ数日で色んなことが起こりすぎなのよ)

 

あたしの気持ちに同情するように、『悩んだら相談!』の文字が風で揺れた。

 

『お姉ちゃん、顔暗いよ』

「ごめんごめん、そういや樹、夕飯なに食べたい?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふっ...ふっ!」

 

木刀を振っても、いまいち集中出来なかった。

 

(前もこんなことあったっけ...)

 

浜辺に木刀をほっぽって、私も倒れる。

 

バーテックスとの戦いは終わった。私はなにも出来なかった。

 

風からの話では、満開した人は体のどこかがおかしくなっているらしい。

 

唯一満開できなかったのは私。その事が悔しくて、情けなくて、申し訳なくて、部室にもお見舞いにも行けない。

 

(私は戦うために来たのに...私だけ傷を負ってない。一番役にたってないじゃない...)

 

椿は私が無事でよかったと言っていた。でも、そんな彼も満開しているのだ。

 

完成型勇者は名ばかりだった。その事実が私の心を締め付ける。

 

「夏凜ちゃーん!!」

 

(今だって友奈の幻聴なんて聞いて)

 

「わぷっ」

「友奈!?」

 

砂に足をとられて友奈は盛大に転んだ。

 

「夏凜ちゃん、そこは駆けつけて受け止めてよ」

「無茶言うな...はい」

「ありがと」

 

手をさしのべると友奈は迷うことなく掴んで立ち上がり、制服についた砂を落とす。

 

「何しに来たの」

「部活のお誘いだよ。夏凜ちゃん最近サボりまくってるから」

「っ!」

「このままじゃサボりの罰として腕立て1000回に腹筋3000回、みかん500個収穫にぼた餅1000個作ることになっちゃうんだけど~」

「は?桁おかしくない!?それに収穫とか作るとかなんなのよ」

「椿先輩と東郷さんの退院祝いだよ!」

 

そう語る友奈のどや顔は面白かったけど、笑える気分でもない。

 

「でも、部活にくるとチャラになりまーす。どう?来たくなったでしょ?」

「ならない」

「部活来ないの?」

「元々私、部員じゃないし、もう理由もないのよ」

「理由って?」

「私は勇者として戦うために讃州中学に入ったの。部活に入ったのも他の勇者と連携をとりやすくするため...戦うためにいた。それ以上の理由なんてない......大体バーテックス倒し終わったんだから、勇者部なんてもう意味ないでしょ!」

 

椿のお陰で、もう誰より手柄を立てたいとは思わないけれど、役に立ちたかった。

 

「違うよ!」

 

背けていた目を友奈に向ける。友奈は笑顔。

 

「勇者部は、風先輩がいて、樹ちゃんがいて、椿先輩がいて、東郷さんがいて、夏凜ちゃんもいる。みんなで楽しみながら人のためになることをする部活だよ。バーテックスなんかいなくても、勇者部は勇者部」

「でも...」

「戦うためとか関係ない」

「でも私...戦うために来たから、私にはもう価値はなくて、あの部にも居場所はないって...」

「勇者部五箇条!悩んだら相談!」

「え...?」

「戦いが終わったら居場所が無くなるなんて、そんなことないんだよ」

 

いつも通り、周りを惹き付けるような笑顔を振り撒いて友奈は続ける。

 

「夏凜ちゃんが部室にいないと寂しいし、私が夏凜ちゃんのこと好きだから!」

「っ!!」

 

顔が凄く熱くなる。きっと真っ赤だろう。

 

「しょ...しょうがないわね。そこまで言うなら行ってあげるわよ。勇者部」

「やったー!!じゃあ早速いこう!」

「え!?」

「あ、でもその前に」

 

何故か友奈に連れられてシュークリームを買ってから学校へ向かう。

 

『前も言ったけど、もう夏凜も大切な仲間だからな』

 

道中、椿の言葉が思い出された。

 

(そっか...もう、戦いに関係なくいていい場所なんだ)

 

「結城友奈、ただいま帰還しました!」

「おかえりーって、夏凜も来たのね」

「ゆ、友奈がどうしてもって言うから!」

「あとこれ差し入れです」

「で、でも友奈はお菓子の味分からないんじゃ...」

「っ...」

 

味が分からない______それがきっと友奈の満開の後遺症。私は思わず友奈を見るけど、いつもの笑顔だった。

 

(...いつでもそんな顔、できるのね)

 

「あれ、気づいてたんですか?」

「ごめん、友奈。樹も...あたしが勇者部の活動に巻き込んだせいで...」

「こんなのすぐ治ります。気にしすぎですよ」

『そうだよ』

「そういうわけで結城友奈は今後、風先輩の『ごめん』は聞きません!」

『私も!!』

「...うん、ありがと」

 

つられる様に風も笑顔になる。

 

自分が辛いときでも笑って、一緒にいれる少女。きっと、だから皆が好きになって______

 

「それより早く食べましょう!風先輩が飢えで倒れる前に!」

「...ねぇ、あたしいつでもおなかすいてる人だと思われてない?」

『違うの?』

「妹も!?」

「ぷっ...そこまで言ってても手は伸ばすのね」

「はっ!?静まれ...あたしの右手!あたしの中の獣ー!!」

『獣(女子力)』

「そう、それ」

「それでいいのか」

 

私も好きになったのだ。友奈と、勇者部のみんなと一緒にいることが。

 

 

 

 

 

勇者部の活動は終わり、日課のトレーニングも終わらせて、スマホとにらめっこすること一時間。

 

「......っ!」

 

自分の家にはいない五人に背を押されるように、一通のメールを送った。

 

(戦いに関係なくいていいのなら...私のいたい場所だから...)

 

送信先は大赦。内容は、『勇者としてのお役目は終わったが、自分は讃州中学に残ってもいいか』といったもの。

 

「おっとと...」

 

数秒経たずに来たメールは、返信ではなかった。

 

東郷:私と古雪先輩の退院が明日に決定しました。メールめんどいから任せる。と仰られたので古雪先輩の分も書いておきます

 

友奈:やった!

 

樹:退院おめでとうございます

 

風:お疲れ様

 

「......」

 

夏凜:よかったわ

 

これだけ書いて、私はスマホの画面を消した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

学校が休みな土曜日、東郷さんと椿先輩がようやく退院となったので皆で病院まできていた。

 

「あ!」

 

最初に見えたのは東郷さん。急いで立ち上がり看護師さんと変わる。

 

「ありがとう、友奈ちゃん」

「私の定位置だからね」

 

車椅子を押してみんなのところまで戻る。

 

「おかえり...東郷」

「夏凜ちゃん...東郷美森、勇者部に帰還しました」

「ご苦労である東郷少尉!」

「全く...変なやつらね」

『お疲れ様です』

「そういや椿は?」

「古雪先輩ならそちらに」

「...っ」

「よっ、元気してたか?」

 

久しぶりに見た椿先輩は、普段通りの言葉なのに_______どこか冷たい声で、明らかに痩せ細っていた。

 

「ちょっと椿、あんたが大丈夫なの!?」

「病院飯が体に合わなくてな...早く風の飯が食いたかった」

「あんた...料理出来るんだから自分で作りなさいよ!」

「はっ!?病院の厨房を借りれば良かったのか!」

「病院で寧ろ健康っぽくなくなってくる奴始めてみたわ...」

「じゃあにぼしくれにぼっしー。あれ完全食だろ?」

「にぼっしー言うな!」

『私もなにか作ります!』

「樹はいてくれるだけでいい。だからずっと何もしなくていいぞ!!!」

「なに怯えてるの...」

「樹の料理がトラウマなのね...」

 

(やっぱり、この前のが原因なのかな)

 

だったら話して欲しいと思う。

 

「椿先輩」

「ん?」

「おかえりなさい!」

「...ただいま」

 

私達は、大切な仲間だから。

 



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十七話 歪さ

病院から退院して、何日か経った。学校としては夏休み明けの文化祭について話があり、部活としてはそこで行おうとしている演劇の準備を始めている。

 

「......」

「古雪~」

「あ、どうした?」

「どうしたはこっちが言いたいぞ。最近ボケッとし過ぎじゃないか?」

「そうかな...悪い」

 

俺は取り戻した平和な日常を、惰性で過ごしていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

バーテックスがいなくなったように、銀も消えた。まだいるかもと希望を持つには時間が経ちすぎた。

 

本来はこれが正常な形。死んだ人間が生きている人間と共存するなんて、他人が聞いたらアホかと言ってくるだろう。

 

これを受け入れようと努力はした。だが銀と過ごした二年間は大きく__________二度も別れが言えなかった事が、何より辛かった。

 

思い返せば、なぜあんなに気を失っていたのか、なぜ過去に後悔したことを繰り返したのかと自己嫌悪に陥る。

 

「せめて、最後の一言くらい言わせてくれよ...」

 

返事はない。理想は理想のままはかなく消える。

 

それからまともに寝れなくなった。寝ると銀との思い出が消えそうで、忘れてしまうことを何より怖いと思ったから。

 

景色も色褪せて見えるようになった。退院日、勇者部の皆でみた夕焼けは、いつか見た夕焼けと同じくらい美しかっただろうに、モノクロ世界に見えた。

 

「みんな、予定開けときなさいよ!海とか花火とか演劇の準備とか色々やる予定だから!」

 

部長の風の言葉で一学期最後の部活が終わる。

 

(...俺、夏休み終わった時生きてるのかな)

 

このままじゃダメなのは分かってる。

 

助けを求めようにも、こんな話をまともに聞いてくれる筈もなければ、銀が戻ってくるわけでもない。失った物は取り返せないし、過去には戻れない。

 

(満開して俺の命、丸ごと持ってけよ...)

 

こうして、夏休みが始まった。特にメールは来なかった。

 

寝るのが怖ければ寝ないようにするしかない。勇者になってから続けた筋トレは量を増やし、三ノ輪家の手伝いも食事だけでなく家事全般に手を出した。

 

「にーちゃん!遊んでくれよ!」

「あー悪い、こっちの終わらせたらな。お前らも早めに家事出来るようにするとモテるぞ?」

 

逆に、弟達と遊ぶことは少なくなった。銀のことを思い出してしまいそうで。

 

忘れたくないけど、思い返せば後悔の念が押し寄せてくる。だから何も思わなくていいよう他のことに熱意を注ぐ。わかっていてもやめられない。そうして俺の心は歪になっていった。

 

(...いっそ、銀の隣に行こうか)

 

基本寝ないが、勝手に何時間か経っている時があるので気絶でもしているんだろう。お陰で眠くはならない。

 

「...少し出掛けるか」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「樹...暑くない?」

『暑いけど平気』

 

あたしと樹は椿の家に向かっていた。前に行ったことがあるから場所は分かる。

 

夏休みは始まったけど、あたしは学校に戻っても徐々に倒れそうになっている椿を心配していた。本人に言うと『大丈夫大丈夫』と言ってからから笑うだけだったけど。普段寝ていた午後の授業は起きてたし、他で寝てるわけでもない。

 

だから少し様子を見にいこうと思い、一緒に行くとついてきた樹と出掛けている。夏の日差しが暑いけどまだ耐えられる。

 

「見えたよ、あそこ...?」

 

古雪と彫られた表札の前に二人の男の子がいて戸惑う。椿に兄弟はいなかったはず__________

 

「にぃーちゃん届く?」

「待ってろ...ほら押せた!」

「......出ないよー?」

「いないのかなぁ」

「あのー...ごめんね」

「「!?」」

 

突然後ろから現れた女子力の高い(ここ重要)あたしに驚く二人をおいて、インターホンに声をかけた。

 

「すいませーん。古雪さんのお宅でしょうか...いないわね」

「ねぇーちゃんかっけぇー!」

「おとなー!」

「おうよ、中三なめんなよ!ってわけでどうしたの君達?この家に用事?」

「にぃーちゃん...椿さんに用事があって!」

「椿に?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......あと何いるかな」

 

大型ショッピングセンターイネスで買い物袋の大きさを膨らませていく。買ったのは本や食材、あと盗聴器。

 

銀がもう現れないという事実を確信したのは『満開』というシステムを知ったからだ。一時的にバーテックスを圧倒する力を得る代わりに、後遺症が出るシステム。

 

この後遺症は一生治らない。そして恐らく勇者システムを作り出した大赦は知っている。二つの事実を裏付けるのは東郷だ。

 

記憶を無くし、足が動かない彼女が二年前勇者をしている。これが一番あり得る可能性で、その推測がこの考えを確信に変える。

 

つまり、風の眼や樹の声は、二度と戻ってこない可能性が高い。

 

(...だからって、余計なお世話かもな)

 

買った本を眺めると、『声の仕組み』『喉を健康にするには!?』『片目の視力をあげるメソッド』『味覚オンチが治る!』『聴覚上昇』『霊に憑かれたい』__________

 

(...所々、諦めてないし)

 

ほとんど無意識で買っている為、勿体なく捨てるくらいならあげようといった感じだ。

 

ふと備え付けられてた鏡が目にはいった。そこには前よりかなり痩せた自分が映る。

 

「......情けねぇ」

「何がですか?」

「っ!?東郷!?」

 

鏡で見える後ろ側には東郷が幽霊のようにいた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「おかわりください。それで...鉄男君と金太郎君は椿に何の用だったの?」

 

うどん屋『かめや』にて、椿の帰りを待つチームはうどんを食べていた。大赦からそれなりの支援金は貰ってるので子供二人のうどんくらい奢れる。

 

(少しでも状況が良くなるなら...)

 

三ノ輪兄弟だという二人は口を開いた。

 

「にぃーちゃん最近元気無さそうで...どうにかしたいって思ったんです」

「にーにーあそんでくれなくなったし」

 

(もしかして...)

 

薄々勘づいてはいたが、この二人が恐らく椿が手伝いをしている家族なんだろう。

 

「ねーちゃんがいなくなってからも朝ご飯いつも作って貰ってて、でもここ最近倒れそうで...」

「そっか...二人ともいい子ね」

 

こんな子供達にも心配かけさせるなんて椿は何をしているのか。

 

「お姉さん達もねぇ、椿が心配で来たのよ」

「ねぇーちゃん達も!?」

「うむ。あ、おかわりください」

『食べ過ぎ』

「ごめんごめん...それで、なにか普段と違うなってことある?それが椿が調子悪くなったことのヒントになるかもしれない」

「ぎゅってしてくれなくなったー」

 

金太郎君の言葉に首をかしげる。

 

「あぁ...にぃーちゃん朝によく抱き締めてきたんですけど、最近はなくなって」

「へぇー...」

「銀ねーちゃんもよくしてて、凄く似てたんですけど」

「!!」

 

鉄夫君からポロリと出た単語。それは病院で聞いた________

 

「ねぇ今銀っていった!?」

「は、はい...」

『お姉ちゃん静かに!!』

「ご、ごめん樹...で、その銀ってお姉ちゃんと話せたりする?」

「...銀ねーちゃんは二年前に死んでます」

「あ...ごめん」

 

以前から椿と関わりのある三ノ輪家と、そこに住んでいた銀というお姉さん。

 

(でも、二年前に死んだ筈の人を病院に居た時に返せって言うなんて...どういうこと?)

 

「それでなんかいい案ないっすか!?」

「うーん...普段の感謝を伝えるとか?」

 

まだ分からないことが多いためありきたりのことしか言えない。

 

『お姉ちゃん________』

「ん?...それいいわね」

 

樹がスケッチブックで長々と書いた説明を読んでいく。

 

「二人とも、椿に感謝の形を伝える方向でいきましょう。サプライズで!女子力王のあたしとマイシスター樹についてきなさい!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...友奈ちゃんには少し待って貰いました」

「気にせず行ってこいよ」

「そういうわけにもいきません」

 

ショッピングセンター特有のその辺に並んでるソファーに腰かけ、隣に東郷が車椅子を寄せる。友奈と買い物する予定だったらしいが、何故か話しをすることに。

 

いつも友奈優先の東郷がこうする辺り、俺はそこまで異常なのか。

 

「夏休みどうだ?」

「勉学は順調です。なにより友奈ちゃんと遊べる回数が増えますから」

「東郷らしいな」

「...古雪先輩は、古雪先輩らしくないですね」

「......」

「退院前後でしょうか...正直にいいます。どこか変ですよ」

「...俺の体に異常はねぇよ」

「私や友奈ちゃんに言えないことなんですか」

「......そんな気にすることじゃねぇ」

 

東郷は勘が鋭い。余計なことを言って下手に気づかれたくなかった。

 

(満開の後遺症は恐らく治らない。その証拠はお前だ。なんて言えるかよ)

 

「満開の後遺症で少し精神がまいってるだけだろ。お前らのことも心配だしな」

「先輩は...!」

「みんなの病状もそのうち治るって言われてる。だったら俺のも治るさ。じゃな」

 

去り際二冊の本を東郷の膝に乗せる。

 

「気休めかもしれんが受け取ってくれると嬉しい。友奈にはお前から渡した方が喜ぶだろうし頼むな」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

古雪先輩は足早に帰ってしまった。

 

(あんな暗い先輩は初めて...)

 

いつも冷静でいることが多い、風先輩とは違う意味でまとめ役であるけれど、今はただ冷たい氷の様だった。

 

勇者になる前もお世話になったし、この前の戦いでも守ってもらった。

 

『須美。ここは任せて』

 

たまに呼ばれる身に覚えのない名前だけど、本気の意志を感じる声だった。

 

その頃のあの人は今、どこにもいない。

 

「東郷さーん!」

「友奈ちゃん」

「心配で来ちゃった。急に待っててなんて送られたから...て、その本どうしたの?」

 

友奈ちゃんの視線は私の膝に乗せられた本に注がれる。

 

「...古雪先輩からよ。私達にって」

「椿先輩に会ったの?私も会いたかったなぁ。夏休み入ってから会えてなかったから」

「部活があったときは毎日会ってたもんね...あのね、友奈ちゃん」

「?」

「......先輩、何か悩んでるみたいだった。でも私はうまく聞けなくて...」

 

私には心を開ききってはくれなかった。でも、いつも明るい私の親友なら。

 

「東郷さん。任せて」

「...ありがとう」

「お礼を言われることじゃないよ~...メール?」

「私にも?」

 

突然の着信にスマホを開くと、『勇者部各員へ!』と記されていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

家に帰ってから、メールが届いた。風からで、内容は______

 

『大赦からバーテックス全部倒した褒美として合宿費を出してくれるそうよ!!高級旅館で海の近く!来週行くから各員準備しとくように!!』

 

追加で俺にだけ『椿は当日の朝うちに来なさい!荷物持ちしてもらうから!』とあった。何を持たせるつもりなのか。

 

「一...二...」

 

月明かりだけが照らす部屋で、俺は気にせず筋トレをしていた。来週まではあっという間だった。

 



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十八話 旅行の夜

シリアスな本編中ですが後書きにつけたくないのでこちらに。

皆さん感想評価、本当にありがとうございます。凄く楽しく読ませて頂いています!

下から本編です。


高級旅館で二泊三日。なにやろうが費用は全部大赦持ち。これほど贅沢が出来るのは一生にあるかないかだろう。

 

「むにゃむにゃ...」

「海ー...」

「全く、何でいきなり寝てるのよ」

「昨日寝れなかったみたいなの」

「遠足前の子供ねぇ...」

 

男女比がおかしいのは仕方ないが、俺はなんともいたたまれなかった。

 

(...普段なら、こんな風に思ってたんだろうな)

 

「椿も寝てる?」

「...」

「おーい、椿」

「え?どした?」

「ぼーっとしてるわよ?」

「...なんでもないよ」

 

電車は目的地に向けて、俺達を運んでいった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「理不尽だ...!」

「海だー!」

「友奈ちゃん、しっかり準備体操してね?」

 

椿と友奈が同時に声をあげる。目の前には広い海が広がっていた。

 

「風も強くないし日差しもいい...絶好の海水浴日和ね」

「それじゃあ、パラソル刺せーい!基地を作る!」

「まだ...働かせるのか!」

 

ここまでパラソルやらなんやらをあたし達の家から運んできた椿は、割りと本気で怒っている。

 

(でも、こっちの方がいいわね...しめた)

 

最近の椿は心ここにあらず、気の抜けていることが多かったことを考えれば、怒っていてくれていた方が嬉しい。

 

「さあ!瀬戸の人魚と呼ばれるあたしに向かってくるやつはいるかしら!?」

『自称です』

「私の体は出来上がってるわ!泳ぎで勝負よ!風!」

「望むところぉ!」

「いや、着替えろよ」

 

あたし以外のみんなはもう更衣室で着替えていた。あたしはジュースを先に買いに行って、荷物番してたからまだ私服のまま。

 

(だけど...)

 

「甘いわね椿!」

「っ!!」

 

勢いよく服を脱ぐ。中に水着を着ていたあたしに抜けはない。

 

「あはは、照れてる~!」

「なっ!」

「椿も男の子ねぇ...エ・ロ・ガ・キ!」

 

椿は同年代の中でもかなり落ち着いているから、こんな反応はレアもの。あたしは笑いながらどや顔した。

 

顔を真っ赤にした椿は、刺していたパラソルを抜いて閉じ、そのまま構えて________

 

「え、あ、ごめんなさい許して!!」

「許さねぇぞ風...」

「ギャー!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

風を倒してからは、楽しく海で遊んだ。一週間というものは長いもので買い物で東郷と会った時より気持ちも落ち着いて、今日もそれなりに遊ぶことができた。

 

心は空っぽのままだったけど。

 

「...で、これは何だ?」

「あたしも知らないわよ!」

 

戦犯かと思いきや風は何もしらないらしい。

 

「混雑の影響です。急なご予約で一人で個室を取っていますので...ご了承いただけないでしょうか?」

 

二泊三日のこの旅行、泊まる旅館のスタッフが言うには、今日は二部屋とれるが、明日は一部屋しかとれないとのこと。

 

「いや、家族でもない男女が一緒の部屋とか...」

 

お金は大赦持ちということで遠慮なく「金は積むから部屋を用意しろ」と言うのは簡単だが、そこを予約した旅行客が可哀想だろう。

 

「椿先輩、いいじゃないですか!」

「いやそうは言ってもな...」

 

友奈は間違いなくこういうことには疎いと考え、まともな判断ができそうな夏凜と東郷に目を向ける。

 

「...いいんじゃない?椿一人なら何かされても倒せるし」

「友奈ちゃんが望むなら...手をかけたら消すけど」

「...風、後でそっちの部屋行くから押し入れあるか確認させてくれ。そこで寝る」

 

その後全員の了承が取れてしまい、明日の泊まりが六人一部屋に決まってしまった。

 

ひとまず今日は別にということで、案内された部屋にまずは荷物を置き、明日も水着を着て遊ぶだろうということで干してから風呂に入ることにした。

 

海の近くにあるシャワーで軽く髪を洗ったが、女子としては海の後すぐ体を洗いたくなるのだろう。特に反論することもないので自分も動く。

 

(大浴場設置に露天つき...豪華だなぁ)

 

「おまけに貸しきりかよ」

 

泊まりの予約が多いわりに、露天には誰もいなかった。

 

「...ふぁー......普段入らないからなー」

 

確か銀も、勇者としての合宿で温泉に入ったと言っていた______

 

「......」

 

視界が一気に灰色じみていき、頭を振った。

 

「これ以上心配されても、互いに面倒だしな...」

 

もう、忘れるしかないのだ。彼女という存在はなかった。

 

でなければ、きっと俺が死ぬ。

 

「......ふぁー」

 

脱力すると、最近休んでなかったからか意識が離れそうになる。

 

「...っ!風呂で溺死とか洒落にならん!」

 

その後も何度か意識が飛びかけ_________早々に風呂を出た。

 

(女子の風呂は長いだろうからな)

 

夕飯は女子の部屋で六人揃って食べる予定になっていた。『夕飯の用意できたらメールくれ』とだけ送り、外の景色を眺める。

 

旅行中は降水確率が限りなく低い。夕焼けと一緒に見える月は満月から少し欠けている。

 

「......」

 

風呂上がりに汗をかくわけにもいかず、ただただ月を眺めていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「凄いご馳走!?」

 

大赦が用意した旅館は、豪勢過ぎるくらいのご馳走が並んでいた。

 

「カニカマじゃない!」

 

本物のカニに興奮して拍手する友奈、刺身の舟盛りに写真を撮る樹、落ち着かない様子の風。

 

「ごゆっくり」

「よしみんな!食べるわよ!」

 

皆が座ったついたところで樹がスケッチブックを向けてくる。

 

『でも友奈さんが...』

「あっ...」

 

友奈は今味覚がない。豪華な食事もこれでは________

 

「うーんこの歯ごたえ、たまりませんなぁ!」

「もう友奈ちゃん...いただきますが先でしょ」

「......」

「あたしたちも食べましょ」

『そうだね♪』

 

風と目を合わせて、両手を合わせる。杞憂だったみたいでよかった。

 

「いつかこういうの日常的に食べれるようになりたいわねー...自分で稼ぐなりいい男見つけるなりで」

「無理だな。風がおしとやかになるくらい無理だ」

『後者は女子力が足りませぬ』

「椿ぃ!って樹も!?」

 

風の呟きに即座に反応する二人、樹の方はご飯食べながら高速で文字を書き込んでいく辺り、スケッチブックが慣れてきたのだろう。

 

「女子力なら東郷を見習いなさい」

 

私もツッコミをいれとく。斜め前で食べている東郷はおしとやかに味噌汁をすすっていた。

 

「私もマナーには厳しい方だけどねっ」

 

言いながらどれを食べようか見回し、里芋に箸を刺す。

 

「言った直後に迷い箸に刺し箸...」

『夏凜さん、それが既にアウトです』

「はぅ...椿もするじゃない!」

「別にお前らといるときにそこまでマナー気にする必要はないし、女子力をあげる必要もないからな」

 

椿は刺身を食べきってから喋る。

 

(こういうときだけしっかりして~...)

 

「女子力上げたいなら気をつけるんだな。中学男子から言わせればそこ気にする必要はまだないと思うけど」

「椿は相変わらずね...東郷、おかわり!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

窓を開けると潮風と夏特有の空気が入り込んできて俺の肌を撫でていく。

 

この部屋を出る前に見た月は遥か上空に昇り、煌々と闇夜を照らしている。

 

「......静かだな」

 

六人でご飯を食べてから、一人の部屋に戻ってきて。

 

「......ここで、二人ならな」

 

忘れられる筈がない。幼なじみだった七年、共に過ごした二年。俺の魂は文字通り銀と同じだった。

 

「...忘れられねぇ。忘れられるわけねぇじゃねぇか......」

 

でも、考えると悔やむことが多すぎる。考えるな、考えるな。考えるな__________

 

『椿先輩』

「っ!?誰だ!?」

『わわっ!結城友奈です!入ってもいいですか!?』

 

部屋の外から聞こえてくるのは友奈の声。

 

「...もう寝る時間だぞ」

「すいません。でも少し話がしたくて...いいですか?」

「......ダメと言っても聞かないんだろうしな。入れよ」

「ありがとうございます!」

 

招き入れると、友奈は借りてきた猫のように静かになった。

 

(東郷辺りの入れ知恵か)

 

「で、話ってなんだ?」

 

窓際に設置されている向かい合わさった椅子の片方に腰かけさせ、お茶を用意して間のテーブルに乗せる。それから向かいの椅子に座った。

 

きっと長くなるだろうから____

 

(...どこか、聞いてもらいたがってるのか?)

 

「あの...先輩、疲れてませんか?」

「そう見えるのか」

「最近元気無いように見えました」

「そう東郷から伝えられたか?」

「え?東郷さん?東郷さんとは何も...この前、先輩の話になったくらいです」

 

この前というのは買い物で出くわした時だろう。

 

「先輩、先輩のこと、話してもらえませんか」

「......」

「勇者部五箇条、悩んだら相談。ですよ!」

 

どこかで聞いたことのある言い回し。

 

(...話を聞いて、信じる筈がない。俺だったら信じない)

 

「...私、一年と少し、皆と過ごしてきました。大切な人が何か悩んでるなら、力になりたいんです」

「友奈...」

「それは先輩にも言えるんですよ。いつもお世話になって...だから少しでも、力になれませんか...?」

 

『何か悩み事か?話聞くぞ?』

 

(......ずるいだろ)

 

別に、銀に似てるから。だけじゃない。

 

誰かの為に動く姿は優しく、かっこよく見えて大好きだから________その姿を見ていると、心がほぐれていく。

 

友奈も銀も、それを知らずに迫ってくる。だからずるいと思う。思うところであり______そこが心を更に動かす。

 

「...信じるか信じないかは自由だ」

 

気づいた時には、口を開いていた。気づかってくれる彼女たちに甘える自分が情けないと、無意識に舌打ちしながら。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『椿先輩』

「っ!?誰だ!?」

『わわっ!結城友奈です!入ってもいいですか!?』

 

みんなが寝静まってから、私は隣の部屋を訪れた。いるのは椿先輩。

 

「...もう寝る時間だぞ」

「すいません。でも少し話がしたくて...いいですか?」

「......ダメと言っても聞かないんだろうしな。入れよ」

「ありがとうございます!」

 

最近の先輩を見ていると、ボーッとしていることが多かった。普段よく周りを見ている人だから尚更そう感じる。

 

「で、話ってなんだ?」

「あの...先輩、疲れてませんか?」

「そう見えるのか」

「最近元気無いように見えました」

「そう東郷から伝えられたか?」

「え?東郷さん?東郷さんとは何も...この前、先輩の話になったくらいです」

 

『......先輩、何か悩んでるみたいだった。でも私はうまく聞けなくて...』

 

先週出掛けた時、東郷さんは言っていた。私はそれに任せてくれと答えた。

 

でも、それだけじゃない。私が、私自身も先輩のことが心配だった。

 

「先輩、先輩のこと、話してもらえませんか」

「......」

「勇者部五箇条、悩んだら相談。ですよ!」

 

先輩は口を開いてくれない。

 

(私は、先輩に元気になってほしい。笑顔になってほしい。だから!)

 

「...私、一年と少し、皆と過ごしてきました。大切な人が何か悩んでるなら、力になりたいんです」

「友奈...」

「それは先輩にも言えるんですよ。いつもお世話になって...だから少しでも、力になれませんか...?」

 

先輩の悩みがなんなのか、あまりよく分からない。でも、好きな人の力になれるなら。

 

「...信じるか信じないかは自由だ」

「!」

 

そう言ってくれて、私は嬉しかった。

 

「...どこから話そうか」

 



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十九話 在るのは魂

俺には三ノ輪銀という一つ下の幼なじみがいた。生きていればお前と同い年だったな。

 

明るくて、外で遊んだり体を動かすのが好きなやつだった。

 

ある時、あいつは突然死んだ。別の学校に通ってたが、その遠足の帰り...事故みたいなものだ。

 

再会する時には死んでるなんて思わなくて、前日まで平和な日常だった。終わりはあまりにも唐突で、残酷だった。

 

葬式にも出たが、とても生きた心地がしなかったよ。事故の原因を恨んだときもあった。

 

でも......なんのいたずらか。帰ってきたんだ。あいつ。

 

中一から、ついこの前まで、俺は銀の魂と一緒に過ごしていた。入れ替わったり友奈も何回か話したことあるぞ?

 

...でも、奇跡みたいな時間も終わった。

 

あいつはもう俺の元にはいない。どこに行ったかも分からない。

 

でも、これが正常な形なんだよな。死人の魂と一緒に過ごしている方が頭おかしい。

 

夢のような時間、それがいつまでも続くはずないのに...

 

二回も遠くに行ってしまった彼女に、俺はどちらも別れを言うことはできなかった。それが悔しくて。

 

もう一度話したかった。もう一度お礼を言いたかった...考える度に苦しくなって。

 

でも、きっと俺は忘れてしまう。この辛かった気持ちを、全部。

 

思い出すのが怖い、忘れてしまうことも怖い。彼女がいない毎日に生き甲斐がない_________

 

 

 

 

 

(助けて)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「だから悩んでたのさ...こんな話、信じないだろ?」

 

俺は自嘲して友奈に目を向けた。うつむいた彼女の前髪が邪魔で顔を見ることは出来ない。

 

(何言いたいのか分からないし思ったことを口に出しただけだし...おまけに魂がどうとか)

 

俺自身、こんなことを突然言われたら疑うだろう。いくらお人好しの友奈といえど__________

 

俺の予想を、友奈は裏切ってきた。

 

「...信じるに決まってるじゃないですか!」

「え...」

 

友奈の頬には涙がつたっていた。

 

「だって先輩、そんな辛そうに話してるじゃないですか!信じない筈ありません!」

「でもお前、こんなでたらめみたいな話」

「それでも!私、銀ちゃんのこと全然わからないですけど...先輩なら」

「っ...!」

 

友奈の叫びに、心が砕ける音がした。

 

「...じゃあ、教えてくれよ...どうすればよかったんだ...どうすればいいんだ...」

 

あの時、これから、止めどなく溢れる気持ちが抑えられなくて涙が出る。

 

「忘れたくない...」

 

大切な銀との思い出。

 

「苦しい...」

 

言葉をかけられなかったことへの忘れてしまいたい後悔。心がかっぽり空いた俺がどうすればいいのか分からない虚脱感。

 

「助けてくれ...」

 

口も心も俺の考えを無視して、ただ泣き叫んだ。

 

 

 

 

 

いくら時が経ったのか分からない。溢れる涙が出尽くした時、温もりを感じた。

 

「...友、奈?」

 

いつの間にか隣まできていた友奈が、俺のことを抱き締めている。

 

「受け入れればいいんです。銀ちゃんがいなくなってしまった寂しさを受け入れて、いなくなってことを受け入れて...それで、いつまでも忘れなければ苦しくなんてないです。だってきっと楽しい思い出ばかりですから!」

「...そんなこと言ったって」

「私、銀ちゃんのこと何も知りません...でも、椿先輩が苦しむことを望んでるとは思いませんよ」

「っ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

友奈にしがみついて泣いて、しばらく。

 

「...ありがとう」

 

体を離し、涙を拭った。

 

(もう気持ちの整理は済んだ...)

 

あの時意識を失ったことは後悔してもしたりない。本来満開で失うものは俺から出されるべきだ。

 

でも、あいつに別れの言葉を言うのは_______あいつと同じ場所についたときで、いいだろう。

 

(問題の先伸ばし...ごめんな、銀。許してほしい)

 

銀はもういない。前も思ったこと。

 

だが、だからこそ、銀の幼なじみに相応しく生きよう。誰より勇ましく戦い、誰より愛らしかった彼女の幼なじみだと名のれる人として。

 

(きっと銀なら、そっちを望んでるだろう)

 

『やっとか...長過ぎるんだよ。くよくよして』ふと、そんな声が聞こえた気がした。

 

都合のいい解釈だと言われようと、俺はこれで生きていく。みんなと__________

 

「大丈夫ですか?」

「あぁ。もう吹っ切れた。話してスッキリしたのかな...」

「ならよかったです!」

「...本当にありがとう。友奈。...今度ちゃんとお礼させてくれ」

「いえいえそんな!いつも先輩にはお世話になってますから!」

「じゃあうどん奢らないな」

「ええっ!?」

「そこは嫌なのかよ。はぁ...早く寝に行け。誰か気づいたら心配するぞ」

「は、はい!おやすみなさい」

「おやすみ」

 

部屋を出ていく友奈を隣の部屋に入るまで見送る。

 

「椿...」

「!?びっくりした...風か」

 

部屋とは反対方向にいたのは、ペットボトル二本を持った風。

 

「その顔...清々しそうね」

「見てすぐの印象がそれって、最近の俺は相当な顔してたんだな...」

「魂抜けてたわよ。今日は...もう昨日か。まだ普通っぽくなってたけど、今は前よりいい顔してると思う」

「...心配かけた。ごめん」

「前も似たようなこと聞いたわね...いいのよ。誰だってへこむことはあるわ」

 

こういうことがすらすら出るのは流石女子力王と言ったところだろうか。

 

「...私が心配しなくても、友奈がなんとかしてくれたみたいね。飲み物無駄になっちゃった」

「...無駄なんかじゃない」

 

ペットボトルをひったくって、キャップを開けた。

 

「俺の話、聞いてくれないか?風にも話したいんだ」

「...とりあえず、うるさくなるから部屋入りましょうか」

 

その後は、風に色んな話をした。銀がどういう人だったのか、見ず知らずの相手が分かるようにたくさん。

 

どの話も風はしっかり聞いてくれた。「たまに風先輩って言ってたのは銀だったのね」なんて笑ってくれる。

 

(俺はこの記憶を忘れない。どれだけ忘れようとしても出来なかったんだ。体の一部なんだから)

 

そして、ここに三ノ輪銀という少女の『魂』を刻み込もう。いなくても、あいつと共に歩んでいこう。

「...ねぇ椿。聞いてもいい?」

「ん?」

「...もしかして、満開の後、銀の意識は無くなったの?」

「...どっかで聞かれてたか。そうだよ。俺に後遺症がないのは、身代わりになったからだろうな」

「...ごめん。私が椿を勇者部に巻き込まなければ......」

「風...」

「あたし...どう謝れば...」

 

俺は充電させていたスマホを開いた。アプリのボタンを押す。

 

「風、見てくれ」

「...あんたそれ、勇者の服じゃない!!」

 

涙目の風が驚くのも当然だろう。今俺は大赦に回収された筈の勇者装束を身に纏っているのだから。

 

「お前に渡した壊れてんのは代替機の方。大赦から回収されないってことは、旧型である俺のはいらないんだろ」

「旧型?」

「そう。これは先代勇者が使っていた物。勇者の名前は三ノ輪銀」

「は!?」

「俺の幼なじみは勇者だったんだよ。そんで俺も勇者に選ばれた...なんの偶然か知らないが、風が俺を勇者部に入れなくたって、俺がバーテックスと戦うことは決まってたんだよ」

 

ランダムで選ばれるらしい勇者だが、先代勇者の端末はいわば約束されたチケット。元勇者の魂が入っていれば、当たり前である。

 

(それに...俺が、銀のお陰で勇者の適性があるのなら。この姿になれるってことは、あいつがまだ俺の元にいてくれてるってことだ)

 

元から俺自身に適性があるなら別だが、その存在が、例え意識がない状態でも、思い出だけでも、いてくれるなら。

 

これだけで俺は背中を押され、暖かい気持ちになれる。

 

「だからお前が気にするな」

「...ありがとう。こんなときも優しいのね」

「こんなときだからこそ。だろ。というかもう吹っ切れた状態なんだから今が一番じゃないと困る。別れの言葉が言えなかったことだけはあれだったがな...風」

「何?」

「ありがとう。こんな俺を心配してくれて。良い仲間を持ったよ」

「...ほんと、吹っ切れたわね」

「じゃないとあいつに怒られると思うからな」

 

多分俺は、笑顔だった。勇者部の皆が、銀が、笑っているように。

 

「んー...だいぶ遅くなっちゃったな。寝るわ...はいこれ」

「え、これあんたの部屋の鍵じゃない。あと本...?」

「樹と風用に買ってたやつ。旅行が終わったら使ってみてくれ。そっちの鍵は明日起こしに来てくれってことよ。最近まともに寝れてなかったから起こしてもらわないといつまで寝てるか分からない」

「あんたねぇ...しゃーない。今日はゆっくり寝なさい」

「サンキュー」

 

ペットボトルの中身はとうに無くなっていて、ゴミ箱に投げ入れてから風は部屋を出る。

 

「明日になったら皆にもちゃんと言うのよ?」

「わかってるよ。おやすみ」

「っ...おやすみ!」

 

なぜか顔を赤くしてる風が逃げるように部屋に帰ったのを見て、俺も部屋に戻った。

 

きっと、今日からまた楽しくなるだろう__________外に見える星は満天に輝いていた。

 



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二十話 届く思い

ゆさゆさと体を揺らされる。

 

「......もう少し...」

 

眠たい俺は転がって布団から出た。

 

(...あれ)

 

俺は普段ベッドで寝ている。布団から転がったら床への転落が待っているはずで__________それはなかった。

 

「...あー」

 

ぼけ~っとしながらまぶたを開けると、太陽の光と樹の顔が見える。

 

「おはよ...樹」

『おはようございます』

「うーん...樹!?」

 

ガバッと起きると、見知らぬ部屋で寝ていた。

 

(...いや違う。旅行中じゃん)

 

思い返せば昨日から訪れている旅館だった。

 

『今九時です』

「もしかして起こしてくれたのか?」

『はい。皆はもう海に行ってます。私が起こす係りに任命されました(^^ゞ』

 

ペラペラとスケッチブックを捲るだけなので、この時間には起こすよう決め、必要なことを書いといたのだろう。

 

『ご飯はここに用意してもらいました。顔洗ってパパっと食べちゃってください』

「わかった。ありがとな」

 

注文通りさっさと顔を洗い、ついでに浴衣から着替えて水着も履いておく。

 

「いただきます」

 

そうして飯を掻き込んでいった。樹をあまり待たせるわけにはいかない。

 

『お姉ちゃんから聞きました。元気になったみたいでよかったです!』

「みんなに心配かけたんだな...本当悪いことをした」

『古雪先輩、私は歌のテストの時みんなに助けられました。私じゃ頼りないかもしれないですが...次からはちゃんと言ってくださいね』

「頼りないとは思ってなかったよ...でも、ごめん」

 

普通はありえないあんな話を信じてくれるとは思わなかった。自分が吐露するところまでいけてなかった。

 

(結局信じられてなかっただけか...みんなに申し訳ない)

 

「樹はなんだかんだしっかりしてるしな」

『ホントですか!?』

「風の悪いところをカバーして、良いところを増してる印象だな...ご馳走さま!お待たせ。行こうか?」

『はい!中に水着着てるのでそのまま行けます!』

「俺も。さっさと行かないと怒られるもんな」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「友奈ー!東郷ー!スイカ持ってきたぞー!」

「あ、椿先輩!樹ちゃん!」

 

古雪先輩と樹ちゃんは旅館の方からスイカを持ってきていた。

 

「旅館の人がくれてな。せっかくだからスイカ割りでもしようぜ」

『お姉ちゃんと夏凜ちゃんはどこですか?』

「二人ならあっちで競泳しに行ったよ」

「じゃあ呼んでくるか。皆は待っててくれ」

 

スイカだけ置いて歩いていく古雪先輩を見て、私は息をついた。

 

「先輩、本当によくなったわね」

『ですね♪』

「やっぱり楽しいのが一番!」

 

昨日、知らない間に友奈ちゃんは古雪先輩のお部屋に行ったらしい。話をして、結果先輩は昨日までとは別人のようだ。

 

(友奈ちゃんは凄いな...)

 

「連れてきたぞー」

 

スイカ割りに挑戦するのは樹ちゃん。友奈ちゃんも古雪先輩も風先輩もそれに声をあげている。

 

「樹ちゃん右ー!」

「あはは、なにその構え!」

「お前の真似だろ」

「え、あたしあんなん?」

 

そっちを眺めていると、夏凜ちゃんが静かに私の隣まで来ていた。

 

「なんだか、気にかけてて損した気分だわ」

「夏凜ちゃん、凄く心配してたものね」

「な、わ、私は別に心配なんて...!」

 

相変わらず夏凜ちゃんは分かりやすくて面白い。

 

(友奈ちゃん...)

 

勇者部の中心で笑う彼女の親友であることが嬉しくて誇らしい。

 

「今度はあんたが遠い目してるわよ。東郷」

「...なんでもないわ」

「夏凜ちゃーん!東郷さーん!スイカ食べれるよー!」

「行きましょうか」

「そうね」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

海で遊んで、露天風呂に入って、ご飯を食べて。全部昨日と似たことな筈なのに、全てが違って感じた。嬉しいし楽しい。

 

(銀も、どっかから見て楽しいって思っててくれればいいな)

 

「......」

 

ただ。

 

「あたしここね」

「ジャンケンじゃないの?」

 

(忘れてたー!)

 

二日目の夜は他の部員と同じ部屋で寝ることを完全に忘れていた。俺の部屋に置いていた荷物は全てがこっちの部屋に移されていて、全員浴衣に着替えた現在布団の敷く場所を決めている。

 

「いやあの、俺は押し入れの中に...」

「椿はここね!」

 

せめてもの抵抗として誰とも近寄らなくてすむ押し入れに逃げ込もうとするが、布団に押し倒された。

 

「お前らホントにいいのか?なんか間違いあったらどうするつもりだ?」

「椿がそんなことするはずないでしょ」

 

あっけらかんと言う風に対し、俺の心は晴れないままだった。

 

(俺だって男子なんだが...信頼されてるって言われれば嬉しいけど、複雑な気分...)

 

「大人しくしなさい。わ、私は椿を見張るから隣にするわね」

「部長として右に同じ」

「...あーもー好きにしてくれ」

 

『お姉ちゃんがすいません』とスケッチブックを向けてくる樹に迷惑をかけまいと「大丈夫だよ」と口パクした。

 

結局布団三枚を横並べにし、それが二列。左から順に、風 俺 夏凜と、樹 友奈 東郷になった。

 

「中学生が集まって旅の夜どんな話するか分かるわね?」

「辛かった修行の体験談とか?」

「ふっ...痛っ」

 

素で返す夏凜に思わず笑ってしまったが、すぐさま蹴られて顔をしかめた。足は出さないでほしい。

 

『コイバナ...?』

「流石樹!というわけで我こそはという人挙手!」

 

結果は無言だった。

 

「意外だな。皆かわいいからあるかと思った」

 

夏凜は勇者として頑張っていたから外すとして、友奈_______は東郷と互いにずっと一緒だから近寄れる男子がいないのだろう。犬吠埼姉妹は分からない。

 

(そういえば風は...)

 

「あ、あははー」

「素でこういうこと言うんだよな...椿は」

『...』

「誰もないのー?」

「そういうあんたはどうなのよ」

「ふふふ...聞きたい?」

「え、あるの!?」

「風先輩あるんですか!?」

 

(寝るか)

 

「あたしチア部の助っ人した時、汗をほとばしらせ、長い髪を揺らしたあたしのチア姿に惚れた人がいてさ!『デートしないか』なんて誘われたもんよ!」

「へー...本当なの椿?」

「全く信じられてない!?」

「疑う気持ちもわかるが真実だよ。当時は部活で集まる度に進捗言われたんだから」

「あんたも災難ね...」

 

この話はもう何十回と話しているため慣れた。だから裏事情に関してもすらすら言葉が出てくる。

 

「でも一年生だった当時部活は俺と風の二人きりでな。その男子はデートより勇者部の活動を優先してた風を見て、俺と風が付き合ってるんじゃないかと思って諦めたらしいぞ」

「そこまでいっちゃうのあんた!?」

「風先輩は自分のことより勇者としての活動を選んだんですね」

「風先輩すごーい!」

「あぁ、うん...そ、そうよ!」

『お姉ちゃん...素直になろうよ。絶対お姉ちゃんの望む形にはならないから』

「うー...」

 

何故か唸りだした風は、標的を俺に定めた。

 

「そういう椿はどうなのよ!あんただって勇者部に出てたじゃない!」

「俺?俺は...」

 

ここで望まれているのは勇者部にいた期間。それで浮いた話は__________

 

「あるぞ、中一の時告白されてる」

『!?』

 

全員が言葉にならない驚きを隠せないでいた。

 

「え、嘘、聞いてないんだけど!?」

「もしかして椿先輩って付き合ってるんですか!?」

「あんま話すことでもないしな...付き合ってたらこの部屋にいないだろ。流石に」

 

話すには少しトラウマが抉られる内容だが、皆興味津々そうなので口を開いた。

 

「えー...中一の時は男子でかなり人気な女子だったな」

「どうしてお断りしたんですか?」

「関わったことないのによく話したことになってて、紙に書いてたこと読んでたから。大方罰ゲームで皆が作った文を読む。そんな感じだったんだろ」

「うわぁ...いるのねそういうの」

『災難でしたね』

「実際そのせいで部活遅れて風に怒られるし酷かったわ」

「あたしより酷いじゃないのよ」

「ネタ出せって言うからだろ...」

『じゃあ椿先輩、もし勇者部の誰かと付き合うなら誰がいいですか?』

「へ?」

 

その文字を見て、周りが固まった。主に前と左から息を飲む音が聞こえてくる。

 

「えーと...ノーコメントで」

『えー』

「いや...これからも一緒にいたい奴等と気まずくなってもなぁ」

『なら許します』

 

どうやら尋問は終わったらしい。

 

「樹...」

『まぁまぁ』

「はぁ...次友奈!なんか際どいやつ!」

「えぇ!?そんな無茶ぶりを...」

「際どい話なら任せてください!」

 

目を爛々と輝かせた東郷から聞かされたのは怪談で、そう時間を置かずに寝ることにした。二名ほど気絶で就寝していたが。

 

(東郷の話は怖すぎる...)

 

俺も怪談話で目が覚めてしまい、夜だというのに眠気は全くない。

 

(昨日寝すぎたのもあるか...)

 

うとうとしたりぼーっとしてると、衣擦れの音が聞こえた。

 

「んー、東郷さん...」

「ごめんね友奈ちゃん、起こしちゃった?」

 

(東郷と友奈か。幽霊でも出たかと思った...)

 

「肌身離さずだね、そのリボン」

「事故で記憶を無くしたとき、握りしめていたんだって。誰のものか分からないけど...とても大切なもの...そんな気がして」

「そっか...」

 

そのリボンの正体を、恐らく俺は知っている。だが真実は知らないから、何も言うことはできない。

 

「と、東郷さん!?何で泣いてるの!?」

「...私ね、怖いんだ。無くしてしまった記憶がすごく大切だった筈なのに思い出せない...そして、同じくらい大切な友奈ちゃんたちとの記憶も消えちゃうんじゃないかって」

 

誰も起こさないよう静かに、東郷の声が部屋に響く。

 

「勇者部が毎日楽しいと思えば思うほど凄く怖いの」

「東郷さん」

「っ...ごめんね。一人でいるとつい悪い方向に考えちゃって」

「勇者パンチ!」

「あうっ」

 

割りと痛そうな音が聞こえて、俺は目を開いて少しだけ様子を伺った。

 

(なにやってるんだ)

 

「今考えてもしょうがないし、水臭いよ東郷さん。そういうときはいつでも私を頼ってほしい」

「っ!」

「笑えるときはいっぱい笑おう。泣きたいときは一緒に泣こう。例え忘れても...また一緒に思い出を作ろう」

「友奈ちゃん...」

「私は、みんなはいつでもそばにいるから!」

 

きっと、この話を盗み聞きするのは良くないだろう。今さらながらにそう思って、目を閉じる。

 

(そのみんなの中に、俺も入れていればいいな)

 

そんなことを願いながら。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

朝起きたら風に抱きつかれてて驚き、起きた風に殴られて嘆いた。

 

二泊三日の旅行が終わり、既に全員と別れて帰路についている。

 

『部屋に帰るまで携帯見るの禁止!!』

 

突然言われたお達しに疑問を浮かべながら帰るとすぐ家についた。両親は仕事でいない。

 

「ただいま」

 

かなり長い間この家から出ていた気がして挨拶してから入る。

 

(髪切らないとな...)

 

長くなった黒髪も今さらながらに気になって、床屋の予定を立てながら部屋へ。

 

「...?」

 

部屋に入ると、銀との写真が飾られているだけの机に見知らぬ封筒が置いてあった。

 

「なんだこれ...俺宛?」

 

裏に『椿へ』とだけ書かれた封筒をあける。

 

「っ!!」

 

読み終わってからスマホを確認。『ありがとう』だけ送ってから家を飛び出た。

 

視界がぼやけながら向かうのはもう一つの俺の家。

 

「お邪魔します!...お前ら!」

「にーちゃ...ぐぇ」

 

三ノ輪兄弟を見つけて、俺は涙を流しながら抱き締めた。

 

「ありがとう...ありがとう」

「にーちゃん苦しい」

「にーに...」

 

封筒の中身は、勇者部と兄弟が俺に書いた手紙だった。旅行でいない間に二人が置いたであろう物をみて、いてもたってもいられなかった。

 

(銀、お前の兄弟にも救われたよ)

 

いつか舎弟にしてやると可愛がっていたあいつがこれを見れば、成長したと泣くだろうか。

 

(勇者部のみんなにも救われた...お前ともっと一緒にいたかったけど、離れてしまったなら見ていてくれ)

 

俺とあいつは『魂』で繋がっている。そう確信して、もう一度二人を抱き締めた。

 

(お前が「椿の体差し出せばよかった!」って駄々こねるくらいには、羨ましい生活してやるよ!)

 




椿復活!ということで旅行編でした。

次は短編か本編か...どうしよう。早くあの子を出したいな...


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短編 夢の中で

この話は本編とほとんど関係ない、欲望にまみれた短編です。合わない人は次の話(本編の続き)へ進んでください。
構わないという方は読み進めてください。可愛く友奈ちゃんが書けていることを願います。

下から短編内容です。


なんてことはない夏休み。セミは鳴き、窓ガラス越しに太陽の日射しがじりじりと部屋を暑くする。

 

「......うーん」

 

暑苦しさで起きると隣に友奈がいた。

 

「......うん?」

 

俺は普通に起きようとして、もう一度隣を見た。隣には一切服を着ていない、生まれたままの姿の友奈が、幸せそうに寝ていた。

 

「......夢か」

 

結論をつけてもう一度ベッドに寝転がる。「やぁっ...」と声をあげているが気にしない。というか気にしたら襲ってしまう。

 

「しかし、欲求不満か...気まずいなぁ」

 

勇者部にいる五人は余所とは次元が違うレベルで美女揃いだ。クラス内で下世話な話をしている男子も少なくない。

 

だが夢で流されてしまえば、現実で気まずくなるのは確定である。

 

「まぁいい。寝よ寝よ」

 

起きた頃にはいつも通りの朝が待っている。

 

「んにゅー」

「!!」

 

友奈の方を見ないよう体制をとり寝ようとしたら、友奈が抱きついてきた。服越しに柔らかな肌と、確かな暖かみが__________

 

「つばきせんぱぁい」

「ひっ!」

 

耳元でぼそぼそっと甘い声が流れてきて、体が固まる。透き通った肌をした手がそんな体を捕まえた。

 

「私...待ってたんですよ?」

「友奈。や、やめっ...」

「ねぇっ...先輩が攻めてくれるの...想像しただけで熱くなって...」

 

どろどろの蜜が耳元を犯していく。血が沸騰したように熱くなる。

 

裏返った声も、友奈を止めることなんてできない。胸を指でつつかれる度に友奈のことしか考えられなく__________

 

「おい、夢なら俺の言うこと効いてくれよ...」

「ダメですよ。もう私ぃ...止まらないですもん。ふーっ...あむ」

「ーー!!!」

 

耳に息をかけられ、暖かくて湿った空間に放り込まれた。ぴちゃぴちゃ反響する音に声にならない悲鳴をあげて逃げようとするが、体は全く動かない。

 

「あむっ...んっ...美味しぃ」

「友奈...ホントに...ダメ......」

「なんでですかぁ?」

 

すりすりと後ろの温度がずれ、その度に甘い香りが思考を削っていく。

 

もうこのまま________

 

(いやいや!耐えろ!!)

 

夢でも後輩に迫るなどヤバい。

 

「もっとしましょう先輩。私...大好きなんですよ?せんぱいのこと...」

「わかった。わかったから!」

「わかってないですよー...強情だなぁ先輩は」

「友奈......頼むから」

「せんぱぁい」

「え」

「堕ちちゃえ♪」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁ!?!?いってぇぇ!?」

 

飛び起きて部屋を出て、頭をぶつけて床を這いずり回った。

 

(......夢?)

 

静かに部屋に戻ると、友奈の姿はなかった。

 

「なんつー夢を...」

 

思い出しただけで体が火照る。

 

(でもよかったなぁ...じゃなくて!!)

 

結局、その日は川掃除に現れた半袖短パンの友奈を見て、挙動不審になっていた。

 




友奈スキーが一人でも増えることを祈りつつ...


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二十一話 覚えているか

S属性高めな友奈ちゃんよくない?いや良い(反語)なお、今回の話には全く関係ありません。

そしてあの子の登場です。




あの旅行から何日か経って。長くなった髪は前だけ切り、後ろは放置していたものを一つ結びにしてみた。

 

ここまで長くしたのは初めて、とはいえ男子の長めなので結んだ先はちょろっとしかない。

 

(銀スタイル...短めだしまだいけるかな)

 

勇者部からは賛否両論だが、暑い時期後ろ髪を一つに纏めるのは涼しかったため続けている。

 

楽しかった夏休みが終わり、新学期。演劇の準備で夏休みほとんど勇者部にいたから大して気持ちが変わることのない中で。

 

「バーテックスには生き残りがいて、延長戦に突入した」

 

未だ片目の風が言ったのは絶望的宣告で、アタッシュケースに入ったスマホがそれを間違いないものとしていた。

 

「生き残り...戦いはまだ続く」

「本当、いつも突然でごめんね」

「今さら生き残りの一体や二体関係ないわ」

『そうだよ!』

「みんな...ありがとう」

 

それぞれが端末を起動させると、精霊達が飛び出た。一匹、二匹三匹四________

 

「前より数増えたな」

「大赦がアップデートしてくれたらしいんだけど...ちょっとした百鬼夜行ね」

「精霊の管理くらいしときなさいよ!」

 

何故か夏凜と、大赦に端末を返してない俺だけ精霊の数は増えていない(俺の場合元からゼロだが)

 

(増えた数...やっぱり原因は満開なのか?)

 

「っ!樹海化警報!」

「噂をすればなんとやら...」

「皆準備はいい!?いくわよ!」

 

皆がそれぞれの装束を着て、俺もアプリを起動させる。

 

「敵は...一体!」

「私が倒したやつ...」

「初めから、二体で対になる奴なのかもしれません」

「よーし!延長戦頑張ろう!」

「殲滅してやるわ!」

「......行くぞ!」

「椿!あんた」

「大丈夫。ここにはみんながいる!」

 

止める風は、きっと俺が満開で銀を失ったことを気にしている。無理して敵討ちでもするんじゃないかと。

 

でも、もう俺は一人じゃないと知っているから。葬式の日に泣くしかなかった俺ではないから。

 

刀だけ出して足を踏み出す。夏休みの間もやりつづけた特訓のお陰で刀の使い方は慣れたが、斧はやっと前の時くらいになった程度だろうか。

 

(斧使ってる時は、銀の力を借りてたんだな...前の方が上手くできてた)

 

今では二本の木刀に重りを貼って双斧もどきとして練習しているが、まだ時間はかかりそうだ。

 

「先行くわよ!」

「よーし、私も!」

「...全員、無茶はダメよ!」

「はい!」

「わかってる!」

 

生き残ったバーテックスの特徴は速くて小さい。恐らく他のバーテックスと現れて気づかぬ内に神樹様にたどり着こうというやつだろう。個人的には見た目も他より気持ち悪く見えた。

 

「「はぁぁぁぁぁ!!」」

「うぉぉぉ!!」

 

友奈と夏凜が殴ってできた隙をついて刀を突き刺す。勢いよく突いた為バーテックスはそのまま倒れた。

 

「東郷!」

 

盾を構えながら即離脱。東郷が狙いを違えることなくバーテックスを撃ち、風が大剣を叩きつけた。

 

「やったぁ!」

「このまま封印するわよ!」

 

飛び出た御霊は数を増やすが、樹が糸で破壊。必要ないが、盛り上がることもないなんとも微妙な延長戦だった。

 

「私がやる!」

「下がってなさい風!私はここに助っ人できてるの。やらせてもらうわ!」

「夏凜...」

「よっと」

「「あー!」」

ごちゃごちゃ騒いでる間に俺が刀で御霊本体を切り、バーテックスは砂となった。

 

「あんた何勝手に」

「いや、話してる時間勿体ないじゃん?」

「椿先輩怪我は!?」

「んー...特にないよ」

 

満開は戦うことでゲージが溜まり、それを使うことでなれる。風も夏凜もみんなに満開______それによる後遺症が出ないように配慮しての結果だろう。

 

だが、いずれ治ると言われ続けている後遺症は、恐らく治らない。これは現状俺だけが知っている。他の人より満開は危険だと自覚しているので、これでいいだろう。

 

(そういえば、俺の満開ゲージってどこだろう)

 

あちこち見ると、腰の側面に咲きかけの花があった。

 

(...なんだろう)

 

花に関して詳しく無いため全くわからない。

 

「椿!聞いてるの!?」

「あ、あぁ聞いてなかった」

「全く!今日うちに来なさい!たっぷりお説教してやる!」

「許してくれよなー」

 

討伐完了から時間が経ったので神樹化は解け________見知らぬ景色が目に映った。

 

「え?」

 

いつもなら讃州中学の屋上にいるはずなのに、夕焼け空のこの場所はまるで違う。

 

「あれ、皆は!?」

「古雪先輩...」

 

友奈と東郷だけは隣にいるが、犬吠埼姉妹と夏凜はいない。

 

「あれしか立ってた場所違ってないのに、戻る場所にこんな違いが...前はそんなことなかったのに」

「ここ電波入ってない!?」

 

スマホをいじる友奈が「うー」と 唸っていると、声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「ずっと呼んでたよ。わっしー。会いたかった」

 

どこかで聞いたことがあるような、懐かしさを感じる声__________

 

「あなたが戦っているのを感じて、ずっと呼んでたんだよ」

「っ...」

 

声の方へ向いて息を飲む。いたのは左目と、右手の指以外の全身を包帯と衣服で隠された、かろうじて人とわかる人物だった。声からして、若い女。

 

その目は、東郷をじっと見つめている。

 

「わっしー?わ、鷲!?」

「友奈それは...東郷、知り合いか?」

「...いいえ、初対面です」

「っ...」

 

一瞬、彼女の目が細くなった。

 

「あぁ...わっしーってね。私の大切な友達の名前なんだ」

「......」

 

体のどこかが焼けるようにちりちり唸る。あと少しで何かに気づけそうな__________

 

「バーテックス退治お疲れ様」

「っ!バーテックスをご存知なんですか?」

「一応先輩ってことになるのかな。乃木園子って言うんだ」

「っ!!!!」

 

スマホが手から離れるのを、俺は気づかなかった。

 

「先輩?」

「......」

「先輩!」

「っ...ごめん、ちょっとビックリしただけだ」

 

心配かけまいとスマホを拾う。乃木園子__________かつての勇者。

 

(やっぱり、東郷は鷲尾須美だった...!)

 

わっしーと呼ばれたから間違いない。

 

「私も勇者として戦ったんだ。大切な友達と一緒に。今はこんなになっちゃったけどね」

「...満開か」

「え!?」

「......友奈ちゃんは満開したんだよね」

「は、はい」

「咲き誇った花はどうなると思う?」

「それは...」

 

察しのいい東郷はもう気づいたみたいだ。つけているリボンに手を当てている。

 

「満開したあと、体のどこかがおかしくなった筈だよ」

「!!」

「散華。神の力を振るった満開の代償」

 

そうして乃木園子は、散華について話した。花を一つ咲かせば一つ散る。二つ咲かせば二つ散る。そして、勇者は死ぬことがない__________

 

「それで、戦い続けて今みたくなっちゃうんだ」

「...まるで、供物だな」

「じゃあ、その体は代償で...」

「うん」

 

夏休み明けとは思えない冷たい風が肌を撫でた。誰一人動く者はいない。

 

「どうして私達が...」

「神に見初められるのはいつだって無垢な少女だったから。汚れなき身だからこそ大きな力を使える...何故あなたが勇者になれるかはわからないけれど」

 

乃木の目がこっちを向いた。確かに、勇者となれる男というのは常識から外れている。

 

「...あぁ、そうだな」

 

だが、俺も常識から外れた存在。死者の魂と過ごしていたのだからこのくらいのイレギュラーはあるのだろう。おまけにその魂は先代勇者。

 

(銀のお陰で、ここにいられるんだな)

 

その後も勇者になれるのは、単に俺の素質なのか銀の残滓によるものなのかわからないけれど。

 

(きっと、銀の魂が変わらずここにあるからだ)

 

都合の悪いこと解釈なんてとうに捨てた。

 

「...力の代償として、体の一部を供物として神に捧げる。それが勇者システムだよ」

「私達が...供物!?」

「私達がやるしかないとはいえ、酷い話だよね」

「で、でもバーテックスは全部倒したから!!もう戦わなくて...きゃっ」

 

友奈が驚いて東郷の車椅子にしがみつく。俺は無意識に勇者アプリを開いた。まだ勇者にはならない。

 

「大赦の...人?」

 

同じ服、同じ仮面を被るのは、仮面のマークからして大赦の人間。

 

「何の用だ」

「私を連れ戻しに来たんだよ。抜け出してきたからね」

「園子様...」

「彼女達を傷つけたら許さないよ?大切なお客様だから」

 

二年前まで小学生だった筈の少女が出せるとは思えない感情のない声。それに反応して大赦の人間は頭を地面につけた。

 

「悲しませちゃってごめんね。大赦がこのシステムを隠すのは一つの思いやりだと思うんだよ」

 

でも、私は最初にちゃんと言って欲しかったから__________

 

左目から、感情が抜け落ちるように涙が流れる。

 

「最初にわかってたら、友達ともっともっと遊んでたから...」

「っ」

「!友奈、ちょっと」

「え、わわっ」

 

東郷が車椅子を寄せて乃木の隣に行くのを見て、友奈を引っ張った。

 

「大人しくしてろ。今はあの二人だけにしてやってくれ」

 

記憶のない東郷と、体のほとんどが動かない乃木。望む形では到底ないだろうが、今だけは二人だけの再会をして欲しい。

 

「あの、先輩...」

「いいから黙ってろ」

「は、はい...」

 

物陰に隠れてから、二人は東郷のリボンについて話していた。

 

銀の話なら、あのリボンは乃木の物。

 

「そのリボン、似合ってるね」

「これは...凄く大切な物なの。けど......ごめんなさい。私、思い出せなくて」

 

その言葉を、乃木はどんな気持ちで聞いているのだろう。

 

一、二分して。話に区切りがついたところで戻った。

 

「あの...方法は?勇者システムを変える方法はないんですか!?」

 

友奈の叫びは、恐らく無駄だろう。そんなものがあればここにいる乃木がこんなことになるとは思えない。

 

「神樹様の力が使えるのはごく一部。勇者だけ」

「そんな...」

「こうして会った以上、大赦はあなたの存在をあやふやにしないから大丈夫だよ」

 

後半は東郷に向けた言葉だが、当の本人は絶望的な表情をしていた。

 

「園子様...」

「...そろそろ時間みたい。車も来てるし......また、話せるといいね」

 

話は終わりだとばかりに大赦が用意した車が来た。

 

「......友奈」

「はい」

 

二人が車に乗って、後は俺だけ。

 

「お前自身も辛いだろうが...東郷のこと、頼む」

「先輩は...?」

「...あの子と二人で話したい事があるから。また明日な」

 

何か言おうとする友奈を遮ってドアを閉める。

 

(ごめん友奈、東郷。一緒にいて励ますべきなんだろうが...)

 

すぐに乃木がいたところまで戻ると、まだ大赦も乃木も残っていた。

 

「あれ?忘れ物?」

「...まぁ、そんなもんだ」

 

そして、勇者システムを起動させる。

 

「っ!」

「それ...!!」

「乃木園子と二人で話がしたい。明日の朝まで彼女から離れろ。でなければ大赦本部を潰す」

『!!』

 

これから話すことを大赦に聞かれれば俺の身がどうなるかわからない。

 

「...私からもお願い。朝には迎えに来ていいから。少し話したいことも出来たし」

 

乃木の言葉は絶対なのか、聞いた大赦の人間は渋る素振りを見せながら消えていった。

 

「ふぅ...緊張した」

「ねぇ、その服...」

「互いに話したいことがあるだろうけどさ。まずは確認させてくれ」

 

一つ息をついてから、乃木と目を合わせる。

 

「自己紹介が遅れた。古雪椿」

「っ!」

 

二年前、勇者をしていたのは三人。鷲尾須美、乃木園子、そして__________

 

「三ノ輪銀と幼なじみだった者だ」

「椿...」

「お前は、三ノ輪銀を覚えているか?」

 



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二十二話 伝えたい

二つ前に短編あげました。友奈×椿です。詳しくはそちらへ。


「三ノ輪銀を覚えているか?」

 

かつて彼女が身につけていた勇者服で、かつて彼女が共に戦った親友に質問した。

 

「......覚えてないわけ、ないじゃん...ミノさん、三ノ輪銀。私達の大切な友達...」

 

大粒の涙をこぼす彼女の頭を撫でる。銀のよくやっていたことだ。

 

泣かせるつもりはなかったが、名前を出すだけで涙を溢されるとは思わなかった。少しでも気持ちを和らげて欲しい願いで撫でていく。

 

「うぅ...」

「今は我慢しなくていい。俺しかいないから普段よりいいだろ?」

「っ...うわぁぁぁぁぁ!!」

 

絶叫する乃木をひたすら撫でた。

 

抜け出したと言っていた彼女。すぐさま来た大赦。

 

体が動かなくなってから最長で二年。小学生から奉られた彼女の気持ちなんてわからないけど、きっと想像できる限界を越えて辛いことだろう。

 

(せめて今は...思いを吐き出して欲しい)

 

そう思って宥めると、すっかり夜を迎えていた。夏場なので寒くはない。

 

「落ち着いたか?」

「......優しいね。ミノさんみたいな手で...でも違う」

「そりゃな。銀のお墨付きだからそれなりに自信あるんだよ」

「ふふっ...つっきー」

「え?」

「ううん、古雪さん...」

「別にいいよ。つっきーで」

「なら私も園子で」

 

わっしーとかミノさんとかつけている辺り、あだ名をつけるのが好きなのだろう。

 

「つっきー...ミノさんに聞いてたんだ。アタシと全然違う幼なじみがいるんだーって。遠足終わったら紹介してくれるって...」

「俺も聞いてたよ。仲の良い友達が二人もできたって...まさか、こんな形で出会うとは思わなかったけどな」

 

俺達にある共通の話題は銀と勇者であることだけ。

 

「なぁ。教えてくれよ。神樹館にいたときの銀についてさ」

「私も小さい頃のミノさん、知りたいな」

「任せろ」

 

満点の星空が空を覆う中で、俺達は他愛もない_____それでも大切な思いでたちを語っていく。

 

「小五の銀の誕生日はサプライズでやってさ。弟二人は絵を描いて、俺はジェラート奢った」

「ミノさんらしいねー」

「醤油ジェラートの良さはわからなかったな...」

 

俺が小さい頃の銀との思い出を語れば、

 

「遠足の時、ミノさん焼きそば作ったんだよ。すっごくすっごく美味しかった~」

「あいつ家事もできるんだよ。立派な嫁になれたのにな」

「将来の夢はお嫁さんだったよ」

「なにそれ聞いたことない」

「恥ずかしかったんよ~」

 

園子が学校での銀を語る。

 

真夜中になっても話すことは底を尽きず、夢中で語り尽くした。

 

「東郷はやっぱり鷲尾なんだな」

「わっしーは記憶を無くしたんだ...両足も。どっちも散華の影響だよ」

「...園子は何回満開したんだ?」

「覚えてないな~」

「...ごめん」

「気にしないで」

 

話はそのうち勇者のことに変わり、銀が死んでから今の精霊システム、満開システムが追加されたこと。散華のことは知らされなかったことが話された。

 

「わっしーの武器あるでしょ?狙撃銃?だっけ?」

「あるな。スナイパー東郷だから」

「あれの名前『白銀(シロガネ)』って言うんだ」

「お、銀からとったんだな」

「うん。わっしーミノさんのこと大好きだったから。私も好きだったけど~」

 

わかったのは、三人が三人とも友達を大好きだったということ。

 

二人を庇って三体のバーテックスに立ち向かい、散っていった銀を助けられなかったことを後悔していることだった。

 

「...銀はよかったって言ってたぞ。お前らを守れたって」

 

世界のため、家族のため、友達のために銀は二度命を散らした。一度目の後、感想は聞いていた。

 

『アタシだけでバーテックスが帰ってくれてよかったよ。須美も園子も重症だったからな』

 

死ぬほどの怪我______というか死んだ人間が他人を気にするというのはそうそう出来ることじゃない。

 

「...ねぇ。つっきーはなんでそれを知ってるの?ミノさんが勇者だったことも秘密なはずなのに...」

「......今から言うことは、全部真実だ」

 

当たり前の疑問に答えるため、俺はこの二年間を話始めた。

 

突然銀と一緒になったこと。勇者部として、勇者として過ごしたこと。その時勇者として過ごした三ノ輪銀について聞いたこと。そして、満開の後で消えたこと。

 

一人になった俺が自暴自棄になったこと。友奈が、風が、勇者部の皆が、三ノ輪銀の弟達が救ってくれたこと。

 

「そんなことが...」

「信じるか?こんな話」

「......信じられないけど、信じるよ。つっきーが一生懸命話してくれたんだもん」

「ありがとな」

 

園子の頭を撫でると、少しだけ笑みをこぼした気がした。実際は包帯に隠れて分からない。

 

(俺の周りはいいやつばかりだな)

 

だから甘えてしまう。ここの居心地がいいから。

 

「でも...それなら、もっと前に会ってれば...ミノさんに頭、撫でてもらえたのかぁ」

「俺より銀の方がいいだろうからな」

「ううん。そんなことない...誰かに撫でてもらうなんて、もうないと思ってたから...嬉しいよ」

 

涙をこぼしながら、しゃくりをあげながら話す園子。

 

「あ...朝日」

 

気づいた時には朝日が昇ってきた。まだ姿は見えないが、空が明るくなってきている。

 

(そうだ)

 

「園子。目を閉じて」

「え?」

「いいから」

「う、うん...」

 

目を閉じた園子に、ちょっと細工をする。

 

「...終わり!」

「うん...なにしたの?」

「秘密だ」

「園子様。古雪様。お時間です」

「俺も様呼びなのね...勇者だからか」

 

朝日が顔を出した途端に現れた大赦の面々は、昨日の三倍近くいる。

 

(そんなに連れ戻したいか...こんな子を)

 

「ここまで、だな...園子」

「なにかな~?」

「話せてよかった。また話そう。約束だ」

「......うん」

「よし。またな!」

「...つっきー、またね」

 

今度こそ大赦の車に乗り込む。 園子の姿はすぐに見えなくなった。

 

「ご自宅までお送りします」

「あぁ。それ以外に送りつけるなよ」

 

未だに勇者の装束を解かない俺は、胸に手を当てた。

 

(銀の魂はここにある。俺にも、園子にも、東郷にも)

 

だから、俺は供物だとしても、銀の意識が戻らないとしても諦めない__________守りたいもののために。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

翌日。俺は学校を見事に遅刻した。睡眠が足りないに決まってる。

 

(園子に悪いことしたなぁ...)

 

出席したときには最後の授業で、担当教師からはこっぴどく怒られた。それで授業終わらせるのはどうかと思いますけど先生。

 

無事解散、いざ部室に向かおうというとき、動かない風が視界に映った。

 

「風?」

「...」

 

普段なら「遅刻なんてして!しかも最後だけ!?」なんて言ってきそうなものなのに、ぼーっとしている。

 

「ふーうー?」

「わっ!?なんだ椿か...」

「悪かったな俺で」

 

この会話だけで、普段の元気がないことはすぐにわかった。

 

「なんか悩み事か?」

 

話して欲しいと思った。俺を助けてくれた時のように、辛いことは分かち合いたい。

「っ...うぅん」

 

風の返事は微妙なものだった。

 

「犬吠埼さん」

「あ、はい。ちょっと用事あるから。部活今日は行かないからよろしくね」

 

立ち上がって呼ばれた先生の元へ向かう風の手を掴む。

 

「ちょ、椿?」

「勇者部五箇条。悩んだら相談。なんてな」

「っ...」

「メール待ってる」

 

それだけ言って俺も教室を出た。部室に直行すると、俺と風を除いた全員が揃っていた。

 

「早いなー」

「椿先輩!」

『古雪先輩連絡ないから心配しました!ジュースを望みます!』

「椿!あんたねぇ!昨日いきなり消えたと思ったら連絡もないし!」

 

それぞれの反応だが、どれも怒っていた。

 

「...ジュースとにぼし買ってきます」

「なんで私だけにぼしなのよ!私もジュース寄越しなさい!」

「はい!」

 

ジュースを自販機で六本買って戻る。流石に持ちにくいというか、諦めて自分の一本はズボンと腰の間に差し込んだ。

 

「お待ちどー」

 

各員にジュースを配っていく。

 

「あの、私は...」

「こいつらだけ買って東郷には買わない。なんてことするかよ。あと今日の報酬だと思ってくれればいいから」

「報酬?」

「用事で風は部活休み、俺もこのあと抜けるから部長代理よろしくな」

「...わかりました」

「頑張って国防に励んでくれ」

「国防...はい!!」

 

こう言っとけば東郷は大体スパルタの鬼軍曹となるので、仕事をきっちりこなしてくれるだろう。みんなで。

 

「椿先輩...」

『鬼!悪魔!』

「なんとでも言え。こっちは財布空っぽなんだよ...じゃあ後よろしくな」

 

風からのメールを確認して、俺は部室を飛び出した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「飲むか?」

「...ありがと」

 

子供達が遊んでいる公園のベンチで、椿の持ってきたジュースに口をつける。

 

「それで、なんかあったか?」

「...あんたも昨日、友奈と一緒にいたんだよね」

「そういうことか」

 

昼休みに聞いた。満開の本当の意味。

 

「体を供物にして戦う勇者...体は元に戻らない」

「......」

「樹と夏凜にはまだ話さないでって言ったけど...」

「それがいいだろうな」

「...これ」

 

声を上ずらせながら見せたのはスマホのメール画面。

 

「......大赦は満開の代償を隠してる」

 

内容は、身体異常についてなにか分かったかというあたしの質問に対し、現在調査中と返してきた大赦のやりとり。

 

それを見て、椿は顔を変えずに言ってきた。

 

「大赦なりの思いやりだって、昨日聞いたよ」

「先代勇者ってやつでしょ...?」

「あぁ」

「......あたし。どうしたらいいのか分からない」

 

さっき呼び出されたのは、樹が音楽の授業で付いていけないということ。声が出せないのだから当たり前なのに__________

 

この前も、『カラオケ好きの友達に誘われたから、断っちゃった』と言っていた。自分がいてはカラオケを遠慮するからと。

 

「樹になんて声を掛けたらいいのか、分からないよ...」

「...」

 

勇者に誘わなければ、こんなことにはならなかった。大切な妹を巻き込んでしまった罪悪感で死にたくなる。

 

椿は黙って頭を撫でてくれた。優しくて、あたしより少し大きい手。

 

「満開の後遺症をどうこうできるかは、俺にも分からない」

「...」

「提案できるのは、その辛い気持ちを樹に伝えてあげたらってだけだ」

「え...」

「元から過保護なのは知ってるが、そろそろ妹って枠だけじゃなく、同じ家族として頼ってみろよ。樹がそんなことを言われた程度で潰れるとは思えないし」

 

にこやかに微笑む椿に、私は息が詰まった。

 

「......」

「話せるうちに話してみろよ。悪い方にはいかないだろうしさ」

「っ!」

 

椿は、銀という子をもう失ってる。話せなかったことを後悔してる彼の前で、あたしは話せることを隠そうとしていた。

 

「...わかった」

「流石お姉ちゃん」

「あんたの姉になった覚えはないわよ!」

「痛い痛い!」

「...ぁりがと」

「ん?」

「なんでもない!!」

 

 

 

 

 

そこから買い物も手伝ってくれて、家に帰って。

 

「樹ー、ご飯よ」

 

「演劇、そろそろ本格的に始めないとね」

 

「大丈夫!声も文化祭までには治るよ!!舞台裏やらなくても平気だから!主役にしちゃうわよ?」

 

 

 

 

 

結局、何も話せなかった。

 

樹に、両親が死んだ時のような絶望した目をしてほしくない。

 

(悪いことなにもしてないじゃない...絶対治る)

 

「大丈夫...よね」

 

先代勇者のでたらめかもしれない。人間が死ねないなんてありえない。

 

『話せるうちに話してみろよ。悪い方にはいかないだろうしさ』

 

「怖い...怖いよ...」

 

あたしの左目は、暗いままだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

お姉ちゃんは最近無理してる。

 

ここ数日、気の使い方が凄くなって、私に対して少し怯えるようになった。

 

なにかある。でもわからない。

 

お姉ちゃんはいつも私のために行動してくれた。だから、今度は私がしたい。

 

夜。私は一通のメールを送った。

 

『少し、相談に乗ってくれませんか?』

 



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二十三話 樹の祈り

ゆゆゆのキャラソンで一番好きなのは祈りの歌です。異論は全然認める。


今日は散々だった。

 

朝は三ノ輪家で調理を失敗し、昼はテストで凡ミスして悲惨な点数を取った。風がお弁当を忘れて昼飯はなかった(お金は渡したけど)。

 

そして、東郷の家に呼び出された友奈、風、俺は勇者システムについてよくしった。最も、最悪に近い方へだけど。

 

東郷はここ数日で自殺を試みたらしい。切腹に始まり、首吊り、焼身、一酸化炭素中毒_______そのどれもが失敗に終わった。

 

理由は勇者システム。精霊達は勇者を守るのではなく、勇者を死なせないようにするための装置。

 

こうして、先代勇者の言っていることは真実。私達は供物として捧げられた存在だ__________と主張した。

 

俺自身は園子の話を聞いて、疑うこともなかった為特に何か思うことはなかったが、他の二人は違う。

 

「そんな...私達の後遺症が治らないことも...樹の声はもう......」

「風...」

「知らなかったの...私が勇者部に入れたせいで......」

 

いつものように自信に満ちた、明るい風はどこにもいない。

 

「風先輩...」

 

その日は、何も出来ずに解散となった。

 

(せっかく、元の勇者部に戻ってきたのにな)

 

体に異常はあれど、夏休み後半は間違いなく楽しい勇者部だった。バーテックスの生き残りがいて、戦って、真実を確認するまでは。

 

「...風」

 

ポツリと呟いた。このままだと風は危ない。分かっていても、散華が治らないことを知っている身としては、なんと声をかけるのがいいのか__________

 

その時、スマホが鳴った。届いたのはメール。差出人は樹。

 

『少し、相談に乗ってくれませんか? 』本文はそれだけだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

今日は風と私以外用事があると言って部活に参加できず、「あたしたちだけでもあれね」ということで解散になった。

 

最近は全員が集まって部活することが少なくなっている気がする。

 

「全く...しっかりしなさいよ。部長」

 

昼頃、大赦から届いたメールには、私以外の勇者が精神的に不安定であるため、導いてあげなさいと書かれていた。

 

顕著なのは風で、数日前から死んだような顔をしている。一時期酷かった椿と同じかそれ以上か。

 

「心配かけさせるんじゃないわよ...バカ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「早速だけど本題に入ろう」

 

うどん屋ではなく、その辺にあるファストフード店。学校帰りの俺と樹は席を二つ埋めた。

 

「風が心配で、どうしたらいいか分からない。みたいな感じか?」

 

簡単な問いに、樹は首を縦に振った。

 

『お姉ちゃん。最近元気ないし、私のことも少し避けてるみたいなんです』

「あの風が?」

『はい』

 

樹を愛する風がその妹を避けるなんて、偽物かを疑うくらいにはありえない。

 

『心当たりはあります』

「?」

『古雪先輩がお姉ちゃんと友奈さん、東郷先輩と一緒に隠していることです』

「...どういうことだ」

『そんな顔しないでください♪』

 

どうやら顔が固かったらしい。ぐにぐにと表情を弄ってから向き直る。

 

「......それで、そんなこと言うならわかってるんだよな?」

『ここ数日よく見ると...お姉ちゃんはよく声のことを気にしてます。前からですけど最近特に。もしかして満開の後遺症って...私の声ってもう治らないんじゃないですか?』

「......」

 

ここで言わないとすれば、樹を信じてないことになるだろう。自力で真相にたどり着いた彼女の目が絶望に染まっていれば黙っていたかもしれない。

 

だがその目は、お姉ちゃんの助けになりたい。と語っていた。

 

「...正解だよ。俺と友奈、東郷はこの前のバーテックス戦の後、先代勇者に会ったんだ」

『先代勇者?』

「大赦で祀られている少女さ。樹の一つ上...彼女の体はほぼ全身に包帯が巻かれていた。満開を繰り返し、その代償を払った結果だ」

『そんな人が!?』

「いた。それを風には話した。だから気にしてたんだよ...樹になんて声をかければいいのか分からないって言ってた」

 

妹の声を間接的にとはいえ奪ってしまったと後悔する姉。兄弟に似た子達の世話をしている身としては、辛い感情がある程度わかる。

 

「そんで昨日。東郷が先代勇者の言っていたことが真実なのか検証して、間違いないとなった。俺はそんなことしなくても本当だろうと思ってたけど...樹がこれを聞いて受け入れられるかわからないから、皆黙ってたんだよ」

『悪気がないのはわかっています』

 

樹はせっせとスケッチブックに文字を書いていくが、書ききったのか新しい物を取り出した。これも自分の声が治らないと知って買いだめしたのだとしたら、心が痛む。

 

『私、夢があったんです』

「夢?」

『夏休み前の歌のテストで、歌手になりたいと思いました』

「っ...」

『先日、お姉ちゃんに内緒で受けたボーカルオーディションの一次審査突破の報告が家に届いて嬉しかったです』

 

黙る俺に、樹はある本を取り出した。

 

タイトルは、『声の仕組み』『喉を健康にするには!?』の二つ。

 

「これって!?」

『古雪先輩から頂いた本です。ネットにあった喉を治す方法も試しましたけど効果はありませんでした』

 

いつか聞いた樹の歌を思い出す。けれど、それはもう聞けない。

 

改まって確認された絶望は、どうしようもなく歌手になりたいという夢を打ち砕く。

 

『満開の後遺症が治らないなら納得です』

「樹は...樹は、お姉ちゃんや俺を恨んでいるか?自分を勇者にしたことを、勇者部に入れたことを」

『......お姉ちゃんも古雪先輩も、きっと気にすると思います。先輩には歌手になりたかったってここで言いましたし♪』

「心臓に悪すぎるからそれ...心折れるぞ」

 

まだ聞けているのは、樹の顔がずっと優しいからだ。

 

『ちょっとからかいたくなって。すいません(笑)』

 

微笑む樹はペンを止めない。

 

『でも...勇者部に入らなければ、たくさんの楽しい思い出は作れなかった。歌を歌いたいと思うこともなかった。だから、お姉ちゃんや古雪先輩に誘われて勇者部に入ってよかったです!』

「そっか...そっか」

 

思わず涙が出そうになるが、ぐっとこらえる。せめてもの先輩の意地だ。

 

「樹は強いな」

『ありがとうございます』

「その気持ち、風にそのまま伝えてあげてくれ。きっと風はそれだけで元気になる」

 

その時には、並んで、支えあって笑顔で生活する二人が見れるだろうから__________と言いかけたところで、スマホが震えた。

 

「メール?」

 

様子を見ると樹にもきたらしい。一言断ってから中身を確認する。

 

「......!!!」

『先輩、』

「わかってる!」

 

荷物を持って大慌てでファストフード店を出る。

 

「このタイミングだと...きっと、声をかけられるのは樹だけだな」

『少し時間頂けませんか!?』

「わかった!任せろ!!」

 

樹と別れてから人気のないところまで走り、勇者の装束に身を包む。

 

「あのバカは...」

 

届いたメール。差出人は大赦。

 

『現在、勇者犬吠埼風が暴走中。勇者各員はこれを止めるよう力を尽くしてください』

 

「大赦なんかに言われてやっと気づくとか情けない!!」

 

勇者アプリを見ると、かなり遠くに風と夏凜の反応が確認できた。

 

(かなり距離があるな...)

 

一つ思い出して、バッグに入れていた物を取り出し、人気のない近場のロッカーにぶちこんでから跳躍する。

 

(事と次第によっては...向かうべきは大赦本部か)

 

わざわざ接触してきた彼女の真意が予想通りなら、そんなことはしない。だがもし、万一のことがあれば______

 

(死ぬ気でかからなきゃな)

 

耳にイヤホンをさしながら、スイッチを入れた。

 



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二十四話 園子の決意

「園子様。現勇者の犬吠埼風が暴走しております」

「そうみたいだね」

 

二年近く見続けてきた部屋。寝台。そこで、私の周りにはたくさんの人が頭を下げていた。

 

(神様みたいだな)

 

満開を繰り返した存在は神に近くなり、神樹様を信仰する大赦では崇拝の対象となる。

 

最も、それだけではないけれど。

 

「さらに、東郷美森にも怪しげな動向があり...貴女様の御力を御貸しして頂きたく、参りました」

 

差し出されたのは一つの端末。暴走されるリスクを抑えるため回収されたそれを返して貰えば、私はまた勇者になれる。

 

勇者になって、戦うこととなる。

 

「これで変身して、犬吠埼風さんを止めればいいんだよね」

 

変身すれば、どれだけ体が動かなくなろうと精霊がサポートしてくれる。その力は、今生きるどの勇者よりも強い。

 

私は満開を20回していた。満開の度に精霊は増えるため、合計21。バーテックスはともかく、はっきり言って今の勇者に負ける要素が全くない。

 

「わっしーにも勝てちゃうかな。犬吠埼さんも最近戦いに慣れてきたばかりみたいだしね」

「は。園子様に敵う相手ではございません」

「成り行きを見守ろうかな」

「......」

 

大赦の人は私の答えが予想外だったらしい。少し慌てている。

 

「園子様。このままでは大赦の危機、ひいては神樹様の...」

「世界の大ピンチだね~」

「それでは、これまでの勇者の行いが無駄になってしまいます。先代勇者、三ノ輪銀様の努力も全て」

「っ...」

 

大人は汚い。こんな風に言えば、私が動くと考えているから。

 

(ミノさんも、わっしーも、私も。何も知らずに戦わされてたのに。こんな私にも遠回りに脅してくるなんて)

 

でも、答えは決まっていた。

 

「そうなったら、ミノさんやご先祖様、みんなにごめんね~っていっぱい謝まるよ」

「...え」

「だって、犬吠埼さんもわっしーも、おかしいのは私のせいだからね~」

「な、なんですと?」

「私が教えてあげたんだよ。満開して散華することの本当の意味を」

 

大赦は私と勇者がどんな話をしたかしらない。つっきーと話していたのは、ほとんどミノさんについてだったけど。

 

「なぜそのようなことを!?それでは勇者が戦いに出向く筈がありません!」

「私みたくなって欲しくないからだよ。なにも知らずに世界を守って、あとで犠牲を払わされるなんて酷いでしょ?」

 

この前初めて会ったつっきー_______古雪椿さん。ミノさんがよく話していた人で、遠足の後に会わせてやるよ。といっていた人。

 

あの人を『自慢の幼なじみなんだ!』と語るミノさんは色んな意味でキラキラしてて、私も会ってみたかった。

 

そんな彼は、この間までミノさんと一緒だったという。散華の影響でいなくなってしまったと。

 

二度もミノさんがいなくなった悲しみは、一度で泣きわめいた私には想像もできない。だから、そんな思いをさせてしまうことを黙っていた大赦が許せない。

 

「何をなさるおつもりですか...」

「私はね。全てを知った勇者が何を為すか見届けたいんだ。勇者に『ならされて』しまったあの人達をね」

 

私にできることは限られてしまった。こんな発言をして端末を返してくれる筈もないし、そうしたら私はただ飾られるだけの人形に等しい。

 

「...勇者になることは、最高の栄誉です」

「栄誉かどうかを決めるのはみんなだよ。私には選択権もなかったからね」

「それでは最悪、世界が滅んでもよいと!?最高位の勇者である貴女様が...」

「......じゃあ、なに?勇者になって、わっしーやつっきー、その友達と戦えって?」

「それが、勇者の務めでございます!」

 

声を荒げる大赦の人。仮面でその顔は見えないけど、きっと焦っている。

 

(だから、なに?)

 

「ふざけないでよ」

「!!」

 

自分でも思ってたより冷たい声が出た。

 

「私は戦わないよ」

「園子様!」

「園子様!!!」

 

飛んでくるのは大赦を、世界を救ってくれという声。今の私にできる選択を拒絶する声。

 

ブツリと聞こえたのは、外から心からか。

 

答えは前者だった。

 

 

 

 

 

『よく言った園子!!』

「!?」

 

この間聞いた声。つっきーの、私の選択を唯一肯定してくれる声が部屋に響く。

 

(なんで...どうして!?)

 

『聞けよ大赦!!さっきから散々言いやがって...』

「どこからの連絡だ!?」

「古雪椿か...」

『お前らの望む通り風の暴走は絶対止める。俺としても風がこんなクズどもにわざわざ手をかけて欲しくないからな』

 

ここで安堵の息が出る辺り、大赦も変わったなって思う。

 

(というか、どこから?)

 

『だから、園子に選択権をやれ。どうするかを彼女の決めた通りにしろ』

「どこから!?」

『気づかねぇか?教える義理はないがな!』

 

私はなんとなくわかった。

 

(服の...袖)

 

そこに、なにか付いている。私の服は神聖な物とされ、おまけに部屋も普通ではないため取り替えることはない。

 

『約束できないのであれば満開してでもお前らを潰す。守りたい世界なんて壊してやるよ。わかったらさっさとそこから消えろ!!』

 

つっきーの声に従った大赦の人達は全員消えた。

 

「...つっきー」

『?園子?』

「皆いなくなったよ」

『そうか...余計な真似だったか?』

「ううん...つっきー」

『ん?』

「つっきーはどうして、そんなことが言えるの?」

 

これだけできっとわかると思う。どうしてもう動けない私を_____祀られることしかできない私の意志を尊重して、自分が狙われるような発言をするのか。

 

『いやまぁ、ホントに世界を滅茶苦茶にするつもりはないけど...俺が守りたいのは世界でもあるが、大切な人達だから』

「じゃあ、なんで私を...」

 

犬吠埼さんを狙わせないようにするなら、私に端末を与えさせないことを決めてしまえばいい。なのにどうして。

 

『お前も大切な仲間だからに決まってるだろ?』

「!!!」

 

『あれ、もしもーし?これ壊れた?』なんて言っているけれど、返事する余裕はない。

 

彼は、たった一度だけ会った人を__________今や化け物の様な私を、『仲間』だと言ってくれた。

 

(きっと、ミノさんのお陰なんだろうな...)

 

でも、嬉しい。

 

『おーい?聞こえる?園子ー?』

「...つっきー」

『あ、出た出た』

「......ありがとう」

『...どういたしまして』

「頑張ってね」

『あぁ!』

 

ブツリと、また音がした。

 

(見守ってるよ...つっきー、わっしー、皆。例え世界の終わりが来ても)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふぅ...」

 

音を切る。恐らくこれは大赦に気づかれもう使えないだろう。

 

以前、銀の喪失から立ち直れなかった時に買った盗聴器は、何を血迷ってたのか録音はおろか盗聴部分から音を出すことができ、遠く離れていても連絡できるとんでもない代物だった。

 

勿体なくて捨てることも出来ず持ち歩いていて、園子と出会ったときに大赦の動向を探れるかもと服の袖につけた効果は絶大だった。

 

(寝てる時に銀が起きてるんじゃないかと思って買ったもんだが...録音機能だけあればいいのにな)

 

未だに財布の中身がない一番大きな理由がこれだ。

 

「ま、これでいいか」

 

これを持っているのは、まだ未練があるから。なら、ない方がいい。

 

「...あと少し!!」

 

さっきから風と夏凜の位置は動いていない。盗聴器を捨て、最大の力を貯めて跳躍した。

 




「ふざけないでよ」ってセリフ。凄く好きです。


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二十五話 姉妹

今日は一人で帰ってきた。夕焼けが窓から入ってきた頃。一本の電話がかかってくる。

 

「はい。犬吠埼です」

『こんにちは。ボーカルオーディション選考委員の者です。二次選考の詳しいご案内のため連絡させて頂きました』

 

かかってきたのは身に覚えのない場所からの連絡。

 

「え...なに、いつですか」

『三ヶ月近く前ですね。犬吠埼樹さんからオーディション用のデータを預かっています』

「ぇ......」

 

後から何を言ってるか分からなかった。そのうち電話が切れて、ふらふらと樹の部屋まで歩く。

 

整理整頓ができない樹の部屋は散らかっていて、机に一冊のノートが広げられていた。書いてあったのは声を治す方法と、治ったら何をしたいか。

 

『睡眠をとる(だから朝起きれないのは仕方ない)』

 

『健康的食生活(お姉ちゃんのお陰で問題なし)』

 

『喉にいいジュースを作る(お小遣いで買えるかな?)』

 

『勇者部のみんなとわいわい話す』

 

『クラスでお喋りする』

 

『お姉ちゃんと古雪先輩を応援する(できるかわかんないけど...ね)』

 

『歌う!!』

 

「......」

 

前が霞んで見えなくなるのをそのままに、スタンバイモードにしてあるパソコンも覗く。

大量の検索結果を閉じると、オーディションファイルと書かれた物を見つけた。

 

『えーと、これで録音されてる?ボーカルオーディションに応募させて頂きました犬吠埼樹です』

 

オーディションに応募した理由が語られていく。お姉ちゃんがどれだけ凄いか、逆にそれについていくだけだった私だったと。

 

『いつもお姉ちゃんの後ろを歩いてばかりだった私が、自分で歩くために。私自身の夢を、私自身の生き方を持ちたいと考えて応募しました』

 

(夢...)

 

『私が好きな歌を一人でもたくさんの人に聞いてほしいと思っています』

 

前に_______もうだいぶ昔のことに感じる______樹の歌のテストが成功に終わった日の帰り道。

 

『お姉ちゃん、私やりたいことできたよ』

『なに?お姉ちゃんに教えてよ』

『えへへ...内緒』

 

「樹の夢を...あたしは」

 

震える手でスマホを見ると、この前届いた大赦からのメッセージ。体の異常はじきに治る。とだけ書かれた簡素なもの。

 

「...あぁ」

 

樹に出来た夢を、あたしは奪ってしまった。声が供物としてとられたから、満開させたから、勇者にさせたから、勇者部にいれたから、あたしが大赦と繋がってたから__________

 

(知っていれば...こんなことさせなかったのに!!!)

 

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

そこからどうやって動いたのか覚えていない。気づいたら勇者の格好でひたすら大赦を目指していて、目の前に夏凜がいた。

 

「風!待ちなさい!」

「邪魔しないで!」

「なにする気よあんた!」

「大赦を、潰してやる!!」

「なにを...」

「邪魔するなぁぁぁ!」

 

道を阻む夏凜に剣を向ける。夏凜も刀を出して受け止めてきた。

 

「大赦はあたしたちを騙してた!最初から満開の後遺症を知っていて、あたしたちを生け贄にしたんだ!!」

「そんなでたらめ...」

「でたらめなんかじゃない!あたしたち以前に犠牲になった勇者がいたんだ!」

「なっ!」

 

夏凜の防御が一瞬緩んで、その隙に吹き飛ばす。

 

「くぅっ!」

「そして、今度はあたしたちが犠牲」

 

樹はもう歌えない。その夢は叶わない。

 

「なんでこんな目にあわなきゃいけない!なんで樹が声を失わないといけない!!」

「風...」

「なんで夢を諦めなきゃいけない!!!」

 

夏凜の顔が怯えている。もう邪魔さえしなければそれでいいのに、刀は相変わらず向けてきた。

 

「はあっ!」

「きゃ」

 

二本の刀を弾き飛ばされた夏凜は尻餅をついた。でももう止まらない。

 

「世界を救った代償が、これかぁぁぁぁ!!!」

 

剣を夏凜に降り下ろして、途中で止まった。夏凜の精霊________ではなく、赤と白の勇者服。

 

「少しは落ち着け!風!!」

「椿...あんたも、邪魔するのかぁ!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「椿...あんたも、邪魔するのかぁ!!」

「ぐっ!」

 

構えた盾は風の大剣の一撃でひしゃげた。

 

バーテックスに対抗できる刀と盾だが、勇者システムの恩恵をフルに受けている武器と、大赦が用意した後付けの模造品。どちらが優れているかなんて語る必要もなかった。

 

(銀、借りるぞ!)

 

すぐさま双斧を顕現させぶつける。

 

「椿...」

「早く下がれ!」

「っ!」

 

ぼけっとしたままだった夏凜がやっと下がって、俺も風から距離を取った。

 

「椿、どきなさい!」

「断る!」

風は、いつもの彼女とは別人だった。周りを気遣う優しさも、喜ぶ笑顔もどこにもない。

 

「大赦だろうとどこだろうと、風が人を傷つける様子なんか見てられるか!」

「大赦があたしたちを騙してたこと、わかってるでしょ!?」

「んなことわかってるよ!」

 

園子を騙し、勇者部を騙し、銀を騙して戦わせていた大赦は確かに許せない。

 

だが、それより優先することがある。

 

「だからって、お前が誰かを傷つけること、黙って見るわけがない!」

「...私が犠牲になるだけならよかった」

「そんなこと!」

「知ってれば皆を巻き込まずにすんだ。そしたら樹も椿も無事だった!」

 

風に俺の声は届いていない。なんとか斧で防ぐものの、本気の攻撃はバリアにも影響を出していく。

 

(バリアが切れる...!)

 

精霊がいない俺は他の勇者と違ってバリア切れ、そして怪我の可能性がある。死ぬかどうかは試してないからわからないけれど。

 

(上等!!)

 

「樹は夢を叶えられたし...椿は銀を失わずにすんだんだ!!」

「っ!」

 

一瞬手元が狂って直撃をもらってしまった。なんとかバリアが防ぎきったものの、もう次はない。

 

「...確かに、勇者にならなければよかったかもしれないな」

「そう!あたしだけが勇者になれば、あんたたちは助かった!」

「でも......それでも俺は、俺達は、勇者になっていただろうな」

「な...なんで!!」

 

そんなこと決まってる。俺も、銀も、樹も。

 

「俺達みんな、風が犠牲になることを許さないからだよ!!」

「っ!」

「お前がみんなを心配するように、俺達だって心配してるんだ!わかれよ!確かに後輩や妹は話にくいかもしれないけど!俺だっているんだぞ!!」

「あぁ...あぁぁぁぁ!!」

 

風が子供の様に泣きじゃくって剣を振り回す。俺はそれを見て______斧を捨てた。

 

「椿!?」

 

一瞬ぶつかったバリアは容易く砕け、構えた両腕に突き刺さる。視界を赤く染め上げた。

 

「ぐっ...」

「なんで...どうして...」

「捕まえた!」

 

武器を構えていれば、バリアが干渉して捕まえることができない。動揺している風の剣を手から叩き落とし、勢いそのまま押し倒した。

 

「は、離しなさい椿!」

「嫌だね!もう離さなさい!!絶対に!!」

 

もう誰も失いたくはないから。

 

「それに...その方が近寄りやすいだろ?」

 

風の後ろに降り立った彼女に向けて、俺は微笑んだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『樹、帰ったわよ~』

『お邪魔します』

 

お父さんとお母さんがいなくなって、お姉ちゃんとの生活が慣れてきた頃。古雪先輩と初めて出会った。

 

『俺の名前は古雪椿。君のお姉ちゃんの部活に入ったんだ。よろしくね』

『いやーいい運び屋が出来たわ』

『もうやらねぇ...と言いたいところだが、この子の為なら仕方ない......』

『なによ、あたしだけだったらやらないの?』

『そうは言ってないだろ...』

 

当時は今よりもっと人見知りだった私は、古雪先輩とあまり会話することなかったけど、お姉ちゃんと仲が良いのを見てなんとなく信用していた。

 

『樹ちゃんはお姉ちゃんのこと好きか?』

『はい!お姉ちゃんはなんでも出来るんです!』

 

古雪先輩が我が家でご飯を食べることになった日、お姉ちゃんが料理を作ってる間、私達の話題はお姉ちゃんだった。

 

『私はなにもできないから...後ろをついていくだけで』

『んー、そんなことないと思うけどな』

『え?』

『風って割りとポンコツなところあるし。樹ちゃんの方が上だなって思うところもあるし、姉妹なんだなって思うこともあるよ』

 

なにを思って言ったのかはわからないけれど、古雪先輩は笑顔でそう言った。

 

『だったら...樹って呼んでくれませんか?』

『あぁ、子供みたく扱い過ぎたかな。ごめん...樹』

『ありがとうございます!』

 

その時は嬉しかった。私が認められたような気分で。

 

『椿...誰がポンコツだってー?』

『聞こえてたのかよ!?』

『あはは!』

 

それからも、部員が増えてやれることが幅広くなり、忙しくなってからも何度か来てくれた古雪先輩は、まるでお兄さんみたいな人だった。

 

大切なお姉ちゃんとお兄さん。

 

「は、離しなさい椿!」

「嫌だね!もう離さなさい!!絶対に!!」

 

そんな二人が血を出して、涙を流して喧嘩しているのを見て、胸が苦しくなった。

 

「それに...その方が近寄りやすいだろ?」

 

こっちに目を向ける古雪先輩に頷いて、私はお姉ちゃんを抱き締めた。

 

「......樹...」

 

スマホに打ち込んでいた文字を見せる。

 

『私達の戦いは終わったの。もうこれ以上、失うものはないから。だからもうやめて』

 

見ると、お姉ちゃんは泣き出してしまった。力が抜けて倒れそうなのを古雪先輩が支える。

 

「ごめん...ごめん...皆を巻き込んで...あたしが、勇者部なんて作らなければ...」

 

『その気持ち、風にそのまま伝えてあげてくれ。きっと風はそれだけで元気になる』

 

家に帰ってとってきた紙__________歌のテストの時、みんなが応援メッセージを書いてくれた紙に、新しく文字を書く。

 

『勇者部のみんなと出会わなかったら、お姉ちゃんと椿さんを見て、勇者部に入りたいと思わなかったら、きっと歌いたいって夢も持てなかった。勇者部に入って本当によかったよ』

 

心からの思いを綴る。その気持ちは、お姉ちゃんに届いた。

 

「樹......うぅ...ぁぁぁぁ」

 

ぎゅっとお姉ちゃんを抱き締めた。

 



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二十六話 あーん

最近、現実で減らしたHPをゆゆゆイラストや小説、頂いた感想で癒し、ゆゆゆラジオで一週間の経過を知る。そんな毎日を送っています。

ラジオ是非聞いてください!(ダイマ)


樹の祈りは、歌にも声にもならないけれど、風の心に届いた。抱き合う二人から離れて思うことは一つ。

 

(風の勇者服血まみれにしちゃった...クリーニング出せるのかなあれ)

 

場違い過ぎるどうでもいいことを考えるくらいには、血が流れすぎて__________

 

「椿、あんた大丈夫なの!?」

「あー、悪い夏凜、病院連れてってくれ。もう血が出すぎて無理...」

「椿?椿!!」

「二人とも、よかっ...」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

気づいたら見覚えのある天井だった。前も入院した病院だ。

 

既に時刻は昼過ぎ。半日近く寝ていたらしい。

 

勇者の状態でいたため腕の治癒も速かったらしく、起きて即退院できた。

 

「...また最終授業出席かよ」

 

憂鬱な気分で教室に入ると、今回は連絡がいっていたらしく怒られなかった。

 

「古雪君、最近大丈夫なの?」

「ん?平気平気...たぶん」

 

隣に座る女子に(最後は小声で)答えると、女子の髪すれすれをチョークが通った。

 

「しっかり聞けお前ら!」

「!!」

 

担当教員の怒号が響くが、俺はそれより怖いものを感じてしまった。

 

(風さんなんでそんな殺意みたいなの込めてこっち見てるんですか!?こえぇよ!めっちゃこえぇよ!!)

 

気づいたら授業が終わっていた。今日は教員の都合で帰りの連絡はなし。

 

「椿!!!」

「よ、風」

 

終わってすぐに風が飛びついてきた。

 

「...こっち、来て」

 

連れてこられたのは屋上。風は固まっている。

 

「部室じゃないのか?」

「...ごめんなさい!」

「......」

「酷いこと言っちゃった上に腕を怪我させるなんて...こんなことじゃ許されないことは分かってる!」

「......あの」

「あたしに出来ることならなんでもする!!だから許して!また一緒にいさせて!ごめんなさい!!」

「...別に、怒ってないんだけど」

 

矢継ぎ早に言われた言葉を無視して言うと、風がきょとんとした。

 

「え...なんで?あんなことしたのに...」

「風が大赦を憎む理由はわかるし、樹のことがショックだったのも知ってるからな。むしろ俺の腕程度で済んだなら安いだろ」

 

その怪我も完治するのに三日とかからないらしい。

 

「というか、そんなことの為にわざわざ屋上来たのか?とっとと部活行こうぜ」

「...ありがとう」

「気にするな。お互い様さ」

 

夏休みに、俺は風に救われた。そのお礼をしただけだ。

 

「...よし!犬吠埼風、完全復活よ!!」

「そのいきだ。あ、でもみかんジュース奢ってくれるぶんにはいつでもいいからな」

「あんたも変わらずね...」

 

教室でバッグを回収し、そのまま部室に直行する。

 

「遅れましたー」

「椿!」

『病院お疲れ様です!椿さん!』

「おう、お疲れー」

 

昨日の現場にいた夏凜と樹が即座に反応してくる。

 

「椿先輩!風先輩も...連絡全然気づかなくてごめんなさい!」

「友奈...」

「いやいや、仕方ないって」

「みんな、あたしこそごめん!」

 

続いて言ってくれたのは友奈。風は謝り、友奈も謝りという無限スパイラルを繰り広げているため放置する。

 

「古雪先輩、腕を負傷したと聞きましたが...」

「あぁ。だけど治癒も速かったらしくてもう...っ」

 

流石にまだ完治とはいかず、制服の下には包帯が巻かれている。無理して無事を示そうとしたものの、逆に痛みが走って顔を歪めてしまった。

 

『......』

「...そ、それよりお腹すいたな!半日近く食べてないから!なんかあるか?」

 

ごまかす為に話題をそらすと、乗ってきたのは風だった。

 

「...これでいいなら」

 

取り出してきたのは弁当。どうやらいつも通り俺のぶんも作ってくれたらしい。

 

「風の弁当に文句あるもんかよ。ありがとな」

 

弁当を受け取ろうとすると、ひょいと避けられた。

 

「風...?」

「っーー...」

 

黙って弁当の蓋を開けた風は、箸を持って卵焼きを掴み_______

 

「あーん...」

「!?」

 

突然の行動に固まってしまった。

 

「ふ、風さん...?」

「早く食べなさいよ!」

「い、いや別に食べなくても...自分で取りますから」

「今あんた箸も使えないでしょ!ペンも持たなかったんだから!」

 

(バレてる...)

 

授業中見られていたのはそれだったのか、それとも別の理由なのかは俺にはわからない。

 

「早く!!」

「...ぁ、あー...ん、美味しい」

 

味はいつも通りだが_______

 

(そんな目で見るなぁぁぁ!)

 

風も、これを見ている勇者部のみんなも顔が赤くなってて恥ずかしさが半端じゃない。

 

「ほ、ほら次!」

 

(えぇい!こうなったらやけくそだ!)

 

「あーん!」

 

こうして、普段より精神を削られながら弁当の中身を完食した。

 

「は、恥ずかしかった...」

 

せめて二人きりならよかったが、周りの視線が辛い。

 

『椿さん、東郷先輩がぼた餅も用意していますよ?』

「...樹さん?」

 

なぜ樹はさらに爆弾を投下するのか。

 

(というかいつの間に椿さんに...悪い気はしないけど)

 

「椿先輩。あ、あーん...」

「友奈お前もか!?」

 

ぼた餅は箸だと落としそうだからか、手で持って口元に運んでくる友奈。

 

一番ヤバいのは、東郷の目だが。

 

(食べたら殺される!だが拒否すれば友奈が悲しむ!!)

 

部室は残暑で暑いくらいの筈なのに、俺には真冬に感じた。

 

「せんぱぁい...」

「っ!!?わ、わかったから!」

「ありがとうございます、はい、あー...」

「あー...ん」

 

東郷のぼた餅が美味しいことは知っている。ただ、状況が状況だけに全く喜べなかった。

 

「食べた...友奈ちゃんの指を...」

「食べたメインはぼた餅だろ!?確かに友奈の指も入ってきたけどさ!」

「あうぅ...」

「なにこの修羅場...」

「むー......」

『椿さんは愛されてますね♪』

 

結局なにもせず解散になったが、とても生きた心地はしなかった。

 

「はぁ......」

 

日課の筋トレ、勉強を済ませ、かといって眠る気にもなれずベッドへ横になる。

 

「ありがたいんだがあの空間は耐えられん...」

 

皆が心配してくれるのは嬉しいが、精神的に辛い。明日には治せるよう勇者の姿になっておいた。

 

(まるでラノベの主人公...)

 

男子として憧れたことが無いわけではないが、こんな風に苦労しているならなりたくないと強く思った。

 

「...樹からメール?」

 

『椿さん、夜分遅くにすみません。改めてお姉ちゃんを止めてくれたこと、相談に乗ってくれたこと。お礼を言わせてください』

 

樹らしい丁寧な文面でお礼を言われて、頬が痒くなる。

 

(やりたいことを好き勝手やって、言いたいことを吐いただけだからなぁ...)

 

『仲直りできたならよかったよ。大したことやってないし、なにより風を止めたのは樹だ。俺じゃないよ』

『それでもすっごく感謝しています!お姉ちゃんも私も!』

 

まっすぐな好意は少しむず痒いので、話題をそらすことにする。

 

『ありがとな。そういえばいつから椿って呼んでたっけ?いや嬉しいんだけどさ』

『...先輩は鈍いですよね』

『いきなりの罵倒!?』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お疲れー...って、誰もいないのか」

 

風は日直の仕事で少し遅れ、他はまだ誰もいない。一人だけの部室というのはそれなりに珍しい。

 

「......」

 

暇なので本を取り出して読み始めた。部長が来るまで何を優先するべきか分からないし、依頼を見るためパソコンを開く気もならなかった。

 

「結城友奈ただいま参りました!椿先輩!」

「っ!て友奈か...びっくりした」

 

勢い良く扉を開けたのは友奈。思わず本を落としそうになってしまった。

 

「他はどうした?」

「東郷さんは用事があるって行っちゃって、夏凜ちゃんは日直です」

「今日だけで二人も日直なのか...」

「それより先輩!腕もう大丈夫なんですか!?」

「昨日の時点で本を読むくらいは出来たよ...もう完治した」

「おお、おめでとうございます!」

 

友奈は昨日のことを思い出したのか顔を赤く染めている。

 

(こっちも恥ずかしくなるからやめてくれ...)

 

昨日、デザート扱いだったぼた餅は食べなくてもよかったのだが、友奈の目を見ると断れなかった。

 

「はぁ...111ページっと...」

「栞とかないんですか?」

「貰う機会もないが、買うつもりもないからな」

 

ページ数を覚えて本を閉じる。本を買う際紙の栞をつけてもらうこともあるが、あれはあまり大事に使わないためすぐなくしてしまう。

 

「あの、よかったらこれ...」

 

友奈がバッグから渡してきたのは桜の押し花が施された栞。

 

「春に作ったやつなんですけど...」

「そういえば押し花が趣味って言ってたな。いいのか?」

「はい、是非!」

「じゃあ遠慮なく...」

 

受けとると、部屋の明かりを受けて少し光る桜の花が目に飛び込んでくる。

 

押し花の良し悪しなんてわからないけど、俺にはとても綺麗に見えた。

 

「綺麗だな...ありがとう。大事に使わせて貰う」

「そうしてあげてください。その子も喜びます」

 

栞を挟んでから再び本を閉じ、バッグにしまう。きっとこれから皆が来て__________

 

「!」

「!」

 

突然鳴り響く音。何度も聞いた樹海化の警報。

 

「な...もう敵は全部消えたんじゃ」

「アラームが鳴り止まないです!!」

 

(まだ生き残りがいたのか!)

 

時が止まって樹海を訪れると、スマホに敵が表示された。赤いマークが画面の上を覆い尽くす。

 

 

 

 

 

「は?」

 

慌てて壁の方を見ると、その壁が抉られていた。

 

その向こうから、星空を作るかの様に白い物体が泳いでくる。百や千の単位では収まらないレベルの数が、わらわらと________

 

「せ、先輩...」

「...なんだよ。これは」

 

アラームが未だ鳴るスマホを更に見ていた友奈が、更に信じられないことを口にした。

 

「東郷さん!?東郷さんが壁のところに!!なんで!?」

 

 




この話を書き終わったとき。心境は(椿いいなぁ...)でした。羨ましい。そしてもっと甘く書けたらいいな...自分の力量が悔やまれる...

いよいよ終盤(アニメ11話辺り)です。甘い成分はここで取って、シリアスに望んでください。前書き後書きもなるべく減らします。

全員の気持ちをしっかり表しながらうまくシリアス書けるよう頑張ります。これからもよろしくお願いします!


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短編 樹if

前回と同じく欲にまみれた短編です。

ヒロインは樹、ヤンデレっぽくなります。本編とは一切関係ありません。

樹ちゃんがこんなことするわけねぇだろ!!や、ちょっと無理っす....という方は次の本編へお願いします。

下から本文です。樹スキーが増えることを願いつつ...


私にはお兄さんがいる。

 

「あつー...」

「ですねー...」

 

中学二年生のその人の名前は古雪椿さん。お姉ちゃんである犬吠埼風の作った『勇者部』に所属する人で、お姉ちゃんが家に連れてきてから関係を持った。

 

夏休み、今は互いの宿題を片付けている。お姉ちゃんは新しく入ってきた勇者部の二人と一緒にプールの補習らしい。女子だけ日数が足りなかったとか。

 

『樹をお願いできる?』

『任せろ。絶対昼は作らせない』

 

私は料理が下手なので、勉強会もかねて椿さんが料理を作ってくれた。

 

「椿さんってお姉ちゃんと同じくらい女子力高いですよね」

「男子に言うな」

 

カルボナーラをちゃちゃっと作り上げた椿さんは、料理もさることながら勉強も良くできる。お姉ちゃんも成績は悪くはないけど、椿さんには敵わないみたい。

 

小学六年の計算で分からないところを聞くと、すぐに解説が返ってくる。教えかたもうまいし、私自身で解けるようになるギリギリのヒントまでしか出さない。

 

その心配りが、私の心を掻き立てる。

 

(椿さん...)

 

私が椿さんを名前で呼ぶようになったのは__________もっと言うなら好きになったのは、去年の年末だった。

 

車と事故になるところを、身を呈して救ってくれたのだ。

 

『樹!?樹!!大丈夫か!?』

 

今でもその顔を覚えていて、嬉しくて、大好きだった。

 

誰にも渡したくないくらい__________

 

「......」

「椿さん?」

「...すー」

 

気づいたら、椿さんが寝ていた。自分のノートにびっしり文字を書いていたけど、私でも分かる問題だから解説できるよう解いといてくれたのだ。

 

(朝忙しいから午後はいつも寝てるってお姉ちゃん言ってたっけ...)

 

「風邪ひいちゃいますよー...」

 

自分の目の前で無防備な姿を晒してくれるくらい信用してくれていることに喜びながら、布団を被せようとして__________手を止めた。

 

暑い夏。天下の扇風機先生がいるとはいえ暑いので私達は半袖。

 

その半袖から出た腕が、少し汗ばんでいた。

 

(______っ)

 

知覚した瞬間、血が沸騰したようになる。

 

「つ、椿さん、起きてください」

 

このままでは止まらない。ここで起きてくれなきゃ______

 

「...それはうどん......」

 

でも、椿さんは起きなかった。

 

(あぁ...)

 

ダメなことなんてわかってる。お姉ちゃんも椿さんのこと満更でもなさそうなことも。

 

「...少しだけなら」

 

でも、目の前の魅力に耐えられなかった。

 

腕を少し触る。湿った感触すら愛おしく感動しながら、そのままつつっと指をずらす。

 

(...)

 

てかてか光るそれを______私は口に入れた。

 

しょっぱさと、味わったことのない何か。口の中をそれだけが支配して、私は赤ちゃんみたいに指を吸った。

 

「んっ...はぁ」

 

一度枷を外してしまえば、もう止まらない。

 

「...もう一度だけ...」

 

あと一回、あと一回と椿さんの汗を指に擦り付ける。なめた指はふやけて、私の心も溶かされていく。

 

「んにゃ...やめろよ、銀ー......」

「!!」

 

指が無意識に止まった。

 

「...銀?」

 

寝言の文脈からして恐らく人の名前。聞いたことのない名前だけど、私は目の前が暗くなった。

 

(椿さん誰ですかその銀って人ですかそれともただの色ですか椿さんとどんな関係なんですか私より大切なんですか__________)

 

ふと、首元が目に入った。

 

(......)

 

先日、ドラマで見たこと。お姉ちゃんは『これは重いわね...』なんて言って見てたけど、私はその時椿さんとのことを考えていた。

 

「椿さんが悪いんです。勉強会なのに寝ちゃうから...だから、お仕置きです」

 

私は言い訳のために片手で持っていた布団を捨て、椿さんの首に口を近づけた。

 

(......好き)

 

そして、そのまま食いついた。勿論歯を立てているわけじゃない。気づかれたくないから。

 

「んっ...」

 

でも、さっきのが霞むほど濃厚な汗と耳に聞こえる近過ぎる椿さんの吐息が、私の気持ちを無茶苦茶にさせた。

 

(...おいしぃ)

 

舌を首に当てて、椿さんと一つになった錯覚にあう。

 

扇風機の音と、ちゅぱちゅぱと鳴る音だけが部屋を満たした。

 

(椿さん...独り占め)

 

舐める度に心が揺れる。もっと私の存在を感じて欲しい。私をみてほしい。

 

ドラマでやっていたように、ちゅーっと吸った。昇天しそうなどす黒い感情が脳を満たす。

 

「ふぁー...」

 

(キスマークつけちゃった...これで私のモノ。好き、好き。大好きです。椿さん)

 

私の欲は止まることを知らない__________

 

次は何をしようかな?




読みきった方、ありがとうございました。


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二十七話 世界の終わり

私は昔から、神樹様の話を聞いていた。

 

東郷家にも、大赦で働く一族の血が入っている。素晴らしいことだ。と。

 

私もいつか、神樹様にお仕えできるかもしれないと思った。

 

中学に入る直前。私は事故にあった。二年近く前までの記憶はなくなり、足も動かなくなってしまった。

 

日に日に細くなっていく足を見て、母は涙した。

 

リハビリしても、足も記憶も戻ることはなかった。

 

後日、親の都合で引っ越しが決まった。この時は大きな家に驚いたが、今なら大赦が融通を利かせたのだと分かる。

 

そこで私は、運命の出会いをした。

 

『新しいお隣さんだ!』

 

赤めの髪に桜の花びらのような髪どめをつけた、明るい女の子。

 

『結城友奈!よろしくね!』

『東郷美森...』

『東郷さん!?かっこいい名字だね!』

 

これが、友奈ちゃんとの出会い。

 

同い年だった友奈ちゃんとは同じ讃州中学に入学、町を案内してもらったり、あまり人と話さなかった私を引っ張ってくれたり、作ったぼた餅を絶賛してくれたりした。

 

『できれば毎日食べたい!!』

 

そう言ってくれた友奈ちゃんの笑顔は、今でも覚えている。

 

友奈ちゃんに車椅子を押してもらうのが日常となり、中学生活が慣れ始めた頃。二人の先輩が現れた。

 

『ちょっと待たれよ!』

『はい?』

『あなた達におすすめの部活があるわ。勇者部部長、二年の犬吠埼風よ』

『勇者部!?なんですかそれ!?』

 

人のためになることを勇んで実施する。

 

風先輩は勇者部の活動を教えてくれて、友奈ちゃんはとても乗り気だった。この時から私は部活に入ることを決めている。友奈ちゃんがこの部活に入らない筈がないから。

 

そして、もう一人の先輩も現れる。

 

『風ー、こんなところにいた......』

 

黒髪で、優しそうにも冷たそうにも見える表情をした先輩は、私を見てうずくまった。

 

『え、なに椿、大丈夫?』

『すみ...』

『え?』

『須美ぃぃぃぃ!!』

『きゃあっ!』

『うわはぁ!?』

 

気づいた時には初対面の先輩に抱きしめられていた。

 

『生きてたんだな須美!よかった!よかったよぉ!!』

『や、やめてください!!』

 

その後風先輩や友奈ちゃんに止められ、古雪椿と名乗った先輩自身も土下座されたので許すことにした。

 

(どこか、懐かしかった気もする...)

 

母に尋ねたところ、古雪家との関係はなにもないとのことだったので、気のせいだとこの時は思っていた。

 

その後、勇者部として活動が始まり、ボランティア活動をしたり、五箇条を考えたりした。

 

一年があっという間に過ぎて、先輩方は三年生、私達は二年生になった。

 

『よ、よろしくお願いします!』

 

一年生で入ってきたのは風先輩の妹、犬吠埼樹ちゃん。

 

五人になった勇者部は、依頼をこなし、本当の勇者になり、夏凜ちゃんを加えて六人になった。

 

勇者にお役目は12体のバーテックスを倒すこと。終わった時に待っていたのは体の欠損。

 

いつか治ると思っていた後遺症は、『彼女』との出会いで打ち崩され、なくした記憶の断片を得た。

 

その断片が、このままではダメだと語る。

 

(精霊が私達を生かすための機能なら...)

 

疑問を確信に変えてから、自害を試みた。切腹に始まり、飛び降り、首吊り、一酸化炭素中毒__________全部、精霊は止めた。私は生きている。

 

『彼女に会わなくちゃ...』

 

そして今、私は大赦の施設に通された。話を聞くのは彼女一人でいい。

 

「やっぱり来てくれた」

 

ここに来るまでに、親から聞けることは聞いたし、調べられることは調べてきた。

 

「東郷さん」

「わっしーでいいわ。記憶は飛んでても、私は二年間『鷲尾』という名字だったのだから」

 

私の名前は東郷美森。だが二年間、鷲尾須美という名前でいた。

 

鷲尾は大赦内で高い地位を持つ一族。養子として入っていたのは既にわかっている。

 

何をしていたかなんて、目の前の彼女が語っていた。

 

(須美...)

 

何度か呼ばれた名前。面識のない古雪先輩が言ってきたのは、もう一人の人格があったから。

 

散華の影響で消えたらしい、鷲尾須美を知っている人物。

 

詳しくは聞いていないし、私も気にならない。正直、『そんなこと』より気になることは多いから。

 

今は、回答を出す時間だ。

 

「適性検査を受け、勇者の資格を持っている私は貴女と戦い、散華して足と記憶を失った」

 

それが、満開の代償として体の一部を供物として差し出す勇者システム。

 

「正解だよ。私はもっと派手にやってこんなだけどね」

 

声帯と目を捧げなかったことが奇跡に思えるくらいには、彼女の体は満身創痍だった。

 

「大赦は身内だけじゃやっていけなくなって、四国中で勇者になれる人を探したんだ」

「...引っ越しの場所が友奈ちゃんの隣だったことも、仕組まれたこと」

「彼女、勇者の適性値が二番目に高かったんだって」

「二番目?」

「うん。一番はつっきー...古雪椿さん」

「じゃあ、なんで私は古雪先輩の隣じゃなかったの?」

「あの人は特殊だったからね。勇者で唯一の男の人。それに反応する端末は一つだけ」

 

良くわからなかったが、友奈ちゃんの隣になったことは幸運だった。

 

「でも...どうして、私達が」

 

大体の答えは聞けた。私達が選ばれたのは神樹様が決めたからなはず。だからこれを聞いている彼女は悪くないのに、冷えた声が出てしまった。

 

「...私は、みんなに真実を伝えたい」

「え?」

「壁の外の秘密、この世界の成り立ちを教えてあげる______________」

 

 

 

 

 

それから、私は勇者になって壁の上に降り立った。『真実は貴女の目で確かめるといいよ』と言われたから。

 

『壁を越えれば、幻が消えるよ』

 

(壁のむこう...)

 

少しだけ、歩みを進める。

 

「っ、なに!?」

 

体にまとわりついていたものが消えた時には、暑さと恐怖を感じた。

 

「これが......本当の世界」

 

見た先は、赤かった。ひたすらに赤く炎が舞い、大量の白い物体がその間を泳ぎ回る。

 

別の色が見えるのは、地面と真上の黄色。神樹様の大木。

 

「世界は結界の中...それ以外は」

 

ひたすらに絶望を与えてくるそれの名前は星屑。集まって、大きくなってできるのはバーテックス。

 

彼女の言葉を思い出す。

 

『この世界はウイルスにやられたんじゃない。天の神の使い、バーテックスにやられたの。人類に味方した地の神が今の神樹を作り上げ、四国に防御結界を張った。今の大赦は神樹様を管理する組織』

 

(じゃあ...世界に救いは...)

 

無限に増えるバーテックスと、体を失い続けて戦う私達に、希望はない。

 

(まるで地獄...!)

 

そして、見てしまった。実際に星屑が集まり、以前倒したバーテックスが生まれるところを。

 

「また攻めてくるのを...迎え撃つ......何回も、何回も、体を犠牲にしながら......」

 

後ろに下がって、炎の景色は消えた。結界の中から見る外は、ただの夕焼けでしかない。

 

「皆を、助けなきゃ...」

 

私は決めた。普段使う銃を出す。狙いは足元__________

 

「生け贄が私一人ならよかった」

 

だが、これでは全員が助からない。ならばいっそ__________

 

「待ってて友奈ちゃん。みんな。私が...」

 

一呼吸して、引き金を引いた。乾いた音と共に、壁を壊して__________星屑が、私達の世界に入り込んでいった。

 

「神樹様を殺してしまえば、苦しみから解放できる。生き地獄を味わうこともない...こんな世界。私が終わらせる!!」

 



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二十八話 絶望の中の希望

(何かがおかしい)

 

星の様に空を覆う白い奴らを見て、思ったことはそれだった。

 

壁の外から入ってきた奴らは、バーテックスと同じ敵の反応が出ている。だがあれはバーテックスの生き残りなんかの数じゃない。むしろあれが本体の様な軍勢。

 

(俺達の知らない場所...壁の外で、何か起きている)

 

「先輩、私東郷さんのところに行きます」

「俺も行く」

 

近くに風や樹の反応はない。諦めて、ひとまずは東郷の元へ向かった。

 

特に何事もなく、バーテックス擬きも襲ってくることもなく東郷の元までたどり着けた。

 

「東郷さん、なにしてるの!?」

 

東郷の立つ先には、抉られた壁があった。そこから白いバーテックス擬きが出てくる。

 

「なんだよこれ...」

「壁を壊したのは私です...友奈ちゃん。これ以上貴女を傷つけさせない」

「東郷、お前なに言って」

「あんた!自分がなにしたかわかってんの!?」

 

跳んできたのは夏凜。刀をまっすぐに東郷へ向ける。

 

「夏凜ちゃん...古雪先輩も。外を見ればわかります」

「外?」

「壁の外...そっちの真実を見れば」

 

言われるままに歩くと、景色が変わった。

 

「何...これ」

 

夏凜が呟く音、友奈が息を飲む音、俺は恐怖した。

 

「赤い...」

 

世界が赤くなっていた。

 

(こんなことが...!!)

 

「これが、この世界の本当の姿。壁の中以外は全て滅んでいる。バーテックスは無限に襲来し続ける」

 

東郷の言葉の直後、バーテックス擬きは一ヶ所に集まり、以前俺が倒したバーテックスに姿を変えていった。

 

「この世界も私達も未来はない。体の機能を失い続け、大切な、楽しかった思い出も消えて、それでも戦う...これ以上大切な友達を犠牲にさせない!!!」

「東郷...さん」

「お前...っ!!」

 

襲いかかってきたバーテックス擬きを刀で切り伏せる。

 

「バーテックスに進化する雑魚って所か...」

 

手応えのなさから結論づけてる間に、夏凜が東郷に襲いかかった。

 

「夏凜!」

「これしか方法がないの!どうして止めるの!?」

「...私は、大赦の勇者だから」

「なんで...やめてよ...二人が戦うなんて」

「っ!友奈!!」

 

風との喧嘩で壊れた盾を投げ、バーテックス擬きと一緒に爆発した。

 

「くっ、逃げるわよ友奈!」

「待って夏凜ちゃん!東郷さんが!!」

 

完成した、いつか見たバーテックスが逃げる二人を爆発させた。

 

「二人とも!!」

 

精霊バリアがあるため無事ではいるだろうが__________

 

「古雪先輩も、私を止めますか?」

 

一人残った東郷が問いかけてくる。突然突きつけられた世界の危機に、俺は__________

 

 

 

 

 

「止めるよ」

 

自然と、口が開いていた。

 

「俺は、例え供物だとしても、生き地獄だとしても、記憶を無くすことになっても...この世界で、皆と生きたいと願うから。今は戦う」

 

あいつのように諦めなければ。あいつのように『魂』があれば。守りたいものがあるなら__________

 

「あぁ...戦う。俺は戦う!!」

 

この勇者服は彼女の証。二本の斧は絶望を振り払う希望の象徴。

 

「友奈、東郷、風、樹、夏凜、園子...守りたいと願う者のため。そしてこの世界を守った銀の為に!!!」

「っ...」

 

東郷が銃をこちらに向けてくる。俺はそれを避けて__________東郷の横を通り抜けた。

 

「な、何を!?」

「お前を説教すんのは後だよ!覚悟しとけ!!」

 

きっと、本当の意味で東郷を止められるのはただ一人_________俺は後でジュースでも奢らせて反省させればいい。

 

(それよりも、今は...バーテックスどもを止める!)

 

一通のメールを送って、俺は壁を飛び降りた。

 

俺は、俺の出来ることを。

 

「見せてやるよバーテックス!!これが俺達の魂だ!!」

 

俺はやったことないが、体が、魂が覚えている。

 

だから叫んだ。

 

 

 

 

 

「満開!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「樹...」

 

樹海化して、見たこともない敵が出てきてから。私は樹の姿を見ているだけだった。

 

足がすくんで、恐怖にかられて動けない。他の皆もいない。

 

(あたしは...)

 

皆を巻き込んだ本人が怖じ気づいて動けない。

 

ふと、眼帯を触る。椿や樹がおしゃれだと誉めてくれた眼帯は、散華の跡。

 

「樹、どうして...」

 

『いつもお姉ちゃんの後ろを歩いてばかりだった私が、自分で歩くために』

 

「後ろどころか、前を歩いてるじゃない...」

 

『お姉ちゃん。ありがとう。家のこととか勇者部のこととか!』

 

いつか、言われた言葉。あたしは_______________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

お姉ちゃんは動けなくなってしまったので、私が一人で戦っている。ちっちゃな敵はバーテックスより全然弱いけど数が多い。

 

(スケッチブックもスマホも使えないしなぁ...)

 

戦いながらお姉ちゃんに声をかける方法がないならと、ずっと右手を振るっている。伸びた糸は襲ってくる敵を切り刻むけど、終わりは見えない。

 

(お姉ちゃん...)

 

きっと、心で戦ってるんだと思う。だから私はお姉ちゃんが勝つまで耐える。

 

(お姉ちゃんならきっと勝てる。だって...いつだってお姉ちゃんは可愛くてかっこいいもん!)

 

この思いが届いてほしい。だからもっともっと暴れよう。

 

そう思って振り向いたら__________目の前に、口を開いた敵がいた。

 

(あ、)

 

 

 

 

 

「妹に頼りきってるわけにはいかないわ!!」

 

大きな剣で切るお姉ちゃんが目の前に現れてくれて、私は思わず抱きついた。

 

「樹、大丈夫?」

 

こくこくと頷く。

 

「よし...行くわよ樹!!」

 

二人で敵のところまで行こうとして、お姉ちゃんのスマホが鳴った。

 

「って、出鼻くじかれたなぁ...今誰がメールできる...!」

「?」

 

覗き込むと、『東郷が壁を壊してる。そっち頼む』とのメールが。

 

「椿から...よし、行くか!!」

「!」

 

今度こそ移動を初めてすぐに、壁の近くで花が咲いた。

 

「あれって...!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「友達に失格も合格もないっての...」

 

勇者になれなくなった友奈に迫る敵を刀で凪ぎ払う。

 

勇者は戦う意志を見せなければなれない。今の友奈はそれがないのだろう。

 

「でも、東郷さん泣いてた...なのに私は......」

 

涙を流す友奈に、私は聞いてみた。

 

「友奈...あんたは、どうしたい?」

「...東郷さんを止めたいよ。世界が壊れたら皆と一緒にいられなくなる」

「そ」

 

返しは淡白になってしまったけれど、もう決意は出来た。

 

「夏凜ちゃん...?」

「友奈、私、もう大赦の勇者として戦うのはやめるわ」

「え...」

「...勇者部の一員として、戦う。友奈の泣き顔、もう見たくないから」

 

そう言い残して、私は樹海の一番上まで登った。見渡す限り白い敵と、奥にはバーテックスも見える。

 

一度スマホを出して、アルバムを眺める。出会ってすぐに開いてくれた私の誕生日パーティーで撮った写真。

 

(あの頃の私から、随分変わったな)

 

それは勇者部のお陰。

 

ちらりと左肩を覗く。私の満開ゲージーは全部貯まっている。

 

「あの数、一筋縄じゃいかないものね...」

 

散華は怖い。それでも、きっとなんとかなる______

 

「バーテックスを殲滅して、東郷を探して...」

 

友奈の元へ引っ張り出す。それが私に出来ることだから。

 

何より、今命を削って戦っている先輩の負担を減らすためにも________

 

「さぁ!!遠からん者は音に聞け!!近くば寄って目にも見よ!!これが、讃州中学二年、勇者部部員!三好夏凜の実力だぁぁぁぁ!!!」

 

啖呵を切って、私は戦場に躍り出た。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「どうしたどうした!!その程度か!?」

 

満開してついた羽を広げて、バーテックスの上をとる。

 

「このまま...ここから...出ていけぇぇぇぇぇ!!!」

 

一回り大きくなった斧から伸びた炎は針を持つバーテックスの倍近くの大きさになり、一刀のもとに焼き切る。

 

「もぉいっちょぉぉ!!」

 

降り下ろした斧を横凪ぎに払い、叫びながら、広がる雑魚をなぎ倒す。

 

「っ!」

 

咄嗟に上へ回避すると、さっきまでいた場所に無数の矢が通った。いつかのバーテックスがこちらを向いている。

 

「よくも...」

 

_______後ろ______

 

「!!」

 

もう一度回避行動をとると、後ろのバーテックスに反射された矢が戻ってきていた。

 

(今の...)

 

「勇者部五箇条!一つ!!挨拶はきちんと!」

 

反射板を持っていたバーテックスは、更に後方から現れた夏凜に蹴られ、切られた。

 

「夏凜...」

「椿!」

 

背中合わせに寄り添い、敵の数をもう一度確認する。裏をかかれたり神樹様の方へ向かわれたらたまらない。

 

スマホで見た数と視認できる数が一致する。近くには三体。矢を放つ奴と、爆弾を産み出すやつと、地面を這いずり回るやつ。

 

ちらりと後ろを見ると、夏凜が見えた。見たことのない衣装に豪腕が四本。どう見ても満開中である。

 

「...何も言わないのね」

 

視線に気づいた夏凜がこっちに言ってきた。本人も俺も、それが夏凜が満開したことについてだとわかっている。

 

「...言いたいことはあるけど、俺も同じことしてるしな。助けてもらったし何も言えないよ」

「ふふっ...さ、さっさと殲滅するわよ!」

「あぁ。いこう!!」

 

バーテックスの矢に合わせて別方向へ散る。俺が相手するのはその矢を放つバーテックス。

 

「勇者部五箇条!!一つ!!なるべく、諦めない!!」

 

夏凜の声を聞いて安心した。こんな場面で勇者部五箇条を叫んでくれる彼女は、心から勇者部に入ってくれたんだと実感できた。

 

(だったら俺も!)

 

「勇者部五箇条!一つ!!よく寝て、よく食べる!!」

 

飛んできた矢と炎がぶつかり、矢が爆発した。そのまま乱舞を浴びせる。

 

「くっ...」

 

時間切れか、満開が終わってしまった。同時に腹の感覚が失せる。

 

(これは...胃でも持ってかれたかな?)

 

「勇者部五箇条!一つ!!悩んだら相談!!」

 

地面に落ちていくと、丁度這いずり回っていた奴が喰らいに来た。

 

(戦うための場所が残ってるなんてラッキーだな!)

 

「一番大事なものはもう取られてんだ...好きなだけ持っていけ!!」

 

さらに満開。そのまま斧を突き刺し、中から火炙りにした。

 

「バーテックスをここまで簡単に...封印も必要ないし、強いなこれ」

 

感心したまま雑魚の掃除をし始める。

 

「これでぇ!」

 

炎を纏わせた斧を投げると、辺りが星空のように瞬いた。

 

「「勇者部五箇条!一つ!!なせば大抵、なんとかなる!!!」」

 

夏凜もバーテックスを一体倒し、最後は息の揃った声。

 

「やったな夏凜」

「見たかー!勇者部のちからー!!!」

 

夏凜から返ってきたのは返事ではなく、叫びだった。まるで俺の声が聞こえていないような意志疎通の不出来__________

 

(まさか、満開で!?)

 

「っっ...」

「夏凜!!」

 

気絶して落ちていく彼女を慌てて支える。

 

(...俺も、ヤバイな)

 

満開が切れた俺の意識も、そこでなくなった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「東郷!!これ以上壁を壊しちゃダメ!!」

 

風先輩に剣を打ち付けられるものの、精霊の守りを貫くことはできない。

 

「私達が救われるにはこれしかないんです」

「部長として...あんたを止める!!歯を食い縛りなさい!」

 

横凪ぎに振られた剣に当たって、私は炎の中へ飛ばされた。

 

「私は負けられない...」

 

絶望しかない未来に友奈ちゃんを、皆を残さないために。

 

「負けられないの!」

 

覚えている中では一度だけ起こした神の力を顕現させた。

 

「あんた、満開を!?」

「二人とも、退いてください」

 

もうすぐ以前にも見た大型バーテックスが生まれる。それを神樹の元へ通せば__________

 

「退くわけないでしょ!」

「っ!!!」

 

動かない風先輩と樹ちゃんに向けて、主砲を放った。

 

「東郷ー!!」

風先輩と樹ちゃんに直撃した主砲は、壁も巻き込んで爆発した。

 

「......勇者の力では神樹本体を傷つけることはできない」

 

出来た道を、悠々と大型バーテックスが通っていく。

 

「でもこれを神樹に持っていけば...殺しきれる」

 

バーテックスは移動するまでもなく、炎の球体を作り出して発射した。

 

「やめろぉぉぉぉ!!!」

 

風先輩の悲鳴が聞こえても、なにも起こらない。

 

(これで、世界は...)

 

誰も止めることは________

 

 

 

 

 

「勇者...パーンチ!!」

 

聞き覚えのある声と共に、球体が爆発する。

 

「そんな...」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

夏凜ちゃんと椿先輩が満開してバーテックスに立ち向かっていくのを、私は見ていることしか出来なかった。

 

「夏凜ちゃん!椿先輩!!」

 

二人がバーテックスを倒しきって墜落する。

 

制服姿に戻っていた二人は、どちらも動かなかった。

 

(満開したから...!)

 

「夏凜ちゃん!!椿先輩!!しっかりしてください!」

「......友奈、夏凜を...東郷を...」

「先輩!!」

「俺は、大丈夫だから...」

 

椿先輩が息絶え絶えに言ってくるのを聞いて、夏凜ちゃんに寄り添う。夏凜ちゃんは目は開いているけどそこに光がない。

 

「誰...椿?」

「夏凜ちゃん!!」

「...この感じは友奈かな?ごめん、目と耳持ってかれて...」

 

夏凜ちゃんがわかるように、手を頬に持っていく。

 

「夏凜ちゃん!夏凜ちゃん!!」

「...私ね、言いたかったことがあるの」

 

泣きじゃくる私に、夏凜ちゃんはか細い声で言ってきてくれる。それが今にも消えてしまいそうで_________

 

「ありがとう」

「っ...」

「誕生日会を開いてくれて、居場所をくれて、大切な仲間にいれてくれて......ありがとう」

「夏凜ちゃん!!」

「私じゃ東郷を止められなかったから...あいつを、助けてあげて」

「でも!」

「私なら大丈夫だから...行きなさい」

 

私の声が聞こえているように言ってくれる夏凜ちゃん。私はそっと夏凜ちゃんを寝かせて、涙を拭った。

 

「行ってくるね!!」

 

勇者には、なれた。

 

「勇者...パーンチ!!」

 

飛んできた火の玉を殴って止める。見える先には満開した東郷さん。

 

「もう迷わない!私が勇者部を...東郷さんを守る!!」

 



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二十九話 終わって、始まって

(俺も...)

 

勇者となって駆ける友奈を見て、体を震え上がらせる。

 

散華で取られたのは胃と左足と右腕と左耳__________現状確認できたのはそれだけだ。

 

(散華って一回一ヵ所じゃないのかよ...!!)

 

前に銀がやった時は、銀が全部持ってってくれたのか_______

 

「くそがぁぁぁ!!」

 

立ち上がろうにも体は満足に動かせない。このままでは__________

 

 

 

 

 

『勇者は、気合いと根性ー!!!』

 

「っっ!!?」

 

いつか、俺じゃない俺の口が叫んだ言葉。その声に自然と押され、体が軽く起き上がる。

 

(そうだな...)

 

壁に寄り添いながら見上げると、遠くに見えたのは大型バーテックスと東郷、友奈。大型は二つに割れ、中から炎を纏った敵が次々現れる。

 

きっと、もう体は満開しなければ戦えない。辿る道は園子のように祀られるというものかもしれない。

 

それでも。まだ戦えるなら。

 

「銀仕込みの根性、見せてやるよ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「とまれぇぇぇ!」

 

おっきなバーテックスの攻撃を避けて殴ろうとするけれど、東郷さんのビームで遮られてしまう。

 

「ダメよ友奈ちゃん!!」

「東郷さんやめて!そいつが神樹様についたら私達の世界がなくなっちゃう!」

「それでいいの...一緒に消えてしまおう」

「よくない!!!」

 

気づいた時には満開していた。そうしなきゃ東郷さんもバーテックスも止められない。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

 

東郷さんの攻撃を避けて、椿先輩の様な炎を纏った敵を蹴散らして、おっきなバーテックスに拳を叩き込んだ。

 

「御霊!」

「ダメっ!」

「くぅっ!?」

 

御霊への止めはさせなかった。

 

(やっぱり、ちゃんと話さなきゃ...!)

 

「東郷さん、何も知らずに過ごしてる人だっているんだよ。私達が世界を救うことを諦めちゃダメなんだ!だってそれが」

「それが...勇者だから?」

 

東郷さんは涙を流していた。

 

「それが勇者だって言うの!?他の人なんか関係ない!一番大切な友達を守れないなら...世界を守る意味も、勇者になんかなる意味もない!!」

「東、郷さん...」

 

呆然としている間に、バーテックスは御霊を隠してしまった。

 

「っ、回復して...」

「友奈ちゃん。もう手遅れなの」

「手遅れなんかじゃない!!」

 

東郷さんのビームを真正面から受け止める。

 

「ううっ...」

「戦いは終わらない。私達の生き地獄は終わらないの」

「東郷さんっ!!!」

「っ!」

「地獄じゃないよ!だって、東郷さんも皆もいるんだもん!!!」

 

ビームを弾いて、まっすぐ東郷さんを見つめる。

 

「どんなに辛くたって大丈夫!東郷さんは私が守るから!!」

「大切な思いを忘れてしまうんだよ!大丈夫なわけないよ!!」

「きゃあっ!」

 

東郷さんのビームを受け止めきれずに、樹海に叩きつけられてしまった。

 

「友奈ちゃんや皆のことも忘れてしまう。それが仕方のないことだって割りきれない!!一番大事なものを忘れてしまうくらいなら...こんな世界!!」

「忘れないよ!!」

「どうしてそういえるの!?」

 

東郷さんの質問に、答えられることはただひとつ。

 

「忘れない。だって、私がそう思ってるから!!滅茶苦茶強く思ってるから!!!」

「......私も、私達も、きっとそう思ってた」

「っ!」

 

その言葉はきっと_______前に会った、乃木園子ちゃんと東郷さんのこと。なんとなくそう思った。

 

「今はただ、悲しかったということしか覚えてない。自分の涙の意味さえわからない!イヤだよ!怖いよ!きっと友奈ちゃんも私のこと忘れてしまう!!」

 

私にその気持ちは分からない。

 

(でも、私の気持ちも本当だから)

 

「はぁぁぁ!!」

 

樹海から空へ、東郷さんのいる場所へ。

 

「東郷さん!!」

 

東郷さんの抵抗を避けきって、私は殴った。衝撃で倒れないようすぐに抱きしめる。

 

友達を殴りたくなかった。こんなことはしたくなかった。

 

(でも!)

 

「忘れない。私は忘れないよ」

「っ...嘘」

「嘘じゃない」

「嘘よ!」

「嘘じゃない!!」

「......本当?」

 

東郷さんがやっと開いてくれた心。私はそれをこじ開けるため、東郷さんに笑顔で言った。

 

「本当だよ。私はずっと一緒にいる。そうすれば忘れない」

「うぅ...友奈ちゃん、友奈ちゃん......」

「大丈夫だよ」

 

優しく抱きしめてあげると、東郷さんは涙をぽろぽろ流す。

 

(できれば泣かないで欲しいな。東郷さんには笑っていて欲しいから)

 

だから私はもっと抱きしめた。暖かさが伝わってほしいなと思いながら。

 

「忘れたくないよ!私を一人にしないで...うぁぁあぁん」

「うん...うん」

 

抱きしめ続けていると、突然光と熱さが伝わってきた。

 

「!?」

「っ!?」

 

東郷さんと一緒に見た先には、おっきなバーテックスがちっちゃいのと合体して大きな火の玉になっていた。というより寧ろ_______

 

(太陽...)

 

太陽はまっすぐ神樹様に向かっていく。

 

「そんな...」

 

 

 

 

 

「ここは死守する!!!」

 

聞こえたのは椿先輩の声。満開した先輩は太陽を押し返そうとする。

 

「椿先輩!」

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

遠くてこっちの声は聞こえていないけれど、 先輩の声が聞こえて少し安心した。

 

「私達もやろう!あいつを止める!」

「うん!」

 

続いて私達も回り込んで、力を込めた。

 

「東郷...」

「古雪先輩、私...」

「今度、ケーキ作ってこい。お前が滅多に作らない紅茶付きでな。和を重んじるお前に無理やり作らせるとか、ピッタリの罰だろ?」

「っ...」

「一気に押し返すぞ!!」

「「はい!!」」

 

三人の力が合わさって、太陽の速度はどんどん落ちていく。

 

「...止まらない......」

「こっのぉぉぉぉ!!!」

「絶対諦めない...っ」

 

満開が解けてしまった。そのまま地面にまで落ちていく。

 

「友奈ちゃん!」

「友奈!!くそっ」

 

(東郷さん...椿先輩...ごめん)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

友奈が散華して落ちて行ったが、それを助けられるほど余裕はなかった。

 

「もう...だめ...」

 

諦めそうになる東郷を鼓舞する意味でも、もう一度叫んだ。

 

「勇者は、気合いと、根性ー!!!」

 

だが二人だけでは________

 

「よく言った椿!!」

「風!樹!」

 

風と樹も満開して押し返す。

 

「お前ら満開を...」

「言いっこなしでしょ!」

「...あぁ!!」

「風先輩も、私...私は」

「お帰り。東郷」

「っ!ただいま。です」

「そこかぁぁぁぁ!!」

「夏凜!来てくれたのね!」

「勇者部を、なめるなぁぁぁぁ!!!!」

 

飛んできた夏凜も、両腕だけでなく満開して止める。

 

(目も耳も使えてない筈なのに!!)

 

「皆行くよ!押し返せ!!」

「おう!!」

「はい!」

 

太陽のように燃え盛るバーテックスに、左手の斧をもっと強く打ちつける。じりじりと減速しているが、まだ足りない。

 

「五人でもダメなの...」

「くっ!」

 

これ以上行かせられない。

 

(世界がなくなる...そんなこと......)

 

 

 

 

 

『椿』

 

(っ!!)

 

『勇者は、気合いと根性と_______』

 

動かなくなっていた右手に、斧を呼び出す。二つの斧に白く輝くの炎を纏わせ、背中の羽からも炎の輝きが出る。

 

(...見ろよ。これが勇者部の、勇者の、俺達の!!)

 

「魂だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

俺は両腕でバーテックスを止めた。

 

「椿...よぉーし!勇者部...」

『ファイトー!!!!』

 

全員の叫びは届き、バーテックスの動きは完全に止まる。

 

ならあとは__________

 

「私は!!讃州中学勇者部!!」

 

後ろから聞こえる名乗り。

 

「友奈!」

「友奈!!」

「友奈!」

「友奈ちゃん!」

「(友奈さん!)」

 

「勇者!結城友奈!!!」

 

 

 

 

 

届けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

月明かりをぼんやり眺めると、流れ星が落ちた気がした。

 

バーテックスとの戦いから、数日。

 

事の顛末としては、太陽の様なバーテックスは爆発。俺達は全員生き残り、すぐさま病院に搬送された。

 

大赦が全員の勇者システムを回収したらしいので、戦いは本当に終わったのだろう。

 

壁の外の世界、次に使わされる勇者、それを抜いて、俺達の戦い。という意味では。

 

現実にも被害がフィードバックされたらしく、その日は事故が多発したらしい。死人はいないらしいのでその程度ですんでよかったと今でこそ笑い事だ。

 

朗報は、神樹様が供物を捧げなくても良いと判断されたことだろう。聞いた話だと風も樹も東郷も夏凜も、回復傾向にあるらしい。

 

らしい。というのも俺はまだ病院にいるため実際はメールでしかやりとりしていない。面会も明日以降となっている。

 

大赦の使いが来て渡された紙には、俺の勇者システムの満開が足りないスペックを補うことも含めていたので多くの供物を捧げる機能だったこと。そして、多くの供物を捧げたため治りが遅いということが書かれていた。だとすれば園子の方がきついだろうから、根をあげるつもりはない。

 

それから、俺の使っていた勇者システムは処分されるとのこと。なんでも俺以外の適性者を受け付けなくなったらしい。それから大赦とは連絡もつかない。

 

勇者システムの廃棄について、特に反対はしなかった。俺達の戦いが終わったなら、関係ないだろう。世界が滅ぶかは次の世代だ。

 

というより、ボケッとして適当に返してしまった。

 

戻ってきた日常。守り抜いた世界だが、二人は未だに帰ってきていない。

 

(友奈...銀)

 

意識が未だ戻らない友奈と、満開の後遺症にも関わらず戻らない銀。

 

(早く、戻ってこい...)

 

俺は星に願いながら、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから。思ってなかったんだ。こうも突然戻ってくるって。

 

『おはよう椿!』

「......おはよう。銀」

 

少しだけの、奇跡の時間が始まった。

 



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三十話 また会える

朝日が見える中。

 

『元気してた?』

「そう見えるなら、元気なんじゃないか?」

 

彼女は戻ってきた。

 

「...ほら、体貸す」

『なんだよいきなり』

 

多く語ることなんてない。

 

「やりたいこと、あるんだろ?」

『......ありがとう』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

友奈ちゃんと古雪先輩の面会に行けるようになったら、できれば車椅子でなく自分の足で向かいたい。その一心でリハビリを行い、なんとか松葉杖で歩けるようになった。

 

「よし...?」

 

学校へ向かうため鞄を持ったところで、インターホンが鳴る。まだ朝のため郵便などではないはずだ。

 

「こんな時間に誰かしら...!」

 

カメラに映っていたのは古雪先輩。

 

「先輩!?どうして!?」

「よ、東郷」

 

『体動かねーなー』 とメールしていた先輩は、どこも異常がなさそうだった。

 

「嫌かもしれないから先に謝っとく。ごめんな」

「え?え?」

 

先輩には謝らなきゃいけないこともお礼をしなきゃいけないこともたくさんある。何から話そうか迷っていると、いきなり謝られた上抱きしめられた。

 

「え...?」

「久しぶりだな...胸も大きくなったのは須美らしいや」

 

口ぶり、頭を撫でる手つき、なにより『須美』と呼ぶ彼が、私が思い出しつつある彼女の記憶を呼び起こす__________

 

「......もしかして」

「時間ないからこれしか出来なくてごめんね。須美......生きていてくれてありがとう。大好きだよ」

「あぁっ...!!!」

 

涙が溢れる。止めようとしても全く止まらない。

 

「泣かないで須美。笑顔で送り出して欲しいな」

「...それが、貴女の望むことなの?」

「おう!」

「......またね」

「うん、須美、またね!」

「...ありがとう。私も大好きよ。銀」

走り去っていく先輩に向けて、私は口にした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『これから俺は東郷に会った時なんて言えばいいんだ...』

「気にしない気にしない!そしたらもう一人やるんだからね!!」

『くっ...もう好きにしろ!』

「言われなくても!」

 

アタシ達は海辺へ向かう。そこには包帯を巻いていたらしい彼女がいるから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

皆がお役目を終わらせて数日。神樹様は、取った供物を返してくれた。

 

(皆のお陰だね。感謝しなきゃ)

 

二年近く巻き直していた包帯を取る。もう歩けるし、腕も動くし、心臓はどくんどくんいっている。

 

真実を伝えたわっしーは壁を壊し、バーテックスは嬉々として襲いかかってきた。それを勇者部皆で止めたみたい。

 

(サプライズで、讃州中学入りたいな~それで、勇者部入って~)

 

きっとそれは昔に負けない楽しい日々だから。

 

「園子ー!!」

「?」

 

だから、逆にサプライズされるとは思わなかった。

 

「捕まえた!」

「わぷっ」

 

いきなり抱きしめられて、頭をよしよしされる。

 

「つっきーいきなり......あれ?」

「園子もおっきくなったなぁー...よしよし」

 

前にされたのとは少し違う撫で方。これは寧ろ________

 

「...ミノ、さん?」

「せいかーい!凄いな園子」

「うぅ...ミノさん、ミノさん!!!」

 

理解がついてこなかったけど、体は無意識に強くしがみついていた。もうどこにもいってほしくないから。

 

「うんうん、嬉しいなぁ...でもごめんね園子。もう時間なんだ」

「やだやだ!絶対離さない!!」

「もぅ、いつから甘えん坊になったんだ?」

 

ミノさんはつっきーの顔で呆れ顔になった。

 

「アタシは長くない。あと少しで消えちゃう。だから、最後は自由にやらせてくれないかな?」

「...ミノさん、わがままなんだから」

「ごめんね?」

「...いいよ。会いに来てくれたもん」

「ありがとう...園子、椿をよろしくね」

「...ミノさんに言われるまでもなくつっきーのことは大好きだから。寧ろミノさんいなくなるならつっきー取っちゃうから!!」

 

別にミノさんの意識が一緒にあった人だからじゃない。祀られた毎日、一人ぼっちだった時、自分も散華で辛い状況だったのに気にかけてくれたこと。頭を撫でてくれたこと__________

 

理由なんて、それだけでいい。

 

「あの、俺が気まずいんですけど...銀追い出すな!まだ抱きしめてるんだから俺がやるわけにいかないだろうが!!」

「つっきーなの?じゃあ...んー」

 

頬に唇を当てる。つっきーは顔を真っ赤にしなかった。

 

「残念アタシに戻ってまーす」

「...ミノさん嫌い!」

「え」

「......でも好き」

 

ミノさんに出来た方が今は嬉しいから。つっきーは後でいくらでもできる。

 

「あはは...またね、園子」

「うん。またねミノさん」

 

前は出来なかったお別れの挨拶をして、私はつっきーを見送った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

神樹様の力で銀は戻ってきたらしい。しかし、供物は体に馴染めば完全に戻るものの、人の意識は戻らない。

 

一時間。それが、銀が俺に乗り移れるタイムリミットみたいだった。

 

『だいたい分かるんだよ。人の居場所とか時間とか。神樹様の力を一部もってるからな。今のアタシは』

 

お喋りしながら走り、東郷と園子__________銀が会いたかった二人と抱き合って。後目指す場所は一つ。

 

「たっだいまー!」

『ご両親はもう仕事だぞ』

「えー...残念だけど仕方ないか」

 

からから笑って、どたどた走ってとある部屋まで行く。

 

「金太郎!鉄夫!!」

「にぃーちゃん何で!?怪我したって」

「にーにーおはよう...」

「あーもーかわいいなー!」

 

目一杯抱き締められて、二人は苦しそうだった。

 

(椿。二人のこと、これからもよろしくね)

(俺にとっても弟なんだ。わざわざ言う必要ない)

「...よし!いいかーお前たち。これからも椿の言うことよく聞くんだぞ?」

「にーにー?」

「にぃーちゃん?」

「返事!」

「「はい!」」

「よし、いい子達だ!しっかり家の戸締まりしてから出るんだぞ!」

 

嵐の様に三ノ輪家から出ていく。最後に訪れるのは隣の家。

 

『最後が俺の家でよかったのか?』

「うん。アタシはここがいい」

『...どうだった?俺達が守った世界はさ』

「改めて見るまでもないけど、綺麗だったよ」

『そっか...』

「というかこのちょびっとだけ結んでる髪何?」

『銀の真似』

「似合わないよ椿は」

『え、マジか...本人が言うならやめるかな』

 

タイムリミットはどんどん迫っている。

 

『なぁ銀。本当にもう...』

「なんだよぉ、椿が自由にしていいぞって言うからやってたのに、お前もそんななのか?」

 

消えてほしくない。そんなことは初めから思ってる。

 

でも同時に__________消えてしまうんだと、初めからなんとなく分かっていた。

 

『...そうだよな。ごめん』

「あ、アタシが消えたら机の引き出し開けてみて」

『おう?』

「いいからいいから」

『わ、分かった』

 

イネスでジェラートを食べたとき。数学の宿題で唸ってたとき。盤を回してボードゲームをやったとき。

 

部活に代わりに出てくれたとき。複数供物として取られる満開を全て肩代わりしてもらったとき。最後の戦いで右手を貸してくれたとき。

 

いくつもの、たくさんの思い出が、頭の中を巡る。

 

『...銀』

「どうした?」

『ありがとう。俺と一緒にいてくれて』

 

二度逃した別れの言葉。やっとそれが言える。

 

「...アタシこそ。椿との生活は楽しくて、嬉しくて...うぅ」

『おいおい、涙流さないでくれよ。俺だって泣きたい気分なのに』

「......ごめんごめん、そうだよね」

『...じゃあ』

「うん。じゃあ」

 

最後は笑顔で、特別な言葉なんていらない。互いの家に帰る時のような気軽さで__________

 

 

 

 

 

「またな」『またね』

 

 

 

 

 

だって、きっとまた会えるから_______________

 



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三十一話 皆と共に

「......」

 

銀の声は今度こそ消えた。俺は言われた通り机を漁る。

 

「いつの間に...」

 

中には手紙が入っていた。

 

これに自力で気づいたのかアタシに言われて気づいたのかわからないけど、椿が寝てる夜にせっせとかいた遺書...じゃないな。なんだろう、手紙です。

 

椿といる日は、生きてた時も意識だけだった時も楽しかった。わくわくして、どきどきして。

 

でも、さよならは絶対来る。だからアタシはこれを書いてる。なにも言えずに消えたくないから...思いを込めて。

 

椿は泣いてるかもしれない。というか泣いてて欲しいな~って思うけど。泣いた後は笑顔でいてほしい。

 

「バカ...もう手紙濡らしてるってーの」

 

見えなくても聞こえなくても、それでも椿の魂と一緒に、アタシはいるから。

 

遠い場所にアタシが消えても、思いを伝え続けるから。

 

大丈夫。アタシも椿も寂しくなんかない。椿が思っていてさえくれれば、アタシはずっと一緒。

 

「あぁ...ぁぁ」

 

だから笑顔で、楽しい姿を見せて。恋人とか結婚とかそういった恋愛ごとは戸惑うけど...まぁそういったこともやって?幸せな笑顔を、見たいな。

 

大好きだよ椿。三ノ輪銀。

 

「......俺も、大好きだよ」

 

P.S.(使い方あってるっけ?)...追記!

 

この机の三つ目の棚、開けてみて。ちょっとしたプレゼントが入ってるから。大切にね!

 

ここで、手紙は切れていた。

 

「...なにが......」

 

開けると入っていたのは赤いミサンガ。

 

「ホント、いつの間に作ったんだ...」

 

なんとなく、左手につける。ミサンガはここが定位置だと言わんばかりにしっくりきた。

 

「...ありがとな。銀」

 

見ててくれ。これからの俺を、俺達を_______________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

その後、病院の職員にしこたま怒られ、ベッドに拘束された。

 

皆は先に友奈の元に行ってから来るらしい。

 

(なんで動くことすら封じられてんだ俺は...)

 

おまけに後ろ髪も切られた。これは切りたいと思っていたから丁度いいが、既に健康体なのにも関わらず拘束されているのが納得いかない。

 

(昨日までぼろぼろだったくせに、いきなり町中を走れるようになるんだもんな...銀の置き土産様々だ)

 

短くなった黒髪を触りながら適当なことを考えていると、ガラッと扉が空いた。

 

「椿ー!!」

「うわっちょ!?」

 

いきなり風に抱きしめられ、変な声が出てしまった。

 

「生きてるのね!?」

「...もうぴんぴんしてる」

「聞いたわよ。病院抜け出したんだって?」

 

片目を眼帯で覆ってる夏凜は痛々しさが残るが、口元は笑顔だった。

 

「まぁな」

「古雪先輩...」

 

続いて入ってきたのは松葉杖で歩く東郷。

 

「よ、東郷」

「...先輩ですよね?」

「あぁ。残念ながらな」

「......確かに残念ですけど、あれでよかったと思います。私の所へ来てくれて...もう一度会わせてくれて、ありがとうございます」

「礼ならあいつにいいな。どっかで見てるだろうから」

「なにこの怪しげなムード...」

「あの、椿さん」

「!!!」

 

最後に入ってきた樹は、もうスケッチブックを持っていなかった。

 

「樹、声が!」

「はい。少しずつですが...戻ってます」

「よかったな...これは歌姫樹の誕生も近い...」

「そうよ!!オーディション二次も受けれるようになったんだから!!」

「二人とも、病院ですよ」

 

東郷に注意されて静かにする。樹本人は気まずそうにしながら、それでも嬉しそうだった。

 

「...それで、風さんや」

「なに?」

「いや...いつまで抱きついてるんですかね。みんな見てるし、そろそろ意識しちゃうんでやめてほしいんですけど」

「!!」

 

あわてて離れて顔を真っ赤に染める風。

 

(無意識かよ......)

 

「お姉ちゃんは椿さんが無事で嬉しいんですよ」

「それはありがたいけどさ...気まずいから。マジで」

「嬉しそうな顔してるわよ?」

「夏凜さんからかわないでくださいよ」

 

この空間にいると、平和な世界のため戦ってよかったなと感じる。

 

だが、まだ。

 

「......友奈は?」

『...』

 

俺の質問に、全員が黙りこんだ。

 

「...まだ、意識は回復しません」

「俺も会わせてくれ」

 

 

 

 

 

友奈の病室は二つ隣だった。

 

「......」

 

入ってから何も言えない。魂だけがぽろっと抜けた様な顔を友奈がしているのは、信じられなかった。

 

「友奈...」

「ちきしょう...」

「私は...一番大切な友達を犠牲に...私が」

「言うな!」

「っ!」

「言うな...誰も悪くないって、話し合ったでしょ」

 

全員顔が暗い。

 

「友奈...早く戻ってこい。皆待ってるから」

 

俺はそれだけ言って、自分で来たいと言っておきながら皆を横切って部屋を出た。

 

あの虚ろな顔を見続けていたら、泣いてしまいそうだから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

あれから数日。俺も退院し、文化祭も目前に迫っていた。

 

風、夏凜の眼帯はとれ、東郷は松葉杖二本だったのが一本に、樹はカラオケで熱唱できるほどになった。変わって、友奈は戻ってこないまま。

 

文化祭で予定している劇の衣装は完成。主役である友奈の回復を信じて待つ。

 

樹が友奈に送る押し花は七本になった。それぞれの勇者服に施された花で作ったらしく、俺の花が牡丹と椿の二つであることをはじめて知った。

 

花言葉は、牡丹が高貴、椿が誇りなんだとか。

 

全員が友奈の復帰を願う中、俺はお見舞いに行ったり、別の場所を訪ねたり、演劇の準備に邁進したり。そうして日数が過ぎて__________

 

『友奈ちゃんの意識が戻りました!!!』

 

東郷のメールで、勇者部の扉を蹴飛ばして出ていった。後日請求が来たが、最初に「邪魔ねこれ!!」と言ったのは風なので半分にしてほしかった。

 

「皆ありがとう。私を待っていてくれて...ただいま!」

 

彼女はやっぱり笑顔が似合っていた。

 

味覚も足もめきめき調子を戻した友奈、それに釣られて走り出した東郷。笑う樹、突っ込む夏凜、まとめる風、皆を見つめる俺。

 

 

 

 

 

そして今。

 

「世界は嫌なことだらけだろう!辛いことだらけだろう!!お前も堕落してしまえ!」

「嫌だ!!」

 

文化祭にて、主演友奈(勇者)と、脚本風(魔王)による劇は、クライマックスを迎えていた。

 

「あがくな!現実の冷たさに凍えろ!」

「そんなの気の持ちようだ!」

「なに!?」

 

根性論だが、友奈と風の演技で観客は魅了され、何より俺も、そんな脚本も演技も大好きだった。

 

「互いに思えば強くなれる。無限に力がわいてくる!世界にはどうしようもなく悲しいことも、嫌なことも、自分だけじゃどうにもならないこともある!!」

 

部活で作った剣を友奈が構え直す。

 

「だけど、大好きな人がいれば挫けるわけがない!諦めるわけがない!!」

 

その顔は、どこまでも真剣で、どこまでもまっすぐで。

 

「大好きな人がいるのだから!何度でも立ち上がる!!」

「...頑張れ」

「だから、勇者は絶対負けないんだ!!!」

 

勇者の一撃に倒れる魔王。

 

しかし、友奈の限界もそこまでだった。

 

「っ!!」

 

観客に見えようがお構いなしで舞台に出て、滑り込みで友奈を支える。

 

「椿先輩...」

「無茶しすぎだ。病み上がり」

「えへへ...ありがとうございます」

「友奈ちゃん!」

「友奈!!」

 

舞台袖にいた皆も我を忘れて出てくる。魔王風もやられたくせに飛び起きた。

 

「友奈さん!」

「友奈!」

「...ごめん、ちょっと立ちくらみ」

 

えへへと笑う友奈に安心すると、観客席から拍手が聞こえてきた。

 

「すごかった!」

「よかったわー!」

「勇者ー!」

 

大成功の証を目の当たりにして、友奈と東郷が抱き合う。

 

(なんだって乗り越えられる)

 

後日。俺は机に新たな写真を飾った。元からあった一枚は小さい頃銀と撮った写真。もう一枚は、演劇が終了した後、勇者部で撮った写真。

 

(皆がいれば、きっと_______________)

 

今日も俺は穏やかな日常を過ごす。幼なじみだった彼女と共に。

 




書き始めて約一ヶ月。ゆゆゆ一期にあたる部分はこれで終了です。長かったような短かったような。

さて、続編に関してですが、ひとまず小話を何話か書きたいなと考えています。そのっちそのっち。

二期、勇者の章を書くかは現在未定です。幸い皆様からの感想も嬉しいものなので、出来れば...とは考えています。

感想、評価は物凄く励みになりました。ゆゆゆファンの方と話せるの嬉しい。この作品も好きだと言ってくださる方もいて何度も電車内だったり自分の部屋だったりでにやけそうになりました。というかにやけてたと思う。うん。

本編と関係ない長文失礼しました。これからも感想や評価くださると嬉しいです!またよろしくお願いします!


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三十二話 新生勇者部

小話を書くと言った。だが時期は言っていなかった...つまり、連日投稿でもよいわけだ!!

というわけで今日も投稿します。昨日の投稿から感想、評価が滅茶苦茶来て心ぴょんぴょんで書いてます(というか脳が処理落ちしかけました。皆様本当にありがとうございます!!なんか似たような文になってしまってると思いますが、ボキャ貧な自分を許してください...)

下から本文です。




「リンゴケーキと山盛りみかんパフェとドリンクバーで」

 

放課後、ファミレス。注文を一通り済ませてココアをとってくる。少し寒くなってきた秋に丁度いい。

 

「......相変わらず頼むね」

「費用全部持ちなら容赦なく頼むに決まってますよ」

 

一口飲んでからバッグからメモリーと紙束を出した。相手も同じようにアタッシュケースを開けている。

 

「どうぞ。今週分のデータと資料」

「はい。今週分のアップデートと資料です」

 

互いに物を交換して、運ばれてきたパフェを食べながら目を通すこと数分。

 

「なめとんのか」

 

俺は紙を机に叩きつけた。

 

「それが今の限界です」

 

俺より年上の男は少し辛そうな顔で言ってくる。

 

「嘘だろ...これじゃあ防人も苦戦するわ。せめて星屑くらいは一撃で沈められるくらいのを」

「そう簡単にできるなら苦労していません。今君達勇者の戦闘データを研究してる最中ですし」

「...また射撃戦して、データ集めてくるか」

「ありがとうございます」

「頭は下げないでくれ...ください。ホントに」

 

俺は、スマホを握りしめた。画面には__________勇者アプリが見えていた。

 

 

 

 

 

全部が終わって数日。俺は大赦を訪れた。

 

壁の外の世界は未だ炎と、天の神に作られたバーテックスに包まれている。なにか、元勇者である俺にできることはないかと訪ねたのだ。

 

俺はそこで、勇者として選ばれなかった人で構成された『防人』という存在を知る。壁の外に出て、調査を繰り返しているだとか。

 

だがもちろん、外にはバーテックスもバーテックスの元となる白い雑魚『星屑』も大量にいる。勇者システムのグレードダウンである防人の武器では星屑はともかく御霊のない状態の弱いバーテックス相手に死の危険がある。

 

かといって、防人に入ることはなかった。総勢32人と連携して戦わねばならないのに、学校に通って時々来る男などいらないからだ。

 

しかし俺の勇者システムは破棄されたらしい_________だからどうしようかと考えていた時、目の前の男がこのファミレスを指定してきた。

 

なぜわざわざ場所と日にちを変えてまで________と考えはしたが、ひとまず話を聞こうと席について。渡された物に俺は目を見開いた。

 

処分されたと言われていた俺と銀の端末。大赦の中枢にいるという男は俺以外使えなくなった勇者システムを隠し持っていたのだ。

 

『担い手が一人とはいえ、わざわざ処分することはないと考えました』

 

結果、俺が大赦と結んだ契約は、バーテックスに対抗できる武器のデータ集めということになった。過去にバーテックスに対抗できる刀と盾を大赦から支給された身としてはこんなこといらないのではと思ったが、データがあればもっと安価で作れ、防人全員に配るだけの物ができるとのこと。

 

一週間近くかけて作られた刀と盾。コストはともかく32人ぶんの用意などするだけで半年を越える。そんな武器が知性あるバーテックスにずっと届くとは限らない。

 

週に一度会い、俺は壁の外で戦ってきた戦闘データを、男は量産を前提とした新型の武器を持ってきて、意見交換する。それが俺達の契約だった。

 

互いの利益はバーテックスの増殖が少しだけ抑えられること。大赦の利益は勇者が行うということで戻ってくる確実性の高い武器データ。俺の利益は銀との繋がりの一つである勇者システムの完全譲渡と、いつやめても問題ないとすることと、世界のために戦えるという自己満足。

 

友奈達にこれは話していない。バレたら怒られるしやめようと考えているが、それまではやらせてほしい_____無茶は一切してないし、したら止めるつもりだから。

 

それに、条件としてはかなり破格なもの。

 

「よろしく頼むね...それで、今日の分は?」

「はいはい...」

 

おまけに俺の方が年下にも関わらず敬語っぽく話す男と、若干タメ口の俺。

 

ではなぜ、こんな関係になったかというと__________

 

「どうぞ」

「......!!椿君、どうやって夏凜の寝顔を!?」

「部室で寝てたので...その顔やめてください。春信さん」

 

三好夏凜の兄、三好春信が、重度のシスコンだったから。だ。

 

この漏洩ばっちこいで自己満足な破格条件を大赦に通せたのは春信さんが自分の権力をフルに使ったから。代わりに春信さんは夏凜の写真を要求してきた。

 

『妹が兄である僕を妬んでいるのはわかってる。でも、僕としては普通に、一緒に生活したかったんだ』と語った春信さんに、俺と銀の様に思い残しがないようにと思ってしまい、若干気が引けながらも承諾してしまった。

 

「夏凜...かわいいよぉ」

 

最も、そんな同情に似た気持ちは影すらなくなったけど。

 

前に夏凜が兄について思い悩んでたが、そんな彼女にこの兄の姿を見せてやりたい。

 

あまり先輩として尊敬できないのと、春信さんが俺の持ってくる写真に感謝しまくってるので、互いに敬語だったりタメ口だったりの奇妙な関係が続いている。

 

「...来週までに、星屑を一撃で倒せる銃、頑張ってくださいね。東郷のデータ見ればいけると思いますけど」

「ありがとう。来週もよろしくね」

 

会計は大赦持ちなので、店を出て一言。

 

「三好家大丈夫か...」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

古雪椿が帰ったファミレスで、三好春信は自分で入れたコーラをあおる。

 

「......椿君。辛いことになっても、助けてと願えなくても、世界が終わることになっても...そのシステムを使うのは」

 

勇者にはいつも無垢な少女が選ばれていた。そして、大抵その結末は__________

 

「それでも守りたい物があるなら。諦めないで戦ってほしい」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「よーす」

 

こうして俺は、細々と戦いを続けながら、日常を過ごす。

 

「あ、椿先輩!」

 

完全に元気になった友奈と、

 

「こんにちは。古雪先輩」

 

自由に歩けるようになった東郷と、

 

「遅い、なにやってたのよ」

 

勇者部に慣れた夏凜と、

 

「まぁまぁ夏凜さん。お姉ちゃんも来てないですし...」

 

歌の活動を始めた樹と、

 

「ごめん遅れた!!」

 

相変わらず女子力を高めている風と、

 

「同じく遅れました~みんなやっほ~」

 

新しく勇者部に入った園子と、

 

どこかで見ている彼女と共に。




自分は春信さんの詳しい性格を知りません。何かに情報が書かれてるのかもしれませんが、イメージとしては十話で書いたこと、
・天才
・有能
・性格もいい
くらいしか知らないので、うちの春信さんはこんな感じでいきます。春信さんファンの方いらして、こんなんじゃない!!となったらすいません。

あと、サブタイの話数ですが、ひとまずこのまま続けます。こんな中途半端なところから読む方少ないでしょうし。

これからもこの作品をよろしくお願いします。


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三十三話 密着椿24時

あれだけじゃ皆ほとんど出てないじゃん!ということで本日二本目。

かわいい皆を書きたい。


「というわけで、付き合いなさい」

「いいけど...必要ないと思うぞ?」

「いいから!」

 

俺達は新たな勇者部部員に密着することになった。

 

ことの始まりは夏凜で、

 

「勇者部に新しく入ってきたのよ!おまけになにかしそうな不思議っ子!特に友奈は最近べったりしすぎ!」

「つまり友奈ちゃんに構ってもらえなくて寂しいと」

「そういうこと!東郷!!!」

 

逃げる東郷、追いかける夏凜。

 

(ダッシュ出来るようになったんだな東郷)

 

かなり個人的理由から始められた調査は、夏凜が引っ張ったせいでぼた餅(東郷作)を食べ損ねて涙目の友奈、そこにぼた餅を恵むため追っかけてきた東郷、なぜ呼ばれたか分からない俺というパーティーでストーカー行為をしている。

 

「...これ、いる?」

「面白いので私は構いませんよ」

 

東郷の記憶は完璧でなくとも戻りつつあり、園子との関係は良好だ。少しノリもよくなったと感じる。

 

「ともかく!追跡するわよ!」

 

その後、図書館で勉強する姿、高齢のおばあちゃんの荷物を運んであげる姿、公園でぽけーっとしてる姿を見ていった。

 

(......そろそろ離れとくかな)

 

東郷がメールを打っているのを確認して、「飲み物買ってくる」と言って一人消えた。

 

案の定夏凜は後ろから現れた園子に驚き、友奈を庇いながら叫んでいる。

 

静かに回り込み、買った冷たいみかんジュースを夏凜の首に押し付けた。

 

「ぎゃー!!!」

「おぉ、つっきーやるぅ」

 

その後回し蹴りを食らったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「てゆうのが、昨日あったんだ~」

「へー」

 

早朝集まったあたしたちに嬉しそうに語る乃木に対し、あたしはとてもつまらなさそうに答えた。

 

「で、乃木...なんでこんな朝早くに呼んだわけ?」

 

あたしと友奈、そしてそれぞれの付き添いとして樹と東郷が隣にいるが、全員何故乃木に呼ばれたのかはわかっていない。

 

「めちゃくちゃ重要だって言うから来たのに...」

「重要だと思うよ?特にふーみん先輩とゆーゆはね」

「?」

「えー...これより!第一回つっきー密着24時を始めまーす!」

「は?」

 

乃木は椿をつっきーと呼ぶが、そこは大して重要ではない。

 

「椿を密着?」

「そう!つっきーの休日、見たくない?」

「こんな朝早くから...」

「リサーチ済みなのですよいっつん。つっきー先輩は後五分したら隣の家へ向かうから」

 

皆黙ること五分。椿は確かに自分の家を出て隣の家へ入っていった。

 

その家が前に知り合った三ノ輪鉄夫君達のお宅なことは分かっている。

 

「わっしー、あれ頂戴」

「だから私を呼んだのね...はい。そのっち」

「ありがと~」

 

東郷が取り出したのは長い棒のようなもの。

 

「なんですかそれ?」

「ここから覗くとつっきーの動向が探れちゃうのだー」

 

家の塀に近づいた園子が、棒を上まで持ってから端を覗きこんだ。

 

「園ちゃん、見える?」

「ゆーゆも見る?」

「え...じゃあ」

「友奈ちゃん用のもあるからね」

「わぁ、ありがとう東郷さん!」

 

そう言って、二人して監視を始めてしまった。外から人が見たら確実に変質者で捕まってしまう。

 

「ふーみん先輩いいんですよ?興味がないなら帰ってもらっても...起こしたことは謝りますから~」

「...乃木、あたしにも寄越しなさい」

「お姉ちゃん...」

 

覗きこむと、朝食を並べている椿が見えた。ご家族皆も起きている。

 

「にぃーちゃんテレビ!ぬっこの冒険始まっちゃう!!」

 

大声で聞こえたそれは休日の子供たち向け番組だ。椿の声は小さくて塀の外まで聞こえない。

 

「あの二人...成長したわね」

「そうだね」

「あ...」

 

この二人の姉、三ノ輪銀は椿の幼なじみで、あたしも何度が会話したことがあるらしい。話していたのはどちらにせよ椿なのだが。

 

「お、皆離れてー」

 

急いで隠れると椿が出てきた。朝食を作っただけらしい。

 

かといって自分の家に戻ることはせず、どこかへ歩いていく。

 

「トレーニング...って格好でもないわね」

「追いかける人は行きましょうー!」

「あ、園ちゃん私も!」

「朝ごはんにぼた餅あるからね」

「わーい!」

 

こんなストーカー行為、部長として認めるわけにはいかない。

 

「待ちなさい。部長として一緒に行くわ」

「お姉ちゃんもっとダメだ...」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「「「な...」」」

 

お姉ちゃんと友奈さんと園子さんが絶望的声をあげる。

 

見つめる先には、椿さんと_______夏凜さんがいた。

 

「休日に、夏凜と会うの...これって、デート!?」

「えぇぇ!?」

 

(違うと思うけどな...)

 

見た目は普通にデートだけど、二人の雰囲気はなんだが違って見えた。

 

とはいえそれがどう見えるかは本人の匙加減で変わってしまう。お姉ちゃんも友奈さんも顔が暗くなって、園子さんもだんまりだった。

 

「友奈ちゃんを悲しませるなんて...でも私はどうしたらいいの!?」

 

(東郷先輩が一番めんどくさそうなポジションですね)

 

決して口にはしなかった。明日の日が拝めなくなっても困るから。

 

もっと後をつけると、椿さんと夏凜さんは楽しそうに買い物をしていった。本を見たり、服を見たり、料理器具を見たり。全部子供向けだけ、若夫婦と言われても問題なさそうな感じだった。

 

(椿さん...これは言い逃れできませんよ)

 

ちくちくと痛む胸を抑えながらメールをいれてみる。お姉ちゃん達も私も、あまりこの光景を長く見たくない。

 

「夏凜が椿と付き合ってたなんて...」

「にぼっしーは盲点だったなぁ。用事があるって断られちゃったけど、これだったのかぁ」

「あ、夏凜ちゃんと椿先輩が別れましたよ!」

 

夏凜ちゃんはベンチに座って、椿さんは離れていく。

 

「うーん...ほんと、付き合ってるのかな」

「私はそう見えませんでしたけど...」

「でもでも、仲良く見えたよね...仲良いのは元からか、あははー...」

 

動揺する皆と違って、お姉ちゃんは覚悟を決めた顔をした。

 

「......あたしは正々堂々したい。乃木が今日呼んでくれたのも、そういうことでしょ?」

「私は皆でいれたらいいなと思って...部長の言いたいことも入ってますけど」

「ならあたしはちゃんとする。どうするの?乃木、友奈」

「.....私も、私も聞きます!夏凜ちゃんにも皆にも負けません!」

「私は独占でもわけあってもいいけど~...ふーみん先輩とも、ミノさんともちゃんと戦いたいな」

 

バーテックスと戦うよりも緊張が走る。

 

「「「私(あたし)は_____」」」

 

 

 

 

 

「なにしてんの?」

「「「わひゃあ!?」」」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『今日はありがとな』

『とんでもないです』

 

帰り道に樹にメールするとすぐ返事が来た。

 

今日は夏凜と一緒に幼稚園に通う子へのプレゼントを選んでいたが、後をつけられていたらしい。樹からメールが来て昨日と同じように脅かすと、涙目のやつまでいて申し訳なかった。

 

夏凜からメールが来たのは昨日で、相手は以前幼稚園でのうどん作り講習をしたとき仲良くなった子らしい。それからそのご家族とも仲良くなって、誕生日に何か買ってあげたいが、何を渡せばいいのか分からないから付き合えと。

 

実際弟のような存在を持つ俺は適任だったようで、うまく選ぶことができた。その子が気に入ってくれるといいのだが。

 

(そういえば...)

 

出掛けてる最中、夏凜の言っていた言葉。

 

『あんた、勇者部に好きな人いないの?』

『みんな好きだぞ?』

『...聞き方がおかしかったわね。恋愛感情的に好きな人っているの?』

『え?恋愛?』

『そ』

『...夏凜らしくない質問だな』

『い、いいじゃない!答えなさいよ!』

『んー...』

『......やっぱり銀って子が忘れられないの?』

『確かに銀は好きだったけど、もういないしなー...兄妹みたいな感じだし。なによりあいつ本人から恋をしろみたいなの言われたし』

『じゃあ誰かいるの?』

『そうだなぁ...一緒にいるとどきどきするのは確かだけど、夏凜含めて可愛い奴ばっかりだから、そんな奴らが俺に好意を向けること自体ないだろうし、高望みじゃないかな?』

『...あんた、バカね』

『は!?』

 

(結局、何で罵倒されたんだろ...)

 

記憶に耽っていると、ブブッとスマホが鳴る。

 

『でも、椿さんは大変ですね』

『なんのことだ?』

『いえ...椿さん。椿さんはずるい女の子、嫌いですか?』

『いきなりなんだよ?』

『......なんでもないです。これからも頑張ってくださいね♪』

 

なんとなく樹が画面の向こうでウインクしてそうだなと思ったが、結局何が言いたいのかは分からなかった。

 



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三十四話 うどん

「おかわり!」

 

うどん屋『かめや』。ここは讃州中学からも近く、手頃で上質なうどんを提供してくれるということで、勇者部行きつけのお店になっている。

 

今日も女子力王は健在で、現在うどん三杯目である。「うどんは女子力を上げるのよ」という言葉も伊達ではない。

 

「相変わらず食べるなぁ...」

「肉ぶっかけは正義」

「醤油なんかもおいしいわよ」

 

夏凜もサプリや煮干し生活を送っていた頃からうどんは好きらしい。今は部長も俺もそんな生活を許さないが。

 

「でも、本当に美味しいですよねぇ...」

「うどんを食べる。私達は生きている!」

「友奈ちゃんったら...」

「すだちも美味しいですな~」

 

樹、友奈、東郷、園子も同様だ。俺は蕎麦も好きだが、どちらと問われればうどんだろう。

 

「うどんは、快楽悦楽全て入っている!」

「流石にそれは大げさ」

「そうですよ~。犬吠埼さんは相変わらずですね」

 

お店の店員さんも、風を初め俺達全員のことを知っていた。

 

「本当に美味しいんですもん!」

「ありがとう。お陰さまで『かめや』も二号店を開くことになったんですよ」

「本当ですか!おめでとうございます!」

「絶対流行ると思うわ」

 

この『かめや』は大手チェーン店と違い個人経営らしい。駅前に出るとのことで、知名度はさらに増すだろう。

 

「でも...少し不安なところもあって」

「不安...よければお聞かせ願えませんか」

 

(目がヤバい)

 

「二号店を出してもいいのかーって感じですか?」

「はい。味に自信はあります。でもこの近くにはうどんを経営する大手チェーン店が多く...今乗ってきているとはいえ、二号店を出していいものか...」

「難しいところではありますね」

「もう出すのは決定してるんですけどね」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「というわけで、アイデア考えてきた人挙手!」

 

翌日。俺達は部室でいかにして『かめや』二号店を成功させようか話し合われていた。余計なお世話と言われようが、うどんの為に勇者部が止まることはない。

 

「うぅ...」

「大丈夫樹?目がとろんとしてるけど」

「お姉ちゃんと夜遅くまで話してまして...ツッコミ疲れて寝不足だったり」

「大変だ!いっつんを治さなきゃ!わっしー!」

「えぇ!」

 

二人は必殺α波(健康に効く万能光線)を手から出し、樹を取り囲む。

 

「「健康健康健康健康健康健康」」

 

(字面で見ると気持ち悪そうだな)

 

どっかの宗教でやってそうな行為を置いといて、俺はみかんジュースを、夏凜はサプリをテーブルに置いといた。

 

「それで、挙手!」

「風はなんか考えたのか?」

「ズバリ、コスプレ店員さん!可愛い格好して店員がうどんを持ってくる」

「ふーみん先輩いい案です~」

「とても面白いけれど、お金がかかりそうですね」

 

α波を出し終えた二人が会話に戻ってきたが、風はどや顔のままだった。

 

「持続させなくていいのよ。一度うどんを食べさせるきっかけと、リピートがあれば人は寄るわ」

「風が滅茶苦茶考えてる...」

「普段考えてないみたいな言い方やめてくれる?」

「間違ってな...グーはやめて」

「椿はどうなのよ」

「看板を作って、数日間俺らが声かけすればいいかなって。同じく一度食わせればこっちのもんだからな」

「まるで合法の薬の様な扱いね...」

「中毒性が高いのは確かさ。そういう夏凜は?」

 

「そうねぇ...」と言いながら、夏凜も口を開く。

 

「私はサプリ通販で頼んでるんだけどさ。広告とかに結構釣られちゃって。だからメルマガなんてどうかと思うんだけど」

 

確かにメルマガならばそこまで経費もかからない。文を書いて、送信すれば終わりだ。

 

「いいなそれ」

「自分が良いと思った方法を真似る...基本だけど大事なことだわ」

「東郷は?」

「看板メニューの作成とか」

「そういうことならおまかせ~。全部名前アレンジしちゃうよ!」

「...個性的なうどん屋になりそうだな」

 

「祀られるくらいの人をも唸らせた釜あげうどん~」と言ってる園子に、苦笑いしかできなかった。

 

「そのっちは?何かある?」

「私は学校で放送するとか~」

「あそこのうどんは安いから、中学生でも手を出しやすいものね」

「樹ちゃん...皆凄く考えてるよ」

「でもアイデアがあるわけじゃないですし...どうしましょう」

「ゆーゆといっつんはコスプレしてくれればいいよ~」

 

悩んでいた二人に園子がぶっこんでいった。

 

「そのちゃん...うん。私はコスプレウェイトレスになる!」

「ハードル高いですね...」

「大丈夫、頑張ろう樹ちゃん!」

「友奈ちゃん。正しくは可愛い仮装店員さんよ」

「ぅ、ゾヴデジダ」

「なら条件は満たされてるだろ?」

「えぇ。古雪先輩の言うとおりだわ」

 

表情をくるくる変える二人を含めた風以外で学校側から許可を取り、風は『かめや』でプレゼンをして。

 

こうして、『かめや』二号店成功プロジェクトは始まった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

無人の勇者部部室。ここ数日はいつもそうだ。

 

「またあそこかー!」

 

急いで『かめや』二号店へ向かうと、軽い行列になっていた。割り込むこともできず、少し待ってから店内へ。

 

「いらっしゃいませー!あ、夏凜ちゃん!」

「夏凜さん、いらっしゃいませ」

 

露出の多目な店員衣装に身を包んだ二人が、声をあげた。

 

(こりゃ客も来るはずよ。根本的にうどんが美味しい上に、この店員だもの)

 

「ご相席になりますが」

「寧ろそれでお願いするわ」

 

ちらりと見れば、四人がうどんを食べている。

 

「これで全員揃ったわね」

「揃ったわね...じゃないわよ!仕事してる友奈や樹はともかく、なんであんた達全員いるのよ!」

「作戦を立てた身だから、行く末を見守ってるのよ」

「勇者部総大将として右に同じ」

「うどん食べにきました~」

「仕事だ」

 

四者様々な対応をしながら、なおうどんを食べる手を休めはしない。

 

「園子は言わなくていいわ。ほんとは?」

「決して友奈ちゃんの服装を見にきたわけじゃなく」

「可愛い樹が心配だったわけじゃなく」

「二人がかわい...仕事だから」

「うどんすすってるのが仕事なわけないでしょ!!」

「いや仕事だって」

 

「ご馳走様」といった椿はそのまま立ち上がって_______ある男の人の腕を掴んだ。

 

「お客様。こちら店頭にも記載されている通り、写真撮影はお断りさせて頂いております。ご了承ください」

 

淡々と、だけどかなり怒気の入った声。聞いた私は少し背中が凍った気がした。

 

「......ふぅ。こんな感じで監視してるんだよ。ネットに流されればスタッフ目当てで来る客は減少するし、あの二人の服はスカート丈とか危ないから東郷と風以外の写真に撮られることはさせたくないし。理想はかわいいコスプレ店員がいるって情報だけ流れることだからな」

 

普段から周りをよく見ている椿らしい仕事だった。

 

「...仕事してるのね」

「俺のうどんはまかないですから。友奈、おかわりくれ。おろし醤油」

「はーい!」

 

友奈は椿に向けてウインクしていた。

 

「なっ...」

「あ...」

「ゆーゆ大胆~」

「...か、夏凜ちゃんは何にする?」

「わ、私はじゃあ...このおすすめ!勇者盛りうどんで......というかよくするわねウインクなんて」

「やめてー...慣れてきて楽しくなっちゃってただけだから......」

「でもゆーゆ、つっきー顔真っ赤だよ?」

「言うな園子!」

 

動揺した様子の椿は年相応と言った感じで少し子供っぽいなと思う。

 

(普段が少し大人びてるからギャップありだわこれ)

 

「友奈ちゃんの写真を極秘で撮ろうとするなんて...あの客、許さない」

「東郷?戻ってこーい...」

「東郷さん、大丈夫?」

「友奈ちゃん!私は大丈夫よ。それより友奈ちゃんもスカート短いから気を付けてね」

「平気だよ。お仕事続けまーす」

「あぁ...活動記録撮らなくちゃ」

「あたしも撮らないと」

「後でデータくれ」

「つっきー本音漏れてる~」

 

樹も友奈も慣れた手つきで客へうどんを運んでいった。

 

「なんであそこまで短いやつにしたのよ...」

「それほどでもないです~」

「あんたか園子!」

「友奈ちゃん走ると危ない!」

「椿...あんた今友奈の中見たでしょ」

「っ!」

「何のことだ」

「あんたのつけてるミサンガの色は?」

「ピンク」

「ヨシコロス」

「やべっ!!!」

「お姉ちゃん落ち着いて!」

「うぅー...!」

 

(...なんだろう。うどん屋さんに私達が一番迷惑をかけている気がする)

 

市中引きずり回しの刑に処された椿を蹴りながら、ふとそんなことを考えた。

 

一応、『かめや』二号店の最初の売り上げは爆発的によかったそうな。

 



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三十五話 壁ドン

サブタイ通りです。

元が可愛い彼女達ですが、もっと可愛く書きてぇな...


肘を壁に音を立ててつけ、股の間に足をいれる。

 

「椿先輩...」

 

息を上気させる友奈の髪と俺の髪がぶつかるほぼゼロ距離で、俺は彼女の耳元で囁いた。

 

「友奈、俺のものになれ」

 

ことの始まりは数分前______

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

勇者部には様々な依頼が届く。部活、幼稚園、果ては一般企業。基本は中学生に任せられるレベルの活動だが、樹は占いだったり、夏凜は運動系だったり、東郷はパソコンだったりとハイスペックな所もあるため、それを頼ってくることもある。

 

しかし、勇者部総出でかかってもなかなか解決できないことの一つ。それが恋愛相談だった。

 

恋愛マイスター(笑)の女子力王はいるが、元から決まった解決策などなく、そのくせ同級生からの依頼は多い厄介事だ。

 

「女子がドキッとする動作を教えてくださいか...比較的簡単でよかった」

 

ここの女子が男子だと俺しか意見が言えなくなるため辛いのだ。女子なら勇者部全員から聞いて適当に返信すればいい。

 

「んじゃ意見あるか?」

「男子ならあたしのセクシーポーズでイチコロなんだけどね」

「へー」

 

棒読みで返しながら、この手の話題でそれなりに返してくれる友奈の方へ向く。

 

「難しいですね...」

「パッと思いつくもんじゃないわね」

「あ、でも定番と言えば壁ドンですよ!」

 

空中に手を出す友奈。きっと見えない壁を叩いているのだろう。様になってるのは武道をたしなんでいるからか。

 

「あー私もするわ。夜中隣の部屋がうるさいとき困るのよね」

「にぼっしーそれ違う~」

 

正規の壁ドンはそっちだという話もあるが、定かではない。

 

「実際やられると怖いところありますけどね。男の人が壁に押さえつけてくるなんて...」

「でも壁ドン、いいと思うんだけどなー」

「じゃあ検証しましょ。椿!」

「出掛けまーす」

「待ちなさい」

 

首根っこを風に捕まれてしまった。

 

「壁ドンする流れはわかったけど俺がすることないだろ!!」

「なに言ってんの。男子はあんただけでしょ」

「友奈が東郷にすればいいだろうが!!」

「それじゃ検証にならないでしょうが」

 

想像だけでトリップしてる東郷を見て頷きかけてしまったが、心を持ち直した。

 

「大体怖いって意見もあるだろ!それにそういう行動はイケメンに限るんだよ!俺にやられたら嫌だろ?」

「......ともかく!やりなさい!」

「んな殺生な!」

「決まったことなの!!嫌でもやりなさい!!」

 

本気でうるさくなる風に、俺は諦めてしまった。壁ドンする側なのに気分はダウナーである。

 

「で、やられるのは?」

「「あたし(私~)...」」

 

手を上げたのは風と園子。

 

「...ここは部長としてね」

「小説のネタにしたいんよ~」

 

二人の間に火花が散った(ように見えた)。

 

(...もう、お前ら二人でやってりゃいいじゃん)

 

「椿さん。私にやってください」

「樹...?」

「お姉ちゃんや園子さんにやるより楽だと思いますよ?」

 

正直、樹の言っていることは正しい。さっさと検証を終わらせるべきだとは思う。

 

「だけど、さっき怖いって...やるわけにはいかないよ」

「椿さんなら平気ですし、怖いって印象を持ってる私がドキドキすれば、成果になりますよね?」

「...でもなぁ」

 

樹が俺を気遣って言っているなら、申し訳ないと思う。先輩として情けない。

 

「さぁ、椿さん!」

 

と思っていたが、何故か樹の目はキラキラしていた。

 

「......わかった。じゃあ壁に立て」

「!はい!」

 

今回は樹の支援に感謝しよう。というより、あの目を断る術を俺は知らない。

 

壁にそって立った樹は少し小柄で、罪悪感がある。

 

(...覚悟を決めろ!)

 

「いくぞ、樹」

「は、はい...」

 

慣れない動きで、樹の後ろの壁に手をつける。ドンッと音が響いて、樹が体を震わせた。

 

「椿!!あんた樹になにやってるのよ!?!?」

「壁ドンの検証だってお前が言ったんだろ...どうだった、樹」

「...すっごいドキドキしました」

 

目の前で顔を真っ赤に染める樹が直視できなくて目線をそらしすぐに離れた。

 

「...これで検証終了!」

「な、な...まだよ!」

「はぁ?」

 

風は手をわなわなと震えさせながら唸った。

 

「一人だけのデータじゃ完璧とは言わないわ!あたしにもしっかりやりなさい!」

「じゃあ私も私も~」

「...樹、言ってやってくれ。こいつら__________」

 

助けを求めて樹に声をかけたが、「もう私にやったから必要ないよお姉ちゃん」なんて言葉はでなかった。

 

「かっこいいセリフも言ってあげてください!椿さん!」

「樹ぃ!?」

「私はもう満足です...」

 

突然の裏切りに俺は目の前が真っ暗になった。

 

「じゃ、じゃあ私も...」

「椿!」

「つっきー!」

「...もーやるから!わかったから黙ってくれー!!」

 

結局、全員に壁ドンした。風は樹と同じように顔を真っ赤に、東郷には「古雪先輩でもなかなか...」と言われ、夏凜はよくわからない言語を話し、園子は普段と全く違ってしおらしくなった。

 

やる度に俺の精神はそれぞれ違う香りや息づかいに削られ、その可愛さで正常ではなくなっていった。言葉もつけ、壁に手ではなく肘をつけより相手と密着する。園子に「お前は俺だけ見てればいいんだよ...」なんて言った気がする。

 

(もうだめ...なにも考えられない)

 

そして最後、残ったのは友奈。

 

体の制御が完全に効かない中、肘を壁に音を立ててつけ、股の間に足をいれる。まだどこも触れていない筈なのに、友奈の温もりを感じた。

 

「椿先輩...」

 

息を上気させる友奈の髪と俺の髪がぶつかるほぼゼロ距離で、俺は彼女の耳元に囁いた。

 

「友奈、俺のモノになれ」

「ーーっ!!!」

「東郷にも誰にも渡さない。俺は_________」

 

 

 

 

 

気づいた時には壁ドン大会は終わっていた。全員程度の差はあれど顔を赤く染め、友奈に至ってはぽーっとなっていた。

 

「えへ、えへへ...」

「......もう、帰っていいですか」

 

依頼主には「壁ドンは効果的」と送ったらしい。

 

恥ずかしさで次の日部活を休んだら、罰として壁ドンを要求されて泣いた。何故そんなものを要求するのか。うどんじゃなくていいのか。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

ベッドの中で、今日の先輩を思い出す。

 

『友奈、俺のモノになれ』

 

あれだけたくさんやってて、普段冷静な先輩が混乱してたのは分かってる。

 

(でも...)

 

『東郷にも誰にも渡さない。俺は、友奈を愛してる』

 

目を閉じればはっきり思い出す、顔を赤くした先輩。足の間に膝が入り込んでて、後少しで体が全部一つになりそうな距離で囁かれた告白。

 

ドキドキする仕草を分かるためなんだし、多分椿先輩自身なんて言ったか覚えてない感じもする。

 

でも、思い出すだけで心臓が速くなって、体は火照る。

 

(あんなこと言われたら...私、先輩のモノになっちゃう......)

 

その日は全然寝れなかった。

 



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三十六話 逆壁ドン

「というわけで、やるわよ」

 

今日の依頼は、先日と逆、男子がドキッとする仕草を教えてくださいと来た。

 

私達の出す提案は決まっているし、『検証』はしっかりしなければならない。

 

「さよなら」

「待ちなさい」

「やだよこれ以上恥ずかしい思いさせるなよ!!!大体男子は壁ドンされてもドキッとするか!」

「あんたしそうじゃない」

 

既に椿は混乱気味だけど、この前みたくやられっぱなしじゃ気がすまない。

 

(あたしたちと同じ気持ちを味わいなさい)

 

「へいへいつっきー壁ドンやってこうぜー?」

「園子...東郷!お前はやらないよな?な?」

「...友奈ちゃんは?」

「えーと...やってみたいかな」

「古雪先輩♪」

「そんな...」

「っ!!?」

 

既に東郷に壁ドンされてる椿は丸まっていて、庇護欲をとてつもなくそそられる。

 

(......はっ!?)

 

なんとか現実に戻ってこれたあたしは、ひとまず椿を拘束してから壁ドンの順番を決めた。

 

「俺は生け贄か何かか...?」

 

初めは夏凜。

 

「い、いくわよ...いくわよ!!」

「なんでお前も緊張してるんだよ...」

「やったことないんだから仕方ないでしょ!!」

 

怒りが混ざったような壁ドンに、椿は上級生とは思えない怯えた顔をしていた。

 

「...どう?」

「......知らないっ」

「んなー!頑張ってやったのに!!」

「にぼっしーいいよー。イメージが実現してるよー!」

「やらなきゃいいのに...後五人?嘘だろ?」

 

椿が恥ずかしがりながらも絶望的表情しているのは珍しい。なんだか優越感を感じるというか_______

 

「次はわ、わわ私...」

「樹、やらなくていいんだからな?パスでいいんだからな?」

「やらせてください!」

「樹!?」

「えーい!」

「...なんか安心した。樹は強く出来ないもんな」

「手が...」

「よしよし...無理するなよ?」

 

妹が同級生に迫っているのは少し心が揺れたが、それ以上に自分の番が心配だった。

 

後の順番は、東郷、友奈、乃木、あたしだ。

 

「東郷?やらないよな?」

「やるからには全力でいきます」

「お前もか!?」

 

壁に手だけでなく肘までくっつける東郷。あたしの角度からだと顔がくっついてるようにしか見えない。

 

(いーなー...じゃなくて!)

 

「ど、どうですか...?」

「......」

 

前の二人の時は騒いでいた椿だったけど、今度は顔を真っ赤にしているだけだった。黒髪も赤色に変わりそうな勢いだ。

 

「あの、先輩...私も恥ずかしいのですが...」

「そう思うなら離れろ......心臓に悪いんだよ」

「は、はい...」

 

肘まで近づくのは効果的らしい。

 

「つっきー、わっしーの胸柔らかかった?」

『っ!!!』

「言うなよ!!本人気づいてなかったんだから!!!」

「私、私が先輩に押し付け...きゅう」

「ちょ、東郷!?」

 

確かにあそこまで近ければ勇者部一のメガロポリスが形を変える。

 

(椿も男の子ねぇ...)

 

それでも他の男子と違って下心を感じないのは、椿の精神が強いのか、あたしの気持ちの問題なのか。

 

どこか遠い気持ちになりながら、どんどん話は進んでいく。

 

「次は私...」

 

夏凜に保健室まで連れてかれた東郷の無事を確認してから。友奈はこっちにも音が聞こえるくらい大きく息を飲んだ。

 

「なんでお前ら乗り気なんだよ...もう適当に返信すればいいじゃないか...」

「椿先輩」

 

変なスイッチの入った椿ががたがた震えてる中、友奈がゆっくり壁へ迫る。

 

「友奈...」

「大丈夫ですよー...安心して、私も緊張してますし...」

 

さっきまでの三人とは違う優しさを、椿を思いやるような、包み込むような暖かさ__________

 

「先輩...」

 

友奈が静かに壁につける手を両手に増やし、肘までついて、もたれかかるようになってあたしは思わず息を飲む。

 

「友奈...」

「椿先輩...」

 

二人は二人だけの世界に入り込み、誰も声をあげられないような空間になって、距離がゼロまで__________

 

「ゆーゆーそのままキスしちゃえー!」

「「っ!?!?」」

 

乃木の声で二人がバッと離れた。林檎と同じくらい顔を赤く染め、椿は壁に張り付く。

 

「ーー!!」

 

(乃木、ナイス)

 

あたしも空気に当てられて正常な判断が出来なくなってきたけど、そんなことはもうどうでもよかった。

 

「次は私だね~」

「...もう、いい......」

 

ただ壁際で待ってるだけな筈の椿は、長距離走を走り終わった時のように肩で息をしている。

 

一方、手をわきわきさせて、目を爛々と輝かせ、ご馳走を食べるかのような乃木。

 

「弱ってるつっきー...いいよーいいよー、アリだよー」

「なしだよふざけんな...」

「とうっ!!」

 

壁が抜けそうな勢いで手を叩きつけ、その動作だけで椿が小動物みたく縮こまる。

 

「椿は私だけ見てればいいんだよ」

「っ!!!」

 

普段と違う呼び方、先日の異種返しのように言われた言葉に、椿は全身を震わせた。

 

「これ癖になる~。つっきー可愛い~!」

「は...はは...」

 

既にショート済みの椿。

 

 

 

 

 

つまり、何やってもいいってことよね。

 

「最後はふーみん先輩...ふーみん先輩?」

「ふ、風?」

 

壁にもたれて激しく呼吸する椿。顔は赤くて、普段の冷静なキリッとした感じはどこにも見えない。

 

あたしは子供っぽい異性があまり好きじゃない。基本同学年の男子は下心見えるし。なんかバカっぽいし。

 

(でも、これは別物...)

 

「ふ、う?風さーん...」

 

あたしはもう止まらない。舌舐めずりをして、乾いた唇を潤す。

 

「ひっ!」

 

それだけで丸くなる椿が可愛くて可愛くて__________

 

「椿」

「お、おう...?」

 

顎を持ち上げて、鼻先がくっつきそうな位近づいて。

 

 

 

 

 

「あんたは、あたしのよ」

 

 

 

 

 

後日。『壁をバンバン叩くのはやめなさい!』と先生に怒られたが、私はそれ以上に自分のした行為を思いだし椿の顔をしばらく見れなかった。

 

(あたしは、あたしたちはなんてことをー!?)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「マジでなんなんだよー...」

 

壁ドンした日から数日後の、壁ドンされた日。皆可愛くて、ドキドキして、自分でもわけがわからなくなった。

 

(ホント、みっともない姿見せたし...)

 

嬉しいような恥ずかしいような、そんな感情。整理なんて出来っこない。

 

(昔の方が心臓に優しかった...)

 

数年前、壁ドンが出るドラマをたまたま銀と見てた時。

 

『いいなー...』

『やろうか?』

『え、いいの?』

『いくぞー...!』

『!!』

 

別に、もっとくっついてたことなんていくらでもある。ただ、向かいあって特別なことをやるのは恥ずかしさがあった。

 

『...どう?』

『あはは...なんか嬉しい、かな?』

 

なんというか、初々しさを感じる懐かしい記憶。

 

銀も、やられたときこんな感情だったのだろうか__________

 

思い出に浸っていると、いつの間に眠っていた。その日学校で勇者部の皆を見ると、やっぱり恥ずかしくて顔をそらした。

 




前回よりは各キャラ場面が増えたと思いますが...夏凜ちゃんだけはどちらも少なめ。ごめんね夏凜ちゃん!


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三十七話 週末

豪華二本立て!(文字数は普段とあまり変わらない)

下から本編です。あなたはどっち派?


「ふっ、たぁ!!」

「そぉぉい!」

 

鉛をつけた木刀と、ただの木刀が音をたててぶつかり合う。

 

「っ!」

「てぇぇい!!」

 

一瞬の隙をつかれて首もとに木刀がつけられ、俺は地面に木刀を放った。

 

「あー負けた!」

「ふふん...完成型勇者を舐めないことね」

 

普通の土曜日。今日は勇者部の活動もないということで浜辺でトレーニングしてたところ、同じ目的できた夏凜もいたので戦ってみた。本当はもうやる意味もあまりないのだが、互いについた習慣はなかなか消せない。

 

「でも、最初に比べれば相当よ」

「嬉しいけど、ぼっこぼこにされた相手から言われてもなぁ...」

 

以前から何度か同じことをしてきた俺達は、寸土めの勝負ができるくらいにはなっていた。俺は実際の斧と同じ重さにするため鉛をつけている。

 

「流石、特訓してきた勇者だよ」

「あんたもなんだかんだで飲み込み早いから羨ましいわ」

 

武器の特性上スピードタイプの夏凜とパワータイプの俺。どちらも前衛の身だが戦い方はかなり違く、それでも勝負で負けが多いのは純粋に夏凜の実力だ。

 

「サプリ食べる?」

「いいのか?」

「別に私だけのもの!なんて言わないわよ。疲労回復に効果のあるやつ、はい」

「ありがとな」

 

半年近く前、入ったばかりの夏凜だったらあり得なかっただろう。彼女をこんな風に変えたのは勇者部だ。

 

「んー...意外とうまいな」

 

乾いた喉に貼り付かないよう気を付けながらサプリを飲み込む。

 

「よし、ご馳走さまでした」

「にぼしも食べる?」

「そのくらいしか残ってなかったら普段のお前ならすぐだろ?気にしなくていいから」

 

夏凜がいつも持ってるにぼしの袋には、残り僅かしかない。

 

「あ、買いに行かなきゃね」

「行くか?俺も買い物あるし」

 

俺はいつも浜辺までチャリで来てるため、目的地が同じなら二人乗りでいいだろう。

 

「いいの?」

「別にいいよ」

 

ちょっと改造が施された自転車は二人乗りがしやすくなってる。よく後ろに乗ってた銀の影響で、買い替えてからも改造してしまったものだ。

 

「じゃあ遠慮なく...」

「へーい」

 

全部で四本の木刀をかごに入れ、後ろに夏凜を乗せて、俺はバランスをとりながら発進させた。

 

「最近風が冷たくなってきたな」

「そうね~」

「あ、ブレーキかけるかもしれないからどっか捕まっといてくれよ」

 

そう言うと、横向きに座っている夏凜は俺の服の裾を掴んできた。

 

「ちゃんと安全運転しなさい」

「勿論させていただいてます。でも何があるかわからんからな」

 

結局何もなくショッピングモール『イネス』に到着。

 

「近くのにはしなかったのね」

「あ、悪い。つい習慣で」

「なによそれ」

「いやー二人乗りだと大体目的地ここだったからさ」

 

イネスマイスターを思いだしながら買い物を済ませ、自然な流れで昼食へ。

 

「なに食べたい?」

「そうねぇ...フードコートで適当に済ませましょ」

「適当にとか言ってるとまた風に怒られるぞ」

「ちゃんと食べるわよ。互いに自由なのにしましょってこと!」

 

結局、迷ったらうどんである。美味しいから全然いいんだけど。

 

「にしてもここ、煮干し専門店なんてあったんだな...流石イネス」

「私もみかん専門店があるなんて知らなかったわ...椿、よくジュース飲んでるわよね?」

「ん、あぁ。美味しいだろ?」

 

小さい頃からここで、銀は醤油ジェラート、俺はみかんジュースを飲むのがお決まりだった。

 

「おすすめはそこの果肉入り。めちゃくちゃ旨い」

「へー...今日は飲まないの?」

「高いから記念日以外飲まないようにしてる」

「そんなに...確かに四桁は高いわね」

「...ま、いいか」

 

うどんを食べ終わってから手早く買ってくる。17の引換券を貰ってリターン。

 

「よかったの?」

「最近は金欠もしてないし。夏凜と出かけることもなかなかないから記念日みたいなもんだろ」

「っ...本当、刺されてもしらないわよ」

「何で刺されるんだよ」

 

呼ばれて引換券とドリンクカップ二つと交換して、一つを夏凜に渡した。

 

「え?」

「飲んでみ?」

「い、いや悪いわよ!値段張るでしょ!」

「元から二つで配られる用なんだよ。生産の都合とかで」

 

なんでも素材を丸々使いたいからこの量を減らすこともできず、値段も高いままらしい。

 

「でも...」

「布教に金は惜しまないし、俺こっちのだけで十分なんだよ。捨てるの勿体ないから飲んでくれ」

「...わかったわよ」

 

絶妙な甘さと酸味が口のなかに広がって目を開く夏凜を見て、俺は口角を上げた。

 

 

 

 

 

「すっかり遅くなっちゃったな...」

「自転車だから大丈夫でしょ?」

 

夕陽が落ちようとしてるなか、荷物の増えた二人乗り自転車は風を切る。

 

「すぐついたしなー...っと、到着」

「ありがと。今日は楽しかったわ」

 

夏凜はお礼を言って_____それでも、裾を離さない。

 

「夏凜?降りないのか?」

「え、あぁごめん」

「部屋まで持ってくぞ」

「いいわよ。自分の荷物もあるでしょ?それにもう暗くなるし」

 

降りた夏凜に荷物を渡して、空いたスペースをバランスよく整える。

 

「......ねぇ、椿」

「ん?」

「また、乗せて?」

「いつでもどうぞ。また週明けな」

「うん、じゃあね」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「何が、また、乗せて?よ!!バカァ!!」

 

家に帰ってきてベッドにダイブ。多分顔は赤い。

 

「あーもー...」

 

らしくないことを言った恥ずかしさが数分たってから襲ってくるのを感じて、私は足をバタバタさせる。

 

「......また、飲もう」

 

飲ませてもらったみかんの味を思い出して、もう一度飲みたいなと思った。

 

二人でも、皆でも。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はぁ...」

 

次の日曜日、俺は寝不足な目を擦ってまたチャリを漕いでいた。

 

(許さんぞあいつら...)

 

三ノ輪家の長男と次男は、昨日夏凜と買い物して帰ってきた俺に構って攻撃を仕掛けてきた。

 

最初こそそれなりに相手していたが、解放されたのは日付が変わりそうなくらいである。

 

(銀の弟なら休みとはいえもっと規則正しく早寝しなさい。まだ小学生でしょうが...)

 

寝れなかったらしいのでしょうがないが、そんな落ち込んだ時に買い忘れが見つかった時のショックはでかい。

 

「はぁ...」

 

昨日も訪れたイネスで、何度も通った道をすり抜ける。

 

買いたかった本だけ購入して、忘れない内に桜の栞を挟み込む。

 

昨日と違って、今日は暖かめ。

 

(......)

 

導かれるように外に出て、ベンチに座る。

 

(やべー...ねむ......)

 

 

 

 

 

「___きー」

「......」

「__っきー」

「んん...」

「つっきー」

「んあ?」

 

間抜けな声を上げて目を開けば、笑顔の園子がいた。

 

「あ、起きたね。おはよ~」

「...夢か......」

「まだ眠い?」

 

一瞬だけ起きた思考は、やすらぐ香りと頭を撫でられている手で溶けていく。

 

「んー...もうちょい」

「はーい」

 

 

 

 

 

「すいませんでした」

 

夢だと思ってた園子は普通に現実だった。寝てる俺を見て体勢が辛そうだったから膝枕したくなったんだとか。

 

30分しか寝てないはずなのに数時間寝たような快眠だった。頭も気分もさっぱりしてる。

 

(園子の膝でしか寝れなくなったらヤバイなぁ...)

 

こんな発想が出てくるくらいには、もう虜になっていた。

 

「私が勝手にやったことだから気にしないでいいよ~」

「そう言われても...時間も苦労もかけさせちゃったし。なんか出来ることあれば言ってくれ。やらせてもらう」

「頑固だなぁつっきーは...あ、そうだ!」

 

命じられたのは買い物の付き合い。別にそのくらいなら言われるまでもなくするが________と思っていた俺を、今の俺は殴りたくなった。

 

「なぁ、嘘だよな?冗談だよな?」

「つっきーは自分で言ったこと、断るわけないよねぇ?」

 

連れてこられたのは、女性下着売り場。もうこの時点で俺の心音は高まっていた。

 

「自分で服を買いたいな~って思ってね。折角だからイネス来たんだ~」

「自分で買ってくれ俺は関係ない!!大体なんで連れてくんだよ!!」

「大赦にいたからなかなかサイズ合うのがなくて...」

「いやそうじゃなくて!普通男子に見られたくないものだろ!!からかうのもいい加減にしてくれ頼むから!」

「さすがに冗談だよ。私も恥ずかしいもん」

 

なんとか下着エリアを抜け、大手衣類販売店ウニクロへ。

 

「助かった...」

「つっきーつっきー、私どんなの似合うかな?」

「俺が選んでいいのか?」

「つっきーに選んで欲しいんだ。私センス独特だし」

 

その言葉を否定はしなかった。確かに園子は普通の人とは少し違う感性を持ってる。

 

(別に悪いことじゃないし、自分で選んだ方がいいだろうに)

 

だが、 今日の俺は断る理由も断れる理由もない。

 

「そうだなー...」

 

やるからには最大限尽くそうと普段見ない女性服を漁っていく。

 

「んー...あ」

 

見つけたのは、薄紫がベースのロングワンピース。冬に向けての商品なのかワンピースの割には厚めだ。

 

「これなんてどうだ?」

 

俺も一般女子の感性なんか分からない。おまけに乃木家は大赦の中でもトップに近いらしいから安めのこれでいいのかどうか________

 

「わぁー!つっきー私と同じ服選んだ!」

 

どうやら心配は杞憂だったらしい。

 

それから時間をあけることなく俺達は店を出た。園子は既に買った服を着てる。

 

「選んだ俺が言うのもあれだが、良かったのか?それで」

 

女子の服選びはそれなりに時間がかかるものと割りきっていたため、なんだか拍子抜けだ。

 

「いいんだよ。私もこれが良かったし...似合う、かな?」

「......俺が似合うと思って選んだ服なんだ。聞くのも野暮な話だろ」

「ちゃんと言って欲しいな~」

「っ...似合ってるよ。よく」

「ありがと~」

 

笑顔を向けてくる園子に、俺は耐えられなくて頭をかいた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふんふんふーん」

 

つっきーが選んでくれた服を着て大赦が用意してくれた家まで帰る。自転車で送ろうとしてくれたけど、それは断った。

 

(恥ずかしいもんね...)

 

きっと、自分を抑えられなくて彼に抱きついてしまうから。そしたら日がくれるまでに帰れない。

 

膝枕してた時、寝ぼけてた時の無防備な顔。

 

「よかったなぁ...」

 

少し前まで、こんなことになるなんてちっとも思わなかった。こんな気持ちを味わうこともないと思ってた。

 

全部彼と、彼女を含めた勇者部のお陰。

 

「嬉しいなぁ~」

 

私の休日は、甘くて幸せだった。

 



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三十八話 国防仮面

今日は、出番少なめな夏凜ちゃんと東郷さん、そして前半出番がなかった園子様を出しきりたかったということでもう一話。

サブタイ通りです。


「古雪ー!お前も聞いたか?」

「どうしたいきなり」

「国防仮面だよ国防仮面!」

 

クラスで人気の話題、国防仮面。それは、最近巷で現れたヒーローらしい。

 

男心をくすぐるような軍服で、正体を隠すためなのか仮面をつけ、世のため人のため善行を積んでいるんだとか。

 

「お前よく周り見てるし知ってるかなって」

「いや...そんなのいたんだな」

 

みかんジュースで口を喜ばせながら聞いていると、風が話題に乗っかってくる。

 

「ネットに動画あがってたわよ。その国防仮面とやらは。ブレブレで顔は全然分からなかったけどね」

「勇者部みたいな働きしてるよな!」

「うちはあんなコスプレしてないわよ!」

「国防仮面...ねぇ」

 

どこかで聞いたことのあるフレーズ。だが正体は掴めないままだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「まさか...ついてない」

 

深夜。コンビニで夜食用のカップうどんを買った帰り道で俺はため息をついた。

 

暗闇の中、お釣りで渡された500円玉を落としてしまったのだ。

 

「暗いし寒いしぐずぐずしてたら怒られるし...」

 

中学生が外に出ていい時間ではない。かといって親に買わせるのも気が引けたので出掛けたが、こうなるなんて予想もしてなかった。

 

「はぁ...しゃあない。帰るか」

「待ちなさい」

「っ!?」

 

闇から這い出たのは、奇抜なデザインの服。マントと帽子、そして仮面をつけた格好が薄暗い夜にうっすら見えた。

 

「まさか...」

「私は憂国の戦士、国防仮面」

 

話題の人物、国防仮面が500円玉を握っている。

 

「貴方の落とした500円玉はこちらに」

「お、おぉ...凄いな。こんな暗いのに」

「...っ!め、目には自信があるので。それでは!」

 

何かに驚くように国防仮面が闇夜に消えた。

 

(かっけぇーなー...じゃなくて)

 

その後ろに伸びた髪。ついている水色と白のリボン。それ以前に声。

 

『いやー子供達への行事で国防仮面ってのやってさ!先生に怒られたんだよねー。あ、アタシはなってないんだけどね』

 

(お前か、国防仮面の仲間は)

 

「はぁ...なにやってるんだあいつ」

 

俺はもう一度ため息をついて、渡された500円玉片手にコンビニへ戻っていった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(そろそろ帰りましょうか)

 

これ以上活動していると今日の授業に支障がでる。既に休み時間はぎりぎりまで睡眠に使っているので、これ以上寝るわけにはいかない。

 

(それにしても、まさか古雪先輩だったとは...)

 

今日の初め、小銭を落として困っていた男性は古雪先輩だった。小銭を渡すときやっと顔が見えたので動揺して去ってしまったが______

 

(あれだけ暗かったら気づかれないと思うけれど...)

 

先程まで真っ暗だった道路は、月明かりでうっすら明るくなっている。

 

「あ...」

「おかえり。憂国の戦士さん?」

 

そして、玄関前には古雪先輩がいた。

 

 

 

 

 

「バレてしまいましたか...」

「声もそのまま、リボンもつけてたらそりゃバレるわ」

 

もう夜も遅いということで家にあげる。古雪先輩が用意して下さっていたペットボトルのお茶を一口飲んでから、私は国防仮面の理由を話した。

 

「壁を壊したこと。みんなに迷惑をかけたこと。本当に申し訳なくて...」

「それで深夜にこんなことを?」

「誰も、私は悪くないと言ってくれます。でも...私も足が治ったし、勇者部以外になにかやろうと思って」

「......気持ちはわかる」

 

壁を破壊し、世界を滅ぼそうとしたこと。皆を危険な目に遭わせてしまったこと。

 

「なにやってるんだ」と怒られそうなところを、椿先輩は神妙な面持ちで返してきた。

 

「少しでも良い方向に進ませようってのはな...俺も、やってるし」

 

後半部分はよく聞き取れなかったけれど、古雪先輩はこっちを向いてきた。

 

「でも、友奈や夏凜は心配してたぞ?教室で東郷が寝てばっかりだ。夜更かししすぎなんじゃないかーって」

「そんなことが...」

「大切な親友のために世界を壊そうとしたやつが、親友を心配させたりしないよな?」

「...はい」

 

その言葉は、どれだけ怒られるより胸が苦しくなった。

 

「国防仮面は本日をもって終了。以後は勇者部部員、東郷美森としてみんなと協力して善行を積むように!なんてな」

「ありがとうございます。古雪先輩。わざわざ」

「俺だって深夜に東郷一人でぶらつかせるわけにはいかないからな。余計な心配をかけさせないでくれよ?」

「...はい」

「じゃあ俺は帰る。また明日...いや、後でな」

 

私は帰ろうとする先輩の手を掴んだ。

 

「東郷?」

「もうこんな深夜です。先輩も中学生。帰らせるわけにはいきません」

「いやお前...」

「部屋なら余っていますよ。余計な心配はさせないでください」

「......わかったよ。泊まるから」

 

パパッとメールを打った古雪先輩は、降参して部屋へ向かう。

 

「部屋はここです。布団はこれを」

「......おう。じゃあおやすみ」

「はい。おやすみなさい」

「あの、東郷さん?」

「なんですか?」

「いや...なんで今俺に提供した布団に入ってるんですか。ていうかここお前の部屋だよな。パソコンとかあるもんな」

「部屋は余ってますが、布団は余っていないので」

「騙された!」

 

人聞きの悪いことを言う先輩が出ていこうとするのをむんずと捕まえる。

 

「ダメですよ。しっかり睡眠はとらなくちゃ」

「そこじゃどっちにしろ取れねぇよいい加減にしろ!」

 

攻防は朝方まで続き、その日の授業は二人とも寝てしまっていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「国防仮面最近出なくなったな」

 

クラスメイトはまた国防仮面の話題をあげていた。

 

「一度は直接会って見たかったんだがなー。古雪、お前新しく聞いたこととかない?」

「んー...同じように善行を積んでりゃ誉めに来てくれるかもな」

 

きっと、仮面は被ってないけれど。

 



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三十九話 花嫁

こんな形になってしまったけれど、嬉しかった。もう一度その顔を直接見ることが出来たから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......夢?」

 

助けてと叫ばれた気がして飛び起きたが、特になにもなかった。

 

(......)

 

なんとなく左手のミサンガを握る。大切な幼なじみからの贈り物。

 

「...今日もいくか」

 

変な気分を振り払って、気合いを入れた。筋トレ、高校入試勉強、大赦との契約、なにより勇者部活動。やることはたくさんある。

 

「ただいま参りましたー」

 

時はすぐに経って勇者部活動。今日の任務はかなりバラバラで、部室に残っているのは園子だけだった。

 

「お疲れ様、つっきー...つっきー先輩?」

「好きに呼んでくれていいよ」

 

学校にきてから時々園子は俺に先輩とつけるようになったりならなかったりしてる。

 

(いや、ほとんどつけてないか...)

 

「ともかく町の清掃活動お疲れ様ですー」

「お疲れ。園子はテニス部の掃除だっけ?」

「ぱぱぱっと終わらせて少しテニスもしてきちゃった」

 

園子は俗に言う天才タイプで、初めてのことでもそつなつこなす。中学一年はずっと大赦にいたはずなのに、初回のテストで友奈と同じ点数をとるのはもう凄さが逆にわからない。流石に東郷や夏凜には届かなかったらしいが、友奈だって勉強出来ないわけじゃないのだ。

 

「他に依頼は来てるのかね...」

 

明日は予定のない土曜日なので一応活動終了となるが、その前にパソコンを立ち上げる。東郷が普段扱っている物だが、彼女は確か図書委員の手伝いだ。

 

「お、きてる」

「どれどれ~...んー」

 

依頼にきているのは結婚式場のスタッフからだった。

 

「モデル写真のエキストラねぇ...俺達の仕事か?」

 

結婚式のモデルにしては、中学生は若すぎる気がした。

 

「家族の写真とか、結婚を考えている人は?みたいな謳い文句なのかも~」

「...そんなもんか。やるのは明日。男女一人ずつ」

「!」

「...依頼受けるか風に相談かな」

「私はいいよ?」

「どっちにしろ部長の許可待ちだ」

 

(女子力王がこんなイベント逃すとは思えないけど)

 

手早くメールを送って適当な椅子に座る。そろそろ部活も世代交代の時期だろうが、うちの部活は卒業ぎりぎりまでやろうと決めていた。

 

「勇者部慣れたか?」

「うん。みんないい人達だよね。安心して眠くなってきちゃうよ...」

 

園子は緩みきった顔でほにゃーとしている。誰が彼女が少し前まで包帯まみれで祀られていたと想像できるか。

 

(よかったなぁ...)

 

七人になった勇者部は、バーテックスの襲来も満開の怪我もなく平和そのものだった。

 

「ただいまー」

「ただいま戻りました」

「おかえり。風、新しい依頼来てたから見てくれ」

「メールのやつね。なになに」

 

戻ってきた東郷と風を出迎えて、待機させていたパソコンを見せる。

 

「わっしーおかえり」

「ただいま、そのっち」

「なー!!!?」

「うるさいぞ」

 

感慨にふけっていると風の叫びが響く。

 

「んで、これ受ける?受けない?」

「受けるに決まってんでしょ!!結婚式なんて!!」

「正確にはモデルな」

「ただいま」

「なになになんの話?」

「外まで聞こえてるよお姉ちゃん」

 

風が概要を説明すると、全員黙った。

 

(え、なにこの空気)

 

「古雪はいるか?」

「あ、はい、なんでしょう?」

「お前に客だと」

「客...?わかりました」

「椿、今日はこのまま帰っていいわ。明日のことは決めたら連絡するから」

「おう、よろしく」

 

先生と風の指示に従い帰り支度を整えて門の外に出ると、春信さんがいた。

 

「...珍しいですね」

「急ぎで渡したい物ができたからね」

いつものファミレスに訪れると、資料とデータファイルを渡された。

 

「これは?」

「いずれは防人に実装したいと考えている強化プランの一つが出来たからね。簡単に言うなら擬似満開装置だ」

「!!!」

 

満開。勇者の切り札であり恐怖のシステム。使用中はバーテックスを一撃でほふる力を得るが、使用後体の一部が供物として捧げられる。

 

「君もアップデートは知っているだろう?」

「......」

 

満開システムは一新され、初めからゲージはマックス。満開する、あるいはバリアを使うとゲージは減っていく。

 

満開はゲージを全て持っていくため、バリアを使わない。さらに満開後にバリアが使えない状態に陥る。

 

代わりに体を供物として捧げずに済むからこっちとしてはありがたいが。

 

勇者に力を与えているのは神樹様、地の神だが、俺達の思いを受け取った上での仕様変更なのか。

 

「満開時のずば抜けた性能、そして空中浮遊能力。バーテックスとの戦いで望まれる二つが、これに入っている。最も、試作品だから性能はほとんど変わらず浮遊能力だけなんだけど」

「......今度テストします」

「よろしくね」

 

まだ俺は、あれ以来満開もバリアも使っていない。いつも壁の外に出てちょっと戦って帰るだけだから。一つでも傷がついてたら怪しまれる。

 

(大赦を信じきれてないのもあるが...)

 

満開の真実を言われなかったこと。勇者部全員にしていた隠し事は信頼を無くすのに十分だった。

 

「それにしても、学校まできて夏凜を見ていかなかったですね」

「見たいけど見たら変な目で見られるから...でも変な目で見られたいかも...」

「変態が」

 

こうして今日の会議は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

次の日メールが二通きていた。一通目はクラスメイトからで、『昨日勇者部で叫び声聞こえてたけど大丈夫か?』とあった。恐らく風のだろうから気にするなとだけ返しておく。

 

そしてもう一通は園子からで、依頼についてだった。

 

「んで、到着...と」

 

指定された場所は式場。持ち物は特になし。

 

「つっきー!」

 

式場の中から声がした。俺をつっきーと呼ぶのは一人しかいない。

 

「おはよう園子」

「選ばれたのは、園子でしたー!」

「選ばれたって...」

 

どうやら俺が帰ってから依頼を誰が受けるか決めたらしい。確かに女子の憧れと呼ばれるだけあって皆で争ったのだろう。

 

「俺の分も女子枠だったら良かったのにな。もう一人いけるから」

「...相変わらずですなー」

「なんだよそれ」

「なーんでも」

「...まぁいいや。すいません、勇者部の者ですが__________」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

写真撮影は結婚する人の親戚の様な扱いで行われたり、ブーケ投げのシーンを撮るためにいるギャラリーだったりと脇役が多かった。

 

(主役にされても困るけどな...)

 

慣れないタキシードの襟を少し緩める。パンフレットに乗るのは恥ずかしさもあるが、気にしたら負けだろう。

 

「こうですか?」

「はい!凄く綺麗です!」

 

というか、主役のように頑張っているのは園子だった。言うまでもなく可愛く、オーダーしやすい人懐っこさ。

 

(この式場、儲かるだろうなー)

 

「つっきー、ちょっと待っててね」

 

適当にそんなことを考えてると園子の指示が飛んできて待機する。

 

数分後「きゃー!」とか「かわいい!!」とか声が聞こえて何事だろうと視線を向けると、俺は目を離せなくなった。

 

「......っ」

「えへへ~似合う?」

 

まだ散華の影響が残っているのか、少し華奢な身体に纏う純白のドレスが背後のステンドグラスの光に当てられ輝いていた。

 

長いスカートは精緻な意匠が施され、ブロンドに近い髪もまた白いベールに飾られている。ほんのり化粧もしているだろうか__________

 

「...つっきー?」

「......」

「おーい?」

「っ、ごめん見惚れてた。綺麗だな。びっくりした」

「!嬉しいな~」

 

上機嫌な園子。本来予定してなかった花嫁衣装だが、着たかった本人と写真を撮りたい式場スタッフの思いが合致したようだ。

 

「写真撮影してくれるんだって。一緒に写ろ?」

「...わかったよ」

 

正直、男性モデルはもっとカッコいい人はいる。園子に似合うのはそっちだと思う。

 

だが、園子が俺に頼んできた時点で違うんだろうな、と感じて同意した。

 

「はーい、腕組んでもらえますか!」

「もうちょい寄ってください!」

「笑顔笑顔!」

 

普段絶対ない距離にいる緊張感を笑顔を作ってごまかす。写真をとってもらっている時間はあっという間で、隣で笑う園子が頭に残った。

 

「じゃあお姫様抱っこいきましょうか!」

「え!?」

「つっきー、早く早く」

「いや、あの...ん」

 

無意識に胸を押し当ててくる園子。気恥ずかしさの原因を探られる前に、俺が彼女を抱えた。

 

「...もう、ここまでやったらちゃんと撮ってもらわないとな!」

「やたー!」

 

軽い体を持ち上げる。背中と膝の裏に手をいれ、逆に園子の手が首に回される。

 

「それじゃあ、撮りますよー?」

 

園子の笑顔が間近にあって、俺はドキドキしながら撮影を続けた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「パンフ出来たんよ~」

 

後日。そのっちが持ってきた結婚式場のパンフレットは、表紙がそのっちと古雪先輩だった。ちなみに今先輩はいない。

 

「そのっち、いい笑顔してるわね」

「ほんと幸せそうだわ...お姫様抱っこまでされてるし...あんたたち、戻ってきなさい」

 

夏凜ちゃんが魂の抜けたような顔をしている三人に声をかける。

「はっ!?」

「次の式場依頼はないかしら...」

「勇者部に依頼したんだから次も応募してくれるよね...そこなら...」

 

パソコンをチェックしたけれど、そんな依頼はなかった。というかパンフレットには勇者部の部員だと書かれていないため、気づく人は少ないだろう。

 

「......」

 

私は事実を確認しながら、そっとパソコンを閉じた。

 




そのっち書けて嬉しい。


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四十話 勇者部活動報告

一段と冷え込みが強い今日この頃。

 

『勇者部活動報告ー!』

「始まったか」

 

昼休みに放送で流れてきた声は、よく聞くものだった。

 

「古雪ー、お前はいいのか?」

「俺は今日お呼びじゃないんでな」

「一定の需要はありそうだけど...」

 

月に一度、各部の活動報告が放送される。今月は勇者部の番ということで、友奈、樹、風の三人がパーソナリティー、東郷が音響担当なはず。

 

俺と夏凜と園子は出番なしということで、自分の教室でご飯を食べていた。

 

『始まりました勇者部活動報告。今回の担当、部長の犬吠埼風よ!』

『犬吠埼樹です』

『結城友奈です!よろしくお願いします!』

 

(キャスティングに不安なところはあるが...)

 

「では早速今月の報告を...』

『わーい』

『色々やりました』

 

(やっぱり)

 

クラスで聞いていた面々も笑っていた。

 

「これは面白くなりそうですね~」

「...否定はしない」

「でも可愛いんだろうなー...なんせ勇者部だし。ほんと古雪が羨ましいぜ」

 

勇者部は徐々に活動も増やし、知名度も上がってきている。この前のように全く接点のない結婚式場から連絡が来るぐらいには。

 

「うちの部長の許可が取れるなら入れてくれって挑戦してみたら?」

「無理だな」

 

クラスメイトが即答する。既に部長に突貫し、爆散済みだ。

 

『忙しくて覚えてないのよねぇ』

『そうですねー』

『日誌見ましょうよ』

『...うどん美味しかった』

『それ感想!!』

 

天然でかます友奈とボケてる風を相手する樹がかわいそうになってきた。

 

「樹がんばれ」

「樹ってあれだろ?風の妹だろ?」

「あぁ」

「あの子かわいいよな!それに大人しめだし...」

「付き合いたいなら風の壁を倒すんだな。俺も全力で阻止するが」

「うん無理だね」

 

『ではでは最初のコーナー!樹のお悩み解決!』

『です!』

『可愛い可愛い我が妹がタロット占いで皆のお悩み解決!』

 

樹のタロット占いはかなりの確率で当たると言われていて、なにかと重宝している。

 

『じゃあお便り読むわね。R.N(ラジオネーム)うどんさん。最近彼氏と上手くいきすぎて逆に怖いです。これからの私達を占ってください』

 

活動報告なのに、音が一切なくなった。

 

「......風にそれは言っちゃダメでしょ」

 

何かと青春したいと言っている風相手に、これは禁止用語だ。

 

『うるぁぁぁぁ!!!』

『お姉ちゃん落ち着いて!』

『風先輩!?』

『こんなもん送りやがってぇぇぇ!!!』

 

案の定風は暴走、あちこちにぶつかる音だったり壊れる音がしたあと、収まった。

 

『つ、続いては私が!R.N刺身さん。私は周りより胸が大きく、男子の目線が気になります。どうすればいいですか』

 

(詰んだなこれ)

 

樹の声がどんどん低くなっていって、デジャヴを感じた。

 

『胸が...胸がなんだっていうんですかー!!』

『樹ちゃん落ち着いて!』

『それを私に読ませるなんて当て付けですかー!刺身にするぞオラー!』

『オラー!?』

 

またどったばったと放送室が荒れて。

 

「今のところなんも占えてないな」

 

『じゃ、じゃあ最後は私が。R.N卒業前に彼女欲しいさん。最近友人が複数の女子に好意を持たれてるのに、気にしてる様子がありません。どうすればこの鈍感くそやろうに気づかせることができますか』

 

「あ、これ俺が書いたやつだ」

 

隣で飯を食っていたクラスメイトが反応する。

 

「メールの名前を彼女欲しいにするとか...」

「うるせぇな!」

 

『...樹ちゃん。これはしっかり占ってください』

『任されました』

 

急にトーンが変わって真面目に占い出す三人。東郷の声かけでもあったのか。

 

『......出ました』

『なになに!?』

『その方は既に気づいていますが友情の一つだと気にしていないだけです。恋愛感情だと気づかせるにはもっと直接的好意をぶつけていきましょう...』

『......』

 

「だってさ、お前の友達に言ってやれよ」

「もっと直接的好意をぶつけられる前に気づけ勘違いバカ」

「そんな感じでいいんじゃないか?」

「......はい」

 

なんとも微妙な感じでコーナーが終了。

 

『つ、続いては!友奈の応援!』

『友奈さんがリスナーさんを元気いっぱい応援します!』

『おまかせ!』

 

なんとも友奈らしいコーナーだと思って微笑ましくなる。

 

『冬休み前のテストが不安です』

『なせば大抵なんとかなる!』

『友奈ちゃんがかわいすぎて...』

『なせば大抵なんとかなる!』

 

「二個目にして私物化されてるけど」

 

『樹、かわいいよー!』

『なせば大抵なんとかなる!』

『そんな万能じゃないぞその言葉』

『これ書いたお姉ちゃん自身が言うのおかしいよ』

 

 

 

 

 

いつのまにか、時間も終わりに近づいていた。

 

『最後はこのコーナー、締めは部長に任せなさい!』

『風先輩が引いたくじにそって即興でエンディングを歌います』

『やけにハードル高いわね...』

『早速引きましょう!テーマは...クリスマス!』

『流石樹!良いの引いたわね!友奈は...』

『演歌で!』

『友奈ぁぁぁぁ!!!』

 

その後、無事に放送は終了した。風は帰ってきてから死んだ目をしていた。

 

「ふっ...お疲れ」

「笑うなー!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

壁の向こう。そこは未だに灼熱の空気と星屑の群れで溢れている。

 

「行くか」

 

壁の中から歩き出すと、一瞬で変わる景色は未だに慣れない。

 

(でも...)

 

勇者の装束。俺と銀しか使えなくなった服に、白銀の外装がついている。

 

「...レイルクス」

 

『周りを照らす花飾り』という意味合いを込めて呼ばれるこれは、春信さんを初め大赦で作り上げた強化パーツ。いずれは防人での実装を目的とした疑似満開装置。

 

浮遊能力と戦闘機能の底上げ、量産型勇者とも言える防人に武装顕現機能はないためウェポンラックとしても使えるようになっている。

 

既に一度使い、データは春信さんに渡した。その際勇者のデータから強化を加え、初めは浮遊能力だけだったのが機能向上と武器を拵えている。

 

「防人用だから能力向上は俺としては微々たる物だが...武装は凄いな」

 

腰には二丁の銃が備えられ、翼の一番外側は剣として使える。両翼の剣を合体させれば風の様な大剣にも。

 

試作タイプということで多めの武装が盛られているが、量産に落とす際は人に合わせて武装を絞って作るとか。

 

「...よし!」

 

全ての武装を確認してから、空を飛ぶ。本当の満開には数段劣る飛行速度で、やっと星屑を一撃で倒せるようになった銃を構えた。

 

(こんなことしてたら、怒られるのは確定なんだけどな...)

 

相談もしてなければ、これをやっているのはいつも夜。バレれば怒られるで済まされないだろう。

 

(でも、次の勇者達だけに任せるわけにもいかない)

 

一つでも、銀が、俺達が守った世界の役に立つのなら_______

 

だから、怪我をするかバレたらやめようと考えている。

 

つまりノーダメで帰らなければならない。

 

「おいでなすった!」

 

思考を止め、星屑の群れに向けて銃のトリガーを引いた。

 

単発式の銃は光を放ち、直撃した星屑をほふる。

 

「やっと一撃撃破...嬉しいもんだな!」

 

群れを避けて、あるいは倒しながら進んでいく。今日の目標は壁に立った時点で見えていた。

 

「バーテックス...!」

 

星屑が合体してできるバーテックスは、正確には俺達が倒してきたバーテックスではない。

 

作りかけのサソリ型バーテックスは御霊がない状態であり、御霊の有無はバーテックスの能力値を格段に変えている。無ければ防人でも迎撃が可能らしく、封印をする必要もない。

 

とはいえ星屑を倒すだけで精一杯な銃が通用する筈もなく、大人しく銃をしまった。

 

「ならさ!」

 

翼の端が切れ、それを合わせて大剣とする。以前俺に刀を作った影響で、近接武器はそれなりに進化が進んでいた。

 

「はぁぁぁ!!」

 

針のついた尻尾をはねあげる。御霊の無いバーテックスだと確定した瞬間だ。

 

「弱すぎるんだよ!!」

 

以前より強化された刀と大剣を縦横無尽に振り回し、あっという間にバーテックスは砂となった。

 

(帰るか)

 

これが俺のいつもの行動。御霊なしバーテックスを倒せば、その分次の世代に迫るバーテックスが弱くなる。もしくは時間がかかることになる。

 

清々しい気持ちで、俺は帰路についた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「それで、見つかったと」

「まさか夜中の二時に部屋にいるなんて思わないじゃんか...」

 

結局、怪しんでいた園子が全員を招集して俺の部屋に押し入り、帰りを待っていた。夜間帯に戻ってきた俺はもう死ぬほど怒られた。友奈と風に至ってはガチ泣きである。東郷にはそれで殴られた。本気のグーだった。

 

「というわけで、勘弁してください」

 

俺は大人しく勇者アプリを返すことにした。約束通りバレたら止める。

 

「...こちらとしても、誰も使えない物を渡されても困ります。椿君が持っていてください」

「だがな」

「これだけ言われてしまえば、あってもやらないでしょう?」

「......確かにそうですけど」

「ならそのままで」

「...もっとやらせるかと思ってました」

「大赦としては戦力増強の為そうしたいですけど、ここには三好春信として来てますから」

「...本音は」

「夏凜に僕が関与してるとバレたくない」

「ですよねー」

 

今日はもうお開きとなった。

 

「来週もこの時間にはいます。個人的に話たいこともありますし...きっと、そっちも話たいことができるだろうから」

 

後半小さな声で言われて聞こえなかったが、気にせず外に出る。

 

「......ここまで、か」

 

(銀、お前は何て言うかな)

 

左手につけているミサンガを見て、ぽつり呟いた。

 




次はオリキャラ紹介文。お知らせありです。


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オリ紹介

この紹介文には前話までのネタバレを含んでいます。これから見ようという方は注意してください。


オリキャラ

 

古雪 椿 (ふるゆき つばき)

 

讃州中学三年生。風と同じクラスで勇者部所属でもある、黒髪黒目の少年。

 

隣の家が三ノ輪家で、銀とは一つ年の違う幼なじみ。小学校は神樹館(銀も通っていたお嬢様が通うような学校)ではなかった。

 

六年生の時遠足の帰りに突然亡くなった銀のことを悔やんだが、意識だけの存在で帰ってきて、しばらく二重人格の様な生活を続けた。

 

その後、銀から自分が勇者というお役目を務めていたこと。仲間と世界を守るため戦って死んだことを聞き、敵であるバーテックスを恨んでいた。

 

中学三年生になり、勇者部も五人活動となり始めた頃勇者として選ばれる。

 

満開の影響で銀をもう一度失い自暴自棄になったが、友奈をはじめとした勇者部に救われる。その後紆余曲折があり、銀との別れも告げ、平和になった世界でバーテックスの発生を遅らせるため戦っていた。(前話参照)

 

使用している勇者システムは旧型で、昔銀が使っていた物の改造品。(原作だと夏凜に使われている)

 

基礎能力が他の勇者より低く、精霊(そして精霊バリア)もつかない。満開は複数供物を取る(既に原作同様のアップデート済み)。

 

モチーフの花は椿と牡丹。武器は銀と同じ双斧。もしくは刀。

 

大赦に頼んで白い布で出来た追加装甲(バリア発生補助機能を持つ)、刀、盾を受けとる。

 

満開すると背中に光を放つ翼が生え、斧も大きくなり炎を出す。満開時、通常時問わず近接タイプのファイター。

 

昔から優しい性格だが、銀を失ったことから周りを気にする性格になり、普段から冷静な物腰。頭もそれなりに良く、周りからは「椿は探偵」等と呼ばれていたりする。

 

鈍感系主人公ではなく、自分に向いているのが恋愛感情なわけがないという勘違い系主人公。

 

好きな飲み物はみかんジュース、嫌いな食べ物は納豆。 誕生日は2月8日。

 

 

 

 

 

オリ装備

 

レイルクス

 

『周りを照らす花飾り』という意味合いを込めて大赦が作り上げた白銀の強化パーツ。戦闘能力が勇者より劣る防人での実装を目的とした疑似満開装置。

 

浮遊能力と戦闘機能の底上げを目的としており、椿に渡されたプロトタイプは武器データを取るためウェポンラックも多い。

 

武器

 

銃×2(単発式。防人の銃剣とは異なる少し小さめのタイプ)

 

剣×2(普段は翼の一番外側に格納されている)

 

大剣×1(二つの剣を合体して使う)

 

刀×1(初期から使っていた刀を改良したもの。勇者システムの頃から使用していた特注品のため、レイルクス内で唯一虚空から顕現させることができる武装)

 

翼×1(フル稼働させれば横の攻撃を防ぐ盾になる。機動性は本来の満開に遠く及ばないが、空中を浮くことが可能)

 

盾は壊れてから補充していない。

 

なお、防人の装備は椿のお陰で性能が上昇している。

 




原作では三ノ輪家から讃州は遠く離れた位置ですが、この作品ではイネス共々近めです。

それからレイルクスのイメージはフレー○アームズのレイ○ァルクスです。カッコいいので是非検索してみてください。

もじって使おうと思ってググったら良い意味があったのでこうなりました。

そして重要なお知らせ。

明日からいよいよ勇者の章に入ります(自分の心を折ります)。

この作品を書くことになったきっかけ。読者を少しでもゆゆゆに引き付けられるような作品目指して頑張ります。

まぁ、この作品を読んでくださってる方々は大半が既にゆゆゆ好きでしょうけど。

シリアスで辛くなったらここより前に戻ってください。少しは安らぐかも...安らぐといいなぁ...まずシリアス上手くできるかな...

これからも感想、評価頂けると嬉しいです。よろしくお願いします!長文失礼しました!


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四十一話 もう一度

勇者様の葬式。訪れた会場で遺族は泣く人もいれば喜ぶ人もいて、その光景は歪だった。

 

妹と同じ年の子を失って、それを英雄だった。英霊となった。と語る親族を見て、複雑な気持ちとなった。だがそれは神樹様に遣える身として感じてはならないこと。

 

だから、涙をこぼす勇者の弟君が、助けられなかったことを悔やむ共に戦った勇者達が、雨の中外に出て泣き叫ぶ男の子が、少しだけ羨ましかった。

 

後に世界の命運を懸けて戦う勇者の半分がここにいることを、僕はまだ知らない。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「終わったー!」

「お疲れさん」

 

伸びをする風を労う俺。俺達の手元には参考書が並んでいた。

 

残り半年を切った高校入試、中三の追い込みはそれなりに始まっている。

 

風は二年までそれなりに成績が良かったものの三年、勇者を初めてから成績が落ち始め。今は俺の解説の元勇者部の時間を少し削って頑張っている。俺は成績上位をキープし続けており、志望高校の過去問も既に合格ラインに届いている。

 

「凄いわね椿は...」

「元からそれなりに出来るってのもあるが、夏休みはかなりやりこんでたからな」

 

銀が消えた喪失感に犯されていたときは、ひたすらに体を動かすか勉学にはげむかしかしていなかったため、今でも余裕になっている。

 

「とはいえ油断はできないけどな。同じ高校行きたいし、一緒に頑張ろう」

「分かってるわよ!」

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......ここが」

 

瀬戸大橋。二年前、二人の勇者がここで戦い、一人は散り、一人は祀られることとなった。

 

その近く。かつての勇者の墓が備えられた場所に、俺はいた。

 

「...見つけたよ」

 

数ある墓の中から一つを見つけ、花束を置く。この場所は大赦にいた園子から聞いた。

 

中に骨は入っていない。それでも俺はそこにいるかの様に声をかけた。

 

「久々。元気?」

 

『三ノ輪銀』

 

墓からは勿論返事なんてない。

 

「お前と別れてから、ちゃんと墓参りしたいなと思っててさ。ご家族で用意できてないからできねーなーって思ってたら園子が教えてくれて...流石にイネスのジェラート持ってくるわけにもいかなかったから、これで勘弁してくれ」

 

銀がよく作っていた焼きそばを置く。

 

「最近はお前の弟達も美味しいって言ってくれるようになったんだ。お前のせいで焼きそばに関する舌が異様に良かったからやっと言わせられたって感じだよ」

「つっきー...やっぱり来てたんだね」

 

後ろを振り向くと、花束と愛用しているサンチョの顔をした袋を持った園子がいた。

 

「せっかく話聞いたし、俺も来たかったからな」

「私もここへ直接来るのは初めてなんだ...久しぶり、ミノさん。やっとここへ来られたよ」

 

園子と銀の二人にさせてあげようと立ち上がると、服の裾を掴まれた。

 

「園子?」

「つっきー...一緒にいてほしいな」

「...わかったよ」

 

再びしゃがみ、園子と一緒に銀の墓を眺める。

 

「あのねミノさん。私勇者部に入ったよ。讃州の...って、いたからわかるよね。皆とっても面白くて私達のチームにも負けないくらいだよ」

 

それから、園子は袋からなにかを取り出した。

 

「まさか作ったものまで一緒とは思わなくてさ...ミノさんお腹いっぱいになっちゃうね」

 

パックでおかれたのは、焼きそば。

 

「ミノさんの焼き方思い出して、自分で作ったんだ。これがミノさんのぶん。美味しかったら褒めてね..そして、これが私のぶん。これがつっきーのぶん」

「俺のもあるのか?」

「ここにいると思ったからね」

「...ありがと」

「ううん...でも」

 

三つ取り出した園子は、もう一つ容器を取り出す。

 

「つっきーのやつは多目にしたのに、なんで四つも作っちゃったんだろうね。私」

「園子が食べればいいんじゃないか?」

「そんなに食べないよ~...」

「?」

 

園子の顔が徐々に暗くなり、口元が開いていく。

 

「ぁ...ねぇつっきー」

「どうした?」

「二年前、私達勇者は何人?」

「そんなの三人だろ?」

 

三ノ輪銀、乃木園子、そして__________

 

「...!!」

「落ちてる...記憶が抜けている?」

「は、なんで、どういうことだよ...!?」

 

今あいつは勇者部にもいない。何かがおかしい。

 

『きっと、そっちも話たいことができるだろうから』

 

「!!!」

 

前に、聞き逃した筈の言葉。思考を焼ききるように出てくるのは__________

 

「...だ」

「え?」

「園子、大赦に向かってくれ。絶対知ってる」

「それって...大赦に捕らえられてるってこと!?」

「...わからない。でも何か分かるはずだ。頼む。俺は部室に全員集めるから!!」

「わかった!」

 

『来週もこの時間にはいます』

 

(もしこれが言葉通りなら、俺が大赦へ向かうとは考えられていない。つまり、大赦に殴り込む必要はない...他に、いなくなって、記憶を消す必要がある場所は...!)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「椿、説明して」

 

部室に大至急集合ということで何事かと集まった私達は、集めたまま黙っている椿さんに戸惑っていた。気になるお姉ちゃんが促す。

 

「......うん。わかった。これは予想、園子が到着しないと分からないが...」

「どういうこと?」

「...今の記憶は嘘だといって、思うことはないか?」

 

椿さんの言葉に、すぐ友奈さんが反応、おまけに泣いてしまった。

 

「友奈!?」

「私...私、絶対忘れないって言ったのに!!」

「友奈!椿、どういうことよ!?」

「勇者部は六人じゃない。七人。もう一人の存在を俺達はなかったことにしている」

「っ!!」

 

思い出した。勇者部にはもう一人、大切な先輩がいた__________

 

「あいつは...あいつの名前は」

「東郷さん!忘れたりしちゃいけないのに...」

「東郷美森、彼女はここに、確かにいた!」

「!!!」

 

お姉ちゃんも顔が白くなった。

 

「あー。そういえば東郷どこよ......!!!」

「東郷、美森...え、なにこれ、どういうことよ」

 

夏凜さんもお姉ちゃんも止まらない。私も嗚咽を漏らしてしてしまった。

 

「うぅ...東郷先輩の記憶が...」

「椿!あんたなにか知らないの!?」

「詳しくはわからない...でも、全員を部室に呼ぶ前に調べたら、写真から消えてるわ学校に在籍してないわで、元からいない存在になってたよ」

「そんなのたちの悪い虐めじゃない...」

 

お姉ちゃんの言うことも最もだ。

 

「......こっから先、もし俺の予想があってるなら...東郷は壁の外にいる」

「は?なにいって」

「つっきーの言ってること、多分正解だよ」

「園ちゃん!」

 

扉を開けて入ってきた園子先輩は、アタッシュケースを机に置いた。

 

「大赦に行ってみたんだ。私」

「大赦に!?まさかまた大赦が!!」

「ううん、今回は違うみたい。大赦自身は何もしていない。そしてこれを見て」

 

アタッシュケースの中身は、私達がよく使っていたスマホ。

 

もちろん、ただのスマホなんかじゃない。

 

「勇者システム...」

「ぷんぷん怒って出してって言ったら出してくれたよ」

「ぷんぷんってなぁ...」

「もう持ってるつっきーにもまたぷんぷんしてもいいんだよ?」

「...やめてください」

 

スマホを見る先輩に、園子先輩はアタッシュケースの中の一つを指差した。

 

「ここは、わっしーの端末が入っていた場所なの。でも、私の端末のデータにわっしーの反応はない。多分わっしーは、びっくりするところにいるんじゃないかな」

「びっくりするところって...やっぱり」

「俺のにも反応はなかった。恐らくあいつは...壁の外だ」

『!』

 

壁の外。今も炎とバーテックスで覆われている神樹様の結界外。

 

「だから、勇者になって行ってみようと思って」

「なるほどな」

「つっきーあれから返してなかったんだね...」

「もうやってないよ。あんだけ怒られるのはこりごりだ」

 

既にスマホを握る二人は、互いに顔を見合わせた。

 

「...乃木、椿、あんたたちは、もう勇者の力に代償がないから、使うのよね?」

「じゃなきゃあんなことはしてない」

「私達はひどい目にあったけど、勇者が体を差し出して戦わなければ世界は終わっていた。大赦はやり方が間違っていただけで誰も悪くないと思うな」

「じゃあ私も!」

「待って友奈」

「風先輩?」

「私はもう部長として、おいそれと皆を変身させたくないの。勢いで、なんてのは絶対やめて」

「風...」

 

お姉ちゃんは、一度皆を巻き込んでしまったことを気にしている。もうあんなことはないようにと_______

 

「大赦は勇者システムについて、もう一切隠し事しないって言ってくれた。それを直接聞いて、信じようと思ったの。前とは違う。ちゃんと納得してやるから。私は行くよ」

「...勝手にやってた手前、あんま言えないけどさ。風だけに責任を負わせるような戦いは絶対しないと誓う。俺は俺の意思で、東郷を探すためにもう一度これを使うよ」

「乃木...椿...」

「...風先輩。私ちゃんと考えました。園ちゃんや椿先輩のことは信じられる。だから行きます!」

 

スマホを取る友奈さん。

 

「ま、勇者部部員は同じ部員が探さないとね!」

 

続いてとる夏凜さん。私も答えは決まっている。

 

「...お姉ちゃん。私も行くよ」

 

お姉ちゃんをじっと見つめると、「あー!」と声をあげた。

 

「部長をおいていくんじゃないわよ!」

「風...」

「あたしだって東郷が心配。大赦は信じられないけど...みんなは信じてるから」

「...あぁ」

「樹、サプリキメときなさい!」

「今回はキメて行きます!」

「夏凜、俺にもくれよ」

 

夏凜さんからサプリを貰ったり、勇者アプリの確認をしたり。

 

「よぉーし!じゃあ行こう!!」

 

友奈さんの号令で、私達は壁へ向けて動き始めた。

 



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四十二話 救出

「...こっから先は警戒しろよ」

 

壁までたどり着いた俺達は、あと数歩で異次元の様な世界へ向かう。

 

「流石、最近まで行ってたやつは違うわね」

「悪かったよ...もうほんとに」

「つっきー、にぼっしーも。前に出すぎないでね」

「わかってる」

「ん...えぇ」

 

園子の瞳は、銀を思い返しているのか。

 

(...人泣かせなやつだな銀。こんな子を置いていくなんて)

 

足を踏み出す。青い空が赤い炎へ変わり、冬に近づいてきた陽気は肌を焼く熱に変わった。

 

「相変わらずの凄まじさね」

 

隣で呟く風も、景色をみて汗を流している。

 

「あ、東郷さんいる!やっぱり壁の外だったんだ!」

 

一方スマホを見る友奈からは嬉しい報告が。

 

「どこですか?」

「あっち!」

「...なにもないわよ」

「でもレーダーはそう言ってるよ。...え」

 

友奈が指差した上空には、赤い炎の中で黒い空があった。

 

「...ブラックホール?」

「ちょっと、この方角であってんの!?」

「東郷さんがブラックホールになってる...」

「あたし、久しぶりに会ったらブラックホールだった奴は初めてだわ」

 

ボケなのかただの呟きなのかわからない風のコメントをスルーして、腰から銃を引き抜く。

 

「さて、バーテックスに星屑もうじゃうじゃ。さっさと倒そうか」

「あんたの追加装備ってのもヘンテコじみて来たわね...」

「これでも強くなったんだからな!」

 

星屑に向けて銃を乱射。次々と文字通り星屑のように散っていく。

 

「つっきーに続けー!」

 

園子は伸びる槍で、夏凜は刀を投げて、樹は糸で、風と友奈は跳んで相手を切り殴る。

 

「...でもこれじゃ、どうやって東郷のところまで」

「あそこまでなら舟で行けそうだよ」

「舟?」

 

園子が、壁から炎の中へ飛んでいく。

 

「満開!!!」

 

そして、樹海の光が広がって、顕現した存在は周りの星屑を消し飛ばした。

 

翼のように羽を動かし、鳥のような見た目の乗り物が光輝いている。

 

「あんた!いきなり満開使って!精霊の加護がなくなっちゃうわよ!」

「昔はバリアなかったし、問題ないよー」

 

バリアが追加されたのは、銀が死んでからだという。それより前は満開もなく性能も不十分で、バーテックスを追い出すことしかできなかった。

 

(ともかく、やるしかない)

 

「いくなら園子の満開が切れる前に、早く!」

「...あーもー!絶対怪我させないからね!」

「ありがとうございますふーみん先輩」

 

全員が舟に乗り込んだのを確認して、園子が舟を動かした。急速にかかる衝撃に耐えながら、星屑たちを吹き飛ばしながら、ブラックホールまで向かっていく。

 

「...ぐぉ」

 

もうすぐというところで、一気に体が重くなった。衝撃で揺らされ続け視界がぶれる。

 

「ブラックホールの影響か...!」

「みんなー!乗り物酔い大丈夫ー!?」

「乗り物酔いってレベルじゃないわよこれ!」

「バーテックスまで来てますー!」

 

振りおろされないようしがみつきながらスマホを確認すると、七体に囲まれていた。

 

「...友奈、みんな。東郷を頼む」

「っ!椿先輩は!?」

「四体は引き付ける!!」

「椿!ちゃんと生きとくのよ!部長命令!!」

「言われなくても!」

 

きっと友奈なら東郷を助けられる。だから俺は道を作ろう。

 

レイルクスの翼を起動させ、船から離脱。銃で近場の四体に撃ちまくる。

 

星屑がやっと倒せるだけの武器がバーテックスに通じることはもちろんないが、気を引くことには成功したようだ。

 

「釣れた!」

 

ブラックホールの影響が出ない場所まで離れてから、バーテックスの真上をとる。

 

「落ちろぉぉぉぉ!!!」

 

重力に従って落下しながら顕現させた斧を振り回す。時間かからず一体処理し終わった。

 

(相変わらずの御霊なし!これならいける!)

 

続いてもう一体も切り刻んで、園子達に近い一体も引き付ける。

 

「よっ、と」

 

壁まで戻ってきた時も、三体のバーテックスは当てられている銃を気にせずまっすぐ向かってくる。

 

「さぁこい。一つ残らず消して...」

 

そこからの光景に、俺は目を疑った。

 

 

 

 

 

一体のバーテックスが小さな黒い塊となり、壁の上で停止。そこへ、残りのバーテックス、星屑達が突っ込んでいく。

 

(まさか...合体して、本物のバーテックスを!?)

 

だが、その予想は外れた__________予想通りならどれだけよかったことだろう。

 

「...」

 

無意識に手が震える。口が開く。目が捉える。

 

黒い塊は小さくなって、五つの方向へ伸ばした。

 

(俺じゃない...それは、その姿は!!!)

 

徐々に形を変えて、見えた闇のシルエットはまるで、武器を持った人間__________

 

「何が、おこって...」

 

突然現れた人型のバーテックスは、星屑を食らいつくして毅然と壁の上に立った。

 

黒い霧で覆われていて、シルエットしかわからない。だが、俺には十分すぎるほど。

 

どう見たってそれは__________

 

 

 

 

 

「......お前らが、あいつの真似をするのか。ふざけるなぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『友奈、みんな。東郷を頼む』

『友奈もちゃんと帰ってきなさい!部長命令!』

『友奈さん!頑張ってください!』

『あんなもんの中じゃ何が起きても不思議じゃないわ。気合いよ!』

『ゆーゆ。わっしーのことお願い』

 

(東郷さん...)

 

みんなが送り出してくれた。精霊の加護がみるみる削れていくブラックホールの中を突っ切る。

 

(東郷さん!!)

 

忘れないと言ったのに忘れてしまったことを謝りたい。また東郷さんと笑顔で学校に通いたい。

 

(だから私は!!!)

 

気づいたら、灰色の空間だった。自分の体が見える。

 

(え...幽体離脱!?)

 

『そのっちが私達の中学に来てからしばらく。大赦にとって想定していない事態が起きた』

 

流れ込んでくる景色と声。

 

(これ、東郷さんの)

 

『結界である壁の一部を私が壊したことで、外の火の手が活性化してしまったのだ。このままでは世界がなくなる。大赦が進めていた反抗計画を凍結し、現状を打破する必要があった』

 

(東郷さんの、記憶...)

 

『火の勢いを抑えるには、西暦の終わりにも行われた巫女を捧げ天の神の許しを乞う生け贄の儀式「捧火祭(ほうかさい)」しかない。大赦でお役目に勤めている巫女が、選ばれたらしい』

 

大赦の仮面をつけた人が、頭を下げる様子______東郷さんの記憶の断片______が頭をよぎる。

 

『だけど、私でもその代わりが出来るという。勇者でありながら巫女の力も持つ唯一無二の存在だとか。悩むまでもない。結界に穴を開けた私が、そのことを償えるなら...私一人で、友奈ちゃんや皆が助かるなら』

 

私がいなくなれば、友奈ちゃん達はきっと私を探しだす。そうしないように、神樹様、どうか______

 

「東郷さんはいつもつっぱしるなぁ。自分をいないことにしちゃうなんて」

 

でも、約束したから。

 

「東郷さんを一人にしない!させない!!」

 

灰色の空間の少し向こう側に、何かが見えた。近寄ってみると、囚われて、その奥で燃えている精神体の__________

 

「東郷さん!!」

 

急いで囚われている東郷さんを助け出す。

 

「今助けるから!」

 

全然力をこめることなく、東郷さんを助け出せた。

 

(やった...!!!)

 

「!!きゃぁぁぁぁぁ!!!!」

 

体が焼けるように痛い。喜んでいた私のことを、痛みがどんどん蝕んでいく。

 

(痛い、痛い、いたいよぉ...)

 

誰か助けて__________

 

 

 

 

 

「友奈!大丈夫!?」

「...あれ、夏凜ちゃん?」

 

目を覚ますと、何故か夏凜ちゃんが見えた。

 

「よかった...無事そうね。園子!」

「最大速度、いっくよー!!」

周りを見ると、風先輩、樹ちゃん、園ちゃん、東郷さんもいる。

 

「東郷さん...」

「友奈お手柄よ!東郷も助け出せた。あんたも無事。あとは椿を拾って帰るだけ!」

「そっか...助けられたんだ、私」

 

辺りの暑さで全身が焼けるようだったけど、なんとか立ち上がる。

 

(東郷さん。早く起きてね)

 

「よし、じゃあかえ」

「つっきー!!」

 

遠くに見える壁を見て、園ちゃんが叫んだ。

 

「乃木、どうしたの!?」

「つっきーが...つっきーが!!」

「椿がなんだって...!」

 

私達みんな顔を驚かせる。壁に見える人影は二人。一人は黒いもやがかかっててわからないけれど辛うじて人に見える存在。それから__________勇者服を着ていない、私服姿でうずくまっている椿先輩。

 

「椿先輩!?」

「なんであいつ勇者になってないのよ!?」

「もう一人は!?人!?バーテックス!?」

 

黒い人が、椿先輩を私達の世界へ蹴り飛ばした。

 

「椿さん!」

「!!」

「いやぁぁぁ!!!」

「園子!」

「分かってる!!!」

 

全員が声をあらげて、園ちゃんの舟はそのまま結界の中へ入り込む。

 

椿先輩は壁から海に落ちていた。

 

「はぁっ!」

 

風先輩がキャッチして、その下へ潜り込んだ舟に着地する。いつの間にか辺りは夜だった。

 

「椿、椿!しっかりしなさい!」

「...離してくれ風。俺は、行かなきゃ...ごほっ」

 

虚ろな目で言ってくる椿先輩のお腹と口から、赤い液体が落ちた。

 

「嫌、椿さん。そんな、嫌!」

「バカ言うな!勇者にもならないであんたねぇ!!ちゃんと生きとけって言ったじゃない!!」

「...それでも、確かめないと...あいつが、銀が...」

「!?」

「あの黒いのがあんたの知る銀なわけないでしょ!!バーテックスになに見せられてるのよ!!」

「銀...」

 

呟いた先輩は、結界の外に伸ばしていた腕をだらりとおろした。

 

「ーっ!乃木!このまま病院まで連れてきなさい!こんな夜だし空飛んでる舟なんて見間違いでどうにかなる!!」

「ふーみん先輩、言われるまでもないよ!」

 

銀。三ノ輪銀ちゃん。椿先輩や東郷さん、園ちゃんの大切な人。

 

(それが、あの人?椿先輩は何を...)

 

胸に残る熱さは、先輩を心配する気持ちで冷めていった。

 



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四十三話 黒の銀

ぐんちゃんハピバ!(挨拶)

短編作ろうとしたけどゆゆゆいは作ると歯止め効かなくなりそうだしアイデア出ないして止めました。すまぬ...

あと、昨日投稿してからゆゆゆラジオでタカヒロさんの初期の話を聞いたり、頂いた感想での考察だったりで自分が考えさせられることの方が多く、こうして人型バーテックスを出した偶然に喜びと緊張が走ってます。

まぁ、自分が出来るのは一生懸命書くことだけなので。これからも読んで頂ければ。勇者部の皆を可愛くかっこよく魂込めて書くぜ。

下から本編です。


「ん...」

「!みんな!!目を覚ましたよ!!」

 

目を開けると、皆がぼんやり映った。

 

(私、あれ...)

 

「わっしー!」

「そのっち、みんな...」

 

私は確か、奉火祭の儀を_________

 

「助けて、くれたの?でもこのままじゃ世界が」

「事情は聞いたわ。火の勢いはもう安定して、生け贄がいらないんだって 」

「そんな...まさか」

「あんたがタフで、普通の人なら死ぬくらい生命力を取られたんだって。それでお役目を果たしたのよきっと。で、そこに私達が間に合ったみたい」

「結局大赦がらみだったし...」

「まぁまぁ」

 

そんな都合の良い話、あるのだろうか。

 

「本当に、助かったの?」

「そうよ、セーフ!」

「お勤めご苦労様。まぁまだ病院でしょうけど」

「東郷さんごめんね。私忘れないって約束したのに、何日か忘れちゃって...」

「......それでも、みんな思い出してくれたのね」

 

友奈ちゃん、そのっち、夏凜ちゃん、風先輩、樹ちゃん______

 

「...ねぇ、古雪先輩は?」

 

その言葉に、返事はなかった。きょとんとはしてないから私のように記憶がないわけじゃない。

 

「古雪先輩はどこ。みんな...まさか私の代わりに!」

「そうじゃない!!」

「...今は集中治療室だよ」

「そんな...」

 

そのっちが、口を開いてくれた。

 

「腹をばっさりやられてるんだって」

「...バーテックスが?」

「うん。そうだと思うんだけど...」

「?」

「...そいつ、新種の人型だったのよ。黒いもやみたいなのがかかってる」

「...それに、そいつのことを『銀』だって」

「!!」

 

私達の知る銀なんて一人しかいない。

 

「ともかく、椿が復活しないとね......」

「...生きてるよね?椿さん」

「死ぬわけないでしょ!」

「......ともかく、待ってよう。今の私達にはそれしかできないから」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...ぁー」

 

ぼんやりと体と意識が戻ってくる。ここ半年でよく経験したことだ。

 

「夜に目覚めてくれて、ありがたいです」

「...驚きはしないぞ」

 

月明かりの中、俺には酸素マスクやらケーブルやらで今までで一番厳重にされていた。

 

そして、イスに座っていたのは三好春信。

 

「とてもファミレスで待ってられなさそうな怪我なので」

「東郷は?みんなは無事か?」

「全員生きてますよ。君が起きないせいで悲しんでましたけど」

「...そんなに寝てたのか?」

「三日ほど」

「最長だー...でもあんたじゃない方が嬉しかったな」

「深夜に起きた自分を呪ってください。夕方は皆さんが来てますよ」

「へー」

 

隣に置いてあった差し入れだろうみかんジュースで喉を潤すため、酸素マスクを外した。体は痛いけど呼吸は問題なく出来てる。

 

「...今回のこと。知ってたんだろ?」

「勿論」

「なぜ言わなかった。あそこでは三好春信本人なんだろ?隠す必要のある大赦じゃなくて」

「それが東郷美森の希望だったからですよ」

 

生け贄を捧げて天の神の怒りを静める奉火祭。本来の生け贄だった巫女の代わりを勤めた東郷。淡々と話される言葉に俺は黙るしかない。

 

「記憶の消去、もし話したら東郷美森の世界を救う行為を許さないから」

「...でも、俺達が思い出すと踏んでいたわけだ」

「まぁ、はい」

 

前回ファミレスで会ったときの言葉はそういうこと。

 

「...んで、まさかその説明をするためだけにここにいるわけじゃないんでしょ?」

「......君が壁の外で勇者システムを解いたと聞いたものですから。事情を聞きに」

 

ここからだ。大赦の関係者に秘密を話す。どうなるかは俺とこの人次第。

 

(でも...もう一度、会わなきゃならないから)

 

起きたばかりの頭を一気にトップギアまであげる。

 

「全部話してもいい。でも一つ頼みを聞いてくれ」

「頼み?」

「レイルクスの全面改修、それから......戦衣(いくさぎぬ)を一着、用意して欲しい。もう一度会わなきゃならないやつがいる」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

壁で対峙した人型バーテックスに、俺は動揺を隠せなかった。

 

「......お前らが、あいつの真似をするのか。ふざけるなぁぁぁ!!!」

 

似たような武器を打ち付け、衝撃が手を走る。

 

「...っ!」

 

戦えば戦うほど、斧をぶつければぶつけるほど、相手の挙動と、かつての俺の挙動が似ていることが理解できた。

 

「この動き...やっぱり銀の!!」

 

許せるわけがない。こんなバーテックスの愚行を切り捨てる必要がある。

 

(風との約束通り生きなきゃいけないしな...手段は選ばない!)

 

「一気にかたをつける!!まん」

 

か、まで言ったところで、勇者服が消えた。

 

「い...!!」

 

さっきまで着ていた私服になっていて、燃える世界の温度が異常なほどに感じられて声も出しにくくなる。

 

(熱い熱い熱い!!)

 

そして、目の前の敵がそれを見逃す筈がなかった。

 

「...がはっ」

 

一閃、腹を切られてうずくまる。咄嗟に抑えた手を見ると、深紅に染まっていた。

 

(...やば、痛くなくなった)

 

一瞬で痛覚が消え去り、視界がぼやける。

 

黒い敵は持っているように見える武器を降り下ろす。

 

(やくそく、まもれそうにないや)

 

見ているのが嫌で目を閉じてしばらく、衝撃がこなかった。

 

(......あれ?死ぬのってこんな感じなのか?)

 

目を開くと、相変わらずの灼熱世界。敵も目の前にいる。

 

だが、その黒いもやが______斧とわかるくらいはっきりした位置で、止められていた。

 

ぼんやりした視界が捉えたのはそれと、赤い服、そして______

 

(ぎ、ん?)

 

次には蹴り飛ばされていて、足を振り上げたシルエットだけが映った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「こっから先は、俺の予想...というより妄想だ」

 

月を眺めながら、淡々と自分の考えを述べる。

 

「俺が勇者になれていたのは先代勇者、銀の『魂』があったから。以前の満開の供物としてこれは取られなかったから勇者になれた」

「...」

「だが今回、あの人型バーテックスは俺と戦うことで残っていた『魂』を取った。だから変身が強制解除された」

 

勇者アプリを押しても変身は全く起きない。

 

「だが、『魂』を取られたタイミングでの攻撃は腹を切るも浅く、最後は武器を降り下ろさなかった。それは、銀の意識がバーテックスと葛藤して止めてくれたんじゃないかと考えてる。そうでなきゃ加減をする必要なんかどこにもない」

 

そして、もし銀の『魂』がうつったのがあの瞬間なら、

 

「だとすると、人型が初めから銀の動きをしていたのは、今こっちにもいない銀の『魂以外』全てを取り込んでいるから...」

 

元の満開は神樹様から力を授かり、代償として供物を捧げるシステム。供物として取り上げられた物は、神の一部と捉えられてもおかしくはない。例えば__________『魂』以外、『記憶』とか『精神』とか。別のものとして捉えられるのかは怪しいが、説明づけるならこれが確かだろう。

 

加えて、家族から銀の遺骨は大赦に保管されていると聞いた。それも神樹様への捧げものだとすれば、その『身体』すら。

 

理解の範疇なんてとうに越えている。それでも予想は立てられるはず______願望を多分に混ぜた声が漏れる。

 

「地の神の力で作り上げた勇者システムを天の神が恐れ、それを模倣するため神が干渉しやすい散華の一部、銀を取り込んだ...そして、自分の使い魔たるバーテックスへ落とし込み、俺と戦わせることでその全てを奪い取った。だが銀の占める部分が強くなったせいで、俺は殺せなかった...こんなところだ」

「妄想も甚だしいですね」

 

俺の話を、春信さんは一蹴した。

 

「...だよな」

「君が二重人格じみてたというか、かつての勇者と一緒だったということも驚きですけど、この際そこは置いといて...それでもやるんですね?」

「当たり前だ。バーテックスなら倒さなきゃならない。銀なら助けなきゃならない」

 

そう。願望を混ぜて話したのはこう思えるから__________銀を、助けられるんじゃないかって。

 

迷うことなんて何もない。

 

「戦衣は適性のレベルは低くても良いぶん勇者に比べれば格下の装備。勇者の状態で互角なら間違いなく死にますよ」

「それでもやらなきゃならない。あいつを助けられる可能性が一つでもあって、それを逃すことなんか出来るわけがない」

 

春信さんの目を見つめる。やがて彼の方から目を離した。

 

「はぁ...戦衣の用意、及びレイルクスの強化は恐らく出来ます。一日くらい時間があれば...」

「本当か!?」

「友人である夏凜の兄としても、大赦の人間としても死なれては困るので最大限の援助はします」

「助かる!!」

「じゃあもう準備に入りますね」

 

病院を出ていく春信さんに、俺は頭を下げた。

 

「お願いします」

「こういうときだけしっかり敬語になるの、その時だけ感謝してる子供っぽくて嫌いです」

 

ピシャリと扉が閉められた。

 

「......」

「あ、お代は夏凜の写真百枚で! 」

「そういうところで尊敬できれば俺だってずっと敬語になるんだがな!!」

 



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四十四話 悩んだら相談

勇者の章で個人的に一番微笑ましかったシーン「アタックチャンス」は無しに。アニメ本編の方でお楽しみください。

下から本編です。


東郷さんが帰ってきた。椿先輩も帰ってきた。

 

せっかくこれから楽しくなるのに、生け贄のお役目は私に引き継がれた。

 

でも言えない。東郷さんの悲しむ顔も見たくないし、みんなに心配かけさせるわけにもいかないから。

 

私が、生かされている存在だとしても。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「授業おつかれー、ついに放課後だけ登校だぜ」

 

つっきー以外がいた勇者部の部室に、いきなりつっきーが現れた。

 

「......」

「おい待て、落ち着け。今抱きついてきたら俺の腹が割けるからな。気持ちは嬉しいけど落ち着いてくれ。頼むから」

「つっきー...!」

「椿!!」

 

わっしーもすぐに退院してクリスマスの話なんかができたから、後はつっきーだけだと思っていた皆が喜ぶ。

 

勉強していたふーみん先輩は眼鏡を捨てて、にぼっしーは食べていた煮干しを飲み込んで喜んだ。

 

「古雪先輩」

「東郷...おかえり」

「ごめんなさい。私を助けるために怪我を」

「いや、これは割りとお前関係ないから...いやあるっちゃあるんだけど。気にしないでくれ」

「あぁ、どうしたら...陳謝!」

「いや死のうとするな!ノー切腹!!」

 

突っ走るわっしー、止めるつっきー。

 

(勇者部は楽しいな~)

 

入ってから、二年間祀られていたことすら忘れるように楽しい日々。

 

「放課後来てくれてたみたいだな。ありがとう」

「あったり前でしょ!」

「そっか...風は勉強してるか?」

「してるわよ!来週は樹のショーもあるからその分もね!!」

「お姉ちゃん!私のショーじゃなくて町のクリスマスイベント!学生コーラス!!」

「マジか席取っといてくれ」

「椿さんまで!?」

「いっつんのグッズ展開していい!?」

「ダメです!!」

「風邪をひかないように、ベストコンディションでいかないとね」

「「健康健康健康」」

 

必殺α波をいっつんに流しながら、ちらりとゆーゆを覗く。

 

最近、少し元気がない気がする。

 

「友奈、考え事?」

「え、何も考えてないです」

「それはそれでどうかな...ほんとはどっか悪いんじゃない?」

「......あの、実は.......!!」

「どうした友奈?」

「...な、なんでもないです。おかえりなさい椿先輩」

「あぁ、ただいま」

 

そう言うつっきーの様子も、少し変だった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

クリスマスをモミの木祭りに改名しようとした東郷が総バッシングを受けている頃、電話をかけた。相手は二人。

 

「もしもーし」

「あ、出た。さっきぶり」

「さっきぶりです~」

「あら、そのっちも?」

「わっしー?」

「実は、二人に話がある。聞いて欲しい」

 

悩んだら相談。信じてもらえるかわからなくても言うしかない。

 

「明日の放課後、壁の外に出る。協力してくれないか?」

「...古雪先輩、なにをおっしゃっているのですか?」

「あの、人みたいなバーテックスに会いに行くんだね?」

 

こういうときの園子の察しの良さは異常なほどに高い。

 

「あぁ」

「人みたいな...先輩が銀と言っていた!?」

「そうだ」

 

要点をかいつまんで話した。あの存在をなぜ銀と思ったか、なぜ俺が勇者になれなくなったのか。

 

「ほんとは部室で話そうかと思ったんだけどさ...友奈も何か悩んでそうだったから。まず二人に聞いて貰おうと思って」

「つっきーの次にミノさんと関係あるもんね~」

「友奈ちゃん...やっぱり何か悩んでるのかしら」

「理由はわからないけどな...それで、どうだ?」

 

正直、少なくともこの二人の力を借りなければあいつとは会えない。完全にバーテックスに取り込まれていた場合、一方的に殺される。

 

(それすら望みのかけた感じだけど...)

 

「私はいいよ。ミノさんなら助けたい」

「どちらにせよ、バーテックスは倒さなければならないですしね」

「...ありがとう、二人とも」

「このこと、他のみんなには?この前の一件があった手前、私は言わないと少し...」

「でも、話したら止められるだろうしなー...病み上がりだし。俺」

「壁の外に出かけるけど、危険はないって言ったらどうかな?」

「危険しかないだろあそこ」

「じゃあこう________」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「こんにちはー」

「樹ちゃん!」

 

四人目が入ってきて、今日はこれで全員。

 

「じゃあ部活始めるわよー」

「あれ?椿さんや東郷先輩は...」

「あいつらは今日休み。昔の友達に会いに行くんだって」

 

なんとなく胸騒ぎがしたけど、今の私はそれを気にできるほど余裕ではなかった。

 

(樹ちゃんと風先輩は家の鍵をなくした...夏凜ちゃんは体育でケガ、東郷さんは擦り傷、園ちゃんは火傷...椿先輩は紙で手を切った。私の、せい?)

 

昨日、胸の紋章のことを話そうとしたとき、みんなにも同じものが映った。そして、私以外の皆が不幸なことに巻き込まれている。

 

(でも...)

 

悩んだら相談、勇者部五箇条の一つが私の視界に重く見えた。

 

「...風先輩」

「ん、どうしたの?」

「ちょっと、いいですか?」

 

 

 

 

 

人気のない場所へ移動して、どう話そうか悩む。

 

「どうしたの?悩み事?」

「えっと...」

「なーにー?乃木に椿が取られて心配?」

「えぇ!?」

「冗談よ冗談。あいつがそんな簡単なことでころっといくわけないしね。で、なに、言ってみ?」

 

優しく風先輩が聞いてきてくれる。

 

「......あの、実は、この前東郷さんを...!!」

 

口を開いた時、見えてしまった。

 

風先輩の胸元にはびこるように、紋章が、昨日よりくっきりと。

 

「東郷がどうしたって?」

「いえ...東郷さんとの写真とか、色々消えちゃって」

「あーそりゃ東郷にバレたら倒されるかもね。でも...そんな危ない写真とってたの?」

「ないですよー!」

 

皆に痛みも不幸も移って欲しくない。私が黙っているだけですむなら__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「どうしたのかしら。友奈」

 

風と部室から出ていってしまってから、私は落ち着かなかった。

 

「悩み事でしょうか...」

「全く。せっかく全員揃ったと思ったらまた消えて...」

「みんなのこと、考えてるんですね」

「ま、まぁね!完成型勇者だし!」

 

風から次期部長候補と言われている身として、しっかりしなければならない。

 

(...こんなこと思うのも、前じゃあり得なかったな)

 

ここに来たばかりの半年前、バーテックスを倒すことを目標に来た私は随分変わった。間違いなく、友奈をはじめとした勇者部のお陰。

 

「ありがと」

「え?」

「な、何でもないわよ!それより、今日は依頼きてないの樹!」

「無さそうですねー...あ、でも面白そうなのが。今外でヒーローショーやってる見たいですよ」

「私達関係ないじゃない!」

 

二人でも、勇者部は楽しい。でも、早く七人で楽しくなればいいなと思った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

絶対勝てない相手。まともにやりあえば待っているのは死ぬこと。

 

でも、俺は一人じゃない。

 

勝たなきゃいけないわけでもない。

 

「決着をつけよう」



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短編 つばにぼっ!

サブタイから溢れるギャルゲー臭。

ツイッターなんかで流れてるにぼそのに感化されて書きました。にぼっしーってにぼいつでもいいしにぼふうでもいいしにぼゆうでもいいしってかなり万能。なにより好き。

いつもの欲望シリーズのつもりで書いてはいませんが、直接的下着の表現もつけてみたので欲望シリーズかも。


「......」

 

あまり知らない道を鞄を手に全力で走る。勝手知ったる俺の部屋の小窓は、人が入れないサイズということもあっていつも鍵を開けている。

 

「おい起きろ!起きてくれ!」

 

まだ朝日が出るか出ないかの冬空だ。見つかれば______まぁ俺の親ならなんとか説得出来そうだが、そういう問題ではない。

 

小窓を開けて中の俺に声をかける。

 

「んんー...おはよぉ!?」

「おはようございます!!いや違うから!」

「...なんで私がそんなところにいるのよぉ!?」

 

 

 

 

 

俺の部屋に通してもらって数分。ようやく落ち着いた俺_______俺の体を操る夏凜が口を開いた。

 

「あ、あんた椿...?」

「そういうことです...はぁ」

 

返答する声は普段の自分の声より数段高い。それもそのはず。今の俺は女の子なのだから。

 

(何がどうして夏凜と体入れ換わってるんだ...)

 

夜中に目覚めた俺は自分の体じゃないことに気づいて大パニック。自分で着替えるのも恥ずかしかったのでパジャマ(可愛い感じの)にコートを被せ、鞄に制服をぶちこんで走った。

 

「で、私も椿...?」

「体はな。なにこれ、神樹様の影響?」

「知るわけないわよ!」

 

騒いでいると部屋のドアが叩かれた。

 

『椿ー?そろそろ朝よー』

「やべっ!?」

 

超速で鞄をベッドに放り、自分はクローゼットの影に隠れる。

 

「ど、どうしろって」

「なんとかごまかして!」

 

扉の向こうに聞こえないようした会話の隙に、早々と開かれた。

 

「椿...何やってるの?」

「あー...いや、うん。昨日まで解けなかった問題が急に閃いたもんだからさ」

「...出掛けるなら早くしなさいよ」

 

パタンと閉じられて静かに息を吐く。

 

「......なんか色々落ち着いたわ。それよりこんな早くから出掛けるの?」

「あ、あぁ。朝ごはん作りに行かなきゃならないからな」

「...私、料理あんまり出来ないわよ」

 

正直に話す夏凜が微笑ましかったが、いかんせん赤くした顔が俺だから対応に困る。

 

「俺がいくよ...とりあえず着替えさせてくれない?」

「は?なな何で私があんたを着替えさせないといけないのよ!!」

「いや、お前の下着とか見てもいいってんならいいけど」

「...そこ立ちなさい!!」

 

 

 

 

 

何故俺達がこうなったか分からないが、ひとまず互いの着替えをさせて三ノ輪家へ。

 

「遅いー!」

「いやーごめん。今作るから!」

「お姉ちゃんだれー?」

「この人の後輩...えーと、普段一緒に過ごしてるんだ。今日は私が作るから」

「誤解を招きそうな発言やめっ!」

「後輩のいい説明が思いつかなかったんだよチョップやめなさい」

 

事前に打ち合わせた通りの言葉を(やや脱線あり)喋り、手際よく朝食を作り上げる。その間夏凜(俺ボディ)は弟二人と遊んでいた。

 

今日は普通の平日。学校である。

 

(どうしたもんか...ん?)

 

スカートのポッケに異物を感じて取り出すと、一枚の紙が入っていた。

 

『入れ換わりは一日だけだから、楽しんで~』

 

どことなくみたことある字だと感じながら、それを夏凜に見せる。本人は激怒した。誰がいつスカートのポッケにいれたのか_______はたまた神樹様がねじ込んだのか。

 

そりゃそうだろう。こんなの漫画の世界くらいでしか起きない。

 

正直、学校などボイコットで良いのではと思ったが、夏凜のクラスは少し大型のテストがあるので休みたくないと。

 

悩んだら相談ということで皆にフォローを頼もうかと思ったが、「それだけは絶対やめて。私が死ぬから」と夏凜に言われてしまった。

 

で、結局。

 

「......」

 

普段より早い段階で、二年の教室の席についていた。

 

(...もういいや。なんとかなるなる)

 

多分、死んだ目をしていたと思う。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「むむむ...」

 

椿と体と心が入れ換わって半日。昼休みの時間に私はご飯も食べずに問題へ没頭した。

 

一年後の問題といえど解けずに指名されて答えられなければショックも大きい。

 

「珍しいわね。椿が答えられないなんて」

「ふ、風...」

「はい弁当」

「ありがとう...代金は今度払う。今日忘れちゃって」

「わかったわ」

 

(そういえば、風から弁当貰ってるんだっけ...)

 

事前にされた代金の話から分かってはいたが、どうしても緊張が走る。

 

「食べないの?」

「い、いや...頂きます」

 

風の料理は家庭的で美味しいけれど、あまり喉を通らない。

 

(普段の椿をイメージするの...冷静に冷静に......)

 

もしバレたら。心が私ということを利用して抱きついてきたりするかもしれない。それだけならいい。

 

問題は私が質問攻めにあったりしたら_________なんかあたふたする様子しか考えられない。

 

(だってしょうがないじゃない!!いきなり男子の...椿の体なんて...!!)

 

不用意な発言をすれば、風や園子に消される。

 

(あぁ...でも椿も私の体を感じてるってことよね...ぁぁぁぁぁ!!!)

 

「椿、大丈夫?顔真っ赤だけど」

「うえぇ平気だし!全然問題ないし!」

「いや、あんた...」

「大丈夫だから!ちょっと夜寝れなかっただけだから!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「嘘だろ」

「夏凜ちゃーん!いくよー?」

 

テストは完璧な形で解いた。一年前の勉強など受験生にそう苦難ではない。友奈と東郷と園子と昼飯を食べたこともいい。我ながらかなり夏凜に近かったと思う。わざとツンデレ口調にした時は挫折しかけたが。

 

ただ、午後の時間割を見て俺は思わず呟いた。

 

午後は体育である。言わずもがな制服から体操服に着替えなければならない。女子と一緒に、夏凜の体で。

 

勿論興味がないと言ったら嘘になるが、後輩の大事な体。わざわざ自分で着替えないよう夏凜にやってもらったし、少し膨らんでいる胸なんかも気にしないようにしているから、下着の色すら確認してない。俺ちょーがんばってる。

 

なのに、これである。

 

「お、私今日体操服忘れちゃったから...」

「にぼっしー昨日体操服持ってきてたじゃん~」

「え!?」

 

園子が渡してきたのは指定の体操服の入った袋。後ろにかかってあったのを持ってきてくれたのだ。

 

(夏凜さん楽しみにし過ぎでしょう!)

 

「た、体調も悪いかなー...なんて」

「え!夏凜ちゃん体調悪いの!?大丈夫!?」

 

いつもより少し近い距離で、心から心配そうに除き込んでくる友奈に思わず体が熱くなった。

 

(そ、そんな顔しないでくれ...)

 

「熱は...ないね~」

 

唐突に園子の顔が目の前に移る。少し動いただけで触れられそうな距離。

 

「......大丈夫!戻ったから!行くわよ!体育!!」

 

(夏凜すまん...無理)

 

頭が若干働かなくなりながら女子更衣室へ。

 

(...トイレで着替えれば犠牲は一人ですむ!!!)

 

「ちょっと私お手洗いに...」

「じゃあ体操服持っていくねー」

 

(園子ぉぉぉぉ!?)

 

取り返す前に三人は更衣室へ入ってしまった。

 

(...せめて、全員着替え終わってギリギリに行けばまだいける......)

 

既に夏凜の犠牲は確定している。というかあいつも体育だ。お互い様だろう。まぁ、蹴られても文句言えないけど。

 

こうして授業開始二分前。ばらばら女子が出てきた所で意を決して入っていった。

 

「園子私の着替えちょうだ...」

 

園子様は、着替え中だった。濃い紫色の大人がつけてそうな下着と、本人の扇情的な体が目に焼き付く。

 

見ちゃいけないのに、許されることじゃないのに、その体を脳が覚えていく。くびれのライン、大きめな胸元、服をきていたら見えない部分がたっぷりと__________

 

「な、ななななな」

「あ、にぼっしー。はいどうぞ」

「ああぁありがとう...」

「夏凜ちゃん顔真っ赤~...やっぱりそのちゃんの下着凄いよね」

「そのっち、やっぱりダメよそんな下着」

「勝負下着だから、普段はしないよ~」

「勝負?あぁテストもあったし体育もバスケだもんね!」

「そ、園子いつまで脱いでるの!早く着なさい!!」

「にぼっしーも早くね~」

「わかってるわよ!!」

 

夏凜の下着は、上ばかり見て着替えたから無事見ないですんだ。だが脳裏に映るのは園子の__________

 

(明日どうやって園子と

話せばいいんだよぉ...)

 

腹いせとばかりにバスケでは本気を出して無双した。男子のラフプレーありきのバスケなんかより全然違うので一人で20ゴールくらいぶちかました。

 

 

 

 

 

その日の夜、無事俺達は元の体に戻った。神のいたずらなのかなんなのかはまるで分からなかったが、本当によかったと思う。

 

夏凜からメールで『私の...下着、見た?』というのが来て、『お前のは見てないから安心しろ!』『お前のはってどういうこと?椿!!』となったことや、やたら目の輝いてた園子と気まずくなるのはまた別の話。




後半は椿と夏凜というより椿と園子...体的には目的のにぼそのだからいいよね!


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四十五話 混沌の

「怪人め!貴様と戦うならば相応しい場所へ連れていってやる!ついてこい!!」

 

観客が驚きの声をあげるのを気にせずレイルクスの翼を広げ、空を飛ぶ。相変わらず銀の見た目をした黒いバーテックスはその後をおってきた。

 

目指す先は、誰も入らないような森。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

今朝、取り貯めしていた夏凜写真50枚と秘蔵の体操服装備(これを確保した時はバレかけた。死を覚悟した)を渡し、装束を受け取った。

 

『あまりの物を時間の許す限り改良しました』

 

35とかかれた防人用の戦衣は、既にレイルクスも装備済みだという。最もあのバーテックスに対抗出来そうなのは改造された刀だけだろうが。

 

「用意してから言うのもあれですが、戦衣もそれなりに適性を必要とします。なれるかどうかは...」

「なら、大丈夫だな」

「...よかったですね」

 

目の前で変身は成功。あとは実践だけだ。

 

そして放課後。

 

「じゃあ出発!」

「よかったんでしょうか...」

「俺も少し微妙だ」

 

俺は東郷と園子と一緒に校門を出る。

 

(死んだと思われる)昔の友達に(壁の外まで)会いに行って(戦って)くる。嘘は決してついてないが、大事なことは何一つ言ってない。

 

(許せ...)

 

 

 

 

 

学校から浜辺まで歩いていると、それは現れた。

 

「え?」

「「......?」」

 

シルエットのような黒いもや、そこから見える鋭利な武器、そして姿。

 

俺達が戦おうとしていた黒いバーテックスが、壁の外ではなく日常世界に現れた。

 

「は」

 

目と目が合った気がして、

 

「っ!!!」

 

叩きつけられた武器を、辛うじて刀で弾いた。

 

(呼び出せる武器じゃなければ死んでたー!)

 

「え、なにが」

「わっしー早く!!」

 

園子がすぐさま勇者になって槍を刺すが、すんでのところで回避される。その動きは軽やかで、より人に近くなったと言うべきか。

 

武器の先は、変わらず俺を向いていた。

 

(狙いは...俺か?)

 

起こる事態に思考を止めないよう必死に動かす。

 

(ひとまずこんな場所で戦うのは不味い)

 

既に何人かギャラリーがいる。襲われている現状、ここで戦って余波を出すわけにはいかない。

 

「東郷、園子、ここらで一番人目がないのは?」

「あっちの森だね」

「じゃあそこまで先回りしてくれ、俺がこいつを連れていく」

「そんなこと!」

「今狙いは俺だ。ここで戦うわけにいかない。うまくやるさ」

 

園子、東郷が渋々といった感じで離れていく。

 

(俺なら、顔も知られないしな)

 

なぜかこの戦衣には目を覆うバイザーがついている。大っぴらになにかしてもバレることはないだろう。

 

「ふぅー...変身!!」

 

ギャラリーに目立つように、制服姿から若草色の装束に変えていく。

 

(風の脚本、園子の小説を間近で見てきた俺のアドリブ舐めんなよ!!)

 

「ここであったが百年目だな!怪人め!貴様と戦うならば相応しい場所へ連れていってやる!ついてこい!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「それはないなー」

「言うな!」

 

地上から飛ばしてきた武器を大剣で弾きながら、園子と東郷が待つポイントまで飛んでいく。狙いは俺なのか神樹様なのかわからないが好都合だ。

 

電話で否定されるも、即興ヒーローショーは見ていた子供にはうけた。

 

(でも...)

 

もう一つ投げられた武器を弾いて見る。誰がどうみても、俺も以前使っていた銀の斧だった。

 

「くっ...」

 

この前のように迷うことなく攻撃してくる辺り、やはり敵なのか_______

 

(でも、まだ希望はある)

 

唯一の救いは、この状況。普通の世界に、バーテックスは現れない。侵入してきた時点で樹海化が起こるはずだから。

 

(つまり、神樹様的にこいつはバーテックスじゃない!)

 

「俺の声が聞こえるならこっちへ来い!銀!!」

 

森まで到達してから急降下、ここなら誰にもバレずに戦える。

 

見えにくいバイザーを取って刀と銃を構えた。

 

「つっきー下がって!!勇者じゃなきゃ」

「園子は援護頼む。俺がこの装備で横やりを入れた方が迷惑だからな。東郷は狙撃を」

「でも!!」

 

確かに戦衣は勇者システムと歴然とした差があり、レイルクスを装備していたところでバーテックスとは絶対的劣勢になる。大赦にいた園子はそれを知ってるんだろう。

 

でも、俺は一人じゃない。

 

「二人に命預けてた方が、俺も心おきなく戦えるからさ」

「......」

「つっきー...」

「頼む!」

「...援護します」

「......全部終わったらお説教だからね」

「ごめんな、わがままな先輩で」

 

黒いバーテックス______囚われた銀に、刀を向ける。

 

 

 

 

 

「決着をつけよう。銀を返して貰うぞ」

 

バーテックスは叫ぶことなく二本の斧を乱舞する。一撃で俺を消しとばす力があるが、戦衣、レイルクス、特訓で銀と共に振るい続けた刀(木刀)、全てを使えばいなすことが出来る。

 

「なぁ...銀、そこにいるんだろ」

 

銃で牽制するも怯むことなく立ち向かってくるので、さっさと捨てた。

 

「お前言ったよな。勇者は気合いと根性と魂だって」

 

両手で刀を構えて受け止めると、真ん中から叩き折られた。そのまま下ろされた斧は隣から飛んできた槍に弾かれる。

 

「だったらさ。魂見せろよ!!三ノ輪銀!!!」

 

距離を取った銀へ弾丸が飛んでいく。辛うじて回避したところへ俺が二本の剣を降り下ろした。

 

「東郷と園子と一緒に戦った勇者が!世界を救った英雄が!俺の幼なじみが!!」

 

一撃で剣も半ばから亀裂が走る。

 

「神ごときに縛られてんじゃねぇぞ!!!」

 

言葉が届いているのか分からない。だけど、東郷の射撃、園子の援護、俺の突貫は相手に反撃の隙を与えなくなった。

 

だが、二年前ならここは__________

 

「お前の居場所は皆の隣(ここ)だろ!!早く戻れ!!負けるな銀!!!」

 

その声が届いたのか__________一瞬、動きが止まった。

 

そんな隙を逃す筈がない。

 

「銀、また一緒にいて」

「ミノさん、つっきーの言う通りだよ」

 

言われなくても体をしゃがませれば、その頭上を園子が通り斧の一本をはね飛ばし、衝撃で崩れた体勢の中もう一本も銃弾が吹き飛ばす。

 

きっと、この正体は彼女なんだ。誰がどれだけ否定しても、俺は、俺達は肯定する。

 

「おぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

だから俺は、折れた刀を左手に顕現させそのまま突き刺した。

 

「......」

 

 

 

 

 

________逆手に持った刀、その持ち手が深々とめり込んでいた。

 

「はぁ...はぁ...」

 

黒い霧が薄まり、その全貌がはっきり見えてくる。

 

「...」

 

容姿は、銀が中学生になったらこんなになるだろうな。といった感じ。髪は伸ばされ、瞳を閉じて、大人びた印象。

 

「銀...」

「銀!」

「ミノさん!」

「しっかりしろ!目を開けてくれ!」

 

東郷と園子も寄ってくる。黒いもやは消えたが、彼女が三ノ輪銀としているか、その『魂』が残っているか__________

 

 

 

 

 

「...ただいま」

「「「!!!」」」

 

ぽつりと呟かれた、今にも消えそうな声。

 

俺達が望んだ声。

 

「っ...おかえり、銀」

 

俺は涙をこらえて答えた。

 

「...つっきー見ちゃダメ!!!」

「べぶっ!?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あれ...知ってる病院だ」

 

つっきーとミノさんを病院へ運んで数分、つっきーが目を覚ました。

 

「つっきー大丈夫?」

「園子...あれ?俺森で...というか銀は!?」

「古雪先輩落ち着いてください。銀なら隣で寝てます」

 

わっしーが手を向けた先に、ミノさんも寝ていた。寝顔が凄く愛らしくて、大きくなって大人びてもいる。

 

「...よかったー。というかなんで俺寝てた......腹から血でも流れてた?」

「あー...」

「疲れてたんだよ!私が揉んであげる!」

 

つっきーの肩をほぐしながら、少しだけ反省した。

 

(だって...)

 

黒いもやから解放されたミノさんは裸だったから。興奮してたつっきーは顔だけしか見てなくて抱き抱えてたけど、落ち着いて全身を見させるわけにはいかない。

 

「園子うまいなー...」

「えへへ。そうでしょ?」

 

今ミノさんには服を着せてるし問題ない。

 

「...銀はまだ寝てるのか」

「呼吸は安定しているそうなので、目が覚めるのを待つしか...」

「そっか」

「バーテックスミノさんだからね~」

 

バーテックスから出来た存在。神の使いなんてよくわからないけど、この子は私達の知るミノさん。

 

そう、ミノさんだから。理由なんてなくても、この言葉が一番安心できる。

 

「名前聞くとすげぇなそれ...もういいよ園子、ありがとう」

「まだまだだよ~」

「はいはい...」

「そのっちったら...」

「とにもかくにも全部終わってよかった」

「あら、メール?」

 

わっしーが携帯を開いて、目を丸くした。

 

「古雪先輩!そのっち!風先輩が!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「みんな!!!」

「友奈...」

 

震える足で急いで病院に駆けつけると、私以外のみんなが待っていた。

 

「風先輩は...?」

 

風先輩が車に跳ねられたと樹ちゃんから連絡があって、来てみたらここだった。目の前の部屋は、緊急治療中__________

 

「っ!!」

「一応、即死ではないらしい...今どうなってるかはまるでわからない」

 

椿先輩がそう言ってくれるけど、全員の顔は暗かった。

 

(まさか...そんな...)

 

無意識に左胸辺りを掴んだ。

 

(私が、風先輩にこれを話そうとしたから...?)

 

待ちはじめてから二時間近く、午後九時になろうという時になって、やっと治療中のランプが消えた。

 

「いやー参った参った。みんなわざわざ来てくれてありがとね」

 

出てきた風先輩は、いつも通り明るかった。至るところに包帯を巻かれているだけで。

 

「風...」

「なんて顔してるのよ椿、上級生なんだからしっかりしなさい」

「あの、命には...」

「全く関係ないって。大袈裟ねぇ」

「大袈裟なわけねぇだろバカ!!!」

「...ごめん」

「はぁー...でも、受験生は大変ね」

「ごめんなさい今それは言わないで!受けるから!試験は絶対受けるから!!」

 

その後、入院の手続きで樹ちゃんが呼ばれたり、園ちゃんと東郷さんがα波を出したりしてたけど、素直に喜べなかった。

 

そして、帰り道。

 

「道路交通法違反、許せない」

「日常生活での精霊バリアはアップデートで消えたのかね...」

「命に別状がなくて、本当よかったわ」

「もしもまた皆の身になにかあれば私、きっと正気じゃいられない」

「東郷...もうブラックホールはなしだからね」

「くっ...!」

 

皆と話ながら帰って、一人一人道が別れて。

 

「おやすみ友奈ちゃん」

「おやすみ東郷さん」

 

隣の家の東郷さんと別れてから、ノートを開いた。すらすらと絵を描く。

 

(私が話そうとしたら、皆に不幸なことが起きた。改めて話そうとした風先輩には事故。天の力は現実に影響を出せる存在...)

広がる呪いのように、天の神は私を苦しめる。

 

(バランスをとるため、なにかするとどこかに影響が出る)

 

「私に起きていることは言っちゃダメなことなんだ...ルールを破ると皆が不幸になる」

 

戦いはもう終わった。椿先輩が言っていた黒いバーテックスもいるけれど、もう皆苦しまなくていいはず。

 

(私が黙っていればいつも通りの日常が続く。勇者部の楽しい毎日が続く。誰も絶対に巻き込んじゃいけない...!)

 

皆のためなら、嘘だってつける。なんだってできる。

 

(私が黙っていれば、それでいいんだ)

 

私は何か言おうとしている心に蓋をして、顔をあげた。

 

「大丈夫。私は出来る!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...やっぱり、ちょっとおかしかったな」

 

部屋で一人ごちる。左手のミサンガをいじりながら、さっきの友奈の顔を思い出した。

 

(どこか違うというか...上手く言葉にはできないけど)

 

黒いバーテックス_______銀との一件はある程度収まったが、銀はあれきり昏睡状態だし、風の入院、友奈の様子、気にすることはたくさんある。

 

「...俺にできることは。なにか...」

 

皆が笑って過ごせる為に。

 




書きたいこと書いてたら予定よりさらに短期決着になってしまった...ともかく銀再登場おめでとう!(起きてるとは言ってない)


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四十六話 クリスマス

「今日はホワイトクリスマスになるらしい」

 

窓の外は曇り空、予報ではこのあと雪だとか。

 

「前もあったな...確か俺の元にゲームカセットが、お前のところにそのハードがきて二人して遊んだっけ」

 

買ってきた花を花瓶にさして、昔話にも花を咲かせる。

 

「よし、今日はこんなもんかな。後で東郷と園子も来る予定だ。皆には...後で言うか。先伸ばす必要もないしな」

 

返事はなくても、俺は話を続ける。

 

「そうだ。これはお前が持っててくれよ」

 

左手のミサンガを外して、彼女の左手に移す。

 

「もう一回俺に渡したかったら、今度は直接渡せよ。いいな?」

 

また来るよ。銀。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...病院の手配、ありがとうございました」

「大したことはしてないよ」

 

銀の病室を出ると、春信さんがいた。

 

俺と銀をスムーズ過ぎるほど上手く病室に入れられたのは、この人の融通があったからこそ。

 

「だから発信器だか盗聴器だかを着けたことはなかったことにします」

「君が動くことが確定しているのに、何も出来ないなんてことは無いようにしたかったからね」

 

からから笑う春信さんは、すっと目を細めた。

 

「三ノ輪銀...あの少女のことを知っている大赦の人間は僕とごく一部だけだ。かなり無茶して病院と手続きしたから降格間近だよ」

「...ありがとうございます」

「気にしなくていい。妹のような存在を大切にするためならいくらでも協力するよ」

「...シスコンで本当よかったです」

 

俺達は歩きながら会話を進める。

 

「彼女は検査の結果、体の組織的には人間から離れている」

「っ...やっぱり、バーテックス?」

「あぁ。だが話を聞いてまとめるなら、三ノ輪銀の生まれ変わりと考えるのが妥当だろう」

 

見た目は人間、魂は銀、正体はバーテックス。

 

「何故寝ているのか、いつ目覚めるのか、目覚めた時三ノ輪銀の精神は残っているのか...目覚めることなく心肺が止まるのか。何も分からない」

「...戦っているんだと思います。銀は」

 

主要のバーテックス______黒い霧は倒した。後はあのバーテックスを自分の体とさせるだけ。そうすればきっと目覚めるはず。

 

まず、銀として生きてるかどうかも疑問だが_________『ただいま』と言った彼女を信じるしかない。

 

「俺は、あいつが戻ってくれるのを待つだけです。どれだけ時が過ぎても、ずっと」

「...そうだね。ひとまずおめでとうと言っておこう」

「ありがとうございます」

「確か部長も入院なんだろう?」

「はい。今向かっています」

「だったら夏凜もいるだろうし、逃げておこうか」

「会わないんですか?」

「君達勇者部に僕は必要ないからね。夏凜とは年末にあえるだろうし」

「......勇者部といると隠れて観察出来ないから、とかじゃないですよね」

「まさかそんなわけはっはっは」

 

(普通に仲良くすればいいのに...)

 

「...あ、そだ」

 

俺はスマホを春信さんに投げる。

 

「これは?」

「勇者システムが入ってるスマホです。朝試しましたけどやっぱり俺じゃダメでした。なのでお返しします。イレギュラーな存在がまた現れたら使わせてあげてください」

「...椿君、戦衣も貸してもらえるかい?」

「え?」

「武器が使い物にならないことは盗聴器でわかっているんだよ」

「...お願いします」

 

スマホを渡して、春信さんと別れて風の病室まで足を運ぶ。それなりに大きい病院だが、何回か来てるのでもう迷うことはなかった。

 

(あんま慣れたくはないけどなぁ...)

 

「風、入ってもいいか?」

「椿?いいわよ~」

 

扉を開くと、相変わらず痛々しい風が見えた。

 

「体調は?」

「ただ安静にしてなきゃいけないってだけだから暇なものよ」

「勉強しとけ」

「うぐっ...」

「なんてな。流石に患者にそこまで言わねぇよ。これ家に置いてたマンガな。好きに読んでくれ」

「おー!ありがと!」

 

風は本当に元気だが、だからこそ巻かれた包帯が、傷が目立つ。

 

「......事故らせたやつ潰さなきゃな」

「あーいいの!昼に話ついたから!」

「慰謝料ぶんどったか?それとも一生下僕か?」

「なんでそんな過激なのよ...確かにお金払ってもらったけど」

「風が交通違反するとは考えにくいからな。あっち側に責任があるだろって適当に思ってた」

「適当って...」

 

飲み物をちうーと吸う風は小動物みたいだった。

 

「そういう椿だって怪我はもう大丈夫なの?」

「腹のは大丈夫。昨日も無事ですんだし」

「昨日...?そいえば友達と会って来たんだっけ?」

「あぁ...事後報告で、黙ってて悪いとは思ったけど、聞いてくれ」

「え?」

 

それから俺は口を開いた。黒いバーテックスの正体を確かめるため壁の外へ出ようとしていたこと。昨日戦ったこと。そして、銀として残ったバーテックスをこの病院に運び込んだこと。

 

以前俺が秘密で壁の外へ出ていたときは泣かれてしまった。その上でこれである。

 

「殴られるくらいは覚悟してる」

「あっそ」

 

意図も簡単に、気軽に風は顔面を殴ってきた。といっても威力はほとんどない。ぺちんという間抜けな音が病室に響く。

 

「ほんと...ほんと......また内緒で」

「......」

「...なんで私が殴ったか、分かる?」

「内緒で行ったからだろ?それで危険なめにあったから。東郷や園子まで巻き込んでな」

「......あたしにも話なさい。銀はもう勇者部の部員なのよ。直接関わりあった奴だけで調べようとするとかふざけないで」

「風...」

「椿、あたしはもう許さない。許して欲しかったら...銀を今度、ちゃんと紹介しなさい」

「......ごめん。ありがとう」

「あと釜あげうどんを所望する!」

「このタイミングで!?」

 

本気で怒っていた風も、冗談を言うくらいには落ち着いてくれたらしい。

 

「本当...今度こそちゃんといいなさいよ」

「善処します」

「あぁん!?」

「ごめんなさい」

「お姉ちゃんうどん食べたいの?って椿さんもいらしてたんですね」

「嘘、外まで聞こえてた?」

「バッチリ」

 

樹が入ってきて持ってきてくれたリンゴを机に置く。

 

「流石にうどんは用意できないよ」

「わかってるわよ!」

「果物ナイフとかあるか?剥いてやるよ」

 

ナイフを病院から受け取り、するする皮を剥いていく。

 

「でも樹よかったの?今日大事なイベントでしょ?」

「いいの。お姉ちゃんが怪我してるのに、私だけ楽しい思いはできないから」

「お姉ちゃんのことなんて気にしなくていいのに」

「ううん。お姉ちゃんが楽しくないと私も楽しくないから。だからいいの。代わりの人にも頼んだし」

 

二人の会話に割り込むことなく、ひたすらリンゴを一口サイズに切っていった。

 

(風、いい妹を持ったな)

 

「ご飯食べてる?朝は?」

「スーパーのお惣菜が多いけど、しっかり食べてるよ。朝もちゃんと起きれてる。家のことは心配しないで」

「ご飯も炊けなかったのに...樹の方がお姉ちゃんみたい」

「風が妹かー...面白そうだな」

「なによ、文句あるの?」

「なにもないですよ。ほらリンゴ」

「おーありがと......」

 

リンゴへ手を伸ばす風だが、俺はそれをひょいと避けた。

 

「なんのつもり」

「怒るなよ....ほい、あーん」

「なっ!?」

「前の仕返し」

 

つまようじでリンゴを刺して風に向けた。前は俺がやられる側で恥ずかしかったので、同じことをやられて恥ずかしがればいい。

 

「いや、仕返しって言ったって...」

 

思った通り風は動揺しているので作戦は成功。にやにやしてると隣から声がかかってきた。

 

「椿さん」

「ん?」

「あむ」

 

樹を方へ向くと彼女はリンゴを食べてしまった。

 

「あ」

「樹、あんたあたしのを」

「だってお姉ちゃん食べないんだもーん♪椿さん、もう一回お願いします」

「あ、あぁ...」

「椿!あたしにも寄越しなさい!!」

 

てんやわんややっていると、サンタ帽を被った東郷と夏凜、園子が病室にやってきた。

 

「なにその格好?」

「せっかくのクリスマスですしね」

「にぼっしーサンタでーす」

「袋の中身はサプリかにぼしか?」

「どっちでもないわよ!!」

 

夏凜が持ってきたのは白い袋だった。中身はなんてことないお菓子だったけど。

 

「そういえば友奈ちゃんは?先にきてると思ったんですけど...」

「まだ来てないぞ」

「あれー?」

「病院内で迷子とか?」

「...風」

「なに?友奈のこと知ってるの?」

「取り敢えずお手洗いに行ってきます」

 

急に込み上げてきたのでトイレへ向かうと、床に何か落ちていた。

 

「これは...」

 

なんてことない、押し花が施された栞。

 

俺はそれに見覚えがあった。

 

「......」

 

いつも、自分の本に挟んでいる栞と、似ていた。

 

「あ、椿、友奈家の用事でこれなくなったんですって」

「友奈ちゃん...事故とかじゃなくてよかったわ」

「ですね」

「怪我するのはあたしだけでいいわよ...って、椿?」

「...なんでもないよ。風は自分の体を一番気にしろ。あと勉強しろ」

「あんたさっきマンガ持ってきてくれたのに!?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ここだよな...」

 

寒さで吐く息が白くなる中、東郷から離れて友奈の家についた。

 

(にしても、随分大きな車が停まってるな...)

 

「すいません、以前お邪魔させて頂いた古雪椿です。友奈さんはいらっしゃいますか?」

 

返答はノー。おまけに客も来ているから今度にしてくれとのこと。

 

(それなりに遅いぞ...どこ行ってるんだ)

 

結局その日、友奈を探したが見つかることはなかった。

 



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四十七話 友奈のために

お気に入り登録500、感想100、総合評価1000、短編合わせれば50話突破!!皆様本当にありがとうございます!!!

特に感想。励まされるし勉強になるしでありがたいです。まだ続いていく勇者の章。是非よろしくお願いします!

この作品で原作ファンが一人でも新しく好きに(もしくはより好きに)なってくだされば...

下から本編です。


昨日、冷たい雪が降る中泣いて。

 

心を震えさせて帰ると大赦の人が来て、私の体について話してくれた。

 

それから、勇者の記録として日記をつけてほしい。と。

 

風先輩と樹ちゃんと椿先輩の声が聞こえた病室から逃げだして、へとへとになるまで走って。家に帰ればこんなことがあった。

 

幸せな空間を、勇者部みんなの楽しい出来事を潰したくない。気づかれちゃいけない。

 

_______でも、辛いよ。

 

『辛くなんてない!!私は勇者!!』

 

サンタさん、もし本当にいて、私のお願いを聞いてくれるなら______私のことで、皆が不幸にならないようにしてください。お願いします。

 

「友奈、そう言えば椿君が昨日来てたわよ」

「え?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

なんてことなくクリスマスは終わり、ムードは一気にお正月となってきた。

 

鉄夫には新しいおもちゃが、金太郎には自転車が届いたらしい。俺は親から現金を貰った。

 

「最近彼女が出来たらしいな?」

 

全く出来てないけど。彼女達が夜中に来た時のことを言っているのだろうか。俺が低すぎて釣り合わないわ。

 

「これで良いプレゼントでも買ってあげなさい」

 

現金あざっす!!

 

とまぁこんなやりとりがあって、臨時収入を財布にしまって出かけている。やっと学校も冬休みに入ったので子供が多い。

 

巻いたマフラーは気休め程度でしかないが、ないよりはましだろう。

 

(といっても買うものは特に決まってないんだが)

 

取り敢えず風と結城家への土産物だけ買ってまずは病院へ。銀の元へ行ってから風に買った饅頭を渡す。

 

「趣味がおじいちゃん見たいね」

「じゃあやらん」

「ごめんなさい」

 

軽くやりとりして、余裕ぶってても油断できないから勉強しときなさいと怒られ、俺は結城家を目指した。

 

昨日拾った栞が友奈の物なら、本人は病院へ来てたのに病室に来なかったということになる。

 

おまけに、夜遅くになっても家にいなかった。

 

(...絶対何かあるだろ)

 

確信めいた疑問を持ちながら、積もった雪を蹴散らしてあっという間に結城家。

 

「連日すいません」

「今日も来てくれたの?でもごめんなさい...友奈、風邪引いちゃって」

「え...大丈夫なんですか?」

「軽い熱だから平気よ。あ、でもこれ皆に言わないでって言われてた...忘れて頂戴」

「...ここまで来たんです。お土産は渡させてください」

「あぁごめんなさい。寒いでしょう?」

 

今日は入れてくれた。一気に暖房の熱を食らってコートの前を開ける。

 

「これお菓子です」

「ありがとう。友奈は今寝てるから、今ならバレずにお見舞いできるけど、入る?」

「いいんですか?」

 

年頃の娘の部屋に勝手に入れていいのだろうか。

 

「椿君の話はよく聞くから信用してるわ。『頼りになる先輩なんだ』って」

「はは...ありがとうございます」

「......それに、昨日の話が本当なら、なるべく皆と会いたいでしょうしね」

「?」

 

よく分からなかったが、お言葉に甘えることにする。

 

「......」

 

友奈の部屋はよく整理されていて、少し甘い匂いがした。

 

(...気持ち良さそうに寝てるな)

 

なんとなく落ち着かなくて辺りを見てると、机に二つの冊子が置かれているのが目についた。

 

一冊はなんてことない普通のノート。二冊目は__________

 

「...なんだよ。これ」

 

自然と声が出ていた。青い表紙に書かれていたのは『勇者御記』。

 

(ぎょきって読むのか?これ)

 

無意識に手に取り、パラパラめくっていく。文字が書かれていたのは最初の方だけだった。

 

『クリスマスの今日。大赦の人が私の変化に気づいてやってきた』

 

俺は夢中で次の文を読み始めた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

神託や研究で知ったので、神聖な記録として日記をつけてほしいらしい。

 

自分は以前、大きな戦いで相当な無理をした。御霊に触れたことで体中のほとんどを散華、魂が御霊に吸い込まれた。

 

気づくと、ブラックホールになった東郷さんを助けた時に行った場所にいた。どこまでもどこまでも広がる暗い世界。諦めかけた時、東郷さんの、皆の声が聞こえて、自分を奮い立たせた。

 

『勇者は気合いと根性!』

 

椿先輩も言っていた言葉を胸に帰ろうとすると、一羽の青いカラスが飛んできた。

 

飛んできたカラスは私の手に止まり、また羽ばたいていく。ついてこいと言っている気がして進み続けると、光が見えて現実に、皆の元に戻ってくることができた。

 

でも、体は違っていた。

 

散華から返ってきた体の機能は神樹様が作ったものらしい。

 

強引な満開をして散華してしまった私なんかは全身神樹様が作り上げたパーツになってしまったわけで、慣れるのに時間がかかった。

 

大赦では私のことを『御姿(みすかた)』と呼んでいるらしい。

 

よく言えばとても神聖なので神様に好かれる存在。

 

だから私は友達を助けたいという望みを叶えることが出来た。私が代わりになることで、世界のバランスを保ったのだ。

 

あれから大赦は私のことを調べてくれた。

 

わかったことは、壁の外、炎の世界がある限りこの体が治らないこと。

 

 

 

 

 

そして、来年の春まで持たないだろう。ということだった。

 

でも、誰かに話すわけにはいかない。私が話せば皆が不幸になる。風先輩は事故にあってしまった。

 

頑張ろう。私。

 

今日はここまで。明日なにかあれば書こうかな。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......っ」

 

震える手を抑える。誰にも教えようとしない友奈に気づかれるわけにはいかない。もし気づかれたら彼女が罪悪感を感じてしまう。

 

(おちつけ...)

 

置いてあった隣のノートも覗くと、言った場合どうなるか、どういった影響があったかが絵を交えて書かれていた。

 

『詳しく話そうとする→絶対ダメ!!』

 

目に止まった一文を最後に、二つの冊子を閉じた。

 

(......こんなことが)

 

ただ世界を救い、友達を助けようとしただけの友奈が、なぜ後三ヶ月しか生きられないのか。

 

しかも、誰にも悩みを打ち明けられない。友奈の性格からして、絶対にこれを隠し通そうとする。

 

「ふざけるなよ...」

 

やり場のない憤りを感じながら、俺は壁を殴りたくなった。

 

「...う、ん」

「!!!」

 

友奈の声に慌ててしまったが、声をこれ以上出すことはなかった。

 

(ひとまず撤退......)

 

「や、だぁ...」

 

苦しそうに呻き、胸元を掴む友奈。丁度ノートに書かれていた赤い丸と同じ箇所。

 

「......」

 

自然と、手を伸ばしていた。友奈の手は凄く熱い。それを両手で優しく握る。

 

「大丈夫だ。友奈。大丈夫だから...」

 

それしか言えることがなくて悔しさが込み上げるが、友奈の顔が少し落ち着いたので俺も安心した。

 

「......椿先輩?」

「あ」

 

起きた友奈と目が合う。

 

(ヤバいヤバい...)

 

友奈にいらない不安を抱かせたくない。どうしようか必死に考えていると友奈の方から口を開いた。

 

「...夢?」

「......あぁそうだ。これは夢だ」

 

まだボケてる友奈に最大限乗っかる。このまま押し通せばいける。

 

(普段俺がしないようなことを全力でやれ...夢だと思い込ませろ!!!)

 

「お前の作り出した俺だよ。だから安心して全部話すといい」

 

ひとまず嘘をついてる顔だとバレないよう抱き締め、頭を撫でた。

 

(少しでも、安心できるなら...)

 

友奈は人の顔色とかに機敏なので、それは全力で避けなければならない。

 

「ふぁー...」

 

(あれ、なんか俺とんでもないことしてないか?ヤバくね?あれ?)

 

思うことはあってももう止められない。動揺を悟られないよう甘い声に耐えながら撫で続けた。

 

「先輩の音が聞こえる...嬉しいな。夢にまで出てきてくれるなんて」

「友奈...」

「先輩、見てください」

 

友奈が胸元を見せてくる。鎖骨辺りに見えたのは________焼き印の様に赤黒く刻まれた紋様。

 

「っ!!!」

「東郷さんを助けた時...っ!!」

「どうした友奈!?」

「い、いえ...私が話そうとすると、先輩にも紋様が見えるんです。夢の中なのに話せないなんて...」

「っ...」

 

紋様が見えた相手には不幸なことが起こる。といったことだろう。

 

「大丈夫。友奈、全部話ちゃえ。俺は大丈夫だから...苦しい気持ち、今くらい吐き出しちゃえ。な?」

「先輩...東郷さんを助けた時からこれが出来たんです。私は神様の生け贄...せっかく、皆揃って楽しくなれるのに...こんなの」

「皆に相談、できないんだもんな」

「したら皆が大変なことになるんですよ!!出来るわけがない!!」

「あぁ...」

「私はただ、皆と一緒に楽しく日常を過ごしたいだけなのに...どうして、うぁぁぁん!!」

 

涙を流す友奈。俺は背中をさすってあげることしか出来なかった。

 

「うぅ...ひっく...」

「落ち着いたか?」

「助けて...」

「!!」

「んにゅ...椿先輩...好きぃ......」

 

泣きつかれて寝てしまったらしい。とりあえずしっかりベッドに戻して、布団をかけた。

 

(涙で濡れてる...)

 

服に染み込んだ涙の跡に触れる。

 

(助けるさ。全力で)

 

友奈の悲しい泣き顔なんか、もう見たくない。彼女の為に何かしてあげたい。

 

三度別れた銀も、取り戻せた。諦めなければなんだってできるとは思わないけど、せめて、俺の手が届く範囲ならどこまでだって手を伸ばしたい。

 

「...もしもし。直接会って話したいことがあります」

 

簡素な電話を入れて部屋を出た。

 

(友奈...待っててくれ)

 

友奈の寝顔を確認して、そっと扉を閉めた。

 



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四十八話 ほっぺた

メレク「さて、まだ時間経ってないけど感想見るか...増えてるといいなぁ」
感想「日間ランキングおめでとう!」
メレク「へ?」

確認したらホントに乗ってました。しかも自分が見た時はトップ10入り。二度見してスクショして一言。「嘘だろ」

ランキングとか見たことなかったんですが、評価の仕方合ってるんですかね...なんかもうびっくり(語彙力散華)

ともあれ皆様のお陰です。ありがとうございます!これからも頑張ります!

前回の終わりから想像できる『不幸』とか『事故』とかじゃなかったサブタイの意味はいかに。

後半、若干気分が悪くなる描写が入るかもしれません。基本は大丈夫だと思いますが...お気をつけください。

下から本編です。


「僕も、この事実を知ったのはさっきのことだ」

 

大赦本部が近くにあるレストランで、俺は春信さんの話を聞いていた。

 

「黙っていたわけじゃない。三ノ輪銀への準備や君の装備の手配で忙しかったからね」

 

そこを言われるとこちらも黙るしかない。

 

「...それで、天の神から友奈を解放する方法はないんですか」

 

神に好かれる御姿をやめる、もしくは元凶である天の神を殺す。頭に浮かぶ方法は二つだ。

 

「無理だね」

 

だがそれを、春信さんは真っ向から否定した。

 

「御姿はやめれるもんじゃない。そして神を倒せるのは、同じ神だけだ。少なくとも天の神の使いであるバーテックスと戦う力程度しか持たない、地の神の使いである勇者じゃ勝ち目はない」

「そんな...勇者システムの強化は?」

「神世紀が始まって以来、勇者システムはずっと続けてきた研究だ。いくらデータがあってもすぐパワーアップできるわけじゃない。来年の春までなんて到底...」

「......」

「それに、神樹様自身の問題もある」

「?」

 

首を傾げる俺に、春信さんは説明してくれた。

 

「......神樹様の結界を保つ力、それが弱まってきているんだよ」

「!!」

「寿命、というべきなのかな。このままだとそう遠くない未来にこの世界は壁の外と同じになる」

「そんな...打つ手は!?」

「現在調査中...ほとんど手詰まりだね」

「友奈に死ねって言うんですか!!!」

 

机を叩いて大声を上げる。レストランの客がこちらを見てくるのを気にして、静かに座り直した。

 

「そうは言ってない。最善は尽くす。こちらとしても犠牲はあってほしくないし、神樹様の寿命が近い以上、全人類が滅ぶ危険性もある」

「......」

「ひとまずはこちらで結論を出すまで、なにもしないで欲しい」

「戦衣を返してもらえるか?」

「外へ出ても無駄だし、君のあれは直すのに時間がかかる」

「改修は時間かからなかったじゃないか...!」

「ほとんどの武器が壊れた上に、戦衣自体のダメージも大きかった。あんなボロボロの装備でどうやってバーテックスと戦うつもりだ?少し頭を冷やせ」

「っ......」

「それに、今バーテックスと戦ったところでどうしようもないからね」

 

運ばれてきた料理には一切手をつけないままレストランを出た。勿体ないとは思ったが、喉を通る筈がない。

 

「...これしか言えないこと。年上として申し訳なく思っている」

「いえ...貴方が謝ることじゃないです」

 

友奈になにも出来ないのは俺が無力だからだ。春信さんを罵倒したところで友奈も勇者部の皆も喜ばないし、世界は変わらない。

 

「寧ろすいません。感情的になりすぎました」

「まだ中学生、そんなもんだよ。君もここから気をつけて。直接話を聞いた君は、犬吠埼風以上に危険な目に遭うだろうから」

「あ...」

 

完全に失念していた。全治数週間の怪我を越える不幸が、俺を襲う可能性がある。

 

慌てて周りを見たが、突っ込んでくる車はなかった。

 

「完全に自分のことを棚に上げてたな?」

「...はい」

「君が怪我をすれば、それこそみんなが心配する。君自身のせいで泣かせないでね。特に夏凜を泣かせたらただじゃおかない」

「はい...」

 

帰り道の足取りは重かった。

 

(今の俺は、弱って苦しそうにする友奈を見ていることしかできない...世界が滅ぶかもしれない中それを待つことしかできない。それどころか明日を迎えられるか......)

 

「ちくしょう...」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふーみん先輩どうもです~」

「あぁ乃木、いらっしゃい」

 

明日は大晦日だという今日の夕方、乃木が病室に来てくれた。

 

「調子はどうですか?」

「昨日の今日でそんな調子良くならないわよ」

「勉強の方は?」

「...聞かないで」

「わかりました~」

 

理解できてるできてないはともかく勉強の方は頑張っている。一応志望校の過去問はそれなりの成績を出せた。

 

「椿も頑張っている以上、あたしも頑張らないと」

 

『入試まで本気出す。なにかあればメールくれ』とだけ送られてきたメールを境に、椿は病室にも来なくなった。

 

「そうそう、つっきーのことなんですけど...」

「どしたん?」

「昨日、第二回、つっきー密着24時やったんですよ」

「あんたも大概暇ねぇ...」

「愛の成せる技です~」

 

にべもなく語る乃木に、あたしの方が顔を赤くしてしまった。

 

「そしたらつっきー、昨日は部屋から出てないみたいなんですよね...」

「流石にそれはないでしょ?トイレとかあるし」

「それはそうなんですけど、数分で部屋の明かりがまたついて...心配だな~って」

「むぅ...椿らしいとは思うけどね」

 

わざわざメールまでして受験モードに入った椿が集中するのは当たり前のように思える。

 

「なので、突入作戦を許可して欲しいんです。勇者部の中で一番付き合いの長いふーみん先輩から許可もらえればいいかなって」

「なによそれ...大体突入って何するつもり?」

「ぼた餅の配給をします」

「うわびっくりした!?」

 

いきなり部屋に入ってきたのはぼた餅を持った東郷。

 

「糖分補給は必須です。風先輩もどうぞ」

「あ、ありがと。んー...」

 

数日前に見た椿の顔を思い出す。

 

『ごめん、ありがとう』

 

銀を助けたと言って、謝りながらも笑顔だったあの顔。

 

「...行ってきなさい。きっと椿も喜ぶから」

「ありがとうございます」

「というか、あんた達も銀と戦ってたんでしょ!?勝手に突っ走って!」

「まぁまぁ、全部終わったことですから」

 

(この子達椿より強情だわ!!)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「すいませーん」

 

ミノさんの隣の家。ごく普通の一軒家がつっきーのお家。

 

つっきーのお母さんがお家に通してくれた。

 

「この前の子達ね。どっちが椿の彼女~?」

「私です~」

「違いますよ」

 

わっしーに否定されて、早速ぼた餅を届けに部屋へ向かう。

 

「なんか椿暗いから、励ましてあげて」

 

つっきーのお母さんから言われた言葉の意味をあまり理解できてないまま、部屋をノックする。

 

「古雪先輩、いらっしゃいますか?」

「っ!東郷!?!?」

「園子もいるんだぜ~」

「え、なんで、ちょっと待て!!」

 

鍵をかけられる部屋なのか、突入しようにも出来ない。どたばた音がして部屋の外まで衝撃が伝わってくる。

 

「何やってるんだろ?」

「教材をしまってるとか?」

「んー、なんだろね」

 

数分して。

 

「...なんで来たんだ」

「ぼた餅の配給です。受験勉強に糖分は必須ですから」

「......急に来るから驚いたよ」

 

やっとつっきーが部屋に入れてくれた。

 

「っ!」

 

顔に出ないよう確かめる。

 

「わざわざありがとな」

「いえ」

「...つっきー問題集出して~折角だから一問一答出してあげよう!」

「園子、もう三年の内容まで出来るようになってるんだったな...って、一問一答出すだけならあんま関係ないか。頼む」

 

それから一時間くらい、楽しくおしゃべりしたり勉強したりした。流石にわっしーも三年生の勉強は出来ないみたい。

 

「もうこんな時間か...そろそろ帰りな。日もくれるから」

「送ってくれないの~?」

「そんなことしてるなら勉強しろって言うだろ?」

「ふふっ...その通りですね」

「わっしー先行ってて」

「......私もいるわ」

「?なんかあるのか?」

 

しらを切っているつっきー。でもその目が泳いでいるのを見逃さなかった。

 

 

 

 

 

「つっきー。何を隠してるの?」

 

自分の部屋なのに厚着、そわそわした仕草、そして_______鼻につく鉄の匂い。

 

「......ごめん」

 

つっきーは謝るだけだった。その手も頭も震えている。

 

「何が...」

 

家に引き込もって、私達を避けようとしなくちゃいけない事情が何かある。

 

「きっと俺が話しても問題ない。でも、まだわからない以上お前らを巻き込みたくない」

「古雪先輩、話してくれませんか?先輩のこと...」

「ダメなんだ!!」

「っ...」

「あ...ごめん......今内容は絶対明かせない。でも、そのうち、安全になったら話す。だから...俺を信じて待っててくれないか?」

 

何か怯えるように、潤んだ瞳を向けてくるつっきー。

 

「......そんな風に言ったらずるいよ」

「そのっち?」

「だって...聞けなくなっちゃうもん」

 

大切な人が困ってる。何かに恐怖している。出来ることなら助けてあげたい。

 

「わっしー、今日は帰ろう」

「え、えぇ」

「園子...東郷...ごめん」

「いいよ」

 

ミノさんの時はちゃんと話をしてくれた。その人が、待ってくれと言ったから。

 

「__________っ」

「っ!?!?」

「そのっち!?」

「ちゃんと話すよう約束。破ったら口いくからね?」

 

だから、今はこれだけでいい。

 

「早く元気になってね~」

 

足早に部屋を出て、一言断ってから家も出る。

 

「...わっしー!恥ずかしいよー!!」

「あ、あんな破廉恥な!!」

 

(実質一回してるのにー!!顔が真っ赤だよー!)

 

私達は、バカみたく騒いでいた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はぁ...はぁ...」

 

園子と東郷が帰って静まりかえった部屋の中で、俺の荒い息づかいだけが反響する。

 

「やっと、脱げる...」

 

厚手の服を脱いだ中のシャツは、血がへばりついていた。元は白の筈なのに、今は真っ赤。

 

「もうこれ、着れねぇなぁ...うっ」

 

急な吐き気を抑え込んだ。口の中が胃液の味に変わる。

 

天の神によって引き起こされる不幸を避けるため、俺は部屋に引きこもった。ここなら少なくとも車が突っ込んでくることはない。春信さんと会った帰りで事故に遭わなくてよかった。

 

昔は空を飛ぶ飛行機なる鉄の塊があったらしいが、いまこの四国にそんなものは存在しない。飛行機で飛ぶほど広い世界じゃないからだ。

 

「おぇう...ふぅ...」

 

胃液を体に戻して机に置いてあるノートを開き、傷を書き込んでいく。

 

恐らく友奈が全員にたたりを告げようとしてやめた次の日には、俺は紙で手を切り、それ以外のみんなもケガをした。

 

風の事故は、運転者のよそ見運転が原因となっているらしい。

 

本人、他人問わず注意力が下がっている。とすれば、天の神の呪いは大まかに言えば人の意識を左右させる物だと予想できる。

 

だから人に会わなければ他人が巻き込まれることはなく、引きこもってれば俺の被害も事故みたいな大きなものじゃなくてすむ__________そう考えていた俺の予想は当たっていた。

 

気づいたら傷があった。擦り傷、切り傷、打撲、火傷、刺し傷。

 

いつつけたかわからない。気づいたら部屋にある鋭利な物を体に刺したりしていた。

 

細かくこのくらいですむ方が恵まれていると感じる。本来なら風の事故を越える傷だから即死もありえるのだ。

 

が、無意識に自分で傷を増やしていくことに精神が病んでいくのを感じた。

 

精神的な傷を話すなら、頭痛、吐き気、寒気、感覚の麻痺。

 

それが続いて数日。まともでいれたのは二人に心配かけさせないよう頑張ったさっきくらいだろう。あの二人が来なければ狂っていたかもしれない。

 

「はぁ...ぐはぁ!!」

 

いつの間にか鉛筆で腕を刺していて、あわてて引っこ抜く。血がこぽっとわきだした。

 

「はぁ...はぁ!」

 

体がガタガタ震える。脂汗も止まらない。部屋は赤く染まりつつあり、血の臭いが鼻を麻痺させる。

 

次気づいた時には死んでいる。というのが冗談ですまされないレベルの現実として存在する。その事実が俺を極度の緊迫状態へ持っていく。

 

もしかしたらもうヤバい薬を飲んでいて死ぬだけなのかもしれない。次は首筋を切り裂くかもしれない。川まで歩いて飛び込むかもしれない。現せない不安で押し潰されそうになる。

 

怖い恐いこわいコワイコワイコワイコワイコワイ__________

 

「らあっ!!うるせぇ!!!!だまれ!!!!」

 

必死で恐怖を振り払う。手で頭をガリガリかく。

 

「耐えろ...なんとしてでも」

 

友奈を助けたい。彼女を助けるには、まず俺の膿を出しきる必要がある。

 

もし俺に呪いの残りがあったまま皆に会えば、話をすれば、伝播するかもしれない。もう春信さんと、出会うだけでダメなら園子、東郷は手遅れだけど__________

 

「俺以外に被害を出したら許さねぇ...」

 

この事態に自ら首を突っ込んだのは俺だ。やるなら俺だけでいい。

 

「それから...ここを傷つけるのもな」

 

二人がくる前はただただ恐怖しかなかった。銀とは違う、異物が体に入り込んで暴れている感覚に何度も血と胃液を吐いた。

 

でも、まだこの頬は湿ってて、温かい。

 

今天の神と戦っているのは俺だけ。だが、俺は一人なんかじゃない。

 

(安全だと分かれば...それまで、待っていてくれ...)

 

きっと生きてみせる_______また刺していたシャーペンを抜いて、俺の年末は過ぎていく。

 



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四十九話 結果

密かな夢だった一ページ丸々新規感想が叶って最近驚いたり感謝したりしてばっかだなと感じました。ありがたい......本当にありがとうございます(n回目)

感想、似たような返事かもしれませんがすいません。ボキャ貧な自分を許してください...

下から本編です。


綺麗な顔だね。

 

そうね。早く起きないかしら。

 

...行こうか。

 

......えぇ。

 

またね。銀(ミノさん)。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

気づいたら、白い世界に漂っていた。上下感覚もなく、ただただ漂う。

 

なんだかふわふわして気持ちいい。

 

(俺は、年末越えて、それで...あれ、年越えたっけ?)

 

曖昧な記憶、かけ落ちた感情。これは_______なんだ。

 

「ここは...」

「やっと起きた!」

 

光が集まって、赤い姿が形作られる。

 

その姿を俺が見間違う筈もない。

 

「え、あ、ぎ...銀!!」

「おう!久々...でもないか」

 

頭に両手を置いて笑う銀に、俺は思い切り抱きついた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ!」

 

体が熱い。胸の刻印は徐々に広がっている。

 

「はぁ...私は...勇者だ!」

 

天の神の呪いは治まることを知らないみたいで、私の体を苦しめる。

 

生け贄は私だけがやらなきゃならない。誰にも渡しちゃいけない。巻き込みたくなんかない。

 

「勇者は、挫けない!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お前...というかここは」

「んー、アタシも説明しにくいんだけどな...この世界は神もない、地獄も天国もない狭間。精神の世界かな。アタシは椿を助けに来たんだ」

 

銀の言葉に理解が追いつかず思考が止まった。

 

「なにそれ」

「簡単に言うと、幽体離脱した魂が残る場所かな?椿は体の痛みに耐えられなくてここへ来たんだよ」

「!!」

 

成長したらこんな感じだろうなといった容姿の銀から飛び出たのは、俺が天の神との戦いに勝てなかったということに等しい。

 

つまり、痛みに耐えられなくて、死んだのだ。

 

「そ、そっか...ダメだったんだな。俺は......ははは...」

「いーや、諦めるな!」

「は?」

「言ったろ?助けに来たって。アタシがここであの体に慣れるため居続けてるように、椿もここならまだ戻れる。まだ助かる」

「!!」

「椿はすぐ自分の体に戻ればいける。あとは本人の意思次第」

「...ありがとう、銀」

 

銀が来てくれなかったら、きっと俺は諦めて本当の意味で死んでいたかもしれない。この空間を気づくこともなく消えていたかもしれない。

 

でもまだいける。彼女がそうだと言うなら、信じられる。

 

(そうだ。俺のやることは...)

 

かつて俺を助けてくれた少女(友奈)を、救うことだ。

 

「銀も、早く戻ってこいよ」

「あぁ!頑張るさ!」

「...また」

「うん。また!」

 

俺は白い世界の中、強く光輝く方へ泳いでいった。

 

遠い遠い光の先。どこまでも手を伸ばして__________

 

 

 

 

 

「ちょっと無理言い過ぎたかな...ま、いいか。でも園子もいーよなー、アタシもキ、キスくらいしとけばよかった...いやいや、戻ってすればいいんだ。根性見せろアタシ!!」

 

きっとそっちにいくから、もう少し待ってて__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ん...」

 

気づいた時には年が明け、更に三日過ぎていた。

 

「俺は...?っ!!!?」

 

ズタズタの体のキズが擦れて叫びたくなる。だが、それが生きているんだと思わせてくれる。

 

 

 

 

 

そう、まだ生きていた。体は血まみれ、顔は死人みたく白くて、頭は痛くて、衰弱した指は細くなってまだ震えている。でも、生きていた。

 

無意識の自傷行為も吐き気もぱたりと止んだ。傷を書いていたノートに炭と血がつくこともない。それから既に二日。

 

『お姉ちゃんが明後日退院になりました。皆で初詣行きませんか?』

 

樹の提案で七日は初詣へ行くことに。

 

「...よし!」

 

俺は、春信さんへ電話をかけた。

『もしもし、どうかしましたか?』

「あけましておめでとうございます...話がしたいです。明日にでもどうですか?」

 

 

 

 

 

いつものファミレスで、俺はドリンクバーだけ頼んだ。

 

(思ったより体が弱ってる...)

 

家からここまで歩くのに普段あがらない息があがった。

 

「お待たせしました...!」

 

指定された時間の二分前に春信さんは到着。俺の顔を見て目を丸くしてから、同じくドリンクバーを頼むのを確認し、俺は口を開いた。

 

「ここ数日、俺は天の神の呪いを受けていました」

「っ...」

 

少しだけ袖を捲る。かさぶたやまだ出血していて絆創膏で隠された傷だらけの腕が外気に触れた。暖房が入っていても傷口が寒さで震える。

 

(っ...このくらいがなんだって)

 

腕だけじゃなく体全体に傷は入っているが、顔と首に傷がないのは何故なのかわからない。

 

(元から殺すつもりはなかったのか、試すつもりだったのか、神樹様が助けてくれたのか...銀が手伝ってくれたが一番嬉しいな)

 

「風みたく事故に遭わないよう外出しないで引きこもってたら、無意識にコンパスだったり鉛筆だったりを刺してました」

「それは...首もとに刺されなくてよかったね」

「ホントですね。あと知らないうちに家から出て事故とか」

「...無事でよかった」

「ありがとうございます」

「......落ち着きすぎですよ。こっちが動揺する」

「あはは...色々凄いのがあると、大抵のことが小さく見えますよね」

「中学生の発言じゃない...はぁ。気にしても仕方ないか。そういうことなら、これを持ってきて正解でした」

 

渡されたのは端末。シンプルな物だが、俺にはよく見覚えがあった。

 

「あの、もう俺は勇者には...」

「えぇ。これは戦衣です。改修が済んだので。今回のは凄いですよ。勇者に近い治癒能力向上もしこまれています」

「!助かります。でも、時間がかかるんじゃ...」

「僕だけならあと半月はかかったかな...それから、これを」

 

渡されたのは一枚の手紙だった。

 

「これは?」

「中を読んでみるといい」

 

言われた通り開けると、『古雪椿様へ』から始まっていた。

 

初めまして。楠芽吹といいます。防人の隊長を勤めている者です。

 

あなた様のお陰で、防人の装備は次々バージョンアップされ、星屑、バーテックスとの戦いで私達は任務を達成することができ、かつ全員がここまで生きています。

 

私達は感謝していました。そして恩返ししたいと。そんなとき、防人の装備の件を聞き、力及ばずながら協力させていただきました。

 

お役に立てたなら嬉しいです。私達のお役目は一旦終わっていますが、また互いに離れた場所から協力できることを祈っています。

 

「今回君の戦衣は防人それぞれから装備の一部を貰って作り、僕が強化したものだ。まだ勇者には劣るけど通常の戦衣の三倍近い能力と、治癒向上能力もつけている。レイルクスも改修済み。武器は刀だけになってしまったけどね」

「......」

 

春信さんの言葉を聞きながら手紙をしまおうとしたが、もう一枚こぼれ落ちた。

 

「?」

 

隠しとけば大赦の閲覧を間逃れるだろうと踏んで書いてます。一枚目を読んでくださった前提で話しますね。

 

私は始め、貴方のことを快く思っていませんでした。防人は勇者になれなかった者達で構成されています。私も、自分が勇者の癖に私達に干渉してくるなんて...と思っていました。

 

実際、初めて改修された武器を私が使うことはありませんでした。

 

ですが、私は任務を繰り返すうち、仲間の大切さを学びました。一人じゃない、皆と、仲間と共に生き抜くこと。誰も犠牲にならない道を目指そうと隊長の責務を全うしました。

 

そして、勝手ですが、貴方も、他の勇者の方も、共に戦う仲間だと思えるようになりました。今回のは、貴方が仲間を助ける為だと聞いて私達から協力を打診しました。

 

この力が、貴方の大切な仲間を守れるものになることを願っています。楠芽吹。

 

追記!

 

メブはとっても硬い性格だからこんな先輩に対して上からな文しかかけなくてすいません!加賀城雀。

 

「ふっ...」

「どうやら、大赦は杜撰だったみたいですね。検閲は済んだと言われていたけどなぁ...」

「あの、防人の人に会うことがあったら伝えてください。今度はこちらから直接お礼を言わせて頂きます。と」

「わかりました」

 

長めの手紙を今度こそしまう。

 

(...俺は、会ったこともない人にも助けられてるんだな)

 

「春信さんは怪我とかしてませんか?」

「特には。夏凜が帰ってきたことに喜びすぎて小指をぶつけたくらいです」

「やっぱシスコンだなあんた!けほっけほっ」

「無理しないで。君もいつも通り、敬語を無理に使われると逆に違和感がありますよ。そんな感じでいい」

「...はぁ」

 

自然と笑みがこぼれた。俺はまだやれる。一人で戦うことなんてない。

 

(あとは...!)

 

たった一人で、今なお苦しんでいる少女がいる。やっと彼女に、天の神に向き合う準備がすんだ。

 

「じゃあ本題に...新しく友奈を天の神から解放する手段や、弱った神樹様を復活させる方法は?」

「何もなし。僕達に出来ることはまだ何もないよ」

「ここはある流れだろ!?おい!」

「いつもより強気ですね!?」

 

一月六日は、こうして簡単に過ぎていった。

 



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五十話 謝りたりない

「いやー、シャバの空気が美味しいわー!」

「動けなかったって意味は同じだけど、病院に失礼すぎだろ...」

 

やっと退院できた風も入れて七人で初詣にやってきた。冬休みももうすぐ終了の時期ということで人はまばらだが、人混みはそこまで得意じゃないのでありがたい。

 

「椿、痩せた?」

「...受験生なんだから、そんなもんだろ」

 

コートに隠れる傷も、昨日強化された戦衣をつけていたお陰でほとんどがかさぶたになった。頭痛も消え、クリアなコンディションが整っている。あとは血が足りないくらいか。

 

(園子や東郷なんかに余計な心配させなくてよかった...)

 

「でも、年越して新年を迎えてしまったわ」

「なによ、いいことじゃない?」

「良い女が年を一つとるのよ?三月で卒業だし」

「もう一年いてくださってもいいですよ」

「それは勘弁...」

「風、これから俺には先輩をつけるんだぞ」

「勘弁してほんとに!」

 

俺達はみんな笑っている。これからどうであれ俺達の日常が続くと思っているから。

 

(でも...)

 

苦しそうに笑っている後輩が、一人。

 

「ねぇ!あっまざけ、飲みたいなっ♪」

「っ!」

「おっ、いいわね。一杯ひっかけていきますか!」

 

園子の歌うような言葉に一瞬動揺した。揺れる仕草から口元が見えると、どうしても年末の口づけが脳裏にちらつく。

 

「つっきーどうしたの?」

「い、いや、なんでもない」

 

(落ち着け...落ち着け俺)

 

「...もう、元気にはなったみたいだね。体はまだみたいだけど」

「お見通しか.......心配かけたな」

「ううん、いいんよ。でもちゅーできないのは残念かも」

「勘弁してくれ...もう励まされなくても大丈夫だから」

「そういう意味のじゃないんだけどな~...拒まれないだけいいか」

「?」

「なんでもないよ~...ミノさんも早く起きて、一緒にいられるといいね」

「...そうだな」

 

ぼそぼそ話してる間に、まだ甘酒配りをしていた巫女さんから全員に渡る。

 

「ぷはぁー!」

「おっさんか...というか、ノンアルコールなのに場酔いしてない?」

「あはは!!よってにゃいー!!」

 

答える樹はどう考えても酔っていた。「ワタシノセイシュンー!」と隣で泣き上戸になっている風をびしばし叩きまくっている。

 

(犬吠埼家に酒は飲ませられんな...)

 

「友奈、飲まないの?」

「え、あ、うん...ちょっと熱くて」

「大変だ!わっしー!」

「えぇ!」

「「ふぅー、ふぅー」」

「あはは...ありがとう」

「友奈、自分のペースでゆっくり飲みな。あいつらみたいにならないように」

 

背中を擦ってやると、「あ、ありがとうございます...」と既に冷えていた甘酒をちびちび飲んでいった。

 

「友奈...」

「わふー!」

「おおっと...どうした樹?」

「つばしさぁーん!!」

「誰だそれ...樹ちゃんは甘えん坊さんだなー?」

 

腰にしがみついてきた樹に、三ノ輪家の弟達の同じように頭を撫でてやる。

 

「椿しゃんの撫で撫で好きですぅ...」

「はいはい」

「椿!あたしも撫でなさい!!じゃなきゃ泣くんだからぁ!!」

「お前既に泣いてるだろ...」

「おおっ、ふーみん先輩もいっつんも大胆~私も!」

「園子お前酔ってないだろ!」

「酔ってないでひゅよー」

「っっ!」

 

腰にしがみつく犬吠埼姉妹、後ろから抱きついてきて耳に息をかけてくる園子。

 

「ほら、ゆーゆも」

「え、でも...」

「......今さら一人増えたところで変わらないから、やりたきゃやれ」

「...えいっ!」

 

(ほんとにやるんか)

 

体に伝わってくる暖かさと柔らかさが増してくる。

 

(なし崩しとはいえ、友奈だけやらないのもな...ただやる必要はないと思うんだが)

 

異様に感じる右腕の熱さ、ふにっとした感じ、後ろからの密着具合の増加。

 

「煩悩退散煩悩退散...」

「友奈ちゃん...」

「椿はマスコットかなにかね...」

「夏凜ちゃんはいいの?」

「や、やらないわよ!」

「とうごうパイセン写真とりやしょー!!」

 

俺のスマホフォルダは、また一つ増えた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「風先輩、自然体で大丈夫ですよ」

「最近熱心にカメラ回してるわね?」

「もうすぐ先輩方が卒業するので、揃っての活動記録は珍しいと思いまして」

 

新学期が始まってから、東郷さんはよくビデオを撮っていた。

 

「でもあたし、卒業してもここに入り浸ると思うわよ?」

「迷惑な先輩だな」

「なんですって!?」

「そうなる予想はついてたけどね」

「あら、なぁに?嬉しそうじゃない夏凜」

「え...」

「え、なにその反応」

 

風先輩の言葉に顔を赤くしながらそむける夏凜ちゃん。

 

「二人を見てると創作意欲が湧いてくるよ。ねぇサンチョ?」

「シィー。ムーチョ」

「え、それ喋るの!?」

「めっちゃ良い声だなおい」

「ふーみん先輩とにぼっしーで想像捗っちゃったから、帰って二人の本書くね~」

「園ちゃん、また明日」

「「待ちなさーい!!!」」

 

また明日って言えることが、本当に嬉しい。

 

(楽しいなぁ...)

 

「...そ、そういえば!卒業旅行どこ行こうかしら!大赦のお金で温泉でも行っちゃう?」

「お、温泉は前も行ったので、

違う場所なんてどうでしょう?」

「その前に風、俺達は戦争があるだろ」

「止めて。今くらい言わないで!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

猫を探した今年初めの勇者部活動の時は、凄く元気だった。

 

カラオケに行った時は、会話も続けられないくらい衰弱していたので送っていった。

 

「最近、椿先輩優しいですよね...」

「気のせいだろ。ほい到着、またな」

「はい!」

 

そして、春信さんと会って。

 

「...なに飲んでるんですか?」

「鉄分たっぷり!みかんジュースです」

「...美味しい?」

「わりと」

「......まぁいいや。それで、園子様がこちらに来ることが増えまして...」

「俺が話さなくてもいくだろなそりゃ...一番そこが怪しいからな」

「明日、結果が出せそうです」

「俺ら同士で話し合っても大丈夫だから、ほぼほぼ決定してるもんだけど...それより、対処の方法、こんなのどうですか?」

 

例え真実を告げられなくても、寄り添うことしかできなくても。

 

「友奈を支えてあげたい」

 

心に留まるその一心で友奈を支える。助かる可能性がほんの一欠片でもあればそれにかける。

 

そして。

 

「全員、話がある」

 

友奈を除いた勇者部に、招集をかけた。

 

見上げた空は暗かったが、月明かりが輝いていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「友奈、ちょっといいかしら?」

「?夏凜ちゃん!」

 

夕焼けを見ていた時、夏凜ちゃんがにぼしをくれながら話かけてきた。にぼしを咥えながら流暢に話していて凄いと思う。

 

私達はそのまま海の近くまで来た。肌寒いけど、体はじんじんと熱いまま。

 

「友奈、あのね」

「その前に...夏凜ちゃん、寒くないのー?」

「あぁごめん!気づかなかった...場所変えようか?」

「んーん。こうすれば暖かいよ」

「っ!」

 

船を岸にロープで繋ぐやつ(何て言うんだろう?)に座って、夏凜ちゃんに体を預ける。

 

(安心できるな...落ち着けるな...)

 

椿先輩に抱きついた時も感じた安心感。私はこれだけで安心できる。

 

「......友奈、あんた年末辺りからおかしいわよ。絶対なにかあるでしょ。私が力になる。話を聞かせてくれない?」

 

安心していた感情は、凍りついた。

 

嬉しさと悲しさで泣きそうになりながら私はそれでも笑顔を作る。

 

「なんともないよ」

「どんな悩みでも、私は受け止めるから!!友奈のことなんだから!!!」

「夏凜ちゃん...」

「力になる!友奈のためならなんだってしてあげたい!!そう思える友達を持てることが嬉しいの...お願い友奈。話して?」

 

(あはは...)

話したくなっちゃう。どんなことでも、こんなに言ってくれる大好きな夏凜ちゃんに_______できれば、皆にも。

 

(でも...)

 

「なんでもないよ」

「っ!!」

 

私は、その優しさを拒絶した。

 

絶対話すわけにはいかない。天の神の怒りを誰にも向けちゃいけない。夢の中で椿先輩に言って以来、誰にも言ってない。

 

「本当に、なんでもないんだ」

「......」

 

悲しい顔をする夏凜ちゃん。

 

(ごめんね...)

 

「悩んだら...悩んだら相談じゃなかったの!?」

「......」

 

勇者部五箇条の一つ。始めはバカにするようだった夏凜ちゃんも、今は真剣に受け止めてくれている言葉。

 

「私、友達の力になりたかった...!!!」

「あ...」

 

涙をこぼす。私が夏凜ちゃんを泣かせてしまった。

 

「待って!夏凜ちゃん!!」

 

走りだしちゃった夏凜ちゃんを追いかけようとしても、体に力が入らない。

 

(ごめんね...)

 

「夏凜ちゃん...!」

 

視界の先で、一生懸命走る夏凜ちゃん。夏凜ちゃん__________

 

「ごめんね...ごめんね......」

 

私は、うずくまることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「あれ...」

気づいたら、自分の部屋で寝ていた。起きても牛鬼しかいない。

 

(どうやって帰ってきたんだろう...)

 

暗い部屋が怖くて電気をつけて、でもベッドから出る元気もない。

 

「...あれ?」

 

なぜか手元に置いてあったのは、マフラー。でも私のじゃない。どこか見覚えがある気もする。

 

(...もういいや。日記だけ書いて寝ちゃおう)

 

ごめんね。夏凜ちゃん________



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短編 東郷if

勇者の章が辛いのでちびちび書いてた奴を投稿します。

今回は今までの短編というより、甘い感じで書きました。もし大赦が適性を優先して椿(and銀)の元へ東郷を運んだらというテーマです。(この作品では、友奈より椿の方が適性高いので。詳しくは二十七話にて)

時期としては東郷が引っ越してから中学に入学する直前くらいですね。

下から本編です。


ヒラヒラと桜が舞う。

 

「こんな日に花見とはまた贅沢だな...おまけにぼた餅つき」

「遠慮せず食べてくださいね」

「お前のは食べ出すと遠慮できないからな...頂きます」

 

ぼた餅を口へ運ぶ。彼女のお手製はお金を払うレベルで美味しい。

 

そんな彼女、東郷美森との出会いは半年近く前だった。

 

 

 

 

 

銀が死んで、戻ってきて俺と共に生活を初めてしばらく、両親の都合で俺は引っ越すことになった。登校している中学は変わらなかったが、三ノ輪家に朝ご飯を作ることは出来なくなった。

 

銀も俺もそれを悔やんだが仕方ない。そうやって諦めがついた頃、隣の家に引っ越し業者がついた。

 

「ここに住むのか?」

「あの...」

「あぁごめん、俺は古雪椿。隣の家に住んでるんだ。よろしく」

「...」

 

ぎこちない感じで行われた握手に、互いに薄い緊張が走る。

 

「君の名前は?」

「...東郷、美森」

 

車椅子で生活している彼女は、事故で足が動かなくなり、記憶も無くしているらしい。気にかけるのは当然で、右も左も知らない彼女に町案内をしたりしてる間に仲良くなった。

 

銀は気になる発言をしていた。彼女の見た目は同じ勇者だった『鷲尾須美』という少女に顔も性格も似ているとか。だけどそれを証明する物もなく、本人の記憶も曖昧。釈然としない様子ながらもそのまま彼女と付き合っていくことになった。

 

銀が俺を説得するために話した数々の鷲尾話をずっと聞かされ、それが東郷の印象を変えていったのは悪い話ではなかったと思う。なにかと構うことになり、それでより彼女と仲を深めることが出来たのだから。

 

ぼた餅を作って貰ったり、彼女の身体的弱点を補ってあげたり。そうこうしているうちに、休みは大体一緒に行動して、俺が車椅子を押して歩く生活が続いている。

 

「学年が一緒なら、学校でも押して貰えるんですけどね」と語る東郷の顔が印象的だった。

 

 

 

 

 

「はぁー...すごい人だな」

 

今日はイベント。とあるライトノベルのサイン会だ。俺も中二心溢れる中学生だし、何より東郷も一緒だから楽しみは倍増である。

 

ラノベなんて東郷に合いそうにない物に彼女がついてきたのは______むしろ付き添いは俺なのだが______この作品の内容にある。

 

遥か昔、昭和と呼ばれる時代の軍艦に乗る男達の生きざまを綴っているこの本は、以前そういった物が好きだと語っていたの東郷を思いださせ、ハマった俺が東郷に貸したのが始まりだ。

 

どうやらこれが東郷も認めるくらい緻密に書かれた作品らしく、新刊が出る度即日手にいれるまでになった。ちなみに、銀にはさっぱり内容が分からないらしく、かっこいい戦艦イラストを眺めるくらいだった。

 

「始めて来ましたけど、凄いですね...」

「俺も始めてだから分からないけど...人気作なんだな」

サインの列はかなり長く伸びていたが、話していたらあっという間に自分達の番だった。

 

新刊の表紙にサインをもらって、軽く会話して。止まりそうになかった東郷をたしなめて出口へ目指す。

 

「もう少し時間があれば...」

「まぁ、あれだけ興奮して話せば目立ったとは思うぞ」

 

女性というだけでこの会場には珍しい上に、東郷は他を圧倒する程の美人。実はさっきから視線が集まってて居心地も少し悪い。

 

(人混みはあんま得意じゃないしな...)

 

といっても、東郷と行けるなら文句も問題もない。

 

「物販コーナーもあるのか...行くか?」

「行きましょう!」

「了解」

 

進路を物販コーナーへ向けて、内容を把握して停止。

 

「ちょっと待っててな」

「はい...いつもすい」

「それは言わない話だろ?」

「...ありがとうございます」

 

イベントなんかで用意される即席物販コーナーは、車椅子が通れる程スペースに余裕はない。事前に調べてわかっていたことで、ここが注文用紙に記入して購入することも調査済みだ。

 

こういうとき、東郷は申し訳なさそうにするが、本当に気にしていない。

 

事情を話すとスタッフの方は快諾してペンと用紙をくださった。ありがたい限りだ。

 

そして、すぐ戻った時__________ちょっとしたことがあった。

 

「嬢ちゃん一人?」

「車椅子なんて珍しいじゃーん。どっか行かない?」

 

ちゃらっとした男二人が、東郷に言い寄っていた。

 

(あちゃー...またか。須美はボインだからな)

 

気持ちは分かる。銀の言う通りおっ_____胸囲は大学生もかくやというもの。おまけに美人で今回は男性ばかりの所に一人いる珍しさ。

 

「あの、いえ、私は...」

 

ただ、そういったナンパは本人の意思を尊重して欲しいと思う。

 

「すいません、彼女困ってるんでやめてくれませんか」

「あぁ?」

「なんだお前」

「彼女の連れです」

 

テンプレ染みた言葉を吐く男二人に、仮面の笑顔を振りまく。できれば次の行為はしたくないのだ。

 

「はっ、こんなちんけなガキより俺達と遊ぼうぜ?な?」

「ガキはもう帰んな」

「ふ、古雪さんを悪く言わないでください」

「まぁまぁそんなこと言わずにさ」

 

男の一人が東郷に手を伸ばす。明らかに胸を狙っていた。

 

(......)

 

俺は、意識的に意識を切った。

 

(またやんのか?)

(いいから黙ってろ。銀)

 

銀や東郷は俺が優しいから仕方ないというが、東郷を守るには俺の威厳が足りない。でも普段からそんなことは出来ない。

 

だから俺は、俺自身を変えるのだ。どちらかと言えば穏和な性格なのを、彼女を守るために犠牲もいとわない屑に。

 

「なにやってんだよ、てめぇ」

「あ?あだだだだ!?」

 

さっきよりドスの効いた声で成人男性を中学生が圧倒する。ネットで見つけた術の一つ、痛い関節の掴み方だ。

 

「さっさと失せろ_______

 

 

 

 

 

気づくと、東郷の車椅子を押して帰路についていた。

 

(疲れたぁ...)

(お、お疲れ様です兄貴!)

(ありがとな、銀)

 

あの状態に入ると大体の記憶がなくなり、疲れもどっとくるのだ。大体銀に変わってもらってる。

 

「ふぁー...」

「古雪さん。今日はありがとうございました」

「いや、俺も楽しかったし」

「...また、助けて頂いて」

「それこそ気にするな...じゃなかった。ぼた餅な」

「はい」

 

前は互いに譲らず言い合っていたが、今では詫びぼた餅が俺達の中で用意されている。そうで無くても作ってくれるが、なんというか、気合いの入れ具合が違くて滅茶苦茶上手いのだ。

 

「東郷を妻にするやつは食事に困らねぇな」

「...」

 

何故か、返事はなかった。気にすることなく車椅子を進める。

 

こうして、俺達の一日は終わっていった。

 

(ほんと、須美がかわいそうだ...今頃顔真っ赤だろうな。車椅子押してるから見えないけど)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

私を助ける時、古雪さんは自分を捨てる。後になって聞いてもはぐらかされてしまうけど、決定的な証拠があるのだ。

 

『さっさと失せろ。俺の美森に手を出すな』

 

口調や態度も悪くなるけれど、こうして私の名前を呼ぶ。そのくらい私の為に行動してくれるのが嬉しく思う。

 

「...椿さん」

 

ぼた餅を作ってる間にボソッと呟いた言葉に、私は自分で顔を赤くした。

 

(...まだ、古雪さんかな)

 

この恥ずかしさが消えた時_________きっと、私達の関係が進む。そう思って、まずはぼた餅に愛を込めた。




さて、シリアスムードにはそこまで前書き後書きをいれたくないのでここで言いたいことを書きたいと。

これ以降は勇者の章完結まで短編多分書きません。
バレンタインが時期的に被りますが、恐らくそれも書きません。書いても完結してから。
今日も勇者の章更新します。

現場からは以上です。誤字報告や感想ありがとうございます。

勇者の章もあと数話...最後までお付き合い、よろしくお願いします。


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五十一話 御記

まだ寝てるんですね。

 

初めまして。名前は...どうでもいいですね。貴女に渡したいものがあってきました。

 

今、使える可能性があるのは貴女だけなので。

 

君の幼なじみは、友達は、絶望的な状況をまだ諦めてません。もし手助けがしたいというとき、これは必要でしょう?

 

望むことをできるように。目覚められるように。僕からも祈っています。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「で、なんで呼び出したの」

 

園子の家で揃った友奈以外の勇者部の中で、風が口を開いた。

 

「多分、呼んだ理由は園子と東郷と同じだよ」

「つっきー、話してくれなかったね」

「確認取れたのお前と同じ今日なんだから仕方ないだろ」

「むー」

「口をこっちに向けないで」

「そっちだけで話を進めないでくれる?」

 

思ったよりきつめの声が出てしまって、二人が黙ってしまった。

 

「あ、いや...ごめん」

「...まぁ、仕方ない。それで誰から話す?」

「なら私から」

 

東郷が取り出したのは、青が基調の『勇者御記』とかかれたもの。

 

「それは...」

「友奈ちゃんの部屋から拝借しました」

「は!?」

「これは友奈が書いたってこと?」

「不法侵にゅ...」

「なにか?」

「いや、なにもないです。すいません」

「最近友奈ちゃんの様子がおかしかった。その原因がここに書かれてると思うんです」

 

さっきまで会っていた友奈、『なんでもない』と話していた友奈のおかしかった原因が、勇者と書かれたものに乗ってるかもしれない。

 

「私もゆーゆが心配で調べてみたんよ。最近、私大赦に行ってたんだ」

「俺も大赦から話を聞いてた。ついでにいえばそれの中身をそれなりに知ってる」

 

私の方をちらりと見た椿は、そのまま説明を続ける。

 

「結論から先に言うと、友奈は天の神のたたりに苦しんでいる。誰かに話したり書いたりするとたたりが移るとんでもないのにな」

「っ!!!」

「だから、この本は凄く危険なものなんだ」

「まずは俺が話すよ。幸い友奈以外の人が話すぶんにたたりはないからな。よく聞けよ?」

「その必要はないです。私はこれを読みたい」

「東郷...」

「友奈ちゃんが心配なんです」

「...他は?」

「聞く必要、あると思う?」

「......わかった。なら開けよう。書かれたものならまだ被害が少ないって結果も出てるしな...ただし、全員命の覚悟をしろよ」

「そんなもの、友奈ちゃんの部屋へ向かった時点でできてます」

 

そして、椿は御記を開いた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

全員友奈のことを知りたいというのはわかっていたから、御記を開いた。ここで皆の怪我を気にして開かないのは逆に皆の思いを踏みにじることになるだろうから。

 

以前読んだ日記の初日。その時点で全員の顔は青ざめた。ある程度の事情は分かっていた園子さえ苦虫を潰したような顔をしている。

 

そして、日記は続いていた。

 

『一月七日、風先輩が退院して皆で初詣に行った。皆といると元気が出るけど、移さないよう気をつけなきゃ。食欲はなかったけど、甘酒が美味しかった。椿先輩が背中をさすってくれてたお陰で、体に染み込んでいくみたいで、吐き気も止まってくれた』

 

『一月九日、吐き気は酷かったけど、部室にいる間は楽しい。また明日って言えるのが本当に嬉しかった。ただ、温泉に行けば皆にバレちゃう...とてもいけない。ごめんなさい』

 

『一月十一日、今日は体が元気だった!しっかり休んだのが効いたのかも!もっと体に良いことやってみよう!』

 

『一月十三日、胸が痛くて頭がくらくらする。皆とちゃんと会話できてなかったかも...椿先輩が家まで送ってくれて嬉しかった。年が明けてから、椿先輩は夢で見たときより優しい気がする。嬉しいな...でも、甘えちゃいけないな』

 

『一月十四日、いっぱい寝て、体調戻さなきゃ。でも、電気を消すのが怖い。暗いとそのまま取り込まれてしまいそうで』

 

『一月十五日、今日は夏凜ちゃんを傷つけてしまった。でも絶対言えない。ごめんなさい。帰り道も覚えてないくらい意識はもうろうとしてる。とても苦しい。体も心も痛くて痛くてぐちゃぐちゃになりそう!私はただ皆とすごしたいだけなのに!!!どうして______

 

ページがここで切り替わっている。

 

_______ふっー。弱音を吐いたらダメだ。私は勇者だから。頑張れ自分!勇者は挫けない!とにかく夏凜ちゃんに謝りたい。でも話せない...もうここでいっぱい書く。夏凜ちゃん、ごめんね。私夏凜ちゃんのこと大好きだよ。本当にごめんね...』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「なによ、これ」

「どういうこと...ですか」

「春を、迎えられない...?」

 

涙が、止まらなかった。

 

「東郷!どこいくつもりだ!」

「離してください!全て私のせいなんです!!」

「わっしー落ち着いて!!」

「だってそうじゃない!天の神の怒りは収まっていなかった!!私が受けるべきたたりなのよ!!」

「移っても友奈自身はダメなままなんだ!これ見てみろ!!」

 

ばっと腕を捲る椿、その腕は傷痕だらけだった。

 

「っ!」

「友奈から俺は直接話を聞いた!夢だと信じこんだあいつは全部話したよ!そしたらこれだ...風みたく大きな怪我にはならなかったが、血を流しすぎて死にかけてんだよ。それでも、友奈は治らない」

「つっきー...」

「古雪先輩......」

 

椿の声で東郷が止まっても、まだ震えている奴もいる。

 

「大赦はまた、あたしたちに黙って!」

「たたりが伝染する以上、うかつに話せなかったんだよ。俺もな...黙ってて悪かった」

「椿...」

「言われなくてもわかってる。また黙ってたからな...許してくれとは思わない」

「ふーみん先輩...言っても大丈夫って確認取れたのは、今日なんだ」

「......わかってるわよ。あたし達を心配してくれたから、言わなかったんでしょ。それを無理して言えってゆうほどあたしは強くないわ...同じ状況なら、黙ってそうだしね」

「...ごめん」

「...た」

 

私は、もう耐えられなかった。

 

『私、友達の力になりたかった...!!!』

 

「友奈が...友達がこんなに苦しんでるのに私、酷いこと言っちゃった...酷いこと言っちゃったよぉ...!!」

「夏凜さん...」

 

樹が背中をさすってくれるけど、涙も嗚咽も止まらなかった。さっき友奈といた自分を殴りたい。あんたは友達のことなにもわかってないって否定したい。

 

「友奈...友奈ぁ......」

「......先輩、そのっち、友奈ちゃんを助ける方法はないんですか?」

「...」

「......現在調査中。大赦の中はてんやわんやだろうよ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

結局、あの日はそのまま解散となった。誰からともなく『今日は帰ろう』と言ったのだ。

 

次の日友奈ちゃんを起こしに行ったら、私のことをすぐ心配してくれた。本当は自分のことでいっぱいいっぱいな筈なのに。

 

私は友奈ちゃんに救われた。今度は私が助ける。

 

意気込んでも友奈ちゃんを助ける方法は未だ見つからず__________

 

「東郷さん」

「うん」

「私ね」

「うん」

「結婚します」

「うん...うん!?」

 

ある朝、登校中に言われたのは、信じられない一言だった。

 

「けけけ結婚!?」

「うん。突然ですが、結城友奈は結婚します」

「な、何を言ってるの友奈ちゃん!まだ中学生なのに!大体古雪先輩も中学生でしょ!!」

 

友奈ちゃんが今結婚するなら古雪先輩しかいない。でもそんなお付き合いを越えていきなりなんて_______

 

「私が結婚するのは神樹様だよ」

「......ぇ」

 




風先輩や皆が椿の傷を見て大して言わなかったのは、強化型の戦衣でほとんど傷が治ってたからでもあります。春信さんに助けられた。


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五十二話 本当は

大赦の人が私の家に来た。

 

「あの...頭をあげてください」

 

来てすぐ土下座した仮面の人は、私の声でやっと顔をあげる。

 

「今日は何の御用でしょうか?」

「友奈様に急ぎお知らせしなければならないことがあります」

 

お知らせとは、神樹様の寿命について。私達を300年守ってきてくれた神樹様の寿命が、もう少しなんだとか。

 

枯れてしまえば外の炎が私達の世界まで届いて、消える。

 

人類を絶滅させないためには『神婚』と言われる、神様と結婚することが必要らしい。

 

「あの、これって勇者部全員で聞いた方が...」

「まずは、友奈様にだけお話を」

 

神様________神樹様に選ばれた人間が神婚することで、人は神様の一部となって助かるらしい。

 

ただ、選ばれた人間は死んでしまう。

 

そして、選ばれたのは神に好かれる『御姿』である私。

 

「私達大赦は人類を残すため、様々な方法を模索しました。そして、この選択肢のみが残ったのです」

「...私、友達を傷つけちゃって」

 

動揺した頭にぽうっと浮かぶのは夏凜ちゃんの涙。泣かせてしまった、友達にあんな顔をさせてしまった最低な私。

 

「皆を慈しむ心。友奈様は素晴らしい勇者であると私は思います」

「やめてください...」

 

女の大赦の人の言葉を否定する。友達を傷つける勇者なんて、勇者じゃないから。

 

「その友人を、人間を救うことができるのは友奈様だけです」

「...神婚したとして、その、人が神様の一部として生きるというのは......」

「言葉通りの意味です。我々を神に管理して頂く優しい世界...」

 

それは、私達の生活と呼べるのか。

 

「それって...ちゃんと人間なんですか?」

「確かに存在できます。信仰の高い者から神樹様の元へ。共に生きれば希望が持てます」

 

大赦の人は、また土下座した。

 

「どうか...この世の全ての人をお救いください。慈悲深い選択を......」

 

その日の夜は、考えが止まらないのとたたりが痛くなったので眠れなかった。牛鬼も心配してくれてるのか、いつもはなにか噛んでいるのに私のことをじっと見つめてくれている。

 

「たたりの次は結婚だって。びっくりしちゃうね」

 

勿論牛鬼は喋らない。体が痛くなって、まだ日も昇ってないのに外に飛び出してしまった。

 

「神婚して死ぬってどういうことだろう......たたりで死ぬより、楽なのかな」

 

もう、私の命はない。

 

「勇者なんだ。私は。勇者らしいことをしなくちゃ...」

 

迷ったり、怖がったりしてる暇なんてない。

 

「勇者部五箇条、なせば大抵なんとかなる」

どうせなくなる命なら、皆のために使おう。

 

息は絶え絶え。

 

でも怖くない。

 

汗は止まない。

 

でも怖くない。

 

涙はぽろぽろ。

 

でも怖くない。

 

死ぬ。

 

「怖くない!!!私、決めたよ!!!!」

 

 

 

 

 

「そんなの、どう考えてもおかしいでしょ!」

 

全てを皆に話して、最初に風先輩に言われたのは否定する言葉だった。

 

「そんなのおかしいと思います!」

「そうだよゆーゆ!」

「今の皆の反応で分かるでしょ。友奈ちゃんの考えが間違っていることが」

「樹ちゃん、園ちゃん、東郷さん...」

 

私の話を聞かないで、大赦に乗り込もうとする四人。

 

「待って!私は神婚を引き受けるって...」

「その必要はないわよ!生け贄と変わらないじゃない!!」

「死ぬんでしょ?友奈...」

「神樹様と共に生きるってなんなのかな」

「とても幸せなこととは思えないわ」

「でも!私が神婚しないと神樹様の寿命が来て世界がなくなっちゃうんだよ!!」

「いや寿命は分かるけど、だからって友奈が行く必要はないでしょ!!」

 

あるんだよ。私が選ばれたから(選ばれてしまったから)。

 

「風先輩...勇者部は人のためになることを勇んで行う部活なんですよね?これも勇者部の活動だと思うんです...」

 

皆が黙ってくれたので、私はもっと話す。

 

「誰も悪くない。世界を救うため他に選択肢がないのなら...それしかないのなら。私は、勇者だから...」

「ゆーゆ。それしかないって考えはやめよう?神樹様の寿命がなくなる前にもっと考えればきっと...」

「そ、そうよ!」

 

それじゃだめなんだ。もう時間がないから。

 

「ダメなんだよ...私にはっ!」

 

皆に刻印が見えて、思わず口を塞ぐ。

 

「友奈ちゃん。私達皆知ってるの。友奈ちゃんの体が天の神のたたりで弱っているのを」

「っ!!!」

 

東郷さんが言った言葉。つまり、もう皆に不幸な出来事をばらまいてしまったということ。

 

「嘘...」

「その件含めて解決してみせるから」

「大体おかしいです!友奈さん一人が何でこんな目にあわなきゃいけないんですか!?」

「で、でもね樹ちゃん。私は嫌なんだ。誰かが傷つくことが、辛い思いをすることが。今回は私一人が頑張れば...」

 

そう。私が頑張れば他に誰もしなくてすむ。だからやらなきゃならない。

 

「ダメよ!!友奈ちゃんが死んだらここにいる全員どれだけ傷ついて辛い思いをすると思っているの!!!」

「っ...」

「私、想像してみたけど...腹を切って後を追うわよ!」

「で、でも...東郷さんだって、皆を助けるために火の海に行ったでしょ?」

「そうよ!でもそれは壁を壊した私の自業自得なの!今回友奈ちゃんは何も悪くないじゃない!!反対よ!腹を切るわよ!」

 

そんなの、ずるいよ。

 

「私は...私は、東郷さんの代わりに...っ!」

「友奈ちゃん......」

「友奈さんが言うように、勇者は皆を幸せにするために頑張らなきゃならないと思うんです。そこには、友奈さん自身も入ってるんですよ」

「ゆ、勇者部五箇条、なるべく諦めない!私は皆が助かる可能性にかけてるんだよ!!」

「あんたが生きることを諦めてるじゃない!!!」

「勇者部五箇条!なせば大抵なんとかなる!!なさないとなんにもならない!!!」

「友奈!!五箇条をそんな風に使わない!!」

「私は時間のあるうちに出来ることをしたいんです!!だからきちんと皆に相談した!!!」

 

なんでこんなことしてるんだろう。私のしたいことって、皆と喧嘩することだったっけ。

 

違う。そんなの絶対違う。

 

でも、どうしたら皆が納得してくれるか分からない。

 

「これじゃあ相談じゃなくて報告だよゆーゆ。相談しなきゃ...」

「してるよ!!!!」

「あの、その...友奈、無理するな...」

「無理なんかしてない!!!!」

「っ」

「ぁ...!!」

 

心配してくれてるだけの夏凜ちゃんにまで、怒ってしまった。謝らなきゃいけないのに、私が悪いのに_______

 

「友奈!皆がこれだけ言ってまだ分からないの!?」

「__て」

「だから!他に方法がないからこうやって!!!」

「待って...」

「「!!!」」

 

樹ちゃんが、泣いてた。

 

「なんで...こんな、喧嘩なんて......」

「樹ちゃん...」

「樹...」

 

風先輩に支えられる樹ちゃん。

 

(もうどうしたらいいの。私には分からないよ)

 

夏凜ちゃんを見ても、目が合わない。

 

東郷さんを見ても、園ちゃんと困惑した顔をしてる。

 

そして、あの人は__________まっすぐ、私を見てた。

 

「っ!」

「友奈」

 

そして、今まで動かなかった、声を一言も発さずにいた先輩が動き出す。

 

「多分、俺さ。口開くと感情に任せてうまく口に出来ないと思ったから今まで黙ってたんだ。友奈とそんなすれ違いしたくないから」

 

椿先輩が、私の頬に手を当ててくる。優しくて、氷のように冷たい手。

 

それとも______私の顔が、熱いのか。

 

「でも、これだけは教えてくれ。友奈はどうしたい?神婚とかたたりとか世界とかそんなものどうでもいい。お前の本心、望むことを、聞かせてくれないか?」

「私は...」

 

私が皆のために頑張れること。そのために神婚すること。それが私の望むことです。

 

 

 

 

 

そう言おうとして、口が開かなかった。

 

「わ、わ、私は...」

 

なにか、喉まで出かかった言葉。それの代わりのように涙が突然目から流れ出る。

 

「わたひは...っ!!」

 

その涙も、また皆に現れた刻印を見て止まった。特に、目の前にいる椿先輩にははっきりと見えて__________

 

「...ごめんなさいっ!!」

「友奈ちゃん!!」

「ゆーゆ!!!」

 

気づいたら、部室を飛び出してた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

友奈が部室を飛び出して、東郷と園子が後を追いに出て。部室に残ったのは涙を流す樹、友奈と樹のどちらを優先すればいいのかわからずあたふたしてる風、そして、手を伸ばしたままの椿、何も言えなかった私が残っていた。

 

「...こういうとき、なんて言うのが友達なの...なんて言えば正解なのよ...!」

 

壁に手を打ち付けて、言い表せない悔しさを噛み締める。私は友奈に、初めてできた友達に何もできなかった。

 

「前さ、友奈がいってたんだ」

 

伸ばしたままの手を下げて、ポケットを漁りながら椿は口を開く。

 

「『私はただ、皆と一緒に楽しく日常を過ごしたいだけなのに』って。『助けて』って」

「っっ!!」

 

独白のようにこぼす言葉。

 

「あれは、紛れもない友奈の本心だと思う。だから俺は、例え神が相手でも、世界が敵に回っても......あいつを、友奈を助けるために、全力をつくす」

 

スマホを取り出した椿がこっちを向いた。

 

「そうだろ?」

「...えぇ!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

ひとまず風と樹を夏凜に任せて、俺は、学校の屋上へ来ていた。

 

(俺はまだ、友奈から直接本心を聞いていない)

 

夢だと信じ込んでた年末の友奈の気持ちは、部室で言った通り。だが、今の友奈の本心は聞けてない。

 

あんな震えた声を出して、目を血走らせて、逃げていってしまった彼女の気持ちを聞けてない。

 

(今助けて欲しくない。邪魔するなと言わなきゃな...友奈)

 

勇者部全員、少なくとも俺は友奈のために命をかけれる。友奈さえ願ってくれれば__________

 

「それまでは、前に言われたことに従い、俺に出来ることをしないとな」

 

スマホは既にあの人の元へ繋がっている。今から聞くのは答えだ。

 

『...僕のところに、神婚の話は一切ない』

「やっぱりそうですか」

 

春信さんから、俺は神婚について何も聞いてない。返ってきた答えも予想通りだった。

 

『僕は、君達勇者と深く関わりすぎたらしい。情報が故意に隠されていた』

「大赦、引退ですかね?」

『潮時だったのかもね...僕は、もう大赦のシステムも、神樹様についてもあまり信用できなくなってきたから...いくら世界を救うためとはいえね』

 

『退職願い書かないとなぁ...』と愚痴る春信さんは、言葉とは裏腹に明るい声だった。

 

「すいません。俺のせいで仕事が...」

『別に気にしなくていい。それよりいいかい?君達はこれからある場所へ呼ばれる。場所は_______』

 

そのあと、少しだけ会話をして電話を切った。

 

屋上に吹く風は体を凍らせるように冷たい。

 

(大赦だろうと、天の神だろうと、神樹だろうと、誰にも友奈は渡さない)

 

しかし、決意した心はその冷たさを全て感じさせない程に熱く燃えていた。

 

(もう二度と、友奈にあんな顔させない。勇者部全員でこれからも過ごすために)

 

例え、その道が絶望的なまでになくても。

 



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五十三話 それでもと手を伸ばせ

友奈は端末を置いてどこかへ消えたらしい。そして、探す間もなく俺達はある場所へ呼び出された。

 

大赦からの連絡というなら、無視するわけにもいかない。

 

「勇者様に最大の敬意を」

「やめてください」

 

一度来た歴代の勇者の墓がずらりと並んだ墓地。そこに、大赦の女性が一人いた。

 

「私達は友奈ちゃんに会いに来たんです!」

「友奈さんはどこにいるんですか!?」

「今は大赦におられます」

「よし、じゃあ乗り込むわよ」

「風、皆も少し落ち着け」

「落ち着いてられるか!」

「お前がそんなんじゃ、皆冷静になれないだろ。お前が友奈の所に行ってしたいのは喧嘩か?」

「......」

「気持ちは痛いほどわかるけど、落ち着いてくれ」

 

力なく拳を下げる風を励ましながら、目の前の女性に顔を向ける。

 

仮面の女性が、冷めた声で告げた。

 

「友奈様から話は聞かれたかと。世界を救うには」

「神婚だろ?」

「はい。そして、友奈様の寿命はあと僅か」

「友奈さんのたたりを祓う方法は本当にないんですか!?」

「我々はあらゆる策を立てました。しかし、外の炎が有る限り、友奈様のたたりは存在し続ける」

「......」

 

そう簡単に解けるなら、誰も苦労をしていない。友奈が苦しむこともない。

 

「もう時間がありません。友奈様はこれより神婚の儀に入られます」

「ふざけるな...止めてやる!!」

「歴代の勇者様の多くは、お役目のため、その命を落としました。全てを生かすためやむを得なかったのです」

「やむを...得ない?」

「そんな...」

「それが、この世界の在り方」

 

多くの人類を救うため、犠牲になった勇者達が俺達の後ろにいる。

 

大を救うため小を切り捨てる。それが、今のこの世界。

 

それが、勇者の役目。

 

「二年前には三ノ輪銀様が落命。銀様は見事お役目を果たし英霊となられました。友奈様もまた、戦い方は違えど皆の為にその身を捧げようとしています。それこそが勇者であると理解して」

 

歴代の勇者、そして巫女は、俺達と同年代________男は例外を除いていない、少女達の墓の山。

 

三百年、同じことをしてきた。

 

「ピーマンが嫌い、だったよね」

 

(そう、ピーマン...ピーマン??)

 

園子は真面目に野菜の名前を口にしたが、俺にはなんのことか全く分からなかった。

 

「すごく厳しかったけど、ふとしたときに見せるチャーミングな所が私は好きだったよ。でも、今は...昔の安芸先生じゃないんだね」

「銀の時...一緒に悲しんでくれたのに!その辛さを知っているならもう犠牲なんて!!!」

「!!」

 

この人はきっと_______先代勇者達、銀達の担当をしていた人。

 

「あなた達のクラスメイトは、友達は、家族は、もうすぐ来る春を楽しみにしています。少々の犠牲で、平和を日常を送っている」

「それなら...それなら、あなた達が人柱になればいいのに」

「出来ることならそうしています。ですが、神樹様がそれを許さない...」

「...椿?」

 

気づいた時には安芸さんの目の前にいた。

 

「...えと、初めまして。古雪椿といいます。銀の幼なじみです。あいつがお世話になりました」

「っ」

 

この人は、銀の死を悲しんでくれた。仕方のない犠牲なんて、思ってなかった。

 

でも、諦めてしまったんだ。世界の残酷な所をしった大人だから。仮面を被り、大赦の歯車となって。

 

「貴女がどんな気持ちで今俺達の前に立っているのかわかりません。だから一方的に言わせてもらいます」

 

俺はまだ世界の黒いところなんて知らないただの中学生だ。世間から見たらガキ。

 

だから、だからこそ。

 

「俺は、俺達は、俺達のやりたいことをします」

 

小を切り捨てない。大も小も全部纏めて救って見せる。

 

「友奈を助けて、世界も救う。邪魔するやつは潰す」

「......そう言い切れる、あなた達だからこそ選ばれたのかもしれないわね」

 

ぼそっと、何かを呟いて、

 

「アラート!?」

「なにこれ...」

 

スマホから流れる樹海化警報が、歪な音を上げて止まった。

 

続いて大振動。

 

「地震!?」

「もう来るとは...」

「は?」

「あなた達の出番です。天の神は、人間が神に近づいたことに怒り、裁きをくだしたと言われています。神婚などもってのほか」

「...バーテックスが来る」

「いいえ」

 

空が、赤くなった。まるで元からその色だったように、赤く、赤く。

 

赤の世界は、こっちに迫ってきていた。形容し難い何か。無理に言うなれば、『壁』そのものが迫ってきている。

 

「現実の世界に敵!?」

「敵...なの?なんなのあれ」

「神婚すれば人は神の一族となる。それで皆は神樹様と共に平穏を得ます。これが最後のお役目」

 

神婚成立まで、敵の進行を食い止めなさい。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

大破して、空へと伸びる大橋。その上にいる俺達六人。

 

「......」

 

誰もなにも話さない。ひたすら赤い空を睨んでいる。

 

でも、やることなんて決まっていた。

 

(天の神の進行を阻み、神婚も阻止する)

 

具体的案なんて何一つない。でもやらなきゃいけない。

 

「なぁ...」

『?』

 

そのなかで、俺は、口を開いた。

 

 

 

 

 

「俺って樹海に入れるの?」

『あ』

 

そう、皆はいつもの勇者服。俺はレイルクス装備の戦衣。壁の外に出る為の装備だが、樹海化した中に入れるなんて言われてない。

 

俺はもう勇者にはなれないのだから__________

 

「......もしかして、俺って置いてきぼり?」

 

なんとも間抜けな顔をしてるだろう俺をあざ笑うように、樹海化の光が俺達を包み込んだ。

 

 

 

 

 

目を開けると、いつもと違うが確かに樹海の中だった。皆もいる。

 

「...よかったー......」

「ビビらせるんじゃないよ椿!!」

「バカ、俺が一番ビビったわ」

 

通常仕様の戦衣は入れないのか、防人はいない。神のいたずらか、それとも__________

 

(...やれるなら、やることは一つだ)

 

虚空から刀を取り出す。今の俺にはこれしか武器がない。

 

例え武器が無かろうと、やることは変わらないからそれでいい。

 

「やろう!!」

「行くわよ!勇者部出動!!」

 




次回、サブタイは、『最終決戦』。前後編にわけます。

二話を見返しとくとよりいいかも...?


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五十四話 最終決戦 前編

私の命がもうだめなら、それで、皆が助かるなら。

 

「怖くない」

 

『でも、これだけは教えてくれ。友奈はどうしたい?』

 

「怖くない」

 

『お前の本心、望むことを、聞かせてくれないか?』

 

「怖くない...っ!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

決戦の開幕を告げたのは、天の神の一撃だった。

 

以前止めたことのある太陽の様な攻撃を全員で回避する。喰らった時なんて考えたくもない。

 

「あいつを食い止める。か...」

「風!あんた達は友奈の所へ!ここは私が抑えるから!」

「夏凜!?」

「大丈夫。私にはまだ満開がある!!」

 

離れていく夏凜を見て、風と顔を見合わせる。

 

「風、行ってくれ。俺も残る」

「椿...あんたの装備じゃ」

「装備とかそんなの関係ない」

 

勇者より性能が劣る戦衣。だが、そんなもの関係ない。

 

(俺は前衛だからな。それに...あいつがもしこれを望んでなければ...聞かなければ、俺の思うことができる。全力で助けるために抗うことが)

 

だから、俺が会うのは最後でいい。最後に友奈の本心が聞ければいい。

 

(......それに)

 

最初に彼女の心を取り戻すのは、満開をした彼女だと思うから。

 

「アタッカーの仕事奪うなよ。やらせてくれ」

「...あーもー分かったわよ!我が儘なんだから!!友奈に伝言ある?」

「んなもんねぇよ。あいつに直接会って言うからな。あと頼む!!」

 

満開しようとしている夏凜の後を追って、俺はレイルクスの翼を広げた。

 

落ち着いて話すのは全部終わってからでいい。 そう思って。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「椿...」

 

飛んでいく椿はどうしても心配になる。この前お腹が切り裂かれてるのを見たら嫌でもそうなるだろう。

 

「お姉ちゃん...私」

「樹、ここお願いできる?」

「...うん!!お姉ちゃんは友奈さんの所へ!」

「えぇ!無事でいるのよ!」

 

樹は勢いよく頷いてくれた。

 

(もうこの子は守られるだけの存在じゃなくなったのね...姉として嬉しいけど寂しいな)

 

感傷に浸りたいけどそんな暇はない。あたしは神樹様の方へ、樹は椿達の方へ走り出した。

 

「風先輩!乗ってください!!」

「東郷...よし、友奈のところまで行くわよ!!」

「最大艦速で向かいます!!」

 

満開した東郷の船に乗って、あたしたちは駆け抜ける。

 

私がこの争いに、勇者に巻き込んでしまった。だから命を張って助けたい。

 

(間に合って...神婚を止める!)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

目の前には敵。圧倒的な威圧感を感じる。

 

(でも、やらなきゃ...友奈に謝らなきゃ。一緒に帰るんだ!!!)

 

「当代無双!三好夏凜!!!一世一代の大暴れをとくと見よー!!!」

 

満開して、天の神まで飛んでいく。勿論相手も何もしないなんてことはなく、何度か見たことある光の矢を放ってきた。

 

「っく!!」

 

直撃コースを弾いても、頬が赤く染まる。

 

「こいつ、バリアを!?」

 

(こいつが風を...!!)

 

精霊バリアがあったはずの風が事故で怪我した理由も、きっと__________

 

(椿の傷も!!!)

 

「ふざけるなぁぁぁぁ!!!!」

 

矢が雨の様に降ってくるけど、満開した腕で防いで強引に突き進む。

 

やがて止んだ雨から突っ込もうとして__________何かぶつかった音が、背中から聞こえた。

 

振り向くと、さっきかわした筈の矢が沢山。

 

「ぇっ!?」

 

もう避けられない________

 

「前に出過ぎちゃダメだよ。にぼっしー」

 

その矢は園子の盾に防がれた。

 

「園子...」

「私この前満開しちゃったし支援だけしてるねー?」

「...背中、任せるわよ」

「はーい!」

「てぇぇぇやぁぁぁぁ!!!」

 

矢を反射していた反射板を、椿が破壊する。

 

「おいおい一発でひび入るのかよ...園子!掴まれ!」

「うん!」

 

空を飛べる椿が飛べない園子の手を掴む。

 

「夏凜!俺達で援護する。派手にぶちかませ!!」

「椿...えぇ!!」

 

気合いを入れるのもつかの間、次はどこからともなく何十本という針が向かってきた。

 

「守りましょう。友奈さんが帰ってくるこの場所を」

 

私達に届くことなく、満開した樹のワイヤーが針を全て切り刻んだ。

 

「樹!」

「俺達で意地でも止める!!」

「...やるわよ!!続けぇ!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

後ろの爆音が伝わってきて、振り向きたくなる気持ちを一生懸命抑える。

 

(早く...もっと早く!!)

 

神樹様への道はもう少しかかる。何かが引きずられた跡があるから友奈がいるのはわかってる。猶予なんかないのに________

 

「...なに、あれ」

 

突然空に入った亀裂に思わず声を出してしまった。炎のような線が入って、二つに割け、そこから炎を纏った星屑が飛んでくる。

 

「くそっ、時間がないってのに!」

「迎撃します!!」

 

東郷の戦艦がフル稼働しても、蛇行運転にするしかない。

 

「風先輩」

「っ!」

「総員退艦!」

 

すぐに東郷の意図が分かったあたしは飛び降りる。東郷の戦艦は炎の中へ突貫し、爆発した。

 

「大丈夫、東郷?」

「はい。それより友奈ちゃんを...」

 

満開の疲れを見せずに走り続ける東郷とあたしに、今度は樹海が攻撃してきた。

 

「神樹様に妨害されてる!?」

「そりゃ自分の結婚邪魔されたくないのは分かるけどね...今回ばかりは神樹様でも許さない!!」

 

前は神樹様、後ろは天の神。妨害されてもあたしたちには進むしかない。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「吹っ飛ばすぞ!」

「いいよー!」

 

私と夏凜さんが大きな針、矢を対処、椿さんと園子さんが炎を纏う星屑を倒し、細かい攻撃を防いでいく。

 

全員が全力で動いているけれど、天の神の猛攻はちっとも休まらなかった。

 

「樹危ない!」

 

後ろから迫っていた攻撃を椿さんが刀で弾いてくれた。

 

「すみません!」

「気にすんな。前だけ見て夏凜の支援を頼む!雑魚は俺達が!」

 

一人で前に進んでいく夏凜さんを援護しながら、まだまだ続く戦いに気合いを入れ直した。

 

(私の満開が終われば一気に戦況が壊れる...もっと、もっと!!!)

 

手を握る力を強めて、らしくなく叫んだ。

 

「たぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「これ...」

 

私と風先輩は足を止めざるをえなかった。道の先は樹海の壁で覆われて、満開し終わった私とゲージが減ってて使えない風先輩は飛んでいけない。

 

「ここまで来て...」

「......東郷」

「?」

「やれる?」

 

何のことかなど聞くまでもない。

 

「必ず」

「なら、道は...」

 

自身の大剣を構える風先輩。

 

「あたしが」

 

残った満開ゲージを使って、大剣が何十倍にも膨れ上がる。地面にめり込んだ足を一歩出す。

 

「切り開く!!!!」

 

降りおろされた剣は、樹海の壁を破壊した。

 

お礼を言う時間すら惜しく、その剣の上を私は全力で駆けた。

 

 

 

 

 

「え?」

 

気づくと、真っ暗な空間にいた。重力がなくて、どこまでも泳いでいけそうな空間。

 

見回すと、眼下に白い糸と、それに捕らえられた彼女がいた。

 

「友奈ちゃん!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「夏凜!!」

 

満開が終わったにぼっしーをつっきーが抱えて戦場から離れる。

 

「まだ私は...」

「地面で戦ってたんじゃ焼かれて終わりだぞ」

「でもここままじゃ天の神が!」

 

いっつんの満開も終わっていて、このまま戦い続ければ私達が死ぬ可能性もある。

 

「......俺がいく」

 

(そう言うと思ったよ)

 

たった一人になっても、きっとそう言うよね。だって貴方だもの。

 

「あんただって、空飛べるだけでしょ!?」

「そうです!もし死んだら友奈さんも私も皆も許しませんよ!!」

「大体あんたの刀も折れてるじゃない!!」

「でも、まだ天の神を止めなきゃいけない...せめて、注意を向かせるくらいは......」

 

つっきーらしい言葉。出来ることなら私も行かせたくなんてない。ずっと隣にいてほしい。

 

「...つっきー」

「?」

「私達は、一緒にいっちゃダメなんだよね?」

「......」

 

無言は肯定。満開した二人はその疲れが溜まってるから絶対行かせられないし、かといって私も右手をやられてるから行かせてくれない。

 

「......ちゃんと、帰ってこれる?」

「...約束となると、破ってること多いからしにくいけど......必ず戻ってくるよ。やらせてくれ」

 

私を見つめるつっきー。

 

「園子、あんたまさか」

「園子さん...」

「ゆーゆが戻ってくるまでまだ時間がかかる...ちゃんと、戻ってきてね」

 

私は、自分の使ってる槍をつっきーに渡した。

 

「少しは使えるでしょ?」

「ありがとう、園子...」

「あー!勝手に決めて!椿!!」

「ごめん...」

「そんな言葉聞きたくないわ!ほら!やるからにはさっさと殲滅してきなさい!!」

「私でも、椿さんの力になるなら...」

 

にぼっしーの刀、いっつんの花飾りみたいな武器もつっきーは受けとる。

 

「...ありがとう。行ってくる!」

「帰ってきたらハグしてあげるからねー!」

「「なっ!?」」

 

(お願いつっきー。ゆーゆが助かるまで...貴方も無事でいて)

 

ミノさんも、力を貸して__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(皆ごめん。ありがとう)

 

「随分進んでくれたなぁ。そんなに世界を壊したいか」

 

汗が止まらない熱さの中。俺は天をあおぐ。

 

戦場でたった一人。相手は人が戦う次元を遥かに越えた神そのもの。

 

呪いは人を苦しめ、その残り香でさえ人の意識を弄ぶ。放って置けば世界を消す文字通りの天災。

 

対して俺は、勇者ではない。無垢な少女でもない。ただのおまけ。勇者の魂を一時的に保管した入れ物。

 

でも、果たすべき約束と、守りたい思いは変わらないから。その魂は勇者でありたいから。

 

右手にはさっきより細めの刀。左手には使ったことない槍と花飾り。

 

「だが」

 

それが力をくれる。一人じゃないと教えてくれる。

 

怖くても、弱くても_______最後まで。

 

最初に武器を握った時は、復讐のため。自分の心を満たすためだった。今は彼女のため、彼女達のために、この力を使い尽くそう。

 

 

 

 

 

「こっから先は、通さない」

 

俺達が、貴様の相手だ。

 



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五十五話 最終決戦 後編

「友奈ちゃん!!」

 

暗い世界。私の声が聞こえた友奈ちゃんが顔をあげてきた。

 

「東郷さん...!?どうして!?」

「帰ろう友奈ちゃん!迎えに来たのよ!!」

 

泳ぐように友奈ちゃんの元へ向かう。

 

「...!」

 

白い糸の様なものが、私の足や手に絡み付いてきた。そこから、感覚がなくなっていく。

 

「そうまでして渡したくないのね...友奈ちゃん待ってて!今いくから!」

「...ダメだよ、東郷さん。私がやらないと、世界が消えちゃう。誰かがやらないと...世界が......」

 

諦めたように、呟くだけの友奈ちゃん。その顔は__________全てを諦め破滅の道を歩んだかつての自分の顔に似ていた。

 

「友奈ちゃんが、誰かがやる必要なんてない!!もうこれ以上大切な人を奪われたくないの!!!」

 

一度、永遠の別れをして、今なお眠っている彼女。例えもう一度だけとしても、友達を失うことなんて絶対にしたくない。

 

「でも...でも...私が我慢すれば、それでいいなら!」

 

 

 

 

 

「友奈!!!」

「っ!!」

 

さっき、部室でも古雪先輩が言ってた。

 

『お前の本心、望むことを、聞かせてくれないか?』

 

「本当のことを言ってよ。怖いなら怖いって、私には言ってよ...友達だって言うなら!助けてって言ってよ!!!!」

「...よ」

 

私の祈るような叫び。その声に、友奈ちゃんは答えてくれた。

 

「死ぬのは嫌だよ!怖いよ!皆と別れるのは嫌だよぉ!!!」

「友奈ちゃん...」

 

涙を流して訴えかけてくる。

 

「私達、一生懸命だったのに...それなのに何で...嫌だよ......ずっと皆と一緒にいたいよ!!!!」

「友奈ちゃん手を!!」

「東郷さん!助けて!!!」

 

やっと伸ばしてくれた手。そのお陰で、私達はようやく手を繋ぐことが__________

 

 

 

 

 

その時、光が瞬いた。

 

「え!?」

 

幻想的な色が、私と友奈ちゃんの間に割り込む。辺りを見渡せば、六体の精霊。

 

「そんな、こうまでして...」

「東郷さん、たすけ...」

 

友奈ちゃんは、伸ばしていた手をだらりと下げた。

 

「そんな...いや」

 

私を掴んでいた糸はようやく離れ、友奈ちゃんとの距離はほぼゼロ。

 

でも、その薄い壁一枚がどうしても越えられない壁になっていた。

 

(いらない...友奈ちゃんを、友達を捨ててまで手に入れた世界なんて、いらない)

 

私は、その目を閉じた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

状況は防戦一方、なんて言葉が生ぬるく感じるほどだった。

 

「くっ!」

 

見たことのある攻撃でもその全てが次元の違う力を持っている。

 

満開した勇者二人、勇者が一人、勇者のなりそこないが一人で持たせていた戦線だ。俺一人いきがったところで救いはない。

 

「らぁっ!!」

 

槍を盾に変形させて攻撃をなんとか防ぎきる。既に左手は内出血が外に吹き出して血まみれ。頭から流れてる血のせいで右目から映る世界が赤い。

 

それでも、まだ戦うことを止めなかった。

 

(根性見せろ!!)

 

一分でも、一秒でも、戦いを長引かせる。天の神に面倒な雑魚の相手をさせる。

 

それが大切な人を取り戻し、守ることだと信じて。

 

(気合いを見せろ!!!)

 

飛んできた矢は弾いた先から反射される。糸で少し相殺、刀で防ぎ、残りは致命傷だけ回避。

 

「ごほぉ...『魂』見せろー!!!!」

 

口から血を吐きながらなお絶叫。

 

視界の先で光がでて、気づいた時には体が地面にあった。攻撃をもろに喰らったんだと気づいたのは立ち上がった後だ。

 

(必ず帰るって...もう一度会って話すって...決めたんだ)

 

「諦めてたまるか...こんなところで、死んでたまるかぁー!!!!」

 

目の前へ迫る炎の塊に対し、穴の空いた右肩で刀を向ける。

 

一体、二体、刀で。

 

三体、四体、反動をつけた槍で。

 

五体。死角から迫った奴を糸で。

 

六体。直撃。

 

(......)

 

レイルクスの装甲が弾け飛ぶ。若草色の戦衣はほとんどが赤に染まる。

 

なにも考えられない。あるのは約束と決意だけ。

 

それだけで立ち上がれる。力がなくてもまだ戦える。

 

俺が無事なことを信じて待ってくれてる、託してくれてる彼女達のためにも。

 

涙を流して走っていった彼女のためにも。

 

今なお眠る彼女のためにも。

だけど。

 

七体目。

 

(......守るため。友奈と、銀と、東郷と、風と、樹と、園子と、夏凜と...皆でもう一度、笑い合うために!!!)

 

「そこを、どけぇぇぇぇぇ!!!!」

 

刀を突き刺す。至近距離で爆発して、皆の武器が手元から離れる。

 

 

 

 

 

一瞬、意識が飛んだ。ピントの合った景色を元に一番近くに落ちた槍へ、必死に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

その手が、届かない。

 

(......結局、俺は自分で決めたことも、約束も、守れないのか)

 

あぁ。情けない。

 

俺の手は止まり、その瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

俺(私)は、諦めることしかできなくなった。こうまでしても世界は残酷で、救いなんてない。

 

神の争いに巻き込まれ、大切な人も守れない。

 

せめて、彼女のように大切な人を守れる存在になりたかったと、思った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

いつまでもこない敵の衝撃を不思議に思って目を開くと、霞んだ赤い姿が映った。

 

自分の血じゃない。敵でもない。

 

「帰るってのは、体だけじゃダメなんだぜ?」

 

長くなった髪をなびかせ、半身である二つの斧を暴れさせ。

 

「ぁ...」

「いやー時間かかりすぎちゃってごめんね。知らない人から勇者の貰ってからまた時間かかって...」

「うぅ...わぁ」

 

紅蓮の勇者。先代勇者。

 

そして、俺の幼なじみ。

 

 

 

 

 

「ぎぃん...銀!!」

「おう!三ノ輪家の銀様ただいま登場だ!!!」

 

にこやかに微笑む彼女は、まさに銀そのものだった。

 

「詳しい話は後々。今は...あれを止めればいいんだな?下がってな。バーテックスの体を手に入れ、勇者になったアタシを止められると思うなよ!満開!!!!」

 

いつか、自分でも纏った翼と炎がほとばしる。

 

二本の斧はかつてないほど大きくなり、炎が空を切り裂かんばかりに伸びていく。

 

こんなこと考えている場合じゃないのに、心を埋めたのはキレイだという感情だった。

 

銀が、叫んだ。

 

「今度こそ全部守ってみせる!!!ここから...出て行けぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

暖かい何かが近づいてきた感じがして目を開くと、赤い姿が映った。

 

シルエットだけでも分かる。

 

「...」

 

声にならない声で呟くと、その反対側に紫の光、白い光が集まってくる。

 

緑、黄、赤、それから、人型の多くの光__________

 

(今までの...ずっと前からの、勇者?)

 

神樹様。

 

人は、色んな人がいます。

 

それでも、本当に人を救おうというなら。

 

もし、人を人として生かしてくれるなら。

 

大切な人を、自分達の手で守らせてくれるなら。

 

人を、信じてくれませんか?

 

(皆...)

 

皆が、壁に手を当てる。

 

「...私達は、人としての道を進みます」

 

釣られるように、動かされるように手を当てると、壁は消えた。

 

「友奈ちゃん!!」

「東郷さん...東郷さぁん!」

 

これ以上相手を感じられないくらい抱き締める。二度と離さないくらいぎゅっと。

 

「ごめんね。私、言い過ぎた」

「私こそごめんね...私、東郷さんに、皆に酷いこといっちゃったよぉ!」

「いいの...もういいの」

「ひっく、うぅ...世界が終わっちゃうよー!!」

「友奈ちゃんのせいじゃない。これで世界が終わるなら、仕方のないことなのよ」

 

泣き続ける友奈ちゃんを宥める。最後の瞬間くらいは、笑顔でいてほしい。私の大好きな友奈ちゃんは笑顔で__________

 

「うぁーん...ぇ?」

 

光の花びらが散る中現れたのは友奈ちゃんの精霊、牛鬼。

 

その牛鬼から出た光が、私達を覆っていく。

 

「何を...」

「大丈夫だよ...暖かい」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふぅ...終了っと。満開はないけどまだまだいくよ!」

 

銀の満開は圧倒的で、天まで届いた炎は天の神をかなり押し返した。

 

「て、その前に椿、大丈夫?」

「...へい、きだ」

 

本当なら体を潰してでも一緒に戦いたい。銀だけに戦わせるわけにはいかない。

 

でも、俺のことを守ってくれてる彼女に、帰ると話した彼女達にそれは最大の迷惑だから。

 

せめて邪魔をしたくない。傷だらけの体を動かして撤退を________

 

「うわっ」

「なななんだ!?」

 

地響きが鳴り、俺は体勢を崩してしまった。

 

「あぁ椿!早く園子達の所へ!」

「...大丈夫だよ」

「え」

 

見えた景色の先には、花を咲かせた神樹様。そして、その手前に一つの蕾が花開く。

 

(...おかえり)

 

肉眼で何が起きてるなんてまるでわからない。でも、言うべきだと感じた。

 

「私は、私達は、人として戦う!!!生きたいんだ!!!!」

 

本来聞こえないはずの、空耳かを疑う遠い遠い場所からの声。

 

友奈が、光が空へ飛んでいく。天の神は恐れているのか今までにない光量を放った。地面に当たれば、遠くの俺達さえ消し飛ばしそうな程の。

 

小さな光とぶつかり、空への侵入を阻む。

 

「勇者は不屈!!何度でも立ち上がる!!」

「友...奈」

 

(頑張れ...友奈)

 

声がかすれてる。想いだけでも。

 

「友奈!!」

「友奈さんの幸せのため!!」

「なせば大抵!!」

「なんとかなる!!」

「勇者部!!」

『ファイトー!!!!』

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

光が増して、空に七輪の花が咲いた。大輪の花達は光に力を与え、それでも天からの光線は突破できない。

 

 

 

 

 

「勇者は気合いと!!!」

「勇者は......根性ぉぉぉ!!!!」

 

そして、八輪目の花が咲く。最後の花が世界に炎を散らす。花びらと炎が視界を白く塗りつぶしていく。

 

「......とど、け」

「勇者......パァァァァァァンチ!!!!」

 

 

 

 

 

光は空へと届き、世界が砕ける音がした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あれ」

 

軽くなった体で空を見上げると、赤くもなく、黄色く光輝いてもおらす、桜色の花びらが舞い散ることもなく、ただ普通の青空だった。

 

その景色は、平和そのもの。

 

「帰って、きた?世界は...」

「ちゃんと、あるね」

「神樹様は?」

「消えた...?」

「なによこれ、え?」

「全部終わった?」

「......いつもの、空」

 

皆の、俺以外の七人の声が聞こえる。

 

「あぁ...うっ」

「!!友奈!!!!」

「友奈ちゃん!どこか具合が悪いの!?」

 

飛び起きて友奈の声がする方を見ると、友奈は胸元をはだけさせていた。天の神の刻印はない。

 

「はっ...」

「消えてる...」

「消えたの!?」

 

思わず涙が溢れた。皆無事、俺の怪我も皆の傷も何故か治ってる。

 

世界は__________人としての世界は、今なおあるのだ。

 

なにより、勇者部全員がいるのだ。ここに。

 

「皆...皆、ごめんね」

「私こそごめんなさい...」

「夏凜ちゃーん!!」

「おかえり。友奈」

「...ただいま!!」

 







彼が『奇跡』を起こす_______具体的に言えば新勇者服を纏い満開する案はわりと初めからありました。というかそれでこの話書いたやつ手元にある。

ただ、彼はその精神が『勇者』であっても神に認められた『勇者』ではない。彼だけなら神に声は届かないし、彼の身自体には『奇跡』は起きない。

ただ、彼と助け合ってきた仲間が、勇者部が作り上げた絆が、歴代の神の使いの思いは、神に届きそれすら越える大きな『奇跡』を作り上げるだろう。そう思って書いてこうなりました。

同様に椿が死んだり意識不明になったりとかも考えたけど満開案と同じくボツ。趣味です(断言)

ここで書いたのは、ここ以外に書くスペースないなと思ったので(笑)

次回勇者の章最終回です...このあとすぐ(ボソッ)


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五十六話 卒業

本日二話目。『最終決戦 後編』を読んでない方は注意してください。










下から本編です。







「就職先、見つかってよかったですね」

「まぁ、下請けのだけどね」

 

いつものファミレス、いつもの二人。俺は値段の上がったみかんジュースを飲んでいた。ドリンクバーは廃止である。

 

世界は、一般的に見たら破滅した。

 

天の神は消え、神樹様は散華。地の神の恩恵を受けていた大地は食物が安定して育ちにくくなり、来年には食糧が不足する、なんて話もある。

 

炎と化していた外の世界は元の姿を取り戻し、普通の大地が広がっているらしい。海の先に見える世界は幻ではなくなったのだ。

 

事実を隠蔽していた大赦は大部分が潰され、目の前に座る春信さんも先日就職先が決まったばかり。かといって大赦全てがなくなったわけじゃなく、かなり細々とやってるんだとか。

 

「まぁ、隠してた事実を必要としている人は多いからね。僕は嫌気がさして辞めたけど」

「最後の方は見捨てられてましたもんね」

「確かに」

 

俺達が会った安芸さんは片目を怪我したと聞いた。それでも大赦に残って大人の責任を果たす。と。

 

(今度銀と会わせなきゃなー...)

 

「君の傷跡も治ったんだっけ?」

「えぇ。最後の戦いの後に、たたりの時につけた傷は全部なくなってました」

「...あった方がよかった。なんて思ってない?」

「......今思い返せば傷痕だらけの男とかかっこいいので、ちょっとだけ。でも皆心配しますからね」

 

新しい時代は、俺達の大切な人を守りたい、人として生きたいという我が儘で開かれた。間違ってるかどうかなんて知らない。

 

「あぁそうだ。君にもお祝いの言葉を言わせて貰うよ。明日だろう?」

「ま、はい」

「卒業おめでとう」

「...ありがとうございます」

 

ただ、笑顔になった彼女達を見れば、これでよかったなと思えた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「風先輩!!椿先輩!!ご卒業おめでとうございます!!」

 

部室に鳴り響くクラッカーの音。

 

今日は卒業式。同じ高校に入学が決まって、卒業証書の筒を片手に持った先輩方は微妙な顔をしていた。

 

「祝って貰えるのは嬉しいが、後片付けが大変そうなのが目に見えてて...」

「椿さんやお姉ちゃんはなにもしなくていいんですよ?」

「そういうわけにもいかんだろ」

「いいですから」

「...はい」

 

少しトーンを落として言う樹ちゃんは、勇者部の次期部長。椿先輩も逆らわずに二つ下の後輩に引き下がってる。

 

「まぁこれで部室も少しは広く使えるでしょ。八人もいるとぎゅうぎゅうだもんね」

「いやー後から入ってすいません」

「別にそういうこと言いたいわけじゃないの」

 

八人目の勇者部、三ノ輪銀ちゃん改め、乃木銀ちゃんは後ろで纏めた三つ編みを揺らしてた。

 

「ミノさーん!」

「なんだよ園子、やめろよー」

「なんだか園子の甘え具合が増したわね」

「にぼっしーにもどーん!」

「きゃっ、ちょ、やめなさいよ!」

「いいねぇ。アタシも!」

「うわぁ!!?」

「主役より目立ってる後輩...椿、今日の主役あたしたちよね?」

「俺達に権利はない。黙って用意してくれたケーキとぼた餅をこいつらのぶん含めて食えばいい」

「そうね」

「ケーキー!!」

「ぼた餅ー!!」

 

賑やかになった勇者部に増えたのは人だけじゃなく、五箇条が六箇条になった。

 

『無理せず自分も幸せであること』

 

人のためを思いすぎた私に、他人を思いやるばかりで自分を顧みない私達にあるかのような言葉。考案してくれたのは椿先輩。

 

『年末の友奈見てたら、これだろ』

『つっきーもだよね~』

『...すいません』

 

書いてくれたとき、言葉に出来ないくらい心が暖かくなった。

 

「皆、写真とりましょ。準備できました」

「東郷はお母さん感が増したわね」

「たまに暴走するけどな...実際、この面子纏める樹は倒れないか心配だな」

「椿さん、たまにでいいので部室来てくださいね」

「あぁ。わかってるよ」

「妹。あたしは?ねぇあたしは!?」

 

絵や文字を書いた黒板に皆が並んでいく。皆、とっても笑顔。

 

無茶のない範囲で今日を頑張る。そうすれば、幸せな日々が続く。未来が幸せになって、振り返っても幸せになる。そう願って。

 

(皆が、好きだから。私、勇者部でよかった!!)

 

撮った写真は二枚貰った。一つは何も書かず飾り、もう一つには__________

 

『皆大好き!!!』

 




これで、勇者の章は終了です。気づけばもうすぐ二ヶ月。毎日続けて投稿...すげぇ(自画自賛)

感想、評価、本当にありがとうございます(n回目)。いや、本当にいつもいつも楽しく読ませていただいています。昨日から感想も評価も凄く多くて泣きそうでした。

これからもまだまだ受け付けていますので、是非お願いします。

さて、先程言った通り勇者の章は終了ですが...この作品の本編の終わりは、もう少し先になります。文量が少ないのはそのため。是非最後までお付き合いください。

今日はもう一話出します。


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短編 バレンタインデー

勇者の章完結記念というわけで本日三話目。

ハッピー煮干しデー。他の方々がバレンタインネタ書いてるの見て、やっぱり書きたくなりました。皆さんはいくつもらいましたか?(あげたというか方もいるかもしれませんが)

自分は昨日家族以外の知り合いの女性と会ってません。絶対的な信頼の実績。

読むのは今日投稿した前の二つを見てからにしたをおすすめします。ほぼパラレル扱いですけど。

下から本編です。




「我が世の春が来たぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「うるせぇ」

 

2月14日。最近は皆が知ってるバレンタインデー。 お菓子業界の策略で、女子が好きな男子にチョコを送るのではなく、女子同士で交換して互いの女子力を競う物になりつつある。

 

実際儲かるからお菓子業界としてばっちこいなんだろう。ただ、義理チョコ一つ貰ってばか騒ぎになるのは勘弁してほしい。

 

(ただでさえ体調悪いってのに...)

 

どうにも寒気とイライラが止まらなかった。

 

クラスメイトはどう考えても義理だろうチ○ルチョコに喜び、むせび泣いていた。義理具合ってブラッ○サンダーとどっちが上なんだろう。

 

「あー...勘弁してくれ」

「椿、お疲れ?」

 

気だるそうにしてると、風が顔を出してきた。

 

「わりとしんどい。今日部活休んでもいいか?」

「ぇ...えぇ!体調が悪いなら仕方ないわ」

「悪いな。これ皆で分けてくれ」

 

勇者部はいつも互いにチョコ交換をしている。男子とはいえ貰うだけなのが申し訳なくて俺も今年はブラウニーを作った。

 

(わざわざ男子だからって皆、勇者部に配る用以外に俺用のもくれるから...やべぇ。普通にだるい)

 

「かえって寝るわ...おやすみ」

「お、おやすみなさい...」

「...女子より先にチョコを渡す男子......風様、椿用のチョコ余ってますよね。いただけ」

「あげるわけないでしょ」

「すいません!」

 

コントっぽい会話も耳に入らず、家へ帰った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「というわけで、椿が休みです」

「ぇ...」

 

友奈の反応が全員の気持ちを表してるように、皆が絶望的表情をしていた。

 

バレンタインデー。今回は七人で一緒に買い物して、手作りして、『煮干しの日でしょ?』なんて言ってた夏凜も恥ずかしがりながらも椿用のも手作りしたのだ。

 

なのに、いるのは椿じゃなくて椿作のブラウニー。正直すごく美味しい。なんでドライフルーツ刻んで入れてるの。やってることプロっぽいんだけど。

 

友チョコが嬉しくないわけじゃないけど、あたし達は微妙な空気をしていた。

 

「じゃあ、お見舞い行かなきゃね~」

「でかした乃木!」

「えっへん~」

「こんな大人数では、迷惑になるのではないでしょうか...」

「東郷さん行かないの?」

「...行くわ」

 

この時の勇者部の機敏さは、出来てから一二を争うほど早かった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ねぇねぇミノさん」

「どうした園子?」

「実は私、こんなもの買ったんよ~」

「チョコペン?」

「ごにょごにょ...」

「!!!!な、なにいってんだ!?」

「やらないなら私がやろっかな~」

「...もしかして」

「......せっかくつっきーのところに、私達のところに戻ってきてくれたんだもん...」

「そんなにアタシのことを思って...やるよ」

「ミノさん...」

 

(作戦成功~♪)

 

「あたしよりチョロいのと、とんでもない策士がいる気が...」

「夏凜さん?」

「...なんでもないわ。余計なことに手を突っ込まない方が平和に過ごせるものね......」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

中途半端な時間から寝てしまったからか、起きても外の景色は暗かった。

 

体のだるさは完全に消えている。

 

「今何時だ...てかなんだこの匂い......」

「ひっ!」

「うん?」

 

なんだか変な声が聞こえて布団をとると、銀がいた。

 

「...銀?」

「え、えとな、椿...は、ハッピーバレンタイン」

「お、おう...」

 

銀は、顔がタコと勝負できるくらい赤くなって、ぽしょりと呟いた。

 

 

 

 

 

「そ、それでね...アタシを、食べて?」

 

薄い毛布をとると、裸にチョコの線を走らせた銀が映った。

 

寝ぼけた視界に強すぎる刺激、月明かりがチョコの茶色をてかてか照らし、一つのオブジェの様に感じる。

 

「......おやすみ」

 

よくわからないことが起きたので、夢だと信じて寝た。俺の幼なじみがこんなことするはずがない。

 

「ちょっ!椿!?え!?このまま!?園子ー!!」

 

 

 

 

 

朝日が昇ってから起きると、机の上に七つのメッセージカードとチョコレートが置いてあった。それとは別にベッドにチョコペンがあったけど、昨日の夢は夢だったと思う。

 



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五十七話 入学

ふえっ!?(たくさんの感想に驚く声)

いやマジでびびった。なにこれ。なにこれ。ありがとうございます。日間ランキング見たら8位でした。ありがとうございます。

本日は本編と設定没案なんかの公表and今後についての二話構成です。二話目はいつもの時間に。




「せっかくの高校なのに...皆と差をつけるチャンスなのに...」

「風?」

「...なんでもないわ。じゃあ、樹のこと頼むわよ」

「あぁ」

 

讃州高校入学式が終わった日。無事同じクラスになった風に別れを告げ、駐車場へ。

 

現在俺は、バイク通学をしている。昔の時代はもう少し年齢が上じゃないと免許が取れないらしいが、今は平気だ。

 

最も、乗ってるやつなんてほとんどいないけど。

 

「さーてと...」

 

スマホを嵌め込みエンジンを起動させ、ヘルメットを被り勢い良く飛び出した。

 

電気で動くこいつは、誰も通らない道を走り抜ける。

 

(やっぱりいないなぁ...)

 

限られた資源を節約するため、バイクも車も緊急以外は基本使われない。道はがらがらだ。

 

なら何で高校にあがったばかりの俺がバイク通学なんて出来るかといえば、ひとえにこのバイクとスマホのお陰だった。

 

勇者システムは地の神、神樹様がいなくなった時点で使用できなくなっている。逆に、ある程度人の努力で作り上げた戦衣は壊れてない。

 

勿論ただの戦衣は耐熱に優れたちょっと頑丈な服でしかないが、俺のは改造されかつての勇者の劣化版ではあるものの治癒能力向上が付与されている。

 

それを、春信さんがバイク含めてとんでも改造。治癒能力を電力に変え、その力で動くバイクを作り上げてしまったのだ。

 

三徹で作った本人は『僕は天才だぁ!!!』とマッドサイテンティスト染みた発言をして寝た。実際化け物だと思う。

 

こうして、入学祝いに資源に優しく現状一つしか作れないバイクを頂いた俺はそれを動かすため、必死で免許を取り、今に至る。

 

目指すのは三年間通っていた馴染みの場所。

 

数分で校門まで到着。既に樹が待っていた。

 

「椿さーん!」

「到着。ヘルメットな」

「してもらえますか?」

「そろそろ出来るようにしろよ...」

「へへ...ありがとうございます」

 

ヘルメットを着けるとき、頭は動かさない癖にやたら体だけもじもじするのはやめてほしい。かといって指摘するのも恥ずかしくて、さっさとつけた。

 

(なんせこれからもっと恥ずかしいもんな...)

 

「ほら、しっかり捕まれよ?」

「お願いしまーす」

 

バイクに二人で跨がる。さっきより安全運転でアクセルを踏んだ。

 

ぎゅっと腰に回された手と、後ろの暖かさを意識しないようにしてるとあっという間に目的地につく。

 

「ありがとうございます。椿さん」

「気にせず行ってこい」

「はい!」

 

とある建物へ入っていく樹と交代で出てくる人が声をかけてきた。

 

「古雪さん。いつもありがとうございます」

「そちらも気にしないでください。個人としても樹の方に予算回してほしいし」

「分かっています」

 

この方は樹のレッスンプロ。この建物は音楽会社。

 

樹は去年の夏前応募したオーディションに見事合格し、現在歌手として育成中だった。

 

勿論世界が混乱した打撃は受けていて、燃料の高騰化から送迎不可、歌を歌ってる場合かと予算もガリガリ削れているのだとか。

 

俺の仕事は放課後樹をこの会社まで送り届けること。燃料要らずのバイクが最大活用できるところであり、樹は徒歩で来る他の学生より多く練習時間を取れる。

 

本人から聞いた話だとCDが出せる時期もあと少しらしい。これを聞いた風はボロ泣きしていた。

 

「それじゃあ、俺はこれで。樹をよろしくお願いします」

「はい」

 

バイクをまた走らせて、讃州中学へ。目的地なんてたったひとつ。

 

「部長届けましたー」

「おつかれぇい!」

「ありがとね椿」

「相変わらず早いな風...歩きだとそこそこ遠いだろ?」

「そんなことないわよ」

 

勇者部部室には、六人がいた。全員学年が上がって、友奈、東郷、夏凜、園子、そして銀は中三。俺と風は高一、今いない樹は中二。

 

これも、世界が続いたお陰である。

 

「銀、大丈夫だったか?」

「おう!平気だぜ!」

「ボール投げ以外わね」

「うっ...」

「やっぱり...」

 

一足早く始業式、入学式が済んでいた中学では、今日は体力テストと学力テストがあったらしい。

 

俺と授業を受けてた時期はあるものの、あまり真面目に受けてなかった銀は、園子の指導の元勉強面はかなりよくなった。

 

問題は体力テスト。

 

「ミノさん凄いんだよ。ボールをぶわーって!」

「校庭の外まで出したんです!」

「アホ...加減はしてないのか」

「他は平気だったのよね...頑張ってたのに」

 

三ノ輪銀、今は乃木銀だが、そんな彼女は生物学的にいえば人間ではない。神に近い存在である。

 

今の彼女の体は神の使いバーテックスであり、その運動神経は人間の比ではない。事前にやらせた時は50mを三秒で駆け抜け、走り幅跳びなんかは二桁までいった。握力計はぶっ壊した。

 

だから怪しまれないよう注意していたのだが_______調子に乗ったのか、このアホはやらかした。

 

「強風が吹いたお陰だと全員納得させたので問題はないですけど」

「東郷、それ催眠とかじゃないよな?大丈夫だよな?」

「まぁ誰も信じないって!!」

 

ため息をつくものの、俺は笑顔だったと思う。

 

望んだ世界が、ここにあるから。



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オリ紹介2

椿「皆さんこんばんは。作者代理の古雪椿です」

 

友奈「アシスタントの結城友奈です!」

 

椿「今回は先日後書きやらでこぼしていた没案の設定、半オリキャラと化した銀の設定、そして今後の展開について話したいと思います」

 

友奈「本当は本編の一話として出したくなかったけど、前書きや後書きで書ける量じゃなくなっちゃったみたいで...少しでも楽しんで頂けるよう会話形式にしました!質問なんかも答えたかったけど時間なくて用意してません!ごめんなさい!」

 

椿「(友奈に謝らせて皆さんの怒りを沈めようってか...バカが)...まずは五十五話で語った俺の満開案です。本編原稿がこちら。どうぞ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

一体、二体、刀で。

 

三体、四体、反動をつけた槍で。

 

五体。死角から迫った奴を糸で。

 

六体。直撃。

 

(......)

 

レイルクスの装甲が弾け飛ぶ。若草色の戦衣はほとんどが赤に染まる。

 

なにも考えられない。あるのは約束だけ。

 

それだけで立ち上がれる。力がなくてもまだ戦える。

 

俺が無事なことを信じて待ってくれてるあいつらのためにも。

だけど。

 

七体目。

 

(......こんな、ところで)

 

炎の星屑がゼロ距離まできて__________俺は刀を突き刺した。

 

(俺は、死ねない)

 

「寄越せ」

 

(守るため、友奈と話すため。銀と話すため。東郷と、風と、樹と、園子と、夏凜と...皆でもう一度笑いあうために!!!)

 

「もっと寄越せ」

 

神婚するとしても、天の神を止めるために力はいるだろう?

 

「だからさ...神樹様。もう少し...少しでいいんだ。俺に力を...よこせぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

辺りの星屑が俺の咆哮に感化されて突っ込む。樹海が光を放つ。

 

 

 

 

 

辺りを舞うのは椿の花。

 

身に纏うは純白の服。

 

刀を握り、槍を構え直し、糸の準備を整える。

 

言うのは一言。

 

「満開」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

椿「えー、純白の勇者服。神樹様が互いに利害が一致したからちょっとだけ力を与えた形なので武器はなしです。他の勇者達のように分かりあったわけではないというか、契約を結んだというか」

 

友奈「没になった理由は後書きに書かれている通りです」

 

椿「このあとの展開はほぼ一緒なのでもう一度見返して頂ければ。ちなみに俺が死んだり意識不明となった場合は書いてませんが、勇者部皆が悔いてそれでも前に進もうとするのと、徐々に暗くなっていく二つの派閥ができて...というところで終わるバットに近いビターエンド予定らしい」

 

友奈「...死なないでくださいね?」

 

椿「......お前らがいる限り、死ぬわけにはいかないよ」

 

友奈「えへへ」

 

椿「ったく...次に、最新話でも大体が明らかになった銀の設定です」

 

 

 

 

 

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乃木銀

 

旧姓は三ノ輪銀。長い髪を後ろで三つ編みにして一つに纏めている。花飾りはつけていない。

 

天の神に作られたバーテックス(最後の決戦時に神に関する全ての力を取られ、異常な筋肉だけを手に入れたので、現在の枠組みは人間。椿達はその異常な身体能力から彼女は体がバーテックスだと表現している)

 

椿達に助けられ、天の神との戦いの直前に目覚め勇者となる。それからはなんてことない普通の生活が続いている。

 

死んだ身として三ノ輪家に戻ることも出来ず、乃木家の養子という扱いになった。(古雪銀が良いと本人は言ったが、園子に却下された)

 

三ノ輪家の家族とは既に再開済み。正体は明かせないものの素直に喜んだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

友奈「銀ちゃんよかったよぉー!」

 

椿「...ホントな。最後突然出てきたからエピローグまで出てこないんじゃないかと思ってた」

 

友奈「最後に重大?発表!今後の展開です!!幸せなことに続き待ってるね!という声も多くて...ありがとうございます!」

 

椿「まず一番多かったもので、残念な返答をしなきゃいけないものから...花結いのきらめき。通称ゆゆゆいについてです」

 

友奈「原稿読みますね。アニメ一期分の完結時にも話があがった、ゆゆゆいですが、自分は現状ゆゆゆいを書くつもりはありません。

 

理由としては、自分の通信環境が劣悪なのでソシャゲ自体から身を引いているからです。Wi-Fi自室まで通らねぇしネットサーフィンしてるとすぐ上限だし突破すると怒られるし...最近のイベントなんかは動画で上がってるのを見たりしますが...というわけで、ゆゆゆいを待っていてくださっている方には申し訳ないのですが、自分がプレイしてないのを書くのも憚られるので、この点はご了承ください。だそうです!」

 

椿「ゆゆゆいプレイしてるとそれこそ書く時間なくなるしな。ソシャゲやってないから毎日更新出来たってのもある」

 

友奈「楽しみにしてくださってるかたごめんなさい!」

 

椿「...その他の続編案に関してですが、現状はのわゆかゆゆゆの短編(リクエスト込み)を考えてるそうで。ただ二つとも問題が」

 

友奈「また原稿ですか?えーと...問題というのが、リアルの都合上ここからは途中まで書いてエタる可能性高いということです。リクエストも(頂いたけるかどうかはこのさい置いておき)頂いたものを上手く書けるか不明瞭な点が多すぎる」

 

椿「今回の感想でもリクエストを頂き、七通りも無理。椿の反応がほぼほぼ同じになる。カプ絞って書けるならいいけど...みたいな感じになったらしいです。続き待ってるという声も多いので聞くまでもないのかもしれませんが、作者が人から誉められると有頂天になるくせ、基本は自信の持てないネガティブな奴なので...応援して頂いてるのに申し訳ないですが、結論としては」

 

のわゆ

ゆゆゆリクエスト含む短編(リクエスト者の望む通りとはいかない。もしくはカプ数制限とかをかけるかも)

 

二つとも途中でエタるかも。

 

椿「もしの話なのでエタらず書くかもしれないし貰ったリク全てにちゃんとしたものを書けるかもしれませんが、この事を念頭にいれ、それでもやって欲しいという方がいたら言って下さると嬉しいです。参考にします。本編終了までに決めてまた報告したいと思います」

 

友奈「リクエストするときは活動報告の方にリクエストコーナーを儲ける予定です!確か感想欄に誘導させちゃいけないみたいなので...」

 

椿「キリが良いのも確かだから、エタるくらいなら書かないというのも手だけどな。のわゆ書きたいのもあるけど」

 

友奈「のわゆ書くとしたらどんな風なのか知ってますか?」

 

椿「俺が投下される」

 

友奈「え?」

 

椿「現状案は、のわゆ世界に俺がぶちこまれる」

 

友奈「...椿先輩、いなくなっちゃうんですか?」

 

椿「それはわからん。全然決めてないらしい。新主人公出すのもあれだから...とか」

 

友奈「作者倒さなきゃ」

 

椿「ゆ、友奈?」

 

友奈「椿先輩は連れていかせない...ずっと私の...私達の隣にいてもらう!!!満開!!!!」

 

椿「それ大満開じゃねぇか!?やめろステージ壊れ_____」

 

友奈「勇者、パァァァァァンチ!!!!」

 

 

 

 

 

椿「あーぁ...えー、少なくとも本編は二話、短編は三話残しています。そこまでは仕上げます。今後も是非、よろしくお願いします」




大体の質問には答えられたかな?

今後も是非よろしくお願いします。

......誰か長髪三つ編み銀ちゃん書きませんかね(願望)

追記。 銀の見た目は普通の可愛い(ここ重要)女の子です。だからこそ力を出せることが異常視され、椿達からバーテックス呼ばわりされてます。説明不足で申し訳ない。


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短編 春空の休み時間

好きな物は残しとくタイプなので先に短編載せます。高校の風と椿です。普段と少し形式を変えてます。

それから前話の後書きにも追加しましたが、銀の見た目は普通の可愛い(ここ重要)女の子です。だからこそ力を出せることが異常視され、椿達からバーテックス呼ばわりされてます。説明不足で申し訳ない。

下から本編です。



「風ー」

 

「なによ?」

 

「いや休み時間暇だなって」

 

「珍しいわね。いっつもあたしから行くのに」

 

「たまにはな。さっきの問題の解説もかねて」

 

「うぐっ...やっぱり答え出てないのバレたか」

 

「三択でまぐれが当たったって反応だったからな。見てりゃ分かる。なにが分からなかったんだ?」

 

「ここの転換の仕方」

 

「どれどれ...あー、これは純粋に手前の所でミスしてるだけだ。ここが違う」

 

「嘘、三回は見直したのに!?」

 

「間違ってるってわからないと見落としやすいからな。もう一度別の場所に計算しなおすとミスは見つけやすいぞ」

 

「ありがと...流石ね。分かりやすいし」

 

「俺は園子みたくガチの天才タイプじゃないからなー...才能面で言ったらお前とそう変わらない。自分の通った道だから教えやすいんだろ」

 

「それでもよ」

 

「...ありがとな」

 

「いえいえ...って、ゴミついてるわよ」

 

「え、どこ」

 

「全然違うわよ。動かないで...はい」

 

「重ねてありがとうございます」

 

「もう少し身だしなみも整えたら?」

 

「誰も気にしてないしいいだろ?朝飯とか作るので忙しいし」

 

「まー寝癖は年頃の男子っぽくてまだ許せるけどね。服はただだらしないだけよ。ほらシャキッとする!」

 

「うおっ...姉かお前は」

 

「姉よあたしは。樹と夏凜と椿のね」

 

「あー、夏凜も最近姉妹感出てきたよな」

 

「樹に頼られるのが慣れてなくて可愛いのよねぇ...弄りがいがあるわ」

 

「本人が聞いたら木刀向けてくるな...」

 

「大丈夫よ。椿が盾になってくれるから」

 

「俺かよ」

 

「なってくれないの?」

 

「...いやならねぇよ。弄ってんのお前だろ!」

 

「もし不良に絡まれてたら?」

 

「状況違くね!?まぁそしたら全力で守るけど」

 

「っ...ありがと」

 

「え?」

 

「なんでもないわ!」

 

「お、おう...って、風もゴミついてるぞ。動くなよ」

 

「あ、うん...」

 

「ほいとれた。お前は周り気にし過ぎて自分のことはあんま見ねぇんだから...」

 

「そ、そんなことないわよ!」

 

「樹の服は予算以上に買うのに、自分のはウニクロとか...」

 

「ウニクロ舐めるんじゃないわよ!」

 

「いやあそこのもいいのはあるけどさ」

 

「でしょ!」

 

「まぁ、それとこれとは話が別なわけで。部長として、姉として頑張るのはいいが、少しは頼ってくれよ?」

 

「...じゃあ、ここの宿題全部やって?」

 

「そういう頼れじゃないって分からないのはこいつか?そんなアホなこというのはこの口か?」

 

「いはいいはい、ごめんなはい」

 

「...ぷっ」

 

「あ、なによ!笑うことないでしょ!」

 

「いや...ツボった...くはは...」

 

「魔王みたいな笑い方ね...って、そうじゃないそうじゃない。もうチャイムなるわよ」

 

「え、そんな時間?休み短いなぁ。風といるとあっという間だ」

 

「...あたし次の時間の教材ロッカーだ!」

 

「間に合うか?」

 

「あんたなんでそんな余裕そうなのよ!」

 

「俺はこっちに来る時点で準備終わってるんで」

 

「くぅ!間に合え!!」

 

「いってらー...こいつここも間違えてんじゃん。メモして...よし」

 

 

 

 

 

「間に合ったぁ...ん?紙?」

 

『ここ間違ってるから。風ならできる頑張れ!』

 

「......ありがとう。椿」

 

 

 

 

 

新クラスメイト(良いカップルだなぁ...)

旧クラスメイト(もう付き合っちゃえよ......)

 



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短編 過去と今

今回は銀メイン回。


これは、かつての記憶の断片。

 

 

 

 

 

アタシには、小さい頃から隣の家で暮らす幼なじみがいた。容姿はカッコいい系、性格としては普段静かだけど楽しいときは一緒にバカ騒ぎもしてくれるし喧嘩もしたりする仲。

 

学校は違うけど、遊ぶ機会は誰より多かった。互いの家にけしかけたり、お風呂に入ったり、ゲームしたり、こたつでぬくぬくしたり、お菓子の取り合いをしたり、布団で身を寄せあって寝たり。

 

小学校高学年になると流石に一緒にお風呂に入ることはなかったけど、休日どっちかの家で並んで昼寝するのは最高だった。

 

アタシがトラブルに巻き込まれやすい体質で、弟も(途中から弟たちになったけど)面倒見なきゃいけないから、二ヶ月に一回くらいしかなかった機会。でも、心が暖まって、また明日頑張ろうって気持ちになれる。

 

_______お嫁さんの夢が出来たのは、この頃だ。

 

そんなアタシの日常が変わったのは、小学六年の時だった。

 

選ばれた『勇者』というお役目。一緒に戦うのは大赦でも重鎮である乃木家のぽわぽわした子と、鷲尾家の真面目な子。

 

バーテックスという敵と戦い、四国の壁へ追い返せなければ人類が死ぬ。これ以上にないくらいシンプルで、これ以上にないくらい重大な任務だった。

 

同じ勇者_______須美と園子とは、戦って、一緒に過ごして仲良くなった。

 

彼には何も話せないもどかしい日が続いた。お役目についてなにも言っちゃいけないのに、何かを察したのか笑顔だった。アタシが傷だらけで帰れば心配してくれる。楽しく話してるときはちゃんと聞いてくれる。アタシには勿体ないくらい出来た幼なじみだった。

 

 

 

 

 

アタシ達勇者が親友になって数ヶ月。遠足の日がやってくる。

 

お土産も買って、皆でアスレチックで遊んで、話して、楽しんで、最高の気分で帰っていた際、世界が止まった。

 

比喩表現じゃない。バーテックスが襲ってくる時、勇者以外の時は止まるのだから。樹海と呼ばれる世界に早変わりして、橋を渡ってくる相手を押し返す。

 

敵は今までと違って二体。でも、アタシ達のチームワークは完璧で押し返してみせた。

 

途中までは。

 

隠れていた三体目の奇襲で、須美と園子はぼろぼろ。アタシも軽くない傷があった。

 

でも、止めなきゃ。難しいことなんてわからなくていい。また皆で過ごすために。

 

『またね』

 

 

 

 

 

三体との戦いは、苛烈を極めた。

 

光の矢が雨みたく降って、アタシの体に穴を開けていく。とりついた敵にまともな反撃もできずもう一体に邪魔される。

 

無茶、無理、無謀。

 

それでもまた須美と園子と笑いたい。弟達の成長を見ていたい。彼の隣を歩きたい__________

 

『バケモノにはわからないでしょう。この力』

 

守りたい友達がいる。守りたい家族がいる。どんなにきつくても、それさえあれば戦える。

 

『これが、人間の!!気合いと!根性と!!!』

 

二人にあいつを紹介しなきゃいけない。お土産も届けなきゃいけない。

 

『魂ってやつよぉぉぉぉぉ!!!!』

 

(帰るんだ...守るんだ。椿を、須美を、園子を、家族を、皆を!!!!)

 

視界はやがて白くなって__________黒に染まった。

 

 

 

 

 

次に意識を持った時には、椿が一緒だった。アタシは椿の体に入り込んだ魂。二重人格が一番分かりやすい例えかもしれない。

 

風先輩と一緒に勇者部を作り、樹と知り合って。友奈と須美がきて。

 

あの頃は生きてれば同学年だけど、死んでるから小六のままか?なんて気持ちもあって、皆にさん付けだつたりそうじゃなかったり。でも、楽しかったのは確かだった。

 

そして、椿が中三になって勇者として選ばれる。アタシを含めればチームの二人が元勇者。必然だったのかもしれない。

 

満開し、供物として取られたアタシは二回目の死を味わった。三回目も含め全部意識を刈り取られるような感じだったから、苦しまないだけ幸せなのかも。

 

次に会ったのはほんの僅か。世界を救った椿と、供物の返却として少しだけ返されたアタシ。しっかり別れを告げた。

 

また会えると信じてたけど__________まさか、敵として、椿に傷をつけ、蹴り飛ばす存在として帰ってくるとは思ってなかった。

 

天の神に利用されたアタシは椿と戦い、取り返された。

 

一瞬だけ戻った意識は、バーテックスの体が拒否反応を起こして他の世界へ飛ばされた。

 

なにもない空間が怖い。生きているのか死んでいるのかもわからない。

 

(...勇者は気合いと根性!!)

 

もう一度皆と会いたい。その思いで必死にもがいた。途中で来た椿も追い返して、必死で。

 

次に起きてからは忙しかった。天の神、神婚しようとする神樹様。やるべきことはわかっていたから、勇者になって、満開して、世界の平和を取り戻すため、今度こそ生きて皆を守り抜くために戦い抜いた。

 

そして_____________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「すー...」

「...へへへ」

 

隣じゃないと見れない位置で、椿が寝ている。顔つきなんかはかなり男っぽくなった。

 

久々にゲームをやろうということで椿の部屋にきて、そのまま眠くて二人して寝ていた。

 

中学生、片や高校生になった二人が寝転がるには少し狭いけど、昔に戻ったみたいな感じ。堪らなくそれが嬉しい。

 

例えこの体がおかしなものでも、誰も気にしない。皆がアタシの帰りを喜んでくれた。寧ろアタシが気にし過ぎなんじゃないかと思うくらいだ。

 

どうであれ、アタシにとっては感謝しかない。こうしてまたいられるから。

 

「...へへ」

 

ぷにぷにほっぺをつっついて。

 

「...そういや、園子もやってたな」

 

あまり躊躇わず、そのほっぺに口をつけた。

 

「...ぇへ」

 

アタシは幸せなまま手を繋いで、再び寝ることにした。

 

明日はもっと楽しくなる。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ぅ...あれ、寝てたか」

 

寝ぼけた眼をこすって背を伸ばす。久々にゲームに没頭して、それで寝てたのか。

 

「......」

 

隣には、銀。あまり女の子っぽくはないけど、銀らしく寝てる。知らぬ間に手を繋いでたのか、右手は彼女のことをがっしり掴んでいる。

 

その姿を見れることが、堪らなく嬉しい。

 

「...おかえり」

 

自由な左手で彼女の頭を撫でるのは、彼女が起きるまで続いた。

 



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短編 小説家そのっち

今日はそのっち。前半はバレンタインネタで使うつもりで書いてました。


彼は凄い。成績優秀、容姿端麗という言葉がものすごく似合う人だ。

 

「...」

 

私は、そんな一つ上の先輩にほのかな恋心を抱いていた。叶うことがないというのはわかっている。彼の隣には沢山の女の子がいるのだ。

 

後から来た私が_______敵うわけないのだ。

 

でも、気持ちを伝えないというのは耐えられなかった。心が張り裂けてしまいそうで。

 

どうしたものかと考えたとき、カレンダーの文字が目に入る。

 

バレンタインデー。女の子が好きな男の子にチョコを渡す日。

 

「これだ!」

 

私は料理はそこまで得意ではないけれど、手作りを、私の想いを届けたいと思った。

 

納得出来るものが作れなくて、繰り返すうちに火傷や切り傷が増えていく。それでも作り上げたものは、市販に比べれば渡せる物じゃない。

 

(でも...)

 

バレンタインデー当日。先輩の下駄箱にいれようとしたら、既に溢れんばかりのチョコがあった。

 

休み時間には人だかりができていた。

 

あっという間に放課後になっていた。

 

(...こんなはずじゃなかったのにな)

 

私は、人より勇気も根性もない。遠慮し続けているうちに、本当に大切な物を逃してしまう。

 

「...悔しいよぉ」

 

そんな自分が情けなくて、悔しくて、辛くて。先輩の下駄箱の前で涙がこぼれた。

 

「ったく...重たいんだよ」

「っ!」

 

気づいた時には、その先輩が両手にチョコが詰まった袋を携えていた。

 

「ん?なんだ...っ!」

「え、あの、なんで...」

 

さっき、先輩が帰ったと思ったからここに来たのに、お手洗いに行ってたのか、チョコを運ぶのに苦労したのか。

 

「...それ、俺にくれるのか?」

「え...」

 

胸元で大切に抱えていたチョコ。私の想いの結晶。

 

「聞いてるんだけど」

「...先輩。好きです!」

 

訳もわからなくなった私は、思わず愛の言葉を口にしていた。

 

(ぇ...なにやってるの私ー!?)

 

「はっ...」

 

あざげるように笑った先輩は__________両手の袋を地面に捨て、私を壁に叩きつけた。

 

「いたっ...」

「おい」

「!」

 

大きな音がして、目の前に先輩がいる。壁ドンされている。

 

「気に入った。俺のものになれ。ソノ」

「っ!?!?」

「拒否権はねぇんだよ」

「...どうして、私の名前......」

「んなもん決まってんだろ...お前のことが好きだったからだ」

「月先輩...」

 

こうして、私達の始まっていた関係が改めてスタートした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

俺は、体を震えさせていた。持っていた紙がなんとも重く感じる。

 

(なんだ、これは)

 

得体の知れないおぞましい何かに触れている気分だった。

 

そして、目の前には__________もっと、なんというか黒いオーラを纏った作者(園子)がいた。

 

「どうだった?つっきー」

 

園子から俺への依頼。それは、新作小説の評価。

 

内容は________ブロンド髪を靡かせる儚げな少女『白石 ソノ』と、その先輩で黒髪なイケメン『星空 月』が、バレンタインをきっかけに交遊を持ち、恋人関係になる四月までを表現したもの。

 

形成される文章力から内容は凄く引き込まれたし、強気な月と弱気なソノの感情表現なんかは流石園子と言う他ない。

 

ただ、俺の汗は止まらなかった。

 

(......どうかんがえても)

 

そう。これ、大体のプラス部分を抜けば月は俺で、大体のマイナス部分を抜けばソノは園子なのだ。はっきりそのイメージができてしまうくらい、この小説は良くできてる。

 

(...いやいや)

 

しかし、ここで「モチーフは俺達か?」なんて言えない。恥ずかしすぎる。園子と最終的に濃厚なキスまでもっていくなんて__________

 

「ダメだったかな?」

「...い、いや。そんなことないぞ。凄く面白かった」

 

顔が熱いのを誤魔化しながら作品を誉める。本当に良い作品なのだ。ただ、だからこそ脳裏から離れなくて園子を意識してしまう。

 

「わーい!じゃあネットにもあげてみよ~」

「勘弁してください!!!」

 

頭を下げると、園子の声のトーンが一段と高くなった。

 

「なんで~?」

「...へ?」

 

顔を上げると、満面の笑みの園子。心を掴まれた感覚に戸惑いながら、誤魔化すような言葉を続けていく。

 

「え、いやわ、その...」

「つっきーは、面白いと思ってくれたのに、どうしてネットにあげてほしくないのかな~?」

 

(こいつ...絶対気づいている!!)

 

間違いなく俺が恥ずかしいから言わないのを分かっていて、それでもなお催促するサディストが目の前にいた。

 

「つっきー」

「っ!?!?」

「なんで?」

 

耳元で、囁かれる。心のどこかが削がれる感覚がする。

 

耐えられない俺は_______震えたまま、口を開いた。

 

「...俺とお前がこういうことになってるの想像しちゃって、恥ずかしいんだよ......」

「......そっか~。じゃあやめるね」

 

あっさりと園子は下がった。

 

「じゃあつっきー、また新しいの書いたら読んでね~」

 

嵐より素早く去っていく。ポツンと残されたのは俺だけ。

 

「...あれ?」

 

急に動いた事態に、頭がついてこなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふんふふふんふーん♪」

 

スキップしながら廊下を進んでいく。鏡で見た顔は赤いながらも満面の笑みだ。

(録っちゃった~。つっきーの恥ずかしい声~)

 

隠し持っていたボイスレコーダーには、さっきのやり取りが入っている。

 

『...俺とお前がこういうことになってるの想像しちゃって、恥ずかしいんだよ......』

 

(...えっへへ~♪)

 

私の放課後は、幸せ色だった。



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五十八話 友奈/東郷/風/樹

久々の本編です。今回と次回でシリーズとして一つの区切りがつく予定です(投稿終了とかではないです。引き続きよろしくお願いします)


「ふぁーあ...」

 

勇者部部室。結局高校に入っても二人は部室に来ることが多かった。

 

そんな部室で、今は私と先輩が二人きり。

 

「先輩寝不足ですか?」

「あぁ。確認テストが思ったより難しくて解き直してたらあんま寝れなくて...」

「椿先輩で難しいって高校凄いですね...」

 

勇者部で一二を争う学力である先輩が苦戦するテストなんて受けたくない。

 

「まぁ普通にやってれば大丈夫だけどな。友奈もやれば分かる」

「へー...」

「この前のテストはどうだったんだ?」

「平均くらいでした」

「それだと讃州高はムズいかもな...ま、まだこれからだ」

 

出来れば先輩と同じ学校に行きたいと思う。この辺だとそこが一番近いし、なにより二人の先輩がいるから。

 

「ん、ふぁー...ホントどうにかしなければ...」

「少し寝ても大丈夫だと思いますよ?何かあれば起こしますから」

「本当か?なら頼む...」

 

数分後、かわいい寝息をたてて椿先輩は寝てしまった。

 

(なんだか可愛い...あ、そうだ)

 

静かに近寄って、起こさないよう体勢を変えさせる。所謂膝枕。

 

「んぁ...」

「へへへ...」

 

膝にかかる重みが気持ちいい。女の子とは違う少しごわごわした髪、少し跳ねてる寝癖、普段より幼く見える顔。

 

「......」

 

無意識に、頭を撫でていた。

 

『椿先輩、改めて言わせてください......ごめんなさい!酷いこといったうえ、怪我までさせて!!!』

『終わったことだろ?俺は...なんだ、友奈が無事だったならそれでいい。おかえり』

『...ありがとう、ございますっ!』

 

私は、全部が終わってから先輩にも謝った。それでも先輩が全く気にしていない様子だったのは、単に私の思い込みではないと思う。頭を撫でてくれた手が語っている。

 

ちらりと、扉を確認した。

 

いつのまにか気持ちは大きくなって、言葉に出さなきゃ止まらない。

 

「大好きです。椿先輩」

 

体を傾けて、先輩のほっぺに口をつける。もうそれだけで幸せな気持ちが溢れてくる。

 

「えへへ...」

 

例え迷惑でも、このことに遠慮する気持ちは全然持てない。

 

(大好き)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「東郷って基本和食じゃん?洋食って作らないのか?」

 

古雪先輩と図書館の依頼で書庫整理をしていた時、ふとそんなことを聞かれた。

 

「いきなりどうしたんですか?」

「いや、こんな本があったからな」

 

手にもっていたのは洋食のレシピ本。

 

「ぼた餅が得意料理なのは知ってるけど、基本和のものなら何でも作るだろ?」

「そうですね。筑前煮とか」

「そこでそれが出てくるチョイスな...」

「でも、別に作れないわけじゃないんですよ。ハンバーグとか」

 

基本は友奈ちゃんが好きそうなものを片っ端からマスターした。気は乗らないがケーキなんかも作れる。

 

「先輩も料理出来るんでしたよね?」

「弁当とかはめんどくさかったし、今は風がくれるから作らないけどなー...三ノ輪兄弟には作らなきゃならんし」

「得意料理とかあるんです?」

「んー...目玉焼きかスクランブルエッグ」

「朝食の定番メニューですね」

「ぱぱっと作れて栄養価も高いからなぁ...これから値段が高まっていくから今のうちに食わないと」

 

神樹様が亡くなった影響は少しずつ出てきており、年を越す前に食糧が不足する場合もあるとか。

 

「......私達が選んだ道です」

「そうだな。頑張らないと...さしあたって、この本でも借りてくか」

 

見せてきたのは農作物の育て方。著者はホワイトさん。

 

「ホワイトアスパラガスでも育ててんのかね?」

「白人参かもしれません」

「え、なに、そんなのあるの?」

 

雑談に花を咲かせながら作業を進めていると、とある本が目に入った。

 

『気になる男性の落とし方100』

 

「っ...」

「どうした?」

「い、いえなんでも」

 

咄嗟に持っていた本を隠してしまった。気にする様子もなく先輩は作業を続けている。

 

「あの...古雪先輩」

「んー?」

「先輩って、す、好きな人いるんですか...?」

「いるぞー」

「え!?ど、ど、どなた?」

「勇者部の皆」

「あぁ...」

「?」

「なんでもありません」

 

そう、古雪先輩はこういう人なのだ。少なくとも友奈ちゃんとそのっちのかなり溢れてるオーラを受けてこの反応をする筋金入りの鈍感。

 

(いや、分かっていてこうなのかもしれないけど...)

 

先輩はよく周りを見ているし、気配りもできる。そんな方が恋愛感情だけ疎いとは考えにくい。

 

(...先輩は他に好きな人がいる?それならやっぱり銀よね...もしくは皆妹みたいに見えてる?)

 

可能性はあるかもしれない。ほとんどが後輩、それも皆家族のように仲の良い。

 

「...これはゆゆしき事態かも」

 

図書館の中、私は無意識に一人ごちた。

 

 

 

 

 

ごちて、気づく。

 

(あれ、私何で...)

 

今、古雪先輩の隣を歩く人を想像した時、出てきたのは友奈ちゃんでもそのっちでも銀でもなく__________私だったのか。

 

(...もしかして。私)

 

気づいたときには、胸の高鳴りはかなり早まっていた。

 

「東郷?大丈夫か?」

「は、はい...大丈夫です」

 

(...やっぱり、私、先輩のこと......)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「じゃあよろしくね」

「ほーいっと」

 

今日のあたしは日直、椿はいつも通り樹の送り届けのためバイクへ向かう。

 

元大赦の人に作ってもらったバイクは、よくわからないけど勇者の力の残りで資源を使わず動かせるんだとか。乗せてもらったこともあるけど、乗り心地はよかった。

 

「古雪君ってお金持ちだよね。今時バイク通学なんて」

「というか気配りできるし、そこらの男子と違って物静かだし...」

「それに、ノリが悪いわけじゃないもんねー」

「かっこいいよねー!」

 

椿の消えた教室では讃州中学あがりじゃないクラスメイトが話をしていた。

 

(確かに優良物件よね...)

 

もし彼に勇者の適性がなければ__________銀が一緒じゃなかったら、あたしが勇者部に誘うこともなかったし、今みたいな関係を築くことも、好きになることもなかっただろう。

 

「それに比べて他は...」

「なんだよ!こっち向くなよな!!」

 

去年から同じクラスな騒がしめなクラスメイト。ムードメーカーとしてはピカ一だが、そのキャラが災いして彼女はいない。(椿談)

 

「まず、君達には残念だが、椿には相手がいる!!」

「風ちゃんでしょー」

「いっつも弁当渡してるもんね」

「私も弁当渡したいけど、風ちゃんの弁当に勝てる気はしないのよね...」

 

(聞こえてるわよー)

 

恥ずかしさを抑えながら黒板の文字を消していく。

 

椿は多分作ってこられたら断らない。余計なことを言わないよう釘を刺しておかねば。

 

(なんか、微妙なのよねぇ...)

 

現状唯一同じ高校へ通うアドバンテージに嬉しくなったものだが、放課後は勇者部、クラスは元から一緒で前とあまり変わらず。

 

ついでに言うなら一人だけずるいような気分にもなって、どうにも落ち着かない。

 

「まぁ風もそうだけど...それ以外に六人!あいつは女をたらしこんでいる!」

『!!』

「たらしこんどらんわぁ!!」

 

持っていた黒板消しをぶん投げた。

 

「ばふっ...風さんひどいっす...というか聞いてたんすか...」

「聞こえとるわアホ!大体たらしこんでるって何よ!」

「だって勇者部は椿以外女の子のハーレム部活じゃん!」

「勇者部?」

「ホームページを確認して見るといい。この前なんか結婚式のパンフレットに後輩と写ってたしよぉ...俺にも春を!!青い春を!!」

「知らないわよ!!」

「大体否定しないってことは少なくとも風は...」

「う、うるさいわよバカァ!!!」

「べぶっし!?」

 

ギャーギャー騒いできたクラス。椿がいなくてよかったと心から思った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ではこれで、レコーディングは終了とします。お疲れさまでした」

「あ、ありがとうございました!!」

 

私がオーディションに合格して入った音楽会社。練習は椿さんの運送のお陰で他の人より差をつけられ、同期の中で一番最初のCDデビューができた。

 

「お疲れ様犬吠埼さん」

「お疲れ様です」

 

労いの言葉をかけてくれたのは私のレッスンを担当してくれた方。若くてカッコいいけど女性。

 

「CDとして出るのは一ヶ月後。ただしそっちの生産は落としてネット配信を重視していく。これであってる?」

「はい。お願いします」

 

今の時代いきなり名もない歌手が出たところでCDが売れる筈もない。それに私はお金とか関係なく皆に歌で元気になってほしい。だから今回はこの形でいこうと決めていた。まだ中学生だし。

 

(それに...好きな人にはもっと早く聞いてほしいし)

 

「古雪さんのこと考えてた?」

「え?い、いえそんなこと!?」

「顔に出てるわよ...とりあえずとりたてのCD、要望どうり渡しとくわね。流出だけはやめてね」

「はい」

 

皆にだけは早く聞いてほしくて通してもらった我が儘。ついさっき録音したものを渡してもらう。

 

「実際犬吠埼さんは凄いわ。最近慌ただしいのにこんな短期間でデビューまでこぎつけるなんて。元が良かったからってのもあるけど、凄い努力だものね」

「へへ...ありがとうございます」

 

あまり勇者部には出れてない。部長になったのに情けないが、代理を勤めてくれている夏凜さんは喉に効くサプリを渡してくれるくらい応援してくれてる。

 

「私には、待ってくれてる人がいるので」

 

夢を応援してくれる家族のような存在があるから。お姉ちゃんは最初から家族だけど。

 

「早く成果を見せたいんです」

「...無理はしないでね」

「分かってます」

「あーあ...私も彼氏欲しいなぁ」

「私も欲しいです...」

「え」

「え?」

「...古雪さんは?彼氏じゃないの?」

「いえ、まだただの先輩です」

「嘘ぉ!?」

 



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五十九話 夏凜/園子/銀/椿

「というわけで、我が妹!!樹の歌手デビューを祝って!!!椿が到着次第ここでCDを流すわよ!!」

 

風が盛大に場を盛り上げて、勇者部の部室は異様な熱気に包まれていた。よくアイドルのコンサートにいるような格好に身を包み、光を出す棒を握っているのはただの危ない奴だ。

 

「お姉ちゃんやめて!恥ずかしいから!!」

「樹ちゃんもう無理だよ。風先輩は止まらないから」

「銀さぁん...」

「いっつんのグッズ展開、本格的に考えないとねぇ」

「園子さぁん!!」

「讃州の歌姫(ディーヴァ)...それとも、歌姫(プリンセス)?」

「やめてくださーい!!!」

 

明らかにうるさい教室から出た。

 

「夏凜ちゃんどこいくの?」

「ちょっと喉乾いたから飲み物買ってくるだけ。何かいる?」

「大丈夫ー!」

「そ。じゃあ行ってくるわね」

「行ってらっしゃい!」

 

友奈が笑顔で送り出してくれるのにドギマギしながら自販機まで。そこにはよく見る顔が先客としていた。

 

「なにしてんのよ、あんた」

「ん?あぁ夏凜か。部室に行く前に先に飲み物をな」

 

ちょっと用事があるらしくて遅れてた筈の彼の手元には、ペットボトルとお菓子が入った袋があった。

 

「そんだけ買ってて?」

「こっちはお前たち用。俺はこれでいい」

 

相変わらずみかんジュースを押す椿。

 

「高校での風のテンションの高さから、このくらいは飲みきるくらい樹の歌聞き続けるだろうから...」

「樹も災難ねぇ...」

「いい姉なんだが止まらないのは難点だよな」

 

言いながら早速飲んでいく椿を見て、私は爆弾をぶちこむことにした。

 

「そういえば、この前兄貴にあったのよ」

「ぶぼっ!?」

「え、そんなに驚くこと!?」

 

既に椿と兄貴がそれなりに知り合いなことは知ってる。特注バイクを用意してくれたことも。もっと前から言えばあの防人の装備のことも。

 

「こほっ、こほっ...いや悪い。まさかお前からも出てくるとは思わなくて」

「お前からもって...何か兄貴言ってたのね」

「あー...まぁ、妹と久々に話したってな」

「...」

 

私と兄貴は、あまり良い関係ではなかった。私は兄貴の才能に嫉妬して、兄貴は私に嫌気をさしていた__________そう思っていた。年末の時も帰ったけど全然話さなかった。

 

『おかえり。頑張ったね』

 

でも、兄貴からそう言われたとき。全部私の勝手な思い込みだったんだと思った。

 

それでもやっぱり気になることは気になるわけで。

 

「ねぇ椿」

「ん?」

「...兄貴とは、どんな話したの?教えてくれない?」

 

やっぱり、私のいないところでは悪口を言っているのだろうか。長い間兄貴とは会ってなかったからわからない。

 

(椿はそんなこと言わないだろうけど...)

 

「......言ってもいいか。夏凜がどんだけ可愛いかって談義してただけ」

「なー!?」

 

予想外の言葉に顔が熱くなる。

 

「な、な...」

「な?」

「何話してるのよバカー!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「何でここにいるんだ」

「え~?サプラーイズ!」

 

ここはつっきーの家。時間は朝早く。

 

膝枕は久々にしたけどつっきーは気持ち良さそうに寝ていた。起きたらそっぽを向いて「癖になるからやめてくれ...」と言われた時はキュンとした。

 

「ていうか鍵はどうした!?」

「お義母さんが開けてくれたよ~」

「......まぁ、俺は役得しかないからいいんだけど...他の奴に簡単にやっちゃダメだぞ?」

 

本気で心配してくれるつっきー。勿論私もつっきー以外の異性にするつもりなんて全くない。

 

「大丈夫だよ」

「ならいいけどさ。園子意外としっかりしてるし平気か」

「意外とはいらないよ?」

「普段はぽわぽわしてるだろ?今みたくさ」

 

頭を撫でてくれるつっきー。誰とも違うこの撫で方が癖になる。

 

(というか、もう虜なんだよね~)

 

「つっきー」

「?」

「呼んだだけ~」

 

幸福を漏らすようにつっきーつっきーと連呼する。隣にいるだけで、話をするだけで笑顔になれる。

 

「あと、ありがとう」

「...大したことはしてないから」

 

今日のことでお礼を言うと、つっきーは本当に大したこと無さそうに答えた。

 

「膝枕してー」

「え?俺が?ぁ、俺でよければ...」

 

ちょっと固めの膝枕。でも、サンチョよりよく寝れる気がする。

 

「......」

「寝つきがよろしいことで」

 

頭が撫でられる感じがして嬉しくなって本当に寝てしまうと、次に目を開けるとつっきーはいなかった。

 

「んー...」

 

既に部屋は私しかいない。机に置かれてた一枚の紙には『買い物といつものやってくる。今日は楽しんで』とあった。

 

「ありがとう。つっきー」

 

何度目か分からない彼の名前を口にした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ほれ、行くぞ」

「おう!」

 

イネスで合流したアタシ達は二人で歩いていく。椿の方から誘ってくれた。

 

「園子との生活は慣れたか?」

「あぁ!すっごい楽しいよ!!」

 

アタシは一度死んだ身。三ノ輪家に戻ることも出来ず今は園子と二人で暮らしてる。名前も乃木銀になった。園子のやつ、今日は朝から消えたけど。

 

でも、もう二度と味わうことの出来ないと思ってたことがまた出来る。それが何よりも嬉しい。

 

勇者部で面白おかしく話すことも、園子とまた会えることも、成長期した弟達、家族を見ることも、こうして椿の隣を歩くことも__________全部、全部あり得ない夢物語だったから。

 

「銀!?」

「え?」

「何で泣いてるんだ!?どっか痛むのか!?」

「...あれ?」

 

気づいたら泣いてた。少し恥ずかしい。

 

「銀!」

「大丈夫。だから大声出さないで...恥ずかしい」

「あ、あぁ...ごめん」

「んーん。嬉しいよ」

 

「手、繋いでくれない?」と頼むと、すぐさま握ってくれて、別の恥ずかしさと、それ以上に嬉しさが込み上げてきた。

 

「...アタシさ。嬉しいんだ。まだ生きれて」

「銀...」

「思い出を、これからもいっぱい残せる。それがなにより嬉しいんだよ。椿や須美、園子をはじめとした勇者部のお陰さ」

「......これからも、いっぱい作ろうな。思い出」

「あぁ」

「じゃあとりあえず...はい」

 

パッと離された手を名残惜しく感じてたら、前髪に少し重みを感じる。でも全然嫌な感じじゃなくて、懐かしい__________

 

「これって...」

「前のは埋葬する時入れちゃったからさ。代わりにって」

 

長くなってた後ろ髪を切るのも勿体無くて、三つ編みにして結んだ。でも後ろばかりやってると朝前髪をいじる時間もない。

 

でも、かつても持ってたこれなら。

 

「......前も、椿がくれたんだったね」

「小一か?二か?いつだっけ...」

 

覚えてないくらいにくれた、花があしらわれた髪飾り。昔の奴とよく似たそれをつけたアタシは、近くにあった鏡で見て興奮する。

 

「ありがとう椿。凄く大切にする」

「その笑顔だけで十分だよ」

「またそんなこと言って...たらしが」

「はいはい...ほら、そろそろ時間だろ?」

「え、嘘!?」

「行ってらっしゃい」

「...行ってきます。椿も気を付けてね!」

 

あっという間に時間は過ぎて、アタシは今日のメイン会場へ向かう。

 

「揃ってる...またアタシ最後かよー」

「そうよ銀。反省したら次からは早くくること!」

「わかったよママー」

「わっしーママ!?いいよー打点高いよー!!」

「私はママじゃありません!!」

「へいへい...冗談は置いといて。んー、何て言ったらいいんですかね?お久しぶりです?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

かつて炎だった世界へは、橋をかけられその大地へ乗り込めるようになった。

 

「少し飛ばす」

「分かりました!!絶対離しません!」

 

(そんなにくっつかれると運転に支障が出るからやめて欲しいんだけど)

 

その大地を友奈を乗せて加速。バイクの振動と当たる風が心地よい。

 

(......また、か)

 

外へ出るといつも見かける青い鳥。幸せを呼ぶ鳥と言われているが、どうにも俺にはそれ以上の何かに思える。

 

「ま、関係ないか」

「先輩?」

「なんでもないよ。行くぞ!」

 

いつも、青い鳥の飛ぶ方へ向かうと__________

 

「この辺、だな。連絡頼む」

「はい!」

 

バイクを止めて目の前の土を触る。

 

「良さそうだな...」

「椿先輩、風先輩からです」

「あぁ...もしもし、座標送れるか?」

『今送ったわ。今日は東郷もいないし大変よ』

「そっちが友奈じゃなくて良かったよ」

「あれ、私バカにされてる!?」

 

友奈のフォローは風に任せて俺も電話をかけた。

 

「もしもし。座標を転送しました。あとよろしく」

『相変わらず早い...』

「まぁ、当てずっぽうでやってるだけだから」

『しずく他三名を向かわせます。ご苦労様です』

『また古雪さんに負けたのですか!?弥勒家の者として恥ずかしい限りです!!』

『勝負じゃないから...』

 

相手は楠芽吹さん。かつて防人の隊長を勤めていた人物で__________今も四国外調査隊の隊長を勤めている。

 

遠くないうちに訪れるだろう食糧難を防ぐため、唯一車などの燃料を惜しまず行われているのがこの調査。主な任務は作物を育てられそうな土壌を見つけ、そこから食糧を作ること。メインの指導者は昔のデータを持っている大赦だ。

 

そして俺達の任務は、週末こうしてその土壌探しを手伝うこと。俺達はいわばボランティアで、彼女達は仕事だが、やることは変わらない。

 

人類はまだ生き抜くことを諦めなんてしない。心が折れかけても諦めなかったからこそ得られた世界がその大切さを教えてくれる。

 

「友奈、今日はまだぶらつくぞ」

「はーい。じゃあ樹ちゃん、風先輩、またあとで」

 

今日は同伴者が友奈、四国での連絡側が風と樹。夏凜は春信さんと会っているらしくて、さっきまで一緒だった銀、それから東郷と園子は__________

 

「わわっ」

「メール?」

 

バイクにスマホを嵌め込む前に届いたメールを開いて、俺は微笑んだ。

 

中身は一枚の写真だけ。写っているのは東郷、銀、園子と安芸さん。

 

ただ、その写真に写ってる全員が笑顔で__________なによりも嬉しかった。

 

俺達のやることは変わらない。

 

人のためになることを勇んで実施する。それがこの部活_______俺達の部活、勇者部の理念だから。

 

背中には世界を変えたから見れる彼女、左手には返して貰った赤いミサンガを乗せて。バイクは再び走り出した。

 

 

 

 

 

この先の未来が楽しくなるんだと信じて。皆で平穏な日々を過ごしていく。これからも、きっと__________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、ここで勇者の章から続いてきた二期は一つのピリオドがつきます。個人的にこの最後が気に入っていたので『卒業』の段階ではまだ続くと話してました。

さて、今後の話ですが...リクエストを取りたいと思います!!

のわゆの方を考えていたのですが、ゆゆゆはかなり早く浮かんでたアイデアが纏まらなくて...どちらもうまくかけるか分かりませんが、今後はリクエストを取りたいと。このあと活動報告に詳しい情報をのせるので作者のところをクリックしてくれれば...感想、評価合わせてよろしくお願いします。


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短編 君の名前を

始める前に少し。

リクエスト、多くの方から頂いて...ありがとうございます!ありがたい...のですが。

半分を越える数がゆゆゆい、のわゆを書いてくれという意見でした。

ゆゆゆいについては改めて言います。現状書くつもりはありません。理由は以前お話した通り。自分がプレイしてないものを中途半端に出すのも辛いので。申し訳ありません。三人目の友奈ちゃんが動画に上がってたやつ聞いたらもうそれだけで心持ってかれたので、その友奈ちゃんだけ単品で出すかもしれません。

そして、のわゆについて。想定していたより多くの声で、リクエストで書かれていた一つに共感したので...再び考えています。リクエストとどっちかにするつもりだったんですが...設定の練り直し、また無理をするつもりもないので頓挫するかもしれませんが、とりあえずご報告だけ。

話は変わって今日は二本立て。この話はリクエスト、もう一話は新シリーズです。

リクエストは椿×友奈。リクこんな感じだよ~という意味も込めてます。希望通りのが書けてるといいのですが...

長々と失礼しました。下から本文です!(自分で書いててここまで胸焼けしたのは初めて。名前がゲシュタルト崩壊しそう)





「友奈」

「椿さん」

「友奈」

「椿さん」

 

普段椿先輩と呼ぶ彼女がさん付けで呼んでいるのは違和感を感じでいたが、感覚が麻痺してきた。

 

「友奈」

「...椿さん」

 

最初から朱色がささっていた彼女の顔も、より赤みが強くなる。

 

「っ、友奈」

「椿さん」

 

事の始まりは、園子が小説の題材のために依頼されたものだ。友奈も了承したということで、呼び合うだけだしと納得した。

 

納得してやりだしてから、俺はバカだなと感じた。

 

「友奈」

「椿さん」

 

互いの目を見つめて、少し離れた位置から互いの名前を呼ぶ。耳が彼女のためだけに使われて、その赤い目も吸い込まれるように魅了される。

 

(そういえば、園子に見られてるんだっけ...)

 

ちらりと隣を見ると、ニコニコ笑顔な園子がいた。今部室には俺達だけで、他には誰もいない。

 

「先輩?」

「あぁごめん。友奈」

「はい、椿さん」

「友奈」

「椿さん」

 

じっと見てるから、少し目線を動かすだけで気づくんだろう。

 

(いつまで続くんだろこれ...)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「友奈」

「椿さん」

 

言われる度に心が掴まれるのを感じながら、それでも返している。

 

『○○君!』

『なに?』

『ううん、ただ呼んだだけ!』

 

ふと、そんな恋人同士がやってるドラマを思い出して、顔が熱くなった。

 

「友奈?」

「椿さん!」

「っ」

 

私の熱いのが伝わったのか、椿先輩も顔を赤くした。

 

(お揃いだぁ...嬉しいな)

 

ただ名前を呼んでるだけなのに、心が暖かくなる。

 

「友奈」

「椿さん」

 

私は、もっと先輩を見たくなった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「友奈」

「つばきさん」

 

なんだかとろんとした彼女の顔を見てると、こっちも意識が眠くなる。とりあえず指示を通すため名前だけを呼び続ける。

 

互いに座っているのだが、さっき友奈が椅子を近づけてきた。

 

「友奈」

「つばきさん」

「友奈」

「つばきさぁん...」

 

声に蜂蜜がかけられたようにあまくどろりとなる。それが、俺の鼓膜を襲う。

 

「友奈」

「つばきさん」

「友奈」

「つばきさん」

 

何か心がぽかぽかしてくる。

 

(なんだこの感覚...)

 

もっと欲しい。抗えない欲が出てくる。

 

(......もっと)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ゆうな」

「つばきさん」

「ゆうな」

「つばきさん」

 

いつもはカッコいい感じのつばきさんが、可愛く感じる。

 

つばきさんが少し椅子を近づけてきてくれたのが嬉しい。

 

「ゆうな」

「つばきさん」

 

魔法にかけられたみたいに思うけど、この気持ちは魔法で作られた偽物なんかじゃない。

 

「ゆうな...?」

「っ?」

 

気づいたら、膝と膝がくっついていた。

 

(...あれ?つばきさん動いてたっけ?)

 

つばきさんが動いてたのはちょっとだけだったはず__________

 

(...そっか、そうだよね)

 

体と心が、本当の意味で一つになった気がした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ゆうな」

「つばきさんっ」

 

いつの間にかくっついていた膝から、ゆうなの手がはいよってくる。そのまま手を絡める。

 

「ゆうな」

「つばきさん」

 

(ゆうな...)

 

その目に、声に、姿に、体の全てが持っていかれる。

 

こつんと、音がした。

 

(ゆうな...)

 

「ゆうな...」

「つばきさん...」

「ゆうなぁ...」

「つばきさんっ...」

 

声と一緒に吐き出される息を感じる。甘い甘い触れあい。

 

その、口の距離が__________

 

「はーい!」

「「っ!?」」

「ありがとー!十分だよー!」

 

大声のした方を見ると、園子が手を俺達の間に滑り込ませていた。

 

同時に、我にかえる。

 

(......っ!?!?)

 

「っはー...」

「いやーつっきーもゆーゆも凄い演技派だね!私ビックリしちゃった!」

「お、おう...そうだろ?な、友奈?」

「え、えぇ...そうですね!つばきさん!」

 

なにかを誤魔化すように声を大きくする俺達。そのまま今日はお開きとなった。

 

(...友奈)

 

思い出す彼女の顔。それだけが頭を埋めて全く寝れる気がしない。

 

(なんなんだこれ...)

 

怖いと同時に、幸せを感じる何か。俺は、友奈と__________

 

(......あー!なんだこれ!!)

 

しばらく、友奈のことは直視できなかった。

 

鳴り響く心の名を、俺はまだ知らない。

 



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アフターストーリー 夏凜

本日二本目、新シリーズ。話すことはあんまないです。

全てif話。ヒロインはサブタイ通り。

本当は二つで一話の予定でしたが、前話で話した理由で時間が欲しいので一人で一話づつ。なので文字数が少なめです。ご了承ください。

それではどうぞ。


「夏凜を...俺にください!!」

 

高級な料理屋の和室。そこで俺は誠心誠意を込めて土下座した。隣には愛すべき彼女がいる。だから平気__________なんてことはなかった。

 

「さて、話を聞こうか椿君」

 

目の前には、下請け会社をいつの間にか誰もが知るトップ企業まで押し上げた社長(化け物)がいた。

 

 

 

 

 

高校に入りしばらく。俺は勇者部の皆に告白された。

 

俺が選んだのは夏凜だった。

 

『なんで私なの...?友奈とか園子とか私より良い人いるじゃない』

『...その顔がほっとけないんだよ』

 

儚げな顔で言う彼女にそう返事をすると、林檎みたく真っ赤にして『バカ』と言った。

 

その後は付き合い始めたが、別に普段と変わらなかった。勇者部に行ったり、たまにデートしたり。それだけで俺達は幸せだった。

 

ただ、俺も成人。夏凜も高校卒業ということで、プロポーズしたのだ。夏凜も快く了承してくれたときは嬉しくて抱き締めた。

 

俺は仕事、夏凜も働きたいということで忙しくなる。というわけで_______互いの親御さんと会おうと決めたのだ。

 

うちは全然平気だった。夏凜の良いところを前々から教えといたので、逆にガッチガチに緊張した夏凜をほぐしたりしていた。

 

反対に、夏凜の家は______意外なことに、こちらもすんなり許してくれた。

 

晴れて結婚決定。準備を始めようか__________というとき、電話がかかってきた。

 

『僕が長期出張の最中に凄い話になっているらしいじゃないか』

 

この世の声とは思えないナニカ。天の神より俺の心を震え上がらせた。

 

『待ってるといい』

 

気づいた時には食事のセッティングがされ、四人の確保がされていた。

 

 

 

 

 

そして今。魔王三好春信が、俺と夏凜の結婚を防ぐための壁として現れた。

 

「まず、君と夏凜が付き合っているなんて知らなかったんだけど」

「兄貴に言ったら騒がれるでしょ」

「うん。そうだね。なんで黙ってた答えろ」

 

今日は会ったときから目のハイライトがない。

 

「なかなか言えるタイミングが無くてですね」

「...僕と君の付き合いだ。嘘をついたってわかるよ」

「いやわりとマジなんすけど」

 

告白からプロポーズまではそう時間は開いていない。その間春信さんはずっと高知の端まで出払っていた。

 

「み、三好さん。事実です。私も知ったのは少し前ですから」

 

助け船を出してくれたのは楠芽吹さん。今は春信さんのところに就職が成功したらしい。今回の第三者視点(犠牲者)だ。

 

「......だとしても!!認めない!!!」

「......」

 

分かってはいた。春信さんは変態過ぎるくらいのシスコンだ。

 

だから俺は、これしかできない。

 

「それでも...お願いします。夏凜を...俺にください!!」

「...さて、話を聞こうか椿君」

 

土下座して、思いを伝える。どれだけ彼女を欲しているか。彼女のために尽くせるか。

 

「確かに春信さんが夏凜のことを愛しているのは知ってます。誰にも渡したくないくらい好きで、働かなくても養っていけるよう今の仕事を成功させていることも」

「「え」」

「それがわかっていて君は僕から奪うというのか?盗撮写真を僕に渡しているうちに気持ちが流れたくらいなら、君は相応しくない」

「「え」」

「君には他にも勇者部の子がいるだろう?それでいてなお夏凜を選び、僕に歯向かってくる理由はなんだ?」

「...好きだからに決まってんだろ!!夏凜の自信満々の顔が!予想外のこと言われてすぐ赤くなる性格が!俺を好きでいてくれる気持ちが!!あんたがどれだけ凄い人間だろうと俺は全力で抵抗する!夏凜と結婚させるから靴なめろと言われたら喜んでやってやるよ!!!」

「......」

「俺は、あんたより夏凜を愛してる!!!だから...だから!!夏凜を俺にください!お願いします!!!」

 

自分の思いを伝える。春信さんはしばらくして、声を発した。

 

「...顔をあげろ」

「......」

「...そんな泣きそうな顔するな。僕の弟になるんだから」

「!!!!」

「...夏凜を、頼むよ」

「はい!!!!」

 

がっしりと固い握手を交わし、隣の夏凜に笑顔を_________

 

「ねぇ椿。盗撮ってどういうこと?」

「...あ」

「ごめん芽吹。ちょっと抜けるわね」

「もう帰って大丈夫ですよ夏凜さん。今日の目的は達成されましたから。結婚式の日程決まったら教えてください」

「ありがと。さて椿。ちょっとお話しましょうか?」

 

俺の腕を掴む彼女は、泣いてて笑ってて、邪悪なオーラを纏っていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「予定していた内容と、随分違いましたが」

 

二人が出払った後で、私は三好さんに質問した。

 

今日私が呼ばれたのは表向きはあの二人からで、この人を説得するための手助けをしてほしいと言われていた。だが、私は三好さんにも依頼を受けていたのだ。

 

内容は、三好さんが結婚を反対した時、上手く納得できるよう二人に協力して僕を攻めてくれ。というもの。

 

三好さんは重い口を開いた。

 

「...僕は自分で思ったより、椿君のことを認めていたらしい」

 

遠い目をしたこの人は、今まで見たことない優しい目をしていた。

 

「今日は付き合ってくれてありがとう。奢りだから好きに食べて」

「では遠慮なく。それから無理して開けたスケジュールの埋め合わせのため、お金だけ置いて早く仕事に戻ってくださいと秘書さんから連絡がきてます。私はあやちゃんや雀を呼んで豪遊するので余分に置いていってくださいね」

「かなり酷いな君!?」

 

私は変態上司を蹴飛ばして、仲間を呼んだ。

 

(はぁ...夏凜さん。古雪さん。どうかお幸せに)



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アフターストーリー 銀

今さらですけど、この話はサブタイ以外のヒロインは出さないようにしています。そうしないとメインの出番かっさらう勢いで出てきそうですから...Mさんとか。

今日は銀です。下から本文です。


「......アタシさ。今までで今が一番幸せだ」

「...俺もだよ。銀」

 

 

 

 

 

銀が成人式を迎えた時、俺達は結婚した。

 

俺の気持ちが恋だと気づけたのは、三ノ輪兄弟のお陰だった。

 

銀は全てが終わって戻ってきてからあの二人と遊んでいて、二人も第二の姉のように仲良く過ごしていた。もしかしたら俺が知らないだけで、銀は真実を話していたのかもしれない。

 

『兄貴は全然わかってない!!よく考えろよ!!』

『銀おねぇちゃんの時みたいに、何も言わずに終わるなんてダメだよ!!』

 

高校生になった鉄男と中学生になった金太郎に怒鳴られ、俺は皆との関係を見つめ直すことにした。後から聞いた話だが、この時点であいつらは俺と銀をくっつけようとしていたらしい。

 

見つめ直した俺は________銀に告白することにした。気づいた時には感情が溢れていた。

 

『......遅いんだよ』

 

告白したときの彼女は、涙を溢しながら笑顔だった。

 

それから、付き合って、プロポーズして、式をあげて。それ以上のことをして。

 

彼女の体は年月が経つにつれて、普通の人間に近くなっていた。理由は不明。後遺症なんかも特になし。わけがわからなかったが、安芸さんが献身的に調べを進めてくださり、一つの仮説が立てられた。

 

曰く、銀の体は天の神との戦いが終わった時点で人間のもので、超人的な活動を可能としていた細いながらも異常についていた筋肉が衰えていった。それが、一番可能性としては高いと言われた。

 

まぁ_______俺達が一番喜んだのは、自分達の手で子供を成せることだった。なによりそれが嬉しい。二人の空間も幸せだったが、三人に増える瞬間はきっともっと幸せなのだ。

 

 

 

 

 

そして、約半年と少しが過ぎる。

 

「頑張れ...銀」

 

今目の前では、出産のため苦しんでいる銀がいた。マジックミラーでこちらの姿は見れないが、俺の方からは呻いている彼女が見える。

 

『お嫁さんになる夢を叶えてくれたのが、椿でよかった』

 

そう言ってくれた彼女が、新しい家族を迎え入れようとしている。俺は祈ることしか出来ない。

 

(頼む...頼む!!)

 

神がいないのに神頼みをして、数時間が経過した。

 

「......」

 

涙が溢れた。

 

銀が、無事赤ちゃんを産んだのだ。防音のため産声は聞こえないが、銀の顔が涙で濡れている。

 

「よかった...よかった...」

「おめでとうございます」

「ありがとうございます!!」

 

 

 

 

 

授かったのは女の子。きっと銀みたく可愛く、芯の入ったまっすぐな子に育つだろう。

 

だが、育てるのは俺達親の責任だ。

 

「...椿」

「どうした?」

 

数日後、崩してしまった体調を治した銀に林檎をあげてる時。

 

窓が開いていてそよ風が小学生時の髪型に戻した銀の後ろ髪を揺らしてる時。彼女が口を開いた。

 

「ありがとう。アタシの夢を叶えてくれて。アタシをこんなに幸せにしてくれて」

「...なに言ってんだ。これからもっと幸せになるんだよ...一緒に頑張ろう」

 

繋いだ手を絡める。確かな暖かみがここにある。

 

この手を二度と離さないと誓おう。

 

「...そうだな。二人で......いや、アタシ達三人で」

「...あぁ」

 

きっと、俺達家族ならなんだって乗り越えられる。

 

「じゃあ...まずはあの子の名前どうしようか?パパ?」

「パパって...間違ってないのか。候補は考えてきたぞ。まずな_________」

 

そよ風は、俺達を祝福しているようだった。

 



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アフターストーリー 樹

「~~♪」

 

四国一の大型ステージが、一人の少女に従って震える。

 

『ラブ!』とか、『こっちにウインクして!』とかそんなうちわを振ったり、黄緑のペンライトを高く突き上げたりと、会場内は大盛り上がり。

 

それもそのはず。今や知らない人はいない讃州の歌姫(ディーヴァ)の異名を持つ彼女のワンマンステージなのだから。倍率は140倍を越え、出したCDはどれだけ生産しても再生産が決まる。今日の物販も既に完売が報告された。

 

「~♪。ありがとうございました!!」

『ウァァァァァァ!!!!』

 

四国一のアイドル。その名は犬吠埼樹。

 

またの名を_______俺の婚約者と言う。

 

 

 

 

 

「椿さーん!」

「お疲れ樹。流石に慣れてきたな」

「まだまだです...今日は大勢いて緊張しました」

「そんな風には見えなかったけど?」

「えへへ...」

 

ライブが終わり、変装を済ませた樹をバイクに乗せて家まで帰る。

 

樹は高校生になってから出した三枚目のシングルが爆発的な大ヒットを記録。今年20歳になるが、高校を卒業して本格的な歌手となり、あれよあれよという間に四国一の歌姫となった。

 

天の神との戦いが終わった直後こそ、歌は無価値だと叫ぶバカもいたが、今では人々に力をくれる大事なコンテンツの一つとほとんどが認識。その先導者こそ彼女である。

 

俺は表向きは彼女のマネージャーだ。

 

「とうちゃーく」

「変装は疲れますね...」

「仕方ない。今スキャンダルとかとられたら大変だし」

「私はそれでもいいんですけど~」

「樹に変なファンメール届くのは避けないといけないからな」

 

アイドルが恋愛してはいけないという風潮は割と昔からあるらしい。今はそう大した問題ではないが、樹に誹謗中傷を目的とした物を送られたら俺が許せないので、もう少しブームが過ぎるか、熱愛報道をしても大丈夫なくらい人気を磐石なものにするかということで、まだ伏せている。

 

「でも、無理して別の家に住もうとはしませんよね?」

「...お前のことが好きなんだから、離れたくないんだよ。察しろ」

「その言葉だけで嬉しいです」

「くっ...」

 

最近はこうして仕事でも家のなかでも手玉に取られることが多くなった気がする。嬉しいのと恥ずかしいのとあるが、彼女の笑顔を見てると可愛く見えてどうでもよくなる。

 

「明日は久々のお休みですよ!どこ行きましょう?」

「休まなくていいのか?疲れてるだろ?」

「疲れますけど椿さんと一緒に過ごせる久々の休みなんです!寝てるなんて勿体ないですもん!」

「...わかった」

 

 

 

 

 

次の日。俺と樹はお出かけ______はせず、家でDVDを流していた。彼女の顔は若干不機嫌だ。

 

「私のDVD見たいって...椿さんのためならいくらでも歌いますよ?」

「俺と一緒に休みを過ごせればいいんだろ?」

 

体育座りする自分の股の間にすっぽり収まった樹は、体重を俺に預けてくれる。動けないよう抱き締めると、甘い声を鳴らした。

 

「...そうですけど」

「俺はこうしてたいな。樹の体温を感じてたい」

「...そう言われて、嫌ですなんて言えませんよ」

 

昼過ぎから夕方まで、彼女の歌をBGMにつっつきあったり手を重ねたり。

 

「すー...」

 

しばらく経つと、彼女は寝ていた。前は朝も起きれなかった子がここ最近はライブのレッスンなんかで朝から夜まで忙しかったのだ。昨日の夜も少し無理していて、うっすら隈ができていた。

 

「...お疲れ様」

 

毛布を被せて頭を撫でる。彼女はこんなに疲れてるのに、それでも俺との時間を大切にしてくれてるのだ。

 

「......今日はご馳走だな」

 

嬉しさを噛み締めながら、俺はキッチンへ向かった。

 

「好きです...椿さん......」

「...俺もだよ」

 



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アフターストーリー 美森

今日は東郷さんです。

それからリクエスト、おかげさまで上手く機能してます。感謝。

アフターシリーズを書き終えたらリクエストを投稿しようと考えています。最初の内容は椿×銀と、椿×風の予定です。

それと、花澤香菜さんお誕生日おめでとうございます!この話そのっちじゃなくて東郷さんだけど!

したから本文です。


今日も今日とてシャッターを開ける。少し体が衰えてきたのか、たまに腰が痛む。

 

「変な癖つけちゃったなぁ...まだ25だぞ」

「お疲れ様」

「準備出来てるか?」

「えぇ。ばっちりよ」

「んじゃ開店と...」

 

和菓子屋『古雪』は、商店街の中で一番早く開店した。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ」

「おっちゃんぼた餅三つ!」

「誰がおっちゃんだガキ。大体お前のとこは四人兄弟だろ。三つでいいのか?」

「俺食べないからいい!これお金!」

「...ほら」

「ありがとおっちゃん...四つ入ってる?」

「早く行け。後が詰まるんだよ」

「...ありがとう!!」

 

駆けていく男の子を眺めながら、売上簿記を手早く書いていく。即座にやるにはパソコンより案外こちらの方が良いときもある。

 

天の神を倒した頃は懸念されていた食糧難は、四国外________昔で言う本州で大規模な農園を作れたことから想定していたよりぐっと抑えられ、こうした個人経営のお店を持つことも出来るくらいにはなった。

 

「ちわー!」

「来たなガキども。試食はさせんぞ」

「買いに来た!」

「ならよし...ってこんなに?パーティー?在庫が...ちょっと待ってな」

 

この店は本格的な和菓子を比較的安価で、しかも美味しいので売れていて、小さい子どもから高齢の方まで幅広く訪れる。

 

「今どのくらい在庫ある?」

「ちょっと待って...こんなに?三十分頂戴」

「了解」

 

かなりの種類があるが、作っているのはたった一人。最初は俺も作ろうとはしたが、出来が違いすぎて店番専門になった。安価で美味しい物が作れているのはひとえに作り手の技術だ。

 

「お待たせ」

「ありがと...美森」

「いいえ。あなたも頑張って」

 

これは、一つ年下の俺の妻。古雪美森と俺の物語。

 

 

 

 

 

「今日も終わりーっと...」

 

閉店のためシャッターを閉める。そのまま店の奥が俺達の家だ。

 

「お疲れ様」

「それはこっちのセリフ。昼除いてほとんど和菓子つくってんじゃん...今日はイレギュラーも多かったし」

 

今日は子供達からパーティー用の品出し、市内の催しの為の用意とかなり忙しかったのだ。店番しかしてない俺が申し訳なくなる。

 

「いいのよ。あなたがお客さんの対応をしてくれているから私は奥で安心して作れるのだもの」

「ありがと...でも、夕飯は俺が作るからゆっくりしててな」

 

お店を開いたいといったのは美森の方だった。昔からぼた餅をはじめとした料理で人を笑顔にしてきた彼女にとって、天職なんだろう。だったら夫として俺は協力するだけだ。

 

「はいパスタ」

「洋物もいいわね...」

「和食じゃ敵わないからな」

「...あなたの作る和食も食べてみたいわ」

「......考えとくよ」

 

私の我が儘を通すわけにはいかないと美森は言ってくれたが、その反対を押しきって二人で店を開いた。それが三年近く前。今では俺もすっかり板につき、かなり充実した生活を送っている。

 

「でも、家から一歩も出ないのはなんとかしないとな...体が鈍る」

「露天販売なんてどうかしら?」

「いいね。今度やろう」

「...ねぇ」

「?」

「私、今凄く幸せよ」

「...これからもっともっとなるんだよ。お腹の子のためにもな」

 

部屋に飾られている写真には、結婚式の時のと、この店を開いた時のが乗っている。

 

「ご馳走さま...ねぇ」

「ん?」

「......キスして」

「甘えん坊か?というかキスって...接吻じゃないの?」

「こっちの方があなた好きでしょう?」

「......変なこと覚えやがって」

「んっ...これも私が幸せになるためのことだから」

「はいはい...俺もだけどさ」

 

その隣に、三人家族の写真が飾られる時は__________そう遠くないだろう。



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アフターストーリー 風

「泉(いつみ)ー、悠(ゆう)ー、お風呂入りなさーい」

「「はーい!」」

 

双子の兄妹がお風呂に駆け込んでいくのが、静かに入った玄関から確認できた。

 

「たでーま」

「おぉおかえりなさい。連絡いれてよ」

「いれてもでなかったんだなこれが」

「ありゃ...ほんとだ。ごめん」

「いいよ。夕飯足りる?」

「うどんだから増量するわ」

「了解。頼むわ」

「んー...ちょ、やめなさいよ」

「子供達は風呂だしいいだろ?」

「......もう」

「好きだよ。風」

「あたしもよ。椿」

 

軽くキスしてスーツを脱いでいく。エプロン姿の風は恥ずかしそうにしながらうどんをゆで始めた。

 

「あの二人ももう小学生か...」

「あたしたちもう30だもの。しょうがないでしょ」

「時の流れは残酷だ...」

 

中学の頃知り合った俺達は、22の時結婚し、24の時二人の子を授かり、27の時この一軒家に引っ越した。

 

俺は春信さんが勤めていた会社に入社。事前にどんな勉強をしとけばよいのか聞いていたのでその通りやり、会社の中では若手ながらチーフマネージャーまで上がった。あの人は社長にまでのしあがった。なった位のレベルが違うが、それはさして気にならない。

 

風は子育てと両立して家で出来る内職の仕事を見つけた。それなりに収入もいい。

 

「風呂は後でいいか」

「じゃあ服着替えなさい。シャツ姿を悠が真似たらどうするの」

「はーい」

「おっきい子どもか...」

 

息子の名前は悠。娘の名前は泉。どちらも決めたのは風と俺で決めた大切な子供達。

 

「あー!パパおかえりー!」

「おかえりー!」

「ただいまってびしょびしょだな!?早く風呂戻りなさい!タオルで体をちゃんと拭かないと風邪引くし、ママが怒るから」

 

きゃっきゃ騒いでる二人をタオルで拭いていく。割れ物を扱うように丁寧に丁寧に。

 

「パパ拭けてないよ」

「へたっぴ!」

「...このやろー!」

「「きゃー!」」

「早くしなさい!うどん伸びるわよ!」

「「ごめんなさいママ!!」」

 

我が家のうどんは絶対である。そんな指導を受けたのか、二人はうどんには絶対服従の姿勢をとっていた。

 

(...血のなせる技か。俺の血も半分受け継いでるはずなんだがな)

 

「席についた?」

「うん」

「はーい」

「よし。じゃあ手を合わせて」

『頂きます』

 

たっぷり茹でられたうどん。およそ九人前。うち二人前は俺、三人前が風。四人前が悠と泉である。ちっちゃな体のどこに俺と同じくらいのうどんが入るのか。さも当然のように三人前平らげる風も風だけど。

 

「ごちそうさまでした!」

「お腹いっぱい~」

「よく食べるな...みかんジュース飲む人てーあげて」

「「はーい!」」

「あんたも大概よみかんバカ」

 

風からつっこまれながら冷蔵庫のみかんジュースをコップに注ぎ、子供達にわける。

 

「ほーら、歯磨き忘れないのよ」

「寝るんだからテレビはやめなさい。ほら、アイドル物語は今度見れるようにしといてあげるから」

「はいおやすみ」

 

 

 

 

 

「ふぅ...元気だなあの子達」

「どうぞ」

「苦しゅうない」

「なんなのよその態度。冷蔵庫のみかんジュース没収するわよ」

「ごめんなさい」

 

風の淹れてくれたコーヒーを二人で飲む。テレビはニュースをパラパラ紹介していた。

 

「そう言えば、小学校から連絡あったのよ。悠が友達の喧嘩止めたんですって」

「わざわざ連絡来たのか?」

「ほうってたらかなりの問題になってたみたいでね」

「あいつも偉くなったなぁ...」

「パパ似よね」

「え?」

「誰かに優しくするところ。そっくりじゃない」

「...ママ似だろ?勇者部を作るくらい人のことを放っておかないんだから」

「......あたしたちの子らしいってことかしらね」

「だな」

 

ゆったりとした二人の時間。四人の時間も好きだけど、ずっと続いてきたこの瞬間が愛おしい。

 

「明日はお休みでしょ?皆でショッピングでもどう?」

「お、いいな。あの二人の服、そろそろ新しいの買ってあげないとな」

「親バカ」

「お前もだ」

「「......ぷっ、ははは」」

 

古雪家の夜は、こうして過ぎていく。

 



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アフターストーリー 友奈

この作品友奈スキーの方かなりいらっしゃるみたいなので、少し緊張...まぁ、楽しんでいただければ。


今時の結婚式は、神社で行われる和風な物と、大昔の別の国から取り入れたと言われる洋風なものと、二つある。

 

片方は着物。片方はドレス。花嫁を飾る装束はどちらも美しく、見るものを魅了する。

 

ならなぜ、俺がタキシードを着て、教会の一室で待機しているかと言えば__________

 

『椿先輩...私、ウェディングドレスが良いです』

 

友奈がそう言ったから。ただそれだけだ。

 

 

 

 

 

恋人になった俺と友奈は平和過ぎるほど順調に交際を続けた。遊園地デート、カラオケデート、バイクでドライブデート。

 

そんな俺が指輪と婚姻届を渡したのは、そう昔のことじゃない。

 

『結城友奈さん。俺と結婚してください』

『先輩...本当に、私でいいんですか?』

『...友奈以外、選べない』

『...嬉しいですっ!!喜んで!!』

 

花開くような笑顔を、これからもっと増やしたい__________俺の隣を歩んで欲しい。

 

 

 

 

 

「準備、できましたでしょうか?」

「あ、はい」

 

物思いに耽っていると、扉が叩かれたので外に出た。

 

「似合ってるじゃないか!」

「ありがとうございます」

 

少し大柄なこの方は友奈のお父さん。俺達が結婚することにすぐ賛成し、『友奈を守るしっかりした子じゃなきゃならん!』と武術も教えてくれた。

 

「友奈から聞かされ続けていたからねぇ...まだ嫁に出すのは早いと思っていたけど、君なら信じられる」

「...ありがとうございます」

 

俺は頭を下げることしか出来ない。大切な娘を貰う立場なのだから。

 

「お父さん。椿先輩」

「友奈...っ!」

「おぉ...」

 

声をかけてきたのは、純白のドレスに身を包んだ友奈だった。

 

「...どうですか?」

「......綺麗だ」

「んっ...ありがとうございます」

 

(あぁ。本当に...)

 

試着の時も見せて貰えなかったため、このドレスを着ることしか分かってなかった。綺麗だとは思っていた。でも__________想像を遥かに越え、俺は魅了される。

 

「友奈、いつまで椿君に敬語を使っているんだ?」

「へ?だって先輩だもの」

「もう家族になるんだから、先輩も後輩もないだろう」

「あ...」

「気づいてなかったのか...友奈らしいけど」

「あははー...椿さん?」

「っ」

 

いつからだろう。友奈の顔一つ一つに心が動くようになったのは。

 

「そろそろお時間です」

「私と友奈が先にいくからね」

「...はい」

 

いつからだろう。友奈の声で体が反応するようになったのは。

 

「古雪椿さん。貴方は、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、これを愛し、これを敬い、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

「結城友奈さん。貴女は健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、これを愛し、これを敬い、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

 

(あぁ。そうだ)

 

誓いの言葉を終え、指輪を交換し、彼女のベールを捲る。薄化粧した友奈の顔が間近にある。

 

「友奈...」

「椿さん...」

 

誓いのキスの場所は、予め話して決めていた。愛情の意を現す__________

 

(俺は初めから、彼女が好きだったのだ)

 

『......』

 

彼女の唇と俺の唇が繋がって、俺達の影は一つになった。

 



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アフターストーリー 園子

「所長。資料の作成終了しました」

「お疲れ様。これで今日はいいよ。土日はゆっくりしてね」

「ありがとうございます!」

「乃木様。そろそろ」

「時間だね。じゃあ行こうか」

 

 

 

 

 

「いやー最高だよな!あの可愛さ!優しさ!胸!」

「おい新入り。酒飲みすぎだ」

「いいじゃないっすか!若くして所長なんて最強ですよ!先輩方だって可愛いと思うでしょ!?」

「......まぁそうだけど」

「ほら!皆さんが狙わないなら俺アタックしてみますよ!」

「「それだけはやめろ!!」」

「へ?何でです?あの人は結婚指輪つけてないっすよ?」

「はー...いいか。あの方は結婚してるしそんなことやろうもんなら命がないと思えよ」

「前やらかした奴は当時の新入りの中では一番仕事出来てたのに消された。俺達もヒヤヒヤしたぞ...」

「...も、もしかしてお相手ってレスラーか何か?」

「......いつも所長の隣に立っている秘書さんだ」

「え?あんなのもやしっこじゃないですか!」

「...はぁ。頼むから余計なことだけはしないでくれよ。所長や椿さんに聞かれたら...」

「俺、お前が暴れそうになったらお前が書いたことにして辞職届け渡すから」

「ひどいっすね!?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「乃木さん」

「ややこしいから古雪でいいって」

 

後ろの席で集中している彼女を気にせず、車を運転する彼女のもう一人の秘書、俺の同僚に指摘する。相手は何故か知らないが俺にもいつも敬語だ。

 

「...古雪さん。乃木様だけ後ろで良かったのですか?」

「家に帰るまで集中モードだろうからそのままで。あの状態だとほっぺつついてもキスしても気づかないから」

「はぁ...」

 

四国外調査部隊。神から取り戻した四国以外の世界の調査は、大赦をはじめとした多くの組織が着手した。

 

その最前線の事務支部。主に隊と隊の連絡を中継したり、持って帰ってきた土壌サンプルの具体的調査、報告を纏めたりというのが、この会社『snow』の仕事だ。

 

類似の仕事とは一線を別つ対応力は現地で調査をする者達にも好評で、それは士気の向上、作業効率の向上に直結する。

その会社を管理するのが大赦から独立した所長である園子の役目であり、サポートが婿養子として乃木の名を受け取った俺の役目だ。

 

「着きましたよ」

 

経済的余裕からそれなりに使えるようになった電気自動車が停まる。

 

「ありがと。俺が運転してもいいんだぞ...?」

「乃木様に怒られてしまいます」

「やってることは他の奴等と変わらないのに、園子が無理矢理秘書にするんだもんな...あんたがいて本当によかった」

「乃木様のモチベーションに関わるので、これで良いと思いますよ」

「はは...ありがと」

 

拠点としている支部から少し離れた場所には、バーテックスに襲われたとは思えないくらい綺麗な建物が残っていた。今はそれが俺達の家だ。

 

「さーお姫様。帰りますよ」

「......おーつっきー。お家ついたの?」

 

お姫様抱っこして運ぶと、ようやく園子が戻ってきたらしい。

 

「お仕事お疲れ様。明日は休みだがどうする?もう寝る?」

「んー...お風呂~」

「いってらっしゃい」

「つっきーも入ろうよ~?」

「いや、今日寝れなくなるんで勘弁...我慢できない」

 

ここ一週間は少し慌ただしかったので、気力がかなり削られている。今そんなことをすれば理性を保てない。

 

「残念」

「...一緒に寝るから」

「ほんと!?やったぜフォー!!!」

 

(最近は毎日そうでしょうが...まぁいいか)

 

園子とは公私をはっきりしようということで、仕事中は一切甘えてこない。それでも側にいるよう仕向けるのがなんだか可愛くて仕方がないのだが。

 

それに、反動として家ではベタベタ甘えるのか日常だった。何をするにも大体一緒。

 

「...ま、悪くないんだけど」

 

園子もだが、俺だって好きな人からそう思われているのは嬉しい。

 

「......な」

 

見つめる先には、二つの結婚指輪が並んで飾られていた。俺が買ったシンプルな物だ。

 

意外と外に出ての作業も多く、汚したくないから二人して並べている。

 

(...)

 

今の世界は、昔ほど豊かではない。

 

でも、俺達は幸せな世界を__________

 

「つっきーお風呂あがったよ~」

「ほーいって服着ろよお前!?タオルだけとか!?」

「...襲っていいんだぜ?」

「っ!?!?」

 

言葉とは裏腹に、赤面してる彼女の息遣いとここまで届く甘い香りに。タオルが取られ、火照ってまだ水がついている体に。

 

感傷に浸っていた俺の理性は砕け散った。

 

「ぇへ...おいで。つっきー...いっしょに......気持ち良くなろ?」

 

 

 

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

週末が終わり、秘書の運転で出社中の時、園子の顔はつやつやで、俺の顔はやつれてるのを気にして声をかけてくれた。かけてほしくなかったけど。

 

「はは...気にしないでくれ。俺が負けたってだけの話さ......」

「ふふーん♪」

 

園子BGMを聞きながら、また一週間が始まる。

 

俺は、彼女に一生勝てないと思った。

 



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アフターストーリー もう一つの__

自分、『アフターシリーズは七話構成です』とは言ってませんよね?多分。


「つっきー。なんで呼ばれたか分かる?」

「......」

「...そっか。じゃあやり易いね」

 

皆が、俺の方を向いた。

 

ここは俺達の思い出が詰まった部室。

 

「下手な小細工は無しよ」

「わかってます。負けません!」

「わ、わたしは...」

「やめるの?」

「...やめないわよ!」

 

勇者の時、皆で声を合わせたように。

 

『古雪椿さん。私と付き合ってください!!!』

 

息を揃えて、頭を下げた。

 

「......顔。あげてくれ」

 

彼女達の言葉に答えるのは、俺の責務だ。

 

途絶えそうな口を何度か開閉して、声を出す。

 

「...何から話そう。俺は、こうやって告白されるまで全然皆の本当の気持ちを分かってなかった。精々仲の良い友達くらいだと思ってた」

 

頭をあげた皆は、真剣に聞いてくれている。

 

「ある意味、良かったと思う。こうやって突然言われないと、皆から離れたかもしれなかったから。情けない奴で申し訳ない...」

 

その全員の瞳を見つめる。

 

「告白してくれて嬉しい...て、長すぎだな。返事をしないと...」

 

息がつまる。それは俺か、他の誰かか。

 

「......俺は」

 

頭を下げた。

 

「ごめん!!!!」

「...え?」

「俺は誰かなんて選べない!!!必死に考えた!でも今の俺が誰かの気持ちを断ることなんてできない!!!こんな気づいてすぐじゃ出せない!!!!皆が好きで、皆が大切なんだ!!!」

 

俺の返事は。

 

「だから時間をくれ!!それでもいいと言うなら...俺に、高校卒業まで返事を先伸ばしにさせてくれ!!!頼む!!!!」

 

彼女達の気持ちを理解した上で、それでも待てと。最低な言葉だった。

 

銀との付き合いの長さも。

 

友奈との明るい日々も。

 

東郷との大切な思い出も。

 

風との騒がしい日常も。

 

樹との穏やかな一時も。

 

夏凜との楽しい世界も。

 

園子とのドキドキする毎日も。

 

区別なんて、差別なんて、優劣なんてつけられない。

 

「......ぷっ」

「...あはは!!」

「くすっ」

「椿さんらしいですね」

「あたしの言ったとおりでしょ?」

「さすがつっきー」

「ま、こうなるわよね」

「...え?」

 

なんか嘲笑というかバカにされてるというか変な空気に俺が困惑してると、風が口を開いた。

 

「あたしたち皆ね。こうなるんじゃないか予想はしてたのよ。椿だし」

「...それって」

「そう。それでもあたし達全員告白した。意味は分かるわね?」

 

彼女達は、俺がこんな答えを出すのを承知の上で告白してくれたのだ。

 

「それでもいいと思って...?」

「椿先輩。私達、待ってますから!」

「っ!」

「さ、そうと決まればこの話はおしまい!犬吠埼家のパーティー会場向かうわよ!!」

『おー!』

 

(...敵わないなぁ)

 

「椿さん腕組みましょう?」

「いっつんが左なら私は右かな~」

「高校卒業までに弁当を使って胃袋を落とす...」

「ぼた餅に敵いますか?」

「...料理、始めようかしら」

「さ、椿先輩!」

「椿!行くぞ!」

「...あぁ」

 

 

 

 

 

振り返れば遥か遠く。高校時に、俺は七人から告白された。あまりの事態に慌てふためいたが、周りから見た俺達の関係はあまり変わらなかったらしい。

 

変わったことは皆が積極的になり直接的なスキンシップが増えたことと、俺がそれにちゃんと返しだしたことか。(勿論恥ずかしいことは恥ずかしいけど)

 

皆が好きだから。俺が選んでいいのかという気持ちもあるけど。答えを出すためにも、思いを受け止めていく。

 

そして、五年__________

 

「...受け止めたんだけどなぁ」

 

二階建ての一軒家。そのリビングでポツリと呟く。

 

真剣に受け止め日々を重ねた結果、俺はもっと誰かだけを選ぶなんて出来なくなった。

 

「ぁー...」

 

日射しがポカポカして気持ちいい。

 

四国で重婚は基本ない。大昔からこの国は一夫一妻制。

 

『でも、ダメとは言われてないよね』

 

それを言ったのは誰だったか。

 

『アタシ達はそれでもいいけど...椿はどうする?』

 

(これはお前だったな。銀)

 

答えをわかっていながら聞くのはずるいと思う。

 

「パパーママ達まだー?」

「お腹すいたー!」

「おはよー...」

「...どれからツッコミを入れればいいのか...ママ達はもうすぐ帰ってくるから我慢しなさい。ご馳走だからお菓子食べるなよ?楓(かえで)は着替え!」

『はーい』

 

誰が何を言おうと構わない。だが、俺達の幸せの形を拒むなら許さない。そうして俺は、春信さんを、大きな家である園子を含めた全ての両親を説得した。

 

最高の今を過去にして、思いでとして。

 

「翔(しょう)は皿並べんの手伝って」

「わかった!」

「たっだいまー!」

「ママだー!!」

「大丈夫?」

「須美は心配しすぎ」

「そんなことないですよ?私達の新しい家族がいるんですから!」

「そうだよミノさん」

 

一人一人がかけがえのない色を纏って、この生活を染め上げる。

 

「椿ー」

「こら夏凜、パパでしょ!」

「べ、別にアタシのパパじゃないんだからいいでしょ!」

「皆が真似しちゃうよ?」

「椿ー!椿ー!」

「ちゅばきぃー!」

「...夏凜」

「ご、ごめんなさい...」

「はぁ...おかえり」

『ただいま!』

 

 

 

 

 

 




というわけで、ルートハーレムでした。

リクエストでハーレム書いて。とあり、今日にはアフターストーリーでハーレムを書いてほしいとも来ていました。自分でも元から書いてたので...喜んで頂ければ幸いです。

明日から(の予定)のものはリクエストです。結構な数がきて、のわゆの件もあることで全て捌ききれてないのが現状ですが...なせば大抵なんとかなる!の精神で頑張ります


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短編 遊園地/鬼神椿

さて、リク下さった方お待たせしました。リク話です。以前お伝えした通り、最初は椿×銀と椿×風です。シチュ指定はなかったので好きにやりました。リクした方読んで頂いてるといいなぁ。

そして、リクエスト話の扱いですが、基本は本編とはちょっと違うifとして考えて頂けると嬉しいです。呼び方を変えるネタとかも今後出ると思いますが、本編に反映させるつもりはあまりないので。今回のは本編と繋がってても問題ないですけど。

それでは下から本文です。


『遊園地』

 

 

 

 

 

「椿ー!ごめん!おまたせ!!!」

「ん、時間通りだな」

 

九時。今日は銀と遊園地に来ている。

 

「え、でも集合時間八時だって...あれ?アタシの勘違い?」

「いや?八時で集合かけたぜ?」

「じゃあなんで...一時間も待たせたんじゃん!ごめん!」

「またなにかあったんだろ?それを想定して八時にしたんだからいいんだよ」

「...へ?」

 

銀のトラブル体質は生き返っても変わらない。彼女の人がなせる技なんだろう。

 

それを予期して、俺は本来の予定より一時間早く集合時間を指定したのだ。もし時間通り来ても良いよう一時間半前からここで待ってたのは内緒である。

 

「ここの遊園地九時からだし」

「そんな...アタシがうまく来てたらどうするつもりだったんだよ~」

「お前と二人で話してれば一時間くらいあっという間だろ?」

「...バカ!」

「なんだよ...」

 

 

 

 

 

遊園地には小さい頃にも来たことがある。そして、リベンジマッチをするときがきた。

 

「ついにきたぜ。四国一のジェットコースター...!!!」

「前は椿が身長足りなかったから...」

 

昔は銀の方が身長が高くて、俺だけ身長制限にかかったのだ。

 

「行くぞ銀!今度こそ全制覇だごらぁ!!」

「あ、ちょっ引っ張らないでくれ~!」

 

嬉しさのあまり銀の手をとって突き進んだ。

 

 

 

 

「......」

「...まさかなぁ」

「......うっぷ」

「あぁ大丈夫か?」

「情けない...」

 

四国一のジェットコースターは、俺には耐えられなかった。銀が背中を擦ってくれるけど、それもなんか悲しくなる。

 

「他のは大丈夫なのに...銀も平気なのに......」

「まぁまぁ。ジェットコースター以外にもたくさんあるからさ!」

「...すまん」

「いいっていいって」

「...おかん」

「誰がおかんだ。せめてお姉さんだろ!」

 

酔い覚ましにスプラッシュに乗ったが、春先はまだ冷たかった。

 

場所は変わってお化け屋敷。

 

「...ねぇ椿。いるよね?」

「目の前にいるだろ?」

「だよね...なんか前きた時より暗いし怖くない?」

「リニューアルしたんじゃないか?」

「そ、そうなん」

『uaaaaa!!!』

「だぁぁぁぁぁ!?!?」

「...人形かー。びっくりした」

「びっくりした人の反応じゃないよそれ!!」

「...」

「え、何その顔」

「後ろ」

「っ!?!?」

「なんもないよ」

「...椿嫌い!!!」

「悪かった悪かった、怖がってるのが可愛くてついな」

「っ~!」

 

涙目で怖がる銀を支えるため、手を握ってあげた。その手は互いの手を絡め合う、俗に言う恋人繋ぎだが、なにも言わなかった。

 

「あんな怖くなってるなんて...」

「大丈夫か?」

「ありがと...って醤油ジェラート!?」

「意外と人気なんだな...新商品だって」

「ありがと!あ、お金...」

「気にすんな」

「...みかんジュース?」

「変わらないよな。互いに」

「......椿、これ食べない?」

「ん」

「はい、あーん」

「あー...うん。やっぱりわかんねぇな」

「美味しいのになぁ」

「みかんは?飲む?」

「じゃあ頂戴!」

「イネスのには劣るけどな」

「あれは値段から違うじゃん。こっちも美味しいけど。ありがと」

「はーい。昼飯も来たな。食べるか」

 

 

 

 

 

「あー楽しかった!」

 

銀が背伸びをすると、ポキッと可愛い音が鳴った。

 

「あっという間だなぁ...」

「またいけるといいね」

「いけるさ。すぐな」

「じゃあ次はカラオケとか!」

「イネスじゃないのか?」

「イネスは当たり前過ぎて選択肢に入ってません!」

「流石」

「へへ」

 

夕日に照らされた彼女の笑顔は変えがたいものだった。

 

 

 

 

 

『バスケをしよう』

 

 

 

 

 

「こっち回せ!」

「任せた!」

「シュゥゥゥゥゥト!!」

 

放物線を描いて放たれたボールはネットを揺らすことはなかった。

 

「なに外してんだ!だからネタやっても外すんだろ!」

「関係ねぇだろ椿!」

 

今日はクラス対抗バスケ大会が行われていた。椿はそれなりにバスケが得意で、中学の時も成績はよかったと話してた。

 

高校の体育は男女別で行われることが多いから、こうした機会じゃないと男子がスポーツで競うのを見ることはない。

 

「古雪君スポーツも出来るんだ...」

 

バスケの試合をしてない暇な人は他の試合を見てた。あたしもその一人だ。

 

相手はバスケ部が三人いるということで、かなり劣勢。

 

「椿ー!しゃきっとしなさい!」

 

あたしはあらんかぎりの声を出して応援、椿は手だけあげてくれた。他の女子の声援にはあげないのが。それだけで心が嬉しくなる。

 

「風ちゃん古雪君といい関係だよねー?」

「私も勇者部だっけ?入りたいなぁ」

「あれは中学のだからね。今から高校生が新入りでは入りにくいわよ」

 

(それ以外の理由もあるけど)

 

椿は高校で自分が人気になりつつあるのを知っている。今も一緒に戦う明るいクラスメイトが大袈裟に話してるのもあって、その範囲は広がっているのだ。

 

『嬉しいことだけど、変な視線で見られるのはやだから、あんま反応しないようにしてる』

 

あたしの作ったお弁当を食べてる時、椿はそんなことを言っていた。

 

(...それでも、あたしには反応してくれてるのよね)

 

「試合しゅーりょー!」

 

結局試合は椿達の負けだった。最後には男女混合が待っている。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「俺達は今総合二位。この男女混合に勝てば優勝だ。優勝商品は人気店『かめや』のうどん無料券。やるぞー!」

『おー!』

 

二号店も安定して人気となった『かめや』がこんなところに景品として出てきたのは、俺と風がこの高校に入ったのを聞いたかららしい。ありがたいことだ。

 

男子が二人、女子が三人。相手はさっき負けたクラスでバスケ部が多いが、女子が混ざってるぶん大した差にはならない。寧ろチームワークが重要になるだろう。

 

チームワークなら、負けるつもりはない。

 

「...風がポニーテールって珍しいな」

「え、そう?」

 

その相手、風は普段二つに纏めてる髪を一つに纏め、上の方で縛っていた。

 

「似合ってるな」

「っ!ありがと!」

「椿ー、集中してくれよ」

「さっき女子の胸だけが気になるとか言ってた奴がなに言ってるんだ」

「ちょっとぉ!?それ本人たちの目の前でいっちゃダメでしょ!!!鬼!」

「ちゃんと集中してくれよ」

「うがー!!!」

 

試合は思いの他上手く進んだ。男子二人で攻めをして、運動神経の高い風がフリーになったところにパスして決めてもらう。ディフェンスは女子に任せ、攻められれば時間を稼いでいる間に俺達が戻る。

 

高校生にもなれば、女子が男子、それもそのスポーツを専攻している奴に敵う筈もない。だから指示としては『抜かれてもいいから時間を稼いでくれ』とだけ話した。作戦は成功だ。

 

お願いしたとき、『古雪君のお願いなら!』と言われたのは少しびびったが。他の奴からでも聞いてくれよ。

 

弱点は男子の負担が大きいことだが、それは風がカバーしてくれていた。うどんをかけたあいつはヤバい。本当に。

 

「あだっ」

「風!!!」

アクシデントが起きたのは、そんなときだった。相手の男子と風が接触、バスケ部員じゃない奴だからルールもよくわからない学生のバスケだしよくあることだが、あたりどころが悪かった。

 

お腹を抑えて踞る風に駆け寄った。

 

「大丈夫か!風!!!」

「ちょっ、大袈裟よ...大丈夫っ...」

「ダメじゃないか...交代しろ」

「い、言っときますけどあたしクラスの女子の中では一番上手いんだからね!交代したら...」

「うるさい。決定事項だ!」

 

風を抱えてエリア外まで運ぶ。

 

「あ、あんたこんな大勢の前でお、お姫様っ!」

「動けないんだから仕方ないだろ...保健室行ってこい」

「でも...」

「うどん食べたいのはわかったから。任せろ」

「...違うのに」

「え?」

「椿も!気を付けてね!無茶はダメよ!」

「...分かったよ」

 

別の女子に風を任せ空いた穴の交代を済ませると、始める前に声がかかった。

 

「おい椿。風は...」

「寝かせとけば大丈夫だと思う」

「そっか。よかった...」

「なぁ」

「ん?」

「勝つぞ」

 

それだけで理解をしてくれる辺り、良い友人だろう。

 

「...成る程。これ以上無理しろってことね...椿も辛いんじゃないか?」

「は?」

「ごめんなさい...椿キレてるよぉ...」

 

外から見た俺の形相はどんななんだろうか。風の前では笑顔でいるようにしたから反動が出てるのかもしれない。

 

「...覚悟しろよ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

保健室で寝てたあたしに舞い込んだのは、うどん無料券ゲットと、『鬼神』椿が現れたという報告だった。

 

「なんなの鬼神って」

「......俺も知らない」

 

若干つっかえた椿は、気にする様子もなく弁当の中をたいらげていく。

 

「知らないってことないだろ椿!だって風のために」

「うるさいぞ」

「目がぁぁぁぁ!!!」

 

唐揚げのお供につけていたレモン(使用済み)を目に突っ込むのを見て、異名の意味が分かった気がした。

 

それからしばらく、女子の視線は感じなかったらしい。

 

(...しばらくポニーテールにしようかな)

 



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短編 その手の温度は/夫婦仲

明日は満開祭り3!!めでたい!自分も何かしたいということで二本出します。ストック?知らん。祝うんだよ!

明日いく人は楽しんでください!待ち時間とかにこの話題がでるといいなぁ。

今日もリクです!

追記。この話は一応、短編『君の名前を』の続きになってます!


『その手の温度は』

 

 

 

 

 

バイクを動かして樹を送り届けてから、引き返す。

 

(高校生なのに、中学の部室に通い続けるって...)

 

今日は何をやるのかまだ言い渡されていないのでとりあえず部室へ訪れた。

 

「おっつかれー」

「あ、椿先輩。お疲れ様です」

 

部室にいたのは友奈一人だけだった。

 

「皆は?」

「東郷さんと銀ちゃんと園ちゃんが体育館の物置掃除、風先輩と夏凜ちゃんが新聞部のインタビューです」

「お前は?」

「私は囲碁部のお手伝いが終わったのでパソコンの勉強中です!使えるようになりたいので!」

 

(そんな部活あったの)

 

「東郷さんばかりにやらせられません!」と意気込む友奈に思わず苦笑した。

 

(東郷なら、任されても喜びそうだけどな...)

 

「俺の仕事は?なんかあるか?」

「特に聞いてませんよ?」

「そっか...何かあったら来るだろうし、ここにいるか」

「さささ」

「おう、苦しゅうないぞ」

 

友奈が用意してくれた椅子に座り、パソコンと向き合う彼女をぼんやり眺め__________思考が狂い出した。

 

最近は、友奈を見だすと止まらなくなる。この部室、二人きり_______名前を呼びあい、俺の感覚がどこかズレたものとなったあの時と同じ状況だと、特に。

 

「あれー...先輩もパソコン使えましたよね?」

「あぁ」

「ちょっと分からないところがあるので教えて貰えませんか?」

「どこだ?」

「ここが......」

 

胸の鼓動は止まることを知らず、早鐘の様にうちならす。ひとまず俺は聞かれたことを全うした。

 

「多分ここだな」

「っ!」

 

マウスを握っていた友奈の手ごと包み込み、パソコンのカーソルを合わせる。

 

「これを直せば上手く表示できるんじゃないか?」

「あ、ありがとうございます」

「...!!」

 

顔を赤くして、パソコンに向き直る彼女が目の前にいることに後から気づいた。同じマウスを握っていればそんなのは当たり前で______なぜ気づかなかったのか。

 

(......)

 

重ねていた手をゆっくり離す。感じていた温もりが剥がれていくのが、どこか怖くて________

 

「じゃ、じゃあこれを...先輩?」

「気にしないでくれ」

 

友奈の邪魔にならないよう左手を掴み、そのまま両手で握った。

 

(左の方が少し冷たいんだな...なんか、いいな)

 

「せ、せんぱーい?」

「......」

 

友奈の声もどこか遠い。俺は自分でも止められない思考の中に入っていた。

 

「あ、あの...ツボ押しなら少し違うかなー......なんて」

「......」

「あうぅ...」

 

柔らかくて、温かい手。こんな手を使ってかつて戦っていたと誰が信じられるだろうか。

 

「ひゃうっ!?く、くすぐったい...」

 

表面をなぞってもすべすべ。男子の肌とは似ても似つかない。

 

(......あ)

 

握っていた手に小さな傷が目に入った。血も出てないし痛がってることもないからただの傷。でも、この距離じゃないと絶対に見つけられない事実が、俺を密かな優越感に浸らせる。

 

「先輩...そろそろ...」

「......友奈の手、好きだな」

「ぁ...」

 

前触れたときも、こういう感覚だったのだろうか。

 

(いや、ちょっと...違うな)

 

前触れたときは、もっと近くて、不思議な気持ちに捕らわれていた。これも幸せだけど________どこか違う。

 

(あの時は...)

 

「椿先輩...」

 

そう。この声だ。

 

「友奈...」

 

この声が聞きたい。もっと彼女を感じていたい。だから俺は、元から大してなかった距離を__________

 

 

 

 

 

「一番乗りー!って友奈と椿がいた...」

「二番乗りだぜー!...つっきーとゆーゆなにやってるの~?」

 

扉が開かれて、俺は研ぎ澄まされた記憶と感覚が消えた。

 

(...あれ、なんで俺......友奈の手を握ってたんだろう)

 

「銀ちゃん!?園ちゃん!?」

「いや、ちょっと傷入ってたから見てただけだ」

「え!?」

「え、ゆーゆ怪我してたの!?」

「大丈夫か?」

「本人も痛がってないし平気だよ」

「「よかった~」」

「え、あの...二人とも、心配かけちゃってごめんね?」

 

結局そのあとは、普通の部活が続いた。その日から俺達が目を合わせると逸らすようになったのと、心にもやがかかったような感覚が来るようになったのは、また別の話。

 

 

 

 

 

『夫婦仲』

 

 

 

 

 

「銀!こぼさない!」

「ごめんごめん...」

「謝ってるそばからこぼさない!」

「悪かったよママ~」

 

部室ではわりとこうした光景が広がったりする。まぁ、銀の行動は時々目に余るが。

 

(多分、前と同じ感覚でぼた餅握ると潰れちゃうんだろうな...)

 

あってるのかわからない推理から、今回は助け船を出してやることにした。本に桜の栞を挟んで声を出す。

 

「まぁお前、いいじゃないか。わんぱくに育って」

「椿...いやパパ!」

「あなたがそうやって甘やかすから...見てください。銀の成績、落ちてるんですよ」

 

ばっと出された手には、低い数字が羅列された成績表がうっすら見えた。

 

「やるときはやるんだよな?銀」

「そうだぜパパ!アタシはやるときはやる女!」

 

前言撤回。調子に乗り出したので陥れることにした。あと園子がノート開いた時点で悪のりしたことに後悔した。

 

「じゃあ次の試験は本気出しなさい。ダメなら美森のぼた餅はしばらくお預けです」

「!!み、みも...」

「そ、そんな...パパ。お慈悲を!」

「ダメです。無理は言いません。全科目七割です」

「え、本当に決定!?」

「椿さん!私もなにか目標つけてください!」

「樹?えぇと...じゃあ、総合順位30以内な」

「き、きつい...」

「頑張ったらご褒美に、そこで書いてる奴のノート好きにしていいから」

「え、つっきーこれ狙ってるの!?いっつん使って!?」

「何書き込んでるのか得体の知れないもんを放置しとくわけにはいかんだろ!!」

「ひえー...お慈悲を、お慈悲を~」

「ならん!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「これじゃあの二人は椿の娘ね...友奈」

「え?」

「大丈夫?ぼーっとしてたけど」

「は、はい。大丈夫です」

 

風先輩の心配を何でもないと否定する。

 

心に思ったことも、蓋をした。

 

 

 

 

(......言えない。東郷さんを...最低だな。私)

 

黒い感情は、どこかで燻った。

 



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短編 料理教室/お兄ちゃん

満開祭り3記念ということで、今日の二つ目です。現地に行かれる方は待機時間の間にでもこの作品を読みなおしたりしてくれればいいなぁと思ってます。この作品で話が広がれば最高。

そんな二本目もリク、椿×園子と椿×樹です。

ここから本編です。


『料理教室in古雪家』

 

 

 

 

 

突然だが、俺は勇者部の活動を一度すっぽかした。悪気は勿論なくて、別の用事が長引いてしまったためだ。

 

何故今そんな話をしているかと言うと、何でも一つだけお願いを聞かなくても良いじゃないかと主張する理由を正当化するためである。

 

こういった意味合いを込めて目の前に座る彼女を見ると、笑顔を返してくれるだけだった。

 

(こりゃダメだ)

 

頬をかきながら諦めも肝心ということを二秒で悟った俺は、あまり気乗りしないながらも口を開いた。

 

「...で、わざわざ俺の家まで来て何をお願いするつもりだ?人間にやれることは限界があるからな」

「つっきーは私をなんだと思ってるのかな?」

「考えが奇想天外のぶっ飛びガール」

ぶっ飛びガール(園子)は、その言葉を受けてはしゃいだ。それなりに長い付き合いとなってきたが、突然の発想と反応には未だ慣れない。

 

まぁ、そういうところも園子らしくて良いんだけど。こうして何か命令を待つ身としてはなんともやりにくい。

 

「私がつっきーにするお願いはね...料理を教えてほしいんだ~」

「料理?」

「うん」

 

案外普通のお願いで安心した。

 

「そういうことなら命令じゃなくてもやるぞ?」

「うぅん...今日一日ずっと付き合って貰うのが命令だよ。つっきー意外と忙しいからね」

「...なるほどな。そういうことなら仰せのままに。お嬢様」

 

_____意外とこの命令はきつかった。明日までの宿題が残ってたのだ。

 

(でも...園子のお願いを断るわけないしな)

 

「ありがと~」

「...そういやお前焼きそば作ってたよな?あれ美味しかったし別に教えることなんて...」

「レシピ通り作ろうとすれば出来るんだけどね。レパートリーが偏ったり、わっしーやつっきー、ふーみん先輩みたく手際良くできないから...料理を作りながらアドバイスが欲しいなって」

「了解。だったらまずは食材買いに行くか」

「デートもできるなんて...!」

「男女のデートで食材売り場は行かんだろ...」

「じゃあ夫婦?つっきー早い~」

「はいはい。冗談はそれくらいにして...行くぞ?」

 

部屋に転がってた薄手のコートを羽織って園子と一緒にショッピングセンターへ。

 

「そういやなんで俺の家なんだ?園子の家の方が慣れた器具で出来るだろうに」

「ミノさんを驚かせたいんだ」

「...良いやつだな」

「へへーん」

 

今同じ場所で暮らす銀に美味しい料理を振る舞いたいから、影で努力する。その手伝いができるなら喜んでしよう。買い物を手早く済ませ、家のキッチンへ並ぶ。

 

「というわけで...まずはハンバーグを作ろうと思う」

「ハンバーグ?」

「肉の塊を上手く作れると、つみれにしたりコロッケにしたりと応用が効くからな」

「なるほど~」

 

教えられる限りのことを指示していくと、流石園子と言うべきか、みるみる腕が上達していった。

 

「完成~」

「早速食べてみるか」

 

テーブルに並べて実食。正直俺が作ったのより旨いと感じた。

 

(...一応、教えながらだったんだがな......一発で越えられるとは)

 

「ど、どうかなつっきー」

「そんな心配そうな顔するな。美味しいから」

「本当!?やった~!」

「園子も食べてみ?ほら」

「あーんして」

「へ?」

「あーん」

 

小鳥のように口を開けて待つ園子。

 

「...」

「命令です!」

「はぁ...今回だけだぞ」

 

恥ずかしさを抑えて園子の口に小さく切ったハンバーグをあげると、嬉しそうに頬張った。

 

その後もチャレンジは続く。味噌汁、卵焼き、うどん_______朝食のメインなんかを作って貰って技術力を見ては、全て食べさせた。

 

 

 

 

 

「もうほとんど言うことないな。あとは回数の慣れだ」

「そればっかりはどうしようもないね~」

「まぁその辺は料理作ってればなんとかなる」

 

手際よく目玉焼きを作ると、園子が感嘆の声をあげた。

 

「おー!私も頑張ろう」

「そのいきだ」

「じゃあまず...あたたたたー!!」

 

刻んでいたネギの高速で切り出したのを見て皿を取り出してると、変な音がまな板に響いた。

 

「園子...!!!」

「ぁ...えへへ...」

 

左手から血を流している園子は、いつものような笑みを浮かべていた。

 

「ちょっと待ってろ」

「でもつっきー、こんなの大したことないよ~。曲げられるし平気」

「いいから余計なことしないで待ってろ」

 

手早く救急セットが収まった棚を開け、ティッシュと椅子もキッチンに運んでいく。

 

「座って。こっちに指出しな」

「こんなの唾つけときゃ治るぜ~」

「いいから!ちょっとしみるぞ」

 

要領は銀やその弟達でかなりやった。実は料理よりこういった処置の方が自信あったりする。

 

「ふぅ...終わりっと。これにこりたら調子には乗らないこと。あぶないからな」

「は、はい...あの...つっきー」

 

いつもと違った声を出してる彼女の顔を見ると、頬の赤みが増していた。

 

「えとね...ありがとう」

「どういたしまして。ひとまず今日はこれで終わりな。日も沈んできたし。送りたいけど親が帰ってくる前に片付けしないといけないから一人で帰りな」

「わ、私がお願いしたのに」

「その傷で手伝われたら心配になるんだよ」

「でもこんなの」

「かすり傷でも傷は傷。な?」

 

動こうとする園子の頭を撫でると、やる気を吸いとられたように落ち着いていった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

まだ、頭に手の感触が残ってる。

 

『いいから余計なことしないで待ってろ』

 

ただの切り傷なのに、ちょっとだけ血が出て驚いちゃっただけなのに、私の不注意が原因なのに。

 

治療してくれてる顔が、凄く真剣で。

 

「かっこいいな...」

 

上手く言葉が出なくなるくらい、気持ちが溢れた。

 

左手の絆創膏に、熱があるみたいだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「椿ー、弁当よ」

「ありがとう」

「にしてもどうしたの?『出来ればでいいから少なめで頼む』なんてメールして」

「実は...」

「なにその弁当。自作?」

「......例え朝弁当まで作る時間があってもやらないだろうし、ふりかけでハート型は自分じゃやらねぇよ...」

「誰から貰ったの」

「...園子」

「......アドバンテージが」

「え?ちゃんと喋ってくれよ」

「何でもないわよ!」

 

新クラスメイト(園子って誰!?)

新クラスメイト(もしかして古雪君って本当に風ちゃんが恋人じゃないの!?)

旧クラスメイト(爆発しろマジで)

 

 

 

 

 

『お兄ちゃん』

 

 

 

 

 

以前俺は、勇者部皆との約束を破ってしまった。そのため、俺が一つ彼女達のお願いを聞くことになった。

 

以前園子には料理を教えて欲しいと頼まれ、言われたことをすぐに達成する園子は尊敬と羨望の念を向けた。

 

そして、今日は樹である。

 

「お邪魔しまーす」

「どうぞ...」

 

通されたのは犬吠埼家、そのまま俺は樹の部屋まで通された。

 

「風は?」

「お姉ちゃんは出掛けてます」

「へー...」

「...気になりますか?」

「いや、樹がいるのに風がいないって珍しいからさ。にしても、部屋片付けたな」

 

前に訪れた時は、もう少し床や机の周りが散らかってた気がする。

 

ついでに、甘い香りが漂ってて少し心地よかった。

 

(...落ち着く)

 

「そ、それは片付けますよ!椿さんを招くんですから!」

「まぁそうだよな。一応先輩入れるんだからな...いや、普段から綺麗にしとけよ」

「...そういうつもりで言ったわけじゃないのに」

「?...それで、樹は俺になにさせるつもりだ?あんま無理のない範囲で頼むぞ...」

「...椿さん!」

 

ごくりと唾を飲み込む音がこっちまで響きそうなくらいの動作をしてから、樹は言った。

 

「わ、私の...お兄ちゃんになってください!」

「...おう?」

 

これまた予想外の言葉で戸惑ってしまった。

 

「えと...お兄ちゃん?」

「はい!お願いします!」

「......」

 

少しだけ思考を巡らせる。

 

(樹は小学生の頃に家族が姉である風だけとなった。風が異常なほど溺愛してるとはいえ、もしそれで恋しくなっているなら...)

 

「分かった。いいよ」

「やったぁ♪」

 

(普段からそんな素振りは見えなかったけど)

 

もしそれが彼女の優しさによるものなら、それで少しでも安らぐなら__________

 

「と言っても、なにすればいいんだ?」

 

正直、兄らしいことでパッと思いついたのは三ノ輪兄弟への対応だが、樹とは年も性別も違う。

 

「えーと...椿さんなにかあります?」

「それだ」

「え?」

「まず敬語抜き、お兄ちゃん呼びだろ」

「...いいんですか?」

「そういう命令だしな」

「じゃあ...今日はよろしくね。お兄ちゃん」

「っ...あぁ」

 

ドキッとした心を抑えて、ひとまず活動を始めた。

 

昼飯を作り、勉強を教え、掃除もした(風の部屋に勝手に入るのは悪いと思ってやってない)

 

「これで終了っと...」

「お疲れ様お兄ちゃん。はいこれ」

「お、ありがと樹」

 

貰ったお茶をぐいっと飲み干してテーブルに置く。

 

「あとは...」

「お兄ちゃん。私お願いがあるんだ」

「どうした?」

「あのね...」

 

 

 

 

 

兄妹設定が慣れてきた樹から頼まれたのは、膝枕だった。

 

今、座っている俺の膝では樹が気持ち良さそうに寝ている。角度から顔は見えないけれど。

 

(これでいいのか...)

 

まぁ、最近歌のレッスンとかで忙しかったのかもしれない。お姉ちゃんの隣に立ちたいと言っていた手前、頼りすぎるのも嫌だったんだろう。

 

(多感な頃だからなぁ...人のことを言える年ではまだないけれど)

 

風に言えば必要以上に心配するかもしれない。そう考えるとこの『お兄ちゃん』の必要性も分かる。

 

「...樹」

 

頭を優しく撫でながら、小さな声で言いたいことだけを言った。

 

「大変ならそうだってちゃんと言いな。お姉ちゃんに心配かけたくない、並んでたいって気持ちもわかるけど...お兄ちゃんだからとかじゃなくて、支え合うのが家族であり、仲間なんだから。相談されない方が、悲しい。きっと風も...そう思ってるよ」

 

窓から入る西日が、樹の髪を照らしていた。

 

「...ま、聞いてないよな」

「たっだいまー!」

「しー」

「え、椿?」

「いいから静かに...妹が寝てるから」

「妹って...あたしの妹でしょうに」

「今日は俺の妹だ」

「え、あたしリストラ?大体樹寝てな...」

「え?」

「......何でもないわ。夕飯作っちゃうわね」

「頼む。あとな________」

 

結局樹のお兄ちゃんは、その日限りだった。たまに呼ばれることにはなったけど。

 



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短編 パソコン争奪戦

満開祭りに相応しい暖かな晴天でよかったです。

今日はリクエストじゃない、普通の短編を投稿します。




「うどん大会?」

 

事の始まりは、勇者部のパソコンがおしゃかになったことから始まる。

 

ここ最近酷使されていた我が部のパソコン(七年物)は、寿命を迎えたのか動かなくなってしまった。春信さんを呼ぼうとなったが、その前にタイムリーな知らせが。

 

「そう!優勝商品としてノートパソコンが進呈されるのよ!」

 

うどん大会。高校生の部には、ノートパソコンが商品として出るのだ。市の活性化のためか、こうしたイベントは寧ろ前より多くなってる気がする。

 

(結局、皆盛り上がるのが好きなんだよな...気持ちは分かるけど)

 

「でも、高校生だったらふーみん先輩とつっきーだけだね」

「私達は中学生ですから...」

「須美と椿が一番良いと思うんだがなぁ」

「いや、うどん作りに関しては風が一番だろ」

 

女子力を高めた彼女にうどんに関して敵はいない。

 

「古雪先輩、風先輩、お願いできますか?」

 

一番パソコンを使っている東郷が頭を下げようとして、それを止めた。

 

「お願いされるまでもない。やるだろ?風?」

「えぇ!小細工なし。完膚なきまでに叩きのめしてやるわ!」

「...うどんの話だよな?」

「アタシ達は応援だな!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

うどん大会当日。風先輩と椿先輩が舞台へ立つことはなかった。

 

「怪我?大丈夫か?」

「大した傷じゃないわ...」

「お姉ちゃん昨日遅くまでうどん作りしてて...」

「......これじゃ無理だな」

 

風先輩の怪我はかなり痛そうに指を切っていた。

 

「でも、あたしがいなかったら不戦敗に!」

 

この大会は二人一組。一人じゃ出られない。

 

「誰かが高校生に扮してやれば?」

「ぼいんの大きさ的に須美だよな...」

「銀?」

「ごめんなさい頭ぐりぐりは勘弁して!」

「年齢確認されるから無理っぽいね~」

「やっぱりあたしが...!」

「アホ。大人しくしとけ...この場所なら大丈夫だ。代打はいる」

 

椿先輩がスマホを取り出してどこかへ連絡を入れる。

 

「代打って...」

 

ここは讃州高校の友人を呼ぶには会場が遠くて間に合わない。

 

「あぁもしもし。ちょっとお願いがあるんですが...えぇ。会場はそちらに近いと思うので」

「代打って...誰なんでしょう」

「功績をあげてくれると、名家の方からもお礼が受けれると思いますよ。...はい。お願いします」

「ただいま到着ですわー!」

「ってはや!?」

 

現れたのは、園ちゃんに似た色の髪を少しカールさせた女の子。

 

(どこかで...)

 

「古雪さん!事情は聞きました。私(わたくし)も協力いたしますわ!」

「よろしくお願いします。んじゃエントリーしてきますね」

「この弥勒家の力があればうどん作りなど造作もありませんわー!!」

「弥勒さん静かにお願いします」

「楠...成る程ね」

「え?」

「あの二人は私と勇者の資格を争った元勇者候補生よ」

「あ!」

 

よく週末に行く四国外。その調査で見たことがある。

 

「...また女の人」

「樹ちゃん?」

「い、いえなんでもないです」

 

こうして、うどん作りが始まる。先輩の隣によく知らない女の人がいるのは、なにか落ち着かなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「参ったな...」

 

うどん作りと聞いていたから麺の方はそれなりに覚えてきた。自分で言うのもあれだが他の人より料理にも慣れてる。弥勒さんも問題はない。

 

問題は、そのうどんをつける汁も自作しなければならないことだった。

 

「弥勒さん、めんつゆとかの作り方って分かりますか?俺わからなくて」

「分かるには分かりますが、少々時間がかかりますわね...味が薄くなる上、冷ます時間はありませんわ」

 

ちらりとタイムリミットを見る。残り数分。

 

「作戦変更。温かいものにしましょう。出汁は薄くていいので手早く済ませてください」

「わかりましたわ。高知の鰹節の実力、見せつけてやりますわ!そちらは?」

「こっちは...このままだとただのかけうどんになるので、一工夫」

 

フライパンを高熱で温め、そこへ溶き卵を入れていく。

 

「二分で済ませます」

 

作るのはバター風味の抑えたスクランブルエッグ擬き。慣れた物だから時間はかからない。とろっとろの卵が会場の光を反射する。

 

「...色が足りない。ネギか...?」

「これでよろしいですわ!」

 

ノールックで放られたのは高知名産ニラ。

 

「...いいですね」

 

俺の口角は今日一番あがった。

 

ニラを程よいサイズに切り、卵にぶちこむ。軽く絡めて火を止める。

 

「弥勒さん!」

「薄い分は醤油で代用しましたわ!」

 

器にうどん、出汁、卵を乗せて、ネギをトッピング。

 

「「ニラ玉うどん。完成だ(ですわ)!!!」」

 

二人で叫んだ瞬間、調理終了のブザーが鳴った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「パソコンゲットー」

「やりましたわね!」

 

弥勒さんと古雪先輩がハイタッチする。お二人のうどんは見事優勝だった。時間がシビアだったみたいでただのうどんを提供することになった組が多かったみたいだ。

 

「助かりました。ありがとうございます」

「いえいえ。困っている人に手を差しのべる。それが弥勒家のなすべきことだと自負していますので!それでは!」

「......お礼言われるのはいいのか。園子に言わずに約束したからやらないならそれで別にいいんだけど...」

「...三好さん、今度会ったらまたよろしくね」

「えぇ」

 

嵐のように現れた二人は、嵐のように去っていった。

 

「っと...はい東郷」

「私にですか?」

「部長...いや、元部長よりパソコン使うし」

「私も使いません...すいません東郷先輩」

「樹はいいんだよ。ちゃんとレッスン行ってるしな」

「ねぇ椿?あたしは?あたしは!?」

「ちょい黙れ」

「辛辣!?」

 

「まーまー風先輩」と銀と友奈ちゃんに抑えられている風先輩を尻目に、古雪先輩が改めて渡してくる。

 

「...ありがとうございます。勇者部のため、しっかり使わせて頂きますね」

「おう、頼む」

「大体椿!あんただってあんま見ないでしょう!」

「お前よりはしっかり...ってどうした園子?銀?」

「いやー...今の弥勒さん。随分親しい感じでしたけど...」

「勇者部の活動以外に会ってるのかなー?」

「別にそんなこと...なんで寄ってるの?怖いよ?」

「...ふふっ」

 

パソコンをぎゅっと抱き締めて、銀とそのっちに言い寄られてる古雪先輩に微笑んだ。

 



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短編 加賀城雀の思い出

今回はリクエストです。くめゆ組二連続ですがあくまでゲストみたいな扱いです。




「また古雪さんに抜かされたんですのー!?」

「弥勒さん落ち着いてください!」

「じゃあ今日は私がいってくるよ。メブ」

「よろしくね雀」

 

元防人で編成されてる四国外調査一番隊は、結成前に二つの選択肢を用意された。

 

一つは、世界のいざこざの被害者になること。ようはただの中学生、高校生となることだ。

 

そして二つ目が、学生生活をある程度過ごしながら、人のために四国の外を調査すること。

 

結果は_______元防人32人全員が、部隊に所属した。

 

『元から勉強と両立しなきゃいけなかったからねー』

『特訓がないだけ楽』

『へー......』

『ひっ!』

 

一応、今の時代は必要があれば中学生でも働くことができる。扱いとしてはアルバイトだけど、それでいい。

 

(最悪辞めれるしね...)

 

辞めるつもりなんてないけど、そうやって免罪符を立てて私とあやちゃんは指定された場所へ向かう。

 

「...あやや、まだ休んでていいんだよ?」

「いえ!皆さんが頑張っているのに私だけなにも出来ないなんてできません!」

 

国土亜耶ちゃん。防人ではなくて、神樹様を慕う巫女さんだ。

 

神同士と、勇者の戦いの時に、あややは死にかけた。神樹様をより信仰するものから、人が神に近くなる__________よくわからないけど、とりあえずあややは死にかけて、なんとか無事だった。

 

でも、まだ片目を覆う眼帯は取れない。

 

「...じゃあ、行くよ」

「はい!」

 

私達が別動隊として動くだけで、貴重な車を使うわけにはいかない。移動は自転車だ。

 

この一番隊には、もう一つ別の部隊がいる。人のためになることを勇んで実施する部のボランティア。

 

いつもメブに電話をかけてくるのは、一度だけ会った_______

 

(...そういえば、久々かも。古雪さん)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

防人に入る直前に、私は勇者部_______世界を救う勇者様達に会ったことがある。

 

勇者様がどんな残忍な人達なのか。自分がなったかもしれない勇者様がどんななのか気になって愛媛から香川へ行った。

 

初代勇者様はバーテックスを踊り食いして、先代勇者様はバーテックスは飲み物と言ったらしい。びくびくしながら勇者部の部室を訪れると、見れば見るほど考えていたことと違った。

 

園芸部にこきつかうのかと思えば、草むしりをやってて。図書室で自分の好きな本を並べるのかと思ったら、指示通りてきぱき動いて。

 

『なにやってるんだ?』

『うひゃぁ!?』

 

そんなとき、後ろから声をかけてきたのがその日非番だったらしい古雪椿さんだった。

 

『...他校の子?』

『あ、あの...勇者部の話を聞いて!』

 

愛媛からきたことを知った彼は驚いた。

 

『それで、そんなわざわざ遠くから来たってことは、なにか相談事か?』

『ぇ、えと...私臆病で勇気もなくて、そんな自分を変える方法はないかなー...って』

 

勇者様の動向を探るためなんて言えなくて、その場で咄嗟に言ったこと。自分に自信が持てないのは確かだから、全部嘘とは言えないけど_______話を聞いた古雪さんは、作業の終わった勇者部全員を集めてくれた。

 

それから、放課後の時間ギリギリまで、タロットで占ってもらったり、自信の持てるものを手に入れるため手品(マジックではない。断じて)を習ったり、うどんを頂いたり、煮干しを頂いたり。

 

この時点で、私は勇者様達への見方が変わっていた。

 

『勇気がないなんてことないよ!勇気がない人は愛媛からわざわざ来ないもの!』

『勇気がないのと臆病なのはちょっと違うと思う...勇気がある人は、臆病だろうとなんだろうと一歩踏み出せる人だと思うからな...分かりにくくてごめん』

 

言葉をくれた二人に、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

それから年が明ける前。古雪さんの装備が戦衣になってて、それでボロボロになってることを知った。

 

『あの人は私達に生きる可能性を高めた武器をくれた。それに、勇者も仲間。そうでしょ?』

 

最初に提案したのはメブで、勇者になるために意固地になってたメブからこんな声が出たことが嬉しかった。皆もポカンとしてたけど、頷いて、反対する人なんで誰もいなかった。

 

『いいね!私達にやれることがあるならやろう!』

 

でも、なにより一番意外だったのは即賛成した自分自身だった。

 

それから、神官の人に私達32人から集めた装備の一部と、メブと私で書いた手紙を渡した。

 

この小さな力が、役に立つように__________

 

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「雀先輩?」

「あぁごめんね。そろそろ?」

 

物思いに耽りながら漕いでたらしい。あややを事故に合わせてしまえば皆から市中引き回しを合うし、なにより良心の呵責に耐えられなくて身を投げ出す。

 

「はい。そろそろ...あ、見えました!」

 

初めて見るバイク、少し背の高くなった風貌、隣の勇者部_____手品師東郷さんと二人で待っている男の人。

 

「...か、加賀城雀。ただいま着任しました!」

 

普段よりは、滑って話せた気もする。

 



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短編 東郷if2

今日もリクエストです。今週末くらいまでにはお知らせをしたいなぁ...

サブタイどおり以前の東郷ifの続きです。設定をそのまま引き継いでるので、ここから見る方は以前のを見ることをおすすめします。

下から本文です。


「プールに行きたい?」

「はい...」

 

俺が中学二年、東郷が中学一年になって約三ヶ月。夏休みを目前に控えた頃、彼女からそんなお願いが来た。

 

なんでも最近勇者部に入り、仲良くなった結城から誘われたらしい。

 

「いや、俺に言わず行けばいいじゃないか」

「...私、こんなですし......事前調査をしとかないと」

 

自分の足を不満げに眺める東郷。結城は全くそんなこと気にしないだろうが、本人の気持ちの問題なんだろう。

 

「んー...わかった。行くか」

「!ありがとうございます!」

「水着は?」

「学校指定のがあるので大丈夫です!」

「...結城とまずそれを買ってこい。うちのあれだと寧ろ目立つから」

 

風が着ていたスクール水着を思いだし、東郷にアドバイスしておく。

 

「_____んでくださってもいいのに...」という言葉は、強風で聞こえなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「というわけで、やってきました」

 

青い水、白い砂浜。

 

(海だー!!)

(お前が一番叫んでどうする)

 

「...あの、古雪さん」

「?」

「私、今度いくのはプールなのですが...」

 

そう。俺達が来たのは海だった。少し遠出したので既に昼時である。

 

「結城とくるのもここだから」

「え?」

 

この場所を選んだ理由は、プールとの違いがあるから。それだけだった。もう結城とも話はつけている。

 

プールは基本、車椅子での活動はほとんどできない。施設として泳ぐために作られているのだし当然な所だ。だが、それでは結城も東郷も気を使う。

 

その点海なら砂浜で遊ぶことも出来るし、広い海につかってちょっと遊ぶ位はやれるだろう。

 

「古雪さん...もしかして」

「まずは着替えてこい。そっから...まぁ、その後決めればいいか」

「...いってきます」

「いってらっしゃい」

 

更衣室に向かっていく東郷を見送って、俺はパラソルを刺したり既に穿いていた水着だけになったり、レジャーシートを並べたりした。

 

(自分の作業はなるべく事前に...凄い先読みの力がついてきた気がする)

(にぶちんのくせに)

(なにがだよ)

(なーんでも!)

 

「古雪さん」

 

照りつける太陽の熱を肌で感じてぼーっとしていると、後ろから声をかけられた。

 

振り返ると_______絶世の美女がいた。

 

「......」

「あ、あの...おかしなところはありますか?」

 

色白の肌を覆うワンピースタイプの水色の水着。だが、覆い隠せない体のラインがくっきりと分かり、言葉がつまる。既に日焼け止めを塗ったのか、少し見える肌が良い意味でてかてかと__________

 

「...古雪さん?」

「あ、あぁ...似合ってると思う。凄く」

「っー...」

 

(古雪さんー。そんな固まらなくていいんですよ?)

(固まってねぇよ!!)

 

銀と感覚は繋がってない。絶対バレてない。

 

「と、とりあえず砂で城でも作るか?」

「海に入ってもいいですよ。どちらにせよ水に浸かりたいと思ってたので、車椅子も昔のを持ってきましたし」

「そうはいってもなぁ...」

 

びしょびしょに濡れた車椅子で帰らせる訳にもいかない。

 

(...えぇい。覚悟を決めろ。ここへ連れてきたのは俺だぞ!)

 

「ん」

「ぇ...あの、古雪さん?」

「行くぞ。まぁ、嫌ならいいけど...」

 

車椅子の前でしゃがむ。作戦としては、おんぶで海の浅瀬を歩こうということだ。彼女の安全のためにも遠くはいけないが、海に浸かるくらいなら容易だろう。

 

「...お願いします」

「任された。しっかり捕まってろよ」

「はい!」

 

後ろからしがみつかれ、思ってたより軽い。余裕に感じた次の瞬間には、なぜおんぶにしたのか後悔した。

 

「お姫様抱っこの方がよかった...」

「えぇ!?」

「...諦めろ...古雪船、発進します」

 

足を掴んで立ち上がり、海へと向かう。東郷の足は感覚がないらしいので、万が一変なところを触っていても問題ない。

 

俺が後悔したのは、自分の背中だった。

 

(煩悩退散...マジで。ヤバい。銀さんヘルプ!!!)

(椿が自分でやりだしたんだろー?)

(そりゃそうだけど!)

(お姫様抱っこだと顔が海についちゃうかもしれないし、我慢しなー)

(薄情者め...)

 

未知の柔らかさと弾力に心臓が飛び出るんじゃないかと思う。でも、それ以上に興奮する。

 

(俺は思春期の中学生だぞ!!)

 

「くくく...この程度のことで...」

「古雪さん?」

「はっ...なんでもない!」

 

動揺のあまり病気の方の中二になってしまった。

 

海に入り、俺の座骨辺りまで入ると、斜め後ろから息が漏れた。こちらとしても少し軽くなり、くっついていたのも離れた為凄くありがたい。

 

「久しぶり...」

「ならよかった。これで楽しめてるか?」

「はい!ありがとうございます!」

 

恐らく笑顔の彼女。それだけで、こうしてやっている甲斐があった。じゃぶじゃぶと海を切って歩く俺達は、しばらくそのまま楽しんだ。

 

「...古雪さんの方こそ、疲れたり...楽しくなかったりしませんか?」

「......バーカ。東郷とこうして一緒に遊んで、楽しくないわけないだろ」

「っ...ふふっ」

「!」

 

彼女の体がより密着してくる。顔がくっつきそうなくらい近づいてくる。

 

「女の子相手に、そんなこと簡単に言ったらダメですよ?」

 

耳元で囁かれる甘い声に、俺は心が溶かされていく感覚だった。

 

「__________」

 

 

 

 

 

その後夕暮れが近づいてきたので、帰宅することに。『凄く楽しかったです』と言ってくれたので、セッティングした俺も嬉しかった。

 

(それで?ボインの感触を味わった感想は?)

(やめろお前おっさんか!?)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

月明かりはない。豆電球もつけてない。

 

真っ暗な部屋の中、私は明日予定されている友奈ちゃんとの海を楽しみにしていた。

 

同時に、数日前のことを思い出す_________

 

『東郷くらいにしか、こんなこと言わないよ』

 

「......ふふっ」

 

私は幸せだ。仲の良い友達がいて、隣の家には想いを寄せる異性がいるのだから。

 

(いつか、この想いを...)

 



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短編 樹if2

リクエストにあった樹ifストーリーの続きを書いてくれというものに、さらにヤンデレにしてとか、耳○○(正解は数行下)してというリクがあり、かなりぶっ飛ばして書きました。

結果。これは樹ちゃんなのか...?少なくとも中一ではない気がする。

ま、まぁ喜んで頂ければ幸いです。前回の樹ifは読まなくてもある程度は大丈夫だと思います。

追記。書くの忘れてた。今日は三人の友奈役である照井春佳さんの誕生日です!おめでとうございます!友奈ちゃんは出てこないけど!(似たようなことを前も言った気がする)

下から本文です。


「ぁ...あぁ...」

 

水音が響く。別に辺りが水浸しなわけでも雨が降ってるわけでもない。なんなら俺のすぐ近くにいる彼女はこの音が聞こえていない。

 

何故なら_______彼女の口が、俺の耳を覆っているからだ。

 

「好きですよぉ。椿さん♪」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

時は遡り、昨日。進級した俺達と同様に、樹も一つあがって中学生になった。勿論勇者部に所属。五人になったということで、少し大規模に幼稚園で人形劇をしようとなった。

 

「結構買い込んだなー」

 

舞台セットの為の道具、人形を形作る為の布等、両手にはぎっしり荷物が入っている。

 

「すいません、椿さん...」

「いいんだよ。こうした方がバランス取りやすいし」

 

同伴する樹には小物を入れた小さい袋しか持たせていない。二つも下の妹のような存在に任せるつもりは全くなかったが、壊れやすいものだけ大事に持ってもらった。

 

(男子って自分が思ってるより雑らしいからな...)

 

他のメンバーは別の用事で、樹と二人きり。土曜である今日は買い物。明日は自由休みでそれから放課後で作ろうという魂胆だ。

 

「楽しみだな...」

「そうですね」

 

荷物は今度俺が部室まで持っていくことになっていた。

 

「ここまででいいよ。ありがとう」

「いえ!折角なので中まで持っていきます」

「んー...わかった」

 

実は今、俺の家は誰もいない。両親は二人とも仕事だったり友達と遊ぶとかで月曜まで帰ってこないのを昨日聞いた。

 

(無人の家に美少女を入れ込む...ま、すぐ帰すしいいか)

 

なんなら送っていくまである。思えばこの時点で少し違和感はあったのだ。休日なのに誰もいないことに関して指摘しない樹が。

 

「ここが椿さんのリビング...」

「あれ?通したの初めてだっけ?」

「はい!なんだか感動です!」

「そうか...?まぁ、荷物そこに置いたら帰らせるからな」

「えー」

「もう日も暮れる。風に怒られるのは俺なんだから頼むぜ...」

「それなら平気です!お姉ちゃんには遅くなるって伝えてますから!」

「...」

 

風がそれを納得したのか微妙だったが、飲み物くらいは出すべきだろうと思い、冷蔵庫にあったみかんジュースを提供する。

 

「どうぞ」

「いただきまーす」

 

ついこの間まで小学生だった彼女は、あどけさなが残りながら少しずつ姉に似てきている。

 

(風と同年齢だったら、樹の方がやるときはやりそうだ...)

 

みかんジュースを飲みながら、そんな彼女に声をかけた。

 

「樹ー、それ飲んだら...?」

 

視界がぐらつく。地震でも起きたかと思えば、視界に映る樹は済まし顔だ。

 

(俺、なにが、どうなって...)

 

 

 

 

 

「ん...」

 

気づいたら、自分のベッドで寝ていた__________手と足が、縛られていたけど。

 

(...!?どうなってんだこれ!?)

 

後ろで組まされた手も、足首で固定されている足も、動かしても全くほどけない。強力な縄かと思えば、痛くもなかった。

 

(銀!おい銀!どうなってんだ!?何があった!?)

(...椿。大人しくしておけ)

(!?)

(そうすれば可愛い樹ちゃんからご褒美が貰えるぞ...はにゃぁ...)

(おい銀!? )

 

「...目が覚めたんですね」

「お、お前...!」

 

暗い部屋で顔までは見えないが、その声ではっきりわかった。

 

「樹...お前がやったのか」

「ごめんなさい椿さん。でもこんなチャンス滅多にないと思って...先輩のみかんジュースにお薬を入れました」

「いつの間に...」

「ぼーっとしてた先輩のコップと薬を入れた私のコップを交換するの、バレるんじゃないかとゾクゾクしてました。それに...もう一人の椿さんも、静かにしてもらえましたし」

 

(銀の存在に気づいて!?)

 

確かに勘がよければ気づけるくらいの生活態度だったかもしれないが、こうまで確信を持って言われるとは思わなかった。樹の前でかいたことのない冷や汗が流れる。

 

「古風ですけど、こんなので催眠もかけられましたし...」

「えー...」

 

見せられた糸つき五円玉。樹の言う通りならこれで銀は洗脳されたのだ。

 

突然の事態過ぎて混乱しながら、なんとか思考を回転させる。

 

「というか、なんでこんなこと...もう夜だし、風が心配するだろ」

「...大丈夫ですよ。神様も味方してくれたみたいで外は大雨。お姉ちゃんには椿さんの家で泊まると伝えましたから。もう一人の椿さんのお墨付きで」

「っ!」

 

その顔が見えて、目を見開いた。樹は__________目の光がなかったのだ。きらきらしていた目は、濁ったどぶのように変わっている。

 

「でも...椿さん。なんで始めに気にするのがお姉ちゃんなんですか?私が目の前にいるのに......」

 

なにか、彼女の不都合なことを言えば大変なことになる。そんな直感が黙らせることもせず口を開かせた。

 

「い、いや...樹のことを気にしての発言なんだが。こんな遅くに帰ったら危ないだろ」

「いいんですよぉ...さっきも言った通り、こんなチャンスは滅多にない。だから帰るつもりなんかなかったんです...ご両親がいなくて、椿さんともう一つ上の関係にいける大チャンス...」

「一つどころか三つくらい進んでそうだが...」

 

具体的に行き着く先は容疑者と被害者である。まさか自室で拉致監禁まがいなことをされるとは露ほど思わなかった。

 

「な、なんだってこんなこと...」

「気づかないんですか?私が椿さんのこと大好きってことですよ」

「っ...」

 

こんな状況なのに顔が赤くなる。

 

「顔赤くしてくれた...嬉しいなぁ」

「この縄もほどいてくれると凄く嬉しいんだけどな」

「ダメです。椿さんは優しいからこんなことしても、ここで止まればきっと許してくれる。でもそれじゃあダメなんです。もっと私をぐちゃぐちゃにして、たくさん感じて、感じさせて欲しいんです」

 

(く、狂ってる...)

 

俺はこの子とそれなりに長い付き合いをしながら、本質をなにもわかってなかったのだ。

 

「でも、椿さんからはなにもしてきません...だから、私がやるしかないんです」

「...樹の気持ちはわかった。だがこんなことはやめよう?俺は、樹とこうやって進んでいくのは嫌だな...」

「大丈夫ですよ。全部私に任せてくれればいいんですから」

 

そして、本能が逃げろと言い続けてる中で、遅まきながら脳が理解した。

 

俺に選択権など、始めからないのだ__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

虚ろになっているだろう目が、あれから半日以上経ったことを示す時計が見える。

 

「...ぅ、ぁ」

 

体中に樹のマークが刻まれ、強烈な彼女の残り香が常に脳を刺激する。

 

今樹は、トイレに行っていた。

 

目に入ったスマホへ手を伸ばす。もう手足の縄もない。いつからかそれは外されていた。

 

ここで、風に連絡すれば、きっと駆けつけてくれる。「助けて」の「た」だけ送っても十分だろう。それなら彼女が来る前にできる。この光景を見られることになっても________

 

「......」

 

だが、俺の手は伸びなかった。力尽きた様にベッドに置かれるだけ。

 

既に、俺は_______

 

「椿さーん」

「っ!!」

「大人しく待っててくれたんですね...ご褒美にっ......」

 

俺に抵抗の意志がないから、彼女も縄を外したのだろう。こうしてキスされて、流し込まれた液体を躊躇いなく飲み込む俺になってしまったのだから。

 

「持ってた中で一番効く薬です。私も飲んじゃった...」

「ぁ、ぁぁぁ...」

「さ...椿さん」

 

_______彼女抜きでは、生きられなくなっていた。



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短編 ラブレター/花開いて

文量が微妙になってしまい、だったら二話まとめてだすか。ということに。どちらもリクエストで、一個はサブタイ通り、一個は椿×園子です。

結構シリアスを楽しみにされてる方もいるみたいで...まぁ、そういった方々はもう何日かお待ちください。まぁこの話も前半は(勇者部女子にとっては)ガチシリアスですけど。

というわけで、下から本文です。




『ラブレター』

 

 

 

 

 

「おいてめぇ!!!」

 

古典の後の休み時間、椿がクラスメイトに言い寄られていた。

 

「なんだよ...」

「こいつぁなんだ!!これつぁ!!!」

「今言ったじゃんか...」

 

手にはピンク色の封筒が握りしめられている。

 

(というかあの形...あれはまさか)

 

「ラブレターだとぉ!!貴様!勇者部というものがありながら!!!!」

「いやだから_______」

 

(ラブ、レター?)

 

 

 

 

 

その後のことは何も覚えていなかった。椿と一緒にご飯を食べた筈なのに。

 

「風、悪いんだけど今日の勇者部は抜けさせてくれ。樹のレッスンも休みだったよな?」

「...なにかあったの?」

「ちょっと野暮用」

 

そう言って椿は消えた。そう。きっと、ラブレターの返事をしに__________

 

(どうしよう、どうしよう...)

 

あたしはもうまともに考えられなかった。残った気持ちを全部だして、樹に電話をかける。

 

「お願い!大至急高校にきて!全員で!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「風先輩!どうしたんですか!?」

 

アタシ達が突然呼ばれて来たのは、椿と風先輩が通う高校の近くにある公園だった。子供達にまじってベンチに座る先輩の顔は、絶望に染まっていた。

 

「お姉ちゃん!!」

「あー...樹、皆、来てくれたのね」

「お姉ちゃんしっかりして!」

「い、いったい何が...」

「つっきーは一緒じゃないんですかー?」

「!!!!」

 

びくんと風先輩の体が動いた。

 

「え...先輩、もしかして椿に何かあったんですか!?」

「椿先輩に!?」

「風、大丈夫...話せる?」

「お姉ちゃん!!」

「...あ、あのね」

 

そして、アタシ達は聞いた。いや、聞いてしまった。

 

「椿が告白された...」

『えぇ~!?』

 

確かに椿は優しいしかっこいいし_______アタシ達皆大好きだ。だからこそ風先輩と同じように、闇が生まれた。

 

「嘘...ですよね?風先輩、椿先輩に...」

「こ、こ、ここ恋文を古雪先輩が...?」

「高校で初めて同じになったやつが寄ってきたのか...!」

「中学は勇者部があったからそんなことしてくる人いなかったですもんね」

 

勇者部なら、まだいい。アタシも笑顔でいられる。でも、誰とも知らない先輩が、椿の隣を腕を組んで歩く__________想像して、背筋が凍った。

 

「椿...椿!!」

「ふーみん先輩、場所とかわかる~?」

「ごめん...聞けなかった......椿が離れちゃうと思ったら怖くて、口が開けなくて...」

 

冷静な頭が、「椿がいきなり知り合った女の子に快い返事をするわけない」とか、「彼女ができてもアタシ達の前から消えるわけでもないし」と言ってきている。

 

(でも、そんなこと関係ない!)

 

大切なのは今で、この恐怖感だ。

 

「なら探しましょう」

「こ、高校の中だとは思う...」

「ご安心ください。部室のパソコンを新調した際、全員分のGPS追尾機能を追加したので...出ました!」

 

ノートパソコンから出た座標は、見事に高校だった。

 

「ここ...ここなら場所的に屋上だわ!」

「行こう皆!!」

 

友奈の掛け声に、全員が頷いた。

 

 

 

 

 

中学の制服のアタシ達は、この高校志望で先輩の許可を得て来ましたと伝えると、堂々入れた。そんなやりとりする時間さえ惜しくて階段をかけあがる。

 

屋上の扉は、少し開いていた。

 

「あそこ!」

 

扉から覗こうとして_______

 

「あれ?お前らなにしてんの?」

 

外から入ってきた椿が、驚いた顔をしていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『つ、椿...うけたの?』

『椿先輩...そんな...』

『こ、断ったんですよね...?』

『ね?』

 

最初はなんのことだか分からなかった。まず中学生ばかりなのに高校にいることがびっくりした。

 

『なんの話だ?』

『つっきー...』

『椿、告白されたんでしょ...?』

『へ、返事したのか?』

『??俺まず告白されてないんだが』

『え』

 

全員の声が見事にシンクロしていた。聞いた話と辻褄を合わせていくと_______俺の隣の下駄箱に入れる予定だったラブレターの話を勘違いして、俺が告白されるのではないかと思った彼女達が見に来てくれたらしい。

 

俺はというと、呼び出してきた女子に『いれる下駄箱間違ってるぞ』と手紙を返しただけだが。別クラスの人間であまり人にバレたくないから下駄箱投函にしたのだろうと考え、放課後の呼び出しの時間に渡した。

 

(...なんか、いいな)

 

わざわざ心配してくれた彼女達のことを考えると心がくすぐったくなる。幸せな仲間に会えた。

 

(もし俺が付き合うなら、勇者部の誰かがいいな...皆可愛いし高望みし過ぎかな)

 

今日も放課後の時間だけあっという間に感じた。これからも、そうであればいいなと願って、俺は眠りについた。

 

 

 

 

 

「久々に夜間侵入だー...」

「つっきー寝てる...可愛い...」

「ど、どうするのよ」

「決まってるでしょ夏凜」

「く、口はダメですよね?」

「あ、ごめん樹ちゃん。ファーストはアタシが小さい頃すませてるんだ。本人は覚えてないと思うけど」

「んっ...」

「友奈ちゃん早い!?だ、ダメよハレンチな!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お前のせいでいらん誤解を受けたんだからな」

「ギブ、そんな笑顔で胸ぐらつかまないで...」

「......はぁ」

「助かります...ってその首どうした?」

「あぁこれか?なんか痕になってて。ダニにでも食われたんだろ」

「そんなに大きく?」

「いや、小さいのが七ヶ所だったんだが、めんどくさくて纏めて貼っといた」

「...首だけ?」

「あぁ。不思議だよな」

「......まさか。ね」

 

 

 

 

 

『花開いて』

 

 

 

 

 

今日は園子の家に通されていた。『成長した私の料理スキルをみてほしいんよ~』ということで、昼食をご馳走に。銀は東郷の家だそうだ。

 

「ごちそうさまでした」

「おかわりいいんよ~?」

「...お願いします」

 

肉じゃがだったが、崩れないのに汁が溢れて、知らない間に食べ終わっていた。正直もう腕が抜かれている。

 

「ふぅー...美味しかった」

「お粗末様でした。ゆっくりしてていいからね」

「いや、皿洗いくらいさせてくれ」

「ダーメ」

「むぅ...わかったよ」

 

真剣な顔だったので、彼女の意思を尊重することにした。何か考えがあるのだろう。

 

「まるで夫婦だなぁ...嬉しいなぁ...」

 

それは、一人言なのか話しかけてきてるのか。熱くなった頬を隠しながら、無反応を返した。

 

「ふぁ~...」

 

昨日は難しめの高校テストがあったため睡眠が不足してる。あくびをすると涙目になって視界がぼやけた。

 

(ねむー...こんな生活続いたら、ダメ人間まっしぐらだなぁ...)

 

皿洗いの水音が遠くなり、その目蓋が重たくなった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「つっきー、おまたせ...」

「すぅー...」

 

洗い物をしてつっきーに声をかけると、壁にもたれて寝てた。気持ち良さそうな寝顔。

 

「もぅ...折角二人きりになれたのに」

 

今日の誘いは確かに急だったし、本当に気持ち良く寝ていたから怒る気にもなれなかった。

 

「......えいっ」

 

正座した膝に頭を乗せる。「んにゅ...」と言っても起きることはなかった。

 

 

 

 

 

『お前は、三ノ輪銀を覚えているか?』

 

つっきーとの出会いがふと蘇る。初め会ったのは、わっしーとゆーゆが一緒で、私が呼び出した時だ。

 

話自体はミノさんから聞いていたけれど、彼がこんなにも魅力的で_______自分も好きになってしまうような相手だとは、思いもしなかった。

 

普段からさりげない気遣いをしてくれる。道路の車道側を歩くとか、歩幅を合わせてくれるとか。指摘すると『気のせいだ』なんて言うけれど。周りをよく見ていて、ふーみん先輩が体調悪い日にすぐ気づいて帰らせたのは驚いた。私には全く分からなかったのだ。つっきー以外だと、ゆーゆが少しだけ気になっていたくらい。

 

何度も小説のネタにすると称してからかったこともある。何回かやれば否定的になるだろうに、文句を言ったりしながらでもきちんとやってくれる優しさもある。

 

でも、他人に優しいからこそどこか自分に無頓着で、切り傷をそのまま放置してたり、前は一人で壁の外へ行って敵と戦ってたり。

 

怒ると反省はするけど、もうやらないってわけでもないし。

 

もっと自分を大切にしてほしいと思う。もっと自己中でいいと思う。

 

(でもきっと、貴方はそうしないよね)

 

それか彼の良いところであり、心配なところだ。

 

もっと私が、私達が心配していることを気づいてほしい。出来れば、それ以上の気持ちにも_______

 

頭を撫でる。ミノさんにも撫でられたし、つっきーにも撫でられた時のことを思いだし、まねるようにゆっくりゆっくりと。

 

私はやられて凄く幸せな気持ちになったから。お日様に当たってるみたいにぽかぽかして、胸から気持ちが溢れそうになって。

 

だから、寝ているつっきーを撫でているだけで楽しくなる。つっきーがこんな気持ちを持ってくれればいいなと思う。

 

「ん...」

 

少しだけ、寝息を確認した。ちゃんと規則正しく音を立てて寝ている。

 

そのくらい、膝枕が気持ちいいのか、撫でられてるのが気持ちいいのか。幸せなくらい_______私の膝の上で安心しきってくれているのか。

 

「...私ね」

 

私は、自分の気持ちを吐露した。

 

「大好きだよ。つっきー」

 

 

 



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短編 40.1話

今回もリクです。前から感想欄でも頂いてたのですが、本編四十話の「椿が怒られるシーン」を、実際に書いてみました。

当時はこれを書くつもりはなかったので、後付けに近くなります。矛盾とかはないと思いますけど...どんな内容だったか忘れたぞって方は、是非本編四十話を見てから読みはじめてみてください。

下から本文です。


つけていた腕時計を確認すると、深夜二時を回っていた。

 

(思ったより時間かかったな...)

 

レイルクスの翼を広げ、壁の外の真実と戦い続ける。勇者部として終わった戦いは、人類としての戦いという意味では、何も変わってなかった。

 

いや、俺達が相手していたのはあくまで使いのバーテックスなのだから、なにも始まっていないまでもある。

 

「...今考えても仕方ないか」

 

既に両親も寝ているため、家には明かり一つない。事前に窓の鍵を開けているため、そこから直接自分の部屋に入る。週一の行動は慣れたものだ。

 

「...」

 

一応静かに窓を開け、部屋に入って勇者服の変身を解いた。

 

「......」

 

なんだが人の気配を感じて、電気をつける。

 

俺はこの時ほど自分の行動を悔いたことはない。電気をつけなければそれはそれで考えたくない地獄があったのだろうが。

 

 

「あ」

「おかえり。椿?」

 

風が声をあげたが、俺以外の勇者部全員がいた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

時が止まったような気分になった。

 

(え、なんでこいつらが、え?)

 

同時に、本能が逃げろと告げていた。この空間は感じたことのないものに包まれている。

 

入ってきた窓から飛び出ようとして_______背中から何かが当たった。

 

「椿...椿ー!!!」

「風!?」

 

腕が回され、完全に抱き締められる。加減が一切ないのでウエストが普段よりだいぶしめられた。

 

「そうやってあんたは!!離れないで!」

「椿先輩!!ずっと一緒にいてください!もうこんなことしないで!!もう、どこにも...」

 

前に回った友奈も抱きついてきて、上目遣いで見つめてきた。涙をぼろぼろ溢して、小さな子供のように呟く。

 

(...俺は)

 

よかれと思ってやっていることだ。でも、二人の暖かさと友奈の顔が、動揺していた俺の心をかきみだす。

 

「と、とりあえず落ち着いてくれ...いや、俺が黙っていたのは悪かった。だから...」

 

どうしたらいいのかわからなくなる。俺の為にこんな子達を泣かせてしまった。

 

「古雪先輩」

「ぇ」

「今、貴方は自らの非を認めましたね?」

「ぁ...」

 

よく聞いていた筈なのに、初めてのように錯覚するドスの聞いた声。

 

「私にはやめさせといて、貴方は友奈ちゃんを、風先輩を、私を...皆を泣かせて!!!」

 

身も心も動けなかった俺は、何も構えることが出来なかった。

 

「ぐほっ...」

 

車椅子生活で鍛え上げられた東郷(元国防仮面)の怒りの鉄拳が、俺の顔面に叩き込まれた。壁に叩きつけられ、今日も傷を負わずに帰ったのになーなんて場違いなことを考えていた。

 

「樹ちゃん」

「はい!」

 

一瞬失っていた意識が戻った頃には、右手とベットを支える柱が手錠で繋がっていた。手が床から離せない________

 

「...手錠!?」

「安心してください。本物じゃないので...鍵がないと取れないのは、同じですけど」

 

笑顔で語る樹だが、その目は一切笑ってなかった。

 

「友奈ちゃんや風先輩は願うだけですが、私達は古雪先輩がそんなことでは止まらないと思いました。実力行使させていただきます」

 

(これ死ねる)

 

バーテックスなんかより遥かに怖い存在が目の前にいる。その事実が俺を震え上がらせる。

 

「まぁまぁ。椿、これでも飲みなさい」

 

そんな中、コップに入った飲み物を差し出してくれたのは夏凜。

 

(...そうだよな。ここまできたら全部話すしかないよな)

 

諦めて、全てを打ち明けよう。それが俺のするべき贖罪だ。

 

「ありがとう。夏凜...ひっ!」

 

水を飲んで、夏凜の方を向くと______声はいつも通りなのに、見たことのない顔をした夏凜がいて思わず悲鳴が漏れた。

 

「いいのよ。ちゃんと反省してくれれば。動かなければ...」

「お、お前...!!!何をいれやがったこれ!?」

 

いきなり腹にきた激痛を抑えながら聞くと、顔色一つ動かさない夏凜が答えてくれた。

 

「栄養サプリよ。入れすぎると即効性の高い激薬になるけど」

「なんつーもんを...!!!」

 

いきなり限界がきた。トイレに行こうにも手錠が外せない。

 

「おい!これ外してくれ!頼む!俺が悪かったから!!!」

「仕方ないじゃない。椿がまたどこかへ行こうとするんだから。私達が栄養管理も生活管理もしっかりしてあげないとね」

「さ、そのっち」

 

皆の影で見えてなかったそいつは、姿を現すなり俺を床に押し付けた。そのまま自分の体を上に、腕立て伏せのような状態になる。

 

凄く近くて、ドキドキ_______は全くしなかった。寧ろ心臓を鷲掴みされたように、凍った。

 

「こんばんは。つっきー」

「そ、そ、園子...」

 

腹の痛みで既に涙目だが、その涙目越しでも彼女が見えて、ひたすら怖かった。逸らそうとしても叶わない。彼女が動いてるのか、俺が動けないのか。もうなにも分からない。

 

「最近つっきーがおかしかったからね。皆できたんだー。そしたらつっきーこんな夜遅くに帰ってくるし、なにしてたのかな?」

「あ、あの...」

 

体が小刻みに揺れてくる。もう限界なのだ。

 

なにより_______園子が、ぽわぽわした顔でもなく、真剣な顔でもない。あらゆる感情を削ぎ落としたようなものだったから。

 

「全部話してくれるよね?」

「話すからどいてくれ園子!頼む!ホントに俺が悪かった!全部謝るから!!辞める!だから!」

 

もう体裁を保ってる暇も彼女達を気遣う余裕もない。手錠がガチャガチャ音をたてても外れないし、園子はどいてくれない。

 

「ダメだよ~。今、ここで、全部話してもらうんだから~」

「その...」

「ね?」

「は、はいぃ...」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「____君。椿君」

「はっ!」

「大丈夫かい?」

「あ、あの、えぇ...」

 

飛んでいた意識が戻ってきた。今俺は自分の部屋じゃないし、勇者部の皆はいない。春信さんに現在の情勢を話にきたのだ。

 

「どうかした?」

「...皆に壁の外に出向いていたことがバレたのを思い出して...ちょっと寒気が」

「僕に端末を返そうとしたときはいつも通りに見えたけど?今さら怖がるのかい?」

「......」

 

あの時普段寄りでいられたのは、体と記憶が思い出すことを拒絶していて、『ただひたすら怒られた』としか認識していなかったからだ。

 

「なんで今さら思い出したんだろ...」

「状況が似てるからじゃないかな?僕と君の二人、あの時のファミレスだからね」

「...あんたのせいで。夏凜に悪口吹き込んどいてやる」

「凄い責任転嫁だね!?」

 

それでも流れるような仕草でテーブルに頭をつける春信さんに、俺は震えた体をなんとか普通にした。

 

そうでなければ、また思い出しそうで怖かった。

 

(...ホント、気を付けよう)



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短編 甘いアイス

今日もリクエストです。友奈ちゃん。好き(直球)


「かくがくしかじかで~。スタート!」

 

俺と友奈はまた園子に呼び出され、小説のネタとして先輩後輩をやめて演じてくれと要望された。一々やるのも疲れるし、変な気分になるので断ろうかとも考えたが、友奈が『わかった!』と言ったためやることに。将来が少し心配だった。

 

「椿先輩!」

「また間違えてるぞ」

「あ...」

 

演劇もやったりしてたので、今さら同学年のフリなど_____と考えていたが、賛成していたはずの友奈が案外失敗していた。ちなみに、間違えた数は遠くで見守ってる園子によってカウントされている。

 

(自分でシチュエーションまで要求しといて、罰ゲーム染みた設定の用意もするとか...)

 

「なんというか...ダメなんですよね。先輩は先輩って感じですし」

「敬語と名前でツーカウント」

「はわわわっ!?」

 

俺は普段と変える要素があまりない。逆に友奈は敬語なし、俺のことを「椿君」と呼ぶため苦戦していた。

 

こうして街中でデートっぽくさせているのも、普段の感じを出すためだろう。

 

(...まぁ、俺も楽しいけど)

 

普段言われ慣れない呼び方はドキドキする。手を繋いで言われれば尚更。

 

「...とりあえず、うどんでも食べに行くか?」

「いいです...いいね!行こう椿君!!」

「っ...」

 

眩しい彼女の笑顔は、思わず直視してしまうくらい可愛かった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふぅー...ふぅー」

「んー!美味しい!」

 

『かめや』でうどんを食べる私達。椿君はおろし醤油、私はきつね。

 

「椿君、あーん」

「...いや、うどんでそれはしにくいだろ。ちゃんと自分で食べなさい」

「ぁ、そうだよね...ごめん」

「......そんな悲しそうな顔するな。気持ちは嬉しいからさ」

 

テーブルを挟んで頭を撫でてくれる椿君。

 

(これって...今お芝居をしてるからかな。それとも...普段から、思ってくれてるのかな)

 

先輩はここまでかなり上手に演技してると思う。でも、普段とあまり変わらない気もする。

 

どこが『椿先輩』としての言葉で、どこが『椿君』としての演技なのか_______それが、凄く見分けにくい。

 

「友奈?どうした?」

「...ううん。大好きな椿君といれて嬉しいなぁって」

「っ!?」

 

顔を真っ赤にする椿君を見て、私は凄く嬉しくなった。

 

(分からないなら...普段の先輩になったときも好きだと思ってくれるくらい、気持ちをぶつければいいよね)

 

恥ずかしいけれど、今日は園ちゃんが小説のために設定した日。大丈夫だと心に言い聞かせて、うどんをもう一口食べた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

もう夕暮れが近づいてきている。ぶらぶら歩いていたから、少し遠めの公園まで来てしまった。

 

「おい、そこのカップル!アイスでも食べていかないか?」

 

公園の中では車でアイスクリームを販売してるおっさんがいた。

 

「カップルだなんて...」

「イチャイチャ手を繋いで歩いてるあんたらがそんなこと言うのかい。妬けるねぇ」

「ははは...」

 

今日は間違ってないので否定せず、メニューを見ることにする。

 

「わ、私ミックスベリーで...」

 

カップルの言葉に釣られたのか、、友奈が『カップル御用達!』とかかれているミックスベリーの文字を指差した。

 

「あぁ悪いねぇ。ミックスベリー味は売り切れなんだ」

「そうですかー...」

「......成る程なぁ」

「え?」

「友奈、ちょっとそっち行っててくれ」

 

俺が友奈を公園のベンチに行かせると、おっさんが笑みを作った。

 

「坊主、気づくの早いなぁ」

「さっき似たようなやり取りをしてたものですから」

 

二つのアイスを購入し、友奈の元へ。

 

「友奈、お待たせ。ミックスベリー味な」

「え?でもそれはないんじゃ...」

「あぁ。彼処は元からミックスベリー味なんて販売してない」

「??」

「まぁまぁ...まず食ってみ?」

 

手渡した方のアイスと俺の顔を交互に見ながら、不思議そうにアイスを口に運んでいく。

 

「...ん!美味しい!」

「ならよかった」

「で、でもやっぱりミックスベリーじゃ...ラズベリーですか?これ」

「そこでだ...ほら、口開けろ」

「!?」

「はい、あーん」

「ぇ、えと...あ、あー...」

 

俺のアイスを乗せたスプーンをくわえた友奈が、頬を染め目を丸くする。

 

「!!ミックスベリー!!」

「ふっ...」

 

俺が買ったのはブルーベリー味とラズベリー味のアイス。

 

宣伝しておきながらメニュー表記にはなかったミックスベリー。ミックスベリーが売り切れなのにブルーベリーとラズベリーは書いてあるメニュー。

 

結論を言うと、これはカップルが一つづつ頼み、互いのを食べさせあって作る味なのだ。

 

(よく考えたもんだ...)

 

うどんを食べてるときにあーんをされなければ、思い付かなかっただろう。

 

「椿せん...椿君!」

「ん?」

「はい!あーん!」

 

いつの間にか俺のスプーンを取っていた友奈が、ラズベリー味を俺に向けてくる。

 

「溶けちゃうよ?」

「...わかったよ。あーん...」

 

恥ずかしさを隠して食べる。「早く自分のも食べて!」と顔に書いてあったのでブルーベリーも頂いて_______甘味と酸味が絶妙に合わさった味か、口の中一杯に広がった。

 

「ん...美味しいな。ミックスベリー」

「そうだね!」

 

それ以外の甘味が口の中に残った気がしたが、友奈に見惚れてた俺には分からなかった。

 

「私にも頂戴!」

「分かった分かった。ほら、あーん...」

 

それから食べさせあいっこは、日が暮れるまで続いた。

 

 

 

 

 

「はぁー...」

 

友奈と手を繋いで帰り道を歩く。互いの指を絡ませるそれは友奈とより近くなったみたいで嬉しい。

 

「着いたぞ」

「椿君、今日はありがとう!大好きだよ!」

「っ!」

 

家の光をバックにそう微笑む彼女が可愛すぎて直視できなかったのは、俺は悪くないと思う。

 

帰り道、好きと言われるのが凄く多かった。

 

(友奈...そんだけ言われると舞い上がっちゃうからやめてくれ...)

 

そんな俺の気持ちは届くはずもなく。彼女は家に入っていった。

 

「じゃあねー!」

「あぁ。またな...友奈」

「いやー良いネタになったよー」

「うわびっくりした!?」

 

完全に園子に言われてやってたことを忘れていた。思わず何歩か後ずさる。

 

「つっきー」

「な、なんだ?」

「今度、私にもミックスベリー味食べさせてね」

「...わかったよ」

 

あんだけ美味しそうに食べてれば、園子も食べたくなるだろう。

 

「ほら、送ってくよ」

「ありがと~」

 

瞬く星の一つが、夜空を流れた気がした。



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1話 ●●●●●。

「これでよし...と」

 

高校の勉強は難易度があがっても中学の延長。始めこそつまずいたものの、今は大した物じゃない。

 

「眠くないな...」

 

樹の歌が流れるイアホンを最小音量にして、桜の押し花を栞としている本を読み進める。昨日買った新刊だ。

 

「むー...今後の展開が気になるところだな」

 

内容は、『乃木』という主人公が、仲間との友情を作り上げていくものだ。

 

(乃木って名前だけで買っちゃう辺り、俺もアホだけどな)

 

知り合い_______大切な二人の名字が目に止まった時には、この本を手に取っていた。

 

乃木という名字は300年前の神世紀の始まりを作った名家だとされる。同じく上里家。歴史で習った。だからこうした本にもその名前が乗ることが多い。

 

(よくわからないけど友奈も多いんだよなぁ...あっちは縁起物みたいな扱いだけど。ま、乃木の方の子孫が園子だから...上里の人も大変だったんじゃなかろうか)

 

もう大赦の威厳はない。神樹様が消え、責任追求の対象だ。

 

(それも、四国外調査の良い報告でかなりやわらいでるけど...)

 

「...んー」

 

難しいことを適当に考えていたら睡魔が出てきてくれた。ベッドに入るのも億劫で机に突っ伏す。

 

「ふぁーあ...」

 

明日は勇者部で、皆と何しよう。そう考えてたら、いつの間にか意識が落ちていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お疲れさまでした。若葉ちゃん」

「ありがとうひなた」

 

しとしと雨が降る中、傘をさして寮を目指す。

 

西暦2015年。平和な日常は、バーテックスという存在に崩された。

 

異形の白い化け物。奴等の出現によって世界は蹂躙され、日本の領土は取られていった。

 

それから三年。残されたのは、ここ四国や諏訪といったごく一部。

 

(いや...諏訪も)

 

唯一四国と連絡を取り合っていた諏訪は、一人の勇者が守っていた。名前は白鳥歌野さん。

 

だが、ついこの間、その連絡は途絶え_____考えたくないが、やられたのだ_____四国にも、敵の手が迫っていた。

 

バーテックスに通常兵器は通じない。神に選ばれた少女がなれる存在、『勇者』だけが奴等に対抗できる切り札であり、人類の希望。

 

私、乃木若葉はその勇者の一人だ。隣を歩くひなたは、神の声を聞く『巫女』。

 

「しかし、インタビューというのも疲れるな...」

「勇者の報告は皆を元気づけるために必要ですから」

 

五人いる四国勇者の初陣は既に勝利で終わっている。先の戦いで正式なリーダーと決まった私は、勇者の代表としてインタビューを受けていた。

 

思い出されるのは三年前。初めてバーテックスに襲われたとき、友達になったばかりの女の子達が食い荒らされたこと。ついこの間、白鳥さんの声が連絡先から途絶えた時のこと。

 

(白鳥さん。仇は必ず討つ)

 

『何事にも報いを』それが、乃木家の生き方だから_______

 

「悪いもの(バーテックス)食べたこと、言ってませんよね?というかお腹壊しちゃいますからこれから食べないでくださいね?」

「わかってる...?」

 

相づちをうっていると、曲がり角を抜けた道の先が見えて止まる。雨をうけて倒れているのは_______

 

「っ!?」

「ひっ、若葉ちゃん人が!」

「あぁ!ひなたは救急車を!」

 

短い黒髪と顔だち、体格から若い男性。

 

「大丈夫ですか!?しっかりしてください!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「っは!?」

「うわっ!!」

「きゃっ!」

跳ねられたように飛び起きると、よく見る天井__________なんかでは全然なかった。

 

「はー...どこだここ」

 

周りを見渡すと、俺の方を向いて驚いている二人の少女がいた。一人は園子みたいな髪色の凛とした子、もう一人は黒に近い紫の髪の子。どちらも面識はない。

 

「目が覚めたのか!?」

「大丈夫ですか?」

「えーっと...俺、自分の部屋で寝てたんじゃ...」

「道路で倒れてたんですよ?」

「寝間着のような格好で...スマホと本だけがあったが」

「えー...じゃなかった。とりあえず助けてもらったみたいだな。ありがとう」

 

慌て出す脳を抑えてひとまず頭を下げた。色々事態は混乱してるが助けてくれたことには違いない。

 

「あ、いえ...」

「では看護師さんを呼びますね」

「若葉ちゃん!ヒナちゃん!人が倒れてたって聞いたけど!」

「...っ!」

 

入ってきた人に、心が跳ねた。

 

その顔、声はよく知った__________

 

「友奈...」

「え!?友奈知り合いなのか?」

「ん?えーと...会ったことありましたっけ?」

「は?」

「え?」

 

一瞬思考が止まる。彼女はどう見ても讃州中学三年生、勇者部部員、結城友奈__________

 

「...違う?」

「え?いえ私は友奈ですが...」

 

かしこまる彼女は俺の知る彼女ではなかった。落ち着いて細部を見れば違う。

 

(こんなよそよそしくないし、いや、それより...なんか違う)

 

形容しがたい何かが、彼女と彼女が違うことを俺に告げている。

 

「えーと...本名、聞いてもいいか?」

「私ですか?高嶋友奈です!」

「...あの、何で友奈の名前だけ知ってるのか、聞いてもいいですか?」

「知り合いに瓜二つで...怪しむ気持ちはわかるけど落ち着いてくれ...えーと」

「乃木若葉です」

「は?」

「え?」

 

デジャヴを感じた。

 

「こんな美少女クラスでそんなポンポン名字や名前が当てはまっていいのか...」

「なっ!」

「美少女...」

「若葉ちゃんの可愛さがわかりますか!?そうです彼女は

 

 

 

 

 

なんか一人だけ違う反応をしていた女の子が、言葉の途中で止まった。

 

同時に、耳が痛くなるくらいの無音が襲ってくる。鳴っていたエアコンの音さえ消えた。

 

「まさか!?」

「え、今なの!?」

 

室内に鳴り響く、何度か聞いたアラート。きっと忘れることはないと思って、でももう二度と鳴ることはないと思っていた音。

 

「......樹海化だと」

「っ!?何で貴方が動けて__________」

 

驚く乃木さんを含めた俺達を、光が包み込んだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

目を開くと、忌々しき樹海_______ではなかった。

 

(...どこだここ。夢にしちゃ壮大すぎるんだが......)

 

身動きも口を開くことも出来ない、暗い暗い闇の世界。そこに、一つの光が浮かぶ。

 

『...ごめんなさい』

(お前は誰だ...)

 

『貴方にはまた、辛い思いをさせてしまう......』

 

(くっそ、夢の癖に都合悪いなおい!)

 

要領の掴めない話は、動揺しっぱなしの俺の心を苛立たせる。

 

『全てが終われば、元通りの時間、元通りの場所に戻す。だからお願い。壁が出来るまで__________救って』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

今度こそ、世界は樹海だった。

 

前のより若干町並みが残っているその景色には、見知った顔はいない。

 

(なんだよ。救ってって)

 

「な、なんで男の人がここに...」

「だ、大丈夫ですか!?」

「とにかくここは危ない。早く避難を_______」

 

(...こいつらを、助けてってことか?)

 

「......はは」

 

乾いた笑いが漏れる。

 

「...あの?」

「若葉ちゃん!敵来たよー!」

「くっ...なるべく後方へ!」

「その必要はない」

 

手元のミサンガを握りしめる。雨で濡れた本から桜の栞を取り出す。銀との、友奈との、皆との確かな証。

 

それから__________

 

(誰かが俺の...俺達の平和を奪おうというのなら)

 

見上げると、そう大した数じゃない星屑が見えた。

 

 

 

 

 

「こいよ。雑魚どもが。勇者のなりそこないが貴様らの相手だ」

 

 

 

 

 

スマホのボタンを一つ、タップした。

 

若草色の装飾はあちこちがかけ、穴があり、固まった血で半分以上が赤黒い。もうバイクの電力以外で使うことはないと思っていた戦衣(いくさぎぬ)。

 

それでも、これには戦える力が残っていた。

 

「...なんだ、それは」

「わー...」

 

右手に顕現させるのは、以前半ばから折れた刀。天の神に何回か通用した武器だ。星屑程度ならその刃は通るだろう。

 

というか、武器はこれしかないのでどうにかするしかない。

 

「......」

 

混乱する頭を置き去りに、憎悪の炎を胸に灯し、俺は樹海をかけた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「若葉ー!」

「高嶋さん...」

「ここで応戦するしかないです。タマっち先輩!千景さん!」

 

二度目の戦いにして、リーダー不在。スマホの範囲には見えない。

 

「...まぁ、タマ達よりあの二人が先にやられることはないだろ!やるぞ!」

 

スマホをしまう直前、一つ光点が後ろから出たが、気にせず消した。若葉か友奈がこっちに向かってくれてるんだろう。

 

「...くるわよ!」

 

始めに来たバーテックスにタマ達は交戦_______することなく、突然爆発した。

 

「なんだ!?杏か?」

「わ、私じゃないよ!」

 

飛び道具の杏は手をわたわた振ってる。でも隣の千景は鎌だし、タマの旋刃盤もまだ飛ばしていない。

 

「じゃあなんで...?」

 

倒したバーテックスから、何かが地面に落ちていく。

 

(...折れてる剣?)

 

勇者の力であがった視力が捉えるのと、隣を何かが凄い勢いで通ったのは同じタイミングだった。

 

「殺す!!!!」

 

聞いたことない声で放たれる明確な殺意に、背筋が凍りかけた。正直、バーテックスより怖い。

 

落ちた剣を拾ったのは、黒髪で、赤と緑のゲームに出てきそうな服を着た_______

 

「...男!?」

「勇者...なの?」

 

そいつはそのままジャンプして、バーテックスを切り刻んでいく。

 

「すげぇー...」

「球子!杏!千景!」

「皆ー、無事ー!?」

「若葉さん!」

「高嶋さん...!」

「おい若葉、友奈...あれ誰なんだ!?新しい勇者なのか!?」

「分からない。私達もさっき会ったばかりで...」

「とりあえず助けなきゃ!」

「...不味い!」

 

残りのバーテックスが全て合体して、前に倒した反射板みたくなる。友奈の拳も跳ね返す厄介なものだ。

 

(奴らは合体して進化するから...!!)

 

よく分からないけどバーテックスを蹂躙してるあいつでも、なにも知らないで攻撃するのは________

 

「一枚だけでどうするつもりだ」

 

突き刺さった刀は、あっけなく進化体を貫いた。

 

タマ達は、どんな顔をしていただろう。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はぁ...はぁ...」

 

しっかりした意識が戻ってきた時には、辺りには全てが無くなっていた。燻る炎は俺の心を焼いていく。

 

(......)

 

変な笑いが漏れたのは、それを聞けたのは俺だけだろう。

 

 

 

 

 

 




リクエストしてくださってた方、楽しみにしてくださってた方、シリアスを望んでた方、お待たせしました。追加されたタグとかサブタイとかで気づいた方もいると思います。いつもこの作品をありがとうございます。

というわけで、今回より古雪椿は勇者である。乃木若葉の章を始めたいと思います。

ホントは西暦の章とかにわけたかったんですが、今後の予定がのわゆメインでリクもたまにやる。と考えると、リクを途中に挟んだりするのに章づけするのは分かりにくいしめんどくさいということで、ナンバリングの変更で差別化します。

結構難産で、更新しない日も出るかも...というかのわゆキャラちゃんと書けてるかな。勇者であるシリーズの中でもハードシリアスなのを上手くく書けるかな......何かあれば感想でお願いします。

のわゆを知らない人が読んで、好きになってくれればいいなと思いながら書かせて頂きます。よろしくお願いします!


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2話 過去の世界

昨日から今日まで過去最高レベルの感想いただきました。一話あげただけでこんなに...嬉しさとプレッシャーがとんでもないことに。本当にありがとうございます!頑張ります!

したから本文です。


古風な洗濯は、たらいか何かに水をいれ、そこで服の汚れを手洗いで落とすらしい。洗濯機が普及してからあまりみなくなったらしいが、やり方さえ知ってればいいだろう。

 

何故そんな話をしてるかと言えば、今俺がその手法で洗濯をしているからだ。

 

戦衣を洗うと、乾いた血が徐々に落ち、本来の若草色を取り戻していく。血塗れのそれを洗濯機に入れるわけにはいかない。

 

(...穴だらけだけど)

 

貫通した部分は直しようがない。替えの部品なんてなければ、レイルクスもないのだから。

 

「...まぁいいや」

 

案外洗濯するのは楽しい。

 

「古雪さん」

「ん?...あぁ学校の時間か。今から行く」

 

上里が声をかけてくれて我に返った。思ってたより熱中していたみたいだった。

 

 

 

 

 

「じゃあこれを...古雪君」

「そこのxは25です」

「正解です」

 

適当に答えてノートを書き込みを加えていく。最も、今やっている数学なんかじゃない。

 

『今日からこの学校に転校?してきました。古雪椿です。よろしく』

 

あれから色々なことがわかって、考える時間もあった。夢ならどれだけよかったかと考えたが、もう諦めてる。ノートに書かれたことをさらっと振り返り、追加の書き込みをしていく。最初はこんなに落ち着いてなかったが、時の流れは俺を冷静にさせた。

 

まずこの時代。神世紀301年なんかじゃない。西暦2018年。俺の時代から約300年前だ。

 

タイムスリップ。口にするのは簡単だが、この時点で頭を抱えた。

 

(呻いてても仕方ないけどさ...)

 

この時代から三年前。世界はバーテックス______俺の時代で言う星屑に襲われた。それと同時に、各地で勇者と呼ばれる少女達が現れる。

 

四国には五人。それ以外にも各地で何人かいるらしい。

 

(......)

 

そして、最も重要な俺がここにいる意味。

 

『全てが終われば、元通りの時間、元通りの場所に戻す。だからお願い。壁が出来るまで__________救って』

 

はっきり覚えているのはずに、曖昧な声と感覚。壁と言われて思いあたるのは一つしかなかった。

 

今この時代にも神樹様はいる。四国を覆う結界の壁_______それが、ここにある『壁』のことだろう。

 

既に出来ているが、俺達の時代にあったものとは厚みも高さもない。

 

(つまり、近いうちにちゃんとした壁ができることになる...ついでに、四国以外が炎に包まれる可能性も)

 

俺達が取り戻した四国外の世界も、この時代には未だ残っている。

 

そして、『救って』という意味。四国は300年後も存在しているのだから_______この場合、救う対象は命を懸けて戦う勇者のことなんだろう。

 

乃木若葉、土居球子、伊予島杏、高嶋友奈、郡(こおり)千景。それから彼女達に付き添う巫女の上里ひなた。

 

(......)

 

纏めるとこうだ。神樹様かそれに似た存在が西暦の初代勇者を救うため俺を呼び出した。この世界での目的は『壁』が作り終わるまで勇者を守り通すこと。全て無事に済ませれば、俺は元の時代に返される。

 

勇者の力は未来に比べたら相当弱く、星屑だけでも苦戦するのだ。切り札なるものがあるにせよ厳しい戦いは必至。神樹様は記憶を消したり(正確には思い出させないようにだが)することも出来る。時代を動かすことができてもあまり疑問はない。だからこそ忘れてもいいようにノートに書いている。

 

(......忘れて、たまるかよ。絶対帰るんだ)

 

握っていたシャーペンを握りつぶさんばかりに掴んで、手についた跡を無くすように軽く振った。

 

この世界での俺の扱いは、幸いなことに勇者としてなっている。大赦、いや大社は樹海に入れてバーテックスを倒せるものを勇者とカテゴリしてくれていて、身寄りの全くない俺を保護、勇者専用学校に通わせ、衣食住全てを揃えてくれた。

 

かといって信用をするには互いに情報が少なすぎる。勇者アプリの調査を申し込まれたが、断った。なにがあるかわかったもんじゃない。

 

ひとまず最大限の恩恵を受けるため、俺は記憶の一部が抜け落ちてることにした。名前とか覚えてることはあるけど、親とか本当の家とかはわからない。といった具合。

 

(にしても...また神に巻き込まれた確率が八割、春信さんが作ったタイムマシンの実験に知らぬ間に付き合わされてるが二割って...春信さんすげぇよ。神の力を二割も疑わせるんだから)

 

次に各勇者について。一人目、乃木若葉。中学二年生。生真面目な性格の委員長。勇者達のリーダー。勇者の時の武器は刀。

 

二人目、土居球子。中学二年生。明るいと言うか騒がしいと言うか悩む。勇者の時の武器は盾にもなるヨーヨーみたいなの。

 

三人目、伊予島杏。中学一年生。でも一番小さいのは土居球子。穏和な性格。勇者の時の武器はボウガン。

 

四人目、高嶋友奈。中学二年生。ムードメーカーで______勇者の時の武器は籠手。

 

五人目、郡千景。中学三年生。基本ゲームしてる。勇者の時の武器は鎌。全体的にかっこいい。

 

そして俺。古雪椿。中学三年生。高校生と言おうとしたが、今が冬なので一つ学年を落とした。実際に出る年齢差はこの方が少ない。

 

勇者の時の武器は刃折れの刀。戦衣の性能はこの時代の勇者より数段上のため、機動力、防御力ではこちらが上だろう。武器が出来損ないということで攻撃力は未知数。

 

(......)

 

少し感情を抑える。ここからは心を持って考えられることじゃないのだ。本当ならあまり考えたくもない。

 

 

 

 

 

300年前という時代、未来で名家として有名な乃木と上里、顔立ちからして、乃木園子の祖先が乃木若葉。

 

顔立ちだけだが、高嶋友奈と結城友奈も似ている。

 

逆に、郡家というのは見たことがない。土居家と伊予島家は、銀の葬式の時にうっすら見た覚えがある。つまり、なにかあったのだ。寿命で亡くなってもそうでなくても、後世に残せないなにかがあって__________神樹様の操作かそうでないのかは謎だが、消される。

 

というか、名家として残っているのが先の二つだけということは________どこかのタイミングで、死ぬのかもしれない。乃木と上里以外の、今同じ教室で授業を受けている人は。

 

壁ができるまで皆を死なないよう助けてくれということ。それが俺がここへ呼ばれた意味。全てが終われば元に戻る。皆の元へ帰れる。

 

(...夢であればどれだけ良いことか)

 

救う道があるということは、本来の300年前は俺というイレギュラーのせいで変わる。それは、助けるだけじゃなく殺すこともあるかもしれない。

 

戻った世界で__________園子がいない存在となっているのかもしれない。

 

「っ!!!」

 

持っていたシャーペンを折ってしまった。慌てて持ちかえて、更に思考を深める。

 

「あの、古雪君?」

「大丈夫です。気にしないでください」

「は、はぁ...」

 

過去に未来人が入り、その未来の世界が変わるというはラノベで読んだこともある。もしそれが現実のものとなれば。

 

「...」

 

(...守るべき最優先は乃木、次点で高嶋)

 

高嶋友奈と、結城友奈は似すぎている。姿も性格も。ふと目を合わせれば彼女を思い出してしまうので、そらしてしまうくらいに__________

 

よく見れば違った雰囲気なのはわかるが、初めて会ったときの最初は全く分からなかった。

 

「...るゆき!」

 

(それから...郡)

 

土居と伊予島は普通に生き抜いたかもしれないが、郡は名前すらない。何かあるのだろう。

 

それ以外の細かいところは分からない。なんとかなると結論つけて、やるしかない。

 

(絶対戻ってやる...神なんかに負けてたまるか)

 

「おい!古雪!」

「うわびっくりした!?」

「全く...授業終わってるぞ?飯の時間だ」

「土居...ありがとう」

 

一応先輩なんだがなーと考えながら、それでもお礼を言っておく。

 

「なんでそんなボケーっとしてて問題答えられるんだ?タマはちんぷんかんぷんだったのに」

「中一から三までいるから、上のをやってるんだと思う。今分からなくても本来の中学生より早く習得できると考えたら、良いことだろ?」

「おぉ!いいなそれ!」

 

食堂には俺達以外の全員がいた。

 

「...もしかしてわざわざ呼びに来てくれたのか?」

「ま、まぁ新入りを気にするのは面倒見の良いタマの役目だからな!」

「...ありがと」

「おー...上手いな」

「お褒めに預り恐悦至極」

「キョウエツ?」

「気にするな」

 

癖で頭を撫でたが、気持ち悪がられなくてよかった。

 

「おばちゃん、うどんと...緑茶」

 

うどんの美味しさはしっかり後の世にも伝わってるらしく、未来と変わらない。

 

(早く来ないかな...)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「乾いたな~」

 

勇者と私は訓練等が組まれた特別学校に編入しているため、同じ寮に住んでいる。

 

放課後私が雑貨を買って帰ってみれば、新しくこの寮に住みだした方が、朝に洗っていた勇者服を見て喜んでいた。

 

古雪椿さん。この間倒れているのを見つけて、なんと男の勇者だった人。

 

記憶が曖昧らしくて、保護する意味でも神樹様を祀る大社が即座に準備をしてくれた。

 

神託_______神の声を一方的に聞かされる私には、彼について何も言われない。

 

でも、この前初めて戦ったというわりに、その勇者服はぼろぼろ。若葉ちゃんの話では、武器も折れてる刀らしい。

 

『...私には、よくわからない』

 

友奈さん以外の皆さんが暗い表情をしていた理由は、戦ってる姿が怖かった。かららしい。勇気を振り絞ってバーテックスと戦う勇者が口を揃えてそう言う。

 

「穴だらけですね」

「ん?上里か...」

「ひなたでいいですよ?皆さん女性で居心地悪いかもしれませんが...これで少しでも仲良くなれればなーと」

「仲の良い男子でも名前同士では呼ばないんだよ...」

「え、そうなんですか?」

 

与えられている情報だけとれば、勇者に相応しいかもわからない。

 

けれど、私には理解できなかった。凛としてるというか、若葉ちゃんに似てる気がする。つまりそれは、悪い人ではないということ。

 

「...まぁいいか。よろしくひなた」

「はい。椿さん」

 

夕焼け空の中、椿さんは笑顔だった。

 



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3話 胸が痛む

ここ数日タマっち先輩の名前がミスってたみたいで...申し訳ない!


「んー......」

 

ショッピングセンターの地図とにらめっこして、次の目的地を決める。

 

(でかいところは必要ない物まで多いからなぁ)

 

本屋へ進路をとりながら、両手に抱えた荷物を眺めた。

 

元より無一文、持ってたのもパジャマと本とスマホだけだった俺は、必要な諸々を大社の金で買えることになった。といっても娯楽品までのお金はそうくれず、既に用意されている制服等を除いた私服、寝間着、シャンプーや歯みがき粉といった生活用具だ。ありがたいことに変わりはないが、ここまでしてくれるならもう少しお金多くてもいいじゃんと思う。

 

テレビなんかを買おうとしているわけでもない。買いたかったのはイヤホンと本だけだ。

 

妥協したくはなかったため、イヤホンはかなり奮発した。そしたら本を買うお金はほとんど消えた。

 

(まず、どんなのが売られてるかも分からないからな...)

 

未来の本は勿論なければ、今この時代にどんな本がブームで、今なお刊行しているのかというのもまるでわからない。完結か継続中かわからなければ内容もわからないので、ただでさえ少ないお金をどう使おうかも悩む。

 

それでもなにか掘り出し物があるかもと望みをかけて行ってみれば__________本より別の光景が目にはいった。

 

「君可愛いね。お茶でもしてかない?」

「あの、私...」

 

ダッフルコートに身を包み、暖かそうなのに怯えた顔は色が白くなる一方。

 

(...300年経とうと、ナンパの仕方は変わらない。か)

 

どうでもいいことを学びながら、二人の間に割って入る。

 

「彼女困ってるじゃないですか」

「ぁ...」

「あ?ガキがうるせぇぞ」

「そのガキと可愛い女の子を脅してるおっさんは、周りからどう見えるか確認した方が良いと思いますよ」

「......っち」

 

状況を察したおっさんは早々に消えた。

 

「舌打ちしたいのはこっちだっての...大丈夫だったか?伊予島」

「...ありがとうございます!古雪さん!」

 

そう言って、彼女_______伊予島杏は頭をさげた。

 

「私、怖くて...けほっ!」

 

緊張の糸が切れたのか、咳き込む彼女。

 

「大丈夫か...そんなわけないか」

 

ここ数日だけでも伊予島が大人しい子だというのはわかってる。そんな彼女が押せ押せの奴に勝って余裕というのは考えられなかった。

 

(あーもう)

 

「!」

「よしよし...」

 

涙目の彼女を抱え、背中と頭を擦る。始めはびくついてた彼女だが、少しずつ落ち着いてくれた。

 

「嫌だったら離していいから...落ち着け...な?」

 

そこから数分。自販機に硬貨を躊躇いなくぶちこみ、緑茶とみかんジュースを買った。

 

「...どっちがいい?」

「......みかんでお願いします」

「ほいよ」

 

青白い感じだった彼女の顔は赤く染まっている。一安心して緑茶の蓋を開けた。

 

「土居はいないのか?」

「...今日は本を買いに来ただけなので、タマっち先輩は一緒じゃないんです」

「なら、タイミング的にはよかったな」

 

この時代、勇者という存在は大々的に報じられているが、星屑との戦いはまだ二戦。容姿が出てるのは乃木だけ。俺の存在はまだ世間に知られてなければ、彼女も普通の女子中学生だ。

 

(知られたら知られたらで注目されるだろうけど...)

 

「あの...古雪さんはどうしてここに?」

「ぁ...しまった」

「え?」

「いや...色々足りない生活品を買いに来たんだけどな。本も欲しかったけどお金が足りなくて」

「...もしかしてこの飲み物のせいですか!?お、お金は」

「いいって。そんな気遣われるほどじゃないし、どんな本があるか見に来ただけだから。元からお金もそうないしなー」

 

あわあわしていた伊予島は、本という言葉にピクリと反応した。

 

「ぁの...でしたら」

「?」

「古雪さんは、恋愛小説って大丈夫ですか?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......はぁ。良かったなぁ」

 

気づいたら日付が回っていた。続きが気になる引きかただけど、一つの締めとしても十分成り立っていた。

 

私が好きなのは恋愛小説。紆余曲折あった男女の気持ちを伝え合うのが凄くたまらない。病気がちで気遣いという名の距離から逃げるようにのめり込んだ読書は、今では欠かせない私の一部となった。

 

孤独感を抱きながら、物語の王子さまのような人が救い出してくれることに憧れていた。そんな私が恋愛小説を読んでいくのは当たり前だったと思う。今はその思い自体は薄れているけど。

 

今日も、日付が変わる前には寝るつもりだったのに________

 

「...」

 

ふと、今日この小説と似たことが自分にも起きたことを思い出した。でも、いつもしてくれそうなタマっち先輩じゃなくて。

 

『そのガキと可愛い女の子を脅してるおっさんは、周りからどう見えるか確認した方が良いと思いますよ』

 

スマートさはあまりなくて、どちらかと言えば脅迫に近いもの。

 

(でも、私を気遣ってやってくれたことには変わりない...よね?)

 

古雪椿さん。中学三年生だけど、凄く落ち着いてて______戦いを見たときから、怖い人だと勝手に思ってた。

 

でも、助けてくれて、動揺していた私を落ち着かせてくれて。

 

『これ、おすすめなんですけど...』

『わかった。大切に読ませて貰うな』

 

助けて貰ってジュースまで奢って貰った古雪さんに申し訳なくて、寮に戻ってから本を買う予定だったという彼に自分の一番勧められる本を貸してみた。

 

『中身軽く見なくて大丈夫ですか?好みでなければ...』

『いつも本を読んでる伊予島が選んだんだ。十分だよ』

 

そう言って、何か絵柄の入った栞を本に挟んで自分の部屋に帰ってしまった。

 

(...今頃、あの人も読んでるのかな)

 

夢中になってくれれば、良いと思う。

 

(...暖かかったなぁ)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「嘘だろ...」

 

気づいたら完全に夜中に入っていた。

 

一冊分の文量しかないものの、二人の恋愛感情もしっかり描写している。この本だけに限っていれば、園子を上回る。

 

「っ...三百年前だろうが恋愛は変わらないもんだなー」

 

少し眠い目を擦り、桜の栞を挟み込む。

 

本を読むのはいいかもしれない。

 

 

 

 

 

何かに没頭していれば、過去も未来も考えなくていいから。

 

会えない悲しさで、泣かなくていいから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「これ、今日も貸してもらっていいか?読み直したくて」

「もう読みきったんですか?かなり厚い奴ですけど...」

「読み出したら止まらなくて...凄く引き込まれる作品だった。特にこの主人公が自分の気持ちに気づくシーンとかがさ...」

「私はこっちが好きでして...」

 

授業開始前、珍しい二人が話していた。

 

「珍しいですね」

「なんでも杏が貸した本を古雪が偉く気に入ったらしい。タマは読まないでしょと返された...」

「球子さんはアウトドア派ですからね」

 

古雪椿。突然現れた六人目の勇者。

 

記憶の一部が抜けてて、勇者の装束も傷だらけ。武器も途中で折られた刀しかない。

 

正直、存在そのものが怪しかった。

 

(...でも、関係ない)

 

私はイヤホンを耳に刺して、ゲームを起動させた。



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4話 模擬戦

お陰さまでこの作品、十万UAを突破しました!!お気に入り登録も八百に!!皆様本当にありがとうございます!


勇者と巫女、七人の学校はそれ用に時間割が組み込まれている。具体的には、古き戦いの記録を学ぶため歴史の授業が多目だったり、特訓の時間も設けられている。

 

「はっ...はっ...よし」

 

走り込みを終えた俺は、飲み終わってたペットボトルに水をぶちこんどいた物を口につける。若干緑茶の味が残っているように感じた。

 

「早いな、古雪は」

「まぁ、この中唯一の男子ですから。頑張らないと」

 

時間を開けずにゴールしたのは乃木。その身体能力の高さには驚かされる。リーダーとして選ばれるのも納得だった。

 

勇者は約二年弱、こうした基礎特訓を繰り返している。勿論愛用する武器の訓練も。

 

俺が食いつけているのは、男という体力面でのアドバンテージと、約一年の筋トレ等の特訓と_______実戦を繰り返したという経験だ。

 

「フィニーッシュ!」

「友奈」

「おつかれ高嶋」

「ありがとう若葉ちゃん...椿君!」

 

この学校の生徒は人数の少なさから、あまり敬語で話すことはない。全員ほとんど同じ時を過ごしているから気にならないのだろう。

 

現に中二の高嶋は中三(本当は高一)の俺を君づけである。

 

(...先輩と呼ばれるよりはいいけど)

 

「椿君?」

「ん、あぁごめん何も聞いてなかった」

「えぇー...椿君も私のこと『友奈』って呼んでよ」

「...郡(こおり)だって呼んでないじゃないか」

「ぐんちゃんは恥ずかしいんだって!でも椿君はヒナちゃんのことひなたって呼ぶじゃん!」

 

膨れっ面になる高嶋。

 

(友奈は...っ)

 

その顔と仕草は、その名前は、どうしても脳裏に彼女を浮かばせる。気を張ってないと涙が溢れそうなくらいに。

 

(もう会えない...なんてことあるか!)

 

「大丈夫か?古雪」

「えっ?」

「随分と...その」

「あ、そっか記憶が...ごめんね椿君」

「あぁいや大丈夫。それで高嶋...友奈だから、ユウって呼ぶのはどうだ?」

「ユウ...いいね!あだ名!嬉しいよ!!」

「なら決定だな。改めてよろしく、ユウ」

「うん!よろしくね!」

 

走った後は、今回俺が入ってから初めての模擬戦が用意されていた。

 

模擬戦の武器は色んな物が木製で用意されている。今の勇者に合わせてるものもあれば、誰も使っていない短剣まで。

 

「古雪、一度手合わせ願えるか?」

 

ふと、木製の刀を握った乃木からそんなことを言われた。

 

今の勇者の中で一番強いという少女。

 

「...いいぜ」

 

俺は、大きめの木刀二本を両手に握りしめた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

古雪の勇者服はぼろぼろで、刀も途中で折られている。だが、事情を聞いてもわからないの一点張りだった。

 

『こいよ。雑魚どもが。勇者のなりそこないが貴様らの相手だ』

 

(あれは、古雪も分からず言っていたのか...)

 

それでもバーテックスと戦う彼は強かった。もしその力の根拠が分かれば、私も奴等に報いを与えられる。

 

しかし_______走り込みをしてる姿も、普段の姿を見ても、特別なにかをしているわけではない。

 

「古雪、一度手合わせ願えるか?」

 

だから、直接その強さを確かめるために模擬戦を申し込んだ。

 

「...いいぜ」

 

私のより少し太めの木刀を二本手に取り、構える。

 

(......)

 

でも、この前のような強い意志は感じなかった。

 

「...本気で戦おう」

「人相手の戦いで、本気なんか出せないよ」

 

その言葉を最後に、私は鞘に納めていた木刀を抜き放った。

 

「はぁー!」

「...」

 

互いの武器が音を鳴らす。

 

(手数でもパワーでも不利...だが!)

 

何を思って二本も持ったのかは分からないが、撹乱すれば即席の二刀流などすぐに崩れる。

 

「___凜と同じくら__か」

 

右左揺さぶりをかけて剣を振っていく。古雪は正確にそれを防いでいた。

 

「刀が一本なら、読みやすい」

 

攻勢だった私が、少しずつ押されていく。

 

「ここだっ!」

「あっ...!」

 

焦った一瞬の隙をつかれ、私の木刀は高くはねあげられてしまった。

 

だが。

 

(勝負をかけるなら...ここしかない!!)

 

右手に注視していた彼は、未だ私の左手に握られている鞘の存在が薄れている。加えて、木刀を無理して弾いたため体制が崩れている。

 

(もらった!!)

 

刀と鞘は一対の武器。左手を動かして脇腹に________

 

「...そんな!」

 

いつの間にか右手の木刀を逆手に握っていた古雪は、鞘と脇腹の間にそれを滑り込ませた。

 

(っ!)

 

 

 

 

 

咄嗟に見た古雪の目は、光がなかった。何もかもを吸い込みそうな黒い瞳。

 

「これで終わりだな」

 

左手の木刀を首筋につきつけられたことに気づいたのは、少ししてからだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

乃木の実力は凄かった。二本の剣を振るう俺を一本で捌き、細身の木刀ながらパワーも互角。それも受け流すことなく真正面から向かってくる。

 

じゃあなぜ勝てたかと言えば______あれより早い二刀流を捌いてきて、人相手の素早い動きに慣れていたのと、鞘での攻撃を予測していたからだろう。

 

『...古雪、何故私が鞘で攻撃してくると思ったんだ?』

『乃木が必要ないものをわざわざ持たないだろうと思ってたからな』

 

鞘を使わないなら、初めから捨てて両手でかかってきた筈だ。

 

『......凄いな』

『凄くなんてない。必死なだけだよ』

 

俺が強くなければ、ここへ来てしまった意味がない。負けるわけにはいかない。死ぬわけにもいかない。もう一度元の世界へ帰るために________

 

(......にしても)

 

今日のことを振り返りながら、ふと思う。

 

戦いになると感じる、異常なほどに精神が纏まっていく感覚。夏凜とほぼ同じ力の乃木に、夏凜に負けることが多い俺が勝てたのは、それもある。

 

(......まぁいいか)

 

今は寝よう。寝て起きれば忘れることだ。なにより疲れた_______

 

自分のスマホから、曲を選ぶ。何曲か入っている中で選ぶのは、ついこの間配信された後輩の曲。イヤホンをさして耳に当てる。

 

(...待っててくれ。皆)

 



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5話 あなたの存在

「椿さん。いらっしゃいますか?」

「んっ...開いてるぞ」

 

ノックされた扉はすぐに開かれた。向こうにはひなたがいる。

 

「あぁ、これは...気にしないでくれ」

「は、はい...結構ストイックなんですね」

「習慣...というか、なにかやってないと落ち着かないだけだ」

 

記憶が混濁してる設定なのに習慣だと言うのは変な感じもして言い直す。筋トレを続ける俺を気にすることもなくひなたは口を開いた。

 

「今日は休日、この辺の町案内をしたいと思いまして」

「でかいショッピングセンターは行ったぞ?」

「ここ丸亀にはもっとたくさんの場所があるんです♪」

「......どうせやることないし、いいか。ちょっと待っててくれ」

 

軽く着替えして、机に広げていたノートを閉じる。各メンバーの詳細を書いたノートは、既に半分近く埋まっていた。

 

それが、時間の経過を知らせてくる。

 

「お待たせ」

「いえ、では行きましょうか」

「よろしく頼む。俺はどこにもついていくから」

 

町並みを歩いても、勇者と巫女だと気づく者はまだいない。

 

それより怪しいのが四人______

 

(これは、指摘するべきかしないべきか...ほっときゃいいか)

 

「ではまず、この時間から開いている商店街からご案内しますね。ここはショッピングセンターより安い値段で売られていることが多く、掘り出し物を探すなら__________」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「なぁなぁ。これする必要があるのか?」

「静かに球子!」

「もし恋愛に発展したら...キャー!」

「杏!!!」

「はっ、すいません...」

「あ、二人が曲がったよ!」

 

私、球子、杏、友奈はある二人を追っていた。視線の先には、古雪とひなたが並んで歩いている。

 

(ひなた...)

 

『今日は出かけてきますね』

『私もいこうか?』

『大丈夫です。若葉ちゃんと出かけることはとても嬉しいですが...買い物に行くわけではないので』

 

そんなことを言っていたひなたが寮から出る時をたまたま見れば、隣には古雪がいたのだ。特別休暇で実家に帰っている千景を除いた全員で追跡の準備を整えるまで、時間はかからなかった。

 

(ひなた...)

 

「しっかし、端から見ればただのカップルだなー」

「椿君はかっこいいし、ひなちゃんも可愛いもんね!」

 

商店街を案内して、図書館へ行き、そのあとは喫茶店で昼食をとっている。

 

「それにしても若葉...そのサングラス、いるか?」

「変装の為だ」

「!もしかして私達もやるべきだった!?」

「寧ろ目立っているような...」

 

奴が変な行為をひなたにした瞬間に捕らえるため、私はじっと二人を見ていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

からころ音を立てて氷をかき回す。入れたミルクはコーヒーによく溶けた。

 

「...美味しい」

「良かったです。このお店で私が一番好きな飲み物なんですよ」

 

若葉ちゃんと訪れたことのあるこの場所は、私の中でもお気に入りの一つ。彼も喜んでくれているみたいだ。

 

「椿さんはどこか行きたい場所等ありますか?大抵のものは揃ってると思いますよ」

「そうだな...ゲームセンター、とか」

「分かりました。まずそこを目指しますね」

 

笑顔で頷くと、微笑んでいた椿さんが真剣な顔をした。

 

 

 

 

 

「なぁ、別に無理して笑顔にする必要ないぞ」

「......え?」

 

笑顔が一瞬、固まった。

 

「無理して笑顔になれるような女の子じゃないですよ」

「じゃあ...何て言えばいいんだろ。気づいたのはいいが上手い言い方ができなくて。難しいな...取り敢えず、なんでそう思ったか話そうか」

 

椿さんは一本指を立てた。

 

「今日の目的は俺の素性調査。自分で言うのもあれだが、俺は警戒されて当たり前の存在だ。勇者の中で唯一の男、どんな環境で育ったか分からない、調べられない。もしかしたら敵かもしれない...だからどんな人間かより調べる必要があった」

「...」

「単に町案内をするなら、乃木も同伴するはずだ。まず君一人だけが俺のところに来るなんて考えられない。ここは人選ミスだな...で、じゃあなんでそんなことをしたかと言えば、巫女として上の命令に逆らえなかったから」

「...凄いですね。そこまで読むなんて」

「てことは正解なんだな。今度は『大社』か...」

「はい?」

「...いや、なんでもない」

 

頭をかく椿さんは、こほんと咳払いをする。

 

「乃木含め他の勇者にこういったことは苦手だろう。最悪勇者同士の亀裂も入る。性格面をいれれば精々郡くらいか」

「...はい。申し訳ありませんでした」

 

テーブルギリギリまで頭を下げる。私がやったのは仲間を信頼していない裏切り行為だ。しかも、笑顔まで看破されてしまった。申し訳なさと怖さが入り交じり、涙声になる。

 

「別に気にしてない。さっきも言った通り俺は怪しすぎる。寧ろユウみたく接する方が珍しい。命を懸けて戦う友達のため、同僚の観察はして当たり前だと思うよ」

「ですが...」

「それに......数日前のひなたの笑顔は、普通のだったからさ。この調査が好ましくないと思ってくれてるのが分かってるから、別にいいよ」

「っ」

 

「まぁ勿論乃木に向けるものとは全く違うけどなー...」という椿さんに、また頭を下げた。今度は私の本心からの言葉だ。

 

「椿さん。ごめんなさい!」

「ん、許す。今日は大社の思惑に乗せられとくさ。こっからはひなたと一緒に楽しむけどな」

「...ありがとうございます」

「さて...それで、もう一個聞きたいんだが」

「え?」

「...さっきの話が本当なら、なんで乃木達はついてきてるんだ?」

「......若葉ちゃん?」

 

たったままの指が、ある方向を小さく指した。見覚えのありすぎる髪色が揺れる。

 

「心配されてるいい証拠だな。まぁ俺の信頼は誰からも得てないことが確定した瞬間だが..._____」

 

最後の言葉は、若葉ちゃんに注視していた私の耳に届かなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

天恐(てんきょう)。正式名は天空恐怖症候群。

 

空から突如現れたバーテックスに恐怖を刻まれ、そのショックから立ち直れない人達に名付けられた精神の病の名を指す。

 

軽度であれば空を見上げることを躊躇う程度だが、悪化するにつれ外に出られなくなり、重病者は幻覚、幻聴に苛まれ日常生活が困難、入院生活を送る。最後は自我崩壊すら。

 

「あぁ、お帰り千景」

「ただいま...お母さんは?」

「そっちの部屋だよ」

「......」

 

私の母親は入院一歩手前の重病者だった。今は薬を飲んで落ち着いているのか、静かに______死人の様に寝ている。

 

「久しぶりだな」

「お父さんが一度帰ってこいって連絡してたんでしょ」

「まぁ...それはそうだが」

「ゴミが溜まってるじゃない」

「あぁ、母さんの看病で忙しくてさ」

 

お父さんはそうはにかむ。見てられなくて自分の部屋へ向かった。

 

(何も変わってない)

 

両親の仲は良くなかった。 家のことを何も考えず仕事ばかりしていたお父さんに愛想を尽かしたお母さんは不倫。天恐のせいでまた一つになった家族。ずっと子供(私)を押し付けあって離婚しなかった、私という存在を呪っていた二人。

 

私は、そのことで同級生から虐められていた。『あばずれ』だとか『いんらん』だとか。当時の私は意味も分からなかったし、多分言ってきた彼ら彼女らも知らないと思う。ただひたすら、悪意だけを受けてきた。

 

誰からも疎まれ、蔑まれる存在。

 

持ってきた鎌を部屋に立て掛けて、イヤホンを耳に刺した。

 

(......だから私は、周りから自分を切り離した)

 

耳に触れる。ここには、もう見た目の違いしかないけれど、切れた痕がある。同級生に、髪と一緒にハサミで切られた痕。

 

(...っ)

 

電気もつけずにゲームを開き、バスの中でやっていた続きを始めた。

 

(......)

 

昔に比べればよっぽど上手くなった。サクサク倒してボスも瞬殺する。

 

(...現実じゃありえないわね)

 

現実ではもう二回戦った。初めは変身できない伊予島さんを攻めた。そのくせ勇者になってから動けなかった私を、高嶋さんが助けてくれた。

 

二回目は、あまり戦わなかった。突然現れた男がほとんど狩ってしまった。

 

どちらも決して簡単な戦いではなかった。死と隣り合わせ。

 

(死にたくなんかない)

 

前からそう。何も感じない。何も聞こえない。何も痛くない。周りからのことを全て耳を塞いで。現実から目を背ける。

 

無価値な存在だから仕方ないと自分に言い聞かせて。

 

「そんなこと...できるわけないじゃない」

 

 

 

 

いつの間にか帰る時間になっていた。

 

(何しに帰ってきたんだろう)

 

結局、普段と違う場所でゲームをやっただけな気もする。寧ろここは閉鎖的で息が詰まる。

 

「じゃあね。お父さん。お母さん」

「行ってらっしゃい」

 

出来ればもう来たくないという思いを込めて言った言葉はひらりと避けられ、ため息混じりに玄関を開けた。

 

和風の家で横開きの扉を開ければ_______見たことのないほどの人が、薄い笑みを浮かべていた。

 

「え...」

「おぉ、出てきたぞ」

「ほんとに戻ってきてたんだ」

「な...に?」

 

見たことある人達だ。この町にいたころ会ったことのある______

 

『キモいから息しないでくれる?』

「私達友達だよね?恨んでないよね?」

 

(...あぁ)

 

『お前に食わせるもんはねぇよ』

「食事する時は、うちの店に寄ってくれよな」

 

(そうか...)

 

『薄気味悪い子ね』

「あなたはこの村の誇りよ」

 

(これは...)

 

手に持つ鎌を地面に突き立てた。袋に入っているから周りから何が入っているかはわからないけれど、金属音は周りを黙らせるのに十分役に立つ。

 

「皆さん。私は...価値ある人間ですか?」

「......もちろんよ」

 

 

 

 

 

だってあなたは、勇者様だもの。

 

 

 



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6話 隠れる本性

分かりやすく必要な描写をしなければならないとはいえ、椿がいない場所はほぼ原作通りになってしまう...どうしたものか。

それから、最近毎話起きている誤字脱字を報告してくださる方、ありがとうございます!これからも勿論ないように作りますが、またあったらどうぞよろしくお願いします...


「で、あるからここは~」

 

既に知っている内容を聞き流しながら、窓の外を見る。ここから見えるのは、海から生えた薄い壁。

 

(......!)

 

その壁が、ちかりと光った。

 

同時に消える音、代わりに鳴り響く樹海化を知らせるサイレン。

 

「きた...!」

「三回目!?」

「......」

 

それぞれが戸惑いや決意に満ちた顔をしながら、有無を言わさず世界が飲み込む。日常の建物が若干残る半端な樹海が姿を現した。

 

「皆行くぞ!」

 

乃木の号令で変身を遂げる。彼女達の武器は現実にある物なので、それだけ袋から取り出して装備していた。

 

俺のはスマホを押せば全て終わりで、替えがあるなら間違いなくお蔵入りになる傷だらけの戦衣は、そんな状態でも俺に力を貸してくれる。

 

「敵の数は百体前後ってところか...」

 

刃折れの刀を構える。心は静まることを知らずひたすら脳にアドレナリンを分泌させる。

 

「行くわ」

「私も行こう」

「頑張ろー!おー!」

 

乃木、郡が突出、籠手という近接型のユウが後に続く。

 

「援護します!」

「タマに任せタマえ!」

 

一方、飛び道具組の二人は後方支援。

 

(...全員を生かすために)

 

答えなど、初めから決まっていた。

 

「死ねよ」

 

先行していた乃木達を追い抜き、最前線の星屑を貫く。

 

こうして、戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

『ねぇ...お母さん。私が勇者になって、お母さんは嬉しい?』

『...えぇ、あなたを産んでよかった。愛してるわ』

 

勇者だからこそ私には価値がある。称賛され、愛される。

 

もっともっと頑張れば、好きになってくれる。

 

(私が一番多く殺して、一番勇者として活躍する!)

 

大鎌は辺りのバーテックスを切り刻み、奇妙な声を上げさせて消滅させた。

 

(...負けない、あなた達には)

 

ちらりと見た先には、最前線でバーテックスを切っていく乃木さんと、

人間離れした動きで空の敵を狩る男がいた。後ろに待機している二人と、高嶋さんに出番はそうない。

 

「ぐんちゃんあれ!」

 

そんな高嶋さんの声で別方向を向くと、いつの間にか進化体がいた。

 

骸骨の顔の様な見た目になった敵は、ただ浮遊している。

 

「なにを...?」

「デカくなっただけ...か?」

「避けろぉぉぉ!!」

『っ!』

 

突然の大声に驚いて動きが止まる。それを読んだのか、進化体の口が開いて、流星のように矢が降り注いだ。

 

「うわぁぁぁぁ!?」

 

土居さんは盾で防ぐ。高嶋さんは離れてたから逃げ切る。男はステップだけでひらりと避けている。範囲にいた最後の一人、私は________体を貫かれた。

 

「え...ぐんちゃん!!」

「......やめ、ろ...嘘、だろ......死んだのか?」

 

 

 

 

 

(あいつは私が殺す...無価値な自分には、絶対戻らない)

 

意識を神樹様と繋げる。数多の概念記憶にアクセスして、抽出した力を自らに顕現させる切り札『精霊』。

 

(その為なら、なんだってしてみせる!!)

 

「あれ!?ぐんちゃんがいる!?こっちにも!?忍者!?」

 

(高嶋さん、それは違うわ...)

 

飛んできた矢を気にせず突貫する。

 

今の私は複数の場所に同時に存在できる。一人減っても、二人減っても、その数は変わらない。

 

「私を殺したければ、七人同時に屠ってみなさい」

 

これぞ切り札、七人御先(しちにんみさき)__________

 

七つの鎌が、進化体の各所を同時に切りつける。他方向に逃すことの出来ない衝撃を受け、呆気なく消し飛んだ。

 

「私の武器に宿る霊力は、死者をも冒涜する呪われし神の刃『大葉刈』。死ぬには相応しい武器でしょう?」

 

 

 

 

 

「ぐんちゃんかっこよかったー!」

 

樹海化が解けた世界で真っ先に駆け寄って来たのは高嶋さんだった。

 

「ありがとう...でも、今回も半分以上乃木さんとあいつが倒してた。もっと強くならなきゃ...」

 

勇者の中で一番の功績を上げて、皆から敬われる存在に_________

 

「じゃあ特訓だね!」

「...特訓?」

 

目を輝かせる彼女に、きょとんとしてしまう。

 

「うん!そうすればきっとぐんちゃんも『ズバーン!!』と鎌が振れるはずだよ!!必殺技みたいに!!」

 

私が握っている鎌に触れる高嶋さんに、咄嗟に身構えてしまった。昔のせいで出来た癖。

 

でも、高嶋さんは気にした様子もなく、そのまま私の手に触れる。

 

「こう、『ズハァ!』って!!」

「『ズバーン』じゃなかったの?」

「同じだけど、違うんだよ!気持ちは違うの!」

 

決して分かりやすい説明ではなかったけれど、一生懸命さはあった。

 

「あとね、ぐんちゃん」

「...何?」

「私は今の戦い、ぐんちゃんが一番活躍してたと思うな」

「え?」

「若葉ちゃんや椿君に負けないくらいバーテックスに立ち向かっていったし、皆が見過ごしてたバーテックスも全部倒してた」

「っ...」

 

私が頑張って戦っていたのを、よく見ていてくれた________

 

「高嶋さん...」

「えへへ...ぐんちゃんの手はあったかいね。寒くなってきたしずっとこうしてたいな」

「...うん......ありがとう、高嶋さん」

 

目の奥が熱くなるのを感じながら、高嶋さんに触れている手を、そっと構え直した。

 

(...私は頑張ってもっと強くなる。いつかきっと...あの二人よりも...っ?)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「なんでいるの」

「心配だったからに決まってるだろ。なにかおかしなところはないか?」

 

精霊の力はリスクが伴う。体力の消耗や疲労感は勇者のサポート組織である大社から事前に説明されていたが、実際やってみると思ったよりぐったりした。

 

病院での検査の結果、それ以外の負傷はないとのことで、検診だけ受けて帰宅。病院を出たすぐそこには、古雪椿がいた。

 

「...別に問題ないわ」

「そっか。よかった...精霊の力なんていうから、ヤバいもんだと......」

 

息をつく彼を見て、よくわからなくなった。ついこの間、手のひらを返して私に媚びてきた地元の人達と比べ、思い出す。

 

『死ねよ』

 

明らかな殺意を持って突き進むこの人と、

 

「全員無事かー...よかったよかった」

 

周りを気遣うこの人。それから________

 

『......』

 

戦いが終わった後に見かけた、血が通ってないと言われても不思議に思わないような死んだ顔をしたこの人。一体どれが、この人の本性なのだろう。

 

__________本当なら、他の人なら、一番最初だと思うのだ。ただ、言葉に表しにくい何かが、私の判断を鈍らせる。

 

最初はどうでもよかった。でも今は、勇者の中で一二を争うほど強いとわかっている。

 

「...そういえば、あなたどうしてあの進化体の攻撃がわかったの?」

 

ひとまず、自分が強くなるために利用することにした。

 

「え?えーと...勘みたいなもんかな?顔だけみたいな奴だったから、目からビームとかそんな感じだろうと」

「随分ゲーム脳なのね」

「いっつもゲームしてる郡に言われるのか...まぁ、ゲームは好きだけどさ」

 

寮に帰るまでの間、暫く話は続いた。

 

何故続かせたかは、私にもよく分からない。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はぁー......」

 

長い長い息をつく。今日の戦いもまた、乗り切ることができた。郡がやられたときはあまりの衝撃に動くことができなかったけど。

 

自分自身を失ったかのような。冷たい氷で体の底から凍ったような。

 

コロス。

 

(もっともっともっと、頑張らないと...)

 

思考停止で動けない。なんて場合は作らせちゃいけない。

 

やれることは全部やって、敵を殺し尽くさなきゃならない。俺も無事で、皆も無事で。そうしなきゃ俺は帰れない。

 

『なるべく諦めない!』

 

「絶対諦めないよ...俺は」

 

赤いミサンガに触れて、気づいたら意識が落ちていた。

 



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7話 助け合い

「情熱の叫び。パンクロック」

「心揺さぶる曲調。ラブソング」

「絶対パンクロック!」

「絶対恋愛バラード!」

「珍しく言い合いをしていると思ったら」

「お二人はいつも仲良しですね」

 

タマと杏が聞くならどんな歌がいいのか話してると、若葉とひなたがそんなことを言ってきた。

 

「当然だ!タマ達はもう姉妹みたいなもんだからな!」

「昔からそんななのか?」

「初めて会ったのはバーテックスが襲ってきた時だぞ」

「思ったより最近だな。いつも、本当に姉妹の様に仲が良いからもっと長いのかと...」

「杏とは本物の姉妹より姉妹っぽいもんなー?」

「ふふ...そうだね。タマっち先輩」

「どういう経緯があったんですか?」

「それはですね...」

「え、杏、話すのか!?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「自分は、昔から女の子らしくなかった。喧嘩や危ない外遊びばかりして、親に心配をかけて」

 

『病気がちだった私は周りから気遣いと言う名前の距離を置かれていた。悪意のない特別扱いに、心が少しずつ沈んでいった』

 

「性格は直そうとしてもできなくて、憧れはあっても女の子らしくはなれない。それがタマだった」

 

『大好きな読書にのめり込んで、夢想する。それが私でした』

 

「『そんなとき、世界にバーテックスが現れた。目覚めた力の使い方、やるべきことはなんとなく分かって...』」

 

「がさつな自分らしい役目じゃないかと思った」

 

『でも、立ち向かうことなんてできないと思った』

 

「敵を倒した後、そこにいた巫女から別の場所へ向かうよう言われて、向かった先には別の勇者がいた」

 

『敵に怯えていたら、颯爽と一人の勇者が現れた。傷を気にせず立ち向かう彼女』

 

「助けた勇者を見て、話して__」

 

『助けてもらった勇者を見て、話して__』

 

「この子を守るために戦おうと決めた」『まるで王子様みたいだと感じた』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「という感じで、仲良くなりました」

「う~ん。いいですねぇ。書籍化待ったなしです」

「全部話しやがった...」

「タマっち先輩の良いところを言っただけだよ?」

「むず痒いんだよー!隣で王子様みたいとか誉められて、どんな拷問だー!!」

 

頭をかく。でも、笑っている杏を見たら、それでもいいかと思ってしまった。

 

「もう一緒に暮らせばいいのに」

「寮の部屋が隣同士で入り浸ってるから...」

「似たようなものです」

「そうなのか?」

「若葉ちゃんだって私の部屋によく来ますよ!」

「ひなた!?何故対抗する!?」

「可愛い所だってたくさん知ってます」

「ほほう」

 

ひなたとタマの目が交錯する。どちらからともなく口を開いた。

 

「小説のキスシーンで真っ赤になるんだぞ!」

「子犬みたいな困り顔で相談をしてきます!」

「間違えて同じ小説を買ってきてへこむ!!」

「耳掃除をねだります!!」

「あぁぁぁ...」

「もう、許してくれ...」

「高嶋さん...今度、部屋にいってもいい?」

「いいよ~!」

 

仕返しとばかりに騒いでから、がばっと杏に抱きつく。

 

「とにかく!杏はこんなに可愛いんだから、タマが守ってみせる!」

「タマっち先輩...」

「うぉぉぉぉ!!遅刻回避!!」

 

ムードをぶち壊したのは新入りの古雪だった。

 

「あ、椿君おはよう!」

「おはようユウ、皆」

「随分遅かったですね」

「なかなか寝付けなくて...伊予島、この本凄い面白かった。続刊があるなら貸してくれるか?」

「ありますよ。放課後部屋から取ってきますね」

「ありがとう」

 

最初こそ怖いというのが印象だったが、頭を撫でられたり、杏と楽しそうに本を読んだりしてるのを見たら、そんな感情は薄れていった。

 

(ま、杏をたぶらかそうものなら全力で妨害するがな!)

 

「おい古雪!杏の部屋に入るのは認めないからな!!」

「タ、タマっち先輩!?」

「女子の部屋にずかずか入るほどの度胸はないわ...伊予島が心配だからってそんなこと言うなよな」

「人肌恋しければー、タマの部屋なら来てもいいぞ?」

「行けねぇよ...」

「っ」

 

一瞬言葉がつまった。さっきまで男らしい自分の話をしてたからつい誘ったが、古雪自身はタマを杏と変わらないものだと_______女の子だと判断している。

 

「どした?」

「...な、何でもないぞ!!」

「?」

 

首を傾げる古雪を見て、タマもよく分からなくなった。

 

(かっこよく決めるつもりだったのにー!もー!)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

前回の戦いからそう時を経たずして、樹海は広がった。

 

「......んー」

「あれは...進化体、か?」

 

星屑を置いて樹海を勢いよく走るのは、カボチャパンツをはいた人間の下半身に、背骨をぶっ指したみたいな見た目をしていた。言い直すと気持ち悪い。

 

(前の時は上半身もそれなりにあったっけか...こっちの方がキモいな)

 

飛び出したい足を抑えて、後続として続く星屑の数を確認していく。

 

(落ち着け。これ以上あれば俺は...)

 

「二足歩行か...あれは食えんな」

「食べられるかどうかで判断しないでください!ひなたさんにまた怒られますよ!!」

「今までより小型で機動力もある...見た目以上に厄介な相手になりそうね」

「ふっふっふ...ここはタマに任せタマえ!」

 

自信ありげな土居が取り出したのは、うどんが入った袋。

 

「...は?」

「それは!?」

「タマだけに!うどんタマだ!!」

 

見事な弧を描いて飛んだそれは、敵の進路にポトリと落ちた。

 

(...バカじゃねぇの)

 

「大社の人が言うには、バーテックスには知性がある。しかも今回のやつは人型っぽい!!」

「二足歩行だからね...」

「ならば!!この高級うどん(秘密兵器)の誘惑を無視できるはずがない!!!」

「なるほど!これなら奴にも隙ができる...」

 

乃木がそんな言葉を言ってるそばから、奴はうどんを通過した。

 

「...は、ず」

「なっ...釜揚げじゃなかったからか!?」

「そんなわけねー」

 

そんなもので人類が救えるなら、大社も大赦も苦労していない。

 

「わかりあうことは出来ないんだね」

「そのようね」

「...おふざけはそのくらいにしろ。突っ込む...!!!」

 

痺れを切らして特攻しようとした瞬間、二足歩行のゲテモノが加速した。

 

 

 

 

この、勇者が揃っている所まで。一瞬で。

 

「!!!!」

「ぐぅっ!!」

 

狙われた伊予島を庇う土居と、鋭い蹴りをかます奴の間に割り込んだ。

 

それでも、中途半端な割り込みで、二人を庇いきれず_______

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「くぅ...」

「タマっち先輩!?」

 

いきなりきた衝撃から立ち直ると、タマっち先輩が苦しそうな表情をしていた。

 

「大丈夫。心配な...ぐっ」

 

左手がだらんと下がったままだった。

 

「私を庇って...怪我を...」

「古雪も庇ってくれてたんだがなぁ...ま、そんな顔するなよ。タマが自分で守りたかったからそうしただけだ」

 

そう言って歩く後ろ姿は、初めて会ったときを思い出させる。

 

 

「杏を守るのはタマの使命だからな...っ」

「タマっち先輩無理しないで!」

「大丈夫だっての。あんな変態二足歩行なんかにタマが負けるわけないだろ?」

 

からから笑いながら、遠くを見つめる。飛ばされてきた先には、若葉さんが進化体の足止めをしてくれていた。

 

「早く合流しないと...あれ?」

 

いきなり進化体が別の方向へ走り出す。

 

「逃げ...た?」

「違う。あの進化体、神樹様を狙ってる!!」

 

スマホに映るレーダーが、若葉さんたちを引き離して神樹様へ走る進化体を示した。

 

遠距離武器は、私とタマっち先輩だけ。

 

「まず...くなさそうだ」

「え?」

 

スマホから目を離すと、進化体に古雪さんがくっついていた。そのまま刀を降り下ろす。なにか叫んでいるように聞こえるけど_______

 

「よーし。残りを一気に片づけるぞ!」

「...待ってタマっち先輩!ダメ!!」

「え?なにがだよ」

「あの進化体...もう一体いる!!」

 

恐らくレーダーを見ているのは私だけ。皆のいる位置からは見えない角度から、早いのがもう一体迫っていた。私達の場所からすぐにじゃないと間に合わない________

 

「二体目!?場所は!?」

「あっちの方!!」

「よし!杏はここで待ってろ!」

「......」

 

躊躇なく飛んでいくタマっち先輩を見て、私は足を踏み出した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

平気な足で樹海を駆けていく。敵は油断しているのか速度は遅め。でもこのままだと追い付けない。

 

(飛び道具のあるタマがなんとかしないと...)

 

「でもどうやって当てたらいい。普通にやったら避けられる...」

 

古雪や若葉のように強くはない。でも、タマがどうにか__________

 

「タマっち先輩!投げて!!」

「杏!?」

 

後ろからした声に振り向くと、当たり前のように杏がついてきていた。

 

「待ってろって!」

「絶対攻撃は当たるから。力一杯投げて!!」

 

その顔を見て。決断はすぐだった。

 

「了解!」

「...そこ!」

 

タマの旋刃盤と、ワンテンポ遅れて杏の矢が進化体に迫る。

 

「っ!」

 

進化体は、後ろに目がついてるんじゃと言わんばかりの動きでタマの攻撃を避けた。

 

「大丈夫」

 

横を通り抜けた直後_________杏の矢が、旋刃盤とタマを繋ぐワイヤーに当たる。

 

軌道が逸らされた愛用の武器は、進化体を切り刻んだ。

 

(はじめから狙いはワイヤーだったのか!)

 

「私も守られてるだけじゃ、ダメだから」

「...よーし!あいつらと合流して、残りを一気に片付けるぞ!」

「うん!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......んー!うまい!!」

 

珠子の用意した秘密兵器(うどん)は回収され、今杏に食べさせてもらっている。

 

「腕は...大丈夫なのか?」

「ただの脱臼だって」

「軽い怪我でよかった」

「窮屈だから取っちまいたいくらいだけどな~」

「だめ!怪我が長引いちゃうよ!!はい、あーん」

「別に食べさせてもらわなくても...」

「あーん!」

「あ、あー...」

 

ちゅるちゅると音をたてて球子の中へ入っていくうどん。

 

「...あの、タマちゃん。私も一口もらっていいかな」

「友奈。あのうどんは球子のいわば戦利品だ。一口くれなんてはしたないぞ」

「若葉ちゃんこそヨダレヨダレ!!」

「っ!?」

 

口元を拭うと、確かに冷たさが手についた。

 

「若葉ちゃんも食べてみたいくせに~」

「そ、そんなことは!!」

「なんだ~若葉?そんなに食べたいのか~?」

 

騒いでいるうちに、お手洗いにひなたが消え、代わりに古雪が入ってきた。

 

「あ、椿君検査お疲れ!」

「そんな大したものじゃないさ。というか時間喰わされただけだった...」

「でも、庇ってもらったタマがこんな怪我なんだから、検査も当たり前だろ?」

「庇いきれてないからだよ。それは...ごめん」

「気にするな!寧ろありがとうな!」

「私からも...ありがとうございます。古雪さん」

「......どういたしまして」

 

ぼそっと何か別の言葉を言ったようにも聞こえたが、聞き取ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

お手洗いで、強烈な思いを伝えられる。いつも突然で、意識が刈り取られそうな。

 

「今のは...神託」

 

その内容は__________

 

「...不和による、危機?」

 



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8話 いつかの甘酒

今日も無事投稿。読んでくださってる方ありがとうございます!

頂いた感想に、視点がころころ変わって読みにくい。とありました。のわゆキャラは口にせず思うだけなのが多いので、どうしてもそのキャラに話させようとすると変えちゃうんですよね...申し訳ない。

この話は頂いた時点で書き上げてたので無理でしたが、今後はなるべく視点変更抑えめを心がけたいと思います。確約はできませんが...ま、まぁ何はともあれ今日もお楽しみ頂ければ。

下から本文です。


「......」

 

温泉に浸かり、一人熟考する。どうせ今日は一人きりだ。

 

俺達が訪れていたのは旅館だった。巫女であるひなたが受け取った神託によれば、少しの間バーテックスの進行がないらしい。慰安もかねての温泉旅行。

 

こうして来る時期を言って貰えれば、集中力のオンオフがしやすいから助かる。

 

(...いや、そういった油断が命取りなんだ)

 

実際、俺は守りきれていない。命を落とすことはなくても、郡は一度矢に貫かれ、土居にいたっては軽くない怪我をした。

 

『死ねぇぇぇぇ!!!!』

 

この間の戦闘、後半は覚えていない。進化体に食らい付いて発した言葉を境に、次に気づいたら樹海化が終わっていた。

 

(っ...俺の装備は他の勇者より数段上なのに...)

 

切り札があっても、ある程度の優位性は俺が持ったまま。

 

(...切り札、精霊)

 

あまり良い思いがないのも当然だろう。未来の精霊は人の死すらねじ曲げていた神の使い。この世界は少しタイプが違えど、戦闘力強化のメリットばかりではない筈。

 

(......)

 

『なせば大抵なんとかなる!』

 

(...あぁ。分かってるさ。歴史が変えられないなら、きっと俺は呼ばれない。つまり、ここにいるということは、全て変えられるということだ。そうに決まってる。そうじゃなきゃ...俺は)

 

水音が、やけに耳に響いた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「身に染みるなぁー...」

「おじいちゃんみたいですよ。若葉ちゃん」

「折角の休養だしなー...旅館のご厚意で貸し切りにしてくださったんだし、満喫しないと失礼だろう」

 

緩みきった若葉ちゃんの顔を写真に収められないことを悔やみつつ見ていると、脱衣場の方から声が聞こえてくる。

 

「タマが一番風呂のつもりだったのに!三番目は渡さん!」

「タマちゃんが旅館探検いくぞ!って言い出すからじゃ...」

「若葉さんの顔、緩みきってますね」

「...」

 

各々かけ湯や体洗いをすませてお風呂に入る。

 

学校のいつもの六人で_______正確には七人だけど、椿さんは別室だ________温泉旅館に泊まる。ちょっとした修学旅行気分だ。

 

「さーて。定番の身体チェックといこうか。持たざる者を置き去りにして、遥かな高みへ成長しているのは誰だ!見せタマえ!!」

「え、えと...」

「球子、ひなたへは触れさせんぞ」

「タマっち先輩、温泉は人の体を調べる場所じゃないよ」

「...杏。お前も成長してないか?」

「え?」

「許せーん!!!」

「きゃぁっ!?タ、タマっち先輩だ、だめ...ひゃう!」

 

犠牲者が増えてしまったが、ターゲット(私)が助けに行くわけにもいかず、すすすーっと離れた。

 

「そういえば皆、病院の検査でおかしなところなかった?」

「私は特にない。友奈こそ影響はないのか?」

「切り札(一目連)の疲労が残ってる以外は健康そのものだって」

 

勇者の力は未知数な所が多く、戦いが始まってからは検査の回数も激増した。友奈さんは具風の精霊、一目連を。千景さんは同時存在の精霊、七人御先を使ったとのこと。

 

「タマも完全な健康体だ。脱臼もすぐ治ったしな」

「はぁ...わ、私も昔より体が丈夫になったくらいです」

「私も体は問題ない。敵を殺さないといけないから...怪我も病気もしてられない」

 

千景さんは実家に戻った頃から、訓練にも戦闘にも鬼気迫る勢いで挑んでいる。と若葉ちゃんから聞いていた。巫女である私は組まれている時間割が違うから、直接その姿を見たことはない。

 

(大丈夫でしょうか...)

 

熱意を注ぐのは良いことだけれど、無茶のし過ぎは体に毒。何もなければ気にすることもないけれど_______

 

(...椿さんも)

 

あの人も、どこか無理をしている気がする。記憶を無くして異性ばかりの中戦わなきゃいけないから無理をして当然なのかもしれないけれど。

 

(若葉ちゃんのことならすぐわかるんですけどね...)

 

「なにじっと見てるの?」

「い、いやなんでも...」

 

例えば、千景さんの変化に微笑んだところをつっこまれ、今は(こういうところは変わってないな)と思う若葉ちゃんとか。

 

 

 

 

 

「はー、満腹」

「じゃあな」

「え、椿君行っちゃうの?」

「ご飯食べるのも別々で良かったんだぞ?簡単に女子の部屋に男子を招き入れるな...変に緊張してるやつもいるしな」

 

ご飯を食べ終わって早々、椿さんは自室に戻っていった。

 

「つれないなー...よし、古雪はほっといてゲームでもやろう!!」

 

言い出しっぺの球子さんは、千景さんに瞬殺されて部屋の隅で体育座りしていた。杏さんも。

 

(将棋、人狼、色々やったのですが...)

 

「さすがぐんちゃん。全勝だね」

「得意...だから」

「この勝負は一勝一敗だ。今度こそ勝ち越させてもらうぞ」

 

今はトランプで遊ぶスピードの決勝戦。最初こそ慣れないゲームに若葉ちゃんが戸惑っていたけれど、どんどん上手くなってきていた。

 

「絶対...負けない...あなたには絶対...」

 

同時に、比例して険しくなっていく千景さんの顔。

 

「僅差だが、これで!」

「はむっ」

「ふぁあぁぁ!!?」

 

若葉ちゃんが最後のカードをテーブルに置く前に、耳を甘噛む。

 

(若葉ちゃんの弱点、把握していない筈がありません♪)

 

「ひなた!?急になにを!?」

「ラスト」

「あっ!!」

「勝者!ぐんちゃん!」

 

食べられてとろけた顔をする若葉ちゃんも、今落ち込んでいる若葉ちゃんも可愛い。

 

「く、くすぐったいだろう...!」

「ダメですよ。怖い顔しちゃ。ゲームなんだから楽しまないと。若葉ちゃんの弱点は把握しきれていますからね」

「弱点!?」

「どこですか!?」

「復活したぁ!?」

「ズバリ、若葉ちゃんの弱点はみ」

「こらー!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

旅館の人から借りたパソコンとスマホを繋いで、液晶画面の文字を見る。

 

映されているのはバグのような文字列。

 

「ダメか...」

 

激化する戦いを予測して、なりふり構っている暇もあまりない。そう思った俺は、自分の切り札を取り出そうとした。

 

(戦衣のデータ...ダメなのか)

 

ある程度の量産が可能な戦衣のデータを大社に譲り、現勇者の性能上昇を計ろうとしたのだ。

 

結果は無様なものだった。

 

「くそっ。専用の機械があっても、これじゃあダメだな...」

 

一つに、解析する機械がない。大社本部ならあるかもしれないが、基本300年後のオーバーテクノロジーを把握できるものなどないのだ。

 

もう一つは______こっちの方が重要だが______この防人のシステムに、プロテクトがかかっていた。手元にきてから俺はそんなことをしていないから、情報漏洩を防ぐために春信さん含めた大赦が仕組んだものか、過去にくる時点で止められたのか。

 

「変身できるだけ助かるが、これじゃあ...はぁー」

 

既に夜。部屋の電気もつけてないため目が疲れた。

 

(......)

 

前にも、こんな光景を見たことがあった気がする。あの時も銀を失ったことで気が参っていて、世界の色が薄く見えて________

 

(...皆に、助けてもらった)

 

皆はいない。世界は暗いまま。

 

(...ちょっと、出るか)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「おい待てって」

 

部屋の出入口近くまで逃げたひなたが、ピタリと動きをとめた。

 

「...ひなた?」

「何事にも真面目に取り組む。それは若葉ちゃんの美点です...でも、自分の周りの人のことも、もっとよく見てあげてください」

「ぇ...」

 

唐突に、真面目な顔をした彼女から言われた言葉が頭に入らない。

 

「さっきだって...」

「さっき?」

「...いえ、これは自分で気づかないと意味がないことですね」

 

(...どういうことだ。ひなた。よく見ろ...?)

 

そそくさ戻ってしまうひなた。

 

(......ひなた、お前には何が見えている...)

 

 

 

 

 

それから夜も深くなり、皆眠ってしまった。悶々とした私は窓の外を眺める。

 

眼下の町は都会なだけあって、深夜になっても明かりが消えることはない。

 

(...あれ)

 

ほぼ真下を覗くと、隣の部屋で寝ているはずの古雪が歩いていた。

 

「こんな時間に...」

 

静かに部屋を出ると、階段のところで上って来ていた彼と遭遇する。

 

「乃木...なにやってるんだ?もう遅い時間だぞ」

「古雪の姿が見えたからな。手に持っているのは...?」

「甘酒。どうせ寝れないんだろ?一杯飲むか?」

 

古雪の部屋に通されるなんてことはなく、宿泊者が誰でも使える談話室に入る。貸しきりのため人は誰もいない。

 

「古雪は普段こういうもの飲むのか?」

「...いや、久々」

 

置かれていた紙コップに白く濁った液体が注がれる。

 

「それで。どうしたんだ?」

「......」

 

気づかれたことに驚きつつ、話すべきか悩む。リーダーである私が弱音を吐いても良いものなのか。

 

「...俺の気のせいか」

「...悩み事は確かにある。だがひなたに言われたんだ。自分で気づけと。だから...すまない」

 

もどかしさが体を巡る。どうにか紡いだ言葉は、なんてことないものだった。

 

「......ならいいんだけどよ」

 

ぐいっと甘酒を一気飲みする古雪。

 

「お、おい。体に悪いぞ」

「別にリットル単位で飲んでる訳じゃないから...なぁ」

「?」

「甘酒で、酔えると思うか?」

「へ?」

 

突然の質問に、一口甘酒を飲んでから答える。

 

「...これは甘酒って感じもしないし、まずアルコールは入ってない。場酔いでもしない限り無理じゃないか?」

「......だよなぁ。こんなもんで酔えるわけねぇよな」

「...なぁ、古雪は何か」

「別に何もない。早く寝ろよ?おやすみ」

 

それから数分、私は動くことができなかった。

 

残った甘酒は、上部の方だけ透けていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

買った甘酒はリットル入ってて、紙コップ二つの量使ったくらいじゃ減った感じもしない。

 

「...」

 

その残った甘酒をイッキ飲みした。途中から飽きてあまり気分は上がらない。

 

「...酔えるわけ、ねぇじゃん」

 

そのまま、容器を捨てた。

 



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9話 瞬く間に

「多すぎる!」

「ひえーっ...」

 

星屑の攻撃は、一段階レベルをあげたかのように、その数を増やした。

 

まるで夜空に咲く星のような白さは一つの川のようで、目算で千を遥かに越える。今までの十倍以上。

 

(こんな数でこられたら...)

 

「私が先頭に立...おい!古雪!!」

「......うるさい。黙れ」

 

作戦なんて決まってる。彼女達の戦闘域に入る前に、星屑を塵に変えるだけだ。

 

やつらを駆逐する力が俺にはある。彼女達を戦いに巻き込まない力が俺にはある。

 

未来を変える力が、俺だけにある。

 

信じられるのは自分だけ。

 

「...邪魔するやつは全て殺す」

 

調子は良い。敵を殺すことだけ考えられる。

 

(切って切って切り刻んで...それでも出るならまた殺す。それだけだ)

 

「こいよ!!貴様らの敵はここにいるぞ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

最前線__________というより、敵の奥深くまで入り込んでしまった古雪を追うものの、バーテックスが行く道を阻んで通さない。

 

(敵陣の中央に自ら飛び込み、大きな負担を自分だけで背負う。それがリーダーである私の戦い方だ...)

 

追従する者も、共闘する者も必要ない。そして、奴等に報いを与える。仇を討たねばならない。

 

(なのに...古雪っ)

 

確かに私より古雪の方が強いのかもしれない。だが_______

 

「...?」

 

戦っていると、徐々にその攻撃が緩んできた。

 

「侵攻が...止まった?」

 

刀を構え直して、耳をすませれば遠くで戦いの音が聞こえた。神樹様の近くと、敵の奥深く__________

 

(...私や古雪だけ取り囲んで、分断して各個撃破するのが狙いか!?)

 

戦術面での進化。奴等は同じ見た目であろうと、同じ敵ではない。

 

「くっ...はぁぁぁぁ!!!」

 

ならば、私がするのはより多くの敵をここで足止めし、神樹様へ向かう敵を減らすことだ。

 

鍛えた体と順応した刀は全方位から迫るバーテックスを叩いていく。ただ、集中力は一体ごとに削られていって、徐々に感じる時間が曖昧になっていく。

 

「......ぐっ」

 

拮抗していた戦場は、一つ崩れた。

 

私の右肘に、バーテックスが食らいつく。肌まで鍛えることは出来ず、一瞬で赤く染めた。

 

「な、めるな!!」

 

痛みをこらえ、刀を左手に持ち変えて切り伏せる。

 

「はぁ...はぁ...しまっ」

 

隙をつかれ、バーテックスが更に________

 

「てぇやぁぁぁぁ!!」

「!?」

 

迫ってきた敵は、上からの一撃に叩き伏せられた。叫びの主は赤い勇者服を纏った______

 

「友奈!なぜ来た!?私は一人でも...」

「...大切な友達を守るため。それだけだよ。友達を放っておくなんて、私にはできない」

 

この包囲網にくるまでに無理してきたのだろう。服は古雪と同じくらいボロボロになって、血が滲んでて。拳は見るのも躊躇われる。

 

「っ...必ず生き残れ」

「若葉ちゃんこそ!」

 

背中合わせから、また個々の戦いへ移る。長期戦に備えて疲労の激しい精霊は使えないが________

 

(大丈夫。きっと......私達が負けるわけにはいかない!)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

前方からの三体を消し飛ばし、一体の亡骸を掴んで後方へ投げる。敵が怯んでる間に左右から挟撃するやつも切り、後方へは刀を投げつける。刺さった星屑は動かなくなった。

 

「数ばかりごちゃごちゃと。うざいんだよ」

 

武器を失ったと判断した敵が、心なしか喜びの表情を浮かべて食いに来る。

 

手元に呼び戻した刀は、そいつらを容赦なく殺した。

 

(大丈夫。俺がこれだけ倒して注目を引いとけば...絶対)

 

冷静なまま虐殺を続ける。

 

「......」

 

そして。俺は、見えてしまった。

 

「......!!!!」

 

(おい)

 

そこには。

 

(やめろ)

 

傷だらけで、今にも倒れそうな。

 

(やめて)

 

「皆の場所から...出ていけぇぇぇぇ!!」

 

勇者パンチをする__________

 

 

 

 

 

「友奈ぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

今回の戦いは、これまでの比ではない数の敵が現れた。幸いなことに進化体はなし。死者もなし。

 

ただし、全員が傷だらけで、意識不明者も二名。かつてない打撃を受けた。

 

そのうちの一人_______いくつものケーブルで繋がれ、酸素マスクをつけられた友奈をガラス越しに覗く。

 

(......)

 

戦いが終わった後。何千という敵を退けた後。私は刀を地面に突き刺してなんとか立ち上がった。

 

『他の...他のみんなは...』

 

絶え絶えの息を整えて見回すと、二人が見えた。

 

倒れる友奈と、それを庇うようにしていた古雪。

 

「これが、あなたの引き起こした結果よ」

 

声の方を向けば、同じように傷だらけの千景、球子、杏、それに心配そうな顔をしたひなたがいた。

 

「なぜこんなことになったのか...あなたは分かっているの?」

「......私の突出と無策が原因だ」

 

怒りに任せた暴走とも言える突貫。一体でも多くの敵に報いを与えることだけを考えた行動。その結果、友奈を奥地までこさせてしまい、危険に巻き込んだ。

 

「違う!!」

「ぇ...?」

「やっぱりわかってない!!一番の問題はあなたの戦う理由!!怒りで我を忘れるのも!!周りの人間を危険に晒して気づきもしないのも!!あなたが『復讐のためだけ』に戦っているから!!!」

 

杏や球子はなにも言わない。ひなたも俯くだけ。

 

「あなたは周りが何も見えていない!自分が勇者のリーダーだということをもっと自覚するべきよ!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......千景、言い過ぎだったんじゃないか」

「そんなこと言われても...土居さんだって、止めなかったでしょ」

「それは、そうだが...」

 

カラカラと音をたてる輸血材を積んだ支えが鬱陶しくなりながら、私は歩いていた。

 

勇者として大成しなければならない私にとって、彼女は倒すべき目標だ。性格もあり、好きか嫌いかでいえば、乃木さんは嫌いだった。

 

(でも...)

 

好き嫌い以前に、言いたいことを言いきった。もっと周りをよくみろと。私らしくなく叫んで。

 

私怨で言ってないからこそ、同伴していた上里さんも何も言わなかった_______と考えている。これが乃木さんにとって必要なことだから。

 

「高嶋さんはあんなに傷ついて...乃木さんが戦うことで、これからも同じことが起こるなら、もう...」

「言い過ぎです。若葉さんは今まで先頭を張ってきてくれたんですよ。そのやり方が強引でも、すべて否定するのは間違ってます」

「っ!」

「それに...同じように戦ってきた古雪さんも」

 

思わず振り上げた手は、土居さんに止められる。

 

「やめろ。杏に手を出すなら、黙ってられないからな」

「...こんなふうに皆で喧嘩して、一番悲しむのは誰なんでしょうね」

 

やがて、誰も話すことなく一つの病室を訪れる。

 

「......こっちもダメか」

 

無機質なベッドには、一人の男が横たわっている。

 

「...古雪さん」

 

話によれば、倒れていた高嶋さんを助けたんじゃないかと言われている。

 

(いつもいつも何を考えているかわからない...)

 

戦闘では乃木さん以上に_______というより、我を忘れて突っ込んで、日常では、その怖さを感じさせない飄々とした態度に、たまに背筋が凍るような虚ろな目をしている危うさ。

 

この人の戦う理由は、なんなのだろう。親の記憶もないと話していたのに。

 

「二人とも、命に別状はないとのことですが...」

「...タマさ、最初はこいつのことおっかない奴だと思ってたんだよ」

「...私も」

「でも、ちゃんと話せば良い奴だし、優しい奴だよな。杏」

「なんで私だけ?」

「だって本の交換で一番話してただろ?」

「そ、それはそうだけど...」

「......早く元気になって、欲しいですね」

 

無機質な心拍を伝える音だけが、部屋に響いた。

 



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10話 張り詰めた激情

「......」

 

懐かしい夢を見ていた気がする。部室で、皆と。

 

「...敵は!?ーっ!?」

 

体を起こすと、至るところから悲鳴があがった。

 

「あぁ...!?」

 

なんとか辺りを見渡すと、病院と判断できる設備。

 

(...見たことない病院だ)

 

「戦いは...終わったのか?」

「うーす古雪。見舞いにきたぞー。まぁ起きてるわけってわぁ!?」

 

カーテンの向こうから出てきたのは頭に包帯をまいた土居だった。俺を見て生き返ったゾンビを見たような顔をしてる。

 

「土居...! 」

「タマが分かるのか!?大丈夫か!?傷は!?」

「そんなことどうだっていい!!お前ら死んでないよな!?そうだ友奈!!友奈は!!!?うっ...」

「おい落ち着けって!」

 

刺さっていたケーブルを引きちぎって外へ行こうとしても、体がついてこなかった。

 

「くそが...」

「もっと自分の体を大事にしろって!」

 

 

 

 

 

それから。無理やりベッドに戻された俺は戦いの顛末を聞いた。

 

あの戦いが終わった段階で、全員が傷だらけ。友奈_____ユウと俺は意識不明の重体。乃木と周りの意識の違いから生まれた亀裂。

 

「古雪もだがな。そんなボロボロになって戦って、無理して前に出て...」

「だけど、あの数全て一気にきてたら捌ききれなかっただろ?」

「むぅ...そう言われるとそんなことないと言い切れないのが辛いが...あのな古雪」

 

土居が、じっとこちらを見つめてくる。

 

「タマや杏も、いや皆、皆だ。自分が死ぬのと同じくらい、仲間に死んでほしくないんだよ。そっちにばかり負荷をやるわけにも...」

「...こんな、突然入った異性でもか?」

「もう突然って言うには長い期間が過ぎたぞ」

「......それでも、俺は」

「...はー。強情だなぁ。なんでそんなに前に出たがるんだ?」

「...決まってる。大切な仲間のためだ」

「ぇ...」

「...土居?」

「い、いや!なんでもないぞ!」

「お、おう...」

 

(...そうだ。大切な仲間のため...勇者部の元に帰るため。俺も生きてる上で、必要なものを守り、不必要なものを殺す。邪魔な障害は取り除く)

 

ちくりと傷んだ胸のどこかは、すぐに消えた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「各関節の炎症、疲労骨折...戦闘訓練はまだできないな」

 

ベッドで眠ることが出来ないのは、体が痛いからじゃない。

 

「...復讐のためだけに戦っている...か」

 

敵(バーテックス)に報いを与えること。殺された人々の怒りと悲しみを奴等に返す。それが私の行動原理だった。

 

復讐を否定されたら私は_______

 

「...どうやって戦えばいい」

 

枕を抱き締めても、気分は晴れない。

 

「......まだ、起きているだろうか」

 

隣の部屋に行ってみると、まだ明かりがついていた。

 

「若葉ちゃん?」

「夜分にすまない。少し話を...」

 

ひなたは鞄にタオルなどを詰め込んで、軽い荷造りをしていた。

 

「...何をしてたんだ?」

「明日この寮を出るんです」

「え!?どうして!いや、何が...その...」

「ふふっ...動揺しすぎですよ。大社の本部に呼び出されただけです」

「そ、そうか...」

「若葉ちゃんこそどうしたんですか?」

「う、それは...だな」

 

そのそわそわした態度だけで分かったのか、ひなたがベッドに座る。

 

「こちらへ」

「っー...」

 

ひなたの膝に座る。どこからともなく出したのは耳掃除の棒。

 

「ふぁー...やはりひなたは匠の腕だな」

 

決してひなた以外の人には見せられない姿。頭上から、誉められて満更でもない音が漏れた。

 

「...病院でのことですか?」

「......ひなた。教えてくれ。私はもう...どうすればよいのか分からないんだ...」

 

どうすれば、私は皆のリーダーとして戦えるのか。どうすればよかったのか、よいのか。

 

旅行の時は自分で考えろと言われたが、それでも私には________

 

「っ...それは、私から言うことは出来ません」

「っ!!どうして!?」

 

息を飲んだ後に言われた言葉に、私は思わず立ち上がる。

 

ひなたはいつも私が迷ったとき、手を差し伸べてくれた。なのに。

 

「若葉ちゃんが自分で気づかないと、意味がありません」

「そんな...」

「大丈夫ですよ。私の好きな若葉ちゃんは、こんなことで負けはしません」

「だが...」

「そんな顔しないで。泣かないでください。撮っちゃいますよ?」

「勝手にすればいいだろ」

「明日から会えない分の若葉ちゃん成分ゲット♪」

「本当に撮った...」

 

ベッドに涙の染みが出来るのを見てると、暖かい体が抱きついてくる。

 

「信じてますから。若葉ちゃんなら乗り越えられる。きっと自分自身で答えを見つけ出せる。私はそう信じています」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

暗い暗い病室。私はそっと扉を閉めた。

 

中には静かに寝ている椿さんがいる。

 

「椿さん、起きていますか?」

 

今回大社本部に呼び出された理由は二つ。一つは大規模な『神託の儀』を行うため。二つ目は________

 

「...起きてください」

 

本当は、気づかぬうちに大社に言われた命令をこなすべき。命じられたのは、椿さんの勇者システムの解析のため、スマホを大社本部まで持ってこいというもの。

 

前も頼んで断られたらしくて、気を失っているうちに奪ってしまおうと思っているらしい。謎の多い彼の力を解析できれば、勇者全体のレベルアップに繋がるかもしれない。

 

でも、球子さんに意識が戻ったことを聞いたし、私がそれに賛同できなかった。無断で取り出すなんて________そんな不誠実なこと、したくない。

 

『数日前のひなたの笑顔は、普通のだったからさ』

 

ただ、大社からの指示を真っ向から否定できるほど、巫女という存在は強くない。勇者より人数が多い分、替えがきく。もし私が外されれば、今も悩む若葉ちゃんがもっと思い悩んでしまう。

 

だから、私がきちんと事情を説明して、お願いしようとしていた。勇者のため_______私も、皆と、あなたと共に戦うため協力したいという思いを、伝えよう。

 

「......椿さん」

「うっ...あぁ...!」

「!?」

 

夢でうなされているのか、彼が突然苦しみ出した。

 

「ぁぁぁ...やめて、くれ...」

「大丈夫ですか!?」

 

その、どこか怯える声が、薄暗い中見える顔が、脆く砕けそうな若葉ちゃんを連想させる。

 

「...椿さん」

 

ゆっくり、彼の手を両手で握った。

 

「大丈夫ですよ。ゆっくり、落ち着いて...」

「...ひ、なた?」

 

彼の目が、ゆっくり開かれる。

 

「気づきましたか?椿さん、凄くうなされて...きゃっ」

 

 

 

 

 

そこから私は、感じたことない恐怖に襲われた。

 

「 」

 

彼に胸ぐらを掴まれて、暗いのに顔がくっきりわかるくらい近づかれる。

 

心臓を一瞬で捻り潰されそうな恐怖の中、一言ボソッと言われた。

 

「お前も、敵か?」

 

答え一つで私は襲われる。きっと、容易く命が消されて_______

 

「私は、貴方の敵ではないですよ」

「...よかっ、た......」

 

手が緩んで、そのままもたれ掛かってきた。さっきまでのことがなかったかのように、操られていた糸が切れたように、安らかに。

 

「...どうしてそんな、悲しそうな顔をしているんですか」

「......」

 

私が恐怖に包まれていたわりに、すんなり言葉が出た理由。

 

「何がそんなに貴方を...」

 

自分が危険な目にあっていたことなんか既に忘れて、ひたすら彼が心配だった。

 

彼が起きることは、なかった。

 

 

 

 

 

「古雪椿様の勇者システムは、取れましたか?」

「...彼から話を聞きました。『このシステムは誰かに話すと効果を失う。もう少しで平気になるから待ってくれ』と言われました」

「そんな機能が......」

「私にはよくわかりませんが、本当なら勇者の戦力を失うことになるので、諦めました。吉報を報告できず、申し訳ありません」

 

大社の人に頭を下げる。勇者のために活動できることが、戦えない巫女に出来ることだから。

 

『俺は警戒されて当たり前の存在だ』

 

そんな悲しそうな顔、しないでほしいから__________

 

(また、この丸亀に戻ってきた時には...若葉ちゃんも、椿さんも、どうか...)

 



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誕生日記念短編 君と共に

友奈ちゃん誕生日おめでとう!!

ということで設定話も合わせれば記念すべき2桁最後の話(100話の方が記念とか言ってはいけない)。本編の椿はだいぶあれで、暗い展開が続いてますが...祝ってもらおう。

一応アフターストーリーのとも繋げることが出来るようにしました。久々だからちゃんと甘くキャラを書けてるかな?

下から本文です。


「それじゃあ、行ってくるね」

「楽しんでこい」

「いってらっしゃいお母さん!」

 

あくまで普段通りを装いながら、出掛けていく彼女を見送る。

 

「ほら美桜(みお)、準備するぞ」

「は~い!」

 

まっすぐ育ってあと少しで中学入学という古雪美桜は、妻に似て可愛すぎて嫁に出したくなくなるが、ひとまずそこは置いといて。

 

「ちょっと電話するから静かにな」

「うん!」

「元気良すぎ」

「うん...」

 

静かに一週間前から準備してたわっかを飾る美桜を見ながら、スマホで電話をかけた。

 

「もしもし」

『もしもし。母さんは?』

「今出ていったよ。そっちは?」

『ケーキと食材確保。今誕プレ買ってる』

『荷物持ち私なんだけど!』

『今度お前の荷物持ちしてやるから』

『ひ、昼御飯も奢ってもらうからね!!』

 

連絡相手は息子の快斗(かいと)。今度中三で彼女持ち。

 

「自分の母親の誕生日プレゼントを彼女と一緒に買いにいくとか...」

『中三で七人もハーレム築いてた父さんに言われたくない』

「うぐっ...」

『大体、加奈(かな)は幼なじみで彼女じゃないって...家族ぐるみの付き合いだろ?』

『そうですお義父さん!!』

 

(少なくとも彼女の方は思ってなさそうだぞ...この鈍感さは...俺に似たんだろなぁ......すまん)

 

電話の向こうに聞こえないよう息をついて、また口を開く。

 

「じゃあ、六時より前に帰ってこいよ。飯作らなきゃならんし」

『分かってる』

 

クールなキャラと異常な程の気遣いが魅力的で、学校でファンクラブが出来てるとか。その上多感な中学生なのに親の誕生日を自ら祝いたいと言うくらいなのは、母親の方に似たんだろう。

 

『今日は俺も手伝うから』

「任せた。じゃあまた後でな」

「お父さん!わっかつけた!」

「よしよし...じゃあテーブルの掃除頼める?」

「わかった!」

 

続いて電話相手を変えてまたかける。数コールの後、相手と繋がった。

 

「もしもし。友奈を頼む」

『もしもし。友奈ちゃんをよろしくお願いしますね』

 

互いに淡白なものだが、事前にやりとりはしてたし、俺達にはこれでいい。

 

(二段サプライズ...気づかず喜ぶ姿が今でも思い浮かべられるのは、友奈らしいというか...想像以上にできるようがんばらなきゃ)

 

「よし...」

「お父さん」

「ん?どうした?」

「私達が生まれる前は、どうやってお母さんをお祝いしてたの?」

「え、えーと...何回も祝ったけどさ......」

 

一番記憶に残っているのは、遡ること十数年、あれは確か__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

腕を組んでいると彼女の暖かさが心まで伝わってくるようで嬉しい。と言うと、それから出かける時ほとんど腕を組むようになった。

 

「友奈...」

「どうしました?」

「...呼んだだけだ」

「ん...嬉しいなぁ」

 

こんな無意味とも捉えられるやり取りだけで、俺は嬉しくなる。反面、不安な所はあった。

 

彼女は俺といるときいつも嬉しそうで、それが彼女らしさではある。明るくて、前向きで、皆のためになることを勇んで行う。

 

でも、俺といるときはもっと特別に喜んで欲しい。と思うのは、彼氏の傲慢だろうか。

 

(...まぁ、友奈がどう思ってても、今日で区切りをつけるんだけどな)

 

彼氏彼女の関係は今日で終わり。そう思って、バイクを起動させた。

 

ポケットに入ってる一つの箱を、大切に確認しながら。

 

 

 

 

 

「ついたぞ」

「わ~!」

 

ついたのはとあるテーマパーク。三月の末に近くなればその花々は花を咲かせる。

 

花が好きな彼女の為に調べたこの場所は、頼むととあるサービスをしてくれる。

 

(らしくないけど...やるからには思いっきりだ)

 

目玉は、夕暮れに乗る観覧車。

 

 

 

 

 

「椿先輩!!今日は本当にありがとうございました!!」

「大切な人の誕生日なんだ。寧ろ今日一日ずっと俺といてくれてありがとうな。家族で祝いたかったりするだろうに」

「お母さんもお父さんも『椿君ならいい!』って...」

「おいおい...」

 

日は段々と落ち、その花畑が見えにくくなる。

 

(調べた時間ではベストなはず...)

 

「綺麗...でも、もう少し早く乗ればよかったですね」

「そんなことないさ」

「え?」

「そっち、よく見てな」

 

建物の影に隠れて、日が一気に届かなくなる。

 

「...え?」

 

次の瞬間、頼んでいた俺ですら目を奪われた。

 

花畑の明かりを隠すことになった建物に、文字が浮かび上がる。

 

「友奈。誕生日おめでとう...?」

 

そこから一気に照らされる花畑。満開の花たちは夜空を彩る星より綺麗で。

 

事前に申し込んだ文字を浮かべてくれるプロジェクションマッピングと、それに合わせたライトアップ。

 

「こ、これって...」

「友奈」

 

おどおどしてる彼女に向けて片膝をついて、一つの箱を向ける。

 

「いや。結城友奈さん。俺はあなたのことを愛している。これを受け取って、これからも俺と一緒に過ごしてくれませんか?」

 

中に入っているのは銀色に光る指輪。

 

目を見開いた友奈の顔が面白かったが、やがて状況を理解したのか、涙を流しだした。

 

「え、友奈?」

「ううっ...椿先輩!!」

「うわっ!?」

 

彼女が押し倒して来て、頭を思い切り床に打ち付ける。指輪がどこか飛んでないか不安になったが、友奈が両手で掴んでいた。

 

「...なにすんだよ」

「だって...だって!嬉しくて!!」

 

涙目で必死に訴えてくる彼女が可愛すぎて抱きしめた。抵抗することなく体を預けてきてくれる。

 

「...私は、あなたのことが大好きです。あなたと一緒に生きたいです。こんな私でよければ、よろしくお願いします」

「...ぷっ」

「な!?」

「いや...だって...涙と鼻水でぐずぐずで」

「!は、恥ずかしい...見ないでください!」

 

俺は、こんな彼女を好きになったんだ。だから別に恥ずかしがることなんかない。

 

そんな考えが言葉に出る前に、恥ずかしがって離れていく彼女を抱きしめ、キスをした。

 

「しまりが悪いし改めてするか...結城友奈さん。俺と結婚してください」

「先輩...本当に、私でいいんですか?」

「...友奈以外、選べない」

「...嬉しいですっ!!喜んで!!」

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お父さんキザったらしいね!それに、そのまま夕飯も食べて、朝帰りしたんでしょ?」

「待て美桜。そんな言葉どこで覚えてきた」

「ノブさん!」

「春信潰す」

 

「俺はお前を許さない」とだけメールを送りつけ、必死に弁明する。

 

「今のはな?ちょっと盛ったというか...」

「じゃあ、お母さんを愛してるのも嘘?」

「...そんなわけないだろ」

「ならいいんだよ!」

「...それもそうか」

 

あれが俺達二人らしいのかもしれない。

 

「お母さんから話聞いてたから、内容分かってたけどね!」

「...そうだよ。朝帰りまで知ってて何で俺に話させた?」

「あ、お兄ちゃんお帰り~!」

「おい美桜ちょっと話せ!」

 

結局娘からははぐらかされてなにも聞き出せなかった。

 

「父さん騒がないで。準備しないと」

「...あぁ。てきぱき動けよ。時間あんまないから」

「さっき加奈から『もうパーティー終わったからって伝えて』って連絡来たらしいよ」

「本気で急げ!!!」

「ラジャー!」

「へーい...やっぱり、父さんが一番母さんのこと好きだよな」

「今さらだよお兄ちゃん」

「...それもそうか」

「お父さんみたい~」

 

豪勢な料理をタイムアタックで作るという、一瞬で騒がしくなった俺達に気にすることなく、時間は過ぎていく__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「うーん...」

 

花束を持って自宅へ帰る。突然皆がハッピーバースデーと言い出して、それから今日が自分の誕生日だと気づいた。

 

(でも、うちの子たちは...忘れちゃったんだろうな。昨日までそんな話してないもん)

というか、自分も忘れていた。

 

長男の快斗は加奈ちゃんとお出掛けするって言ってたし。

 

(去年は、凄く盛大に祝ってもらったんだけどな...)

 

毎年毎年、皆からのプレゼントで私の部屋は彩られていく。写真たて、美桜が書いてくれた絵。快斗が作ってくれた肩たたき権。そして__________あの人がくれた、今も左手の薬指に収まっている指輪。

 

「ただいま」

「おう、おかえりー」

 

リビングの方から聞こえる声だけで心が嬉しくなるのを思いながら、 変に思われないよう花束を玄関の見えにくいところに置いてから向かう。

 

中に入った瞬間、パンパンと音が鳴り響いた。

 

「わぁなに!?」

『ハッピーバースデー!』

「え...えぇ!?」

 

びっくりしすぎて尻餅をついてしまう。

 

「母さんは相変わらずこういうの弱いなぁ」

「お母さんお誕生日おめでとう!」

「!!!」

 

目がぶわっと潤んだ。

 

「サプライズ成功...誕生日おめでとう。友奈」

「...みんなぁぁぁ!!!!」

 

三人にがばっと抱きついて、目の前にいた夫にキスする。

 

「きゃー!」

「おおっと...」

「おいんぐ...ぷはっ、お前、子供たちが見てるからん...おいお前ら見てないで止めろ!」

「お母さんやれやれー!」

「美桜、先にご飯食べてような。母さんのメインは父さんだから」

「はーい!」

 

私の誕生日は、日付が変わるギリギリまで続いた。

 

「大好きだよ!!」

 



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11話 結んで切れて

記念すべき(オリ紹介合わせての)100話。見てくださってる方、本当にありがとうございます。

...なんか言うつもりだったんですが、10万UAの時とかも言ったし...ということでもう本編いきます。


起きても、誰もいない。平日の昼間だ。当たり前だ。

 

「......」

 

季節としては冬だが、太陽の光は部屋全体を温かくしてくれる。

 

「...寒い」

 

でも。俺は震えることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

ひなたが大社へ向かった日、学校の机に俯きながら、私は熟考していた。休み時間も授業も一歩も動く気力が出ない。

 

(答えとはなんだ...私はひなたにも愛想をつかされたのだろうか...)

 

リーダーでありながら、仲間を助けるどころか危険に晒してしまった。

 

「そうだ...もはやどんな処罰を受けても仕方ない...市中引き回し、ムチ打ち、はりつけ...」

「__さん」

「フフフ......」

「若葉さん」

「?」

「ちょっといいですか?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

どよーんとした暗い空気が、若葉さんを取り囲んでいる。

 

「ゾンビみたいになってるな...魂が抜けてやがる」

「今回の件がかなり堪えてるみたいだね。上里さんもいないし...」

「千景の一言が発端だろ。なんとかしろよ」

「そ、そんなこと言われても...」

「あのままってわけにもなぁ」

 

タマっち先輩と千景さんの話に入らず、若葉さんの元へ向かった。

 

「若葉さん」

「フフフ......」

「若葉さん」

「?」

「ちょっといいですか?」

 

若葉さんが今の自分に答えを見つけられる手助けをしたい。そう思って。

 

 

 

 

 

「あ、勇者様よ」

「ホントだ」

 

勇者はもう有名になって、六人目の古雪さん含めた全員の顔が新聞に載った。こうして外を歩けば、ひそひそ囁かれる。

 

「お、おい杏、どうして急に外へ?」

 

疑問を投げ掛けてくる若葉さんにも外の人にも気にすることなく、私はは一つの家を目指した。

 

ついたのは、見た目は別にどこにでもあるような古風な家。

 

「杏...?」

「この家のお姉さんは、三年前に広島から四国に避難して来た方ですが、天恐を発症しました。でも、勇者の活躍を聞いて症状が改善してきたそうです」

 

事前に調べたことをつらつら述べて、次の家へ向かう。こういった暗記は本の台詞を覚えるのと似てて、別に難しくない。

 

「この家のご家族は古くから丸亀市で暮らしていて、もし勇者が四国を守ってくていなかったら、大切な故郷を失っていただろうと言っていたそうです」

 

若葉さんに気づいて欲しい。私達が命をかけて守っているものが、どんなものかを。

 

「ここのアパートに住んでいるのは、本州や九州から避難して来た方がほとんどです。皆、私達(勇者)の戦う姿を見て、敵への恐怖を乗り越え前向きになれたそうです」

「そう...だったのか」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

町に連れ出した杏は、私に今を生きる人々を教えてくれた。

 

「もしかして...若葉様ですか?」

 

そんな中声をかけてくれたのは、ベビーカーを押す女性。

 

「あの...どこかで?」

「私、三年前のあの日、島根の神社で救っていただいた者です」

「!」

 

三年前のあの日というのが、バーテックスが初襲来した時というのは瞬時に分かった。

 

「この子は四国に避難してから産まれて、勇者様の名前にちなんで若葉と名付けました」

「ぇ...」

 

ベビーカーに乗っていた子を渡してくるお母さん。腕の中には確かな温もりがあった。

 

(...たくさんの命が奪われた惨劇の中、私が辛うじて救えた命。その命から新たな命が育まれていたのか......)

 

「あの時助けていただいて、本当にありがとうございました」

 

 

 

 

 

「私は、何も見えていなかった」

 

二人を見送り、ぽつり呟く。

 

この町やそこに住む人々、自分の周りの人達のこと。私はそこを見ることなく、ひたすら後ろを向いていた。

 

あの日の記憶に囚われて、死者の復讐を求め、怒りで我を忘れていた。

 

(答えとはこのことだったんだな、ひなた。私が背負うべきは過去じゃない。今だ)

 

「そろそろ丸亀城に戻りますか?」

「...あぁ。球子辺りが心配してそうだしな」

「タマがどうしたって?」

「わ!?」

「きゃっ!?」

 

にょきっと後ろから私達の間に入り込んで来たのは球子。

 

「た、球子か...どうしてここに?」

「深刻そうな顔で一緒に学校を出ていったから、ケンカでもするのかと思って探してたんだ」

「しないよ!」

「.....球子にも心配かけてしまったんだな」

「べ、別にいいよそんなこと...お前も隠れてないで、いい加減出てこいよ」

 

電柱から現れた姿を見て、私は目を丸くした。

 

「千景...」

 

完全に、愛想をつかされたと思っていた。そんな彼女が、今ここにいる。

 

「わ、私は無理やり土居さんにつれてこられただけよ」

「気にしてそわそわしてたくせに?」

「してない!」

「気にしてた」

「してない!」

「まぁまぁお二人とも...」

 

(皆、私を気にかけてここに...)

 

気づいた時には、自分の頭を深くさげていた。

 

「すまなかった」

 

答えは得た。

 

「過去に囚われ、復讐の怒りに我を忘れ、一人だけで戦っている気になっていた。これからはもうそんな戦いはしない」

 

頭をあげて、誓う。

 

「今生きる人々のために私は戦う。だからもう一度...私と共に、戦ってくれないか?」

「おう!タマに任せタマえ!」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

「...口ではなんとでも言える」

「......」

「だから、行動で示して...側で見ててあげるから」

「!!」

 

そっぽを向く千景の頬が、珍しく赤くなってて。

 

「あぁ!よろしく頼む!!」

 

外なのに、大声を出してしまった。

 

 

 

 

 

「私が寝てる間にそんなことがあったんだ...ごめんね。大事になっちゃって」

「友奈を危険に晒したのは私のせいだ。本当にすまない...」

 

あれからして、友奈の目が覚めたと連絡があった。体も傷が治っているとのことだが、決して軽い傷ではない。

 

千景との喧嘩、今生きる者を大切にするという私の思い、友奈が意識を失っている間の話を口下手ながら伝えた。

 

「友奈。私はまだ心身ともにリーダーとしては未熟だが...これからも共に戦ってほしい」

「もちろんだよ!これからもよろしくね!」

 

友奈は私の手を取って微笑んでくれた。

 

「ありがとう...その言葉が聞けてよかった」

「えへへ...」

「...病み上がり相手に長居するのもいけないし、古雪の所へも行きたいから、今日はこれで失礼す...友奈?」

「......」

 

握った手を、彼女はいつまでも離さない。

 

「友奈?」

「え?あぁごめんね!」

「いや...」

「...えっとね。若葉ちゃん」

「どうした?」

「......椿君のお見舞い、また今度にしてあげてくれないかな?」

「?」

「い、嫌がらせとかじゃないよ!?ただ...さっき私が会いに行ったとき、疲れてたみたいでね。眠っちゃってると思うから...」

「そうか...病人を無理させるわけにもいかないな。わかった。古雪のお見舞いはまた今度にしよう」

「ありがとう、若葉ちゃん」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『失礼しまーす...あ、椿君。大丈夫?』

 

『......お前の方が大丈夫じゃなさそうだが』

 

『あ、あぁ...確かにやっと歩けるくらいだけど、全然平気だよ!椿君も守ってくれたしね』

 

『ゆっくりしとけ』

 

『そんなのダメだよ。だって椿君の方が大変だったんだもん。絶対お礼を言わなきゃって思ってたから...この前の戦いでもうだめだと思ってた時、こっちに来るバーテックスを全部倒してくれて...ありがとう』

 

『...やりたいことをやっただけ。お礼を言われる筋合いはない』

 

『そ、そっか...ねぇ椿君』

 

『ん?』

 

『疲れてる...?』

 

『...そりゃ、疲れてるだろ?互いに』

 

『そうじゃなくて...』

 

『!!!』

 

『戦ってた時も、椿君友奈ちゃんの名前を叫んでた。【ユウ】じゃなくて【友奈】って。会えないのは寂しいよね?私がそんなに似てるなら...私が友奈ちゃんに見えるなら、そう思ってくれても』

 

『やめろ!!』

 

『っ!』

 

『やめろよ!!俺のことを気遣うなら、出ていってくれ!!もうこれ以上、俺があいつらのいない世界に来てしまったと痛感させないでくれよ!!!』

 

『ぁ...ご、ごめんなさい!!』

 

『......もうやだ...助けて...助けてくれよぉぉ...』

 

 

 

 

 

「あぁぁぁ!!!はぁ...はぁ...」

 

病院、外も部屋も暗闇に覆われている。

 

「ぁぁぁ...くそ」

 

頭の中からガンガン音がするのを抑え込む。震える体を落ち着かせ。

 

『悩んだら相談!ですよ!』

 

「うるさい...そんな相手いねぇよ...」

 

でも、体が内側から壊れていく様な感覚が止まらなくて。

 

表しようのない不安が付きまとっていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「いーよなー上里ちゃんは。勇者と一緒に行動できるし?巫女としての力も大社内でトップだし?何より苦しい修行をしなくていい!」

「最後のがメインとなっている気もしますが...」

「気のせいだよ...いやだってさ!真冬の滝行とか死ぬから!!」

 

大規模に神樹様からの声を聞くための儀式、『神託の儀』の準備のため、私達巫女は滝にうたれ身を清めた。

 

普段から大社にいて、こうした修行を繰り返している安芸真鈴さんが話しかけてきたので、周りに響かない程度の声量で返す。

 

「...あの子達は元気?」

「それはもう。写真見ますか?」

「ありー...やっぱり若葉の写真多すぎ。フォルダの大半埋まってるじゃない」

「ライフワークですから」

 

あの子達というのは、杏さんと球子さんのこと。二人の出会わせた巫女というのがこの人で、写真を見せると嬉しそうに微笑んだ。

 

「こんな呑気な顔してるなら、心配して損したわ...あれ、この人は?男なんて珍しい...カメラの存在すら気づいてなさそうな盗撮っぽい感じなのは置いといて」

「ご存じないのですか?六人目の勇者、古雪椿です」

「え!?勇者!?そんなのいたの!?」

「この前言われてたよ。安芸ちゃん寝てただけで」

「なんですと...」

 

肩をがっくり落とした安芸さんは、古雪さんをまじまじと見つめる。

 

「へー...イケメンだけど、この辛気臭い顔どうにかならないのかしらね」

「......」

 

もっと怖い顔なら見たことあるんですけどね。とは言えなかった。

 

思えば、会って数日経った後の笑顔が、一番楽しそうというか、彼らしい気がした。

 

「そろそろ時間ですよ」

「ん、そか」

 

 

 

 

 

神社を改築して作られた大社の大部屋に正座する。

 

(神託が...来る)

 

勘と言うか、予感というか。神官が祝詞(のりと)を唱えている後ろで、私は静かに待つ。

 

他の人間が暮らす場所とは隔絶された錯覚に陥る世界。神そのものである神樹様の存在する場所だから、当たり前と言えば当たり前だけど。

 

(そういえば...若葉ちゃんや椿さんは、大丈夫でしょうか。数日で心をこんなに乱されるなんて......)

 

すーっと意識を持ってかれる感覚。

 

(...え)

 

体の内側が熱くなって、濁流のように何かが押し寄せる。

 

『勇者は、気合いと、根性ー!!!』

 

(なに...これ)

 

多くの星が迫ってくる。集まって大きくなって輝いて、そして、星空に埋め尽くされた世界に咲く五つの花。

 

それから、一筋の流星________

 

『魂だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

「っ!」

「え、上里ちゃん?ちょっと上里ちゃん!?」

「う...」

「過呼吸になってる!誰か医務室に連絡して!!」

 

この、声は________

 

 

 

 

 

「上里ちゃん!私が誰だか分かる!?」

「はい...大丈夫です。安芸さん」

 

時間を聞くと、半日近く眠ってしまったらしい。

 

「...もしかして神託?」

「......はい。まもなく総攻撃が起こります。四国へ、前回よりも遥かに多いバーテックスが...」

 

 



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12話 子供

100話記念の感想、たくさん頂きました!ありがとうございます!!


傷の治りは俺の方がユウより早かったらしく、もう退院となった。

 

ただもう夕方のため、学校である丸亀城ではなく寮へ向かう。

 

(前も、あったっけか...放課後登校とか)

 

電気をつけると、えらく久々に見た自分の部屋となっている場所は、ホコリがたまっているように見えた。

 

「...」

 

いつの間にか景色が反転して、床が凄く近く見える。

 

(...倒れたのかな)

 

頭に響く音は、鳴り止まない。

 

 

 

 

 

「ん...」

「目が覚めたか!?」

 

起きると、寒い布団の中だった。目の前には乃木がいる。

 

「乃...木?」

「古雪!!大丈夫なんだろうな!?退院したと聞いて部屋に来てみれば、電気もつけずに床で倒れてるなんて!」

「...うるせぇな......」

「あ、すまない...だがこれは」

「ん...ちょっと床が気持ちよくて寝転がってたら、そのまま寝ちゃっただけだ」

「普通にベッドで寝ろ。食事は?」

「食べたい気分じゃない...なんも用意してないし」

 

まるで介護されてるみたいだった。

 

(なんで俺は、こんな扱いを...)

 

「さっき作っておいたおかゆがあるが...」

「寝ときゃ治るから気にするな。もう夜も遅いだろ?自分の部屋に帰れ」

「いやダメだ!私の目が黒いうちはそんなことさせん!」

 

 

 

 

 

「けふっ...」

 

結局飯を食わされた。病院で渡されていた頭痛薬と睡眠薬も飲む。

 

「何故こんな薬を...」

「よく眠れないんだよ。最近」

「...古雪。私に相談できることがあるなら、何でもいってほしい」

「......随分、変わったな」

「皆のお陰だ」

 

よく見れば、乃木の顔はどこか決意に満ちているような気もする。

 

「...良い仲間に恵まれたな」

「古雪もその一人だ」

「......そうか」

 

良いことを言ってくれる。とても俺にはそう思えないが。

 

(俺は、お前たちに生き残って貰わないと困るから戦ってるだけで...ただ、利用してるだけで)

 

「病み上がりを無理させるわけにもいかないな。今日はゆっくり休んでくれ...いや、明日も休んでおくといい」

「いいのか?生真面目なお前がそんなこと言って」

「古雪はずる休みするような人間ではないだろう?そのくらい私にも分かる。おやすみ」

「...おやすみ」

 

 

 

 

次の日。気づいたら放課後だった。

 

(眠い...)

 

眠気は全く取れず、寧ろ悪化してる気もする。

 

「古雪ー!元気か!」

 

ドアを蹴破らん勢いで入ってきたのはら土居だった。

 

「...静かにしてくれないか?頭に響く」

「おぉ、すまない...大丈夫か?」

「大丈夫だろ」

 

無駄に心配させるわけにもいかない。折角士気が向上してるようなのに__________

 

「これお土産だ。骨付鳥。さっき若葉と食べてきてな。タマおすすめの『ひな』だ」

 

まだ暖かさの残る肉を渡され、お腹も空いていたので食べる。あまり味はしなかった。

 

「美味しいだろ?」

「...まぁ」

「微妙な反応だな...古雪も『おや』派か?」

「その、ひなとかおやとかってのは?」

「若鶏の肉で作った『ひな』と、親鶏の肉で作った『おや』だ!」

「へー...」

 

もう一度咀嚼する。

 

「美味しいだろ?」

「...まぁ」

「ダメだこりゃ...プラシーベン効果だぞ!思い込みが大切なんだ!それは滅茶苦茶旨い!」

「それを言うならプラシーボ効果な」

「むー...なぁ古雪」

 

土居が元気なさげに呟いてくる。

 

「この前言ったよな。前に突撃して戦ってるのは、大切な仲間のためだって。でも、そんなに辛いなら無理にでないでくれ」

「無理してない。俺がやらなきゃならないんだ」

 

俺が前に出て、一体でも多くの敵を消して、お前たち勇者を生き残らせる。未来を変える。そうすれば、俺はまた帰れる。その為だけに戦う。

 

「だがな...んー!まどろっこしいのは合わん!古雪!タマは古雪が心配だ!!おまけに、今度はもっと大きな戦いになるらしい!前に出るなとは言わんから出過ぎないでくれよ!?」

「...なんで、そんなに言うんだよ」

「心配だからって言ってるだろう!!」

「......お前は、俺から存在意義を奪うのか」

 

戦わなければ、この世界にいる意味がない。未来を変えなきゃ、元の世界に戻れない。

 

(もう、誰が生き残ろうとどうでもいい。帰らせてくれ...)

 

「違う!タマ達と一緒に戦おうって言ってるんだ!」

「...なら、俺を越えるくらい強くなってくれよ」

「あ!言ったな!?絶対タマが強くなっておっタマげさせてやる!」

 

騒がしい彼女は、それを言うとすぐに消えた。

 

(...うるさいのが消えた...静かな方がいいな)

 

そう思っている筈なのに、心のどこかはざわついていた。

 

 

 

 

 

「...入るわよ」

「......意外だな。お見舞いってタイプじゃないと思ってた」

 

土居がいなくなってからしばらく、入ってきたのは郡だった。

 

「...私だって自分らしくないと思うわ。でも...あなたがあまりにも酷い顔だって、土居さんが言うものだから」

 

腕組みして、決して近寄りはせず。

 

「確かに酷い顔ね...目の下の隈とか。しっかり休んでるの?」

 

だが、投げ掛けてくる言葉は幾分か柔らかかった。

 

「...なんだよ。急に」

「え?」

「いきなりそんな、話しかけてくるなんて...変だぞ。本当に」

「...乃木さんが、ゲームで協力しようと私を誘ってきたのよ」

「?」

「彼女は本当に変わった...私も、少し変わりたいと思っただけ」

「それが、俺に話すことだと?」

「違うわ...苦手である話すことを、しようと思っただけ。あなたはその実験台よ......あなたも、なにか挑戦してみたら?」

 

彼女の言うことは、よくわからなかった。

 

(というか、さっきから俺は何故こんなことに...)

 

 

 

 

 

「古雪さん、大丈夫ですか?」

 

また時間が経ってから来たのは、伊予島だった。

 

「...なんなんだ。さっきから別々で皆来て」

「え?そうなんですか?」

「お前は何の用だよ」

「......あの、次の戦いについて、話があって」

 

いつの間にか大社に行っていたひなたの神託で、次はより多くの敵が総攻撃を仕掛けてくる。というのがわかったらしい。

 

「で?」

「...若葉さんと話して、今度の戦いは陣形を取りたいんです。しっかり意思疏通をして、力を合わせて戦えば...友奈さんや貴方のように、誰かだけ傷つく。なんてことはないと思います」

「...」

 

心も浮わついていて、おぼろげな今の状態では、なにも考えられない。無言を否定と捉えたのか、伊予島が続かせる。

 

「古雪さんはいつも突出します。なので、こうして直接お願いしに来ました。私達と一緒に戦ってくれませんか?」

 

(ダメなんだよ。それじゃ)

 

「...お前たちに危険が増える」

「それでも古雪さんの危険が減ります」

「なんで...そこまで」

 

自分の命が安全な方が、嬉しいんじゃないのだろうか。

 

『最初に武器を握った時は、復讐のため。自分の心を満たすためだった。今は彼女のため、彼女達のために、この力を使い尽くそう』

 

こいつは、誰だ。こんな、自分の命を無下にしてるバカは。

 

「私達は皆で勇者ですよ...あなたも、もっと自分の体を大切に、周りを頼ってください」

「......わかった。だが一つだけ条件がある」

「はい?」

「進化体が出たら、俺に戦わせろ」

 

適当に口からでたのは、そんな言葉だった。現勇者でも星屑の相手はもうできる。これなら犠牲を出すことはきっとない。

 

「...わかりました」

「ありがと」

 

 

 

 

「椿さん、いらっしゃいますか?」

「...空いてるぞ」

 

意識が切れる直前、扉を開けてきたのはひなただった。

 

「退院おめでとうございます」

「...あぁ」

「......久々に皆さんと話して、どうでしたか?」

「お前の差し金か」

 

今俺はなにを考えて話しているのだろう。

 

「...私、大社に行ってたんです。神託を受けて帰ってきて...それから、椿さんの容態が悪いと聞いて、皆にお願いしました」

「......どうしてそんなことを。俺はそんな心配されるようなことしてないぞ...」

 

そもそも、そんなに仲良くなってない。仲良くというのはもっと、あいつらのような_________

 

「前に出てることは十分心配されるようなことですよ?それに...皆には伝えきれていませんが、私は知ることが出来ましたから」

「...!」

 

近づいてきたひなたを反射的に弾き飛ばす。彼女はそれを気にすることなく何度も近づいてきて、抱きしめられた。

 

「ぁ...」

「貴方が本来の貴方じゃないということ。一人で、『誰かのため』に戦ってくれていたこと」

 

頭を、優しく、撫でられて__________

 

(...温かい)

 

『お前も、敵か?』

『死ねよ』

『よしよし』

『帰るために』

『絶対諦めない』

『悩んだら相談』

 

「_____」

 

濁流のように押し寄せる記憶。思い出すにつれ、震えていなかった体がガタガタしだす。

 

(あ、れ?俺は、なにを...彼女になんてことを...)

 

「...ごめん、なさい」

「え?」

「...酷いこと言って、ごめんなさい。手を出して、ごめんなさい。何も考えられなくて、ごめんなさい。俺は...なんてことを...!!」

「...いいんですよ」

「!!!」

「今日は、ゆっくり休んでください」

「...ぁぁぁぁぁぁ......」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...すー...すー」

 

涙で顔を濡らした椿さんが、子供のように寝ていた。

 

(先輩というだけで、まだ中学生。子供ですもんね)

 

神託の内容は、敵の総攻撃があるということ。それから、この人の本当のこと_______本当の人柄。

 

どうして神樹様からこれが伝えられたのかは分からないけれど、お陰で私は今のおかしな椿さんを元に近くできたと思う。

 

『優しく抱きしめて、頭を撫でてやればいいんだよ』

 

知らない人の声。

 

(ありがとうございます)

 



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13話 減らされた心

ここ数日の俺は、おかしかった。どこからかは分からないけれど、記憶がぐちゃぐちゃで、自分の言葉も覚えてなくて、皆に八つ当たりじみた態度をとっていた。

 

(現状、何も変わってない...俺は帰れないし、会えないし、戦わなきゃいけない)

 

でも、もう少しだけ。俺らしく戦いたい。そう思った。

 

その、俺らしくが今、霧の中でも__________

 

『なせば大抵なんとかなる!』

 

 

 

 

 

「......」

 

起きると、簡素な部屋に俺一人だった。

 

「...」

 

『私、もう帰りますね。また辛くなったら言ってください。無理はダメですよ?おやすみなさい。ひなた』

 

置かれていたメモを見て。

 

「...聖人...というより、女神だなこれ」

 

もう、頭に響く音はなかった。

 

 

 

 

 

思考は、纏まらないままだったけど。

 

 

 

 

 

「すまなかった!!!」

 

俺は土下座していた。相手はひなたとユウだ。

 

ひなたには真夜中に手をあげた。ついこの間退院したばかりのユウはその思い、気遣いを拒絶した。

 

「無理に許してくれとは言わない!だけど...!!」

 

共に戦う上で、共に生活していく上で、わだかまりは俺自身が許せなかった。

 

「気にしないで!私も遠慮なく突っ込んでごめんなさい!」

「私も気にしてません。あなたのスマホを奪おうとした身ですし、おあいこでいきましょう」

「え...いや、そんな簡単に」

「確かに悲しかったけど...仲良くなれるならそれで十分!ね?」

「...すまない。ありがとう」

 

意外なことに、二人は笑顔で答えてくれた。

 

特にユウ。あれだけの言葉を言って、なぜニコニコしていられるのか。

 

「?椿君?」

「あ、いや...本当にごめん」

「いいんだよ。私だって大変な思いしてる椿君の気持ち、わからなかったんだもん」

 

それが他人なんだから当たり前なのに、どこまでも人を気にする彼女に涙が出てきた。

 

「わぁ!?どうしたの!?」

「なんでもないんだ...なんでも」

「なんか、昨日の古雪とまるで違うな」

「そうね...あそこまで人って変われるのかしら」

「あぁ...そうだな」

「いや、若葉さんの立ち直りも相当でしたよ?」

「そーだなー。杏に連れてかれる前はゾンビみたいな感じだったけど、今は普通だし」

「あそこまで...か?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「乃木。改めてよろしく頼む」

「あぁ。全力でいかせてもらうぞ」

 

古雪はここ数日で本当に変わった。顔色もかなり戻ったし、なにより穏和になった気もする。

 

大社から戻ってきたひなたから言われた、敵の総攻撃の報告と、外に生存者がいる可能性。そして__________

 

『皆さん、どうか椿さんに接してくれませんか?』

 

始め、言われたときはなにを言ってるのか分からなかった。ただ、そんな決意に満ちたひなたは珍しくて、気にかけたら______今までの、少なくとも最近の彼が偽物の様になった。

 

(神託で古雪の本当の性格が分かったと言っていたが...神託で言われるような存在なのか?)

 

目の前で二本の木刀を構える彼は、前のような気迫は無くなった割りに、弱くなったとは思えない。

 

「でやぁぁぁ!!」

「はぁぁぁぁ!!」

 

前より研ぎ澄まされた私の剣は、古雪の体を掠めていく。だが、そこまで。

 

「やっぱり強い...」

「速さだけなら!!」

 

精神を加速させる。本能に、怒りに身を任せた攻撃はなにも通らない。バーテックスでも、人間(古雪)でも。

 

 

 

 

 

「それで、どうだったんですか?」

「辛くも私の勝利。だったよ」

 

半日前のことを思い出しながら、ひなたの耳掻きを堪能する。

 

「若葉ちゃんも答えが見つかったみたいでよかったです」

「うん...時間はかかったが、本当の意味で自分の弱さに気づくことができた。ひなたが私を信じ、見守ってくれたお陰だ」

「私の自慢の幼なじみのためですから」

 

心細かった私を、杏が気にかけてくれた。球子が励ましてくれた。千景が認めてくれた。友奈が許してくれた。ひなたが信じてくれた。

 

『乃木。ありがとう...色々と』

 

そして、古雪が本当の意味で仲間になってくれた。

 

「ありがとう」

 

千景にオススメゲームを二十本も渡されたり、友奈に退院祝いで耳掻き『された』りしたが、些細なことだ。

 

(もう一人で戦ったりしない。リーダーとして為すべきことをする。力を合わせて戦い抜く)

 

 

 

 

 

そうして、後に丸亀城の戦いと言われることになる決戦の日は来た。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「敵の数はそれこそ無数。だが、私達は負けない。力を合わせ、必ず四国を守り抜くぞ!!」

『オーッ!!』

 

円陣を組む彼女達の側で声を揃える。

 

掠れた記憶が入れと言っている様に思えたが_____気にすることはなかった。

 

(......元の世界へ帰るっていう目標のために...なにも間違ってないよな?)

 

俺は周りにまた助けてもらったばかり。間違っている筈がない。自分の身を大切に、連携して戦う。

 

「...星屑」

「古雪さん!!もっと後ろに下がってください!!」

「あ、あぁ...」

 

伊予島に言われて幾らか下がる。空を埋め尽くす星々の光景はほとんど変わらなかった。

 

(...怒りを沈めろ。まだ、まだだ......)

 

「みんな。作戦開始だ!!」

 

今回の総攻撃に対して伊予島が立てた作戦は、陣形を使用しての長期戦。

 

丸亀城の面影が少し残る樹海の戦場で、正面と東西に一人ずつ勇者と俺が立ち、伊予島と残り二人が後方待機。

 

前方三人_______正面の乃木、東のユウ、西の俺が迫り来る敵を倒し、ボウガンの伊予島は後方支援。

 

疲れが見えたものは、後方で待機している者と交代する。

 

「...」

 

折れた刀を振り回し、星屑を塵に変えながら、伊予島の指示でもう少し下がった。どうやら無意識のうちに前へ前へと出ているらしい。

 

(こんだけ意識した作戦とか、珍しいんじゃ...)

 

ずっと前から、こんな作戦立てたものはなかった。前後の役割こそあれ、話し合ってこうして陣形を取るなんて__________

 

(...そう、だよな?)

 

どこか霧がかった感覚。しかし、悩む暇など一切与えられない。

 

「とっとと帰るんだ。だから、邪魔するな!!!」

 

ヒビの入った刃は、星屑を意図も容易く切り裂いた。

 

それから、幾らか時間がたって。

 

「古雪さん!千景さんと交代してください!」

「まだいけ...わかった」

「納得しなければ、切ってでも交代させるところだったわ」

「おっかな!?」

 

既に来ていた郡に従って交代を済ませる。

 

「...無理するなよ」

「あなたに言われる筋合いはない...塵殺(おうさつ)してあげるわ」

 

(たぶん、この調子なら負けない...早く来い、進化体)

 

超接近戦を強いられるユウを見ながら、俺は交代の時を待つ。

 

「杏!私は大丈夫だから友奈を援護してやってくれ!!」

「伊予島、乃木はああ言ってるがかなり無理してる。もう少ししたら交代させてくれ」

「まずはタマが出るからな!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

戦闘開始から二時間前後だろうか。

 

「若葉!交代だ!!」

「私はまだ...いや。任せた」

「おう!タマに任せタマえ!」

 

バーテックスが無惨に殺した人々の苦痛、怒り、憎悪、無念。それらが私を怒りへ駆り立てる。

 

だが、私はここに住む人々を守ると決めた。仲間と共に戦い______その思いはほとんど薄れている。

 

(いや、違うな...仲間と共に戦う心強さを感じているんだ)

 

「若葉」

「どうした?」

「タマは後ろで待機してたけどさ...仲間がいるから安心して休める。ゆっくりしてな」

「...私も、皆が後ろで待機していた時、凄く心強かった」

「倒れたら介抱してくれよ?」

 

強さとは戦う力だけではない。仲間に安心感を与える存在。それもまた強さだ。

 

「安心しろ球子。お前が倒れる前に交代させるからな!」

 

 

 

 

 

そして、交代のサイクルが徐々に早くなる。全員少しずつ疲労が蓄積しているのだ。

 

「若葉さんは古雪さんと、千景さんは友奈さんと交代してください!」

「あぁ」

「わかったわ」

 

正面で戦う古雪と交代するため樹海を駆ける。折れた刀で戦うのは、友奈の次に近距離戦をしなければならないので疲労もたまってるはずだ。

 

「古雪、交代だ」

「もう少しいける!」

「休むのも戦いにおいては大切なことだぞ」

「わかってるけど...くる!!!」

 

その時の古雪の顔は、絶望的ともとれるし__________笑顔を浮かべてるようにも感じた。

 

「やつらも全力を出す気になったか...」

「若葉さん!古雪さん!注意してください。進化体です!!」

「進化体の相手は俺に任せてもらうことになってる。下がってろ」

「私も戦う」

「乃木には生きてもらわなきゃ...言ってもこれじゃあ逆にきついか」

 

敵は、蛇のように細く長くなった。牙にも見える先を立てて急接近してくる。今から離脱するのは不可能だろう。

 

「......」

「...」

 

刀を一度しまい、居合いの構えを取る。古雪が打ち合うことで軌道の逸れた敵を、抜刀と納刀をほぼ同時にで行い切りつけた。

 

「...若葉さん!!まだです!!」

「!!」

 

振り替えると、敵は切られた断面そのままに、活発的に動いていた。

 

(増えた...だと?)

 

「どけ!!」

 

動揺する私に向けられた攻撃を、古雪がブロックする。

 

「御霊擬きがあるのか、それとも全損か...」

「おい、古雪!?」

 

何を血迷ったのか、よく分からないことを呟きながらただでさえ折れている刀の刃を半分に折った。

 

「どうせヒビが入っててそのうち折れるから」

 

その刃だけになったものを、左手に握りしめる。勿論、食い込んだ刃が出血させて_______

 

「来いよ」

 

二体が両手に刃を握る古雪に迫り、私が攻撃した時のようなすれ違い様になって。

 

真似が出来ないと思わせられる動きで、いつの間にか二体ともに亀裂が入った。

 

「...全損、だったか」

 

二体が四体になって、冷や汗がたれる。

 

(面制圧技と考えると、私や古雪は無縁のことだ...不味い!)

 

「タマに任せタマえ!!!」

 

直後、私達の間を敵ではない物が通りすぎる。

 

炎を纏った巨大旋刃盤は、ワイヤーなしで意志を持ったように動く。四体の敵は瞬く間に燃やし尽くされた。

 

「す、凄いな...」

「...俺も、あれだけ強ければ」

 

バーテックスは進化体と同じようになすすべもなく数を減らしていった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「刃だけのやつを手にもったらそうなるに決まってるだろ!!」

「疲れてるんだから休んどけよ。一人で手当て出来るし」

「いいから!」

 

俺の左手からだらだらたれる血を、伊予島が用意していた応急道具で拭いていく土居。

 

本人も切り札『輪入道(わにゅうどう)』の力を使っていてかなり疲労しているのに、その手を休ませることはなかった。

 

「タマも少しは強いだろ?」

「...あぁ」

「...よしっ!手当て終了!杏!タマ達二人ともいけ...る......」

「...」

 

辺りを見ると、戦っている味方はいない。星屑達が一ヶ所に集まり出していた。

 

「...今までで最大。か」

 

今までの進化体は百体前後の合体、だが、今回は千は軽く越え、今尚合体を続けている。

 

(...みたことある)

 

爆弾を産み出すやつ。初めて戦ったバーテックスの下半身に酷似した敵は、悠々と佇んでいた。

 

「あんな大きいのどうにもできないよ!!」

「いや違う。あれだけ急に大きいものを作れば脆い部分が出る。四ヶ所...いや、六ヶ所か。攻撃を通せれば」

「でも、どうやってあそこまでいくつもり?合体しようとしてる敵が多いわ」

「タマに...いい手がある」

 

正直、隣で息絶え絶えの土居の手は乗りたくない。だが、巨大な敵相手には俺が無力だということも分かっている。

 

(俺も、精霊...切り札が使えれば)

 

知ってる精霊なんて未来のゆるキャラ擬きしか知らない俺には無理のある話だ。

 

(やつらを倒すための力を...くっ)

 

こうして_______炎を纏う巨大旋刃盤に乗り、雑魚を蹴散らしながら弱点へ特攻する作戦が立てられ、実行される。

 

「こっちに向かってくる敵が出てきたよ!」

「心配ない。皆は私が守る!!」

 

跳躍した乃木は、その服を変えていった。

 

敵から敵へ飛び回り、行うごとに人知を越えた速さへと近づいていく。

 

「天駆ける武人...降りよ!源義経!!!!」

 

意図も簡単に雑魚は蹴散らされ、進化を続ける敵へと迫る。

 

俺は狙いを済ませした方向______爆弾の射出口に向け、刀を投げた。

 

「今だ!!」

 

他の皆も各種弱点_______人で言う関節に近いところを切りつけ、撃ち抜き、砕き、燃やす。

 

「若葉ちゃーん!!!」

 

力尽きて落ちていく彼女を飛び降りて抱え、荒く地面に着地した。

 

「いってぇ...あの高さから落ちてこんなんで済むなら十分か」

「椿君!!!若葉ちゃんは!?」

 

上から心配そうに見るユウに、親指を上に突き立てる。

 

全員負傷。ただし、命に別状はなし。

 

自分も生き残り、防衛対象も無事。

 

(...これでまた、一つ......)

 



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14話 彼女の歌

『若葉ちゃん』

 

後ろを振り返ると、あの時の三人______自分が勇者になる直前に友達になり、死んでしまった三人がいた。

 

「みんな...三年前のあの日、私は『お前たち』を守れず、自分だけ生き残ってしまった。本当なら、奴ら(バーテックス)だけでなく私にも報いを...」

『もう受けてるよ』

「!」

『だって、若葉ちゃんが戦ってくれてるお陰で、私達の家族はここで生きてる』

「......」

 

命を賭けてこの地の人々を守り続ける。今を生きる人々の安全を作り上げる。それが私の受ける報い。

 

ならば。

 

「誓おう。私はずっと...ずっと、この地に生きる人々を守る」

 

それを聞いた三人は、笑顔だった。

 

(何事にも報いを。それが乃木の生き様だから)

 

 

 

 

 

「若葉ちゃん。お体は大丈夫ですか?」

「ん...ひなたか」

「今日は四国外調査の日。辛ければもう一日休憩しても...」

「大丈夫だよ。少し夢を見ていただけだ...優しくて厳しい、そんな夢だった」

「...そうですか」

「おーい若葉!ひなた!いくぞー!」

「分かった。今いく!」

 

先日の総攻撃は、全員が大きな怪我なく生き残ることができた。樹海の破壊具合によるこちら側の人々への影響もほぼないとのこと。

 

病院での検査と十分の休息が取れた今日、四国以外の地域の調査へ乗り出ることとなった。

 

バーテックス達も疲弊した隙をつき、瀬戸大橋を渡って北へ。各地で生存者や水質、地質の調査を行う。参加するのは勇者六人と神託通信要員のひなた。

 

「全員揃ったな」

「乃木が一番最後じゃんか」

「あなたの言う通りね」

「それはすまなかった...では改めて...勇者、出陣だ!」

 

多かれ少なかれ全員が希望を持って、私達は旅に出た。お姫様抱っこで運ぶ私と運ばれるひなたを見て、皆はやや呆れていた。

 

 

 

 

 

橋を渡ると、建物はほとんどが傷つき、倒壊している所もあった。

 

街灯も植えられた木もへし折られ、生存者の影はない。

 

大都市だった神戸にも人はおらず、全滅。千景が見つけたバーテックスを狩り殺していた。

 

『...行きましょう。生きている人を探すんでしょう?』

 

だが、結局生存者を確認することは出来なかった。

 

「乃木」

「?」

「飯だ」

「あ、あぁ。すまない」

 

茹でるだけの簡素なうどんを全員で食べる。流石に四国で食べた方が美味しいが、こうして旅行気分が味わえるのも悪くはなかった。

 

「キャンプ場の倉庫にテントが残っていたなんて...」

「まぁまぁ。テントもよし。古雪の調べで水源もよし。薪になる枝もよし。キャンプ地としては最高だろう」

「テントを張ったり焚き火を起こしたり、流石アウトドア好き!」

「ははは!大活躍だな!もっと褒めタマえ!!」

「...タマっち先輩が本当に先輩に見える」

「...ほう?あ~ん~ず~?それは普段のタマをバカにしてるだろ?」

「いたたたた」

 

杏が球子に頭をぐりぐりされて悲鳴をあげた。かなり痛そうだ。

 

「あらあら。仲がよろしいことで」

「そ、そうなのか...?」

「そういう若葉はしんみりしすぎだ!!まだ一日目!無事な地域もきっとある!」

「そうだな」

「タマっち先輩!やめて!やめて~!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

パチパチ音がなってる火を消さないため、枝を放る。

 

『随分慣れた手つきだな』

 

近くに流れてた川の水質調査をしてるとき、土居にそう言われた。

 

『四国外調査』という名目なら、俺は場数が違う。こんな北側には来てないし、あっちでの目的は作物を育てられる場所の調査だったが。

 

物は長い年月で変わっても、使い方自体はそう変わらない。

 

「...」

 

このジャージは大社が用意した物で、かなり良い素材を使ってるのか薄手でも暖かい。

 

(...人類を守る精鋭だもんな)

 

逆に、俺の装束である戦衣はかなりがたついていた。裂け目は深くなり、左肩の辺りはもうほとんどない。

_____いつまでたっても隣が動かないので、声をかけた。

「なぁ、お前も行ってきて大丈夫だぞ?」

「私が離れた途端覗かれたら困るもの」

「覗かねぇよ...興味がないと言ったら嘘になるけど」

「......」

「言い切ったらそれはそれでヤバイやつだと思うぞ。男子高...校生間近の中学生なんてそんなもんだろ」

 

他の皆は近くの水源で水浴びに行った。廃墟の調査なんかで埃っぽくなった体は女子にとって洗い流したいものなんだろう。

 

『キャンプ感が強まるしな!』と言った土居は伊予島から『タマっち』と呼び捨てにされていたが。

 

だが、そんな中で郡だけが俺の隣に座っていた。

 

「はぁー...」

 

空気はかなり澄んでいて、昼間で四国なら鳥のさえずりなんかが聞こえそうな環境。昼間に見てきた都市部は無惨なものだったのだが、俺はまだ見慣れてる方だろう。

 

少し離れたところできゃっきゃ騒いでる奴らがいるが、こちらは逆に静かなものだった。

 

(まだ水浴びなんて寒いだろうに...)

 

「...ねぇ」

「なんだ?」

「貴方は、どうして戦うの?」

 

唐突に投げつけられた質問。『自分は未来に帰らなきゃならないから』と素直に答えることはできるが、言うわけにもいかない。

 

「...三百年」

「え?」

「ここで、三百年先まで人類を生き延びさせる。それが俺の戦う理由だ」

 

答えられる中では一番シンプルだろう。

 

「...そんなに、人が長く生きられるわけないわ。こんなにバーテックスに襲われている世界が」

「知ったことか」

「......人がそんなに仲良くなれるわけないって、分かってるでしょ?」

「...じゃあ、お前とユウの関係も紛い物か?」

「っ!!!」

 

牽制し合うような口調で、郡を見つめる。

 

「俺は知ってる。仲間の大切さを。離れ離れになれば寂しさでおかしくなってしまうくらい人は人を信じられるって」

 

霞んだ霧のような先にある記憶は、俺に教えてくれている。

 

(...なんでぼんやりなのかは、分からないけれど。大切な、大切なものだったのに)

 

左手にある赤いミサンガの存在を確かめるように、俺は撫でた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「んんっ...」

 

苦しさで起きると、タマっち先輩が体をこっちに向けていた。足がお腹に乗っていて苦しい。

 

(寝相悪いんだから...)

 

怒ると余計眠気が消えて、テントからまだ焚き火のついていた外へ出た。

 

「~♪」

「......」

 

そこには、優しい声で歌う古雪さんがいた。目を閉じて、イヤホンをつけて、口ずさんでる。

 

「良い歌ですね」

「っ!?てなんだ、伊予島か...朝までまだあるぞ」

「起きちゃって。古雪さんは寝ないんですか?」

「女子六人で二つテント使ってるじゃんか...そこに入って寝たら消されるだろ。俺」

 

確かにその通りだけど、外で寝るには肌寒い。

 

「隣、いいですか?」

「構わないぞ。なるべく火に近いと暖かい」

 

転がってた丸太に座っている古雪さんが少しずれて、私はその隣についた。ずれたポジションが気に入らなかったのか、もう少し古雪さんが離れた。

 

『あなたが最後ね...』

 

私はこの間のことを思い出していた。前回の総攻撃の後行われた検査、古雪さんを除いて唯一まだ切り札を使ってない私は、一番最後に検査を回してもらった。

 

『ねぇ。古雪椿君のご両親とかって誰か分かる?』

『はい?』

 

言われたのは、古雪さんの親族を確認するものだった。

 

『...わかりません』

『そう...誰に伝えるべきかしら』

『古雪さんに何かあったんですか?』

『......さっき、彼の検査を済ませたんだけどね。脳にダメージを負ってるみたいなの』

『え...?』

 

脳にダメージ________意味がよくわからなくて、身を乗り出す。

 

『あの人、ご両親の記憶も曖昧らしいんですが...それは前からでしたよ』

『いや、そうじゃなくてね。前に入院した時にした精密検査で出たデータと比べて。なのよ』

 

つまり、この戦いの間に何か大きな怪我をした。ということ。

 

『...お前たちに危険が増える』

寧ろ元気になっていってるみたいだったけど。

 

『あの、それって、どこに影響が...?』

『専門じゃないから詳しくはわからないけど、記憶とかに影響を及ぼす所よ』

 

検査してくれた人が言うなら、今までの古雪さんは記憶障害とか何もなくて、今回で初めてなったということ。

 

「伊予島?」

「は、はい!?」

「そんな驚かなくても...大丈夫か?」

「いぇ、大丈夫です...あの、その曲、私にも聞かせてくれませんか?」

「これか?...いいよ」

 

イヤホンを貸してもらって、耳に当てる。

 

「流すぞ」

「~~~♪」

「...っ!」

 

「音量平気か?」という声に答えられないくらい、流れる声に魅了された。

 

凄く歌い手の優しい感情が伝わってくるもの。

 

あっという間に一曲が終わっていた。

 

「...良い曲ですね」

「だろ?俺の一番好きな曲なんだ」

「どなたの曲なんですか?」

「......他の曲探そうとしてるなら無駄だぞ。そんなのないから」

「え?」

「...俺の大切な人が、私的に作った曲だからな」

「勿体ないですね。絶対人気になりますよ」

「俺もそう思う」

「...でも、記憶、だいぶ良くなってきましたね」

「......そうだな。結構思い出すことも増えた気がする」

 

左手につけてる赤いミサンガに触れながら、古雪さんは答えた。

 

「...あの」

「湿っぽい話はやめにしようぜ。折角開放的な場所にいるんだから」

「ぁ...はい」

 

(古雪さん...あなたは一体、何を隠しているんですか?)

 



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15話 やっと会えた

頂いた感想で気づいたんですが、今日が丁度この作品をはじめて三ヶ月でした。一日も欠かさずやれたのすげぇ(他人事)流石にこの毎日更新も続けられて今月中だと思いますが、この作品を変わらず応援して頂ければなと思います。

さて、原作的には折り返し。椿と勇者達はどうなる?

下から本文です。


探索二日目。訪れた町(『梅田駅』と書かれていた)は観覧車もあるくらい大規模な町で、手分けして生きている人を探すことになった。

 

建物のあちこちが穿たれ、古本屋の看板は地面に落ち、立体道路は崩れて一つになっている。

 

「...」

 

俺はその中で、地下に広がる空間に入っていた。外からでも感じた異臭と、捨てられているゴミを見て人が暮らしていそうな痕跡があった。

 

確かに地下なら出入り口を塞げば敵の進行を阻止できるかもしれない。少なくとも荒れ果てた地上よりは安全だろう。

 

「こんな世界...」

 

ぶち抜かれてるシャッターを潜り、奥へ奥へと進んでいく。

 

「...行き止まり?いや...」

 

薄々感じていたのだ。ここも、壁が何かに擦られた後があったり、血と思われる赤い染みが散乱してたり。

 

そして、俺は見つけた。

 

「......」

 

本来なら噴水にでもなってたのであろう場所に、死骸の山が積み上げられていた。ほとんどが骨だけになっていて、時間の経過をよく表している。

 

手近に落ちていたノートだけ拾って、俺は引き返した。

 

「...俺は、お前たちのようにはならない」

 

死体の山の一番上に乗るのは、元の世界に帰れず朽ち果てる俺かもしれないと、一瞬でも思ってしまったから。

 

(最悪、子孫がいると確定している乃木と上里さえ守れれば、俺の世界に影響はない。自分も無事に生き残って...)

 

 

 

 

 

合流場所にはまだ誰もいなかった。暇なので持ってきたノートを開くと、ある少女の日記だった。

 

(こんな日記...前にもあったな)

 

読むだけで苦しくなるような日記。絶望するしかない光景をありありと映す文字列。

 

(...友奈だったな)

 

『2015年。某日。地下に潜んでから何日かして。日付も分からないが、時間の感覚を失わないため日記をここに記すことにした』

 

『七月末に突如現れた化け物から逃げて、私達は地下街に入った。皆で出入り口にバリケードを作って塞いだから外へは行けない。今どうなっているだろう。お父さんもお母さんももういない。いるのは妹だけ。小学生の妹だ。高校生の私がしっかりしないと』

 

『某日。今日起こった喧嘩で人が死んでしまった。食糧の奪い合い、意見の対立、弱いものいじめ。ここ毎日喧嘩してる。人間同士で争ってるなんてバカみたい。死体は衛生上と精神上の問題で、決められた所に棄てられた。まるでモノみたいだった。』

 

『某日。妹が家に帰りたいと泣き出した。ワガママはあまり言わない大人しい子なのに...妹の声に腹をたてた大人が、外に放り出すか殺すかしろと言ってきた。そんなことはさせない。私が守る』

 

『某日。今日のご飯はスナック菓子半袋。これが一日の量だ。食糧問題で大人たちが話し合っている。弱いものを殺し節約しようという者。バリケードを解いて外に出るべきだという人。今日も結論は出なかった。外に化物はまだいるのだろうか』

 

『某日。妹に元気がない。何かの病気かもしれない』

 

『某日。今日も妹は元気がない』

 

『某日。病院につれていかないと』

 

 

 

 

 

『某日。妹が返事をしない。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう』

 

『某日。争いが起こった。食糧節約を訴える人達が老人と病人を殺し、その人も別の人に殺された。訳が分からない。妹も殺されてしまった。私は生き残ってしまった』

 

『某日。地上へ出ようと訴えていた人がバリケードを壊してしまった。白い化物が次々と入ってきて、シャッターも簡単に壊された。奴等はきっと、私達が勝手に自滅すると分かってて放置したんだ。やろうと思えばいつでもここに入れたけど、地上を先に壊してた』

 

『私は今、死体置き場にいる。最期は、妹と一緒に迎えようと思う』

 

 

 

 

 

込み上げてきた吐き気を抑えるため、口を覆った。

 

醜い人の末路。絶望の淵に囚われ、なすすべもなく淘汰された弱者。

 

(...こんな奴等にはなりたくない。こんな、自分勝手に......?)

 

何かが、フラッシュバックする。

 

(俺が今戦うのは自分のため...?違う。そうじゃない。守るためだ...本当に?)

 

守るって、誰をだ。考えられない。思考が霧で包まれる。人の悪意にさらされる。

 

 

 

 

 

いや、記憶はある。この思いを消せるほどの体験をしている。魂に刻まれた幸せが確かにある。ただ、思い出せない。記憶にたどり着けない。

 

(銀、友奈、東郷、風、樹、夏凜、園子...あれ?俺は、この人達と、同じ?)

 

「おえっ」

 

吐き気は、拭えなかった。

 

 

 

 

 

「古雪、早かったな」

「あぁ...生存者はいたか?」

「いや...そっちもか?」

「......見つけたのは、こんな物だけだったよ」

 

合流した乃木に読んだノートを投げる。

 

「これは?」

「地下に隠れてた人の日記。死骸なら山ほどあったよ。見るも見ないも自由だが、胸糞悪い話だった」

 

そう言いきって、刃より柄の方が長くなった刀を構える。

 

「ひとまずここを出てからだな。生きてるのは...俺達と、あいつらだけだろうから」

 

バラバラな心の整理は、つけられない。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「諏訪まで後一息だね~」

「そうね...」

 

移動を始めて五日目。諏訪という標識を見て喜ぶ高嶋さんに答える。

 

ここまでの旅路は、酷いものだった。

 

大阪の地下で見たのは人の死骸と、人間の無力さ、醜さ、惨めさが綴られたノート。どれだけ危機的状況でも、人間は心から協力できない。四国の人々も危機が迫れば、どうなるか________

 

(私は、ああはならない。私には勇者の力があるのだから。惨めな死に方なんて嫌だ。最後まで勇者として敬われて生きていくんだ)

 

「ぐんちゃん?」

「っ!...なんでもないわ。高嶋さん」

 

名古屋では、バーテックスの卵があった。まるで、ここは人間の土地ではないと宣言されているようだった。

 

『ひどい...!』

『囲まれてるぞ。乃木』

『あぁ。ひなたは私の後ろに!』

『この世界は、お前たちなんかには奪わせない!!!』

 

切り札を使った土居さんは、その後乃木さんと伊予島さんに怒られていた。

 

「タマっち先輩、大丈夫?」

「問題なしだ!少し疲れてるがな!」

「...どんな影響があるかまだ不明なんだよ。あまり軽々しく使わないで」

「わかってる...ごめんな。心配かけさせて」

 

勇者は、醜い人達とは違う。そう思う。

 

私も、この二人や乃木さんと上里さんの絆は、否定したくないから。

 

「にしても、何で諏訪...だったか。が目標なんだ?」

「諏訪には四国と連絡を取っていた勇者がいたんですよ」

「へぇ...」

「白鳥さん...」

「行きましょう若葉ちゃん。彼女も知ってほしいはずです。友達だった若葉ちゃんに、諏方の結末を」

「...ああ...そうだな」

 

私は、高嶋さんがその相手だろうか。

 

彼に、そんな相手はいるだろうか。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...執拗に破壊されているな」

「結界の要だった場所だから...でしょうね」

 

たどり着いた諏方の町では、見るも無惨な光景が広がっていた。特に建物は酷い。名古屋で見たバーテックスの卵がないのは、せめてもの救いだろう。

 

「若葉ー!ちょっと来てくれ!!」

「球子?何か見つけたのか?」

「あぁ。これだ」

「...ただの畑に見えるけど」

「正確には畑だった場所みたいですね」

 

古雪の言葉を杏がやんわり否定する。確かにここは、最近まで人の手が入っているように感じた。

 

「他に手がかりになりそうなものは...あ、何か埋まってるよ」

 

友奈が見つけた箱には、鍬(くわ)と折り畳まれた紙が入っていた。なんとなしに開いて、綴られている文字を読む。

 

『初めまして。いえ、これを読んでいるのは乃木さんではないかもしれませんから、初めましてと言うのは変ですね。もしこの手紙を見つけたのが乃木さんでなければ、四国の勇者である彼女に渡していただければと思います』

 

『バーテックスが現れてから、約三年。なんとか諏方を守ってきましたが、結界も縮小され、切迫した状況になってきました。恐らく長くは持たないでしょう』

 

『けれど、まだ乃木さん達の四国は残っています。人間はどんな困難に見舞われても再興してきました。私達がやられても、まだ乃木さん達がいる。諦めなければきっと大丈夫』

 

『まだ会ったことのない大切な友達。あなたが戦いの中でも無事であるよう、世界があなたの元で守られていくよう願っています』

 

『人類を守り続けるのが例え私でなかったとしても、乃木さんのような勇者が守り続けてくれるのであれば、それでいい。私はそこに繋げる役目を果たします』

 

 

 

 

 

思わず手紙を握りしめる。一筋の涙がこぼれた。

 

「...この人のお陰で、四国は戦う力をつけられたんだな」

「あぁ...白鳥さん」

「...若葉ちゃん。これはきっと、白鳥さんからのバトンだよ」

 

友奈から鍬を受けとる。確かな重みと暖かさがそこにはあった。

 

「やっと、会えたな...お前の遺志、確かに引き継いだ」

「若葉、こんなものも拾ったんだが」

「!」

 

珠子が握っていたのは、ソバの種をはじめとした、色んな作物の種。

 

あの人は、蕎麦が大好きだった。四国のうどんと諏方の蕎麦、どちらが優れているかの話し合いはいつも譲らず__________

 

「...やろう」

 

私の意見を汲んでくれた皆は、一つ頷いてくれた。

畑をならし、丁寧に種を植えていく。

 

「だいぶ綺麗になったね」

「...大きく育つといいな」

「あぁ」

 

夕暮れの元、手入れされた畑は喜んでいる様に見えた。

 

「んー!もう暗くなってきたぞ。折角だし今日はここで一泊してくか?」

「そうだな。準備を...」

「おい、ひなた。しっかりしろ。おい!!」

「!」

 

気づくと、ひなたが古雪に抱きしめられていた。

 

「ひなた!?」

「...神託が......再び、四国が危機に晒されます」

『!!』

 

こうして、四国外の調査は生存者ゼロのまま終わった。

 

持ち帰ったのは鍬といくつかの種。それから凄惨な人々の最後が描かれたノートだけだった。



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16話 お誘い

『勇者部は__________』

 

 

 

 

 

「待ってくれ!!!」

「ひゃん!」

 

右手を前に伸ばす。何かとても怖いものを見た気がする。

 

「...」

 

だが、手を伸ばした先は暖かくて柔らかいだけだった。

 

「......」

 

ギギギと錆び付いた音を立てそうな動きで顔をあげると、丁度、誰かの体。

 

(......っべー)

 

その正体は、ひなただった。

 

「...」

「...」

 

目があう。「もう、やめてください!」みたいな言葉が飛んできて、ついでにビンタも覚悟はしたが________目の前の彼女は、顔を赤らめるだけだった。

 

(っ!)

 

「ぁん」

 

その仕草にドキッとして右手に力が込められてしまい、再び高い声があがる。

 

慌てて離して、頭を地面に打ち付ける。

 

「すいませんでした」

 

だが、土下座した俺に待っていたのは白い化け物を切り続けた刀だった。

 

首元にはりつく銀色の冷たさ。

 

「ひなたに手を出した罪は重いぞ」

 

 

 

 

 

昼御飯を食べた後は、レクリエーションを兼ねた模擬戦が用意されていた。

 

提案したのは乃木で、ルールは丸亀城全体を使った勝ち残りのバトルロイヤル。木製の武器が体のどこかに当たった時点で脱落で、勝った一人は負けた者達に命令できるというシンプルなもの。

 

『大社の人心を操作するやり方にも疑問はある。みんなそれぞれ悩むこともあるだろうし...でも、だからこそ楽しむ時間(レクリエーション)が必要だと思ったんだ』

 

大社はこの前の四国外調査で、『外に生存者が確認できた』と報じた。事実とは真逆の言葉。それが無力の人の心を安心させるためだとはいえ、真実を知る者からすれば見るに耐えない。元から信用に足る組織ではなかったが。

 

だからこそという乃木の気持ちは分かる。ただ、午前中の出来事のせいで俺は________

 

「......」

「いや、あの、あれは事故で...なんならひなたにはもうゆるして貰ったんですが...」

「......」

「聞かないですよね。はい」

 

乃木に親の仇の様な目で見られていた。気迫で負けそう。

 

「若葉ちゃん!協力するよ...私も少し傷ついたからね。この前ので」

「女の敵よね...高嶋さんもこう言ってるし、手を貸すわ」

「タマは古雪より強くなったと証明せねばならん!やるぞ!!」

 

否、もう負けが確定したようなもんだ。一対四。システムの恩恵はない。

 

「...もうやってやらぁ!!」

 

俺は両手の木刀を構え、飛び出した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

若葉さんが提案したバトルロイヤルは、私の勝利で終わった。

 

まず古雪さんが千景さんと友奈さんと一緒に脱落。残った若葉さんには敵わないと逃げたタマっち先輩と組んで挟撃。私が武器を撃ち弾き、若葉さんを上手く倒したタマっち先輩も倒してフィニッシュ。

 

若葉さんが私のことを考えてなかったのは、ひなたさんに「私はやられたことにしといてください」と、若葉さんの体操服姿(盗撮)で買収したからだ。うまくやってくれたし、普段巫女の特訓で体操服若葉さんを見れないひなたさんもご満悦だ。

 

ちなみに、古雪さんはバトルロイヤル関係なくぼこぼこにされていた。ひなたさんの胸を揉んだ罪は重い。私はひなたさんの顔を見て、やめた。

 

というわけで__________

 

「私のものになれよ。球子」

 

低めの声を出す若葉さんがタマっち先輩に詰め寄る。壁に追い詰められてそのまま壁ドン。

 

「そんなこと言われても、タマには他に好きな人が...」

「待ちなよ」

 

手を出して制するのは友奈さん。

 

「球子さんが嫌がっている!」

「高嶋君...!」

 

ドキッという効果音がこっちまで届きそうな勢いで(というかタマっち先輩が実際に言って)、そのまま________

 

「って、なんじゃこりゃあああああ!!!!」

 

空中に浮かんでいた(漫画ならそうであろう)『ドキッ』を掴んで、投げ飛ばした。

 

「『ドキッ』ってなんだ『ドキッ』って!!」

「カット!!タマっち先輩ちゃんとセリフ通り言ってくれないと!」

「言えるかぁぁぁぁ!!!なんなんだよ杏!?優勝者の命令がお気に入りの恋愛小説の再現って!!しかもなんでタマが『内気な少女』役!?違うだろぉ!?」

「このヒロイン背が低いって設定だから....」

「チビだって言いたいのか!!」

「いや、この為だけに男子制服を用意できる杏もすごいけど...ひなた。撮るな」

「嫌です♪」

「ちょっと違和感あるね...椿君は着てないんだ?」

「ん?あぁ。男だからやらされるかと思ったが...頑張れ」

 

友奈さんから目をそらした(そらされた本人すら気づかないような少しだけ)古雪さんと、千景さんはなにもしていない。

 

「千景さん」

「な、なに?やらないわよ?」

「え...」

「い、嫌よ...あんな恥ずかしいの、絶対お断りよ!?」

「...ふふっ。わかってます。千景さんには別の命令です」

 

どんな命令がくるのか怯えて待ってる千景さんに、一枚の証書を向けた。

 

「千景さんへの命令は、これを受け取ってください。です」

「ぇ...」

「みんなで作ったんだよ」

「ま、学校は変わらないけどな」

「だが、形だけでも行った方が良い」

 

皆で作ったのは卒業証書。この勇者用に作られた特別学校から出ることはないけれど、千景さんと古雪さんは中学卒業。

 

だから、五人で作った。

 

はじめは戸惑ってた千景さんは、おずおずと手を伸ばした。

 

「め、命令なら...仕方ないわね」

「ぐんちゃん卒業おめでとう!これからもよろしくね!」

「...うん」

 

皆で笑みを作る。ちゃんと喜んでくれているみたいでよかった。

 

「じゃあ、俺もそれか?」

「いえ。古雪さんはまた別の命令です。命令しなくても普通に受け取りそうなので」

「まぁ、そうだけど...」

「ひとまずこのままシーン2いきましょう!」

「杏!?まだやるのか!?」

「シーン10までありますから、夕方まで時間はありませんよ!」

「嘘だぁぁぁぁぁ!!!」

「私も撮ります!!」

「ひなたは自重してくれぇぇぇぇ!!」

 

タマっち先輩と若葉さんの叫びは、壁の外まで届きそうだった。

 

 

 

 

 

「どうぞ」

「あぁ...」

 

どこかぎこちなく私の部屋に入ってくる古雪さんに緊張してきた。

 

本を貸すことはあっても、部屋に入れることは今までなかった。

 

(大丈夫。小説みたくはできなくても...)

 

「それで、わざわざ自分の部屋に俺を呼んだ理由は?土居に知られたら消されそうなんだが」

「は、はい。とりあえず...ご卒業、おめでとうございます」

「ありがと」

 

皆で手作りした卒業証書を懐かしむように見てると感じるのは、私だけだろうか。

 

(...最近は特にそう)

 

周りを見てるようで、どこか遠くを見てるような感じ。恋愛小説によくある『なにかに葛藤する』ような感じ。

 

「そ、それでですね...私の命令なんですが」

「あぁ」

「私と...デ、デ、デートしてくれませんか!!」

「...へ?」

 



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17話 デート

ストックが...ないとは思いますが、後々書いていくにつれて書き足したり逆になくしたりとかがあるかもしれません。

さ、サブタイ通りデート回!


休日。俺も勇者として認知され始めたので、キャスケット帽を被って丸亀城前にいた。服は以前買ったもの。あまりセンスはない方なので、無難さがよく分かる仕上がり。

 

(...俺は、勇者なんかじゃないのに)

 

俺という人間は、どんなだっただろう。彼女の、彼女達の側で笑っていた俺はどんな奴だっただろう。

 

「......」

 

昨日、定期検診があった。精神が不安定だと安定剤を貰った。

 

(前の方が不安定だと思うんだがな...)

 

「椿さん!お待たせしました」

「別に待ってないよ。杏」

 

伊予島______杏からの命令は、彼氏彼女設定で一日デートしろというもの。恋愛小説を好む彼女らしいお願いだった。

 

(確かに本当の男子を好き勝手使えるなら、そうするかもな...)

 

デートの相手として満足してもらえるのかはわからないけど、命令だから仕方ない。寧ろ俺にとってはご褒美だろう。

 

「折角可愛い子からデートのご指名だからな...ただ、行き先は全部任せます。この辺まだ詳しくないから」

「だ、大丈夫です!お任せを!」

 

なかなか興奮してる様子の彼女を他所に、辺りを見る。今回追跡者はいないらしい。

 

「でも、椿さん...お世辞とか言わなくていいんですよ?」

「え?別に言った覚えないけど」

「いや、その、可愛いって...」

「事実を言っただけだろ?ナンパされるくらいだし。大体お世辞ってのは...こほん。今日も素敵だよ杏。僕のためにお洒落して来てくれてありがとう」

「ぁぅ...俳優になりません?」

「ならねぇよ」

 

イケボ(当社比五割増し予想)に顔を赤くする杏の案を否定して、俺達は歩きだした。

 

俺達の共通話題である本を巡るため書店へ。恋愛小説メインだが、それ以外にも面白そうな作品を教えてもらった。杏のプレゼンが魅力的で、一方的に話されている筈なのに自分が本を読み、体験したような気分になる。その癖ネタバレはバッチリ回避してるんだから恐ろしい。

 

次に訪れたのは_______

 

「意外だな」

「私も普段来ませんが...こ、これを撮りましょう!!」

 

ゲームセンターの一角を占拠する、カップル御用達のプリクラである。

 

「...こんな感じになってるのか」

 

写真撮るだけで400円も取られることに驚く。今日がはじめてだった。

 

(別にプリクラで撮るまでもなくカメラ回ってるし...東郷とか...な)

 

「き、緊張しますね」

「思ったより狭いんだな...」

「...今日はカップルですから、ビシッとやりましょう!」

 

『じゃあ始めるよ!』

 

「うわ喋った!?」

 

お金を投入してから唐突に始まった機械音声に従ってポーズを決める。

 

「うわこれもっと寄んなきゃ見切れが...」

「ち、近づいてください!」

 

『最後はキスしちゃおう!』

 

「機械に催促されたくないわぁ!」

「椿さん!」

「やらねぇよ!?目を覚ませ伊予島!!」

 

 

 

 

 

結果。

 

「...」

「...」

 

出来たのは肩と腕をくっつけてあたふたしてる過去の二人(写真)と、恥ずかしさやらもどかしさで互いの方を向けない今の二人だった。

 

「...しばらく、プリクラはやめとくか」

「はい...」

「これも極秘で」

「はい」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......はぁー」

「ふぅー...」

 

気づけば夕方。カフェでコーヒーを飲む私達は、一つ息をついた。

 

「...あの、なにか?」

「あ、いや別に」

 

プリクラも性能は高くなってて、スマホに送られてきた写真を見て、閉じた。

 

「これで命令は達成か?なんか俺も楽しんだ感じだが...」

「...まだです。帰るまでがデートですよ」

「遠足か...」

 

何故か少し古雪さんが震えながら、コーヒーを流し込む。

 

(...頑張ろう。私)

 

私は意を決して、口を開いた。

 

「......椿さん」

「ん?」

「今の私は彼女です」

「あぁ」

「だから、相談してください。あなたの悩んでいることを」

 

コーヒーを持つ手が、今度こそ明確に震えた。

 

「...悩んでなんかない」

「嘘です」

「なんで言い切れる」

「悩んでない頃の椿さんを知ってるから、違いがわかるんです」

「...悩んでない頃?」

 

それが、琴線に触れたのか。

 

「...なんだよ。それ」

「え?」

「俺は!こんな場所に来て!勇者やらされて!!悩んでない時があった!?必死に考えて!!生き残る方法をとって!!」

「椿さん...」

 

彼は周りの目を気にせず叫んだ。

 

(落ち着いて。私...)

 

「ここまでやってきた俺を否定するのか!?」

 

自分でも何を目的に喋っているのか分からなさそうに、ひたすら言葉を並べてる印象。

 

「...否定なんてしません。椿さんは私達と一緒に頑張ってくれてますし、私自身も頼りにしています」

「じゃあなんで!?」

 

 

 

 

 

「...私を抱きしめてくれた時」

 

ポツリと呟いた。

 

「本屋さんの前でナンパされて、助けてもらった時。あの時私を抱きしめてくれた貴方を知っているから」

 

怖くて、誰かに助けてほしくて。

 

『嫌だったら離していいから...落ち着け...な?』

 

あの時のこの人の優しさは、迷いなんてなかった。

 

誰かのために動ける。それがきっと、この人の素なんだ。

 

「...たった、一回、それだけで?」

「それだけでいいんです。そんな簡単なことだから、私は今の貴方がおかしいと感じられるんです」

「...」

「皆に話せないなら、彼女(私)に話してください」

 

私が今日のデートを提案したのはこのため。苦しそうな椿さんを助けてあげたい。

 

手を、差しのべる。

 

 

 

 

 

「......話せるわけ、ないだろ」

「!」

 

くしゃくしゃの顔で、そう言われた。

 

「俺の気持ちも、分からないくせに」

「わかりません。人の本当の気持ちなんて...貴方がどんな思いで、私にそう言ってるかなんて。だから話してください。少しでもあなたのことを教えてください」

「っ!!」

 

そのまま、まるで今の言葉を悔やむように頭に手を当てる。

 

「...帰る」

「話してくれるまで帰らせません」

 

ここで引いたら、絶対後悔する。せめて、私の思いを伝えてから。

 

「帰らせろ」

「嫌です。そんな辛そうな椿さんを放っておけません。不満なら受け止めます。文句なら謝ります。だから...」

「...なんで、似てるんだよ......」

 

椿さんは、そのまま開いた口を続けた。

 

「...やめて、くれよ。思い出させないでくれよ。あいつらはいない。だから頑張ろうって思えるんだ。帰らなきゃって思うんだ。なのに、なのに...」

 

どちらかと言えば独白に近いそれ。

 

「......分かりました。もうやめます」

「...じゃあはじめからやるな」

「椿さんから話してくれるまで、待ち続けます。これだけは覚えておいてください」

 

私は、私なりに必死に考えた言葉を伝えた。

 

少しでも、椿さんのためになることを祈って。

 

「私は椿さんのこと、大切な仲間だと思ってますよ。いつでも頼ってくださいね」

 

 

 

 

 

「おーい。杏?」

「え、なに?」

 

その日の夜。私はタマっち先輩と同じ布団に入っていた。

 

「なんでそんな悩んで...そうか、ずばり!古雪だな!」

「......凄いね。タマっち先輩は」

「杏のことならわかる!妹のことだからな!」

 

本当の姉妹みたいな私達。

 

「タマっち先輩がお姉さんなの?私の方が背が高いよ?」

「なんだとぉ!?タマの方が先輩だろぉ!!」

「冗談だよ」

「...あいつどうかしたのか?」

「...椿さん、凄い悩んでるのに、私じゃ話し相手になれなかったんだ」

 

気持ちを吐露する。あの人の心の奥底にある気持ちは、あの人に聞くことでしか分からない。

 

上の方の気持ちは吐露してくれたけど、その原点はまるでわからない。

 

「......タマはうじうじ悩んでるなんて嫌だ。というか悩むこと自体好きじゃないから、古雪や杏の気持ちも今一わからん」

「うん」

「でも、杏のことならいくらでも支えてやる。古雪も...まぁ、支えてやる。だから杏はおもいっきりやれ!」

「...ありがとう。タマっち先輩」

 

ぎゅっと抱きしめると、返してくれた。暖かくて、心地よくて、すごく好き。

 

「でも、タマっち先輩も無理しないでね」

「無理なんてしてないぞ」

「切り札使ってから調子良くないでしょ」

「っ...」

 

私には分かる。タマっち先輩が四国に戻ってきてからどこかぎこちないことも。

 

「切り札は人の身に人外(精霊)を宿す力。どんな悪い影響が出るか解明しきれてない。だから...」

「...タマも杏を悩ませてる原因だったんだな......でも大丈夫。ひなたも神託で『今までにない事態が起こる』なんて言ってたけど、皆で力を合わせればきっとなんとかなるさ」

「...うん。そうだね」

「それより杏、いつの間に古雪を椿さんなんて呼ぶようになったんだ?」

「え!?あ、あのー...」

「やつはタマチェックをしてやる必要があるな...」

「そうじゃないの!タマっち先輩________」

 

タマっち先輩が寝静まってから開いたスマホには、ぎこちないながらも笑顔の椿さんが写っていた。

 



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18話 手遅れ

のわゆ編を書くきっかけになったとも言える話に突入です。この話はもう少し続けるつもりだったんですが、全体に受ける印象が違って来そうだと思ったので次話に回しました。


「......」

 

手を眺めても、震えることはない。

 

パソコンで言えば、同時平行で調べものし過ぎてフリーズしてる状態。それが今の俺__________だと思う。

 

今一、自分の持つ感情が分からない。何を考えているのか分からない。ずっと靄がかったような。

 

(俺にとって彼女達は、ただの防衛目標で...バーテックスの倒し方は...早く帰らなきゃ...)

 

どこかの記憶と記憶が繋がったり切れたり。確かにある。彼女達のことを思い出せる。

 

(友奈、東郷、樹、風、夏凜、園子、そして銀...)

 

外の景色など、見てる余裕はない。

 

 

 

 

 

「ひなた。精霊を使った切り札について、大社にもっとよく調べるよう伝えといてくれ」

「はい...でも椿さん。それ昨日も言ってましたよ?」

「え?そうだったっけ?」

「...あの」

「いや悪い悪い。一日で変わるわけないよな」

 

謝って席につく。普段と変わらない授業が続く。

 

皆について纏めだしたノートは、一冊書くこともなかった。代わりに、点の数だけが増えていく。

 

俺がシャーペンでつついてる後だ。

 

(......)

 

なんとなく、ただ無心で。でもなにかせずにはいられなくて。

 

『________』

 

鈍い痛みを抑えて、ひたすら時間を潰す。

 

 

 

 

 

だけど、それは来た。アラーム、光。

 

「バーテックス!?」

「授業なくなったー!」

「樹海が消えたらあるよタマちゃん...」

「皆行こう!」

 

周りの声。

 

椅子から立ち上がって、戦衣を構える。

 

「来い」

「_______」

 

唯一、彼女の声だけが聞きとれなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「今回は杏の言う通り、切り札の使用は控えていこう」

 

事前に若葉さんに切り札の危険性を伝え、リーダーとして言ってもらう。

 

「使用せざるを得ない場合もあるわ」

「っ...」

「ぐんちゃん。アンちゃんの言う通りだよ。使わないことに越したことはない!ね?」

「...えぇ。ごめん。伊予島さん」

「いえ...」

 

(皆精霊の力を使って、少なからず疲弊してる...)

 

何日たっても拭えない疲れ。精霊の力はそれだけ強い。

 

「敵が来るぞ。作戦はあるのか?」

「古雪と私で中央に。側面に友奈と千景、頼めるか?」

「まっかせて!」

「わかったわ」

「球子は状況によって動いてくれ。杏は後方支援を。進化体さえ作らなければこの程度の数、大したものじゃない」

「了解だ!」

「わかりました」

 

それぞれの武器を構える。

 

「よーし!皆で勝ってお祝いにお花見だ!」

「楽しそう!亀山公園の桜綺麗だもんね」

「私も料理用意しますね」

「じゃあタマは魚釣ってきて焼く!!」

「もうそれお花見じゃないわよ...」

「そこまで...では、皆行くぞ!!」

 

前へ出る二人を眺めて、敵を見た。

 

(無理はしないで...)

 

 

 

 

 

「てぇーい!!」

 

タマっち先輩が合体しようとしていた敵に攻撃する。ワイヤーが巻かれて戻ってくる頃には、バーテックスは何体も消えていた。取りこぼしを矢で仕留める。

 

「こいつら合体ばかりしようと...!」

 

最初こそいつも通りだったけど、やがて敵は複数の場所で一ヶ所に集まろうとしていた。

 

「数が...間に合わない!切り札を使うぞ!」

「待ってタマっち先輩!!」

 

タマっち先輩は何度も力を使ってる。これ以上無理させられない。

 

「手を出さないで。ここは私が!」

 

願うは殲滅。あらゆるものを凍らせる雪と冷気の具現化。死の象徴。

 

(雪女郎!!!)

 

私を中心に猛吹雪が吹き荒れる。バーテックスはその体が凍り、亀裂が入って樹海へ落ちていった。

 

「皆さん危険ですから動かないでください」

「よかったのか!?切り札を危険視していたのはお前だろう?」

「今まで一度も使ってないから皆よりは安全...だと思う」

「全く...無茶するなぁ。杏は」

 

一度吹雪が止みだすと、落ちていくバーテックス達が見えてきた。

 

「やったな!あとは残りの奴等を__________」

 

そして、見えた。

 

白き嵐をもろともせず、ゆったりとその巨体を晒していく。全体的に黄色くて、尻尾から針が生えた化け物。

 

「ヤバイぞ。あれ」

 

この前の戦いで出た奴が、完成したらこんな感じだっただろうと思う。タマっち先輩でさえ顔が青ざめている。

 

「大きな...エビ?」

「蠍に近いと思うわよ。高嶋さん」

「あれの相手は俺が...くそっ!邪魔するな!!」

「椿さん!」

「迷ってる場合はなさそうだな」

「使うわ...切り札」

「皆待って...!」

 

大型進化体だけでなく次々と現れる進化体を見て、椿さんは別方向へ突出。皆はそれぞれの精霊を使ってしまった。

 

(そんな...皆...)

 

「危ない!!」

「っ!」

 

さっきまで私がいた場所に、鋭い針が刺さる。

 

「大丈夫か!?杏!!」

「うん...っ」

 

切り札を使って助けてくれたタマっち先輩に頷こうとしても、左腕が動かなかった。

 

「その傷!」

「...あの針、毒があるみたい。かすっただけで......」

「あいつ!!」

「大丈夫。右腕だけでも戦える」

「...わかった」

これ以上あの敵に好き勝手させるわけにはいかない。攻めの姿勢。

 

お姉さんは、私の意思を理解してくれた。

 

「なら同時に行くぞ!最大火力だ!!!!」

「うん!!!」

 

巨大化した旋刃盤は加速して、炎を散らして突っ込む。

 

「これでぇぇぇ!!」

 

ぶつかった瞬間、私もボウガンの引き金を引いた。冷気を広範囲に広げてたさっきとは違う、最高の力。

 

大きな爆発が起きて、一度距離を取って様子を見て__________背筋が凍った。

 

「そんな...効いてない」

 

少し黒ずんだ、というかすすがついたくらいにしかなってなかった。

 

(精霊の力を使ってこれなんて...)

 

「くそっ!もう一度...」

 

そのとき、世界がひっくり返ったんじゃないかと思った。

 

 

 

 

 

「う...」

 

重そうな音が響くなか、私は目を開いた。

 

「強化が...解除されてる」

「気がついたか!?」

「ぇ...」

 

目の前には、同じように強化が解除されてて、盾として構えるタマっち先輩がいた。

 

「タマっち先輩!?」

「早く逃げろ!!」

 

敵の針の攻撃を受け止めながら、そう言ってくる。

 

「何いってるの!?逃げるなら一緒に!!!」

「無理だ...もう足が動かない...だから」

「タマっち先輩を置いて逃げれるわけないでしょ!!!」

「...全く。じゃあ守るしかないじゃないか!!!」

 

ボウガンを構えて、巨大な敵に撃ちはじめた。

 

気にする様子もなく、針を突きつけてくる進化体、防ぐタマっち先輩。

 

(私も一緒に戦うんだ!!)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「タマは盾!!杏の盾だ!!傷つけさせない!!!」

 

持ってくれ旋刃盤。

 

『なんとしても倒すんだ!!タマっち先輩が守ってくれるなら私が倒す!!!』

 

一撃一撃は効かなくても、続ければ。

 

「タマが」

 

『私が』

 

「『絶対に!!!!』」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

一瞬だった。鋭い針は盾を貫き、その体を刺す。

 

痛覚を意識できないくらい、腸が消し飛んだ。そのまま持ち上げられて、気分はまるでジェットコースターに乗ってるみたい。

 

子供が使ってたおもちゃに飽きたように、ポイと捨てられた。宙を舞って、樹海に落ちる。

 

(おっかしいな...)

 

痛みは感じないくせに、周りの声はよく聞こえた。

 

「あ、あぁ...」

「そんな...なんで...」

「古雪!!」

「椿さん!!!」

 

(ほんと、なんでだろなぁ...)

 

戦いが始まる前には、耳障りなことを喋る伊予島なんて________勇者一人くらいなんて_______とすら思っていた。はず。なのに。

 

俺は、彼女たちをギリギリで押し飛ばして、自分が貫かれた。

 

確かに彼女達を守らなければ俺は帰れない。だがそれは、俺の命があってこそ。

 

なぜ庇ったのか。こんな、即死の致命傷を喰らってまで守るなんて__________

 

「い、よ...ま」

「!!!」

 

(あぁ...そうか)

 

姉妹みたく似たように涙する二人に、左手を伸ばす。赤いミサンガが周りの血と同化してどこにあるか分からない。

 

「ど...」

「!!!」

 

(とっくに...俺の中でこの世界の皆はとっくに......守りたい『仲間』だったんだ......)

 

俺のために泣いてくれる二人。その姿に靄がかかっていく。

 

「み、ん...な」

 

許してほしい。こんな俺を。死ぬまでそんな当たり前で大切なことにさえ気づけなかった俺のことを。

 

乃木。ひなた。郡。ユウ。伊予島。土居。

 

「ごめ、んな...」

 

その言葉は血と共に吐き出され、聞き取られてるのかわからなかった。

 

俺は、その瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

大型進化体が振り回した尾から、何か液体がついた。

 

頬についたそれを拭うと_______赤くて鉄の臭いがした。

 

「!!!!」

 

遠くを見れば、杏と球子の走る先に、赤い池に倒れる古雪。

 

「うああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「っ!?」

 

天地が裂けそうな叫びをあげたのは、友奈だった。

 

その姿から一目連が消え、鬼の角が生える。

 

「来い!!!酒呑童子!!!!」

 

大社からも使用を禁じられていた最高格の精霊。切り札中の切り札。

 

装束も変化して、武器である手甲も不釣り合いな程に巨大化した。

 

その姿は、鬼の王_______

 

「うおおおおおお!!!!」

 

その拳は、たった一撃で大型進化体の一部を抉った。

 

(今まで傷らしい傷がつかなかった敵が!?)

 

「破壊力が違いすぎる...」

 

だが、その肉体を顧みない力の代償は_______

 

「がはっ!」

 

友奈は血を吐きながら連撃を続けた。

 

「うああああ!!!」

「もうやめろ友奈!!あとは私達が...」

「そうよ高嶋さん!無理は...」

 

私も千景も叫ぶ友奈を抑えようとしたが、ダメだった。友奈が聞かなかったのもある。だが、一番の理由は私達が固まってしまったから。

 

(...夢であってくれ)

 

考えたくもない。だが、現実としてそれは誕生してしまった。

 

たった今一人を殺し、一人が命懸けで倒した敵が、もう二体いるなんて。感じたことのない恐怖に刀を落としそうになる。

 

「...どうすれば......」

 

突撃する友奈を見て、リーダーとしてどうすれば良いのか考える。

 

答えは瞬時に出るわけがなくて、飛び出す友奈に続いて戦うことしか出来なかった。

 

 



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19話 この魂に刻まれたのは

「あれ」

 

見たことある景色が見えた。

 

頭の靄はない。凄くクリアな思考。

 

体を持ち上げると、耳に刺しっぱなしにしてたイヤホンがとれた。

 

「......」

 

右見て、左見て、首を傾げる。

 

(あれ、俺...)

 

リビングに向かうと、紙切れが置いてあった。

 

『出掛けてるから。これでご飯食べて』

 

簡素な文字は、筆跡からして親のもの。

 

隣に置かれた小銭と一緒に眺めてると、呼び鈴が鳴った。

 

『椿ー、遅いわよー』

 

「......ぁ」

 

たどたどしい足取りで玄関を開けると__________

 

「全く。何よその格好...メール見てないわね?準備早くしなさい」

 

 

 

 

 

「か...り、ん?」

「以外に見える?...って、大丈夫?もしかして体調悪い?」

「かりんだ...夏凜だぁ!!」

「むぐっ!?ちょ!?やめなさいよ!?こんな道端で抱きつかないで!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「古雪!!古雪!!!」

「.......」

 

タマと杏の声に左手を伸ばした古雪の目から、光が消えた。落ちそうになった腕を両手で掴む。

 

「椿さん...嫌。いやぁぁぁぁ!!!!」

「おい古雪!!杏を悲しませたらただじゃおかないぞ!!」

 

『土居...ありがとう』

『ごめ、んな...』

 

数ヶ月前頭を撫でられたことと、ついさっき血を吐き出しながら言われたことを思い出す。

 

(無茶するやつで、心配になって、杏も気にかけてるからこれからもっと関わってやろうと思ってたのに...これから......)

 

「なぁ...古雪ぃ...これからなんだよぉ......」

 

思い出にふけてるうちに、ひとつのことが頭をよぎった。タマは理屈なく自分の胸に古雪の手を押し当てる。

 

「ほら、ひなたよりはないけど...恥ずかしがれよ。起きろよ」

 

最近の古雪が年頃っぽい反応をしてたこと。

 

胸に当たる手はまだ温もりがのこってる。

 

「タマっち先輩...」

「早く...起きろよ...古雪!!!」

「っ...椿さん。お願い!!!」

 

杏も動く右手で古雪の手を握る。

 

その手は__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

最近の霧だらけだった思考は元に戻るどころか前より鮮明な気がする。夏凜とバイクである場所に向かっているが、その背中の暖かさで涙が出そうだった。

 

「ちょ、椿。そんなに急がなくても...」

 

夏凜の制止は聞かない。乗り捨てるようにバイクを置き、扉を開けると、そこには_________

 

「あら、椿じゃない。あんた外で調査なんだからわざわざこっち来なくたって...」

「風ー!!!」

「のわっ!?」

 

彼女を抱きしめ過ぎてバランスを崩し、一緒に床に倒れる。

 

「いったあぃ!?ってなにしてんのよ!?」

「風...風......」

 

それでも嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。

 

「か、夏凜さん...」

「し、しし知らないわよ!椿の奴、私にもあったらこんな...」

「樹ぃぃぃぃ!!!」

「あたっ」

「なんだってんのよ...」

「乃木さん家の園子さん。到着で~す」

「同じく銀さん到着っす!」

「っ!!園子!銀!!」

 

扉を開けて入ってくる二人も、しっかり抱きしめた。

 

(そうだ。これだ。これが、俺の望んでた...)

 

勇者部部室。勇者部部員。

 

「わわ、つっきー?」

「おっとと...どうした?急に子供みたいになって」

「もう...いなくならないで...」

「元から一緒だろ?」

「そうだよ~?」

「椿先輩?」

「あの、風先輩、これは...」

「あたしにもさっぱり...」

「友奈!!東郷!!」

「わー!?」

 

 

 

 

 

「で、しっちゃかめっちゃかやってくれた理由は話してくれるんでしょうね」

 

椅子にくくりつけられた俺は、涙と鼻水のついた制服を着た風にどつかれていた。なんだかこの感じも懐かしい。

 

「どうせやるならもっと強くだな...」

「え、ホントにヤバいわよねこいつ」

「あの...どうかしたんですか?」

 

友奈が心配そうに声をかけてくれて、俺はポツリポツリと話始めた。

 

西暦の世界に行かされたこと。その時代の初代勇者と共に、苦しい思いをして戦ってきたこと。

 

何度も何度もここに帰りたいと願ったこと。そして、ようやく皆に会えたこと。この部室に戻れたこと。

 

涙と嗚咽を溢しながら、ぐちゃぐちゃの声を響かせた。

 

「私のご先祖様と一緒に戦ってきたんだ?」

「三ヶ月ぶりくらいなのね...」

 

荒事には慣れてるからか、さらっと受け入れてくれる皆。

 

「もう、ここには戻れないんじゃないかって...怖くて」

「椿先輩。大丈夫です。ここには私達がいます。そんなところ行く必要なかったんです」

「そーそー。そんなやつらほっときゃいいのさ」

「友奈...銀......」

「うちの部員を巻き込んだのは誰だって話よね」

「また天の神とかなんでしょうか...」

「今はつっきーがいることに喜ぼうよ~?」

「そうね」

「じゃあとりあえず...」

 

『おかえりなさい』

 

皆が手を差しのべてくれる。暖かい、俺の大好きなこの空間。

 

「あぁ...みんな...」

 

俺も、手を伸ばして__________

 

 

 

 

 

『古雪!!!』

『椿さん。お願い!!!』

 

 

 

 

 

「誰だ?」

 

その手を弾いた。

 

焼ききれた記憶が甦る。感情が逆流する。吐き気を抑えて目の前の皆を見る。

 

「お前ら...誰だ」

「え、な、なにいってるんですか...?」

 

友奈が戸惑うが、俺は気にもせず立ち上がった。

 

俺の望むことを言ってくれた彼女達。

 

(違う...)

 

気にかけてくれる、優しい彼女達。

 

(違う...)

 

俺の望む彼女達。

 

だけど________

 

(違う!!!)

 

「お前らは本当のお前らじゃない!『勇者部』が!!!そんなものか!!!!」

 

人の為になることを勇んで実施する部活。それが勇者部だ。

 

その人達が、今の話を聞いて俺だけを心配する筈がない。

 

こいつらは、見ず知らずの『西暦勇者』さえ心配する子達なはずだ。

 

「椿、皆あんたを心配して...」

「わかってる!俺のために言ってるのは!だが舐めるなよ!誰一人過去のあいつらを否定して気まずそうな顔をしたやつはいない!!全員が俺の身『だけ』を案じてる!おかしいんだよ!俺は、そんな勇者部にいた覚えはない!!!」

 

記憶が戻る。そうだ。元に戻ったと言うなら__________なぜ起きた俺の手元にはミサンガと栞が無くて、ガソリンで動くバイクでここに来たんだ。

 

(そうだ...思い出せ!!!!)

 

手に暖かな何かが流れ込んでくる。本物の_______仲間の温度。

 

『私は椿さんのこと、大切な仲間だと思ってますよ。いつでも頼ってくださいね』

 

(そう。俺はとっくに、彼女達も守りたい『仲間』だったんだと気づいたんじゃないのか!!)

 

「椿先輩...」

「...あぁ。そうか」

 

 

 

 

記憶が全て、繋がった。

 

「皆...いや、俺が作り出した『幻』の皆」

 

七人の顔を見つめる。

 

(初めから俺に出来ることなんて、決まってたじゃないか)

 

俺は勇者じゃない。

 

「俺はあいつらを守りたい。お前たちと同じくらい大切な存在だったんだ。気づくのが遅すぎたけど...まだ取り返せる。きっと、まだいける」

 

気合いと根性があっても、魂を燃やしても、大きなことなんてできやしない。

 

俺が出来ることはいつだって、未来に帰るなんて大層な目標でなく、一生懸命側にいる仲間のために戦うことだけだった。

 

遠くばかりを見ていたから、足元が見えていなかった。

 

(だからさ...)

 

「だから、俺は行くよ」

 

 

 

 

 

「いいのか?それで」

 

いつの間にか七人は消え、俺だけがいた。

 

「また苦しむ。また辛くなる。また弱音を吐く」

 

俺が俺に訴えてくる。この部室に留まり、皆とすごせと言ってくる。

 

「勇者部六箇条、『無理せず自分も幸せであること』だぞ」

「......あぁ。そうだな」

 

かつて、俺が主体的に決めた一つ。無理して皆のために動いた友奈を見て追加したもの。

 

「ここにいれば、もう無理しなくてもいいかもしれない。弱音を吐くこともなく、苦しむこともなく...俺の大好きなこの空間なら」

「ならば______」

「だがな。ここは俺の求める幸せな場所じゃないんだよ」

 

そして、今は_______仲間のために戦いたいから。なるべくでもいい。諦めない。どんな絶望が相手でも。

 

「だから俺は行く。もうここには来ない」

「...そうか」

「あぁ。じゃあな」

 

部室の扉を自分の意志で開ける。光が俺を包み込んだ。

 

 

 

 

 

『やっと、来てくれた!!!!』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

抉れた腸が焼けるように熱くなる。

 

「うっ...」

「え?」

「嘘...」

 

重かった目蓋を開けると、左手を土居が自分の胸に押し当て、右手を伊予島が握ってくれていた。

 

「なんだこれ...力が...」

「椿さん...」

「...球子、杏...ありがとう」

「「!!?」」

 

二人を抱きしめる。この二人が俺の為に泣いてくれなきゃ。このミサンガをつけた俺の手を握ってくれなかったら、きっとここに帰ってくることはなかった。

 

「ちょっと力を貰ったんだ...二人とも、今までごめん。こんな俺で良ければ、また...いや、今度こそ仲良くしてくれ」

 

また。という言い方は語弊がある。もう一度ここから仲間としてやり直したい________

 

「あぁ...しょうがないな。タマの心は寛大だからな!」

「...椿さん。無事で良かった......」

「ありがとう...って言ってる暇も、ないか」

 

血溜まりから立ち上がり、ほとんど赤くなってぼろぼろの戦衣を確認する。

 

(いや...今の俺なら)

 

「二人は下がってて...」

 

未来に帰りたいのは変わらない。だが、俺に未来を変えるとかそんな大層なことが意識して出来るわけがない。

 

ちっぽけ。単純。だが、それでいい。

 

「皆を手伝ってくるから」

 

仲間を守るために戦う。それが俺だ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「があっ!!!」

「高嶋さん!」

 

針を持つ大型進化体の二体目を鬼の力で倒した友奈に、限界が来た。

 

血を吐いて、ぐったりと倒れてしまう。

 

「友奈!」

「だめ!やめて!!」

 

そこに、最後の一体の針が迫る。攻撃を受けた私と千景は動こうとしても動けない。

 

(これ以上、仲間が犠牲になることなど、許せるかぁぁぁぁ!!!)

 

「やめろぉぉぉ!!」

 

悲痛な叫びも無意味だと示すように、奴は友奈に向けて__________

 

「やらせない!!!!」

 

その針は剃らされ、地面に突き刺さった。

 

「ぇ...」

「大丈夫か?ユウ」

 

元の若草色は全くなく、赤い血がこびりついた古雪が、友奈の目の前に立っていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「つば...くん、なんで...」

 

ユウが幽霊を見るような目でこっちを見てる。

 

「皆のお陰さ」

 

二人は力をくれた。三人は無理してでもまだ生きていてくれた。

 

(生きてるなら、まだ助けられる)

 

もう諦めたりはしない。もう挫けたりはしない。

 

「...よかっ...た」

「あぁ。あとは任せて、ゆっくり休んでくれ」

「古雪!逃げろ!!」

「大丈夫だ!!!」

 

乃木が叫ぶのも当然で、地面から抜かれた尻尾の針がこっちへ狙いを定めている。

 

俺は刀_______ではなく、スマホを構えた。

 

(今の俺なら出来るはずだ...)

この世界の切り札である精霊は、自分の理解している力を神樹にアクセスして顕現させる。歴史的に残る事象から学び、自らの強さへと変える。

 

ならば_______『未来』の力を誰よりも理解している俺が、神樹へアクセスすれば。いけるはずだ。三百年の時を越えて、顕現させることが。

(頼む。俺にもう一度、自分のためじゃない。誰かの為に戦う力を貸してくれ!!!)

 

構えたスマホには『牡丹と椿』のマークが映った。

 

「俺は...」

 

俺は一人じゃない。未来とも過去とも繋がってる。そして、今を変えるために戦うんだ。

 

(借りるぞ。銀!)

 

『派手にかましてやれ!!』

 

聞こえた声と同時にスマホをタップ。起きたことは一瞬だった。

 

 

 

 

 

「俺は!讃州高校一年!勇者部部員!!古雪椿!!」

 

紅蓮の炎が全身を包み、二つの斧が迫り来る針をぶった切る。

 

赤き装束。かつての愛服。

 

この世界で一番声を張り上げて。未来まで届くように高らかと叫んだ。

 

 

 

 

 

「俺は、勇者になる!!!!」

 

 

 

 



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20話 繋ぐ

「俺は、勇者になる!!!!」

 

赤い勇者服を纏った古雪の力は凄まじかった。

 

友奈が酒呑童子の力を使い、自らの身を滅ぼしてやっと二体倒した敵の攻撃を防ぐだけでなく、尻尾の途中から切り裂いた。先っぽだけが宙を舞って飛んでいく。

 

「これ以上、やらせるかぁぁぁ!!!」

 

ギリギリ目で捉えられる速度で、大きな斧を振り回す。それだけで、大型進化体は跡形もなく消えた。

 

今度は通常進化体の群れへ突っ込んでいく。通った場所の敵は次々消えていった。

 

「なんという強さだ...!」

 

感嘆している隙をつかれ、横からの敵に気づくのが遅れてしまった。

 

(しまっ...)

 

突っ込んできた敵は、上からの攻撃で地面に叩きつけられる。

 

「大丈夫か?」

 

上から降ってきたのは古雪だった。

 

「あ、あぁ...」

「動けるならユウと合流してくれ。そっちの方がありがたい」

「わかった...古雪、その、体に異常は?」

 

友奈以上に力を使っている彼に訪れる代償は________

 

「時間はかかるだろうけど、きっと軽いもので済むさ。この状態のは元は俺のだしな」

「え?」

「なんでもない...いや、機会があったら話す。ひとまずそっちに。ユウを守ってくれ」

「...すまない。任せた」

「おう、任せろ」

 

憑き物が落ちたような古雪の顔に、胸がちくりと痛んだ。

 

そこからの戦闘は、一方的だった。あっという間に全てが消し炭に変わる。

 

最後のバーテックスが倒されたとき________私達全員が、生きていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

激闘の戦いから数日。

 

『次のニュースです。先日起きた竜巻による死傷者は合計93人。未だ10人以上の身元が判明しておらず________』

「......」

 

病院のお手洗いで、私は震えていた。受付に備えられているテレビから無慈悲なニュースが届く。

 

戦闘時間の長さ、攻撃の激しさから樹海の腐食が進んで、現実にフィードバック。一般の人に死者が出た。

 

六人の勇者のうち四人も入院。高嶋さんは明日退院だけど、他三人は意識すら戻っていない。

 

そして、これらの真実全ては大社によって隠蔽されている。

 

(またあんなものが現れたら...)

 

彼が貫かれる瞬間をまじまじと見てしまった私から、あの光景が離れない。

 

「うっ...ごほ...」

 

(私は...嫌、死にたくない......)

 

戦うのは怖い。でも、戦わない勇者に価値なんてない。

 

無価値な自分には戻りたくない。

 

「...高嶋さんなら」

 

知らず知らずのうちに、足はある病室へと動いていった。

 

 

 

 

 

「ぐんちゃん!来てくれたんだ!」

「うん...高嶋さん、体の調子は大丈夫?」

「腕以外は完璧だよ!」

 

腕を前に突き出して痛そうにしてる高嶋さんに微笑みながら、隣に置かれていた椅子に座った。

 

「ぐんちゃんこそ、大丈夫?」

「え?」

「なんだか、顔色が悪いから」

「...色々、あったから」

 

強すぎる敵、それを倒すために我が身を削っていく勇者達、怯え続ける自分。

 

「もう、どうしていいかわからなくて...」

「こっち来て」

 

高嶋さんがそっと抱きしめてくれた。

 

「大丈夫だよぐんちゃん。怖がらなくていいから...何があっても私がぐんちゃんを守る。これ以上誰も傷つけさせない」

 

私より傷ついているはずの彼女の言葉に込められている強い意志。それでも年上の私を心配してくれている優しさ________

 

(あぁ...私も、勇者なんだから、しっかりしないと)

 

「もう、大丈夫...ありがとう。高嶋さん」

 

小さな声だけど、しっかりと言った。

 

 

 

 

 

なんとなく、別の方向に足が進む。今日病院に呼ばれたのは、カウンセリングを受けないかと言われただけ。高嶋さんの元へ向かったのも予定にはなかったし、この先の病室へ向かうつもりはもっとなかった。

 

でも今、私は扉を開けた。

 

「千景さん」

「...来てたのね」

 

部屋には四人。上里さんと_______今尚眠る三人の勇者。

 

命に別状はないらしいけど、未だ目を覚まさない。脳死の可能性だって捨てきれないらしい。

 

花を花瓶に入れていた彼女は、私の視線に気づいたのか小さく呟いた。

 

「私は...私には、これくらいのことしか出来ませんから」

 

巫女は勇者のように戦うわけではない。そういう意味を込めての言葉。

 

上里さんから見れば、いきなりボロボロに帰ってくる皆を見せられるわけで。その辛さは分からない。

 

「...またくるわ」

「では、また明日」

「...えぇ」

 

なぜ私はこの病室に来たのだろう。

 

なぜ私は、気持ち良さそうに寝ている三人を見て、ほっとしたのだろう。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

『すまないひなた。今日は休ませてくれ』

 

若葉ちゃんは寮でおやすみ。友奈さんと千景さんにもさっき会った私は、面会時間ギリギリまで病室にいた。

 

三人が目覚めることはなくて、やることもそんなにない。でも、やらずにはいられない。

 

椿さんの手を握りながら、溢れそうな涙を堪えて話続ける。

 

「もうすぐ桜が満開になります。お花見するにはそろそろ計画しないとダメですよ?...あなたが未知の精霊...のような何かを降ろしたのは若葉ちゃんから聞きました。でも...早く、帰ってきてください」

 

どこかあやふやで、ほっとけなくて、知らない間に遠くへ行ってしまった。もう、手が届かないんじゃないかという場所まで_________

 

「......杏さんも、球子さんも、あなたも...起きて、無事でいてください...お願い...」

 

結局、その日も起きることはなかった。

 

「......」

 

夜が近くなり、街灯が町を照らし出す頃、ゆっくり道を歩く。

 

まだ咲ききってない桜の花弁が、風に煽られて舞った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「珍しいね。壁の外にいる敵の討伐なんて」

「大社の方針が変わったのかもしれないな」

 

今回退院した高嶋さんを入れて三人に渡された任務は、壁の内側に迫る敵の迎撃ではなく、外にいる敵の討伐だった。

 

四国の外を調査して以来の壁の外は、踏み出した瞬間に身震いした。

 

「な...」

 

大きな、あまりにも大きな進化体にバーテックスが突っ込んでいく。まだまだ完成ではなさそうだけど______私達の感情を恐怖に染めるには十分だった。

 

「こんなの、壁の中からは見えなかったよ!?」

「大社はまた隠して...!」

「ともかくやろう。これを放置しては置けない!」

「うん!」

「高嶋さんは無理しないで下がってて。私と乃木さんだけで十分よ」

 

七人御先を纏う私と、源義経を纏う乃木さん。この間まで入院していた高嶋さんを無理させるわけにはいかないという気持ちは、互いに同じだった。例え前回の蠍型進化体より大きかろうと。

 

「私が右を」

「じゃあ左にいくわ」

 

極限の速度で叩き込まれる右側と、七つの同時攻撃で切り裂かれる左側。数分かけての攻撃は_______

 

(まるで、効いてないじゃない...)

 

耐久力が常軌を逸してる。普通のバーテックスも、融合を優先していて私達に攻撃するものはあまりいなかった。

 

「ぐんちゃん危ない!!」

「っ」

 

咄嗟に一人を突き飛ばし、壁の元に着地させる。

 

残り六人は超大型が放った太陽のような光に飲まれ、消えた。

 

「七人御先が一度に六人もやられるなん...!」

 

見上げた私は戦慄した。敵の放った光の玉は、本州まで届き、その地形を変えていた。地面が赤く燃えている。

 

「嘘...あんなの、どうやって戦えば...」

「おおおおお!!!!」

 

その苦痛に満ちた声を聞いて、私の怯えは収まった。同時に、別の心配事が________

 

「うぁぁぁ...」

「高嶋さんだめ!!無理よ!!」

 

無理やり酒呑童子を降ろす高嶋さんは、流れる汗を拭うことなく叫んだ。

 

「私が絶対に守る!皆の分も私が!!勇者、パーンチっ!!?」

 

大きくなった拳はぐらついて、敵に当たることなく海へ向かった。

 

「友奈ぁぁぁぁ!!!」

「高嶋さん!!!!」

 

体の至るところから血を噴き出して海に落ちる彼女を私は救うことができなかった。

 

任務は失敗。高嶋さんは一命をとりとめたものの再入院で面会謝絶状態。

 

超大型は、今も壁の外で完成に近づいている。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「んー...ふぁ...よく寝た」

 

久しぶりに爆睡した気がする。こっちにきてから初めてのことだ。

 

「...何日か経ってるじゃんか」

 

隣に並ぶ二つのベッドで静かに寝てる二人を見て、心の底から安心した。

 

「...っと......行くか」

 

敵を倒した時からこうなることは予測出来ていた。血を流しすぎたことからの貧血、数ヶ月の寝不足。

 

(でも、まだ立ち上がれる。ここにいるってことはやれることがあるんだ)

 

体に貼られてる計測器を外して、俺は部屋を出た。




明日から四月。以前にも申し上げたと思いますが、四月からは毎日更新できなくなります。ストックも全部なくなったため確定しました。どんな更新頻度になるかはわかりません...別の作品は一週間おきとか二週間おきとかだったような...忘れた。寧ろゆゆゆが異常だった。

変わらずこの作品を応援して頂けると嬉しいです。


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21話 傷心

ストックがちょっと出来たので更新。


「私は...」

 

カチカチ。

 

「私は勇者...」

 

カチカチカチ。

 

「勇者だから...みんな私を認めてくれて...褒めてくれて...」

 

カチカチカチカチ。

 

「...え?」

 

カチカチカチカチカチ。

 

「何よ...これ、みんな、なんで...」

 

カチカチカチカチカチカチ。

 

「...ふざけないでよ」

 

ダンッッ!!!

 

 

 

 

 

「では体に異常を感じた場合、すぐに連絡を」

「...はい」

「どうだった?」

 

毎日のように通っている診察室から出ると、乃木さんと上里さんがいた。

 

「...切り札を使うのは控えろ。だそうよ」

「同じか。消耗戦...行き詰まっているな...」

 

ここ最近、バーテックスの襲来が激増した。動ける勇者が少ないことをチャンスと捉えているのか、進化体はいなくとも数で攻めてくる。

 

それだけならまだいい。ゆっくりでも倒していけば私達に無理はそこまでない。しかし、時間が長引くにつれ樹海の侵食が始まり、それは現実に被害が出る。

 

『新しいタイプの化け物が出てきて全く歯が立たずに何人かの勇者が死んだんだって』

『死んだのは土居球子と伊予島杏と古雪、だっけ?男のやつ』

『この前の災害、新しい化け物のせいなんだと』

『マジかよ勇者つっかえな』

 

パソコンで検索した匿名掲示板に乗っていた言葉。はじめは噂程度だった。

 

でも、隠しきれないと悟った大社が真実を公表すると、治安がもっと悪くなった。

 

『真実は何も伝えられてないじゃないか!』

『勇者役立たず』

『俺だったらハーレム喜ぶけどなー...こんなに叩かれたくないからやめるわ』

 

命を危険に晒して戦ってきた、勇者であることを誇りに思っていた私は、憤りしか感じない。

 

「迅速に敵を倒したいところだが...」

「あいつらは分かってないのよ。そんなに言うなら切り札を使わないでやる。それでどれだけ犠牲が出るのか身をもって知ればいいのよ...!!!」

「千景、もう言うな」

「いいえ。少しでも気持ちが楽になるなら、私に聞かせてください...」

 

上里さんが手を差しのべてきても、私はそれをはねのけた。

 

「ぁ...」

「...放っておいて。安全な場所にいる巫女には、関係ないことだわ」

 

思わず口からぽろっと出た言葉。それだけで上里さんが傷つくことも、乃木さんが怒るのも分かっているはずなのに_________

 

「おい!苛立つからと言って人を傷つけていいわけではないぞ!!苦しいからこそ私達は結束しなければ」

「また正論!?」

 

気強く、気高くいれる彼女には分からない。弱い人間(私)の気持ちなんて。

 

「あなたみたいな人には分からないわ...!」

「こんなときに弱音を吐くな!」

「うるさい!!」

 

肩を掴んできた彼女を突き飛ばす。

 

「あ...」

 

尻餅をついた彼女は地面に置かれていた植木鉢を壊し、破片で傷ついた手を見て苦悶の表情を浮かべた。

 

(どうして...なんでこんなことしてるの。私は!)

 

自分の整理がつかなくて、走り出す。

 

「待て!千景!!」

 

後ろからの声に振り向くことはなかった。

 

 

 

 

 

走る。ただ走る。

 

(悪くない。私は悪くない!!)

 

自分の部屋を開ける。そこだけが私の居場所のように。

 

(さっきだってわざとじゃない。乃木さんがあんないいかたするからつい...)

 

「怪我をしたのも不幸な偶然よ!!」

 

自分のせいじゃない。そう思わないと__________

 

『そう。あなたのせいじゃない』

「!?」

 

部屋に、もう一人の私がいた。

 

『でも、不自然ではなかったかしら?』

「え?」

『強いはずの乃木さんが簡単に倒れて、謀ったように植木鉢があって』

 

私は淡々と語ってくる。

 

「...何が、言いたいの」

『きっとわざと倒れて怪我をしたのよ。あなたを悪者にするためにね』

「......なんの、ために、そんなこと」

 

からからの喉から発せられる声は、流暢になって同じ声が耳元で響く。

 

『決まってるわ。正義の名のもとにあなたを攻撃するため。彼女は昔あなたを傷つけていた連中と同じ。乃木さんはあなたの敵よ』

「__________」

『あぁ。あいつもそうねぇ...古雪椿。あれだけ強い力を持っていながら隠してて、高嶋さんが倒れるギリギリまで待ってた。今もあなたが壊れるまで寝てる...』

 

それは、少し、違うんじゃないだろうか。貫かれた彼を見た私が言うことでは_________

 

『あいつもあなたの敵よ。敵_______』

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

目が覚めると、もう一人の私なんていなかった。

 

「夢...なの?」

 

唯一あったスマホが揺れる。

 

「...大社からの、メール?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

包帯を巻いた左手を見て、以前の言い合いを思い出す。

 

(あの時の私は千景の言動に対して、明らかに冷静さを欠いていた。感情の自制が効かなくなった...私自身も追い詰められているのか?)

 

「若葉ちゃん」

「ひなたか」

「はい。さっき大社から連絡があって...切り札の影響について、新たに分かったことがあるそうです」

 

そう話すひなたの顔は、明らかに暗かった。

 

「...杏さんと椿さんに言われて本格調査を進めた結果、古来から穢れなんて呼ばれる『よくないもの』が溜まり、不安感、自制心の低下、マイナス思考や破滅的思考への傾倒...纏めると、心が不安定になって危ない行動をとりやすくなるそうです」

「!!」

 

千景や私はここ数日は切り札を酷使している。そのせいで飲まれている。

 

電話が鳴ったのはその時だった。相手は________

 

『ぐんちゃんそこにいる!?』

「友奈!?」

 

病院で寝ている筈の友奈だった。

 

『精霊のこと聞いて、若葉ちゃんとぐんちゃんが心配で!でも見張りもいるしスマホも没収されてるから...今は隠れて公衆電話でかけてるんだけど、ぐんちゃん電話に出なくて!』

「落ち着け友奈!」

 

感情的に話すのはいつもの友奈だが、この焦りかたは普段通りでは決してなかった。

 

(当たり前か...最高格の精霊を降ろしたんだから)

 

「精霊のことはこちらも聞いた。私はそこまで問題ない。友奈こそ大丈夫か?」

『うん。体はほとんど治ってるよ。面会謝絶が続いてるのは精神面の問題みたいだから』

 

(いつも前向きな友奈でさえここまでの...)

 

「友奈、無理はしないでくれ。ほとんど治っていてもまだきついだろう。千景の元には私がいく」

『場所知ってるの!?』

「あぁ。千景は今高知の実家に帰っている」

『若葉ちゃんお願い。もし何かあったら...ぐんちゃんを助けて』

「任せろ!」

 

電話を切った私は、迷うことなく勇者になった。

 

「ひなた」

「なるべく早く帰ってきてくださいね」

 

ひなたは私の通話声だけで全てを理解してくれていた。

 

丸亀城の敷地を越え、高知の方へ。

 

(たまたま電話に気づかなかっただけ...そうならいいが...千景!!)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「若葉ちゃん...お願い」

 

公衆電話を握りしめてる彼女を見つけ、声をかけた。

 

「乃木がどうしたって?」

「わぁ!?抜け出してごめんなさ...あれ?」

「そんな幽霊見た!みたいな顔しないでくれよ」

 

まぁさっきまで寝てたから仕方ないのかもしれないが、ちょっぴり傷ついた。

 

「椿君...椿君!?目を覚ましたの!?」

「さっきな。無事そうでよかった。ユウ」

「椿君!!」

 

思いっきり首もとに腕を回され、倒れないように支える。

 

確かな温度を感じながら、涙を溢す彼女の頭を撫でた。

 

「...心配かけたな。おまけに酷いことも言ってたし......ごめん」

「ううん。無事でよかったよぉ...タマちゃんとアンちゃんは!?」

「まだ寝てるっぽい...他の皆は?」

「あ...そうだ。ぐんちゃんが!!!椿君!ぐんちゃんを助けて!」

「落ち着け。それだけじゃ分からない...」

 

普段より慌てているユウから聞いた話だと、高知の実家に戻った郡が心配で、電話をかけても繋がらないらしい。ユウは飛んでいきたいけどここ数日の無理のせいでスマホを没収されていて動けず、乃木が向かってるとのこと。

 

「私、どうしたらいいか...」

「...俺が行く。力になれるか分からないけど......」

「本当!?」

「あぁ」

 

俺のスマホは手近な所に置かれていた。隠されるような位置ではあったが_________

 

「お願い椿君。ぐんちゃんを助けて!」

「全力を尽くすさ。仲間のためならな...ユウ。お前も無理しないでくれ」

「...椿君も病人なのに無理しようとしてる!」

「俺は寝不足だったから寝てただけ。健康体さ...ま、脱走したのは変わらないけど」

 

慌ただしくなってきた病院内の角から、俺達を指差す輩が寄ってきた。

 

「ユウは足止め頼むぜ」

「え、椿君!?」

 

血まみれの戦衣に着替えて窓から外へ飛び出す。

 

郡千景。ついこの間の俺にとってはただの防衛対象だったが、今は違う。

 

(仲間の悩み...聞いてやらないとな)

 

ユウのように仲良くはできないかもしれない。でも歩みよりすらしなかった俺じゃないから。

 

「高知は...こっちか!」

 

建物を飛び越えながら、俺は電話を繋げた。

 

 




ちなみに、自分は千景が嫌いなわけではありません。原作知ってる方は多分ご理解頂けるでしょうが...


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誕生日記念短編 側に

ハッピーバースデーと言うことで、今日は短編です。

誕生日要素薄めだと思いますが、誕生日記念短編です。


「これでよし...と」

 

時計を確認すると結構な時間が過ぎていた。

 

「九度四分...まだまだだな」

「古雪せ...ごほっ」

「あぁ寝てろ寝てろ。どうせごめんなさいとかありがとうございますとかなんだろうが、そんなこと言う暇あったら少しでも体を休めとけ」

 

おでこのタオルを取り替えると、気持ち良いのか寝息を立て始めた。

 

「さて...夕飯でも作るか」

 

他所の家の冷蔵庫を物色するため、俺は部屋を出た。

 

 

 

 

 

東郷のご両親から電話がかかってきたのは、この数時間前だった。

 

どうしても出掛けなければならない用事があるのだが、そんな中娘が熱にうなされている。病院も休み。そこで俺に白羽の矢が立った。最悪は119番だが、本人があまり快く思わない。

 

「......」

 

俺は医者でもなんでもないので詳しいことは分からないが、花粉で鼻と喉がやられ、弱ったところを別の菌にやられたのだろう。四月頭だから仕方ないところもある。

 

お粥を作りながらあれこれ計画を立て、ひとまず親に電話をかけ外泊許可を得た。着替えなんかはなくても一日くらいどうにかなる。

 

次に彼女のご両親に宿泊許可を得た。夜遅くには帰ってくるとのことだが、俺が帰ってから何かあったら気が気じゃない。何より、あの東郷を見ていたら少しでも側にいたいと思うのは俺だけじゃないだろう。

 

(女の子の家に二人っきり...意識するのもやむを得ないけど、状況が状況。しっかりしろ。俺)

 

ガスの消し忘れがないか確認して、足音を立てないよう静かに部屋に戻る。

 

「...起きてるかー?」

「......ふるゆ、き、先輩...」

「寝れない感じか...お粥作ってきたんだが、食べれるか?」

 

小さな声に反応する彼女は白い肌がさらに青白くなっていて、汗もかなりかいてる。

 

「...頂きます」

「わかった。ほら、口開けて」

 

素直に従い小さく口を開ける彼女に合わせたぶんだけお粥を掬い、運んであげる。

 

「......美味しいですね」

「そりゃよかった」

 

あまり会話は続かない。片方が病人で食事中だから当たり前だが、悪い心地では全くなかった。

 

「さて...お風呂入るだけの気力はあるか?」

「......それはないですね」

「じゃあ薬飲んだらもう寝とけ」

「...ありがとうございました。何から何まで」

「俺が倒れたら看病してくれるだろ?それと一緒さ。隣の部屋で俺も寝てるから、何かあったら言ってくれ」

「ぁ...はい」

 

(にしても、随分タイミング悪かったな...明日なのに)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...こほっ、ごほっ」

 

背筋が寒くてかきたくなる。鼻がつまって口でしか呼吸が出来なくて、無理に空気を通そうとするとむせるだけ。

 

(どうしよう...私、死んじゃう...)

 

ただ心細い。熱でうなされているから良くない方へ考えやすいだけだと自覚もあるが、それでも怖い。口呼吸だけで酷使してる喉がひりひりして、持続する痛みがずっと私を起こそうとする。

 

(今、時間は...)

 

日付を回って少し。もうすぐ布団で寝る体制をとってから三時間。後六時間程度で起きなきゃいけない時間になってしまう。

 

(このまま寝れなかったりしたら...やだ...やだ...助けて)

 

薬も効いてる筈なのにこれじゃあ、もう治らないかもしれない。知らず知らずのうちに布団を出て、部屋を出て_______隣の部屋の前で、ピタリと手を止めた。

 

(......迷惑、よね)

 

夜中に特に理由もなく起こされるなんて、間違いなく迷惑だ。

 

(でも、怖い...)

 

自分の気持ちと相手の気持ちを考えれば考える程、動きは止まる。苦しくなって出てくる涙だけが増えていく。

 

(...助けて、古雪先輩!)

 

何度目かの咳き込みが出た時、私は部屋に入ってしまった。電気を消して寝ていた先輩は、目を開けてこっちを見てきた。

 

「ん...東郷?どうした?」

「......鼻が、辛くて...」

 

目蓋を擦る古雪先輩を見て、罪悪感が込み上げてきた。凄く迷惑をかけて、子供が親を起こすみたいなことをしてる。掠れた声が辺りの空気に混じって消える。

 

「...ほら、そんな顔するなよ」

 

古雪先輩はそんな私の手を掴んでくれた。

_____凄く、暖かかった。

 

 

 

 

 

「薬はそんな時間経ってないから危ないし...とりあえずこれな」

 

短冊に切られた玉ねぎを乗せたお皿を渡されて、首を傾げた。

 

「玉ねぎ...ですか?」

「これの臭いを嗅ぐと、鼻の通りがよくなるらしい。どっかで聞いた。丁度玉ねぎもあったからな...温かいタオルも出来たぞ」

 

また手を握って貰って、温かいタオルを目元に当てて、鼻元に玉ねぎを寄せて寝てる人が出来上がった。私からは見ることが出来ないけど、あまり良くは見えないと確信できる。

 

「あとは鼻を刺激するとかだが...痛すぎちゃうかもしれないし。これで少しは寝やすいんじゃないか?」

 

それでも、古雪さんの声は優しいもので、固まっていた私の体と心を解きほぐしていくようだった。

 

「古雪先輩...ごめんなさい。こんな夜遅くに...」

「......頼って貰えたことの方が嬉しいから、気にするな」

 

こんなに優しくされると、甘えてしまいたくなる。この暖かさなしで生きられなくなってしまう。

 

「...じゃあ」

「?」

「一緒に寝てもらっても、いいですか?」

 

これ以上迷惑をかけたくないという思いと共に、もっと甘えたいという思いもあった。

 

断ってほしい。でも、断ってほしくない。ぐるぐる自分の気持ちが回って、口から出たのはそんな言葉。

 

「...了解。布団持ってくるから...」

「......」

「...わかったから、裾引っ張るのやめてくれ」

 

一つの布団に二人で入る。冷めたタオルを外し、玉ねぎの皿は枕元に置いた。

 

「......」

「...」

 

もう離したくないときつく抱きしめる。自分のものじゃない匂いが鼻のつまりを抜けてくすぐる。

 

それが嬉しくて、安心できて、眠気に繋がってくる。

 

「...椿さん。私、貴方の側にいてもいいですか...?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...椿さん。私、貴方の側にいてもいいですか...?」

 

体を寄せて不安そうな声で言ってくる東郷は、まるで捨てないでと祈る子犬の様で。

 

「こんなに、迷惑かけて、貴方のためにできることなんて何もない...それでも、私は、貴方の側にいてもいいと、言ってくれますか...?」

 

熱がでると心細くなったりとかあるけれど、東郷は普通以上だった。

 

「...こんな俺でよければ、側にいてくれ。ずっとな」

 

彼女の気持ちに答えるため、俺も片腕を背中に回して、もう片方の手で頭を撫でた。

 

色々と当たっててやましい気持ちがないと言ったら嘘になるけれど、それより彼女の心の支えになりたい。

 

「...よかった」

 

その言葉を最後に、彼女は寝息を立てだした。

 

「このタイミングで寝るとか...」

 

さらさらの黒髪を撫でて、ちょっとだけぎゅっとする。どうして女の子って甘い匂いがするんだろう。

 

(こんな辛そうだけど...誕生日おめでとう。東郷)

 

 

 

 

 

「な、なななななんで古雪先輩がここで寝てるんですか!?」

 

翌日。夜中の記憶をきれいさっぱり無くしてた健康体東郷に叫ばれ、帰ってきてた(一緒に寝ていたことも確認済み)東郷の両親に根掘り葉掘り聞かれた(尋問された)ことは、東郷が元に戻って良かったと思う一方、恥ずかしさとか理不尽さとかあって辛かった。

 

後、数日経ってから俺も風邪引いたが、よくある『口づけして風邪を移す』とかはやった覚えがないので、(どうせ風邪引くならさぁ...)と、ちょっとだけぼやいた。

 

 

 

 

 

まぁそれも、お互いの熱が引いてから誕生日プレゼント(花束と手紙)をあげたときに押し倒されてやられたので、どうでもよくなった。

 

 




友奈ちゃん出したかったんですが、椿の活躍分が減りそれならこの作品でやることないなと思い、没に。

ちょっとだけ出そうと考えてもいつの間にかメインにまでなる友奈ちゃんすげぇよ...自分が神聖視してる部分もありますが、ゆうみもの力恐るべし。


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22話 叫ぶ

すぐに来た感想、評価が嬉しくて投稿。皆さんいつもありがとうございます。

追記。今日は黒沢さんの誕生日!おめでとうございます!


「...!!!」

 

突然鳴ったスマホを見ると、あり得ない人からかかってきた。慌てて通話をオンにする。

 

「......もしもし」

『あ、もしもし。えーと...久しぶり、でいいのかな?』

「...よかった......」

『...余計な心配かけさせたみたいだな。ごめん』

 

電話の相手______椿さんは、声音だけで前と違うのが分かった。

 

「あの、体調は...それに、風を切る音がしますが」

『今度ちゃんと話す。今は聞きたいことがあるんだ。この数日のことと、郡の実家の場所について_______』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『健全な心身育成のために両親を丸亀市に移住させ、一緒に暮らしてはどうか』

 

大社から届いたメールの内容はつまり、私に拠り所を与えるため。

 

『大社は道具(あなた)を失いたくないだけ。誰もあなたの味方ではないわ』

「...るさい。うるさいうるさいうるさい!」

 

(村の人たちも両親も勇者である私を誇らしいと言ってくれた!価値を認め、愛してくれるって!)

 

その存在を証明するため、家に入って________

 

「帰ってきたのか、千景」

 

やつれた父の顔は、私が帰ってきたことを喜ぶ感情どころか、気持ちそのものが入ってなさそうだった。

 

「今母さんは寝てるよ...暴れられるから寝ててもらってた方がいいんだけど」

「...」

「なぁ千景。今更三人で暮らすとか冗談だろ?母さんがこんな状態なのに?」

「それは...大社の提案してることで」

「あぁ。聞いたよ!でも母さんは入院させとくのが一番だろ!!確かに引っ越すのは大賛成さ!すぐにでもこんな村引っ越してやる!!」

 

怒鳴りちらす親を見て、不安と疑問に満ちた。少なくとも前は良い意味でも悪い意味でもこんなに感情を表す人ではなかったはず。

 

「一体どうしたの...」

「これを見てみろ!!」

 

それは、色んな紙切れだった。どれもこれも文字が書いてある。

 

『勇者は役立たず』

『村の恥』

『死ね』

『人を守れない勇者に価値なし』

『ゴミ一家消えろ』

 

文字の意味を理解した瞬間、ぐにゃりと視界が捻れた。

 

「なに...これ」

「毎日毎日うちの家に投げこまれてくるんだ!町中でも陰口陰口陰口!!こんな村住んでられるか!お前のせいだぞ千景!!勇者の癖に負けるから!人を守れないから!このクズが!!!」

 

『土居と伊予島は無能勇者。税金返せ』

『古雪は無価値』

 

『タマに任せタマえ!』

『千景さん。また恋愛ゲーム貸してください!』

『ここで、三百年先まで人類を生き延びさせる。それが俺の戦う理由だ』

 

「っ!!!!」

 

三人の文字を見て、言葉を思い出して。

 

土居さんは自信家で、私のスペースにがつがつ入り込んできた。不快に思うこともあったけど______悪くはなかった。

 

伊予島さんには恋愛ゲームを貸して、凄く喜んでくれた。それからは私にも意見を提案してくれたり______少しだけ仲良くなったと思っていた。

 

あいつは、どこか飄々としてて、見ててもやもやして好きではない_______でも、大真面目に夢を語る彼は、こうして批評されるような存在じゃない。

 

(命を削って戦って...その報いがこれ?)

 

(ふざけてる)

 

(無価値なのは_____お前たちだ)

 

私には、もう一人の私なんていなかった。頭の中に響く声は全て、私自身の心の声だった。

 

耳を塞ぎながら玄関へ走る。

 

(何故褒めてくれないの)

 

許せない。

 

(何故愛してくれないの)

 

許せない。

 

(今まで散々頼っておいて、状況が悪くなったら手のひらを返す)

 

「きゃっ」

「ちょ、大丈夫?」

 

『クズ』と書かれた紙切れを握る少女たちとぶつかる。昔、同じ小学校に通っていた子達。

 

「あんた郡じゃない。ふざけないでよね!勇者だからって偉ぶってないで謝りなさいよ!」

 

(私の価値を認めてくれないなら。私を愛してくれないなら)

 

「なに、それ...鎌?こんなところで何やってんのよ!」

「戦いなさい」

「は?」

「皆、命を危険に晒してでも頑張って戦ってるわ...あなたも戦え。私達の苦しみを思い知れ!!!」

 

(そんな奴らいっそのこと...殺してやる)

 

自分でもこうするのが当たり前のように、鎌を降り下ろした。

 

 

 

 

 

「間一髪だったか!」

 

その鎌を塞いだのは、大きな斧だった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

電話をかけた理由は、生存報告以外に、唯一質問にしっかり答えられると考えたというのがある。杏と球子は未だ寝てて、乃木は移動中、郡は渦中の人物。そしてユウは、どこか冷静じゃなかった。もとから説明下手というのは分かっているが______ちょっとおかしい。

 

そういう意味を込めて聞くと、案の定良い報告は何一つなかった。

 

まず、樹海での戦闘の長時間化から起きた現実への被害。フィードバックの仕組みは過去でも変わらないようで、既に死者も出ているとか。

 

それからこの時代の切り札、精霊の力の代償について。中身は精神の破壊。明るいユウがあんなに慌てるくらい。乃木が感情的に攻めたてるくらい。そして、郡が実家に帰って安らぎを得なければならないくらいには、重いものらしい。

 

話を聞いたユウから聞かなかったのは、実家の詳しい位置を知ることは出来ないだろうということと、切迫した状況で冷静かつ端的に説明出来ないと読んだからだ。

 

『酒呑童子...精霊の代償はやっぱり軽くはなかったわけか』

『はい。椿さんも大丈夫ですか?』

『俺?俺のはちょっと違うというか...少なくとも今問題はない。気持ち的なのなら前よりずっと良いよ』

 

自分の気持ちに踏ん切りがついた今の俺はそういった負の感情はない。

 

『無意識とかだとわからんけどな...』

『声を聞く限りでは平気ですよ。まぁ、それはそれとして...』

 

通話で相手の顔は見えない筈なのに、ひなたがとても良い笑みを浮かべている気がした。

 

『病み上がりでありながら病院を脱走してる件に関しては、後でお説教ですね♪』

『......軽めでお願いします』

『許しません。どれだけ心配したか身をもって知ってください!!』

 

そのまま通話はぶち切られた。まぁ、その後メールで郡の自宅の住所が送られてきた辺り、彼女も心配なんだろう。

 

そのまま近辺に行けば、レーダーに勇者の反応が映って_______人に向けて鎌を構えた彼女がいた。

 

(不味い!!!)

 

考える暇もなく、最大の力を纏う。屋根の瓦を蹴飛ばして斧を滑りこませた。

 

「間一髪だったか!」

「...古雪椿」

「落ち着け郡!それ以上は戻れなくなるぞ!!」

 

庇った少女が泣きながら逃げ出していく。

 

(前にもこんなのあったっけか...)

 

あれは、風が散華のことを知って、樹の声が戻らないと分かった時______最愛の妹の夢を奪ってしまったと悔やんだ時。あの時もまた、俺は彼女と夏凜の間に入った。

 

(風に比べたらお前のことは全然知らないけどさ...)

 

目の前で涙を溢しながら鎌を振るう彼女を放っておけはしなかった。

 

「邪魔しないで!」

「だから落ち着け!その怒りは精霊を酷使した代償だ!!」

「精霊...?そんなの関係ないわ!!!」

 

斧を使って鎌を防ぐ。大物である武器は人間相手には適さないが、それは攻める側の短所であり、守る側には長所である。

 

「許せないのよ!!命をかけて戦ってきたのに何故蔑まれないといけないの!?何故裏切られないといけないの!?こんなことになるなら...人を守る意味なんてない!!!!」

「くっ!」

 

しかし、怒りに身を任せた彼女の殺意は俺の守りを越えそうになる。300年後の勇者服だろうと、バーテックスを倒すために進化してきた物は人間相手の戦いではそこまで利にはならない。

 

まして、戦闘の意思なんてないのだから。

 

「どうして反撃しないの!?本気を出せば...その赤い勇者服なら、私より強いくせに!!」

「お前に攻撃とかするもんかよ!」

「そんな綺麗事、強くて自分に自信があるから言えるのよ!!」

「そんなことはない!俺はいつだって誰かに支えられないとダメな奴だからな!」

 

俺の自力で立ち上がれる力なんてたたが知れている。脆くて不完全で______

 

でも、仲間がいてくれるなら。大切な人のためなら戦える。

 

「ならどうして!」

「決まってんだろ!!大切な仲間に向ける武器なんて、俺は持ってない!!!」

「!!」

「確かに今までの付き合いで仲間とか言われたら気味悪いかもしれない!でもな!だからこそ俺はお前とちゃんと話をしたいと思ってる!他の勇者とも、ひなたとも!!」

 

人を殺めることに、躊躇いがあるなら______その瞳に、まだ涙があるのなら。

 

「だから落ち着け郡!!人を傷つけたらきっと戻れなくなる!!だが、今ならまだ間に合う!!!」

「もう戻れないわ!!私にはもう...居場所がない!!!」

「まだある!!俺も、ユウもそう思ってる!!」

 

誰より郡のことを心配していたユウの名を口にした瞬間、彼女の手は止まった。

 

「......高嶋、さん」

 

一瞬無音になった俺達の間に、地面を踏みしめる音がした。

 

「ぁ...」

 

いつの間に集まったのか、ギャラリーがたくさんいる。俺達を見る目は、決して好意的ではなく。

 

 

 

 

 

悪意で、満ちていた。

 

「やめて...やめて、そんな目で私を見ないで...お願い...お願いです......私を嫌わないで」

 

彼女はそんな人達がどうやって見えたのか。膝をつき、頭を抱え、呻くように声を漏らし、涙を流す。

 

「私を嫌わないでください...お願いだから、私を好きでいてください......」

「っ、郡!」

 

子供の様に泣きじゃくる彼女が地面に倒れるのを支える。気を失ったのか。

 

「古雪!」

「?あぁ乃木か」

「ひなたから話は聞いた!遅くなってすまない!千景は!千景は無事なのか!?」

「一応無事...だと思う。息はしてるみたいだし...」

 

人々から割って入ってきた乃木と話していると、頭に何かぶつけられた。

 

「いてっ」

 

地面に転がったのは_______

 

「石?」

「なにやってんだよ...」

 

視線の先にいたのは、さっき庇った少女がしがみついてる男だった。恐らく父親。

 

「人を守るのが勇者なんだろ?それがなんで人を...うちの七海を殺そうとしてんだよ...この人殺しが!!!」

「なっ...」

 

こいつらは今の俺達を見てたのか怪しくなった。確かに人を傷つけようとしたが、これだけ精神が不安定な少女に向けて大人が言う言葉だろうか。

 

「無能勇者!!」

「あんたたちのせいで食べ物が値上がりしたのよ!」

「災害のせいで商売あがったりだ!!」

「土下座しろ土下座しろ!!」

「そんな...」

「乃木、郡を連れてひとまず病院へ。このくらいの人混み越えられるだろ?」

「いや、しかし...」

「早く!!」

「あ、あぁ!」

 

あふれでた濁流が止まらないように、口々に人が叫ぶ。

 

慌てて逃げる彼女にはこんな罵声浴びせられて欲しくないし、何より郡を放置しておくわけにもいかない。

 

(...にしても、こんなだとはな)

 

俺は生まれて初めて、人の悪意ってものに触れた気がした。俺は凄く恵まれていた。ここに住んでいた郡はきっと、俺が感じてるより酷い悪意に触れ続けてきたのかもしれない。だからこそあんな言葉を紡いでいたのかもしれない。

 

もし未来でも勇者の名が広がっていたら、勇者部もこう言われていたかもしれない。そう考えると秘匿主義だった大赦は英断を下したと言えるだろう。

 

(...よし)

 

「...すぅー......」

 

どちらにしてもやることは決まっていた。今は二人に被害がいかないよう、大立ち回りをするときだ。

 

「逃げるんじゃねぇよ!!」

「おい!話聞けよ!」

 

 

 

 

 

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「!?」

 

石を構えていた男を、悲鳴をあげていた女を、こちらを見ていた老人を黙らせるため叫ぶ。全員の視線がこっちに向いたくらいを見計らって、斧を地面に突き立てた。コンクリートの地面に火花が散る。

 

「いいか!!てめぇらよく聞け!!確かに勇者はこの世界を守りきれていないかもしれない!!死者を出しているかもしれない!!」

 

本当はバーテックス、ひいては天の神のせいだが、そんなこと言って止まる奴等じゃないだろう。

 

「だがな!!あいつらは...勇者は、一生懸命戦ってるんだよ!!命をかけて!!神に見初められたというだけの少女が!!!必死に!!!」

 

世界を守るため命を散らした幼なじみの背中が見えた。

 

人類を続かせるためその身を投げ出そうとした後輩の背中が見えた。

 

「それが理解できなくてもいい!だが!!非難するのは許せない!!!今後そんな言葉を彼女達に言ってみろ!!」

 

斧を抜いて、真っ正面に構えた。

 

「この俺が!!古雪椿が許さない!!!分かったらとっとと失せろぉ!!!!」

 



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23話 失い、取り戻し

昨日投稿しようとしたら寝落ちしてた...感想も一週間近く放置していて申し訳なかったです。

まぁそれは置いといて、本編を楽しんで頂ければ。


『古雪椿が許さない!!!分かったらとっとと失せろぉ!!!!』

 

「いやー人気者だぜ...かっこいいっすねー」

「そうですね」

「いや否定してくれよ。冗談だから...」

 

土産の林檎(既にひなたが剥いてカットしてくれた)をしゃくしゃく食べながら備え付けのテレビを見ての感想を適当に溢すと、期待してたのと違った答えだったので思わずツッコミをいれた。

 

一時間のお説教を貰った直後だったら、なにも言い返さなかっただろうが。お怒りのひなた様は怖かった。

 

テレビには、赤色の服を着た勇者_______まぁ俺なのだが_______が守るべき一般市民に向け斧を向けているシーンが映っていた。あの時のことを思い出すと手に力がこもるが、どこにも八つ当たりをするつもりはないので力を抜くだけになる。

 

(これ風や園子に見せれば、役者向いてると言ってくれるだろうか...杏には前言われたな。俳優やらないかって)

 

ちなみにこの報道を見るのは二桁に突入している。誰が撮ったのかは知らないが、よく撮れていた。『勇者、古雪椿の残忍な一面』だそうで。新聞にも取り上げられている。

 

「私や若葉ちゃんは真実を知っていますから」

「まぁ、そだけど...」

 

ちなみにその前後の一般市民が石を投げる、罵声を浴びせる等のシーンはカットされている。即退院の健康体だった俺がもう数日の入院指示を出されてるのは、投げられた石が頭にヒットして血が出たからだ。俺の戦衣にある治癒機能を使ってもよかったが、事情が事情で大社にこれ以上の機能を見せるのも良くはない。

 

不死性が失われているからか、あの勇者服だったのに怪我をした。まぁそこは予測できていたし、大した問題じゃない。

 

(所々違うのなら、今度調べないとな...)

 

「すまない古雪、私が残っていれば...」

「気にするな...あと、椿でいいぞ。俺もよければ若葉って呼びたいんだが...いいか?」

「勿論構わない」

「じゃあそれで...大体、辛い役目は若葉だろ」

 

テレビは次のシーンを映していた。

 

『天災の悲劇からもうすぐ四年。私達は多くのものを奪われました...そして、今再び人類は窮地に陥っています。しかし!!我々はまだ敗北していない!!奴等に奪われた平穏を必ず取り返す!!』

 

勇者の格好でそう宣言する若葉。その後も続いていき、勇者として抗い続けること。四国に生きる人々全員が勇者であること。そして、勇者の一人が先の責任を取って勇者の資格を大社に預けたことが述べられていった。

 

「人々を前向きにさせるためとはいえ、こんなこと、本意ではなかった...」

「情報統制は必要なことだ」

「だが!」

「まぁまぁ...寧ろ俺が謝るべきだよな。ごめん」

「そんなことはない...」

 

今回の件は俺からも頼んだのだ。こうすることで勇者の中で悪なのは俺だけとなる。郡も含め他の勇者が攻められることはない。

 

(色んな思惑が絡まった結果だけど...ある程度は良いところに落ち着いてくれてよかった)

 

この情報統制、人心操作、郡が一般人を襲ったこと、そして郡の勇者システムを剥奪したことは世間には控え、若葉に勇者のイメージアップを施しておきながら、俺を悪者として大々的に報じている理由は_________

 

「失礼します」

「今日は遅かったですね」

 

仮面は被ってない男達が病室に入ってきて、俺は最大限の煽りの思いを込めて口を開いた。

 

この状況で得をするのは大社。指示に従わない爆弾である俺から大義名分を持って勇者システムを剥奪できる上、相対的に他の勇者や大社自身の印象改善を図れる絶好の機会だった。

 

おまけに、把握していない男の勇者システム(だと思い込んでいるもの)の調査ができるとなれば、乗ってこない筈がなかった。周り(必要以上の勇者)が非難されることを避けたかったことも俺と利害が一致している。

 

「じゃあ、はい」

「お借りします」

 

実際は剥奪ではない。本当に人に手を出そうとした郡と違って、市民を騙せても取る本人には通用しない。

 

だからこそ結べた契約。

 

「頑張ってくださいね」

「......」

 

そそくさと消えた人達を見て、ちょっとだけ心地よかった。全く信頼してない人をからかえて申し訳なくなるほど、俺は良い人になれない。

 

(俺だけの力で守れるのは精々、両手で数えられる人数くらいだから...)

 

「...今回のやり方、私は大社にも疑問がある」

「俺は元々信用できる箇所がなかったからな...所属してるひなたには悪いが」

「仕方のないことだと思いますよ」

 

彼等が来たのは二日前だった。要約すると、『人に武器向けるとか危ないから没収』とのこと。俺の返事は要約すると『お前らがそう言いながらこいつ調べたいのはお見通し。調べても良いからこの病室の隣でやれ。調べられるものならな!!』といった感じ。

 

以前自分で調べた時のように、俺の戦衣はプロテクトがかかってる。かといって無理に調べる、もしくは俺との約束を破れば大切な戦力が減るかもしれない。隣の部屋から重たい音が聞こえることから、最新機械を持ち込んでまだまだ調べたいのだろう。一応戦いにおいて最大級の強さを報告書に纏められている俺だからこそ、ある程度上手くいく。

 

自分の立場と力量を配分させた結果だった。

 

「あ」

「どうかしたか?」

「...いや、なんでもない」

 

郡は今ここ(病院)にいない。聞いた話では確か明日_______

 

「あぁ。うるさーい!」

「タマっち先輩の方がうるさいよ...」

「え?」

「あ」

「はぁ!?」

 

さも当然の様にカーテンの隣で寝てる二人が会話し出したのを聞いて、俺達は変な声をあげた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『アアアアアアアア!』

『落ち着け!聞こえないのか!』

『イヤァァァァ!』

 

『抗い続けよう!!侵略者から全てを奪い返す未来のために!!!』

『ワァァァァ!!!』

 

下の階から聞こえる悲鳴と、パソコンから聞こえる歓声と拍手が私の両耳に響く。

 

「......」

 

まだ新品独特の臭いのするベッドでうずくまる私には、どちらも心を蝕む音でしかなかった。

 

大社が用意した、私達家族の引っ越し先。でも、なにも変わらない。暴れる母親、うんざりしたような声をだす父親。あまり響かない大社から派遣された介護士。でも______私にはもう何もない。

 

心の支えとなる人が欲しい。高嶋さんに会いたくても、謹慎は解けない。無理に外出しようとすれば大社からの派遣員にバレる。力は奪われたまま。

 

(全部、無くした...価値も、賞賛も)

 

こうして光の入らない自室で、日陰の人間として生きていく。日向に憧れを抱きながら。

 

(...私は、高嶋さんの隣には...皆の場所には行けない)

 

共に戦う勇敢な勇者じゃないから。対等な立場ではないから。

 

(......もう、私には)

 

乃木さんが映っているノートパソコンを手に持って降り下ろす_______直前。聞き慣れない音が、やけに響いた。

 

「...?」

 

それが新しい家のインターホンだと分かる頃には、下の悲鳴も少しだけ落ち着いてて、部屋の扉が開かれていた。

 

「失礼しまーす」

「っ...何で」

「暗い部屋だな...明るくしてないと目を悪くするぞ?」

「何でここにいるの!?」

 

頭に包帯を巻いた古雪椿が、そこにいた。

 

「あ、ごめん...女子の部屋にノックしないで入ったら無作法だよな。やり直すわ」

「そうではなくて!!」

「じゃあ失礼しますよ」

「出ていって!来ないで!!」

 

反射的にノートパソコンを投げても、上手くキャッチされてしまった。

 

「いやお前こんな危ないもの投げるなって。壊れたらどうすんのさ」

「...何の、用なの」

 

怖かった。私はついこの間彼に武器を向け______殺そうとすらしていた。復讐されても文句なんて言えない。それが堪らなく怖い。

 

『決まってんだろ!!大切な仲間に向ける武器なんて、俺は持ってない!!!』

 

そうは言っても、人の本性なんて分からない。裏なんてあって当たり前なのだから。

 

「いやな?大社から金くすねてソフト買ったのはいいんだが、ハードなくて...というかプレイの仕様も全然違うっぽくて。教えてくれないか?」

 

だから_______二人対戦型のゲームを持ってきて言う彼も、信じられなかった。

 

「...ハードは貸す。だからもう出ていって」

「......分かった。じゃあ、またな!」

 

案外あっさり出ていった彼が消えた部屋は、さっきと少しだけ違う気がした。

 

(なんなの...)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「99...100...!」

「何でリハビリ必須のタマ達よりやりこんでるかなぁ...」

「過剰なくらい強くなりたいからな...っと。ふぅー......」

 

こっちに来てから考えることが多すぎてサボり気味だった筋トレをしてると、隣の球子からそんなことを言われた。

 

「球子や杏を心から守りたいって思ったから」

「杏はともかくタマもか?タマはそんな弱くないぞ!」

「別にお前を弱いって言ってるわけじゃなくてさ。なんだ...一緒に過ごしたいと思ったんだ」

「っ...古雪は時タマそういうことを平気で言う...」

「球子?」

「なんでもない!!」

「おう...あ、俺のことは椿でいいぞ。俺も球子って呼び出したし」

「聞こえてたのかよ!?」

「前半だけな」

「都合の良い耳め...」

「で、後半はなんていったんだ?」

「なんでもない!!」

 

ひなたが持ってきてくれたりんごにがっつく球子に、俺はすっと近づいた。

 

「...なんだよ」

「......弱くはなくても、無理はしてるだろ?」

「っ!!!」

 

彼女の無理は、普段通りしようとしてること。精霊の力をよく使っていた彼女が、悪影響を受けてない筈がない。

 

「タマにはなんのことだが...」

「杏に無理してるところ見せたくないんだろ?」

 

その指摘は図星だったようで。

 

「...もしかして、椿ってストーカーなのか?」

「酷い言われようだ...ったく!」

「ぁ...」

 

彼女の頭を優しくゆっくり撫でる。俺が荒れてた時ひなたもしてくれた。

 

「気持ちはわかるけど、溜め込み過ぎは体に良くないぞ...俺はもう気づいたんだし、大丈夫だから...今くらいは、ゆっくりしてくれ」

「...手を、出すかもしれないぞ」

「お前より頑丈だ」

「酷いことを言うかもしれない」

「本心からだったら傷つくけどさ...まぁ、平気だろ?」

「......ありがと。椿」

「どういたしまして」

少しずつ俯いて俺の裾を掴む彼女が顔をあげるまで、ずっと撫で続けた。力強く握られた裾が擦れる音と、軽い打撃音が部屋に響いた。



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24話 信じて

「椿さん」

「う、ひなたか」

 

俺を見つけたひなたが人差し指を立てる。一瞬だけ見せた顔とつまった声を怪しまれてないことを祈るばかりだ。

 

「まだご無理をなさらないでください。頭の傷、決して軽いものではないでしょう?」

「大したものじゃないから...このくらい、な?」

「ですが」

「椿さん。病院の人から呼ばれてましたよ」

「え、マジ?」

「マジです」

「やっぱり...お説教は今度しますから、ひとまず行ってください」

「ははは...ごめんな。杏、場所は?」

「こっちですよ」

 

ひなたに別れを告げてから杏についていく。念のため二つ角を曲がってから、俺は口を開いた。

 

「悪い、助かった」

「罪悪感もありますし、程々にしてください...ひなたさんだって、貴方を本当に心配しているから気にかけてくれているんですよ?」

「それは分かってるよ...恩を仇で返してるような奴に言われても、説得力は皆無だがさ」

 

事情を知っている杏には、色々フォローしてもらっていた。毎日約一時間病院から消える俺を、リハビリ室だのトイレだのちょっと間の悪い程度に口裏を合わせてくれている。

 

「...私は、まだそこまで元気に動けませんから」

「杏...」

「でも、リハビリももうすぐ終了です。タマっち先輩も、明日から面会出来るようになる友奈さんも...そしたら、私は直接思いを伝えたいです」

「あぁ...そうだな」

「...千景さんを、お願いします」

「そんなに言われても、俺は一緒にゲームすることくらいしかできないよ」

 

謙遜しながら周りを確認。

 

「いってらっしゃい」

「あぁ。いってくる」

 

(多少強引でも、やらなきゃな...)

 

頭の傷______多少動く分には全然問題ないレベルの_____を治さないまま、出掛ける先は病院から約四分。割りと近くなのは偶然か狙ってのことか。

 

道行く人は俺のことを見ても話しかけてきたりはしない。嫌われ者となったが、その原因が脅迫だったので自分に牙を向けられたくないのだろう。

 

若葉とひなたはこうやって強引にしないだろう。俺もしたくはないが_______前へ歩む為に。

 

「どうもー。今日も来たぜ」

「......ふん」

 

来たのは、郡の元だった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

変な奴で、嫌な奴だった。

 

『ちーす』

 

ソフトを買い、ハードを受け取った彼は次の日から対戦に来るようになった。

 

『コンピューター相手には勝てるようになったし...』

『帰って』

『いやでも...』

『帰って!!!』

 

見てて無性に腹が立つ。全て無くした私に全てを持つ彼から話しかけてくることに苛立ちを感じた。

 

私の中の黒い感情が渦巻いて、彼の存在を拒絶する。

 

『よ、来たぜ』

『よーす』

『たまには早めに来た!...ごめんなさい着替え中だとは知らなかったんでごぼっ』

『変態!!!!』

 

それでも、何度追い払っても、彼はこの部屋に来た。何度も何度も。言葉だけじゃなくて、ビンタした時もあったのに。

 

「お邪魔しまーす。今日はどうだ?」

「......」

 

根負けしたのは、私の方だった。自室に残っていたハードの電源を入れると、彼の口角があがった。

 

「負けたらもう来ないで」

「前向きに検討します」

 

その言葉が絶対私の言う通りにならないことを分かっていながら、対戦の準備を進める。自分で自分のやってることが理解できないって、こういうことなんだろう。

 

「サンキュー...じゃ、やりますか。俺の実力を見せてやる」

 

30秒後。

 

「強すぎ...」

「年期が違うのよ」

 

秒殺だった。再戦する気力すら無くすほど完封した私の隣で、彼は_______

 

「ちょっと自信あったんだがなぁ...もう一回やらせてくれ!」

「っ...何度やっても変わらないわ」

 

たった一回で上手くなることなんてそうそうない。そう時間はかからずに彼の操るアバターは倒れた。

 

「どういう反射神経してんだよ...もう一回だ!」

 

「もう一回!」

 

「まだ!」

 

「ラスト!」

 

何度も潰されながらそれでも立ち上がる姿はまるで_______

 

「...なんなの」

「え?」

「こんなことして、なんになるの?」

 

ゲームのボタンが壊れるんじゃないかと思うくらい、強く握りしめる。

 

「貴方は、何がしたいの」

 

はじめ怖かったのは、いきなり現れた勇者が男で、どこか張り詰めてたから。

 

『いきなりそんな、話しかけてくるなんて...変だぞ。本当に』

 

途中で心配したのは、どこか似てたから。周りに怯えて、震える姿が私自身を見ているようで、嫌だったから。

 

そして、今は。

 

「私には、わからない...」

 

人を信じられない_______高嶋さんに会いに行く気力さえなくなってしまった私に何をするつもりなのかわからないのが、怖い。

 

「俺はお前のこと知らないからさ。まずはゲームを通して知れたらいいなと思って」

「っ......」

 

簡単そうに言う彼は、とても信じられなかった。

 

(何を言われても信用なんかしないくせに)

 

「そんなこと無意味だわ...」

「無意味なんてことないさ。現に郡は最初追い返すだけだったのに、こうして遊んでくれてるだろ?」

「...なんなの。あんた」

 

(無駄な行為をずっとして。鬱陶しい言葉ばかりかけてきて)

 

「分かりはしないわ。私の気持ちなんて...」

「......そうだな。郡の人柄を知れても、これでお前の気持ちなんて分かるわけないわな...俺は天恐の人が身内にいるわけでもないし、あの村の人達と交流があったわけじゃない...」

 

下で騒ぎだした声が響いて、それを聞いた彼がすっと目を細める。

 

「きっと、俺の想像なんて軽く越える経験をしてるんじゃないかなって思う」

「......」

「確かに、理解はできないさ...でも、寄り添うことはできる。話を聞くことはできる」

 

手を、私に向けてくる。

 

「気づいてくれ郡。お前を傷つける奴がいるように、お前を心配して、仲間だと思う奴がたくさんいるってこと」

「...嘘よ」

「嘘じゃない」

「嘘よ!!」

「嘘なもんか!!!」

 

(...本当、なの?)

(そんなものは紛い物よ。あなたを騙すための嘘。そうに決まってる)

 

「気づいてくれ郡...いや、千景!!!」

「っ!名前で呼ばないで!!!!出ていって!!出ていってよ!!!」

 

咄嗟にゲーム機と近くにあったものを投げつける。

 

「...俺はいい。わざわざこれを作るような奴等が、ユウが、若葉が、杏が、球子が、ひなたがまだ信じられないのか!!」

「!!!」

 

私が投げて、彼が見せてきたのは_______私と彼に向けて送られた、手作りの卒業証書。

 

「っ...!あ、あぁ...」

 

(あなたの心を惑わすために作った物よ。あんなものに意味はない...全て敵よ)

(そんなことは...他の誰でもない。高嶋さんは、そんな...)

「あぁぁぁ...」

「お、おい...ごめん言い過ぎた。大丈夫_____あぐっ」

 

(こんな耳障りな奴含め、全て殺せばいいの...)

 

 

 

 

 

(...それは_______)

 

 

 

 

 

「......あれ?」

 

起きたら、朝だった。彼も、卒業証書もない。

 

代わりに、スマホが置いてあった。勇者の力が入った________

 

「...夢、だったの?」

 

どこか覚束ない足取りで、私は部屋を出る。

 

階段を降りてから部屋を巡ると、いたのは頭を抱えた父親と、死人のように横たわっている母親。

 

「...こっちの方が、夢ならいいのに」

 

無意識に呟いた言葉に目を開く。

 

(私は、一体何を思って...)

 

頭を振って目をぎゅっと瞑っても、景色は変わらない。母親も、今にも叫びそうな父親も_______

 

(...?)

 

そこに疑問を持つのと、手に持つスマホから聞き覚えのある戦いを告げるアラートが耳を打ったのは同時だった。

 



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25話 郡千景

夢なんじゃないかと思った。この景色(樹海)も、隣に立つ彼女も。

 

「千景!もう大丈夫なのか!?」

「...えぇ。大丈夫よ」

 

もう私に戦う理由なんて全てなくなった。取り戻す気力も、ない。

 

立ち上がることなんて、できない。

 

「よかった...復帰早々悪いが、力を貸してくれ!行くぞ!!」

 

隣で眩しく輝く彼女にはなれない。

 

ここにいない彼にはなれない。

 

強さを持った誰かには、なれない。

 

「...何で」

 

だから、なのか。

 

「......何でなの」

「...千景?」

「勇者システムが起動しない...!?なんで...どうして!?」

 

いくらスマホを押しても、体を纏う服は出てこなかった。命を刈り取る鎌だけが、私の隣にいた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

疎まれて、嫌われていた。愛されるのは別の人。いつもそう。

 

称賛を、愛を受けることは、なかった。

 

そんな私に出てきた、勇者システムを扱う力_______強者となれる、力。

 

もし、私が皆を守れば。皆の為に戦えば。それだけ恩を返してくれる。愛される。そう、思っていた。

 

 

 

 

 

現実は違った。

 

いや、始めはそうだったかもしれない。劣勢になり、掌を返した他者は_______一昔前と、変わらなかった。

 

もし私がもっと、彼女に対して羨望より嫉妬の感情が強ければ、憎悪を持ちながら鎌を彼女の体に向けていただろう。

 

今も、全てを壊せと頭の隅から声がする。それをしない、いや、できないのは__________

 

『だから落ち着け郡!!人を傷つけたらきっと戻れなくなる!!だが、今ならまだ間に合う!!!』

 

もう、間に合う筈がないのに。律儀にこの言葉を守っているのか。私は。

 

悲しい。

 

辛い。

 

憎い。

 

苦しい。

 

心を通わせる相手は、いなかった______作らなかった。私が、心を閉ざしていたから。

 

どこで間違えたのか。最初からこの運命が決まっていたのか。

 

(...)

 

人に当たって、閉じ籠って。なぜ、私以外の勇者達のように、できなかったのだろう。

 

答えは出ないまま、目の前のバーテックスが口を開いた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「せやぁぁ!!」

 

バーテックスが、一太刀の元に二つになる。

 

「私の傍を離れるな!!」

 

倒したのは、乃木さんだった。

 

「...どうして、私を守るの?」

 

素朴な疑問。私は庇われる理由なんてない。

 

「どうしてだと?決まっている!!」

 

そう思っていたから彼女の言葉が予想外で、その目を見て驚いた。

 

「仲間だからだ!!!」

「ぇ...?」

「仲間だからだ!!だから守る!!何があっても!!」

「乃木さん...」

 

精霊の力を使って、その場から動かず私に迫る敵を切る。バーテックスに勝っている機動力を捨ててまで、敵の猛攻を防いでいる。

 

敵も私が弱いと分かっているのか、囲んで噛みつこうとしてくる。その悉くを潰す彼女。

 

その目は真剣で、なにより綺麗だった。まるで英雄のように。

 

(私はどうして、こんなふうに出来なかったんだろう)

 

精霊の影響は同じはず。

 

育ってきた環境は違えど______バーテックス襲来の時点で、全員が不幸だ。

 

(...そっか)

 

結局、私の心が弱かっただけだった。

 

「進化体か!?不味い!!」

 

(きっと、心の強さが彼女の...彼の強さ)

 

進化体に気をとられた彼女の死角から、普通のバーテックスが迫るのが見える。

 

(叶うのなら私も...私も、乃木さんみたいに強く!!)

 

咄嗟に、彼女の背中を押す。

 

(古雪君のように、誰かを庇えるような行動を!!)

 

「乃木さん!!」

「ちかっ」

 

白い化け物の口が、私の体に組み付いて。

 

 

 

 

 

「さよなら」

 

 

 

 

圧力がかかる前に、散った。

 

次いで、耳に響く金属音。

 

バーテックスを上から下に貫いた光は、来た道を戻っていって、代わりに何かが降りてきた。

 

黒髪で、紫がベースの服を纏った________

 

「まだ、さよならなんかじゃないぜ」

 

棒先を開かせて、前からきた進化体の矢を防いだ彼はそう言って、振り向いた。

 

「...なんで、ここに......」

「え?そりゃあ樹海化なんだし...」

「椿!?その頭は!?昨日までそんなのはつけてなかったはずだろう!?」

「え?あぁ。かっこいいだろ?」

 

片目を覆うほどの包帯を頭に巻いた姿は痛々しいけど、口元は笑顔だった。

 

「じゃあその服は!?」

「細かいことは追々。今はちか...郡を守らなきゃな」

 

矢の攻撃が止んでから見ると、盾になった棒の正体が槍だと分かる。

 

(...いや、そんなのどうだっていい)

 

「どうして。どうして私を守るの!?」

「んー...郡の望む答えか分からないけどさ。大切な仲間を守りたいから」

 

『確かに、理解はできないさ...でも、寄り添うことはできる』

 

同じだった。

 

『気づいてくれ郡。お前を傷つける奴がいるように、お前を心配して、仲間だと思う奴がたくさんいるってこと』

 

あやふやな記憶の中で、言われたことと。

 

「...う、嘘よ。だって私は...」

「嘘なんかじゃない。仲間だよ...きっと、俺自身が自覚するまえからずっと。な」

 

「それに」と、彼の言葉が続く。

 

「お前を仲間だと思うのは、俺や若葉だけじゃない」

「ぇ...」

 

後ろから飛んできた矢が、バーテックスを貫く。

 

「借りるぞー千景。今のタマに武器はないからな」

「援護なら任せてください」

「これでもまだ、嘘だと思うか?」

 

鎌を拾う彼女と、矢を構える彼女。

 

「土居さん...伊予島さん...!?」

「さて。言った通り護衛を」

「椿、若葉、無茶すんなよ!」

「了解了解っと...じゃ、頼むな。球子、杏、ユウ」

 

そして、ふわりと舞い、私を抱える彼女。

 

「ぐんちゃん無事でよかった...!」

「高嶋さん!?」

「大変だったのにごめんね...でももう大丈夫。絶対守るから」

 

敵のいない方へ逃げる私達と、追ってくる敵と戦う彼女達。

 

(...あぁ、私は、本当は、無くしてなんかいなかったんだ...)

 

もう、居場所はないと思っていた。生きる価値もないと思っていた。

 

でも、共に過ごした三年間、共に戦った三ヶ月は決して、決して無駄ではなかった。

 

(仲間は、友達として、私を愛していてくれた...)

 

急速に薄れていく意識の中で、高嶋さんの頬に触れる。

 

「高嶋さん...」

「どうしたの?どこか痛い!?」

「...私、好きだよ」

「っ!うん!私もぐんちゃんだーい好き!!」

「っ...高嶋さんらしいね」

 

戦いの途中な筈なのに、こんなことを楽しそうに言う彼女を眺めながら、私は瞳を閉じた。

 

(よかった...)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「椿も下がってくれ。その怪我では...」

「それより精霊の使うのやめろよ。その為に俺がいるんだから。それに...傷ももうないしな」

 

包帯を力任せに引きちぎる。目を開けると視界の半分がぼやけ、すぐ治った。

 

(ガチャついてはいるが...なんとかなる。その為の武器なんだから)

 

大社に預けてて取り返した俺の端末で未来の勇者服を呼び出すと、精霊バリアがない代わりなのか治癒能力が以前より高い機能でついているのがわかった。昨日郡の父親にスパナで殴られた痕も残ってない。

 

(あれはビビったけどな...)

 

よく覚えていないが、『娘に寄るのはやめろ』みたいな内容だった気がする。どういう意図で言ったのかはわからないし、知るつもりもない。

 

「第二射が来る。俺の後ろに!」

 

盾を構えて衝撃に備える。すぐに矢の攻撃が来て、俺の腕を刺激した。

 

「よし...あいつらも十分離れたな。俺が前に出る」

「その槍で...?」

「まぁ、病み上がりだからちょっと後ろでフォローを頼みたいんだよ」

「そういうことなら任せろ」

 

若葉も納得してくれたので、早速構えた。

 

槍を出した理由は主に三つ。

 

一つ目が、若葉を庇った郡を見えた時には距離があり、敵を倒すため自分の速さを遥かに越えるもの______正確に投擲できる武器(伸びる槍)が欲しかったから。

 

二つ目が、バーテックスの攻撃を守るための盾が欲しかったから。

 

三つ目は、片目(今は両目だがずっと片方しか使わないつもりでいた)では距離の把握がしにくいので、リーチを長くしたかったから。

 

それで俺が願ったのは、大赦で歴代勇者中最強と名高い園子。

 

『つっきー。ズガーンだよ!』

 

今も、一度しか握ったことのない槍の使い方を教えてくれている。

 

(ズガーンじゃわからんけどな...)

 

ただ、なんとなくわかるので問題ない。握るだけで彼女がどう動くかが、なんとなく伝わってくる。

 

「っー...はっー......」

 

感覚を研ぎ澄ませる。

 

(行くぜ...突撃あるのみだ)

 

「貫けぇ!!!!」

 

流星の様に流れ、自分の通った後には生命を残さない。順応してきた体は加速する。

 

基本は突進、時には地面に擦りながら減速し、転回して横凪ぎに払う。進化体も星屑も例外なく一撃の元に抜かれる。

 

「これが俺の...俺と彼女の力だ!!」

 

そう大した敵はいなくて、あっという間に最後の敵を貫いた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ん...」

「起きたか?」

 

重たい目蓋を開けると、そこには彼がいた。

 

「...ここは」

「病院。気絶したお前は入院。リハビリから脱走した形になった杏、球子、ユウはリハビリの真っ最中。若葉とひなたは大社に向けての報告書作成...で、俺がここの担当ってわけ。俺は大社からも一般人からも嫌われてるからな」

「......」

 

点滴をうたれてる左手を眺めて体を見るけど、特に異常はなさそうだった。

 

「安心してくれ。どこも触ってないから」

「そういうことを気にしたわけじゃ...」

 

しどろもどろしてしまう。今の頭でも謝らなきゃいけないこと、お礼を言わなきゃいけないこと、話さなきゃならないことがたくさんあると思ったから。

 

「あの...えっと...」

「......落ち着け。別に俺は逃げないから」

 

備え付けられていた冷蔵庫から水が出され、コップに注がれる。

 

「ほいどうぞ」

 

うっすらと自分の顔が映った水を一口飲んで喉を潤すと、すんなり自分の言葉が出てくれた。

 

「ありがとう」

「このくらい別に」

「違う...違うの。全部。ありがとう...そして、ごめんなさい」

 

その言葉をどのくらい理解してくれたのかはわからない。

 

「私は、あなたのように、あなた達のように強くない...それでも、仲間だと、言ってくれるの?」

 

この思いがどれだけ伝わったかわからない。

 

「別に強いから仲間とか、そういうもんじゃないし...きっと俺達全員、お前が他の誰でもない郡千景だから」

「っ...」

「これからよろしくな」

「......」

 

自然に体全体が暖かくなって、涙が溢れた。

 

「え、泣かないでくれよ!?」

「見舞いに来たぞ...椿、何故千景を泣かせているんだ?」

「あらあら...」

「誤解だ!俺が泣かせたわけじゃなくて...!」

「ぐんちゃん起きたの!?」

「友奈さん、病院は走らないで...」

「大体椿が悪い!」

「球子お前何も知らないくせに!!」

「ぐんちゃーん!!」

「あーもー!!」

「...ふっ、あははっ」

 

溢れた笑いは、自分のものと思えないくらい明るい声だった。

 




一月くらいかけて書いたので、キャラぶれてたりしたらすいません。個人的には長くぐんちゃんのこと考えられてよかったです。

次回の更新日は皆さんお分かりだと思います。九割以上完成しているのでしっかり投稿予定です。お楽しみにしていただければ。

それから、リクエストは現在も受付中です。書く書かないはありますが、思い付いたネタがあって、こんなのあったらいいなと思うのがあれば是非お願いします。


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短編 あえて言おう。古雪椿であると!

更新予定日詐欺。まぁ遅れたわけじゃないから許してくれるはず...

リクエストの話です。ネタに振ってます(誕生日記念とかのわゆに挟まってるのに)キャラ崩壊注意。というか椿じゃない(サブタイから目をそらしつつ)普段の椿が好きな方は見ないのも手。

本編と繋がってても問題ないレベルにはしたと思いますが、外して考えてくれた方が嬉しいです。というかこれリクエスト通りか...?


「おはよう諸君!」

 

部室で作業中がらりと開けられた扉の向こうで、椿が高らかに叫んでた。

 

(あ、これめんどいやつだ)

 

本能的に察知する。

 

「もう夕方ですよ。古雪先輩」

「今日はじめて会ったのだ。問題はあるまい」

「はぁ...」

「椿ー!待ちなさいよ...はぁ...」

 

後から追ってきた風先輩に、夏凜が飲み物を差し出す。

 

「どうしたのよ風。それに椿...なんというか」

「いつもより明るいよね」

「私はいつもこのような感じだ。体調もすこぶる良い!」

「これがいつもなわけないでしょ...高校でもこんなんで...」

 

今日一日椿の行動(恐らく奇行)を見てきた風先輩と、わけがわからないと言った様子の他メンバー。アタシは席を立ちつつ椿の聞こえない程度で解説をいれる。

 

「結城友奈!身嗜みはきちんとしろ!なんだその襟は!!」

「あわわ...すいません!」

 

最も、友奈と須美と話してるから大丈夫だろう。

 

「安心してください風先輩。明日にはいつもの椿になってますから」

「え、知ってるの銀?」

「最近椿がストレス感じるようなことありませんでした?」

「えーと...昨日まで高校のテストだったわね。皆で椿に教わろうの会開いてたわ」

「あーそれがメインですね...椿のやつ、ストレス溜まったときたまにあぁなるんですよ」

 

昔一緒に見てたアニメのキャラに似ている気がする。確か名前は______グラハ、なんとか。

 

「ストレス言うなら他にもっとありそうだけどね...去年とか」

「詳しい出現条件不明ですからね...本人もその日の記憶無くしてますし。アタシと一緒だった時は一日代わりをしてたので」

「聞いてる限りじゃまるでゲームのキャラね」

「逆に言えば、これで確実にストレス発散が分かるんでいいんですけど」

 

なにかと椿は小さいことを抱え込む事が多い。勇者部に入ってからは悩んだら相談の精神かアタシが一緒だったからかあまりなかった。というか本当にヤバい時に限ってこれが発動しなかった。

 

(平和的にストレス貯めた時が多いかなぁ...もう自分の発言が意味不明だけど)

 

初めて見たのは小学校四年の時。アタシが軽い愚痴をこぼした次の日、ああなってた。愚痴の内容だった相手をこてんぱんに口撃してた。

 

そう思うとアタシの為に_____と考えて嬉しくもなるが、面倒かどうかは別問題。

 

「じゃあアタシ今作ったこれ届けてきますね」

「あ、あぁ行ってらっしゃい」

「私も行く~」

 

扉を閉める前に園子が滑り込んできた。

 

「園子いいの?アタシから言うのもおかしいけど今の椿珍しいから小説のネタになるよ?」

「ミノさんが離れる時点でなんとなく嫌な予感がしたから~」

「おーおー賢いな~」

 

頭を撫でると、「えへへ~」とにやける。可愛い。

 

「それに、つっきーのイメージ壊したくないからね...」

「あぁ。それは分かる」

「聞くなら部室に盗聴器もあるから、それで大丈夫~」

「それなら疲れることなくちゃんと聞けるな...って、冗談やめろよ園子。部室に盗聴器とか」

「......」

「...あの。冗談ですよね?園子さん?あれ?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「こんなにも依頼書が...私が来た甲斐があったというもの!」

 

ヘンテコ椿は銀から話を聞いた風曰く、一日で終わるらしい。のだが__________

 

「何々、悩み相談...女の子に好かれるには」

「あ、それなら私がタロットで...」

「必要なし!自力でなんとかしろ!!」

「えぇ...」

 

なんというか、普段の椿を見てる身としてはどう対応していいか分からなかった。

 

「夏凜!他の依頼はないのか!?」

「あるわよ。はい」

「んん...花壇の世話か。任せろ!」

 

嵐の様に去っていく椿に、私達は息をついた。

 

「なんか、どっと疲れるわね...」

「椿先輩じゃないみたい...」

「それほどまでに疲れてたんですね...」

 

(普段の椿がどうして好きなのか分かった気がするわ...っ!?べべ別に私はあいつのこと好きとかじゃなくて!?)

 

「ただいま戻った!」

「ってはや!?」

「なに、土壌をほぐすだけの単純な活動だ。造作もない」

「はぁ...」

「夏凛!次の依頼だ!!」

「あー...風、他のはない?」

「ないわね。今日は終了よ」

「なんと...では君達勇者部の話を聞こう。何か悩みはないか?」

 

あんた自身が悩みの種だとか、話して意味あるのとか言いたくはなったが、こうして疲れてるモードでも他人を気遣うのは椿らしい。

 

(ここは...)

 

「じゃあ椿、私が個人的に受けてる剣道部の依頼、手伝ってくれる?」

「了解した!任せたまえ!」

 

周りから「離してくれてありがとう...!」と言いそうな嬉しそうな目線を向けられて、私も気分がよかった。

 

 

 

 

 

のは、さっきまでで。

 

「今日の私は!阿修羅すら凌駕する存在だ!!」

 

「純粋なる勝負を!」

 

「待ちかねたぞ!!少年!!」

 

なんだが、私の中の椿が音を立てて崩れていくようだった。

 

木刀を日々振る椿と剣道部男子の実力はほぼ互角で、普段より凄いと思う。

 

(ある種の自己防衛機能だから、強くなるのかしら...)

 

純粋に興味があった。普段砂浜で椿と戦えば、勝率は約七割。普段とどれだけ違うのか試すくらいは許してくれるだろう。

 

「椿、私ともやらない?」

「夏凛?いいだろう。私達は戦う運命にある...」

「それはどうなの...一番戦ってる相手かもしれないけど」

「やはり私と君は運命の赤い糸で結ばれていたようだ」

「はぁ!?ば、ばかなこと言ってないではやくやるわよ!」

「この気持ち...まさしく愛だ!!!」

「はわぁ!?!?」

 

まともな剣道を出来たか聞かれれば、言うまでもない。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「おはよう風」

「お、おはよう椿...」

 

下駄箱で挨拶すると、どこか変な風に返された。

 

「どうした?体調悪いのか?」

「なななんでもないの。なんでも...」

「はぁ」

「...椿こそ、いつも通り?」

「俺?俺はいつも通りだぞ。昨日の記憶はぼやけてんだがなー...授業も普通に受けてた筈でノートもとってあるのに聞いた覚えがなくて」

「疲れてたのよ。無理しないでね。絶対」

「おう。ありがと」

「絶対よ。悩んだら相談。部長命令だから」

「もう部長じゃないだろ」

「...また愛してるとか連呼されたらたまったもんじゃないのよ」

「?」

「とにかく!いいわね!?」

 

やたら念を押され、高校では変な視線を感じ、放課後には勇者部皆から肩を揉まれたり膝枕されたりした。

 

何を聞いても顔を赤くして背ける五人と、目を輝かせながら小説を進める園子と、呆れ顔の銀。

 

結局なにも分からず、ただ恥ずかしかった。

 

(俺が一体何をしたって言うんだ...?)

 




このキャラの元が気になった方は、グラ○ム・エーカーで検索!(ゆゆゆ民から別場所への勧誘活動)


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誕生日記念短編 エメラルドの姫

風先輩ハピバ!ということで短編です。自分の方が年上なのに先輩をつけたくなるのは女子力(オカン力)のせいか...?でもいざ本気の恋愛となると乙女になるだろう彼女が好きです。

あと、照井さんが実況しているゆゆゆPCゲーム見ました。あれ見たあとこの作品を作り出してたら、また違ったものがあったんだろうな...と。ネタバレ防止のためこのくらいで。

他の作品でもいくらか上がってるでしょうし、一緒に楽しんで頂ければ。ボキャ貧の自分はあとどれだけ過去話と丸っきり同じ文を回避できるのか(知らないだけでやってるかもしれない)。下から本文です。


「おはよー」

「ん、おはようさん」

 

下駄箱前で風に声をかけられいつものように返す。

 

「今日もよろしくね」

「別に言われなくたって大丈夫だって。そのためにバイクで来てんだし」

 

樹を送り届けるためのバイクは自転車置き場で待機中だ。登校するのにこんなものを使う生徒は過去にもいなかったようで、置場所をどうすれば良いか聞いた教師が一瞬黙ってたのは記憶に残っている。

 

「バイク登校、先輩なんかにも広まってるらしいわよ」

「尾びれ背びれがついてないことを祈るばかりだ...」

「金持ちってイメージは避けられないでしょうねー...あら?」

 

風が自分の下駄箱を開けると、ひらりと何かが落ちた。俺の足元まで来たので拾ったそれは、ハートのシールで止められている便箋________

 

(犬吠埼風さんへ...?)

 

「...これって」

「なになに?もしかして依頼?」

 

高校に勇者部の依頼書を出すやつなんていないだろとツッコミを入れる暇もなかった。

 

普段そういった話をする癖にこういうときだけ疎い彼女は、俺の手元から手紙をひったくり読み始める。

 

「えー、『犬吠埼風さんへ。どうしても気持ちを伝えたくて手紙を送らせて頂きました。今日の放課後、屋上で待っています』...?」

「いや、それラブレターだろ」

「...ラブレター!?」

 

自分と風の言葉が、少し冷たかった気がした。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

あたしがラブレターを貰った。ちゃんと宛先人の名前は間違えてなかったし、手元にある。送り主は分からない。

 

「今日はこの辺にしとくから。これ、次回までの宿題ねー」

 

チャイムと先生の終了の声と号令を習慣だけで乗りきり、隣の席に座る彼に話す。

 

「ねぇ椿。これ、あたしだけに見える手紙とかじゃないわよね?」

「...あぁ。俺にもちゃんと見えるぞ」

「あたしに春が?青い春が来たというの!?」

「あいつと言ってることが一緒だぞ...」

 

指差した先で(いつものように)騒いでる男子を見て、口を閉じた。

 

「うぅ...ホントにあたし?」

「名前書いてあるもんな」

「...女子からか!?」

「筆跡からして男だろうな」

「...」

「よかったじゃん。普段から言ってたんだし」

 

いつも通り______いや、いつもより少しだけ違和感のある椿の顔は、あたしが見つめても変わることはなくて。

 

「...本当にそう思ってる?」

「え?」

 

あたしは、椿がラブレターを貰った時、凄く不安だった。知らない人の元へ行ってしまう。椿は誰の物でもないのにそんな発想が出てくるくらいには、あたしは『嫉妬』していた。

「あたしがラブレター貰って...良かったと思ってる?」

 

(心のどこかで期待してたんだ。あたしは)

 

椿もあたしと同じくらい『嫉妬』してくれてないかなって_____

 

そしたら嬉しい。胸が熱くなる。

 

でも、それは現実としてなかった。

「...お前がいつも言ってたんだし、よかったんじゃないか?なんか嫌な理由でもあったのかよ」

 

普段よりちょっとトゲがあるような言葉に、私はやるせない思いを胸にしまった。

 

別に、あたしがそうなって欲しいなと思ってるだけなんだから。

 

「...そう。そうよね」

 

なのに。どうしてこんなに胸が痛むんだろう。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

バイクを走らせる。日が長くなる日々が続き、この時間ならまだ眩しい西日に悩まされることもない。最も、事故になりそうな辺りを走る車なんて見かけないけど。

 

図らずも風を学校に置いていくことができた。ここは良好だろう。

 

(...そう、思ってるはずなんだがな)

 

心のどこかがずっと逆撫でられてるようにゾワゾワするのは、何故だろうか。

 

「椿さーん!!」

「お待たせ」

 

讃州中学前に佇む樹お嬢様を迎え、荷物入れ場に忍ばせておいたヘルメットをつけさせる。

 

「んっ...」

「そろそろ自分でやってくれ」

「それはまたの機会で♪」

 

どこか上機嫌な彼女を見て落ち着いたのか、さっきより余裕のある運転が出来た。

 

「お姉ちゃんはうまく足止めできましたか?」

「偶然あいつにラブレターを渡してくれた奴がいてな。俺からなにかすることはなかったよ」

「...ラブレター!?」

「うぉっと!?」

 

流石姉妹と言うべきか、朝受けたリアクションとほぼ同じ返し。ただ今は運転中なので勘弁してほしいところだ。俺はともかく樹お嬢様に怪我などさせたら女王に処される。

 

「す、すいません!」

「いや...まぁ、元から園子と銀の部屋でやる予定だし、風が早帰りしても問題はないだろ?」

 

他の皆は二人のアパートに直行してるはずだ。今頃どったんばったんやっているのだろう。

 

「...こんなタイミングでくるとは思わなかったけどな」

「...椿さん?」

「さ、つきましたよ」

 

バイクを事務所の入り口で止める。どこか自分の動作が普段と違うんじゃないかと気になりながら。

 

「後は任せろ」

「あの、椿さん」

 

自分からヘルメットを取った樹は、とても年下とは思えない真剣な顔をしていた。

 

「お姉ちゃんのこと、心配なんですか?」

「...べ、別に」

 

しかし、少しの沈黙と噛んだことでバレバレ。彼女がずいと迫ってくる。

 

「私の目を見てください」

「っ...」

「......ちゃんと時間があれば、タロット占いをしたんですけど」

「なんだよ急に」

「素直な気持ち。よく考えて、お姉ちゃんに伝えてあげてください」

 

この子は今の動作でどこまで俺のことを読んだのだろう。端から見たらただ見つめあっただけに見えるはず。

 

「じゃあ行ってきますね!」

「...行ってらっしゃい」

 

しっかり見送って、バイクのエンジンをかけ直す。振動は俺の心そのものを表しているようだった。

 

(...俺の、素直な気持ちを......)

 

風がラブレターを貰ってから、落ち着かなかった。授業も集中出来てない。

 

どこか重くて、暗い感情。

 

『...本当にそう思ってる?』

 

もし、この思いに名前をつけるなら_________

 

「......」

 

普段なら絶対入らないお店の駐車場にバイクを止める。

 

「すいません、これの引き換えを」

「はい。少々お待ちください」

「...あの、追加も、いいですか...?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

事務所の中に入ってから電話をつける。高校の授業が終わってからまだそこまで時間はかかってないはず。

 

すぐに電話は繋がった。

 

『もしもし』

「あ、お姉ちゃん?」

『樹?どうしたの?何かあった?』

「何かあったのはお姉ちゃんでしょ。椿さんから聞いたよ」

『...椿に口止めするの忘れてたわ。せっかく出来た青春話をあたしの口からしたかったのにー!』

 

いつもとちょっと違うお姉ちゃんの声に、爆弾を投げ込んだ。

 

「受けるの?」

『......』

「悩んでるんだよね?」

 

悩んでるから今告白されてないし、電話にもすぐに出てくれた。

 

(...今回だけだからね)

 

互いの気持ちを知ってるから。

 

「お姉ちゃん。ちゃんと自分の気持ちを言わなきゃわからないよ?まして椿さんでしょ?」

『うぅ...』

 

思いなんて決まってるだろうに。それは変わらないだろうに。それでも揺れてる。

 

でも、揺れてる理由はラブレターを貰ったからなんかじゃなくて、椿さんの心が読めないから。

 

だから私は背中をそっと押してあげる。それだけでいい。

 

(...もしこれで決まっちゃったら、諦めないとなー)

 

「頑張ってね」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...っ」

 

バイクを止めて20分程度経とうとしている。真冬でないことに感謝しながら、少し肌寒い風を体で感じた。

 

「...椿?」

 

そして、彼女は来た。

 

(いや、当たり前なんだけどな。風の家の前なんだから)

 

「どうしたの?用事?」

「用事と言えば用事なんだが...その」

 

迷惑になるだろう。何様だと思われるだろう。

 

『素直な気持ち。よく考えて、お姉ちゃんに伝えてあげてください』

 

(...俺の......)

 

俺は覚悟を決め、口を開いた。

 

「今さらなんだが、今日の告白断ってほしいんだ」

「...え?」

「...風が誰かと付き合うんだと思ったとき、胸が苦しかった」

 

彼女は俺と不釣り合いなくらい良い女の子だ。

 

それでも_______やだなと、『嫉妬』していた。彼女と付き合いたいのは俺だと思った。

 

風が相手だから尚更素直になれなくて。銀の次に関係の長くて、いつもからかいあっている彼女だから。いつの間にか出来た気持ちに気づかなかった。

 

あまりにも身勝手なお願い。でも、分かっていても止められない。

 

(だって...お前のこと、好きなんだ)

 

「だから...って、ごめんな。こんなこといって。もう受けてきたのに意味ないよな...」

「......ぷっ」

 

耐えられないと言う風に笑う彼女に傷つく。

 

(...やっぱりな)

 

「あはははっ!!」

「...そこまで笑わんでもいいだろ」

「んーん!!」

「うおっ!?」

 

そっぽを向いてたら、ひしと抱きしめられた。彼女の暖かさと背中に触れる腕の感触にどぎまぎする。

 

「ふ、風!?」

「あたし、告白断ってきたから心配要らないわよ!」

「ぇ...なんで」

「...なんでだと思う?」

「......うどん好きじゃなかった?」

「違うわよ」

「ですよねー」

「...まぁいいわ」

「ちょ、風...」

 

彼女の顔が目の前まで迫る。くっつくというところで進路が変わり、耳元までいった。

 

「...正解は、今度ね」

「っ!?」

 

普段と違いすぎる声音に胸が苦しくなり_______ちょっと、ほっこりした。

 

同時に、ここしかないと。

 

「さーて、じゃあご飯作らなきゃいけないから。うちで食べる?...椿?」

 

離れそうになった風を今度は俺から抱きしめる。

 

「...その答え合わせの前に、俺から言いたいことがあるんだ」

「...なに?」

「好きです。付き合ってください」

「......はい」

 

ごく自然な動作で、一度体を遠ざける。

 

「答え合わせの意味、なくなっちゃったわね」

「別に、話題なんていくらでもあるだろ?」

「えぇ」

 

それから俺達の影は、また一つになった。

 

 

 

 

 

「到着っと」

「二人の家?どしたの?」

「今日は何日だ?」

「えーと...あ!?」

「ホントはバレなきゃ隠し通せって命令なんだが...」

「言われなきゃバレなかったわよ。自分で言うのもあれだけど」

「...あいつらの前じゃ、こんなの恥ずかしくて渡せないからな」

 

丁寧に包まれているのは、エメラルドが嵌め込まれたパーツが真ん中にあるネックレス。

 

「誕生日おめでとう。風」

「...つけてもいい?」

「お好きなように」

「ん...嬉しい」

「よかった」

 

本当は、アクセサリー店で頼んでおいたのはエメラルドのパーツ部分だけだった。ネックレスになるよう急遽変更したのは________

 

(エメラルドは愛の意味を持つ宝石...ネックレスは、彼女は俺の物だって証明、永遠に繋がっていたいと願う希望......だなんて。言えるわけないわな)

 

墓場まで持っていこうと決めたが、五年後酔った拍子に喋り、数日弄られたのはまた別の話。

 

「ありがとう!椿!」

 

彼女の笑顔は、何にも変えられない大切なものだった。



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26話 決意の一歩

区切るタイミング見失ったら恐らくこの作品最高文量に。

のわゆ開始直前に頂いたリクエストって見てる余裕なかったというのを数日前知りました。覚えのない面白そうなリクが三月十日前後にぞろっと...のわゆ本編と平行して書いてますが、しばらくは本編を進めたいと考えています。何が言いたいかと言うと、気長に待ってください...!

下から本文です。


「んぁーぁー......」

 

長めのあくびを噛み殺して手元に集中する。リズミカルに刻まれる切断音を聞きながらの作業はすぐに終わる。

 

「これでよし...と」

「椿さん。こちらでしたか」

「ひなたか?」

「...何時間前からこれを?」

「んー、多分一時間くらい前」

「一時間前から用意できる量じゃないと指摘するべきか、一時間前でも十分早いですよというべきか...」

「料理はそこそこやってたからな。時間はほら...遠足を楽しむ子供というか」

 

ちなみに、今は午前六時である。前日のうちにここ、丸亀城食堂の許可は取ってある。

 

「せっかく全員揃って花見が出来るんだ。やれることはやりたいじゃん」

「お手伝いしますよ」

「別に寝てても...いや、頼むわ」

「はい」

 

こういうときのひなたは強情だというのを最近知った。主に怒られた時なのだが、言わぬが花だろう。

 

「...楽しみだな」

「はい」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「レジャーシート引き終わり!食べ物並べ終わり!お茶入れ終わり!」

「ではリーダー。乾杯の挨拶をお願いします」

「え、私か?」

「若葉ちゃん、ファイト!」

「あ、あぁ...」

 

突然指名された若葉がお茶の入った紙コップを構える。

 

「えー...本日はお日柄も良く」

「曇りだがな」

「...桜も見れて」

「散って葉桜になってますけどね...もう」

「......あとは...」

「そんなことより食べさせろ若葉!早くー!」

「あぁもう!乾杯!!」

『乾杯!!』

 

思い思いに紙コップがぶつかり、全員退院祝いの花見が始まった。

 

『花見をしよう!前言っただろ?』

 

最初に提案したのは球子だった。一番入院の長かったユウが自由に動けるようになったら、こうして花見をしようと。

 

(結局あれから色々あって、桜は散ってるけど...)

 

辛うじて残り地面を彩る桜の花びらは、風に煽られて遠くへ飛んでいく。気まぐれな一片が俺の元まで来た。

 

「椿君、これ椿君が作ったの?」

「ひなたも手伝ってくれたけどな。それなりに上手く作ったから食べてみてくれ」

「見た目でもう負けてる...」

「...このだし巻き卵美味しい」

「タマだって!タマだって出来るぞこれくらい!」

「見栄を張らないでタマっち先輩...真似できないよ」

 

用意してくれてた容器が重箱だったため、実際より豪華に見えるんだろう。口々に美味しいと言って貰えるのは嬉しい限りだ。

 

「結局魚は釣ってきたのか?」

「そんな暇はなかったぞ...ドクターストップもかけられてたし。だが今度は楽しみにしておけ!」

「わかった。滅茶苦茶美味しい魚を期待してる」

「ハードル上げられても困る...」

 

表情がコロコロ変わる球子を見て、なんとなく面白くて微笑む。

 

「なっ、笑うことないだろー!」

「ごめんごめん...おにぎりあげるから許して」

「こんなもので...んぐんぐ...んっ。旨い」

「そりゃよかった...杏?」

「ひゃい!?」

 

球子の隣に座る杏は、ポトリと皿を落とした。 驚いただけにも見えたが_______

 

「...まさか」

「あはは...バレちゃいましたか...」

「杏さん?」

「......実は、まだ左腕の調子が悪くて」

 

以前の戦いで進化体の毒を受けた彼女の左腕は、回復傾向ではあった。ただ、まだ皿を安定して持てない程度には力を入れられないらしい。

 

「バーテックスめ...」

「あと一月程度で治るそうですから」

「先に言ってくれれば片手で食べれるメニューを増やしたのに...爪楊枝に刺すやつとか」

「杏はタマが食わせてやろう!」

「い、いいよタマっち先輩」

「遠慮するな!」

「あ、あー...」

 

本人も大したことには思ってないようで、胸を撫で下ろした。

 

「それにしても椿、いつから料理をしていたんだ?ここまでとは...」

「んー...本格的に始めたのは小六だな。朝飯作るようになって...って、そうだな」

「?」

「いや...折角だから聞いてくれないか?俺のこと」

 

皆も薄々感じてはいるのだろう。俺の記憶喪失が嘘だということを。

 

今も俺の話を信じてくれるとは正直思わない。だが、歩み寄りたい。俺のことを知ってもらいたい。

 

(...安心できるんだ。あいつらと同じくらい......)

 

「うんうん!聞かせて!」

「...ありがと。じゃ、なにから話そうかな...」

 

それから、色々話した。俺のこと。未来のこと。

 

「なんだと...」

「椿さんは、300年後から来た未来人で...?」

「タマ達をサポートするためにきたぁ!?」

「しかも、そっちでも勇者をやってた?」

 

ちなみに生き残りの話はしていない。これはあくまで俺の推論だし、全員生き残らせるのだから必要ないだろう。

 

物騒な話も、また今度でいい。時間はあるんだから。

 

「でもよかった!」

「ぇ?」

「椿君がいるってことは、私達はこの世界を守れたってことだよね!」

「っ...そんなあっさり...」

 

ユウの発言は、俺の言ったことを全て鵜呑みにした上でのものだ。即座にそんな夢物語を信じられるとは______

 

(...いいじゃないか。すんなり受け入れて貰えるなら。前へ進めるのなら)

 

「...いや、ユウらしいな。ありがとう」

「えへへ...」

「だから......」

「え?」

「いえ。神託で貴方のことを教えてもらったことがあったので...」

「へー...俺は、正確には勇者じゃないんだけどな」

『え?』

「おお、見事なシンクロ。俺は勇者の魂を保管してただけの入れ物。皆のように勇者の適性がちゃんとあるわけじゃない」

「頭が混乱してきたぞ...」

「じゃ、じゃああの勇者服は?」

「あれは言うなればグレードダウン品。未来の勇者服は...俺が精霊を使うみたいに降ろしてる赤や紫のやつさ。こっちに来てからはじめて出来るようになったから詳しくはわからないけど...大切なあいつらの証だ」

 

この胸に彼女達はいてくれている。俺は一人なんかじゃない。

腕に擦れるミサンガも揺れる。

 

今は、ここにもいるしな________

 

「随分、仲が良かったんですね」

「?」

「優しい顔ですから」

「...あぁ。あいつらは...勇者部の皆は、俺の大切な人達だから」

「勇者部?」

「勇者が入ってる部活さ。簡単に言えばボランティア部。人のためになることを勇んで実施するもので__________」

 

俺の話はいつの間にか俺の仲間の話になる。きっとそれは、彼女達が俺の体の一部と言っても過言でないからだろう。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「椿...頭がこんがらがりすぎたから、また今度にしてくれ...」

「あ、あぁ...」

 

結局、俺の話が打ち切られた頃には昼を回っていた。

 

いきなり未来にいた俺の過去(この時点で混乱を招きそうだが)に球子がついていけてないのも当然だが、俺としては話してすっきりした。

 

「会ってみたいな~。私にそっくりな結城ちゃん」

「本当にそっくりだぞ」

「だから初めて会ったとき驚いて、友奈と呼ぶことに抵抗があったんだな」

「あぁ。あの頃はどうしても友奈がよぎって...」

 

今も全くないと言えば嘘になるが、後ろ向きな意味でなく前向きな意味だから気持ちとしては楽である。

 

(『友奈』と呼ばず名前で呼ぶって妥協案の結果がユウだったけど、適当だな...ほんと、今さらだけど)

 

「...ねぇ椿君」

「?」

「...ううん。皆。私もお願いがあるんだけど、いいかな?」

「どうかしたか?」

「相談事ですか?」

 

真剣な面持ちのユウがおにぎりを食べ終わって言ってきて、俺達にそれを断る理由なんてない。

 

「あのね...私のことも聞いてほしいの!」

「...そう言えば、友奈のことってあんまり知らないかも」

「友奈は聞き上手だからな。ついつい私達も話してしまう」

「...違うの。私は...そんな褒められることしてないよ。気まずくなったり誰かと言い争うのが辛いから。だから、相手の話を聞くばかりで、自分を出せなくて...」

「...でも、そんなユウが言ってくれるんだろ?」

 

そう思っていたユウが、自分を見せようとしてくれている。

 

「うん。一人で入院してたときも、ぐんちゃんを守ったときも、タマちゃんとアンちゃんとリハビリしてたときも...今こうして皆といられるのって、とっても大事なことなんだなって、前よりずっとずっと分かって。それが無くなると考えたら...怖くて」

「高嶋さん...」

「でもまだいる。いてくれてる。話ができる」

 

ユウが郡の手をとる。

 

「...だから、皆に私を知っていて貰いたい。どうかな...?」

「...嫌だ。何て言う奴は、ここにはいないさ」

「あぁ、話してくれ。友奈、お前のことを」

「...ありがとう」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

私の名前は高嶋友奈。14歳で、血液型はA型。出身は奈良。誕生日は1月11日。趣味は...武道かな。

 

小さい頃は神社の境内で遊んでたりしたかな。かくれんぼとか。神主さんによく怒られてたよ。

 

小学校は田舎っぽい所で、人数もあんまりいなかったかな。皆でカレー作ったときもあったよ。美味しかった...今でも美味しいもの食べるのは好きだな。すっごく幸せになれて。

 

男の子に混ざってサッカーするのも、女の子に混ざって押し花作るのも楽しかった。

 

でも、それ以外普通な私が勇者になったときはビックリしたよ。タマちゃんみたいにアウトドアが得意なわけじゃないし、アンちゃんみたいに頭がよかったりするわけじゃないし、ぐんちゃんみたいに得意なことがあるわけじゃないし。

 

戦うのも怖かった。でも...家族を、友達を、ここにいる皆を失うのはもっと怖かった。本当はね_______

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「本当はね。私は怖いから戦ってる臆病者なんだよ...」

 

一気に喋った高嶋さんが区切るように息をつく。

 

その時の私は、どんな顔してたかわからない。

 

「...ぐんちゃん?」

「それは違うわ。高嶋さん」

 

でも、言いたかった。

 

「貴女は私に立ち上がる勇気をくれた。私を助けてくれた。私の方が年上な筈なのに...怖くても、皆のために戦う貴女は臆病者なんかじゃない。勇者よ」

「ぐん、ちゃん...」

「良いこといったな千景!100タマポイントやろう!」

「それはいらないわ」

「即答かよ!?」

「まぁまぁ...でも、私も千景さんと同意見ですよ。友奈さん」

「あぁ」

「そうですね」

「俺もそう思う」

「皆...ありがとう!」

 

高嶋さんの笑顔に、私は引き込まれた。

 

その後も、それぞれが自分の話をして(上里さんは乃木さんの話をしてたけど)、笑いあって。些細なことを話してるだけの筈なのに、凄く楽しかった。

 

(高嶋さんは一歩前へ踏み出してくれた...いいえ。自分のことを一つ前へ進ませた。私も...)

 

彼女の、彼女達の隣を歩くため、自分のことを一歩前へ_________

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

返事はない。悲鳴もないから寝ているのかもしれない。

 

(大丈夫...けじめをつけましょう)

 

前回の戦闘が終わり、病院での入院が終わった私は丸亀城の寮にいた。だから、ここ(引っ越してきた郡家)は少し久しぶりになる。

 

自室に行って、必要な衣類、ゲームを土居さんから借りた登山用リュックに詰める。

 

(...これも)

 

最後に卒業証書を丁寧にいれて、来た道を引き返す。

 

「すぅー...」

 

一度深呼吸して、私はリビングのドアを開けた。

 

「あぁ千景、帰ってたのか」

 

以前より痩せたお父さんと、今にも死にそうなお母さん。

 

(...私は、私の決めた道を進む。親不孝ものでも)

 

不倫し、私のことを押しつけあった二人。

 

「お父さん。お母さん。私はこの家を出ます」

「...あ?」

 

仮にも娘。そんな私が突然家出を宣言して、目を丸めるお父さん。

 

「何言ってるんだ千景?冷静になれ」

「冷静でないのはここにいる全員よ。私は勇者になる前は離婚の邪魔になると言われ、勇者になってからは当たり前の様に戦果を期待し、出来なければ屑呼ばわりされたことに怒ってる。お父さんは自分のやりたいことをしたいのにお母さんを看病しなきゃいけなくて、私のせいで言われる罵倒に腹が立っている。そうでしょ?」

 

まるで見本の様な家庭崩壊。

 

「だから私は、ここを出るわ。何年かかるか分からないけれど、互いに冷静になったらちゃんと話がしたいと思ってる」

 

私も冷静ではない。今は話したいことも話せない。

 

もしお父さんが、私が入院中に一度でも顔を出しに来てくれてれば。ここまで行動することはなかった。

 

でも、来なかったから。彼にとって私は、本当にどうでもいい存在だったと分かってしまったから。数日間突然帰らなくなっても、会おうとしないくらいには。大社の人もいたのだから、居場所なんて聞けばすぐわかることを。

 

「だから、それまで...お母さん。頑張ってね。天恐なんかに負けないで。私も...戦うから」

「なにいってんだ...なにいってんだ千景。突然家を出る?ふざけてんのか?」

 

お父さんのことをほっといて、お母さんの顔を撫でる。痩せ細った彼女の表情から気持ちは汲み取れなかった。納得してくれてるのか、呆れているのか、余計なものが消えると喜んでいるのか。

 

「...お父さん。大社の人もいるだろうけど......お母さんをよろしくね」

 

一方的に近い宣言。でも私にはこれ以上のことを考えられなかった。

 

次帰ってくるのは、あの人達と同じくらいの心の強さを持ってから。

 

私が落ち着いて、二人と歩み寄れる強さを持ってから。

 

「さよなら」

「...ふざけるな」

「ふざけてなんかないわ」

「ふざけんなぁぁぁぁぁ!!!」

 

出ていこうとする私を追ってお父さんが迫る。振り上げられ、視界の端に映ったそれは、赤黒いスパナ______

 

(そのために...力を貸して)

 

私に、立ち上がる力を。

 

「ひっ!」

「......」

 

スパナを弾かれ、お父さんが私を見て腰を抜かす。リュックを背負う私の服は________一度は展開出来なくなった、彼岸花の勇者服。

 

鎌は置いてきたため攻撃方法なんてないけど、一般人はそれを知るはずもない。

 

「今まで育ててくれてありがとう。感謝してるわ...だから、貴方がその武器を持たない自信ができたら。その時、私のことをほんの一欠片でも娘として思ってくれるなら。また会いましょう」

 

堂々と家を出て、玄関を閉める。

 

「...っ!」

 

瞬間、膝をついた。父親に鈍器を向けられたショックは想像してたより大きすぎる。

 

(私は...)

 

「ったく、何をしでかすのかと思ったら」

「え...」

 

地面に倒れそうになった私を支えてくれたのは、彼だった。

 

 

 

 

 

「なんでここに」

「寮に帰るまで急に黙りこんで、リュックしょって外に出るのが見えたからな...っと、ゲームばっかでよくここまで重たくなるな......」

 

街灯に照らされた道を歩く。私が壁側、彼が道路側。

 

「それで見張りなんて...私のお父さんが何かしてくると思ったの?」

「いや、もう治ってるとはいえ俺あの人に鈍器で殴られてるからね?大社の奴が早々に病院運ばなきゃどうなるか分かったもんじゃなかったらしいし」

「ぁ...」

 

気絶する直前の光景を思い出す。噴き出す血、歪んだ表情、あの光景が悲惨すぎて、私は意識を失ったんだ。

 

「とはいえ無策で行くようなやつでもないと思って、庭の方から監視してたんだがな」

「立派な不法侵入ね」

「それは勘弁してください」

「...でも、また助けられたわ」

「そんなことない。どんな形であれそれは郡が進んだ道だ。俺はなーんにも」

 

おどけて見せる彼は、街灯に照らされて昼間より明るく見えた。

 

「......千景」

「え?」

「千景で、いいわ...そう呼んで。呼びなさい」

「なんだよ怖いな...俺も椿でいいぞ」

「嫌よ」

「えぇ...」

 

今、街灯と街灯の間を歩いていて本当によかった。きっと私の顔は真っ赤だから。

 

「...だって、恥ずかしいじゃない」

 

ほとんど接してこなかった異性を急に名前で呼ぶなんて。

 

「だから、私はいいわ...古雪君」

「...名字でもちゃんと呼んでくれたのは初めてだし、いいか」

「っ......」

「千景ちゃんは恥ずかしそうだしな~?」

「っ!うるさい!!!調子に乗るな!!!」

「いてっ...すいません...あ、ちょっと寄り道していいか?」

 

私の攻撃から逃れるように入って行ったコンビニは、数十秒で戻ってくる。

 

「はい。お詫びです」

「みかんジュース...?」

「俺の一番好きな飲み物さ。こっちに来てから一回も飲んでないと思って...美味しい!300年後と変わらなくてよかった...」

 

「こっちの方が美味しかったら作り方学んで帰らないといけないからなー」なんて言う古雪君を見て、みかんジュースを飲む。

 

別に好きでも嫌いでもないそれは、飲んで冷たく、でもぽかぽかした。

 

「...美味しい」

「お、当たりですかね?いくつか並んでたから明日から片っ端から飲んでやるぜ...」

「勝手にやりなさい...一番美味しいの見つけたら、また頂戴」

「了解」

「でも、なんで急に...?」

「......多分無意識で避けてたから。まだここを、あの時代と別の場所なんだと思っていたかったから。でも...変わらないもんな。今も未来も。千景を見て、俺もチャレンジしたくなって」

 

一気に半分近く飲みきった古雪君を見て、私も口を開いた。

 

「私には300年後とか、この時代との違いとか分からないわ...私が分かるのは、他の誰でもない貴方がここにいる。それだけよ」

「......ありがとう。千景」

「お礼を言われることじゃないわ」

 

前もあった気がする、雑談しながらの帰宅。

 

それがどこか、楽しかった。



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27話 買い物と恋愛

なんか一気にポイントが上がり、総合評価2000を突破しました!この作品を見ていただいてる皆様に最大限の感謝を。


朝日が顔を見せる頃。

 

「はぁっ!!」

 

木刀を魂込めて振る。風を切る音を立て、それを空想上の敵の喉元へピタリと止めた。

 

「っ...はぁっ!!」

 

花見をしてから一週間。全員復帰により授業は本格再開し、身体能力の訓練は俺と若葉、千景以外のリハビリ組もかなり体力を取り戻した。学力テストは俺がトップ、球子がビリだった。それでもある程度のやり方は教えた為、良くなってたらしいが。

 

千景も両親といざこざがあったものの、あれから音沙汰はないらしい。『変に来られるよりはいいわ』と清々しく言っていた彼女が頭に焼き付いていた。

 

(自分の両親と喧嘩して、家出して...あんなこと言えるなんて凄いよな)

 

果たして自分がその状況に立ったとき、彼女の様な行動を取れるのかと言われれば言い切ることはできない。

 

「っ、集中!!!」

 

雑念を振り払って木刀を振り続ける。辺りを気にせず、自分の気持ちを高める。

 

正直、一本の剣捌きは若葉の方が上、二本なら夏凜の方が上だ。

 

(最終目標はあいつらを越える!!!)

 

「はぁっ!!!」

 

 

 

 

 

振り続け、夏凜から教わった型の様な動きも一通り終わってから近くに置いておいたタオルと飲み物を取る。流石に運動後を想定してたのでみかんジュースじゃない。

 

まだ朝晩は寒いものの、体を動かせば汗が出てくるような季節になってきた。

 

「はーっ...あー」

 

足腰を整理体操させながらお茶を煽る。体温が体の中から下がっていくのを感じた。

 

「...んー、よし」

「よくありません」

「うおっ!?ひなた!?」

 

突然現れたのはひなただった。割りと神出鬼没なので驚く。

 

(狙ってやってることはないんだろうが...)

 

「こんなに汗を残してたら、タオルで拭いた意味がありませんよ」

「いやびっくりした...いたなら声かけてくれよ」

「一生懸命だったようなので」

 

手元のタオルをひったくられ、顔に当てられる。強く押されてるわけでもないのにしっかり汗が取られていた。若葉で慣れているんだろう。

 

「お背中もやりましょうか?」

「自分でやりますから...ありがと。ひなた」

 

(そういや...)

 

感謝を述べてからふと思い出す。こっちに来てから精神的に荒んでて、元の自分を取り戻してからも皆に何かできたわけではない俺の状況を__________

 

(俺が荒れてた頃から、心配してくれてたんだよな...)

 

ひなたは頭を撫でてくれたし、杏は俺の思いを聞くためにデートの機会を用意してくれた。

 

「椿さん?どうかしましたか?」

「え、あぁなんでも...朝御飯、行こうか」

「制服に着替えてからにします?」

「時間的に食ってから着替えるよ。行こうぜ。あ、若葉達待つか?」

「食堂で合流と打ち合わせ済みなので大丈夫ですよ」

「そっか」

 

(なにか、俺に返せることがあるのなら...)

 

 

 

 

 

「それで、何でタマの所に来たんだ?」

「一番正直にして欲しいことすぐ言いそうだなと思って。実際そうだろ?」

「我が儘みたいに言うな」

「ごめんごめん」

 

俺は球子と一緒に大型ショッピングセンターに来ていた。目的にはアウトドア用品の並んでいる店。

「にしても...こうしたアウトドア用品専門店ってのは初めて来たが、案外面白いもんだな」

「分かるか椿!?この空間の良さが!」

 

サンプルとして展示されているテント。その周りに広がる数々の小物。こうした世界に触れるのはそうそうなくて、珍しさで辺りを見回した。

 

球子から頼まれたのは、『アウトドア用品の買い物をするから荷物持ちしてくれ』というものだった。

 

何を買うのかはまだ分からないが、女の子一人が運ぶには難しいものもある。確かに人手はいるだろう。

 

「杏はダメなんだよなー」

「そりゃ文学少女だからな...それで、何買うのかは決めてるのか?」

「タマは今回これとこれとこれにする!」

 

どんな大型を買うのかと思えば、小物を何点か買っていくだけだった。

 

それも、カートに入れる間に挟まれる説明はあまり実用的に感じない。

 

「それでいいのか?」

「いいんだ。寧ろこれで」

 

会計を手早く済ませる球子の顔は確信しきっていた。

 

「こんだけ可愛いもの系が揃えば、皆キャンプとかやってみたくなるだろ?」

「......成る程」

 

実用的の代わりに見た目の華やかさや女子が取っつきやすそうな機能が施されているそれは、アウトドア素人の俺にもある程度理解できる。

 

「最近は忙しすぎて出来なかったからな...それに、やるなら若葉達を混ぜて皆でやりたい」

「......やる時間はあるさ」

「わかってる!例え何が来たってタマの敵じゃないからな!!任せタマえ!」

「頼もしい限りだ」

「...よし、そうと決まれば次は飯だ!!行くぞ椿!」

「はいよ」

 

まだ軽めの荷物を持ってぶらぶらして、肉を食べて、洋服なんかを日用品で足りないものも買い揃える。

 

(結構な量になってきたな...)

 

漫画で見るような前が見えなくなるくらいの箱を持ってるわけじゃないが、両手に多くの紙袋やビニール袋は流石に堪えてきた。

 

「......つ、椿」

「ん?」

「荷物、半分」

 

何故か顔が赤い球子が俺の手から袋を奪い取った。

 

「今日の荷物持ちは俺なんだし、気にしなくていいんだぞ?」

「そう言いそうなのはわかってるんだよ...ほら、もう買うものないし帰るぞ」

「ぁ...」

 

空いた左手に球子の右手が繋がれる。あっちの方が冷たかったようで、ひんやりした感触が伝わってくる。

 

「...嫌か?」

「そんなわけないだろ」

 

美少女と手を繋ぐ役得を拒む男子なんていないだろうし______

 

(...そうでなくても、な)

 

俺を救ってくれた手だ。確かな温度を感じながら、俺達は帰路についた。

 

なんで突然球子が手を繋いできたかは、聞く機会はなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はふー...」

 

椿と一緒に買い物して、帰ってきてもう数時間経っている。

 

でも、体の熱は引かなかった。

 

(あんなことして、変な奴だって思われてないよな...?)

 

椿の手が空いたとき、無性に繋ぎたくなった。一度は自分の胸に当てた手だ。

 

(...女の子らしくは、なかっただろうけど)

 

理屈とか抜きで行動することが多いタマだが、今回は普段より思いが強かった。勿論もっと仲良くなりたいとは思う。

 

(でも、こんなのを考えるって、やっぱりタマは...)

 

タマはガサツで、落ち着きもなくて、男子みたいな奴だ。

 

なんなら勉強できて、料理もできる椿の方がよっぽど女子っぽい。

 

それを今さら気になる、少し気にしてるのは_________きっと、カッコいい椿をタマは________

 

(っ~!ないない!タマが杏が読んでそうな本の女子みたいな思考なんて~!!!)

 

「そういうキャラじゃないんだー!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「椿さんにやって欲しいこと...ですか」

「あぁ。別に今言わなくてもいいけどな」

 

杏に聞いてみれば、予想外の返事が待っていた。

 

「じゃあ今夜、椿さんの部屋にお邪魔しますね」

「おう...おぅ?」

 

結局何が目的なのか聞いてみれば、『俺の話が聞きたい』とのことで。

 

「んで...何から話せばいい?」

 

俺の部屋にある座れるものと言えば、大社が用意した簡素な椅子とベッドしかない。どちらか好きに選ばせた所ベッドに座った。俺は飲み物を用意してから椅子に座る。

 

正直、何を話せば良いのか。バーテックスとの戦いはともかく天の神と戦ったことなんかは話さない方が良い気がするし、かといってそれ以外の話_____勇者部や大まかな激動の流れ______は、花見で済ませてしまった。

 

「では、椿さん。好きな人はいらしたんですか?」

「......そーゆーことかー」

 

『俺の話が聞きたい』ではなく、『俺(未来)の恋愛事情が聞きたい』ということだろう。メモまで用意してる辺り恋愛小説好きの彼女らしい。

 

「この前の話だと、大勢いらしてるみたいじゃないですか。幼なじみとか、妹さんとか...」

「俺の妹ではないけどな」

「それで、誰か好きな方とかいるんじゃないですか?」

「んー...友情的な意味なら皆大好きだが...」

 

恐らく杏が望んでるのはそういうことじゃない。

 

(恋愛小説ばっか読んでたからな。俺だってわかんだぞ)

 

「恋愛的な意味なら...微妙かもな」

「え?」

「皆、お前らと同じくらい可愛い子達ばっかなんだよ。俺なんかとは不釣り合いなくらいな」

「か、かわ...仮定の話なんですから!いいんですよ!」

「んー...」

 

俺の好きな人。言われて思い浮かべるのは勇者部の皆だ。

 

(...そう、皆なんだよなぁ)

 

こういう時は普通一人浮かんだりするものだろうに、出るのは七人の笑顔と新たな六人の顔だった。

 

(...もしかして、俺って節操なし?もしくは優柔不断?)

 

「椿さん?」

「い、いや...」

「決めきれないんでしたら、好きなタイプとか」

「ぁー...」

 

画像はこの世界に来た時点でバグのようになっている。元の写真を知ってる俺なら辛うじて分かるが、杏に見せたところで皆の顔は分からないだろう。

 

(てことは、分かりやすくするためにこっちの中で決めるとして...)

 

「一番のタイプは杏かな」

「ふぇ!?」

 

女の子らしい所があって、勧めてくれる本も凄く面白い。

 

ひなたも女の子らしいところがあるけど、黒さが光るので僅差で二位。ユウが三位で、他はどちらかと言えばかっこいいとか男らしいって感じだろう。

 

(まぁ、それはそれで悪くないっていうか、楽しそうだけど...やっぱそういうの選べる立場じゃないしなぁ)

 

「わわ、わ私ですか!?」

「あ、嫌だった?」

「い、いえ...全然!」

「そっか...よかった。まぁあれだ。未来の恋愛も今と変わらないよ」

タコの様に真っ赤になった杏は、そのまま両手で毛布を胸に寄せた。

 

「そういえば...左手は?」

「ぁ...ご覧の通り、治りが早くなってるみたいで。来週には完治できそうです」

「そっか...よかったー」

「椿さんも、大怪我してたじゃないですか。あの傷は?」

「頭の方も腹の方も傷ひとつ残ってないよ」

 

千景のお父さんにつけられた頭の傷は園子の勇者服を纏った途端に消え、腹の方も戦闘中になくなった。

 

流石に一人のエネルギーであの出血を賄えなかったのか、あの時は杏と球子から貰ったみたいだけど。

 

(即死級のを喰らって生きてるってのも...生きてるにこしたことはないからいいんだけどさ)

 

「あの...椿さん、まだ聞いてもいいですか?」

「俺の話でよければいくらでも話すよ」

 

こうしてゆったり話すこともなかった。楽しいと感じる時間はあっという間で、気づいた頃には夜もそれなりに深くなっていた。

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

「あぁ。おやすみ」

 

杏の消えた部屋は余計なものがない殺風景なもの。

 

「......寝にくいぞこれ」

 

ただ、感じたことのない香りが布団からして、なかなか寝付けなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(わー...わー!!)

 

ベッドの上に寝転がり、足をパタパタさせる。それでも興奮は収まってくれない。

 

『一番のタイプは杏かな』

 

(わぁー!!?)

 

思い出すだけで体が熱くなる。

 

別に、こうなることを期待してたわけじゃない。話を聞いてる限りだと未来の椿さんの周りには何人も女の子がいて、ここにもタマっち先輩をはじめとして可愛い女の子がいる。私が選ばれるなんて思ってもなかった。

 

それでも、私を一番と言ってくれたのは__________

 

(というか、そう言われただけでこんなに感じるって、私......)

 

タマっち先輩と同じくらい、大切な存在になってる。

 

気づいた時、私は布団に顔をぶつけた。

 

「もー...どうしよう」

 

私は落ち着くまで、途中まで読んでたお気に入りの本を開く気すらなかった。







今回からの数話はリクエストからつまんでます。順番だったり内容だったり。

ちなみにシチュはまだまだ絶賛募集中です。キャラについてはご安心下さい。やる予定ですから。


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28話 敵と耳掻き

諸々含めると最もリクエストが多かったと言える回。耳掻きの時間です。


「皆さん!!若葉ちゃんと椿さんを見てませんか!?」

 

「知らないわよ」

 

「お出かけするって言ってました」

 

「場所は!?!?」

 

「え...わからないです...」

 

「ひなちゃんどうしたの?」

 

「折角若葉ちゃんが男の子とお出かけするんですよ!?あんな若葉ちゃんやこんな若葉ちゃんの姿をカメラに納めたかったのに...!!」

 

「いや、尾行はやめてやれよ...ひなたもされたらやだろ?」

 

「大丈夫です。若葉ちゃんには絶対バレないようにやりますので」

 

「あははー...愛されてるなー若葉ちゃん」

 

「高嶋さん、それは違うと思う...」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「よかったのか?」

「勿論よくはない。だが...」

「...分かったよ」

 

四国を守る壁は未来のものと比べれば薄いが、それでも人が何人も乗れるくらいの厚さはある。

 

そこで俺と若葉は変身を済ませた。

 

「じゃあ行くか」

 

足を踏み出すと、目の前には大型バーテックスがいた。確か大赦ではバーテックスごとに星座の名を与えていて、春信さんから見せられた資料に乗ってた名前は確か_______

 

(...レオ・バーテックス)

 

獅子の名を持つ最強格の敵は、ただ悠然とそこにいた。

 

俺が若葉にお願いされたのは、このレオ・バーテックスを調べて欲しいということだった。

 

俺が意識を失ってた時千景とユウの三人で来たらしく、その時は手も足も出せなかったとか。大社の方針としては、動く気配もないためひとまず放置らしい。倒す術がないのなら仕方ないことだと思う。

 

だが未来の勇者の力を使える俺なら話は別かもしれないと。

 

勿論最初は全員で行くつもりだったし、俺も二人で行くことは反対した。

 

『何かあったらどうするつもりだ?悩んだら相談だぞ?』

『当然無理するつもりはない。椿で攻撃が通るのか気になっただけなんだ。もしダメならすぐにやめる。ただ...皆の気持ちが休まってる今、余計な不安を抱かせたくないんだ...』

 

そう言われると、今の安心したムードにぶちこむべき問題ではないとも感じた。

 

こうして絶対無理しない。変化があればそれを調べるだけで帰るという条件の元、俺達は足を踏み出した。

 

「にしても...」

 

壁のすぐ目の前で作られている敵は、もう外見は完成しきっている様にも感じる。こいつを見たのは既に一年近く前のことだから正確には分からないが。

 

(星屑はまだまだくっついてるし...)

 

「いや、とりあえずやってみる」

 

折れた刀を逆手に握り、拳を降り下ろす感覚で道中の星屑を切っていく。

 

「せやぁ!」

 

そのままレオ・バーテックスと接触を果たす。折れた刀は刺さることなく、敵の曲面を滑った。

 

「な!?」

 

慌てながらも近くにいた星屑を踏み台にして一度壁まで戻る。

 

(今の...)

 

「椿!?」

「やっぱりこれじゃあダメだった。あれうち(未来)でも強かったからな」

 

太陽の様に膨れ上がったり、炎を纏った星屑を出したりと他に比べても異質な部分が多かった。

 

「...ともあれ約束は約束。効かないと分かった以上帰るぞ」

「あ、あぁ...」

 

すぐに結界中に入って、若葉をちらりと見る。

 

彼女の顔は、やはり落ち込んでいた。

 

「...『白銀(シロガネ)!!』」

「椿、何を...」

 

辿る記憶は狙撃銃。黒髪を揺らす彼女が、親友の名をつけた武器。

 

青い勇者服を着こんだ俺は、両手で構えた。

 

「若葉、もう一回外出てくれるか?五秒でいいから」

「もう一度か...?」

「頼む」

 

壁の外へ消えた若葉を確認して、引き金を引く。ボルトアクションで弾を変え、もう一度。

 

弾丸は結界の外へ吸い込まれていった。

 

「...どうだ」

「椿、何をしたんだ?こちらには何も起こらなかったが...」

「...後で話す。とりあえず戻ろうぜ」

 

 

 

 

 

俺達はそのままの足で図書館へ来ていた。貸し出してるパソコンで簡単な纏めを済ませる。

 

「よし終わり...若葉は何書いてるんだ?」

「次の演説の簡単な原稿だ。大社が用意するんだが、私も率直な気持ちを書いて意見に反映してもらいたくてな。なかなか胸が痛い内容だが...椿はパソコンをよく使うのか?」

「それなりにな。ネットに部活の内容あげたりもしてたし」

 

ルーズリーフに原稿の大まかな内容を書いている彼女に、パソコンを向ける。

 

「とりあえずさっきの敵の簡単な纏めだ。戦うのは別に大社じゃないし、見せるのはお前らだけでいいだろ。他に出てきた今までのやつはどんどん書いてくから」

「分かった...へー、かなり見やすいな」

「ありがと」

「それで、何か新しく分かったのか?」

「あいつに関してはここに書いてあることが全部で、後は俺に関して」

「椿に?」

「あぁ。俺の切り札...未来の勇者の力を借りることが出来るのは、神樹様の結界内だけだ」

 

外に出て使うことが出来なかったのはさっき確認した。銀の力は借りられなかった。異様に敵が固かったが、あそこで銀の力を使えばきっと砕けただろう。

 

(まぁ、かなり固かったのも事実だけど...)

 

「そういうことか。だから結界内に戻ってから銃を出して...」

「急に使えなくなったって可能性もあったから、すぐ確認したくてな」

 

放った弾も結界の外へは行かなかったようで、俺の力の範囲は確定したも同然だろう。

 

「というわけで、あいつに対しては現状待つしかない。結界内に入ったのを迎え撃つ。酒呑童子かそれ以上の精霊を利用して外に出て戦うなんてのは、俺は出来ないし絶対にしてほしくない」

 

肉体、精神共に大きすぎる代償がある以上、使う機会なんかない方がいい。

 

「完成品のレイルクスとかあれば、また別かもしれなかったけどな」

「レイルクス?」

「あぁ。俺が使ってた強化...なんだ、強化機械って言うのか?」

「そんなものまであったのか。未来は優秀だな」

「俺が使ってたのは試作品だし、完成品なんて作られなかったけどなー。ちょっと力が増して空飛べたくらい」

「十分じゃないか」

「...そうかも」

 

一通りの話が終わると、微妙な沈黙が起こる。

 

「待つしかない。か...」

 

窓の外、青空を見て、少しだけ息をつく若葉。

 

「そんなに気負うなよ」

「へ?」

「何が来たって皆無事に帰る。その為に俺がいるんだし、若葉がいるんだし、皆がいる。そうだろ?」

 

リーダーとして背負うものがあるのか。それとも真面目な性格から来るものがあるのか。今回だって彼女らしい頼みだった。何でもやると言ったから、もっと楽しいこととかでもいいのに__________

 

だから、たまには休んで欲しい。

 

「...私は、少し前まで過去に囚われていた。バーテックスに無惨に殺された人々の復讐を胸に抱き、戦ってきた。何事にも報いを与えなければと...それを、仲間の、今を生きる人々の為に戦うと決意してから多くのものが見えた。感じることが出来た」

「若葉......」

「それは他でもない。ひなたや椿、共に戦う皆のお陰だ。ありがとう」

「...お礼を言うのはこっちさ」

 

はじめは、園子の先祖としか考えてなかった。絶対に死なせてはならないと。

 

今は_______そういうことを除いたとしても、俺自身が死なせたくないと思う。この命に変えても助けたいと思う。

 

「...なんか、むず痒いな」

「恥ずかしがることなんかない。こう思うことはなにも変なことではないのだから。話せるうちに話すことは重要だろう?」

「若葉の方がよっぽど男らしいな」

「それは誉めてるのか?」

「誉めてる誉めてる」

 

軽い話になった途端、く~と可愛らしい音がなる。

 

「......」

「...お昼でも食べに行くか。腹ペコで倒れられても困るしな」

「~!忘れろ!」

「やっぱ女の子らしいや」

「な!?」

「さ、行こうぜ」

「待て椿!忘れてくれー!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

今日の午後はなかなかだった。椿にからかわれるし、何故かいたひなたが合流して写真取られるし。

 

極めつけは、二人に連れられて可愛らしい服を何着も着せられたことだろう。

 

(似合わないだろうに...!)

 

ひらっひらのスカート、華のあしらわれた髪飾り、ひなたに一度やられたことはあるが、あの時よりどっと疲れた。

 

しかも、今日試着した物の一つ、水色のワンピースは購入までしてしまった。

 

『大社から莫大な金貰ったし気にすんな』

 

「......」

 

姿鏡を前に、もう一度着てみる。一回りすると、裾がふわっと浮かんだ。

 

『若葉ちゃん可愛すぎます!これはメモリーに残しとかなきゃなりません!!』

『や、やめろひなた!消せ!』

『いいじゃん。似合ってんだからさ』

『椿!!』

 

(...?なんだ?)

 

心に燻った感情は、私にはわからなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はー...満足しました」

「なぁ、満足したなら帰ってもいいよな...?」

「ダメですよ。何でもいいと言ったのは椿さんですからね」

「そこを言われると痛い...じゃあ、お願いします」

「はい♪」

 

若葉とひなたの三人で帰る道すがら、ひなたにも『なにかして欲しいことはあるか』と聞いた。

 

返ってきたのは、『耳掻きさせて下さい』というものだった。

 

 

 

 

 

『して』ではない。『させて』だ。

 

(いや、百歩譲ってしてくださいならまだ分かるよ?でもさせてくださいとか...)

 

俺がなにかすることはないか聞いてるのにまさかの返しがきて、思わず『そんなのお願いされなくても...』と言ってしまった。

 

だが、いざやられるとなると。

 

(くっそ恥ずかしい......)

 

親以外の他人にじっくり耳を見られるというのは、思いの外恥ずかしかった。多少慣れてる膝枕も恥ずかしいことは恥ずかしいけど。

 

「最近そんなことまで気を使う余裕無かったから、汚いと思うぞ」

「それはやりごたえがありますね」

「あ、そう...」

「若葉ちゃんはいつも気持ち良さそうに顔をとろんとして、ねだってくるんですよ。その力、椿さんにお見せしますね」

「なっ...ひうっ」

 

「なにそれ怖いんですが」というぼやきをなんとか飲み込んだ俺に襲ってきたのは、入ってくる竹棒の感触ではなく、くにくに揉んでくる暖かな手だった。

 

「ひ、ひなた...何を」

「ちょっと温めると、垢が取れやすくなるんですよ」

「へ、へー...んっ、くすぐったい」

「我慢してください」

 

もぞもぞ動きたくなるが、ひなたの膝も柔らかくて動く度にドキドキする。男子の膝なんて硬いだけなのにこの差はなんなんだろう。

 

「ひ、ひなた...」

「気持ちいいですか?...さて、それじゃあ始めますね」

 

ごそごそと耳元で音がして、竹棒が俺に入ってくる。

 

「まずは耳の周り...撫でるように...」

「んっ...ん」

 

カリッ、カリッっと肌を少しずつかかれ、変な声が漏れる。

 

「えいっ」

「んわっ!?」

 

いきなり強いのがきて目を閉じた。

 

(や、やば...)

 

「動かないでくださいね。はい、かーりかーり」

「ぁ...」

 

自分でやる時ですら分からない最高のポイントを的確に攻めてくる。

 

「痛くないですか」

「全然...それどころか...」

「それなら安心です。続けますね」

「はっー...」

 

既に意識は離れかけていた。気持ち良いのがきて、時々奥まできて声が漏れる。

 

そして。

 

(......ぁ)

 

「あぁぁぁ...」

「ふふ...大きいのが出ましたね」

 

 

 

 

 

(...あれ?今俺、意識飛んで......)

 

「椿さん。椿さーん」

「んんっ...どーしたひなた」

「反対、向いてください」

「わかったー...」

 

言われるがまま。なされるがまま。従順なペットのように彼女に従い、彼女の膝で回転する。

 

「はーい。じゃやりますね~」

「頼む...ふぁ...そこっ...!」

 

(これ、ヤバいよ......)

 

さっきは右耳をやってもらって、今度は左耳。ひなたの服が目の前に映る。刺激が強すぎるのだ。

 

(意識飛んじゃう...)

 

その景色も、耳の幸福感に耐えるため目を閉じれば、暗闇しか映らなくなった。

 

後で気づいたことだが、体ごと反対に持ってくなり、ひなたから見て縦に体を置けば平気なんじゃないかと思ったが、やられてる最中そこまで思考が回ることはなかった。

 

 

 

 

 

「はい。終わりましたよ。若葉ちゃんに負けず劣らず気持ち良さそうにしてたのでよかったです」

「もっと...ひなたぁ...」

「ダメですよ。ただでさえごっそり取れたんですから」

「んやー...」

 

頭を撫でてくれてる手が優しくて、もうそれ以外がどうでもよくなる。

 

「そうそう。椿さんにお話したいことがありまして」

「ちょっと待ってくれー...」

 

今何の話をされても頭に入らない。後10分くらいはこのまま_______

 

 

 

 

「今後の戦い、満開は使わないで下さい」

「...!?」

 

意味を理解した瞬間、一気に思考が現実に戻され体を震わせてしまった。

 

「どうやら、心当たりがあるみたいですね」

「お前...どうしてそれを」

 

忘れもしない。満開は勇者の切り札だ。圧倒的力を手に入れる代わりに、自身の体を供物として捧げるシステム。アップデートで仕様変更されたが、それでも話に出されて動揺するには十分だった。

 

体を震わせてしまった以上、頭を膝に乗せているひなたにバレない筈がない。

 

「神託で来たんです。貴方に満開だけは使わせないで。と。恐らく若葉ちゃんたちの精霊...酒呑童子の様な強力なものなのではないですか?」

「...大体あってるよ」

 

ここで俺達が言っているのが『敵を倒せる強力な力』ではなく、『使用時に取り返せない代償のいる力』という意味なのは言われるまでもない。

 

(でも、なんで神樹様の方からそんなことが...?)

 

この西暦の手伝いをするために来させたはずの俺に、最大限の助力はするなと言う。その矛盾が頭にひっかかる。

 

「...でも、俺は使うよ。必要以上にやることはないけど」

 

だって、使える力を使わずに誰かを見殺しにするくらいなら。そんなことをするくらいなら、俺はどんな力だって使ってみせる。

 

「やれることがあるなら、全部やる」

「椿さんなら、そう言うと思ってました。きっと神様の言うことなんか聞く必要ないだろって...だから、私と約束してください」

「え?」

「満開は今後使わない。と」

「ひなた...」

 

ひなたの真剣な声が、俺の耳を打つ。

 

「...それは、若葉達が危険な目にあってもか?」

 

ここでこれを言う俺はずるいと思う。俺のためを思って彼女は言ってくれてるのに、その親切をはねのけてるのだから。

 

でも、きっと約束したら俺は守る。守ろうとしてしまう。誰かを助けるために、一瞬でも躊躇してしまう。だったらそんな約束ははじめからしない方が良いに決まってる。

 

「はい」

「ぇ...」

 

だから、彼女が即答してきて俺は困惑した。

 

「確かに若葉ちゃん達が危険な目にあうのはやめて欲しいです。戦いもますます激化してますし、誰かが命を落とすこともあるかもしれません」

「じゃあ...」

「でもそれは、椿さん。貴方にも言えることなんですよ。貴方を含んだ全員で帰ってきて欲しいんです」

「......」

「約束、して頂けませんか?」

「...はぁー...そんな言い方されて、断れる奴だと思ってるのか?ずるいわ」

「お互い様ですよ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

パタンと扉が閉められて、細く長い息を溢す。

 

『わかった。満開は使わない。使えるかどうかもわからんけどな』

 

椿さんは神樹様をあまり信仰していない______無理やり過去に来させられたらしいので当たり前ではあるが______ので、私との約束として、無理はしないと言ってくれた。

 

若葉ちゃんにも勿論無理をしてほしくないし、他の皆さんも当然怪我もしてほしくない。

 

不安要素なんてたくさんある。私は皆と共に戦えない巫女なのだから、知らない間に誰かが亡くなる、それが今この瞬間に起きるかもしれない。

 

(...叶うなら)

 

誰一人傷つかない世界を。そして______椿さんが無事に帰れる世界を。

 

通達された一枚の書類に触れながら、私は目を閉じた。

 

いつの間にか若葉ちゃんに向けるものと同じくらい大きくなった思いを胸に抱きながら。

 



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29話 マッサージとゲーム

最近自分の作品を見直すことが多くなったのですが、もっと彼女達の思いを、決意を上手く書きたいと感じました。特にかっこいいシーン。

リメイクする暇なんかないし、これ以上意識しても詰まって書けなくなるだけだわってノリツッコミもあるんですけど(笑)

というわけで今回はほんわか回です(唐突)


「椿君にしてほしいこと?」

「無理にとは言わんが、なにかあれば」

 

若葉と壁の外に出て、ひなたと約束した(身も心も溶かされた)翌日、俺はユウの元へ向かった。

 

「そうだなー...あ、そうだ!」

 

 

 

 

 

「で、またこれ?」

 

俺は何故かユウの部屋に招待され、ベッドに寝転がっていた。布団から変に甘い香りがして落ち着かない。

 

(似てるようで、意外と似てない所もあるんだよな...)

 

もう半年近く前になったものと比べながら、口を開く。

 

「これでいいのか?」

「うん。じゃあ始めるね!」

 

マッサージをさせて欲しいと頼まれたのに、そこまで驚きはしなかった。間違いなくひなたのせい。

 

(そういえば、友奈も得意だったっけ...)

 

以前風と夏凜が餌食になり、悲鳴をあげていたのを覚えている。俺はその時断ったが、やけに寂しげな顔をしていた。

 

「椿君絶対体固くなってると思うんだ。最近忙しかったし」

「そんなこと言ったらユウもじゃないか?」

「じゃあやってくれる?」

「...わかった。やるよ」

「やったー!」

 

マッサージ目的とはいえどこか恥ずかしいのはある。

 

(年頃の男子なんてそんなもんだ...そうだよね?俺だけヤバいわけじゃないよね?)

 

脳内で戯言を重ねているのを纏めて放棄する。

 

「いくよー...」

 

(まぁ、ただのマッサージだし、ユウが友奈みたくうまいわけじゃ...)

 

「えい!」

「んわっ!?」

 

結論だけ言おう。舐めててごめんなさい。

 

 

 

 

 

「......」

「どうだった?気持ちよかった?」

「...ハイ。トテモ」

「よかったー...今度ぐんちゃんにもやってあげよう!」

 

(南無。千景)

 

浜に打ち上げられた魚のようにピクピクしてるだろう俺を見て、ユウが満足げな声をあげた。

 

その両手にどんな力を宿してるのか、はたまた相手の健康状態を触るだけでわかるのか。全身揉まれた結果体が羽のように軽くなった。

 

腕回しても腰を捻っても痛いところが全くない。関節も柔らかくなっている。

 

「いや、本当凄いな...」

「じゃあ、今度は椿君の番だね!お願いします!」

「......ここまでやれる自信はないけど、精一杯やらせてもらいます」

 

ベッドに寝そべるユウに手を伸ばす。両親にやったことがある程度だが、やれることはやろう。

 

ユウの攻撃(マッサージ)を受けてそこまで呆けてないのもひなたのせい(お陰)だろう。

 

「まずは肩から...」

「んっ...んん~」

 

ユウは武術が好きで、実際戦うのも体全体を使っての殴る蹴るのスタイル。細いながらもついてる筋肉がはっきりわかるし、酷使されてるそれらが固くなってるのもよくわかる。

 

ユウの体が休まるよう手に力を込めた。

 

「いいねぇ~」

「ならよかった」

 

 

 

 

 

始めこそ、ある意味一番距離を置きたかった相手だった。容姿も性格も似てる彼女を思い出したくなくて、視界にも入れないよう心がけていた。

 

勿論今だって似てるところは多いと思う。今日もよく比較してるし______明るい所とか、どこか天然な所とか、いざというときの芯の強さとか_________

 

だから、二人の違いを見つけられると嬉しくなる。それだけ二人のことをよく理解してきてる証になるから。

 

今だって、気持ち良さそうにしている彼女は彼女と別だ。

 

似てて似てない二人の友奈。

 

「...ユウ」

「どうしたの?」

「......いや、呼びたくなっただけ」

 

目の前にいる高嶋友奈。彼女との少ない思い出を増やすため、もっと________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はぁー...気持ちよかった~」

 

じんわり温かさが残ってる肩を回すと、普段よりよく回せる気がする。

 

「ありがとう、椿君」

「このくらいのことならいつでも...いや、毎日頼まれたら困るけどさ」

「分かってるよー」

 

同じベッドの隣で座る椿君は、照れくさそうに頬をかいた。

 

「でも、慣れてる感じあったね?」

「え?そう?両親とかにしかやったことないぞ...あと銀もやったか」

「銀ちゃん?」

 

お花見の時に話してくれた、椿君の幼なじみ。

 

「あぁ。小学校の時に何度かやらされた。それのお陰かもな」

 

「懐かしいなぁ...」と呟く椿君の目を見る。

 

自分の記憶を振り返ってるその目は、優しくて、キラキラしてて、どこかほっとする。

 

思い返してる思い出が、心の底から大切にしている宝物なんだと分かる。

 

「...ん?どうかしたか?」

「大好きなんだねって思って」

「......面と向かって言われると恥ずかしいな...二度、会えない場所にいっちゃったからな。もう絶対離したくない」

 

椿君がこの時代に来て、こんなに大切に思ってる銀ちゃんや、勇者部の皆と離れた時のショックは大きかった。自分を見失ってしまうくらい。

 

中途半端にしか分かってなかった私は、彼のことを理解できなかった。

 

「...私も戦うから。椿君が無事に未来に帰れるように」

「ユウ...大丈夫。皆無事に帰るんだからな」

「うん!」

 

大事な日常を、ぐんちゃんと、若葉ちゃんと、ひなちゃんと、あんちゃんと、タマちゃんと過ごす。

 

そこに、私と椿君もいる。

 

(その為に、私は戦う。)

 

臆病でも、勇気を振り絞って__________

 

「ユウ?」

「うん?」

「いや、手...」

 

椿君の目線の先を見たら、私の左手と椿君の右手が繋がっていた。

 

「わ、ごめん...」

 

慌てて離そうとしても、私の手は離れようとしない。

 

(...そっか。そうだよね)

 

「ねぇ椿君。もう少し...このままでもいい?」

「別にいいけど?」

「やたっ♪」

 

曖昧に繋いだ手をちゃんと繋ぎ直して、私は微笑んだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「はぇー...すっげ」

 

マシンガンでぶっぱなされる弾は相手の弱点を正確に撃ち抜く。そのくせ防御のタイミングに狂いはない。

 

「何見てるの?早く復帰しなさい」

「いや、俺やる意味ある?」

「なによ...折角二人で来たんだし、いいでしょ」

「...確かにな」

 

コインを投下して受け取った追加ライフと共に、俺は備え付けのマシンガンを構えた。

 

俺と千景が来ていたのは大型ショッピングセンターに備え付けられたゲームセンター。家庭用ゲームの補充がしたかった彼女に、『一緒についてきてくれる?』と言われ、買い物に来ていた。

 

で、どうせならゲーセンも楽しんでいこうということになり。はじめは画面に映る敵をマシンガンで打ち倒すシューティングゲーに手を出した。

 

正直隣の少女が凄まじいプレイヤースキルを発揮し注目を集めており、俺は若干落ち着かなかった。

 

千景と出掛けるのは全然良いし、楽しいが______多くの取材等にこそ応じてないものの勇者の一人である彼女と、勇者とみなされながら未だ悪評が流れている俺。帽子を被ってるお陰でまだ誰も気づいていないようだが、このまま目立ち続ければバレるだろう。

 

(寧ろ、球子や若葉と出掛けたときバレなかったのが運が良すぎってレベルなんだが...)

 

「左を」

「了解」

 

ホントに楽しいだけに、悔やまれる。

 

「ボスか?」

「頭を狙って。首を振ったらガード」

「そんな咄嗟に出来るかね...っと!」

 

完璧な形でガードに成功し、ボスに隙ができる。

 

「そこ!」

 

そこに千景が弱点の中心を当て続け、俺達に向け全クリを祝福するファンファーレが流れた。

 

 

 

 

 

「千景ってどんなゲームも出来るのか?」

「強いて言うならリズムゲームが苦手かしら」

「強いてなんだ...あんだけやったのに」

 

格ゲー、レーシングゲー、リズムゲーと新スコアを叩き出した彼女は少し息をついた。

 

「対戦はボコられたしな...」

「でも上手な方よ。乃木さんにも色んなゲーム貸したけど、それよりは」

「初心者に勝てなきゃ不味いと言うべきか、学習能力高そうな若葉に勝ててることを喜ぶべきか...」

 

パーティーゲームでもしようものなら、千景以外vs千景でも勝てる未来が見えない。

 

「皆で遊ぶのには丁度いいんじゃない?私は手加減苦手だから...」

「あれだな。ユウのくすぐりを受けながら対戦だな。それなら勝てる」

 

盤外戦術を脳内で広げ、すぐしまった。

 

「んでどうする?まだなんかやる?」

「......あれ」

「...ぁー」

 

千景が指差したのは、杏とも撮ったプリクラだった。

 

「い、嫌よね」

「寧ろ俺が聞きたいんだが...いいのか?」

「ぇ...い、い良いわよ」

 

おっかなびっくり入る彼女に続くと、いつかの声が別のセリフ(だった気がする)で響いた。

 

『じゃあ、いっくよー?』

「古雪君、これ、どこ向けば...」

「そこだよ」

 

フラッシュと過激になっていく音声ガイドに抵抗を持ちつつも、なされるままに写真を撮っていった。

 

『じゃあ撮るよー?最後はキスしちゃおう!』

「...」

「...?」

 

撮った写真を加工することなくプリントアウトする。手に入ったのは、顔を真っ赤にしながら目をそらす千景と、少し間抜けな表情の俺。

 

「はい、しまって」

「千景これ...」

「いいから、しまって。早く」

「は、はい...」

「......誰かに見せたら、ただじゃ済まさないから」

「サー、イエッサー...」

 

キスなんて勿論してるわけなく、でも俺達の手は、遠慮がちに繋がっていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「今日はそれなの?」

「これが一番良かった。コンビニに売ってるようなのは粗方飲んでな」

「早いのね...」

「意識しだすと体が定期的に欲するんだよ」

 

高嶋さんが私に光を見せてくれた人と言うならば、勇者の皆と上里さんはその光を大きくしてくれた人達だろう。

 

「はいどうぞ」

「私に?」

「他に誰がいるんだよ?前美味しいの見つけたら飲ませろっていってたろ?」

 

そしてこの人は、その光輝く場所までの道を示してくれた人。動けなかった私を励ましてくれた人。

 

「......美味しい」

「未来にも同等のがあるが、このみかんジュースはそれより安い上にコンビニで売られてる。300年間絶やさぬ為今のうちに売上に貢献しなければ...」

「そんな微々たるもので効くわけないでしょう」

「気持ちの問題だ」

 

違う時を生きて、違う環境で過ごした皆が、勇者という名の元に集まっている。安っぽい言葉で語るなら『奇跡』なんだろう。

 

でも、私にはその『奇跡』が心に響いて、とても幸せになれる。

 

(...あぁ、これが幸せなのね)

 

蔑まれて、生きた心地のしなかった過去の私が、問いかけてくる。

 

『こんなものはまやかしよ。貴女はずっと一人なの。ここまでも、これからも』

 

「ねぇ」

 

『信じた人には裏切られる』

 

「古雪君」

 

『いや、まず貴女は人を信じられないでしょう?』

 

だから私は答えた。過去の自分に手をさしのべて。

 

「ありがとう」

「なんのことだ?」

「...なんでもないわ」

 

『この人達なら信じられる。貴女も私もよ...ね?』

 




次回はリクエストを予定しています。


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29.5話 壁ドンR

自分が好きな作品の作者さんから、『貴方がこの作品書き出したきっかけの人です(意訳)』なんて言われれば、喜んで跳ねて足の小指と頭ぶつけるくらいしますよね。うん。自分はゆゆゆを語れる人が身近にいないので尚更感動しました。

さて、今回はリクエスト(椿の理性を削る回)です。サブタイ話数に.5がついてるのは、本編より好感度高めに作っちゃった印象だったので、後からでも「これはifです」と言い逃れできるようにするためです。

それでは下から本文です。



「んんー!」

「どうした杏?また変な声出して」

「タマっち先輩みてみて!このシーン!この壁ドン!!いいでしょ!?」

 

学校の昼休みで杏が球子に見せていたのは、遠目から見てマンガだった。話からして壁ドンがある少女マンガなんだろう。この位には杏の読む恋愛小説について理解できてきた。

 

「そうかー?って、この前タマがやらされたやつと変わらんじゃないか」

「違うの!シチュエーションも登場人物達の気持ちも!!」

「そ、そうか...」

「壁ドンは女の子の憧れの一つですよねぇ」

「わかりますかひなたさん!」

「えぇ。それなりには。若葉ちゃんにやらせたらきっと...」

「ゆ、友奈!お前はどう思う!?」

 

ひなたの思考を加速させまいと友奈の方へ話を振る。

 

「なにが?」

「壁ドンされた時の気持ちって、わかるのか?」

「そうだなぁー...好きな人にやられたらドキドキするんじゃないかな?やられたことないから分からないや」

「それなりに効果的らしいぞ」

 

声が聞こえたのは意外な方向からだった。教科書を整理しながら言ってきたのは_______

 

「...なぜ椿が知ってるんだ?」

「勇者部の活動でそんなのがあってな。やりもしたしやられもした...風怖かった...」

「そ、そうか...」

「わかったタマっち先輩?胸キュン間違いなしなんだよ!」

「そー言われてもなぁ...」

 

遠い目をしだしたことに気づいたのは私だけだったようで、 杏と球子の会話は続いていた。

 

「よし、なら試してみようじゃないか。ここには椿もいるしな!タマをドキドキさせてみろ!」

「成る程、では椿さん...あら?」

「彼なら教室を出ていったわよ」

「今この瞬間でか!?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

球子の言葉を聞いてるうちに嫌な予感がして教室を飛び出したのはいいが、結局人数に勝てず捕まってしまった。

 

(碌な展開にならん...)

 

まぁ、美少女達にちゃんとした名目ありでやれると言うのは他の人からすれば垂涎ものかもしれない。ただ俺はどっちかというと理性保てないとかの葛藤が勝ってダメだった。

 

(既にあの時も暴走気味だったけどさ...)

 

前科一犯は重い。

 

「さぁさぁ!」

 

目を輝かせて壁に寄りかかってる球子に、俺はジト目で最後の抵抗を試みる。

 

「お前、前に若葉にやられてただろ?それでわかるんじゃないか?」

「そんなの女子同士だし、あれは演技だったろ!」

「これも演技だろ...」

「むー!とにかくやれよー!」

「...はぁ」

 

これ以上何を言ったところで無駄だろう。

 

(...さっさと終わらせよ)

 

「じゃあやるぞ」

「こぉい!」

 

まるで今から戦うかのような気合いを入れる球子にすたすた近づいていく。

 

(なるべく早く、なるべく近づかないように...)

 

俺も学習している。女の子らしい香りがするならそれを感じない速さでやればいいのだ。

 

「椿がどんなことしようとな!タマには通用...」

 

勢いそのままに壁に手を叩きつけ、大きめの音が教室に広がる。

 

「ひっ!?」

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ。お前は俺の隣にだけいればいいんだ」

「は、はひ...」

「...よし、こんなもんでいいだろ」

 

真っ赤になって口をパクパクさせてる彼女から離れる。

 

「つ、椿...」

「あ?」

「椿さん、台詞までつけるなんて...!」

「ぁ」

 

壁ドンを要求される時は大抵台詞をセットで要求されてたので、無意識につけていた。

 

「ま、まぁ台詞ついたくらいどうってことないだろ」

「いや、それ以外にも驚く所があったけどね...なにあの豹変ぶり」

「それで球子、判定は?」

 

球子の方を向き直すと、彼女はさっきと顔が変わらなかった。そのまま膝を床につける。

 

「ぁぁ......」

「え、球子!?大丈夫か!?」

「こ、腰抜けた...」

 

手を貸すと、ぶるぶる震えた手が遠慮がちに繋がる。

 

「なんだってまた...」

「そ、そ、そんなの椿が...!」

「俺?」

「っ~!!」

 

(まずっ)

 

手を滑らせた球子を支えるべく背中に手を回す。すんでのところで止めることができたようで、頭を床に打つ音はしなかった。

 

「ほっ...」

「ちかっーーーー!!!!」

「うわっ」

 

球子は俺を押し離すと、見たことない速さで教室から消えた。

 

「つばきの...椿のバカヤロー!!!!」

「...ったく、なんだってんだ...」

 

ハチャメチャな行動をしやすい彼女だが、今回は意味すら分からなかった。

 

「あの、椿さん...」

「?」

「私にも、やってみてくれませんか...?」

「何でだよ」

 

壁ドンに肯定的だったひなたにやった所で今回の趣旨から外れてる。

 

「ダメ...ですか?」

「むぐっ...」

 

ただ、上目遣いで迫ってくる彼女のお願いを断れる筈もなかった。

 

「...もういい。やられたいやつ並べ」

「はい!」

 

ここまでの展開を読んでいたのか。最初からどこか諦めのついている自分がいた気がした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

case1 ひなた

 

「......」

 

バンッ!

 

「...あの、なぜ無言のまま...」

「口答えするな。モノの分際で」

「っ!?」

 

case2 杏

 

「や、やっぱり女の子としては経験しときたいので!お願いします!」

「はぁ...」

 

バンッ!

 

「そんなに壁ドンされたいなんて...とんだ変態だな。杏さん?」

「ひうっ...」

 

case3 若葉

 

「ひなた、私がやられる必要は...」

「いいですから!壁ドンされたときの椿さんの顔はやられないとわかりませんから!」

「はぁ...」

「...」

 

バンッ!

 

「っ!」

「そう身構えるなよ若葉。可愛い顔が台無しだぜ?」

「な、ななっ!?」

 

case4 ユウ

 

「じゃあ椿君!私もおねが...」

 

バンッ!

 

「わっ!?」

「......ユウ。ずっとここにいろ」

「はうっ!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(あー、何してんだろ俺)

 

詳しく何を言ったかなんて覚えてない。ただ、俺様系というか攻めた態度で有無を言わせなくしていた。

 

「俺様系で攻め攻めな椿さん...私がモノだなんて......」

「ぁー......」

「かわ、かわ、かわわわ...」

「すっごいドキドキしたよ...」

 

それに、周りの反応がそこはかとなくヤバさを表現していた。

 

「で、そんな中で...お前もやるの?」

「ゲームキャラでもよくやられてることあるし、興味あるのよ...それだけ」

 

既に壁に待機してる千景がそんなことを言ってきて、深めにため息をついた。

 

「...じゃあやるぞ」

「っ...」

 

壁に手をつこうとして、止める。

 

(...千景に、やるのか?)

 

断片的にしか知らなくても、両親や同級生から迫害されてきた彼女に、そんな乱暴なことしていい筈がない。

 

(...そう、だよな......ダメだよな)

 

そっと、優しく壁をつく。ゆっくりやることで理性の削り取られる感覚も長いが、必死に耐える。

 

「...?」

「千景」

 

そして俺は、彼女の耳元で囁いた。

 

「千景。俺は君のこと大好きだよ」

「......」

「...これでいい?」

「......」

「あの、せめて何か言ってくれないと...」

 

顔を離すと、彼女は目を開いてその瞳を揺らしていた。

 

「千景?」

「...こんなの、ずるい」

「え?あ、おい!」

 

球子と同じように去っていく千景に、取り残された俺はポツリ呟いた。

 

「なんだってんだ皆して...」

 

 

 

 

 

「反則よあんなの...好きに、なっちゃうじゃない」



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30話 思い出

コノシュンカンヲマッテイタンダー!

勇者の章Blu-ray box入手!早速pcゲーを始めましたが、新たにわかったことと謎が深まったことと...こういうのって人生で初めて買ったのですが、初めてがゆゆゆでよかったです。

ネタバレしないためにしばらく書くつもりはないですが(今はのわゆを書いてますし)、気になった人は買いましょう。売上で目指せのわゆアニメ化。

それから!お気に入りが1000を突破しました!!本当にありがたい!!自分の作品が多くの人に気に入って貰えてるという実感はあまり感じられませんが、嬉しい限りです。本当に感謝。

下から本文です。


「うー...やっぱわからん」

 

参考書より分厚い本を閉じ、ひなたに返す。

 

「俺ダメだわ」

「そうですか...では、皆さん用ですね」

「おーい二人とも」

「椿さんも検査終わったんですか?」

「あぁ」

 

つい先程まで俺達は戦っていた。樹海化した世界で、バーテックスと呼ばれる敵________神の使いと。

 

『白銀』で星屑を近づかれる前に倒し、進化体は斧で一閃。大した苦戦もなかったが、念のための検査を全員受けていた。

 

(ほんと、こっちの方が歴史に残りそうな戦いだってのに...)

 

300年という歴史は長く、バーテックスの存在は秘匿される。四国の外は死のウイルスが蔓延し、神樹様が四国に結界を張ることで守られたのだというカモフラージュを添えて。

 

「ひなたさん、その本は?」

「歴史上の様々な文献を集めてみました」

「うわあっつ...しかも大量...」

 

球子がうげーっとした顔になるのも仕方ない。俺がさっき興味本意で読んだのもB5サイズで600ページを越えていた。

 

理由は一つ。数日後に神託で予言された敵の総攻撃に向けたパワーアップのためだ。

 

古くからある文献に触れて精霊のイメージを掴むことで、より強力な精霊を宿しやすく、また今までの精霊も効率的に使いこなせるようになる。というのは大社から言われたことだ。

 

「でも...仕方ない。ひなた、一番面白そうなの貸してくれ」

「私はこれにしますね」

「お前ら...」

「椿はなんも言うなよ」

「そっちで読んできます」

 

去っていく二人を見て、口に力を込めた。そうでないと止めてしまいそうで。

 

二人が去ってから、耐えきれなくなった口がぼそっと開いた。

 

「......やらなくて、いいのに」

「そういうわけにもいかないんですよ。きっと」

 

強力な精霊を宿す。それはつまり、代償として与えられる肉体、精神への負のエネルギーも強力になることを意味する。

 

かといって敵を無双出来るわけでもなく、彼女達の力は現段階最大強化と言える酒呑童子が大型進化体_____俺の時代で言う、御霊なしのバーテックス____をなんとか倒せるレベル。その代償は数日の入院確定だ。いや、下手をすればもっと酷くなる。

 

一方、俺の代償は今のところなし。満開が使えると仮定して、与えられる代償は分からないが_____ここまでの戦いで満開の必要性はなかった。

 

だから俺が戦う。それが一番被害のない戦い方。

 

「今回も一人でやったんですか?」

「...まぁ、命中率は悪いけど遠距離武器で雑魚はやれるし、進化体も即片付けられるし」

「それで、余計に火がついちゃってるんですよ」

「......」

 

球子の言葉を思い出す。

 

『椿に頼りっぱなしもよくないだろ!』

 

活字が苦手で、今は武器すらない彼女ですら難しい本を読むのはそのせい。ちなみに代替えの武器は、自衛隊とか言う組織が大社と連携して用意しつつあるらしい。バーテックスに通用しない重火器を扱う組織に頼んでどうなるのかはまだ分からないとのこと。

 

『せめて足手まといにならないように努力します』

『そうね、もしもというとき使えるものが増えるのは良いことだわ』

『私も賛成!』

 

学ぶだけなら危険なことはなにもない。危険なのは実際その力を使う状況になってしまった時だ。

 

俺は彼女達に強く言えなかった。勿論精霊の力を使うなんてと反対もしたが、仲間と助け合う力の強さを知っていたし、俺自身が自分のことを二の次で戦いがちなのも事実なのだから。というか、そこを攻められると俺は何も言えない。

 

だから俺は、皆がそんな危機的状況にならないよう全力を尽くすしかない。なるべく彼女達が戦わないように。

 

(...今回のそれで、逆に火をつけちゃったってことだよな......)

 

大社からの知らせで、総攻撃を乗りきれば壁の結界を強化でき、バーテックスが入ってくることもなくなるという。もう一つ対策があるらしいが、そっちは詳しく言われなかった。

 

だが、そうした『目標』も見えたことが、なおさら彼女達を努力させるのだろう。ひたすら繰り返される迎撃より、終わりが見えた方が気合いも入る。

 

せめて同じ条件になりたいと俺もいくつか文献を漁り、今さっきひなたが持ってきた新しいものも読んだ。だが、俺の中の精霊が牛鬼や犬神といったゆるキャラのイメージで固まっているのと、皆より300年プラスで前の歴史を学ばなければならないため、どうにも無理だった。大赦の文献を漁れるならまた違ったかもしれない。

 

(...壁が強化、ね)

 

次が総攻撃、終われば壁の強化、連想するのは________俺の、この時代での終了。

 

『壁が出来るまで__________救って 』

 

元から、そうした条件だった。始まったばかりの強化の一回目かもしれないし、本当にそうなるか分からないが、俺に知る術はない。

 

「椿さん」

「...」

「椿さん!」

「ぇ、どうした?」

「大丈夫ですか?ぼーっとして」

「...ただの考え事だよ」

 

そうなったら、俺は________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

これが夢だと言うのは、目を開けた時から分かった。

 

西暦で、俺は蔑まれている。一般人に手を出した俺の真実を知る人は少ない。

 

神世紀で、俺はただの一般人である。町中で視線を感じることはない。

 

どちらの時代でも、俺は勇者でない。借り物、入れ物、なんであれ、本物の勇者である無垢な少女達ではない。

 

西暦で、俺には大切な仲間がいる。勇者とそれを支える巫女として集められた皆がいる。

 

神世紀で、俺には大切な仲間がいる。勇者部として、共に色んなことをしてきた皆がいる。

 

景色は移ろう。荒廃した外の大地、白い星漂う灼熱の地獄、神に守られている草原。

 

星空は蠢く星屑となり、合わさって巨大になり、弾けて星空になる。

 

(俺は...)

 

迷っているのか。昔のように、昔とは関係のないことで。

 

(どうすればいいのかな)

 

答えてくれると思った。昔から一緒で、二年間は文字通り一心同体だったのだから。

 

『椿の好きにすればいいだろ。アタシがどうこう言うことじゃない』

 

『大体、椿が作ったアタシなんだから、もう決まってるでしょ?後は正直になればいいんだよ』

 

『大体、難しいことは出来ないでしょ?椿なんだもん』

 

どれだけ頭でシュミレートしても取れる行動は一つだ。その行動が正しいかなんて分からない。

 

頭を空っぽにして戦うわけじゃない。必要ないことを捨て、必要なことを拾う。当たり前のことを当たり前に。

 

(怒りを晴らすためじゃない...この手で守れるものを守りきるために。後悔しないために)

 

俺が救えるのはごくわずか、両手分くらいしかないだろう。ならせめて、その分は全部救ってみせる。

 

銀を失ったあの悲しみを、他の誰かに味わわせない為に。かけがえのないものを守り抜く為に。俺は抗い続ける。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「んぎゃっ」

「全く...聞いているのか、椿」

「聞いてねぇよちくしょう...人が気持ちよく寝てたってのに」

 

(...って、寝てたのか)

 

前回の戦いから数日、総攻撃はもういつ来てもおかしくない。

 

随分暗い夢を見ていた気がするが、忘れてしまった。記憶は即座に霞んでいく。

 

「んー、若葉ちゃんに起こされる椿さん...ツーショット貰いました!」

「ひなたまたか...」

「寝起きの顔取らないで欲しいんだが」

「嫌です☆」

「...それで若葉、用事は?」

「もう放課後だぞ」

「あー...最後の授業の半分寝てたわけな。すまん」

「あら?保存不可?」

 

若葉と会話中にも皆が集まって、ひなたの謎の挙動を見てた。

 

「ひなた?」

「あ...メモリーがいっぱいみたいですね」

「じゃあ今のは保存出来ないわけか...よかったよかった」

「ご安心ください。替えはたくさんあります」

 

謎の小箱が出てきて、中にはぎっしり詰められたメモリーカード。

 

「いつも持ってるのね...」

「...まさかこれ」

「はい。若葉ちゃんの成長記録メモリーです。赤ちゃんの頃からあるんですよ?」

「ひなた!?なんでそんなものを!?」

「そんなの御両親から貸して頂いたアルバムから保存したからに決まってるじゃありませんか」

 

さも当然のように語る彼女と目が合いそうで、さっと逸らした。今目を合わせると24時間耐久若葉ちゃん語りが始まりそうで怖かった。

 

「にーしーろーはーとー...多すぎる。タマには数えられん!」

「ひなちゃん、この色が薄目のカードは?」

 

中には藍色の側面を見せるカードが大半だったが、一部が水色だった。

 

「あぁ、これはですね...丸亀に来てからの皆の写真ですよ」

 

ひなたがその一つをスマホに入れ、起動させる。映った画像は幼い六人の集合写真だった。

 

「懐かしいですね...三年近く前ですか」

「そうだな。四国に避難して、勇者として一緒に暮らすのが決定した時か」

 

写真は次々に移り、少しずつ彼女達が成長していく。

 

「これ、クリスマスのだよね!」

「千景が面白かったよなー。クリスマス知らないから友奈の言葉を真に受けて...」

「ユウはなんて言ったんだ?」

「えーとね...帽子かぶって、お肉かじりついて、パーンって!」

「...成る程な」

 

クリスマスの情報があればサンタのおじさんがクラッカー鳴らしてる微笑ましい映像が出るが、ゲーム知識ばかりなら拳銃を構えた強盗犯が肉を食べながらうろつく映像が出てもそこまで不思議ではない。

 

「なんで最後だけ擬音?」

「楽しいかなって!」

「...確かに、華やかなイメージだけどさ」

「次は...杏とタマ?なにやってるんだこれ?」

「これは杏さんが疲れて寝ちゃった時ですね。球子さんがおんぶして...」

「あー!懐かしいな!」

 

目を閉じて気持ち良さそうに寝てる杏と『しょうがないなー』と言ってそうな球子。それを見守る皆。

 

他にも、手打ちうどんを食べに行った時、六人揃って出掛けてる時、色んな写真が__________

 

「今後も撮りたいですねぇ...もうすぐ夏、お祭りの浴衣とか!」

「少な目にな...」

「ビバコレクション充実(わかりました)」

「ヤバい文字が見えた気が...タマの気のせいか?」

「気のせいです」

「あ、これってさ______」

 

思い出話に花が咲いて、その花は枯れることがない。

 

明るい空模様が、俺達の教室を照らしていた。

 



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30.5話 ダブルブッキング

本編が過去一二を争うレベルで難産なので予定変更。リクエストです。

実際出すならこのタイミングじゃないと後は完結まで出しにくい予定ですから...


Cシャドウが特大の火力コンボを作り上げ、ツッキーを爆破する。

 

「あー!」

「私の勝ちね」

「あれは回避出来た筈なんだがなぁ...」

 

隣で勝ち誇った顔をしてる千景と、うなだれる俺の手元にはゲームのコントローラーが握られている。

 

早い話が対戦ゲームで倒されたのだ。Cシャドウ(千景)はやっぱり強かった。

 

「はぁ...約束は約束だ」

 

既に数時間プレイしてきた俺達は、この試合で負けた方が勝った方の命令を聞くという賭けをしていた。事前のプレイで実力差は明白だったのでハンデも貰ったが、結果は負けだった。

 

「わんこうどんに挑戦とか小説のネタにするとかは思わないけど、何やらせるつもりだ?」

「...」

「千景?」

「え、えぇ...そうね」

 

少し考えたような千景は、一本指を立てた。

 

「明後日買いたい物があるから、それに付き合ってくれるかしら...ふ、二人で」

「そんなことでいいのか?」

「いいのよ!」

「ぉ、おう...分かったよ。明後日な」

 

区切りも良いのでゲームを切り上げそのまま自室まで。

 

「あ...まぁいいか」

「何が『まぁいいか』なんです?」

「それ、俺の真似なら似てないと思うぞ」

 

部屋に入る直前にかけられた声の主はひなたで、隣に杏がいた。持ってる袋からして買い物帰りだろう。

 

「モノマネは難しいですね...それで?」

「いや、明後日千景と買い物に行く予定になったんだが、ユウとも遊ぶ約束してたなって」

「別々で約束したんですか?」

「忘れててさ...まぁ三人で遊べば解決だろ」

 

俺の発言を聞いて、二人が顔を見合わせる。

 

「...椿さん。友奈さんが何と言って約束したか正確に覚えてますか?」

「え?えーと...確か『今度の日曜日、二人で遊べないかな...?』だったかな」

「似てない...」

「今のは似せようとしてねぇよ」

「それで、千景さんは?」

「『明後日買いたい物があるから、それに付き合ってくれるかしら...ふ、二人で』だそうだ」

「杏さん、これは...」

「はい、ひなたさん...」

 

謎のアイコンタクトを済ませた二人は、ずいと俺に寄ってきた。

 

「いいですか椿さん_______」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...」

 

現在十時。場所は後のイネスと言われても不思議ではない大型ショッピングセンター。

 

中にある噴水前で、俺は一人立っていた。

 

『いいですか?明日のお出掛けは友奈さんと二人で過ごし、また千景さんとも二人で過ごすんです』

 

昨日杏とひなたから呼び出されて言われたことを思い出す。

 

『なんでだよ?』

『恐らく椿さんに詳しく言っても無駄なので省きますが、そうしてください』

『なんだそりゃ...』

『とにかく!お二人にバレないよう上手くやってください!私達もサポートしますから!』

 

左耳に刺さってるインカムは、寮にいる二人と繋がっている。

 

日にちをずらそうと提案したが、『それはどっちかを優先しているととられちゃいます!』と言われた。そうなると二つも約束を何も考えずしてしまった俺に非があるので、反対できなかった。

 

(別にいいだろうに...)

 

二人が俺のことを大好きで、二人きりの時間を取られたくない。なんて思考の持ち主だったらありえる話だが、そんなことはあり得ないだろう。特にユウの方は。

 

恋愛感情に興味がないわけじゃないし、想像だってする。だか、あんな美少女達がそんな思考には至らないだろう。

 

「椿くーん!ごめん!遅れちゃった!?」

「別にそんな待ってない。それより大丈夫か?」

 

『そこは今来たところだ。と言う所ですよ!』

 

(えー...)

 

走ってきたユウが普段より少し身長が高く見えるのはヒールを履いてるからだろう。慣れない物は足を痛めやすいという。

 

俺の目線で気づいたユウが胸を張った。

 

「大丈夫!こんなに動けるよ!」

「あ、バカっ」

 

足をあげる彼女を抑え、そのまま足を戻す。

 

「自分の服装くらい把握しろ...」

「ぁ...ごめん...」

 

短めのスカートの裾を抑えてもじもじしてた彼女は、顔を赤くしながら口を開いた。

 

「椿君...ど、どうかな?似合ってる...かな?」

「...似合ってると思うよ」

「!!」

 

『椿さんならこう言うだろうって分かっててもドキッとしますよね...』

『確かに...とりあえず椿さん!一時間後の千景さんとの集合時間まで友奈さんと遊んでください!』

 

(なんだこの状況...)

 

慣れない状況は自分も痛めやすいのかもしれない。

 

確か以前読んだライトノベルでも似たような状況があったような気がする。

 

(あれだと確か...)

 

「俺達の戦争(デート)を始めよう...ってか」

「デ、デート!?」

「ユウ?」

「う、ううん!なんでもない!」

「あぁ...」

 

 

 

 

 

ユウと一時間近く一緒にボウリングを楽しんで、腹痛を訴えて退席した。罪悪感が俺を潰そうとする中、千景と合流する。

 

「すまん!遅れた!」

「集合時間ぴったりよ。遅れてないわ」

「そ、そうか...それで、買いたいものってのは?」

「ここにあるお店限定の特典付き小説を買いたいの」

「成程。でも荷物持ちいるか?」

「...別に、荷物持ちのつもりで呼んでないわ」

 

最後の方はぼそぼそ言ってて聞き取れなかったが、聞き返すと顔を赤くして行ってしまった。

 

『椿さん、そう時間置かずに友奈さんの所へ戻ってくださいね!』

「えぇ...」

「どうかした?」

「いや、何でもない」

 

目的の物はあっさり見つかったらしく、千景はすぐに買っていた。そのまま昼ご飯のスペースへ向かう。

 

「ちょっと早めだけどお昼にしないかしら?」

「いいぞ。人も多いしな」

 

俺はうどん、彼女は蕎麦を注文した。

 

「珍しいな」

「蕎麦には蕎麦の良さがあるわ。うどんの方が好きだけど、たまに食べたくなるのよね...」

「寮だとうどんばっかだもんな」

 

栄養バランス的に、あれは平気なのだろうか。

 

男女の差が顕著に現れ、俺が先に食べ終わった。

 

「ちょっとお手洗い」

「いってらっしゃい」

 

彼女の死角になる位置まで来てからダッシュ。うどんが胃のなかで暴れてるのを抑え、急いでユウの元へ。

 

「ごめん!遅くなった!」

「椿君大丈夫!?」

「あ、あぁ...お腹の調子が悪くてさ」

 

(なんなら現在進行形で悪いんですけど)

 

「そんなに...無理しない方がいいよ。今日は帰ろっか?」

「いや、気にしなくて大丈夫だよ。さ、どこいく?」

 

即帰宅は魅力的だが、事前に『帰宅なんかしたら悲しんじゃいます!折角のお出かけなのに!』とか、『二人のために頑張ってください!』とか言われてれば、無理もしなければならないだろう。

 

「どこでもいいぞ?」

「...じゃあ、そろそろお昼にしよっか」

 

冷や汗が一筋たれた。

 

 

 

 

 

「随分混みだしたな...」

「待ってる時間も楽しいよ!」

「...そっか」

 

ユウの希望でラーメン屋に並んでた俺達は、少ししてから席についてメニューを覗く。

 

(量が多いのばっかだな...いけるか?)

 

「椿君はなに頼む?」

「くっ」

「くっ?えーと...わかった!すいませーん!『くっ殺せ!爆盛りラーメン』ください!」

「お腹が...待って、ユウ。なに頼んだ?」

「え?椿君の注文通りだよ?でもお腹痛いって言ってたのに食べれる?無理しなくていいからね?」

 

メニューを見ると、くっ殺せのやつは、でかでかと『当店ナンバーワンの量!』と書かれていた。

 

(流石ユウ。すぐ頼んでくれるとか...死ねる)

 

「す、すいませんさっきの...」

「へいおまち!くっ殺ラーメンとラーメン小!!」

 

早い、多い、旨いが特徴の店。今日ほどこうした店を恨んだことはない。

 

油の膜が広がり、ぶっとい麺が見えないくらいに盛られたもやし。

 

(...うっぷ)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「けふっ...」

 

腹の中でまだ暴れてるラーメンとうどんに苦しめられながら、俺はベッドをのたうち回った。

 

「大丈夫ですか?」

「完食なんてしちゃうからですよ」

「それな...!」

 

残すのは勿体ないと思った俺は大バカものだった。全部食べたらホントにトイレ直行である。

 

「破裂する...」

「破裂しませんよ。お疲れさまでした。結局お二人にバレず上手く行きましたしね」

「なー、いい加減教えてくれよ。なんで今日二人きりで行動しろなんて言ったんだ?お前らわざわざサポートまでするとか言ってきて」

 

実際、双方に電話をして気を紛らわせたりしてくれたらしい。

 

「遊ぶなら三人でも、なんならお前ら混ざってもよかっただろうに」

「...混ざれるものなら、混ざりたかったですよ」

「へ?」

「椿さん!何故お二人が椿さんと二人きりでお出かけしたかったのか、本当に分からないんですか!?」

「えー...いや、思いつくには思つくけどさ」

 

俺の言葉に食いつく二人。小動物みたいに目を丸くしてる姿が、なんだか微笑ましかった。

 

「二人とも俺のこと好きとかな。でもあんだけ美少女なあいつらが特にイケメンでもない俺にぞっこんとかないでしょ。漫画じゃあるまいし」

「「......」」

「え、なにその無言」

「「...はぁ」」

「シンクロため息!?」

 

勝手にあっちで話が進んでいき、気づけば帰ろうとしていた。

 

「あぁ二人とも、とりあえず今日はありがとう」

「感謝はするんですね。意味も分からないのに」

「それでも俺の為に時間割いてくれたのは事実だろ?」

「っ...おやすみなさい!」

 

ドアを開けた先に人がいたらしい。玄関で高い声が四つに増える。

 

「あ、ひなちゃんアンちゃん」

「二人とも、この部屋に古雪君いる?」

「お、お二人ともどうしたのですか...?」

「め、目が......」

「いやぁ」

「ちょっと」

「「話がしたくて」」

 

足音を立てず、静かに窓を開ける。ひなたと杏がいる間に逃げれば十分隙が______

 

「「捕まえた」」

「ひっ!?」

 

玄関にいたはずの二人は、俺の肩を掴んでいた。どんな腕力をしてるのか動こうとしてもピクリともしない。

 

「さっきぐんちゃんから聞いたんだけどね。今日ぐんちゃんとお出かけしてたんだって?」

「さっき高嶋さんから聞いたのだけど、貴方、今日高嶋さんも出掛けてたらしいわね」

「は、話せば分かる。だから落ち着いて...」

「「どういうこと?」」

「ごめんなさい!悪かったから許して!!」

「謝罪が聞きたいんじゃないの。説明が聞きたいのよ」

「ぐんちゃんの言う通りだよ」

「ひなた、杏、助け...」

「「椿(古雪)君?」」

 

その夜、寮に男の悲鳴が聞こえたとか聞こえてないとか。俺は記憶にない。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「こ、怖かった~...でもお出かけかぁ......」

「杏さんもしたかったですか?」

「わ、私は別に...って、その言い方もしかしてひなたさんも!?」

「ふふふ...さて、どうでしょう?」

 




千景→効率を高めて結果を楽しむタイプ
友奈→どんな状況でも過程を楽しむタイプ

書いててなんとなくこう感じました。


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誕生日記念短編 宝物

夏凜ちゃんハッピーバースデー!

本編を繋げたいと考えてた時に、夏凜の誕生日絶対またぐという結論にいたりこうしました。20日には若葉も誕生日なので次はそれを投稿予定、そのあとリアルであるだろうごたごたも済ませたら本編(できれば連日)投稿したいと考えています。後から話数入れ換えもできるんですが、戦闘回前半の後誕生日回見てももどかしいだけですよねぇ...

なお、誕生日短編は今のところゆゆゆチームとのわゆチームのみ考えています。くめゆとかいれるとキリもネタもない。

長くなりましたが今回はにぼしを携えてお楽しみください。


「というわけで、夏凜さんの誕生日のお祝い方法を考えましょう!!」

「オー!!」

 

数日後に迫ったのは夏凜の誕生日。今勇者部の部室には六人しかいない。

 

「去年は夏凜が入って来たばかりの時だったよな~」

「ミノさんにぼっしーのお祝いしたの?」

「アタシあの時は椿と一緒だったからさ」

「なるほど~」

「じゃあ、案がある人挙手!!」

 

風先輩の言葉に友奈が手を天高く掲げた。

 

「はいはーい!去年みたく夏凜ちゃんの家に押し掛ける!」

「あやつは一人暮らしだし、やりやすいのよね」

「にぼっしーのお家に煮干し持って突撃?」

「いいんじゃないかしら?私はぼたもちを用意するわ...夏凜ちゃん用に二箱分」

「せめて食いきれる量にしてやりなさい、須美さんや」

 

結局、それぞれ誕生日プレゼント(それから煮干し)を用意して、夏凜の家にサプライズ訪問することになった。クラッカーを鳴らして潜入する案は完全に危ない組織だな。とは言わなかった。

 

(園子と友奈が楽しそうだしいいか)

 

こういうことを天然で真っ先に楽しむ二人が笑顔なのはいいことだ。

 

(アタシも前より周りが見えてる気がする...椿と一緒だったからかな)

 

「じゃあ銀、椿にメールだけしといて」

「了解しました!風先輩!」

「でも、二年連続で同じ祝い方なんて...途中で夏凜さんに気づかれないでしょうか?」

「大丈夫だよいっつん。にぼっしーこういうこと疎い感じするもん」

「案外自分の誕生日自体忘れてそうよね」

「気にしなくても平気だよ部長」

「...わかりました。じゃあそれでいきましょう!」

 

決まれば即行動は勇者部らしさ。夏凜にバレない今のうちに買い物を済ませに行く。

 

(今頃イネス...椿は上手くやってるかな?)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「なー夏凜、この出汁用煮干しと食用煮干し、見た目一緒なんだが...」

「え?全然違うじゃない」

「うっそ...」

 

イネス、煮干し専門店。揃ってない物はないと思われるイネスだが、ここは異質感があった。

 

「魔境だなここ...」

「それを言うならみかん専門店も十分おかしいわよ。皆一緒じゃない」

「それはない」

「ほらね」

 

夏凜が煮干しを補充したいとぼやいていた所に俺が同伴。実質バイクでの運送と荷物持ちだ。

 

「じゃあ買ってくるわ」

「いってら~」

 

(ま、買わなくても数日後には溢れると思うんですけどね...)

 

本当の目的としては夏凜の監視である。数日後に控えた彼女の誕生日の作戦会議をバレずに行うため、他の勇者部メンバーとばったりなんてことを起こさないためのもの。

 

思い出しているとケータイが震え、銀からのメールを知らせてくれた。

 

『基本内容はサプライズパーティーに決定!イネス以外で誕生日プレゼント買うから別の場所行くとき連絡よろしく!』

 

「了解っと...」

 

(俺は買い終わってるしな...)

 

夏凜への誕生日プレゼントを考えた時、かなりすんなり決まった俺は既に買っていた。バッグにそのままいれてある。

 

「気に入ってくれるかはわからんが...」

「なんの話?」

「うおっ」

 

いつの間にか後ろにいた夏凜は両手に煮干しの袋を抱えていた。

 

「...買い込み過ぎじゃね?」

「セール中だったから。物価も少しずつ高くなってるんだから、安く買える時に買っとかないとね!」

 

 

 

 

 

とりあえず表向きの目的は達成し、後は彼女のマンションまで送り届けるだけなのだが、イネスをぶらつくのは続いていた。

 

「こ、この服どうかしら?」

「俺に聞くのか?」

「そ、そうよ!あんたしかいないでしょ!!」

 

どうも夏凜の様子がおかしかった。今だって試着した服を見せてきてるが、スポーツが出来る機能性重視なんかじゃなくて、どちらかと言えば風が探してそうなファッション重視の服だった。

 

「ファッションセンスはないから分からないが...夏凜には似合ってると思う」

 

夏凜の性格を考えた上で選んだ服の意外性さえ除けば、よく似合っていた。春信さんに見せたら倒れそうなレベル。

 

「そ、そう!」

 

顔を赤くした夏凜は、試着室のカーテンを勢いよく閉めた。

 

(...変わったなぁ)

 

夏凜と出会って約一年。はじめの頃から顔を赤くすることもあったけど、最近のとは質が違う気がする。

 

ちゃんと嬉しいって気持ちが表現されているというか、デレ成分が多くなったというか。

 

「昔より可愛く感じる...なんて言うと怒られそうだな」

 

(主に春信さんに)

 

『夏凜は最初から可愛いに決まってるだろおらぁ!?』と脳内で春信が出てきて、しっかり追い返した。

 

それなりにしてから夏凜が試着室から出てきて、声をかける前にすたすたレジに向かっていった。

 

その顔は、何故だがさっきより赤かった。

 

 

 

 

 

「さて、買い物も大体終わったかな...」

「ま、待って」

「?どうした?」

「あ、ぁの...あれ飲まない?私が奢るから」

 

夏凜が指差したのは、フードコートにある一つのお店だった。

 

前も夏凜と飲んだ果肉入りのみかんジュース。値上がりこそしてなかったが元から高いので来る度に飲むわけにもいかない。

 

だが、だからといって後輩に奢られるわけにもいかなかった。

 

「ちょ、椿、お金は私が...」

「後輩に奢られるほど金欠じゃねぇよ。といってもお金払おうとはするだろうから、割り勘な」

 

今回は待ち時間なく用意されて、手近な席に座る。

 

「それで...どうしたんだ?」

 

わざわざ夏凜が何もないのにこんな提案をするとは思えない。何か相談事が_______

 

「別に、何もないわ」

 

あるわけではなかったらしい。去年より『何かあれば相談すること!』と言うようになった勇者部にずっといる上でこう言うということは、本当に何もないんだろう。

 

(そわそわしてる感じはするんだがなぁ...)

 

「そうか...ん、悪い」

 

スマホが震えて一言断ってから開く。予想通り銀から______ではなく、春信さんからだった。

 

『数日後には我が妹夏凜の15回目の誕生日です。祝うためのプランを考えました(中略)そもそも夏凜が三好家に産まれてきたのは(中略)大赦の制約から解放された今、僕は自由に、盛大に、最高に夏凜の誕生日を祝える(中略)もうすっごく可愛くて愛してる(中略)こんな夏凜の誕生日を祝わないという選択があるだろうか。いやない。祝え。祝わなければ君を表に出られないようにしてやる』

 

「......」

 

そっとメールを消して、電話含めて着信拒否設定する。俺は何も見ていない。

 

「...どうしたの?」

「なんでも...春信さんからお前の小さい頃の写真とか送られてないから」

「消しなさい!というか兄貴ぃ!!!」

 

立ち上がって素早くメールを打ち込んだ夏凜は、どかっと座り直す。

 

「全く...返信はや!」

「...あの人、働いてるんだよな?」

「しかも長文よ...っ...余計なお世話だっての。皆用意してくれてるんだから」

「え」

「あ」

 

夏凜の言葉に俺が驚き、それに釣られて夏凜が顔を上げる。次いでそらす。

 

「あぁ...ま、それもそうか」

 

それだけでわかってしまった。

 

「そ、そうよ...あんた達、いつも当人を抜いてサプライズで準備するじゃない」

「確かに...自分の誕生日さえ覚えてればそわそわするわな。皆が準備してくれてるだろうって知ってれば...」

 

夏凜は自分の誕生日の準備が水面下で行われていることに喜びつつ、本当に行われてるのか不安だったのだ。

 

「でも納得だ」

「え?なにが?」

「いや、わざわざ俺にこれ奢ろうとしたのはあれだろ?俺がスムーズに夏凜の監視を続けられるようにって...」

「......それは...そ、それより!!」

 

慌てた夏凜だが、その理由を俺が理解することなくテーブルに袋が置かれた。

 

「これ...あそこのじゃん。いつの間に買ってたんだ?」

「あんたがジュースコーナーに見とれてた時よ」

「み、見とれてなんかなかったと思うんだが...」

 

袋のロゴは、それがさっき立ち寄ったみかん専門店の物だと分かる。

 

「これ、あげるわ」

「え」

「っ...いつも色々お世話になってるから...ううん、私を変えてくれた勇者部だから。感謝を伝えるなら、上級生からかなって...風と椿なら、うどんとみかんって分かりやすかったしね」

「夏凜...」

 

 

 

 

 

「......私を受け入れてくれて、ありがとう」

 

花が咲いたような満面の笑みを浮かべる彼女に、俺は見惚れた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ぅー...」

 

ばしゃばしゃ顔にお湯を当てても、寧ろ香りが広がって落ち着くには逆効果だった。

 

ただ、トレーニングを済ませた体に染みていくようで体は気持ちいい。

 

「っ、はぁぁ......」

 

体を伸ばしきるには少し狭い浴槽で、思いっきり体を伸ばした。肩が湯船から出てきて、乗っていたお湯が滴っていく。

 

『折角夏凜がくれるってのに、俺が何も渡さないのもな...はい。ホントは誕生日プレゼントのつもりだったが...ちゃんと別のを用意する。期待しといてくれよな』

『わ、悪いわよ!これは私個人の気持ちで...!』

『じゃ、これも俺個人からってことで。受け取ってくれ』

 

椿から渡されたのは入浴剤だった。調べてみたら、ヒーリング効果が高いと書かれている香りが多かった。

 

『これから暑くなるし、トレーニングも普段してるから体を休められる手助けができればと思ってな。そういう効果があるのを多目に選んでみた。トレーニング器具なんかも考えたけど、そういうのは貰うより自分で選んだ方が良いだろうし』

 

(そういう気遣いは出来る癖に...)

 

周りをよく見てるし、気遣いも出来る。頭もかなり良い。なのに、自分に向けられてる好意には滅法疎い。

 

『いや、わざわざ俺にこれ奢ろうとしたのはあれだろ?俺がスムーズに夏凜の監視を続けられるようにって...』

 

「はぁ...」

 

単純に、『椿ともっと一緒にいたかっただけ』なんて。気づいて隠す必要もないし、まず気づいてない。

 

(ほんと、わざとやってんじゃないでしょうね...ないんだろうなぁ)

 

そういうところにちょっとがっかりもするけど、優しくされて嬉しくない筈もない。

 

お役目が終わった私が誇る、お役目よりずっとずっと大切なもの。

 

友奈に手を差し伸べられたのも。

 

東郷に見つめられるのも。

 

風と言い合うのも。

 

樹に頼られるのも。

 

園子に振り回されるのも。

 

銀の行動に付き合う時も。

 

全部、私の宝物だ。

 

「......ふふっ」

 

結局のぼせるギリギリまで、湯船に浸かっていた。

 



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誕生日記念短編 リーダー

若葉様誕生日おめでとうございます。というわけで短編です。間に合ってよかった...


「若葉の誕生日、ねぇ」

 

昼にひなたに言われたのは、もうすぐ若葉が誕生日を迎えるということだった。

 

『別に誕生日プレゼントを用意してください!というわけではないんです。ただ、準備で手伝って頂きたいことができたら協力をお願いしたく...』

『わざわざ言われるまでもない。男手は貴重だろ?遠慮なく頼んでくれ』

『ありがとうございます!』

 

そんなやりとりがあったのだが、何も用意しないのも性に合わなかった。

 

というわけで、大型ショッピングセンターに来ている。

 

(欲しそうな物欲しそうな物...)

 

乃木若葉というこれまで接してきた彼女のことを思い返しながら店を巡る。

 

若葉は真面目で真っ直ぐな性格で、四国西暦勇者のリーダーを務めているだけあって委員長のようなタイプだろう。戦闘の時も高貴に、誇りを持った行動をしているようで、俺より俺(椿)の花言葉が似合う様にも思える。

 

反面、どこか抜けてるというか、天然な部分もある。

 

(このあたり園子の片鱗を見せてるよな...)

 

正確には『園子が若葉(ご先祖様)の片鱗を見せている』のだが、俺からすれば逆に思っても仕方ないだろう。

 

そんな彼女は、そこまで物欲はないように見える。どちらかと言うと好きな物より好きな人(ひなた)がいることの方を重視するし、なにか贅沢をしてる様子もない。

 

食事も好きな食べ物がうどんと言うだけでなにかが苦手ということもなく、基本は『優秀』を擬人化したように感じる。

 

「意外と甘えん坊だったりはするけどな...」

 

以前ひなたに耳掻きされていた時は、完全に魂を引っこ抜かれていた。確かにひなたのテクニックは恐ろしい程に高いが。

 

(というかひなたひなたって...となるとプレゼントはひなた?)

 

大きな箱から飛び出てくるひなたをイメージしてかき消した。大体ひなたは俺の物じゃない。俺が用意するプレゼントとしてもおかしい。

 

「......」

 

だから、脳内に浮かんだひなた_____首輪をつけてネコのポーズで「にゃーん♪」と言っている______も幻想に決まっていた。というか幻想じゃないと困る。

 

「ママー、あのひとかべにあたまうってる」

「しっ、見ちゃいけません」

 

(普通に可愛い...いや!?違うから!?)

 

脳内で謎の葛藤をしながら、頭に登った血を(物理的に)抑えながら俺のショッピングセンター巡りは続いた。

 

(普通じゃありえないプレゼント...発想?)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『ハッピーバースデー!!!』

「皆...そうか、今日は私の誕生日か」

 

ひなたに連れられて来た友奈の部屋には、綺麗な装飾が施されていた。ここ数日戦いが多かったため完全に忘れていた。

 

「ささ、若葉ちゃん。こちらに」

 

ひなたに押されて座ったのは、いわゆるお誕生日席だった。

 

「こんなケーキまで...」

「大変だったのよ。貴女を連れて来るまでに土居さんが食べてしまいそうで」

「タ、タマが食べるわけないだろう!!」

「よだれ垂らしながら言っても説得力ないよ...」

「タマちゃん落ち着いて」

 

確かにケーキは凄く美味しそうだった。

 

「どこでこんなものを買ってきたんだ...」

「自作です」

「椿が!?」

「久々にレシピ本とかあさって結構自信あるから。食べる前に写真だけどな。ひなたー」

「はい!撮りますよー!!!」

 

ひなたに抱きしめられたり、それに乗じた友奈に抱きしめられながら写真を撮って、ケーキを切り分けて。見た目以上に味は美味しかった。少しの敗北感もあったが。

 

(女子力とやらでは確実に負けた...)

 

「それじゃあ、プレゼントタイムです♪」

 

ひなたの言葉通り、皆がプレゼントを用意してくれていた。千景からは新作ゲーム、球子からは骨付鳥無料権、杏からはおすすめの本、友奈からはヘアゴム。ひなたからは写真集(若葉ちゃん中学生編と書かれていた)。

 

そして、椿からは_________

 

 

 

 

 

「なぁ、これでいいのか?」

「あぁ頼む」

『明日一日、俺はお前のもんだ。好きに使ってくれ』と言われた時には驚いた。

 

『それが誕生日プレゼントなの...?』

『いやー、若葉に何渡したらいいか悩んでさ...ならいっそ俺を渡そうと』

『い、いやとんでもない!こんなに美味しいケーキを作って貰って、その上なんて!』

『俺がやりたいだけだから気にするな。というかさせてくれ』

 

そう言われれば、祝われる側の私がずっと断るのも申し訳ない。何をお願いしようか考えて_______

 

「料理を教えてくれ、なんて...」

「これか、鍛練に付き合ってもらうことしか頭に浮かばなかった」

「...若葉らしいか。よし!やるからにはみっちり教えるぞ」

「よろしくお願いする」

 

和食中心でたまに椿なりのアレンジや時短技を教えて貰いながら、一つ一つ料理が作られる。

 

「手慣れているな。得意なのか?」

「朝ごはんを作るのは俺だったからな。毎日やってりゃ嫌でも効率を求めたくなるし、作るなら美味しいのを作りたい。部活にお菓子を持ってくこともあったから、得意なのは朝食のメニューとお菓子ってことになるのかな...っと、そこは先に切り込みをいれとくと味も染みるぞ」

「あ、あぁ」

「...んー、若葉の飲み込みも速いけどな。血筋か......」

「?」

「いや、何でもない」

 

数時間かけて、食堂のテーブルには今からパーティーが始まるのではと疑うほどの料理が並んでいた。自分だけでは出来なかっただろう出来映え。

 

「若葉はぽけっとしてないから安心して見てられるな」

「刃物を扱ってるんだ。注意して行わないと」

「慣れかけが一番油断するから気をつけろよ。俺もざっくりやって怒られた」

「あぁ」

「さてと...なぁ、本当にこんなんでいいのか?別に料理がまるで出来ないわけでもなかったのに...」

「いいんだ。これで」

 

ここ数ヶ月でたくさんの辛い思いをした。仲間とぶつかりあったことも多い。

 

でも、それ以上に楽しい思いが出来た。仲間とより繋がることが出来た。

 

「昨日、私は祝ってもらう立場だったが...私も皆に感謝している。誕生日というお祝い事じゃなくても、その感謝を早く伝えたかったんだ」

「若葉...」

「正直、私はリーダーには向いていなかったと思う。思考は偏りがちだし、はじめの頃は一人で突出していた。友達を殺された復讐のために...」

「戦いで怒ることなんてよくあることだろ」

「椿は仕方ないだろう!突然この世界を訪れて...私は普段から周りを見ていなかった。そんな私に激励してくれて、支えてくれた皆に、思いを伝えたい」

 

私の言葉を聞くと、椿がまっすぐこちらを向いてきた。黒い瞳が真っ直ぐこちらを見ている。

 

「......俺は過去のお前を知らない。はじめの頃は自分のことで精一杯でお前達の観察をしてても本質は何も見ていなかった...でも、今は言える。お前は皆が認めるこの仲間のリーダーだよ」

「椿...ありがとう」

「別に、どういたしまして」

「ふふっ...」

「なんだよ」

「いや、こうした話もいいなと思って」

「変に恥ずかしくなるからやめろ...」

 

そう言うと、彼はそっぽを向いてしまった。

 

「じゃあ、皆呼んで若葉の誕生日後夜祭といきますか」

「ただ騒ぐだけの間違いじゃないのか?」

「違いない。特に球子辺りがな」

「やりそうだ」

「ほう...貴様らはタマがそんな人間だと普段から思っていると」

「まぁ」

「割と」

「ガーン!!というか二人ともタマがいるの驚かないし!?」

「忍び込んでるのバレバレだから...さっきの話聞かれなくてよかったー」

「もういい!椿と若葉が新婚夫婦ばりにいちゃつきながら料理して、恥ずかしい台詞言い合ってたの皆にばらしてやる!!」

「な!?ずっと張り込んでいたのか!?」

「『椿...ありがとう』『別に、どういたしまして』」

「「なぁっ!?」」



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31話 いってきます

誰が今日投稿すると思っていただろう(自分でも思ってなかった)

いやね?他の作品で勇者の章が始まったの見たら、出さずにいられなかったんです。


「ふーふーん、ふふーん」

 

樹の曲は明るめで元気が沸いてくる。耳が幸せとはこのことだろう。

 

(音楽はよくそのまま残ったな...画像はダメだったのに)

 

口ずさみながら俺が訪れたのは、この世界で最も行きたくない場所だった。

 

「どもー、約束通り来ました」

 

場所は大社の本陣。

 

神託の日(新たな戦い)まで、あと一日。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「正確な神託がくだされたのはいいが...緊張するな」

 

今日は明日に予告された敵の総攻撃に備え、それぞれ自由行動が言い渡された。

 

戦術は事前に話してきたし、まずその会話通りに進むことなんかほとんどない。相手は自分達と同じように進化し続けるバーテックス(頂点)なのだから。

 

愛武器である生大刀(いくたち)の刀身を見て、問題がないか確認する。

 

「そう気負わないでください。寝れなくてうとうと若葉ちゃんになっちゃいますよ」

「ひなた...そうだな。あまり気にしないことにする」

 

部屋に来てくれたひなたの言葉を聞いて、刀を納めた。そのまま机に立て掛けて、私自身はひなたの膝に頭を乗せる。

 

「ひなたの膝は、やはりいいな...」

「耳掃除もいかがですか?」

「...今日はいい。明日してもらう」

「わかりました」

 

明日も明後日も変わらない未来を続かせる。穏やかな日常を過ごす。だから、これでいい。

 

机の上に乗っている分厚い本を最後に確かめて、ひなたの膝の感触を味わうべく目を閉じた。

 

「他の皆は何をしてるだろうか...椿は朝からいないし」

「千景さんと友奈さんはお出かけ、球子さんと杏さんは午後に大社に行くそうです。球子さんの武器が出来たらしいので」

「出来た?」

 

私達の武器は昔から保管されたり奉られたりした物ばかりだ。神聖さが勇者の力に反応したと言われている。だから出来たというのは少し違和感があった。

 

「えぇ。どんなものかは私も知りませんが...って、またこうした話になっちゃいましたね。今はゆっくり休んでください」

「...ありがとう。ひなた」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「では、これを」

「おぉ!...お?」

 

渡されたのは30枚の御札。

 

「巫女から伝わせた神樹様の神聖力を保存した物です」

「...はぁ」

「使用することで防御結界を張ることが出来ます。持って数秒ですが...我々が用意できたのはこれが限界です。どうか、お役に立ちますよう...」

 

 

 

 

「これだけか...自衛隊も一緒に作ってるって言うから、ドバーっと凄いのくるのかと...」

「贅沢はダメだよ。用意して貰っただけ感謝しなきゃ」

「て言われてもなー」

 

タマっち先輩の顔にはありありと「もっとカッコいい武器とか、強い武器とかないのかよ!」と書かれてた。

 

元からバーテックスに重火器は効かない。自衛隊の方々はあまり協力出来なかったのかもしれない。

 

(御札、丸めて銃につめて打ち出せないかな?とか考えてないよね...)

 

「私のボウガン使う?」

「......いや!それはいい!タマは杏の盾だからな!」

「...そっか、ありがとう。私もタマっち先輩のこと守るからね」

「杏...あ、あー、でも、こうなったら友奈の酒呑童子みたく武器いらない精霊呼ばなきゃいけないなぁ」

「無茶もダメだよ?」

「わかってるよ」

 

コロコロ表情が変わるのはタマっち先輩の魅力だと思うけど、少し不安だった。

 

凄く決意をしてる顔だったから。遠くに行ってしまいそうで。

 

「二人ともー!」

「お、真鈴!」

「お久しぶりです」

「そだね~」

 

駆け寄ってきたのは安芸真鈴さん。私とタマっち先輩を会わせてくれた人。

 

「もしかして御札の受け取り?」

「知ってるのか?これ」

「そりゃ勿論。これに神聖力を注いだ巫女の一人ですから」

 

胸を張る真鈴さん。でも、その顔は険しかった。

 

「...でも多分、そんな強い攻撃は防げない。枚数が少なくて申し訳ないけど、使うときは一気に使って」

「タマがケチケチする性格と思うか?」

「「いや全く」」

「二人して!?」

 

それからは、他愛もない話しかしなかった。真鈴さんはきっと『生き残ってね』とか、『帰ってきてね』と言いたかったと思うけど、それが口にされることはなかった。

 

「タマに任せてタマえ!」

「大丈夫です!」

 

だから、どこかこういった言葉が多かった気がする。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「可愛いー!」

「そ、そうかしら...」

「うん、うん!すっごい可愛いよぐんちゃん!」

 

私とぐんちゃんは朝からお出かけしていた。ゲームセンターに行ってみたり、お昼を食べたり、こうして洋服を見たり。

 

ピンクのワンピースを試着してるぐんちゃんは凄く綺麗だった。

 

「高嶋さんも...これなんてどうかしら」

「おー...似合うかな」

「大丈夫。似合わない筈ないわ」

「んー、じゃあ着てみるね!」

 

ぐんちゃんの選んでくれたショートパンツは確かに可愛くて、サイズもぴったりだった。

 

(これから夏だし丁度いいかも...)

 

決めればすぐで、私は着替えて買った。ぐんちゃんもワンピースを気に入ってくれたみたいで、私の隣で買い物を済ませてた。

 

「くっ、出費が...」

「この前ゲーム買ってたもんね。お金貸そうか?」

「そこまでは平気よ。貯金はある程度してるから」

「大人だ...私は美味しいものとか見ちゃうとちょこちょこ使っちゃうからさー」

「高嶋さんらしいけど、少しは抑えないと大変よ」

「うぅ...精進します...」

話したいことが次から次に出てきて、それをぐんちゃんは微笑んで聞いてくれる。自分を打ち明けてからは特に。

 

「ぁ...」

「綺麗...」

 

海岸沿いまで来た私達を、夕日が照らす。海に沈む前に壁の向こう側へ行くから見えなくなって_______

 

「...また来ようね」

「......えぇ」

「よーっし!帰ろっか!ぐんちゃん!」

 

そのまま私達は、寮につくまで手を繋いで帰った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふぅー...よし!」

 

完成した小刀を振って、感触を確かめる。

 

「これで必要なのは全部揃ったと...」

 

システムを起動させて壁に飾ってる戦衣は、原型を留めている理由が分からないくらいにはボロボロだったのがかなりましになった。

 

(真ん中はどでかい穴空いてたし、血まみれだったし...)

 

市販で売られてる素材とはいえ防護性の高い生地で継ぎはぎにしたそれは、見映えも悪く着なくていいなら着ることは無いだろう。

 

(壊れては直し、また傷つけて直して...こいつも俺と一緒にいてくれたものの一つだもんな)

 

生地等諸々の用意を済ませてくれた大社には、初めてに近いちゃんとした感謝の念を向けた。

 

(こっちも終わったしな...)

 

ある意味最大の功績と言えるのは、床に置きっぱなしの砥石だ。

 

錆びた包丁なんかは、砥石を使って磨ぐことでかつての輝きを取り戻す。

 

ほとんど刃がなくなった刀は半ばから折れていたため切るにも刺すにも使いづらかったそれを、俺は自分で磨ぐことにした。

 

勿論やったことなんてないから上手く出来るわけなかったが、削って刺せる武器になってくれればそれ以上望まないし、自分の武器は自分の使いやすい形にしたかった。結局、ゲームに出てくるダガーみたいな小刀が完成した。

 

受け取ったのが午前、午後は部屋に籠って作業して、夕飯を皆で食って______

 

「うわマジか」

 

時計を見ればもうすぐ日付を回りそうだった。

 

(遠足を楽しみにする子供じゃないんだからさぁ...)

 

「遠足ね...やめやめ。余計な考え回す前に寝ますか」

 

明かりを消して布団に潜る_____前に、遠慮がちに扉が叩かれた。

 

「椿さん」

「ひなた?どうしたこんな時間に」

「...あの、ちょっとお願いがありまして」

 

声音も普段より低い彼女。俺は少し考えてから部屋に通した。

 

「夜はまだ外寒いだろ?早く入りな」

 

 

 

 

 

で、気づいたら同じ布団に入っていた。

 

(...いや、何でだよ)

 

『一緒に、寝てくれませんか...?』

 

枕を持って入ってきた彼女の悲しげな顔が俺を無性に不安にさせ、部屋に通してから五分経たずにこれである。

 

俺は壁側で彼女に背を向け、なるべく意識しないようにしてる。

 

断らなかったのは、ひなたがこうしてきた理由もなんとなく分かるから_____

 

「椿さん、起きてますか?」

「...そんな寝付きの良い方じゃないんでな。今は尚更」

「......ごめんなさい...ご迷惑ですよね」

「...別に、迷惑とは思ってないけど...一緒に寝るなら若葉の方が良いんじゃないか?」

「若葉ちゃんは、責任感の強い子ですから...戦いの前に、私のせいで重荷になることをしたくないんです」

 

俺が、本当の意味で一般人だったら。目の前で話していた勇者達が突然消えて、次には怪我をした、入院した、死んだ________と連絡されれば、いつくるか分からないその別れに恐怖せず、苦しみを耐えられるだろうか。

 

(...無理だな)

 

雨の中、銀の葬式に出席することがどれだけ心苦しかったか。俺の魂がよく覚えている。

 

「若葉ちゃんを励ますことはできます。慰めることはできます。でも、今この時不安にさせたらダメなんです...誰より若葉ちゃんのことを知っていますから」

「......」

 

巫女は、神からの声を聞くことができる。しかし、出来るのはそれを勇者に伝えることまでだ。一緒に戦うことは出来ない。

 

そんな彼女を、何で俺のところへ来たと攻められる筈がない。

 

「...月並みな言葉しか言えないけどさ。皆無事に済ます。どんな敵が来ようと、必ず」

 

俺には、今こうやって言うしかない。

 

「だから、待っててくれ。俺達が帰る場所に、笑顔で」

「椿さん...」

「その為なら今は、ここでなら泣いてもいいから...」

 

きっと、俺の所へも来ちゃいけないと思ってくれたと思う。俺も戦う身だから。

 

それでも不安に押し潰されそうで、心を平常に保てなかった彼女。

 

「...ぁ、ぁぁぁ...椿さん...」

 

すすり泣く声がして、背中に暖かさが伝わる。

 

「平気だよ。大丈夫...」

 

本当に、何にも確証がない言葉の羅列。けどそれが彼女の不安を溶かしてくれるならと、俺は向きを変えて抱きしめた。

 

(......守ってみせる。この世界も、勇者も、ひなたも)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「うるさーい...」

 

スマホのアラームを止めると、六時過ぎだった。

 

「昨日のそのままだったか...」

 

毎日この時間に起こすようなセッティングは、必要ない日もつけっぱなしにしてることが多い。

 

「んー...ん?」

 

隣で寝てるひなたを見て一瞬思考が停止したが、すぐに昨日を思い出した。

 

(そういやそうだったな...いやビックリした)

 

ひなたを起こさないようにベッドから抜け出し、机に置いてある物を確認する。

 

「よし、よし...あーなんだよ、切っただろ...!」

 

スマホから流れるのが切った筈のアラームではなく、樹海化警報だど気づくのが遅れるくらいにはまだ寝ぼけていたらしい。

 

「...来るのか」

 

さっと着替えと必要装備を整える。

 

「...ひなた」

 

まだ、心地良さそうに寝てる______寝たまま動かない彼女。

 

「いってきます」

 

そう口にした時には、俺を光が包み込んでいた。

 

 

 

 

 

「皆!」

「おはよー...」

「タマっち先輩起きて!!」

「朝からやるのね...」

「よーし、頑張ろう!!」

「...あぁ。やろう!」

 



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32話 決意の花

西暦時代にしては、その樹海は静かだった。

 

「大型進化体が四体...通常のはいないみたいだな」

「壁の外のすっごくでかいのもいないね」

「椿さんの情報に似てますね...完全な姿ってことですか」

「みたいだな。右から覚えてる特徴言ってくぞ。爆弾作るやつ、矢を撃ってくるやつ、反射板持ってるやつ、蠍みたいなやつ」

 

こちらは勇者が六人、いつものわらわら蠢く星屑はいないので、数では有利。

 

「ま、これだけ離れてればこっちからやるだけだからな」

 

『白銀』を構え、すぐに射撃を開始する。

 

(まずは射撃型から...)

 

「始めるぞ」

「あぁ...皆、必ず生き残るぞ」

「うんっ!」「おおっ!」「えぇ」「了解です!」

 

思い思いの返事と共に、俺の第一射は放たれた。

 

命中率はそこまで良くないが、元の一撃は御霊を撃ち抜くレベル。だが_______

 

(流石に無理か...?)

 

東郷の力を完全に理解しきれていないのか、遠すぎるからか、威力は本人より低い気がする。実際、進化体に当たっていても、倒れる気配がなかった。

 

「椿!!」

「っ!」

 

仕返しとばかりに飛んできた矢を、園子の盾で防ぎきる。

 

「あっぶな...サンキュー」

「もう一撃、来るぞ!」

「了解!」

 

高速で飛ばされた追加の一撃を余裕をもって逸らして前に出る。

 

(同時展開は出来ないけど...切り替えながらなら戦える!)

 

「手筈通り突貫するぞ!!」

「無茶はしないでください!!」

「わかってる!お前らは何かあるまで下がってろよ!」

 

事前に立てた作戦は、俺が前に出て必要に応じて皆がバックアップするというものだった。

 

(大型進化体相手だと、皆は少なくとも精霊を使わなきゃならない...)

 

体に負担が大きい精霊を降ろす行為は、してほしくない。

 

だが、バックアップするだけでもそうしないと太刀打ちできないのも事実。

 

(だから、俺が前に出て暴れる。すぐに決着をつけてやる)

 

「行くぜぇぇぇぇ!!!!」

 

二振りの斧を構え、俺は地面を踏み鳴らした。

 

(絶対、死なせはしないから!!)

 

 

 

 

 

本当の意味で戦闘が始まったのは、俺と蠍の接触だった。

 

前の戦いで味をしめたのか、執拗に腹を狙って来た尻尾を切り飛ばす。

 

「二度も効くかよ!」

 

ただ、爆弾が俺にぶつかってくる。逃げてる隙に、切られた尻尾は再生していた。

 

「...互いにな!!」

 

叩くなら一気に全身を叩くしかない。

 

(もっと、もっとだ)

 

目の前の敵から注目を集め、その上殲滅させる最良の手段を実行する。

 

思考を速く。動作を速く。

 

(加速しろ。誰よりも...何よりも速く!!!)

 

「はぁぁぁぁぁ!!!!」

 

感情に比例するように、魂に呼応するように、斧から赤き炎が吹き出る。

 

爆弾の煙の中を突っ切って手近にいた反射板持ちの目の前に出る。本体との進路を防ぐように置かれた板どもを一刀両断し、もう片方の斧で本体を消し飛ばした。

 

「まずひとつ!!!」

 

着地と同時に襲ってくる尻尾についた針を風の大剣を構えて受け流す。尻尾全体が引き摺られて常にかけられる圧力は、それでも俺を倒すには至らない。

 

「御霊なし(おまえら)ごときに...今さらやられるか!!」

 

投げた大剣は矢を放とうとした敵の口に入り、怯んだ一瞬で斧を滑らせる。

 

追撃してくる爆弾を糸を張り巡らせて通さない。

 

隙をついて伸ばした槍は二体の敵を貫く。

 

「おぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

気合いと共に伸ばした槍を横凪ぎに動かせば、体の半分を切られた二体はいとも簡単に消滅した。

 

「っ!はぁ...はぁ...」

 

今まで体に刻みつけてきた戦い方に、皆の使い方が頭に入ってくる。自分を動かすのがごちゃ混ぜになって、順応する。

 

脳をフルで使った疲れか、いつもより息があがっていた。

 

(だが、これで...)

 

現れた四体は全て倒した。これで戦いは______

 

(......)

 

わざわざ神託で『総攻撃』と言われたのに、たったこれだけなのだろうか。確かに大型進化体の数としては最大だが、それでも__________

 

(...俺が、前に出されてる?)

 

「!!しまった!?」

 

俺が後ろを振り返るのと、目の前にバーテックスが現れるのと、遠い場所に______皆がいた付近にもう一体バーテックスが出てきたのはほとんど同時だった。

 

「っ!どけぇぇ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「く...うぅ」

 

椿が最後の敵を倒した時、私達の視点は暗転した。

 

(奴らは学習する...わかっていた筈なのに!)

 

圧倒的な椿の力に夢中になっていて、樹海を潜って来ていた敵に気づかなかった。せめて端末を見ていれば違ったかもしれないが、過去には戻れない。

 

(五体目、いや六体目か...総攻撃と言われるだけはある)

 

目を開けた先では、進化体が神樹様へ向かって行く。

 

(...)

 

敵を倒さねば。

 

(そうしないと...椿が安心出来ないだろう!!!)

 

未来から来てくれた彼に頼りっぱなしは良くない。例え彼が私達のことを思っているからこその行動でも_______

 

「降りよ...」

 

自分に異物を降ろす。その比は源義経を遥かに越える。

 

『そうだ。このチカラを使って殲滅して、奴らが行った非道の限りに報いを...殺してやらなければ』

 

「いや、違う!」

 

私は誓った。過去の復讐のためでなく、今を生きる皆のために力を尽くすと。

 

笑顔で微笑む杏、球子、千景、友奈、椿、そしてひなた。

 

今四国を生きる全ての人々の為に戦うと。

 

『乃木さん、ファイトよ!貴女はまだ立ち上がれる!!』

 

(...ありがとう。白鳥さん)

 

もう、飲まれることはない。

 

「......降りよ!大天狗!!!!」

 

人間には決して生えない黒き翼。

 

着ている感覚がないくらい体と合っている装束。

 

普段より大きくなって、特殊なものを感じる生大刀。

 

「......」

 

翼を広げて敵に向かう。クラゲのような見た目の敵は、足に思える箇所をぶつけてくる。

 

「教えてやる」

 

一閃。

 

「人間は確かに弱い。脆い。悪意に満ちやすい」

 

一閃。

 

「だが、大切な人を守るためなら何度でも、何度でも立ち上がる」

 

敵本体の目の前に出る。刀を構える。

 

「守るべき人の為なら、どれだけ傷つこうと戦える」

 

一瞬、同じように戦っている彼の姿がちらついて__________

 

「それが、弱き人間が貴様らに勝てる理由だ!!!!」

 

交錯した瞬間、無意識に刀を返す。まるで手元で鞭の挙動を操るように。

 

それで、取ったという確信があった。

 

そのまま相手は、沈んだ。

 

 

 

 

 

「若葉!!無事か!?」

「椿...あぁ。私は平気だ」

「タマも生きてるぞー!」

 

吹き飛ばされた皆も無事だった。

 

「ごめん皆、俺がもっと敵の立場で考えてれば...」

「椿さんは悪くないです!五体も相手にしてもらって。若葉さんも...」

「若葉ちゃん、それは...」

「大天狗だ。大丈夫。今不調はない」

「ホントか?あのレベルの敵を一人で倒せる精霊なんて...」

「以前より精霊の力を理解してるからか、力の効率はよくなってる。そう大したことはないさ」

 

次々出てくる汗をバレないようにしながら、辺りを見回した。広がる樹海に敵の影はない。

 

「...敵、いないわね」

「端末にも映ってないです」

「終わり...?」

「いや、まだ樹海化が解けない。それにあいつも......」

 

椿に釣られて壁の方を向く。

 

 

 

 

 

その空が、光った。

 

「ッ!!!」

「つば」

 

何が起こったのか理解する前に、私の意識は刈り取られた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

例えば。その一瞬に気づくことが出来なければ。咄嗟の判断で盾を呼び出せなければ。そうであれば今ここで300年先の未来は消えていただろう。

 

「あ、ぁ、ぁ、あ!!」

 

腕と盾が悲鳴をあげているのが分かる。肉体が軋みそうな感覚を必死に耐える。

 

「椿!こっのぉ!!!」

 

球子が大社から渡されたという防御用の札を投げ捨てる。豪快にばらまかれたそれは、一瞬で塵に変わった。

 

「なっ!?」

「ぁぁぁぁ...」

 

(逃げろ...)

 

口にしたくても、きちんと言葉を出すことが出来ない。なんとか紡ごうとしても、出るのはうめき声だけ。

 

(これは...こんなの......あれは!)

 

「くそっ!くそっ!!弱まれよ!!!」

 

今少しでも力を緩めれば撃ち抜かれるし、逸らすわけには絶対にいかない。隣にいる球子や、視界には映らないが皆に当たりでもしたら______

 

(...や、ばい)

 

威力が減衰していく。腕の負担はなくなっていっているんだろうが、なにも感じなかった。

 

「椿!椿!大丈夫か!?」

 

(...ひとまず立て直さなきゃ...逃げなきゃ)

 

咄嗟に腰に用意していた物を掴んで投げ飛ばす。そのまま近くにいた球子とユウを抱えて逃げ出した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「椿さん、腕の傷が...」

「このくらい、すぐ治る...」

 

樹海の下の方、敵も俺達も互いに居場所を見ることのできない空間まで下がった俺達は、困惑していた。

 

明らかに他のバーテックスと一線を画す力だった。俺の腕は真正面から衝撃を受けたせいで腕が圧縮され、二の腕辺りから血がだらだら流れ続けている。傷口を炎がなめとっていくが、心地よさはない。

 

「外の大型があそこまで強いなんて...」

「違う。それだけじゃない。あれは『御霊あり』だ」

「御霊?」

「バーテックスの核って言えばいいかな...あるのとないので力が格段に変わる」

「じゃあ、あれは...」

「今まで相手してきた敵なんかとは比べ物にならないくらい強い」

 

全員の顔がひきつる。俺自身、話しても口に広がる吐き気を抑えられなかった。

 

「でも、なんとかしなきゃ!!」

「...」

 

考える。どうすれば勝てるのか。犠牲なしで済むのか。

 

(あれは満開した勇者が六人がかりで倒したもんだ。しかも、前より強い。満開なしで勝ち目なんて...あるのか?)

 

精霊バリア擬きがあった頃とはいえ、レオ・スタークラスター(合体状態)の直撃を喰らったから分かる。

 

(今回のレオ・バーテックスは、あれと同等...いや、それ以上)

 

「......」

 

それでも、諦めるなんて出来ない。

 

たった一撃で、俺の心は折れてしまいそうだった。でも、まだ戦わなければ。

 

足の震えが止まらなくて、突然動けなくなってるのは、驚く事が多すぎて心拍が安定してないからなのか、単に俺が臆病者だったのか。

 

(俺一人で突っ込んで、封印の儀を施して、御霊を潰す?いや、流石に...でも、皆を巻き込むわけにも...)

 

「...椿君?」

「......」

「嘆くのはまだ早い。とか、諦めてる場合じゃない。とか言う人なのに、だんまりね」

「何か作戦を...」

「俺が突っ込む」

「なっ...」

「お前達は下手しなくても一撃で死ぬぞ。強さの次元が違うんだ」

 

もう誰も死んでほしくない。失いたくない。

 

「だから俺が前に出る」

「...古雪君」

「?」

「私は、生きてきてやっと、生きることを楽しめるようになってきたの。友達と笑って、遊んで...そんな世界を守りたい」

「千景...」

「だから戦うわ。どんな敵が相手でも」

「っ!!」

 

七人御先を纏い、七人に増えた千景が、思い思いの顔をしている。

 

何をやろうとしてるかなんて、分かりきっていた。

 

「無茶だ!!精霊のデメリットもあるし、それで攻撃が通るとも...」

「やってみなくちゃ分からないわ」

「...椿君。私もぐんちゃんの言う通りだと思うな。やってみなくちゃ分からないよ!」

 

だらりと下がった血まみれの左手をユウが握る。

 

「なるべく諦めない方がいいもん!」

「っ...」

「来い!!酒呑童子!!!」

 

赤き鬼の王を顕現させる彼女の目は、凛々しくて、輝いてて。

 

「私達の世界は、私達が守る!!」

「ユウ...」

「友奈にそこまで言ってもらって、タマが何もしないわけにもいかないな! 輪入道!!!」

「私も。雪女郎!!!」

 

身に纏うだけで体を蝕む精霊達を、躊躇うことなく使っていく。

 

「...さて、椿、あれをなんとかする方法はあるか?」

「......」

 

その意味が『私達全員で迎撃する方法』を聞いているのは、言われなくてもわかった。

 

だから、頭をかく。

 

「あーもう!どうなっても知らないからな!!!」

「もう精霊を使っているんだし、変わらないわよ」

「千景の言う通りだ!タマ達に出番を寄越せ!」

 

日常を取り戻す。自分と皆が幸せであるための、平和な日々を取り返す。

 

(今さら神の使いごときに好き勝手やらせるか...!!)

 

俺達の戦いは、最強のバーテックスへ_______



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33話 勇者達の奇跡

「来るぞ」

「問題ないわ」

 

レオの進行方向に降り立った八人を障害と感じたのか、すぐに樹海を焼ききるレーザーが放たれる。

 

目標とされた千景は、あっさり体を飲み込まれた。苦悶の表情をすることなく、この世から消え去る。

 

「こんな感じで囮になればいいのね」

「怖いけどな...」

 

すぐ隣に現れた千景に微妙な声で返すしかなかった。見殺しにするようなことはなるべくしたくなんかない。

 

「七人御先は一人二人消えたところで問題ないわ。容赦なく見殺しにして頂戴」

「......ま、その攻撃は囮になって貰わなきゃならないけどさ。止めるのきついし」

 

減らなかった数に驚いたのか、奴は体を二つに割る。その先は何度か見たことのある地獄の釜、赤い炎の世界。

 

「こっちの攻撃は俺が守るから」

 

そこから、これまたある意味見慣れてきた炎を纏った星屑が生まれる。夜空を照らす星より輝き、目の前の障害を取り除こうとしてくる。

 

(やるぞ。銀)

 

『両手』で構えた斧から炎が迸る。あれより輝くのは俺達だと言わんばかりに赤く、紅く。

 

(理想は皆のを一度に借りることなんだがな...一度に呼べるのは一人だけ。ここは仕方ない......でも!)

 

「さぁ来いよ!!塵も残さず消してやる!!!」

 

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『あいつには、封印の儀ってのをやらなきゃならない』

 

聞こえ始めた爆発音を聞いて、椿さんの言葉を思い返す。

 

『手順としては、多少弱らせてから囲んで封印されろーって念じる』

『適当だな!?』

『正確な言葉もあるんだが、俺は覚えてないし。まず、お前らが封印の儀を出来るのかどうかも分からないけど...勇者として存在して、精霊の力で強化されてるならいけるはずだ』

 

ぶっつけ本番でやるには知識も経験も足りない。

 

『七人御先が使える千景と、回復能力がある俺があいつの前に出て囮になる。その間にユウ、若葉のチームと、杏、球子のチームで左右から挟撃』

 

でも、椿さんが一人で戦うと言っていた時より、どこか安心できた。自分の命をかけているのに。

 

『最大の一撃を叩き込んで、そのまま封印できるならしてくれ。後は俺が倒す。封印出来なければ、それも俺がなんとか...』

『なぁ椿、若葉と友奈はともかくタマ達にあいつを倒せる力なんて...』

『それなら平気だ。なんせ______』

 

「気づかれたか!」

 

タマっち先輩の声で現実に引き戻される。千景さんと椿さんを襲っていた炎を纏ったバーテックスが、目の前に迫っている。

 

『最大限囮として暴れるけど敵に気づかれないってことも、攻撃されないってこともないだろ。しかも、恐らくそいつらはお前らが太刀打ち出来るもんじゃない』

 

あの体当たりを一度でも喰らえば瀕死になる。それを庇える人はいない。

 

『ただ、避けるだけなら普通の星屑...バーテックスと変わらん。若葉とユウは高位の精霊だし、これがあれば避けれる。杏と球子は_____』

 

(やるよ。雪女郎。私に力を貸して...私を、タマっち先輩の様に人を守れる盾にさせて!!!)

 

「いっけぇぇぇ!!!」

 

一面を銀世界に変える雪女郎の力。入ったものを凍らせて、命を奪う。

 

ただ、バーテックスは笑ってるみたいだった。『そんな氷の粒が効くと思っているのか?』と言わんばかりに、強引に入ってくる。

 

大型進化体を傷つけられなかった力が、いくら精霊のことを理解しても椿さんの言う『御霊あり』から出たバーテックスを止められるわけがない。

 

 

 

 

 

それでも。

 

「タマっち先輩!!!」

 

白い嵐の中、人にちゃんと体当たりできるわけがない。こっちは明るい炎を避ければいいだけなんだから。

 

敵の突撃を避けて、樹海を走って。本体の目の前に飛び出る。

 

「タマに!!」

 

見えないけれど、私(妹)にはわかった。タマっち先輩(姉)が必殺の一撃を出せる場所までたどり着いたことに。

 

「任せタマえ!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

杏の作った吹雪の中を突っ切る。なんなら目を閉じてても同じことが出来たと思う。

 

吹雪の中でもよく考えられて作られた道があって、それを全力で駆けるだけなんだから。

 

「タマに!!任せタマえ!!!」

 

白い景色から飛び出した時には、相手は目の前だった。両手に握ったソレに、輪入道の炎を全部込める。

 

『なんせこれを貸すからな』

『これって...椿の武器じゃんか!』

『俺のじゃなくて銀のだかな。これならいけるだろ。バッチリ一撃決めてくれ』

 

両手で使うのが普通だと思うくらい大きな斧から、炎が散る。

 

(銀だっけ?椿が幼なじみとか言ってた...タマにも全力で使わせてくれよ。タマは...杏も椿も、若葉も千景も友奈もひなたも。皆を守りたいんだ)

 

『......』

 

(杏が盾になってくれた...だから、タマは剣(つるぎ)になりたいんだ!!!)

 

『...いいよ。派手にかましてやれ!!』

 

「おうさ!!!」

 

炎の色が一つ増えて、爆発する。

 

「く、ら、

ぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

下から上に切り上げた一撃は________奴に小さな傷をつけただけだった。

 

(効か...ない!?)

 

相手が大きすぎるのもある。でも、切り裂いた所も浅くて、それすらすぐに元通りになった。

 

「だったら!!」

 

一回でダメなら二回、二回でダメなら三回、三回でダメならもっともっと__________

 

相手の体に取りついて、どんどん上へと切っていく。

 

「どうだ!」

 

でも、やっぱりついた傷は元に戻っていくだけだった。

 

(...足りないんだ)

 

銀の力がじゃない。タマ自身の力が、この斧を使いこなせるに至ってない。

 

(今この瞬間だけでいい。銀より、椿よりこの斧を使いこなしたい!!)

 

『...なら、俺を越えるくらい強くなってくれよ』

 

切り札はあった。使えるかなんて知らないけど。

 

「うぉぉぉぉ!!!」

 

残ってた御札をばらまく。椿を守りたいと思って使ったのでほとんどないけど、五枚くらい。

 

(これは神樹様のシンセイリョク?が込められてるんだ...)

 

斧で切り裂いた御札は、淡い光を放って消えた。

 

(ならこうすれば、神樹様の力が強くなって...強い精霊も呼びやすくなるはず!)

 

根拠なんてないけど、願掛けに近い思い込みはタマのイメージを強くする。

(精霊はイメージ。精霊はイメージ...)

 

本で見て、名前が強そうだなと思っただけ。それでいい。今より強くなれるなら。強そうだと思うものを降ろせるなら。

だから叫んだ。

 

 

 

 

 

「来い!八岐大蛇(ヤマタノオロチ)!!!!」

 

視界が狭くなる。体が重く、固くなる。

 

でも、胸に灯る気合いと斧に集まる炎は、ずっとずっと強くなった。

 

(人を食べるんだ...神もクイコロセ!!)

 

「タマのいちげきィ!!ウケとりタマェぇぇぇェェェェェェェェェェェェ!!!!」

 

斧の先から光が出る。相手の体の半分くらいを巻き込んだ一撃は_______後に何も残さなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「友奈、行くぞ!」

「うん!!」

 

千景と椿を襲う炎の敵は、その狙いを私達に変えた。私は躊躇わずに物を投げる。

 

『さっき逃げるときにも使ったんだが、まだ余ってるからこれ使って二人は近寄ってくれ』

『これは...』

『スモーク弾ってやつだ。大社経由で自衛隊ってとこから貰った』

 

投げた弾は白い煙を吐き出して私達と相手を巻き込んでいく。

 

(成る程...)

 

炎を纏った相手はこちらから確認できるが、相手はこちらを見やすくはないだろう。嗅覚があるなら使うかもしれないが、数秒隙があれば一気に近づける。

 

「若葉ちゃん!」

「っ!」

 

偶然突き抜けてきたバーテックスを翼を傾けて避ける。

 

(二人で行くのは厳しいか...)

 

「友奈、私はこいつらの相手をする。後を頼んでもいいか?」

「若葉ちゃん...任せて!!」

 

宙を自由に動ける私が囮。パワーなら恐らく最強の酒呑童子を操る友奈が本命。

 

「友奈の元へは行かせない!!貴様らの相手はこの私だ!!」

 

叫んだ声に反応したのか、赤い敵は私に向かって飛んできた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(何回も使ってるからかな...)

 

頭がじくじくする。酒呑童子からくる負のエネルギーだって言うのは、なんとなく分かる。

 

私じゃないワタシが、私を変えていくみたい。

 

(でも、やらなきゃ...!)

 

若葉ちゃんに頼まれたからには、成し遂げなきゃ。

 

「うぉぉぉぉぉ!!!」

 

敵を目の前にして拳を握る。酒呑童子の力で大きくなった手に最大の力を込める。

 

「くらえぇぇぇぇ!!!!」

 

誰にも邪魔されない絶対的一撃。砕けたのは_______私の腕だった。

 

「っ!?」

 

酒呑童子の拳にヒビが入って、私の腕も血で溢れる。そのくらい相手は固かった。

 

「そんな...んぶっ!?」

 

呆然としてる間に若葉ちゃんから逃げたバーテックスが私に体当たりをする。触れたところが熱くて、血まみれな右手によく染みた。

 

「ん、あぁあ!!!」

 

ぐるぐる視界が回って、強い衝撃。

(あはは...体、動かないや)

 

急に馬鹿馬鹿しく思えてきた。なんでこんなに苦しい思いをしてまで、痛い思いをしてまで戦ってきたんだろう。

 

なんで__________

 

『忘れないで。貴女の理由、貴女の信じることを...』

 

(なんで...って、そんなの、決まってるよ)

 

「勇者だからだよ!!!理由なんてそれだけでいい!!!」

 

遠くなりかけた意識を戻して力を振り絞る。

 

体が重くて、目がくらんで、頭も痛い。

 

(でも、私はまだ動ける...生きてるんだ!大好きな人を守るために、戦えるんだ!!)

 

「私は...勇者!!」

 

『勇者は不屈!!何度でも立ち上がる!!』

 

「高嶋友奈だぁぁぁぁぁ!!!!」

 

何度でも、何度でも、何度でも立ち向かう。それが私達人間だから。

 

(力を...貸して!)

 

血まみれで黒ずんだ拳を使ってあの敵を倒すには、私の力だけじゃ届かない。酒呑童子の、そして______

 

(友奈ちゃん!)

 

『うん。託すよ、あの子のぶんも』

 

右手に、籠手がつく。酒呑童子に比べたらよっぽど小さい、頼りなく見える手にぴったりなサイズ。

 

でも、ここに込められた力は何にも変えられない想いが、力があった。未来にも過去にもない、私達の力。

 

「勇者...パァァァァァァァァァンチ!!!!」

 

体を捻って、右手を全力で振るう。二回目の衝突は、私達の完勝だった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「凄い...!」

 

超大型の右側が消しとんで、左側が砕け散る。遠くからでも誰がやったのか分かった。

 

「球子もユウも無茶しやがって!!」

 

喋りながら古雪君が切り裂いた敵が、囮役としてひきつけられた最後の敵だった。残りはそれぞれ四人の元へ向かっている。

 

どちらが言うこともなく前へ向けて駆けた。

 

「囲んで封印されろって念じればいいのよね?」

「あぁ...」

 

曖昧でも、そのくらい簡潔的な方がやりやすい。

 

「封印開始!!」

 

始めに刀を地面に突き立てたのは乃木さんだった。同時に、光が敵を取り囲む。

 

「うまくやれてるのか...邪魔はさせない!」

 

投げた斧は、後ろから乃木さんに迫る敵を切り裂いた。

 

「助かるぞ椿!」

「成功してるのはいいけどなぁ!お前なんだって刀を刺して!」

「こうしろと訴えかけてきた気がしてな...」

「そんなの誰が...!」

「どうかしたか?」

「...なんでもない!」

「高嶋さん!大丈夫!?」

「うん。平気だよぐんちゃん!」

 

ボロボロの高嶋さんは、それでも笑顔で右手を前に突き出していた。桜色の籠手が敵を取り囲む光を強くする。

 

「私も、やれます!!」

「タ、タマもいるぞ!椿!もう銀の斧は返すから好きにやってくれ!」

「わかった!!」

 

反対側からは土居さんと伊予島さんが構える。残った炎を纏うバーテックスは、古雪君が一掃した。

 

「...封印されなさい!」

 

七人で皆を隙を埋めるように囲む。出てきたのは、六〇と書かれた数字。

 

「カウントダウンされてる...?」

 

ゲームオーバーのカウントダウンというのが察知できたのは、ゲームを好む私だけだろう。古雪君は驚いてないから、これを知った上で余計な混乱を避けるため言わなかったのかもしれない。

 

そして、大型進化体から吐き出されるようになにかが出てきた。逆三角形で浮かぶ妙なもの______

 

(あれが...御霊)

 

「古雪君!」

「椿!!」

「あぁ。後は俺が...!」

 

彼の目が開かれる。空へ逃げた敵は、熱を持って光だした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

全員が全力で戦った。これ以上ないくらいに力を振るって、298年先の未来でも追い返すのが精一杯だった敵を押さえつけてみせた。

 

「嘘...だろ」

 

だから、信じたくなかった。無慈悲にも敵が空高く舞い上がって、御霊自体が太陽の様に赤く膨れ上がった事実を認めたくなかった。

 

「ッ!!」

 

銃を形作り、絶え間無く撃つ。炎に当たったそれは効いているのか分からず、変化も起きない。

 

(手は...手はっ!?)

 

槍を伸ばすか、大剣をもっと大きくすれば_____伸ばしてる間にコースから外れるだろうし、それで止められるとも思えない。

 

糸で囲んで_____炎の相手に燃やされる。

 

空を飛べる若葉に頼む____今封印を始めたばかりの彼女に事情を説明して入れ替わるなんて、そんな暇はない。

 

やっぱり、俺が止める。空を飛んで、ありったけの力をぶつける______

 

 

 

 

 

(手は、ある)

 

最終手段。花を咲かせ、散る前に倒す。

 

だが、それは。

 

(...ひなたっ)

 

約束した。誰でもない彼女と。

 

(......でも)

 

勇者部六箇条『無理せず自分も幸せであること』

 

(でも!)

 

自己犠牲と言われるかもしれない。約束を破ったと怒られるかもしれない______いや、失望されるかもしれない。

 

(それでもっ!!!)

 

皆を守る手段があって、それを実行しないなんて____俺には出来ない。

 

そう、壁を破壊した東郷の様に。神婚を決意したの友奈の様に。

 

(誰かを失うくらいなら...そんな後悔をするくらいなら!!!)

 

「...ま____」

 

 

 

 

 

『椿先輩のバカ!!もっと周りを見て!!!!』

 

「っ!!?」

 

どこからか聞こえた声は、俺の深く落ちていた思考を引っ張りあげた。いつの間にか顔が下を向いていたようで、ばっと上げた視界は明るい。

 

声が分かる範囲に人はいなかった。 すぐ隣にでもいない限りバーテックスが炎を散らす音で周りの音を聞き取るなんて不可能なんだから。

 

だから。あの声がしたこと。咄嗟に顔をあげた先に彼女が見えたこと。彼女の口元が動いたこと。以前その話をしていたこと。そのコトバを見た俺の思考が再び回ったこと。結論にたどり着けたこと。全部、奇跡なのだと俺は信じる。

 

『空を飛べ!』

 

たった五文字。

 

(やるよ...俺だけの力で。皆と一緒に)

 

 

 

 

 

「来い!レイルクス!!!」

 

満開を伝えていない若葉が知ってる俺の飛行手段(疑似満開)。散り散りのパーツが集まるように、白銀の装甲が赤の勇者服を彩る。

 

(これならセーフだろ!)

 

気兼ねなく翼を開き、叫んだ。

 

「通すかぁぁぁぁぁ!!!!」

 

降り下ろされた斧と太陽がぶつかる。直に熱が伝わってくるが、魂から伝わる熱の方が強い。

 

(負けるわけがない...)

 

ジリジリと体が焼ける。皮膚が痛みを伝えてくる。限界を超えた痛みは脳を焼ききろうと刺激を与えてくる。

 

それでもやめない。

 

「俺は...」

 

『椿は負けないわよ』

 

『あたし達もいるのよ?』

 

『ファイトです!』

 

赤い炎が、白く輝く。人が握るにはあまりに大きな斧が形作られる。視界を覆う眩い光は、人が見せられる希望の象徴。

 

『つっきーがんばれ~』

 

『貴方に力を...』

 

『先輩!』

 

この力は若葉、千景、杏、球子、ユウ_____それに、友奈、東郷、園子、風、樹、夏凜、銀。皆の力が入ってる。

 

だから、負けるわけがない。

 

「守るんだ!!大切な人達を!!!!」

 

勇者の一人として、俺も。

 

満開よりスペックはない。でも、前よりずっとずっと強いと実感できる。

 

(だからさ...)

 

 

 

 

「奇跡を、見せてやるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

叫びは混ざり、溶けて_________

 

衝撃が、俺を襲った。

 

 

 

 

 

「はぁ......どうだ!」

 

周りの異常な温度で今さら汗が噴き出してくるが、拭う暇すら惜しい。

 

爆風の中で______御霊が壁の方へ逃げてくのが見えた。

 

(本体を叩けてはいなかった!?)

 

「待てっ!」

 

外に出られるのは不味い。白い炎を散らし、翼を広げて追う。満開には遠く及ばない速度でもじりじり追いつけてはいるが、奴が壁の外に逃げきられてしまう。

 

「間に合ってくれ!!」

 

一か八かで斧を投げた。白を纏った斧は意思を持っている様に飛んで____御霊と共に消える。

 

「っ、そんな...」

 

御霊は結界を越えて消えた。斧もそれに続いたが______皆の力は、結界の外には届かない。

 

(俺じゃ、ここまでなのか...)

 

もう諦めないと、挫けないと決めた筈なのに。

 

最後まで御霊が抜けた壁を見つめても、体はどんどん重くなって_______

 

 

 

 

 

『諦めるのか?椿』

 

「......ぁ...」

 

切れかかった意識が繋がる。絡み合った糸がほどけたように、一つだけのクリアな思考になる。

 

『それは、気合いも根性も魂も、何一つ足りてないよな?』

 

四肢は動く、思考は回る。後は動くだけだ。

『まだ、やれるよな?』

 

「あぁ!最後まで、諦めない!!!!」

 

トップスピードで結界を抜ける。赤い勇者服(花)も白銀のレイルクス(花飾り)も消える。

 

御霊は______追撃が来ないと安心してたのか、目の前。

 

勢いよく放たれた砲弾のようになった俺は、一つの光を作り出す。天の神とも戦ってきた俺だけの刀。

 

(これが俺の...最後の剣)

 

今度は俺が繋げる。今度は俺が届かせる。

 

 

 

 

 

「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェ!!!!」

 

 

 

 

 

その攻撃は、確かに、御霊に突き刺さった。

 

磁石でも貼り付いていたかのようにその刀を離さなかった右手は、急にかかった制動力であっさり折れる。

 

急ブレーキのかかった体は軋み、右手は力を入れられず刀と離れた。後は重力に従うだけ。

 

(やれたの...かな?)

 

薄れる意識の中で、御霊が光を放ちながら砂のように崩れていくのが見えた。

 

(へっ...友奈、いつもお前がやってたからな...俺も届かせてやったぜ。勇者みたいだったろ?)

 

皆の顔がよぎっては消える。

 

(勇者に、なれたかな......)

 

叩きつけられて、視界がぼやける。結界の壁は海から隆起したように作られてるのだから、御霊を追って外に出ればそりゃ下は海だろう。

 

(もう、力入らねぇや...)

 

本物の太陽が水面で屈折してキラキラする。どの 輝きもさっきの白い炎に比べれば劣るけど、日常に必要なのはこっちだ。

 

だから、よかった。日常に戻った後の景色が見れて。

 

(ありがとう...また、な)

 

光の中、赤いミサンガが目に止まった。



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34話 始まりは

「...」

 

目を開けると、簡素な部屋が映った。自分の部屋から私物を無くしたよう。

 

(...同じ寮なんですし、当然ですよね)

 

ゆっくり体を起こして見渡しても、部屋の主はいなかった。

 

(......ま、まさか、もう)

 

部屋を飛び出して自宅から合鍵を取り、若葉ちゃんの部屋へ向かう。開けた先には、同じく誰もいなかった。

 

「戦いが始まった...いや、もう終わっている!?」

 

巫女である私が動けるということは、全てが終わった後なのだ_______勇者の勝利、という形で。

 

(でも...!)

 

今までで一二を争う勢いで支度を済ませる。部屋が散らかるのも気にできない。

 

目指すのは病院。大小どうであれ傷はあるだろうし、最近の勇者達は何があっても検査を受けに行っていた。

 

(誰も、誰も...!!)

 

机に置かれた書類を気にすることなく、私は走り出した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『お疲れ様...それから、ありがとう』

 

(闇の世界...って言うと凄い病気感あるよな)

 

どうでもいいことをぽけーっと考えてると、悪い方向に捉えてしまったのか躊躇いがちの声になった。

 

『あ、あのー...』

「...」

『もしかして、怒ってる...?』

「......そりゃ、怒りもするけどさ。せめてお前じゃなければ...いや、その姿じゃなければ三回くらい殴ってただろうな」

『よかったーこの格好で』

「それで、ちゃんと説明はしてくれるんだよな?ユウ」

 

そう言うと、暗い世界でユウが__________高嶋友奈が、微笑んだ。

 

『うん。君が死にかけてるからこっちにいる間は長い。説明するよ。もうある程度は分かってそうだけどね』

「死にかけって...ちゃんと帰れるのか?」

『そこは私の関与できる所から離れちゃったからさ。貴方の体次第だよ』

「...そか。じゃあのんびりしますか...しっかり説明してくれよな」

『任せて』

 

 

 

 

 

『私の名前は高嶋友奈。でも、この世界の高嶋友奈じゃないの』

 

西暦で初めて樹海に入る前に見た世界の中で、高嶋友奈は口を開いた。

 

『パラレルワールドって言えばいいかな?もう一つの世界の私なんだ。タマちゃんとアンちゃんを助けられなくて、ぐんちゃんも助けられなくて、若葉ちゃんと一緒に戦いきれなかった世界の私......最後の戦いで神樹様の養分となった世界の私』

平行世界の住民、ユウじゃない高嶋友奈。驚きもするが、ある程度話が見えるまで黙っている。

 

『私は死んでから精神体として神樹様の一部になった。300年後の戦いで天の神と一緒に神樹様が亡くなる時までずっと。そして、神樹様が亡くなってから...私は、気づいたらここにいた』

「ここは?」

『んー...行き場のなくなった精神体の場所、って捉え方で良いと思うよ。自分の体から君が来た場所だし』

「へー...なんか、もっと擬音パレードになるかと思ったけど、しっかりしてるもんだな」

『伊達に300年以上生きてないからね』

 

精神だけで300年暮らすというのは、ピンと来ない。それでも退屈だろうとぼんやり思った。

 

『神様も人間の分かる範囲から消えて、どうしようか悩んだ。何もしなければただここを漂うだけ...それで、私はやっぱりどうしても若葉ちゃん達を...私の大切な人達を助けたいと思った』

「自分の世界の過去を変えようとはしなかったのか?」

『私が出来るのはあくまで浅い干渉。実際に戦って皆を救えるわけじゃない。私に残された力を使いこなせる人が必要だった』

「...それで、俺だと?」

『そうだよ。君と言う存在を過去に送り込むことで、皆を助けて欲しかった。だからこの世界に来た。私のエゴが全ての始まり』

 

納得いかずに手をあげると、高嶋友奈は教師のように『はい、椿君!』と言ってきた。

 

「どうして俺だったんだ?銀や園子、俺より強い奴なんて沢山いる。最初から勇者を呼べば...」

『勇者じゃダメだったからね』

「え?」

『私は、言わばこの世界の神樹様にはりついたミノムシ。大方のルールは神樹様に従うしかなくて、出来るのはちょっとした力を授けるだけ』

「...それで、どうして俺が」

『神樹様はね。純情無垢な乙女による過剰な干渉を、具体的に言うと時間移動を許さなかった。それが、神樹様は好きに変えられるけど私じゃ変えられない絶対的ルールなんだよ』

「...それは、自分の支配下に置きたいとかそういう?」

『近いかもね』

 

かなり強引に神婚をしようとした神樹様を考えての回答だったが、苦笑いをする彼女を見てこの回答は60点くらいなんだなと感じた。まぁ、それでも分かる。

 

「つまり、乙女ではないが、バーテックスを倒せる人物...勇者でないながら、勇者と同等の力を持つ人が欲しかったと」

『正解だよ...他にもいくつかある世界を回った。でも、勇者を、若葉ちゃん達と一緒に戦って助けられるのは...銀ちゃんという亡霊(勇者)に取りつかれた椿君は、この世界にしかいなかった』

「お前自身の干渉をこの世界の神樹様は許したのか?」

『私はもう半分神様みたいなものだからね。勇者って枠組みから外れてる。さっきも言った通り、大元は私じゃどうしようもなかったけどね。樹海に入りやすくしたり、皆の力を貸せるようにしたり。干渉範囲が壁の中だけだったり条件もあったけどね』

「成る程な」

 

俺というイレギュラーは、若葉達を助けたいと願うこの高嶋友奈にとってうってつけの人材だった。自分の力だけで過去へ送り込めて、バーテックスに向けて共に戦ってくれる人物。

 

「早めにそれ言ってくれれば、あぁも項垂れることなかっただろうになぁ...」

『君の意識に干渉するには私も時間をかけなきゃいけないし、君の心も開いてなきゃいけなかったから。初めて干渉して、次の準備が出来た頃には君の心は閉ざされてた』

「ま、そりゃなぁ...突然知らない場所で、はい戦ってとなれば」

『そこに関しては本当にごめんなさい。謝ることしか私には出来ない』

「...いいよ」

 

実際色々と助けてもらった。神託でひなたに俺についてのあれこれを伝えていたようだし、勇者部の皆の力、レイルクスの力を与えてくれて、特にその代償がなかったのは彼女のお陰だ。

 

最後に全員の思いを繋げてくれたのも。

 

元を辿ればこの時代に放り込まれたのも彼女のせいだが、若葉達を助けるためなら来れてよかったと今は思う。

 

(同じ立場なら、皆を助けたいと思うだろうしな...)

 

「そういやひなたを通して俺に、『満開しないで』って言ったのは?」

『満開は神樹様とより密接に繋がって力を授かる行為。そのエネルギーは私の供給じゃ足りない。簡単に言うとこの時代の神樹様と繋がりすぎて未来に帰れなくなるところでした』

「あっぶな!?そういうことは直接言ってくれよ!!」

『エネルギー消費が激しくてなかなか言いに来れなかったんだよ...定期的に力を使われちゃうとね』

「......数日間俺が戦う時、勇者部の皆の勇者服と武器を使ってたから?」

『うん』

「俺のせいかいっ!?」

 

自分で自分の危機的状況に気づくのを遅らせてしまった。もし満開して、未来に帰れなくなってたらを想像して、嫌になってすぐやめた。

 

「ひなたがいなければ危なかった...」

『...うん。よかったよ。本当に』

「ユウ?」

『......実際、皆を助けられた、夢が叶ったって実感が今一持てなくてさ』

「あぁ...笑うなり喜ぶなりすればいいんじゃないか?」

『適当だね』

「いいんだよ。それで。なんでもないように笑うのがきっといい」

『......そっか』

 

はにかんだ笑顔を浮かべたのは、笑うのに慣れてませんと言っているようだった。

 

「......」

『むー!』

 

ぐにぐにほっぺを弄って修正する。

 

(きっと、忘れちゃったんだな)

 

300年という時間の流れが、笑顔になることが少なかった彼女を変えてしまった。

 

きっと世界を救うために必死で動いてきたんだから。

 

(だったら...)

 

俺が歴史を変えられる男と言うと、凄くかっこいいだろう。

 

『いっひゃーい...にゃにするにょ!?』

「...うん。こうした方がずっと可愛いよ」

『っ!?』

 

顔を赤くして、俯く彼女。

 

『......ありがとう』

 

しばらくして顔を上げた時には、花が咲いたような笑顔だった。

 

 

 

 

 

「...あれ?」

『時間だね。無事みたいでよかったよ』

 

話を続けていると、俺の手が淡く光りだした。

 

『あと数日経ったらこんな感じで西暦から君は消える。皆にちゃんとお別れしてね』

「...そっか、あいつらとも別れなきゃいけないんだもんな」

『忘れてたの?』

「割りと」

 

どっちの世界も、どっちの仲間も大切。未来に戻るのは_______あるべき形に戻るため、仕方のないことだろう。

 

「俺が帰るまでに何かやれることはないか?あるならやりたい」

『......君にやれることはないよ。後は私がやるべきだから』

「...なにがある」

『気にしないで』

 

その顔は、例えこの高嶋友奈でも変わらなかった。

 

酒呑童子の痛みを誤魔化すユウと。

 

「......な」

『じゃあね。残りの数日を有効に使うんだよ』

「ぁ...」

 

俺が声をあげるのと、視界が光に奪われたのは同時だった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

ピ、ピ、ピ、と一定のリズムを刻む音がする。

 

「......」

 

やけに狭い視界で見れたのは、最近よく見る病院の部屋だった。

 

「......」

 

目だけで下を見ると、右手がギプスで完全に固定されている。左手も包帯と管がびっしり。

 

「...」

 

酸素マスクを外して体を起こしてみせた。

 

「......くっ」

 

腹から伝わる激痛を耐えながら、足をベッドから下ろす。輸血パックを吊るす支柱がカラカラ音を立てて滑った。

 

それに掴まって立ち上がる。足どりはおぼつかない。

 

(こりゃ酷い。あっちの方が体は軽かったな...戦衣は...あれがあればまだ...)

 

三回目でやっと立ち上がった時には、病室の扉がいつの間にか開いていた。

 

「あ、あんたっ!?」

「...誰だ?」

「そんなことより寝てなさい!!!そんな体で起きれるわけ無いでしょう!!!」

 

見ず知らずの女子が喚いて俺を寝かしつけようとする。

 

「勇者ってのは無茶するバカが多いんだから...!」

「あんたは...大社の人間か?」

「巫女よ!安芸真鈴!!」

「安芸(あき)...巫女...」

「そうよ!ひなたの代わりで来てるんだから無茶させるわけにはいかないの!早く寝なさい!」

 

若草色の服を適当に放った彼女は、俺の体に肩を貸してくれた。

 

「ひなたの代わりって...何で」

「あの子はなんかの儀式に出るんだって。滅茶苦茶大事なやつらしいよ」

 

普通の受け答えをしている俺に安心したのか、口調が大人しくなる安芸。

 

 

 

 

 

だが。

 

「儀式...!!!!」

「どうしたの?」

「おい!!!っ、ごほっごほっ」

「急に大声出さないで!」

 

飛び出てきそうな液体を押し戻し、彼女に詰め寄った。

 

「安芸さん!俺の入院から何日経った!?」

「え、み、三日...」

「くそっ...」

 

回ってない頭をフルに使う。

 

(大社がしようとしてる壁の結界強化の話、 もし高嶋友奈のあの言葉の意味がそうなら...予測があってるかは分からないが、どっちにしても壁だ!!!)

 

まだ、終わってない。結論づけた俺の行動は決まっていた。

 

「お願いだ!俺を今すぐ壁の近くまで連れてってくれ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

滝にうたれ、身を清める。清め終われば割れ物を扱うように丁寧に体を拭かれ、どこかおかしな熱を持った白い衣服に身を包む。

 

そうした選ばれし巫女が、私を含めて六人。

 

『命に別状はありません』

 

丁度、勇者として戦ったのも、病院でそう言われた人数も六人だった。膝をついたけど、それが嬉しすぎたからでよかったと思う。

 

『よかった...本当によかった...』

 

あの時はいくら止めようとしても涙が止まらなかった。

 

立派に責務を果たしてくれた勇者達。ならば、次は巫女である私がやるべきことをしなければ。

 

(若葉ちゃん。貴女は泣くかもしれません...いえ、皆さん含めて泣いてくれるでしょうね。きっと)

 

「全員、準備は出来ましたね」

 

(でも、貴女にはかけがえのない仲間が出来ました。もう私がいなくても、素敵に輝く若葉ちゃんです)

 

「ではこれより」

 

(怖いですが...さよならです...皆さんが守った世界、私に繋がせてください)

 

足が少しだけ震えてる。それでも、頑張らなきゃいけない。

 

『だから、待っててくれ。俺達が帰る場所に、笑顔で』

 

(椿さん、ごめんなさい...もう、会うことはなさそうです)

 

 

 

 

 

「『奉火祭』を始めます」

 

 

 

 



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35話 救えなかったのは

奉火祭とは、西暦時代の終わりに天の神の怒りを鎮め許しを乞うための儀式。以前、俺はそう聞いた。

 

「化け物ね...」

「俺の戦衣が特殊なのもあるが、どんなに無理してでも時間が惜しい」

 

安芸さんが洗ってた戦衣を身に付け傷は治りはじめても、おぶって跳べば体は軋んで速度も出ない。正直一人なら叫びたいし、目的がなきゃ動きたくもない。

 

(でも、やるしかないんだ)

 

奉火祭で必要なのは天の神と交渉する巫女。彼女達を捧げることで儀式は成功したと伝えられている。東郷が行ったのもこれだ。 勇者と巫女の力をあわせ持つ稀有な存在だった彼女は、壁を破壊した自身の贖罪を行った。

 

今、ひなたは間違いなくそれをやっている。悪く言えば生け贄の儀式に。

 

(それに、もし...)

 

「それより、頼みは聞いてもらえたんだよな?」

「う、うん。友達に好きなのがいてよく行ってるから、連絡先持ってたし...勇者の一大事って言ったら協力してくれるって」

「ありがたい話だ!」

 

たどり着いたのは海辺。先にはついこの間より高くそびえ立つ壁がある。

 

(もう壁の強化は終わってるのか...)

 

俺の力だけではもうあそこへは届かない。空を飛ぶレイルクスは展開できない。

 

「あそこに!」

「おー安芸ちゃん!と、あんたは...」

「古雪椿といいます。最近極悪勇者ってことで話題の」

「ちょ、あんた」

「時間が惜しいんで単刀直入に。俺にそれを貸してください!」

 

頭を下げる。断られれば泳いでいくか、まだ壁に向かってないと決めつけて船かヘリで移動する大社を見つけるしかない。

 

「お願いします!」

「...何を急いでるのか知らんが、そんなことでいいのなら」

「っ、ありがとうございます!」

「いいんだよ。マスコミがああやってても勇者様は俺達の為に戦ってるってのを安芸ちゃん達から聞いてるから...って」

「話くらい聞きなさいよ」

「時間が惜しいっつってるだろ」

 

もしかしたらもう外の世界に体を投げ出しているかもしれないと考えたら、じっとしてなんかいられなかった。

 

「マニュアルあります!?」

「あるけど...俺がやろうか?」

「好意で貸してくれた一般人をこれ以上巻き込むわけにはいかないので!大社につけ回されたく無いでしょう?」

「あ、あぁ...」

「陸上のなら経験ありますし、マニュアルを見ながら動かすだけなら...よし!」

 

無事起動。バイクと似てる説明を省き、前進に関係あることだけ頭に叩き込む。

 

「邪魔くせ!」

 

右腕のギプスを無理やりとれば、、一応動かせた。頭にガンガン響く苦痛を全て纏めて捨てる。

 

(やれるな...いや、やるぞ)

 

「私も行く」

「お前...」

「ここまで巻き込まれた巫女だもん。それに、ひなたや他の子達がなんか危険なんでしょ?」

「...捕まってろ!」

 

俺達を乗せた水上バイクは、 唸りを上げて発進した。

 

「間に合え...!」

 

 

 

 

 

十分もかからず、バイクはそびえ立つ壁までついた。

 

「...折角ついてきてくれたところ悪いが、ここで待っててくれ」

「えぇ!?何で!?」

「これから大社とぶつかることになるからお前の立場は危なくなるし...この壁、流石に人を抱えながら登れない」

「...はぁ、行ってらっしゃい!」

「ごめん。ありがとう」

「いいわよ!その代わり、しっかり全部解決させなさい!終わってから説明もすること!!」

 

その誰かを心配する仕草が、不意にあの大人と繋がった。

 

「...ありがとう。安芸さん」

 

ロッククライミングの要領で壁を登れば、その姿が見えた。

 

「......」

 

 

 

 

 

「......驚いたな。君がこんなに早くここまで来る手段はないと思ってたから、油断してたよ」

「偶然が重なった結果だ...何をしようとしてる」

「...」

「答えろ、ユウ...いや、高嶋友奈」

 

高嶋友奈は、空を_______壁の、外の方を見上げた。

 

「奉火祭だよ。知ってるよね?」

「...巫女を生け贄に、天の神に赦しを乞う行為」

「そう。見てきなよ。壁の外はもう炎に包まれた」

「......」

 

三歩進めば、景色は青から赤に変わった。

 

脈打つ炎。

 

産まれる星屑。

 

崩壊した世界。完成した地獄。

 

あまりの変貌に気分を悪くしてもおかしくないのだが、俺はどこか落ち着いていた。

 

「また、この世界が...」

「人類の全滅を願う神によってこれから人類は淘汰される。されないために神聖な巫女を使って相互不干渉を誓う。人類のほとんどを掌握した天の神はこの条件を飲み、その契りは300年近く保たれる」

「...じゃあ、お前は何をしに来た。巫女でもないお前が、ユウの体を乗っ取ってまで」

「...」

「ひなたが差し出されるのを、黙って見るのか!」

「え、ひなちゃん選ばれてるの!?」

「え」

 

どこか強キャラ感を出してた彼女はたちまち消えた。

 

「私の世界だとひなちゃん選ばれる巫女から外れてたから!もしかしてもうひなちゃん来る!?」

「い、いや...分からないけど。というかそうさせないために急いできたんだが...えー?」

「うぅ、そっか...でも良かったかな。私の覚悟もちゃんと決まったよ」

「いや、そっちで話纏めないでくれませんか...さっき会ってた時と雰囲気違うと思えば、そんなことないし...」

「あ、あはは...悪者っぽい感じ出しとけば、椿君も後悔することないかなって」

「え?」

「...うん。ちゃんと話すよ」

 

 

 

 

 

「私の願いは、私が救えなかった勇者の代わりにこの世界の勇者を救うこと。だった」

「だった?」

「...君を見てたらね。勇者だった頃の高嶋友奈が強く出てきちゃって。助けられる範囲は全部を救いたいと思ったんだ」

「...それで、この奉火祭にも手を出そうと?」

「うん。ひなちゃんも選ばれたなら尚更ね。私の干渉の例外、私自身の体を使えば、長時間は無理でもこのくらいできる」

「だけどお前、どうやって...奉火祭を行えるのは、巫女だけじゃ...」

「正確に言うと、奉火祭に必要なのは巫女じゃないから。神から神への伝言を伝える、強い神聖力を持った精神体が必要なんだよ。体はおまけ。自発的に幽体離脱が出来る人なんていないからこうして身を炎の世界になげうつわけだけど」

「...!」

 

言われて理解した。目の前の彼女が何をしようとしていたかを。

 

「まさか...!?」

「そう。神の力の一部を持つ私には強い神聖力がある。巫女六人分に匹敵する、ね」

「お前はここから」

「炎の世界に私(精神)を投げ出す。壁の外までいくには体がいるから、私の体を借りたんだけどね。ユウちゃん自身はまだ眠ってるよ」

「......おい」

「それ以上は言わないで」

 

手と言葉で制されて、開いていた口を閉じた。

 

「未来に奉火祭の知識を残すため、ギリギリまで儀式の準備を進めて貰ってたけど...こうなるならさっさと終わらせた方がよかったかもね」

「それは...」

「君が善意だけで言ってくれようとしてるのは分かるよ。精神だけの私すら助けようとしてくれてるのも嬉しい。でもね...私は、この世界を守り抜きたいんだ」

 

「だから、君が恨んで私の消滅を望めるよう、悪役っぽく演じてたんだけどね」とおどける彼女に、俺は近寄った。

 

「それでも、俺は...お前を助けたい」

「ダメだよ。もうすぐ大社が来る。今のままだとこの世界のひなちゃんが犠牲になる。そんなのは、この世界を助けてくれた君に申し訳ないし、この世界を助けたくて来た私自身を許せない」

「大社になんとか言って、延期してもらえば」

「それもダメ。君の来た副作用からか、バーテックスの成長速度も速くなっちゃったからね。これ以上日を延ばせばバーテックスの進化が進んで、未来で止められなくなる。銀ちゃん達がね」

「っ!」

「今天の神の怒りを鎮めれば、バーテックスもそこから進化しようとしなくなる。全部、今ならギリギリのラインで止められる...お願い。私にやらせて」

「.......」

 

俺は彼女を助けたいと思う。彼女は自分を助けないでと言う。

 

(...あぁ、くそ)

 

ここぞというときに、俺は無力だ。俺だけの力では全てを救えない。

(......悔やむのは後でいくらでも出来る。だが、今彼女を躊躇わないようにさせるには俺が迷ってはダメなんだ...わかれよ)

 

「わかった。お前に任せる」

「ありがとう」

「でも、それ以外に俺に出来ることがあるなら今ここで全部言え。それが条件だ」

「条件か...そうだね。一つ目は、この後来るだろう巫女を必ず止めること。二つ目は、私を笑顔で送り出して欲しいこと。それから______」

 

三つ目を言われた俺は、しっかり実行した。胸の痛みを隠すようにきつく。

 

「ん...この温かさ...久々......」

「っ...」

「......ちょっと、痛いかな」

「ぁ、ごめん」

「ううん...私ばっかり我が儘でごめんね」

「こんなの我が儘の範囲にも入ってないよ...さぁ。行ってこい。頼んだぜ」

「...任せて!」

 

体がゆっくりと離れる。俺は、うまく笑えてただろうか。

 

「じゃあ、いってきます!」

「...またな」

 

あっさり、ユウの体は傾いた。支えるとその顔は安らかに寝てる。

 

「...くっ...うぅ......」

 

目からユウの顔に伝った涙は一粒だけで_______それだけだった。

 

「...お前のこと、俺は忘れない。そして...その思いを、無駄にはしない」

 

悔やむのはここまで。この一瞬で終わり。

 

知ってしまった以上元通りには出来ない。でも、悔やみ続けることは俺も彼女も望みはしないから。

 

なら俺は_______前を向く。諦めて託したぶん、責務を果たす。

 

「...後は任せてくれ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「着きました」

 

ヘリコプターに乗るのは初めてだったけど、乗り心地はかなりよかった。ただ、それもすぐに終わる。

 

「は...はは...」

「......」

 

隣に乗っていた巫女は初めてお会いする人で、口を半開きにして笑っている、というより声を漏らしていた。

 

他にもう二台ヘリが降りたった。同じように巫女と大社の神官が乗っている。

 

(壁の外へ調査に出たとき以来でしょうか...)

 

踏みしめた場所は四国の外と中を別つ壁で、高さも厚さも以前のものより大きくなっていた。強めの風が降ろした髪を揺らす。

 

「全員いますね」

『はい』

 

何人かの神官が燭台を用意して、私達は壁の外を向く。原理自体は理解しきれてないけれど、本能が分かる。

 

(...ダメですね。今になって皆さんの顔が出てくるなんて)

 

思い浮かんだ顔を一生懸命消す。今の私には必要ない。

 

「...準備が出来たようで___」

「さてさて。その儀式待ってもらおうか」

 

だから始め、そんな言葉を話す人がこの場にいるはずないと無視していた。

 

「な...」

「奉火祭はもう必要ない。巫女を戻せ」

「...ぁ」

 

若草色は紺だったり黒だったりで継ぎはぎに、でも、その黒髪も、その顔も、何も変わらなくて。

 

その瞳は、私を魅了した。

 

「古雪、椿...っ!」

「椿さんっ!?」

「大社ならわかるはずだ」

「何故...何故貴方がそれを知っているのです。というより、どうやって...」

 

椿さんは口角をあげた。

 

「可笑しいと思わなかったか?俺の正体に。勇者システムは解読出来ず、大社の意思に沿わない、本来乙女にしかなれない勇者になれる異常な男...」

「質問に答えなさい」

「はいよ...」

 

言葉の出しかたは穏やかながら、焦りと緊張が見える大社の方々。そこに、悠然と椿さんが告げた。

 

「俺の正体は神樹様から出された精霊。勇者が戦闘時に降ろす精霊の特殊体さ」

 

その場にいる全員が絶句した。

 

(椿さん...?)

 

「まさか、そんな...」

「一人の勇者(神)により勇者をサポートするために遣わされた使い魔。その力を使って奉火祭と同等の行為をした。外の世界は消され、反抗行為の中止を条件に四国内で人類の存続を許された...ま、お陰で俺は数日後に消えるが」

「あ、貴方は...貴方様は...」

「分かったら帰りな。神の一部として言うが、奉火祭の記録はしっかり残し、反抗の準備...勇者システムの開発は悟られないように、だが絶対に絶やすなよ。どうせ諦めてないんだろうから」

 

こんなことすぐには信じられない。でも、実際に奉火祭の必要がなく、信仰している『神樹様』の使いの言葉を、無視するわけにもいかない。

 

(...いいえ)

 

そんなの関係ない。目の前に彼がいてくれている。もう私の足は止まらなかった。

 

「椿さん!!!」

「おっと...」

「椿さん!椿さん!!!」

「はいはい...ぁー、恥ずかしいから早く帰ってくれませんか?本当に。帰る手段なら俺あるから」

 

彼の体を抱きしめていると、後ろからヘリの音がした。一度崩壊した涙腺は直らずひたすら涙を流す。

 

「...ひなたさんも、そろそろ離してくれると......」

「嫌です!もう離しません!!」

 

もう会えないと思っていた。でも、椿さんに会えるどころか皆にまた会える。一度決めたことが瓦解したら、安心がどっと押し寄せてきた。

 

「...もう少し、こうさせてください。見せられる顔じゃないので......」

「そんなに怖かったなら辞退すれば...いや、出来るもんでもないか」

「...皆さんが守った世界、私が守れるなら本望だと思ってました。でも...死ぬのは、怖かった。わたしはっ...」

「...この計画、数日前からあったんだろ?悩んだら相談しろ。俺達も、安芸さんとかもいるわけだしな」

「...はい!」

 

(温かい...)

 

確かに、落ち着ける温かさがある。

 

「あー、あとなんだ」

「?」

「俺まだ誰にも『おかえり』って言ってもらってないんだが...」

「ふふっ...こんな時にですか...?」

「しょ、しょうがないだろ!こんな状況で上手い話題提供できるか!」

「...おかえりなさい!!椿さん!!」

「...ん!ただいま!」



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36話 照らす月に導かれ

みーちゃん誕生日おめでとう!うちは本編更新だけですが...ごめんね

ところで、1話のサブタイわかった人いますかね?自分とかぶりやすいとは思いますが...


「...いい天気だなー」

 

くぐもった声が俺の耳に響く。

 

「なんですか?」

「...ひとりごと」

「紛らわしいですから、抑えてくださいね」

 

後ろのひなたに言われるも、喋るなと言われた方が喋りたくなるものだろう。

 

「ぁー...」

 

 

 

 

 

あの後。体が急激に壊れ、一人で立てない体になった。声もがらがら、自由に動くのはミサンガのついた左手だけだ。

 

起きてからすぐ動けたのは、自分のことを顧みなかったからなのか、それとも力を与えてきてくれた彼女の置き土産か。

 

今は車椅子で生活している。戦衣を常に纏っているため車椅子に乗った幽霊みたいなやつということで病院で有名だ。怖がられてるお陰で、この世界で行った悪行についてで責められることはないのでありがたい。

 

「よく、生きてたわね」

「千景さん、検査は?」

「終わったわ。私は七人御先しか使ってないし、そこまで精神ダメージもない」

「...よかったな」

「こっちの台詞よ」

 

普通に歩いている千景は、やれやれといった風にため息をついた。

 

「...乃木さんが外に出た貴方を助けに行かなかったら、溺れて死んでたんだから」

「溺れたのは自分でも覚えてるよ。よく生きてたよな...振り返ると、絶対死んでだと思う」

「...なんて?」

「ですよねー、長い言葉なんて聞き取れませんよねー」

 

樹をならってスケッチブックは購入済み。手早く文字を書き込んで見せつける。

 

「そうね...生きててくれて、本当によかったわ。詳しくはまだ知らないけど、上里さんが何かしようとしてたのも止めてくれたんでしょう?」

「はい♪それはもう颯爽と」

「それで、自分がこうなってたら仕方ないわね...」

「あの時は平気だったんだよ」

「傷の治りが早すぎて本当に精霊かと思いました」

「精霊云々はあの場で適当にでっちあげただけだから...」

「なんの話?」

「なんでも」

 

庭に出ると、太陽が必要以上に光を放っていた。からっとした天気なので、風が吹けば丁度良い気温だろう。

 

「ちょ、無理しないで!」

「しますよ!皆さん!」

「杏さん!」

「伊予島さん、起きたのね」

 

後ろから俺達の元に来たのは安芸さんの忠告を無視する杏だった。

 

「よ、杏」

「椿さん...」

「気にするな、すぐ治る」

「千景さんは」

「私はほとんど完治してるわ。伊予島さんは...左腕?」

「はい、前に進化体から傷つけられたところがまた動き難くなってて...」

「はーい!じゃあ検査いくよー!」

「ま、待ってください!あの、皆さん!タマっち先輩は?真鈴さんに聞いても答えてくれなくて...」

 

咄嗟に二人の瞳が揺れる。杏はそれに気づかない。

 

俺はスケッチブックに文字を書く。

 

『若葉、ユウ、球子はまだ起きてない。特別室にいる』

「っ、そんな...」

 

高位精霊を強引に降ろしたと言われた球子。

 

高嶋友奈が消えてから未だに起きないユウ。

 

戦闘終了後、溺れてた俺を助けてくれた若葉。

 

三人はまだ、眠っている。

 

 

 

 

 

あれから二日が経った。ひなたに無理やり体を洗われたり、千景とオセロしたり、杏と片手ずつ使って本を読んだり、一人黙々と作業したり、何でもないような生活が続いている。

 

全員が、空回りしてるような。

 

「よっ...と。この調子なら二日もせずに全快かな。強化してくれた春信さん様々だぜ...ほんと」

 

ぎこちなく歩いていたのを椅子に座ることで安定させ、辛うじて動くようになった右手でリンゴを持って、左手で果物ナイフを動かす。結果として少し歪なリンゴを作り出す。

 

(そろそろか...)

 

あとどのくらいこの世界に留まれるのか。数日の範囲には既に入っている。

 

(文章は左手だと汚いし、手紙みたいなのを書くより直接言いたいし...)

 

いざ別れの場で言えることなんて少ないかもしれないが、それでもちゃんと俺の口から言葉を伝えたかった。

 

「だから、起きてくれ」

 

切り終えたリンゴを皿に乗せて、左手を若葉の左手に重ねる。

 

「助けてくれたお礼を、直接言わせてくれよ。頼むよ......」

 

この世界ではもう泣かないだろうと思っていた。だが、頭が最悪のケースを勝手に考えて涙が溢れる。

 

「若葉...球子、ユウ...!」

 

その日、俺が自分の病室に戻るよう言われるまで、何かが変わることはなかった。

 

 

 

 

 

だから。

 

 

 

 

 

「タマ...ふっかーつ!!」

「球子、病室では静かに」

「でも他の皆はどうなったかなー...あ、椿君!」

 

次の日、開けた病室の先でさも当たり前の様に全員が起きてたのを見て、驚きやら嬉しさやらでまた涙が出てきた。

 

「っ...お前らぁ!!」

「うおっと!?」

「つ、椿!?」

「ぎゅー!」

 

 

 

 

 

検査が終われば、暗い気持ちは全部消えていた。

 

球子が降ろした八岐大蛇、若葉が降ろした大天狗は強力な精霊だったものの、肉体、精神共に定期検診だけで済むとのこと。包帯が多いのは痛々しいが、それでもまだマシなんだそうだ。

 

『どうだ!タマも強いだろう?』

『...あぁ。凄いよ』

 

ユウの後遺症はほとんどなかった。本人は「助けてくれたんだ...」と言うだけで、でもなんとなくわかった。

 

全員の検査が終わった夕方には、七人が寮に帰っていた。一つの道を皆で歩く。

 

「助けてくれたって聞いたよ」

「外に飛び出してなかなか帰ってこなければ不安にもなるさ。まさか海に落ちてるとは思わなかったが...」

「水浸しの若葉と椿を見たときはおっタマげたぞ」

「タマっち先輩もすぐ倒れちゃったしね...」

「でもでも、皆こうしていられた!大変なことはあったけど...」

「そうね。勇者システムは回収、これから私達に出来ることは少ないでしょうけど」

「いいえ。これから復興です。やるべきことは沢山ありますよ...でも、力を合わせれば」

「ひなた...そうだな。私達にやれることもきっとある。ここから新しいスタートだ」

「じゃあ、こんなのはどうかな_______」

 

勇者部が依頼の解決方法を相談するように、日常の会話を過ごす。道は続く。

 

(...あぁ)

 

こうして笑う彼女達を見れて、よかった。

 

(これなら...安心して行けるな)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「椿君、どうしたの?こんな夜遅くに...」

 

もう夜中という時間に、私達は椿さんの部屋に来ていた。七人入るには小さめな部屋。

 

「...お別れの時間だからさ。朝まで持ちそうになくて」

『!?』

 

椿さんが部屋の明かりを消すと、月明かりと、淡く光る椿さんが私達を照らした。

 

「お、お別れ...?」

「ま、待てよ椿!?急すぎるだろ!?」

「そうです!まだ準備が!」

「体が光ってるのに気づいたのさっきなんだし仕方ないだろ...」

「せ、せめてあと一日、待ってもらえませんか...?」

「俺が滞在時間を弄れるなら、そうしてもよかったんだけどさぁ...ここに来たのは俺の力じゃないし。それにそんなことしてると、いつまでも帰るのに踏ん切りつかなさそうだし」

 

椿さんが一人一人を見る。

 

「...半年とちょっと一緒に過ごして、ずっと過ごしてきた人生と天秤にかけて比べなきゃいけないくらいには、ここの生活は楽しかった。喧嘩もいざこざもあったけど...言葉だけじゃ伝えられない、かけがえない大切なものだった。本当にありがとう」

「椿...私からも礼を言わせてくれ。私達と共に戦ってくれてありがとう」

「そうだぞ!椿は仲間だもんな!」

「...古雪君」

「いや、うん。言いたいことがあるってのも分かるけどな...」

「...別に、なんでもないわ」

「お別れは悲しいけど...椿君が帰れるならよかったよ!」

「ユウ...」

 

私と椿さんの目が合ったとき、椿さんの目が見開いた。

 

「ってひなた!?なにも泣かなくたって!?」

「泣きもしますよ!!私だけ止まらないのが恥ずかしいから言いますけどね!絶対皆さんだって涙抑えてるんですからね!!!」

「ちょ、ひなた!?」

「ひなちゃんダメ!椿君帰りにくくなっちゃうから!!」

「いいんです!!こんなに突然帰ります報告なんてする人!困っちゃえばいいんですよ!!」

「ひ、ひなた...そうだよな」

 

私の、今にも叫んでしまいそうな心を隠すための大声にわざわざ反応してくれた彼は、私をそっと抱きしめてくれた。

 

「許してくれ...って言える立場じゃないか。せめて笑ってくれ。俺がいなくなってからも笑って、楽しく皆と過ごしてくれ。離れてても繋がってる。遠くから祈ってるから」

「......ずるいです」

 

そう囁かれて、断れるわけがない。

 

「...貴方がそれを望むなら」

「つ、椿...ひなたに近すぎなんじゃないか?」

「あ、悪い」

「若葉もくっつけばいいだろ!!」

「ちょ、球子!?」

「杏も千景もドーン!」

「わわっ!」

「きゃっ」

「タマちゃんも私もドドーン!!」

「ちょっと、お前らっ!?」

 

おしくらまんじゅうの様にぎゅうぎゅうにされて、でもそれが凄く好きで。好きな人達に囲まれる幸せを、味わえなかった筈の幸せを心から受け入れる。

 

「あ、逃げるな椿!」

「逃げるわ!?俺は男だぞ!?」

「さ、最後なんですし、良いじゃないですか!ひなたさん写真を!」

「...はい!お任せください!!!」

 

いつも忍ばせているカメラを握るころには、椿さんの光は月明かりより明るかった。

 

「...流石に無理かな」

「椿君っ...!」

「伝えたい事だけ伝えるぞ。俺に渡したいものでもあれば乃木家に受け継がせろよ」

「わ、私か...?」

「お前の子孫と仲良くしてるからな。あとは俺が消えたあとそこの引き出し開けること。さっきまで必死にやってた、ちょっとしたプレゼントだ」

 

声が薄れていく。彼が光る。

 

「椿さん!!」

「じゃあ...またな」

 

駆け出す。光を抱きしめる。定めた唇に唇を触れさせる。

 

「んっ!?」

「ーーっ!!!」

 

熱を移すように、二度とこの感触を忘れないよう押しつける。強く、強く。

 

私の想いが届いて欲しいと願って。

 

(...ありがとうございます。未来の勇者様)

 

視界が白く消えた後には、泡になって消えた。私はそのまま床に倒れる。

 

「ひ、ひなたっ!?大丈夫か!?」

「キ、キキキキキッ!?」

「杏落ち着け!」

「...上里さん平気?」

「ありがとうございます、千景さん。平気ですよ」

 

目元の涙を拭って、一つ気合いを入れた。

 

「さ!椿さんのプレゼント見てみましょう!」

「ひなちゃん...そうだね。この引き出しかな...?」

 

机にある小さな引き出し。開けると______

 

『俺も貰ったとき嬉しかったからさ』

 

「...ミサンガかしら?」

「六種類ありますね」

「この色...それぞれの髪の色か?」

 

『俺が残せる繋がりの証だ』

 

どこかから、そんな声が聞こえて__________

 

「...皆さんどれがいいかせーので指差しません?」

「お、いいぞ!」

『せーの!』

 

指差したのは、それぞれが別のだった。

 

「...まぁ、そうよね」

「あぁ。それぞれの色で作ってくれたのだから...」

「...椿君の気持ちが入ったものなんだよね」

「...よし!どうだ杏?」

「うん、似合ってるよ。タマっち先輩らしい」

「...忘れませんよ、椿さん」

 

なんとなく見上げた星空で、月が輝いていた。

 

 



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37話 それは勇者の物語

目を開けると、よく見てきた木目が映った。小学校のとき買って貰った勉強机だ。いまでも現役で使い続けている。

「...そっか」

窓の配置、ベッドの配置、なにより置いてある私物。俺の部屋。

「帰って、来たわけか」

電話番号のアドレスを確認。誰か消えたりしてるんじゃないかと不安がよぎったが、そんなことはなかった。

風の元へ電話をかけると、案外あっさりつく。

『もしもし』
「風...久々だな」
『椿?なに言ってるの?昨日会ってるじゃない』
「ぁ...」

感動と涙に体が使われてる中で声が出てくれたことそのものに驚き、『あんた大丈夫?』と語ってる風の声音でまた驚いた。

「とりあえず、今日俺学校いかないから、先生に伝えといて」
『え、風邪?大丈夫?』
「風邪とかじゃねぇよ。えーと...放課後にでも話す。じゃな」

ひとまずヘルメットなどを遠い記憶から逆算して見つけ出していく。その隙にもう一人の電話をかけた。

「あぁもしもし、急ぎで話があるんですが...はい。はい」

許可がとれればあとはすぐだった。バイクにスマホを嵌め込んで起動させる。

「行くぜ...」

バイクは勢いよく唸りを上げた。

今あいつらと会ってしまえば、泣いてばかりで話にならないだろうから。






 

 

 

 

 

 

 

 

「...それで、なぜ私の元に?」

 

俺達が落ち合う場所として何も言わずとも集まるようになったファミレスで、春信さんが言った。昨日から今日にかけての俺の記憶を全て話した後の第一声がそれだ。

 

「勇者部に話す前に自分で話して整理したかったのが一つ。こんな突飛な話をしても真面目なアドバイスをくれて、神樹様関係の話ができる人が貴方しかいなかったのが一つ。万一神の手で勇者の記憶が操作されても覚えてる人が欲しかったのが一つ。ですね」

「...僕も鵜呑みに出来るわけじゃないけどね。なにか証拠はある?」

「証拠......あ、これとか」

 

戦衣から刀を取り出す。御霊に押し付けた時壊れることはなかったようだ。

 

「あっちの物を使って尖らせた物です。調べれば証拠が出るかも」

「成る程...これは300年前から帰ってきて変わったところなんだね?」

「今のところ人との関係はそのままで、こうした細かい所だけ変わってますね。こいつも結構ボロくなったり」

 

左手のミサンガを見せると、春信さんは顎に手を当てる。こうした何気ない動作もイケメンだとかっこよく見えて羨ましい。

 

「...じゃあ椿君、精霊『ツバキ』を知ってるかい?」

「はい?」

「西暦時代、勇者を導いたと言われる精霊のことさ。奉火祭の技術の提唱者とも言われている」

「あー...それ多分俺です。奉火祭に首突っ込んだので...」

「......そうかい。なら君は西暦時代を過ごして来たんだね。初代勇者様はどんな感じだったんだい?」

「え、今ので信じるんですか?」

 

春信さんは頷くと、コーヒーを一口飲んだ。

 

「去年行われた奉火祭の時、同じ話を君とした。これの提唱者は精霊『ツバキ』だと。そしたら君は『俺と同じ名前ですか。なんか縁があったのかもしれませんね』と言っていたよ」

「なっ...そんな話した覚えないですよ」

「今の君も嘘をついてる素振りはなかった。と言うことは本当なんだろう。西暦時代を過ごし、歴史を変えた。未来はその過去の影響を受けて少しだけ変わった。整合性を高めるための記憶変化と言うべきかな」

「...勇者部も、もしかして変わってますか!?」

 

マシンガンのように俺の知る勇者部を話すと、途中で春信さんが手を上げた。

 

「わかったわかった...聞いてる限りだと同じだよ。天の神との戦いも、三ノ輪銀...いや、乃木銀も」

「そう、ですか...」

「歴史の改変、平行世界の話は昔から色んな人が提唱している。その主張は人によって様々。昔そういった話をかじってた時もあるけど、結局結論としては『わからない』ということで纏まった。何が変わったか分からない以上不安もあるだろうけど、そこまで...特に君の対人関係で変化はないように思うな。矛盾がないよう、かつ影響が最小限で済むような細工が施されてるように感じる」

「...」

「...とりあえず、悩んだら相談できるのが勇者部の仲間だ。というのを君から聞いたよ」

「っ!」

「まともなアドバイスになったかな?」

「...ありがとうございます」

「いえいえ。ところで僕の記憶だと君からシスコン呼ばわりされてるんだけど...」

「あ、それは変わらないので大丈夫です」

「そこの記憶は変わらずかー...まぁ夏凜が可愛いのは不変の真理だから仕方ないか」

「あんたもぶれねぇな...っと」

 

レシートを春信さんより先にひったくって席を立つ。

 

「高校生に払わせる気はないよ」

「急な呼び出しに付き合ってくれましたから。会社まで休んで」

「...君も学校休んでるだろう?」

「別に皆勤賞とか狙ってたわけじゃないんで気にしてませんよ。こんな状況下じゃ授業なんて手がつきませんし...それに、行きたいところもありますから」

 

 

 

 

 

バイクは風を切って走る。丸亀にも行きたいところだが、今日はこっちでいいだろう。勇者部に変化があれば優先はそっちだが、春信さんと話してスマホのアルバムを見た限りそれもなさそうだ。

 

(変化があったらあったで落ち着くために、どっちにしてもまだあいつらの所にはいかなかったかもな...っと)

 

「久々...て感じはしないかな」

 

立ち入り禁止の札が少し錆びた状態で放置されているのを素通りして、建物の前で止まる。

 

着いた場所は、いくつもの名前の書かれた石碑群。最も新しい物に『三ノ輪銀』と書かれた勇者や巫女達の墓だった。最後に来たのは天の神と戦う直前だったはず。

 

「......」

 

地面を歩く音だけが反響するなか20分。目的の墓を見つけた俺は花を添える。

 

「初めまして...いや、久しぶりか?どっちがいいんだろ......」

 

『乃木若葉』と刻まれた墓は、他より少し色が違った。隣には『白鳥歌野』とある。

 

(まぁ、あの時代の人が言わなきゃこの人のことはわからないよなぁ...)

 

四国勇者でない彼女のことは、俺はなにも知らない。若葉自身も連絡を取り合っていただけのようだったから_________

 

「...多目に買っててよかった」

 

花を加えて、両手を合わせる。

 

「貴女達のお陰で今の四国がある。俺達が平和を享受できる。ありがとう」

 

それからは、また一つずつ墓を見つけるだけだった。

 

『上里ひなた』

 

「.......若葉の隣をちゃっかりキープ、流石だなぁ」

 

『土居球子』

 

「他の奴よりちょっと大きいのはわざとか?まぁ、お前らしいというか...」

 

『伊予島杏』

 

「こっちはかえって小さめだな。もうちょい大きくしてもよかっただろうに」

 

『郡千景』

 

「そいえば、千景の名前がなかったから何かあったはず...なんて考えてた時もあったな。今じゃもうわからんけど」

 

『高嶋友奈』

 

「...全員分あるか。よかった」

 

一人の筈なのに、全然暗い気持ちにはならなくて。花を添え、手を合わせ続けて涙は出てるのに、ちっとも悲しくなかった。

 

「......」

 

はじめ、この世界に帰るために戦い出した俺がそのままだったら、こうして勇者達の石碑の前で泣くことはなかった。

 

(変だなぁ...悲しくなんてないのに、涙が止まんないわ)

 

「すっかり泣き虫になっちゃって...ふーっ。さて、戻るか...」

 

足向きを変えた時、目の前を一羽のカラスが通った。

 

「うおっ」

 

(前に見た...)

 

いつも四国の外へ行くときに、道案内の様なことをしてくれた幸せを呼ぶ色の鳥。

 

彼女の勇者服の様に青いカラスは、一つの墓の上に足を下ろす。

 

「...!!嘘...だろ!?お前が!?」

 

こっちをじっと見つめてきた時には、頭の中がそれしか考えられなかった。理屈なんかでは説明できないけど、確信できる。

 

「いや、んと......そう」

 

カラスが飛び去る。抜けた羽が俺の足元まで飛ばされた。

 

『勇者の仲間だから』じゃなく、『俺だから』今ここに来てくれた。昨日までとは違うその差。

 

その差が心を温かくする。

 

「これまでも助かったよ。これからも、見守っててくれよな...俺達をさ」

 

見上げた空はどこまでも青くて、カラスの姿はいつの間にか見えない。

 

だが、俺に答えるように、彼女が鳴いた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お、お邪魔します」

「入って入って~」

 

次の日、俺はとある屋敷の門を通った。和風の大豪邸は慣れたら性格が変わりそうなくらい。

 

「にしても...いいのか園子?挨拶とか......」

「つっきーが私の両親にど~しても挨拶したいって言うなら止めないけど~」

「...わかった。部屋とガサ入れの許可をくれてありがとうございますとだけ伝えてくれ」

 

(婿入りみたいなムードを出されるのは勘弁だ...園子の親だしありえそう)

 

偏見で語る割りに、どうにもその発想が拭えなくて少し唸った。園子の親だし。

 

(いやまぁ、園子が恋人とかばっちこいだけどね?)

 

ただ、今そうした話題を出さないでほしかった。どうしても口元を意識してしまう。

 

あの世界で、最後の唇の感触は______前に園子から受けた時とよく似た__________

 

「つっきー?」

「!いやなんでもないぞ!?」

「んー?」

「ぁ...と、とりあえず失礼します」

 

『倉』と言われると埃っぽくてボロいイメージがあるが、そこはそうでもなかった。電気もオレンジで優しい感じがする。

 

「ここかな...いや違う...こっち?」

「園ちゃーん!」

「あ、皆早いね~」

「園子、こっちはいいから先に皆を通しておいてくれ」

「らじゃ~」

 

園子が消えてから数分して、俺は目的の物を見つけた。

 

『若葉ちゃん秘蔵アルバム』

 

「...あってるよな?」

 

かなり大きめの箱の中を開けて出てきたのは、数えるのが嫌になる程大量のメモリーカードと、『古雪椿さんへ』と書かれた箱。

 

「......」

 

本当は皆の前で開けるつもりだったが、先に開けてしまった。

 

「これは...」

 

ちゃらりと音を立てるのは、深い青色の宝石がついたペンダント。

 

「サファイア、だっけ...」

 

青色の宝石なんてそれくらいしかしらない。

 

『貴方が消える次の日に渡せる予定だったんですよ』

 

「だからあと一日って言ってたわけか...ごめん」

 

『いいんです。本当はもっと送る予定だったんですが、大赦に目をつけられてもあれだったので...物はそれだけです。300年越しですが_______』

 

「あぁ。300年もたっちゃったけど...受け取らせてもらう」

 

測ったように俺とフィットするそれを胸につけて、服の中にしまいこんだ。

 

(...よし)

 

 

 

 

 

「おまたせ」

「本当どうしたの椿?ここ何日か変よ?」

「突然泣くし、だ、抱きしめてくるし...」

「それに、園子さんの家に集めるなんて」

 

(風、夏凜、樹)

 

「あぁまた泣いてる!?」

「古雪先輩大丈夫ですか!?」

「よーしよーし」

 

(友奈、東郷、園子)

 

「...それで、どうしたんだ?椿」

 

(銀...)

 

「...皆思ってるように、ちょっと俺がここ数日変だった理由を話そうと思ってな......聞いてほしい」

「その箱と関係あるのかな?」

「ばっちり」

 

胸元のペンダントを握りしめる。今こそ話そう。俺の大切な仲間に、俺の大切な仲間のことを。

 

奇跡を紡いだ話を、大きな奇跡を起こした勇者達に。

 

なにより、一人の少女が命を懸けて繋げてくれた全てを。

 

涙と笑顔でぐちゃぐちゃになってるだろう顔で、俺は最初の一言を口にした。

 

 

 

 

 

「俺、西暦の世界に行ってきたんだ__________」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古雪椿は勇者である 乃木若葉の章 完

 

 

 

 




サファイアの意味
慈愛、誠実
平和を祈り、一途な想いを貫く

というわけで、古雪椿は勇者である。乃木若葉の章はこれにて完結です。

投稿開始から約四ヶ月、話数も開始当初予定してたより1.5倍くらい増え、作品合計は130話を越えました。長い作品になってきた中、ここまで見てくださってきた方々、最近よくあった誤字を報告してくださった方々、お気に入り登録、評価、感想をくださった方々に感謝を。

さて。完結宣言はしたものの作品そのものはまだまだ書く予定です。続き書いて!って声凄い...調子に乗っちゃう...顔がにやける...

まずは頂いたリクエストや書きたい話を書いていきたいです。あと短編形式になるとは思いますがゆゆゆい(相変わらずの未プレイ勢ですが)。

どれから投稿するかはわかりませんが、気長に待っていただければなと思います(感想でアフターストーリーとかあったらいいなって方がいたんですよね...それもやりたくなってきてたり)

欲望と書く時間が釣り合ってないので、これまで通りのペースで書ければいいなと思ってます。

これからもこの作品をよろしくお願いします。


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短編 側にいるから

のわゆ編完結後一発目なのでゆゆゆメンバー全員出そうかなとも思ったんですが、どっちかと言えばのわゆ編の後日談みたいな形に。のわゆ編を読みきってない方はネタバレが多いのでバック推奨です。

あと新キャラ出ます(唐突)

それから、この度この作品20万UA突破しました!凄い数だぁ...(震え声)本当にありがとうございます!


「椿と仲良くなりたい?」

「うん...」

 

三つ目のハンバーガーが彼の胃の中に消える頃、ようやく話が進んだ。

 

「うーん...風に臆することなく会話が出来れば、すぐ仲良くなれると思うけど」

「そ、その...なんだか私、避けられてるような気がして」

「椿に?」

「うん...」

 

古雪椿君。クラスの中心、というと少し違うけど、凄く人気のある人。

 

「椿がなにもなしに人を避けるとは思えないなぁ...まぁ、最近はスマホ見てるの多いけど」

 

中学からの付き合いだという彼、倉橋裕翔君は、そういってセットのポテトを食べていく。

 

「にしても、また椿か...どんだけハーレム作るつもりだよ」

「?」

「あぁいやなんでもない。そうだなぁ...そういや、目下にこんなイベントありますね?」

 

バックから取り出したのは、修学旅行のしおりだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「食べるか?」

「ありがと」

「王様だーれだ!!」

「うっしゃぁぁぁぁ!!!」

「ここで革命」

「うにゃぁぁぁぁ!!!」

「うるせぇな...」

「まぁまぁ」

 

前は王様ゲーム、後ろで大富豪を行ってるなかなか騒がしい空間で、俺は隣に座る風のお菓子を食べていた。

 

「混ざればいいじゃんか」

「何故かハブられた」

「ぁー...そりゃ、お前と風のイチャラブを気にしないための空元気だしなぁ」

「なんて?」

「なんでもないっす」

 

久々に乗ったバスは俺達を丸亀城まで運んでいく。

 

 

 

 

 

高一のお楽しみイベント、修学旅行。開催そのものが危ぶまれたそれは、無事開催される運びとなった。

 

神樹様がなき今、車を不必要に使うことは避けられている。たかが高校生の一泊二日にバスを使うなど無いだろうと思っていた。

 

(歩きで旅行も悪くはないかな)

 

しかし予想は外れ、こうしてバスを乗ることが出来た。『子供達の大切な思い出作りに金を使わない親がいるか』と、保護者会で言った方がいたそうだ。

 

そうしたことへの感謝の気持ちを持ちつつ、久しぶりにバスに乗った興奮で騒がしい周りに対し、呆れ半分、幸せを享受できる嬉しさ半分だった。

 

あと、少しの戸惑い______

 

(うーむ...やっぱり、見られてる気がする)

 

席順としては大体班でまとまるようにということで、俺の班は隣にいる風、通路挟んだ反対席にいる男女二人の四人。

 

そのうちの一人(女子)から、妙な視線を感じるのだ。

 

なんとなく、理由も分かるのだが。

 

(落ち着かない...)

 

「またスマホ弄って。没収よ」

「あーわかったわかった。もうやらないから」

 

70枚目となるメモリーカードは、恐らく高校生になった彼女達の旅行の写真が載っていた。ちなみに25枚目までは若葉単品だった。

 

文章にすると大赦の検閲対象のようだったし、こうして残されたメモリーカードだけでも楽しそうな様子が分かって嬉しい。

 

事情を知ってる風も最初の頃こそ見逃してくれてたが、この動作がいつまでたっても終わる見込みがないので注意したり没収したりするようになった。

 

「枚数が多すぎるのよ枚数が」

「心を読むなよ心を」

「折角の修学旅行なのよ?写真見るんじゃなくて、写真撮りなさいよ」

「...じゃあ風を一枚」

「ちょ、突然撮るな!」

 

まぁ、それぞれの過ごし方でバスは進んでいく__________

 

 

 

 

 

「城だー!」

「大きい...」

 

讃州から丸亀はそれなりに距離があって、案外城を見に来る機会は少ない。

 

だからこうして丸亀城を見上げたり中に入れば、男子は目を輝かせるし、女子は_____分からんけど。

 

そして俺は、懐かしむような目で見ていた。

 

俺の時間軸的には、半月前までここに通ってたんだから。

 

「丸亀城は昔、居住区として使われていたという説もあるそうです。今回は特別に部屋の中まで入れさせてくださるそうですよ」

「学校の教室みたいだなー」

「ここで寝泊まりとかしてたのかな」

 

クラスメイトの声は頭に入らず、俺は目元を抑えるので必死だった。

 

(あぁ...懐かしいなぁ)

 

七人が過ごした教室は、机の配置もそのままだった。

 

「椿、大丈夫?」

「あぁ...ありがとう、風」

「いいのよ。体調悪くなったら言いなさい?」

 

風の気遣いに感謝しながら、俺自身の手でも写真に収める。

 

窓にとまった青い鳥は、見事にこちらを向いていた。

 

(...わかってるよ。やっぱり、そうだよな)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「火の見張りだけ頼む」

「あーいよ」

 

そう言うと、古雪君は料理番組に出てきそうな速さで野菜を切っていった。

 

「あんた、腕上げたわね...」

「あっちでもそれなりにやってたからな。一応勉強してレシピ無しでもステーキとか焼けるようになった」

「いやーうちは椿に風がいるから安泰ですな」

 

夕飯となる野外カレー作り。班ごとの作業はほとんど古雪君と犬吠埼さんがやっていた。ちなみに班対抗戦で、先生判断の元、勝者は泊まる部屋が一番豪華な所になる。

 

だからというのもあるけど、あの流れるような二人の作業を邪魔しちゃいけないと思う。

 

「古雪君!私にも教えて!」

「風ちゃん今のどうやったの?」

 

(私、必要ないなぁ...)

 

料理も出来ないし、かといって少ししつこいあの人達を古雪君達から引っ張っていくことも出来ない。

 

(どうしたら...)

 

「ちょいちょい」

「はい?」

 

いつの間にか火の見張りから離れてた倉橋君は、後ろに立っていた。

 

「ごにょごにょ...」

「ぇ、そんなことで?」

「まぁなんとかなるでしょ。いってらっしゃい」

 

助言を受けた私は、古雪君に近づいていった。

 

「ふ、古雪君!犬吠埼さん!私にも手伝えることってないかな?」

「ん?ぁー...もうじゃがいもしか残ってないか。これ頼めるか?」

「じゃ、じゃがいも...芽があるんだよね?」

「切り方は教えるから」

「じゃあ古雪君!私にも教えて!」

「んー...『同じ班じゃないのに教えたら真似されて負けるかもしれんし、家庭科の授業の時にでもな』」

 

『椿にこう言えば、どうにかこうにかあのギャラリーを戻すと思うぜ』

 

古雪君はその一言で、実際に周りにいた人達を元の場所に戻してみせた。

 

「ふぅ...助かったよ」

「え、そ、そんな」

「そんなでもないわよ?実際会話をちゃんと返しながら包丁使うのって慣れてても危ないし」

「あぁ」

「...よかった。それじゃあ私は......」

「折角だし切るの手伝ってくれよ。あ、嫌じゃなければだけど」

「!」

「あいつは火の見張りだけで満足出来るだろうけど、よくよく考えたら俺達だけで料理してるのもな。しっかり教えるしさ」

「...じゃあ、お願いします」

「おう、任せろ」

 

出来上がったのは大きさがバラバラのじゃがいもが目立つカレーで、でも、美味しかった。

 

「さて、次はメインイベントだ...」

 

 

 

 

 

(こ、こここれはっ)

 

心音が漏れてないか不安になりながら、少しずつ隣を見る。

 

「結構雰囲気あるなー、外灯がないだけでこんなに暗くなるもんか」

 

くじ引きで決まった男女ペアによる肝試し。私の隣は古雪君。

 

『今回は全力でお膳立てするよ。仲良くなってきて』

 

(運営側でもないのに、くじ引きをどうやって弄ったんだろう...)

 

「じゃあ次の組、お願いします」

「はーい」

 

手を握る決まりを守って進んでいく。

 

(会話、会話...仲良くなるための会話!)

 

「あ、あの古雪く...」

「うらめしやー!」

「きゃあぁ!?」

「おっと...大丈夫か?」

 

一泊置いて、自分がどんな状況なのか理解する。怖かったからとはいえ、抱きついて________

 

「ひゃっ!?ごめんなさい!!」

「気にするな。びっくりしたら仕方ないだろ」

 

(...あれ?)

 

「はい」

「ぁ...ぅん」

 

差し出してくれた手を握り直して、また歩く。足元もあまり見えなくて、葉っぱを踏んだ音が反響した。

 

「怖くないんだ...?」

「大体の人の場所が気配で分かるんだよなぁ...まさか鍛えた結果こんなところで楽しめなくなるとは......」

「す、凄いね...」

 

なかなかに常人離れした話を聞いたからか、次の言葉はするりと出た。

 

「ねぇ、古雪君。私、なにかしたかな...?」

「え?」

「なんだか、避けられてるかなーっ...みたいな」

「ぁー...」

 

(それに、なんだろう...今日の午後辺りから、そんな感じが消えて...って!)

 

意識して避けてるかもしれない相手に直接言うことじゃない。でも、口から出てしまった言葉を撤回出来るはずもなかった。

 

「ご、ごめん!変なこと言って!!」

「いや......俺の方こそ謝らなきゃな。悪気があったわけじゃないんだ」

「ぇ...じゃあ」

「昨日までは避けてた...というより、あんまり視界に入れないようにしてたのは確かだよ」

「...私、なにかしてましたか」

「敬語にならんでくれ。寧ろ俺が悪いんだ」

 

古雪君は、ぽしょりと呟いた。

 

「似ててな」

「?」

「俺の知り合いと似てて、変に意識しないようにしてた...それが、かえって違和感になったんだと思う」

「そうなんだ...でも、昨日までなの?」

「あぁ。正確にはさっきなんだがな...どれだけ似てようと人は違って、そういうことで重ねたりするのはダメだって...思い出した。一度やったことなのに情けない話だ」

「はぁ...」

「いきなり言われたって知るかよって話だよな」

「...ううん、なんていうか...そういう思いを大切にするの、なんだろう...かっこいいと思う」

「かっこいい、か...ありがとう」

 

すぐ隣の古雪君の顔は、暗くてもよく見えた。

 

「それじゃ...今さらなところがあるかも知れないけど、これからもよろしく、郡(こおり)」

「こ、こちらこそ仲良くしてくださ」

「うぉぉぉぉぉ!!!」

「いぃぃぃぃ!?」

「脅かすタイミング悪くね!?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「はい、ゴールです!お疲れさまでした...って、古雪か」

「運営お疲れさん」

 

意外とコースが長くて、郡と繋いでいた手から手汗が出てないか少し気になった。

 

「この後どうすんだっけ?」

「部屋に戻って風呂の準備だとさ」

「了解、確か間は二組くらいだったし、どうせならあいつら待つか...郡はどうする?」

「私も待つよ」

 

数分して、予想通り一組の男女が戻ってきた。

 

「って、どした?」

 

裕翔とペアだったはずの風はおらず、代わりに知らない女子があいつの肩に寄っ掛かっている。

 

「お化け役やってた子なんだけどさ、あそこ暗いじゃん?待ち伏せの間になにかで切ったみたいで...」

「わ、私先生呼んでくる!」

「ありがと郡さん」

「...なぁ裕翔、風は?」

「この子の代わりにお化け役やってる」

「優しいね犬吠埼さん、『あたしが変わりに脅かすから、早く怪我見てもらいなさい!』って」

「...はぁぁ......」

 

運営係からしおりをかりて、肝試しのマップを開く。

 

「君がやってたの、どの辺?」

「え、こ、ここで...」

「ありがと」

「おい椿?」

「耳貸せ」

 

真面目な話をするとき、大体こいつは俺に合わせてくれる。

 

(普段からこのくらい察しよくておちゃらけてなければ、彼女も出来るだろうに...)

 

『風こういうの苦手なんだよ。探してくる』

『...成る程。わかった』

 

変わってもらった彼女が自分を責めないよう必要な会話だけ耳打ちして、「あとよろしく」と来た道を駆け出した。

 

「大体の場所は分かるが、頼むぜ若葉(ナビゲーター)」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(......)

 

待機場所は凄く暗くて、何も見えない。脅かす前に位置がバレてもつまらないからこうするのは当たり前なんだけど。

 

今まで襲った三組はあたしの恐るべき女子力(演技)を前に驚いてくれた。

 

(...ちょ、ちょっと冷えてきたかしらね)

 

でも、通行する組の間の待ち時間、一人でずっと待機してる時間は本当に怖い。暗いし、ちょっと肌寒いし、本当のお化けでも出てきそうで________

 

(っ!?今首が!?)

 

寒気が走って後ろを向いても、誰もいない。

 

(私から変わろっかって聞いたんだもの...ちゃんとやらなきゃ)

 

受けた依頼はなるべく諦めない。実際皆楽しんでくれてる。

 

(......でも、怖いよ...)

 

出てくるのは、あいつの顔。

 

(椿...)

 

「みーつけた」

「うひゃう!?」

 

その顔は、現実に現れた。

 

「つ、椿...?」

「お化けとか怖がるくせによく変わったよお前...ほら、帰るぞ」

「ぇ、でもここ...」

「一ヶ所くらい平気だから。怪我での欠員だから誰も文句言わねぇよ」

「大丈夫よ、あたしがいるんだから!」

「...ほら立つ!」

 

いつになく強引な椿は、あたしをおぶる。体を揺らして抵抗してもやめてくれない。

 

「離して!」

「うるせぇ。黙ってろ」

「な!?」

「...そんな涙目でいられたら、心配するに決まってるだろうが」

「っ!!」

「勇者部六箇条一つ。無理せず?」

「...自分も幸せであること」

「はい。じゃあ戻りますからねー」

「...」

 

来てほしいと思ったときに来てくれて、ごねるあたしを説き伏せて。

 

(...もう、登場の仕方もう少しカッコ悪くならないの?)

胸の高鳴りが凄い。バレたくないと思ってても、体は椿を抱きしめていた。前より大きくなった気がする、男の子の背中。

 

「...ありがと」

「どういたしまして」

 

 

 

 

 

「修学旅行の夜が...班ごとだから、女子が同じ部屋にいた夜が...気絶してる間に終わってしまった」

「お前が風と郡のバッグを漁り出さそうとしなけりゃ、気絶なんてさせなかったんだがな」

「なんでそんなこと出来るの?寧ろなぜお前我慢できる?」

「...襖越しどころか隣で寝たこともあるからねぇ」

「へ?」

「なんでもねぇ永眠しろ」

「ぐへぇ!?」

 

バスの中は行きと同じくらい騒がしかった。隣の椿が大仕事を終えた後のようにどかっと座る。

 

「ふぁーあ...」

「寝不足?」

「ん、あぁ...ちょっと考え事してたら、夜遅くなって」

「...彩夏(さやか)のこと?」

「彩夏?」

「っ!」

「郡さんのことよ」

「成る程」

 

椿は窓側のあたしと話してるから気づかなかったけど、奥の方で彩夏が震えた。

 

「ま、それも含めた諸々かなぁ...皆と話すなら俺窓側になるけど?」

「寝るつもり満々ね...」

「思ったより持ちそうになくて」

「...良いわよ。このままで」

「了解。おやすみ」

「はいおやすみ」

 

数分で、椿はあっという間に夢の世界に行ってしまった。

 

「んにゃ...」

 

(幸せそうと言うか、間抜けと言うか...)

 

指でつついても、ちょっと唸るだけだった。

 

『...うが』

 

前______椿が西暦に行ってきて、それを私達が聞くまでの数日、授業で寝ていた椿は苦しそうにしていて、涙を流していた。

 

対して、今はただむにゃむにゃ寝てるだけ。ちょっと樹に似てる。

 

(...よくわからないけど、乗りきったのかな)

 

はじめはとてもじゃないが過去に行ったなんて信じられなかったけど、椿が見せてきた『乃木家に保管されていたメモリーカードに入ってた写真』だったり、なにより椿の顔が、大切な思い出を語ってる真剣な顔だった。

 

でも、それだけ大切な______もしかしたら勇者部より大切だと考えているかもしれない人達と会えない悲しさからか、ちょっと変だった。高校で知り合った彩夏を変に避けたり。理由を聞いたら、『俺、あの子が四月からクラスメイトだって記憶ないんだよね...』と。

 

前よりさらに大人びた雰囲気になって、ちょっぴり遠くなった気がして。

 

(...あたしの隣にいて。なんてね)

 

椿の左手とあたしの右手を絡ませる。丁度二人の席の間でしてるから、周りからは見られない。

 

ちょっぴり大きくなった、木刀を振ってできたマメが固くて、少しごつごつした手。

 

(でも、変なところ行かないように離さないでおかないと)

 

そのまま形を変えて_____いわゆる恋人繋ぎにする。やられてる本人は気づかない。

 

「...ふふっ」

 

心がぽかぽかして、そのまま頭も椿の肩に乗っけた。

 

(椿、元気になってよかった...)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「すー、すー...」

「......」

 

起きたら、なぜか左手が握られてて、すぐ近くに風の顔があった。

 

(...心臓に悪いからやめてくれ)

 

ちらりと見ると、楽しい夢でも見てるのか、幸せそうな感じだった。

 

(...でも)

 

周りを見渡せば、はしゃぎ過ぎたのか起きてる人は少なかった。

 

(もう少しだけ)

 

甘い誘惑にひっかけられたように、俺は目を閉じた。

 

隣にいる風をより感じられるように。

 

俺が、この一年半で本当の大切さを知れた温もりを。

 




倉橋 裕翔(くらはし ゆうと)

過去に何度か出てきて、やっと名前を与えられた椿と風のクラスメイト。自称椿の一番の親友。ムードメーカーでクラスの潤滑油として働いているが、ふざけすぎで少し残念な所もある。

郡 彩夏(こおり さやか)

歴史改変により突然クラスに現れた(と椿だけ認識している)少女。名字は同じ、容姿は限りなく千景に近い。性格は大人しめの少女。


でもメインはふうつば。ふうつばいいよね。


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ゆゆゆい編 1話

注意

ゆゆゆい編は古雪椿は勇者である 神世紀の章(結城友奈の章+勇者の章)、西暦の章(乃木若葉の章)の後の話となります。

また、原作となるアプリ、花結いのきらめき(通称ゆゆゆい)をある程度プレイしていることを推奨します。(一応やってなくても分かるようにはしたいと思っていますが)

以下の点にご注意の上お楽しみください。


スーツとタキシードの違いがよくわからないので、結局俺はスーツを選んだ。なかなかしないネクタイを結んで、鏡の前に立つ。

 

「椿さん準備出来ましたー?」

「あー雪花、丁度良い所に。チェック頼める...か......」

 

現勇者部のファッションリーダーたる秋原雪花を鏡越しに見て、俺は空いた口がふさがらなかった。

 

赤紫のドレスは本人の色気を最大限引き立たせ、大人の女としての印象が脳に刻み込まれる。

 

「オッケー...ってどしたんです?」

「い、いや...」

「あ、もしかして見惚れちゃいました?」

「っ...そうだよ、だからこっち見てくんな」

 

赤くなる顔を抑えられず、せめてもの反抗として顔をそらす。

 

「そ、そうですか...わ、私でそんなこと言うようじゃあ、他の人達見たら気絶するかもしれませんね」

「怖いこと言うな...あー、チェック頼む」

「はいはい。えーと...チェックなんていりませんよ」

「ちゃんと着れてたか...普段こんなの着ないから、少し不安でな」

「気持ちは分かりますけどね。とりあえず行きましょう」

「そうだな」

 

なるべく隣を直視しないよう心がけながら、俺達は部屋を出た。

 

(もう、一年か......)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「今日の部活は?」

「ごみ拾いと幼稚園でやる人形劇の打ち合わせ」

「樹は?」

「レッスンないって」

「じゃあ乗ってくか?」

「元からそのつもりだったわよ」

 

下駄箱で靴を履いてバイクを動かしてくる。

 

「ヘルメットしましたねー?いきますよー」

「出発!」

 

他の人達を気にしながら道路まで出れば、基本は車がいない閑散とした道が続く_______筈だった。

 

「今日は随分多いなぁ...」

 

まるで去年までの通行量。こうした日は珍しい。

 

「なんかお祭りでもあったっけ?」

「ないと思うわよ?」

「だよな」

 

疑問は持ちつつもきっちり安全運転で讃州中学まで行けば、今日の活動に問題はでない。

 

「樹からメールだ...早く部室に来て。だって」

「そんな急がなくたってなんもないだろ...というかもうつくぞ」

 

四年目になる廊下を歩いて部室を開けた。

 

「部長、どうかしたか......」

 

ドアを開けた状態で俺は固まった。

 

部室には七人いた。友奈、東郷、樹、夏凜、園子、銀。

 

そして__________

 

 

 

 

 

「椿さんっ!!!」

「え!?なんでおまうぼわっ!!」

 

上里ひなた(いないはずの存在)からの熱烈なハグは俺を床に押し倒すのに十分だった。

 

「お久しぶりです!!また会えて嬉しいです!!!椿さん!!!」

 

ぽろぽろ涙を溢す彼女を見て、叩きつけられた衝撃はすぐに消えた。

 

「...俺も会えて嬉しいよ」

 

謎が頭の中を巡るものの、今だけは全てを忘れて彼女を抱きしめた。

 

 

 

 

 

「...あー、ひなたさん...」

「なんでしょう♪」

「そろそろ説明を始めて欲しいのですが...」

 

かれこれ再開から30分、俺の右腕をずっと抱いてるひなたに心音を聞かれないようしてるものの、ふにふにしてる柔らかい感触がそれを惑わせる。

 

(女子ってどうしてこうも...じゃなくて)

 

それに比例して、俺達を見てる勇者部部員の目から光が消えていっているのを感じた。

 

(流石に目の前でこんなの展開されたら誰だってやる気とか削がれるわなぁ...)

 

「ほらひなた!説明終わったらいくらでもくっついていいから!俺もそろそろ状況を知りたい!」

「言いましたね?約束ですよ?」

 

やっと離してくれたのを見計らって、銀が始めに口を開いた。

 

「それで椿、この人は?」

「あぁ、彼女は上里ひなた」

「え、上里家って大赦のツートップだったあの!?」

「しかも、300年前の巫女だよ」

「300年前!?」

「...それって」

「そう。俺が西暦時代に行った話はしたろ?その時一緒に生活してた一人だよ」

「あー!」

 

俺の話に出てきたのを思い出したのか、友奈が大きく声をあげる。

 

「ご紹介に預かりました、上里ひなたです。勇者部の皆さん、よろしくお願いいたしますね」

「ぶ、部長の犬吠埼樹です!よよろしくお願いします!!」

「おぉ!!見て夏凜!!樹が!!樹が初対面の人相手に一番早く自己紹介を!!!」

「はいはいわかったから...副部長の三好夏凜よ。よろしく」

「犬吠埼風よ!よろしくひなた!」

「はい。よろしくお願いします」

 

平和に自己紹介が始まったタイミングでひなたの隣を離れお茶の用意をする。俺の行動を察してか、東郷が隣に来た。

 

「ぼた餅とみた」

「正解です...ところで、何故西暦の巫女が勇者部に?」

「言えるのは、なんかしらの厄介ごとに巻き込まれたってことだろ。でも...大丈夫さ」

 

ひなたの存在を許容できるくらいには、異質な出来事には慣れてきた。それに________少なくとも俺は、一人じゃないから安心出来る。

 

「お前らがいてくれるからな」

「古雪先輩...」

「さて。お茶とぼた餅ですよーっと」

 

それぞれにぼた餅とお茶を配る。きっと話は長くなるだろうから。

 

「椿さん、ありがとうございます。それに...えーと」

「東郷美森です」

「ありがとうございます、東郷さん」

「自己紹介はどこまですんだ?」

「後は園ちゃんだけです!」

「...似てますね。本当に」

「俺もそう思うよ」

 

友奈を見るひなたが、誰の姿と重ねてるかなんて言う必要もなかった。容姿、性格、どれをとっても酷似している。

 

(酷似してるってだけなんだがな)

 

「私は乃木園子で~す。よろしくね~ひなタン」

「ひ、ひなタン...いえ、構いませんからそんな寂しそうな顔しないでください」

「ありがと~」

「それにしても...成る程、若葉ちゃんの子孫ですか。だから椿さん、ああいってたんですね」

「ん?あぁ。まぁな」

 

普段は服で隠してるサファイアのペンダントを見せると、ひなたは目を見開いて微笑んだ。

 

「それ、私達はまだ保管しはじめて半年程度ですが...随分綺麗に残りましたね」

「手入れもしてるが、見つけた時点でも綺麗だったぞ」

 

俺に渡したい物を乃木家に受け継がせることで、俺が受け取りやすくする。こうして300年の時を経て手に入れたペンダントは、俺の宝物だ。

 

「それで...自己紹介が済んだ所で、説明してもらえるか?何でお前が...西暦の巫女が、神世紀にいる?」

「お任せください。懇切丁寧に教えます」

 

お茶を一口すすったひなたは、「おほん」と前置きをする。

 

「まず始めに、ここは西暦でもなければ、皆さんがいた神世紀でもありません」

「え」

「正確言えば、神世紀ではあるのですが...あなた方の住む世界ではない。私達の時代のライトノベルでよくあった『異世界転生』ってやつですね」

「ちょ、ちょっと待って!?ここが異世界!?」

「はい」

 

夏凜が驚くのも当たり前で、俺も少なからず動揺した。異世界って感じがまるでしない。

 

「今日、どこかのタイミングで視界が白くなることがありませんでした?」

「あ、あったな...確かに」

「私も...」

 

昼過ぎに、視界が一瞬だけ白く瞬いたのを思い出す。特にシャッターが切られたわけでもなかったようだったが__________

 

「まさか...あれが異世界に来た合図だと?」

「はい。今のここは神世紀301年の夏に入ろうとしています。そして...平行世界に存在する神樹様の中の世界です」

「中の世界...特別に作られた空間...?」

 

以前、高嶋友奈と話したことを考慮すれば、あり得ない話じゃない。

 

神は己の意思でなら勇者であろうとなかろうと時空や空間を歪めて呼び出すことが出来る。平行世界に存在する神樹様が俺達を呼び寄せ、取り込んだとすれば。

 

「そんな馬鹿な...」

「端末を開いて見てください。かつての勇者システムがあるはずです」

「そんな...本当だ」

「じゃあ、これでまた戦えってこと...?」

「...落ち着け園子、友奈。大丈夫だから」

「つっきー...」

「椿先輩...」

 

少し震えた友奈と園子の肩を優しく叩き、目は風に向けた。ひとまず皆落ち着いているようで、特に何かしようともしてない。

 

「随分落ち着いてるわね、椿」

「一度過去に飛ばされたんだぜ?今さら異世界とか言われてもな...」

「凄い順応力...」

「それでひなた、俺達がここに呼び出された理由はなんなんだ?神の気まぐれってことはないだろ?」

「神樹様は土地神の集合体です。そのうちの一体、元々敵である天の神側にいて、こちらの味方をしてくれていた神様が反逆を起こしまして。今この世界の神樹様の中で嵐のように暴れています」

「はぁ...」

「つまりなんだ?喧嘩した...みたいな?」

「概ねその解釈で」

「神ってのは...」

 

人間上がりの神様(高嶋友奈)のような存在ばかりなら、こんなことにはならなかっただろう。

 

「神樹様からの独立を主張し始めた神...造反神は、独自の兵隊を作り出して神樹様の中を暴れています。もしここで神樹様がバラバラになってしまえば、その力を大きく失われる...それを防ぐ為、あなた達は勇者としてこの世界に特殊召喚されたんです」

 

(こっちの神樹様は、俺を勇者として判断したってことか...?)

 

ひなたの言葉が終わった直後、俺達のスマホから音がなった。

 

「っ」

「敵か?」

「はい。敵の姿は実際見てもらった方が早いかと。ちなみにここでは巫女も動けるので、貴方の帰りをお待ちしています。椿さん♪」

「...全員の帰りを待っててくれ」

 

俺のはこの世界に来る前から展開出来る戦衣のため、慣れた手つきで展開した。継ぎはぎの服は所々赤く、というか服らしい面積じゃない。

 

(...俺も戦える者として呼び出されたのなら、もうちょいなんとかならんかったのか...)

 

「ねーひなタン、私だけ変身出来ないみたいなんだけど...」

「園子さんは切り札として召喚されたので、しばらくは待機です」

「おー切り札かー。じゃあお留守番だね...私も帰りをお待ちしています。あなた☆」

「...俺以外にも言えよ。お前も」

「園子のぶんも、アタシが暴れてくるからな!」

 

そこからは、いつものようだった。光に飲まれ、広がる樹海。見える星屑。

 

「あれ、星屑ですよね...?」

「元は天の神側にいたってことは、バーテックスなんかの知識もあるってことだろ」

「なるほど!」

「にしても椿の服、ボロボロね」

「ほんとどうにかしてほしかったわ...武器もこれだけだし」

 

短刀を構え、逆手に握る。普通に持つと咄嗟に斧や長刀のリーチで振ってしまいそうなのが怖かった。

 

「さて、色々驚愕の事実がわかったところで...部長、勇者部はどう動く?」

「......別の世界でも、神様でも、困ってるなら助けるのが勇者部です!行きましょう!」

「うん!」

「了解」

 

各々の武器を構えて、部長の号令を待つ。見える敵は星屑ばかりで、今回は大して不安になることもないだろう。

 

「勇者部!出動です!」

「「おう!!」」

 

俺と銀が飛び出して、戦闘は始まった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

この世界での初戦闘終了後、色々と分かったことがあった。

 

造反神を鎮めることが出来れば、無事元の世界に戻れること。

 

俺達が過ごしやすいよう四国を模倣して作られた世界は、高校や中学がそのままで、知人も分かる範囲では変化がないこと。

 

時間の流れがゆっくりで、元の世界に戻っても大した時間が流れておらず、この世界の記憶もなくなるだろうということ。

 

通常戦闘ならば、力を使っても精霊バリアを使ってもデメリットがなく、『過去の勇者』も最新鋭のシステムに変わっていること。

こうして始まった領土戦は、香川の一部以外は全て取られていた状況から、香川と愛媛の全てを奪還するほどになり。

 

勇者の数_______勇者部の部員も、一人、また一人と増えていった。

 

そして__________

 

 

 

 

 

「椿さん?」

「あぁ悪い」

 

西暦の北海道から来た雪花の声で、思考を現実まで引き戻す。今日はこの異世界に来てから一年が経ったということで、勇者部らしく記念パーティーをすることになった。

 

(規模とかドレスとか、いつも以上に張り切ってるところもあるけどな)

 

大赦の用意した施設の中央、大部屋につけば_______

 

「みーちゃん!とってもチャーミング!!」

「うたのんも素敵だよ」

 

諏訪の勇者。

 

「お、棗さん、スタイル良いですねー」

「雪花こそ...よく似合っている」

 

北海道と、沖縄の勇者。

 

「す、少し照れるな...」

「照れ顔若葉ちゃん!素敵です!!」

「私とぐんちゃんはお揃いなんだよ!見てみて!」

「た、高嶋さんっ!?」

「やるなーあいつら...杏、タマたちも撮ってもらうぞ!」

「あぁ、タマっち先輩待って!」

西暦の四国勇者。

 

「は、恥ずかしい...」

「何いってるのわっし~!!」

「そうだぞ須美、メチャクチャかわいい!」

 

小学生の神世紀勇者。

 

「懐かしいなぁ...アタシらあんなだったんだな」

「今でも仲良しなんよー!」

「須美ちゃん、よかったですね。東郷先輩」

「樹ちゃん...ありがとう」

「夏凜ちゃーん!はいジュース!!」

「ありがと友奈。風もグラス持ちなさい」

「おぉ、すまないねぇ夏凜君...」

「誰が夏凜君か!」

 

中学生、高校生の神世紀勇者。

 

二桁を迎えた勇者部部員が、思い思いにドレスで着飾っている。そんな場にいれる。それだけで俺は幸せだった。

 

「あ、椿さん!」

「ぁー...」

「あのー、椿先輩?」

「ん、悪い、見惚れてた。なにこの空間幸せすぎでしょ」

「あ、あはは...嬉しいです」

「椿、ボケッとしてるのもいい加減にしろっ」

 

銀に軽くチョップされて、顔が赤くなるのを自覚しながらごほんと咳をついた。

 

「じゃあ部長、よろしく」

「あ、はい...えーと...堅苦しいのはやめます。一周年おめでとうございます!これからもどうぞよろしくお願いします!!乾杯!!!」

『乾杯!!!』

 

グラスは高く掲げられ、照明の光を反射した。




というわけで、ある意味最大のリクエスト作品。ゆゆゆい時空の1話目でした。

原作との主な変更点としては、小学生組以外の学年が一つずつ上がってます。ゆゆゆ、のわゆ勢はこの作品の終了時点で学年が上がってますが、雪花と棗も同様です。

唯一矛盾ができてしまうのが歌野と水都ですが...若葉相手に敬語で喋るような奴でもありませんし、神様のパワーで年を一つとったみたいに脳内補完しといてくださると助かります。

それから、ゆゆゆい時空展開開始に伴いリクエストコーナーを作り直しました(ゆゆゆい時空でのリクエストを可能にしました)。今後新しいリクエストをする場合そちらにお願いします。ちなみに以前のリクエストコーナー採用率はこの話の投稿日までで約7割でした。

これまで頂いたリクエストの投稿は一切しないわけではなく、まだいくつか製作中なのでもう少しお待ち下さい。

長くなりましたがこの辺で。今後ともよろしくお願いします!


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短編 園子if

お陰さまで新しいリクエストコーナーも順調に機能しています。ありがとうございます。

そんな今回は旧リクエストの方からです。サブタイ通り。本編とは完全に違ったifですかね。

誰かこの設定引き継いで書いてくれないかなー...自分以外のが凄く読みたい。

とまぁそれは置いといて、楽しんで頂ければ。


「んっ...」

 

かつての約束を夢に見た。

 

「...雨か」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「わぁー...おっきい」

 

小学校に入学する前の春休み。お父さんの仕事場が遠いので引っ越すことになった。近所の銀ちゃんと別れることが辛かったけど、また会おうねと約束した。

 

それで、僕は新しいお隣さんにお蕎麦を持っていくことになって_______隣の家を見たとき最初に出たのが、それだった。

 

お父さんより遥かに大きい門。瓦で覆われた塀。大きさと珍しさで僕は興味津々だった。

 

「す、すいませーん」

「はーい...あら、どうしたの?」

「と、隣に引っ越してきた古雪椿です。これ、よかったら...」

「まぁまぁ、良くできた子ね。ちょっと待ってて」

 

その場に残された僕は、見えた屋敷の中をきょろきょろ見ていた。

 

(やっぱりおっきいな...!!)

 

 

 

 

 

それは、今に思い返せば一目惚れだったんだと思う。

 

太陽の光を吸い込んで出来たようなキラキラした長い髪。

 

視たものを魅了する瞳。

 

爽やかな風が吹く中で、僕は彼女を見た。

 

「わっぷ!」

 

_____盛大に、何もない所でスッ転ぶ彼女を。

 

「あぁっ!?大丈夫!?」

「大丈夫だよ~。ありがとう」

 

僕と同じくらいの年齢に見えた彼女は、花が咲いたような笑顔を向けてきた。

 

「あれ、あれれ~?あなたはだ~れ?」

「っ...僕は古雪椿。隣に引っ越してきたんだ。君は...?」

「乃木園子です。よろしくね」

 

『乃木園子』という言葉は、僕の胸にしっかり入り込んだ。

 

 

 

 

 

それから、お隣さん_____園子との関係は始まった。

 

あだ名で『つっきー』と呼ばれるようになって、僕は『園ちゃん』と呼ぶようになった。

 

園ちゃんの部屋に招かれて遊ぶようになった。乃木家には昔の遊び道具なんかが沢山あって、お手玉やあやとりなんかして遊んだ。

 

逆に、園ちゃんを僕の家に招くこともあった。友達の間で流行ってたゲームがそこそこ上手かった僕は得意気にゲームを見せて、園ちゃんも楽しんでくれていた。

 

僕が小学二年生になった時、園ちゃんが通う小学校が分かった『神樹館小学校』という場所で、お金持ちが通う所だと聞いた。まぁ、だから何が変わったかって聞かれると、何も変わらなかった。元からお隣さんという関係でしかなかったんだから。

 

夏祭りに行った。園ちゃんにお付きの人がついてたけど、楽しめた。

 

雪合戦をした。園ちゃんの作った雪玉が思いの外固くてびっくりした。正直頭かちわれるかと思った。こっちはそんなことないように雪をかけるみたいなだけだった。

 

桜を見た。綺麗で、でも隣がそれ以上に綺麗だった。

 

そうして学年は上がって、僕は六年生、園ちゃんが五年生になった。この頃になると休日は大体どちらかの家で過ごすようになっていて、昼寝したりゲームしたり話したり。ずっと一緒にいるはずなのに話題が尽きることはなかった。

 

『園ちゃん学校の友達と遊ばないの?』

 

ただ、そういうことが少し恥ずかしくなってきた頃。照れを隠すようにそんなことを聞いた。僕はたまに学校の友達と遊ぶけど、園ちゃんが遊びに行くというのは滅多にない。

 

『私こんなだから、仲良くなれる子少ないんよ~』

 

たはは~と笑う彼女はいわゆる不思議ちゃん系だが、僕はそれ以上のことを沢山知っていた。

 

大赦という名家のお嬢様の立場に胡座をかかずに努力していること。

 

困ってる人がいたら助けていること。

 

もっと、もっと________

 

『僕はいつまでもいるよ』

 

恥ずかしさを抑えて言うと、いつかの笑顔で言ってくれた。

 

『ありがとう。つっきー』

 

それからしばらく、クリスマス会をした。サンタという存在は信じていなかったけど、園子は真逆だった。

 

『私ね~、サンタさんにもうお願いしたんだ』

『どんなお願いしたの?』

『...指輪』

『指輪?』

『結婚指輪だよ。つっきーと結婚するための...』

 

人差し指をくっつけて頬を赤らめる彼女に、僕は夢中だった。

 

『私のお家、男の人が来てくれないといけないらしいから...』

『行くよ。絶対。約束だ』

『っ!嬉しい!!つっきー大好き!!』

 

子供ながらにしたそんな約束は、忘れられることはなく。

 

だからこそ、『俺』を苦しめた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

僕は中学一年生、園ちゃんは小学六年生になった。いきなり傷だらけになった彼女を見て驚いたけど、それが神樹様に選ばれた大切なお役目の結果だと知って応援するようになった。

 

神樹様の近くでお仕事ができるということは、そういうことだと教え込まれてきたから。

 

せめて彼女の手当てが出来るよう応急手当ての術を学んだ。わざと僕に手当てされるまで少し傷を放置したと言ってきた時は流石に怒った。

 

彼女は友達が出来たと喜んでいた。ミノサンとワッシーなる人物(人だよな...?)だ。園ちゃんのことを理解してくれる人が増えたのは嬉しかった。

 

毎日が楽しくて、幸せだった。後五年で結婚出来る年齢になって、一緒の指輪をはめられる。そう思って大切に飾っていた。

 

夏休みになってから、園ちゃんに会えなくなった。隣の家も通してくれなくなった。 お役目で大変な事があったらしくて、しばらくこっちには来ないでくれというもの。

 

『...園ちゃんに伝えてください。頑張って。待ってるから。って』

 

涙を殺して園ちゃんの両親に伝えた。

 

そして、秋口。

雨の中僕の家の前で待っていた園ちゃんの両親は、自分達の家に通してくれた。

 

会えるのかもと思うことはなかった。二人の顔が子供にも分かるくらい蒼白だったから。

 

「...君にだけは伝えなければならないと思ったんだ。ここから先のことは、絶対誰にも言わないでほしい」

「なんですか」

「......園子は大切なお役目立派に果たしてくれた」

 

そんな報告を聞きたくて座っているつもりなど欠片もないことを、この人は知らないのだろう。まだ動揺しているのかもしれない。

 

「ただね。その功績が大きすぎて...君とはもう、会えなくなってしまったんだ」

 

だから、心にノイズがかかった瞬間は『あぁ、それはお父さんも動揺するんだろうな』という納得で隠された。

 

「園子から話を聞いてね。これを...と」

 

渡されたのは、俺が持っているのと同じ指輪。

 

「君とはもう結婚出来ないから、返してくれ...だそうだ」

「...わかりました」

 

早々に立ち去ろうとする僕を見て、お母さんの方が慌てた。

 

「な、何か言うことある?この人でもすぐには会えない立場になってしまったけれど、言ってくれれば伝えるわよ?」

「......特にないです。ありがとうございました」

 

振り返ることなく家を出る。見送りはなかった。隣の家までついて、部屋について、鍵を閉めて、一息。

 

「はぁー...」

 

複雑な思いが絡まりあった重いため息だった。憎悪。後悔。切望。どんな言葉で表すのが適しているだろう。

 

「約束じゃ、なかったのかよ」

 

この部屋に二つ揃った指輪を掴む。その手を爪が食い込むばかりに握って、振り上げた。

 

「こんなもの...っ!!!」

 

鏡に見えた僕は泣いていて、振り上げた手をいつまでも動かさなかった。

 

「...」

 

どうしようもない結論が頭をよぎって、指輪を閉まった。無造作に、乱雑に。でも確かに。

 

(...確かに言っていたんだ。なら、やるに決まってる)

 

『な、何か言うことある?この人でもすぐには会えない立場になってしまったけれど、言ってくれれば伝えるわよ?』

 

つまり、立派な立場になれば会えるのだ。大赦のツートップ、乃木家をも越える権力さえ持てば。

 

俺の思いと乃木家の事情を知る人が他にいれば変わったかもしれない。だが、『かも』なんてものはない。

 

(...変えよう。僕...いや、俺自身を)

 

そこからは、怒濤の日々だった。

 

一人称を『僕』から『俺』に変えた_______彼女のいない世界を強く男らしく生き抜くんだと精神の奥から叩き込むために。

 

学校で習う以外で、神について、大赦についてありとあらゆることを学んだ______少しでも早く彼女の元にたどり着くために。

 

運動も血が滲む程努力した_______彼女の手をもう一度掴めるように。

 

体型、容姿は勿論、誰からにも人気になるように徹底した________彼女のような絶世の美女の隣に立つのに相応しい者となるように。

 

こうして生まれた古雪椿は、案外早く報われる。中学三年生、編入試験を先生の設問ミスの説明、誤答となる答えまで加えて満点で済ませた俺は、一つの部室へ。

 

「失礼する。勇者部はここであってるか?」

「あら、依頼かしら?」

「転校してきた古雪椿だ。今日は入部届けだけ提出しにきた」

「うちに...?悪いけど勇者部は」

「大赦から派遣されてきた勇者のサポート役でもか?犬吠埼風さん」

「っ!?あんた!?」

 

発生した『勇者』というお役目のサポート。同じ中学生にしか出来ないという近場での支援というわけで、俺が選ばれたらしい。大赦がスカウトしに来たのを知ったときは、無意識に口角が上がっていた。

 

(こいつらが成功すれば、俺の地位も上がる。勇者を踏み台にして、俺はより高い位置へのしあがる。犠牲はいくらでも構わない)

 

全ては、愛する彼女の為に。

 

「よろしく。勇者様」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「そう、思ってたんだがなぁ」

「どうしたの?」

「...なんでもない」

 

踏み台にしようとしてた彼女達と絆を育み、あまつさえ大切な人、ひいては世界まで救ってくれたなんて過去の俺に言ったら、信じるだろうか。

 

(ねぇな)

 

即答してキッチンの方を見た。

 

「ふんふんふふーん」

 

今日は高校の卒業式。勇者部の皆には先に頼んでおいたお陰で、今は俺と彼女の二人だけ。制服にエプロンをつけた彼女が味噌汁を味見して「よしっ」と呟いた。

 

「つっきー、ご飯できたよ~」

「ありがとう。園子」

 

ちょくちょくご飯を作りに来てくれた彼女は、俺より料理が上手かった。

 

(周りから見えるスキルを追及すれば、料理は軽く作れればいらなかったからな...)

 

「それじゃあ...卒業おめでとう~!」

「...ありがとさん。乾杯」

「乾杯だぜ!」

 

色々変わった。世界も、周りも。

 

だから、俺達も変わるべきだと思った。

 

「なぁ園子」

「なにかな?」

「結婚してくれ」

 

ここまで作り上げてきた俺の性格は、昔ほど素直に言えなくなっていた。仮面を被って被って被りまくった結果は、無愛想にかつての指輪を渡すだけ。

 

『私の体が動かなくなった時...つっきーはもっと素敵な人を見つけて欲しかった。だから返したんだよ』

 

「それ...まだ持ってて...!!!」

「まぁ、なんだ...約束、だしな。俺も18になったし。園子が卒業するまでは婚約って形になると思うけ」

「つっきー!!!!」

「ぐぶっ」

 

瞬間移動した彼女は、いつの間にか俺の腰をがっしりホールドしていた。きついし痛い。

 

「嬉しいっ...嬉しいよぉ!つっきーの部屋漁っても指輪なかったし、もう言ってくれないとばっかり...!!」

「おい漁ったのか?」

「つっきー...つっきー...」

 

すりすりしてくる園子を見て、なんとも言えなかった。

 

「ふうっ...それじゃ、返事をきむぐっ!?」

 

再びの不意打ちは、唇だった。押しつけられているのは園子の唇。

 

「...ぷはっ」

「はっ!そ、園ちゃん何を!?」

「あ~、今も動揺すると園ちゃん呼びだね~」

「っ!?」

「嬉しいな~」

 

あの頃より綺麗な、あの頃より見惚れる笑顔で______いや、僕がずっとずっと愛していたいと思う笑顔で、彼女は告げた。

 

「私の返事はあの頃から変わらないよ...つっきー、大好きっ!!」



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短編 宅飲み会

棗さん誕生日おめでとう!この作品ではまだ一回(しかもほぼ一言)だけしか出てませんが...短編書けたんですが、誕生日にかすってもないし急造で納得いく作品でもないしということでやめました。

というわけで今回もリクエストです。ゆゆゆから。何人かから頂いた酒飲みネタですが、一番始めに頂いた方のものをベースに作りました。前話との差よ...一応これもif扱いになると思います。高校卒業までには椿もちゃんと色々決めてると思うので。


「じゃあ、風先輩と椿先輩のご卒業を祝って!」

『乾杯!!』

 

グラスが思い思いにぶつかる。犬吠埼家で行われたパーティーはこうして始まった。

 

「悪いな皆。こんなに準備させちゃって」

「いえいえ!お姉ちゃんと椿さんのお祝いですもん!」

「樹!!あたしは良い妹をもったわぁー!!!」

「お姉ちゃん苦しいよ...」

 

桜がもうじき咲く季節、俺と風は高校を卒業、大学には進学せず就職が決まった。俺は春信さん勤める会社の系列、風は春信さんの直属部下になるらしい。四国は狭いものだ。

 

二人とも経済面での理由と、早く社会でも勇者部部員らしいことがしたかったからだ。特に風はもう樹が歌手として活動を始めたから、尚更早くやりたかったのだろう。

 

ちなみに、中学勇者部は今も続いているらしい。俺は全然分からない子達ばかりになってしまったが、変に年上が介入することはないだろう。

 

俺達は樹が高校入学の時点で高校勇者部を立ち上げ、いつもと変わらない活動をしていた。

 

「風、兄貴のことよろしくね」

「あたしがよろしくする側じゃないでしょ。相手は普通に上司よ?」

「ある程度のフォローなら、私の名前を出せばやってくれるわ。シスコンだから」

「やーなコネの話...」

 

歯に衣着せぬ夏凜の言い草に苦笑いしてると、すっと食べ物が差し出される。

 

「つっきー、あーん」

「いや園子、自分で食べるから」

「あーん」

 

こういうときの彼女が強情なのは三年間で慣れた。抵抗も昔より低めに口を開く。

 

「...あーん」

「おー食べた!ミノさん撮った!?」

「バッチリだぞ」

「おい何やってんだ銀!?」

 

最近カメラに興味を持ち始めた銀に写真を撮られる。普通に上手いのが今回では問題だった。

 

「幸せそうな笑顔ですよあなた」

「誰があなただ。お前は俺の妻か」

「椿の妻?どっちかと言えば椿が妻じゃない...家事スキル的に」

「お前だってある程度は出来るだろ。大体家事最強は風か東郷だろうが」

「いや椿、あんたあたし達とそこまで変わらないわよ」

「え、嘘?」

 

まぁ、別に卒業したからといって俺達の関係が切れる筈もなく、今日もいつも通りあっという間に時間が過ぎた。

 

「ふぁー...そろそろ帰るかな。夏凜乗ってくか?」

「なんで私だけなのよ」

「他は二人で帰るだろ?」

「...じゃあ、お言葉に甘えるわ」

「そうしていけ」

「じゃあ東郷さん、私達も帰ろうか」

「そうね。友奈ちゃん」

「アタシ達も帰るか。園子、いくぞー」

「風、片付けは任せろって言ってたけど本当に...風?」

 

返事がなくて振り向くと、そっちの方の三人がぽけーっとしてた。樹と風と園子。

 

「おーい園子?帰るぞー?」

「ぁー...ごめんミノさん。寝てた~」

「高校でも多いなぁ...なのに成績優秀とかどうやったらなれるのか銀さんに教えてくれ」

「昨日は小説に夢中で寝不足なんだ...ごめんね~」

「それで、樹と風はどうしたのよ?園子みたく寝てるわけじゃないでしょう?」

「樹ちゃーん?」

「風ー?大丈夫かー?」

 

近づいて目の前で手を振る。反応は特になかった。

 

(どうしたんだ...!?)

 

「ぐっ!?」

「椿先輩!?」

 

突然動き出した風は俺にタックルをぶちかましてきた。腹から今さっき食べたご馳走が戻ってきそうで必死に押し返す。

 

「おい風!?」

「やだ...帰っちゃやだ!!皆今日泊まるのー!!」

「はぁ?」

「やなのー!椿はお泊まりー!!!」

「ちょ、銀助け...」

 

小学生の様な駄々をこね、体をくっつけてくる風を必死にどかしながら助けを求める。

 

「風先輩なにやってるんですか...」

「離さないで...帰らないでー!」

 

涙をぼろぼろ溢す風は俺を掴んで離さない。

 

「あー、友奈さんが三人だ~。忍者だったんですね、友奈さん!」

「い、樹ちゃん?大丈夫?」

「あはは!大丈夫ですよ~!」

 

同じく樹も様子がおかしかった。

 

(これどっかで...あ)

 

こんな風になった二人は、甘酒を飲んだときになってる気がする。今年のお参りの時もなっていた。

 

(てことは...)

 

テーブルにある料理から、アルコールっぽい成分が含まれていそうなものを探すと、あっさり見つかった。

 

(ウイスキーボンボンだろこれ...誰が買ってきたんだ)

 

いわゆるお酒の風味があるチョコだが、甘酒で酔っぱらう二人が食べれば一発なんだろう。

 

「風、将来酒癖悪くなるぞ...むぐっ!?」

 

とりあえずひっぺはがして大人しくさせようと考えた所で、口に何かを突っ込まれた。重力に従って中の液体が無理やり流される。

 

「んぐ...ん...」

 

一瞬呼吸の仕方を忘れた錯覚に陥り、慌てて液体を飲んでしまう。どんどん流し込まれるそれは一口目で分かった。

 

「まだ飲みなさい!」

 

(これ...ほんとの酒じゃねぇか!?)

 

鼻につくアルコール。笑顔で突っ込んでくる風が持ってる瓶のラベル。それだけですぐにわかった。

 

「ん...っぷはっ。だ、誰だよ本物のお酒買ってきたやつ!」

「ごめんつっきー、ぼ~っとして買ってたから間違えちゃったかも...」

「その...こっ!?」

「椿二杯目ー!動けないくらいにのませてやるんだから~」

「お姉ちゃんファイト~!」

「んんん...!!!」

 

視界が風だけになり、テレビがぶつ切りされたように景色が暗く消えた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ー...っつー......」

 

ガンガン頭を叩くような刺激に起こされる。

 

 

(何が...俺、いつ寝てたんだ...)

 

だるい体を起こすと、頭痛がいっそう増した。

 

「昨日は...卒業式で...それから...!」

 

思い出した。確か帰り間際で風に酒を飲まされたんだ。周りをよく見ればここも樹の部屋。

 

「...皆はどこだ...」

 

リビングに人影はなく、代わりに酒の入ってただろう瓶、床を濡らす液体で足の踏み場もない。

 

(どうなってんだよこれ...)

 

他の部屋を調べるため、風の部屋を開けた。

 

 

 

 

 

この時の俺はお酒で頭がやられてて、冷静な思考が出来なかったことを先に言っておく。

 

 

 

 

 

開けると、充満した酒の臭いが鼻を刺激した。

 

そして、下着姿で寝てる六人。

 

(うっわ可愛い)

 

目に飛び込んでくる情報が処理しきれないくらいの刺激が襲ってくる。普通に可愛い。天国じゃん。

 

(......で、これどういう状況?)

 

人間の脳はオーバーヒートするとそこから逃げるようで、ひとまず閉めて、もう一度開ける。景色は何も変わらなかった。所々ついてる液体が反射していて、艶やかな肌を更に光らせる。

 

気持ち良さそうに寝てる銀や友奈の反対に、苦しそうに寝てる樹や東郷。顔は見えないもののもぞもぞ動く風と園子。

 

(......っ!?!?)

 

思考が整った時には、血液の温度が10度くらい上がったような気分だった。自分の好きな子達が淫らな姿で突然現れたら誰だってそうなる。

 

(え、ちょっと待って、え?...まさか)

 

こういうのは、裕翔が(一方的に)話してきたマンガで聞いたことがある。お酒で意識が飛んで、気づいたら隣で裸の異性が寝てて、驚く。

 

大抵その結末は________

 

(まさか...そんな)

 

俺は、彼女達と一線越えるどころか、とんでもないことをしてがしたのではないか。

 

大切に思っている相手を傷つけてしまったのではないか。

 

(そんな...そんな、俺は......)

 

「あ、あ...」

「まじまじ見てんじゃない!!!」

「んがっ!!!」

 

頭に落とされた手刀は、頭痛を一気に加速させた。

 

 

 

 

 

 

「全く...まだ片付けもしてないんだから」

 

夏凜が買ってきてくれたソルマッ○を飲むと、飲んだことの無い感覚に変な感じがした。

 

(みかんジュースの方が美味しい...お酒いらねぇ...)

 

いや、そんなことより。

 

「大丈夫?」

「あぁ...あの、夏凜」

「何?」

「その...昨日何があったか、知ってるのか?」

 

聞いたとき、手が震えていた。

 

何をすれば許されるのだろう。いや、許されることなどではない。

 

「...あんたは風にお酒飲まされた後ぶっ倒れただけよ。安心しなさい」

 

俺の震えを察したのか、夏凜はそう言ってきた。

 

「あとは東郷や園子が暴走しただけ」

「......っはー...よかったー...本当ありがとう夏凜...」

「椿は被害者だもの。しょうがないわよ...でも、今日は変な騒ぎになる前に早く帰りなさい。後の説教は私がやっとくから」

「わ、わかった...」

 

強く残るとは言えなかった。不安と安心がごちゃ混ぜになった今は考えることを放棄している。

 

逃げるように外へ出て、バイクをつける。まだまだ朝は寒い。

 

「...本当、なんもなくてよかった......」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...っ、はぁ...」

 

大きく息を吐く。動揺してた椿に顔の火照りはバレなかったみたいだ。

 

「ふ、不慮の事故だもの...」

 

椿が倒れた時胸を掴まれたことも、肩を貸したとき首を甘噛みされたこともわざとじゃない。寝ぼけた結果だから誰かが悪いなんてことはない。

 

(椿は悪くない、椿は悪くないんだから...)

 

「...~っ!」

 

でも、だからって言えるわけないのだ。椿の顔を見ただけで体が火照ってしまうことも、それが原因でこんな時間まで起きていたことも。

 

まして、なにも覚えてない椿に話したら謝ってくるのは明白なんだから。

 

(明日までに、意識しないよう出来るかな...)

 

「んー!夏凜ちゃんおはよう!」

「友奈!!あんたとりあえず服着なさい!!なんで下着まで脱いでんの!?」

 

別のことで気を紛らわせるため、ひとまず大声でツッコミを始めた。この成果は______言うまでもないだろう。

 

それから一週間、元凶の風にはうどんを食べることを禁じさせた。

 



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ゆゆゆい編 2話

「椿さんどうぞ」

「おーサンキュー」

 

人の増えた勇者部には色んな依頼が舞い込むようになった。確認しやすいようパソコンで纏めてる椿に、須美ちゃんがお茶を持っていく。

 

「...美味しい。ほんと、須美ちゃんのお茶には敵わねぇな...」

「そんなことないですよ」

「いやほんとよ?真似てやったはずなのにここまで美味しく淹れられなかったし...どうなってんだろ」

「わっしーの愛なんよ~」

「そのっち!?」

「私はつっきー先輩の肩揉んであげるね~」

「ありがと...もうちょい強くしてもいいぞ」

「これ以上強く出来ないです~」

「じゃあ園子そっち。椿さん、アタシもやりますよ」

「銀ちゃんも来てたのか。ありがとなー...あ、そこ」

「はいっ!!」

 

右肩をちっちゃなアタシに、左肩を園子ちゃんに揉まれ、惚けた顔を晒してる椿。

 

(...なんだろう、無性にイラッとくるな)

 

「こりゃまた随分幸せそうな顔してますな」

「雪花?」

「小学生組と椿さんは仲良しだね」

「昔は寧ろ怖がられてたんだけどね...」

「え、そなの?信じられない」

「アタシと椿が幼なじみなのは知ってるっしょ?それで、小学生組が来たとき抱きしめちゃったんだよね」

 

その理由が、死んだアタシのことを思い出しての行動だってのは前に椿本人から聞いたけど、真実は言わないでおく。

 

「椿からしたら、『幼なじみの過去の姿』だけど、ちっちゃなアタシからすれば、『見知らぬ男』なわけで...」

「なるほどねぇ。椿さんがそんな冷静じゃなくなったってのも不思議な話だけど納得。私の時代なら事案だわ」

 

さらっと怖いことを言った雪花は、顎に指を当てて続けた。

 

「でも、そんな出会いからよく仲良くなったよね。私が来る頃にはもう仲良くなってなかった?」

「そうだな~、やっぱりあの時かな?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

私達は突然、異世界へ飛ばされた。

 

もうすぐ遠足だった筈の298年ではなく、301年の夏に私達を召喚したのは、別世界の神樹様だという。造反神という神樹様内部に発生した敵を抑え、特殊結界として生まれた四国の領土を取り戻す。

 

元から世界を救うためのお役目だし、驚きもしたけど友達がいるから大丈夫。そう思っていた_______

 

「銀、大丈夫?」

「須美は心配しすぎだって。確かにびっくりしたしちょっと怖かったけど...」

 

勇者として呼び出された存在には先客がいた。私達より三年過ぎた世界から来たという勇者部の方々。私達もそこに所属している。

 

そこには、私、そのっち、銀のそれぞれの未来の姿があった。そのっちは園子先輩と仲良く出来ているみたいだけど、私は東郷さん______結城友奈さんと会話している彼女___のことが、自分の未来の姿だと今一実感出来なかった。

 

そして、銀は。

 

『...銀』

『ぇ、ちょ、あんた誰!』

『銀!!!』

 

何故か男性なのに勇者と化していた、古雪椿さん。銀の一つ上の幼なじみだったという方。

 

三つ年齢を重ねているので高校生となっている姿は、銀もすぐにはわからなかったみたいで。

 

『ちょっと!やめてください!!』

 

抱きしめてきた古雪さんを、銀は拒絶した。

 

その後すぐ銀先輩から止められて、古雪さん自身も土下座していたけれど、あの時の銀からすれば怖かっただろう。

 

「でも、椿の未来の姿だって言われれば確かにそんな感じするし、結構身長も伸びて正当に進化してるみたいだし...」

「銀?」

「っ、おほん!まぁ、あんなに悲しそうな顔をさせる必要はなかったかなって...」

 

あの時あの人は、凄く辛そうに、苦しそうにしていた。

 

でも、私からすれば銀に近寄る怪しい人にしか見えない。

 

「アタシはアタシで三ノ輪じゃなくて乃木になってるし...」

「ミノさん、私のお嫁さんなんよ~」

「冗談はやめろよ園子!」

 

どっちにしても、大丈夫。三人ならなんだって_______

 

「...!!」

「え、なにこれ」

「わわわ~?」

 

気がついたら、辺りが薄暗かった。商店街を歩いていたからそんなことあり得ないのに。

 

「あ、まさか!?」

「ぁ...!!」

 

『今私達の領土はとても少なく、道の向こう側は敵地という場合もあります。人がいないのと、端末で確認すれば分かりますが、出かける際には注意してくださいね』

 

巫女と言っていたひなたさんの言葉を思い出す。

 

(もしかして私達...話してるのに夢中で!?)

 

「い、今から戻れば...」

「確か少しの間は戻れもしないんだろ!?バーテックスが来る前に勇者になっとけば...ってもう来た!」

「あっ...!」

 

『小さなバーテックスみたいなの』と言われた星屑を見て、端末を落としてしまう。

 

「須美!!!」

「わっしー!!!」

 

銀もそのっちも変身を始めてるけど、武器までは間に合いそうもない。

 

(嘘...こんな、ところで?)

 

人を食いちぎれそうな大きな口を開いた星屑が怖くて、私は目をぎゅっと閉じた。

 

聞き慣れない音が聞こえたのは、その時だった。

 

「...あれ?」

 

いつまでも何も起きなくて、少しずつ目を開ける。

 

目の前にいた筈の星屑は商店街の壁まで吹き飛んでいて、消えた。

 

「須美!!!大丈夫!?怪我はない!?」

「わっしー!!!」

「え、えぇ...」

 

端末を拾って変身を済ませる。

 

「でも、なんで私...」

 

少し遠くに見えた星屑は、何かに当たって消えた。

 

 

 

 

 

「無事か?三人とも」

「あ、貴方は」

 

右手に銃を握った、赤黒い勇者服を纏った人が、そこにいた。

 

「たまたま見かけたら危険区域の方まで歩いてるから心配したんだが...精霊バリアがあるとは聞いてるけど信用できるか分からんしな。なんともないようでよかった」

「古雪...さん......」

「ちょっと下がってて」

「わ、私達も手伝います!」

「大丈夫。ひなた曰く樹海化じゃなければそこまで強いのは出ないらしいし、星屑だけなら一人でやれるから」

 

そう言って、古雪さんは駆け出した。現れた星屑を全て一撃で倒していく。

 

「流石春信さん!急造にしちゃ良い銃だ!!」

「す、すげぇ...」

「逃げれるようになったらすぐ戻れ!」

 

いつの間にか左手にあった短刀で切り、銃を放ち、敵の注意を引き付けるような大立ち回りをしている。

 

「...よし!抜けれる!」

「つっきー先輩ー!!」

「気にせず行け行け!!」

 

元の明るさ、人混みに戻った商店街の隅で変身を解いてると、すぐに古雪さんが戻ってきた。

「三人とも怪我ないな?」

「「はい」」

「えっと、鷲尾ちゃんは?」

「だ、大丈夫です...ありがとうございました」

「いえいえ...寧ろ俺の方こそありがとな」

「椿さんがなんで謝るんです?」

「いや、俺の指示ちゃんと聞いてくれてさ。銀...いや、三ノ輪ちゃんのこと何も考えず身勝手な行動して、怖がらせちゃってたのに」

「そんな!」

「俺には謝ることしか出来ないから」

「...そんなこと、ないです......私の方こそ、ご迷惑かけて...」

 

気づいたら、視界がぼやけて目元が痛かった。涙を流していると気づいたのはその後だ。

 

「須美...」

「ごめんなさい...私はなにもされてないのに、銀がちょっと怖がっただけで敵視して...」

「それはしょうがないと言うか、友達を心配するなら知らない年上をの男なんて警戒して寧ろ正解というか...んー...よし」

 

肩に軽く手を置かれる。相手を見つめると、古雪さんは微笑んでいた。

 

「じゃあ互いにごめんなさいってことで。それで、仲良くしてくれると嬉しい。ダメ...かな?」

「ぐすっ...いえ」

「それじゃあもう終わりってことで。ほら泣き止んで、泣いてるより笑ってた方がずっといいよ。ね?」

「そうだぞ須美。笑顔笑顔!」

「わっしーにっこ~」

「...ありがとう、ございます...これからよろしくお願いします。椿さん」

「っ、おう!よろしく須美ちゃん!」

 

ぼやけた視界の向こうで笑顔になった椿さんは、また微妙な顔になった。

 

「それで...ぎ...三ノ輪さんも、ごめん!!もうあんなことはしないから許してほしい!」

「銀とか銀ちゃんとかでいいっすよ。アタシもチャラってことにしてください。助けてくださってありがとうございました!これからよろしくお願いしまっす!!」

「...わかった、よろしく銀ちゃん。乃木ちゃ」

「園子でいいんだぜ~。私は特に気にしてないよ~。ミノさんの幼なじみならすぐ仲良くなれると思ってたしね~」

「...園子ちゃんには、二年前の状態でも敵わんな」

「えへへ~」

「お話はお済みですか?」

『!?!?』

 

突然別の声がした方を向けば、ひなたさんと東郷さんがいた。

 

「ひなた、東郷、いつの間に...というか、なんでここが」

「巫女には、誰かが外に出るといった変化があった場合すぐわかるんです」

「め、目が笑って無いんですけど...」

「そんなことありませんよ。あれほど外に出ないよう気をつけてくださいと注意したのに出ていったことに怒ってなんか無いです。これっぽっちも♪」

「私もですよ。なんでまだ慣れてない須美ちゃん達が外に出る前に止められなかったんですか。なんて微塵も思ってないです」

「い、いやほら...まだ嫌われてると思ったらなかなか声かけにくくて...」

「椿さん?」

「古雪先輩?」

「わ、悪かったからそんな近寄らないでもねぇちょやめ...!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ってことがあったらしいよ。それから仲良くなってったのかな」 「へー」

 

『はじめは前に出すのも不安で守らなきゃって感じだったけど、今では頼りになる子達だよ。まぁ大体年下だし、同年齢でも守りたいって思いは変わらないけどなー』

 

椿が一昨日からから笑いながら言っていた言葉を思い出した。

 

(まぁ、仲良くなれて良かった良かった)

 

「随分幸せそうですね。古雪先輩」

「私達も揉んであげるよつっきー」

「いや東郷、園子、手はパソコン弄ってるからやらなくていいんだが」

「古雪先輩?」

「つっきー?」

「いやー急に手が重くてさぁ!二人にやってもらえるなんて幸せものだなぁ!!!」

 

「じゃあアタシも行くね」と軽い感じで雪花に別れを告げて、椿の前まで来た。

 

「椿、あたしもやってやるよ」

「銀...お前自分の握力把握してるんだよないたいいたいアイアンクローはダメ!!!」

「脳のコリをほぐしてやってるだけさ。四つも年下の子達にデレデレしてるロリコン脳をな」

「誰がロリコンだ!?」

「...あ、私今日はあがりまーす。お疲れさまでしたー」

「雪花!?助けてくれ雪花ぁぁぁぁぁ!?!?」

 

後日担任の先生から部室で騒ぎすぎないようにと苦情が来たのは、別に大した問題じゃないだろう。




椿の戦衣(ゆゆゆいver)

西暦から帰ってきた時点でぼろぼろだった戦衣を春信と椿で改修した状態。ほぼ戦衣の形に戻し、色が若草から変更されている(カラーイメージは黒椿)

装備は、以前から使っている短剣になった刀と、腰にマウントし始めた新型の銃(攻撃力は星屑を倒せる程度)

ということで2話目でした。椿の装備があまりにも酷いので改修。

二人の銀ちゃんがいるの、いいよなぁ...


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短編 ハグの日/爆発しろ

今回は旧リクエストと新リクエストから一つずつ。西暦と神世紀です。

神世紀の方は霖之助さんからのリクエストです!ありがとうございます!


『ハグの日』

 

 

 

 

 

「待ぁぁてこらぁぁぁぁ!!!」

「こえぇよ!やめろよ!!!」

「友奈!!回り込め!」

「そーれっ!」

「うおっ!?」

「あぁ!」

「逃がすなぁ!!」

 

すんでの所でユウを避ける。頭をフル回転させながら逃走ルートを見つけ、体を酷使して杏と球子を回避した。

 

(ふざけんじゃねぇぞ!!)

 

 

 

 

 

『イベントが足りない』

 

始まりは、球子が言ったそんなしょうもないことだった。

 

『はぁ』

『もちょっと優しい反応してくれよ?』

『それで?』

『うむ!ここ数日あるのはバーテックス襲来だけだ!だからイベントが足りない!』

『はぁ』

『椿っ!!』

 

かなりの頻度で行われている、別にそんな強くないバーテックスの襲来を『日常的』として捉えるのは、果たして良いことなのか悪いことなのか。

 

『それでタマちゃん、どうするの?』

『よく聞いてくれた友奈!...まぁまだ何するかは決めてないんだが』

『決めてないんかい!』

『近くで面白い日はないか?』

『適当ね...』

 

千景がため息をつくのも納得だった。別に球子の提案を否定するつもりはないが、もう少し具体的な案を纏めてからいってほしい。

 

(ま、そんなことしてきたら球子らしくないか...)

 

『...少し先になりますが、8月9日はハグの日のようですね』

『ハグの日?』

『大切な人に大切と思ってることを証明する...つまりハグする日ですね』

『そのまんまだな』

『いいんです!若葉ちゃん!さぁハグしましょう!!ちょっと早いハグの日です!!!』

『あぁひなた...ちょっと暑い』

 

若葉をしっかり抱きしめるひなたと、暑苦しそうながらひなたを振りほどかない若葉。

 

(いつも通りかー)

 

『じゃあぐんちゃんもギューッ!!』

『た、たた高嶋さん!?』

『おおっ!なら今日はハグのイベントだな!杏!!』

『あとこのページだけー...』

『そう言ってタマが止まると思ったか!』

『うひゃぁ!』

 

唐突に始まったイベントは、特に変わったものでもなかった。というか何の日でなくてもこんな感じである。

 

(まぁ、これで球子が満足するならいいか...)

 

『はい!』

『どうしたユウ?』

『どうしたじゃないよ!椿君も!』

 

目の前で両手を開く彼女の意図がよくわからなかったが、なんとなく嫌な汗が一つ垂れた。

 

『...おい、まさか』

『椿君もハグしようよ~』

『あのなぁユウ。お前と俺は異性だし、そんな簡単に言うもんじゃないと思うんだが...』

『...椿君以外に簡単に言わないよ?』

『っ!』

 

一瞬頬を赤らめた彼女にドキッとするも、別種の恐怖で塗り替えられた。

 

『古雪君、高嶋さんのお願いを断るつもり?』

『ひゃひっ!?』

 

首筋にピタリとつけられた千景の指。爪を立てれば完全に切られる。

 

『どうなのかしら?』

『ぁ、あぁ...!!!』

『あ、逃げた!』

『追え追え!!!イベントらしくなってきたなぁ!タマらないぞ!!』

 

 

 

 

 

「はぁ...疲れた...」

 

追手は球子と杏、ユウに千景。若葉は不参加らしい。

 

(それでも、勇者四人ってきついけどな...)

 

友奈達とは違い普段から訓練をしてきた彼女達だ。生身の動きだけで考えれば彼女達の方が上。逃げるのも一苦労。

 

丸亀城にはいくつか空き教室がある。追手を確認して中に入り、そのまま床に座り込んだ。

 

「つっかれたー...」

 

仲の良いことは俺としても嬉しいが、あいつらにはもう少し自分達が美少女ってことを認識してほしい。可愛くて頭抱える。

 

(まぁでも、流石に申し訳なかったかな...?)

 

ユウからしてみれば、ただ仲良く遊びたいだけなのだ。他意はないだろう。

 

そう考えると自分が酷いことをしているように思えてきた。かといって、一度逃げてから行くというのも________

 

(...でも、そうだよな)

 

こんなに騒げる日常の大切さはよく知っている。俺に何かできるのであればしてあげたい。

 

「...よし。邪な気持ちは消して。あいつらと遊ぶことだけ考えるんだ...そうだ。俺は女。俺は女...」

 

若干危ない発言を繰り返しながら、潜伏していた教室から出る。

 

「あ」

「ぁ」

 

目の前にはひなたがいた。

 

「......聞いてた?」

「知りません。椿さんが女性だったなんて知りません」

「がっつり聞いていらっしゃった!嘘だから!暗示かけてただけだから!」

「椿さん...そんなに女の子になりたくて」

「違うっ!!」

「あー!見つけた!!」

 

大声で否定すれば見つかるのも当たり前で、ユウが抱きついてくる。香水とは違う優しい匂いが俺の鼻をくすぐる。

 

(お、落ち着け...逃げるな...)

 

「んっ...」

「あっ」

 

優しく、割れ物を扱うようにそっと手を回す。密着具合があがって彼女の温かさがよく分かる。

 

「つ、椿君!?」

「嫌ならどかしてくれ」

「...嫌じゃないよ!」

「うふふ...では私も」

「!?」

 

前と後ろから温もりが伝わってきて、若干しっとりした肌が触れ合う。

 

(これはダメだ。キャパオーバーだ。SOSだ)

 

いつまでもこうしていたい欲望が体の内から沸き上がってきて、体そのものがひくついてくる。

 

「んっ...」

「あんっ...」

 

(あ、あくまで俺はユウを悲しませないために...でもひなただけ剥がすのも...だがこれは...)

 

「あー!友奈!見つけたなら言ってくれよ!」

「タマちゃん、ごめんごめん」

 

すっと離れたユウの場所に球子が突っ込んでくる。ただ、前傾姿勢で突っ込んで来てくれたのでさっきより余裕が出来た。

 

「どーだ椿!」

「助かったよ球子...」

「?なんで感謝されてるんだ?」

「いや...ずっとそのままでいてくれ」

「な、なんか不気味だぞ...」

「やっぱり椿さん、女の子になりたいんじゃ」

「ひなた。その話はもういいんだ」

「えっ...」

「ほら球子が明らかに引いてるじゃんかぁ!」

 

それからは色々動いて_______結局、メインイベントはハグより女装大会になった。死にたくなった。

 

 

 

 

 

『爆発しろ』

 

 

 

 

 

「のどかだなぁー...」

 

風が穏やかで、暑くもなく寒くもない。何をするにしても最高な気分になれるような日だった。三連休の最終日を過ごすにはたまらない。

 

「たまにはこういうのもいいかも」

「だろ?...っと!」

 

流石に種類まで即把握というわけにはいかないが、意図も簡単に魚を釣り上げる辺り、裕翔が自分で言っていた『趣味は釣りです』というのは伊達ではないようだ。

 

「ここ一週間くらいがっつり寝るのも落ち着くことも少なかったからな...」

「それで高成績取れるから凄いよお前」

「睡眠時間削ってんだよー...」

「どうかしたん?勇者部で重い依頼でもあった?」

「そんなことはなかったけど部員がなー、聞いてくれよ」

「...あんま良い予感はしないけど、まぁ聞いてやろう」

 

釣竿を持つ手を揺らさないよう気をつけながら、俺は空を見上げた。

 

「実はさー、今週ずっと誰かが側にいたんだよね。

 

月曜は樹がカラオケ行きたいって言うから一緒に行ったんだけどな。いやまぁ歌声は勿論綺麗だしいくらでも聞きたくなるんだが、恋愛ソングばっか歌っててちょっとドキドキしたし、『そろそろ帰るか』って言うと『もうちょっとだけ...ダメですか?』って言うんだよ。断れるわけないのに。結局夜の10時くらいまでやっててバイクで送るとはいえ中学生が帰るのには危ない時間になっちゃったし。

 

火曜は東郷...今更だが後輩のこと詳しく言わなくても分かるよな?あいつが新作お菓子を味見してくれって言うから家まで行ったんだが、結局夕飯までご馳走になってな。ここまでならひたすら嬉しいだけなんだが風呂まで入れさせようとしてきて...断るの滅茶苦茶大変だった。

 

水曜は夏凜が自分の部屋の機械と剣を振る以外で体動かしたいって言うから色々遊べる所まで連れてったんだけど、1on1でバスケするにもシューティングゲーするにもちょっと近い気がしてな...体育会系の奴だし気にしてないんだろうけど、こっちは気にしちゃうわけで。かといって心底楽しんでそうなあいつに何か言うつもりもなれなくてさ。

 

木曜は部室で友奈と二人で幼稚園の子達に配る用の押し花作ってたんだが、俺が下手なの見てられなかったのか友奈が後ろから手を重ねて全工程教えてくれたんだよな。ありがたいけど甘い香りするし所々当たってるしってなって...いやこっちとしては良い思いしてるだけなんだが、なんだか善意で教えてくれてる友奈に申し訳なくて...罪悪感があってその日も全然眠れなかった。

 

金曜は流石に勉強しなきゃと思って部室でやってたんだがさ。そしたら暇してたっぽい園子が肩揉んできたり足の間に座ってきたりして。笑ってたけどこっちはそれどころじゃないんです!って感じだった。なんか園子はスキンシップというか、そういうのが多い気がするんだよなー。『えへへ~』って笑われると可愛さで何も言えなくなるし。

 

一昨日は風が買い物に付き合えってうるさくてな。ちょっとだけと思ったら服見だしちゃって。女子って何であんなに服見るんだろうな...可愛いのも綺麗のもあるが、俺に確認とらなくてもいいと思うんだ。センスもないし細かい違いなんてわかんないし。途中で帰るのも気まずくてずっとその日は外だった。

 

昨日は銀が新しく買ったっていうゲーム持ってきてさ。まぁ軽くぼこぼこにしてやった。ちか...ゲーマーの所でゲームやってた頃があったからな。銀には文句言われたけど。負ける度に『もう一回!もう一回!』ってせがまれて...しょうがないからもう一回、もう一回ってやってたら...気づいたら二人で寝てたわ。

 

とまぁ、こんな感じで先週忙しかったから、今日はゆっくりできて嬉しいわ」

「......」

「悪いな、ずっと喋っちゃってて」

 

隣を覗くと、裕翔は震えているだけだった。

 

「裕翔?」

「椿...嫌だったのか?」

「まさか。嫌なわけないだろ」

「...なぁ椿、お前」

「あ、引っ掛かった」

 

ようやく俺の一匹目がヒットし、竿を振り上げると上手く手元まで運べた。

 

「おっきめかな...ごめん裕翔、なんて?」

「...」

 

裕翔は見たこともない笑顔で告げてきた。

 

「死ね!!!!」

「なんで!?」

 



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ゆゆゆい編 3話

最初にゆゆゆと関係ない話を。

とある連載終了済みのラノベが10周年で新刊出してるのを見かけて思わず買ったんですが、読んでるうちに(自分はこれを無意識に参考にして、小説書いてるんだな...)って強く感じました。なんか文体がこの作品と似てた。

確かに自分がラノベにハマるきっかけとも言える作品でしたが、こんな形で影響してるとは思いませんでした。なんでここで話したかと言えば、話す相手がいないからです(笑)

関係ない話を失礼しました。今回はゆゆゆい編、 偽作者雷帝に祝福を さんからのリクエストを中心に作りました(今回はカップリングだけですが)。リクエストありがとうございます!

まだまだリクエストは募集中です(投稿するとしてもある程度時間を頂きますが...)。皆さんよろしくお願いします。それでは下から本編です。


「まだ誰かいるかー?」

「あ、椿様!お疲れ様です!」

「...俺は様付けしなくて良いんだぞ」

 

正確には皆そうやって敬われたいとは思ってないだろうが、『俺』から『皆』にしたところで『皆さんから言われていないのに、そんなことできません』とか言われそうなのでやめておく。

 

「そうでした...すみません椿先輩」

「別に気にしてないよ。国土ちゃん」

「私も亜耶でお願いします」

「...わかった。亜耶ちゃん」

「はいっ!」

 

そう言って、彼女は微笑んだ。

 

彼女の名前は国土亜耶。俺の使う戦衣の本来の持ち主、32人の防人を支援する巫女だ。幼い頃から大赦で巫女として鍛えられた言わばエリート。既に手に入れた領土の強化なんかは、慣れている水都やひなたと同等に行って見せた。

 

ここまでの経歴だと高飛車な性格が俺の脳内に浮かぶが、本人の雰囲気や性格がとんでもなく聖人で、癖のある勇者と接してきたことと相まってその印象が別の意味で強烈だった。

 

(一言で表すなら慈愛かな...良い子過ぎるんだよな、この子)

 

だからこそ、感じることもある。12才の少女がこんな異世界に来て不安になってないか。

 

(いや、違うな)

 

もう少しすれば防人の数人が来ることも分かっている。彼女が神託を聞く巫女であるが故に、不安になることはそこまでないだろう。

 

問題は俺が勝手に思っていること。彼女がどう思っているのか________

 

「あの、椿先輩?」

「ん?あぁごめん。副部長から今日はもう部室閉めてくれって連絡来たから一応確認をな。まだ亜耶ちゃんに鍵の場所教えてなかっただろうしタイミング良かったわ」

「私一人ではどこにあるのかわからないですからね...ありがとうございます」

「いえいえ。ついでに職員室のどこに置いてあるかも教えておくからついてきてくれ」

「はい!」

 

てこてこ後ろからついてくる彼女は小動物っぽくて可愛らしい(俺は動物そこまで好きではないんだが)

 

だから不安で、でも聞けない。

 

(平気なのか...なんてな)

 

 

 

 

 

彼女は巫女だ。そして、幼い頃から大赦で過ごしていたせいで無垢なまま、健やかに、神樹様を善として生きてきた。

 

別に神樹様を否定するわけじゃないが、勇者(精霊)システム、満開、さらには神婚。俺達としては今でこそ笑い話にできることがあったのも事実だ。

 

神婚は、神に見初められし友奈と地の神が結婚することで人類を神に近い存在へ昇華してもらう儀式。その順番は、神を信仰している者ほど早い。

 

そんな話を知らず、ひたすら加護を与えてくれる人類の神様だと考えいた彼女が神婚により死にかけ、直後に神樹様が突然亡くなったのも、また事実だった。

 

本州を調査していた頃の彼女は、四肢こそ無事であれど、片目に眼帯をつけ、体調も怪しかった。

 

俺が西暦から戻ってきた後の数週間、色々落ち着いたりするため調査に協力できなかった頃にようやく眼帯も取れて、元防人チームが完全復活________今この異世界にいる亜耶ちゃんは、その時間軸、俺達と近い時間から来たと言う。

 

当然訪れた体の欠損、心の一部と言って差し支えなかっただろう神樹様の消滅、そして、それを乗り越えてすぐに突如飛ばされた神樹様のいる異世界。

 

でも、彼女がそんなことを気にしてる様子はほとんど感じられなくて、だとしても本当は不安で俺に何か出来ることはないかという俺の余計な心情だけが頭を巡る。

 

 

 

 

 

「椿先輩?」

「っ、ごめんごめん」

 

いつの間にか外に出てたようで、バイクを起動させられるようスマホを取り出す。

 

「亜耶ちゃんも乗ってく...か?」

 

何故か俺は、頭を撫でられていた。

 

「椿先輩の考えていらっしゃること、何となく分かります。元いた世界でも、何度かお会いした時芽吹先輩と話していたことは知っていますし、私のことを気にかけてくださっていたことも...」

「......」

「今この世界に、確かに芽吹先輩方はまだいません。不安が全くないと言ったら嘘になります。でも、私は嬉しいんです。人を守ってくれた神樹様をまた感じられる。感謝を伝えることが出来る」

 

亜耶ちゃんは続けて語る。その瞳は、優しさで溢れていた。

 

「それに、出会うはずのなかった勇者の皆さんにも出会えました。この数日だけで、樹ちゃんや杏ちゃんをはじめ、優しさに溢れている方々だというのが実感出来ました」

「...」

「だから椿先輩がそこまで気を使わなくても、私は平気ですから」

「......君は優しいだけじゃなくて、強いんだな」

「とんでもない。私は皆さんについていっているだけです。私が強いのであれば、それは勇者部の皆さんが強く引っ張ってくれるからですよ」

「...うっし、わかった。あんま気にしないようにするよ」

「はい!」

 

俺(高校生)が必要以上に気を使っているのを知った上で、大したことないと言ってくる亜耶ちゃん(中学生)。

 

(癖はないが、良い子過ぎるな...ほんと)

 

『亜耶ちゃんは本当に優しいんです。毎日掃除してますし、自分が大変なのに皆のことを気遣ってますし________』

 

密かに亜耶ちゃんの行動をメール(自慢)してきた防人のメンバーを思い出して、俺はくすりと笑った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...っ」

 

放った弾が甲高い音を立てて用意していた缶に当たる。

 

「はーっ...命中率は八割ってとこか」

 

春信さんをはじめとした大赦に新調してもらった(それも大分前の事だが)銃に少しでも早く慣れるため、浜辺での木刀練習にBB弾の銃で空き缶を倒す練習を追加した。この世界の俺の武器は短剣で確定しているが、相変わらず鉛を貼った木刀二本を振っている。もはや習慣だ。

 

俺が銃を触れていた時期は、初期のレイルクスに含まれていた武器の一つとしてと、西暦で東郷の力を借りたときの狙撃銃しかない。始めたばかりは命中率二割以下と目も当てられない成果だった。

 

(そう考えると、進歩したなぁ...)

 

目標とする星屑は缶に比べれば遥かに大きいので、これで練習しとけば本番は大体外さない。近距離武装の多い現勇者部としては、威力の関係上雑魚限定とはいえ中距離をカバー出来る武器があるのはありがたかった。

 

「...ぷはっ」

「!?」

「椿か、また練習か?」

「......そういうお前は海潜ってたのか」

 

突然後ろから音がしたので振り返ると、そこには同級生がいた。

 

古波蔵棗。西暦の時代、南の島国『沖縄』にいたという勇者。属に言うヌンチャクを縦横無尽に扱い敵を倒す勇者の一人。

 

その傍ら、海を敬愛しよく潜ったり食べ物を取ったり海の声を聞いたりする(ここはよくわからない)少女でもある。

 

男前な所もあって可愛い系というよりかっこいい系で、風より頼られる所もある一方、少し園子に似た天然成分も含まれている。

 

(なんか、こうして纏めると勇者って一癖二癖ないとやれないんだな...)

 

「良いワカメが取れたんだが、いるか?」

「...今日はバイクだし、この後園子と出掛けるからパスで」

 

(海産物とか取る人のこと、海女(あま)って言うんだっけ?確か...)

 

高校生になってから夜食も作ることが多くなったが、棗がくれるワカメや海産物は凄く美味しいし、珍しい物もくれるので料理の幅も広がる。量そのものはまばらだが、生態系バランスを崩さないよう海と相談してその日の取る量を決めているらしい。

 

料理の回数が増えれば経験もより高まり、朝食のレベルが上がって三ノ輪家からの評判はぐんぐん上昇した。昼は風か園子(配達は乃木銀朝イチ便である)が弁当を作ってきてくれるので、学校のある昼は相変わらず作らないが。

 

学校といえば、この特殊な時空に呼び出されたメンバーは大赦の配慮で学校生活を送れるようにしてもらっている。過去から来たとはいえ勇者を敬う大赦の姿勢は変わらない。

 

(いや、寧ろ過去から偉大な英雄が来たからこそ、かな...)

 

住む場所は寮として提供され、西暦から来たメンバー、小学生組はそこに住んでいる。学校はまちまちで、小学生組は別の小学校に、西暦の四国と諏訪の勇者は中学校の一室で、雪花は友奈達と同じクラスへ。

 

棗も例に漏れず寮に住み、勉強は俺と風がいるクラスですることになった。

 

ちなみに、同じ高校一年である千景は若葉たちと一緒に授業を受けている。元から学年の違うメンバーで学んできたし、俺としてもそっちを推奨した。

 

(若葉はともかく、千景が自分の子孫かもしれない子と一緒に勉強したいとは思えないし...)

 

『郡彩夏』の姿を思い出して、千景が会ったときどんな反応をするかを想像するも、固まってる様子しか思い浮かべられなかった。

 

この世界の春信さんはまだ大赦に属しているため郡の勇者適性値を調べて貰ったところ、ほとんどなかったらしい。勇者の子どもは確実に勇者になるとは言えないわけだし、そこまで驚きはしなかったが。

 

脳内で話を展開してると、棗が海からあがって隣にいた。白い髪から滴る水が肩に当たり、体を伝っていく。

 

「タオルいるか?」

「いや、いい。一度落ち着けばまた海に行くし、すぐに乾く」

 

確かに今日の気温は高く、太陽もギラギラ。引きこもって休日を過ごそうとしてる人もいるだろう。

 

「じゃあちょっと待ってな」

「?」

 

停めてあったバイクから塩分を含んだラムネ菓子とスポドリを持って戻る。

 

「きちんとこういった自分の管理はしてるだろうが、念のためな体に入れとけ」

「椿の分は...」

「俺はこっちがあるから」

 

予備でいれていたみかんジュースを見せると、棗は納得いったようで「ありがとう」と言って取った。

 

「こんだけ暑かったら海も気持ち良いだろう」

「あぁ...椿も今度入るか?」

「折角だしな。コンディションの良い日があったら教えてくれ」

「分かった」

「ぁ、でもその前にプールかな」

 

球子や銀がウォータースライダーつきのプールに行きたいと言っていたのを思い出す。確か近々行こうと言っていた。

 

(男子一人に女子が沢山...俺の心臓は持つのやら)

 

どこか自分とは関係ない感じで頭を回す。楽しいことは間違いないのだが、美少女揃いなだけあって男の心情はある意味複雑である。

 

「私は大丈夫だろうか...」

「え、何が?」

「プールは疲れそうでな」

「普段から泳いでるだろうに...そんなに海とプールって違うもんか?」

「というよりも、人混みが多そうだからな...」

「あー......」

 

大赦に言えば、貸しきりにしてくれるだろうか。なんて考えてると、棗がスポドリの蓋を閉めた。中身は空だ。

 

「ん、くれ」

「...すまない」

「気にすんな。また海行くのに邪魔だろうしな」

「お礼に...いや、この言い方だと椿は遠慮するな。今日は多目に食材が取れそうだから、私のために料理を作ってくれないか?」

「なんじゃその頼み方は」

「椿をずっと見てきたからな」

 

確かに『お礼に食材を届けに行く』と言われれば俺は遠慮しそうだが、わざわざそう言ってくるのもどこかおかしくて笑ってしまった。

 

(さらりとそんなこと言いやがって...)

 

「それならいっそのこと風か園子の家でも借りて料理作って、皆呼ぶか?」

「それがいい。皆の作る料理は美味しいからな。場所は任せる。メールをくれればそこへ向かおう」

「了解。じゃあ夕食の買い物がてら準備してくるわ」

「あぁ。私も行ってくる」

「行ってらっしゃい。ないとは思うけど一応怪我とか気を付けてな」

「ありがとう」

 

海に潜っていく棗を見送って、俺も準備を始めた。倒した缶を回収して、諸々をバイクの収納スペースに入れていく。

 

「よし...行きますか」

 

夕飯の編成を考えながら、俺はバイクを走らせた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『椿をずっと見てきたからな』

 

(...さっきのはちょっと、恥ずかしかった)



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ゆゆゆい編 4話

ゆゆゆい編も4話目、今回はあの子の登場です。


赤嶺友奈。造反神側の勇者として召喚されたという、謎の多い勇者だ。俺の知る友奈としては三人目で、容姿も二人ほどそっくりではないが似ている。

 

こちら側に召喚された棗を『お姉様』と呼び、バーテックスというより人と戦っていた存在だったと聞いている。春信さんに過去の文献を調べて貰ったが、その頃の大赦の検閲対象なのか、はたまたこの世界にあるデータを全て消したのか。どちらにせよ手がかりになるものは未だ見つかっていない。

 

バーテックス達に命令したり、特殊な精霊を使って精神攻撃をしてきたり、結城の友奈と一騎討ちしたり。

 

俺自身あいつと戦った時もあった。気迫を感じたし、実際俺が死にかけた。

 

そんな、因縁浅からぬ相手だ。

 

 

 

 

 

「...が、どうして俺の部屋にいるの?」

「勝負しに来たんだよ」

 

それなりに暑い日。微笑む赤嶺の思考を読み取ろうとするも、あまり成果は出ない。『あまり危険ではない』と思っていても、一応は敵対関係なのだ。

 

特に、こんな朝早くから来られても困る。

 

「勝負?」

「そう。例外である男の勇者...私が君を引き抜ければ、勇者の士気が落ちる。だから欲しいなって」

「...そっち側に行くことはないと思うぞ」

「ほんとかなぁ?」

「堕とすだけなら夏凜の方がちょろい」

 

(まぁ、堕とせても『友奈達を裏切らせる』のは絶対不可能だがな)

 

艶のある唇に指を当てる彼女の目を見つめる。本当なら、すぐに皆を呼んだ方が良いのかもしれないが__________

 

「...まぁいいや。今日は外にも出ないで新作ゲームやる予定だから、好きにしていいぞ」

「堕とせるものなら堕としてみろって感じだね...?」

「一応精神攻撃してくる精霊も耐えたじゃんか。あ、でも一時間くらい待っててくれ。隣の家で飯作ってくるから」

「隣?」

「気になるならそれも話してやるから待っとけ。親は今日朝から出かけるって言ってたから、大人しくしとけば俺の部屋に来ないからさ」

 

女子の前で着替えるのも気が引けたので、着替えを持って三ノ輪家に向かった。

 

 

 

 

 

「ただいま」

「お帰りなさい...これだと奥さんみたいだね。ご飯にする?お風呂にする?それとも...わ・た・し?」

「ゲームします」

 

俺が逃げることを考えてなかったのか、そこは変に信じられているのか。彼女は普通に部屋の本を読んでいた。

 

「というか、俺が言うのもあれだがいいのか?他人のゲーム...しかもRPG見てるのって暇だろ。なんなら出掛けてもいいけど」

「いいんだよ。貴方の方から『俺に付き合ってくれ』って言ってくれるようにするのが目的なんだから」

「...ほーん」

 

ちょっとこいつが驚けばいいなと思いつつゲームを起動する。彼女がそう言うなら別に俺は気にしない。

 

(...なんていうか、一応敵の筈なんだがなぁ)

 

造反神が分離した場合、この世界の神樹様は天の神に勝つ見込みが消える。そういう意味では、領土を全て取り返さなければならないし、絶対倒さなきゃいけない相手ではある。

 

だが、こいつ自身が悪いやつだと言われればそうでもない感じで_______こうして戦闘時じゃなければ、ある程度気も許してしまう。

 

(確か亜耶ちゃんもこいつが良い人だって言ってたな)

 

最も、彼女が人を否定する所なんて見たことも聞いたこともないけど。

 

「ゲーム始まったね。じゃあこっちも始めようか」

 

ちゃんとルールや制限を律儀に守ってるし__________

 

「んっ!?」

「ふふ...」

「あ、赤嶺!?」

「なにかな?」

「ち、ち、近い...」

「誘惑してるんだから、このくらい当然だよ」

 

床に座ってコントローラーを構えた俺の後ろに座り、腕をお腹に回してきた。足同士も触れ合い、顔が肩に乗っかってくる。

 

「普段沢山の女の子と過ごしてるとはいえ男の子相手なんだし、色仕掛けは有効だよね。どうかな?先輩や後輩の友奈よりあると思ってるけど」

「確認できる術なんて持ってませんから!!頼むから離れてくれ!!」

「やだよ。それじゃあ勝負にならないじゃん...ほら、聞こえる?私の心音」

 

ぎゅうっと腕に力がこもり、体がより後ろに持ってかれる。背中に当たるふにふにした感覚に無理やり意識が持ってかれて、桃みたいな匂いが精神を異常に切っていく。

 

「ほーらー?早くゲームやろうよ」

「ぅ...そ、そうだな」

 

真っ向からの誘惑に混乱してる頭が辛うじてゲームを進ませる。会話が全然入ってこない。

 

(...いや、このままならいけるぞ)

 

現状を打破する切り札を使うため、会話を進めていく。

 

「へー...内容自体は面白そうだね」

「だろ?」

「でも、貴方は頭に入ってるのかな~?」

「お、お前...友奈達と同じなら中学生だろ?よくやるよ...」

 

好きでもない奴にこんなに密着して(確かに効果は絶大だが)。というか襲われる危険があるとか考えないのだろうか。ぶっ飛ばせば関係ないって感じなのか。

 

「昔に比べたらマシだよ」

「ぇ...?」

「だって、今の貴方の仲間より好きになって貰わなきゃならないんだもの。私から好き好き~ってアピールするのは当たり前だよ?」

「み、耳元で話さないでくれ」

「あぁ、弱いの?それじゃあ...こういうのはどうかな?」

「うへぁ!?」

後半だけ耳元で囁かれて息が多分に混ざった声が響く。くすぐったさが体を動かす。

 

「ダメだよ逃げちゃ」

 

がっちり捕まれて逃げ場はない。すべすべの足が絡んできて理性を削り取っていく。

 

(よ、余裕ぶってても今のうちだ...)

 

「私と一緒に来てくれれば、これ以上のことしてあげるってひゃぁ!?」

 

背中からの声が震えるのを確認して、びっくりしながら口角をあげた。

 

「な、なにその化け物...」

「バーテックスと一緒に出てくるお前の台詞とは思えないな」

 

続行していたゲーム画面には、そのエリアのボスがいた。この作品、ボスが滅茶苦茶怖い上エリア攻略中に突然追いかけ回してくるのだ。バーテックスも怖いことは怖いが、見た目で言えばこっちの方が怖い。目玉っぽいのが沢山ついてるわ顔キモいわ。

 

「な、なんか近寄ってるよ...早く逃げて!」

「わかってるよ」

 

さっきよりプレイ速度を遅く、ゆっくりゆっくり逃げる俺。

 

「貴方、まさか...」

「お前を怖がらせるためにこれをやってるわけじゃないぞ。今日はじめからこれをやる予定だった。ボスの画像見た他の奴等が滅茶苦茶怖がって一人でやってって言われたこのゲームをなぁ!」

 

特に二人の友奈が怖がっていたので早いところ出してみたが、効果はあったようだ。

 

あえて行き止まりに逃げてからしばらく、カメラの視点を変えると目の前にボスがいた。

 

『gayyyy!!!』

「きゃぁ!!?」

「俺と一緒にプレイしてるともっと出てくるぜ!それでもまだ俺にうおっ!?」

「は、早くそれ倒して!!」

 

赤嶺がこれ以上にないくらい体をくっつけてきて、また変な声が漏れる。

 

「お、お前こそ離れろ!この部屋から出ればいい話だろ!?」

『ga、ga、gaaaaa!!!!』

「早くっ!」

「やめてくれよぉ!?」

 

こうして、俺が赤嶺に屈服するのが先か、赤嶺がゲームの怖さに逃げ出すのが先かの対決が始まった。

 

「きゃぁぁ!!」

「うわぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

「はぁ...はぁ...」

「はぁっ...はぁっ...はぁ」

 

既に対戦開始から数時間。夏の時期とはいえエアコンが効いてる涼しい部屋の筈なのに、俺達は汗だくで荒い息を吐いていた。

 

 

「赤嶺...一時休戦してくれ...飯作る...」

「...はい、どうぞ」

 

案外すんなり体を離してくれて、湿った肌と肌が音を立てて別れる。

 

後半の方は慣れてきたとはいえ、女子がずっとくっついてきてるのを耐えきれたなんて凄い。

 

(よくやった俺...ほんとよくやった...!!)

 

頭の悪そうな自画自賛を繰り返しながら、自分の部屋からキッチンまで出ていく。冷蔵庫を開けると、まともな思考をしてなかった俺の脳が少しずつ冷えていった。

 

「なんかつっかれた...一人でやってれば三倍は進んでそう」

 

無意識が料理のレシピを脳で作り、その材料を取っていく。

 

(どっかしらミスしやすそうだし慣れてる簡単なので...)

 

「何を作るのかな?」

「皆大好き焼きそば。火を扱うから今はやめてくれ。ちゃんとお前の分も作るしテレビ見てて良いから」

「わかった。私も疲れたよ...凄く怖かったし」

 

(じゃあ逃げればよかったのに...)

 

銀と作ったこともある得意料理の一つをパパっと作って皿に取り分ける。

 

「赤嶺ー、どんだけ食う?」

「じゃあちょっと多目で。でもいいの?勝手に沢山の食材使って」

「元から余ったやつは保存予定だから気にすんな。はいどうぞっと」

 

自分の分も並べて、席についた。手を合わせて「頂きます」の声がハモる。

 

「...ん、美味しい」

「よかったよかった。後はデザートでもあれば良かったが...アイス残ってたかな」

「...ねぇ」

「ん?」

「...流石にそこまで警戒されないと、私もやりにくいんだけどな」

 

こちらを見つめてくる赤嶺の考えてることが朝より分かったのは、一緒にゲームで騒いでたからか、それとも分かりやすい内容だからか。

 

「今日は拳を交えて戦うわけでもないんだし、別に警戒する必要なんかないだろ」

「ホントかな?」

「あぁ。あんだけ一緒に騒げば、少なくとも赤嶺が今日そんなことしないってくらいはわかるさ」

 

以前俺達が樹海で戦ってる隙をつき、巫女を襲ったこともある。だがそれはあくまで戦いの中での話だ。今日の目的はあくまで俺の引き抜き。彼女自身がそう宣言した以上、宣言を撤回しなければ警戒する必要も特にない。そういう奴だと俺は認識している。

 

彼女の時代で生きてきた頃の彼女のことなど分からない。だが、こうしてこの世界で戦い、過ごしてきた彼女は知っているから。

 

「だ、大体、あんだけくっついてればさっきの間でいくらでもやれただろ...」

 

極力思い出さないようにしながら頬をかく。赤嶺は少し目を開いて、笑った。

 

「ふふっ...そうかもしれないね」

「おう...っと、ご馳走様でした。アイス見てくるわ」

 

冷凍庫を中身を漁っても、アイスは見当たらない。冷蔵庫でもめぼしい物はなく、缶のみかんジュースくらいだった。

 

「ご馳走様でした」

「これしかなかったけど、飲むか?」

「ありがとう。折角だし頂くよ」

「了解。じゃあ皿洗ったら続きを...」

「ううん。続きもしない」

「帰るのか?」

「貴方がどうしてもあの状態で続きがしたいって言うなら考えるけど?」

「俺の心臓が持たないんで帰ってください」

「ひっどいな~。私も恥ずかしいの我慢してるのに」

「じゃあ隣で見てるとかあるだろ、選択肢なんていくらでも...」

 

缶を手で揺らしながら、赤嶺が玄関まで歩いていくのを見送る。

 

「誘惑が有効なのは分かったけど、とてもあの子達から出し抜けそうではないからね」

「そりゃな。まぁ、たまになら遊びに来ても歓迎するよ」

「ありがとう。じゃあ頑張ってね~」

「またな」

 

現れるのも突然だった彼女は、去るのもあっさりだった。

 

(...造反神側の勇者、か)

 

味方につけたいというのは、何も赤嶺だけが思ってることじゃない。

 

(いつか、そんな日がきたら...今日みたいなことも出来るかもな)

 

「...よし!皿洗ってゲームを続行...」

 

キッチンへ向かう俺を、インターホンが止める。

 

「はーい!...宅配か?」

 

ドアを開けた先には、結城の友奈がいた。

 

「友奈?どうしたんだ?」

「......ツバキセンパイ」

「?」

「コレ、ナンデスカ?」

 

若干声が普段と違う友奈が突きつけて来たのは、一枚の写真だった。キッチンで料理を作ってるだろう俺と、画面端に褐色のピースサインがうつっている。十中八九赤嶺だろう。

 

「いつの間に...」

「イツトッタンデスカ?」

「多分さっきだと思うぞ。というかいつのまにそんな写真が...」

「...サッキ、デスカ。サッキデートシテタンデスネ...イチャラブイチャラブ......」

「デート?」

 

友奈がスマホを叩くと、とあるメールの画面になった。添付画像がさっきので、内容文は_______

 

『椿君とイチャラブお家デート中♪意外と筋肉質でびっくりしちゃった☆ by赤嶺』

 

差出人は俺。つまり、俺のスマホを勝手に弄って赤嶺が送ったんだろう。

 

「キョウハゲームシテタンジャナインデスカ?」

「赤嶺が突然来てさ。一緒にゲームしてたって何事!?」

 

突然屋根の方から音がして見上げれば、空から銀が降りてきた。大きな音を立てて俺の隣に着地する。

 

「お前もうちょっと大人しく、いや人間らしくだな...」

「こんな画像送られて落ち着けるか!!!!午前中なにやってたのか全部吐いてもらうからな!!!」

「別にゲームしてただけで...」

「目をそらすな椿。それだけじゃないな?椿は隠し事がある時大体目を右上に向けるんだ」

「なっ!?」

「友奈手伝ってくれ。皆に来てもらってこいつに全部吐かす!!」

「ウン。イイヨ」

「ちょ、目が怖いよ?二人とも落ち着いて...」

「逮捕~」

「園子!?いつの間に!?」

「つっきーと私は手錠で繋がっちゃいました~...これで、ずっと離れられないね?」

「お前らうえっ!?引きずらないで!?」

「つっきー。私はずっと一緒だからね...もう勇者部以外の泥棒猫に奪わせない」

 

自宅に戻るだけなのに何故か連行とか拘束とか逮捕みたいな字面が頭の中から離れない。

 

「もうすぐ皆も来るからね~」

「え、なんで、た、助けてくれ赤嶺~!!!」

 

そのあと、気づいたら翌日だった。何があったかは覚えていない。

ただ、変に耳元がヒリヒリした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「...」

 

家のなかに戻っていく(連れ去られていく)彼を近くの家の屋根から見届ける。

 

(あれだと、今度会ったとき殺されそうだな...失策だったかも)

 

バカみたく叫んで、驚いて。確かに無理矢理さらうことも、瀕死にさせることも出来た。

 

少なくとも料理中に彼のスマホを持てたのだから、持ち去るなりすればよかった。勇者である以上手元に呼び出せる物だから効果は薄いかも知れないが、スマホそのものを壊せるかもしれないし、こちらにはない戦衣のデータを手に入れられたかもしれない。

 

それでも、実際やったのはメールを送っただけ。その理由は________

 

『あんだけ一緒に騒げば、少なくとも赤嶺が今日そんなことしないってくらいはわかるさ』

 

「......はぁ。今日は元から休暇だしね」

 

別に好きになったとか、情が移ったとかじゃない。樹海で会えば容赦はしない。そう思って、缶を開ける。口に含んだみかんジュースは、ひんやりしてて美味しかった。

 

(私にも私の目的がある...邪魔なら排除する。それだけだよ)




というけで赤嶺友奈登場回でした。しっかり書けてれば良いのですが。

今回椿達がプレイしていたゲームの参考にしたものは、メアリスケルターという物です。ナイトメアというボスがはじめて見たとき滅茶苦茶怖かった印象。


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ゆゆゆい編 5話

私_____秋原雪花は、人と深く関わることをしない。

 

日常で周りを疑ったり気にするなんてしたくないし、戦闘では連携する人もいない。誤解を恐れず言えば、人付き合いが嫌いなのだ。

 

別に話しかけられれば会話もするし、お役目もこなす。でも、あくまでそれは自分のため。深くは接しない。

 

『よろしくね!せっちゃん!』

『よろしく、秋原』

 

だから正直、呼び出された異世界にいた勇者(同僚)の第一印象は______苦手な部類だった。

 

 

 

 

 

「ん...んー!」

 

懐かしい夢を見た気がする。こっちに来たばかりのことを、少し。

 

(もう結構経ちますな~)

 

私と、同じタイミングで来た棗さんも来てからかれこれ半年以上経っているだろうか。この寮生活も慣れてきた。

 

「さて、そろそろ出かける準備をしますか」

 

手短に準備して行ったのはとあるマンション。インターホンを押すことなく鍵をさし、扉を開ける。

 

「来たよー」

「いらっしゃい。遅かったわね」

「え、時間通りじゃない?」

「嘘...ほんとだ」

「あれあれ?もしかして今か今かと待っててくれてた?」

「そ、そそそんなわけないでしょ!!」

 

予想通りに顔を赤くする夏凜をほっといてソファーに座る。

 

『これ、持ってなさい』

 

以前に渡された合鍵を忘れずに鞄にしまいこんだ。

 

『ここは人が来ることも多くはないわ。なにかしらのイベントは調理器具の多い風の家か園子の家でやることが多いから』

 

夏凜に私のことを多少話した時にくれたもの。人と関わることを少しだけ億劫に感じていると話したら、ここならよく一人になれるわ。とくれた。実際、夏凜自身がランニングだったりで留守にしてることも多い。

 

『まぁ、仲良くしたいって気持ちもあるわよ。でも無理にとは言えないから』

 

結城っちなんかは自分の世界を広げて、人の領域を覆ってくる。それを否定はしない。今ではそれが彼女の魅力だと知っているし、それが優しさだから。ただ、ガツガツこられて当時の私がちゃんと返せたわけでもなくて。

 

私の部屋にも気遣ってくる人達が来ることを気にしていたら、夏凜が声をかけてくれた。

 

『私は、そんな友奈や椿と会って、勇者部に入って、変われたんだけどね』

 

自分の間合いを測っていいと、その上で仲良くなりたいと、そんな話をこの部屋でした。

 

今では_______確かな心情の変化があった。

 

「あ、来たわね。はーい」

「到着...作ること自体は構わないけどさ、なんでこんな量?」

「私の冷蔵庫がそこまで入ってなかったのと、単に人数増加よ」

「?...あぁ、来てたのか雪花」

「お邪魔してます」

「別に俺の家じゃないし...ま、ちゃちゃっと準備しますかね」

 

「キッチン借りるぞー」と袋を持って入ってくる椿さんと、同じようにキッチンに入る夏凜。今日夏凜の家に来たのは、このご飯が目的だった。

 

「いやー、ありがたいよ」

「いいのよ。私もやりたくてやってることだし。椿も悪いわね。雪花のこと連絡してなくて」

「別に問題ない。ちょっと予定は変更するけどな」

 

園子がどんどん料理を覚えていってるのを見て、夏凜も料理の勉強をしたくなったらしい。今日のお昼を悩んでた私は味見役として抜擢された。椿さん自身は単に料理を教えるだけのつもりで来たみたいだけど。

 

「夏凜ー」

「なによ?」

「ちょいちょい」

「?」

 

素直に近寄ってくる彼女に、私は耳打ちした。

 

「私邪魔じゃない?二人で仲良く作って食べさせあえば良かったのに」

「なっ!?そんなことするわけないでしょ!!!」

「夏凜もう少し声抑えろよ。お隣さんいるかもしれないし」

「うるさい!!!」

 

椿さんに文句を言う彼女の顔は真っ赤っかだ。

 

「...寧ろいて。変に緊張して失敗しそうだから」

「私的には美味しいご飯が食べれるんで全然いいよ。寧ろご馳走さまです」

「...はぁ。じゃあ作ってくるから」

 

(青春だにゃ~)

 

キッチンに立って料理を始める二人を見て、窓の外を見る。綺麗な青空。

 

(...私のところにもこんな人達がいたら、違ってたのかな)

 

勇者部は眩しい。日溜まりのような場所で。

 

まさか、こんなに揺れるなんて思ってなかった。

 

「はは...」

 

自分でも掠れて聞こえないような声量で、私は笑った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「風に頼まなかったのか?」

「教えてくれるだろうけど、同じくらいからかってきそうだから選択肢から外したわ。東郷は今日友奈と出掛けてるって」

「成る程。須美ちゃんとかから教えて貰うのも気が引けると...」

「そ、そんなところよ」

「手元よく見て」

「心配しなくてももう出来たわよ」

「案外早いな。手順通りやれば弁当も作れるだろ」

 

料理作る所を見てアドバイスして欲しいと言われた理由は、園子が学校に弁当持ってきてるのを見て、同じように作ってみたくなったからと言われていた。今日の動きを見る限りちゃんとレシピがあれば問題なさそうだ(唐突に煮干しを入れようとしなければ)。

 

「お墨付きが貰えるなら問題なさそうね。さて、雪花、ご飯できたわよ」

 

ここから死角になる位置にいる雪花に夏凜が声をかけたが、返事がない。

 

「?」

「夏凜、テーブルに並べといてくれ」

 

キッチンから数歩歩くだけで雪花の姿がすぐわかる。

 

「どうした雪花、なんかあっ...た......」

「......」

 

眼鏡をかけたまま、彼女は眠っていた。

 

(暖かいもんな...そっか)

 

俺はどこか安堵していた。

 

 

 

 

 

俺は、彼女がこの世界に来た当時警戒されていたことを知っている。人の行動、態度はそれなりに見ているから、早く気がついた。

 

無垢な乙女にしかなれないはずの勇者に男として存在するだけで、一部の人からは警戒されて当然だと思っていたし、西暦に行ったばかりのことを思い出して勝手に懐かしんでいたのだが、俺だけでなく友奈や東郷にもどこか遠慮ぎみだったように感じた。

 

千景のように人付き合いが苦手というわけではないけど、どこか一線敷いているというか。当時はそれも仕方ないことだと思っていた。一人過去に飛ばされた本人なのだから気持ちは分かる。

 

かといって、ずっとそんな関係を続けていこうと思う性格ではなくて。

 

(北海道、北海道...)

 

極寒の大地、試される大地なんて話を授業で聞いたことのある北海道とはどんな場所だったのか。西暦にいたメンバーに聞いてみたり、杏と一緒に古本屋や図書館を巡って文献を漁っていった。

 

そして__________

 

『秋原、古波蔵、食べてってくれないか?』

 

同時期に来た棗も呼んで、小さな食事会を開いた。北海道ラーメン(文献に残っていた醤油味)と、沖縄そば。上手く故郷のものと似て作れたのか、二人とも驚いてくれた。

 

『まぁ、なんだ...俺からのお近づきの印ってことで』

 

自分で言うのも如何なものかと考えたが、その後壁が薄くなった気がしたから目的は達しただろう。

 

共に戦い、共に過ごして。

 

 

 

 

 

(......それが、こうなるとはな)

 

完全に隙を晒している雪花を見て、俺は嬉しかった。この場所は彼女が安心できる場所になったんだから。

 

「...雪花、雪花。起きてくれ」

「ん...あれ、なになに?もしかして寝込み襲われてます?」

「飯だよアホ」

 

(目覚めてすぐにそんな言葉が出るのか...なかなか起きなかったくせに)

 

少し驚きながらテーブルへ向かう俺と、ソファーから立ち上がってついてくる雪花。

 

「雪花はこっちね」

「ありがとー夏凜...おー!美味しそう!」

「と、当然よ!完成型勇者である私が作ったんだからね!!」

「良かったな夏凜」

「撫でるなー!」

 

ぽかぽか叩いてくる(割りと痛い)夏凜を宥めて席につく。

 

「椿さん料理も教え方もかなり上手いですもんねー。流石勇者部の女子力」

「ねぇ。俺男なんだけど。風にあげてくれないかなその称号」

 

部内で一番の料理上手みたいな扱いは、嬉しいけど好きじゃない。東郷や風だって上手いのだ。

 

「でも、こっちに来て一番美味しいのって、椿さんの作ってくれたラーメンですもん」

「...また作るよ。味噌も有名らしいな?」

「地方に寄りますけどね」

 

麺もスープも市販の物を使い、昔の記事に乗っていた作り方を元に味が似るようアレンジしただけだが、こうして喜んでくれるなら俺も嬉しい。

 

「楽しみにしてますよ」

「任せたまえ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

勇者として集められた人達、勇者部には、色んな人がいる。面白かったり、優しかったり、気遣ってくれたり、柔らかな光を向けてくれたり。

 

そんな皆は、今では大切な勇者(仲間)である。




雪花は雪花で何か闇を抱えてそうなキャラですが、そんなところも好きです。夏凜との絡みが好きなのでそれをメインに書きました。いいよね。

あとちゃんと勇者部のツッコミ役をしてるの凄い。


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ゆゆゆい編 6話

どうも、新しいSSR水着そのっちの画像に心を貫かれた者です。なにあれ。可愛くない?

今回は二本立て。前半は 渚のグレイズ さん、後半は過去に何度か友奈短編をリクエストしてくださった 毒蛇 さんからのリクエストです。お二方ありがとうございます!期待以上の物が書けてれば嬉しいです。


『お見舞い』

 

 

 

 

 

「椿が風邪?」

「そうなのよ。今朝連絡が来てね」

 

いつもより少し人数の少ない勇者部の部室で、そんな話題が出た。

 

「お見舞いとか行った方が良いですよね?」

「あたしもそう考えてはいるんだけど、この人数が押し掛けたら迷惑じゃないかなって」

「確かにそうですね。椿さんの部屋が埋まってしまいます」

 

前に行ったことある部屋は、五人も入ればきつそうな部屋だった。ある程度整理されてて料理本も多いけどゲームが置いてあったりと、まぁよくある男の子の部屋。

 

「では、何人かで行きましょうか」

「ちょっと待つんよわっしー。その何人かはどうやって決めるんさ?」

「......家事が出来る人でしょう。古雪先輩が動けなくて困ってるなら」

「ちょーっと待った。それだとタマが行けないじゃないか!」

「遊びに行くわけではないのだし、良いのでは...」

「なら、誰が行くのか。つっきーが求める物を叶えられる人が行くべきじゃないかな?そのっち!」

「はーい!園子先輩の指示で作っときました!」

 

バサッと園子ちゃんが広げたのは、『第一回つっきー先輩看病マッチ』と書かれた横断幕。

 

「おおっ...!」

「ではではこれより!つっきーを看病するのは誰だ!?看病マッチを始めるぜー!!それぞれつっきーに必要そうなことを言ってって、トップスリーがつっきーのお部屋に突入!」

 

はしゃぐ園子ズに気合いを入れてる皆。

 

(椿さん愛されてますなー...)

 

神世紀の人間なのに何故か西暦の四国勇者とも親交が深い椿さんを大切に思う人は多い。私も別に感じるものがないことはない。

 

「でも、こんなことしてるなら早いところ椿さんの看病しに行った方が...」

「大丈夫そうだぞ。雪花」

「棗さん?」

 

一つ年上の棗さんがメールを見せてくれて、私の動こうとしていた気持ちが消えた。

 

「これなら平気ですね。寧ろ長引いた方が良さそう」

「自由にさせておくさ」

 

そう言う棗さんの顔は、完全に保護者染みていた。

 

「棗さんと椿さんの二人って勇者部の保護者みたいですね。若夫婦って言われたら信じそう」

「それは良い。私が採ってきた食材を椿に料理してもらえば美味しいだろう」

「うん、その発言大きな声で言わないでくださいね。目の前で大会やってる皆の目が怪しくなるので」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「先程も言った通り、家事が出来る人が良いと思います。お粥等食事を作り、服を洗濯し、古雪先輩が安心して寝られるような環境を作るべきです」

 

先制したのは東郷さん。確かにそれは凄く大事だ。やっぱり椿先輩が体を壊してるなら、治すことに専念して欲しい。

 

「この中で特別家事が出来るのはー...わっしーとリトルわっしーとふーみん先輩、ひなタンとミトりんかな。私も最近覚えてきたし~」

「園子さん、私は今度お見舞いに行くから大丈夫だよ...」

「そうー?」

 

水都ちゃんが遠慮がちに言って、園ちゃんがメモ帳に書いていたポイントを消した。

 

「タマは須美より家事できないからなぁ...」

「え、えっと!家事も大事ですけどゆっくり休んで貰うには子守歌も大事かなと!」

「成る程、心地よい歌で眠らせるわけだな」

「じゃあ、歌となると...」

「樹もそうだけど、あたしもいけるわよ。カラオケで90点以上出せるし」

「そんなこと言ったら私と友奈のデュエット曲もいけるじゃないのよ。子守歌とはちょっと違うんじゃない?」

「夏凜ちゃん...最後の言わなきゃ私達にもポイント入ったのに」

「ポイントって...」

 

結局、園ちゃんは樹ちゃんにだけ追加ポイントをあげた。

 

(体調悪い人にしてあげられること...)

 

私だって椿先輩の事が心配だ。出来ることならなんでもしてあげたい。普段頼りになる先輩にこういう時くらい甘えて貰いたい。側にいてあげたい。頼って欲しい。

 

「!はい!!」

「はいゆーゆ!」

「熱が出てる時は体のあちこちが痛くなったりするから、マッサージとかどうかな?」

「そうだね~。じゃあマッサージとなると...ゆーゆとたかしーだね」

 

私のマッサージの腕は勇者部の皆が知ってる。園ちゃんがポイントを追加していくのを見て、すぐに次の要素を考えた。

 

「ご先祖様は何かありますか~?」

「いや、私は今度でいい。行きたい人がいるようだしな」

「私もそうします。椿先輩を看病したいと強く思っている方が向かわれた方が、きっと椿先輩も喜びます」

「私も...あんまり出来ることないですし」

「タマも杏や亜耶と同じかな...いや、行きたいには行きたいが、やれることがない...いや、風邪ひいた時は心細いからな!近くに行って喋ってやるぞ!!」

「土居さん、それは皆出来るわよ...」

「けふぅ!?」

 

その後も『膝枕してあげられる』とか、『一緒に寝てあげる』とか、『お風呂に入れてあげる』みたいな話がどんどん出てきて。気づいたら日が暮れだしていた。

 

「ではでは、しゅーりょー!結果発表です!!つっきーの部屋にお邪魔できる三人は...わっしーとゆーゆ、そしていっつんでーす!!」

「選ばれたからには全力を尽くします」

「椿先輩の体を癒してくるね」

「お姉ちゃん。遅くなるかもしれないから晩御飯先食べててね」

「樹ぃ...樹があたしより椿を優先する......」

「病人を優先するだけだよ」

 

 

 

 

 

「それにしても、園子がひたすらメモを書いているが...」

「誰が選ばれようと、乃木さんの手のひらの上ということね...咎める気力も起きないくらい良い笑顔だわ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「えーっと...皆さん?」

 

必要そうな飲み物や食材を買い込んで古雪先輩の家へ向かう私達と一緒に行動する人達を見て、私は疑問を投げ掛けた。

 

「古雪先輩の部屋へ向かう人は絞った筈では...?」

「別に部屋に入らなければいいだろう?タマは気づいてしまったのさ...」

「わ、私は体調が戻ってから暇を潰せるよう本を...」

「ちょっと用事~」

「園子についていくと面白そうだから」

「私は椿が心配だ。一目見たい」

『......』

 

棗さんにそう言われてしまえば追い返すことも出来ない。球子さん、伊予島さん、そのっち、雪花、棗さんの五人を加えた八人で歩き続ける。

 

別にそのっちの策略に最大限乗ろうとか思ってなかったけど、最近は色んな子と接してる古雪先輩をちゃんと見れるなんて_______

 

(って何を考えてるの私は!?友奈ちゃん達もいるのに...いえ、二人きりなら良いというわけでもなくて!!!)

 

邪念を振り払って先輩の家のインターホンを押した。

 

(というか、親御さんがいらっしゃるなら私達はいらないんじゃ...)

 

「はーい」

 

(...ん?)

 

扉の向こうから聞こえた声は、凄くよく聞く声で________

 

「あ、園子、皆も連れてきたのか?お使いありがとな」

「ぎ、銀!?」

 

エプロンをつけてる銀は、棗さんからさっと袋を貰っていった。

 

「スポドリとプリンがあればいいかな。おーいアタシ!こっちは冷蔵庫にお願い!」

「はいっ!お任せください銀さん!!」

「え、銀ちゃん...二人とも、どうしてここに?部活はお休みって言ってたけど...」

「どうしてって、椿の看病だよ。この前遊んでた時、椿の親御さん今日二人とも出かけるって言ってたからさ。風邪って聞いて、きっときついだろうと思って」

「銀...誰か来たのか...?」

 

部屋から出てきたのは、濡れたタオルでおでこを抑えてる古雪先輩。

 

「あぁ...悪いな、見舞い来て貰って」

「無理すんなって椿。ほら、プリン来たぞ。口開けろ」

「ぁー...」

「はい。あーん...昔から熱出た時はプリン食べたがるよな。可愛こさんめ」

「るっせー......頭撫でんなー」

「はいはい...にしてもこんな大人数で来ること無かったのに。アタシ達行ってるって園子には伝えたんだけどな」

 

私と、隣にいた友奈ちゃんの顔がゆっくり後ろを向く。

 

「ワッツ!?」

「園子さん。捕まえましたよ」

「いっつん!?いつの間に瞬間移動を!」

「成る程。余計な邪魔にならないよう部室であんなことを始めたんだな」

「それで自分のメモだけうっはうはと...」

「なっち、アッキー。解説はやめてくれると嬉しいな~なんて...」

「園ちゃん~?」

「そのっち~?」

「ひっ!!助けてミノさん!!」

「今の話聞いてる時点で園子が全面的に悪い」

「タマ坊!!」

「御愁傷様」

「あんずん!!」

「せめて安らかに...」

「お、お助け~!!!!」

 

玄関で、そのっちの悲鳴が響いた(くすぐっただけ)

 

 

 

 

 

「...お前ら、見舞いに来たのか騒ぎに来たのかどっちだ」

 

 

 

 

 

『間違い』

 

 

 

 

 

「けほっ、けほっ...うえー」

 

続々と勇者部メンバーが増えて行っている中で、部室の大規模整理が決定した。元からそれなりには整っているが、いらないものはとことん処分しようという魂胆だ。

 

そうして棚の奥側から物を取り出しているが、同時に舞う大量のホコリが俺の鼻と喉を苦しめる。

 

「空気清浄機に予算が欲しくなるぜ、これは...」

「椿君!捨てるもの纏まった?」

「もうちょい待っててくれ、ユウ」

 

部室の扉を開けたのはユウだった__________

 

「ぁ...」

「......?」

 

そこで、俺の脳がストップをかける。何かが違うような、そうじゃないような。

 

(扉の方見てないけど、呼び方からしているのはユウ...!!!)

 

慌てて扉の方を向くと、一個下の園子と、困惑した表情の結城友奈がいた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「けほっ...うえー」

 

勇者部の大掃除、勇者部部室担当の私と園ちゃんは一回目のごみ捨てを終えて部室に戻ってきた。風先輩や夏凜ちゃん達は普通に依頼のため出掛けてて、高嶋ちゃんや歌野ちゃん達は近くの階段だったりを掃除してる。

 

残ってるのは椿先輩一人な筈だった。咳き込んでる声が部室の外まで届いてくる。

 

「ねぇゆーゆ」

「何園ちゃん?」

「たかしーのモノマネして入ってよ~」

「私が?」

「うんうん」

 

たかしー______高嶋ちゃんとは他人とは思えないくらい似てる。

 

(...でも、いっか)

 

「わかった。じゃあいくよー...」

 

どっちの友奈でショー!として服とか入れ換えた時も椿先輩と東郷さんはすぐ私を指さしてた。

 

そんな過去があって、いたずら心もあったから_____私は簡単に扉を開けた。

 

(なるべく高嶋ちゃんの声に寄せて...)

 

「椿君!捨てるもの纏まった?」

「もうちょい待っててくれ、ユウ」

 

(っ...)

 

そして、椿先輩はごくごく自然に騙された。

 

「ぁ...」

 

椿先輩からしたら不意討ちだったのもある。私も声をより高嶋ちゃんに寄せたし、いたずらをしようとした私が悪い。というより、いたずらとしては大成功してる。

 

でも__________想像していたよりずっと、好きな人に他人とは間違えられたことが、苦しかった。

 

「ゆ、友奈...」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ゆ、友奈...」

 

俺の声は若干掠れていた。しまったといった感情と、それによる自責の念が俺を苦しめる。

 

「...だ、騙されましたね椿先輩!本当は結城友奈でした!!」

 

彼女は一瞬で顔を変化させ、「いたずら大成功!!」と喜んでいる。

 

その喜び方は、元の世界でたたりに苦しめられていた時のと、そっくりだった。

 

「ぁ、あの、友奈...」

「つっきー間違えるんだ~」

 

口を開いたのは友奈ではなく、隣にいた園子だった。

 

以前、二人が俺達を試すように入れ替わってた時もあったが、東郷や千景と同じく俺はすぐに判別出来た。

 

それが、不意討ちとはいえ間違えるなんて______いくら似てるとはいえ、他人と判別されたら悲しくなるだろう。

 

「ご、ごめん!友奈!」

「騙そうとしたのは私なんですし、気にしないでください」

 

苦笑する彼女からは、騙せたことを喜んでいる様子は感じられなかった。

 

何処と無く気まずく、重くなる空気。それをぶち壊したのは、これまた園子だった。

 

「いーやダメだよつっきー。いくら私が指示したとはいえ」

 

(お前の差し金か...)

 

「ゆーゆは心の底で悲しんでる」

「そ、園ちゃん、そんなことないから」

「あぁ...」

 

友奈の手を両手で握る。

 

「え、先輩!?」

「ごめんな友奈。前に見分けられるわなんて言っててこの様だ...情けない」

「い、いえそんな!」

「もう間違えないから...元気出してくれないかな」

「ゆーゆ...ごにょごにょ」

 

園子が友奈に耳打ちして、友奈が「ええっ!?」と声をあげる。

 

「チャンスだよ~ゆーゆ」

「でも悪いよ、私がやったことなのに...」

「友奈?何か俺に出来ることがあったか?何でもやるぞ」

「それそれ~。つっきーもこう言ってるよ~」

「あ、ぁ、あの...じゃあ、ですね」

 

頬を赤く染めながら、こしょこしょ声で友奈が言った。

 

「わ、私の名前を言ってください...もう、間違えないように」

 

記憶に刻み付けてくれということだろうか。園子からの入れ知恵だとはいえ、友奈が望んだことだ。

 

「わかった。何度でも呼ばせて貰うよ。友奈」

「つっきー。ちゃんと愛を込めて呼ぶんだよ~?」

「分かってる」

「分かってるんですか!?」

「...友奈...ーっ、友奈」

 

心の底から、自分の魂に刻み付ける様に友奈を呼んでいく。

 

「友奈」

 

ただひたすらに赤い瞳を見つめて、その名前を口にする。

 

しばらくすると、彼女から目をそらした。

 

「あ、あの...椿先輩、お気持ちは分かりましたから、このくらいで...恥ずかしぃ」

「いや、まだだ」

 

彼女が本当の笑顔かどうかは、高嶋かどうかを見分けるより遥かに簡単。

 

「お前が笑顔になるまで、俺は言い続けるよ。友奈」

「恥ずかしさで笑顔なんて作れませんから...!」

 

繋いだ手を離さない。少し引き寄せて、体に叩き込む。この子の名前は結城友奈。他の誰でもない、俺の知る後輩だ。

 

「友奈...」

 

大切だと言っておきながら、仲間だと言っておきながら、こうした時に間違える。それは俺の弱さだ。半端な所だ。しちゃいけないことだ。

 

きっと、結城であれ高嶋であれ、また同じことをしても許してはくれるだろう。彼女達は優しい。

 

だが、そんなことは二度とさせない。俺自身がそんなことは起こさない。

 

だって、俺は友奈を______

 

 

 

 

 

(好きな人の名前を、もう間違えたりなんかしない)

 

「......」

 

突然友奈の体が震えて、ぐったり力を無くしてしまった。息はしてるけど、流石に驚く。

 

「え、あれ、友奈?」

「ゆーゆの限界かぁ...案外早いかったなぁ」

「園子?」

「なんでもないよ~。ゆーゆお疲れみたいだったから、そのまま寝かせてあげて」

 

寝かせてあげてと言われても、部室には椅子やテーブルしかなくて寝かせるのに適した環境はない。

 

(保健室まで連れてってあげた方がいいかな...?)

 

混乱した頭をなんとか回していると、『ブツッ』っと変な音がした。

 

「?」

「あれ~?今の録音してたみたい~」

「......」

 

冷や汗が出るなか、園子がボタンを一回押した。

 

『愛してるよ』

「あれ!?そんなこと言ったっけ!?」

 

『好きな人の名前を、もう間違えたりなんかしない』と言ったつもりだったが、たった今再生された声は全然噛み合ってなかった。

 

(じゃあ俺は今、友奈に愛してるよって...!?)

 

「つっきー無意識?スゴいね~」

「ちょ、園子さんそれ消してくださいっ!恥ずかしいからっ!」

「いいよ~。でも...」

 

園子は、すやすや寝てる友奈とどこか似たような表情で告げた。

 

「私にも、『愛してるよ』って言ったらね~?」

 

その顔は、しばらく俺の頭から離れることなく。

 

結局解放されたのは、皆が掃除から戻ってきてからだった。

 



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ゆゆゆい編 7話

コミケ2、3日目に行ってきました。2日目に至っては買ったのゆゆゆ関連とガンダム関連だけという極端っぷり。

ハーメルンで他の方のゆゆゆ小説読むのもそうですが、他の方の意見なんかを見るのは参考になるし楽しいですね。少しでもこの作品がより良くなるようにしたい。

そして、この作品の他の方の意見、頂いてきた感想が1000件を越えました!自分にこんなにも多く直接応援を伝えて下さり本当にありがとうございます!!

最近では、この作品見て自分も書き出しました。というものや、一気見しました。といった感想もあり、感無量です。これからもどうぞよろしくお願いします。

長々失礼しました。今回もリクエスト 音操 さんからです!ありがとうございます!



(ここがゲームコーナー...!!)

 

まさに理想郷。所狭しと棚に並んでいるゲームのタイトルを全て知らないなんてことを体験する日が来るとは思わなかった。焦る心を抑えながら、パッケージを手に取っていく。

 

(時間はゆっくりあるわ。全て見ていってあげる...!!!)

 

 

 

 

 

私達が神世紀という不思議な場所に飛ばされてから数日。大体の事が分かってきて、身の回りのことにも慣れてきた。

 

西暦の時代が終わり、神世紀という時代が訪れること。私達が神樹様の内部抗争に巻き込まれ、私達の時代から約300年後に召喚されたこと。

 

元々寮生活、丸亀城という特別な学校で生活してきた身としては、引っ越しが決まったくらいの感覚でしかなかった。

 

『久々だな。皆』

 

なにより、もう会えないと思って約半年。私達が用意したサファイアの宝石を着けて出迎えてくれた彼と会えたことが、元の世界に戻ったときこの世界の記憶がなくなる可能性が高いと言われても嬉しかった。土居さんなんかは彼に飛びついていた。

 

そんな数日が過ぎた土曜日。やっと娯楽品に手を出せる時が来た。乃木さんは先にこの世界に来ていた上里さんと出かけるようだし、土居さんと伊予島さんはそれぞれアウトドア店と図書館へ。私は彼に教えてもらったゲームのあるお店へ。

 

高嶋さんはあえて誘わなかった。流石にゲームするわけでもなくパッケージを吟味するだけの行為に彼女を付き合わせたくない。

 

(流石に楽しくないだろうしね...)

 

話を盗み聞いた限り誰かと出かけるようだし、平気だろう。そっくりな結城さんとも話は合いそうだし、勇者部の人達もかなりフレンドリーだった。

 

「ふぅ...」

 

約七割を見たところで喉が渇き、近くのフードコートへ向かう。紹介されたここ『イネス』は、ゲームを取り扱う店だけじゃなくゲームセンターもあるらしい。

 

(随分広い所なのね...ぁ、あった)

 

見えたのは、果物をその場でミキサーにかけて販売するジュース屋さんだった。

 

『あそこのみかんジュースはバカみたいに美味しい』と言っていた彼の顔が頭に浮かぶ。

 

(折角だし...!?)

 

お店の看板から目を下げた私に見えた景色を理解した途端、目が勝手に開いた。

 

そこには、古雪君と高嶋さんが二人で並んでいた。

 

「ほらよ」

「ありがとう椿君」

 

笑顔を浮かべる高嶋さんがこちらを向いて、目があった。

 

「あ、ぐんちゃん!!ぐんちゃーん!!!」

「高嶋さん!?」

 

ガバッと抱きしめられてあたふたしてると、古雪君もこっちに来た。

 

「千景?どうしたんだ?用事があるんじゃ」

「...ゲームを見てたのよ」

「あーなんだ。目的は一緒だったのか」

「?」

「俺達もゲーム見てたんだよ」

「ぐんちゃん一人で出かけるって樹ちゃんに話してたから特別な用事かと思って声かけなかったんだけど...」

「そ、そうだったの...?」

 

部室でそんな話をしてしまった過去の私の失態を後悔しつつ、二人に話しかける。

 

「二人はどうしてゲームを?」

「ぐんちゃんが帰ってきたら一緒に遊べるよう買いに来たんだ!ぐんちゃんの好きそうなゲームを選べるよう椿君にも協力してもらってね!」

「高嶋さん...」

「でも、折角なら一緒に選ぼうよ!」

「...えぇ!」

 

高嶋さんが言ってくれているのに、『私、今日は吟味しようと思ってて...』なんて不粋なことを言う筈がない。

 

なにより、彼女と一緒ならどんなゲームも楽しいだろう。

 

「...そうだ。先に聞いておくわ。高嶋さんも古雪君も、自分が行きたいところはない?」

 

気を使いやすい二人には、思いついた瞬間聞いた方が良い。ゲームを買った後だと『それよりゲームやろう!』なんて言われかねない。

 

「そうだな...俺は元々案内役のつもりだったけど、そう言うなら少しだけ本屋に」

「高嶋さんは?」

「私は...あのね?」

 

 

 

 

 

「どうかな...?」

「似合ってるわ。とても」

「千景良いの選ぶな」

「そっかぁ...似合ってるかぁ...えへへ」

 

高嶋さんの好みを考慮した上で選んだ服は正解だったようで、少し恥ずかしそうに、とても嬉しそうにしていた。

 

『流石千景だな。そのうちイネスのゲーセン記録が全部塗り替えられそうだ...』

『あ、この本私達の時代にもあったね!』

 

ゲームを買って、ゲームセンターにも行って遊んで、本屋さんにもよって。次に来たのは服屋さん。高嶋さんがお願いしてきた場所だった。

 

周りを気遣い過ぎるくらいの高嶋さんが自分のことを主張してくれたのも嬉しいし、以前の自分のことばかり気にして彼女の優しさを受けとるだけだった私だと気づけなかっただろうと思うことが嬉しい。

 

バーテックスが襲ってこなくなってからこの異世界に飛ばされるまで約半年。大赦となった大社が忙しかったりしたけど、私はそれが逆に嬉しかった。気づくのが遅かったことを見直し、考える時間があったから。

 

(私を変えてくれた人...)

 

それは、目の前の二人であり、一緒に戦ってきた皆であり。

 

「ぐんちゃんも服買おうよ!」

「私も?」

「絶対似合うの選んでみせる!!」

「...じゃあ、お願いするわ。高嶋さん」

「任せて!!」

 

ちょっと涙目になったので、彼女が服を戻すのに試着室の扉を閉めた隙に目を擦った。

 

「大丈夫か?そんな強く擦って」

「平気よ。ありがとう」

 

 

 

 

 

「ぐんちゃんこっちね!」

「え、えぇ...」

服の入った袋を高嶋さんが掴んで離さず、おまけに私は場所を指定された。

 

(私だけ手ぶらなの、申し訳ないのに...)

 

古雪君はゲームの入った袋を持っている。

 

「ユウ?」

「ぐんちゃん、ぎゅー!」

 

右手が高嶋さんの左手に捕まって、指を絡められた。肩もぴったり寄り添って服越しに温かさが伝わってくる。

 

「たっ、高嶋さん!?」

「ほらほら、椿君も!!」

「俺も?え、それ?」

「早く早く!」

「え、えーと...いいのか?千景」

「...いいわよ」

「わかった...じゃあ失礼します」

 

遠慮がちに古雪君の右手が私の左手を掴む。少し時間を置いてから、指が一本ずつ交互になっていった。

 

(あっ...)

 

両方から違う温度を感じる。傷つけ、避けてきた他人の温度。

 

二人とも冷たいけど、心がぽかぽかして。

 

(こんなの...こんなの知っちゃって、私......)

 

「千景の手凄く温かいな。眠くなる」

「そ、そう...?」

「うん!ぐんちゃんぽかぽかだよ!」

 

お店の外に出ると、ちょっと夕焼けの光が強かった。

 

「ぁ...」

「良い夕焼けだな」

「そうね」

 

移動を始めれば、夕焼けは建物に隠れたり出たり。眩しいけど、嫌ではない。

 

「...ぐんちゃん」

「どうかした?高嶋さん?」

「またこうして夕焼け、見れたね」

「...そうね」

 

前にも服を見て、こうして歩いた。人生全体で見れば少し前のことだけど、私にとって高嶋さんとの思い出はかけがえのないもので大きい。

 

「...また、見ましょうね」

「うん!!」

「......古雪君も、ね」

「存在忘れられてんじゃないかと思ったぜ...」

 

(そんなわけないでしょ...)

 

「まぁ、こんな美人さんからデートのお誘いとあれば、参加しないとな」

「...バカ」

 

 

 

 

 

笑顔を浮かべる二人を見て、目を閉じた。大切な人のことを記憶に刻む為に。

 

少し、ほんの少しだけ、両手を自分の体に寄せて。

 

 




ぐんちゃんをちゃんと幸せに出来たかな...ちなみに、二人が『また』と言っていたのがどのシーンかというと、のわゆ編の31話です。

最近はゆゆゆいをメインで書いてますが、他にも色々書きたい...アフターシリーズとか。月末にはあの子の誕生日もありますし。


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ゆゆゆい編 8話

「これなんてどうです?」

「えー、こっちの方が良いんじゃないかな~?」

「ふ、二人とも...」

「っー...」

 

右を向くにも左を向くにも落ち着かない空間。というか頻繁に顔を動かすのも怪しい気がするが、一点を見るのも落ち着かない。正直帰りたい。

 

「椿さん、どっちが似合うと思います?」

「...どっちも似合うと思います」

「ダメですよつっきー先輩、よく見て」

「...恥ずかしいんだよ察してくれ......」

 

こぼれた愚痴は、誰にも認められることなく消え去った。

 

 

 

 

 

来週末に行くことが決まったプール。天候も今のところ良い感じで後は準備を進めるだけだったのだが、一つ問題が発生した。

 

別の時代から来た皆は基本大赦からの支給金で生活しており、必要以上の物は買わない。要は水着が無いのだ。

 

学校の授業で使ったスクール水着はあるものの、雪花(勇者部のファッションリーダー)に断固拒否されそれぞれ買いに行くことに。

 

というわけで、俺は小学生組の保護者役として駆り出されたわけだが__________

 

「あの、二人とも...」

「須美さんは大きな桃をお持ちだから、このくらい大人っぽいのでも...」

「いや、ここは清楚な感じを出していって...」

 

試着室で頬を赤らめる須美ちゃんと、暴走気味の二人。そして、度々評価を迫られる俺。

 

(はぁ...)

 

俺としては気まずいし出来ることならやめたいが、それ以前の問題がある。しっかり言うのも年長者としての役目だろう。

 

「二人ともいい加減にしろ」

「「うっ」」

「水着を楽しく選ぶのは良い。俺に聞いてくるのも...まぁ良い。でもな、着る本人である須美ちゃんの意見をちゃんと考慮してやれ。それが出来ないのであれば自分の水着だけ探しなさい」

 

須美ちゃんが実際二人の行為を認めているかは分からないが、一度ちゃんと口に出すことが大事だと判断した。

 

「...ごめんなさい」

「謝る相手が違うだろ」

「......ごめんねわっしー」

「すまん須美。ちょっと浮かれてた」

「う、ううん...いいの。私も二人に選んで貰うの...嬉しかったから」

「須美...!」

「わっしー!!」

「...なら、俺は何も言わない。好きに選びな」

「「はーい!!」」

 

しゅんとしてたのはどこへやら。勇者の時とさほど変わらない速度で水着を探していく二人。

 

「ふぅ...で、須美ちゃんは二人に選んで貰うとして、俺はいて良いのか?」

「...と、言いますと?」

「いや、試着したの評価されて良いのかってことよ。じろじろ見られるのも好きじゃないだろ?」

 

俺自身女性水着専用の店に長居するのが恥ずかしいのもあるが、こういうことは須美ちゃんのタイプじゃないことも知ってる。

 

「...あの、でしたら、も、勿論古雪さんのご迷惑でなければですけど......選んで、欲しいです」

「...わかったよ」

 

(反則だろそれは...ギャップすげぇ)

 

だから、水着姿で頬をさっきよりずっと赤くして、消え入るような声と甘えるような上目遣いを受けてしまえば、俺はドキドキしてる心を悟られないよう目をそらすことしか出来なかった。

 

「椿さん!須美のと一緒にアタシのも見つけてきました!似合ってるか見てください!!」

「...別に選ぶセンスがあるわけじゃないから、鵜呑みにするなよ」

「分かってます!」

「私も私も~」

「はいはい。順番な」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「キュピーン!」

「園子?どうしたのよ」

「そのっち達が何かつっきーと進展してるような電波を受信したんだよ!!」

「はぁ?」

 

園子の行動、というか言動とか発想とかは未だに読めない。

 

「にぼっしー!私達も水着買いに行こう!!」

「いや、私は去年のあるし...」

「ダメよ」

「うわびっくりしたぁ!?」

 

後ろからぬっと出てきたのは風。その後ろには樹もいる。

 

「服の流行は毎年変わるもの。水着もまたしかり。そんなんではダメなのよ夏凜」

「はぁ...」

「西暦組も買いに行った。友奈と東郷も二人で行った。あたしたちも行きましょうそうしましょう」

「わ、わかったから離して...!」

「つっきーには隠れて行って驚かそうねー」

「良いですね。園子さんに賛成です」

「まぁ、皆買うってのにアタシだけ同じのもなー。行くよ」

 

「胸がおっきくなったから買い換えるって理由が良かったけどな...」と呟く銀の声を聞いて、思わず肩を組みたくなった。

 

胸なんて剣を振るのに邪魔でしかないが、銀の言いたいこともわかってしまったから。

 

(実際、東郷はそうだものね...はぁ)

 

ため息は、どこかの誰かとシンクロした気がした。

 

「っ!警報!?」

「ったく、皆散り散りだって時に...行くわよ皆!」

「はーい!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「まさか、目の前にいるとは思わなかったぞ」

「やっほー」

 

俺と小学生組の四人の前に現れたのは、赤嶺友奈だった。

 

「俺達が取り返した領土を再奪取しようって魂胆なら、カードが足り無いんじゃないか?」

 

辺りにバーテックスは見当たらない。赤嶺一人で立ち向かうには勇者の数が多すぎる。

 

「良いんだよ。今日は元から一騎討ちを申し込みに来たんだからね」

「......」

「そう睨まないで。この地域は確かにあなた達の場所。ここを賭けて私と貴方で戦いたいなって」

「...俺か」

「この間の貴方を見た限り、まだ何か隠してそうだからさ」

 

この間というのは、以前俺と一騎討ちして俺がやられた時か、一緒に遊んだことがそう感じさせる原因だったのか。

 

確かに以前の戦闘の俺は全力でなかった。いや、『全力を出せなかった』というのが正しいか。目的も勝利ではなく時間稼ぎだったから別に構わなかったけど。

 

「私が勝ったらこの土地を貰う。貴方が勝ったらこの土地の強化をするまで手出ししないと誓う。どうかな?悪い条件じゃないと思うんだけど」

 

『ここの地域を磐石な物にすれば、戦況はかなり有利になります』

 

数日前ひなたが言っていたことが脳裏をよぎる。解放した地域は巫女による結界強化を施すことで敵の進行をかなり抑えることが出来るらしい。進行自体あまりされないので恩恵を感じる機会は少ないが、彼女達が真剣にやっていることだ。大切なのだろう。

 

「...勝敗条件は?」

「どっちかの手が地面についたら負け」

「...わかった。やるか」

「待ってください古雪さん!わざわざ相手の策に乗るなんて」

「せめて他の皆が来て相談してからでも良いんじゃないですか?」

 

水着から勇者服に変身した須美ちゃんと銀ちゃんが言ってくるが、特に気にしなかった。

 

「断ったらバーテックスの群れがどっからか出てきそうだし、負けるつもりもないから平気だろ」

「言うね?勝つのが決定事項みたい」

「悪いがもう黒星を数えるつもりはないんでな...銀ちゃん、斧貸してくれるか?」

「え、はい。どうぞ」

 

二つの斧を受け取り、代わりに銃と刀を渡す。バリアがある以上どんな攻撃も衝撃を与えるだけだが、少なくとも銃は赤嶺相手に怯ませることも出来ない。

 

「古雪さん、何を...」

「?あぁそっか。知らないのか」

 

ちらりと赤嶺を見てから、斧を器用に振り回した。

 

この世界に来てからも特訓し続けた鉛つき木刀。つまりこいつを動かすための動きだ。銃も短剣もやってるが、一番はこいつ。

 

「俺の最初の武器は、こいつなんだよ」

 

夏凜が木刀二本で舞をするようにくるくる回転させ、右手に握られた斧を赤嶺に向けた。

 

「...ハッタリではないみたいだね」

「切り札は取っとくもんだろ?」

「いいよ。なら始めようか...戦いなら容赦しないからね」

「あぁ」

「よーい、スタート!」

 

赤嶺の合図で突っ込む。相手側も思考は同じようだ。

 

「行くぜぇぇ!!」

「勇者パンチ」

 

二振りの斧と右の拳がぶつかる。赤嶺の右腕を覆うアームカバーとの間で火花が散った。

 

「ふっ!」

「ぐっ!?」

 

そのまま左足を脇腹に叩きつけられ、体内にあった空気が口からこぼれる。バリアによって直接痛みはないが、衝撃はそのままくらうわけで。

 

(だがな...っ!)

 

吹っ飛ばされた俺は斧を地面に突き刺して減衰し、着地。

 

「まともに入ったと思ったんだけどな」

「今まで散々血を流したりしてきたんだ。このくらいわめく程じゃない」

 

後ろの方から小学生組の声が聞こえるが、何を言ってるかまでは判別出来ない。というか、気にしてない。

 

「その余裕はどこまで持つかな?」

「さてさて、どうでしょうね」

 

赤嶺の拳を斧で防ぐ。

 

彼女は友奈達と同じように腕や足での高速攻撃に強みがある。一撃一撃が軽いというわけでもないが、構えておけば怖くない。

 

(どっちかと言えば...)

 

ほぼ同時に飛んできた膝は、加速させた思考がなんとか判断して体を捻って回避した。

 

よく練習を共にする夏凜、手合わせする若葉と違って、赤嶺は足も出る。剣を下から切り上げる攻撃とよく似た足攻撃は、実際動くまでのタイムラグが剣をそこまで移動させるより少ない。ノーモーションの攻撃は判断が遅れる危険がある。

 

「随分消極的だね。勝てないよ?」

 

目を慣らすため受け身重視の動きをとってることに気づいたのか、赤嶺がそんなことを聞いてくた。

 

「さっきも言ったが、これ以上黒星を重ねるつもりはないよ」

「そっか...なら頑張ってね」

 

そう言った赤嶺は一瞬だけ離れ、次の瞬間には拳を伸ばしていた。十分な速度を得た拳が俺を吹き飛ばそうと襲ってくる。

 

俺は二つの斧を_______真上に放り投げた。

 

赤嶺が僅かに驚く。少しだけ目が斧を追う。

 

(ここで...っ!!)

 

振り上げた右手を下に戻し、もう一度振り上げる。拳と激突したのは、今や俺だけの武器と言っても過言ではない短刀だった。

 

「なっ!?」

「...この刀じゃ軽すぎたか」

 

赤嶺にカウンターを決めたものの、彼女の手を地面につかせることはできなかった。刀が浅く入ったのもあるが、彼女のバランスを崩しきるには重みがなかった。

 

すぐに刀を消し、上から降ってきた斧をキャッチ。追撃が来る前にバックステップで距離をとる。

 

「驚いたな。随分器用なことするんだね」

「散々主武装だってことは見せたから、不意を突ければいけるかなと思ったんだけど...もう騙せないな」

 

武器の切り替えなんかは他の勇者はしない俺なりの戦い方。だが、一度見せてしまえば通用もしないだろう。

 

(対人にはあっちの方が経験ありっぽいしな...ここは攻めるか)

 

「じゃ、今度はこっちからやろうか!」

 

気合いと共に右手を一閃、赤嶺の回避を予想して 左手でもう一閃。大きな武器を遠心力で加速させ叩きつける。赤嶺は回避するか腕でそらすか、まともな当たりはない。

 

「その斧は邪魔だね...」

「止められるもんなら、止めてみなぁ!」

 

俺が少しずつ押していき、赤嶺の防御が緩くなっていく。

 

 

 

 

 

しかし、こんなことを言っておいて、止められたのはあっという間だった。

 

「私を...攻撃するの?」

「っ」

 

一瞬だけ見せた赤嶺の女の子らしい顔。涙目で、子犬の様な仕草で、脳まで溶かしそうな甘い声を流して。

 

それは以前俺の部屋で、俺の耳元で囁かれた声より甘美で。

 

(...あ!?)

 

戦いから日常に戻された思考が元に戻るまでは、赤嶺にとって十二分な時間だった。

 

右手の斧を蹴り飛ばされ、左手の斧は弾かれる。戦いに戻った思考が弾かれた右手に刀を呼び出すが、両手首を捕まえられた。

 

「ちょっと、それはずるくないですかねぇ...!」

 

バーテックスならともかく、人間と戦うなら無意識で躊躇う自分がいるのは知っている。それを承知の上で殺してるつもりだが_____さらに言えば、千景と争った時なんかはひたすら悪意、殺意だけだったが_______こうして俺の心を利用されるのは初めてだ。

 

(こいつ、全部分かっててやってやがる...)

 

「ずるくないよ。戦いなら容赦しないって言ったでしょ」

「油断した俺が悪いってかぁ!?」

「そうでしょ?」

「そうだけどぉ!」

 

全力で力を込めても手首を抑えられては動かしにくい。

 

(さて。分かれよ...頼むぜ)

 

『ちらりと後ろを見て』硬直状態を続かせるが、赤嶺はそうとしない。

 

「じゃあ、お疲れ」

 

俺の左手をつき離して殴りの構えをとった。右手の刀が左手に来ることを考慮した上で、全てを叩き潰そうとする本気の拳。

 

「_____」

 

かくして、吹っ飛ばされる程の衝撃を受けた『赤嶺』が立ち直らないうちに繋いだ手を地面につけさせた。

 

「...勇者パンチとは言わないんだな」

 

俺から溢れたのは、そんなどうでもいいことだった。

 

 

 

 

 

「なんで...持ってるの?」

 

左手に握られているのは『斧』。本気で振れば赤嶺の右ストレートの上からぶっ飛ばすだけの力がある。

 

だが、俺はこの斧の所有者じゃないし、銀ちゃんの斧は弾き飛ばされた。腰をおろした赤嶺が聞いてくるのも当然だった。

 

「...俺らが全員揃ってる時に樹海化させてればな」

「?...そういうことかぁ」

 

俺が受け取ったのは三本目。途中から俺達の戦いを見ていた中三の銀は、こっちに向けてピースしている。

 

あいつは俺の目線だけで、必要なこと_______俺に向けて新たな斧を投擲する______を理解し、完璧なタイミングで実行した。

 

もし全員が同じ場所に樹海化していれば、俺は銀ちゃんでなく銀から斧を受け取っていた筈だし、俺の戦いや中学を一心同体で過ごしている彼女でなければ意味が分からなかった筈。

 

「戦ったのは俺一人だし、ルール違反ではないよな」

「...そうだね。負けたよ」

 

赤嶺は前から自分の敷いたルールを守る。そういう意味で彼女も義理堅いというか勇者というか。

 

「強いんだね」

「そんなことないさ」

 

俺は強くない。俺だけの力では本物の勇者には敵わない。

 

(もし、俺が強いのなら...)

 

「まぁ、絶対負けられないからな」

 

俺を支えてくれている多くの人を守りたいから。助けたいから。救いたいから。そう願う魂があるからだ。

 

「...さてと。今日は帰りな。出来れば次は樹海じゃない場所で」

「それはどうかな...約束は守るよ。こっちも手駒を増やさないとね...」

「返り討ちにしてやるよ。俺達勇者部がな」

「ふふっ...その笑顔を壊せるよう頑張るよ。じゃあね」

 

どこからか現れた星屑に乗って、赤嶺が消える。

 

「...またな」

 

ぼそりと呟いたのは、赤嶺が視界から消える直前だった。

 

 

 

 

 

この後勝手に戦いを始めたことを勇者部に問い詰められるが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 




今回は前半は新リクエストから、後半は一番始めに頂いた旧リクエストをメインにして書いてみました。当時は確か赤嶺の存在も具体的に出ておらず、唯一返信して断り文のようなものを送らせて頂いたものですが...やっぱり人と人との戦いを書くのは難しいけど好きだな。

勇者らしくない搦め手を含めれば椿は単体勇者のトップ争いに食い込めそうです。この世界だと椿の戦衣も皆と同じレベルですし。


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ゆゆゆい編 9話

「ここは遥か遠い理想郷。照りつける日射しの苦痛を感じさせない神の領域...!!」

「大きな水の城がそびえ立ち、安らぎを与える波には誰一人いない...」

「そう...!!!」

「ここは...!!!」

「「ウォー!!ター!!!アイランドォォォ!!!!」」

「なに騒いでんだお前ら」

 

謎の言葉を羅列しながら両手を天高く掲げてる銀ズを見て、一つため息をついた。作った弁当を詰め込んだクーラーボックスを施設で用意してあるパラソルの下に置く。

 

「だって椿!プールだぞプール!しかも貸しきり!!」

「そうですよ!テンション上がりますよ!」

「いや、それにしてもテンション高過ぎだって」

 

予め水着を着て来た俺より先にプールサイドにいて叫んでればこうもなる。

 

「中一の椿は一緒になって騒いでただろうなぁ...なぁアタシ?」

「あれですね。子供の心を忘れてしまったんですよ」

「言いたい放題だなお前ら。弁当抜きに出来るんだぞ」

「「ごめんなさい」」

 

完璧なシンクロで腰を90度曲げる二人に免じて許すと、二人して喜んで跳ねた。

 

「お前ら滑るから気をつけろよ」

「おやおや、椿さんは成長したアタシのボディーが揺れて気にならないんですか~?」

「滑るからって言ってんだろ」

 

大きい方の銀にチョップすると、それなりに痛がっていた。こちらもかなり痛かったが、これで痛がる所を見ると少しずつ普通の人間の様に戻っているのだろう。

 

(良かった...)

 

「つ、椿さん...アタシはどうですか?」

 

小さい方の銀ちゃんは結局俺が買い物で『これが良いんじゃないか?』と言っていたやつだった。強めのピンクにリボンがついた水着。くるりと回ってもピタリと肌についていた。

 

正直、その数年前まで一緒に風呂に入ってたし、赤の他人のサイズより判断がつく。

 

「やっぱり似合ってるよ」

「あー、アタシはどうなんだよ椿!!」

 

銀の方は勇者服の様に赤い水着で、胸元にフリルがついていた。彼女は再び体を手に入れてから可愛い服なんかを選ぶことが多かったが、水着も例に漏れなかった。

 

(元から、結構可愛いもの好きだもんな...)

 

ちゃんと全身を見て、俺はしっかり口を開いた。

 

「可愛いと思うよ。銀がよく映える」

「っ!?」

 

一瞬で顔を赤らめた彼女を見てるのが気恥ずかしくて目をそらす。

 

「そ、そっか...」

「ぎ、銀さん!こっち!」

 

気まずい空気を感じてくれたのか、銀ちゃんが銀を引っ張ってくれた。それなりに距離があけば次の人が来るまで静かにしてればいい。

 

(だが...結構上手くいったな)

 

これまでの俺なら全身見ることなくこちらから顔を赤くしてただろう。露出度の高い水着、しかも付き合いの長い彼女達のなんかいっぱしの高校男子には毒薬以上に刺激が強い。

 

頬を赤らめれば銀や園子にからかわれるわけで、回避するに対策を取るしかない。

幸いこうしてプールに来ることは事前に決まっていたこと。先週須美ちゃんの水着でドキドキしたのも事実。対策する他ないし、その時間はあった。

 

(今回は感謝しといてやる...)

 

こういうことを相談できる同性と言えば、あいつしかいない。次点で春信さんだが、夏凜の話を出そうものなら消し炭すら残らないだろう。いや残る筈がない。

 

そうしてあいつ、倉橋裕翔に渡されたのは一冊の雑誌だった。水着の女性が大量に収録された物_____グラビア雑誌だ。

 

『これで耐性つけろ。椿ならこれで十分だろ』

 

もう一冊さらに露出の多い本もあったが、先生に没収され郡に見られていた。一応俺を思っての行動なので罵倒はせず彼の背中に敬礼したのだが。

 

抵抗はあったが園子に突っつかれる方が辛そうと感じた俺は一週間でその雑誌を読み込み、今に至る。

 

(ここまで効果があるとは思わなかったが...いけるぞ。俺の理性)

 

「くくっ...」

「お、おかしいですよ銀さん!椿さんがあんな堂々言うなんて!」

「だ、だよな...何日か前からエッチな本持ってたし......どうしたんだ」

「...お、大人の女性に目覚めてしまった?」

「それはアタシ達にとって不味い...ってそうじゃないや。まぁ、そのせいで皆気合い入った水着選び直してたし...大丈夫かな。椿」

 

ぼそぼそ言っててよく聞こえない二人の会話を切り離して、集中する。この二人はまだ始まったばかり。俺はあと約20人の水着を耐えなければならないのだ。

 

(だが、これならいける...!)

 

強くなった理性はそれなりに頑張るだろう。

 

「ふ、古雪先輩...」

 

後ろから声をかけられ、振り返る。いたのは東郷だった。柔らかそうな白い肌は太陽の光を反射し、既に暑さで出てきた汗が体を伝う。

 

そして、どことは言わないが暴力的なそれが、『強調されていた』

 

「......」

 

 

 

 

理性が、音を立てて完膚なきまでに砕け散った。

 

(理性さぁぁぁぁん!?!?)

 

「に、似合いますか?」

「いや、あの、その...!?」

 

普段の東郷なら選びそうもない、胸元がぱっくり空いた水着。普段なら隠そうとする彼女が寧ろ押し出してきて、目線を離そうにも叶わない。

 

「やっぱり似合いませんでしたか...頑張ったんですが」

「そ、そんなことない!」

「ぇ?」

「そそ、そんなことはないから...」

「は、はい...」

「大丈夫よ東郷、椿はあんたの胸見てるわ」

「「っ!?」」

 

その一言で俺も東郷も動揺して体を震わせる。

 

「か、夏凜!」

「なに?変態」

「そうだぞ変態」

「ちょっ、お前...いやお前ら!」

 

夏凜と加勢してきた風もそれぞれ赤と黄色の可愛いビキニタイプを着てきて、心臓がうるさい。もはや対策など無意味に等しかった。

 

「皆ー!」

「遅れましたー...」

 

友奈と樹はまだ平和的で参照していた雑誌の方が際どかったが、最早俺には関係ない。美少女揃いの勇者部が水着になれば、俺の心臓は破裂しそうになるのも当然だった。

 

(なんなんだこれ。どこ見ても可愛いとか...こんなの持つわけ...!)

 

「つっきー!」

「...」

 

うろたえていた俺は、条件反射で声の主に顔を向ける。既に開いていた目は限界を越え、口まで開いた。

 

 

 

 

 

園子は水着を着ていなかったのだから。

 

頭のどこかが、切れた。

 

「園子っ!!!」

 

彼女の両肩を掴む。彼女は水着と言うことすら憚られるくらいの布を身に付けていた。どこか切ってしまえば全身が露になってしまいそうな。

 

「あっ、つっきー...」

 

息が荒くなって、目の前の彼女で頭が支配されていく。園子は怯えてるような喜んでるような______他人の心配が出来る程の余裕なんてなく。

 

肩を掴む力を強めて抑え、俺は叫んだ。

 

「服をきろぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はぁ...」

「お疲れ様です。大丈夫です?」

「...更衣室の時点で止めといてくれよ」

 

持ってきたブルーシートの上で鼻にティッシュを詰めた俺は、そう雪花に言う。

 

園子を更衣室に追い返してから興奮で鼻血が出てきて、休憩中。あと少し見ていれば襲っていたかもしれない。

 

(可愛いのを自覚しろ...それに、男子のこともうちょっと考えてくれよ...)

 

役得でしかないのだが、大切な仲間とそんなことになって気まずくなんてなりたくない。

 

ちなみに園子はちゃんとした普通の水着も持ってきてたみたいで、その上で俺の用意していたパーカーを被せた。それを脱いだら今日はもう遊ばせないと条件付きで。

 

「誰かしら目のやり場に困ると思ったけど、ホントにやらかす奴がいるとはな...」

 

もうプールで遊んでる園子ちゃんは白を基調にしたワンピースで、見てて和んだ。二年後にあんな(俺にとっての)怪物になるなんて信じたくない。

 

「私達も流石に止めたんですけどねー。見せるまではわからない!って」

「椿さん、ご無理はなさらず...」

「亜耶ちゃんは優しいな...涙が出てくる」

「はわわっ!?」

「止められない雪花達とは違うわ...」

「うわー...こりゃ完全にやられてますね」

 

一つよかった所は、もう周りを見ても動揺しないことだった。単に疲れたというのもあるし、園子という超毒薬を摂取すれば、多少の毒薬で反応することもなかった。水着って面積多いじゃん。多いよね。絶対多い。

 

「血が治まったら俺も遊ぼうかな。ウォータースライダー乗りたい」

「血まみれにしないでくださいね」

「つーばきー!!乗るぞー!!」

 

手をブンブン振る球子はスポーツタイプで、さっきまでプールに入っていたのに水の重みはなさそうだ。

 

「血が治まったらいきますよー」

「椿さん、平気ですか?」

「気まずいのは分かるけどね...私も周りが皆異性だったら嫌だわ」

「分かるか千景...」

 

千景や杏はスカートまで巻き付けてて、今の俺から見たら余裕だ。

 

遠くでビーチボールを使って楽しんでる若葉、棗、歌野はそれぞれ勇者服の色をした水着に身を包み、かなりの速さでやりあっている。

 

「うぼわっ!?」

「あ」

 

言ってるそばからビーチボールが銀の顔面に入った。

 

須美ちゃんと水都はそれを見ながらのほほんとしている。

 

「うきゃー!」

「わっはぁー!」

 

ユウと友奈は既にウォータースライダーを楽しんでいた。お揃いの水着にしたようで、知ってる人が見ても双子に見える。

 

「...さて、行くか」

「大丈夫ですか?ご無理は...」

「無理なんかしないって」

 

皆の水着姿で緊張することはあれど、結局俺は______

 

「折角のプール、無理して体ダメにしたら勿体ないからな!」

 

大切な仲間と夏の遊びをするのが楽しみだったのだから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

楽しい時間はあっという間だった。ビーチボールで風の顔面にボールを叩きつけたり、逆に叩きつけられたり。

 

何故か若葉と球子と一緒にウォータースライダーに乗ったり。それを見た小学生組と銀にせがまれたり。

 

反省した園子に園子ちゃんの指示でお昼を食べさせてあげたり。

 

帰りの頃には日がくれかけ、バスの中は静かだった。

 

「たくさん遊んだから、やっぱり寝てるわね」

「そうだな」

 

起きてるのは、俺と風だけ。あまり水に入ってなかった亜耶ちゃんや雪花も小さな寝息をたてている。

 

「...皆、楽しめたみたいだな」

「一番大変だったんじゃない?」

「そう思うならあの園子止めといてくれよ。正直あれが一番きつかった...」

 

よかったけど。とは口が裂けても言えなかった。

 

「...それにさ」

「?」

「嬉しいんだよ。お前には過去のこと話したけど、西暦は大変だったし、神世紀も神樹様がいなくなってこうした娯楽は少なくなる。こうして集められた異世界とはいえ、皆が楽しく過ごせるってのは...人数多いと楽しいしな」

 

例えこの世界の記憶がなくなるとしても、幸せな思い出が増えてほしい。

 

そうした笑顔を守るため、誰かを守るために戦っているのだから。

 

「...キザっぽくて言えないな」

「椿?」

「何でもない。お前もよく周り見てくれてサンキュー」

「あたしは勇者部の元部長よ?でも...よく見ると、樹もちゃんと見てるし、銀も意外と気にしてるのよね」

「...流石現部長、流石俺と一緒にいた奴。ってとこかな?」

「それ自分の自慢か?お?」

「突っつくなー...おいやめろー」

 

風に突っつかれながら、窓の外を見る。この夕焼けがこれからも見られるように願いながら、俺は目を閉じた______

 

「...」

「...」

「...つんつんやめてください」

「い☆や」

「...潰す」

「ごめんなさい」

 




なんとか夏が終わる前に水着回出せました。かなり急いで作ったので粗があるかもしれませんが...

そして、やっぱり1度に20人以上の水着描写は無理でしたよ...水都ちゃんとか、許してくれ...


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誕生日記念短編 誰より大切な人

そのっち誕生日おめでとぉぉぉ!!!

というわけで記念短編です(9月だと油断してたタマっちの誕生日ももうすぐということで白目です)

そのっちの魅力とか言いたいこと色々ありますがぐだるのでもういきます。楽しんで頂ければ。


私はずるい女の子だ。

 

同じ家に住む女の子をはじめとして、彼との付き合いは皆の方が長い。私が一番最後。

 

それに、自信もない。彼自身が皆可愛いと言っているように魅力があって、私から見ても可愛い。対して自分は、分からない。

 

でも、おこがましくても、貪欲でも、私は彼が欲しい。例え大切な人を悲しませることになってでも。

 

だから私は、ずるい女の子だ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...」

 

夏をテーマにした曲は、個人的にアップテンポな明るい曲が多い気がする。特にこうしたお祭りともなれば尚更。

 

「...」

 

ちらりと見た時計は、集合時間の30分前を示していた。

 

「...我ながら、楽しみにし過だろ」

 

神樹様の恵みが消えた今、来年もこうしてお祭りが出来るのか分からない。最後と思う人も多いのか、集合場所としてあまり使われないだろう場所を指定したのに人混みはそれなりだった。

 

目の前を走っていく子供たち、腕を組んでいくカップル。

 

(...)

 

俺が着ている紺の甚平はカップルの男が着ている甚平とよく似ていて、少し頭をかいた。

 

「つっきー!!」

 

数多の音が鳴るなかで、その声は俺の耳に一番響く。

 

「早いな園子」

「つっきーもだよ~。まだ30分前だよ?もっと待ってそうだし...」

「こういうのは男が先に来るもんだろ...多分」

「嬉しいな~。あ、どうどう?似合う?」

 

薄いピンクの浴衣に、纏めた髪をかんざしでとめた彼女がくるりと回る。下駄まで装備の本格さで、カラコロ音を鳴らした。

 

何より本人の笑顔を最高に引き出していた。

 

「...俺は好きだよ」

「やったー!!」

「じゃあ行くか?」

 

慣れない下駄をエスコートしきるのも男の役目だろう。ちゃんとそうした本は読んできたし、抜かりはない。

 

「うん!行こう行こう!」

 

園子は俺の手を掴む_____前に、俺の脇に手を通してきた。くっついて出来上がるのは腕を組んだ俺達。

 

「園子...?」

「いいよね?」

「ははっ...断る理由がありません」

 

高鳴る心臓の音をバレないよう、出てきた汗を察されないよう、ゆっくりした足取りで俺達は祭りに向かった。

 

 

 

 

 

今日は8月30日。園子の誕生日だ。

 

なにを買おうか、パーティーの内容も悩んだのだが______いざ買い物に行こうとした日、園子自身に止められた。

 

『それより、やって欲しいことがあるんよ~』

 

ぽわぽわした笑顔で頼んできたのが『お祭りデート』だった。

 

元は勇者部皆で行ければいいなと話していたお祭りだが、二人きりでデートしたいとのこと。俺に頼んできた時にはもう他のメンバーから許可を取ったらしい。

 

小説のネタにしたいのかよく分からなかったが、俺としてはデートを断る理由もない。勿論プレゼントも別途用意して、今日を迎えた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「大将!!焼鳥二つくださいな!!」

「あいよ」

 

出来立てホヤホヤの焼鳥が私の元に来て、早く食べたい気持ちを抑えて振り向く。

 

「はい、つっきー」

「園子焼鳥好きだろ?俺は気にせず食べていいんだぞ?なんなら自分で」

「あーん」

「買うし...」

「あーん」

「...、あー...」

 

普段より抵抗しないで口を開けるつっきーに、串を奥までいかないよう気をつけながら運んでいく。

 

「ん、うまい」

「ホント?あむっ...んー!んー!」

「はいはいよかったな。追加買うか?」

「二本!」

「はいよ」

 

『はいはい』なんて言うものの、嫌そうな雰囲気はまるで受けないのは、つっきーの言葉の扱いが上手いのか、私が変換してるのか。お店に並ぶ彼を見てふと感じた。

 

こうした時のつっきーの行動は速い。本人は言わないけど、その行動力、観察眼は人とはかなり離れた高さにある。

 

「買えましたー。はい」

「あーん」

「わかったわかった。口開けろ」

 

餌付けされた焼鳥は、自分で食べるより美味しく感じた。

 

「あっ」

「ほら、混んでるんだから離れるなよ」

 

誰かとぶつかって離れた体がまたくっつく。

 

「...うん!」

 

静かにまた腕を組んで、私達は少しずつ進んだ。

 

 

 

 

 

少し前、安芸さんに会った時、つっきーとミノさんの話になった。つっきーの体にミノさんの魂が入っていたのを知っているのは、大赦でも安芸さん、元大赦所属でにぼっしーのお兄さんでもある春信さんしかいない。

 

『幼なじみがいると話には聞いていましたが、勇者になるとは...』

『驚きだよね~。唯一の男の勇者。大赦の調べでは適性値が一番高かったんだよね?』

『今はほとんどないですが。どういった原理で魂を保管していたのかは分かりませんが...死んだはずの人間の魂と過ごし、勇者となり、おまけに過去を変えてみせた。こんな奇跡、信じられません』

『嘘みたいだよね』

 

ミノさんに『なんでつっきーと一緒になれたの?』と聞いた時は、『アタシもわかんね!』と答えてくれた。これが神樹様の恵みなのだとしたら、私は一番感謝しなければならない。

 

でも、春から二人の仲の良さ_____というより、思いが通いあっているのを見れば、『二人だから』という、ただそれだけで奇跡を起こせたんだと思う。

 

そのお陰でつっきーは勇者になって、皆と一緒に戦って、私も治った。

 

私と彼を繋いでくれたのは、私の大切な人。一度は命を落としてまで私達を守ってくれた人。

 

そして________はっきり言う。

 

私は、そんな大切な人から、ミノさんから、彼を取りたい。

 

ゆーゆにも、わっしーにも、ふーみん先輩にも、いっつんにも、にぼっしーにも、私の知らないご先祖様達にも渡したくない。独り占めしたい。

 

黒くて醜い感情は、出会ってまだ一年も経ってない彼に注がれていた。

 

 

 

 

 

「つっきー、射的上手だね」

 

ここまでわたがしを食べて、ヨーヨーを釣って、射的をした。

 

五発でつっきーが欲しかった小さなお菓子と、私が欲しかった鳥のキーホルダーを撃ち落としたつっきーはご満悦な表情だ。

 

「過去で東郷の白銀も使ったからな。やっぱ命をかけて使ったものは覚えてるもんだ」

 

つっきーの言う『過去』は、今から大体300年前のこと。私も始め信じられなかったけど、私のお家からつっきーの写真が入ったメモリーカードが出てくれば、信じるしかなかった。

 

(そもそもつっきーが嘘をつくとは思えないし)

 

「でも一番はミノさんのなんでしょ?」

「んー、今一番使いこなせるのは斧だけどな。一番相性が良かったのは槍じゃないかな」

「え?」

「過去で使ってる時一番『上手く使えてる』感覚があったんだよなーあれ。ちゃんと練習を積めば斧より上手く出来そう」

 

「園子に勝てる気はしないけどな~」とつっきーが続ける。私は彼の顔が少し見えなかった。

 

彼はどんな風に言っているのだろうか。嬉しそうにか、真面目にか。

 

明るい口調だけど、ふざけてるようには感じなかった。

 

それを聞いて私はどうなってるのか。ただ武器の相性が良いと言われただけで喜んでいるこの心は普通なのか。

 

「確かそろそろ花火だよな。見に行くか?」

「...うん。ゴーゴー!」

「いや園子...ちょいちょい」

 

怪しげな笑みでつっきーに連れられたのは、祭りのメイン通りから離れた古ぼけた建物。

 

「お寺...?」

「70年近く前に使わなくなったらしいが、掃除もちゃんとしてるんだと」

 

座る場所を勧めてきて、二人で座った。

 

「ここは地元民でもなかなか知らない。運営が設置した観覧場に行くのが普通だが...」

 

変に溜め込んだつっきーの顔を見たせいで、始めの花火は音が聞こえてから見上げた。

 

心が直に揺らされたような響きは、私の悩みを吹き飛ばすような。

 

「嘘...」

「ここからは、ばっちり綺麗に見える。秘密のスポットだ」

「凄い!凄いよつっきー!!」

 

三年前わっしーと見た景色に負けないくらい綺麗な花火。赤緑黄色、たまにハートが見えて、カラフルな景色に心も彩られていく。

 

「つっきー、こんなところどうやって見つけたの?」

 

浮かれてた私は、聞かなければよかったと思い直せなかった。普段なら簡単に気づきそうなのに。

 

 

 

 

 

「ここは銀と一緒に来たとき、道に迷って見つけたんだ」

「っ...!!」

 

 

 

 

 

小さい頃から来ているなら、ミノさんと見つけた場所というのが濃厚。

 

そして、それは______

 

(...ここは、ミノさんとの思い出の場所)

 

しかも、ここにミノさんがいないということは、完全に譲って貰ったのだ。

 

『誕生日プレゼントは...夏休みのお祭り、私とつっきー二人きりで行かせて欲しい』

 

皆に頼んで譲って貰った、今日のデートのように。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「?」

 

俺と銀が見つけた場所で、園子と二人で花火を見ていた筈だった。何度見ても綺麗だと感じてた園子と他愛ない話をしてると、急に園子が黙って組んでいた腕の手を絡めてきた。指と指の間という他者には滅多に犯されない領域が支配されている。

 

「うおっ!?」

 

疑問に思ってきた俺はそのまま押し倒される。花火が園子の顔を照らす。

 

彼女は、泣いていた。

 

「園子...?」

「つっきー...私ね。欲しくて欲しくてたまらないの。つっきーが欲しくて胸が痛いの!!」

 

小さな子供のように頬を膨らませて、駄々をこねるような声を出す園子。突然言われた俺は動揺することしか出来ない。

 

「ど、どうした!?」

「わかる?私の心臓の音。つっきーと一緒にいるといつもいつもドキドキしてるの。もう...自分でも抑えられないの」

 

園子が自分の胸に俺の手を持っていき、そのまま俺に倒れこんだ。彼女の体が分厚めの浴衣越しに確かな存在として感じさせられる。

 

「そ、園子...」

「...好きなの」

「!」

「私は何よりつっきーが好き。他の誰より...大好きです。私と付き合ってください」

「......」

 

花火の音にも負けない園子の告白。俺は息を詰まらせた。告白された驚きではなくて______

 

(園子...どうしてそんな、悲しそうな顔をしてるんだ)

 

告白した結果に対する不安ではないと確信できる、くしゃっとした顔。涙をぼろぼろこぼし続ける瞳は吸い込まれそうで。

 

戸惑った俺は何も言えず、少しだけ沈黙が訪れた。

 

「......っ、ご、ごめんねつっきー。突然こんなこといって...えっと、ホントにごめんね!」

 

普段飄々とした雰囲気のある園子らしからぬ離れ方。そのまま器用に下駄でここから逃げるように走ろうとする。

 

(...離すのか?)

 

彼女の気持ちの吐露を無視して何も言わないなんて間違ってる。ここで彼女に伝えないなんて間違ってる。

 

情けないことに、彼女の方から告白されてしまったけれど_______

 

(あぁ。離しはしない。この手で手にいれたい物があるんだから)

 

園子の腕を掴み、そのまま強く引っ張りこむ。バランスを崩した彼女は俺の胸元に飛び込んだ。

 

「っ!は、離してつっきー!」

「園子。何で...何でそんな顔してるんだよ。言ってくれよ」

「...私は......告白しちゃったから。本当はミノさん達からとっちゃいけないって分かってるのに、気持ちを抑えられなかったから...」

 

それは_____俺のことは好きだけど、俺は銀達が好きだから。ということか。

 

「こんなに準備して、皆で行く予定だったお祭りも断って...でも、私...」

「...」

「だ、だから離してつっきー?もうこんなことしないから...んっ!」

 

彼女の顔を強引に持ち上げて唇を重ねる。涙で濡れていた唇はどこかふわふわして、現実じゃないみたいだった。

 

(バカやろう...)

 

彼女の抵抗しようとする力を奪うように、貪るように口を侵食する。彼女の力が抜けきってから唇を離した。唾液の糸が俺達を名残惜しく繋ぎ、やがて切れる。

 

「ふぅ...これが、俺の告白の返事だ」

「つっきー...?」

「お前が銀達に申し訳ないとか、そもそも前提が間違ってるんだよ。俺が好きなのは...園子だから」

 

それをたっぷり30秒近くかけて理解した園子は、驚いた顔から徐々ににやけを必死に抑えてる顔になった。

 

見たことないその顔が可愛くて、また口付けを交わす。

 

花火で出来た影は、ずっと一つだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...とまぁ、こんなところだよ」

「聞いた俺が死ぬほどバカだったよ」

「しつこく聞いてきて第一声それかよ...理不尽過ぎない?」

 

ブロンド髪であることを除けば俺に似てる少年は、そう言って料理を終わらせた。

 

「じゃあ...銀さんは空気読んでそこに行かなかったんだ」

「俺から頼んでたからな。園子をあそこに連れていきたいって...というか、俺も告白しようとしてたし」

「それが気づけば押し倒されて...その頃から母さんにしてやられてるな」

「否定できない...」

 

少年の名前は古雪立夏(りっか)。俺と園子の子供だ。

 

『私はつっきーのモノになりたいから...』

 

俺達が結婚する頃には大赦の格式は低くなり、本人の意志もあって乃木家の婿養子として入ることはなかった。

 

生まれた息子は園子の天才さをふんだんに受け継ぎ、興味のあることは何でも調べ、どれをやるにも上位、俺に木刀で勝負を挑めば中学生の時点で完封された。戦衣で身体能力ブーストまで着けたのに。

 

まぁ、俺の遺伝子もちゃんと含まれてたようで、容姿と性格はそれなりに似てるし、とある女の子にたじたじらしいが。

 

「あなた~。準備出来ましたわよ~」

「お、来たみたいだな。じゃあ留守番よろしく」

「...いってらっしゃい。バカップルが」

 

 

 

 

 

今日は8月30日。園子の誕生日だ。

 

俺達の歩く先は決まっている。

 

「また、一年ぶりだね~」

「前回の掃除には参加しただろ」

「そうでした~」

 

あの頃のように浴衣でも甚平でもない。あの時のように夜でもない。

 

「...嬉しいな」

「そうだな」

 

こうしてここにいれて嬉しい。こうして隣にいてくれて嬉しい。

 

隣にいる彼女はあの頃から同じで、この場所で、あの時と同じように影を合わせた。

 

誰より大切な人の名を口にして。

 

「愛してるよ。園子」

「愛してるよ。つっきー」

 

 

 

 

 

 

 




普段は周りの人が幸せなことを見ていたい、大切としている彼女が、エゴを貫いてでも欲しがる。そんな物が作りたくてこうなりました。


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誕生日記念短編 咲き誇る笑顔

そのっちに続いて今日はタマっちの誕生日!おめでとう!!

ということで今回も記念短編となります。そのっちと続けてというのもあるけど今回何が辛かったって、タマっちのアフターストーリーのネタを考えてる時に書いたこと。

今回の時空はゆゆゆいです。


「椿...ごめんな...」

「気にすんなっての」

 

家庭科室で料理をしていた所、球子に驚かされて熱湯をこぼしてしまった。咄嗟に避けることは出来たけど_____球子にかかりそうならば、庇うわけで。

 

左手の一部が火傷で皮が剥けてしまったが、料理で火傷をしてきた身としては数週間もすれば痕も残らず消えると経験で分かっている。それでも普段料理をしない球子は理解できない。

 

責任を感じて謝ってくるのは、小さな子供のいたずらがバレて反省してる様だ。

 

いっそ俺の戦衣に回復能力があれば良いのだが_____この世界は精霊バリアのある最新システムになった代わりに、治癒向上能力は無くなっていた。西暦の時の異常な回復力は高嶋友奈(神様)のバックアップがあればこそだし。

 

「このくらい唾でもつけときゃ治るさ」

「ホントか...?」

「いやそこで唾出さないで。自分の唾だから」

 

動転してる球子が口をもごもごさせ始めたのを必死に止める。そんな事されたらどうしたらいいのか分からなくなる。

 

「...よし!!決めたぞ!しばらくタマは椿の手伝いをする!!」

「えぇ...」

 

(まいったなぁ...)

 

 

 

 

 

「はい椿!あーんだ!」

 

俺は右利きだし、ご飯を食べさせられる必要はまるでない。だが、箸を取られて球子が返さないのではどうしようもない。

 

というか、優しさ全開の球子を必要ないと断る術など俺は持ち合わせていなかった。

 

「ん、あー」

「どうだ?美味いか?」

「...これ、市販品だしなぁ」

 

ちょっと小腹がすいて買ったサラダだったのだが、買ってから後悔した。箸を使わず食べるパンにしとけば何も問題なかったのだ。

 

(右手は自由だから油断してた...というか)

 

そうであれば________

 

(きっまず!)

 

こうして部室で周りの視線を受けながら食べることも無かったのだから。なんとなく熱があるというか、刺さるというか。

 

「火傷の治し方。火傷の治し方...」

「......」

「......」

「......」

 

こっちをじっと見つめてる者数名。治療法等が載ってる本を漁り続けてる者数名。何でもないようにいつも通り過ごしてる者数名。それらを見てニコニコメモしてる園子ズ。おい最後。

 

「...ご馳走さま。ありがとな球子」

「いやいや、タマに全部任せタマえ!」

「そういうわけにも...ひとまず依頼を」

「いーや。椿は座っててくれ!椿の分はタマが全部やるから!」

「球子、無理は...」

「今日のタマは椿の手足だ!」

「......ぁー分かった。お願いするよ」

「了解だ!!!」

 

依頼内容だけ確認した球子は、猛ダッシュで部室から消えた。

 

「...おい、誰か止めてくれないか?」

 

俺の声に反応する者はいなかった。

 

 

 

 

 

「いや、球子、別に家までついてくることは...」

「いーや!!」

「...はぁ」

 

家のソファーには両親がいて、軽い事情説明をする。俺と球子を見てニヤニヤしてる母親と『火傷か、大変だな』とどうでもいい感じの父親。多干渉されるよりは良かったので特に何か言うことなく部屋まで向かった。

 

「...さて、お前どうするつもりだ?」

 

夕食の準備は終わっている。手伝えるのはご飯を食べさせる位だろう。親の目の前であーんされるとか高校男子からしちゃある種の拷問である。

 

(今日でよかった...)

 

一番の問題はひなたをはじめとした他のメンバーがなんとかしてるようで、正直助かった。

 

「椿にご飯を食べさせる。着替えをさせる。あと風呂にも入れないとな!」

「...風呂!?」

「善は急げだ!行くぞ!」

 

いきなり予想外のワードに動揺したのを知ってか知らずか、ぐいぐい押してくる球子。

 

「ちょっ、まだ湯船溜まってないし!それ以前にそれはダメだろおい______」

 

 

 

 

 

自分の風呂は基本家族しか使わない場所であり、 遊びに来る友達でも入ることも見ることもない。

 

「...」

 

そこに美少女がいるってのは、大事な何かが蝕まれてるようでどこか緊張した。

 

(あーもー無心だ俺)

 

「背中流すからな?」

「任せる」

 

互いに裸なんてことはなく、俺は水着を、球子は濡れてもいいよう着ていた制服の上に俺の服を被っている。体格差で少しぶかぶかだが、服を着られないなんかより全然良い。というかこれを条件に風呂に入っているのだから。

 

(...にしても、強引だな)

 

確かに球子は納得いくまで自分の意思を貫くタイプだが、今回は意固地と言うか、より強引だった。

 

「強さは平気か?」

「ん、気持ちいいよ」

 

高校生にもなると背中を洗って貰うことなんてそうない。自分なら届きにくい場所も力を入れて擦って貰えるのは嬉しい。

 

「背中の次は前だな!」

「前は俺がやるから。絶対俺がやるから。頭やってくれ」

「わ、わかった」

 

有無を言わさぬ俺の言い方が効いたようで、彼女は手にシャンプーをつけだす。特にワックスなんかをつけてるわけでもない髪は、すんなりシャンプーと球子の手を受け入れた。

 

「お、意外と上手いな」

「だろう?杏の長い髪をやったりしてきたタマからすれば楽勝だ」

「へー」

 

正直意外だった。髪は女の命とも言われる。杏と球子が仲良しとはいえ、ちょっとがさつなイメージがある球子に杏が髪を洗うのを任せるとは思ってなかった。

 

(まぁ、球子の髪もそれなりに長いからな...)

 

普段お団子のように髪を二つ結んでるが、それをほどけば俺より長い髪になる。何回か見たことあるが、大体そうした時の球子はギャップがある。杏の恋愛小説のキャラをやらされてたりするから。

 

普段の球子を知っているからこそ珍しいし、髪を結んでる女子はおろしただけでどことなく特別感が出る。

 

「髪濡れちまったなー。タマも頭洗うか」

 

だから、唐突に特別な格好の球子が鏡越しに見えれば、考えていたからこそ動揺した。

 

「ん?どうした椿?」

「なんでもない!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あぁーいい湯だった!」

「シャワーで頭洗っただけだろ...」

 

タオルに髪についている水を吸わせていると、どことなくそわそわした椿が言ってきた。ちなみに、椿も結局沸かした湯船に入ってはいない。

 

「さて椿、ご飯にするか!タマが食べさせてやるからな!」

「...ふぅー。球子、いくらなんでも強引すぎないか?」

「そ、そんなことないぞ!」

「どもるなよ...流石に全部介護みたくしてもらわなくたって平気なんだが」

「...そうだよな......で、でもタマはお前が心配で!」

「その気持ちは分かってるって」

 

「そんな頼りないかぁ。俺...いやまぁ...」と悩んだように声を出す椿。タマは否定するために口を開く。

 

「いや!椿はいつも頼りになるぞ!でも...」

「でも?」

 

椿をちらりと見る。不思議そうに聞いてくるこいつの顔は、こちらの答えを待っていた。

 

 

 

 

 

タマは、椿が強い存在だと思っていた。はじめは違う。西暦にいた頃の椿は変だった時期が長いし、タマと杏を庇って腹に穴を開けたりして、それでもがむしゃらに進んでいく姿を見ていたから。一緒に、がむしゃらに戦ったから。

 

でも、この未来の世界で一年と少し。勇者部の最高学年だったり、バーテックス相手に一番に突っ込んでったり、赤嶺と全力で戦ったりする椿を見て、どこか自分とは違う強い存在だと無意識に線引きをしていた。

 

『あっつ!!』

 

だから、タマを熱湯から庇ってくれた椿の『痛がっている顔』を間近で見たら、変な勘違いをいつの間にしていたんだろうと思ってしまった。

 

椿だって痛がるし怖がる。それでも誰かのために動ける人なんだ________杏を守りたいと思うタマにとって、かっこいいと思うような、憧れのような、尊敬するような存在なんだ。

 

だから、椿に暗そうな顔を、痛そうな顔をしてほしくない。『誰かの』ために笑顔でいて欲しい_________

 

 

 

 

 

「でも...本当に心配したんだ」

「......」

 

消え入るようなタマの声を聞いてか聞かずか、椿は息を吐き出した。

 

「別に火傷くらい心配されるほどでもないよ...でも、ありがとな」

 

そう言って、タマよりごつくて大きな手が頭を撫でてくる。

 

その顔は、微笑んでいた。

 

「んにゃー...」

 

思わず目を閉じる。『タマの』不安を削ぐためにしてくれた顔が特別のように感じて、心がぽかぽかした。

 

「っ!」

「?...どうかしたか?」

「な、なんでもない!!」

「おう...まぁ椿。今日は何しようとしてもタマが代わりにやってやる!どーんとタマに命令しタマえ!!」

「あ、あぁ...じゃあ球子、とりあえず外行くぞ」

「...おう?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(というか、この後出掛けるからって言って風呂回避出来たんじゃね?)

 

今さら考えても後の祭りで、俺達は犬吠埼家へ向かっていた。残暑厳しい時期でも流石に風が吹けば寒さを感じる時間だ。にわか雨の可能性もあってバイクは留守番させている。

 

「......」

 

隣を球子は髪を普段通りに戻していた。つい頭を撫でた時に見せた幸せそうな顔に心を揺さぶられて落ち着かなかったので、元に戻してくれたのはありがたい。

 

(それでも、まだ心臓が速い気がするんだけどな...変に緊張するな。俺)

 

「それで、なんでまた風と樹の家に行くんだ?」

 

球子から話題を振ってくれたのでそれに集中する。

 

「それはお楽しみということで」

 

かといって話題を広げることも出来ず、インターホンを押した。

 

「来たぞ」

「はいはーい。いらっしゃい。椿もタマもよく来た!」

 

勢い良く出迎えてくれた風がどんどん入室を促して来て、球子が連れ去られる。

 

俺はメールで指示された位置にあった物を取り、玄関のドアを閉めた。

 

「風?なんかちょっと暗くないか...」

 

球子が指摘した瞬間部屋の明かりがつく。そして______

 

『ハッピーバースデー!!』

「うわわっ!?」

「おっと...」

 

クラッカーと声に驚いて体勢を崩した球子を支えてやった。案外軽い重さが俺の腕に伝わってくる。

 

「え、え?」

「誕生日おめでとう。球子」

「おめでとう。タマっち先輩」

「...今日タマの誕生日か!!!」

 

杏の言った通り球子は自分の誕生日を覚えてなかった。彼女曰く覚えてる年と覚えてない年があるらしいが、見事的中した。

 

ちなみに俺が家庭科室で作ろうとしていたのはケーキだったのだが、球子が俺にくっついて来たため役割を逆にして皆に作って貰った。今は堂々とテーブルの中央を陣取っている。

 

「...みんなー!!」

「ちょっ!?」

 

涙で顔をぐずぐずにした球子が支えてた俺の首に腕を回して抱きしめてくる。ふわっと柑橘系の匂いが鼻をくすぐった。

 

「皆はあっち!反対!」

「こんな顔見せられるかー!」

「拭くなおい!」

 

ひとしきり騒いだ球子は、弾ける笑顔を作った。

 

「皆ありがとう!大好きだ!!」

「土居さんは騒がしいわね」

「そう言うわりにノリノリで準備してたじゃないか。千景」

「乃木さん!?」

「そーなのかー千景?そうなのかー!!」

「やめてっ、抱きつかないで!」

「げふっ...杏ー!!!」

「はいはい...」

「元気だなおい...」

 

呆れたように言ったものの、口角は上がってるのを自覚していた。

 

「嬉しそうですねー椿さんや」

「そうですなー」

「るせぇ。銀も風もニヤニヤしてんな」

 

仕方ないだろう。球子は反省してるような顔より笑顔の方が何万倍も似合っていたのだから。

 

 

 

 




一つお知らせです。そのうち作ろうと考えているオリ紹介3に向けて、質問箱を作りました。自分に質問したいぞと言う方は是非。詳しくは作者欄の活動報告にて。


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ゆゆゆい編 10話

ゆゆゆい編も二桁に突入!

今回はリクエストになります。質問共々どしどし募集中です。


「...」

 

部室にほとんどの人が集まっていたのに、誰一人音を発しない。普段勇者部の部室はぎゅうぎゅうで騒がしいけど、ぎゅうぎゅうで静かというのは違和感しかなくて怖い。

 

「......」

 

何を考えているのかは大体察しがついた。恐らくアタシも同じだから。

 

皆が食いついて見てるパソコンには、一つの依頼が届いていた。

 

『一般的な男の子の好みを教えて貰えませんか』

 

そのあと多分依頼人が好きな人の魅力がつらつら書いてあったけど、スクロールされないから誰も見てない。

 

「......い、いやー。あたしが中学の頃にね!あたしのチア姿に惚れた男子が」

「風さん。それを聞くのは我々も五回目だ」

「...」

 

風さんの武勇伝を若葉が止める。

 

どこか重苦しい雰囲気が部室を包んでいた。

 

それをぶち壊したのは案の定というか_______

 

「つっきーの好みはどんなかな」

 

バーテックスと戦っている時のような、脳が焼ける感覚。走った衝撃は何人かが同じようで、表情が変わった。

 

「...」

 

よく考えたら、アタシもあまり知らない。プールの前にそういった本を読んでるのは見たけど、あれ以来持っても買ってもないようだ。

 

(...椿のタイプ)

 

「銀ちゃん、何か分かる?」

「んー...アタシもそこまでかな。意外と知らない」

「そっかー......」

 

再び重くなる空気。ぶち壊したのは______アタシにとっては案の定だった。

 

「お疲れー」

「確保ぉぉぉ!!!」

「え、え?え!?」

 

(椿に不幸体質移してる説あるな...いや、これは不幸じゃないかな?)

 

アタシに言えることはただ一つ。椿、ドンマイ。

 

「なんなんだよぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(部室に来たら紐で拘束され椅子にくくりつけられた。突然どうしたと思うだろう。俺も思う)

 

異常事態に混乱してた俺は誰に話すでもなく、なんとか言葉を捻り出す。

 

「マジでこれはなんなんだよ。俺も怒るぞ」

「いやーごめんごめん。外すわ」

 

銀が縄をほどいてくれたが、事態の謎は解けないまま。

 

「実はこんな依頼がきててね」

 

『一般的な男の子の好みを教えて貰えませんか』とパソコンに書かれたのを見れば、今までの勇者部を見てきたら逃げたくなるし、それを防ぐため捕らえるだろうとどこか納得できた。

(前は確か、似たようなことで壁ドンが始まって...)

 

「...それで、部内唯一の男である俺に聞こうと言うわけか」

「そうそう!」

 

ここで逃げ出せば多勢に無勢で捕まるだけ。煮るなり焼くなりされてしまう。

 

「...答えるけど、あくまで俺の意見だから鵜呑みにするなよ」

 

だから俺は、皆を刺激しないようなるべく従った。今更だけど適当に返信すればいいのではないだろうか。

 

「はーい。じゃあ誰から質問する?」

「え、えーっと...はい!」

「はい部長!」

 

銀主体の元、まず手をあげたのは樹。

 

「椿さんは年下好きですか?年上好きですか?」

「...上でも下でもいいけど、離れすぎてると嫌かな。プラマイ五歳くらい?」

「そ、そうですか!」

「人によっては年上が良いとかあるみたいだから、その人の好みを知ってそれっぽく振る舞うのがいいんじゃないかな」

 

俺の意見を聞いてハッとした表情をした東郷がパソコンに返信を打ち込んでいく。

 

(今回の目的それだよな...?)

 

「じゃ、じゃあ次!好きな髪型!」

「髪型ねぇ...特にこだわってない」

「え、それはどうなの?坊主でもいいわけですか?」

 

雪花(ファッションリーダー)からすれば納得いかない答えだったようで、俺は補足する。

 

「いや、そんな極端なのは嫌だけど...その人に似合うなら割りと自由でいいのかなって。夏凜なんかいつも二つで結んでるけど、一つに纏めてても降ろしてても似合いそうじゃない?」

「なっ!なな...」

「成る程...流石だにゃー」

「?」

「じゃあ椿さん。好きな性格いきましょう」

 

次に手をあげたのはひなた。いつもより目がキラキラしてる感じがしたが、恐らく気のせいだろう。

 

「むー...んー」

「難しいですか?でしたら明るい感じの子と大人しい感じの子、どちらが良いでしょう」

「ぁー...それなら明るめの子かな?」

 

きっと昔から明るい銀とはしゃいできたからだろう。

 

「......そうですか」

「ま、俺は部屋でのんびりするのも好みだし、それこそ好きな人となら何でもしたいかな。だから、一緒に心から楽しんでくれる人なら大人しい感じでも全然」

「そうですか!」

「ほんとですか!?」

「お、おう...」

 

若干食いぎみで聞いてくるひなたと杏に、変な冷や汗をかきながら答えた。

 

「じゃあ、椿の好きなものだな...と思ったけど、それはみかんか」

「そうだな」

「そう言えば、愛媛はみかんジュースが蛇口から出るらしいけど、本当なの?」

 

千景かそんなことを______

 

「愛媛生まれのタマから言わせて貰うけどな。そんなのは...って椿、どうした?」

「いや。ちょっと愛媛に引っ越す準備してくる」

『!?』

 

部室の扉をあける。愛媛のどこが良いみかん脈なのだろうか。

 

「ちょ、ちょっと待て椿!!」

「なんだよ若葉。俺隣の県にそんな幸せ空間広がってるなんて知らなくて凄く後悔してる最中だからあまり触れないで欲しいんだが」

「いや!引っ越しの準備って!?」

「安心しろ。バイク登校だから早起きすれば支障なし!!」

 

俺は希望を胸に灯し、一歩を_____

 

「つっきー!」

「椿先輩!!」

「椿君!!!」

「ぐえっ」

 

踏み出したところで友奈ズと園子に押し潰された。

 

「な、何...?」

「椿先輩は私達とみかん、どっちが大事なんですか!!」

「何で修羅場みたいになってんの...友奈、お前は俺の妻か」

「妻...っ!!」

 

背中の声が急に黙るので気になるものの、振り向くことも動くことも叶わない。流石に三人は重かった。

 

「ていうかみかんとお前らは比較するもんじゃないし...引っ越しても勇者部には出るから」

「引っ越す前提で話が進んでる...椿君。みかんジュースなら私が買ってあげるから」

「いやいや、後輩から奢って貰うつもりないし。なんでそうまでして」

「だって~。皆なるべくつっきーの近くにいたいんだもの~」

 

現在ゼロ距離にいる園子はもぞもぞ動き、呟いた。

 

「好きな人なら尚更。ね?」

「ふぁふっ!?」

 

変に高い声が漏れる。園子が耳元でこそこそ喋ったせいで、背中の辺りがぞくぞくした。

 

「やっぱりここが弱いんだ」

「そ、園子...なんでっ」

「知ってるよー。赤嶺ゆーゆにやられてデレデレしてたもんね」

「な!?」

「でもさ...」

 

この距離でしか絶対に聞こえない掠れた、消え入る声。息だけで鼓膜が揺れる。

 

「これは、やられてないよね」

 

そう言った園子は、小悪魔みたいな表情をしてるように思えた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「だぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 

飛びあがってそのまま顔と地面がキスをする。

 

「いってて...何がどうなって...」

 

『つっきー...つっきーって甘くて美味しぃねぇ』

『椿先輩ここが弱いんだ...あむっ』

 

「っ!!」

 

咄嗟に耳を抑えるも、そこには口の温かさも息の振動も、唾液の感覚もない。

 

深呼吸してもう一度目をあければ、そこは草と川が見えるだけだった。

 

「......」

 

『ねぇ、私達と一緒に、このままドロドロに溶けちゃおうよ...ね?椿君』

 

つまり、あれは______

 

「...夢?」

 

口にした途端変に力んでいた力が抜け、呆然とした。

 

「......っ、はぁ~」

 

 

 

 

今日は休日。バイクでドライブしてた所気持ち良さそうな河川敷があったので寝転がり、そのまま寝てしまった。

 

そして、それで夢を、見た。

 

(あんな夢を...今度園子と友奈、ユウにどんな顔して会えばいいんだ)

 

夢の内容は起きて数分で記憶がおぼろ気になるものだが、今でも顔が暑くなるくらいにはしっかり覚えている。

 

(しかも何が問題って、今部室に向かってることなんだよな...)

 

寝てる間に風から連絡が来ていて、来れるなら部室に来てほしいと。正直行きたくないのだが、断る理由もない。

 

(心の中で皆に謝っとこう)

 

あんまり、皆をそういう目で見たくない。勿論可愛いし、好きなのだが______大切な彼女達を穢すようで、好きじゃない。

 

「お疲れー」

 

だから俺は、極力冷静を装って部室の扉を______

 

「確保ぉ」

 

銀が言い切る前に全力で閉める。同時にスマホの戦衣を起動させた。一般人に見られたら不味いとかそんな思考は働いてない。

 

(正夢にしてたまるかぁぁぁぁ!!!!)

 

常人離れのダッシュで部室から離れる。

 

「ちょ、椿!?」

「なんなんだよぉぉぉぉ!!!」

 

俺の悲鳴は、誰にも理解されず消え去った。

 

 



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短編 夏凜if

この作品も150話を迎えました。皆様の支えがなければ絶対こんなに書いてない(断言)。毎度のことですが、本当にありがとうございます。

内容はサブタイ通りです。


「また無理をして...これでよし」

「っー!!ねぇ、前より荒々しくなってない!?」

「気のせいだ」

 

救急キットの箱を閉めて、改めて相手の手を見る。治療した傷はしっかり包帯を巻いてあるし、なんなら前より器用に、完璧に出来るようになった。

 

「そう感じるのは、お前がもっと優しくやって欲しいって願ってるんだよ」

「なっ!そ、そんなわけないでしょ!!」

「どうだか~?」

 

そう言って顔を赤くする彼女との関係は、かなり前に遡る______

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

俺、古雪椿の親は、大赦と呼ばれる組織で働いていた。人類をウイルスから守ってくれた神様、神樹様を崇め奉る組織だ。

 

といっても特別な役職についているわけでもなく、本人達曰く中の下辺りの位だとか。そのせいか昔から引っ越しが多く、かなりの転校を繰り返している。

 

そんな大赦では、何でも世界規模の大きなお役目が一つ終わったらしい。『勇者』という男の子なら一回くらい憧れただろうフレーズは、俺の心も動かした。

 

そして、『勇者』は引き継がれるそうで。先代勇者様の力?を引き継ぐ人を決めるらしい。詳しい話は何も知らないが、それなりの数の勇者適性者を集め、一番を選ぶ。神樹様に関わるお役目の中ではトップに近い仕事らしくて、秘密でありながらかなり大がかりなんだそうだ。

 

で、そんな秘密の話を多少なりとも知っていて、こんな話をしているかと言えば。

 

「...今日もこないな」

 

大赦管理の施設の一室に俺がいて、小さな小さなお役目をしているからだった。

 

大赦は組織の知名度のわりに人が少ない。少数精鋭と言ってしまえば聞こえは良いが、大切な神様を奉っている組織としてはいかがなものか。

 

俺は両親にある仕事を提案された。内容は件の勇者という仕事で発生するだろう怪我人の手当て。近い役割は保健室の先生か。勿論重病なんか処置出来ないが、擦り傷や打撲の処置を施すと言ったところ。

 

こうした神樹様に関する特別な知識もいらない末端の仕事は、四国中で募集がかかったらしい。

 

この時代は中学生でも働く事ができる。扱いはアルバイトとして俺は親からすすめられたこの条件を飲み、昼間は学校、夕方はこの部屋で怪我人を待つことになった。飲んだ理由は二つ。末端とはいえ家族が大赦と接することで親の給料が少し上がるから。もう一つは______

 

(にしてもこんなに暇とは...バンバンこられても困るが、俺の役目がなぁ)

 

始めて一週間が経つが、来たのは消毒液を借りに来たおばさまだけ。勇者ではないらしい。

 

給料泥棒という言葉が脳裏をよぎり、払拭するべく治療方法なんかが書かれた本を暗記し始めた。そして終わった。この部屋に何があるのか調べた。全部終わって掃除も済ませた。

 

(......暇だ)

 

勇者といえば、同じクラスの犬吠埼が作った部活も『勇者部』なんて名前だったなーなんて連想してた時、ガラッと扉が開かれた。

「絆創膏あるかしら」

「いっぱいあるから好きなだけどうぞ...って」

 

中に入ってきたのは一人の少女だった。ツインテールがぴょこっと揺れる、十人いたら九人は美少女と答えそうな同い年くらいの女の子。

 

ただし、打撲が遠目から見ても何ヵ所かあり、右膝を擦りむいて血を流してる女の子だった。

 

「ここにあるのね。ありがと」

「いや!?そんな小さなやつでどうするつもりですか!?」

「膝に貼るのよ。怪我したから」

「いや、消毒もしないでやったら膿んじゃうだけだって...!!しかも砂までついてるじゃないですか!」

「大したことないわ」

「いやあるから!?あーもーこっち座ってください!!!」

 

 

 

 

 

「はぁ...」

 

(本の中身暗記しといて良かったぁ...)

 

打撲箇所は冷やし、膝もしっかり消毒を済ませてから絆創膏を貼る。初めてのことだったが手順や道具の場所を暗記してたお陰でかなりスムーズに出来たつもりだ。

 

「良いですか?安静にしてください」

「嫌よ。治療は終わったでしょ?なら行くわ」

「ダメです!!それだけ傷ついて動いたら体の治りが悪くなる!!」

「...」

 

睨まれる俺は負けじと部屋の扉を守り、やがて彼女の方が折れた。

 

「...分かったわ。今日はここにいる」

「で、何出してるんです」

 

次に何をしだしたのかと思えば、怪しげな錠剤が入った瓶をいくつも並べだした。フリーマーケットごっこでも始められるレベル。

 

「なにって夕食。帰ってから特訓するために今食べとこうと思って」

「っー...帰ってから特訓するつもり満々なのはこの際置いときますが、それは食事じゃないでしょう」

「は?必要な栄養は全部取れてるでしょう?」

「......」

 

言いたいことは分かる。普通にそこら辺のジャンクフードを食べるなら、こうしてちゃんと成分表示されてるサプリをバランス良く食べた方が良いのだろう。

 

ただ________それは。

 

「それは、食事というより補給だ」

「え?」

 

色んな味も出てることを知ってる上で言うが、これは『味を楽しんでない』。温かかったり冷たかったり、柔らかかったり固かったりする様々な料理を、その味覚を楽しむ『食事』じゃない。

 

「...いつも、こんなことをしてるんですか?」

「そうよ。勇者になれるチャンスが出来てからはずっと」

 

(こんな子が、こんな傷だらけで、こんなの食べて...)

 

勇者の役目を理解していない俺は勇者の適性あるもの全員が同じことをしている風景を想像してしまい、ぼそりと呟いた。

 

「勇者なんて、くそったれじゃないか」

 

 

 

 

 

「っ!!!」

 

瞬間、彼女から悪意を感じた。今でこそ殺気だと分かる明確な悪感情。未知の感覚に背筋が凍り、体が固まった。

 

「なにも知らないくせに、何上から言ってんの!?うるさいわよ!!!」

 

彼女が立ち上がり、バッグをかっさらって出ていく。彼女の体を冷やしていた保冷剤だけが床にカランと音を立てて落ちた。

 

 

 

 

 

彼女と次に出会ったのは、前回と同じこの救護室だった。

 

「......冷やすの、頂戴」

 

凄く嫌な顔を隠そうともせず入ってきた彼女は、それだけ言って椅子に座った。

 

「...どうしたんです?」

 

俺は彼女の神経を逆撫でしないよう、歩み寄るように声を発した。

 

だって、俺がしたいのはこれだから。数日空いたお陰で冷静になれた。

 

「担当に、安静にしないと特訓を禁止しますって」

「成る程」

 

前回の半分の時間で作業を済ませたが、冷却箇所が増加してて前回とさほど時間は変わらなかった。

 

「...あの」

「なに」

「この前はすいません。自分は勇者がどんな役目かも知らないのに、頭ごなしに否定するような口をきいてしまって」

「...私も、悪かったわ。それに聞いたけどあんた私より一つ上なんでしょ?敬語いらないわよ」

「...わかった」

 

互いのぎこちなさがどことなく消えていく。一つ下らしい彼女はつんとした口調で言ってきた。

 

「名前は?」

「え?」

「名前はって聞いてるの」

「ふ、古雪椿」

「そ。三好夏凜よ。よろしく」

 

俺達の、この救護室での関係はここからスタートした。

 

傷を作っては俺が手当てする。他の子が来ることもあったけど、圧倒的に一番多いのは彼女だった。

 

三好夏凜。十二歳。大赦で重役につく兄がおり、本人は勇者の適性が高い。現在行われている勇者の選考では一二を争うレベル。もう一人楠さんという人がいるらしいが、彼女とはまだ会ったことがない。

 

ちなみに勇者候補全員がサプリに怪我だらけの生活を送っているわけではなく、物珍しいだけらしい。あと、極度のにぼし好き。

 

「勇者ってのがどんなことをする役目なのか知らないけど、こんなに怪我するなんて大変なんだな」

「ここの仕事は知らなくても出来るもんね。あんたも大赦の役員じゃなくてただの一般人でしょ?」

「まぁな」

 

その雑談は、半年近く経ったある時のものだった。

 

「なんでここに来たのよ?全然知らないのに」

「大赦に勤めてる親の給料が上がるのが一つ。もう一つは...」

 

変にためたせいで夏凜が注目してきている。言うのが少し恥ずかしかったが、きちんと喋った。

 

「誰かを守る仕事をしたかった」

「?」

 

それは、小さい頃からの目標。仮面を被って悪と戦うヒーローのように、自分も誰かを守ってみたい。助けてみたい。幼稚園児が七夕で短冊に願いそうな夢を、俺は未だに持っていたのだ。

 

「こうして裏方じみた物でもいい。夏凜の傷をこうして手当て出来るような仕事をしてみたかった...それだけだ」

「あんた...」

「あーっと!じゃあお前はどうなんだ!なんで勇者になろうと思ったんだ?夏凜」

 

俺の恥ずかしさを誤魔化す大声に一瞬つまった彼女は、同じように口を開いた。

 

「私は...兄貴に追い付くためよ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

古雪椿。私より一つ上の中学生で、勇者選考者が利用できる救護室の担当者。勇者のことは全然理解していなくて、だから悩んだ。勇者の詳しいことを何も言わずに私の目標を話すのは難しいから。

 

すんなり喋ろうと思えたのは______今でも分からない。

「...勇者って言うのは、命に関わるお役目なの。その分、どんな仕事よりも功績が大きい。手柄を立てれば兄貴に追いつける」

「お兄さんに追いつくって...」

「私の兄貴は大赦の中枢で働いているってのは言ったわよね?成績優秀、スポーツ万能、品行方正の完璧超人で、若くして大赦に入った期待のエース...そんな兄貴は親からも誉められて...家族で話題にあがるのは、いつも兄貴だった」

「......」

「私が何をしても、上に兄貴がいる。兄貴の絵は廊下に飾るけど、私のは一つもない。兄貴のテストは誉めるけど、私のテストが誉められることはない...それが、悔しかった」

 

誰にも話したことのない私の原動力。椿は私の言葉を待ってくれている。

 

「そんなときにチャンスが来た。私には勇者の適性があるってね。兄貴にはなれない、私だけが出来る大きな役目。そこから私は鍛え続けてる。才能で敵わないなら努力するしかないから」

「夏凜...」

「それが、私が勇者を目指す理由よ...はー。話したらなんかスッキリしたわ」

 

椅子にもたれた私は、椿の顔をちらっと見る。いきなりこんな話をされて、快く思う人はいないと、話しきってから思ってしまったから。

 

でも、椿の顔は引きぎみというより、前のめりだった。

 

「そっか...頑張ってるんだもんな。お前」

「そ、そうよ!」

「...でも、勇者って命に関わる役目なんだ......なぁ、俺の意見、言ってもいいか?」

「何よ?やめないわよ」

「分かってるよ...夏凜には目標があるわけだし、止める権利なんてない。お兄さんの本音も分からないしな」

 

ここまで言って、椿は私と目を合わせた。何もかも見透かしてきそうな黒い瞳が映る。

 

「応援はする...でも、無理はしないでくれ。家族が傷ついて何も思わない人なんていないだろうし...俺が嫌だ。命に関わるなら尚更」

「なっ!」

「ここで治療出来るくらいの小さな怪我にしてくれよな」

 

私のことを案じてくれてる優しい言葉。物心ついてから受けた覚えのない温かさ。

 

私は変に揺さぶられて、顔が熱くなる。

 

「...ぁ、当たり前よ!私は完成型勇者になるんですからね!!!」

 

照れてるのが絶対バレないように、声を張り上げた。

 

「そんな照れるなよ勇者様」

「うっ!うるさいうるさいうるさい!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

夏凜を始めとした勇者候補生達を治療し続けること数年。俺は中三になった。

 

勇者を決める選考会は既に行われたらしい。俺は_______大赦から追い出され、平凡な中学生に戻っている。

 

勇者の選考が終われば候補生達の治療役など必要ない。ようはやることが無くなったのだ。

 

『勇者は...勇者は誰になったんですか?』

『...勇者になられたのは、三好夏凜様です』

 

まぁ、必要なことは聞けたので別に良いのだが、彼女と最後に話すことなく終わってしまったことだけが心残りだった。

 

(元気にしてるかな...あいつ)

 

「おい古雪、授業始まるぞ?」

「あ、マジか...悪い。先行っててくれ」

 

皆から遅れて準備をし、次の授業場所である移動教室へ。階段を一つ降りて左________

 

「ギリギリかな...!!!」

 

そこにいたのは一人の少女だった。ツインテールがぴょこっと揺れる、十人いたら九人は美少女と答えそうな同い年くらいの女の子。

 

学生鞄を持ち、辺りを見回してる子だった。驚く俺と目が合い、見開かれる。

 

「な...な!」

「おい...!」

「「何でここにいるんだ(わけ)!!?」」

 

チャイムに負けないくらいの声量で、俺達は互いに指をさした。

 

完成型勇者であり、手柄を立てるために戦い、後に勇者部として戦う三好夏凜。

 

誰かの役に立つことを夢見て、勇者のサポートに任命され、後に夏凜の為に命を張る俺。

 

これは、互いを認めあい、夢を共有し、背中を合わせ支えあう、そんな俺達の物語。

 

 




この話はくめゆ組のゆゆゆい参加間近ということで、くめゆ組をメインに書くとしたら椿とは違う主人公にしようと考えていた設定を椿に落とし込み、夏凜ifとしたものです。園子ifと同じく銀は憑依していません。

しかも続きそうな感じですが、全く続く予定ないです。二人がどんな風に戦っていくかは皆様のご想像にお任せします。ぎんつばもですがifでも本編でも共闘したり背中合わせで戦うのが似合う二人に感じました。流石どちらも赤の勇者。



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誕生日記念短編 声を聞かせて

今日は杏の誕生日!おめでとう!!

ゆゆゆい原作ではあんたまを見せつけられましたが...一枚絵の所はダメでしょ。尊い。尊すぎ。

まぁこの作品はいつも通り、彼に祝って貰いましょう。


「...」

 

本屋を物色すること30分。目当ての本の場所だけ確認した俺は、周りをうろうろしていた。

 

『つーばーきー!!!』

 

事の始まりは球子である。部活終了後に俺の肩を掴んで全力で揺さぶって来たのだ。

 

『あがががが!?』

『杏の誕生日、どうすればいいか考えてくれー!!!』

 

数日後に迫る杏の誕生日。勿論俺もお祝いするつもりだが、球子にあそこまで全力で体を揺さぶられれば多少の不安も出てくる。

 

(このままの準備でいいのかってな...)

 

かといってどうすれば良いのか分かるわけでもない。

 

というわけで、俺は杏の趣味である本を物色してヒントを得ようとしていた。

 

(つっても...)

 

目についた本を手に取りパラパラめくってみる。本のタイトルは『恋愛術 禁断の巻』という怪しげな奴。

 

(杏は恋愛小説が好きだし、球子を主人公にドラマっぽくやらせようとしたこともある。園子が書くのもよく読んでるし)

 

園子は最近恋愛物を書いてることが多いのか、杏と部室でキャーキャーしているのを見かける。

 

そう言うのを考えると、彼女の望む舞台を作るというのも手だろう。

 

(...デートもしたし)

 

どこか恥ずかしげな心を抑えて思い出す。西暦で俺が歪んでた時、彼女の命令で彼氏として振る舞い_____杏は俺の彼女として、俺の悩みを聞こうとしてくれた。

 

当時の俺は拒絶したものの、あれは俺が元の魂を取り戻す上で大切なことだった。あそこで杏に向けて口を開かなければ、自分の思いを纏めることも、その奥に隠してしまった『誰かのために戦う』という俺の思いを再び見つけることが出来なかっただろうから。

 

(感謝してもしきれないな)

 

誰に見られてるわけでもないが恥ずかしくなって頭をかく。多少落ち着いた俺の目はとあるページで止まった。

 

『女性でも簡単にできる手足の縛り方』

『催眠による可能限界』

『300円ショップにあるものだけで作れる拘束部屋(神世紀290年現在)』

 

(...これがよく市販の本として成立したな)

 

心持ち奥まで本をしまって、他の本を見ていく。

 

(プレゼントとしてはやっぱ恋愛小説をってのがベターだろうが...どれが持ってないとか分かんないしな)

 

というよりまず、杏と被ることなく杏が自分で選ぶより良い本を見つけると考えるとかなり難しい感じがする。

 

(どうしたもんかなぁ...確認しに杏の部屋行って、買いそうな新刊以外を狙えばいけるか?)

 

思考しながら何となく一番陳列棚に並んでいる本を手に取ろうとした時、本ではない温かさが体に触れた。

 

「「あ」」

 

反射でそちらを向いたら、同じように俺を見つめる杏がいた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「杏も買いに来たのか?」

「はい。この本を書いてる人が凄く好みなので」

 

嬉しそうな顔をする杏を見ながら久しぶりにコーヒーを飲む。みかんジュースが一番だが別に他を飲まないわけじゃない。

 

「どんな話なんだ?」

「この作者さんは短編を書くことが多いんですけど、一つ一つにしっかりテーマを持った描写をしていて.......」

 

俺も本を読むことがあり、好きなことを語ってる時の杏はそれなりに見る。普通に読んだら普通と思う内容も杏を通すことで凄く感性を刺激する。

 

文を紡ぐことで相手を感動させる小説家の園子、和菓子の美味しさで相手を感動させる東郷と似ている杏の話術。

 

「あ、すいません...私だけ喋り過ぎですよね」

「いやいや、どんどん話してくれよ。俺好きだからさ」

「好き!?」

「杏の話聞くの」

「そ、そうですか...そうですよね...そう言えば、椿さんもあの人の本取ろうとしてましたよね?」

「あぁ...ちょっと気になってな」

 

素直に『お前への誕生日プレゼントを探してました』とは言えず、少し誤魔化しながら答える。

 

「へー...私の誕生日の為ですか?」

「うっ」

 

だから本人から真っ直ぐ当てられれば、つまった声で返すしかない。

 

「ふふふ...初めて椿さんから一本取った気分です」

「そうだよなぁ...誕生日前になれば流石にバレるわなぁ...おまけに、俺が恋愛小説読むときはまず杏の所行くし」

「私のを借りて、気に入った本だけ買いますからね」

「見つかった時点で警戒しとくべきだった...」

 

警戒しておけば核心をつかれても誤魔化しきれただろう。しかしバレれば降参の意を示すため両手を上げるしかない。

 

「負けだ負け。ついでに聞くけど誕生日何が欲しい?」

「ぶっちゃけますね...」

「だってもうバレてるし。それなら本人が一番欲しい物を叶えたいじゃん?」

「...それなら、椿さんにしか出来ないことをお願いしたいです!!」

「俺にしか出来ないこと?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

私が買い物途中で椿さんと会ってから二日。一足先に椿さんから誕生日プレゼントを貰った。

 

『ありがとうございます椿さん!!大切にします!!!』

『出来れば大切にしないで捨ててくれると嬉しいんだが...』

『大切にします!!!!』

『......それだけ喜んでくれるなら、やった甲斐があったよ』

 

パソコンをつけてUSBを接続する。整理されてるファイルからコピーしてペースト。ダウンロードが完了するまでに私の心臓は十分に高鳴っていた。

 

「...よし!!」

 

紙を準備して、録音の準備をして、イヤホンをさして、全てのチェックを終えてから再生を押した。

 

少しあった雑音が消え、ある音が流れる。

 

『...ぁー、取れてるよな。んんっ...誕生日おめでとう杏。というわけで始める』

 

恥ずかしいな。と呟かれるものの、声はまた流れ出した。

 

『雪が降る冬。これは、俺達の物語...大丈夫か?』

「あ、ありがとうございます...助けて頂いて」

『あんな大男に言い寄られてれば口出しもする。おまけにこんな広い所で...無駄話はいいか。気をつけて』

「あ、あの!お名前は!?私は有栖(ありす)って言います!!」

『...亮(りょう)だ』

 

 

 

 

 

私の声に椿さんが返す_____いや、亮君(椿さん)の声に有栖(私)が合わせる。

 

椿さんにお願いしたのは、私が用意した小説の朗読だった。男の子『亮君』とプロローグなんかの文字を椿さんに読んでもらう。私がやっているのは、そのデータに合わせて『有栖』の声を吹き込むこと。私の好きな作品を声つきの作品として楽しみたい。その思いでお願いした。

 

物語は、有栖ちゃんが男に絡まれていた所を亮君が助けたことから始まる、高校生から大学生までの期間に仲を深め合う二人の愛の物語。

 

『なんかチケットを二枚貰ってな。有栖、これ好きだったろ?やる』

「う、受け取れないよこんなの...!」

『どうせ貰い物だ。あぁ、一人で行くのが嫌か?暇な日ならついていくが』

「ぇ...?」

 

恋愛に疎く喧嘩してる事が多い亮君に、はじめはかっこよさで惚れ、後にその中身に惚れていく有栖。

 

この小説が好きになったのは、単純だった。勿論文章の構成とか雰囲気が好きというのもあるけれど_______

 

『舌打ちしたいのはこっちだっての...大丈夫だったか?伊予島』

 

始まりが、似ていた。私と椿さんが初めて二人で話した_______私を安心させるために抱きしめてくれたあの状況と。

 

「ど、どうかな...?夏祭りだし、浴衣を着てみたんだけど...」

『よく似合ってると思う。俺は黄色の方が好きだがな』

「そっか...」

『そっちの方が可愛く見えるだろうから』

「?」

『...何でもない』

 

二人はかなり早い段階で両思いになるけど、自覚しないまま時が流れる。

 

『クリスマスに一緒にいないとかありえない。とあいつに言われてな。少し付き合ってくれないか?』

「い、いいよ。どこ行こっか?」

『お前が行きたいところで良い。ついていく』

 

クリスマスが過ぎて、新年が過ぎて、バレンタインが過ぎて、高二から高三になって、大学も同じところに行けて、そこでいざこざがあって_______

 

『俺は、やっと気づいた...お前が好きなんだ。有栖』

「...遅いよ。バカ!」

 

全ての台詞を言い終えた私は、座っていた椅子の背もたれに寄りかかった。

 

「っふぁー...終わったー......」

 

口元がひくひく動こうとするのを抑え、データを消さないよう大事に保管し、念のためコピーもとる。

 

これは、私が好きな小説を私と椿さんで作った物______そう考えると、心臓の音が収まることはなかった。

 

(まさか本当に読んでもらえるなんて...しかも)

 

コピーした録音はタイトルが無編集で、リテイクした回数が分かる。

 

(二日で20回もやり直して貰って...)

 

しかも、私の声がすらすら入るよう空白が開けられている。本当は本を読むスピードに合わせ、丁度亮君のセリフを読むときに流れるよう意識して貰ったのだけど______

 

(...)

 

もう一度、今録音したのとは違う椿さんが声を吹き込んだだけの物を再生する。

 

『...ぁー、取れてるよな。んんっ...誕生日おめでとう杏』

 

(ぇへへ...)

 

私がこれをプレゼントとしてお願いしたのは、いくら優しい椿さんでも普段お願い出来るものではないから。

 

それから、私があの人の声が好きだから、だった。

 

西暦でやつれてた頃や、逆に精神を復活させた時にも感じていたけれど、椿さんは声や態度に感情を乗せやすい人のように感じる。

 

普段はそんなことないけれど、何かあったときに抑揚をつけるから感じやすい。というのもあるけれど、それが好みだった。

 

(椿さん...)

 

タマっち先輩と同じくらい、私の環境を変えてくれた人。その人が私のためにと、思いが込められたもの。

 

『俺の隣にいてくれ...なんてな』

 

(...これ、本当に頼んでよかった)

 

少しの罪悪感と沢山の幸福感を受けながら、私はパソコンの音量をあげた。

 

(体、熱くなっちゃう...私もこんな......)

 

 

 

 

 

「杏ー、なに聞いてるんだ?」

「えっ!?タマっち先輩!?何で!?」

「何でってノックはしたぞー。合鍵使って入っただけだ。それより凄いだらけた顔して何を...」

「だっ、ダメ!タマっち先輩でもこれだけはダメぇぇ!!」

 

 



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アフターストーリー 千景

久々の連日投稿。そしてのわゆ編完結から約二ヶ月。お待たせしました! 多くの方々からもリクエストされてきたアフターシリーズの投稿です!

前回のを見てない方のために一応注意事項
のわゆ編のネタバレ全開
それぞれifのストーリー
ヒロインはサブタイ通り
ゆゆゆ組との差を出したくなかったので文字数は少なめ

とりあえずこんなところです。はじめは彼女。では、楽しんで頂ければ幸いです。


「...っ!っ!!」

「ご飯出来たぞー」

 

テレビに向けて声をかけても無反応。せっかくの飯が冷めてしまうと考えた俺の行動は迅速だ。

 

「はい没収」

「あぁ!!?」

「ほら、飯だよ」

 

ちゃんとポーズメニューにしてる辺り感謝して欲しい。ゲームを途中で妨害された時の嫌な気持ちは理解できるが、愛する人のために作った飯を無下にされる辛さの方が勝っていた。

 

「あとそこだけだから...!」

「ダメです。ご飯が先です。はい座る!」

「...わかったわ」

 

理解の早い彼女の頭を撫でると、嫌そうな感情と嬉しそうな感情をごちゃ混ぜに現していた。

 

「頂きます」

「頂きます...やっぱり美味しい」

「そりゃよかった」

 

毎日毎日食っては同じように美味しいと言ってくれる千景だが、俺が飽きることはなかった。

 

意外と千景は顔に出やすいタイプで、美味しいと言っていても好みが分かりやすい。笑顔だったり口角が上がったり、逆に少し気分が下がったり。

 

それが分かれば後は作り手の技量である。最近の千景は笑顔をよく浮かべるようになった。

 

(...あの頃と比べてもずっとな)

 

あの頃。俺が西暦に来てからはじめの半年間。バーテックスとの戦いは加速し、その過程で千景に武器を向けられたこともあった。

 

精神が病んで、自分のことをコントロールしたつもりで暴走して。辛いことなんて沢山あった。死を覚悟した時もあった。

 

(それでも、俺がこうしていられるのは...)

 

「どうかした?箸が止まってるわよ」

「んー、千景は可愛いなって」

「な、ななななっ!!」

 

バーテックスとの戦いが終わったとき、俺には二つの選択肢が残された。

 

役目を終えたのですぐに帰るか、まだこの世界に残るか。

 

俺は後者を選択した。詳しくは分からないが、『魂年齢』という肉体が衰えるよりずっと長い、寿命とはちょっと違うものがあるらしく、それを西暦と神世紀で使えるように高嶋友奈(神様)に頼んだ。

 

肉体年齢的には40歳まではここに留まり、その後神世紀で高校生の体に戻って一生を過ごす。『魂年齢』はそれでも尽きないのだとか。

 

詳細は掴みきれなかったが、実際長めにここに残れるならなんでもよかった。

 

(決めたからな)

 

彼女を助けたいと思った。支えたいと願った。それはいつしか愛情に変わった。

 

想いを伝えて、答えてもらって_________それが、今プロゲーマーとして四国に名を馳せている郡千景と、主夫となった古雪椿だ。あと少しで郡は古雪になるわけだが。

 

「来週なんだって?」

「大会のこと?そうよ」

 

バーテックスに世界を脅かされ、少しずつその恐怖が取り除かれていっている時代。娯楽は増えつつある。ゲームが出ればかつてのようにプレイし、実況する人も増加する。そして、白熱する試合を提供することで得る収入は意外にも生活できるレベルであるのだ。

 

まぁ、プレイスキルはともかく配信時に勇者の名声もあった彼女に限った話ではあるが。

 

「勇者の七光りなんて言ってる奴らを殲滅してくるわ...」

「...その意気だ。蹴散らしてやれ。当日は俺も見に行くから」

「見てるより、夕飯の準備をしていて欲しいわね。どうせテレビで流れるし」

「...了解」

 

少食のため先に食べ終わった彼女は箸を置く。

 

「ご馳走さま」

「はい」

「......そういえば」

 

千景は、明日雨が降るわよ。とでも言いそうな気軽さで口にした。

 

「一昨日貴方が出掛けてる間に、両親に会ってきたのよ」

「ブーッ!?」

「ちょっと、汚いわよ!」

 

口に含んでいた米を思わず噴き出して、手元のテーブルが汚れた。しかし俺はそんなことを気にしてる暇もない。

 

「いやお前!?あのご両親に会ってきたのか!?一人で!?」

 

千景の両親。千景から聞いた話だが、仕事に夢中な父親とそれに不満を持って不倫を始めた母親。そうして生まれた溝に千景が詰め込めれ、離婚のお荷物となっていた_______らしい。

 

バーテックスと直接戦っていた頃には俺も会ったことがあり、まぁ、何をされたかは記憶している。頭をスパナでゴーン。

 

俺自身あまり良い印象は持ってなかったので、近いうち結婚報告に二人で行こうと話していた。どんな結末になろうとしっかりその場で対応できるよう。

「お前...」

「危ないことも分かってるわ。でも、大赦から話を聞いたらお母さんの天恐も大分治ったと言うし...これは、私の家族の問題だから」

「...バカ。お前の家族の問題は俺の家族の問題なんだぞ」

「っ!」

「少なくとも、そういうつもりで俺はこの指輪をはめてるんだから」

 

左手の薬指から銀色の輝きを放つ指輪を見て、千景は目をそらした。

 

「...ありがとう。古雪君」

「もうすぐ古雪は二人になるんだがなー?」

「っ...!ありがとう!椿君!」

「どういたしまして。千景」

 

 

 

 

 

数日後、大赦主催で結婚式が行われた。タキシードを着る俺とドレスを着る千景の周りには、勇者と巫女と、遠慮がちに寄り添っているご両親の姿があった。

 



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アフターストーリー 杏

時を刻む秒針の音が小さく響く。外壁に反射したものが俺の耳に届き、脳で処理されて認識する。

 

その認識をカットすること30分。俺は手元の本を閉じた。

 

「ん~。面白かった!」

「それは良かったです。私もそれ読みます」

「了解。とりあえず夕飯にしようか」

「はい!」

 

商店街にある小さな古本屋。店の方を任せ、俺は夕食の準備を始めた。ちゃちゃっと作れる焼きそばだが、うどん魔神こと若葉をも唸らせた自信作だ。

 

本の陳列スペース、ひいては店側と家として住んでるスペースは完全に別れているため扉を閉めておけば本に匂いが移ることもない。これは意外とありがたくて、リフォームした甲斐があった。

 

「杏、出来た」

「わかりました」

 

店側にいた杏が一度閉店の札を降ろし、こちら側にくる。

 

「今日は焼きそばですか。美味しそうです」

「だろ?」

「椿さんの食事を頂ける私は幸せですね」

「...いや、そこまで言われると恥ずかしくなるからやめてくれ」

「ふふっ...それじゃあ、頂きます」

「頂きます」

 

ゆったりとした静かな時間が俺達を包む。

 

(こうして、もう三年か...)

 

 

 

 

 

俺が西暦の時代に残り、いくらか過ぎた頃。時は意外にも平和に流れていた。

 

よくわからない手違いで30歳近くまでこの時代に残ることになった俺は一般の高校に転校し、卒業。

 

『貴方が...好きです!椿さん!!!』

 

杏に告白されたのもその時期だった。俺は快い返事を______せず、彼女の告白を断った。

 

一緒に添い遂げるには、30という年齢は若すぎる。俺よりもっと長く愛し合える人を見つけて欲しいという思いで、彼女の思いを切り捨てた。

 

本音を言えば、『杏の告白断るとかおめぇ何様だ!!!死ね!!!』と言った感じだったが。

 

しかし、それからも杏は俺に当たってきた。俺をどうして好きになったのか、どんな所が好きなのか、等々。

 

『好きなんです!!!』

 

結局、根負けしたのは俺だった。消えるその時まで、彼女といることを誓った。

 

家として構えたのは、彼女の好きな物であり俺達を始めに繋いだ物とも言える本を扱う本屋さん。ひっそりと二人で営む古本屋は、閑古鳥が辛うじて鳴かないレベルだろう。

 

大赦に色々便宜を図ってもらい別に売り上げは気にしなくていい。相手は勇者と(偽者の)精霊ということもあって、お金の心配はなくなった。

 

自分の好きな本屋さんの経営をしたいという彼女の夢と、何より杏との時間を優先したい俺の思い。二つを実現した結果がこれだった。

 

 

 

 

 

(...あと、七年か)

 

結婚を決意したのが20の時。今は人が来なければ片方が清掃や本の整理、片方が古本を読んだりご飯の準備をしたりして、店を閉めた後はずっと近くにいるようにしている。

 

今も、体育座りする俺の足の間に杏が体育座りして、一緒にテレビを見ていた。やってる内容は何てことない恋愛ドラマだ。

 

『好きです!付き合ってください!』

『...俺には、君の告白を受ける資格なんてない』

 

「...良かったです」

「え?」

「私は良かったです...椿さんに告白を受けて貰えて」

「一度どころか三度断ってるんだけどな...覚えてるよね?」

「覚えてますよ!告白の度に泣いて、どうやったら振り向かせられるか考えて...」

「それは...すまん」

 

実は、俺がいずれ未来に帰ることを告げたのは杏が三度目の告白をしてきた時だった。つまりそれまでは、脈なしだと思っていた相手に対しアタックし続けたことになる。

 

「...よく、諦めなかったな」

 

彼女の心の温かさに胸が嬉しくなる。小さく呟いた一言に、杏が顔だけこちらに向けてきた。

 

「...だって、好きでしたから。椿さんのこと」

 

心を揺さぶられ、テレビの音が耳から途切れる。代わりに、彼女の息づかいが聞いてとれる。

 

「......」

「......」

 

やがて、どちらからともなく近づいて_______小鳥が餌を啄むように、ちょんと唇を触れ合わせた。

 

彼女は俺だけでは見ることの出来ない景色を、俺だけでは感じられない感情を教えてくれる。

 

「...杏」

「はい?」

「好きだ」

「甘いですよ椿さん」

 

繰り返すように、一瞬の口づけ。

 

「私の方が10倍は好きです」

「お、言ったな?」

「はい。だから...これから何があっても、離れませんからね?」

 

 




ちなみに、千景アフターでは西暦にいられるのが40歳でしたが、今回は30歳にしています。

それにしても、(書き上げてから気づいたことですが)少しアフター樹と似た状況になったのは妹属性持ち同士だからか...



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アフターストーリー ユウ

アフターも半分迎えました。今回はハーレムルート書いてないんでホントに半分です。




「ごろごろー。ごろごろー」

 

わざわざ口にしてまでごろごろする彼女が可愛すぎて悶えながら、その空間に入り込む。

 

「俺もやる」

「いいよ~」

 

神世紀7年。世界は決して平和じゃないし、俺も大赦役員としての仕事がある。

 

だが、今はそんなものどうだってよかった。

 

「はぁ...なんでそんな可愛いんだよユウ~」

「可愛い?えへ...嬉しいなぁ」

 

ひたすら愛する彼女と一緒にいたい。同棲を始めてすぐにそう感じだした。というか、彼女にずぶずぶのめり込んでいった。

 

何の偶然かこの世界に残り、ユウに告白された俺は、紆余曲折あり悩んだ末にオーケーの返事をした。美少女相手に悩めるのも贅沢な話だ。

 

ただまぁ、彼女の本性_____というか強みは、同棲を始めてから発覚した。なんというか、異常なまでに吸い寄せられるのだ。庇護欲をそそられると言えば良いのか。

 

形容しがたい何かが働いているように感じるが、彼女を目の前にするとそれすらどうでもよくなる。

 

ひたすら彼女を可愛がりたい。彼女とイチャイチャしたい。そうして俺は平日アホみたくに働き、休日は壊れたように彼女と過ごすのがルーティーンになってきた。

 

「ほっぺも柔らかいしなー」

「ふはきくんっ、くすくっふぁい」

「うーりうーり」

 

ほっぺたを伸ばされてだらけた笑顔を浮かべるユウ。微笑ましさが脳を犯していく。満たされるというかなんというか。

 

「今日はやることないし、だらけるか~」

「イェーイ!」

 

(ま、つっても昼にはやめるだろうしな...今日こそは大丈夫だろ)

 

 

 

 

 

やってることといえばゴロゴロして愛を囁くだけ。そのまま四時間。お昼の時間だった。

 

「お腹すいたし、ご飯にするか」

「椿君、行っちゃうの...?」

「行かない。ずっとユウを感じてる」

「わーい!」

 

あっさり折れた。

 

 

 

 

 

お昼から六時間。

 

「つっばきくーん。つっばきくーん」

「はいはい。俺はここにいますよー」

 

彼女の呆けた声に反応する。抱きしめあって、基礎体温まで同じになるんじゃないかと思うくらいずっと一緒にいる。

 

 

 

 

 

「......はっ!?」

 

気づいたらリビングから見えていた日の光は消え、夜になっていた。電気をつけた覚えはないが、なぜかついている。

 

(ま、また...またやってしまった...!)

 

俺は戦慄した。これこそユウの魔力。気づいたら休日が終わっている。

 

ここ最近は出かけることもなく、ずっと一緒にいるだけだった。

 

________ずっと一緒にいることに異論はないし、俺も喜んでいるし何も問題ない気がするのだが、帰ってきた理性が『流石にちょっとヤバくね』と告げてきていた。

 

「つばきくん...むにゃ...」

 

俺だと思い込んでるのか、手元にあったクッションを甘噛みし始める彼女を抱きしめたい衝動を抑え、俺は外に出た。

 

夏に近づく時期だが、夜は冷え込んでいる。

 

「ふぅ...」

 

思い詰めたように息をつく俺ではあるが、内心は嬉しかった。というかこれもただの休憩である。ふわふわした感情が俺の正常な思考を常に刈り取っていた。

 

ユウは小さい頃から誰かに合わせることを優先してきたと言う。勿論それを悪いことだと否定することはないし、寧ろ彼女の長所、心の優しさの表れだ。

 

そんな彼女が、欲望全開で俺を必要だと言ってくれることが嬉しかった。

 

例えそれが、端から見ればイチャイチャラブラブするだけのバカップルでも。

 

『なんだか...蜂蜜と練乳を同時に飲んでる気分になります』と、偶然これを見てしまったひなたが言おうと。

 

(...俺にとっては嬉しいことだけだしな!!)

 

結局落ち着くのは『好きだからいいじゃない』である。

 

だっていいじゃん。好きなんだから。

 

だから俺は、今日も今日とて危険信号に蓋をする。ぬるま湯に溺れる。

 

「...さて」

 

リビングに戻って彼女を抱えた。次は寝落ちしても良いようにベッドにいるのが得策だろう。

 

「つばきくん...?」

「おはよう。でもさ、そんな潤んだ目で見ないでくれる?ベッドまで運ぶ気もなくなるじゃん」

「いいんじゃないかな...?」

 

数年前の俺なら多分『体に悪い』とか言ってたと思う。

 

でも、彼女の魅力を知ってしまった俺は違った。

 

「...そうか」

「ダーメ。これはこのままが良い」

 

お姫様抱っこをやめようとしたら、それは止められた。俺のお姫様はこのまま抱きついてるのが良いらしい。

 

「仰せのままに」

 

俺は俺で体をよりくっつける。ユウは腕を首まで回し、顔を寄せてキスしてきた。幸せ過ぎて脳が処理しきれない感情となるそれは、ずっと続く。

 

「大好き。椿君」

「...俺の方が好きだもんね」

「ん!言ったね...私の方が好きだもん!」

「俺だ!」

「私だよ!!」

「いーや俺だね!!」

 

子供のように言い争って、身を寄せて。

 

幸せに笑って。

 

こうして俺達の一日はまた過ぎた。

 



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アフターストーリー 球子

今回はタマっち先輩アフターとなります。タマっちや杏はアフター作成中に誕生日を迎えたわけですが、ひなたももうすぐ誕生日なんですよね。頑張らねば。


「きっつ...うぇ」

「私も...」

「ほらお前ら!!あと三周!!」

「タマ先生きっついっすよ...」

「言う暇あったらきちんと走れ!」

 

厳しい言葉なのは分かっているが、体力をつけるには必要なこと。声をあらげると、ボソッと呟かれたものが聞こえた。

 

「...このナイチチが」

「健人お前こっちこい。潰してやる」

「ごめんなさいっ!」

「ふんっ!」

「え、それぐはぁっ!?」

 

タマが地面の石を投げる前に走って角に消えた健人を見て、勇者になって旋刃盤を投げる。角にワイヤーが引っ掛かって方向を変えた盾が見えない健人の腹にぶち当たった。安心しタマえ。峰打ちだ。

 

「あと追加五周。全員」

「ひえっ!」

「た、タマ先生それは...!」

「今日のお前ら見てればいけるだろうしな!まず」

「球子、ちょっといいか?」

「っ!」

 

悲痛な顔をしている教え子達を睨み付けてると、後ろから名前を呼ばれた。

 

「どうした?」

「午後の予定についてな。安芸も来てる」

「了解だ!じゃあお前らやっとけよ!」

 

小走りで向かうタマには、ボソッと呟かれた言葉を今度は聞き取ることが出来なかった。

 

「声を聞いた瞬間嬉しそうな顔しやがって...」

「私もあんな結婚したいなぁ」

 

 

 

 

 

古雪球子の仕事は教官だ。警官やそれに近い職業に就きたい人のための学校、と言えばそれなりに分かりやすいだろう。それ以上難しいことはタマには分からない。

 

「とまぁ、大赦は最近こんな感じ。こっちはどう?」

「大した問題はないよ。運営に関しては書類で出した通り。球子もよく頑張ってくれてる」

 

案外タマを『球子』と呼ぶ人は少ない。タマと省略されることは嫌いじゃないし自分でもするが、球子が特別な感じもする。

 

特に、椿のは_______

「そっか。じゃあ仕事の話はこれくらいにして...これから大赦組で女子会するんだけど、つれてっていい?」

「いきなりだな!?」

「別にいいぞ」

「椿!?」

「最近杏や若葉達と会ってなかっただろ?久々に楽しんでこい」

 

椿がタマの頭を撫でる。タマがどうやられるのが好きなのか分かりきってる動きで、少し雑にくしゃくしゃーっとされた。

 

タマはこの分かりあってることを椿と共有できる瞬間が堪らなく好きだ。思わず我を忘れてしまいそうになるくらい。

 

「後は俺がやっとくから」

「うぅ...わかった!じゃあ行ってくるからな!」

「決まりだね。借りてくからー」

 

部屋を出て、早速真鈴が用意していた車がある駐車場へ歩いていく。

 

「にしてもさ」

「?」

「撫でられただけであんな惚けた顔、やめた方がいいと思うよ。見てるこっちが恥ずかしい」

「んなっ!?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「危なかった...」

 

頭を撫でた時、嬉しそうな球子の顔を見た瞬間いつものように抱きしめなかった俺を誉めてやりたい。間違いなく安芸にネタにされていた。

 

「ったく...」

 

一度胸元にあるサファイアのペンダントを触れ、心を落ち着かせて部屋を出た。

 

神世紀に戻る筈だった俺は、何故か西暦に残ったままだった。あの高嶋友奈が嘘をつくとは思えないが、実際あれから数年たっても変わらない。

 

その間に大社が大赦になり、トップが勇者と巫女になり、西暦が神世紀になり。

 

俺はこれからのことを考えるようになった。俺が消えたらこの世界はどう変わるのか。初代勇者が消えてからこの世界がどう繋がっていくのか。余計な考えを巡らせるくらいには時間があった。

 

そして俺は、大赦直属の施設を作った。表向きの目的は大赦に関連した就職がしやすくなる。

 

ただ、作ろうと決めた俺達の思惑は違った。

 

きっかけは千景の故郷。聞くに耐えない話だし、バーテックスと全力で戦っていた頃には俺も直接関与した。差別的行為、発言。

 

そうしたものが勇者が消えた後増えるのではないか。という話がたまたま浮上した。今はカリスマ性の高い勇者が大赦のトップを務めているが、バーテックスに大切な人を殺された人達、天恐に心を傷つけた人達が『バーテックスからの攻撃を守ってくれる英雄』を失った時どうするかが悪い方向しか思い浮かばなかったのだ。

 

カリスマ性を持った次世代がいる。神に認められた勇者でなくても、誰かの前へ立って鼓舞する勇者が必要となる。

 

そうした人材を作るために開いたのが、ここだった。その最後のピースになったのは______

 

『タマはお前が欲しい!!!』

 

男より男らしい告白を受けたのが、ここの開設の始まり。

 

『椿~!勉強教えてくれ~!!』

 

『タマは椿より強いと証明してみせるからな!』

 

高校時代、球子には勉強やら戦闘訓練やらを教えてきた。その時どんなに挫けそうでも最終的に自分の知識と、経験としてきたのを知っている。

 

また、彼女は自分の理解した箇所は、別の人に伝えるのが非常に上手かった。

 

そんな球子を彼女とした時______彼女が笑顔で、力を最大限生かせる場所を作れるのではと思った。

 

逆に球子は_______俺のやりたいことに全力で協力しようとしていたらしい。

 

互いの願いの結晶。俺は全力で教育の場を作り、球子は全力で大切なことを叩き込む。子供達が勇者の心を持つまで見守る場所。

 

(好きな人が支持されるってのは、嬉しいしな)

 

「あ、椿先生」

「そらお前ら、球子の指示通り練習ちゃんとやれよ?」

 

だから今も、俺は彼女の作り上げた環境を眺める。愚痴こそ言う彼彼女達だが、神世紀の人並みの優しさを持ってきているように感じる。西暦の時代でそれは稀有な存在。

 

「タマちゃん先生の言う通りやってますよ。なんだかんだあの人必要なことしか言わないし」

「ふっ...だろ?俺の嫁には勿体ないくらいだ」

「うわ自慢。何度目だと思ってるんですか」

「うるさい。聞きタマえ!」

 

これが俺達夫婦の形だ。

 



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アフターストーリー ひなた

ビルドダイバーズ最終回の余韻に浸って投稿忘れるところだった。危ない。

今回はひなたです。ある作品と似てる...かもしれない。とりあえず出します。

それからここ数日大量の誤字報告をしてくださった方がいました。ありがとうございます。感謝しかないです!


「これで...お、わ、り!」

 

事務処理の終了時点で日付は変わっている。椅子から立つと腰が痛かった。

 

「っはー!終わったー!終わったぞー!」

 

嬉しくて謎のテンションを保ちながら、家へこれから帰りますとメールを_______

 

 

 

 

 

『結婚記念日に帰ってこないとは何事ですか』

 

______打つ前に、冷や汗がだらだら垂れてきた。

 

(...そう言えば朝、今日は早めに帰ってきてくださいとか言ってたような......)

 

大赦トップが休むなんて珍しいな~程度だったのだが、俺が何も知らないバカだったらしい。お仕事だったから仕方ないなんてことも言えない。

 

俺の仕事は直属上司である彼女に全て筒抜けなのだから。実は仕事の調子が良くて明日明後日の分もやっていることも分かっているのだろう。

 

「...」

 

『ごめんなさい。愛してる。今から帰ります』とだけ打ち込んで、俺は戦衣を着こんで窓ガラスを蹴破った。

 

 

 

 

 

俺は西暦に残る選択肢と神世紀へ帰る選択肢が出された。詳しい説明は省くが、神様のお力添えということだ。

 

俺は前者を選び、高校生活をしていく。卒業段階で大社から大赦に変わっていたそこに就職。自分の正体を精霊と認識されている以上、互いにこの方が良かった。

 

勇者ともバーテックスと戦ってきた半年だけでは出来なかったイベントもして、よかったよかった______となったのだが、事件はそんな時に起きた。

 

若葉達の代が高校卒業となった時の卒業式後。二次会として開かれたカラオケで俺は熟睡。

 

そして、気づいたら______何も着てない状態で、知らないベッドの上だった。

 

『椿さんが悪いんです。ずっと待ってるのになにもしないで...』

 

その言葉は、今でもたまに夢に出る。

 

『好きなのに。こんなに愛しているのに。分かってないように周りと遊んで』

『んっ!?』

『私のこの感情は大きくなるばかり。体のうずきが止まらなくて、気持ちよくて...』

 

次の瞬間俺の口に何かが合わさる。生き物のようにうねる何かが俺の唇をこじ開け、何かを渡してきた。

 

『そうしたら...もう、こちらから行くしかないじゃないですか』

 

妖艶に微笑む彼女の正体は、俺と同じく何も着ていない上里ひなただった。知覚した瞬間分かるくらい体温が上がり、彼女の舌が唇を舐めるのを見て心臓が跳ねる。

 

『年齢もカラダも大人になりました...そして、やっと高校生でも無くなりました。もうイィですよね...?』

 

耳元から流し込まれる濃密な毒。 体の自由が彼女の手足によって奪われ、思考力も剥ぎ取られる。

 

『ひな...たぁっ!!』

『椿さん...つばきさん!!』

 

俺は、ただ屈することしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「うぅ、さっむ...」

 

思い出しただけで身震いし、少しだけ火照るあの出来事。後から聞いた話だが、カラオケでは睡眠薬、用意したベッド(というかホテル)では媚薬と麻痺薬を俺にぶちこんでいたらしい。

 

まぁ、暴走の理由が俺への思いを爆発させてしまったからと言われれば、怒るに怒れなかった。相手が好きな人なら尚更。

 

ひなたを好きになったのは高校になってからだった。大社の報道で悪評が立っていた俺は一時期いじめのようなものにあい(それ自体は気にしてもなかったのだが)、その時献身的に支えてもらった。大切な仲間から別の意識に変わったのはやはりそこだろう。

 

とはいえひなたは若葉にぞっこんだし______と考えていた俺は、その前提から違っていたらしい。

 

『パパー!』

 

思い残すことがあるとしたら、三歳になる娘の日菜がひなたの行動力を見習わないよう願うだけである。

 

「到着っ...と」

 

戦衣で屋根づたいに渡ればあっという間に家につく。真っ暗な玄関を開ける手が一瞬震えた。

 

「...悪いのは俺だし。開幕土下座するし。この身を差し出す覚悟だし......」

 

誰に言うわけでもなく呟いて、扉を開ける。しかし、見えるはずのリビングの光すら確認出来なかった。

 

(もしかして、日菜と寝ちゃった?)

 

罪悪感七割、安堵三割と言ったところで______天地がひっくり返るような感覚に襲われる。

 

「おわっ!?」

「お帰りなさい椿さん...お風呂よりご飯より私ですね。ベッドは綺麗にしてありますよ。あ、日菜ちゃんはもう熟睡していますから」

 

玄関の何処で俺を待ち構えていたのか、背後にいたひなたが俺を押し倒してマウントをとる。とてもベッドまで行く雰囲気じゃない。

 

「この身を差し出す覚悟なんですよね?」

「...」

 

じっと俺を見つめてくるひなた。暗いものの、その目はしっかりみてとれた。思うことは_______可愛いなということ。

 

(...はぁ)

 

まぁ、愛する人なのだから。恋は盲目とは良く言ったものである。

 

「椿さん?答えましょうよ?」

 

だから俺は、本能的に感じる恐怖を堪えて答えるのだった。

 

「...優しくしてください」

 

この言葉を言う側になりたくなかったと感じながら。

 

「嫌です♪椿さんの全てを私に混ぜるんですから」

 

服越しに熱い体を擦り付けてくるひなた。

 

(...あぁもう、おかしくなる......)

 

「だから椿さんも...私にください」

「...安心しろよ。壊れるまでやってやる」

「あぁ♪その目っ、良いですよぉ!」

 

ひなたは大切な人。だからこそ俺の本能がずっと抑えられる筈もない。

 

「覚悟しろよ」

「はいっ!よろしくお願いします♪」

 



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アフターストーリー 若葉

「はーっ...」

 

吐いた息は周りとの温度差で白く見える。毎年見る光景ではあるものの、大人と呼べる年齢になっても続けている子供らしさでくすりと笑った。

 

(園子もやりそうだ...そういえば、このままだと園子は俺の子孫になるのか?マジか...)

 

「どうかしたか?」

「んー...いや、何でもない。ちゃちゃっと行こうぜ」

 

俺の髪と同じ黒いマフラーを首に巻いて、キャスケット帽をつけて。

 

彼女はメガネと長いコートを着て。

 

手だけは離さないようしっかり握って、歩きだした。

 

 

 

 

 

今日は新年の始まりの日、元日だ。俺こと乃木椿は妻であり人類の英雄、乃木若葉と共に神社に来ている。

 

「あまり人はいないようだな...」

「寒いからなぁ...」

 

今にも雪が降るんじゃないかと疑う位の寒さ。人がいなけりゃ変装がバレるリスクも減るし、参拝に並ぶ時間も減るしで嬉しい限りではあるが、風邪もひきそうだ。

 

「ここだな」

 

案の定並び出してから参拝まで時間はかからず、五円玉を放る。

 

神社は自然を神様とする神道と呼ばれる宗教に準ずる場所で、仏様の場としてあるお寺とは若干違う。それをややこしくしているのが神宮寺(じんぐうじ)だったりするのだが、神様の集合体とも言える神樹様は木の形をしてるわけだし、神社にお参りすれば良いのだろう。

 

というより、神世紀に入ってから少しずつ神社をリニューアル工事してるようだし。

(まぁ、詳しい違いなんて俺も知らないけど)

 

二礼二拍手一礼の動作をこなし、列から抜ける。

 

「椿は何をお願いしたんだ?」

「俺がお願いすることなんてもうないよ。感謝を伝えるてるだけ」

「感謝?」

「あぁ...ご縁をくださりありがとうございますってな」

 

勇者部との縁をくれた。高嶋友奈(神様)との縁をくれた。西暦勇者との縁をくれた。

 

そして_______今隣にいる、彼女との縁をくれたことに対してのお礼。

「椿...」

「さーって。湿っぽい話は終わりにして帰ろうぜ?年越しうどんの次は雑煮だ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。その前に...寄り道してもいいか?」

「?」

 

 

 

 

 

どちらかと言えば効率を重視することの多い若葉が寒い中誘って来たのは、俺達が住む家と神社の丁度中間辺りに位置する公園だった。ベンチは冷えきっていて、ズボン越しに体温を奪っていく。

 

「それで、どうしたんだ?」

「椿...お前にこれを」

 

渡されたのは二重に施された箱。丁寧に戻していくと、白い生地が見えた。

 

「これは...マフラー?」

「ほ、本当はクリスマスに渡す予定だったんだがな。どうしても納得いく完成度に出来なくて...ひなたにも手伝って貰い、昨日作り上げた」

「若葉...ありがとう。大切に使わせてもらう」

 

せっかくなので今つけているマフラーと取り換えてみる。ひとまきふたまき_______

 

「...長くね?」

 

それは誰に言うわけでもない一人言だった。頑張れば七巻きくらい出来そうな、そんな長さである。

 

若葉を見るも、彼女は顔を下に向けたまま。

 

「若葉?」

「こ、これはだな...目を瞑れ!」

「へ?」

「いいから!」

 

若葉の指示に従って目を瞑る。完成しかけのマフラーが取られ、首もとが震えた。

 

その後、氷のように冷たい何かが触れる。恐らく若葉の手。声をあげそうになるのをグッと堪えていると、再びマフラーが俺の首に当たった。

 

ごそごそと動き、全体の長さから思い返せば巻きが足りないのではと考えていた時。

 

「い、いいぞ...目を開けてくれ」

 

やけに近い声の指示通り目を開ければ、しっかりマフラーが巻かれていた。その先は繋がって______

 

「...」

「...何か言いたそうな顔だな」

 

顔を真っ赤にした若葉が、不満げに言ってくる。

 

その首もとには、白いマフラーが巻かれていた。

 

恐らく元からこうする(二人で使う)予定で作られたマフラー。制作者は俺の嫁。人類の英雄、生きる伝説、乃木若葉。

 

もう一度言おう。これを作ったのは乃木若葉。普段はお堅い俺の嫁である。

 

「いや、死ぬほど可愛いなって」

「なっ!?」

 

紅白を狙ってたのか、白いマフラーが林檎の様に赤い顔に似合っていた。

 

「うん。可愛すぎ」

 

自分の本能と公共の場であると告げる理性の折衷案として、彼女の手をしっかり握る。

 

「か、可愛いなど...」

「否定はさせないぜ?」

 

ショートする若葉と、いじる俺。手を繋いだまま、俺達を繋ぐマフラーが緩む程寄り添いながら帰った俺達は家につくのが一時間後になった。

 

彼女の手は、もう冷たくない。

 

「......椿の手は、温かいな」

「...いくらでも温めるよ」

 

この手が届く限り、ずっと__________

 




のわゆアフター、最後の若葉でした。喜んで頂けてれば嬉しいです。

今後ですが、再びリクエストやゆゆゆいを混ぜながらいこうかなと。ゆゆゆいで続き物も考えましたが保留です。

それから質問の答えを含めたオリ紹介3(仮)ですが、折角なのでメモリアルブックを読んでから投稿したいと考えていますのでしばしお待ちを。とりあえずそこまでは質問募集中です。


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短編 可能性はゼロじゃない

メモリアルブック買えたぜ。とあるインタビュー記事の部分で正直複雑というか、そっか...と思うところはありましたが、なんとか二次創作だしいいかと割りきれそうです(ネタバレ防止のため凄く抽象的な表現)。あ、普通に中身自体はかなりよかったですので、ゆゆゆシリーズが好きな皆さんは是非。

そして、偶然か運命か。今回はそれに関連したお話。





「須美っ!!園子っ!!」

 

血を吐く二人を抱えて逃げる。この状態の二人をほっとくなんてアタシには出来ない。

 

「ぎ...ん?」

「意識はあるな!?もうちょっと揺れるぞ!」

 

あくまでバーテックスの目的は神樹様。追撃してくることはなかった。

 

(首洗って待ってろよ...)

 

薄暗い感情を胸に灯し、押し込める。爆発させるのは今じゃない。

 

「よっと...」

 

『怪我する危険があるなら脈の調べ方とかも学んどきなよ!!あと応急処置の仕方でしょ。人工呼吸の仕方でしょ...』

 

意識がない園子も息はある。幼なじみに口酸っぱく言われた事が役に立つとは思ってなかった。

 

「ぎ...だ...」

「...動けるのはアタシ一人だけ。ここは怖くても頑張りどころだろ」

「っ!」

 

アタシの言葉を理解したのか、須美の目が多少開く。血がたくさんついてて見るのも辛い。

 

(でもごめん。行くよ。アタシは)

 

他でもない。この世界を守りたいから。

 

「大丈夫。任せて」

 

アタシは下校するときみたいな気軽さで、手を振る。

 

「ぎ...っ!」

「またね」

 

気を失う友達を見て、アタシは別れの挨拶を告げた。

 

 

 

 

 

遠足帰りに戦うことになったバーテックスは三体いて、奇襲されたせいで二人が傷ついた。後ろから追い付いてその姿を確認する。

 

一匹目。蠍みたいな針がついてる奴。尻尾にぶつかるだけでもかなり痛い。

 

二匹目。変な板をいくつも浮かばせて、体の下側についてるハサミと一緒に攻撃してくる奴。他より防御力が高そう。

 

三体目。他の二体の後ろに隠れて奇襲して来た矢の雨を降らす奴。斧で防ぐことは出来るけど、一撃そのものは体を壊すには十分過ぎる威力がある。

 

(だから?)

 

だから逃げるのか。相手が強いから。自分じゃ勝ち目が薄いから。全部を捨てて世界が壊されるのを黙って見てるのか。

 

(違うよな)

 

それは違う。相手が強くても、自分じゃ勝てなくても、捨てれる筈がない。

 

アタシはこの世界が好きなんだから。家族のいれるこの世界が。須美と園子と一緒に遊べるこの世界が。

 

あいつといれる、この世界が。好きなんだから。

 

「っ!!」

 

バーテックスの進行ルートを遮るよう滑り込む。ブレーキをかけた靴が樹海との摩擦で音を立てた。

 

小さな小さな反撃の炎に気づいたバーテックスが動きを止める。それでいい。アタシを倒さないとこの先には行けないと思え。

 

「任せてって言った以上、責任持たないとね。アタシは責任取るオンナ!!」

 

斧で樹海に線を引く。ここが最終ライン。

 

「...こっから先は、通さない!!!」

 

自分を弾丸の様に飛ばす。死闘の火蓋がおろされた。

 

もう三体の弱点は分かってる。あいつと一緒にやったゲームでも観察することの大事さは分かってるし、須美と園子の攻撃で十分。

 

(アタシは一人じゃないんだから...)

 

飛んでくる針を斧でそらし、球体と球体の間に滑り込ませる。

 

「ぶったぎる!!」

 

切るというより叩きつけて折る。間髪入れずに矢が飛んでくるのを回避。

 

「行くぞぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 

 

時間は、多分数分だと思う。アタシに分かる術はない。

 

一体一体が強いし、どれか倒しかけても他の二体に邪魔されて、その間に回復される。

 

(厄介過ぎるでしょ。これ...)

 

ため息ではなく絶叫で返すアタシは、感覚がおかしかった。

 

(研ぎ澄まされているって言うのかな...)

 

まるで自分ではない誰かを操作してるような錯覚。後ろからの攻撃すら見ずに避ける。

 

(人間やめてるなぁ...いや、人間やめるだけでこいつら倒せるなら、いいか)

 

何本折ったか分からない針を数センチの距離で避ける。

 

「ここから出ていけ」

 

もっといる。こいつらを倒すための力がもっと。

 

(何か...)

 

反射板を壊しながら考える。

 

必ず殺す技なんてない。強化アイテムもない。魔法もない。

 

そして、そんな考えは邪魔でしかなかった。

 

「かはっ...」

 

いつの間にか脇腹が赤かった。だらだら赤い水が流れる。

 

(あ...れ?)

 

痛覚が戻ってくる。意識が復活する。

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

(ダメ...)

 

口から血が漏れる。矢で貫かれた腹を抑えようと斧を______

 

(違う)

 

ただ、深くに入りすぎた思考がそれを止めた。血がにじんできそうなくらいきつく握る。

 

今すべきは体を守ることじゃない。体を使って戦うことだ。

 

(こんなところで死ねないんだ...そうだろ!!!)

 

大変な戦い。何かご褒美くらいあってもいいだろう。

 

(醤油豆ジェラート食べ放題...いや、決めた!!)

 

ご褒美じゃなくても、生き抜く為の決意があればいい。一番欲しいのを。

 

(...無事に帰ったら、叶えてもらおう)

 

決めた瞬間、体から力が湧き出てきた。こんなにあるなら最初から出して欲しい。

 

(欲に忠実だなーアタシ...けどまぁ、いっとくかぁ?)

 

口を結ぶ。鉄の味がする。その口角を上げて。

 

「見せてやるよバケモノ。これが人間の...いや」

 

必殺技なんてない。アタシにあるのは__________

 

 

 

 

 

「これが、恋する乙女の気合いと根性だぁぁぁぁぁ!!!!」

 

決して折れない、魂だけだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「銀...銀っ!!どこ!?」

「ミノさん...私まだ、焼きそばの作り方習ってないんだからね!!」

 

私とそのっちがもどかしくゆっくり歩く。もっと速く行きたいけど、体が言うことを聞かない。

 

(でも、支援に...)

 

まだ戦ってるかもしれない友達を助けたい。その一心で歩みを止めない。

 

「!!わっしーあれ!!」

「っ!!」

 

私達が辿ってきた紅い道の先に、影が見えた。

 

「銀...!」

「ミノさん!」

 

近くにバーテックスの姿はない。

 

「凄いわ銀...一人で三体も追い払ったのね」

「うん。凄いよミノさん...ミノ...さん?」

 

銀の姿がしっかり見えてくる。壁の方を見ていて、こちらには小さく結んだ髪が揺れて、背中が_______

 

「ぎ...」

 

世界を滅ぼす敵が引き返して来ないよう壁を睨みつけながら。彼女は立っていた。

 

紅蓮の服を、銀自身の血で紅く染め上げて。

 

「ん...」

 

右袖の先から見える筈の腕が見えなくて。

 

「...もうすぐ樹海が解けるわ。すぐ病院へ行きましょう?」

 

信じたくなかった。

 

「そうだよ...弟さんにお土産渡すんでしょ?自慢してた幼なじみさんに会わせてくれるんでしょ...?」

 

認めたくなかった。

 

「ねぇ...答えてよぉ、銀...銀!!」

 

涙で視界が妨げられる。それでも、喉を震わせる。

 

銀からの返事は、なかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『お嫁さんかー...お嫁さん、ね』

『何見てんの?』

『ちょっ!?いつの間に!?』

『さっきだよ。テレビ...?結婚特集?』

『わー!!』

『なんで隠すんだよ。良いじゃん結婚』

『っ!そ、そう思う?』

『え?うん。まぁ俺まだ中学生だしなー...でも、銀みたいなお嫁さんいたら幸せだろうなって。家事も子育てもうまくいきそうだし、俺も......』

 

これが夢だと______過去の記憶を思い出しているだけだと自分でも分かっていた。あいつの続いていく言葉、そのあと誤魔化す言葉も覚えてるけど、その前が強烈だった。

 

『銀みたいなお嫁さんいたら幸せだろうなって』

 

アタシだって、なれるなら__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...」

 

どこかで寝そべっていた。自分の呼吸音だけがやけに大きく聞こえる。

 

「...あ...れ?」

 

目を開けると、白い壁が見えた。立ち上がろうにもバランスを崩してベッドに再ダイブ。

 

驚いてると、右手の感覚がないことに気づいた。左手はある。右手はない。

 

「えと...マジックかなんか?」

「三ノ輪さん!!!生きてるのね!?」

 

ドアを壊しそうな勢いで飛び込んできたのは安芸先生と白い服を着た人達だった。大赦の人か病院の人かを判別するより早く押し倒される。

 

「うわっ!?」

「良かった...生きてて...」

「安芸先生...」

 

安芸先生がこんなに感情丸出しで、アタシの胸元で泣いてるのが微笑ましくて左手で頭を撫でた。

 

「アタシはここにいますよー...それより、須美や園子は無事ですよね?」

「え、えぇ...もう退院してるわ。今日もお見舞いに」

「.......嘘」

 

言ってる側から、入り口の方で音がする。開けっ放しにしてたドアの向こうに立っていた須美と園子が、持ってきてた花を床に落としていた。

 

「ただいま。須美、園子」

「銀...銀っ!!!!」

「ミノさぁぁぁん!!!!」

 

安芸先生よりきついハグを全力で受け止める。アタシに生きている実感を与えてくれる。

 

「おうおう迷惑かけましたなぁ...って園子!アタシで拭くな!ちょっと!?」

 

 

 

 

 

結局、あの戦いから二週間経っていた。アタシは右手を消失プラス全治一ヶ月前後の怪我。 あれだけ出血して無事で、それだけで三体を退けられたんだから良い方だろうと思うんだけど、泣きじゃくる須美と園子を説得するのは骨が折れた。

 

アタシの今後は保留状態らしい。片腕じゃ満足に斧も振れないから戦力どころか足手まといになるかもしれないけど、勇者の新システムがそれを克服出来るかもしれないとかなんとか。

 

というわけで、アタシは病室で入院生活をしていた。傷はふさがって無くて穴だらけなんだけど、痛み止めのお陰で起きてから苦痛を感じることはない。

 

(やっぱこれは難しいな)

 

昨日渡された義手は大赦が特注で作ってくれたようだけど、どこかぎこちない。使いこなすには時間がかなりいるだろう。

そんなわけで、アタシはのんびり病室で_______ということなく。

 

(はぁ...来てほしいんだけど来てほしくない)

 

ずっと落ち着かないでそわそわして、扉と窓を交互に見ていた。

 

心臓のバクバクが少しずつ早くなって_____ドタドタと音が変わる。

 

(って、その音は!)

 

「銀っ!!!!」

 

扉が壊れそうな勢いで開いて、彼が飛び込んできた。髪の毛はいつもよりボサボサで、目の下の隈も凄い。

 

「銀!!無事なんだよな!?銀!!」

「ピンピンしてるよ。久しぶり」

「っ!!...銀っ!!!」

 

ベッドに乗り上がってきて、きつくきつく抱きしめられる。優しさの欠片もない、でも、強い思いが込められてると感じられる熱。

 

「ちょっ、あの...」

「事故って聞いて...でも無事でよかった......本当に...」

 

引っ付いて離れなくなった幼なじみは涙をボロボロ溢してて、見てられなくて頭を撫でた。

 

「はいはい。アタシは無事ですよー」

「...お前、これ......」

「あ、えーと...名誉の負傷ってやつ?」

 

右腕の義手に気づいた彼は、泣きそうになって、グッと堪えて声をあげた。

 

「そっか...慣れるまで大変でしょ?何でも言ってくれ!何でもやる!」

「...言ったな?」

 

言質は取った。後はアタシの勇気だけ。断られることは_______ないと思いたい。

 

「?」

「えと...じゃあ、その......」

 

決めた筈なのに、言葉がうまく出てこない。もごもご口を動かして出せたのは、小さな小さな声だけだった。

 

「アタシの夢を、叶えさせてくれ」

「夢?」

「...アタシをっ!!椿のお嫁さんにしてくださいっ!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「椿ー、勉強するのはいいけど突っ伏して寝るのは良くないぞ」

「んっ...あぁ、悪い」

「夕食作ったから、整理し終わったら来いよ~」

 

気づかない間に寝ていたらしい。頭を整理させて、銀が夕食を作っている理由を思い出す。

 

(今日は同窓会とか言ってたか...)

 

両親が外に食べに行ってて、大学受験生である俺のサポートとして銀が来てくれた。正直家事の時間も勉強に当てられるのは大きい。

 

(ま、寝てたら意味ないけど)

 

時計を見ると最後に確認してから30分。仮眠程度だが、かなり気持ちよかった。

 

(ぁ...バレてないよな?)

 

後ろを確認してから引き出しを開ける。中には一枚の紙が入ってて、特に変わった箇所はない。

 

(あぶね...でも、鍵つけたら余計怪しまれるしな)

 

かといって、どこかに挟んだりもしたくなかった。しわをつけたらダメってわけでもないが、なんとなく。

 

俺が目指している大学は、世界が変わってから_____神樹様がいなくなってから人気を集めた。その理由が、大学入った時点でほとんどの学生がある仕事につけるからだ。

 

(早く稼ぎ所が欲しいからな)

 

四国の外に広がる荒れた地域の環境調査。今最も高収入でしばらく続くのが予想される仕事。その研究、調査チームに入れるのだ。

 

(そしたら、これを)

 

彼女の分もしっかり支えられる環境が出来たら、渡す_______今はまだ片方しか署名されてない婚姻届を。

 

(待ってろよ...)

 

「つーばーきー!」

「分かってる!今いくよ!」

 

俺は即座に紙を閉まって銀の元へ足を向けた。

 

 

 

 

 

俺はしらない。銀がこの婚姻届の存在を知らないフリをしてることを。死にかけたお役目で莫大な金が入ってることを。

 

数年後になってから婚姻届を渡した時、『遅いんだよ!こっちは結婚できる年からずっと待ってたんだぞ!!!』と言われることを。

 

 

 

 

 




頂いてから半年以上、旧リクエストにあった『銀がもし生きてたらif』でした。サブタイでifをつけたくなかった(バレて欲しくなかった)のでこの形にしました。


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誕生日記念短編 甘えて欲しい

今日は西暦四国組の巫女、ひなたの誕生日!おめでとう!

数日前に見た原作ゆゆゆいはかなり好きです。さて、この作品はどうなるかな?


「くしっ...もう9月も終わりか」

 

軽いくしゃみをすると喉が少し痛み、体調不良を訴えてくる。ここ数日は気温変化が激しく、いつもなら元気で溢れてる勇者部も少し静かだ。

 

「風邪ですか?ティッシュいります?」

「平気。この位なら早寝しとけば治るし。ありがとな」

 

隣を歩くひなたは肩掛けバックから素早くティッシュを出し、必要ないとわかるとしまう。こうした細かい気配りは見習いたい。

 

(そういえば、10月は...)

 

西暦にいた頃聞いたひなたの誕生日は、確か10月の頭だったはずだ。まだ勇者部ではお祝いムードでなかったが。

 

「ま、丁度良いか」

「はい?」

「いや。なんでもない。こっちだったよな?」

「えぇ。そこを右です」

 

ゆったりした足取りで、俺達は目的地まで歩いていった。

 

 

 

 

 

今日の外出目的はひなたの付き添いだ。ひなたは生活用具やら小物やらを見て回りたいとのこと。俺が相手なのは何てことない理由で、暇だったからだ。

 

(荷物持ちなら男手があった方が良いだろうしな)

 

特訓している若葉や夏凜に比べるとどっこいどっこいな気もするが、二年前くらいと比べると体が引き締まったように感じる。

 

「んー...」

 

しかし、ただの付き添いから贈り物を選ぶ人に変われば話は別。ひなたが連れてきてくれた小物屋さんで髪飾りを眺めていく。

 

「椿さん?どうしました?」

「...そう言えば、ひなたはこうした髪留めつけないなって」

 

リボンは結んでるものの、長めの後ろ髪は纏めていない。なんとなく近くの飾りがついたゴムを手に取って彼女の背後に回る。

 

ただ、さらさらな髪を不躾に触るのが嫌で、当ててみるだけにした。

 

「似合う...かな?」

「椿さん?」

「あ、見えないよな。えーと...ほら、そこに鏡」

 

ひなたに髪ゴムを渡して鏡を指差す。確認しに行ったひなたを眺める。選んだのは遠目から見て金の縁で覆われた赤い宝石のようで_____なにより、彼女の髪に似合ってるように見える。

 

(...そういえば)

 

思考にふけっている間にひなたが鏡の前で色々試し、戻ってきた。

 

「椿さんはこういうのが好きなんですか?」

「別に、ひなたに似合うかなって」

「!...全く......はぁ」

「え、何でため息つかれてんの」

「気にしないでください!」

 

声を出すひなただが、結局いくつかの髪留めを買っていた。

 

「次はどこに行くんだっけ?」

「シャンプーは補充したいですし歯ブラシも先がダメになってきたので換えたいですね、あ!若葉ちゃんのリンスも切れてるんでした!」

「何で分かってるんだお前...」

「若葉ちゃんから聞いただけですよ♪」

 

 

 

 

 

「みかん...いや、今日はカフェラテにしよう」

「私も同じものにします」

「了解」

 

買い物もある程度済み、俺達は喫茶店に来ていた。サンドイッチに続いてかなりの速さでカフェラテが運ばれてくる。

 

「なんだか懐かしいですね」

「?...あぁ」

 

ひなたの言葉には思い当たる事があった。

 

「俺達がはじめて出掛けた時も、似た場所だったな」

「はい。味も似てますね」

 

ひなたのお気に入りのお店、と言っていた場所に似ていれば、来るのも道理だろう。

 

「あれから、二年と少しですか」

「...そうだな」

 

俺達が出会ってから西暦で半年、この世界で一年と少し。月日が経つのは早い。

 

「そういえばさ」

「?」

「聞く機会なかなか無かったけど...どうしてサファイアなんだ?」

 

胸元からペンダントを取り出す。西暦で共に過ごした皆からの贈り物。宝石に詳しいわけじゃない俺は、ネットで調べることはしてもその真意は聞いてない。

 

「単純に宝石の意味から取ってます。平和を祈り、想いを貫く。慈愛や誠実等の意味もあって、椿さんにぴったりではありませんか?」

「...俺がそれを『そうだな!』と言う人間だと思うか?」

「いいえ」

「ですよね」

 

適当に誤魔化してカフェラテを口に運ぶ。カップで顔が少し隠れるのを見越して少し長めに飲んだ。

 

「...奉火祭が終わってから時間がありませんでしたから。若葉ちゃんと球子さん、友奈さんは起きないまま、貴方が帰るかもしれない。そう考えたら...何か用意したいと強く思ったので」

 

奉火祭を止める時、俺は嘘と真実を混ぜて語った。精霊という事実無根の証拠として奉火祭の代わりを務めてるように見せ、代償として消えることを告げた。

 

「千景さんと杏さんと話あって、用意したのは...間に合いませんでしたけどね」

「...受け取ったよ。ちゃんと」

 

見つめる宝石は、光が当たって輝いた。

 

「似合っていますよ。選んだ甲斐があります」

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたー」

「さて、これからどこ行く?」

「荷物が重たいでしょうし、このまま帰りませんか?ずっと持って頂いてるのは申し訳ないです」

「別に気にしてないけど...分かった。帰ろうか」

 

俺が気にしなくてもひなたが気にしていては楽しめないだろう。いつでも遊べるし、今日はこれで_______

 

「...?」

 

気づいたら隣を歩いていた筈のひなたがいなかった。振り返ると足を止め、お店の中を見ている。

 

普段から柔らかいその瞳が、輝いて見えた。

 

「ひなた?」

「!すみません!」

「いや...どうせなら見ていこうか?」

「大丈夫です。行きましょう」

 

結局そこからは寄り道することなく寮まで帰ってきた。ひなたは自分の部屋へ、俺は自分の家へ戻る。

 

(...)

 

家の鍵をポケットから取り出すものの、結局使うことはなかった。代わりにスマホを出す。

 

「もしもし。ちょっと力を貸してほしいんだが、時間あるか?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ハッピーバースデー!!!」

 

部室にクラッカーが鳴り響いて、私の誕生日パーティーは始まった。中学生、高校生のレベルとは思えない料理が並んで、一通りお祝いの言葉を受け取ってから「そろそろ食べましょう。冷めちゃいます」と私が言うと次々無くなっていく。

 

「さて、じゃあそろそろいきますか」

「はい?」

「いいからついてきて。行ってきまーす」

「え、え?」

「いってらー」

 

雪花さんが私を部室から引っ張り出して、ささっと歩いていく。

 

「あ、あの!雪花さん!?」

「さて、頼んどいたのは持ってきた?」

「...ありますけど......」

 

前日に言われたのは髪ゴムと皆を撮るために使うカメラ。

 

「カメラは部室に置いてきましたよ?」

「いいのよ。さて到着!」

 

ついた先は、物置部屋となってる筈の空き教室。髪ゴムが必要ということは________髪型を変えて皆にお披露目するためか、私がいない間に部室で準備してるのか。

 

(ふふ...簡単なことでは驚きませんよ)

 

「ささ」

「わかりました」

 

なるべく時間をかけるようゆっくり扉を開けて__________さっきまでの感情が吹き飛んで、目を見開いてしまった。

 

「ぇ...」

 

扉を開けた先には、一つのマネキンがあった。とあるお店に飾ってあった、袖がふわふわした灰色のワンピース。それに似合うような可愛げな刺繍の入った白いカーディガン。

 

「何でこれが...」

 

出掛けた時に見とれただけで、誰にも話してない筈なのに。

 

「これは私の一人言だから、ひなたには聞こえてないね」

「え?」

「この洋服は椿さんが用意したんだよ。ひなたはきっと喜ぶって。コーデとか、合いそうなのは私含め他の勇者部メンバーで決めたんだけどね」

「椿さんが...」

「あと、さっき椿さんがポッケに何か細工したの見たなー」

「...あの、雪花さん」

「んにゃ?聞こえてない一人言が終わったタイミングで声かけるなんて凄いね。どうしたの?」

「......これを着て良いのですか?」

「どうぞどうぞ。髪型もお手伝いしますぜ?」

 

櫛を取り出す雪花さんを見て、私は目頭が熱くなるのを感じた。

 

「それじゃあ...」

 

五分もせずに、私は制服から変わっていた。置いてあった鏡に向かって一回転すると、ワンピースの裾がふわりと舞う。

 

(あ、そういえば...)

 

小さめのポケットに手をいれると、何かが指に触れた。取り出してみると__________

 

 

 

 

 

『誕生日くらい、わがまま言っていいんだからな』

 

「っ!!」

 

わくわくが止まらなくて、雪花さんに『纏めにくい』と注意されても、私は体を揺らさずにいられなかった。

 

少しでも、一秒でも早く。

 

「おしまい!どうかな?」

「ありがとうございます雪花さん!!」

「ちょ、置いてくことないじゃん!!」

 

先生がいたら怒られそうなくらい走って、閉まっていた部室を勢いよく開けた。

 

「お、おかえ」

「椿さん!!若葉ちゃん!!いや皆さん!!!是非写真を!!!!」

「り...」

「さぁさぁ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「よく分かりましたね」

「へ?」

 

夕暮れ時、俺とひなたは学校から寮までの道を歩く。他の皆は片付けだ。

 

(正直若葉でも良かったんだが...じゃなくて)

 

「どういう意味だ?」

「私がこの服欲しいなって思ってるなんて。ただちょっと見ただけかもしれないじゃありませんか」

「あー...」

 

ひなたはプレゼントした服を着ていて、制服は俺が運んでいる。その姿を改めて見直して口を開いた。

 

「着たとき似合うかなって想像したのと...目がな」

「目、ですか?」

「この前出掛けた時、この服を見てるお前の目がいつもよりキラキラして見えて...喜んでくれるかなって」

 

あくまで直感、なんとなくだ。

 

「...椿さんは私のこと、よく見てくれてるんですね」

「そんなことは」

「ありますよ。目でその人がいつもと違うと分かるなんて、普段から見てる証拠ですもの」

 

嬉しそうに俺の目を見つめてこられるのが恥ずかしくてそらすと、そらした方向にひなたが移動する。二周くらいされて諦めた。

 

「わかったわかった。降参」

「じゃあ、私のこと見てくださいね。あ!頭も撫でてください!」

「...お前がそれでいいのなら」

 

わがまま言っても良いと______甘えて良いと伝えた手前、断りにくい。普段から断ることもあまりないだろうけど。

 

(なんか...違うんだよなぁ)

 

昔から銀にやってきたのをはじめとして、無意識で頭を撫でる時は何も気にしない。ただ、言われてやる時はどこかぎこちなくなるのを否定できなかった。

 

「さぁさぁ」

「...わかったよ」

 

一応幼なじみ認可の技だ。無駄な自信を胸に抱いてひなたの頭をゆっくり撫でる。本人は猫なで声を小さくあげていた。

 

「気持ちいいですね~」

「そうか?」

「はい。なんだか安心します」

「...なら良かった」

 

(そういや、雪花も凄いわな)

 

彼女の髪を後ろで留めているゴムは、ひなたに用意して貰った物だ。雪花は持ってくるものをバッチリ当ててみせた。

 

『ここで買い物したんですね?』

『あぁ、あそこの服屋さんを通りすぎる前にここで髪ゴムをいくつか』

『...椿さんが選んだのあります?』

『えーと...これだな。ひなたも買ってた』

『じゃあさっきのワンピースとこれに合うようコーデします』

『いいのか?ひなたがこれを持ってくるとは限らないんじゃ』

『...まぁそうですけど。多分なるようになるんで』

『はぁ...』

 

(あれくらいしか会話してないのに、どうやって当てたんだろ...)

 

「椿さん、椿さん?」

「あぁごめん。手が止まってた」

「いえ、そうではなくて...一緒に写真、撮ってくれませんか?」

「そのくらい頼まれなくてもするって。普段から言ってくれていいんだからな」

 

というか、普段は若葉に盗撮紛いのこともしてるのに____とは、言えなかった。そのくらい彼女の笑顔に魅了されていた。

 

「ありがとうございます!!じゃ、じゃあ...いきますよ?」

 

自撮りのためかスマホを構えたひなたは、俺の肩と胸の間辺りに体を寄り添わせる。ふんわりバニラの香りが俺の鼻をくすぐる。

 

「へっ?」

「はい、チーズ」

 

写真として切り取られたのは、不思議そうな顔をしてる俺と、満面の笑みのひなただった。

 

「ひなた?」

「椿さん、カメラ見てください。もう一枚いきますよ?」

 

(...楽しそうだし、いいか)

 

「すまんすまん。ちゃんと向くよ」

 

そう言って撮られたのは、微笑む俺と、さっきより弾けた笑顔ではないものの、本当に幸せそうなひなた。

 

例えこの写真が消えたとしても、絶対に思い出として魂に刻まれてるだろうと思えるような、そんな顔だった。

 

「...誕生日おめでとう。ひなた」

「ありがとうございます!椿さんっ!!」

 

 



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ゆゆゆい編 11話

今回はゆゆゆい編。この話入れる前提で質問に答えちゃったから入れるしかねぇ。というより、やっとこの二人出せたよ...

一応リクエストなんですけど、リクエストされなくても書く予定だったものってどう言えば良いんだろう...物によっては言い忘れたりするかもしれませんが、お許し頂ければ。ユーザー名okの場合はいれるようにしてますので。


「歌野ー、切り離したかぼちゃはどうする?」

「風通しの良い所で一日放置するから、ひとまずこっちに持ってきてくれますか?」

「了解...っと!」

 

丸々育ったかぼちゃはそこまで重たくないものの、なんとなく掛け声と共に持ち上げた。

 

「やっぱり男手があると違うわね。センキュー。助かってます」

「全部終わった後言ってくれればいい。かぼちゃ持ち上げる度に言うつもりか?」

「それもそうね。じゃあビシバシ指導していきます!」

 

こちらに話ながらも歌野の手は休むことなく、正確かつ高速で作業が進んでいる。農業王Tシャツを着込んでいる奴は本気度が違う。

 

「...お手柔らかに」

 

せめていない方がよかったと言われないよう、俺は作業を再開した。

 

 

 

 

 

『白鳥歌野です!よろしくお願いします!』

『ふ、藤森水都です...よろしくお願います』

 

歌野と水都が西暦からこの世界に来た日。俺は別件があったので自己紹介のタイミングが夜になった。二人の寮は初日から機能できるようで、様子を見に来た俺とばったり会ったのだ。

 

快活な声と控えめな声、反対に近い二人の声が俺の鼓膜を刺激する。

 

『...古雪椿。二人の一つ上だ。よろしくな』

 

正直タイミングとしては悪かった。若葉達と一緒ならある程度誤魔化せただろうに。

 

俺は彼女達の本来の未来を知っている。無惨な姿になった諏訪を訪れ、遺書になるものも受け取っている。

 

後にこの世界に来る雪花や棗もそうなのだが、行ったこともない土地の人間と行ったことのある土地の人間では差が出るのも仕方ない。

 

(この子達が...)

六人で苦戦する相手をたった一人で相手にし、終わりのない戦いを続けた勇者。

 

大社という庇護がない状態で力に目覚め、勇者のサポートを続けた巫女。

 

四国の防衛が出来るまで時間を稼いでくれた二人。

 

失礼と分かっていても、同情に似た思いが俺を巡る。

 

『どうかしましたか?』

『いや...慣れない土地だろうけど、可能な限りサポートする。俺より若葉達の方が話しやすいとは思うが...出来ることがあれば言ってくれ』

 

事前にひなたから聞いたが、二人とも一つ年をとっているらしい。若葉達に合わせるためなのか、それとも________

 

『あ、それなら一つお願いしたいことが』

『ん?』

『畑として使える土地ってありますか?』

 

 

 

 

 

「終わったー!!」

「お疲れ様です。うたのんもお疲れ様。はいこれ」

「ありがとうみーちゃん!」

 

畑の端で俺と歌野が達成感に溢れた顔をして、水都は飲み物を歌野に差し出していた。

 

大赦に用意して貰った畑は歌野の手で改造され、素人目に見ても良くなっている。踏まずとも違いが分かるふかふかの土は生き生きしている。

 

「古雪さんもどうぞ」

「あ、いいの?ありがと」

 

貰った飲み物を口に入れれば、勢いよく喉を通り冷たさが刺激してきた。

 

「美味しいなこの麦茶。どこの?」

「市販のパックで売られてるのを使ってます」

「でも作り方は独特でみーちゃんお手製!私はこれを飲んで作物を育てる!最高ね!!」

「うたのん大袈裟だよ...」

 

二人を見てると、強く信頼しあってるのが伝わってきて微笑ましかった。

 

「椿さんどうかしました?」

「いや、なんでもない」

「そうですか...あ!折角ですしこのままお昼食べに行きましょうよ!」

「別にいいけど、どこにする?」

「それは勿論...!!」

 

連れてこられたのは『うどん』屋さんだった。

 

「おろし醤油うどん一つ。そっちは?」

「ざる『そば』と天ぷら『そば』で!」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

丁寧にオーダーをとった店員さんが戻っていくのをなんとなく見て、前を向いた。ちなみに席はテーブル挟んで反対側に二人が座っている。

 

「しかし、あの広さの畑を普段は一人で管理してるんだろ?凄いな」

「いいえ。元の世界ではもっとワイドにやってましたから。人も多かったですけど、私一人で倍はやれます」

「倍って...ヤバイな」

 

単純な言葉しか出なかった。倍は純粋にヤバい。

 

「なんでそこまで畑好きになったんだ?」

「そうですね...物心がつく前から畑をイジるのが好きだったんですよ。畑を耕すほど良い土ができる。愛情込めて作った分だけ野菜が良く育つ。それを続けてるうちに楽しくなっちゃって」

 

歌野はそこで一度区切り、置かれていたお茶を飲む。

 

「バーテックスの進行があってからは...そこに、畑を耕すっていう『日常』を大切にしたいと思いを加えながらやってました。生きていれば活路がある。どんな苦難にあっても立ち上がれる。けれど日常が変わるのは、苦難に屈したような気分で...」

「......」

 

俺は聞くのを後悔した。その告白は、俺の心を酷く揺らす。

 

でも、同時に__________

 

「...尊敬する」

 

俺は心の底から、本心を口にした。一つ年下の女の子は強すぎる位の心を持っていた。勇ましい者という名に相応しい精神。

 

「ありがとうございます。でも、私にはみーちゃんがいてくれたのでこのくらい!」

「うっ、うたのん!?」

 

がばっと水都を抱きしめる歌野。しんみりした空気は一瞬にして消えた。

 

(...ほんと、すげぇや)

 

「俺も仲間がいたからこそ戦えたからな。気持ちは分かるわ」

「あら、でもみーちゃんは渡しませんよ?」

「誰も取らねぇよ」

「元々うたのんのじゃないから!」

「お待たせしました」

 

水都が歌野のじゃれている間に昼御飯が届く。

 

「それじゃあ頂きますか」

「...ジー」

「......なんだよ」

 

割り箸を折ってうどんを挟んだ俺は、異様な視線に反応する。歌野はともかく水都までこっちを見ていた。

 

「...椿さんってみかんにはこだわってますけどうどんはそうでもないですよね。香川県民なのに」

「まぁ、風とか若葉よりはな」

「......椿さんを蕎麦派に変えさせれば、蕎麦勢力は拡大する?」

「げっ」

 

勇者部で突発的に起こるうどん蕎麦、というより麺類戦争。色んな所から勇者が来ているので当然だが、香川であるがゆえに大派閥のうどん派に、蕎麦派、ラーメン派、沖縄そば派と混在している。

 

「そりゃうどんだけじゃなく蕎麦もラーメンも食べるけどさ...」

 

正直この戦争に巻き込まれてもろくなことがない。厄介な所に目をつけられてしまった。

 

「椿さん!!蕎麦ってどう思いますか!?」

「...美味しいと思うよ。気分によって食べる」

「ではこの際、がっつり蕎麦派に変わりましょう!!椿さんが変われば他の人がついてくる可能性ありますし!!」

「別にお前らみたく蕎麦だうどんだって偏る気は...」

「ノンノン!それは蕎麦の魅力を知らないだけ!今ここで変えて見せます!」

 

歌野はそう言って自分の割り箸を勢いよく割る。

 

「ここ、うたのんと私が四国で一番気に入ってる蕎麦なんですよ。うどん屋さんですけど」

「はい椿さん!あーん!!」

「「なっ」」

 

屈託のない笑顔で蕎麦を向けてくれる歌野。完全にあーんの状態だ。

 

「いや、麺とかつゆが落ちるから...」

「椿さんがこういうことに弱いのは知ってますよ。さぁ!さぁ!」

 

多分、歌野は『俺があーんされて戸惑う』という結果は知っていて、『皆にやられるから恥ずかしくなって戸惑っている』という理由を知らない。

 

(平然とやってくんじゃねぇ...!)

 

隣の水都も目を丸くしている。ともあれこの状態を乗りきるには__________

 

「あぁもう貸せ!」

 

俺は蕎麦つゆを奪い、中に入ってた蕎麦を食べた。普通に美味しい。

 

「...美味しかったよ。でも次やられたら蕎麦派には絶対ならないからな」

「え...制限をつけられてしまったわ。ちょっと強引にやり過ぎたかしら」

 

目の前でぼそぼそ喋られ内容は聞き取れなかったが、歌野はすぐに表情を変える。

 

「では今度はみーちゃんからやって貰うので!」

「水都に迷惑かけるなよ。水都もなんか言ってやれ」

「あ、あはは...でも古雪さん、ごめんなさい。こういううたのんも好きなので...」

「みーちゃん!!!私もラブよ!!」

 

目の前で再び始まるイチャイチャを見て、俺はうどんをすすった。

 

(こいつらは...まったく、今日も平和だな)

 

本来知るはずもない二人が笑っている。信頼しきってる二人が見れる。そのことが急に頭をよぎり、嬉しくなった。

 

「う、うたのんどこさわって...ひゃっ!やめて~!!!」

 

(...平和だ。うん)



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オリ紹介3

メレク(以下『メ』)「こんにちは。最近だと猫メブかわいい!となってる作者のメレクです」

 

椿「こんばんはじゃね?投稿時間的に。アシスタントの古雪椿です。今回は作者代理ではないです」

 

メ「さて、古雪椿は勇者であるもオリ紹介を含めずに150話を越えました。去年の末から始めたから...結構経ちます」

 

椿「結城友奈の章と勇者の章、乃木若葉の章が完結、そしてゆゆゆいも投稿中。リクエストもこちらが追いつかない速度で頂いていて嬉しい限りです。いや追いつけよ。なんで原稿俺に読ませんの」

 

メ「今回はこれまでの後書きやらで出してきたオリキャラのまとめ、質問箱に頂いた質問の回答をメインに書いていきます。今更ですがネタバレが多いので注意してください」

 

椿「おい無視か」

 

メ「ではまず諸々の設定纏めを」

 

 

 

 

 

オリキャラ

 

 

古雪 椿 (ふるゆき つばき)

 

讃州高校一年生。風と同じクラス(ゆゆゆいでは棗も同じ)で勇者部所属。

 

昔から優しい性格だが、銀を失ったことから周りを気にする性格になり、普段から冷静な物腰。耳を攻められるのが弱い。

 

好きな食べ物は銀の作る焼きそば、飲み物はみかんジュース、嫌いな食べ物は納豆。 誕生日は2月8日。

 

鈍感系主人公ではなく、自分に向いているのが恋愛感情なわけがないという勘違い系主人公______のはずなのだが、難聴スキルもかなりのもの。

 

趣味は家庭用ゲームと読書、料理。卵系列と焼きそばが得意。

 

現在勇者システムは保有しておらず、防人に使われていた戦衣を使用している(勇者服についてはオリ紹介を参照)

 

 

戦衣(のわゆ後)

 

西暦時代から戻ってきた状態の戦衣。戦闘で傷つき最終決戦前に補強した部分も穴が空いていたり血がついていたりする。しかし直すつもりはない。武器は短刀。

 

 

戦衣(ゆゆゆいver)

 

西暦から帰ってきた時点でぼろぼろだった戦衣を春信をはじめとした大赦と椿で改修した状態(ゆゆゆい時空では春信さんはまだ大赦勤め)。ほぼ戦衣の形に戻し、色が若草からワインレッドに変更されている(カラーイメージは黒椿)

 

装備は短刀に加えて腰にマウントし始めた新型の銃(短刀のように出したり消したりは出来ない)。威力は星屑を倒せる程度。

 

 

大満開椿(if案)

 

旧リクエストにあった椿大満開ifがあればの経緯等を簡単に述べる欄。

 

西暦での最後の戦闘時、椿がひなたとの約束を破り神の力を強制的に使った姿。力の吸収を加減出来ないため満開ではなかった。

 

雑じり気のない白い炎を纏い、髪色も黒から白になる。武器はなし。

 

天の神を倒せる力のためレオ・バーテックスは一撃だが、力が持つのは数秒。

 

代償として別世界の高嶋友奈は存在が消え、西暦2018年の神樹との癒着により元の時代に帰れなくなる。樹海を炎に沈めた後本人も記憶と四肢が焼けただれる。神の膨大な力を手に入れたことに怒った天の神は進行を開始。俗に言うデットエンド。

 

倉橋 裕翔(くらはし ゆうと)

 

椿と風、郡のクラスメイト(ゆゆゆいだと棗も入っている)。名前が出る前から何回か登場している。

 

自称椿の一番の親友。ムードメーカーで友達も多く、クラスの潤滑油として働いているが、ふざけすぎで少し残念な所もある。

 

 

郡 彩夏(こおり さやか)

 

椿が西暦に行ったことで発生した歴史改変により突然クラスに現れた(と椿だけ認識している)少女。名字は千景と同じ、容姿は限りなく千景に近い。性格は大人しめの少女。

 

ゆゆゆい時空では千景が若葉達と同じ場所で授業を受けているため、見たことがない。

 

 

 

 

 

椿「続いて質問箱に寄せられた質問を答えていきます。質問は頂いたものをそのままコピペしています」

 

 

Q、そうとう前だけども、そもそもどうして銀は椿の中に入り込むことが出来たの?

 

A、最初にして予想していた最大の質問。本編には出してませんが一応考えてはいました。簡単に言えば、原作より散華が上手く出来てないから。になります。

 

銀が死んでから椿と行動を共にするまでに、須美達の最後の戦いが終了しています。その時須美と園子がアップデートされた勇者システムで初めて満開し、散華しました。

 

散華は満開した代償として人間の持つ一部を神に捧げる行為。この作品では散華時ほんの少し、神に捧げられていない余りが発生していました。余剰分の神聖力は火葬され同じく神樹に捧げられていた銀の意思と交わり、魂や意思を持つだけの存在として出来上がります(人魂みたいなイメージを持って頂ければ)

 

そうして出来上がった銀が吸い寄せられたのは、記憶をなくした須美でもなく、目まぐるしく変わる自分と周りを整理する時間が必要だった園子でもない、互いに思いあっていた幼なじみの元。椿に特殊な力はありませんでしたが、思いで引き合い魂と魂がくっついた形ですね。こうして物語がスタートしました。

 

ちなみに椿と銀が初満開した時の散華で取られたのが銀でしたが、元々神樹に捧げられる筈の物だったので取られやすかったというのがあります。神樹側からすると、貰った筈の物がまだ残ってたので。追加で取られなかったのは慈悲に近いもの。

 

物語でこの設定を語ってないのは入れるタイミングが難しかったのとぐだる感じになりそうだったからです。

 

 

Q、「レイルクス」の翼って元ネタとかあるの?

 

A、装甲と翼を持つレイルクスですが、見た目の元はフレームアームズのレイファルクスです。剣を格納してたりするのはオリジナルです。

 

また、翼を曲げて側面ガード出来るようにしたのは(確か実際やったシーンはなく設定だけで終わってた気がしますが)、ガンダムデスサイズヘル(ew版)をモチーフにしています。

 

設定的な話で言えば大赦が考案した疑似満開システムの試作品というくらいです。勇者服を戦衣という形で量産出来るなら、強力な満開の量産に挑戦しない筈がないと。

 

ちなみに満開時につけられる翼のイメージはデスティニーガンダムです。気になった方は検索してみてください。

 

 

Q、今更ですが、古雪椿という名はどういった経緯で作られたのでしょうか……?

 

A、ゆゆゆの内容を書く!として、木へんの入った名前が良いなと考えていました。自分の好きな木へんの入った漢字が椿か楓だったので、男の子っぽい椿に。

 

名字は作成当時寒かったのと、昔好きだったキャラから真似させて古雪とつけました。もしかしたら古雪楓になってたかも。

始めこそかなりなんとなくでつけた名前ですが、今ではこれで良かったと思えるだけの主人公になってくれました。

 

 

Q、椿のモデルになったキャラクターはいますか?

また、椿のcvイメージなどありますか?

 

A、見た目のモデルで言えばsaoのキリト(1、2巻の表紙辺り。それ以降のはちょっと違うと感じます)がそうです。性格的なモデルは具体的にあったわけでもなく、今まで自分が書いてきたキャラを見るに書きやすさというのもあると思います。

 

同様にイメージcvも固定したものは持ってないです。結構自由にやってます。

 

 

Q、球子がヤマタノオロチを出してましたが何か逸話があるんですか?

 

A、逸話としては特にないです。はじめは高嶋友奈と乃木若葉が降ろしていた精霊である鬼(酒呑童子)、天狗(大天狗)と並ぶ最強格の妖怪として玉藻前を出そうとしたのですが、考えていた当時別のゆゆゆ二次創作作品で出ていたので他を探しました。

 

のわゆ編の途中では皆がそういった書物を読み漁るシーンを登場させましたが、あまり本を読まないだろう球子がどう精霊を理解するかと考えた時『人でも化け物でもいいからひたすら強そうでカッコいいの』にするだろうと結論づけ、しっくりきたのがヤマタノオロチでした。まぁ、ヤマタノオロチって精霊なの?と言われれば答えられないのですが。

 

詳しい設定は出してませんでしたが、ヤマタノオロチの力としては、使用者と辺りの力を限界まで吸いとって放出する一撃必殺タイプです。一度に一回限りなものの、単発火力だけで見れば大天狗等と比較しても破格の威力。

 

他の精霊は時限強化の能力付与が多いので、一体くらい一撃の純粋な暴力で凪ぎ払うのもいいかなと。タマっちの性格にも結構合ってるようにも感じ、結果的には良かったです。

 

また、杏と千景のオリジナル精霊も考えたのですが、しっくり来なかったので却下しました。千景はその前まで自分自身と戦ってて考える余力がないですし。

 

 

Q、ゆゆゆい編に突入してヒロイン?も増えましたし、改めて椿と他のキャラ達との関係性を教えてください。

A、一人一人あげるときりがないので少し纏めて。

 

椿(小学生時代)

銀が好き(無自覚)だったが、銀が死んで(一緒になって)中三になるまでで精神が変化。好きな人が自分の中にいるというわけのわからない状態により、自分の恋愛感情に疎くなる。

 

椿→ゆゆゆ組

かけがえのない仲間。守るためなら自分の命を落とさない程度に死力を尽くす。ラブに限りなく近いライク...いやラブじゃね?

 

ゆゆゆ組→椿

大なり小なり恋心を自覚。のわゆ編開始前は復活した銀の幼なじみ力に妬け、ゆゆゆい時空では人が多すぎることに妬いている。

 

椿→のわゆ組

もう会うことは出来ない大切な人達。メモリーカードの写真を見てはよかったと振り返る。

 

ゆゆゆいでは再会が出来たことを喜び、かなり面倒を見たりサポートをしたりしている。

 

のわゆ組→椿

突如現れた星の王子様状態。もう会うことはないと思っていただけに、ゆゆゆい時空では他のメンバーより独占欲が強め。

 

椿→くめゆ組

戦衣の用意をしてくれた恩人達であり、仕事仲間。

 

ゆゆゆい時空では亜耶ちゃんだけ先に来てしまったので心配。

 

くめゆ組→椿

どこか謎の多い人(男なのに勇者やってるとか)

 

椿→わすゆ組

色々思う所はあるけれど、銀ちゃんには優しく、園子ちゃんと須美ちゃんは暴走癖をつけないよう注意して接している。なお後者は手遅れ。

 

わすゆ組→椿

頼れるお兄さん兼からかえる人(須美以外の感想)。記憶を持ったまま元の時代に戻れれば椿(中一)に会いに行こうと三人で決めている。

 

椿→しうゆ組、雪花、棗

未来を知っているだけに気まずく感じることもあったが(歌野は墓標とも言える場所に行っているので特に)、今では普通に打ち解けている。雪花とはツッコミ仲間として。棗とは割りと素直に話し合える仲間として。

 

しうゆ組→椿

神世紀の人間でありながら若葉達と知り合いなのがおかしく感じているが、関係は良好。歌野は椿を蕎麦派に入れられないか画策中。

 

雪花→椿

上級生として信頼している。また、モテる人としてファッションセンスをつけさせようと奮闘中。

 

棗→椿

話がしやすく普段から隣をキープすることが多い。海に行こうと計画中。

 

椿→赤嶺

どこか憎めない敵。味方になってくれないかと考えているが、味方になってもスキンシップ多目でからかわれそうだと悩んでいる。

 

赤嶺→椿

面白い反応が多くて楽しいおもちゃ。どの勇者から倒すか考えた時トップにあたる。

 

 

Q、 創作するとき、強く影響を受けた作品(映画、小説、アニメ等)がありましたら教えてほしいです。

特にラブコメはどうやって書いてるのか知りたいです。

 

A、強く影響を受けたと言えば二次創作まで書いてるセブンスドラゴンとゆゆゆですが、創作する(というかし始めた)時に限ると微妙です。

 

創作を書くときに影響を受けてたであろう作品ですが、以前ちょろっと話した、ファンタジア文庫の『生徒会の一存』が一番でかいと思います。古雪椿の文章形式はかなり似てるように感じますし。

 

ネットで検索すればすぐ見れるものであげるとすれば、

同僚女「おーい、おとこ。起きろ、起きろー」

勇者「死神のご加護がありますように」

の二つですかね。何周もしてるので無意識に刷り込まれてると思います。それなりに長いですが、よろしければご覧になってください。

 

ラブコメの書き方としては、イラストや小説(ラノベやネット、それこそ他の方のゆゆゆ作品など)で気に入ったもの、自分の生活で『こんなのあったらいいな』と思ったシチュエーションを元に、元の物と違いを出せるよう自分なりにアレンジしたりいくつかを混ぜたりして、書いていく中で加えたり修正したりしています。

 

例えば三十九話 花嫁は、ウエディングドレスのイラストを見てストーリーを仕上げました。

 

 

 

 

 

メ「質問下さった方々ありがとうございました!どうでしたか?満足して頂けてれば幸いです」

 

椿「さて、今後の予定は...別に言うこともないか。これまで通りの予定だし」

 

メ「変わらず椿含めた勇者部の話を楽しんで貰えればと思います。それでは今回はこの辺で...」

 

椿「これからもよろしくお願いします!」




一応、今後質問があればこの後書きスペースに追加予定です。
リクエスト含め募集中ですので。


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ゆゆゆい編 12話

感想でコラボの話が出てたんですが、やれるならやってみたいですね。現状ノープランですけど。

今回はゆゆゆい編、前半はリクエスト、後半は(おまけのつもりだったのにがっつり書き上がった)オリジナルです。




『千景と彩夏』

 

 

 

 

 

「やっぱりバイト頑張らないと...!」

 

私、郡彩夏は燃えていた。時は休日、場所は大型ショッピングセンター『イネス』、時間はお昼前。

 

イネスにはいるのそれと疑いたくなるようなお店が揃ってる。みかん専門店もあるし煮干し専門店なんて場所まで。

 

だけど、メジャーはメジャーで揃えられていた。私がさっきまでいたお店も、安さと品質で女子中高生に人気な服屋さん。

 

服を見るのも着るのも好きな私は、月に三度はこうしてショッピングを楽しんでいた。最近だと犬吠埼さんとも意気投合している。最も、犬吠埼さんは妹さんの洋服を買ってるみたいだけど。

 

でも、いくら安いお店でも服を買うのは学生にとってかなりの負担。週に何度か入れているバイトの時間を増やさなければ、シーズンが過ぎてしまう。

 

(うーん...こういうお店のアルバイトも楽しそうなんだけどなー)

 

通行人の目に映るように飾られたマネキンは、やっぱりセンスが良い。将来仕事として就くのも良いかもしれない。

 

(どちらかと言えば、私に問題あるのは対人か...)

 

特に男の子と話すときは緊張する。

 

(古雪君とか、大変だったもんなぁ...)

 

林間学校から話したりするようにはなったけど、身近な人でその程度なのだからもっと練習が必要だろう。

 

(頑張らなきゃなぁ...笑顔とかかな)

 

ガラスに向けて微笑むも、意識してるからか歪だ。

 

(ほんわか笑顔って難しいよね...あぁゆう風に笑えればいいんだけど)

 

ガラスの反射で見えた女の人は、微笑んでいて________

 

「えっ!?私!?」

「え?」

「あ、郡じゃん」

「え?」

「あっ」

「古雪君!?」

 

いたのは、クラスメイトの古雪君と、私によく似た女の子だった。

 

 

 

 

 

場所は移ってフードコート。私を含めた三人がうどんを持って席に座る。

 

「...!」

「...、...」

 

何か話してるようだけど、聞き取れない_______

 

「えぇと、はじめましてだよな郡。こっちは俺のいとこの古雪千景」

「っ...よろしく」

「で、千景。こっちが俺のクラスメイトの郡彩夏」

「よ、よろしくお願いします...」

 

髪型も容姿も他人とは思えないくらい似ている。世の中にはドッペルゲンガーが三人いると聞いたことがあるけれど、びっくりだった。

 

(よく似てるなぁ...)

 

「古雪君が前に話してたのって...」

「あぁ。こいつのこと。よく似てるだろ?」

 

古雪さん______千景さんは、私と同じように私のことをまじまじと見ている。前に古雪君が『お前に似てる人がいて』と言っていたけれど、これは納得するしかなかった。

 

「凄い似てる...」

「私も驚いてるわ。学年も同じようだし」

 

うどんを食べながら互いのことを話す。千景さんと私は容姿こそ似てても趣味とかは違って、ゲームが凄い得意なんだとか。

 

「今日もその帰りよ」

「俺は付き添いってわけだ...御馳走様。ちょっとお手洗い行ってくる」

 

いつの間にかうどんを食べ終わっていた古雪君が席を立つ。残された私達の間には、変な沈黙が訪れた。

 

(そうだよねぇ。さっきまで間に古雪君がいたもんね....)

 

「...郡さん」

「はい!?」

「彩夏さんって呼んで良いかしら?私も千景で構わないから」

「わ、分かりました...千景さん」

「ありがとう」

 

落ち着いた様子でお茶を飲む千景さんを見て、柔和に微笑んでいたさっきの顔が頭に浮かんだ。

 

「...どうかした?」

「い、いえ!すいません...」

「敬語じゃなくてもいいわ」

「そうですか...じゃなくて、そっか...」

 

まじまじ見てると、千景さんは不思議そうな、というかちょっと嫌そうな顔をする。

 

「...あの、ホントになにか?」

「いえ...さっき見た千景さんの笑顔、凄く魅力的だったから」

「!」

「えぇぇ!?大丈夫!?」

 

飲んでいたお茶を変なところに入れてしまったのか、胸の辺りを叩き出す千景さんに寄り添う。

 

「...初対面の人によく言うわね」

「ぁ...あんまり他人って感じしないし」

「それは私もだけどね...」

 

落ち着いた彼女は、一つ息をついた。

 

「...私がそんな笑顔だったのなら、皆のお陰ね」

「え?」

「私にはふるゆ...つ、つ...彼をはじめとした、私を大切に思ってくれる仲間がいたからよ。そうなる前の私は...いえ、それに気づく前の私は酷かったから」

 

最後の呟きだけ、冷たく重たい言葉に感じた。私が想像出来ないくらいの出来事があったことだけが理解できる。

 

「でも、どうしてそれを私に...」

「本当は言うつもりなんて少しもなかったけど...私も貴女が初対面のように感じなかったのかもしれないわね」

 

千景さんはそう口にして、また微笑んだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「それじゃあ私はこっちなので」

「あぁ、じゃあな」

 

郡が別れ、俺と千景の二人になる。彼女も家まで送ろうとしたのだが、『家はすぐだから』と断られた。

 

「今日はありがとな」

「説明してくれるんでしょうね」

「...説明するまでもないと思うけどな」

 

千景の考えてることは分かる。千景と彼女の関係だ。

 

「同じ名字、凄く似てる容姿...乃木さんにとっての園子さん達と同じかしら」

「俺だって真実は分からないが...恐らくな」

 

咄嗟に郡(千景)を古雪と紹介したのは、もし真実だった時、郡が家系図やらなんやらを調べないようにだ。気のせいだと言い切ることも出来るが、余計なことはなるべく減らしたい。

 

(負担かかるのは揉み消したりする大赦だが、ここの大赦にはかなりお世話になってるからな...)

 

異なる時代からくる勇者の支援や、施設の用意をしてもらってる恩は大きい。

 

「そう」

「...なんかあっさりだな」

 

『説明してくれるんでしょうね』と言われた割りに、引きが早いように感じた。

 

「私は、自分の子孫かもしれない人が勇者部にいたら嫌だと思っただろうけど、違うならそこまで重要に考えてないわ」

「そっか」

 

本人が気にしてないなら良いだろう。彼女が勇者部にいたとき千景が気まずそうにしてるのもすぐ想像できるし。

 

「というか、正直しばらく会いたくないわ」

「酷いなおい」

「だって...話すたびに恥ずかしいこと言いそうだもの」

 

そっぽを向く千景の言葉は聞き取れない。

 

「なんて?」

「なんでもないわ。帰るわよ」

「あ、ちょっ」

 

千景の方から俺の手をとり歩き進む。その温度は俺より高かった。

 

「ちゃんとついてきなさい」

「...言われなくても、いますよ」

 

 

 

 

 

『園子の夢』

 

 

 

 

 

「ねぇ~わっしー。こっちむ~いて~♪」

「いいえそのっち。私はわっしーではないわ」

「?」

「私は...富国強兵!!正義の味方!!全員気をつけ!!私が、国防仮面だぁぁ!!」

「あぁそうだったね!!私は国防仮面二号だった!!」

「そうよそのっち!!二人で世界の平和を守るの!!」

 

「そうはいかないぞ、国防仮面!!」

「誰!?」

「あ、あれは...!!」

 

「香川のうどんは日本一!それを証明するためならば...私は悪にも染まってみせる!」

「ご先祖様!」

「違う!!私はうどんの化身、小麦若葉だ!!」

「若葉の気持ちは良く分かるわ...あたしも戦う。うどんの存在を知らしめるために!!」

「風先輩!」

「違うわい!!あたしは...そう、肉ぶっかけ風よ!!」

「そこは二人で統一しないんですね~」

「乃木!いや分かりにくいから園子!!余計なツッコミ禁止!!」

「えー...」

「んんっ...ともかく、私達が手を組めば国防仮面など恐るるに足らず...全ての土地を小麦畑にするのだ!!」

 

「さて。それはどうかな?」

「なっ...貴様ら、どこから!?」

 

 

 

 

 

「にぼっ!にぼにぼにぼっ!!(私達はイネス同盟軍!!)」

「アタシは醤油豆ジェラートをこよなく愛す者...えーと、ほら、国防仮面が最初に出来たときのメンバーだし、それっぽくさせてよ...アタシは!国防仮面零号!!」

「にぼにぼにぼっ!!(私は煮干し仮面!!)」

「そして...!」

 

「ふっ...うどんだけの世界になどさせない。この俺が貴様らの野望をぶち壊す」

「貴方は...!」

「俺は、国防仮面零号と共に歩んできたみかん愛好者。国防仮面blackだ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「っていう夢を見たんよ~」

「相変わらずはっちゃけてるな~園子は」

 

部室で昨日見たという夢を語る園子に、銀がたはは~と笑う。俺はというと、必死に自分の脇腹をつねっていた。

 

(ツッコミてぇぇぇぇぇ!!!!)

 

激しくツッコミたい。だが、園子の夢にツッコミを入れたところでどうしようもないのを知ってるのであまりしたくない。

 

「なんで私が煮干し仮面なのよ!!しかも『にぼ』しか言ってないじゃない!!」

「乃木!そこは『うどんの化身、女子力王風』って名前でしょう!!」

「いや風!!言うところそこ!?」

 

完全に不意を突かれて反射的に言ってしまった。

 

「わ、私がうどんのために悪になるなど...」

「ありそうで怖いよなー。若葉」

「そうね...」

 

若葉は若葉で球子と千景に言われて落ち込んでいる。

 

(...ま、楽しそうだし、いいか)

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「どうしたの~安芸先生」

「乃木さん。古雪さんを知りませんか?」

「ぇ_______」

 

 

 

 

 

「つっきー!!!!」

「ん~、どうしぐぇっ!?」

 

朝早く。つっきーのご両親に家へあげてもらった私は、一目散に部屋に向かった。まだベッドにいた彼を押し倒す勢いで抱きしめる。

 

「つっきー、つっきー!ちゃんといるよね!!つっきー!!」

「そ、園子...!?なんだって急に!?」

 

つっきーの言葉もまともに理解できず、確かにある温度だけをぎゅっと抱きしめる。

 

「つっきー...」

「......どうした?怖い夢でも見たか?」

「...うん」

 

とっても怖かった。突然つっきーがいなくなる夢。どこを探してもいなくて、勇者部の皆が暗くなっていく夢。

 

起きた私は、隣で寝てるミノさんを気にすることなく、パジャマ姿でこの家まで来てしまった。鳥さんパジャマは動きにくいので違うものでよかった。

 

「いなくならないで...」

「別にどこにもいかないよ。俺は」

 

そう言って頭を撫でてくれるつっきーのお陰で、荒れていた息が落ち着いてきた。

 

同時に、この状況にも。

 

(......っ~!!!)

 

大好きな男の人に、朝から抱きしめて貰ってる。頭を撫でられてる。思わず頬がゆるゆるになって、隠すために彼の胸に顔を押し付けた。

 

(...つっきーの匂いがする)

 

心臓が凄く大きく音を鳴らしてる。かなり早く、ばくばくって。

 

「園子は甘えん坊さんだな」

「椿ー、園子来てないかなって、いたな」

「あ、おはよう銀」

「いやー途中で見失ったんだけど、やっぱりここだったか。はい、園子の服とか持ってきてる」

「俺としては服持ってくるより園子を連れて帰ってくれた方が嬉しいんだが...起きたばっかだしもうヤバい」

「やだ!」

「......わかった。わかったからそんな顔しないでくれ」

 

つっきーは顔を真っ赤にして、私から目をそらした。

 

(えへへ...)

 

「銀、いつものところからカセット出して。パーティーゲームでもやろうぜ」

「朝飯は?」

「三ノ輪家は今日俺必要ないし、園子はそれどころじゃないし。銀は俺が暴走したとき殴ってくれなきゃ困るし」

「暴走しても受け入れられると思うけど...」

「え?」

「なんでもない。じゃあやりますか」

 

もう落ち着いた。夢だと分かったしつっきーもここにいる。

 

(でも...もうちょっとだけ)

 

折角だからと思って、もう少しだけつっきーに抱きつく力を強めた。

 

(嬉しい...幸せ...)

 

「つっきー...ありがとう」

「はいはい。どういたしまして」

「園子ー、アタシ忘れないで欲しいんだけどー」

「えへ...ミノさんもありがとう」

 

さっきからぼろぼろ溢してた涙は、いつの間にかひいていた。

 

 

 



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ゆゆゆい編 13話

原作参戦から約一ヶ月。こちらにも彼女達が_____


「というわけで、まもなく新たな仲間がこの世界にやってきまーす♪」

 

ひなたのどこか軽い声も、何度か経験してきたからこそだろう。反応するメンバーもどこか慣れた様子だ。

 

「遂に芽吹先輩達がいらっしゃるんですね...ワクワク!」

 

親交の深い亜耶ちゃんがワクワクした様子だった。というか言っていた。

 

「何人くるんだ?」

「四人だそうですが...」

「成る程」

「?」

「いや、今から来るのって本当は32人の部隊だからさ。流石に全員は来ないだろうと思って」

「そんなにいたら部室に入りきらないな」

 

若葉が言うことも最もだが、神樹様の力で呼び出されるならこれまでの倍の人数など無理に決まっている。出来たら逆に不安要素が高かったので安心した。

 

(あのチームだけバリアなしとかだと目も当てられないからな...まずこの勇者部を見て馴染めるかどうかも怪しいのに)

 

元の世界だと四国外調査なんかで共に行動したりもしたが、あの楠さんが猫の里親探しとかを率先してするとは考えにくい。

 

「...なせば大抵なんとなる。かな」

「古雪先輩?」

「なんでもない。迎えの準備は出来て...って」

 

都合悪く鳴り響く樹海化警報。寝る直前に鳴らされたらトラウマになりそうな音が今日も元気よく耳を打つ。

 

(夜中に進行してこないのは赤嶺のお陰だろうか...毎日夜に鳴らして生活バランス崩させるのってかなり有効に思うけど)

 

「戦いに巻き込まれてる可能性もあるな」

「若葉ちゃん、皆さん、亜耶さんのお友達をよろしくお願いします」

「私からもお願いします!」

「任せろ」

 

その言葉を終わりとして、日常から非日常の景色に変わる。視界に入るのはバーテックスだけ。

 

「まずはあいつらを倒す所からかな?」

「ようし!!銀!!タマについてきタマえ!!」

「アタシもいること忘れんなよ球子!!!」

「ちょ、球子さんもアタシも待ってくださいよー!!」

 

突撃組の三人がを援護するため、俺は腰から銃を抜いた。

 

「じゃ、俺達も行きますか」

 

それから数分。敵自体は別段強くもないし、あっさり決着がついた。銀(中)が最後の星屑を叩き潰し、爆散させる。

 

「いやー倒した倒した!」

「皆さんお疲れ様です」

「ありがとー須美ちゃん」

「...でも、楠さん達はいないな。どっかに潜伏してんのか...?」

 

レーダーを見ると、案外近い場所に二つの光点があった。ここを挟んで反対に三人。ひとまず近い方に顔を向ける。

 

「そんなところにいた...五人?」

 

 

 

 

その時、俺の意識はふっ飛んだ。

 

「がっ!?」

「椿!?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

勇者になったことで強化した目が辛うじて捉えられたのは、何かが椿さんの頭に飛んでいって、椿さんを吹き飛ばしたことだった。

 

「椿!?」

「椿先輩!」

「椿さん!!!」

 

私達が椿さんに近寄ると、遠くの方から声がする。

 

「まずは一人!!殺りましたわ!!」

「凄いねレンち...いや、蓮華の子孫の夕海子か」

「赤嶺家と弥勒家は盟友!!このくらいどうということありませんわ!」

 

赤嶺さんと話している人は知っている。弥勒夕海子さん。以前話したこともある。

 

________今は、そんなこと関係ないけど。

 

「それにしても、本当に人間のようですわね。バーテックスとは信じられません」

「こっちの方がバーテックスの見た目だもんね...と言ってて悪いんだけど、全部嘘なんだ。私だけが敵。あっちが味方」

「えぇ!?」

「盟友の子孫を見れたのはいいけど...やるべき作戦じゃなかったね。じゃあ頑張って」

「えぇえ!?突然なんですの!?」

 

赤嶺さんが星屑に乗って______

 

「逃がすと思っているのか、赤嶺友奈」

「逃げれると思わないことね」

「おっと」

「ひぃぃ!?」

 

逃げ始める前に星屑が貫かれて、 赤嶺さんが弥勒さんの隣に墜落する。

 

「いったた...」

「赤嶺友奈。私は怒っているぞ」

「お姉様...それだけ殺気漏らしてればわかりますよ」

「今銃を撃ったのは貴方ね」

「な、何が起こってますの!?それに貴女は...誰ですの!?」

 

千景さんと棗さんが二人の前に立つ。後ろ姿しか見えないけど、きっと目は暗いだろう。

 

「はーい。他のメンバーは出てかないようにねー。あの二人は止められなかったけど...アタシも我慢したし、というか椿も死んでないし。これから仲間になる人に怖い印象持たれてもあれだし」

「うーん...ふぁーぁ。危ない危ない。バリアがなかったらへッドショットで死んでたなこれ」

「椿さん!!大丈夫ですか!?」

「樹?大丈夫。そんな泣きそうな顔するなって」

 

椿さんが頭を撫でてくれて燻っていた気持ちは消えた。

 

「良かったですー!」

「そんな涙目になることないだろ。ほら友奈も。バリアだってあるわけだし」

「それでもですよー!!」

「はいはい...んで、俺を撃ったのはうおっ?」

 

椿さんが現場を確認する前に手で目を覆う。銀さんは音を聞かせないよう「わー!わー!」と叫んでいた。

 

「樹?銀?なにやってんだ?」

「椿さんは耳を塞いでください!お願いします!!」

「嫌でも...」

「いいから!後は全部アタシ達でやるから!!」

「お、おう...?」

 

大人しく耳を塞いでくれる椿さん。素直で良かった。

 

「攻撃したの?」

「ひっ!」

「何で?」

「あ、赤嶺さんに言われたのですわ!」

「確認もせずに?人間を?貴方は古雪君のことを知っているのでしょう?」

「ひぃぃ!!」

「バリアがあって良かったわね。なかったら死んでたわよ。貴女も...古雪君も」

「申し訳ございませんわっ!!!」

「怖いでしょう?でも大丈夫...死なないから!!!」

「赤嶺!!!」

「逃げ切れるかな、これ...」

 

流石に、これは見せられない。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「申し訳ありませんでしたわ」

「いや、あの...」

「私(わたくし)は事態の確認を怠り貴方を傷つけてしまった。許されざる大罪ですが、命だけは...命だけは!!!」

 

樹海化が解けた後、待っていたのは楠さん達の合流と、着信が入ってるマナーモードの携帯のように体を震わせながら土下座してくる弥勒さんだった。

 

「...俺は別に、気にしてないので...赤嶺に騙されてのことだし」

「ありがとうございますっ!ありがとうございますっ!!!」

 

ガンガン頭を床に打ち付けて感謝の言葉を機械の様に述べる弥勒さん。

 

(マジで、何があったんだ...?)

 

「それから...こっちも何があった?」

 

さっきから俺の制服の袖をちょっとだけつまんでいる千景は、近寄ることも離れることもせずにずっとそこにいた。

 

「...拒否したら首輪よ」

「なんで!?」

「冗談よ」

 

冗談と口にはしているが、声のトーンがそれを信じられなくさせている。

 

「...まぁ、そのままならいいよ」

「ありがとう」

「それじゃ、自己紹介タイムといきますか。ある程度知り合いはいるけどな」

「その前に、この状況は...?」

 

すっと手が上げたのは楠芽吹さん。防人の隊長であり俺もよく会話してきた人物だ。

 

「そっか、そりゃそうだよな。えーと...ひなた!」

「かくかくしかじかです♪」

 

一番最初にこの世界に来てただけあって、造反神やそれらを取り巻くシステムを端的かつ正確に話すひなた。一通り終わると新たな四人はかなり納得していそうだった。

 

「ま、また防人のお仕事かぁ...でもでも!私達勇者様として認められたってことだよねメブ!!」

「ただの戦力増強として呼ばれただけかもしれないわよ...でも、今さら貴女と一緒に戦うことになるなんてね。 三好さん」

「そうね。私も意外だわ。楠」

「楠芽吹と夏凜が知り合いなのは分かったが...他はどうなんだ?話タマえ!」

「全員古雪さん達とは...元々勇者部にいた人達とはある程度関わっています。雀、挨拶」

「は、はいぃ!加賀城雀です!今さっきメブが言った通りです!!チュン助とでも呼んでくだされば!命令も無理のない範囲で従います!!」

「園子以外言わなさそうなあだ名だな...」

「そんな下から言わなくてもいいのよ?」

「いえいえ!戦闘時には皆さんに守ってもらうのでこれくらいは!!」

「まーた強烈なキャラが入ってきたにゃあ...」

 

相変わらず下手気味に話す加賀城さん。

 

「...山伏しずく」

「あ、やっぱり山伏さんか!」

「...三ノ輪」

「銀ちゃん、知り合いなのか?」

「隣のクラスだったんですよ」

「ちょっと話したことがあるくらいだったから、覚えられてるとは思わなかった...三人がお役目で頑張ってるのは知ってたから、一緒に戦えるのは喜ばしい」

「じゃあ私達とも仲良くしてね、山伏さん」

 

山伏さんに小学生組だけでなく中学生の東郷、園子、銀も混ざっていく。

 

「...」

 

_______一瞬、山伏さんが銀を睨んだ気がした。

 

「?」

「次は私ですわね!弥勒夕海子ですわ!」

「私や楠と勇者の資格を争った仲ね」

「ということは、強いのか?」

「えぇ!勿論ですわ!それはもうばったばったと敵をなぎ倒し...」

「防人内の順位は微妙」

「しずくさんっ!!」

 

おでこを赤くした弥勒さんの言葉には苦笑するしかない。なんせ質問した相手がトップクラスの勇者、伝説を作りし乃木若葉なのだから。

 

「後は西暦メンバーの紹介だな...」

「いえ、その前に...しずく、『シズク』を紹介できる?」

「そう言われると思ってた...せーのっ」

「勇者様達!ヨロシク!!山伏シズクだ!!」

「うおっ」

 

目の前で起こった変化に思わず驚く。静かな印象しかなかった山伏さんの表情が一変、どこか好戦的な笑みに変わった。

 

「ワイルドだ!?」

「しずくさんの別人格ですわ。すぐ慣れると思いますわよ」

「へー...」

「ま、そういうこった。しずく共々頼むぜ」

「それで、古雪さん」

「ん、あぁ...」

 

俺の言葉を遮ったことを気にしたのか、楠さんがこっちに声をかけてくる。俺は口を開きかけて、先に時計を見た。

 

「その前におやつ用意するわ。折角だし歓迎会といこうぜ」

「やったー!」

「わーい!お菓子ー!」

「お前らの歓迎会ではないからな?」

 

皆と仲良くなって欲しいと願いつつ、準備をする。無駄な気遣いだったと思い直すのにそう時間はかからないだろうと思いながら。

 

「よろしくね!皆!」

 

(なんてったって、ここは勇者部だからな)

 

 

 

 




千景と弥勒さんのシーン。会話の間に鎌がバリアをぶっ叩いてます。『ガギィィン!!!』みたいな擬音を想像してお楽しみください。

そんなくめゆ組参戦回でした。椿達とそれなりに交流あるのが意外と書き難かったです。


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ゆゆゆい編 14話

今回はメブ回。ゆゆゆいでも楠芽吹は勇者であるの話が見れるようになってるので、この作品見てくださってる方々が知らないってことはないのかな?

個人的にくめゆドラマcdはかなりお気に入りです。


『車輪の下敷き』。誰が言ったかも覚えていない、当時は意味も分からなかったその言葉は、私のどこかにひっかかっていた。

 

Under die Rader geraten と書き、旧世紀の外国で『落ちぶれる』といった意味らしい。

 

私は一度落ちぶれた。父親と同じように尊敬される仕事が出来る人間になりたいと願い、勇者になる素質を見込まれてからは他の全てを犠牲にしてきた。

 

娯楽も、友情も、未だしたことない恋愛も捨て自らを高めた______今思い返せば、ここが勇者になった三好さんとの差だったのではと強く感じる。

 

そう。私は勇者となる選考に落ちた。故郷に帰った私はクラスにも馴染むことが出来なかった。血を吐くようなという言葉が決して大袈裟ではない日々が全て無駄になったと______そう、思い込んでいた。

 

それから私は、防人としての役目を与えられる。勇者が花ならば私達は雑草。お役目はサンプル採集をはじめとした外の調査。

 

替えが効く消耗品の様に扱われる同僚を見て、隊長として犠牲ゼロを掲げた。私が隊長をしている限り、死者は出さない。

 

そうした努力は、少しずつ、ほんの少しずつ報われだし_________

 

『メブゥゥゥ!!!』

『芽吹さん!今日はランニングで勝負ですわ!』

『ラーメンの方が。美味しい、よ。楠』

『おら楠!!これ見ろよぉ!』

 

頼りになる、否。心から信頼できる多くの仲間が出来た。

 

『芽吹先輩も勇者様なんです』

 

守りたいと思える人が出来た。

 

(無駄なものなんてなかった。全部今に繋がっていた...!!)

 

自分の大切な感情に、気づくことが出来た。

 

死んだ花は咲かない。枯れた木は実をつけない。

 

しかし、そうではなかった。花は死んでおらず、木は枯れておらず、車輪の下敷きとなっていたものは、それでも尚強く生きていた。

 

そうして私は、防人としての役目を終えた。なる前とはずっと違う、清々しい気持ちだった。

 

『やっと直接お礼が言えるな。ありがとう。あの時戦衣を...力を貸してくれて』

 

私に向けて頭を下げる年上の勇者に、『無事に済んでよかった』と心の底から言えた。

 

後に私達は、防人から四国外調査隊のメンバーになる。神に頼らず生きていく為に、出来ることをしていく。異世界に飛ばされても、それは変わらない________ただ。

 

「あの、古雪さん」

「どうした?」

「......ハロウィンって、なんですか?」

 

異世界に来て始めにやることの内容が分からないのは、少し恥ずかしかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ハロウィンってのは、子供が大人に『トリックオアトリート』、お菓子をくれなきゃいたずらするぞって言って、お菓子を貰うイベントだ」

「そんなイベントが...」

「元々は外国発祥の悪霊を追い出す祭りらしいんだが、よくわからん。勇者部でやるだけならそんだけ覚えときゃいい」

 

日本古来のものなら東郷に聞いてもいいんだが、残念ながら違う。

 

「勇者部では何を?」

「今年は小学生組と中二組が仮装やら装飾やらしてるからな。俺個人ならお菓子を用意するくらい」

「全員でやらないのですね」

「普段ならやったりするけどな...今回は特別」

「特別?」

「あぁ。俺と亜耶ちゃんの案でな」

 

本人に言って良いのか少し悩んだが、気にせず話すことにした。目的地までまだあるし、こんな途中で話を区切られたらむず痒いだろう。

 

「楠さん真面目なイメージが強かったから、毎度毎度お祭り騒ぎの勇者部を心から楽しんでくれるか不安だった。来ていきなりコスプレしてくれって言われたら、嬉しくないだろう?」

「それは...確かに」

「その状況で高一、中三組含めた全員で仮装してれば、疎外感も出る。防人組が来ることはハロウィンの話をする前から分かってたから、先に手を打っといたのさ」

「では、亜耶ちゃんは?」

「あの子は...」

 

数日前に彼女が言っていたことを思い出す。

 

「『芽吹先輩達がこちらに来た時皆さんとすぐ仲良くなれるよう、勇者部の皆さんが素敵な人達なんだというのを私を通して知って貰いたいんです』だそうだ。あの子も慣れないイベントだが、楠さん達との間を縮めようとやってる」

「亜耶ちゃんがそんなことを...」

「あの子自身も楽しんでくれてるみたいだから俺としても嬉しいしな」

 

ずっと大赦に巫女として育てられた彼女も、樹や杏の同学年と一緒に普通の女の子として楽しくやっている。

 

「......正直な話、楠さんがすぐ勇者部に馴染めるとは考えにくい。入りたての夏凜にはバカバカ言われてたし、須美ちゃんに『敵の進軍に備えてもう少し真面目にしてください』と言われたこともある。楠さんもそうしたタイプだろうなって勝手に思ってる」

「......」

 

目を見ると、彼女は気まずそうに目をそらした。言ってることは間違いではないようだ。

 

「別にそれが悪いとは全く思わない。俺が言いたいのは...俺含めそんな奴等だが、自分のペースでいいから歩み寄ってくれると嬉しいってだけさ」

「...はい」

「ま、どうせ友奈とか見てたら骨抜きにされるだろうけどな!覚悟しとけ」

「何の宣言ですか全く...わざわざありがとうございます」

「感謝される謂れはないぞ...と。ついたな」

 

俺達が着いたのは、愛用者の多い『イネス』だった。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「へー...プラモってこんなにあるんだ。何が違うんだこれ...?」

 

一通りコーナーを確認し買い物を終えた私が戻ってきた時には、古雪さんが二つのプラモデルの箱を吟味していた。一つ上の先輩の今まで見たことのない態度に少し笑ってしまう。

 

四国外の調査で真面目な話しをすることが多かったため、こうした姿を見るのは珍しい。でも、こっちがこの人の素だというのはすぐに分かった。

 

(...でも、変わらない所もある)

 

私は、優れた観察眼を持ってる様に感じた。人や物事をよく見ている。

 

さっきもそうだった。想像の域でしかないが、ここに到着するまでの話は、私が勇者部に対して違和感を感じた時、うまく折り合いをつけさせるための予防線だったのでは________そう感じずにはいられなかった。

 

確かに、ハロウィンの話をされた時は(仮装なんてするの...?)と考えたのも事実だし、頭の隅に壁の外や神樹様等、自分達の現状を考えていたのもまた事実。

 

私がそうしたことを気にしやすいと承知の上で、楽しむ時は楽しくやろうと伝えたかったのではと________

 

考えすぎかもしれないが、もしこの人が本当にここまで考えて話していたなら、私は尊敬するしかない。

 

「んー...」

 

今プラモデルを見てる姿からは、考えられないけど。

 

「それは、右の方が周りの植物のセットが入ってて、左が観光客のセットが入ってるんです」

「え、そうなのか?えっと...ほんとだ。ちっちゃいなこの説明文」

「そのシリーズは箱の絵で分かりますから」

「成る程。流石だな」

 

ここに来た理由は、慣れない町で行きたい所はあるかと聞かれた時、私がプラモデルのお店を見たいと言ったからだった。古雪さんが付き添いなのは『俺もちょっと見たい』と手をあげたから。

 

「小さい頃からやってるのか?」

「はい。パ...父が大工で、その影響を受けて」

「そうなのか...初心者でも出来るのか?折角だからちょっと挑戦してみたいんだが」

「出来ると思いますよ」

 

お金に関して聞くと、大赦から支援金が出ると話してくれた。西暦の、それこそ伝説となっている乃木若葉をはじめとした初代勇者もいるわけで、私達も個別の部屋と自由に使えるお金が用意されていると聞いた時は驚いた。

 

「いやー買った買った!」

「何かあれば聞いてください」

「分かった。頼らせて貰う」

「はい」

 

帰路についても、まだ空は明るかった。無言の中、住宅街を通り抜けていく。

 

(...そう言えば)

 

一つ息を吐いて、私は気になっていた質問を口にした。

 

「古雪さん」

「どうした?なんか他に寄るところあったか?」

「いえ...古雪さんはどうして勇者になれたんですか?」

 

素朴な疑問。本来男の勇者はいないというのを、神官から聞いたことがある。今現在三好さんの次に知っているこの人は、何故勇者になれたのか。

 

「......何故勇者になれたか。ね」

 

その時、古雪さんはすっと目を細めた。

 

「...俺だけのことじゃないからすぐ詳しくは言えないんだけどさ。俺は勇者じゃないんだよ」

「え?」

「俺は勇者じゃない。もう勇者にはなれない。ここの神樹様がどう捉えてるのかは分からないが、俺自身はそう思ってる」

 

強く放たれた言葉が、私の耳を打つ。

 

「でも、勇者でないからこそ救えるものがあった。勇者じゃないからこそ守ることが出来た...肩書きでの『勇者』にはもうなれないが、魂は『勇者』としてありたいと思う」

「魂は...」

「ってごめん、答えになってないよな」

 

苦笑いする古雪さんの言葉を、「そうですね」と否定することは出来なかった。

 

一つは、話している時に感じたもの全てが、本気で語っていると強く感じたから。もう一つは_______

 

(魂は、勇者として......)

 

勇ましき者として、誰かを思いやれる者としてありたい。そうした在り方に強く共感したからだった。

 

「楠さん?」

「...いえ、答えてくれてありがとうございます」

「まぁ、こんなことでよければ...」

 

気づいたら寮に着いていた。まだ見慣れないものの、自分の部屋はしっかり記憶している。

 

「着いたか。じゃあ俺はここまでだな」

「作ってる途中で分からないことがあったら連絡ください」

「了解。頼りにさせて貰うぜ。楠さん」

「...別に、さんをつけなくてもいいですよ。皆と...勇者部の皆と同じ風に呼んでください」

「そうか?じゃあ...楠?」

「...芽吹にしましょう」

「分かった。俺も椿でいいぞ」

「先輩ですし、椿さんで」

「はいよ。改めてよろしくな、芽吹」

「はい。よろしくお願いします。椿さん」

 

別れの挨拶が済むと、案外あっさり椿さんは帰った。

 

「あ、お帰りメブ」

「雀、弥勒さんまで...また私の部屋に入り浸るんですか」

「最近は芽吹さんの部屋が落ち着きますので...」

「それよりメブ、顔赤いよ?大丈夫?」

「......!!!」

 

自覚してなかったことを雀に指摘され、考えが繋がると私は両手を勢いよく頬に叩きつけた。

 

「うわメブ!?」

「そ、そそそんなことないわ...」

「明らかに動揺してますわね」

 

(き、きっと気のせいよ...勘違い。原因はこれじゃない)

 

気のせいだと信じるしかなかった。思い至ったのが、『初めてパパ以外の男の人に名前を呼ばれて顔が赤くなった』だなんて。

 

 

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 15話

折角なのでハロウィン回。世間は9月末くらいからハロウィン言い出すけど自分の周りはハロウィン?なにそれみたいな感じなので、ハロウィンいつだっけ?みたいになってました。


『ハッピーハロウィーン!!』

 

勇者部部室で、俺達は熱烈な歓迎を受けていた。顔になるようくりぬかれたカボチャが窓際に並び、電球にはオレンジのビニールが被されている。他にも白い布を何かに被せてお化けっぽく見せたり、イベント定番のわっかを吊るしてあったり様々。

 

そんな装飾が彩る会場で待ち伏せていたのは、自分達で作った衣装に身を包んだ小学生組と中二組。全員楽しそうに出迎えてくれた。

 

「凄いなこれは...」

「見事にハロウィン一色ね」

「これ、たった六人でやったの!?」

「お菓子のためならこのくらい!」

「銀、それを言うなら『普段お世話になってる皆さんの為に』でしょ?」

 

赤ずきんに狼の耳をつけたようなフードを被る銀ちゃんの素直過ぎる言葉を、幽霊姿の須美ちゃんが指摘する。銀ちゃんらしくて微笑ましくはなるが、須美ちゃんの言うことも最もだ。

 

「あやや~可愛いよ~!!」

「うん。似合ってる」

「ありがとうございます!樹ちゃんと杏ちゃんと作ったんです!」

「タマっち先輩、どうかな?」

「良いぞ杏!!」

 

他のメンバーも反応があがる。 とても六人だけで仕上げたとは思えない出来だった。

 

「樹!!こっち向いて!!今日は撮るわよ~!!」

「お姉ちゃん恥ずかしい...」

「食べてよし、飾ってよし。やっぱり野菜は最高ね!!!」

「皆良いよぉ~、筆が進むよ~!!」

 

_______若干名テンションがおかしいのはいつものことだから気にしない。

 

「ん!んー!」

「?どうした園子ちゃん?」

「つっきー先輩!これ!」

 

カボチャを模したスカートを揺らす園子ちゃんは、俺に手を伸ばしてきた。持っていたのは犬っぽい耳がついたカチューシャ。

 

(身長差がそれなりにあるから、ちゃんとつけようとしたら難しいか)

 

「作ってくれたのか?」

「折角ですから~。全員分作ったんです~♪」

 

言いながら片膝を立て、もう片方を正座のようにさせる。王様に対して貴族がやってそうなポーズに園子姫は満足そうに笑みをつくり、俺にカチューシャをつけた。

 

「ありがたき幸せ」

「ふぉっふぉっふぉ。よきにはからえ」

「確かそれ意味違うけど...まぁいいか」

 

すっと立ち上がりカチューシャを微調整。感謝を込めて頭を撫でると「にへへ~」と笑ってくれた。

 

「園子ちゃん、いいな...」

「あ、園子もう渡したの?じゃあアタシも...一列に並んでくださーい!何の耳がくるかはわかりません!」

 

数分して、勇者部は全員パーティー風に装われる。流石に耳だけだが、 それでもパーティー感はぐっと上がった。

 

「私は黒猫!」

「私は白猫!」

「「いぇーい!!」」

「友奈コンビは猫、タマは...なんの耳だ?」

「オリジナルです。種類を沢山用意しなくちゃいけなかったので」

「うさ耳若葉ちゃぁぁぁん!!!」

「や、やめろひなたっ!撮るなぁぁ!!!」

 

(さて、あっちは...)

 

目線を向けると、亜耶ちゃんが(恐らく狐の)耳つきカチューシャを持っていた。渡す相手は__________

 

「芽吹先輩。つけてくれますか...?」

「...ありがとね、亜耶ちゃん」

 

特に言うこともなくつける芽吹の顔を見て、ほっと息をついた。

 

(大丈夫そうだな...)

 

「じゃあ、目玉イベントいきますか!」

「あ、いいねぇアタシ!」

「おっ?」

 

銀狼コンビが俺の視界を遮って、両手を受け皿のようにした。

 

「「トリックオアトリート!!」」

「あぁ、はいはい...」

 

当然のように準備をしており、今日のバックの半分くらいはお菓子が占領している。

 

「チョコ、キャンディー、マシュマロ、ラムネ。何でもござれだ。好きなの言いな」

「じゃあアタシはキャンディー!!」

「アタシはチョコよろしく!」

 

某ネコ型ロボットのポケットよろしく自分のバックを漁ってひょいと放る。目の中に星を浮かべてる二人は「ありがとう(ございます)!!」と喜んでいた。

 

「つ、椿先輩...」

「?」

「ト、トリック、オア、トリートです...」

「......」

 

その時、俺は息を詰まらせた。

 

自信が無さそうなすぼんだ声音で、人差し指を合わせ涙目でこっちを見つめてくる女の子。

 

呼吸するという人間の機能を放棄させ、頭が庇護欲に塗り潰される。

 

「椿先輩?」

「...はっ!?」

 

友奈につっつかれて意識が戻ってくるものの、亜耶ちゃんを直視することが出来ない。

 

(なんだ今の...!?)

 

目の前に天使が降りてきたような、守らないといけないという使命を受け取ったというか、心の動揺が止まらない。

 

後輩のことをほっとけないのはよくあることだが、これはその比じゃない。下手をすると自我をも壊される。

 

「亜耶ちゃん、もっと堂々言っていいんだよ?お化け役だし」

「樹ちゃん...うん!椿先輩、トリックオアトリートです!!」

「......」

「ふぇ?」

 

気づいたら、亜耶ちゃんの頭を優しく撫でながらバックをひっくり返していた。お菓子がテーブルに音を立てて落ちていく。

 

「...好きなの持ってきな」

「机、お菓子だらけ」

「古雪さん、完全に国土さんにやられましたわね」

「い、いえ!そういうわけにも...」

「いいんだ。なんなら全部持ってっても」

「ですが、そうなると...」

「?」

 

目線に従って後ろを向くと、狐耳の彼女がいた。

 

「椿さん...トリックオアトリート」

 

慣れない行為なのが明らかな状態で言ってきてくれた芽吹。

 

その姿に______嬉しさと、ちょっとだけ魔が差した。

 

「...いやー、もうお菓子ないからさ。いたずらでお願いします」

「ぇ...えぇ!?」

 

ちょっとからかいたくなっただけでわざわざ言ってくれた芽吹には申し訳なかったが、動揺しっぱなしの俺は冷静な判断が難しく。芽吹の表情にやられた。

 

「お菓子がなきゃいたずらだろ?しないのか?」

「先輩にそんなことは...」

「別に先輩後輩ないし。いいぜ?」

 

両手を空に向け降参のポーズ。

 

 

 

 

 

「つっきー、言ったね?」

「つっきー先輩、言いましたね?」

 

その行為を後悔するのは、すぐだった。

 

「そうか...椿」

「自分から言ったもんねぇ」

「...私達へのお菓子もないんですか」

「なら仕方ないですね...」

「ぁ、やっぱ嘘。ごめん嘘ごめんなさいぃぃぃぃぃ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ぁー...失敗した......」

「あれ?椿先輩?」

「うわっ!?って、友奈か...」

 

忘れ物をした私が部室に戻ってきたら、椿先輩が鍵を閉めようとしていた。

 

「どうした?」

「忘れ物です!」

「なら早く取ってきな」

 

部室に入って筆箱だけ取り、出る。椿先輩は今度こそ鍵を閉めた。

 

「んじゃ、俺職員室持ってくから」

「ついていきますよ!!」

「...了解」

 

職員室までの道はあっという間で、たった数分で学校の外に出て帰宅路についていた。椿先輩のバイクはメンテナンス中らしい。

 

(...東郷さんや椿先輩といると、どこにいてもあっという間だな)

 

「そういえば、椿先輩はどうして部室に?」

「俺も忘れ物。バックひっくり返した時こいつまで落としてた」

「それは...」

 

見えたのは、本______私があげた桜の栞が挟まった一冊だった。それを見て、私は頬を膨らませる。

 

「むー...酷いです」

「悪かったって。行きは荷物一杯で、帰りは軽くなるのが当然だったから気づくの遅れたんだよ」

 

確かに椿先輩の持ってきてくれたお菓子(結局皆でわけあった)は、相当な量だった。

 

「芽吹をからかうつもりが完全にやられるしなぁ...」

「それも椿先輩が悪いんですけどね」

「言わんでくれ。というかお前もくすぐってきた側だろう」

「あはは...」

「誤魔化すの下手くそか」

「はははっ...ぁ!椿先輩!」

「?」

「椿先輩はお菓子貰ってないじゃないですか!!」

 

椿先輩はあげてる姿ばかりで、貰ってるのを見ていない。

 

「勇者部にいればお菓子もらったりぼた餅もらったりするからいいだろ」

「ダメですよ!トリックオアトリート言ってないじゃないですか!!」

 

鞄の中を探せば、椿先輩から貰ったお菓子以外にラムネが入ってた。

 

「椿先輩!!」

 

「言ってください!!」と顔に書いていたのか、椿先輩は私の望む言葉を言ってくれる。

 

「...トリックオアトリート」

「はいどうぞ!」

「んー...別に貰わなくても」

「じゃあ...私にいたずらしますか?椿先輩がされたみたいに、お腹くすぐったり、首に」

「ありがとうございます!頂きます!!」

 

(即答しなくてもいいのに...)

 

ラムネの容器を受け取った先輩は、一粒口に入れた。

 

「ん...」

 

そして__________

 

「ありがとう。友奈」

「っ...」

 

こう、ふわっとした笑みを浮かべて、ありがとうって言い直してくれる椿先輩を見て。

 

「どういたしまして!!」

 

喜んでくれてよかったなと、心が温かくなった。



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短編 それぞれの道

この作品の投票者様が100人を越えました!感想、お気に入りと同じくモチベに繋がるので嬉しいです。ありがとうございます!

そして今回は DxDさんをはじめとした方々のリクエストになります。





「......」

 

丸亀城にある石垣の上。刀を握ったまま空を見上げたのは、ここに来た理由と同じ『なんとなく』だ。

 

(あれから、約半年か...)

 

大体一年前、この場所で、絶望と怒りの感情を胸に灯していた。感情の奥底には『敵に報いを与えなければならない』という復讐心があった。

 

今でも鮮明に思い出せる。修学旅行先で現れたバーテックス。バーテックスに喰われた友達。命懸けで四国に逃げ向かう人々。そこから、この生活が始まった。

 

刀を振るい、一般人が太刀打ち出来ない敵を倒す勇者。その実戦は初めての戦いから約三年。その間に_______私の知る限り一つの町が、一人の勇者が亡くなった。

 

報いへの思いが強まり、戦闘が始まる。そして______出会った。

 

雨の中倒れていたあの人は、見るも無惨な勇者服だったこともあって『ゾンビじゃないか?』と球子が言ったこともあった。

 

しかし、敵を蹂躙した時の怒りは、私達に恐怖を与え。彼自身も、私達(知らない人しかいない場所)に恐怖した。

仲間割れをして、感情をぶつけ合って、命を張って。そうして、絆が生まれた。

 

私は、復讐の感情を重視することをやめた。今を生きる人々の為に力を使うと誓った。

 

彼は、私達を仲間だと言った。守るために戦うと語ってくれた。

 

そんな人が______未来から来たあの人が、あるべき世界に帰ってから約半年。

 

(元気にやっているだろうか...)

 

「わ~かばちゃん!」

「ひなたっ!?」

 

近くで声をかけられてその方を向くと、シャッター音が鳴った。

 

「佇む若葉ちゃん、頂きました♪」

「またひなたは...」

「いいじゃありませんか。コレクションにも勿論しますけど、未来に残すんですから」

「うっ...」

 

それを言われると弱かった。いや、そうでなくてもひなたは写真を撮るから変わらないのだが。

 

300年後の未来まで私達の記録を残す。そう考えた時、意外にも写真は有力だった。

 

彼の話してたことから推測するに、恐らく文献媒体は大赦の検閲で虫食いのように消されてしまう。今のトップをひなたが牛耳り始めたとはいえ、300年先までは難しいだろう。

 

その点、何でもない日常を切り取った写真の検閲では、虫食いにされることも少ないはず。黒く塗り潰された本を渡すくらいなら、完全セーフかアウトで消されるかの写真を未来に向けて残した方が良いだろう。

 

「何か考え事ですか?」

「...いや、思い出してただけだ。そっちこそ会議は終わったのか?」

「えぇ」

 

今大社から大赦に名前を変えた組織は、相当に忙しい。大人達に混ざる『勇者を導いた』という実績があるひなたと、勇者の代表として杏が発言力を持ち、高位の神官ばかりの会議で話し合いをしている。復興作業、勇者システムの今後、天恐の改善、やることは気が遠くなるほどに多い。

 

私も参加したかったが『若葉さんはいざという時にスッと現れてくれた方が他の方を威圧できます』と杏に言われ、案外普段は暇していることが多かった。

 

町を歩いて困ってる人を助けたり、より良いアイデアを出すために球子、千景、友奈と話したりしている。

 

「上手く通らなさそうです。精霊システム」

「難しいか...」

「戦闘中に声が聞こえ続けるのは、集中出来ないですからね」

「うっ...」

 

話に出た『精霊システム』も、千景と話した時に生まれたアイデアだった。勇者は身体能力が高い反面、精神面での脆さがある。私達が使ってきた精霊も体の内に穢れを溜めてきた。

 

そうした精神面のサポートをするため考えたのが、新たな『精霊システム』。勇者がピンチの時『立て!』とか、『負けるな!!』とか、ポジティブな言葉を良い続ける初期案は却下されたようだ。

 

「ですから、心を砕かれた勇者が現れた時のみに発動する、再生機器のような疑似精霊ならどうだろう...と考えてはいます。プレゼン次第ですけどね」

「むぅ...だが、過度の干渉も良くないか。そのくらいならまだ...」

「それが通っても、聞こえを悪くすれば『心の隙に入り込む妖怪』なんですけどね」

「悪すぎだろう!?」

 

ひなたがクスクス笑う姿を見て、驚いた顔をしてるだろう私も口角が上がった。元から明るいが、笑うことが増えた気がする。

 

約半年前は誰もいなくならないでほしいと私の袖を引っ張ったりしていた。今でもたまにするが、回数は減ってきている。

 

私としては、ちゃんと甘えてきてくれることが嬉しかった。ひなたに甘えることが多かったと感じているから________人に弱みを見せようとせず、弱みを覆ってくれるような性格だから。

「若葉ちゃん?聞いてますか?」

「ん...すまない」

「全く...あ、あとですね。折角精霊にするならうってつけの存在がいるだろうという話になりまして」

「?」

「『ツバキ』さんです」

「!」

 

一般にはまだ言われていないが、『奉火祭』で予定されていた巫女に関して矛盾が起こると指摘された大赦内では、既に広まっている。『奉火祭』の提唱者にして、神樹様からの使い_______となっている。本当のツバキ(椿)にそんな力がない人間であることは勇者とひなたしか知らない。

 

「もし椿の元にツバキが行ったら、反応は二通りだな」

 

『あいつら...なにやってんだ』とあきれ半分に言うか、『うわびっくりした!なんだこいつ!?』と驚くか。どちらかになる確率はかなり高いだろう。

 

「...でも、楽しそうだな」

「杏さんも賛成でした。この後集まる時に提案しようと」

「私も賛成だ...というか、そろそろ行こう」

「はい」

 

目的地は喫茶店、今日はそこで落ち合うと決めている。今の勇者は勇者システムの強化のため保持こそしていないものの、武器の携帯は許されている。刀も不必要に刃を出さなければ問題ない。最も、今携帯しているのは私一人だが。

 

行けば、六人が揃うだろう。

 

(椿...今頃、何をしているだろうか)

 

左手につけている青いミサンガに触れながら、もう一度だけ空を見上げる。どこまでも澄んだ空が広がっていた。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『なにやってるの?』と誰かに聞かれた気がして、答えることにした。

 

(捕まってます。助けてください)

 

昼過ぎ、俺の自宅には八人いた。早い話が勇者部だ。両親は他の勇者部員(女子)が来た時点で出掛けた。

 

休まる場所であるはずのソファーに正座してる俺は、包囲網(女子)に向けて声をあげる。

 

「なんだよ...別に話すことは終わってるぞ。俺もまだ整理し足りないことだらけだし」

 

この世界での一夜にして起きたタイムスリップ。本来なら遠く届かない世界の事象に関わって数日。

 

 

『俺、西暦の世界に行ってきたんだ』

 

昨日は園子の家に行って色々手に入れて、半日近くかけて話をした。過去に行ってきたこと、勇者として戦ったこと、どんな思いだったかを全て。

 

話を終えても信じられないと言いたそうな顔だったが、俺自身突然こんな話をされても信じられないので仕方ない。ひとまず暗くなってきたし整理もしたかったので解散となり、俺は朝までメモリーカードの中身やらサファイアのペンダントやらを見てたのだが。

 

「そう言われると弱いけど...」

「いや、椿。ちゃんと理由があるんだぞ?」

 

風がたじろぐのと逆に、銀はわかりきった顔でそう言ってくる。

 

「なんだよ、理由って」

「まだ椿は言ってないことがある...そう、椿がちゃんとしだしてからの休日の過ごし方だ」

「?」

「...誰かと出掛けなかったか?」

「あぁ...そうだな」

 

記憶を巡らせる。確かに昨日は夕方に近づいてたこともあって後半は戦いのことばかり話していたかもしれない。

 

「えーっと...休日だっけ?桜は散っちゃったけどお花見したりしたな。しっかり料理したの久々だったから手元鈍ってなくてよかったよ」

「それ以外は?」

「んー...迷惑かけちゃったから詫びとしてなんかあるかって聞いてったな。壁の外に行ったりゲームしたり買い物したり恋愛話をした...ぁ」

「どうしたのかな、つっきー」

 

つらつら述べた先でつまる。そのタイミングを逃さなかったのは園子だった。

 

「えぇと...黙秘権を行使したい」

「面白い予感するからやだ~」

「酷いなおい」

「やっぱり...さぁ話せ!」

 

仮想のカツ丼を目の前に置かれ、逃げ場のなさを確信してしまった俺は大きくため息をついた。

 

「はぁ...耳掻きされて、マッサージされました」

「耳掻き...!?」

「マッサージ!?」

 

女子力王が耳掻きに反応し、ゴットハンドがマッサージに反応する。

 

(得意分野っぽいけど、そんなに反応することないじゃん...)

 

「...」

 

逆に黙ったのが園子。普段なら『ふぉぉぉぉぉ!!』とか言いながら何処からともなくメモを取り出すのだが、今回は無言でさらさらメモを取っている。

 

「他は?」

「まだ話すの?」

「寧ろ今ので食いつきますよ。古雪先輩」

「何でだよ...後はお前らみたく壁ドンを要求されたりとかだよ」

「べ、別に私達は依頼のためにやっただけよ!」

「はいはい」

 

夏凜に対応しつつなんとか精神的に余裕を取り戻す。

 

(ここが正念場...頼むぞ俺!)

 

今はあくまで『休日にやったこと』を話してるだけ。しかし、さっき思い出したことは絶対悟られるわけにはいかない。

 

_______決戦前夜にひなたを抱きしめながら寝たり、戻ってくる前に唇に触れたのは________

 

(いやまぁ、あの時はそんなつもり一切なかったし、最後のは俺の気のせいかもしれないし...)

 

「まだあるな。吐け椿!!」

「なんだよお前!?」

「何年一緒だと思ってるんだよ!アタシの目を誤魔化せると思うな!!」

戸惑うくらい近くでどや顔を向けてくるの銀。恥ずかしくて目線を外すが、まだかまをかけられてるだけだ。

 

「もうねぇっての」

「つっきーはイチャイチャしながら一晩を過ごしたのです...と」

「いやイチャイチャはしてねぇから!!」

『...』

「......ぁ」

 

辺りの空気が冷えてから気づいたが、あまりにも遅すぎた。

 

「椿先輩...一晩は過ごしたんですね...」

「女性と寝たんですね...」

「い、いや違くて!今のは!!」

「椿...さぁ、全部出しなさい」

見えるだけでも友奈、樹、風の目の光が死んでいる。

 

「いやホント待って!か、勘弁してくれよぉぉぉぉぉ!!!!」

 

そこからの記憶はない。ただ_______問い詰められる現場でも、皆の目の光が仕事してなくても、こうしていれることが嬉しかった。

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

辺りがひたすら白い景色をぼんやり眺める。重力を感じないのは長いこと体験してきたことだから今さら気になることでもない。

 

全てが終わった。私の知る限りは、私の望む形で。

 

誰一人犠牲になることなく、未来までの安定が保たれた。後の歴史は______直接見てきてよく知ってる。

 

(...心残りは、ちょっとだけ)

 

『いいんだよ。それで。なんでもないように笑うのがきっといい』

 

そう励ましてくれた彼が、最後の温もりをくれた彼が無事に帰れたか。それだけが気がかりだった。私の力はそこまでで使いきってしまったから。

 

「大丈夫だったかな」

「あぁ。安心しな」

「......!?」

 

ある筈のない返事が来て目を見開く。いたのは、それこそいる筈のない存在。

 

「なんで...どうしてここに!?」

「ここが俺の唯一の居場所だからなぁ...って、分かるわけないか」

「椿君!!」

 

黒髪をかく彼は、すっとつぶっていた目を開いた。何もかも吸い込みそうな黒い瞳が、私を見る。

 

「椿君がここにいたら、そしたら...!!!」

「安心しろって。椿...お前が神世紀301年から連れてきた古雪椿はちゃんと帰ったから」

「...じゃあ、貴方は誰なの」

「俺は精霊として産まれたツバキさ。精霊ツバキへの信仰心が産み出した残留思念」

「ぇ...えっと?」

「お前が肩代わりした奉火祭を辻褄合わせの為に俺がやったことにしたのさ。神から使わされた精霊...俺のやったことだってな。信じてなかった大社も結果が伴い俺が未来に帰ったら信じることしかできなくなった。それによって生まれた信仰心が俺(精霊)を産んだってわけだ」

 

少し面倒そうに言う椿君は、がりがり頭をかく。

 

「つっても産まれたのは精神だけだから、後は消えるのを待つだけなんだがな。意味もなく産まれちまったと思ったが...そうでもなかったみたいだ」

「?」

「...ここは精神が消えるまでの狭間。文字通り『空白』の空間。元の世界に戻る例外はいるが...力を使い果たした俺達にその例外は当てはまらない...いや、こんな小難しい話はよそう。重要なことだけ言うわ」

 

彼は、右手を伸ばした。

 

「これから消えるまでずっと一緒だ。ユウ」

「...う、そ」

「嘘ついてどうすんだよ」

 

恐る恐る手を伸ばす。それは意識してのことじゃなくて、知らず知らずのうちに、少しずつ______

 

その手が繋がった時、彼は引っ張ったし、私は飛び付いた。

 

「椿君...私」

「どうした?」

「嬉しい」

 

死んでも皆の為に力を使い、その後もこうして誰かといられる。

 

「嬉しいよ...でもいいの?」

 

私自身は椿君と接した時間はほとんどない。それは私(ユウ)であって私(高嶋友奈)じゃない。

 

「今の俺はお前専用だからな。好きなだけいいぜ...いや、俺の方こそいいか...?」

「もちろん!」

 

見つめあった私は、我慢できず唇に触れる。ふわっと甘い味がする。

 

「っ...」

「いいでしょ?」

「...断る理由がない」

「理由があったらしてくれないの?」

「......その言い方はずるい」

 

一度離れた私達は、もう一度口づけをした。

 

 






リクエスト内容は、
のわゆ世界のその後
神世紀メンバーへの事情説明(修羅場)
神高奈とツバキの登場
でした。三つ目はどちらも単品かつゆゆゆい時空でのリクエストだったので、いずれ出すかもしれません。


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誕生日記念短編 思う二人 前編

もし君がいなければ。もし君があの時命を落とすまで戦わなければ。自分はこのシリーズにここまでのめり込まなかっただろうし、この作品は生まれなかっただろう。

今回は、そんな感謝を込めて。


『頼む...力を貸してくれ!!!』

 

 

 

 

 

「そう言えば、もうすぐ先輩方の文化祭ですよね」

「そうだな」

「椿先輩のクラスはなにやるんですか?」

「うちは簡単な喫茶店」

 

少しずつ気温が下がっていき、朝と夜は冷え込んでくるような季節。依頼のない勇者部部室は簡単な勉強会の会場になっていた。

 

八人いる部員のうち、五人が受験生なのだから仕方ない。一番余裕そうな園子は過去問をパラパラめくり、他は参考書とにらめっこしている。

 

友奈の休憩を見計らって話をふってきた東郷に相づちをうつ。ずっと勉強してるのも集中力が持たないのは経験者だからこそ分かる。数日前から読んでいた本を閉じ、風の方を見た。

 

「風もいるし大丈夫だろ」

「あたしのハードル上げるわね...」

「つっきーもいるし平気だね~。美味しそう」

「こっちのハードルも上がったか...」

 

まさか『当日ほとんどそこにいない』と言えるはずもなく、笑って誤魔化す。

 

一度嘘をついたからには、バレるまで貫きたい。俺は密かに気合いと覚悟を入れ直した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「おぉー!」

 

讃州高校の文化祭はかなり盛り上がっていて、あちこちに屋台が並んでいた。

 

「今時こんなに多いのも珍しいんじゃない?」

 

神樹様からの恵みがなくなったことで、派手にお祭りをする機会は減った。

 

「じゃあ目一杯楽しまないとね!」

 

だからこそ、一回一回を大切にしようという気持ちを持って。

 

「友奈の言う通りだ!じゃあこの銀様についてきな!!...まずはわたあめを手にいれる!!」

「おー!!」

 

半年後にここに入れるよう願いながら、銀ちゃんの後をついていった。

 

 

 

 

 

「わたあめに始まり、ホットドッグ、焼き鳥、パンケーキ...銀、食べ過ぎじゃない?」

「焼き鳥はほとんど園子のだし、友奈だってそれなりに食べてるぞ」

「これから風先輩と古雪先輩の喫茶店にも行くのに」

「東郷さん、あーん♪」

「あーん...美味しいわ友奈ちゃん」

「...もう何も言わないわ。私」

 

喋ってる間に風先輩と椿先輩のクラスにたどり着いた。案外人は少ない。

 

「お、いらっしゃい」

「風先輩来ました~!」

「全員いるわね。六人入りまーす!」

 

窓側のテーブル席に通される。隅っこは暗幕で覆われていて中を見ることは出来ない。

 

そこから戻ってきた風先輩が、私達にお水を置いてくれた。

 

「いやーありがとね。はいこれメニュー」

「賑やかですね」

「三年のブースはもっと凄いわよ。準備段階から熱の入れようが違ったから」

「風先輩、椿はそこで調理中ですか?」

「え?あぁ...今出掛けてるわ」

「風ちゃーん!ちょっとヘルプ!!」

「あ、ごめん。ゆっくりしてってね!彩夏お願い!」

「う、うん」

 

風先輩は暗幕の中に戻って、代わりに綺麗な黒髪を一つに纏めた女の人が出てきた。

 

(わー...)

 

出てきたのは、感嘆と疑問。はじめましてな筈なのに、何処かで見たことがあるような________

 

「ご、ご注文を承ります」

「ゆーゆ?」

「あ、ごめんなさい。えーと...じゃあこのプリンを_______」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「いやー食べた食べた!」

 

椿と風先輩のクラスでの出し物は、アタシ達が注文した物以外にもあって、しかも美味しそうだった。

 

(あれは絶対椿絡んでるな...)

 

多かったのは、うどんみたいな茹でるだけみたいな簡単な料理や、プリンみたいな冷蔵庫で保存が効くもの。当日の負担を減らすためこうした料理がメインになったんだろう。

 

そんなことを考えて提案しそうなのは、アタシのよく知る二人のうちどちらか、もしくは両方。

 

「それにしても、椿も顔くらい出すかと思ったんだけど...どこ行ってるんだろ」

「そういえば...結構長い間いたのにいなかったし、シフトも言われなかったわね」

「んー...ぐわっ!?」

「おぉっ!?」

 

後ろ歩きをしてたせいで前の誰かとぶつかってしまう。アタシはうまく手をつけたけど、ドサドサと後ろで音が鳴った。

 

「あぁぁ!ごめんなさい!」

「い、いや...流石に前が見えないくらい荷物運んでたのが悪いんで気になさらず...あれ?」

 

声の主を見る。確か_____

 

「倉橋さん?」

「へ?」

「......ぁ」

 

倉橋 裕翔(くらはし ゆうと)さん______中学からの椿のクラスメイト_______は、名前を当てられて不思議そうにしていた。

 

「えっと、どっかで?」

「つ、椿の友達ですよね!?」

「ん...?あー!勇者部か!!」

 

倉橋さんからすればアタシ達は咄嗟に個人の名前を出せるほどの接点はない。アタシがすぐに分かったのは椿と一緒に生活していたからだ。倉橋さんが椿と会話してると思ってても、アタシが代わりを務めてた時もある。

 

「ミノさん知ってるの?」

「やはり美少女揃いだな...んんっ!ようこそうちの文化祭に!椿の友達です。楽しんでるかい?」

「はい!」

「...あの、椿さんどこにいるか知りませんか?まだ見てないんです」

「あぁ、えーと...」

 

倉橋さんは一瞬だけ目をそらして、ポケットから何かの紙を出す。

 

「...今の時間は分からないな」

「そうですか...わざわざすみません」

「いいっていいって...あ、よければなんだけどさ。これ運ぶの手伝ってくれないか?」

 

荷物の中にはうどんの麺やらなんやら______恐らく、クラスの食材補充だろう。

 

「椿と早く会いたいなら下手に探すよりうちのクラスで待ってた方がいいし...」

 

そう言って、何かを企んでそうな笑みを浮かべる。

 

「君らの知らない高校での椿の話、聞きたくない?」

 

問いかけられたアタシ達は、誰が答えるでもなく荷物持ちを手伝い、喫茶店に戻った。

 

 

 

 

 

「そんで、盛り上がってたわけか」

「うん...」

 

今、隣を歩いているのは話に出ていた椿である。同じ部屋で暮らす園子は買い物、椿にそっちへついていくよう言ったんだが、『今日はこっち』と何故かついてこられた。

 

「かなり長い間いたからびっくりだわ」

「よく俺の話でそんなに持ったな。どんな話してたんだ?」

「え?べ、別に...」

 

はじめは、授業の感じだったり周りからの好感度だったりしたけど、次第にどんな人が好きか、みかん以外で好んで食べるものは何かといった話も進んでいった。

 

「てゆーか、椿はどこいってたんだよ。教室に来たのギリギリじゃん」

「事前に仕込みはしといたんだが、思ったより減ってたんで道具が揃ってる家庭科室で作ってたり、適当にぶらついてた」

 

本人にきちんと説明するのも気まずいので誤魔化すと、椿はすらすら言い返してくる。

 

「...まぁ、ごめん」

「......許す!」

 

話してる間にアタシの家についてしまった。

 

「いやーあっという間だったな。来年アタシも出来るよう頑張らないと」

「分からない所あったら園子に聞きな」

「椿は教えてくれないのかよー」

「いや、同じ家に住んでる奴に聞いた方が早いでしょうが」

「それもそっか。じゃあまたね」

「っ、ぎ...銀っ!」

「?」

 

夕暮れの中、どこか照れくさそうに椿は右手を差し出した。その手には、封筒っぽいのが握られている。

 

「どうした?」

「受け取って欲しい」

「う、うん...なんの奴?」

 

見ただけじゃ何なのか分からなかったので封筒を開けてみる。

 

「誕生日プレゼントだよ。ハッピーバースデー」

 

中に見えた文字を認識するのと、声をかけられるのは同時だった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『いーなー!温泉!』

『私達も行きたかったねぇ』

 

部室で園子と銀が話していたのは、去年の夏にあった勇者部合宿のことだった。

 

バーテックス討伐完了記念(まぁ、実際そんなことは全くなかったわけだが)として大赦が出してくれた、言うなれば慰安旅行の機会。当時園子は大赦にいて、銀はこの世からいなくなっていた。

 

たまたま友奈達とその話になって、羨ましがって。それが今回の始まり。

 

銀へのプレゼント選びに悩んでいた俺がそれに手を出そうとするのは、客観的に見ても不自然ではないだろう。

 

『年下彼女へのプレゼント選び』という本を閉じた俺は、計画の準備を始めた。

 

といっても、何てことはない______都合の良いイベントが目の前にあったのだから。

 

讃州高校文化祭でのイベントの一つに、剣道部主催のトーナメント戦がある。18歳までなら誰でも参加でき、景品はなんと一泊二日の温泉旅行券二人分。

 

恐らく初めて開催させた人が行きたかったのだろうが_______毎年剣道部による優勝争いが起こるらしいので、それ以外の参加者は竹刀握りたいとかの遊び半分。初開催させた人も剣道部員だったのかもしれない。

 

だが、俺にとってはチャンスだった。これさえ手にいれれば、銀が気にするだろう二つの要素のうち、『お金が多くかかる』のは避けられるのだから。

 

『頼む...力を貸してくれ!!!』

 

もう一つの目的のため、俺は風、郡、裕翔に頭を下げた。裕翔には剣道部員の映像を撮ってきてもらって相手の研究、風と郡には当日来るだろう勇者部に話を合わせて貰い、可能な限り試合会場である体育館に行かせないよう喫茶店に残らせる。

 

喫茶店のメニューも事前準備が出来る物は全て請け負い、当日のシフトは無しにして貰った。試合時間がどのくらいかかるのか読めなかったからだ。

 

と、ここまでで事前に出来ることは済ませ_______

 

『それでは、剣道部主催のイベントを始めまーす!!』

 

開始の合図時、参加者として一礼した。

 

結果としては、決勝戦で俺が剣道部部長である一個上の先輩を負かして優勝した。

 

剣道に関しては素人の俺が優勝出来たのは、ただ一つ。元勇者だったからだ。

 

剣道のルールでは、二本の竹刀を持つことは禁止されていない。誰もやらないのは、扱い難く一本の方が戦えるからだ。

 

しかし、俺なら。かつて勇者として銀の双斧を振るっていた俺なら。上手く扱う為に夏凜と同じく木刀を振るってきた俺なら。やれる。

 

それぞれに対し対策を練ってきた俺と、突然現れた二刀流使いに対策の取りようがない剣道部の面々。後は気合いと根性だ。

 

「誕生日プレゼントだよ。ハッピーバースデー」

 

そうして手にいれたチケットを今目の前にいる彼女に渡した。彼女は中身を見て、俺の言ってることを理解して困惑している。

 

「え...こんなの、どうやって」

「たまたま手に入ってな。部室で前話してただろ?」

 

何でもないような口調で話を通す。

 

「ちゃんとした誕生日プレゼントは別で用意したから安心して受けとれ...二枚しかないが、折角だし好きな奴とな」

 

銀が気にしそうなもう一つの要素。俺がもしこれを手に入れるのに苦労したと言ってしまえば、きっと銀は俺と行きたいと言うだろう。

 

でも、それは嫌だった。なるべくでいいからそれは避けたかった。勿論男女として不味いのもあるが、銀には本心で選んだ人と行って欲しい。

 

全てそのため。俺の『銀にちゃんと選んでもらいたい』というエゴを押し通すためのもの。

 

「でも...」

「いいからいいから。勇者部なら誰を誘っても喜んで行くだろ」

「...椿も?」

「あぁ」

 

この前一緒に話していた園子と行くかもしれないし、他の人かもしれない。ともかく、俺はほとんどの過程を無事に終わらせることが出来てほっとしていた。

 

「じゃあ...」

「お、決めたか?」

「うん...椿」

 

そう言って、銀は口を開いた。

 

 

 

 

 

「アタシと一緒にこれ行かない?椿」

 

 

 

 

 

「...へ?」

「だ、ダメか...?」

 

銀が俺の考えを読みきったとは考えられない。銀が幼なじみの仕草である程度のことが分かるように、俺も幼なじみの仕草である程度のことは分かるのだから。

 

だからこそ困惑した。ほとんど考えていなかった。

 

(いや、まぁでも...)

 

銀は心から俺を選んだのか、答えは分からない。それでも、誘われて嬉しかった。

 

「...寧ろ、俺でいいのか?」

「!うん!アタシは椿と行きたい!!」

「......分かったよ」

 

それに、今の銀の笑顔を崩す答えなんて、俺には用意出来なかった。

 

 



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誕生日記念短編 思う二人 後編

「断ると思ってた」と言うと、「好きな相手選びなって言ったのは俺だしなぁ...言った本人が断るのもおかしいだろ」と返事が返ってきた。

 

「ご予約の古雪様ですね。こちらへどうぞ」

 

アタシに苦労させないためか、予約やらなんやらは椿が全部やってくれた。そんなことだけなのに、嬉しくなっちゃう自分がいて少し恥ずかしい。

 

「すげー!須美の家にありそうな和室!」

「えーと...ほっといて説明しちゃってください。自分が聞きます」

「は、はい...大浴場の場所は______」

 

高台に作られた旅館の部屋から見える景色は、遠くまで見渡せて綺麗だった。沈んでいく太陽がオレンジ色に燃えて、町全てを彩る。

 

「ふぁぁぁ...!」

「確かに、いい景色だな」

「だろ!?だろ!!」

「そんな興奮すんなっての」

「とか言いながら、自分だってウキウキしてるくせに」

「なっ...勝手に言ってろ」

 

隣でアタシに顔を見せないようにした椿の耳は、少しだけいつもより赤い気がした。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「っ...はー...」

 

全身を覆う熱に思わず声が漏れる。『風呂に入る』という動作は普段からしてるが、大型露天温泉に一人きりとなれば格別感も出る。

 

「いいもんだこりゃ...」

 

効能なんて詳しく知らないが、星が瞬く夜空が一望出来る開放感と、外ならではのひんやりした空気と熱い温泉の差を味わえただけで体が軽くなった気がする。

 

「......」

 

既に体も洗って、後はのぼせないようにこの場所を堪能するだけ。そうなると、どうしても頭が回転しだしてしまった。ここ最近はずっとそうだ。霧がかったようなのに、考えることをやめられない。闇雲に答えを探しているような。納得できる回答はまだでない。

 

(...ホント、なぁ)

 

文化祭のイベントを利用して手にいれた温泉旅館のチケット。それを俺は銀にプレゼントした。

 

二人分のチケットだった為『好きなやつを誘え』と言ったわけだが、銀が誘ってきたのはなんと俺だった。予想では高めの確率で園子、後は同じくらいの確率で勇者部メンバーと睨んでいたわけだが________

 

(結局、俺だったもんな)

 

正直、普通に嬉しい。俺達は幼なじみだが、こんなに長いこといるのも、仲が良いのも珍しいだろう。最も、同じ体で過ごしてたことの方がよっぽど珍しいわけだが。

 

でも、同時にちょっと不安が。

 

(なんで俺なんだろなぁ...)

 

当たり前のことだが、俺と銀は異性。別々の部屋を取れないことを伝えても、銀は俺から変更することはなかった。

 

俺は高校生になり、銀も来年受験をしなければならない年になった。昔とは違う。

 

別に昔の方が良かったとは思わない。だが、思春期である男女が二人で泊まるなんてことになって______それを悩むことなく承諾されると、男としては複雑である。

 

(男子として見られてないってことだろうか...)

 

色んな感情が無数の糸のように絡まって、一つ一つにほどこうとも上手くいかない。自分の抱いている感情が理解できない。

 

「...はぁ......ぁー」

 

目をきつく閉じ、無意識に入っていた体全体の力ごと抜ききった。体が沈んで、顎までお湯につかる。

 

「おぉ!!誰もいない!ラッキー♪」

 

そんな時、いかにも嬉しそうな声が聞こえた。ちゃんと聞かなくても分かる。俺は人生ではこの声を聞いていない日の方が少ないのだから。

 

とはいえ同じ湯船にいるわけではなく、竹で作られあ敷居の向こうからの声だった。思ったより男女の露天風呂の距離が近いようだ。

 

「椿ー!いるー?」

「...もう少し大人しく入ったらどうだ?」

「あ、いたいた。いいじゃんアタシ一人だしさー。椿もでしょ?」

 

俺はわざわざ答えなかった。流石に俺も銀も人がいたらこうして話さない。その事を互いに分かってる。

 

「...いい景色だねー」

「こうして見ると、またいいもんだよな」

 

よく思えば、去年の夏も、西暦時代に行った旅館でも、こうして景色を楽しむ余裕なんてなかった。

 

「なんだか一緒に入ってるみたいだな。話してるし...そっちの方行こうかな?」

「いやこえられ...なくは無いのか。お前なら」

 

今の銀なら敷居くらい飛び越えられるだろう。

 

「でもそんなことすんなよ」

「昔は一緒に入ったりしただろー?」

「何年前だと思ってんだ」

「...だよねー」

 

(全く...一緒に入りたきゃ女子を誘えっての)

 

どこか浮わついた心は、しばらくそのままだった。

 

 

 

 

 

「あ、待たせちゃった?」

「気にすんな」

「ありがと」

 

温泉へ続くのれんから銀が出て来るまでに、10分ちょっと。頭を冷やして整理するには十分だった。浴衣姿と少し濡れたままの髪に一瞬息がつまったものの、それ以外にはなにもない。

 

結局、俺はそんなに気にしないことにした。気にしすぎてると俺も楽しめないし、それは俺を指名した銀の望む所じゃないだろう。

 

とりあえず今を楽しむため、俺は事前に辺りを見ていた。

 

「それじゃあ...夕飯までちょっと時間あるし、あれでもしてかないか?」

「ん?あ、いいねぇ!」

 

温泉にあったり無かったりする卓球台。ラケットなんかも無料貸し出しのようで、準備はすぐに出来た。

 

「なんなら勝った方は負けた方に一つ命令出来るってのは?」

「乗った!」

「よし。負けねぇぞ...」

 

身体能力的には負けているが、俺は高校の体育でやってる最中。勝機はある。

 

「じゃ、俺からな...せいっ」

「なんの!」

「ほい」

「はいっ」

「もらった!」

「甘いわ!」

 

コースギリギリの球を膝を曲げてすくいとられる。

 

「甘いのはそっちだぜ!」

 

しかし、このくらいは想定内。容赦なく反対側に叩き込み、ポイントをもぎ取った。

 

「よし...このまま勝ちは貰うぜ」

「手加減はしないのかよー」

「そんなのしたら怒るくせに」

「確かに...よし!まだまだぁ!」

 

 

 

 

 

「うまっ」

「はわぁ...」

 

夕飯までに決着がつかなかった試合に不満はあったものの、部屋に運んで貰った豪勢な料理の数々を前にどうでもよくなった。銀は蟹の身を食べてほっぺたを落としそうになっている。

 

「キノコも時期だしなぁ...」

「椿!!これ美味しい!!!」

「お前の顔見てれば分かるよ。どうにか家で作れないかなぁ...材料費を抑えてなんとか出来れば」

「やめて。こんな凄いの毎日出されたら椿のご飯無しで生きていけなくなっちゃう」

「へっへっへ......楽しみにしとけ。絶対唸らせてやる」

 

楽しい時はあっという間で。気づけばご馳走は全て平らげ、夜もそれなりに深くなっていた。

 

 

 

 

 

「じゃあ...そろそろ、寝よっか?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

畳の和室に敷かれる二つの布団。その距離はぴったりくっついてる。

 

パパっと敷いたのはアタシだけど、椿は何も言わない。予約の時点で散々言って、アタシが『それでもいい!』って答えたから、事前に覚悟を決めてきてくれたのかもしれない。

 

不思議と、ゲームをしようとかそんな話にはならなかった。

 

「電気消すぞ」

「ぅ...うん」

 

アタシもちゃんとしてきたつもりだったけど、声は少しだけ裏返ってしまう。

 

「...」

「...」

 

お互いの目と目が合う。アタシはそらすことが出来ない。

 

「......流石に、後ろ向くわ」

 

椿が動いたけど、浴衣は胸元がはだけやすくて、サファイアのネックレスがキラリと光るのが一瞬だけ見えた。

 

ただそれ以外は、互いの息遣いと、もぞもぞと動く音だけが外から感じる刺激。

 

アタシは、恐る恐る手を伸ばして、触れる直前に引っ込めた。

 

(わかってる、筈なんだけどな)

 

もやもやした感じ。不安な感じ。

 

椿はこの誘いに乗ってくれた。昼寝とかじゃない、アタシと二人きりで一晩を過ごすためにここに来てくれた。

 

椿のことを知っている。アタシをちゃんと女の子として意識してくれてることを。だから体を反対に動かしたし、顔を赤くしてくれた。

 

ただ、そうだとわかっていても_____ちょっと息が苦しくなって、喉がかわく。ドキドキする。

 

だってそれは、普段の椿だから。勇者部の皆といるときの椿と変わらないから。

 

(椿は...誰が好きなの?)

 

椿の口から、証が欲しくなる。

 

「...椿」

 

自分でも聞き取りにくいくらいの小さな声。

 

「...どうした」

「何で、アタシと来てくれたの?」

 

少しの沈黙があって、椿はむず痒そうに動いた。

 

「銀だから...じゃねぇの」

「それは...同じ体で一緒に寝てきたから?それとも、アタシが女の子っぽくないから?」

「...それ、本気で言ってるなら怒るぞ。少しは自覚しろ美少女」

「び...っ!!」

 

一瞬で体が熱くなったけど、椿は止まらない。

 

「ホント...でも、うん。そうだな」

「え?」

「俺は銀だからここに来た。きっと他の勇者部に同じように誘われても来ない。うん」

「え?えぇ?」

「...何でもない。さっさと寝ようぜ」

 

想像していた以上の答えが返ってきた気がして、頑張って理解する。

 

「...っ!?!?」

 

理解出来た瞬間、溶けるんじゃないかと思うくらい体が熱くなった。

 

(やめてよ、椿...)

 

そんな風に言われたら、椿がどう思っていようと勘違いしちゃう。

 

(アタシ...アタシは)

 

欲しい。椿が欲しい。アタシだけの物にならなくていいから、アタシを見て欲しい。

 

浮わついたままのアタシは、もう止められない。

 

「おい、銀?」

 

遠慮していた手は椿の浴衣の袖を掴んで、そのままお腹まで回す。距離は近くなるわけで、背中に顔を当てる。足を絡ませる。片方の布団に二人が入る。

 

「銀!?ちょっ、それはやめろって!」

「...や」

 

はじめの方は暴れてた椿も、数分したら大人しくなった。

 

「...はぁ。寝れないだろ、こんなことされたら」

「寝れるよ」

 

二年間は、ずっと一緒に寝てたんだから。それより前は、こうして仲良く眠りこけてたんだから。

 

「緊張することなんてないんだよ...アタシだもん」

 

アタシだって緊張してる。椿の心臓の音が聞いて、鼻は椿の匂いを嗅いでて。

 

でも、言える。

 

「大丈夫だから...」

 

だって、幼なじみだから。ずっとずっと、貴方のことを見てきたから。

 

それは、昔と変わらない__________変わるのは、感情が溢れてしまったことだけ。

 

 

 

 

好きです。アタシと結婚してください。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...ん」

 

一度目を開くと、窓の向こうから日の光が覗いていた。

 

(......そうか。寝れちゃったのか...俺)

 

昨日の夜の記憶が薄くて、勝手に朝になっている。言いたいことは分かるだろう。

 

(えーと...確か)

 

銀に抱きつかれて、寝れないと言ったら寝れるよと返されて。

 

恥ずかしかったが、やがて安心からか、不思議と意識が遠退いて、最後には_________

 

『好きです。アタシと結婚してください』

 

(...あれ?言われたっけ?それとも妄想?)

 

考えていると、ふと体が軽いことに気づいた。体を起き上がらせると、抱きついてきていた筈の銀が大の字で寝ている。

 

「ぷっ...風邪引くぞ」

 

はだけた浴衣から胸元が見えそうになり、直視しないよう布団で隠す。

 

「うーにゅ...それ以上食べれなぃ」

 

(何を食ってらっしゃるんだか)

 

銀の顔を見て、思わず頭を撫でる。途端に、彼女はデレッとした顔になった。

 

「えへ...好き......椿、大好きぃ」

「...っ!!!」

 

銀の告白されて体に衝撃が走った。

 

「ぁ...!!」

 

(俺...!!!)

 

ただ、昨日なんかと違って『迷っていない』という発見。誰かがいたら何を言ってるんだと言われるだろうが、俺にとっては今最も重要なことだった。

 

俺が迷っていたのは_______自分が誰のことを好きなのか、整理しきれてなかったから。だが今銀を見ればストンとくる。

 

俺は、ずっと銀が好きだった。だからドキドキするし、二人きりで寝るのに想像以上に戸惑った。文化祭でも銀に俺が努力してるところを隠して、カッコいいところを見せようとした。

 

それは全て_______銀を好きな誰よりも愛していた。その感情をやっと理解出来た。

 

「お、俺は...」

 

動揺していた手を頭に持っていく。

 

「そっか...そうか...!」

 

自覚したことが体に染み込むと、俺の手はもう一度銀に向かって伸びた。今度は猫を撫でるように、首もとへ。

 

「銀...俺は、お前が好きだ」

 

誰でもない君を、他でもない幼なじみを、俺は愛している。

 

「......」

 

体は高揚し、出ているおでこに唇をつける。

 

(ファーストは随分前にこいつに取られてるんだっけ...って)

 

「...寝てる相手にやるもんじゃないだろ。なにやってんだ俺...」

「寝てないから!!!」

「んぐっ!?」

 

景色がぐるりと回る。思わず瞑った目を開ければ、銀が俺の上に乗っている。

 

「何でおでこなんだよ!!口にやれよ!」

「いやお前、寝てるところ襲われたことに怒れよ...」

「椿だからいいんだよ!!好きな人からなんだから!!このやろう!!」

 

呼吸の暇なく二度目の口づけ。今度は、唇同士。

 

「ぷはっ!好きです!結婚してください!!」

 

気恥ずかしくて、出来れば『結婚は早くね?』みたくからかいたかった。ただ、告げたのは別の言葉。

 

「...喜んで」

 

まぁ、どうせそうなるんだしいいだろう。

 

「やった!!もうやめたなんて言えないからな!!」

「別に、言うつもりないから」

「つーばーきー!!!!」

 

涙を溢しながら笑う銀は、数日前に見た笑顔よりもっと愛しく思えた。

 

 

 

 

 

数年後、古雪銀はこの年の誕生日を振り返りこう言う。

 

『パパはね、ママにパパ自身をプレゼントしてくれたんだよ』と。

 

 

 



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ゆゆゆい編 16話

花結いの章26ノーマル(でいいのかな?)見たんですが、もしかしてゆゆゆいそろそろ終わるんじゃ...せめてストーリーが終わっても月1くらいでイベントやって欲しいですね。ていうかそうじゃないと心折れる。

今回は雀メイン。攻撃は出来なくても防御に関する才能はトップクラスで強いし、ボケもツッコミも出来る。意外とちゃんと考えてるんじゃないかな...


「メッブ~。また来ちゃった~」

 

今日は休日。朝食後、いつものようにメブルームにお邪魔する。別に用があるわけじゃなかったけど、自分の部屋と同じくらい落ち着く場所だ。

 

そんな部屋には先客がいた。

 

「こう、一回外して...ここをもう一度切るんだな?」

「はい。ゲートはこうした方が綺麗に切りやすいです...って、雀」

 

部屋主であるメブと、勇者部の唯一の男性、古雪椿さん。二人が手にプラモデルを持ちながら話している。

 

「何してるの?」

「見ての通りプラモ作りよ。椿さんに教えてたの」

「あー、メブ得意だもんね」

 

前にメブのお城プラモを壊してしまった思い出まで甦り、必死に頭から消し去った。

 

「あれ、でも今回はお城じゃないんだ」

「はじめは芽吹に言われた城のプラモを作ったんだがな。作るの案外楽しくて買った二つ目さ。どうせなら自分の気に入ったの作りたいし、上手く作りたいし」

 

「色々教えて貰おうとな」と言った古雪さんの手元には、ロボットっぽい腕が作られていた。

 

「私はそういったのはあまり作らないので、少し新鮮です...というわけで雀、悪いけど貴女の相手はあまり出来ないわ」

「いや、俺は別に今度でもいいぞ?」

「いえいえ。私はメブに用があったわけじゃないので。寛いでます」

 

メブが「好きにしていい」と言うので、とりあえず勉強机とセットになってる椅子に座る。古雪さんとメブは床で作業。確かに二人でやるなら、ベッドの上とか床でやった方が良いんだと思う。

 

「でも、二回切っても少し白くなっちゃうな...」

「...黒いパーツなので、このペンで塗り潰せば目立たないと思いますよ」

「ありがと...お、確かにいけるな」

 

やることもないので、なんとなくその二人の光景を見る。

 

(...そう言えば)

 

「本格的にやるなら塗装したりやすりをかけたりするんですが、椿さんはそこまでじゃないですし」

「まぁな...ちょっとハマってはいるが、道具一式買うつもりもないし、かといって芽吹から全部借りるわけにもいかないしな」

 

この二人は、ハロウィンのちょっと前から名前で呼びあってる。お堅いメブが知り合い以上になったからって古雪さんとそうなるのは少し意外だった。

 

それから________

 

(...まさか、メブも争奪レースに加わるのかな)

 

私は恋バナとか結構好きだ。少女マンガみたいな展開は特に。

 

ただ、古雪さんの向かう先は______どろどろの修羅場になる可能性がある。というのも、私の観察眼だけで恋人候補が片手じゃ足りないのだ。

 

(いくらなんでも人気過ぎだから。あれは)

友情なのか恋愛感情なのか分かりにくい人は外してこれなのだから驚くしかない。勇者部でたった一人の男性はとんでもなかった。

 

(まぁ?気持ちはわからんでもないけど...)

 

私も元の世界から古雪さんがどんな人間か多少は知っているし、納得出来なくもない。恋愛的に好きかと言われれば違うけど。

 

そして。今目の前でプラモデルの技術を教えているメブは、どちらなのだろうか。どちらになるのだろうか。

 

(いやいや、問題はどっちかと言うと......)

 

メブがもし恋愛感情を持っていたとしても、問題はその相手。難攻不落の要塞(古雪さん)にある。こっちは間違いなく異常だ。

 

なんせ、あの勇者部にいて、周りからの溢れんばかりの思いを浴び続けながら、平然と______いや、慌てたり動揺してる時もあるけど______しているのだから。

 

『古雪さんって好きな人いないんですか?』

 

たまたま二人だけになった時、聞いたことがある。古雪さんは誰かと付き合うことで勇者部がギクシャクしちゃうのを恐れてるのではないかと。

 

特にこの世界だといつ帰れるのか分からないし、戦いにもなるから________

 

『いるぞ?』

『えぇぇ!?誰です誰です!?』

『ま、人って言うより人達だけどな。勇者部の皆だから』

『...そ、その、恋心...みたいなのは?』

『んー......不甲斐ない話、誰か一人なんて選べない』

 

ここまでなら、まだ納得出来た。私があややとメブどちらか選べと言われた時選べないだろうというのと似ていたから。

 

ただ、その先が衝撃的過ぎた。

 

『でも、どうせ皆とはなかなか付き合えないだろうしな』

『へ?』

『だって...勇者部って美少女揃いな上に性格もとんでもなく良いだろ?そんな誰もが好きになりそうな子達が、別に大したことない俺のこと好き!なんてそうならんだろ』

 

話す声で本音なのが分かった私は、開いた口が塞がらなかった。この人は、あんなオーラを浴びてこんなことを平気で言うのだ。

 

(ホントに、どうなってんだろ...)

 

恐らくあれは、自分に恋愛感情が向けられてないという前提の思考が存在している。せめて勇者部の性格が多少悪ければ、鋭い古雪さん普段の態度と自分への態度の差で気づくはず。

 

勇者というお役目をやってる以上戦いもあるわけで、吊り橋効果なんかも期待できるだろうに______いや、逆に『吊り橋効果だろ』と整理してしまうのかもしれない。

 

吊り橋効果みたいな、助けられたことで抱く気持ちは勘違いだと言われることが多いけど、どんなことであれ気持ちに嘘はないと思ってる私からすれば立派な恋愛感情で、複雑だ。

 

ともかく、そんな恋バナマスター(自称)こと私は、二人のことを見ていた。

 

(...付き合ってない以上、メブにもチャンスはあるんだよなー。いくら後発でも)

 

「...よし、両腕完成。後は同じようにやれば自力でやれそうだ」

「そうですか?」

「あぁ。わざわざありがとな。予定がなければ昼食くらいご馳走するけど...」

「雀もいますし、気にしないでください」

「...なら、俺は帰りますかね。完成したら言うわ」

「頑張ってくださいね」

「ありがと、芽吹。加賀城さんもまたな」

「...雀?」

「はひっ!?」

 

気づいたら古雪さんは部屋から消えていた。メブがこっちを変な目で見てる。

 

「どうしたの?挨拶もしないで」

「い、いやちょっと考え事をね...」

「そう。先輩に対して無視は失礼だから、出来れば一言いっときなさい」

「あ、うん...弥勒さんにそんなことしたことある?」

「私は見送りくらいちゃんとするもの」

「そっか」

 

弥勒さんにそんなことしたことないなーなんて考えながら連絡先に一言いれて、携帯をポケットの中にしまう。

 

「ねぇメブ」

「何?」

「...メブは古雪さんことどう思ってるの?」

「そうね。周りをよく見た気遣いが出来たり、勉学面や戦闘面でも高い能力。尊敬するわ」

「......いや、そうじゃなくて。その...恋愛的にどうなのかな~。みたいな」

 

私が言うと、メブはちょっとだけ顔を赤くしながら、そっぽを向いた。

 

「恋愛的にって...別に、そんなつもりはないわよ。身近な異性ではあるけれど......」

「そっかー」

「自分から聞いといて、そんな返事?」

「ひょえっ!」

 

一瞬で怒りの感情を見せたメブから逃げるため、部屋の外を目指す。室内で逃げてメブのプラモにまた何かしてしまえば、今度は生きて帰れない。

 

「待ちなさい雀!!」

「嫌だよメぶふぅ!?」

「おわっ...とと」

 

玄関を開けた先には何故か出ていった筈の古雪さんがいて、私は真っ正面から突っ込んでしまった。

 

「ふ、古雪さん!?」

「気をつけろよ。次はちゃんと止められるか分からんし、俺以外の奴が通ることの方が多いからな」

「は、はい...」

「椿さん、何かありましたか?」

「渡しそびれてた物をな」

 

メブに軽く放り、私は直接受けとる。

 

「あ!みかんジュースだ!!」

「作ってる間の飲み物として用意してたんだが没頭してて。丁度加賀城さんもいるし好きに飲んでくれ」

「いいんですか!?」

 

愛媛出身の私にとっては願ってもない。普段実家から食べきれない程のみかんを受け取っていたけど、貰えて嬉しくないわけがない。

 

「あぁ。じゃあまた今度な」

「ありがとうございました!!」

 

帰る古雪さんに頭を下げ、メブの方を向く。この間に既にペットボトルの蓋を開けていた。

 

「いやーよかったねメブ...!!」

「......」

 

言い切ってから、ついさっきまでどんな状況だったのかを思い出した。メブに話しかけてる場合じゃない。逃げないといけない。

 

でも、そんなメブの顔は何処か呆れてた。

 

「...メブ?」

「.......」

「あのー、芽吹さん?」

「雀」

「はいっ!?」

「雀は椿さんのこと、どう思ってるの?」

「...と、言いますと......?」

「好きなの?」

「へ?」

「私に聞いて来ながら、自分は話さないなんて...不公平よね」

 

メブが貰ったみかんジュースをテーブルに置いて、こちらを見る。人の機嫌を伺ってきた私には分かる。

 

今のメブは、完全に捕食者の目をしていた。

 

「答えなさい。雀」

「あ、あのー...またの機会に」

「雀!!!」

「ひょえぇ!!!」

 

今度こそ私は部屋を飛び出した。勿論メブも追っかけて来ている。

 

いつものように「助けてメブゥゥゥ!!」と叫びたかったけど、今日の相手はメブ本人。咄嗟に私は叫んだ。

 

「助けて古雪さぁぁぁぁん!!!」

 

 

 

 

 

その場で「なんとも思ってない」と言えば追われずに済んだのでは。と考えたのはこれより後のことで__________それが思いつかなかった理由は、ずっと後になっても分からなかった。

 

 



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ゆゆゆい編 17話

昨日は亜耶ちゃんの誕生日でした!おめでとう!!記念短編はくめゆ組全員だしてないし(というか現状ゆゆゆ組とのわゆ組しか出してないし)、忙しいので見送らせて...来年まだ書いてたら書こう。怪しいけど。

今回は名家の(ポンコツ)お嬢様。弥勒さん回。根は真面目でひたむきなのを知ってはいるんですが、いかんせんギャグ要因としてレベル高すぎるから困る。

最近なかなか出せてないリクエスト内容も混ぜてみました。しずくとシズク回が終わったら出していきたいです。秋物のリクエストもあるし...まだ秋。大丈夫...


「皆さんどうぞ」

 

弥勒さんが用意してくれたテーブルには、カップとティーポット、それにいくつかのお菓子が並んでいた。ポットには既に紅茶が入っていたようで、カップに特有の音をたてて注がれる。

 

「それでは、交流会を始めましょうか」

「弥勒さん、ありがとうございます。全部用意してくれて」

「とんでもございませんわ。提案したのは私(わたくし)ですもの」

 

和やかな空気で始まったこの交流会は、本人の言う通り弥勒さんの提案で始まった。

 

防人がこの世界に来て約半月。メンバーが多くなった故に全員とよく会話するとはいかず、『折角ですから、交流会をしませんか?』と言ってきた。俺としても断ることはない。

 

結果、ここには五人がテーブルを囲んでいる。メンバーは_______

 

「それにしても、珍しく感じる組み合わせね」

「勇者部って、学年ごとに~なんてあんまりないからね。中三が凄く多いから」

「それもそうだな...」

 

千景、風、棗。それに俺達を含めた高校生組である。 他も学年別でやってるんだとか。

 

「中二は小学生と合わせて六人、こっちは弥勒さん入れて五人だから、そうなるのも仕方ないだろ」

「あたし達同士が組むのも少ないしね。面倒見ちゃうから」

「素晴らしいですわね...」

「......」

 

何故だか全員紅茶を飲み、謎の沈黙が訪れる。正直、改まってする話が思いつかなかった。

 

「えぇと...そう言えば皆さん、出身は何処なんですの?私は高知なのですが、同じ方はいまして?」

「あぁ、高知なら千景がそうだな」

「よく知ってるわね」

「いや、まぁな...」

 

そりゃ、香川から高知まで千景を探すため移動した上、テレビに出るくらいド派手なことをした場所なんてなかなか忘れられないだろう。

 

この場で言うことでもないから微妙に誤魔化してると、弥勒さんは反応してきた。

 

「そういえば、古雪さんは私達と同じ時代にいた筈なのに、よく西暦の四国勇者の方々と思い出話のような話をしますわね」

「ぁー、えっと...説明が難しいんだがな。この世界に来る前に、会ったことがあるんだよ」

「まぁ」

「そうだったのか」

「棗にもちゃんと言うの初めてだったっけ」

「薄々感じてはいたが、初めて聞いた」

 

直接言うと、うっかり四国以外が壊滅状態になり、炎に飲み込まれる話にまで広がってしまうかもしれない。そう考え、あまり話題にはしてこなかった。

 

(このくらいなら平気だろうけど...)

 

「大変だったのよ?千景達が来たときは」

「わざわざ言うのか風...」

「良いじゃない。折角だしこのくらいはね」

 

風は、そのまま話を続ける________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「若葉ちゃん若葉ちゃん若葉ちゃん若葉ちゃん若葉ちゃん...」

「ね、ねぇ椿、ひなた大丈夫なの...?」

「ん?別に気にする程でもないだろ」

 

神樹様から、ひなたの仲間が来ると神託があったみたいで、それを受けたひなたは朝から荒ぶっていた。普段物静かなひなたがここまで荒ぶってるのが怖くて椿に聞くも、特別気にしてない。

 

「ホントに...?」

「若葉に会えてないから禁断症状が出てるだけだから」

「つっきー先輩、若葉さんって私達のご先祖様なんですよね?」

「そうだな。乃木若葉」

「若葉ちゃんも園子ちゃん達に負けず劣らず可愛いんですよ!!勿論凛々しくカッコいいところも持ち合わせ、勇者のリーダーとして...来ました!!!」

「あ、ちょっとひなた!?」

 

部室から飛び出していったひなたを全員で追いかける。向かった先は屋上で、先についたひなたが悲鳴をあげた。

 

「若葉ちゃぁぁぁん!!!皆さんもお久しぶりです!!!」

「ひ、ひなたっ!?」

「なんだなんだ?って、さっきまでタマ達は部屋に...」

「ここは...屋上?」

 

あたし達も、その姿を見ることが出来た。ひなたが抱きついているのは、確かに園子ズに似てる女の子。それ以外にも四人。友奈と瓜二つの人がいてビックリしたけど______

 

(あれが高嶋友奈...いや、似すぎでしょ)

 

椿から話を聞いてなければ、誤解してたかもしれない。

 

「久々だな。皆」

 

そして、そんな椿はひなたの次に声をかけた。瞬間、その場が沈黙して、少しずつ椿の方に顔を向けられる。

 

「ぇ...」

「...なんで、いるの」

「嘘...」

「嘘じゃねぇよ。また会えて嬉しい」

 

椿の声も、少し掠れて涙声になっていた。

 

「...椿さん!」

「つばきぃぃぃぃぃ!!!!」

 

小柄な子が椿にタックルするように抱きしめる。椿はのけぞることなくしっかり受け止めた。

 

「ひなたにもやられたから学習はしたっての...よ、球子」

「何でだ!?何でだよぉ!!」

「ははっ...そこまで驚かれると嬉しい」

「椿君っ!!」

「椿さんっ!!!」

「なっておい、流石にそれは!?」

 

タックルに次ぐタックル。椿も耐えられなくて倒れこんだ。

 

「風っ、助けてっ」

「...勝手にやってなさい」

 

あたしが逆の立場なら、絶対しがみつく。そう思うと、引き剥がす気にもなれなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...とまぁ、こんな感じでなかなか凄かったわよ。タマなんか椿の服で涙拭いて」

「落ち着くまでで放課後終わっちゃったもんな。後は弥勒さん達が来たときの説明したくらいだけどさ」

「随分古雪さんは人気者なのですね」

「もう会えないと思ってましたからね。そういうところは造反神がいて俺も感謝してます」

 

ティーポットから紅茶のおかわりを注いで、また口に含む。

 

「その時千景さんはどうでしたの?」

「っ!」

「あぁ、千景はその場で何かしてきたことはなかったけど、夜になってから電話がかかってきて」

「古雪君」

「...と思ったけど、なんでもないです。ハイ」

 

ついさっき飲んだ筈の紅茶をからからの喉が欲し、また飲んだ。頬を赤くした千景の目が『語ったら潰す』と言っていた。

 

「私は四国ですらないからな...」

「沖縄なー。棗の話してくれたこと以外は歴史でしか知らないけど、行ってみたいなとは思う」

 

暖かな気候、エメラルドグリーンの海、沖縄そばをはじめとした郷土料理。雪花の故郷である北海道もだが、是非行ってみたい所だ。

 

「千景は行ったことないの?沖縄」

「ないわね...よく台風の被害を受けてるとニュースになったのを見たり、観光地として紹介されてるのを見る程度よ」

「歴史の授業がその辺の時代だけで良いなら、皆に聞いて楽勝なんだがなぁ...」

「セコいですわね。古雪さんは学力が凄いと国土さんが言ってましたけど」

「亜耶ちゃんそんなこと言ってたのか...あぁあれか?計算行き詰まってたのを助けたからかな?」

「あたしは知らないわよ...」

「だよねー」

 

何となく目線が風の元へ行ったけど、風自身が知るはずもない。

 

「俺は自分が詰まったところだから教えられるだけで、勉強に高い目標を持ってるわけでもなければ手を抜けるなら遠慮なく抜いて楽する」

「成る程...」

「あ、そういや学校慣れたか?」

「千景と同じで防人組で受けてるものね」

「椿と風のクラスに入ったのは私だけだからな」

「学校には慣れましたわ。勉学の方も問題なく」

「私の担任、大赦の人だけど...私だけ問題変えてくることがあるわ。気をつけて」

「そんなことがあるんですのね。ご忠告感謝しますわ」

 

案外芋づる式で話題がゴロゴロ出てくると、気づけば夕方に差し掛かっていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「そしたら銀が襲ってきたのよ」

「ぐわーっ!てね」

「芽吹先輩はどうしたんですか?」

「メブったら機敏な動きで避けきってさ!」

 

芽吹さんの部屋で、別グループだった国土さんに三人が今日の話をしている。私はその輪に入らず、外を眺めていた。

 

(...私は)

 

私の最大の目標は、没落した弥勒家を再興させること。如何なる時も優雅に振る舞い、助けを求める者に手を差し伸べる。そんな人になること。

 

そのために、今までだって努力を重ねてきた。

 

そして今日、ある意味一つの目標である勇者達とじっくり話してみて、学べたことはなんだろうか。私に足りないものはなんだろうか。探してもそれはなかなか出ない。

 

「弥勒さん元気ないね」

「雀さん...」

 

どうやら皆の前ではなかなかしないくらい熟考していたようだ。

 

「お体が悪いんですか?弥勒先輩」

「そんなことありませんわ。いつも通りでしてよ!!」

「あ、いつも通りだね...悩んでるなんてらしくないもんね」

「っ」

 

確かに、らしくなかった。私はひたすらに良くなることを信じて行動するのみ。

 

(そうですわ...私の理想に限界などない。悩んでる暇があるなら全て吸収して生かすのです)

 

「まさか雀さんに気づかされるとは」

「へ?」

「なんでもないですわ...ありがとうございます」

 

最後は小声で、感謝を口にした。雀さんにちゃんと言えば調子に乗るだろうけど、言わないのも嫌だったから________

 

「でも普段からこのくらい静かだと嬉しいなぁ」

「雀さんっ!!」

「ひょえっ!失礼しましたー!!」

「待ちなさい雀さんっ!焼き雀にしてさしあげますわっ!!!」

 

 

 

 

 

「弥勒さん...」

「お二人とも仲良しですね」

「うん...良いこと」

 



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ゆゆゆい編 18話

今日は香川の方でゆゆゆオンリー会があったようですね。香川遠いから行けないよ...いいなぁ。いつか行きたい。

今回は防人最後のしずく&シズク回です。参入したゆゆゆい編13話から結構経った気分だ。


「......」

 

もう、かれこれ15分くらい経つ。初めて入った男の子(先輩だから男の人?)の部屋は、漫画より小説が多いのが個人的に意外だった。その先輩のことを考えると意外ではないんだけど、男の人へのイメージで。

 

他だと、ゲームが置いてあって、机に本や勉強道具がすぐ手を伸ばせる場所にあってと、よくありそうな部屋。

 

「お待たせ」

「押し掛けたのは、私」

「まぁそうなんだけどさ」

 

コップを持ってきた先輩______古雪椿さんは、床に座って丁度いい高さの折り畳み式テーブルを用意して、それを置いた。よく人がくるのだと思う。動作が手慣れていた。

 

「備蓄分のみかんジュースしか無かったんだが、嫌いだったりした?」

「大丈夫...」

 

テーブルに、三つのコップが置かれている。今この部屋にいるのは二人。

 

「...私に二つ?」

「二つじゃなくて良いのか?」

 

そう言われて、この人の意図が分かった。

 

(私と...『俺』の分か)

 

俺達は五感を共有していない。俺はしずくの心を守るために生まれた防御人格なのだから、そうでなければ俺の生まれた意味がない。突然変わっても対応できるようにか、会話や記憶は必要なことが分かる便利な体。

 

だが、二つの人格があることを知ってからこうした対応をしてくるのが早すぎて驚いた。

 

(そりゃ俺になるわ...いや、聞くのも俺に任せるってことか)

 

人格変更の主導権はしずくにある。精神での会話も出来なくはないが、それも俺に決定権はない。

 

(ま、いいか)

 

ここに来た理由は俺も聞きたかったし、構わない。遠慮なくコップの一つを取り、口に入れた。

 

「気が利くなぁ。流石上級生様だぜ」

「...シズクの方か。突然口調が変わるとビックリするわ」

「わりぃな」

「謝らなくても良いけど...それで、俺の家でなんの話をしに来たんだ?」

「...単刀直入に言うが」

 

俺は目の前の男がどんな反応するのか気にしながら、言葉を続けた。

 

「何であいつが...三ノ輪銀が生きている?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「何であいつが...三ノ輪銀が生きている?」

 

家に来た山伏しずく______いや、しずくではなくシズクが聞いてきた質問に、俺はすぐ答えなかった。

 

シズクはそのまま話していく。

 

「今は乃木銀って言ってるが、あれは三ノ輪銀だろ?先代勇者で、今この世界にいる小学生の未来の姿。だがおかしいんだよ。あいつは勇者の活動で死んだはずだ」

「......」

「俺はあいつの葬式に出たんだ。なのに...どういうことか答えてもらおうか」

「...っ」

 

はじめの質問だけだと理解しきれなかったが、続きを話されて腑に落ちた。

 

確か元の世界では、生き返った銀とシズクが会ったことはなかったと思う。バイクで四国外にいくのは俺と後一人だが、銀は定期的に身体検査を受けるためまだ一緒に行ったことはない。

 

俺はしずくと話したことはあっても、銀の話になったことはない。

 

だから、驚いたのだろう。異世界に来てみれば、死んだはずの人間が生きているのだから。

 

(何回か、銀を睨んでると思ってたけど...そういうことか)

 

俺は考えて、スマホを取った。

 

「別に話してもいい。二つ条件があるけど」

「言ってみろ」

「これは俺じゃなくて銀の話だ。断られることはないと思うけど、あいつに話していいか聞いて、ダメだったら話さない」

「もう一つは?」

「銀ちゃんに...小学生の三ノ輪銀に、話さないこと」

 

ここでの記憶が残っても残らなくても、未来が変わっても変わらなくても、少なからずそれを告げるのは俺達ではない。

 

「つまり、他言無用ってことか」

「あぁ」

「いいぜ。それで話してくれんなら俺は条件を飲む」

「分かった」

 

頷いてから、用意していた電話番号をコールする。メールで事情を話すのは嫌だった。

 

『もしもし』

「案外すぐ繋がったな。今ちょっといいか?」

『え?うん...園子、ちょっとごめん』

 

移動が終わったのか、息をつく音が電話越しに俺の耳を打つ。

 

『お待たせ...それで?』

「今山伏さんが家に来てるんだが、お前のことを詳しく聞きたいんだって。話していいか?」

『あー...だから変な視線受けてたのね。全然良いよ。ちっちゃい頃のアタシに言わなきゃ』

「了解」

『アタシも行こうか?』

「好きにしてくれ。来るとしても終わってると思うけど」

『そしたらゲームするからよし!じゃ!』

 

勢い良く切れた電話を最後に、スマホの画面を消してベッドに放った。

 

「許可、取れたよ」

「じゃあ頼むわ。気になって夜しか寝れねぇんだよ」

「それはたいへ...いや、別にそうでもないわな。いやそのツッコミもどうでもよくて...どっから話すか」

 

銀が今生きている理由であれば、天の神との話を語れば良い。頭の中で構想を立て、その通り言葉を紡ぐ。

 

秋の終わりから春にかけて起こった天の神との戦い。互いに他人事ではない人類滅亡の危機を、勇者の視点でどうなったか。その途中で現れた人型バーテックスの正体はなんなのか。

 

感情が込もって少し声が掠れる所もあったが、バーテックスの______銀が何故生きてるかの話は終わった。

 

「そんなことがあったのか...」

「これが俺達の結末さ。防人も戦ってたって聞いたけど」

「まぁな。俺はその前の調査で気絶した時の方が辛かったけど」

 

互いにこうした世間話が出来るのは、今でこそだ。当時は死にかけたわけで、笑ってこんな話をするやつがいたら殴っていただろう。

 

(...この子も、普通じゃない経験をしたんだろうしな)

 

それは防人の役目についてじゃない。ある意味、俺だから目につきやすいこと。

 

銀と同じ体に入っていたことに落ち着いてきた中ニの俺は、人格に関して調べたこともある。

 

二重人格______具体的に解離性同一性障害と呼ばれるものは、解離性の症状の中でも重い。

 

自分の力、精神だけでは耐えられない傷から逃げるために感情や記憶を切り離し、それが別の人格として現れる現象。人間の防衛本能そのものだが________少なくとも、山伏しずくという人物が体と心のバランスを崩すくらい良くない思いをしたことがあるのは間違いない。

 

多重人格についてある程度理解しているからこそ、その辛い出来事を触るだろうシズクについて詳しく聞くつもりもないし、シズクの俺に対する口調も、特に言うつもりはない。しずくを守るためのシズクは誰に対しても強くあった方がきっと良い。

 

(...もしかしたら、完全にそっち側だったかもしれないしな)

 

俺も、銀のことを俺の耐えられなくなった心が生み出した人格なのかと疑ったことがある。不安になったと言うべきか。結果として違うとなったのだが、思い至った時はぞっとした。

 

基本、多重人格は複数の人格が宿るのではなく、一つの人格が分裂して出来るものだという。つまり、あくまで自分の体験したことしか知らないわけで、『バーテックス』『樹海化』『須美、園子』とした非現実な出来事と大切な友達の話を、『俺が知らない思い出』を語る銀は俺から生まれた人格ではないとなる。

 

「おい、聞いてんのか?」

「あ、あぁ...悪い。なんか言ったか?」

「大したことは言ってないけどよ。あの三ノ輪が幽霊じゃないって分かっただけ良かったわ」

「怖いことを言うな...泣くぞ」

 

主に風が。気絶した上、しばらく銀に近づかない所まで想像できる。

 

「泣く...ねぇ」

「?」

「なんでもねぇよ。じゃ、俺はそろそろ消えるから...後よろしくな」

 

一瞬寝たのかと思えば、すぐに顔をあげた。片目が見えないくらいに髪が下がり、少し威圧的なオーラが消える。

 

「...頂きます」

「ど、どうぞ......」

 

(二人に完全に慣れるには、もう少しかかりそうだな...)

 

もう一つのコップに入ってるみかんジュースを飲む彼女にそう思いながら、俺もジュースを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

あれは雨の日。どしゃ降りじゃない。頑張れば傘がなくても家まで帰れるだろうという日。

 

別に傘も持ってたし、学校にいるわけじゃないから家までの経路も分かりにくい。

 

三ノ輪銀という隣のクラスの子が、凄く大きなお役目をしていた子が亡くなった。

 

あっちは私のことを知らないだろう。というくらいの関係だろうと、一緒の小学校に通っていた同級生が命を落としたとなれば、思うこともある。

 

花を添える、同じお役目をしていた二人。突然消えて驚いたけど、またお役目だという。

 

お役目がどんなものか知らなくても、友達が亡くなったことは心にくる。二人は悲しみ、悔やんで、お役目をしている。

 

神樹館小学校から来た私達は、勿論家族用のスペースに行くこともなく、暗くなる前に帰りましょうとなる。

 

 

 

 

 

たまたま、駐車場の近くを通った時。

 

『ふっざけんな!!お役目やらせてる奴を殺すんじゃねぇよ!!神樹がぁぁぁ!!!』

 

一人の男の子が、雨に打たれながら、雨にかき消されない声で叫んでいた。

 

『あいつを...銀を返せよ!!!返してくれよぉ!!うぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

声変わりしてる途中に思える、高いとも低いとも捉えられる声。

 

その声は、私の心を痛めた。

 

(...せめて)

 

声をかける勇気なんてない。雨は止められない。彼にプラスになることなんて、私には何も出来ない。

 

だからせめて、願った。彼に良いことがあるように_______私のように、拒絶して、『自分』に守って貰うような人にならないように。

 

 

 

 

 

あれから変わった。防人の活動を通して、私達を受け入れてくれる人も増えた。私も自分のことを受け入れ、頼るだけじゃなくなった。

 

どちらも私、互いに出来ることをやる。きっと皆は受け入れてくれると信じて_______実際、心配することはなかったし。

「そうだ、折角ならゲームでもやってかないか?わざわざ話だけして解散ってのも味気ないだろ」

 

そして、目の前で笑う彼も。あの時とは違う。周りが変えてくれて、自分で変わろうと決意したからこその今。

 

「...良かったね」

「ん?どうした?」

「なんでもない」

 

ぽそっと呟いて、微笑んだ。

 

「それにしても、二人きりで自分の部屋にもっと居ようぜと言う男の先輩...」

「その言い方悪意があると思うんだが」

「...変態?」

「直球だな!?」

「やめてー。襲わないでー」

「いやいやいや!?やめてくれよ!第一もうすぐあいつも来るだろうから二人ってわけじゃ」

「ほう...あいつってのはアタシのことか」

「窓から来るなよお前!?」

「お前、部屋で真面目な話してるかと思えば...覚悟しろ!!椿ぃぃぃ!!!」

「やめろぉぉぉぉぉ!!」

「いぇーい!園子も来たんだぜ!!そして始まりましたぁつっきーバーサスミノさん!!いきなり手刀を白羽取りしているぅ!!!」

 

(...なぁ、ちょっとやり過ぎたんじゃね?このカオスどうすんの?)

 

攻撃的な性格の俺でさえ引き気味の質問に、私の答えは。

 

(...頑張れ)

 

最高に無責任だった。

 

せめて、今度みかんジュースを献上しようと密かに誓った。

 

 

 

 

 




椿が叫ぶシーン、十五話で叫んでいるのとほとんど同じなことに書き上げてから気づきました。当時の椿もこれを思い出して叫んでたわけで、今こうして平和な話しとして書けてよかった。


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短編 秋空に響く声

色々お話したいことが重なって多い...本編見たいぞって方は飛ばしちゃってください。

まずゆゆゆい。新章でどんどん出てくる新たな設定、やっぱ稼働しているストーリーを書くのは難しいですね。随分前に感想で書くの難しいぞと言われたことあったんですが、その通りだった。

自分も危惧してましたが、リクエストがメインだし...と思ってたら、書き始めたらどんどん考えを書きたくなってキリがないですね。嬉しくもあり悩ましくもあり(笑)

とりあえずくめゆ組の話も終わったので、ゆったり日常っぽいのを出したいです。ストーリーそのものが進むかは現時点では未定です(高知決戦編として長編を考えたんですが、原作との齟齬が大きくなりそうだし、この作品終わりそうな構想だったし)

次に、この作品のUAが30万を突破しました!!凄すぎてもう理解できない、信じられない数字です!!皆さんこれからも椿達の話をよろしくお願いします!

さて。今回は食用胞子さんからのリクエストです!まだ都心の方はは紅葉シーズンらしいし平気だよね...11月32日だから秋だし(錯乱)


「いってて...平気か?」

「椿こそ!怪我はないだろうな!?」

「あー...へへ」

 

足が変な方向に向いてるのを見て、俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

今日は紅葉を見に山登りに来ていた。アウトドア好きの球子の案で、特訓以外の運動がしたいと若葉の賛同があり、遠慮ぎみだった千景をユウが誘って、七人揃って来ている。

 

先程までは山頂で赤と黄色で彩られた世界を一望していたのだが、今の俺達はそんなことを言ってる場合でもなかった。

 

球子がはしゃいだ所が崩落、咄嗟に手を伸ばした俺も助けるどころか一緒に落ち。緩い坂だったことと落ち葉が多かったこと、最後に太めの枝を掴んで減速出来たことで、なんとか命を繋いだ。

 

「助けられたわ...」

 

折れてしまってもずっと持っていた枝を捨てようとして思い留まり、、足に添えて添え木にする。結ぶ紐があれば固定出来るだろう。

 

(骨折って、案外痛くないんだな)

 

痛かったとしても、好きな女子の前で泣いたりしない。

 

「球子、包帯とか都合よく持ってないか?」

「う~...椿......」

 

当の球子は俺の足を見て涙を流していた。

 

「タマのせいで...タマのせいでぇ!!」

「あぁもう、気にすんなよ。勝手に手を伸ばしたのは俺だし、一緒に落ちた球子は無傷で俺だけ怪我したとか恥ずかしいから」

「それは!!椿がタマを庇ってくれたから!!!」

「はいはい。じゃあ互いにチャラってことで」

 

泣く球子の頭を撫でて、どうにか落ち着かせる。感情豊かなことは良いが、こうしたことで涙を見るのはあまり嬉しくない。

 

「でも...でも...!」

「...じゃあ、これから動けない俺をしっかり介護してくれよ。皆が来るまでさ」

 

落ちた時皆とは少し離れた位置にいたので、すぐに落ちたから探そう。とはならないだろう。お土産屋さんとか見たり、周囲を探したり。

 

スマホは山頂に置いたままのバッグの中だ。球子も同じタイミングで入れていたので二人ともアウトだろう。

 

直接声を届かせるには不安が残る高さ。

 

「頼む。お前だけが頼りだ」

「...ズルいぞ、椿」

「悪いな」

「...よし!!タマに任せたまえ!!!」

 

 

 

 

 

実際、球子のアウトドアスキルには助けられた。

 

まず折れた足には、枝と球子の服をちぎった紐でどうにか固定。素人目だが、これ以上悪化することは無いんじゃないだろうか。

 

次に焚き火。煙で位置を特定しやすくするためと言った球子は即座に枝や葉を準備し、ポッケに入れていたライターで火をつけた。

 

後は、少し寒くなってきたため、暖を取るために_______

 

「...なぁ」

「ん?」

「......いや、何でもない」

 

振り向く球子の髪の毛がくすぐったくて良い匂いがして、発しようとした言葉を戻した。

 

球子は今、俺の足の間に腰かけている。体育座りで連結している形だ。

 

俺の足を固定する為に使われた球子の服は、始めこそ俺のシャツで代用するよう頼んだのだが、『タマの役目だ』と拒否。意見を曲げる気は無いようで、代わりに暖をしっかり取れるよう上着を貸した。

 

しかし、これも球子は拒否。『椿もタマも暖かくなれる』と言ってこの体勢になり、今に至る。

 

「...」

 

普段の二つ結びされた髪は俺の顔に当たると言うと降ろされ、癖のない髪が重力に従って垂れている。杏指導のドラマ作成時に大人しめの少女役者をしていた時と同じものだ。普段の球子とのギャップが文字通り目と鼻の先にあり、変な感じがする。

 

「暖かいなぁ」

「案外、一晩くらいは過ごせそうだな」

「どんぐりなら炒めて中を食べることも出来るしな!」

「え、そなの」

 

タイミングがあればどんぐりも食べてみたいと思いつつ、上を見上げる。雨が降らないだけありがたいが、後数時間で夜になるだろう。

 

「でもいい景色だわ」

 

いちょうの木が黄色に染め、紅葉の木が赤色に染め。名も知らぬ木々が幾つもの色合いを生み出す。

 

「...~♪」

「いい歌だな~」

「そいつはどうも」

 

この時代には存在しない歌を口ずさむ。いや、古くから伝わる子守唄の一つらしいから、この時代にもあるかもしれない。

 

「タマも歌いたいな...」

「帰ったら調べてみろよ。この時代にもあるかもしれないぜ」

「ってことは、それって椿の時代にあったやつなのか?」

「あぁ。でも歌詞もある程度覚えてるから歌える」

「歌ってくれよ!」

「...」

 

ここでダメなんて言える雰囲気じゃない。球子の性格からして、俺の性格からして。

 

「んじゃ、僭越ながら一曲...」

 

別段、特別な曲じゃない。ゆったりと、安眠効果でもありそうな優しげな歌詞と声。本物は女性ボーカルなので全く同じ高さとはいかないが、少しでも本物と近くなるようにする。

 

「~♪」

 

目を閉じ、昔の記憶を手繰り寄せながらひたすらに。そのうち一番が終わって_______

 

「...二番から先、知らねぇや」

「じゃあ繰り返し!!」

「わかったわかった」

 

余程気に入ったのか、紙芝居の続きをねだる子供みたいな球子の催促に俺は答えた。

 

(そんな歌上手くないんだがなぁ...)

 

「~♪~♪」

「......ふむ...~♪」

 

ながて、一つだった音色が二つになる。ゆっくりと音が重なって、洗練され、空気に溶けていく。

 

その感覚がなんだか心地よくて。

 

「...ずっと、こうしていられればな」

「えっ」

 

歌が突然止まる。それはまるで日常が非日常に変わったように。

 

「お前と俺と、二人でずっと...こうしていられればなって」

「椿...」

「...なんてな。そのうち皆が......」

 

俺の言葉は少しずつ音が小さくなる。振り向いた球子の髪が少しだけ当たるのも気にならないくらい、球子の瞳に見惚れていた。

 

その目は宝石に負けないくらいキラキラしていて、赤く染まった頬は紅葉より綺麗で。

 

「タマも...タマも、こうしていたい。椿と」

「球子......」

「椿...」

 

どちらからともなく、元からほぼなかった隙間を埋めていき__________

 

「好きだ。球子」

「大好きだ。椿」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふ、ふふ、ふふふふふふふっ...」

「なぁ。あれ大丈夫なのか?最近よくあんな感じだけど」

 

椿が見てはいけないものを見てしまったと言いたげな顔をして、ひなたに聞いてみる。

 

「大丈夫...ではないでしょうか」

 

二人が見てる先には、にやけて笑いながらパソコンに文字を打ち込んでいる杏がいた。

 

「杏さん、最近小説を書き出したそうなんです。上手い展開が書けたのかもしれません」

「そ、そうか...」

「あははははぁ...」

「なんか、ヤバそうな感じもするんだが...ホントに大丈夫かあれ?」

「多分...大丈夫かと...」

 

乾いた笑いが止まらず、かといってなかなかヤバそうな杏に声をかけにはいかない。結局、声をかけたのはタマだけだった。

 

「あ、杏」

「!?タマっち先輩!?」

 

タマも自分の声が裏返ってないか不安になりながら、動揺している杏に話を続ける。

 

「その...見えてるぞ。ここで書くのはやめてくれ」

「...はぅぁ!?」

 

そう、椿やひなたの位置からは見えなかったが、タマの位置からは杏の書いている内容_____タマと椿の恋愛シーン_____が見えていたのだ。凄く恥ずかしい。顔が熱くなる。

 

「タマっち先輩...許して...」

 

一方、杏は青ざめていた。許可なくタマや椿を使ってるわけだし、当然と言えば当然だけど。

 

(だったら教室なんかでやらないで部屋で書けばいいのに...)

 

「タ、タマっち先輩...?」

「許す!許すから...その、えと...」

 

タマは自分の制御も出来ず_______

 

「で、出来たら見せろよ杏!」

「!!!!」

「...っ!」

 

恥ずかしさのあまりその場から脱兎の如く走り出す。

 

(言っちゃった言っちゃった言っちゃった...!!)

 

それは、杏に続きを書いてほしいと頼んでるのと同じで。さっき目があったあいつとの話を望んでると宣言してるようなもので。

 

「あぁぁぁぁぁ!!!!」

 

タマの叫びは、丸亀城全体に響くような大声だったという。

 



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短編 貴方の温度は

今日は11月35に(((

今回は毒蛇さんからのリクエストになります!何度かリクエストの友奈短編を書いてますが、この方のは全部まとめて友奈ifにした方がいい気がしてきました。少しずつ椿との仲が進んでる感じがいいし、なにより可愛いんだ友奈...


「友奈、これなんてどうだ?」

「いいですね椿先輩!いやーお目が高い!」

「あんま誉められてる感じしないけど。それ...」

 

今日は友奈と一緒に紅葉狩りに来ていた。まぁ紅葉(もみじ)に限らず紅葉(こうよう)シーズンということで、彼女の趣味である押し花の素材採集の付き合いというわけだ。

 

「景色も綺麗だが、こうして落ちてるのを探すってのも新鮮でいいな」

 

葉っぱではあるものの枝についているのを無理やり取るのは気が引けて、地面に落ちてる綺麗なのを拾っている。友奈も同じようで『どこだー...どこだー』と辺りをうろついていた。

 

その姿を見て笑いそうになるのをこらえ、同じ動作を再開する。相当厳しい審査をしているつもりだが、二時間もするとかなりの量が揃った。旬の花としては、サザンクロス(名前かっこいい)やパンジーもあるらしいが、友奈の様に判別は出来ない。

 

「こんなもんだろ...帰ろうか。友奈」

「はい!今日はありがとうございます!」

「俺も割りと楽しめたし全然。なんなら押し花も作ってみるかな...」

「私が作った桜の栞、ダメでしか...?」

「いや、そういうつもりじゃなくて...うん、友奈のがあればいいから作らないよ」

「そうですか!」

「おう...って、あれ?」

 

辺りを見渡すと、赤と黄で彩られた森があった。全部森。

 

「...友奈、俺達どっちから来たっけ」

「え?あっちからですけど...あれ?あっちだっけ?」

 

道らしき道はなく、木々以外だとちょっと遠くに洞穴があることくらいしか確認できない。

 

「...迷子?」

「...かもしれない、ですねー......」

 

友奈の困惑気味な言い方で確信した俺はスマホをつけた。ものの見事に圏外で意味はない。

 

「あちゃー...どうしたもんか...?」

 

更に不幸は続くようで、スマホに水がついた後、続くように雨が降り______数十秒でどしゃ降りに変わった。

 

「嘘だろ!?銀でもここまで不幸体質じゃないぞ!?」

「あわわ...つ、椿先輩!とりあえずあそこに!!」

 

友奈の指した場所は洞窟で、俺は即決した。これだけ急に降りだす通り雨ならば、そう時間もかからずやむだろう。

 

「はーっ...びしょびしょだな」

「タイミング悪かったですねー...」

 

友奈の方を見ると、俺と揃ってずぶ濡れだった。着ていた上着から水が滴り地面を濡らす。

 

「...とりあえず脱ぐか」

「え!?」

「あ、いや、このままだと風邪引きかねないし」

 

戦衣は西暦から帰ってきた時のままでズタボロで服としての機能は果たせない。助けを呼びに行こうにも、出口も分からなければここに帰ってこれる可能性も高くない。友奈をおぶって連れ出すには雨が強い。

 

「素直に雨やむまで待つのが得策かなって」

「そ、そうですか...」

「友奈も上着は脱いどきな。勿論他は脱がなくていいから」

 

脱いだ服を軽く絞ると短時間で受けた量とは思えない水がにじみ出た。ゲリラ豪雨も大したものだ。

 

友奈もいるし下は脱がないが、上だけなら水着と似たような格好だろう。

 

「...椿先輩、私も脱いでいいですか?」

「えっ」

「あ、あのですね!?私も風邪引いちゃいそうですし...椿先輩も脱いでますし......」

 

 

 

 

 

数分後。

 

「...」

「......」

 

(流されたからとはいえ、ヤバい状態だなこりゃ...)

 

俺達は互いに背を向けた状態で座っていた。俺は上を脱ぎ、友奈も恐らく服を脱いでいる。後ろを見てないのでどこまでかは分からない。

 

誰もこないような場所で、薄着で仲の良い異性の後輩と二人きり。どことなく緊張が走る。

 

「雨、やみませんね」

「そうだな...」

 

会話もすぐ途切れて、外の雨の音だけになる。すぐやむと考えていた予想は裏切られ、それなりにがっつり降っていた。

 

(なんか話題...)

 

うしろにいる友奈の状態をちゃんと知るのが怖かった俺は、脳をフル回転させる。

 

「そういえば受験勉強はどうだ?うちに来れそうか?」

「やめてください......」

「あ、なんかすまん」

 

友奈の声からしてあまり芳しくないのだろう。

 

「まぁ、もうすぐしたら部活も休みになるだろうし、その時教えてやるよ。友奈は一度集中すれば凄いしな」

「え、勇者部活動しないんですか?」

「俺と樹と風はそう考えてるぞ。人数的にメインの三年組が集中できるようにしたいからな」

 

約一名、活動してても余裕で合格しそうな奴もいるが。

 

(園子は複素数の行列だって出来るもんな...俺も知らんぞそんなの)

 

「まぁ、園子に聞けばなんとかなりそうだが、受験の範囲なら分からないところあればちゃんと教えるから。どうせ東郷辺りには迷惑かけないよう聞かなかったりしてるんだろ?」

「うっ...正解です」

「やっぱり」

「...先輩、よく見てますね」

「同じ部活で三年もいればなぁ...」

 

知ってるし知られてる。大事なところまでほとんど。

 

「おまけに勇者なんてやってたし...っくしゅん!!」

「大丈夫ですか?」

「あぁうん。ちょっと寒気がしただけ」

 

上半身裸なのだから仕方ないが、びちょびちょの服を着るのも問題がある。

 

(ボロくてもいいから戦衣着とくべきなかぁ...)

 

ぼんやり考えていた俺の意識は急に戻された。背中から温かさを感じたからだ。

 

「...へ!?友奈!?」

「はい!?」

「いやはいじゃなくて!お前なにやって!?」

「寒そうだったので...体で暖め合う方がいいかなって」

 

背中にはもちもちした感触がついたままだった。背中合わせを自覚した途端、一気に体が熱くなる。

 

「いやでも」

「ダメですか...?」

「...あぁもう、わかったよ」

 

彼女達のお願いに対する弱さを知っていながら、上手く断る術を未だに確立出来てないことが少し悲しかった。

 

「......」

「......」

 

手持ちぶたさでなんとなくスマホを眺める。相変わらず圏外とだけ俺に伝えてくるのを見て、大人しくしまった。ただ、やることがないと意識が持ってかれそうになる。

 

(いっそ寝るか...寝れる環境じゃないな)

 

「椿先輩」

「ん?どうした?」

「いえ...ちょっと」

「?」

「不思議だなって思ったんです。もう三年も一緒にいるんだなって」

「...長いようで、あっという間だったな」

 

初めて会ったのは部活勧誘の時。東郷と行動してたのを見つけ______当時銀と一緒だった俺は東郷ばかりに注意がいったが、勇者部の理念に強く共感したのは彼女だ。

 

「勇者部で色々やって...本当の勇者になって」

 

依頼に全力で取り組む彼女と、敵と全力で戦う彼女の姿は同じだった。笑顔で、周りを鼓舞させるような明るさ。

 

そんな彼女の笑顔が曇った去年の冬。天の神と地の神の騒動に『御姿』として巻き込まれ、生きることを諦めかけた。

 

今でも思い出せば力がこもってしまう。他でもない、今俺の後ろにいる彼女の為に、俺は、俺達は命をかけて神に喧嘩を売ったのだ。

 

死に物狂いで抗い、小さな灯火を必死で守り、結果は__________俺達自身がよく知っている。

 

「......ホント、色々あったわ」

 

気づけばどこか緊張してたのが消え、背中の温かさも安心だけになった。

 

いつだってこの温もりを取り戻すために、俺は諦めなかったのだから。諦めてももう一度と立ち上がったのだから。

 

「そうですねぇ...」

 

友奈も同じように思い返しているのか、ゆっくりと返事してくれる。

 

「......せんぱい」

「んー?」

「ありがとうございます」

「...それはこっちにも言えることだ。ありがとな」

 

色んな思いがつまった『ありがとう』を口にする。俺の前方にいたら、無意識に頭を撫でてた頃だろう。安らかで、落ち着いてて__________

 

「いえいえ...勇者部に入ってから、初めてのことが一杯ありました。でも、それと同じくらい......」

 

背中の熱が薄くなる。思わず声を出しそうになったが、次の瞬間確実な声をあげた。

 

「いっ!?」

「椿先輩と出会ってから、初めての感情ばかりでした」

「友奈っ!?」

 

脇から腕が伸ばされて、俺の腹をきつめに囲む。同時に足先も俺の足の外側に伸びてきて、背中の熱は増すばかり。

 

腹部の腕がしまっていくのに比例して、背中の熱はより大きくなる。首筋に何かが当たる。

 

「な、なにして...!」

「お願いです...少しだけ、こうさせてください」

「っ...」

「それとも、ご迷惑ですか...?」

 

そんな言い方されたら、断るなんて出来ない。

 

「...迷惑なんて思わないけど、少しだけだからな」

「先輩ならそう言ってくれると思ってました」

 

(少しだけだから...持ってくれよ!)

 

「落ち着くなぁ...」

「そ、そうか?」

「はい。ドキドキして、少しきゅっとなって、たまに苦しくて...でも、嬉しくて、安心して、ふわってなって」

 

友奈らしい言葉使いが呟かれるが、耳の近くで話されてるため全てきちんと聞こえる。普段なら聞き取れない吐息まで全て。

 

とくん、とくんと鳴る心臓の音まで。全部。

 

「私...幸せ」

「......」

 

その、愛らしい声が________

 

(...あぁもう!!)

 

両手で頬を叩いた。洞窟に音が反響する。

 

「椿先輩!?」

「なんでもない!」

 

気合いはいれた。大丈夫。

 

彼女の気持ちの吐露に、恥ずかしいからと言って逃げている方が絶対に間違っている。こんな状況で煩悩に負けるなんて間違えまくってる。

 

「友奈」

「はい!」

「...これからも、ずっと笑っていような。絶対幸せにしてやるから」

「...!!!?え、つ、椿先輩...それって!?ぷ、プ!?」

「ま、少なくとも良からぬ奴が来たら東郷辺りが始末して俺の出番なさそうだけどなー」

「...」

「え、友奈痛い痛い!!」

「...椿さんのバカ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

気づいたら雨が止んでいて、椿先輩に送ってもらった。寒かったぶんお風呂が熱いくらいに感じる。

 

長めに入浴したから、部屋で新聞紙に敷いていた葉も花も乾いている。もう押し花として作り始めても問題ないとは思った。

 

ただ、そんな気分にはなれず。頭からベッドに入り込んで足をパタパタさせる。

 

(あぁ~!!!!)

 

頭が沸騰したみたいに熱い。きっと他の人が今の私を見たら、ゆでダコとかリンゴとか言うんだろう。

 

『 ...これからも、ずっと笑っていような。絶対幸せにしてやるから』

 

椿先輩を抱きしめてふにゃふにゃしていた所に、こんな言葉を囁かれてしまったら。

 

(プ、プロポーズだと思った...)

 

思い返して、耐えられなかった。

 

「あぁもう...椿先輩のバカー!」

 

今だって、お風呂に入った温かさよりも、布団に入ったほかほかよりも、椿先輩とくっついていた方がずっとぽかぽかしたと思ってるから。

 

今日は、全然寝れそうにない。

 



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誕生日記念短編 夢見る乙女

やっと12月!!今日は樹ちゃんの誕生日というわけで、記念短編の投稿です!最近全然出せてなかったのでメインで出せて嬉しい...

そういえば、別に記念短編を書くつもりがなかったので気にしてなかったんですが、椿の誕生日ってまだ決めてないんですよね。安易にこの作品が始まった日にするのが良いのか、椿の花の季節が良いのか。


「椿さーん!」

「おう、お疲れ」

 

新たな地を足で踏みしめた俺を迎えてくれたのは、二つ下の後輩だった。

 

普通に言い直すと、今日から一時的に樹の活動場所になるテレビ局に迎えに来ただけである。

 

歌手活動を目指す。というか既にスタートを切っている樹の三つ目の新曲は、ここのお偉いさんと決めているらしい。暫くはこっちで話を進めるそうだ。送迎担当の俺の仕事も当然移動される。

 

「古雪さん」

「お疲れ様です」

 

自動ドアから出てきたのは樹だけでなく、マネージャーさんもだった。

 

「いつもより疲れてます?」

「そういうわけでもないのですが...普段と違う場所で慣れないので、負担になってるのかもしれません」

「体調気をつけてくださいね。最近寒いですし」

 

今日は北風が強くて、俺も珍しくホットレモンを持っている。

 

(ホットみかんはないんだよなぁ...)

 

自分で作ることはあれど、コンビニに置かれてないのは手軽に飲めないことを意味する。そのぶん固形のみかんが美味しい時期なので嬉しい所だが。

 

「到着でーす」

「ん?」

 

ちらりと声のする方を見ると、今では珍しい車が止まった。

 

「お疲れ様でーす♪今日もよろしくお願いします~」

 

園子のような口調で話す人は、直接見たことのない顔でも心当たりがあった。

 

「あれ...もしかしてアイドルの本城綺羅(ほんじょう きら)ですかね」

「アイドル?」

「よくわかりましたね。そうですよ」

「昨日テレビで見て。メイクはしてなくても声が特徴的だったので分かりました」

 

なかなかの強烈なキャラ(裕翔曰くぶりっこと言うらしいが、周りにいないため今いちピンとこない)だったが、ダンスと歌唱力は若手の中でも逸材らしく、昨日もそれを取り上げられていた。

 

(...って)

 

「あの、落としてますよ!」

 

車から降りた時に、キラリと光る何かが彼女から落ちた。周りの人は気づいておらず、ここからの声はそんなに届かない。

 

「椿さん?」

「あのー!!なんか落としましたよー!本城さん!!」

「ふぇ?」

 

こちらを向いた彼女は、 落とした何かを見つけて拾い、わざわざこっちまで来た。

 

「ありがとうございます~!遠くからこれが見えるなんて、目がいいんですねぇ~。危うく私の家の鍵なくしちゃうところでしたぁ~」

「大事な物は鞄にしまうとかしといた方が良いと思いますよ。アイドルは衣装着替えなんかも多いでしょうし」

「はーい。ありがとうございますっ!」

 

なんというか、やたら語尾を伸ばす彼女は、俺の手を握る。

 

「うぉっ」

「貴方、お名前は?」

「えーと...古雪椿です」

「椿さん!素敵なお名前ですねぇ~」

「ど、どうも...」

「私は本城綺羅ですが、本名は」

「椿さん、帰りますよ」

 

無駄話が展開されるのを予期したのか、樹が俺の服の袖を引っ張る。

 

「そうだな。じゃあ俺達はこの辺で...」

「あらぁ?貴女は?」

「犬吠埼樹です」

「そう!犬吠埼さん!この前曲を出してましたよね!」

「は、はい...」

「それにしても...ふぅーん......」

「「?」」

「いえ、では、私もお仕事がありますので失礼します~」

 

(間延びしてるのは園子に似てるが、なんか合わねぇな...)

 

似てるといっても、感じるものは全く違う。

 

ヒールで器用にたたたーと走っていく彼女を見送って、俺はバイクにのせていたヘルメットを取った。

 

「んじゃ、俺らも帰るか」

「...古雪さんは、ああいう方が好みなんですか?」

「んー...寧ろ苦手な類いかもしれません。今話した感じ」

 

答えると、何故か樹が息をつき、質問してきたマネージャーさんと二人で見つめあっている。

 

「??」

「じゃあ椿さん!帰りましょう!」

「お、おう」

 

よく分からないのでとりあえず流しておいた。

 

(でも、人気アイドルが...これはいけるか?)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「はぁぁ...」

 

緊張していたのが一気に解けて、長めの息が出る。

 

「お疲れ」

「お疲れ様です...やっぱりドキドキしますね」

 

私の新しい曲は、私の考えた歌詞が一部使われることが決定した。前からやってみたかったことで初めの曲から提案はしていたけれど、やっとそれが叶った。

 

そのために、慣れない会議を大人の人達としたわけで。

 

「でも、堂々としてたよ?」

「必死だっただけですよ」

 

(今の、ちょっと椿さんに似てた気がする)

 

水筒で持ってきた温かいお茶を飲んで、帰りの支度を済ませる。

 

「それじゃ、帰ります!」

「私はもう少しやることあるから、先に...古雪さんを待たせるわけにもいかないでしょ?」

「は、はい...!」

 

最近、私には二つ悩みがあった。一つはこの新曲作りが難航していたこと。これは今日の話でほとんど問題ない。問題は________

 

「そうなんですか。意外と舞台裏って大変なんですね」

「そ~なんですぅ~!」

 

駐車場で話し込んでいる二人だった。

 

「椿さんが良ければ、今度中を見れるよう話を通しときますよ~?」

「...では、折角なのでお願い出来ますか?」

「は~い!頼られちゃった!」

「ははは...」

 

アイドルの本城綺羅さんと、先輩の古雪椿さん。

 

『椿、何見てるの?』

『ん?最近テレビに出てるアイドルの動画』

 

部室でも、椿さんは彼女の動画を見ていた。

 

『動作自体は大きなものがないとはいえ、細かなステップをしながら息も切らさず歌いあげるのはかなりの体力が必要な筈なんだよ。ずっと笑顔でやるし尚更。かなり凄いんじゃないかな...』

 

小さな動作も見逃さないように観察して、それを本人に話している。

 

私が終わるのを待ってる最近はずっと。

 

「あ、樹。お疲れ」

「...お疲れ様です。すいません。待ってて貰って」

「俺がしたくてやってることだから気にすんな」

「もう帰っちゃうんですか?」

「本城さんもお仕事でしょう?頑張ってください」

「はーい♪」

 

たたたーっと走っていく本城さんを見て、私は椿さんに寄る。

 

「最近、話してること多いですね」

「なんでか知らんがあっちから来るんだよなー。ここ寒いのに。そろそろマフラーの時期かねぇ...」

 

(私の言いたいこと、分かってるんですか...?)

 

「むー...」

「どうした?」

「...ヘルメット、お願いします!!」

「はいよ」

 

モヤモヤというよりムカムカした感情を落ち着かせるため、私は顔を近づけた。

 

「曲はどうだった?順調か?」

「はい。後はもうちょっとだけ詰め合わせれば、実際に録音すると思います。ここにこれるのも後少しですね」

「...お疲れ様」

 

頭を撫でてくれるけど、今一純粋に喜べない。(樹、言い方が荒れるくらい頑張ってるんだな...)と的外れのことを思われてるのがわかってしまうから。

 

「俺も頑張らないと」

「へ?」

「よし。じゃあ帰るぞ」

 

 

 

 

 

数日後。

 

「じゃあ、明日レコーディングをします。よろしく」

「はい!」

 

正式に曲が決まって、気分があがる。どれだけ悩んでいても、やっぱり歌うことが______夢を追いかけれることは、凄く嬉しい。

 

「へ?はい...はい!分かりました!この後お伺いいたします!」

「どうかしましたか?」

「あ、良いところに...ついてきて!」

 

はや歩きでついていくも、突然過ぎて目的地が全然分からない。

 

「あの...これ、どこに向かってるんですか?」

「...週一でやってるテレビの音楽番組を見てるって言ってたわよね?それに出てみたいとも」

「は、はい。あの番組から有名になる人も多いですし...人目につきやすいですから」

 

私は自分の歌を広めたい。自分の歌で少しでも笑顔になる人が増えてほしい。だから________

 

「でも、どうしていきなり」

「その番組からね...来たのよ」

「?」

「犬吠埼樹を出したいってオファーがね」

「はい!!?」

 

そこから先はトントン拍子だった。会いに行った監督から『君の歌を聞いたとき、声をかけずにはいられなかった』『新曲の初披露の場を自分達の番組にしないか』と言われ。

 

私はそれを断る理由なんてない。快諾し、すぐに話は進んだ。

 

(テレビ...デビュー......)

 

歌手として活動を始めてからまだ半年と少し。こんなに早くこうなるなんて思わなくて、夢じゃないのかなと疑いが取れない。

 

「本当、ですよね?」

「本当みたい...まさか、ホントに......異例なくらい早いけど、朗報なことに変わりはないわ。今日はもうやることもないし、早く報告してきなさい」

「は、はい!お疲れ様でした!!」

 

走って椿さんがいつもバイクを停めている駐車場に向かう。途中窓ガラスで少しだけ髪を整えて、息を一つついて、少しだけ落ち着いて。

 

「椿さーん!!」

「おっす...樹が来たのでこれで。詳しくは今度にでも。はい。失礼します」

 

電話を切った椿さんは、私の顔を見るなり少しだけ口角をあげた。

 

「どうした?すげーニコニコしてるけど」

「え、嘘、私...」

「無自覚だったのか?まぁ、新曲出せたら嬉しいもんな。俺も嬉しいよ」

「い、いえ...信じられないんですけど、私、曲だけじゃなくて、テレビに出ることになって」

「は!?マジか!凄いじゃん!!!風に言って宴会の準備しないと...」

 

「よかったよかった」と満面の笑みを浮かべる先輩を見て、頭の中が少し冷静になる。目の前の先輩が思考するように冷静に物事を考え、全体を逃さず見る______自然と、私は口を開いた。

 

「椿さん。どこまで椿さんがやったんですか?」

「?」

「椿さん、今、結果を知ってるような、予期してたような反応でした」

「......謎解きパートか?歌手だけでなく小説も書く?」

「それ悪役が言いそうですね」

「ひでぇ...」

「...隠さなきゃ、いけないことなんですか?」

「......はぁ。別に隠すことでもないけどさ」

 

「寒いし、場所移すか」と言った椿さんは、いつか話したファストフード店までバイクを走らせた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

ついた店でジュースとポテトだけ頼んだ俺は、適当につまみながら目の前の後輩に話し出した。

 

「お前が前に、あの歌番組出たいって言ってたのを風から聞いたんだよ。だから俺も番組はチェックしてた。そんで初めてあそこのテレビ局に行ったとき、注目アイドルとして出てた本城さんと話して、ちょっと根回し出来ないかって考えたのが始まりだな」

 

本城さんと関わりを持てたのは全くの偶然だが、何故だかあちらは俺を気に入ったようで、樹を待つ間あの人が来ると話すようになった。

 

別に俺から会いに行くことはなく、バイクに寄りかかってると相手が来るだけなのだが。

 

「本城さんに樹っていう歌手がどれだけ良いのか話して、あの人が参加してる番組の人に話したらいいなって...やったのはそのくらい。後はさっき、樹が来る前に本城さんと話して、マネージャーさんと連絡取って結果を樹から聞くより先に知ったくらい」

「...じゃあ、あの監督から番組に誘われたのは椿さんの仕業なんですね」

「仕業って...あのなぁ」

 

樹のおでこをつんっとつついて、そのまま手を頭の上に置く。やっぱり考えていた通りだった。

 

(いくら部長をやって、こうして人前で歌う機会も増えたとはいえ...まだ中二だもんな)

 

芯はちゃんとしてるとはいえ、ずっと気高く凛々しく、完璧にいれるわけじゃない。

 

「...俺がこれを言わなかったのは、樹に恩着せがましく言うのが嫌だったからってのが一つ。いざ言うとして恥ずかしかったのが一つ。そして、樹がそうやって自分のことを低く考えちゃうんじゃないかって思ったからだ」

「え?」

「俺はあくまで、本城さんに『樹の良さ』を話しただけで、『監督に話せ』と言ったわけでも『番組に出せ』と言ったわけでもない。本城さんが、監督さんが樹の歌を聞いて動いたんだ。コネがあったって元が悪けきゃ意味がない」

「椿さん...」

「だからこれは樹の実力で勝ち取った結果なんだよ。俺はマネージャーさんと一緒で広報活動をしただけ」

 

『椿さん、良い人そうだったのでファンになってくれるかと思ったんですけど~』

 

さっき会った本城さんの言葉が甦る。

 

『急にどうしたんです?』

『だって、いっつも犬吠埼さんの話しかしないじゃないですか~。私が今日自分から話したら凄く嬉しそうにしますしぃ』

『...別に、貴女のファンじゃないわけじゃないですよ。正直最初は苦手意識持ってましたが、今は違いますし。ただ、俺の一番好きな歌手は決まってるので』

『残念ですぅ~』

 

普段より雰囲気は変わらず、それでも少し低くなった彼女の声を聞いても、別段俺の感情は変わらなかった。

 

「もっと自信もっていけ。歌姫さん」

「...全く、椿さんは......」

 

彼女は一度俯き、しっかりと顔をあげた。その瞳に迷いはない。

 

「分かりました!折角椿さんが手助けしてくれたチャンス、無駄にしないよう頑張ります!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「それでは登場して頂きましょう!!期待の新人歌手、犬吠埼樹さんです!!」

 

キラキラしたステージに舞台袖から入っていく。手に書いた人に数はもう数えられない。

 

「こ、こんにちは!犬吠埼樹です!よろしくお願いします!」

 

最初を噛んだもののそのまま続け、本城さんも含めた皆さんに向けて一礼、カメラに向けても一度礼をする。

 

『きっと、放送日は二人の家で宴会だな』

『いつになるでしょうね』

『...多分だけど、この日だろ。収録の日からある程度計算出来るのと、話題にしやすいからな』

『......椿さん、狙ってました?』

『ちょっとだけ』

『全く、本当に......』

 

(どれだけドキドキさせればいいんですか!)

 

「今日は誕生日だそうですが」 「はい!記念日に初めてテレビに出させて頂いて...凄く嬉しいです」

 

収録日は事前だけど、放送日は12月7日。それは、私の誕生日。

 

気づけば会話が終わっていて、ステージには私一人、中央に立っている。

 

(お姉ちゃん、皆さん...)

 

披露するのは新曲。私の想いを込めた歌詞が入った歌。

 

(そして...椿さん)

 

「...」

 

音楽が流れれば、自然と体が動く。口が歌う。

 

皆がこの歌を聞いて元気になって貰えるように。

 

大好きな勇者部の皆さんに、お姉ちゃんに、あの人に届くように祈って。満面の笑みで私はポーズを決め、最後の歌詞を告げた。

 

「アナタが、ス・キ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本城綺羅(ほんじょう きら)

最近人気上昇中のアイドル。特技は欠かさぬトレーニングによって習得したヒールでの小走り。ダンスでも表情を崩さず動ける。

椿と初めて出会った時、神樹亡き後は裕福な家庭の証である交通手段(バイク)を使い、樹の送迎をやってることから、樹から奪って自分の送迎をやらせようと企んでいた。

しかし、接触する度に樹について話すため自分には靡かないのではと感じ始めるも、その隙に逆に利用され、樹が番組出演決定から椿の目的に気づいた。

自分にも反省点はあるため、今回はそのまま流している。


マネージャーさん

樹のマネージャー。今回も名前はつけられなかった。今後出番があればつけるかも...?


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ゆゆゆい編 19話

ちょっと前から書いてるのがうまく書けないので、最近頂いたリクエストを。今ストック全てないのでどれから仕上げるか(というか仕上げられるか)自分でも分かってないです。クリスマスも近いしなぁ...

今回はギア 00さんをはじめとした方からのリクエストになります!


「あ、雪花ー」

「来るの遅いですよ椿さん」

「これでも兄弟の飯つくってすぐ来たんだが...バイクじゃ風が冷たくて敵わんぞ」

 

顎を覆うほどあげていたネックウォーマーを下げると、緩んだそれと首の隙間に冷気が入り込んでくる。個人的にはマフラーの方が好きなんだが、万一ほどけて運転中に飛んでいくのは嫌なのでネックウォーマーも使っている。

 

「んで、急ぎの用事って?」

「いえね。この部屋なんですけど」

「オーケー分かった」

 

ここは異なる時間から来た勇者へ大赦が用意した寮。その一室の住人が誰か考えれば、すぐに理解できた。

 

「合鍵でもう開けてあります」

「じゃ、入るか。というか起こさなかったのか?」

「起きないんですよ...いえ、一度起きてはいるし、今も起きてはいるんですが」

 

ドアノブを回して入った部屋は、確かに電気がついている。俺に見つかるために雪花はわざわざ外に出てたようだ。

 

「寒いなかごめんな」

「詳細を送らなかったのは私ですし、慣れてますんでこのくらい大したもんじゃないですよ」

「流石北海道...いや、具体的な寒さはわからんが」

 

少し広めな部屋には一人もいない。それでも俺は迷うことなく進み、声をかけた。

 

「それでこっちは...ほら、学校行くぞ。こたつむり」

「......無理だ。椿」

 

答えた古波蔵棗は、そう言ってこたつから涙目な顔だけにゅっとだした。

 

 

 

 

 

棗は西暦時代、沖縄という四国から南西にある島で勇者として戦っていた。気象的観点で四国と比較すると、沖縄は温暖。

 

棗曰く、四国の冬は耐えられないらしい。その結果がこたつむり棗(カタツムリのような形態のこたつ&棗)である。去年も似たようなことがあった。

 

今年はそれを見越して、北国、北海道の勇者である雪花に合鍵を渡し、寒い日には起こしてくれと言っていたのを部室で聞いた。だがまぁ_______こたつの魔力に吸い込まれた棗を動かすには、雪花だけでは足りなかったようで。

 

「わざわざ俺が召集されるんだから...」

「何故お前たちはそれだけ自由に動ける?死を恐れないのか?」

「まだ12月だから、冬の中では寒くない方だぞ」

 

俺の言葉を聞いて、棗は顔もこたつの中に戻した。

 

「んー...こたつのコンセント抜くか?」

「一応電気を通し続けてる時に無理やり切るのは良くないですよね?」

「そりゃな...」

 

俺としては、冬はこたつでみかんが至高だと思っている以上、こたつに酷いことはやりにくい。こたつは偉大なのだ。マジでこたつの上にみかんを乗せた時の神々しさは神樹様の比ではない。こたつ様。いや、ただ一つの結界『理想郷(ユートピア)』だ。

 

「今朝は寒かったから海に行ったが、帰って体を洗ったらまた寒くなって...ダメだ。耐えられない」

「海の方が寒いだろってツッコミはしていいのか?」

 

棗らしいとは思うが、今の俺達からすれば厄介この上ない。

 

「...こうなら強行手段か。というか雪花もそれ目的で呼んだんだろ?」

「全然動かないですから...ノギーは日直らしくて」

 

こうしている間にも学校が始まる時間は近づいている。一度許すと更に厄介になるのが分かっているから、俺はため息をついて心を鬼にした。

 

「ほら、棗。手を出せ」

「断る」

「俺が手を入れて変なところ触ってもいいのか?嫌だろ?」

「構わない。私は動かない」

「マジかよ...」

 

雪花に助けを求めるも、どーぞどーぞ好きなだけと言いたげな顔をしている。流石に雪花も起こすよう頼まれてこの対応なんだから快くは思わないのだろう。

 

「...後で怒るなよ」

 

行動は迅速に。こたつをめくると暖気がぶわっと来て、一瞬心地よさを感じる。

 

(休みたい気持ちも分からんでもないが、そうさせるわけにもいかないしな)

 

「ほら、なつめぇ!?」

 

そこからの出来事はまさに神速だった。こたつから伸びた魔の手が俺の手首を掴み、蟻地獄のように引きずり込んでくる。

 

「椿もこちら側へ来るといい。一緒に寝よう」

「いや、起きろよお前...!ちょ、まっ」

 

棗の力が凄まじく、それなりに鍛えている俺がどれだけ力を入れても逆に引きずり込まれていく。

 

(どこにそんな力があんだよぉ...!?)

 

「雪花...!助けてくれ!」

「了解!」

 

雪花が俺の反対の腕を掴み、思いっきり引っ張る。正直体がもげそうだが、棗を引っ張り出すことは敵わない。

 

「何故そうまでして私を出そうとする...何の意味がある!」

「悪役みたいなこと言ってんじゃねぇぞ!」

「私はここから離れない。絶対に!」

「ふざけんじゃねぇ!絶対ここ(こたつという魔の手)から出してやる!」

「演劇みたいだにゃあ...」

 

互いに譲らず拮抗した状態。そこから抜け出したのは棗だった。

 

「......ふん!」

「うわっ!?」

 

勢い良く手首を持ってかれ、右手が完全にこたつの中に入った。

 

「棗!?!?」

 

それだけなら良かったのだが、感じる熱はこたつのなかの暖かさだけじゃない。強い力で手が挟まれ、手首も両手で挟まれる。

 

俺を拘束しているのは四ヶ所。つまり、今手が挟まれ______指が触れているのは。

 

「これなら逃げられまい...んっ」

「棗さん!?マジでこれは不味いって!」

「ならば大人しく入るといい...あと、くすぐったいからなるべく手を動かさないでくれ。太ももを撫でられると...あっ」

「え、棗さん手を太ももで挟んでるんですか!?」

「やーめーろー!!」

 

引っこ抜こうとするも、手に力を込めると棗が妙に色っぽい声で反応するし、もぞもぞ動くしでヤバい。抵抗を制限するしかない俺は、ズブズブ入り込んでいく。

 

「ん...ふぁ」

「棗さん離してぇぇぇ!!!」

「力強い...!」

 

気づけば体の三分の一がこたつに入っていた。

 

「椿さん...もう諦めて良いですか?」

「待って雪花!!待ってください!!」

「雪花。今度ラーメンを奢ろう」

「棗さん本当ですか!?」

「コーンもつけていい」

「私学校行きますね」

「目の前で懐柔されてんじゃねぇぞ雪花さぁぁん!?」

 

ポイっと俺を捨て玄関まで向かっていく雪花に手を伸ばす。

 

「だって棗さん起きる気全然無いですしー。頼まれたのにこんなにされら流石に嫌ですもん。ラーメン貰った方が得です。というわけで行ってきまーす」

「椿。いい加減諦めたらどうだ」

「諦めんのはお前だよいい加減起きろ...!!」

 

なすすべもなく取り込まれた結果、俺達二人が完全にこたつに取り込まれてしまった。

 

「ここから抜け出したく無くなるだろう?」

「そりゃ暖かいけども...」

「動くな」

「んんっ!?」

 

手首を掴んでいた手が背中に回され、抱きしめられる。手はホールドされたまま。

 

「はぁっ..これならば逃げられないだろう」

「ダメだって棗...!」

 

目の前には涙目の棗の顔。荒い息が狭いこたつの中を反響し、触れている体からは熱が伝わってくる。

 

「んんっ...うっ...はぅわ...」

 

脱出しようとすればするほど棗の声は甘くなるし、腕は関節技を決められてるように痛さが増す。脳で処理できない情報量が流れ込んできて冷静な判断力は彼方に消えた。

 

「...もう、無理......」

「ならば一緒に寝よう。ここで...」

 

こたつの熱でやられたのか、顔が真っ赤な棗を見た矢先に顔を持ってかれる。力が入らなくなった俺は棗の胸元で抱き留められた。

 

「......」

「......」

 

気づけば思考が止まり、目を閉じる。互いにごそごそ動いて良いポジションを取ってから、もう一度くっついた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あら、椿さん一人ですか?お早いですね」

「あぁ、ひなたか...」

 

部室にいると、ひなたが新たに入ってくる。彼女は鞄をテーブルに置いて、俺のいる窓際に近づいてきた。

 

「どうかされましたか?」

「いや、な...」

 

今朝は大変だった。棗を起こそうとしたら逆に捕まり、結局こたつの中で寝ていたのだから。当然授業も遅刻した上に、まともに棗の方を見れない。

 

大体の経緯をかいつまんで話終わる頃には、ひなたの目は笑ってなかった。

 

「その棗さんはどちらへ?」

「恥ずかしいから海で頭冷やしてくるって。もう今朝みたいなことはしないと言ってくれたからこれで済むならもういいかなって思うけど...俺もバイクすっ飛ばして頭冷やしてきたからここにつくのが早かったってわけ」

「そうですか...寝ていたというわりに、お疲れみたいですね」

「ちゃんと寝た心地がしないんだよ...流石に」

 

意識がボンヤリしていたとはいえ、こたつの狭い空間で体を絡ませ合いながら寝てたら落ち着くわけがない。やられた側とはいえ棗に不快感を与えているかもしれないことも、俺に罪悪感を募らせる。

 

「おまけに、あいつじゃないけどバイクでかっ飛ばせば寒いし。日光を浴びて耐えてる」

「だから窓際にいるんですね。エアコンを使えば...」

「まだ皆揃ってないのに使うのも気が引けてな」

 

服の上から二の腕をこすり摩擦で温めていると、ひなたが何か閃いたのか自分の鞄を探りだした。

 

「ひなた?」

「椿さん。そう言うことでしたらこれを使ってください」

「それは...」

 

ひなたが出したのはミルク色に赤い刺繍で縁をとられたブランケット。冬でも制服(スカート)で登校しなければならない女子の必須品だと同じクラスの女子が話していた気がする。

 

「いくらか寒さも和らぐでしょう」

「良いのか?貸してもらって」

「構いませんよ?椿さんですもの」

 

そう言われれば悪い気もしない。「ありがと」と言ってひなたからブランケットを受け取り、丁寧に広げてから膝に被せた。

 

「ふかふかだ...いいなぁこれ」

 

優しい温もりが俺の下半身を包む。プラシーボ効果なのは分かっていても心まで癒されているようだった。

 

「はぁー...ひなた?」

「私も寒いので...御一緒させてください」

 

隣に椅子を持ってきたひなたが、俺の隣に座ってブランケットの裾を摘まむ。

 

「いや、寧ろこれはお前のなんだから。ひなたが寒いなら俺は使わないよ」

「ダメです!椿さんも一緒ですからね!!」

「んー...わかったからそんな見つめないでくれ」

 

彼女の目力に折れ、本人に半分以上だとバレない程度にブランケットを被せる。

 

「......」

「......」

 

互いに喋ることもなく、何をするわけでもなく。かといって居心地は良いし落ち着く不思議な空間。

 

『テレビで見たんだけどな!ただ話しながら散歩だけして帰っても楽しいと思える相手は自分の好きな人なんだって!』

 

何時だか、クラスメイトが言ってた気がすることが頭に甦る。

 

(好きな人...ねぇ)

 

ちらりと隣を見るも、答えなど出るはずもなかった。

 

(ひなたのことは好きだ。間違いなく。だが、それが皆への好きと違うのかと言えば......判別が怪しい)

 

美少女であるひなたが俺を好きでいるのかは置いといて、俺自身も感情に確信は持てない。情けない話だが__________

 

「椿さん」

「ん?」

「難しい顔してますよ」

「え、そうか?」

 

ひなたが少しだけ椅子を近寄らせるだけで肩が触れ、甘い香りが鼻をくすぐる。今朝あんなことがあったせいで普段以上に動揺してしまった。

 

「考えることも大切ですし椿さんらしいとは思いますが、休むときはしっかり頭も休ませないとダメですよ?」

「......あぁ。悪い」

 

ゆっくり。なにも考えずに。ただ背中に当たる光と隣に座る彼女の感覚だけ残して。

 

(確かに、これは何か考えながらってのは勿体ない......かな)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あ、銀ちゃーん!園ちゃーん!」

「しー!」

「?」

 

私と東郷さん、夏凜ちゃんが先にクラスを出ていた二人に声をかけると、二人とも人差し指を口元に立てた。思わず両手で口を塞ぐ。

 

「どうしたわけ?二人して部室の前で」

「何かあったの...」

 

部室には、先客がいた。椿先輩とひなちゃん。二人が日の光に照らされて、静かな寝息を立てている。

 

ひなちゃんは椿先輩の肩に頭を乗せて。椿先輩はひなちゃんと手を繋いで。幸せそうに寝てる。

 

「あれを邪魔する気にはなれないね~」

「...そうだね」

 

園ちゃんの言う通りだった。私達の方が邪魔者なのではと疑うくらいにあの場は完成している。

 

「ま、それはそれとして起きたらアタシ達もやればいいし」

「そうだね!!やるぞー!」

「賛成~!!」

 

私の気持ちを代弁してくれた銀ちゃんに最大限(ちゃんと小さな声で)乗った私は、物音で起こさないよう部室をあとにした。

 

「そういえば園子、いつもみたく『ビュオオオオ!!』ってしてなかったわね」

「え?あー...ネタにするなら自分がやられた時がいいなって」

「羨ましいもんなー」

「そ、そんなこと...あるかも」

 

(...もー!)

 

自分にも園ちゃんが感じてるだろうものに似たモヤモヤがあるのを自覚して、首を横にふった。

 

(ひなちゃんいいなぁなんて思ってないんですからねー!椿先輩!!)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

寮について、長めにお風呂に入って、丁寧に髪を乾かす。そしたら寝る前に課題を一通り済ませて、巫女としての簡易的な作成物も終わらせる。

 

「んんんっ...」

 

背中を伸ばしてから、私は電気を消した。ベッドに被さっているのは掛け布団と、ミルク色のブランケット。

 

「ふふっ...」

 

ブランケットを手元に寄せて、掛け布団の中に入る。

 

『んーっ...30分くらい寝てたのか』

 

これは、放課後椿さんと一緒に寝ていた時に使った物。

 

『皆に怒られなきゃいいんだが...ありがとひなた。かなり気持ち良かったわ』

『また使いますか?』

『あはは...程々に頼む』

 

会話を思い出して、少しだけブランケットを顔に近づける。昨日まで使っていた時とは違う匂いが微かにした。

 

(......)

 

夜の自分の部屋なのに一度辺りを確認してから目を閉じた。

 

(......)

 

考えることなんてない。安らぎを与えてくれるから。

 

「...椿さん。好きです」

 

西暦で椿さんと別れた時にもよく輝いていた月が、私を照らしていた。

 

 

 




椿とひなたが寝てるシーンは、2018年の園子sバースデーイラストのような姿を想像して頂ければ...


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ゆゆゆい編 20話

ツイッターで、ゆゆゆい公式さんがクリスマスRTキャンペーンしてたので、自分も最近始めたアカウントでリツイートしときました(相変わらずゆゆゆいやってないけど)。ガチャ回しの力の一端になれれば...

今回もリクエストになります。慣れてないので結構苦労しました。よい反応があれば良いのですが...

何が一番苦労したって、椿君のわゆ時空半年とゆゆゆい時空一年半の時間足すと、精神年齢ほぼ18歳だから...(意味深)


「......」

 

うっすらとした緊張感が俺を包む。別に何か悪さをしているわけではない。寒いから厚めの服を着て正座で見つめる先には、ベッドの上を占領している数冊の本達。

 

「......」

 

どうしていいのか分からず、とりあえず変に緊張していたのを深呼吸で解いた。

 

「...やるか」

 

特別なことをしていないように意識して、それがもう強く意識されている矛盾を自覚しながら、俺はそれを開く。

 

タイトルは________『イケナイ女の子の水着特集!!』だった。

 

 

 

 

 

夏に勇者部でプールに行った時。俺は皆の水着姿を見て鼻血まで出す体たらくだった。扇情的な姿、あどけない姿を、露出の多い水着で晒してくる様に耐えきれなかった。園子は反則。許さない。

 

かといって、勇者部にいる以上またこうしたイベントは起こるかもしれない。俺としても皆と一緒に楽しみたいし、気を使わせたくない。

 

そこで俺は耐性をつけるべく、俗に言うグラビア雑誌に手を出した。一応年齢相応で18歳以上の物は買ってない。

 

プールに行く前に似たような物を友人の裕翔(ゆうと)から借りて、実際多少の効果はあった。それをより高めるために今回は自分で買い込み、事を成そうとしているわけである。

 

正直抵抗はあったが、これで皆と気まずくならないなら、俺が無駄に動揺しないためなら構わない。

 

(ふぅ...そう言えば...)

 

『幼なじみとの危ない恋』と『エッチな体』というやけに露出の多い(というかタオルで隠してるだけなんてのもあった)のをドギマギしながらなんとか見終わった俺は、続きを読む前に小包を見た。

 

裕翔に本を買うと話した次の日に渡されたものだが、なんだかんだ見てなかったのだ。

 

『そうか、椿も...ようこそこちら側へ』

『歓迎されたくはないんだが』

『事情が事情だしな。贅沢な悩みで腹立つことこの上ないが...まぁいい!!お前にはこれをやろう!俺のお宝、遥か昔、西暦末期に流行ったと言われるファイナルウェポンだ...仲間の証として受けとれ』

『そう言われると無償に受けとりたくない』

『そういうな兄弟!!』

『やめろ離せくっつくな...!』

 

(結局押しつけられた物だったが、中身は一体...?)

 

開封してみると、毛糸が出てきた。勿論ただの毛糸ではなくて、丁寧に編まれた_______

 

「セーター?」

 

大袈裟に言われた割に大したものじゃない。触っただけで他との違いがあるかも分からず、別段特別感はない。寧ろ後ろ_____着るときに背中に当たる部分がごっそりなくて困惑した。

 

(セーターとして使えんのかこれ...エプロンを温かい素材で作りましたとか?)

 

確かにこれから冬のシーズンになるから嬉しいが、油はねなどを考えるととても使う気にはなれない。

 

「これがファイナルウェポン??」

 

疑問を解消出来ずにいると、インターホンが鳴った。

 

「はーい」

 

誰の客か分からないので、念のため雑誌達を本棚にしまい、セーターはハンガーに通す。

 

「どちら様でしょうか?」

『椿さん、こんにちは』

「あぁひなたか。どうした?」

『いえ、今日は椿さんのお部屋にと思いまして...』

「分かった。ちょっと待っててくれ」

 

インターホンのカメラ越しに話をつけ、来る途中にでも連絡くれれば良かったのにと思いながら家へ招く。

 

「あ、東郷も一緒だったのか」

「こんにちは。古雪先輩」

「おっす。お前も入るんだろ?寒いから早く入りな」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きますね」

 

二人は部屋に通し、俺は簡単に飲み物とお菓子を見繕って持っていく。

 

「お待たせ。にしてもどうしたんだ?」

「椿さん...」

「古雪先輩...」

 

ひなたと東郷は、真剣な目で俺を見つめた。

 

「単刀直入にお聞きします。古雪先輩は先日買われたいかがわしい雑誌、ぐらびあと言うものでしたっけ...どういう目的でそれを買ったのですか」

「」

 

まさかそんなことを言われるとは微塵も思ってなかった俺が、持ってきた物を落とさなかったのは奇跡に等しいだろう。

 

「椿さん」

「な、なんの話だよ...」

「古雪先輩。お願いします。真剣に答えてください」

 

男の先輩に「エロ本買った理由を答えてください」と迫る女の後輩二人。マンガでもあり得なさそうな状況に脳が追い付かない。

 

(でも...)

 

二人の目が、じっとこちらを見据える。恥ずかし過ぎて部屋を飛び出したくなった俺を、それが防いだ。逃げなければ立ち向かうしか無いわけで、俺の思考は無意識に加速する。

 

雑誌を買ったことが、何らかの理由で漏れた。しかし、そんな雑誌を買う人間だと分かっても、二人はここに来た。

 

(ダメだ。全然わかんねぇ)

 

少なくとも、戦いを乗り越え関係を築いてきた彼女達が俺に傷をえぐりつけるために来たとは考えにくい。かといって、男子高校生なら誰にバレても死にたくなるような物をわざわざ暴きに来た理由も理解しきれない。

 

(...正直に言うしか、ないのか?)

 

 

 

 

 

ここまでが、俺の夢とかだったなら、嬉しかっただろう。やっぱり、この状況よりも雑誌がバレてない方が嬉しかったから。

 

ただ、現実としてそれは存在し。

 

「んっ...」

「はむっ...」

「あっ...ぁっ」

 

耳を甘噛みされている今の方が夢ではないかと疑っていたが、麻痺した感覚はなにも考えられなくしていた。

 

ここまでの経緯を簡単に纏めると、

 

『俺が買ったのはお前達に対してちゃんとした態度をとるため(正直な告白)』

『分かった。許す(お前が本を買っていた現場を見たが、無罪とする)』

『ありがとう...じゃあ、これで...(ひとまず追い返そうとする)』

『買ったのは許すが、それで耐性をつける必要などない。自分達を使え(着ていた服を脱いで水着姿になる)』

『ふぁっ!?(ふぁっ!?)』

 

______纏めても意味が分からなかった。もう真面目に理解出来る範疇など越えている。

 

二人は元から俺の行動の理由をある程度察していて、手伝うために来てくれたらしい。『苦労をかけさせているのは自分達のせいだから』と。

 

だが、そんなドキマギする美少女達が自分の家で服を脱ぎ、着てきた水着で俺の隣を固めれば俺の頭は考えることなんてするはずもなかった。

 

「やめてくれぇ...耳は、耳はぁ...!」

「弱いんですね...」

「椿さんらしくない声ですよ?」

 

両側から耳を攻められて身をよじる。それで逃れることは出来ず、寧ろ彼女達の体のあちこちに触れて、柔らかさが伝わってくる。

(む、胸...当たってるから!)

 

声になったのかも分からないそれは、俺の理性をごりごり削る。催眠をかけられたように思考がぼやける。

 

時折ピリッとした感覚が俺を刺激した。西暦の頃にあった痛みを伴うものじゃなくて、心地よさのあるふんわりした感じ。病み付きになってしまいそうな。

 

「なんだか、可愛いですね」

「もう...ひゃめ...」

「椿さん、これに耐えれれば椿さんの言うように、水着姿を見たってへっちゃらですよ」

「で、でももう今日はいぃ...いぃからっ!」

 

自分の部屋なのに知ってる匂いなんてどこにもない。ただ、拒絶し難い。いや、どこか嬉しささえ感じるものが混じっていく。

 

「まぁ...耐えられなくてもいいんですけどね♪」

 

水分を多く含んだ耳が、異様にその音を吸いとった。

 

「やっ...やぁ...」

「ふふふ...あら...!!」

「ひなたさん?」

「東郷さん、少し出ますね」

 

ひなたが離れて部屋から出ていくことで、逃げるスペースが出来る。東郷から逃げ、壁に背をつけた。

 

「東郷...やめさせろ...」

 

東郷が自分からこんなことをやるとは思えない。ひなたに何か影響されたんだろう。

 

「そんな、体を使うようなこと...しちゃいけないだろ......」

「...古雪先輩」

 

東郷が俺にずいっと寄る。後ろは壁で逃げる場所はない。

 

「古雪先輩は、わ、私達が迷惑になっているのにも関わらず、自分でどうにかしようとしてるんですよね?」

「別に迷惑なんて!」

「...では、私も私のやりたいことをします。ひなたさんに言われたからじゃないんです。私が、こうしたいから...」

 

涙で潤んだ瞳を俺に向け、にじりよる。俺はいつオーバーヒートしても仕方ないくらいの熱を自覚しながら、自分の目をふさいだ。

 

いっそ、俺も乙女として生まれればこんな苦労をしなくてよかったのか。

 

「東郷...」

「古雪先輩...」

「お待たせしました~」

 

俺達の空気を断ち切ったのはひなただった。セーターを着ておりさっきに比べればずっと見やすい姿になっている。

 

「ひなた...」

「どうですか椿さん?」

「ぶっ!?」

 

安心できたのは本当に一瞬だった。ひなたがくるりと回れば、真っ白の眩しい背中が目に飛び込んでくる。

 

(は、はだっ!?)

 

しかも、俺の意識に逆らってよく見た目は、背中のラインを捉えなかった。

 

背中の上の方に、本来女子にあるはずの線がない。それは______

 

(し、したっ!)

 

「まさか椿さんがこれまで用意してるなんて思いませんでした」

「ひなたさん、それは...」

「私達の時代にちょっと有名になった、えーと、何でしたっけ...ディーティーを殺す服、でしたっけ?」

 

(ファイナルウェポン!!!!)

 

思考が理解を越えて勝手に叫ぶ。

 

「流石に恥ずかしいですね...」

 

真っ赤な顔ではにかむひなたの顔を見た俺は、何処かがキレタ。

 

「きゃっ!」

「古雪先輩!?」

「はぁ...はぁぁ...!!」

 

まるで獣が餌を見つけた時のように、荒い息が耳を打つ。押し倒したひなたは、俺の瞳をじっと見た。

 

「椿さん...」

「はぁ...もう、オレ......」

 

 

 

 

 

「...いいですよ?」

 

その言葉に、俺は最大の力で彼女の髪を掴み。

 

「んっ...」

 

彼女の顔が、歪んだのを見て。

 

「っ!!!!」

 

(俺は、俺はっ!!!!)

 

訳もわからず、自分の頭を彼女の隣に叩きつけた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

銀の家に比べれば勢いの良いシャワーが俺の頭を刺激する。

 

「......」

 

さっき目が覚めた時には、ひなたも東郷もいなかった。というか買ったはずの本もなく、買ったこと自体夢だったのではないかと俺を疑わせる。

 

「...はぁ......」

 

八つ当たりのようにシャワーの水温を下げ、冷水が流れ始める。それでも俺の熱を冷ますには至らない。

 

(夢じゃなかったら大問題だが、夢でも問題だぞ...)

 

これを悪夢と捉えきれない辺り、俺の煩悩はバッチリ働いているのだろう。悔しいことに。

 

(寧ろ、俺を好きになってくれるよう頑張ればいいのか?)

 

今までは『彼女達には俺より相応しい人がいるはずだから』という思いがあった。ならば、俺がそうした存在になれれば。

 

「どっちにしろ、限界ってことなんだろうか...」

 

そんなものを見るということは、俺の抑えが限界ということ。

 

だが、それ以前にもう一つ。

 

「俺は、誰を」

 

咄嗟に思いついた姿はいくつもある。だが、鏡にうつる俺の口は何も答えない。

 

「俺は...」

「失礼しますね」

「あぁ、ひなた。丁度良かった。ひなたはぁ!?」

「椿さん。あれで終わりなんて思いました?区切ったし終わりだと思ってました?」

「なんおまっふ!?!?」

 

突如訪れた異常事態に人の言語を使って発されたとは思えないことを叫ぶ。

 

それも当然。我が家はごく一般家庭の一般的風呂。銭湯でもないのにタオルを持つはずがない。

 

つまり今の俺は完全に無防備。

 

「ひなた不味い!!!それはマジで不味い!!!!」

「大丈夫ですよ。タオルは東郷さんが持ってきてくれましたし、私達は水着ですし。椿さんが何もしなければ、お背中を流すだけですから」

 

意思を決めた巫女は、勇者は強い。知っている事実を知らなくて良いことで知った今日この頃である。

 

 

 

 

 

「痛かったりしますか?」

「いや、平気」

 

結局、ボディスポンジを使って洗うこと、背中だけというのを条件に、俺は二人に背中を洗われている。鏡を見なければ二人を見ることもないし、さっきよりはかなり楽だった。

 

(なんつーか、人生の運全部使いきってそう...)

 

当然の様に現実逃避じみた思考で無駄なことばかり考えるようにしてると、背中への力が消える。

 

「古雪先輩、失礼しますね」

「あーうん...!」

 

東郷が俺の肩越しにシャワーを取る。腕が俺の視界に入ってきた所で肩にむにゅりと圧がかかった。

 

「あっ...」

 

加えて耳元で漏れされる甘い声。今の俺はそれだけで簡単に_______

 

「あのさぁ。東郷」

「は、はい」

「...流石に、そこまでやられたら、もう耐えられないんだけど」

 

伸びていた腕を掴む。細い手首は簡単に折れてしまいそうで、守ってあげたいと思う。『普段の俺なら』

 

今は____________

 

「東郷...覚悟は出来てるんだろうな?」

「......古雪先輩になら...」

「そ。だったら...やってやるよ」

 

その声は、自分から出たとは思えないくらい暗かった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「まずはお前のそれをーっ!?」

 

手を伸ばしたら衝撃が走り、何処かに打ち付けられる。

 

「いっつつ...あれ?」

 

上を見れば天井で、周りを見れば自分の部屋だった。状況から見てベッドから落ちたわけで。

 

「あれ?風呂は...東郷とひなたは?あれ?」

 

思考回路が冷静になってくると、さっきとは別の意味で顔が赤くなった。

 

(まさか...夢!?)

 

「えぇ...どうなってんの......」

 

ひなたも東郷もいない。日付も変わってない。ということは夢なんだろう。いつの間にか昼寝して見てた夢_______

 

「てか...ぁぁぁ!」

 

罪悪感が今更出てきて頭を抱える。夢とはいえひなたにも東郷にも乱暴なことをしそうになった。

 

(やっぱ慣れないことはするもんじゃないってことか...)

 

あの本達を読んだせいでこんな夢を見たのなら、見続けてたら耐性をつける前に俺の精神がやられてしまう。そう考えると本が魔の物に思えて、買った本を裕翔にあげようと急いで本棚を漁った。

 

「?...ない」

 

しかし、本は一冊もない。どこを探しても見当たらない。セーターもない。

 

「まさ、か......」

 

(いや、そんな...)

 

「一体、どこからが、俺の夢だった?」

 

なんて俺の間抜けな独り言に答えるやつはいなかった。

 

そこから俺は、東郷とひなたに近づくことも躊躇い、気まずい時を過ごし_____直すのに一週間かかった。

 

 



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ゆゆゆい編 21話

以前話した椿の誕生日、2月8日にしました!オリ紹介にも追記しようと思ってます。

選んだ理由としては、椿の花の時期であることと、ネットで検索した誕生日占いで良い結果が出てたからですね。

というのも、11月10日、銀の誕生日と相性がトップクラスに良く(ソウルメイトとのこと)、書かれていた性格もかなり当てはまっていたので...結構びっくりした。

そんなわけで、今回もリクエストになります。大人気?壁ドン回のリクエストもとんでもない数になってきてるので書きはじめはしたんですが...教えてくれ五飛。俺はあと何回経験したことない壁ドンを書けばいい?(意訳。ネタが思いつかない)状態なので、気長に待ってください...


「おはようさん椿!ってどうした?やけに暗い顔してるけど」

「裕翔か...おはよう」

 

教室に入ると、いつものように挨拶してくる裕翔の顔が少しひきつった。

 

「いやおはようじゃないわ。大丈夫か?」

「別になにも無いんだけど、大丈夫ではなさそう」

「どういうことだよ...」

 

呆れられるも、説明がしにくかった。なんとかかいつまんで説明しようと口を開く。

 

今日は朝から嫌な感じがした。悪夢でも見たのか寝汗は酷いし目覚めも悪く、家から出れば電線に見たことないレベルのカラスの大群。道を歩くと黒猫の家族が大移動。

 

明らかに不吉なことが起こりそうな上、変な寒気もするのだが、まだ何も俺の身に起きてない。それが嵐の前の静けさのようで、逆に怖い。

 

「とりあえず俺が倒れたら病院連れてってくれ」

「ホントにどうしたんだよ!?」

 

しっかり纏めてから言った一言に、裕翔は引き気味だった。

 

 

 

 

 

授業終了のチャイムが鳴る。 今日はSHRもなく解散になる。

 

「椿、先いくわね」

「また後で」

「はいよ。おれも掃除終わったら行くわ」

「椿ー、脅したくせに何もないじゃんか」

「いや...寧ろこれからだ」

「あぁ勇者部ね」

 

勇者部の方がごだごたの騒動は巻き込まれやすい。言い様のない不安感は増している。

 

「帰ったら?一日くらい」

「別に本当に体調が悪い訳じゃないから...不味くなったら帰るよ。心配かけて悪いな」

「俺まで攻略するなよ」

「なに言ってんだ...」

 

いつも通りバイクを動かし、讃州中学の駐車スペースに置く。今更だが毎日のように来てる高校生を快く迎えてくれる中学校に感謝しながら、家庭科準備室へ_______

 

「「おりゃー!!」」

「ぐふっ」

 

突撃娘の突撃を良いところに貰った。

 

「な、なんだお前ら...」

「椿確保ー!」

 

腰にくっついてる銀ズを放って部室を見渡せば、ユウと球子も手を広げていた。

 

(なんか、どっかで見たような...)

 

よくよく見ると、ユウの手には三角形でテーブルに置くタイプのカレンダーが握られている。表示されてるのは何故か八月。

 

「...なんで八月?」

「椿!昔高嶋達にハグの日って言ってハグしまくってたそうだな!」

「俺そんな嬉々としてやってましたっけ...」

 

俺が来る前にそんな話が広がったのか、記憶を思い返す前に腰元が叫んだ。

 

「アタシ達にもやれ!」

「皆待ってますよ!」

「銀!私は別に待ってなんて」

「わっしー遠慮はいらないんだぜ~」

「そうだよリトルわっしー。つっきーならやってくれるから...」

「......はぁ」

 

どうせ俺に拒否権は無いのだろう。

 

(それに、これくらいなら...)

 

「「んっ!」」

「はい。これでいいか?」

 

銀達の背中に手を回し抱きしめる。温もりが心地よい。

 

「良いですね...」

「...よく考えたらアタシはよくやってた」

「おいデカイの」

「でもこれはこれであり!」

 

十秒くらい続けていると、二人がモゾモゾしだして離してやる。

 

「ありがとうございました!椿さん!」

「ありがと椿」

「はいはい。で、次は?」

 

両手を広げて次を待つ。今度はあっち側が驚いた。

 

「...なに、あの余裕」

「なんというか...古雪さんらしくないのでは?」

「防人組でも分かるって相当だぞ...」

 

(全部聞こえてますけど)

 

確かに前回は逃げて(結局捕まって)やったが、今は______というか今週一杯くらいは問題にならない。

 

二週間くらい前にあったひなたと東郷の夢______夢だったのかは今もよく分からないが______のせいかお陰か、抱きしめるくらい大したことに思えないのだ。大怪我をすると指のささくれが気にならないのと同じ。

 

効果が続くのはあの刺激を鮮明に思い出せてしまう間だけだろうが、今においては頼りになってしまう。

 

「じゃ、じゃあ椿さん!私にも!歌詞のイメージを膨らませたいんです!」

「いいぜ。おいで樹」

「は、はい...えいっ!」

 

銀達に比べれば威力も弱いし可愛げがある。

 

「嫌だったら言っていいからな」

「あっ...」

 

ついでに頭を優しく撫でると、猫なで声が漏れる。

 

「い、妹が懐柔されてる...!!」

「なんか椿さん強くなってません?」

「椿君!次私!!」

「はいはい。順番な」

 

そこからはユウに球子に杏に友奈に風に棗に須美ちゃんに園子ズに________言ってきた人をとりあえず抱きしめていく。

 

(というか、それぞれでやればいいのに...)

 

芽吹が真っ赤になって亜耶ちゃんに抱きしめられているのを見て、まぁいいかと園子を撫で回す。柔らかさと甘い香りがするが、なるべく意識しない。そう思うだけで今は大体冷静にできる。

 

「つっきー...ちょっと待って」

「どうした?」

「い、今そんなにやられたら...私、耐えられないよ......」

「そんなに良いか?これ」

「だって、大事にされてるって伝わってきちゃ...あっ、あぁ!」

「大切だからな」

「園子があそこまで骨抜きに...!」

 

俺は幸せ者だ。こんなに可愛い子達が一緒にいてくれるんだから。抱きついてきてくれるんだから。

 

「も、もうダメェ...」

「そのっち!」

「他は誰かいるか?」

 

気分は無双仕切った転生主人公。倒れたり息を荒くしてる皆を見て、普段感じることのない充足感が俺を満たした。

 

「椿先輩...いつもと全然...っ!」

「数日すれば元に戻るよ」

 

肩を抱く友奈に理由を話せるわけもなく、適当に誤魔化す。

 

「椿さん」

「ひなたもやるか?」

 

ひなたと東郷相手には少し緊張するが、大丈夫。

 

(やっぱり夢だったんかなぁ...)

 

数日俺の態度が変わってしまっても、彼女達の方が変わることはなかったように感じる。俺の観察力がどこまで普段通りにできたのかは分からないけど。現実だと確認するのも怖くて裕翔にセーターの確認もしていない。

 

「はい。私もお願いします」

 

そんなひなたは笑顔で言ってきた。手に服を持って。

 

「これを着て♪」

「調子のってすいませんっしたぁぁぁ!!!」

 

部室の外まで体感光の速さで飛び出して、走り出した。

 

「ひなた、それは?」

「忘れましたか若葉ちゃん?ハグの日としてやったあの日は、同時に椿さんが女装してくださった日ですよ?このワンピースを着てもらう良い機会に!」

「椿先輩が!?」

「女装!?」

「それは...」

「者共出陣じゃー!!椿を捕らえろぉぉ!!」

「行くわよみーちゃん!捕らえて撮って脅して蕎麦派にするの!!」

「これだから勇者部は飽きないにゃー」

 

部室から次々放たれる捕獲部隊を尻目に、俺は叫んだ。

 

「またこういう展開かよぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「ぜぇ...ぜぇ...」

 

(嫌な予感完全に的中してたじゃねぇか!!)

 

「っはー...帰れば良かった」

 

もし帰れば明日にこれがあるだけと気づいて憂鬱になりながら、乾いた喉を唾で潤す。

 

既に俺の家、バイク、イネスなんかは監視対象だろう。猛獣の檻に自分から行くつもりはない。夕方まではとりあえず来てしまったこの森で耐えるしかない。

 

「流石に追跡はないか...」

「見ぃーつけ」

「勘弁してくださいあのフリフリだけは!!」

「た...」

「お前らが着るぶんには可愛いと思うけど俺は似合わないから!耐えられないから!!!」

「えっと...」

「...あれ??」

 

後ろからの気配に土下座で言い訳をするが、いつまでたっても捕獲されない。少しずつ顔をあげると、そこにはキョトンとした赤嶺がいた。

 

「って、なんだ赤嶺かー...良かったー」

「なんだかまた面白そうなのやってるね?フリフリ?」

「なんでもないから。お願いだから話題変えて」

「んー...いいよ」

「ありがとうございます...」

 

一応敵に情けをかけて貰ったわけだが、正直今は他の勇者の方が怖いのでよしとする。

 

「そういや今日はどうしたんだ?誘拐?戦闘?」

「一応危機感ありそうな案ばかり出てくるのに、余裕そうだね」

「赤嶺の口から聞きたくないから自分から言ってるだけ」

 

そんな余裕がないというのもあるが、 赤嶺と戦いたくないというのも本心だった。彼女が敵意を持ってくる時は樹海化した時、というのもあるし。

 

それを見越され、油断を誘われている可能性もあるが。

 

「なんだか大変そうだね」

「お前みたく突然現れそうだしな...」

 

ここに来るかはもう天に任せるしかない。

 

「そっかー...ねぇ。良かったらこっち来ない?」

「お前の本拠地に行ったらそれこそ誘拐成功じゃねぇか」

「そうじゃなくて」

「?」

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ」

「なんか広いな...何なんだよここ?お前の秘密基地?」

 

森の中にあった大きめの岩、そこに赤嶺が手を触れると横にずれ、大きな洞窟の入り口になった。

 

「ここは対人を想定して作られた訓練場だよ。私達の時代に精霊を使って特訓してた赤嶺家の所有地。今は大赦に処理されて、ただの洞穴になってるけどね」

「精霊を?」

「昔には、そうした精霊がいたんだよ」

「へー...」

 

確かに訓練するための場所というなら、一般人が入らないような森林にあることも、普段入口が隠されていることも、中が広いのも納得できる。

 

「ここなら休めるんじゃない?」

「あぁ、助かったぜ...」

「...疑わないんだね」

「へ?」

「だって、今君は敵である私に勧められた場所で二人きりなんだよ。おまけに応援は期待できない。罠かもしれないのに」

「...俺を倒すつもりなら、こんな回りくどいことしなくても最初で不意をついて終了だろ」

 

俺を攻撃するタイミングなら、今日だけでいくらでもあった。

 

「初対面ならともかく、赤嶺なら平気だろ」

「...なんだかなぁ」

 

洞窟の壁を背に座り込んだ俺の目の前に、赤嶺が仁王立ちする。

 

「ムカつく」

「へ?」

 

彼女の顔は『私、イライラしてます』と書いてあった。

 

「変に信用されてるのが...相手にならないって思われてる感じがしてムカつく」

「はぁ?」

「余裕そうにしてるのがムカつく」

 

伸ばしていた足に彼女が腰を降ろす。彼女の足がしっかり地面についているため痛いとは思わないが、近い。

 

「そんな余裕は崩しとくに限るよね」

「別にそんなつもりは...これじゃ休まらないんですが」

「困っちゃえ」

「っ!」

 

細い指がつつっーと俺の胸を撫でる。そのまま肌が出ている首もとへ、顎へ、頬へ。

 

「......」

「あれ、反応薄いね」

「...今日なら、まだ、なぁ...」

「え?」

 

散々ハグしまくった後である。くすぐったくてもそれまでだ。

 

「えい」

「ふひゃっ!?」

「やられたことはしっかりやり返さないとな」

 

彼女の脇腹を両手で抑えると、一瞬震えた。

 

「お、お前の弱点はここか?」

「別に弱点じゃ...あはははは!!!ないってはは!!」

「ほら、どうだい?」

「はー...誰だってくすぐられたら笑うでしょ!」

「そうかい」

「ひゃはは!!や、やめっ!あははは!!」

 

余裕がないのか、ぐりぐり俺の足に体重がかけられていく。目の前で笑い転げる赤嶺が珍しくて、もう少し見たいと手が進む。

 

「こちょこちょ」

「あははははは!!!」

 

 

 

 

 

5分くらいはくすぐり続けたからか、俺の腕はなかなか疲れており、赤嶺本人もぐったりした様子で俺の肩にもたれかかっていた。

 

「はーっ...はーっ...」

 

(...正直、楽しかった)

 

笑い続ける彼女が面白くてちょっかいをかけるのは、好きな子にいたずらしちゃう男子みたいな。

 

(でも、やらかしたかな...)

 

彼女から伝わる熱は最初よりずっと強く、距離も密着して震えが直に伝わってくる。

 

「あ、赤嶺...ごめんな?やり過ぎたわ」

「...ない」

「?」

「許さないっ!」

 

俺は彼女に首を絞められ______ることはなく、あげられた手は俺の背中に回される。肩に乗っていた顔は少しだけ上へあげられた。

 

「赤嶺、お前!?」

「ここは、苦手だったよね?」

「ううっ...」

 

耳元に息をかけられ、動揺を隠せなくなる。

 

抱きつかれるのはともかく、耳はダメなのだ。あの時の状況が思いだし過ぎてしまうから。ただでさえ得意ではない場所を今やられれば_______

 

「そうそう。こういうのを待ってたんだよ...あむっ」

「あふ!?」

 

躊躇うことなく耳をくわえられ、変な声が出た。

 

「いふぃふぉ...(良いよぉ...)」

「離れろお前!」

 

頭を少し強引に掴んで引き剥がそうとしても、体勢の不利が事を進ませない。

 

「ふ、ざけんな...よ!」

「ふぁふ!?」

「うぉ...」

 

脇腹を掴むも、それは彼女の口に刺激を与え、俺に返ってくる。

 

「さっ...さ、とっ...離せ!」

「やら...」

「くっ」

 

笑って拘束を解いて欲しいが、くすぐるほど赤嶺の口の中が温かく、湿る。それに比例して俺の耳も濡れてくる。びちゃびちゃという音が耳の奥深くまで入り込んでくる。

 

「あぁもう!」

「んっ...じゅぶっ...ずずっ......」

 

赤嶺が体をより寄って、少しずつ揺れる。服の擦れる音は聞き取れない。

 

「赤嶺...いい加減にっ!」

「きみも、そろそろ...」

 

互いに動きを止めさせるため、俺達は新たな手を_______

 

瞬間、入口が爆発した。

 

「「!?」」

「あ、あぁ...!!!」

 

入口を塞いでいた岩が木っ端微塵になり、真っ赤な顔で矢を構えた須美ちゃんがいる。

 

「古雪さんから離れなさい。赤嶺友奈」

「小学生には刺激が強すぎた...か、な」

 

赤嶺の言葉は、矢が真横を通ったせい詰まった。というか俺の真横も通って壁に突き刺さっている。

 

「...え」

 

本気で射ていた。須美ちゃんをよく見れば、見開いている目に光がない。

 

「次は当てます」

 

次いで、背筋が凍るような声。

 

「...じゃあね」

「おい赤嶺ぇ!?」

 

バッと離れて奥へ逃げる赤嶺を追いかけようとするも、俺の顔の真横にもう一本矢が通る。

 

「古雪さん。貴方も逃げてこんなところで捕まって...皆さんも来てるので、動かないでくださいね」

「す、須美ちゃん...?怖いよ?」

 

赤嶺はもう追えないだろう。別の出入口があるのかもしれない。というかもうそっちはどうでもよかった。

 

今は見たことない須美ちゃんが怖い。

 

「てか、どうしてここが」

「東郷さんのGPSを使用してスマホの位置を特定しました。一番近かったのが私というだけです」

「あいつの仕業か...!」

「そんなことはいいんです。あんな風に優しく抱きしめておいて、気づいたら逃げて、赤嶺さんとは、は、破廉恥な...許しません!!」

「ひっ!」

「須美ちゃん来たわよ!」

 

小学生に怯える高校生の図が完璧に出来上がり、援軍も見えてくる。

 

「覚悟してください」

「...お、お手柔らかに、お願いします」

 

俺は、そう言う他なかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「恨むからな赤嶺ぇぇぇぇ!!!」

 

遠くから叫ぶ彼の声が反響してきて、身を潜めた場所でそれを聞く。

 

(私も恨んでるんだけど...)

 

やがて物音がしなくなってから、一つ息を吐いた。

 

この場所に出入口は破壊された一ヶ所しかない。咄嗟に逃げ場のない場所へ駆け込んだけど、助かったみたいだ。

 

(むー...)

 

確かにこの場所を紹介したのは善意だけど、敵にそれを素直に受け入れられるのも癪だし、脇腹をずっとくすぐられたのも気に入らない。

 

荒くて熱い息を目の前で当てられ続けたのも。

 

そんな彼の片耳は、きっと今も雨で濡れたようにびちゃびちゃで________

 

(...っ!!)

気づいたら、右手で舌を触っていた。少しだけざらついた舌が、汗っぽい人差し指を触れている。無意識に_______彼の悶えてる顔を思い出して、興奮、している。

 

(...やっぱり、許さないんだから!!)

 

顔が熱いのを分かっていながら、その熱を彼のせいにして、私は指を一度だけ舐めた。

 

「...んっ」

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 22話

クリスマスの今日、そのっちからラインが来てました。寝て起きるまでで14件。ヤンデレばっちこい!と思ってたら返信する前に目が覚めました。夢でした。畜生!


「ジングルベール、ジングルベール、鈴がーなるー」

 

耳に入ってきた音に合わせて小さな声で歌う。周りに知り合いはいないから大きな声で歌ってたら変なやつだ。

 

「さてさて...」

 

ご存知『イネス』のおもちゃコーナー。入り口には先客がいた。

 

「お待たせ。悪いな」

「ううん。今来たところだから」

「嘘つけ。手赤くなってるだろうが...何分前から待ってんだよ。今だって集合時間10分前だぞ?」

 

ここは外に繋がる扉と近いため、店の中にまで行かないと寒い。俺につめられた彼女は「チッ」と舌うちした。

 

「10分くらい前からだよ。アタシだって寒いのやだし」

「じゃあ中にいりゃいいのに」

「『ごめん待った?』『今来たとこ!』ってのやりたかったんだよ」

「なにを今更...」

「うるさいなー!」

「はいはい」

 

だだっ子を落ち着かせるように頭を撫でると、彼女は俺の手を自分の手で掴んだ。

 

「温めて?」

「...はぁ。分かったよ」

 

手を繋げ直して満足げな笑みを浮かべて歩く銀の顔を見てから、俺も歩き出した。

 

 

 

 

 

今日は聖なる夜、クリスマスの前日、クリスマスイブである。 外国にあった宗教の教祖、キリストなる人の誕生を祝う日らしい。ハロウィンもだが、西暦組も知っているところからするにかなり日本でも長くメジャーなお祭りなのだろう。

 

うちの部活にパーティーをやめたいなんて言うやつはおらず、この後俺の家でチキンとケーキ、その他色々を食べる会を予定している。

 

「確かに自分の家で作るから移動させなくていいし楽だがさ...チキンは買ったやつとかじゃなくていいのかよ?」

「寧ろケーキは作ってもいいんだな...椿の料理は美味しいからダメなんだよ。買うって発想が消滅される」

「何言ってんだか...大体、園子だってもう俺より料理上手いだろ」

 

銀が一緒に住んでる園子は料理の腕をどんどん磨き、風と交代で貰う昼の弁当を食べる度に(俺が教えたんだが...抜かれてるなぁ)と感じる。

 

朝や夜も銀と交代交代でやってるらしいが、そんな二人をはじめ、東郷や須美ちゃん、ひなたに風______樹も得意ではないだけで自炊出来るので、ほとんどの部員が料理を任せても平気なのだ。

 

「わかってないなー。椿の料理が食べたくなるんだよ」

「んー...」

 

そう言われると俺に反論など出来ない。俺だって銀の焼きそばを食べたくなる時があるし。

 

「って、そんなこと言ってられないよな。早く選んじゃおうぜ!」

「あ、おい引っ張るなよ」

 

おもちゃ屋さんに来たのは勿論理由があって、銀ちゃんへのクリスマスプレゼントを買うためだ。俺として渡す物ではなく、サンタとして渡す用の。

 

クリスマスには、サンタさんが夜な夜なプレゼントを枕元に置いていく。真実を知らないのは小学生組と亜耶ちゃんだけだった。

 

「アタシは椿と一緒だった時にバラされたからな...」

「こっち見ないでくれ。俺は悪くないだろ」

 

そこで今回は、知ってるメンバーで彼女達の夢を守ろうと話が広がり、俺達の担当である銀ちゃんのプレゼント調達をしに来たというわけだ。

 

前日_____というかプレゼントを置く実施日に買いに来たのは、銀ちゃんの欲しいと言っていた物が今日発売だったから。

 

「これだよな」

「それそれ」

 

すごろくをしながらミニゲームをこなし、ゴールを目指すパーティーゲーム。

 

「最近千景とゲームしてたし、このシリーズは人気高めらしいからな。買ってこうぜ」

「...大赦のお陰で買えるけど、いい値段するよねこれ」

「言うな」

 

金遣いが多少荒くなったのは否定できないため、俺個人の出費は最近抑えている。微々たる差かもしれないが、良心の呵責から逃れるためだ。

 

難なく目的を終えた俺達は醤油豆ジェラートとみかんジュースの誘惑を避け家へ向かう。

 

「これからパーティーなんだから...でも...ねぇ、椿」

「ダメ。帰るぞ。さっき金の話もしただろうが...!」

「うー、はーい...サンタの衣装はあるし、後は何も買わなくていいよね?」

「あぁ。追加注文の連絡もなし」

 

ここ数日は幼稚園で行われたクリスマスパーティーにサンタとして登場し、今回はその衣装が使える。一応スマホでお使いを頼まれてないか確認してから、ポケットに戻した。

 

「しかし、こうしてると懐かしいな......」

「あ、椿も?」

 

四年以上前は、毎年のようにイブに二人で集まって欲しいものの話をして、クリスマス当日サンタさんから届いたものを見せあい遊びあった。

 

「あの頃は、椿が隣にいるのが当然だったからね~」

「そんなの俺もだし...」

 

銀がいて、俺がいる。逆もそう。信じて疑うことのなかった日常の世界。

 

「手、繋いで帰らない?」

「ん」

「はい...なんならあの頃みたいにお風呂も入る?寒いし」

「バカ言ってないで寒いならさっさと歩くぞ」

「うーん...他の人が言ったら動揺しそうなんだけどな~」

 

銀の最後の声は、風に流されて聞こえなかった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、侵入っと」

 

既にパーティーも終わり、良い子は寝静まっている筈の深夜。勇者の住む寮を管理している大赦の人から合鍵を受け取り、銀ちゃんの部屋へ侵入する。

 

本当は同じ寮のメンバーに任せた方が良かったのかもしれないが、俺はバイクを使えばすぐ帰れるため、夜遅くまで女子が起きてるなら俺がやると志願した。

 

かといって全員分配るのは納得してくれなかったようで、須美ちゃんの所には若葉が、園子ちゃんの所にはユウが、亜耶ちゃんの所には芽吹が行っている。

 

(部屋の明かりは...消えてるか)

 

豆電球もつけずに寝てる銀ちゃんは、暗闇だろうと大体分かる。とはいえ間違って踏んだりしないようスマホのライトを頼りに彼女の枕元まで移動。

 

大きめの赤い靴下と手紙が置いてあるのを確認して、まずは手紙を見た。

 

(もし欲しいもの変わってたらヤバいもんな)

 

今更用意を変えられる筈もないが、一応確認。前日部室で話してくれたままの内容で安心しながらゲームのカセットを靴下にしまった。

 

(...あれ)

 

表面だけだと思ってた手紙は、裏面にもちょろっと書かれている。

 

『サンタさん。アタシ、良い子で寝てるので...元の世界にいる椿にも、プレゼントをあげてください。お願いします』

 

「...ふっ」

 

思わず笑みがこぼれる。良い幼なじみを持ったものだ。椿(俺)は。

 

(俺はあげれないけど...銀、お前がプレゼントを持ってってくれ)

 

銀が生きていてくれること。過去の俺はなんとも思わないだろうが、今の俺からすればそれが最大のプレゼントだ。

 

(...帰るか)

 

手紙を回収してささっと部屋を出る。音をたてないよう合鍵を回し、任務終了だ。

 

「お、ユウ。お疲れ」

「お疲れ様椿君」

「お前も早く寝ろよ?かなり深夜だしな」

「言われなくても寝るよ~。すっごく眠いし...椿君こそ、これから帰るんでしょ?」

「別にすぐ帰れるからさ」

「夜の運転は危ないんだよ!」

「分かってるから...」

「うーん...あ!椿君も朝までここで寝てればいいんだよ!私の部屋入る?」

「は、入りません!おやすみ!」

 

バイクを少し押して寮から離して起動させる。ここで起こしちゃ申し訳ない。

 

「よし」

 

ユウの言う通り安全重視で、俺はアクセルを入れた。

 

「...ん?」

 

 

 

 

 

今日はこれで終了。無事家に_______は帰らず、ちょっとだけ寄り道していた。

 

「......」

「凄いでしょ?」

 

言葉を失っている俺に、彼女はそう言う。

 

「この前たまたま起きたら、夜中なのに光ってる場所があって」

 

街灯も消えるような時間。そんな中、恐らく太陽の有無でついているのだろうイルミネーション。青と白の二色だけが、光の全くない暗闇の世界を照らす。

 

「折角だし...って、聞いてる?」

「...聞いてる。聞いてるよ」

 

とても人工的にセットされたとは思えない景色が、世界に俺達しかいないと錯覚しそうなくらいの魅力的な空間が、この場に作られていた。

 

「だが、こんな夜中にメールしてくるとは...」

「園子は寝てるし、椿も普段なら呼ばないよ。アタシもいつもは家から眺めるだけ」

「見える位置だっけ? 」

「うっすらね。毎日やってたら園子に怪しまれるし、皆に心配されちゃう」

 

「ただ、今日は眠くもならなくて」と言った彼女は俺の手を掴んできた。見なくても互いの指を間にいれるのは難しくない。

 

「えいっ!」

「あぁもう...」

 

彼女のポケットまで突っ込まれて、外の寒さとは隔絶された暖かさが俺の手を伝う。それを拒むことはない。

 

「...」

「へへっ」

「...っ」

 

イルミネーションの明かりで見えた彼女の笑顔を思わず見つめてしまって、ふいっとそっぽを向いた。

 

凄く、引き込まれる笑顔だったから。

 

「...メリークリスマス。銀」

「メリークリスマス。椿。これからも一緒だからね」

 

その一言に返す言葉は、感情をありったけ込めて。

 

「お前こそ離れるなよ」

 

離さない。例え離れたとしても救ってみせる。絶対に________とは、キザっぽくて言い切れなかった。

 

クリスマスの夜は更けていく。いつも通りに、明日に向かって________

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こっから先は後書きなので、あしからず...

さて。なんとこの作品、投稿開始からぴったり一年経過しました!!つまり去年のクリスマスはアニメ勇者の章の苦しみに耐えられずボッチでこの作品の五話か六話を書いてたんですね...悲しくなんてない。

え?今日?男友達とエクバしてたら日がくれました。女子?知らない子ですね...夢でそのっちとラインしたぐらい。ぐすっ。

三月には終了だと思っていたものが、気づけばゆゆゆい編も20話を越えており、自分でもどれをネタにしたかちゃんと覚えてられないくらいに。

今では信じられない量のお気に入り数、評価数、感想数となりました。ここまで続いてきたのは間違いなく応援し続けて下さった皆様のお陰です。感謝しかありません。

これ以上話すにしても長々しそうなのでこの辺で。何かありましたら感想や直接連絡をくだされば...結局一周年記念で何かというのも考えてないので、そちらも案があれば。といった感じです。

終わりみたくなってますが、まだまだ投稿は続ける予定なのでどうぞよろしくお願いします!!


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ゆゆゆい編 23話

うたのんハッピーバースデー!明日投稿出来るのか分からないので今日しておきます。

それからこの作品をツイッターの方でも拡散してくださってる方が...この場でも感謝を。ありがとうございます!

更に、この作品総合評価3000を突破しました!!これからも頑張ります!

今回もリクエストです!


「うどんだ!」

「そばよ!」

「うどんだ!!!」

「そばよ!!!」

 

部室の扉を開ける前から、そんな声が耳まで届く。

 

(またやってんのかぁ...)

 

「あ、古雪さん」

「椿さん。こんにちは」

「おっす。二人とも」

 

部室に入って手前にいた二人に挨拶するも、奥の二人はまだまだ言い争っていた。

 

「またいつものか...あれ、何回目?」

「数えたことないです...無駄だって分かってるので」

「西暦の頃からずっとやってますからね」

 

うどんを愛する者、乃木若葉に、蕎麦を愛する者、白鳥歌野。普段から仲が良く連携もバッチリな二人だが、こと麺類に置いてはその限りではない。

 

なにかあるごとにやれうどんだやれ蕎麦だと互いの好きを譲らない。彼女達をよく知る二人の巫女も呆れ顔だった。きっと俺の顔もかなりうんざりした感じを出してるんじゃなかろうか。

 

「やっほー!って、またやってるのね...」

「混ざらないのか?風」

「確かにあたしはうどん派だけど、上級生がどちらか一方につくのはちょっとねぇ」

「成る程」

 

風がそう言うも、無駄である。何故なら_______

 

「椿はどう思う!?」

「椿さんはどうかしら!?」

 

(やっぱり...)

 

この論争がいつもめんどくさいと感じるのは、二人の会話だけでは決着がつかず周りに飛び火することである。二人とも普段はそうでないだけあって、好きなものを大事にする熱意を感じると同時に厄介でもある。

 

「俺は」

「みかんは無しだぞ!!」

「そうよ!みかんは麺類にあらず!今このうどんそば論争に出すべきものではありません!!」

 

随分前は『みかんなど邪道!』とほざかれたせいで戦争になりかけた。互いに譲れぬものはある。

 

「絶対決着つかないし、ほっといていい?」

「ダメだ!!」「ダメです!!」

「ですよね...」

 

周りを見ても、目を剃らされるばかり。

 

「椿はダメか...ならば風さん!風さんはうどんだろう!?」

「ずるいわよ若葉!!香川県民から票を得ようとするのは!!」

「えーっと...あんた達!そんなに白黒つけたいなら、椿に好きだと言わせなさい!作ってあげるとかして!」

「「!!!」」

「おい」

 

必死で考えた言い訳を叫ぶ風に言った風の言葉で、二人の熱い眼光が俺を射抜く。しかし、そのまま喰われることはなく部室を出ていってしまった。

 

それは迫ることを止めたわけではない。むしろ逆。

 

「...ふ~う~?」

「あ、あたしだってあの二人から攻められたら逃げたくなるわよ!椿も助かってるし無事でしょ!」

「これからが間違いなくヤバイだろ...」

 

恐らく二人は、隣の家庭科室でうどんと蕎麦を作り出していることだろう。食って評価をするのは十中八九俺である。食べたからにはどちらかを言えと強く迫ってくるだろう。

 

「はぁ...」

 

若葉の作るうどんも歌野が作る蕎麦も美味しいことはずっと前から知っている。かといって、それを甲乙つけるのは話が違うように感じる。

 

「____食いてぇなぁ」

 

ぼそっと呟いたなんとなくだったのだが、今一番食べたかった。

 

 

 

 

 

「完成だ!」

「完成よ!」

 

場所は移って家庭科室。俺の目の前に置かれるのはうどんの皿と蕎麦の皿。それぞれをつけるつゆまで用意されている。

 

ちなみに逃げるという選択肢はない。俺にそんな選択権はないのだ。きっと目が死んでる。

 

「さぁ食べてみてくれ!椿!」

「そして感想を!!」

「...他のやつは?」

 

一緒に移動した勇者部部員は誰一人首を縦にふらない。

 

「...頂きます」

 

取る順番は、利き手である右側にあったうどんから。

 

(女子の手料理をこんだけ食えるのは、嬉しいことなんだがなぁ...)

 

自分で料理が出来る癖に、昼飯として食べるのは園子か風が作った弁当。高校になってから付き合い出した友人からは冷やかされたが、その頃から二人の美味しい弁当を食べてることの方が重要だった。

 

そして、今は放課後はこうして振る舞われる。

 

(相対評価をしなければなぁ...)

 

「ん、美味しい」

 

俺の言葉に、若葉の顔がにやにやしだした。ひなたはいつも通りシャッターを切っている。

 

うどんらしいもちもちした食感が、噛むと跳ね返ってくる弾力感がうどんを食べていることを強く意識させる。これだけのコシを残すための茹で時間の把握は流石若葉と言うしかない。

 

「じゃあ次こっち...」

 

うどんの容器を少し遠ざけてから、蕎麦を取る。つゆの入った受け皿に麺を遠し、ずぞぞぞっと音をたてて口へ入る。

 

「...うん、こっちも美味しい」

 

蕎麦の風味とつゆとの相性が良く、どちらも尊重しあった風味が俺の口一杯に広がる。以前食べたこともある歌野が育てた蕎麦だろう。農業王Tシャツは着ていないが、その実力は折り紙つき。

 

「...」

 

結局、あっという間に半分ずつ食べきってしまった。残りの箸をつけてない部分は皆に分けよう。

 

「じゃあ椿!!」

「判定を!」

「あー...」

 

厄介なのはここからだった。どちらも美味しいが、ここでどちらかを選ぶと角が立つ。いつも言い争っている二人だけに、どちらかが有利ととれる状況を作ることは避けたいが______

 

「......」

「......」

 

目の前で黙っている二人は、それを許さないだろう。

 

うどんか、蕎麦か、両方か__________

 

(...覚悟を決めるか)

 

「分かったわ。奥の手を使いましょう」

「?」

 

口を開こうとした時、歌野がそう言って家庭科室から出ていく。

 

「おい歌野?どうした?」

「な、なんだ?」

「さぁ...」

 

全員が困惑して数分、何事も無かったかのように戻ってきた。

 

「これでどうかしら!」

 

歌野は、何故か制服姿からメイド服姿になっていた。

 

「...へ?」

「歌野、なにをやっている!?」

「椿さんは料理だけでは蕎麦の方が良いと言ってはくれない...なら、蕎麦以外の所で選ばせるしかない!サービス精神よ!!」

「今回の主旨から外れてないか!?」

 

思わず言ってしまったが、歌野は首を横に振る。

 

「ノンノン!蕎麦を扱う人は誰しも心が優しくなる。つまり!蕎麦を頼めばこのくらいはセット!!これは蕎麦の力なの!」

「無茶苦茶だ...」

「うたのん、どうしても蕎麦って言って欲しいんだね...」

 

常識はずれの歌野の言葉に頭を抱えるも、それで止まる彼女じゃない。

 

「はい!椿さん!あーん!」

「いや、俺はもう...それに、前こんなことしたらもう食べないって」

「あーん!」

「言った、よな...」

「あーん♪」

「...ぁ、あーん...」

 

俺の声を聞く様子がちっともないので仕方なく口を開けると、優しく蕎麦が入ってきた。味は正直変わらないのだが、気持ち的に変化はある。

 

「恥ずかしいんだが...」

「ノープログレム!椿さんはなにもしなくて良いですからね。私が全部食べさせてあげます!!」

「若葉ちゃん!!ここは若葉ちゃんもメイド服になるしか!!!」

「ひなた!?」

「あわわ...」

「失礼しまーす」

 

混沌としてきた状況に、別の声が混ざる。

 

「はい椿。口開けて」

「え、ぎんむっ」

 

口の中に何かを突っ込まれ、それに気づいた俺は目を見開いた。

 

「どう?美味しい?」

「...あぁ。いつも通りの安心する味だ。やっぱ銀の作る焼きそばが最強だな」

「「......え?」」

 

主犯の二人は、間抜けな声を出していた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

俺が決めなければならなかった第_____いくつなのか数えるつもりも起きないうどん蕎麦戦争は、第三勢力焼きそばの勝利で幕を閉じた。

 

『焼きそばもそば!!よって蕎麦の勝利!!!!』

『いやーそれは違うでしょ。いつも歌野が言ってる蕎麦に焼きそば入ってないじゃん?』

『蕎麦ぁぁぁ!!!』

 

まぁ、一悶着はあったわけだが。それでも二人のうちどちらかの味方につくことは避けれた。

 

「にしても、偉いタイミング良かったな」

「弟達に持っていこうと思って」

「あぁ、だからこっちに来てるわけね」

 

銀は時々三ノ輪家に行っている。三ノ輪銀としては死んでいるためお姉ちゃんと呼ばれることはないし、少し複雑な思いもあるが、本人はそこまで気にせずちょくちょく遊んでいるらしい。

 

俺もタイミングが合えば一緒に行っている。

 

「家で作って部室に寄ってみれば、歌野と若葉がいつも通りより酷かったからさ。出来立てだし美味しかったでしょ?」

「文句ないです」

「やたっ!これフライパンで出来たんだよね」

 

銀の焼きそばは鉄板でやるのが主流だった。幼い頃、まだキッチンで料理するのは危ないからと言われていた頃に、うちの家族も巻き込んでやったバーベキューで親に付きっきりで(というかメインで)作ったのがはじめての料理。

 

それから、銀が焼きそばを作る時は鉄板でやっていた。本人曰くその方が味のクオリティが安定してる上に扱いやすいから。フライパンで同じ味を出せるようになったのは、練習の成果だろう。

 

「これからはわざわざ鉄板出してやらずに済むな」

「今までだって本気で作りたい時だけだっただろ。それ。でも椿はフライパンでも結構うまく作るからアタシもやってみてさ。ちゃんと園子も納得してくれたんだ」

「園子は作らないのか?」

「作ってるよ。『ミノさんから焼きそばの作り方学べる!やった~!!』って」

「似てねぇな...」

「分かってるよ!!」

 

ぷくーっと頬を膨らませてる姿が面白くて、右手で突っついてみる。

 

「やーめーろー」

「ごめんごめん。でも今日はホントに助かったよ」

「感謝してるなら、今度アタシ達の家に来て一緒に作れ。アタシも椿が作るの食べたくなってきた」

「そんなに技術は上がってないぞ」

「いいのいいの」

 

笑う彼女を見ていれば、俺は何も言えない。

 

「...了解」

 

返せたのは、そんな二文字だけ。それでも、銀は嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 




年内更新はこれで最後になります。良いお年を...

ちなみに今回はうどん蕎麦で争いましたが、皆さん年越しは何派ですかね?自分はうたのん派ですけど。


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誕生日記念短編 ワガママのカケラ

新年明けましておめでとうございます!!

...いや、忙しかったとはいえまさか新年一発目が高嶋さんの誕生日になると思わなかった。申し訳ない。代わりと言うのも変ですが、明日も(短いですけど)投稿予定です。






「よっこらしょ...」

「すみません椿先輩。私達の荷物なのに、持っていただいて...」

「気にするな。今日のメインは亜耶ちゃん達だから」

 

めでたく新年を向かえた最初のイベント、初詣を済ませると、次に待っているのは戦争だった。

 

弱き者、力なき者は淘汰され、勝者だけが権利を得る世界の縮図。またの名を『福袋争奪戦』と言う_________

 

という、とてつもなくどうでもいい話は置いておき、俺は亜耶ちゃんに言い続ける。

 

「それより行ってきな。売り切れるぞ...」

「はっ!!」

「...最も、亜耶ちゃんの分も取ってきてくれたみたいだけどな」

 

戦場(イネスの中に入っている洋服屋の一つ)から二つの袋を持って出てきた芽吹は、亜耶ちゃんに向けて微笑んだ。

 

「亜耶ちゃん。あなたのぶんも手にいれてきたわ」

「芽吹先輩...!お怪我はありませんか?」

「えぇ」

「そうですか...!よかった!」

 

こうした多少の荒事には亜耶ちゃんは向いてないだろう。サイズは事前に聞いていたらしい。

 

「死ぬー...人に潰されて死んじゃうよー...」

「雀、脆い」

「私(わたくし)は高級品質の服がいくつもあるので本来いらないのですが...仕方ないですわね」

 

続いて出てきたのは、加賀城さん、弥勒さん、そして山伏さん。今回は防人組である。他のメンバーは今頃年始のテレビでも見ているだろう。

 

去年の後半にこの世界を訪れた彼女達は、衣類の用意なんかもあまり出来ていなかった。

 

最低限の替えは即揃えたわけだが、どうせ正月の福袋セールが近いのならそこで纏め買いすればいいと風が言ったのだ。

 

店の売れ残りが入ることが多い福袋だが、そのぶん格安で手に入り、数を揃えるには適している。店を選べば質の良い物がゴロゴロ入ってることもあるし、完全な外れというのも出しにくい。

 

というわけで、防人組は洋服の調達、俺は荷物持ちである。俺が現地に突っ込んでも良いのだが、この後下着関係のも行くとなるときついのではじめから荷物持ちの役割に徹している。

 

(別の目的もあるしな...)

 

「じゃあ、すみませんがお願いします...」

「任せタマえ」

 

球子のセリフをパクって芽吹達から袋を受けとる。肩にかなりの負荷がくる量だが、値段はまだ諭吉様一枚程度。これが普段なら三枚は下らないだろう。

 

(さて、俺は俺で...)

 

数日間悩んでいたことは急に解決しない。それはこの場に来ても同じこと。俺は未だ、来週に迫った彼女の誕生日を祝う準備が出来ていなかった。

 

高嶋友奈。俺がユウと呼ぶ少女はもうすぐ誕生日。しかし、彼女はかなりの気遣い屋のため物をねだったりわがままを言うことは滅多にない。

 

寧ろ周りに合わせる協調性の高さは勇者部の中でもトップクラス。それを良いことばかりだとは言わないが、自分の心情を吐露してくれる時もあるし、嬉しく思う。

 

しかし、そんな彼女だからこそプレゼントは選びにくい。特別好きなものと言えばうどんと千景。うどんはプレゼントとしては扱い難いし、千景は俺がプレゼント出来る権利など持ってない。間違いなく鎌で殺される。

 

去年は逆に、皆が自分達の好きなものを送ろうということで纏まった。凄く喜んでくれたが、今年もというわけにはいかない。彼女本人に聞いても遠慮されて話が上手く進むか分からない。

 

何か策を。という時にはお正月を迎えてしまったため、福袋に何かないか目を配っているわけだ。

 

(むー...)

 

女性用のお店だと服だけじゃなく、ネックレスなんかのアクセサリー、雑貨屋だと生活に必要そうな小物、他は変わり種とか、何が入ってるか分からない闇鍋福袋。

 

(プレゼントという形なら、ネックレスなんかが一番ではあるが...)

 

ユウに合ったアクセサリーというならもっとセンスのある勇者部員がいるわけだし、何より千景が候補にあげていた。被りは避けたい。

 

「椿先輩?どうかされました?」

「亜耶ちゃん、日頃の感謝ってどう伝える?」

 

頭の中をごちゃごちゃにして考えていたからか、出てきたのはなかなか突飛な質問。

 

「日頃の感謝、ですか...神樹様には毎日祈りを捧げていますし、芽吹先輩達には感謝を直接口にしています」

 

それでも亜耶ちゃんはしっかり答えてくれた。出来た子である。

 

「思ったことは口にしないと伝わりませんから」

「口に...か。ありがとな」

「んにゅ...くすぐったいです」

「あぁごめん」

 

自然に頭を撫でてしまって慌てて離す。こう、無性に守りたくなる愛らしさがこの子からは溢れ出てる。

 

「亜耶ちゃんの頭を...」

「ひっ!」

「あぁあメブのスイッチが入っちゃってるぅぅぅ!!」

 

そう感じるのは、芽吹もらしい。彼女のオーラをひしひしと感じながら、俺はそう思った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...」

『はーい、どちら様でしょう?』

「ユウ、いいか?」

『椿君!?ちょちょちょっと待って!!!』

 

一週間ちょっとが過ぎて、誕生日前日。俺は朝から勇者の住む寮にあるユウの部屋まで来ていた。叩き起こしたりしないよう事前に知っていた普段彼女が起きてる時間に訪れたのだが、答えた彼女は慌ただしそうにインターホンを切った。

 

「お待たせ!いらっしゃいませ!!」

「全然待ってないけど...というか、そんなバタバタしなくても...迷惑だったか?」

「そんなことないよ!!さ、あがってあがって」

 

「あがらなくてもいいんだが」とは言えず、彼女の部屋に入る。一応、サプライズ訪問は成功したと見ていいだろう。

 

(明らかに今纏めた衣類が棚の上に置いてあるが...みなまで言うまい)

 

「それで、どうしたの?」

「...一日早いが、誕生日おめでとう」

「!」

 

今回はサプライズじゃないから言ったところで問題はない。俺としては寧ろここからだ。

 

「それで、今日来た理由なんだが...誕生日プレゼント、何が欲しいか聞きたくて」

「私が欲しいもの?」

「そうだ」

 

突然来たのは時間を与え万一のらりくらりと避けられるチャンスを与えないため。とはいえこのままだとユウはいつも通り配慮してしまうかもしれない。

 

(...思ったことは口に)

 

悩んだら相談。自分の気持ちは言葉にしなければ相手に全部伝わらない。

 

だから、俺達には言葉を紡ぐ口がある。

 

「年明けからずっとお前のことばかり考えてた。何をあげれば喜んでくれるかな。喜んでくれた時の笑顔を見たいなって。でも、考えれば考える程分からなくなった」

「!?」

「だから、お前の欲しいものを遠慮なく言って欲しい。俺の出来ることなら何でもする。それで、俺はもっとお前のことを理解したい...頼む、ユウ」

 

頭を下げると、何故だか彼女は慌てて俺の肩を掴んだ。

 

「つ、つつ椿君!!!一回外で待っててくれる!?」

「へ?」

「お願い!!」

「あ、あぁ...?」

 

戸惑いながらユウに押されて外に出て、扉がしまる。雲一つない寒空にポツンと俺が一人。

 

「...あれー?」

 

思っていた事態とはまるで違う状況に、俺は今年始まって一番間抜けな声を出した。

 

 

 

 

 

「ご、ごめんね...?もういいよ」

「なんか悪かったな」

「椿君が悪いことなんて全然!!」

 

一、二分してまたユウの部屋に案内された。さっきと比べるとユウの顔が赤いのと、綺麗になってたかけ布団が荒れている。

 

「ユウ?目も赤いけど...大丈夫か?」

「え!?嘘!?あわわ...目薬さす!!」

 

慌ただしいままさらに数分。ベッドに座るユウと、椅子に座る俺。

 

「......」

「......」

「...あのね」

「ん?」

「椿君の気持ちは凄く嬉しい...でも、一つだけ先に言っとくね。私は皆にちっとも遠慮してないよ。確かに言わないことはあるけど...それは遠慮とかじゃなくて...全然上手く言えないんだけど、それだけは伝えたくて」

「...わかった」

 

ユウの言い方は本気だ。俺も彼女の言いたい主旨はなんとなく理解できたから、良いだろう。

 

「それで、それで...それでも椿君が何かくれるなら」

 

胸の前で両手を合わせ、潤んだ瞳を向けてくる。

 

「私を、抱きしめて欲しいな」

「...それがユウの望むことなら良いけど?そんなんで良いのか?」

「そんなんじゃないよ!私が良いって言うまでずっとだから大変だし、頭も撫でてもらうし、やってる間に追加注文するし...!」

「それでいいなら...」

 

恥ずかしさはあっても、してあげたいという気持ちの方が圧倒的に強い。というか俺も得しかない。

 

「良いぞ。やってやる」

「取り消しは出来ないよ?」

「二言はない」

「分かった...じゃあ立って」

 

立つと、ベッドに座っていた彼女も立ち上がり、俺の背中に手を這わせ、そして______完全にくっつく。

 

「頭撫でて。ゆっくり」

「仰せのままに」

 

こうして、彼女のお願いは始まった。俺はここにいるユウを確かめるようにしっかり抱きしめていく。

 

下を向けば、彼女の艶やかな赤髪が目に映る。離れないようにひたすら抱きしめる。

 

「椿君」

「なんだ?」

「覚えてる?私達の時代にいた時、椿君が初めて銀ちゃんの力を使った時のこと」

「忘れられるわけないだろ。一度腹に穴開けられてるんだからな」

 

即死確実のダメージを杏と球子の力を奪い取って治し、銀(未来)の力を顕現させて敵を殲滅させたことの方が記憶として強いが、その直前、西暦勇者達への本当の思いに気づけたことの方が大切だ。

 

「私、酒呑童子の力を使って大きなエビ...サソリか。一匹倒すだけでボロボロで。そんなのが二匹もいて、立とうとしても出来なくて、守りたくても守れなくて、死んじゃいそうだった...ちょっと、諦めてた」

「ユウ...」

「椿君は、そんな私を、守りたかった皆を助けてくれた。あの時から、貴方からはもう沢山の物を貰ってるんだよ...それにね!」

 

顔をあげ、下から俺を見上げてくる。

 

「椿君が私のために一生懸命悩んでくれただけで、私は十分嬉しいから!!だから...ありがとう!!!」

「...ぁー」

 

裏表のない彼女の屈託のない笑顔を直視して、俺は恥ずかしさで頭をかくしかない。

 

「なんだ、その...どういたしまして」

「うん!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ユウ...」

「...うーん...あれ?」

「くぅー...」

 

起きたら、目の前に椿君の顔があった。

 

「...!?!?」

 

バッと離れて咄嗟に体を見る。服はちゃんと着てる。場所はベッドの上。時間は窓の外の光から多分夕方。

 

「あ、あぁ...」

 

徐々に思い出してきた。誕生日プレゼントをしたいと言って来た椿君に抱きしめて貰って、身長で顔がちょっと離れてたのと、ずっと立って抱きしめてるのが辛いからベッドで横になって抱きしめて貰い続けて_________

 

(ね、寝ちゃったんだ...)

 

二人して数時間寝てたみたいだ。

 

「ユウ...」

「!」

 

(なんだ、寝言か...)

 

目の前に大好きな人がいる。横になってるから背伸びしなくても顔を間近に寄せられる。

 

「...ありがとう。椿君」

 

寝てる彼の頭を胸に寄せて、やられたように頭を撫でる。こうすると年下みたい。

 

『ずっとお前のことばかり考えてた。何をあげれば喜んでくれるかな。喜んでくれた時の笑顔を見たいなって』

『俺はもっとお前のことを理解したい』

 

(...もうちょっとだけ、良いよね?)

 

もう少しだけ、私だけの椿君でいてほしい。ほんのちょっとだけ私に出来たワガママを貫き通す。

 

「ユウ...」

 

彼だけが呼ぶ、私のあだ名。

 

私は、私自身聞き取れないくらいの声で呟いた。

 

 

 

 

 

「椿君...これからも、ずっと一緒にいてね」

 

 

 

 




あと、以前から話していたツイッターアカウント、ここに乗せときます。個人的にはハーメルンで感想頂いた方が残りやすいので嬉しいんですが、ツイッターの方が気楽という意見も頂いたので。ここまでずっと見てきてくれている方々なら話も合うでしょう...気軽にどうぞ。

https://twitter.com/mereku817

それでは、本年もよろしくお願いします!


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誕生日記念短編 貴方と私だけの世界

いつも感想くださっている方々はお気づきでしょうけど、感想返信の仕様を少し変えました(というか、いつもの最初の一文を消しました)

感謝してるのは当然なんですが、マンネリというかただの作業な感じがして...前の方が良かったという方いれば教えてください。どちらにしても語彙力豊富な返信をしたい(多分キツイ)今回はいつもより時間かけたつもりなんですが...どうだろう。

前置きはこのくらいにして、下から本文です。 短編『それぞれの道』を見ておくことをおすすめします。


「そーれ。みかんの配給だぞー」

「やったぁ!!」

 

投げられてくるみかんを上手にキャッチしてこたつに入る。別にお腹はすかないけど何か食べることは楽しい。

 

「やっぱ剥いてやるから返して」

「自分で剥くよ」

「ユウ。お前は俺のテクニックを忘れたのか?」

 

気づけば、彼の手には皮が剥けているみかんがあった。それも二つ。

 

「あ、そうだったね」

「中学の頃にはもう習得したからな。速く綺麗に剥くコツ」

「その速度は流石に人間やめてると思うけどなー...」

 

「みかん好きは誰でも出来る」とみかん愛好者のハードルを上げてから、一つを私の方に置いてくれる。

 

みかんについてる白いのが好きじゃないのを知っているので、置かれるそれはオレンジ色が強い。一方彼が口に運んでるみかんは白いのが大体残ってる。

 

「うん。好き」

「ん?」

「ちゃんと私のことを考えてくれてて嬉しいなって」

「もう知り尽くしてるしなぁ...栄養多いから食べてほしいんだが、この話何回もしたしな」

 

いつの間にか二個目のみかんに手を出している彼を見て、私は頬をつっつく。意外とぷにぷにした感触が返ってきて楽しい。

 

「やーめーてー」

「だって楽しいもん。やることもないし、大体そっちもやってくること多いじゃん」

「今お前のぶんもやってるんだが...ほら、口開けろ」

「あーん」

「はい」

 

開けた口に入ってくるみかんの一房を彼の指ごと頂戴する。

 

「俺の指は食べ物じゃねーぞ」

「んちゅ...ぷはぁ。ご馳走さま。次お願いします」

「次は食いちぎったりしないよね...?」

 

みかん一個ぶん全部食べさせてもらって、彼の指もふやけさせるくらいにはなめた。

 

「随分性格変わったよな」

「案外こっちが私の本性かもよ?」

「あんま嬉しくないけど、そうじゃなかったら俺が変えたってことだし...やだなぁ」

「嫌い?」

「まさか。愛してます」

「私もだよ」

 

対面に座っていたのを移動して彼の隣に座る。こたつの中で足を絡ませて、頭は彼の肩に乗っけて、持っていたみかんを奪ってちぎって口に運ぶ。

 

「あーん」

「ん...んんっ...」

「ほら、やっぱりやるじゃん」

「ただのお返しです」

 

指を吸われて無理やり引っこ抜き、次のみかんを食べさせてあげる。これを繰り返すうちに私の指もふにゃふにゃになった。

 

「お揃いだ~」

「可愛い奴」

彼から唇が触れるだけのキスをされて、私は受け入れた。さっきまで食べてたみかんの味がする。

 

「もっと......」

「はいはい」

 

何回か繰り返して、最後は長めに時間を取って__________ゆっくり離した時には、透明な糸が私達を繋いでいた。

 

「ん...もっとする?」

「今はいいや。拭いて...にしても、本当こたつ頼んでよかったな。精神的に気楽になる。大赦様々」

「だねー」

 

二人して伸びきる。食べ物はともかく、まさか本当にこたつまで用意してくれるとは思わなかった。

 

「神託にちょっと混ぜれば良いだけなんて...」

「お供え物は我ながらナイスアイデアだったわ。これならユウのファッションショーも出来るし、好きな飯もくえるし、娯楽も増える」

「ファッションショー...」

「俺もやるから」

 

嬉しそうにしている姿を見れば、私は何か言うこともない。私も可愛く見てもらいたいし、彼に似合う服を見たい。

 

「後どのくらいいれるかなんて分からんがさ」

「うん。その時までずっと一緒にいるからね...ツバキ君!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...ん!椿君!」

「んぁ...あれ?ユウ?」

「ほら起きて。もう夜だよ」

「嘘...ホントじゃん。何時間寝てたんだ俺」

 

眠っていた頭を覚醒させて、記憶を引き出す。ユウのお願いで彼女を抱きしめて、その後ベッドで寝転がり______

 

(それで、寝ちゃったのか...)

 

「いや悪いな。長い間占領してただろ」

「ううん。頼んだのは私だし、嫌じゃないから...寝顔よく見れたし」

「?」

「なんでもない!それより何処か食べに行かない?」

「分かった。乗ってくか?」

「その方が早いよね?」

「まぁな。じゃあ準備して入口で待っててくれ。バイク取ってくる」

 

コートを手早く羽織ってバイクを目指す。

 

(にしても...)

 

ユウに起こされる直前、何か夢のようなものを見ていた気が__________

 

(ユウ、友奈...高嶋、高嶋友奈?ん??)

 

拭いきれない違和感があるものの、その正体まで辿り着けない。結局俺は、それを気にして運転を疎かにしないよう気をつけることしか出来なかった。

 

(......いや。まさかな)

 

 



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ゆゆゆい編 24話

最近ハーメルンのゆゆゆR18作品群を見たんですが...椿も好感度的に考えれば何でR18展開にならないの?ってレベルなんですよね。据え膳食わせたい。

かといって、描写力がえらいことになりそうなのと(本番どころか彼女いたこともないんですが...)、何人分も書ける気がしないのも事実。ゆゆゆい編20話と同等かそれ以上のR17.9ならここでも書けるしいいかな。リクエストあれば是非(ifっぽくするかもしれませんが)。シーン問わずクオリティ上げたい。

今回は前半がオリジナル、後半が祈願花さんのリクエストになります。


『その髪の理由』

 

 

 

 

 

「ミノさん」

「んー?」

 

ぱぱぱっと朝食を用意して、ぽけーっとしてる園子と食べる。食べ終わる頃には園子が覚醒してお弁当を作り出すから、アタシは着替えて髪を整える。園子が声をかけてきたのはそんな時だった。

 

「すっかり速くなったね~」

「あー、確かに...椿や風先輩が卒業する時なんか何回もやり直してたからな」

 

答えながら長くなった後ろ髪で三つ編みを作る。この世界に来てからずっと繰り返してるだけあって、どのくらいの髪を取ればいいのか、どう結ぶのがいいのかなんて手に取るように分かっていた。

 

(最初は鏡も必須だったっけ...)

 

三つに分けて、左側のを真ん中に、右側のを真ん中に。個人的に好きなちょっときつめにしっかりと。纏まったら小さなアレンジゴムで先端のちょっと手前で一纏め。

 

「...よし!終了!」

 

鏡の前で回転してみて、違和感がないか確かめる。背中の七割まで垂れ下がっている髪は、アタシの動きに追従していた。

 

「でもミノさん、その長さ維持してるよね。少ししたら切るのかと思ってた」

「あははー...元は短いしね」

 

元々は肩に届くか届かないかくらいしかない髪を一纏めにして後ろでくくっていたし、それより長くなったら切っていた。

 

突然長くなったのは、体を取り戻した時。新しく手に入れた時って言った方が正しいかもしれない。その時のアタシの髪は、二年間伸ばし続けたかのように長かった。

 

それを整え、今に至る。

 

「アタシも、髪の長い女性に憧れたのさ...手入れとか園子に習ってばかりだけどなー」

「私は前から長いから、慣れっこさんだよ」

「昔はわんぱく少女でしたから...」

「今もじゃない~?」

「そうでした」

 

だからこそ動きやすいよう三つ編みかポニーテールにするか、めんどくさくて何もしないかになる。

 

そんな、ちょっと面倒な手間をかけてまでこうしている理由は__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

(ふわぁー...おはよ~)

(おはようというかもう夕方だが)

 

頭が夕焼け景色を理解して、もう一人の声の意味も把握する。

 

(結構寝ちゃってたんだね...今どんな状況?)

(部活動が終わって帰り道)

 

数分もしないで真っ暗な家について、体は夕飯の支度をしだした。まだ荒削りな所が多い印象を受ける。

 

「今日は二人とも食べてくるって言うから、簡単な奴にするな」

『何?』

「カレー」

 

椿は朝ごはんはともかく、夕飯のレパートリーはまだ少なめ。サラダも冷蔵庫に入ってた出来合いの物だろう。

 

『あ、始める前にテレビつけてー』

「はいよ」

 

外部に伝える声で話してる方が互いに楽なのは同じ体を使いだしてからすぐに分かってるので、誰もいない場所ではこうして話している。外から見れば椿が一人呟いてるだけに見えるだろう。

 

『今日の活動何してたの?』

「幼稚園で遊んでた。おままごと」

『椿は何の役?』

「それがなぁ...娘役」

『ブフッ!』

 

思わず笑ってしまった。

 

『椿が...椿が娘役っ...!』

「幼稚園児に出来た中学生の娘カッコ男って、もうわけわかんねぇよなぁ...あの子達不思議すぎる」

『娘役志願者はいなかったのかよ?』

「父親、母親、不倫相手」

『不倫相手!?』

「昼ドラでも見たんじゃないか?今時の幼稚園でのスタンダードだったら怖すぎる」

 

ルーをかき混ぜながらぼやく椿がため息をついた。

 

『不倫相手役だったら面白かったのにな』

「なんで父親役は除外されてるんだよ...話したら風も顔ひきつらせてたぞ」

『そりゃひきつるって...』

 

会話を続かせてればあっという間で、炊いたご飯に出来立てカレーを乗せていく。サラダもセットでテーブルに並べて準備完了。

 

「頂きます」

『アタシはいいや』

「了解」

 

食べなくても満腹感は得られて本当によかったと思う。そうじゃなかったら食べる量が凄く増えて椿を太らせちゃうところだった。

 

つけていたテレビも番組が変わって、女子力特集になる。

「風が張りついて見てそうだな」

『髪型をより簡単にやれるかつ、複雑に見える。かー...椿は好きな髪型何?』

「それはやる側?見る側?」

『見る側に決まってんだろー!どうせ椿は髪の毛そのままなんだから』

 

寝癖とかは直すけど、かといってワックスをつけたりもしない。アタシもあまりベトベトするのが好きじゃないから良いんだけど。

 

『ほら!映ってるお団子とかさ!』

「んー...俺は、人それぞれ似合うのがあると思うから」

『それじゃ意味ないだろー!!』

「でっすよね...んー......」

 

それなりに悩んだ椿は、「あっ」と声をあげる。

 

『お、何々?』

「あー、うーん...普段と違う髪型、とか?」

『何だよそれ』

「例えば、長い髪した女子がいきなりばっさり切ったのを見たときとか、三つ網みしてるのをバサッとほどいたりとか」

『イメチェンって奴か?』

「多分それ。もしくはギャップ萌え?」

『じゃないだろ!髪型を聞いてるんだけど!?』

「えー、これもダメかー?じゃあな_______」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

結局、椿からそれ以上有益なことは掴めなかった。だが、アタシにしか出来ない有効手段がある。

 

椿が無意識にどんな子を目で追うことが多いのか、同じ視界を共有しているアタシには丸分かりだった。数日間、見続けて________よく眺めていたのは、少し長めの三つ網みだった。

 

勿論これを椿に報告なんてしていない。当時はアタシがまたアタシとして生きれるとは思ってなかったし、単なる興味というか、からかうネタの補充のつもりだった。

 

(それが、今ではこうしてるとはねぇ...)

 

短い髪ばかりだった自分のイメチェンも出来る、中学生になってから学びたいと思ってた女子力の一端も鍛えられる。長くしても、纏めればあまり邪魔にならない。

 

それでも、この髪型にしてる一番の理由は、椿が比較的好きな髪型でアタシに対するギャップ萌えを狙ってるからだ。

 

(元はセミロングのアタシがやってりゃ、萌えるかはともかくギャップはありでしょ)

 

「ミノさーん」

「はいはい」

「お弁当届けて貰っていい?私も準備しちゃうから~」

「お任せを!」

 

椿本人すら自覚してない好み(多分そう)を用意して、アタシは今日も家を出る。

 

(さてさて。椿は今日も見てくれるかな?)

 

幼なじみの反応を想像して、楽しみにしながら。

 

 

 

 

 

『山もなく谷もなく、ただひたすら椿と芽吹がプラモデルを作る話』

 

 

 

 

 

『芽吹、本当によかったのか?色々貸して貰って...』

『女子の間で広まりにくい趣味なのは分かってますので、折角椿さんが興味を持って頂けて、もう少し凝った物を作りたいというなら喜んでお手伝いさせて頂きます。一人分なら大したこともありませんし』

『なんか悪いな...』

『そのぶん、指導もしっかりさせて頂きますね』

『...分かった。お願いします』

 

先日、芽吹とそんな会話をした。面白くなってきたプラモ製作をより深くやるため、こっちに来てから道具をほぼ揃えたと言う芽吹のお世話になることに。

 

そして、俺は芽吹の部屋のインターホンを鳴らした。

 

「はーい...椿さん。どうぞ」

「ありがとう。お邪魔します」

 

他の寮の部屋と比べると物が少なく、一角をプラモデルが占領しているくらいの場所に通され、荷物を降ろす。

 

「ちょっと意外だな」

「何がですか?」

「夏凜みたくトレーニング器具を沢山用意するものかと」

「それをするには少し狭いですし、私の部屋には何故か他の防人が来ますから。それに、機械に頼らなくてもトレーニングは出来ます」

「確かにな」

 

いらないと言うわけではないが、ないなら別の手段で鍛えればいいと思っているんだろう。最悪夏凜の部屋に行けばいいし。

 

「それで、本題ですが...」

「あぁ。今回は折角だし新しいの買ってみました」

「随分厚い箱ですね」

「フルアーマーセットだからな」

「フルアーマー?」

「あぁ...最終決戦仕様として装甲と武器を増し増しにした奴よ。男は皆決戦仕様とか漆黒な機体とかが好きなもんなのさ...」

 

後は大型ランスとかパイルバンカーとか二刀流とか。そこには意味はなくてもロマンがある。男には本能的に求める理想がある。

 

「これも重装甲にしたのに、ボロボロになるまで戦って最後は勝つために残骸になる...って、分かんないよな普通」

「い、いえ...でも、詳しいんですね?」

「昔銀と一緒に見てたアニメのロボットなんだよ。それなりに前だから売られてるとは思ってなかった」

「そうなんですか...少し興味ありますね」

「見るときあったら一緒にレンタルでもしようぜ。俺も久々に見たい」

「分かりました」

「んじゃ...今日はよろしくお願いします。先生」

「先生ではありませんが...なるべく頑張ります」

 

芽吹先生に礼をすると、彼女は苦笑していた。

 

 

 

 

 

「二度切りするのは良いが、破片が吹っ飛んでくのは勘弁して欲しいな。箱に入れようとしてもダメだ」

「ある程度は仕方ないです。私も掃除しますから」

「そう言ってくれるとありがたいけど...」

「それより、これを」

「前も使ったペンだな。了解。これを白くなった所に使って誤魔化すと...」

「いえ、二度切りした箇所にも使って欲しいですけど...溝がありますよね?そこに線を引いて欲しいんです」

「分かった。やってみる...っとと」

「はみ出したらすぐ綿棒かティッシュで拭き取れば消えますよ」

「ありがと...」

 

芽吹の指示は的確で、指示通り動けば失敗しないので安心する。

 

「おぉ!立体感出てるな!」

「基本、モールド線と呼ばれている場所ですね。キットの出来が良いのでこれだけでグッとくると思います」

「確かに確かに!」

「後は...部分塗装もしてみましょうか。次のこのパーツ、二度切りの後をやすりで削ってから、このペンで塗ってください」

 

渡されたのはやすりとマーカーペン。今まで使ってきた墨入れペンよりも太い。

 

「やり方は絵の具で絵を描くのと同じです。一方向から何度も繰り返してください」

「てっきり筆とかスプレー缶でやるもんだと思ってたけど、違うんだな」

「筆は洗う手間が出来ますし、缶は少し高めでまだ買う余裕がないので...艶消しくらいしか買ってません」

「成る程な」

「突然あげるって渡されたら、怒りますからね」

「俺の行動先読みしないでくれよ...分かったから。しないから」

「なら良いです」

「んっ...し、こんな感じかな」

 

パーツを色んな方向からまじまじ見る。こうして自分で手間隙かけた物が形を成していくのは嬉しい。

 

「楽しいなこれ」

「外装パーツに隠れてしまう内部の墨入れはお任せします」

「?やらなくてもいいのか?」

「大工の娘としては内部を怠ることを許しませんが、単純に作業が増えるので椿さんのやる気次第だと思いますから」

「ならやるよ」

 

やってる作業の繰り返しが増えるわけだが、彼女の目の前でその意思を踏みにじるようなことはしない。

 

「それに、楽しいしな。こうして作るの」

「そうですか...良かったです」

 

 

 

 

 

「よし!後は乾かすだけ!!」

 

出来上がった機体は、芽吹指導のもと艶消しスプレーというのを吹いている。 光の反射を均一にしてよりリアルっぽさを出すためらしいのだが、そんな理屈は抜きにしても自分が手塩をかけて作り上げたものがかっこよくなるのは嬉しかった。

 

「ありがと芽吹!本当助かった」

「椿さんのやる気があればこそですよ。正直、こんなに集中するとは思いませんでした」

「え...あ!!」

 

気づけば午後四時を回っていた。完全にお昼をすっぽかしている。

 

「やっちまった...ごめん!」

「いいですよ。言わなかったのは私ですし...嬉しかったですから」

「芽吹...」

 

もう一度だけ感謝を告げてから、少しだけ考える。何か芽吹にお礼がしたい__________

 

「......お前、昼は抜く?」

「え?は、はい。早めの夕飯にしようとは思ってますけど...」

「よし。じゃあ出かける用意してくれるか?」

 

スプレー缶特有の臭いを充満させないよう換気していた窓を閉め、コートを羽織った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あ、メブ遅かったね」

「雀...弥勒さんまで。またですか」

「私も、いる。楠」

「失礼しています、芽吹先輩...」

「しずくに亜耶ちゃんも?どうしたの?」

「いやね、買い物してたあややから、メブが古雪さんのバイクに乗ってたって聞いたからさ~」

「っ!」

「その反応...何かありましたの?」

 

雀の言葉に一瞬だけ狼狽してしまい、弥勒さんが見逃さない。

 

「別に...ただ、プラモデル作りを手伝ったお礼にとご飯をご馳走になっただけです」

「んだよ、つまんねーな」

「シズク...私は事実を言っただけよ」

「すみません芽吹先輩...私が喋ったせいで」

「亜耶ちゃんは悪くないわ。それをネタに集まった皆が悪いんだもの」

「ヒッ!すいませんでしたぁ!!」

「雀さん!?ずるいですわよ!!!」

 

一睨みすれば、雀と弥勒さんが走って部屋から出ていった。静かな空気が一気に取り戻される。

 

「...んで、じゃあなんでビクついたんだよ。堂々とすぐ言わないなんて楠らしくねぇ」

「......なんでもないわ」

 

『お店の方が美味しいだろうが、高いとこ奢るってのも芽吹は遠慮しちゃいそうだしな...食べたいもの言ってくれ。全力で作らせてもらう』

 

「うん。なんでも、ないの」

 

『お待ち。本気出して芽吹のためだけに作った。食べてってくれ』

 

「楠?」

「芽吹先輩?」

「お、美味しかっただけよ!それだけ!!」

 

『芽吹のためだけに______』

 

無意識に頭が振り返るのはその言葉で、その時の椿さんが見せた優しい笑顔で。

 

(な、なんだか...恥ずかしいっ!!)

 

熱い顔を手で隠して、二人から目をそらした。

 

「...へー、面白いことになってきやがったな」

 

その熱さの理由を、私は知らない。

 



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ゆゆゆい編 25話

今日は雪花さんの誕生日!おめでとう!北海道で彼女がどう戦ってきたのか知りたい反面、ゆゆゆいで過去を嫌そうに語る彼女を見るとこのまま幸せそうにしていて欲しいと思い。おのれ神樹。

そしてお待たせしました。今回は逝風さんをはじめとした多くの方々のリクエスト回です。もうこれで部屋の壁を一人でバンバンやらなくてすむ!!


「椿ー」

「どしたー?」

 

今日は一段と冷え込んでるらしくて、部室にいても肌寒い。外へ向かう依頼がなくてよかったと須美ちゃんのいれてくれたお茶を飲んでいると、隣に銀が座ってきた。

 

「園子がなー、言ってたんだよ」

「んー?」

「前、皆に壁ドンしたってホント?」

「ごふっ」

 

現実の攻撃はなにもされてないのに、アッパーカットを貰ったような反応をしてしまった。

 

「あ!ホントなんだ?」

「いや、まぁもう何年も前のことだし...」

 

もとの世界の銀がいなかった時だから、二年近く前になるだろう_____西暦にいた時もやったのだが、ここに若葉達がいない以上言わなければバレはしない。

 

「大体、昔なら銀にもやったじゃんか」

「そりゃそうだけどさ...昔やられるのと今やられるのは違うわけで」

「はぁ......」

「というわけで、やって」

「えぇ...」

「ほーらー!」

「やだよめんどくさい...寒いし」

 

大抵ろくな目にあってないので断固お断りしたいところではあるのだが、銀がそれを気にする筈もない。

 

「椿...おねがぁい♪」

「らしくないことしてるんじゃない」

「あぅ」

「残念だったな。お前の攻撃は滅多なことでは効かんぞ」

 

銀に甘えた声を出されようと、こいつに限れば聞き慣れ過ぎて耐性はついている。人差し指で彼女のおでこをつついた俺は、話は終いだと言わんばかりにお茶を飲む。

 

「くっ...こうなれば!アタシよ!園子よ!!」

「はい!!参上しました!」

「同じく~!」

 

即興劇に付き合いだしたのは小学生の銀ちゃんに園子ちゃん。須美ちゃんは頭を抑えていた。

 

「ごにょごにょ...」

「ふんふん...成る程!」

「分かりました~」

 

明らかに面倒な予感がするので逃げたいが、三人をどけないと扉に迎えない。かといって窓から逃げるのは流石に非常手段。

 

(ここで窓から出るのを手段として考えてる辺り、変わっちまったなぁ...)

 

決して長くない思考の時間で三人が布陣を整えてしまった。

 

「つっきー先輩。私にやってください~」

「椿さん!壁ドンお願いします!」

「椿、ちっちゃい子達のお願いを聞かないわけにはいかないよな?」

「いやいや...」

 

高校生が小学生に迫るのは間違いなくアウト。逆ならまだ微笑ましい一時に見えるかもしれないが、それは完全に襲ってる姿である。

 

「二人とも、銀にどう説得されたのか知らないけど、普通に怖いだけだぞ?あと銀ちゃんには昔の俺がしてるし」

「ダメですか?」

「ダメ。まず需要がないだろ」

「私達はお願いしてるのに~?」

「...銀に言われたからじゃん?」

「じゃあこうしよう!小学生組以外のメンバーから五人、椿の壁ドンをされたいって言う人がいたらやってもらう!この賭けのことは話さないで!!」

 

銀が勝ちを確信したように言ってきて、既にどや顔になっていた。

 

「...いいぜ」

「!」

「ただし、勇者部の中からだけ。友奈達神世紀勇者と若葉達西暦四国勇者は対象外だ」

「「え~!?」」

「なんでだよ!」

「もう一回やってるからな。ていうかそうじゃなかったら五人なんて楽すぎるだろ!!」

 

勇者部で残っているのは、歌野、水都、雪花、棗、防人組に亜耶ちゃん。半分以上呼ばれなければ俺の勝ちだ。

 

「どうした?やめるか?」

「今更やめれるか!その勝負乗った!!」

「賭けって言うからにはお前らが負ければ代償を払ってもらうからな」

「...アタシの体を好きに」

「しねぇよ!!くだらない賭けの対象にされてたまるか!!!」

「じゃあどうすんだよー」

「...考えとく!」

「じゃあミノさん!ミノさん先輩!行きましょう~!」

「おー!」

「やったるぞー!!」

 

ドタドタと部室を走っていく三人。音が聞こえなくなってから、俺は大きく息をついた。

 

「はぁぁ...」

「すみません椿さん。そのっちと銀が」

「須美ちゃんは悪くないから...なぁ、そんなに壁ドンって良いものだと思う?」

「やられたことないのでなんとも...好きな人に迫られる。というのは悪くないのかもしれませんが」

「ふーん...」

 

ちょっとぬるくなってきたお茶を飲みきる。さっきまでの騒がしさが幻のようだった。

 

「明日もこのくらい静かだといいなぁ...」

 

 

 

 

 

「ところで椿」

「なんだよ銀、戻ってきたのか?」

「さっきの話だと、若葉達にもやったの?」

「さよならっ!!」

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(昨日、あんなフラグを立てたせいでっ!!!)

 

翌日。部室の椅子に座った俺は昨日の思いを滅茶苦茶恨んだ。

 

俺の前には、ニヤニヤしている銀、園子ちゃん、銀ちゃん。その隣に、棗、歌野、雪花、芽吹、弥勒さん。

 

(何で揃ってんだよぉ!!)

 

曰く。

 

「椿と仲良くなれる方法があると聞いて」

「杏さんから借りた恋愛小説を読んで、折角ならやられたいなと」

「園子ちゃんの顔で面白そうなことが起こりそうだと思ったので」

「今いる勇者はやられてると。動揺しない精神を鍛えられそうでしたから」

「私(わたくし)は令嬢として、経験しておこうかと」

「そんな...」

 

返事を聞いて項垂れる俺。ノリノリの銀達。何故か睨んでくる他の勇者達。

 

「誰も賭けの話はしてません!」

 

確かに賭けの話はしていないだろう。それ以外に言ったことは大いにありそうだが。

 

「勘弁して...」

「諦めろ椿!やらなきゃ終わらない!!」

「私達にもお願いしますね~」

「くっ...あぁ!やってやる!やってやるよぉ!!」

 

賭けに乗ったのも自分、賭けに負けたのも自分、もう仕方ない。覚悟は決めた。

 

「さぁ!やられたい奴から並びやがれっ!!」

「古雪先輩、大丈夫なんでしょうか...?」

「面白いのでそのままにしておきましょう」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

一人目。棗。

 

「じゃあ壁に立って」

「こうか?」

「あぁ。さっさといくぞ...」

 

壁に手をつけ、ぐいっと棗に寄る。鼻先がくっつきそうなくらいで、棗が目を開いた。

 

「好きだ。棗」

「...私も好きだ」

「へ?」

「あっ...凄いなこれは。緊張する。またやってくれ」

「あんまやりたくないからこんな事態になってんだけどな...俺だって緊張するんだよ」

「そうか...なら、今度は私がやろう」

「ちょっ」

 

腕を取られて俺が壁側に回される。そのまま手をドン。

 

「!?」

「好きだ。椿」

「!?!?」

「「ビュオオオオオ!!」」

「どうだ?」

「...はっ!?あっ、よ、良かったです......」

 

混乱している頭のままバカ正直に答える。女子が壁ドンいいと話す理由の一端が理解できてしまった気がして怖かった。

 

「ならよかった」

 

 

 

 

 

二人目。歌野。

 

「さぁ椿さん!プリーズ!」

「はい...もう何でもいいや...」

 

一人目で既に疲労困憊。正直ささっと済ませたいが、賭けに負けた以上中途半端にやっても怒られる。

 

「いくぞ」

 

勢いよく壁をつくと、元気のよかった歌野が一瞬震えた。それがどこか俺の感情を揺さぶる。

 

「...歌野」

「わ、ワッツ?」

「俺のそばにいてくれ。お前がいないとダメなんだ」

「...!!!」

 

ボッと顔を赤らめる歌野。普段見ない顔にちょっとだけ壁ドンやって良かったかもと思ってしまった。

 

 

 

 

 

三人目。雪花。

 

「じゃあお願いしまーす」

「お前もノリノリだな。普段めんどくさがること多いくせに...」

「折角ですし」

「...じゃ、やりますよ」

 

じりじりと寄って、肘まで壁につける。

 

「なぁ。お前さ。俺がこんなに好きって思ってること気づいてないだろ?」

「...そういうパターンですか~?」

「パターンとかじゃねぇよ。よく見ろ」

 

互いの息が交わる距離で、雪花の瞳を見つめ続ける。

 

「...」

「そらすなよ」

「さ、流石に恥ずかしいです...」

「じゃあどければいいだろ?」

「くぅ~...意地悪ですなぁ」

 

結局、二分くらいして雪花が「もう限界です!ありがとうございました!」と俺の胸を押した。

 

 

 

 

 

四人目。芽吹。

 

やられる前から顔をほんのり赤くしてる芽吹を見て、逆に少し冷静になれた。

 

「嫌ならやらなくていいんだぞ?」

「いえ。嫌では...椿さんのように慣れてないので」

「俺が慣れてるみたいな言い方やめてくれる?」

 

確かに回数で言えばとんでもないことになってるが、慣れてるわけではない。どちらかと言えば無茶ぶりに慣れた。

 

「そら、壁に立って」

「はい」

 

彼女の背中を壁につけさせ、俺は目の前に立つ。

 

(......なんというか)

 

芽吹と意識してこんなに近づいたことがないからか、どこか新鮮に思えた。

 

「あの...椿さん?」

「っ、悪い」

 

芽吹の声で我に返り、壁を叩く。

 

ひっかかることなんて無いだろうと確信できるさらさらな黒髪、健康的な体を主張する肌、初めて間近で見る顔。

 

ドキドキするが、それ以上に________

 

「綺麗だな。芽吹って」

「......!!!!」

 

歌野のように少しだけ間があってから、芽吹の顔がリンゴのごとく赤くなった。

 

 

 

 

 

五人目。弥勒さん。

 

「芽吹さんがあんな風になるなんて...何を言いましたの?」

「別に変なことは言ってないぞ?ただ綺麗だなって」

 

俺の声は周りに聞こえないくらい小さかったようで、中身を言うと「凄い...」と誰かが呟いた。ちなみに、園子ズは最初からメモの書き込みが止まってない。

 

「で、やるんですか?」

「当然です!弥勒家の者として経験しておき、いかなる時でも余裕を崩さないようにしておかなければ!」

「そ、そうか...」

 

謎の気迫に押され、既に麻痺しっぱなしの頭はそれを素通りさせる。

 

(てか、こんなん正気でやってられるか...)

 

どこを見ても美少女だらけ。そんな子達が自分から迫ってこいと要求してくるのだ。勇者部じゃなければ後日金を請求されたって不思議に思わない。

 

「ほら、弥勒さんもやるならさっさとしてください」

「分かりましたわ。さぁ!来なさい!」

 

余裕を崩さないようにするための練習なら、ちょっと強めにやってもいいだろう。今日一番の強さで壁に手を叩きつける。

 

「ひょえっ!」

 

誰かが音に驚き声をあげ、棚の上に飾っていた魔王のパペットが一つ落下した。

 

「古雪さん...」

「喋って良いって誰が言ったよ?」

「は、はひっ...」

「そうだ。そのまま黙って...そのまま俺の女でいればいい」

 

出来上がったのは、ちょっとやり過ぎたと後悔する俺と、完全に余裕が崩れてる弥勒さんだった。

 

 

 

 

 

六人目。園子ちゃん。

 

「やっぱ、やるんだよね...?」

「私達がお願いしたんじゃないですかー!」

「そうですよー!!」

 

今回の仕掛人達が騒ぐが、流石に小学生相手に力強くやるのはいじめの臭いがして不味い。

 

「...どんな感じにやればいい?」

「じゃあじゃあ!アタシはこう、ゆっくり...」

「私は~。両手でドンッて!」

「あ、でも顎クイとかも良いかも」

「わかった!やるぞ!園子ちゃん!」

 

追加項目が五、六個になって手遅れになる前に園子ちゃんを壁へ追いやった。

 

園子以上にキラキラした目が俺を射抜く。

 

(これはセーフこれはセーフ...)

 

「つっきー先輩。お願いしまーす」

「任せろ!」

 

注文通り両手で彼女の頭を囲うように押しつける。身長を少し合わせているので腰に来ていた。

 

「つっきー!そのまま一言!!」

「なんでお前が言うんだよ...園子ちゃん、俺がいるからね」

「はわ~!ありがとうございます~!」

 

お気に召されたのか、園子ちゃんはキラキラしていた目を更に輝かせていた。

 

(これが、純粋ではあるんだが...)

 

大体こういう目をしたときは、数年後の自分と一緒に混沌を生み出す時だから素直に喜べない。

 

 

 

 

 

七人目。銀ちゃん。

 

「次、銀ちゃん」

「やっとアタシか~。待ちましたよ椿さん!」

「本当なら、昔の俺にやられて満足しといて欲しいんだが...」

 

本物の銀でありながら、年が変わるだけで随分変な感じがする。

 

「ゆっくりだったっけ。じゃあ、そっといくぞ」

 

銀ちゃんに近寄り、音も立てないレベルで壁に手を置く。

 

「銀ちゃん...」

 

こうしてよく見ていると、昔を思い出す。以前はぎこちなくやったが、今回は(あまり言いたくないが)経験値が違う。

 

「よしよし...」

「あ、あのぅ...椿さん、他の皆とアタシの扱いがちょっと違うような...」

「そりゃそうだろ」

 

別にあぁやらなきゃいけないなんて誰も決めてないし、俺だって人によって変えてる。

 

「だって銀ちゃんだしな」

「そ、そうですか......」

 

 

 

 

 

結局、一分くらいして銀ちゃんから離れた俺は、諸悪の根源を睨む。

 

「さて。あとはお前だけだな...銀」

「待て待て椿。その前に...おーい須美ちゃん!」

「は、はい!?」

「椿に壁ドンされたら?」

「おいっ」

 

思わずツッコミを入れる。

 

「だってちっちゃいアタシの凄い見て」

「!そんなこと私は」

「どうせ一人二人増えたところで変わらないでしょ?椿」

「......まぁ、そうだけど」

 

もう拒否する権利が俺にないことくらい分かっている。

 

「というわけで、どう?今なら椿もやってくれるよ?」

「私は...」

「でしたら椿先輩。私にお願いします」

「うえっ!?」

 

手をあげたのはまさかの亜耶ちゃん。

 

「はーっ...はーっ...」

「芽吹先輩がまだこんなに顔を赤くして...私も体験してみたいです」

 

(アトラクションか何かだと思われてないか?これ)

 

しかし、そう考えるとまだ気は楽だ。理想は疲れてそうだからやめましょうと言ってくれることだけど。

 

「じゃあ亜耶ちゃん、そこに立って」

「はい。よろしくお願いします」

 

何故か目を閉じてる彼女にごくごく普通の壁ドンをする。片手を置いて、逃げ場をなくして。

 

目を開けると、俺の顔が近かったのか半歩後ろに下がった。勿論壁に遮られて半歩分も下がれていない。

 

「亜耶ちゃん...これでいいの?」

「はわわ...これは......」

 

色白の頬が薄く赤くなる。

 

「ど、ドキドキしますね」

「まぁ、好きな人にやられてなんぼだと思うんだけどな...」

「でしたら平気ですね。私、椿先輩のこと大好きですから」

「...亜耶ちゃんは良い子だな~」

 

勇者部の中でも純粋っていうのは、逆に悪い人に騙されないか心配になる。しっかり守ってあげないと。

 

「椿先輩、くすぐったいですよー...」

「あ、ごめん。ついな」

 

頭を撫でていた手を離し、心を落ち着かせる。

 

「さて...あとは?」

「お望みでしたら私がやられましょうか?」

「別に望んでやってはないから。大体、ひなたはもうやってるだろ...」

「つ...椿さん!やってください!!」

 

ずずいと出てきたのは須美ちゃん。奥の方を見ると、銀が親指を立てている。

 

(焚き付ける必要はまるでないんだが...)

 

「...良いのか?」

「覚悟は決めました!」

「そんな、無理してやられるもんじゃ」

「無理してません!私が望んだことです!!」

「へぇ...」

 

いつも真面目な須美ちゃんが、周りに煽られたとはいえこうして出てくるのも珍しい。暴走するのが見慣れてきた東郷はあまりそう感じないのだが。

 

「...じゃあ須美ちゃんはさ」

 

どこか落ち着かなくて、そのまま彼女の肩を掴んで壁までつれていく。触れる時は優しく丁寧にだが、そこからは勢いよく壁を叩く。

 

「高校生の男子に、自分からこうされたいって思ったの?」

「ぁ...」

「こんな風に攻められたいって思っちゃったの?イケナイ子だね?」

 

その顔がついからかってしまいたくて、顎に手を当てて少しだけ上にした。須美ちゃんは涙目で______

 

(って、ヤバい!)

 

「ごめん須美ちゃん!やり過ぎたな!?」

「い、いえ...お願いしたのは、私なので...あ、ありがとうございました!!」

 

押されて、離れた彼女は部屋の隅っこへ移動する。顔は隠されて見えないけれど、耳まで真っ赤だ。

 

「はぁ...」

「あとは?椿にやられたい人~」

「雀さんはやられませんの?」

「えーいいよ。私やられたらきっと『雀...お前はずっと雀の様に震えてろ』とか言われてその通りになっちゃうよ。座り込んでるところに目線合わされてさらに壁バンバンされちゃうよ」

「嫌に具体的ですわね...」

「というか、もう俺そんなイメージなのね...」

「私は面白そうだけど、疲れてそうだから今度でいい」

「今度やる機会もなくして欲しいんだが」

「それは困る。俺が乗り気だからな!!」

 

唐突にシズクに変わったので驚きつつ、説得は無理だと悟る。正直諦めたくなかったが、俺も色々疲れた。

 

(流石に、振り回され過ぎ...)

 

「みーちゃんは?案外楽しいわよ?」

「わ、私は...もう皆の見てるだけでお腹一杯...」

「じゃあ後はアタシだけかー。椿。よろしく」

「これで終わりか...」

「椿さん。ちょいちょい」

「?」

 

雪花に手招きされて近寄ると、もっとと催促された。ギリギリまで寄ると耳元で話される。

 

「どうせならこう言いません?ゴニョゴニョ...」

「ふむ...!!」

「一矢報いれそうじゃないですか?」

「確かに...」

 

他の皆と同じように壁ドンされるのを楽しみにしてる(それもおかしな話なのだが)銀から一本とるには良いかもしれない。

 

「椿ー、早くー」

「わかったよ。ほら、そこいけ」

 

銀は大人しく壁を背に立つ。俺はその目の前まで寄る。

 

「よろしく」

「...あぁ。やってやるよ」

 

別段、特別なことはしなかった。ただ壁に手を叩き、銀に詰め寄る。誰よりも近づいて、彼女の瞳以外が映らないくらいになってから、俺は__________

 

「You are the most beloved person to me」

「...へ?」

 

不意をつき、英語を放った。

 

「はい終わり。じゃあ今日は解散ってことで!」

「え、待って椿!今なんて言ったの!?ねぇ!」

 

逆に俺に詰め寄ってくる銀に対して、俺は笑顔で振り向いた。

 

「二度も言うか。バーカ」

 

ちゃんと聞き取らせない、からかう目的で言った言葉だ。二度も言わない。

 

(だって...そうじゃなかったら、恥ずかしすぎるわ。バカ)

 

自分の頬がちょっと熱くなってるのを感じながら、俺は帰りの支度をした。

 

「いや、なかなか破壊力あるにゃあ...」

「ねぇ椿!!ねぇってばぁ~!!!」

 

 

 

 

 




「You are the most beloved person to me」

訳 あなたは私にとって最愛の人です。

ちなみに考えたサブタイは「壁ドンA」でした。随分前のRがリターンズ、Aがオールです。

若干名、やれてないんですが...水都ちゃんとしずくが自分から壁ドンされにいく状況を作れなかった(雀は具体的に想像させてるのでノーカン)。どっかのタイミングでいれられれば良いなぁと思います。


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ゆゆゆい編 26話

今日は香川の方でゆゆゆ文化祭がありましたね。行った方々楽しそうで何よりです。羨ましいです(本音)この作品に限らず、ハーメルンにある作品でファンになった方が行ったとかあると嬉しいですね。

今回もリクエストになります。


「すみません!待たせちゃった?」

「私が早く来すぎただけだから...そんなにも待ってないし」

「そっか!よかった...」

 

普段待ち合わせすることがあまりないので少し早めに来ていたけど、彼女も待ち合わせに指定した時間より早く来たのでよかった。

 

「じゃあ、目的もあるわけだし行きましょうか」

「今日はわざわざ私のお願いに付き合って貰って...」

「私も興味はあったから」

「!」

 

(私はあまりしない顔ね。高嶋さんにもこのくらいちゃんと感情を出せれば...いやでも...)

 

「千景さん?」

「...何でもないわ。行きましょう。彩夏さん」

「はい」

 

私達はひとまず目的の服屋さんまで足を運んだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「なぁユウ...別に尾行する必要なんて」

「あ、椿君行ったよ!追いかけよう!!」

「おーい......」

 

普段なら話を合わせるのが上手いユウが俺の話を無視して腕を引っ張っていく。俺は引きずられるわけにもいかずバランスを崩しながらついていった。

 

ユウが言う追いかける対象は、千景と俺のクラスメイトである郡彩夏の郡コンビ。何も知らない人が見れば姉妹だと疑いそうな見た目の二人が揃って歩いていく。目的地は洋服屋さんの筈だ。

 

クラスで郡が『千景さんと出掛けられれば...』と呟いていたのを風と棗が聞いたらしく、事情を聞くと『客観的に自分のコーデを見たい』とのこと。要は自分とそっくりの人をマネキン代わりにしたかったらしい。

 

確かに商品を買うにも試着が推奨されるわけだし、自分が着ただけじゃ分からないこともあるんだろう。ファッションに関心の高い彼女なら尚更。

 

(確か雪花もそんなこと言ってた気がするし)

 

そんな感じで、頼むわけではないがとりあえず千景に話してみると、案外あっさり了承し今日の予定が決まった。

 

(千景がすぐ頷くなんて思わなかった...)

 

以前『正直しばらく会いたくない』と言っていた彼女が誘われたとはいえ、少しくらいは渋ると思っていたのだが。

 

で。何故か当日ユウに呼ばれた俺は二人の後を追っている。

 

「本当、どうしたんだユウ?混ざりたいならそう言えばいいだろ」

「それはそうなんだけど...折角ぐんちゃんが新しい友達と仲良くなろうとしてるのを邪魔しちゃ悪いから」

「じゃあ尾行もやめれば...」

「あ、あそこだね」

 

わざわざ尾行する理由も分からないが、聞く前に腕をとられる。

 

(あぁもう...)

 

何が大変って、ユウが俺を連れていくために腕を組んでいることだ。無自覚に俺の腕を胸元に持っていかないでほしい。こっちに対して刺激が強すぎる。

 

「ちゃんとついていくから離してくれ...」

「...ダメ?」

「うっ...だ、ダメじゃ、ない......」

 

今日の俺も、彼女の上目遣いに耐えられなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「成る程...ありかも...」

「そうかしら?」

 

爽やかな色をしたチェックの上着を鏡越しに見て、どうにも落ち着かない私がいる。

 

「うん。可愛く見えます」

「そう...」

 

普段選ばない服だけど、ほとんど同じ姿の人からそう言われれば悪くはないのだと感じて心強い。

 

何でもこのお店は混雑してなければ試着をいくらしても快く対応してくれるようで、彼女はメモを取りながら次の服を選んでいた。

 

「次、この服にこのカーディガン羽織ってください」

 

渡されたのはもこもこしたカーディガン。

 

「これでいいかしら?」

「後ろを...はい。はい。うん!似合ってます!もうちょっとガーリッシュでも良いかもしれません。とすれば...これかな」

 

色々試着して、その度に彩夏さんがメモを取る。服の好みなんかも同じかと思えば、あまりそうではなさそうだ。

 

今日はあまり人がいないのか、時折店員さんにも見られながら約二時間。みっちり話し込んだ私達は、全身コーデのための一式を一つずつ買った。私が選んだのはダークブラウンに灰色の縦線が細くいくつも入ったワンピース。胸元には白いリボンがついていて、腰にも体のラインを綺麗に見せるための紐がついて、後ろでリボンになっている。

 

「本当、ありがとうございました!ずっとマネキンみたいにしちゃって」

「確かに少し疲れたけど...新鮮だったわ。こんなに長く服を選ぶことないから」

「私も普段ならもう少し短いんですけどね...お店の方とがっつり話せたので」

「よかったじゃない」

「はい!ありがとうございます!」

「それは私もよ。良い服を選べたし...」

 

一人じゃあぁうまくはいかないだろう。店員さんから評価を貰うことも。

 

「そろそろお昼にしましょうか」

「あ、そしたらあそこどうですか?」

「あそこは...良いわね。行きましょうか」

 

彼女が指をさしたのは落ち着いた様子の喫茶店。断る理由も特になく店内に入れば、外装と変わらない落ち着いた雰囲気の中、ゆったりとした音楽が流れている。

 

(今度、高嶋さんを誘って行けないかしら...)

 

メニューも手頃な値段の洋食料理。さっきお金を使ったきたばかりなのでちょっと嬉しい。

 

「千景さん、決めました?」

「サンドイッチにするわ。彩夏さんは?」

「私はパンケーキにしようかなと」

「じゃあ頼みましょうか」

 

呼び出し鈴を押してオーダーを済ませる。頼み終わった彩夏さんはさっき書き込んでいたメモ帳を開いていた。

 

「熱心なのね」

「あ、すいません。癖で...二人できてるのに」

「気にしないで。気づいたことをすぐメモするのは大切だから」

 

ゲームでも大事なポイントはよくチェックしている。やることは違っても考え方は同じはずだ。

 

「ありがとうございます...やっぱり、少しでもセンス磨きたいですから」

「分かるわその気持ち。ゲームしててもそう思うから」

「この前古雪君が得意って言ってましたね」

「そうね...彼より上手いかもね」

 

元の時代ではかなり痛めつけた思い出がある。私自身それどころではなかったからあまり覚えていないけれど。

 

「じゃあ千景さん、この後ゲームセンター行きませんか?前半は私の好きなところを見たので、後半は千景さんの好きなところに...あ、勿論ゲームセンターじゃなくてもいいですけど!」

 

そう言われて少し考える。

 

(...もしかして、この子もゲーム得意なんじゃないかしら?)

 

「いえ、そこにしましょう。折角だし色々教えてあげるわ。見てるだけじゃつまらないだろうから」

「分かりました。精一杯頑張りますね!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「ユウ...」

 

今日はいつにも増して振り回されている。服屋では二人を見守る傍らユウも試着して俺に見せてくるし、昼は二人の死角になるような位置でパフェを食べ、何故かあーんさせあった。

 

そして現在、ゲーセンにある格闘ゲームで対戦相手を無双している二人を遠巻きに見ている。

 

(郡、ヤバ...)

 

千景から手解きを受けた郡は、自分でもビックリしているのが周りに分かるくらいの成長をしていた。とてもじゃないが初心者の動きじゃない。

 

(郡一族はゲーム強いのか?)

 

「うわ、今のコンボエグいな...通るのかよ」

「椿君あれ出来るの?」

「いや...ゲーセンのコントローラーじゃ全然。千景とたまにやってる家庭用のなら、千景相手に勝率四割くらいかな」

「家庭用あるの?私に今度教えてくれる?」

「別に構わないけど...千景から教えてもらった方が良いんじゃ?」

「ううん...上手くなってからぐんちゃんと戦って、ぎゃふんと言わせる!」

 

謎に燃えてるユウを注意深く見る。普段なら千景相手にこんなこと言わないはずだ。

 

(もしかして、こいつ...?)

 

「あ、椿君!」

「ん?どうし...!!」

 

ユウに服の裾を摘ままれて見てみれば、二人の郡が男二人に絡まれていた。

 

「なぁなぁ、二人ともゲーム超上手くない?俺らにも教えてよ」

「そうそう。頼むよ~」

「あの、私達は...」

 

二人の性格に態度からして、状況は好ましくないことくらいすぐに分かる。下手にギャラリーを集めすぎたのだろう。

 

いやまぁ、可愛い女子が何食わぬ顔で格ゲーやって、しかも滅茶苦茶上手かったら注目もされる。

 

「ユウ、ちょっと待ってて...ユウ?」

 

隣にいた筈の彼女はいつの間にか姿を消していた。

 

「ごめんなさい。でもぐんちゃんに寄らないで」

「た、高嶋さんっ!?」

「何々友達?君も可愛いじゃん」

「君も俺らと一緒にゲームやんない?奢るからさ」

 

ユウへ伸ばされた腕はその役目を果たす前に払われる。というか、上手く腕を捻っていた。

 

「いてててっ!?」

「ユウ、そのくらいにしとけよ」

「椿君...」

 

ユウの肩を叩くと、彼女が男の腕をパッと離した。筋を痛めたのか痛そうにもう片方の腕で抑えている。

 

「古雪君まで!?」

「何でここに!?」

「なんでだろなぁ...とりあえずあんた達、今のこいつイライラしてるからやめといた方が良いぞ」

「男連れかよ...つまんなっ」

「ちっ!」

 

嫌な顔を隠す気もなく去っていく二人を見送って、一つ息を吐いた。

 

「はぁ...とりあえずお前らも移動しようぜ。目立ちすぎた」

 

 

 

 

 

昼に訪れたのと別の喫茶店で頼んだコーヒーを口に含むと、砂糖が少なかったのか苦かった。ユウにシュガースティックを取ってもらい中身の半分くらい追加する。

 

「じゃあ、今日ずっとついてきてたの?」

「ほとんどな...いや、俺はユウに連れ回されただけだから。自分からやろうとは言ってないから」

「うん。頼んだのは私だよ...ごめんなさい。ぐんちゃん、郡さん」

 

偶然とは言わず、きちんと謝った。特に俺(男子)の場合はストーカー呼ばわりされる可能性もある。千景は俺のことをよく知ってるし大丈夫だろうが。

 

「ぐんちゃん...?」

「千景のあだ名だ。それで...今日のぶんは変な奴らを追っ払ったってことで手打ちにしてくれると嬉しいです。なんならここも奢るから」

 

郡彩夏にとって郡千景は古雪千景になっている。ぐんちゃんというあだ名がどこから来たのか分からない彼女に詮索される前に話を進める。

 

「古雪君、割りと振り回される体質だからね。大丈夫だよ。何も言わないし奢らなくて」

「サンキュー...」

「えぇと...高嶋さんも、気にしない...あ、そしたら今日千景さんがやったみたいに、色々試着してくれないかな?」

「ふぇ?私でいいの?」

「もしいいなら...似合う服多そうだから」

「分かった!やるよ!」

 

俺だけでなくユウへの結論も決まったらしい。大したことなくて安心してコーヒーをもう一口飲んだ。心なしかさっきよりちゃんと味が舌に残る。

 

「んぐっ、んぐっ...じゃあぐんちゃん、椿君、行ってくるね!」

「え、もう行くの?」

「早くしないと遅くなっちゃうし」

「...ユウ、せめて一息ついてからにしておけ」

 

急いで飲んだユウと違って、郡の目の前に置かれてるカフェラテは半分以上残っている。

 

それから十分くらいして二人は出ていった。残ったのは俺と千景だけ。

 

「...結局、奢りじゃねぇか」

 

少しだけ呆れた口調で言うも、目の前の彼女の反応はない。

 

「...私も早く行こうかしら」

「俺だけ置いてかれんの?マジ?」

「だって、高嶋さんが私に似た人と...いえ、貴方みたく私も高嶋さんの試着見たいもの」

「......今回は付き合わされたって感じなんだが...」

「そういえば、なんで高嶋さんは私達を尾行してたのかしらね。古雪君まで連れて」

「ふふっ」

「?」

 

思わず笑ってしまって、それを嫌な風に捉えたのか、千景が「何笑ってんの?」とでも言いたげな顔をした。

 

「いや、な...ちょっと面白くて」

「何が?」

 

決まってるだろう。今日の始めは分からなかったが、今なら分かる。なんてったって目の前に同じ感情の奴がいるんだから。

 

「きっと今のお前と一緒だからさ」

「え?」

「『嫉妬』してたんだろ。新しく出来た友達に自分の親友が取られるかもって。今のお前と同じだ」

「!!?」

 

俺の言ってることを理解した千景は一瞬で面白いくらいに動揺した。

 

「た、たたた高嶋さんが!?そんな、そんな...」

「ま、あくまで俺が思ってることだけどな」

「高嶋さんが......」

 

(こりゃ聞いてらっしゃらない)

 

今にも溶けていきそうな顔を隠しきれてない千景にちょっとだけときめきながら、俺はコーヒーを飲みきる。

 

「じゃ、俺達も行くか。真相は本人にでも聞いてこい」

「そうね...そうね!!」

 

その日の帰り道、千景とユウは腕を組んで帰って、一緒に寝たんだとか。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「た、高嶋さん」

「なぁに?ぐんちゃん」

「...何でもないわ。おやすみなさい」

「うん。おやすみ...」

「あっ...」

「ぐんちゃん、温かいね」

 

「高嶋さんこそ......」

 

 

「えへへ~...」

 

 

 

「「おやすみ」」

 



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誕生日記念短編 気持ちを伝える

今日は千景の誕生日!おめでとう!

ゆゆゆい原作だと、少しずつ大人になっているというか、成長してる感じがして嬉しくなりますね。


「やめて...古雪君!!」

「許せ千景。俺にはこうする他なかったんだ」

 

俺は無情にも千景に向けて弾を放つ。俺自身が狙わずとも、これだけ距離が近く、無防備な姿を晒す彼女には間違いなく当たるだろう。

 

己の欲望の為だけに千景を倒す。そこに後悔はない。達成感と幸福感に包まれた俺は笑みを溢した。

 

「さぁ。貰ったぞ」

 

千景の横を通りすぎた俺は________

 

 

 

 

 

「ちょっと通りまーす」

「銀さんっ!?」

 

後ろから来た光輝く銀に跳ねられ、誰よりも早く目の前のゴールを切ることが出来なかった。

 

「一位~!」

「続けて二位です!」

「何とか四位ね...」

「......八位かよ。はぁ」

 

華麗な逆転負けを許した俺は、大きなため息をついた。

 

「あそこでスター突撃とか...」

「妨害なんてよくあることだろー。お前だって千景に赤こうらぶつけてたじゃん」

「くっ...」

「千景さん、イェーイ!」

「えぇ。二人とも助かったわ。思ってた以上に上手いのね」

「椿とやってましたから!」

「アタシも」

「...そりゃ、同一人物なんだから一緒だろ」

 

運が悪かったと割りきり、ツッコミながらコントローラーを置いた。

 

今通話しているのは、二人の銀に千景。話題は今やっているレースゲーム。言い方を変えれば通話しながらの通信対戦だ。

 

「ていうか、もうこんな時間か...銀ちゃんは寝なさい」

「あ、ホントだ...皆さんも夜更かしし過ぎないよう気をつけてくださいね。おやすみなさい」

「アタシも今日は寝ようかな。椿、千景、おやすみ」

「おやすみなさい。二人とも」

「おやすみ」

 

ヘッドホンから通話を切断する音が二回鳴って、俺は残ったもう一人に備え付けのマイクを使って会話する。

 

「どうする?このままやっててもいいが...コンピューター10人は流石につまらないよな」

「それなら別のにする?」

「そうしますか。ちょっと飲み物入れてくるから、その間に決めといてくれ」

「分かったわ」

 

ヘッドホンを置いて自室を出ていき、粉末と牛乳、レンジを使って簡単なココアを用意する。たまにはこういうのも悪くない。引き返すと通話中の画面を映すスマホに、新たな通知が示されていた。

 

『あとは任せた!』

 

「へいへい...」

 

『任せろ』とだけ送って、ヘッドホンをつけ直す。

 

「お待たせ、決めたか...決まってそうだな。ちょっと待っててくれ」

 

レース画面を消し、新たなソフトに入れ換える。通話先から聞こえる音で、なんのゲームを入れればいいか分かっていた。

 

「今日はどこまでやれるかなっ...と」

「頑張って勝って貰わないと張り合いがないわ」

「いや...千景相手に勝率半分近くなってきた時点でかなり頑張ったよ俺」

 

起動させたのは所謂格ゲー。通信対戦は出来るものの、少し古いソフトだ。

 

「最初は全敗だったんだぜ?」

「しつこかったわね...あの時は」

「傷つく言い方をしてくれる」

 

小中学生時代もそれなりにゲームをやっていたが、西暦に行って千景とやりだした頃は勝てた試しがない。エンジョイ勢とガチ勢の違いというべきか。

 

彼女は俺を排斥したい一心で今より本気だっただろうし、逆に俺は千景と仲良くなるための手段として考えていたから勝ち負けは重要視してなかった。というのもあるだろうが、それでも普通なら心を折るレベルである。

 

「にしても、そう考えるとホントよかった。今こうして千景と楽しくゲーム出来て」

「...そうね。人が来ないでって言ってるのにバカみたいに何度も何度も部屋まで来て、ゲームでボコボコにされてた人だけど」

「おーい千景さん。さっきから悪意入ってない?」

「でも」

 

耳に響く声が一段大きくなる。

 

「私は、そんなバカみたいに諦めない人から、大切なことを学ばせてもらった。助けて貰った...あ、ありがとうね」

「っ......」

「な、何か言ったらどうなのよ」

「...いや、ちゃんと言われるのって、なんか恥ずかしいなって」

「っ~!!」

言葉にならない声が漏れて、頬をかく。恐らく千景と同じように俺の顔も赤い。

 

(いや、あの...突然言われると)

 

「...っと、その...」

「......」

 

しどろもどろになってしまい、更にそれが相手に伝播してるのかまともな返事が来ない。

 

(き、気まずい...)

 

「「あの。ぁ、どうぞ」」

 

譲る言葉さえ被った瞬間、もう耐えきれなかった。

 

「ぷっ...くくっ...あはははっ!!」

「笑いすぎ」

「いやー、悪い悪い...」

「全く...私だけ真面目に話して、バカみたいだわ」

「はぁー...そんなわけあるか。凄い嬉しいよ。千景からそう言って貰えて」

 

彼女からそう言って貰えるなら、過去に行った意味も、命をかけた意味もあった。心からそう思える。

 

だから俺は、思ったことをそのまま口にした。

 

「お前の力になれてよかった」

「...貴方、いつか刺されるわね」

「何で!?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ここで!」

「あー!!!くそっ、やられたか...もう一回だ千景!」

「いいわよ」

 

なんだかんだで始まった古雪君とのタイマンは、勝率六割。ただ、今日は二人ともプレイミスが多かった。原因なんて分かりきっている。

 

(あんな会話するから...!)

 

でも、そんなミスが嫌とかってわけじゃないし、寧ろ本音をちゃんと言えて嬉しいというか、彼も動揺してるのが分かるから良いというか______

 

(って、なに考えてるのよ私は!?)

 

「もらった!」

「あぁっ!」

 

デスコン最終段をなんとか避け、体勢を立て直す。

 

「今の抜けんのか!?」

「危ないわね...でも負けないわよ」

「うぐっ...なんの!」

 

牽制攻撃の隙に出してくる相手の攻撃を読んでガード、ステップ回避するところを遠距離攻撃で追撃。

 

「読まれてるな」

「何回やってると思ってるの」

「確かに...まぁ、読んでるのがお前だけな筈もないけどな!」

 

空中に逃げた彼のキャラは追撃位置を正確に読んでカウンターを置いていた。私がどう動くか分かりきった動きだ。

 

「チッ!」

「舌打ちするんじゃないの」

 

会話を進めながらも手元は忙しくコマンドを入力して、相手の隙を見逃さないよう動かし続ける。三秒後に決着はついた。

 

「よし!!」

「あー!!!また負けたかぁ...」

 

一瞬ヒヤリとしたが、まだ実力差はある。いつ追いつかれるか不安であり楽しみだ。

 

「もう一回...って時間でもないかな」

「えっ...?」

 

気づけば二人で戦いだしてから一時間近く経っている。ただ、時間としては日付が変わる直前だった。普段やるときはあと一時間位は長い。

 

「もしかして、明日やることでもあった?テストとか...」

「いや...やることはあるけど」

 

瞬間、日付が変わった。

 

「お、変わったな。んじゃいくぞー」

「え?」

「せーのっ」

 

 

 

 

 

『ハッピバースデートゥーユー♪ハッピバースデートゥーユー♪』

 

聞こえてきたのは、合唱。誕生日おめでとうという意味の_______

 

(...!?)

 

「えっ、ええっ!?」

『ハッピバースデーディアちーかげー♪ハッピバースデートゥーユー♪』

「何で!?」

「これだけで終わると思うなよ。全員突撃ー!」

『イェーイ!!』

 

わたわたしている私の耳が、ヘッドホン越しに外の音を聞き取った。ドタドタと音がして、ガチャリと聞きなれた音がした。

 

「ぐんちゃん誕生日おめでとう~!!!」

「高嶋さんっ!?」

「千景さんおめでとうございます!!」

「おめでとうございます。...やっぱり、横文字で歌う必要は」

「まぁまぁ須美さんや。バースデーソング日本語版は歌うのにちょっとねぇ...」

「今日は千景さんの為に遅くまで起きてましたよー!」

 

ぞろぞろと入ってきて話を進めていく皆。一方で、私の混乱はちっとも収まってない。

 

「い、一体何が...」

「何って、今日お前の誕生日だろ。サプライズパーティーだ」

 

日付を見れば、二月の三日だった。確かに私の誕生日になっている。

 

「嘘...」

「嘘なわけないだろ。お前の誕生日節分と同じで分かりやすいし」

「えっと、じゃあ、あの歌は!?」

「バースデーソングだよ!」

「お前がゲームに熱中してる間に、隣の部屋に待機させてた皆を通話に参加させてたんだよ。グループ通話のところだしな。これ」

 

高嶋さんの返事に古雪君が補足する。ようやく脳が事態を理解してきて、それは新たな感情を呼び起こしてきた。

 

「サプライズ大成功ー!!」

「んじゃ注意を引き付けておく俺の仕事も終わったし、そっち向かうから」

「さー皆!椿が来る前に乾杯の準備しとくわよー!」

『おぉー!』

「たかしーは抱きついてて~」

「分かった!ぐんちゃーん!大好きだよー!!!」

 

部屋に入りきるか怪しい人達が、こんな夜に自分の部屋に集まって、誕生日をお祝いしてくれる。私を好きだと言ってくれる人がいる。

 

きっと、数年前の私が聞けば耳を疑うだろう。どうしたんだと。

 

何も秀でてない私が、暗くて、周りを気遣うことも出来ない私が、自分の殻に閉じ籠っていた私が。

 

(...こんな、こんなのって)

 

でも、それが現実にあって。

 

気づけば涙が止まらなかった。

 

「うっ...ううっ...」

「ぐんちゃん!?」

「どうした千景!?椿になんか言われたか?タマがぶっ飛ばしといてやるからな!!」

「タマっち先輩、物騒だよ」

「...そくよ」

「え?」

 

涙声で、それでも全員に届くように。怒ってるようで、でも溢れる嬉しさを隠しきれてない声で、私は叫んだ。

 

 

 

 

 

「...こんなのっ!反則よっ!バカッ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふぁーっ...はよー」

「おはようさん。随分眠そうだな?」

 

クラスであくびをしながら挨拶すると、裕翔が反応してきた。

 

「ん、まぁな...夜に誕生日祝ってたから」

「何でまた夜に」

「察しの良い奴だから当日誰かに会えば気づきそうで、奇襲したかった」

 

提案してきたのはユウだ。『ぐんちゃん気づいてなさそうだからいけるかも』と。前日のあいつの動きはなんとも怪しかったが________なんとか気づかれなかったようだ。

 

「へー...うまくいったか?」

「ん?あぁ...」

 

言われてスマホを開く。さっき皆から送られてきた写真の一つをアルバムから選択。

 

「...大成功だったよ」

 

中身は、ひなたが撮った泣き笑いしている千景を写した物。

 

誰でも、これを見れば成功したと言えるような嬉しそうな顔をしていた。

 

「うん。大成功。これ以上にないくらいに、な」

 



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誕生日記念短編 一人で二人

ツイッター見てくださってる方はもうご存知だと思いますが、ゆゆゆい原作の誕生日ストーリーにやられて書きたくなったのが二日前。書き出したのが半日前。なんで投稿出来んの?暇なの?

というわけで、今日は彼女達の誕生日記念短編です!


「大丈夫か?」

「ん、平気」

 

囁くような声で彼女は答えるが、顔が少しだけ赤い。俺を気遣っての発言なのは分かっているのだが、残念ながら俺には原因を解消出来ない。

 

(これなら、バイクの方がマシだったかもな...)

 

今更後悔しても仕方ないことを思いながら、俺達は揺られていく。

 

『ちょっと付き合ってほしい』

 

しずくとシズクの誕生日である二月四日は、王道なパーティーをすることに決まった。俺は予想していた料理担当になることはなく、しずくと一緒に出かけることになった。

 

パーティーは夕方行う予定だし、用意の間しずくを一人にさせるのもどうかと思っていたが______まさか、俺を指名してくるとは考えてもなかったのだ。

 

(てっきり芽吹辺りを誘うもんだと...)

 

まぁ、本人の希望に従わない理由もない。当日になって駅で合流した俺達は、電車で移動する。

 

問題は、電車内だった。

 

(くそっ...ちょっと辛くなってきた)

 

乗っている最中に、お祭りがあったらしい駅から大量の人が流れ込んできたのだ。御高齢の夫婦に席を譲ったものの、滅多にないくらいぎゅうぎゅうにされ。

 

せめてしずくが苦しく感じないよう、俺が腕を彼女の両隣に立たせて空間を作る。

 

しかし、彼女は扉である壁を背に立っているため、いつぞや沢山やらされた壁ドンのような構図で意識してしまった。なんとか圧迫されないよう努力しているが、気恥ずかしさと後ろからの圧で無性に体が熱い。

 

バイクならこんな思いをすることなかったんだが、あっちはあっちで密着するし、目的地がそれなりに遠い徳島である以上、事故を起こさないよう集中力が保つのがまだ難しいと判断した結果なので、一概にあっちが良かったとも言えなかった。

 

「そっちこそ、大丈夫?」

「平気.......ではないが、今日の主賓を守らないとな」

 

外が寒いぶん電車内は高めに温度設定されてるのも相まって、じんわり汗が出てくる。それでも、ちゃんと彼女を守らなければ__________

 

「...えい」

「うえっ?」

 

突然しずくが肘の内側をチョップしてきて、俺は間抜けな声と共に体勢を崩す。そのチャンスを後ろが逃すことなく詰めてきて、 しずくに倒れかかる形になった。

 

「や、山伏さん!?なにやってんだ...!」

「苦しそうだったから」

 

電車の中で大声を出すわけにもいかないので小声で聞くと、俺のことを配慮した返事が来た。

 

「あと、しずくでいい。シズクを呼ぶときも便利だし」

「あ、あぁ...じゃなくて、そう言われてもだな......」

 

二人だけなら襲っていると勘違いされても文句は言えないような密着状態。刺激が強すぎる。

 

「年上の人に配慮するのは年下として当然」

「だったら俺は女子を気遣う男子として、今日の主役を気遣う付き人として当然ことをしてるだけだっての」

「......それ以上言うなら、考えがある」

「え?」

「皆にこの状況をあることないこと混ぜて言う」

「...分かりました。黙ります。すみませんでした」

 

しずくの一言に、俺は完全に屈した。いや、咄嗟に『しずくにそんなことしたんですか......へぇ』と言って銃剣を構える芽吹が浮かび上がり、普通に怖かった。

 

結局何駅か密着したまま過ごすことになり、やたらドキドキして。なんとか降りた頃には、夕方のパーティーまで体力が残っている自信がなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「そういや、何で俺だったんだ?」

「??」

「嫌とかじゃないし、寧ろ嬉しいけど...前は加賀城さんと来ようとしたんだろ?」

 

電車で訪れたのはとあるラーメン店。今回の目的は彼女の好物である徳島ラーメンを昼食として食べることだった。

 

ここには以前加賀城さんと訪れたらしいが、残念ながら定休日だったらしく、開いている店を見た瞬間彼女のアホ毛っぽいのがピョコピョコしていた。

 

「聞いてなかったなって思って」

「それは、俺が頼んだんだよ」

「シズクの方が?」

 

突然人格が変わるのはある程度慣れたお陰で、すんなり会話を進ませられる。

 

「お前結構忙しいからな。いや、忙しいというより周りにいつも誰かいやがる。しかも女ばっか」

「いや、しょうがないだろ......勇者部は俺以外皆女子なんだから。高校ならちゃんと男友達いるぞ」

「はいはい。それも怪しい所だが...そんなわけで、お前と二人で話せるのは、こうして指名でもしない限り難しいから。ってのが理由だな」

「別に普段から言ってくれてもいいけど」

「そういうわけにもいかないんだよ......周りがな」

「ん?」

「いや。お前に言っても意味ないことだ」

 

シズクはコップに入った水を豪快に飲む。

 

「っはー!」

「水でお腹一杯になるなよ」

「分かってるって」

 

ピッチャーを持ってコップに水を注いで返すと、シズクは言葉を続かせた。

 

「俺は結構お前のこと気に入ってんだぜ?こうして気が利くし、それがしずくだけじゃなく俺にもだし。そんなやつ少ないからな」

「そうか?少なくとも防人の皆がいるじゃん」

「いやいや、案外少ないぜ?先にいた勇者部部員を除けば楠と国土くらいだな。弥勒のやつは何かとうるさかったし、加賀城の奴は未だにぴーちくぱーちくうるせぇし。他の防人はまず俺個人としてつるむ機会が少なかったからな」

 

「んで」と、テーブルに肘をつけた彼女が俺を指差す。

 

「勇者部は良い奴らばっかで、中でも評価が高めなのがお前とおっきい銀だ。自由に出来る」

「ならよかった」

 

心地よい環境でくつろげてるなら俺としても嬉しい。

 

「しずくも結構良さそうだしな」

「そうなのか?」

「さっきのこと思い出してみろ?あいつ、お前が頑張りすぎないよう自分からチョップしただろ?」

「あー...」

 

電車内の光景が_______俺の体が触れる距離で顔を赤くもじもじしてたしずくがフラッシュバックして、思わず顔がひきつる。

 

「それが単に同情だけなら、あいつは嫌がって俺を出す筈だ。でもしなかったってことは...悪い感情は持たれてないってことだ」

「...なるほど、ねぇ」

 

防御人格たるシズクが出てこなかったことを、シズクのお墨付きで言われ、少し照れる。

 

「ニヤニヤすんな気持ちわりぃ」

「急に辛辣っすね...」

「冗談だ。そんな辛そうな顔すんなって」

 

シズクがケラケラ笑っているうちに、料理がテーブルに運ばれた。徳島ラーメンと一概に言っても、茶系もしくは黒系、白系、黄系の三つに別れている。ここのメインは濃口醤油ベースの茶系で、それが二つ。あとはライスが中と小。

 

「うっまそー!!」

 

シズクが目を輝かせ、アホ毛をピョンピョンさせているのを見ると、ちょっと面白かった。

 

「じゃ、冷めないうちに食べ「頂きます!!!」ますよねはい。頂きます」

 

徳島ラーメン大好きっ子のしずく達が推すだけあって、滅茶苦茶旨かった。気づいたら箸が止まらなくなっている。

 

「うま......」

「そうだろそうだろ?沢山食べて作れるようになってくれ」

「お前ら、まさか俺に味を覚えさせるために連れてきたんじゃないよな?」

 

疑問を口にするも無視。まぁ美味しいラーメンを食べて真似したいとも思ったので、乗せられていたとしてもそれでいいだろう。

 

というか、恐らく作れない。深みのあるスープに必要だろう豚骨を個人で用意して、何時間も煮込むことは流石にしないから。

 

「旨かった~!」

「え、もういいのか?」

 

もう満足とでも言いたげなシズクだが、ラーメンもご飯も半分ずつ程度残っている。

 

「あ、しずくの分か」

「そうそう。流石にセットを一つずつは食べれないからな。ホントは食べたいが...じゃ、俺は消えるから。これからしずくのことよろしくな」

「分かった」

「なんなら俺の分までしずくに優しくしてくれ」

「え?」

「は?」

「い、いや...ちょっとひっかかって」

「何がだよ」

「お前の分までしずくにって...無理だろって思って。お前かしずくどっちかだけに優しくなんて出来ないだろ」

 

少しだけ生じた違和感を素直に話すと、シズクは変な顔をした。

 

「はぁ?」

「い、いやほら!お前らは確かに二人で一人だが、双子みたいな感じじゃん?」

「俺はしずくから生まれたんだぞ」

「だからってどっちかに偏ることなんてないだろ。どっちも大切だ」

 

普段から見てれば分かる。表裏一体の二人は生まれ方がどうであれ、互いを大切にしあって、もう切っても切れない関係。

 

そんな二人を見てる俺が、しずくだから。シズクだから。と差別することはできない。

 

「...チッ、くそが!」

「ねぇなんで時々すげぇ強いの」

「うるせぇな!わざわざ面と向かってそんなこと言うな!!」

 

そのまま何か罵詈雑言が飛んでくるかと思いきや、徐々にクールダウンして落ちる。

 

「お、おい、シズク?」

「ラーメンが伸びる」

 

一瞬でさっきまでの強気な姿勢が消え、しかしちょっと頬を膨らませて怒り気味な彼女が箸を取った。

 

「し、しずくか?」

「シズクがずっとお預けさせるから、返してもらった」

「あぁ、そう...」

「安心して」

「へ?」

「シズク、熱烈に『しずくだけじゃなくお前も大切だ!!』なんて言われ慣れてないこと言われて恥ずかしがっただけだから気にしないで。またよろしく」

「...お、おう......」

 

なんか、自分で言ってたことの筈なのに、しずくに言われて俺自身も恥ずかしくなってきた。

 

「私も、よろしくね?」

「......もちろん」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はふぅ...」

 

もうすぐ日付が変わる。私の誕生日が終わる。皆が用意してくれたお祝いも、もう終わってしまった。

 

(結局、閉じ籠っちゃったな...)

 

シズクは、昼間のあれから一度しか出てこなかった。それも、パーティーが始まってすぐありがとうと言っただけ。

 

シズクが、自分から出たくないという思いをこんなに出してくるのは滅多にない。

 

(知らなかったな...案外恥ずかしがりやだったんだ)

 

いや、もしかしたら当然なのかもしれない。私も今日、電車で凄く_______

 

(っ!!!)

 

ブンブンと頭を振って気を紛らわせる。あれは皆と違ってそういう目的でやったわけじゃないから。

 

(もう、寝よう)

 

明日になればシズクも出てくると思って、私はもぞもぞ布団に入る。

 

机には、二枚の写真と、メモ書きを置いておいた。

 

(じゃあ、おやすみ......)

 

 

 

 

 

「んぁー...あっ」

 

目が覚めて、両腕を上に伸ばす。肩関節の程よい刺激が俺の頭を覚醒させていく。

 

「あれ、俺なのか...さては夜更かしでもしたか」

 

しずくはまだダウン中なんだろう。今日は学校があるから起きて支度を__________

 

「ん?なんだこれ...!」

 

机に置いてあったのは、写真とメモ書き。写真の方はパーティーの時に撮ったであろう俺(しずく)を含めた全員の集合写真と、変にスペースがある俺(しずく)単品の写真。そしてメモ書きには________

 

『シズク、誕生日おめでとう。合成して貰うから上手く撮られてね』

 

「...ったく。誰が」

 

言葉に出たのとは裏腹に、俺は撮って貰うことを決める。

 

だって_____俺(シズク)も自然と口角が上がっちゃうくらい、私(しずく)が嬉しそうに微笑んでいたから。

 

「...しゃあない!撮られてやるか!」

 

 

 

 

 



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短編 幸せを告げるバレンタイン

今回はバレンタインデーの短編です。時空はゆゆゆい。自分は家にあったチョコ食べて無理やりバレンタイン気分を味わいました。


「よ」

「おっす!今日はバイクじゃないんだな?」

「何でわかっ...そういや話してたな」

 

防寒をしっかりしなければ厳しい寒さが続く二月中旬。登下校中俺の首はマフラーかネックウォーマーに守られている。

 

わざわざ二つそれぞれを使っている理由は、マフラーだと万が一運転時に飛んでいってしまうかもと危惧しているからだ。それなら頭から被るネックウォーマーの方が安心できる。

 

ずっとネックウォーマーにしないのは、個人的にマフラーの方が好きだから。

 

そんな話を数日前、目の前にいる裕翔にしていたのを思い出して、こいつが今日の俺の通学手段を当てた理由に説明がついた。

 

「どうしたんだ?故障とか?」

「今日は荷物が多くなりそうだからな。バイクに入らなかったら困るから」

「......朽ち果てろ!!」

「うん。今のは俺もなかなかヤバイ発言だとは思う...」

 

正直なところ反感を買うような言葉だった。が、これ以外言い直せるものが咄嗟に出てこないから仕方ない。

 

「どうせあれだろ!?勇者部の皆から貰うんだろ!?だから『あーバイクに入らないくらいもらっちゃったあはは~』って俺達を!!チョコを貰えない者達を嘲笑うんだな貴様ぁぁぁぁ!!!」

「誰もそこまでは言ってないだろ」

 

目の前で熱く叫ぶ裕翔を見ていくらか落ち着いてきたが、心に燻ってる喜びは決して消えない。

 

今日はバレンタインデーである。大体は、女子が仲の良い男子にあげたり、女子同士で交換したり。本命と称して、告白したり________というか、元は後者がメインに近いのだが。

 

夢もないことを言ってしまえばチョコ生産メーカーが利益のために活動し続けここまで大きくなったわけだが、その策略は中学生女子がメインの勇者部にとってドンピシャである。

 

『バレンタインデーだよ~!!!』

 

バレンタインデーを嫌がる女子は勇者部にゼロで、寧ろ知識のない亜耶ちゃんが目を輝かせていた。

 

そうして、色々話し合って今日に向けての予定が決まったというわけで。

 

俺としては断る理由など何もない。美少女揃いな上俺自身が好きな勇者部の皆からチョコを貰えるかもと思うと役得でしかない。裕翔が唸ってくる気持ちもわかる。ぶっちゃけ勝ち組だ。

 

(やべぇ、変なテンションあがってんな......)

 

いつもと違うことで変に意識してると思われたくないので、とりあえず咳払いを一度してリセットした。それを察したのか察してないのか、裕翔が新たな話を切り出してくる。

 

「そういや、お前は用意してないのか?」

「そういう指示でな。今年は」

 

俺が中三の時は男子一人だけ受けとるのも嫌な気分がして俺もお菓子を作って配ったこともあったが、今年は『作らないで』というお達しが来ている。

 

「かなり人数増えたから、一人一人が全員分用意するのはやめようってなってな。俺はホワイトデーで返せばいいって」

 

自分がチョコを渡したい三人を選んで渡す。それが部室で行ってた会議の結果だった気がする。今回俺はあまり関係ないので完全に覚えていない。

 

お金は使ってもいいけど、大赦の金も無尽蔵じゃないし。

 

「ハッ!俺も勇者部として入れれば、他の女の子からチョコが貰える...!?俺を今から入れてくれませんか!?」

「絶対入れたくない」

「クソォォ!!」

「椿」

 

そんなふざけたやり取りをやってるうちに、後ろから声をかけられた。

 

「どうした?棗」

「これを」

「!」

 

棗が差し出してきた手には、丁寧にラッピングされた箱。

 

「バレンタインのチョコだ。受け取って欲しい」

「あ、あぁ...嬉しいよ。ありがとう」

 

凄く嬉しいが、少しの疑問が俺を戸惑わせた。

 

「でも、渡すのって...部室でじゃなかったか?」

 

確か、『抜け駆けはなしだから!!』とか言っていた気がする。何を抜け駆けするのかは分からないけど。

 

というか園子(カオスの根源)のことを考えると、自分の前で皆が交換するように仕組んだとしか思えないが。

 

「あぁ。皆で決めていた。だが......今日は、年に何回かあるかどうかで、海が良いんだ」

「海が?」

「あぁ。海が」

 

棗以外が言ってきたら『何を言ってるんだ』となるのだが、棗のちょっと赤くなってる顔と、真剣な眼差しを見れば嘘はついてないんだとすぐに分かる。

 

「部長の樹にはもう連絡した。すまないとは思っているが...」

「樹がオッケーして、棗がそこまで言うなら誰も止めないだろ。バレンタインも強制じゃないし。気をつけてな」

 

俺が言うと棗は微笑んだ。なんとなく普段とは違う柔らかさを感じてドキドキする。

 

「ありがとう。じゃあ」

「......おい椿」

「?」

 

棗が離れてから小さな声で話してくる裕翔。その目は死んでいる。

 

「あれ、あの顔。どう考えてもお前に惚れてんじゃん。それ本命じゃん。何で返事しないの。何で結婚しないの」

「え?本命かこれ?」

「はぁ!?ふざけんな!あの顔はどう考えても」

「いや、だってさ」

 

親指で後ろを指す。その先で行われていたのは__________

 

「風。私が思いを込めて作ったチョコだ。受け取ってくれ」

「棗......ありがとう」

「あと、今日海でワカメを取ってきたら、また味噌汁を作って欲しい」

「へ?いいけど...」

「ありがとう。風の味噌汁は毎日飲みたいくらいだからな。いや...私が風の家に引っ越せば、毎日作って貰えるのか」

「な、棗さん?」

「風の家に住むか、通いつめるか______」

 

そこまで聞いて、俺は裕翔の方へ向く。

 

「あっちの方が本命じゃね?」

「......確かに」

 

納得するしかなかったようだ。変な沈黙が俺達を襲う。

 

(純粋というか、何事にも真剣な奴が多いからな...勘違いしないようにしないと)

 

「あ、あの...」

「!あぁごめん。どうした郡?」

声をかけてきた別の奴は、郡彩夏。

 

「あの、その...これ、作ってみたから、食べてみてくれないかな...?」

 

彼女がおずおずと出してきたのは、おしゃれな感じの紙袋だった。

 

「もしかして」

「うん。チョコを...」

「マジか、ありがと!」

「う、うん」

「クソッ、椿ばかり......爆発しろ」

「えっと...倉橋くん」

「はい?」

「倉橋くんにも...」

「マジで!?ほんとですか!?いいんですか!?」

 

俺の机が壊れそうな勢いで手を叩きつける奴に、郡は少しうろたえながらもう一つの紙袋を渡した。

 

「はい」

「うわーマジだ!ちゃんと椿と同じ包装されてる!!いいんだな!?返品しろって言われても受け付けないからな!?」

「寧ろ、味がちゃんと美味しいか」

「んなもんノープログレム!女子から貰えるだけで嬉しいですから!!」

 

別にこいつもチョコが一切貰えないわけではなく、去年も何個か受け取っていたと思うんだが_______わざわざ言う必要もないだろう。

 

「喜んで貰えたならよかったよ」

「大事に食べさせてもらうな」

「お返しは10倍にするから期待してて!」

「そんなにしなくても...」

「では、わたくしも10倍を期待していいのですわね?」

『!?』

 

いつの間にか郡の背後に立っていた弥勒さんに全員が驚く。本人は全く気にしない様子で、裕翔に箱を渡した。

 

「どうぞ」

「よ、よろしいのでしょうか...?」

「弥勒家の者として、欲しがる民に渡すのは当然ですわ」

「ありがたき幸せ!!」

 

意外とこの二人の相性がいいのは最近になって分かった。弥勒さんの言動とこいつの大袈裟な動作やついていくところが合ってるんだろう。

 

「古雪さんには部室で渡しますわね」

「え、いいのか?三つのうちの一つが俺で」

「元々バレンタインデーは意中の殿方にチョコを渡す日。部内の男性が一人なら渡しておくのが良いでしょうから」

「っ...ありがとう」

 

真っ直ぐな眼差しに照れてしまい、俺は目をそらし頬をかいた。

 

(嬉しいやら恥ずかしいやら、かっこいいやら...)

 

「お二人とも、私のカツオ入りチョコ、是非美味しく食べてくださいませ」

「「カツオ入り!?」」

 

生のカツオにチョコでコーティングされた姿が脳裏をよぎって裕翔の開けたチョコを確認する。実際は違かったのでよかったが、その行動に怒った弥勒さんから渡されないところだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「こんなに貰っていいんだろうか......」

 

帰り道、俺は一人呟く。両手には高校の教材が入ったバッグと、同じくらいの重さになった、皆からの貰い物のみが入ったエコバッグが握られていた。

 

『私とみーちゃんの合作です!これなら一人分で二人として送れるから、ルールに違反しないわね!』

『是非受け取ってください』

 

自信満々に渡してきた、歌野と水都からの蕎麦の香りがするチョコ。

 

『アタシ達からも合同ですよ!』

『皆さんがチョコだと予想して、違うものを作りました』

『是非食べてください~!』

 

ニコニコ笑顔の小学生組が渡してきたクッキー。

 

『初めてだったので、自信はありませんが...』

『わ、私は買った市販のやつ、そのままなんだけど......』

 

不安げに渡してきた芽吹と千景。

 

『シズクも感謝してる。そのぶん』

『普段、古雪先輩にはお世話になっていますから。勿論、そうでなくても渡していますが...は、恥ずかしいです』

 

感謝を伝えてきたしずくに東郷。

 

『皆古雪さんにあげてるの?じゃあ私も』

『私もあげときますね。こんなに貰ってて食べきれるのか不安ですけど』

 

ついでという感じで渡してきた加賀城さんに雪花。

 

『良い!?椿!!しっかり味わいなさいよ!......ちゃんと込めたんだから』

『うっ、受け取りなさい!!』

『椿!貰ってくれ!!』

 

強気に渡してきた風と夏凜と若葉。

 

『あ、ずるいぞ若葉!椿、タマのも貰ってくれぇ!!』

『タマっち先輩。変な所で張り合わないの......椿さん。私からもあるんですが...いいですか?』

いつも通り仲良く渡してきた球子に杏。

 

『椿先輩。ハッピーバレンタインです』

『私の気持ちを込めたチョコ......受け取ってもらえますか?』

『私も頑張って作りました!食べてください!』

 

柔和な笑みを浮かべて渡してきた亜耶ちゃんにひなたに樹。

 

『つーばき君!』

『これ、どうぞ!!』

 

普段と変わらず明るく渡してきたユウに友奈。

 

『つっきー......食べて、欲しいな』

『アタシのなんて昔っからあげてるし、新鮮味ないけど......』

 

逆に、普段と違って塩らしく渡してきた園子に銀。まぁ、園子のメモを取る速度は過去最高レベルだったけど。

 

『では、わたくしも』

 

それから、高校で話をしていた弥勒さんに、棗と郡。

 

「なんか、凄いことになってんなぁ...」

 

流石にここまで重たいと、夢かどうかを疑ってしまう。だが、渡してくれてきた皆の顔を思い出すと、夢と疑うことすら失礼に思った。

 

例えついでだろうと、市販品だろうと関係ない。一つ一つに、俺のために考え行動してくれた。その想いが込められているのだから。

 

(......これは、ホワイトデーにどんなものを返しても返しきれる気がしないな)

 

いつの間にか家についていたので、ポケットに入れていた鍵で開ける。今日は確か二人とも夜までいない筈だ。

 

「よいしょっと...」

 

教材が入ったバッグは適当に置き、ベッドの上にお菓子の入ったバッグを丁寧に乗せる。ちょっと並べて壮観な眺めを_______

 

「......んん?」

 

視界に入った異物に注意が向かう。見つけたのは勉強机の上にある、今日よく見ている感じの箱。

 

「これは...」

 

敷かれていたメッセージカードを取ると、『ハッピーバレンタイン。これで今度はわざと手加減してね』と書かれてあった。

 

(てことはあいつか。直接渡しに来たって変わらないだろうに...待て、どっから入ったんだ?)

 

部屋の窓が開いているか確認すると、僅かに開いていた。今日は風がないからか、寒さはあまり入ってこない。

 

「俺、閉めてなかったっけ...?」

 

悩んでる暇もなく、携帯のバイブが鳴る。相手は_______

 

「......」

 

一応、念のため、急ぎの用事だと困るので通話をオンにする。

 

『もしもし。君、夏凜からチョコを貰ったらしいね?しかも手作りの。三好家の家宝たる夏凜からそんな価値ある物を貰うなんて...死ぬ覚悟は出来てるんだろうなぁ!?きさまぁ!!!もう限界だ!!!貴様を殺して僕が』

「......ふぅ...明日まで拒否。っと」

 

相手の話をぶつ切りして着信拒否設定するまで僅か三秒。恐らくスマホを弄る俺の指は残像を出していた。

 

「...よし!余計な横やりも消したことだし!やりますか!」

 

折角沢山のチョコを貰ったことだし、一つ一つベッドの上に並べて鑑賞会でも________

 

「何をやるんだ?」

「うぇっ!?!?」

 

開いていた窓からではなく、普通に廊下から入ってきたのは、銀と園子だった。

 

「なんでお前らが!?」

「ピッキングでちょちょいと」

「嘘だろ...」

「嘘だよ。普通に開いてたぞ?気をつけないと」

「え、マジか。悪い」

 

どうやら家に帰ってきてからも動揺しっぱなしだったようだ。

 

「まぁ、開いてなくてもそこから入るんだけどね」

「おい、窓開いてたのお前の仕業だな?」

「そんなことよりつっきー!ここで問題です!!私達二人がここへ来たのは何故でしょう?」

「へ?」

「シンキングタイムスタート!ちっちっちっちっ...」

「え、えーと......」

 

部室で落ち着いた様子の園子はどこにもいない。普段通りはっちゃけてる彼女を見てると、俺も普段の調子を取り戻してきた。

 

「暇潰しにゲームとか?」

「ブッブー!不正解です!よって罰ゲーム!!」

「おいおい...何をやらされるんだ?俺は」

「内容は...その.......」

「ほら、園子」

「う、うん...内容は、これを受けとることです!!」

 

 

 

 

 

園子が突き出した両手には、一対の手袋があった。黒をベースに、手の甲の部分には灰色で星形が描かれている。

「これって...」

「アタシと園子の合作」

「作ったのか!?二人で!?」

「私はミノさんに教えてもらってばかりだったけどね」

「慣れてきたらアタシより速かったくせに」

 

「はい」と促されたそれを、ただただ受けとる。肌触りが良く、寒さを通さないくらいしっかりと編み込まれていて。

 

「いいのか?こんな良くできてるの、俺なんかが貰っちゃって...」

 

手作りで手袋なんて、作ったことはなくても決して少なくない時間をかけたことは簡単に分かる。

「寧ろ貰ってくれよ。椿のために作ったんだからさ」

「俺のために?」

「うん...貰って、欲しいな」

 

園子が上目遣いで見つめてくる。

 

(そんな可愛いの、逆らえるわけないじゃん)

 

「ダメ?」

「...ダメなんかじゃ、ない......分かった。受けとるよ」

 

冷たい園子の手から手袋がを受け取り、折角だからその場でつけてみる。正確にてのサイズが分かっていたのか、どの指にたいしてもピッタリだった。

 

「すげぇ...完璧じゃん」

「そりゃ、アタシも使ってた体ですし?」

「うんうん!よかった~!!」

「銀、園子...ありがとう」

 

嬉しがる二人に、俺も感謝の言葉を口にする。今俺が込められるありったけを込めて。

 

「正直滅茶苦茶びっくりしたけど、凄く嬉しい。大切にするから」

「!うん!大事に使ってね!」

「でもしっかり使うんだぞ。観賞用に作ったわけじゃないんだからな!」

 

「分かってる」と言って、もう一度手袋を見る。手の甲にある星が、俺を明るく照らすように主張されていた。

 

「そういや、今日は渡すのは部室でやること!って決めてたのに、いいのか?」

「それは『チョコ』を渡すなら、の話ですから!」

「屁理屈かい」

「屁理屈で何が悪い!」

「そーだそーだ!」

「あはは...」

「あ!ミノさん!スーパーのセール始まってる!」

「マジ!?そんなに時間たってんの!?」

「もう一時間だよ!」

「よし、そうとなればすぐ行くぞ!」

「おぉー!!」

「飯なら家で食うか?」

「いや、今日はやめとく!じゃあまたね」

「またね!つっきー!」

「あ、あぁ...」

 

最後は忙しそうに帰って行った二人を見送ると、俺の部屋は一気に冷えた。

 

それでも、手につけた手袋が温かかった。

 

「...なんか、嵐みたいだったな」

 

俺も普段通りではなかったが、銀も園子も最後はそんな感じだった気がする。

 

「......気にしたってしょうがないか。俺も飯にしよ」

 

 

 

 

 

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「っはー!!!」

「ミノさーん!!緊張したよ~!!」

「アタシもだよ!!」

 

椿の家を出て、アタシ達は全力疾走した後みたいに荒く呼吸する。

 

別にやったことはなんてことない。椿の家に行って、プレゼントをあげただけ。何かをあげるだけなら昔からいくらでもやっている。

 

でも、今日は特別だから。

 

「これがバレンタイン効果...恐ろしい」

 

『正直滅茶苦茶びっくりしたけど、凄く嬉しい。大切にするから』

 

ただでさえどことなく変だったのが、手袋を貰った椿が向けてきた笑顔で完全にやられた。こう、胸がキュンとした。

 

(二人きりの時やられたら、耐えれる奴いるのかな......)

 

「あんなテク覚えやがって...指導した覚えないぞ」

「はふぅ~......でも、良かったのかな」

「えー今さら?言い出しっぺは園子でしょ」

 

今日のバレンタインデー。椿自身が分かってないだけで、本命チョコの数は少なくない。その状態で、アタシや園子が一歩特別に思われるには何をすれば良いか。

 

『追加で何か渡せばいいよ~』と言ったのは園子だった。

 

「ミノさんがあんな簡単に乗ると思わなかったんだもん」

「アタシのせいかい」

 

園子が気にしてる理由は、自分から『抜け駆けはなしにするため、皆のいる部室で椿にチョコをあげること』と決めておきながら、『チョコじゃないからセーフ』というルール違反に近いことをしたからだろう。

 

「いいじゃん園子。これは誰が要塞椿を落とすかっていう戦争なんだから、気にしてたらこの後ずっと楽しくないよ?」

 

正直、アタシがやられた側だったら、悔しがることはあってもやった側を恨むことはない。椿に効きにくいのもあるけど、アイデアを出せなかった自分の負けだから。

 

(ていうか、それ気にしてたらアタシ相当あれなんだけど)

 

勇者部に入ったのはアタシによるところもあるけど、知らないうちに過去の勇者を救ってるとか流石に許容範囲からも常識の範疇からも越えている。

 

まさかこうして周りと対等な条件に戻れるなんて思ってもみなかったから________まぁ、それは置いといて。

 

「たまには良いじゃん。それに、部室に仕掛けてた盗聴器とカメラは若葉に破壊されたんでしょ?このくらい許されるって」

「...そうだね。よーし!ミノさん!!今日はご飯食べながら盗聴器の録音聞こう!」

「壊されてなかったの!?」

「あれは囮で、本物は特殊迷彩をしてあったんよ~」

 

気にしてなさそうな園子を見て、頭を撫でた。綺麗に整えられた髪型を崩すことのないよう優しく。

 

「つっきーの家にもつけてくれば良かったかも~」

「それは流石にぶっ飛び過ぎ」

「だって、私達が帰った後同じように来る人がいるかもしれないよ~?」

「あー......可能性としてはあり得るけど、ダメでしょ。やっちゃダメだからな?」

「はーい」

 

(...とりあえず、渡せてよかった)

 

赤いミサンガが映える黒い手袋。安心して出た息は、寒くなってきた空気のせいで白く舞った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「意外だったわ。ここに一人でいるなんて」

「椿さんこそ、どうしたんですか?」

「冷蔵庫の物もインスタントラーメンも切らしてたの忘れてて、買って作るには遅かったから」

 

うどん屋『かめや』にてカレーうどんをはねさせないよう気をつけて食べる俺は、そのまま話を続けた。

 

「隣ももう飯食ってて、家に一人なのに宅配はちょっと贅沢な気がしてな...ここなら安いし」

「成る程」

「そういうひなたはどうしてここに?おまけに若葉も一緒じゃないし」

 

そう聞くと、相席相手のひなたはかけうどんを食べる手を止めた。巫女としてなのか女性としてなのか、その動作には気品があるように感じる。

 

「私は大赦本部に呼ばれたんですよ。簡単な事務報告なんですが、皆さんと時間もずれてしまったのでここで夕食を、と」

「そっか。お疲れ様」

「ありがとうございます」

「......もしかして、春信さんに会ったか?夏凜のお兄さんの」

「え、あ、確かに夏凜さんのことを聞いてきた方はいましたね」

「あぁ...いや、気にしないでくれ」

 

意外な原因が判明した所で何か出来るわけでも無いため、とりあえず麺を口に運んだ。太めのうどんがカレーをしっかり絡め取ってくれるので味が口一杯に広がってくる。

 

「でも、私はラッキーでしたね」

「うん?」

「いえ。お気になさらず」

 

よくわからない返しをされたが、こちらもした直後だしうどんが冷めるので手早く頂く。

 

「......」

「椿さん?」

「いや、なんでもない」

 

話なんて何もしてないのに、一人で食べるより二人で食べる方が楽しいし、嬉しく思う。なんて言葉、どういった顔をして言えばいいのかわからなかった。

 

 

 

 

 

「「御馳走様でした~」」

「うわっ、やっぱ夜は冷え込むなぁ...」

 

これから雪でも降りそうな少し重たい寒さが、カレーうどんがで温まった体を冷やしていく。

 

「送ってく」

「いいんですか?」

「良いも悪いもない。というか送らせろ。もう夜だしな」

 

マフラーを適当に巻き、貰ったばかりの手袋をつける。つけ心地はやはり抜群で、今までの手袋より外の寒さから守ってくれている。

 

「バイクは持ってきてないから歩きになるけどな」

 

ここまでの寒さは予想以上だが、バイクで風を切れば耐え難い寒さが襲ってくることは容易に予想できたのでやめた。夜の運転もしたことはあるがあまり慣れないため必要以上にしたくない。誰かを後ろに乗せるなんて余計に。

 

(元の時代なら車通りもほとんどなくて余裕なんだがな...)

 

「いえいえ...では、よろしくお願いします」

「おう」

 

他愛ない話を幾つか続けながら、さほど遠くない寮へ向かう。若葉が風とうどん早食い競争をした話、そこに蕎麦派筆頭の歌野が混ざっていつもの戦いになった話、友奈と東郷がいつもよりちょっと静かにスキンシップをとっていた話、夏凜と芽吹が二人だけで先に帰った話。

 

寒さに耐えながら歩いていると、ひなたがちょっとだけ前に出た。

 

(歩くの遅すぎたかな......あ)

 

彼女の耳たぶの下と首の間、マフラーの守りから少しだけ外れた肌の部分が妙に艶かしくて、同時に俺のいたずら心をくすぐった。

 

静かに右手の手袋を外し、目標に近づける。

 

「...えい」

「ひゃあうっ!?」

 

案の定可愛い悲鳴をあげた彼女は振り返って俺を睨んだ。少し涙目なそれは寧ろ可愛らしさを感じて俺の心を揺さぶる。

 

「つっ!椿さんっ!?今何をしましたか!?」

「悪かった。ついな」

「全くもう...しょうがない人ですね」

 

ひなたはそれで許したのか、前を向き直して_______どことなく悪い笑みを浮かべて振り向いた。

 

「いや、許しません!椿さんのせいで冷えてしまいました!」

「ひなた...」

「つきましては椿さんに一つお願いを聞いてもらいます」

「まぁ、そのくらいならいいけど」

「言いましたね?」

 

別に彼女が本当に許してないとは微塵も思わないが、からかったのはこちらからだし仕方ない。返事の代わりに両手を掲げ降参の姿勢を示す。

 

「では...今から30秒、決して動かず、何も言わないでください」

「はぁ、分かった」

「じゃあいきますよ...」

 

(30秒も体温を吸いとられんのはキツいなぁ...)

 

てっきり俺がやったように体温を奪ってくるの覚悟したが、次の瞬間に起きたのは全く別のことだった。

 

「えいっ!」

「え、ひなた!?」

「椿さん、口答えはなしですよ」

「っ...~っ」

 

真正面から完全に抱きしめられ、着ていたコートが体により密着する。そしてそれ以上に、目の前にいる彼女の体温が厚手の服越しにほんのすこし伝わってくる。

 

何をやってるんだと言ったり、払いのけることもできる。しかしそれは禁止されているし、それに______別に、嫌ってことでもない。寧ろ嬉しい。

 

(あぁもう、欲に忠実なんだから...クソが。我慢しろ)

 

俺の胸元に頭を埋めるひなたの顔は分からない。

 

「これで、二人とも温かいですね」

 

ただ、その言葉で俺の頬は周りの寒さが気にならない程には熱くなった。

 

「...はい!30秒経過です!次やったら皆の前で倍の時間ですからね!」

「あ、おい!」

「もう寮もそこですから。おやすみなさい!」

 

走っていくひなたを追えず、行方を見送ることしか出来ない。

 

一瞬街灯に照らされたひなたの顔が、誰が見ても幸せだと思うこと間違いないくらいの姿で。

 

頬を赤く染めて、口元に笑みを浮かべる彼女の姿に、見惚れて動けなかったから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(まさか、まさか...あんなことになるなんて)

 

今日はチョコを渡すだけで終わりだと思ってた。皆さんの前でやれることは限られてる。二人きりでも、やれたのは抱きしめることだけだったけど。

 

たまたま一緒にうどんを食べて、送ってもらって、あんなことして。

 

(私だけ、ラッキーでしたね...私、だけ)

 

さっきのことを思い出して、脳裏で反芻させる。服越しに伝わる熱と、ネックレスの固さがあったあの時。

 

(椿さん。やっぱり私は......)

 

「...凄く熱かったです。椿さん」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「まさか、ホントに降りだすとはな......寒いわけだ」

 

真っ白な雪がちらほら降りだしたのを見て一人呟く。もしかしたら明日には積もってるかもしれない。

 

「とりあえず風呂ためて、エアコンもつけとかないと...!」

「ぁ...」

 

玄関までついて、目が合う。赤髪に桜の花びら形のヘアピンをつけて、ピンクのコートにマフラー、手袋と寒さ対策バッチリの少女。

 

「何やってんだよ友奈、もう遅いだろ」

「えへへ...」

 

 

 

 

 

「今飲み物いれる」

「お、お気遣いなく!」

「あんな寒い中いたら風邪引くだろ。ほら、手も赤くなってるじゃん。全く...」

 

残ってた牛乳をコップに注いでレンジにぶちこむ。続いて電熱線ヒーターを友奈の近くに持ってって起動。

 

「一言連絡くれれば良かったのに...はい、ひとまずこれで。あと上着も脱いどけよ。外出たとき寒くなる。バイクで送るし」

「そんな!申し訳ないです」

「いいから。こんな遅くに一人で帰らせるわけにもいかないし、歩きでもっと遅くなってもあれだからな。お前ももう少し周りが心配するとか考えろよ」

「はい...」

「...いや、説教みたくなってごめん」

「いいんですよ!悪いのは私ですし、椿先輩が心配してくれてるのはよく分かりましたし...」

 

変に出来た沈黙を咳払いで霧散させる。

 

「それで、こんな時間にどうしたんだよ?悩み事か?」

「......えぇと、ですね」

 

友奈は人差し指同士を何度か突き合わせ、もじもじしていた。

 

「その...実は」

「うん」

「っ...椿先輩!私のチョコ、返してください!!!」

「...へ?」

 

俺の間抜けな声と、レンジの温め終了音が同時に耳を打った。

 

「えーと...返してって?渡したくなかったってこと?」

「まさかそんなわけないじゃないですか!!!椿先輩には絶対あげたいです!!」

「お、おう...?」

「あのですね......さっき椿先輩に渡したチョコ、練習中のをラッピングして渡してましたので...本当はこっちです。慌ててたのでラッピング全然出来てないんですけど...」

 

持ってきていたバッグから出されたのは、確かに放課後渡された物より凝ってない箱だった。

 

(てかあれ、箱も自分でデコレーションしたのか...気合い入れすぎだろ)

 

「もしかしてこれのために待ってたのか?明日部室で渡してくれても良かったのに」

「椿先輩だったら今日皆の食べそうじゃないですか!それに...今日中に、バレンタインデーにあげたかったんです!!」

 

(変なところで頑固なんだから...)

 

「分かった。取り敢えず待ってな」

 

レンジから出した牛乳を友奈の前に置き、一度部屋に戻ってオーバーコートと友奈がくれた箱を持ってくる。

 

「これを返せばいいのか?」

「はい!」

「ふーん...はむっ」

「あー!?」

 

中を開けると、別に回収しに来なくてもいいくらい良く出来た見た目のトリュフチョコが綺麗に並んでいたので、何の気なしに一つ食べてみた。味は______滅茶苦茶美味しい。

 

「何で食べちゃったんですか!?」

「普通に美味しそうだったし...というかこれも美味しいんだが。求めるクオリティ高過ぎじゃね?」

「高過ぎることなんてありませんよ...椿先輩に向けてのチョコですよ?時間の限り良いのを作り続けます」

「っ...!」

 

友奈の言葉に裏表がないことを知っているからこそ言葉につまり、やっと返せた俺の言葉は自然とこぼれたものだった。

 

「...ありがとな。友奈。俺のために頑張ってくれて_________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

雪の降る町に、控えめなバイクの音が鳴る。私はそれを、きっと誰よりも温かい状態で聞いている。

 

服装は、自分の着込んできた物に椿先輩が貸してくれてる灰色のオーバーコート。一回り小さい私なら、私にぴったりなサイズの上着を着たままでもゆったり着れる。

 

でもそれより、心が沸騰しそうな位熱かった。腕を回しているのはこのバイクの運転手さん。私の大好きな人。

 

(ぽかぽかする......)

 

夜だからといって遅めに、安全に運転してる椿先輩の邪魔にならない程度に抱きしめて、離さない。恥ずかしくても後ろを振り向かれて見られることはないから遠慮なくいける。

 

それに、さっきの言葉。

 

『皆のお陰で俺、今までで一番幸せだ。勇者部に入れてよかった』

 

真剣に、言葉以上に幸せな感情が溢れてて。

 

それを、私のお陰とは言われなかったけど_______皆のお陰だと言ってくれて。

 

普段しっかり者として、年上として私達を纏める立場になるのが多い椿先輩に頼ってばかりの私が、何かしてあげたいと必死に頑張った成果が直接聞けた気がして。

 

「__な」

 

思い出すとどうしても体が熱くなって、もう、好きで好きで堪らなくて。

 

「____うな」

 

(どうしてくれるんですか、椿先輩......)

 

この感情に、どう責任をとってくれるのか。

 

「おい友奈」

「はいぃ!?」

「何で叫ぶんだ...ほら、ついたぞ」

 

体感一分もなかった。小さい頃からずっと住んでる家の目の前で椿先輩の温もりから離れる。

 

「じゃ、風邪引かないようにな。おやすみ」

「ぁ...椿先輩!」

 

アクセルを入れる直前で止まってくれた先輩を見て、私は慌てることしか出来なかった。理由もないのに引き留めてしまったから。

 

「あ、コート忘れてたな...」

「!洗って返しますから!!」

「別にそのまま...は嫌か。任せる」

「......あの!ちょっと待っててください!!」

私は急いで家に入り、自分の部屋まで向かう。お母さんにもお父さんにも声をかけられたけど無視して外に飛び出す______前に、玄関のドアノブに手をかけて止まった。

 

(......ちょっとだけ。ちょっとだけ勇気をください)

 

息を大きく吸って、吐いて。それでも落ち着かない感情を込めて。

 

「椿せんぱいっ!!!」

「おい友奈、どうし...っ!?!?」

 

永遠に続いて欲しいと願う位の一瞬だった。私の顔も、椿先輩の顔も真っ赤っか。

 

「ゆ、ゆ...!?」

「いつもありがとうございます!!大好きですっ!!おやすみなさい!!また明日!!!」

 

口に入った物を溢さないよう気をつけながらパクパクしてる先輩は可愛かったけど、私が耐えられず矢継ぎ早に言いたいことだけ言って家に逃げ込んだ。玄関の鍵まで閉めてから、そこを背にして寄りかかる。といっても足がもたなくて、座り込む。

 

(あ、あぁぁぁぁぁ......!!!)

 

幸福感が体を支配して、うまく力が入らない。

 

(しちゃった...しちゃったんだ......!!)

 

自分の部屋に残していた、成功したチョコの余り。帰ってきてから自分で食べようとしてた一個。

 

それの欠片が、口の中に残っている。勢い良くやったから、『私達』の歯で砕けてしまったんだろう。

 

今まで食べたどんなチョコよりも甘い、トクベツなチョコ。

 

私が言えたのは、たった一言だった。

 

「...責任、取ってくださいね。椿先輩」

 

 

 

 

 




当初ゆゆゆい話数での投稿予定だったんですが、友奈ちゃんがどうあっても椿とキスするのでifとして出来るよう短編になりました。本編として出したら流石にルート確定する。

メインで書いた四人の選出は完全に即決だったので、多分神樹様のお告げです。


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ゆゆゆい編 27話

ゆゆゆいアプリの花結いの章29話、ついにきましたね...滅茶苦茶続き気になる。




「椿ー、今週の予定は?」

「市役所付近の清掃活動に保育園の手伝い、目立つのはそのくらいかな」

 

パソコンを弄ってたからか、風が俺に聞いてくる。何気ない日常の一コマだが、皆会話してなかったので適当に話を続かせた。

 

「なんか久々かもな」

「何が?」

「風が俺に予定聞いてくるの。最近は人数多いし、友奈達が入ってからスケジュール管理は東郷がやること多くなったし」

「あー、確かにそうかもね」

 

バリバリとせんべいを食べながら答える風。反応してきたのはその東郷だ。

 

「私達が入る前はお二人で活動してたんですよね?」

「まぁ、半年くらいだけどな」

「この勇者部の始まりですか...興味ありますわね」

「別に面白い話なんて何もないわよ?ねぇ椿?」

「......ここで風がチアやって男子に告白されたエピソードが真っ先に思い浮かぶ辺り、刷り込みが完璧だよなー」

「刷り込みって言い方はないでしょ!?」

「それは私(わたくし)も聞いたことあるので結構ですわ。そうですわねぇ...そういえば、二人のうちどちらが先にこの部を始めたんですの?それとも二人で?」

「 風が俺に声をかけて、二人で始めたって感じかな」

 

勇者部設立の本当の目的は、神に選ばれる勇者適性の高い者を集める為の場所だ。人助けの部を作ったのは風らしいと言えるが。

 

「あの時は、確か________」

 

 

 

 

 

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『すいませーん。古雪椿君いますか?』

 

あたしの声に教室にいた人達が振り向く。そして、不思議そうな顔をした。

 

それも仕方ないとは思う。中学に入ってからまだ半年ちょっと。隣のクラスまで出向いて仲良くなることの方が珍しい。

 

(色々あったし...ね)

 

両親が亡くなった。文字数にしてみれば少ないそれは、私と、二つ下の妹にとって致命的で。

 

でも、それを気にしてずっと泣いているわけにはいかなかった。あたしは妹を守らなければならないのだから。妹との手を離したくないが故に、誰かの養子になるという大赦の提案を断り、二人で生きていくと決めたのだから。

 

(そのためにも、まずは...)

 

『古雪君、誰か呼んでるよ?』

『はーい...えっと、誰?』

 

黒髪黒目で、少し目の隈が目立つ男子。それが、あたしが初めて古雪椿を認識した時の印象だった。

 

 

 

 

 

大赦が協力を頼んできたのは、世界を救う力を持つ勇者になれるかもしれない人を揃えること。ただもしもに備えて集めてくれれば良いと言われて。

 

その大赦が指名してきたのが彼、古雪椿だった。

 

_____今にして思えば、椿が乙女にしかなれない筈の勇者として指名されたのは、大赦の指示が勇者を集めるように言われてから数日経ってからだったのは、この間に椿の元へ銀がついたからなのだろう。

 

『それで、部活勧誘に...?』

『そうなのよ!どう?勇者部に入らない?』

 

入ってくれないと少し困るのだが、詳しい理由を言うわけにもいかない。『何の部活にも入ってないから暇そう』という表向きの理由を言うと、どっちとも取れない声で『んー』と唸った。

 

『まぁ、暇だし、銀と遊ぶために早く帰る必要はなくなったわけだし......』

『へ?』

『あ、いや...返事は明日でいい?』

『えぇ』

 

次の日、彼は朝イチであたしの教室前にいた。

 

『いぬぼうじゃき...んんっ!犬吠埼さん。昨日の話だけど、俺でよければ協力させて貰う』

『ホント!?助かるわ!』

『所で、俺以外には誰に声かけてるんだ?』

『え?』

『え?』

 

よく考えれば椿が気にするのも当然で、普通であればたった二人で作る新らしい部活を承認されるわけがない。

 

大赦に特例で設けて貰った部活だから、気にする必要もないのだけど。

 

『まさか、こうもトントン拍子でたった二人の部活が認められるとは...』

 

用意して貰った家庭科準備室にはほとんど何も置いてない。

 

『やりがいがありそうね...よぅし!じゃあこれからよろしくね!椿!』

『あ、あぁ...よろしく、犬吠埼...風でいいか?言いにくくて』

『寧ろ推奨!』

『分かった』

 

 

 

 

 

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「始まりはこんな感じよ」

 

風視点の部活結成話が粗方終わり、もう一口せんべいをかじる。

 

(まぁ、最初からこう活動してたわけじゃないんだが...)

 

無名の部活に依頼がすぐ届く筈もなく、二ヶ月くらいは樹と二人分の食材を買う風を手伝って荷物持ちをしていた。

 

「椿さんはよく乗りましたね。知り合いでない人からいきなり部活の勧誘をされて」

「まぁな...タイミングが良かったって感じか」

 

銀がいなくなった悲しみを銀本人によって解消された頃。銀が俺と一体になったというのは、俺が勇者への適性を持ったということだ。

 

それに目をつけた大赦が風に指示し、こうなった。なるべくしてなったと言ったところか。

 

(そういや...)

 

流石に俺も最初から勇者部に乗り気ではなかった。突然誘われるとか怪しすぎるし。一日持って返ったのは銀とじっくり話したかったからだ。

 

『アタシは良いと思うけどな。やってみたら?』

 

(銀に言われなかったら、この部活に入ってなかったかもな)

 

「ん?どした椿?こっち見て」

「いや、何でもない」

 

もし勇者になってから勇者部のメンバーと関わりだしたら、溶け込むことは厳しかっただろう。唯一の男子で、戦うために仕方なく集まった感じも出てしまうから。

 

「でも、誘ってもらって良かったよ。風様々...っと、悪い」

 

机に置いていた携帯が震え、画面が通話の着信を示す。互いに迷惑にならないよう部室から廊下に出た。

 

「もしもし」

「あ、にぃーちゃん?」

「鉄男?」

 

映っていた相手の名前は『三ノ輪家自宅』。文字通り三ノ輪の家電だ。誰かと思えば、相手は長男の鉄男だった。

 

「どうした?わざわざ連絡してきて」

「実は__________」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「へいお待ち」

「「美味しそうー!」」

 

冷蔵庫にあった物で手早く親子丼、ほうれん草のゴマみそかけを作り、昨日の残りという豚汁と一緒にテーブルに並べる。

 

「卵とろとろだ...」

「冷めないうちに食べるぞ。ほら」

「はーい!頂きます!」

「「頂きます」」

 

手を合わせてから二人は慌ただしく食べていく。自分でも満足いく半熟具合だ。

 

「にしても、いきなりだったな」

 

まだ一人で包丁を持つのは危ない二人は、普段であれば両親か家政婦さんにご飯を作ってもらっている。しかし、両親は急遽夜までかかる仕事が、家政婦さんは急病でお休みだとか。幸い軽い熱らしいが、移されても困るし、俺が面倒見れば良いだろうとも思っている。

 

「おいしーい!!」

「んっんっ...んぐっ!」

「あーあー掻き込むな。はいお茶」

 

ちょっと前と比べても、二人はよく食べるようになった。見ていて和む感情は弟というよりは子供を相手しているのに近いだろうか。

 

「食べたら風呂入ってこい。ためといたから。そしたら今日は宿題して早寝」

「えー!ゲームしようよー!」

「俺がここに来るまでにやってただろ」

「ギクッ」

「先に宿題やっとけって言ったのに...約束守れない子はダメです。いいな?」

「はーい......」

「...今度、ちゃんとやってたら遊んでやるから」

「!うん!!」

 

大人がいない時に隠れてゲームすることの楽しさは十二分に分かるが、それを素直に言っても二人のためにならない。心を鬼にした結果は良かったようで、ご飯を食べ終えた二人は仲良く風呂に入っていった。

 

「やっほー椿、手伝えることない?」

「布団の用意」

「ラジャー」

 

我が物顔で入ってきた相手を一瞥することなく指示をだす。事前に連絡は受けてたが、声や遠慮のなさで相手なんてすぐにわかった。

 

(ま、今住んでなくても自分の家だし、俺よりここが相応しい奴だしな)

 

迷うことなく押し入れから布団を二つ出す銀を確認しながら、俺は油のついていない食器だけ重ねて流しまで運び、全部運んでから皿洗い。洗剤なんかの場所は分かりきっている。

 

「鉄男の茶碗は大きいのに買い替えてやるべきかな...」

「そんなに食べるようになった?」

「あぁ。それなりにな」

 

俺も大食いではないが、当時の俺と比べてもよく食べる方に感じる。

 

「そっかそっかー。大きくなって貰わなきゃ困るからなー」

「この世界だと年とることないけど」

「それでも気持ちよく食べて欲しいだろ~!大体それ言ったら椿がさっきいったのも無駄じゃん」

「...まぁ、それはそうなんだが」

「アタシはあまり近寄れないしさ」

「銀......大赦のあれか」

 

余計な混乱を避けるため等の理由から、銀は三ノ輪家との接触を極力避けるよう言われていた。一度は触れあっていたし、こうしてバレなきゃいいと来るときもあるけれど。

 

「大丈夫。割りきってるよ。可愛い弟達に会えないなんて何事かーとは思うけど、仕方ないから」

 

「いつかは...」という銀に、俺は何も言えなかった。何を言うにしても無責任な形になりかねないから、咄嗟に言えず固まってしまう。テンポ良く皿を洗っていた手も一瞬動きが鈍る。

「よし、敷き終わったー...椿ー、懐かしくない?」

「何が?」

「こうやって布団二つくっつけて敷いてるとさ」

「あー...」

 

銀が言っているのは恐らく俺達が小学生だった頃、それこそ今銀が布団を敷いている部屋で一緒に寝た時のことだろう。

 

「夏休みだったっけか」

「そうそう!丁度雨強くて雷が沢山でさ、二つ用意してたけど結局一つの布団に二人で入って寝たやつ」

「あれ、普通に怖かったからな」

 

今なら別に大したことないと思うが、あの頃は沢山の雨が屋根を叩く音と不定期に鳴る落雷の音が怖くてしょうがなかった。

 

「銀と一緒だったら結構安心できたけど」

「アタシも椿に抱きついてたら平気だったな~。あの後寝れたし」

「起きたら思いっきり晴れたっけ」

「あぁー!なっつ!ねぇ椿、また同じ布団で寝ない?」

「お前何歳だよ」

 

若干呆れながら返事をすると、しばらく何も返ってこない。

 

(あれ?)

 

「ア、アタシは......いくつになってもしたいけど、な」

「冗談言うんじゃありません」

「......はぁ。まぁいいや。用意終わったよ」

 

一仕事終えたように「かっー!」と達成感のある声をあげる銀は、ずっと前から知っている子供っぽいようにも、前より大人びたようにも見えた。

 

「ありがとな」

「アタシの弟達だからな!じゃ、おやすみ」

「いいのか?てっきり俺んち寄るのかと」

「園子も待ってるし、椿もこれから二人の面倒見て時間かかるだろうしね」

「分かった」

「じゃあ、また明日!」

「あぁ。また明日な」

 

玄関から帰る銀を見送って、振っていた手を下ろす。

 

「......」

 

なんとなく見上げた空は雲が多く、隙間から半月がぼやけて見えた。

 

「『また明日』......か」

 

また明日会おうと言える。またねと別れを告げられる。その大切さが改めて胸に刻まれる。

 

普段周りが騒がしいぶん、一人でいる時は感傷に浸りやすい。

 

(...離さないようにしないとな)

 

繋いだ手を決して離さない。これまでも、これからも。また明日、皆と過ごすために。

 

「くすっ...なーんてな」

「にぃーちゃん風呂出たー!!」

「はーい。お前らちゃんと体拭いたのかー?」

 

変な感傷を振り切るように、俺は風呂場まで歩き出した。

 

明日も明後日も、見える月の色が消えないことを願いながら。

 

 



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短編 風if

前話で多くの方が『風先輩がメインだと思った』と言ってました...計画通り。

というわけで今回はゆゆゆ組で唯一ifを出してない風ifです。最近全然書けてなかったので気合い入りました。


どしゃ降りの雨の中を傘もささずに歩く。あてはない。濡れた歩道を見ながら、重力と雨の重みに従って垂れ下がる髪の毛を視界に挟みながらただ歩く。

 

「......」

 

体に当たる雨粒を冷たいと感じられる程の余裕もなかった。心が体以上に冷めきっていたから。

 

というか、どうでもいい。

 

「......」

 

もう、秋になる。秋と言えば、彼女の誕生日。

 

しかし、それを祝う人はいない。

 

 

 

 

 

『三ノ輪銀が亡くなった』

 

たった十文字で表せる言葉の意味は、どんなものより重い。

 

それは、俺が生きる上で必要となる一部だった。空気があるのが当然のように、彼女が隣にいてくれるのが当然で。俺達が息をするのと同じくらい平凡に、俺は彼女と会話する。

 

それがもうない。もう二度と出来ない。空虚な心が音をたてながら耐えられたのは、短いと捉えるべきか、長いと捉えるべきか。一週間だけだった。

 

「...銀」

 

無意識に呟いた場所で止まる。いつの間にか普段来ないような場所の橋に立っていた。手すりの外を覗けば川。雨のせいで濁っている水中はまるで見えない。それどころか霧のように辺りの景色を見えにくくする。

 

(誘ってるのか)

 

まるでこっちにおいでと、言っているようで。

 

「...じゃあ」

 

俺は意識が薄れてる中、手すりに手をかけて__________

 

 

 

 

 

「何やってるのよあんた!!!」

 

その腕を女に掴まれた。彼女にとっても咄嗟のことだったのか、さしていた黄色い傘が風にあおられ川に落ちていく。

 

「何って...飛んでみようと」

「飛んだら川よ!バカなの!?こんな勢いが激しい日に飛び込んだら誰も助けられないわよ!?」

「良いじゃねぇか...どうせ助けなんかいらねぇし」

「あんたバカね!?ふざけてるんじゃないわよ!!」

 

何故だか俺は、そのまま彼女に引きずられた。この手を離すことはきっと簡単だったが、力がうまく入らない。

 

______離したら、俺が完全に俺じゃなくなる気がした。そんな不安がつきまとっていたのかもしれない。

 

 

 

 

「お姉ちゃん!?どうしたの!?」

「ごめん樹!!タオルと着替え持ってきてくれる!?」

 

引きずられて連れてこられたのは、マンションの一室だった。

 

「...やめろよ」

「やめないわよ。風邪引くでしょ」

 

強情な彼女は何処かへ行って戻ってきて、玄関で立ちっぱなしだった俺の髪の毛を無理やり拭いてくる。

 

「本当、バカなんじゃないの」

「......」

 

返す言葉は幾らでもあったが、口が開かない。バカじゃないとやってられなかったから。

 

「無視か...あんたねぇ、少しは感謝の気持ちを出しなさいよ」

「...感謝?邪魔しただけだろ」

「はぁ?死にそうにしてたあんたを止めたんじゃない!」

「それが邪魔だっつってんだろ!!!赤の他人くらいほっとけよ!!!余計なお世話なんだっつうの!!!」

「!!そんな言い種無いでしょう!!なんなのあんた!?」

「お、お姉ちゃん......」

 

(!!!)

 

奥に見えた少女に息を飲む。短い髪、小さめの身長は_______もう、それだけで彼女に見えてしまって。

 

「俺は行かなきゃいけないんだよ...あいつの所に!!だから死なせろよ!!」

「っ!!そんな...いい加減にしなさいよ!!!!」

 

一際大きな声をあげた目の前の女の顔が、視界から消えた。

 

「っ...?」

「どうして、そんなこと言うの......」

 

しばらく振りに感じる圧迫感、じんわりした熱。

 

「あんたの言う『あいつ』は、あんたが死ぬことを望んでないでしょ......そんな簡単に死ぬなんて言わないで。言わないで......」

「お、お、れは...」

 

抱きしめられていると認識した途端、『あいつ』が笑ってる姿を思い出してしまった途端、俺のどこかが切れた。

 

 

 

 

 

「っー...」

 

いつの間にか閉じていた目蓋を開けると、まるで見覚えのない天井が見える。

 

(あれ、俺、なんで)

 

起き上がる起点に出来るよう右手を使うも、俺の体と同じ高さに置いた筈の右手は宙を切ってバランスを崩す原因になった。

 

「うおっ」

 

ドサッと音を立てて視界が回った結果、俺はさっきまでソファーの上で横になっていたのが分かった。宙を切った理由は、そんなところに床がないから。

 

「あ、起きた?もうすぐ出来るからね」

 

同時に届く声にも覚えはない。見渡せば、茶色に近い色の髪を二つに纏めた少女の後ろ姿が見えた。音や匂いも合わせて何か料理を作ってることだけは分かる。

 

「え、え?誰だよ?」

「さっきまで散々な言い方しといて今さら?」

「??」

「とりあえずこれ食べちゃいなさい」

 

テーブルに並べられるのは一般家庭でよく出てきそうな和の料理。ごはんに味噌汁に肉じゃが。

 

「...知らない人から飯を作って貰うのは」

「つべこべ言わず食べる!」

「......!」

 

美味しそうな飯に俺のお腹は忠実で、大きめの音を響かせる。ニヤニヤしだした彼女に見られ続けるのが耐えられず、行動するしかなかった。

 

「...頂きます」

「召し上がれ」

 

(久々な気がする...あれ?何で?)

 

おかしな疑問は食べると同時に思い出した。俺がさっきまでどうしていたのか、何でこんなところにいるのか。

 

でも、それ以上に。

 

「...温かい」

 

食べた肉じゃがの温かさで、どうにかなってしまいそうだった感情が止まった。

 

その後は箸を止めることが出来ず、気づけば目の前の飯が綺麗さっぱりなくなってて。

 

「......」

 

目の前の少女______同級生か、一つ、二つ歳上か_______に向けて行った罵倒や態度も思い出していた。

 

(というかバカなのか俺。あんなこと言ってたアホにご飯作ってくれた聖人を無視して食いまくるとか...バカでアホでしょ)

 

「美味しかった?」

「!あ、あぁ...とても」

「そう。よかったわ」

「あの...すみませんでした!俺、その、どうかしてて......」

 

大きな音が立つのを気にせず手と頭をテーブルにつける。こちらに非があるのは分かりきっている事実なのだから当然ではある。寧ろこの程度でさっきまでのことを許されるとは________

 

「いいわよ別に」

「いや、そういうわけにもいかないんじゃ」

「だって明らかにおかしかったもの。大事な人がいなくなったんでしょ?」

「っ......」

 

彼女の言葉が胸に刺さる。そう、銀が亡くなったという事実は変わらない。

 

(...せめて、彼女の前でもう取り乱したりしない)

 

「でも......」

「気持ちは分かるのよ...あたしも、ついこの間両親を亡くしたから」

「!!」

 

両親、亡くなった。頭の中を二つの単語が巡って、唾を飲み込む。

 

「...んで」

「へ?」

「なんで、そんなに、平気そうなんですか......?」

「...平気そうに見える?」

 

そんな彼女の目は、見間違いでなければ潤んでいた。

 

「なーんてね。そりゃ勿論悲しいわよ。あれから...大橋の事故からまだ一週間ちょっとだもの」

「!!!」

 

大橋の事故は、銀が巻き込まれたものだ。つまり、同じ時間しか経っていないのに、俺と彼女の間には大きすぎる差が開いている。

 

「でも、あたしがしっかりしてなきゃ、樹とも離ればなれになっちゃうから。あ、樹は妹ね。さっき見たでしょ?」

「妹...」

「そうよ~。滅茶苦茶可愛くて良い子なんだから、あたしが守らなくちゃ」

 

彼女は姉として、誰かのために凛としてる。

 

(俺は...あいつらのために、ちゃんとできなかった)

 

銀の弟たちと同じで、ただ泣くことしか出来なかった。叫ぶことしか出来なかった。

 

「おれは...銀がいなくなって、そんなに強くはいられない......」

 

『あんたの言う『あいつ』は、あんたが死ぬことを望んでないでしょ』

 

でも、きっと、あいつは。あいつなら。確かに望まない。

 

「銀が、俺に死んでほしくないと望んでるかなんて、もう分からないじゃないか......」

「...しょうがないわねぇ」

 

一人呟いて暫く。ふわふわした甘い香りが俺を包む。

 

「...ぇ?」

「よしよし」

 

気づけば、誰かに抱きしめられていた。思考が事態を理解せず、成されるがままになる。

 

「その銀って人は分かんないけどさ、あたしはもうこんだけ話した人が死んで欲しいとは思わないな」

「!!!!」

 

それは、『理由』で。生きてほしいという『願い』で。

 

「バカじゃねぇの...」

「すいませんねぇ」

「ホント...初対面の奴に、なに言って...バカ...」

 

壊れた涙腺は涙をぼろぼろ流し、離れようとする彼女を離すまいとぎちっと手が服を掴んでいた。

 

尊敬と感謝と、言葉に出来ない溢れた思いを込めて。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)

 

あれから二日。俺はクラスで割り当てられた自分の机に頭を叩きつけ、両手で抱える。

 

結局、恥ずかしさやらありがたさやらでテンパりまくった俺は、あの後簡単な礼やらなんやらだけで帰った。そのあとすぐ寝てしまい、気分がすっきりしたまま登校。

 

本当はその日、つまり昨日の放課後お礼を言いに行きたかったのだが、まだ気恥ずかしさが残っていたのと、ぼんやりとした記憶しかないため彼女の住む場所が分からなかった。

 

とどめに彼女の傘を捨ててしまう原因になってしまったのを思い出したため、若干言い訳じみてはいたが購入して終わらせてしまった。今日は晴れてるにも関わらず買った傘を学校に持ってきて、なんとか覚えてる景色の場所まで行って探そうと考えていたのだが__________

 

(やぁぁぁぁぁぁぁ!!!)

 

まさか、しれっと隣のクラスにいるとは思うまい。見つけた瞬間全身の鳥肌が立った。

 

(はずかしぃぃぃぃぃぃ!!!!)

 

聖母の様な彼女は、同学年かつ同じ学校。

 

いやなんだろう、恥ずかしいのだが、次元がそのレベルを遥かに越えて未知の感情を生み出している。もはや恐怖さえ感じる。

 

パニックになった俺は、机の上で頭を抱えていた。どうすんだ。いやどうこうするもんでもないのだが。

 

「すいませーん。古雪君いますかー?」

 

古雪という名前が自分のことを指すのだと分かっているから、呼ばれた瞬間震えた。誰の声でも今の俺は怯えてすくむ。

 

「古雪君ならそこの席だよ」

「ありがとー...寝てるのかな?図書委員会のお仕事なんだけど」

 

(過去の俺、なんで図書委員にしたんだ!!内容聞いて楽だったからって!!!)

 

理不尽な怒りを自分自身に押しつけ、覚悟を決めて顔をあげる。相手は長い髪を二つに纏めた彼女_______ではなく、全く知らない人だった。

 

「今、平気かな?」

「...辛うじて大丈夫」

「そう?実はね」

「あ」

 

ちょっとだけ安心して話を切り出す彼女に集中することは出来なかった。教室の扉から、廊下にいた彼女と目を合わせてしまったから。

 

 

 

 

 

「あはははは!!!」

「勘弁して。ホントに勘弁して......」

 

隣には、大爆笑の彼女。俺は羞恥心が限界突破して震えている。

 

彼女から別れてからさっきまでどうしていたのかを事細かに聞かれたら、こうもなる。

 

「ははっ、ごめんごめん!許して!」

「いや、許してもらうのは寧ろこっちではあるんですけど...」

 

持ってきていた傘を渡すと、「別にいいのに...」と言いながら、受け取ってくれた。

 

「そんなかしこまらなくていいのに。同級生というかクラス隣なんだし」

「うぅ...」

「調子はどう?」

「......さっきのでまた辛くなった」

「冗談が言えるくらいには戻ったのね。よかった」

「冗談ではないんだが...」

「でも『死にたくなった』なんて言わないだけ全然良いわよ。えーっと...」

「...古雪、椿」

 

ゆっくりめに声を出す。というか、まだ名前すら言ってなかったことに驚く。

 

「へー。椿ね。あたしは犬吠埼風!よろしくね!!」

「...あんま、よろしくはしたくないけど」

「なにを!?」

 

犬吠埼風。その名前をもう一度胸の中で唱えた俺は、少しだけ口角が上がっていた気がした。

 

 

 

 

 

それから。俺は色んな体験をする。死んだはずの銀が俺の体に入ってきたり、彼女が作ったという勇者部とかいう部活に入って活動したり、まさかの本物の、世界を守る勇者になったり。

 

部員も俺達二人だったのが、友奈、東郷、樹、夏凜と六人まで増えて。

 

安定で平穏な世界は、荒んでいた心を癒すには十分で。

 

(いや、違うか...)

 

きっと、いや間違いなく、俺が壊れなかったのは________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「それが、もうこんな時期とはな...」

 

病室に備え付けられたエアコンは年代物なのか、たまに唸るような音をあげる。まぁそれも三日目のつきあいともなれば気になる程でもない。

 

窓の外の景色には、ちょっとした陽炎が見えた。この季節コンクリートの持つ熱は60度を余裕で越えるとか。

 

「......」

 

この間あった、壁の外から侵入してくる敵、バーテックスとの大規模戦闘。勇者である俺達は『満開』という強力なシステムを使い、辛くも勝利を手にした。

 

大赦に言われていた12体を倒したためお役目は終了。俺は何故か検査が長引いているため病室に一人でいる。

 

(...最も、全部終わりとは思えないけど)

 

銀から聞いた話では、勇者はこれまでバーテックスを壁の外に追い払うことしか出来なかったらしい。つまり、規定数のバーテックスを倒すためなら俺達の後の勇者というのは、産まれないはず。

 

だが、彼女は大赦からの指示として言ったのだ。『あたし達のお役目はおしまい。次の勇者達に準備するらしいから、勇者システムの入った端末は回収するわね』と。つまり、一定時間で復活するなどが考えられ、戦いは終わっていないことになる。

 

懸念材料ならまだあった。満開を使用した勇者は身体のどこかしらが満足に動かせなくなっている。俺は無事だが______俺の体で満開した銀が、未だ目覚めない。

 

俺自身発狂するかと思っていたが、別段そこまででもなかった。いつ消えるか分からないと銀に念を押されてきたからか、すぐにまた会えると思っているのか、それとも。

 

「風...」

 

眼帯で片目を隠したあいつの顔が、随分前に鏡で見たひどい顔に似ていたからか。

 

風にだけは、銀が一緒だったことを伝えている。当時あからさまに明るくなった俺のことを怪しんできたのでバラしてしまった。そして、満開後銀が目覚めてないこともぽろっとこぼしてしまっていた。

 

(思い詰めてなきゃ、いいんだが...)

 

答えは分からないまま、どこか歪な生活は続く。壊れるのは__________すぐだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あたしは...あたしは...!!!」

 

悔やんでも悔やんでも止まらない後悔は憎悪に代わり、あたしの体を突き動かす。

 

あたし達は騙されていた。世界のために戦った結果、二度と取り返せない代償を渡された。

 

それを大赦は分かっていた。分かっていた上で、バレないよう隠していた。そのせいであたしは巻き込みたくない人を付き合わせてしまった。

 

(友奈、東郷、椿...樹っ)

 

味覚を、耳を。大切な人を、そして、夢を失った、あたしのかけがえのない人達。

 

あたしが奪ってしまった人達。

 

「うぁぁぁぁぁ...!!」

 

あたし自身聞いたことのない苦し気なうめき声が耳にこびりつく。ずっと声が出てるんじゃないかと思うくらい響く、響く、響く。

 

取り除くことなんてできやしない。唯一出来るだろう最愛の妹は、声を出せないんだから。

 

「たいしゃ......大、赦ぁ!!!!」

 

恨みの権化を潰すため、奴等の本部へ跳んでいく。勇者の力を使えば、一般人なんてどうにでも_______

 

「!!」

 

突然飛んできた何かが精霊である犬神のバリアと衝突し、あたしは着地を余儀なくされる。

 

「......風」

 

いたのは、赤い勇者服を着て仁王立ちしている椿だった。

 

「椿...邪魔しないで!!」

「断る。お前何するつもりだよ」

「そんなの決まってるでしょ!!大赦を潰すのよ!!事前に知ってた真実を言わず、あたしたちを生け贄に捧げた奴等をこの手で消してやる!!!」

「......」

 

椿は何も答えない。無言に耐えられないあたしは大剣を構える。

 

「椿、どいて。じゃないとあたしはあんたを倒さなきゃいけない」

「......」

「どいて...どきなさい!!!」

「......」

「っ!どけぇぇぇ!!!」

 

走り出し、振りかぶった勢いそのままに叩きつけた大剣は椿の斧に止められた。金属音があたしのこびりついた声をかきけしそうになり、うまくいかずに消える。

 

「あんただって憎いでしょ!!あいつらが真実を言っていれば、あたしはあんた達に満開させることなんてなかった!!勇者をやらせることなんてなかった!!!」

 

たらればなんて今意味がないことだと分かっていても、あたしは止まらない。止まれるはずがない。

 

「そしたら友奈も東郷も...樹の声を奪うこともなかった!あの子に出来た夢を殺すこともなかった!!椿は!!あんたは!!銀を失うことはなかった!!!!」

 

初めて話された頃は冗談だと思っていたけれど、銀と直接話すことで冗談でないことはすぐにわかった。

 

そんなあたしにとっても友達だった彼女は、もういなくなってしまった。

 

あたしが、椿を勇者にさせたせいで。

 

亡くなったことをあれだけ悲しんでいた彼から彼女を奪ったのは他でもない。あたしだ。あたしが、あたしが、あたしが。

 

せめて事前に言われていれば。

 

「こんなことになるくらいならっ!!!あたしが一人で勇者をすればよかったんだっ!!!!」

 

一人で戦って、戦って、戦って。勝てないなら満開すればいい。何回することになろうと、死んでいくのはあたしの体だけだ。

 

「......風、お前」

 

やっと口を開いた椿の顔を見ると、見たことない怒りの感情を含んでいた。

 

「本気でそう思ってるのか?お前が、お前一人が頑張ればよかったって」

「そうよ!!そうすれば犠牲はあたし一人ですんだ!!」

「っ..ふざけんなっ!!!」

 

彼の二本の斧が大剣を押してくる。負けじと押し返すも、うまく元に戻せない。

 

「それで俺達が無事でも『よかった』と思うわけねぇだろ!!」

「なっ!何でよ!?」

「お前が犠牲になることなんて、誰も望んでないからだよっ!!友奈も!東郷も!俺も!銀も!樹もっ!!」

「!!」

「今だってそう!!大赦は確かに許せないが、だからってお前に大赦を

潰させるわけにはいかない!!お前にそんなこと...人殺しになりかねないことをやらせたい奴は、勇者部には誰もいないんだよ!!分かったかドアホ!!」

 

一転して攻勢になった椿の攻撃に耐えきれず、大剣を弾かれてしまった。

 

「っ!」

「風!!」

 

椿の姿が視界から消えたと思ったら、大きな衝撃を受けた。体の前側に圧がかかって、じわじわ熱が伝わってくる。

 

(...え、あたし、抱きしめられてるの?)

 

「だから、そんなことするな......」

「いや、あのっ」

 

あたし達の身長差はそんなになく、目を下の方にすれば椿の肩が見える。普段ならあり得ない光景があたしの脳をより動かす。

 

「でも、あたしは、だって、椿も、樹も、あたしのせいで...」

「あぁもう!うるせぇなぁ!!」

 

椿の顔が見えてどこかほっとした気持ちになって、息つく間もなく頭の後ろを固定されて。

 

「!」

「!?!?」

 

次には、椿の顔が目に入ってきそうなくらい近くて、唇が生暖かかった。じゅる、と籠った音がする。

 

恋する乙女のファーストキスが奪われたんだと理解した頃には、椿が離れてた。あたしとしては頭を抑えられてたから抵抗出来なくて、でも例え抵抗できても嫌じゃないというかもうちょっとしてもよかったというか__________

 

「い、いやいやいや!?!?なにやってんの!?は!?え!?」

「うるさいうるさい!!いいか!?次めんどくさく口答えしてみろ!!またお前の口塞ぐからな!!!覚悟しろ!!」

「いや椿、その前に説明っ...!!」

 

あたしは問答無用と言わんばかりにまた塞いできた唇を拒むことが出来ず。

 

 

 

 

 

あれだけ燻っていた憎悪の炎も、いつの間にか収まっていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「結構遅れちゃったな...」

 

もう時間は九時を回っている。始めたのが七時だったはずだから、ここから参加するには微妙だろう。

 

かといって行かない理由はない。控え目な明かりで照らされたチェーン店の居酒屋に入って確認を済ませると、案の定大部屋に通された。

 

 

「お!来たな椿!!!」

「お仕事お疲れ様」

「ありがと。裕翔、俺の皿とかある?」

「連絡貰ったときに揃えといたぜ!枝豆唐揚げつき!」

「つよ...」

 

裕翔に郡がいるスペースに入り込み、手始めに生ビールを注文する。

 

俺達に風を加えたメンバーでの飲み会は定期的に行っていて、珍しさは特にない。今日はそれなりに大規模な高校メンバーの同窓会のためその限りではないんだが。

 

「といっても、結局グループにわかれて話だしたらいつもの所に戻ってくるよなって」

「確かに」

「あはは...」

「生でーす」

「あ、それこっちです...んじゃ乾杯」

「「乾杯~」」

 

ジョッキー軽くつきあわせ、周りを見渡す。流石に高校から大きく顔が変わったやつはあまりいなさそうだ。髪が黒から金になってる奴はいるけど。

 

「あの髪すげぇな...あれ?そういえば風は?」

「おいおいなんだよ、どうせずっと一緒にいるんだからこういう時くらいなぁ」

「お前知ってるだろ、あいつに酒飲ませるわけには」

「つ~ば~き~!!!」

 

どうやって寄ってきたのか分からない風が気づいた時には隣にいて、首に腕を絡ませてくる。案の定息は酒臭い。

 

「どこのテーブルで飲んで来たんだお前...」

「どこいってたのよ~!寂しかったんだから!泣くわよ!」

「もう泣いてんじゃん......はぁ」

「あぁ!ため息つくことないでしょ~!そんな口塞いでやるんだからぁ!んー...」

「お前がキスすんのはこっち」

 

水の入ったコップをくっつけさせ、「やー!!」とわめいてるバカを放っておく。

 

(放って...おくわけにもいかないよなぁ)

 

「悪い裕翔、郡、俺帰るわ」

「え、うん。集金は済んでるもんね」

「なんだよ、もうちょっといてもいいじゃんか」

「酔っぱらってるこいつをほっとくわけにもいかないからな...というか、監視を頼んどいたよな?」

「お前のぶんは俺がおごったことにします。今度渡します」

「ありがとさん。じゃあ風、帰るぞ?」

 

声をかけると今度は「おんぶー!!」と騒ぎ出す彼女に大きな大きなため息をつきながら従う。郡に風が持ってきていた荷物を纏めて貰って、他の連中にも適当に挨拶しながらさっさと後にした。

 

「滞在時間10分程度...予想はしてたけどさ」

 

風が酒を飲んだらこうなるだろうと覚悟はしていた。ノンアルコールの甘酒で酔うのだから、最悪居酒屋の空気で酔う可能性すらあったのだから。四人で行く時はもっとファミレスに近い場所に行くから平気なんだが。

 

かといって風を放置しておくわけにもいかない。何しでかすか分からないし。

 

『椿~!あたしは椿がいないとダメなの~!!!』

 

いや、酔った状態で迫られるのも滅茶苦茶よかったのは事実だが。かといってあれを外でやられたら困る。

 

こいつといると予想通りにいくことの方が少ない。お礼を言いにいこうとした時もそうだし、初めてのキスだって中学卒業まではやめとくつもりだったのに__________

 

嫌だったかと聞かれれば、断じて否と答えるけど。

 

「つばきぃ...んにゃ...」

「ったく。帰るぞ」

 

家には風が作っておいた飯が残っていたはず。今日はそれを温めればいい。

 

確かに出来立てとは違うかもしれないが__________愛する妻が作った料理に込められた熱は、あの時と変わっていないから。

 

背中から伝わってくる温もりは、あの時よりずっとずっと強いから。

 

「好き、大好き...」

「はいはい。俺もですよ」

 

相槌を打ちながら、俺は軽い足取りで自分達の家へ向かった。

 

きっと、明日も予想外なことが起こるだろう。

 

 

 

 




本編と違う点は、『開始時点での椿の心が銀の死を耐えられないくらい弱め』なのと、『風がちょっと違う道を歩いてた』だけです。かなり本編に近い状況で書けたと思います。


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ゆゆゆい編 28話

200話まであと10話。その頃には花結いの章終わるのかな?

今回はリクエストになります!




「今日はわざわざありがとう」

「いえ...それで、俺に見せたいものってなんですか?」

 

いつものファミレス。先に座っていた春信さんは、極秘と右上にかかれてる資料をこちらに渡してくる。

 

「思いっきり極秘って書いてありますけど...」

「勇者なら問題ないよ。というか、君に見てもらわないと始まらないから」

「......」

 

ページをめくっただけで、俺の目は見開かれた。そのまま何枚かめくってみる。

 

「これは...」

「これまでの勇者のデータを元に作り上げた、完成品のレイルクス。そのペーパープランだよ」

 

大赦考案の疑似満開装置の試作品『レイルクス』。俺自身何度か身に纏い、窮地を救われたこともある装備だ。

この世界の春信さんは俺がこの装備で壁の外に出ていた頃の記憶で止まっているのだが、この人がそれを知るよしはない。

 

(神の力ってのは、ホント便利よなぁ...だからこそこの人の異常さも分かるけど)

 

正確に言えば、春信さんは恐らく勘づいている。俺の態度なんかから異なる場所から来たことを感じてはいても追及するほどじゃない。と言ったところか。俺もわざわざ説明する必要もない。

 

「これが作られた時、始めに使うのは君だろうから。使用者の意見も求めようと思って」

「...武装のラック部分はもう少し減らしていいと思います。基本勇者はそんなに多くの武器を持ちませんから」

 

武器の性能もテストする試作機なら大量に装備させて良いが、完成品ならデッドウェイトでしかない。

 

「武器の種類は作って、全部の武器を選んでつけれるラックパーツがあれば困らないと」

「成る程ね。君は二つ?」

「斧二本なのでそれで。腰は今の銃をそのままにしておきたいので背中が嬉しいです」

「分かった。やってみよう」

「...作ったとして、他の勇者がこの装備を使うかと言われれば微妙ですけどね」

 

懸念があるとすればそこだろうか。俺は純粋に興味もあるし使ってみたいが、他の皆が喜んでこれを使いだすかと言えばすぐには頷けない。

 

「というと?」

「武器は自分達のがありますし、空中性能、能力の底上げ。魅力的ではありますが、勇者部は樹海の上で戦うことに慣れていて、チームワークを重視してます。今さら慣れない装備で空中を舞台に戦って、滅多にしない三次元的な連携を突然できるようになるとは思えません。経験不足を補ってなお今より強い状態になれないなら...」

 

試作品の段階だと、本気であれば樹海を走った方が速かった。その程度じゃ全員が使うことはないだろう。

 

「そこはもう頑張ってくださいとしか言えません。俺、これがどういう仕組みで動くのかすら全然知らないですから」

「...うん。意見ありがとう。もう少し練ってみるよ」

 

そう言って、春信さんは紅茶を飲む。気品があるように感じるのは天性のものか、努力の賜物か。

 

(夏凜には無いもんだし努力に一票)

 

案外格式のある大赦もめんどくさいのかもしれない。なんて考えながらみかんジュースを飲んでると、春信さんが「そういえば」と続けてきた。

 

「もう一つ付き合ってほしいことがあってね」

「はい?」

「これなんだけど」

 

バッグから出てきたのは小瓶。日光の影響を受けるものなのか茶色で覆われている。

 

(...てか)

 

「なんですか、そのいかにも怪しい薬が入ってそうな...」

「実際そうだから。これは違う部署から勇者部に依頼として頼んで欲しいって来たんだけどね。普段心のうちに秘めている感情を解放する薬なんだって」

「突然ロクでもねぇもん出てきたなおい!?」

俺の口は否応なしにツッコミを入れざるを得なかった。

 

 

 

 

 

(で、貰ってきちゃうし...)

 

部室にて、俺は小瓶を太陽にかざす。茶色が透けて中にある錠剤のシルエットが見える。五、六粒といった所だろうか。

 

流石に俺も理由なしにこんなものを貰ってきたわけではない。

 

『勇者は普通、純粋な乙女にしかなれない。つまり勇者になった夏凜は純粋な乙女である証明でありかわ...ごめん。そんな顔しないで。流石に傷つく...こほん。それで、勇者には生まれた段階で持つ素質が必要になる。一方、僕の目の前には例外である君がいる。男の勇者。記録されている文献にはいないイレギュラー。おまけにトップクラスの適性がついたのは数年前、突然だ。後天的にその力が男にも手に入るなら...』

 

「その、後天的な力を利用した勇者の量産計画...」

 

男であれ女であれ、世界の守り手たる勇者の母数を増やす。この時空の世界の住人ではない(神が消えた世界を知る)俺からすれば、それを補うだけの神の力が必要だと思うし、そもそも俺の力は銀のお陰なので計画が実を結ぶとは思えないが_______そんな事情を知らない人の計画を真っ向から否定するのも微妙だった。

 

そういうわけで、計画の前段階の実験として付き合うことにしたのだが。

 

(効果が、素直な感情を吐露させる...ってのが、なんか変な所だけど)

 

誰か来ればこれを飲んでもらって録画しながら幾つか質問する。服用実験としては甘い気もするが、そういうオーダーだしいいんだろう。

 

第一ガチでヤバいやつなら、今や伝説とも言える若葉たちがいる勇者部に大赦が頼む筈もない。

 

「あ、椿君!」

「ユウか」

「正解!!よくわかったね」

「もう間違えるわけにいかないからな」

「へ?」

「...いや、なんでもない」

 

前にあったのは友奈との話である。ユウが知るはずもないので適当に誤魔化した。

 

「椿先輩!」

「やっほ~つっきー」

「あら、椿さん一人ですか?」

「皆来てないのね」

「他の方々は知りませんか?」

 

後ろから件の友奈に園子にひなたに千景に東郷。

 

(六人もいれば良いかな)

 

巫女と勇者の力を持つ東郷、巫女のひなた、勇者として千景、ユウ、ただの勇者でなく『御姿』の友奈、それに近い園子。これだけいれば十分だろう。

 

「俺は今日誰がどこにいるか分かんないわ。ま、依頼はきてるから協力してくれるか?」

「うんうん。良いよ」

「私達も平気ですよ」

「ありがと。じゃあこれをセットして...と」

 

携帯を録画状態にしてペン立てに立て掛ける。案外集音性が高めなのは確認済みだ。

 

「実は大赦から依頼を貰ってな。この薬の効果をテストしたいんだと」

「何その怪しさ全開の瓶は......」

「嫌なら突き返せばいいから無理にやってくれとは言わないよ」

「椿先輩はやらないんですか?」 「俺はあっちでモニタリングしながらやるって」

 

本当に例外たる俺は、後日大赦からお呼び出しをくらうとか。

 

「ちなみに、服用するとどうなるんですか?」

「ん?あぁ、素直な気持ちを出す薬らしいぞ。即効性が高くて効果は5分ちょっと」

「でしたら私は協力させていただきますよ。椿さん」

「ホントかひなた?」

「そのくらいでよろしければ...」

「つっきー、私も飲むよ~。楽しそう!」

「二人がやるなら私も!」

「私もお手伝いします!椿先輩!」

「「高嶋さん(友奈ちゃん)がやるなら私も」」

 

最後の二人の即答具合に一言いいたくなったが、折角やる気になってくれたのを削ぐ必要もないだろうと抑え込む。

 

「ありがと皆。じゃあこれ...誰からやろうか?それとも一斉にやる?」

「データとして撮るなら一人ずつですよね。最初に言いましたし、私が」

 

ひなたが気軽そうに蓋を開け、中の薬を一粒飲んだ。俺が言ったこととはいえもう少し疑ってもいいと思うのだが。

 

「どうだ?」

「そんなすぐに出ません......!!!」

 

微笑んでいたひなたの目の色が変わる。いや、実際に色が変わってはいないのだが、そんな表現が適していると感じる変化があったように思えた。

 

「効いてきたか?じゃあ適当に質問でも...」

「あの、椿さん」

「?」

「ちょっと、手を貸して頂けませんか......?」

「手?何か手伝えることあるのか?」

「そうではなくて、こう、こちらに...お願いします」

「?まぁいいけど」

 

いまいちピンとこないまま右手をひなたに向けて伸ばす。握手する形で伸ばした手に、彼女は何かに耐えているような表情で、祈りを捧げるように両手で挟んで握り込んだ。

 

「はぁ...はぁ...」

「ひなた?」

 

まさかアレルギー的な不味いものが入っていたのか。不安になった俺の感情は瞬時にどこかへ吹き飛んだ。

握られた右手を彼女の胸元に持ってかれて体勢を崩され、咄嗟にひなたの肩に手を置く。

 

「...」

「ふゎっつ!?」

「「なっ!」」

 

そのまま、右手の人差し指のひらを舐められた。全身がぞわぞわして変な声に変換される。

 

「ひなた!?」

「っ.......っ!?!?」

 

ひなたがちらりとこちらを見て、みるみるうちに真っ赤になっていく。固まった体で目だけが仕事をしたようで、自分の口元_______俺の指を舐めている口と、それを拘束している両手を見つめ、バッと離した。

 

「ぁ、あ、あの...椿さん!!申し訳ありません!!今日は失礼します!!!」

「え、ちょ、ひなた!!」

 

部室を飛び出すひなたは俺が見たことないくらい速く、俺自身動揺していて全く追いかけられない。

 

『若葉ちゃぁぁぁんっ!!!』

『?ひなたぁ!?何を!?』

『すみません五分でいいのでお願いします!!!全く止められないんですっ!!!あぁ若葉ちゃん!!若葉ちゃんっ!!!』

『うわぁぁぁぁ!?』

 

廊下の遠くから叫ぶ声も、ひなたに舐められた指をどうしようか考えていた俺にはちゃんと聞き取れなかった。

 

「じゃあ次は私やるね~」

「この流れで!?」

「さ、流石ねそのっち...」

 

東郷がひきつった顔で褒めているが、そうじゃない。

 

「今のひなた見てたのか?これ結構ヤバいやつじゃ」

「え~?素直な気持ちを出させるんでしょ?成功してるから平気だよ~」

 

園子の言葉の真意を考察してる暇もなく、彼女が薬を飲みこんでしまう。

 

「案外美味しいね...あぁ、これは耐えられないな。ひなタン凄い」

「園子、大丈夫か?」

「大丈夫だよ。つっーきー♪」

「おわっ」

 

今度は襲いかかられ、床に倒れこんだ。ぶつかった衝撃で頭が滅茶苦茶痛いが、俺が下だからといって園子が平気というわけでもない。

 

「古雪園子より乃木椿の方が語感が良いと思うんだ」

「へ?園子なにいって...怪我ないか?」

「私から体当たりしたのに、なんで心配するのかなぁ...優しすぎるよ。つっきー」

 

(自分の状況に集中したくないだけだから!!)

 

押しつけられている彼女の柔らかさが、どうしても俺に『異性』の魅力として伝わってくる。理性を保つので精一杯なのだ。

 

「そんな優しいつっきーにはご褒美を...およ、およよ~?」

園子が俺から離れていき、一瞬名残惜しさもあったが、その原因を見て固まるしかなかった。

 

「五分経過するまでガムテープで口も塞ぎましょう。そのっち?古雪先輩に迷惑かけちゃダメでしょ?」

「んー!むぐー!?」

「と、東郷、いつの間に...というかやりすぎじゃ」

 

園子の攻撃というかスキンシップは今に始まったことじゃない。あれが園子の素直な行動なら、もっと皆と遊びたいんだろう。

まぁそれも、東郷によって縛り上げられなにも出来ない状態になってしまったが。

 

「一人縛り上げるくらいどうということありません。古雪先輩もそのっちを甘やかし過ぎないでくださいね?」

「...はい」

 

東郷の技の凄さと放たれる威圧感を受け、俺は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

「ねぇ、これ、実験になってるの?」

 

園子が落ち着き、『今日はもう暴れません』と書かれたスケッチブックを手に持たせてから、千景が口を開いた。

 

「現状、素直になるというより暴走させるって言った方がしっくりくるよな......」

 

もし本当に素直にさせる薬なら、園子はともかくひなたは人の指を舐めたい人になってしまう。流石にそれはないだろう。

 

「はぁ......これは今度大赦に突き返すか」

「椿先輩、私もやってみていいですか?」

「友奈ちゃん!?危ないわよ!それに私友奈ちゃんのことは縛りあげられない!!」

「別に縛らなくてもいいんじゃないかな~?私もつっきーにキスしようとしむぐぐぐぐ....」

「いや東郷、園子苦しそうだから」

 

東郷が園子の口から手を離すと、『ぷはぁ』と大袈裟に呼吸した。

 

「とにかく、私は」

「じゃあ東郷さんも一緒にやろ?ね?二人なら大丈夫!」

「やります」

 

(大丈夫かなぁ...)

 

「いいのか友奈?無理しなくても」

「いえ...普段恥ずかしくて言えないことも、言えるかもしれないので」

「そうか?んー...」

 

頼んだのは俺だし、乗り気な友奈を止めるのは申し訳ない。

 

「じゃあ、お願いします」

 

結局止められなかった俺は二人が薬を飲むのを待つしかなかった。

 

(まぁ、東郷は...)

 

「友奈ちゃん好きぃぃぃぃ!!!」

 

予想通り友奈に熱烈なハグをかます東郷。友奈もしっかり受け止めているし、五分間いつもより激しめの二人を録画しておけば_______

 

「私も東郷さん大好きだよ!!でも...ごめんね。私...」

「ゆ、友奈さん?」

 

何故か寄り添ってきた友奈が、上目遣いで見つめてくる。

 

「椿先輩...」

「あぁ、友奈ちゃん......つまり、私が古雪先輩を射止めれば、友奈ちゃんもついてきてくれるのね...」

 

なんだか話の雲行きが怪しくなってきた。右手は友奈に腕ごと組まれ、左手は東郷に握られる。

 

「古雪先輩っ!!」

「椿先輩!!」

「え、えっ?なんで俺中心になってるんだよ?」

「つっきー分かってないなぁ。そんなの皆つっきーの事が」

「「園ちゃん(そのっち)勝手に言わないで!!!」」

「じゃあ流れで言っていいの?薬の力で言っちゃって。私ちょっと後悔しそうだったけど」

「「......うぐぐぐぐ」」

 

その後も周りは騒いでいたが、俺は左右の花に意識をもってかれないよう努力するのに全神経を使っていて全くついていけなかった。

 

 

 

 

 

(なんか、全然運動してないのに疲れた......)

 

周りが可愛すぎるだけあって、誘惑じみた行動をされると冷静になるだけで苦労する。

 

「椿先輩...」

「ん?どうした友奈」

「あのですね...さっき撮ってた動画、見る前に消してくれませんか」

「でもデータとして」

「古雪先輩、私からも何卒...資料として纏めるのは自分達でやるので!」

「お、おう...わかったよ」

 

元々断ってもいいと言ったのだから、別に構わない。

 

「私は、やっぱりやめておくわ...こんなの見てやりたいとは」

「ぐんちゃん、やらないの......?」

「...古雪君がいないなら」

「あはは...分かった。じゃあ今日は帰るから」

 

確かに服用者が一番絡んでるのが俺である以上、俺が消えれば変化があるかもしれない。

 

「じゃあ東郷、動画撮っといてくれ。お前らのは見ないで送信したら消すから」

「絶対ですよ...?」

「わかってるって。じゃな」

「つっきー、私も一緒に帰るよ~」

 

空っぽになった瓶を鞄にしまい部室を出ていく俺と、それについてくる園子。

 

「はい、あーん」

「あー...あぁ、た、高嶋さぁぁん!!!」

「ぐんちゃんおいで...うん、幸せだよこれ」

「始まったみたいだな」

 

どんどん遠ざかっていく声を気にすることなく歩き出す。今日はバイクじゃないし外に出たらそのまま校門まで向かえばいい。

 

「にしても、大赦のとはいえ実験段階なだけあって散々な物だったな」

「結構うまく出来てると思うけどな」

「そうか?」

「うん。でもつっきーはそのままでいてね」

 

微笑む園子はそれ以上話すつもりがないようで、俺は首を捻ることしかできなかった。

 

「もう少し簡単でもいいけど......ね」

 

 

 

 

 

後日。俺は東郷から簡単に纏めて貰った資料に軽く追記し、春信さんに渡す。素直な気持ちを出す効果があるのか、欲望に従った行動をさせる効果があるのか、矛盾点も含めて幾つかのせ、最終的には不明として提出した。

 

最後の一文『勇者部に依頼するときは俺を経由しないでするか、頼まないでください』と本心を添えて。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふぁぁ...」

 

今日はなかなか大変だった。椿さんが大赦から依頼されたという薬の服用実験、その被験者一号の私は、効果が出た瞬間動揺した。

 

目の前にいる彼に抱きつきたい、キスしたい、それ以上にもっともっと__________と、思ってしまったから。

 

(私、あそこまで......)

 

でも、薬の力で大事なことをしたくなかった。我慢しなければと椿さんの手だけで満足しようとしたら、次には舐めとっていた。

 

『ひなた!?』

 

そのせいで近い距離にいた椿さんに耐えられず。部室を飛び出して見つけた若葉ちゃんに激しく抱きついて時間を使い、効果が収まってから若葉ちゃんに謝罪して帰った。

 

『ひなた?大丈夫か?』

『はい。すみません若葉ちゃん』

 

素直な感情を出す______己の欲望を解放することに近いのだろう。とはいえ、あそこまでとは思っていなかった。

 

あれだけ強力だったのは薬の効果なのか、それとも溜め込んでいた私自身の感情が大きすぎたのか。

 

(どっちみち、はしたない子だと思われてなければ良いのですが...)

 

寝る前に自分の髪を整えながら悶々としていると、携帯から音が鳴り出した。電話が来た際に鳴るよう設定してある音声で_______

 

「!もしもし?」

『もしもしひなた?今いいか?』

「は、はい。後は寝るだけですが...どうかされましたか?椿さん」

 

電話の相手はさっきまで考えていた椿さん。思わず声が上擦ってないか確認したくなる。

 

『さっき若葉から、お前の様子がおかしかったって連絡が来てな。ひなたは本当に辛い時は私に隠すことが多いから心配だって言ってたぞ』

「若葉ちゃんが...」

『薬飲んだときも変だったし...無理してないか?』

 

若葉ちゃんへの愛が深まる一方で、私の悩みも消し飛んでいた。

 

「えぇ。上里ひなた、問題ありません!」

『そっか。ならよかった』

 

(だって、そんな優しい声の裏で、私のことを『はしたない奴』なんて思ってるわけないですもん。ね?椿さん)

 

こうなると不安感は消え、好きな人が夜に電話をかけてきてくれる状況にドキドキしてくる。

 

『寝る前に邪魔して悪かったな。おやすみ』

「え、椿さん!?」

『どうした?』

「あ、いえ、その...よろしければ、もう少しお話しませんか?」

『ひなたが良ければ』

「!ありがとうございます!」

 

その日は結局、日付が変わって少しするまで話した。内容は別段特別なものじゃなく他愛もない日常ではあったけど、通話を終わらせてすぐ寝付けないくらいには興奮していた____嬉しかった。

「......おやすみなさい。椿さん」

 

良い夢を見れますように。

 

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 29話

去年はのわゆ編開始で忙しすぎたせいで完全に忘れてましたが、今年はホワイトデー短編いけるかな。

今回もリクエストになります。


正しいのかなんて知らないが、人は自分と似た匂いの人が近くにいると安心するらしい。

 

真偽はともかくとして、今俺個人の話で言えば滅茶苦茶ほっとしていた。まだ覚醒しきってない頭が隣の温もりを抱きしめさせる。

 

(...あれ、誰かと寝てたっけ......)

 

最後の記憶は夜に一人自室でベッドに入った状態。特に何もない、いたって普通の睡眠だ。

 

(じゃあ、これは......)

 

間違いなく普段の俺のベッドの上にはない『温もり』を確認するため目を開き、そのまま固まった。

 

艶のあるストレートな黒髪を腰まで伸ばし、小さな小さな寝息を立てている小柄な少女。

 

(いや、待て待て待て待て!?!?)

 

自分の部屋。自分のベッド。その上で寝てる見たことない少女。

 

姉や妹はいない。よく一緒に寝てたから銀じゃないのは分かってたし、やりそうな園子や他の勇者部メンバーでもない。

 

この少女は、まるで知らない。今まで見たこともない。

 

「誰だよ、これ!?」

「んにゅ...」

 

俺の悲痛な叫びを聞いて少女が重そうな目蓋を開ける。首だけ動かして俺と彼女の黒い目が合い______少しずつ顔を青ざめた。

 

「...」

「......」

「きゃー!!!!ヘンタイッ!変質者っ!!!」

「ちょっ、やめろっ!」

 

そこそこのお値段を奮発させた枕でボコボコ殴られ、ダメージはないが話が出来ない。

 

「なんで私の部屋にいるんですかっ!?ていうか誰ですかっ!?」

「んなのこっちが聞きたいわ!!あんた誰!?何で俺の部屋に...今私の部屋って言った?」

「そうですよ!!私の部屋じゃないですか!!!この枕も...あれ、こんな枕だったかな」

 

唐突な沈黙が俺達を襲う。互いに辺りを見渡し、相手をじっと見つめ、何故か二つ置いてあったスマホで日付を確認。ちゃんと正常な筈の時間を示している。

 

「「銀(君)からのメールだけ......あの」」

「そちらの銀の本名は?」

「三ノ輪銀君。今の名前は?」

「乃木銀。一緒に住んでるのは?」

「乃木園子君。勇者部所属?」

「所属してる。勇者?」

「例外の女勇者。みかん好き?」

「大好き。納豆は?」

「あのネバネバ感が嫌い。オクラは可」

「「......古雪、椿?」」

 

質問ラッシュから三秒。

 

「「男(女)版の俺(私)じゃん!?!?」」

 

ハモった二つの声が、俺達の部屋に響いた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「いや、まさかねぇ...」

 

隣で歩く少女。身長的にはひなたと似ている彼女。名前は『古雪椿』

 

「こっちもびっくりだよ。起きたら別世界なんて」

「でも分かってからは結構冷静だよな」

「もう一回造反神のいる世界に呼ばれてるから」

「あー、分かる...」

 

部屋の物や家族の反応から、どうやら俺の世界に異なる世界の古雪椿(女)が来たらしい。纏めても意味が分からない。

 

原理なんて知るよしもないが、神樹という神の集合体が造反神と戦うために俺達を異世界から召喚しているのだから、出来ない話ではないのかもしれない。

 

「これだから神樹は...」

「確かにこれは言いたくなる...朝から疲れたわ」

 

一応休日なのだが、朝から大騒ぎで大変だった。 恐らくこれからも大変になるし。

 

大赦と一番連絡を取り合っているひなたに事情を軽く説明したところ、とりあえず部室に来てくれとのこと。俺もそこそこ連絡をとってるが、大赦というより春信さんと。だ。

 

「こっちの世界でも造反神とか変わらないの?」

「多分な」

「どこもかしこも神様はめんどくさいね」

「力を借りて助けてもらってる俺達の言える立場か怪しいけどな」

 

西暦に行かせてくれたことも結果的に感謝しているが、あれは神樹ではなく神様(高嶋友奈)のおかげだし。

 

(そういや、あいつは『勇者となった古雪椿は俺だけだった』みたいなこと言ってたような...女だから分かんなかったのかな)

 

俺自身判別する手段なんてないので、切り捨てるしかない。

 

「今のところ明確に違うのは俺達の性別と、基本的に勇者になれる性別が逆ってことだな」

「あ、そっちは男が例外なんだ?」

「勇者部も女ばっかだぞ」

「こっちは逆だよ」

「「...はぁ」」

 

互いの苦労が理解できるのでため息が出る。誰が悪いでもないが、もうちょっと例外が増えないものか。

 

「わっとと」

「おっと。大丈夫か?」

「うん。自分って分かっててもドキッとするね」

「同一人物であることを除けば、ベッドの上で初めましての異性だからな...いや、バカなこといってんじゃねぇよ」

 

今の彼女には比較的小さめな俺の服、靴を使ってもらってるが、やはり男物はサイズが合わないらしい。

 

「部室行く前に最低でも靴屋には寄ってくか」

「いいの?」

「金なら大赦が出す」

「全く褒められたことじゃないね」

「まぁ、非常時くらい贅沢しても文句は言われないさ」

「「椿ぃぃぃぃ!!!」」

 

近場の靴屋を思い出していると、遠くから呼ぶ声がする。続いて振動と突風。まるで上から何かが落ちてきたみたいだ。というかそのままだった。

 

「聞いてくれ椿!なんかアタシと園子の家に知らない奴が!」

「よかった椿!電話しても出ないから心配したぞ!」

「あ、気づかなかった」

「アタシもメールしたんだけど!?」

「ごめん、完全に忘れてた」

「「...で、その女(男)誰?」」

 

明らかな状況に、俺は頭を抱えた。流石にそれはまだ予想してなかった。

 

「...こちら、乃木銀です」

「......同じく、乃木銀です」

「「はぁ...」」

「え、どういうことだよ椿?」

「椿?そっちも椿なのか?」

 

 

 

 

 

「で、これで全員?」

「はい。全員ですが...なんというか、緊張しますね」

「それもそうだろ。この部室にこれだけ男子がいるのは初めてだろうしな」

 

俺と銀の異性版以外には、六人。神世紀300年の勇者がそれぞれ二人ずつになっていた。人数による圧迫感と、過去最高の男子の数で数人緊張しているようだ。

 

(男の若葉や芽吹達がいなくてよかったぜ...)

 

もう一人の俺曰く、彼女達が今いるのも造反神がいる場所で皆いるらしいので(この古雪椿は西暦時代に行ってはいないらしいが...)、全員が呼ばれていたらぎゅうぎゅうでヤバかった。この部室に50人以上入ったら大変なことになる。

 

「男の私かー」

「面白いね東郷君!」

「そうだね友奈さん...貴女が東郷...俺と同じ?」

「そ、そうね...」

「友奈さんは?」

「好きよ」

「語りましょう!」

「えぇ。存分に!!」

 

あっちこっちで本人同士の会話が広がっている。

 

「肉ぶっかけは正義」

「分かる」

「お、男のお姉ちゃんより背が高い...」

「男のお姉ちゃんってのがもうよくわからなくなるね。僕にとっては兄さんだから」

「へー。この世界は芽吹も女なのか!よしよし」

「えっ、あの...」

「ちょ!仮にも初対面でしょ!」

「「......」」

 

お互いの好きなものを語り合う姿、この状況を楽しんでる姿、無言でお互いのメモ帳を交換して読みあっている姿。

 

(やっぱり、園子はどの世界でも園子なんだな...)

 

「なんか、思ったより楽しそうだね」

「そうも言ってられんだろ...ひなた、これどういう状況なんだ?」

「信託や大赦の判断を簡単にお伝えすると、偶然二つの世界が交わり、半日程度皆さんがこちらの世界にお邪魔してるといった形です」

「お互いの今後に影響とか出るんですか?ひなたちゃん」

「ひなたちゃん...椿さんに言われると新鮮で良いですね」

「いや、椿であるが俺じゃないんだけど」

 

変な方向に行きかけたひなたは一度深呼吸をする。

 

「...はい。大丈夫です。今後の影響はどちらの世界も特にないようですよ。特にこれといって気になることもないですし、たまたま会えたくらいの気持ちで良いかと」

「成る程ね。じゃあ勇者部と遊んでくなり外に行くなりで好きにすればいいんじゃないか?買い物も済ませたしな」

 

俺じゃない椿はここに来る前に買い物を済ませており、焦げ茶のブーツにしていた。服はお金が勿体ないからとそのままだ。

 

「外に行っても別に景色とか一緒だし、ここにいるよ」

「折角同性が増えたわけだし、それがいいかもな」

「椿さん!アタシのこと分かりますか!?」

「えっと...もしかして銀ちゃん?」

「はい!三ノ輪銀です!」

「わー!可愛いぃ!!」

「むぐっ...なかなかのマウンテン...」

「私のことお姉ちゃんって呼んでいいからね?」

「椿お姉ちゃん」

「キャー!!」

 

声の高さまで同じじゃなくてよかったと思う。女の見た目で俺と同じ音程でキャーとか叫ばれたら違和感しかない。

 

「こっちの世界の椿はゲーム強いのか?」

「えっと...風か。もう一人の俺は弱いのか?」

「昔から銀とやってたらしいけど、滅茶苦茶弱かった」

「へー...千景、部室にゲーム置いてあったっけ?」

「通信対戦のであれば私のと合わせて二つあるけど...貸してあげるわ」

「よっしゃ。じゃあやるか」

 

こっちのやることが決まったので手早く準備する。

 

「やっちゃいなさいあたし!この犬吠埼風こそ最強よ!」

「お姉ちゃん...じゃあ私は椿さんの応援しようかな」

「僕は兄さんにつくよ」

「おうよ!見せてやるぞ男の椿!」

「お手柔らかにな」

「...頑張りなさい」

「千景といつもプレイしてるし恥をかかせるわけにはいかないからな。頑張るよ」

「「え」」

「っしゃ、いくぜ?」

 

 

 

 

 

男の風との格ゲー対戦結果は、五戦全勝だった。相手の風と樹が机に突っ伏している。

 

「千景とやってるなんて聞いてない......」

「僕達の方じゃ誰も勝てたことないもんね...」

「あんたこんなに強かったの?」

「途中の指の動き凄かったですよ。椿さん」

「普段戦ってるのが強すぎるから、これくらいやってもまだまださ」

 

謙遜ではなく本当にそう思う。千景のプレイングと比較すると精度が低いのが自覚できるから仕方ない。

 

「千景、ありがとう」

「べ、別に...」

「ぐぬぬ...こうなれば、先生!東郷先生!!」

「そっちの東郷はゲーム強いのか?」

「一時期友奈さんがハマって、相手になるために練習して...」

「友奈ブーストはどこも同じなわけか......」

 

千景もユウに関したお願いは叶えようと必死になるし、俺も甘えられたら断れきれないことが多いし、友奈族は特別な誰かに対して特効性能でも持ってるのか。

 

『!!』

 

日常を終わらせる警報が部室いっぱいに鳴り響き、全員が一瞬震えた。慣れた音源とはいえ急になるのはびっくりする。

 

「こっちでもこの音なんだね」

「今日は更に人数多いのにバーテックス側もやるなぁ。今のタマ達にとったら餌でしかないぞ」

「皆さん、ご無事のお帰りをお待ちしています」

 

亜耶ちゃんの言葉に思い思いの返事をして、見慣れすぎて飽きてきた樹海が広がった。

 

「相手の数もそれなりだな。そっちはどうする?」

「うーん...適当に割り振ってくれていいと思うよ。私はどうせ最後尾だし」

「へ?」

 

俺の改造された赤い戦衣ではなく、防人と同じ若草色の戦衣に身を包んだもう一人の俺は、どこからともなくマイクを取り出した。

 

マイク。基本的にカラオケやテレビに映る歌手が使う、音声機器だ。

 

「......は?」

「あ、もしかしたらそっちの皆にも効くかもね。じゃあ始めるよ!」

 

一呼吸して、何故か樹海の上で歌って踊り出す彼女。テレビに出ているアイドルみたいな動きだが、いかんせん場所が場所だけに誰もついていけてない。

 

というかこう、さっき銀ちゃんに抱きついてた時も思ったが、女の自分の異性らしさ_______俺がしないようなことを見せつけられると、軽く目眩がする。樹並みに上手いから尚更。

 

「おぉ!?体がいつもより軽いぞ!?」

「他人の強化が私の力なんですよ」

「じゃあ椿さん!頑張ってきます!!」

「いってらっしゃ~い!」

「...ねぇつっきー。つっきーもやらない?」

「やるか!目を光らせんな!あといい加減メモをしまえ!!」

 

俺は余計なことをこれ以上言われないよう、男子チームに混ざって突っ込んでいくしかなかった。

 

一応、普段より良く体が動いてたから、効果はあったんだと思う。

 

 

 

 

 

「んー!!!風呂上がりのみかんジュースさいっこう!!」

 

小学生は寝静まるような時間帯。みかん好き同士で飲む機会はそんなにないので新鮮さがある。

 

「気持ちはよく分かるが、風呂入んなくてもよかったんじゃないか?どうせあと数分で元の世界に戻るんだろ?」

「女の子はいつでも綺麗でいたいの!」

 

たった半日の付き合いは、ひなたや水都、亜耶ちゃんの巫女曰くそろそろ終わるんだとか。最後は彼らと彼女が決め、同一人物の場所で過ごすことにしている。

 

(にしても...似てるなぁ)

 

男として、女としての部分は真逆に近い。だからこそ、それ以外の態度や雰囲気がより似ているように感じる。

 

「妹がいたらこんな感じだったのかな」

「えー?双子じゃないの?」

「身長的にどっちにしろ妹に感じる。周りからも年上っぽい扱い受けてないだろ」

「うっ...逆にお兄ちゃんっぽいよね......」

「最高学年だしな」

 

彼女は納得いかなかったのか頬を膨らませるが、すぐに気にしてないと言うように「あ」と声をあげた。

 

「でも確かに半年くらい年上なんだよね」

「え?そうなのか?」

「私が飛ばされた時って、神世紀300年の秋くらいだったから。他の子が言ってたけど、もう少し後なんでしょ?」

「.....成る程」

「私は後輩だね」

 

それはつまり、まだ天の神の事件に巻き込まれていない時間であり。西暦時代にも行っていない時間。

 

勿論俺と同じ歴史を辿るとは限らないし、他人のフォロー専門の彼女が過去で戦えるのかは分からないが________別世界の俺がいるんだ。別世界の志半ばで倒れて神の力の一端を得た高嶋友奈がいる可能性もある。ややこしいけど。

 

(俺が気にしたって仕方ないか)

 

未来なんて不確定で曖昧だ。誰かが死ぬなんて絶望があれば、誰かが生き返るなんて希望もある。後者は滅多にないというか普通あり得ないが。

 

「...じゃあ、一つ助言」

 

それでも、言えるのは。

 

「大切な人がいるなら、絶対諦めんな」

 

誰かのために戦う意思を持つ。それは俺達にとって忘れちゃいけない大切なことだから。

 

「......そんなの、分かってるよ。守りたい人がいるから、私は皆と同じ世界に立てるんだもん......というか、一緒でしょ?」

「...それもそうか」

 

言われるまでもなかったかもしれない。同じ勇者として生きてきた『古雪椿』だし。

 

「そうそう...っと、時間かな」

 

そう言う彼女の体は淡く光だした。確か俺が西暦から神世紀に帰るときも似たような光を出していた気がする。

 

「じゃあな。また会ったらよろしく」

「今度はこっちの世界に来れたらいいね?男ばっかで楽しいんじゃない?」

「楽しいだろうが、俺は女子だらけの部活に慣れてきたんでな。こっちには勝てないだろ」

「確かにそうかも。私も今日は違和感あったしね...じゃあ、またね」

「あぁ」

 

最後に握手でもしようかと思ったが、提案する前に彼女は消えてしまった。

 

「......ま、また交流があれば。そんときはよろしく」

 

異性の俺が今後どんな風になるかなんて分からない。自分のことさえ分かってないんだから。

 

でも少しでも良い方になるよう願いながら、俺は残っていたみかんジュースを飲み干した。

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 30話

花結いの章、終わっちまったよ...アプリとしては全然終わらないんで、今後もお世話になります。

こっちの作品としては、予想していた結末とだいぶ違ったので色々頭の中で構想したり、珍しくメモ書きしてストーリーを立てたりしてます。もし投稿するとしてもだいぶ先ですね。ひとまずリクエストもまだまだ受けつけてます。

今回は祈願花さんからのリクエストです。気づけばゆゆゆい編も30話...他の長編と同じくらいになってきた。


「視線を感じる?」

「はい...」

 

いつも春信さんと会うファミレス。しかし、目の前に座って視線が下がっているのはあの人ではない。

 

「気のせい、だとは思いたいんですが、ここ一週間程度ずっと見られているようで......」

「うーん...」

 

深刻そうに語る相手は東郷美森。勇者部部員にして一つ年下の後輩だ。

 

「何か手がかりはあるか?」

 

彼女の話を簡単に纏めると、ストーカーに付きまとわれている感覚がそれなりに長い期間続いているらしい。

 

「え...」

「どうした?」

「いえ、ここまであっさり信じてもらえるとは...冗談くらいは言ってくるかと思ってました」

「別にお前が嘘つかない性格なのは知ってるしな」

 

加えて言うなら、ドリンクバーで取ってきた烏龍茶のコップを持つ手が少し震えてるのを見た時点で、事実であろうとなかろうと心配するし対処する。

 

「怖がってるのを見過ごせる筈もないし」

「......ズルいです。そんな言い方」

「先輩はズルいもんよ」

「そういう意味では...いえ、なんでもありません」

「?まぁいい。それで?例えば何してる時とか、誰かと一緒にいる時に見られるとか、ないか?」

「いえ。えぇと、実は勇者部の誰かと一緒にいる時によく感じてたんです」

「あぁ、だから俺以外誰もいない状態で相談したかったわけね」

「はい......」

 

今回は東郷からこの場所を指定されていたが、他の誰かを狙っているかもしれない相手だとしたら、そいつら自身に知られるのは良くないかもしれない。

 

自覚してるならともかく、そうでないなら不確定な情報で不安にさせてしまうかもしれないから。

 

「そしたらしばらく俺が見張る。東郷の側にいて、それで消えてくれれば御の字。ダメなら正体を探る。それでもダメなら大人しく皆にも相談。こんなところでいいか?」

「はい。ありがとうございます!」

「このくらいどうってことない。悩んだら相談だ。どんと甘えてくれ」

「...じゃあ、甘えちゃいますね」

 

 

 

 

 

「お疲れ」

「お疲れさまでした」

「はーい。気をつけるのよ~」

 

母親みたいな風の言葉を背に、俺と東郷は帰路につく。東郷に話を聞いてから既に三日が経過していた。

 

(今日はいつも一緒に帰ってる友奈が用事で居残り...逆にこれはチャンスと捉えるべきか?)

 

「なぁ東郷。誰かと一緒にいる時に視線をよく感じてたんだよな?具体的に何をしてたか覚えてるか?」

「具体的ですか?えぇと......一番気になったのは、銀と二人でイネスで買い物してた時、でしょうか」

「ふむ...じゃあ、今日はイネスいかないか?」

「え?」

「手っ取り早く捕まえるために、わざと誘い出す。勿論お前が嫌じゃなければだけど......」

 

怪談好きの東郷だが、まだ中学生の女の子だ。こんなリアルに気味悪いことは精神的にも続かせるわけにいかない。

 

「......まつ」

「ん?」

「週末までは、このままじゃダメですか...?」

 

お願いしてくる東郷の瞳は少し潤んでいた。

 

「全然大丈夫だよ。じゃあ週末空けとくから」

「!はい!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

日曜日。待ち合わせ場所に指定していたイネスの入口前で、古雪先輩はスマホを見ていた。その顔は少し険しそうに見える。

 

装いは、紺のジーンズに白いシャツ、その上に黒のジャケット。普段は服で隠しているサファイアのネックレスも目立つようにシャツの外に出され、左手につけた赤いミサンガもよく映える。何が言いたいかといえば、普段よりかっこよく見えた。

 

(私服を見る機会は多いはずだけど......いえ!そうではなくて!!)

 

「すみません!遅れてしまいました!!」

「おはよう東郷。大丈夫。待ってないから。大体今だって約束の時間より早いだろ?」

 

そう言ってくれる古雪先輩だけど、私が謝ってるのは今だけの話じゃない。わざわざ今日空けてくれたことだ。

 

だって________古雪先輩と一緒に帰る日数を増やしたくて、先日イネスに行くことを断っているのだから。

 

(私は誘惑に負けて、何を...)

 

つけられているような気分がするのは本当だけど、別にこの前イネスに行くことを止める理由はなかった。古雪先輩は知るわけないけれど、私は今更になって罪悪感が募る。

 

「気にすんなって。俺は気にしないから」

 

私の顔色を見て心配してくださったのか、からから笑ってイネスに歩いていく先輩。

 

「...ありがとうございます」

 

私はその隣にいけるよう、少しだけ早く歩いた。

 

 

 

 

 

「あんま映画館で映画見ないから楽しみだ」

「そうなんですか?」

「テレビの再放送を録画して見ることが多いかな。銀を呼ぶだけですぐ一緒に見れるから」

 

映画館の真ん中辺りの座席に座った私達は、軽い話をしながら上映を待つ。別に二人とも見たい映画があったわけではないのだが、かといって遊技場(ゲームセンター)等に行くこともなく、折角だからと当日券を買った。

 

選んだのは、軍用戦艦に何故か少女達が乗り、戦いに巻き込まれていくというもの。戦艦の写ったポスターをじっと見ていたら、古雪先輩が『それにしようか』と決めた。飲み物もお菓子も買うことなく入り、約二時間。

 

「うん。思ってた以上に面白かった!」

「はい!!」

 

興奮ぎみで映画を見終わった私達は、記念にと戦艦のキーホルダーを買って映画館を後にする。

 

(お、お揃い...)

 

「さてと......!」

「古雪先輩?」

「あぁごめん。じゃ、昼にするか?東郷と行ってみたかった店あるんだよね」

「私とですか?」

「そうそう。湯葉がメインの日本料理屋が新しく開店したんだよ。ほらあそこ」

 

和の趣があるお店が見えて、こんな所が出来ていたのかと目を輝かせる。

 

「いつからあったんですかここ!?」

「確か先々週かな...イネスマイスターなんでね。その辺の把握はバッチリですよ」

 

並んでいたので名前を書いて待ち、約15分。映画の感想を言い合っていたらあっという間で、注文をしてからも同じだった。

 

「やっぱあそこの戦艦のシーンは迫力あったよな」

「はい。一斉射撃の時は音も凄かったです」

「音といい大画面といい映画館だからこそ感じられた作品だったな。いや良かった。東郷に感謝だわ」

「え?私にですか?」

「だってあのポスターの前で止まってくれてなきゃ、別の見てたかもしれないからな」

 

にっと笑みを浮かべる古雪先輩を見て、私は照れ臭くなって視線をそらした。丁度その方向から店員さんが料理を運んでくださる。自分達で湯葉を作って楽しむものと、湯葉あげ。単純ではあるけれど、だからこそ品格があるように感じる。

 

「本当にうまそうだ...早速食べちゃおうか?」

「湯葉ができるまでは掬わないでくださいね?」

「分かってるって。先にこっちのあげてる方食べよう?頂きます」

「頂きます」

 

 

 

 

 

「いや、ハマりそうだった...意外に量もあったし」

「はい...でも良かったんですか?ご馳走になって......」

 

古雪先輩も私も大満足だった。値段が中学、高校生には払いづらい量であることを除けば。

 

「最近節約してたんだが、大赦から逆に心配されてな。他の奴に比べてお金の使用量が少ないって。春信さんにも相談して何日か豪遊しようと思ってたからいいんだよ」

「そうだったんですか?」

「あぁ。節約と言ってもみかんジュースも本もゲームも不自由なく買ってたからそんなことないと思ってたんが」

 

話ながらついた次の場所は書店。調べた所、 先ほど見てきた映画の小説版が販売されているらしく、私も古雪先輩も気になって足を運んでみた。

 

「あ、平積みされてるじゃん...」

「本当ですね。人気作品なんでしょうか...」

「「あ」」

 

買うつもりで来ていたので本に迷いなく手を伸ばすも、同じ場所から本を取ろうとしていた古雪先輩の手と重なった。思わずバッと手を引いてしまう。

 

「そ、そこまでしなくても...」

「!いえ!すいません。ちょっと驚いてしまっただけなので......」

 

恋愛小説にありがちな暗い映画館で手を触れるなんてこともなく、お昼も普通に食べただけだったので油断していた。手が触れただけなのに体が異様に熱い。

 

「...そんな顔すんなよ。からかって悪かった」

「え...?」

 

古雪先輩が頭を撫でてくれている。ゆっくり丁寧に、優しく。

 

その手は女性と比べると確かに少し大きくて、ごつごつしてて。でも凄く落ち着けるし、安心できる。

 

「そんな泣きそうな顔されたら、誰だって分かるわ」

「古雪先輩...わ、悪いと思ってるなら、もう少しお願いします」

「?何を?」

「撫でるのをです!」

 

真下を向いて、しばらく頭を撫でられる。恥ずかしさと嬉しさと幸せな感情でイチゴのように真っ赤になっているだろう顔も、これなら見られないと思いながら。

 

 

 

 

 

「ん~っはぁ!良い休日だった!」

 

夕日が眩しく光るなか、古雪先輩がうんと伸びをする。

 

「また明日から学校か...明日も休みでいいんだがなー」

「ダメですよ。規則正しく生活しないと」

「でも友奈がどうしても東郷と休みたいって言ったら休むだろ?」

「うっ...い、いえ!友奈ちゃんを堕落させるわけにはいきません!」

「ありゃ、勧誘失敗か。じゃあちゃんと行かなきゃな」

 

(もう少しだけ、長く続けばいいのにな...)

 

楽しい一日なんてあっという間に過ぎてしまう。今日も、思い返してみれば一瞬で過ぎてしまったみたいで。

 

(このまま...もうちょっとだけ......)

 

遠慮がちに伸びた手は宙を______切ることなく、寧ろがっつり握られた。

 

「!?」

「東郷、こっち」

 

脇道に連れ込まれて、夕日が見えなくなる。

 

「ふ、古雪先ぱ...」

「喋らないで」

 

更に細い道に入り、肩をがっちり掴まれる。力強くて優しいこの人が男性であることを無理矢理意識される。

 

(え、えぇ!?)

 

一人がなんとか通れる道に二人で挟まる形になり、否応なしに古雪先輩と密着する。見上げたすぐ先にある顔は緊張した面持ちで。

 

「先輩なにを...むぐっ!」

「しっ」

「......」

 

手で口を塞がれる。他にはない。ただ簡潔な命令に私は従った。私はこれから何をされるのだろう_________

 

(そんな、古雪先輩...?)

 

よく見たら、先輩は私のことなどちっとも見ていなかった。鋭い目はひたすら私達が通ってきた細い道を見ている。

 

そして。

 

「あっ!」

「うひゃあ!?」

「捕まえたぞ!!」

 

私の体と接触しながら飛び出した古雪先輩は、そのっちの手首を掴んだ。

 

「そのっち!?」

「あ、あはは~...つっきーにわっしー。偶然だね~」

「バカ言ってんじゃねぇ。昼からずっとついてきてただろ」

「え!?」

「さぁ、洗いざらい吐いて貰うからな」

 

それから、起きた事態を理解できてない私と青ざめた顔をしたそのっちは、古雪先輩に連れられ私の家に帰った。

 

私の部屋で正座したそのっちが古雪先輩に迫られ、ここ数日、私のことをつけていたのはそのっちであることが判明した。小説のネタを補充したくて色んな人をつけ狙い、最後に私にたどり着いたとのこと。

 

(......待って)

 

「つっきー。そろそろ正座辛いかな~、なんて...」

「今回に関してはお前が悪いから我慢しろ。少なくとも頼む相手が違う。東郷怖がってたんだからな?しっかり謝れよ」

「うぅ...わっしー、ごめんね?」

「...はぁ...東郷、被害にあったのはお前だし、今回どうするかはお前が......東郷?」

 

二人の話してることもよく聞こえなくなるくらい、深く思考する。

 

(えっと、うん)

 

まず、何日か私はそのっちにつけられていた。その視線に多少なりとも怯えていた。

 

そして今日、昼頃からそのっちは私達をつけていた。映画館を出た後か、ご飯を食べてからか。

 

そこからさっきまで、私はそのっちから視線を向けられていた筈だ。怯えていた視線をずっと。

 

それを__________今日、一度でも感じただろうか。今日、私をつけ回している犯人を誘き出すためのお出掛けだということを一度でも気にしただろうか。

 

(......それって!?)

 

「東郷?おーい、東郷~?」

「っ!?はいっ!!」

「ひっ!?」

 

古雪先輩の顔が目の前にあって、それが凄い勢いで変わる。まるで目の前に般若でも現れたかのようだ。

 

でも、そんなことを気にしていられるほど、今の私に余裕はない。

 

「と、東郷さん、その...」

「古雪先輩今日はとっても楽しかったですまた是非お願いします!!」

「お、おう?」

「あと銀に連絡しておいてくださいそのっちは今日私の家で泊まるからと!!それでは!!」

「え、あ、おいとうご」

 

古雪先輩を部屋から追い出し、勢いよく扉を閉めた。

 

「はーーっ......」

「...ヘイ、わっしー。私もお帰りの時間がかなーなんて...ひょえっ!?」

 

ゆっくり振り返ると、そのっちは涙目で後退りしていた。

 

「っ~!!!そのっちーっ!!!!」

「お、お、お助けぇぇぇ!!!!」

 

今日一日、周りが見えなくなるくらい古雪先輩に夢中だったという事実から目を背けるため、私はそのっちに襲いかかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「というわけで、今日園子はそっちに帰らないと思うぞ」

『あちゃー...ついにバレたか』

 

電話先の銀は『分かってました』と言わんばかりの返事をしてくる。

 

「知ってたのかお前」

『まぁね。ネタが足りないー!って叫んでたし。須美がそんな怖がってるとは知らなかったから...ごめん。アタシからも怒っとく』

「いや、それはやめてやれ...流石に園子も反省してるだろうし」

 

外まで届く園子の悲鳴を聞いて、これ以上は可哀想だと思った。俺も東郷に押し出されてはいるが、怖かったのも事実だ。

 

(いや、怖かったと言うよりは驚いたって感じか...)

 

さっき見た東郷の顔は、例えば、秘密にしていた物を見られ、恥ずかしさに耐えながらも『何で見たんですか?』と怒っているような顔で__________

 

(でも、怒るのはともかく恥ずかしくなる理由もないしなぁ)

 

『椿?』

「あぁごめん。とりあえずその報告だけ」

『了解。ありがとね』

「おう」

 

通話を切り、今晩の献立を考えながらも、東郷の珍しい顔がなかなか頭から離れなかった。

 

 

 

 




それから、ソウル(ここな)さんが前話に登場した椿ちゃんのカスタムキャストを、祈願花さんがくの一銀ちゃんのイラストを送ってくださりました!こういうの初めてで本当嬉しい!お二方改めてありがとうございます!!

ツイッターにのっけたので、よければ見てってください!(ハーメルンでの載せかたがいまいち分からなかったので...)下にリンク貼っときます。

https://mobile.twitter.com/mereku817/status/1102711387954921473/photo/1


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短編 想いを告げるホワイトデー

今回はホワイトデー短編。折角なので、前回のバレンタインデー短編の続きにしました。それ何って人はいないと思いますが、いたら一月前のバレンタイン短編を先にご覧ください。


「はぁ......」

 

ベッドに寝転がるも、眠気は一切出てこない。お昼時だし昨日も十分寝たし当然ではあるんだが。

 

読みたかった本も集中できない。一月くらいずっとだ。本を読み出すと、中身より挟んでいた桜の栞に目が行ってしまう。

 

(友奈...)

 

送り主の彼女のことを考えると、どうにもこうにも集中できない。

 

『いつもありがとうございます!!大好きですっ!!おやすみなさい!!また明日!!!』

 

バレンタインデーに言われたことは今でも完璧に覚えている。それと、唇に触れた甘い感触も。

 

その後他のチョコを食べたが、正直あの甘さに勝てるものはなかった。

 

(友奈......)

 

くれた本人は次の日から、俺と距離を取るようになった。別に露骨に避けるようになったわけでもない。喋らなくなったわけでもない。周りから何か言われることもない。

 

しかし、俺達が二人きりになった時はこの一月で一度もない。目も基本合わない。流石に異常だ。

 

(友奈...)

 

キスされ、告白されればどんな男でも気づく。相手に何の感情を抱かれているかなんて。

 

だからこそ解せないのが、その後の対応だった。告白したかっただけなら避ける必要もないし、返事が欲しいなら二人になろうとしたり、何かしらのアクションをするはずだ。少なくとも好きな相手への対応ではないように感じとってしまう。

 

となると、俺と別れてから次の日までに心変わりがあって、俺のことを嫌いになった_______なんてのも視野に入るが、友奈がそんな風な人なのかと聞かれれば、そうではないと断言出来るし。

 

ただ、心の片隅にそんな考えがあるからなのか、俺から友奈に連絡をしていないのも事実だった。

 

(......)

 

日に日に友奈のことを考える時間は増えていき、頭の中が一色になる。考えれば考えるほど迷路の奥に入り込んでしまったようで、拭えない不安が滲み出てくる。

 

「...どうしろっての」

 

答えは未だ、隠れていた。

 

 

 

 

 

時はバレンタインデーから一月後。ホワイトデー。人によっては三倍返しを強調する輩もいるようだが、そもそもそんな定義はいつ出てきたのだろうか。

 

『古雪君、バイクを持ってきてくれる?』

『いいけど、なんでまた』

『...高嶋さんを、ドライブに誘うのよ』

 

まぁ、勇者部のホワイトデーはほとんど終わっている。イケメン4なる計画が進んで千景にバイクを貸したり。(危ないから運転はさせてない)

 

『...失礼しました』

『待ってください古雪先輩!誤解なんです!!』

『東郷君、何が誤解なんだい?僕は上司として...』

『もう演技しなくていいですから!勘違いされてますよ!?』

 

OL風衣装の東郷に芽吹が迫っている現場を目撃してしまって、慌てる東郷とノリノリの芽吹に弁明されたり。

 

『ハッピーホワイトデー。私からのプレゼントだよ』

『おー赤嶺。今度うちに来てくれよな。まだ準備してないんだ。前も来てたしいいだろ?』

『ここでそれ言われると皆の目が...どうして今言うの......』

 

赤嶺がバーテックスをチョコをあげてた友奈ズヘのお返しとしてくれたので撃退したり。

 

数日前から色々準備していたことも多かったため、計画の前倒しがありホワイトデーとぴったり被せられたのは俺のクッキープレゼントだけだった。男装組は今日も男装しているが。

 

(イケメン4に呼ばれなかったな...)

 

元からの男が一人いるんだが、俺に召集がかかることはなかった。少し悲しい。今回の件は『男装する女子』がメインであって『男子』は違うと言われたので多少納得しているが、それでも複雑である。

 

(まぁまぁ、少なくとも容姿はあいつらほどイケメンでもないしな)

 

個人的に芽吹の男装は凄かった。春信さんを越える有能イケメンオーラが出ている。あれに年を重ねればどう足掻いても勝てる気がしない。

 

「ふぁーあ...」

 

ともかくホワイトデーも終了した。いや、終了してしまった。

 

友奈を含む全員に力作のクッキーを渡したし、それ以外にもやれる対応はやった。写真を撮ったり女装をしたり抱きしめたり。注文されたこととはいえ良かったのかは分からないが、彼女達が笑顔だったから良いだろう。

 

「...友奈」

 

今日も彼女は笑っていた。でも、辛い。その笑顔を遠まきに見ることしかできないのだから。

 

ホワイトデーだから何かあるかもと夜中に考えていたせいで寝不足になっているからか、少し頭も痛い。

 

「帰って、寝るか...」

 

結城友奈。その名を少しだけ忘れてしまいたいとすら思って。

 

 

 

 

 

(...あのさぁ)

 

ベッドに横になって、多分一時間かそこら。そろそろ夕飯を準備しないといけないが、体は言うことを聞くつもりが全くないようだ。親が作れと呼びにくるか、作ってもらって呼ばれるまでは動かないだろう。

 

(忘れられるわけないじゃん)

 

彼女を忘れられるわけがない。一瞬でもそう考えてしまった自分が恥ずかしい。そんなに簡単ならずっと悩んでいない。こんな、寝ていたかどうかも曖昧なくらいになるなんて__________

 

「はぁ...」

「っ!」

「?」

 

自室に他人がいる気配がして、ごろんとベッドの上で回転させる。

 

そこには友奈がいた。

 

「......」

「あの...おはようございます。椿先輩」

 

(何で男装してんだ?)

 

真っ先に出たのはそこだった。友奈が知らない間にいることもおかしいのだが、芽吹が着ていた筈の服を友奈が着ていて、俺の部屋にいる。恥ずかしそうに俺と目を合わせる。

 

(あぁ、夢か)

 

どうやら俺はまだ寝ているらしい。でなきゃこんなよく分からない状況にならないし、避けていた筈の友奈が一人俺の部屋にくる筈もない。

 

(...夢ならいっか)

 

「友奈」

「は、はい!」

「何でお前、俺のこと避けるんだよ。好きって言ってくれたのに」

「!!っ、その...っ!」

 

俺の脳内友奈は完璧に近いのだろう。わたわたしてる姿は彼女らしさを存分に引き出している。

 

「......くて」

「ん?」

「椿先輩と二人になりそうだったり、目があうと、つい、その...バレンタインの時のことを思い出しちゃって。それが恥ずかしくて......」

「なんだ、よかった。嫌われたのかと思ったわ」

「嫌うなんてことないです!!椿先輩のこと大好きですもん!!寧ろ、私の方が、突然あんなことして嫌われたんじゃないかって...」

「俺は...」

 

忘れたいと思っても、嫌いたいとは少しも思ってない。忘れたかったのも彼女が離れていくのが辛かったからだ。

 

いなくならないで欲しい。側にいて欲しい。ずっと隣で、笑顔を見せてほしい。

 

「だから、男の子の格好になれば、椿先輩と男友達のように話せるんじゃないかと思って、芽吹ちゃんに貸してもらったんですが...うまく、出来ないですね。あはは......」

「俺は...」

「っ!?」

「嫌うわけない。俺が友奈を嫌う筈がない」

 

抱きしめた友奈の心音がばくばく感じられる。

 

「好きな人を嫌うわけないし、好きでもない人を抱きしめるもんか」

「...椿先輩、それは、その、私に対する好きは......きっと、皆への好きと同じなんですよね」

「...?は?そんなわけあるか」

「......え、えぇえ!?」

 

時間は一月もあった。うやむやになってた己の感情を知ることくらい出来る。

 

なぜ俺は友奈をそんなに気にするのか、なぜ楽しく話せないことを苦痛と感じるのか、あのバレンタインを忘れることが出来ないのか。

 

そんなの決まってる。

 

「俺はお前のこと、一番好きだ...友奈」

「っ!!!椿、先輩...っ!!」

 

しっかり目を合わせた俺達の次の行動なんて、分かりきっていた。

 

 

 

 

 

「あぁぁぁあ......」

 

数分後。俺は布団にくるまって震えていた。緊急地震速報を怖がる子供みたいだが、なりふり構っていられない。

 

「くそ...めっちゃ恥ずかしいぃ!」

「あは、あはは...」

 

小説なんかであれば、二人は幸せなキスをして終了_______なんだが、ここは現実。飯が出来たと言ってきた母親にバッチリ現場を見られてしまった。

 

『お父さんと二人で食べちゃうから、そっちの二人でご飯食べてきてね。お幸せに~』

 

あのニヤニヤ顔は、本当に忘れてしまいたい。というか頼むから忘れさせてくれ。

 

(てか、何で夢じゃないの...)

 

夢だと考えていたが、普通に現実だった。

 

「......」

「?」

 

布団から顔だけだして友奈を見るも、本人は見つめられて首を傾げている。

 

(...多分、気づいてないんだろなぁ)

 

もう付き合っている状況に近いというか、告白してることを意識してないんだと思う。俺が気にしすぎてるだけかもしれないが。

 

「...そういやお前、どうやってこの部屋に来たんだ?母さんに開けてもらった?」

「そうですよ。椿先輩にメールを頂いたんですって伝えたら...」

「俺にメールを?」

 

メールした覚えなんて一切ない。しかし、スマホを掴んで履歴を確認すると確かに、ちょっと前に送っているメールがあった。題名は無題で、中身は__________

 

「......」

「椿先輩?どうしたんですか?」

「...いや、何でもないんだ。何でも」

 

今日は何回苦しくなって、恥ずかしがればいいのか。

 

(なんだよおい、『会いたい』って。無意識にメールで『会いたい』だけ送りつけるって)

 

たった四文字だが、なんか、凄い重い奴みたいだ。

 

「でも良かったです。私だけだったら、何もできずここにも来れなかったかもしれませんから」

「っ...友奈」

「はい!」

「とりあえずうどん食べに行こう」

「はーい!!うっどん!うっどん♪」

 

かけていたコートを手早く着こんで、親にちょっかいかけられない速度で出ていく。

 

「初デートですね?」

「っ...それはもうちょい待ってくれ。ちゃんと告白するから」

「!!じゃあ待ちます!!」

 

と言って、腕を組んでくる彼女。

 

(なんだよ、分かってるんじゃん)

 

他人のことなんて、顔を見たり仕草を観察するだけで分かるわけもない。当たり前のことを今更のように確認する。

 

(......でも)

 

せめて、好きな人のことは目線だけで分かるように。

 

「友奈。今度一緒に出かけよう。どっかいい景色の場所に」

「分かりました。予定、あけときますね?」

「頼む」

 

これから三月も後半、桜が見頃の時期だろう。一月前は雪が降っていた。

 

(...あぁ。そうだな)

 

今度は、桜が見れるだろう。隣にいる彼女と一緒に。

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 31話

今日は友奈ちゃんの誕生日!!お祝いだ!!

...まぁ、今回全然出番無いんですけどね。これからは去年誕生日短編を書いてないキャラを書こうと考えてます。全員やるには誕生日考えるだけで一年終わっちゃうので...友奈ちゃん成分が足りない人はバレンタインデーとホワイトデーを見返してって下さい。


「そこだぁぁぁ!!」

「負けないわよ」

「頑張れぐんちゃん!」

「ミノさん!やれー!!」

 

テレビに映る自分のアバターを動かす二人に、隣で応援している二人。その後ろのソファーで、私は聞き耳を立てていた。

 

「ふぅ...」

「古雪先輩?」

「......」

「先輩?」

「ん?あぁごめん。なんでもないから」

 

(...やっぱり、明らかかにゃあ)

 

後ろには東郷と椿さんの声がして、聞こえた会話から確信できた。

 

ことの始まりは銀の一言。

 

『最近、なんでか知らないけど椿が元気ないんだよね。皆何か知らない?』

 

椿さんのいない部室で問われた質問に、誰も答えることが出来なかった。

 

実際様子がおかしいと感じていた人は多かったけど、その原因が全く不明とのこと。

 

(この年頃の男の子の悩みなんて女の子関係だって想像出来るけど...椿さんだしなぁ)

 

椿の主な女子関係は、勇者部がメインである。これは間違いない。同じクラスの人も勇者部にいるし、平日の放課後も、なんなら休日のほとんども部員の誰かといる。

 

その誰もが椿さんと特に気まずくなってなくて、元気がない理由も分からない。となれば普通の高校生男子が考えてそうな青春関係じゃないだろう。

 

それで、周りに対して気配りが出来る椿さんが隠せないほど疲れている。ということは、それなりに重い案件であるということだ。

 

(私達が原因の可能性が高い。ってのが辛い話だけどね...)

 

椿さんも男子。今や一クラス出来そうな人数の女子と毎日いれば、色々と疲労が重なるかもしれない。感情を分かってる以上仕方のない子も多いけど。

 

ともかくそんなわけで、今日はその原因を調査する為に椿さんの家へ来ていた。人選は、ゲームの名目を作れる銀に千景さん、その相方である園子に友奈、料理手伝い担当の東郷と、残ったメンバーでポーカーフェイスの作り方がそれなりに上手かった私。

 

もし私達が原因で疲れているなら休ませてあげようと決めているし、そうでないなら何かしら協力したいと思っている。

 

『椿先輩から言ってこないなら、私達に出来ることはないんじゃないかな?』

 

(結城っちはそう言ってたけど...)

 

確かに椿さんは業務的な『ほうれんそう』もしっかりしてるし、それ以外でも悩んだ時は誰かに話してることも多い。

 

でも、同時に誰かを傷つけることも嫌うから、今回の原因は私達にあり、話すと誰かが遠慮するようになるからかもって考えてそう________なんて話も出ていた。

 

(いや、よく見られてますね。椿さん)

 

ただ様子が変かもというだけでこれだけ皆行動する。そんな人は少ないだろう。

 

(かく言う私も、こうしているわけで...)

 

「お前ら飯できたぞ。ゲームは中断な」

『はーい』

 

ご両親は帰ってくるのが遅いらしく、六人向けテーブルが八人向けになるよう広げられ、全員が椅子についた。揃って『頂きます』の声をあげ、好き好きに料理をつまんでいく。

 

「それにしても、椿さん三人家族なのに大きめのテーブル使ってますね」

「昔から銀とか銀の家族が来ることもあったからな。テーブルは展開式にすれば普段邪魔にならんし。椅子は......こっちの世界に来てから買い足した」

「成る程」

 

三つの椅子は一纏めにされてたし、普段は使わないんだろう。でも、それなりに誰か来ていると。

 

(......)

 

「つっきー。あーんしてあげる」

「園子?こぼすからそれは...」

「そうだぞ園子。大体椿は優しく突っ込めば食ってくれる」

「むぐっ」

 

(......やっぱり、椿さんが疲れてる原因って私達じゃないの?)

 

冷や汗が流れる中、私はどうしてもその考えが頭から抜けなかった。

 

 

 

 

 

 

「お前らこれからどうするんだ?まだゲームしてくのか?」

「もうちょっと~」

「ダメなら帰るけど?」

「いや、ダメじゃないが...泊めるわけにもいかないし、流石にこの人数だとバイクで返せないし」

「椿君。私達も自分で帰るし、気にしないでいいよ!」

「寧ろ、まだいて良いのかしら...?」

「......あとちょっとだけならな。一人別になるのは東郷だけだから」

「わっしーは私達が送っていきます!」

「アタシがいれば平気だろ?」

「...まぁ、それもそうか」

 

「じゃあ風呂ためてくる」と言った椿さんに、銀によるちょっと待ったコールが入った。

 

「椿。風呂ならもう出来てるぞ」

「え、嘘」

「アタシを誰だと思ってる?椿の簡単な行動くらい読めます~。というわけでほらっ、入ってきな」

「いや、だけど皿洗いも...」

「洗い物なら私がやっておきますから」

「つっきー、早く入らないと私とたかしーが背中流しに行くからね?」

「...入ってくる!!」

 

早足で消えていく椿さんを見送る私達。聞こえる足音が完全に消えてから、千景さんが銀を見た。

 

「...いつの間にお風呂沸かしてたの?ずっと私とゲームしてたんじゃ...」

「お手洗いに行くついでにちょちょいとです。園子ナイスフォロー!」

「えへへ~」

「ともかく、これで予定通りにいったわね」

 

予定では、何人かが椿さんの注意を引き付け、その隙に部屋に侵入。何か手がかりになる物はないか調査する手筈だった。

 

(強引な気もするけど...)

 

「私はお皿を洗わないといけないので」

「じゃあ私達が...」

「ううん。雪花は別任務を任せたい」

「ほへ?」

 

 

 

 

 

(まさか、こんなところを任されるとは...)

 

「はぁー...生き返るぅ」

 

銀から任されたのは、まさかのお風呂場前での待機だった。正確に言えば、椿先輩がお風呂から出た時捜索している皆に連絡をいれる係。

 

(今日の面子なら適任かもしれないけどさぁ)

 

もし園子を一人だけにしたらお風呂に突撃しかねない。そんな考えもあったのかもしれないけど、私だってうら若き女子中学生。ちょっと緊張してしまう。

 

(壁が何枚あるのかしらないけど音は聞こえるしさ、なんかこれ...盗聴というか、覗き見してる感じがして......)

 

マンガとかでよくある、露天風呂で女湯を覗きこもうとする男子。今の私はそれに近い。

 

「やっぱ風呂はいいよな...先人が命の洗濯とか言うわけだ」

 

ぱしゃぱしゃ音がして、その後静まる。

 

「......流石に、疑われてるのかな」

「っ!」

 

急に確信めいたことを言われ、思わず息が詰まった。

 

(これ、わざと聞かされてる?バレてる?それとも...)

 

「でも、これは俺の問題だし...もう少しポーカーフェイスには自信あったんだがなぁ...思い詰め過ぎてるかな」

「......」

「でも......」

 

それきり椿さんは黙ってしまい、喋りだすことは一度もない。

 

(椿さん...)

 

彼は何かに悩んでいる。それを解消させてあげられる力は、私達にない。

 

いや、少なくとも私には________

 

(...銀とかなら、これ聞いただけですぐ分かるのかな)

 

ひとつ年上の先輩は、誰に関係なく気を使ってくれている。その気遣いに私もなるべく答えたいとも思う。

 

『勇者様。よろしくお願いします......』

『おばあちゃんを助けてくれてありがとう!ゆうしゃさま!』

 

四国と比べて物理的にも精神的にも寒い場所で聞いてきた声が頭を巡る。意味はほとんど変わらないくせに、声の主で、その表現の仕方で大きく印象が変わった二つ。

 

(...メンタル、ずぶずぶだなぁ)

 

極上の日溜まりを知ってしまったからこそ、日陰がより際立つ。そんな日陰の人間である私は、日溜まりを作ってくれる彼に、皆に、何かしてあげられているだろうか。

 

「...はぁ」

「......あの」

「!?」

「何やってんの?雪花。こんなところで」

 

いつの間にか、風呂上がりでほかほかしてる椿さんが私を見つめていた。

 

 

 

 

 

「そんで、どうした?」

「あの...」

 

椿さんのベッドは私のよりちょっと高反発なのか、腰かけても戻ってくるなーなんて現実逃避をする一方で、焦っている自分もいた。

 

聞き耳を立てているのが見つかった私は必死に大声で誤魔化し、その間に皆は椿さんの部屋から撤退していた。本人が疑問に思ってないからほぼ完璧に元の状態にしたんだろう。

 

しかし、この場所に頼れる皆様の姿は見えない。私の様子を心配した椿さんが、皆を家に帰らせ、私の話を詳しく聞こうとしてるのだ。

 

(見方を変えればチャンスではあるけど...えぇーい!もうめんどくさい!)

 

普段であれば物事に対して色々考えて動く性格だけど、なんだがめんどくさくなった。悩みの原因を作った人に悩みを話すって普通ならしない。

 

やった理由は、むしゃくしゃしてたから。これが一番近いだろう。色々考え過ぎてムカついた。

 

「椿さんの話、聞こえちゃったんです」

「俺の?」

「たまたまお手洗いで通ったとき、お風呂の方から椿さんの一人言が...」

「あー...」

 

本当のことを混ぜて話す嘘は一番バレにくい。私はそれで言葉を続ける。

 

出しにくい本心をついでに溢せればいいなと思いつつ。

 

「勇者部には言いにくい悩みがあるんですよね?話してくださいよ」

「いや、でもこれお前らに話したところでどうにもならんし」

「六箇条一つ、悩んだら相談ですよ...そ、それにほら!私口軽くないから皆にバラすようなことしませんし!」

「雪花...」

「私、椿さんにあんまし何もしてあげられてないので」

「...そんなことないけどな」

「へ?」

 

腕を組んでいる椿さんは、真っ直ぐ私に目を向ける。

 

「戦闘でも助けてもらうことあるし、普段も何かとミスした時フォローしてくれるだろ。あとツッコミ頑張ってるし」

「最後のいらないんじゃ...でも、私の方が沢山してもらってますから。恩返しはちゃんとしないと」

「うーん...別に俺は恩を売るつもりでやってないし、貸し借りを作る気も...そもそもな」

 

珍しい怒ってるような顔をしだして、ちょっとだけ驚く。あまり私に向けてこんな顔をしないから。

 

「恩は等価交換するようなもんじゃないし。仲間なんだから困ってたら手伝うのが当たり前だろ?」

「っ!」

 

椿さんの言葉にはっとする。そうだ。この人は。勇者部は。

 

「......そうでした。そういう人でしたね。椿さんって」

「俺だけじゃない」

「勇者部もでしょ?」

「...お前もな。雪花」

 

私に温かさをくれる人達の、温かい理由。

 

「...はいっ!」

 

だから、この日溜まりにもう少しだけ__________

 

 

 

 

 

「って、終わらせちゃうところでした!椿さん、何悩んでるんですか!?」

「え、あぁ...別に良くない?もう帰ろうぜ。送ってくから」

「......話さないと今日はこのベッドで寝ますからね」

「...実は、この間高校の男友達の家で泊まって遊びまして」

「?」

「その時ですね...妙に緊張といいますか、違和感がありまして。気づいてしまったんです......」

「...えーと、何に?」

「......俺さぁ!男子とつるんでるより女子といる方が気が楽なんだよ!いっつも勇者部にいるから!!逆だろ普通ーっ!!!」

「ぁー...」

 

椿さんの悲痛な叫びを聞いて、私は頬をかいた。

 

(それは確かに、皆に言いにくいかな...)

 

「俺は本当に男なのか!?大丈夫なのかぁぁ...!」

「あっはは......」

「なんとかならないか!?雪花!」

「あ、えーと...ドンマイです」

「雪花さぁぁぁん!!!」

 

結局、椿さんの悩みを私は解消出来ず。私は面白半分で勇者部に流し、また『雪花さん口軽くないって言ってたじゃないですかぁぁ!!』と叫ばれるわけだけど、それはまた別のお話。

 

 

 



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ゆゆゆい編 32話

今回はクロックロさんのリクエストになります。


三月末だというのに最高気温が偉く低い日。バイクの運転のため寒さ対策につけていたネックウォーマーは手早く外して肩掛けバッグに突っ込み、ズボンのポケットを隠すくらいのコートは前を開けた。どちらも室内に入ってしまえば暑くて仕方ない。

 

(ヘルメットと一緒にバイクにいれときゃよかった...ま、暑さの原因がそれだけなのかは分からんけどさ)

 

自重気味に思ってから、周りを確認して本屋へ入る。

 

(えーと、確かあの辺...)

 

記憶違わずそのコーナーは存在した。表紙は大体ポーズを決めた薄着の女性ばかりで______要はグラビアアイドル雑誌である。

 

勇者部部員の水着姿に耐性をつけたいとこれに似た水着特集を買ったなのだが、結果は失敗に終わっていた。東郷とひなたにバレたと思ったら二人が水着になり、自分達で耐性をつけろと言ってきたのだ。

 

(あれは、最終的に夢だったのか...)

 

数日間気にしていたのは俺だけで、彼女達はなんでもなかった風に思える。そんな対応を見ればあれそのものが夢だった様にも思えるんだが、俺に今さら知る機会があるとすれば直接聞くことしかない。そんなことしないのは俺自身がよく知ってる。

 

とまぁ、水着はダメ。かといって鍛え直しはしたい。となるとレベルを下げるしかない。

 

(......うーん)

 

露出が少なめな物を取った結果、手にあるのは体操服特集。表紙を見てもピクリともしない。

 

(まず、本だけなら水着も耐えられた気が...気のせいだっけ)

 

今この本だけ見たら何も思わない。というかここでダメだったら高校の体育を出られない。ただでさえ最近は勇者部の面々が男子より気楽にいられるのだ。勿論咄嗟にドキドキすることはあれど。

 

「金も無限じゃないしな...」

 

体感数分悩んでから、俺はその体操服本を持ってレジへ向かった。理由は二つ。

 

一つは前回と違って一冊にしたため経費が軽いこと。二つ目はこれ以外だと大体前回選んだラインナップだったからだ。

 

もしかしたら本当に水着でダメになるヤバい奴かもしれない。そう考えたら、体操服とはいえ穴があくほど見て女子への耐性を完璧につけた方がいい。

 

_______まぁ、既に女子への耐性がある程度高くなければ勇者部にいられるはずもないので、俺にとっては無駄に近い行為なのかもしれないが、今の俺には不安があって、大丈夫だと自覚してても自身を律することは出来ない。

 

一応耳を済ませ、ささっとレジに並ぶ。

 

「高嶋ちゃんきっと喜ぶよ!」

「えぇ。でもいいの?この後貴女の家で教わって...」

「うん?大丈夫だよ!道具も私の家なら全部あるし!」

 

そう。こうして知り合いの声がしないかチェックしないといけないのだから_______

 

「...は?」

「え?」

「あ」

 

押し花の本を持った友奈と千景に目があった時、俺はその場で本を落とすことしかできなかった。

 

 

 

 

 

「いや。あのですね...」

 

何故か連れてこられた友奈の家。何度かあげてもらったことのある場所は俺にとって処刑台となんら変わりなかった。

 

「どうしたの?言い訳があるなら聞くけど」

 

床に正座する俺に、椅子に座り、足を組み、ゴミを見るような目で睨んでくる千景。俺達の間には先程の体操服本が確かな存在感を放って置かれている。

 

確かに、友奈の家には絶対にない物だろうし、異質な物として認識するのは間違ってない。

 

「聞いてるの?」

「はいすいません。実は......」

 

これからギロチンにでもかけられるのではないかとビクビクして、というかいっそのこと俺を埋めてくれないかなと思いつつも、千景に経緯を話す。東郷とひなたとあった色々は伏せて、何のために俺がこんな本を買う決意をしたのか。

 

「...貴方ねぇ。何やってるの?」

「俺もそう思ってる...思ってはいる...そんで色々考えて」

「考えた結果がこんな本を買うことってわけ?呆れるわね」

「...俺だって頑張ってるんだよ」

 

千景の強い言い方に流石に苛立ち、普段ならしない言い訳も出てしまう。すぐにしまったと思い直しても、口に出した言葉は戻らない。

 

「方向性が間違ってるのよ。大体こんなのなくても私が...」

「は?」

「っ、何でもないわ...今回はもう何も言わないから、さっさと帰りなさい」

「...はい」

 

これは無罪放免なのだろうか、明日には勇者部皆に知れ渡っているのか。

 

(なんにせよ、千景からは距離をおかれるだろうな...)

 

「じゃあ、俺はこれで...」

「椿先輩」

「はい」

 

まだ何か言われるのかと思えば、声をかけてきたのはベッドに座っていた友奈だった。

 

「...まだ帰らないで、廊下で待っててもらえますか?」

「分かった」

 

俺に拒否権など存在しない。ちょっと寒さの残る廊下で待っていると、部屋から声がした。聞き取れるほど大きくないが、恐らく二人が話しているのだろう。

 

(なんなんだ...?)

 

「椿先輩、どうぞ!」

 

更に数分してから友奈の声がはっきり聞こえ、念のためノックをしてから入る。

 

「友奈、俺に何をさせぇ!?」

 

友奈の姿を見て目を丸くする。そこには、何故か讃州中学の体操服を着た友奈が立っていた。三年間通っていた学校の物だけあって、こんな状況でもすぐに分かる。

 

ただ、それを今見れている理由は何一つ分からない。

 

「な、お前なんでそんな格好!?」

「椿先輩が頑張ってることを聞いたので...私も協力したいと思ったんです。こうすればその本の人達と同じですもんね。実物の方が効果高いと思います!」

 

これを頑張ってることと捉えて良いものだとは思えないが、友奈らしさが伝わってきてくすりと笑いそうになってしまった。バカみたいに真っ直ぐで優しいのだ。彼女は。

 

「いや、でもなぁ...」

「......確かに、私じゃその雑誌に載ってるような人達ほど綺麗じゃないですもんね...あはは」

「そこは問題ないと思うけど...」

「!じゃ、じゃあやります!えーと、まず最初のページから」

 

完全にやる気満々の友奈を止める気力が起きず、ちらっともう一人の方を向く。私服姿のままの彼女が止めてくれれば早い話なのだが_______

 

「......」

 

当の千景は、黙っているだけだった。俺を追い返すこともせず、友奈に何か言うでもない。

 

「椿先輩、始めます!」

「お、おう...頼む?」

 

なし崩しに始まってしまった友奈のポーズは俺の持っていた雑誌から取っているようで、ページを捲っては体勢を変え、俺に聞いてくる。

 

俺は正直別に反応することもなく、「あぁ」とか「うん」とか言うだけ。

 

(これ、意味あんのか?)

 

やはり体操服でどうこう思うことはないようだ。友奈が相手でもそれは変わらない。

 

友奈の部屋なのにどこか居心地の悪さを感じながら突っ立ったまま、外に出るつもりだった厚手の格好で暖房の効いた部屋にいるせいか、じんわり汗もかいてきた。

 

「...」

 

あと、なんか睨まれてる。

 

「...友奈、そろそろ」

「次は...!!」

 

友奈の声が一瞬固まって、健康的に見える頬が赤く染まる。気になって彼女の視線の先に目を向けると、雑誌には大きく『ガチ恋距離!』と書かれ、顔がアップで写っていた。

 

友奈が一枚戻すと、体育で使うマットっぽい場所で全体を見せてることから、距離がかなり近くなったんだろう。腕を首に回してる感じだろうか。

 

「...よ、よし!やるぞー!」

「へ?何を」

「椿先輩動かないで!」

「はい」

 

有無を言わさぬ友奈に従い固まってると、彼女が立ち上がって一歩二歩と近づいてくる。一つの部屋の中なんでそれだけでかなり近い。

 

(おい、まさか)

 

「えいっ!」

「!」

 

反応が遅れ、友奈に抱きつかれた。顔が数センチだけ離れ、雑誌で見たような距離になる。

 

ただ、抱く感情は雑誌の物とは違いすぎた。

 

「ど、どうですか...ドキドキ、します?」

「するに決まってんだろ...!?」

 

若干声が上擦って、頭がのぼせそうになる。それでも彼女は止まらない。

 

「そうですか...よかった」

「!!」

 

その、赤らめた表情で見せる微笑みは、俺の理性を簡単に狂わせる。

 

(いや、耐えろ耐えろ...!!)

 

きっと肩を押せば彼女はベッドに逆戻りするだろう。離したいならそうすればいい。

 

だが、離したいとは欠片も思ってなくて_______多分、ベッドに押し倒したら戻れなくなることも理解している。

 

「ほ、ほら友奈。俺汗かいてるから離れてくれ」

「え、そんなの...しませんよ?」

 

自力ではどうしようもなくて頼んでみるが、寧ろ首筋に鼻を近づけられて大変なことになる。声をあげなかった自分を誉めてやりたい。

 

(すんすんするなぁ...!)

 

甘えてくる子犬のような動きに追従して、明らかに柔軟剤じゃない甘い匂いが_______これまで何度も嗅いできた友奈の匂いが広がってくる。

 

(ダメだ...っ!!)

 

もっと感じたい。貪りたい。ぐずぐずに溶かされた理性が働く筈もなく、俺は彼女に________

 

 

 

 

 

「ぐえっ」

「あっ...」

 

後ろに引っ張られた俺は、無理やり友奈から離される。友奈は少し切なそうな声を出した。

 

しかし、冷静さを取り戻した俺は、引っ張った張本人に感謝するしかない。

 

「悪い、助かった千景...」

「......」

「?」

 

首根っこを掴んでいる千景は、俺を持ったまま離さない。

 

「千景、どうしたっ!?」

 

顔を後ろに向けようとしたら、半回転するよう勢いよく引っ張られ、前になった千景に抱きつかれた。

 

胸元に籠っていた熱は再び熱さを取り戻し、さっきとは違う香りが俺の鼻をくすぐる。

 

「...ずるいわよ。結城さんばかり」

「いや千景!?何が!?」

「うるさい!黙ってやられてなさい!!」

「いででで!!」

 

背中に回された腕がこれ以上にないくらいきつく狭くなり、情けない声が上がる。香りも一層強くなる上に、身長的に千景の頭に鼻がぶつかって強制的に嗅がされる。

 

(...あぁ、そっか)

 

千景はなんてことない赤と黒をベースにした私服。可愛いが露出は少ないし、見たことのあるものだ。でもこうしてドキドキ_______いや、興奮している。

 

つまり、俺は_______どんな服であれ、勇者部の皆に、大事に思う女の子に寄られるとダメなのだ。

 

(でも、こんな風に流されるのはダメだろ...!!)

 

「耳が弱いの、知ってるんだから...」

「っ!?」

「そうなんですか...どーですか?」

「!?!?」

 

後ろから耳元で囁いた友奈の声が、こしょこしょと囁かれたものが、どうしようもなく心を揺さぶってくる。

 

(でも、これは...こんなんじゃ...)

 

「...堕ちなさい」

「あっ」

 

千景の言葉に、俺は。

 

「ダメだぁぁぁぁぁ!!!!」

「あっ」

「椿先輩!?」

 

暴走した理性が、宛のない走りをさせた。乱暴に二人を振り切り友奈の家から飛び出して走り続ける。

 

「可愛いんだから自重しろぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 

 

「と、いうことがこの前あったんだが...助けて」

「地獄に落ちろ」

「なんでだよ」

 

裕翔はそう言って、俺の話を一蹴した。

 

「よく流されなかったな」

「頑張ったわ...」

「流されて全然良いのにね」

「へ?」

「いや完全に本番秒読みじゃん。据え膳じゃん。寧ろ一周回ってお前が欲望を持って男として正常だったことに嬉しささえ感じるよ」

「えーと...よくわからんがその後の話もあるんだよ。あれからあの二人目が合うとすぐそっぽ向くようになってさ、最近やっとそれが直ってきて...特に千景の方は最初罵倒してきたのに、最近は友奈より近くにいる感じしてさ。本能抑えるためにどうにか手を打ちたいんだが...」

「本能抑える必要ある?」

「あるだろ?あんな可愛い奴らに迷惑かけるわけにはいかないんだから」

「迷惑だと思ってないだろうね。うん。やっぱお前地獄行け」

「なんでだよ!」

 

 

 




以前の東郷さんとひなたのが気になった方は、20話にありますので...


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ゆゆゆい編 33話

今回はリクエストのつもりで書いてたんですが、書いていったらオリジナルになってました。


「よっこいしょ...っと!ここで良いんですよねー!?」

「大丈夫でーす!!」

 

春信さんよりちょい年齢高いくらいであろう男性からの指示を受け、その通りに必要な物を運ぶ。

 

「それなりの重労働になりそうですね」

「あぁ。単純に作業量も多いだろうな...ちゃちゃっとやろうぜ」

「はい」

 

同じ場所で作業する芽吹と会話しながら、俺達は次の荷物を求めてトラックへ向かった。

 

 

 

 

 

今日は勇者部総出で依頼にあたっている。内容は、桜の花見客を目的とした屋台の設営及び運営の手伝いだ。

 

桜が満開になる季節に予定して行われるお祭りだが、今年は満開と日程が完璧に噛み合った。まだ朝だというのに場所取りに訪れた人が多く見れる。

 

しかし、人が増えると予想されているにも関わらずスタッフの数は変わらず。どうにか補えないかと考えた結果、勇者部に白羽の矢がたったというわけだ。

 

既に幾つかのグループに別れて看板の設置だったり周辺の装飾だったりを始めている。

 

貴重な男手として用意された力仕事担当の俺と、俺と同じように力仕事をしてトレーニングがわりにしたいと言ってきた芽吹は、特務隊としてあっちこっちに出向いては重たい物を運んだりしていた。

 

「にしても、若葉とか夏凜とかもこっち来るかと思ったんだが」

「二人なら屋台の設営ですよ。私も亜耶ちゃんの近くで手伝おうと思ったんですが...」

「ま、あそこは銀がいるしな。亜耶ちゃんが何か力仕事することはないだろ」

 

今頃あいつは看板を片手で持ってたりするんだろうか。

 

とはいえ前の二人は、確かにお店を組み立てるのも重労働に近いとはいえ、少し意外ではあった。

 

「若葉ちゃんの必死な姿!!これは撮影が捗ります!!」

「にぼっしーすごーい!じゃあこっちは出来るかな~?にぼっしーの力ならいけると思うんだけど~?」

 

(あ、うん。納得)

 

若葉はひなたが写真を撮ってくるから動かない場所を選び、夏凜は園子に誉められたり煽られたりして完成型勇者としての力を見せているんだろう。

 

「ていうかそこ二人!!仕事しろ仕事!!」

「「はーい」」

「ではその前に椿さんを一枚!」

「ひなた!」

「きゃっ...分かってます。しっかり働きますから」

 

「そちらも頑張ってくださーい」と手を振ってくる彼女に一応手を振り返し、次に呼ばれている場所に向かう。

 

「なんというか...椿さん、勇者部のお父さんって感じですね」

「お兄さんにしてくれない?まだそんな歳いってないから...というか、芽吹の一個上なんだが」

「分かってます。冗談ですよ」

 

くすりと笑う芽吹を見ると、こっちも「しょうがないか」なんて気持ちも芽生えてきてしまう。

 

「...なんか、柔らかくなったな」

「そうですか?」

「あぁ。前が悪かったって訳じゃないが、俺は良い傾向だと思うぞ?」

「...ありがとうございます」

 

そう言う芽吹の顔は、やっぱり前より砕けた感じがした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ここの設置にあそこのが必要で、こっちのはそれですね。優先した方が良いのはありますか?」

「特にないなー。運んでくれれば後はそこの人に任せて、そのまま渡して」

「分かりました」

「しかし大丈夫か?全部やってもらうなんて」

「単純に運ぶだけですし、全体的な指示が出来る方は確認しなければならない場所が多いでしょうから。自分も一人ではないので大丈夫です」

 

椿さんと、今回の催しの統括者らしき方との話を聞きながら、地図を頭に入れ直す。

 

会場の準備はアクシデントこそないものの、予定時刻から少しずつ遅れている。大人達が焦り出しているのを感じた。

 

その中で椿さんは邪魔にならないよう必要事項だけ確認して、簡単な助言ならする。

 

「よし芽吹、これ持って行こう」

「あっちですね」

「おう。二つずつ持てるかな」

 

なるべく急ぎ足で道を進み、全て運び終わるまでひたすら往復。

 

「戦衣が使えればなぁ」

「一般の方に見られる状況での使用は控えるよう大赦に言われています」

「いやうん。分かってるよ...部室から逃げ出すために使ったりしてるけど」

 

ぼそぼそ話されたところは聞き取れなかったけれど、椿さんが遠く虚ろな目をしていたので何も触れないでおく。こういう場合聞いても何の解決にもならないことが大半だ。

 

(......)

 

「ん?なんかついてる?」

「っ、いえ」

 

つい見てしまって慌てて取り繕う。「そっか」と、椿さんは気にすることなく私から目を離した。

 

「...桜、か」

「はい?」

「いや...桜なり葉桜なり、見る前には大変なことがあったからさ。天の神とか、西暦のとか...」

 

また後半が聞き取れなかったが、さっきとは違う物憂げな表情をする彼のもとに、桜の花びらが一枚舞った。

 

「それを乗り越えてまたこうして見れることが、なんだか嬉しくてさ」

「今も造反神との戦いですけどね」

「分かってる...とはいえ、この世界はかなり平和だからな」

「...そうですね」

 

勇者候補として選ばれてからこれまでを振り返り、一番落ち着いている期間が長い時はどこかと聞かれれば、間違いなく最近だと言える。

 

「そういや、芽吹達とちゃんと関わったのもこっちに来てからだもんな」

「まだ半年程度...ですね。意外です」

 

元の世界では、仕事仲間といった印象の方が強かった。会うのは四国外への調査時ばかりだったし、会話も事務的な物が多い。

 

それが今では不定期とはいえ一緒にプラモデルを作ったりしているし、勇者部の他のメンバーとも深く繋がっている。

 

「もっと前から一緒だったように思えます」

「俺はもっと最近な感じするな~。あっという間だ」

「椿さん...」

「記憶を無くしてあっちに戻っても、またこうしてやれるといいな」

 

微笑む彼に、新たな花びらがまた一枚つく。

 

「...つきましたよ」

「お、悪い」

 

花びらを取るため黒髪に________頭に触れて、払う。ほんの少し温もりが手に移る。

 

「...また、皆で見れると良いですね」

 

きっと、防人としてのお役目をする前では言わなかったであろう一言を添えて、私は足を進めた。

 

「でも、まずは今回の仕事がありますからね?」

「あぁ。さっさと終わせよう」

「了解です」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あー...」

「大変そうだな」

「若葉か...」

 

桜の木にもたれ掛かって座っている椿の隣が空いているのを確認して、右側へ座る。

 

「死んだ目をしているぞ?」

「さっきまでの現場を見てりゃ分かるだろ?」

「......いや、まぁ...はは」

「大体誰だよ。あの姉妹に飲ませたアホは...」

 

作業を終わらせた私達は、運営の方々のご厚意で花見をすることになった。余った料理を頂き、終わった人からブルーシートを広げていく。

 

椿も先程終わって花見に加わったのだが、頂いていた甘酒を飲んでしまった風さんと樹の相手をしていた。

 

『椿しゃんがしゃん人になってる!!しゃんにん三人!!あはははは!!!』

『つ~ば~き~!!構いなさいよ!!!あとおんぶ~!!』

 

基本的にアルコール飲料に分類されない程度の度数しか含んでいない筈のそれを、コップ一杯分飲んだだけでこれである。

 

「お正月に余っていた物らしく、多目に頂いたんだ...」

「で、風達だけに留まらなかった結果があれかよ......」

 

死んだ目が向いた先には、歌野がエアマイクを握って熱唱していて、球子や園子が合いの手をいれている。かと思えば、銀が甘酒を一気飲みして周りから拍手されていた。

 

「というか、酔ってないのだって多いだろうに...お前は平気なんだよな?」

「いや、私も入れすぎるとあぁなる。だからこれで最後だ」

「甘酒で酔う奴多すぎじゃない?」

 

私がブルーシートに横になって寝ている犬吠埼姉妹を指差し、それを見た椿がため息をついた。

 

「でもお前、前飲んだ時は全然気にしてなかったよな?」

「え?」

「いや、西暦で初めて俺らが甘酒飲んでた時...飲んでたよな?記憶が怪しい時期だったから違うかもしれないけど」

「まぁまぁ...私が自分の限界を知ったのは、椿が帰った後だったからな」

 

あの時は相当暴れたようで、ひなたが撮っていた写真では高笑いしていそうな姿が写っていた。出来れば二度と見たくない。

 

「そういえば...そうか」

「?」

「椿があの時甘酒を飲んでいた理由が分かったんだ」

 

『甘酒で、酔えると思うか?』

『......だよなぁ。こんなもんで酔えるわけねぇよな』

 

あの時の椿はきっと、甘酒で酔いたかったんだろう。風さんや樹のように_______離ればなれになってしまった彼女達のことを思って。少しでも寂しさを、孤独感を紛らわせるために。

 

その後のことを思い返して最近の椿と比較すると、あの時点で椿は普通ではなかった。思い詰めていた。

 

「大変だったんだな...本当に」

 

初めの頃は、私は寧ろ敵に思われていてもおかしくない。今更そんな思いが生まれてくる。

 

「...大変だったけどさ。よかったよ」

 

しかし、椿の声は柔らかかった。

 

「お前らと一緒に色々あって...あの時出来なかった満開の桜の花見が、こうして一緒に出来る。それだけで嬉しい」

「椿...」

「...なんてな!この話やめだやめ!恥ずかしくてやってられん」

「よっと!」

「お、芽吹じゃん。どうした?」

 

突然椿の左隣に芽吹が座り、話をそらしたかったのであろう椿はこれ幸いにと彼女へ声をかける。

 

「少し眠いので寝ようと思いまして」

「寝るってここでか...って、お前酔ってるだろ。大丈夫か?」

「酔ってません」

「芽吹、それはないだろう...」

「酔ってないわ、若葉」

 

芽吹の頬は熟れた林檎のように赤く、目がとろんとしている。明らかに普段の彼女ではない。

 

「えぇ。酔ってません。酔って、ませ...んから......」

「あらら」

 

桜の木に寄りかかるのかと思えば、彼女はあぐらをかいていた椿の左足を枕にして、丸まってしまった。

 

「......すー」

「...寝つきがよろしいことで」

 

猫を撫でるように芽吹の頭を撫でる椿。「んにゃ...」と本物の猫のような声が私の耳にも聞こえた。

 

(......)

 

「今日は結構動き回ったし仕方ないな...若葉?」

「どうした?」

「いやどうしたじゃなくて、お前...」

 

無言で、椿の肩に頭をのせる。深い理由はなく、やりたかったから__________

 

(...その、はずだ)

 

「なんだよ、酔ったのか?」

「......そうだな。酔ってしまったのかもしれない」

 

甘酒のせいだと決めつけて、頭をすりすり動かす。服越しに伝わる熱は、とても温かく感じた。

 

「......また、見れるといいな」

 

見渡す景色には、沢山の桜と、大勢の仲間がいる。

 

また皆で、桜を。

 

また隣に並んで、桜を。

 

(...また、こうやって......)

 

頭が熱でうなされたのか、安心感からか。急に目蓋が重く、思考がぼんやりしてきた。

 

(でも、悪くない...)

 

「全く...おやすみ。若葉」

「......あぁ。おやすみ」

 

かけられる言葉そのままに、私はその意識を眠らせた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「二人とも今日は疲れたんだろ。もう少し寝かせてあげてくれ」

 

「分かっています。珍しいスリーショットは無音で撮りますから」

 

「どっちにしろ撮るんかい...」

 

「芽吹先輩、気持ち良さそうですね......」

 

「そうだな。こんなんで満足して貰えるなら、足くらい貸しますよ」

 

「では今度お願いします♪」

 

「じゃあアタシも。よろしく椿」

 

「げっ......はぁ。機会があればな」

 

 

 

 

 



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短編 エイプリルフール集

今回は元々エイプリルフールネタとしてツイッターにだけのせる予定だったものを、文字数制限の面倒さに絶望して人数増やしてこっちの短編くらいのボリュームにした詰め合わせです。(それでも普段よりは少なめですが)

昨日書きはじめたものだし、一日くらいなら遅れてもセーフなはず...あ、ゆゆゆい時空です。それではどうぞ。


結城友奈の場合

 

友奈「椿さん!私椿さんのこと大嫌いだったんです!」

 

椿(部室に来た途端これか.....エイプリルフールだと知っててもショックだな。これ)

 

友奈「...っ」

 

椿(しかも言ってから辛そうな顔してるし。最初は笑顔で言ってたからすぐ嘘だって分かったけど)

 

友奈「あの...椿先輩?」

 

椿(これは少し、からかってやるか)

 

椿「そうか。俺は友奈のこと大好きだったんだがな」

 

友奈「えっ」

 

椿「友奈が俺のこと大嫌いなら仕方ないな。なるべく関わらないようにするから」

 

友奈「あ、あわわわ......あの、椿先輩、そのっ!」

 

椿「ふっ...嘘だよ」

 

友奈「......!!ごめんなさいー!!!」

 

椿「はいはい」

 

 

 

 

 

犬吠埼樹の場合

 

樹「今日はエイプリルフールだそうですよ」

 

椿「へー。樹は誰かに嘘ついたのか?」

 

樹「珍しく遅起きだったお姉ちゃんに、今日は日曜日だよって言いました」

 

椿「ふーん...おい、今日風が学校来てなかったのってお前が原因じゃねぇか!?」

 

樹「えへっ♪」

 

椿「いや可愛い感じで誤魔化してもダメだから!?」

 

樹「...椿さん、私今日は帰りたくないんです......泊めてください」

 

椿「ダメです!ほら、俺も一緒に行ってやるから帰って風に謝るぞ!!!」

 

樹「はい......」

 

 

 

 

 

土居球子の場合

 

球子「椿!見てみタマえ!テストで満点取ったぞ!」

 

椿「よかったな」

 

球子「...なんか反応薄くないか?」

 

椿「だってエイプリルフールのネタだろ?」

 

球子「酷すぎる!?ちゃんと見ろ!!本物だぞ!!」

 

椿「......マジじゃん」

 

球子「はじめから真実しか言ってないぞ...採点確認始めるなー!!」

 

椿「いや、お前の勉強見てた時期がある身としては信じられなくてさ......すまんすまん」

 

球子「全く。罰としてこれからこの店行くぞ!タピオカを奢ってもらう!!」

 

椿「さては始めからご褒美でねだるつもりだったな...」

 

球子「ほら行くぞ椿!!」

 

椿「...分かったよ。行くから慌てんなって」

 

球子「よっしゃあ!」

 

 

 

 

 

弥勒夕海子の場合

 

弥勒「今日はエイプリルフール!皆さんに嘘をついても良い一日!さてさて、どんな嘘を...」

 

椿「あ、弥勒さん。弥勒家について新聞に載ってましたよ」

 

弥勒「本当ですの!?」

 

椿「嘘です」

 

弥勒「古雪さん!!」

 

銀「あれ、椿、確かエイプリルフールでついた嘘って一年間叶わなくなるんじゃなかったっけ?いいのそんなこと言って」

 

弥勒「古雪さんっっ!!!!」

 

椿「あー...すみませんでしたっ!」

 

弥勒「逃げないでくださいまし!こうなったら古雪さんを礎に!!」

 

椿「いや滅茶苦茶怖いんだが!?」

 

 

 

 

 

古波蔵棗の場合

 

棗「今日はエイプリル?フール?と言うのか...嘘をついて良い日......」

 

椿「あぁ。といっても嘘をつかなくても全然良いんだけどな」

 

棗「......」

 

椿「......」

 

棗「......」

 

椿「......棗?」

 

棗「...何も思いつかなかった」

 

椿「あはは...棗らしくて良いだろ」

 

棗「そうか」

 

椿「あぁ」

 

棗「あ、椿」

 

椿「どした?」

 

棗「私、もう海には近寄らない」

 

椿「無理して嘘つかなくていいから!!大丈夫だから!!そんな震えながら言うなよ!?」

 

 

 

 

 

藤森水都の場合

 

水都、椿「はぁ...」

 

椿「あ、水都。お疲れ」

 

水都「お疲れ様です...お互い、疲れぎみですね」

 

椿「若葉が蕎麦派になるって嘘ついたのはいいが、それで自分で苦しんでてな......さっきまであいつの満足いくまでうどん話に付き合ってたから」

 

水都「私もうたのんがうどん派になるって嘘ついて苦しんで、蕎麦の話を二時間くらいされたばかりなんです...」

 

椿「......」

 

水都「......」

 

椿「...お疲れ様でした会として、飯食いに行かないか?」

 

水都「行きましょう。是非行かせてください」

 

椿「お、おう...水都がここまでなるって、歌野どんな話をしたんだよ...」

 

 

 

 

 

上里ひなたの場合

 

ひなた「椿さん。今日はエイプリルフールですよ。今から一つだけ嘘つきますからね」

 

椿「おう...あれ?エイプリルフールってそんな宣言されるもんだったっけ?」

 

ひなた「私、椿さんの寝込みを襲いまして...」

 

椿「ぶふっ!?!?」

 

ひなた「そしたら、椿さんとの子供を成してしまいました」

 

椿「...おい、嘘一つなんだよな?変な冗談はやめ...待て、待て待て。何でそんなお腹膨らんでるんだ?そんな優しく撫でるなどうなってんだ!?!?」

 

ひなた「そんな焦らないでください。大丈夫ですよ。ちゃんと産んでみせます」

 

椿「いやいや!?え、あ...分かった!『一つだけ嘘をつく』ってのが嘘で、全部嘘なんだな!?」

 

ひなた「......バレてしまいましたか」

 

椿「風船か...よかったよかった。手の込んだ嘘はやめてくれ」

 

ひなた「すみません。椿さんの反応が楽しくて...ところで椿さん、その首の絆創膏は?」

 

椿「ん?あぁ。なんか朝起きてたら跡になっててさ」

 

ひなた「そうですか...ふふっ」

 

椿「??」

 

 

 

 

 

乃木銀の場合

 

銀「椿ー、アタシがプレゼントをやろう」

 

椿「プレゼント?あ、エイプリルフールの嘘か?」

 

銀「いくらアタシでもそんなことしませんー。はいこれ」

 

椿「......なにこの肩揉み券。お父さんへのプレゼントかなんか?」

 

銀「時間無制限です」

 

椿「いやそこは聞いてない。俺はいつからお前の親になったんだよ」

 

銀「別にそんなつもりはないですー。最近色々立て込んでて疲れてそうだったからさ。遠慮なく使って」

 

椿「...そんな風に見えてたか?」

 

銀「見えてた見えてた」

 

椿「そうか...なんかすまん。気を使わせて」

 

銀「だからそんな遠慮するなって!アタシはいつだって椿のことちゃんと見てるからな」

 

椿「銀...ありがとう」

 

銀「へへへっ。さ、後ろ向いて!早速使ってってくださいな!」

 

椿「あぁ...優しくでいいからな?」

 

銀「大丈夫。今日は真面目だから」

 

椿「普段なら殺る気満々だったんかいな......」

 

銀「気にしない気にしない、ほら、始めますからね_________」

 

 

 



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ゆゆゆい編 34話

今日は東郷さんと須美ちゃんの誕生日ということで、記念日の投稿です。二人ともおめでとう!!

まぁ、誕生日記念短編としておかないとなかなかその人を当日に出せないんですけどね...書きたい話を書きたい順にやってるので全然合わせられない。

ちなみに200話記念回は、メタ発言ありの振り返り特集を組みたいと思ってます。サブタイをつけてない回も多いので、見たい話を振り返れる目次的な物を作りたいと。



「おままごとしたぁぁぁい!!!」

 

部室の外にまで聞こえてきた声に、若干嫌な予感がする。

 

「もう俺今日は帰ろうかな...」

「え?どうしたんですか?」

「いや...なんでもないです。樹部長」

 

一緒に運動部の備品チェック依頼をこなしてきた部長に心配されたら、仮病で休みますとは言えなかった。仕方なく扉を開ける。

 

(察知出来ても逃げられないなら、ラノベ主人公のように鈍感な方が良いかもしれない......)

 

「お疲れ」

「皆さんお疲れ様です」

「だだー!だだー!」

「斬新な駄々のこねかたね...」

「......はぁーぁー...」

 

芽吹がどこか誉めてるような言い方をしていて、本当に頭が痛くなる。ともかく元凶と話をするべく、深いため息をついた俺は声をかけた。

 

「園子、お前どうした?」

「つっきー!!私おままごとしたい!!!」

「いや、おままごとって幼稚園児じゃないんだから...」

 

まだお金のかかる物を使った遊びが少ない幼稚園児にとって、おままごとはメジャーな遊びだろう。安価なプラスチックのスコップとかは小道具として十分使えるし、砂場の泥団子はおままごと界の主食料理だし。

 

しかし、中学三年生がやりたいやりたいと騒ぐものではない筈だった。一緒に騒いでる園子ちゃんは小六だしギリギリセーフ_____それもアウトかもしれない。

 

「大体なんで突然?」

「園子達は幼い頃、こうした遊びをしてこなかったらしい。最近幼稚園で園児に混ざってるうちに、やりたくなったと」

「その園児とやってこいよ」

「違うのー!皆とやりたいのー!友達と思い出作りたいのー!だだだー!!」

「......皆は?」

 

俺はなんとなく押しきられる予感がしているが、一応確認はする。

 

「さっきの話聞いてると、ちょっと不憫に思えてね...」

「園ちゃんのためにやってあげたいです!」

「たまには、いい」

 

案外反対意見はゼロだった。普段からカオスを作りまくってるし、一人くらい躊躇うのがいてもおかしくないと思ったんだが。

 

「古雪さんが大体任されるだろうしね」

「聞こえてるんだが加賀城さん」

「ひっ!すいません!」

「ねぇつっきー...ダメ?」

「...はいはい。分かった分かった」

「!うん!!」

 

にぱっと笑顔になる園子。俺のかけた言葉は雑だったが、園子が遠慮なく準備してる辺り、俺自身の態度はそんなに悪いものではなかったんだろう。

 

口では嫌々言ってても、実際には良いと甘やかしている証拠だ。

 

(いつか、ビシッと断れるんだろうか)

 

そんな日は近くないだろうと思いつつ________俺も別に本気で嫌がってるわけじゃないことに無図痒さを感じて、黙って園子の動きを見るしかなかった。

 

 

 

 

 

「私ね、大きくなったらつっきーのお嫁さんになる!」

 

いつもよりもにょもにょした感じで言う園子に、俺も普段より舌足らずになるよう意識して口にする。

 

「いいよ。大きくなったらね」

「わぁーい!嬉しい!!」

 

(...あんま普段と変わんないような)

 

園子と同じ幼稚園、同学年のため同じクラスになり、遊んで仲良くなる。ただ、園子の話してる感じはあまり普段と変わらない気もする。

 

疑問に思うところはあっても、わざわざ楽しそうにしている園子に何か言うこともせず。

 

(やるって決めたからには、楽しませてあげたいしな)

 

基本的にこんな感じで幼稚園児がやるような簡単なのなら楽勝________と、思っていた。

 

「つっきーは私の!」

「いーや、アタシの!」

 

小学校低学年時代、銀と俺を奪い合い。

 

「椿君!これ!受け取ってください!」

「...ごめん。俺にはもう決めた人がいるから」

「それはあたしでもないの?」

「うん。本当にごめんね」

 

小学校高学年時代、 ユウと風の告白を振り。

 

「......」

「おーい、若葉がやってくれないと始まらないんだが」

「何故お前はそんな普通にやれるんだ...っ!古雪椿!貴様を監禁して私の物にする!」

「や、やめてくれっ!そんなこと!」

「ノリノリですね...」

「問答無用!あの女狐には渡さない!!」

 

中学生時代、ヤンデレ若葉に監禁されそうになったり、

 

「体を洗わせてくださいな」

「す、すみません!勘弁してください!」

 

園子の家のメイド、東郷につきまとわれたり。

 

「あんたま姉妹の従者になれ!」

「従者?」

「つ、付き合ってくださいってことです!」

 

高校生時代、球子と杏に若干めんどくさい絡まれ方をされ、

 

「年下はダメ...ですか?」

「小さい子もダメですか?椿さん」

 

須美ちゃんと銀ちゃんに年下アピールされながら誘惑され、

 

「歌で洗脳して...うふふふ」

「私は飲んで次に見た人のことを好きになる薬を...」

「私は木刀で気絶させるわ。おままごとを抜きにしても、一度椿さんには本気で戦ってみたかったのよね」

「なんかお疲れ...ただ芽吹それはやめてくれ。いやホントに。おいダメだって!?」

 

やっぱりヤンデレ感が出てる樹、ひなた、芽吹に襲われ。

 

「おいおい、俺達の部屋で遊んでてただで帰れると思ってんのか?」

「選びなさい。刀の錆びになるか、私達の相手をするか」

「夏凜さん芽吹より物騒なんですが!?」

 

大学生時代、同じ剣道サークルに入ってるシズクと夏凜に合宿を共にしたり、

 

「私(わたくし)、弥勒家の執事になりなさい!」

「俺、別に初代アルフレッドになるつもりないので...」

「アルフレッドの代わりに...って、初代ってどういうことですの。アルフレッドは実在する私の」

 

弥勒さんのアルフレッドにさせられそうになったり、

 

「ちゅんちゅん。私は先日助けて頂いた雀だちゅん。恩返しをしに来たちゅん」

「それ雀じゃなくて鶴では?」

 

加賀城雀の恩返しが唐突に始まったり。

 

(おままごとってこんなに人生追体験みたいなやつだったっけ...)

 

明らかに俺の知る普通のおままごとではなかったが、もう気にした時点で負けだと感じたので思考ごと放棄した。世の中考える必要の無いこともある。

 

そして、気づけば________

 

「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、 悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、 真心を尽くすことを誓いますか」

「...誓います」

「誓いまーす!」

「ふぉっふぉっふぉ」

 

白い髭をつけた園子ちゃんの前で、俺と園子は並んで誓う。何をしているかなんてすぐに分かることだった。

 

「ではお二人さん。誓いのキッスを」

「はーい。つっきー...んー」

「......いや、流石に寸止めだよな?園子??」

「んー......」

「いやだから止まれっておい!?」

 

 

 

 

 

 

キスをねだる園子の負けず結婚式を終えた俺だが、おままごと自体はまだ続いていた。

 

(全く。ホントにもう少し自分の可愛さを自覚しろ...!)

 

距離感が近いのは勇者部の良い所だとは思うが、男は狼と言う言葉があることを知っていてほしい。さっきの園子だって押し倒しかねない。

 

「つっきー、撫でて?」

「...」

 

園子の言葉で意識を外に向けた俺は、何を言うでもなく園子のお腹を撫でる。さっきのキスするまでの時間と比べればまだ平気だ。いや、変な汗は出てるけど。

 

「楽しみだね~。私達の愛の結晶」

「...結晶って言い方は好きじゃないな。物みたいで......新しい命なわけだし」

「そうだね。ごめんね~」

 

園子のお腹がほんの少しだけ動いた気がした_______まるで、本当に命が宿っているように。

 

(...あの、待って、滅茶苦茶恥ずかしいんだが...)

 

周りからの視線を感じながら、自分の嫁(という設定)のお腹(に入っている予定の赤ちゃん)を撫でるという、なかなかにアレな場面。

 

「はーい旦那さんそろそろ離れてくださいねー」

「園ちゃ...園子さんも抑えて抑えて」

「面会終了時間だ」

 

雪花と友奈(ナースらしい)と棗(園子の主治医らしい)によって、俺達は離される。

 

「えー、私もっとつっきーと一緒にいたい~」

「...園子、明日もくるから」

「また女の子引っかけてこないでね?」

「俺どんな設定だったっけ...て思ったけど、確かにかなりやらかしてるわな」

 

一度別れるように部室を出て、数秒してからまた入る。

 

「可愛い三つ子だよ...将来農業王になりそうな子、それにミトりんとちーちゃん」

「ば、ばぶー」

「アスパラガス!」

「何でこんなことに...」

 

(カオス極まってんなぁ)

 

真面目に赤ちゃんを演じている水都が可哀想になるくらいには、酷い有り様だった。

 

(......はぁ)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「今日はありがとう~」

「別に気にすることじゃ...分かってるから。ちゃんとお言葉に甘えさせてもらう」

「うん!任せて」

 

部室でのおままごと終了後。俺は園子と銀の家に通されていた。夕飯の買い物をしなければと口にしたら、『だったらうちで食べていこうよ~』と言われたのだ。

 

「じゃあちょっと待っててね、あなた?」

「はいはい。園子の料理期待してるよ」

「!ぇへへ......ルンルン~」

「...おままごと、終わったんだがなぁ」

「まぁまぁ。椿、こっち」

 

キッチンから少し離れた部屋に通され、銀はトランプを持ってきた。

 

「待ってる間やろうぜ」

「お前は作んなくていいのか?」

「今日のアタシはお昼担当。大体椿は捕まえとかないと手伝いに行っちゃうでしょ?」

「まぁ...いや、園子の腕ならもう任せられるけどな。早く作るなら人数はいるだろ」

 

貰う弁当の出来は恐ろしい速度で上昇しており、というか既に俺を置き去りにしていて。

 

この前の唐揚げは特に美味しかった。裕翔に奪われかけて半殺しにしたほど。

 

『てめぇ歯ぁ食いしばれぇぇ!!!』

『いや、ちょっと貰おうとしただけぐわぁぁぁ!?』

 

「時間はあるんだし良いでしょ?」

「あぁ。何やる?ポーカー?」

「ババ抜き」

「初手からクライマックスだなおい」

 

後ろの方から聞こえる園子の鼻歌をBGMにして、ババ抜きを始める。残ったのは俺が一枚、銀が二枚。取ったのはダイヤのキングで、俺の上がりが決まった。

 

「...」

「......」

 

無言のままもう何回かしてみる。大体一回二回カードを引いたら勝者が決まった。

 

「...楽しい?これ」

「流石に楽しくない」

「だよな」

 

結局ポーカーを始めるためにカードをシャッフルする銀が、適当な感じで口を開いた。

 

「にしても、今日もお疲れ様」

「おままごとか?まぁ疲れたわ。お前最初ちょろっと出たくらいだもんな」

「でもやる癖に」

「そりゃ...」

 

取った五枚で最高の手を打つ為交換するカードを考えながら、俺は返事をする。

 

「俺自身楽しんでるところもあるし......そうでなくても、園子があんだけ笑顔になってくれるなら嬉しいだろ」

 

おままごとすると答えた時に見せた、喜びを全開にした笑顔。

 

自分のお腹を撫でてとお願いしてきた時の、はにかんだような笑顔。

 

さっき、料理期待してると言った時の、ちょっと驚いてから口元が緩む笑顔。

 

「あいつや周りが笑顔になるんだ。そりゃやるさ」

 

園子に限った話じゃないが、誰かが笑顔だと勇者部全体が明るくなる。周りを笑顔にさせる力を持ってる。

 

確かに色々やらされる時もあるが_________それでも、周りが笑顔に、彼女自身が本当に楽しそうに笑っている。

それを見て俺は嬉しくなるし、もっと見ていたくなるんだ。

 

「そこに理由がいるかよ」

「いやーそれでこそ椿。アタシも椿を楽しませないとね」

「別に何かしなくても、お前といるだけで楽しいから」

「......反則」

「え?」

「反則だー!!」

「なんだよ。反則なんかしてないぞ?はいフォーカード」

「え、つよ!?ワンペアなんだけど...」

 

「ホントに反則ないだろうな!?」と疑ってくる銀をあしらっていると、園子に呼ばれた。食卓には幾つもの料理が並んでいる。

 

「...うまそう。てか絶対うまい」

「だろだろ?」

「気合い入っちゃった~」

 

そう言う園子の頬は、かなり赤い。

 

「園子、大丈夫か?顔赤いぞ?」

「そ、そうかな~?でもそしたらミノさんも赤いよ?」

「え、そんなことないって!」

「いや、銀も赤いけど」

「気のせい気のせい!園子のも含めて気のせいだから!ほら、席につけ!!」

「お、おう...」

 

(...本当に元気そうだし、いっか)

 

「じゃあ頂きます!!」

「頂きます」

「頂きま~す」

 

声を揃えて合掌してから、料理達に箸を伸ばす。

 

きっとこの園子の手料理も、俺が見たい彼女達の笑顔を引き出してくれるだろう。

 

 

 

 



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誕生日記念短編 少しだけ寄りかかって

今回は須美ちゃんの誕生日記念短編になります。

...いや、皆さんが言いたいこと分かってるんですよ。

『去年やった東郷さんは誕生日短編書かない』と決めてましたが、『東郷さんと須美ちゃんは別人では?』という自分で決めたルールの抜け穴に気づいて白目向いたのが前話の投稿約一時間前だったんです。許して......

というわけで数日遅れましたが、改めておめでとうを。


「いいんですか?」

「ん?何が?」

「一緒に遊びに行かなくて。椿さんも好きですよね?」

 

缶特有の音を立てながら、中に入っているみかん飲料を飲んでいく椿さん。

 

「確かにそれなりに来るし好きだけどさ。今はゆっくりしとくわ。それに須美ちゃんを一人にしておけないし」

「そ、そうですか...」

 

私は私で椿さんから目を離し、買って頂いたお茶に手をかける。

 

「んっ...んんっ...!」

「あぁ、貸してみ」

 

ぱっと取られた缶は、すぐに開けられた。かぱっと大きめな音が私の耳まで届いてくる。

 

「はい」

「ありがとうございます...力強いですね」

「小学生の女の子より非力な高校男子にはなりたくねぇわなぁ...」

「あ、そういうわけでは!」

「いや分かってるよ。気にすんな」

 

冷たくて、手から熱を奪っていくお茶。

 

ただそれが、普段よりも沢山熱を奪われている気がした。

 

 

 

 

 

そのっちと銀、椿さんと来ていたイネス。今日は新学期に必要なノートなんかの買い出しだ。

 

私達三人で行く予定だったのを、保護者的立場として椿さんが一緒になった。提案したのは銀で、私達も椿さん自身も断る理由がなかった。

 

『小学生はまだ鉛筆にノートがメインだよなぁ...』

『高校生は違うんですか?』

『シャーペンにルーズリーフだなー。俺はノートも結構使うけど、鉛筆は全然触んない。マークの受験に触ったくらいか...』

 

同学年の方々と比較しても椿さんはかなり頭が良いらしく、部室ではたまに私達に教えることもあれば、風さんや千景さんに教えてる姿もあった。

 

『塗りやすいんでしたっけ?』

『そうそう。わざとそんな尖らせないようにしてな』

『高校の勉強とか出来る自信ないなー...パンクしそう』

『俺だって大学受験のをパラパラ捲ったが、数年後受ける可能性があるとか考えたくなかったよ。そんなもんさ...園子はもう出来てたけどな』

『園子先輩すげー!!』

『ま、先のことなんて気にしても仕方ないんだけどな。記憶は持って帰らないみたいだし』

『銀、椿さんはこう言ってるけどちゃんと勉強はしとかないとダメよ?』

『まだ何も言ってないのに!?ていうか分かってるよ須美!ちゃんと勉強してるでしょ?たまに寝ちゃうけど...』

 

銀が自分の発言のせいで椿さんお手製のテストを受けるのが決定したり。

 

『!これ美味しい!』

『おいしー!!』

『まさか、イネスから出る発想があるなんて...!』

『イネスから徒歩五分のお店はチェックしている。イネスだけじゃなくその周辺も把握するのが真のイネスマイスターさ』

『かっけぇ...!!!』

 

イネスから少し離れた場所にある美味しい洋食料理屋さんに連れていってもらったり。

 

「とりゃっ!」

「なんの!」

「はいやー!!」

「ちょいさー!!」

 

そして今、私達四人は遊技場(ゲームセンター)で遊んでいる組と、飲み物を飲みながら長い腰掛けに座って休んでいる組に分かれていた。

 

「おー、派手だねー...エアホッケーであんな動きいらないと思うけど」

「......」

 

私が気になったのは二人の動きじゃなく、その奥に鎮座する戦艦の模型だった。機械を動かして景品を取る物だ。

 

「......」

「須美ちゃん?」

「あ、はい!?なんでしょう?」

「何か用ってわけじゃ...ボーッとしてたからさ。悩み事?」

「いえ、特に...あの、先のことが気になって」

 

戦艦をよく見ていましたと言うのは少し恥ずかしくて、とってつけたような言い訳をしてしまう。

 

でも、口から出たことも嘘ではなかった。

 

「先の?」

「...私達はいずれ、元の世界に戻ります。そうでなくても、この世界で造反神と戦っています」

 

東郷さんという二年後の私がいるのだから、なんとなくの予想はつく。私は元の時代に戻ってから一年程度で、友奈さんと仲良くなり、勇者部に所属しているんだろう。

 

今こうして隣にいる方とも、初対面として話すのだろう_______銀の幼なじみなのだし、中学生になる前に知り合うかもしれない。

 

「気にしすぎるのは良くないと分かってはいるんですが......」

 

『最近、皆さん浮かれているんじゃないですか!?』

『須美、根気を詰めすぎだぞ!そんなんじゃ楽しくないし、お前自身も疲れるだろ!』

 

以前、お役目に対して意識が低いと注意して、逆に球子さんから注意されたこともある。実際は私が八つ当たりに近い行動で、それ以来気負いすぎないようにとやってはいるけれど。

 

(私は、変に気負うと失敗しやすいから...)

 

それは、そのっちや銀と一緒にやった最初の戦いの時も。いい加減に見えた二人を見て、私がなんとかしなければと思い込んでしまった。

 

勇者部がそんな空気を主体としないのも分かっているし、私もこうして明るく楽しくいれることが心の底から嬉しい。

 

ただ_________

 

「でも、頭から離れなくて」

「......そっか」

 

椿さんは私の話にそれだけ返して、みかんジュースを飲んだ。軽く横に揺らすと、中に残った液体が存在を主張するように鳴る。

 

「でもさ。それってそんなに悪いことでもないと思うよ」

「え?」

「勇者部はそうやって危機感を持ってる奴というか、先のことまで見据えてる奴が多くない。俺も戦術というか、そうした作戦を考えたりするが、未来なんて分かんないし知らない。さっきの大学受けるかもーとかな」

 

そのっちと銀をどこか遠い目で見て、椿さんは喋り続けた。

 

「...もしかしたら、明日突然誰かが消えるかもしれない。世の中に絶対はない」

「...!」

 

張り付いたような顔は無感情で、怖くて。

 

「だから、一人くらいそういうことを考えてる子がいることは大事だと思うし、気にしちゃうのも須美ちゃんらしいと思う。強いて言うなら...気にしすぎないようにすればいいんじゃないか?」

「気にしなさすぎないように...ですか?」

 

一瞬でいつも通りの顔に戻った椿さんの言葉を、私は反芻することしかできない。

 

「あぁ。だってそれを気にしてる理由は、未来をより良いものにするためだろ?楽しく友達と遊ぶための。その努力は誉められても貶されたり止められたりするもんじゃない」

「椿さん...」

「でも、そればっか気にして今楽しめなかったら損じゃん?折角過去の自分が努力したのに」

 

流れてくる言葉は、すんなり私の中に入ってくる。ふわっと暖かい感じがする。

 

「それでもダメなら、そうだな...今は俺達もいるし、もっと頼ってくれていい。拒む奴なんて誰もいないだろうし」

「......ありがとうございます」

「お礼まで言われることじゃない」

 

何でもないようにしている椿さんに、くすっと笑ってしまい。

 

「須美ちゃん?」

「...では、少し頼っても良いですか?」

「ん、わざわざ言ってくる必要も...?」

 

私は自分の体を、少しだけ椿さんにくっつけた。服越しに腕から少しだけ体温が吸われていく。

 

「ちょっとだけ......」

「...了解」

 

 

 

 

 

結局、そのっちと銀から遊びに誘われるまで、私は椿さんに寄りかかっていた。

 

________最後の方、頭を撫でられるのが心地よかった。

 

『まぁ、銀お墨付きの技だからな』

 

(...早く、仲良くなれるといいな)

 

今の椿さんとももっと。元の世界に戻ってから出会う椿さんとも早く。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか?」

「あれ、東郷?」

 

後ろを振り返ると、東郷がいた。

 

「何でここに?」

「友奈ちゃんが踊りたいと」

「それで俺のところに来たのか?」

「友奈ちゃんの踊りは一曲目で撮り終わりましたから。それに...それ、誕生日用でしょう?」

「バレバレか。安心しろ。お前のは別で用意してるから」

「しなくてもいいんですよ?」

「バカ言え」

 

小学生組と一緒に文具の買い出しが済み、しっかり寮に送り届けてから、俺はバイクでこの場に戻って来た。

 

もうすぐ四月八日。東郷と須美ちゃんの誕生日だ。東郷にはこの準備期間に入る前から気づかれていたが、須美ちゃんはそうでなかったので、保護者役として付き添うついでに一日観察し、目ぼしい物を探した。

 

商品を吟味し直すため、俺は東郷に背を向ける。

 

「須美ちゃん、喜んでくれるといいですね」

「そこに関しては心配してない。喜んでくれると思うぞ」

「ふふっ...凄い自信ですね」

「今できた自信だがな」

「え?」

 

ガラスに反射して映る彼女の顔を見直して、俺は思っていることを口にした。

 

「今の東郷の顔に、『私も欲しい』って書いてあるからな」

「...っ!?」

 

例え中学時代を過ごしてきた彼女でも、一度記憶を無くしている彼女でも、好きなものが変わるわけじゃない。性格が大きく変わるわけじゃない。

 

友達の為に無茶をしがちなところだったり、悩むと自分で抱えがちだったり__________

 

「ちゃんと取るから待ってろって」

「古雪先輩...分かりました。では、お言葉に甘えさせて頂きますね」

 

そう言う彼女は、彼女とよく似ていて、そんなに似ていなかった。

 

 

 

 

 

「あの、古雪先輩。私あぁ言いましたけどご無理は...」

「東郷さーん!あ、椿先輩も!」

「よぉ、友奈」

「友奈ちゃんも言ってあげて。これで何度目か......」

「東郷。人には得意不得意があってだな...次は。次こそはぁあぁぁ!?」

 

俺の財布から3000円を吸いとったUFOキャッチャーは、二人が望む戦艦(大和と書いてある)の模型を出すことはなかった。

 

「頑張ってくれよアームゥゥゥ!!」

「「あ、あはは......」」

 

倍額に届きそうな時店員さんが二つ取ってくれて、無事手にいれることが出来た。やはりイネスは人の心も育ませる素晴らしい所である。

 

須美ちゃんに渡す時は、嘘も真実も言わなかった。自力で取ったとは言いたくなかったが、店員さんが取ってくれたとも言いたくなかった。

 

『ありがとうございます!大切にします!!』

『ありがとうございます。古雪先輩』

 

______まぁ、それも、彼女達の嬉しそうな顔を見れたから、良いだろう。

 

 

 

 

 



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200話記念 振り返り放送(1~99)

メレク(以下メ)「祝!」

 

椿s「「200話!!」」

 

メ「というわけで。まさかの200話いきました。作者のメレクです」

 

椿「びっくりする位続いてるな...主人公、古雪椿です」

 

椿(以下つばき)「そして!1話にしてカスタムキャストを頂く程人気を集めた女版古雪椿です!今回リクエストを頂いただいたので、便宜上『つばき』と名乗らせて参加させて頂きます!」

 

椿「俺これだけ長いことやってて抜かれたな...作れないのか?」

 

メ「自分は絵も描けない上にカスタムキャストもインストール出来ないスマホで書いてるから仕方ない」

 

椿「はぁ...ま、無い物ねだりをしても仕方ない。サクサク今回の概要を説明するぞ。今回は作者がなんとか記念回っぽい物を作りたいと頭を捻った結果、ここまで多くなった作品を全て振り返るという企画を作った」

 

つばき「ここから振り返りたい話を調べてすぐ飛んでいけるように目次を作ろうと考えたわけです。ゆゆゆいはサブタイをつけてないですし。それだけではつまらないので、適宜私達がコメントをつけていく形になります。アニメのオーディオコメンタリーに近いと考えて頂ければ」

 

椿「表記として、タイトルと200分のいくつというのを、○○(○/200)みたいな感じで出していきます」

 

メ「注意事項として、これまでの話のネタバレ、二人の椿のメタ発言等がありますが、それが平気だという方だけ読み進めていってください。ここまでずっと見てきてくださった方々は平気だと思います」

 

つばき「それでは、どうぞ!」

 

 

 

 

 

一話 椿と銀(1/200)

 

椿「なにはともあれ始まりの話。結城友奈の章からの開始にも関わらず、風から説明される前にバーテックスを知っていたり東郷の過去をそれなりに分かっていたりと、銀のお陰で分かってる点が多いな」

 

つばき「風君...あ、風ちゃんか。そっちと同じ中三の主人公も珍しいよね。大体友奈ちゃん達と同じ学年が多いから」

 

 

二話 勇者の役目(2/200)

 

椿「結構サクサク進むバーテックスとの対峙」

 

メ「章が進むにつれ原作との差異が出ていて、この章は原作をかなりなぞっていたので、文章をかなりの速度で書けてました。毎晩1話投稿する間に1.5話ぶん書いてましたね」

 

 

三話 勇者部部員

四話 誰のために

五話 バーテックス討伐(3~5/200)

 

つばき「私...椿だね。彼以外にも徐々にスポットを当てていく中、三体のバーテックスを討伐していきました」

 

椿「見返したら風から見た俺の印象が強かったな」

 

 

六話 ふとした休日(6/200)

 

椿「前書きに残ってた話だと、ここが大晦日だったらしい」

 

つばき「100話越えるまで毎日投稿してきたんですよね...懐かしい」

 

メ「内容は休日友奈ちゃんと会う話。可愛い(語彙力散華)」

 

椿「こいつこれからもっと言うんだろうな...」

 

 

七話 新たな勇者

八話 折り紙

九話 ハッピーバースデー(7~9/200)

 

椿「夏凜の加入エピソードだな」

 

メ「この辺から投稿し始めてから書いていった物のはずです」

 

つばき「入ったばかりで戸惑う夏凜ちゃんいいよね...うちの夏凜君も」

 

メ「その話ここでされると収集つかなくなるからやめて......」

 

 

十話 揺れる心

十一話 寄せ書き(10、11/200)

 

つばき「歌に悩む樹ちゃんをメインにしつつ、この辺から不穏な空気が流れつつあります」

 

椿「最後には戦闘開始直前で終わってるしな」

 

メ「ここで将来椿のメイン武器となる刀と盾を大赦から用意して貰いました。初期武器でありながら勇者システムとしては最強(無敵バリアに満開し放題)の時期なので、武器も強めです」

 

椿「結果、ずっと使われるわけだし...」

 

 

十二話 決戦

十三話 アタシは守るから(12、13/200)

 

椿「原作の五話を前後編に分けた形だ。俺が起きてたのは前半だけだが」

 

つばき「銀ちゃん...」

 

メ「当時は勇者の章もやるのか未定で、銀もこれ以降はほとんど消すつもりで書いてました」

 

椿「ここに関しては後々でも賛否両論あるみたいだが...まぁ、二次創作だし、今はいいかって感じだ」

 

 

十四話 消えた意識

十五話 もう戻らない

十六話 変わった日常

十七話 歪さ (14~17/200)

 

メ「再び銀を失ったというショックが、椿の心を少しずつ砕かせていく回」

 

椿「同時に、戦いが終わった勇者部の心情整理も進んでいくな。皆に心配もかけさせた」

 

つばき「筋トレや勉強にうちこんでたのが、今後にも生きてくるね。ただ引きこもるとかじゃなくて良かった~」

 

 

十八話 旅行の夜

十九話 在るのは魂 (18、19/200)

 

メ「心が壊れていた椿を友奈や風が元に戻していき、無事椿が復活するまでです」

 

椿「なんか自分でこれについて言うの恥ずかしいな...」

 

つばき「そんなのこれからもっとだろうし、今回の私達は本編と直接関わってる訳じゃないから」

 

椿「分かっちゃいるが...俺自身の名前を見るだけでむずむずする」

 

 

二十話 届く思い (20/200)

 

椿「勇者部の皆だけでなく、三ノ輪兄弟も支えてくれた」

 

メ「うちは牛鬼等の精霊もあまりだしてませんが、この兄弟も最初出てそんなに出番は用意してあげられてないですね」

 

つばき「勇者部だけでも飽和状態だしね......」

 

 

短編 夢の中で(21/200)

 

椿「さぁ。今回のメイン目的とも言える話数のズレが出てきた」

 

メ「内容は椿と友奈。今となっては普通の短編ですが、当時はこれを出して大丈夫か...?と不安になり、注意書きが無駄に長いです」

 

つばき「最近はもっと危ない回じゃんじゃん作ってるもん」

 

 

二十一話 覚えているか

二十二話 伝えたい (22、23/200)

 

椿「バーテックスの生き残り、ジェミニ討伐からの園子登場」

 

つばき「この時点で知識が多いぶん、園子ちゃんとの掛け合いが増えたよね。銀ちゃんについて話すシーンもさ」

 

 

二十三話 樹の祈り (24/200)

 

椿「園子の話を聞いてから様子がおかしくなった風を気にする樹が、俺の所に質問しに来る場面だな」

 

メ「この作品の樹ちゃんは初期から肝が座りぎみです。勇者の章を見てたからかと」

 

 

二十四話 園子の決意(25/200)

 

つばき「アニメにはないけど、ゆゆゆい等で見れる場面だね。園子ちゃんのセリフは思いが凄く強くて、少しでも上手く表現出来るようやってたよ」

 

 

二十五話 姉妹(26/200)

 

椿「この作品初の対人戦。風と夏凜、風と俺だな」

 

メ「腕に大剣をぶつけられた時の椿はもっと痛そうにしてても良かったかなと...腕にナイフ刺さってるようなもんだし」

 

椿「気合いと根性があれば何でも出来るんだよ」

 

 

二十六話 あーん(27/200)

 

つばき「椿が倒れるところから始まって、日常を挟んでまた戦いの火蓋が...サブタイだけならイチャラブ回なのになー」

 

メ「原作であればこの話の序盤でバーテックスとの戦いがあるんですが、東郷さんの行動が全体的に遅めだった。って感じです」

 

椿「俺が気絶した状態で始まってたらたまったもんじゃなかったな」

 

 

短編 樹if(28/200)

 

椿「後々シリーズ化するifシリーズの第一段。アフターシリーズもあるが、見返してこの話はどちらからとも離れた感じになってるんじゃないか?」

 

メ「ふつゆのifとしては正しい感じじゃないかなーと。園子ifをはじめ後半のは銀と関わってすらないものすらあるから。後は、ほとんどスキップさせた夏の描写をしたかったのもあります」

 

 

二十七話 世界の終わり

二十八話 絶望の中の希望

二十九話 終わって、始まって(29~31/200)

 

椿「一話挟んでから始まる大規模戦。心身を犠牲にする満開を惜しげもなく使い、それぞれの思いをさらけ出し、手にした世界の先は_______」

 

 

三十話 また会える

三十一話 皆と共に(32、33/200)

 

メ「彼女との最後の話を済ませ、アニメ一期分の終わりを迎えました。見返したら思ったより綺麗な終わりを迎えていて、このまま終わるんじゃないかな?と思いました」

 

椿「まぁ、無事な園子を全然出してなかったからな...そこまでは最低でも書こうと決めていた」

 

つばき「勇者の章見てたら、平和な園子ちゃん絶対出したかったもんね」

 

椿「今やカオス製造機なんて呼ばれてるもんな...本人嬉しそうだけど」

 

つばき「椿君も楽しいでしょ?」

 

椿「......否定はしない」

 

 

三十二話 新生勇者部(34/200)

 

メ「椿がその後何をしているか、世界がどうなっているかの説明が多い回です。同時に防人についても語ってます。くめゆを読んでればスムーズに読めるかなと」

 

椿「そして、春信さんの初登場回でもあったな。基本シスコンのやべぇ人だが...能力というか、シスコン以外は尊敬してる」

 

つばき「後々になってどんどん凄さが出てくるよね...」

 

 

三十三話 密着椿24時(35/200)

 

メ「勇者部所属(4コマ)にあった話を広げたものです」

 

つばき「ほっこりする日常が沢山で、好きな人も多いんじゃないかな?個人的には特徴的な擬音が好き」

 

椿「『ぷみー!』とか?」

 

つばき「そうそう!」

 

 

三十四話 うどん(36/200)

 

つばき「今度は特典pcゲームの話」

 

メ「この辺は簡潔的なサブタイが多いです」

 

 

三十五話 壁ドン

三十六話 逆壁ドン (37、38/200)

 

メ「......」

 

つばき「黙っちゃったよ?」

 

椿「予想しない程人気になって、後々自分が苦しむ原因になった回だからな。ありがたいことだとは思ってるみたいだが」

 

 

三十七話 週末

三十八話 国防仮面(39、40/200)

 

メ「夏凜、園子、東郷のメイン」

 

椿「当時出番少なめに感じていた三人だな。まぁ園子は仕方ないとはいえ」

 

つばき「でも、最近は人数が四倍くらいだから扱いきれてないよねぇ...」

 

椿「言ってやるな」

 

 

三十九話 花嫁(41/200)

 

椿「あいつのセリフから始まり、サブタイ通り園子が花嫁衣装になるな」

 

つばき「私も着たことあるよ」

 

椿「そういや、結婚前にウェディングドレスを着ると婚期が遅れるって聞いたことあるけど」

 

つばき「......」

 

メ「あっ」

 

椿「」

 

 

四十話 勇者部活動報告 (42/200)

 

つばき「この話は4コマと実際にやってたラジオを元にしてます!ラジオは笑える回ばかりで毎週楽しみにしてました!」

 

メ「後半は強化装備『レイルクス』の登場に、軽めの戦闘。そして椿がぼこぼこにされるという...おーい。生きてる?」

 

椿「」

 

 

オリ紹介 (43/200)

 

メ「今にして思えば一話分としてとるならもっと書けばよかったなと思う設定集。ここでしか書いてないこともあれば、後のオリ紹介で追加したこともあります」

 

 

四十一話 もう一度 (44/200)

 

メ「始めのシーンの独白。春信さんのものですが、ここにある勇者の半分は当然、須美、園子、椿、そして銀です。ただ『後に』と入れてるので、察しの良い方はこの時点で銀の復活を予想できる仕様にしています」

 

椿「あとはそれぞれの記憶が混濁してたり、ってな。アニメを見てた頃は一話でシリアスになるわこっから流れ早いわで凄く引き込まれてた」

 

メ「あ、復活した」

 

 

四十二話 救出 (45/200)

 

メ「壁の外に出て救出作戦...ただし、椿は勇者ではない状態で海に放り出され」

 

つばき「よく死んでないね」

 

椿「これで死ぬならこれからもっと死んでるから...」

 

 

四十三話 黒の銀(46/200)

 

メ「銀の生存、そして助け出せると願う椿」

 

椿「本当は友奈の祟りと同時進行で進ませたかったんだが、展開が思いつかなかった」

 

 

四十四話 悩んだら相談(47/200)

 

椿「多分、これまでのことがなければ誰にも言わず行ってただろうな」

 

つばき「あー、分かるなー。皆に危ないこと聞かせるのもヤダもんね」

 

 

短編 つばにぼっ!(48/200)

 

椿「...前話の引きからこれかー」

 

メ「勇者の章やってると心が負に引きずられるからね。やってられなかったからね。たまには混ぜないとね」

 

 

四十五話 混沌の(49/200)

 

メ「当時もですが、一話のボリュームにしては展開が速かったように思います。あと椿が大根役者過ぎる」

 

椿「一応前に出たりするんだが?」

 

つばき「あと振り返って気づいたのは、戦衣の番号つけてたなーって。32までが本来の数で、33、34、35がスペアとして設定してました」

 

椿「今後出てくるかは...春信さんは自分で使えるよう改造しそうで怖い」

 

 

四十六話 クリスマス

四十七話 友奈のために(50、51/200)

 

メ「友奈の異変の原因に気づいた椿」

 

つばき「友奈ちゃんのために動き出すのは主人公らしいけど...」

 

椿「ちなみにここで色々記念があった(感想や評価等)。次話では日間ランキング入りも報告してるし、今でも伸びてて本当にありがたい限りだ」

 

 

四十八話 ほっぺた

四十九話 結果(52、53/200)

 

つばき「...とんでもない年末年始だね」

 

椿「俺もそう思う」

 

メ「天の神からすればこれでもレベルの低い行為だとは思います。今だからこそですが、これも『彼女』が抑えていたのかな。と」

 

 

五十話 謝りたりない(54/200)

 

メ「立て直した椿と崩れていく友奈が互いに差を強調していってます」

 

つばき「あのマフラー...」

 

椿「なんのことだか」

 

メ「去年のクリスマスや今年のバレンタインで使うか考えましたが、考えただけで止まりました。今は彼女の家の棚の中です」

 

 

短編 東郷if(55/200)

 

椿「二人目のifだな。この作品だと銀のいた俺が勇者の適性値最大だから、大赦が異性であることを考慮せず東郷を俺の隣の家に来たらのifだ」

 

つばき「この後続編もリクエストされて書きました」

 

 

五十一話 御記

五十二話 本当は

五十三話 それでもと手を伸ばせ(56~58/200)

 

椿「神婚の事実、想いのぶつけ合い、動揺が収まらないうちに、伝えるべきものを伝えられないまま、俺達は迫る敵と相対する」

 

 

五十四話 最終決戦 前編

五十五話 最終決戦 後編(59、60/200)

 

つばき「......私達からここでとやかく言うことはないかな。前にも書いてるし」

 

 

五十六話 卒業(61/200)

 

椿「アニメ本編の終わりのシーンまでのものだ。この後もうちょっとだけ続いて...もうちょっとの予定だったのに気づけばここまでの三倍以上書いてるという」

 

 

短編 バレンタインデー (62/200)

 

メ「勇者の章の完結に合わせて書き上げたもので、だいぶ急いでましたね」

 

椿「本編の都合で、最初は書くつもりもなかったからな」

 

つばき「他の人が良いの書いてると、真似たくなるんだよね...」

 

 

五十七話 入学(63/200)

 

椿「八人の勇者部は、学年が変わっても行動まで変わらず。ってな。俺とか高校生なのに中学校通ってるんだが」

 

つばき「それは風ちゃんも同じだけど...普通はないよ。やっぱり」

 

 

オリ紹介2(64/200)

 

椿「今回と同じようなセリフ形式の導入だな」

 

つばき「ただの設定集ってだけじゃ面白くないし」

 

メ「ここではゆゆゆいはやらないと言ってますが、今では他の長編と遜色ない話数が出ています」

 

 

短編 春空の休み時間(65/200)

 

メ「椿と風の高校になってからの話」

 

椿「元から同じクラスではあったが、俺達だけ高校になってるしな」

 

つばき「クラスメイトの皆は毎日のように見てるんだ...」

 

椿「この世界だから言えるけど、お前も風とそんな変わらないくらいにはやってるだろ。無自覚でさ......」

 

つばき「うっ...」

 

 

短編 過去と今(66/200)

 

メ「こう、昔馴染みの二人が寄り添ってるの良いよね...」

 

椿「こいつ思考がとんでんぞ...っと。この辺から短編なんかが増えてきて、これを作ってる意義が出てくるってもんだ。俺と銀の回になる」

 

つばき「久々に読んで初見のような感覚に陥ってる......投稿してから全然見返さない回もあるから」

 

椿「これ作るのだって相当悩んでるもんな...それと、わすゆのこのシーンも何度か書いてる。わすゆ本編は書いてないだけに、よりここの印象が増してるな」

 

 

短編 小説家そのっち(67/200)

 

メ「椿の負担がまだ少ない(筈の)話」

 

椿「自分がモデルにされるって恥ずかしいよな...」

 

 

五十八話 友奈/東郷/風/樹

五十九話 夏凜/園子/銀/椿(68、69/200)

 

椿「神世紀の本編としては最後の話になる。当時は確か他の作品より外の世界の設定を語ってたと思う」

 

つばき「後は春信さんの作ったバイクがね。天才過ぎる」

 

 

短編 君の名前を(70/200)

 

メ「これが初のリクエスト作品(のはず)。自分じゃ思いつかないアイデアを沢山頂けて、書き手としても嬉しい限りです」

 

椿「内容は、俺と友奈が名前を呼ぶだけだ。それだけなんだが...な」

 

 

アフターストーリー 夏凜

アフターストーリー 銀

アフターストーリー 樹

アフターストーリー 美森

アフターストーリー 風

アフターストーリー 友奈

アフターストーリー 園子

アフターストーリー もうひとつの___(71~78/200)

 

メ「それぞれとの、もしくは皆とのその後を書いたアフターシリーズ。2つずつ投稿する予定を1つにしたので文量こそ少ないですが、こちらも人気が高いように感じます」

 

つばき「私は風ちゃんの奴が好きかなー。幸せな家庭作ってて。そっちは?」

 

椿「俺は樹のかなぁ...こう、勇者部でこんな静かに過ごすこと滅多にないから」

 

 

短編 遊園地/鬼神椿(79/200)

 

つばき「銀ちゃんと遊園地に行くお話と、風ちゃんとバスケする話だよ」

 

椿「名前は出てないが、これ裕翔だな。これまでも何話か出てるシーンはあるが...」

 

メ「まだ椿以外のオリキャラに名前をつけるつもりはなかったです」

 

 

短編 その手の温度は/夫婦仲(80/200)

 

メ「メインは友奈。暴走寸前の椿と、嫉妬心が芽生える友奈の回になります」

 

椿「俺だって思春期の男子だっての」

 

つばき「自制はしててもきついよね。まして勇者部だし」

 

 

短編 料理教室/お兄ちゃん(81/200)

 

メ「前半が園子と料理を作り、後半は樹に膝枕してます」

 

椿「これからちょっとして、風と園子が交代で俺の弁当作ってくれるようになったんだよな」

 

つばき「自分に興味を持つものへの集中力は園子ちゃん凄い強いよね」

 

椿「そうだな。やっぱ銀と二人暮らしだから頑張ってるんだな」

 

つばき (...この世界の特殊敏感補正がありながら、自分にくれるためって発想はでないんか...!!いつもの私もそうだけど!)

 

 

短編 パソコン争奪戦

短編 加賀城雀の思い出(82、83/200)

 

椿「防人組をメインぎみに出した回だな。この頃ドラマCDは聞いてたっけか...?」

 

メ「個人的意見ですが、くめゆのメンバーは文庫だけ読むのとドラマCDを聞くのでだいぶ変わるため好きだと言う方は是非買ってみてください」

 

 

短編 東郷if2

短編 樹if2(84、85/200)

 

つばき「それぞれ以前のifの続きになってます。樹ちゃんはヤンデレ感が増していて...」

 

 

短編 ラブレター/花開いて(86/200)

 

メ「椿にラブレターが渡されて勇者部が慌てる話と、園子と二人きりの短編です」

 

椿「こう、甘やかされるとダメ人間にされてる感覚あるよな」

 

 

短編 40.1話(87/200)

 

つばき「本編の四十話について詳しく書いてったものだよ」

 

椿「もうあれは思い出したくない...怖すぎるんだが?」

 

 

短編 甘いアイス(88/200)

 

メ「万能カオス製造機園子によって椿と友奈が放課後デートする話です」

 

椿「ざっくりしてんなぁ...」

 

メ「要点は掴んでると思うけどなぁ。じゃあ印象的なセリフを読み上げて」

 

椿「それは恥ずかしいからやめて」

 

 

1話 ●●●●●。

2話 過去の世界(89、90/200)

 

つばき「始まった西暦時代のストーリー!」

 

椿「俺がたった一人、バーテックスとの戦いが始まったばかりの時代へ飛ばされ、未来へ戻るために戦う決意を固める」

 

メ「その心が既に壊れ始めていても______」

 

 

3話 胸が痛む

4話 模擬戦

5話 あなたの存在(91~93/200)

 

メ「上から、杏、若葉、ひなたを主軸に置いた話です。その一方、千景が一人思考する場面も」

 

椿「確か、この辺が西暦時代で俺が一番まともに気を張っていた時期だ。その後はまともじゃない状態だし、更にその後はいつも通りに戻るし」

 

 

6話 隠れる本性(94/200)

 

つばき「四国勇者の戦闘に、千景ちゃんと椿がやっとまともな会話したって感じがするね」

 

椿「俺は相手の心情をはかれるほどの状態じゃないし、千景は逆に相手を気にしすぎるしな...」

 

 

7話 助け合い

8話 いつかの甘酒(95、96/200)

 

メ「この辺は特に原作と似ている所が多かったかなと思います。差異を出すためにオリジナルのシーンを加えたりしてますが」

 

椿「確か当時、アイデアがすんなり出てこなかったんだよな...」

 

 

9話 瞬く間に(97/200)

 

つばき「本当はこのサブタイ、『瞬く間に散る』まで入れるつもりだったんですが、一部を消しました。散るって分かりやすすぎるので」

 

椿「いっそこの辺で死んでも展開的には面白かったかなぁとは思うが...普通に死にたかないわ」

 

メ「以前死に戻りするかと思った、といった内容の感想を頂いたような...ちょっと曖昧ですが、それでも面白そうとは思いました」

 

 

10話 張り詰めた激情(98/200)

 

つばき「ひなたちゃんに手を出すとか死にたいの?」

 

椿「いや、それに関しては何も言えないわ...結構感想でもヤバいって言われてたわ」

 

メ「この章は続くにつれ椿を心配してくださる方が多くて凄く嬉しかったです」

 

 

誕生日記念短編 君と共に(99/200)

 

メ「この流れからの友奈ちゃん誕生日記念の短編。急に糖分増し増しになって読み直しててヤバかったです」

 

椿「感情の整理が追いついてなかったな」

 

 

 

 

 

メ「というわけで、前半はここまでです。文字量が思ったよりかさばったので後半として分割して作ります。えぇ。作ります」

 

椿「この目次擬きを作ってる段階で需要があるか疑いだしたからな...」

 

つばき「あはは...では前半はこの辺で。読んでくださってありがとうございました!またねー!」

 




次回は恐らく弥勒さんの誕生日記念短編になると思います。そのあと後半を出す予定です。


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200話記念 振り返り放送(100~199)

椿「さて。じゃあ後編だな。話すことも特にないしささっとやってくぞ」

 

つばき「メンバーや仕様は前半と変わりません!よろしくお願いしますね!」

 

メ「では、どうぞ」

 

 

 

 

 

11話 結んで切れて(100/200)

 

メ「記念すべき100話(かなり暗い話)」

 

椿「ユウの発言がトリガーになって、なかなか苦しんでるな」

 

つばき「自分で言うんだ...ひなたちゃんは未来の神託を受け取って、椿の一端を知ることが出来たね」

 

 

12話 子供(101/200)

メ「わめいて、騒いで、それから寝る様はまさに子供のよう」

 

椿「未成年だから子供だろ?間違っちゃいない」

 

つばき「屁理屈言わない!」

 

椿「...まぁ、ここはひなたに助けられたよ」

 

 

13話 減らされた心(102/200)

 

メ「治ったと思い込みながら戦い続ける椿は、勇者と共に丸亀城の戦いを繰り広げる」

 

椿「ただでさえ折れてた刀は短くなり、手に刺さることも気にせず二刀流で戦う俺。これで普通だと思ってんだからヤバいよな」

 

メ「折れたのを持つアイデアが浮かんできた時は、名案だとは思いました。椿らしく、かっこよく、まだまともじゃない所を見せられると思ったので」

 

 

14話 彼女の歌

15話 やっと会えた(103、104/200)

 

つばき「勇者は四国の外に出て、生存者を探すことに。見つかったのはひどい姿になった町に、歌野ちゃんからの手紙...」

 

椿「俺も不安定さが増してるな。若葉に向けてノートを投げてたり、所々雑さも出てる」

 

 

16話 お誘い(105/200)

 

メ「バトルロワイヤルという名の椿を倒す回」

 

椿「あれは事故だから...」

 

つばき「でも、二人も道連れにしてる辺り、対人の方が得意そうだよね」

 

椿「ゲームの対人戦と似てるからな。相手のしそうなことを読むって。後は俺だけだと基本高火力な技が出せないから、出さなくて済む奴の方が戦いやすい」

 

メ「最後は勝者から椿に向けてデートの誘いが...」

 

 

17話 デート(106/200)

 

メ「小説好きの杏らしい切り込み方で椿に歩み寄るも、椿はもうそれどころではなくて。最後は球子と二人で寝るという幸せムーブをかましてくれました」

 

つばき「本当、姉妹みたいだよね」

 

椿「この夜の俺サイドはあってもよかったかもな」

 

 

18話 手遅れ(107/200)

 

メ「西暦時代を書く前に、一番気合い入れてやりたいと願っていた話。勇者の章メモリアルブックで原作絵の初期案でもありましたが、あの状況を変えてみせたかった」

 

椿「腹に大穴空いてよく生きてたな。俺。今更だけど」

 

 

19話 この魂に刻まれたのは(108/200)

 

つばき「これから元の時代に戻るまでの椿は、傷ついても炎が舐めとるようにして治します。これはあの神様の力の恩恵だね」

 

椿「最初のはダメージが大きすぎたから、杏と球子からも神聖力を吸収したって感じだな」

 

メ「何か後遺症があってもよかったとは思うんですが、椿に限らず何か怪我があるとこれから先ずっとその事を気にした話ばかりになってしまいそうなので、やめました」

 

つばき「サブタイは『たましい』から。最後の口上は友奈ちゃんから。ここはやっぱり踏襲させてよかったと思ったなー」

 

 

20話 繋ぐ

21話 傷心(109、110/200)

 

椿「俺が復活してから、今度のメインは千景へ」

 

メ「ここの間で毎日投稿は終了しています。三ヶ月で100話以上出しました」

 

つばき「ここの三ヶ月で結構他の作品も増えた印象があったなぁ。今でも増え続けてるけどね」

 

椿「アニメ終了直後だしな」

 

 

誕生日記念短編 側に(111/200)

 

椿「東郷の誕生日に合わせた短編だ」

 

メ「当時自分も体調不良で、タオルは実際にやりました」

 

 

22話 叫ぶ(112/200)

 

メ「感想で沢山『スカッとした!!』と言われた回」

 

椿「村の人達かなり嫌われてるよな...俺もそんな良い思い出ないけど」

 

つばき「原作も胸が痛くなるよね」

 

 

23話 失い、取り戻し

24話 信じて

25話 郡千景(113~115/200)

 

メ「千景に歩み寄る椿と、椿を拒絶する千景。そんな中バーテックスは迫ってきて...」

 

椿「俺も園子の力を借りて戦闘。最後は皆にも説得してもらって、心を開いてくれた」

 

つばき「この辺りはマンガ版の絵が印象的だったかな」

 

 

短編 あえて言おう。古雪椿であると!(116/200)

 

メ「グラハ○椿爆誕回」

 

椿「元の人好きだぞ。最近生き返った経緯とかも含めて」

 

つばき「...もう00が10年以上前?嘘?」

 

 

誕生日記念短編 エメラルドの姫(117/200)

 

椿「風の誕生日を祝う話だな」

 

つばき「軽いすれ違いが起きて嫉妬する二人とか...ネックレスに急に変えたりとかするのもロマンチックじゃない?」

 

椿「掘り下げるな...いや、そういうコーナーなんだけどさ......」

 

 

26話 決意の一歩(118/200)

 

メ「前書きにここまでの過去最高文量と書いてあったのでバレンタイン(2019版)と比べたら、約半分でした。出直せ!」

 

椿「いや、そういうコーナーでもないから」

 

つばき「椿に高嶋ちゃん、千景ちゃんがそれぞれのやりたいことをやりだす回だね」

 

 

27話 買い物と恋愛

28話 敵と耳掻き

29話 マッサージとゲーム(119~121/200)

 

メ「それぞれ、球子と杏、若葉とひなた、ユウと千景と仲良くしていく回」

 

つばき「確か、ひなたちゃんの耳掻きはリクエスト多かったんだよね」

 

メ「個人的にもいずれやらせたかったことでしたが、うまいこと需要と供給が重なりました」

 

椿(結構伏線とかも出てる回だが...というかそれより前に、耳掻きもマッサージもされてとんでもないことになってたんだが...)

 

 

29.5話 壁ドンR(122/200)

 

メ「......」

 

椿「今度はこっちが黙ったな」

 

つばき「壁ドンシリーズ、西暦編です。感想をどうぞ」

 

椿「...俺もやると手一杯になるので、なるべくなら避けたいです」

 

 

30話 思い出(123/200)

 

メ「この時代ならまだ自衛隊がしっかり残ってるだろうと考え、大社の他に自衛隊も出しました」

 

椿「神世紀300年の時代にいるんかね。警察で十分とは思うんだが」

 

つばき「まず悪い人が少ないもんね」

 

 

30.5話 ダブルブッキング(124/200)

 

椿「俺が、ユウと千景とそれぞれデートする回...」

 

つばき「ギャグ回の方が死にかけたりするよね」

 

メ「西暦編でこうした回が出せるところまでいってほっとしています」

 

 

誕生日記念短編 宝物

誕生日記念短編 リーダー(125、126/200)

 

椿「それぞれ、夏凜、若葉の誕生日回だな」

 

メ「若葉は誕生日を唯一西暦時代に祝ってます。その後はゆゆゆい時空なので」

 

つばき「若葉ちゃんの方は、猫耳ひなたちゃんの方がインパクト強かったみたいだけど...」

 

 

31話 いってきます(127/200)

 

椿「それぞれが新たな戦いに向けて準備。そして、唯一戦えないひなたも迷いが...」

 

つばき「私達に、ただ送り出すことしか出来ない巫女の気持ちは理解しきれないからね。それに、若葉ちゃんをよく知ってるからこそ何も言えない」

 

椿「それでも、不安には思うわけで...俺は、あいつが思ってることを言ってくれて嬉しかった」

 

 

32話 決意の花

33話 勇者達の奇跡(128、129/200)

 

メ「勇者に対するは多くのバーテックス。そして、本来遥か未来に存在する筈のレオ・バーテックス」

 

椿「勇者全員で協力し、死力を尽くす。最後には俺が海へ...」

 

 

34話 始まりは(130/200)

 

メ「名前ありで登場するのは初となる、高嶋友奈」

 

つばき「基本設定は原作の高嶋ちゃんだね。この頃にはゆゆゆい編を書くことも決めてて、それを見越した発言もいれてるよ」

 

椿「なんかもう平和に終わりの雰囲気出してるが、奉火祭が残ってるんだよなぁ......」

 

 

35話 救えなかったのは(131/200)

椿「奉火祭を止めるために動く彼女と、見てることしか出来ない俺。約束通りひなた達を止めはしたが...」

 

つばき「あの場で出来る最善手だよ」

 

椿「......まぁ、彼女が望んだこととはいえ、俺も感謝してる。それは紛れもない事実さ」

 

メ(後々ツバキが行くしなぁ...精霊ツバキは、神世紀が始まってしばらくした頃に誕生しています)

 

 

36話 照らす月に導かれ(132/200)

 

椿「長かったようで短く感じた西暦時代も、ここで終わりになるな」

 

メ「正直なことを言えば、ちょっと後悔が残る回ではあります。後遺症は残したくなかったですが、意識がない状態にするならもう二話程度伸ばした方がハラハラするでしょうし、一話で終わらせるなら詰め込み過ぎた感じもしたので」

 

つばき「簡潔にうまく纏めた。と言うと聞こえは良いけどね」

 

 

37話 それは勇者の物語(133/200)

 

メ「椿がやっと神世紀に戻ってきた回。サブタイが改心の出来だと未だに思ってます」

 

椿「最後のシーン含め、ずっと頭に残ってるよな。気になった人は見返してくれ」

 

つばき「そして、この回でのわゆ編が終わります。この後は...」

 

 

短編 側にいるから(134/200)

 

メ「神世紀メンバーを出そうとして、まずは世界改変の影響が先だろうと書き、結果風との短編に」

 

椿「新キャラ、というかオリキャラとして裕翔と郡が登場したな。裕翔は前々から出てたが...お陰で高校生活の話が書きやすくなった」

 

 

ゆゆゆい編 1話(135/200)

 

椿「ついに始まったゆゆゆい編。いらないとは思うが一応説明しとくと、花結いのきらめきというゲームの物だな。各時代のクロスオーバーを公式が出すという、個人的には衝撃的だった」

 

つばき「おまけにフルボイス。声つきで本来なかった出会いを作ってもらえるのって嬉しいよね」

 

メ「リクエストでもゆゆゆい時空を選択できるように作り直しました。最近はほぼ全てゆゆゆい時空のものですね」

 

 

短編 園子if (136/200)

 

椿「...見返した時、ゆゆゆい編2話がくるもんだと思ってた。違ったわ」

 

つばき「園子ちゃんと椿が幼なじみに近い関係だね。それにしても風ちゃんと話してる時、悪者っぽさ強くない...?」

 

 

短編 宅飲み会(137/200)

 

椿「酒に弱い犬吠埼姉妹に、ボーッとしてた園子によって繰り広げられるとんでも回」

 

つばき「風ちゃんに酒飲まされてるシーン見返した時、口移しかと思った...」

 

 

ゆゆゆい編 2話(138/200)

 

メ「小学生組と椿の回」

 

椿「原作だと千景と小学生組がいる時、千景がお姉さんしてるのが結構好きだな。俺も結構年上感出してると思う」

 

つばき「小学生からしたら、高校生って結構大人に見えるもんね」

 

 

短編 ハグの日/爆発しろ(139/200)

 

椿「前半は西暦での一幕、後半は神世紀での一幕だな」

 

つばき「軽い気持ちでちょろっと書いた女装がそんなに目につくなんて思ってもなかったよ。ホントに...」

 

椿「女装に喜んでたのは、ほぼひなたと杏だけだったけどな......」

 

 

ゆゆゆい編 3話(140/200)

 

椿「前半が亜耶ちゃん、後半が棗との回」

 

つばき「最初だし、出会いのシーンどうだった~とかが多いよね」

 

 

ゆゆゆい編 4話(141/200)

 

メ「赤嶺友奈の登場回」

 

椿「もう花結いの章が終わった原作だとああなったが、こっちの今後はどうなるか......」

 

メ「そこに関しては現在ノーコメントで」

 

 

ゆゆゆい編 5話(142/200)

 

つばき「雪花ちゃんのメイン回!」

 

椿「貴重なツッコミ要員だ。大切にしなければ...」

 

つばき「絶対それ以外に言えることあったよね?」

 

 

ゆゆゆい編 6話(143/200)

 

メ「前半は椿が風邪を引いた時のこと。後半は友奈とユウを椿が間違えた時のこと。どちらもリクエストです」

 

椿「皆、無意識には気をつけような...あと大体の元凶園子は許さない」

 

 

ゆゆゆい編 7話(144/200)

 

つばき「千景ちゃんメインでイネスを巡る回だよ」

 

椿「これもリクエストなんだが、結構千景メインのリクエストは多い印象だな。やはり原作を知ってるからこそか...?」

 

つばき「いつか統計取ってみたいよね」

 

メ「」

 

椿「おいやめろ。今回の纏めで白目向いてる奴が干上がるから」

 

 

ゆゆゆい編 8話(145/200)

 

メ「ゆゆゆい原作のプール回を見ながら作ってた小学生組との買い物に、赤嶺との真剣対決」

 

椿「実際あいつと本気の殺し合いをすれば、多分勝てないと思う。俺自身、あいつ...というか女の子に本気で手を出せるのか分からんからな」

 

 

ゆゆゆい編 9話(146/200)

 

メ「プール回という名の水着回。そしてやっぱり全員登場はきついと悟った回」

 

椿「水都とは接点もあまりないし積極的に出したいんだが、ネタも思いつかないのが現状なんだよな...」

 

つばき「リクエストで確認したのは出したいと思ってます。まだ何も書けてないので確約は出来ませんけど」

 

メ「リクエストも今年に入ってすぐのもまだ出せてないのがあるので...申し訳ないです」

 

 

誕生日記念短編 誰より大切な人(147/200)

 

椿「園子の誕生日記念回になる」

 

メ「読み直ししてたら完全に引き込まれたわ...」

 

つばき「夏にあったから名前が立夏。そう二人が考えたんだなって思うと、なんかこう、ジーンとくるよね」

 

 

誕生日記念短編 咲き誇る笑顔(148/200)

 

メ「園子に続き、タマっちの誕生日回」

 

椿「火傷したのはいいが、あそこまでされるのはな...」

 

 

ゆゆゆい編 10話(149/200)

 

メ「随分前に壁ドンしてた流れからの夢オチ」

 

つばき「地面からみかんジュースが湧き出てるの想像したら、色々カオスだよね」

 

椿s「「でもあったら行きたい」」

 

メ「ダメだこいつら手遅れだ...」

 

 

短編 夏凜if(150/200)

 

椿「俺が勇者候補生の怪我を手当てする役をしてた話になる」

 

つばき「ここでも書いてたんだけど、くめゆの二次創作を考えてた時の主人公の設定を椿に落とし込んだんだよね」

 

メ「暗い感じでつっかかる主人公にして、芽吹と対立していくような流れを考えてました」

 

 

誕生日記念短編 声を聞かせて(151/200)

 

椿「杏の誕生日に向けて悩んでた俺が、杏のお願いでボイスレコーダーを送る回だ」

 

つばき「でもこういうの女の子としてはキュンキュンするよ?」

 

椿「俺自身に女子のことを言われても今一納得いかねぇ...」

 

 

アフターストーリー 千景

アフターストーリー 杏

アフターストーリー ユウ

アフターストーリー 球子

アフターストーリー ひなた

アフターストーリー 若葉(152~157/200)

 

メ「アフターシリーズ第二段になります」

 

椿「結構誕生日短編と平行して書いてたりして苦労してたな」

 

つばき「後は、ひなたちゃんのお薬がガチでヤバそうって感想多かったよね...」

 

 

短編 可能性はゼロじゃない(158/200)

 

メ「銀があの戦いで生きてたらのifストーリーです」

 

椿「これで生きてなかった場合がふつゆ本編じゃないかって感想を頂いて、胸が苦しくなった」

 

つばき「色々な意味で思い入れの強い一話だね」

 

 

誕生日記念短編 甘えて欲しい(159/200)

 

椿「ひなたの誕生日回だ」

 

つばき「ひなたちゃんは周りのこと気にしすぎてるというか、若葉ちゃんを第一に考えすぎてるって感じするよね」

 

椿「まぁ、ひなただけに限った話でもないけどな」

 

 

ゆゆゆい編 11話(160/200)

 

メ「歌野と水都のメイン回です。歌野の名前自体はのわゆ編から出てます」

 

椿「原作のわゆの上巻についているエピソードのキャラだな。今さら言うまでもないとは思うが...」

 

つばき「蕎麦派として椿を変えられるかな...?」

 

 

オリ紹介3(161/200)

 

つばき「オリジナルの設定と、活動報告で受けつけている質問箱から頂いた物の回答がメインです。ここでしっかり答えてる設定もあります」

 

 

ゆゆゆい編 12話(162/200)

 

椿「前半は千景と郡が出会う場面を、後半は園子がカオスな夢を見る場面を描いた話だ」

 

メ「郡彩夏はクラスに一人はいそうな普通の女子っぽい感じを出せるようにしてます」

 

 

ゆゆゆい編 13話(163/200)

 

椿「芽吹達くめゆ組(防人組)がゆゆゆい時空にくる回になるな」

 

つばき「弥勒ちゃん、星にならなくてよかったね...」

 

 

ゆゆゆい編 14話(164/200)

 

メ「芽吹と椿が買い物をする回です」

 

つばき「しばらくゆゆゆい編はくめゆ組の話がメインだよね。本格的にこの作品に出るのはここからだし」

 

 

ゆゆゆい編 15話(165/200)

椿「くめゆ組メインと言ったな。あれは嘘だ。と言わんばかりのハロウィン回。まぁあいつらも出てたが...メインは友奈だろう」

 

 

短編 それぞれの道(166/200)

 

椿「のわゆ編が終わってしばらく。西暦と神世紀、そしてもう一つの世界の後日談になる」

 

メ「のわゆ編終了直後にあっても良かったとは思いますが、書くまでに数ヶ月あいてちゃんと整理ができる時間を作れたのは逆に良かったです」

 

つばき「もう一つの世界の二人は、それぞれ生活してきた記憶や感情があるので、初対面であって初対面ではないですし、好感度的にも振り切れてます。イチャラブしないわけがない!あと個人的に長年会えなかった二人が再開したみたいでロマンチックですごい好み!!」

 

椿「長いなおい...」

 

 

誕生日記念短編 思う二人 前編

誕生日記念短編 思う二人 後編(167、168/200)

 

メ「銀の誕生日記念回、高校の文化祭からの旅行です」

 

椿「確かこの日が最高UA数だった気がする」

 

つばき「同日二本投稿とはいえ、記念日だもんね」

 

 

ゆゆゆい編 16話

ゆゆゆい編 17話

ゆゆゆい編 18話(169~171/200)

 

椿「上から、加賀城さん、弥勒、しずくとシズクのメイン回だ」

 

つばき「弥勒ちゃんはついこの間誕生日だったね」

 

メ「設定的に一番凝ったのはしずくとシズクです。椿と出会った順番ならなんと二番目だったという」

 

 

短編 秋空に響く声(172/200)

 

椿「球子と山で遭難する回だ」

 

つばき「という名の...ね」

 

 

短編 貴方の温度は(173/200)

 

メ「友奈と洞窟で雨宿りする回です」

 

椿「リクエストで同じ時期に似たような内容のが来たのはびっくりしたな...」

 

 

誕生日記念短編 夢見る乙女(174/200)

 

椿「樹の誕生日回。マネージャーと新アイドルはこれ以来出てないか...?」

 

つばき「ゆゆゆい時空だと歌手として活動してないから、なかなか出せないよね。最近はゆゆゆい時空ばかりだし」

 

 

ゆゆゆい編 19話(175/200)

 

メ「こたつむり棗と、添い寝ひなた回」

 

椿「完全ほのぼの回ってのも、良いもんだよな...何かと事件が起こる方が多いから...」

 

 

ゆゆゆい編を20話(176/200)

 

つばき「......」

 

椿「黙らないでくれ。頼むから」

 

メ「女子に説明しづらい回です。あのセーター結構人気なんですね...てか、この回もっと最近だと思ってた......こんな前なの?」

 

 

ゆゆゆい編 21話(177/200)

 

椿「ハグに飢える皆と女装に飢えるひなたからの脱走から始まり、赤嶺に捕まるという...この辺も俺がコメントするの気まずいんだが...というか、つばきが離れてってるんだが」

 

 

ゆゆゆい編 22話(178/200)

 

つばき「銀ちゃんと過ごすクリスマスだね」

 

メ「銀が生き残ってるのがプレゼントと考えてる椿は、ちょっとしんみりしてます。後、何かと真面目な時は顔が強張ることが多いです」

 

 

ゆゆゆい編 23話(179/200)

 

椿「ふつゆでもうどん蕎麦戦争勃発。あの二人いつもよくやるよ...」

 

つばき「仲が良い証拠だよ」

 

 

誕生日記念短編 ワガママのカケラ(180/200)

 

椿「ユウの誕生日の回だな」

 

メ「二人の友奈の差は出しにくく、でもちゃんと考えるので良く作れてると思います(主観)」

 

 

誕生日記念短編 貴方と私だけの世界(181/200)

 

椿「もう一人のユウと、もう一人の俺の話だ」

 

つばき「こういう時じゃないと出せないしね...」

 

 

ゆゆゆい編 24話(182/200)

 

メ「銀が長い髪をしている理由の話と、芽吹とプラモデルを作っている話です」

 

つばき「毎日のようにお弁当作るって凄いよね...」

 

椿「趣味が一つ増えたのは良いが、勇者部もあるしなかなか時間は作れないよな。休日もよく遊びに誘われるし」

 

メ(それは椿だからでは?)

 

 

ゆゆゆい編 25話(183/200)

 

メ「......ガクブル」

 

椿「壁ドンオールスター回。だな。俺としてもねぇ...」

 

つばき「お、お疲れ様......」

 

 

ゆゆゆい編 26話(184/200)

 

椿「千景に郡、それにユウを混ぜた嫉妬話だ」

 

つばき「可愛い...私も皆と女の子の服買いに行ったりしたいなぁ」

 

椿「そっちは男子ばっかだもんな」

 

 

誕生日記念短編 気持ちを伝える(185/200)

 

メ「千景の誕生日回です。開幕マリ○」

 

椿「千景はこの世界に入って変わったよな。お姉さんっぽくもなってさ。結構小学生組と仲良くしてるの見るし」

 

 

誕生日記念短編 一人で二人(186/200)

 

つばき「しずくちゃんとシズクちゃんの誕生日回だよ」

 

椿「銀と一緒だった俺にとって、かなり共感しやすいよな。その経緯がどのくらい大変だったかは分からないけど...その辺も理解してあげたいとは思う」

 

 

短編 幸せを告げるバレンタイン(187/200)

 

椿「二回目のバレンタイン回。全員揃い踏みだ」

 

メ「そして、ぶっちぎりで過去最長回です」

 

つばき「後のホワイトデーは、ここの続きになるよ」

 

 

ゆゆゆい編 27話(188/200)

 

椿「勇者部が始まった時の話を含めた、これまでの話がメインになる」

 

つばき「風ちゃんと銀ちゃんとの組み合わせはやっぱり気が合いやすいよね」

 

椿「付き合ってきた年数が長いしな」

 

 

短編 風if(189/200)

 

メ「絶望に暮れる椿を風が救い、数年後、風の暴走を椿が止めるため立ち塞がる」

 

椿「本編でも立ち塞がったけどな。俺自身が止めたいと思うのが強かったわ」

 

 

ゆゆゆい編 28話(190/200)

 

椿「素直になる薬を大赦から頼まれて試験して...結果はわざわざ言う必要もないだろ」

 

つばき「大赦も大きな組織だけど、どうやってお金手にしてるんだろうね...」

 

椿「勇者部にかなり渡してるしな......まぁ、一人どうやっても集められそうな人はいるが」

 

 

ゆゆゆい編 29話(191/200)

 

つばき「唯一の私の登場回!!やっと私の紹介が出来るね!!」

 

椿「女版の俺。武器はマイク、好きな飲み物はみかんジュース。以上」

 

つばき「ちょっ!?」

 

椿「今更長々と自己紹介聞きたくないんだよ...自分の自己紹介とか」

 

 

ゆゆゆい編 30話(192/200)

 

メ「東郷が椿にストーキングされているかもしれないと話をしていく回です」

 

椿「焦った時東郷がマシンガンの勢いで喋り出すの、俺は結構好きだぞ」

 

 

短編 想いを告げるホワイトデー(193/200)

 

椿「バレンタインデーの続きで、友奈がメインだ」

 

つばき「椿もちゃんと思いが分かれば時間をかけずに分かることだもんね...というか、普段が分からなさすぎなんだけど」

 

 

ゆゆゆい編 31話(194/200)

 

メ「椿の悩みを探るため、勇者部がお宅訪問していく回です」

 

椿「割と深刻だぞ?これ」

 

 

ゆゆゆい編 32話(195/200)

 

椿「20話の続きとなる回だ。絵面的に前よりはセーフだからグーを構えるな。頼む。やめろぉぉぉぉ!!」

 

つばき「待てぇぇぇぇ!!!!」

 

 

ゆゆゆい編 33話(196/200)

 

椿「若葉と芽吹をメインに、花見回だ(逃げきった)」

 

つばき「椿とのスリーショットは、結構珍しいよね。原作もだけど珍しいキャラ同士の絡みはこれからも見たいな(吊るされた)」

 

メ「はい。頑張ります」

 

 

短編 エイプリルフール集(197/200)

 

メ「本来ツイッターだけに投稿する予定だったものを納得出来る量まで増やしたものです」

 

椿「嘘をつくのが不得意なキャラばかりだけどな。ホント、素直な奴ばかりだよ」

 

 

ゆゆゆい編 34話(198/200)

 

つばき「園子ちゃんがおままごとをしたいって言い出して始まるおままごと...という名の何か」

 

椿「原作にもあって触発されたものだな。あっちもカオスだった...」

 

 

誕生日記念短編 少しだけ寄りかかって(199/200)

 

椿「須美ちゃんの誕生日回だ。回想で球子が出てきた所は、原作のプール回を思い返してくれれば良い」

 

つばき「二年後の東郷さんを見て、最初は驚いてたもんね~。でも、暴走具合は正直似てるとは思うよ...」

 

 

 

 

 

メ「というわけで。合計199話分の振り返りをした200話、201話の話でした。いかがでしたか?」

 

椿「よりこの作品を知ってもらえたら、好きになってもらえたら嬉しく思う」

 

つばき「さて、振り返りを完走した感想は?」

 

メ「忘れてた回も振り返れたりしてよかった(企画した自分を殴りたい)」

 

椿「気まずい回が思ったより少なくてよかった」

 

つばき「本音が見え隠れしてる人もいますが...私はもう一回登場出来て嬉しかったな」

 

椿「短編って形なら出してくれるんじゃないか?」

 

メ「設定練るのはねぇ...ここの登場をお願いされるまでになるなんて、思ってなかったし」

 

つばき「......もしかしたら、また出るかもしれません。そしたらよろしくね!」

 

椿「リクエストとかあると良いな...俺からは特になし。これからもよろしく頼む」

 

メ「椿の言う通り、これからも続けていく予定です。皆さん引き続きお願いします!」

 

椿s &メ「それでは、ありがとうございました!」



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誕生日記念短編 彼女の誇る名

今日は弥勒さんの誕生日!おめでとうございます!
というわけで、いつものように短編です。


(あ、弥勒さん)

 

放課後のチャイムが鳴る高校。下校時間が近くなってきたので、図書室から荷物を持って帰ろうという時、廊下の奥から弥勒さんが見えた。

 

「わたー!?」

「あーあぁ......」

 

自分の視界を塞ぐくらいに高くなってるプリントを運んでいた彼女は、予想通りぶちまけた。見過ごせる筈もなく側へ駆け寄る。

 

「大丈夫か?」

「古雪さん...大丈夫ですわ。この程度私(わたくし)には造作もないこと...今日勇者部は?」

「俺は休み。数学でちょっと分かんない所があったから詰めといた。あっちに行くと園子が教えてくれるけど自力でやりたかったからな。そういう弥勒さんは?」

「私は先生からこれを頼まれまして...」

 

話ながらプリントを拾って整えていく。その過程で見た資料は、生徒会からの学内アンケートのようだ。

 

(まさか、全校生徒分か...?)

 

「これを一人で?」

「コピー機を弄って運ぶだけですわ。大した仕事ではありません。一度に持って行こうとしたのは失敗でしたが」

「...じゃ、半分持ってくよ。どこまでだ?」

「いえ!私だけで......生徒会室までお願いいたしますので、そんな睨まないでくださいまし」

 

ざっくり半分くらい纏めたプリントを抱え、廊下を二人で歩く。放課後ということもあり、遠巻きに聞こえる運動部の声以外は静かなものだ。

 

「女子一人に頼む量じゃないよなぁ」

「そんなことありません。何より弥勒家の名の再興は、こうした小さな仕事をコツコツした先にあるものですから」

「.......弥勒家、か」

 

弥勒さんがことあるごとに言っている自分の家名。彼女は家名をあげることをかなり大切な部分に置いている。

 

「古雪さん?どうかしまして?」

「あぁ、いや....弥勒さんにとって名をあげることが大事なのは知ってるけどさ、俺は今一共感出来ないから」

 

俺なんて、よくある普通の家庭の生まれだ。家柄なんてものを気にしたことはないし、『古雪』という名字に特殊なこだわりもない。この普通じゃない状況になったのは、俺ではなく俺の隣に住んでた奴が普通じゃなかったからだ。

 

だから、園子みたいな家柄の苦悩、弥勒さんみたいな名声を高めようとすることが、本人にとって大切であることは分かっていても、理解しきれない。

 

「では古雪さんにも弥勒家の歴史について」

「いやそれは間に合ってる」

「何でですの!?」

「もう三回くらいは聞いてるし...そうやってすらすら自分の家のことを語れるのも凄いと思うけど」

「当然のたしなみですわ」

「...何でそこまで出来るんだ?」

 

俺の問いに、弥勒さんはうーんと唸る。

 

「なかなか難しい質問ですわね...幼い頃からなので、詳しい理由があるかと言われれば......」

「悪い、そんな気にしなくていいから」

「いえ。私もしっかりさせときたいので」

 

しばらく唸った彼女は、答えを得たのか口を開いた。

 

「私は、弥勒家の人間であることに誇りを持っています。なので、その大切な誇りを通し続けるために。でしょう。後は弥勒家の歴史をより後世に残すため。というのもありますね」

「いや、本当凄いな。そう思えるのって」

「古雪さんも大赦から戦衣を用意して貰うくらいには、勇者部の方々と一緒に戦いたかったのでしょう?そうやって守りたいと思うことは、十分誇って良いことだと思いますわ」

「...誇り、かぁ」

 

俺はやりたいと思ったことをしていただけで、それが誇りだと言われると違和感しかない。

 

「うーん...ピンとはこないわ」

「では、勇者部の活動や、今こうして私の手伝いをしてくれていること。古雪さんが自分で誇りに思うことはなくても、奉仕活動は素晴らしことでしてよ?」

「......奉仕してるって感覚じゃねぇし。弥勒さんだってそうだろ?」

 

家の名を上げるためとは言っても、この人が純粋な損得だけを考えてやってるわけではないと思う。それはこれまで関わっていれば分かることだ。

 

「ていうか、俺はある程度のリスクリターンは考えてるし」

「本当に無茶な時は命を投げ出さんとしますのに?」

「それは...」

「私だって皆さんから聞いてるんですわよ?貴方のこと」

「くっ......」

 

声に詰まるのも仕方ないことだった。思い当たることが多すぎる。

 

「お、俺だって芽吹から聞いたぞ。防人隊の殿をしてたあいつに無理やり付き合ってきたって」

「シズクさんや雀さんもいましたし、他の方々だって迎撃はしましたわ!それに貴方の特攻なら千景さんからも聞きましたわよ!」

「うぐっ」

 

西暦時代まで入れられたら勝ち目はない。

 

「...降参だ降参」

「ふふふ...その降参、受け入れてあげますわ」

「ありがとうございます...っと、ついたな」

 

片手片足を駆使して扉を開ける。生徒会室なんて初めて入ったが、書類が多いくらいで大して変わらない_______

 

(いや、何で冷蔵庫...?)

 

「んー!」

「?何やってんだ?」

 

俺が冷蔵庫に気を引かれているうちに、弥勒さんはプリントを置いて背伸びをしていた。自分の身長にプラスしてまで伸ばしている手の先は、一面の壁に詰め込まれているフォルダの一つを取ろうとしていた。

 

「あれに一枚入れといてくれと頼まれたのですが、届かなくて...!!」

 

しかし、あと一歩の所で指が届いていない。

 

(よりによって最上段とか...てか、頼んだなら出しといてやれよ)

 

「ちょっと動くなよ」

 

弥勒さんのすぐ後ろに立ち、手を伸ばす。男子からすれば高いとは言えないくらいの俺の身長だが、何とかフォルダを手に取ることができた。

 

「ほい。取れたぞ」

「あ、あの...」

「!」

 

弥勒さんの方を向いて、ようやく俺は自分の失態に気づいた。

 

弥勒さんが動く前に俺はフォルダを取る作業に入ってしまい、壁と俺の間に弥勒さんが入った状態になっている。加えて、俺は壁に寄りかかるため左手を壁に伸ばしている。

 

客観的に見れば______迫っている、もしくは襲ってるようにしか見えない。

 

「悪い!気づかなかった!」

 

急いで離れて、フォルダを雑に机に置いた。変な汗もぶわっと出てきている。

 

「き、気にしなくて結構です...」

 

彼女も彼女でぎこちない感じを隠さずにプリントを入れる。

 

「これで頼まれていた作業は終了です」

「お、おう...そのままでいいだろ。帰ろうぜ」

 

 

 

 

 

荷物を持って、学校から出ていく。生徒会室であったことの緊張感も少し抜けてきていた。

 

「にしても、すっかり遅くなっちゃったな...弥勒さん、バイク乗ってくか?送ってくぞ」

「いいんですの...?」

「暗いしな。女子一人をそのまま帰らせるわけにはいかん」

「いえ、そうではなくて...さっきのこと気にしてるのは私だけでしょうか......?」

「ん?」

「......では、お言葉に甘えますわ」

「分かった」

 

バイクを置いてある場所まで移動して、座席の下からヘルメットを二つ出す。基本は俺一人だが、もう癖で二つ入れっぱなしだ。

 

「自分だけでつけれるか?」

「平気でしてよ」

「んじゃはい」

 

ヘルメットをつけてもらってる間に、こっちでバイクを起動させる。

(ライトも必須だなー)

 

夕焼けが見えてた筈が、もう真っ暗。四月ならこんなもんだろうが__________

 

「あ」

「どうかしまして?」

「あ、えと、うん......なんでも」

 

確か、四月の末近くに隣を歩く彼女の誕生日があったはずだ。以前芽吹から聞いた。

 

(どうしようか...ついでに何か聞いてみるか?)

 

まだ勇者部ではどういう誕生日パーティーにするか決めていなかった筈なので、サプライズにすることも考慮して慎重に聞かなければならない。

 

(自然な話題を...あるじゃん)

 

記憶を巡って不自然にならないよう会話を広げる構想を立てる。

 

「そういや、さっき弥勒さん家の名を大切にしてるって言ってたじゃん?」

「え?えぇ」

「それ以外に大切にしてるもの...とか、これは欲しいものとかってないのか?あんま弥勒さんから聞いたことないなと思って」

「.......基本ないですわね。こう買うと決めたものはその場ですぐ買ってしまうので」

「直感派かー」

 

難しそうだと感じながら、二人分の重さを乗せたバイクを走らせる。

 

「あ、私、古雪さんにして欲しいことならありますわね」

「.......アルフレッド?」

「アルフレッドではありません!」

「他に弥勒さんが俺にして欲しいこと...」

「それですわ!」

「?」

「なぜ『弥勒さん』なんですの!?」

「んー...?」

 

確かに前から弥勒さんと呼んでいるが、別に何か理由があるわけじゃない。最初は皆名字で呼ぶし、さんをつけてるのは何となくだ。

 

「同学年ですし、弥勒で良いんですのよ?」

「お前がそれで良いなら...弥勒。これでいいか?」

「はい。完璧です」

「はは...」

 

高校から勇者の住む寮はバイクであれば、夜道に気をつけてもそれなりに早くつく。

 

(別に、弥勒って呼ばなくてもいいんだわな)

 

弥勒さん_____弥勒は、ちょっとからかいたくなる。反応が面白いから。

 

「ほい到着」

「ありがとうございます」

 

ヘルメットを外す彼女から受け取って、バイクの中にしまった。

 

それから、バイクのアクセルをつけながら。

 

「じゃあな。夕海子」

「はぅわ!?」

 

捨て台詞を告げながら、その場を離れた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『...ってな感じで、結局誕生日何が良いか聞けなかったんだが......芽吹はなんか良いの知ってる?』

「はぁ...」

 

風呂上がりに入っていた椿さんのメールに従って電話をかけてみれば、そんな言葉で締められた。

 

『一応そのあと弥勒から連絡来たんだけどさ。さっき言った最後のセリフのせいで話振れる感じじゃなくて』

一応どんな形で二人のメールが続いたのか見たいと言うと、スクリーンショットを送ってきてくれた。

 

『古雪さん!!私のことは弥勒で良いので!!弥勒家の名を刻んでください!!』

『悪かった悪かった。でも、夕海子だって御両親がつけてくれた大切な名前だろ?しかも、それはお前だけを表すものだ。どっちも大事にしてけよな』

 

それから、弥勒さんの返信はないらしい。

 

(いや、それは...)

 

こんなことを言われれば、普通に恥ずかしいだろう。弥勒さんが自分の名を大切にしているのは、防人の隊長としても、仲間としても知っている。いや、それを抜きにしても恥ずかしい。

 

椿さんも、こういう事は本気で言う人だと分かっているし。

 

「椿さん、弥勒さんのことはよくからかいますね」

『え?あぁ...勇者部であそこまで気軽にからかえる上にオーバーリアクションな奴はいないからな。珍しくて楽しんでるのかもしれん。夏凜は昔やり過ぎて蹴られたこともあるし、他の奴は報復とかありそうで......ちゃんと努力してたり、根は真面目なのも知ってるけどさ』

「そうですね...でも、ひとまず椿さん、それ勇者部の他の人がいるなかで言わないでくださいね」

『え?なんで?』

「椿さんを思ってのことです」

『?ま、まぁ分かった』

 

きっとその事を言えば、聞いていた人の半分くらいは椿さんにからかわれるために色々やるだろう。もしくはからかってくるか。

 

悪いことだとは思わないけれど、その時の椿さんの心労は私の予想なんて軽く越えていく筈。

 

だから一応、やめておいた方が良いと釘をさしといた。後は本人の責任だ。

 

『それで、本題なんだが...』

「うーん...確か以前、新しい紅茶の茶葉が欲しいと言っていたような気がします」

『芽吹はそれ買う予定か?』

「いえ。椿さんがよければそれを用意してもらって大丈夫ですよ」

『お、じゃあそうするか。サンキュー芽吹』

 

その後、軽く話して通話を切る。

 

「はい、はい...おやすみなさい......ふぅ」

 

(弥勒さん...お疲れさまでした)

 

きっとまだあわあわしてるであろう先輩を思い、私は寝る準備を始めた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(あーもう!!なんなんですの!なんなんですの!?)

 

スマホに見える、一つの文面。

 

『悪かった悪かった。でも、夕海子だって御両親がつけてくれた大切な名前だろ?しかも、それはお前だけを表すものだ。どっちも大事にしてけよな』

 

(くぅぅぅ...!!)

 

顔が無性に熱い。今まで弥勒という家名を誇りとしてきた私は、名前も大切だなんて言われ慣れてないから_______

 

(絶対あの方はなんの動揺もなく返信してるに違いないですわ!!うぐぐぐぐ......)

 

返信画面は、未だに真っ白いままだった。

 

「本当に、あの人は...!!」

 

弥勒呼びに他意は特にない。同学年の他の方々と比べてもさんづけされてる方がいないから軽い気持ちで言っただけだ。

 

なのに、突然名前で呼ばれるわ、その前は生徒会室で_________

 

「ぬわーっ!!」

 

後日。普通に『弥勒』呼びしてくる古雪さんを見て、どこか落ち着いてる自分がいた。

 

だから、誕生日プレゼントと言って紅茶セットを渡すときだけ『夕海子』と言うのは本当に心臓に悪いからやめてほしかった。

 

 

 



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誕生日記念短編 辛口ジンジャー

今日は防人の隊長、芽吹ちゃんの誕生日!おめでとう!

誕生日イラストでワンピース芽吹ちゃんを見て、書きたいなーと思いました(間に合うわけないんだよなぁ...)


今日、五月九日は芽吹の誕生日だ。この世界に来てから知ったので初めて祝うのだが、彼女が俺に頼んできたのは________

 

「やるのか?」

「はい。全力でお願いします」

「......了解」

 

主役に頼まれては仕方ない。俺は、赤い戦衣を身に纏う。

 

「じゃ、やらせてもらう!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ではこれよりぃ!!椿さんバーサァス!!芽吹さんの試合を行いまぁぁぁぁす!!!実況は私(わたくし)、ミノ・ワーギンと!!」

「解説、ノギ・ソノーコがお送りするぜぇ!!」

 

実況席に座ってる二人が叫ぶ。ちなみに、ちっちゃいアタシとおっきい園子だ。

 

芽吹が誕生日にお願いしてきたのは、椿との一騎討ちだった。前々からやってみたいとは言ってたし、ここまでは別に予想できた。

 

予想外だったのは、かつてアタシ達が特訓で使っていた修練場を大赦がまた用意して、ちゃんとした場所として揃えたことだった。

 

「何で大赦はここまでしたんだ...」

「あたし達がやれることないから、やるならド派手にって大赦に頼んだのよ......」

 

風先輩は自分でもビックリしてる様子で客席に座っていた。屋根つきのサッカーグラウンドと同じくらいの大きさがあるから、全員が座っても観客席はがらがらだ。

 

「一番大赦に知られてる夏凜の血の気が多いからかねぇ」

「え!?私なの!?」

「ほら椿、本当か嘘か分からないことは言わないの」

「いや、多分嘘だから本当とか言うなや、銀...」

 

準備体操する椿は、芽吹の方をすっと見た。

 

「お互い勇者服を着て、先にバリアの補助を受けた方の負け。それで良いんだよな?」

「はい。ただの木刀なら何度かやってますし」

「まぁ」

 

椿もよく浜辺で鍛練はしてるから、その時にでも戦ってきたんだろう。他だと若葉とか夏凜とか。

 

(この四人が鍛練組かなぁ...となると)

 

「若葉、よく二人のこと見てるだろ?どっちが勝つと思う?」

「そうだな...私は芽吹に一票だ」

「え、そうなのか?タマはてっきり椿と言うかと...」

「かなり長い間練習を積んでいたようだし、普段の動きを見ても『基本は』芽吹の方が強いと思う」

 

若葉はそこまで言って、一度タメを作った。言う言葉を迷っているのか、それとも何かを思い出しているのか。

 

「ただ、対人戦闘において言えば。椿の意表を突く攻撃は一瞬で状況を変えるからな。芽吹ならいなせると思っての結論だ」

 

『俺はお前や芽吹や若葉達みたく、どこかで誰かに教えられたわけでもなければ、やり込んできた年数も短い。赤嶺はそこからもっと対人に特化してる。そいつらと互角以上に戦うなら、普段の練習だけじゃなく、本番でいかに不意をつくために頭を使っていくかだろ』

 

以前椿がそんなことを言っていたのを思い出した。 昔から戦術を考えるRPGをやったりもしてたあいつらしいといえばらしい。

 

「じゃ、アタシは椿に一票かな。また何かしら見せてくれるでしょ」

「銀は雑だなー...」

「まぁまぁ」

「じゃ、やらせてもらう!!」

「あ、始まる?」

 

話に夢中になってるうちに、二人がそれぞれの戦衣を着込む。

 

「椿ー、いるー?」

「ん、そうだな...頼めるかー?」

「はいはい。そうらっ!!」

 

アタシも勇者の姿になって、二振りの斧を投げつける。地面に突き刺さったそれを、椿は片方だけ抜いた。

 

「それでは、両者見合って見合って...の前に、銃は構えないでくださいよ二人とも!つまんなーい!!」

「「だってバリア使わせればいいんだし」 」

「誰も弾丸が飛ぶだけの試合を見たいわけじゃないんです!!飛び道具撃つの禁止!!」

「はーい」

「仕方ないわね...」

 

(いや芽吹、折角誕生日としてお願いしたやつがそんな終わらせ方でいいのか?)

 

本人の心情を理解する前に、ちっちゃいアタシが開始の合図を告げる。

 

「じゃあ改めて...よーい!スタート!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

芽吹の強さはある程度知っていた。木刀でなら何回か戦ったこともあるし、若葉と夏凜も混ぜてやったこともある。樹海でも何度か。

 

でも、戦衣を纏った状態の、敵として相手する彼女は想像以上の強さだった。

 

「はっ!!」

「ッ!」

 

斧と銃剣が二本ずつ。それぞれが独立した軌道を描いて相手を倒そうとするが、それも互いの武器で弾きあっている。

 

(隙がない...!!)

 

努力によって磨かれた技術と、相手を倒すという熱意。食らいつこうとしてくる牙に対して、俺は防御寄りの動きを取らざるを得ない。

 

(リーチは案外同じくらい、銃まで使われてたらきっと俺はもう負けてただろうな)

 

「だがっ!!」

 

俺だって自分の最強武器。易々と勝ちを譲るつもりなんてない。足を狙って無理矢理振るった斧を警戒して、彼女は一度距離を取った。

 

「...何故椿さんがいつも私より重くした木刀を二本も振るってるのか不思議でしたが」

「普段使えない武器だがな。簡単にはやられないぜ?」

「そうでなくちゃ...行きますよ!!」

 

これまでより速い剣の突きを斧で止める。一本受けきったと思っても、反対の手に握られたもう一本が。それを止めてる間に最初の一本がまた準備している。

 

当たり前の動きではあるが、夏凜と同じ二刀流の練習をしていただけあって、その速さは体をついていかせるのでかなりの集中力を割かざるをえない。一歩二歩と足は下がっていく。

 

(俺のはパワータイプだしな...!!)

 

相手を弾き飛ばせる力があっても、簡単に体勢を崩すまでにはいかないし、その間に一撃入れられても意味がない。

 

(銃の先に剣がついてる銃剣でよくやれる!!)

 

刀と使い方はかなり違うと感じるのだが、彼女の動きにその誤差で苦戦している印象は全くなかった。

 

「どうしました!?攻撃を受けるだけですか!?」

「煽りおる...なぁっ!!」

 

俺が出来ることを模索する。芽吹から勝つためにどうすれば_________

 

(......一か八か、やりますか!!)

 

やることは纏まった。なら、あとは実行するだけだ。

 

「芽吹ッ!!」

 

唐突に、かなり強引に斧を走らせる。自分の一本を犠牲に、芽吹の銃剣も一本弾き飛ばした。

 

あいつは防人として活動していた時、元々一本だったらしいから、これでも動きのキレは変わらないだろう。この世界なら『武器を手元に呼び戻せる』ことを理解しているかは分からない。

 

(戻されるとしんどいが...!)

 

多分、芽吹は一本でも戦えることから、二本に戻すことまで頭が働かないと思う。一種の賭けだ。

 

「くっ!」

 

どちらにせよ、彼女にとって想定していた状況とは違う事態に陥ったのは事実。冷静な彼女はきっと引いてくる。俺は強引な攻めのせいで前に倒れそうなので逃げること自体は容易_________

 

(さぁ芽吹!!ここまで考えといてくれ!!!)

 

斧を弾いた左手を腰まで持っていき、右手に握った斧は地面に突き刺す。そのまま体を預け、両足を空に向けさせる。

 

片腕だけで体全体を支えた棒高跳び。普通の人間なら異常な曲芸だが、勇者ならやること自体は難しくない。

 

「おぉー!?椿さんすげー!?」

「つっきー飛んだー!?」

 

実況者の声を気にも止めず、目線はひたすら相手である彼女へ。

 

「受け取れっ!!」

 

そう叫んで、俺は『腰から引き抜いた銃を向けた』

 

「っ!?」

 

さっき、銃の『撃つ』のは禁止されている。だから俺は、その引き金は引かない。

 

(それでも、突然銃を向けられれば...警戒するよなぁ?)

 

ルール違反ではないかという疑問と、突然銃の向けられたことに対する動揺と警戒心。それは芽吹の思考速度に負荷をかける。

 

「はぁぁぁ!!!」

「!っ、はぁっ!!」

 

それでも、彼女は動くのをやめない。斧を弾くよう銃剣を突き出してくる。

 

ほぼ理想の動きで、無意識に笑みが溢れる。

 

(この瞬間を、待ってた!!)

 

斧と銃剣がかち合う瞬間、俺は斧を手放した。銃剣につつかれた斧は俺の見えないところで甲高い音を響かせる。

 

「!?」

 

驚いた顔をしたまま無防備な状態で懐まで入ってきた芽吹を押し倒した。

 

「はぁー...これで、俺の勝ちだ」

 

手元に呼び出した短刀を首もとに当てれば、彼女は静かに目を閉じる。

 

「...負けました」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「メブー、もう上がっちゃうの?折角の温泉だよ?」

「...思ったより熱かったから」

 

雀がそう言ってくるけれど、私は気にせず立ち上がり、脱衣場へ向かった。

 

大赦が用意してくれた施設についている温泉。椿さんを除いた勇者部全員で入っていて、騒がしくしている側、静かに楽しんでいる側がいる中、一番始めにお湯からあがる。

 

口にしたことも事実だけど、それ以外にも理由はあった。

 

(...)

 

さっきまでの加速された思考が収まらず、まだ熱を発しているように感じる。脳がそんな状態だと、温泉が気持ちよくても長く入れなかった。

 

『はぁー...これで、俺の勝ちだ』

 

私にのしかかって刀を突きつける椿さんの顔は、かなり疲れていて息も荒かった。でも、そんなに苦戦した印象も受けなかった。

 

(あんなやり方で距離を詰めてくるなんて...)

 

強引な前傾姿勢を移動に持っていった斧での高跳び。使用禁止とされていた銃を、銃口だけ向けてきたこと。更には迎撃される斧を手放し、短刀に持ち変える_______リーチを変えることで私の銃剣による攻撃を無駄にしたこと。

 

少なくとも最後のはバーテックスと戦ってるだけなら必要ない技術。

 

(でも、事実それで負けた)

 

普段木刀で練習している時にはまるで見たこともない。刀を何もない所から出せるわけがないから当然と言えば当然だけど。

 

(驚くことばかりで、学べることも多かった)

 

タオルで丁寧に体についた水分を取り、ドライヤーで髪も乾かす。バッグから出していた着替えを着て、赤い暖簾をくぐる。

 

(頼んで、正解だったわね)

 

ちょっとまだ燻ってる部分も多いが、結果としては勉強になった。赤嶺友奈と戦う可能性もある以上、これも十分な成果だ。

 

全て、どんなことでも無駄なんてことはないのだから。

 

「ないのかーい」

「?」

 

声の方を見れば、タオルを首にかけてる椿さんが自動販売機の前で手を頭にあてていた。

 

「どうしたんですか?」

「ん?芽吹?早いな」

「一番最初に出てきました。他の人はまだ全員お風呂です...それで?」

「あぁ。温泉あがったらコーヒー牛乳が相場だと思ってるんだが...ほれ」

 

指を指された自動販売機の中には、コーヒー牛乳がなかった。

 

「大赦に後で言っとこ」

 

本気なのか冗談なのか分からない言い方で、椿さんはジンジャエールのボタンを押した。

 

「芽吹は何かいるか?」

「...では同じのを。ありがとうございます」

「はいよ......あ、辛口って書いてあるじゃん...大丈夫かな」

「辛いの苦手でしたっけ?」

「いや、飲んだことないやつだから辛すぎたらやだなって。芽吹は平気か?」

「大丈夫だと思います」

「ダメだったら俺がどっちも飲むからな」

 

渡されたジンジャエールは、生姜の色をかなり残している。

 

それは、椿さんの言う通りかなり辛そうに見えて_______いや、それ以外の理由があって、蓋を開けることなく、私は椿さんを見た。

 

「......椿さん」

「ん?」

「今日はありがとうございました」

「いや、寧ろ誕生日があれで良かったのか?」

「はい。得るものは凄く多かったです」

「あんま俺の動きで得るものはどうなんだろうって思うけど...」

「そうですか?」

 

椿さんは微妙な顔をしながら、「座ろうか」と言って近くのソファーへ歩いていった。ついていって隣に座る。

 

「だって、銃口だけ向けたり、リーチを短くしてお前の攻撃を避けたりしたんだぜ?」

「......完敗でした」

「そんなことない。たまたま勝率が高い方に転がっただけだからな」

「例えば?」

「えーと...芽吹が銃を向けられた時、迎撃を選んでくれたこととか。あのまま下がられたのを追撃するとなると、持ったままの斧を投げるくらいしか出来なかったからな。流石にバランス崩すだろうし」

 

あれは、確か________

 

「銃を向けられて、『下がっても無駄だ。なら迎撃しよう』って思ってくれるのが理想だったから」

「...凄いですね。まんまと引っ掛けられました」

「やったぜ」

からから笑う椿さんは、すぐに静かになる。

 

「...とまぁ、確かに上手くはいった。ただ、自分でも分かってるが、勇者らしくはないんだよ。本来勇者じゃない俺が、ずっと鍛練して基礎が高い勇者達相手に上手く立ち回るには、そうした搦め手を使っていかないと厳しい」

「...それは、勇者になれなかった私に対する当てつけですか?」

「あ、いや、そんなつもりは!」

「ふふっ。冗談ですよ」

 

椿さんがそんなことわざと言う人ではないことなんて、ずっと前から知っている。本当にちょっとからかいたかっただけだ。

 

「はぁ...話を戻すぞ。確かに俺はそうしたことをやってる。でも、さっきも言ったように勇者らしくはない。勇者は...皆は、真っ直ぐ純粋だから、あんま真似してほしくない......実際友奈が猫だましとかフェイントとかあんましなさそうじゃん?」

「確かに...」

「俺みたいな動きは似合わないから、あんま学ばないで欲しいなって...芽吹もさ」

「......くすっ」

 

その言葉に、疑問とその回答が同時に浮かんで笑ってしまった。

 

「?」

「いえいえ...じゃあ椿さんはどうして今日、自分で言う搦め手を使って私と戦ったのかなと」

「それは...」

「本気で来てくれと言ったから。というのもあるとも思います。誕生日の人のお願いですし。じゃあそもそも何故、そんなにやるのかなって」

「?」

 

この人が、そうやって戦術を考えて、力をつけている理由は。

 

「皆を守るために戦う上で必要だから。じゃないですか?」

「...まぁ、俺がやってる理由はそうだな」

「私は...私は、その姿勢を尊敬しますし、真似したいと思います」

「お前...」

「何より、椿さんの行動を勇者らしくないとは思いません。絶対に」

「!」

 

大切な人を守るために考えて行動する椿さんを、私は否定しない。

 

(私に言われるまでもないでしょうけどね)

 

「...ありがと」

「いえ」

「......」

「......っ」

 

急に来た沈黙を破るため、ジンジャエールの蓋を開ける。二口くらい飲んで、目を開く。

 

(っ!?)

 

耐えられない程じゃないけど、辛い。通られた喉が焼きついたようにジンジンする。

 

「こりゃ効くなぁ...ビックリしたわ」

「確かに、本当...でも、よかったかもしれません」

「え?」

「......なんでもないです」

 

記憶は単体よりも、幾つか繋げていた方が残りやすい。きっと私は今日のことを忘れないだろう。

 

椿さんの戦い方も、思いも。私のこの思いも。そして、ひりついているこの味と熱さも。

 

 

 

 

 

「あー、メブなに飲んでるの?」

「ジンジャエールよ」

「いーなー。頂戴?」

「はい」

「ありがとー。メブ流石...いたっ!?」

「ふっ」

「言ってやりゃあいいのに......」



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ゆゆゆい編 35話

振り返りが体感凄く長くやってたので、久々に感じるゆゆゆい編。
...と思って見返したら、最後のゆゆゆい編更新したの一月以上前でした。マジか。


「加賀城さんが皆にプレゼントを配ってる?」

 

東郷がくれた煎餅を食べてると、芽吹がそんなことを言ってきた。

 

「はい。バーテックスとの戦いで自分を優先して守ってほしいからと...俗に言う賄賂です」

「直球だなー」

「椿さんにもそのうち来ると思いますから、是非断ってほしくて」

「まず加賀城さん、守る必要あるのかな?」

 

正直、防御に関しては全勇者含めて右に出る者はいないと思う。

 

(野生の本能ってのが一番近い表現だろうか...あの盾の使い方は見習いたいもんだがなー)

 

「私もそう思いますが、雀自身は守ってもらわないと死ぬと思ってますから。勿論私も非常時は守り抜きますが...」

「賄賂というか、そういうのは違う。ということか」

「はい」

 

まぁ、芽吹の意見には賛成できる。

 

「分かった。余程のものが来ない限り断るよ」

「余程のもの...?」

「...返金出来ない車とか渡されたら、断るとかの前に心配しなきゃいけないことが多すぎるだろ?」

「あ、あぁ...」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ルンルルンルーン♪」

 

私は今日も勇者部の部室に向かう。あるのは少しの緊張と、多分平気だろうっていう余裕。

 

現在私は皆さんにプレゼントを渡し、対価として樹海で守ってもらえるようお願いをしている。

 

『雀、貴女にも戦う力はあるのよ?』

『そうですわよ?大体、私達防人全体が弱虫みたいなイメージも持たれそうですが...大丈夫ですの?』

 

メブや弥勒さんはそう言うけど、私は自分の力を自覚した結果、一番生き残りやすい選択をしているだけだ。

 

(最近はメブも守ってくれないし)

 

だから、賢い行動だとは思う。お陰でお小遣いがすっからかんだけど。

 

(でも、古雪さんには秘策があるもんね~)

 

これから向かう部室にいるであろうターゲット、古雪さんには、私がお金を使わずとも利用できる話がある。強いて言えば、劇薬になりすぎるかもしれないのが難点なくらいだ。

 

(ふっふっふ...古雪さん。覚悟してくださいね)

 

「お疲れ様でーす!」

「来たわね、雀」

「おぉ加賀城さん。お疲れ」

 

古雪さんとメブ以外には、パソコンをカチカチやってる東郷さんだったり押し花を作ってる友奈さんだったり、大体のメンバーが揃ってた。

 

(よし...やるぞー!)

 

「古雪さん、実は折り入ってお話が...」

「早速かい」

「へ?」

「樹海で守ってくれって話だろ?芽吹から聞いてるぞ」

「ギクッ」

 

ちらっとメブの方を見ると、鬼の角でも生えそうな表情をしてこっちを見ていた。

 

(でも、メブが悪いんだからね~。私を守ってくれないから)

 

「...でも、古雪さんにはとっておきの話なんですよ?」

「へー......一応聞こうかな?」

 

話に食いついた古雪さんに、私は笑みを浮かべた。

 

「へっへっへ...私が古雪さんに差し上げるのは...一生分のみかんです!」

 

どや顔で私が言うのと、古雪さんが持っていた煎餅がバキバキに折れるのは同時だった。というかこの人煎餅粉砕して悶えてる。

 

「椿さん!?」

「お、おぉぉ...!!先に構えてなければ即食いつくところだった......」

「おしかったかー」

「んんっ...ていうかどうやってそれを用意するつもりだよ。言っとくが風のうどん並みとはいかなくともそれなりに食べるぞ」

「あたし引き合いに出す必要あった?」

 

私は私で、この切り札の理由を口にする。

 

「私はみかんの国、愛媛の生まれ。そして両親はみかんを育ててます」

「まさか...!!」

「そう!仕送りとして沢山のみかんが送られてくるのです!!」

 

これが私がお金をかけずにいられる理由。私もよく食べるけど、段ボールで送られてくるからそれでも余るなんてよくあることだ。

 

「さぁ古雪さん!条件を飲めばみかんだけでなく、生搾りみかんジュースだって思いのまま!!」

「なん...だと!!」

「椿さん!?」

「つっきーダウンー!机に倒れ込んだー!」

「そのっち。今は面倒なことになるから静かに...」

 

ほぼ勝ちは決まった。メブがこっちを睨むけど、気にしない。

 

ちょっとして、古雪さんは起き上がった。

 

「......加賀城さん」

「はい!どうですか?」

「......それが、お前の、ために、なるなら、俺も選んだが......」

「歯切れ悪すぎだろ、椿...めっちゃ悩んでんじゃん」

「銀ちゃん、シー!」

「芽吹に先に言われたし...こ、断りたくないけど断る」

「本音漏れてるわね...」

 

(いやー、断るかー...)

 

古雪さんが周りと話してる裏で、私は一人考える。

 

原因は、やっぱりメブの根回しが厄介だった。事実この人は凄く食いついてはいたし 。

 

(私の計画がー...でも、引き際も大事だよね)

 

古雪さんが靡かないなら、もうこの話は必要ない。

 

 

 

 

 

________既に地獄の引き金を引いてしまったことを、私はまだ気づいてなかった。

 

「いや、ホントに提案自体は魅力的過ぎるんだよなぁ...加賀城さん」

「え、ぁはい!」

「樹海での戦闘中ずっと守るってわけにもいかないけどさ。ちゃんと非常時は守るから。芽吹も言ってたし」

「えっ、つ、椿さんっ!?」

「メブぅ...!!」

「...で、こっから相談なんだが...日常生活のサポート全部やるからさ。みかんの一部を頂ければなーと......」

「は。はい?」

「家事とか、とにかく俺に出来ることは全部やるし、護衛なんかもやるからさ」

 

その爆弾が爆発するのは、意図も簡単で、唐突だった。

 

 

 

 

 

「でもあれだな。これだと俺が婿養子に出たみたいだな」

 

 

 

 

 

その瞬間。私は景色が真っ暗に変わった。正確には、真っ暗になったと思うほどにノイズがかかった。声をあげることすら出来なくなったのは、不幸中の幸いと言える。

 

空気が重い。体が重い。この部屋だけ重力が五倍に増えたと言われても普通に信じられる。

 

それほどの『圧』を、私は受けていた。発しているのは、周りだ。

 

(これは...殺される!!!!)

 

今にも泣き叫びたい。今にも逃げ出したい。しかし、許されない。私の生存本能が、指先一つでも動かしたら本当に殺されると悲鳴をあげていた。

 

『圧』が、逃げられない理由、向けられている理由、全てを雄弁に語っている。

 

私は自分からこの話をしてしまった。古雪さんは便乗したに過ぎない。発案者が逃げるのか。そんなことを許されるのかと語ってきている。

 

私は自分からこの話をしてしまった。親の力だと_______自分達では変えられようもない威光を使い、古雪さんを誘ってしまった。そんなことが許されるのかと語ってきている。

 

何より_____周りにとってよく飽きられがちなことで話を持ちかけ、それで古雪さんを魅了してしまった。皆の想い人をかっさらう可能性を産み出してしまった。そこに私の思惑、意志は入らない。やられた彼女達がどう思うかだ。

 

だから私は、何も出来ない。私が自発的に動いた瞬間、一挙一動が彼女達の目につき、 新たな引き金を引きかねない。

 

こんな緊迫感に比べれば、バーテックスなんてこれっぽっちも怖くない。赤ちゃんより可愛く思えてしまう。

 

(助けて...助けてっ!!古雪さんっ!!!)

 

私は、ただひたすらこの状況を打開できる人に願った。

 

爆弾発言をしてくれたこの人が何かしらの行動をしてくれない限り、私は何も出来ない。お願いだから何か言って欲しい。というか是非助けて欲しい。

 

そんな彼は_______この嫉妬に満ちた空気を感じ取ったのか、辺りをきょろきょろして、首を傾げて、それから口を開いた。たったそれだけの動作をするだけの時間で、私は泣かないことに奇跡だと考えてる。

 

「まぁ、それも......加賀城さん?」

「はいぃ!?何でしょうか!?」

「?いや、何か顔青ざめてる感じするからさ。大丈夫?」

「ひっ!!」

 

何の気なしに、本人としては善意だけで、手をおでこに当ててくる古雪さん。黒い空気は、一段と濃くなった。

 

私にとっては悪手過ぎる。おでこ同士くっけられたら、恐らくこの時点で死んでいる。

 

(ひぃぃぃぃぃぃ!!!助けて!!!助けてメブゥゥゥゥゥ!!!!)

 

助けてくれるかもしれない人が死刑宣告を告げてきて、藁にもすがる思いでメブを見る。

 

メブの目は______光がこもってなかった。圧に潰されて、立ったまま固まってる。

 

(......お父さん。お母さん。今までお世話になりました。雀は旅立ちます...)

 

「熱はないか...寧ろ平熱低い?」

「あ、あはは......大丈夫です大丈夫です。大丈夫ですから。本当に」

「三回も...ならいいが...あ、さっきのは冗談だけど、余ったのがあればくれると嬉しいな」

「は、はい。了解しました...!!」

 

ここで辺りを刺激するような大きな反応をしてはいけない。私としてはお詫びの気持ちで大量のみかんを渡しても、それは恐らく悪い意味で取られる。

 

(でも...許された?)

 

辺りの空気がほんの少し軽くなって、それでも膝をつかないよう気をしっかり保つ。帰ったら今日はベッドから一歩も動かない。絶対何があっても。

 

一瞬流れた沈黙は、最近よく聞く警報の音によってなくなった。

 

(バーテックス来たぁぁぁぁ!!!赤嶺さんありがとぉぉぉぉ!!!)

 

「あ、樹海化警報か...樹」

「分かってます。まずは皆さんと連絡を取って合流します......今日は最前線で出てくれる人がいるでしょうし」

「え?」

「何でもないです。ふふっ...」

 

(あ、これは詰んだ)

 

微笑む年下の部長さんにより、私の未来を左右する戦いが唐突に始まった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ウラァァァァァ!!!!」

 

本来敵の攻撃を防ぐはずの盾が、星屑の胴体を抉る。

 

「じゃんじゃん来なさいバーテックスゥゥゥ!!!」

「......何あのバーサーカー」

 

愛用している盾を振り回し、最前線で暴れる加賀城さん。普段の彼女を知ってれば、様子がおかしいことは見なくても分かることだった。

 

(守ってくれーなんて言ってた割には...)

 

「雀もやる気を出したんですね。たまには良いことです」

「やる気とかそういう次元か?あれ」

 

銃で支援する俺としては楽だが、普段であれば『助けてメブゥ!!』を聞くのが当たり前なのだ。

 

「他の皆も妙にやる気だしなぁ...」

 

加賀城さんにぴったりくっつくように前に出てる園子と東郷、他にも________さっき教室にいたのが主に前に出てる。

 

「チュン!?」

「あらごめんなさい加賀城さん。掠めてしまって」

「いえ!ご協力感謝します!!」

「ふふ...終わったら全部見なかったことにするわ。皆そう言ってる」

「!!!!全力全開でやらせて頂きます!!来いやバーテックスゥゥゥ!!!」

「......東郷の友奈写真集でも壊したのか?あいつ」

 

俺の疑問に答える奴は誰もおらず、結局戦いが終わるまで、加賀城さんは一歩も引かずに盾をぶん回していた。

 

「椿さん」

「どうした芽吹」

「...今日、雀のことを考えるなら、近寄らないであげてくださいね。あの子なら大丈夫ですから」

「??」

「ほら雀!帰るわよ!!」

「メェェブゥゥゥゥゥ!!!助けてぇぇぇぇ!!!」

「...あの空間で助けられるわけないでしょう。私だって怖かったんだから...」

「メブは発する側じゃなくてよがっだよぉ......」

「......」

「あれ?メブ?ホントだよね?大丈夫だよね??え?」

 

(......まぁ、大丈夫かな)

 

加賀城さんが本当は強いかも。とかは抜きにして、彼女はちゃんと周りを頼る。それをよく見ている芽吹の判断なのだから、平気だろう。

 

なんだかんだ、よく理解しあってる二人なのだと再認識し、俺は静観するだけだった。

 

(......)

 

 

 

 

 

__________決して、加賀城さんを取り囲む数人の目が怖いからとか、そんなことは全くなかった。

 

 

 



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ゆゆゆい編 36話

久々のリクエスト回!お待たせしました!


「椿さんが気を失ったって本当ですか!?」

 

病室の扉を開けると、おじいちゃんがビックリしてこっちを見ていた。

 

「銀!隣の部屋よ!!」

「すいません間違えました!!!」

 

慌てて扉を閉めて、隣の扉をさっきより強く開ける。

 

「ここが椿さんのお部屋でしょうか!!」

「銀...」

 

アタシ達小学生以外の勇者部全員がいた。風さんがアタシを見て暗い声を出す。視線の先には、気持ち良さそうに寝ている椿さんがいた。

 

「......階段からこけそうになった子を助けたら、自分だけ落ちたんだって。バカよね...」

「ぶ、無事なんですか!?」

「命に別状はなし。頭をちょっと打っただけだそうよ。だから銀、落ち着いて」

「致命傷であればバリアが発動するはず。大丈夫」

「ぁ...はい」

 

アタシが一人だけ慌ててることに気づいて、一度深呼吸した。

 

「私もそう遠くない場所にいたから、椿を止められただろうに...すまない」

「棗さんが謝ることじゃないですよ!」

 

皆もいつも通り_______いや、ちょっと不安そうだったけど、まだ酷くない。

 

(...)

 

ふと見えた園子さんとおっきいアタシは、顔色を真っ白にして、なんとも言えない複雑な顔をしていた。

 

「ん、んんっ...」

『!』

 

微かな声がして全員で見つめる。椿さんはゆっくりゆっくり目を開けた。

 

「......こ、こは」

「椿先輩!!目が覚めたんですね!」

「ナースコール!ナースコールじゃあ!!」

「どこかおかしなところはありませんか?椿さん」

「......」

 

不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡した後、不安げな表示になって、その理由が分かる前に_______爆弾が投げ込まれた。

 

「あの...貴女達は、どちら様でしょうか?」

『へ?』

『...は?』

『あ?』

 

それぞれが、一言くらいしか出ない。きょとんとしたり、聞き間違いか確認したり、冗談はやめてくれと言わんばかりの声を出したり。

 

「えーと...え!?ど、どうしました!?」

 

病室が阿鼻叫喚に包まれたのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

「...成る程、成る程」

 

なんとか全員を静かにし終わってから確認したことを、雪花さんが纏める。

 

「つまり、勇者部として活動してきた記憶がごっそり抜け落ちてると」

「そう、なるんですかね...?」

 

自分の名前なんかは覚えてる。ただ、勇者部として生活してきた記憶だけ、狙ったかのようにない。

 

話の途中で、何人か体を震わせていた。アタシもその一人だ。それでも病室から出ていかないのは、心配だから。

 

「......誰か分かる人、います?」

「...すみません。実は一人」

『え!?』

「...だよね?銀?」

 

そう言って椿さんは、アタシを見て__________

 

「あー!!」

 

アタシは小さい頃からの幼なじみ。勇者部の記憶、つまり中学生時代の記憶があやふやでも、小さい頃の記憶はある。

 

「椿!!アタシは!?アタシは分かるか!?」

「えっと...おっきくなった、銀?」

「正解だよこのやろぉぉぉ!!」

「むぐっ」

 

涙を溢しながら椿さんを抱きしめるおっきいアタシ。

 

(でも、この光景も見慣れてきたかな~)

 

本来こんな目線から見ることなんて出来ないから、じっと見るのはちょっと恥ずかしいけどちらっとなら________

 

「そんな...つっきー。恋人である私のことも忘れちゃったの...?」

 

その光景に意識を持っていってたから、園子さんがそんな爆弾発言したことに気づくのが遅れてしまった。

 

「...え?」

『.......えぇ!?』

「およよ...悲しいなぁ。あんなに愛し合ったのに...おままごとで」

「え、えと、あの...」

「キスまでしたのに...ほっぺに」

『!?!?』

 

(え、園子さん、冗談ですか?それとも刷り込みですか?)

 

記憶がない間に言質を取るとかそういうあれなのか。それぞれ後半の部分が全部もにょもにょ言ってて聞き取れないけど、前半の発言がとんでもない。

 

「そ、園ちゃんが言うなら...わ、私は同じ部屋で寝たことあります!」

「友奈!?合宿はあたし達も一緒でしょうが!?」

「え?えぇ??」

「では、私はキスもしましたし、抱きしめられながら寝たこともあります!」

「ひなた!?」

「!?」

「その勝負でアタシに勝てるの?一緒に寝る、お風呂に入るとかよくやってたんですけど?」

「それは『やってた』の通り、幼稚園の頃とかだと思うんだけど...ノーカンじゃない?」

「なぁ!?」

 

次々語られる赤裸々話。アタシのだけ否定されてるけど。

 

(というか、椿さん...ホントに全部やってるんですか?マジ?)

 

今の椿さんに聞いてもしょうがないのに、聞きたくて聞きたくてしょうがない。

 

その間にも、わーわー会話が続いてた。

 

「そ、そんなことしてるんですか...そんなに沢山?流石に冗談じゃ......うっ、...」

『!?』

「椿先輩!?」

「なんか...俺は...!」

「記憶を刺激すると戻るの...!?誰か!誰か強烈に刺激ある話題出して!!」

「では...椿さん、こちらはいかがでしょう?」

「......女の子物の、ワンピース......っ!?あ、頭がっ!?」

「見るだけでこの反応!そうです!椿さんが女装した時に着たやつに似てるんですよ!」

「女装...なんで俺が!?」

「あぁ、いっそ今やれば全部思い出すかもしれません!さぁ!さぁ!!!」

「ま、待って!?それは似合わないって前も言って________」

 

(...アタシは何も見ていない。うん)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

椅子に座ってスマホを弄る。といっても何か目的を持ってるわけじゃなくて、ホーム画面を横にずらしたり戻したり。それに飽きて、空を見上げた。窓ガラスの先に見えるお月様は、綺麗な三日月をしてる。

 

「......」

 

胸が苦しくて、涙が出そうになる。理由なんて分かりきってた。

 

(つっきー)

 

時間はもう夜。ひなタンはつっきーに怖がられて、ご先祖様に連れてかれたのを合図に皆帰りだした。

 

私だけこの病院に残ってるのは、同じ家に住むミノさんが病室に残ってるから。

 

私達は皆つっきーを心配してる。でも、つっきーからしたら知り合いはミノさんしかいない。そんな環境では緊張する上に、あんなことがあっては、ミノさんと二人だけで話したくなるのも当然だし、私達もそうしてあげたかった。

 

私も本当は、一足先に帰ってご飯を作ったりした方が良いんだろうけど________

 

(...そうだよね。分からないんだもんね)

 

「そーのこ」

「ミノさん?もういいの?」

「椿が『暗くて危ないからもう帰れ』ってさ。全く、まだ八時なのに、あの椿の中でアタシは何歳だっての」

「可愛い幼なじみだからね~。心配になるんさ」

「......そう言われると、悪くないわな」

 

「あ、はい」と言われて、放られた何かをキャッチする。ひんやり冷たいそれはみかんジュースだった。

 

「そう言えば、ミノさんはみかんジュースそこまで好きじゃないよね」

「好きだけど椿ほどじゃないかなー」

 

かしゅっと音を立てた缶を勢い良く口に持っていくのは、つっきーによく似てる。

 

(やっぱり、幼なじみなんだなぁ......)

 

微笑ましく感じながら、私も貰ったぶんを開けて、口にした。

 

「そいえば園子、さっきはありがと」

「え?」

「あの恋人宣言だよ。最初はびっくりしたけど...アタシがはしゃいだせいで変な空気になりかけてたの、防いでくれたんでしょ?」

「......」

「沈黙は肯定だぞ?あそこでアタシだけ喜んじゃって、凄く申し訳なく思った時には遅かったからさ」

「...そんなつもりはなかったよ。だってあれは、ミノさんが幼なじみだったから...小さい頃からずっと仲良くしてきた証だもん」

 

私がつっきーと幼なじみでも、きっと同じことをしちゃう。

 

「...でも、早く記憶を戻して欲しいな~。とは思っちゃったね。私もつっきー抱きしめて、ちゃんと受け止めて欲しい。今だときっと...きっと、困っちゃうから、ね」

「...そだね。うん。あーあ!そしたらひなたの女装止めなきゃ良かったかなぁ?」

「私としてもメモが増えるから嬉しい...おりょ?メモが...つっきーの病室に置いてきちゃったかな」

「え?マジ?取ってきたら?」

「うーん...明日行けばいいかな~って」

「ホントに大丈夫か?それで。椿に中見られたりしたら」

「ミノさんごめんちょっと待っててね!!」

「ほーい。いってらー」

 

つっきーの病室は三階。私達がいたのは一階の受付前だったから、階段を一段飛ばしでかけ昇っていく。

 

(今日のメモは不味いっ!)

 

今日の授業中筆が乗って書いちゃったタマつばが見られてタマ坊に伝わったら、流石に不味い。全力で階段を______

 

「あれ?つっきー?」

「っ」

 

三階の踊り場に、つっきーがいた。

 

「どうしたの...?」

「...あの、これ見つけたから」

「!!」

 

手に握られてたのは、例のメモ帳。

 

「銀に渡そうと思って...だ、大丈夫!乃木さんが心配してた中身は見てないから!!」

「っ...ありがとう」

 

手が震えないよう意識しながら、メモを受け取った。泣くのもダメだ。せめて家に帰ってベッドに入るまでは抑えないと。

 

ミノさんを、目の前にこの人を不安にさせたくなんてない。

 

(でも...乃木さんなんて呼ばれるんだね)

 

初めて出会った頃からすぐ、園子って呼ばれてたから。呼んでもらってたから。凄く、悲しくなる。

 

(ダメ。ダメだよ私。今は...あれ?)

 

「何で私がこのメモ見られたくないって知ってるの?」

「あ」

 

ふと出てきた疑問がそのまま流れてしまって、つっきーが言葉を発した。

 

「......もしかして、さっきの聞いてたの?」

 

ホントは一階まで降りてて、話を聞いてしまって。私がこっちに来るから、急いで病室まで戻ろうとしてたのか。

 

「...バレちゃったか」

「!」

 

つっきーは、もう降参とでも言うように両手をあげた。

 

「聞くつもりは無かったんだけどね。それにしても、本来の古雪椿は相当好かれてそうだ」

「あの、えっと」

「あぁ、別に乃木さんが今の自分を否定するつもりがないってことくらいは分かるから安心して」

 

これまでのつっきーに戻ってきて欲しいと言うのは、今こうして戸惑ってるつっきーに消えてくれと言っているようなもの。そう解釈されるかと思ったら、案外そうでもなかった。

 

「いや、この言い方も違うか...んんっ。あー、園子」

「!」

「大丈夫。すぐ戻るさ」

 

歩きながら話すその言い方は、間違いなくいつものつっきーで。

 

「さっき銀から動画を幾つか見せてもらってな。元々自分なんだし真似くらいなら出来る」

「つっきー......」

「なんで俺の記憶があやふやになったのか分からんが、ここからラノベとかでよくある展開は...同じ衝撃を与える。てところだろ」

「!!」

 

私の横を通りすぎた彼は、立ち止まり振り返った。私と目が合う。

 

「それって!危ないよ!!」

「危なくてもやるさ。だって」

 

 

 

 

 

「園子にそんな暗い顔、ずっとさせたくないから」

 

朗らかに笑って、彼は後ろに向けて足を蹴った______階段に向けて、受け身を取れなさそうな体勢で。

 

「ダメっ!!!」

 

反応が遅れても、必死に手を伸ばす。このまま行かせてしまったら何かを失うような気がして。

 

(もう絶対、誰も離したくない!!!)

 

自分の限界以上の力が出せてるように感じながら、離れていく彼の手首を掴んだ。離れないようにぎゅっと。きっと彼が痛いと思うくらいには。

 

「「!」」

でも、私が出来るのはそこまでだった。重力に引かれるように、つっきーにつられるように、一緒に宙を舞う。

 

それでも私は、決して離さなかった。

 

 

 

 

 

(...あれ?)

 

全然痛みがなくて、瞑っていた目を開ける。見上げると、すぐ目の前につっきーがいた。

 

結局私も一緒になって階段から落ちたけど、つっきーに抱きしめられて無事だったんだ。と分かるより先に、バッと起き上がる。

 

「つっきー!!平気!?」

 

変な体勢で倒れ込んだ筈の彼は、私を庇ったせいでもっと大変な状況だった筈だ。

 

「んぐっ...っつー。いってぇなぁ...あれ?園子?」

「!!!」

「なにこの状況...というか、ここどこだ?学校じゃないっぽいし...というか学校の階段から」

「つっきー!!」

「んぐむ!?」

 

思いっきりつっきーを抱きしめて、止まらない涙を押しつけた。服が出てくる涙を吸いとってくれるけど、それより速く流れてくる。

 

「おかえり...よかった......」

「......なに泣いてんだよ?」

「泣いてないもん!!」

「無理があるんじゃないか?全く...」

 

じゃれる猫を扱う様に、そっと私の頭を撫でてる。ほっとする。安心する。優しさが溢れてどうにかなっちゃいそうな程。

 

私はその手と、体温と_______

 

「泣き止んでくれよ。俺は園子に泣いててほしくないからさ」

 

苦笑する彼が、好きなのだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......いかがでしょうか」

 

最後までスクロールして、その文字達を理解する。私は一息ついて、率直な感想を口にした。

 

「多分本当の私だったらもっと暴れてると思う」

「そ、そうですか...じゃあ、もうちょっと書き足してみます」

 

あんずんはそう言って、私(先生)に見せてた自分の小説を軽く見返していった。

 

「後は何かあります?園子先生」

「う~んとね...後で纏めて連絡するので良い?」

「分かりました!では失礼します!」

 

部屋から一人分の熱が消えて、私はちょっとだけ深呼吸した。

 

「...凄いなぁ、あんずんは」

 

元々文芸少女というのもあって、あの子の吸収力は高い。私としても鼻が高くなるばかりだ。

 

後は________自分の好きな人と、それを狙ってる人の組み合わせで、よくここまで作り込めるな。と。私もつばぎんを書いたりするけど。

 

「......」

 

だから、こんな文章を見せられて、顔から火が出そうなくらい熱いのも仕方ないことだった。

 

「...バレなくてよかった」

 

 

 

 

 

「んくしゅんっ!」

「どうしました椿さん?風邪ですか?」

「いや、今日は健康体そのものだと思ってるが...誰か噂でもしてるのかね、っと。さ、次行くぞ銀ちゃん。今日は依頼はやること多いからな」

「了解です!!」

 

 

 



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ゆゆゆい編 37話

今回は音操さんからのリクエストになります!リクエストありがとうございます!


「うーむ...」

 

俺の家から数分圏内にある最寄りのスーパー。その店の中で俺は一人、誰にも聞こえないような声で唸っていた。

 

(どうしよーかね...)

 

右手で足りなかった調味料を選び取りながら、意識は左手で握られた買い物カゴにぶち込まれたあるものに向けられている。

 

特段珍しい物は入ってない。よくある野菜だ。問題は量。

 

(流石に人数が少ないなぁ...)

 

タイムセールで手に入れたお徳用野菜詰め合わせ(戦利品)は、安さに目を引かれて一先ずカゴに入れたものの、ぶっちゃけ余る量だった。

 

かといって戦争を勝ち抜いて手に入れた物を後から戻すのも気が引ける。まぁ冷蔵庫に入れとけば良い話なんだが、いかんせん我が家の冷蔵庫は買ってきた物を多く詰め込めるスペースはない。

 

まず今日の目的が調味料の補充だった為、仕方ないことではあったのだが。

 

(隣の家に持ってくか、作らせてもらうかなー...昼飯ついでに)

 

自分の中で意見が一纏まりしたところで、見知った顔が俺の目の前を通りすぎた。

 

「棗?」

「?あぁ、椿か...驚いた」

 

あまり驚いて無さそうに見える顔をした棗の左手にも、買い物カゴが握られていた。

 

「珍しいな。こんなところに一人なんて」

「寮の近くにあったスーパーが休みでな...それに、一人じゃない」

「あれ?椿さんじゃないですか」

 

彼女が指差した先を見ると、雪花、歌野、水都、そしてしずくがいた。

 

「これまた珍しい組み合わせ」

「たまたま寮に残ってたのがこのメンバーでして。そしたら私達だけで買い物して、ご飯作っちゃおうかと」

「食べに行くのも考えたんですけどね」

「成る程な」

「あー、椿さんそれ手に入れたんですね!見せてもらっても良いですか?」

 

俺のカゴに食いついてきたのは歌野。

 

「えっ...あぁ、そういうことね。はい」

 

農業王は野菜を詰め合わせをまじまじと見て、角度を変えてはうんうん頷いている。

 

「これ程の物をこの安さで...私も見習わなくちゃならないわ」

「中学生が経営の話をするとはな」

「いえ、うたのん、今日はお休みしてる商店街の八百屋さんに、ホワイトスワン農場って名前で野菜渡してたりしてて」

「え、既にやってんの?」

 

初耳な水都の話に、歌野の行動力なら割とやりかねないことも分かっていても驚くしかなかった。

 

「殆どは福祉施設に渡したり、土地を借りてくれてる大赦に渡してますけどね...はい。ありがとうございます椿さん」

「お、おう...なんなら持ってくか?取りはしたが保存きく量じゃなくてな」

「うーん...悩ましいところではありますが、椿さんが手に入れた物ですし」

「まぁ、確かにそうなんだが...あ、そうじゃん。お前らもこれから飯なんだろ?うちで食べてかないか?」

「え、良いんですかそんなこと言って?」

「まぁ平気だろ。寧ろ俺としては助かる」

 

野菜を痛ませることなく使いきれるなら、良いことだろう。料理の負担は一人分を作ろうとしてる時点で大して変わらない。

 

「...私は嬉しい」

「古雪さんが平気なら、ですけど...あ、私もお手伝いしますし」

「みーちゃんだけでなく私もやりますよ!」

「皆がそう言うなら、お言葉に甘えますかね」

「ん、楽しみ」

「決まりだな。そうすると...」

 

家に残ってるだろう物を思いだし、幾つか候補を出す。

 

(一応聞いてみるか...)

 

「お前ら、何か食べたいのあるか?」

「蕎麦で!」

「ラーメン」

「ラーメンかにゃー」

「沖縄そば」

『......』

「ぁわわわわ...」

「......」

 

これだけ早く聞かなきゃよかったと後悔するのも珍しい。

 

(そうか、こいつら...)

 

慌てている水都も基本は蕎麦派のため、この場にいる全員がそれぞれ好きな麺類がある_______ みかん好きの俺と加賀城さん、鰹好きの弥勒を除いた大派閥であるうどん派と違う麺が好物なのだ。

 

普段からうどん派と争ってるからか、己の意思を貫く力が強い。

 

「皆、よく考えて。このネギ!蕎麦の上に盛り付けるには最高よ!」

「...ラーメンの上にもネギは出来るし、他の野菜も使える」

「そーそー。この際私は徳島ラーメンでも構わないし。第一今日のご飯は野菜を沢山使うためのでしょ?」

「かき揚げにすれば良いのよ!野菜かき揚げに!!」

「......沖縄そば」

 

意見を纏めるどころか開戦しそうな雰囲気にため息をつく。せめてこっちに飛び火がこなければほっとくだけで________

 

「二票でラーメン」

「甘いわね。みーちゃんをトゥギャザーして二票よ!」

「私は...椿を取り込もう」

「俺を巻き込むな!?」

 

思っていた矢先にこれである。

 

(全員それぞれのリクエストを作るのは流石になぁ...)

 

「それなら私達が取り込んで蕎麦三票に!」

「...ラーメンに来てもらう」

「てか、しずくだけじゃなく俺を入れればもう三票なんだよ!相手が悪かったな!」

「なっ!?シズクさんはズルいわよ!」

「ナイッスしずシズコンビ!」

「......うん。はじめに聞いた俺が悪かったから。お前らこれ以上このお店で騒ぐな!!」

 

店員さんと他の客の目に耐えられなくなった俺は、急いでレジへ向かった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「残り物もこれでよし...」

「椿さん!野菜切り終わりました!」

「おう、ありがとう...流石だな歌野。めっちゃ綺麗に切られてる」

「野菜に関しては誰にも負けませんので!」

 

農業王を名乗る者として、野菜の扱いは何においても負けるつもりはない。

 

「栽培して配って自分で扱えて...農業王は伊達じゃないな」

 

椿さんはそんなことを言いながら、鍋に野菜を加えていく。

 

結局、お昼ご飯は焼きそばになった。

 

『うちで焼きそば作ります。家にあるし野菜も沢山あるので。異論は認めません』

 

椿さんが好きな料理にしたというよりは、私達の言い争いを止めるために提案(命令)したって感じだった。文句は誰からも出ず、そのまま決定。

 

一応全員が希望していた麺類ではあるし、まず彼は好きなのがみかんで得意料理が焼きそばって感じなこともあったと思う。

 

「蕎麦も余ってたことは、言わない方がいいだろうなぁ...」

「今蕎麦って言いました!?」

「言ってないから落ち着け。あと雪花、悪いんだけどテーブル片付けといてくれない?しずくはレンジにある奴運んでもらって、水都はそこにあるので拭いて、棗は椅子を頼む」

「お任せを!」

「分かった」

「わ、分かりました」

「了解」

 

人数が多すぎて調理場に立てないメンバーが準備してるのを見て、私はお皿を用意し始めた。

 

「椿さん、どの食器使います?」

「右上の楕円深皿。後左側にあるタッパーも頼む」

「はーい」

 

『流石に六人前を一度に作れるフライパンはないから二回に分けるけど、それはそれで余るからな。隣にお裾分けする。冷蔵庫の残りも出すから量も十分だし、俺も買いすぎた物を減らせるし、一石三鳥くらいだろ』

 

さっき言っていたことを思い出して、恐らく隣に届ける用であろうタッパーも取り出した。

 

「皿はテーブルに。フライパンごと持ってくから。そしたら皆と一緒に待っててくれ」

「洗い物しときますよ?」

「......じゃあお願いするわ」

「?」

「あぁ、いや...我が家で料理する奴って少ないから新鮮だなって」

「園子さんとか銀さんとかはしないんですか?」

「俺があっちに行くことが多いからさ。あいつらの家とか、犬吠埼姉妹の家とか」

 

(女の子の家に通されて料理していく男性...)

 

変ではないけど、珍しい部類だとは思う。農業王(私)が言うことでもないかもしれないけど。

 

他に話すこともなく、洗い物してる私には水の音とかき消されて聞こえにくい皆の声だけがなんとか届いてくる。隣の椿さんは何も言わない。

 

(でもこの感じ、悪くないわね)

 

二人でいるには少し手狭なキッチンで、料理と後片付け。よくある家庭はこんな感じなんじゃないだろうか。

 

「はい完成。全員席につけー」

『はーい』

 

テーブルに布の鍋置きが置かれ、その上にフライパンが乗る。

 

「鰹節、青海苔はお好みでっと...じゃ、ちゃちゃっと隣に届けてくる。急ぐけど取り分けたら先食っててくれていいからな!」

 

そのまま、椿さんは焼きそばの入ったタッパーを持って家を出ていってしまった。

 

「......そこは、急ぐから取り分けたら食べずに待っててくれ。じゃないのね」

「古雪さんらしいというか、なんというか...」

「...これで先に食べる人、います?」

「ううん」

「いないだろう」

 

全員の意見が一致したところで、とりあえず取り皿には移しておく。

 

「椿さんのぶん、どのくらいにします?」

「...多目?」

「それなりには食べるんじゃないか?」

「じゃあこのくらいで」

「雪花さん、もう一盛りしましょう!椿さんならノープログレム!」

「あいよー」

 

後はそれぞれが食べられそうな量を入れてくと、フライパンの中身は殆ど無くなった。

 

「...椿さんのお皿を!」

「このくらいなら誤差ですよね誤差!!」

「なんだか二人、テンション高い」

「気持ちは分かる。美味しそうだからな」

「ただいまー...ってなんだその量!?」

「椿さんのぶんですよ」

「!?!?」

 

いつの間にか山になった焼きそばに「マジかよ...」と呟きながらも、大人しく席に座る椿さん。

 

「てか、食べててくれて良かったんだぞ?」

「そういうわけにもいきませんから!」

「そうだ。作ってくれた人を待たずにどうする」

「お、おう、なんか悪いな......え、えーと。じゃあ冷める前に食べますか」

『頂きます!』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「けふっ...」

 

周りに聞こえないよう配慮しながら、口から空気を抜いていく。

 

(いや、流石に食い過ぎだって......)

 

残したぶんは冷蔵庫へ。と思っていたのだが、皿に盛られたのを食べきってしまった。まぁ、ギリギリ食べきれる範囲だったからこそ残す気にもならなかったのだが。

 

(...喜んで貰えたし、よしとするか)

 

麺類戦争を回避し、平和に昼を食べれた。皆が口を揃えて美味しいと言ってくれた。

 

(いや、わざわざ好きじゃないみたいな言い方する奴はここにいないだろくけど)

 

お世辞で言ってきてるとは少しも思ってないが、お世辞で言われても嬉しいものなのだ。このメンバーから言われて嬉しくない筈がない。

 

「...さて、お前らこれからどうすんだ?」

 

ここで洗い物の話をすると、皆が気遣ってくるからしない。

 

「お昼以外の予定入れてなかったんですよね~」

「お昼も予定が入ってたとは言いにくい...」

「だねー。どうしよっか...棗さん何かあります?」

「...そう言う雪花は?」

「特に無いですねー」

「...ゲーム」

「しずく?」

「このまま家で、ゲームは、どう?」

 

しずくのゆったりした口調で言われる提案に、全員が顔を見合わせる。

 

「良いわねしずくさん!それにしましょう!」

「椿、何かあるか?」

「勿論あるぞ。六人で遊べる奴だとトランプとかボードゲームとかか?」

「んじゃまずそれで!」

「分かった。取ってくるわ」

 

物置部屋に入れてたボードゲームやらトランプやらを取り出して、リビングまで戻る。皆はお行儀よくテーブルを囲っていた。

 

(あー、でも洗い物どうしよ...)

 

「椿さん早くやりましょう!ここ座れますから!」

 

(......後でいっか)

 

皆の顔を見たら、自然と座っていた。

 

「まず何やる?」

「定番のババ抜きしましょう!」

「お?私強いぞ~?」

「こっちにはみーちゃんがいるわ!」

「あれ?私そんなに強くないよ...?」

「てかまずチーム戦じゃないんじゃ...?」

 

カードをシャッフルして配りながらも、和気藹々とした会話は続く。

 

「うーん...どうせなら優勝賞品とか決めません?」

「いいだろう」

「何にします?」

「...今日の夜、好きなのを指定する」

『!!』

 

バッと全員が俺の顔を見た。

 

「...あ、夕飯もうちで食うか?」

「椿さんが迷惑じゃなければ」

「迷惑なんて思わな.....い、ぞ」

 

言葉の途中でまた麺類戦争に巻き込まれてしまったことに気づくも、時既に遅し。発した言葉は戻らないので、もう諦めた。

 

「...じゃあ、勝者は今日の夕飯の献立決定権な。始めるぞ」

「負けられない戦いが!」

「ここにある...」

「絶対」

「勝っちゃいますよ!」

「あ、あはは...」

 

全員がカードを持って________ほんのちょっとだけ、追加で買い物に行かなくて良いから蕎麦派が勝たないかな。なんて思いつつ________熱くも和やかな午後の一時が始まった。

 



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ゆゆゆい編 38話

今回、初期案は彼女のASMRでした。文章で囁きを表現するのが難しくてやめました...


「ふぁー......」

 

いつもの様に木刀を振り、BB弾の銃を撃った後。タオルで汗ばんでいた体を拭いて、大きめの息をついた。

 

「にしても、良い天気だ...」

 

雨を降らせなさそうな真っ白い雲が漂い、爽やかな風、体を動かさなければ汗をかかない程よい気温。湿度も低すぎず、高すぎない。『快適』という言葉は今日みたいな日にピッタリだろう。

 

まぁ、これだけ好条件な環境で体を動かし終われば、眠気が襲ってくるのも当然なわけで。

 

「やっぱバイクで来なくて正解だったな...」

 

丁度日陰になる木があるのは知ってたし、荷物もなるべく軽くした。平たく言うと、元からここで昼寝する気満々である。

 

(勇者部も今日は何もない筈だし......)

 

座り込み、木に背中を預ける。

 

「...ゆっくりこの景色を見るのも、久々かもな」

 

ゆったりしたリズムで寄せては帰る波は程よいBGMに、そよそよ吹く風は柔らかく俺の肌を撫でる。真上を見上げても、葉と雲に隠れて太陽は眩しくない。

 

(あー、ねむー......)

 

知らず知らずのうちに、目蓋が下がる。もう少し微睡む感覚を楽しみたいと思っているうちに、俺の意識はなくなった。

 

 

 

 

 

「んー...?」

 

ごそごそと違和感したので目を開けると、ひなたがいた。

 

「あ、起こしちゃいました?」

「...頭動かされればなぁ」

「すみません」

「いや、いいけど...今どんな状況?」

 

辺りを見渡そうと顔をあげようとするも、がっつりひなたに防がれた。

 

「...ひなた?」

「場所は移動してませんよ。私が膝枕してるだけです」

「膝枕って...」

 

意識が後頭部に伝わる感触を理解し始めるも、なす術はない。

 

「...なんでやってんの?」

「私がしたいからです。ですので椿さんは、私の為を思うなら動かずもう一眠りしてくださいね」

「なんじゃそりゃ...」

 

口ではそう言いながら、ひなたとの会話が終わると、狙っていたのかと疑うくらい途端に眠気が襲ってきた。

 

「そんなこと言われたら、動きたくなくなるだろ...」

「良いんですよ。ゆっくりおやすみください」

 

優しく頭を撫でられ、そのまま目蓋を閉じるよう促される。伝わってくる温もりは、心地好すぎて病みつきになってしまいそうなくらいで。

 

ただでさえ良かったものが、極上のものに変わっただけだった。

 

(あー、これはズルいわ......)

 

また俺の意識は、あっという間に落とされていく。

 

「...おやす、み......」

「はい。おやすみなさい」

 

 

 

 

 

「んー...んっ」

 

デジャヴを感じるように______起き方にバリエーション持たせる方が難しいとは思うが______起きると、やっぱり視界にはひなたが映った。

 

「夢じゃなかったんか...」

「おはようございます椿さん。気持ちよかったですか?」

「...どのくらい寝てた?」

「30分程」

「......数時間寝た後みたいな感覚になるくらい、良かったです」

 

これを毎日やられたら、睡眠不足なんて一生やってこないだろう。

 

(逆にいつまでも寝てたくなるからダメかもしれないな...)

 

「て、そうじゃねぇ。30分とはいえずっとその体制だったのか?大変だっただろ」

 

木に寄りかかり、俺に膝を貸すためずっと正座というか、よくある女の子座りをしてたのか。そう思って聞いたのだが、彼女はやれやれといった表情をしていた。

 

「全く...寝てる椿さんを起こしてまでやり出したのは私ですよ?怒られるならともかく、心配されたり謝られたりすることではありませんからね?」

「先に釘刺すな...分かった。謝らない。ありがとう」

「はい」

 

ほんわか微笑む彼女に目を離せなくなるのをなんとか堪え、やっと俺は起き上がった。あれ以上あそこにいたらまた寝てしまいそうで、誘惑をはねのけるのも一苦労である。

 

「......いや、体かるっ...」

 

肩を回したり軽く足腰を動かして、自分の状態を確かめる。明らかに良いコンディションだった。

 

「んで、どうしたんだ?まさか膝枕する為だけにここに来たなんてことはないだろ?」

「いいえ?椿さんが今日一人でここにいるというのを聞いたので、来ただけですよ?」

「あれ?」

 

予想が外れて拍子抜けするも、本人もきょとんとしてるだけだった。そのうち「あ」と言って、立ち上がる。彼女のワンピースの裾がふわりと舞い、地面についてた部分を少しはたかせた。

 

「でも、そうですね...折角ですし、歩きませんか?」

 

彼女の指差す先は、綺麗な浜辺があった。

 

 

 

 

 

「さっきも思ったが、なんか不思議だ」

「何がです?」

「よく来るが、景色を見るために来る訳じゃないからな。こんな歩くなんてなくて」

 

さくさく音を立てて歩く真っ白な砂浜は、裸足で歩けば熱いだろうという位にはじんわりした熱さを靴越しに伝えてくる。

 

「ずっとここで練習していれば、バランス感覚が養えそうですね」

「夏凜や芽吹に教わった型なんかやろうとすると、どうしても足持ってかれるからな。踏ん張ってあちこちに負荷はかかりやすいと思う」

「私でも少しくらいはやれるでしょうか?折角この世界では樹海化警報が鳴っても動けますし、今から練習すれば勇者の一員として戦えるかもしれません!」

「勇者システムはどうすんだよ?」

「そこは...神樹様に新しく用意して貰いましょうか。西洋の剣と盾を持った様な方はまだいませんし」

 

自分の想像する一般的な勇者の真似か、剣と盾を持ってるであろうイメージで、彼女が右手を振るう。

 

「そんなよくある感じの勇者がやりたいなら、今度それが出てくるRPGでも貸すよ」

「あぁでも若葉ちゃんとお揃いの刀も良いかもしれませんね!!」

「聞けっての...はぁ。まずな」

 

痛がらないような強さで、ちょんと彼女のおでこをつつく。

 

「ひなたは巫女として十分役目を果たしてるし、敵と戦うのは勇者である俺達の役目だ。それまで奪うなよ。それとも、俺達だけじゃ不安か?」

「...不安ですよ。普段一緒に生活してる皆さんが戦う時、私は何も出来ませんから。初めからずっと」

「......」

「だから私は...ぇ?」

 

俯くひなたの頭を撫でる。申し訳ない気持ちが確かにあった。

 

「ごめん。無神経だったわ」

 

(そうだわな。今のは俺が悪い)

 

彼女がどんな思いで勇者を送り出しているか。昔、というか西暦時代何があったのか。そんなことは俺もよく知ることだった筈だ。

 

(でも、やっぱり)

 

「でも、俺が言えるのは前と同じだ。全部終わって帰る場所で、笑って待っててくれ。俺は、そのために戦うから」

「...全く、椿さんは」

「なんだよ」

「そんなこと言われてしまったら、甘えたくなってしまうじゃないですか」

「今更だろそんなの。お互いに」

 

居心地の悪くない沈黙が訪れて、どちらからともなく笑い始める。これに似たようなやり取りなら恐らく何度目かだ。

 

「はーっ...毎度、変わらないか」

「椿さんが言うんですか?」

「言うって。別にそれが悪いわけでもダメなわけでもないんだから良いだろ?」

「...なんだかはぐらかされた気分です」

「何でだよ」

 

ひなた以外には、海の音と鳥の鳴き声くらいしか聞こえない。必然的に俺は彼女の声を、彼女の動きを普段より多く捉える。

 

だから、一瞬砂に足を取られた彼女にも気づいた。

 

「あっ」

「はいっと」

 

同じ人間とは思えないすべすべして柔らかい手を掴んで、彼女一人分の重さを全身で支える。

 

(女の子、って感じだな...)

 

「大丈夫か?ここなら転んでも痛くはないと思うが」

「は、はい...というか、転ぶ前に助けられちゃいましたし」

「ほっといた方が良かったか?」

「そんなことはありませんよ。意地悪な聞き方ですね」

「すまん」

「いえ。ありがとうございます」

 

ひなたがしっかり持ち直したのを確認してから、手を離し________

 

「......あの、ひなた?」

「はい。なんでしょう?」

「いや、手、もういいんじゃ...」

 

がっちり掴まれた左手は、ひなたの右手と離れない。というか離せない。

 

「良いですか椿さん。まだ先はあります。その間にまた足を滑らせてしまうかもしれません」

「...分かった。分かったから。好きにしろ」

「はいっ♪」

 

横並びになるよう丁寧に手を繋ぎ直し、また歩き出す。嬉しそうにしている彼女を横目で見てしまっては、もう恥ずかしいとは言えない。

 

「そう言えば椿さん、先日こんなことがあったんですよ______」

「なんだ?_______へー、いやそれホントか?若葉平気なのか?」

 

楽しそうに話す彼女の話を聞き、返事をする。そんな当たり前のことが嬉しくて、手から伝わってくる熱を感じながら、俺は微笑んでいた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あのさぁ。ふざけてんの?」

 

「なんでだよ」

 

「いやだってさ!そんな話ないだろ!!」

 

「お前が昨日何してたって聞いてきたんだろ...」

 

「そうだけど!そうだけど!!そんなトーク返されると思わなかったじゃん!!一日ゲームしてた話をした俺がなんか申し訳ないわ!!!」

 

「俺だってそんな日はあるし...てかお前がやってたのアレの新作だろ?どうだ?面白い?」

 

「そんな話してられっかぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「えぇ......」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「上里さんがゲームなんて珍しいわね」

 

「あぁ千景さん。椿さんが勧めてくださったゲームなんですよ」

 

「へぇ...それ、私もプレイしたけど面白かったわよ。こっちの世界だと有名な作品らしくて」

 

「似たようなことを言われました。今丁度ボス戦なんです」

 

「へー...アドバイス、いる?」

 

「いえ!自力で...というか、普段通りやれば...!!」

 

「『勇者ひなた』の庇う、え、『盗賊友奈』の毒攻撃、『魔法使い若葉』の攻撃魔法、『僧侶椿』の回復魔法...!?」

 

「本人の方たちには許可を取ったので。あ、今度千景さんの名前使ってもよろしいですか?」

 

「か、構わないけど...なんか意外な職業ね」

 

「どうせなら皆さんが普段しなさそうな役職が面白いかなと」

 

「確かにね...って、貴女防御力高すぎない?」

 

「振り切ってますから。攻撃力は僧侶の椿さん以下です。でもそのお陰で椿さんの力だけで全回復!私が皆さんを守りきります!」

 

「...私も久しぶりにやってみようかしら」

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 39話

ゆゆゆい続編の発表されましたね...後書きに今後の予定について詳しく書いたので、作品だけみたいという方は最後飛ばしちゃってください。

そして今回は磯辺天さんからのリクエストです!ありがとうございます!


「お前らなぁ...」

「はーなーせー!椿ー!!」

「アタシもですかぁ!?」

「お前もノリノリだっただろうが!」

 

猫をつまみ上げるように襟首を掴み、動きを止めさせる俺。珍しいことをやらせてるのは球子と銀ちゃんだ。

 

時は放課後、場所は部室。俺達以外には、東郷、ひなた、杏、須美ちゃん、それに園子ズ。

 

「あのなぁ...」

「いいじゃん!!登山くらいさぁ!!」

「普通の登山なら止めはしねぇっての」

 

アウトドア好き、登山好きの球子ではあるが、今回彼女の言っている『登山』は意味が違う。

 

「あの山には!あの巨乳には万物全てを超越する力があるんだよ!椿ぃ!!」

「ばんぶつとかおぼえててえらいなーたまこ」

「冗談でも酷くないか!?タマ中三だぞ!?」

 

これ以上にない棒読みで答えると、また球子は「はーなーせー!」と暴れだした。離したところで彼女の言う『登山』が始まるだけなので、まだ離すわけにはいかない。

 

(ここまでやられると、いい加減お灸を据えた方が良いだろうか...)

 

そう思い、『登山』の被害者側に目を向ける。

 

(さて、何か案はあるかなー...っと)

 

そして、キラキラ目を輝かせてる奴が語ってきてるのが見えて考える。

 

(どこまで考えてるか分からんが...)

 

「あのー椿さん。私球子さんみたいに暴れないしもうやらないので離して貰えませんか...?」

「あぁごめん銀ちゃん」

「銀はそんなあっさり!?タマもは、な、せっ!!!」

「んがっ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「「あわわわわ......」」

 

さっきまで古雪先輩に捕まっていた銀と球子さんが、態度を一転して震えている。遠巻きに見ていた私達も駆け寄った。

 

暴れた球子さんの裏拳が古雪先輩の顔面を直撃し、二人を離して鼻を抑えてる。

 

「す、すまん椿!タマそんなつもりじゃ...!」

「いってーなぁ...おい」

『!!』

 

その声に、全員の顔が強ばった。古雪先輩のこんな低い声は滅多に聞かない。

 

直接向けられた球子さんは、一瞬で涙目になっていた。

 

「っ!!ご、ごめっ」

「つっきーそれはダメッ!!!」

 

それを止めたのはそのっちだった。誰より強く声を届かせ、古雪先輩はその声を聞いたからか、顔をぐにぐにと弄る。

 

「...球子」

「ごめん椿!!ごめんなさい!!!」

「...別に、怒ってはない」

 

その顔は、普段通りの古雪先輩に見えた。

 

「ただあれだな。折角俺を殴るくらいなんだ。証明してくれよ」

「ぇ...?」

「お前が言う登山の良さを。さ。何度止められてもやりたがる理由を教えてくれ」

 

それから______見たことないような笑みを浮かべた。

 

「球子さん、これって...!」

「あ、あぁ、まだ許されるぞ銀!!椿!!タマに任せタマえ!!魅力を全部教えてやるからな!!!」

「おう、楽しみにしてるぜ」

 

(あら?何だか話がおかしな方向に...)

 

「まず。世の中には持つ者と持たざる者がいる!!タマみたいな持たざる者と、そっちにいる奴らみたいな持つ者が!!」

「タマっち先輩、自分で言ってて悲しくならないの...?」

「うるさいうるさい!持たざる者は持つ者の感覚が分からない!タマも一度くらい『胸が大きくて肩凝っちゃった~☆』なんて言ってみたい!!」

「見事なまでの暴走具合ですね...」

 

須美ちゃんが完全に引いていた。球子さんの顔を見れば無理もない。

 

「そんで?」

「そしてだ!男子は大体でかいのが好きだ!!揺れるおっぱいが大好きなんだ!!」

「最低ですね」

「タマ坊、それはフォロー出来ないかな~...」

「タマはそれを理解しているからこそ!!魅力をより理解するために登山に励むんだよ!!椿!!!」

「......」

 

はっきりいって下らない話に、古雪先輩は顎に手を当てて真面目に考えてる仕草をする。

 

「...それはあれか?モテるためにやってるってことか?」

「あとは制裁だ!持たざる者のことを理解せずにいる持つ者に対しての恨みを!!怨念を!!」

「ふーん...まぁ、やってみれば分かるか」

『!!!』

 

古雪先輩からこぼれた信じられない一言に、煽っていた球子さんさえ固まった。

 

「球子さんヤバイですよ!やっぱりさっきの裏拳で椿さんの頭のネジ飛ばしてますって!おかしいですもん!!」

「...えぇい!まともなこいつだったらただ怒られるだけなんだ!!椿!!やろうぜ!!」

「そうだな。たまには...やるのも良いかもな」

 

とんとん拍子で話を進めていく二人に、戸惑う私達。

 

「目指すはあのエベレスト!!」

「えぇ、私!?」

「分かった」

「古雪先輩!?」

「球子の理解を深めるためだ。大人しくしてろよ東郷」

「そ、そんな...」

 

突然狙われ、様子のおかしい古雪先輩が私の元まで歩き、両手を私の胸まで伸ばしてくる。

 

「古雪先輩、やめっ、やめてください!」

 

私が言っても、先輩は止まらない。あと少しというところで、私は目をきつく閉じた。

 

(こんな形でやられるなんて...!)

 

せめて、先輩が正気の時に_________

 

 

 

 

 

「待つんよつっきー」

「...そのっち?」

 

瞑っていた目を開けると、伸びていた手を止めて守ってくれてるそのっちが見えた。

 

そして、その奥に______さっきのとは違う、いたずらを楽しむ子供のような笑みを浮かべる、古雪先輩も。

 

「なんだよ園子。俺はエベレストに挑むんだ。邪魔しないでくれ」

「つっきー?よく考えるんよ。タマ坊はつっきーなんかより遥かにスペシャリスト。これまで幾つもの山を踏破してきた者なんよ。それに比べてつっきーは赤子同然の初心者」

「そうだな」

「そんな初心者が最初からエベレストなんて登ったら、遭難間違いなしだよね?」

「うん...成る程。それで?」

「まず初心者は、初心者らしく...低い山から挑戦するべきだと思うんだ」

「...ん?」

「で、初心者向けの山は......そっちに」

「確かに優しそうだな」

 

振り返った先には、不思議そうな顔をしている球子さん。

 

「...つ、椿?」

「まずは低い山からだな...球子、動くなよ?」

「え、ちょ、ダメだって椿!!」

「俺に登山のなんたるかを教えてくれるんだろ?じゃあ動いたらダメじゃん」

「ぅ、うぅ...」

「さぁ、さぁ!!」

「うぅぅ...ごめんなさぁぁぁぁいっ!!!!」

 

部室の扉を開け、球子さんは涙目のまま慌てて駆け出していった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふぅ......案外長かった...」

「つっきーお疲れ~。イェーイ」

「お疲れさんっ」

 

球子が走り去ってから五秒程度。一息ついた俺はハイタッチを求めてくる園子と手を合わせた。

 

「あ、あれ?いつも通りの椿さん?」

「ずっとそうだよ。裏拳くらいで記憶飛ばされてたまるかっての」

「ということは...さっきまでのは、演技だったんですか?」

「まぁな。かなりガバガバな計画だったが......球子を怖がらせるというか、被害者側の嫌な気持ちを分からせるには十分だっただろ」

 

普段ならあんな話、少なくとも球子からの話題には乗らない。俺以外の勇者部部員がいなくて、裕翔からされた話なら付き合うくらいするだろうが。

 

「ていうか東郷、悪かった。怖がらせちゃって」

「い、いえ...私自身は大丈夫ですから。本当におかしくなってしまったのかと心配しました」

「ごめんな...俺は大丈夫。安心してくれ」

「完全に騙されましたよ~!」

「敵を騙すにはまず味方から。ってな」

 

まぁ今回銀ちゃんは敵寄りだったわけだが。この子は自分からやりだす訳じゃないし。

 

「てか、凄いのは園子だよ...」

「つっきーの名演技のお陰です!」

「いやまず何で分かった......」

 

俺の目的を目だけで理解し、成功まで持ってくよう動いてくれた。俺も園子に合わせて行動を調節したりしたが、それでも異常だ。

 

(最初のやり過ぎた時も、東郷に向かうのも止めてくれたしな)

 

初めのは流石に声のトーンを落としすぎたんだろう。

 

(慣れないことはするもんじゃねぇな)

 

「最近タマ坊やり過ぎかな~って思ってたから。そのぶん私は抑えてたし~」

「流石園子...あれ、お前抑えてたっけ?昨日俺色々聞かれたような」

「つっきー良くできました~」

「うおぉ...やーめーろー」

 

突然わしゃわしゃと頭を撫でられ、否定しながらも動かず目を閉じて放置しておく。楽しそうだし良いだろう。

 

「タマっち先輩も私達の反応も、お二人の掌の上だったというわけですか......」

「結果としてそうなった。ってのがしっくりくる言い方だけどな。まぁこれで球子が控えてくれれば良いんだが」

「...少なくとも暴れることは無いでしょうね」

「そうですね。さっきの椿さんは少し...」

「?」

「迷子の猫探し組、帰りましたよー」

「お、雪花、お疲れー」

「......なんで椿さん撫でられてるんです?」

「実は」

「私がなでなでしたかったからかな~」

「それはちが...くもないのか。そんな理由だ」

「なんですかそれ」

「あはは...」

 

雪花の微妙な反応に、俺は苦笑で返すしかなかった。そのまま視線を前へ戻して______大きく震えてしまった。

 

「!?!?」

「つっきー?」

「そ、そろそろ恥ずかしいからな!園子!!」

「え~。もうちょっと~」

「終わり!な!?」

 

園子を引き剥がし、逆に頭をぽんぽんとする。

 

「むー...はーい」

「よしよし。いい子だ...」

 

さっき。身長差があるので園子は俺の頭を撫でるのに普段より近寄り、俺もまた頭を少しだけ下げていた。すぐ目の前に来るのは年齢的に不相応と言えるマウンテン。

 

雪花との会話終わり、不意に意識してしまったため、動揺が隠せない。いや確かに、このくらいならもっとヤバい場面はあったし、抱きしめられたりとかしたこともあるけど________

 

(......もう、球子に強く言えないかもしれない...)

 

「つっきーもうちょっと...」

「変な甘え癖ついてないか?お前」

「今更なんよ~」

「お、おう...」

 

今日全部が終わった後でよかったと思いながら、俺は園子の頭を撫で続けた 。

 

 

 




ゆゆゆい二周年記念放送にて、きらめきの章が秋ごろ開始とアナウンスがありました。冒頭の展開も実際に見ましたが、花結いの章の終わりから繋がってるようです。

ツイッターの方では軽く言ってるんですが、今自分は花結いの章完結編として新章を作ってます(現在五話目)。予定ではきらめきの章と被る要素がほぼありません。

きらめきの章にスムーズに繋ぐにはやらない方が良いとは思ってもいますが...折角作ってますし、ifとして出すのもありかなと思っていて、現在投稿しているものと平行して作り、完結まで作ってから投稿したいと考えてます(あくまで予定ですが...)

何か意見だったり、第三の案を提示出来る方いらっしゃいましたら、感想やリクエストの方に是非お願いします。

長くなりましたが、今後もこの作品を楽しんで貰えれば嬉しいです!


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ゆゆゆい編 40話

出来れば遅くても週一ペースで投稿したいんですが、そう上手にはいきませんね。過去話はたくさんあるので読み返してお待ちいただければな...と思います。


「椿様ー!宿題見せてくれ!!」

「はいよ。丸写しはするなよ」

「サンキュー!」

 

皆さんこんにちは。俺の名前は倉橋裕翔って言う。今回は俺の親友、今宿題を貸してくれてる古雪椿について語ろうと思う。

 

本格的に俺達が話すようになったのは中学二年から三年になるくらいの時だ。一応初めての出会いは小学校の廊下になる。卒アルで確認したんだが、同じ小学校だったらしい。クラスは別だったから知らなかった。

 

『小学校の時と今はだいぶ違うからな...』

 

本人曰くだが、昔は今よりやんちゃだったとか。

 

頭がかなり良く、運動神経も悪くない。小さい頃から料理もやってて焼きそばを貰ったことがあったが滅茶苦茶旨かった。かといって鼻につくような態度もなく、特に女子に優しい。高校になってからは俺が煽ったせいもあってか人気の奴になってる。

 

一般的な女子なら、彼氏にしたい人の典型例みたいな奴だろう。だが、案外こいつに告白するなんて奴は少ない。というか俺の知る限りゼロ。

 

「おっはよー椿、裕翔」

「おはよう風。なんか機嫌いいな」

「朝卵割ったら黄身が二つあってね。こりゃラッキーデーですわ~って!」

 

理由は言わなくても分かっていた。競争率が半端なく高いのだ。

 

まず、中学からの友人、犬吠埼風。

 

「あぁ、はい。これ今日のぶんね」

「ありがと」

 

弁当を椿が貰う光景は、うちのクラスにとって何ら不思議なことじゃない。最初は冷やかしてた奴等も今では何も言わなくなった。

 

なんなら俺は中学から見たりしてるから、大して何か思うところはない。今でも二日に一度渡している姿を見る。

 

ちなみに別の二日に一度は、別の人が作ってくれたのを朝受け取っているらしい。

 

「今日はどうするの?確か用事あるんだったわよね」

「春信さんのことか?それなら昨日電話だけして終わったから、勇者部行けるぞ」

 

まぁ、嫌な言い方をあえてするなら、風だけなら蹴散らせば良い。それが出来ない理由が、こいつらの所属する部活、勇者部だ。

 

中学にある、ボランティア委員会の部活版みたいな所。なんとそこの部員は最近20人を越えたらしいのに、椿以外全員女子なのだ。椿本人も高校生になったのに入り浸ってるわ、部室には風と同じかそれ以上の奴等が沢山いるわで、椿の攻略が無理ゲーだと感じる人が少ない筈もない。

 

「今日の依頼は?」

「大きいのはないわね。週末幼稚園でやる人形劇に向けての練習がメインかしら」

「音源は揃えたぞ」

「流石音響担当!!」

「今回全員女子役なのに、俺が出る必要もないからな」

 

(......)

 

ここまで話して、ふと疑問に思うことがあった。

 

「?裕翔?」

「あぁはい何でしょう」

「いや、何でしょうじゃないんだが...もうすぐホームルーム始まるけど、写し終わったか?」

「もうちょーっと待っててくださいね!」

 

全てを忘れて、一先ず作業を終わらせるためシャーペンを走らせた。

 

 

 

 

 

「あー楽しかった!!」

「久々に走り込んだわ...」

 

午後の時間の体育は急遽鬼ごっこになり、久々に小さい子供みたいに楽しんだ。

 

「よくあんなに追われてて捕まらなかったな?」

「追いかけてくる人から逃げるのは慣れてるから...」

 

どこか遠い目をした椿は、雑念を振り払うように頭を振ってさっさと着替え始める。本人曰くそれなりに鍛えてる体が露になった。

 

「......」

「なんだよ」

「なんでもないわ」

「ふーん...朝もそんなだったよな?なんか悩みごとか?」

「え、えーと...」

「?」

 

本人に言うのは恥ずかしいが、言わなきゃ多分心配してくる。仕方なく、覚悟を決めた。

 

「いや、なんでお前は俺と仲が良いのかなーって」

「は?」

「だってさ?あんま似てる所もないし、俺はお前ほど優秀でもないのに、何でお前は俺の相手してくれるのかなーと...」

「なんだそれ」

 

「お前バカか?」とでも続きそうな言い方をしてくるこいつに、俺は一瞬押し黙った。

 

「まず俺、自分をそんな優秀だと思ってないし。能力おばけなら近くにいるんでな...相手してるのは、お前から来るからじゃん」

「た、確かに......」

「ま、それも嫌じゃないけどさ。仲良いことに理由なんているか」

 

ぶっきらぼうに言うこいつの言葉に、俺はちょっと感動した。

 

(これが勇者部を落とす無自覚テクか...)

 

「それに、お前にも良いとこあるの、俺含め何人も知ってるし...」

「つ~ば~きぃ~!!」

「やめろ引っ付くな着替えろ!」

 

 

 

 

 

結局その後は何もなく、普段通り下校時間になった。朝からモヤッとしてた部分はきれいさっぱり無くなったけど。

 

(いやー気分が良い。今日は帰ってゲームするかぁ...)

 

宿題もやろうかなーなんて、帰った後の予定を立てながら鞄を_________

 

「...ん?」

 

よく見ると、鞄のサイドポケットに何か入っていた。俺は普段何も入れない場所だから目につく。

 

適当にそれを取りだし________叫んだ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

「うるせぇよ!!!」

 

ついさっき別れの挨拶を済ませた奴の絶叫に、反射的に文句を言う。教室に響き渡る声は実際マジでうるさい。

 

「全く...常に冷静に、優雅である必要がありましてよ?」

「あんた椿の声でちょっとびくついてたじゃない?」

「うぐっ...」

「あ、ごめん弥勒」

「べ、別に気にしてませんわ!私(わたくし)驚いてませんので!」

「つぅぅばぁぁきぃぃぃぃ!!!」

「うぉお!?」

 

勇者部四人で固まっていた所、俺だけ裕翔に連れ去られる。廊下から男子トイレの近くまで無理矢理やられたところで、俺はこいつを振り払った。

 

「なにすんだよ」

「こ、こここ、これ...」

「ん?」

 

渡されたのは、白い紙。

 

「...手紙?」

 

中からもう一枚の紙を取り出せば、尖った感じの文字でこう書いてある。

 

『果たし状。明日、放課後、屋上にて待つ』

 

「...なにこれ、決闘の申し込み?」

「ラブレターだろ!?これ!?」

「えぇ...」

 

とてもそうには思えない文面を見るが、当の本人はにやけていた。

 

「きっとラブレターって思われるのが恥ずかしくてこんな文で送ってきたんだよ...可愛くない?」

「いや、これは普通に」

「ついに俺にも春が...青い春が...」

「......」

 

多分俺を連れ出した理由は、これをラブレターだと確認して欲しかったんだろう。だが俺はそうは思わないし、こいつはこいつで聞く耳を失ってしまった。

 

「やったぜ......」

 

(...ま、いっか)

 

それでも強く言わなかったのは、というより言えなかったのは、親友と呼べるこいつが凄く喜んでいたから。だろう。

 

この手紙の意味が何であれ、今俺が何か言う気は起きない。

「あ、それでだな椿!」

「ん?」

「なんか告白を受ける上で注意することってあるか?」

「いや、何で俺に聞くし...」

「だって椿じゃん!頼む!!」

「...はぁ。分かった。取り敢えずバッグ取ってくるわ」

「よっしゃあ!!」

 

仕方ない感じを出しながら、ひとまず教室に戻る。待っててくれてた皆に事情を軽く説明すると、揃って許可が出た。勇者部への依頼として受け取ったんだろう。

 

「あいつから椿にそんな依頼なんて珍しいんじゃない?」

「俺もそう思う」

 

ただ、例えあれが告白するための手紙だったとして、俺はあまり不思議には思わなかった。たまにウザくうるさいことを除けば、友人ひいきしなくても好きに思う人がいてもおかしくないと感じるのだ。

 

(寧ろああいった人が好きってのも普通にいるだろうし...)

 

俺を頼ってきた理由は分からないが、普段から依頼され慣れてる勇者部だからとか、そんなところだろう。まぁ俺としても嬉しいことだし、何かしらアドバイス出来れば__________

 

(にしてもあの文字、どっかで見たことあったような...?)

 

「どうした椿?難しそうな顔をして」

「棗...いや、別に......あ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

一歩一歩ゆっくり階段を歩く。ゆっくりなのはあまり体が動かないからだ。

 

それでも階段の段数には限りがあって、あっという間に屋上へついてしまう。

 

「...」

 

唾を飲み込む音がやけに響きながら、その扉を開けた。

 

「来ましたか」

 

開けた先には、一人の女の子だった。確か二つくらい隣のクラスだった気がする。話したことは全然ない。

 

ただ、それが全く気にならないほどに、俺は緊張していた。

 

「え、えっと...これ送ってくれたのは、君かな?」

 

どことなく椿の真似が出来ないか試しながら、手紙を見せる。手を自分の後ろに回してる彼女は、それに頷いた。

 

「あってるよ。それを送りつけたのは私」

「そ、そっか...じゃ、じゃあ、話って何かな?」

 

思ってた以上に回らない口を悔やみつつ、緊張でどうにかなりそうな心臓を抑えて返事を_________

 

 

 

 

 

「は?話なんてないけど」

「......へ?」

 

そう言った彼女は、手を前に持ってきて______握っていた竹刀を俺に向けた。

 

「!?」

「さぁ、覚悟して」

「え、え!?ちょっと待って!?あれラブレターじゃないの!?」

「はぁ?そんなわけないでしょう。ちゃんと果たし状を送ったはず」

「いや確かに果たし状だったけど!?照れ隠しとかじゃ!?」

 

俺の言葉が琴線に触れたのか、明らかに彼女はイラついた。当てられる覇気に思わず声をあげてしまう。

 

「照れ隠し...?憎悪こそあれ、照れることなどない!!覚悟しろ!!」

「何でぇ!?」

「はぁぁぁぁ!!!」

「いやぁぁぁ!?」

 

突如襲ってきた彼女を背に、俺は屋上から階段へ走っていく。さっきまでのドキドキは全く別のものに変わっていた。

 

「どうなってんのぉぉぉぉ!?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ファンクラブ?」

「あぁ。それなりに人数もいるらしいぞ」

 

あいつが屋上で色々やってそうな______というかやられてそうな時間。部室にいる風とそんな話をしていた。ちなみにファンクラブの対象、棗はここにいない。

 

「棗みたいなタイプは女子にも人気が出るんだろ。具体的な数とかトップが誰かとか知らんが、あの学校にそういう団体がいるのは確かだ」

「へー...で、それに目をつけられたってこと?」

「だろうな」

 

心当たりがあるとすれば、この前あいつが消しゴムを忘れた時、棗が貸すだけじゃなくそのままあげたことだろうか。それ以外にもやってるのかもしれないが、俺には分からない。

 

(プレゼントなんて、普段なかなかしないもんな...)

 

風に海産物を渡してる棗だが、学校ではそんなこと出来ないし、知ってる人は少ない。

 

俺がファンクラブの存在を知ってるのは、一度話したことがあるからだ。果たし状を見た時の既視感は、自分も似た文字を貰ったことがあったからだった。

 

『一度だけで良いんです!!私達に棗様とお近づきになるチャンスを頂けないでしょうか!?』

 

あの時は何人の相手をしなきゃいけないのか分からず、全部のセッティングとか面倒すぎるので『棗はそういうの気づくぞ。仲良くなりたきゃ自分で頑張りな』と言ってあしらったのだ。

 

その数日後、棗の机に可愛いラッピングがされたプレゼントが大量に置いてあったのは覚えてる。

 

「ま、とにかくあいつが期待してるようなものにはならないだろ」

「言ってあげなかったの?」

「言える雰囲気じゃなかったんだよ」

 

昨日の放課後から今日の放課後直前まで、とても言える雰囲気ではなかった。

 

「ま、明日になれば話してくるだろ」

 

『よくも棗様からぁぁぁぁ!!!』

『やめてぇぇぇぇぇぇ!!!!』

 

聞こえた気がした叫びを無視して、俺はくすりと笑った。

 

(仲良い理由は、あいつの周りにいて飽きないから、なんて理由もあるのかもな)

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 41話

この度、この作品のUA数が40万を突破しました!!ありがとうございます!!
これからも見返したり見続けたりしてくだされば嬉しいです!


「何で私がこんなことを...」

「お前が悪いんだし諦めろ。これに懲りたら勝手に俺の部屋に入らないんだな」

 

薄い布一枚向こうにいる彼の顔は、きっとにやっと笑ってる。

 

「じゃあ私達も...」

「入っちゃおうか?」

「お店に迷惑だからこいつの所に入るのはやめろよ?」

「「は、はーい」」

「狙ってたなこいつら......」

 

(はぁ...)

 

シャーっと鳴る音がして、私はもう一度ため息をつき_______仕方なく、服のボタンを外していった。

 

 

 

 

 

『やっほー。お邪魔してます』

 

今朝。彼の部屋に行ったことに特別な意味があったわけじゃない。

 

『......』

 

朝食作りから帰ってきた彼は、てっきり何でここにいるとかツッコミが来るかと思ってたものの、返事は特になく、私を無視してベッドに倒れ込んだ。

 

『え、完全に無視?』

『...九時に起こして......』

『は?何言って...ちょっと、聞いてるの?』

 

私の質問に答えることはなく、すぐに寝息が聞こえてくる。

 

『...全く、なにやって』

 

一応敵が、というかそれ以前に家族でもない人が自分の部屋に突然現れて、それを無視する人がいるのか。詰め寄って叩き起こしてやろうかとも思ったけど、私の手は彼の肩に触れることはなかった。

 

(......)

 

そっと、目元をなぞる。

 

(...随分深いな)

 

目の下に、隈がばっちり描かれていた。

 

(何やってたんだろ)

 

机の方を見てみれば、理由はすぐに分かった。ノートにびっしり書かれた計算式は、私でも簡単に解けそうなものから、解ける気が全くしないものまで。

 

でも、計算式やらメモが多いのは私でも解けるものばかり。

 

(...見てあげてるのかな)

 

後輩に教えられるよう、やり直して、分かりやすく解説出来るように工夫してるように見える。

 

『......』

 

寝息を立てて目を閉じてる姿は、どうしても同じ黒髪の子を思い出させてきた。

 

『...はぁ』

 

結局、私が起こすことはなく、時間はいたずらに過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

私がここに来たのは八時前。それからもう一時間くらい経ったから、彼の指示通りなら起こさなきゃならない。

 

でも、私は起こすつもりになれなかった。爆睡してるし。

 

そのまま更に30分くらい経った。何か、からかえる物がないかと部屋の中を見たけど、あまりなかった。

 

「後は...」

 

充電されっぱなしのスマホに手をかける。男子にとって恥ずかしいものは大体ここに入ってる。

 

「わっ」

 

パスワードがあるか確認しようとしたら、表示されるのはスタート画面じゃなくて、通話画面だった。突然震えて取りこぼしそうになるのをなんとか手元に残す。

 

相手として表示されたのは『結城友奈』

 

「......もしもーし」

『あれ?赤嶺ちゃん?何で赤嶺ちゃんが椿先輩の携帯から?』

 

いつかのように怖い目を向けられないよう、適度にからかわないといけない。かける言葉を考えてるうちに、私の手元からスマホがなくなる。

 

「え?」

「悪い!!もうすぐつくから待っててくれ!!」

『あ、分かりました!』

 

すぐさま通話を切った彼は、急いで準備を始めている。

 

「確かに起こす義理はないが、完全に寝過ごしたじゃねぇか!!」

「君が悪いんじゃないかな?」

「分かってるよ!!お前がいるって油断して目覚ましかけなかった俺が悪い!!」

 

そう言うと、何故かクローゼットの中に入ってた靴を履き、窓を開ける。

 

「来てもらうぞ赤嶺!」

「え、えぇ!?」

 

高速で抱えられた私は、すぐに風を浴びる。屋根をつたって走るのは、普通の人間には難しい芸当だった。

 

「こんなことに勇者の力を使って...というか離して!」

「暴れんなって!大赦にバレなきゃ問題なし!大体お前がいるのにこの格好になってないのもおかしいしな!後は...言い訳に使わせてくれるとは思わんし、遊び相手を増やして許してもらうための納品物だ!」

「何それ、あんた...っ!」

「どうせ俺の部屋で何かするつもりだったんだろ?いいじゃん」

「......いいから、離せっ!!」

「うごっ!!!」

 

 

 

 

 

蹴り飛ばした後は帰ることも出来たけど、結局私は集合場所だったらしい『イネス』にいた。待っていたのは二人の友奈。

 

彼は遅刻したことを謝っていたが、二人は何も言わなかった。私の蹴った後が少し残って痛そうだったのと、私自身を持ってきたからみたいだ。

 

(遊び相手って...)

 

「赤嶺ちゃん赤嶺ちゃん!一緒に映画見に行かない?」

「面白そうなのが公開されてて、見ようねーって話はしてたんだけど」

「......」

「俺は特にどこか行きたいって希望はない。映画は事前に話してた今回のメインだし」

「...じゃあ、そこ行けば?」

「「わーい!!」」

「じゃあ行こっ!!」

「赤嶺ちゃんの分の席取らなきゃ!」

「お前らが話してる間に予約はしといたぞ。元から取ってた分の隣が空いてたから」

「流石椿先輩!!」「流石椿君!!」

 

(それもう決められてるじゃん...あぁもう...)

 

「取り敢えず、離して...」

 

今日はやたら引っ張られる日だ。なんて、まるで自分のことじゃないように考えてる自分がいた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お綺麗な姉妹さんですね~」

 

タイムスリップものの映画を見て、パスタが有名だというイタリア料理屋さんでご飯を食べながら感想を語り合い、ユウの提案で訪れた洋服屋さんで三人の試着を待つ俺。

 

女物の服だけ取り扱ってる店なだけに居心地は良く感じないが、話しかけてきた店員さんには完全に同意した。

 

(姉妹って点だけ除けば。な)

 

「自分もそう思います」

 

三人の友奈。時代を越えて語り継がれる名。この世界がなければきっと知る筈もない相手。

 

そう思うと、無意識に口角が上がるのを止められなかった。

 

(こんな仲良くなってるんだもんな...)

 

その姿を見ていたい。出来ることならその輪に混ざりたい。そう感じるのは不思議じゃない筈だ。

 

「椿君、これどうかな?」

「椿先輩!これどうでしょう?」

「二人で色違い選んでたのか。似合ってると思うぞ」

「二人じゃないですよ」

「てことは?」

「......なんで私まで」

 

嫌そうにカーテンを開ける赤嶺は、そう言いつつも律儀にお揃いの服を着ていた。

 

「やっぱり赤嶺ちゃん似合ってる!」

「可愛い~!」

「ちょ、やめ...先輩、結城ちゃん!」

 

もみくちゃにされてる赤嶺を見て、ほほえましく思いながら少しだけ胸がつまる。現状、将来的に彼女とは_______

 

(まだ、考えなくてもいいか)

 

「赤嶺も可愛いぞ」

「っ...っ!」

「...赤嶺ちゃんだけずるい」

「おい、そんな風に言わなくたって俺の言葉にそんな価値ないだろ」

 

思考に蓋をして、俺は笑った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「楽しかったぁ...で、お前はいつまでついて来るんだよ?また俺の家来るのか?」

「行ったら不味いの?」

「いや、夕飯追加で買い物しなきゃいけないから」

 

何でもないように言う姿は、私でもよく見る顔だった。

 

「まぁ、飯食って風呂入ったらさっさと寝るつもりだし、楽しめる部分はもうないと思うぞ」

「朝も寝てたのに?」

「痛いところを言うんじゃない...第一、あれ二度寝だから朝は起きてた」

「完璧に屁理屈だ...」

 

小さな仕返しが出来て少し心が弾む。本当だったら今日付き合ってる間も何かしらやってやりたかったけど、二人の友奈がずっと私か彼の隣にいて何も出来なかった。

 

_______後、気になってるのが一つ。

 

「......ねぇ」

「んー?」

「あんなに眠そうにしてたんだし、断っても良かったんじゃないの?」

 

誰かの為に準備して、無理して、遊んで。そうまでする必要はあるのかと思ってしまう。

 

ちゃんと言えば二人だって納得するだろうし。なんなら看病もしてきそうだ。

 

「誰が断るかよ」

「だって眠かった理由だって机に広げてたやつでしょ?」

「それもあるが、今日は色々重なっただけで普段からあんなんじゃない。大した無理をすると怒られるしな」

 

「それに」と一区切りをいれて、彼は話続ける。

 

「さっきも言ったが、楽しいから。あいつらと一緒にいるのはさ。だから約束を破って休むなんてしない。その為の自己管理もちゃんとする」

「ダメだったじゃん」

「アラームかければセーフだったから!」

「ふーん......」

「?どうした?」

「何でもない」

 

夕焼けに照らされる顔には、朝に見た隈が幻のように消えていた。

 

(......)

 

「お、帰るのか?」

「言う通り、これ以上いてもご飯が食べれるくらいだからね」

「別に食ってっても良いけどな」

「遠慮しとくよ」

「...そうか、じゃ、またな」

「......さよなら」

 

踵を返して、彼とは逆の道を歩く。

 

(また、なんて...)

 

次会うときは敵かもしれない相手に言うような言葉じゃない。それが意味するのは_______敵として見られてないのか、それとも。

 

「はぁ...」

 

ポケットに手を入れると、さっき入れてたものが指の先に触れる。

 

『椿君!もうちょっと近寄らないと!』

『いや、俺は外でも...』

『えー...』

『分かった、分かったからそんな顔するな。赤嶺詰めてくれ』

『...こっち?』

『俺に詰めなくていいから!?そっちで固まれっての!』

 

全員で撮ったプリクラの写真、四つに切られたうちの一つを渡されたのだ。キラキラにデコレーションされた中には、笑顔が二つと、微笑が『二つ』。

 

(...私は)

 

見上げた空は、オレンジ色に輝いていた。

 

 

 

 

 

「あれ、そういや、何であいつ俺の部屋に来たんだろ?」

 

 

 




この回書いてからゆゆゆい編4話を見返したら、この頃違和感覚えてたことは当たり前のようにスルーしてる感じがして、仲良くなってきたかなと思いました。


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ゆゆゆい編 42話

「......」

「ふん、ふんふ、ふ~ん」

 

小さく流れる鼻歌と、目の前で鳴らすタイピングの音が耳に入る。一区切りさせた俺は、うんと背伸びをした。

 

「んー...あと少しってところかね」

「お疲れ様です。つっきー先輩」

「お疲れ。園子ちゃんは順調か?」

「結構良いペースです!」

「...よかったよかった」

 

本当はあまり良くないことなのかもしれないが、屈託のない笑顔を否定する訳にもいかず、目を逸らしたついでに時計を見る。

 

「あー、そろそろ昼か。俺弁当持ってきちゃったんだが......」

「私もあります~!」

「分かった。一緒に...食べるか。うん」

「はい!」

 

俺の言葉の前に、可愛いお弁当箱を持って俺の目の前に座った彼女を見て、ノートパソコンを端にやった。

 

「ちょっと待ってな...あったあった。じゃあ食べよう」

「は~い」

「頂きます」「頂きま~す」

 

今日は休日。勇者部の活動自体はない。 他の皆は普通に趣味の時間として使ったり、買い物に出掛けたり、ダラダラ過ごしたりといったところだろう。俺も普段ならそうする。

 

そう思って珍しく遅めに起き、家で本を開く前に、バックの中に入ってる宿題のやり残しと、勇者部が教師や生徒会に出す簡易的な書類を作ってなかったなと思い出した。

 

ならば今日一日は復習なり読書なり、色々部室でやればいいという考えになった俺は、荷物を持ってバイクで来たのだが_______そこに、先客がいた。

 

『あれれ?つっきー先輩?』

 

小学生の園子ちゃんは、俺を見て目を丸くしていた。きっと俺も似たようなものだっただろう。

 

『園子ちゃん?どうしたんだ?今日は活動ない筈じゃ』

『それはつっきー先輩もですよ~?』

『俺は図書室代わりに使いに来たようなもんだよ。園子ちゃんは?』

『私は小説を書こうと思いまして。ここで書いてると普段の皆さんを思い出して色々アイデアが浮かぶんです~!』

『......そ、そうか』

 

この時の俺は、動揺を隠せていただろうか。

 

(俺らをネタにするんだと堂々言われたらな...)

 

正直なところ、彼女の進捗が順調と言われても、素直に喜びきれない。園子程ではないにせよ、園子ちゃんも色んな意味で十分凄いのを作るのだ。

 

「つっきー先輩?」

「あ、ごめん。ぼーっとして...って、口元汚してるぞ。ほら」

「あっ、ぅ~ん...」

 

ティッシュで口の横についてたソースを取ってあげる。

 

「ありがとうございます~」

「食べ終わってからやってあげれば良かったかな。二度手間だし」

「また拭いてもらうので平気です!」

「いや、ちゃんと自分で拭きなさい」

 

頭に軽くチョップを入れると、えへへと笑われた。

 

(全く...にしても、珍しいかもな)

 

普段彼女は小学生組で行動してたり、そうでなくても俺と二人だけってのはそうそうあることじゃなかった。

 

(...もうちょっとお兄さんっぽくした方が良いんだろうか)

 

結局、その後二回彼女の口元を拭いた。

 

 

 

 

 

「これ、何をやってるんですか?」

「報告書...簡単に言うと、勇者部が何をやってきたかってのを皆に教えられる日記みたいなのを書いてるんだよ」

「成る程ー」

 

二人で昼を食べた後。俺が何をやってるのか気になったのか、園子ちゃんが聞いてきた。

 

見やすい場所に来なと言ったら、俺の膝の上に座っている。若干パソコンが見にくいのと、目の前に園子ちゃんの小さな頭があって少し緊張する。

 

「まぁ、これももう終わるけどな。部費とかは大赦のバックアップがあるから、本当に何やったか書くくらいで良い」

「終わったらもう帰っちゃうんですか?」

「いや、終わったら軽く復習して、後は何しよっかなって」

「じゃあ遊びましょう~!」

「分かった。何するか考えといてくれ」

「は~い!!」

 

手をあげる彼女の頭を撫でて、膝から降りて貰った。

 

(じゃあ、さっさと終わらせますか...!)

 

俺は普段より集中して早く頭に叩き込ませるため、ペンを走らせる。

 

「でもつっきー先輩、ここ脱字してますよ?」

「え、ホント?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「へー。昨日そんな感じだったんだ」

「うん。その後はね~。つっきー先輩が持ってきてたゲームを一緒にやったの~」

千景先輩とやってるのを見たことあるそれは、見てるのも楽しかったけどやってみるのも面白かった。自分でも欲しくなるくらいだ。

 

「それならアタシも部室行っときゃ良かったなー」

「いや...」

「つっきー先輩優しいんだ~。全部教えてくれるし、遅くなってからも私がもう一回!って言うと『じゃあもう一回だけな』って言ってくれて。帰りも送ってもらっちゃった」

「あの...」

「へぇー。流石椿さん!」

「ここでこっちに話しかけるの?」

 

私の真上から声をあげるつっきー先輩は、ミノさんに話しかけられて微妙な反応をした。

 

「というか園子ちゃん」

「はーい?」

「返事は大変よろしいが...なんでここに?」

「ダメですか?」

「普通に考えて良くはないと思うぞ。もうすぐ中学生になる年だし」

 

昨日と同じようにつっきー先輩の膝に乗って、ミノさんと話してただけ。なのに、つっきー先輩はあまりそれをよしとしてないみたいだった。

 

「昨日はしてくれたじゃないですかー!」

「いや、あれは画面見るためで...あと、皆がいる前は流石に恥ずいし......」

 

ごにょごにょ側にいる私にも聞こえない声で何かを呟いた後、「とにかく!」とこっちを向いてくる。

 

「おしまい!」

「えー!!嫌ですー!!」

「頬を膨らませるな。子供じゃないんだから」

「まだ子供だもん!」

「あぁ、おい...」

 

大人しく座ってたのを一度降ろされて、今度はコアラみたいにしがみつく。つっきー先輩の匂いが鼻をくすぐった。

 

「はぁ......分かった。座ってていいからこの体勢はやめなさい」

「やったー!!」

「全く...わがままなんだから」

 

そんなことを言いつつ、仕方ないといった風にしつつ、頭を撫でてくれるつっきー先輩。私よりおっきい手は優しかった。

 

(嬉しいなぁ...)

 

暖かくて、触られるだけでほんわかした気持ちになる手。側にいるだけで心地よくなれる空間。

 

勿論ミノさんやわっしー、他の皆さんでもなるけれど、安心感だけでとってみたら、つっきー先輩は破格だ。

 

でも、私がこうしているのは、それだけじゃない。

 

「むー...」

 

ちらりと横目で見た相手は、頬を真っ赤にして膨らましてて、ちょっと可愛かった。

 

私は小学六年生だ。少なくとも、私達がいた時代でつっきー先輩とはまだ会ってない。どのくらいおっきくなってからなのかは分からないけど、遅くてあと二年くらいで会えるんだろう。

 

そして__________あんなになるまで、好きになる。

 

「んー...でも私、もうやめます」

「そっか。よし、いい子だな......おい」

「なーに?つっきー」

「何で交代でお前が座るんだよ。園子」

「そのっちにやってあげて、私はダメなの?」

「いや、俺は園子ちゃんは許しただけであって」

「私だって園子だもーん!!」

「いや寄りかかるな動くな頭擦り付けてくるなっ!?」

「えっへっへ~」

 

小さい頃の私の行動にさえちょっと不満げになって、少し悲しそうな顔をして。この人に甘えてる時は、凄いにやけた顔になる。

 

そうなるくらい、私達にとってお気に入りスポットになっている。

 

「つっきー成分ほじゅ~」

「俺から出る成分なんて汗くらいだっ!!お前らみたいに良い匂いはしないっ!!」

 

他の皆の時も、怒ったり、悲しんだり、一緒に喜んだり。

 

小説では、見たことも書いたこともある。恋をして、振り回されるように一喜一憂して、成し遂げていく。そんなお話。

 

「ねぇつっきー。離れてほしい?」

「あぁ。どいてくれ」

「本当に、離れてほしいの?嫌なの?」

「うっ...嫌ってわけ...いや、いいから離れろ!!」

「んー...じゃあ、条件。園子って呼んで~」

「園子さん、どいてくれ」

「もっとちゃんと感情込めて!呼び捨てで!」

「えぇ...」

 

二年後、自分がそんな話に出てきそうな人になるのが、ちょっと楽しみだった。

 

(私は、そうならないかもしれないけどね~)

 

「ただいま戻ったわよーって椿!?何やってんの!?」

「椿先輩、園ちゃん...あわわわ」

「いやお前ら誤解だ!!俺は何もしてない!!!」

「つっきーが許してくれたんだよ?ここに座ってもいいって」

「だからそれは園子ちゃんに!」

「椿、あんたそれ許してんじゃない!!」

「ひっ!?」

 

つっきー先輩の取り巻く環境は、今日も今日とて平和である。

 

「園子先輩、つっきー先輩と一緒にゲームすれば、そこに座ってても許してくれますよ?」

「本当?つっきー?」

「いやあれは園子ちゃんが小さいから画面見えてただけだし、お前じゃ見えないから」

「いい加減、離れろぉぉぉ!!!」

 

 

 



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ゆゆゆい編 43話

ゆゆゆが五周年になりましたね!おめでとうございます!自分もそろそろ新参者から脱却出来たかな?

そして、今回それに伴い公式から新たな五箇条が発表されてます。今決まってるのが、ゆゆゆい新章、新曲を含めたCDの発売。残り三つですが...CDの詳細を見ていただけた方はお気づきでしょう。これは......のわゆアニメ化来るのでは?期待していいのでは?


(これで一週間連続かぁ...)

 

窓の外を見て、ため息と取られないであろう短く小さな息を吐く。本来であれば外にいる運動部の声にかき消される程度だろうが、今日はそうでもなかった。

 

ここ最近、香川は雨が多い。俺達が住む讃州中学、高校近辺は、その降水量を問わなければ七日連続で雨が降り続いていた。季節的に梅雨だし、仕方ない所ではある。

 

別に雨は嫌いではない。ただ、小さい頃から雨より晴れの方が遊びに幅が出来て好きだったのと、湿度が高くジメジメしてる方が好きではないため、ちょっと気が滅入る。

 

「弱くなった所を見計らって帰るとするか...」

 

そう思い、席を立つ。先生はすぐに許可をくれたので、本の必要ページ分だけ写真を撮る。

 

俺は今讃州中学校にはいるが、いつもの勇者部部室にはいない。歴史の本で調べものだ。高校や図書館にはない本があるので、なんだかんだ重宝する。

 

(こんな所で高校生になっても中学に通ってる利点が出てくるとは、誰も思わないだろ)

 

「よし...帰ってこれを見ればいいか」

 

本を元々あった場所へ戻し、また椅子に座った。机に頬杖をついて、窓の外を眺める。

 

(そういえば...)

 

前に聞いた話だが、俺が西暦に飛ばされた最初。若葉とひなたが倒れてる俺を見つけた時も、こんな雨模様だったとか。

 

(よく風邪引かなかったな...案外飛ばされてすぐ見つけられたのかな)

 

飛ばすにしてももっと良い場所に出来なかったのか、という愚痴は、今更言ったところで意味はない。

 

(西暦なぁ...もう懐かしいかも)

 

自分の意識では二年近くも前。というよりは、この世界にいるのが長いため、大体の記憶がかなり前のことに思える。

 

(じゃあ、若葉達との付き合いも大体二年か)

 

もっと前からずっと一緒だった気もするし、あいつらと知り合ってからまだそれしか経ってないのかと思う自分もいる。

 

(風とかはもう五年くらい、まぁ、銀に至っては何年目だって話だしなぁ)

 

この世界から消えるときに記憶はなくなるらしいから、本来風との付き合いを五年にするには高校を卒業するくらいまで必要になる。

 

(もう、そんなんかぁ...)

 

目を閉じなくとも色んな思い出が浮かんでくるが、辛いことも楽しいことも沢山あった。

 

銀が死んで、あの頃泣くだけだった俺が、今では同じ戦場に立ち、戦っている。

 

(...でもやっぱ、銀には頭が上がらないな)

 

くすりと笑って、俺はもう一度外を見た。

 

雨は、しとしと降り続いていた。

 

 

 

 

 

(止まなかったか...)

 

図書室で待ったものの、下校時間まで雨はあまり弱まらず、結局雨の中帰ろうとしている。まぁ別に、折り畳みの傘はあるから問題ないが。

 

「しまったな...」

 

そんな時、そんな声が耳に入った。見てみれば、見知った相手がそこにいる。

 

「若葉?」

「ん?あぁ椿か。こんな時間まで残ってたのか?高校生というのは大変なんだな」

「いや、帰るタイミングを探してただけだ。若葉こそどうしたんだよ」

「私は剣道部からの依頼を受けて、一緒に練習していた。こんな時間になるまで熱中していまうとは思わなかったが...」

「そっか...まさか、傘ないのか」

 

彼女のさっきの独り言と、状況から察してたどり着いた結論だったが、どうやら正解だったらしい。彼女は微妙な顔をして頷く。

 

「朝、ひなたに持っていくよう言われたのだがな...雨も降ってなかったし、忘れていた」

「ひなたが怒るぞ」

「あぁ...仕方ない。大人しく怒られるとしよう」

「え?大丈夫だろ」

「?」

 

走り出そうとした彼女に、俺は折り畳み傘を広げながら提案する。

 

「これで一緒に帰ろうぜ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はぁ...はぁ...」

「......」

 

学校からの帰宅で、寮の自室の前にいる私。ただ、その息は荒くなってしまった。対象的に、隣は無言である。

 

椿と二人の帰り道。俗に言う相合い傘で帰っていた私達だが、その空気に緊張していたのは最初の数分だけだった。

 

突如強くなる雨。肩が触れるくらいなのに相手の声が聞き取れないくらいのどしゃ降り。いきなり襲われた私達に余裕は無くなり、ひたすらここまで走ってきた。

 

(ムードが欲しかったわけじゃないが!それは確かに違うが!これも違うだろう...!!)

 

「鍵、あったか?」

「あぁ。今開ける」

 

鞄から取り出した鍵は、いつも通り扉を解錠する。部屋に籠っていた湿気によるむわっとした熱が、少しだけ伝わってきた。

 

「じゃ、風邪引かないようちゃんと体拭くんだぞ」

「いや待て!?椿!?」

 

思わず離れていく手を掴む。拍子で私が持っていた鞄が落ちた。

 

「何?」

「何じゃない!椿こそ体を一度拭いていけ!」

「いや、俺これから自分の家に帰るから無駄だし」

 

そう言う椿は、私よりずぶ濡れだった。髪の毛から頬に水が流れ、制服も体にぴったり張りついている。

 

その理由も、分かっていた。

 

「お前、ずっと傘を私の上にやりながら走ってただろう!」

「そんな余裕あるかっての」

 

じゃあ、何で椿は顔まで全部濡れてて、私は上半身があまり濡れていないのか。

 

こういうことに関しては、椿は平気で嘘をつく。心中どう思ってるのか分からないが、私達の中でそれをよしとする者は多くない。

 

「ほら、お前も早く拭いてこい。じゃあな」

「そういうわけにはいかないだろう!!椿がここでシャワー浴びてかない限り、私はこのまま寝るからな!!」

「強情過ぎるだろ...」

「返事は!?」

「......分かった」

 

部屋に連れ込む直前、椿が何か呟いた気がしたが、雨の音で私の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

「ここに、替えの服と下着を置いておく」

「あぁ...ん?待て若葉」

 

いつも私が使っている浴室で、椿がシャワーを浴びている。少し緊張した面持ちで服を持っていき、足早に去ろうとした私を、椿が止めた。

 

「ど、どうした?」

「下着って...」

「安心しろ、男物だ」

「いや!?だから何でお前が男物を持ってんだ!?」

「!!あ、あぁ!?勘違いするな!!」

 

突然言われたことにハッとする。確かにおかしい。

 

「これは男装する時にひなたに買わされて、結局履かずに置いてあった奴だ!!趣味じゃないしさっき封を切ったばかりの物だ!!!」

「あ、そういう...」

「ズボンもシャツも男装の時の余りだし、まずこの部屋にお前以外の男子が入ったことはない!!いいな!?私はもう行くぞ!!」

「お、おう...ん?」

 

返事を待たずにリビングまで戻り、タオルで水分を拭き取る。

 

「全く...」

 

(椿が出てくる前に、着替えはしてしまおう...それだけで平気だな)

 

手早く着替えて、ふと一息つく。窓の外は、雷が鳴らないことが不思議なくらいにどしゃ降りだった。

 

(これは、帰さない方が良いのだろう...)

 

どうにも落ち着かなくて、冷蔵庫を開ける。コップも出して、冷やしてあった麦茶を二人分用意する。

 

「エアコンもつけるか...」

 

高い湿度を打ち消すため冷房をつける。エアコンは、一度重い音をあげて起動した。

 

「......」

「あーさっぱりした。ありがとな、若葉」

「!!そ、そうか。よかった」

 

いつの間に時間が経ったのか、タオルを首に巻きながら、椿が部屋まで出てくる。私は声が裏返ることなく返答できたことにちょっとだけ驚いた。

 

「お前は入らないのか?着替えまで済ませて」

「あぁ...お陰様でな。後で入ればいい」

「......そうかい」

 

ふいと目をこちらから離した椿は、窓の外を見て口をへの字にさせる。

 

「うわ...これ、帰れるのか」

「帰らなきゃいいだろう」

「え?」

「こんな状態では帰せない...私は帰したくない。ここに泊まれば良い」

「いや、そういうわけにも...」

「何か問題があるのか?」

「ぇー...気にしてるの俺だけ?」

「何を気にするんだ?」

 

この雨に濡れて帰ることより気にすることなんて________

 

「お前な...年頃の男女だぞ?いいのか?」

「......!!」

 

椿に言われて、ハッとする。

 

「いや!違うぞ椿!?」

 

相合い傘に緊張したくせに、何でこれを忘れてたのか。自問自答する前に、話を続けなければと焦る。

 

「私はひなたの部屋に行く!!ここで寝るのは椿だけだ!!」

「あ、成る程...焦らすなよ」

 

(焦ったのはこっちだ!!)

 

突然そんな、意識されてるような発言をされれば、気が気じゃない。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「じゃ、一日借りるな。おやすみ」

「おやすみ...」

「はい。おやすみなさい。椿さん」

 

ひなたの部屋の扉を閉めて、借りた鍵を隣の部屋に差し込む。さっきまでいた部屋と同じ作りだが、受ける印象はかなり違った。

 

(ひなたはかなり模様替えしてるな...)

 

鍵を閉めて、借りていたサンダルを脱ぎ、言われていた場所の歯ブラシの箱を開ける。一日くらいいいとは言ったが、二人に反対された。

 

『そんなことしたら、椿さんが私の部屋でお泊まりですからね!』

 

ひなたにそんなこと言われたら、逆らえるわけがない。

 

「ふぅ...」

 

磨きながら部屋干しされてる制服を触る。半日も経てばかなり乾くだろう。幸い明日は学校もなく、乾かなくても寝坊しても問題はないが。

 

「あひたにややんでるといぃんだが......」

 

歯磨きしながらの独り言は、もごもごして他人には伝わりにくくなる。

 

一応天気は良くなるらしいが、今の景色にその兆候はない。

 

「あ」

 

手早く口をすすいで、玄関前まで歩いて行く。しゃがんでつついた靴は、ぐじゅりと音を立てた。

 

「......こっちはダメか」

 

新聞紙でも入れといても明日には乾かないと躊躇いなく判断できる程で、諦めるしかなかった。

 

(しゃあない...寝るか)

 

本人から許可は貰ってるとはいえ、少し躊躇いながら布団へ入る。暗くした明かりは、外も真っ暗な曇りということで、何も照らすことは出来ない。

 

(......はぁ)

 

ふと頭を過るのは、今日の若葉。

 

『椿がここでシャワー浴びてかない限り、私はこのまま寝るからな!!』

『まずこの部屋にお前以外の男子が入ったことはない!!』

『こんな状態では帰せない...私は帰したくない』

 

少し強引なまでに心配してくれたり、深読み出来てしまいそうな言葉を言ってきたり、真剣な顔で話してきたり。

 

それをふと思い出すのは、彼女の部屋で、彼女の布団で寝ているからなのか、それとも。

 

(急に言われるから、心が持たんなぁ...)

 

突然そんな、意識してしまうような発言をされれば、気が気じゃない。

 

(......それも、悪くはない。か)

 

くすりと笑って、俺は瞳を閉じる。

 

(...おやすみ)

 

そう思った直後、自分でも驚くほどすんなり意識が微睡んだ。

 

 

 

 



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誕生日記念短編 貴女にとっての星空は

今日みーちゃんこと藤森水都ちゃんの誕生日!おめでとう!!

おまけに七夕、更には勇者部オンリーイベントもやっていましたね!行った皆さんは楽しんだでしょうか...聞くまでもないかな。自分は最近星空を見てないので確認しようとしたら、雨でした。


「椿さぁぁぁぁぁん!!!!」

「離せ歌野ぉ!!は!な!せぇぇ!!」

 

一つ年下の後輩、白鳥歌野に襟を掴まれ、滅茶苦茶な勢いで振られる俺こと古雪椿。異常事態と捉えられても不思議じゃない状況だが、彼女を止めるのは誰もいなかった。

 

まぁ、理由が理由だけに分からんでもないが、巻き込まれてる当の本人なので本気でやめてほしい。

 

「みーちゃんへの誕生日プレゼント!!考えてくださぁい!!」

「分かってる!!分かってるから離せってぇぇぇ!!!」

 

きたるべき七月七日。この日は歌野の大親友という敬称すらぬるい、藤森水都と誕生日である。勇者部でもいつものようにお祝い事を企画してるし、俺も考え始めている。

 

だから、この揺さぶり攻撃は全く意味を成さないのだが______歌野は話を聞かず、俺はひたすら振り回されるだけだった。誰か止めてくれと言う願いは、誰にも届かず消えた。

 

 

 

 

 

「はぁ...それで、水都の誕生日ねぇ...」

 

崩れた襟元を整えながら、振られまくった頭の意識をなんとか保とうとする。

 

勇者部は元々あれが欲しいこれが欲しいと言ったわがままを言う人間が少ないが、水都はその中でも上位に入るだろう。

 

(強いて言うなら、『歌野』だが...)

 

ちらりと見ても、本人は首を傾げてくるだけだった。なんなら「私はもうみーちゃんの物です!」って言われても不思議に思わない。

 

「どうかしましたか?」

「い、いや、なんでも...パッと思いつくものはなかなか無いなって」

「そんなぁ!!」

「おいやめろもう揺すらなくていいからな。アイデアもお金も落ちないから」

「じゃあじゃあ、はい!」

 

固まってしまった俺達に向けて手をあげたのは、銀ちゃんだ。

 

「折角水都さんの誕生日が七夕なんですし、それにちなんだ物とかどうでしょう?」

「あー...七夕ねぇ」

 

七夕。短冊に願いを書き、笹に吊るすイベント。その由来は、織姫と彦星という人物がベースになる。

 

愛し合い、互いの仕事が疎かになってしまった二人は、天の川により引き離され、会うことを許されたのは一年に一度となった。それから二人は再び仕事に精を出す_______ざっくり話せばそんな感じだ。

 

ただ、その天の川等は、星である。俺達からすれば別に何てことないが、西暦の人間はその限りではない。

 

(水都はどうなんだろ...天恐)

 

天恐(てんきょう)。正式名は天空恐怖症候群。突然現れた星屑に恐怖し、奴等が来た空を見上げるのを躊躇うという精神病だ。外出する時は傘や帽子が必要だという人から、そもそも外出が困難という人も。

 

巫女である水都もこの世界ではバーテックスが現れても動けるし、空を見上げるのに苦しそうにしてるのを見たことはないが_______星を見上げることに抵抗があるのかは、今一分からない。

 

(かといってな...)

 

本人に聞くわけにもいかず、確証のないまま七夕を使うのも気が引ける。

 

(まぁでも...)

 

「?」

 

歌野がこの反応なら、平気だろうか__________

 

「あ、悪い」

 

突然震えた携帯を片手に部室を出る。着信の相手は水都。

 

(今日は大赦に行ってるんじゃ...?)

 

「もしもし」

『あ、古雪さん...』

「どうした?大赦で何かあったか?」

『いえ、そうではないんですが...後で来てほしい所があるんです。お願いできますか?』

「?」

 

 

 

 

 

ドアを開けると風鈴っぽい音がなり、開いたことを周囲に知らせる。

 

「いらっしゃいませ~!何名様でしょうか?」

「あそこの連れです...お待たせ」

「あ、いえ」

 

待ってもらったカフェには、ミルクティーかカフェラテに見える飲み物を飲んでる水都がいた。

 

「でも、いいんですか?先に飲んじゃって...」

「気が引けるなら自分で払ってくれ。わざわざ払わせることは謝るし、嫌なら奢る」

「じゃあ払います」

「...分かった」

 

『出来れば、勇者部の皆がいないところで...』

 

はじめ、彼女は公園で待ってると言ってくれたのだが、今日は風が強かったので室内を希望したのだった。俺の家は水都だけで入れず、水都の住む寮は歌野がいる。妥協案としてのカフェだった。

 

最も、こっちから指定したので奢ると言った俺に、彼女は遠慮したが。

 

「すいません、みかんジュースを」

「かしこまりました」

「......さて。で、話って?」

 

店員さんに注文して、去っていく姿を見送ってから先に促すと、彼女は頭を少し下げた。

 

「謝ることじゃないって言われると思うんですが...大赦の用事が早く終わって、さっき、部室に行って......すみません」

「......え?それだけ?」

「はい」

「...??」

 

俺の疑問が顔に表れていたんだろう。彼女がまた口を開く。

 

「あの...さっき、部室に行ったんですよ...?」

「それがどうして......ぁ」

 

 

念を押す言い方に、合点がいった。彼女は部室に行き、何事も無かったように去ったのだ。さっきの俺達の会話を聞いてたから______合点がいった俺は、自力で気づかなかったことに片手を頭に当てる。

 

「成る程、サプライズがサプライズじゃなくなったってことね...確かに水都が謝ることじゃないし、寧ろ俺らに非があるわ」

 

大赦にいるはずと部室で話していたのは俺達だ。

 

「でも、なんで俺だけに?」

「...楽しんで準備してるうたのんにはバレたく無いんですが、多分私の態度で気づかれちゃいますから。古雪さんなら上手くフォローしてくれるかなって」

「あー...」

 

水都の態度がちょっと変になれば、歌野は疑うかもしれない。その時俺に歌野と一緒に水都を気にするのではく、歌野にバレないよう水都の支援をしてくれということだ。

 

「分かった。やらせてもらう」

「ありがとうございます」

「おう...あ、折角なら聞いとこうかな」

「?」

「さっきも聞いてたと思うけど、お前、誕生日が七夕と同じ日だろ?だからそれにちなんだものにしたいって話になってたんだが...お前は星ってどうなのかな。って」

「星、ですか?」

「......星空を空から襲ってきた星屑と思っちゃって、空を見上げられなくなる。なんて人がいたからな。もしお前がそうなら、やめさせた方が良いだろうと思って」

 

天恐を噛み砕いて言うと、彼女は少し黙り込んだ。

 

「......私、星を見上げるのは好きだったんです。でも、諏訪に星屑が出始めた頃は、確かにそうなってました。見上げたら、白い星屑を思い出して...ちょっと、苦しかったです」

「じゃあ」

「でも今は...今は違うんです」

「え?」

 

でもその瞳は、光を灯したまま揺るがない。

 

「星屑が現れた時は、うたのんが飛び出して行くから。星空は怖いだけじゃなくて、うたのんを思い出させてくれるから。頑張る姿を見れるから。そう思ってたら、いつの間にか昔みたく好きになっていました」

「...愛の成せる技か」

「あっ!?や、やめてください!」

 

恥ずかしそうにブンブンと腕も顔を振る水都を見て、俺は微笑んだ。

 

「なんだよー。恥ずかしがることないだろ?寧ろ良いことじゃん」

「で、でもその言い方は恥ずかしいです!普段あんな古雪さんにそんなこと言われるなんて!」

「おいそれってどういうことだ。ちょ、水都さん?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「改めまして!!みーちゃんお誕生日おめでとうっ!!!」

「あはは...ありがとう、うたのん」

 

私の部屋に、クラッカーの音が鳴る。いるのは私とうたのんだけ。

 

『めっちゃ重いんですけど...!!』

『椿さんファイトー!』

『アタシがやろうか?』

『......そんなこと、させられっかよ!』

 

皆とはさっきまで部室でお祝いして貰った。七夕がモチーフで、部室におっきい竹が飾られて、短冊も作って願い事を書いた。

 

残念ながら天気は雨で、今も星空を見ることは叶わないけど。

 

(ちょっと残念、かな)

 

「それにしても騙されたわ。まさかサプライズに気づかれてて、みーちゃんに隠されてたなんて」

「うたのん達、楽しそうだったから」

「椿さんもみーちゃんとグルだったし...やっぱりもうちょっと揺さぶってた方がよかったかしら」

「あ、あはは......」

 

今度、もしかしたらまた部室で悲鳴をあげるかもしれない先輩に心の中で合掌する。

 

「でも、私は凄く嬉しかったよ。うたのんが私のために一杯考えてくれて」

「みーちゃん......照れるわね」

 

思ったより恥ずかしがって頬をかくうたのんは、話題を逸らしたかったのか「そ、そういえば!」と続ける。

 

「皆はみーちゃんにどんなプレゼントをあげたの?私にも見せて!」

「へ?あ、うん...いいよ」

 

勇者部の一人一人から、となると、最近は物凄い量になる。勿論嬉しいけど、ちょっと持って帰るのが大変だ。

 

(幸せの重み、ってやつかな...ぇへへ)

 

「?これ、やたらビッグね」

「それ?あぁ、それは古雪さんがくれたやつなんだけど...なんだろう?」

「開けていい?」

「うん」

 

古雪さんに「誕生日おめでとう」と渡されたのは、両手で持つのがぴったりな立方体。多分何かの箱なんだけど、綺麗にラッピングされてて中身は分からない。

 

「「......!!」」

 

包装紙をうたのんが外すと、私達は目を開いた。無言でがさがさ準備をして、頷く。

 

「電気消すね」

「お願い...じゃあいくわよ!」

 

うたのんの掛け声と一緒に、真っ暗にした筈の部屋が輝いた。

 

「わぁ...!!」

「綺麗ね...」

 

部屋を埋め尽くす、星のような光。私の目には、本物の星にしか見えない。

 

「部屋で使えるプラネタリウムって、こんなに綺麗だったんだ......」

「良かったわねみーちゃん!椿さんも、今のみーちゃんの顔見たらガッツポーズくらい出そうよ」

「うん...凄く嬉しいもん、私」

 

古雪さんが、この前の話を聞いて、これを選んでくれたこと。

 

これを好きになった理由であるうたのんが、今ここにいてくれていること。

 

急に込み上げてきた感情がぐるぐる回って、整理できないくらい幸せな気持ちにさせてくれた。

 

(ありがとうございます、古雪さん。そして、ありがとう、うたのん...っ)

 

「!?みーちゃん泣いてるの!?」

「な、泣いてないよ!!うん!」

 

泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、咄嗟に誤魔化す。星空を映し出すくらいの光しかないからバレてない__________そう思っていた私は、後日うたのんが皆に話してて恥ずかしくなるけれど、それはまた、この先の話。

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 44話

今回はリクエストになります!一応今年に頂いたものは、大体頂いた順に全て出してる筈......半年くらい空いちゃってるのは許してください。


「改めて聞くと、やっぱり信じられないわね。椿がそんな感じだったなんて」

「いやいや!タマ達は嘘ついてないって!」

「いや分かってるわよ?でもねぇ...夏凜もそう思わない?」

「別に。椿本人から聞いてるしね」

「その割にあんたいつもここにいるじゃない」

「う、うるさいわね。いいでしょ話聞くくらい」

 

風の言葉に反発すると、東郷がくすっと笑った。一方で、若葉やひなたはどこか苦笑いだ。

 

「つっきーをそこまで思わせるのが勇者部だったということですなー」

「そう言われると恥ずかしいよ、園ちゃん」

「いいえ。凄く大切に思われてましたから。私達もその一員になれてとても嬉しいです。ね?若葉ちゃん?」

「そうだな。椿が帰ってからもこちらで話していたから、ずっと気になっていた」

「そしたら本当に勇者部に入って、椿さんだけでなく園子先生のような素晴らしい方にもお会いできて...!」

 

突然目を輝かせた杏を、「どうどう」と球子が止める。

 

(園子のせいでだいぶ染められたわね...)

 

隣の犯人をちらりと見ると、にんまり顔で私の頬に指を当ててきた。

 

「なーに?にぼっしー」

「やめなさい」

「えー。こんなにもちもちしてるのに~」

「......腕なら許すわ」

「わーい!」

「夏凜もデレデレじゃない」

「ち、ちがっ!園子は何言ってもやめないから諦めてるだけで!」

「じゃあ私もー!」

「友奈!?」

 

両隣から二の腕を触られて、少しこそばゆい。

 

「あんずん、ええか?にぼっしーの腕を揉むとな、創作意欲が沸くんよ」

「本当ですか!?」

「嘘に決まってるでしょ!!」

「むむ...杏、やりたかったらタマでやっていいからな!」

「相変わらず、話が脱線するな」

「うふふ...それだけ長く話せますし、良いじゃありませんか。今日はお休みの方もいますし」

 

西暦と神世紀301年の四国勇者は、たまにこうして集まって話をする。勿論他のメンバーとしないわけじゃないけど、このメンバーは集まった時だけ、ちょっと特殊な話をするのだ。

 

それぞれの時代、椿はどんな感じだったのか。

 

あいつは余計な誤解を生まないためか、直接関わりのないメンバーに対して、過去に行ったことがあると言うことを明言していない。別に話題として隠してるわけじゃないし、気づいてる人もいるが、ちゃんとは言ってないのだ。

 

それでも、それぞれの話を沢山聞かされた私達は、やっぱりもう一つ過ごした時代がどんな感じなのか興味があって。椿以外の客観的視点の話も聞いてみたかった。

 

「これ、何度目よ...」

「まぁ皆で話してる所で、たまにあいつの話題が入るだけだし」

 

だから時々、こうして集まって話をしている。といってもさっきみたいに脱線することが多くて、一度に話すのは凄い少ないけど。

 

ちなみに今日は、銀と樹、高嶋と千景が休みだ。銀は日用品の買い物をしたいらしくて、樹も用事、後半二人は新作ゲームの発売日なんだとか。千景が話してた所に高嶋が『私も一緒に行きたい!』と言っていたのを部室で聞いてる。

 

「というかあんた達いい加減にしなさい」

「「えー」」

「えーじゃない!」

 

両手で二人の手をどけると、今度はその手をつんつんしてくる。

 

「夏凜ちゃんは照れ屋さんなんだからー...あれ、電話。銀ちゃんからだ。はーい...うん、分かった」

 

何か言われたのか、友奈がスマホの通話をスピーカーにする。

 

『もしもーし。聞こえてる?』

「声少し小さいわよ」

『そりゃ小声で話してるから...スニーキングミッション中なんだよ』

「何故そんなことをしているんだ?銀」

『いやぁ...答えの前に確認なんだけど、今日友奈はそこにいるし、高嶋は千景と一緒に出掛けてるんだよね?』

「いるよ?」

「友奈さんについても、そう聞いています」

『じゃあ...園子に送った画像の光景、どう思う?』

『?』

 

園子がスマホを開いて目を見開く。そのまま私達に無言に見せてくれたけど、見せられた私達も目を見開いた。

 

画像の中では________椿にしか見えない奴が、高嶋にしか見えない奴にケーキを食べさせていた。

 

『!?』

『千景も全然見えないし、なんか凄まじくイチャイチャしてるし...アタシ夢見てるのか、皆の意見を聞かせてください』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「それでどうだった?今月は」

「芽吹さん達が増えてからあたふたする事が多かったですけど、それも結構慣れたかなって感じがします」

「確かになー。俺もそう思う」

 

チーズケーキを口に運ぶと、舌を通じて体が喜ぶ。

 

「うまっ」

「ふふっ、オオスメですよ」

「いやーここまでとは...今度春信さんと会う時ここにしよ。ありがとな、樹」

「椿さんに紹介できて、私も嬉しいです」

 

そう微笑む樹は、二つ年下の後輩とは全く思えない。

 

(いつも成長を感じさせられるというか、なんというか......)

 

樹が勇者部の部長に任命されてから、そう期間は開かずにこの世界に来た。俺の意識は西暦時代の半年分が上乗せされてるが、樹から見たら、やっと環境に慣れてきたくらいで知らない人の大幅な増加だ。

 

それから、彼女は定期的に自分の評価を俺に聞いてきた。二年もすれば習慣に変わり、今は月に一度くらい、こうして集まって話をしている。

 

副部長の夏凛や姉の風にも聞いてはいるらしいが、学校も別、家も別な奴と二人きりで話すのは、そこまで機会が多くないのだ。

 

「樹も、もうしっかり者だな」

「もうちょっと頑張りたいとは思いますけどね」

「あの濃すぎる面子纏められてる時点で十分じゃない?」

「いえ!部長としてはまだまだです!お姉ちゃんより良い部長になってみせます!」

 

(既に姉を越えてるような...)

 

風もしっかり者だが、ボケ側に回ってる時は酷い。一方、しっかりしてきた樹は面倒を見るって感じではない。

 

「何かあったら言えよ」

「何もなくても今日みたいに呼びます。そして甘えます」

「...そうだな。好きにしてくれ」

「じゃあ、はい」

「?」

「頭、撫でてください」

「......しょうがないなぁ」

 

子供扱いしてる感じもしなくもないが、本人の希望だからと頭を撫でる。ふにゃふにゃと何か言っている彼女が可愛らしく、俺はもう少し続きを________

 

「ん...?すまん」

「あ、はい......」

 

唐突にかかってきた電話に出る。風だったので樹に見せてから、席も立たずに画面をスライドさせた。

 

「もしもし。どうした?」

『椿!?あんたどうやって電話出てんの!?』

「はぁ?」

『スマホ持ってすらないし...高嶋と喋りながら何で返事できてんのよ!?』

「......全く理解できないんだが。ユウが何だって?」

『何ってドゥワーッ!?!?』

「え、何、何事?」

 

変に小声なのにどこか怒ってる口調の風に、俺は首を傾げるしかなかった。目の前でケーキを食べてる樹も、俺の顔を見てきょとんとしている。

 

『もしもーし。椿?』

「銀?どうしたんだよ風の奴」

『動揺のあまり喋れなくなってて代わりに...というか、アタシも傷が深い。いやまぁ、あそこまでやってくれたから逆に信じられるけど...』

「は?いい加減分かるように説明してくれ」

『うーん...一つだけ確認なんだけどさ。今どこにいる?』

「どこって...喫茶店でチーズケーキ食ってる所だが」

 

一応樹の相談は、『皆さんが迷惑かけてるかもと思われるのも嫌なので...』と言われているので、伏せて誤魔化す。一方銀は、どこかホッとした息をついた。

 

『よかった...こっちで起きてることなんだけどさ、見てもらった方が早いだろうし、グループに送るね』

「ん?あぁ」

 

ものの数秒で、勇者部全体のグループに二枚の画像が貼られた。俺はそれを見て_________

 

「んぐっ!?ごほごほっ!?」

 

飲んでいたみかんジュースを吹き出しかけた。樹もそれを自分のスマホで見て、胸元を叩いている。

 

画像では、俺とユウがケーキを食べさせあっている画像と、白昼堂々キスしている画像が写っていた。

 

友奈とユウの見分けがつく俺だが、画像の中で微笑んでいるのはユウにしか見えず、俺も俺自身にしか見えない。

 

「おい!これなんだよ!?」

『いやーアタシ達にもさっぱり。今わかるのは一枚目がさっき隠し撮りした写真で、二枚目が今も行われてるってことだけですねー』

「今!?」

『皆で後追ってるんだけど、椿と高嶋にしか見えないし...ドッペルゲンガー?』

「そんなレベルで済まされるもんなのか...?」

『銀ちゃんこれどういうことぉー!?!?』

「うおっ」

 

突然通話に割り込んできたのはユウだった。グループの場所で通話してるし、割り込んできた理由なんて明らかだ。

 

『どうもこうも、今目の前の景色をだな』

『私今ぐんちゃんとゲームの買い物してる最中なんだけど!?つ、椿君と、こんな...こ、こんなことしてないもん!!』

「うん...俺もやった覚えがないし、そう思うには似すぎてるし...恥ずかしいんだが」

『椿さんいよいよ覚悟決めたんですか!?』

『雪花ちゃん!?』

「いや、だからこれはだな...」

『お昼からこんなに人通りの多そうな所で...キャー!』

「誰だ?水都か?」

『椿さん......こんな画像を載せるなんて、どういうことですか?』

「今度は芽吹!?俺があげたわけじゃねぇし!あぁもう収集つかねぇ!!」

 

あっという間に通話に参加してくる人間は激増し、俺は頭を抱える。樹が心配してくれて、頭を撫でてくれてるが、その優しさも胸に染みた。

 

(普通にくっそ恥ずかしい...!!)

 

全く覚えのないこととはいえ、まるで自分がやったことのように思わせてくるくらいには、画像の俺は俺らしかった。

 

特に、その二人の顔が『幸せです』と思いっきり語ってきてるのが________

 

「銀!場所教えろ!!絶対捕まえて吐かせてやる!!どうせ別世界の古雪椿とかそういうオチだろ!!」

『!!』

『あ、あー。その考えがあったわな。了解。じゃあ尾行を...あれ?皆、あの二人どこいった?』

『どこってミノさん、あっちに...あれー?』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「いやー。まさか見つかるなんて思わなかった」

 

「尾行らしい尾行じゃなかったから上手く撒けたけどなぁ...誰が見つけたのやら」

 

「折角少しずつ大元から吸いとった力で、やっと行けたデートなのにさー。ぶー」

 

「まぁまぁ。この神樹の中で作られた世界にじゃなかったら、どれだけ力を蓄えても現界なんて出来ないわけだし。マンネリ防止にはなっただろ」

 

「ん......」

 

「......はぁ。大体お前喜んでただろうが。愛の逃避行みたいって」

 

「バレてる...」

 

「お見通しだ。いつまで一緒だと思ってる」

 

「これからもずっとだもんねー?」

 

「そうだよ。なのに、我慢できないってあんな所でキスしてくるし...いつもしてるんだから我慢しろよ」

 

「ノリノリだった癖に」

 

「うぐっ...」

 

「お見通しだ。いつまで一緒だと思ってる?」

 

「真似できてねぇよ。このやろ」

 

「あた...えへへ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「じゃあぐんちゃん、おやすみ~」

「えぇ。おやすみなさい」

 

パタンと扉を閉めて、すぐ隣の扉を開ける。部屋には当然誰もいない。

 

ぐんちゃんとゲームを買いに行った私は、お昼を食べてからぐんちゃんの家で早速プレイを始めた。本当は、お昼の時に一悶着があったんだけど__________

 

(......)

 

発端となった画像を見る。どう見ても私にしか見えない人と、どう見ても椿君にしか見えない人が、ケーキをあーんしてたり、唇を合わせてたり。

 

顔が真っ赤になってるのを分かっていながら、その画像から目を離せなかった。

 

結局あの二人は、その後探しても見つからなかったこと。そっくりさんにしては似すぎてるってことから、椿君が言った『別世界の俺達が紛れ込んだ』という結論に纏まった。

 

(私も、そう思う...でも)

 

画面の向こうにいる私は、あの人の隣で、幸せなんかじゃ言い表せないくらいに嬉しそうな顔で。

 

「......私も」

 

そう呟いて、静かに、自然に、その画像を保存した。

 

 

 



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誕生日記念短編 絆の先にあるもの

遅くなってしまいましたが、棗さんの誕生日回です!おめでとう!!

ちなみに今回は、先日公開された古波蔵棗の章を先に読んでおくことをおすすめします。


「これはなかなか...」

 

一部のコンビニ限定で売られていたみかんジュースに舌鼓を打ち、脳内ランキングを更新させる。上位には入らないが、期間限定品ということで買いだめしておくのも良いだろう。

 

(今度お金多目に持ってこ...ん?)

 

「よしよし......」

 

帰り道には、知ってる奴がいた。というか棗だった。

 

「棗?」

「ん?椿か?」

「あぁ。どうしたその子?」

 

棗の手の先には、艶やかな茶色の毛並みを揃えた犬が座っていた。撫でられているのが気持ちいいのか、『くぅ~ん』と鳴いている。

 

「どうやら迷子のようだ。首輪はあるから野良ではないようだが...」

「成る程。首輪に名前とか住所は...無いみたいだな。おー悪かった悪かった」

 

首もとを触られたのがお気に召さなかったのか、唸る犬を宥めるために撫でる。銀のお墨付きは犬にも効力があったようで、大人しくなってくれた。

 

「じゃ、探すか。確かあっちに交番あったはずだから、探してる人いるか聞いてくる」

「私は...下手に動き回っても不味いな。そこの公園にいる」

「了解」

 

勇者部で迷子の犬猫の捜索、里親探しなんてのはよくやることだ。慣れた感じで互いの動きを決め、実行に移す。

 

「すいません、すぐそこで首輪を着けた犬を見つけたんですが________」

 

交番で事情を説明するも、飼い主さんはまだ訪れてないらしい。ちょっとだけ周囲を探し回ってそうな人がいないか確認するも、そうした人はいなかった。

 

進展がないので公園に戻ると、ベンチに棗が座り、その目の前に犬がお行儀良く座っている。彼女の飼い犬と言われても信じて疑わないくらいのなつかれ具合だった。

 

(そういえば、犬飼ってたんだっけ)

 

名前は『ペロ』だったと思う。銀(小)が似ているとペロの扱いをうけていた。銀(中)はそうでもないらしい。

 

「棗ー」

「どうだった?」

「収穫ゼロ。もう少し範囲を広くして飼い主さん探してくる。見つからなかったら後で東郷に頼んでホームページ出して貰って、一度こっちで世話しよう」

 

今はもう放課後、もうすぐ夕日が沈む時間だ。流石に何時間もここにいる訳にもいかないし、見つけられない場合を考えれば今のうちに先のことを決めとくのが良いだろう。

 

「それが良いな。私も一緒に行こう。よし、行くぞ」

「ワンッ!!」

「随分なついてるな」

「扱い慣れてるのもある。ペロによく似ているんだ」

「へー...ペロも良い子だったんだな」

「あぁ......そうだな。とても良い子だった」

 

思い出しているのか、空を見上げる棗。

 

「私の言うことは聞いてくれるし、気を使ってくれるし、沖縄にバーテックスが来た時なんかは、天寿を全うするまでずっと星屑の場所を教え続けてくれていた」

「...凄いな。バーテックスの場所が分かるなんて」

「私が敵視しているのが分かったんだろうな。反応していたのはペロだけだった」

 

人間より犬の方が嗅覚は優れているが、バーテックスから臭いがするわけでもないだろうし、ペロが特殊なだけだろう。それほど棗との絆が深く、互いに大切に思っていた筈だ。

 

そして、聞き慣れないが、天寿を全うするの意味は。

 

「...棗?」

「っ、なんでもない」

 

ふいと顔をそらされたが、その瞳は潤んでいたように見えた。

 

(......)

 

「すみません、この子の飼い主を探しているのですが、何か知っていることはありませんか?」

「ん?んー...分かんないなぁ。この辺に住んでるけど見たことないよ」

「そうですか...ありがとうございます」

「......俺も聞き込むか」

 

言葉はなく、かといって何か言うこともなく。俺は角から見えた人に声をかけた。

 

「すいません、あそこの犬について聞き込みをしているんですが_______」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

ペロに似た犬の飼い主は、探しはじめて一時間しないくらいで見つかった。

 

『ケルー!』

『ワンワンッ!!』

『ケル...まさかケルベロスが元じゃないだろうな』

 

椿がぼそりと呟いたことの意味はよく分からなかったが、飼い主の女性はとても喜んでくれていた。

 

なんでもこの辺りに引っ越して来たばかりで土地勘がない時に、長年愛用していたリードが切れて見失ってしまったらしい。

 

再会できたのも、椿が最初に見に行った交番だった。

 

『よしよし。良かったねぇ~。良いお兄さんとお姉さんで』

『ワンッ!』

 

完璧なタイミングで返事を入れるケルは、微笑んでいるように見えた。

 

「棗?」

「?椿?どうした?」

「あぁいや、どうしたって程でも無いんだけど...見つかって良かったな」

「あぁ。喜ばしいことだ」

 

言葉の割りに、自分の声が低いことを自覚する。こう、胸にしこりが残っているというか。

 

(...そうか)

 

「......なぁ。椿」

「ん?」

「私はもうすぐ誕生日だな。プレゼントはもう用意したか?」

「お前が聞いてくるの?それ...ま、まだだけど......なんかリクエストか?」

「そうだ。付き合ってくれ」

「...んん?」

 

 

 

 

 

「いや、ビビったわ...」

「どうした?」

「いえなんでも」

 

いつも来ている海辺には、水平線に沈みそうな夕日によって輝いてみる。心地よい潮風は、どこか私を落ち着かせた。

 

「それで、どうするんだ?泳ぐのか?」

「それもいいが...水着は着ていているしな」

「あ、そう...」

「......手伝ってくれ」

 

少し固い砂と、いくつか石を用意する。

 

椿の時間を貰って付き合わせている理由は、数分して出来た。

 

「これは...」

「あぁ。ペロの墓だ。元の世界で作る前にこの世界へ来てしまったからな」

 

最後の石を置いて、手を合わせる。

 

「ペロ。遅くなってすまない」

 

ペロの物を埋めたわけでもない。好きだった餌も用意していない。だがしかし、さっきの犬を、さっきの光景を見て、こうしなければとならないと感じて。

 

私は、片膝をつき、目を閉じ、頭を下げた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

墓。というには少し小さく、石を重ねて作っただけなので強い風が吹けば吹き飛ばされてしまうかもしれない。それでも、俺が手伝い彼女が建てたものは、そこの前で手を合わせている彼女の前では特に、そんなこと口が裂けても言えなかった。

 

「私は元気にやっている。勇者部という笑いが絶えない部活に入り、いつものように海にも入っている」

 

きっと、さっきのペロに似た犬を相手して、何か思う所があったのだろう。

 

「お前も、どこかで見てくれているだろうか」

「......?」

 

互いの空間を邪魔したくなくて離れようとしたが、袖を掴まれた。

 

「ここに、いてくれ」

「...分かった」

「ありがとう...ペロ。ここにいるのは椿だ。ペロの前では、あまり男子と仲良くしている様子は、見せてなかったからな」

 

少しずつ、彼女の言葉が小さく、途切れていく。

 

「......私は、心のどこかで、受け入れられてなかったんだ。お前と話せないことに、お前と、もう遊べないことに。だから、認めたくなかったから、こうして『墓』を用意する、気が、起きなかった」

 

少しずつ、袖を持つ手が揺れる。

 

「時間がなかったから作れなかった。ではなく、作らなかったの、だろうな。私は...嫌で。この世界に来てからは、タイミングを逃した、ようで......」

 

声に震えが混ざってきても、俺は何も言えず、ただいるだけだった。でも、気持ちは分かる。

 

俺だって、銀の葬式をまともに出れたわけじゃないのだから。

 

「だけど、さっきお前に似た犬と、その飼い主を見て、こうしたいと思った。今も涙が、止まらないが...それでも」

「...」

「許してくれるか?こんなに遅くなってしまった私を......」

波の音が、一度大きくなる。それでも彼女は動かない。

 

その姿はどこか儚げで、この袖を掴んでいる手を離してしまえば、泡になって消えてしまうんじゃないかと思ってしまって。

 

「......ペロ。初めまして」

「椿?」

「俺が言うのも変な話だが、棗の心の整理がつかなかったのは、仕方ないと思う。大切な存在がいなくなるのは、想像出来るものなんかよりずっと辛い」

「っ...」

「とはいえ、こんだけ長い間ってのもあれだしな...もしお怒りだったら、棗と一緒に謝るよ」

 

彼女はその言葉に、目を見開いた。

 

「...すまん、部外者がでしゃばったことして」

「いや、いいんだ。椿らしい...ただ私は、もう少し話したいことがある」

「...ごめんなさい」

「ペロ。お前が椿の話も聞いて、許してくれるのかは分からない。でも、私はもう止まるつもりはない。今日は、そういう意味で、ちゃんと思いを区切るつもりで、こうしている」

 

声に、凛とした覇気が戻ってくる。

 

「お前が安心して見ていられる私でいられるよう、今日からまた頑張る。だから、見守っていてくれると嬉しい」

 

その願いが届いているのか、なんてのは分からない。確かめる術なんてない。でも、きっと__________

 

「椿、もう一つ、お願いしてもいいか?」

「ん?どうした?」

「...これから寮まで、手を繋いで帰ってくれないか?」

「いいけど...はい」

 

差し出した手を、棗が取る。

 

「......椿の手は、冷たいな」

「いや、今のお前が熱いだけだと思うぞ」

「そうか...だが、温かい」

「...行くか?」

「あぁ」

 

涙のあとを拭った彼女を見て、明日はまた、もっとかっこよく見える彼女が見れるのだろう。なんてことを思った。

 

 

 

 

 

「......」

「...なんか、ごめん」

 

唐突に震え出すスマホを、一言謝ってから取り出す。

 

(雰囲気ぶち壊しなんだが......)

 

やらかした相手の名には『風』と書いてあった。

 

「......もしもし」

『あ、椿ー?ちょっと棗と一緒にあたしの家来てくれない?』

「え?」

『ちょっとご飯多目に作りすぎちゃってさー』

「......分かった。今から行く」

『何でそんな暗い声なのよ...まぁありがと。待ってるから』

「椿、どこか行くのか?」

「お前も一緒にな。夕飯は風の家になりそうだ」

 

 

 

 

『椿が足止め的なのすること多かったからねー。警戒される椿も知らない計画を立てようってなって』

 

まぁ、実際行ってみたら犬吠埼家は俺すら出し抜かれた棗の誕生日パーティー会場で、棗がまた泣いてしまったのだが。俺としては。

 

(今日じゃなければ、もしくは俺が誘導役だったら、あの電話かかってこなかったのになー......)

 

棗の手を握りながら、そんなことを考えてしまった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「また来たぞ。ペロ...?」

 

まだ朝日が昇り始めたばかりの頃。ペロの墓に花を添える。

 

今日は私の誕生日。放課後はいつも通り勇者部の活動があるし、学校前に来たかったので、前日のうちに買っておいた。

 

ただ、私はそこで疑問に思う。花束は『三つ』あった。一つは私。もう一つも分かる。気持ちが同じようで、また想ってくれることに嬉しくなる。

 

だが、この場所はまだ誰にも伝えていないのだ。もう一つの花束が__________

 

「......まさか」

 

何かを感じた訳でもないが、海を眺める。朝日が見える水平線に一つ、白い影が揺らいだ気がした。



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誕生日記念短編 胸の内に秘めたもの

今回は雀さんの誕生日記念!おめでとう!

自分の中ではドラマCDで印象が強く変わった子です。いい意味で。

それから次回の更新ですが、携帯の機種変を予定しているので、また少し期間を頂くと思います。今から課金して手に入れたsdカードにバックアップ取れるメモ帳に、スマホの原稿を移す作業に入るので...これが何かのミスでダメだと、投稿してないもの全部パーになる可能性も...

長々失礼しました。楽しんでいってください!


入念に体を伸ばしている椿が、仕上げにと言わんばかりに軽く跳ねて、大きく深呼吸した。

 

「よし......やろうか、加賀城さん!」

「はい!!やったりますよぉ!」

 

その声に、隣にいる雀が_______いつもだと考えられない熱量で答える。

 

「いやー、でもよく雀がやるって言い出したよな。いつもなら芽吹に変わってもらうとかしそうなのに」

「多分、その発想が出てこなかったんだと思うわ。椿さんとトントン拍子で話を進めてたし、これは別に危険を伴うものではないし」

「成る程ねー...おーい椿!!頑張れよ!!」

「おーう!任せろ!!」

「気合いたっぷりねー。流石だわ」

「椿先輩らしいですね。雀ちゃんも頑張ってー!」

「ありがとうございますー!!」

 

周り含めてテンションが高まってくる中、アナウンスの声が聞こえてきた。

 

『それではこれより、夏のスプラッシュ大会を始めます!』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

まさに夏といった強い太陽が照りつけてくると、何もしてなくとも汗が出てくる。裸な上半身もじんわりしてきた。

 

「あ、お前いたのか」

「裕翔?どうしたんだよお前」

「これのアルバイトスタッフだよ」

 

裕翔の言う『これ』は、この大会のことを指しているんだろう。夏のイベント_______簡単に言うと、水を使った障害物競争というか、水鉄砲を使ったアトラクションというか。

 

まぁ、ただの大会であれば俺は出なかっただろう。水鉄砲使って遊ぶなら、皆で楽しむ日を用意する。実際別日で予定はしているが。

 

『古雪さん!これ出ません!?』

『ん...?へー、なんか珍しいな。加賀城さんが......分かった。出よう』

 

加賀城さんが持ってきたビラには、『夏のスプラッシュ大会!男女ペアなら誰でも参加可能!!』とでかでか書かれていたが、加賀城さんが指差してるところも、俺が見ているところも違う。

 

『愛媛主催!!みかん等豪華景品あり!!』

 

多分、星のように十字の光を目に宿らせていただろう。同時に、やるしかないと。

 

固く握手を交わし、ルールやらなんやらを確認し、準備をして、今日を迎えた。

 

狙うは当然、一位のみ。流石に時期が違うので生ではないと思うが__________

 

 

(みかんジュースみかんジュースみかんジュース...ッ!!!!)

 

「はい。じゃあこれな」

「サンキュー」

 

16と書かれたゼッケンは、それなりに強い水しぶきで切れるだろう。気をつけながらもある程度ゆとりを持たせて結ぶ。

 

(これならパーカーも持ってくるべきだったな...汗で着れないとは思うが)

 

参加中にずぶ濡れになり、紙でできたゼッケンが破れる等した場合、そのペアは失格になる。対策を万全にしたかったが、今更仕方ない。

 

参加しているのは俺達のような子供から御高齢の方まで。警戒すべきは三つ隣でマッスルポーズをとってるガチマッチョの二人だろうか。

 

「だが、負けるわけにはいかないってな」

「ここまで準備して負けるわけにはいきません」

「おう...やるぞ」

 

アナウンスが響き、参加者や応援席が少しずつ静かになる。

 

『それでは始めます!一体誰が一位になるのか!?よーい...スタートォ!』

 

パンっと発砲音が響いた瞬間、俺達は砂地を駆け出した。

 

水を使った障害物競争。内容ごとにステージを分けるとすると、第一ステージ、第二ステージは事前に分かっていた。

 

最初は、『設置してある水鉄砲を避けながら進む』ステージ。さっきの通り極力ゼッケンを濡らすわけにはいかないので、普通であれば隙間を縫って行くなりタイミングを考えなければならないが。

 

分かっていれば、事前対策等いくらでもする。

 

「突っ込めっ!!!」

「うぉぉぉ!!!」

『おぉっ!?一組突き進んで...え、あれ通したんですか?』

 

この大会。基本ルールは『ゼッケンを上から守るものは禁止』というのと、『水鉄砲が必須となりますが、こちらでは用意致しませんので持参をお願いします』というのだけである。

 

つまり、『手作りの(大型の盾としても扱える)水鉄砲を持参する』のはセーフなのだ。事前に運営にチェックされて許されているので尚更。

 

防人としてずっと盾を扱い、生存本能が凄まじい加賀城さんにかかれば、水鉄砲ごとき大したことはない。

 

問答無用で直進した俺達は、あっという間に独走状態に入った。

 

『さ、さぁ!一位の二人が次のステージに進みました!次は...あれ?』

 

動揺を隠せてなさそうな司会者は、また変な声をあげる。

 

(自覚はあるが、勝ちにきてるんでね!!)

 

そこに遊びの意識はない。獲物を手にする為に動く戦争だ。

 

第二ステージは、海上に浮かぶ的を撃ち落とすというもの。浜辺から届かない位置に設置してあるが、恐らくライセンスを持ってるスタッフが操る水上バイクに乗って行くんだろう。高い場所には設置されてないので、近くまでいけば誰でも当てられる。

 

男女ペアでの参加だし、本来の楽しみ方は水上バイクに二人で乗ってイチャイチャすることなんだろう。『普通であれば』

 

「頼む」

「アイアイサー!」

 

背負っていた物を持ち、予備の水入れを加賀城さんに渡す。一発分の水はいれてあったが、流石に一撃で当てられる気はしなかった。

 

(まぁそれでも、ここで狙った方が早い)

 

「あのー...」

「......」

 

16の腕章をつけた人が水上バイクに乗ったまま何か言ってきたが、無視。ご利用は計画に入ってない。

 

しっかり中の水圧を高めてから、構える。この水鉄砲______いや、この狙撃銃の名は『長門』。東郷と芽吹の協力のもと、魔改造されたこいつの最大射程は_________驚異の51メートル。

 

「発射っ!!」

 

ズバンッと普通の水鉄砲からは聞けない轟音を響かせ、水のアーチは的の横を通りすぎる。周りからどよめきの声が聞こえたが、そんなものを気にする暇はない。

 

(...届きはするな)

 

「はい古雪さん!追加です!」

「ありがとさん...次で仕留める!!」

 

構え直し、引き金を引く。今の俺達に出来ないことなどないと言わんばかりに、二発目は的の中央に着弾した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「うっはー...やってんなぁ」

 

観客席でジュース販売の売り子をしていた俺は、こっちにまで聞こえてきた慣れない音に振り向く。犯人なんてすぐに分かった。

 

(どう考えてもあれ市販品じゃないでしょ...)

 

椿が見せてきたことがある銃の本に、あんなのがあった気がする。というか水鉄砲であんな真っ黒で武骨なデザインの奴は売られてない。

 

「東郷、芽吹...あんた達最近何やってるのかと思ったら、あんなもの作ってたの?」

「古雪先輩に頼まれまして」

「楽しかったです」

「誰も感想なんて聞いてないわよ」

「勇者部って戦闘民族かなんかなのか?風」

「ん?裕翔?あんたなんでここにいんの?」

「ここのスタッフですー」

 

持っている販売道具を見せながら、初対面の人もいたのでお辞儀しておく。

 

「椿の親友、倉橋裕翔です。勇者部の話は沢山聞いてるよ」

「あら倉橋さん。ごきげんよう」

「ごきげんようでございます弥勒様」

「なんか口調おかしいわよ...」

「ちなみに私(わたくし)め、歩合制の販売なので...是非、こちらのお飲み物を購入して観戦して頂ければと」

「それが狙いか」

 

同じクラスにいる三人が反応してきてくれてほっとする。他の皆も最初よりは柔和な感じになってくれた。

 

(いやでも、これは...)

 

勇者部は、一人一人で見てもとんでもなく可愛い子達ばかりだった。おまけに水着。近寄るチャンスなど滅多にない俺にとって、最高過ぎる。

 

(いやぁ眼福眼福ぅ!!!)

 

普段からいる椿への憎悪は少しだけ消えた。

 

「でも、そんなに売る時間なさそうよ」

「だよなー」

 

あくまで『自分普通ですけどなにか?そんな見てませんけどなにか?』というオーラを出し、勇者部の面々を見ながらも、あっちを目を向ける。

 

椿は腰につけていた二丁拳銃(水鉄砲)を取りだし、三ステージ目_____もぐら叩きの水鉄砲バージョン_____の的へ向けて連射していた。あれなら素早くクリアできるだろう。

 

「あいつ凄い慣れてる感じだな。いつの間に練習を...」

「......」

「風?」

「うん?あ、何でもないのよ?何でも」

 

何か思い当たることでもあったのか、風は取り繕ったように言ってきた。

 

(なんか怪しい...でも、椿が普段から銃使ってなきゃ誤魔化す必要もないしなぁ......)

 

「にしてもあいつ、何であんな本気なんだ?」

「そりゃ勿論、一位をとるためでしょ?一緒に出てる子もそうだけど、みかん好きなのよ」

「...あー。やっちゃったなあいつ」

「え??」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「誤算だったなぁ...マジかよ」

 

さっきまで出ていた夏に相応しい大会は、独走で私と古雪さんが優勝した。

 

お客さんやスタッフさんも、速すぎた私達に対して『イベントにいる空気の読めない奴ら』ではなく、『応援すべきアスリート』みたいな雰囲気になってくれたお陰で表彰式にも満面の笑みで出れたし、企画した代表みたいな人が『これほど真剣に望んでくれたのは君達が初めてだ。良いものを見せてくれてありがとう』と言ってくれたのも嬉しかった。

 

ただ、今の私とこの人の顔は喜んでない。

 

「これどうしよ」

 

古雪さんが掲げたのは、今回の優勝賞品_______愛媛で有名な職人さんが作ったらしい、水色のペンダントだ。ちなみに私の手には桃色のがある。

 

そう。優勝賞品はみかんじゃなかった。みかんセットは二位の景品だった。確かに事前に言われてなかったし、勝手に優勝賞品がみかんだと勘違いしたのは私達だし、なんなら男女ペア、というかカップルばかり参加しそうなこの大会に相応しい優勝賞品だと思う。

 

ただ、中身が発表された時の私達の顔は、とても優勝した喜びが入っているとは言えなかった。

 

「うーん...」

 

唸りながら古雪さんが胸元に手を当てる。考えてるのは、きっとこんなことだ。

 

(俺はもうつけてるしなぁ...)

 

もうサファイアのペンダントをつけてるから、みかんじゃなかった残念さを抜けば、こんな感じ。だから私にとっては『本気でどうでもよかった』

 

そんなことより、自分のことの方がよっぽど大変だ。

 

(どうしよう......!!)

 

みかん好き同士で盛り上がったのは良い。結局みかんじゃなかったのもまだいい。このペンダント可愛いし。

 

問題は、それを手に入れるまでに何をやってきて、この後どうなるか。だ。

 

一位を取るために全力だった私達は、最後のステージ______まさかの水要素一切なしの、片方をお姫様抱っこして砂場を走る場面で、躊躇うことなくしてもらった。

 

後、ゴールした後喜びのあまりハイタッチだけでなくちょっと抱きついた。水着で。

 

更には、どっかで興奮した古雪さんが『雀っ!!』と呼んでた気がするし、私も『椿さんっ!!』と呼んでいた気がする。

 

結論。

 

(椿さん争奪メンバーに、完全に目をつけられたっ!!いや椿さんじゃなくて古雪さんだけど!!!)

 

私は忘れない。表彰台に登った時にとある方向から感じた黒いオーラを。その隣にいた古雪さんの友人らしい人が、遠くからでも分かるくらい震えていたのを。

 

その上、もしペンダントのペアルックなんてしてしまったら__________

 

 

(け、消されるっ!!!確実にっ!!!!今度こそ命を刈り取られる!!!)

 

守って貰うとかそんな話じゃない。また最前線で暴れなきゃいけなくなる。というか今回はそれで許してもらえるか分からない。

 

(な、何か出来ることは!何か、これ以上怖いことにならないように出来ること...!!!)

 

「古雪さんっ!!」

「うおっ!?どうした!?」

 

咄嗟に思いついた切り札を、私は躊躇なく切った。

 

「私今度誕生日ですよね!?」

「お、おう...そうだな。おめでとう」

「ありがとうございます!それで誕生日プレゼントなんですが、古雪さんのそれが欲しいです!!」

「え、これ?こっちの色のが良いのか?なら交換で」

「いえ!!!二つ欲しいのでください!!」

「お、おう...まぁ俺もそこまで手元に欲しい訳でもないし、そんなに欲しいなら。はい」

「ありがとうございます!!大事にしますね!!!」

 

これでいい。後はしばらく距離を取っておけばいいはずだ。

 

何で私がここまでしなきゃいけないのかって気持ちも、あるにはあるけど__________

 

(皆が告白するなり、古雪さんがさっさと相手を決めてくれればなぁ...私もこんな思いすることないのに)

 

恐怖でドキドキすることも、別の意味でドキドキすることも。

 

(いっそハーレムルートでも進んでくれればなぁ...こんなことしてても許して貰えるだろうに。でも、それは古雪さん自身から許して貰えるだけで周りの女子がどう思うかは別問題かな。古雪さんも不誠実とか思いそうだし......ん?)

 

自分の思ったことを振り返る。三秒くらいかけて意味を理解して、気づいてしまった。

 

(い、いやいやいや。私、あれだから。別に恋する乙女じゃないから。古雪さんの隣を狙うポジションじゃないから)

 

「加賀城さん?」

「はいっ!?」

「いや、どうかしたか?」

「何でもないで...古雪さん、私のことは加賀城さんって呼んでてくださいね」

「??」

 

まだこの呼び方をされてれば、私も周りも、何も考えなくてよさそうだから。なんて言える筈もなく、私はただ誤魔化して笑うだけだった。

 

「ん、似合うと思うぞ。そのペンダント。あげてよかった」

「古雪さんストップ!!ストーップ!!!!」

「へ?」

 

 

 

 

 

ちなみに、周りの空気は翌日には直っていて、とてつもなく大きな安堵の息をついた。

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 45話

スマホを機種変して初投稿。osが変わったらしくコピーしていたデータは抹消されましたが、必要最低限の分はどうにかしました。

文を作ってるアプリも少し違うので、前回までと変わらないようにしたつもりですが、見にくくなってたらすみません。


「いやっほぉぉ!うーみだー!!!」

「銀!まずは準備体操よ!」

「わかってるよ須美~!でも楽しみだったからさ!ね?球子先輩?」

「そうだな!よし銀、怒られる前にしっかり体動かして、それから行くぞ!」

「了解です!!」

「元気だなぁ...おーい!目の届かない場所には行くなよ!」

『はーい!!』

 

活発なメンバーが張り切って体をほぐしていくのを見守りながら、いつかのように砂浜へパラソルを刺す。あの頃より大型の物だが、俺自身もあの頃よりは体が出来上がっている。

「なにおじさんみたいなこと言ってんのよ」

「いやだってさ?流石に暑すぎるぞ?」

 

ジリジリと照りつけ、雲一つない空で輝く太陽は、絶好の海水浴日和の証拠ではある。ただ、汗のかき方も尋常じゃない。水分を取れば一気に体から流れ出てくる。

 

「確かに体調管理はしないとねぇ。海の家があるわけでもないし」

「ないことが凄いんだけどな」

 

去年プールに行ってる俺達勇者部だったが、今年は誰かが『海行きたい!』と言った。結果、大赦が抑えているらしいビーチを貸し切りである。

 

(いやまぁ、プール貸し切り出来るくらいだし、プライベートビーチくらいあって不思議に思わないが...)

 

個人的に背筋が冷えたのは、園子がぼそりと言っていた『私もあるのに...』だったが、真実を確かめるのがなんとなく怖くてやめている。全然普通にありえることだが、後輩の感覚に狂いが生じそうで嫌だった。

 

(貸し切りじゃなくてもいいんだがなぁ...)

 

安全面や、可愛い子揃いの彼女達に変な奴が寄ってくるだろうことを考えると最善手なので、俺は黙って準備やら手伝いやらをするだけにした。

 

(寧ろ、俺が変な奴にならないようにしないと)

 

「椿?どうかした?」

「ん、いや、なんでもない」

 

話していた風に首を傾げられ、俺は自分の首を横に振る。心音はちょっと煩いが、許容範囲だ。

 

(まさか、こんなことで効果が出るとは...)

 

前回、というか去年。俺はプールで鼻血を出している。理由は男としての性だ。いや、仕方ない。裕翔も『あのメンバーの水着を見てたらしょうがないよな』と言ってくれた。あとあの園子の刺激が悪い。

 

かといって、他人のせいにばかりしていたら去年と同じである。この女子だらけの日常に多少慣れたとはいえ、彼女達の魅力は去年以上になっているし、芽吹達防人組も増えたのだ。事前準備もほぼ無駄行為だったわけだし。

 

一度は諦めるしかないと思い、俺だけ休むと言いかけたのだが________友奈とひなたが一緒に遊べないのかと泣きそうになり、慌てて否定した。本当に嬉しいことだが、露出の多い彼女達相手に暴走しそうなのも事実なので、色々調べ、取れる行動はしてきた。

 

(上手くいってよかったわ...ここまでやって無駄とは思いたくないからなー)

 

やったことはそこまで多くない。まず昨日は寝なかった。俺自身の集中力を削り、純粋な思考スピードを落とすためだ。

 

次に皆と合流する前、春信さんに教えてもらった場所で滝にうたれてきた。夏とはいえ普通に冷たかった。

 

そして、かなり暗めのサングラスを買った。太陽の光は勿論、それを受ける彼女達の眩しい肌を直視することもない。というか暗すぎて欠陥品とまで言えるレベルだろう。更に、去年殆ど俺の手元から離れていたパーカーを装備。今年は園子も最初から紫と白のちゃんとした可愛い水着を着ていて、嬉しさのあまり頭を撫で回してしまった。園子は喜んでたようなのでよかったが_________

 

ともかく、どれが主な要因なのか分からないが、今年はもう全員の水着を見ているのにも関わらず、ここまで落ち着けている。芽吹がギャップのある黒い水着だったり、園子と樹に抱きつかれたりしたが________まだ大丈夫だ。

 

(しかし...)

 

「椿ー!浮き輪くれー!」

「...まだ膨らませてないぞ」

「分かってるよ!そのくらいこっちでやるから」

 

精神的には数年前に行った勇者部の合宿。精神的に辛かった時期、その時にはいなかった彼女がいる。

 

フラッシュバックする光景よりずっと良い光景に、どことなく不思議に思い、じわじわと嬉しくなる。

 

「寝不足か?」

「っ!?」

 

気づけば銀がおでこを当ててきてることに硬直した。サングラスまでしてるのに簡単に看破されるとは思わなかった。

 

「熱はないか...というか、これだけ暑いと分からないな」

「いや、大丈夫。大丈夫だから...」

 

突然のことに壊れた機械のように呟くことしか出来なかった俺が考えることは一つ。

 

(持つだろうか。俺は)

 

既に最終兵器、本来人に向けるべきではない魔改造水鉄砲『長門』のトリガーを引くべきか悩んでいた。

 

 

 

 

 

その後、案外何か事件が起こることもなく、ただただ楽しんだ。

 

スイカ割りでは歌野が勢いよく振って見事五等分にしてみせたり。

 

お昼は持ってきてた鉄板をはじめとした道具を使い、俺と銀で焼きそばを作り、棗が取ってきたマテ貝を炭火焼きにしたり。

 

東郷と須美が砂で日本の城を建てていく隣で、園子ズが自分達の夢の世界を表現してたり。

 

友奈と夏凜のタッグと、若葉と球子のタッグによるビーチバレーが始まったり。

 

樹に杏、亜耶ちゃんの三人が浮き輪に捕まって海を漂ってたり。一方でシズクと棗が海に潜ってたり。

 

自分で用意した環境で日焼けしていた弥勒を加賀城さんがからかい、鬼ごっこを始めてたり。

 

風と水都が千景とユウ相手に水鉄砲かけまくってたり。雪花にとばっちりが飛んで怒ったり。

 

そんな楽しげな空間の中で、俺はパラソルで作られた日陰に入り、ぽけーっと眺めていた。

 

(眠たい...)

 

何もしてなかった訳じゃない。さっきまでバレーに混ざってたし、俺も砂で山は作った(というか、城を作れる高等技術なんて持ってない)。ただ、ちょっと休憩としてスポーツドリンクを飲みながら座っていたら、急にきたのだ。

 

「ふぁーぁー......」

「お疲れですか?椿さん」

「...別に、そんなんじゃないさ」

「そうでしたか」

 

聞いてきたひなたは、そう言いつつも表情はちょっときつめのまま隣に座ってくる。

 

「...私、聞いたんですよ」

「何を?」

「椿さんがこの場所を調べるお手伝いをしていたこと。大赦の方から」

「......」

 

なんと答えるべきかすぐには分からず、結果沈黙する。確かに今回この場所を使うにあたって、海に危険な生き物が住み着いてないか等のチェックを大赦と一緒にした。

 

ただ、それは大赦が毎年やってることであり、ちょっと混ざっただけなのだ。本当に負担になるようなことじゃない。

 

「私達のことを考えてくださってることは嬉しいことですけどね。無理をされても良くは思いませんよ?」

「いや、別にそれが原因じゃない。過保護気味な所もあるかもしれんが、俺だって好きでやってることだしな」

 

勘違いしてそうなひなたに否定する。彼女は自分の読みが外れて残念そうに__________することなく、寧ろ口角をあげた。

 

「?」

「椿さん、やっぱり何か疲れてる原因があるんですね?」

「...あ」

 

ひなたが気にしていたのは俺の返事の前半部分だった。

 

「誘導尋問じゃん...というか今のは揚げ足取られただけというか」

「そうやって言い訳を始める辺り、ますます何か隠してますね?」

「...言うつもりはないからな」

 

完全に見抜かれているが、『お前らの水着姿が刺激強すぎて対策するため』なんて素直に言うのは辛いため、そこだけは死守する。

 

「私ではダメですか?」

「いやこれお前らだからこそ言いたくないから」

「むー...」

 

頬を膨らませた顔を見て罪悪感が浮かんでくるのは、俺が彼女に対して弱いからか。

 

「......なんかすまん」

「すまんと言うなら、誠意を見せて貰いましょう」

「え、ちょひなたっ!」

 

一瞬でサングラスを取られ、一気に眩しくなった彼女に腕を引っ張られる。抵抗する暇なく俺は文字通り彼女のお膝元へ。

 

「っっ!?!?、!!!」

「サングラスをかけた椿さんも良いですが、やはりいつもの椿さんですね」

 

何か言ってる気がしたが、俺には何も聞こえなかった。五感の集中力が全て視力に持っていかれてる。

 

(これは不味いって!!!)

 

膝枕はまぁ、まだ、いつも通りと言えても_____普段なら服で見えないひなたの胸を、本来見れない真下から覗いている。とても中学生に見えないそれがはっきり主張されている。

 

それに、さっきまで海で遊んでたせいで彼女は水に濡れている。後頭部に伝わる熱には水分が多いし、そして。上から滴ってくるのは。

 

「!!!!」

「少しお休みになってから、また遊べば...あら?椿さん?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「まさか、寝ちゃうなんてねぇ」

「何かあったんでしょうか?」

 

帰り道を歩きながら、椿先輩の方を見つめる。目を閉じて眠ってる先輩は、銀ちゃんにおんぶされてることにも気づいてないみたいだった。

 

もう寮に住む皆とは別れてるから、凄く静かに感じる。

 

「刺激が強すぎちゃったのかなー...去年よりは自重したんだけど」

「園ちゃん何を自重したの?」

「んーん。なんでもないよ~。ゆーゆはそのままでいてね~」

「?」

 

園ちゃんの言ってることは今一分からないまま話が終わってしまったため、なんとなく消化不良になってしまった。

 

(んー...モヤモヤするぅー...)

 

「じゃ、アタシ椿を置いてくんで、園子はまた後で」

「はーい」

「じゃあよろしくね。銀」

「任せてください!あ、友奈」

「あぁはい!?」

「今度椿にマッサージでもしてあげて」

「わ、分かった!」

「じゃ!」

 

椿先輩のお家に入っていく銀ちゃんを見送って、私達はまた歩きだした。親御さんにバレずに部屋に運んで起こしておくって言ってたけど、どうやるのかさっぱり分からなかった。

 

 

 

 

 

「はふぅー...」

 

海に入った後の髪は、何回か洗っても少しギシギシして好きじゃない。けど、楽しかった思い出の証でもあるから嫌いにはなれなかった。

 

(あ、メールだ)

 

送り主は椿先輩。お風呂に入る前には全体に目が覚めたことを連絡してた。今通知されてるのは、私がさっき出したメールのお返事。

 

『椿先輩、今日はお疲れでしたか?もしよかったら、私が今度マッサージします!』

『お手柔らかに頼む。ホントにお手柔らかにな』

 

何故か二回言ってるけど、返信が来ただけでちょっと心が喜んでた。

 

『任せてください!全力で椿先輩を柔らかくします!!』

『......うん。楽しみにしてる』

 

(...)

 

返信に『はい!』とまで打ち込んで、送信しようとしていた手を止める。

 

『あの、それと...海で聞きそびれてしまったのですが......私の水着、如何でしたでしょうか?』

 

「い、いやいや...あ」

 

(お、送ってしまったー!!!)

 

ちょっとだけつっかえていた今日のこと。モヤモヤの原因。今日のために芽吹ちゃんと一緒に買いに行った桜柄の水着は、椿先輩に何も聞けなかった。

 

無意識に打ち込んでしまった必要以上に敬語なそれを、動揺のあまりそのまま送ってしまった。

 

(ど、どうしよう...今から消しても間に合わないし、あわわわ...)

 

自分の部屋の中をうろうろしてたら、すぐに返信が返ってきてしまった。

 

「な、なんて書かれて...」

 

『可愛かったんじゃないか?友奈によく似合ってて』

 

顔から火が出そうなくらい熱くなってるのを感じる。ここ何年かで、もう分かってしまった。

 

分かりきっているのに、ドキドキは止まらないし、熱くさせない方法なんて分からない。嫌だなんて絶対に思えない。

 

「バカ。バカ。椿先輩のバーカ」

 

普段なら言わないことも、特に先輩には言うことはないであろうことも、すんなり出てきた。

 

「...ふふっ」

 

言葉の割に、笑顔を浮かべながら。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「へっくしょんっ!...冷房強すぎたか?」

 

手早くエアコンの設定温度を少し上げ、スマホを見直す。既に来ていた通知に加え、新たに追加されたことを伝えてきた。

 

「ひなたに、友奈か...」

 

ひなたのはほとんど話が済んでいて、本文も『はい。おやすみなさい』というものだけだった。友奈も、『それならよかったです!ありがとうございます椿先輩!おやすみなさい!』と書かれていた。最後に可愛らしい絵文字を添えて。

 

「...はぁー」

 

友奈が突然聞いてきのは、自分の水着の感想。今日はもう十分刺激のあることを済ませた筈だが、睡眠を取ってしまったからなのか、彼女の姿を思い返してまた心拍数が上がった。

 

それで、三回くらい書き直しながら返信したのだが__________

 

(まさか、こんなになってるなんて思わないだろうなぁ...)

 

思い返すだけでも、こんなに風に動揺してるなんて、あまり思われたくなかった。

 

(ふぅ...おやすみ)

 

ベッドに寝転がると、途端に眠くなってくる。俺は睡魔に逆らわず、目蓋を閉じた。

 

今日は良い夢が見れるかも。なんて思いながら。

 

 

 



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ゆゆゆい編 46話

いつもなんですが、凄い感想励みになります。ありがとうございます!なんか今回返信書いてて強く感じたので...いや、ここまでずっと見てくださってるだけでありがたいことなんですけどね。

今回はクロックロさんからのリクエスト回になります。内容はすぐ下を見れば分かるはずです。


「膝枕」

「ダメです」

「なんでだよぉー!!」

 

銀の声が響く。わざわざ俺の家に来て一番に言われたことに、俺はため息をつくしかなかった。

 

「何?もしかしてそれが目的で来たの?」

 

奥を見れば、杏だけが目をそらした。ひなた、園子はほわほわとした笑みを浮かべたままだ。

 

「だって言ったじゃんか!お花見の時!」

「俺は機会があればと言ったはずだが?」

「機会は作り出すもんだろ!」

「そうですよ椿さん。なかなか椿さんがおっしゃらないから、私達から来たんです」

「ぐっ...」

 

昔からで耐性がついている銀だけならともかく、ひなたもいるとなかなか声を詰まらせてしまう。こっちももうそろそろ慣れて良い頃だとは思うが_____寧ろ過ごす期間が長くなってきたからこそ断りにくくなっているのだろうか。

 

「...後ろの二人は?」

「小説のネタにします!」

「わ、私は話をたまたま聞いて、それで......」

「......なんか、園子はいつも通りで逆に安心するよ」

 

褒め言葉にすらなってないだろう言葉を聞いて、「それほどでも~」と笑う園子。俺はもう一度ため息をついた。

 

(まぁ、うちに来てくれただけマシか)

 

以前桜の花見をした時にそんな話をしたのは事実だ。それが目的で押し掛けて来たなら、不幸中の幸いはわざわざ俺の家に来てくれたことだろう。部室だったらより目立つ。

 

(男の膝枕の何がいいんだか)

 

まぁ、膝枕を良いと思うのは俺も同じなので、強くは言えないのが今日の辛いところだ。

 

「......はぁ。それで、四人だけ?それ以外にいない?」

『?』

「周りの誰かに言わない?」

「言わないと思うけど?」

「それならまぁ...いいよ。やればいいんだろ?」

『!』

「おー!椿が珍しい!!」

 

(なんか、やな慣れだなぁ...)

 

彼女達のお願いに逆らえないと心から思ってる証拠に思えて、少し項垂れる。とはいえ二次被害が生まれる前に対策してやれるだけ成長だろう。そう思いたい。思わせて欲しい。

 

「はいはい。俺の気が変わる前にさっさとやりな。誰からいくんだ?」

 

 

 

 

 

「んー...」

 

一人目の園子は、大人しく俺の膝に頭を乗せていた。小説のネタを頭の中で組み立ててるのか、反応はおぼろげだ。

 

(...)

 

堪能しているようにも見えるが、俺の膝元でそんな顔をしないで欲しい。背中の辺りがむず痒く感じてしまう。

 

「園子、満足かー?」

「えー...まだ五分しか経ってないよ」「じゃあ何分なればいいんだよ」

「少なくとも30分かな」

「そしたら全員やるのに二時間かかるんだが」

「つっきーは嫌なんだ...そんなに私から離れたいんだ」

「っ...」

「しくしく...チラッ?」

「声に出して言う奴があるか!」

「あーれー」

 

両手で顔を隠す割に隙間を開けて俺のことをちらちら見てくる彼女に、頭をくしゃくしゃする。

 

「わぁ~♪」

 

(......なんか、喜んでね?)

 

前から園子はよく頭を撫でると嬉しそうにしてることが多かった気がしたが、今回はえらくにやけていた。

 

(何がいいんだか...というか、少しは嫌がると思ったんだが)

 

「...そ、園子?」

「何でやめちゃうの?」

 

少しして手を動かすのを止めると、その手を園子が繋いできた。

 

「ねーねー、どうして?」

「いや、どうしてって...そんなにやって欲しいのか?」

「...ダメ?」

「......」

 

手から彼女の温もりを感じながら、俺はまた一つため息をつく。

 

「ダメじゃ、ない」

「!!やったぁ~!」

 

露骨に喜び出す園子を見ると、尚更ダメとは言えなかった。

 

(俺、甘々だ...)

 

せめて顔に出てないことを祈りながら、俺はまた手を動かした。さっきより優しくなるよう気をつけながら。

 

 

 

 

 

 

「で、あれを見て、見られながら、まだやるの?」

「じゃあそのまま帰ると思ってるの?」

「......」

 

もうため息をつくことすらせず、膝に乗ってる銀の頭を撫で回した。こいつには撫でるにしても気を使うつもりはないので、髪が崩れるまでやってやる。

 

「もうちょっとゆっくりね...ん、そうそう。椿にもやってあげようか」

「もうそんな年じゃない」

「えー。年なんて関係ないでしょ?アタシはずっとやって貰う予定だけど」

「そんな予定は捨てとけ」

「い、や、だ!」

「...」

「へへっ」

 

いたずらが成功した時みたいに笑うこいつを見てると、いつも不思議と納得させている自分がいつもいる。それだけで安心感が芽生えるというか。

 

まぁ、生まれてからいない時間の方が短いくらいの間柄であれば、いない方が不安になるのも仕方ないだろう。

 

「おーい」

「ん?」

「んじゃない。ちゃんと心を込めて撫でるべし」

「...はいはい」

 

言われた通りにやれば、彼女はゆっくり目を閉じる。

 

(...変わったようで、変わらないようで)

 

寝顔は昔より凛々しく思う。でも、あどけない感じというか、可愛らしい感じというか、そういったのも残ってるように思う。

 

前よりしっかりと重みがあって_______いや、太ったとかではなく__________存在を感じられる重さ。

 

曖昧で言葉にしにくいそれを表すなら。

 

(......幸せ、かな。ただぐーたらさせてるだけなのになぁ)

 

「椿」

「はいはい。すいませんね」

 

また指摘され、今度こそ俺は銀を撫でることだけに集中した。

 

 

 

 

 

「お前ら、昼どうするんだ?今人数分揃えられるのカップラーメンくらいしかないけど」

「じゃあそれで。いつもの所でしょ?」

「ん」

「はーい」

「私はお湯沸かしとくね~」

「私は...お皿を!」

「いや皿はいらんぞ。杏」

「わ、私だけ何もしないのも」

「杏さん、私も何もしてませんから」

 

膝元にいるひなたはそう言って、「んー」と声を上げる。

 

「テレビでもつけるか?」

「い、いえ、平気です...」

「じゃあ、タマ坊メインの新作読む?」

「読みます!!」

 

凄い勢いで食いつく杏に苦笑しながら、俺は真っ直ぐ前を見た。

 

「......」

「......」

「...あー、カップラーメンで良いのか?皆」

「たまには悪くないでしょ」

「というより、つっきーのお家に何もないのが珍しいかも」

「今日買いにいく予定だったんだよ」

「そっか~」

「......じー」

「......なんすか、ひなたさん」

 

視線だけでなく声までつけてきたので、俺は下に目線を向けた。ひなたはこの体勢になってからずっと俺の顔を見てたのだ。

 

膝枕されてる時、見上げるのは特に何も思わないが、する側で下から見つめられてると、どうにも気恥ずかしさが生まれてくる。

 

「やっとこっち向いてくれましたね?」

 

嬉しそうに微笑むひなたと目を合わせること、数秒。

 

「...」

「あっ、これでは何も見えませんよ」

「見せないようにしてるんだから当たり前だろ」

 

俺は彼女の目に被せるように手を置いた。

 

「酷いです。椿さんは意地悪ですね」

「...仕方ないだろ。変な気分になんだから」

 

心臓の動きで全身が揺れてないか心配になるくらいには緊張してるし、冷静じゃない。もう三人目だからというのもあるだろうが。

 

絶対聞こえないだろう、口パクでしかないと思われるだろう呟きは、やっぱり返事等なく。

 

(...つい言っちゃったけど、聞こえなかったみたいだな。よかった)

 

「...椿さん」

「ん?」

「手、外して頂けませんか?もうじっと見ませんから」

「......程々にな」

「はい」

 

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

今日、始めは、そんなに乗り気じゃありませんでした。

 

『そうだ、あんずんもくる~?』

 

園子先生と通話した時、たまたまあがった話題。あの椿さんに膝枕して貰うというもの。

 

『人数多すぎると一人辺りの時間短くなっちゃうけど、一人くらい平気だよ~。私もついでのメンバーだし』

 

そう言われれば、行かない理由は何もない。ただ、私の心は少し微妙だった。

 

(椿さんが...男の人が膝枕する側かぁ)

 

恋愛小説にも、膝枕するシーンは沢山ある。仲良くなるための過程だったり、喧嘩してボロボロになったのを介抱する時だったり、単にイチャイチャする時だったり。

 

でも、大体共通してることはある。それは、されるのが男の人で、するのが女の人だ。

 

勿論例外はあるけど、大抵ヒロインが膝枕して、彼を甘えさせたりする。沢山見てきたからこそ、その逆は_____あまり無いように思ってしまった。

 

正確には、思ってしまっていた。

 

(こ、これは...)

 

「なぁ、杏」

「はいぃ!?」

「いや、そんな緊張されてるとやりにくいんだが...」

「べ、別に緊張なんてしてませんよ?」

「うっそだろお前...ガチガチじゃんか」

 

目の前に見える椿さんは、若干呆れた様子で手を伸ばしてくる。それが少しだけ怖くて目をきつく閉じた。

 

「ぁ...」

「はい。よーしよーし」

 

頭を撫でてくれている手は普段以上に優しくて、暖かい。

 

「これが、沢山の女の子にしてきた膝枕の力...」

「すげぇ言い方されてない?ねぇ、それ悪意ない?」

 

私の心変わりは一瞬で、もっと撫でてと思ってしまう。もっと欲しいとねだってしまう。

 

(これは皆さん、やって欲しいとお願いしますよね...)

 

でも、ここまで安心した気持ちになれるのは、絶対、やってくれてるのがこの人だから。私の好きな人だから_________

 

「......椿さん」

「ん?」

「...もっと、撫でてください......」

「仰せのままに。お嬢様」

 

その態度は、まるで本に出てくる執事のようで__________いや、私はそんな難しい想像を全部捨てて、もう一度、ゆっくり目を閉じた。

 

(今はただ、この瞬間を......)

 

ずっと続いて欲しいと願いながら。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「すー、すー...」

「完全に熟睡だ。こりゃ」

 

膝枕を始めてすぐ、杏は寝てしまった。

 

「可愛い寝顔だねー」

「膝枕されて寝てしまった椿さんみたいですね。ほら、見てください」

「ひなた、その写真コピーしてくれる?」

「おい前ら。というかひなたは許可なく撮るな」

「許可があったらよろしいのですか?」

「どうせ断ってもやるだろうから止めはしない」

 

以前見た過去のメモリーカード(今のひなた達にとっては未来となるメモリーカードだが)にも、明らかに盗撮だと分かる物も沢山あった。自然体の皆が見れて確かに嬉しかったけど、そのせいでひなたはそういう奴だと分かっている。

 

(全く...にしても俺、膝もつかなぁ)

 

昼休憩は挟んでいるが、既に二時間近く膝枕している。おまけに今頭をのせている彼女は眠ったまま。

 

(すっと立てるといいんだが)

 

心配はするも、彼女を起こしてまで動こうとはまるで思わない。

 

(さて。杏はいつまで寝てるかね)

 

俺自身の膝枕に利点があるのか未だに疑問だが、こんなに安らかな寝顔をしてくれるくらいには、良いのだろう。

 

 

 

 




椿に撫でられるのが一番好きなのはそのっちだと思います。出会った頃からやられてますし。

ちなみに膝枕の約束を取りつけてるのは、ゆゆゆい編33話になります。


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誕生日記念短編 私を嬉しくさせる人

今日はそのっちの誕生日!おめでとう!

ということで、わっしーと同じように園小の誕生日を祝う回を作りました。今回は予定していたことなのでちゃんと当日に出せる!


「つっきー先輩?離さないでくださいね?」

「分かってる。エスコートはしっかりするから」

「はーい!」

 

目を閉じたまま知らない場所を歩くのは正直言って凄く怖い。しかし、今目を閉じている彼女はそんなこと全く思ってなさそうだった。ヘッドホンをつけた今も、その表情は変わらない。

 

『俺の決めた場所に行く?』

『そうなの!つっきー先輩に私を連れていきたい所を決めてもらって、そこに行きたい!』

 

二人いる乃木園子の誕生日、小学生の彼女からそう言われたのは、誕生日の二週間くらい前だった。確かに二人同時にお願いされて実行出来ることは、一人にお願いされて実行することより限られるだろうし、ありがたいのだが_________

 

(なんともまぁ、珍しさのあるお願いだ)

 

『いいけど、どうしてまた?』

『えっと、私も小説作ってるんですけど、園子先輩が経験してないことを盛り込みたいなって』

『成る程...?』

 

園子の小説は良くも悪くも凄く引き込まれる。時々読ませて貰う物はどんなジャンルでも面白いのだが、気づいたら夜中になってるのがいつものことなのだ。

 

そして、なんだかんだ園子ちゃんのは読んだことがない。

 

『俺読んだことないけど、もう違うんじゃないのか?』

 

中学三年の時間を過ごした後と前では、書くものは変わってくると思う。二年くらい動けない生活をしていたとはいえ。

 

『確かに違うんだけど、私より上手いなーって思うことの方が多くて。私もあれとは違う形で、同じくらいのものが、ううん、それ以上のを書きたいなって思うの!』

『んー...』

 

俺には小説を書く際のいろはというか、彼女達の求めるものは分からない。だが、問題は当人がどう思うかだ。オリジナリティのために自分とは違う人のアイデアを受けるというのは、利にかなってるようにも思う。

 

『わかった。じゃあ行くか。ちゃんと案内出来るように頑張るよ』

『ありがとうございま~す!』

 

そんなやり取りの末、今の状況があった。行き先は事前に調べたし、実際現地に足を運んでいる。

 

(園子があまり体験してなさそうで、園子ちゃんも自分じゃあんま行かなさそうな場所...まぁ、気に入ってくれるといいんだが......)

 

せめて嫌な顔をされなければ良いなと思いつつ、俺は道を曲がった。

 

 

 

 

 

(いや、それより前に、これ誘拐現場とか思われてないよな...?)

 

 

 

 

 

「おっきー!!」

「園子ちゃん、静かにな」

「あ、は~い」

 

最初に訪れたのは、讃州中学から最寄りにある駅から12駅離れた場所にある大型図書館だ。県内でもここを越える規模はないと言われている。

 

(普段なら讃州中高の図書室でどうにかなるから来ないし、園子も来てる様子はなかった...良い参考資料があるかもしれない)

 

普段他の部員同士のやり取りでメモを進ませていることが多い彼女達だが、ゲームを上達させるのに上手い人のプレイを見て学ぶ方法があるように、色んな人の作品、文章構成を見ることは大切だろう。

 

ネットにも色んな作品があるが、商業として通された物はまた少し異なる筈。たまに読む、加筆修正されてラノベになったもの等はともかく。

 

(園子も、あんまり本読んでるイメージないからなぁ)

 

「気になった物があれば借りていけるから言ってくれ。俺も含めて20冊は借りられる。返すときは寮の近くにある図書館で大丈夫だ」

「そんなにですか?」

「勿論園子ちゃんが気に入ればだけどな。荷物持ちは任せろ」

 

辞書並みの厚さが何冊も入るバッグを持ってきたため、なんとかなるだろう。

 

「折角だから普段読まないようなジャンルとか、探してみたらどうだ?」

「!じゃあ...あっち!」

「おう、行ってらっしゃい」

「え?つっきー先輩は行かないの?」

「...いや、一緒に行くか」

「やったー!」

 

さっきより小さな声で喜ぶ園子ちゃんに、くすっと笑いが溢れる。

 

(俺も、たまには新しいジャンルに手を出してみるか...)

 

結局、園子ちゃんが九冊、俺が二冊の本を借りて、図書館を後にした。

 

彼女が借りた本をバッグに入れていく。一緒に見たから知ってはいたが、ジャンルもタイトルもバラバラだ。

 

(選び方もなかなか凄かったもんな...)

 

タイトルを見て、目次を見て、パラパラページをめくって、本棚に戻すか俺に渡してくる。どういう選考基準なのか聞けば、『大体内容わかったので、じっくり読みたいやつだけ残してます!』と言われた。

 

とてもじゃないが俺には出来ないと思う。恋愛小説をよく買う杏だってある程度の選別はするだろうが、とりあえず恋愛小説だからと買い込み、後で微妙かもと唸っているのを聞くことは少なくない。

 

(いや、改めて振り返ってもすげぇな...)

 

ビックリする俺が横に目を向けると、園子ちゃんは自分に目隠しをしていた。

 

「次はどこ行くんですか?」

「...次はな」

 

 

 

 

 

「おまち」

「ありがとうございます」

「ほわぁぁぁぁ!!!」

 

よだれを垂らしそうな勢いで大口を開ける彼女を見ながら、俺も、口の中に唾液が出てきてるのを感じた。

 

出てきたのは、山盛りのもやしが乗った豚骨ラーメン。 一人の時はたまに食べるが、勇者部はうどん派が多いため来ないし、そもそも女子と出掛けたらまず行かないような店だ。

 

「さ、食べよう」

「頂きます!!」

 

割り箸が綺麗に割れたことにちょっとだけ嬉しくなりながら、二人で手を合わせ食べ始めた。スープを飲めば空きっ腹に暴力的な味が広がり、麺を食べればそのスープが絡み付いた太麺を噛んで口の中で暴れる。

 

「うまっ」

「美味しい~!!はむっ!」

 

分厚いチャーシューを食べては頬を緩ませる園子ちゃんを見て、俺と店主らしき方は微笑んだ。

 

カロリーを気にすることの多い女子だけではなかなか来ない場所だろう。事前に銀に聞いたが『まず女子だけじゃ入りにくい雰囲気あるし』とのこと。

 

(小学生の時、銀と一緒に大きいのを一つなんとか食べきったこともあったっけ)

 

__________ちなみに、『もうちょっと痩せたいわね』と、風が最近流行ってるらしいタピオカミルクティーを飲みながら言っているのだが__________それがラーメンと対して変わらないカロリーなのは、言わぬが花なのだろう。

 

準備段階では園子ちゃんもそう言うのを気にしてるか不安になったが、店の前や今の反応を見るにそんなことはないだろう。

 

「あまり普段食べないだろ?」

「うん!今度つっきー先輩作ってください!」

「流石にこれは作れないと思うが...また食べに来れば良いさ」

「じゃあ、またデートしましょう~!」

「お、おう...」

 

デートという言葉に一瞬動揺してしまった。俺としては、どちらかというと小さい子を連れたお出かけ気分だったから。

 

ただ、目の前でラーメンを食べてる園子ちゃんの否定をわざわざする必要もないため、俺は誤魔化すように笑うだけだった。

 

「って、食べるの早いな...詰まらせるなよ?」

「大丈夫でーす。そんなこと簡単に...っん!?」

「あぁほら言わんこっちゃない。はい水。美味しいのは分かってるしラーメンは逃げないから、ゆっくりな」

 

 

 

 

 

「すいません、予約していた古雪ですけど」

「古雪様ですね。御予約ありがとうございます」

 

予定していた場所も残すは一つとなった。ここまでは用意していた通りである。園子ちゃんも喜んでくれてるみたいだ。

 

因みに荷物になる本を見に行くのを最初にする流れにしたのは、昼御飯の開店時間や、この予約時間等を考慮した結果である。

 

「つっきー先輩、ここは...?」

「ここはガラス工房。名前の通り色んな物をガラスで作ってる所だな」

 

指をさした方向には、見本品として様々なガラス製品が飾ってある。

 

熱したガラスを息を吹きかけたりして変形させるため、色や模様、形でオリジナル性の高い物を作りやすい場所である。

 

「今日は園子ちゃんが好きなのを一つ、自分で作れるぞ」

「おぉー!!」

 

小学生一人でもしっかりレクチャーしてくれる場所を選び、当日好きなものを言ってくれて大丈夫ということで、嬉しい限りである。

 

園子ちゃんは真面目な指示はちゃんと聞くし、きっと綺麗な物を作るだろう。

 

「じゃ、頑張れよ」

「え?つっきー先輩は?」

「俺は見学だ」

「一緒に作らないんですか?」

「予約したのは一人分だしなぁ...ちゃんと見てるから、楽しんできな」

「......はーい」

 

間違いなく何処か納得してない顔をしていたが、俺も園子ちゃんも何か言うことはなく、事が進んでいく。

 

指示に従いながら進めていくうちにオレンジ色の明かりを灯したガラスが出来て、園子ちゃんの顔にも笑顔が浮かんできた。

 

(...やっぱ、ここを選んで正解だったかな)

 

お店の人と話し合った結果、彼女はコップを作ってるようだった。徐々に形が形成され、どこか失敗したりしないだろうかと自分の事のようにドキドキしながら見守る。

 

そこから約一時間程度。特に目立ったミスや怪我もなく、彼女のコップ作りは終了した。

 

 

 

 

 

「良かったな。綺麗にできて」

「うん!すっごい楽しかった!!」

 

園子ちゃんが住む寮までの帰り道、なんだかんだ街灯の光が不必要に感じないくらいには遅い時間になってしまった。

 

とはいえ、その光に照らされる園子ちゃんの顔は満面の笑みだから、確かに一日を楽しんで貰えたんだろう。

 

だからこそ、ちょっと気になるのは。

 

「...なぁ、園子ちゃん」

「なんですか?」

「なんでさっき、微妙な顔してたんだ?」

「へ?」

「ほら、ガラスの奴作る時」

 

思い出したのか、彼女が声をあげる。

 

「だって、つっきー先輩やらないって言うんだもん」

「そりゃ...俺が教えられる立場ならやっただろうけど」

「だってだって、図書館行った時も、ラーメン食べた時も、一緒だったのに」

「......」

 

つまり、それまで一緒に何かするって形だったのが、最後だけ園子ちゃんだけがやることになってしまったのが良く思わない。ということだろうか。

 

(目的は園子ちゃんを楽しませることだが...逆に、俺は最後の最後でこの子を完璧に楽しませられなかったってことになるよなぁ)

 

思考能力を高めて考える。これで終わりにするには悔しい。何か今から出来ることは__________

 

「...あ、そうだ。園子ちゃん」

「はい?」

「この後でも寒くない用意して待っててくれ」

 

最近、人数も増え、遅くまで出掛けることも増えるかもしれない。そう考えて、夜遅くになっても安全運転で送っていけたらいいなと、夜にバイクを走らせている。

 

その時見えたものなら________まぁ、気に入ってくれるかは分からないが。

 

(とりあえず、バイク取りに帰らないとな)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「園子ちゃんは小学生ですよ!そんな遅くに外に出すことないでしょう!」

「いや、その、バイクで移動できるし、俺もずっと側にいるし...」

「夜間運転は危ないのでなるべくやめて欲しいんですよ!最近よく出掛けてるみたいですし」

「バレてる...え、東郷、俺の家にカメラとかつけてないよな?」

「前話してました!」

「ゲッ...」

 

床に正座しているつっきー先輩が頬をかいて目をそらす。でも、わっしー先輩は怒った顔を変えなかった。

 

「園子、園子」

「なーに?ミノさん」

「いや、お前逃げといた方が良いんじゃないか...?椿先輩の次は園子じゃ」

「今日お先に失礼しま~す!!」

「え、園子ちゃん!?」

「古雪先輩!まだ話は」

「届け物がありますから~!!」

「園小お疲れ」

 

風先輩の労いの言葉を背に、つっきー先輩を置いて走り去る。

 

『バイク走らせてて、適当に見つけたんだがな』

 

昨日の最後、つっきー先輩がバイクに乗せて連れいてってくれたのは、山の上の方だった。その一角が、整地された跡だけ残っている。椅子とか手すりとかはあるけど、雑草とかがぼうぼうに生えてる。

 

『はい到着』

『......』

『綺麗なもんだろ?』

『......』

『...園子ちゃん?』

 

その景色を見て、私は最初何も言えなかった。

 

下の方は、人が住んでる照明の光が。上の方は、空を照らす星の光が。

 

人工も天然も関係なく、私の目に飛び込んでくる明かりがキラキラしてて、ただどっちか片方だけ見ても感じることのない気持ちがプカプカ浮かんできて__________

 

『良いなぁ...』

『ならよかった。ここを教えたのは園子ちゃんが初めてだから不安だったけど』

『!』

『喜んでくれてなにより』

 

隣にいるつっきー先輩が教えてくれた、まだ誰にも、未来の私も知らない場所に来れたのが、胸を高鳴らせる。

 

『つっきー先輩、ありがとう』

『どういたしまして』

 

 

 

 

(...えへへ)

 

写真も一緒を見てたら、もう自分のお部屋についていた。

 

逃げ出す時に言った『届け物』は、嘘じゃない。

 

脱いだ靴もほったらかしで、箱を開ける。沢山入ってる梱包材をどけて、中身を見る。

 

「はわぁ~!!」

 

作ったガラスのコップ。あそこで冷ます必要があったから送ってもらったのが、やっと届いた。

 

薄紫色の斑模様がコップを覆ってて、光に当たった時色を変える。更に薄く、純白に近く。

 

それは、思い出の景色と同じくらい綺麗で。真逆の色をした先輩のことを思い出して。

 

「...よぉーし!!頑張ろう!!」

 

今なら凄い作品が書ける気がする_______いや、書けるという確信をもって、私は麦茶をコップにそそぎ、机に向かって座った。

 

(出来たら、一番に見て貰うんだ...!)

 

 

 



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ゆゆゆい編 47話

去年はこの時期、そのっちに加えタマっちの誕生日も書いてて忙しかったんですが、今年は大丈夫でした。というかあの更新スピードはキツイ

そのっち(中)、(小)のように、タマっち(小)がいなくて助かった...来年になったらいるかもしれませんけどね


「あ、東郷!」

 

手のひら側で小さな腕時計を見ていた東郷が、俺の声を聞いて顔をあげた。

 

「おはようございます。古雪先輩」

「おはよう!遅くなって悪かった...こっちが頼んだ身なのに」

「集合時間より早いですよ。気にしないでください」

「ありがと」

 

一言お礼を言うと、彼女は「では、行きましょう」と歩いていく。俺や銀と同様、東郷にとってもイネスは既に勝手知ったるものだ。

 

「それにしても、珍しいですね。家具が欲しいなんて」

「俺じゃなくて、俺の親なんだけどな。なんか頑固で」

 

数日前。和の感じのある家具が欲しいと言われた。勿論俺は両親に自分達で買ってくれば良いと言ったのだが、それに対しての返しは『日本とか和に詳しい子がいるって言ってたでしょ?』とのこと。

 

いつだか話した東郷のことが覚えられてたんだろう。

 

「自分達で好きなの選べばいいのに、お前に選んで貰った方が良いって言うんだから」

「...責任重大ですね」

「いやいや。全然気にすんな」

「いえ!任命されたからには、この東郷美森、全力でやらせて頂きます!」

「......ありがとな」

 

癖に近いもので手を伸ばしかけ、止めた。東郷に頭を撫でるのは、あんまり良く思われない気がする。

 

「......」

「と、東郷さん?なんでそんな目を...?」

「...なんでもありません。行きましょう?」

「あぁ」

 

何故か微妙な顔をされた東郷は、やれやれとでも言いたげな、どこか苦虫を潰したような顔をして、元に戻った。

 

「ところで、家具と一口に言っても何が欲しいんですか?」

「...ソファー」

「...私、役に立てますか?」

「それも含めて今日頼むか微妙だったんだよなぁ...」

 

ソファー(海外からきたと言われる家具)を東郷(生粋の日本国民)に選ばせることになり、意見を変えない両親。俺もこうなるとは気づかず、出かける前に聞いたのだ。

 

(今日の東郷には、何言われても従うしかないだろうな...)

 

俺は一人、静かに息をついた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(古雪先輩の御両親が望むのは、和風のソファー...)

 

二人でデー_____お出掛けに来た目的にそって、家具を取り扱うお店についた。

 

古雪先輩がこうして頼りにしてくれることは決して多くなく、基本は頼りにさせて貰っていることが多い。

 

(そうしたら、嫌でも気合いが入るわね...!)

 

例えそれが、ソファー(カタカナ文字)だったとしても__________

 

「和風、と言っても、意外に種類あるんだな」

 

古雪先輩の言うとおり、置いてある物でもそれなりに種類がある。大きく分けると二つ。畳を使うか使わないかだ。

 

焦げ茶色に塗装された木材の骨組みに敷くものが畳な物が半分くらいだろうか。

 

(固そう...)

 

床に正座する等ならともかく、ソファーとしてこれを使うのはどうなのか。私は、そうまでする必要もなく床に敷かれた畳に座る。

 

(慣れてない人からしたら、違うのかしら)

 

「古雪先輩の御両親は、普段どうやって休日を過ごされてます?」

「普段?んー...ぼけーっとソファーに沈みながらテレビ見たり、柔らかい人形抱えて寝てたり」

「可愛らしいですね」

「だらしがないとも言うけどな。仕事忙しいみたいだし、俺がとやかく言えることはない。ま、俺もそれなりに家事を手伝えるようになったし...」

「?古雪先輩?」

 

不自然に止まった先輩の方を見ると、その目は大量に置かれた棚に向いていた。かなり小さめだが、小物を入れるには適しているように見える。

 

「...そちら、見てきますか?」

「いや、悪いし...今度でいいよ」

「大丈夫ですよ。私にも考える時間をください」

「.....ありがとな」

 

「ちょっと見てくる」と言って歩いていく古雪先輩を見送って、私は元の方へ向き直した。

 

(さっきの話を纏めるなら、御両親は柔らかい物の方が良さそうね...ということは畳はなしとして)

 

寧ろ、限りなく柔らかい素材が良いのかもしれない。目星をつけた物を、ひとまず値段を気にせず触れてみる。

 

「随分お若いんですね」

「!?」

 

何個めかの調査を始めた時突然声をかけられ、急いで振り向く。いたのは安芸先生と同じくらいに見える________

 

「店員...さん?」

「あ、すみません。驚かせてしまいました?」

 

名札を胸元につけた店員さんは、一度綺麗なお辞儀をした。

 

「先程の旦那様も相当お若く見えまして...」

「だ、旦那様!?」

「違いました?てっきりそうだと...いかにも若夫婦といったようで」

「わ、若夫婦じゃありません!私達まだ結婚出来る年齢ではありませんから!」

 

両手を大きく振って、自分の顔も隠しながら否定する。

 

「まぁ、そんな年齢?じゃあ婚約者かしら?将来設計が早いのね。お値段が難しそうだったらなるべく下げるよう努力するから」

「な、ななな!?」

 

それでもこの店員さんの勘違いは更なる方向へ行ってしまった。私は動揺して口から声をあげるだけ。

 

「東郷?どうした?」

「古雪先輩!!こ、この人...!!」

「?」

「あら...すみません」

「はい、どうしました?」

「この子のこと、大事にしてくださいね?」

 

まるで私の気持ちが筒抜けだったかのような発言をされて。

 

「はい。勿論。ずっと大事にさせていただきます」

 

古雪先輩の間髪いれない答えに、今度こそ私は固まった。

 

「ふふふ...可愛いわね」

「そうですかね...てか東郷、本当にどうした?ずっと俺の手を掴んででっ!?」

「あー...またのご来店をお待ちしておりま~す」

 

 

 

 

心臓が弾けてしまいそうなくらいうるさい。それ以外には、手に伝わってくる熱さしか感じない。

 

(ぁぁぁぁぁ...)

 

『はい。勿論。ずっと大事にさせていただきます』

 

あれは、この人のあの発言は、つまり__________

 

「おい東郷!」

「はっ!?」

 

気づいたら、さっきまでいた家具屋ではなかった。周りを見ると、それなりに離れた所のようだ。

 

「どうしたんだ一体?って凄い顔赤いぞ...もしかして熱出してたのか?」

 

古雪先輩が私のおでこに手を当ててきて、顔を覗き込んでくる。私はまた顔から火が吹き出そうな感覚になった。

 

「だ、大丈夫ですから!!」

「そうか?」

「はい!!!」

「...まぁ、本人がそこまで言うなら......じゃ、戻るか」

「......あ、あの」

「ん?」

 

手を離してしまった先輩に、声をかける。

 

「さ、さっきのって...」

 

聞きたくないという思いもあるけれど、口が開いてしまう。

 

(気になる、聞きたい、ちゃんと聞かせて欲しい...)

 

「へ?」

「さっきの言葉!!本当ですか!?」

「さっきのって...大事にするってやつか?当たり前じゃん」

「!!!」

 

(普段こういったことに鈍い椿さんが、こんなあっさり...!?)

 

つまり、本気。ということなのだろうか。本気で。

 

(じゃ、じゃあ、本当に私と...!?)

 

私の前に片膝をついて、小さな箱を見せてくる古雪先輩のことを想像して__________

 

 

 

 

 

「東郷がちゃんと考えて選んでくれたソファーだぞ?大事にするに決まってる」

 

私の想像は、急に止まった。今日の私はどこか暴れたり止まったりしてばかりだな。なんて、他人事のように思った。

 

「......はい?」

「あの店員さんが手を添えてたソファーが良いだろうって目星をつけといてくれたんだろ?。『この子』なんて呼んで、もう買うのが確定みたいに言ってさ」

 

つまり、あれか。

 

 

(古雪先輩が言っていたのは、私じゃなくて、ソファー...)

 

「......」

「...おーい、東郷?」

「古雪先輩」

「はい?」

「私、貴方のこと、嫌いです」

「!?!?」

 

気づけば、心臓の音は全く聞こえなくなっていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

うどんを食べていた二人の声が重なる。その瞬間、ちらりと彼女の方を見た。

 

(機嫌は元に戻ったみたいだな...)

 

家具屋に言ってから情緒不安定な感じで、とどめに嫌いとまで言われてしまった俺は相当なショックを受けたのだが_________その後すぐに彼女が涙目で謝ってきて、何も言えなくなってしまった。

 

それから家具屋に戻って買い直したり(選んだのは店員さんが『この子』と言ってた奴ではなかった)、運送の手続きをしてる間に、普段通りの東郷に戻っていった。

 

『分かってる。相手は古雪先輩なのだから...はぁ』

 

その言葉の意味はよく分からないが、まぁともかく、さっきよりは落ち着いただろう。

 

「そういえば古雪先輩」

「ん?」

「いつからそんなにみかんを好きになったんですか?」

そう言う東郷の目線は、俺の右手に納まっているみかんジュースを向いていた。

 

「ちゃんと聞いていなかったなと思いまして。私や友奈ちゃんと出会った頃にはもうそんな感じでしたし」

「まぁな」

 

確か二人が勇者部に入った歓迎記念で、結構渡した気がする。

 

「でもなー、いつからかって言われると...覚えてないというか。物心つく前から好きだったんだと思う」

「随分長いですね」

「幼稚園か、それより前か...銀なら覚えてるかも」

「それだけ長ければ銀も覚えてなさそうです」

「確かに」

 

ここにはいない奴を想像して、二人でくすっと笑いあう。

 

「では、イネスによく来るようになったのは?」

「それもそんなに覚えては...家族で行く大型ショッピングモールってこの辺じゃここだけだしな。赤ん坊の頃から来てるかも」

「古雪先輩の幼少期はあやふやですね」

「皆小さい頃の思い出なんてそんなもんじゃない?」

「...私もでした」

 

何でもないような会話だけで、目の前の少女は幸せそうに微笑む。その姿を不意に可愛らしく感じて、俺は目をそらした。

 

「せ、折角だし今度見てみるか。卒園アルバムとかあるだろ」

「古雪先輩か私の誕生日がもう少しずれていたら、同じアルバムに載っていたかもしれませんね」

「あー、そうか」

 

確かに俺の誕生日は二月、東郷の誕生日は四月だから、実質的な差は約二ヶ月しかない。

 

「そう言われるとほとんど同学年か」

「古雪先輩じゃなく、古雪君?」

「...もう一回」

「え?」

「いや、珍しいからな。折角だし。うん」

 

何かに言い訳するように早口で言い出す俺を見て、彼女はまた口を開いた。

 

「じゃあ今日一日は、古雪君でどうかな?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お疲れ様ー」

「遅いじゃないの椿」

「面談が長引いてな...あの先生面倒見は良いけど話が脱線しやすいだろ?」

「あーそれ分かるわ」

 

入り口の方から始まった会話を聞いて、操作していたパソコンから目を離して振り向く。想像通りの表情で風先輩と古雪先輩が話していた。古雪先輩はまだ、私が見ていることに気づいてない。

 

私達以外は依頼だったりで出払っているので、やけに静かだった。

 

(いえ、そうじゃないわ。えっと、確か...)

 

「時間が進まない中進路がどうこうって言われてもねぇ...現実味がないというか。そもそも元の世界じゃやること制限されるだろうし」

「大赦とでも言っとけば?」

「まぁ、職場見学とか出来るならな。春信さんの仕事現場見てみたい」

「夏凜のお兄さん?」

「仕事に関して、というかほぼ完璧超人だからな。見習いたい所は多いさ。さ、今日の依頼はっと...あ、東郷」

「お疲れ様です、古雪先輩」

 

私は鞄の中に入れていたみかんジュースのペットボトルをすっと差し出す。保冷はちゃんとしていたから飲むのには程よく冷たいだろう。

 

「え、いいのか?」

「その為に持ってきたんですよ?」

「じゃあ遠慮なく。ありがとう」

「あんたも好きねぇ」

「うどん狂いのお前に言われたくないわ」

 

小さく「あそこの限定品じゃん...良いセンスしてるなぁ」なんて呟かれて、ちょっと頬が熱を持つ。でも今日はそれが目的じゃない。

 

「東郷、パソコン使っても良いか?俺宛に依頼するって裕翔と郡から言われてさ」

 

説明しつつ、手はペットボトルの蓋を開けて口に運んでいく。外が蒸し暑かったからか、かなり良い勢いで減っていくのを確認して__________

 

 

 

 

 

「古雪君が喜んでくれて嬉しいわ」

「んっ!?」

 

彼の耳元で、そう囁いた。

 

「こほこほっ...と、東郷さん?どうした?」

「私はただ素直な感想を言っただけよ?」

「......と、東郷が椿に、目上の人にタメ口!?突然!?!?」

「ちょ、風?」

「事件!!事件よ!!!友奈呼んでこなきゃ!!!」

「あ!おい風!」

 

部室を飛び出して行く風先輩と、取り残される私達。

 

「...はぁ......で、本当にどうした東郷?何かあったか?」

「昨日のように言っただけですよ」

 

口調を戻して、人差し指を口元まで持っていく。古雪先輩の_____はやめて、私自身の所まで。そして。

 

「ただのいたずら心です」

 

その後の古雪先輩の照れた顔は、ひなたさんのカメラで写真に残したいくらいだった。

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 48話

今回はリクエストになります。


「お、お邪魔します...」

「へいへいつっきー。そんなに固くならなくてもいいんだぜ?」

「いや、改めて見たらちょっとな...」

 

学校よりも広大な敷地を見えなくする玄関という名の門。大赦の一番お偉いさんの家なわけだし当たり前ではあるのだが、緊張感を拭うことは出来ない。

 

(今の園子は銀と一緒に別のマンションで生活してるし...この家だったら流石に足がすくむからよかったかも)

 

「そうですよつっきー先輩。ご先祖様も」

「あ、あぁ...見る度に、未来の私は何をしたのか気になるな」

「世界の勇者、若葉ちゃんですもん。このくらい当然ですよ」

「そういうひなたも、上里家として有名だろう...」

 

それにしても、歴史的も有名な家系のご令嬢二人に、その礎を作りし先祖。更に同じくらい有名な家系の先祖。

 

(...このメンバーに挟まれてる俺って、家柄的に場違いな気がする......)

 

ごくごく普通の家系である俺は、微妙なところだ。

 

「ささ、どうぞ~」

 

今更感じたところでどうしようもないことを思っていた間に皆が門をくぐってしまい、俺は置いてかれないように後へ続いた。

 

 

 

 

 

今日園子の家、しかも乃木家が使用している方に俺達が来たのには、ちょっとした理由があった。

 

『乃木家の家系図が見つかった?』

 

部室で若葉と園子が話していたことを要約すると、部屋の掃除をしていた園子が家系図を発見、それに興味を持った若葉が見たいと言った。

 

乃木家以外の俺とひなたは、片や園子に来てと言われ、片や若葉ちゃんのことは何でも知りたいと言い。

 

「ひっろ...」

「さ、流石に落ち着かない広さですね...」

 

応接室とやらに通された俺達が来た理由は、そんなもんだった。

 

「じゃあ私の部屋にする?この前綺麗にしたばかりだし...」

「うん、そうしよう!つっきー、皆、こっちこっち!」

「おい園子、引っ張らなくても大丈夫だから...」

 

俺の言葉に聞く耳持たない様子の園子に手を引っ張られ、俺は歩く速度を揃えた。元々普段が周りに合わせた速度なだけで、このくらいなら速いということもない。

 

「やはり園子さんが最大の...いえ、銀さん?結城さん?」

「ひなた?何をしている?」

「あぁすみません若葉ちゃん。今行きますね」

 

後ろもついてきたようで、家の広さの割にはあまり歩かずに目的地についた。

 

「はい、どうぞ~」

「お、おう...おじゃま、します」

 

園子の部屋_____家の外観からは想像できない可愛さが、壁紙やベッド、その上に乗った人形で表現されている_____を見て、今更女子の部屋へ通されたことに気づいた。

 

(最近住んでないとはいえ、園子の部屋なんだよな...これならさっきの場所でもよかったかも......)

 

女子の部屋に入ることはよくあることだが、ここまで女の子らしさを出してるのはそうない。油断しきっていた俺は静かに唾を飲み込んだ。

 

「随分可愛らしい部屋だな」

「園子さんらしいです」

「「えっへへ~」」

 

二人の園子は揃えて笑えば、揃えて何かに気づいたようで「あ!」と声を出す。

 

「じゃあ私、飲み物取ってきます!」

「私もちょっと準備~」

「じゃあ手伝うよ」

「あぁ。椿の言うとおりだ。客人が何もしないのもな」

「客人だからこそ、ですよ~。待っててくださいね!」

「あ、おい!」

 

目にも止まらぬ速さで部屋から消えていく二人。俺と若葉は追おうとするが、既に角を曲がっていた。

 

(追う...のは無理か)

 

通いなれない広大な家、二人の案内がなければ迷子になりかねない。大体あぁなった園子達は良からぬことを考えてることが多いが__________

 

「...はぁ。仕方ない。大人しく待つか」

「それしかないだろう。だが幸先が良かったかもしれない」

「ん?」

 

若葉の言い方を疑問に思うが、次の瞬間には解消され、同時に声をあげた。

 

「何してんだお前」

「園子のメモを探している」

 

言いながらも、ベッドの下を覗き込む彼女。

 

「元々今日来た目的の半分はこれだった。椿もよくやられているだろう?最近は私をよくネタにしていると本人から聞いてな。一度お灸を据えなければと...」

「いや、だからってお前...」

 

確かに俺も、何度も何度も小説のネタにされているし、メモに俺の想像以上のことが書かれてるだろうことは否定しない。まぁいいかと思う反面、自分の中でいい加減やめてくれと思う時があるのも。

 

しかし、部屋の主がいない間に探すのも怪しいラインだ。何より__________

 

「...止めないのか?」

「昨日もお話したんですけどね。若葉ちゃん、最近凄いことをやってしまったみたいで...聞く耳持って下さらないんです」

「そ、そうか...」

「ひなたにはすまないと思う。だが私は...椿も一緒にどうだ?」

「......いや、やめとくよ」

 

今の園子はここを使ってないため最近のメモがあるとは思えないし、メモ帳を奪ったくらいで反省する奴でもなければ、パソコンなりUSBなりに保存はしてるだろう。若葉のしていることは言ってしまえば『無駄』の一言なのだが__________本人の鬼気迫る顔で何も言えなかった。

 

ひなたに助けを求めても、結果は同じ。

 

(一体園子の前で何やらかしたんだよ...)

 

「でも、ほどほどにしとけよ。お前だって他の人に物色されてらやだろ?第一もしヤバいのが見つかったら...!!!」

 

俺は思わず目を見開く。脳が処理した情報は、俺を色んな意味で壊すのに十分だった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

「何でそんなにフラグ回収すぐなんだよ!?えぇ!?」

椿が怒るのはかなり珍しい。普段は落ち着いているし、からかうことはあっても優しく、大声を出す時は困った時や指示を出す時だ。銀曰く『一人でゲームやってる時は口が悪くなる』らしいが。

 

後は、怒るときは大体、自分じゃなくて周りの人のことに対して。それが私の知る椿だ。

 

「いいか!?この際俺のことはどうだっていい!!今回見られて嫌な思いをするのは自分じゃなくて園子なんだから、もう少し考えろ!」

 

目の前で仁王立ちする今の椿は、間違いなく怒っていた。困っているから。なのかもしれないが、怒られている立場である私には、それをとやかく言える権利などない。

 

「以上!!終わり!!」

「すまなかった...」

「はぁ...謝るのは俺じゃないだろ?掘り返すというか、知らない本人に言うのも気まずいけどな......」

 

すぐにいつものように戻った椿に、少しだけほっとする。多少なりとも怖いと思うのは、椿が年上の先輩なんだと感じたからなのか。正座したまま見上げると、怒鳴っていたからか、頬を赤くした彼がいた。

 

私は園子がメモ帳を隠していそうな隅っこを漁り__________すぐに見つけた。メモ帳ではなく、下着を。手にとってしまったが最後、それは私を嗜めていた二人も見てしまったわけで。

 

(素直に申し訳ない...)

 

「お待たせしました~」

「した~」

「「!?」」

「あら」

 

当然、考えている間時間が止まる筈もなく、園子達が入ってきてしまった。

 

何故か、メイド服と呼ばれる格好で。

 

「そ、園子?なんで急にその格好...二人してサイズぴったりだし」

「この前掃除してたら見つけたんだ~。似合うかな?」

「......あ、あぁ...」

「つっきー先輩聞こえませんよ?もっと大きな声で」

「...二人とも可愛いよ!これでいいか!?」

「ありがとう。嬉しいよ~」

「ったく、こっちはもう手一杯だってのに...」

「つっきー?」

「...若葉」

「あぁ......」

 

だいぶ疲れている椿に指示されて、私は正座のまま頭を下げて説明した。

 

包み隠さず全てを話終えても反応がなく、上を見上げると________頬を赤く染めて膨らましている園子がいた。小さい方は普通にしている。

 

「そ、園子...」

「私のだけど、私のじゃないですし~」

「......つっきーにも、見えたんだね?」

「はい」

「...若葉さん、嫌い」

「ぐはっ!?」

 

普段はご先祖様と言って慕っていてくれる彼女がわざわざ別称で突っぱねた対応をしてくるのは、私自身が思っていた以上に心に響いた。

 

「...俺すげぇ気まずいんだけど。自分のせいじゃないのに園子が嫌がってるのは俺の責任だし。ひなた帰らない?」

「今は大人しくしていてください」

「はい」

 

(聞こえているぞ二人とも!!)

 

中学生園子はそれどころじゃないようで、小学生園子の顔色は変わらない。

 

「そ、園子、許してはくれないだろうか?」

「...若葉さんは何でこれを見つけたんですか?掃除して見つけられなかった場所から」

「それは...お前のメモを奪おうとして」

「......」

 

彼女は服のポケットからメモを取る。それはまさしく私が欲した物だ。

 

「これ新品ですけど、毎日その日にあった私の喜びそうな出来事を書いて私に渡してください。いいですか?」

「え、いや、これ30枚は」

「これでも少ない方ですよ。いいですか?」

「...はい」

 

有無を言わさぬ園子に、私は完全に屈伏した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ホントはあーんとかするつもりだったのに...くぅ」

 

(もう寝たいなぁ...)

 

若葉が地味にキツそうな罰を了承した後、園子はいつも通りになった。あの反応を見るに今回のことは狙ってのことではなかったんだろう。

 

(ヤバい。無心、無心...)

 

さっきまでのことを思い出さないようにするには、なかなか刺激が強く。それでも抑えなきゃいけないのはなかなかに精神的負荷が高かった。

 

何故かメイド服姿の園子が右腕をがっちり掴んでいれば尚更。

 

「あの、園子...?」

「何?」

「......何でもない、です」

 

園子のなんとも表現しにくい顔を見て、俺は口を塞ぐしかなかった。普通に気まずい。あと可愛い。

 

「それで、これが若葉ちゃん達の家系図ですか...」

「うん。私達もまだちょっとしか中身は見てないんだ。それですぐ呼んだから、ちゃんと見てないよ」

 

これからやっと今日の目的だというのだから、尚更気は重かった。

 

(にしても、若葉は見たいんだろうか...)

 

「どうした?」

「いや、何でもない」

 

将来自分が誰と結婚するか、子供は何人いるのかなんて知りたいだろうか。

 

(...怖いのか、俺)

 

詳しいことは分からなくても、過去の歴史をねじ曲げた俺だからこそなのかもしれない。これを見ることで若葉に影響があって________最悪、園子という存在もなくなるかもしれない。なんて考えてしまうのは。

 

記憶は失くなるとはいえ、どうなのか。

 

(俺だったらどうするだろうか...)

 

「じゃあ、オープン!」

 

思考に耽っていたところで園子が開く。割りと真新しく見える紙が開かれていて、そこには__________

 

「ここが園子さんですね」

「あぁ。親御さんに、その親、最後は......」

「これは...」

 

全員が固まる。園子ちゃんが代表して『乃木園子』と書かれた場所から指を当てていき、そして。

 

「ご先祖様の名前じゃない?」

「というか、途中で切られているようですね...長く見積もっても150年前の代くらいまででしょうか」

 

ひなたの言うとおり、伸びている線は300年続いているとは思えない。理由はなんとなく察しがついた。

 

「どうりでな」

「椿?」

「これ、本物をコピーした奴だろ。やけに紙新しいし」

 

自分の家系図なんて見たことないが、こういうのは古い紙に書かれてるイメージだ。昔からの名家の重要書類ならなおのこと。

 

「第一園子が存在を忘れてるくらい小さい頃に貰って、放置されてた奴だぞ?そんな子供に本物を渡すとは思えない」

「あー...」

「言われてみればー...」

 

園子ズがそのことに気づかなかったのは意外だが、興味ないことは雰囲気通りふわふわしてるからと思い直す。

 

「じゃあ、見れないのだな...」

「......見たけりゃ見れるだろ?」

「椿?」

「これがコピーなら本物を見せてもらえばいい。園子の両親に頼んでさ。それに乃木家なら大赦が保管しててもおかしくない」

「確かに、そうだな...」

 

それこそ春信さん辺りに頼めば、上里家とセットで渡してくれるだろう。

 

「で、どうするんだ?」

 

 

 

 

 

「ひなたは自分の家系図見たいか?」

 

背中からの柔らかい感触を意識しないようにしながら、安全第一でバイクを動かす。

 

「見たくはないですね。将来どなたと巡り会うかというのを今知りたいとは思いません。見てしまったら意識して、それが変わるかもしれませんから」

「そっか...」

 

(若葉もそう思い直したのかな)

 

『私は、やはり見ないことにする』

 

若葉はそう言った。あっちの乃木家グループは今頃何を話しているのか_________

「それに...」

「ひなたさん?それ以上くっつかれると...」

「未来から来る。なんてこともあるかもしれませんから」

「へ?」

「なんでもありませんよ」

「!」

 

二人乗りだから仕方ないところはあっても、彼女はいつも以上に腹に巻いている腕をきつくしめる。その分俺達の隙間はなくなる。

 

おまけに、見えてはいないが、恐らく口を俺の服につけていた。むず痒さが背中を一気に駆け巡る。

 

「今は、貴方のことを考えるだけで一杯ですから」

 

もごもご動かされた口は、何を言ってるのかまるで分からなかった。

 

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

乃木家の家系図が見つかったという話を聞いた時は、園子以外自分の子孫がどんな名を継いでいったのか純粋に興味があった。継いでいったのは乃木の家名であるため、正確には名前は違うわけだが。

 

しかし、一度家系図を見ようとした時、なんとなく嫌な感じがした。なければいいな。なんて思った。

 

理由は分からない筈だったのだが________

 

『で、どうするんだ?』

 

椿から大赦に行けば分かると言われて、ちくりと胸が痛んだ。

 

(椿は知りたかったのだろうか...私の、相手を)

 

自分の未来を見ることなんて基本は出来ない。もし時代の異なる椿が気になるのだとしたら。

 

「つっきーのこと考えてた?」

「あぁ...っ!?園子っ!?」

「そんな驚くことないよ~。一緒に帰ってるんだもん」

「ご先祖様ぼーっとしてるから~」

 

園子ズは両側から私を見てくる。大赦に用があるひなたと、それを送った椿以外のメンバーで帰っているのだから当然だ。

 

「そんなことより、私がいつ椿のことを...」

「顔に出やすいから」

「何!?」

「その反応も証拠になっちゃってますけどね~」

「っ!」

 

既に失策だったことに気づいた私は、大人しく項垂れる。

 

「......自分の気持ちに折り合いがつかないんだ」

「「え?」」

「椿を見たら、自分の今後を見たくないと思ってしまった。どんな歴史を歩んだのか興味があったはずなのに...」

「...私から言えるのは何もないかな」

「園子?」

「今日の私は御先祖様に冷たいのです」

 

そのまま園子は一歩前へ出る。後ろ姿からはその言葉の真意が分からない。

 

「私も、ご先祖様自身が気づいた方が良いと思いますから~...園子先輩はつっきー先輩のこと大好きなんですよ?」

「!」

「?何故いきなりその話になる?」

「あとは自分で考えてください」

 

 

 

 

 

「そのっち、あれ言う必要あった?」

「だってそうですよね?」

「...今日はやられてばかりだよ」

 

 

 

 

 

ベッドに寝転がって、スマホを見上げる。このまま寝てしまえば顔に衝撃が走るだろう。

 

最も、今眠いと感じることはないが。

 

(園子は、椿を......)

 

夕飯も入浴も勉学も済ませたため、普段ならもう睡眠を取っていてもおかしくない。だが、私は未だにスマホを動かしている。

 

(......)

 

気づけば私は電話をかけていた。

 

『もしもし』

「や、夜分遅くにすまない。忙しかっただろうか」

『いや、ちょっと調べものしてたから平気だぞ』

「そうか...」

 

その言葉は私を気づかったものなのか、ただの事実か。

 

『それにしてもどうした?悩みごとか?』

「いや、そういうのとは、なんというか...」

『お前にしては歯切れが悪いな。なんか意外だ』

「え?」

『そういう時の若葉って、大体ひなたに相談してるから』

「ぁ...」

 

言われて気づく。どこか不安な時は、いつもひなたが側にいてくれた。だが今日はひなたを頼ろうともしていない。

 

「なぜだろうな...椿のことを考えていたからだろうか」

『へ?』

「......!!!いや!違うぞ!?別にそういう意味じゃない!!!忘れろ!!!」

『あ、あぁ...』

 

(くぅぅぅ~...!!)

 

戦いの後のように心臓がうるさい。今は通話だけだが、明日からどんな顔をして椿に会えばいいのか分からない。

 

『えっと...』

「なんだ!」

『お、怒らないでくれ...それで、何か話があったんじゃないのか?』

「......」

『今度は黙らんでくれ』

「ぅ...あのだな、その...ダメか?」

『何が?』

「...椿の声が、聞きたかった。用もないのに電話をかけるのは、ダメだったか...?」

『......どうした若葉、情緒不安定か?どうしたら直前の言葉からそれが言えるんだよ』

「じょ、情緒不安定等ではない。私は...」

 

言いたいことが全然纏まらず、口が塞がってしまう。

 

『...ふぅ。いいよ。たまにはそんな時もあるだろ。ここは先輩らしく寛大な心で』

「別に、お前のことを先輩だとは普段あまり思わないがな」

『今日の若葉おかしいぞ!?酒でも飲んでんのか!?』

 

電話越しでも慌てている様子がわかる椿の声を聞いて、私は笑った。

 

それ以上に、ふんわりと柔らかい安心感が、私を包み込んでいった。

 

(そうだな。私が聞きたかったのは...)

 

 

 

 

それから約30分程、二人だけで話をした。内容は大したものじゃない。

 

しかし、眠くなかった私の意識は、もの凄く微睡んでいた。

 

_________この感情を理解しきるのは、まだ、時間がかかりそうだ。

 

 



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誕生日記念短編 つい気になる、貴方のこと

前話からの期間で、ゆゆゆの4コマを手掛けた娘太丸さんの画集が発売、池袋にオンリーショップ開店、CDのサンプルデータ配信と色々ありましたね。いずれのわゆのopになりそうな曲もようつべに動画があるので、まだという人はぜひ聞いてください。というかアニメ化報告まだかな...

そして、今日はそんな新情報にのせて解禁された赤嶺さんの誕生日。おめでとう!リクエストを半分くらい混ぜて作りました。間に合ってよかった...!


古雪椿という人間を語る上で、どのくらいから詳しいと言えるのか。

 

香川県に住む高校生。みかんが好き。勇者部に所属。そして_______世界の例外とも言える、男の勇者。神に見初められし乙女と共に戦う異色の戦士。

 

前者は彼と知りあいなら大体分かる。後者は同じ勇者でないと基本は分からない。必然的に彼について詳しいと言えるのは、日常も共にしている勇者部が最も適していると考えられる。

 

「あいつソシャゲはやらないんだよな。外で暇な時は本読んでる。『勇者部で遊ぶことが多いのに、外でゲームに夢中になるのはぁ...ゲーセンは目的をもってそこに行くわけだしノーカンで。本はすぐ栞挟めば良いし』なんだとさ」

 

だから、目の前の人の話は勇者部の仲間ではない私にとっては珍しい話だ_________ただ、それに興味のない私は、早く帰りたくて冷たいジャスミン茶をストローで飲んだ。

 

(失敗だったかなぁ...)

 

 

 

 

 

『あれ?友奈ちゃんだっけ?』

『えっ?』

 

色々見たいものがあって来たショッピングセンターで買い物をしていた時、ふと後ろから声をかけられた。

 

その声に動揺してしまったのは無理もないと思う。この世界では私のことを呼ぶ男の人の声は、『赤嶺』と呼んでくるあの人しかいないから。

 

『あ、やっぱりそうだ。ほら、椿の友達。覚えてないかな?』

 

その言葉で、この人があの人の友人で、私は勇者部の先輩(高嶋友奈)か後輩(結城友奈)に間違われてるんだとすぐに気づいた。

 

でも、それが分かったところでこの人の名前が分かるわけじゃない。

 

『えーと...』

『覚えてないかー...』

『す、すみません』

『いいよいいよ。俺は倉橋裕翔っていいます』

『ご丁寧に...倉橋先輩』

『うん、よろしくー。椿と一緒に買い物?』

『あの人は来てませんよ』

『あ、そうなんだ。じゃああいつ別の子と出かけてんのかよ...羨ましぃ』

 

別に話を合わせる必要はないけど、一度認めた以上言い直すのは面倒だし、私が勇者部じゃない友奈だと説明するのもめんどくさい。

 

それに、私にはちょっと考えがあった。

 

『...あの』

『ん?』

『この後、お時間ありますか?私の知らないあの人...椿さんの、お話が聞きたいな。と』

『!いいよ。暇だしな!』

 

トントン拍子で進んだ話に、私は密かにほくそ笑む。まだ戦う相手である以上、弱点を把握出来るならその機会は多い方が良い。

 

そういう訳で、手近な喫茶店に入り、話を始めたのだけど_______

 

「後は最近、本の傾向変わったぽくてさ。本人は否定してたけど恋愛小説読んで涙目になってた」

「なにそれおもし...勧めてる子の選び方が上手いんだと思います」

 

勇者部の一人を思い浮かべながら、本音を隠して言っておく。

 

当然だけど、私と違う友奈があの人のことを好きで話を聞いてることになってるのだから、わざわざ弱点なんて話になる筈がない。そのことに気づいたのは話始めて少ししてからだった。

 

(どうしようか.. .)

 

悩んでいたところに、ぴっかーんと閃いた。

 

「あの、倉橋さん。私、やっぱりあの人に特別に見られたくて...何かドキドキさせられるようなところってありますか?」

「え、あいつの?」

「はい」

「うーん...男子の視点から言えばいくらでもあるけど、相手は椿だもんな...そんぞょそこらの正攻法じゃ意味ないし、勇者部で鍛えられてるし」

 

(鍛えられてるって...あながち間違いじゃないかもしれないけど)

 

「周りの奴から一歩リードするには、かぁ...あ、じゃあこういうのはどう?」

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「じゃあ、俺はこれで」

「また明日ね」

「すっかり礼儀正しくなって...昔は『じいさん!』なんて言ってたのが懐かしいよ」

「や、やめてくださいよ。流石に今の年でそんなこと言えませんから」

「うん...分かってはいるよ。寧ろ嬉しいさ。しっかりした高校生で。部活も頑張ってくれ」

「はい」

「じゃあねー!」

「またねー!」

「おう。またな...また明日来ますね」

 

前半は弟達に、後半は御両親に向けて言って、ゲームしていた三ノ輪家を後にする。といっても目的地である俺の家は隣なので、意識しなくても当然たどり着いた。

 

「ふぁーぁ...んっ」

 

(冷蔵庫何入ってたっけ...うどん食いに行ってもいいかなー)

 

あくびを噛み殺してポケットから鍵を取り出しながら、夕飯の献立を考える。

 

「たでーまー」

 

誰もいないのは知ってるので、適当な声で玄関を開けた。

 

「お帰りー。もう出来てるから手を洗って席についてね」

「ん、了解。荷物置いてくる」

 

持ってた鞄を部屋まで運んで、とりあえず床に置く。それから洗面所で手を洗う。なるべく早くついてやらないと__________

 

「...んん?」

 

あまりに自然で逃してしまった違和感が襲ってきて、今度は走ってリビングまで戻る。扉を開けた先には何故かフリフリのエプロンをつけた赤嶺がいた。

 

「お帰りなさい」

「いやなんでいんの!?」

「なんでって当然でしょ?旦那様の帰りを待ってるのは」

「旦那!?!?」

 

突然のカミングアウトについ大声で返してしまうが、当の赤嶺自身は気にもしないで机を軽く叩く。

 

「ほら、折角のうどんが伸びちゃうよ?座って座って」

「い、いや、あの...」

「ほーら!」

「え、おい!は!?」

 

背中を押され、半ば強引に席に座らされる。目の前には湯気のたったカレーうどんが暴力的な香りを漂わせていた。

 

「はい。頂きますして」

「えーっと...」

「はーやーくー」

「......い、頂きます」

 

ゲームであれば『はい』と言うまで進まないイベントのようで、俺は仕方なく手を合わせた。箸も普段俺が使ってる奴だったため、麺をとった。カレーの絡まったうどんは光っている。

 

「ふーっ、ふーっ...うまっ!!」

「本当?よかった」

 

目の前の彼女はそう言って微笑む。その姿を見るのが気恥ずかしくなった俺は、またうどんを食べた。

 

カレーの旨味だけでなくしっかり出汁もきいていて、お店を開けるのではないかと疑うレベル。

 

「こんな料理上手だったのか...赤嶺は食べないのか?」

「あなたのためだけに作ったから...それと私、赤嶺じゃないんだけどな?」

「?」

「...古雪、友奈なんだけど」

 

赤い顔をして、指をつつきあっている赤嶺。俺は既に思考を放棄し始めていた。

 

(なにこれ、どうなってんの)

 

「...えーと、ゆ、友奈...?」

「なにかな?あなた」

「あなっ!?...あー、俺達、結婚してるのか...?」

「......どうしたの?まるで全部忘れてるみたい」

「忘れてるというか、なんというか...」

「疲れてるのかな?食べさせてあげようか?」

 

ひったくるように箸を取られ、彼女がうどんを掴む。

 

「ふーっ。はい、あーん」

「いや俺、それは...」

「嫌?」

「い、嫌ってのは...あー分かった分かった!食べる!食べますから!」

 

 

 

 

 

(どうなってんだ。全く)

 

長く深い息をつきながら、天井を見上げる。返事が帰ってくる筈もないので、ただもう一回同じ事をした。

 

突然俺の奥さんになったと言う赤嶺は、美味しいカレーうどんを作るだけでなく、掃除しといたという風呂を勧めてきた。結局抵抗出来ずに入っているのは今更な話だし置いておくとして、俺の記憶には赤嶺と家族になった覚えがない。

 

(俺もあいつも見た目が変化してるわけじゃない。俺の記憶だけ抜け落ちてる?もしくは遊んでる間にまた別の世界に来たのか?)

 

俺と赤嶺が結婚した世界というのは________

 

『おじゃましま...!』

「ホントに来るとは...」

 

突然風呂の外から音がして、予期していた俺は少しだるくなる。

 

『ねぇ、何でしまってるの?』

 

洗面所で風呂のドアを開けようとしてる赤嶺が、不思議な口調で言ってきた。本来うちの風呂場に施錠機能などないからだ。

 

そんな相手に、俺は平然と告げた。

 

「そりゃ俺が閉めたからな。お前が入ってこないよう」

 

やったことは単純で、内側につっかえ棒を刺して開かないようにするだけだった。

 

「お前が俺を風呂に入れた後自分も入るかもと思ってな。ホントにしてくるとは」

『...なんでダメなの?今日のあなたは冷たいよ......』

 

(え、何そのしゅんとした声...)

 

「え、えーと...頼む、少し一人にさせてくれ」

『...分かった。相談出来ることだったら何でも言ってね』

 

塩らしい赤嶺の声に、少しだけ後悔の思いが出てくる。とはいえこうする他の選択肢は不味いわけで。

 

(まーじで、どうなってんのかなぁ...他の皆に電話すれば分かることあるかな)

 

自宅の風呂なのに全く落ち着けないまま、また天井を見た。

 

 

 

 

 

風呂上がりで体を拭いたタオルを首にまいたまま、俺は部屋へ戻った。スマホは鞄の中に入れっぱなしだった筈だ。

 

「えーっと...あれ?」

 

中を漁ってもスマホは出てくる気配がない。

 

(もしかして服のポケットに入れっぱなしだったか?いやでもそんなこと...)

 

「ねぇ」

「!」

 

気づいた時には彼女が後ろにいて、俺の部屋のドアを閉めていた。

 

「お前...」

「私、不安だよ。帰ってきたらそんな反応で...私のこと、嫌いになっちゃった?」

「い、いや、そんなことは」

「ならどうしてそんなよそよそしいの!」

「うわっ!?」

 

彼女にぶつかられた俺はバランスを崩してベッドに倒れ込む。その上から彼女が乗ってきた。普段ない二人分の重量にスプリングが軋む。

 

「ちょっ、お前!」

「...もしかして、浮気?答えてよ...」

「ダメだって...!!」

 

肩を掴んで引き離そうとするが、離れるどころか近づかれる。

 

(一先ずどうにかしないと!!夫の俺が赤嶺を避けてても違和感ない理由を何か...!!)

 

俺達の顔の距離がいよいよゼロになろうとした時、俺は叫んだ。

 

「だー!!分かった!!白状する!!」

「何?誰と夜な夜な遊んでるの?」

「そんなんじゃない!!あの、えと、あ...友奈、お前の誕生日プレゼント、考えてたんだよ」

「!!!」

「もうすぐだろ?何にするか悩んでたんだが...こんなに心配させるなら素直に吐いた方がいいから......?」

 

言い訳じみたことを言っていても、彼女からの反応はまるでない。顔を見れば、目を見開いて固まっていた。

 

「...どうして」

「え?」

「どうして、知ってるの?私の誕生日」

「あれ?確か前に言ってなかったっけ?」

 

確か彼女の誕生日は、十月の頭の方だった筈。

 

「大体、嫁の誕生日くらい分かってとうぜ......なぁ友奈」

 

俺は自分で言いながら、ふと浮かんできた考えをそのまま口にした。

 

「お前、何で俺がお前の誕生日を覚えてることに驚いてるんだ?」

「......」

「夫だったら妻の誕生日くらい覚えてて当然だよな?」

「......」

 

スッとそらされる目。うまく吹けてない口笛。俺はゆっくり、沢山の空気を吸い込んで、吐き出した。

 

「何やってきてんだよ赤嶺ェェェ!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お疲れ...」

「おう椿!お疲れ様だ...ってどうした?凄い疲れてないか?」

「球子...まぁな」

 

結局、あの後赤嶺には逃げられた。色々振り回された疲れもあって、俺は他人から見て分かるくらいには疲弊しているらしい。

 

「どうしたんだよ?何かあったのか?」

「何かあったというか、何も起こさないために頑張ったというか...いや、何でもない」

「そっか。タマに出来ることなら手伝うから、何でも言ってくれタマえ!」

「頼りにしてるよ...で、そっちは何をやってるんだ?」

 

勇者部の部室に置かれている机の周りに、結構な人だかりが出来ていた。覗いて見ると、同じく部で使っているパソコンに集まっていた。

 

「何かよく分かんないんだけど、皆覚えのない物があったんだって」

「覚えのないもの?」

「USBがこの机に置いてあったんだ」

 

言葉を続けてきた銀が来る。「疲れてるけど体調は大丈夫そうだな」なんて言って、俺の手をとった。

 

(てか、そんなすぐに分かられるのかよ...)

 

「中は動画になってるみたいだから、折角だし見ようぜ」

「動機とか方法とか分かんないけど、ウイルスの可能性もあるんじゃないか?」

「そこは須美の確認済み。大丈夫だってさ」

「ふーん...」

 

危険でないなら、見るくらいは良いだろう。外側にいた俺達は、皆の輪に混ざる。

 

「椿さんも見ますか?」

「あぁ。よく分かってないままだけどな」

「では、少し音量をあげて...皆さん、流しますね」

 

ひなたのクリックで、動画が始まる。十何秒経っても黒いままで、皆が疑問を持ち始めた頃_________

 

『やっほー、皆。赤嶺友奈です』

 

画面には、赤嶺が映っていた。ある事実に気づいた俺は足を部室の扉に向かわせたが、左手をがっつり銀に掴まれる。

 

「離して」

「ダメ」

「何で」

「お前が逃げようとしてるから」

「醤油豆ジェラート」

「うっ...でも大赦に頼めばお金貰えるし」

「大赦ぁ...!!」

 

皆に浪費癖がついたら絶対許さない。そして俺が脱出できない理由を作ったのも絶対許さない。今心に誓うも、それは全く意味を成さなかった。

 

『今日はあの人にドッキリを仕掛けようと思いまーす。事前に撮ってるから分からないけど、面白くなるんじゃないかな?』

「ドッキリ?」

「あれ?この部屋...」

 

銀以外にもちらほら気づいた奴が現れ、ちらちら俺の方を見てくる。

 

そう、赤嶺が動画を撮っている部屋は、まさしく俺の部屋なのだ。

 

『ドッキリの内容はー...突然私があの人のお嫁さんになってたらどんな反応するだろう?だよ』

『!!』

『じゃあ、スタート』

 

場面は転換し、恐らく隠しカメラの映像が流される。

 

『たでーまー』

 

そして、何も知らない俺が間抜けに入ってきた。

 

(あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?)

 

不味い。全体的に色々と不味い。というか恥ずかしい。

 

赤嶺自身にもカメラをつけていたようで、切り替わった映像は俺を正面に捉えている。

 

『お帰りなさい』

『いやなんでいんの!?』

『なんでって当然でしょ?旦那様の帰りを待ってるのは』

『旦那!?!?』

 

馬鹿みたいに焦ってる俺を映像で見て、俺自身も焦る。周りは大勢いるとは思えないくらい静まり返っている。

 

『...えーと、ゆ、友奈...?』

『なにかな?あなた』

「友奈って呼ぶんですね...私だけ、だったのに」

「えーと...な?友奈。俺この時色々慌ててたし、その...」

 

振り向いて凄い目を向けてきた友奈に、言い訳になってるのか分からないことを呟き続ける。その間にもあーんのシーンが映ったりと、どんどん俺の精神が削れていくので、俺は何も聞こえないよう耳を塞いだ。

 

「椿さんは、こういうのが理想なんでしょうか」

「古雪先輩の...」

「ねぇ、この距離じゃ聞こえてるんじゃないの?」

「耳塞いでるし大丈夫なはずですわ。存分にどうぞ」

「いや、そういうつもりは...」

『ねぇ』

『!お前...』

『私、不安だよ。帰ってきたらそんな反応で...私のこと、嫌いになっちゃった?』

『い、いや、そんなことは』

『ならどうしてそんなよそよそしいの!』

『うわっ!?』

 

そんなことをしてる間に、問題のシーンに入ってしまった。至近距離に映る俺の顔。頬を赤くして目線を少しそらしてる。こんな自分の姿を何故見なきゃいけないのか。

 

「あぁもう、離せっ...!!」

 

耳から手をどけて銀の手を離そうとするも、いつの間にか銀だけでなく友奈も掴んできていた。

 

「椿先輩...私のこと」

「っ...」

『...もしかして、浮気?答えてよ...』

『ダメだって...!!』

「ふんっ!!」

「あぁ!?」

 

一瞬映像に気を取られてる隙をついて二人を振りほどき、真っ先に外へ向かう。

 

「椿先輩!!」

「友奈!今度謝るから!!」

「あら、動画も終わってしまいました...」

「ということは...」

「追え追えー!椿を引っ捕らえて尋問じゃー!!」

「つっきーのメモが捗るけど...でも、聞いた方が良いことも多そうだね」

「お前らぁぁぁぁ!!!」

 

(恥ずかしい思いしてるのは俺だろうがっ!!!)

 

「赤嶺、あんのやろぉぉぉ!!」

 

いない人に向けて叫んでも意味はなく、結局俺は捕まった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あはは!!...はー、面白い」

 

必死な顔で逃げてる時の顔も、彼女達に捕まって死んだ目をしたまま部室に連れ込まれていく時の顔も、十分に面白かった。

 

『いっそのこと、椿に奥さんと思わせるような行動するとか。あいつ狼狽えそうじゃないか?』

 

あの先輩のアイデアは確かにあの人を動揺させるには十分だったし、勇者部を弄るネタの確保にもなった。

 

『友奈、お前の誕生日プレゼント、考えてたんだよ。もうすぐだろ?何にするか悩んでたんだが...』

 

________突然予想外のことを言われた部分は、編集してカットしたけど。

 

(まさか、私自身いつ言ったか覚えてないことを言ってくるなんて...)

 

あの瞬間は、ドキッとした。動揺してあの人にすぐバレたし。そんな姿を見せる必要はない。

 

「......ふふっ。あの人を弄るのは楽しいね」

 

でも、私はその動揺した心を隠したまま、笑った。弄るのが楽しいと。

 

それが私にとって今まで感じたことない感情だということにも気づかないまま。

 

「さ、次は何をしてみよっかなー」

 

私はくすくす笑いながら、立ち上がった。

 

もう少し、あの人に詳しくなったらもっと面白くなるだろうと思いつつ。

 



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ゆゆゆい編 49話

先日、ゆゆゆが五周年を迎えたみたいです。めでたいなぁ...好きなコンテンツが長く続くのは嬉しい限りですね。


「うーん...これも違うなぁ」

 

それなりに長い付き合いになってきたパソコンで調べものをすること、大体10分。目当てと合致しない私は、部屋で一人呟いた。

 

二つ年上の先輩、私にとってお兄さんのような存在である椿さんが、かなり疲れている。そう感じるようになったのは最近のことだった。お姉ちゃんの話では、高校の授業が大変みたいだ。

 

(私にはまだ、高校の授業なんて分からないし...)

 

寧ろ私は普段椿さんに質問している身。逆のことは出来ないし、それで椿さんの負担を減らそうなんてことは無理だ。

 

決して、それ以外のことで疲れてるわけではないと思いたい。勇者部の活動とか。というか皆の対応とか。

 

『椿ー、うどん食べに行きましょうよ』

『お前先週ずっとそう言ってテスト帰りに行ったろうが』

『食べたいんだもん!!』

 

(昨日はお姉ちゃんに絡まれてたっけ...)

 

ともかく、出来ることならゆっくり休んで欲しい。普段頼りになる椿さんが弱っている姿を見るのは、守ってあげたくなる気持ちをくすぐられるけど________

 

(いや、何を考えてるの私!!そんなのは...)

 

頭を振って、気を取り直して検索を続ける。スマホでも出来るけど、お家にいる時はこうしてパソコンで調べることが多い。

 

「『男の人、癒し』でどうかな...」

 

一番上から中身を見ていくと、ふと一つのことが目に飛び込んでくる。

 

「これは...」

 

検索するワードを変えて、調べること更に10分。

 

「これだ!!」

 

私は机に手を叩きつけて、興奮したまま声をあげた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「世界の歪み...この俺が断ち切る!!」

「ところがぎっちょん」

「うわぁぁぁぁ!?」

「うるさいわ」

 

目の前で叫ぶ裕翔を軽く叩くと、目覚まし時計のように急に黙りこんだ。

 

「何騒いでんの?変なセリフまで使って」

「む、変なセリフとは失礼な。俺達が小さい頃人気だったロボットアニメに出てたやつだぞ」

「俺はこいつに合わせて乗っただけ」

「ふーん...」

 

風は微妙な反応を返すだけだった。まぁ、中身を知らなければ無理もないだろう。

 

(風の趣味には合ってそうだがなぁ...)

 

ロボット物とか友情物語とか、そういうの好きだろうに。

 

「椿?」

「なんも考えてないぞ。うん」

「へ?」

「い、いや、なんでもない」

 

(思考読まれたのかと思った...)

 

「それで?何で盛り上がってるわけ?」

「これだよ」

 

俺達の手には、大量の数字が刻まれた紙が握られていた。普通の言い方に直すと数学の中間テスト結果である。

 

「全科目で勝負してたからさ」

「一番チャンスあると思ったんだがな...」

「言っても二点差だろ?おまけに世界史と国語は負けた」

「それでも日本史、化学、物理、英語、は負けたろー!惨敗じゃん!」

「家庭科もな」

「料理の範囲なんて元から勝てる気なかったわ!」

 

日本史は東郷、物理は春信さんに教えて貰い、家庭科は普段の知識、化学は地層等の話がメインだった為土壌調査をやっていた経験が生きた。

 

英語と国語は対して点数に差はなく、世界史はキャパシティを日本史に取られた結果だ。今回なかった保険体育を除けば、これで全ての勝敗が出たことになる。

 

「ま、勝ちは勝ち。今は素直に喜ばせて貰う。そしてみかんジュースを奢ってもらう」

「ちくしょー...」

「あ、あの、古雪君」

「?」

 

風とは違う声がして振り向くと、そこには郡がいた。

 

「古雪君が直前に解説してくれた所の類似問題が出て、点数あがったから...」

「お、ラッキーだったな」

「うん...あ、ありがとう」

「どういたしまして。俺も同じところ出ればよかったんだがなー」

「...そうだよ、お前あのクラスでその点数かよ!?」

「ん?あぁ。今回はかなり頑張ったぞ」

 

うちの数学は、ランダムで複数のクラスに別れる。テストの内容もその先生ごとでかなり変わるのだが、その中で一つ、難しくて評判の先生が担当するクラスがあった。平均点が他と比べて明らかに低いのだ。

 

俺はそのクラスだったわけだが。

 

「まぁ、そんな素直に喜べないんだけどな...」

「あんた何言ってんのよ。普通はあぁいう風になるもんじゃないの?」

風が指差したのは、弥勒をはじめとした数人の生徒。完全に魂が抜けきっている。

 

(低い点数でも他と同じくらいの成績になるからそこまで気にしなくても良いとは思うんだが...)

 

「何が不満だってのよ?」

「そうだそうだ!負けた俺が情けないだけじゃねぇか!!」

「あー...棗ー」

「どうした?」

「お前、数学のテスト何点だっけ?」

 

そう聞くと、棗は紙を持ってきてくれた。当然それは数学のテスト用紙であり、書かれている点数は________

 

「!?!?」

「う、嘘」

「...100、点?」

「まぁ、そういうことだ」

 

上には上がいるというか、全く自慢気に言わない彼女がいる以上、俺も強く自慢できない。元からそこまでひけらかすタイプでもないが。

 

件の満点を取った彼女は、一言。

 

「...この時は、海の声がよく聞こえた」

「海ってそんな万能じゃないと思うんだが」

 

俺はツッコミを入れると同時に、海の声を聞くにはどうすればいいのかちょっと真剣に考えかけた。

 

 

 

 

 

「くっそ...」

 

下がってくる目蓋を上げて、あくびを噛み殺す。とはいっても効果は薄いようで、眠気は全く取れなかった。

 

(いや、いい。今日は久々にぐっすり寝よう......)

 

点数勝負のため普段以上に勉強時間を作ったテストは終わり、杏の勧めてくれた本も読み終わった。今日依頼がなければ感想の伝え合いが主なことになるだろう。無事終わって緊張が解けたからか、流石に疲れがどっときた。

 

(今日の夕飯は鍋にするかー、最近肌寒くなってきたしな。ほとんど切るだけ、熱入れるだけ、食べるだけの簡単料理だし...あ、オムライスとかも食べたいかも......あとはあれだな。温泉入りたい)

 

「椿さん」

「ん?樹っ?」

 

露天風呂の想像をしてたら、隣に樹がいた。讃州中学の廊下なわけだし不自然な点はないが、思考に耽っていただけあって少し驚く。

 

「お前もこれから部活か?」

「はい...でも、その前に椿さんと話がしたくて」

「話?」

「あの...」

 

他の皆の前では話しにくいことなのかと身構えたが、彼女は何かを差し出してきただけだった。

 

「これは...」

「きょ、今日の夜、ベッドに入って寝る直前にヘッドホンで聞いてください!では!!」

「え、おい樹!」

 

渡されたのは声を録音したりするICレコーダー。自分の歌を聞くために樹が持っている奴の筈だ。

 

「えーと...」

 

 

 

 

 

「ふぁぁ......」

 

その後部活に参加するも樹に詳細を聞くことは出来ず、あっという間に夜になってしまった。

 

(えっと、ヘッドホンで聞くんだっけ)

 

眠気眼を擦ってセットしてから、電気を消す。それから再生スイッチを押した。

 

(......何も流れてない?)

 

少しずつ音量を大きくする。それでも何か聞こえてくることは________

 

『ふーっ』

「うぁぁ!?!?」

 

突然の感覚に飛び起きてヘッドホンを取った。

 

「な、なんだ...!?」

 

周りを見渡しても誰もいない。深夜の自分の部屋だし当たり前なのだが、俺には一瞬それが信じられなかった。

 

(だって、今...耳元で息をっ)

 

俺が動揺しているのは、耳元で息を吹かれる感覚がしたから。くすぐったくて驚いて__________

 

「...まさか、これが音声?」

 

ICレコーダーを見つめて数秒。真意を掴めないまま、とりあえず最初に戻して流し出した。

 

『ふーっ』

「!」

 

一度目は騒いだが、来ると分かってれば大したことじゃない。息も本当に吹かれているわけじゃなく、音声の衝撃みたいなものだ。

 

『...き、聞こえていますか?』

「!?」

 

ただ、樹の声が聞こえた時はまた驚いた。ヘッドホンから流れてくる音声な筈なのに、まるで左側にいるかのように囁かれているから。

 

『ごめんなさい。驚いちゃいましたよね?疲れてる中で聞いてくださってるのに...』

 

(これは...)

 

樹のゆったりした声が、じんわり耳を暖める。

 

『これは、そんなお疲れの椿さんを癒す音声を作ってみました。子守唄みたいなものなので、目を閉じて、私の声を聞いて、眠くなったら寝ちゃってくださいね』

 

(気にしないで、寝るのか...)

 

まるで本人が隣にいるかのように、右から、左から、普段よりゆっくりした速度で囁かれるのを聞いているが、元々眠かったのもあって、逆らうことなく目蓋が下がっていく。

 

『それじゃあ、始めますね__________

 

 

 

 

 

「椿!」

「!」

 

誰かに呼ばれて飛び起きる。呼ばれた方を見ると、窓の向こうで腰に手を当てた銀がいた。

 

「銀...?」

「もう朝だぞ。開けてくれ」

「あ、あぁ」

 

窓を開けると、慣れた感じで入ってくる。

 

「ほら、園子の弁当お届けだ」

「あぁ...ありがとう」

「にしても、この時間まで寝てるし、ヘッドホンつけっぱなしで声届きにくいし...珍しいな」

「......」

「おーい、椿~?」

「あ、ごめん。ちょっと考え事」

「ふーん...まぁ元気そうだしいいや。じゃあアタシ、園子と学校行くから」

「あぁ。いつもありがとな」

「うんゅ...はいはい。早く準備しなよ?」

「分かってる」

 

頭を撫でてた手をどけて帰る銀を見送ってから、時計を見る。

 

(...この時間まで一切起きなかった。二度寝とか。寝起きの気分は滅茶苦茶良い)

静かにヘッドホンと、それに繋がれたICレコーダーを見つめる。

 

(寝ちゃったからなのか、何が流れてたのか全然覚えてないけど...)

 

「まさか、これの効果が...?」

 

 

 

 

 

「左右から近くにいるみたいに聞こえる声か...それ、ASMRじゃね?」

「ASMR?」

 

園子お手製の昼御飯を食べながら昨日の話をしたら、話し相手の裕翔はそんなことを言ってきた。

 

「なんだそれ?」

「うーん、なんて言えばいいんだろ...例えば耳元で話しかけられるとゾクゾクするじゃん?それを上手く録音できる機械があって...あ、あったあった」

 

スマホ画面から見せて貰ったのは、人の耳みたいな形の機械や、マネキンのような人の頭の画像。

 

「これに話すと、本当にそこにいるみたいな感じに出来るんだよ。子供の頃母親の囁き声が気持ちよくて寝るとかあるだろ?それと一緒」

「へー...こんなのあったんだ」

「興味がなきゃ触れることない世界だしな。これで添い寝を再現するのとかある」

「何のために?」

「んー...身も蓋もないことを言えば再生数のため?気に入った声とかシチュエーションがあれば何回も聞くだろうし」

「ホントに身も蓋もねぇな」

 

自分で調べると、男性向け女性向け問わずそれなりの数があるみたいだった。イヤホンを片耳にさして再生してみると、確かに昨日聞いたのと似たようなのが流れる。

 

「好きな声聞いたら休まるか。まぁ確かに、安心感は得られる...のか?」

「それにしてもどうしたんだよ?突然」

「後輩からこれに近いのを貰ってな。疲れぎみだからって」

「......うはー、マジかー。どうだった?」

「...最初の方で意識が落ちたからほとんど分からん」

「ふーん...その顔すげぇ殴りたいけど、お礼くらい言っとけよ」

「あぁ...待って。なんで殴られそうになってんの?」

 

 

 

 

 

(どうせならなぁ)

 

学校が終わり、今日は春信さんに会うために勇者部には出ず、そのまま帰る。適当にレベル上げしてればいいゲームをつけて、ヘッドホンをつけた。そのままごろんとベッドに寝転がる。

 

(お礼を言うにしても全部ちゃんと聞いてからのがいいし、これならゲームに集中することもないし)

 

昨日は見なかったが、約30分も中身があることに驚きながら、再生ボタンを押した。

 

序盤である導入は、昨日も意識があった場所で、多少緊張するも終わっていく。

 

ただ、やっぱり少しずつ、おかしくなる。

 

『すーっ...ふぅー......すーっ...はぁ』

 

ただただ深めの呼吸をしているだけなのに、耳をくすぐる感覚は増していく。優しく静かな声は、聞いていて安らいでくる。

 

(...あれ)

 

『そろそろ、眠くなってきましたか?まだ寝れないですか?』

 

表現しにくい口の中の音まで拾っていて、何か聞いてはいけないものを聞いている気分になってきて________いや、それを止めるだけの判断力も、想像を発展させるための想像力も削り取られていく。

 

(なんで、こんなに...)

 

『じゃあ、頭なでなでしますね。失礼して...』

 

向きを変えられたのか、がさごそ音がして。

 

『はい。これで私のお膝の上です...今日は、良く頑張りました。なでなで。なーで、なーで...』

 

とっくに、自分の手は止まっていた。

 

『なーで...なーで......』

 

(こんなに)

 

近くに温もりなんてない筈なのに。彼女の声が聞こえているだけなのに。

 

(眠、く...)

 

『よしよし。好きに寝て良いですからね...ゆっくり、お休みになってください』

 

さわさわと撫でられてる音、樹の綺麗で整った息遣い、とろけるような声。

 

(ゾクゾク、するのに......)

 

気づけば、俺の視界は真っ暗になっていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「?」

 

お姉ちゃんの作った夕御飯を美味しく食べて、洗い物を任せてもらって、しっかり終わらせた後。自分の部屋に戻った私はスマホの通知が来てることに気づく。

 

相手は椿さんで、内容は『ちょっと話いいか?』というもの。来たのは五分くらい前。

 

「『はい。大丈夫ですよ』っと...」

 

ついさっきお姉ちゃんがお風呂に入ったから私が急ぐことはないし、断る理由なんてなかった。

 

「わわっ、もしもし!」

『あぁ樹?悪いな、突然』

「いえ、全然大丈夫です!」

 

すぐにかかってきた椿さんからの電話に、少し慌てながら返事をする。

 

「それで、どうしたんですか?」

『いや、どうしたっていうか...お前に渡されたやつの話なんだけど』

「!」

 

それが何のことかはすぐに分かった。疲れぎみに見えた椿さんを癒そうと思って作ったASMR音声。これのためにダミーヘッドマイクを買ってみたのだ。私の心情的に、大赦からお小遣いとして渡されるお金はしばらく使いにくい。

 

でも、その感想をわざわざ口で伝えようとしてくれてる椿さんに、ちょっとドキドキしてきた。

 

「椿さん、ど、どうでした...?ちゃんと休まりました?」

『あぁ、うん、まぁ...ヤバかった』

「?」

『ホントは全部聞いてから感想を言いたかったんだけど...頑張っても心地よくて途中で寝ちゃうから、最後まで聞けてない』

「!!」

『だから言うのも迷ったんだけど、これから勝てる気もしなかったから...その、そう思うくらいにはよかった...です』

「そうですか...よかったです!」

 

私は喜びながら、何も握ってない手で小さくガッツポーズをとった。

 

まだ誰もとってない方法で、疲れることの多い椿さんの癒しを作ることが出来たのは大きい。

 

「また作りましょうか?」

『いいのか?あ、いや、それなりに長い時間使ってくれてるだろ?それは申し訳ないし...』

「いいんですよ。普段お世話になってる椿さんのお願いなら、いくらでも」

『お世話って...樹だって部長としていつも頑張ってるだろ?』

「じゃあ部長命令です。受け取って聞いてください」

『横暴だ...俺にとっては得しかないけどさ...歌だけじゃなく、声も安心しきっちゃうから』

「じゃあ、決まりですね♪」

『...はい。お願いします』

「はい!!」

言われたことに嬉しくなって、頬が勝手に持ち上がる。

 

『あ、だったらネットにもあげてみたらどうだ?調べてみたんだが上手い人はそれなりに人気らしいし、世界の歌姫を目指す樹の腕試しみたいな感じで』

「世界の歌姫って...そんなんじゃないですよ」

『そうか?狙えると思うけどなぁ...綺麗な声だもん』

「っ、で、でも、ちょっと考えてみます!!」

 

べた褒めに動揺した私は上手い言い訳を思いつかずに誤魔化した。本当はネットに流すつもりなんてないのに。

 

だって、確かに私の歌は沢山の人に笑顔になって欲しいから。私がその歌を届けたいからだけど、これを作った理由は__________

 

(椿さんのためだけ。だもん)

 

「とにかく椿さん、次も渡しますね?」

『あ、あぁ...分かったよ。楽しみにしてる』

「任せてください!」

 

ふと、部屋の鏡に映った私を見たら、頬を赤く染めて、凄くニコニコしていた。

 

(ふふっ...次も楽しみに待っててくださいね。椿さん♪)

 

 



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短編 交錯し、選びとる

今回は金剛型三番艦さん他、お二方のリクエストを混ぜました。短編にした理由も含め詳しくは後書きにて。


『呼び出しマシン?』

「らしいぞ。これ。精霊の力を借りて、俺達みたいに異世界から勇者を召喚する...らしい。詳しいことはなんとも」

 

部室にて皆が首を傾げる中、俺が情報を補足する。小突いた物は、金属音を響かせた。

 

「そ、それって大丈夫なんですか?牛鬼の友達がここに囚われてるってことじゃ...」

「俺も気になったんだが、そんな野蛮な感じじゃないんだとさ。俺達が心配することは何もないって」

 

最初こそ俺達に対して勇者システムについて秘匿していた大赦だが、それはあくまで勇者のことを思ってのこと。基本的に騙したりする必要はないため、信用はしていいだろう。

 

(確か赤嶺も、訓練に使ってたとか言ってた気がするし...)

 

「ホントに...?というか、なんでこれ持ってきたの?」

「使用感をテストして欲しいんだとさ。呼び出せる時間が短いから連れてこられる勇者にも影響はほぼないし、これの開発が進めば、一戦闘だけ手伝ってくれる勇者を召喚できる。その分戦いやすくはなるだろ?」

 

もし本当にそんな装置が出来ても、正直他の世界の勇者に迷惑をかけるようなことはしたくないから、個人的には頓挫して欲しい計画だが________

 

「まぁものは試しで、折角なら上手く使って有効な話が聞ければいいなと思ってさ」

「成る程、うまくいけば戦いについて話ができる」

「私達に足りないものもアドバイスしてくれるかもしれませんね」

 

若葉と芽吹が乗ってくれたお陰で、周りも徐々に頷きだした。

 

「あ、じゃあじゃあアタシ最初に押したい!!」

「いや、誰が押しても変わらないとは思うけどな...はいどうぞ」

 

机に置いた装置を銀に向ける。目を輝かせた彼女は何の躊躇いもなくボタンを押した。

 

「きゃっ!」

「なにこれぇ!」

 

瞬間、煙と光が溢れてきて________目の前にいる銀とは異なる人の気配を感じた。

 

(というか、これは...)

 

「けほっ、けほっ。これは......」

「うわー、ホントに小さい椿だ!」

「へ?うわっ!?」

 

目と鼻の先に現れた女性に驚く。その顔を見て、俺は更に驚いた顔をする。

 

「ぎ...銀!?」

「え、アタシ!?」

「そうです。えーと、他の子も勇者部なんだよね。そこにいる乃木銀の未来の姿、古雪銀です」

『!?!?』

 

今度こそ、俺も含めて全員が驚いた。突然俺の名字を使う銀は、面白いおもちゃを手に入れたような笑みを浮かべていた。

「お、俺の名字...?」

「ん?あー、このくらいの椿ってこんな感じだったっけ...そうだぞ。アタシは古雪一家の仲間入りしたんだ」

「...それは、乃木じゃなく古雪にしたってことか?」

「んにゃ。結婚してそっから変わった」

『結婚!?』

 

突然の情報に俺は混乱ぎみだった。

 

「いやお前、結婚て」

「椿さん結婚したんですか!?」

「おおっ!?離せひなた!結婚したのは確かに俺だが」

「やっぱりしたんじゃないですかぁぁ!!」

「俺であって俺じゃないだろぉ!?」

「おー!!!おっきいアタシ!!結婚したの!?」

「椿さんとですか!?」

「そうだぞー。えっと、中くらいのアタシにちっさいアタシ」

 

頭を撫でられてる二人をほっといて、俺はちらりとあの機械を見る。

 

(普通にヤバいもの作りやがって...!!)

 

「ちょいさー!」

「あぁ!?何やってんだ園子!!」

「いやー、あははー」

 

いつもよりぎこちない笑い方をする園子だが、そこに違和感を持っても機械のボタンを押していて、煙をまた吐き出している事実は変えられなかった。

 

「およ、およよー...つっきー!」

「むがっ!?」

「きゃっ」

 

やはりと言うかなんと言うか、現れた大きな園子は俺とひなたを一緒に押し倒す。

 

「いたた...大丈夫か?ひなた」

「は、はい...」

「で。そっちの園子は...」

「やっほーつっきー...って、まだ私のつっきーじゃないんだよね?」

「へ?私のって...」

「乃木椿の妻、乃木園子です!」

「あぁ、今度は普通の乃木園子...乃木椿ぃ!?」

 

ついさっき現れた銀と同じく、俺と結婚したという彼女は、妻という単語だけでそれを表した。

 

勿論、普通じゃない。

 

「いやいや、どうなってんの!?」

「とりあえず、離れて...」

「あぁ、ごめんねひなタン」

 

飛び上がる園子に、深い深いため息しか出てこない俺。脳内はこの装置をかち割ってやりたい気持ちでいっぱいだった。

 

「俺は重婚してんのかよ...」

「んーん。重婚じゃないよ。私達はそれぞれ別の世界から来たってだけ」

「そうそう。うちの椿はアタシを選んだんだ」

「私も~」

「そ、それぞれ分かってるんですか?」

「ん?あぁ。この世界に来る時に知識を大体貰うからさー。な?園子」

「うん。ミノさんイェーイ!」

「イェーイ」

 

ハイタッチをする二人。困惑する周り。黙り込んで頭を抱える俺。

 

「てか、呼んだのは勇者であって、俺の妻じゃないんだが...少女にしかなれないんじゃないのかよ?」

「適性も貰ってるから。そうでなくても若いけどさ。大体そんなこと言ってー。嬉しいだろ?うりうり」

「うっ...」

 

そりゃ、銀や園子が自分の奥さんだと言うのなら、嬉しくはなるだろう。心を許している美少女が俺を選ぶなんて_____

 

「可愛い反応だな~。この椿も欲しいんだけど」

「...あげないからな」

「分かってる。言ってみただけだよ」

「......」

「あら、ひなたさん...ひなたさん!?」

「お、おまっ!何やってんだ!!」

「...」

「なんでそんな笑顔で黙ってるんだお前ぇ!?」

 

俺の叫びを遮る勢いで、ひなたが押した装置から再び煙が溢れ出る。

案の定、新たな人の影が生まれた。今度は目の前に出てくることもなく、飛びかかられることもない。

 

「あら、面白そうなことになりましたね」

 

ただ、今よりずっと大人っぽい雰囲気を纏い、さらさらした髪を肩まで切ったひなたがいる事実も、何一つ変わらなかった。

 

「これが大きい私ですか...」

「そうですよ。皆さん、お久しぶりですね...ここでの記憶は失くしていたので、こう言うのが正しいのかはっきりしませんが」

 

どこか穏やかな彼女を見てると、無性に心が落ち着いてくる。巫女は大人になってから出来るのかもしれないし、これなら__________

 

「ママ。このひとたちだーれ?」

『ママ!?』

「私の大切なお友達ですよ。日菜ちゃん。そこにパパもいます」

「あ、ほんとだ!パパー!」

『パパ!?』

 

パパと呼ばれ、呼んだ子が俺の足に抱きついてきたのを確認して。

 

「あぁ...」

 

俺は、耐えられずに倒れた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「飲みますか?」

「あぁ、うん...そうだよな。知ってるよな」

「知ってますよ。僕の父親ですから」

「父親ってのがもうわけわかんねぇんだけどな...」

 

古雪宏介(こうすけ)______東郷と俺の間に生まれたという男に渡された好みのみかんジュースを、一気に飲み干した。

 

「大体、同い年じゃん」

「なんというか、大家族の運動会みたいですね」

 

夕焼けバックに喧嘩して友情を深めるのにピッタリな河川敷の堤防に座る俺達。俺は死んだ目をしていた。

 

「古雪家長男。古雪快斗(かいと)」

「古雪家長男!古雪悠(ゆう)!!!」

「行くぞ」

「倒します!!」

 

眼下では、友奈との子供だと言う中学生の快斗と、風との子供だと言う小学生の悠が、それぞれ母親の勇者服を纏って戦っている。

 

「これが、勇者の力...」

「凄い凄い!アニメみたい!!」

 

まぁ、やってることは子供のごっこ遊びにガチの力がついただけだ。

 

本来、あの子達は勇者ではない。それも当然で、別に少女でもなければ神樹もおらず。バーテックスが現れるわけでもない。そんな中で勇者が生まれるわけがないのだ。

 

しかし、今回母親のついでのように現れた彼らには、親と同じ力が備わっていた。後は__________戦って(遊んで)みたいと言うのは、男の子としての性だろう。

 

「はぁ...」

 

かといって、別方向に目を向ければ、保護者会かとツッコミそうになるくらいの人数で、勇者部の女性陣が話し込んでいた。

 

「うちの子ったらね?」

「いい?椿を落とすならまず外堀をね」

「いや、耳で一発」

「ご両親に挨拶して。そしたら協力してくれるから」

 

何を話しているのか聞こえないが、皆に限って悪い話ではないだろう。

 

そう。結局、俺が気絶して目が覚めた頃には、大体の人があのボタンを押していた。現れていたのは例外なく、『俺の奥さんになった』という彼女達。色んな時期から呼ばれたようで、中には子供と一緒という人もいる。

 

とんでもない事態に気づいた俺は一番年が似てそうな宏介だけ連れて、皆から離れた位置に座り込んだ。

 

まぁ、もういいのだ。あの装置は粉々にしたし、春信さんは夏凜に頼んで脅した。あの装置が二度と生まれないのなら、今いる皆が元の世界に帰れば終わる。

 

「どうせ夢なんだし。大丈夫。いつ景色が天井になっても『夢か...』って呟く準備は出来てるから」

「夢じゃないと思うけんですど...」

「自分の妻と子供が二桁いて、同級生の息子がいる世界なんて夢じゃなきゃ嫌だよ...」

 

本当に、何の冗談なのか。

 

「じゃあ、もう心に決めた人はいるんですか?」

「......」

「やっぱり、母さんが言ってた通りの時期なんだ」

「え?」

「何でもないです...いっそのこと全員選んだらどうですか?」

「それは...ダメだろ。不誠実だ」

「でも」

「まず、あっちからすればただの部活仲間って感覚だろうけど...でも、複数人は選べないよ......世間の常識がどうとかはそこまで気にしてない。大昔の海外ではあり得る話だったみたいしな。ただ、俺はそんな出来た人間じゃないから...きっと、平等に愛するなんて器用なこと出来ない」

「......」

「なんだよ」

「いえ、ちょっと言おうとしたんですけど、やめました」

「そうか...」

 

そう言うと、宏介は俺とよく似た黒髪をかきあげる。

 

「よくこの人を捕まえたな...」

 

ぼそりと呟かれたそれも聞き取れなかったが、どうせはぐらかされると思って何も言わなかった。

 

東郷の息子というだけあって、落ち着きを払ってるししっかり通る声で話す。だからこそ、わざわざ小声で言うのは聞かれたくない独り言なのだろう。

 

なんとなく気まずくなった俺は、別の話題がないか探す。

 

「そういえば、お前はいないのか?好きな子」

「いますよ。もう捉えてます」

「え?」

「え?」

 

今、凄いことが聞こえたような________

 

「子供相手に大人げなかったか」

「三つしか違わないのにそんなこと言うな!!こうなったら...お父さーん!!力貸して!!」

「お、おう!任せろ!」

 

本能的にここから逃げたくなった俺は、条件反射で返事をして走った。

 

「へぇ...父さんが相手か」

「いやまぁ、やらなくてもいいんだけど...あと父さんって違和感しかないんだが」

「俺にとっての父さんは変わらないから」

 

桜色の勇者服を着る快斗は、言葉はいらないとばかりに構えをとった。

 

「......ま、じゃあ。やってやるか」

 

普段出来ない対人戦の練習と考えれば良い。

 

「やるからには手加減しないからな」

「そんなものいらない」

「お兄ちゃん頑張って!」

「おう」

 

妹と言っていた美桜(みお)に手をあげているうちに、戦衣を展開した。

 

「これがお父さんの...」

「さぁ、やろうかぁ!?」

 

瞬間、銃弾が俺達の間を通った。

 

「僕も混ぜてください。父さんにはさっきの続きも話したいですし」

 

銃を構える宏介を見て、一瞬で悪寒が走ったのは、夢であっても忘れないと思った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あらあら。椿さんも混ざりましたね」

「うぅ...」

「若葉ちゃんも混ざりますか?」

「...あぁ。行ってくる」

「はい。行ってらっしゃい」

 

そう話しているのは、大人の姿のひなたさんと若葉さん。一応別々の世界から来た筈なのに、いつも通り息があっていた。

 

「凄いですね。さっきも若葉さんの飲みたい飲み物当てて」

「世界が違うくらいで若葉ちゃんが分からなくなる筈がありません!」

「そうですよね!」

「あはは...」

 

二人のひなたさんに、苦笑いで返す。世界が違うタマっちのことが何でも分かる。というのは流石に言い切る自信がなかった。

 

結構な人があの装置のボタンを押した中、私は押さなかった。これ以上人が増えたら大変だって思いもあったし、もし、自分が押した時だけ、未来の自分が来なかったら__________なんてことも、少し考えてしまったから。

 

何故かあれは、椿さんと結婚した人しか勇者として出さない。というか、椿さんと結婚した人やその子供を勇者にして召喚している。椿さんも頭を抱えていたけど、私もわけがわからなかった。

 

ただ、今言えることは__________

 

(私は、そんなことは...)

 

この世界が終われば、私達西暦の勇者と神世紀の椿さんとの関係は途切れる。もしその後で目の前のひなたさんのように人生を共にするというなら、それはもう一度椿さんが西暦に来るということで、それだけ大きな事態が起きるということになる。

 

苦しんでいた椿さんを知ってるからこそ、そんな思いをするために来てほしくなんてない。私は嫌だ。

 

「杏さん?」

「はっ!はい!?」

「どうかしました?深刻そうなお顔をしていますが」

「い、いえ...ひなたさんは」

「「私ですか?」」

「あ、えーと...大人のひなたさんは、どうして椿さんと添い遂げられたんですか?千景さんや友奈さんもそうですが...あの人は、私達と違う時間で生きている人じゃないですか」

「あぁ、成る程...さっき皆さんと話したんですが、それぞれちょっとずつ事情が違うみたいでして...ですが、椿さんも一緒に幸せに過ごしてるのは変わりませんよ」

「そう、ですか...」

 

それで済ませて良いのか。ちらりと見た先で、椿さんは短刀と銃をを振り回している。

 

「三人はずるいだろ!」

「ずるくないですよ。立派な戦術です」

「折角だしお父さんと戦いたいもん!」

「こっち拳なんだが...銃使ってる父さんに言われたくない」

「そっちの一人も銃だろうがよっ!!」

「私とも戦ってもらうぞ!椿!!」

「若葉...さん!?貴女まで!?ちょ、流石にきつっ!!」

 

文句を言いつつ器用に四人と戦ってる椿さんは、真剣な顔だ。

 

『俺は!こんな場所に来て!勇者やらされて!!悩んでない時があった!?必死に考えて!!生き残る方法をとって!!』

 

唐突に、あの頃がフラッシュバックする。

 

(あの顔に、またしてしまう...)

 

「杏さん」

「え?」

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。椿さんは強いですから。多少振り回しても受け入れてくれます」

「!」

「逆に、あの人が潰れてしまいそうになったら、優しく支えてあげれば平気です」

「私が、支える...」

「勇者部の全員が、それを出来ると思っていますよ」

 

こんなに沢山の素敵な人がいる中で、私が役に立てるんだろうか。不安はあっても、ひなたさんに言われたことで少しだけ思い直した。

 

(そうだよね。私が、あの人を支えたいって気持ちに、嘘はないもんね)

 

「ありがとうございます。ひなたさん。ちょっと分かった気がします」

「それは良かったです。あ、おまけでもう一つ」

「はい。なんでしょう?」

「椿さんを捕まえておく方法を」

「?」

「絶対逃がさないよう捕まえておけば一発です」

「...へ?」

「捕まえておけば、一発です♪」

 

綺麗な笑顔で微笑むひなたさんに、何故か私は恐怖を感じた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はーっ...やっとお帰りか」

 

夕暮れ時、時間切れなのか、一組ずつ元の世界へ帰って行った。

 

別れ際に抱きついてこようとする人もいたけど、大体小さい方の(というか、俺としては普通の)本人が足止めしてくれた。

 

「...どうしたんだ?」

「べっつにー...ちょっと話して色々思っただけ」

 

その一人である銀は、こう答えるだけでそっぽを向いた。

 

「...まぁいいや」

「パーパ?」

「はい。パパじゃないけどなー。本当のパパの所に戻りなさい」

 

古雪真由(まゆ)ちゃんの頭を撫で、お母さんの方へ送り出す。

 

「なんだか年下の椿さんって不思議です」

「俺も、自分より年上の樹って新鮮だよ」

 

母親である樹は、見てるだけで幸せに思えそうな笑顔をした。

 

「ふふふ...それじゃあ椿さん。皆。今日はありがとうございました。また」

「おう。ありがと...」

 

(または流石に困るけど)

 

もうこんなことは沢山だと思ってる間に、二人も消えてしまった。これで全員が帰ったことになる。

 

「...はぁ。凄く濃い一日だった......」

「でも楽しそうだったじゃない」

「風...お前あの若葉にボコボコにされるの見て言ってるのか?」

「鍛練は続けているみたいでよかった」

「若葉ちゃん、ツッコミ入れられちゃいますよ?」

「ん?そうか?」

 

若葉とひなたのコントに、ちょっとだけ疲れが飛ぶ。

 

「はい。じゃあ樹、今日は解散でいいのか?」

「そうですね...皆さん、色々作戦も立てるでしょうし」

「作戦?」

「気にしないでください。では皆さん、お疲れ様でした!」

『はーい!』

 

足早に帰る者、全体で寮に向かう者、種類はあれど全員が帰ってる。

 

(...何か思うところがあったんかね)

 

普段ならうどんを食べに行ったり蕎麦を食べに行ったりするグループも多いのだが_________

 

(まぁいいや。俺も帰ろ)

 

「また明日な」

「はい。お疲れ様でした。パパ」

「俺はお前のパパじゃないだろ...じゃ」

 

樹の冗談をスルーして、スマホを開きながら駐車場まで向かった。ながら歩きは危ないが、大赦からの連絡は早めに見ておきたい。この時間帯に人などほとんどいないことも知っている。

 

(夏凜にお礼のメール送っとこ...)

 

メールを送信して、他の通知がないか確認してから画面を消した。丁度バイクの姿が________

 

「...杏?」

 

俺のバイクの横で、杏が立っていた。首もとには生地の薄い、彼女の髪色と同じマフラーが巻かれている。

 

(さっき、早々に帰った組の...)

 

「あ、椿さん。お疲れ様です」

「おう...で、どうした?何か用事?」

「......はい」

 

あげられた杏の瞳と、俺の瞳が合う。どこか決意に満ちているような、そんな__________

 

「どうし...」

 

言いかけて、止まった。杏が俺に抱きついてきたから。

 

「え?え!?」

「椿さん」

 

優しい声音。昼間の様に戦ってるだけじゃ感じられない熱。動揺して跳ねた心臓は、それで落ち着いていく。

 

「もしあなたが困ったら、悩んだら、苦しんだら。私のことも頼ってくださいね。絶対支えますから」

「杏...」

「で、では!それだけです!!おやすみなさい!!」

 

一瞬で離れて走り去って行く杏を呆然と見て、次に意識がちゃんと戻ったのは、寒く強い風が俺の肌を撫でた時だった。

 

「...えっ、と」

 

突然の出来事に驚きながら、俺は一言だけ告げた。

 

「......ありがとう」

 

胸元に手を当てる。錯覚に決まってるが、自分以外の熱が当てられている気がした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい......!)

 

走っても走っても熱が取れないで、寮にある自分の部屋に入ってもダメだった。思いっきりベッドにダイブして、その上を転がる。

 

(別に、今日初めてやったことでもないけど!!けど!!)

 

意識して、私からしっかり抱きしめたこと。他に待ち伏せしていた銀さん達に見られたこと。未だに体が熱いこと。

 

「ぁー...」

 

うつぶせになった状態で、動かして体をピタリと止める。低く唸った声が出た。

 

でも、全然嫌な気持ちとか、不快には感じなかった。寧ろ、心地良い。嬉しい。

 

「...うん。いいよね」

 

椿さんが『ありがとう』と言ってくれてる姿を想像してしまって、勝手に笑顔になってしまっていた。

 

「ふふっ...」

 

私は心がぽかぽかしたまま、目を閉じた。

 

 

 




『成る程、うまくいけば戦いについて話ができる』
『私達に足りないものもアドバイスしてくれるかもしれませんね』
間違ってはいなかった。

ちなみに、

・現状大人になった勇者部は勇者になれる訳ではない。
・その息子、娘は基本勇者ではない(なれない)。
・でも頂いたリクエストは作りたい

という理由で、今回ifとして扱える短編として作りました。ちなみに大人のキャラはアフターシリーズや短編if、誕生日記念短編等に登場した人達でした。


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誕生日記念短編 いつまでも変わらない

銀ちゃんハッピーバースデー!ということで記念短編です。最近彼女と椿をモチーフにしたプラモも作りあげたので尚更感慨深い。しかし、去年の短編からもう一年たったのな...早いなぁ。


「三ノ輪銀!ただいま到着しました!」

 

ヘルメットを二つ脇に抱えてバイクに寄りかかってると、自分の部屋から銀ちゃんが飛び出してきて、俺の目の前で敬礼した。

 

「あぁ、うん...そんな態度じゃなくていいんだけどね?」

「いえいえ!今日の運転手さんですから!」

 

「さささ」と言って小さいヘルメットを受け取る彼女。つけ方に戸惑っているのを見て、俺は手を伸ばした。

 

「動くなよ」

「は、はい...ありがとうございます」

「どういたしまして...折角だし、早速行こうか」

「はい!!」

 

バイクには結構な頻度で乗ってるため、起動までの動きはスムーズだ。銀ちゃんも後ろに座って、少しずつ前にずれてくる。

 

「しっかり掴まりました!!」

「...そんながっちりでなくてもいいぞ?落ちないから」

「うーん...ちょっと怖いのでこれで」

「......分かった。じゃ、行くぞ」

「はーい!しゅっぱーつ!!」

 

銀ちゃんの元気な声を聞いて、バイクが唸りをあげた。

 

 

 

 

 

銀と銀ちゃんの誕生日、毎度の如く何かしてあげられないかを考える勇者部員だが、今回銀ちゃんから俺にお願いするものは決まっていた。というのも、その話は夏休みが終わるくらいから聞いていたから。

 

『園子いーなー。椿さんとドライブとか、アタシもしたい』

 

園子ちゃんの誕生日で、俺は彼女を喜ばせるために色んな所へ連れていった。その一部はバイクで向かったのだが________どうやら銀ちゃんは、それが羨ましかったようで。

 

(まぁ、風の勢いとかはジェットコースターみたいなもんだし、アトラクション感覚で言ってきたのかもしれないな)

 

目的のないドライブがご所望だというが、それがプレゼントとして成立するのかはともかく、互いに内容は分かっていたからこそ、誕生日とは被らないちょっと早めの日に丸々一日使う予定を立てた。

 

「どうだ?」

「気持ちいぃですー!!」

 

後ろで興奮気味の彼女の声を聞けば、まぁこれでいいのかとも思う。とはいえ目的もなくひたすらさまようのも味気ない。

「ルートは俺に任せるんだよな?」

「はい!どこへでも...え、もしかして考えてきてくれたんですか?」

「まぁな」

「何も考えなくてもいいって言ったのに...」

「俺が勝手にしたことだし、気にすんな。寧ろありがたく受け取ってくれ」

「うーん...そういうことなら!凄く楽しみにしてます!!」

「一瞬でハードル上がったな......」

 

彼女のハードルを越えられるようなものになればいいなと思いつつ、バイクはひたすら風を切る。数分もしないうちに、俺達の視界はかなり暗くなった。

 

「おぉ」

「トンネルってだけだぞ」

「わ、分かってますよー...見えてましたし」

「そりゃそうか...はい、右手にご注目」

「?」

 

喋ってる間にトンネルを抜けた。一気に明るくなった視界に広がるのは__________

 

「!!」

 

後ろから回されている腕に力がこもった。運転に支障が出ないレベルで少し右側を見れば、綺麗な海が見えた。

 

(おぉ、絶景スポットに認定されてるだけあるな)

 

『彼女を連れてくドライブルート 香川編』なんて本を読んだ成果はあったらしい。

 

「椿さん!椿さん!!海ですよ!!見てください!!」

「いや俺運転中だから。そんながっつり見てたら事故るから!」

 

 

 

 

 

その後も適当にぶらつきながら、おすすめされた箇所を巡った。天候が良くないと微妙なのが多かったため、晴天で助かっている。曇りの時は別の場所に行こうとは考えていたが。

 

「よかったのか?」

「落ち着きませんよ。確かに興味はありますけど...あぁいうお洒落な場所は、おっきいアタシを今度連れていってあげてください」

 

そしてお昼時、ルート上にあった、以前銀ちゃんが見ていた料理店に行こうとしたが、結局普段とは別店舗のイネスのフードコートでうどんと骨付き鳥を食べていた。

 

「そうか...」

「それより椿さん、そっちのひなの鳥食べたいです」

「ん?いいぞ」

 

手でかぶりついていたのを皿に置いて、まだ手をつけてない箇所をナイフとフォークで切ろうとするも、銀ちゃんの行動がそれを止めた。

 

「ぁー」

「...」

「ぁー...」

「......はい」

「はふっ...ん!んー!旨い!!」

 

小鳥のように口を開けて待ってた彼女に骨付き鳥(ひな)を持っていってやると、勢いよくかじりついて喜んでいた。

 

(ひながひな食っとる...)

 

「ありがとうございます」

「あ、うん...」

 

アホなことを考えているうちに帰ってきた肉は、真ん中になるにつれへこんでいっていた。

 

(...ま、気にするだけ無駄か)

 

時代が違うとはいえ、幼少期に散々やりあった相手だ。今更どうこう言うはずもなく、骨付き鳥を食いきった。

 

「でも、本当に綺麗でした!全然見慣れなくて、キラキラしてて...特にあの池!!紅葉を綺麗に反射してて...なんかもう、凄かったです!!」

 

銀ちゃん自身がキラキラした目で語り、興奮した様子でスマホを見返す。恐らくさっき撮ったものを見てるんだろう。

 

「食い終わって帰りのルートも用意してるし、もう少し遠くまでいってもいいよう調べてきてはいるぞ。ここで色々買い物するもよし」

「えー!?どうしよっかなー...」

「うぇぇぇーん!!」

「?」

 

銀ちゃんが顎に手を当てて悩みだした時、泣き叫ぶ声がフードコートに広がった。当然目の前の銀ちゃんではなく、辺りを見れば小さな男の子が泣いている。

 

「ママー!!どこなのー!!」

「迷子か。どうするぎ...」

 

銀ちゃんの方を向けば、既にそこに彼女の姿はない。

 

「どうした?迷子か?」

「ママー!!」

「あーあー。アタシはママじゃないけどさ。泣き止んでくれ...おーよしよし」

「やぁー!!」

「あらら...」

 

男の子は銀ちゃんも怖いのか、ただお母さんの姿がなくて寂しいのか、ずっと泣いたまま。

 

(通用するかな...)

 

話をするにも落ち着いて貰わないと困る。まだ幼稚園でやってないネタだが、この状況では適してるかもしれない。そう考えられれば、自然と体が動いていた。

 

「はいこれ見て」

「へ...ぐすっ」

「椿さん?」

 

大きめの声で言うと、一応泣き止んでこっちを向いてくれた。

 

「ここにあるのはお菓子が一杯買える500円玉です。これを右の手で強く握って、よーく振ります。しゃかしゃかしゃかしゃか......」

「...?」

「するとどうでしょう。いつの間にか手にあった500円玉は、綺麗さっぱり無くなりました」

「え!?」

「わぁー!!」

 

右手のひらを二人に見せれば、揃って驚いた声をあげる。

 

「さて。じゃあどこに行ったかな?」

「左手だ!」

「お前が答えるんかい...お姉ちゃんは左手だって。君は?」

「うーん...左手!」

「残念。はずれでーす」

「「えぇー!!」」

「正解は...」

 

銀ちゃんの髪に手を伸ばし、頬を撫でるように縦に動かす。髪の隙間から見えてきたのは、さっき無くなった筈の500円玉。

 

「お姉ちゃんのところでした」

「えっ!?いつの間に!?」

「すごーいっ!!!」

「これでお姉ちゃんと一緒にお菓子でも選んでな。お母さんを連れてきてあげるから」

「うんっ!!」

 

涙がすっかり引っ込んだ男の子の頭を撫でながら、俺は銀ちゃんに耳打ちした。

 

「じゃあ頼む。なるべくお菓子コーナーに張りつかせといてくれ。ホントに買わせるのもなるべく抑えて」

「え...わ、分かりました」

「ん。俺はセンター行ってみるわ」

 

 

 

 

 

インフォメーションセンターで迷子の呼び出しを頼んだところ、すぐにそのお母さんが駆けつけ、お菓子コーナーで物色していた男の子と合流できた。

「ありがとうございました」

「いえ。お礼は彼女に」

「え!?アタシは何も...!」

「謙遜すんなって」

「そうです。息子の面倒を見てくださってありがとうございました。本当に......」

「ぁ、その...」

「じゃーね!お兄さん!お姉ちゃん!!」

「...うん。じゃあね」

 

観念したように手を振る銀は、二人が見えなくなってから手を降ろした。

 

「すぐ合流出来てよかったな」

「そうですね...あの、椿さん。二つ質問してもいいですか?」

「ん?何かあった?」

「いえ...何であの子に最初、お菓子買わせないようにしろって言ったのかなって」

「あー」

「お金使いたくなかったんです?」

「そんなことじゃない」

 

確かに金銭面は大事なことたが、彼女にそう言った理由は別にある。

 

「あの子のアレルギーとか知らないし、親が食べさせない方針だったりしたら何かしら言われるかもしれないからな。かといって変に止めるとまた泣かれちゃう可能性もあったし」

「成る程ー...考えてるんですね」

「たまたま今回思いついただけ。で、もう一つは?」

「え、あぁ。こっちは割りとどうでもいいんですけど」

 

前置きしてから、銀ちゃんはこっちを見てくる。

 

「いつあんなマジック出来るようになったんですか!?アタシの髪から500円出すなんて!?」

「あー...最近テレビで見てな。見よう見まねでやってみただけだ」

「スゲー!!そんな簡単に出来るんですか!?」

「ま、まぁな...」

 

目を輝かせる彼女から、俺は少し目をそらす。

 

(簡単な視点誘導トリックだなんて言えない...)

 

夢を壊してしまうようで、口が開けなかった。

 

「でも、これで一件落着ってことで。改めてこれからどうしよう」

「あぁ!...うぅ」

「か...」

「決まりましたね」

「......だな」

「よし!おばあちゃん大丈夫ですかー!?」

 

 

 

 

 

「へっくし!!うー...寒くなりましたねー」

「もう年末が遠くないからな...」

 

言いながら上着を脱ぎ、寒さの割に薄着な銀ちゃんに被せた。

 

「え」

「着とけ。ぶかぶかだろうけど」

「椿さんが風邪ひいちゃいますよ!」

「お前に風邪ひかれる方が嫌だ」

「...分かりました。ありがとうございます」

「素直でよろしい」

 

俺はそれだけ言って、買っていたホットレモンを開けた。

 

「温かいみかんがないのは罪だ...」

「相変わらずですね」

「俺は毎年のように言ってるからな」

 

コンビニにそういった商品が並ぶのは珍しく、今俺達がバイクを止めているコンビニも例外じゃない。

 

俺の行動も決まっていて、毎年愚痴を言ってる気がした。

 

「...椿さん」

「?」

「すみません。午後の予定、ほとんど潰しちゃって...あはは......」

 

真剣に謝ってるわけじゃない。でも、本気で謝っていると分かる乾いた笑いを含めた言い方だった。どこか諦めがついているというか。

 

それがどういう意図なのか分かったからこそ、俺は口を開く。

 

「そういうことか」

「え?」

「あれだろ?お前がいたから色々起こしたと思ってるんだろ?」

「...昔から多いじゃん」

 

敬語が外れた彼女は、同じ頃過ごしてきた俺に問いかける。

 

「昔からトラブルメーカーだって自分でも言ってたもんな。最近のあいつそんなことないから久々に楽しかった」

「楽しかったって...」

 

一度生き死にをしたからか、銀はそのトラブル体質が減った気がする。嬉しいところではあるが、少し悲しいところでもあるところだ。

 

「折角用意してもらったのに」

「別にいいよ。嬉しいし」

「嬉しい?楽しいだけじゃなくてですか?」

「なんだか昔に戻った気がしてさ...」

 

目を瞑れば甦ってくる思い出。

 

「当時の俺は確かに予定が潰れたりして怒ったこともあったけどさ。今考えれば嬉しいんだ。だって、銀が大体そういうトラブルに巻き込まれる時って、誰かが大変な時が多いから」

 

見知らぬ誰か。通りすがりの猫。そのために自然と体が動いてしまう銀の凄さは、勇者部として活動して、あのころから精神が少し大人びた今なら分かる。

 

「今日だって、皆別れる時には笑顔でお礼を言ってきてくれた。それは、銀が凄いからだよ」

「そ、そんな!椿さんの対応の方が凄かったじゃないですか!」

「......一番最初に動くのはお前だ。いつだって」

 

銀が死んでから、後悔する瞬間になってからじゃ遅すぎるってことを学んでからは、色々出来ることは早めを意識してやって来たし、知識も広めにつけようとした。

 

でも、俺にそう決意させてくれたのは。最初に動いて、皆を笑顔に変えてきたのは__________

 

「俺は、そんな幼馴染みがいてくれることが、頑張る姿を見れるのが、すげぇ嬉しいんだよ」

「......椿、さん」

「...さ。帰るぞ!飲み終わったか!?」

「ま、まだです!待ってくださいよう!」

 

俺は照れて赤くなった顔を隠しながら、中身を飲み終わったペットボトルをゴミ箱にぶちこんだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「というわけで、こんな感じでした!」

『報告ご苦労であった。音源は』

「今度園子さんに渡しますね」

『やりぃ!ありがと』

 

椿さんに色んな場所へ連れてもらった夜。須美と園子も連れて四人でご飯を食べた後。アタシは大きいアタシと電話していた。

 

『でもいーなー。アタシ相手だと恥ずかしがって言わなさそう』

「えー、でも椿さんって椿ですよ?言いそうですけど。ていうか、だから頼んできたんじゃないですか」

『まぁねー』

 

朝出掛ける前に部屋に来たのは園子ズ。

 

『嫌じゃなければ、録音しといて欲しいんよ~』

『おっきいミノさんも欲しがっててさ~』

 

そう言ってきて、少し悩んだアタシは了承した。勿論園子ズのためだけならそんなことしない。

 

アタシは、アタシの恋を応援してるし、椿さんがアタシ(自分)に向けた声が聞きたいって気持ちも分かるから。アタシ自身だから抵抗がないのもある。

「それに、今日楽しんだ思い出はアタシだけのものですから」

『あーずるい...今度はアタシを祝って貰うもんね!』

「はーい。楽しんでくださーい」

 

その後適当に話をして、通話を切る。アタシはスマホを机に置いて、窓の外を見た。

 

「......」

 

『俺は、そんな幼馴染みがいてくれることが、頑張る姿を見れるのが、すげぇ嬉しいんだよ』

 

コンビニの前で椿さんに言われたことは、凄く嬉しく思った。それは、声だけじゃない。

 

ふっと微笑んで、ペットボトルを見つめてる表情が、椿の面影を残しているものの、昔の椿はしなさそうな顔だったから。

 

アタシの知らない_____いや、アタシがいずれ知る筈の顔を、また新しく見ることが出来た。あれと同じ顔は、大きなアタシも見れない。

 

「アタシも、大切な幼馴染みだと思ってるよ...」

 

アタシが知る、一つ年上の椿。この世界に来る前は勇者のお役目で少し会えない日も増えたけど、ずっとずっと長い間一緒に過ごしてきた大切な人。

 

巻きごみがちな幼馴染みが、未来の姿とは言え、そう言ってくれる。

 

そんな椿と、大きくなっても一緒にいる。そんな椿に、変わらず素敵な恋をしている。

 

「いいなぁ」

 

ふと、部屋に声が響いた。

アタシも、いずれ_________

 

「アタシも、あぁなれるといいな...なんてね」

 

 

 



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誕生日記念短編 まだ知らない一面を

今日は国土亜耶ちゃんの誕生日!おめでとう!!

原作だと安芸さんが一番そういう立場だと思うけど、大赦の内情とかそっち側の視点はもっと深く見たいなと感じます。


「そわそわ。そわそわ」

「......」

「そわそわ。そわそわ」

 

隣に座る少女がそわそわして、というか口に出して言っているのはちょっと面白いし小動物みたいで可愛いところもあるのだが、これがかれこれ30分同じ状態だと話は別だ。

 

(疲れないのかな...)

 

「亜耶ちゃん、亜耶ちゃん?」

「はい、なんでしょう?」

「疲れない?ずっとそわそわしてるの」

「あ、すみません...でも、こうして何もしないのは落ち着かなくて」

「あぁ...」

 

確かに普段から皆のために色んなことをしている彼女にとって、この状況が珍しく、慣れないものであるのは分かってる。

 

(その認識も、元々少しおかしい気もするけどな...亜耶ちゃんが来てから部室が隅々まで綺麗になったし、何かと物が足りないとかってなること少ないし)

 

本日はこの国土亜耶ちゃんの誕生日になる。他の勇者部員は今、部室を誕生日パーティー用にデコレーションしていることだろう。近くの公園のベンチに座っているのは、亜耶ちゃんと見守りの俺だけ。

 

『私は亜耶ちゃんのために全力を尽くさねばなりません。後はお願いします』

 

一番この役に向いてそうな芽吹は、それだけ言ってどこかへ行ってしまった。

 

「そわそわ。そわそわ...」

 

(またそわそわし始めちゃったしこの子...)

 

まぁ、幼い頃から大赦に属し、友達から誕生日を祝われるという機会が少なかった彼女にとって、こうして大々的に祝われることに違和感を覚えるのは仕方のないことかもしれない。

 

(とはいえ、どうしたもんか...)

 

このままでも悪影響はないが、ずっとこの状態だと疲れちゃいそうだし、俺も落ち着かない。

 

パッと思いつく打開方法は二つ。普段に近いことをさせてあげるか、話をして紛らわせるか。

 

前者は、最近掃除をしてなかった俺の部屋へ通せば良いだけだが_______今日の主役に掃除なんてさせられないし、バレた日には比喩表現ではなく命がない。かといって、何か話題はあるだろうか。

 

(あんま俺が喋り倒すのもなぁ...かといって亜耶ちゃんのメインの話題って何なのか知らないし、共通だって分かってる話題は防人とか勇者部とか...)

 

「そわそゎ...」

「あー、亜耶ちゃん?」

「はい?」

「どっか行きたい場所あるか?今なら誰にも内緒で連れてってやるよ」

 

結局俺が捻り出したのはそんなことだった。

 

「結構あるんじゃないか?大赦に制限されてた場所とか、芽吹からあんま行かない方が良いってとこ。もし行きたければ」

「芽吹先輩に止められた所...ぁ、で、でもそんなこと」

「候補はあるみたいだな。言うだけ言うだけ」

「......この前話をしていたのですが__________」

 

 

 

 

 

それから、俺と亜耶ちゃんは二人で一つの民家を訪れていた。まぁ率直に言うと俺の家である。

 

亜耶ちゃんが行ってみたいと言ったのはここではなく、ゲームセンターだった。

 

『芽吹先輩と雀先輩に止められて...この前はこちらの方で遊んだのですが』

『......』

 

指差したのは、小さい子向けのゲームやクレーンゲーム、プリクラにメダルコーナー。止められた場所はそれを抜けた先。

 

『あーざっけんな!!』

『お前が悪いんだろバーカ!!』

 

柄の悪そう(実際そんなことはないのかもしれないが)な中高生が多く集まる格ゲーなんかアーケードコーナーだった。大人も多いのか、タバコの臭いもかすかにする。

 

(...芽吹。悪かった)

 

『...ごめん亜耶ちゃん。確かにあそこは止めといた方が良いかもしれない......』

『そうなのですね。あぁ、そんな顔しないでください!椿先輩も私のことを気にして止めてくれてるんだと知っていますから』

『悪いな...』

 

いくら本人のお願いと言えど、純真無垢な彼女をあそこに連れていく訳にはいかない。

 

『あ、でもあそこにあるのと同じゲームなら俺の家にあるぞ』

『本当ですか!?』

『あぁ...行くか?』

『是非!でも椿先輩凄いですね。こんなに大きなゲームセンターにあるゲームが御自宅にあるなんて』

『家庭用のだけどな』

 

というわけで、俺達は進路を俺の家へ取った。

 

(なんだかんだ、亜耶ちゃんだけを家に通すのは初めてか...?)

 

記憶を掘り返しながらも部屋から取ってきたゲームのセッティングを済ませる。亜耶ちゃんはソファーに正座して説明書を読んでいた。

 

「もっとリラックスしてていいんだぞ?それも読んでなくたって後でちゃんと教えるし」

「ありがとうございます...難しいですね。操作方法が多くて...」

「慣れればそうでもないが、逆に慣れるまでは大変だよな」

 

接続を終わらせた俺は、起動したコントローラーを渡して隣に座る。テレビ画面に映るのは千景とオンライン対戦したりするゲームだ。

 

「でも、これでいいんだな?」

「はい!」

 

今日の目的はもうちょっと単純なパーティーゲームじゃない。師匠(千景)直伝の技を見せる時。

 

(元を辿れば俺が言い出しっぺだしな)

 

「ん、じゃあ時間の限り教えるよ」

「よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

軽く一時間二人で遊んだが、亜耶ちゃんの飲み込みは意外でしかなかった。

 

「いや本当上手いな...」

 

『目を休ませなければなりません!』という彼女の注意の元画面を一度消して休んでいるが、衝撃的過ぎて簡単に思い出せる。

 

「そんなことありませんよ。でも...もしそうだとしたら、椿先輩が優しく教えてくれたからですね」

 

謙遜するものの、彼女は上手かった。確かにコンボは出来なかったり荒さが目立つ所も多かったり、強いかと聞かれると違うかもしれない。しかし、教えた基本的動作はほぼ完璧に行ってくる。しっかりした回避行動は集中しないとなかなか隙を取れなかった上、カウンターで攻撃される回数も少なくなかった。

 

初めて触ってこれならはっきり言って異常なレベル。

 

(普通にあと数日やらせたら、勝てるのか...いや、千景と良い勝負かもしれない)

 

攻撃型プレイヤーである千景と、防御が上手い亜耶ちゃん。普通に見たい。

 

(...良からぬ道に連れ込んだと芽吹に絞められないだろうか)

 

「でも、意外だわ...」

「私もです。皆さんとやるゲームも楽しいですが、こうしてがっつりした対戦ゲームもこんなに楽しいなんて...!」

「小さい頃は...大赦にいたら知らない世界か」

「そうですね。幼い頃こうしたものに触れたことはありませんでした」

「はい」

「あ、ありがとうございます!頂きます...んっ、ん...美味しいです!」

冷蔵庫から出したみかんジュースを美味しそうに飲む亜耶ちゃんの笑顔を見てると、こっちも自然に笑顔になる感じがした。

 

「よかったよかった...でも、そういや知らないな」

「?」

「大赦のそうした部分って知らないなって思って。結構お世話になってて四国一有名な組織と言っても過言じゃないのに、秘匿されてることが多かったから」

 

夏凜や芽吹のように勇者の選定を行ったり、亜耶ちゃんのような巫女を育てる組織なのは分かるし、春信さんを通して内情もそれなりに知っている。

 

ただ、そこの詳しい話は聞く機会もなかったし、数年前の大赦について知らないことも多い。

 

「巫女を育てる環境ってどうだったのか...亜耶ちゃんはどうやって過ごして来たんだ?」

「そう大きく皆さんと違うところはないと思いますよ...えーと、幼い頃から神樹様に祈りを捧げて、勉学に励みました」

「確かにその辺は近いな」

 

幼い頃なら、幼稚園とかの教えも似たようなもんだからそう変わらないだろう。色々あったせいで、今はもう神を崇拝なんて心からしたいと思わないが。

 

「違う所は、それを学校ではなく大赦の施設で行ってたことと、巫女としての特訓があったくらいでしょうか」

「巫女としての特訓って、滝に打たれたりとか?」

「それもしていました。でも、絶対に必要ってわけでもないんです。より神樹様のお告げを聞きやすくする為と言いますか...」

「まぁ、具体的に何をするとどうなるってもんじゃないだろうしな」

 

気まぐれなものに合わせるのはいくら頑張っても限界がある。

 

「辛かったこととかあったか?」

「辛いことなんてありません。どれも大切なことばかりですから。素敵な学舎を用意してくださったことに感謝するばかりです」

「......すごいな」

「?」

「いや...」

 

俺はそんなことすらりと言えない。本人が全くそれを自覚してないのも含めて凄いと思う。

 

「じゃあ、俺も感謝しないとな」

「え?」

「亜耶ちゃんをこんな良い子に育ててくれたのにさ」

 

大赦に育てられた巫女が全員こうだとは思わない。彼女自身の素養もあるだろう。でも、大赦が幼い頃の彼女を育ててきたのも事実。神樹様という存在が彼女の精神的骨子を作ったのも事実。

 

(というか、こうして色々巻き込まれなければ、特に疑問に思うことなく過ごしてただろうし...)

 

「椿先輩...す、少し恥ずかしいです」

「あぁ悪い」

 

珍しい表情の亜耶ちゃんは、『そう言えば』と話を切り出す。

 

「椿先輩は、幼い頃どんな風に過ごしてきたのですか?」

「俺?」

「はい。私は大赦にいたので、他の幼稚園や小学校がどうなっているのか知りませんから...」

「成る程な...まぁ、うちが一般的かどうかは分からんが、そう言うことなら。ちょっと待っててくれ」

 

自分の部屋まで戻って、棚から二冊の本を取ろうとして_____一冊にした。

 

(幼稚園のとか、俺も気まずいし...)

 

何を思って行動してたか覚えてない時期のなんて、見せても説明が難しい。並べてある卒アルから小学生の時のだけ取り出した俺は、床に纏めてあるプリントを踏まないようにしながら部屋を出て、リビングへ戻った。

 

(てか、流石に汚くしすぎたな...明日にでも掃除しよ)

 

「お待たせ」

「それは...?」

「卒業アルバム。うちのな」

 

開いた最初ページから、名簿や顔写真、各クラスの集合写真、そして、六年間の思い出の写真が並んでいる。

 

「わぁー...!」

「大赦はこういうの作りそうな組織じゃないか」

 

(安芸さん個人なら作りそうだけど)

 

「確かに初めて見ますけど、皆さん楽しそうで...」

「まぁ、楽しいイベントの時の写真だしな。林間学校とか」

「あ、椿先輩もいました!」

 

指差した箇所には、弁当の中身を口いっぱいに入れてピースしてる俺の姿。

 

「あー...」

「この頃からご自分でお弁当を作ってたんですか?」

「今も昼の弁当は作ってないよ。園子と風がかわりばんこに作るって譲らないからな...ま、この頃は元々料理してなかったし」

 

確かこれは小四の時の写真だ。その頃俺は家事なんて手伝ってない。精々バーベキューの時に手伝うとか、そんなもんだ。

 

「いつ頃から始めたんですか?」

「小学校卒業前くらい、かな。俺が食べるためじゃなくて、銀やその弟の面倒を見るためって感じ」

 

料理はレシピを見ながら作りって徐々に体と頭に覚えさせ、掃除機とか洗濯機とかも一応やろうと思えば出来るようにした。その目的は勇者で忙しくなった銀をはじめとした三ノ輪家のためのものだ。

 

「そう言えば、銀先輩が見えませんね...」

「そりゃ学校が違うからな。あいつとは」

「え、そうなんですか?」

「あれ、知らなかったの?」

「はい...てっきり同じ小学校かと」

「あいつは神樹館の所だよ。放課後はほぼ毎日一緒に遊んでたからあんま変わらんけど」

 

そういう意味では、隣の家でなければここまで深い関係になれなかったのかもしれない。

 

「そうだったのですか...とっても素敵な日々だったんですね?」

「へ?なんだよ突然」

「だって、そんな風に微笑んでいたら分かります」

 

その彼女の柔和な笑みは、俺の心をくすぐって。

 

(てか俺、そんな分かりやすい顔してたのか!?)

 

「え、や、あの...やめてくれ。恥ずかしい...」

「どうしてですか?とっても素敵なことじゃないですか!」

「う、ぁ...」

 

まさか亜耶ちゃんからこんなことを言われるなんて思ってもいなかっただけに、聖母のような少女の無自覚な攻めは俺に効く。

 

「椿先輩?」

「っ、ぎ、銀とのアルバムもとってあるから持ってくる!」

 

リビングから飛び出し、自分の部屋に入り込む。

 

「はぁ...」

 

ふと見た鏡に映る俺の頬は赤い。

 

「まさか、あの子に...」

 

優しすぎるが故、他の人が恥ずかしがりそうなことを当然のことだと言う。無自覚な故、相手の対応に気づかない。

 

大人になるにつれ忘れてしまいそうな心を、彼女は未だに持ってるのだ。子供っぽいと言われるかもしれないが、それがどれだけ凄いことなのかは、俺の口から具体的に言うことは出来ない。

 

(守ってやんなきゃ、とは思うなぁ...)

 

でも、芯が強いことは今までのことで分かってる。普段の日常では感じられないだけで__________

 

「......そろそろ戻らない」

「椿先輩。このお部屋はなんですか?」

「と...」

 

錆び付いた機械のように、首を回す。彼女は小柄ながらに仁王立ちして、威圧感を放っていた。

 

俺の部屋(普段より紙やらなんやらが散乱している)を見て、彼女(掃除の鬼)は何処からともなくはたきを取り出す。

 

「!?」

「お掃除、しましょう?」

 

まるで獲物を見つけた肉食動物のように、生き生きとした顔で部屋に入ってくる亜耶ちゃんを見て、俺が思ったのはただ一つ。

 

(人間色んな顔出来るけど、やっぱ可愛い子は笑顔が似合うなー)

 

ひなたのカメラがあればよかったと思いつつ。俺は亜耶ちゃん(本日誕生日の年下)に部屋を差し出した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『お疲れ芽吹。まさかあんなクオリティの丸亀城作るなんて思わなかったぞ』

 

『亜耶ちゃんがこの前好きなお城について話していて。なんとか間に合わせられました』

 

『そっか。よかったよかっ......あの』

 

『すんすん』

 

『え、あの芽吹??』

 

『さっき亜耶ちゃんから聞いたんですが。椿さん。亜耶ちゃんが今日誕生日にも関わらず自分の部屋を掃除させたそうですね?』

 

『......』

 

『沈黙ですか』

 

『どっから出したその木刀。いや、俺は別に掃除させるつもりなんてなくて...!』

 

『つまりさせたんですね』

 

『どっちみち詰み!?』

 

『それに今確認しましたが、二人にうっすらタバコの臭いがします...』

 

『お前警察犬か!?』

 

『答えなさいっ!!亜耶ちゃんを何処に連れてったんですか!!!椿さんっ!!!!』

 

『うえっ!答える!!答えるから胸ぐらつかかっ!!揺らすなぁ!!』

 

『椿さんっっ!!!!』

 

 

 

 

 

「園子ー、もうすぐご飯出来るからー」

 

「はーい!ミノさんにも後で面白いもの見せてあげるね~」

 

「何々?何か撮れたの?」

 

「修羅場が撮れたのさ~♪」

 

 

 

 

 

後日つっきーはこう言った。

 

『亜耶ちゃんは俺が見守らなくても絶対大丈夫。絶対。理由?......優秀なボディーガードがいるから。ですかね』

 



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ゆゆゆい編 50話

今回はmegane/zeroさんからのリクエストになります!三話前の短編とセットで見ると良いかも。


「なんなのこの機械?」

「お前のお兄さんから渡されたんだよ。テストしてくれって依頼で」

 

部室にて皆が首を傾げる中、俺が情報を補足する。小突いた物は、金属音を響かせた。

 

「既に嫌な予感しかしないんだけどな...」

「じゃあ何で貰ってきたのよ」

「そりゃ俺だって断りたかったけど...」

 

春信さんも中身を知らなかったようで、とはいえ作った物をそのままお蔵入りするわけにもいかないらしい。あの人を仲介されるとこっちもお世話になってるから断りにくい。

 

(次からはないようにって言ったし、大丈夫だと思うけど...)

 

まぁ、どのみちやらなきゃいけないことは変わらない。

 

「ま、何にせよ勇者部に依頼って言うならささっとやりましょ」

「風...助かる」

 

俺の顔から読み取ったのか、風が続きを促してくれた。

 

「それで、これ何するの?」

「この説明書に書かれてたのは、中に入ってる精霊を使って何かを再現するんだって」

「そ、それって大丈夫なんですか?牛鬼の友達がここに囚われてるってことじゃ...」

「俺も気になったんだが、そんな野蛮な感じじゃないんだと。俺達が心配することは何もないって」

 

最初こそ俺達に対して勇者システムについて秘匿していた大赦だが、それはあくまで勇者のことを思ってのこと。基本的に騙したりする必要はないため、信用はしていいだろう。

 

「ふーん...椿、使い方は?」

「二人でそれぞれついてるボタンを押すんだけ」

「成る程...園子!」

「あいあいさー!」

 

銀が園子を召喚し、何の躊躇いもなくボタンを押した。

 

「おい、それじゃ...」

「およ?」

「おい椿ー。何も起きないじゃん」

 

銀の言う通り、二人が同時に押したものの何か変化が起きたわけじゃなかった。とはいえ、理由は分かっている。

 

「最後まで説明を聞いてくれ。そっちの黒い方は男子が押さなきゃダメなんだと」

「そうなの?何で?」

「知らん」

「んー...まぁいいや。じゃあ椿」

「ですよね」

 

部内で男子は俺だけなのだ。創設理由が理由だし、仕方ないことではあるのだが。

 

「はい」

「やるぞ?」

「あぁ」

「「せーのっ!?」」

「きゃっ!」

「なにこれぇ!」

 

ボタンを押した瞬間、煙と光が噴き出てきた。思わず目を閉じて咳き込む。

 

「けほっ、けほっ。これは......」

 

同時に感じたのは、膝の辺りにぶつかる衝撃だった。

 

「パパー!」

「へ?」

「かーわいぃ!」

「え、いつの間に!?」

 

長い黒髪を揺らす、愛らしい少女。周りの反応は驚いた感じだったが、俺は固まった。隣にいた銀だけが聞き取れたようで動揺している。

 

「...待て。待て待て」

 

突如現れた五歳くらいの少女と目線を同じ高さにして、肩を掴む。少女の発言のせいか、よく見ると知ってる顔を混ぜた印象を受ける。鏡で見てきた顔と、その次に見てきたと言っても過言ではない顔。

 

一呼吸置いて、俺は質問を口にした。

 

「今、パパって言った?」

「?パパはパパだよ?」

「聞き間違いじゃないんかい!」

 

 

 

 

 

「ママー、パパはどうしたの?」

「気にしなくていいよ。それより何して遊びたい?」

「んー...オセロ!!」

「わー知的。ゲームだけど...ホントにアタシの子か?」

「別にお前の子と決まったわけじゃ...いや、状況的にはそうなんだけどさぁ......」

 

言ってて辛くなった俺は頭を抱える。心配そうに「大丈夫ですか?」と聞いてきてくれる友奈が天使に見えた。

 

銀と俺がボタンを押して現れた少女は、俺をパパ呼ばわりし、銀をママ呼ばわりする。事前に受けてた説明と、さっき話した『名前...分かんない!』と言う少女の言葉から判断されることは__________

 

「『精霊により、スイッチを押した二人の子供を再現する装置』か。名前が分からないのはそこまで再現出来ないから...何を産み出そうとして作られたんだ、これ」

「真面目なことを言うのなら、勇者の子孫を産み出すことで勇者の戦力が増やせると考えているのではないでしょうか」

「......」

 

思うところはある。命の冒涜とまで言うつもりはないが、こうして精霊を使って子供を生むってのはどうなのか。

 

(生むというより、再現か。でも...)

 

「まぁまぁ。折角だし良いじゃん」

「銀...」

「試してって言われたなら色々やってみて、ダメなら怒ればいいさ。なー?」

 

深刻に考えているのは俺だけだったのか、少女の手を万歳させて遊んでいる銀を見たら、どこか肩に乗っていた重さが取れた。

 

「...そうだな」

「そうだ。偉い偉い」

「あー撫でるな、やめろ...」

「お?照れてるのか?うりうり」

「だーっ!照れてるって分かるだろうが!」

「ひなた!」

「お任せください!!」

 

突然シャッター音が響き、フラッシュが俺を照らす。

 

「ひなたっ!?」

「今度皆さんにお渡ししますね」

「おいやめろぉ!?ちょ、ひなたさん!」

「落ち着く落ち着くー。ほれほれー」

「くそっ、お前覚えとけよ...」

「ケンカはダメなの!!」

「「!」」

 

本気で喧嘩を始めるように見えたのか、女の子は俺と銀の間に立った。その顔は今にも泣きそうだ。

 

「パパもママもケンカしちゃメッ!!」

「い、いや。これは...別に、喧嘩ってわけじゃないんだ」

「そ、そうだよ!な?椿?」

「あぁ。じゃれあいみたいたもんよ」

 

小さい子を泣かせそうになるのは互いに嫌だと思ったのか、咄嗟に話を合わせる俺達。

 

「...ホント?」

「「ホントホント」」

「じゃあ仲直りのチューしなきゃ!」

「「ブッ!?」」

『チュー!?』

 

しかし、返ってきたのは容赦のないカウンターだった。全員が大声をあげて部室に反響する。

 

「うん!いつもパパとママしてるよ!」

「いつも!?」

「それホントにアタシと椿か!?バカップルじゃん!!」

「ケンカしたら仲直りするんだって!あと、いってきますの時も!」

「何その頻度...」

 

動揺のあまり咄嗟に少女から反らした瞳が、銀と重なる。ふと、その口元に目がいく。

 

「ッ!!」

「!~っ!」

「ねぇねぇ、チューしないの?」

「いや、その...」

 

詰め寄られ、しどろもどろになる俺。銀は顔を林檎みたいに真っ赤にして、動かなくなってしまった。

 

(いや、俺も似たようなもんだろうけど...!)

 

あまりにも目の前の子の瞳が純粋すぎて__________

 

「椿さんっ!」

「え、あ、おいっ!」

 

突然腕を引っ張ってきたのは意外と言うべきなのか、杏だった。俺の手をさっき触れた機械のボタンに押し込み、彼女自身もボタンを押す。さっきと同じように出てきた煙を直に受け、少し咳き込んだ。

 

「こほっ、杏、何を...!」

 

煙がなくなって見えたのは、さっきの子より少し背の高い女の子。髪は長めで、なによりその色、そして顔は_____

 

「お母さん!」

「わっとと...」

「てことは、やっぱり...」

 

見た目や言葉からして、杏に抱きついた子は、俺と杏の娘を再現したものなのだろう。

 

「あれ、アタシと椿の子は!?」

「...そういうことか」

「はい。思った通りでした。似たような精霊が沢山いるとも思えなかったので」

 

杏がふふんと良い笑顔をする。

 

つまり、この装置で再現出来る子供の数は一人だということに気づいた杏は、自分と俺の子供を再現することでピンチを助けてくれたのだ。

 

「いや助かったよ杏」

「いえ。私も体が勝手に動いただけと言いますか...でもよかったです」

 

あんなノリでキスするなんてのは銀に対しても失礼だし、娘の泣く姿も見なくてよくなった。

「お母さん、お父さん。私本読みたい!」

「...あーうん。いいぞ。何読む?」

「え、椿。アタシの時は」

「お前が色々やってみろって言ったんだろ?」

「......確かに。運が悪かったなー。最初じゃなければ」

「何の運だ?」

「別に何でもないです!!」

「えぇ...」

「ねぇお父さんー!」

「あぁごめん。それで、何が読みたい?絵本は結構あるぞ」

 

幼稚園で読む用の紙芝居なんかを部室でいくつか保管してるから、この子くらいなら楽しんで貰えるかも__________

 

「んーん!お母さんが作ったお話の続きが読みたい!!友奈お姉ちゃんと千景お姉ちゃんは仲直りのチューした後どうなったの!?」

『!?』

「お前なんてもん作ってんだぁぁぁ!?」

「椿さんどうして読ませてるんですかぁぁぁぁ!?」

「「ビュオォォォ!!!」」

 

約二名の歓喜の声を除き、再び部室は驚きの悲鳴に包まれた。

 

 

 

 

 

「ぁー...」

 

恐らく、俺の目は死んでるんだろう。

 

既に春信さんに担当者の呼び出しメールは送っといた。絶対今度説教する。『勇者に逆らったらどうなるか分かってるんだろうな』と脅すことも辞さない。そのくらい疲れていた。

 

あの後。10歳くらいだった芽吹との子は黙々とプラモを作るだけで微笑ましかったのだが、『設備が足りない』と言い出して色々ネット注文しようとしていたので止め。

 

球子との子はすばしっこく外に飛び出して隠れたので探し回ったり。

 

歌野と棗との子供は、それぞれ畑と海から離れようとしなくて。

 

園子との子供は言わずもがな引っ掻き回され(母親である園子まで赤面していた)。

 

正直、疲れた。

 

(まぁ...さ)

 

息子でも娘でも可愛い子ばかりで、お母さんの方の血をしっかり引き継いでるのは分かるし、どの子も幸せそうだった。

 

幸せな家族としてなってるのは、良い夢見心地というか、嬉しいというか、なんというか。

 

(あぁいうの、俺も実現できたらな...まずは家族になりたいと思ってくれる人を作るところからか)

 

「つっきー」

「ん?」

「私達の子供、消えちゃった...」

「ぇ...あぁ。時間切れかエネルギー切れじゃないか?確かそんなことが説明書に...お、あったあった」

 

ペラペラ捲れば、エネルギー切れでしばらく使えなくなることが書いてある。機械側で示すメモリーも最低値になっていて、回復までは時間がかかりそうだ。

 

(精霊の力を利用してるなら、回復時間はいるだろうな...)

 

「じゃあまた後で一緒にしようね?」

「いや。もう暗くなってきたし、解散だろ」

 

最近は日がくれるのも早くなり、今から家に帰る頃には辺りが真っ暗になるだろう。

 

「あ、そっか。じゃあまた明日」

「いや。明日はやらないぞ?」

『え?』

「?」

 

そこに反応してきたのは、園子だけでなくひなたや風、東郷と言った何人かのメンバー_________まだこれを試してないメンバーだ。

 

「だって、もう十分試したし。これは後で俺が春信さんの所まで返してくるし」

「もうやらないんですか!?」

「やる必要ないだろ?え、あるか?」

 

(もしかして、遊びたかったとか...?でもなぁ)

 

楽しかったこともあるが、流石に明日も明後日もやりたいとは思わない。普通に恥ずかしいし。

 

「じゃあこれで解散で」

「椿さん」

「ひなた?...えーと、何でしょうか?」

 

ずいと寄ってきたひなたが近すぎて、機械を両手に持ったまま一歩下がる。

 

「まだ試さなくてはいけませんよね?」

「いや、別に」

「いけませんよね??」

「...あの、どうしてそんなに前のめりなのでしょう......?」

「椿先輩!!私もまだやってません!!やりたいです!!」

「友奈、おまえも...?」

「はい!!」

「......」

 

長考し、俺の出した答えは。

 

「...分かった。一応なくなってら大変だし持って帰るけど、明日も持ってくるよ」

『!!』

 

いつものように、断れない自分を作り出すだけだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お疲れー。って、どういう状況?これ」

「夏凜、良いところに来たね」

 

雪花がいる安全地帯に移動してから、もう一度部室の角を見る。そこには数人に追い詰められてる椿がいた。

 

「放課後すぐにこんな状態なんて...」

「いやー昨日の装置あったでしょ?子供作るやつ」

「あぁ、あれね...成る程」

 

椿が折れて今日も持ってくると言っていた機械は、机を見ても見当たらない。

 

「忘れたの?」

「昨日大赦の人が強制的に回収しに来たんだって」

「成る程、椿は悪くないけどってことね...」

 

まぁ確かに、ひなた辺りが持ってたら強制だと言われても一日くらいは死守しそうでもある。

 

「夏凜!?来てたのか!?ちょっと助けて!!!」

「...」

 

あんな場所には行きたくないし、皆の気持ちも少し分かる。私が選んだのはサムズアップするだけという行動だった。

 

「さ!依頼を見ましょうか。雪花」

「そうだねー」

「何でだよぉ!?!?」

「椿さん」

「椿君!!」

「俺悪くないじゃんかぁ!!」

 

今日も今日とて、いつも通り、勇者部は仲良く平和である。

 

 



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ゆゆゆい編 51話

遂にゆゆゆい編も50話を越えました。そろそろ神世紀の章を追い抜き一番長いシリーズになりそう...いつも見てくださってありがとうございます。

ちなみにゆゆゆい編が始まったのは大体100話前です。ちょっと値大きすぎて感覚狂ってきたな。こんなに書いてましたっけ...?


「おはよう...」

「おはようさん。もうちょっと待っててね」

「......なんでお前がいんの?」

 

朝、自分の家のリビング。今日は休日のため本来ならば両親がいるか、まだ誰も起きてなくて無人かの二択なのだが、そこには本来ありえない三択目があった。

 

「お父さんとお母さんは朝に出てったよ?今日は二人で出掛けるんだって」

「それは昨日聞いた。大学時代の人達と遊ぶんだと。挨拶は癖だ...じゃなくて、なんでいるんだって聞いてんだが?」

「アタシがいちゃ悪い?」

「...悪いなんてことはないが」

 

そう言うと、オーブンに食パンを放り込んだ銀が笑う。

 

「実は園子が朝から実家に戻っちゃってさ。今日一日行ってるみたいで暇なんだ」

「ふーん...」

「あ、安心して?このパンとか卵は買ってきた奴だから」

「そこの心配はしてないが...やるか?」

「目玉焼きの気分」

「了解」

 

寝ぼけ眼を擦ってフライパンに火を当てる。油を少量いれて、少ししてから卵を投下。

 

「固さは?」

「半熟!」

「ん」

 

手早く調理して一個目を作り、銀が用意してくれた皿へ乗せる。続けて自分用を投下し、さっきより固めになるよう火の時間を調整して乗せた。その頃にはもうオーブンが音を鳴らしている。

 

「他はあるのか?」

「これだけー。お昼は任せる」

「じゃあ後で考えるか...とりあえず食う?」

「食う食う!」

「「頂きます」」

 

出来立ての目玉焼きをパンの上に乗せた目の前の彼女は、そのまま大きく口を開けた。

 

「溢さないよう気をつけろよ」

「らいひょふらいひょふ」

「そのモゴモゴ具合だと大丈夫じゃなさそうなんだがな...」

 

無駄に器用と言うべきなのか、半分齧られたパンの上にはドロドロの黄身が広がっているいくも、それを何処にも溢していなかった。

 

「無駄に芸当の高いことして...はむ」

「それ何?」

「ピーナッツクリーム。食べるか?」

「欲しいけどもう卵染みてるし」

「ん」

 

クリームを塗った箇所をちぎって渡そうとすれば、雛鳥みたいに口を開けてきたので突っ込んだ。

 

「ん、美味しい!」

「この前店頭販売してたのを買ってきたんだって」

「へー。じゃあアタシも今度買おっかな」

「いいんじゃないか?」

 

それから何個か話題があがれば、あっという間に皿にあったものはなくなった。

 

「ご馳走さまでした...で、お前は今日一日いるのか?」

「その予定。どうせ外出しないでしょ?」

「勇者部の予定もないしなぁ...買い物行くかもしれないが」

 

外の景色は見事な雨模様で、確かに外出する気力は失せる。

 

「じゃあ一時間くらい好きに遊んでてくれ。先に宿題片付けるわ」

「ラジャー。皿は洗っとく!」

「助かる」

 

敬礼する銀に敬礼を返して、俺は部屋に戻って着替えだした。

 

今更だが、朝一で家族以外の人間が家にいることに対する違和感は全くなかった。

 

 

 

 

 

シャーペンを走らせる音と、後ろのベッドでマンガのページをめくる音と、たまに銀の笑い声が聞こえる。かといって、俺はほとんど気にならない。

 

二年近く二人で同じ授業を受けてきた中学時代、銀は学年的に分かる問題が少なかった。授業が分からなければつまらないからとちょっと雑談するのも不思議じゃない。とはいえ、俺としてはそれにある程度答えながら授業を聞かなきゃならず。

 

結果、このくらいなら意識しなくても全く気にせず作業出来るようになった。

 

(ま、授業中寝てる回数も少なくなかったけどな...っと)

 

「ん、終わりっ!」

「お疲れ様ー。じゃあ何して遊ぶ?」

「そっちはキリ良いのか?」

「大丈夫大丈夫。二周目だから」

「了解...にしても今日は何もしてこなかったな」

「いつもしてるみたいな言い方するなよ。真面目な椿をつっついて楽しみたい時もあるけど、今日はちゃんと遊びたかったの。ほっとくのが一番早いから」

「そりゃそうだろ...で、何する?」

「まずはこれしよ!コレ!」

 

銀が持ち出したのは、隅っこで充電していた携帯ゲーム。

 

「ん。じゃあリビングのテレビに繋いで対戦でも...」

「いやそうじゃなくてさ...」

「?」

「じゃーん!こんなものを買ってみました!」

「それは...」

 

パッケージのタイトルは見たことがある。確かRPGゲームだった筈だ。内容は何も知らないが。

 

「クラスにゲーム好きの友達がいてさ、オススメされたんだよね。一つのエンディングまでならゲームの慣れてれば8時間くらいでいけるらしいし」

「内容薄くないか?」

「エンディング後のストーリーとかその後のやり込みがメインらしいから...でも、そこまででもストーリーが凄く面白いらしいんだ!というわけで、椿の操作でやらない?」

「まぁ、いいけど...」

 

折角持ってきたわけだし、やることに反論はない。

 

「でもいいのか?俺がやってるの見てるだけだろ?」

「それがいいんじゃん。早くやろ?」

「...分かった。準備しといてくれ。何か飲み物いれてくる」

「みかんジュースでいいよー」

「ココアもあるぞ?」

「あ、じゃあそっちで!」

「はいよー」

 

あっという間にお湯が出来るケトルをつけて、同時にココアの準備とみかんジュースを取り出す。出来たら注いで牛乳を足してリビングへ。

 

「はい」

「ありがと。こっちも準備出来たよ」

「サンキュー。じゃあやりますか」

 

ソファーに二人で座り、ゲームを起動させた。よく動くOPを見ながら_____

 

「...なんか近くね?」

「そう?こんなもんじゃない?」

 

何もしなくても互いの肩が当たり、彼女の声がより近くに感じる。

 

「そうか...そうだっけか」

「そだよ。ん、ココア美味しい!」

 

とはいえ、そう言われてみると俺が意識しすぎてる気がして、特にずれることもなくコントローラーを握り直した。

 

「あ、この子可愛くない?」

「俺としてはこっちのがタイプかな」

「ふーん...一杯活躍してくれるといいな?」

「それフラグじゃない?やめろよ...」

 

 

 

 

 

「......」

「あー、よしよし」

「やめろ...」

 

さっき俺が推したキャラは、銀のフラグを壊すことなく最大の見せ場を作って散った。ちなみにまだ中盤に入ったくらいである。主人公の行動指針を作った大事なシーンとはいえ、死ぬのはくるものがある。

 

しかし、それで銀が頭を撫でてくるのはちょっと悔しい。嬉しいことではあるけど、普通に恥ずかしいのもある。

 

「はぁ...もういい。大丈夫」

「そう?アタシはまだまだやってもいいんだけど」

「やめろ。いいって...っと、そろそろ昼にするか?何食べる?」

「えーどうしよっかなぁ。つけ麺?」

「うちでか?流石に作れないぞ」

「別にスーパーで売ってる冷凍のでいいって。折角の休日なんだし、椿もなるべく休まなきゃ!」

「......そこまで言うなら」

「よし決まり!」

「ま、それも家にないから買いに行かなきゃならないんだがな」

「えっ」

「ついでに夕飯の材料も適当に買ってくるから待っててくれ...おい」

「行くに決まってるでしょ。バカ」

 

俺の服の袖を掴んだ銀は、余計に引っ張らないようにしながら立ち上がった。

 

「雨も弱まってるし、行こ?」

「...40秒で支度する」

「三分は待つからなー」

 

結果20秒で支度を済ませた俺は、外を見て玄関に置いてある傘を持つ。

 

「もう雨降ってないよ?」

「この雲見てたら、帰りに降ってもおかしくないだろ...お前は?」

「パーカーだから平気!」

 

フードをかぶって笑う銀は、ちょっとネコみたいで愛嬌がある。

 

「雨降らないといいな」

「椿、それフラグ」

 

 

 

 

 

「ほらー!椿が言うからー!」

「俺が悪いのか...?」

 

つけ麺と、夕飯にしようとしているカレーの材料を買ってスーパーから出る頃には、とてもパーカーのフードで防げる量ではない雨が降っていた。

 

「まぁ、持ってきてるから問題なし。ほら、帰るぞ」

「相合い傘だね...?」

「お前となんて何回やったか数えられないくらいだろうが」

「むー...」

 

傘を開いて屋根から出すとボタボタと勢いの良い音がなる。手をとってちょっと引っ張ると、大人しくついてきた。

 

「行くぞ」

「......えいっ!」

「!」

 

彼女の方を向くと、周りから恋人に思われるくらい完璧な形で腕を組まれていた。雨から伝わってる冷気もあって、より暖かさを感じる。

 

「これだけくっつけばお互い濡れることないね?」

「だからってお前、これは!?」

「アタシとなら何回もやってるだろ?」

「いや、そうじゃ......あぁ...」

 

俺が思ったのは別。しっかりくっついてきた銀はいかにもいつも通りで来てるのにも関わらず、腕から伝わってる心臓の音は激しく大きいのだ。

 

これは、否応なしに銀が俺と同じくらい緊張してる、『このことを意識してるってこと』を意識してしまって__________

(何でお前、こんなにっ...!!)

 

「さ、帰ろう!」

「~っ!」

 

降り続く雨の中、俺は何も喋れなくなった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「うん。じゃあ冷蔵庫いれて明日にでも食べれるようにしとく。うん。じゃあ楽しんで...夕飯も食ってくるってさー」

「園子も似た感じみたい。アタシはここで夕飯食べたいなー」

「はいはい」

 

スマホをしまってカレーを作ってる椿を眺めてると、視線に気づいたのかこっちを見てくる。

 

「どうした?」

「んーん。何でもない」

「?」

「いいからいいから。気にしないで」

 

そう言いながら視線を外さないことに疑問を持ってそうな椿だったけど、やがて諦めたのかカレーに視線を落とした。

 

(ずっと見てたいから...ってのは、流石のアタシも恥ずかしくて言えないな)

 

久々の椿と二人。勇者部が二人だけなんてのは絶対に嫌だけど、大人数になった勇者部でこの状況が珍しいのも事実。

 

(さっきも恥ずかしかったし)

 

相合い傘で帰った時、二人で一つずつ袋を持って、もう片方の腕を組んで歩いた。

 

やったのはアタシからだったし、しっかり組んじゃったから恥ずかしかったけど__________動揺してた椿が何故か突然黙りだしちゃって、尚更恥ずかしく感じてしまった。折角の相合い傘だったのに、全然覚えてない。

 

それも、つけ麺食べてゲームの続きを始めた頃には何もなかったようになったけど。

 

(まぁ、あれだけどさー...)

 

同じ体にいた頃だって相手の心を正確に読み取るのは不可能だったのだから、今の状態はもっと無理がある。

 

全部分かっちゃったらつまらないし、それでいいんだけど。

 

「椿」

「ん?どうした?」

「ただ呼んでみただけ」

「そっか」

「そうだ」

 

文字にすればたった三文字、言うのにかかる時間は一秒もない。なのに、どうしても嬉しくなる。

 

「うん、椿...つばき」

 

自分の口で名前を言えることが。自分の目で彼を見れることが。

 

(あー!アタシはこんなに乙女だったかなー!?)

 

「荒ぶってるところ悪いが、もうできるからなー」

「あ、はーい!」

 

机を拭いてスプーンなんかを用意してるうちに、カレーの入ったお皿が二つ運ばれる。

 

「美味しそう!」

「これといって特別なことはしてないぞ」

「椿が作ったんだもん、美味しいよ」

「......よくもそんなことがスラスラ言える」

 

恥ずかしそうな椿は、照れ隠しなのか手で頭をかいた。

 

「そっちに言われたくないよ...」

 

普段アタシ達がどれだけ椿の言葉に動揺してるかは、椿自身は知らない。いや、それでアタシ達が恥ずかしがってる本当の理由を分かってない。

 

ただ本心を言ってるだけだし、皆が好きな人は自分じゃないと思ってるから__________

 

「え?」

「ただの本心だから、言うのに詰まったりしないだけ!」

「...そっか。嬉しいよ」

 

(全く、おかしな話だけどさ)

 

『つっきー先輩は勇者部の誰かと付き合いたいとかないんですか?』

『俺?えーと...皆意味わかんないくらい美少女揃いだからなぁ。隣に立つのは絶対良い男じゃん?俺なんかじゃ足りない足りない。シスコン除いた春信さんくらいじゃないと』

 

まだ勇者部が10人ちょっとくらいだった頃、部室で小学生組の二人と話してた時に言ってた言葉。あの時アタシは廊下で作業してて、部室に残ってたのは四人だけだから、恐らく小学生組以外に聞かれてないと思ってる。

 

『後は、皆が本気で好きになった人と付き合えたらいいなって』

『......椿さん、鬼ですね』

『何で!?』

『なんて言うか...いや、何でもないです。これで気づかないからこんな状況なんだろうなぁ』

 

小さいアタシが言ったことは、全面的に同意せざるをえない。

 

(いや、小さい頃にアタシがちゃんと告白してれば、また違ったのか)

 

あの頃は付き合うってことに特別さを感じられなかったし、気づいた時には死んじゃってたし。

 

「銀?食べないのか?」

「あ、ごめん...頂きます!」

「頂きます」

 

食べ始めたカレーはやっぱり美味しかった。

 

(...うん。やっぱり好きだな)

 

「それでどうする?ラスボス戦やってくか?」

「ここまできたらやろうよ。目指せクリア!」

 

ゲームは恐らく最後のボスがいる場所の直前まできた。やり始めると夕飯の時間が遅くなっちゃうかもしれないから一旦止めている。

 

「帰りは送ってくからな」

 

椿もその返事が来ると分かってたのか、すぐにそう言ってくる。

 

「大丈夫だよ、走って帰ればすぐだし」

「それ屋根を走ってだろ...いくらお前が常識はずれの力を持ってるからって、一人で家まで帰すなんてするか」

「...じゃあ、お言葉に甘えて。お願いしまーす」

「はいはい」

 

こうしていると、やっぱり嬉しくて。

 

アタシが須美と園子と成し遂げたことで、椿としてきたことで、この世界を守り通したことで、やってよかったと思えるだけの日常を過ごすことが出来ている。

 

「......」

「...?銀?」

「椿...」

「ん?」

「......なんでもない!!」

 

 

 

 

 

「え~、いいないいな~!」

「ふっふっふっ...詳しい話はまた明日ね。おやすみ」

「はーい。おやすみなさ~い」

 

園子に言ってから、自分の部屋に行って寝床につく。日によって二人で同じ布団に入って寝たりするけど、今日は別々だ。

 

「はーっ...」

 

ゲームのエンディング、というかストーリーは、オススメされただけあって物凄く面白かった。アタシは最後涙目で、椿に頭を撫でられた。子供扱いでムカつくけどやられて嬉しいので差し引きゼロである。

 

(椿だってちょっと涙目だったくせに...)

 

『あーもう、流石にくっつきすぎだって...顔も俺の背中で擦ったな?赤いぞ』

 

それでも、バイクの後ろにしがみついて家まで帰るまでは本当にあっという間で。

 

というか、今日一日があっという間で。

 

(椿と一緒にいると、ホントに時間過ぎるの早いんだよな...後三日くらい休日が欲しい)

 

勿論嘆いたところで意味がないことくらい分かってるけど、嘆かずにはいられない。

 

(全く...好き)

 

今日だけでも、ココアにアタシの好きな具合に牛乳入れてくれたり、カレーもちょっと暖房の設定を高めに変えてくれたり。『お前のことならなんでも分かるぞ』と言わんばかりの動きをしてきた。

 

呆れても、ちょっとチョロい気がしても、自分のこの気持ちには全く嘘も誤魔化しも出来なくて。

 

(いつの間にかモテモテになりやがって...)

 

好きになってくれる人も少なくないのは幼なじみとして誇りだが、恋人の座を取られるなら話は別。

 

(いつかちゃんと言う。でも今じゃない)

 

ハーレムでも良いけど、椿の隣にいるのはアタシが良い。でも、それ以上に椿が真剣に選んだ人と一緒になって欲しい。

 

だからまだ思いを決められてない周りを待つ。あいつが気づいて選択肢を考え始めるまで待つ。

 

その間椿が選んでくれるよう努力するのも忘れない。これは先に思いを決めた人の特権だ。例えその結果、勇者部部員同士で戦うことになっても。

 

(そこだけは譲れないよ。あんまり遅いともう決めちゃうからな。幼なじみとしても負けないから)

 

布団を敷いて横になれば、すぐに眠くなってきた。今日あった思い出を深くに残すために目を閉じる。

 

(...明日も良い日になるといいな。ね?椿)

 

心に残る思いは、いつも通りほんのり暖かかった。

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 52話

遅れてしまって申し訳ないです。いや、Gジェネが面白いのもあったけど、単純にリアルが忙しかった。あとは今日で二周年なので、折角なら合わせようかなと。今年のクリスマスは一人で書いたり部屋の掃除してました。

今年はもう一話、うたのんの誕生日短編はあげたいなと思ってます。


「食べないのかい?」

「......」

 

春信さんが目の前の料理を取り分け渡してくるも、俺は箸まで手を伸ばすことなく黙っていた。

 

「ウマー!!」

「はい、つっきー。あーん」

 

左隣の奴は凄まじい勢いで食べ進めてるし、右隣の奴は俺に蓮華(れんげ)を向けている。

 

「大丈夫だよ?ちゃんとふーふーしたから」

「......いや、そうじゃなくてな」

 

小籠包を園子の方へ戻した俺は、春信さんを見た。

 

「一体どういう用件なんですか。春信さん」

 

『話がある』と言われて呼ばれた俺達は、いつものファミレス_______ではなく、七階建てビルの最上階にある中華屋へ訪れていた。一品の値段はどれも四桁ばかり、中には五桁も見える超高級メニューを見て戦慄し、運ばれてくる料理にも恐怖が先行した。

 

おまけに、今日は一人じゃない。両隣に座る園子と銀は、気にもせず食べ進めている。そのこと自体は微笑ましいだけなのだが_________問題は、何故俺達が呼ばれたのか。

 

大赦のトップである乃木家の令嬢と、特殊な出自で対バーテックス能力は勇者部最強と言っても過言ではない少女。異例の勇者であり最もコンタクトを取ってきた俺。

 

その三人をこんな高級な場所に連れてくる_____相応の話をされる可能性を疑わない方がおかしい。

 

「とっても重要な話だ」

 

春信さんは取り繕うことなく、あっさり認めた。その顔はいつになく真剣で、唾で喉を鳴らしてしまう。

 

「なんなんですか?」

「...実はね」

 

ジャスミン茶を一口含んだ春信さんは、こう言った。

 

 

 

 

「夏凜成分が足りない」

「そのまま朽ち果てろっ!!!」

 

俺は置かれていた箸をぶん投げた。

 

 

 

 

 

「おかわりっ!!!」

「はい。ど~ぞ~」

「さ、流石に食べ過ぎじゃないかな...?」

「あ、椿。アタシこれも食べたい」

「追加注文しておけ。どうせこいつが払う」

 

あれから数分して、俺は馬鹿みたいに食べ進めていた。

 

「旨いなぁ。春信さんの金で食う料理は」

「絶対わざと口にしたろう?」

 

人生そう何度も食べれるものじゃないから感動しているというのもあるが、無駄に演出されてたシリアスな雰囲気がなくなった為、好き放題やらせてもらっていた。

 

「文句は言わせないぞ。人が不安に感じてた癖にこの仕打ちなんだから...マジで俺の心配とシリアスな空気返せ」

「いや、そういわれても僕にとっては死活問題で」

「あ、すいません。フカヒレスープと北京ダック追加で」

「...相当怒ってるみたいだね......まぁ、元々僕払いのつもりだったけど、これは財布が心許なくなるな...」

 

大事な話ではあった。シスコンである春信さんにとって。

 

高級店に行く理由もあった。春信さんにとって大事なことを頼む上、絶対周りに知り合いがいない個室を取りたかったから。

 

園子を呼んだ理由もあった。普段皆のネタをメモ書きしてるから。

 

銀を呼んだ理由もあった。俺にとっての妹みたいなもんなので、同情を誘うため。最も俺はほとんど年の差を感じてないためあまりその効果はないが。

 

「で、成分が足りないからなんなんだよ」

「勇者部としての近さを利用して写真なりなんなりをください」

「凄く嫌なんだが...」

「だって一人暮らししてるから滅多に会わないし、かといって会いに行って過保護だと思われたくないし...」

「十分過保護だしそう言って代わりの策がこれなのも気持ち悪い」

「君は勇者部として過ごしてるからそうやって何でもないように言えるんだ...考えてみなよ。他の勇者部員と二ヶ月三ヶ月も会えない、連絡も取れない、そんな状況に耐えられるのかい?」

「うっ...」

 

そう言われると、少しくるものがあった。否応なく数年前のことがフラッシュバックする。

 

「大丈夫だよ椿。どっかに行ったりしないから」

「銀...」

「うんうん。つっきーの側にずっといるからね」

「園子...」

「別にそういうのが見たかったわけじゃないんだけど」

「ちょっと黙れよバカ」

 

敬語とか目上の存在とか一切関係なく罵倒して、流石にちょっと抑えようと一度咳をした。

 

「で、依頼は夏凜の写真なりなんなり、俺達がやれる範囲でってことでいいですか?」

「そうだね。勇者部として依頼を受けない場合はお金も積むので個人として受けて欲しい」

「必死過ぎるだろ...」

「必死にもなる。このところ仕事も落ち着かなくて」

 

(この人、あいつが勇者になる前後はどうやって生きてたんだ...)

 

ふとしたことが気になったものの、どうせ録な返事は返ってこないと予想できるためやめた。

 

「......」

 

園子はメモを取るジェスチャーをしている。

 

「......」

 

銀はなんでもいいって顔をしている。

 

「......はぁ。分かりました。この三人で適当に用意します」

「そうかい!?本当に助かるよ!!!」

「助けたくなかったですけどね...はぁ」

 

俺は、わざと深いため息をついた。

 

 

 

 

 

「でも意外」

「何が?」

「断ると思ってたから。あのお願い」

「流石に俺が頼んだ料理だけで二万も消し飛ばしたら、良心の呵責は生まれるさ...」

 

普段日常を過ごしてる俺なら、まず行こうとはしない店である。そういう意味では人生にあるかないかの貴重な経験をさせてもらったと言えるだろう。

 

「後は...」

「後は?」

「......いや、なんでもない。それでどうする?何か作戦あるか?」

「作戦って程もないんじゃない?写真撮って終わりで良いと思う」

「甘い。甘いよミノさん、つっきー」

「「?」」

 

腕組みして悪い笑みを浮かべているのは園子。

 

「やるからには徹底的に。想像以上の物をぶつけて驚かせるのはどうかな~?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「よ、夏凜。早いな」

 

思ったより早く着いてしまい、何となく髪を弄ってたら、やって来た椿が片手を上げた。

 

「時間を守るのは基本よ」

「初めての時は時間通りどころか来なかったのに...」

「なっ!?あ、あれは!」

「冗談だって。まぁ行こうぜ?」

「...そうね」

 

そう言って、私達は歩きだす。目的地は事前に決まっていた。

 

「何か調べてきた?」

「一応今どこが注目されてるのかと、イルミネーションのライトアップ時間は」

「流石ね」

「そういう夏凜は?」

「私は何も調べてきてないわ!」

「自信満々かよ」

「だって、絶対椿が教えてくれるもの」

「......お前どこでそんなあざとい言葉覚えてきたんだ?」

「別にあざとくなんて...ないわよ」

 

最後の方は小さく、そっぽを向いて言ってしまう。元から少し恥ずかしかったのに、椿にそう言われたら顔が赤くなるのは当然だ。

 

(調子狂いっぱなしよ。全く...!)

 

『じゃあ夏凜、行こうぜ』

 

始まりは勇者部への依頼。新しくオープンしたというショッピングモールがデートスポットとして使えるのか調べるという、中学生が頼んできそうで風の目が輝きそうな話に、銀と園子が私の名をあげた。

 

そして、男女で行くなら勇者部の相手は確定している。椿も二人に言われたからか、即諾していた。

 

色々と思うところはあったけど、基本的には二人で遊ぶだけ。とはいえがっつりとしたデートともとれるわけで__________

 

(いやいや椿にその気があるわけないし!私も別にそんなつもりじゃ...!)

 

「何やってんだ?そんな顔振って」

「何でもないわよ!!」

「いやお前...」

「いいから!行くわよ!」

「うぇ、あ、ちょ」

 

私はこれ以上考えないよう、椿の声も聞かずに歩きだした。

 

繋いだ手から確かな熱が伝わってくるのを感じながら。

 

 

 

 

 

「にしても、結構大きなゲーセンだなぁ...ここだけでも遊ぶのに困らなさそう」

「そう?この辺は学校の近くにあるのと変わらないかも」

 

目の前に広がっている光景は、メダルゲームやらエアホッケーやらが沢山ある。確かに種類は多いけど、学校近くのでもそれなりにある。

「クレーンゲームは種類が多い方が欲しいもの見つけやすいし...そうでなくても十分遊べそうだしな?」

「そんな目を向けられても...」

 

間違いなく、さっきエアホッケーではしゃいでた私について言いたいのであろう。

 

「大体、椿だってはしゃいでたじゃない」

「俺はお前と遊ぶの楽しんでるからいいの」

「私だってあんたと遊ぶの楽しんでるわよ!はしゃいだっていいでしょ!!」

「ぁ...うん。すまん」

「!!」

 

しゅぼっと一瞬で顔が熱くなった。

 

「ち、違うわよ!?別にアレよ!?ホッケーが楽しかっただけで!!」

「うん、最初にそういうツンデレっぽいのが返ってくると思ってたんだが......」

「ッ!?ぅ...」

「......」

「......」

「...ん、んんっ!!」

 

お互い顔が合わせられなくて、ちらりと見ては目線が重なって離す。そうしていると、椿が大きく咳払いをした。

 

「ぁー、そうだ。そろそろ昼だし、飯にするか」

「そっ、そうね!食べましょ!」

「よし決まり。じゃあどっか良さそうな場所を探して...」

「?」

 

途中で途切れた言葉が気になって椿の顔を覗くと、その目が一直線に伸びていた。目線を追うと、焦げ茶色の木をあしらった料理屋さんがある。

 

「...あそこがいいの?」

「そんな行きたい顔してたか?」

「気になるって顔だったわね」

「うーん...折角だし、どうだ?」

「いいわよ。あそこにしましょ」

「ありがと」

 

並んでいるサンプルを見るに、オムライスが有名そうだった。

 

「並んでもなさそうだし、ラッキーだな」

「そうね。美味しそうじゃない...」

「いらっしゃいませ~。二名様でよろしいでしょうか?」

「はい」

「かしこまりました。あちらの奥から二番目の席をご利用ください」

「分かりました」

 

手早く席についてメニューを広げてみると、結構な数の書かれていた。

 

「さて、どれにしよっかな...」

「あれ?古雪君」

「ん?あ」

「?」

 

二人で椿のことを呼んだ人を見たら、店員さんの格好をした人が水を持ってきていた。でも、私は見たことがない。

 

「知り合い?」

「クラスメイト。バイトか?」

「そうそう。時給良くてさー...もしかして、彼女さん?」

「いや、後輩だよ」

「......」

「そ、そうなんだ...あ、それって勇者部の!?」

 

私が目を細めたからか、慌てた様子で話題を変える先輩。

 

「あぁ」

「そうだったんだー...そうだ!勇者部って、依頼を受けてくれるんだよね?」

「まぁな。ボランティアみたいなもんだ」

「そしたらさ、一つ頼まれてくれないかな?風ちゃんには内緒にしとくから!」

「別に内緒にしなくても...てか、あいつ勇者部の元部長だし、言ってくれて構わないが」

「あ、そ、そっかー!あははー...言ったら気まずくなりそうだし、デートをバラしていいのかな」

「なんて?」

「なんでもないなんでもない!えーと、それで、受けてくれる?」

「今か?」

「うん。そっちの子にも」

「内容はなんですか?」

 

私も、恐らく椿も既に断るつもりなんてないけど、一応内容は聞いておきたかった。

 

「あのね、うちのメニューの最初にある...そうそう。このカップルセットを頼んでほしいの。まだ頼んでくれたお客さんが少なくて、感想とかのポップが作れてないんだ。協力してくれると嬉しいんだけど...」

「......結構セット割引されてるみたいだし、そのくらいなら、まぁ...」

「私もいいわよ」

 

椿の視線を感じて、私も同意した。

 

(精々同じ料理が届くとか、味の違いを出してるとかでしょ)

 

私の考えは、数分後に甘かったと教えられることになる。

 

 

 

 

 

「「はぁ......」」

 

二人揃ってため息をつく。依頼に失敗したわけではないが、それとは別の理由があった。

 

「まさか、あそこまでだとは...」

 

カップルセットと呼ばれていたメニューの最初は、大きなジョッキだった。二つのストローでハートを描いている、一つのジョッキ。

 

『夏凜、お前飲んでいいぞ。俺は水でいい』

『い、いや。これみかんでしょ?椿飲んでいいわよ?』

『二人で飲んでください!』

 

次に出されたのはハンバーグ。これはなんの変な所もない。ライスもついてたし。

 

『......あの、フォークとナイフ、もう一セット欲しいんだけど』

『ないです』

『.......』

『ないです』

 

互いにあーんを強制させる以外は普通のハンバーグだから。そして最後は、

 

『...いや、でけぇ』

 

これがメインだと言わんばかりのパフェ。正直ハンバーグがなくても満腹感は得られそうなくらいあった。

 

極めつけは、これら全てで写真を撮られているという事実だった。

 

結果として、昼食後に予定してた洋服屋さんなんかは中止して、帰ろうと思うくらいには体力を消費する内容だった。

 

『色々思う所はあるが、名前をバカップルセットにすれば、間違ってはないと思う』

 

椿は料理について質問したり、みかんジュースに関して指摘したりしながら、最後はそんな一言で締めていた。私は正直それどころじゃなくて何も言えなかったけど。

 

「夏凜」

「何よ?」

「いや、大丈夫かと思って。さっきから黙り込んじゃってるからさ」

「大丈夫じゃないからもう帰ってるんでしょ」

「それもそうか...悪かったな」

「え?」

「安請け合いしちゃって。断っとけばよかっただろ?最初に妥協したのは俺だから...嫌だっただろうし」

「!」

 

その言葉にちょっと体が震えた。恐らく椿は、私が椿とそんなことをしたのが嫌だったと思って__________

 

(確かに疲れたけど...!)

 

「ほら、これだって耳まで真っ赤で」

「そ、そんなことないわよ!!」

「そうか?でも...」

「でもも何もない!別に嫌だったわけじゃないから!」

「おう...おう?」

「!!!」

 

今日だけで何回目か分からない体の熱さ。本格的に冬が始まったとはとても思えないくらいには熱くて、ドキドキする。

 

「~...っ!」

「えー...っと、その」

「!!じゃあ私、こっちだから!また明日!」

 

都合の良いタイミングで別れ道で、私は手を振った。ここから家は別方向だから、送ると言われる前に逃げれば良い。

 

(今はとにかく、一回冷静にならないと...!!)

 

こんなのじゃ、まともに判断なんて出来ない。

 

(前はそうでもなかった筈なのに...っ!!)

 

「夏凜!!」

「っ!? 」

「あ、えっと...いや、何でもない。気をつけて帰れよ!」

 

振り向いた先に見えた、珍しい椿の顔。いい淀んだ末に手をあげたあいつは、そのまま別方向に歩きだした。

 

「...あんたもね!」

 

私はそれだけ返して、帰ろうとして________歩く方向を、逆にした。

 

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ん...もしもし」

『つっきー。首尾はどう?』

「ぁー...もう夏凜とは別れたよ」

『はやっ!』

「色々あったんだよ...」

『で、なんかゲット出来たのか?』

「まぁ、したにはしたが...とても春信さんに渡せるもんじゃないな」

 

鞄から写真を取り出す。計五枚のそれは、昼ご飯を食べてる間に撮られたものだ。

 

二人でハートになったストローでみかんジュースを飲んでたり、あーんしてたり。クラスメイトに撮られた物である。

 

(確かに可愛いし珍しいけど、セットで俺が写ってるのなんて渡したら消される。確実に)

 

『お昼のはつっきーだけの物?』

「そうだよ。なんなら春信さんに見つからないよう隠さないといけないまで...おい」

『あ』

『あちゃー...園子。さよなら』

「お前もだろ銀!!さてはつけてたな!!」

『...ひゅ~』

「口笛下手くそか!」

 

電話越し以外で口笛擬きが聞こえないか辺りを見渡すも、周りには挙動不審な俺の動きを変な目で見る親子しかいなかった。一度咳払いをしてから、スマホを耳にあてる。

 

「はぁ...銀も誤魔化しやがって...」

『あっはは~...そんで、自分で撮らなかったのか?昨日はそんなこと言ってたじゃん』

「開き直るなよ...撮ろうとはしたんだけどな」

 

事実、何回か撮れるチャンスはあったし、別れ際にも言おうとした。結果はなにもしてないのだが。

 

『じゃあなんで?』

「......いやだったから。かな」

『嫌だった?』

「...あいつ、あんなに楽しそうにしてたのに、利用してるみたいで嫌だった」

 

順番は前後するし、全員そういう解釈をしていないことは分かっているが、今回のことは『夏凜をダシにしてうまい飯を食べ、こっちの目的の為に利用した』と捉えても仕方ないと思う。

 

確かに夏凜に限らず出掛けた時、相手に楽しんで欲しいって気持ちはあるが、それ自体が目標でありその先はない筈なのだ。

 

『また明日!』

 

なにより、あの笑顔を利用するのは__________

 

(...恥ずかしくて言えんな)

 

「まぁ、つけてたってことはどうせ幾らか撮ってるんだろ?そこから渡せば良いだろ」

『それもそうだな。じゃ、また明日』

『またね~つっきー』

「あぁ」

 

どっちからともなく通話を切る。

 

「......さて。今日は夕飯作ってくれるらしいし、これから何しよっかねー」

 

 

 

 

 

翌日。俺は一通のメールの着信で目覚めた。

 

『御託はいいから、今日のお昼一番食べたいものだけ返信しなさい』

 

メールの文面なのに感じる圧から逃れようと、まだ寝ぼけてる頭を使って一分程度で返信する。

 

『寿司かな。最近食べてないから』

 

その後、『昼の準備はしないで、家にいなさい』とだけ追加のメールが飛んできた。何が起きるのかは大体察しがつくが、その理由が分からない。

 

(夏凜は何を企んでるんだか...とりあえず連絡しとくか)

 

忘れないうちに銀への通話ボタンを押す。思ってた通りすぐにでてくれた。

 

『もしもし?椿?』

「あぁ。悪いんだけどさ、今日お前の家行くの午後でもいいか?なんか夏凜が家にいてくれって言うんだよ」

『あ、あー...うん。大丈夫。ていうか来なくて大丈夫だから』

「え?いいのか?」

 

今日の目的は、春信さんに渡す写真を選ぶことだ。

 

(まだ依頼を達成出来てない以上、やるべきことは...)

 

『そうなの。春信さんの依頼はもう終わったから』

「昨日の今日でか?」

『うん...そろそろ制限時間だから切るね。とりあえず来なくていいから!あと園子もだけど、今日はメールにも出ないから!』

「え、制限時間?おい」

『そのうち分かるから!じゃ!!』

「銀、おい...なんだってんだ?」

 

ぶつ切りにされた通話には、違和感しかない。とはいえ、銀が必要なくそんなことを言ってくる必要があるとも思えない。

 

少し迷った末に、俺は春信さんのメールアドレスを表示させた。

 

「......よしっと」

 

聞きたいことだけ書いたメールを送信すると、数分で返ってきた。

 

『椿君。ありがとう。ただしばらく連絡しないでいてくれると助かる』

 

「いや、質問の答えになってないが...」

 

普段はなんだかんだ優秀な春信さんがこうなってるということは、これ以上調べようとしても無駄なんだろう。

 

(にしてもどうしたんだ?銀も園子もダメ、春信さんもよく分からない。何が原因で...最近あったことなんて、それこそ夏凜との......)

 

「あっ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「いやー、よかったの?私もなんて」

「いいのよ。一人くらいなら大したことないわ。寧ろ私だけじゃこんなに持てなかったから助かってるわよ」

 

たまたま部屋に来ていた雪花と二人、細い道路を歩いていく。通学路でもない椿の家への道は、最近やっと見慣れてきた。

 

「それにしてもびっくりしたにゃー。夏凜があんな大金持ってたなんて。おまけにそれを椿さんと食べるという...勇者部のレベル的に、食による懐柔は難しいと思うけど?」

「別にそんなんじゃないわよ...って、ついたわね」

 

喋ってれば道中なんてあっという間で、目の前に椿の家が見えた。躊躇することなくインターホンを鳴らすと、数秒で椿が出た。

 

『はーいって夏凜!?』

「お昼、持ってきたわよ」

『わ、わかった...すぐ開ける』

「そう言えば、親御さんは?」

「いないみたいよ。いてもこの量なら大丈夫でしょ」

「た、確かに...」

「い、いらっしゃい。夏凜...雪花も一緒だったのか」

「あ、邪魔でした?」

「そんなことないよ。寧ろ助かるというか...」

「?」

「いや。何でもない。とにかく入りな。今日も寒いしな」

 

(これは気づいてるわね)

 

インターホン越しの声も少し上擦ってるように感じたけど、実際に会って確信した。これなら話も早いだろう。

 

「お邪魔しまーす...あったか~!」

「来るの分かってたからな。それで...お昼がそれか?」

「そうですよ椿さん!回らない寿司屋で買ってきました!!」

「そ、そっか...」

「雪花、ちょっと用意しといてくれる?椿と話があるから」

「ん...了解了解。私は空気が読めるからね」

「その発言、空気読めてないわよ...じゃ、行くわよ椿」

「お、おう...」

 

リビングから廊下に出ると、暖かい空気が冷えた空気に変わった。椿も少し震えている。

 

(なんか、新鮮ね...)

 

普段私の方があたふたさせられることが多いと感じるから、珍しさがある。

 

「折角だし少し長めにしようかしら」

「何が?」

「何でもないわよ...それより、気づいてるわよね?」

 

それだけで、椿が一歩たじろいた。

 

「えーっと......」

「私から言う?」

「...春信さんからの依頼、気づいてたんだな。いつからだ?」

「昨日あんたと別れた後よ」

「成る程...それで、俺以外には制裁済みと」

「そういうこと。もう園子と銀からはデータを全て押収して縄で拘束したわ」

 

便乗した二人は徹底的に説教した。恥ずかしいったらありゃしない。

 

「春信さんは...」

「説教してから私と兄貴のツーショット写真を撮ったわ。さっきのお寿司は兄貴からの後払い報酬よ」

「...へ?」

「っ!」

 

(その顔は反則っ...!!)

「ぷっ...あははっ!」

「え、えー...」

予想はしていたが、それ以上に戸惑った顔を間近で見てしまったせいで、笑いが耐えられなかった。

 

「はーっ......」

「ちょ、何で笑ってんだ?」

「そりゃ...どーせあれでしょ?兄貴をぼっこぼこにしてお金を奪ってきたとか思ったんでしょ?」

「いやそこまでは思ってないが...てっきり春信さんを説教して、最後に冥土の土産持ってきて俺の首を狩りに来たのかと」

「私のイメージそんななの...?」

「いやそんなことはないが!!...というか、すまなかった。昨日出掛けようって誘った『目的』は、お前の写真を撮るためで......」

 

真面目に頭を下げる椿。ただ、私は自分の頬を赤くしないよう適当にあしらうことしか出来ない。

 

「はいはいもういいわよ...でもそうね。一つ命令を聞いてもらおうかしら」

「あぁ。何だ?」

「これから私と雪花と三人で、買ってきたお寿司をちゃんと食べなさい」

「え」

「あと午後は一緒に遊ぶわよ」

「二つじゃん...てか、それだけ?」

「そうよ。じゃあほら、早速行くわよ」

「いや、あ、おい!」

「...言えるわけないでしょ」

昨日も握った自分より大きな手。そこから想像以上の熱を感じて、ぽろっと余計なことを言ってしまう。

 

(絶対、言えるわけないじゃない...)

 

今椿の頭の中は疑問で一杯だろうけど、私が教える筈もないし、きっと数日後に忘れざるを得ない不思議になるだろう。

 

(だって...)

 

園子から没収した写真で見れる私が、びっくりする位の笑顔で。

『...あいつ、あんなに楽しそうにしてたのに、利用してるみたいで嫌だった』

 

自分をそんな風にしてくれる相手がこんなことを言うのなら、許せない筈がないのだから。

 

「ほら、食べるわよ!」

「...じゃあ、ご馳走になります」

 

 

 

 

 

 



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誕生日記念短編 大きな手を繋いで

今日は大晦日。そしてうたのんの誕生日!おめでとう!うちは年越し蕎麦派なのでうたのん陣営です。

そして、年内は最後の投稿になります(いつもの時間に投稿出来るか分からないのでこの時間の投稿)

この一年間見てくださった方々、最新話まで見てくださってる方々、本人にありがとうございます!今後も是非よろしくお願いします!良いお年を!


「椿さん!行きましょう!!」

「うん...」

「あら?元気ありませんね?プロブレムでもありました?」

「いや、なんていうか...信じられなくて」

 

今日は大晦日。元々一年の節目となる一日ではあるが、勇者部にはもう一つ、歌野の誕生日という記念日になっている。

 

流石にそんな日に学校は開いてないし、部室に入るのも迷惑がかかるので、現在水都の部屋を誕生日会用に装飾しているのだが__________何故か俺は、歌野に付き合えと指名されていた。

 

理由は分かる。大体こんな感じだ。

 

『今日は大晦日!!大晦日と言えば年越し!!年越しと言えば年越し蕎麦!!!アメイジング蕎麦!!!椿さん、一緒に最高な蕎麦を作りましょう!!!』

 

こうなるか、

 

『今日は大晦日!!明日には新年!!今年の感謝と来年の祈りを込めて、畑の整備をします!!手伝ってください!!!』

 

こんなところだ________その筈だった。というかそう思っていた。

 

『椿さん、私、イネスに行きたいです』

 

最初彼女がこう言ってきた時は、蕎麦の材料を買いに行くのかと思った。

 

「てっきり、蕎麦作りに必要な物の補充かと...」

「さっきも聞きましたよ。それ。今日はみーちゃんが蕎麦を作ってくれると言ってましたし、畑の整備なんて一昨日に終わらせてます。朝確認はしましたけど」

「まぁ、そうなんだけどさ...」

「椿さんからのイメージがどうしてこうなのか、全く不思議なところです」

「割りとイメージ通りだろうが。今日のが意外すぎるわ」

「んー...否定は出来ませんね」

 

からから笑う歌野の手には、みかんジュースの入ったプラスチックカップがあった。

 

 

 

 

 

『今日は椿さんの好きなみかんジュースのオススメを教えてもらいたいです!』

 

俺の予想を全て裏切った歌野の回答は、こんな感じだった。

 

理由としては、普段は蕎麦を勧めてるばかりだけど、みかんはあまり勧められないから。らしい。

 

確かに俺もみかんは好きだが、他人を強引に染めてやろうとは考えないため当然ではある。過激派組織そばうどん党とは違うのだ。

 

「今蕎麦のこと考えてました?」

「何その読心術。怖いんだが......にしても意外だ」

「まだ言いますか」

「いや、若葉じゃないんだなって」

「え?」

「言い争いまず若葉と始めるのがいつもだろ?だから、連れてくるもんだと」

 

俺と若葉が出会う前、西暦2017年頃にも、諏訪と四国での連絡でそんなことをしていたとか。

 

「うどんはなんだかんだ食べる機会がありますから」

「あぁ...確かにそうかもな」

「その点、椿さんはみかん勧めてきませんからね......そもそも、麺類勝負の時は焼きそば出してきますし」

「みかんは土俵が違うからって除外するだろ」

「えぇ?そんなことしませんよ?」

「...」

「な、なんですかその目は」

 

(人間、熱中して喋ってる時話してる詳細なんて忘れるよなぁ)

 

喉まで出かかった言葉を、みかんジュースと一緒に飲み込んだ。

 

「ぷはっ。なんでもない」

「むー、言いたいことはちゃんと言わないと伝わりませんよ?」

「世の中伝えて良いことばかりじゃないからな。お前のこと嫌いなんて面と向かって言わないだろ」

「え......」

「?...!!いや!別にホントにお前のことが嫌いなわけじゃないぞ!?」

 

解釈次第では最低な発言をしていることに今更気づき、慌てて弁解する。

 

(てか、涙目というか...泣いて!)

 

「本当ですか...?」

「本当!!」

「嫌いじゃないんですか...?」

「嫌いなわけない!」

「今度畑仕事手伝ってくれますか?」

「いくらでもやるから!!」

「じゃあよろしくお願いしますね!」

「嘘泣きかよお前ぇ!!」

 

実にテンポの良い切り返しにツッコミをいれると、一気に疲れが襲ってきた。

 

「来年頭に少し人手が欲しかったので、助かります!言質は既に取りましたからね?」

「はぁ...そんなの、わざわざこんなことしなくても頼めよ。断らないっての......ほら」

 

嘘泣きなのに本当に涙を流してる彼女を見てられず、タオルを取り出す。

 

(畑に行くと思って持ってきたのが役に立つとはな...)

 

「動くなよ...」

「い、いえっ!そんなの、やって貰わなくても大丈夫ですから!」

「あ...それもそうだな。はい」

「...手を伸ばすところまでやってからやめるんですね」

「お前が言ったんだろ?」

「それは、そうなんですけど...」

 

目元が少し赤くなってた彼女は、今度は頬が赤くなる。

 

「その...」

「......じゃあやるから動くなよ。ほら、顔だせ」

「んっ...あ、ありがとうございます」

「ん。じゃあ行くか」

 

行きたい場所はそれなりにある。タオルをしまった俺は、そのまま椅子から立ち上がった。

 

「折角歌野が珍しいことを言ってくれたんだ。頑張って紹介してみせるさ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「やっぱり季節上、秋と冬にしか並ばない商品が多いけど...この辺はそこらのスーパーやらコンビニやらでも買えて美味しいぞ」

「こっちのはどうなんですか?」

「甘味が強いんだよな。恐らく砂糖も入れられてる。好みもあるだろうが、俺としてはちょっとな」

 

イネスに来て始まった椿さんのみかん講座は、小さい頃からあるというフードコートにあるフルーツジュースを取り扱うお店、みかん専門店と続き、今は食料品ブースに来ていた。イネス以外でも買える、比較的安く買えるペットボトル系だ。

 

「後これはこっちの炭酸水で割っても美味しい」

「色々チャレンジしてるんですね」

「まぁな。伊達に立てない頃から通い詰めてない」

「立てない頃?」

「赤ん坊の頃からっことさ。ベビーカーの無料貸し出しやってたり、何かと便利らしいからな」

「へー...」

 

椿さんの話は、聞いていて分かりやすい。私や若葉はどうしても感情的に蕎麦、うどんの美味しさを伝えることが多いと思う。でも、椿さんはちょっと違った。

 

勿論感情的、個人的な好みの話もするけど、『これは毎年出す度にアンケート取って、来年に生かしてる』みたいな、他の人からの分かりやすい評価をメインに話すことが多いように感じた。

 

(私も真似してみようかしら...)

 

「歌野?どうかしたか?」

「椿さんって説明上手ですね」

「そうか?」

「えぇ。私でもしっかり分かりますもん。何かコツとかあるんですか?」

「んー...別にそんなこと言われることも少ないし、特に意識してることもなぁ...強いて言うならレポートか」

「レポート?」

「一時期春信さん...大赦向けに提出する書類を作ってた時期があってな。そこでお堅い文章というか、しっかり順序だてて説明する書き方とかは調べてやってた。後は受験の時の文章作りとかな」

「そんなことを...」

 

私は感心したけれど、椿さんは大したことには思ってないように続ける。

 

「ま、それなら風の方が凄いだろ。三年間勇者部の部長やってたわけだし、受験だって俺と同じ経験をしてる」

「風さんはそれ以上にハートで語ることが多いですから」

「...確かに」

「それに、私はそんな椿さんの話を聞いて、これを買いましたからね」

 

手に持っているのは、専門店の方で買ったみかんジュース。同じように説明されて、興味を持って買ったものだ。

 

「俺も張り切ってるんだよ。こうして話す機会って、案外ないからな」

「もっと普段から布教活動すれば良いのに...私と同じように頑張りましょうよ」

「歌野の諦めないところは尊敬するが...俺が言わなくても好きな人は好きだし」

「勿体ない」

「今日歌野が喜んでくれるだけで十分」

「っ......」

 

あまりの不意討ちに一瞬よろめいてしまった。

 

(流石に私も、心臓にヘビーなの来たわね...)

 

「?」

「椿さん...椿さんはどうして椿さん何ですか?」

「何突然。哲学?」

「いえ。やっぱりなんでもないです」

「そ、そうか...っと!」

「きゃっ!?」

 

突然腕を掴まれて椿さんに引っ張られる。何事かと思ったが、理由はすぐに分かった。

 

「あぁごめんなさい!」

「いえ。アイスは無事?」

「ぁ、はい...」

「なら良かった。でも、今度からは周りに気をつけるか、フードコートで食べな」

「はい...すみません!」

 

そそくさと、でも周りを気にしながら、同年代くらいの女の子は、カップのアイスを両手で持ちながらかけていった。道の先には恐らく友達の女の子が何人もいる。

 

「歌野、大丈夫か?強引に引っ張っちゃったけど」

「は、はい...すみません。ぶつかりそうになったのを助けてもらって」

「お互い見えてなさそうだったからな。でも何もないならよかった」

 

ほっとした顔が、私の目の前にあった。それどころか、至るところが密着してる。

 

「!!」

「あ、悪い」

 

腕を離してもらった私は、色々悩んだ結果。

 

「い、いえ...ありがとう、ございます」

 

小さくそう言うしか、出来なかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(なんでこんなことに...?)

 

自分に聞いても、答えなんて返ってこない。答えてくれそうな相手は俺の膝の上で寝ている。

 

(さっきまでただイネスにいただけなんだがなぁ...張り切りすぎたんだろうか)

 

思い出すのは既に数時間前のこと。案外荷物が増えてしまった俺達は、荷物を歌野の部屋へ置くため、今の勇者部の大多数が住む寮に向かった。

 

隣の部屋である水都の部屋はまだ飾りつけなんかが済んでないらしく、ならば歌野の部屋で用意が出来るまで待てば良いということになり__________部屋を見た俺は、沈黙した。

 

(いや、部屋の前まで来てから歌野が挙動不審になるから、察してたところはあるが...)

 

見えたのは、一部の床と、本来ほぼ全体が見える筈の床を覆う紙。

 

『......』

『い、いやー...ここに来るまでは、こんなにプリント貰うことなかったので』

 

授業関係のプリント、期末テストの問題用紙、教科ごとになってたり、ファイルである程度纏められてたりするものの、それらが床に散乱していた。

 

『水都は?』

『みーちゃんは知りません...』

『去年はどうしてた?』

『みーちゃんと一緒に年末やりましたけど...今年は去年より畑仕事が多くて』

『......』

『......』

『やるぞ』

『......はい』

 

こうして手伝い、床に紙が散らばったない状態を作った。元々ファイルに入れてたりと整頓しようというやる気は見えていたからか、予想よりは時間がかからずに済んだのだが。

 

『ふぁーあ...』

『寝不足か?』

『まぁ、色々やることありましたから...』

『部屋の掃除はしてなかったのに』

『やめてください...』

『まぁいいや。それなら昼寝でもするか?準備が出来たら起こすから』

『じゃあ、それで......』

 

急に眠気が襲ってくることはたまにあるし、とやかく言うこともない。部屋の主をベッドへ向かわせ__________

 

(うん。ここまでは問題ないんだよな)

 

『...椿さん』

『ん?』

『ここに座ってくれませんか?』

『え、ここって...お前のベッドに?』

『はい』

『いや、邪魔になるだろ』

『いいですから。お願いします』

 

(やっぱここだよ)

 

『はい。これでどうする......おい』

『椿さん。私、枕は硬めが好きなんです』

『いや、そういうことが聞きたいんじゃなくて』

『ダメですか?』

『......好きにてくれ』

『はーい』

 

(あれか。頼まれると断れない俺が悪いのか)

 

俺の膝に頭を乗せ、ベッドに体を寝転がせた歌野は、数分経って寝息を立て始めてしまった。

 

(...ホントに硬めだな)

 

やることのなくなった俺は、更に数分間ぼーっとして、なんとなく歌野の枕を押してみた。確かに反発は強い。

 

(しかし、歌野はどうして...)

 

園子とかならまだ分かるが、歌野がこんなことを頼んでくるなんて今までなかった。確かに俺の膝枕は硬いだろうが、いつも通りの枕で十分なのは分かってる。

 

(何かあったのかな)

 

想像するのは自由だ。だからこそ、本人の思ってないことまで余計に考えてしまうこともある。ただの気まぐれか、それとも__________

 

「みー、ちゃん...そこはダメ......」

「......」

「そこは椿さんの、テリトリー...喰われるわ......」

 

(お前どんな夢見てんだよ)

 

ツッコミはなんとか心の中だけに留められた。

 

「みー...ちゃー」

「...はぁ」

 

しかし、俺の脇腹部分の服を掴んできた歌野の左手はかなり強くしがみついたまま。これには手を出さざるを得ない。

 

「流石にそこだけ延びるのも困るんでな......?」

 

独り言を呟き、指を開かせ、右手で握る。感じたのは小さな違和感というか、ちょっとした差。

 

(あ、そっか)

 

歌野の手は、他の勇者部員の皆より、少し硬かった。別にそれが悪い意味ではなく、寧ろ尊敬出来る努力の証。

 

所々にマメがあるのは、毎日毎日鍬を振るったりとした、畑仕事をしてきたからだろう。

 

農業王として、自分の好きなことを一生懸命してきた手だ。そして、勇者として、誰かのことを一生懸命守ってきた手だ。

 

(...諏訪の、勇者)

 

俺はその結末を直接見ている。その過程がどうであれ、諏訪の未来、そこに住んでいた勇者と巫女の未来を。

 

(......)

 

握った手を、絡ませる。指の隙間まで、彼女の熱を感じる。

 

(...大きいな)

 

物理的にじゃない。これを知っていたら頼りすぎてしまうかもしれないという、心理的な大きさ。

 

(歌野には水都がいる。あいつなら絶対大丈夫)

 

『星屑が現れた時は、うたのんが飛び出して行くから。星空は怖いだけじゃなくて、うたのんを思い出させてくれるから』

 

水都なら、歌野に頼りすぎることもない。それは間違いない。

 

だが__________それはそれとして。今は。

 

「今は水都だけじゃない。俺も、皆もいる。だから、頼ってくれよな。歌野......」

 

今日、みかんを説明してた時みたいに、頼ってくれることが増えたらいいな。なんて思いつつ、静まり返った彼女の部屋に俺の声が反響した。

 

「って、流石に恥ずかしいかな。誰もいなくてよかった」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(ワッツ!?what!?どうしてこんなことに!?)

 

私の心は、とても穏やかではなかった。数秒前までは穏やかに寝てた筈なのに。

 

椿さんの膝の上で寝ようとしたのは、ちょっとした出来心だった。イネスで感じた熱が暖かかったから、もうちょっと味わいたいなと思って。誕生日だし、折角だからと。

 

結果は、みーちゃんとはちょっと違う、でも想像してたより心地よいもので、ちょっとゴロゴロするつもりが意識を保てないくらい寝てしまって________気づいたら、椿さんに左手を握られていた。

 

しかも、完全に恋人繋ぎで。

 

思考がフリーズした私は、椿さんが手をにぎにぎしてきたことで再始動する。

 

(!?!?!?)

 

変な悲鳴を出さなかったのは、女の子としての意地だったのか、それとも何か別の理由があったのか。

 

ただ、それで寝たフリを続けてしまったのはよくなかった。

 

「今は水都だけじゃない。俺も、皆もいる。だから、頼ってくれよな。歌野......」

 

(いや!?椿さん!?突然どうしたんですか!?何で!?ホワイ!?)

 

「って、流石に恥ずかしいかな。誰もいなくてよかった」

 

(起きてます!!私起きてます!!聞いちゃってますぅ!!!)

 

こんな調子で、完全に目覚める(フリをする)タイミングを逃してしまった。

 

(椿さん!手を離して!!顔が赤くなっちゃいますからぁ!!!)

 

結局私達は、みーちゃんが部屋に来るまで動かなかった。私は起きれなかった。

 

そのお陰か次の日はよく寝れたので、まぁ、よしとする。

 

(こうなったら、椿さんには農業王である私にとことん付き合ってもらいますからね!!)

 

 

 

 



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誕生日記念短編 不意打ちボーナス

今日は雪花さんの誕生日!おめでとう!これで全キャラ誕生日短編を...と思いましたが、新しく弥勒さんと静さんが入ったのでそんなことはなかった。

そして明けましておめでとうございます!年があけてから時間が経ってしまって申し訳ない。



「これでよし...と」

 

スマホにメモしていたことは全て終えた俺は、部長の樹に任務完了の連絡をいれる。すぐに返ってきた『お疲れさまでした!』という連絡に、スタンプで返した。

 

(カラフルな絵文字を使うのは慣れないからな...)

 

女子はメールで顔文字、絵文字を使う奴が多いが、それをくどいと感じることはない。もし俺が同じことをすれば、加減が分からず変なイメージを持たれるだろう。

 

(そういう技術はいつどうやって身につけるんだろうか......)

 

人間、慣れればある程度のことはそれなりに上手くなる。というのは分かる。とはいえ慣れるまでどうするのか。

 

ファッションや化粧なら、雑誌で学ぶ、一人家でやるというのが分かるが__________

 

「つんつん」

「ぶ」

「ぷっ、素直にひっかかりましたね」

「...完全に気を抜いてたわ」

 

肩を叩かれ顔を向けると、頬に指を押し当てられる。悪戯でよくあることをしてきたのは、いたずらっぽい笑顔を浮かべる雪花だった。

 

「普段ならこんなことはないからな」

「負け惜しみですか?」

「...そうだよ。分かったら手をどけてくれ」

「はーい」

 

(...誤魔化せたか?)

 

正直驚いたのをなんとか出来たのかと彼女の顔を伺う。見る限りは特に何もなさそうだ。

 

(よりによって雪花か...危ないな)

 

今日俺が動いていたのは、明後日行われる雪花の誕生日を祝うための準備である。つい先程までいたケーキ屋さんで会っていれば、どんなケーキを予約したのかバレていた可能性もあるだろう。

 

ちなみに誕生日を祝うこと自体はサプライズに出来ないほどバレてるため、そこに関してはもう気にしてない。

 

「それにしても、何してたんですか?」

「みかんが良い時期になったんでな」

「あ、もう分かったので大丈夫でーす」

 

実際にみかんジュースが入った袋も持っているため、嘘をついていないのは確かだ。

 

「雪花は?」

「私は小物の補充なんかと、夕飯の買い物もしちゃおうかなと」

「荷物持ちはいるか?」

「いいんですか?」

「用は済んでるんからな」

「んー...じゃあ遠慮なく!」

「了解」

 

歩調を合わせ、まずは彼女が向かっていたという百均の店へ歩きだした。

 

「何を見るんだ?」

「メモ帳とか、シャープペンの芯とかの消耗品です。冬休み終わる前に補充するの忘れちゃって」

「あー。休みに入る直前に使ってる時は補充しなきゃって思うのに、休みに入ると忘れる奴な」

「そうなんですよー」

 

自分も通ってきた道だからこそ、共感できる部分も多い。俺の言葉に何度も頷く雪花は、少ししてからノートを手に取った。

 

「見つけたか?」

「はい。芯も0.5のやつを...と。椿さんは何か見るものありますか?」

「んー、特に......」

 

辺りを見回せば、ある一点に目がいってしまった。

 

「どうかしました?」

「いや、あれ...」

 

指を差した先には、兎の耳がついたカチューシャが並んでいた。恐らくはパーティー用の小道具コーナーだろう。少しチープさがあるものの、百円としては十分に思える。

 

「あんなもん売ってんだなって...」

「年末年始で買う人がいたのかもしれませんね」

「新年で買わせるなら干支全部用意すれば......と思ったけど、猪の耳とか無理か」

「あはは、確かに」

 

俺の自問自答に笑った雪花は、おもむろにそのコーナーへと歩いていく。

 

後を追う頃には目的が分かった。彼女はかけてあったうさみみを手にとり__________

 

「おい」

「はい?」

「違うだろ」

 

俺の頭にかけた。

 

「いや、よく似合って...ふふっ」

「我慢できてねぇじゃんか!ほらっ!」

 

明らかにつける相手を間違えている彼女に、うさみみをつけた。

 

「あ、ちょっと!?」

「うん。俺がするよりずっと似合ってる」

「椿さん私のキャラじゃないですから!」

「それ言ったら俺の方がキャラじゃないわ!!」

 

男子高校生が一人でこんなものをつけてるのを見られた日には、トラウマ確定である。今は一人ではないが。

 

「椿さん!」

「雪花!」

「あのー......」

「「ぁ」」

 

二人で声をかけられた方を向く。そこには、笑顔でありながら怒りを表してくる店員さんがいた。

 

 

 

 

 

「椿さんのせいですよ。全く」

「俺のせいなのか?先に遊びだしたのは雪花じゃ...」

「うっ...椿さんの意地悪」

「そんな目で見てくんなよ...まぁでも、お店の人に気づかなかったのは俺もだしな。悪かったよ」

「......優しすぎます」

「どっちみち何か言われるんかい」

 

あの後、雪花の買いたかった物と遊んでたうさみみを買い、素早く店から出ていった。

 

店の物で遊んだわけだし、責任もって買い取るのは罪悪感を感じる身としては必然だった。

 

「それにしても、随分はしゃいでたな」

「椿さんはそうでもないんですか?」

「昔銀につけられたことはあるから...てか、多分部屋漁れば出てくるんじゃないかな」

 

捨てた覚えはないので、部屋の物入れを探せばありそうではある。

 

「ぁー...私はつける機会なかったから新鮮です」

「昔、東京って場所の一部には、つけてない方が異端になる地域があったって聞いたけど」

「えー?北海道民ですけど、そんなの聞いたことないですね...テーマパークの話かな?行ったことないし、買ってないので分からないです。そもそも誕生日を祝うことも祝われることも少なかったので、他の人より見てないかなー」

「......」

「椿さん?」

「なんでもな...くはないんだが、気にしないでくれ」

 

無自覚なのか分からない雪花の話を聞いて、黙ってしまったのを誤魔化した。色々と思うところがあり、ちょっと考えを巡らせる。

 

「......ん。それでいいか」

「どうしました?」

「いや、お前さっき夕飯も買うみたいなこと言ってなかったか?」

「言いましたよ?気分も乗らないので出来合いの物にすると思いますけど」

「じゃあその予定は変更しよう」

「...へ?」

 

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「~♪」

 

椿さんの好きな曲なのか、即興で作ってるオリジナル曲なのか判別は出来ないものの、炒める音に混ざって椿さんの鼻歌が聞こえた。

 

『あ、じゃあ俺でも作れるな』

 

今日は元々チャーハンが食べたい気分で、椿さんにもそのまま口にした。それに対しての返事をされてから、チャーハンの材料を買って来てもらい、何故か作ってもらってる。

 

私はそこへの驚きより、ちょっと整理されてない自分の部屋に急遽人が来ることに驚き、すぐに椿さんと別れて部屋の片付けを始めた。その後、色々買ってきてくれた椿さんが訪れたといった形だ。

 

(別にねだるつもりじゃなかったんだけどな...)

 

あの聞き方をされた時点で気づけなかったのは私の落ち度だけど、本人がやらせろと言ってきてるのを断る理由もない。

 

(今じゃなくてもいいだろうに)

 

自分で言うのもあれだが、私はもうすぐ誕生日なのだ。料理が得意な椿さんなら、そっちに参加する可能性も十分にある。今日やってしまったら『またか...』となってしまわないだろうか。

 

(あれかなー。また振り回されるかもって思ってるのかな)

 

なんだかんだ椿さんは料理組より、皆が準備してる間誕生日の人を相手してるのが多い。今回もそうなるのかもと睨んでの行動なのかもしれない。

 

(私は頼むつもりなかったんだけど...)

 

「雪花ー。そろそろ出来るからなー」

「はーい」

 

色々考えても、結局今の私に出来ることは美味しく頂くことだけ。出来立てのチャーハンは光りながら良い湯気を出していて、否応なしによだれが生まれてしまう。

 

(いけないいけない。私は可憐な少女...でも)

 

「美味しそう...」

「ちょっとこがし過ぎちゃったけど、大目に見てくれ」

「いえいえ。寧ろ作ってくださってありがとうございます」

「ん...じゃあ食べるか?」

「はい!」

『頂きます』

 

二人で揃えてからスプーンで食べてみると、どこを焦がしたのか全然分からないくらいに美味しかった。

 

「美味しい!十分美味しいですよ」

「よかった...」

「でも椿さん、将来の夢料理人だったりするんですか?」

「いや?最初は料理をする必要があったから初めただけ。今もそれほどレパートリーが多いわけじゃないし」

「そうでしたっけ?」

「同じ料理を作ることが多いし、レシピなしで作れるのは簡単なのばっかだしな。逆に、レシピ見れば大体の物を並みに作れるとは思うが...そういう意味でも風の方がずっと多いし美味しい。最近は園子も上手くなったし」

「あー......」

 

椿さんにお弁当を渡してる二人だと聞くけど、中学と高校で別のため実際にお弁当を渡してるのを見たことはない。

 

(よく考えたら、それも変な話だけど...お弁当作るって......)

 

「そもそも俺を誉めなくても勇者部は料理スキル高いやつ多いだろ」

「んー...」

 

数人、椿さんに負けられないと意気込んでる人を見た私としては、なんともコメントに困る。

 

「でも、椿さんも上手なのは本当ですよ。お世辞抜きで」

「それは分かってるつもりだ...ありがとな」

「はい」

 

面を向かって言われたお礼を、素直に受けとる。それに違和感はない。

 

(...あれ?)

 

でも、それが分かった瞬間、私は違和感を覚えてしまった。

 

私は一人でいることが好きだった。誰かが側にいるのは嬉しいことであると同時に、少し窮屈に感じることもあった。

 

『ありがとう』なんて言われることも、言われ慣れないものだった。この世界に来てからすぐは、少しむず痒く感じることもあった。

 

でも、今は__________

 

(私、いつの間にか凄い慣れちゃってる...?)

 

他人を、しかも異性の先輩を家にあげ、料理を作ってもらったという状況に、マイナスなことは何も思わなかった。精々今度何人か詰め寄ってきたらどう対応しようかなといった程度。

 

「雪花ー?」

「!!はいっ!?」

「うぉっ、いや、なんか思い詰めてる感じしたから...大丈夫か?」

「だ、大丈夫です......」

 

意識してしまうと、なんだか急に恥ずかしくなってしまい、目を合わせられなかった。さっきとは違い、無言に近い状態でチャーハンを食べ進める。

 

椿さんは首を傾げながらも、追求はしてこなかった。

 

「ご馳走さまっと...」

「私もご馳走様でした」

「ん。じゃあ洗っちゃうか」

「いいですよ!そこまでやって貰わなくても自分でやりますから」

「いいからいいから。座っててくれ」

 

有無を言わさぬ態度は椿さんにしては珍しさがあって、自分の部屋な筈なのに借りてきた猫のように大人しくしてしまう。

 

「......えーと、椿さん、お風呂入ります?」

「いや、そんな長居するつもりは...ていうか、男を入れるな」

「で、ですよね......」

 

なぜ聞いたのか自分でも理解できない。その後続くのは、水道から流れる水の音と、それがお皿に当たって洗剤が泡立っていく音。

 

(あーもー何やってんの私はぁ...)

 

頭が熱くてぐるぐるする。冬の北海道に比べれば暑いけど、こっちだって寒いのに__________

 

 

 

 

 

「雪花」

「ひゃいっ!?」

「...大丈夫か?熱でも」

「なな、ないです!ないです!!」

 

いつの間にか洗い物まで済ませた椿さんが目の前にいて、両手を前へぶんぶん振った。

 

「そうか...なら良いんだけど」

「はい!大丈夫です!」

「ん...なぁ雪花」

「?」

「無理だったら明日以降に回してくれて良いからな...」

 

そう言って差し出されたものに、私の思考は今度こそ止まった。

 

「...なんで」

「いや、誕生日だし」

 

大きなイチゴが乗ったショートケーキ。そこに立て掛けられてるチョコプレートには『happy birthday』の文字。

 

「え、だって、それは...」

「あぁうん。皆とやるのは別にあるけどな?誕生日祝われること少なかったって言うから、一回くらい多くやっても良いかなって」

「!!」

「これなら不意打ちにもなるしサプライズとして完璧だろと思って、夕飯の材料と一緒に買ってきて...っておい!?え!?」

 

私はケーキをテーブルに置いてから、椿さんを押す。

 

「え!?雪花!?雪花さん!?」

 

そのままトイレまで押し込んで、扉を閉めた。

 

『何!?何事!?雪花さん!!』

「ちょっと静かにしてください!!!」

 

椿さんが出てこないよう扉に寄りかかって、そこまでが限界だったのか、座り込んでしまった。

 

(......落ち着け。落ち着け私)

 

指を顔に当てて、熱を逃がすようにする。効果が殆どないなんて今の私には分からない。

 

ただ、頬が湯気を出しそうなくらい熱くて、口角もだらしなくあがってしまってるのは確かだった。

 

(嬉しい、嬉しいけど...う~!)

 

目の前にいた先輩が、いつも同じクラスで授業を受けているメンバーが、部室で会う皆の顔が浮かんでくる。

 

皆と会える世界で、私は何度も誕生日を祝ってもらえている。

 

(でもこんな顔、誰にも見せられるわけないでしょうが!!!!)

 

結局、私が椿さんをトイレから解放したのは、五分くらいしてからだった。

 

「...えーと、雪花?俺何か......」

「椿さん!」

「はい!」

「一緒にケーキ食べましょう!ほら!」

「あ、お、おい!?」

 

何事もなかったかのようにする私と、クエスチョンマークが頭に浮かんだままの椿さん。

 

「ありがとうございますっ!!!」

 

でも、とりあえず感謝の気持ちだけは、十分に伝えられたんじゃないかなと思った。

 

 

 



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短編 秋原雪花は■■■■

今日も今日とて、鐘を鳴らす。どこまでも遠くに届くよう、自分の複雑に混ざった感情も乗せるつもりで。

 

(それで頭空っぽに出来るなら...な)

 

数回繰り返すだけで、わらわらと白い奴等が下から見えた。屋上から見る光景は、地面から生えてきたような印象すらうける。

 

相変わらず大きく憎たらしい口を睨みながら、別の思考が冷静にいつもの仕事をこなす。

 

「三体だ!!」

 

遠くで待機する彼女に向けて数を伝えて、俺は奴等に背中を向けた。

 

「来いよ!化け物!!!」

 

奴等にとって、丸腰の人間など餌でしかない。屋上から階段を伝って逃げる俺を、奴等は一斉に追いかけてくる。

 

(何でバカみたいに正直なのが多いんだ...いやいや。切り替えろ)

 

相変わらず壁を突き破ってくるなんてことはせず、一体ずつ、細い道に体を擦らせながら迫ってくる奴等へ疑問はあるものの、今の俺には関係なかった。奴等は俺より速いため、気を抜けば命はない。

 

(分かってる、筈なんだがな...っ!)

 

それでも、俺は無意識に笑顔だった。安心感が違うから。いつも通りやれば、平気だって分かってるから。

 

走り続けた俺は、建物内部の十字路までたどり着く。追いかけてくる奴等との距離を調節して右折し、足元に張ってあるワイヤートラップを引いた。

 

直後、曲がった道の先________俺がさっきまで走ってきた場所が光を放ち、けたたましく爆音を響かせる。

 

東京近くからきたとされる噂だと現代兵器は殆ど効かないと言われるが、俺達が分かっているのは、実弾等は全く効かず、逆に騒音や光、人間で言う五感に衝撃を与えると少し怯む。というのはこれまでのことで分かっていた。

 

そうなれば、俺の出来る仕事は殆ど終わっている__________

 

「雪花ぁ!!!」

 

十字路の先。怯んだ化け物を真正面に迎える方から、一筋の光が走った。

 

それは、まさしく闇夜を照らす光。

 

更に二本放たれた後、明るい方から聞こえる化け物のうめき声と、電気もついてない道の先から少し気の抜けた声がした。

 

「終わったよー」

「よし!じゃあまた掃除からしないとな」

 

これが俺と彼女の日常。そして、今の世界の日常。

 

西暦2019年。俺達は命を繋ぐため、戦っている。

 

 

 

 

 

「いやー、掃除は面倒だ...」

「雑巾がけとかしてこなかったの?お坊さんってそんなイメージ強いんだけど」

「するけど、お寺の廊下に爆竹のゴミなんてないよ」

 

唯一明かりのついた部屋で____正確には行き止まりの倉庫なんだけど_____でご飯を食べる。最近最後の火力発電所が奴等の襲撃にあったという話は聞いたけど、電気は変わらず使用できていた。彼女に力を与えてるらしいゆるキャラみたいな精霊によると、 この土地の神様が支援をしてくれているらしい。

 

そんな話を聞いて、元修行僧としては失礼かもしれないが、神様ってちゃんといるんだなと実感した。

 

「でも、掃除はしたし、仕掛けは作り直したし、これでOK」

「最初の頃は汚れた床も掃除しようとしてた人間が、すっかり染まっちゃって...」

「ネットであれこれ教えてきたのはそっちだろ。爆竹なんて初めて知ったし、もし五年前の自分にこんなことしてるって言っても信じないだろうな...」

 

今では強烈な光を放つライト、爆音を上げる爆竹を愛用しているものの、昔の愛用品は箒だった人間である。

 

「あ、そういえば最近、いくつかトラップの所になんか見慣れない袋も設置されてるよね...あれなに?」

「秘密。完成したら言うかも」

「かもなんかい」

「まぁまぁ。少なくとも今は使えないから」

「じゃあ楽しみにしてましょう...それにしても、大丈夫?」

「何が?」

 

目の前でレトルトカレーを食べる彼女は、俺のことをじっと見てくる。

 

「それ。今日で何日連続?」

「あぁこれ?美味しいよ」

「いやそうじゃなくて。飽きてこない?」

「そうでもない。修行してた頃思い出すくらいかな」

「えー...食べる?」

 

すっと伸ばされるスプーン。綺麗にお米とカレーが半々くらいに乗っているそれを、俺は突き返した。

 

「いや。人類の英雄である秋原雪花様は俺達の最後の希望。しっかり栄養をつけて、健康的な生活をしてもらわなきゃ困る。あるものでバランスは考えてるし」

「...はぁ。分かった。しっかり頂きます」

 

再び自分の口にスプーンを運ぶ彼女を見て、俺も袋から開けたレーションを口にいれた。

 

(あ、はずれだ)

 

記載されていた賞味期限を彼女にバレないよう確認すると、やはり切れていた。

 

 

 

 

 

西暦2015年。空から絶望が降ってきた。

 

白く蠢き、人間より大きな体を不自然にくねらせ、口のようなものを開いた未知の生物が、群れを成して人類に襲いかかってきたのだ。

 

口元を人の血で濡らし、次の獲物を求めて値踏みするように見てくる姿は、人間の恐怖心を煽るのに十二分過ぎるほど。

 

はじめは包丁なんかで立ち向かう人もいたが、基礎能力が違うのか、白い肌に刺さった包丁は抜けず、そのまま餌になった人間もいる。そんな化け物が突如として現れれば、混乱するのは当然。

 

しかもここ北海道だけではなく、本州の各地にも出たとなれば、どこにも逃げ場がないことは悟ってしまった。今では本州との連絡が出来ず、移動する手段も限りなくゼロ。

 

しかし、そんな絶望の中で、一人の少女が現れた。名前を、秋原雪花という。

 

特徴的な装束を纏い、化け物を一撃で屠る槍を投げる勇者様。彼女の活躍により、混乱の最中にあった最初の数日から死者が激減した。

 

だが、そこに喜ぶ暇はない。勝ち目のなかった化け物を倒せる少女を近くに置いときたいというのは、生存本能のある人間なら当然のことであり。

 

『秋原君、私の家に住むといい』

『いや、私の所に。親御さんも亡くなられたのだ。大変だろう』

 

毎日そんな声を聞いた俺は耐えられなかった。その後、そいつらに喧嘩を吹っ掛けたり、当の秋原雪花と話をしたり。

 

以来、俺と彼女はこの五階建ての大型ショッピングモールを拠点とし、日々生活している。必要以上の日用品や食料は初めのうちに周りの住民に吐き出しているため、わざわざ危険地帯となったここへ寄ってくる人はいなかった。

 

 

 

 

 

(あれから随分変わったなぁ)

 

気づけば化け物の襲来からもうすぐ四年。現状や俺達の関係はそれなりに変わった。

 

最初はただ健康的な食事をしてもらえるように用意していただけの俺は、このショッピングモール内に限れば戦闘のアシストを出来るようになった。

 

始まりは、実家にあった寺の鐘が化け物を引き寄せる効果があると分かってから。単に煩いと思うのか、奴等が反応する特別な理由があるのかは分からないが、結果があればいい。

 

それを生かし、このショッピングモールの屋上で鐘を鳴らし、近辺に現れた化け物を呼び寄せ、俺自身を囮とする作戦を立てた。

 

雪花自身もパトロールはしているし、そんなことしなくても敵を倒す力を持っているが、慣れた今ではただ戦わせるより相当負担を減らせている自信がある。ワイヤートラップはその過程で産み出したものだ。この連携で一日に十体くらいは倒している。

 

後は、初めの頃は名字呼びだったのが名前呼びになったり。

 

「椿さーん!」

「うん!?何!?」

「何じゃないよ。ぼーっとして、どうかした?」

「...いや、何でもない」

「ふーん...あ、もしかしてこれ想像してた?」

「ブーッ!?」

 

飲んでいた水を吹き出した。彼女が持っているのはなんてことのありすぎる本。

 

「まぁまぁ。椿先輩も年頃の男の子ですしぃ?分からなくもないですが...」

「おまっ、それはダメだって!!」

「『眼鏡女子を無理矢理拘束して○○してみた』...へー」

「ワーッ!!ワーッ!!!」

「あっ」

 

取り上げた本を持っていたライターで燃やしていく。黒煙は彼女に入らないよう外側へはたいた。

 

「なんでライターなんか」

「何もなかった。いいな?」

「いや、その反応でそれは...」

「な、に、も、なかった!!OK!?」

「...仕方がないにゃ~」

「よしよし...それで、ライター持ってる理由か?実は試してみてさ」

 

ポケットにいれていたのは、奴等の破片。

 

「これは?」

「この前倒した化け物の欠片。何故か全部消えてなくて...今日の昼間熱してたんだが、あいつら耐熱性は高いみたい。逆に押すと柔らかい感じするから、横から衝撃で押し潰したりすれば、雪花の槍を使わなくても倒せるかなーなんて」

「そんな強い衝撃どうやって与えるの?大砲?」

「そんなのないぞ...まぁでも、人の力より大きな物があればチャンスはあるよな」

「そんな適当な...えー、それならさ、ないの?」

「何が?」

「椿のお寺の鐘が奴等に効果あるんでしょ?だったらそこに飾られてた武器とかないの?もしかしたら効くかもしれないじゃん」

「あ、確かに!!ちょっと実家行ってみるか」

 

他愛のない雑談、有限だがしっかりした食事、でも、それが狂った生活を続けている俺達にとって人らしさを感じられる数少ないことだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「すー、すー......」

 

殆どの人が寝静まっている夜。毛布にくるまって寝てる一つ年上の男の子を起こさないよう、静かに離れた。

 

(にしても、これ使えるのかな...)

 

左手に握っているのは、今日の昼に椿が実家から取ってきたという刀。本人もよくわかってなかったけど、儀式用に用意されたアイヌの宝刀の残りだとかなんとか。

 

『昔聞いた話と掠れた昔の文字からの情報だから、本当にその通りか分からないけど...名前もないみたいだしな。よかったらつけてくれ』

 

そういう彼の手はかなり荒れていた。理由は分かる。あるかどうかも分からない刀をボロボロになったお寺で探したからだ。

 

あの白い化け物は人を最優先で狙うものの、あまり興味のない建物の中では神社やお寺を破壊することが多かった。今では荒らされてない場所が無いほどなのでそういったことはないが__________

 

(......そのせいで、死んだんだよね)

 

椿はお寺の住職さんの息子だったらしく、自分も修行僧と呼ばれる身だったらしい。

 

だから、奴等が現れた時も御両親はお寺にいて、すぐに殺されてしまったとか。

 

『俺はその時買い物を頼まれててな。無事だったわけだ。ラッキーな話だよ』

 

軽い感じで言えてたのは、実際にそれがあってからいくらか経ったからだと思う。そうでなければ狂ってるとしか言えないのだ。小学六年生で両親が死に、生き残った自分はラッキーだったと言えるなんて。

 

それに、すっぱり割りきってなければお寺から鐘を持ち出したり、刀を取ってきたりしない。

 

(そう...だよね?)

 

寝ている彼の顔を見ても、何も分かることはなかった。

 

「っと、そんな暇もないか」

 

 

 

 

 

古雪椿という人間との出会いは、私が勇者になってすぐのことだった。

 

私の両親が白い化け物に殺され、私が勇者として行動を初めてから少し。私の力を恐れていた周囲の大人が、声をかけるようになった。

 

『秋原君、私の家に住むといい』

『いや、私の所に。親御さんも亡くなられたのだ。大変だろう』

 

それは、うわべだけの甘い言葉。両親が亡くなった私を気遣った同情的なものに聞こえる建前。しかし、化け物に対抗出来る人間を手元に置きたいという本音が丸見えの言葉だった。

 

最初から断り続けていたが、あの人達も保身に必死。平行線だった話が終わるきっかけを作ってくれたのがあの人。

 

『いい加減にしてください!!困ってるじゃないですか!!』

『君は、古雪さんの所の...』

『恥ずかしくないのですか!日々私達を守ってくれている女の子に労いの言葉一つかけられず、自分の保身に走るなど!!』

『なんだと!!』

『子供の癖に!!』

 

それから数日、大人達と椿の言い争いが起こった。私としては狙われないぶん早く帰って寝たり、穴を掘ったりできたから嬉しかったけど、さらに数日して、椿に声をかけられた。

 

『秋原さん』

『...なんですか?』

『お話があるんです。聞いてくれませんか?』

 

椿の話の内容は、今自分が住んでいるショッピングモールに来ないかというもの。今はもう誰もいない自宅を根城にしている私にとって、食事を用意してくれる人は貴重で魅力的な提案ではあった。

 

『...人が大勢亡くなり、全てのお店がもうやってないショッピングモールです』

『え、今そこにいるんですか?』

『はい。家は雨宿りも厳しくなってしまったので...自分はうちに来いと誘われることもないですし。それで、どうでしょう?』

『...でも、そんなことしたら怒られません?多分古雪さん一人だからバレなかっただけで、二人、しかも私だって分かったら......』

『分かっています。対策も準備はしています』

 

(この人も自分を守って欲しいだけなのかな)

 

当時の私は、こんなことを思ってた気がする。そして驚くことに、それでもOKしてしまった。

 

理由の一つめは、大人の言い方とは違う、プラスの感情を感じたから。少なくとも保身のためだけにやってないことは分かる。

 

_______本来ならばそこを疑うのがいつもの私ではあるのだが__________

 

もう一つは、それでも他の人よりマシかなと、どこか諦めてたから。これからもしつこく誘われるくらいなら、妥協した方が良い。精神的にもきつい時期だったため、ちょっと雑だった感じはする。

でも、彼の動きは想像以上だった。

 

『これだけ出します。どうせもうこのお店が数日間で復活することはありません。でしたら有効活用し、勇者様にゆっくり休んで貰う場所が必要で、しっかり栄養をとってもらう必要もあります』

 

周りの大人を言いくるめ、次の日にはショッピングモールの殆どのシャッターを閉め、要塞に近い印象を受けるものにした。

 

更に文句を言ってきた大人は、私という力の独占や、食材、資源の独占を恐れていた人が殆どで、私が周辺警戒をしたり、必要最低限の食材を残してほぼ全てを渡して対応していた。

 

『結局、二人で食べていっては腐らせてしまうものばかりでしたから。少なくとも二人で五年暮らせるだけの食料は隠しましたし、大丈夫だと思います』

 

そうして始まった生活も、あっという間に四年近くが経っている。いつの間にか名前で呼びあい、敬語は抜けて、同じ部屋で寝ている。

 

精神が荒れていた私に、瞑想の仕方や落ち着き方、バランスの取れた食事を用意してくれた彼。

 

電子機器に殆ど触れてこなかった彼に、アニメやドラマ、ゲームといったネットの娯楽を教え、その知識で修行僧の面影をなくさせた私。

 

このショッピングモールを使った仕掛けを考えたのも、恐らくそういった影響があり、私が今それなりに安定しているのも、そのお陰だろう。実際走り回って戦うのと槍を投げるだけでは、疲労感は全然違う。

 

周囲の人は、はじめは離れていたものの、私達がここら辺の敵を誘い込み、迎え撃つことがあることを知ってから、少しずつこの辺に住む人も増えた。守ってくれる人がいる場所が固定化されたんだから、そこに近づくのは当然かもしれない。

 

でも、最初から私の味方でいてくれたのは、両親を除けばあの人だけだった。

 

『...なんで色々やってくれたの?』

 

いつだか、聞いたことがある。

 

『......あの時は親が死んで色々混乱してたから必死だっただけ...まぁ、今だからこそ言うが、保身もあったんだろうな。死にたくないって......でも、俺と同じように親を亡くして、それでも一生懸命戦うお前の手助けをしたいって思いが、俺を動かしてた。ってところかな』

 

その後恥ずかしくなったのか、しばらく椿は顔をこっちに向けなかった。

 

でも、それでも、私はそのお陰で_______________

 

 

 

 

 

「いやー。掘るのも勇者の力があれば楽勝だねぇ」

 

精霊に叩き起こされて徘徊していた化け物を切ってから、しばらく。私の槍でも椿の刀でもなく、スコップを握っている私はそんなことを口にした。

 

ここは、かなり前から一人で掘り進めている洞窟。吹雪で視界が悪い時なんかは勿論、良い時でもなかなか見つけにくい。そして、既に水等も幾らか備蓄が済んでいて、ようやく避難所として使えそうになってきた。

 

『この洞窟、他の人に教えてあげないの?』

「ん?これ?」

 

日本語は喋れないが、言葉を伝えて来ることが出来る私の精霊が、そう聞いてきた。

 

「それじゃ人の気配が増えて、あいつらに見つかっちゃう。私は勇者だけど、同時に人間だからね。生き残ろうと必死なんだ」

 

数年前、突然力を得たことを除けば、私はただの人間。

 

「勇者の力、折角なら有効活用しないとね。頑張るだけ頑張って、後はここに逃げる!」

『じゃあ、あの子には?』

「それは......」

 

精霊が誰のことを指してるかなんて分かりきっている。でも、私はすぐに返事を返せない。

 

この洞窟は、椿にも伝えていなかった。暇な夜だったり、昼のパトロール中にやったりと、バレないように少しずつ進めたもの。

 

何でバレないように作っているのかは、自分でも分かってなかった。

 

(いや...違うのかな)

 

あの人は一番近い他人というだけで、私は信用していない、信用出来ていない。そういう意味でもとれてしまう。

 

感じるのは、戸惑いと罪悪感。

 

(悪く思うなら言えばいいのに、言わない。でも丸っきり信用してないってわけでも...)

 

自分の気持ちが曖昧で、たまにどう接したら良いのかも分からなくなってしまう。

 

「......あー!こんな時は寝るに限る!!」

 

詰まった私は、スコップを放り投げた。ものの数分で拠点にしているショッピングモールに帰る。

 

(一応、起こさないようにしないとな...)

 

夜も深く、迷惑をかけないようにそっと倉庫部屋の扉を開けて_____

 

「雪花っ!!」

「え、うわっ!?」

 

寝てると思い込んでた椿は勢いよくこっちへ来て、私は避けることも出来ずに抱きしめられた。

 

「どこいってたんだ!こんな時間に!!」

「え、えっと...あ、あいつらが出たって言うから......ちょっと外に、ね」

「起きたらいないから心配したんだぞ!!」

 

目の前に見える彼の瞳は、涙を流していた。

 

「泣くこと!?」

「それだけ心配したんだよっ!!勇者だからって無理して良い訳じゃないんだぞ!!」

「あ、ぁー、ごめん......でも、離してくれない?流石にちょっと恥ずかしいというか...」

「ん...あ」

 

無自覚だったのか、それだけでバッと離れてくれる。触れていた部分が一気に寒くなった。

 

「ごめん...でも、次夜に出かける時は声かけてくれ」

「いいの?ゆっくり寝た方が良いんじゃない?」

「突然いなくなられてる方が心臓に悪い」

「...分かった。じゃあ次からそうする」

「あぁ...じゃ、寝るかー」

「あ、寝る前に話あるんだけどさ、この刀使ってきてみたんだけど__________」

 

結局、もう一度寝たのはかれこれ一時間くらいしてからだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「じゃあ行ってくるね」

「あぁ。行ってらっしゃい」

 

(なんかこれだと、夫の出勤を見送る妻みたいだな......逆だが)

 

どうでも良いことを思いながら、出ていく雪花を見送る。広域レーダーとも言える精霊が敵を見つけたみたいで、彼女も駆け足気味だった。

 

「さて。俺もやることやりますか」

 

最近は俺が刀の扱いに慣れてきたのもあって、なんとか雪花の力を借りなくても奴等を倒せるようになった。神社でその武器が手に入ったことはもう周知させているため、ここ数日は同じように武器を手に入れようとしてる人も多く、外が活発だ。

 

そういったこともあって、雪花が外で警戒してる時間も増えた。

 

(見映え的にはそっちのが良いもんな...)

 

守って貰えてると実感することが多ければ、その分批判も減って余計な体力消費を抑えられる。彼女が疲れて帰ってきても、最悪俺一人で相手出来る数ならずっと休ませてあげられる。

 

(かといって、何しよっかな)

 

つい先日、全てのトラップを仕掛け終えた。昨日使ったのも修復済み。刀の手入れもネットから得た知識を使って殆ど済ませている。

 

(...在庫確認でもしとくかー)

 

やることがないのは違和感を覚えてしまうため、足早に食用品を閉まっている場所まで向かった。

 

(そうだ。今日は雪花の好きなラーメンにしよう。インスタントだけど。後は野菜ジュースと...もうちょっと栄養考えないと......)

 

今でも野菜は育つし、漁業も細々とやっている。だが、それが俺達の元へ来ることはないため、新鮮さに関してはかなり酷い状況だろう。

 

(仕方ないことではあるが...)

 

二人ともやることがあり、ここに食料調達という仕事は増やせない。かといって手にいれた食料を譲ってもらう程周りに余裕があるわけでもない。寧ろここにある残りの食料を狙っているというのは、薄々感じているのだから。

 

こっちからちょっかいをかけ、燻っていた火に油を注ぐなんてことは避けたい。

 

(必要以上の物は殆ど吐き出したんだがな...そもそも、もう残りも少ない)

 

インスタントなんかも、数が心許なくなってきている。もしこんな状況が続く中生きていくなら、北海道から抜け出すことも考えなければならない。

 

(日本で一番北なわけだし、南下一択。問題は...)

 

雪花の力は、山の神、カムイから借りている力であると聞いた。山なんて日本全国に沢山あるが、北海道から出たとしてもその力を貸し続けてくれるのか。

 

しかも、南下したからといって安全な場所がある保証はない。

 

それにもう一つ。

 

(どれだけの人間が賛同するか...)

 

危ない橋を渡らざるを得ない状況で、今生きている人間がどれだけそれに従うか。ただ反対するだけならいい。狂った人間がどんな行動をするかなんて分からない。俺が考えられることなんて大して多くないのだ。

 

いっそのこと切り捨ててしまえば楽なのだが__________

 

(雪花だからな......ま、こうやって色々考えられるのを学べたのがアニメやドラマってのがまた変なところだが...)

 

「!!」

 

叫び声が聞こえて、反射的に屋上まで走る。

 

「くそっ、さっき出掛けたばかりだぞ。タイミング悪い」

 

眼下では、白く蠢く化け物が三体見えた。

 

(...三体ならやれるか?)

 

一度でもミスは許されない世界。慢心を抜いて考える。

 

「......よし」

 

高速で雪花宛のメールを投げながら、鐘を鳴らした。普段通り下を這っていた化け物は上昇してきた。

 

きっと、彼女なら見逃さないから。

「雪花に連絡はしたが、あいつが戻ってくる前に倒してみせるさ...」

 

しっかりした重さのある刀を引き抜く。銀の刀身は日の光を反射した。

 

「さぁ、こっちだ!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「今日はやたら数が多いっ!!」

 

三体纏めて串刺しにしてから、手元に新たな槍を呼ぶ。投げ飛ばしたそれは白い化け物の顔に深く刺さった。

 

「でもこれで!!終わりっ!!」

 

恐らく40体目くらいの敵を倒して、私は無意識に止めていた息を吐き出した。

 

「はーっ...疲れるなぁ」

『あっちからまた来る。今の三倍以上』

「三倍!?」

 

精霊が伝えてくる情報に立ち眩みが起きそうだった。もしそうなら、単純計算で100体を越える敵が襲ってくるのだ。

 

「それは...」

 

私の脳裏に、秘密裏に掘り進めている洞窟が浮かんできた。

 

(もう流石に無理かな...私の手には追えない。洞窟に避難......するとして)

『あぁ。行ってらっしゃい』

 

同時に、さっき笑顔で送り出してくれた人のことも。

 

(一度伝えるために戻る?連れていく?それとも......見捨てる?)

 

まだ備蓄は十分とは言えない。一人が二人になったら、消費量は倍になってしまう。

 

「......」

「ふぁぁぁ!!助けとくれぇ!!!」

 

足を洞窟に向けた瞬間、その反対から__________多くの敵がいるという方向から聞こえた悲鳴で止まってしまった。

 

(......)

 

『勇者だからって無理して良い訳じゃないんだぞ!!』

 

「......あぁもう!!!」

 

誰に対してなのか分からない感情を声に出して、反対を向く。走り出してしまえば、敵を見つけるのはすぐだった。

 

「てぇぇやっ!!」

「おぉ、勇者様!!」

「大丈夫ですか!?」

 

追われていたのは、おばあちゃんと孫だと思われる女の子。

 

「いくら勇者様でもこの数は...孫と一緒に逃げてくだされ!!」

「おばあちゃん!!やだ!!そんなのヤダ!!」

「そうですよお婆ちゃん!!諦めちゃだめ!!」

 

(何を言ってるんだろう。私は)

 

さっきまで諦めてそうになってた人が、他人を励ますなんて。

 

(でも、それでも私は)

 

槍を構え直して、目だけで辺りを確認する。開けた場所だから、私の武器(槍投げ)がしやすい、理想のフィールド。

 

「二人とも、私が守りますから!!」

 

『勇者だから』

 

脳裏によぎったその言葉は、誰が言ったのか分からなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ...!」

 

座り込み、壁にもたれて息を整える。滑り止めにつけていたゴルフグローブも外し、手を振った。

 

(汗で滑りかねん...!)

 

奴等が現れた頃から、夏にも雪が降ったりと、気象が荒れるようになった。今日は割りと良い天気だったが、気温はかなり低く。

 

そんな中、俺は全身から汗を流していた。

 

「なんだってこんな...!」

 

悪態をつきつつ、手鏡で自分の目だけでは見えない通路も顔を出さずに確認する。グローブもそうだが、刀で戦えるようなってからの必需品の一部だ。

 

雪花がいない時に戦闘になった場合、隠れながら奴等の背後を取り、トラップで動揺させた後切り刻む。そこそこに通用してきた手段だった。

 

だが、今回はそれではすまなかった。初めは数体だったのに、今はもう両手で数えきれない程の敵を相手にしたし、それでも尚敵がここにいる。流石にこんな数が一度に来るのは、雪花がいる時でもしたことがない。

 

(せめてあいつの槍が使えれば...)

 

彼女の武器は投げて使い捨てることを前提としているのか、何個も同時に出すことが出来る。しかし、彼女の手元を離れた武器は数分で消えてしまう。

 

とはいえ、ここで奴等を一撃で屠れる投擲武器と、何度も切りつけてようやく倒せる近接武器を比べてしまうのは、仕方ないところである。

 

(っと、邪念を捨てろ。死ぬぞ)

 

力を持たない自分の正義感で奴等を呼び寄せたのは、他でもない俺である。それに、今更逃がしてくれる筈もない。

 

(でも、こんなのまるで...っ!!)

 

手鏡にうつった白い化け物を確認して、息を殺した。通路を真っ直ぐ進んでいく二体と、こっちに曲がってくる一体。

 

(落ち着け。いける。やれる)

 

左手にグローブをはめ直して、刀を握った。鞘はもうどこかに投げている。

 

(そうだ。もっと近づいてこい)

 

奴等は正面の大きな口が特徴だが、正面全体が顔で、目もあるように動くのは随分前から知っていた。つまり、人と同じく死角が存在する。というのは前々から知っている。

 

奴は小さくなっていた俺に気づかず、真っ直ぐ進んだ。

 

(ここで!!!)

 

足のバネを全力で使い、振り向きかけた奴の横腹に刀を突き刺す。

 

「う、おぉっ!!!」

 

横凪ぎに払うも、それじゃあ奴等を倒すには足りない。もっと傷を与えなければならない。

 

だからこそ俺は、すぐさま逃げ出した。白い化け物は体を震わせ追いかけてくる。

 

「そうだ!こっちに来い!」

 

こっちは全力でのダッシュ、向こうは海を悠々泳ぐかのような動きだが、それでも速度は敵わない。

 

(そんなこと何年も前から知っている!!)

 

十字路を右に曲がった俺は、すぐさまワイヤーを蹴り飛ばした。緩く固定されていたそれはすぐに抜け、トラップを作動させる。

爆竹の音が鳴り終わる頃には、俺は動きの鈍った奴に再び刀を突き刺した。弱めの個体だったのか、今回は二回でやられてくれた。

 

「はぁ、うっ...助かった...」

 

嗚咽を溢しながらも、なんとか立ち上がった。正直もう動きたくないくらいには体力、集中力を使っている。

 

(だけど...まだ)

 

「!!くそっ!!」

 

音を出した場所からすぐ動けなかったせいで、角を曲がってきた化け物と目があった。体に鞭をうち走り続ける。

 

(まだ...この場所を守れるんだ。雪花が来るまで持ちこたえればっ!?)

 

鼓舞していた自分に動揺が走る。一本道で化け物に終われてる状況で、道の先に新たな奴を見つけてしまったから。

 

(運が悪すぎるだろ...けどなぁ!!)

 

「終わらせねぇ!!!」

 

目が合い、こちらに向かってきた奴に向け、俺は足を止めなかった。

 

「ハァァァァ!!!」

 

気合一閃。限界まで跳び、人で言うと脳天であろう場所に刀を刺し、支点として体を回した。三メートル近くある奴の上を越えたところで刀を離し、バランスを崩しながら地面に転がり込む。

 

吐きそうな感覚を押し戻しながらも、なんとか挟み撃ちの状況を脱した。刀を拾い直す必要はあるが________

 

(でも、まだ...?)

 

刀を刺した方は、そのまま地面に倒れ、淡い光を放ちながら溶けていった。疑問を浮かべたのは追っかけてきていたもう一体。

 

気にせず俺を追いかけ来るのかと思ったら、反対を向き、泳ぐように離れていく。こんな見逃されるような動きはされたことがない。何の目的が__________

 

(......待て)

 

「おい」

 

自分がどういった道を通ってきたかを思い返し、結論と奴が曲がった道が重なった瞬間、俺は刀を拾い走りだした。

 

「お前が、お前らが」

 

その先は行き止まり。しかし、ただの行き止まりじゃない。

 

「入っていいわけないだろうがぁ!!!」

 

俺の方を向きもしない化け物を後ろから切り続け、倒す。とはいえその時には、行き止まりにある一室に入ってしまった。

 

すなわち、俺と雪花が普段寝泊まりをしている場所へ。

 

そして、化け物が消え見えるようになった部屋の中を見て、荒かった息を整えもせず聞いた。

 

 

 

 

 

「......何してるんですか。及川さん」

 

敬語が出せたのは、奇跡か昔の習慣の賜物だろう。

 

及川亮一。生き残った大人の中では権力が高く、実質的な指揮者だった。

 

『困るな。指導者である私を優先的に助けてもらわねば』

 

『食料の分配は使える人間からわける。当然のことだろう?』

時間が経つにつれ、過激な言動が増えた人。

 

『秋原君、私の家に住むといい』

 

そして、雪花を自身のものに取り込もうと熱心に勧誘していた人。

 

そんな人が、俺と雪花の居場所を荒らしていた。

 

「何をしているだと!?それはこっちの台詞だ!!これはなんだ!?こんなに多くの食料を隠し持っていて!!!」

 

一昔前の泥棒が持ってそうな風呂敷を広げると、二人でなら数日持つくらいの食料。

 

「......盗もうとしたんですか。鐘の音を聞いて、俺が敵と戦ってる隙をついて」

「そんなことは関係ない!!答えろ!!お前達は力のない一般人を助ける義務があるだろう!!」

 

噛み合わない、平行線な話。それでもすぐ理解できた。

 

(盗もうとしたのは本当で、化け物にも俺にも見つかって誤魔化している)

 

俺は勇者じゃない。ただ武器を持った一般人だ。

 

そもそも、勇者に、雪花に、皆を助ける『義務』などない。

 

刀を握る右手を振り上げないようとする気持ちと、抑えなきゃいけないという気持ちがぶつかって、右腕が震える。

 

だから、怒りと失望に飲まれた俺は、今自分がどんな状況だったのかを忘れてしまっていた。

 

「ひっ!!」

「!」

 

はっとなったのは、皮肉にも及川さんの悲鳴。振り向くと、三体の化け物が俺を見ていた。

 

(...あぁ。やっぱりそうなんだな)

 

この状況において割りとどうでもいいこと。だが、思ってしまった。

 

こいつらはバカじゃない。俺というしぶとい奴より、抵抗しない、抵抗出来ない人間を優先的に潰す。端に追い詰め、数で圧倒する。

 

いや、今この瞬間までも、仕組まれたものかもしれない。戦力が増えたのを厄介だと考え、分断して足止めし、弱い方を潰す。

 

これまでの経験からなのか、生まれもって考えられたものの、人間の行動を観察するためにバカを演じてきたのか。俺には分からない。

 

だが__________こいつらは、知性ある生物だ。まるで、全能な神々が人間に試練として召喚したかのような。

 

「おい!さっさと倒せ!!どうにかしろ!!」

「...あんたに出来るのは、俺と一緒に死ぬか、俺の邪魔をしないよう黙って祈るだけだ。耳障りなんだよ」

「何ぃ!?」

といっても、もう選択肢なんてなかった。

 

今まで色々やってきて一体ずつ倒してきた相手を、正面から、三体同時に戦う。

 

(無理だ)

 

とっくに心は折れている。折れているが_____やることがないわけじゃない。

 

(ごめん。雪花)

 

左手を素早く動かし、ポケットに入れていたスイッチの一つを押す。瞬間、辺りが爆音で満たされた。化け物の動きが止まる。セットしたもので考えて、約二秒。

 

(お前の場所。守れそうにないや)

 

これまでより明らかに早い段階で立ち直った奴等は、俺の方へ向かってきた。

 

(でも、こいつらだけは連れていく)

 

爆発によって広がっているのは、各所に仕掛けた小麦粉、石炭の粉。全体に広がったそれに加え、密閉空間のショッピングモール。ならば後は火をつけるだけで、アニメで見た爆発が________粉塵爆発が完成する。

 

やつらに効くかもしれない最終手段は、心中すること。

 

(...神様。どうかお許しください。そして、お願いいたします)

 

どうか、成功するように。

 

「化け物ども......見せてやる!これがっ!!人間の悪あがきだぁぁぁぁ!!!!」

 

俺は、もう一つのボタンを押し、辺りにセットした着火装置をつけた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「これで、終わり...はぁ......」

 

急に天候が悪くなって、冷たい北風と吹雪が吹き荒れる。視界も悪くなったものの、最後の一匹を倒した私は、口から白い息を吐いた。

 

「勇者様...本当にありがとうございます。なんとお礼を言ったらよいか...」

「ぁー...いいんですいいんです。勇者の務めですから」

 

嘘をついた。勇者の肩書きがあるからやったわけじゃない。自分が勇者らしいとは思わない。

 

「それより、いつまたここが危険になるかも分からないので、家にいてください。あいつら隠れてる家に突っ込んだりすることはそうないので...」

「分かりました...」

「送りますか?」

「いえ、勇者様には勇者様のやるべきことがあるでしょうから...改めて、ありがとうございました」

 

深々とお礼をしてくれるお婆ちゃん。一方、女の子の方は動かなかった。

 

「どうかした?どこか怪我しちゃった?」

「んーん...勇者様、ありがとう!これあげる!!」

 

渡されたのは、ちょっと袋がくしゃくしゃになってる飴。どうやらバッグの中を探してたらしい。

 

(...あぁ、そうだね)

 

「美味しいから元気になるよ!」

「...んにゃ。お菓子は大丈夫。貴女がとっときなさい。私は料理を作ってくれる人がいるから」

「そうなのー!?」

「そうなのだー。だからお家で静かにしてて。私も頑張るから」

「うん!!」

 

満面の笑みを浮かべる女の子。

 

(私は、守りたい人がいるから戦う)

 

諦めるのは、もう少し頑張ってからでいい。こうしてありがとうって言ってくれる人が間は、私を気にかけてくれる人がいる間は。

 

「...まだ、頑張れるから」

小さく呟いたのは、吹雪にかき消された。

 

 

 

 

 

「何これ...」

 

あの後、椿から連絡が来てるのに気づき、なるべく早く戻ってきた。屋上から中に入った私は、辺りを見てそう言ってしまう。

 

やたら床が白っぽくなってて、空気中にも何かが舞っている。

 

(何が起きたの、椿は...!?)

変な汗をかきながら、椿の姿を探す。でも、なかなか見当たらない。

 

五体目くらいの敵に槍を投げてから、私の目は一点に注目した。してしまった。

 

それは、私と椿が普段生活している場所。そこに数体の白い化け物がたむろっている。

 

(まさか!?)

 

「離れなさいっ!!」

 

一体貫いたところで、違和感は最高潮になった。

 

残りの数体が、道を開けるように左右に別れたのだ。

 

「!!!!」

 

そして、見てしまった。最奥にいた一体の振り返った姿を。口元を赤くして、歯ぎしりからぐちゅりと音を鳴らす姿を。

 

気づいたらそいつの上にいて、槍を刺していた。倒れた化け物は消えて、床に着地する。

 

赤い血溜まりのある、床に。

 

「...やだ、やだ。やだやだやだヤダヤダヤダヤダ!!ヤダッ!!!!」

 

嘘だ。冗談に決まってる。こんなの何かの間違いだ。現実を受け入れたくない。

 

そう、こんな状態だったら、椿だなんて分からない。別の人かもしれない。

 

だから私は、叫んだ。

 

「どこにいるのっ!!椿っ!!!」

 

 

 

 

 

「はいよ...」

「!!!!」

 

幻聴なんかじゃなく、声が聞こえる。涙でぼやけた視界が、壁際にいる椿を見つけた。

 

「椿!!無事だったんだ!!」

「雪花か...?」

「それ以外誰に見えるの!私に決まって......」

 

どうしても声が喜びを隠せない中、椿の元へ近寄って________息が、うまく出来なくなった。

 

「っ、ぁ...」

「悪い...目が上手く開かなくて、耳も遠くなっちまったんだ......もう少し大きく喋ってくれるか?」

 

絶え絶えにそう言う椿の目は、しっかり開いている。耳は、片方赤く濡れている。足は、左足が途中からない。

 

つまり、話せてるのも奇跡なくらいの状態なのだと、気づいてしまった。何も見えないほど視力が落ちていて、片耳や片足が引きちぎられて、それ以外にも、至るところが血だらけで。

 

「嘘...こんなのって......!!」

「雪花...ごめんな。お前の場所、守れなかった」

「そんなことっ!!」

 

私は、洞窟なんて掘って、ここから全部捨てて逃げようと考えていたくらいで。

 

「せめて、道連れにしようと...うっ、したんだけど......アニメのようにはいかねぇや」

「...まさか」

 

『小麦粉で爆発ってするんだなー』

『何見てるの?』

『ん?このシーン。これならここでも出来るんじゃない?』

『出来るわけないでしょ。全部纏めてドカンで死ぬよ?』

 

懐かしさすらある話で出ていた、あれを実行しようとしていたのか。

 

「何やってるの!!そんなこと、どうして!?」

「...もうこれ以上、失うのは嫌だから。まして、好きな奴との場所すら守れないなんて、な」

「そんな...そんなの...ッ!!」

 

場所なんてよかった。ただ側にいてくれるだけで、毎日話し相手になってくれるだけで、生きてくれているだけで、十分だったのに。

 

(たったそれだけで、私はあんなに嬉しかったのに...!!)

 

自分の気持ちに今更気づいても、もう遅い。

 

「椿。お願い。死なないで...お願いだから......」

「いいか、雪花。大事なことだからよく聞けよ。あいつらはな」

「そんなのいいっ!!貴方以上に大事なことなんてっ!!」

「くっ...あいつらはただのバカじゃない。ちゃんと考える力が、あって、強くて......」

「椿ッ!!!」

 

もう声も届かないのか、会話が噛み合わない。そのうち、会話のテンポが離れていく。私は速く、彼は遅く。

 

「お願い!!私を一人にしないで!!側にいてよ!!」

「でも...雪花、なら、大丈夫。だって、勇者だから」

「違うっ!!私は勇者なんかじゃない!!大事な人も守れないなんて、勇者じゃない!!」

「...お前はそうやって、否定する。でも」

「!!」

 

見えてない筈なのに、私の頭に手をのせて、ゆっくり撫でられた。

 

「ぁ...」

「そんなことはない。例え怖くて、逃げ出したくなっても、自分が危ない目にあっても、お前は今、ここにいる。誰かを、思って、ここに帰ってきてくれる。だからお前は...勇者だよ。例えお前が否定しても、俺が、肯定するから。うけいれるから......」

 

絞り出すように紡がれる言葉は、そこで区切られた。

 

「だから...どうか、おれのぶんまで、生きてくれ」

「!」

「いままで、ありがとう...大好き......」

「......ねぇ」

 

(あ、あぁ)

 

耳鳴りがする。頭痛がする。

 

「つ、椿。起きてよ...そ、そんな体勢で寝たら、体痛くしちゃうから。ね?」

 

焦点の合ってない椿の目からは、光が完全に消える。頭にあった手が、だらりと下がる。口からは、今まで溜めていたのか、赤い唾液が溢れる。

 

(あぁ、ああぁ...)

 

「起きて。起きてよ」

 

目は瞬きをしない。口は半開き。

 

「椿、つばき......」

 

(ぁ_____________)

 

 

 

 

 

視界の端に映っていた白い化け物が、急に震えた。まるで喜んでるみたいに、何体も同じ動きをしている。

 

こいつらが知性がない生物だとは思えなかった。単純なら、人をいたぶった上、死ぬまで放置、私が来ても襲わずに待つなんてことする筈がない。

 

ただ餌のように食べるより、死に際を見ることを優先したのだ__________

 

奴らを睨み付けても、何も変わらない。彼を見つめても変えられない。私は彼を見殺しにした。

 

避難先を用意したのに、その存在すら言わず。連絡が来ていたのに反応せず。最後は無力に冷たくなった体を抱きしめることしか出来ない。

 

好きと伝えることすら許されない仕打ちをしてから、自分の気持ちに気づいて。

 

「......ぅぅあ」

 

(ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい...)

 

助けられなくてごめんなさい。守れなくてごめんなさい。一緒にいれなくてごめんなさい。貴方の勇者になれなくてごめんなさい。

 

体と心が引き裂かれるような感覚の中で、私は化け物に目を向けた。

 

 

 

 

 

「アァァァァァァァァアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

涙に濡れた声で吠えながら。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

日本の北部、北海道の地で、少女の叫び声が響き渡った。

 

時が戻れば。全能の力があれば。少女の願いが叶うことはなく、世界はなにも変わらない。

 

時は2019年。天の神により、四国以外の土地が炎に包まれる数時間前のことである_______________

 

 

 

 

 

 




秋原雪花は救えない 設定集

秋原雪花(あきはら せっか)
勇者になるより前はほぼ原作通り。椿とショッピングモールで生活することになってからは、周辺パトロールをする傍らで避難先として使う洞窟を作っていた。
椿が好きだったものの、人間らしい保身の考えと勇者らしい善意に隠されていたため気づくことはなかった。
椿より一つ年下だが、月日が経つにつれ敬語は使わなくなった。
武器は槍(用途は主に投擲)

古雪椿(ふるゆき つばき)
とある寺の一人息子で修行僧だった。
雪花と生活を初めてからはショッピングモールに残ってた物で料理をしたり、娯楽を楽しんだり、敵に対抗する術を考え実行に移した。
道連れ用に作っていた粉塵爆発が不発に終わってからは、星屑三体を刀だけで倒してみせたものの、足を噛みちぎられ、体当たりを受けて致命傷を負い、最後は雪花に抱かれながら死亡した。
武器は主に刀。雪花(勇者)が触れたことにより奴らへの攻撃力を有した。

及川亮一(おいかわ りょういち)
原作では名字のみ登場していた。
死にたくないという理由から雪花を養子として迎えようとしたり、権力者であることをひけらかして守ってもらおうとした。
次第におかしな言動が増え、最後は二人が戦ってる間に食料を盗もうとした故に襲われ、死亡している。





後書き(飛ばして大丈夫)

雪花さんの地元を舞台に、いわゆるバッドエンドを書いてみました。ちゃんとバッドを書き上げたのは人生で初めてなんじゃないかな...

年明けから雪花さんの誕生日をどうしようか考えてた時にこのアイデアが浮かび、これだけ書いてますし、一話くらいこういうのがあってもいいかなと思い、気づいたらそれ以外やめてずっと書いてました。書き上げてから、誕生日にする内容じゃないよ...と思い、誕生日短編は別で仕上げるという。

折角書いたので引き込まれてくれてたら嬉しいです。また、原作アプリの方を見てないという方いたらそちらの方も是非。辛くなったら前話を振り返ってください。

これ以上は話すと長くなりそうなのでこのくらいにします。見てくださった方々ありがとうございました。


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ゆゆゆい編 53話

前回の雪花さんの話、予想以上に良かったみたいで嬉しいです。ありがとうございます。
今回はmegane/zeroさんからのリクエストです。ずっと雪花さんだけ書いてたので久々だぁ...


『レクリエーションがしたい?』

『うんうん!!そうなんだよ!!』

 

そっくりそのまま返した質問に、言ってきた球子がブンブン頭を縦に振る。

 

『別に、俺に聞かなくてもいい気が...』

『そうか?園子に聞いたら椿にはちゃんと確認とっとけって』

『......確かに園子が関わってるとなると少し嫌な予感はするが。ちなみに内容は?』

『えっとな__________』

 

球子の言うことを脳内で軽くシミュレーションして、俺は結論を出した。

 

『ま、良いだろ』

『本当か!?』

『嘘はつかないって』

『よっしゃあ!じゃあ決まりだな!』

 

 

 

 

 

そして、そんなやり取りから二日後。

 

「じゃあいくよ~?」

「どんとこーい!」

『王様だーれだ!!』

 

テンプレな台詞と共に、王様ゲームが始まった。

 

 

 

 

 

 

一応、王様ゲームの簡単なルールをおさらいしておく。

 

人数分のくじを用意し、参加人数から一人分引いた数字を書いていく。残った一つには王冠でもなんでも良いが、特別なマークをつけておく。

 

準備が出来たら全員でくじを引き、特別なマークを引き当てた人が王様となる。王様は基本的になんでも命令することができ、数字で相手を指名し命令を下す。例えば『16番は15番の良いところを言う』みたいな感じだ。

 

相手の名前ではなく番号にすることでランダム性を持たせ、いつ当たるか分からないドキドキも与える。

 

利点としては大人数でも比較的簡単に出来る上、いつ指名されるか分からないか以上、参加してるけどただいるだけという感覚を持ちにくい。

 

当然利点、メリットがあるということは、デメリットも少なからずあり。

 

「あ、私だ!」

「じゃあ友奈!最初の命令しちゃいなさい!!」

「はい!」

 

風の言葉に頷いて友奈が「んー...」と悩みだす。

 

そう。このゲームの特徴は、王様の命令として言うことは基本従わなければならないということ。勿論これがないとゲームそのものが成り立たないが、内容は王様に一任されるのだ。

 

周りの状況だったりにもよるが、誰かが嫌な思いをする可能性も十分存在する。

 

(今回で言えば......)

 

俺の隣を確保している人間は乃木園子。ちらりと見て、目線を戻す。

 

例えば園子が自分のメモ帳を書き進めるためにすんごい命令をしてくる可能性はある。皆が本気で嫌がるようなことは言わないだろうが、疲れそうなことを言ってきそうなのは感じる。というか言わない方が違和感があった。

 

(こいつ発案ってのがもうヤバい予感がするけど...)

 

更に今回の俺個人の話で言えば、いつものように男女比が言えるだろう。

 

女子同士なら大したことない命令が出やすい状態で、抱きつきとかが出るかもしれない。しかし、俺が誰かとすることになったら気まずくはなるだろう。

 

そうした意味で、かなり不味いのは確かだった。

 

だが、その条件が分かった上で参加した理由も勿論ある。

 

「...ちなみに椿先輩、何番ですか?」

「いや、それ答えると思うか?」

「......」

「そんな目で見てもダメ。ゲームにならないだろうが」

「じゃあ...5番の人が16番の人の頭を撫でてください!」

 

友奈がそんなことを聞いてきたのは少し意外ではあったものの、問題なく進む。

 

「あ、タマ5番」

「私が16番ね」

「おー。じゃあ芽吹、いくぞー?」

 

わしゃわしゃーと撫でられる芽吹と満足そうに撫でてる球子を見て、俺は一安心した。

 

(やっぱり...)

 

俺がすんなり受け入れた理由は、ただ参加人数が多いからである。

 

今の勇者部は20人を優に超えている。その分王様になる確率は減るが、別に俺の目的は王様になることではなく、皆と楽しむことだ。

 

指名されることがなくても参加はしてるし、もし広範囲の命令が、例えば『全員王様の良いところをあげる』とかがあっても、内容はどうしても簡単なものになってしまう。そのくらいなら心の許容範囲である。

 

詰まるところ、皆で楽しむことと自分の心労の可能性を天秤にかけ、前者を取っただけだった。

 

「ふー。満足だ!」

「流石に雑じゃないかしら...」

「そうだったか?すまんすまん」

「......まぁ、いいわ」

 

いつの間にか終わった二人を合図に、またくじを戻していく。今回は割り箸を使っているため、縦長の缶に割り箸を突っ込んでいくだけ。再度掛け声が放たれ、俺達はくじを引き直した。

 

「次は誰だ!」

「私だな」

「若葉か...」

「命令か。そうだな...2番の人は、明日私の鍛練に付き合ってもらおう」

「えぇ!?」

「みーちゃん、ファイトよ!!」

 

驚いた水都は咄嗟に歌野を見たが、歌野自身はグッと親指を立てるだけだった。

 

(水都、大丈夫かな...)

 

若葉の鍛練に巫女が付き合う姿を想像出来ず、代わりに別のことが思い浮かぶ。

 

「ていうか、後日に回せる命令ってありなのか?」

 

俺の気持ちを代弁するように、雪花が口を開いた。

 

「うーん...いいんじゃないでしょうか?無理のない範囲でしたら」

「私が若葉さんの鍛練に付き合うのは無理のない範囲......?」

「す、すまん水都。ダメなら撤回を」

「いやダメだ!!例外作るのはこれからゲームしにくい!」

「う、うーん...」

 

球子の言うことは確かだったわけで、悩む若葉と水都を見て、俺は手をあげた。

 

「ひなたの監視をつけて水都が無理しない程度で付き合ってもらえば?若葉が軽いメニューで済まそうとしても、水都にとって軽いとは限らないしな」

「椿...そうだな。ひなた、水都、それでいいか?」

「私は構いません♪」

「わ、私は...頑張ります!」

「よし...ありがとう、椿」

「いいよ。うまい落としどころになったみたいでよかった」

「じゃあ、続ける?」

「賛成です!!しずくさん!」

「ん。了解」

 

俺達はまた、誰からともなく割り箸を戻す。王様ゲームはまだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

そして。約一時間が経過。

 

(......)

 

俺はひたすら無心でくじを引いて、目を閉じて合図を待っていた。

 

『王様だーれだっ!!』

 

(落ち着け。明鏡止水の心を保つのだ)

 

手元の番号は3。

 

「あ、私だ~」

「園小ね。じゃあ命令をどうぞ!」

「ん~と...じゃあ、6番の人が19番の人に愛を囁いてください!」

「私が...」

「私を...?」

「はい~!」

 

声をあげたのは樹と夏凜。園子ちゃんの目は相手が分かった途端輝きだした。勿論園子とセットでメモの準備もしている。

 

「あんた達そのメモ帳しまいなさい!全く...樹、軽くでいいわよ」

「...そう言われると激しくやりたくなりますね」

「ちょっ!?」

 

記憶的には五年くらい前の、勇者部に入ったばかりの彼女だったら絶対しないだろう嗜虐的な笑みを浮かべた樹が夏凜に近づいていく。

 

「ふーっ...」

「い、樹っ!?」

「夏凜さん、反応可愛い...じゃなかったですね。よし...夏凜さん、愛してますよ」

「ふわわぁ!?」

「「ビュオォォォ!!!!」」

 

(...ありがとう園子ズ)

 

それなりに遠かったのにはっきり聞こえた樹の声と、夏凜の真っ赤な顔と反応に明鏡止水の心は完全に揺らいだものの、すぐさま二人が大声をあげてくれたので正気に戻れた。

 

(てか夏凜。そんな顔で見ないで)

 

何故か潤んだ瞳でこっちに助けを求めてくる夏凜を見て、見てはいけないものを見てる気分になってしまった俺はそっと目をそらした。視界の端で驚いた表情をし、どことなく赤みも増している気がしたが、それは多分気のせいである。

 

(いやいや。落ち着け。俺)

 

今日の下校時間までを考えると、遊べる時間は大体後30分。半分以上の時間プレイしてきたわけだが、俺は一度も命令せず、命令されていなかった。ちなみにそんな人間は俺だけである。

 

だからこそ、いつも以上に冷静さが必要なのだ。

 

(大体ここで『勝ったな』とか『やったか』とか言うのはフラグ。冷静さを保ち、このまま乗り切ればいい)

 

まぁ正直、今の愛の囁きとか壁ドンの時もっとやってるしとかは思ったが。またやるのは精神的な消費カロリーが大きい。

 

「...あたしの妹ってあんなだったっけ?」

「アタシに聞かないでくださいよ...成長ってことで良いんじゃないですか?」

「成長...まぁ何言っても変わらないか」

「はいはいそこまで!時間も少なくなってきたし、ちゃっちゃと行くぞ!」

 

(一度も何もしないってのは遊びに混ざれてるのかどうなのか...)

 

そういう意味では、序盤の奴に当たっとくのがよかったかもしれない。運だから何か出来るわけでもないが。

 

(過激派にはそこまで当たらないしなー...)

 

「つっきー」

「ん?」

「どうぞ~」

「あ、ありがと」

 

発案者で何か企んでそうだった球子は王様になってないし、杏も園子もなってない。

 

「全員渡ったわねー?じゃあいくわよ...」

『王様だーれだ!!』

「あ、俺だ」

 

園子に回された一本の割り箸には、ちょっと小さめな字で『王』と書かれていた。

 

(どうしよ。なんも考えてない)

 

「椿さん、何を言うんですか?」

「そうだな......8番と10番がハグで」

 

パッと思い浮かんだ命令で被らないものを選らんだ結果、口にしたのはそんなことだった。自分じゃないと分かってれば平気である。

 

「私だ!」

「た、高嶋さん!?」

「もしかしてぐんちゃん?じゃあはい!ぎゅー!!」

「あ、あぁぁ...!」

 

どうやら結果はユウと千景だったようで、部室で割りと見る光景が展開された。

 

「もういいぞー」

「えー?もうちょっとしたいです王様!」

「じゃあ二人が気がすむまでやってていいから、くじだけ戻してくれ」

「はーい!」

「...古雪君」

「ん?」

「......」

 

俺以外に見えないようにしながら親指を立ててくる千景に、苦笑いで返した。

 

(まぁともかく、これで参加もしたし完璧...)

 

「じゃあ、次いくわよー」

「そういえば古雪さん、今日初めてゲームに参加しましたわね」

「くじなんだから仕方ないだろ、弥勒」

「ふふ...ではこの弥勒夕海子が古雪さんに命令をしてみせますわ!」

「そんな張り切らんでも...」

 

弥勒さんにそう言われると、逆に安心できた。絶対これから王様にならなさそうで_____________

 

「私ですね...じゃあ11番の人が12番の人を抱きしめてください!!」

「弥勒ぅぅぅぅ!!フラグ立てるからぁぁぁ!!!!」

「え!?ちょ、やめてくださいまし、揺らさないでっ!?」

 

弥勒『は』王様にならなかった。しかし、バッチリ俺は命令された。見事なまでの爆速回収である。

 

(いや、まだ勝機はある!!)

 

「...杏。俺がやってもいいのか?男だが」

 

王様である杏へ直談判し、命令内容を変える。これならまだ__________

 

「つっきーダメだよ。女王様の命令は絶対なんよ?」

「そうだぞ椿ー」

「私は椿さんなら大丈夫だと思いますが...それに、椿さん自身がさっき命令してましたし」

「......ぁ」

 

言われて、整理する。

 

王様の命令の変更はゲームのルール上しないのが良い。そして、ついさっき俺自身がその命令をしたことで、周りがその命令を下すことへのハードルは低くなっていた。

 

つまり、自分で墓穴を堀り、これ以上何か言うのは空気が悪くなってしまう。

 

(......自分で首を絞めたのは俺かぁ!!)

 

恐らく、俺の目はハイライトがなくなった。

 

「椿先輩...」

「ん...!」

「そんなに、嫌でしたか...?」

 

後ろを振り返ると、少し涙目の亜耶ちゃんがいた。恐らく12番、俺に抱きつかれる人なんだろう。

 

(そんな顔しないでくれ...)

 

一瞬で凄い罪悪感を受け、その奥に見える鬼の様な形相をした芽吹に恐怖に塗りつぶされた。

 

「いや、そんなことはないよ。ごめんな...」

「いえ...」

 

(...えぇい。覚悟をきめろ)

 

「...杏、俺から抱きしめればいいんだな?」

「は、はい!」

「うん。メモは出さないでね。園子達もだけど...じゃあ亜耶ちゃん、大丈夫?」

「はい!いつでもどうぞ!!」

 

そう言って手を広げて構えた亜耶ちゃんは、それでも簡単に押し倒せてしまいそうなくらい儚く感じられて。

 

「じゃあ、いくぞ」

 

だから俺は、壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「つっきー、つっきー」

「園子...?」

「終わったよー」

 

体育座りで目を瞑り耳を塞いでるつっきーはちょっと可愛かったけど、私の言葉を聞いた途端、いつも通りに戻った。

 

「はぁ...球子...」

「あっはっはー!!すまんすまん!!」

「......」

 

(タマ坊、明日の朝日を拝めるのか素直に心配なんよ...)

 

王様になったタマ坊が下した命令は、『王様がマウンテンする!(意訳)』だった。指名した番号はなんとわっしー。

 

察したつっきーは自分から防衛行動を取り、命令が終わるまで動かなかった。ちなみに嫌々ながらも命令は実行され、わっしーは今から雷を落としても不思議に思わない顔をしている。

 

_________メモの取り甲斐があるとか思っても顔に出してはいけない。流石に消される。

 

(今日はもう十分取れたから大丈夫...引き際を間違えないのは大事)

 

「と、東郷さん...きょ、今日は一緒に寝よ!ね!?」

「友奈ちゃん...」

 

危険を感じ取ったゆーゆが最高の精神安定(メモの加速)をしてくれたけど、それでも心配だった。

 

(わっしーなら夜中数分で片付けるとかありえ...ないよね?大丈夫だよね?)

 

「次!次いきましょう!!ね!?」

「...そろそろ時間だぞ」

「じゃあ、これで最後ですね」

 

同じく敏感に危険を悟ったちゅん助にアッキー、ひなタンのコンボでラストになった。こうなったら素早く帰りたいのでありがたい。

 

「あ、私だ」

「いや早いわ」

「えへへ...ごめんね、引き直す?」

「...そのままでいくか?」

「私もそのままで良いと思います」

 

引いた時に見えてしまった王様の印は、つっきーの進言ととイッつんの判断で私の手元に残った。

 

「じゃあ一応全員でな」

『王様だーれだ!』

「私!!」

「知ってるよ...最後の最後で王様になったな」

「園子さんおめでとう!」

「ありがとう~」

「んで、命令は?」

「えーっと...そうだね~」

 

私の心は揺れていた。理由は、今隣にいるつっきーが原因だったりする。

 

円を作って座ってるこの並びは、今日部室に入ってきた順番だからあまり関係なかった。元々運を使ったゲームでもあるし。

 

ただ、問題は________アーヤとハグして動揺し出したつっきーが、ずっと番号を私に見えるような状態にしてしまっていることだった。今も、つっきーが引いた7番が私の視界に映る。

 

つっきー自身に見せようとしてきる気は全くなくて、自分が番号を把握した後の置き場所がたまたまそうなっちゃっただけだろう。

 

(うーん......)

 

今日はもう王道ペアから意外なペアまで、もう十分に堪能させて貰った。新作小説のネタには全く困らない。タマ坊の提案に二つ返事で乗った甲斐があった。

 

しかも今なら、偶然を装ってつっきーを名指しした命令が出来る。当然、バレてないだけで王様ルールでは反則ではあるけれど。

 

運も実力のうちとはいえ、これは良いのか。

 

(...やっぱりやめといた方が)

 

「園子?」

「はいぃなんでしょ!?」

「いや...そんな悩んでる?」

 

『一体こいつはどんな凄い命令をするんだろう』みたいなことを考えてそうなつっきーの顔が、すぐそばにあった。

 

(...やめてよ)

 

本当にやめて欲しい。心の奥が疼くから。

 

(つっきーの考えてること、このくらいなら簡単に分かっちゃうって、喜んじゃうから...もっと知りたいって思っちゃうから......)

 

「そのっち?」

「んなぁー!!!」

「!?」

 

私は大きく声をあげて、そのままの勢いで叫んだ。

 

「ラッキーセブン!!今度王様とお出かけ決定!!!」

 

 

 

 

 

『なぁ園子』

「んー?」

『今更なんだが...良いのか?わざわざ命令で出掛けるなんて、そんなの普通に言ってくれればいくらでも......』

「つっきー」

『ん?』

「そんな簡単に受けるから来週の予定までほとんど埋まってる人になるんだよ?」

『......はい』

 

私は自分の部屋で、つっきーと通話していた。電話をかけてきたのはつっきーからで、日時をどうするかを話したいと言われ__________

 

「ゆっくり休めてる?」

『夜は寝てるというか、強制的に寝落ちさせられるというか...』

「?」

『まぁ睡眠時間は取れてるし、一日空いてる日がないだけで午前か午後は空いてるとかあるからさ』

 

結局、デートの日は大体半月後に決まった。内容はまだ何も決めてない。

 

『別に他の予定を蹴らせるわけでもないし、命令にしなくても...』

「そっかー。じゃあどんな命令しよっかなー。7番だけ分かってるけどなー」

『女王様!!私(わたくし)全力で同行させて頂きますので!!!』

「ふぉっふぉっふぉ。そうかそうか」

『それだと女王様というより王様だな...』

「園子ー。風呂あがったぞー」

「分かった~。つっきー聞こえた?」

『聞こえた。じゃあまた明日な』

「お風呂でも通話しないの?」

『しないわ。銀としてくれ』

「うん...じゃあ、おやすみ」

『あぁ。おやすみ』

 

通話を切ると、しんとした空気が部屋全体に伝わった。

 

「はぁー...」

「園子ー?」

「聞こえてるよミノさん」

「いやそれは知ってるけど...風呂入らないの?今なら暖かいぞ?」

「その前に...濡れた髪をこうだー!!」

「あぁ!?やめろ!こらぁ!」

「拭くのが面倒だからってぇ!ちゃんと洗面所で拭いてこんかい!!」

「何キャラだそれぇ!?」

 

何とかミノさんに後ろを向かせ、髪を拭いていく。

 

「ちゃんと伝えたらドライヤーとかも使ってやる気だったんだが!?」

「よいではないかーよいではないかー」

「あーもう...好きにしろぉ」

 

結局、しばらくはそのままだった。

 

だらけた顔を何とか普段の顔に戻せたという自信を得るまでは、そのまま。

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 54話

「むむむ...むむむむ」

 

カタカタパソコンを動かしてはカーソルを合わせて、スクロールし、またカタカタする。

 

「むむむむむ......」

 

出てきたものを纏めた私は、息を細く長く吐いた。

 

「ふー...よし。これで!」

「園子、お昼どうする?」

「食べるんよー」

「いや食べるのは知ってるけど。何食べる?」

「ミノさんは?」

「カレーな気分」

「じゃあカレーうどんだね~」

「了解...外出るか」

「はーい!ちょっと待ってね」

「じゃあ上着持ってくる」

 

部屋から出ていくミノさんをよそに、私は資料を保存した。

 

ファイル名は悩んだ結果『デート計画 普通編』にした。

 

 

 

 

 

私、乃木園子は所謂普通の女の子ではない。自分で認めるのもちょっと変な話ではあるけれど、そこは今回置いておく。

 

生まれは大きな組織のトップの家。勇者として世界を守るために戦って、小学校は中退し約二年間動けなかった。

 

性格というか普段の感じも皆の可愛い所や面白い所をメモ書きして、つっきー曰く『暴走を始めると止めにくい』と言われる。

 

ゆーゆ関係で暴走したわっしーよりは大丈夫かもしれないけど、『お嫁さんになりたい』と恥ずかしく言ってたミノさんみたいに乙女でもないし、わっしーのような大和撫子でもない。最も今の勇者部は凄い数がいるからここだけ比較として出すのもあれだけど、話が長くなっちゃうからそこも置いておく。

 

別にこれをやめたい、変えたいなんて思わないし、思ったこともない。でも、少女マンガとかでなかなか出てきそうな人じゃないのも確か。

 

ここで、つっきーのことを含めて考えてみる。普段優しいし、何かとかっこいいし、振り回すと凄く可愛かったり面白かったりする。

 

問題は今の最後の部分。振り回すと確かに新しいことを発見できるし、つっきーもなんだかんだ楽しそうにはしてくれる。でも、結構疲れてそうなのも確かにある。

 

心からつっきーを楽しませるには、やっぱりどちらかと言えば普通の方が良いのではないか__________少なくとも、一度ギャップを狙ってみるのは良いのではないか。そう思うのも、不思議じゃなった。

 

そして、王様ゲームで運良く手にいれたつっきーを一日自由にできる権利。私はこれを使って計画を練った。

 

「あ、つっきー!」

「はっ、はぁ...悪い園子、遅れたな」

「そんなことないんよ。ほら、時間ピッタリ」

「マジか...走ってきた甲斐があったな」

 

すなわち『乃木園子。普通の女の子を演じてみる』計画である。荒ぶる魂を抑えて、一般的な中学生になってみる。

 

「遅れそうになった理由だって、落とし物届けてたんでしょ?」

「流石に免許証はな...なんであんな所に落ちてたのか謎だが」

「うむ。良い行動じゃ」

「ありがとう...って、頭撫でんな。俺は交番に小銭を届けた小学生かっての」

 

少し撫でられただけで、つっきーは離れてしまった。

 

「むー」

「いや、そんな顔されても...」

「はっ!」

 

つっきーの困惑した表情で思い出した。今私は計画の最中だったのだ。

 

(ついやってしまった...)

 

一つ年上の人に頭を撫でるなんてことは普通しないだろう。

 

(...ちょっと待って。つっきーは年上。年上に敬語を使わない...?)

 

「園子?」

「な、なんでもないで...なんでもないよ。つっきー先輩!」

「先輩?」

「じゃあ、時間が勿体ないし早く行こう!!」

「え、あ、園子!?」

 

敬語は咄嗟に出せず、なんとか敬称だけつけた私は、つっきーの腕をとって歩きだした。

 

(大丈夫。これから取り返すんだから...!)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「つっきー先輩、どれにする?」

「...じゃあ、このパスタにする」

「成る程成る程...じゃあ私はこれー!」

 

メニューを確認した後店員さんに注文をして、俺はコップに入っていた水を一口飲んだ。

 

(......妙なんだよなぁ)

 

何が、というのは、目の前の彼女についてだった。いるのは特段変わった様子のない乃木園子である。

 

(前髪は...いや、切ってる感じしないし。イヤリングとかもつけるタイプじゃないし)

 

しかし、俺は園子のことを見つめて色々考えていた。

 

「つっきー先輩?どうしたの?」

「ぁ、いや...」

 

理由は、この先輩つきの呼び方にあった。小学生の園子ちゃんは俺のことをつっきー先輩と呼ぶが、俺の一つ年下の中三園子は、普段から俺のことをつっきーと呼ぶ。

 

しかし、今日は出会って少ししてからずっと先輩つき。呼び慣れないからか彼女の言い方もどこかつっかかるものだったなら、何でこうなったのか考える必要がある。

 

かといって記憶を巡ってもここ数日変だった感じはしないし、今なんて鈍感な彼氏が気づかなさそうなポイントばかり探していた。

 

(俺は彼氏じゃないし、園子は彼女じゃないんだが...)

 

すっと視線を落としても、綺麗に揃った指と爪が見えるだけ_______

 

(槍を握ってマメが出来てるのは知ってるが、そんなの今関係ないし)

 

「つっきー先輩?」

「?」

「どうかした?」

「いや、別に...」

 

(聞いた方が良いのかな...)

 

何かしてしまったなら謝りたいし、メモを埋めるためなら少し怒りたい。

 

色々考えてると、園子がすっと手を机の下に隠した。

 

「見すぎだよ...」

「あ、そんなつもりは......」

「......つっきー先輩、面白くない?」

「へ?」

「私と一緒にいるの、面白くないかな...?」

 

しばらく悩んでたからなのか、園子に言われたのはそんなこと。俺の返事は決まりきっていた。

 

「そんなわけないだろ」

「あうっ」

 

おでこに小さく、痛くないようにデコピンをかます。

 

「俺は園子と一緒にいるだけで楽しいよ」

「つっきー...本当?」

「嘘はつかない」

「心から思ってる?」

「思ってる」

「つっきーは私のこと好き?」

「好き好き...で、先輩がつかないってことは、もしかしてそれで悩んでつけてたのか?」

「...察しが良すぎるのは嫌い」

「それだけ園子のことも分かってきたってことだ」

「むー...」

 

奇想天外な行動も多いけど、初対面の時からはずっと分かってきた。

 

「なんでそれで気づかないの...」

「何が?」

「何でもない!聞こえないフリしてて!」

「んな理不尽な...」

 

困惑してる間に、俺のパスタと園子のオムライスが届く。フォークに伸ばそうとした俺の手は、園子が全部のフォークを奪ったせいで掴めなかった。ついでにパスタも取られる。

 

「えーと......園子さん?」

「つっきーなんて困っちゃえばいいんだ」

「確かに困るが...いや待て。そっち?」

「今日の私は女王様なんよ。拒否権はないぞ。執事よ」

「確かに王様ゲームの命令だけど...!」

 

パスタをフォークにまいた園子(女王様)は、そのまま手をまっすぐ伸ばして動かない。カルボナーラだったので黄色と白のソースがよく絡んで旨そうだが、俺もすぐに飛びつかなかった。

 

お店の窓側席。園子がちょっと声を大きくしてたため注目してるギャラリー。強制的なあーん。スリーアウトである。

 

「その」

「拒否権はないぞ。執事よ」

「こ...」

「拒否権はないぞ。執事よ」

「......」

「拒否権は」

「あーもー分かったよ!!」

恥ずかしいのも確かだが、園子にやられて嬉しがっている自分も否定できない。周りの視線を感じながら、俺はなるべく大きく口を開けた。

 

「ぁー」

「はい、あ~ん」

「ん...」

「お味はー?」

「...美味しいよ」

 

(俺の知ってるカルボナーラじゃない感じがするけど)

 

勿論そんな筈はないが、雰囲気に飲まれた俺に判別は出来ない。

 

(切り替えろ俺。周りのことは気にせず、集中...)

 

「そっかそっか~!じゃあ私も」

「!」

 

その瞬間、俺はスプーンを纏めて取った。ついでにオムライスも取り、素早くすくう。

 

「つっきー?」

「お嬢様の手を煩わせるわけには参りません。今度はこの執事が」

 

(同じだけ味わえ!)

 

「わーい!頂きまーす!!」

「...あれ?」

 

 

 

 

 

その後、30分くらいかけて全てを食べさせあった俺達。

 

数日後、店の外からたまたま目撃したらしい裕翔はこう言ってきた。

 

『人類にあれを見て砂糖を吐き出さない人種は少ないから、二度とあんな目立つ場所でやるな。もぐぞ』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

午前中は計画通り、超純愛ものの映画を見た。ヤンキーだった男の子とクラスの委員長だった女の子の話。

 

どこかで見たことあるような感じはあったけど凄く面白かったし、女の子の動きが参考に出来そうと見ていた。

 

でも、お昼でほとんど覆されてしまった。結局は私の一人相撲だった。

 

そこからはもういつも通り。振り回して、甘えて。

 

『すっかり元通りだな...でもよかった』

 

あと、今日は帰り道に言われたことが凄く嬉しかった。

 

『結局、俺も一日中楽しかったしな』

 

それはつまり、午前中の私も一緒にいて楽しかったってことで__________普通でも、そうじゃなくても、どんな私でもそう思っていてくれているということで。

 

嬉しかったし、心臓がばくばく言ってるのを止められなかった。

 

 

 

 

 

でも、だからこそ分かった。今日はそれを疑ってたのだから。

 

つっきーは確かに、少し疲れてそうではあった。多分、私が相手だと凄い疲れるとかではなく、一日動いてたからだとは思うけど。

 

でも、つっきーは先週も予定があって、最近の勇者部での動きも見てればあまり休めてないことは分かっているのだ。本人に言えばきっと否定するけど。

 

だったら、私は何が出来るか。普段疲れさせる側に回りがちな私に出来ることはなんなのか。

 

「んっ、んっ...!」

「あー、そこ。もう少し強く」

 

結論がこうだった。

 

「でもまさか、突然マッサージするなんて言い出すとはな...」

「だってつっきー、こんなに凝ってるから...!」

「自分のなんて分からないからなんとも言えんが...あ、それは流石に痛い」

 

つっきーの部屋までついていって、マッサージを敢行する。帰り道の途中だとつっきーは断ろうとするからそこまでずっと腕を組んで一緒に行き、頑固に迫った。

 

うつ伏せで寝てるつっきーの肩を、私が揉んでいく。つっきーの肩はガチガチに固かったけど、十分くらい揉んだら少し柔らかくなってきた。

 

「どうかな?」

「んー、上手いと思うぞ...肩の辺り暖まって眠くなってきた......」

「寝てもいいんよ?」

「いや、誰がお前のこと送るんだよ。もう外も暗くなってきてるし...ふぁ...」

「そんな眠そうなのに?」

「なんか、急に睡魔が......」

 

気づけば、つっきーはうつ伏せのまま寝息をたてていた。

 

(あれー...睡眠薬とか使ってないんだけどなぁ)

 

それだけ安心してくれてるのかと思うと嬉しくなるし、少し寝転がっただけで眠くなるくらい疲れてるなら申し訳なく思う。

 

後は__________少しの緊張。

 

(私だって、いつもつっきーに振り回されてるんだよ...?)

 

人の気も知らないで、いや、自分から気にしないようにしてるのかは分からないけど、言葉や行動で気持ちを揺さぶられることが多くて。

 

今だって自分の部屋まで女の子を通しておいて、無防備に寝ちゃっている。私がそんなに何もしないと思っているのか________

 

(私だって、自分で自分のこと止められるか分からないのに......)

 

王様ゲームの時も、最後にはつっきーを指名した。

 

今だってそう。いつの間にか、つっきーに寄りかかるように体を倒してしまっている私がいる。

 

(...動き出す、べきなのかな)

 

関係を変えたいとは思う。でも、その先が怖いから進めない。今一緒に住んでいる友達でさえ、このことについては手を抜かないだろうから。

 

(......動かないのなら、もう少し。まだ、少しだけ)

 

今日一日のような空間を、今この時のような瞬間を、味わっていたい。そう思った。

 

 

 

 

 

「園子!」

「はいぃ!?」

 

突然の大声に飛び起きる。目の前にいたつっきーは__________

 

「...つっきー?」

「アタシが椿に見えるか?」

 

目の前にいたのはミノさんだった。周りを見渡せば、つっきーの部屋じゃなく私の部屋に変わっている。

 

「...夢?」

「夢じゃない。事情は話すけど先に夕飯にしよ。冷めちゃうから」

「あ、はーい」

 

ミノさんに続いて部屋を出ようとしたところで、時間が気になってスマホをつけた。もう八時を回った時刻と、新着のメッセージ通知が届いている。

 

『俺も皆も、園子の側にいるからな』

 

「んー?」

 

文面を見て、それ以外に何か書かれていないか確認して、結局何も無かった。これだけだと唐突に脈絡のない話題をふられただけ。

 

なのに、心はほんのり暖かくなっている。

 

「...ありがとう。っと」

 

だから私は、つっきーのことをもっと振り回したいと思うくらいに夢中なのだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「悪いな。わざわざ来てもらって」

「それはいいけどびっくりしたわ。亀の親子かと」

「小亀は親亀の上に乗るんだっけ...?」

 

園子のマッサージが気持ちよかったのか、いつの間にか俺は寝てしまっていた。目が覚めた時には外がかなり暗くなっていて、自分の違和感にも気づいた。

 

「知らない」

「あ、そう...」

 

やたら体が重く感じた原因は園子だった。何故か彼女は寝ていて、俺に覆い被さっていたのだ。慌てて起きようとした俺だが、首が動くギリギリで見える園子が気持ち良さそうにしてたこと、俺のベッドで彼女をどかしながら起きようとすると壁か床に叩きつけてしまうことを考慮して、近くにあった携帯へ手を伸ばしたのだ。

 

電話をかけた相手である銀は、園子を連れて帰るため10分くらいで来てくれた。

 

「にしても、園子もなかなか起きないな」

「ここ数日は色々パソコン使ってたりしてたからかな。もしくは今日はしゃぎ過ぎたんじゃない?」

「確かにはしゃいでたけどな...ま、後は頼む」

「頼まれました。じゃあね」

「あぁ」

 

相変わらずの動きで帰っていく銀を見送ってから、俺は部屋を出ようと_____して、スマホをつける。

 

(まぁ、覚えてなきゃ誤魔化せばいいし...)

 

『やだ...もう、離れないで......』

 

それは、聞こえてきた彼女の寝言。二年近く誰かと触れる機会が少なかった、一人でいた少女の気持ち。

 

『俺も皆も、絶対園子から離れないから』

 

(......)

 

書き込みをして、メールの送信ボタンを押そうとした俺は、その指を止めた。

 

(......違うか)

 

神が干渉してくるような世界で色々してきた俺が、この文言を躊躇った。

 

別に、離れるつもりなんてさらさらない。しかし、いや、だからこそ。強制力に縛られず、己の意志で貫くために。

 

『俺も皆も、園子の側にいるからな』

 

「...これでいいか」

 

躊躇なく送信ボタンを押した俺は、スマホをベッドに放って部屋を出た。今日は俺が夕飯を作るつもりで__________

 

「あれ、椿、あの子ともう寝なくていいの?」

「......タイム」

 

リビングにいた母親の言葉に、思わず開けた扉を閉めた。

 

(まぁ、そうよな。あの部屋の扉開いてたし。俺も園子も寝てたから気づかないし)

 

俺は静かに膝をつき、頭を抱える。

 

(......見られたぁぁぁぁぁぁ!!!)

 

今日一番恥ずかしい事実を認識した俺は、声にならない悲鳴をあげた。

 

 

 

 

 

まぁ、恥ずかしさ以上のものを味わえてはいるし、それで良いと思える自分がいるのだが。

 

 

 

 

 

 



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短編 最強と最恐のバレンタイン

昨日はバレンタインでしたね。自分は今年簡単なものを自作し配布、その上三つも貰いました。ま、全部男友達からなんですけどね。

気を取り直して...今回はバレンタイン短編です。遅れて申し訳ない...『慣れない二人』を書いたものですから思ったより時間がかかってしまった。

誰かはすぐに分かります。それではどうぞ。


時刻は午前六時。扉をノックするものの、いつも通り向こうからの返事はない。

 

「はぁ...入るぞー」

 

躊躇うことなく合鍵を差し込んで扉を動かすも、やはり反応はなし。カーテンが閉まった薄暗い部屋を俺は進む。

 

「ほら、朝だぞっ」

 

目的地は数歩先にあるベッド。部屋の主である彼女を揺らすと、ごろんと寝返りを打った。

 

普段の凜とした姿はなく、自堕落という言葉が似合いそうな少女。それでいて美少女なのは一目で分かるから目線に困る。

 

「んっ...」

「むぐっ」

 

見惚れてた俺は自覚するより早く首に腕を回され、ベッドへ向けて引き込まれた。とてもじゃないが対応できる速さじゃない。

 

布団とは別の柔らかさと、理性を狂わせてくる香りが同時に襲ってくる。

 

「寝てるわ...」

「バカ言え。起きてるだろうが」

「...つまらないわね」

「その速度で来られれば分かるっての......早く離してくれ」

「...嫌よ」

 

恐らくノックの音で起きていた彼女は、より力を込めて俺を自身の胸元へ誘うように抱きしめてきた。誘惑に耐える訓練としては朝から最高級のメニューだが、普通に理性が辛い。

「早くしろ!飯作ってくれ!」

「...仕方ないわね」

 

やっと解放されて彼女の顔を見ると、普段通りの顔に戻っていた。やはり眠そうにしていたのは演技だったのだろう。

 

てきぱきと布団を整え始めたのを見て、俺は改めて口にした。

 

「はぁ...頼むわ、レン」

「分かっているわ。この弥勒に任せなさい」

 

 

 

 

 

『最強』とは、 読んで字の如く最も強いことを指す。どんな分野であれ、最強は他より秀でており、その畏怖や敬意を込めて呼ばれるものであろう。

 

では、俺にとって分かりやすい最強はなんだろうか。答えを率直に言うならば、俺自身には最強と誇れることがない。しかし、多くの分野で最強である人物が側にいるのですぐ分かる。と言ったところだろうか。

 

そう思えるくらいには、彼女は__________弥勒蓮華(みろく れんげ)は凄かった。

 

どんな状況でも目に止まるであろう綺麗な肌、自らの手で着飾っているとは思えない艶やかな髪、他者を魅了してやまない容姿。

 

鏑矢(かぶらや)として鍛え上げられた肉体は仕上がっており、勉学に関しても高成績を取り続けている。

 

更に家事は万能。器用貧乏ではなく、料理、洗濯、掃除、どれも高水準で纏まっている。器用万能とでも言えば良いのだろうか。

 

(まぁ最後のは比較対象が俺達三人と俺の母親しかいないから微妙なところだが)

 

今朝食を作っているのは彼女が望んでいるからでもあるが、作るのがメンバー内で一番上手いからでもあった。

 

『体は全てにおいての資本。その己の体に入れる食べ物には、どれだけこだわってもいいのよ』

 

それは、彼女がいつだか言った言葉。気持ちは分かるし、俺も彼女の料理を食べ初めてから体が元気になった気がする。

 

まさしく非の打ち所のない、弱点など何もない彼女だったが__________俺の知る中で唯一、増えた弱点がある。

 

「おうツキ、ロックは起こしたんか?」

「あぁ。もうすぐ料理が出来るだろうから待ってくれ」

「了解や」

 

椅子に座っていたのは桐生静(きりゅう しずか)。灰色の髪をアップで纏め、配給された制服に自分で買った上着を着ている同級生の少女である。

 

話を戻して、彼女に増えた弱点は朝自分から起きなくなったことだった。朝食を担当するにも関わらず放っておくと誰よりも起きない。そんな厄介なことになった原因はより特殊、というか理解不能で、なんとも言えなかった。

「にしても、今から夫婦みたいやな。結婚式はウチがスピーチしたるで」

「えぇ...やめてくれ、俺とあいつはそんな関係じゃないから」

「毎朝やることやっといて信じると思うか?」

「ただ起こしてるだけだから...」

「ツキがいなければロックがこんな遅起きにもならへんかったし。ていうか乙女よな~?」

「乙女...か?あの行動が?」

 

静の言うことが理解出来ないまま返事だけはする。正直乙女なら男に寝てる姿を見せようとはしないと感じてしまった。

 

『私、これからは椿に起こしてもらうわ。このくらい聞いてくれるわよね?』

 

そう言った次の日から、彼女はぱったり自力で起きなくなった。そのせいでほぼ毎日俺が起こすようになったし、レンが抱きついてきたりしてくるようになった。

 

「...静」

「んー?」

「何であいつ、俺に頼んできたんだろ」

「またそれかいな。聞き飽きたわ」

「だって...」

 

タイミングを逃しがちで今も聞けていないが、とてつもなく優秀な彼女が何でそんな非効率なことを言ってきたのか、未だに謎だったりする。

 

「ウチが男ならそんなこと気にせんで。美少女が起こしてーって言ってくるの嬉しいやろ?それでいいんとちゃうの?」

「チッ......」

静の言い方が気にくわず、思わず舌打ちをした。こうして弄ってくるネタを提供し過ぎているところは感じているものの、聞かないと分からないことも多くどうしようもない。

 

「おはようー...」

「おうアカナ、おはようさん」

「朝飯はもう少し待っててくれ」

「レンちは起きたんですか?」

「起こしたから俺がここにいる」

「そっか...じゃあ待とうかな」

 

部屋に入ってきたのは、レンと同じ鏑矢である赤嶺友奈。ピンクに近い髪を結びながら現れた少女は、小さくしたあくびを噛み殺す。

 

弥勒蓮華、赤嶺友奈、桐生静、そして俺、古雪椿。この四人が現在この寮に住むメンバーである。各個室にリビングとして使える広間、他にはキッチン等々。

 

男である俺が混ざってたり、たった四人にしては大きな寮の使用というのには当然意図的なものがある。

 

神世紀元年__________いや、西暦の末辺りと言った方が正しいだろう。人間に害をもたらす妖魔が現れ、それらから人類を救う勇者様が現れた。

 

それから約70年。終末戦争と呼ばれるようになったあの時代に巻き戻るような事件が、平和になった今、起きようとしていた。今度は妖魔の仕業ではなく、人間の手によって。

 

より簡単に言うならば、無差別テロと言ってもいいだろう。それを止める神事は、普通の無病息災や五穀豊穣のものではない。神樹様に選ばれた無垢な少女によって行使する超常的な力によって厄を祓う必要があるのだ。

 

その力を使う者を大赦によって呼称されたのが、鏑矢。つまり、レンと友奈である。

 

今はまだ修行中の身である二人と、二人のサポートをする巫女として派遣された静。これで三人。

 

そして俺は、大赦から派遣された鏑矢の教育担当兼護衛担当である。待遇の良さ、男一人なら護衛としてつかせるにせよ距離は離した方が良いという判断でこんな寮染みたシェアハウス状態になっている。

 

(ま、もう名ばかりだけどな)

 

最初の方こそレンと友奈に指導していた立場だが、流石は神に選ばれし者と言えば良いのか、最近はレベルが明らかに違っていた。俺ではなく大赦本部に赴きかの勇者様に見て貰いに行くほどには。

 

お陰で最近の俺はただレンを起こしたり暇な時間に買い出しに出たりするだけである。一度大赦の指示で追い出されそうになったが、レンをはじめ三人が怒って止めた。

 

「あ、そうやツキ」

「え?」

「はいこれ」

 

すっと渡されたのは、有名な棒状お菓子の箱。先にチョコがついてる奴だ。確か最近出たばかりの苺味。

 

「どうした?手にいれたぞって自慢か?」

「アホか。今日が何日か忘れたんか?」

「今日なんて別に...あぁ、そういうこと」

 

先週は俺の誕生日を祝ってもらったが、今日は世間で言うバレンタインデーである。

 

「じゃああれか?いつも通りくれるのか?」

「そうや。義理やけどな。ありがたく受け取り」

「あぁ。ありがと」

「じゃあツキ先輩、私もあげますね」

 

友奈のポケットから渡されたのは、丁寧に包装されたピンクの箱だった。

 

「いいのか?こんな凄そうなの」

「中身は私の手作りですよ」

「尚更嬉しいよ。ありがと、大事に食べさせて貰うな」

「はい!」

「ウチのと反応が全然違うなー?え~?」

「お前は新鮮味がないしな。ここ数年毎年貰ってるし」

 

俺と静だけは部署的な問題もあって、以前から交流があった。それだからか、毎年変わらず同じようなのを貰っているし、俺も毎年同じようなものをあげている。

 

「まぁでも、嬉しいよ。ありがとな」

「分かればええんや。いつもの期待しとるで?」

「はいはい」

「皆、料理が出来たわ」

「待ってたよレンち!!」

「運ぶの手伝うぞ」

「そうね。じゃあ椿、ついてきなさい」

 

レンの指示に従って、俺は部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

「なぁアカナ。勝負せぇへん?」

「勝負?」

「ロックが今日成功するか」

「えー、すると思いますけど?」

「でも相手はツキやで?恋人までにはいかない気がするんやけど」

「レンちの性格的に成功させるまで動かないと思うんですよねー...」

「じゃあ決まりな。ウチは成功しないというか進展なし、アカナは進展ありで。これでえぇ?」

「500円玉...いいですよ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「待たせたわね」

「稽古なんだから仕方ないだろ。ていうかお疲れ様」

「...」

「...」

「......」

「...はぁ。分かった」

 

動こうとしないレンの頭を撫でると、満足げに手を腰に当てた。

 

「それでいいのよ。最初からしなさい」

「と、言われてもなぁ...」

 

いつだかから要求されるようになったが、俺は未だに慣れない。

 

「弥勒からお願いしてるのよ。遠慮はいらないわ」

「....ま、そのうちな。そんで今日はどうだった?」

「露骨な話題変更ね...まぁいいわ」

 

そう言うと、レンの顔は一瞬で真面目なものになる。

 

「と言っても特に普段と変わることはなかったわ...相変わらず、あの方が全盛期だった時代が怖く感じるくらいね」

「いつも思うが、お前がそこまで言うって珍しいよな」

「同年代だったら弥勒の威光が少し薄くなったかも」

「それそれ」

 

何度か聞いてきたフレーズを初めて耳にした時は、正直衝撃をうけた。俺は直接見れるような立場じゃないため、比較することも何か言うことも出来ない。

 

「でも、それなら尚更俺の必要性ってどこにあったのって話だな...」

「初めからあの人に教わってたら、友奈と弥勒は潰れてたかもしれないわ。そして、大赦としても弥勒達の成長が想定外だったのでしょう。それはつまり、貴方の教えが良かったからに他ならないわ」

「......ありがと」

 

流れるようなフォローに返せた言葉はそれだけだった。間違いなく赤い顔を見せまいとレンの反対側を向く。

 

「で、これから何するんだ?」

「弥勒にその質問をするのかしら?」

「いや、お前に呼ばれて来たんだが...」

「全く...どうしてこれで気づかないのかしら」

「へ?」

「...何でもないわ。とりあえずついてきなさい」

「あ、おい!」

 

レンに手を掴まれた俺は、少し引きずられるように歩きだした。

 

 

 

 

 

「ここよ」

「ここは...」

 

レンに連れてこられたのは、ショッピングモールの一角だった。壁に張られたバルーンで『Happy Valentine!!』と描かれている。

 

「今日はバレンタインデー。知ってるでしょ?」

「そりゃ...でも、 ちょっと意外だ」

「何が?」

「レンが俺だけ連れて来るなんて」

 

クリスマスやハロウィン等、イベントには積極的ではないにせよ参加してる彼女だが、大体は四人で動いてきたため俺だけ呼ばれるのが意外ではあった。

 

「静や友奈にあげる用か?」

「......そうね。それも買うわ。でも貴方を呼んだのは別の目的があるのよ」

「別の?」

「男性が好きなチョコというのを弥勒に教えて貰えるかしら?」

「!」

 

一瞬ドキッとしたが、すぐに平静を保つ。レンはこうした動揺にすぐ気づくし、理由を聞いてくることも多い。

 

『自分に貰えるかも』なんて考えは、読み取られない方が良いに決まってるのだ。

 

(二人にあげて俺だけくれないのは見てくれも悪いだろうし、普通にくれはするだろうけど...)

 

一人だけ呼び出して好みを聞いてくるのを勘ぐらずにはいられない。

 

(それとも...他の誰かなのかな)

 

小さな違和感が俺を襲ってきたが、構わず口を開いた。

 

「俺の意見でいいのか?」

「いいのよ。一意見として聞きたいだけだから」

「成る程...今日渡すのか?」

「明日には回さないでしょうね。呼ばなくても会えるし」

「そっか」

 

(レンは誰かと会って......?)

 

さっきの違和感が強くなった気がして、俺は胸の辺りを静かに抑えた。

 

________最近のレンの交遊関係で男はいなかった。しかし、物事に絶対はない。きっと、大赦本部にいる人とか、お世話になった人だろう。

 

別に何も不思議なことはなく、寧ろ予想できること。レンが笑顔で誰かにチョコをあげている姿_________

 

(じゃあ、何で俺は......)

 

想像することすらどこか抵抗を覚えている自分がいる。そのことに俺は戸惑っていた。

 

「椿?」

「!な、何だ?」

「何だ。ではなく、教えてくれる?」

「あ、あぁ...」

 

 

 

 

 

「はぁ...」

 

手で抱えた冷たい水を躊躇うことなく顔に当てたると、体の芯からぐっと冷えた気がした。

 

(何やってんだか。俺は)

 

感情や状況を整理すれば、これが『嫉妬』だというのはすぐ分かった。

 

(好き...とは違うのかな。憧れを取られたことへのもの...独占欲?)

 

だけど、俺にそんな権利はない。別にレンは俺の彼女じゃないし、そうなることはないだろう。俺なんかが『最強』の隣にいるのは似合わない。

 

(とりあえず迷ってる暇はないか。待たせてるし)

 

「...っし!」

 

気合いを入れ直し、顔をタオルで拭いてからトイレから出た。レンは今頃買い物を済ませて__________

 

「!」

 

見えたのは、彼女と喋る知らない男性だった。

 

(あぁ、じゃああれが...)

 

買ってすぐ行動というのは、思いきりの良い彼女らしいと言えるだろう。折角整えた感情が揺れているのを自覚しながらも、俺は邪魔しないよう少し離れ__________

 

「何度も言わせないで。弥勒は貴方のような人間と話す価値を感じないわ」

「そんなこと言わずにさ?お、チョコも沢山買ってるね...友達にかな?一つくれない?」

「だから貴方とは」

「つれないこと言うなよ~。ね?ちょっとくらい...!」

「!」

 

(弱点は肩の柔軟性)

 

気づいた時には体が動いていた。彼女へ伸ばされていた手を掴み、見極めた相手にとって痛みを感じやすい捻り方をする。

 

「いでででっ!?」

「さっさとここから離れろ。これ以上は肩が外れかねないぞ」

 

バッと離してやれば、文句を垂らしながら男は逃げていった。

 

「助かったわ椿」

「いや、寧ろ遅れて悪かった。本来こういうのが俺の仕事だからな...」

 

最も、今なら静以外の二人はあの程度完封出来るに決まってるのだが。

 

「買いたいものは買えたか?」

「えぇ。完璧よ」

 

見せてくれた袋には、さっき俺が言ったガトーショコラは入っていなかった。

 

(...いや別に、参考にするって言ってただけだし)

 

「貴方を待ってたところにあの輩が寄ってきたの」

「もう呼んだかと思って驚いたぞ...」

「呼んだ?誰を呼ぶの?」

「?買ったやつ渡さないのか?てっきり大赦辺りの人に渡すのを聞いてきたんだと」

「......はぁーっ...」

「何その深いため息」

 

びっくりするくらい大きく長いため息をついたレンは、ギリギリ聞こえるくらい小さな声で「そうよね...無理よね」と言った気がした。

 

「レン?」

「ひとまずいいわ。椿、帰るわよ」

「え、またこれ!?」

 

行きと同じように手を掴まれた俺は、ずるずると引きずられるように帰路についた。

 

 

 

 

 

「いいわよ。入って」

「あ、あぁ...」

 

自宅まで帰って来た俺達は、レンの指示で自分の部屋にいた。数分待てば彼女がやって来て、今度は自分の部屋に来いと言ってくる。

 

朝以外に彼女の部屋に入るのは久々のため、窓から入ってくるオレンジの光にどこか緊張した。

 

「...」

「もっと中に入りなさい」

「うん...ん!?」

 

押し込まれた挙げ句、後から入ってきたレンは部屋の鍵を閉めた。

 

「レン?」

「最初から性には合わないと思っていたの。ただ、二人に言われたし、試してみるのも良いかもって思って」

「へ?何の話だ?」

「でもダメだったわ。相手の反応を伺った後で行動するなんてやはり弥勒には合わないわね」

「いやだから、何の話だよ」

「だから、弥勒らしくいくということよ」

 

そう言うと、レンは置いてあったお皿を取った。皿の上に乗っているのは一目で美味しそうだと分かるガトーショコラ。

 

「椿。私からのバレンタインよ。受け取ってもらえる?」

「!!い、いいのか?」

「その為に作ったのだけど...あ、あと一つ。これは本命よ」

「!?!?」

 

立て続けに言われたことに動揺が隠せない。レンは嘘をつくようなタイプじゃないと知っているから尚更。

 

「折角告白したわけだし、返事を聞いてから渡そうかしら」

「い、いやちょっと待て!!本命!?告白!?」

「そうよ。弥勒は椿のことが好きなの」

「いやいや...俺はただの凡人だぞ。そんな俺がお前の恋人なんて」

「貴方は弥勒のことが好きなの?好きかか嫌いかで答えなさい」

「そ、そりゃ好きだけど...」

「なら余計なことは考えず、この弥勒に快い返事をしなさい」

「え、っと......」

「...はぁ。ま、普段のアピールが効かない時点でこうなることは予測できたわ。ヘタレみたいだし」

「ヘタレってお前ひど...うおっ!?」

 

ベッドに倒された俺に、スプリングの音が響いた。立ち上がる暇もなくレンが乗っかって来て、ガトーショコラを口に含ませてきた。

 

 

 

 

 

彼女が食べたガトーショコラを、俺の口へ。

 

 

 

 

 

「!?!?!?」

「んっ...ちゅ...」

 

目を見開けばくっついている彼女がいて、生温かく己の意思とは関係なしに動くものが口に入ってきたことに固まってしまった。

 

人間の本能的に呼吸はしようとするも、口は空気を吸うことが出来ず流し込まれてきたガトーショコラをひたすら飲み込むだけだった。たまにざらっとした感覚のものが舌を走る。

 

体の動きも封じられてしまい、為す術なくされるがままだった。

 

「...ぷはっ」

「はっ、はあっ...れ、レン!?お前......!!」

「分かったかしら?これが弥勒の覚悟よ」

 

どことなく嬉しそうなレンに、俺の思考は完全に停止した。

「まさか、少なくとも嫌いではない相手にここまでされて、付き合わないという選択はしないわよね?」

「い、いや、それとこれとは話が違うような...」

「しないわよね??」

「......ハイ」

 

眼力に屈服する。こんなところで彼女の新たな強い所を知りたくなかった。

 

「よろしい...ではこれからよろしくね?椿」

 

 

 

 

 

「お、ツキ。ロックから貰ったんか?」

「静、友奈...」

 

テーブルに寄ってくる二人のうち、静が指をさした。指先は俺の目の前をさしていて、俺と一緒にレンの部屋から出たガトーショコラが置いてある。

 

『じゃあ椿。貴方はこれを持って部屋を出なさい。私は色々やってから夕飯を作るから、二人にはその時言いましょう』

 

あの後、早口なレンに追い出された俺は、広間でひたすら呆けていた。ガトーショコラにも手をつけておらず、少し欠けた状態のままだ。

 

というか、今日一日で色んなことがありすぎたせいで、完全にキャパシティをオーバーしている。俺にはすぐ動くなんて無理だ。

 

「どうかしました?疲れてそうですけど」

「あー...なんというか、色々あったというか......」

「「!!」」

「ま、まさか...いや、後でロックに確認や。こんなだらけたツキ見たことないから聞いても無駄やろ」

「そ、そうですね...」

「聞こえてるぞお前ら。何を確認するんだ?」

「い、いや、あははー...そ、それよりそれ!!どうやった!?美味しかったか!?」

「昨日私とレンちで作ってたんですよ。それはレンちだけで一生懸命作ってましたけど」

 

友奈の言葉を聞いて、ガトーショコラを見つめる。お店で売られてても文句なしであろうレベルを作れる辺り、流石だろう。

 

「まぁ、美味かったしな...」

「なんや、パッとしない返事やな。もっとこう具体性はないんか?」

「具体性...」

 

思い返されるのはチョコの味ではなく、チョコを食べた時のこと。言うならあのチョコは__________

 

「キスの味がしたな」

「「......はぁ!?」」

「......!?!?いや待て!?違うぞ!?!?」

 

ボケたままの頭が失敗をしたことに気づいた俺だったが、その先はどうしようもなかった。

 

数日後になってやっと、俺にとっての最強に弱点が一つ増えたことを知るが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(してしまったわ...はしたないと思われてなければ良いのだけど)

 

実行に移すまでは一切なかった羞恥心に突然襲われ、早口で言いたいことだけ言ってから椿を部屋から追い出してしまった私は、思わずベッドに飛び込んだ。

 

「はぁ...」

 

事前調査で得た椿のチョコの好み、それを作ったのは完璧。当日念のために確認するまでもスムーズ。

 

しかし、普通ではないチョコの渡し方、なかなか強引な告白の了承。どれも先日二人と会話したプランには入っていなかった。

 

(でも、椿が悪いのよ...)

 

普段から抱きしめたり頭を撫でてもらったりとそれなりのアピールはしてたのに、それ以上の進展はなし。であれば私から攻めるしかない。多少強引な手ではあったかもしれないけど__________

 

『俺にとって最強はお前だよ』

 

以前、そんなことを言われたことがある。彼の言う通り私が最強であるならば、彼はなんなのか。

 

『友奈と比べると足回りが弱いぞ』

 

最初は別に、何も思わず、実力もすぐに追い抜いた。弥勒蓮華にとって見所が多かったわけでもなく、何一つ障害ではない。

 

『ふーん...お、今日のカレー美味いな』

 

でも、気づいた時には目で追うことが増え、近くにいることも増えた。

 

『かの勇者様だろ?どうだった?』

 

同時に、心が揺れることが多くなった。 はっきりした出来事はない。それでも、確実に。

 

『レン、起きろよ』

 

弥勒蓮華は最強。私自身も強くあれと生きてきた。であれば古雪椿の隣は、私が最強でなくなってしまう場所。

 

これまでの人生に嘘偽りがあったわけではないが、理解しやすく表現するならば、彼の隣が心地よく、自分をさらけ出しやすい場所。

 

(...寧ろ、私が私らしくなくなってしまう場所。でも、それが嬉しく、喜ばしく感じでしまう場所)

 

そして、気づけば__________愛しくなってしまった。告白し、彼女という枠を取りたくなってしまうほどには。

 

(私が最強なら...貴方は最恐よ。椿)

 

そう思いながら、私はゆっくり目を閉じた。

 

夕飯の支度をしなければならないが、今だけは感情の整理をしたい。

 

ずっと渦巻いていた喜びや嬉しさの興奮を沈めるためにも。

 

(...とりあえず、体が冷えるまでは......ね)

 

それまでは、『最恐』の温もりが残ったベッドにいたかった。

 

 

 

 

 




設定資料
古雪椿
家が大赦系列であり、自身も幼い頃から大赦に勤めている16歳。年が近く観察能力に長けている点、大赦の訓練により運動能力が高くなった点(本編の椿よりかなりスペックが高い)を考慮され、鏑矢の教育担当になった。一年ずっと対応する予定だったが、鏑矢の成長が著しく勇者様の時間を割くことになった。
この椿が恋愛に疎いのは、単純に今まで恋の経験がなかったから。
ちなみに弥勒蓮華をレンと呼ぶのは、自己紹介で『げ』を聞き逃したから。しばらくして愛称として呼ぶことになる。

弥勒蓮華
鏑矢の15歳。いつの間にか椿のことが好きになっていて、自分の気持ちを確かめるためにも朝起こしてもらったりしていた。結果は少しわがままになった。
自分の信念を強く信じるが、今回は他の二人に相談し、ねじ曲げてまで演技をしようとした。結果は無駄だった。

桐生静
巫女の16歳。エセ大阪弁で喋る。椿とは大赦本部で会う機会も多かった。二人の状況を一番楽しんでいる。

赤嶺友奈
鏑矢の15歳。四人の中での癒し枠。一番年下というのもあって可愛がられがち。筋トレが趣味。


後書き
今回神世紀72年を舞台に、初めて蓮華と静を出してみました。万が一原作アニメと自分の作品しか見てなくて、誰?という方がいましたら、原作(ゆゆゆいアプリ)の方を調べてみてください。まぁそこまで詳しい設定はまだまだ出てないと思ってますが...


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ゆゆゆい編 55話

新型コロナの影響で、ゆゆゆの感謝祭、スタンプラリーが予定通り行われなくなってしまいましたね...仕方ないとは思ってますが、残念。いずれ別の機会が生まれればいいなと思います。皆さんも気をつけて。


「調査表を作る?」

「はい。ご協力して頂けますか?」

 

ある日の放課後。いつも通り勇者部の活動として幼稚園の手伝いをした帰り道、ひなたがそんなことを言ってきた。簡単に纏めれば、大赦に提出するための書類作成だ。

 

最初にこの世界へ召喚されたこともあって、今いる巫女の中で代表のような形であるひなたへ大赦から依頼がくるのは理解できるし、それを(勇者かどうかはともかく)勇者の一員として活動している俺へお願いしてくるのも分かる。ただ。

 

「いや、俺に断る理由はないが...もう俺はとっくの昔に大赦へ情報渡してるぞ?春信さんともよく会ってるし、装備の調整とかでちょくちょくサイズは計測してもらってるし」

「今回は事務的なことではなく、普段の生活等についてですね。自然体でいて欲しいということで私へ頼んできたのだと...」

「んー......それならまず、この時代でのデータが少なそうな若葉とかからじゃ」

「若葉ちゃんのは私が既に提出していますし、他の西暦の方々は基本的にもう済ませているんです」

 

(...ツッコミしたら負け。ツッコミしたら負け......)

 

確かに、もうこの世界もそれなりに長い期間が過ぎているわけで、情報が少ない彼女達からやるのは当然とも言えた。ひなたが言った前半部分の違和感は気にしないでいく。

 

「それから、今回は高校へあがった方の環境変化を報告するもので...つまり、椿さんと風さんだけなんです」

「あー...」

 

防人や小学生組、そして俺達勇者部の初期メンバーは、過去のデータであれば十分情報を取っているのだろう。

 

(俺が高校にいる期間も、もう大分長い筈なんだが...まぁいいや)

 

「風さんは水都さんが担当してくれるそうなので、私が椿さんをという流れになりまして...」

「成る程...分かった。それなら協力する」

「!ありがとうございます!」

「いいよ。寧ろお仕事お疲れ様...それで、俺は何かする必要はあるのか?」

「特に何も必要ありません。強いて言うなら、私の見える場所で生活してくだされば」

「そのくらいは...ん?そしたら高校はどうするんだ?」

 

ひなたは中学生、一方俺は高校生である。通ってる場所が同じでない以上、観察は難しい筈で__________

 

「そこに関しては計画を立てていますから、大丈夫です」

 

しかし、ひなたが自信ありげにそう言ってきたため、俺がそれ以上続けることはなかった。

 

「詳しい日時は後日連絡しますので、改めて、よろしくお願いしますね」

 

 

 

 

 

それから数日。予想外の行動に驚く俺がいた。

 

「上里ひなたです。大赦からの依頼で今日一日こちらでお世話になります、よろしくお願いいたします」

「ふ、藤森水都です!よろしくお願いします!」

 

『讃州高校』にあるクラスで、二人の声が響いた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「朝から来るって分かってても、普段通りの時間に起きて大丈夫ですよって言ったじゃないですか」

「いや、そういうわけにもいかんだろ...」

 

お隣の三ノ輪家の朝食を作る時、椿さんはかなり早く起きると言っていた。その時間を考慮した上で寝顔を見れるよう動いた私は、着替えまで済ませていた椿さんに少し後悔した。

 

(これなら、いつ行うか伝えなければ良かったかもしれません...)

 

「ま、この時間に起きても今日は隣にいく必要ないんたけどな」

「尚更早起きしただけじゃないですか」

「目的はちゃんと別にあるから...ま、入ってくれ」

 

そう言った椿さんは私を家の中へ招き入れる。この期間で様変わりすることもなく、少し見慣れたリビングが私の目に飛び込んできた。

 

「その辺でくつろいでてくれ」

「椿さんは?」

「俺は折角だし弁当作ろっかなって。昨日のうちに風には連絡したし...ついでにお前の分もな」

「!それなら私もお手伝いします!!」

「ゆっくりしててくれれば...分かった。じゃあ手伝って貰うから」

 

私の顔を見て察したのか、椿さんがあっさり折れた。二人で並ぶには少し狭いスペースのキッチンで、それぞれ作業を進める。

 

「ちょっと懐かしいな」

「こうしてるのがですか?」

「あぁ。西暦の時もあっただろ」

「...そうですね」

 

思い出すのは、お花見をする時のこと。確かにあの時も朝早かったし、二人で料理を作った。

 

(てっきり、銀さんとの思い出かと...)

 

「朝は何がいい?米なら弁当用のと一緒に炊いちゃうけど。パンなら食パンな」

「椿さんはどちらにします?」

「昨日の焼きそば」

「私それがいいです」

「マジ?まぁひなたがそう言うなら...じゃあパンにしよ」

「おはよう...ん?あぁ昨日言ってた子?」

「そうそう。おはよう父さん」

 

話してる間に、リビングへ男性が入ってきた。勿論知らない人等ではなく、椿さんのお父様。

 

初対面という訳ではないけど、御両親と話せるのはそうない機会。しっかりシミュレーションもしてきた私は、聞きとりやすいだろう声で言った。

 

「おはようございます。お父様。お邪魔しています」

 

 

 

 

 

椿さんが作った焼きそばをパンに挟んだ焼きそばパンを椿さんの御家族と食べて、同じ家から出て、同じ通学路を歩く。勇者部で帰りは同じことが少なくないものの、登校が一緒というのは珍しくて少し緊張した。

 

(普通であれば学校敷地の違う中学生と高校生なんて、帰りすらいつものようにはいかないですもんね...)

 

折角なのでこの機会を生かして腕を組んでも、椿さんは振りほどこうとしなかった。

 

『断っても構わずしてくるだろ...俺も、別に、嬉しくないわけじゃないし......』

 

最後の方は消え入りそうな感じで言ってたものの、ちゃんと聞き取れた。

 

慣れたような返しもちょっと残念ではあるものの、反らした顔が赤くなってるのはすぐ分かったので寧ろ可愛く思えてしまう。

 

「上里ひなたです。大赦からの依頼で今日一日こちらでお世話になります、よろしくお願いいたします」

「ふ、藤森水都です!よろしくお願いします!」

 

でも、そんな椿さんも私が高校まで一緒についてきた上に、一日クラスメイトになることは予期してなかったらしい。

 

「うちの高校まで何しに来たのかと思ったら...そういうことかよ」

「あたしも驚いたわ。水都も言ってくれればよかったのに」

「あはは...どうせならちょっとしたサプライズにしようって話になったので」

「確かに驚いたな...今日だけなのか?」

「はい!よろしくお願いしますね?」

「任せろ。困ったことがあったら言ってくれ」

「私(わたくし)もお手伝いしますわ」

 

棗さんの言葉に弥勒さんが同意して、風さんが更に乗り、弥勒さんと風さんが小言を言い合う。それを見ている椿さん。

 

(普段からこんな感じなんでしょうね...)

 

やり取りが自然で、日常的にこんなことをしてるんだろうなと感じる瞬間だった。

 

「おい椿!」

「うおっ」

「どういうことだよ!大赦からの依頼って!」

「別に俺が受けたわけじゃないんだが...」

「その子も勇者部だろうが!見たことあるぞ!」

「えーと...」

 

椿さんに突っかかる男性は、ぐりぐりと椿さんの頬を弄る。ちょっと混ざりたいなと思いながらも、なんとか態度は冷静を保つ。

 

「そちらの方は?」

「あぁ。倉橋」

「倉橋裕翔です!よろしく!」

「...まぁ、そういう名前だ。顔は見たことあるんじゃないかな」

「何となくですが...」

「こんな美少女に顔を覚えられてるなんて...ありがとな椿。縁を作ってくれて」

「なんかその笑顔殴りたくなるな」

 

実際に椿さんは握り拳を作る。

 

(勇者部だと、あまり見ない光景ですね...)

 

男の人同士というか、気の良い関係なのはすぐに察することが出来た。

 

「分かった。やめるから構えないで...えと、上里...ちゃんでいいかな?」

「構いませんよ」

「じゃあ上里ちゃん、大赦からの依頼ってなんなの?周りも気になってると思うんだ」

「具体的なことはあまり言えないのですが、同年代からの学校観察を目的としています。年は一つ違いますが近かったので、大赦が私に」

「へー...おい椿、どうなってんだよ?」

「何が?」

 

ひそひそ声のつもりでよく聞こえる大きさで喋っている倉橋先輩に、普通に喋っている椿さん。

 

「大赦から指示がくる上里って、絶対あの上里家の人じゃん。お前乃木家のお嬢様からも弁当貰ってるのに上里家にも手を出してんのかよ」

「手を出すとか言うな...大体こいつは大赦と繋がりがある上里の遠い親戚みたいなもんだし。今の上里家にいるっていう子は年も知らなきゃ会ったこともないよ」

「へー...」

「...いいのひなた?あんな適当なこと言わせてて」

 

今度はちゃんとしたひそひそ声で、私にしか聞こえないようにしながら風さんが聞いてくる。

 

「はい。椿さんと登校中に話してた設定なので。例え話のていで話してたんですけどね」

 

実際に私はこの時代の上里家の人間ではないものの、過去から来ましたなんて説明も出来ない。かといって家として有名過ぎるが故に取った対策だった。

 

「成る程...ならいいわ」

「じゃあじゃあ、そっちの藤森ちゃんは?」

「わ、私ですか!?」

「うん」

「え、えと、私は...」

「勇者部に依頼が来たってんで、こっちで用意したんだよ。自校の観察にならないよう讃州中学の方からな」

「は、はい!」

「そうなのかー...」

「てか、お前らこいつとの長話に付き合ってる暇あるのか?」

『へ?』

 

倉橋さんと女子の数名がきょとんとする中、椿さんが時計を親指で示す。

 

「次の体育、着替え、担当教師」

「あっ」

「不味いですわ!私次遅れると説教ですの!!」

「それは先週あんたが更衣室で長話してたからでしょ!!てか行くわよ二人とも!!」

「は、わわっ!」

「では椿さん。後程」

「あぁ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「いや、後程とは言ったが...」

「いけませんか?」

「そんなことは......まぁ、ないが」

 

女子がいなくなった教室で着替えを済ませ、当番制でやってた体育館からの野球道具出しをするため移動した先に、ついさっき別れたひなたがいた。

 

(確かにこの動きも朝話してたが...)

 

「でもいいのか?」

「私は椿さんの観察が目的なので」

「表の理由は男子体育の視察か」

「はい♪許可も取ってます」

「...ま、それならいいか。どうせなら出すの手伝ってくれ」

「分かりました」

 

体育館の倉庫にあったボール、バット、グローブなんかをスーパーにありそうなカートに載せ、校庭へ向かう。今日は試合形式でやるのでボールは少なめだ。

 

「そういえば、さっきの咄嗟に答えたやつ、あれでよかったか?」

「えぇ。ちゃんと話していたことを思い出してくれて嬉しかったです」

「流石にこういう目的だとは思わなかったけどな...っと、どうかした?」

 

ひなたの顔が思い詰めているようで、動きを止めて聞いてみる。

 

「いえ...似てたな。と思いまして」

「え?何が...って、郡か」

「はい」

 

郡彩夏。性格は確かに違うが、見た目、というか顔のパーツは千景そっくりである。髪の長さや髪型を寄せればパッと見では分かりにくいだろう。

 

何年も一緒に生活してきたひなたとしては、俺より思うことがあるのかもしれない。

 

「よく似ていました......」

「...ひなた?」

「......いえ、若葉ちゃんも子孫である園子さんがいるんですし、分かっていたんですけどね」

「?」

 

感想の意図が読めず、けれども再び始めた歩く速度は緩めない。

 

「私の子孫とおぼしき人が今を生きているなら、私は結婚し、子をなしている...ということです」

「あぁ、そういうことか」

 

合点がいけば整理も早かった。

 

「ひなたみたいな美少女なら大赦の肩書きがなくても引く手数多だろうからな。ていうか大赦がある程度選別しそうだし、そいつも悪い奴じゃないだろ...ま、一番は自分の好きな人が見つかるといいんだが」

「!!」

「え、大丈夫か!?」

 

突然抱えていた数本のバットを落としたひなたは、顔を真っ赤にしていた。

 

「どうした!?熱か!?」

「椿さん!!!」

「はいっ!?んっ!?」

 

きつく抱きしめられた俺は、腹の辺りにあった空気が押し出されていくのを感じると同時に、柔らかい感触と熱に動揺が止まらなくなる。

 

それから声をかけるタイミングを失った俺は、数秒間きつく抱きつかれたままだった。

 

(何これ。どんな状況!?)

 

「ひ、ひなた?大丈夫か?」

「椿さんは...」

「ぇ?」

「椿さんは、羨ましいと思いますか?その、私と結婚する男性が」

 

突拍子もない質問に答えあぐねていると、少しずつ腹と胸の間あたりが絞められていく。俺は何も考えられないまま口を開いた。

 

「え、えっと...羨ましいとは思うよ。相手ひなただし。若葉や大赦に認められるくらいの存在だろうしな」

 

しどろもどろになりながら、手を何処に置けば良いのか分からずわたわた宙で動かしながら答えてから少しして、ひなたがすっと離れる。ちょっと名残惜しいなんて思って__________

 

「もういいです」

「だ、大丈夫なのか...?」

「はい...んっ」

「?」

 

一瞬だった。ほっとした頃には彼女がもう目の前にいて、背伸びをされ。その分近づいた顔は俺の視界から外れ、耳たぶを甘噛みされている。

 

異常な熱を持った耳たぶは、そのまま舌でなめられた。耳から水音が鳴らされてようやくことの異常性に気づいた俺は。

 

(!?!?!?)

 

「ひ、ひなた...っ!?」

 

俺は何も出来なかった。体が満開した後のように言うことを聞かなくなり、思考回路がショートする__________

 

「はい。じゃあ行きましょう」

「......へ?」

「おーい椿!遅いぞ!!」

「すみません。今行きますね」

「上里ちゃん!?何で?」

「私も向かいますから」

「マジか!じゃあ良いとこ見せないとな...て、椿、どうした?」

「え、は?」

「おーい。椿ー?」

「倉橋さん。この台車お願いできますか?」

「あ、うん...」

「...椿さん。行きますよ?」

 

俺は完全にぶっ壊れたまま、ひなたに引っ張られていった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

学校のカリキュラムとしては、今は授業中。ただ、今私達がいるクラスは他の迷惑にならない程度に談笑していた。内容はグループによって違うものの、どれも勉強に関するものじゃない。

 

『次は自習だから、大したことはしない』

 

そう言った椿さんは、事前に用意されていた自習時間にやるプリントを机に出し、そのまま寝てしまった。自習で必要なノルマは達成しているとはいえ本来誉められたものではない態度だが、私はそれをとやかく言う気力が起きなかった。

 

(原因、私ですもんね...)

 

朝早起きしていたというのもあるだろう。ただ、それ以上に午前中に行われた体育前のことが原因だろう。

 

『ひなたみたいな美人なら大赦の肩書きがなくても引く手数多だろうからな。ていうか大赦がある程度選別しそうだし、そいつも悪い奴じゃないだろ...ま、一番は自分の好きな人が見つかるといいんだが』

 

千景さんに凄く似ていた郡さんの存在を目の当たりにして思ったことを言って、椿さんの返事に動揺してしまうのは仕方のないことだろう。

 

だって、今の私はただ一人しか好きな男性がいなくて、その人は大赦に認められるられない以前に、生まれた時代すら違うのだから。

 

そして、その返事にまるでその人のことが_____椿さん自身のことが入っていないような発言に捉えてしまえたから。

 

『え、えっと...羨ましいとは思うよ。相手ひなただし。若葉や大赦に認められるくらいの存在だろうしな』

 

だから動揺したまま危ない質問をして、返ってきたのは想像以上のもので。実質嫉妬していることを告げてきて。

 

(分かってはいるのですが...!!)

 

椿さんは自分を低く見積もることが多いからか、勇者部の恋愛相手に自分を入れることはほとんどない。だからこの発言も『自分はそう思うこともおこがましい』なんて言いそうで、真意は読めない。

 

ただ、言われた言葉を真正面から受け取った私は、自分の衝動を抑えられなかった。無意識にキスしそうになったのを軌道変更して、耳(弱点)を攻める。

 

『おいどうした古雪!!』

『上里ちゃんの前だからっていいとこ見せようとしてんじゃねぇぞ!!前みたいなバントで繋げ!!』

 

結果は、体育の時間中、驚くほど集中力に欠けていた。前回と体育では椿さんはバントを多用していたらしく_____恐らく普段若葉ちゃんや夏凜さんと木刀でやっているから、タイミングが必要なフルスイングでなければバットを狙ってぶつける動体視力がついたのだろう_____今回は構えすら取らないということで、同じメンバーから色々言われていた。

 

『うるせぇ!!!集中出来ないだろうが!!!!』

 

________一度、 物凄い剣幕でホームランを打ったのだが。

 

そして、この授業が始まる前のお昼にも。

 

『何で上里ちゃんも椿の弁当丸っきり同じなんだ?』

『ひなたと今日の朝会う約束してたからな』

『何それ...てか、それでお前風からの弁当蹴ったの?』

『別に蹴ってない。今日だけ自分で作っただけだ。ひなたもいたしな』

 

椿さん、倉橋さん、風さん、棗さん、弥勒さん、水都さん、そして郡さんと一緒にお昼ご飯を食べたものの、椿さんは私と目を合わせようとはしなかった。そして、決まって頬が少し赤くなる。

 

そこまで反応されてしまうと、私も意識してしまって何も出来なかった。

 

(はしたない人だと思われなければ良いのですが...)

 

若葉ちゃんなら考えていることも分かるけれど、椿さんは少し不安になってしまう。そのくらい、まだまだ発見があるのだから。

 

今更考えてもしょうがないのは分かっていつつ、考えはぐるぐる回り、視線は変わらず椿さんを見ている。

 

でも、こんなに考えて、胸を高鳴らせてくる人とは違う人と結婚する可能性が高い。そう考えると、より思考に霧がかかっていくようだった。

 

(...椿さん以外の方と、結婚)

 

本来であれば交わることのなかった私達。当然私が妻となる相手は、私達が暮らす時代の方可能性が高い。椿さんとは、それこそ椿さんがもう一度過去に来るなどしなければ__________

 

(考えても仕方のないことではありますが...)

 

まだ会ったこともない人かもしれない。もう会ってる人かもしれない。それでも、今の私には想像できなかった。

 

「おーい、椿ー」

「んっ...」

「寝てるところ悪い。答え確認させてくれ。ちょっと不安で...」

「......好きに見ろ。合ってる保証はないけど」

「助かる」

 

今も、色々動揺した疲れからか眠そうにしている_________というか突っ伏して寝てしまった人を見つめるだけでこんな気持ちになってしまうのに。それ以上の恋をするのか、それとも大赦としての政略を絡めたものなのか。今の私には考えられない。

 

(いっそ、未来の私が来て教えてくれないですかね...あとは、椿さんが分裂したりとか)

 

この世界ならば、あるいは。

 

(もしくは...っ)

 

思考がいきすぎたところまで辿り着いてしまい、思わず硬直した。

 

(......)

 

「...というか椿。上里ちゃんお前のことじっと見てるぞ。うちの評価的に大丈夫なのか?」

「......ひなたなら見逃してくれる」

「ホントに?」

「ん。ほっとけほっとけ」

 

(......)

 

私は無言で懐から取り出したカメラを使い、寝ぼけ眼な椿さんを撮った。

 

「ほら、めっちゃ撮られてるてててて!?」

「うるせぇ...寝れねぇだろうが」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「今回の依頼、春信さんが出してたんですね。意外でした」

「僕も意外だったよ。まさか普段会うことが多いからと回されるとは思ってもなかった」

 

いつものファミレスに集まった俺と春信さんは、ドリンクバーと適当なデザートを注文した。前々からちょっと気になってたローズヒップティーを淹れてみると、濃いピンク色が容器を満たす。

 

「ちょっと長いことパック浸けすぎたか」

「そのくらいが丁度良いと思うよ」

「そうなんですか?...ホントだ。美味しい」

「よかった。それで本題いいかい?」

「あぁ、はい」

 

春信さんに促され、俺はバックの中からクリアファイルを出した。

 

「こっちが藤森水都が作成した犬吠埼風の調査書類です」

「ありがとう......うん、大丈夫そうだね」

「よくそんなすぐ分かりますね」

「さらっと内容読んだだけだよ」

「全体を流し見したんじゃないから凄いって言ってるんだよなぁ...」

 

かけた時間に対して内容把握量が尋常ではない。その上、対面に座る相手にそう感じさせることが凄かった。

 

「ページ数も少ないしね。それで...そっちが?」

「あぁ、はい。これが上里ひなた作成の俺、古雪椿に関する報告書です」

「厚いね」

「これでも減らしたんで...」

「減らした?」

 

春信さんが珍しく首を傾げた理由が、ひなたに頼まれていた依頼の報告を俺がしている理由でもある。一番はひなたが大赦にいく用事がなかったからなんだが。

 

「その、ひなたが作ったのが凄かったので...自分で再編集しました。というか内容抜粋かな」

「あぁ、だから自分で」

「はい...」

「でも、これより多いのか...」

 

流石に春信さんもペラペラページを捲るだけだったが、それも仕方ないだろう。水都が作ったのは四枚、対してひなたのは減らして九枚だ。

 

「これが原本です」

「え?...あぁ、成る程」

 

俺がクリアファイルから更に出した紙に春信さんは困惑する。出した紙はたった一枚だったから_________まぁ、すぐに察していたが。

 

「見てもいい?」

「どうぞ。流石に見られてヤバいことはなかったです...まぁ、他人に見られて嬉しいもんでもないですけど」

 

そう言って、スマホを取り出す春信さん。

 

ひなたから渡されたこの紙には、QRコードが刻まれていた。後は言わなくても分かるだろう。ちなみにページ数は27である。

 

「......これは、編集して正解かもね」

「えぇ...」

 

中身はこの前の一日での行動を写真つきで事細かく書かれた記録に始まり、普段の部活での生活態度、性格、仕草、癖とおぼしき行動、周りからの評価、若葉たちと行う特訓風景、その他ひなた目線での情報が大量に入っていた。

 

普段からよく見てくれてることは嬉しいが、正直に言って最初見たときはちょっと怖かった。

 

「まぁ、大赦にこれをそのまま出すわけにはいかんだろうと...」

「ここの『得意なゲームジャンル』とか、別にいらないからね」

「俺は後のインタビュー欄で、親からいつ聞いたのって思いましたよ」

 

聞いた話だと朝飯を食べてから家を出る間に聞かれたらしいのだが、そんな暇があったかはもうよく覚えていない。

 

「でもまぁ、これはこれでありかもな...僕個人でコピー貰ってもいいかい?」

「えぇ...」

「そんな顔しないでくれるかなぁ。僕としては寧ろこの辺りとかのパーソナルデータは参考にしたいんだ。設計とかに使えそうだからね」

「......まぁ、悪用はしないでしょうし、言われる可能性もあったのでコピーは済ませてますけど。なるべくばらまかないでくださいね?」

「分かってるよ」

 

春信さんから言質を取り、小さく息を吐いた。この人がわざわざ嘘をつくことはないだろう。後はいつも通り近況報告というか、ただの雑談だ。

 

(にしても...)

 

適当な会話をしながら思い出したのは、ひなたが作ってきた資料で唯一赤線を引かれていた箇所。

 

『特徴 全体の行動をよく見ており、人 の行動や気持ちに敏感。ただし、勘違いに気づかない、急に鈍くなることがある』

 

(あれは結局何だったんだ?)

 

自分のことなのでひなたに確認が取りにくいのもあるが、わざわざ赤線を引いたのだから意味があるのだろう。彼女に限って間違えたのをそのままということはないだろうし。

 

じゃあ書かれてることがひなたの感じていることだとして、敏感であり鈍感っていうのはどういう意味なのかが分からない。

 

(なんか勘違いさせてることあったっけかなぁ...)

 

結局俺は、その結論を纏める前に内容を忘れていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(あぁぁ......っ!!)

 

寮にある自分の部屋で、私はベッドにうつ伏せで悶えていた。

 

(私はなんてものを...!!)

 

ちらりと見たのは机の上に置かれているパソコン。開いたファイルは椿さんに送信してしまったQRコードと、その中身が表示されている。

 

私が作った資料は三種類あった。大赦に提出する用の簡易的なものに、自分の保存用に書いた詳細資料。そして、自分の気持ちも書き込んである完全版。

 

『大赦に行く予定ないなら、俺が今度春信さんと話す時に渡すよ』

 

そう言ってくれた椿さんに甘え、一つ目の資料を渡したつもりだった私は、ついさっき二つ目の資料を渡していたことに気づいてしまった。

 

(あれを本人に見られてしまった...!!)

 

『流石に長過ぎたんで、ちょっと編集したのを大赦には出したけど、よかったか?』

 

急いでとった確認メールに対しての返事がこうであるなら、私はもう『ありがとうございます』以外に返事が思いつかない。何せ一番見られると困る本人には既に全て読まれてるのだから。

 

「はぁぁ...」

 

重く苦しいため息は部屋中に広がったようで、空気まで重苦しくなったように感じた。

 

夜なべして_____俗に言う深夜テンションで_____作ったものを見返そうとしたらこれだ。

 

(流石にこんなものを見たら、距離を置いてくるに決まってます...?)

 

負の循環に陥りそうになった私を止めたのは、スマホの振動だった。相手は件の椿さん。

 

『正直ちょっとびっくり...というか怖かったけど、俺のことよく見てくれてるんだなって嬉しかったぞ。こっちこそありがとな』

 

「......」

 

思わず開いた口が塞がらない。だって、だってこれは。

 

(これで、どうしてそんなこと言えるんですか)

 

正直引いたものの私への言い方に配慮しているなら怖いという言葉は入れてない筈で、その言葉を入れつつ嬉しかったと続いているということは__________本心からちょっと怖かったけど、それ以上に嬉しかったと伝えてきていて。

 

椿さんをずっと見てきたから、この返事に対する解釈はそう違わないのだと分かってしまって。

 

「......」

 

ボフンと顔を枕に埋める。何処にやれば良いのか分からない動揺を枕に擦り付ける。

 

「...全く!貴方はどこまで優しいんですか!」

 

こんな言い方されてしまえば、より好きになってしまう。

 

「...ぁ~!!」

 

一通り悶えた私は、再び電池が切れたように突っ伏す。今度ちらりと見たのはパソコンではなくカメラ。

 

中には、この世界に連れてこられた時に使っていたsdカード_________先日書いた完全版の資料が入っている。

 

突然この世界から帰る時、記録を持ち帰れた場合に読み直せるようにするために。

 

(......未来の私。私は一体誰と...)

 

疑問は解けないまま、私は椿さんへのメールを返信する。

 

少なくとも今は、この人以外あり得ないと思いつつ。

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 56話

恐らくこの作品で最も期間をあけてしまいました...申し訳ないです。

前回体調に気をつけてと言ったのに、コロナではないものの重めの風邪をひいて半日で3kg痩せたり、山奥に連れてかれて氷点下の中キャンプ生活をさせられたりしてました。後半はマジで謎。

感想も溜め込んでしまって申し訳ないです。いつも温かい感想ありがとうございます...!

皆さんも体調気をつけてくださいね。ホントに。これを見るときも是非暖かい場所で見てくださいね。


「お疲れさん」

「あ、椿君こそありがとう!わざわざ来てくれて」

「それ、行きにも聞いたぞ。俺は気にしてないから」

 

「ほら」と言われて渡されたタオルを受け取って「ありがとう」と遠慮なく使って、返そうと__________

 

「洗って返すね!?」

「そうか?別にいいけど」

「ううん!!え、えっと...そう!シャワー浴びた後もこれ使うから!じゃあすぐ浴びてくるね!!」

「あぁ...ゆっくりでいいからなー」

 

見送ってくれる椿君をよそに、私は荷物を持ってシャワー室に入った。

 

(汗臭いなんて思われてないよね...?)

 

椿君が気にするかは微妙だけど、意識してしまったら気にせずにはいられない。タオルも返さず私の胸元に握ったままだった。

 

(と、とりあえずシャワー!!)

 

 

 

 

 

今日は勇者部の依頼で、ある大会に出ていた。

 

『武道大会の助っ人?そんなの受けたのか?』

『そんなのとは何よ』

『いや、受けること自体はいいが、大会にもよっては手続きまで時間かかるだろうし、もう間に合わないんじゃないかと思って』

『げ...』

『今日、遅くても明日に連絡すれば大丈夫みたいです』

『樹ー!!!流石あたしの妹ーっ!!!』

『お姉ちゃんちょっと苦しい...』

『成る程、流石部長...メンバーは女子一人と。誰行く?』

『はい!』

 

その場にいた私は、椿君達に元気よく手をあげた。元々武道はやってたし、勇者部でも運動系の依頼をこなすことは多い。

 

『ユウならいいんじゃないの?元々やってたし』

『決まりですね』

『頑張るよ!』

 

そうして、ぐんちゃんをはじめとした皆の応援を受けていざ当日__________とはいかなかった。

 

『ここ、駅から遠いな』

『そうなの?ここから近くなかったっけ?』

『こっから最寄り駅までもそれなりに遠いんだが...あぁ、直線距離的には近いんだな』

『げ、じゃあバスかしら』

『何言ってんだ。わざわざ料金のかかることしなくてもいいだろ?』

『え?』

『俺には立派な足がある』

 

こうして椿君のバイクで送ってもらった私は、時間に余裕をもって行動できた。しっかり睡眠も取れた分集中して試合に望めたし、結果は準優勝。

 

『高嶋さん!本当にありがとう!!』

 

依頼してくれたチームの人も喜んでくれていたし、依頼は完璧に出来ただろう。

 

(出来れば優勝までいきたかったけどね...)

 

「お待たせ!」

「お、来たか。全然待ってないから気にするな」

 

バイクに寄りかかってスマホを弄っていた椿君は、確かに全然気にしてなさそうな顔をしている。

 

(でも、待っててもそうでなくてもこんな顔してそうだなぁ...)

 

「寧ろちょっと待ってくれ。今東郷に依頼完了の連絡いれてるから」

「あ、うん」

 

隣で自分のスマホをつけたら、ぐんちゃんからメールがきていた。

 

『高嶋さん、応援に行けなくてごめんなさい。今度古雪君から録画した映像を見せてもらう約束をしたから、今度見るわね』

 

「え、椿君私の試合撮ってたの?」

「ん?あぁ千景からのメールか。頼まれたからしっかりビデオカメラ持ってきた」

「知らなかった...」

 

目線はそのまま、椿君が持っている肩掛けのバッグに移る。タオルもビデオカメラも入ってて、お昼のお弁当まで入ってる大きさにしては小さく見えた。

 

「あ、そうだ!お昼ご飯もありがとう!!美味しかったよ!」

「それならよかった...ユウが集中出来る環境作りに貢献出来たみたいだな」

「環境作りって...」

「よし。送信完了っと。どうする?このまま帰るか?」

「んー...」

 

何かやり残したこと、家に帰る前にしといた方が良いことを思い出して__________

 

「椿君、買い物したいんだけど、いいかな?」

「このバイクに積める物に限るけど」

「大丈夫大丈夫、そんなに大荷物じゃないから...お願いしてもいい?」

「任せろ。折角だしこの近くに行くか」

「!ありがとう!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...」

 

リップクリームの商品サンプルを手に取りキャップを開けてみると、少し磨り減ったクリームの頭が見えた。

 

(店の試供品とはいえ、誰が使ったのか分からないのをよく試すな......)

 

知り合いならともかく、流石に見ず知らずの誰かのを試すつもりは毛頭なく、クリームの色だけ確認した俺はそのままキャップを戻した。

 

(にしても...)

 

こうしたリップクリームやハンドクリームは、男子としては乾燥肌の症状が酷い人以外なかなか身につけない物というのが基本的考えである俺だが、見ただけで大体分かるくらいには知識があったことに驚いた。

 

まぁ、休み時間風や郡が話してることを聞いてただけなんだが。

 

(あ、これあいつが持ってたやつに似てるな)

 

「ユウー、これ確か風が持ってるやつに似てる」

「そうなの?ふむふむ...」

 

何故俺がこんな物色をしてるのかというと、ユウの買い物内容がこうした物だったからに他ならなかった。

 

『最近切らしちゃってねー。なんだかんだで買うの忘れてて...』

 

彼女の要望で近くのショッピングモールを訪れてたが、ふらりと立ち寄った店のラインナップがなかなか豊富で即決とはいかなくなった。これだけの種類があれば悩むのも十分分かる。

 

(まぁ、俺がいるかは微妙だが...)

 

「んー、悩むな~。こっちかこっち...椿君はどっちが良いと思う?」

「俺か?流石に良し悪しをつけられるほどの知識は」

「椿君に選んでみて欲しいの」

「...そっちかな」

 

指差したのは、よりスタンダードなタイプだった。

 

「別に讃州中学は色つきがダメとかないけど...なんとなく」

「ふーん...じゃあこれにする!」

「いいのか?」

「椿君が決めた物を私は選んだんだよ」

「っ、そうか...」

 

不意に言われた言葉にどこか恥ずかしくなってしまい、言葉を返すのも一瞬つまってしまった。

 

「後は...」

「......遠慮せずどんどん選べ。ちゃんと付き合うから」

「!うん!!」

 

 

 

 

 

「確かにさっきあんなことは言ったけど...流石に買い込み過ぎじゃないか?」

「あ、あはは...楽しくなっちゃって」

 

ユウの手には、あれ以降も選んでいったハンドクリームや石鹸、制汗剤、他の店で買ったシャーペンやメモ帳等で一杯になった袋が握られている。持とうとしたら「それは...ダメ」と断られた。

 

「売り切れになるわけじゃないだろうに」

「でも、これでしばらくは買い物しなくていいから!ありがとう!!」

「...それならよかった」

 

それでも、彼女の感謝を受けれたから、笑顔が見れたからいいだろうと思ってしまうのは、単に甘い証拠だろうか。

 

どうにも友奈やユウは甘え上手というか、前々から逆らえないところがある。

 

(割りとマジで、東郷や千景のこと言えないかもしれん...)

 

「後は寄るところあるか?それとも」

「ちょいと待ちなよ」

「「?」」

 

互いに今まで聞いてきた声じゃない声がして、そっちの方を向く。いたのは本に出てきそうな魔女が被ってそうな帽子をしたおばちゃん。

 

(...いかにも占い師って感じの......)

 

すっと目線をずらせば、おばちゃんの前にある机にはでかでかと『占いの場』と書かれていた。

 

「お二人さん。どうだい?今ならタダで見てあげるよ」

「えっと...見るって何を」

「手相さ」

「はぁ...」

 

ちらりとユウの方を見る。ショッピングモールの中に店を構えるのだから許可は取れてるんだろうがどことなく怪しいし、なんなら勇者部には優秀な占い師がいるから、ここでわざわざ見てもらう必要は薄い。

 

でも、隣にいる彼女は目を輝かせていた。

 

(...まぁ、樹も手相は見れないしな)

 

「......じゃあ、お願いします」

「はいよ。じゃあここに座って、左手を見せとくれ」

 

机を挟んでおばちゃんの反対側に座り、二人で左手を見せた。おばちゃんはまずユウの手を取り、じっと見つめてくる。

 

「...なんで声かけてきたんです?お金もかけないのに」

「今日は客足が悪くてね。店をしまおうとしてたところにカップルが歩いてるもんだからさ。好きだろ?こういうの」

「はぁ...」

 

(既に違うんだが...)

 

おばちゃんは目線を動かさないし、ユウも見つめられてる左手を緊張した様子で見ている。その様子は少し微笑ましく思えるのだが、 的中率には不安がよぎる。

 

「ふむふむ...!ほー。分かったよ」

「どうですか?私の手相は」

「太陽線とソロモン線が濃く目立ってるね」

「太陽線?」

「ソロモン?」

「簡単に言うと、願いが凄く叶いやすい状態だね。大抵のことは叶う筈さ。幸運線も良い」

「!」

 

唐突なべた褒めにユウの顔が明るくなる。例え間違ってても嬉しいことだろう。

 

「カレシに迫るなら今だね」

「えっ!?」

「んんっ!?」

「ん?あぁ、流石に帰ったらにしな。人目のつかない場所でね」

「あ、は、はい...」

「いやユウ!?頷いてどうする!」

「アンタもうだうだ言ってないで男を見せな。全く」

「えぇ...」

「折角この子にアンタの成長も促す線があるんだから。この子は凄く優しい子だよ。大事にしな」

 

その言葉に、少しイラッときた。別に目の前の占い師に言われなくても、俺はユウのことを知っている。

 

「...言われなくても、ユウが優しい子ってのは知ってますし、変わらず大切にします」

「ちょっ!?椿君!?」

「ほぅ...少しはまともな面構えも出来るんじゃないか」

 

何故かわたわたしだしたユウを置いて、おばちゃんが俺の手を見た。

 

「...つまらないね」

「人の手相見てつまらないなんて言わないでくださいよ」

「相当良いものを見てからいたって普通のを見たからね...アンタは家族思いで家庭運にも恵まれてる。ただ、放縦線が酷い」

「放縦線?」

「ここさ。不健康なことを示してる。自分のことを考えない行動が多いんじゃないかい?」

「......」

 

これまでのことから、心当たりが無いわけではないだけに、言葉を詰まらせてしまう。おばちゃんはそれを肯定と受け取ったようで、別の位置に指を走らせた。

 

「このままだとこれからもそういうことがあるだろうね。ここにある健康線を伸ばせば改善されるよ」

「伸ばすって、どうするんです?」

「毎日ペンで線を引きな」

「んな眉唾物な話で...」

 

占い師が言ってくる内容とは思えず、思わずツッコミを入れる。しかし、当のおばちゃんは真剣な顔だった。

 

「バカにならないからそんな話が受け継がれてるのさ」

「へー...」

「信じてなさそうだね......」

「まぁ、今のところ占いの中身が当たってるのかすぐ判断出来ませんからね」

「すぐ先のことが知りたいかい?そうだねぇ...」

 

おばちゃんは俺の顔をじっと見つめて、一度頷いた。

 

「アンタは今日中に心拍数が上がることがあるだろう」

「結構曖昧な...」

「細かく言うと避けようとするかもしれないからね。このくらいさ...さ、以上だよ」

「......ユウ、帰るか」

「あ、う、うん」

 

正直、どことなく突っかかってくるような言い方だったし、占いも今一信用出来ない。微妙な空気の中ユウが最初と変わらずワクワクした感じなのだけが救いだった。

 

「見てくださってありがとうございました!」

「いいんだよ。あ、ちょっと待ちな」

「はい?」

「耳貸しな...そっちのアンタは聞かないようにね」

「...離れときます」

 

内緒話を始める二人から離れ、スマホで軽く天気と時間だけ調べた。今日は天候が急変する可能性があると言われていたから、バイクで帰るには難しいかもしれない。

 

(ま、そんなことないか)

 

窓の外に見える景色は雲がなく、スマホが示した結果も傘マークは皆無だった。

 

(そういや今日は夕飯隣だったな...後で三ノ輪家に何か買ってから行くか)

 

適当に考えていると、視界の隅でユウが小走りしているのが見えた。

 

「椿君!ごめんね?待たせちゃって」

「いや。全然気にしてないぞ...何言われたんだ?」

「えっと...内緒!」

 

返された答えは察しがついていたため「そっか」とだけ返した。

 

(...)

 

隣を歩くユウは、少しだけ緊張した感じがする。いつもなら楽しそうな_________

 

(そうなんだよな)

 

ユウはいつも楽しそうにしている。それこそ西暦時代で会っていた時より、この世界に来てからは。今日の試合も真剣に楽しんでいたし、千景といる時なんか顕著だ。

 

それが悪いなんて全く思わない。寧ろ周りすら楽しくさせる姿は、凄く彼女らしさを感じる。

 

(今更だが、勇者部って俺がいていい場所なのか不安になるよなぁ...)

 

学校中どころか周辺の学校の男子すら巻き込んで虜に出来そうな容姿、性格の集まったクラスの中に、一人だけいる普通の男。そう考えるとなかなかに思うところがある。

 

(別に辞めろとか言われない限りやめるつもりもないけど)

 

側にいたいと思ってるから__________

 

「?」

「ぁ、ごめん」

「いや、こっちこそボーッとしてて...!」

 

手の甲に何か当たったと思ったら、ユウの手の甲に触れてたらしい。余計な考え事をしながら歩いてたため寄ってしまったんだと謝りかけ、すぐ目の前にいた彼女に驚いてしまった。

 

「えと、うん。悪い」

「あ、まっ、待って!」

 

突然鼻をくすぐった甘い感じの匂いを含めて動揺した俺は、少しつっかえながら二歩下がる。しかし、伸ばされた手に捕まった俺は一歩戻った。

 

「...駐車場まで」

「え?」

「駐車場まで、手を繋いで帰ろ?ダメ?」

「......ダメって言うと思うか?」

「!ありがとう!じゃあ行こう!!」

 

途端に嬉しそうに歩くユウを見て、俺も自然に口角が上がってしまう。同時に諦めたように息をついた。

 

(...これは、甘くなっても仕方ないよなぁ。うん)

 

 

 

 

 

「それ、占いの女帝じゃないかな?」

「占いの女帝?」

 

翌日。クラスでたまたま昨日の話になった時、そんなことを郡が言った。

 

「うん...そうそう、これ」

「ありがと...確かにこんな顔だったな」

 

見せてもらったスマホには、見覚えの新しい人が写されている。

 

「やっぱりそうなんだ。この人の占いよく当たるって有名なんだよ」

「そうなのか?」

「うん。でも四国中を転々としてるからなかなか狙って見てもらえなくて、知ってる人が多い場所だと見つかったらすぐ行列が出来るくらいだって」

「へー...人気なのかは疑わしいが、確かに当たってはいたか......」

「やっぱり凄い人なんだね」

 

後の帰り道を思い出せば、間違いは言ってなかったと言える。寧ろ心拍数は上がりまくっていた。

 

(てことは、これからも俺は無茶する可能性があるのか...心配かけるし控えめにしないとな)

 

「あ、そういえばあの人、ペンで手相を書いて伸ばすのは有効だって言ってたぞ」

「そうなんだ?」

「あぁ。確かこの線だったな」

「椿ー、何してるんだ?」

「寄っ掛かってくんな裕翔...手相見せてただけだ」

「手相?お前占ってもらったの?」

「まぁな。そこそこ有名だったらしい」

 

さっきまでの話を手短に話すと、裕翔は興味がなさそうに反応した。

 

「ま、勇者部にも優秀なタロット占い師がいるからな」

「じゃあまた何で昨日は見てもらったんだよ」

「......」

 

ふと頭をよぎったのは、彼女の笑顔。

 

「...俺は甘えられると断れないからな」

 

この後気持ち悪く高い声音で甘えてきた裕翔を殴り飛ばしたのは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『この後あいつの近くを意識して歩きな。昼にかいた汗は心配しなくていいから』

『!?!?』

 

占い師さんに指摘されたのは、まるでさっきまでの私を見てきたかのようなことだった。

 

『な、何で分かるんですか!?』

『占いの一部みたいなものさ。あとそうそう。さっきは言わなかったけど、あの男の子かなりきつい女難の相が出てるから気を付けな』

 

こそこそ話に付き合っていたら、私と椿君が恋人同士じゃないことを否定しないまま去ってしまった。

 

ただ、その後は占い師さんの言った通り椿の近くにいただけで手が触れたし、自然と口からしたいことがこぼれた。

 

「高嶋さん」

「!ご、ごめんぐんちゃん!何?」

「いえ、ぼーっとしてたから...何かあった?」

「えっと...」

 

ぐんちゃんの質問で思い返されたのは、昨日のこと。

 

「うん!昨日嬉しいことがあったよ!」

 

その声は、いつもより大きくなってた気がした。

 

 

 



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ゆゆゆい編 57話

今回なクロックロさんからのリクエストになります。リクエストありがとうございます!

ゆゆゆい編の20話と32話を見返すとスムーズに読めるかもしれません。


「で、話ってなんだよ?」

 

とある駅に近い喫茶店で、俺は片肘をテーブルにつけて相手を見た。勇者部の皆との会話でこんな態度はとらないが、これは肘をつけるのが楽だからではなく、呼び出された内容がある程度下らないものだと分かってるからこその反抗的態度だ。

 

「ふっふっふ...」

 

現に、テーブルを挟んで反対側に座る倉橋裕翔はいたずらな笑みを浮かべていた。大体こういう時はろくなもんじゃない時だ。

 

「実はな。お前にプレゼントがあるんだ」

「クーリングオフは可?転売は可?」

「どっちも可だけどそこまで喧嘩売ってこなくても......」

「はぁ...悪い悪い。それで?」

「んんっ!それで、その中身なんだがな...これだ!!」

 

少し大きめのバックから取り出されたのは、真っ黒なビニール袋だった。

 

中を見ると、グラビアと堂々書かれた雑誌と、白い服だった。俺のテンションは一気に最下点を突き抜ける。

 

「いらないから返すなじゃあ俺帰るから」

「まぁまぁ待てって」

「待てるか。またこんなもん渡してきて!しかもなんで服までセットなんだよ!?」

「雑誌の内容がナース特集だったからだよ。じゃなくて、まぁ座れって。帰ろうとするなって。ねぇ、帰らないでねぇ!!」

 

即帰ろうとする俺と、必死に引き止めようとしてくる裕翔。喫茶店の空気に似合わない奴等がそこにはいた。

 

 

 

 

 

「で、なんなんだよこれは」

「何って、お前へのプレゼントだけど」

「倒されたいのか?」

「何でだよ」

「だってお前、これまでのこと振り返ってみろ。ろくな目にあってないだろうが」

 

これまでにあったことは(本人達の名前は勿論伏せているが)、話の流れなんかでこいつに話したこともある。だからこそ散々(というよりはなかなか大変)な目にあっていることを知ってる筈なのだ。

 

「はぁ...いいか椿?確かにこれまでお前は大変な目にあったかもしれない。だがな、目標である勇者部の皆のドギマギする姿に慣れるってのは達成してないだろ?」

「その目標はこの手段じゃ辿り着けないってことで纏まったんだよ。過去のことから学んだの」

「諦めるのはまだ早いだろ。手段があるならチャレンジしないと...これはその為の物だ。受けとれ」

「嫌だっての。てかお前どっから調達してきたこれ。私物?」

「んなわけあるかぁ!誰が自分用にナースコス衣装用意するか!!」

「てことはわざわざ買ってきたのか?うわぁ...」

「それはそれで引かれるのかよ!」

 

裕翔の叫びに「当たり前だろ」と返す。男友達のためにこんなものを買ってくるのはなかなか頭がおかしい。

 

「俺はただ親友が困ってるから手助けしてやろうと...しかも!普段からいい思いしてるお前に対して私情を挟まずにやろうとしているだけなのだ...ついでにこれ使った写真貰おうと」

「本性表したなお前!!勇者部の誰に着せるつもりだよこれ!?」

「い、いや別に?可愛い子が着てくれればそれで満足だから...」

「ざっけんな!お前が彼女作って着させとけボケぇ!!うちの部に変なもん持ち込むな!!」

「えー」

「こんなんホントにまともな展開にならないんだからな!!俺がどれだけ理性やら精神やら削ってると思ってんだ!!大体な!せめてこういうのは家に呼んでとかにしろよ!こんな所で外から誰かに見られたらどうす......どう......」

 

適当に指をさした窓の向こうを見てしまい、そのままゆっくり動く。視界の端を正面に戻した時には、こっちを向いてた雪花と夏凜と目があった。

 

「...ほら、見ろよ。詰みだ」

 

俺は、声にならないかすれ声で絶望を口にした。

 

 

 

 

 

突然指をさしたのはここが外だということを表したかっただけだし、その先にいた二人も買い物帰りという偶然だった。また、ほとんど面識のない裕翔がいるため、そのまま二人がスルーして帰ることもあった。

 

さらに言えば二人が俺達の間にあったビニール袋の中身に興味を持つ可能性も、それが邪魔に思わないような場所に店員が飲み物を置く可能性だってあった。

 

しかし、現実として一部が噛み合い、一部は噛み合うことがなく、いつの間にか雪花と夏凜が裕翔の持ってきた物を俺の隣で覗いているという地獄の様な状況が出来上がっていた。

 

(......空気になれたらなぁ)

 

それが出来ればここから逃げることも簡単だっただろう。もしくは幽体離脱を習得するべきだっただろうか。或いは瞬間移動か。

 

「なるほどなるほど...」

「...」

「まぁ、そういうことでして...おーい椿、聞いてる?」

「ん?瞬間移動会得は無理だと思うぞ」

「何急に」

 

俺が現実から逃げてる間に話は進んでいたらしく、咄嗟に答えた俺に裕翔が半目で睨んできた。雪花はどことなくニヤニヤしていて、夏凜は真顔である。

 

「とりあえず纏めると...これは俺が椿に押しつけただけだから......」

 

裕翔の話を聞いてると、俺と二人の間に変なヒビが入らないよう言ってくれてるんだろう。こういうのを普段から真面目にやれれば本当に彼女が出来てもおかしくないと思うのだが。

 

「思ったけどこれお前が蒔いた種だから自業自得じゃん。というかマッチポンプじゃんふざけんな」

「椿さんいい加減戻ってきて!?」

「あはははっ!!ここで漫才しないでくださいよ!!」

「...全く......」

 

雪花が爆笑し始め、夏凜は呆れたようにため息をつく。といっても負の感情は少なそうな表情で、「しょうがないわね...」と続けた。

 

「...で、さっきから現実逃避して聞いてなかったんだけど、今どうなってる?」

「あ、やっとか...二人が来て、こいつを誑かそうとしてたのは俺だとお前の株が下がらないよう謝ってる」

「既に遅いと思うが」

「はーっ...確かに、もう見ちゃいましたからね」

 

改めて中身を覗く雪花。そこの中身は勿論変わる筈もない。

 

「でも別に、私は特に何も思いませんが...特に勇者部に言ったりもしませんし。というか普通の男子高校生ってこんなもんだと思うんですけど」

「け、結構ぐいぐいくるね...えーと、秋原ちゃん。でも椿は普通じゃないから」

「あー」

「あーってなんだあーって...」

 

色々ツッコミをしたい所だが、それなりに気まずい話題のためなかなか言えなかった。ここで普通じゃないとなると勇者部に対して良くない視線を向けてるように思われかねないし、変に言い訳っぽくなりかねない。

 

そもそも、男友達だけならともかく、普段親しくしている勇者部とそんな話をするのがもう気まずかった。これで彼女達が普段からそういったことに自らオープンであれば気にすることもないだろうが、実際はそんなこと全くないのである。

 

現に、夏凜も会話に参加しようとしない。普段なら「この変態!」とか言われたりしかねないのだが__________

 

「ていうか、もう帰っていいか?流石に気まずいんだけど...」

「あー...すいません椿さん、ちょっと珍しい物が見えて舞い上がっちゃって」

「いや、雪花は悪くないが...」

 

前にも特殊な格好で、というのは似たようなことがあった手前、正直テンパっているというか、精神的にきつかった。

 

「多分もう今日はまともに考えてらんないし、帰るわ」

「椿...なんかごめんな。今度埋め合わせはするから」

「ん。お釣りはあったら今度でいい」

 

飲んでいたコーヒーの代金を多めに置いた俺は、そのまま店を出た。

 

(......)

 

別にあれを見られるぶんには構わないが、普段そういった話をしない彼女達に見せるのは申し訳なく思うし、これで芽吹や若葉辺りと気まずくなるのは嫌だし、東郷なんかは友奈に近づけないようしてくるかもしれない。そういうのはきつい。

 

万が一亜耶ちゃんに「変態」なんて言われたら日には心がぽっきりいくまである。

 

(まぁ、どこか深刻気味に考えてるのは今のテンションのせいではあるだろうが...)

 

実際は全然気にしない、少なくともこんなことで引いてくる仲ではないと思いたいが、動揺したままの思考はなかなか上手く回せなかった。

 

(...とりあえず、今日は帰って寝よう)

 

家にあるみかんジュースを思い浮かべて__________

 

「待ちなさい」

「へ?」

 

何故か、夏凜に服の袖を掴まれていた。

 

「夏凜?」

「っ...ちょっと、来なさい!」

「え、あ、ちょっ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「夏凜、なんで...」

「気にしすぎなのよ。そんな顔見てらんないわ」

 

椿を引っ張って連れてきたのは、私の部屋。入った直後のやり取りだけで、椿の顔ははっとした。

 

窓越しに見てから、椿の顔や態度は「嫌われたかも」と不安がってる感じだった。確かに男女間でこういった雑誌を前にするのは男の子側として恥ずかしさとかもあるのかもしれないけど、今更勇者部の皆が椿のそういった一面を知ってもマイナス方向には働かないだろうし、寧ろ興味を持ちそうだった。特に園子とひなた。

 

だから、そんな不安そうな顔をいつまでもしてほしくなかったのが一つ。

 

「...あ、あと、感想を聞きたかったのよ」

「はい?」

「ッ!!だ、だから!!今からこれを私が着るからその感想を言いなさいっ!!拒否権はないから!!」

「......へ?」

 

そのまま私は別の部屋に行って、持っていた袋の中身を取り出した________すなわち、ナース服を。

 

「いや、何で?」

「う、うるさいわね!!この服、ちょっと可愛いと思ったのよ!!他の奴に後から見せたらただのコスプレ好きに思われちゃうでしょ!?」

 

恐らく顔が赤くなりながらも、大声で叫ぶ私、椿は動揺したまま「お、おう...」とだけ言った。

 

今日はもともと雪花と服の買い物をしていた。持って帰ってきたのは雪花セレクトのだったり、私が好みなタイプなのもあったが、この服を見たときも、正直着てみたいという思いは浮かんだ。

 

更に椿を放っておくことも出来なくて、着る口実のために利用もした結果、こうなった。恐らく私も動揺したままなのだろう。

 

(でも、仕方ないじゃない...!)

 

この服と一緒に入っていた雑誌の中にあった、とあるページ。そこでナース服を着てるモデルの人は、どことなく私に似ていた。雪花がボソッと「これ夏凜に似てるね」と言うほどには。

 

そう思ってしまった瞬間、妙な恥ずかしさが襲ってきてしばらく考えられなかった。もしかしたら、椿もこの一枚を見て私を思い出すかもしれないと思うと________

 

滅茶苦茶恥ずかしい故の暴走。その結果は、本人に対して先に自分のを見てもらうになった。

 

(ってそうはならないでしょ!?)

 

冷静そうな頭が言ってくるものの、もうオーバーヒートしたみたいに熱い頭はまともさを捨てている。

 

「っ...」

 

気づけば、着終わってしまっていた。この部屋に鏡はないため自分の姿を見ることは出来ない。

 

(......えぇい!)

 

普段ならもっと迷いそうな判断も、そう時間を置くことはなかった。履いたスカートのひらひらした感じが太ももをかすめるものの、それすらお構い無し。

 

勢いよく開けた扉から出て、椿の正面に立った。

 

「......」

「......ど、どうなのよ」

 

なんとか言えたのはそんな一言。椿なら似合ってなくても似合ってると言ってきそうなものだが、返事はない。

 

(...っ)

 

時間が過ぎていくと、どうしても考えが巡ってしまって顔が赤くなってきた。

 

そもそも私は服装に関して基本無頓着、というよりトレーニングに使えるかといった実用性を重視している。今日雪花に勧められて買ったフリフリの洋服や、こういった衣装は基本買わないし着ないのだ。

 

だから今、自分を見られるための服を着ているんだと思い、椿の視線を感じると________どうしても恥ずかしさが凄い。

 

「な、何か言ったら?らしくないとか、似合ってないとか」

「らしくない...似合ってない...」

 

私の言葉をオウム返しに喋る椿は、改めて全身を見て、少ししてから顔を赤くした。

 

「...可愛いとは思うぞ」

「あぁ、そりゃコスプレ服だもんね」

「いや......その、お前の真っ赤にした顔が」

「......!!!」

 

今度は私が顔を赤くする番だった。最も、元から真っ赤ではあったらしいが、そんなのは関係ない。

 

「あ、あんたはいつもそうやって...!!」

「何言って...うおっ!?」

 

私は感情そのままに、椿をソファーへ押しつける。

 

初めて会った時からからかわれることは多かった。狙ってやってきたり天然でやってきたりと。その度に私は慣れることなく戸惑ってしまい、トレーニングで鍛えられるものじゃないことに悔しさを感じてしまう。

 

(いい加減にしなさいよ...)

 

椿がちゃんと言葉にする相手を一人に選んでおけば、私がこうしてあたふた動揺することもない。少し動きにくい服とセットで近寄り、そう言おうとして__________

 

 

 

 

 

「夏凜ー、忘れ物してたけど...」

「お邪魔します。夏凜、この前借りたトレーニング道具を返しに...」

「「あ」」

 

部屋の中にいた私達は、訪れた雪花と芽吹に対して同じ反応を返した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

「あの、椿先輩」

「ん?」

 

亜耶ちゃんが声をかけてきた時点で色々察せられる部分はあるのだが、万一の可能性にかけて何も気づいてないような反応を返す。相手が彼女なだけに罪悪感が俺を苦しめた。

 

「今日は部室に来てからというもの、夏凜先輩は様子がおかしくて、芽吹先輩も黙ったままなんです...何かご存知ないですか?」

 

儚い可能性は潰され、俺は現実と直視する。すなわち、昨日コスプレを見られてから完全に壊れた夏凜と、そのコスプレ夏凜を見て目のハイライトを失っていった芽吹についてだ。

 

「ァー...」

「......」

 

現在夏凜は虚空を見つめて乾いた笑いを浮かべており、芽吹はよからぬ方向に察知したのかどこか達観した様子で夏凜を見ている。ちなみに、より真実に近いもう一人の雪花は、いつも通りかつ知らぬ存ぜぬだった。

 

「あぁ、うん。そうだなぁ...」

 

そして、俺は。

 

本来であれば夏凜がコスプレして俺に寄ってきてた経緯を芽吹に話したり、亜耶ちゃんや他のメンバーが心配しないよう事情を話すべきなんだろう。

 

しかし、それは原点である俺と裕翔のやりとりまで戻る可能性が高く。恥ずかしさとか面倒とかは昨日の夏凜の家の時点でぶっ飛んでいるものの、あんなことを目の前にいる天使のような存在に説明出来る筈もなく。

 

「......俺もよく分かんないや。どうしたんだろな?」

 

結果として、俺も目のハイライトを消して答えるしかなかった。

 

 

 

 

 

結局俺達三人が元に戻ったのは、それから四日経ってのことだった。芽吹には雪花が色々伏せた状態で話してくれたらしく、感謝しかない。夏凜とは「お互い苦労するな」とやけ酒ならぬやけみかんとやけ煮干しをした。

 

諸悪の根源である裕翔は確実に絞めようと二人で誓いあった時は、お互い凄くいい笑顔を浮かべていたと思う。

 

(...にしても)

 

そこから更に数日経過しても、まだフラッシュバックするのはコスプレ衣装の夏凜。リアルであの服を着た看護師はいないだろうが__________普段のギャップも相まって、可愛らしいという感想が先行してしまう。

 

(あぁ、くそっ...)

 

脳内に焼きついた記憶は消すことが出来ず、夏凜を見ては動揺するのを直すのは、更に時間がかかってのことだった。

 

「椿さん椿さん」

「ん?」

「この前のやつ、私も着ましょうか?」

「やめてね雪花。ホントにやめてね」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

倉橋さんという椿の友達を二人で遠慮なく絞め上げた後。少し鬱憤が晴れた私は自分のベッドに倒れ込んだ。

 

「はぁぁっ...」

 

自分でも制御出来ない、重苦しいため息が出る。

 

芽吹がしていた勘違いも雪花のお陰で解決し、私にとって今回の件は無事に済んだとも言える。

 

でも、元通りとはいかない。椿が何かと苦労していることを知ってしまったし、今回のことでは何も解決していないのが現状なのだから。

 

かといって、私がやれることなどなく________

 

『いや......その、お前の真っ赤にした顔が』

 

(~ッ!!)

 

思い出してしまった言葉を消し、椿への対応を戻すのは、それからまた数日かかった。

 

「...ホント、バカ椿」

 

 

 



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ゆゆゆい編 58話

気づいたら総合文字数が100万を越えてました。原稿用紙2500枚...?

あと、先日出たレンちの新イラストが個人的ツボに刺さって思わず叫んでしまった。見てない方は是非。ゆゆゆいアプリで出るまで見ないという方はガチャ頑張って下さい。


野球部と陸上部が仲良く使ってるグラウンドは、穏やかな風のせいで立ってるにも関わらず眠たくなってきた。部員達の掛け声や走っていく音が無ければ、ベンチに座って気持ちよく寝れるだろう。

 

「ほら起きなさい」

「寝てない」

 

しかし、それは隣から放たれるチョップのせいで叶わなかった。すぐ返答しても「はいはい」と言われるだけで信じてはなさそうだ。

 

「寝ぼけたまま言ってないで、行くわよ」

「はーい...」

 

あくびを噛み殺し、まるでグータラな弟を注意する姉のように振る舞う風に続いて歩きだした。

 

「あたしは野球部に聞いてくるわ」

「じゃあそのまま陸上部も頼む。サッカー部行くから」

「了解よ」

 

グラウンドから少し離れた場所を使っているサッカー部の練習場まで歩きつつ、持っていたクリップボードにある紙を見返した。

 

「すいません、生徒会の調査で来ました。代表者さんはいますか?」

「あぁ、先生から話は聞いてる。俺がサッカー部の部長だ」

 

いかにも運動が得意そうながっしりした体格の部長さん(恐らく先輩)と軽く話をすると、想像よりスムーズにいった。

 

元より世間話なんてのはいらない。部長さんは練習に戻りたいだろうし、俺も長居するつもりはさらさらないから。

 

「では最後に、生徒会への要求などはありますか?」

「要求か...ゴールネットを張り替えたいんだが、そこまで回せる予算がないって先生が言ってたな。通るか?」

「...通るかは分かりませんが、記入はしておきますね」

「通らないのかよー?」

 

不満げに呟きながら現れた新たな(恐らく)先輩に、俺は笑みを作った。

 

「自分には分かりません。生徒会メンバーではありませんからね」

 

 

 

 

 

讃州高校生徒会。その生徒会室に向かったのは俺と風だった。

 

「先日勇者部へ送られた依頼、自分達二人で協力させて頂きたいと思います」

「ありがとう、助かるよ」

 

この間俺達宛に来た依頼は、高校にある各部のアンケート調査へ出向く人の補充だった。要は色んな所を回る仕事が、生徒会メンバーだけでは人数不足だったということだ。

 

この中の誰かが讃州中学校の卒業生なのか、一年から聞いたのかは分からないが、依頼をこなす勇者部の話を耳にして依頼してきたんだろう。

 

高校に来てるのは勇者部には棗も弥勒もいるが、それぞれ別の依頼で中学校に向かってるはずだ。

 

「じゃあやることはこんなところで...早速お願いできるかい?」

「分かりました。では失礼します」

 

必要事項と必要書類を受け取り、足早に生徒会室を出る。ざっと見た感じ、サクサク回らないと今日中に終わるのが難しいだろう。

 

「...どうした?」

「どうしたって?」

「いや、なんかこっち見てたから」

 

生徒会室でほとんど喋らなかった(というか、俺が全部進めちゃったから喋る必要がなかった)風は、俺からすっと目をそらした。

 

「んー...年近い人に敬語の椿って珍しいから」

「あー、まぁな」

 

元々普段付き合いのある人は基本年下だ。比較的近い春信さんは風と一緒にいる時に会わないし、そもそもそれ以外で敬語を使うのは授業の先生くらいである。

 

「なんかもっとふざけた感じしか出来ないと...」

「さりげなく喧嘩売られてる?別に教室で先生と話してる時は敬語だろ」

「いや、そうなんだけどさー」

「...なら今日ちゃんと見とけ」

 

廊下を歩きながらそんな事を口にして、俺達の依頼はスタートした。

 

最初に歩き回る外の運動系部活を回り、生徒会室の近くで行っている部活は後回しにする。体育館の方は生徒会の人が行うと言っていたし、こうすることで予想より早く片付いた人が別の場所へ行きやすいと踏んでのことだ。

 

そうして俺達はクリップボード片手に歩き回り、野球部、サッカー部を訪れ、さっさと仕事を終わらせた。

 

遠目から野球部にいないことが分かった俺は、陸上部に目を向ける。案の定風はそこにいた。

 

「いいじゃん犬吠埼ー。頼むよー」

「何言ってんの。あんた個人の要望が通るわけないでしょ!」

「そこをなんとか!!」

 

一緒にいるのは、確か中学からの同級生だった気がする。気がするというのはクラスが別だったから記憶が薄いのだ。

 

「何やってるんだ?」

「古雪か...」

「あー椿。実は何個かハードルがガタついてるらしくてさ。その分予算くれーって言ってるの」

「先生か部長が言ってきたんじゃないのか?」

「先生とはもう話ついてるわ」

「言いそびれたんだよー。でも必要経費ってやつじゃん?あれ足立たせるのに時間かかるんだよー。頼むよ犬吠埼」

「そう言われてもねぇ」

「......」

 

状況を見て、俺のとった行動はわりかし早かった。

 

「「え」」

「まずは先生に話してからにしてくれ。他にも行かなきゃいけなくて忙しいからな。行くぞ」

「ぇ、え、ちょっと椿!?」

 

風の手を掴み、有無を言わさずその場から離れる。次の目的地は校内でよかった筈だ。

 

「い、いきなり過ぎるでしょあんた!」

「お前が予算上げるって書くつもり無いくせに話し込んでたからな。あそこで付き合ってても長くなるから」

「そう言われると弱いんだけど...」

「それともあいつがハードル立てるまで見守ってたか?それならこの後は俺だけでも」

「うっ...悪かったわ」

「別に悪いなんて思ってない」

 

手を掴んだのも手っ取り早くあの場を離れるためにしただけで、今は必要ないと離した。手と手の間を抜けるように風が通る。

 

「ぁ...」

「?どうした?強く握りすぎたか?」

「う、ううん。何でもない。というかそんなにやわじゃないわよ」

「やわいだろ。お前は」

 

離した手を今度は両手で捕まえてじっくり見た。別段爪の跡が残ったりもしてなさそうだ。

 

確かに普段家事をしたり、大剣を握ったりしている手だけど、しっかり女の子の手なのだから。

 

「ちょっ、あんた」

「どうする?念のため保健室いくか?」

「...いいわよ!ほら、次行くわよ!」

「?」

 

声を大きくした風は、俺の手をどけて前へ歩きだした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「では、特に要望はないと」

「そうね。楽器も新調する必要はないし...うん。これ見ても先生の話でも、予算内でやりくり出来るって聞いてるから」

「分かりました。ご協力ありがとうございます」

「いいよ。寧ろお疲れ様」

 

吹奏楽部の部室で三年生の部長さんと椿のやりとりを隣で聞いていると、部長さんの後ろ側から同じクラスの女子二人が見えた。確かフルート志望だって言ってた子達だ。

 

『ファイト!』

『風ちゃん負けるな!』

 

(何に負けるのよ)

 

口パクではそんな感じのことを言ってるようで、よく分からなった。

 

「よかったらこの資料持っていく?コピーはあるから」

「そうですね...折角ですし頂きます。セットで生徒会へ渡しますね」

「よろしく......それにしても、一年生で生徒会の手伝いなんて偉いのね」

「今回は頼まれたからですよ」

「そうなの?」

「ボランティアみたいなものです」

「へー...頼めば吹奏楽部の仕事も手伝ってくれるの?」

「するとは思いますが、メインはこの高校ではないので...勇者部で検索をかけてくだされば、ホームページが出るかと」

 

(......)

 

「成る程...じゃあ君個人を指名するのは?」

「それは」

「椿、時間」

「ん、悪い...すいません。失礼します。後はそこの二人に聞いてください。同じ中学校だったので」

「...分かったわ。お疲れ様」

 

椿とあたしは一礼して、部室をあとにした。

 

「......あの、風?」

「何よ?付き合ってても長くなるって思っただけよ?」

「いや、そうじゃなくて...」

 

椿の視線に合わせてあたしも顔を動かすと、あたしが椿の制服の袖を摘まんでた。

 

「っ!ごめん!」

「いや、別に...寧ろ悪かったな」

「い、いいのよ」

 

椿は本当に気にしてないようで、その姿を見るとあたしも一瞬無意識でとった行動を気にしないでいれた。

 

「次は...ぁ、今ので一段落か」

「じゃあ一旦生徒会室に戻りましょ」

「そうだな」

 

距離は近かったおかげでそう歩かず生徒会室について、あっという間に話も終わった。他の生徒会の人が早めに回れたらしい。

 

こういう会話は変に参加するより椿に任せた方が大体スムーズにいくのは、前々から知ってること。さっきと同じようにあたしは椿を眺めてるだけで大体片付いた。

 

「っはー!やっぱ仕事終わりにはみかんジュース!」

「あんたいつでも飲んでるでしょうが...」

「それは否定しないがなぁ......っと」

 

教室に残してた鞄を取りながら答えてくる椿は、急に外の景色を眺める。

 

「どうかした?」

「いや、ちょっとな」

 

言葉にするのが難しかったのか、「あー」だの「ぅー」だの言ってる間に廊下を歩く。夕日が窓ガラスを突き抜けて目に入ってきた。

 

「懐かしいかもって」

「何が?」

「こうして二人だけで鞄取りに戻ったり、廊下歩いたり。勇者部の最初の頃だけだったじゃん?」

「あぁ...」

 

言われてみれば、こうして学校を静かに歩くのは珍しい気がした。勇者部を作ってすぐはあたしと椿だけだったけど、その後は友奈と東郷が来たし、今は昔と比にならない人数が部室にいる。

 

「あの頃は依頼も少なかったし、まさか高校になってからも続けるとは思わなかったわ」

「まぁ、普通の部活なら俺らはもう卒業してもいいんじゃないかとは思うが...あ、でも元の世界だと勇者になれなくなったけど行き続けたままだったな」

「やめたくないんでしょ?」

「否定しないが、それで泣きかけてたお前に言われても」

「な、泣きかけてなんかないし!?」

 

もう大分前のことを覚えてるとは思わなくて、からから笑う椿の肩を強めに叩いた。

 

「無理のある言い訳はやめな。高校に入ってすぐあんな隅っこで」

「わー!!ワーッ!!!」

「悪かった。悪かったから耳元で騒がないでくれ...」

「全く...っ~」

 

嫌そうな顔をしているけど、私はそんな顔を見て恥ずかしさが全然とれない。

 

「普段好き勝手されてる癖に...」

「それは早くても友奈や東郷が来てからだろ」

「好き勝手されてる自覚はあるのね......」

「否定出来ないだろ...特に園子相手とか」

「あたしも園子の真似をすれば椿を振り回せる...?」

「やめろやめろ」

「わっしーミノさん」

「だーやめろって!?園子が増えすぎたら誰が止められるんだ!?」

 

元々続ける気はそんなになかったので、すぐやめた。

 

「はぁ...大体、お前だって振り回す時はしっかりやってくるだろ」

「そう?」

「そう」

「あんたも言えたことじゃないでしょ」

「そう...か?」

「そうよ。思い出してみなさい。あの時は__________」

 

懐かしさがありながらすぐに思い返せるような思い出話に花を咲かせながら、あたし達は学校から外へ出た。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ただいまー...入らないの?」

「樹に言ってないんだろ?先に伝えてから通してくれ」

「気にしないと思うけど......」

「着替え中とかだと不味いだろうが。頼む」

「分かったわ」

 

風と樹が暮らすマンションの扉の前で、俺は体を壁に預けた。どうしても気を使う点は多い。

 

『買い物しなきゃ』

『手伝うか?』

『いいわよ別に。そんな重いもんでもないし。大体あたしももう高校生よ?』

『そりゃあの頃とは違うが...あ、やっぱ手伝わせて、ついでに家で食わせてくれ。今日飯外で食わなきゃいけないんだった』

『そうなの?』

『水道管が不調だとかで、今日一杯点検作業してるんだよ。その間断水なんだと』

 

学校から出た後にそんな会話をした俺達は、スーパーで買い物を済ませて犬吠埼邸まで向かった。

 

それこそ勇者部を始めたばかりの頃は樹も小さく風も持てる量に限界があり、勇者部の依頼そのものが少なく時間が余ってたりして、俺が買い物に付き添うこともよくあることだった。風が料理を作ってる間に樹と遊び、たまに料理をご馳走になったり。

 

(そう考えたら、結構前から風の料理には世話になってるんだな)

 

もしかしたら、親を除けば風が一番料理を食べさせてもらってるかもしれない。

 

(ま、付き合いも長いしな)

 

一番長いのは幼馴染みだが、小さい頃は俺も料理することはほぼなかった。

 

「椿さん!?」

「おう樹。入ってもいいか?」

「は、はい」

 

物思いに耽ってる間に扉の向こうから樹が出てきて、許可を貰って入り込んだ。女子向けの靴ばかり並んだ玄関に「お邪魔します」と言いながら自分の靴を並べる。

 

「連絡してくれればよかったのに...」

「悪い悪い。風が連絡いれてるもんだと思ってたんだよ。気づいたのはここについてからでさ」

「話してて忘れてたわ」

 

舌を出しながらコツンと手を頭にぶつける風は、可愛いと思っても口にしなかった。調子に乗られると少しめんどくさい。

 

「料理手伝うぞ。グラタンだろ?」

「完全スルーとは...ていうか、お客さんなんだからいいわよ。座ってて」

「客なんて自分で思ってないし、そもそもそっちだって思ってないだろうが。ここに荷物置くぞ」

 

荷物と上着を適当に放って、台所に立つ。買ってきた内容で丸わかりだし、必要な物の位置も大体覚えていた。

 

「そう言ってもねぇ...じゃ、お願いするわ」

「案外素直だな」

「これが見えたらね」

 

おもむろに裁縫道具を取ってきた風は、俺の上着を掴む。見せてきた箇所はボタンが取れかかっていた。

 

「あたしはこっちやるわ」

「...ありがとうございます」

「椿さん。私も手伝っていいですか?」

「了解。じゃあパパっとやりますか」

 

樹も自炊した頃から料理を続けてるらしく、少なくとも昔のように台所に立たせるのが怖い存在ではなくなった。

 

この前は風が作ってきた弁当に一品入れていて、美味しく頂けたのもある。

 

(今や部長だもんなぁ...)

 

正直な所、樹が部長、というより人を指揮する立場になるというのは、あまり想像出来なかった。姉と違い芯はあってもそれが表に出てくることはそんなにない。そんな内気な女の子だと思っていたから。

 

今では色々と覆されたけど。

 

「椿さん?」

「ん?」

「い、いえ...そんなに見つめられると、少し恥ずかしい...です」

「っ、わ、悪い。そんなつもりじゃなくて」

 

ボーッとしてただけだと自分でも思うが、もしかしたら無意識にエプロン姿の彼女が物珍しく感じたのかもしれない。

 

「別に悪いなんて思わなくていいですよ。ホントにちょっと恥ずかしかっただけなので」

「そうか?」

「はい。さ、作りましょう?」

 

樹に促され、俺達は料理を始めた。

 

 

 

 

 

「はい。じゃあ後はオーブンで...っと。取り皿出すぞー」

「あたしが出すわ。もう終わったから」

「マジ?」

 

さっき見た取れかけのボタンは、綺麗に元の姿へ戻っていた。

 

「助かる」

「いいのよ。樹の面倒も見てもらったしね」

「お姉ちゃん?私もう見られなくても変な料理作らないよ?」

「いや、今でもたまに一品だけ凄いの作ったりするでしょ」

 

(料理ってそんなランダム性あったっけ...)

 

「もー」と頬を膨らませる樹と、「ごめんごめん」と頭を撫でる風。その様子を見て、くすりと笑ってしまった。

 

「椿さん?」

「なによ」

「くすっ...なんでもない」

「なんでもなくないでしょ!」

「ほらほら、冷める前に食べようぜ」

 

言いかけた言葉は、何もなかったかのように引っ込んだ。多分、恥ずかしかったのだ。

 

隣にいることが当たり前だった銀のようではなく、当たり前ではなかった彼女達に対して「家族みたいだな」と言うのは。

 

「椿さん」

「何?」

「お姉ちゃんには黙っておきます」

「......はい」

 

何故か樹にはバレてたようで、小声で話しかけられた時は震えたが。笑顔にはどことなく怒りが含まれてるみたいで、娘はそんなに不服だったのかと捉えてしまう。

 

ただ、そんな疑問もグラタンを食べ終わった頃にはなくなっていた。いつもより美味しかったからだろう。

 

 

 

 

「お邪魔しました。じゃあな」

 

靴を履いて玄関を出る。外は風が吹いていて顔が冷えた。

 

「...椿」

「?」

「あした...明日も来る?うちに」

 

風にしては小さな声で、けれども確かに俺の耳に届けさせてくる。

 

「明日は友奈達と別の依頼だしな。多分来ないよ。来れたとしても遅くになっちゃうから迷惑かけられん」

「そ、そう...じゃあまた明日ね」

「あぁ。また学校でな」

 

合鍵なんかは当然持ってないため、俺は単純に出口へ向かった。

 

「...__________」

 

風が最後に何か言った気がしたが、俺の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

こう言うのはおかしかった。今日はもう夜で、夕飯も食べ終わってて、後はお風呂に入って寝るくらいだったから。

 

「そ、そう...じゃあまた明日ね」

「あぁ。また学校でな」

 

でも、さっきの食卓で、どうしても家族みたいだなって思えてしまったから。

 

「...いってらっしゃい」

 

出勤を見送るようなことを閉めながら言って、思わずそのまま玄関へ頭をぶつける。

 

(......バッチリ聞かれてたらどうしよぅぅぅ...!?)

 

明日聞かれ直したら、もしこの後メールで聞かれたら。そう考えたら顔の熱が引かなかった。

 



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ゆゆゆい編 59話

緊急事態宣言が全国レベルになったりどんどん色んな界隈で延期、中止が発表されストレスが蓄積されていく毎日ですが、こんな時こそ勇者部のような思いやりの心を持てるようになりたいですね。

それから、皆さん感想、誤字報告ありがとうございます!改めてお礼を。


「すーっ...はーっ......」

 

波の音がすぐ近くにあるが、一呼吸、また一呼吸としていく度に聞こえなくなっていく。暗闇の中、必要のない邪念だけが消え去り、必要な外界の情報だけが入ってくる。

 

「......!!!」

 

完全に集中した瞬間、まさしく刹那の間に、目を見開き抜刀した刀を振るった。砂浜を踏みしめる大きな音と、刀が風を切る音だけが放たれる。

 

「......」

 

切り下ろした状態から納刀までして、やっと息をついた。

 

「はぁ...」

「来てたのか。若葉」

「!」

 

ばっと振り返ると、いたのは勇者部で唯一の男子である彼がいる。

 

「いたのか...」

「いや今来たところ」

 

いつものように鉛を貼って重さを調節してある木刀を持つ椿は、もう片方の手で何かを投げてきた。受け取った物を見ると、有名なスポーツドリンクだ。

 

「タオルもいるか?」

「いや、そこまでじゃない」

「じゃないって、お前なぁ...まだそんな暑くない時期にそれだけ汗かいてたら、長くやってた証拠だろうが。飲むだけと言わず休憩いれろ」

「......相変わらず、よく見ているな。タオルは自分で持ってきたから取ってくる」

 

自分でも気づかなかったが、確かに汗はそれなりにかいていた。わざわざ忠告を無視する必要などないため、素直にその場から歩きだす。

 

乗ってきた自転車にはいつものバイクが横付けされていてが、気にすることなくタオルだけを取った。ちらりとスマホの画面を表示させると、一時間半はぶっ続けでやっていたらしい。

 

(そんなに激しく動いたつもりはなかったのだが...)

 

やっていたのは、抜刀から切り上げ、即座に切り下ろすだけの行為。有名なものでは燕返しがよい例だろう。

 

言葉で言うにはただそれだけだが、自身の中で描いた軌跡をなぞらせた上で速さを追求していくと、どうしても満足いくものにはならなかった。

 

その結果、心身ともに結構な疲労をかけてたみたいだが。ここ最近はどうしても自己管理が抜けてる所がある。

 

(...あれでは、椿に防がれるだろうがな)

 

「おかえり。やるのか?」

「いや。しばらくは椿を見ることにした」

「それはそれで緊張するな...」

 

椿は二本の木刀を砂浜に差し、空き缶を砂浜に並べていく。それが銃の精度を上げるためだというのは以前から知っていた。

 

「そういえばひなたは?」

「今日は芽吹と出かけてるそうだ」

「へぇ、そりゃまた珍しい組み合わせだな」

「球子と杏も一緒らしいがな」

 

詳しい話は聞かなかったが、買い物に行く目的が噛み合ったらしい。

 

「芽吹が来ないなら、ここもすいてるかと思ってな」

「確かにな。メインで使ってるのは四人だし」

 

私、芽吹、椿、そして夏凜。この四人は自主訓練時にここを訪れることが多いメンバーである。

 

というか、他の皆はあまり特訓、訓練をしないと言った方が正しいか。

 

「でも、夏場だったら倒れかねないぞ。ひなたに報告しとくからな」

「待ってくれ椿すまなかった」

「必死過ぎるって...近い近い」

 

詰め寄り過ぎ「今回は何も言わないよ」と言われたのもあって、距離を離して砂浜に座った。体育座りでも砂だからお尻が痛くなることはない。

 

「最近は時間の流れがあっという間でな」

「あれだけ集中してればなぁ...遠目から見ても凄いと思ったよ」

「そうか...?」

「あぁ。太刀筋が霞んで見えた。どんだけ速く振ってんだお前」

「いや。私はもっと頑張らなければな」

「ふーん...」

 

空き缶を並べ終わった椿は、腰につけていた銃に手を伸ばした。当然本物ではなく、BB弾使用のおもちゃだ。

 

「椿が言いたいことも分かる」

「?」

「皆いるんだから一人で無理するな。なんて言うだろう。無理して体を壊したらひなた辺りが黙っちゃいないぞと」

「......そりゃ、な」

「分かっている。当然自己管理には気を使ってるつもりだ」

 

さっきのことも、数年前の私であれば椿に注意されても聞かなかっただろうし、そもそも椿が来るまでに倒れていた可能性すらある。

 

「さっきので...?」

「あれでも治ってきてるほうだ...ともかく、いざという時、私は協力出来る仲間を知っている。だから平気だ...だが一方で、二人分の仕事はすると誓ったからな」

「二人分?」

「あぁ」

 

二発目缶を一本吹き飛ばし、こちらを見てきた彼に、私は手につけているミサンガを見せた。

 

「このミサンガに誓ってな」

 

西暦にいるのは六人でも、共に戦ってきた仲間は七人なのだから。

 

「...そっか」

 

椿は私の込めた意味を理解しているのかいないのか読み取れない表情で再び銃を構える。

 

鳴り響いた甲高い音は、吹き飛んでいく缶の勢いと同じく大きかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

心頭滅却。基本的に心が無の境地に至っていることを表す四字熟語は、今の彼女に似合っているどころか、彼女の為に作られたのではないかとすら錯覚してしまう程だった。

 

俺が納得できるレベルで空き缶を撃ち、砂浜に転がした缶とBB弾を拾った後(プラモデルの塗装技術を学び、弾は見易い色に塗装しているため全部拾えるようになった)、彼女は再び刀を構える。

 

「......」

 

眉一つ動かさず、ピタリと止まった姿は、彼女だけ時が止まったのかと思う。

 

それでも、次の瞬間には。

 

「シッ!!!!」

 

鞘から抜き放たれた刀がブレて見える程速く動かし、前を向けて止めた。

 

若葉は西暦の頃から抜刀術を得意としているように見えた。

 

基本的に、抜刀術、居合というのは剣を出さないことで間合いを見せない、相手よりより速く剣を届かせる、体に隠し、その見せ方によっては刀そのものを相手に見せない。なんてメリットがある。

 

ただし、相手が既に抜刀時だった場合には後手に回りやすい、両手で構えるよりはパワーが落ちる、相手より遅ければ何もせずにやられることすらある。といったデメリットもある。

 

語弊を覚悟で言うならば、刀を抜いている相手に抜刀術で対応することそのものがデメリットとも言えるのだ。

 

(まぁ、若葉に色々聞いた話とか、本で見た話だけど)

 

更に、勇者であれば基本的に相手するのはバーテックス。人間同士の駆け引きとは違う要素が必要となる相手であり、抜刀術が有効とは正直言えない。

 

あれだけの時間_________相手が抜刀するには十分過ぎる時間________をかけて集中し、バーテックス相手に通じにくい技術を磨く。なのに________いや、だからこそ、俺は彼女から目が離せなかった。

 

その理由は単純。彼女が、乃木若葉が強いから。

 

鞘から抜き放たれた刀は、絶対に相手の動きを読んで攻撃を弾くと確信できて、返す二撃目で確実にカウンターされると思ってしまう程には速く、力強い。

 

それほど洗練された技術だと、俺はずっと前から思っていた。こと居合の技術だけなら、絶対に勇者部の中でも最強だと断言出来るほどに。

 

(まぁ、皆鞘から抜く武器じゃないってものあるが...)

 

一番似た武器を使っているだろう夏凜も、あの刀の鞘というのは見たことがない。というか、たまに鞘も使うとはいえ夏凜や芽吹といった二刀流相手に手数で押されて負けることはそうないのだから、それだけでも強さは分かることだろう。

 

それに、恐らく俺だけが思ってることだが__________

 

(...凄く、速くなった)

 

俺が西暦から戻り、この世界に呼び出されるまでの期間は約半年だった。とひなた達から聞いている。

 

あの戦いから半年、戦いは少しの期間なくなった頃から呼び出された彼女達だったが、この世界での初戦闘時、若葉だけが明らかに腕を上げていた。球子達はずっと見てたからか『前からあんなもんじゃないか?』なんて言ってたが。

 

そして、今も。

 

「すーっ...はーっ...」

 

目を閉じ、構え、呼吸を整える。

 

「......ッッ!!!」

 

今度は溜め込んでいた力が一気に解放されたかのような連撃を繰り出し、最後は鞘に戻した。

 

(...すげぇ)

 

その姿は、この世界に来たばかりの頃より、腕を上げているように見えた。

 

相手が抜刀しているなら、その有利などを圧倒的に越える速度を。両手で振ってくるなら、それをも上回りねじ伏せる力を。

 

ただ練習してるだけで、 そう思わせてくる。ビリビリと伝わってくる。

 

(......いや、ホントに凄いな)

 

ここに、バーテックスとの色んな状況で戦っている柔軟性、仲間を頼る協調性もあるのだから恐れ入る。

 

もし今戦ったら、勝てないと思う。取った対策も潰されそうだ。

 

「どうした椿?何か私の顔についているか?」

「いや、何でもない...でも凄い鍛えてるなって」

「......努力してない、なんて謙遜は出来ないな」

「そりゃ言わなくていいだろ。お前が頑張ってるのは知ってる」

「ありがとう」

「元の世界でも、俺がいなくなってからそうやってたのか?」

「あの後、色々落ち着いてから大赦経由で剣の道に詳しい人と話をさせて頂いてな。色々メニューを組み立ててやってる」

「へー...」

「いつバーテックスがまた現れるか分からない。未来がどんな形で進むか分からない。ならば、私に出来ることがあるなら...私が守りたいものをより強固に、広く守るために、研鑽は惜しまない」

「...」

 

『皆を守るために戦う上で必要だから。じゃないですか?』

『...まぁ、俺がやってる理由はそうだな』

 

その決意は、どこか俺と似てるようで。

 

「...かっこいいな」

 

その言葉に、若葉が顔を上げる。

 

「だろう?私がかっこいいと思う奴の真似みたいなものだがな」

 

その顔は、くすりと笑っていた。

 

 

 

 

 

気づけば、日は傾き夜空になりつつあった。

 

「そろそろ帰るか...」

「そうだな。どうせなら椿と一度剣を交えたかったが」

「今の若葉に勝てると思えねぇな...」

「そうか?また新しく何か策を用意して勝ちを狙ってくるのかと」

「そりゃ勝ちを狙うぞ?でも、そんなパッと作戦が浮かぶわけでもないしな...っと」

 

荷物をバイクに積み、スマホを嵌め込む。その度に春信さんの謎技術を疑うのだが、自分でバラしても中身を理解出来る筈もないのでやめている。

 

「若葉、乗ってくか?」

「そうだな...近くのうどん屋でいいぞ。今日は元々そこで食べる予定だったからな」

「あ、じゃあ一緒に食べてもいいか?」

「構わないさ。では行こう」

 

あっさり後ろに乗った若葉は、背中の服の裾をつまんだ。抱きつかれると緊張するが、これはこれで安定して乗れているのか不安ではあった。

 

「落ちるなよ?」

「分かっている」

 

安全運転でバイクを走らせる。お互い何か話すわけでもないが、居心地はよかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「美味しいな」

「あぁ。流石香川だ...」

 

釜玉うどんの大盛を食べ終えた椿は、一口水を飲んだ。

 

「そういえば、椿は食事中はみかんジュースを飲まないな」

「いや、みかん好きの自覚はあるがさ。食事中はそこまで飲まん。お茶とか水とかでいい」

「そうなのか...」

 

聞いてからなんとなく手持ちぶたさで、骨付き肉を食べきった。照り焼きのタレと肉の柔らかさに舌鼓を打つ。

 

「今日はひなか。親じゃないんだな」

「美味しいぞ?」

「知ってる。前食べたからな」

「美味しかっただろ?」

「まぁな。あとここは海老天もよし」

 

そう言った直後「すいませーん、海老天一つ!」とオーダーの声を響かせた。

 

「ふぅ...俺の方こそちょっと意外だったというか、なんというか」

「何がだ?」

「うどん狂いの奴は食べてる間そんなに話したっけかなって」

「椿の方こそ私を何だと思ってる!?」

「うどん狂いの一角」

「風さんはどうなるんだ!?」

「あいつは一会話ごとにうどん食べきってるから...あ、ありがとうございます」

「...はぁ」

 

文句の一つも言いたくなったが、海老天が届いて一瞬空気が変わった。それだけで私の感情は呆れに変わり、ため息しか出せなくなる。

 

「ん?食べるか?」

「いや、そういうつもりでは...」

「目は食べたそうにしてるぞ。全く...しょうがない奴め」

 

サクサクっと良い音を立てて、海老天が半分に切られた。

 

「こっちをやろう」

 

私の器に渡されたのは、尻尾のない、プリプリの身だけで作られている方。

 

「いや!それでは椿が頼んだのに」

「いいんだよ、俺がそうしたいだけだし。なんならうどん狂いって扱いしたお詫びだと思ってくれ」

「別に詫びだとは...」

 

自分自身、勇者部内でもそれなりに重度のうどん好きというのは分かっているつもりである。だが、それでも椿は止まらなかった。

 

何故か箸は私の器まで伸ばされ、ついさっき離された海老天が挟まれる。

 

「いいから。ほら」

「っ、べ、別に食べさせてもらわなくていい!」

「こうでもしないと一生食べなさそうじゃん。ほら、口開けろ」

「~ッ!!」

「あっ」

本来マナー違反ではあるものの、私の箸で椿の箸から海老天を奪い取り、勢い良く口に入れた。まさかこんな形で鍛えた動体視力を使うとは思わなかったのだが。

 

(...美味しい。美味しいが)

 

「行儀良くないぞ...ま、食べてくれてよかったよかった」

 

(お前がやったことも行儀良くとは言えないだろう...!!)

 

何事もなかったように笑みを浮かべる椿を見て、この煩い心臓を鎮めるためには、怒るべきなのかお礼を言うべきなのか、はたまた笑顔を浮かべれば良いのかまるで分からなかった。

 

そして、その瞬間だけ、ひなたの顔が思い浮かんだ。

 

 

 

 

 

後日。

 

「だーれーがうどん狂いですって!?!?」

「そんなのお前いや待て何で知ってる」

「うどん屋の店員さんに言われたのよ!!!大声であたしの話題出してたらしいわね!?部員はともかく知らない人にまで聞かれてるってどういうことよ!?」

「別に間違ってないだだだだだ!?」

「反省しなさい!!」

「アイアンクローはやめろぉぉ!!!」

 

部室でそんな二人の会話を聞いた時は、別の意味で心臓が煩くなり、そっと離れようと動いている私がいた。

 

「大体、風の名前を出したのは若葉だし!!」

「......わ~か~ば~?」

「風さんお疲れ様でした。ではっ!!」

「待ちなさいっ!!」

「もう離せぇぇぇぇ!!!!」

 

 



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ゆゆゆい編 60話

先日ゆゆゆいアプリの方で芽吹の新装備(満開と言っていいのか分からない)URが出ましたね。最初の印象は正直銃の見た目に持ってかれました。あれツインバスターライフルかGNバズーカⅡでしょ。


「娯楽...娯楽ねぇ」

 

ついこの間綺麗にしたばかりの部屋だったが、どんどん床に物が置いていく。ほとんどを右側に、一部目的の物を左側に。

 

「何してんの?」

「んー?芽吹に頼まれたんだよ」

「何を?」

 

当然のようにベッドで寝転がってる銀に対して、俺は経緯を思い出しながら話した。

 

「昨日芽吹の部屋でプラモ作ってたんだがな。亜耶ちゃんに新しい娯楽を教えてあげたいって話になって」

 

大赦の巫女である彼女は、箱入り娘と言って差し支えないだろう。今までもそれを感じることも多く、色々やってきたりもしたが、それでもまだ知らないことが多いのも確か。

 

『パーティーゲームは一緒にやったりしてますし、私の知ってることは色々話してきたんですが...椿さんは色々詳しそうですから』

 

「まぁ、女子がやってきたものと男子がやってきたものは結構違うだろうしな。複数人のは部室でやるし、一人だったり二人だったりで出来そうなのを用意しようかなって」

「へー...」

「銀も何かあるか?」

「芽吹や皆が何すすめてきたか知らないしなー...それに、何かと一人のゲーム二人でやってたじゃん。アタシ達」

「確かに。RPGとか相談しながらやってたもんな」

「亜耶ちゃんがRPGをやりだすかと言われれば...」

「...案外やりそうじゃないか?難しすぎなくてストーリーしっかりしてるやつなら」

「じゃあ用意したら?」

「そうするかー...亜耶ちゃんがやってたら意外性があるのも用意して...と」

 

(前教えた格ゲー以上にらしくないのはないか。流石に)

 

粗方取り出し終えた俺は、出した物をどんどんしまっていく。気づけばすぐに床が見えた。

 

「ていうか」

「ん?」

「お前何でいるの?」

「えー?いちゃダメなのか?」

「そんなことはないけど、園子に連絡いれてなさそうだったから」

「大丈夫大丈夫」

「何で」

 

聞こうとした瞬間、インターホンが鳴り響いた。無意識に目が銀の方を向くものの、当の本人は笑顔を浮かべている。

 

「......飯足りないんだが」

「ちゃんと買ってきてくれてるよ。当番は園子!」

「...はぁ。作ってくる」

「いってらっしゃい!」

 

ここまでの展開を読んでいたであろう彼女は、俺の布団に潜り込んだ。

 

「......暖かいな」

 

 

 

 

 

「椿さん、寝不足ですか?」

「いや、なんでもない」

 

確かに寝不足なのだが、上手い言い訳が出来ない確信があったので誤魔化した。

 

(匂いに動揺して寝れなかったなんて言えん)

 

「そうですか...」

「芽吹の部屋行くのか?」

「いえ。亜耶ちゃんの部屋です」

「了解、じゃあ行くか」

「はい」

 

寮の入り口からそれぞれの部屋まではそんなに遠くない。見慣れた景色を窓越しに見ながら歩けば、すぐに亜耶ちゃんの部屋についた。

 

「亜耶ちゃん、椿さんを連れてきたわ」

『ぁ、はーい!』

「いらっしゃいませ!!」

 

花が咲いたような笑顔で出迎えてくれる姿は凄く癒され、一瞬意識を奪われる。とはいえ、ずっと突っ立っているわけにもいかなかった。

 

「こんにちは亜耶ちゃん。お邪魔するな」

「こちらこそ、今日はありがとうございます!」

「お邪魔します」

「...来た」

「?」

 

三人以外の声が聞こえて部屋を見れば、防人組が全員揃っていた。

 

「あれ、皆いたのか」

「私はさっきたまたまメブと会って」

「私(わたくし)もです」

「私は、楠に数学のノートを返そうとして」

「成る程な...」

「椿先輩、芽吹先輩、何かお飲みになりますか?」

「んー...お茶あるか?」

「ありますよ。すぐお出しできるのは冷たい緑茶ですが、暖かいのでしたら玄米茶も」

「じゃあ冷たい緑茶で」

「私も」

「分かりました」

 

家主にやらせるのも申し訳ないが、勝手が分かるわけでもないため大人しく座った。テーブルを先にいた三人が囲んでいて、そこにもお茶が置かれている。

 

「これなら飲み物買ってくればよかったな...」

「あ、私お菓子は持ってきてますよ!食べます?」

「寧ろ何故お菓子はある...」

「部屋に置いてたの持ってきたので!」

 

加賀城が取り出したのは細いチョコスティックだった。チョコがかかってない部分もあるので、これなら遊びながら食べれるだろう。

 

(......)

 

「どうかしまして?」

「いや、何でもない。うん」

 

ここにカオス製造機の化身はいない。このお菓子を使ったゲームなんて話になるはずがない。

 

(動揺を悟られるな。邪念を消せ。自然体だ)

 

「一応トランプも持ってきて正解だったな」

「まぁ、いいですわね。大富豪しましょう」

「ババ抜きがいいよー」

「...七並べ」

「まぁまぁ」

「椿先輩、芽吹先輩。どうぞ」

「ありがとう亜耶ちゃん」

「ありがとな...まぁ、メインは俺が亜耶ちゃんに色々教えるって話だし、最初はそっちでやっててくれ」

 

年長者の弥勒にトランプの箱を投げ、俺は持ってきた鞄を更に漁った。

 

「?芽吹はあっちでやんないのか?」

「椿さんが持ってきたものが気になったので」

「成る程」

「椿先輩のおすすめ...わくわく」

「そんな期待されてもな...まぁ、まずは亜耶ちゃんに合ってそうなのから」

「それは...クロスワード?」

「あとナンプレな。やったことある?」

「ありません。どういった本なのでしょうか?」

「本というよりはパズルだな」

 

本人が興味ありそうな反応で安心しながらも「中見てみ」と言って開けさせた。

 

「クロスワードパズル。カタカナが幾つかあって、その縦横に空白のマスがあるだろ?」

「はい」

「その縦横ピッタリに当てはまるワードを書き込んでいって、全部のマスを綺麗に埋められたら完成ってパズルだ。例えばここ。二文字目が『エ』で三文字の言葉。ここにカエルと入れる。そしたら次にこの縦の文字に注目して、一文字目がさっきの『カ』三文字目が『フ』で出来た言葉を埋めるんだ」

「そんな言葉ありますか?」

「カリフラワーとかじゃないか?」

「!!繋がります!!」

 

恐らく正解じゃない単語を適当に言っただけなのだが、亜耶ちゃんの目は輝いていた。慣れない視線が眩しくてちょっと辛い。

 

「まぁ、こんな感じで繋げて...完成するとこんなんになるな。これは俺が前に解いたやつ」

「綺麗に埋まってます!」

「先にやってみるか?」

「うーん...そっちも説明して頂けますか?」

「了解。こっちはナンプレ。ナンバープレース...だったかな。これもまずは見てみな」

 

隣で始まったポーカーの音をバックに、ページをめくる音が響いた。

 

「これは、簡単に言えばそれぞれのマスに1から9の数字を入れるパズルだ。条件は、区切られてる正方形のマスと、大きな枠内の縦横には同じ数字を被らせてはいけないってとこ」

「被らせてはいけない...?」

「この枠にはもう3という数字が入ってるだろ?だとしたらこの枠にはもう3が入ることはないし、この3から十字のラインに3が入ることはない。元々書かれているヒントの数字を参考にしながら入る数字を制限、推測し、全部埋めれば完成だ。完成品がこちら」

 

俺の説明は十分だったようで、すぐに亜耶ちゃんは理解してくれた。『やってみたい』なんて頬に書かれてれば、止める必要などどこにもない。

 

(元々、親が買ってすぐ飽きて、俺に回ってきた奴だしなぁ...俺も半分くらいしかやってないし)

 

好きに書き込めるようシャーペンも渡せば、まずはナンプレに手を伸ばした。俺は暇潰し用に持ってきた普通の本を開く。

 

「綺麗な栞ですね」

「だろ?友奈がくれたんだ...ってごめん、一人にさせちゃうな」

「いえ、それは構いませんけど...でも、確かに亜耶ちゃんに合ってそうですね」

「だろ?」

 

メインの媒体が本であるこれらは、亜耶ちゃんが普段持っててもなんらおかしくないし、大赦にある可能性も考慮していた。まぁ、実際に大赦が遊びとして許してそうと考えてしまうのはけん玉やめんこといった滅茶苦茶古い遊びなのだが。

 

(なんというか、格好とか含めて和の心を残してる感じがするんだよなぁ...東郷とはあんま意見合わないのに)

 

「あ、そだ。どうせならこれやるか?」

「これは?」

「昔流行ってたカードゲーム。二人対戦用のだから」

「私ルールが...」

「元から亜耶ちゃんに教える予定のだし、芽吹にもちゃんと教えるから。どう?」

「そういうことでしたら...やります」

 

一度スイッチが入ったのか、芽吹の目は鋭いものに変わっている。それをみた俺は静かに口角を上げた。

 

 

 

 

 

「勝ちましたわー!!!この弥勒夕海子、完全勝利を掴み取り、見事大富豪になりましたわよー!!!」

「あーおめでとオメデト。これがお前が負続けて11回目じゃなければ素直に喜んだんだがな」

「勝つまでやめなかっただけだもんね...そっちはどう?メブ」

「亜耶ちゃんの呑み込みが早くて驚いてるわ」

「何かとゲームセンス高いよな」

「えへへ...」

 

ナンプレとクロスワードを終えた亜耶ちゃんは、芽吹とやっていたカードゲーム以外にもいくつかやったり、小さなラジコンカーを貸したりした。オススメしたラノベと漫画は流石に後日読む運びになったが。

 

「あとは...これか」

 

持ってきたのも残り一つ、テレビに接続出来るタイプの携帯ゲーム機のみとなった。

 

「何いれてきたんですか?」

「あ、か、格闘ゲームですか?」

「まぁ皆でやってもよかったんだが...今回は別のをな」

RPGは以前ひなたにも貸したことがあるが、今回は別。

 

「弥勒、接続手伝ってくれ」

「お任せあれですわ」

「今日持ってきたのはRPG、ロールプレイングゲームってやつだ。自分で主人公を動かして目標を達成するってのがメインの目的になるな」

「よくやるの?」

「銀とよくやってた。これもその一つだよ」

 

まぁこれは、銀と俺が二人で一人だった時にプレイしたものだが。

 

「よし、上手くついたな...はい亜耶ちゃん。コントローラー」

「ありがとうございます...」

「操作はそんな難しくないから、序盤だけ少しやって、続きが気になればそのまま置いてくよ」

「気になる終わり方をさせる...」

「流石に一日クリアは絶対無理だからな」

 

軽く話しているとOPムービーが流れ、全員が黙った。俺は亜耶ちゃんの後ろに移動して全員の邪魔にならないようにする。

 

「綺麗な映像ですね...」

「うわ、これ主人公?イケメン!!」

「これ女にも出来るぞ。ちゃんとムービーが変わる」

「結構凝ってますのね」

 

OPが終われば、セーブデータを選択してストーリーを始める。勿論新規のもののため最初はあらすじが流れ、主人公選択シーンまできた。

 

「どうしましょう...」

「名前も決められる。亜耶ちゃんの好きにしな」

「あややはどう!?」

「それならアーヤ」

「漢字は出来ないのね...」

「どうしますの?」

「うーん...では、しずく先輩の意見を頂いてアーヤにします!」

「そんなっ!」

「すみません、雀先輩...」

「...ふっ」

「!今笑った!笑ったね!?」

「雀、亜耶ちゃんが困ってるでしょ」

「うっ...」

 

しゅんとする加賀城さんは、母親に怒られてる娘のようにしか見えなかった。笑うと本人に睨まれそうだから必死に耐える。

 

「ん、んんっ...まぁ、あらすじでも言ってたが、大まかに色々話していくな。この物語は勇者の素質がある主人公...いや、勇者アーヤが、世界を滅ぼそうとする魔王の元に行くため旅をするってのがメインになる」

「王道展開ですわね。勇者が魔物を倒しながら困った人々を助け、魔王討伐に赴くのは」

「そうだな」

「......魔物とはいえ、倒してしまうんですね」

 

(...やっぱりというか、なんというか)

 

悲しげに言う亜耶ちゃんに、俺はさらっと言った。

 

「いや、誰も殺さずにいけるエンディングもあるぞ。勿論ハッピーエンドで」

『え』

「このゲームの魅力は本人の行動次第で色んなエンディングを迎えられることだ。ネタバレになるからあまり言わないけど。戦う回数はゼロに出来ないが、倒す回数はゼロに出来る」

 

魔王城まで行って倒すルートもあれば和解することもでき、歌野のように農業をすれば農業王ルートもある。他にも王様ルートとか、行商人ルートとか。

 

元々、亜耶ちゃんは心優しい、それどころか聖女と言っても過言ではないくらいの女の子である。それを知っていながらただ敵を倒すだけのゲームを薦める筈がない。

 

「やり込むかどうかもだけど、本人の意思で結構自由に出来るのがこのゲームの魅力だからな。亜耶ちゃんはどうしたい?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...もう、こんな時間ですね」

 

寝る前にちょっとだけと進めていた手を止める。教えて頂いたセーブ方法を済ませて画面を消し、少し伸びをした。

 

「ん~っ...んっ」

 

テレビやゲームを見た後は脳が活性化していて、寝るのには適していない。だから私は寝る直前ではなく、少し前までしかやらないと決めていた。

 

最も、最近は徐々に出来なくなっていってる気がするけれど。物語が進んでいくと難しくなって、どう動けば良いのかを考えてる間、ゲームの時間は進まないけれど、実際の時間はちゃんと進んでいるのだから。

 

でも、なかなか止め時が見つからない。本の物語が気になって新しいページを開いてしまうような感覚。

 

(歯も磨きましたし、少し体を動かして寝ましょうか)

 

程よい柔軟は睡眠の質をあげる。というのはこの間芽吹先輩から聞いた。

 

『へー...』

『椿さんはやってないんですか?』

『柔軟はあまり...まぁ、俺には強制睡眠させるのがあるし......』

 

そう言ってくぎこちなく笑う椿先輩に疑問はあったものの、私はその日のお礼を言ってばかりだった。

 

(...不思議な人です)

 

確かに今まであまり接してくることのなかった男の人。だからというべきなのか、あの方は私の知らない世界を見せてくれる。

 

だから、どんなに私にとって意外で驚くものであっても、まずは手を出した。この、私が今のめり込んで進めているゲームだってそう。

 

初めは誰も倒さない平和な選択肢を椿先輩にアドバイスして頂きながらクリアした。でもそれで終わりにはせず、一から、今度は王道らしい勇者が魔王を倒すまでの道中を進んでいる。

 

当然それだけ物語が感動的でまだまだやりたいと思うものだったけど、悪の幹部(にみせかけた本当は良い人)や人びとを襲う魔物(飢餓に苦しんでいただけ)を倒し、勇者を成長させながら魔王の城を目指す。そんな話は前までの私なら進めなかったかもしれない。

 

自分で動かすゲームである以上、本とは違って自分の選択で犠牲を産み出してるように思えるから。

 

(見つけるのが上手なのでしょうか?)

 

芽吹先輩が私の側にいてくれる人ならば、あの人は私がたまに来て、知らない玉手箱を持ってきてくれるような人。

 

『亜耶ちゃんはどうしたい?』

 

(私は...もっと色々知りたい。教えてもらいたい)

 

「...よし!一問だけ解いて寝よう!」

 

今日は寝るのが少し遅れてしまうだろう。

 

私は、まだ知らないことが多いから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

『というわけで、亜耶ちゃんが少し夜更かししてるように思います。ゲームについては何も言いません。現実の虫等にもより気を使うようになったくらいです。ですが寝不足は』

 

「と、言われてもなぁ...」

 

『何ですか』

 

「いや、そんなに悪いことかなって。今のところ体調不良になりそうな程じゃないだろ? というより、今までの亜耶ちゃんがとんでもなく早寝早起きなだけだし...第一それ言ったら夜な夜な通話してる今の俺達の方がヤバいじゃんか。もう亜耶ちゃんきっと寝てるぞ?」

 

『それは、そうですが』

 

「...ま、気持ちは分かるけどな。まさかあそこまでゲームに興味持ってくれるとは思わなかったし。クロスワードとかカードはしっかり返してくれたから、それだけ手元に残したのは気に入ったってことだろ?」

 

『......』

 

「もし亜耶ちゃんがマイナス方向にいっちゃったら注意すればいいし、すすめた俺に罵倒してもいいから、もう少し見守ろうぜ?」

 

『別に貴方を罵倒したりしません』

 

「そうか?」

 

『一発殴るだけです』

 

「より怖いわ!!ったく...まぁ、可愛い子には旅をさせろって言うだろ?ちょっと過保護じゃないか?お母さん」

 

『......過保護じゃありません!』

 

「うっ...はぁ、お母さんの部分は否定しないんかい......にしても、ホントに亜耶ちゃんがね...聖女が聖女でじゃなくなったら、俺は打ち首で済むんだろうか。もしかして本当にヤバい?......これからはもう少し薦めるもの考えないと不味いかなぁ」

 

 



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ゆゆゆい編 61話

前話からの期間でフォースインパルスのRGを組み立てたんですが、外見(特に顔)がアニメそのままで感動しました。

GWですし、メブみたいにプラモ作る方は是非。


「すー...すー...」

「......んっ、ふっ!」

 

小さな寝息をBGMにしてパソコンを動かしていたが、作っていた資料の確認が一段落したところで伸びをした。

 

「......」

「すー......」

 

(落ち着くような、落ち着かないような)

 

なんとなしに振り返るも、そこにいるのはさっきと変わらない安らかな表情で寝てる杏。

 

(どうしたもんかねぇ)

 

どことなく緊張してる自分の心を抑えて、俺は一人ごちた。

 

 

 

 

 

『お疲れさ...』

 

今日俺は高校で用事を済ませてから来たのだが、その時にはもう杏が窓際ですやすや眠っていた。確かに今日は年間で見ても気候が安定していて、気温も程よい。太陽光を背に本を読んでたら眠気を誘われること必至だろう。

 

『...』

 

他の皆はいなくて、連絡するともう今日は解散したとのこと。

 

(良い場所で読書してたら、寝ちゃったってとこか...)

 

寮に戻るまでに天候が変わるかもしれないと思ったら、この場所で本を読みたくなる気持ちも十分理解できる。一人残ったのはちょっと意外だが。

 

別途東郷から送られていた書類の確認をしたかった俺は、杏の睡眠を妨げないよう静かにパソコンを立ち上げた。

 

(風も気持ちいいもんな...って)

 

『...しょーがないな』

 

窓から吹き込んでくる風は確かに心地よかったが、カーテンが揺られて杏の体によく当たってた。静かに、音を立てないように気をつけながらカーテンを端で纏める。

 

差し込んできた夕日は、杏の艶やかな髪を照らした。

 

『...くー』

『......っと、お仕事お仕事』

 

つい目を奪われていたものの、誤魔化すように声を出しながら立ち上げたパソコンとにらめっこする。

 

『今日部室の鍵は?』

『杏さんが最後まで残るって言ったので、渡しています』

『了解』

 

手早く部長とメールを済ませながら、俺はファイルを開いていった。それが、約30分前のこと。

 

(気持ち良さそうに寝ちゃって...)

 

少し口が開いてて、規則正しく呼吸を繰り返している。ただそれだけなのに幸せそうに見えるのは、単に杏の外見だけの話ではないだろう。

 

(とはいえ、このままにもしとけないし...)

 

最終下校のアナウンスが流れるまでそう時間はない。例え部室で流れる音を切ったとしても起きてしまう音量は流れるだろうし、それを耳障りにも感じてしまうだろう。

 

かといって、俺が小さく声をかけて起こすのも大して変わらない。起こさず運ぶのは難しいし、そもそも部室の鍵は杏が持ってる。本人が寝てる状態でどこにあるのか分からない鍵を探すには限度があった。

 

一番ありそうなスカートのポケットでも探したら、一瞬で通報されても文句は言えない。

 

(んー...どうしたもんか)

 

「んっ......」

「あぁ...全く」

 

杏が少し体勢をずらし、持っていた本を落としてしまったのを見てため息混じりの声が出た。

 

(仕方ない。起こすか)

 

「ほら杏、そろそろ起きて......」

 

小説としてはいたって普通の大きさの本を拾い、本人を見上げようとして_________思ったより近かった彼女に動揺する。

 

いや、勢いもつけずに物を落としたのだから本人に近いのは当然なのだが、突然目に飛び込んできたような状況を作ってしまったがために息を飲んだ。

 

「うっ...」

 

夕日を受ける色白の肌は元々病弱だったからなのか、どこか儚げな感じもする。

 

何が言いたいかというと、目に毒なのだ。

 

「椿さん、何してるんですか」

「......」

 

そして、いつの間にか目を開いて俺を見下ろす杏の顔は、夕日に照らされてなのか色白の肌に目立つ赤色をしていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「まぁ、そういうことです...」

「納得しました。こちらこそ起こそうとしてくれてありがとうございます」

「いやいや、それは感謝されることでもないから」

 

否定する椿さんは、そこまではっきり言いきってからハンバーグを食べきった。

 

「ご馳走さま...美味しかったな」

「良かったです。オススメした甲斐がありました」

 

私と椿さんは、讃州中学から少し離れた洋食屋さんに来ていた。前々から場所と有名だという話は聞いていたものの、来ることのなかったお店だ。

 

「皆とは来なかったのか?」

「他の皆と行くときは、大体うどんなので...」

「あぁ、納得」

 

私自身うどんが好きなのもあるけれど、私の周りのほとんどもうどん好き。うどん屋さんの方が近くにあれば、他に選択肢が発生すること自体が少なかった。

 

その点、そこまで麺類へのこだわりがない椿さんと二人で来るには良い所だろう。

 

(他の人も来ないだろうし...というか、内緒にしておきたいし)

 

今日は部の活動が早めに終わり、天候がよかった為部室で本を読んでいた。恐らくそれで気づかぬうちに眠ってしまっていたのだが_________誰かに声をかけられた気がして目を開けたら、足元に椿さんがいた。

 

顔を見上げられて、目が合った時感じたのは恥ずかしさ。下から上へ見られてるということは、下手をするとスカートの中身を見られてるかもしれなくて。そう考えると寝ぼけた頭が暴走していた。

 

『椿さん、何してるんですか』

 

自分で出した声は思ったより低くなってたみたいで、さっきまであの状況になった経緯なんかを話してくれたのだ。

 

(いや、よく見たら分かったことだし、椿さんが謝ることなんかないのに...)

 

帰らなきゃいけない時間まで寝かせてくれて、落とした本を拾ってくれただけ。急いで足を閉じた私が恥ずかしさで難癖つけてるだけにしか見えない状況。

 

それでも、椿さんは『悪かった』と言ってくる。

 

『突然目の前にいたら誰だって驚くだろ?あそこで寝ちゃう気持ちも凄く分かるし』

 

(あぁもう、私は...)

 

「杏?どうかしたか?」

「い、いえ!何でもないんです」

「そうか...あ、そういえばこれ、読み終わったから返すな」

 

鞄から取り出したのは、文庫カバーがされた一冊の本。丁寧に扱われていたのか、カバーの端が潰れてるなんてこともない。

 

「今返しちゃって大丈夫か?」

「全然問題ないですよ...それで、どうでした?」

「うーん...良くも悪くも一昔前の作品って印象を受けたな。展開というか文章の言い回しとか、細かい所が集まってそう思わせてくるんだと思うんだが...」

「分かります。後半の疾走感はちょっと前のものって感じますね」

「あー、それな。俺は好きな部類だったぞ」

 

椿さんが渡してきたのは、元々私が買った小説。それを受け取りながら感想を聞いてみたら、大方私と似た意見だった。

 

神世紀301年には、当然私がいた西暦にはない本が沢山ある。前の本を漁るのも忘れていないけど、新刊のチェックも欠かさない。

 

とはいえ、それだけならこの本は________バトル描写が入ったライトノベル_________私が手を出すことはなかったと思う。影響を受けたのはひとえに目の前の先輩のお陰。

 

『こういうのもあるぞ』

 

西暦でも似たような本を買ってた椿さんは、この世界に来てからは自分の部屋の本を貸してくれることも多かった。

 

『何かと外で暇を潰す時は本読んでるんだよな。ゲームだと途中で終わらせられなかったりするし』

 

私にとっては未知の本しかない場所。食いつかないわけがなかった。そうして椿さんの勧めた本を大体読んだ私は、こうして今もお互い何となくで手を伸ばした新刊を交換して読んだり、感想を話し合ったりしている。

 

椿さんの意見は肯定も否定もして、ちゃんと自分の好きな部分を言ってくれる。それがちゃんとこの本を読んでくれたんだと意識できて、凄く嬉しい。

 

「杏?どうした?」

「す、すみません。やっぱり慣れないので」

「まだ慣れないのか?」

「だって、こんなに本を交換するのも話をするのも無かったですもん...!」

 

タマっち先輩は基本読まないし、他にも西暦で一緒にいたメンバーもそこまで本を読まない。ギャルゲー、乙女ゲーで文章を読んでいる千景さんとは似たようなものがあるけど、こんなに同じ物の感想を言い合ったりはしない。

 

「椿さんだけでなく雪花さんや芽吹さんも読んでくれますし」

「まぁ、自分の好きな作品を語り合いたい気持ちは分かるからな」

「最初から勇者部にいた皆さんとこういった話はしてたんですか?」

「いや、銀とかな。一時期は読む本どころか見るもの全てが完全に一致してたわけだし。文学少女って意味では東郷が一番近いだろうが、あいつはなぁ...」

「物語というよりは、歴史文献ですもんね」

 

顔に言いたいことが書いてあって、くすりと笑ってしまった。案外普段の椿さんは表情が読みやすい。

 

(...辛い時は、分からないんだけどなぁ)

 

まだ付き合いが浅かった頃だったというのもあるけれど、西暦の頃は分からないことが多かった。

 

分からないからこそ、聞いて、手を伸ばして。

 

『だから、相談してください。あなたの悩んでいることを』

 

拒絶されても、最後には助けてくれて、笑顔を見せてくれた。

 

(...結局、この人と話してると楽しいんだよね)

 

落ち着くし、楽しい。この人自身はアレだけどラブストーリーの感想なんか話すときは興奮する。

 

タマっち先輩の隣もいいけれど、この人と話してる時は心地いいのだ。

 

「一度戦艦について聞いたら凄かったぞ。二時間動けなかった」

「風さんとか、止めなかったんですか?」

「途中で風と樹も説明受けてたなぁ...友奈は確か用事でその時いなくて。まぁ本人が楽しそうだし、話自体は興味あったからいいんだけどな。途中参加の二人はちんぷんかんぷんだっただろう...」

「あはは...」

 

話は本だけでなく、勇者部の皆についても広がっていく。いくら話しても話題が尽きることがないのは、人数が原因か、一人一人の話題に事欠かないからか。

 

でも、例え後で内容がちゃんと思い出せなくても、話していて楽しいという感覚はずっと私の元にあった。

 

 

 

 

 

「すみません。バイクでもないのに送ってもらって」

「何言ってるんだよ。もう日がくれてるのに、暇な俺がお前を一人で帰すわけないだろうが」

「っ...ハイ」

 

こういうことをさらっと言うのは、本当にずるいと思う。

 

「それに、最後は俺のワガママに付き合ってもらったわけだしな」

「ワガママなんて、私も行きたかったですし」

 

ご飯を食べ終わってからは椿さんの提案で本屋さんへ行ったのだが、そこでも盛り上がって閉店ギリギリまでいてしまった。

 

「ふぁーっ...帰って宿題終わらせないとな」

「私ももうすぐテストなので、勉強しないといけませんね...分からない場所があったら聞いてもいいですか?」

「俺で教えられる範囲ならな。そっちは特殊だから......」

 

西暦時代四国にいた私達は、特別に学年関係なく別のクラスで受けている。丸亀城で授業を受けていた時も同じだったし、大赦の人が便宜を図ってくれているみたいだ。

 

「そんなに違いますか?」

「前球子に泣きつかれた時は、やっぱり進みが独自なのと時代が大きく違うからな...分かる分からないというより、こっちにとって初歩的な事から教える分野がある一方、逆に難しいのも解けたりしてるってのはどうにも教えにくい」

「でも、私達の時代にいた時はそうでもありませんでしたね?」

「あの時は分かる問題が多かっただけだし...ま、分からない物が来たとしてもまともに解く余裕なんてなかっただろうし」

「あー...」

 

そう言われてしまえば、何も言えない。

 

「...なんかすまん」

「い、いえ...私は、私達は知ってますから」

「......そっか」

 

二年近く見てきても、初めて出会った頃の椿さんより酷い様子なんて一度もなかった。だからこそより昔の酷さが分かる。

 

(年月が経って、思い出として補正されてる部分もあるだろうけど...)

 

思い出している間に静かな雰囲気になり、私達の歩く音と、それに合わせて本が入ったビニール袋の揺れる音が耳に響く。気づけば、私はその方向を見ていた。

 

「...」

「...?」

「......」

「......あぁ。はい」

「!?!?」

 

突然手を握られ、私の思考回路は爆発した。

 

「つ、つつ椿さん!?何を!?」

「え?ずっと俺の手見てるから...あ、もしかしてこっち?」

「!?」

「?これか」

「...!?」

 

何故か恋人繋ぎをされてから、小指同士だけ繋ぐ謎の繋ぎかたをされた。

 

「あれ?違う?」

「何がですか!?」

「いや、ずっと手を見てきてたから、したいのかなと」

「だ、だからってこれは...!」

「違ったっけ?本でやってたの」

「......アー」

 

椿さんの一言で、私のテンションは一気に冷えた。恐らく椿さんの中では『さっきまで借りてた本のシチュエーションをやってみたくて椿さんの手を見つめてる杏』という状況だったんだろう。

 

(...どうしてそこまで考えて、その先は出てこないのか)

 

この考えが当たってるとは限らないものの、何故そこから『俺だからやりたいんだな』とならないのか。本のヒロインは主人公が好きでやってたのに。

 

まぁ、急にそんなことを思う椿さんではないことも知ってるけど。

 

(...まぁ、いっか)

 

「杏?」

 

余計なことで一喜一憂しているくらいなら、今の状況を楽しんだ方が良い。そう考えた私は、やっと口を開いた。

 

「...椿さんからしてきたんですから、拒まないでくださいね?」

「拒むくらいなら最初からしてない」

「では、帰るまでお願いします!」

 

それから、小指だけを繋いで夜風に当たりながら帰っていく。

 

「...ふふっ」

 

感じる熱が少ないながら、どこか笑みを溢して。

 

 

 



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ゆゆゆい編 62話

やっぱり長いことやってるとネタかぶりがしやすくなってきて、四苦八苦しながら書くことが増えてきました。先月と比べると自由に使える時間が六割くらい減ったのもありますが。遅くなりがちで申し訳ないです。

四時間の睡眠で満足出来る体になりたい。


「セットはこれで完了っと。そっちはどうだ?」

「バッチリいけます!!」

 

ゲームに出てきそうな勇者の格好をさせたパペットを手に被せた友奈が反対の手でガッツポーズを作ってみせた。自信満々の顔にこっちまで微笑んでしまう。

 

その思いを全力で支援するため、俺はもう一度機材を確認した。

 

(セットはよし。音源は東郷と杏がやってくれてる。照明は若葉と歌野)

 

それぞれを確認すると、どちらも余裕の様子だった。特に何か手伝うこともないだろう。

 

「見てなさい椿!ちゃんとやってみせるんだから!」

「元から期待してるさ...じゃ、呼んでくる」

 

魔王のパペットをつけた風に言うだけ言って、俺は外で園児達と遊んでいる樹達に声をかけに行った。

 

 

 

 

 

『やめるんだ魔王!!そんなことをしても誰の為にもならない!!』

『私は誰かの為にしているのではない!!私を仲間はずれにした者達に復讐する為に世界を壊すのだ!!貴様も抵抗するのをやめろ!!』

 

暗くされた部屋で照明の光に照らされた二体の人形が口と手を動かす。見ている皆もその声と動きにあてられたのか、緊張した様子だった。

 

『嫌だ!僕は苦しんでいる人を助けたいんだ!!』

『貴様も私を除け者扱いするのか!!』

 

各地を冒険した勇者が世界を荒らしている魔王の元へたどり着き、口論と戦闘の末に和解。世界に平和が訪れる。

 

王道が故に外れることも少ないだろう脚本だった。昔のやったもののリメイクだし受けが良いのは察しがつくが、このリメイクを作った人間のことを考えると意外ではある。

 

『どうかした?』

『いや、もっと色々変わるものかと...』

『つっきー分かってないなぁ。元の良さを引き出さないと改編の良さが薄まってしまうんよ。私はこれでも全力で書いたのさ』

 

まぁ、件(くだん)の脚本家がそう言うのだから間違いはあるまい。

 

(にしても...)

 

これは勇者部が五人になってすぐの________元祖勇者部とでも言えばいいのだろうか。そうなってすぐに行った人形劇のリメイクである。

 

それの台本がこの間部室掃除をした時に見つかり、丁度幼稚園での活動依頼が来ていたため準備を始めたものだ。

 

劇を演じる二人は変わらないが、脚色は園子によって変わり、人形に着せる衣装は雪花をはじめとした何人かで新しく生まれ変わっている。そもそも準備が終わるまで園児と遊んどく係なんて生まれなかったし、俺もこうして後ろでただ見てるなんてこともなかった。

 

(人数が多くなったからな...)

 

この世界限定だが、人数が増え、部室がかなり狭く感じることも多くなった。それを元祖勇者部がやってたことと重ねると、感慨深く思う部分もある。

 

「何黄昏てんの?」

「別にそんなんじゃない」

「そ」

 

隣に寄ってきた園児と遊ぶ係だった夏凜と、劇の邪魔にならないよう小さく言い合い、改めて前を向く。物語はほとんどエンディングだ。

 

『勇者...私が悪かった。許してくれないだろうか...?』

『魔王...僕は許すよ。これからは僕達友達だ!』

『こうして勇者と魔王は友達となり、魔王が苦しめた人達へ謝りに向かう旅を一緒にすることになりました。やがて皆と仲良くなった魔王は、多くの部下と一緒に人間の町に住み、お互い仲良く暮らしましたとさ...めでたしめでたし』

 

幼稚園児の皆から拍手が鳴らされる中、俺も手を叩き成功を祝う。

 

舞台セットの裏で見える筈はないが、二人が喜んでる姿は容易に想像できた。

 

 

 

 

 

「持ち帰りの荷物はこれでいいのな?」

「えぇ、他は後日全員揃った時で良いって言ってくださってるし。任せてもいい?」

「了解」

 

(こういう時の男手だよな)

 

ノートパソコン等の貴重品だけリュックに積めた俺は、園長さんに一言告げて幼稚園を出た。風は今日別の依頼でいない部長の代わりに色々話すだろうし、他のメンバーもまだ外や室内で園児と遊んでいる。恐らく夕方まで遊んで部室に戻ることもないだろう。

 

(これならバイクで来れば良かったかもな...)

 

「椿先輩!」

「?」

 

中学校に停めてある愛車に思いを馳せながら歩いていると、後ろから呼び止める声がする。もう間違えはしないと決めた声。

 

「友奈?」

「部室に行くんですか?」

「まぁな。家持って帰って明日運んでもいいんだが、バイク置きっぱなしだし」

「じゃあ私も行きます!忘れ物しちゃって...」

 

乾いた笑いを浮かべる友奈は、そう言って俺の隣に並んだ。止まっている必要も無いため歩調を合わせて歩いていく。

 

「俺が行くって気づいたならメール入れといてくれれば良かったのに」

「...明日までの宿題を少々......」

「成る程。それはメールじゃダメだな?」

「ぅー...そ、それより!!今日は大成功でしたね!!」

「あぁ。皆喜んでくれてたし。お疲れ様」

「椿先輩こそ色々駆け回ってましたよね?お疲れ様です!」

 

ビシッと敬礼してくる彼女に敬礼を返す。とはいえ、演者には演技に集中して貰うため負担をかけないようにするのは当然のことで、別段大変だったこともない。

 

「駆け回るって犬か...大したことはしてないしな。各役割への連絡とか、幼稚園側の人と話してただけで」

「立派なお仕事ですよ」

「...ありがと。友奈もよかったよ。声に力が籠ってたし、あの人形もよく動かせてた」

「えへへ、せっちゃんが中まで手を入れて色々動かしやすくしてくれたんです」

「そんなことまでしてたのか...」

 

気づかなかった雪花の功績に驚いていると、ふと彼女の顔が目に入った。夕暮れに彩られた彼女の微笑みは、心臓のリズムを狂わせる。

 

(本当、楽しそうに笑って...)

 

「椿先輩?」

「いや、ほんとよかったな。前はセット倒すくらいだったし」

「あぁ!?それ大分前じゃないですか!!今言わないでくださいよ」

「いやまぁほら、あの時もなんだかんだ成功してたし__________」

 

話を続けるものの、内心は照れを隠せてほっとしている自分がいた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

「施錠もよし。帰るか」

「はい!」

 

荷物を戻して宿題を回収してから部室の扉を閉めた私達は、その足で職員室に鍵を返して帰路につく。廊下からの夕日がちょっと眩しく感じた。

 

「俺はバイクなんだが...乗って」

「乗っていってもいいですか?」

「...うん。全然いいぞ。確かヘルメットも入れっぱなしだった筈だしな」

 

そう話す椿先輩の後をついていくと、すぐにいつものバイクが目に見えた。

 

「あそこじゃ狭いか。取ってくる」

「はい。いってらっしゃ......」

 

こっちを向いて、手をあげている椿先輩。特に何でもない動作に私の心は激しく震えた。

 

(!!!)

 

思い出したのはもう数年前の思い出になっていること。

 

『......あの、実は、この前東郷さんを...!!』

 

同じような夕暮れ、校舎裏で風先輩と二人きりで話した時。天の神によって私が呪われて、話をしようとした風先輩にも紋章が浮かび上がって。

 

そんな光景が、よく似たこの状況によってフラッシュバックした。

 

「友奈...?」

「......」

 

椿先輩の服の袖を掴む。戸惑ったような声をかけてくれるけど、そっちを見れなかった。

 

(大丈夫...分かってる筈なのに)

 

今椿先輩の方を見たら、かつて私に刻まれた紋章が浮かび上がっている。そんなことあるわけないと分かっていても、私は下を向くことしか出来なかった。

 

「...少しだけ、こうさせてください......」

 

か細く言えたのはそれだけ。手先が震えてしまって、迷惑かけなくないのに止まらない。さっきまであった劇の思い出や、嬉しい気持ちが凍っていくようで怖い。

 

(何も怖いことなんてない。大丈夫なのに...!)

 

息が浅く、胸が苦しくなってきた私は__________

 

 

 

 

 

「全く」

「...へ?」

 

突然温もりに包まれて、変な声をあげた。

 

「今度は何抱え込んでるんだ?」

「椿先輩...」

「そんな苦しそうにすんなよ。ほら、よしよし」

 

私より大きい手で頭を撫でられる。それを受けて顔を上げれば、目の前に椿先輩がいた。当然紋章なんてない。

 

「...ごめん、流石に子供扱いし過ぎたか」

「やめないでください」

「食いぎみ...いいのか?」

「はい」

「じゃあ失礼して...それで、どうした?」

 

優しい声で聞いてくる椿先輩に、私はハッキリした声で答える。

 

「もう、何でもありません!!」

 

だって、怖さなんて一瞬でなくなったから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「すみません。突然お邪魔した上にご馳走になって」

「いいのよ。寧ろ感謝したいくらいなんだから。来てくれた上に友奈の勉強見てくれているのだもの。それに、いつも話してる椿先輩だものね?」

「お、お母さん!!」

 

友奈が隣の席から対角にいるお母さんへ手を伸ばすも、席から離れた友奈のお母さんに触れることはなかった。

 

「皿洗いくらいはさせてください」

「いいのいいの。寧ろ友奈と一緒に勉強してあげて?」

「ですが、何もしないわけにも...」

「これは私からのお願いよ?」

「......分かりました。じゃあ帰るまでは」

 

お礼をしたい相手がそう言ってくるのであれば、俺は何も言わない。せめてもの意思で自分の食器だけキッチンに運んでから、部屋を出た。

 

『...あー、折角だしさっきの宿題教えようか?量も多そうだったしな』

 

駐車場の手前で袖を掴んできた友奈はすぐにいつもの調子に戻ったのだが、突然あぁなったので不安が過った俺はそんなことを口にした。場所は無難に喫茶店辺りにするつもりだったが、友奈の家に決定。

 

一区切りついた頃に友奈のお母さんに呼ばれれば、あれよあれよという間に夕飯をご馳走になっていた。

 

(まぁ、心配だしな...何かとヤバイことは抱え込むし)

 

自分のことを棚にあげてることは気にせず、さっきまでいた友奈の部屋に戻った。

 

(...うん。緊張することは何もないから)

 

「じゃあ友奈。何かやりたいのあるか?」

「えーと...そしたら数学を!」

「はいよ」

 

夕食前に宿題はけりをつけている。新しく数学の教科書を見せてくる友奈を見て俺は頷いた。

 

「今は何してるんだ?」

「確率の問題を...」

 

この世界では同じ学年を皆が違和感なく過ごしているが、記憶がずっとある俺達勇者部は基本的に同じカリキュラムを繰り返している。友奈が悩んでいる問題もそれ相応にかなりハイレベルだが、一年上の俺が解説出来ない訳じゃない。

 

「...とまぁ、こんな感じかな。一番の敵はケアレスミスだよ」

「そうでしたね...」

「まぁでも、ちゃんと解き方はあってるし落ち込むことはないさ」

「椿先輩...ありがとうございます」

「どういたしまして。まだ何かあるか?」

 

聞いてみると友奈はくすりと笑うだけだった。

 

「どうした?」

「いえ、家庭教師みたいだなって」

「まぁ、他にも教えたりしてるしな。上手く出来てるかは分からないけど」

「上手ですよ!私すぐ分かりますもん!」

「それなら良かった」

 

友奈の言葉なら全幅の信頼を寄せられる。何か特殊な事情でもない限り嘘なんてつかない子だから。

 

「......」

「......じゃ、じゃあ、他のあるか?」

 

沈黙が続くのはきつく、少し詰まりながらも聞いてみる。正直ちょっと緊張するのだ。

 

女の子特有の甘い香りのする部屋。普段明るく、さっき悲しげな顔を見せたほっとけない友奈と二人きり。そして、来た時から若干近い距離。男子高校生には刺激が強いと言っていいだろう。

 

とはいえ、それは相手に分からない。相手は友奈だし。

 

「...そしたら私、ご褒美が欲しいです」

「ご褒美?」

「椿先輩がいなくても問題にチャレンジ出来るけど、いないとご褒美は貰えないですから...」

 

肩に、少し重い感覚がする。

 

「さ、さっきみたいに、撫でてくれませんか?」

 

小首を傾げてそう聞いてくる友奈に、俺は無意識に頷いていた。

 

 

 

 

 

頭を撫でると、面白いくらい良い反応をしてくれる。

 

「えへ...」

 

ふにゃふにゃになった笑顔は、信じられないくらい可愛らしい。

 

(...もっと撫でたくなる)

 

「椿せんぱい、気持ちいい...もっと撫でてください」

「いいよ。おいで」

 

彼女のお願いは叶えたくなる。俺の返事は決まっていた。胸元にすっぽり収まった彼女の頭を撫でると、猫みたいに甘えてきた彼女はすりすりと顔を動かした。

 

「もっと、もっと......」

「しょうがないな...これでどうだ?」

 

背中に回した腕を寄せて、彼女とより密着した。甘い香りが俺を襲う。嫌悪感はない。寧ろもっとこの甘さに浸っていたい、溺れていたい。

 

彼女は周りの人の気持ちを変えるのだ。プラスの方であれマイナスの方であれ、その影響は大きい。近くにいると、その影響をモロに受けてしまう。

 

「友奈...」

「椿先輩...」

 

とろんとした目と見つめ合う。感覚が研ぎ澄まされる。手の平が重なりあう。

 

視界に見えるのは彼女だけ。今、俺のことをその瞳で見ている友奈は、ゆっくり俺へと近づいて__________

 

 

 

 

 

「椿君、時間大丈夫?」

「あ、はい。そろそろ帰りま...」

 

お母さんへ返事をすると、ずれていた『正常』が元に戻り、俺の動きは固まった。

 

(あ、れ?)

 

目と鼻の先にいる、俺の視界いっぱいに写っている友奈。その頬は朱に染まっていて、どこか幸せそうな顔になっている。

 

「あら...お邪魔だったかしら」

 

(待て。待て待て)

 

「あっ...」

 

俺はその顔を見て、急いで彼女を引き剥がした。多少痛かったかもしれないが許して欲しい。

 

「いえ、お母さんありがとうございました。俺はこれで失礼しますね」

 

思考が纏まらないまま、俺はお母さんへ一言告げて家を出た。乱雑にスマホをバイクに嵌め込み起動。

 

(うん。記憶はしっかりあるな...あるな!!)

 

寧ろある方が問題なのだ。俺はいつの間にか友奈とじゃれあっていて、バッチリ記憶がある。

 

だが、さっきの距離は部の先輩後輩等では全くない。寧ろ彼女でもない友奈と、彼氏と彼女のような__________

 

(俺は...俺はぁ!?)

 

これは、優しい彼女を誑かしたみたいではないか。

 

「ハアァァァァァッ!?!?」

 

恥ずかしさやら嬉しさやら、処理しきれない感情が声になり、俺は頭を覚ますべく一陣の風になった。

 

 

 

 

 

「そういえば椿、昨日奇声をあげながら爆走するバイクがこの近くを通ったんですって」

 

「...へー」

 

「あんたも変なのに絡まれないよう気をつけてよね」

 

「あぁ...大丈夫じゃねぇかな。俺そんな奴見たことないし」

 

「そう......ねぇ、聞いてもいい?」

 

「どうした?風」

 

「いや何であんたそんなに疲れてんの!?だらけ具合とんでもないわよ!?隈も出来てるしバッグもないし!!」

 

「あ、うん...何でもないんだ。何でも」

 

「そんなことないでしょ!?」

 

「ところでさ。焼き土下座と市中引き回し、どっちなら東郷やってくれっかな?」

 

「ホントにどうしちゃったの!?ちょ、椿!?」

 

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『昨日は悪かった。懺悔の方法を確認しておく』

 

椿先輩から届いたメールは、かなり短かった。元々そんなに長文を送る人じゃないし、顔文字なんかも送られたら珍しく思うくらいだ。

 

でも、椿先輩のメールはまるで本人が目の前で話してる時の返事がされてるようで、これだけでも昨日私の部屋から出る前に見た混乱した様子そのままに送ったのかなというのが簡単に想像出来る。

 

だから私も、まだ落ち着けてはないものの返事は返せた。目の前にいないぶんそこまで変にはならない。

 

『悪くなんてないですから、懺悔とか気にしないでください。それより昨日私の部屋に忘れていった鞄、今日取りに来ますよね?早めに帰ります』

 

(でも...)

 

「友奈ちゃんどうしたの?顔が赤いわ」

「東郷さん...えへへ、ちょっと良いコトがあったんだ」

「そう...でも大丈夫?」

「うん。大丈夫大丈夫。えへ」

 

(あの感じ...)

 

私自身私を止められなくて、でももっと素敵な椿先輩を引き出してくれる私。気持ちがポカポカするため行動してくれる私。

 

「にやけが隠せないゆーゆ...これは事件の香りがするんよ」

「事件!?一体誰が友奈ちゃんをこんな眼福な状態にさせたの!?そのっち写真を撮ってから調査するわよ!」

 

(また、あんな風になれるかな...)

 

私は昨日のことを思い出して、またこれから出来そうなことを想像して、笑みを浮かべた。不安なんて全然ない。

 

(椿先輩...楽しみにしてますね)

 

「東郷、本音がまるで隠せてないわよ......というか、こんなの候補が一人しかいないというか...」

「!?誰!?誰なの夏凜ちゃん!!」

「あがががっ!?東郷揺するなぁ!!!」

 

 



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短編 秋原雪花は●●●●

約一月も開けてしまい申し訳ないです。話数の多さも相まって最新話を楽しみに待っててくださってる方がどれだけ残ってるのか不安でしかない。

今回はGURA-0014さんからのリクエストです。ありがとうございます。

注意事項(そこまで気にしなくても良い)
事前に『秋原雪花は■■■■』( https://syosetu.org/novel/143136/232.html ) を見返しとくのがおすすめです。

上の話と二人の年がちょっと変わり、椿が中三、雪花が中二となっています。


『__________』

「......」

 

俺は幼い頃寺に住んでいたのもあって、テレビを見る機会は少なかった。しかし、通っていた小学校、根城にしていたショッピングモールで見聞きした話で、今聞いているノイズ音が砂嵐、スノーノイズと呼ばれていることは知っている。

 

とはいえ、ここ数日はそれ以外の機械音声を聞くことはなく、はじめは耳障りに感じていた音もかなり慣れたものだ。最も、求めているのは当然ノイズではないのだが。

 

「......ダメ、か」

「ダメで元々。でしょ?」

「そうなんだけどな...」

 

つまみをひとしきり弄って確認した所で、俺はラジオを切った。

 

「ちょっと疲れた。雪花の声聞かせて」

「何言ってんの?これから運転でしょ?」

「ちょっとだけ」

「...はぁ、仕方ないにゃ~」

 

これが共依存ではないかと問われれば、否定出来ないだろう。

 

でも、俺にも彼女にも、これを止められる精神力は残ってない。分かっていながら、俺達は深みに嵌まるように抱き合った。

 

(...せめて、彼女が安全な場所に辿り着くまで。俺は、死ねない。死ねないんだ)

 

 

 

 

 

北海道に白い化け物が現れて、雪花と一緒に暮らすようになって、数年。きっかけは突然だった。

 

いつも通り周りをパトロールしに行った雪花を足止めし、少しずつ化け物討伐に貢献していた俺を殺す。知性のあった化け物どもが取った作戦により、俺は死にかけた。

 

しかし、ギリギリの所で雪花に助けられ。話が進んだのはその日の夜のことだ。

 

『...実はね。私、洞窟を掘ってたの。二人で暮らすなら十分な広さ。どのみちここはそう長く持たないし、そこなら狙われることも少ないだろうし......移動しない?』

 

どこか申し訳なさそうに提案した彼女を、俺は否定した。

 

『そんなことになるくらいなら、そんなに雪花に負担をかけるくらいなら、俺は死ぬ』

『!?』

 

気づいたのだ。俺は彼女が必要だが、彼女は俺がいなくても生きていける。ただ戦うだけじゃなく、俺を守るために心身を使い、迷惑になるならいっそ。と。

 

『雪花、その洞窟は皆が逃げ込むために作ってたものだろ?多分これまでのことから、守ってくれる雪花はともかく、俺は受け入れられない...だから』

 

返ってきたのは、強烈な平手打ちだった。

 

『エグッ!?』

『...何言ってるの!?バカ!!ボケナス!!』

『なんでだよ...』

『お願いだから、死ぬなんて言わないでよ...私の側に、ずっといてよ......』

 

すがりつくように泣きついて、俺を思い切り抱きしめる。

 

『気づいたんだよ。今日襲われてる椿を見て...私はもう、貴方なしじゃ生きる気力が湧かないの。限界なの』

『雪花...?』

『だから、だから...』

 

回された腕はきつくなり、彼女の心臓の音がよく聞こえた。俺の心音の速さに合わせていくかのように、どんどんその音が加速する。

 

『...好きなの。椿』

『......雪花、お前は例え自分で思ってなくても、立派な勇者だ。口ではどれだけ言っても皆を守ろうとする優しい子なんだ。だから...』

『だから何!?』

『...皆を助けてくれる勇者に、なってほしい』

 

皆を守る。自分を守る。その選択肢に別枠の俺を入れて余計なことを考えさせるのは、ダメだと思うから。二兎追うものは一兎も得られないのと同じ。

 

『どうして...どうしてその皆の中に、あんたがいないの』

『...雪花の気持ちは分かった。だからこそ、他人の中で優先度が高い人がいれば、それは差別になる。ロクなことにならないだろう......だから』

『だったら』

胸ぐらを掴まれ、ぐいと顔を寄せられる。唇に温かな感触があると感じたのは少し後のことだ。

 

『...!?!?』

『んっ...これでも、まだ言うの?』

 

気持ちを行動で表され、突然訪れた未知の感覚と目の前の彼女の顔に戸惑いが隠せない。

 

『私は他の人より椿を取るよ。絶対』

『...だったら』

 

半ばやけくそ。勇者に相応しい魂を持つ彼女を汚すようなことを、俺はボケた頭で告げた。

 

それこそが__________

 

 

 

 

 

 

「椿、近くに敵はいなかったよ...今日は平気?」

「別に毎日やられなきゃダメな訳じゃない...」

 

先日のことを言い訳するように言った俺は、何時も通りラジオのつまみを動かした。

 

北海道南下計画。雪花が勇者である以上俺と住民のことで迷うのならば、俺が一人南へ逃げれば解決出来るだろうと踏んでの計画だった。

 

しかし、実際にはその雪花が一緒についてきている。他の人より俺を取った彼女に驚きつつも、その時に覚悟を決めた。

 

必ず雪花を一人にさせない。無理をさせない。その為ならばなんでもする。まずは、北海道という雪花に頼りきりな場所を切り捨て、他の安全地帯を目指す。その為に、俺は毎日敵の目につかない深夜にバイクを動かし南下していた。

 

まだ予想の域を出ていないが、俺は勇者が雪花だけではないと考えている。いくら奴等に飛行機等の移動手段が破壊されても、対抗出来る力が雪花だけならもっと北海道に多くの人が集まっただろうと思っているのだ。

 

各地で勇者という存在が確認され、対策を立てるまでの防衛戦を行っている内に通信手段や移動手段が失われた。俺はそう考えている。だからこそ、一先ず首都である東京へ向かうことにした。

 

いたる場所を漂う奴等の目を警戒し、昼は潜伏、夜はバレないように移動を行う毎日。ショッピングモールで盗んだバイクは夜二人乗りをする道具となり、昼はまた別の物を弄っていた。それがこのラジオである。

 

(通信網が生きてるなら、いけるはずなんだ...)

 

チャンネルを合わせなければ近くの電波を無差別に拾うことも出来る優れものは、本屋さんで見つけた資料を元にジャンクパーツ店の材料で組み立てた物だ。バイクの説明書と共に有効活用させてもらっている。

 

とはいえ、まだ成果は__________

 

『...通信の......』

「!!」

 

久しぶりに聞いた雪花以外の声に、慌ててつまみを調整し直す。

 

『...どうした?何かあ...』

『......ックスを退治...しばらく通信は』

 

(あぁくそっ!うまく聞き取れねぇ!!)

 

確実に今の俺達に必要な会話は、ノイズまみれで聞き取れない。

 

『乃木さん、四国でも頑張って.......』

「!!」

『!しらと......!?しら...さん!!』

 

重要なことを聞き取れた俺は、思わずガッツポーズを取った。

 

「どうしたの?」

「行き先が決まったぞ雪花!!まだ生きてる人がいる!!」

「!!!どこ!?」

「四国だ!距離は遠いがほぼ確実!!行こう!!」

 

行く宛も迷っていた俺達にとって、これは僅かに灯された光。俺達は興奮したまま計画を練っていった。

 

さっきまで流れていた会話は、もうノイズしか聞こえなかった。

 

 

 

 

 

夜間。決して速くはない速度でバイクを走らせる。光で道を照らすと奴等にも気づかれるためライトはつけていないが、長いこと続けていることで夜に目が慣れてきた。初めは怖さからバイクを押して歩くだけだったのを考えれば大した進歩である。

 

(......)

 

考えていたのは、もうすぐたどり着くだろう四国のことだった。

 

(二週間前のあの会話。恐らく雪花と同じ存在なんだろう)

 

片方の彼女は退治と言っていた。今この世界でそんな言葉が出てくるのと白い化け物を結びつけるのはなんら不思議なことじゃない。

 

だからこそ、不安もあった。

 

(そして...恐らくもう命はない)

 

あれ以降二人のやりとりが聞けなかったのもある。しかし、会話の流れからどこにいるのかも知らない、名前も知らない一人の女子は恐らくもうこの世にいない。

 

一度しか聞かなかった二人の会話は、なんとなくそう思う。

 

(...俺は、薄情者だな。いつからこうなったのか)

 

俺が不安になったのは、名も知らぬ女子のことではない。隣にいる雪花も死んでしまうかもしれないという不安感。

 

寧ろ、あの彼女には場所を教えてくれてありがとうという感謝しかなく__________

 

(......やめよう。気が滅入るだけだ)

 

ただでさえ最近は精神が削れていて、余計なことを考える暇はない。

 

雪花に無理をさせたくない、心配をかけたくないと思うと、体が勝手に辺りの警戒や夜間の運転で集中力を酷使させていた。そこに含まれる慣れない経験と死への恐怖、不安感。正直今倒れても不思議じゃないというのが自己判断だ。

 

(でも...雪花を四国に連れていくまでは)

 

彼女を北海道から連れ出したのは俺の我が儘で、その結果北海道より悪い場所に連れていくなんて自分が許せない。雪花に俺の体調を勘づかれる前に安全な場所、少なくとも落ち着いて寝れる場所までは意地でも連れていく。

 

(例えこの命を使おうとも)

 

ちらりと、まだ生きていた街灯に照らされる彼女を見た。サイドカーで寝てる彼女にも、微かに隈が出来ている。

 

(...絶対、お前だけは連れてくから)

 

誰に言うわけでもなく、俺はもう一度気合いを入れ直した。

 

彼女を北海道から出したあの時から、俺は他ならぬ彼女のためだけに生きると決めたのだから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......なんだ、あれ」

 

椿がポツリと呟いたのと全く同じ感想をもった私は、二人で顔を見合わせた。

 

椿が聞いた情報を元にして、北海道から南へ、そして西へ来た結果。私達は四国へとたどり着いた_____筈だった。

 

見えたのは、本州から四国へと伸びる大きな橋。これは名前も忘れたけどテレビで見たことあるし、特に違和感はない。

 

問題は橋から先に見える光景。四国が見えるのかはよく分からないけど、明らかに違うものがそびえ立っていた。言うなれば壁だ。

 

「...あれか?あの先が安全地帯で、ここが危険地帯ってことか?」

「さぁ...え、行くの?危なくない?」

「この辺じゃ、どこにいても一緒だろ。寧ろ他と違うなら信憑性がある...と、思う」

「そうかなぁ...」

「どのみち、雪花を届けなきゃいけないしな!」

 

そう言う椿は、誰がどう見てもボロボロだった。別に服が破けてるとか、小さい傷が一杯あるわけじゃない。でも、どうしようもないくらい辛そうだった。

(...何も分かってない)

 

今だって濃い隈を目元に残して、倒れそうな足取りでバイクへ向かう。今言ったのも自分のことは二の次と考えている証拠だと受け取ってしまう。

 

(私は、貴方と二人でいたいって願っているのに)

 

椿も幸せでいて欲しい。そう思っているのに、言えない。あの時は勢い余ってのことだったし、今言ってしまうと椿が本当に壊れてしまいそうで。

 

(...お願い。別に襲われない場所なんて贅沢は言わない。私が戦う必要があるならいくらでも戦う。だから、椿が安心して休める場所でいて)

 

「雪花?」

「はいはーい!今行きますよ!」

 

呼ばれた私は、一瞥してから振り返った。

 

 

 

 

 

四国へ続く橋は、何かに囲まれてる訳じゃない。移動するものがあればすぐに見つかるだろう。近くを通ると気づかれることはこれまでで分かってるため、夜でも張りつかれる可能性は高い。

 

「来たぞ!!」

 

だから私達は、あえてお昼に覚悟を決めた。どうせバレてしまうなら、少しでも自分達に有利な状態にするために。

 

最短ルートを最大速度で突っ込み、立ち塞がる敵は明るく見やすい環境で突破する。作戦とも言えない突撃で、私達は橋を渡り始めた。

 

敵はすぐにこっちに気づく。後ろは振り切るために椿がバイクを走らせてるため、私の仕事はただ一つ。

 

「任せて!!」

 

サイドカーの前部分に足を乗せて、椅子部分で構える。何度も何度も繰り返して来た槍投げは寸分違わず白い化け物を貫いた。

 

「どんどん行くよ!!」

「あぁ。頼む!!」

 

後はもう、ひたすら迎撃をしていくだけだった。酷使していた右肩に鈍い痛みが走るものの、そんなものは気にしていられない。椿もただバイクを走らせるだけじゃなく、なるべくひび割れた段差のない、車体が揺れない道を通ってくれている。

 

(私がそれに答えなくてどうするの!!)

 

「こんのぉ!!」

 

投げた槍は百発百中。敵が自分から当たりにいってるかのような正確さで攻撃を続けたお陰で、壁はもう目の前だった。橋を間に挟むようにそびえ立つ壁はとてつもなく大きい。この先ならもしかしたら__________

 

「おい雪花!!なんだアレ!?」

「ぇ...!!!」

 

思わぬ光景に目を開く。前にいた何体かがぐちゅぐちゅに溶け合い、形を変えた。

 

(進化...してるの!?)

 

「もうつくんだ!!!邪魔するな!!」

 

白と赤の色で大型化した相手を抜ければ、丁度壁の向こう側。椿がもう一段バイクの速度を上げる。

 

だから、私の声は風でかき消された。

 

「あっ」

 

鋭い矢のような物を構えた敵が、ノーモーションでそれを放ってきたのに気づいた椿はバイクを大きく動かす。私はそれで槍の軌道をそらしてしまい、相殺は叶わず__________

 

「やべっ」

 

椿の一言は、一瞬だった。

 

橋に突き刺さった槍は、意図も簡単に椿からバイクのコントロールを奪い、倒れるバイクから手を離してしまう。

 

「!!!!」

 

気づけば体が動いていた。無理を言わせた両足のお陰で椿の体を抱きしめながら、二人で体を宙に浮かせる。とんでもない時速で走らせたバイクから吹き飛ばされれば当然のことで、次の瞬間には衝撃に襲われた。

 

(でも...!!!)

 

抱きしめたこの人だけは離さず、何度も何度も地面を転がる。やがて勢いが止まる頃には、全身がどこかふわふわした感覚だった。

 

(私の体なんてどうでもいいの。椿は...)

 

「椿...大丈夫?」

「......」

 

ゆっくり顔を見ても、反応はない。目を閉じた彼は私が庇っても傷だらけで、特に右腕が曲がっちゃいけない方向を向いている。

 

その事実に気づいた私は、彼を見つめることが出来なかった。涙で視界が霞んでしまう。

 

「嘘...嘘、だよね?」

 

知らずに声が震える。どこからか垂れた血が、私の視界を更に赤くした。顔を伝った血は、椿に落ちていく。

 

「椿...嘘、嘘だよ!!こんなのってっっっ!!!」

 

声をかけてもまるで反応はない。でも、私は彼の体を揺すり続ける。

 

「お願い椿...つばきぃ!!」

 

 

 

 

 

「っ、は......」

「!?!?」

 

私は、大声で喚く私の声でかき消されそうな声を聞き取って、顔を上げた。握った手は、僅かな力で帰ってくる。吐き出されたような息は、か細く続いた。

 

「椿!!つばき!!!」

「......せっ、か...」

「!!ダメッ!無理しないで!!」

 

さっきまで力が全く入っていなかったとは思えない力で体を起こした椿は、目を擦る私ではなくその反対側を見た。

 

「何見て...」

 

つられて見るのは、橋の先。具体的には、さっきまで私達がいた壁の向こう側。

 

「...追っ手がないってことは、ここは、ひとまず安全、ってことで、いいんだよな?」

「ッ...ぅん......うんっ!!!」

 

頭が椿の言ってることを理解して、深く頷いた。そうだ。あれだけ向かってきた敵がどこにもいないのは、ここが化け物達に襲われない証拠。

 

「椿のお陰だよ!椿が私をここに連れてきてくれたからっ!!」

「...そ、か......そりゃ、よかっ...」

 

最後に椿は微笑んで、そのままどさりと音を立てた。

 

「...!!!」

 

倒れたのだと理解するには、混乱した私の頭では時間がかかっていた。

 

「嫌、いや。そんなの嫌だ」

 

椿の倒れた場所から、赤い染みが広がっていく。

 

「椿。いやだ...イヤァァァッッ!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

私は一つの病室を前に立っていた。お見舞いの花を持ってこなかったことに対して気にしている等ではない。が、まだ名前も知らない病人に話をしに行くというのが、とても経験のあることではなかったため戸惑っていた。

 

「...すー、はーっ」

 

大きく深呼吸をしてから、覚悟を決めてノックする。

 

『どうぞ』

「...失礼する」

 

扉を開けた向こうには、体中を包帯で巻いた少女がベッドにいた。栄養が足りてないのか、どこか頬も痩せこけてる気がする。

 

「お、命の恩人さんじゃないですか」

「その言い方はやめてくれ...私の名前は乃木若葉。この四国を守る勇者だ」

 

先日、ひなたが突然受けた神託に従って橋へ向かうと、二人の男女が倒れている現場に合った。どちらも血を流し、少し離れた場所には炎上したバイクも転がっている。

 

『助けて!!お願い!!椿を助けて!!!!』

懇願して来た彼女も満身創痍なのは見た目で分かりきっていたため、二人を運んで近くの病院へ行き、検査を受けて貰った。

 

『あの女性の方は若葉ちゃん達と同じ勇者です』

 

「体調は回復傾向にあると聞いた。無事で何よ」

「あのさ、乃木さん。分かるよね?」

「......」

 

一瞬で変わった顔つきに、思わず背筋が凍った。彼女の言いたいことは分かるが、どう伝えるべきか迷っていた。

 

「私がこうして大人しくしてるのは、椿が安静にしなきゃいけないからなの。そうじゃなかったら私はすぐにでもここから飛び出していきたい。椿の側にいたい。それを我慢してるの...分かるよね?分かるならさっさと言ってくれる?」

「......君の言う『椿』は、意識不明の重体だ。お医者様が言うには、それでも運がいい方だそうだが」

 

実際に言われたのは『これで死んでない方がおかしいし、どのみち長くは持たないだろう』といったものだった。医師でない私でもそう思ってしまうくらいには、彼の容態は酷かったのだ。

 

(複雑骨折、各所打撲、擦り傷、何より出血量。私も人の血を見るのが初めてなら吐いていただろうな...しかし)

 

「だが、確かにまだ生きているそうだ。今は人工呼吸機を使い、お医者様が付きっきりになっている」

 

大社にお願いしたお陰で、かなり優遇してもらっているだろう。少なくとも身分も分からない誰かに対し一般的に出来る対応ではない。

 

「...あーよかった!」

 

私の話を聞き終えてから、彼女は大きく伸びをした。

 

「これでまだ私も死ななくて済むよ」

「お前、それは...」

「それより質問なんだけどさ。乃木さんはあの化け物を退治してるの?」

「...あぁ。この四国を守るため、バーテックスと戦っている」

「ふーん...じゃあ私も混ぜてよ」

「なっ!」

「分かってるよ。突然現れた私達がこんな良い待遇なのは、私の力が貴女の力と似てるからでしょ?使える駒として欲しいんでしょ?」

 

私の生大刀を見つめながら、彼女は続ける。

 

「それで、私も椿の生きてるこの場所を守りたい。利害は一致してるってわけ」

「......」

「何か?」

「...いや。そう通しておく」

 

彼女の鋭い瞳を前に、私はそう言うしかなかった。

 

「ありがと。あ、私の名前は秋原雪花。よろしくね?」

 

どこか歪さを感じる彼女は、そう言って微笑んだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「だから、最初は恐怖しかなかったな。目もどこか虚ろで。その後しばらくも殺気だってて...」

「あんま覚えてないな~。あの頃は必死だったから」

「それだけ椿さんが心配だったんですよね?」

「...それで、今の話を聞いて俺は雪花にどんな反応を返せばいいんだよ」

 

正直少し恥ずかしくて、気を紛らわすためにビールを飲みきった。

 

「誉めてくれていいんだよ?私必死に頑張ったんだから!」

「そうだな~。雪花は凄まじい戦果だった。特に椿の容態が怪しくなった時はな」

 

(そんな言われてもな...)

 

四国にたどり着いた俺達。だが、俺は結局半年近く意識不明の重体で病院にいたらしい。起きたら雪花に抱きつかれるわ知らない人が沢山来るわで目を白黒させたのを覚えている。

 

それから行く宛のなかった俺は、大社のスタッフとして勇者のサポートをすることとなった。

 

「ダルがらみするな...」

 

若葉はともかく雪花はそこまで酒に弱くないのだが、今日は_____雪花が飲めるようになってから四回目の飲み会は場酔いと言っていい状況だった。

 

ちなみに今回集まった四人の中では、大社から大赦に変わり俺の上司でもあるひなたが一番強いイメージである。今も頬を薄く染めながら、それでも綺麗に微笑んでいる。

 

「あの頃は球子さんと言い争いも絶えなくて...本当に、椿さんが目覚めてくれてよかったです」

「ひなた...そんなにこいつ暴れてたの?」

「それはもう」

「記憶にありません!!」

「んなことないだろ...ほら、まだそんな飲んでないのに」

「そう!まだまだ飲む!!」

「そうだぞ雪花!!私も飲む!!」

「......こりゃダメだ。ひなた、どうする?」

「明日も仕事がありますし、このくらいにしましょうか。何だかんだ二時間くらい経ってますし」

「え、マジか」

 

慌てて時間を確認すると、確かにもうすぐ日付が変わる時間だった。俺も程々に酔っていたらしい。

 

「じゃあ帰るか...ほら、立てるか?」

「たーてーなーいー。だっこ~」

「お前...はぁ」

「まぁいいではないですか、秋原さん?」

「おい。俺はまだ」

「『まだ』ですよね?」

「...はぃ」

 

ひなたの笑顔があまりにも輝いてたため、俺は完全に肩を落とした。

 

「つーばーきー!」

「......はぁー。全く...」

 

せがんでくる雪花はあの頃と変わったと思う。眼鏡は真面目で固そうに見える黒淵と柔らかな感じのする部屋用の桃色を使い分け、周りにも俺にも、全く遠慮することがなくなった。

 

対する俺も変わった。彼女のために生きたいと思いながらも、彼女を幸せにするために俺が必要だと思うことが出来たから。それが依存でも自惚れでも何でも構わない。それが俺が願い、彼女が伝えてくれるから。

 

そして、そうなれば俺達の関係が変わるのも必然と言えば必然で。

 

「今日はまだ、お前の部屋まで送るからな」

 

数日後勇者に婿入りする大赦職員は、それだけ言って笑った。愛する彼女に釣られるように。

 

「よし。ひなたは大丈夫か?」

「はい!若葉ちゃんはおまかせください」

「ん...じゃ、帰るか」

 

つかの間なのか分からない平穏を味わうように、俺達はゆっくり帰っていく。

 

たまたま見た星空は、怖がる人がいるとは思えないくらい綺麗に輝いてた。

 

「椿...好き...」

「はいはい。俺も愛してる...ずっと前からな」

 

 

 




タイトル 秋原雪花は彼と共に(秋原雪花は救えないif)



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ゆゆゆい編 63話

さりげなくこの作品のUAが50万を突破しました。ありがとうございます。もう規模でかすぎてピンとはきてないんですけどね。

250話も射程圏内。8月中にはいけるかな...?


「お疲れ様でーす」

「おつかれー!じゃあ今日はこれで全員ね。部会を始めるわよ」

「はーい!」

「副部長は私なんだけどね...はぁ」

「...あら?これで全員なんですか?」

 

私の問いかけに、風先輩は「そうよ。あたしが部長代理」と答えた。確かに現部長である樹ちゃんがいないのは事前に聞かされていたが、ある意味この部で最も目立つ先輩の姿が見えない。

 

「樹ちゃんは、確か明後日開かれる高校籠球の方で開会の歌をすると」

「籠球(ろうきゅう)?」

「バスケのことよ...」

「そう!樹に開会式の歌を頼む依頼が来てね!?もう舞い上がっちゃって!!」

「はいはい。舞い上がってるのはあんたでしょ」

「というわけで、樹さんはそちらの打ち合わせ、雪花さんと芽吹さんが付き添いなのですが...東郷さんが仰りたいのは、椿さんですよね?」

 

ひなたさんの言葉に、私は一度頷いた。この部で唯一の男性はすぐにいるのか分かるし、何も話さなくても存在感がある。

 

「椿は別件の依頼なのよね。といっても、樹が出るバスケ大会の内容ではあるんだけど」

「というと?」

「なんでもうちの高校の出場メンバーが怪我をしたらしく、メンバーを募集していたらしいですわ」

「つまり、椿が明後日の大会に選手として出るということね」

「それは...大丈夫なのかしら」

 

確かに古雪先輩はそれなりに高い運動神経を持っているし、籠球もどちらかと言えば得意分野だった気がする。だが、それはあくまで『それなり』で『どちらかと言えば』というのを自ら話している。

 

「いきなり普段練習している方々に混ざってというのは...」

「ですので、今日と明日はバスケットの練習に参加しているそうです。『やらなくていいと言われたが、依頼として渡された以上はな』と」

「『頼ってくれるならなるべく答えたい』なんてのも言ってたわよ」

「そうでしたか...」

 

言っている姿が容易に想像できて、少し笑ってしまった。

 

「まぁ椿の他にももう一人代理だし、戦力ダウンは否めないでしょうけどなんとかなるわよ。あいつら何だかんだ運動神経良いし」

「でしたら、そちらはもう任せるということで...私達はどうします?」

「そこなのよ東郷!」

 

風先輩は最近使ってなかった黒板に文字と絵を書いていく。

 

(また、独特な絵を...)

 

「今週勇者部は樹と椿の依頼を除いてなる作業はゼロ。久々な完全フリーなわけだけど、そこで提案ってわけ」

「提案?」

「あたしは元々樹の晴れ姿を撮る使命があるから明後日行くけど、椿が出るんだったらそのまま応援しないかって提案よ。チア部っぽい格好で応援したり、横断幕っぽいの作ったりさ」

 

風先輩の提案を纏めるなら、古雪先輩を応援するための準備を勇者部全体で行おうということだろう。

 

「勿論やりたい人だけで良いわ。休日だしね」

「アタシやりまーす」

「私も!」

「私も是非行きたいです!」

「あややまで...?うーん、これだけ多かったら私はパスしとこうかな。人数多過ぎても迷惑だろうし」

「タマもパスかな。応援は行きたいが、ただ見てるだけはやりたくなって敵わん」

 

それぞれがどうしたいか意見していく。その間、私は__________

 

 

 

 

『古雪先輩、お疲れ様です』

『ん?東郷か。お疲れ』

『体に良い漢方を作ってみました。どうぞ』

『お、ありがと...んっ、んっ...何だこれ、そんな苦くないし寧ろ旨い』

『ふふっ、飲みやすいよう自分で作ったんですよ』

『本当か?自分で漢方ドリンク作るなんて凄いな...流石東郷!』

『ありがとうございます...あ、あの!この後も頑張ってください!』

『おう。体も元気になったしな。任せろ!』

 

 

 

 

 

(これはありかしら...?)

 

「東郷、東郷!」

「東郷さん?どうしたの?」

「あっ、ううん。なんでもないわ...」

「それで、あんたはどうする?」

「私は古雪先輩の応援をしたいので、何か手伝えることがあれば」

「よし、決まりね。じゃあ早速何を準備するか決めましょうか!」

『おー!!』

 

風先輩の声に皆が同調する。かくして、勇者部による応援の準備が始まった。

 

 

 

 

 

「と、意気込んでみたはいいものの...大したことしなかったわね」

 

あれから一日。樹ちゃんや古雪先輩は今日も出ていて、部室では遠慮なく準備が進んでいた。とはいえ、やることはかなり少なかったのだが。

 

「流石に二日間で新しいチア衣装ってのは難しいし、そもそもうち結構な種類があるのよね...」

「横断幕は全員で取りかかってすぐ終わっちゃいましたし」

「漢方はもう調合を終えたので、当日お湯を注ぐだけですし...」

「...待って東郷、漢方ドリンク渡すの?」

「えぇ。それがどうかしたの?夏凜ちゃん」

「......なんでもないわ」

「ともかく!なんか物足りない!アイデア募集!!」

 

(足りない...確かに、足りない)

 

思い返すのは普段の古雪先輩。細かい所まで目が届いて、教え方も優しく、銀と一緒だった時期があるからなのか柔らかさもある。一つ上の男性の先輩なのに、私も安心するというか。

 

そんな先輩が普段見れない姿で大きな晴れ舞台に立つというのだ。確かに物足りなさはある。

 

(なら、私達がするべきことは...)

 

「全力で」

『え?』

「全力でいきましょう。折角古雪先輩が出場するんです。出来うるかぎりの応援をしましょう」

「東郷...何か策があるのね?」

「はい」

「なら任せた!!!今回の監督は東郷、あんたよ!指示をお願い!!」

「分かりました...」

「と、東郷さんの目が燃えてる...私も手伝うよ東郷さん!」

「ありがとう友奈ちゃん...では、これより作戦を開始します。目標は古雪先輩に喜んでもらえるように!!」

『おぉー!!!』

 

拳を掲げる私達を止めるものは、いなかった。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

今朝、こんなメールが届いた。

 

『椿、ごめん、でも応援するから頑張って』

 

元々あまり絵文字を使わない銀だが、朝イチに謝罪をいれてくるのはあまりにも普通じゃなかった。返信を送っても未読のまま。

 

とはいえ依頼もあったので、疑問を持ったまま外へ。

 

『古雪先輩、お疲れ様です』

バイクを降りた所で突然声をかけられ、振り返ると東郷がいた。凜としたいつものものに柔らかさが混じった声は、安心すると同時にちょっと身が引き締まる。しゃんとするというか。

 

『東郷?樹を見に来たのか?』

『それもありますが、折角古雪先輩が出場する大会なので応援しようと』

『あぁ...』

『それから、これを』

『これは?』

『独自に混ぜた漢方を使用したお茶です』

『お手製!?凄いな...ありがと、東郷』

 

咄嗟に頭へ手を伸ばしかけて、その手を下げた。頭を撫でようとするのはもはや昔からの癖みたいなもんだが、精神年齢的にはもう高校卒業くらいになる彼女の艶やかな髪に触れるのは、彼女の心情的に微妙だろう。

 

『......そこまで上げて、しないんですか?』

『そんな睨むなよ...寧ろ弾く勢いでいいんだぞ?折角綺麗にしてる髪をくしゃくしゃにされたくもないだろ』

『......そうですね!』

 

(そんなそっぽ向かんでも...)

 

何故か余所を向いた彼女の髪の隙間から、赤くなった耳が見える。とはいえそのタイミングは一瞬で、すぐに東郷が前を向き直した。

 

『ともかく、頑張ってくださいね!皆で応援しますから!では準備がありますので』

『え、準備って...あ、東郷!』

 

声をかけ直す前に走り去ってしまった東郷に、俺はなんとなく嫌な予感を受けた。

 

 

 

 

そして、現在。

 

 

 

 

「......」

「......」

 

俺は静かにある方向を向き、視線を戻し、隣にいる倉橋裕翔に声をかけた。

 

「帰りたいぃ...」

「あーはいはい。うん。正直気持ちは分かるわ」

 

訂正するならば、声をかけるのではなく泣きついていた。

 

「なんなんだよアレ。あそこ」

 

指差す先には、俺のよく知る勇者部がいる。『fight!!』の横断幕は俺も製作に携わったし知っていることだが、問題はそれ以外に山積みだった。

 

「何で学ランにチアがいるの?」

「風のは見たことあるし...別に不思議なことじゃ」

「不思議だよ!!あそこだけ応援の量がおかしいよ!全国決勝レベルだよ!!」

 

いくら大会とはいえ、規模はまだ小さい地区の一回戦である。なのにあそこは声量も見た目も文句なしのレベルの高さだ。というか高過ぎる。

 

特に、国防仮面(仮面なし)の格好でかっこいい応援団の隊長をしている東郷。

 

(うん。かっこいいことはかっこいいんだけどさぁ...!)

 

おまけに、極めつけは横断幕。俺の知らない『古雪椿!!』とでかでかと書かれたものは、動いていないメンバーがしっかり持ってここまで見えている。別にこれだけなら、俺がその応援に応えるため全力を尽くすだけなのだが_____ただ、俺が気にしてるのは。

 

「もうそれしまえよぉ...今だけ改名したいよぉ...」

「相当参ってるな...」

 

今俺達が話しているのは、球を取り合い試合を行うコートではなく、ベンチ席だった。

 

俺と、ついでに裕翔に頼まれたのは、足りないメンバーの補充。しかし、試合に出せるだけのメンバーは依頼主たるバスケ部のメンバーでいるため、言うなれば『ベンチメンバーの代理、補充要因』なのだ。

 

万一のために練習は数日行ったが、あくまでベストは部員で固めること。俺達は更にアクシデントが起きた場合の保険であり、つまり試合に出ることは基本ない。

 

一番目立つグループの横断幕に書かれた選手が試合の場にいない。それを俺のよく知る皆が喜んでやってくれている。嬉しさもあるが、申し訳なさと恥ずかしさがあまりにもでかい。

 

「古海石榴(ふるうみ ざくろ)とかに改名したい...」

「なにそれ」

「椿は別の書き方で海石榴と書く......」

「そうなんだ...うん。豆知識ありがとね」

 

俺達の会話に、顧問の先生も少し気まずそうにしている。あの応援が始まった時点で『俺を出す理由にあれを考慮しないでください』とは事前に言ったので平気だとは思うのだが。

 

とはいえ、そっちを気遣える程の余裕は今の俺にない。

 

(穴があったら入りたい...)

 

いたたまれなさは、とんでもなかった。

 

「つ、椿!応援でもして気を紛らわせようぜ!ほら、追加点のチャンス!」

「...が、頑張れ~」

 

これ以上目立ちたくなかった俺は、なんとも言えぬか細い声しか出なかった。

 

 

 

 

 

結果だが、試合は圧勝した。

 

『いやーあんなに可愛い子達が応援してくれてたら、意地でも勝たないとな』

『それに、なんか古雪がくれた飲み物飲んでから凄い好調だったんだよ。どこで買ったんだ?』

 

この二言を言われた時、裕翔曰く俺は複雑すぎる顔をしていたと言う。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お疲れ...あれ、東郷だけか」

「お疲れ様です、古雪先輩。もう他の皆は帰っちゃいました」

「友奈も?」

「高嶋さんとお買い物に。それに、少し編集したい物が残っていたので」

 

編集作業は一人で行うしかないため、ただ誰かを待たせるのが申し訳なく感じた私は自分から一人で残ることを伝えた。

 

「でも、古雪先輩はどうしたんですか?」

「聞いてなかったのか?バスケの依頼が今日までで、早めに終わったから顔出しくらいはしようかなって」

「ですが、確か試合は明日も...平日なので応援には行けませんが」

「元々俺は怪我人の変わりだからな。怪我が治ってきて復帰したから、俺はお役御免ってわけ」

 

古雪先輩はそう言って、椅子に座り鞄から本を取り出した。桜色の栞が本から指の間へ移される。

 

「あの」

「ん?どうした?」

「...送ってくださるんですよね。ありがとうございます」

「ん」

 

返事が想像できた私はお礼だけ言った。きっと私が「先に帰ってて構いませんよ」と言っても「ここまで来て、女の子一人残して先に帰るとかするか」なんて返ってくるだろうから。

 

「......」

「......」

「...そ、そういえば」

「?」

「凄かったですね。先日の籠球部員さんの活躍」

「籠球...?あぁ、バスケか。そうだな。特に後半...なぁ東郷、あの漢方ドリンク、ヤバいもの使ってないよな?」

「何ですかその表現は。そんなもの使ってません。市販されている物だけです」

「だよな...うん。悪い」

「......私達の方こそ、暴走してしまったみたいで」

「へ?」

「風先輩から聞きました。控えで古雪先輩が震えてたって...」

 

風先輩に当日の古雪先輩のことを話した別の先輩がいたらしく、さっきその話が出ていた。私の目的は古雪先輩を喜ばせるためで、困らせるためではない。

 

(失敗してしまった...)

 

「あぁ...さてはあいつか。余計なこと言いやがって」

「あの、古雪先輩...」

「......正直に言えば、出てないんだから横断幕くらいしまってくれればと思ったよ。凄い気合い入ってたし」

「っ」

「でも」

 

私の息を遮るようにして、古雪先輩が声をあげた。ただその後が続かない。

 

「...?」

「......でも...嬉しかったからな。あんな凄いの作ってもらって、一生懸命応援してくれて。だから気にしないでくれ」

「古雪先輩...!」

「あー今こっち見るな。見ないでください。思ったより口にするの恥ずかしいなこれ...」

 

そう言う古雪先輩は、確かに頬を赤くしていた。手で隠された隙間から小さく見える。

 

「何を恥ずかしがってるんですか」

「だって...自分がそれだけ良く思われてるって感じちゃうだろ」

「聞こえないですよ」

「聞こえなくていいから!あーもー!」

「ふふふっ」

 

私は微笑みながら、古雪先輩から見えないように動く。

 

(こ、こんなになるとは...)

一度誤魔化してしまった以上、気づかれたくなかった。聞こえないと言ったそれはしっかり聞こえてて、私も顔を赤くしてしまったなんて。

 

(...かくなるうえは)

 

「!?東郷?」

「じっとしててください」

「いや、何で」

「...古雪先輩と同じですよ」

 

頭を撫でながら私は言う。つい先日やられなかったことに対して。

 

(したくなったら、していいんですからね。私からもやりますから)

 

「おい...」

「動かないでください」

「......もう好きにしてくれ」

 

諦めたように、古雪先輩は本を閉じる。私はそれを見て、もう一歩近づいて頭を撫で続けた。

 

見られまいとしていた自分の頬は、もっと赤くなったように感じた。

 

 

 



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ゆゆゆい編 64話

今回は☆ここな☆さんからのリクエストです!ありがとうございます!見る機種に関わらず☆がちゃんと表記されてることを願います。


「千景に勝ちたい?」

「うん...お願いしたい。これは、私とシズクのお願い」

 

そう言って、しずくはあるゲームを取り出した。

 

「私達で、勝つ」

 

 

 

 

 

きっかけは、なんてことなかったらしい。しずく達が気になった対戦型アクションゲームを千景が持っていて、一緒にプレイして。

 

『ごめんなさい。手の抜き方が上手く出来なくて』

 

七戦全敗した後の台詞。多分千景は悪気があって言った訳じゃないのだろう。千景が持ち主だし相手は初心者、そういった所からの発言だと推測は出来る。

 

ただ、目の前の少女達にはそれがクリティカルヒットだったようだ。

 

(あいつも不器用というか、なんというか...)

 

ある意味もっと酷い罵声を浴びせられてたことのある俺だが、こう言われたら別の意味で傷ついていた気がする。

 

とはいえ、それは過去の話であり。

 

「それで、俺は練習相手になればいいのか?」

「うん。カセットも持ってるって聞いた」

「あぁそれで...そうだな。そういうことなら協力するぞ」

 

千景にリベンジしたい気持ちがよくわかる俺は即諾した。何より、喧嘩ではないものの険悪な雰囲気は嫌なのだから。

 

(にしても、珍しい組み合わせだな)

 

「じゃあ、泊まり込みで特訓」

「それはダメに決まってんだろ!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「どのゲームでも通じることだとは思うが、まず基礎と定石を学んで、そっから視野を広げて応用技を身につけるのが大事だと思うんだよな。基本は」

「基本は...?」

「あぁ。こういう対人ゲームなら、より勝率を上げるために、上手いプレイをするために...だけど、それだと千景が相手なだけあってどうしても時間がかかる」

 

あまり物がない私のテレビ前で、ゲームを立ち上げながら隣に座る人はそう言う。

 

「だがまぁ、『千景を倒す』ことだけに注力するならば、それは必ずしも当てはまらないだろう」

「どうして?」

「人だから当然癖があるし、その時の気分で状況なんて変わる。一人の相手に勝つだけなら、そいつの弱点をついて、苦手な攻撃をし続ければいい」

「...汚い」

「まぁその辺はお前がどう勝ちたいかによるよ。ただ白星が欲しいだけならユウに頼んで千景の隣でちょっかいかけてもらえばお前の勝率は跳ね上がるだろうさ......でも、そうじゃないだろ?」

 

こうして話してくる所は、凄く上級生っぽく感じる。実際上級生なのは分かってるけど、ため口で話してる私の同級生が多いから普段はそこまでそう感じないのだ。

 

(...防人の一番年上、弥勒だし)

 

「お前はどうしたい?どう勝ちたい?」

「...郡にタイマンで勝ちたい。とりあえずそれだけ」

「キャラは何でもいいか?」

「拘りはない」

「了解。じゃあ千景がよく使ってるキャラが苦手な奴を選んで、基礎の動きを練習したらひたすら対戦するか。なるべく千景に近い動きを出来るよう頑張るよ」

「出来るの?そんなこと」

「結構戦ってきてるしな。癖くらいはなんとなく」

 

それは、観察眼の成せる技なのか。それとも__________

 

「それじゃ、適当に教えてくから」

「分かった。よろしくお願いします」

「おう。よろしくされた」

 

 

 

 

「だぁらっしゃぁぁあぁ!!!」

「うおっなんだそれ!?」

 

郡の真似をしたこいつの腕はなかなか上手く、とはいえこれで俺達が三勝ずつ出来た。

 

「それ繋がるのか...嘘だろ......」

「どうだ見たか!」

「確かに腕上げたな。この短時間でよくやれる...亜耶ちゃんといい、防人組はゲームセンス高いのか?」

「へへっ、まぁな!そら、次やるぞ!」

「お...いや、ちょっと待て」

 

隣に座っていたこいつは、スッと立ち上がった。

 

「おい、どこいくんだ?」

「飯だよ飯。作らなきゃいけないから一人で練習しててくれ」

「...手伝わなくていいのか?」

「どっちでも構わないぞ。ゲームしてても手伝ってくれても。飯はとりあえずお前の分も作るから」

「おう...」

 

(シズク)

(分かってる)

 

心の中から聞こえる声に即答して、俺はゲームを操作した。

 

「...っし。ゲーム終了っと。手伝うぜ」

「いいのか?」

「教えてもらって飯までただ作らせるんじゃ虫が良すぎるだろ?寧ろお前が何もしなくていい」

「えぇ...」

「ほら、冷蔵庫の中身で適当に作ってやるから、風呂でも入ってこい!!」

「あ、ちょっ、強制!?」

「当たり前だ!!」

 

こいつは面倒見が良いが、良すぎるのも考えものと言える。もう少し我が儘というか、暴れてもいいと思うんだが。

 

「そらそらっ!」

「...冷蔵庫に冷奴とチンジャオロースの具材がある。後は米と味噌汁。作り方は分かるか?」

「んなもん分かるに決まってんだろ!」

「......じゃあ、任せるよ」

 

そう言ってリビングから大人しく出ていく姿を見て、俺はほくそ笑んだ。

 

(...なんつーか、やっぱバカみたいに優しい奴だよな)

(そうだね...)

(まぁいいか。じゃあしずく、チンジャオロース作ってくれ)

(?シズクはサボり?)

(ちげえよ。お前がレシピ知ってるだろ?)

(知らないよ?)

(...は?)

 

俺達は、速攻で固まった。

 

 

 

 

 

「ん。美味しい」

「...よかった」

 

大口を(シズクが)叩いておいて、スマホで検索してレシピを見ながら作ったとは言いづらく、私はそう言うだけにした。

 

目の前のまだ髪が少し濡れている彼は「また味付け違うな」なんて言いながらご飯と一緒に食べている__________が、その顔は微妙そうだった。

 

「...何か、悩み事?」

「ん?あぁいや...風呂入ってた時から考えてたんだ。あれについて」

 

指をさしたのは、さっきまで遊んでいたゲーム機。

 

「さっきのプレイを思い返してさ。当然だけど、千景に勝つのはかなり難易度が高い」

「うん。そもそも、さっき勝てたのだってそれ以外負け続けてやっと」

「まぁ、それは...んんっ。でも、俺がさっき言ったこと覚えてるか?人だから当然癖があって、苦手な動きをすればいいっての」

「うん...」

「千景の苦手なことをすればいいが、当然千景自身も警戒するし、しずくの苦手なことをすぐ読み取ってやってくるだろう」

「...」

「でも、そこがチャンスかなって」

「??」

「確かに千景は適応能力が高い。技術もある」

 

どうにも要領を得なくて、私は首を傾げる。

 

「やれるかは二人次第だけど...二人にしか出来ない、面白い戦法があるなって」

 

それに対して、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「決闘して。私達と。この前のリベンジマッチ」

「...いいわよ」

 

しずく達と練習を重ねて数日。二人の会話から、部室でのバトルが始まった。

 

大きめのパソコン画面へゲームを表示させ、二人は早速キャラを選んでいく。

 

(この前と同じキャラか...よかった。助かった)

 

三人して、千景がそのキャラを確実に使う確証はないというのを対策特訓を終わらせてから気づいたため、根底が崩されたら流石にきつかった。

 

「椿さん、これは...?」

「あぁひなた。すまん、パソコン使いたかったか?」

「いえ、それは結構ですが...」

「......珍しいものが見れるかもしれないぞ」

 

小さく、今来たばかりのひなたにだけ聞こえるように言ったのだが、何故かちらりと千景が見てきた気がした。

 

「じゃあ、よろしく」

「えぇ...リベンジは受けたけど、そうそう成功させないわよ」

「分かってる...それでも、勝つ」

 

確かな決意の籠った声をしずくが漏らし、対戦の画面が表示される。

 

(悪いけど、今回はしずく達を応援するからな...頑張れ)

 

すぐに対戦は始まった。最初に攻撃を仕掛けたのはしずく。千景は様子見なのか、防御寄りの動きを始めた。

 

この場面だけ見たら、押しているようにも見えるが__________

 

「確かに、腕をあげたわね」

 

千景が相手の力量を見定めながら、徐々に攻撃の手を増やしてきた。しずくの攻撃は少しずつ勢いをなくし、五分になり、劣勢へと変わる。

 

「ッ!やるなぁ!!」

「!」

 

一瞬ズレたタイミングが、優勢だった千景にダメージを与えた。犯人はしずくじゃない。

 

「成る程...そういうことね」

 

やられたことを理解した千景は、一瞬で体勢を立て直した。

 

しずくから操作を変わったシズクは、それでもがむしゃらに攻撃を続ける。

 

「はぁっ!!!」

 

相手が圧倒的に速く癖を読むなら、操作する人を変えて読ませなくすればいい。しずくからシズクへ変われる二人だけの戦法である。

 

「......」

 

とはいえそれも幾らかの時間だけで、すぐに千景の攻撃が増えてきた。しずくより回避、防御が得意じゃないシズクはそれなりのダメージを貰ってしまう。

 

(流石千景だな...無言で集中し始めた)

 

ゲームにおいて、やはり千景は最強に思える。少なくとも俺と近しい仲の人の中では間違いなく一番。

 

「これは...」

「やっぱ千景は上手いな」

 

(...だが)

 

「このくそっ!!」

「...?」

 

悪態をつくシズクだが、状況は少しずつ五分へと戻っていく。千景の読みが急に冴えなくなったように、攻撃を外すことが増えた。

 

(始めたか)

 

理由を知っている俺は、一人ほくそ笑んだ。

 

「椿さん?」

「...いや、いい試合するなって」

「今度は私」

「っ、これは...どうして」

 

声色はしずくに代わり、千景が動揺の声を漏らす。状況は完全に五分に戻った。

 

「......!!」

(よくやるよ...)

 

二人が行ってるのは、千景の頭を混乱させること。二人のプレイングスタイルをそれぞれ見せ、その上で『お互いの演技をしながら戦う』こと。

 

(銀と一緒に話ながらゲームしてた経験が、ここで生きるとは)

 

「そらそらどおしたぁ!!」

「なっ、くっ...」

 

普段なら声帯というか、声の強さも結構違う。それをもう一人の自分に合わせ、口調を合わせ、でもプレイングは自分のものを貫くことで、実質四パターンの攻撃が千景の判断を鈍らせる。

 

今も、声を張り上げているのはしずくだ。確かに同じ口から出してる言葉だが、普段とは全然違う。

 

(練習の甲斐があったな...)

 

上手く動かす他に、上手く声を混ぜれるよう演技の練習もした。流石の千景も一回の対戦で実質四パターンの違いがある対戦相手なんてのは、戦ったことがないだろう。

 

寧ろ、色んな対人戦に慣れてきた彼女だからこそひっかかる。

 

「......そういうわけね。やるじゃない。でも...!」

 

千景も気づいたみたいだが、状況は不利と言えるくらいにはなった。

 

「ここからが...俺達との勝負だ!!」

 

二人も勝てる自信がついてきたのか、より攻める。

 

後はもう、一進一退の攻防だった。俺自身余計な口も出さず、見入ってしまうくらいには。

 

「頑張れ...二人とも」

 

 

 

 

それから決着までは、二分くらいだった。

 

「あーっ!!」

「ふぅ...危なかったわね」

 

コントローラーをブンブン振り回すシズクに、大きく息をつく千景。どちらが勝者なのかは言うまでもないだろう。

 

「惜しかったな。でも三人ともナイスファイト」

「うぇぇぇぇ!!!」

「うごっ」

「勝てんかったぁぁぁ!!!!」

 

やたら良いタックルを腹に受け悶絶するも、当のシズクはお構い無しといった様子だった。

 

「ちょ、いたい、やめろ泣くな、俺の服で拭くな!」

「......ごめん」

「あ、うん...と、とりあえずお疲れ様」

 

頬を少し赤くして離れるのはしずく。急に戻るのはテンションの差が激しすぎて流石にビビってしまうが、逆に俺も冷静になれた。

 

「...まぁ、あれだけギリギリの試合だったんだ。勝ちたきゃまたリベンジすればいい」

「...そうだね」

「やっぱり今の戦い方、貴方の入れ知恵だったのね」

「入れ知恵ってお前...」

「だって彼女達だけで考えるより、貴方が助言したって方が納得できるもの。それぞれの演技をしながら戦って私を混乱させようだなんて」

 

そう言う千景の顔は確信を持ったもので、俺は頬をかきながら頷くしかなかった。

 

「確かに、提案したのは俺だが...」

「やっぱりね...でも、お陰で面白い試合が出来たわ。ありがとう」

「そりゃよかった」

「山伏さん達も、対戦ありがとうね」

「...戦術はバレたけど、次も、手を抜くなんて言わせない」

「?...そんなこと言わないわ」

「そんな感じのことを言われたって、しずく達が言ってたぞ?まぁ本心でないとは思ってるけど」

「言ったかしら...」

 

思考する千景に、「言ってた。だから特訓をお願いした」と続けるしずく。やがて、彼女が頭を下げた。

 

「ごめんなさい。不快な思いをさせてしまったみたいで...そういったつもりはなかったの。多分...珍しく貴女達が声をかけてくれて、一緒にゲームしてくれたのが嬉しくて、何か言おうとして......」

「ぁ...」

「な?言った通りだったろ?」

「...うん。ありがとう。椿」

「ん」

 

少し口角を上げて微笑むしずくは、凄く嬉しそうにしていた。

 

(よかった...)

 

「よし。じゃあ折角四人いるし二対二でやろうぜ。ひなたも」

「よろしいんですか?私では役不足かと...」

「そんなの気にしなくていいわ」

「うん...皆で、楽しくやりたい」

「......それでは」

「決まりだな」

 

思い立ったらすぐ行動するのが勇者部らしさであり、今回も一度消したゲームを再起動させるのはすぐだった。

 

(にしても...)

 

俺は横目で千景の方を見る。仲間が増えたからか、その顔は嬉しそうだ。

 

(変わったな...千景)

 

相手に歩み寄ろうとする姿は、流石にユウが隣にいる時が多かったから。すぐ自分から謝って、説明して。そういった姿は、どことなく嬉しく思う。

 

「...どうかした?」

「いや、なんでもない」

 

だが、俺は何も言わなかった。『妹の成長を喜ぶ兄みたいな気分になった』なんて言ったら、何かお小言が飛んでくるに決まってるから。

 

「椿さんが私を守ってくれるんですか?」

「...お望みならば。お姫様」

「じゃあ山伏さん、あのナイトを二人でやっつけましょう」

「ん、ぼこぼこにする」

「......守りきれる自信は今なくなったけどな」

 

楽しそうに言ってくる二人から目を反らした俺は、ひなたへ乾いた笑いだけを届けた。

 

結果は文字通り(俺が)蹂躙されたが、三人が笑顔だったから、まぁいいだろう。

 

 

 



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ゆゆゆい編 65話

今回前書きが長いので、興味ない方は飛ばしてください。

最初は先日外伝小説として新しい二人の友奈が公表されたのでその話を書こうとしたんですが、ニコ生でアニメ三期決定の発表があり驚きました。皆さんの中にものわゆアニメ化だと思ってた人が多いんじゃないでしょうか。自分は完全に六箇条の最後はのわゆだと思ってた。おまけに名前が大満開の章ときてる。

時系列的に勇者の章の後なのか、一期と二期の間なのか。日常系なのかこれまた自分達の心を苦しめてくる展開になるのかはまだ考察しにくい段階で具体的なことは分かりませんが、また新しい彼女達を見れるのが嬉しい限りです。

ふつゆへの影響は全く未知数ですが、もし勇者の章後の話になるなら既に少し手をつけてる訳で...ある意味先に大満開の章をやってるのかもしれないですね。原作から乖離しすぎるのは嫌なのでそうならないことを祈ります。

一先ず現状は新章を書きつつ短編をあげ続けることに変わりはないので、変わらず見てくださればと思います。



「ねーねー樹ちゃん」

「?何?」

 

休み時間。お弁当の中身に玉子焼が入ってたことに喜びながら、一緒に食べている同級生に声をかける。

 

名前は犬吠埼樹ちゃん。歌がとっても上手で、最近________あの部活の部長になってから、凄くどっしりしてるというか、頼りになる感じになってきた。

 

「その『勇者部の先輩』って、どういう人なの?」

 

私はそんな彼女に聞いた。

 

私のクラスには珍しい部活に入っている友達がいる。名前は勇者部。名前も他の学校では聞かないけど、何より特別なのは高校生の人も一緒になっているということ。

 

ここの卒業生で讃州高校に入ってた人達が、特別に出入りをしているらしい。おまけに有名なあの大赦が支援してるとかしてないとか。詳しいことは分からないけど、讃州高校の制服の人が入ってるのは見たことがあるから間違いはない。

 

他ならぬ樹ちゃんと、かなり前に転校してきた国土亜耶ちゃんも言っているのだから。

 

「先輩って...もしかして椿さんのこと?」

「そうそう」

 

亜耶ちゃんはよく一つ上、三年生の楠芽吹先輩の話をする。私も他学年との合同授業で見たことがあるし、凛々しい、かっこいい先輩だと思う。

 

でも、樹ちゃんがたまに話す椿先輩というのは、二つ上であまり会う機会がなく、当然接点がないからよく分からなかった。とはいえ、勇者部の中で唯一の男の人というのは珍しく思うし、何より__________

 

「うーん...そうだなぁ」

 

私がその先輩を考えるのは、樹ちゃんのこの顔のせいだ。少しだけほっぺを赤くして、はにかむように笑いながら思い出を話す姿は、誰が見ても思う。樹ちゃんは『恋する乙女』になっていると。

 

(樹ちゃんの好きな先輩って、どんな人なんだろ...)

 

人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて地獄に落ちてしまう。なんて話が大昔からあるけど、別に邪魔をするわけじゃない。単に気になる(コイバナしたい)のだ。

 

「一言で言うなら、凄い先輩かな」

「凄い先輩?」

「うん。話していると勇気を貰えるっていうか、どんなことも緊張せず頑張ろうって思えるの。いつでも見守ってくれてるから」

 

樹ちゃんはすらすら語っていく。私はそんな樹ちゃんの顔を見ながら頷く。

 

「だから部長としてもしっかり出来てるし、前より自分に自信を持てたんだと思う。お姉ちゃんも凄い応援してくれるんだけどね」

 

(なんていうか...幸せそうだなぁ)

 

一瞬でも、先輩が悪い人なんじゃないかと考えてしまった自分が恥ずかしくなった。女の子だらけの部活だし、何か弱味を握っているから入れたんじゃないかと思ってしまったのだ。

 

(ごめんね。勝手な妄想で...私、そういうのしがちだからなぁ)

 

「いい先輩なんだ」

 

私はそれだけ言って、樹ちゃんの幸せそうな顔を眺め__________

 

「うん。そうなんだ。あ、あとかっこいい所もあってね。最近だと別の先輩のことを叩き潰してたし、作業してる時は真剣な顔で...この前はお姉ちゃんがご飯食べるのを無理矢理止めたんだ。後は...二人で出掛けた時も、凄い罵声だったなぁ......」

「」

 

開いた口が塞がらなくなった。作業してる時云々は全然いい。前後がおかしい。

 

(何他の先輩を叩きのめしたって!?それにお姉さんの食事の邪魔!?樹ちゃんに暴言!?)

 

「い、樹ちゃん」

「?」

「っ...」

 

(その先輩、間違いなくヤバイよ...鬼畜な魔王だよ...)

 

詳しく聞きたかったけど、聞けなかった。樹ちゃんにその先輩を悪い方向で聞くのは凄くしたくない。

 

「...ううん。何でもない」

 

(...かくなる上は!!)

 

 

 

 

 

「......」

 

私は、勇者部の部室の前にいた。目的は当然、例の先輩である。

 

『椿先輩、ですか?優しい先輩です』

 

あの後亜耶ちゃんに聞いたものの、樹ちゃんの内容が信じられないくらい優しいというのが分かった。暴言を吐いたり、他の女の子に酷いことをするようには思えない。

 

でも、亜耶ちゃんは誰にでも優しい子だ。それでも尚この疑問に答えを得るのなら、一つしかない。

 

(私がこの目と耳で、情報を集める!!)

 

直接は怖いから、本人がいるならこっそり後を追うし、他に一人の先輩がいたらお話を聞く。そうして、樹ちゃんの相手にふさわしいのか見分けなきゃならない。

 

(友達が魔王に捕らわれてるなら、私が止めなきゃ!)

 

「何してるんだ?」

「わひゃう!?」

 

突然後ろから声をかけられて、震え上がる。慌てて後ろを見れば、一人の男の人が立っていた。

 

「あ、悪い...驚かせちゃったな」

「いっ、いえ...!」

 

いくらか遅れて気づいた。目の前の男の人が着ている服は讃州中学(うち)のものではなく、讃州高校のものだった。

 

(じゃあ、この人が...魔王!!)

 

いきなりターゲットが現れて困惑しながら、私は臨戦態勢をとる。

 

「んー...どうかしたか?勇者部に依頼か?」

「い、いえ!!ちょっとこの辺で落とし物をして...」

 

咄嗟に嘘をついたが、開けた廊下には当然何も落ちてない。

 

「この辺にか?何を落としたんだ?」

「......しゃ、シャーペンの芯を...」

「...ちょっと待っててくれ」

 

呆れたのか呆気にとられたのか、少し遅れて返ってきた返事を聞き返してる間に、先輩は自分のバッグを廊下に置いて開けた。

 

「HBでいいか?」

「え」

「いや、濃さ。一応2Bも持ってるけど、どっちがいい?」

「じゃ、じゃあHBで...でっ、でも、貰えませんよ!」

「別に全部やるわけじゃないし、落ちて折れてるかもしれないシャー芯を探すよりはよっぽど効率的だからな。いれたいシャーペン貸してくれるか?」

「...芯、頂けますか?一本で良いので」

 

私はそう言って、スカートのポケットに手を入れた。

 

(いつもすぐ出せるようにってにシャーペンをいれる癖が、こんなところで役立つなんて...)

 

お気に入りのこのペンには、当然芯が入っている。ただ、私が芯を入れるだけなら遠目からこの中身を確認出来ないはずだ。

 

「ん、はい」

「ありがとうございます...頂きます」

「気にしなくていいから。じゃ」

「あっ...」

 

偶然ターゲットとの接触は出来たけど、すぐにチャンスは歩きだしてしまった。

 

(な、何か会話とか...)

 

私はまだ何か足止め出来ないか、少しあたふたしながら確認して__________

 

「えっ!?」

「?どうかした?」

「...ないっ、ないんです」

「......芯落としたか?」

「違います...わ、私のウサギが...!」

 

慌てて、動揺が止まらない。とはいえそれは相手の気を誘うためわざとやってるわけじゃなかった。

 

(あ、あれ?ホントにない!?)

 

実際に、私の鞄についている筈の物が_____お気に入りのウサギのキーホルダーが、どこにもなかったのから。

 

「ウサギ?」

「キーホルダーなんです!いつも鞄につけてるのに、どうして...どこかに落としちゃったのかな...」

「ウサギ...キーホルダー......」

 

廊下を見ても、さっき歩いてきた道を見返しても見当たらない。

 

(もしかして...バチが当たったのかな)

 

目上の先輩をこそこそ嗅ぎ回って嘘ついた結果なのだろうか。

 

「...私が悪いの、かな。気に入ってたのに......」

「なぁ」

「!はい!?」

「そのキーホルダー、アニメっぽい奴の白兎か?」

「!?そ、そうですけど...なんで知ってるんですか!?」

「えーっと...いや、まずは確認だな。ついてきてくれるか?」

 

そう言って、先輩は歩きだした。

 

 

 

 

 

「!!!」

「これか?」

「これ!これです!!」

「そっか。ちょっと待っててくれ」

 

先輩に連れてこられたのは職員室前の落とし物を保管するスペースだった。檻に囚われたように入っているのは間違いなく私のキーホルダー。

 

「あ、すいません先生。そこの落とし物箱の鍵、開けてくれますか?」

「おう古雪か、いいぞ。ちょっと待ってな」

「ありがとうございます」

 

特に拒否されることもなくあっさり鍵が開き、キーホルダーはすぐに私の手の中にあった。

 

「ありがとうございます」

「次は落とさないようにな」

「あ、ありがとうございます...」

「...ちょっとそのキーホルダー、見せてくれるか?」

「え?...どうぞ」

「...やっぱり」

「?」

「ここ。チェーンの接続部が緩くなってるんだ。きっとどこかに当てたとかだろうな...これだけ買い換えればすぐまた落とすことはないだろ。それまでは鞄に入れときな」

 

すぐに私の手にキーホルダーを返してくれる先輩に、私は疑問を口にした。

 

「あの...」

「?」

「なんでここにあるって知ってたんですか?」

「あぁ。別の依頼で最近この落とし物箱のチェックをしててな。さっき初めて入ってるのを見たから記憶に残ってた。今日の朝とか、最近落としたんだろ」

「そうだったんですか」

「でも見つかってよかったな」

「はい。ありがとうございます...」

 

頭を下げてお礼を言って、先輩の顔を改めて見た。「気にするな」と言う先輩は、私が最初疑っていた魔王のようには見えなくて__________

 

(この人はそんな、酷いような人じゃ...)

 

「あ、あの!」

「?まだ何かあったか?」

「え、えっと...最近勇者部の別の人を叩きのめしたって本当ですか!?」

「えっ」

「樹ちゃんが言ってて、それで...!」

 

先輩は顎に手を当てて、考えてるような仕草をする。

 

「樹が、最近?......あぁ、もしかして決闘のことか?」

「わ、分からないですけど...」

「......多分樹が言ってたのは、剣道の試合みたいなもんだよ」

「じゃあ、樹ちゃんのお姉ちゃんの食事を無理矢理止めたって言うのは」

「それはあいつがうどん15杯目にいこうとしてたから」

「樹ちゃんと二人で出掛けた時、罵声を浴びせたってのは!?」

「なんだそれ...あ!一昨日のは音せ...いや、何も言えないけどあいつが過激なことしてたから怒ったんだ!!俺は被害者...とは言いにくいけどやられた側!!」

 

何故か顔を赤くした先輩は、そっぽを向いた。

 

「...魔王じゃ、ない?」

「樹は俺についてどんな話をしてるんだ...魔王と言われる覚えはない」

「そうなんですね......すいません先輩!私、先輩が悪い人なんじゃないかと!!」

「まぁ、そこまでの説明だけされてたらそう思われてても不思議じゃないか...ま、別に気にしてないから。じゃあな。樹と仲良くしてくれ」

 

頭を下げた私に、全く気にしないように廊下を歩いていく先輩。

 

その姿を見た私が当初の目的に答えが出たことに気づくのは、結構時間が経ってからだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ねぇ、樹ちゃん」

「どうしたの?」

「この前勇者部の男の先輩に会ったよ」

「椿さんと?」

 

お昼休み。クラスでは私と亜耶ちゃん以外からは全くと言っていいほど出ない人の名前があがったことに驚いたけど、次の瞬間に納得がいった。

 

『樹、お前...友達にどういう俺についての話をしてるんだ?』

 

(椿さんが言ってたのは、そういう...)

 

「私、樹ちゃんの言ってたの聞いて、その先輩が魔王みたいに勇者部を支配してると思っちゃってたんだけど...いい先輩だね」

 

はにかむ様に言うのを聞いて、この間話した内容を思い出す。

 

『悪い夏凜!、当てちゃったな...』

『いいのよ。お互い合意の上でしょ。本気でこられなきゃ意味も...って!!何してんのよアンタ!?』

『とりあえず保健室まで運ばせろ。歩いてる時痛みが増しても困るだろ』

『だ、だからってこれ...お姫様だっ...ーっ!』

 

夏凜さんと戦い。

 

『椿!!』

『お前いい加減にしろよ。流石に食い過ぎだ』

『太るって言いたいんか!?うら若き乙女に!!』

『お前のことだから体型とかは維持しようとするだろうし、その辺は気にしてないが...乙女なのは知ってるし』

『!!』

『でもだからって、流石に限度が......おい、聞いてるか?』

 

お姉ちゃんを止めて。

 

『なぁ、樹』

『どうしたんですか椿さん?別れ際に改まって』

『...昨日貰った奴のあれ、あれはダメだろ』

『何がです?』

『っ!』

『椿さん、教えて下さい。何がダメだったんですか?』

『お前分かってて言ってるだろ!?』

『いいえ。分かりません。椿さんの口から言って貰わないと』

『っ...ーッ!!樹のバカぁぁぁ!!!』

『また使ってくださいねー♪』

 

私のことを(珍しさと可愛さが凄い)罵声を浴びせて。

 

『魔王とか言われたんだが』

 

(...確かに、鈍感さとか、難攻不落さ的には)

 

「うーん、ある意味魔王で合ってるかもね」

「あれぇ!?」

 

私の出した結論に、目の前からすっとんきょうな声が響いた。

 

 

 

 

 




サブタイをつけるなら『古雪椿は魔王である』

元々キャラが多いのでオリキャラも少なくモブも極力出さないようにしてたんですが、意見を頂いて折角なので書いてみました。たまにはこういったのもいいのかな?


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ゆゆゆい編 66話

「またいらしてください。勇者様の来訪を心からお待ちしております」

「はい。ありがとうございます」

 

ずっしりとした鞄の重さを確かめながら、行きに通ってきた道を歩く。日は僅かに傾きかけたくらいだろうか。

 

(これでまた一冊...)

 

密かに隠し持った本は、本来持ち出しを禁止されている物。いけないことなのは十分わかっている。でも、私はこうして繰り返している。

 

(神世紀200年の本...中身はどうなっているのかな)

 

大赦が管轄する、図書館と言うのがしっくりくるだろう本の保管室で、私は何回か本を借りることがあった。はじめは、この世界に来る前にも読む機会があった精霊や伝承の本を読むことで、何か役に立つ力が手に入るかもしれないという淡い期待。

 

でも、何回か利用することで私の目的は変わった。

 

大赦が一般人には勿論、私達勇者にも情報を秘匿することがあるのは椿さんからも聞かされている。私が利用する際に、読むこと許可されない物があることも知った。

 

じゃあ、大赦が秘匿する本はどんな内容なのか。そこにこの世界の真理や、今敵対している赤嶺さんのことは記載されてないのか。気になるのは当たり前だった。

 

答えとしては、今のところNOだ。過保護と言うべきなのか、私が見た本にはわざわざ秘匿するほどの重要性があるようには感じられない。あのくらいなら大社の頃に見たこともある。

 

(大昔の歴史の本で戦術を学ぶのとか、確かに今は戦いがないならいらないし、余計なものは見せない方がいいとは思うけど...)

 

『見てろよ銀。これが俺の考えた必殺の陣形!』

『!?マジかこれ!?こんなので!?』

『裏ボス攻略まで余裕でした』

 

この前二人がやっていた戦略ゲームなんかが世に出てるのなら、意味が無いように思えた。

 

(...まぁ、いっか)

 

『ハァァァッ!!!』

「?」

 

思い出していた人の声が聞こえた気がして、ふと立ち止まる。

 

(今のは...もしかして幻聴?私そんなに危ない人だったっけ?)

 

『もう終わりかい?』

『まだまだぁ!!』

 

(違う...こっちから)

 

導かれるように歩き出した私の目には、すぐに答えが見えた。

 

至るところが黄色くなってる椿さんと、頬に黄色い線の跡を残した人。

 

「椿さん!?」

「!?」

「隙だらけだ!」

「うぼっ」

「あっ!!」

 

私の声に振り向いてしまった椿さんの顔に、相手の持っていた黄色い棒の先端が叩きつけられた。

 

 

 

 

 

「す、すいません...」

「いや、あれは反応しちゃった俺が悪いし...あの人も言ってたが、杏が負い目を感じる必要は全くないから。うん。寧ろ完全に俺が悪い」

 

黄色い跡________すぐに落とせる絵の具だった_______を洗い流して、運動着から讃州高校の制服を着替えた椿さんは、自動販売機からみかんジュースを買って私の隣に座った。ベンチはそれなりに横長で、私達の間にはもう一人くらい入れそうな隙間がある。

 

「んっ、んっ...っはー!運動してシャワー浴びた後のみかんは一段と良いもんだ」

「普段からあんなことを?えっと...あの方、夏凜さんのお兄さんですよね?」

「あぁ。春信さんな...始めたのは結構最近だし、お互いスケジュールが合わないからまだ二回目だ」

 

二人が行っていたのは、ゴム製の武器を使った手合わせだった。椿さんは普段使っている短刀の形、三好春信さんは薙刀の形をした柔らかい武器に、絵の具をつけて当てた箇所を見易くするというもの。

 

「それこそ初回は俺が優勢だったんだがな。俺の動きに慣れてからはこっちが不利になってる...ホント、凄い対応力だよ」

「椿さんがそこまで言うなんて...昔何かやってたんですか?」

「俺はそんな強い自信ないけど......夏凜を守るために色々鍛えてたんだと。薙刀が一番得意ってのは知らなかったが...」

 

そこで一度言葉を切って、椿さんはみかんジュースを飲む。缶ジュースで中身は見れないけれど、ベンチに置いた音で中身がほとんどないのがなんとなく分かった。

 

「勇者の力を使ったら流石に卑怯だし差がつきすぎるしでやらないが、ただ戦うだけだときっついわ...良い練習にはなるけどさ」

「若葉さん達とはしないんですか?」

「するけど、もうお互い大体の動きが分かってるからな。相手のレパートリーを増やしたかったんだ。あっちもこのところデスクワークばかりで運動不足を解消したかったらしいし」

「...信頼してるんですね?」

「何だよ急に」

「いえ、なんとなくですけど...そうなんだろうなって」

 

大赦の話を初めて聞いたのは私達の時代にいた頃であまり良い感情を持ってないことを言っていたし、この世界に訪れてからもどことなく感じるものがあった。

 

私としても住むのに困らない点には感謝しているけれど、大社に似た情報統制を行っている点がある以上、必要以上の信頼は出来ていない。

 

「......ま、それなりに長い付き合いだし、尊敬出来るのも確かだからな...やることなすこと凄いから、重度のシスコンなことを除けばあの人は俺の目標だよ」

「椿さん...」

「あ、本人には内緒な?恥ずかしいし」

 

はにかむ椿さんは、「ほぅ」と息をついた。

 

「あの人が勇者になってたら、もう少し色々スムーズにやれてたんじゃないかな。神世紀のことも、西暦のことも」

「...私はあの人のこと、全然知りません。椿さんが尊敬する理由ももっと沢山あるのかもしれない。でも!」

 

気づいたら、私は口を動かしていた。目を真っ直ぐ椿さんに向ける。

 

こうして少し驚いてる顔も、さっきのように優しく微笑むような顔も。

 

『悪い、先にシャワー浴びさせてくれ』

 

拭えない量の汗を流して、明らかに疲れ果てていて、それでもまだ戦う為の気迫と鋭さを瞳に宿していた真剣な顔も、全部この人だから。この人だったからだ。

 

「私は過去に来てくれたのが、一緒に戦ってくれたのが他でもない貴方でよかったと思ってます!!私だけじゃなく皆も!!だから...そんなこと、言わないでください」

「杏...」

 

言い過ぎた気がして私は咄嗟に顔を反らしたものの、その頭に手が触れる。

 

「悪い、軽いたられば話をしただけなんだ...それに、別に俺の代わりにとは思ってないしな。寧ろ譲るつもりなんて更々ない」

「ぇ...?」

「俺だって、確かに苦しいことは多かったし、なんなら腹が消滅したことだってあったけど...胸の痛みの分だけ、今の平穏を味わえてるからな」

 

もう一度椿さんを見る。そこにあるのは純粋な笑顔だけ。

 

「何より、杏にもそこまで言われて、代わりに誰かが行けばよかったなんてカッコ悪いこと言えるかよ」

「椿...さん」

「今勇者部にいるのは、今お前の隣にいるのは俺だ。ここは譲らん」

「...はい!」

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あ、そうだ。これ一応内緒で頼む」

「これ?」

「わざわざ大赦に来て特訓してること。やっぱり快く思えない奴も少なくないからさ。悪いことをしてる訳じゃないが...かといって見られに来ても放置しちゃうだけだし」

「...分かりました」

「ありがと。そういや杏はどうして大赦に?」

 

大体大赦へ訪れるのは、ひなたをはじめとする巫女と、園子がメインだった筈。

 

「私は大赦から資料を借りに」

「資料?って言うと...あれか。大社の時にもあった精霊に関する資料とかってことか?」

「はい...それだけじゃないんですけどね?」

「?」

 

意味深な発言に首を傾げると、杏が辺りを見てから鞄を開ける。

 

「もう何回か来ていて、いつも何冊か借りてるんです。ただ、中には読むなと言われた本もあって...でも、私達に隠すものって、私達にとって良くないものなんじゃないかって思って。椿さんの話も聞いてきましたし、大社でも情報操作はしていましたから」

「...だから、そうして持ち出して見てると?」

「はい」

 

杏が見せてくれた本のタイトルを見ながら、俺は顎に手を当てた。

 

「椿さん?」

「......確かに大赦が情報を隠蔽してきたとか、そういったことを言ってきたのは俺だから強く言えないが...しなくてもいいと思う」

「...どうしてです?」

「この世界に来てからの大赦は、お前達別時間から来たメンバーの寮をすぐ用意したり、衣食住を不自由ないようにしてくれた。毎月余るくらいの金も小遣いとしてくれる...俺自身完全に信用するのは難しいが、ある程度の恩がある」

「......」

「その組織が読む必要ないって言ってるんだから、まぁいいんじゃないかなって。それに」

 

杏の本を指差す。タイトルから察するに、神世紀200年前後の歴史書だろう。

 

「その時代のことを知っても、何か出来るわけでもないしな。俺だって過去に行けたのは狙ってのことじゃないし...例えば大赦が隠蔽している内容が杏の心を傷つけるような出来事だったら、大赦に怒るに怒れないしな」

 

読むなと止めていたのは大赦で、非があるのは注意を無視した杏ということになれば、俺は何も言えなくなる。そこで怒るのは余りにも理不尽だ。

 

(...過去に行く前に西暦の詳細を知ったら、辛くなることもあったかもしれないしな)

 

実際に過去に行かなければこんなに共感することもなかっただろうが、今の俺としてはそう考えてしまう。

 

「...確かに、そうですね」

 

杏も俺の話に納得してくれたみたいで、二回頷いてくれた。

 

「じゃあ、今度こっそり返しとけ」

「はい...じゃあ私、そろそろ帰りますね。椿さんは」

「送ってくよ。バイクある」

「...はい!」

 

 

 

 

 

「それで、この前のは返したんですか?」

「この前の?」

「伊与島杏様の」

「げっ...聞いてたんですかあれ」

 

翌週。春信さんから渡されたみかんジュースを飲みながら、俺は露骨に嫌な顔をした。

 

「その部分だけ偶然。前後には仕事が入ったので連絡しようとしたんだけど、そんな空気でもなかったから」

「いや、それは...それより、杏が本を借りてる人には言ったんですか?」

「言ってない。本来であればまんまと出し抜かれてる方が責任問題だし...もうしないだろう?」

「......昨日、バレずに返したって言ってましたよ」

 

踏み込まず、停滞とも取れる案。だが、進んだ先が良くなるとも限らないから。

 

(...進む道ばかり取ってきた俺が、言える立場なのかは分からないけど)

 

誰に対しても踏み込んで、歩み寄ってばかりだった気がする。

 

(踏み込まなかったのは...あぁ、そっか)

 

大切な人を失ったのが最初で、それからは突っ込むように動いて。

 

『私、銀ちゃんのこと何も知りません...でも、椿先輩が苦しむことを望んでるとは思いませんよ』

『だから話してください。少しでもあなたのことを教えてください』

 

俺が止まった時は、彼女達が助けてくれたんだ。

 

「椿君?」

「あ、すいません。ぼーっとしてました」

「...なら、せめてにやけるのは止めてくれ。目の前でやられると驚く」

「せめて微笑むって言ってくれませんか?」

 

言いながら、俺はさっき話題にあがったばかりの彼女を思い返した。

 

(...ありがと)

 

心の中で感謝の言葉を口にしつつ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「じゃあ、今日はこれで」

 

古雪椿とは、もうそれなりの付き合いになる。夏凜との接点を増やしてくれたことや、定期的に夏凜の話や写真をくれることはこの身を捧げる程に感謝しているものの、そこは置いとくとして。

 

一個人として彼と付き合いを持って抱いた感想は、大人っぽいのか子供っぽいのか分からないといったとこだろう。

 

普段の態度は確かに高校生よりかは年上に見えるものの、所々が年相応に見えるというか。

 

『今度こそ...決めるッ!!』

 

今日だって、僕を敵とした時の眼差しは嘗て出ていた武道等の大会で感じたことはない、肌がひりつくようなものだった。それこそ、何度も死線を潜り抜けてきた猛者の目。

 

『え、これを?いやあいつらには言いませんよ...自分から言って特訓風景見せるのなんて流石にカッコ悪いじゃないですか。いや偶然にせよ見せたからってあいつらが俺を格好いい、素敵!みたいになるとは思いませんけど』

 

かと思えば、そんな発言を素知らぬ顔でする。そこから生まれるアンバランスさが少し心配になる。

 

(でも、だからかな。応援したくなる)

 

ある意味、彼女達の知らない、彼女達の為に努力してる姿を知っているから。

 

「椿君」

「はい?」

「...何かあれば頼ってくれて構わないからね」

「何言ってるんですか。割と春信さんには頼ってますよ。というかいきなりらしくないこと言わないでください」

「らしくなくはないんじゃないかな」

「貴方らしいのはシスコン関連って頭に刻まれてるので」

「なんだって?」

「何でもないですではまた!!」

「...はぁ」

 

走り去っていく彼が居なくなってから、空を見上げる。

 

(大人として、勇者をサポートする大赦の一員として、ね)

 

「三好さん」

「ん?」

「疑似満開機能について、お話が」

「聞こう。会議室でいいか?」

「はい」

 

日向から隠れるように、僕達は移動した。

 

(さて、しっかりとした場に出るならまた着替えないとね)

 

 

 

 




最後に、頂いたイラストの紹介です!『モンハンのスラアク装備の椿見たい』なんてツイートをしたところ、祈願花さんが椿を書いてくださりました!!リンクは下記に貼りますので是非!エラーがなければ表示される筈...(予定していた公開法ではエラー表示になった為、ツイッターにて公開しました。下記リンクからアクセス出来ます)

https://mobile.twitter.com/mereku817/status/1297508339069288452

椿ちゃんは以前カスタムキャストで頂いたことがありましたが、椿は今回初!本当に嬉しいです!!改めてありがとうございます!!


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ゆゆゆい編 67話

現在ゆゆゆシリーズのオンリーショップが開かれていますが、整理券配布の情報だったり○万買ったレシートなんかを見ると、ゆゆゆ好きな人多いんだなと思いますね。リアルの自分の周りには全然いないので、見る度に意外に思ってしまいます。

前置きはこのくらいにして、今回もゆゆゆい編です。これももうすぐ70話いくのか...


夏で幸せを感じる瞬間は何だと聞かれた時、俺の答えはまちまちではある。ただ、特定の時間は決まっていた。

 

(あえてエアコン切ってから食べるアイス、美味しぃ......)

 

外を数分歩けば茹でダコになりそうなくらい厳しい暑さの残暑日。IQが下がってそうな状態でソファーにだらけながら、俺はアイスを食べていた。

 

ここ数日は異常な暑さが続き、外で遊ぶ子供達へ注意喚起が出る程。そのため、勇者部の活動も普段より控えめになっている。

 

結構忙しい部活動がなくなると、自分で使う時間が増える。とはいえ流石に外に行く気も起きない俺は、ゲームをやったりプラモを作ったりといったことばかりしていた。

 

(あ、友奈と東郷と芽吹から返信来てる)

 

その休憩時間、アイスを食べながらスマホの通知欄から届いていたメールに返信した俺は、大きく息をつく。

 

「はふぅ...」

 

(誰かから出かける連絡でも来るかなーなんて思ったけど、それもなし。久々にゆったりした時間だが...物足りなさはあるな。やっぱり)

 

普段が煩いとまではいかずともあの人数なわけで、突然それがなくなるのはどうしても考えてしまうものがあった。

 

(ま、とりあえずこの後はさっきの続きでも...)

 

「?はーい」

 

静寂を破るように鳴らされたインターホンに従って外に出ると。

 

「づっぎぃぃぃいー!!」

「は、そのうわっ!?」

 

インターホン以上の声をあげる園子が、体当たりをかましてきた。

 

 

 

 

 

「うまーっ!!」

「そりゃよかった。はい。水分もちゃんと取りな」

「ありがとつっきー!」

 

一瞬でバニラアイスを平らげた園子は、続けて出したお茶も一気に飲み干した。その顔はご満悦だ。

 

(そりゃ、この暑さの中歩いてるわけだしな...バカになりかねん)

 

「にしても、こんな日に大赦に用事とはな」

「ホントなんよ。私としても断ればよかったんだけど、まさか今日に限ってこんなに暑いとは思わなくて...」

「!」

 

服の胸元を持って動かす園子から目を反らしながら、俺は彼女の目の前に羽なし扇風機を置いた。最近親が買ったものだ。

 

「んで、その帰り道で限界を感じたお前はうちに寄ったと。着替えとかあればシャワーも貸せるけど...」

「つっきーの家にはないの?着替え」

「女物の服は母親のだけだよ。当たり前だけど。銀に取ってきてもらうか?」

「んー...ミノさんに申し訳ないから」

「じゃあそれで我慢してくれ」

「......我慢はしたくないなー」

「そうだよなぁ...その服をすぐ着直すのも嫌だろうし......」

 

一着くらいなら銀の服もうちに残ってそうではあるが、あっても小学校時代の物だ。今の園子じゃ着れないだろう。

 

とはいえ、シャワーを浴びるなりでさっぱりさせてあげたい気持ちもある。

 

「...お前が嫌じゃなければ、フリーサイズの俺の服が」

「そうする!!嫌じゃない!!」

「おぉっ、返事が早いな...分かった。風呂はどうする?シャワーにするか?」

「じゃあ、シャワーかな」

「了解。じゃあちょっと待っててくれ」

 

答えてから、俺はリビングから自分の部屋へ行き、あまり着てない服をタンスから出した。ここで園子を先に風呂場へ行かせるようなことはしない。

 

(それなりに読んできたからな。この手の展開は)

 

洗面所に俺が服を届けると、園子が服を脱ぎかけで~なんて展開になるわけにはいかないわけで、対策はバッチリだった。

 

当然、見たくないとは言わないが________

 

(いやいや、後で殴られても文句言えないし)

 

邪念を振り払いつつ、俺はまたリビングに足を向けた。

 

「ほら、これ貸すから入ってきな」

「わーい!!ありがとうつっきー!!」

「ん。今の服はハンガーで干すとかしとけば、うちで休んでる間に乾くだろ。この服で帰ってもいいし。好きにしてくれ」

「はーい...ねぇつっきー」

「?」

「一緒に入る?」

「早く行ってこい!!」

 

 

 

 

 

「んー...よし」

「ふわぁー、さっぱり!!」

「お、あがったか」

「うん!ありがと~」

 

今日は両親の帰りが遅く、夕飯も食ってくる旨の電話を受けて、献立の組み立てを脳内で済ましてる間に園子が戻ってきた。サイズはちょっと大きかったようで、袖が掌の半分を隠している。

 

「下は短いのにして正解だったな」

「!う、うん...でも、今お風呂に行っちゃダメだからね?」

「?何で?」

「何でも!!」

「お、おう...」

 

珍しくプンスカ怒った様子の園子に、俺は頷くことしか出来なかった。目力による圧を感じたのもあるが、近づいた園子からふわっとした香りが来たのが大きい。

 

(おかしい...同じシャンプーの筈なのに......)

 

「...それで、服が乾くまではどうする?うちにいるか、帰るならバイクで送るぞ」

「そうだねぇ、折角だしお邪魔しちゃおうかな」

「了解。じゃ、何するか...」

「さっきまで何してたの?」

「プラモ作ってた。でもあれは一人で作業するもんだしなぁ...なんか手頃なゲームでもするか?」

「...全く、もう」

「んっ」

 

何故かおでこをつつかれ、一歩よろめいた所を詰められる。

 

「ど、どうした?」

「つっきーはいつも皆のことを考えて動くんだから、今日くらい気にしなくていいんよ?私は置物だと思うと考えてれば楽でしょ?」

「いや、そういうわけにも...」

「押し掛けてきたのは私だし、つっきーの予定を変えたくないの」

「普段暴れる筆頭が何を」

「つっきー?」

「悪かったすいません!!」

 

壁まで追いやられた俺は両手を上げて降参の意思を示す。

 

「でも、俺は園子をほっといて気にせずに過ごすとか無理だから」

「!っ、じゃあ、私が今したいのは一人でプラモデルを作るつっきーが見たいから見せて!!」

「えっ」

「ほら、きっと部屋でやってたんだよね?ゴーゴー!!」

「え、あ、そっ、園子!?」

 

肩を掴まれ、あれよあれよという間に連行される俺と、連行していく園子。

 

当の本人は、俺を引きずりながら笑っていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

つっきーの一人で何かをする姿は、実はそんなに珍しくない。私が勇者部に入る前、皆が勇者として活動を始める前はメンバーの数もかなり少なかったけど、勇者部の唯一いる男の子という立場は変わらないから、重たい物を運んだり、パソコンに何かを打ち込んだり、疲れて寝てたり。そういったことは部室でも見れたりする。

 

「Gの5、後はBの3...」

 

でも、多分部室でのことを除いたら、逆につっきーが一人で何かしてる姿を見ることが極端に少なく思えた。精々が待ち合わせまでに本を読んでたり、スマホを見てたりするくらい。

 

つっきーは誰かが遊びに来ればゲームの用意をしたり話ながら料理を作ってたりしてる。誰かが目的を持って誘って来てるわけだし当たり前ではあるんだけど、だからこそこうして誰かの目を気にせず、自分の趣味に真剣に打ち込んでる姿を見れることはない。

 

『椿の部屋に面白いマンガ置いてあってさ。持ち帰るのも面倒だし読んできちゃった。あいつも隣でゲームしてたけど静かに集中してたし、滅茶苦茶面白かった!』

 

(きっと、それが珍しくないのはミノさんだけの筈...)

 

多分、普段であればつっきーとしても気にならないのはミノさんだけなんだろう。きっと、ずっと前から隣にいる方が自然な関係だから。

 

「......あの、園子?」

「んー?」

「流石に、それだけ見つめられてるとやりにくいんだが...」

「気にしないで?」

「そう言われても...大体楽しいか?俺なんか見てて」

「楽しいよ」

 

それは断言できた。見ていて飽きないし、私自身凄く楽しめている。

 

「でも、つっきーが気になるって言うなら......」

「...?言うなら?」

「......うん。こうだ」

 

躊躇うのも一瞬ならば、決めるのも一瞬。僅かに出た熱を払う様にして、私はつっきーの後ろに立つ。

 

「園子?」

「これなら私は見えないよね?気にならないでしょ?」

「いや、圧っぽいのを感じるんだが...ほら、その辺の本とか読んでいいから」

「むー...えいっ」

「!?」

 

つっきーの体がぴくんと動くのを体全体で感じながら、私はよりつっきーの背中にくっついた。

 

「園子さん!?」

「私はつっきーが見たいなぁ」

「いいよ見なくて!!というかくっつくのはやめて!!」

「ほれほれ、ここがええのか~?」

「んっ!?んんッ!!」

 

耳が弱いのは知ってるから、そこを指で遊んでみる。内側をなぞったり、裏側をかいてみたり、小さめな耳たぶをふにふにしたり。

 

「気にせずプラモ作りに戻るなら、耳はやめてあげましょう」

「っ...わかっ、た、から...やめっ!」

「んっ...よろしい」

 

仕事を失った手は肩に置いて、体も離す。

 

(...うん。流石にね。うん)

 

「ふぅ...続ければいいんだな?」

「うん。あ、でも他のことしたくなったらしていいからね?後今私の方を見ないこと」

「?」

「なんでもだから。いい?」

「分かった...気にせず肩も動かすからな」

「はーい」

 

「どのパーツからだっけ...」と言って前を向くつっきーに、私は気づかれないよう息をついた。お陰で、真っ赤になった顔を落ち着けることが出来そうだったから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「それじゃあバイバイ、つっきー!」

「あぁ。またな」

 

日も暮れて暑さが収まってきた頃に園子をバイクで送り、ついでにうどん屋に寄って肉うどんを注文する。その頃には疲労感が襲ってきていた。

 

(いや、随分緊張してたんだなぁ...)

視線について聞けば抱きつかれ、肩を揉まれ、着替えを済ませた後もバイクの後ろに座る。今日は園子と会ってから基本的な距離が近かった。

 

特に、部屋に行ってから背中を襲われた時は、意識が全部背中へ集中するのを避けられないレベルでヤバかった。風呂から出たばかりの彼女に対して理性が大変なことになっていた。

 

(あいつ、あんなの見てて何が楽しいのか...)

 

相手が芽吹なら分からなくもないが、それ以外のメンバーは正直そこまで興味もないジャンル。その上一緒に作ってるわけでもない。でも、園子は実際後ろにいた時もご機嫌そうに鼻歌なんて歌っていた。

 

「おまたせしました。肉うどんの大です」

「あ、どうも」

 

(...まぁでも、いっか。本人が楽しそうなら)

 

理由は分からなくとも、特に悪いことが起きた訳でもない。寧ろ裕翔辺りに話でもしたらまた鉄拳が飛んでくるかもしれないが。

 

(触らぬ神に祟りなし。いや、この場合は口は災いの元か?言わない方がいいな。うん)

 

ほっかほかの肉うどんを箸で持ち上げて冷ましつつ、方針は決めた。

 

(大体、うちで着替えてたってだけであいつは反応......ん?)

 

気づいた_____気づいてしまった違和感は止められず、逆に俺の右手は動きを止める。

 

着替え直した上で、俺が貸した服は洗って返すと譲らなかった園子。彼女が洗面所に行くなと言った意味。背中に伝わった熱の差。

 

(......いや、いやいやいや。園子だぞ。sonokoだぞ。普段はぽけーっとしてるけどしっかりする時はしてる園子だぞ。そんなことするわけない静まれ俺それは個人的なただの妄想で幻想に過ぎないあれでもやっぱりあれはいや待ておかしいおかしいおかしいから__________)

 

 

 

 

 

考えれば考える程深みに嵌まり、意識が持っていかれる。気づいた頃には、目の前の肉うどんは冷えていた。

 

(...帰ろう。うん。全てを忘れて帰ろう)

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

「おはよう椿...って、なんだよその顔!?どうした!?」

「あぁいや...うん。何でもないんだ。うん」

 

学校に来た俺は、大きな隈が出来て目が死んでいながら笑顔だったとかなんとか。

 

(あいつ...どうしてくれるんだぁぁ...!!)

 

 

 

 

 

「おはよ~ゆーゆ」

「おはようー!あれ、園ちゃん寝不足?」

「え?」

「ホントだ。ちょっと目の下、隈出来てるわよ」

「ぁ、うん...ちょっとね~」

 

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 68話

この作品もついに250話を迎えました!折角なので何か記念っぽいことをしようかとも考えましたが、何も思いつかなかった。

今回はmegane/zeroさんからのリクエストです!ありがとうございます!

数話前に偽名出してたし、この話は必然だった...?


「では、今日も部活を始めます!」

『はーい』

 

樹の声に皆が返事をする。あの樹が成長して~というのはもう流石に心に留めるだけになってきた。

 

「休日ですが、今日は色々やらなきゃいけない依頼、明日の市民会館での劇の最終チェック等、しなければならないが多いので部室を開けて貰いました。既に重たい物を運ぶ依頼を椿さんと銀さんが行っている連絡が来ましたが、私達も負けずに頑張っていきましょう!」

『はーい!』

「樹の指揮も慣れてきたものだな」

「そうね。私が入部してきた時とはホントに変わったわ」

「......うっ、ぐすっ」

「風先輩、そろそろ泣くのは...」

「だっでぇ、だっでぇ...!」

 

あたしの次に樹の成長を見てきた椿がここにいないのが残念で仕方なかった。とはいえ、あいつがいても『風、そろそろいい加減なぁ』とか言いそうではあるけど。

 

「お姉ちゃん落ち着いて...それではこれから各依頼を割り振って」

 

樹の話を遮る様に鳴ったのは、他ならぬ樹のスマホだった。素早く確認した樹は不思議そうな顔をしながらポケットにしまう。

 

「樹ちゃん?」

「いえ、銀さんから依頼が終わった連絡が...」

「もう終わったのか!?タマげたなぁ...」

「はい。なので二人を入れ直してもう一度割り振りたいと思ったんですが...ちょっと気になる文があって」

「気になる文?」

「これなんですけどね」

 

すっと皆に見せてきたのは、今さっき受け取ってた銀からのメール。

 

『こっちの荷物運びの依頼、案外アタシ一人でもあっさり終わったから今から部室向かいまーす!あと、皆驚かないよう構えといてね』

 

「構えとくとは...一体なんなのでしょう?」

「椿が遅れたから簀巻きにされて怒られるとかかしら」

「ええっ!?椿先輩が!?」

「...確かに、文脈として三ノ輪さん一人でやったようだし、あり得るわね」

「ぐんちゃん、椿君がそんなことすると思う?」

「普段ならしないけど、彼だって完璧超人ではないもの...だから心配でもあるけれど」

「また何か厄介なことに巻き込まれてなければ良いですわねぇ」

「残念それは叶わない!!」

『!?』

 

勢いよく開いた扉の方を見れば、ドアを開けたポーズのまま固まった銀がいた。

 

「銀か。早かったな」

「でも、叶わないってどういう...」

「言葉通りの意味さ。椿はもう厄介なことになってる」

「それはまた...って、そちらの子は?」

 

よく見ると、銀は小さい子どもを背負っていた。多分五、六歳くらいだろうか。少しぼさっとした黒髪と、若干年に似合わない疲れた目が印象に残る。

 

あたし達の中で一番最初に反応したのは_____

 

「!?ちっちゃい椿が何で!?」

 

ちっちゃい方の銀が驚いたことで、ほとんど答えが出た。

 

「ちっちゃい椿って...」

「それじゃあ、その子は」

「小さいアタシせいかーい!ほら、挨拶して」

「子ども扱いはやめろと...はぁ。どうしてこんなことに」

 

すらすらと聞こえてきた声は普段より凄く高いものの、どことなくいつもの感じがして。

 

『椿(先輩)!?』

 

私達は大きな声をあげるばかりだった。

 

 

 

 

 

「いやー、まさかアタシの方がお姉ちゃんになるとはなぁ。懐かしぃ~」

「やめっ、銀ちゃん!頭撫でるなぁ!」

 

小さい方の銀に頭を撫でられてる椿は面白いものの、あまりそうも言ってられなかった。

 

「これ、また神樹?」

「そのようですね...今回は数日間みたいです」

 

巫女の意見を代表して言ってくれたひなたが、大雑把に伝えられた神託を口にする。集中しているのか、あまりこっちに説明してるような感じではない。

 

「何が目的なんだあの神樹は...って、ひなた?何その顔...」

「いえ、普段通りですよ...小さい椿さんが思ってた以上に可愛いとか、ちょっと意地悪したいとか全然」

「嘘だぁ!?てかカメラ構えるな!!写真撮るなぁ!?」

「これはSDカードが一杯になります!!」

「ひなタン詳しく」

「お前らぁ!!」

 

いつも通り叫ぶものの、舌足らずにも聞こえる声には全く覇気がなく、寧ろ可愛く思える。実際、暴走気味のひなたもより動きを激しくしていた。

 

「しかし、いいのか?このままで」

「神託では、何もせずとも数日後には治るみたいで...逆にその間は何をしても戻らないみたいです」

「みーちゃん達の言葉通りなら、打つ手なしってわけね。じゃあもう気にしなくていいんじゃない?」

「確かにね」

「あんた達も慣れたわねぇ...」

 

その通りとはいえ、落ち着いた対応に少し呆れてしまった。

 

「......」

「...樹?」

「!?どうしたのお姉ちゃん?」

「いや、ぼーっとしてたみたいだから。大丈夫?」

「う、うん。大丈夫だよ...とりあえず、椿さんに関しては気にしても仕方ないみたいなので、ほっときましょう」

「樹ぃ!?」

「皆さんも年下の椿を味わえるのは今しかありませんよ!!かかれぇ!!」

「銀ちゃんそんなこと言うのは...おい何だその構えは。やめろ。やめっ!!」

 

(別に、普段から椿は年齢的には下だし)

 

どうせ見るなら年を10くらいプラスした姿を見たかった________なんて少しだけ思いながら、あたしはもみくちゃにされ始めた椿を見ていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「全く、ホントに...」

「悪かったって。サプライズで見せようなんて言ってさ」

「反省は?」

「してない。あ」

「はぁ...」

 

わざと大きくため息をついた椿は、「まぁ、もういい」と言って歩きだした。向かっているのは町の中心部で、ゴミ拾いの依頼のためだ。

 

起きたらあの姿になっていたという椿は、多分椿の見た目に違和感を持たないようになっていたご両親から『こんな小さい子が持っちゃいけません』とスマホを没収されて、大赦にも話が通じそうな人と会う前に門前払いされてしまったらしい。

 

アタシは別に小さい頃から知ってる顔だったから、すぐに対応できた。アタシに気づいた椿の嬉しそうな笑顔はかなりグッと来たものがあったけど、今は置いておく。

 

「友奈とユウには高い高いされるし、芽吹とか若葉達には頭撫でられるし、ひなたにはそれを滅茶苦茶写真撮られるし、園子はもう小説書き出すし...どうせなら精神年齢も下がって喜べればよかった」

「それはそれでどうなの?」

「確かに...後々ベッドの上でもがいてそう......」

 

どこかの有名な名探偵みたいに見た目だけが子供になってしまったことは椿としては複雑のようで、アタシとしてはちょっと残念だった。いくら声が高くなって一々動作に可愛さが出てきたとはいえ、思い出の言動とのギャップが激しくて微妙な気持ちになる。

 

(どうせなら、中身の子供になった年下椿に思いっきり甘えられたかったな...)

 

「でも椿さん、可愛いですよ」

「やめろ樹。撫でるなぁ...」

「あぁ......!!」

 

とはいえ、それはこの姿の頃の椿を知っているアタシだけの悩みらしく、現に隣を歩く樹ちゃんはなかなか怪しい笑みを浮かべていた。普段なら椿も気づきそうだけど、まだ視野や高さに慣れてないからか、気づいた様子はない。

 

(ずっと椿はお兄ちゃんっぽく、樹ちゃんを妹みたいに接してたもんなー...)

 

椿と樹ちゃんが初めて会った時からアタシは椿と一緒だったわけで、最初の頃お互いがどういう話をしてたか、どういう風に仲良くなったかは全部知っている。だからこそ感じるところはあった。

 

「まぁまぁ。たまには年下気分を味わっときなよ。勇者部には同学年までしかいないんだからさ」

「それでもこの扱いはなぁ...分かった。大人しくしてるからそんな顔しないでくれ。樹」

「言いましたね?二言はありませんよね?」

「その発言で撤回したくなったけど、どうせやられること変わらないだろうしなぁ...この体じゃ逃げることも出来ないし」

 

普段なら戦衣を着てダッシュで逃げるなんてこともしたりする椿も、今回はダメらしい。そもそも今向かっているメンバーも、椿が突然迷子になったりしないよう素の身体能力が高いアタシと、部長として話が通しやすい樹ちゃんという椿のことを考えての構成だ。

 

「そう言えば、今の椿も勇者システムは使えるの?」

「さっき確認はしたが、使えばするけど戦えないって感じかな」

「戦えない?」

「展開そのものは出来るが、服のサイズが合わない。自動で調節してくれる機能が戦衣には搭載してないのか、それとも勇者システム共通なのか...その辺は謎だが、今の俺は戦力にならないさ」

「そっか...じゃあ尚更守ってやらないとな!!」

「おっ、うわっ!?」

 

アタシは椿を抱えておんぶの形へ持っていく。

 

「椿は離すとすぐどっか行っちゃいそうだしな」

「別に行かないわ!精神年齢は下がってないんだっての!」

「ほらほら、ゴーゴー!」

「ちょ!揺れる揺れる!!荒い走りするな!!」

「ふふっ...」

 

小走りで行くアタシ達に、樹ちゃんは笑いながらついてきた。

 

 

 

 

 

「...しっかしまぁ」

 

自分の身長の半分くらいあるトングを使ってゴミを拾いながら、椿が呟く。

 

「背丈が変わるとやっぱり変な感覚になるな」

「普通はそんなことないから」

「分かってるよ。誰が一日でこんな身長になるんだって話だよ...だが、やっぱり慣れないわ」

「ちょっとの辛抱ですし、私達も支えますから。椿さん」

「ありがと、樹...ただ、頭撫でるのはやめてくれ」

「えー?嫌ですよ」

「く、くすぐったいから...」

 

(...ヤバい。可愛いかも)

 

嫌々と動く椿は本来の年じゃ再現出来ないもので、思わずゴミを拾うため動かしている手を止めて見てしまった。

 

「銀助けて...」

「......」

「銀!銀さーん!」

「ぁ、う...」

 

声的に本当に困ってそうだから、普段ならなんだかんだ言って助けるアタシも、その声に寧ろ限界が来る。

 

「無理。アタシもするー!!」

「え!?銀!?」

「うりうりうり~!!」

「あぁぁぁぁ!?お、おいっ、やめろって言って」

「これ最高だね!?」

「銀さんもそう思いますよね!?私もそう思うんですよ!!」

「やめろぉぉぉぉっ!!!!」

 

椿の静止なんて聞かずに、アタシ達は依頼人さんに声をかけられるまで撫で回し続けていた。

 

 

 

 

 

(いや、これは良かった)

 

あれからアタシと樹ちゃんはこってり怒られ、二人して反省の意を示した。とはいえ、後悔とか反省とかは何もしていない。

 

寧ろ明日以降、椿の警戒心は今日と比べて格段に上がるのは目に見えているから、今日十二分に楽しめただけ得だった。

 

(皆には悪いけど、楽しめたなぁ...)

 

昔に比べたら一緒にいれる時間は確実に少なくなってるから、昔の椿の姿と長い時間触れ合えたのは凄く嬉しく思う。

 

「ふふ、ふふふ...」

「樹ちゃん、笑いが漏れてる」

「はっ!すみません...でも、背中で寝てる椿さんって状況が不思議過ぎて」

 

椿は今、怒って疲れたからなのか、依頼人さんと話している間にベンチで寝ちゃってたから樹ちゃんに背負われて家まで送られていた。

 

「や...やめろ......」

「夢の中でも頭撫で回されてるのかな?」

「ですかね...可愛い。次はお姉ちゃんものの音声を録ってもいいかも...」

 

虚ろな目をした樹ちゃんが危ない扉を開きかけてるのからは目を反らして、椿の顔を見た。

 

夢は疲れそうなものを見てるだろうに、寝顔は完全に安心しきっていてちょっと笑ってしまう。

 

「昔はこんな顔してたんだなー。今じゃ変わっちゃって」

「そうですか?確かに普段大人っぽいですけど、寝てる時の顔は似てるような...」

「似てはいるけどさ。やっぱり可愛い感じが残ってるというか...うり」

「うにゅ...」

「おおっ」

 

頬っぺたをつつくと、柔らかさがダイレクトに伝わってきた。逆にアタシが驚いてしまう。

 

(でも、こうしてやってると...成長したんだなぁ。アタシ達)

 

この頃の椿と今の椿を比べると、凄く逞しくなった。勿論身体的にも言えるけど、精神的にとっても大きく。

 

(今は、頼れる男の子なのにさ...)

 

「...銀さん、私にも頬っぺたやらせてください」

「樹ちゃん...秘密で?」

「秘密で」

「悪い子だなぁ」

「昔の時代劇で見た、お主も悪よのぉ。ってやつです」

「よしよし...お主も悪よのぉ」

「いえいえ、私等まだまだです」

「「ぷっ、あはは!」」

 

悪い笑いを出しながら、アタシ達は椿を家に送り届けるまで色々いたずらをし続ける。

 

(小さくなっても、椿と一緒だと楽しいな)

 

心から漏れでた本心を込めながら。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...なぁ、これでいいのか?」

「この方が周りが気にならないでしょ」

「それはそうだが...」

「私は気にならないわ。重くもないし」

「......はい」

 

千景さんが早口で言って、ゲームのコントローラーを椿さんに渡した。椿さんは両手で持っていたみかんジュースの紙パックからコントローラーに持ち変える。

 

『本当にいいの?』

『俺はここ数日で学んだんだ。親の反応は違和感凄いし何処にいても弄られるし逃げられないから、ゲームに没頭して周りを気にしないことにするしかないってな。ていうか協力してください』

 

事の発端は、二人が始めたそんなやりとりだった。数日間小さくなった体で構われてきた椿さんは、千景さんにすがりついた。その様子はお姉さんにおねだりする感じでとても良かったけど__________

 

(カメラさえ...カメラさえあればっ!!!)

 

昨日度が過ぎた写真を撮りすぎたせいでカメラを没収された私は、その光景と、今現在千景さんの膝に座ってゲームを始める椿さんを目に焼きつけることしか出来なかった。

 

「じゃあやるわよ」

「...あの」

「何?」

「いや、コントローラーそう持たれると俺完全に捕まってる」

「他に構えやすい所ないでしょ」

「うっ...」

「別に他の人みたいにやらないから安心して...自我を抑えてはいるけど」

「今なんて?」

「さ、やるわよ」

「なぁ。今なんて??」

 

膝上に椿さんを抱えながら座って、コントローラーを握る形で椿さんを抱きしめる形になった千景さんに、正直変わってほしさはある。

 

(でも、今行ったら...昨日のデータも全部消されてしまう...ッ!!)

 

まさに鬼の所業。とはいえ非は私にあるため、何も出来なかった。

 

「おし」

「ちょっと腕落ちてない?」

「手が小さいからボタンが微妙に届かないことがあるんだよ。許してくれ。寧ろお前の方が操作怪しくないか?」

「気のせいよ...気のせいよ」

「二回も言うか」

「今のは良かったわね」

「おい頭撫でないでくれ」

「いいじゃない。位置的にやりやすいのよ」

「うー...」

 

表情の制御が難しいのか単に恥ずかしい顔を見られたくないのか、手で顔を隠す椿さんと、逆に表情を固めて頭を撫でる千景さん。

 

「ぐんちゃん!私もやりたい!!いいかな?」

「いいわよ」

「す、凄いね...高嶋ちゃん、あそこに入ってくなんて」

「そうですね...結城さん。スマホ貸して頂けませんか?」

「ごめんねヒナちゃん...私も壊されたくないから......」

「そうですよね...まぁ、あのお二人よりは許されてますから、よかったんでしょうけど」

 

そう言って、ふと廊下の方を見る。部室の中から見えたのは揺れ動く三つ編みだけだったものの、銀さんと樹さんが正座している筈だ。

 

「椿さんごめんなさい...」

「もう、無理...足が......」

 

温情なのかクッションは敷かれているものの、正座でかれこれ一時間もさせられていれば足が痺れてくる筈。

 

(一体、何をしたんでしょうか...)

 

真相を探ろうともう一度椿さんの方を見ても、何も分からないまま。

 

(......深く追求するのはやめときましょう)

 

だから私も気にしないことにした。

 

「椿ー!!!」

「あ、千景。そこレアアイテム」

「あら、ありがとう」

 

後日、銀さんが元に戻った椿さんに突っ込んだ事件もあったが、これも半分自業自得な所があったので気にしなかった。

 

 

 

 

 

「ところで銀さん」

「なにひなた?ちょっと本気で足が痺れてるんだけど...」

「交換しませんか?私が昨日撮ったものと、貴女が持ってる昔の、本来の年齢の椿さんの写真」

「...お主も悪よのぉ」

「お代官様程ではありません♪」

 

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 69話

約一月更新できず申し訳ないです。なんとかゆゆゆ六周年に間に合わせました。またちょいちょい投稿出来たら良いなと思います。


新たにこの世界を訪れたメンバーや、拠点が讃州中学、讃州高校とは離れた位置にあった防人組は、同じ寮(宿舎と言った方が適切かもしれない)で過ごしている。

 

部屋はそれぞれの家具なんかで特色が出るものの、外から呼び出すインターホンの音は当然同じものだ。

 

(なんというか、聞き慣れた感が凄い...)

『はい』

「お待たせ」

『今開けますね』

「ん」

 

数秒で開いた扉からは、ラフな格好をした芽吹がひょっこり顔を出してきた。

 

「いらっしゃいませ」

「おじゃまします」

「はい。どうぞ」

 

別段驚かれることもなく、緊張するわけでもなく。極々普通のやり取りで部屋に入った俺は、冷蔵庫へ直行する。

 

「とりあえず買ってきた物冷やしとくな」

「すみません。わざわざ買いに行って頂いて」

「来る途中で寄っただけだから。気にしすぎだよ」

「...ありがとうございます」

「いいえー。じゃあ入れ終わったし、早速取りかかるか」

「もう準備はしてあります」

「ありがと。よし、やるか!」

 

冷蔵庫を閉めて振り返れば、薄桃色のクッションに座る芽吹と、大きな箱_______スケールが大きめのプラモデルがいた。

 

 

 

 

 

『展示品の作成依頼?』

その日の夕方、依頼を終わらせて帰る直前、部室のパソコンに通知が入ってきた。内容としては、数日後に飾る予定のプラモデルを組み立てて欲しいというもの。

 

『はい』

『珍しいな。こんな女子ばかりの部活に男子がメインの趣味に関する依頼なんて』

『それが、この前芽吹さんが出展したプラモデル展示会の関係者さんかららしくて』

『芽吹、いつの間に出てたんだ...』

『たまたま募集要項と被ってたので、出してみただけですよ』

 

しれっと言う芽吹だが、それだけで依頼が来るまでになるのが既に普通じゃないわけで、俺は二重の意味で驚いた。

 

『何作ったんだよ?』

『ええっと...これです』

『......えぇ...?』

 

見せてもらった写真だけでもクオリティが高いと分かる作品。東郷や雪花が見たらきっと早口で話し出すであろう小型の城がそこにあった。

 

『これって前に箱だけ見せてくれたキットだよな?この辺とか塗装したのか?』

『まぁ、はい』

『タマにはイマイチ凄さが分からんのだが、そんなに凄いのか?』

『米粒に筆で色を塗ってると考えてみ?』

『スゲー!!!』

 

球子と騒ぎながら見てると、芽吹は照れたように頬をかく。

 

『ありがとうございます...それで、どういう依頼内容なのかしら?樹ちゃん』

『えっと、多分見て貰った方が早いと...』

『......内容自体に問題はないけど、時間が苦しいわね。流石に間に合わないかも...』

『時間なんて指定されてるのか?』

 

(新作を店に届いた日から発売日までに作って展示サンプルとして作る。か...なかなか厳しいな)

 

届いたメールを見て率直な感想は難しいだった。確かにお店側としては綺麗なサンプルを発売日に合わせて展示したい気持ちは分かるが、そもそも発売する商品がお店に届くのなんて、高々三日くらい前だろう。

 

『うーん...お店に届くのがいつなのかなんて詳しくは分からないけど、時間厳しくないか?短いと一日か二日だろ?現に発売はあと一週間後だし...』

 

なんならお金が発生しかねない依頼なのではと思ってしまうも、俺は言葉にせず芽吹を見た。依頼されたのも、この依頼をどうするか判断するのも俺ではないのだから。

 

『......なかなかできる体験でもないですし、私は受けようと思います』

『いいんだな?』

『はい...ただ、流石に一人では時間的に厳しい可能性もあるので、手伝って頂けますか?』

『...俺が?』

『えぇ』

『俺でいいのか?』

『椿さんなら』

『......分かった、その辺りは予定あけとくよ』

 

 

 

 

 

こうして約束し、その通りに手伝いに来たわけだが、役割が決まってからはお互い一言も話さなかった。元からそう時間のある依頼でもないし、お喋りしながら作業するのが好きなタイプでもない。依頼主さんのご厚意で普段使えない機材もかなりの量を運び込んである。

 

俺がひたすらパーツをランナーからなるべく綺麗に切り離し、芽吹がヤスリがけ等の細かい加工をしていく。それを終えて軽く組み立ててから、パーツごとにばらして下地を塗ってから塗装。吹きかけ具合でムラが出ないよう俺が調色に専念し、芽吹がそれで吹きかけ__________

 

(いや、ガチだなこれ)

 

説明書の例を参考にしながら塗料を混ぜ合わせる俺は、ちらりと作業中の芽吹を見た。その目は真剣そのもので、バーテックスとの戦いでもそんなに見れるものじゃない。手の動きが丁寧かつ迅速なのは、大工だというお父さんの姿を見てきたからなのか、血筋なのか。

 

「...ふぅ」

「次の調色終わってるが、一度休憩するか?流石に」

「いえ、乾燥の時間も考えてこのまま行きます」

「...分かった」

 

ならばと渡した塗料を芽吹は一目見て使っていく。

 

『おい芽吹』

『?』

『いや、いいのかよいきなり。もうちょっと暗めの方がいいとかあれば』

『椿さんの作ったものにあれこれ言うことはありませんよ』

 

最初も迷わず使いだしたため聞いたが、返ってきた返事に俺は『そ、そうか...』なんてどもったことしか言えなかった。

 

(思い出したらちょっと恥ずかしくなってきた...っし!集中!!)

 

芽吹が一生懸命やるのなら、俺だっていくらでも付き合う。今日はその為にここにいるんだから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「これで、終わりですね...!!」

「はぁーっ...長かったっ!!」

 

私の仕上げを待って胡座を組んでいた椿さんが、背中からごろんと倒れて床に寝転がった。私も今作り上げたプラモデルにかからないよう上を向いて大きく息をつく。

 

「あとは乾燥させて、明日朝一で持っていけばいいでしょう」

 

結局二日かけて作り上げたロボットのプラモデルは、かなりの自信作になった。塗り残しや変な箇所もない、元の色に徹底させたカラーリング。贔屓目を差し引いても、これまで見てきた店頭に飾ってあるサンプルと比較して遜色ない出来だろう。

 

「じゃあ、明日バイクで迎えに来るよ」

「そこまでして貰うのは」

「何言ってるんだ。俺にも飾る瞬間見せてくれよ?」

「...そうですね。ではお願いします」

「了解。にしても、ホントに間に合ってよかった...」

 

ずっと下を向いて作業してたからか、椿さんが肩を回すと骨が鳴る。本人は思ったより痛かったみたいで、その後何度も回していた。

 

「じゃあ、こんな時間だし夕飯にするか」

「こんな...って、もう八時なんですか!?」

「しょうがないだろ。お前六時くらいから一切休まず周りも見ないで作業してたんだから...前もこんなことあったような」

「す、すみません......」

「あぁ悪い。別に責めてるつもりはないんだ。第一、分かってれば対策もする」

「対策?」

 

疑問を口にした所で、電子音が鳴り響いた。

 

「お、出来たっぽいな」

「それは...」

「レンジでチン出来る即席グラタン。今日もしかしたらと思って持ってきてたんだが、正解だったみたいだな。俺も料理する時間はなかったし...かといって遅い時間に食べるのもあれだしな」

「あ、ありがとうございます」

「気にするな。この辺外の店は早く閉まるか混んでる時間だし...あちち」

 

熱そうにしながらも持ってきて貰ったグラタンをテーブルに並べ、場所の分からない椿さんの代わりにスプーンとフォークを持っていく。

 

「どちらを使いますか?」

「んじゃスプーン」

 

そうして食べ始めたグラタンはやっぱり冷凍食品の味がするものの、集中力が切れて疲れた私にはとても美味しく感じた。

 

「美味しい...」

「使ってる技術としてはこっちの方が凄そうだよな...」

 

あっという間に食べ終えた私達は、二人で作ったプラモデルを眺める。

 

「やっぱり、凄い作り込みだな...色ムラ全くないし、ただ組み立てるだけでこの出来なら倍の値段でも買うぞ俺」

「私としてはそれは微妙なところですね...確かに嬉しいですが、自分で作り込みたい気持ちもありますし」

「違いない...んーっ、じゃあ早いとこ帰るか。夜遅くまで女の子の部屋にいるもんじゃないし」

「ま、待ってください!」

 

咄嗟に手を伸ばし、椿さんの服の袖を掴む。

 

(...って、私)

 

「?」

「い、いえ...折角なのでテレビでも見て待って貰えませんか?ちょっと、やりたいことがあって...」

「いいけど...やりたいこと?」

「すぐに分かります」

 

勢いそのままに言ったものの、その言葉に嘘はなかった。

 

(丁度良い機会だし...狙えるわね。出してみましょうか)

 

キッチンに戻った私は、棚からティーカップとポットを、引き出しから幾つかの缶を取り出して並べる。

 

(分量はこれくらいにして...)

 

椿さんは何も言わず、片肘をテーブルに乗せながらテレビのチャンネルを変えていた。全てのチャンネルを確認し終えたのか、ニュース番組で明日の天気を見つめている。

 

大勢でいる時は年長組としてなのか、ツッコミ役が少ないからなのか、どうしても真面目な空気を醸し出す椿さんばかり見るため、こうしてふと見れるのが珍しく感じる。

 

(元々そう接点があったわけじゃないし)

 

元々は、戦衣での戦闘データを貰い、彼がピンチになった時には私達の装備を一部譲っただけ。天の神の騒動が終わってからは一緒に土地の調査をしていたくらい。

 

それが今では、夜まで一緒に作業するようになった。それも、そのことに違和感を感じないレベルまで。

 

「へー、あそこの遊園地新しくなったのか。今度調べとくか...」

「お待たせしました」

「いや、全然待ってない...それは紅茶か?」

「そこまで間違ってませんが、ハーブティーですよ」

 

様々な種類のハーブを使った、密かに始めた新たな趣味_________趣味と言えるほど凝ったものでもないけれど________は、他人に見せるのは初めてになる。

 

「自分で色々選んで作るのが面白くて。結構香りも違うんです」

「紅茶を飲む機会はあるが、ハーブティーはなかなかないな。どんな味だったっけ...」

「ちゃんと椿さんが好きそうな柑橘系をメインにしていますから」

「マジか、嬉しい...けど意外かも」

「珍しいのは自覚しています」

「いや、こういうのは弥勒がしそうだなって」

「弥勒さんは紅茶派ですし、パックの奴が好きですよ」

「それはなんとも庶民的な...いやまぁ滅茶苦茶高級なのを部室に置かれたりしてても困るけどな」

 

(多分、園子や東郷は凄いのを持ってきてそうだけど...)

 

椿さんが見落としていそうな点に関しては何も言わず、少し待ってからカップへ注いでいく。薄いオレンジ色の液体が流れ出て、カップを満たしていく様子を食い入るように見ているのが少し面白かった。

 

「ちょっと独特な匂いがするな」

「味も賛否あるかもしれないので、気に入らなければすみません」

「いや、芽吹が淹れてくれたものなら大丈夫だろ。頂きます」

 

「ふー、ふー」と息で冷まし、口へ運んでいく。

 

「どうですか?」

「うーん...言いにくいな。美味しいんだけど、やっぱ独特。でも長い時間つけすぎて渋いなんて思わないし、お湯の感じがする程薄いわけじゃないし。その辺芽吹の淹れ方が上手いんだろ?」

「確かに淹れ方や時間で変わりますが、まだまだだと思います」

「じゃあこれ以上美味しくなる可能性大か。楽しみだな」

「ッ...それならよかったです」

 

暗に『また飲みたい』と言われたようで、ちょっとだけ狼狽えた脳を正気に戻した私は、自分でもハーブティーを口にする。

 

(昨日淹れた方が美味しかったかもしれないわね)

 

単に味の好みなのか、分量や淹れ方を間違えたのか分からないけど__________

 

(...緊張でミスをした、ってことはないわよね?)

 

拭いきれない想いを隠したまま、椿さんとゆったり話を続けた。

 

 

 

 

 

「すー、すー...」

 

(結果的には、成功かしら)

 

計画なんて全くなかったが、目の前で眠る椿さんを見て短く息を吐き出す。

 

私が紅茶ではなくハーブティーを始めたのは、自分で色々な組み合わせを選べることが多いことの他に、他の人が紅茶を淹れることがあることと、リラックス効果が期待出来るからだった。

 

部室の掃除を含めて色んな場所を綺麗にするため一生懸命動く亜耶ちゃんに、部長として大勢の部員を纏める樹ちゃんに、どことなくため息をつきがちな雪花に。皆が休めればいいなと思いながら人前に出せるようやっていた。

 

そしてこの二日間。いや、この依頼を受けてから。私は椿さんの努力を知っている。

 

そもそも私が個人的に受けていながら、手伝いを頼めばその場で受けてくれた。それからは模型雑誌を部室で読んで付箋を貼っていた。

 

『パーツの切り出しは俺やるよ』

『芽吹は色塗りに集中しててくれ。色は俺が用意しとく』

 

メインを私に任せ、サポートするための箇所ばかりを。

 

「...やっぱり」

 

持ってきていたバッグから出した模型誌は、私の想像を確信に変えるもので。

 

(真剣過ぎますよ...)

 

この二日も一生懸命手伝ってくれた。だからこそ私は無条件で椿さんの物を受けいれられたのだ。

 

そして、その分疲れていたのも分かっていたし。

 

『スゲー体温まるな。というか胃の辺りが熱い...』

『体が疲れてるんですよ』

『そうなのか?』

『えぇ。目もとろんとし始めましたよ。そんな状態で運転して行ったら危ないですから、少し休んでいってください』

『でも、もう夜だし...』

『だからって私の目が黒いうちはダメです』

『わ、分かった。休ませてもらうからそんな寄るなって...じゃあちょっと』

『そんな体勢で寝させません。さ、ベッドに』

『いやベッドはさ、芽吹?芽吹さん?』

 

机にうつ伏せで寝ようとしていた椿さんが躊躇うのを無視して私のベッドに連れていけば、眠気に耐えられなかったのかすぐに寝はじめてしまった。

 

「...まぁ、あれですから」

 

この人はどれだけ言っても自分ばかり見ることはない。なら、その分皆が見ていればいいから。

 

「この世界なら、私も近いですから」

 

同じ勇者部として。

 

「......さて」

 

寝顔を見終えた私は、書き置き等のやることをやってから部屋を出る。

 

「あ、芽吹先輩。いらっしゃいませ」

「ごめんね亜耶ちゃん。突然泊めてなんて言って」

「いえ。全然大丈夫ですよ。どうぞ入ってください。今夜は冷え込むらしいですから」

「...ありがとう。お邪魔します」

 

 

 

 

 

翌日。いつの間にか自宅に戻り、朝になってまた寮に来た椿さんと一緒に届けたプラモデルは、無事店頭で飾られることになった。

 

「あぁ。依頼終わったんで一応報告だけ。うん。でもわざわざ電話しなくてもよかったんだぞ?...まぁ分からんがまぁいいや。じゃ、また明日な......報告終わったよ」

「よかったです...あ、椿さん」

「ん?」

「昨日私の部屋で寝たことは誰にも言わないでください」

「...了解。そりゃ一人暮らしの女子の部屋で男子が寝たなんて話嫌だよな。部屋に俺しかいなかったとはいえ...誰でも疲れてたら泊める奴なんて噂になったらホントに一大事だし」

 

(いえ。他の勇者部メンバーが怖いからです)

 

バレたら説明して誤解が解けるまで、椿さんは簀巻きにされて尋問、私も捕らえられるだろう。いっそ証拠として出せるよう椿さんが一人で寝てる姿を動画で録り続ければよかったかもしれない。

 

「芽吹くらい可愛かったら凄い数寄ってきそうだしな」

「...はぁ」

 

どこか勘違いしたままの椿さんに、私はポツリと呟いた。

 

「私だって、普通は泊めたりしませんよ。男の人」

「だよな」

「......はぁぁ」

「何故更にため息」

「何でもありません。さ、行きましょう?美味しいみかんジュース屋さん、教えてくれるんでしょう?」

「あ、ちょっ、そっちの道反対!」

 

 

 



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誕生日記念短編 同じ時を共に

本来書くつもりはなかったんですが、いつも衝動的に動かすのは彼女。気合いと根性で間に合わせた誕生日記念短編です。

ifになりますが、時空はどこでも大丈夫です。なんなら西暦2020でもいい。二人がいる時代ということで。

それでは。


11月10日。この日が何を意味するのかというのは、物心ついた頃から知っていた。

 

(朝は寒いな...やっぱり)

 

巻いていたマフラーをずらして上げる。顎下までぴったりくっつければ風も通しにくく、より暖かく感じた。

 

「はーっ...」

 

息を吐けば、白い煙が口から上がる。ただそれは寒さを自覚するだけの無駄な行為。

 

(分かってても、やっちゃうよな...子供っぽいか)

 

理想の大人っぽい姿を目指すなら、あいつにかっこよく見せるなら、そろそろやめなければ。そんなことを思いながら、俺は足を止めた。

 

「よし。じゃあ行くぞ」

「ありがと...あと、頼む。父さん」

 

車の窓から声をかけてきた父に、俺は頭を下げた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ねぇーちゃん!!」

「ねぇさん!!」

『お誕生日おめでとう!!!』

 

弟二人の音頭を合図にクラッカーがパンパン鳴って!ちょっとした煙と火薬の匂いが目と鼻にきた。

 

でも、そんなの全く気にならない。

 

「皆...ありがとっ!!!!」

 

11月10日。学校なんかじゃ話題は明日に備えてどの味のポッ○ーにするかなんて話がメインだったけど、アタシには別の意味があった。

 

そう。自分自身の誕生日である。いや別に皆からも誕生日祝って貰ったし、プレゼントとかも貰ったけど。

 

「ほら、持ってきたわよ~」

 

弟二人と話してる間に、お母さんがケーキをテーブルに並べる。毎年ショートケーキが多いけど、今年はチーズケーキだ。

 

『ショートケーキのショートは、本来サクサクしたって意味なんだと。今俺達が食べてるのは日本に来てから広まったらしいぞ』

 

この前そんなことを言っていたあいつのことを思い出しながら、アタシは席につく。我が家では誕生日の人が一番始めに切り分けられたケーキの選択権を得れるのだ。

 

「じゃあアタシこれ」

 

迷わず比較的大きめに切られたのを手前に持ってきて__________

 

(あ、そっか。今日五等分だから大きく見えるんだ)

 

当たり前の事実に、ちょっと驚いた。

 

 

 

 

 

アタシと椿は、お互い誕生日になると隣の家に転がり込み、一緒に祝うようになった。何時からかは知らない。両親に聞いたこともないから、勝手に三歳くらいからだと思ってる。

 

でも、もうそれも十年以上前。今年は節目とも言える15で、来年は高校受験して高校生になってるだろう年齢に。

 

『たまには家族だけでやってみたらどうだ?』

 

ただ、そんな日に椿はいなかった。

 

その言葉に戸惑った自分がいたことに気づいたのは、椿と別れてからだ。

 

(椿がいなかったら皆集まってないじゃん)

 

落ち着いて考えたら、椿が家族として隣にいることが当たり前で、何を言っているんだと思ってしまった自分がいたことに頬を赤くした。あいつが帰ってからで本当によかったと思う。

 

とはいえ。それに気づいてからのアタシはちょっとぎこちなかった。

 

勿論皆からお祝いされるのは嬉しいし、何なら椿のお母さんからもプレゼントを貰った。お菓子セットに隠して『これで親御さんにバレずに好きなの買ってね』というメモとお金が入っていたのにはびっくりしたけど。

 

でも、やっぱり気まずかった。なんというのだろう。良いんだが最高ではないというか。

 

「はぁ...こんなにヤキモキしてるの、アタシだけなんだろうなぁ」

 

部屋の中で独り言を言っても、何も変わらない。

 

(もしかして、飽きちゃったのかなー...なんてね)

 

アタシの誕生日を祝うのが嫌になったわけではないと思う。でも、用事があって来れないならそう言う筈だし、自惚れ覚悟で言うなら大抵の予定はどけてくれる。

 

つまり、アタシは椿に疑いの目を向けていた。

 

「あー、嫌になるなぁ...」

 

こんなことを考えてしまう自分が恥ずかしい一方で、実は椿に彼女でも出来てたりするのかもしれない。なんて想像が膨らむ。

 

(いやいや、それは...ないと、思うけど)

 

最近急に仲良くなった女の子はいなかったと思うけど、学校も違うし、アタシが知らないだけかも__________

 

(...やめよう。無限ループだこれ)

 

本人がいないとこで考えてても、正解なんて出ない。分かりきってた結論を出したアタシは、もう一度ため息をついた。

 

「はぁ...」

 

見上げるように窓の外を見れば、すぐに見える隣の家。その一室は夜になった今も暗い。

 

「どこ行ってるのやら......」

 

家は隣同士だけど、よくマンガとかで見る『ベランダづたいに隣の家へ乗り込む』なんてことは出来ない。アタシの家は一階建てで、椿の家は二階建てなのだ。椿の部屋も十年以上変わらず二階の壁際にある。

 

(...ないない)

 

一瞬思った考えを捨てるため首を振る。

 

あそこから飛び降りて来たら白馬の王子様っぽくてかっこいいだろうな。なんて__________

 

 

 

 

 

いつまで、そうしてたんだろう。ふと見た時計は、もう日付が変わろうとしていた。確か部屋に戻ったのが十時過ぎくらいだった筈。

 

「...メールくらい送れ。バカ」

 

多分、初めて祝って貰えなかった日。明日からかえるネタが出来たと思えるのは少しだけで、マイナスな思いが強かった。寂しさと、苦しさと、切なさ。心が締め付けられるられるようなキューっとした感覚。

 

「いいんだいいんだ。明日は帰ってから喉元まで棒突きつけてやるんだから」

 

去年は結局アタシが恥ずかしくなって失敗に終わったから、今年こそやってやろう。普段のあいつみたいにプランを立てるのはこれからやっても十分間に合うし_____

 

 

 

 

 

 

「何がいいんだよ?」

 

やけにハッキリ聞こえた声は、さも当然のように扉からやって来た。

 

「......なんでいんの?」

「何でって、目的は一つに決まってるだろうが。後30秒。ホントにギリギリだったぜ...」

 

普段なら『乙女の部屋に断りもなく入るなんてー』とか一悶着やるのに、呆けたアタシは何も言えず。代わりに椿が距離をつめて。

 

「誕生日、おめでとう。銀」

 

アタシが一番欲しかった言葉をくれた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(どうしよう...)

 

銀が動き出したのは、日付が変わってからだった。短かった距離を更に詰められ、結構キツめに抱きしめられる。

 

「ちょ、な、なんだよ。もしかして祝われないかもなんて思ったか?寂しかったんか~?うりうり」

 

目の前の暖かさと柔らかさを極力意識しないようにしながら、肩に乗せられて見えない彼女の頬っぺた辺りをつつく。

 

だが、彼女は動かない。

 

「......」

「...えーっと」

「バカ」

「え」

「アホ。マヌケ。鈍感、朴念仁」

「何で罵倒されてんの俺」

「白馬の王...」

「待ってマジで何それ。俺馬になるの?」

 

よく分からない罵倒から、語彙のストックが切れたのか『バカ』を連呼されて、しばらく。やっと体を離した銀は、そっぽを向いてこう言った。

 

「でも、ありがと」

 

ならば俺は、当然返事を言う。

 

「どういたしまして」

「......ふーっ。スッキリした!!それじゃあお前、なんでこんな時間まで来なかったんだよー!!」

「いや、それは悪かったって。俺としても焦った」

 

銀の部屋を訪れるためは当然御両親に声をかけて家に通してもらわなきゃならなかったが、申し訳なかった。

 

実際は歓迎されてホントに行くのが日付変更ギリギリになったが。弟二人が寝てなければアウトだったかもしれない。

 

「まぁでも、そのぶん手に入ったし」

「え?」

「...ほら、離れた離れた」

 

そこそこ距離を離してから一度部屋を出る。すぐ隣に置いといた白い紙袋はライトの光を反射していた。

 

(怒られるかもと思って置いといて正解だったな)

 

「椿?」

「...銀、改めて誕生日おめでとう。ホントはメールいれようかと思ったんだけど、間に合うなら直接口で言いたくて。それと、これ」

 

渡すのは紙袋から出した、これまた白い箱。中身は__________

 

「誕生日プレゼント」

「えっ、これ...」

 

見せるように開けた中には、シンプルながらも可愛らしいパール色基調な時計。

 

「受験で時間見るのに正確なのが欲しいって言ってただろ?電波時計でソーラー式電池付きだ」

 

『うちの高校目指す?』

『うん。ほら近いし...それに、小中と違う学校だったけど、高校くらい、同じ学校行きたいじゃん』

 

そう。銀が俺と同じ高校に行くため、勉強を遅くまで頑張ってるのを知っていた。隣の家から部屋の明かりが丸分かりなんだから。だから、それを応援したかった。

 

「まぁ、お陰で時間はかかったが...」

 

普段見ないから着けないという彼女からさりげなく好みを聞き出し、ネットを漁る。

 

見つけたは良いもののそれが香川から遠く離れた徳島の端の店、配達は間に合わないというので、父さんの出勤前に車で移動し、電車に揺られ、父さんの帰りに合わせて電車で戻ってきた。

 

(帰るのが予想より遅れるから焦ったけど...って)

 

思い出してた間も一切動かない銀を見て、不安になる。

 

「......もしかして、気に入らなかったか?」

「!!そんなわけない!!凄く良いっ!!で、でも...絶対高かったんじゃ」

「ぁー...」

「それに、こんな時間まで」

「...確かに安くはなかったな」

 

後半は勘違いしてそうだが、確かに資金は高校から出来るようになった短期バイトをバレないようにして稼いだものだ。値段も時間もある程度察しがついてるだろうし、否定はしない。でも__________

 

「でも、これを手に入れるためなら...いや、お前の喜んでる顔を見るためなら、このくらい何てことないさ」

「!」

 

(...すっげぇ恥ずかしいこと言ったかも)

 

「ご、ごめん銀。今のは忘れてくれ」

「...忘れられるわけ、ないでしょ」

「いや頼むわっ!?」

 

胸元にぶつかってきた衝撃で時計を落とさないよう必死に体勢を保つ。その間に銀は腕を回してきて、完全に捕まった。

 

「...」

「...」

「......から」

「へ?」

「やっぱりあげないって言われても貰うから!返さないから!!」

「...へっ」

 

丁度良い位置よりちょっと高い頭を撫でて、涙目の銀に対し。

 

「誕生日おめでとう。銀」

 

三回目になるお祝いの言葉を口にした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『今年の香川は桜の開花が遅れたため、今日が特に見ごたえのある日になりました』

 

「ヤバい遅れる遅れる!!!」

 

テレビの声を右から左に流しつつ、パンを齧り着替える。

 

「姉さん何そんな慌ててるの?昨日の話だとまだ時間あるんじゃ」

「んぐっ。玄関前で待ち合わせなの!!!あぁこれ前より着にくい!!」

「はぁ...兄さんなら全然待ってくれそうだけど」

「行ってきます!!!」

 

(良し!!時間ピッタリ!!)

時計の秒針を見て確信したアタシは、勢いよく玄関から飛び出した。

 

「お待たせ!!」

「...いや、もう聞こえてるくらいだったし、もうちょっとゆっくりしてよかったのに」

「初日からそれはダメでしょ?」

「入学式の日に寝坊したお前には言われたくないなぁそれ...」

 

待っていてくれたのは、男女の違いはあるけど『同じ制服』を着た、一つ年上の幼馴染み。

 

「まぁいいや。行くぞ?銀」

「分かってる!行こう椿!!」

 

鞄を担ぐように持って歩きだしたあいつに並ぶよう、アタシは一歩を踏み出した。

 

 

 

 




腕時計をプレゼントに贈る意味
『同じ時間を共有したい』


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ゆゆゆい編 70話

今回はリクエストになります。大分待たせちゃってて申し訳ない!


「はい、はい。いえ、こちらこそありがとうございました。個人としても良い経験をさせて頂いたので」

「おつかれー...って、電話中?」

「昨日の依頼主さんからだそうです」

 

亜耶ちゃんが銀に説明している通り、椿は先日私と行ったお寺の住職さんと電話を繋いでいた。

 

「はい、いつでもお待ちしています...では失礼します...ふぅー」

「お疲れ様です」

「あ、悪いな東郷。この後剣道部の方行かなきゃいけないから」

「そうなんですか?」

「夏凜が行ってたんだが、二刀流の対戦相手がもっと欲しくなったんだと...ほとんど我流だから、読みにくい対戦相手としては使えるんだろ」

 

そう言う椿は、東郷が持ってきていたお茶を一気に喉へ持っていく。

 

「あっ」

「ーッ!ごちそうさま!折角美味しいお茶いれてくれたのにすまん!また今度じっくり飲ませてくれ!!じゃ!!」

「うおっ、そんなに急ぎで呼ばれたのか?」

「...違うわ、銀」

 

部室を飛び出した椿を見て銀が言うものの、東郷が首を横に振る。

 

「このお茶、淹れたてで熱いから...無理せず戻ってから冷めたのを飲んでもいいのに」

「ふ~ん。とかいって須美さん、飲んでもらえて少々口許が緩んでましてよ?」

「!そっそんなことないわよ!!」

「ちょっ、お盆で叩くのはやめっ!?」

「そういえば、若葉先輩はよかったんですか?」

「?何がだ?亜耶」

「いえ、剣を使うお二人が行かれたものですから」

「確かに私が一番剣道の基本には近いだろうが...いや、私も構えから違うからな。使うのが一本ということくらいしか同じ点がない。今回は呼ばれてもないし、あの二人がいれば平気だろう」

 

指導が担当教員より出来ないのであれば、せめて練習相手は普段滅多に見ない相手の方が良いこともあるだろう。

 

(一応、剣道のルール上は問題ないようだしな...)

 

「弥勒夕海子!!ただいま到着ですわ!!」

「あ、弥勒先輩!」

「あたしもキター!さ、依頼見るわよ!」

「パソコンならもう起動してありますよ。風先輩」

 

東郷の言う通り、数分前にパソコンは起動させてあった。触ろうとしていた東郷がお茶を配りだしたため放置されていたそれに、風さんが手早くパスワードを入力する。

 

「若葉さんもどうぞ」

「あぁ、ありがとう東郷」

「今日の新規依頼は一件ね。よし、ちゃちゃっと片付けて今日は早めに......」

「?どうした風さん?」

「...いやね。また話そうとしたら誰かに止められるんじゃないかな~って」

「?何の話です?」

「あれはもう随分前のこと。チア部の手伝いをしに行ったあたしは」

「あ、風さんもういいです」

「ぎむー!!」

 

片手で風さんの口をふさいだ銀は、もう片方の手でパソコンのマウスを動かしてメールの中身を読み始めた。

 

「えーと、何々...『愛の言葉を送られるとどんな気持ちになるのか、教えて下さい』」

「あら、素敵ですわね。まさしく恋バナって感じがしますわね」

「恋バナかー...勇者部に?この部に??」

「そうみたいだな」

 

雀が首を傾げるも、銀は疑問に持つこともなかったらしい。

 

(しかし、恋バナか...)

 

西暦四国勇者の中で興味があるなら、確実に杏だろう。何なら目をキラキラ輝かせた姿まで想像出来る。

 

「まぁ、とはいえ何が正解ってわけでもないし、今いるメンバーで思ってることでも言って送ればいいんじゃない?」

「ぷはっ。そういうことなら任せなさい。この犬吠埼風がチア部の時」

「もうそれいいんで」

「んぐー!?」

「椿と一緒にいたとき含め、何回目だと思ってるんですか...」

「あ、あはは...」

 

ため息をつく銀に、愛想笑いを浮かべる東郷。とはいえ私もそこそこの回数を聞いてきたため、特に異論は________

 

「ちょっと待ったコール!!!」

「きゃっ!?」

「そ、園子っ!?」

 

_____なかったのだが、突然開けられた扉の先にいる彼女は、その限りではなかったらしい。

 

「話は聞かせて貰ったけど、皆、甘いよ!!ホイップクリームをのせてハチミツをかけたパンケーキのように甘い!!」

「甘いって、何が?」

「この依頼人さんはきっと、一大決心で愛の告白をしようとしてる。どんな告白をすれば相手の気持ちを揺さぶれるか知りたくて、勇者部に依頼を出してくれたんよ。それをそんな適当に言ってって良いの!?いや良くない!!」

「お、おう...今日の園子は元気だな」

 

いつもより凄まじい勢いで話続ける園子は、そのままビシッと指を掲げた。

 

「つまり!!勇者部皆の気持ちを正直に吐き出して、それを書くのが良いと思うんよ!!!」

「正直に...」

「そう!全部!!余すことなく!!!」

「さらっと言ったけど、一体どうするんだ?正直私は」

「ストップ御先祖様」

「んぐっ」

 

掲げられていた指がそのまま私の唇に触れる。

 

「目を閉じて想像して」

「想像...?」

「そう。ここは学校の屋上。綺麗な夕日が沈んでいってて、部活帰りの生徒がぞろぞろと帰っていく中、手紙で呼び出されたんよ」

 

彼女の言い始めたことが分かりだしてから、静かに目を閉じて想像した。周りの声は小さくなっていき、半分星空が見えだしたような空の元で二人きり。

 

「いたのは大好きな...うん、そうじゃなくてもいっか。えーと、何かしている時ふと目で追ってしまう人」

「目で追う...」

 

すんなりとイメージが浮かんでくる。朧気な筈なのに、現実味があるというか。

 

「その人に『何の用?』って聞いたのに対して、ゆっくり近づくだけで答えない彼。徐々に距離が縮まって、もう一度聞こうとしたけど、大きな声で遮られるんよ。こうやって」

 

『愛してる。若葉、付き合ってくれ』

「......」

 

やがてアイツは、固まっている私へ更に距離をつめて、その唇が__________

 

「御先祖様?」

「うわっ!?いや違うぞ!!私は別に!!」

「?どうしたの?」

「ッ...いっ、いや、何でもない」

 

ハッとした頃には、園子が最初より近い位置にいた。

 

「んっ、んんっ。それで?」

「それでも何もないよ!自分の携帯で良いから今の自分の気持ちを打ち込むんよ!!」

「あ、あぁ...」

 

動揺したままの私は言われるがまま気持ちを入力していく。

 

(えっと、この気持ちは...なんだろう。驚きはするがフワッとするというか、嬉しいというか。分かりやすい気持ちの伝え方だったし、夕日がバックなのもどこか似合ってたような)

 

思ったよりスラスラ言葉は出るものの、言葉に残すには少しずつしか書いていけなかった。

 

「さぁ皆も書いて書いて!」

「......」

「ミノさん?」

「...いや園子。お前これ自分の小説ネタの補充も企んでるだろ?」

「そんなことないんよ」

「没収」

「アー!!」

 

園子の胸元から出されたメモ帳とICレコーダーを回収した銀は、園子を椅子に押さえつける。

 

「ちょっ、力つよっ!」

「?とにかくこれは没収。出せそうな人が須美にメールして、須美がそれを纏めて送って終わり。樹、それでいい?」

「はい。いいですけど...」

「銀さん、なんだか今日は手際良いですわね」

「このメンバーだと園子が暴れてよりアタシや風先輩が苦労しそうだからさ...それこそ夏凜や椿がいないとね」

「つっきー...!!」

「あ、ちょっ!?」

 

一瞬の隙をついて逃げ出す園子。追おうと手を伸ばし、間に合わないことを悟って固まった銀。

 

「いつにも増して元気ですわね」

「...」

「銀?どうしたの?」

「いや、何でも...それより園子はどこ行ったんだ?」

「恐らく椿の所だろう」

「そうね。最後椿のこと叫んでたし...」

 

(嵐のような奴だな......)

 

急に静まった部室で、ふと自分のスマホを見る。書きかけの文章を見た私は、静かに消した。

 

代わりに書いたのは、『相手を思う気持ちがそのままの答えだ』というもの。

 

(...少なくとも、外に出すものではないからな)

 

ちょっとした気恥ずかしさも交えながら、私は樹へ送信ボタンを押した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「早く早くっ!」

「いや、そんな引っ張るなって...ただいま戻ったぞー」

 

園子が戻ってきたのは結構後のことで、椿も引っ張られていた。

 

「剣道部の方は終了したんですか?」

「俺はもういいって。夏凜も後少しやったら終わりにするってさ。で、即行で連れてこられたんだが...どうしたんだ?」

「それすら聞かなかったのか!?」

「いや、だから聞く間もなく連れてこられたんだが」

 

困惑したままの椿に話す前に、園子が口を開く。

 

「実はさっき勇者部依頼が来たんよ」

「うん」

「それで、愛の言葉を送られた時の感想を皆で持ち寄りたいんよ。なるべく最新の、熱い気持ちを」

「うん...うん?」

「だから、皆で愛してるゲームをしたいと思いまーす!!」

『えっ』

「これも依頼のため。協力してくれないかな?」

 

愛してるゲーム。お互い『愛してる』と言い合い、先に照れた方が負けというシンプルなゲーム。

 

突然の宣言に皆が驚くものの、当の本人は全く気にせず話を続けている。

 

「...お前、自分の小説のネタに使うつもりじゃ」

「そんなことないよ!だってほら!あそこに録音機とメモ帳置いてるでしょ?それだけ真剣なんよ!!」

「ホントだ...じゃあ単に依頼のため?」

 

(しまった!!)

 

机には確かに(さっき没収した)園子の道具が置いてあった。

 

(でもそれは否定すれば問題なし!)

 

「そう!だからつっきーにも協力して欲しいんだ。勇者部唯一の男の子だし!」

「うーん...ホントにしなきゃダメか......?」

「?どうして?」

 

椿に園子の嘘を伝えようと口を開いて__________

 

「だって、愛してるって言うのは...こう、もっと大事な時に言わないといけないだろ。告白とか、さぁ...」

「......」

 

開いた口が、何も言葉を発せなかった。

 

(なにそれどんな乙女だよ何で赤らめて頬かいてるんだよ椿ぃ!?!?)

 

「いや、これまで何回か言ったことはあるけど、ただ愛してるを連呼するのはまた違うというか...」

 

(何それ可愛いんだけどぉ!?)

 

普段落ち着いてきた、大人っぽくなってきた勇者部唯一の男子が、愛してると言うのは好きな人だけが良いなんて乙女チックな考えを持っていたことへのギャップに、アタシの脳は完全にバグった。

 

そしてそれは、アタシの心を揺さぶる。こんな椿に、愛してるって言わせてみたい__________

 

「ま、まぁ椿?ちょっとだけだからさ?」

「そ、そうですね。依頼として答えなきゃいけないことではありますし...」

「皆さん...」

「あ、これ逃げられない奴ね」

 

多分園子の計画通りなのに歯噛みしながらも、アタシと同じように落とされた何人かによって、椿の目が徐々に濁っていった。慣れきった展開なのか、既に逃げる気配はない。片手園子と繋いだままだし。

 

「椿先輩のお気持ちは分かりますが、愛してるという気持ちを言葉にするのは大切だと思います。私はやってみたいです。皆さんに普段の感謝を伝える良い機会ですから」

「...亜耶ちゃんの考えてる愛してると少し違うと思うんだが......まぁ、いいか」

 

天使亜耶ちゃんに言われてしまえば、折れるしかない。そして、覚悟を決めた椿は強った。

 

「んじゃやるか...銀」

「え!?アタシ!?」

「いやだって、一応慣れてるだろ。昔やって。お前が言ってきてさ」

「え、そ、そうだったっけ...?」

 

(ヤバい。完全に覚えてない。からかう目的だったんかアタシ!?)

 

「ほら、いくぞ?」

「ちょっ、ちょっとだけ待って。心の準備を...」

「銀、愛してる」

「ッ...~ッ!!」

 

思った以上にダメージがでかくて、思わず顔を俯ける。

 

「もう照れちゃったのか?」

 

(っ...負けたくないっ)

 

悔しさと、もうちょっと聞きたいという気持ち__________アタシは椿の服の裾を摘まみながら、か細く言った。

 

「つ、つばき...あぃしてる」

「っ...銀、愛してるよ」

 

そこからのことは、いまいち覚えていない__________

 

 

 

 

 

「愛してるよ。亜耶ちゃん」

「はい。私も愛しています。椿先輩」

 

意外と言うべきか予想通りと言うべきか、椿と長く戦っているのは亜耶ちゃんだった。ここまでの椿は、

 

『愛してるよ。風』

『......ッ!!』

 

一撃で風先輩を場外(部室の外)へ追いやり、

 

『愛してる。樹』

『私もあ、愛してます』

『手強いな...樹』

『つ、つばきさん近い』

『愛してる』

 

囁いて樹をダウンさせ、

 

『愛してるぞ。若葉』

『わ、私だって好きだ!』

『いやそれは俺も好きだが...』

『!』

『今回は愛してるって言わなきゃいけないルール...?おーい、若葉?』

 

盤外戦術で若葉を倒し、

 

『愛してる。東郷』

『あ、あっ...』

『何だ、東郷も一発か?俺の勝ちだな』

『...むーっ!!!』

『いたっ、悪い、悪かったから脇腹小突くのはやめて』

 

須美に(割りと痛そうに)小突かれていた。

 

『弥勒、愛してるよ』

『私(わたくし)もその通りですが、貴方がその気持ちならば私の飯使い、二代目アルフレッドの名を襲名させて差し上げましょう!!どうぞこれからもよろしくお願い致しましてよ!!おーっほっほっほ!!』

『......うん、俺の負けでいいからその件はキャンセルで』

 

一方で、弥勒さんにはあっさり負けたみたいだけど。

 

ちなみに雀はいつの間にか部屋から消えていた。敵前逃亡と取るべきか、英断と取るべきか悩み所である。

 

「愛しています!椿さん!」

「うっ...お、俺の負け!亜耶ちゃん強いな...耐えられなかった」

「ありがとうございました。私も想像していた以上にドキドキして、恥ずかしかったです......顔には出ていませんでしたか?」

「全く出てないぞ?凄いな...トランプとかも強そうだ」

「トランプも良いですね。今度是非やりませんか?」

「よろこんで受けさせてもらうよ」

 

そして今、亜耶ちゃんとの決着がついていた。やってる間もその後も平和そのもので、こっちまで微笑ましくなるというか、もう邪念のある人間がいてはいけない空間なのではと思ってしまう。

 

(まぁ、椿は合わせてるだけだろうけど...なんにせよ、芽吹がいなくて良かったかもしれない。色んな意味で)

 

「さてと...」

 

いつの間にか話が終わっていた椿は、この場にいる最後の一人の方へ向いて__________

 

「何逃げようとしてるんだ?園子」

「ギクッ」

「ギクッじゃないだろ。さぁやるぞ」

 

(こうなった椿は強いな~)

 

「い、いやつっきー?もう依頼として必要な分は十分やったかなって」

「さっき数があればあるほど良いって言ってたのはお前だろ」

「それはほら、言葉の綾と言いますか...」

「大体、一番に乗ってきそうなお前が逃げようとしている。何企んでるのか知らないが逃がすわけないだろ」

「......」

「......」

「脱兎!!」

「逃がすかぁ!!!」

 

一瞬で動き出す二人ではあったけど、勝負がつくのはすぐだった。

 

「勇者服はずるくない!?」

「お前を逃す方が遥かに危険だろうが!!覚悟しろ!!愛してるゲームするぞ!!」

 

(ここまで甘酢っぽくもないゲームの始め方があっただろうか)

 

「銀!手伝ってくれ!!」

「あいよー」

「ミノさん!?」

「いや、アタシも園子がここで逃げる理由思いつかないから怖いし」

 

後ろから羽交い締めにされた園子は、椿の両手で顔を真っ直ぐ向けられる。多分椿と無理やり目が合ってるだろう。逸らしても意味ないくらい近づいてるし。

 

間近なせいで園子の唾を飲み込む音が聞こえる中で、椿が試合開始を告げた。

 

「よし。いくぞ...園子、愛して」

「ウォォォォォッ!!!!」

「ぐはっ」

「椿先輩!?」

 

始まった試合は、多分園子の負けだった。高速で放たれた園子の膝が椿の腹に当たって倒れたことを除けば。であるが。

 

「ッ!~ッ!!!!」

「あっ!?」

 

そのまま園子は乱雑にアタシの拘束を振りほどいて逃走。あまりの出来事に誰も追いかけない。

 

(...あー)

 

そんな中で、昔の記憶を思い返したアタシは一人納得していた。だって今のはきっと__________

 

「皆やっほー!今部室から誰か勢い良く出ていったけど、どうしたの?」

「そのっち!?」

「いやどうしたのじゃない!!出ていったのはお前だろう!?園子!!」

「んん?ってつっきー!?なんで倒れてるの!?」

「...あーもう滅茶苦茶」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

最初はただの_____いや、最初から最後までただのいたずら、撹乱に過ぎなかった。普段から突飛な行動をしがちな彼女に変装して潜入してみれば、まるで事前準備をしていたかのような依頼。そこに便乗しない手はない。

 

誤算があったならば、一つは乃木銀に勘づかれた点。恐らくの話ではあるけれど、これはいい。寧ろバーテックスをよく狩っている彼女の力を直に体験できたのは、悪くなかった。

 

ただ、もう一つは。

 

『お前を逃す方が遥かに危険だろうが!!覚悟しろ!!愛してるゲームするぞ!!』

 

吹っ切れた彼が想像以上に面倒だったという所。何度か経験していた筈なのに、今回もしてやられた。戦衣まで持ち出すのは完全に予想外だったけど。

 

『よし。いくぞ...園子、愛して』

 

私は乃木園子ではなく、赤嶺友奈。だからこれはノーカウントである。あんなに顔を近づけられたのも、目を無理矢理合わせられたのも、敗走するようにここまで走ってきたことも。全部、全部。

 

「あいつのせいだから...っ!!」

 

全部、ノーカウントである。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「つっきー先輩。今どうして私が怒ってるのか、分かりますね?」

「はい...」

「よろしい。言ってみなさい」

 

現在、時刻は午後九時を回る頃。場所は園子の部屋。俺は正座で園子の前にいた。

 

「お前を赤嶺だと思って突っかかったからです...」

「そうですね。突然肩を掴まれてビックリしました。でもつっきー先輩。それだけじゃないですよ?私の偽物だって分からなかったこと。ミノさんから聞いた話だとなかなかな発言をしてたことも確認してます」

「はい...」

「ここまでで、ご自分の処遇はどうされるつもりですか?」

「今日この部屋から出るまでは園子様の好きなようにお使いください...」

 

ちなみにここまで、お互いのセリフは全て原稿に刷られていた通りである。いつ作ったのかは知らないが、部屋に入るなり渡されて『五分後に始めます』とだけ言われた。

 

まぁ、今回依頼は確かにあったが園子は全く関係なかったわけで、俺自身に大なり小なり非があるのは自覚している。だからこそこの原稿通りにしているのだ。

 

問題はここからである。この先原稿は白紙で、答えを得るには目の前でニコニコしている園子の口から聞くだけ。正直怖かった。

 

「ではつっきー」

「はい」

「今から私と愛してるゲームするんよ」

「ですよね」

 

予想通り過ぎる内容で喜ぶべきかまるで分からないが、多分俺の目は死んでいた。園子の手にはメモ帳とレコーダーがバッチリある。

 

(恨むからな赤嶺...)

 

あの時より更にヤバい状況、確実に後日聞き返され、小説のネタになるだろう。しかし、当然俺は拒むことなど許されない。

 

とはいえ、あれからもう数時間経っている。時間を置いてから相手の部屋に通されてやる。単純に言えば、くっっそ恥ずかしかった。

 

「ただし、三つ条件があります」

「はい」

「一つ目。つっきーは全力でやること。これは大丈夫だと思うけどね。つっきー自分が悪いって顔してるし」

「...分かってるよ」

「あ、後私のリクエストにも答えてね?」

「あぁ...あの、せめてレコーダーはなしでも」

「??」

「はいすいません」

 

謎の威圧を感じてすぐに謝る。言葉は発してない筈なのに怖さがあるのはなんなんだろうか。

 

「二つ目。この勝負、私が勝ったら終わりね。終わったらつっきーも帰っていいよ」

「うん...?」

「いい?」

「あ、あぁ」

 

意図が読めずに促されるまま頷く。終わりの条件なんて出されると思わなかったが、一体園子は何を________

 

「じゃあ最後、三つ目!全試合先行はつっきーからで!反対意見は聞きません!!」

「......あぁ、はい」

 

一瞬で意図が分かったのは、幸か不幸か。今回でいけば、不幸だったのかもしれない。事前に脳死ではダメという念押しがされていたのだから。

 

「じゃあ始めよう!!はい」

「...園子、愛してる」

「つっきーどうしたの?顔赤くして小さな声で」

「...園子っ!!俺はお前のこと愛してる!!」

「んっ...恥ずかしいよつっきー。私一回目で負けちゃった~...もう一度だね?」

「っ...園子!愛してる!」

 

こうして永遠に園子が負ける愛してるゲームに決着がつくのは、日付が変わる頃だった。

 

気恥ずかしさでおかしくなりそうな俺がなんとか考えていたことの一つは、恥ずかしそうに笑う園子が可愛いかったということだった。

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 71話

今回もリクエストになります!ありがとうございます!

ここに色々書こうとしたんですが、ネタバレになりかねないのでやめました。今回ここを一番書き直してる。


「ん?」

 

目を空けると、青空が広がっていた。雲はなく、そよ風が気持ちいい。

 

起き上がると、昔絵本で読んだことがあるような草原の上だった。見渡す限りの緑色と水色が目に飛び込んでくる。

 

「...夢か」

 

当然こんなのは現実っぽくない。少なくとも家の近くにこんな景色が見える場所はないし、昨日は夜自室のベッドに潜り込んだのを覚えている。であれば、夢でしかないだろう。

 

「その通りよ」

「だよな」

 

同意も得られたわけで、とりあえず目を閉じ二度寝を__________

 

「...は?」

 

振り向くと、そこには弥勒が用意しそうなアフタヌーンティーセットが置いてあり、片方の椅子に誰かが座っていた。

 

「ここは貴方の夢よ。ようこそ」

「...誰だ」

 

いたのは、ややウェーブがかった黒髪を降ろし、ぱっちりとした目をこちらに見せる女。年は俺と同じくらいだろうか。

 

「知らないわ。この体は縁のある者を依り代として使っているだけだから」

「......なんだって?」

 

つかの間に理解を越えてる言葉を羅列され、思わず聞き返す。

 

「この体はただ貴方に見やすく、分かりやすくするために、過去の人間を真似ただけよ。口調や性格も多少反映されているけど」

 

しかし、帰ってきたのはそんな答えだった。

 

「......で、誰なんだ。あんたじゃないなら、あんたの本体は」

「察しがついてるのではなくて?」

「...神」

「正解」

 

彼女は長い黒髪をかきあげ、カップに入った飲み物を口にする。どことなく優雅なその姿は、何故か弥勒を連想させた。髪色も違ければ纏っている雰囲気すら違って思えるのに。

 

「座ったら?」

「......」

 

促されるまま座るも、目の前のお菓子や紅茶に見える飲み物には手を出さない。

 

「食べないの?」

「そんな気分にはなれない」

「そう」

「...はぁー。で、一体なんの用なんだ。神様が夢で俺なんか呼び出して...いや、この場合は俺の夢に来たってのが正しいのか」

「状況の飲み込みが早いのね」

「俺の力を越えてる自体が起きたときは、とにかく先を知れるよう促すのが早いって知ったんだよ」

 

何故と聞いたところで、望んだ答えなど返ってこない。ならば、貰える情報をどんどん出してもらい、こっちで繋げた方が効率的なのだ。

 

致命的な何かを受ける前に。

 

「それで、何で」

「過去の改変」

「は?」

「貴方は一度、過去の改変をした。正確には一度というより、大小問わず過去の流れをねじ曲げ、別の歴史へと変えた。死ぬはずだった人間が生き、生きるはずの人間が亡くなった。後者は貴方に直接会ったことのない人、副産物の影響ではあるけれど」

 

彼女が言っているのは、確実に西暦でのことだろう。指を一本立てた彼女は、そのうち両手を広げ、重ねる。

 

「だから?」

「その行為はどんなに小さなものでも、決して人が行って良いものじゃないわ。許されざる行い」

「だから?」

「だから私は...いえ、これは根幹に関わる。いくら貴方がこの夢を忘れるとしても、言えないわ」

「随分身勝手だな」

「そうね。私だから」

 

そうキメた顔で言う彼女は、恐らく元の彼女も得意な顔だったのではないか。そう感じるくらいには似合っていた。

 

「■■■■■。前代未聞の人間がどういう存在なのか、事前にその根幹を探りに来たの」

「...おい、何だって?」

「貴方が聞き取れないものは、まだ明かせない事実。聞こうとしても、私がはっきり伝えても無駄よ。必要な手順を持って得られることで、私からは伝えられない」

「なんだよそれ、好き勝手言いやがる」

 

夢の中にも関わらず警戒度がどんどん上がる。

 

 

 

 

 

「ッ!!!」

 

だから、初撃を避けることが出来た。

 

「やはり避けてみせる。か」

 

いつの間にか、普通の服装_____何処かの学校の制服のような格好から、友奈達が纏う勇者服の様な格好になった彼女は、さも知っていたかの様に握っていた剣を手元に戻す。

 

光り輝く刀身、人をバターの様に切り裂きそうな外見の片手剣は、普段であればアニメの様でカッコいいなんて思うかもしれないが、自分に向けられれば畏怖の対象でしかない。

 

「でも、それでこそよ。それでこそ例外に相応しい。見せてみなさい。その力を」

 

どことなく笑みを浮かべたかに見えた彼女は、そのまま剣を突き出してきた。

 

 

 

 

 

神に対して俺が持つ印象は、大きく三つの時期で分かれている。

 

一つは、小さい頃。まだ物心がついたばかりの頃は、神樹様が外の恐怖から守ってくれていると教わったし、それを疑うこともなかった。疑わなかったことに理由なんてない。それが当たり前だったから。

 

銀が勇者に選ばれてからも、そんなに思いは変わらなかった。変わったのは、あいつが死んでからだ。これが二つ目。

 

あいつを守ってくれなかった神を許せなかったし、満開の後遺症、友奈の神婚。秘匿していた大赦に対しての怒りも含めて、色々とありすぎた。少し間を開けて西暦にも行って、バタバタとあり。

 

そして三つ目。西暦から戻ってきてから今までの印象は、信じられないが信じられる。なんて矛盾した表現がしっくりきた。

 

恩もある。だが憎しみもある。故によく分からない。理解出来ない。

 

いや、元々理解出来ない相手なのだろう。種族そのものが違うのだ。象が蟻の存在を踏み潰すことで気づいても、その思いなんかに気づくことなど出来ない。

 

俺の知る『アイツ』を除いて、分かり合える神はきっといない。この異世界で皆と出会えたことには感謝するし力を貸すが、また理不尽を押しつけられたら抵抗してやる。そんな印象。

 

(これは理不尽だろ...っ!!)

 

確かにそんな思いではあったが、実際にこんな理不尽を味わうとは思わなかった。

 

突然夢に出てきて、言葉(のドッジボールに近い何か)を交わし、今は剣で切りかかられている。

 

夢だからかハンデなのか、戦衣がなくても勇者服であろう装備を身に付けてる彼女の攻撃を避けることは出来た。この恩恵は大きい。

 

だが、スマホが出せない、戦衣がない、つまり武器もない。これが理不尽と言わずして何と言う。

 

「くそがっ!!何かないのかよっ!?」

 

切りかかってくる光剣を弾き飛ばし自分の武器にする。地面から草を掴んで目にぶつけ殴りかかる。アイデアは出るものの装備の差がそれを不可能にしていた。

 

「随分苦しそうな顔をするわね」

「そりゃ一方的な防戦だからな!!武器の一つでも寄越せ!!」

「...あぁ、そうか。武器がないから厳しかったのね。はい」

 

転がって避けながら言った悪態に納得いったかのような返事をした彼女は、剣の勢いを止めて反対の手から光を出した。光は丸い形から変わっていき、やがて光らなくなって地面に落ちる。

 

「取るまで待つわ」

「...」

 

(......あぁ、やっぱ神だな)

 

ふと、そんなことを思った。武器の有無で有利不利を考えないのは、人だったら有り得ない。目の前の相手の感性は、やはり人とは決定的にどこか『ズレている』。

 

「なぁ、だったら戦衣もくれよ」

「戦衣?」

「俺の服!」

「あれのこと?アレは貴方の力ではないでしょう?それ相応の力は既に与えている。さぁ、まだやれるでしょう?」

「...ッ!!!!」

 

駆け出し、突き刺さった武器を持って振り上げた。土ごとめくり上げるのは、『槍のような形をしたメイス』。

 

(...なんだ、これ)

 

握った途端、とてつもない違和感に襲われる。まるでこれまでこいつと一緒に戦ってきたかのような、そんな信頼感染みたもの。この武器を持つのは、当然初めてなのに。

 

一瞬感じた目眩と耳鳴りは一瞬で失せ、寧ろ頭が冴え渡る。

 

「古雪椿」

 

彼女が少し、だが確実に口角をあげたのにどこか不気味さを感じつつ、恐怖を拭いさって構えた。

 

例えそれが、彼女の狙い通りだとしても。

 

「...やってやるよ!!!」

 

俺は吠えて、地面を踏んだ。

 

 

 

 

 

地面にメイスを突き刺し衝撃に備えた瞬間、真正面から弾丸のように剣が突いてきた。光剣の見た目に反して質量はしっかりしてるのか、かなりの衝撃に両足とメイスが草を抉る。

 

(だがなっ!!)

 

即座にメイスを蹴り上げ、反動を利用して突き出し。彼女は剣の刃を寝かせて先を逸らし、最小限の回避で距離を詰めた。

 

お互いの顔が目の前に来そうな距離に詰め寄られるも、手首を曲げてメイスの持ち手を彼女の腹に当たるよう動かす。彼女自身が腕で防いで有効打撃とはならなかったが、同時に下がって距離を開けた。

 

「ッ!!」

 

槍の形状をしながらも、穂先部分だけがメイスのように膨らんだ武器は、決してバランスの良い武器とは言えない。その上、戦い方が分からない。どうすればより良く扱えるのか、勝つために動かせるのか。

 

(気味が、悪いッ!!)

 

だが、何故か俺はこの武器を扱えていた。今も懐に剣を差し込んでくる敵に対して、体に這わせるように動かすことで弾いている。

 

戦い方が分からないのに、体は最善に近い動きしか行わない。まるで、自分が操り人形になったかのような__________

 

(これは、だって)

 

「いいわね。その調子よ」

「俺は...」

 

次々突きを繰り出す彼女。正確に弾き返す俺。ぶつかり合う音はより激しさと勢いを増し、少しずつ目がついていかなくなる。

 

目で追えなければ、その分直感だけで対応することになる。しかし、根拠もなく、より正確無比な動きを実現させていた。

 

(でも、これは...こんなの!!)

 

「こんなの、俺じゃない!!」

 

批判と拒絶。両方の意識表示と体の動きが一致した結果、力任せに吹き飛ばした相手にメイスを投げつけた。バカでかい銃弾の様に飛び出したメイスを見つつ、俺は前へ_____ではなく、上へ飛ぶ。これも理由のない確信。

 

「いえ、それは紛れもなく貴方の力よ」

 

かろうじて彼女が弾き飛ばしたメイス。その先に俺がいた。こう対処されることを理解しきった動き。

 

握り直し、一緒に重力に従って落下。体勢を崩していた彼女に再度メイスを叩きつける。

 

(浅い...!!)

 

地面を壊したことで煙が立ち込める中、ギリギリ回避されたのか手応えは薄かった。

 

『だが、この後は前へ出れば勝てる』

 

(!!!)

 

まるで、相手の動きも自分の動きも知っているかのような思考が浮かんできて、俺は一瞬震えた。それは決して隙にはならない。寧ろ勝つための道筋。だが。

 

(......やっぱり、俺は!)

 

決められた未来の為に動くことなどない。未来は自分達で動かすものの筈だから。

 

俺は結局、前へ出ようとする足を後ろへ向けた。一度距離を取ると、煙が晴れた先で彼女が驚いたような顔をする。

 

「そう。それよ。何故貴方は今退いたの?」

「...答える義理はない!!!」

 

素直に答えるのが癪に感じ、再度突進する。リーチを考え、こちらのメイスだけが当たる距離から攻撃を__________

 

 

 

 

 

「そう」

「!?ガッ!!」

 

相手の姿が消えたと思ったら、鈍い音が俺の体から響いた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「これが、人間の体の使い方...やっと慣れてきたわ」

 

彼女はそう呟いて、遠くへ転がった相手を見た。彼はうつ伏せで地面に倒れたまま動かない。

 

「私は貴方達人類を知りたい。貴方がその武器の、理想の動きに従わない理由を知りたい。それなのに教えてくれなければ、この行為そのものに意味がないわ」

 

黒髪をかきあげながら、彼女は続ける。彼女が知りたいのは人の意思。彼がそれを聞かせてくれないというので、メイスを避け、顎と腹を順番に蹴り上げた。

 

それは目で分からないくらい速かったことを除けば、ある程度の人間が出来る行為ではある。とはいえ、彼女の動きはあまりにも人間から逸脱していた。

 

「...流石に強くやり過ぎたかしら。加減が分からないわね」

 

用件が済ませられないと判断した彼女は、そのまま後ろを振り返り_________

 

「待てよ」

「...あら、起きていたの」

「あぁ。ずっと起きてたが、今やっと起きた」

「?」

 

要領の得ないことを喋りながら、彼は何事もなかったかの様に立ち上がった。

 

「ならば続けましょうか」

「そうだな。こんな茶番は終わらせよう」

 

そう言った彼は、手に持ち直したメイスを上へ投げ__________

 

「!!」

 

『二本の斧』で、持ち手を叩き折った。

 

「何も驚くことじゃない。ここは俺の夢の中だ。だったら、勇者システムがなかろうが自分の武器を呼び出しても何ら不思議なことじゃない。最も、俺は気づかなかったみたいだがな」

 

彼は、いつの間にか赤い装束を纏っていた。それは嘗て、彼自身が勇者と呼ばれるのに相応かった姿。

 

「だろ?」

「...一理あるわね。まぁ良いわ。その武器でも、『その貴方』でも、私の知りたいことは知れるもの」

「......はぁ。茶番は終わろうと言っただろうが」

「何が茶番なのかしら?」

「その態度だよ」

 

彼がキッと睨み付けるも、彼女は全く動じない。だが、彼はそのまま話続けた。

 

「お前が世界を変えた俺に興味があるのは確かだろう。だが、人に興味があるわけじゃない。お前が興味がある人間なんて御姿(みすかた)と勇者、精々勇者の候補を含めた程度だ。その癖人類を知りたいだぁ?適当ほざくんじゃねぇぞ」

「...少々こじつけが過ぎるのではなくて?」

「だったら、お前さぁ」

 

彼は彼女に指をさす。

 

「なんで自分が使ってる人間のことも分からないんだよ?おかしいよなぁ?本人のことも分からない、分かろうとしない、そんな奴に人間の何が分かる」

「......そう、そうね!確かにそう!これは一本取られたわ!!」

 

堪えられなくなって笑い出す彼女に反比例するかのように、彼の表情には皺が入った。

 

「そいつの姿でこれ以上好きにさせねぇ」

「あら、知り合い?」

「答える義理はない...いや、最後に一言言ってやろう」

 

呟いた途端、彼女はさっきの様に笑うでもなく、かといって冷めた様子もなく、獰猛な笑みだけを浮かべた。

 

彼女が最も見たかった力を見れるという興奮した顔にも、嘗てのライバルと戦える瞬間を楽しんでいるような顔にも見てとれる笑みの先では、赤い光が払われた。

 

撒き散らす炎は辺りの草木を業火に変え、機械染みた翼をより輝かせる。更に一回り大きくなった斧を振るえば、風圧に従って火花が散る。

 

それは、彼が持ちうる最大の力。開いた瞳に赤き炎を灯した彼は、はっきりと告げた。

 

 

 

 

 

「あまり人類を嘗めるなよ。神が」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「椿先輩」

「どうしたー...ふぁぁ」

「寝不足ですか?」

「んにゃ...睡眠時間は確保した筈なんだがなぁ」

 

あくびを噛み殺しきれず、友奈に指摘されてしまう。とはいえ眠さが消えるわけでもなく、俺はとりあえず目を擦った。

 

「なんか疲れる夢見たんだよ。起きたばっかなのに樹海で戦った後みたいな疲労感があってさ...」

「戦っている夢でも見たんですか?」

「んー...どうだろ。そんなことないと思うが、思い出せないから分からん」

 

起きた時点でどんな夢か思い出せなかったのに、未だに記憶のどこかにひっかかるような違和感があり、自分自身で驚いていた。

 

「ふぅ...眠気覚ましにコーヒーでも買うか。早めに来ちゃったからまだ時間かかるだろうし」

「市役所の人達、皆忙しそうですもんね...そ、それより椿先輩」

「ん?」

「呼ばれたら私が起こしますから、無理に起きず寝ちゃって大丈夫ですよ?」

「いや、それは悪いだろ...正直、寄りかかったら背中痛いし」

 

後半は小さな声で喋る。今俺達二人が座っているのは来客用の横に長い椅子であって、当然仮眠を取るスペースなんかじゃない。背中を預けるのは無骨なコンクリートなわけで、残念な感じになるのは否めないのだ。

 

「で、ですから」

「?」

「えっと...ここを使うというのは、どうでしょう?」

 

友奈が軽く叩いたのは、自分のスカート。

 

「ここなら、背中も痛くなりませんし...」

「......」

「あの、その...」

「......」

「......」

「...缶コーヒー買ってくる」

「あっ!椿先輩!?」

 

(良く耐えた。俺)

 

大分考え込んだ末の結論ではあったものの、席を立つ俺は自分を誉める。

 

決して、決して発言を撤回したいとか後悔してるとか、そんなことはなかった。

 

(にしてもホントに、今朝のは何だったんだ_____)

 

 

 

 

 

「もう少し強引じゃないとダメかなぁ...」

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 72話

今回はツイッターで便乗した企画を元に作りました。

ちなみに、明日でこの作品三周年となります。勇者の章が終わって約三年なのにも驚くけど、ここまで書き続けてることにも驚いてる...皆さんいつもありがとうございます!


Q.誕生日と年齢を教えて下さい。

 

椿「誕生日は2月8日。年は...肉体年齢的にはまだ15か。一応。え?肉体年齢以外にあるのかって?...あー、確かにそうだな。変な言い方したわ。すまん」

 

Q.自分でどんな性格だと思いますか?

 

椿「皆からは優しいとか周りをよく見てるとか言われるな。個人的には...まぁ、周囲に気を配ってるのは確かだと思う。きっかけがあってな。後はいつでも冷静でいたいとか。これは願望か?昔はやんちゃな性格だった」

 

Q.好きなものを教えてください。

 

椿「これは食べ物の話か?だったらみかんだな。特にみかんジュース。味が好きとか個人的な意見もあるが、今回は皆が共感できるように説明しようか。まずな、みかんジュースは効果をちゃんと知って飲めば健康に良い影響を与えながら飲めるんだ。ビタミン、ミネラルを始め豊富な栄養素が入ってるから、疲労回復、エネルギー補給、更には貧血対策にもなって__________(以下略)

 

Q.嫌いなものを教えてください。

 

椿「納豆だな。いやまぁこれも他の食べ物に比べればって話で、好き嫌いが原因で食べ残しとかは無いようにしてる。これは小さい頃親にしっかりしつけられたな。幼馴染み含めて。今は割と放任主義な感じだが、幼馴染みの両親も見てくれてるからってのもあるんだろ」

 

Q.好きな人はいますか?

 

椿「いる。勇者部の仲間はかけがえのない存在だ。勇者部ってのは...あ、そこは捕捉資料載せとく?助かるわ。慣れてはいるが、毎回説明するのも時間かかるからな...え、そうじゃない?彼女にしたい人...?いるとして、ここで言うと思うか?」

 

Q.嫌いな人はいますか?

 

椿「別にいな...あ、この間俺の弁当に入ってた唐揚げとみかんを取った倉橋裕翔君。君はいつか処します。絶対許さん。売られた喧嘩は戦争レベルにして返します」

 

Q.自分のイメージカラーは何色ですか?

 

椿「あー、難しいな...個人的には赤を推したい所だが、普段着てる服とか考えると、黒か白、次点で青かなー。うちの制服も黒基調だし」

 

Q.どんな国or場所に住んでますか?

 

椿「この質問いる?日本四国の香川県在住。大昔は世界に何百という国があったらしいが、300年も前のことだから詳しくは知らん。行ったことあるわけじゃあるまいし」

 

Q.最近、楽しかったことはなんですか?

 

椿「新作RPGが面白かったこと」

 

Q.失礼ですが身長はどれぐらいですか?

 

椿「一番直近で計測したのだと...確か173。やる日によって1cmくらい増減するかな」

 

Q.最近、ハマっていることはありますか?

 

椿「こたつでみかん。あれは魔境」

 

Q.悲しいことがあった時、どうしてますか?

 

椿「度合いにもよるかな...決まった動きは特にない。泣き喚いたり誰かに相談したり、まぁでも、何もしないってのは極力したくないな」

 

Q.最近、泣いた事ありますか?

 

椿「えっと...はい。同じクラスの犬吠埼風がちょっと体調悪いかもと言ってうどん一杯しか食べなかった時は泣きました。マジで倒れるんじゃないかと思った」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「というわけで、こんなのが載ってたわ」

 

あたしは紙面を机に置いて、皆に見せた。

 

「結構細かく書いてあるんだね...」

「まぁ、普段こんなに見ないから違いがあるのか分からないわね。今回も椿が特集されるって言うからこうして皆で見てるわけで」

 

椿のインタビューと、あいつに関係あることが書かれた記事は、うちの高校の新聞部が月一で出してる特集だ。新聞部の人が独断と偏見で相手を決めて、その人に関するインタビューをするというもの。

 

高校での活動もそれなりにするようになって、あたし達は勇者部というネタに困らないだろう特殊な部にいるからいつか来るとは思ってたが、どこからか椿が一人だけ男で所属しているという情報が入ったらしい。

 

(そりゃ、珍しいでしょうけど)

 

「何故私(わたくし)の元に来てくださらないのでしょう...弥勒家の者として完璧な応対をしてみせますのに...ところで、貴方はいつまでそうしているんですの?」

「...椿への謝礼品、何がいいと思う?みかんジュース?」

「無難なのはイネスのセット売りされてるやつよ。あれは基本評価高いわ」

「今から買ってきます!!!」

「い、いってらっしゃい...」

 

隅っこで怯えて震えてた裕翔が教室から飛び出していくのを見て、彩夏が控えめに手を振った。

 

「それで、椿本人はどこへ行ったんだ?」

「今日は生徒会の手伝いらしいわよ。一人でいいって言われたわ」

 

ちなみに、あたし達勇者部全員としては予定はなく、久々に放課後教室で話すことが出来ている。こっちの方が本来の女子高生っぽい気はするけど_____

 

(あたし達には、勇者部のが似合ってるように思えるわね)

 

「ていうか、この最後の質問なんなのよ」

「あの時は私も心配した。風が倒れてしまうのかと...」

「ちょっと棗もなの!?」

「私もですわね」

「ごめんね犬吠埼さん...私もその話を聞いた時は」

「二人までぇ!?そ、そんなに...うぅ」

 

周りの全員が言い出したことにあたしはガックリ項垂れた。

 

(大体あの時は...!)

 

そう、あの時は椿と棗とうどんを食べに行って、一杯目を食べてる時にお財布を忘れたことに気づいたんだ。

 

『風...?』

『大丈夫か?俺持ってるし、遠慮せず食べていいからな。後で返してくれれば良いから』

 

椿の一言にカチンときたあたしはうどんを一杯しか食べず、結果めちゃくちゃ心配された。

 

(確かに大食いの自覚はちゃんとあるけど...!)

 

おまけに、インタビューで言うくらいには印象的だと思われてることが、個人的にかなり恥ずかしかった。

 

「あ、なんだ、皆して残ってたのか」

 

一人で悶絶していると、前側の扉がガラガラと開いて椿が顔を出してきた。固まっているあたし達を見て少し驚いている。

 

「何してたんだ...って、これ今日公開だったのか」

「古雪君、凄いね。記事になっちゃうなんて」

「別に大したことないよ。ほら、見出しにもがっつり勇者部のこと書いてるだろ?あっちのメインはあくまでこっちなのさ」

「と、いいますと?」

「俺を皮切りに美少女しかいない部にインタビューをしやすくなる。って魂胆だろ。主な計画者がそんな感じだったし」

 

「気持ちは分かるけどなー」なんて言う椿に向けて、棗が声をかけた。

 

「そう聞くと、椿、お前も受けない方がよかったんじゃないかと思ったが...」

「棗が言ってくるとは...まぁ、口にして言われたわけじゃないのに断るのは印象悪いしな。それに、少なくともここにいるメンバーで流されて受ける奴はいないだろうし。中学生のメンバーに話がくるのはこっち通してだろ。寧ろ弥勒は喜んで受けそうじゃん?」

「ふっ...流石は私の執事ですわね」

「誰がアルフレッドじゃい...って、風?どうしたんだ?顔赤いぞ?」

「ッ」

 

気づけば、椿が結構近い場所にいる。

 

「......なんでもないわよっ!!」

「ヴッ」

 

あたしは顔を見られないよう、両手で椿の顔を押すだけだった。

 

 

 

 

 

「なぁ郡...なんで風があんなに顔赤くして怒ってるのか分かる?」

「わたしも詳しく知ってるわけじゃないけど...古雪君が悪いと思うよ。色んな意味で」

「えぇ......」

 

 

 



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ゆゆゆい編 73話

皆さん明けましておめでとうございます。今年で四年目になったふつゆを引き続きよろしくお願いいたします。

この作品が出始めた頃と比べると、ゆゆゆ作品自体が凄く増えて嬉しいですね。


「椿!そっち行ったわよ!!」

「言われなくても!」

 

放った銃弾は寸分違わず星屑の群れを撃ち抜いていく。こちらに体当たりしてきた生き残りはすれ違い様の短刀で切りつけ、追撃の弾で確実に倒した。

 

この世界での主目的だし、土地を手にいれるための奪還戦、既に手にいれた土地を守るための防衛戦もあって、樹海で戦うことはそれなりにあった。

 

今日も今日とて突然警報が鳴り、今はこうして戦っている。

 

『古雪先輩、右側は全て戦闘が終了しました』

「了解。てことは、後はあっちにいる大型か...」

 

どう戦うにせよ、勇者が20人以上もいれば楽勝かに思えた最初の頃の予想は、結果的には甘い考えだったと言えるだろう。

 

確かに楽勝な時期はあったが、敵領土がなくなってくると、一度の戦闘が重くなることが増えたのだ。散発的なまだ楽なのもあるが、重いのを引くと、全員それなりに疲れるレベルには戦いが激化する。

 

現状も、終わった右側にはサジタリウスとピスケスがいたし、今尚戦っている左側にはスコーピオンが尻尾を振り回していた。

 

(...ッ)

 

無意識に腹の辺りを抑えていた左手を払い、俺は樹海を蹴る。

 

(昔は昔、今は今っ!)

 

土手っ腹に穴が開く感覚なんて、これ以上味わう必要はない。まして、皆に体験させることも。

 

「オラァ!!こっち見ろサソリィ!!!」

「椿先輩!?」

 

声と共に浴びせた銃弾がお気に召さなかったのか、スコーピオンは尻尾をこちらに向ける。

 

(上等!!!!)

 

瞬間飛んできた鋭い針を、樹海を踏みしめ右手に握る短刀で逸らした。靴と樹海、短刀と尻尾がそれぞれ煙と火花を上げる。

 

「こ、の、や、ろぉぉぉっ!!!」

 

気合一閃。弾いた尻尾は遠心力に従って奴の元へ戻って行き、もう一度俺の方へ__________

 

(!!!!)

 

その時_____当然、そんなことあるはずないのだが_____どこか奴が、笑ったように思えた。

 

尻尾は俺への挙動を突如変え、別の方へ。そこには__________

 

「危ないッ!!!!」

 

 

 

 

 

「いや、ホントにごめん...」

「だから良いと言ってるでしょ。いつまで気にしてるの」

 

夕焼けが俺達を照らす中、俺は目の前の彼女に謝っていた。彼女_____千景は、呆れたような表情で自分の頭をつついた。

 

「だが」

「大体、これは偶然。この包帯も大袈裟過ぎるせいで高嶋さんや皆をあんな顔にさせてしまって...」

 

そう言って、彼女は俺が巻いた包帯を取る。

 

結局、スコーピオンの攻撃は虚をつくように千景へ向いたが、千景は完璧に対処してみせた。問題はその後、飛び込んだ俺が急停止出来ず、千景とぶつかってしまったことだ。

 

ぶつかった彼女はなんと頭から血を流し、そこからは俺も皆も動揺。

 

それからは、そのまま保健室へ直行。俺が責任とある程度の応急手当てのスキルがあるということで問答無用で処置をしたのだが、その姿は部室に戻った瞬間に動揺を増やすだけだった。

 

その時、ついに耐えられなくなった千景が俺をはたき、保健室に戻って今に至る。

 

「さっき言ったでしょう?今日戦う前にたまたま紙で切ってしまって、ぶつかった衝撃でほんのちょっとだけ血がもう一回出ただけって。普通だったらただぶつかっただけで何ともなかったわ」

「でも、結局それは俺の責任で」

「本当に大したことないレベルだし、絆創膏で足りる範囲だけなんだから、これ以上大事にしないで。いい?」

「......せめて大赦の病院には」

「いい?」

「...はい」

「全く...自分の状態くらい自分で分かるわ」

 

丸椅子に座った千景は、疲れたように息を吐いた。

 

「心配されるのは嬉しいけど、そこまでされると申し訳ないもの」

「...すまん。千景」

「だから謝らなくて」

「じゃなくて...これ」

 

俺は、さっきから振動がうるさかったスマホを千景に見せる。内容は至ってシンプルで、煩くならないよう部室で待たせてる皆からのものだ。

 

要約すると、内容は『ぐんちゃんのケガが心配だから大赦の人と救急車を呼びました。早く行ってきてね』というもの。

 

「......貴方ね」

「いや、俺が指示したわけじゃ...すいません」

 

千景に睨まれた俺は、ただ謝ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

昔、ハサミで髪を切られたことがある。その時耳も一緒に傷つけられ、今でも見れば分かる程度の痕になった。

 

もしかしたら、髪を長くするようになったのは無意識にこの傷を隠そうとしていたのかもしれない。少しでも自分を他の人と違わないようにするために。

 

現実逃避のためのゲームや音楽も、やめろと言われたり、キモいと言われたり。言われてきた中では、これでも優しい方なのだ。

 

それに対して、あの時の私はただ閉じ籠るだけだった。周りには敵しかいなくて、勇者の力を使って殺しかけるくらいの気持ちになるまでずっと蓄積して。

 

『痛くないわけ、ないじゃない...』

 

閉じ籠って、自分を守っていれば痛くないと思いつつ、そんなわけないと否定する自分。そんな反抗さが表に出たのは、良くも悪くも勇者になってからだ。

 

私一人じゃ、絶対上手い方向には行かなかった。私一人じゃ、誰かを殺していた。

 

私一人じゃ、過去を思い出したら__________

 

「ん...」

「起きたか?」

「古雪君...!」

 

寝ていたらしい私は、自分の状況を確認して彼の肩から頭を離した。

 

「...見たの?」

「何が?」

「っ、ね、寝顔よ」

「そりゃ、ずっと目を閉じてる訳にもいかないしな。寝息もたててぐっすりだったから枕の代わりになってたが」

「ッ!!忘れなさいっ!」

「ちょ、いた、忘れろって言われても...」

 

二の腕辺りを叩きまくっている間、彼は戸惑ったような顔をしてるだけ。そのうちそれが呆れたように代わり、「わ、忘れた忘れた」なんて棒読みで言った。

 

「何で私は寝ちゃったのよ...!!」

「緊張の糸が解けたんじゃないか?気の抜けない戦いの後、あれだけ騒がれて病院まで行って」

 

言われて少し思い返す。彼が付き添いで(というか腹いせに巻き込んで)訪れた病院では、やはりこれといった問題はなく、寧ろ待ち時間で皆に報告してる時が一番騒がしかった。

 

こうして大赦の車で寮に運ばれてからは、皆にまた詰め寄られるんだろう。全然嫌ではないけれど。

 

でも、寝顔に寝息まで聞かれてたとなれば恥ずかしいに決まってる。

 

「ほら、落ち着けって。どうどう」

「私は獣じゃないわよ!......はぁ」

 

諦めた私は、話を逸らすために別の話題を探した。

 

「そういえば貴方、随分慣れた手つきだったわね」

「何が?」

「あの過剰な応急処置」

「まだ言うか。悪かったって...まぁ、あれは慣れだよ慣れ」

「そんなに怪我してたの?」

「俺じゃなくて銀がな。勇者だって知らなかった俺からすると、あいついつ傷つくか分からなかったから。小さい傷ならどうにかなるって分かってからは本を漁ったりしてた」

「戦闘の傷ってそんなものかしら」

「戦いが大きくなきゃな。勇者部に入ってからも、風や友奈はアグレッシブに動くから、何だかんだ重宝したし」

「成る程ね...」

 

確かに、勇者部の活動は手に小さな傷をつけたりしまうこともあるし、今より人数が少ない分一人辺りの活動量が多かったら、必要なスキルだったのかもしれない。

 

「......なぁ」

「何?」

「いや、言いたくないならそれでいいんだけど...ちょっと聞いてもいいか?」

「だから何よ?」

「...さっき病院で言われてた耳の傷って、どうしたんだ?」

 

聞かれて、私は耳を触った。見た目で少し分かるくらいで、触り心地に違いはない。

 

『全体的に問題はありません。あぁそう、一つだけお訪ねしたいのですが、耳の傷跡はどうされたのでしょう?』

『昔つけた傷です』

 

(...さっきのお医者さんとの話、聞いてたのね)

 

「言ってなかったかしら?昔ハサミで髪と一緒に傷をつけられたのよ」

「!!」

「言いたいことはなんとなく分かるけど、黙りなさい」

 

そう言って、私は彼の口を塞いだ。

 

「私のために怒ってくれてるのは嬉しいし、煩くなるのも分かる。でも、少なくとも今何か出来るわけじゃないし、今の私は『そんなこと』気にしてないの」

 

病院でも今でも、こんなにすらすら語れるのは、今の私が何一つ気にしてないからだ。それは高嶋さんを初めとした彼女達のお陰であり、この世界で知り合えた皆のお陰であり、目の前にいる彼のお陰でもある。

 

「分かった?分かったら何も言わないようにね」

「......まぁ、お前がそれで良いなら、俺がとやかく言うことないだろうが...そんな強く言うこともないだろうに」

「っ...騒がしいと眠気が覚めるでしょ」

口から手を離した私は、雑に彼の肩へ頭を乗せた。少し頭のぶつけた部分と首が痛い。

 

でも、こうすれば私の顔は見られない筈だ。

 

「もう少し寝るから、着いたら起こしなさい」

「お前」

「いいわね?おやすみ」

「......おやすみ」

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(絶対フリだと思ってたんだが...)

 

病院帰りの車内。先程まで割と元気に喋っていた千景は、再び眠りについていた。

 

(まさか、ホントに寝るとは...)

 

俺自身も二回肩を貸すとは思っていなかったが、現実として起きているんだから仕方ない。後やることと言えば、彼女を起こさないようなるべく動かないことだけだ。

 

(......)

 

『分かった?分かったら何も言わないようにね』

 

つい先程の言葉を思い出す。彼女は昔つけられた耳の傷を気にしてないと言った。

 

(とはいえ、な)

 

更に思い返されるのは、いつかの彼女。

 

『もう戻れないわ!!私にはもう...居場所がない!!!』

 

あの時、彼女の故郷で文字通り刃を交えた時に発されていた殺気は本気だった。自分を虐めてきた人間を許さないという、純然たる悪意。

 

それを彼女に蓄積させたのは他ならぬあの町の住民だ。かといって、彼女がしようとしたことが正しいとは思わないが。

 

(...だとしても)

 

窓の外を見て、俺は小さく息を吐いた。もう俺が気にすることはないのだろう。

 

だって________さっきの彼女の顔も、本気で言ってるように感じたから。

 

完全に清算された思い出なら、蒸し返すこともない。

 

(よかったな。千景)

 

彼女がそう思えるようになって、心からよかったと思う。

 

「ん...」

 

彼女は返事をするかのように、もう少し寄りかかってきた。触れている箇所が少し暖かい。

 

(......全く。しょうがないな)

 

「すいません運転手さん。少し遠回りで帰って貰えますか?」

 

俺は起こさないくらいの声量で頼む。

 

帰ればきっとユウ達が駆け寄って来るだろうから、その分今はもう少し休ませてあげよう。なんて思いながら。

 

 



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ゆゆゆい編 74話

今回はクロックロさんからのリクエストになります!ありがとうございます!

事前にゆゆゆい編 57話を見ておくとスムーズだと思います。壁ドンシリーズと同じくらいの数になってきてますね。


「ふむ...」

 

私は今、腕を組み、目の前の本を凝視していた。

 

今日本屋を訪れた目的は、月終わりに販売されている模型雑誌の購入。最近話題の商品や、オススメの新商品を特集している物だ。ただ、今私が見ている物は違う。

 

「コスプレ、メイド服...」

 

隣に置いてあった現実でそう見ることのない格好の本に、私の注意は向けられていた。手にとって見ても、勿論見た目が変わるわけじゃない。

 

当然、何の理由もなしに見ているわけではない。あれはそう、前のこと__________

 

 

 

 

 

『あー、あれはね芽吹。誤解なんだよ。止むに止まれぬ事情というか』

 

夏凜に借りたトレーニング器具を返しに行った時。部屋にいたのは椿さんと、ナース服姿の夏凜だった。

 

『どんな理由があったら、夏凜があんな服を?』

『えーっと、それは...あはは』

『雪花?』

『...実は色々あって』

 

結局雪花にはぐらかされた私は、気にはなってたいたものの、数日間気まずそうにしていた二人に直接聞くのを躊躇ってしまい、そのうち忘れてしまった。

 

そんな記憶が今、この雑誌を見て蘇ったのだ。

 

(結局、あの二人は何故...)

 

あの時、夏凜だけがコスプレをしていて、椿さんは何もしていなかった。二人とも顔が赤くなってから青くなったのは、突然現れた私に動揺したからだとして__________

 

(...もしかして、椿さんってコスプレが好きなのかしら?)

 

普段あがる話題でもないし、基本的にバレる趣味でもない。とはいえ、想像すると何とも言えない気持ちになった。

 

椿さんが、この本を買って、部屋のベッドに寝ながらページをめくって笑顔になっているのを想像して________

 

(......何。このなんとも言えない感じは)

 

「あれ?芽吹さん」

「!あ、杏」

 

突然声をかけられて振り向けば、そこには本を手に持った杏がいた。

 

「偶然ですね」

「そうね。杏はその本を?」

「はい!これでこのシリーズが完結するんです。二人の純愛がどうなるのか楽しみで楽しみで...!」

「そう...」

「そういう芽吹さんは、何を買いに来たんですか?」

「あぁ私は、模型誌を」

「...コスプレ?」

 

呟かれた瞬間、私は硬直する。今私が上に見せているのは、ずっと手にとっていたコスプレ本だった。

 

「め、芽吹さんってそんな趣味が....!?」

「ご、誤解よ杏。私は違うの」

「じゃあなんで持ってるんですか!?それ絶対模型雑誌なんかじゃないですよね!?」

「それは、その...」

 

たじたじになる私と、詰め寄ってくる杏。

 

「えっと...実は」

 

結局折れたのは私で、事の始まりを口にし始めるのだった。

 

 

 

 

 

「つ、椿さんにそんな趣味が...!」

「多分、違うとは思うけど...」

 

他人に説明すると自分の理解度が深まるとはよく言うもので、所々誤魔化しながら杏に説明した私はどこか一人で納得していた。

 

(そうね。大方、また椿さんが変なことに巻き込まれたとか、そんなのじゃないのかしら)

 

あの夏凜が自分から率先して着るタイプじゃないのはずっと前から分かってるし、椿さんも服を着るよう頼むタイプでも、ましてや命令するタイプでもない。万一頼むとしても相手として夏凜という選択はないと思う。

 

それこそ、二人が秘密でそういう関係を楽しんでる。なんてこともないだろう。あの二人が付き合ってたとしても、全員に隠し通せるだけの力量は全くないと自信を持って言える。

 

「まぁ、もうそれなりに前のことだし、聞きそびれちゃったことを思い出しただけで」

「確かめてみてはどうでしょう」

「え?」

 

遮ってきた杏の言葉を聞き返してみたら、更に帰ってきたのは、どこか輝かせている彼女の目と、

 

「椿さんが本当にメイド服フェチなのか、確かめてみるのはどうでしょう!?」

 

ハキハキと発される、そんな言葉だった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「じゃあ、これで今日は終わり。はい」

 

教師の目線で委員長が号令し、学校のスケジュールが終わった。ここからは放課後、俺は普段なら部活動の時間になる。

 

「あんた達ー、部活行くわよー」

「悪い風、俺今日パス」

「え?あぁごめん、昼言ってたわね」

「そうそう。もう樹の許可は取ってるから」

 

何故か俺は、これから杏の部屋に招待されていた。大きな依頼も来てないし問題はさしてないと思うが、全員が遊ぶ場所としても部室が居場所になることが多いため、ちょっと疑問ではある。

 

それに、杏だけなら恋愛小説の話というのが分かりやすいが、芽吹も一緒となると少しその線が薄い。

 

「了解。じゃあ気を付けてね」

「私(わたくし)達は参りますか」

「...行く前に、そこにいる奴をちゃんと連れてけよ?」

 

そう言って俺達が目を向けた先には、机にうつ伏せで丸まっている棗だった。理由は分かりきっている。

 

「......寒い。動きたくない」

「今日は寒波が来てるみたいですからね」

「ちゃんと連れてくわ」

「ん。じゃあまたな」

 

風と弥勒に別れを告げた後は扉の近くにいた裕翔と郡に一言声をかけ、俺は駐輪場の方まで歩いていった。

 

(にしても、ホントなんなんだろ...?)

 

バイクを動かせばすぐに寮へ着く。

 

(文明の力はすげぇよな。これに慣れちゃうと歩くのがちょっと面倒に思うんだから...昔は月にも人が行ってたんだっけ)

 

以前杏が話していたことを思い出しつつも、俺はバイクを停めた。キー代わりのスマホを抜いて、彼女の部屋まで歩くのも慣れたもの。

 

「杏ー、来たぞー」

『あ、椿さん。鍵は空いてるのでそのまま入ってきてください!』

 

インターホン越しにそう言われ、俺はドアノブに手をかけた。

 

「ホントに空いてる...杏、流石に来客があるの分かってるからって、あまりこういうのは...」

 

注意しつつ扉を開けて、部屋の方を覗けば_____

 

「お帰りなさいませ。ご主人様」

「...お、お帰りなさいませ」

 

メイド服姿の杏と芽吹が、綺麗にお辞儀をしていた。

 

 

 

 

 

「????」

 

 

 

 

 

「お待たせしました。こちら手作りいちごジュースです!」

「いや」

「ではこれからこのジュースに、魔法をかけていきますね!」

「あの」

「いきますよ...お、美味しくな~れ。萌え萌えキュン!」

「杏さん?」

「一緒にやってくださいよぉ!!」

「えぇ...」

 

いつの間にか席に着かされた俺は、メイド服姿の杏に接客され、よく分からないまま怒られていた。本当にどうしたのかと聞きたいが、彼女の有無を言わさぬ勢いの瞳が邪魔をする。

 

緊張からか声は少し震えているのに、俺は言い返せない。

 

「もう一度いきますよ。一緒にやってくださいね?美味しくな~れ。萌え萌えキュン!!」

「お、おいしくなーれ、もえもえキュン...」

「はい!これでとっても美味しくなりました!!飲んで見てください!」

「あ、ありがとう...」

 

困惑したままこの場にいるもう一人のメイドに目で助けを求めるも、そっちの彼女は共感性羞恥からか、顔を赤くして震えていた。かく言う俺も顔が赤いだろう。

 

(なんだこれ...なんだこれ)

 

「椿さん?ぁ、ご主人様?」

「あ、うん。頂きます」

 

とりあえずいちごジュースを飲んで落ち着こうと、ストローを口につける。味自体は結構美味しかった。

 

「美味しいな」

「ちゃんと買ってきたいちごをミキサーにかけたんですよ...じゃなくて、私のあ、愛のエネルギーですね!」

「いやお前、恥ずかしくて噛むくらいなら無理に言わなくてもいいからな...?」

「噛んでなんかいません!」

「......」

「実は、理由がありまして」

 

本人が否定してそっぽを向くため、俺はもう一度、もう一人の方を向いた。何でこんな事態になったのか聞きたいというアイコンタクトが伝わったようで、芽吹が口を開いてくれる。

 

「椿さんが、その、こういった服が好みなのかと...」

「何でそんな話に」

「芽吹さんがナース服姿の夏凜さんと一緒にいたのを見たって話を聞いたんです」

「あっ、杏」

「......あー」

 

確かにそんな事件はあった。雪花が上手いこと芽吹に話していてくれたお陰で深く追及されることはなかったが、自分で話してない弊害がこんなところで返ってくるとは思ってもいない。

 

「そ、それで...椿さん、どうですか?」

 

その場でくるりと回る杏。スカートの裾がふわりと浮き、綺麗な円が描かれた。顔は色白の彼女にとってよく目立つ赤色になっている。

 

何の感想を求められてるかは、言うまでもなかった。

 

「うん、似合ってるとは思うぞ...」

「本当ですか!?」

「ただまぁ、俺別にメイド服が好きというわけではないというか...」

「え?」

「やっぱり...」

「元から、杏そのものが可愛いからな。普段着ない服だからギャップは凄いけど」

 

どこで買ったのかは知らないが、二人が着てる服は腕や足といった肌の露出もそれなりにある。俺にとって目に入れるのは明らかに毒なのだが、目を離しにくいのもまた事実だった。

 

「そっ、そうですか...?」

「あぁ。しかもこんな風にお店っぽくしてくれて...ジュースもだが、わざわざありがとな」

 

一応俺の好みだと思ってた服を用意してくれたわけで、素直に嬉しかった。

 

(最近そんな癒しを求めてるように見えたんかな?)

 

「芽吹もありがとう。ただ、夏凜との一件は」

「分かっています。私も何となく理解しているつもりでしてたし。大丈夫ですから...ていうか、そしたらこの格好ちょっと恥ずかしい...」

「?何だって?」

「何でもないです!!...ちょっと待っててください!」

 

そのままその場を離れた芽吹は、少しして戻ってきた。手にはさっきまでなかったポットとカップが握られている。

 

「どうぞ。入れたてのハーブティーです」

「お、なんか本当のメイドっぽいな」

 

いつの間にか飲みきっていたジュースの隣に置かれるハーブティー。こういうのが弥勒が憧れている御付きのメイドの動きなんだろう。

 

「じゃあ頂きます...うん。やっぱり美味しいな。月並みな表現かもしれないが、安らぎを感じる」

「嬉しいですよ。そう言って頂けるだけで。ありがとうございます」

「どういたしまして...こっちこそありがとな」

「杏もどう?飲むかしら...何してるの?」

 

芽吹と一緒に杏を見ると、彼女の手にもいつの間にか何か握られていた。

 

「いえ、椿さんがメイド服フェチじゃないのは分かりましたが、折角メイド喫茶っぽい感じになったので...最後はこれなんてどうかなって」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...ふふ」

「ん?何笑ってるんだ杏?」

「何でもないよ」

 

タマっち先輩がうどんを食べながら聞いてきたのに答えて、既に食べ終えていた私は見ていた物をお財布の中にしまった。

 

持っていたのは、私と椿さんのツーショット写真。さっき芽吹さんに撮って貰った、私がメイド服姿のもの。

 

(結局、椿さんはメイド服フェチではなかったけど...)

 

あの後、私達はそれぞれチェキで写真を撮った。芽吹さんは微妙な反応だったものの、写真を渡したら受け取ってくれたから戸惑っていただけみたいだ。

 

『貰っていいのか...?』

『いいんですよ』

『...折角なので』

『......じゃあ』

 

椿さんは遠慮気味に受け取っていた。

 

(でも、いっか)

 

ちょっと恥ずかしかったけど、また椿さんの照れてる様子が見れた。最近は耐性がついてきたのかなかなか見れる機会が少なくなってる気がして、それをこうして写真に残せたのはレア度が高い。

 

(プリクラの時も、二人して顔赤かったな...)

 

それは、西暦でのデートで撮った物。よく見ていたから今でも思い出せる。

 

(...また今度誘ったら、行ってくれるかな?)

 

きっと断られることはない。そう思いながらも、ドキドキとワクワクと一抹の不安を抑えられない心を静めるように、私は胸を抑えた。

 

 

 

 

 

「...杏。胸はおっきくなってないと思うぞ」

「タマっち先輩最低!!!」

 

 



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短編 二人の初めてバレンタイン

今回はバレンタイン短編です。なんだかんだバレンタインだけは毎年書いてますね。

以前の物と被りすぎないよう気をつけながら書いてると、壁ドンシリーズを書いてる時を思い出しますね。一人壁ドンは出来ても一人チョコ渡しは出来ませんが。


「そらぁ!!」

 

気合いの入った声と共に放たれたそれは、声量に比例するように勢い良くこっちへ来た。狙いは自分________ではなく、隣の男子。

 

「うげっ」

 

運動神経が悪いと自分で言っていた彼は、その球を避けることも受け止めることも出来なかった。それなりに痛そうな音を出しながら、球は彼から跳ねて地面へ転がる。

 

「!」

 

僕はその機会を見逃さず_____遠慮なく遠くへ蹴り飛ばした。

 

「そっちいったよー!!!」

「ちょっと、飛ばしすぎだってばー!」

 

皆が取りに行く中、外野にボールを渡せた僕は満足げに笑みを浮かべる。

 

「それで誰か戻ってきてよー!もう内野一人になっちゃったから!」

 

 

 

 

 

「それで、負けちゃったんだ?」

「うん...」

 

縁側でアイスを食べても、今日のことを隣の幼馴染みに話し終わる頃には気分が落ち込んでいた。

 

休み時間にやったドッジボール。結局僕のいたチームは全滅して負けた。

 

「あー、アタシがいたら敵討ちしたのになー」

「ボール投げるの上手いもんね...」

「椿ももっと強く投げなきゃ!!アタシみたいに!」

「難しいかな...」

 

球技全体を通して、僕より銀の方が上手い。まだやったことがないバスケとか卓球とか、そうしたものだったらもしかしたら勝てるかもしれないけど。

 

縁側に寝そべると、夕暮れ時の空が見えた。みかんのようなオレンジ色の空。

 

「僕も、銀みたいに男っぽかったらな」

「うぐっ」

「銀?」

「な、なんでもない。なんでも」

 

その時僕が聞いたのは、ボールを受けた友達みたいな声だった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「はぁ...」

 

アタシは一人、頭を抱えて机に突っ伏していた。別にテストの点が悪かったとか、隣の家の幼馴染みと喧嘩したとかじゃない。

 

(バレンタインかぁ...)

 

もうすぐあるバレンタインデー。カタカナばっかでよく分からない日は、『女の子が好きな男の子にチョコをあげる日』らしい。

 

ニュースでやっていた可愛い手作りチョコの作り方を見たアタシは、どういうチョコにしようか迷って__________

 

『僕も、銀みたいに男っぽかったらな』

 

その言葉で、撃沈した。

 

(そうだよ。アタシは女の子っぽくないから...)

 

アタシは、自分でも男の子っぽいとは思ってた。おままごととかお人形遊びとかは嫌いじゃないけど、ドッジボールやサッカーの方が楽しく思えるし、学校の友達が知らないようなゲームを椿と一緒にやるのが好きだった。

 

別に男の子っぽいことは嫌じゃないし、椿と同じだから嬉しい。だから女の子っぽくなりたいとはあまり思わない。でも。

 

(渡しても、喜んで貰えるのかな...?)

 

女の子が男の子にチョコを渡す日に、男の子みたいな女の子のアタシが混ざっていいのか。

 

『え、チョコ?銀男子っぽいのに渡してくるんだー?』

 

(そんな風に言われたら...どうしようっ!?)

 

驚いた顔をする椿を想像したら、ちょっとショックだった。かといって、今から女の子らしく思わせるなんて出来ない。したくもないけど、出来っこない。

 

「ただいまー」

「!おかえりなさい!」

「ただいま。銀...どうかしたの?」

「...実は」

 

お母さんが帰って来て、アタシの顔を覗く。アタシは不安を吐き出すように、すぐ話し出した。

 

 

 

 

 

「そっか。それで...」

「うん...お母さん、どうしたらいいかな。アタシはチョコ、渡さない方が...」

「銀は、椿君にチョコあげたいの?」

「!うん!!」

 

迷うことなんてなかった。他の誰にあげなかったとしても、椿にはあげたい。

 

「その気持ちがあるなら、大丈夫よ。思いきってあげなさい」

「で、でも...アタシ、チョコ手作りしたこともないし、ちゃんと受け取ってくれるか」

「あの椿君が受け取らないとは思わないし、手作りに自信がないなら、買った物を渡せば良いわ」

「それでいいの?」

「大事なのはここよ」

 

そう言って、アタシの胸をつついてくるお母さん。

 

「気持ちがあれば、手作りじゃなくたって大丈夫。自信を持って。悔しかったら来年、練習してから渡しましょう?今年は急だから無理だけど、その時はお母さんも手伝うから。ね?」

「お母さん...うん!!」

 

さっきまでの不安は嘘みたいに消えて、アタシはどんなチョコが良いか考え出した。

 

 

 

 

 

バレンタイン当日。アタシは数日前抱えていた不安を何倍にもなって感じていた。

 

(うぅ...なんでこんなに緊張してるんだ......)

 

後ろに隠しているチョコ_____お母さんとお店で買った小さくて可愛いチョコが何個も入ってる物に、せめてもとピンクのリボンをつけたもの____を握る手がちょっと強くなって、潰さないよう力を抜く。

 

(大丈夫。渡す練習はしたし...)

 

「銀ー!」

 

ハッと顔をあげると、こっちに向かってくる幼馴染み。

 

「...よし!」

 

誰にも聞こえないような声で、自分に気合いをいれた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

外で遊ぶにせよ、普段はどっちかの家で合流してから遊びに行く。だけど、その日は公園で会うことになっていた。

 

(何でだろう...?)

 

理由は分からないまま、学校で貰った幾つかのチョコを部屋に置いて、公園まで向かう。僕がついた時には、もう銀がいた。

 

「銀ー!」

 

駆け寄る僕に、銀は「や、やっほー。椿」と返してきた。

 

「すぐ見つけられてよかったよ。でも今日はどうして?」

「あー...いや、ほら。いつもと違う感じを出したかったって言うか、何て言うか...」

「?」

「ぅー...は、はい!!」

 

バッと両手で出されたのは、リボンがついてるチョコレートの箱。

 

「ほらこれ!バレンタインのチョコレート!」

「!!いいの?」

「こっちが渡してるのに悪いわけないだろ!!ほら、早く!」

「う、うん...ありがとう。でも銀、知ってたんだね。僕今日学校でチョコ貰って初めて知ったよ」

 

昨日まで、バレンタインデーが何の日かも知らなかった。

 

「っ、学校で、貰ったのか?」

「うん。皆にあげてる子からと、もう一人の子から一個」

「!!そ、そっか...アタシのはいらなかったかー。あはは」

「?何で?」

 

純粋な疑問に、銀がどこかつまったみたいな声を出す。

 

「え、だって、アタシみたいな男の子っぽいのに貰っても、嬉しくないだろ?」

「?嬉しいよ?銀から貰えたのが一番嬉しい」

「!!!」

「だからありがとう。銀。お返しはちゃんとするね?」

「あ、ぅ...」

 

バレンタインデーには、お返しをするホワイトデーも決められてるらしい。料理なんて全然しないから買ったものになっちゃうだろうけど、美味しくないのを渡すよりはきっといいだろう。

 

「銀?」

「ッー...」

「大丈夫?」

「!?」

 

なんだか顔が赤くなってるように見えて、おでこをくっつけて熱を確認する。

 

「にゃ、何を!?」

「この前お母さんが熱が出てないかこうやって確認してきたから...うん。僕より冷たいし、大丈夫かな?」

「なっ、つ、冷たいかー!そっかそっか!!」

「でも、ちょっとずつ暖かくなってるね。大丈夫?」

「大丈夫大丈夫!!アタシは丈夫だから!!さ、椿!遊ぼう!!!」

「あ!ちょっと、引っ張らないで!!」

 

僕はいつもよりちょっと強めに手を掴まれながら、握っているチョコを潰さないように気を付けて引っ張られていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「くらえー!!」

「おっと...良いボールだ。危なかったよ」

「くっそー!つえー!!」

「ふはは。高校生だからな」

 

そう言いつつ、椿は隣にいた女の子にボールを渡した。

 

「え...?」

「投げてみ。折角だから」

「で、でも私、上手く投げれないから、皆にやってもらった方が...怒られちゃうし...」

「でも、ずっと立ってるだけじゃつまらないよ?それに、取られても俺がまた取るから。皆に怒られないように頑張るからさ。やってみ?」

「......うん。ありがとう。お兄さん」

 

女の子は意を決したのか、椿からボールを受けとって構える。

 

「えーい!!」

「楽しそうだなぁ...」

 

依頼で来ていた小学校のレクのお手伝いは、今のところ順調そのものだろう。アタシと椿がそれぞれ一回ずつ入るドッジボールも、子供達からの不満はなさそうだ。

 

「いや、本当に助かります。ちょっと子供達を見れる人数が足りなくて...」

「あぁいえ、気にしないでください。それを受けて答えるのがうち(勇者部)ですから」

 

依頼主の先生に答えながら、アタシはドッジボールの続きを見る。椿はまだ内野で粘ってるみたいだが、バランスを考えてそのうち外野へ行くだろう。

 

さっきボールを投げた女の子は残念ながら外野へ行ってしまったが、楽しそうだ。

 

(なんか、懐かしいな...)

 

実際に見た訳じゃないけど、バレンタインデーが近かった時にそんな話をした気がする。確か小二とかの話だったと思うけど、もう何年前になるのだろうか。

 

(全く。椿は今も隣にいるからなー)

 

何が全くなのか自分でも分からない。でも、何となくそんな風に思う。自分でも言語化しにくい、チョコみたいに甘くてフワフワした気持ち。

 

(でも、あの頃から好きって気持ちは変わらない...いや、もっと大きくなってるもんね。ちゃんと今年もぶつけなきゃ)

 

皆と争うことになってでも本当の意味をぶつけるのはいつになるのか、まだ分からないけど__________

 

「ふーっ。そこそこ運動になるな。これ...銀?どうした?」

「え、何が?」

「いや、なんかにやけてたから」

「にやけてるって...」

 

言われ方を不服に感じながらも、アタシは返事した。

 

「なんでもないよ!」

 

バッグにしまってある今年の手作りチョコを、いつ渡そうか悩みつつ。

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 75話

今回はブラウン・ブラウンさんからのリクエストです。ありがとうございます!
た。

頂いたのが丁度8ヶ月前...8ヶ月?嘘でしょ?となってました。お待たせして申し訳ない。今投げてくださってる方も、これから投げたい考えてる方も、気長に待って頂けると幸いです。


「よーしよしよし」

 

膝に乗ってきた奴はなかなか図太い性格らしく、こちらに顔を一度だけ向けた後は、完全に丸まってしまった。人で言うならふてくされて隅っこにいるような感じがする。

 

「......」

「ほれほれ、ここがいいんですか~?」

 

一方で、彼女は笑顔に普段より高めな声をあげながら、自分の上に座る猫に猫じゃらしをぷらぷらさせていた。運動会のパン食い競争を思い出させるような動きで、猫が跳ねる。

 

「......」

「ニャー、ニャー」

「も~、そんなじゃれないで...可愛いにゃーもう!」

「......」

「にゃ~、にゃにゃにゃー!」

 

(...なんだろう。猫が二匹いる)

 

猫語で会話し始めた雪花を見ながら、俺は自分の膝に陣取っている奴の頭を撫でた。

 

「ナーゴ」

 

猫は動かず、独特な声を一度だけ上げた。

 

俺と(どうしても猫耳を幻視してしまう)雪花は、俗に言う猫カフェに来ていた。カフェと言っても正直大したものではなく、あくまで猫と戯れるのがメインになっている。

 

俺が彼女に同伴しているのは、行こうとしていたこの店が駅からもバス停からも遠かったからだった。こういう時バイクは役に立つ。

 

(趣味や娯楽のことを大赦に頼むのは気が引けるからな...)

 

雪花の目的として俺の同伴はオッケーだったらしく、今に至る。恐らく大丈夫だと思ったのだ。何故なら、彼女が言っていたのは__________

 

『一人で猫カフェ行って癒されたぁぁぁいい!!』

 

だったのだから。

 

当然、彼女がこう言ったのにも経緯がある。というか、滅茶苦茶自分から喋ってくれた。

 

『いや難しいテストが重なったり勇者部の依頼が色々あったのはいいんですよ!先輩方や園子に教えてもらったり、部活動は皆で和気藹々とやれるから!!』

 

『でも毎朝寒いからってこたつから出てこない棗さんを起こすために早起きしたり、夏凜が風邪でダウンしたからクラスで園子と結城っちの破天荒天然コンビを東郷と抑えたり、流石にヤバイんです!!!疲れたもぉ~!!』

 

『お、おう...』

 

普段何かとしっかりものの彼女がこう言うのだから、ここ最近は相当だったのだろう。何より貴重なツッコミ要因が壊れているのは勇者部全体的に不味い。

 

同伴が許されたのも、新たな疲労の種にならないと判断したからだと思う。

 

(ま、なぁ)

 

目の前で顔が緩んできた彼女を見ながら、俺は思考を巡らせる。

 

棗の寒がりはもう何回も経験してのことだし、放置すればいい。だが、彼女はそうしない。

 

園子の破天荒さはいつものことだから、疲れてるなら無視しとけばいい。だが、彼女はそうしない。

 

それが何故かは言われなくても分かる。彼女は疲れながらも、嫌だとは思ってないのだ。周りと一緒に色々やることが。それはこれまでの彼女のことからもちゃんと分かる。

 

「ニャー」

「ニャーニャー」

「お、君も来るかにゃ?いいよいいよ。来るもの追わず、去るもの拒まず!!」

 

(逆だしそれ...)

 

一方で、どこかで発散したい疲れが蓄積するということも分かる。だから俺は深く聞かず、今こうして普段以上に黙っていた。

 

(...お互い動かず、静かにしてような)

 

意図を汲み取ってくれたのか分からないが、膝の猫は微動だにしなかった。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「雪花?」

「...」

「どうした。暗くなる前に帰るぞ?まだまだ夜は冷えるんだからな」

 

厚手の白いコートに身を包んでいる椿さんが、ヘルメットを被る。一方私はそれを被らず、顔の前に置くだけだった。

 

「......」

「雪花?雪花さーん」

「何で」

「?」

「何で止めてくれなかったんですか!?」

「え、だって楽しそうだったし」

「がっつり見てるのにぃ!!」

 

つい先程までいた猫カフェで、私は完全に暴走していた。

 

はっきり言って、最近私は凄く疲れていた。朝は棗さんの世話。昼や夕方は暴走するメンバーのツッコミ。夜はテスト勉強。一つ一つは普段こなせることだけど、一気に来るとキャパオーバーになる。

 

それを癒すため猫カフェへと赴いた。椿さんも私を気遣ってくれて、送迎を買って出てくれたし、私が遊んでいる時も静かにしてくれていた__________いや、あまりにも静かにしていすぎていた。

 

私が猫の可愛さに周りを見失うまで癒されていたのを、黙って全部見ていたのだ。気遣いは彼の良い所だが、あんな後になって恥ずかしくなる姿、見られたくはなかった。

 

「なんだよ。俺のこと気にしないよう静かにしてただろ?」

「そうですけどねぇ!私完全に放ってたじゃないですか!?」

「別に、今日の俺はただの送迎係で、雪花が癒されるのが目的だし...居心地良さそうな顔してたじゃん」

「それは忘れてくださいっ!!!」

恥ずかしさが取れるのは、それから更に数分かかった。寒くなってきているとは思えないくらい体が熱い。

 

「はーっ...」

「わ、悪かった。少なくとも暴走したことはここだけの秘密にしとくから」

「それは別に...いえ、それも秘密にしといてください。芋づる式に出てきかねないので」

「あぁ。じゃあ、もういいか?出発して」

「...はい。ちょっと待ってくださいね」

 

気持ちを切り替えれば、椿さんの顔を見ても恥ずかしくはならない。と思うことにしつつ、私はヘルメットを被る。

 

「あ、そうだ」

「どした?」

「折角ここまで来たので、ちょっと寄ってみたいスポットがあったんですよ。帰り暗くなっちゃうと思いますが、良いですか?」

「別に平気だぞ。案内できるか?」

「任せてください」

 

それは、ちょっとした高台だった。猫カフェを探す過程で癒しスポットを幾つか見ていた時に見つけた場所。

 

別段、何かがあるわけじゃない。ただちょっと見晴らしの良い場所ってだけ。

 

「到着したのはいいが...ここか?」

「はい。あってます」

「何も無いみたいだが...」

「古そうなベンチだけですもんね」

「...ホントにここ?」

「えぇ。私が来たかったのはここです。ちょっと行きましょう」

 

椿さんを誘って、高台の崖際、転落防止の柵だけが配置されている場所まで歩く。椿さんもバイクを止めてついてきてくれた。

 

「別に何もないんですよ。ここを調べたときもそう書いてありましたから」

「でも、来たかったのか?」

「ついで感覚というか、あのカフェから近かったからって感じですけど」

「......一体何が目的で」

「...日が沈みますね」

 

ちょうど太陽が沈みきったらしく、空がオレンジ色から紺色へと変わっていく。

 

「気づきませんか?」

「何に?」

「何かに」

「......静かだな」

「正解。私もここまでとは思いませんでした」

 

椿さんはすぐに正解を当ててみせた。ここは近くに家もない。電車も通らない。道は狭く、バイクが通れる程度。

 

聞こえてくるのは、お互いの動く音や、呼吸音だけ。

 

「故郷が恋しい訳じゃないですけど、寒い日に外へ出たくなるんですよ。私。最近は静かな場所もなかなかないですし...良いことだとは思ってますけど、たまにはいいかなって」

「確かに、ここまで静かなのはなかなかないか...寮のすぐ近くも住宅街だしな」

「そうですね。北海道でもそうありませんでした」

 

記憶としては数年前になるあの場所も、ここまで、一人でいたら耳が痛くなりそうなくらい静かな場所はなかった。私の家の近くにも人はいたし、冬は雪の音が入る。

 

「確か東京だよな?昔の首都って」

「え?はい。そうですけど」

「いや、そこならこんな静かな場所は一ヶ所もないのかなって」

「私も詳しくは知らないんですけど、東京も他県との県境付近は整地してない山々が沢山あったらしいですよ?」

「へー。そうなのか。勉強になるな」

「普段受けてる授業を考えると、テストには出ないでしょうけどね」

「誰も300年前の正確な情報なんて知らないさ...採点する側も困るんじゃないか?」

 

先生が言いよどむ光景でも想像したのか、椿さんがくすりと笑った。この場所だと、その音もよく聞こえる。

 

「...いいよな。こうしてゆったりするのも」

「なーんにも無いですからね」

 

手を上にかざして、月を隠す。自分を照らす光がほとんどなくなる。

 

(...たまにはいっか)

 

「はぁーっ。今日ははしゃぎすぎて疲れました」

「うおっ...お前なぁ」

「いいじゃないですか。誰も見てませんよ」

 

ここには誰もいないから、椿さんの肩に寄りかかっても視線を感じることもない。たまには私もやってみてもいいだろう。

 

(恋愛感情が皆無でも、いつもならこんなことした時点で視線を感じちゃうからね...)

 

「どうせ断ったってやってくるんだろ?好きにしろ」

「はーい」

 

普段の皆で対応が慣れてるのであろう椿さんは、特別気にしてる様子もなかった。

 

「...」

「...」

 

ただひたすらに、ゆっくりと。自分のゆったりとした鼓動が相手の耳に届いてそうなくらい静かな場所。

 

「......」

「...これ、いつまでやる?」

「椿さんはもう帰りたいんですかー?」

「いや、あんまり遅くなるわけにもいかんだろ」

「私はご飯食べる時間そんなに気にしませんし、帰りは椿さんが送ってくれるでしょう?遅くても大丈夫です」

「...分かった。じゃあ適当にな」

 

それから、時たまポツポツと中身のない会話をしながら、ただ静かな時間を過ごして__________

 

 

 

 

「じゃあな」

「はい。ありがとうございました」

 

バイクが動きだし、曲がって見えなくなるまで見送る。

 

寮の前で降ろされた私は、一度空を見上げた。

 

さっきより周りが明るいため、月も、その周りの星も、少し輝きが弱く見える。

 

「やっぱ、たまにはいいもんね」

 

そう呟きながら、私は自分の部屋まで歩いていった。

 

その呟きの意味が『静かな場所にいたこと』に対してなのか、『ほとんど一人の時間を過ごせた』ことに対してなのか。

 

はたまた『椿さんと二人でいれたこと』に対してなのかというのは、思った以上に自分でも分からなかった。

 

(ま、最後はないでしょ。......ないない)

 

 

 



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短編 鷲尾須美だった少女

この作品の総合評価が4000を越えていました!!ありがとうございます!!

好評価バーの青色幅が増えてて凄い...夢じゃないのか?ってなってますね。まさかここまでいくとは。しかもこの文章を見てる方々は、大体が最新話まで追ってきて来てくださってる猛者...いや、本当にありがとうございます。

さて、今回は祈願花さんからのリクエストになります。久々の神世紀での話。


神樹様が消え、無尽蔵ではなくなった石油の使用が制限されてきた今現在。当然バスの本数は減っていき、それだけ乗車する人が集中するようになった。

 

俺に限って言えば、専用バイクがあることもあって不便さを感じることは少なく、寧ろ道がすいててありがたいわけだが、いざそれが使えないとなると、確かにちょっと不便さを感じてしまった。

 

(とはいえ、厳格そうな家に初回からバイクで行くわけにはいかないわけで...)

 

「古雪先輩、すみません。私の我が儘に付き合わせてしまって...」

「気にするな...とは流石に言わない。今回に限って言えば、俺はほぼ無関係だし、東郷が自分で整理する問題ではあると思うから」

「......」

「...だけどまぁ、絶対一人だけで終わらせろとも思わないし、頼まれたわけだしな」

「......ありがとうございます」

「この駄賃はみかんジュースでいいぞ」

「手塩にかけて作りますね。畑から」

「畑から!?いやそこまではいいからな!?」

 

普段部室でしていそうな話をしながら、俺達は緩やかな坂道を歩き続けた。

 

 

 

 

 

(門だけ見たら、洋風の家って感じがするな...そっか、東郷が日本文化に重症ってだけで、普通って可能性もあるのか)

 

「ここか?」

「はい...呼びますね」

「...その必要は無さそうだ」

「え?」

 

豪邸と言いきれるレベルの建物に、身長の倍以上ありそうな縦格子状の門。その奥に見える庭にいた女性がこちらを見た。

 

遠目ながらにも目を開かせ、驚いた表情に変わったのが見てとれる。そのまま女性は小走りでこちらに来て、隣にいる東郷へ呟いてきた。

 

「お嬢様...」

「...お久しぶりです。中に入れて貰っても良いですか?」

 

 

 

 

 

詳しくは知らないが、鷲尾家は大赦においてかなり格式の高い所だったらしい。それこそ、別の家系から勇者の素質を持つ者を、養子として受け入れるほどには。

 

そうして生まれたのが鷲尾須美。約二年の間、東郷美森が名乗っていた名前だ。

 

彼女を養子として受け入れた鷲尾家は、まるで本当の子供かのように接してくれて、東郷家への出資も惜しむことなくしてくれていたとか。

 

今年の春、天の神騒動の影響で機能縮小した大赦に今も所属しているらしい。

 

大方この辺りが、俺が持っている鷲尾家に関する知識だ。ほとんどが銀、園子、春信さん、安芸さん、そして他ならぬ東郷本人から聞いたもの。

 

「大丈夫か?」

「...手を、握ってもらえますか?」

「ん」

「......」

「旦那様、奥様、失礼します」

「...ありがとうございます」

 

扉が開かれる頃、感謝の言葉と同時に冷たい手が離れて、東郷が一歩踏み出した。

 

「お久しぶりです。お父様。お母様」

「須美...いや、東郷さんか」

「そんな他人行儀な言い方はやめてください。今ここにいるのは東郷美森ですけど、鷲尾須美でもありますから。ね?」

「...ここでこっちに振られても困る」

 

突然飛んできたパスに動揺するも、そのやりとりだけで視線が集まってきたのを感じた。まぁ、俺だけこの場では部外者なわけで、当然ではある。

 

「君が...」

「えっと...はい。古雪椿といいます。勇者の一人として戦っていた他、今はとうご...彼女を初めとした仲間と勇者部という部で活動しています」

「そうか...」

 

その後、鷲尾さん夫妻は軽い自己紹介をしてくれ、それ以外にも色々俺に向けて話をしようとしてくれたのだが、俺は悪いと思いつつ遮った。

 

今日の俺の目的は、東郷の付き添いなのだから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「綺麗でしょう」

「そうですね。本当に...」

 

私とお母様は庭に出ていた。話をしている中で、新しく育てたという朝顔を見ることになったのだ。

 

「こうして花を育て、愛でることが出来るのも、貴方達のお陰よ」

「私は...確かに私は勇者として活動しましたが、同時に四国にいる人全員を危険に巻き込みました」

 

自暴自棄になって神樹様の結界である壁に穴を空け、バーテックスを侵入させた。それは、到底許されるべきじゃない。

 

「でも、その贖罪のために『奉火祭』に自ら参加したんでしょう?」

「知っていたんですか?」

「えぇ...話を聞いた時は、心臓が止まったかと思ったわ。多分あの人も」

 

朝顔を見つめるお母様の目が、すっと細くなる。

 

「精霊ツバキが提唱者とされる調停の儀。ただ、大赦内でも謎が多くて、効果も神を相手にしている以上不明な点もある。何より前例も古くて少ない」

「...そうですね」

「......だから嬉しいわ。こうしてまた会えて。素敵な彼も捕まえて」

「!ふ、古雪先輩はそういうわけでは...!」

「えー?ただの部活仲間ってだけでわざわざこの家に来てくれるかしら?」

「あの人はそういう人なんです!」

あの人は頼めばきっと断らないし、実際断ることもない。だから、つい甘えてしまう。

 

「でも、勇者ということはライバルも多そうね」

「お母様!!」

「ふふっ、ごめんなさい。貴女とこんな風に話せるとは思わなくて、つい」

「っ......もっと早く、来るつもりでした」

 

天の神の騒動、そしてそれに伴う作業は、大体一ヶ月で安定してきた。それ以上延びてしまったのは、私の決心からだ。

 

「...お母様」

「ん?」

「お母様は、この世界、どう思いますか?神樹様がいなくなったこの世界を」

 

不安だったことを口にする。私達は自分達の選択_________神の統治を拒み、人として歩む道を選んだこと________を後悔していない。

 

だが、それは私達だけの考えであり、神様が消えて、資源や環境に問題が出てきているのが現状だ。

 

特に大赦は規模を縮小させているため、悪い方向を言うならば、私はお世話になったこの家の仕事を大きく潰したこととなる。

 

「そうね...大変、なんじゃないかしら。これから」

 

お母様は、小さく呟いた。

 

「まだ数ヶ月。影響が出ている物の方が少ないでしょう。でも、以前よりは確実に不便になった」

「そう、ですよね...」

 

後悔してなくても、迷惑をかけたくて行った訳じゃない。実際の声を聞いて、少し胸が苦しくなる。

 

「でもね」

 

しかし、お母様はそこで止まらなかった。

 

「大赦として一般の人よりあった知識を踏まえるなら、こうならなかったら神樹様と一つになっていて、こうして花を一緒に見れなかったかもしれない。そう考えたら、悪いものでもないと思うわ」

「!」

「何より、これからを担う貴方達が選んだ道...いいえ、大切な娘が選んだ道なのだから、応援するのが私達よ」

「...ありがとう、ございます」

 

言われた瞬間、肩の荷が降りたように脱力した。お母様に、不安を安心に変えて貰ったから。

 

「そんな他人行儀はやめて。ね?須美」

「...はい。ありがとう。お母様」

「えぇ。じゃあそろそろ戻りましょうか。あの人と古雪君を待たせてしまっているし」

「そうですね」

 

男性陣二人の会話が想像できなくて、何か予想がないかお母様へ目線を向ける。すると、お母様も何も思い浮かばなかったように私を見てきて、見つめあった瞬間二人でくすりと笑ってしまった。

 

(置いてきてしまったのは申し訳ないけど、一体どんな話をしているのかしら?)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「今日は色々とありがとう」

 

お父さんは_____鷲尾さんは、庭へ出た二人を見送ってからそう言った。ちなみに、間違っても初対面の男性と二人にした東郷を睨んでなんかいない。

 

「自分はただついてきただけです」

「それも凄いだろう。友人というだけで、義理の親子の家へ一緒に会いに来るというのは...それに、今日だけのことじゃない」

「......」

「お陰で、こうして今日須美と会えた」

 

鷲尾さんの言うことを、俺は理解している。

 

東郷は俺を連れて鷲尾家を訪れることを決めた。だが、緊張のためか不安のためか、相手側へ向かう日時を伝え忘れていたのだ。

 

行って会えなかったらその日を不意にするのは勿論、東郷の精神的にもダメージが入るだろう。かといって、会うことに緊張してる相手に電話しろとも言いにくい。

 

『すみません。古雪椿といいます。あ、はい。勇者の。単刀直入に用件だけ言うと、鷲尾須美さんがそちらを伺いたいということでして......』

 

だから俺は、事前に安芸さん経由でこの人へアポを取っといた。鷲尾さんの言いたいことがこのことを指すのは言うまでもないだろう。そもそも、俺との話題なんてそれくらいしかない。

 

「まぁ、連絡を忘れるのは最近の彼女を見ればしょうがないと思います。張り詰めた感じはしてましたし...でも、ここに来てからはそんな感じもないので、自分は必要なかったかなって感じますね」

 

東郷は元々芯の強い女の子だ。今さっきも話している様子を見ると、俺が必要だったか聞かれれば怪しいラインに思えた。

 

やったことと言えば、道中話をして、ちょっと手を握ったくらいだ。

 

「...そんなことはないんじゃないか?」

「そうですか?」

「これでも二年間、娘として見てきたんだ。あの子が少し緊張しているのは分かったし、ちらちら君の方を見ていたのも分かっている」

 

気づかなかったポイントをつつかれて、俺は黙り込んだ。

 

「それに、それこそここに住んでいた頃の友人ではなく、君を連れてきた。そこに意味はあるんじゃないだろうか」

「......多分、丁度いいんじゃないですか?距離感的に」

 

園子や銀は大赦での繋がりもある友達で、ここにいるのは気まずいだろう。彼女にとって一番不安を拭ってくれるだろう友奈は_________

 

(確かに、友奈じゃない理由は薄いだろうか...不安にさせちゃうからとかかな)

 

真相は本人に聞かなければ分からないが、聞くつもりはないからほっといても良いだろう。

 

「そうか...そう言うならいいさ」

「...そう言えば、まだ大赦に所属してるんですね」

「せめてもの罪滅ぼし...というわけではないがね。あんなに私達を大切に思ってくれていたあの子の命を差し出すようにしてしまったからには、こうした形でしか返せないと思ったから。責任だよ」

 

話題転換に、「勇者の機能については、我々より詳しいだろう」と続けた鷲尾さんは、天井を見上げた。

 

「満開という機能は、彼女達が戦いを始めた後につけられたものだ。大きな力の代償として、体の機能を失う。我々は事前に説明を受けていた。その上で、あの子には黙っていたんだ」

「......」

「見殺しにしているようなものさ。記憶のない、車椅子で動くあの子には何度か会う機会があったが、耐えられなかったよ。あちらとしては、見ず知らずのおじさんでしかないからね」

「...」

「今日も、こうして会うまで怖かったのさ。あの子が私達を恨み、拒む理由は十分にある」

「彼女は、恨んでなんかいませんよ」

 

鷲尾さんの言葉を遮るように、俺は口にした。実際会ってそうではないと思えたのであろう言い方だが、俺からすればここに来る前から分かっている。

 

「決して一言では表せない感情をお互いに持っているのは理解しているつもりですが...悪い気持ちを持ってたなら、ここに来ることは勿論、俺に対して、この家での思い出をあんな嬉しそうに話しません。きっと」

「!」

「...すいません。でしゃばったことを言いました」

「......いや、ありがとう」

 

鷲尾さんは、長めの息をついた。

 

「...あの子が君を頼る理由が、少し分かったよ」

「そうですか?」

「あぁ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「どうだった?」

 

夕飯までご馳走になった帰り道、送ってくださるという好意も受け取って家まで帰って来た私達は、私の部屋で少し話すことにした。

 

「行けて良かったです。ありがとうございました」

「俺は何もしてないから。少なくとも今日はお前が話してただけだよ」

「お父様と二人の時にも話してたじゃないですか」

 

私とお母様が庭から戻ってきた時、二人は想像以上に盛り上がってるように見えた。

 

『君も、よければまた来てくれ』

『機会があれば...でしょうか。すいません。流石に用事も無いのに来るのは...』

『それもそうか。もし次来るとしたら、何かしら用意しておこう』

『あ、ありがとうございます』

 

帰り際の話も、なんだか気に入られていた様に感じる。

 

「あー...それは」

「何の話をしてたんですか?」

「...共通の話題、かな」

「共通の?お父様と古雪先輩の...?」

 

どちらの趣味もそれなりに知っているつもりだが、そこに共通するものなど欠片もなかったように思えた。

 

(古雪先輩がお父様の話に合わせたという方がしっくりくるけど、そんなのあったかしら...?)

 

「...え、マジか。分からないのか」

「私にも分かるものですか?」

「寧ろ一番分かるだろ」

「一番...あっ」

 

答えが分かるとそれ以外の選択肢が出ていたことが信じられない程で、同時に顔が赤くなるのを自覚した。

 

だって、古雪先輩とお父様は他ならぬ私の話で盛り上がって__________

 

「何話したんですか!?私の何を!?」

「...内緒」

「!?!?」

「あ、ちょ離して東郷。力強っ!?」

 

普段なら「大したことない」と言いそうな所をはぐらかされた私は、古雪先輩の腕を振り回す。降参した彼が話した内容で更に振り回す力が強まったのは、仕方のないことだろう。

 

「東郷さん俺の腕千切れます!!」

「お父様となんて話してるんですか!!馬鹿!!」

 

 

 

 

 



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短編 いつかの恋を見に行って

今回は今朝さんからのリクエストです。ありがとうございます!

読む前後に以前の話(以下リンク先)を読むことをオススメします。自分の作品だしリンク貼っても大丈夫な筈。

案外こっちを先に読んでも面白いかもしれません。

https://syosetu.org/novel/143136/147.html


「つっきー。あーん」

「あの、園子、俺にも流石に羞恥心ってのが...」

「あーん」

「......あー」

 

観念して口にしたクレープは、バナナとクリームの甘さの暴力だった。

 

(これ、周りからはリア充爆発しろって思われてそうだな...)

 

「美味しい?」

「美味しいよ」

「嬉しい?」

「...それ、答えなくても知ってるだろ」

 

園子(恋人)からの『あーん』が嬉しくない筈もなく、俺がすぐ食いつくことも喜んでることも知ってる上で、園子は嬉しそうに聞いてくる。

 

「でも、せめてうちに帰るまではさ...」

「はい二口目ー」

「むぐっ」

 

何も言わせずに突っ込まれた二口目は、やはり甘かった。

 

 

 

 

 

夏休みのお祭りで、俺と園子は恋人になった。皆には一悶着あったものの無事話終え。園子と一緒に帰ることも、そのまま俺の家へ来ることも増えた。

 

今日もそんな勇者部の活動帰り。クレープを買って食べさせあいながら、俺達は帰り道を歩く。恥ずかしさはあるが、園子の頼みを断れないわけで。知り合いに見られてないのが唯一の救いだろう。

 

「はぁー!美味しかった!!」

「今日夕飯はどうするんだ?銀と一緒か?」

「んーん。ミノさんはいっつん達と食べるから、済ませてきてくれーだって」

「んじゃ夕飯何にしようか。リクエストあるか?」

「つっきーの手料理~」

「それは確定事項なんだっての。作る料理をだな...」

 

喋りつつ前を向いた時、ふと足を止めた。園子がそれに倣うように止まる。

 

俺達の前には、立ち塞がるように一人の男がいた。俺達と似た年齢だろうか。

 

(いや、何だ...似てる)

 

年だけじゃない。顔を見ると、鏡で見る俺の顔に似てるように思えた。髪は短めで、園子に似たブロンド色をしている。

 

「...誰だ」

 

気づけば、そんな声をかけていた。ほぼ直感。しかし、ただ者じゃないという気持ちが募る。

 

「......古雪、椿」

「俺の名前を?」

「園子」

「!」

「...成る程。理屈は分からないけど、何が起きたかは分かった」

 

勝手に納得した彼は、何か考えるように口元へ手を当てる。

 

「おい、何なんだよ一体」

「いや、うん...どうすればこの状況を遊べるかなって」

「何言ってる?」

「つっきーの親戚...とかじゃないんだよね?」

「あぁ。初対面だよ...でも、園子の名前まで何で」

 

彼女の反応からして、この男と俺達二人は初対面。一方的に知られている気味の悪さから、警戒心を上げていく。

 

「うん。決めた」

「「!!」」

 

一言そう言った途端には、奴の顔が目の前にあった。咄嗟に園子を守るように防御したものの、奴がブレて消える。

 

(この距離で目が追えない!?)

 

「よっと」

「グッ!!!」

「!つっきー!?」

「ふむ...変わらず、重りを追加してるんだな」

「てめっ...!」

 

殴られた腹を抑えながら睨み付ける。今日の依頼で持ってきていた俺の木刀二本を奪った奴は、貼られている鉛に目を向けていた。

 

(こいつ...ヤバい!)

 

「ほら」

「!」

 

投げられた一本の木刀を掴むも、焦りと疑問は増えるばかり。

 

「...どういうつもりだ」

「折角だから戦いたいと思って。一本は借りるけど...これでフェアだ」

 

せめて片方は解消出来るよう、かつ時間を稼げるよう、木刀を構えず口を開く。案外すぐ答えた彼は、何事も無いようにケースを捨て、木刀を構えた。

 

「そうそう。『戦衣』だっけ?それも使った方がいい」

「!!!!」

「じゃないと、流石に木刀だと骨まで響くからな」

 

そして、その言葉を言われて合点がいき、警戒心は最高値を突破した。

 

(こいつ、大赦の人間か!!!)

 

一般人が戦衣のことなど知る筈もなく、俺や園子のことを知っているのも合点がいく。

 

恐らくは、天の神騒動で大赦をほぼ潰した俺達に恨みを持った人間。

 

(でも、こんな奴が大赦にいたなんて聞いたことない...!!)

 

「あ、逃げようとしても無駄だから」

「...せめて、園子は逃がしてくれないか?」

「つっきー!?そんなこと許さないよ!!私も」

「バカ言うな!」

 

園子はもう勇者じゃなく、精々運動神経が良いくらいのレベルの女の子。対して敵はおかしな速さ、力も強く、そんな奴に武器まで取られた。

 

「そうだな。かあさ...いや、そっちの女に手を出すつもりはない。代わりに、ここにいて俺達の戦いを見て貰う。そうでなければ痛い目にあって貰うしかなくなるな」

「......」

 

突然襲ってきた強敵に、逃げ場のない状況。

 

(......)

 

でも、退くわけにはいかなかった。守るべき大切な彼女が隣にいるんだから。

 

(そうと決まれば、覚悟を決めろ。俺)

 

「下がってて、園子」

「!つっきー...」

「大丈夫だから」

 

木刀を構え、ポケットからスマホを取り出す。もうこうした目的で使うことはないと思っていたから手入れも糞もないが、身体能力へのブーストは変わらない。

 

「使えって言ったこと、後悔させてやるからな」

「それは楽しみだ」

 

一瞬の睨み合いを終わらせたのは俺の方。

 

「戦衣!!」

 

コンクリートの地面を蹴飛ばした俺は、いつかのボロボロになった装束を纏いながら突っ込んだ。

 

 

 

 

 

突如始まった勝負は、一分とかからなかった。

 

「ふっ!!」

「~ッ!!!!」

 

声にならない悲鳴をあげて、木刀を防いだ腕を抑える。しかし、続かれた二撃目は気づくことさえ叶わず、肩の関節が外れたと思うほどの痛みを味わった。

 

今の戦衣には致命傷を治癒する能力も、精霊バリアに類似する能力もない。本来一撃で骨折する攻撃を激痛で済ませる程度の防御力しかないのだ。

 

だが、確かに防御力は上がるし、常人とは比べるのも馬鹿馬鹿しい力も手に入る。動体視力や反射神経も比例して。

 

しかし、現実は防戦一方。戦衣を着ていながら、奴に対しての攻撃に大きなダメージは与えられず、こちらは対応に追われるばかりだった。

(こいつ、本当に人間かよ!?)

 

こっちの方が有利な筈なのに、勝てるビジョンが全然見えない。何か特別な機能を使ってるか、もしくは、普段使いしたくない言葉だが_________

 

(...覆しようのない、才能の差があるってことか)

 

「まだ考える余裕がありそうだな」

「ッ!!!」

 

構え直す隙すら与えられず繰り出された連撃を止める術を、俺は持っていなかった。

 

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「つっきー...!!」

 

目の前の光景が信じられなかった。つっきーは決して最強じゃないけど、その努力と経験で培われた強さがあった。実際戦衣を着ていれば今この世界の中ではほとんど最強に近いと思う。

 

「ぐっ、ごほっごほっ!!」

「反射神経なんかは上だけど、動きが読みやす過ぎる。スマホで目眩ましなんかはらしいと言えばらしいけど、経験値で強くなるなら、今はこんなもんか...はぁ。予想を外したな」

 

そんな彼が倒れて唾液を溢すことすら止められない程危機的状態で倒れているのと、見ず知らずの人が木刀を回転させながらため息をついている姿は、見るに耐えなかった。

 

でも、私は動けない。怖いからじゃない。今行ったところで、足手まといにしかならないから。

 

(でも、こんな...こんなのっ!!)

 

「もうやめてっ!!」

「そ、の...ッ」

「言われなくてもやめるさ。時間もないし興味ももうない...でも、そうだな。園子」

 

私と似たような色の髪を揺らして、彼はこっちを向いた。黒と紫が混ざったような瞳が、真っ直ぐ私を射抜く。

 

「何でこの男と結婚したいと思ったんだ?」

「え...」

「あぁ違うか。どこが好きなんだ?この男の、どこが」

 

こっちに一歩ずつ歩いてきて、そんなことを聞いてくる彼。

 

「な、何で突然そんなこと。つっきーをそんなにして何を!!!」

「そ...逃げろ......」

「いいから。答えてみてくれよ」

 

木刀を一度振って、私の首元へ突きつける。

 

「その...こっ!!」

「......」

「......」

「好きな所を、言えばいいの?」

「そうだ」

「......難しいな」

 

ぽつりと、私はそう言った。

 

「は?難しい?」

「うん」

「言えないのか?あんたともあろう人が?」

「言えるよ。言えるけど、どうやったら見ず知らずの人につっきーの良さを伝えられるか分からないから。例えばさっきはね、さりげなく車道側を歩いててくれたの。そういう所も好き」

 

話ながら、私はどこか気を緩ませていた。この人は、確かにつっきーを傷つけたけど、何故だが本当に悪い人には感じられなかったのだ。あった筈の警戒心が、瞳を合わせるほど溶けていく。

 

全く理屈のない、ただの勘。でも、私に危害を加えないんじゃないか。なんて思っている自分がいる。

 

「私の作ったお弁当を美味しく食べたよって連絡してくれるのも嬉しいし、朝おはようって言えるのも嬉しい。この前一緒にお泊まりしたのも楽しかった。全部、全部好きなの。こんな道端で話せる内容じゃ収まりきらない。ましてや一言でなんてとても」

「!」

「だから、貴方に話すのは難しいんだ...強いて一つ言うなら」

 

振り向いた彼と一緒に、同じ場所を見る。

 

「かはっ...はーっ...ッ!!」

 

そこには、咳き込みながらも片手で木刀を構えるつっきーの姿があった。

 

「無茶でも、無理しても、今こうして私を守るために立ち上がってくれる姿が大好きなんだ」

「園子から、離れろっ!!!!」

「......成る程、ね」

 

彼はどこか頷いたようにしてから、木刀を私に押し付けた。首から圧迫感が伝わってきて__________

 

「「!」」

 

耳元で風の音が鳴って、目の前にいた彼は飛び退いた。代わりと言わんばかりに抱き止めてきたのは、他の誰でもない。

 

「......」

「...ない」

「ん?」

「園子は、渡さない。俺のだ」

「......ハハッ」

 

つっきーの顔を見た彼は、嬉しそうに笑った。それが何を意味するのかは分からないけど、どことなく誰かを思わせる。

 

「何がっ、おかしい...!!」

「何も。なーんにも。いやぁ、流石だよ」

「分かるように説明しろっ!!」

「残念ながらそんな暇は無いみたいだ」

 

『淡く光り始めた』彼が見上げると、すぐ横に人が降ってきた。そんなことが出来るのも、こうなる予想をしていたのも一人だけ。

 

「園子!!椿!!とりあえずあいつは敵でOK!?」

「銀...なんで」

「園子から連絡来てたから来た!!」

 

ただ私は、スマホを起動してミノさんに緊急事態であることを伝えただけだ。

 

「...ギャラリーも来たし、お別れだ」

「え、何であいつ光ってるの?」

「......あの光は」

「最後に言っておく」

 

木刀を丁寧に地面に置いた彼は、つっきーと私を見て、

 

「未来で、待ってる」

 

そう言って、光に包まれた。

 

「......そういう、ことかよ」

 

小さくそれだけ呟いたつっきーは、糸が切れた操り人形の様に倒れて_____地面にぶつからないよう、頑張ってささえる。

 

「悪い、園子」

「ううん...寧ろありがとう。つっきー」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

眩しい光が消えると、目の前には自分の顔が見えた。

 

「......戻ってきたのか」

 

辺りを見渡し、古めかしい建物だと確認した俺は、ようやく一息ついた。

 

「戻って、これたぁ...」

 

自分も思ってた以上に不安だったようで、力の抜け具合が凄いのを自覚する。とはいえ、貴重な経験が出来た。

 

(まさか、過去に行けるなんてな)

 

古雪椿と、乃木園子_____俺、古雪立夏(りっか)の父さんと母さんは、この古い建築物、もうその意味を成していない寺で告白し、付き合いだしたという。毎年ここの掃除を自主的にするくらいには好きな場所だ。

 

たまたま帰り道に近く、自分だけで寄った訳だが、中にあった鏡に触れた瞬間光が溢れて、俺は父さんと母さんに会った。俺とほぼ同年齢であろう頃の二人と。

 

疑問は尽きなかったが、『折角なので楽しめる方へ』と考えた結果、若い父さんと戦うことを選んだ。

 

(正直、戦闘に関しては期待外れだったが...ま、父さんだしな)

 

今も息子に対して邪道と言われない程度の小細工を仕掛けてくることがあるが、それを正面からねじ伏せている俺としては、昔の父さんが何をしてこようとあまり効かなかった。

 

(手段を選ばず勝ちを取りに行く姿勢は尊敬するが...)

 

「とりあえず、これは廃棄だな」

 

とんでもないことをしてくれた鏡を壊すのは躊躇うため倒しておくだけにし、俺は寺の外へ出た。太陽の落ち加減を見るに、時間はそう経ってないらしい。

 

過去に連れていかれたことに関しては、驚きはしたがそこまでだった。何せ数十年前には見える形で神様がいたと聞くし、両親は神様と戦ったと言うし。

 

「...帰るか」

 

とりあえず、昔も変わらず母さんが好きで俺に立ち向かってきた父さんと、父さんを信じている母さんが知れて良かったと思った。

 

(ま、俺には何一つ傷を負わせられなかったわけだがな)

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

ごくごく普通の一軒家。我が家を紹介するにはそんな表現が一番良いだろう。

 

「お帰りー」

「...カレー?」

「正解。今日母さんは遅くなるらしいから、後で温めればいいものをな」

「ふーん」

 

匂いですぐ分かった夕飯を待つため、テレビをつける。

 

(四国外の考察ニュース、天気予報、昔のドラマの再放送...)

 

興味のあるものがなかったテレビを犬猫特集に固定して、それをBGMにして考える。

 

(さて、さっきのことを話すべきか...そもそも父さん覚えてるのか?歴史に対してのズレとかあるのか?)

 

「立夏」

「何?」

「いや何じゃなくて。それどうしたんだ?」

「?」

「ここ」

 

そう言って、自分のおでこの右辺りを叩く父さん。疑問に思いながらそこを触って__________

 

「......」

「なんだ、転んだのに気づいてなかったのか?怪我しても昔から何も言わない奴だったが...とりあえず消毒液と絆創膏取ってくるか」

「......」

「あの時も可愛げのない園子みたいだったけど、それって可愛げなくさせたの俺ってことなんだよなぁ...あー、あっちの部屋か」

 

手には、薄くとはいえ赤い血が確かについていた。

 

「...ふ、ふふっ」

 

最後の、あの古雪椿の一撃。避けきったと思っていたものは、カスっていたらしい。

 

それまでまともに触れられてなかったのに。圧倒し続けていたのに。完勝したと思っていたのに。

 

「ははは」

 

あの位置は、側にいた母さんにギリギリ当たらない場所だった。あの人が少しでも父さんを怖がって動けば刺しかねない、だけど、俺が動き直すには時間がかかり、少しだけ避けにくいギリギリの場所。

 

もしあれを、狙って撃ち込んだのだとしたら。いや、狙って無かったとしても、二人の阿吽の呼吸の結果だとしたら。

 

「ハハハハハハッ!!!」

「え、何どうしたの」

「アハハハッ!!!バ、バカップルだ!!!あの頃から!?あはははっ!!!」

「...どうしよう。立夏壊れちゃった」

 

消毒液と絆創膏を持って困惑してる父さんと、大笑いする俺。もし母さんがここにいたら__________

 

『二人とも楽しそうだね~』

 

そんなことを言いながら、自分も笑ってるんだろう。

 

 

 

 




前書きに置いていた話を見てない人に解説すると、園子の誕生日記念短編で登場した二人の子供、古雪立夏との話でした。

ちなみに過去に送った鏡ですが、恐らく使うのは今回だけで、伏線とかは現状ないのであしからず。


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ゆゆゆい編 76話

「よっ」

「あ、椿。あんたも買い物?」

「それ以外にスーパー寄る理由があるか?」

 

互いに買い物かごを抱えた状態の俺と風は、同じスーパーでばったり会った。

 

「イネス行かないの?」

「いや、あそこ微妙に遠いじゃん?ただの買い出しにわざわざ行かない」

 

特定の物を買いに行くだったり、みかんジュースの補充をがっつりするならイネスに行くことが多いものの、普段から行くには少し距離がある場所だ。

 

「それに、今日ここは福引きあるし」

「え、そうなの?」

「あぁ。500円ごとにな。大した物は出ないだろうが、箱ティッシュでも貰えたら嬉しいし」

 

適当な会話をしながらもお互い買い物かごに食材を入れ、レジで会計を済ませた。話していた通りレシートと一緒に福引き券が貰えて、枚数を確認する。

 

「椿は何枚?あたしは四」

「俺は六。列はあっちみたいだな。行くか」

「ちょっ、それあたしの袋!」

「筋トレ代わりにするから貸せよ。いいだろ?」

「...全く。ガラガラ回すときは返しなさい。いいわね?」

「はーい」

 

正式な名前は知らないが、ガラガラと回して行う抽選機に並ぶ俺達。そう時間はかからない。

 

「一等はお米、特賞は温泉旅行...どうせ狙うなら特賞だな」

「さっきはティッシュって言ってたのに」

「言うだけならタダだから。逆に一等だと、この荷物に米持ってかなきゃならんし...飴でもいいな」

「次の方どうぞ~」

「あ、一緒に行くか?」

「別々の必要ないでしょ」

「ごもっとも。先引けよ」

「じゃあ遠慮なく回させてもらうわね」

 

思い切り回す風に苦笑してると、あっという間に四回やり終わっていた。結果は全部ポケットティッシュ。

 

「ま、そんなもんだろ」

「そんな...椿。やりなさい」

「物騒な感じ出すなよ...ほい、袋任せる」

 

恨みが込められてそうな風の視線をガラガラ抽選機と共に受けながら、俺は適当に回していく。

 

(ま、どうせティッシュでも貰えるだけ...あれ?)

 

 

 

 

 

「まさか、こんなことになるなんてな...」

「あんたが言うの?」

「いやだってさ...」

「ていうか、あたしの方が意外よ。別にその場にいたからって誘わなくてもよかったのよ?別の子誘って行けば」

「温泉旅行とかだったら流石に俺も誘わないけどな...それに、お前行きたいって言ってただろ」

「うっ...ありがと」

「はいはい。お、見えたぞ」

 

バスの外に見えたのは、大きなお城と城門のような入口。

 

「折角だし、楽しむか。遊園地」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「広いな~...」

 

そう呟くのも椿を見ると、思ったより目がキラキラしてた。最近こんな感じの子供っぽい顔は見てない気がして、新鮮に見える。

 

(今日はあたし達だけだし...うん)

 

結局椿がくじで当てたのは、二等の遊園地ペアチケットだった。充分に凄いことだし喜んだものの、次に言われたことをあたしはよく覚えてる。

 

『新しく出来た遊園地のペアチケ...風、やるよ。樹と行ってきな』

 

あろうことか、貰ったチケットをスッと渡してきたのだ。あたしは勿論抵抗した。これは椿が手に入れたもので、あたしはただ睨んでただけなのだから。

 

『俺別に行く気あんまないし』

『いやだからって貰うわけにもいかないわよ!!』

 

それから話は帰り道で続いて、あたし達二人で行くことに決まって今日を迎えた。

 

遊園地は、大昔に別の地方で大人気だったテーマパークを再現したものらしくて、完成前から話題になってたし、行きたいとも思ってた。

 

その話を聞いていて、強気にあたしへ譲ろうとしてくれていたというのはさっき聞いて、入園前から顔が赤くなったわけだけど_______それは置いといて。

 

(こうして見ると、全然楽しめてそうね...よかった)

 

『俺別に行く気あんまないし』なんて言ってたから、もしかしたら遊園地の中身を知ってた上で興味ないのかと思ってたけど、杞憂だったみたいだ。

 

(なら...ねぇ)

 

新しい遊園地、周りは見渡す限り家族連れやカップル、二人きり。これを活かさない手はない。

 

「よし!椿、今日は楽しむわよ!!」

「言われなくてもっ!ちょっ、腕もってくなって!!」

 

あたしは椿の腕を取って、城の見える方へ走り出した。

 

 

 

 

 

「次何にする?」

「次は...そうねぇ」

 

ベンチに座りながら、地図を広げて全体を見る。改めて遊園地が広いと感じながら、自分達の位置を確認した。

 

ちなみにこれまでで、

 

『なぁ、風』

『何?』

『ちょっと、これは、流石に恥ずかしいんだが...』

『慣れるわよ。いいでしょ?お揃い』

『うっ...うぅ』

 

お互いペアキャラの帽子を買って被り。

 

『『美味しい』』

『食べるでしょ?はい』

『ありがと。こっちも食べるよな?』

『いや、それは食べて...』

『...?』

『......貰う』

『あ、口つけた所は嫌か。はい。千切ったから大丈夫だろ』

『......貰うわよ!!!』

 

ポップコーンとチュロスを交換して食べたり。

 

『何でそんなに納得いってなさそうなのよ』

『いや、連射出来る癖に判定は対応してないし、台によっては絶対狙えないくらいランダム要素強かったからさ...実際の弾が出るか、春信さんに頼んでいつものに変えてもらえればもっと良いスコアが......』

『何言ってるのあんた』

 

的当てゲームで使った銃と自分が普段使いしてる銃を比べてたりした。

 

「うーん...」

 

悩んでる椿は、今も可愛い耳つきのカチューシャをつけて、気に入ったのか二本目のチュロスを食べている。

 

(滅茶苦茶満喫してるじゃない)

 

小学生組を始めとした年下が増えてから、頼れる兄としての姿を見ることが多くなって_______西暦から戻ってきてからより大人びた感じはしてたけど________こんな姿を見るのはどうしても珍しく思う。

 

「よし。じゃあ次はこのお化け屋敷的な所に...行かないから袖掴んで震えないでくれって。嘘。嘘だから」

「ホント...?」

「本当。お前が苦手なのいつも通りだもんな」

「...あんたはいつもより楽しそうね」

「そりゃそうだろ?折角新しい遊園地で遊べるって言うし。風も一緒だしな」

「~!!」

 

(いつもそうやって...)

 

「よし。じゃあ次はここ行くか」

「!えぇ行きましょう!早く行きましょう!」

「何で定期的に急かすんだお前は!?」

 

お化け屋敷以外なら気にならないだろうと、あたしは椿が指差した場所まで引っ張っていった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

隣に座る彼女が少し緊張したように見えて、俺は声をかけた。

 

「まだ抜けれると思うが...」

「べ、別に平気よ」

 

並んでいるのは普通のジェットコースターなのだが、室内で夜空を模した暗闇を走るタイプなのが問題だった。さっき冗談でお化け屋敷の話をしたからか、暗い場所に対して風が不安がっている。

 

「無理しなくていいんだから」

「む、無理なんてしてないわよ!ほら早く」

 

さっさと乗り物に乗っていく彼女。後を追う俺。

 

「それでは、安全バーをしっかり下げてくださいねー」

 

一番前へ乗り込んだ俺達へ係の人から指示が飛び、風が最速で安全バーを下げた。

 

「お前...」

「あたし達は普段跳ねたりしてるわけだし、大丈夫よ。うん」

「それでは皆さん、いってらっしゃ~い!」

 

かなりの初速で飛び出した乗り物は、上昇のために急減速し、体が斜めになっていくのを感じる程の角度を昇っていく。

 

(...)

 

普段であればこれもわくわくの一つではあるが、どうしても隣が気になってしまった。

 

「......風」

「な、何よ」

「まだ怖いか?」

「......」

 

答えは沈黙であり、完全回答だった。とはいえ、もう降りれる筈もない。

 

なら、俺はどうするか。

 

「風。今から俺の言う通りに」

「椿...?」

「目を閉じて」

「ぇ、え」

「大きく息を吸って」

 

カタカタと昇り続ける中、暗闇で隣に座る彼女の顔も分からないまま言っていく。

 

(大丈夫。まだ昇りきる気配はない)

 

「ゆっくり息を吐いて。無理ない範囲でな」

「...すーっ、はーっ......」

「よし」

「ひゃっ」

 

安全バーを握っていた彼女の手に俺の手を重ねる。

 

別に、普段から彼女はこういう訳じゃないのだ。ジェットコースターだって楽しむタイプだし、今動揺しているだけ。

 

なら俺は、普段通りにするか、この状況を特別じゃないものにしてやるだけだ。

 

「目を閉じてれば、外が暗くても関係ないだろ?」

「そういう問題...?」

「大丈夫。普段から飛んだり跳ねたりしてるわけだし...俺はこの手を絶対離さない」

 

(手を繋いどけば、普段より激しめな帰り道...っぽくなるはず。なにより)

 

「俺が絶対、お前を守るよ」

「......」

 

返事がないまま、乗り物が重力と平行になる。恐らく頂上。

 

やがて、ゆっくりと坂道へ入り__________

 

「バカ。ほんっとバカ」

 

風(かぜ)に流されながら、そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はい、これお土産な」

『うわ~っ!!!』

「これチョコクランチ!」

「このキーホルダー可愛い!!」

「取り敢えず頼まれてたのと、それ以外にも色々な」

 

部室に歓喜の声が響いて、皆が口々に椿へ話しかけていく。

 

「風、すまない」

「棗?何が?」

「いや、これだけの土産を二人で買ってくるのは大変だっただろう。私の分だけでも抜いておけば」

「全然平気よ。殆ど椿が持ってくれたし...」

 

正直、あたし自身もそれなりに重たい物を持ってたとは思うけど、あまり感じなかった。皆のためと思えば何ともなかったのもあるだろうけど、その前のことで頭がいっぱいだったから。

 

『はい。買ってきたから...落ち着いてゆっくりな』

 

暗い中を突っ切るジェットコースターを終えて、ベンチに座ったあたしにお水を買ってきてくれた椿。

 

『悪かったな。ここに連れてきちゃって...』

『あたしが意地張っちゃっただけよ。気にしなくていいから』

『もう平気そうだな?』

『えぇ』

 

何なら、ジェットコースターも途中から楽しめた。目は瞑ったままだったけど、多分開いていたとしても変わらない。元々暗い場所じゃなく、怖い場所がダメなだけだし。

 

(それに...あんたのお陰でね)

 

『俺が絶対、お前を守るよ』

 

手を握って、そう言ってくれて。椿の方が手は冷たかったけど、そんなの関係なくて。

 

それに驚いて、逆に冷静になれた。

 

『?どした?何かついてる?』

『...』

『無言で写真を撮るなよ』

『......何でもないわ!さ、皆のお土産買いに行きましょ!』

 

「風?」

「っ、ごめんごめん。とにかく、棗が気にする必要ないわ。遠慮なく受け取って頂戴」

「...ならば、お言葉に甘えよう」

 

輪に混ざっていく棗を見て、その先にいる椿を見る。

 

(...む)

 

スマホで見返したのは、カチューシャ付きで自撮りしているあたし達。

 

(......良かったわね)

 

「そういや椿さん!行ってみてどうでした!?」

「結構楽しかったぞ。俺も色々撮ってきたんだが、風が送ってきてくれた奴の方が上手く撮れててな...あぁ、この自撮りのとか綺麗に」

「ダメー!!!!」

 

明らかに睨まれるだろう写真を食い止めるため、あたしは全力で駆け出した。

 

 

 




以前にも遊園地に行く話は書いたんですが、以前のはとし○えん、今回のは夢の国をモチーフにしてます。記憶の限りではとし○えん行ったことなかったけど。


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ゆゆゆい編 77話

詳しいことは後書きで書きますが、長くなったので『大満開の章に合わせて更新したいので、更新頻度更に下がるかも』これだけ前書きで書いときます。

ダブルラッキーセブンな今回はチャサキさんのリクエストです。ありがとうございます!


「ありがとうございました~!」

 

やたら元気の良い店員さんの声を背に、俺は早速ビニール袋を漁った。中に入っているのはチキンにピザまんにみかんジュースというジャンクフードな組み合わせ。

 

(ひなた辺りがいたら、栄養バランスがどうとか言ってくるかもしれないが...たまにはいいだろ)

 

女子ばかりの勇者部に所属しているからか、自炊出来る力がある程度あるからか、俺は他の男子高校生よりジャンクフードに手を出すことが少ないと思っている。とはいえ、無性に食べたくなる時もあるわけで。

 

「頂きます」

 

袋から取り出したチキンの匂いで口からよだれが溢れてくるが、そのまま大口を開けて食べた。東郷がいたら怒られそうな食べ歩きだ。

 

まぁ、時間をおいたら冷めて美味しくないし、これから日用品の買い物を考えている俺に帰るという選択肢はなかった。

 

(今日の夕食と明日の飯、歯磨き粉、あ、後シャンプーも切れてたっけ)

 

珍しく部活動もなく、友人や他の部員からの連絡もなし。完全に予定なしで一人というのは、なかなか無い機会だ。

 

(と言っても、何かするわけでもなく適当に一日過ごすんだろうな~...実績解放したいゲームとかあったっけ)

 

持っていた紙から滲み出た油を手につけながらチキンを食べ終わった俺は、紙を丸めてビニール袋にいれてから指を舐めた。普段が普段だけに、凄い悪いことをしている気分だ。

 

(たまにはいいな。こういうのも。さて次は...)

 

「うおっ!?」

「うっ...!」

 

ピザまんを取るため袋を漁っていると、突然軽い衝撃に襲われて尻餅をついた。どうやら曲がり角で誰かとぶつかったようだ。

 

「あぁすいません!急いでいたもので」

「いえ、こちらも不注意でした。すみません」

「いえこちらこそ!それに...」

「...あー」

 

地面の先には、手元から飛んでいったピザまんが転がっていた。

 

「大丈夫ですよ。三秒ルールがあるので」

「室内とかならともかく、外はダメでしょう!すみません。弁償させて頂...」

「......?」

 

突然止まった相手の声を確かめるように、顔を見上げる。

 

「「...」」

 

そこには、ケーキ屋の箱を大事に抱え、顔をひきつらせている『俺』がいた。

 

「...」

「...えーと、それではごきげんよう」

「いやその反応はおかしいだろ!?おい逃げんな!!!」

 

逃げ出した俺を追いかけるため、俺はピザまんを諦めて走り出す。

 

おかしいのだ。自分と同じ顔の奴が逃げ出すということは、同じ顔なことに疑問とかがなく、見つかったら不味いと思ってるのだから。

 

(つまりあいつは、何かしら俺よりこの世界に深い関係者!!)

 

「シュークリームどうしよう」

「呑気だなおい!!!」

 

追いつこうとするも、根本的な運動能力が違うのか離されていく。

 

(素早い!)

 

「!」

 

一度こちらを振り返った奴は、ビルの間の裏路地へ入っていった。俺を撒くつもりなんだろう。

 

だが、それはただのチャンスだった。

 

(やるしかない!!)

 

スマホを取り出し、人の視線が切れてから変身。強化された脚力で地面を蹴り飛ばし、曲がり角にあったパイプを使って方向転換、目の前の俺に追いついた。

 

「止まれ!!」

 

一度飛んで短刀を向ける。敵意はないが、聞きたいことはある。

 

「戦衣はないだろ...」

「だったらお前はその姿で速すぎる。私服型の勇者服か、インナーでも隠してるのか」

「......はぁ」

 

大きくため息を吐いた奴は、諦めたように両手をあげた。

 

「何処へ行く?俺は喉乾いたし、ドリンクバーある場所がいい」

 

 

 

 

 

「ショートケーキ二つ。そっちは?」

「...チーズケーキ」

「じゃあそれとセットドリンクバー二つで」

 

注文を受けた店員は俺達を双子だと思ってるのか、そもそも俺達が同じ顔に見えないのか、特に気にすることなく復唱して戻っていった。

 

「んじゃドリンクバー」

「いや待て。その前に答えろよ」

「いいからいいから。みかんジュースな」

 

有無を言わさぬ様子でジンジャエールとみかんジュースを取ってきた相手は、「ほい」と俺の前にみかんジュースを置いた。タイミング良くケーキも到着する。

 

「あ、すいません。これテイクアウトで」

「......いい加減答えろ。何者なんだお前は」

「...はぁ。めんどくさいな。俺はお前だ」

「そんなことは分かってる」

 

相手も俺も古雪椿で、勇者に関して知識があることは分かってる。問題はその先だ。

 

「質問を変えるか。お前は『何だ』。どういう存在だ」

「ほう?」

「他の世界に勇者になれた古雪椿はいないって聞いた。だったらお前はおかしい」

 

かつて、あの高嶋友奈から言われた。あの後生まれたなら話は別かもしれないが、十分に怪しい。

 

「それをお前に伝えた奴と普段一緒にいる。そう言えば分かるか?」

「...は?」

「お前を過去に送った彼女」

「!!」

「そいつと一緒にいると言ったんだ」

 

思考が止まった。元から人間でない存在かと思ったが、彼女と似た存在だと言うなら__________

 

「...俺は、未来の俺か?」

「何故そう思う」

「あいつと近いなら、お前も神に近い存在。そして、神樹にせよ何にせよ、そうなるきっかけがあった存在。だが、今俺はこうして生きている......だったら、俺がこれから、死んだ先の存在になる」

「成る程な。面白い推理だ」

 

ショートケーキを口に入れた相手は、ケーキがあった場所にフォークを置く。皿にフォークが当たり、食器特有の音を鳴らした。

 

「だが、残念ながらハズレだな。俺は未来からではなく、過去から来た」

「過去からって...」

「俺の名前はツバキ。いや、『精霊ツバキ』」

「!!」

「知ってるだろ?お前のついた嘘やひなた達の立ち回りの結果生まれた、奉火祭の提唱者となった俺のことだ。その存在は後年、信仰心の対象になった」

「...その大赦からの信仰心が、力を与えた?」

「概ね正解だ。簡単に言うと信者の祈りによって俺は意思を持った。お前とは同じで違う、精霊としての存在をな」

 

「さて。ここまでで質問は」と聞いてくる、俺であり俺でない者。その事実に混乱はしていても、自然と聞きたいことは出てきた。

 

「逃げたってことは、それ以上詳しいことはあまり答えられないんだろ」

「察しがいいな。お前が聞きたいことの多くはその通りだろう。まぁ焦らなくていい。『今この場でお前に答えるまで俺は消えない』」

 

どこか引っ掛かりのある言い方を気にせず、俺は口を開いた。

 

「...何でシュークリームを買ってたんだ?沢山」

「久々に外出出来たんでな。あいつに土産を」

「いや自由か。じゃなくて、外出ってのは...単なる室内じゃないんだろ?」

「お前も来たことある場所だよ。あそこが今の俺達の家だ」

 

淡々と、チーズケーキは減らず、ショートケーキは減っていく。

 

「じゃあ、あいつは元気か?」

「元気だよ。今日もいってきますのキ...何でもない」

「?」

「はい次の質問」

「......元気にやってるならそれでいい。次は...お前達はこの世界で、何を狙っている?」

 

あの高嶋友奈が俺達にとって悪いことをするとは思っていない。しかし、あの世界とは別のこの世界にくる目的も、きちんと理解してはいない。

 

何せ目の前の俺とは初対面、彼女と話したことがあるのも、片手で数えられるレベルなのだから。

 

「それは答えられない」

「やっぱりか」

「まぁまぁ。だが安心しろ。お前達にとって悪いことは考えてないし、俺は一番神様を信じてない頃のお前がベースの存在だ。そんな奴がどうしてあいつやお前達より神様を優先するよ?」

「...」

 

(一理ある。な)

 

全部を全部、完全に信じられるわけではない。だが、俺自身に利害を問うのであれば、この話に問題はないだろう。

 

「...疑っててもしょうがないしな。一旦信じることにする」

「そうそう。話がわかって貰えて助かるわ。ごちそうさま...っと、そうだ。もう一つ」

「?」

「ちょいこっち」

 

手招きに応じ、体を机の方へ寄せる。

 

「一体何...を」

 

受けたのは、強い衝撃。

 

「いや、何でもないさ」

 

 

 

 

 

「椿さん」

「!!」

「きゃっ」

 

目を覚ますと、眩しい太陽を見てしまって思わず瞑る。

 

「っ、俺は...」

「椿さん。大丈夫ですか?」

「ひなた...?」

 

俺を呼んでいたのはひなただった。薄手のワンピースを揺らしながら立ち上がる彼女は、俺に手を伸ばす。

 

「はい。どうぞ」

「あ、あぁ...えっと、どうしてここに?」

「どうしてって、椿さんがメールしてきたんでしょう?『今日買い物した荷物が多いから、暇だったら来てくれないか』って」

「そうだったっけか...」

 

公園のベンチで隣を見れば、確かに一人で持つにはちょっと厳しい量の袋があった。

 

「......」

「どうかしましたか?」

「こんな荷物買ってたかなって...」

 

(そもそも、荷物が多いからってひなたを呼ぶか?)

 

寝る前の記憶を思い出そうとするが________買い物した記憶から、あまり思い出せない。

 

スマホでメールの履歴を探ると、確かにひなたへ送ったメールがあった。

 

(...寝ぼけてるだけなのか?)

 

「椿さん!」

「っ!わ、悪い。まだ寝ぼけてたっぽい」

「でしたら、もう一寝しますか?ここでは風も強くなってきてますし、寮が近いので私の部屋で是非」

「......帰ろう。俺の家に。そこでもう一寝するわ」

「でしたら家事をしておきますね」

「いや別に」

「しておきますね」

「そんな申し訳な...」

「...」

「お願いします」

「はいっ!!」

 

(断れない俺は無力だ...)

 

いっそ「同じ布団で寝ます」くらい言ってくれれば否定しやすかったのに_____なんて考え、その考え自体がヤバいことに気づいた俺は、動揺を悟られないようビニール袋を持つのだった。

 

「そう言えば、今夜夕飯を一緒に食べませんか?若葉ちゃんも一緒に」

「いいけど、うどん食べに行くか?」

「食べに行くのも良いですが、作るのも良いですよ?一緒に作りますか?」

「うーん...夕飯何買ってたかな________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「問題なさそうだな」

 

マンションの屋上で、古雪椿と上里ひなたの様子を見ていた俺は、二人が移動を始めるのが見えて一息ついた。

 

(ばったり会うのは想定外だったが...まぁ、調整は出来たみたいでよかった)

 

ある程度欲している情報を流し、油断させた所で気絶させ、神様と似たような感じで上手いこと記憶を消してひなたを呼ぶ。あいつが俺を探す様子がないことから、上手いこといったのだろう。

 

(......まだ、知らなくていい)

 

いずれは知るかもしれない。選ばなきゃならないこともある。

 

だけど、まだいい。今はまだ、存在を知らず、日常を過ごしていればいい。お互い不干渉でいい。

 

「とりあえず、帰るか。ユウへのお土産これでいいかな...」

 

ショートケーキの入った箱を片手に、俺は空気に溶け消えた。

 

 




前書きでも書きましたが、こちらで詳しい話を。自分語りが多めなので、興味なかったら飛ばしちゃってください。

現在ショートアニメのちゅるっとが放送、原作ゆゆゆいでは新たな巫女が登場したり(天馬美咲の見た目かなり好みです)と、ゆゆゆ界隈は更に盛り上がってきました。

そして、目玉である大満開の章も10月に決定!まだどんな話なのか全く分かりませんが、今から楽しみです。

さて。話は変わってこの作品ですが、前々からリアルと戦いながら短編を書きながら新章の製作に着手していました。Twitterの方では言いましたが、進捗としては一年半書いて大体半分くらい...って感じです。

しかし、折角なので大満開の章に合わせて完成させたいという思いと、四月からの環境がバカ忙しくなったということで、今回のように一月以上あけての更新が今後増えていくかもしれません。正直これでも間に合わないかもしれない。

なるべく諦めない!の精神で頑張るので、皆さん変わらず待っていてくださると嬉しいです。よろしくお願いします。


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ゆゆゆい編 78話

「動画投稿か...まぁいいけど」

 

最近、勇者部では一つ問題が起きていた。正確には起きそうになっている。が正しいか。

 

どんな問題かと言えば、簡単に言えば予算だ。

 

元々大赦からは各メンバーへお小遣いとしてお金が渡され、勇者部にも活動資金が与えられている。しかし、最近出費がかさみ、資金を少しオーバーしていたのだ。

 

別に各メンバーが自重して運営費に回す、もしくは大赦に増額を頼めば良いのかもしれないが、今後似たような機会が来た時の為に、今回は自分達で何か稼げないかという話が挙がり。そうして出てきたのが、勇者部で動画を作り、お金を得る方法だった。

 

『意外と視聴回数稼げればお金を得ること自体は出来るっぽいぞ。沢山稼ぐとなると難しいが...』

 

裕翔から話を聞いたり、千景をはじめとしたメンバーで相談した所、動画投稿は手段として『アリ』と判断。となればすぐ行動に移るのが勇者部だ。

 

その時席を外していた俺は、園子ズが何人かメンバーを連れて撮影し始めたという話を聞いたものの、自分がどうするかはまるで決めていなかった。

 

「俺が出来ることって何かあるかな?出来そうなのはゲームやプラモだけど、どっちも俺より上手いのがいるし」

「そうですね...でしたら、とりあえず一通り動画にしてみて、私達がそれを見るのはどうでしょう?」

「あー、それでチェックして貰えばいいか」

 

東郷のアドバイスの元、自分が貢献できそうな配信内容を考える。

 

「...よし。じゃあこの週末でビデオカメラ回して色々撮ってみるわ」

「分かりました。楽しみにしてますね」

「そんな面白いものを撮れる気はしないが...なるべく頑張るよ」

 

 

 

 

 

「もしもし」

『ん?どうした?』

「突然で悪いんだが、お前が持ってるゲーム幾つか貸してくれないか?なるべく沢山、というか俺が持ってないジャンルのゲーム」

『え、いいけどどうした?』

「実は、勇者部で動画撮影することになってさ_____

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「んじゃ、後頼む」

「はい。お任せください」

 

部室を早歩きで出ていく古雪先輩を見送り、私は録画機の中の映像をパソコンへ移していく。

 

「東郷さん、何してるの?」

「古雪先輩がこの土日に撮った動画を確認するのよ。友奈ちゃんも見る?」

「見たい見たい!」

「タマも見たいぞ!椿何してきたんだろうな?」

「ゲームはしてるんじゃない?」

 

球子さんや夏凜ちゃんを始め、興味のある人が徐々に集まってきた。

 

「ぐすっ...イケメン6計画が...」

「そのっち。いつまで言ってるの」

「園子。ごにょごにょ...」

「!!つっきーの動画!?これは見るしかねぇ!!」

「うーん、キャラ変わりすぎでは??」

「おだてた銀が言うんじゃないわよ」

 

そのっちが考えていた『イケメン6による恋愛ドラマ計画』は演者の反対により頓挫。部室の端で悲しみにくれていた彼女も、銀が話しかけたせいですぐに復帰し、いつもの記録道具を持っていた。

 

「ていうか、肝心の本人は?」

「別件の依頼でもう行ったわ...よし。これで見れますよ」

 

かなり録画数が多く、ちょっと意外な印象を受けたものの、私は構わず最初の物を押した。

 

『これで音もよし...映像も問題なし。じゃあ始めるぞ』

 

何度か見たことのある古雪先輩の自室かと思えば、すぐに映像が切り替わった。

 

『色々調べてゲーム画面をメインに出来るよう画面関係を弄った。右下に俺が映ってる筈だ。とりあえずこれで幾つかゲームをしていくぞ』

「やはりゲーム実況だったわね」

「何のゲームをするんでしょう?」

『まずやってくのは対戦ゲームだ。オンラインで何戦かする』

「おぉ、会話してるみたいだな。今の」

 

古雪先輩は淡々と、自分の操作する人物の強み、弱みといった説明、対戦時に気にしている点などを話ながら戦っていく。

 

『普段戦ってるのが千景だから、やっぱ相手は弱く感じやすいな。だからって勝てる訳じゃないけど』

「と言いつつさらっとコンボ決めてるわね...それなりに難しいと思ったけど。今の」

「やっていない私でも分かりやすいと思う解説ですが...そもそも面白いかと聞かれると、どうなんでしょう?」

 

私達からすれば、古雪先輩の動画ということもあり楽しめているが、彼を全く知らない人達から見てどう感じるのかは分からない。解説動画としての優秀さは、そもそも需要があるのかすら私には分からないわけで。

 

「とりあえずどんどん見てこうぜ。椿、結構撮ってるみたいじゃん」

 

球子さんに促されるまま、私は次の物を表示した。

 

『次は簡単なRTA動画をやる。やるのはこのゲームな』

「あーる...?」

「リアルタイムアタック。とにかく早くゲームクリアするのを目指す楽しみ方よ」

『練習は大体二時間くらいした。始めるぞ』

 

そう言って椿さんが操作を始めると、いきなり画面が黒くなった。

 

『!?』

『まぁ今回こんな感じってのを見てもらえればいいからバクが有名で滅茶苦茶早いのを選んだわけだが...初動特殊コマンドを出すとこうして画面が暗転。20秒してからポーズして再開すると最終面から始まる』

 

草原のような背景が紫の禍々しい姿に変わり、私達は絶句した。

 

『後はこの面をなるべく早くクリアするだけだ。動かし方は練習したしコースも頭に叩き込んだ。最速動画がこっから10分だったから、12分代を狙うぞ』

「...た、確かにこれなら皆驚くかもしれませんね......」

 

 

 

 

 

それから。オススメの本について語る動画(ライトノベルと言われる種類だった)、模型製作動画、短剣を扱う際に気を付けている点を話す動画、料理を作る動画もあったが__________

 

「た、確かによく動画としてあげられてる物もあるけど...」

「少なくとも、私達がやらされたドラマよりはまともだが...」

「...私達が見る分には面白いですが、これが動画として皆から再生されるかと言われると、微妙かもしれませんね」

「短剣の使い方とか、一般人はそもそも振り回さないわよ」

 

良く言えば王道、悪く言うなら無難、埋もれやすいものであったり、理解されにくいものと言えばいいのか。数を出せばいずれ人気になるかもしれない、というものだった。

 

「こ、ここから昨日になります」

 

まだ動画があることに驚きつつ、土曜日に収録したものから日曜日へ移る。

 

(古雪先輩は、これ以上何を...)

 

「これは、外ね?」

「あ、猫!」

『出掛けるついでにいたんで動画を撮り出したぞ。折角だから、野良猫の触れ方をな』

 

『勇者部で慣れたんだが、この場合は...』と言って始まった動画は、画面のほとんどが猫の拡大図だったものの、顔を崩す猫は可愛さがあった。

 

「ペット動画...こういったものもあるのか」

「これは人気出そうだね~...メモメモ」

「里親探しで関わった子達に協力をお願いすれば幾つか撮れるかしら?」

「弥勒家と猫の戯れ...イケますわ!!」

 

皆で会話が進んでいると、いつの間にか動画が切れて次に変わる。

 

(これは...他と比べて圧倒的に長いわね。何かしら?)

 

「これは、また家でしょうか?」

『裕翔...友達から俺が持ってないジャンルのゲームを借りてきたから、追加でやろうと思う。といっても一本だけだったが...折角ならちょっと気合い入れてやるか』

「椿が持ってないジャンルのゲームなんて珍しいな。あいつ結構持ってるのに」

『んじゃやるぞー。タイトルは...』

 

 

 

 

 

「......終わったわね。彼」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『これは俗に言うギャルゲー...何でギャル出てないのにギャルゲーって言うんだろ。あ、恋愛シミュレーションゲームか。まぁとにかく、女の子とデートしたりして仲良くなって、恋人だったり結婚だったりを目指すゲームだな』

 

『乙女ゲーっていうこれの男版もあるが...あいつ持ってなかったし、俺もやりたいかと言われればノーだし。で、今回は投稿を見越してただプレイするだけなのも変だから、主人公の声をやろうと思うぞ。ヒロインはフルボイスらしいしな』

 

『さて、この辺から攻略するヒロインを決めていくわけだが...誰がいいかな。んー...見た目で言えばこの子結構いいんだけど、声はこっちの方が...折角だから僕っ娘いくか』

 

「僕はいいんだよ。元々男の子っぽいから、女の子らしい仕草なんてしなくていいし、私なんて使いたくない」

『ん、ここで選択肢か...難しいけどこっちかな「好きにすればいいさ。変なこと言ってくる奴なんて気にしなければいい。お前のことをちゃんと見てくれる人はきっといる」』

「...君はそう言ってくれるんだ。ありがとう」

 

「誘ってくれてありがとう。お陰でこんなに綺麗な花火が見れた」

『それなら良かった』

「...あの、それで。君に伝えたいことがあるんだけど」

『どうかした?』

「......ぼ、僕はっ、僕は君のこと_____」

『おー、綺麗な花火だな...ごめん、聞き取れなかったんだけど、何て?』

「ッ!!何でもない!!」

 

『いやこれ絶対告白したじゃん。主人公のこと好きじゃん。お前それはダメだろ』

 

 

 

「前に話してくれたよね。女の子らしくすることなんかない。そんなお前のことをちゃんと見てくれる人はきっといるって」

『言ったな。確かに』

「うん...それでね。一つお願いがあるんだ」

『ん?』

「君に、僕のことをちゃんと見ていてほしい。ずっと。僕の側で...ダメかな?」

『じゃあ、こっちからも一つ。好きです。付き合ってください』

「!!うんっ!!」

 

『......これで、エンディングか...いや、スタッフロール流れてるけど、まだ恋人になってからの話があるのか。いや、取り敢えずよかったな...花火大会の時に決めろよとは思ったけど、文化祭でこんなに盛り上がるとは...って、もうこんな時間か。一旦やめて、風呂やらご飯やら食べるか。続きはこれの反応を皆に聞いてからにして__________』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「おはよう」

「お、おはよう...どうした?そんなにやつれて」

「そう見えるか...」

 

「死んだ目をしてる」と言われたが、疲れが取れてない俺はため息を溢すだけだった。

 

「取り敢えず、これ返す」

「ん?あぁ...もしかして、原因これ?」

「それ自体にはないよ。普通に楽しめたし。強いて言うなら全員分のルートをやりたかったが...」

「じゃあ貸しとくけど?俺は攻略済みだし」

「......いや、いい」

 

魅力的な提案ではあったが、昨日のことを思い出してグッとこらえた。

 

「...勇者部に何か言われた?」

「...続きをしてくれとか、他の人の攻略をしてくれとか、逆にもうやらんでくれとか。揉みくちゃにされた」

 

依頼から帰ってくれば、動画を見た彼女達から何故か詰め寄られ口々に別のことを言われ、その場で話し始めてしまい。宥めたつもりだったが、逆に皆が俺に要望してきたのだ。

 

「やっぱり...だから俺は渡す前に大丈夫かって聞いたのに」

「まさかお前、こうなるって予想してたのか?どうやって」

 

出来れば教えて貰いたい所だが、当の本人はため息をつくだけ。

 

「いっそ、勇者部の誰かを攻略する動画撮れば?」

「それ何処に需要あるんだ?あいつらも演じるの大変なだけだし、その動画ネットに流してどうする」

「......ソウダナー」

「おい、こっちは真面目に聞いてるんだ。おい逃げんな!!」

「俺を攻略するために来なくていいから!!」

「攻略する気は更々ないわボケ!!!」

 

疲れで頭の回らない俺は、結局風から新たな一撃を入れられるまで裕翔を追い回すのだった。

 

 

 

 

 

「んで、提案だが」

「なんだよ」

「今度うちで遊ぶ時、やらせてやるよ...」

「お前...」

「少なくともお前はもう少し乙女心を学んだ方がいい」

「お前にそう言われるのマジでよく分からないが...やらせてくれるなら嬉しい。ありがとう」

「いいってことよ。ほら、うちなら勇者部の人にバレることもないだろ」

「そうだな」

「「はっはっは」」

 

 

 

 

 

_______後日。何故かゲームの続きをやっていたことが勇者部メンバーにバレたが、それはまた別の話である。

 

 

 



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ゆゆゆい編 79話

「......」

 

『お隣さんいるだろ。あの子。今日からあの子がお前の許嫁だ』

『はぁ!?なに言ってるんだ親父!』

『話ももう通してある。これから会いに行くからな』

『そんな!?』

 

(なんとも急展開...)

 

ページをめくりながら、俺は突然起きた出来事についていけない主人公に同情した。展開として置いてきぼりをくらっている感じは否めないが、主人公に感情移入させるのが目的なら、この話は十二分に達成してるかもしれない。

 

なんの変哲もない休日。マンガを読むことにした俺は、ベッドの上で続きに手を伸ばした。外は雨模様だが、その音は気にならない。

 

物語としては、親同士の意向でほとんど関わったことのない隣の家の女の子と許嫁関係になる所から始まるラブコメだ。

 

当然最初はお互い困惑し、文句を言ったり疎遠な感じなものの、付き合いを経ていくうちに相手の良いところを見ていって__________といったものだ。

 

両方の視点があり、同じシーンでどう思ってるかをしっかり描写してくれてるのは確かに分かりやすいし、面白いポイントもある。

 

(......)

 

俺だけなら手を出すことはそうないジャンルだが、借りてきた物のため続きの巻に手を出せる。意外なのは、これを渡してきたのがいつも本の貸し借りをしている杏じゃなく、同じクラスの郡彩夏なことだろう。

 

『古雪君、前に幼馴染みがいるって言ってたよね?もしかしたら似た所があるかなって...そ、そうでなくても結構面白いし!』

 

普段こうやってオススメしてくることがない彼女のイチオシなら、興味がなくても読む。実際、無言で続きに手を伸ばしてる時点で、無意識に一巻目で気に入ってる要素もあるのだろう。

 

(まぁ、境遇は似てないけどなぁ...)

 

俺と幼馴染みの彼女とは、小さい頃からずっと続いてる関係で、この登場人物達のように関わりがなかったわけじゃない。

 

(俺で言うなら、一切関わりのなかった銀と突然仲良くしろってことだろ?)

 

もし幼馴染みが幼馴染みでなく、ただ隣の家に住んでる人だったら。帰りに銀を見かけたら会釈するくらいの関係だったら。

 

「ん~...」

 

まず、そもそも初対面の銀があまり想像しにくい。ひなたと出会った時とか、新しく来た勇者達とは初めましての挨拶を交わしていたが、勇者の関わりもなく、男子が相手となるとまた話が違うだろう。

 

(いっそ、バカみたいに印象悪い銀を想像してみるか...)

 

『あ?アタシがあんたの許嫁?何言ってんの?冗談は顔だけにしてくれない?』

『またあんた?近寄らないで貰える?もっとイケメンなら考えるけどさー』

『家事出来るの?ふーん。じゃあアタシの代わりに全部やっといて』

 

(......)

 

無駄な想像でこんなに後悔することもそうないだろう。思わず嗚咽が漏れそうになるほど苦しくなった。というかこんなの銀じゃない。

 

(も、もうちょっと良い感じに...この本のヒロインくらいの関係で)

 

『親同士で決めたことだし、アタシ達はあんま気にしなくていいでしょ。まぁ見せかけはちょっと良くしとかないと煩いから合わせてね』

『どうせ隣の家だし、帰り道くらいは一緒のがいいかなって。あ、お互い予定があったらそっち優先でよろしく!』

 

(うーん、このくらいならありだろうか...?)

 

想像をしても、どうにもしっくり来ない。そもそも俺達は同じ小学校ですらなかったし。

 

(そういや本とかでも、幼馴染みは学校が一緒なのが多いか。話作りやすいだろうしなー...いや、それ考えたら俺らの方がよっぽど本になるじゃん)

 

神からの指示で人知れず化け物と戦っていた幼馴染み。死んだ身から精神だけ生きながらえ、敵の手によって肉体まで生き返った幼馴染み。

 

(...将来小説書くことになったらこれネタにして書けないだろうか。大赦が許さないか)

 

「!!んがー!!!」

 

一区切りついたところで思考を一度切り替え、俺は再び幼馴染みではない彼女を想像し直す。

 

(と、言っても...)

 

『お、椿帰ってきた!!昨日の続きやろう!!』

『今日はドッジボールやって、アタシ達勝ったんだー!うぉーって振りかぶってさ!!』

『そっちのアイスも頂戴よ。いいでしょ?』

(......うん。こっちのがしっくりくる)

 

やはり出てきたのは過去の、というかいつも通り銀で、俺はくすりと笑うのだった。

 

(やっぱり、銀と言ったらこうだよな...さて、続き読むか)

 

「何笑ってるの?」

「うおっ」

「!」

 

机に向かっていた筈の彼女がいつの間にか目の前にいて、ベッドの上で少しだけ後ろへ引き下がる。

 

「そんな驚かないでよ。さっきから一言も喋ってなかったのにアタシがビックリしちゃったじゃん」

「いや、近かったから...終わったのか?」

「一旦飲み物取ってくるって」

「お前は?」

「アタシはまだあるし。それで、そんなに面白かったのそれ?」

「あぁいや、今笑ったのは内容というより想像のことで________」

 

話を続けながら、俺は彼女を見る。

 

その姿は、まさに想像していたものと同じに見えた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『今日は勝ち越しにさせて貰うわ』

「くそぉ...次は負けないからな!!」

 

見えない場所でドヤ顔してそうな千景とやり取りをしてから通話を切って、アタシは付けていたイヤホンを外した。

 

「ふーっ...ありがと椿、使わせてもら...」

 

振り向いて部屋の主に声をかけたら、そこには誰もいない。ベッドの上には、椿とすり替えられたかのようにメモだけ置いてあった。

 

『白熱してるみたいだから買い物行ってくる。終わったら鍵だけ閉めて帰って大丈夫だから』

 

(メモになったわけじゃなかった...)

 

謎の部分で安堵しながら、アタシはベッドに腰を掛けた。

 

話の流れで千景と対戦ゲームをすることになったのが昨日。そのゲームを持ってるのが椿ということで、借りに来たのが今日。

 

『持ち帰ってセットするの面倒だろ。俺の部屋でやってもいいぞ』

 

そう言って、結局椿の家でゲームを始めたのが数時間前のことだ。椿も交代とかで混ざるか聞いたけど、『今日はいいや』とマンガを読み出した。

 

(全く。うら若き乙女が同じ部屋にいるというのに...)

 

「はーっ...」

 

ぼふっと音を立てて、アタシの頭は椿のベッドに沈む。

 

(まぁ、読んでたマンガは面白いみたいだったし)

 

椿本人は、面白いかよく分からないけど続き読む。みたいな感じで言ってたけど、あの喋り方は椿の中では結構ハマった部類だ。内容はあまり聞けなかったけど__________

 

(...アタシも読んでみよっかな)

 

同じようにベッドに寝転がってた本の一巻を手に取り、パラパラめくっていく。

 

『いや、銀が幼馴染みじゃなかったらどんなだったかなーって』

 

(なるほど、突然出来た許嫁を見て、アタシに置き換えたのかな...んー、椿が全くの他人だったらか~)

 

あまり接点がなかった時の椿というのは、なんとなく想像がつく。友奈や須美と初めて部活をした時のことを思い出せばいいのだ。

 

『俺達の部活内容はこんな感じだ。今日は何もないから解散で。俺は買い物してから帰るから』

『じゃああたしとうどん食べに行きましょ!!友奈、東郷、いいかしら?』

『うどん!!是非!』

『私も大丈夫です』

『じゃあそれで。あ、でも程々にしろよ?』

 

(ちょっと今より冷たいというか、無遠慮だったというか、興味がない感じだった筈...これをこの話に落とし込んでみて......)

 

『なんだ?三ノ輪さんも帰りか。いや、特に何もないが』

『幼馴染み...そんなに接点ないだろ。家が隣同士で、年が一つ違うだけだ』

 

小学生の椿はもっと違ったけど、中学生になってからの椿だったらこんな感じだろうか。勇者部に入ってくる初対面の人とはまた違う感じだ。

 

『なんか、親の同士で盛り上がったみたいでな。そっちもこんな適当なのは納得してないだろうが...説得するまで少し時間をくれ』

『今日、弟さん達へのご飯で悩んでただろ。多めに作ったから持ってってくれ。遠慮されてもダメになるだけだから沢山持ってけよ』

 

(...ツンデレ?)

 

『べ、別にお前の為じゃない』

 

(いや)

 

『お前の為以外に理由があるか?大変な時くらい手伝えることはするさ』

 

(うん、こっちのがしっくりくる。こんなことはストレートに言ってくる)

 

色々妄想しながら、アタシはシミのない天井を見上げた。

 

(......もし、幼馴染みじゃなかったら)

 

昔の椿はもっと明るかった。ワルガキみたいな感じだったというか。それが今じゃ頼れるお兄ちゃんというか、勇者部の中でもちゃんとした上級生っぽい立場にいる。

 

その変化が中学高校で少しずつだったなら分かるけど、椿はそうじゃない。それのトリガーになったのは確実に__________

 

(アタシと関わってなかったら、今も明るい椿だったのかな)

 

別に今が暗いとは思わない。でも、アタシの死が椿を大きく変えてしまったのは間違いない。

 

(それはそれで見たかった気もするけど...なんかなー)

 

どんな椿が良かったかなんて、想像じゃ決められないし、アタシがするべきでもないと思う。

 

(...もし、死んだのが椿だったら。壊れるのがアタシだったら)

 

 

 

 

 

『古雪椿さんの葬儀は、恙無く行われました』

『兄ちゃん...なんで、なんでっ!!!』

『椿__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「結構濡らしてるな...新聞紙余ってたっけ」

 

買い物を終えた俺は、濡れた靴を気にしながら傘の水を落としていく。それなりの降水量で、玄関にたどり着く頃には靴だけでなくズボンの裾も水分を含んでいた。

 

(傘持ちだからそんなに買えなかったし...別にまた今度行けばいいけどさ)

 

傘を閉じ終え、ポケットから鍵を取り出す。カチリと音が鳴ったのを確認して、扉を開け_____

 

「ただいまーっ!?」

 

勢い良く出てきたそれは、俺の腰に直撃した。衝撃で傘と荷物を落としてしまうも、突撃してきた彼女が_____銀が、おかしな様子で震えながら抱きしめてきてるのを確認してしまえば、何も言えなかった。

 

「どうした?銀」

「......いで」

「?」

「いなく、ならないで...」

 

雨に消されそうなか細い声と共に、回されていた腕の力が強くなる。顔は俺の体で見えないが、最近の彼女からは考えられない、どこかへ消えてしまいそうな感覚すら覚える。

 

何が起きたのか理解は出来ないが、理解する必要もなかった。

 

「別に、何処にも行かない」

「!」

「まぁ、約束は出来ないけどな。俺達は神様に目をつけられてるわけだし」

 

落ち着かせるように、安心させるように、俺は、彼女の頭を撫でる。この先何があるかなんて、それこそ神のみぞ知る所だろう。

 

だが。

 

「でも俺は、自主的にどっかに消えたりとかしないから。ちゃんと側にいる」

「......」

 

その言葉は、ちゃんと彼女に伝わったと思う。幼馴染みなのだから。

 

「...うん」

 

例え、彼女のこの顔を見なかった時でも。

 

「...さ、折角だし飯食ってけよ。何なら園子も呼んでさ」

「っ、つ、椿の両親はいいのかよ?」

「遅くなる連絡は聞いてたから、温め直せるカレーだ。量の調整も出来る」

「じゃあ食べる!!」

「了解。んじゃ作るか」

 

傘と荷物を拾って家に入る。あまり買えなかった荷物は、きっと今日中に使いきるだろう。

 

 

 

 



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短編 白鳥歌野は■■■■■

ゆゆゆ3期、大満開の章まで1ヶ月切りましたね。1分足らずのPVであんなに盛り上がれる作品もそうないのでは...また詐欺PVになってないことを祈る。

というわけで、ふつゆも久々の更新です。お待たせしました。お楽しみ頂ければ。


「良いところだぞ。諏訪は」

 

父さんが運転席でそんなことを言っているが、俺はそれを無視していた。窓の外に見える景色はここ30分変わることなく、森林だけを見せてくる。

 

(いきなり、長野だなんて...)

 

親の仕事の都合で、東京に住んでいた俺は長野へ引っ越すことになった。だが、俺は未だに納得いってない。

 

友達と別れ話をする暇もなく、突然こうして車に揺られる。おまけに、行き先は都心とかけ離れた田舎。

 

携帯も持ってない小学生の俺は、あの場所にいた友達とは連絡手段が無くなってしまった。家の電話番号はつかないと分からないと言うし。

 

(友達はゼロ。ゲームも簡単に買えない)

 

ついた肘は重く、俺の顎の重圧に耐えられなかったのか、痛みをあげていた。自分で得られた変化がそれだけで、楽しむためにもう少しわざと力をかける。

 

(はぁ...)

 

『空気がおいしい』とか、『星が綺麗』とか、それがなんだと言うのだ。

 

「ほら、見えたぞ」

 

父さんの声で、景色が変わった。といっても建物は見えず、林から畑やらになっただけ。

 

(やっぱり田舎だ...)

 

 

 

 

 

だから、俺はその時はじめて見たのは気のせいだと思い込んだ。

 

汗をかきながら、それでも笑みを浮かべながら畑で作業している少女がいたことを。

 

 

 

 

 

結論から言うと、俺が見たのは冗談でも気のせいでもなかった。たどり着いた引っ越し先で、彼女を見たのだ。

 

「ハロー!貴方が引っ越してきた人?あの家掃除してる人がいたから気になってはいたけど、今日だとは思わなかったわ!」

 

明るく、そんな風に笑っている彼女は、やってきたばかりの俺に土のついた手を伸ばす。

 

「私、白鳥歌野。よろしく!!」

「あっ...うん。よろしく」

 

俺は、流されるままに彼女の手を握る。握った手は、乾燥気味の土と、彼女の汗が感じられた。

 

 

 

 

 

『折角年が近いんだ。仲良くしなさい』

 

そう言われ、まぁ言われるまでもなく年の近い相手は彼女しかいなかったため、自然と俺は彼女の近くにいることが多くなった。

 

村のことを教えてもらったりもしたし、そもそも学校以外暇でやることがない。ゲームは通信環境が悪く、ハマっていた対戦ゲームの通信落ちが増えて萎えた。

 

彼女は大体、暇な時は畑を弄っていた。自分より一つ下なのに個人用の畑を持ってることについては、しばらくしてからその異常さに気づいて、初めの頃は田舎の人は皆そんなもんなのだと思っていた。

 

「なぁ、楽しいか?畑仕事」

「楽しいわよ!!私が一生懸命育てれば、それだけ野菜が美味しくなってくれるもの!!」

「ふーん...」

 

言いたいことは分からなくもないが、そこまで興味のあることでもない。自分から聞いといてあれだが。

 

「椿も一緒にやりましょうよ。私の畑なら使っても良いわよ?」

「...遠慮しとく」

「そう?やりたくなったらいつでも言って頂戴ね」

 

差し出された鍬を戻して、俺は木陰に入る。彼女もそう強く推してくることはなく、畑仕事に戻る。正直、それはありがたかった。強制的に引っ越した俺に、無理矢理この場所へ適応させようとしてこないように感じたから。

 

「あ、はいこれ」

「?きゅうり...?」

「取り立てフレッシュな物よ。そのまま食べてみて」

「......!!」

 

かじって、俺は驚いた。きゅうりはほとんどが水だと聞いたことがあったし、畑一つ、作り手一つでそんな変わるものでもないと思っていたが、そんな予想を越えるものだったから。

 

(なんだこれ...旨味っていうのか?何だ?ただのきゅうりがこんなに美味しくなるなんて)

 

「ふふっ、美味しいでしょう?顔に出てる」

「!」

「これが、いずれ農業王になる私の野菜よ!!」

 

Vサインと一緒に笑顔を見せる彼女。そんな顔を見て、俺は一言。

 

「...確かに、美味しいな」

 

彼女から目をそらしながら、小さな声で呟いた。彼女から隠れるように、でも、彼女の努力を讃えるように。

 

 

 

 

 

そこから大体一年。やがて、俺自身見てるだけなのが申し訳なく思ってきて、彼女が休む時に飲めるよう、飲み物を準備するようになった。逆に、畑は俺が入っちゃいけない感じがして、彼女が体調を崩した日だけしか手伝ってない。

 

暇な時は彼女の畑へ行き、彼女は畑作業、俺はそれを見る。終われば彼女はお茶だったりスポーツドリンクだったりを飲み、俺はついでにレモンの蜂蜜漬けやらの季節に合わせた物を食べさせる。

 

「私、アスリートになった気分だわ」

「こんな暑い日に畑仕事なんてしてたら、もうスポーツみたいなもんだろ」

「確かに暑いわね...椿がちゃんと私の体調を見てくれてるから安心して作業出来るけど」

「っ...どうせお前はやめないんだから、倒れないよう見張るしかないだろうが。全く」

「一緒に作業してくれても良いのよ?」

「それはいいって言ってるだろ」

「はーい」

 

田舎なのは変わらず、それでも、色々と変わってきた生活。

 

「お前はいつも元気だな」

「元気が取り柄ですから!」

 

そんな『日常』があんな風に突然崩れるなんて、この時の俺達は少しも疑っていなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

2015年。私達は突然、命の危機に晒された。

 

突然現れた白い化け物。人の口みたいな部分が大人を丸飲みする様子を見れば、皆叫ぶのは当たり前だった。

 

私も腰を抜かすくらい怖くて、でも、そんな中、何故か動かなきゃという使命感染みたものを受けて、私は走り出した。

 

行き着いた先は、諏訪湖の近く。ついてきた皆と一緒に見たのは、化け物を通さない結界と、あの化け物と戦う人の姿だった。

(それが、私とうたのんの出会い)

 

その姿はかっこよく見えて、凄く見えて。後になって四国の大社という場所から通信で教えられた、彼女の肩書き『勇者』と私の肩書き『巫女』が同じように話されているのが、信じられなかった。

 

神様に導かれるようにこの場にたどり着いた私だけど、とても彼女と同じようには思えない。

 

そして、私達はまだ子供で、最初は皆も信じてくれなかった。いずれは敵に殺されるのだと、生きる気力を失くしかけていた。

 

『今は苦しい状況ですが、きっと活路が見つかります!!』

 

そして、周りを遮るように言ったのは、他でもない勇者様だった。

 

『人間は何度でも立ち上がることができるはずです!!!今はその時に備えて、皆で力を合わせて暮らしていきましょう!!!』

 

そう言って、弱音を吐かず、いつも笑顔で、皆を守り続け、畑を耕して_____そんな彼女にずっと、付き従うような男子が一人。

 

(それが、私と彼の出会い)

 

『あいつはあぁ言ってる。あんた達から否定されても、この場所を守るために一人で戦って、好きなことを楽しみながらやって、生き抜くことを諦めていない』

 

うたのんがどんな立場なのか、この中で何をしてるのかをちゃんと言って。

 

『それでもあんた達があいつを否定するなら、結界内にたどり着くのに助けてもらった人も、俺よりあいつを知ってる人も、俺達より長く生きている人も、あいつのことを拒むなら、そんな奴はさっさとくたばってろ。あいつの邪魔だ』

 

そんな風に続けた。あの時のことは今も覚えてる。怒気の強い声に、きつく睨んだ目。

 

それから、住んでいた人も、避難してきた人も、少しずつ変わり始めた。ある人は頑張り続けているうたのんに協力するため、ある人は彼への言葉に反感を抱いて。

 

それから大体三年。今では諏訪湖に魚を取りに行く人がいる程活発になり、皆も笑顔が増えた。

 

そんな中で、私が気になっているのは__________

 

(やっぱり、あれは考えていったのかな)

 

私の隣で、うたのんの農作業を眺めている彼の、あの時の言葉を思い返していた。

 

この三年で、私も彼の人となりを知れた。それで、あの時の言葉も、皆を煽るようにわざと言ったんじゃないかと考えてる。

 

ただ、そうなると_____あの時の時点で、希望をなくしていた大人に、発破をかけるためにわざと煽ったことになる。私とうたのんと一つしか違わない、当時中学一年生だったこの人が。

 

(そしたら、どれだけのことを考えて...)

「藤森、どうした?」

「ひゃう!?」

「あ、悪い。驚かせたか」

「いっ、いや、大丈夫だけど...」

「そうか?こっち見て固まってるからさ」

「...あ、あの、古雪君」

 

気づけばうたのんではなく、私のことを見ている彼。動揺した私は、思っていたことがポロポロ出てしまった。時々言動がきついところはあるけど、普段のうたのんとのやり取りを聞いたり、うたのんから意味を聞けば、そう怖くもない。

 

「ん?」

「あの、私達が勇者と巫女って分かってからすぐ、信じてない村の人達にくたばれーなんて言ってたよね?あれ、皆が怒りを原動力に動くと思っていったの?それともうたのんを信じさせるために言ったの?」

「はぁ?いつの話だよ」

 

求められるまま、私は思い返していたことを全部話した。古雪君は「あー」なんて考えるような仕草をする。

 

「あの時はなんも考えてなかったよ。純粋に守って貰ったのに、あんな態度を取る人達に腹が立ったから言った」

「えぇ、そうだったの...?」

「それ以外あるか。大体、必要ないだろ?」

 

そこで区切った古雪君は、うたのんの方を見た。思い出していたきつい目じゃなく、優しい、思いやるような瞳。

 

「あいつの言動は皆を立ち上がらせるのに十分だ。俺が何をする必要があるって話」

「そっか...でも、古雪君も戦ってくれてるもんね。今も」

「そりゃ、今若さで運動力が日々上がるの、この村に俺しかいないからな。それに、俺はあいつの負担を減らしたくてやってるだけだし」

「それでも凄いと思うけど...どうやってうたのんとそんなに仲良くなったの?」

「......ここには嫌々来た。だから、あいつのことも始めはあまりよく思ってなかった」

 

「でも」と、古雪君が続ける。

 

「なんだろうな。魅力があったんだよ。あいつ」

「魅力?」

「あいつの農作業を見てたら、引き込まれた。って言うべきか。あいつが一生懸命なの、凄く良いと思うんだ。だからあいつが大切にしてる畑を守りたいし、あいつの『日常』を守りたいと思ってる」

「古雪君...」

「......今言ったの、絶対あいつに言うなよ?」

 

珍しく頬を赤くして、遠くの雲を眺めだす古雪君。その姿がちょっと可愛くて、思わず私は微笑んだ。

 

「そうだね。敵との戦いはうたのんに頼りっぱなしだけど、古雪君みたいにそれ以外のことは支えてあげたいな」

「ま、俺は最近戦いのサポートだけだがな...っと、おい!!そろそろ休憩しろ!!何時間ぶっ通しで動くつもりだ!!!」

「あら?もうそんなに経ってるの?」

 

(......今も支えてるじゃん。ねぇうたのん?)

 

「ていうか貴方いい加減私のことちゃんと名前で呼んでよ!みーちゃんは読んでるのに!!」

「藤森だって名字だけじゃん。お前はお前で通じるし」

「むー!」

「ほら、バカ言ってないでさっさとこれ飲め」

「全く、仕方ないわね...みーちゃんどうしたの?そんなに笑顔で」

「ん?面白い雲でも見つけたか?」

 

言い合ってたのに、私に聞く時は息を揃えて言ってくる二人。

 

「...うん、とっても楽しいよ」

 

そんな二人の姿が楽しいと言えば片方が怒りそうだから、私は笑うだけだった。

 

 

 

 

 

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『田舎は、無い物はとことん無いが、無さそうな物は有る』

 

椿がそんなことを言ったのは、珍しく私の畑に来なかった時だった。ちょっとだけそわそわしたのは絶対に言わない。

 

『神楽殿にお前の武器があったから、神社とかそれっぽいところを藤森に聞いて、巡ってみたんだよ。まぁ出るわ出るわ』

 

そう言って大きな袋から取り出したのは、少し汚い刀だったり、錆び付いた槍。

 

『お前が使って、サブウェポンになればよし。お前が触った後俺達も敵に攻撃できるようになる武器になるならもっとよし。とにかく、余裕が出来たらでいいから前のとセットで敵に効くか調べてほしいへぶっ』

 

小刀を弄る椿に対して、私は容赦なくビンタした。

 

『何で私に言わず結界の外に出ちゃうのよ!?!?』

『いやほら、農作業中に邪魔できないし、藤森に危険がないか連絡しながら行ったし』

『それでも...あーもう!!』

 

その時はあまりにもバカな彼と、知ってて行かせたみーちゃんを揃って怒った。

 

でも、それから少しして、実際に使ってみて、その行動を否定しきれなくなった私がいた。

 

一度敵のせいで武器を落とした時に、持っていた刀で戦い続けることが出来たのだ。もしあれがなければ、武器を取り返すために無理をしていたかもしれない。下手をすれば、もう私がいないなんてことも。

 

『使えたのか。ならよかった』

 

でも、当の本人はあっけらかんとしていた。

 

(......でも、きっと、違うのよね)

 

『んー...俺達が使っても意味ないんじゃ、俺が出来るのは撹乱、時間稼ぎだけだな。もっと主人公みたいな動きがしたかった』

 

あれから敵が襲ってきた時に、椿が色々と動くようになった。見つけてきた武器は持たずに、前々から私に試させていた敵が反応する物を自作で用意して。

 

『奴らに煙での視覚遮断は効かない、熱も臭いもあまり効果がない。恐らく人や結界特有のものに誘われてるんだろう...だから人がいないと与えられない衝撃、自然で出ない音に反応する。それを起こした人が近くにいると考えるからだろうな。つまり奴等は色々考えながら動いてくる敵ってことだ』

 

そう呟きながらいつもの木陰でノートを取っていた椿は、次の日から工作を始めた。竹で吹き矢を作り、熊避けの鈴の音がより鳴るようにして。

 

『私もやめなよって言ったんだけど...あくまであいつらが結界に行く前の寄り道場所を増やすだけだって言って...』

 

確かに結界にたどり着くまでの時間が長ければ、私が結界や皆を守るのに余裕が出来る。

 

だからって、普通やらない。生身の人間が安全な場所から抜け出してまで、何も効かない敵に立ち向かうなんて。

 

それでもやるのは_________

 

(私が少しでも落ち着いて戦えるだけの、時間を稼ぐために。私の助けになるために、やってるのよね...)

 

それが分かっているから、私は色んな感情がごちゃごちゃになって何も言えなかった。

 

 

 

 

 

「よし、できた」

「いっぱい作るね」

「吹き矢は基本使い捨てだからな...まぁ、男子は試作品とか新兵器とかって言葉に憧れがあるんだよ。おまけに、楽しく作って生きるのに役立つんだから無駄がない」

 

畑を耕してる私の隣で、二人がそんな会話をしている。始めは椿を怖がっていたみーちゃんも、気づけばかなり仲良くなっていた。

 

『私、あの人がちょっと怖くて...』

『別に、嫌われてるならそれでいい』

 

二人だけだと全く進展しなさそうだったから、私が仲を取り持ったんだけど。

 

「四国の大社だっけ?そこに行けばここより安全なのかもしれないが...あっちから支援がないと動けないだろうからな」

「そうだよね...」

「あいつが藤森を抱えて向かうだけなら行けそうだが」

「!そしたら皆は!?」

「見捨てそうにないから動けないって言ってるんだよ。あっちには勇者様とやらが沢山いるらしいし、どうにかなりそうだがな...っと、流石に眠いから寝る」

「細かい作業だったもんね。お疲れ様」

「ん」

 

会話が終わって、私が動く音しか聞こえなくなる。やがて、そこに小さな寝息が加わった。

 

「これでラスト...うん、終わりね」

「うたのん、お疲れ様」

「ありがとうみーちゃん」

「こっちであってたよね?」

「えぇ。そっちの黒い水筒は椿のよ」

 

椿を起こさないように、少しだけ離れて話をする。

 

「でも、椿も随分アグレッシブね...もう少し結界内で大人しくしてて欲しいんだけど」

「うたのんが心配なんだよ」

「それは分かるけど...みーちゃんも子供を助けるために結界の外に行ったりしたことあるし、私の周りは勇気のある人ばかりなのかしら」

「...うたのんは嫌?」

「そんなわけないわ。寧ろ大好き」

 

勇者として力を使う私と、戦うための力を持たない二人。同じように敵の前に行くことそのものが、物凄い勇気のある行動だと思う。

 

まして椿は、ここ最近敵が来たら必ず動いている。

 

「...四国の勇者の準備が出来たら、私達の所へ来てくれるだろうから、それまでの辛抱ね」

「四国かぁ...行ったことないや」

「みかんとか育ててみたいわね。きっと二人とも気に入るわ」

「それは楽しみだね。美味しそう」

「任せなさい」

 

また畑をいじれるなら、それはここでなくても構わない。私と、椿と、みーちゃんと。またこうして農作業を見てもらって、また何か食べながら話をしたい。

 

「...本当に楽しみ」

 

そのためなら、どんな相手とも戦えそうだと、私は本気で思った。

 

 

 

 

 

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(......また数が多かったな)

 

先日、結界を支える一柱が敵の猛攻によって壊されてから、一度に襲ってくるやつらの数が増えてきた。

 

ここの拠点を重要視しているのか、もう他に襲う場所がないのか。

 

(四国が襲われたという報告はない...これだけの差が出てるのは、まぁ、そういうことなんだろうな)

 

最悪のケースは考えたくないし、かといって最悪を考えるのは俺の役目だとも思う。あいつはそれを考えていても前を向くし、藤森はそれを考えすぎて潰れてしまう。

 

ただ、考えられる地獄は_____この先に待つ未来が、真っ暗もいいところという。

 

「椿」

「!悪い、寝てた」

 

気づけば目の前に彼女がいた。持ってる鍬はいつかの彼女を思い出させる。

 

「いや、別に起きてる必要ないわよ...というか寝なさい。寝てないんでしょ?」

「別に睡眠時間は」

「隈、凄いわよ?寝てないし、毎日動いてるし、私の隣にいる時も何かしてる。これ以上話する?」

「......うるせぇ」

「あーもう」

 

そっぽを向いたら、彼女が隣に座った気配だけ感じた。と、気づいた時には、俺の肩に手を置かれた。

 

「うおっ!?」

「はい、寝なさい。強制よ」

 

そのまま倒された俺の頭は、彼女の膝に収まっていた。目線の先には見たことない状態の彼女がいる。

 

「ちょっ、離せおい!う、っ...これでうとうと寝れるわけ」

「寝れるわよ」

「!」

 

頭を撫でられた俺は、完全に思考が止まってしまった。

 

「ほら、寝れる。大丈夫」

「」

「うん、大人しくなった。みーちゃんみたいに女の子っぽい、柔らかい太ももじゃなくて悪いけど、そこは...気持ちでカバーで」

「...っ、俺、は」

「おやすみ、椿」

 

 

 

 

 

気づけば、夕日が見えていた。

 

「あ、え...?」

「おはよう。もう夕方だけど」

「ぇ、寝てたの。俺」

「それはもうぐっすり。ふふっ、寝顔ごちそうさまでした」

「......」

「どうかした?」

「...」

 

決して口に出せるような環境じゃないのは分かってるから、何も言わないけど。今この瞬間だけは、恥ずかしさで死にたくなった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...」

 

静かにしていれば、木々が風に靡く音がする。昨日結界が壊された場所とは思えないほど静かで、平和に感じる世界。

 

膝には幸せを感じる重みがある。最近全く見れなかった、何も考えてなさそうな顔。

 

(みーちゃんにも見せたいような、見せたくないような)

 

「はぁー...」

 

私達が戦って、守り抜いている日常。その結果得られた今。

 

「ねぇ、椿」

 

寝てるのを分かってて、声をかける。

 

「私、今凄い幸せよ。畑を耕せて、みーちゃんと楽しく話せて、貴方をこうして膝枕できて」

 

別に面と向かっても言える。いや、言えた。最近はあまり言えない。言おうとすると、ふと口にできなくなる。

 

「...正直、突然勇者になって、不安もあった」

 

きっと一人だったら弱音なんて吐かなかった。みーちゃんと二人でも、例えそう思っても、励ますために何も言わなかった。

 

ただ_____今の私には、支えになってくれる、寄りかかっても受け止めてくれる人がいる。

 

怖くても、何もできないのはもっと嫌だ。

 

「それでも私が前を向けたのは、私自身の力があったとしても...貴方のお陰だと思う」

黒髪を撫でる。少し硬めでツンツンした髪の毛は、椿が異性であることを思わせる。

 

「だから...だから、もう少し、このまま」

 

私はただひたすら、こんな日を過ごしていきたいと、こんな日を守れるようにと、青空に向けて願うのだった。

 

「好きよ。椿」

 

 

 

 

 

その願いが、すぐに壊れるのを知らずに。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ...!」

「古雪君!大丈夫!?」

「大丈夫に見えるなら随分ボケてるな、藤森...!」

 

夕日が沈みかけているような時間帯、俺は藤森の元へ戻り、息を整えながら武器の補充をしていた。

 

(...もう吹き矢の残弾はなしか。さて、どうする)

 

ここ数日、毎日のように敵襲があり、彼女が無視できない傷を負っている。その中で、結界を保つ柱も一本破壊されている。

 

そして、今朝から今までずっと続いてきている敵の攻撃に、俺達は限界へ追い込まれていた。

 

(あるのはもう、あいつの反対側からくる敵に向けて鈴を鳴らしながら走って、化け物達と追いかけっこすることくらいか...)

 

無理無茶無謀、分かっていながら、俺は吹き矢に使っていた竹を捨てた。こうなればデッドウェイトはいらない。

 

(なに、あいつの苦労に比べれば...)

 

「なぁ、藤森。あいつは?」

「...ずっと、戦ってるよ」

「......そりゃ、そうだよな。敵を減らせるの、あいつしかいないもんな」

 

今も鞭を振るい続けている彼女に比べれば、俺がやってることは微々たるものだ。ちまちま吹き矢で注意を引き付け、進行を遅らせてきただけ。

 

(これでも、結構危険な綱渡りをしてきたとは思ったんだがな...一歩間違えば挟まれて死ぬから、位置取りは頭使ってたんだが)

 

「ぁ......ッ!?」

「藤森?どうした!?」

 

急に驚いた顔をした藤森はすぐに苦しそうにして、俺は辺りを見回すも敵の影がないことを確認する。

 

「どうした藤森、苦しいか?どこか痛むのか?」

「ぁ、あっ、あの...神託が、来たの」

「しんたく?って、あれか。お告げか。何だって?」

 

良い話な訳がない。そう思いつつ、聞かなければ話を進められない。俺は苦しそうな藤森をあえてそのまま進ませる。

 

「......よく三年も諏訪を守り続けたって。私達が敵を引き付けてたお陰で、四国は迎撃の基盤ができたって...」

「......」

 

嫌な予感は的中するものだと他人事のように感じた。

 

(でも、そうか...囮の役目は果たしたのか)

 

「こんなの、こんなのってないよ。神様...」

「藤森」

「...何?」

「囮の役目を果たしたなら、ここは放棄して問題ないってことだ。迎撃準備ができてる四国へ行けるよう、脱出の準備だけしとけ」

「脱出って、そんなの無理」

「無理じゃない」

 

そう、無理ではない。

 

「勇者の力と巫女の力があれば行ける。だからあいつを信じて待ってろ。いいな?」

「あっ、古雪君はどうするの!」

「決まってる!!あいつの手伝いだ!!!すぐ戻る!!」

 

俺は立て掛けられてた槍だけ握って飛び出した。

 

決して手の震えを悟られないようにしながら。

 

 

 

 

 

「...嘘つき」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はぁ、ハァ...!!」

 

敵が来ては倒し、倒しては敵が来て。私は休む暇はほとんどないまま、その足を動かしていた。

 

既に夕日が沈んでいき、夜になると敵の姿が見にくくなるし、動いている彼のことも分かりにくくなる。現に今どこで囮をしてくれているのか分からなくなり、私は走り続けていた。

 

(どこなの、椿...!)

 

そこへ足を運んだのは何となくで、でも、私は見つけることができた。

 

槍を敵の大きな口につっかえさせている椿を。

 

見た瞬間、体があげてる悲鳴全てを無視して私は突っ込んだ。何千回と振るってきた鞭を寸分違わぬ位置へ叩き込み、相手を念入りに叩き潰す。

 

「椿!!大丈夫!?大丈夫なの!?」

「うるせぇな...頭に響くだろ」

「!!!」

「酷い顔して...って、それはお互い様か」

 

木を背もたれに倒れた椿の頭からは、片目を覆うように血が流れて続けていた。

 

「椿!!!」

「かすり傷だ...問題ない」

「なんでそんなになってまで!?」

「言わなきゃ、分からんか?」

 

絶対良くないのに、何故か笑う椿。こういう時、彼はなんだかんだはぐらかしてくる。

 

「っ、もう!!!早く手当てしないと」

「俺のことはいい。俺が誘導しきれなかった奴等が結界を壊そうとしてるから、そっちの対処に行ってくれ」

「それじゃあ椿はどうなるの!?」

「流石に動けないから、ここで待つかな」

「じゃあ私が皆の所まで運ぶから」

「...あのな。そんな暇があったら行けって言ってるんだよ」

 

暗く、冷たい声。

 

「『勇者』がするべきことは結界の守護、敵の位置が分かる『巫女』の守護で、間違っても一般人の手当てじゃない」

「そんなの!!!」

「そうしなきゃお前も死ぬ!!!俺達の希望が!!!」

「っ!!それでも私はっ!!『私』は『貴方』を助けたいのっ!!!!」

 

勇者の力を使って戦う理由は、この日々を守るため。そこに貴方がいなければ、何のために戦ってきたのか。

 

_____好きな人を守れないで、何が勇者か。

 

「私は貴方と一緒の日常を過ごしたいの!!!」

「...それは、告白か?」

「ッ!そうよっ!!!!」

「それは...なんとまぁ、光栄なことで」

 

頭がうまく回らない。助けたいのに助けるなと言うし、側にいたいのに行けと言う。椿がこんなにもボロボロで、私は何もできないなんて_____

 

「私は!」

「歌野」

「ッ!!!!」

「俺はここにいる。お前を待ってる。だから、蹴散らしてこい」

 

ハッとして顔をあげると、頬に手が触れた。温かくて、生きている証。

 

「それで、お前は四国へ行くんだ。立派な農業王になるんだ...誰かを守る、勇者になるんだ」

「......大丈夫なのね?」

「こうしてる間に、俺の血は流れてくぞ」

 

椿の声に導かれるように、彼の手に触れる。まだ温もりがある。

 

「...待ってて。行ってくる」

「......いってらっしゃい。歌野」

 

その名前を呼ぶのは、優しさと柔らかさに溢れた声だった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ぁー...行ったか」

 

俺はボヤけた視界をどうにか戻しながら、スマホへ文を入力していく。

 

「嘘は、言ってないよな」

 

俺は待ってると言った。そして、四国へ行くように言った。農業王になれと言った。勇者になれと言った。

 

ただ、そこに俺がいるとは言ってない。

 

きっとこれは、『言葉』というより『呪い』だ。好きな相手が、好きな人に言うんだから。

 

(でも...生きていて欲しいんだ)

 

恨まれても、見捨てられても構わない。でも、何度でも立ち上がれると言った彼女に、俺のことで止まって欲しくない。

 

そう思うのは、我が儘だろうか。

 

(まぁ...もう、生きられないだろうしな)

 

文字入力の弾みに体が動き、うまく受け身を取れないまま地面に横倒れになった。視界の半分から全部が赤く染まっていく。

 

(死んだのはお前のせいじゃないってのと、生きてほしいってのは書けた...バレなくてよかった)

 

もたれ掛かっていた木には、ベッタリと血がついている。囮をしていた時に背中を噛まれ、そのまま戦い、彼女にバレないように木へ寄りかかったのだ。

 

あの時点で、止血をちょっとやそっとした所でどうしようもないことは分かっていた。歌野が辺りに飛び散る血の量で分からなかったのは、ラッキーだっただろう。

 

「歌野...」

 

もっと呼べばよかったか。それとも、一度も呼ばずに期待させないべきだったか。

 

(...しょうがないだろ。好きな人の名前も呼べずに、死ねるか)

 

死ぬ覚悟はしていた。時間稼ぎをやると決めたあの時から。

 

それでも、好きな女のために何かしたかった。

 

(あぁ、でもなぁ...)

 

彼女のために、俺は死にたい。足手まといはいらないから。

 

でも。

 

「死にたく...ねぇなぁ」

 

俺は彼女を悲しませたくないから、泣かせたくないから、死にたくない。

 

「...へっ、どんな、わがままだって」

 

赤い視界が、少しずつ暗くなる。手に力が入らず、スマホはもう何処にあるか分からない。

 

「人は、諦めなければ、立ち上がれる」

 

顔を動かして、彼女が手掛ける畑を目にいれた。ここも結界内ではあるが、壊れかけで敵が入って来れたのだろう。

 

「...ま、ここを見れて、よかっ、た」

 

彼女は、四国へ行ってくれるだろうか。生きてくれるだろうか。

 

「歌野」

 

万感の思いを込めて、彼女の名を呼ぶ。

 

(あぁ、やっぱり、もっと呼べばよかった)

 

「好きだったよ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

長野、諏訪。突如人類を襲う敵が現れてから、その地が陥落するまで凡そ三年かかった。

 

神の加護を受けた勇者と巫女が、命を尽くして戦い、多少の犠牲を払いながらも、四国の神樹様が外敵と戦うための時間を見事に稼いでみせた。このお陰で、現在四国の平和は保たれている。

 

私達は、そんな諏訪へ足を踏み入れていた。四国から全国へ生き残りの人を探す旅路の途中、『彼女』に言われて寄ったのだ。

 

そして、その日の夜_____いつもならキャンプの知識を自慢気に語る球子も、他の皆同様に静かに火を起こしていた。私も、口が上手く開けない。

 

「......」

「......」

「乃木さん、いいの?夕飯できたけど」

「あ、あぁ...しかし、いいのか?本当に一人分作らなくて」

「大丈夫ですよ」

 

そう答えるのは、初めて会ったときより茶色の髪の毛が伸びてきた彼女。

 

「どうせ、今のうたのんは何も食べないから」

「......水都、お前はいいのか?」

「私はいいです。さっき言いたいことは言いましたし」

 

戦い抜き、四国まで生き長らえた諏訪の勇者と巫女。その二人は、敵の猛攻を耐え抜いたことで生きる伝説のように扱われていた。

 

特に勇者である彼女は、数多の実践経験からくる鬼神の如き動きで、私達の視線を釘付けにした。鞭を振るい、刀を払うその姿は、まさに歴戦の勇者。

 

そして、たまに見る目は、たまに聞く声は、いつかの通信で聞いたものと同一だとは思えない程に。

 

「...水都さん」

「何かな?」

「.......その、あの方は、どういうお方だったのでしょう?彼女があそこまでなるのは...」

 

恐る恐る、といった様子でひなたが聞く。

 

そう。大社は勇者と巫女を取り上げるが、二人は、もう一人いたことをよく言っていた。曰く、一般人の身でありながら敵を引き付ける囮役をしていたとか。

 

(何故そんな無駄なことを...)

 

理由については、二人とも話してはくれない。ただ、この地でもっと全体的なことを聞いた。

 

「そうだね...」

 

悩むように少し唸った水都は、やがてこう言った。

 

「強いて言うなら、私達のために戦ってくれた、大嘘つきだよ。大嫌い」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

久しぶりね。案外早くここに戻ってこれたけど。

 

畑は荒れてるけど、木の色は戻ったわね。よかったわ。あれだけ赤いときっと嫌だもんね。

 

四国でもね、似たような畑は作ったわ。大社が『勇者様のお望みなら』って用意してくれたのよ。私は自分の村の人を見捨てた、みーちゃんだけ抱えて逃げ出した勇者で、とても様呼びされるような存在じゃないのにね。笑っちゃうわ。

 

...皆を見捨ててここを捨てたお陰で、私達は助かったわ。一番守りたかった貴方を守れないような人間が、他の人を守りたいからって村で戦い続けるの、なんだかバカらしく思えて。

 

だから、みーちゃんだけ連れて逃げ出したわ。それ以外は全て捨てた。

 

そうね。貴方のスマホに書かれてたように、ちゃんと生きてるわ。満足?

 

 

 

 

 

......ねぇ、よかった?それともまだ足りない?私はちゃんと生きてる?まだ立ち上がれる?

 

答えてよ。

 

ちゃんと答えて。

 

あの時みたいに、歌野、こうしろって、言って。

 

また、名前で呼んで。歌野って、歌野好きだよって。言って。何百回でも何千回でも、何万回だって聞くから。嬉しくて、照れるから。

 

だから、また呼んでよ...こんな、たまたま取れたみたいな録音データじゃなくてさ。ちゃんと呼んで。私の目を見て、私のことを考えて、私のっ、私の...

 

ねぇ、椿、お願い_____また歌野って、言ってよぉ...!!!

 

 




白鳥歌野は呼ばれない

白鳥歌野(しらとり うたの)
今作の主人公であり勇者。

勇者になる前に椿と出会う。最初は都会から来た人という興味と同世代の人だということで話しかけたが、自分のことを気にかけ、野菜も美味しそうに食べてくれた。

バーテックスとの戦闘が始まってからは自分のために戦ってくれることが分かってしまったため、嬉しさと感じると共に心配していた。

結界が全て破壊される前に諏訪を放棄、多くの人を残し水都だけを連れて四国へ生き延びた。自分の物とは別のスマホを大切に持っている。

戦闘時は鞭を主軸に、近距離戦では刀を用いる。使っている期間は鍛練を積んでいた若葉に遠く及ばないが、刀を握った歌野はまるで別人のようで、長年の実践経験もあったことから、模擬戦で若葉を圧倒した。

藤森水都(ふじもり みと)
勇者と共に神に選ばれた巫女。

バーテックスに襲われた時に巫女として目覚め、諏訪に避難した。その後、歌野と意気投合し、椿とも仲良くなる。単身活動するようになった彼に怒鳴るくらいには仲良し。

二人がお互いに向けている感情に気づいていたが、その大きさ故にそう時間をかけずにくっつくだろうと考えて何もしなかった。

諏訪で脱出準備を終えた後、歌野に無理やり抱えられ四国まで辿り着く。椿のことは察しがついていたものの、歌野が持っていたスマホから確信。自分と、なにより歌野の願いを裏切ったとして、嫌いだとハッキリ言うようになった。

歌野には言っていないが、自分ではなく椿を四国へ連れて行って欲しかったと思っている。

古雪椿(ふるゆき つばき)
死亡した一般人。

都心から田舎へ引っ越して、歌野に出会う。一生懸命畑作業をしている彼女に見惚れ、あれこれサポートするように。

バーテックス襲来からは彼女の負担を少しでも減らせるよう、囮をするようになった。この時点では自身の命をかなり軽視している。

そこから水都も交えて生活し、彼女たちの為にも一緒に生き残ろうとしていたが、諏訪の脆さと自身の傷から、歌野と水都の生存を最優先とし死亡した。

歌野を名前で呼ばなかったのは、慣れと恥ずかしさから。


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ゆゆゆい編 80話

ゆゆゆ三期、ついに始まりましたね。凄いコメントは冷静ですが、既に三話を迎えてるからです。実際一話初見時は声をあげながら見てました。

皆さんも楽しんでますか?自分は満喫してます。一話のバンドシーンの作画から凄いんじゃ。

さて、ふつゆの方は、今月も一本目になってしまい、以前から言っている新章もまだお見せできない状況。申し訳ないです。本当はリクエストにしたかったんですが、そっちも難航してまして...

ただ、新章はほとんど作り終わりましたので、なるべく早く、次とかその後辺りにお届けできればと思います。待っててくだされば。

長々失礼しました。三期と一緒にお楽しみ頂ければ!


「椿さんって、色んな武器を使いますよね?」

「ん?」

 

ノルマ分の缶を撃ち終えたタイミングで、その様子を見ていたひなたがそんなことを言ってきた。俺は腰につけたホルスターにBB弾が装填されている銃を腰にしまいながら答える。

 

「そうだな。斧から始まり、刀、銃...西暦じゃ他の勇者の武器を使ったりしたし」

「皆さんの中で一番色んな武器を使っているのでは?」

「だろうな。レイルクスも、元々防人のための武器テストを兼ねた擬似満開装備だったし」

「その中で今も使い続けているのが、刀と銃だと...」

「いや、あれば斧とか持ちたいけどな?あの刀程の強度を持った武器は、今の大赦じゃ作れないからな」

 

この世界に来てから大赦に作って貰った銃はあくまで星屑に通用するレベルの、いわば牽制用である。近接武器に関しては、神の加護が最大限あった時に作られた短刀より強いものが、現状ない。

 

(この世界にも精霊バリアはある訳で、もしかしたら作れたりするのか...?でも、大赦が何も言わないんじゃないのか)

 

「まぁ、毎度戦う度に使い捨てみたく武器を使われたら、大赦が根をあげちゃうだろうしな」

「それはそうでしょうけど...もう少し武器があっても良いと思うんですよね」

「そうか?」

「はい」

 

ひなたは頷いて、おもむろにスマホを取り出した。手招きされたので寄っていくと、自分の隣をポンポンと叩く。

 

「...?」

 

従って隣に座ると、スマホを横持ちに変えた。

 

「これは...樹海での戦闘?」

「実は最近、余裕がある時に皆さんの戦闘を撮って頂くよう、雀さんに頼んでいまして」

「......あー」

 

確かに最近、雀が『歴としたお役目なので!!』と言いながら下がっていて、芽吹と言い合っていたのを見た時のことを思い出す。いつものことかとスルーしていたのだが、そんな事情があるとは思わなかった。

 

「ここからです」

 

映像は東郷の狙撃の様子から、前線へ移動する。映った俺は、銃で星屑に対応しながらジェミニに対して刀を振るっていた。ジェミニは俺の行動を読んで避けたが、その先で待っていた友奈に殴られ、ユウにとどめを刺される。

 

「元々近接戦だけの友奈さん達は分かりますが、椿さんは様々なリーチで戦っています」

 

また別の動画では、襲ってきていたピスケスの帯_____イカの足みたいな帯の部分を短刀で弾いて時間を稼いでいるように見えた。若葉がその隙をついて本体に刀を振るい、歌野が鞭で追撃をいれる。

 

「また、戦術も周りの仲間に合わせて変えています。他の方は武器が基本的に一つですし、役割が変わらないのは仕方のないことですが...逆に、臨機応変に足りない箇所を補える椿さんは、そのカバー範囲を広くしてもいいんじゃないかなと思いまして」

「うーん...良いのが作れるとして、大赦が今作るならこの銃みたいに出し入れ自由じゃない、懸架前提の武装だろうからな。あまり積みすぎても重たくなりかねないな」

「でしたら、こういうのは如何でしょう?」

 

何故か声を少し小さくしながら提案してきた彼女に、俺は耳を傾ける。

 

「いいかもな、それ。大赦の技術レベル次第だが、折角なら試してみたいかも...!」

「では、今度暇な時間でやってみましょうか。連絡しておきますね」

「ありがと...!じゃ、じゃあ俺、先に片付けてくる」

「そうですか?」

「使ったもの掃除してからじゃないと、ゆっくりひなたの弁当食べれないからな」

 

こんな休日にわざわざお弁当を持ってきてくれた彼女のために、やることはさっさと終わらせて美味しく食べたい。そう思った俺は、転がしたままの缶を拾うため立ち上がった。

 

(......大丈夫だよな?)

 

かなりこそばゆかった耳と、いい香りを感じてしまった鼻に意識しないようにしながら。

 

「どうしてこう、女の子ってのは......」

 

 

 

 

 

「椿さん...近かったんですけどね」

 

 

 

 

 

「というわけで集まって貰ったんだが、皆わざわざありがとう」

「ノープログレムですよ!」

 

歌野の言葉に皆が頷いてくれて、俺はもう一度感謝した。

 

ひなたの呼び掛けの元、西暦のメンバーを中心に集まってもらった。

 

友奈達最初期の勇者部の武器や、若葉みたいに使ったことがある武器のメンバーは基本的にいない。来ると言っていた人もいたが、長くなるし、そもそもこの施設に対して結構多くなってしまうことを考えた結果だ。

 

事前に大赦と確認し、どのみち主武装になりうる程の武器の製作はもう難しいと言われたが、今後の俺の参考になるかもしれない。そう考えて、結局やることにした。後日体感の情報を纏め、春信さん辺りに渡しとけば上手いこと利用してくれるだろう。

 

「椿さんの武器探しかぁ...早速やりますか?」

「そうだな。頼む」

 

杏のクロスボウ『金弓箭(きんきゅうせん)』を受け取って、今日のフィールド_____大赦が所有する練習場で構える。

 

「思ったより重いな。片手で持つのは安定しない」

「そうですね。私は普段両手で使ってます」

「重心は安定しそうだが...」

 

何発か撃ってみて、壁に矢が突き刺さる。確かに狙ってる感じは良いが_____

 

「両手持ちの武器で、狙い方も今使い慣れてきた銃とは異なるし、噛み合うには時間がかかりそうだな」

「そうですか...お揃い、してみたかった」

「杏?何か言ったか?」

「い、いえ。何も。そしたら、次の人の武器を使ってみますか?」

「そうだな。全員のを試すには時間も長くはないし、とりあえず全部試す勢いでいこう」

「だったら、次は私ね!」

 

飛び出てきたのは歌野。その武器は鞭の『藤蔓(ふじつる)』だ。

 

「椿さんが使えば、私にとってもトリッキーな使い方してくれそう!」

「...期待に答えられるよう、頑張るよ」

 

握った感じは軽くて振りやすいといった印象。ただ、特有のしなった軌道は上手いこと当てにくい。

 

(......これ、ムズいな)

 

使いこなすのはさることながら、ちゃんと扱えてるのかを判別する方法も難しい。

 

「...芽吹!」

「分かりました」

 

だから俺は、ここにいる例外に声をかけた。

 

芽吹の武器は銃剣。複合武器であることを除けば俺の使ったことのある武器だが、夏凛、若葉とじゃんけんした結果手にいれていた、今日の戦闘相手だ。

 

普段持ち主がどういう使い方をしてるか思い出しながら、うまく使えるか実戦形式で試す。事前に話していた芽吹は俺の表情から察していたのか、すぐに構えをとった。

 

「よし...やるか!」

「お相手します!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はぁ、これで全部か」

 

椿さんはそう言って、持っていたヌンチャクを棗さんに返した。

 

「ありがとう。棗」

「どういたしまして。だが、向いてはなさそうだな」

「言わんでくれよ...」

「仲間入りですね!」

「やめてくれぇ......!」

 

ここまで、私、歌野さん、須美ちゃん、千景さん、棗さん、そして芽吹さん。ここにいる全員の武器を試した。他の皆の武器はある程度触ったことがあることに驚いて、私の武器はあまり合わなそうだったことを残念に思って_____そんな風だった私は、その後の戦いを見てびっくりした。

 

『いってぇ!?』

 

歌野さんの鞭を使って芽吹さんと戦い始めた時、自分の振った鞭に当たったのだ。最初は何が起こったのか、全く理解できなかった。

 

あの椿さんが、そんなミスをするなんて思わなかったから。

 

その後も何度か仕切り直し_____使えないことが悔しかったのか、かなりの時間を費やしていた_____結果、諦めていた。

 

最後に取っていた戦い方は、鞭を地面に叩きつけて土煙を起こし、横凪ぎに払う。なんてやり方だったけど、芽吹さんが後ろに下がっていたせいで何も起きなかった。

 

そして、最後の棗さんのヌンチャクも、同じような結果で。

 

「剣とかは自分の手の延長だし、直線的な射撃武器も分かりやすい。ただ、どこかで曲がったり折れたりするのはどうにも難しい...」

「慣れたらできるようになるかもしれませんよ?」

「まぁ、な...」

 

そういう椿さんの顔は、かなり辛そうというか、悔しそうな表情をしていた。こんな表情はやはり珍しい。

 

「で、でも他の武器は上手かったですよね?」

 

須美ちゃんの言う通り、他の武器はそれなりに扱えていたし、椿さんが触る時間も比較的少なめだった。

 

特に千景さんが使う鎌は上手く扱って、芽吹さんの銃剣を奪いとり、その切っ先を喉元まで届かせていた。

 

やっぱり、普段から使い慣れてる物に近いからだろうか。

 

「まぁ、元々俺は大きめの武器を使ってたわけでさ。今は取り回しが良い感じのだけど......」

「皆さん、終わりましたか」

「ひなたさん」

 

話をしているうちに、ここの大赦の人と話をしに行っていたひなたさんが歩いてきた。巫女のする話は私自身あまりよくわかってないこともあるけど、ひなたさんは結構話をしていることが多い印象だ。

「お、ひなた。お疲れ」

「お疲れ様です」

「ひなたさんお疲れ様です!」

「杏さん、どうですか?」

「ちゃんと撮れてますよ。後で渡しますね...今回は、珍しいものが撮れてますから」

勇者の動きを見るためか、はたまた別の目的があってか_____恐らく、違う方だけど_____頼まれていた録画を止めた。ひなたさんにも渡すけど、私自身後で見返せる。

 

最後の方を本人にだけ伝えるように囁くと、ひなたさんは「それは楽しみです」と微笑んだ。

 

「ひなたさんも戻ってきたなら、私達はゴーホームしましょうか」

「そうだな。キリも良い」

「そっか、皆ありがとう。わざわざ集まってくれて」

「いえ!椿さんが満足できたなら良かったです!」

「私はただ、戦っただけですから」

「もしまた使いたくなったら言いなさい」

「了解...俺だけバイクで来ちゃったから、ちょっと持ってくるわ」

 

駐車場の方へ歩いていく椿さん、そして、私達は雑談しながら施設の出口に歩いていく。

 

椿さんと二人なら、バイクの後ろに乗せてと頼めたけど、今日は大人数な上に皆同じ寮。しかも大赦が送ってくれる準備をしてくれているとなれば、何も起きない。

 

「椿さんもバイクで来なければ、一緒に帰れたんですけどね」

「そう言ってもらえるのは嬉しいが、明日も会えるんだから気にするな...じゃあ、買い物もしたいし俺はこれで。またな」

「はい。また明日」

 

乗り込んだバスで手を振って、バイクを動かす椿さんを見送る。

 

「それにしても少し驚いたわ。椿さんもあんなことあるのね」

「得手不得手はあるものだ。私も海は得意だが、プールは得意ではない」

「それはそれで、また驚くべきというか...」

「千景さん、車の中でゲームは駄目ですよ?目が悪くなってしまいますから」

「分かってるわ。少なくとも、須美ちゃんの前ではやらないわよ」

「私がいなくてもやらないでください!」

「冗談よ...ありがとう」

 

皆が話始め、バスが動く。私はさっきの須美ちゃんの言葉に謝りながら、スマホを動かした。

 

(タマっち先輩、もうすぐ帰るからね...っと)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「え」

「おっ」

 

人間ばったり会った時は、適当な音が出る。そんなどうでもいいことの再認識をした場所は、イネスのみかんジュース屋であった。

「球子じゃん。どうしたんだ?」

「そういう椿こそ」

「ここは俺のホームだぞ。ってのは置いといて、普通に買い物だ」

 

片手に持っていた袋を見せて、ついでに今さっき買ったみかんジュースを見せる。

 

「そっちは?」

「タマは愛媛の民だぞ。みかんを買って何が悪い...というのは置いといて、勇者部の依頼がこの近くだったから寄ったんだ」

「そっか。ご苦労さん」

 

咄嗟に手を伸ばそうとしたが、袋とみかんジュースが阻止する。

 

(そろそろ咄嗟に手を伸ばさなくなっても...癖かなぁ)

 

小さい頃から銀にしまくっていた。というわけでもないのに、何故なのか。妹的な可愛さにやられているのか、単に皆可愛くてやりたくなるのか。

 

(いや、どのみちヤバイやつだろそれ)

 

「椿?」

「何でもない」

「そ、そっか...」

「折角だしバイク乗ってくか?」

「!乗る乗る!!」

 

ちょこちょこ動く球子に笑みを浮かべ、「じゃあ行くか」と歩きだした。

 

 

 

 

 

「悪かったな。今日は」

「?」

 

駐車場、バイクに寄りかかっている俺と、その近くの壁に背中を預けている球子は、手元のみかんジュースを飲みきるまで話をしていた。

 

そんな時だ。球子が口にした言葉の意味を、俺は理解できなかった。

 

「何の話だ?」

「ほら。今日お前、皆の武器を試してたんだろ?あんまり使ってこなかった武器をさ」

「そうだな」

「タマ、それ行かなかったから」

 

確かに球子の武器、旋刃盤『神屋盾比売(かむやたてひめ)』は、使ったことのないタイプの物だ。実際使わせてくれるかなと思っていた。

 

盾としての意味だけなら使ったこともあるし、そういった意味で来なかったのかと思っていたが_____

 

「別に強制でもないし、気にしなくていいのに」

「......今、こうして使ってるけどな」

 

誰もいないのを確認して、球子が旋刃盤を出す。刃の部分は隠されてるが、その盾は今まで何体もの敵を倒してきた勇者の武器だ。

 

「元の時代...西暦で、タマの、この旋刃盤は壊された」

「っ」

「杏も、椿も、守れなかった。そんな武器を椿に使わせても、な......と思っちゃったんだ」

 

悔しそうな、悲しそうな声が耳に響く。確かにあの戦いで球子の武器は破壊され、それ以降は相手の攻撃を防ぐ札を使っていた。

 

「役に立たないって」

 

だが。

 

「そんなことないだろ」

「え?」

「大きな盾は使ったことがあるが、取り回しが悪いからな。他の武器を使いながら守れる武器は俺もほしい...大体、その防ぎがなければ、あの時俺が球子と杏を庇うことはできなかった」

 

杏の盾になり、何度もバーテックスの猛攻を耐えた盾。そして、動けなかったとても、杏のために一歩も引くことなく耐えしのいだ球子。

 

今この世界での戦いも、数多くの仲間を守り、敵を倒してきた。

 

「誰かの為に盾になろうとする、お前にとっての立派な武器だろ。もっと自信もっていいと思うぞ」

「椿...ありがとな」

「気にするなよ。当然のことを言っただけだから」

「...へへっ」

 

頬をかく球子は、さっきまでと違って、こっちまで釣られそうな笑みを浮かべてる。

 

 

「じゃあ椿、使ってみるか?」

「......」

 

渡されるのは、ただ盾の役割だけをこなす物ではない。刃を展開し敵を切るだけでなく、ワイヤーを使ってヨーヨーのように飛ばすことができる。『その軌道は曲線で、使用者の匙加減で通る軌道が変わる』

 

それを、最大限生かす方法を考える。

 

「...すまん、今日は勘弁してくれ」

 

さっきの失態がフラッシュバックした俺は、そう言うことしかできなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

タマの武器は、本来もう存在しない武器だ。

 

鋭い針を持った尻尾に何度も何度も突き立てられて、限界がきて壊れた。あの時のことは今でも思い出せる。

 

タマも動けなくて、杏の攻撃は通らなくて、それでも二人なら越えられると信じて。

 

痺れてた腕に、明らかな違和感を覚えた時には、盾に入っていた亀裂が端まで入って、バラバラに砕けて。

 

タマの腕を貫こうとする針をスローで見た次の瞬間には、よく分からないまま転がっていた。

 

椿がタマ達を押し飛ばして、代わりに腹を刺されたと気づくのは、少ししてからだ。深々と刺さっていた針は、椿の背中から生えてるみたいで、吹き出た血が、人の中に入っていたとは思えないくらい多くて。

 

(...今にして思えば、何で椿は生きてるんだろうな)

 

あんなの、どう考えても死んでいた。勿論生きててくれて嬉しかったけど、その原因は聞きそびれたままだ。

 

タマはそれを聞こうと口を開いて__________その先にやったことまで思い出して、塞いだ。

 

(よ、よく考えたらタマ。椿に胸を...)

 

顔が赤くなる。あの時はそんなことを考える余裕がなかった。目の前の惨状に意識の全てを奪われていたから。

 

(......~ッ!)

 

「球子?」

「なんだっ!?」

「いや、急に力強めるから...どうかしたか?」

「なんでもない!!なんでもないぞ!!こっち向かず運転に集中しろっ!!!」

「お、おう...」

 

信号が変わって、椿が力をいれるのが感じる。すぐにバイクは速くなり、風を感じるようになった。

 

それでも、タマの顔には椿の背中のせいで届かないし、顔の熱も引かない。

 

(......今も、こうして...)

 

恥ずかしさを押し込めるように、タマは椿にはりついた。回していた腕も強く、顔は背中にくっつくように。

 

服越しでも、熱が伝わってきた。

 

『誰かの為に盾になろうとする、お前のにとっての立派な武器だろ』

 

(...椿、ありがとう)

 

この熱を感じられることに感謝して、タマは目を閉じる。

 

「タマも、椿みたいな盾になりたいな」

「なんてー?」

「なんでもないっ!!」

 

寮に戻り、杏と会う頃には、熱が引いてることを願いながら。

 

 

 



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短編 樹if 3

今回は樹のifです。過去のものと分けるために3としていますが、1と2とは全く繋がっていないので、そちらを見ていなくても問題ありません。お楽しみください。


ある日、お父さんとお母さんがいなくなった。

 

『お姉ちゃん、お父さんとお母さんは?』

『樹...』

 

今なら二人が死んでしまって、お姉ちゃんは私にどうやって伝えたら良いのか迷っていたんだと分かるけど、当時小学生だった私には分からない。

 

結果、有耶無耶なまま変な仮面をつけた大人が来て、お姉ちゃんと話して消えた。

 

話の前後で違ったのは、住む家が変わったこと。

 

『......椿です。よろしく』

 

そう言った男の人の目を初めて見た時、その人は私の方を見ていても、私のことは見ていないように思えた。

 

 

 

 

 

「ほら樹!!起きろ!!」

「きゃーっ!!!」

「事件性のある悲鳴をあげない!!迷惑でしょうが!」

 

布団を取り上げられそうになって必死に引っ張る。そこになってから、私はさっき見ていたのが夢だと気づいた。

 

あれは________目の前にいる人と、初めて会った時のことだ。

 

「何で部屋入ってきてるの!!」

「部屋の外から声かけても反応がないから風の代わりに起こしに来たんだろうが!というか俺は遅刻ほぼ確定でお前を起こしてるんだよ!」

「何でそんなに」

「お前今日が何の日かを思い出せ!!」

「...あーっ!?」

「ちょっ」

 

私が布団を離したことで、勢いそのまま床に倒れる。

 

「入学式!!今日から私中学生!?」

「...思い出して頂けて何よりです。そして、こちらを」

「......準備!!早く!!」

「しろって俺が言ってるんだよ!!」

 

向けられた目覚まし時計をすぐさま放り投げた私達は、それぞれの役目を果たし始める。

 

「あ」

「何!?」

「おはよう、お兄ちゃん!」

「...あぁ。おはよう、樹」

 

 

 

 

 

「風が日直で早く行かないならあいつに起こして貰えたのに...ちくしょー」

 

ジェットコースターみたいに速い自転車を、後ろの席で楽しむ私。一方で、嘆きながら足を回転させているお兄ちゃん。

 

元々、私達犬吠埼家は姉妹しかいなかった。頼りになるお姉ちゃん、犬吠埼風と、頼りない妹、私、犬吠埼樹。

 

だが今、私達は犬吠埼ではない。そして、何故お兄ちゃん、古雪椿さんがいるかというと、今日見ていた夢、もう二年前の話になる。

 

お父さんとお母さんが亡くなってから、保護者のいない私達を保護するために大赦と呼ばれる組織の人達が来た。私達はそれぞれ別の保護施設に行きそうになっていたという。

 

私はお姉ちゃんと離れ離れになりたくなかったし、お姉ちゃんも同じ気持ちでこれを断固拒否。ただ、大人としては、小さな女の子二人で暮らしをさせることをあまり良く思わなかったらしい。

 

そんな時、たまたま話を聞いて、養子として受け入れてくれたのが、今の家族、古雪家の人達だった。

 

ただ、いきなり環境が変わって馴染める筈もなく、そこにいたお兄ちゃんもどこか落ち込んでて、家族全体がギクシャクしていた。

 

突然新しいお父さんお母さんが出来たというのは、確かに変な話だ。

 

そして、それを直したのは_____他でもない、お兄ちゃんだった。

 

ある時を境に、いきなり明るくなったお兄ちゃん。私達と新しいお父さん、お母さんの仲を取り持ってくれて、大変そうだったお姉ちゃんのフォローも隠れてしてくれていたのを知っている。

 

『ご飯できたよ。食べよう』

『家事?やったけど...やれる範囲だよ。気持ち良く過ごしてもらいたいし。部屋に入るのは悪いしな』

『おう、勉強なら教えられるぞ。最近学んで...あぁでも、事前に何時からやりたいかだけ教えてくれ』

 

そんな生活をして、早二年。気づけば家族全体が仲良くなったし、私はこの人のことを『お兄ちゃん』と呼ぶようになった。

 

「樹」

「はいっ!?」

「驚かないでくれ...ついたぞ。讃州中学だ」

 

いつの間にか停まっていた自転車から降りれば、目の前には中学校があった。先週写真を取りに来たし、目新しさはない。

 

「さて、俺は遅刻だが...新入生の登校時間には間に合ったな。行ってこい」

「ありがとう。行ってきます!」

「ん」

 

手を振るお兄ちゃんは、まさに妹を見るような目だった。

 

 

 

 

 

そこからしばらくして。色んなことが起きた。

 

お兄ちゃんとお姉ちゃんが勇者部って部活をしてて、学校で話を聞くようになったこと。

 

私もその勇者部に入ったこと。

 

本当の勇者になって、神樹様のために戦うことになったこと。

 

気づけば、あっという間に時間が過ぎて__________

 

 

 

 

 

「樹ー、おやつ持って来た...」

「!?」

「何してるんだ?」

「ちょ、ちょっとこっち!!」

「うおっ」

 

普段より相当速い動きでお兄ちゃんの手を掴んで、そのままベッドに座らせた。部屋の外を確認してからドアを閉める。

 

(...仕方ない。お兄ちゃんは諦めよう)

 

「っとと...なんだよ樹、それにこのむぐ」

「ちょっと静かにして!!いい!?」

 

お兄ちゃんが持ってきてくれたマシュマロを口に押し込んで、ひとまず口を封じる。

 

その時指が口の中に触れて、少し濡れた感じが_____

 

「せ、説明はするから。まずは聞いて。ね?」

「...」

 

こくこくと頷くお兄ちゃんを見て、私はようやく手を離した。

 

「...それで?」

「......この前、私が歌のテストをやった時、皆が上手く歌えるよう協力してくれたでしょ?」

 

勇者部の皆が色々用意してくれて、人前で歌うことに緊張していた私は、歌うことの楽しさを知ることができた。

 

「それで、もう少しやってみたいなと思って...声をね、録ってたんだ。」

「録るって...研究とか?」

「ううん。これをオーディションに出すつもり......自信はないけど、やってみたい」

「そっか。いいんじゃないか?応援するよ」

「ありがとう...それでね」

「分かってる。風には内緒で進めたいんだな?」

「!」

「ここまでされれば分かるさ。大丈夫、あいつには黙っとく。俺もあいつの驚いた顔見たいし」

「...ありがとう、お兄ちゃん」

「おう。じゃあ俺は『四国の歌姫』グッズの製作にでも」

「それはやらなくていいから!!!」

 

私がぽかぽか叩くのを、お兄ちゃんは笑って受け止めた。

 

 

 

 

 

その笑顔が消えたのは、夏休みのこと。

「樹...いつき......ごめん...ッ!!!」

 

突然部屋に飛び込んできたお兄ちゃんは、私を抱きしめて涙を流してしまった。苦しくて剥がそうとしても私の力じゃ何もできなくて、この人が男の人であることを感じる。

 

離してとか、何があったのとか、聞きたいことはあったけど_____抱きしめられたままの私は、その手段を持っていなかった。

 

勇者としての戦いで使った満開、バーテックスをあっという間に倒せる力なだけあって、疲れが溜まってしまったらしい。お姉ちゃんは片目に、友奈さんは味覚に、それぞれ悪影響が出てしまっていた。

 

そして私は_____声に。

 

「俺がっ、俺がもっと早く...!!」

 

ずっとずっと、自分を責めて、私に謝るお兄ちゃん。涙は私の服に染みて、肩が少し冷たくなってきてる。

 

(お兄ちゃん...泣かないで)

 

私はわけが分からないけど、頭を撫でて、落ち着かせるように背中を叩く。

 

(いつもと逆だな...でも、私大丈夫だから)

 

声が出なくても、届けられなくても、それでも私の思いを伝えられるように、ひたすら抱きしめる。

 

結局、その日はずっと泣かれてしまった。

 

『椿?目が赤いわね』

『...何でもない』

 

お姉ちゃんにバレないようにしていたのは、何か意図があったのか、ただの強がりか。

 

『...ごめん。本当に辛いのはお前なのに』

『大丈夫だよ』

『......心の整理ができたら話す。それまで、何日かだけ待っててもらっていいか?』

 

でも、私は何も言わなかった。お兄ちゃんが何かに悩んで、私に何かを伝えようとしてくれているのが分かったから。

 

だから、大丈夫__________

 

 

 

 

 

「電話?」

「俺が出るよ」

 

最近より静かになった家で、電話の音が鳴り響く。お姉ちゃんより早くお兄ちゃんが受話器を取った。

 

「はい。古雪です...樹に?何でしょう」

「樹に電話?どうしようかしら...」

「......ッ!!!」

「!?」

 

悩んでたお姉ちゃんと私は、慌てて音がした方を向く。お兄ちゃんが持っていた受話器を床に落とした音だと気づいて、顔を見てみたら、お兄ちゃんは苦しそうな、泣きそうな表情をしていた。

 

「椿、何やってんのよ」

「ッ!!は、はい。すみません...はい、はい......」

 

震えた声で、震えた手で、電話先の人に話を続けているお兄ちゃん。

 

「...すみません。後日かけ直して頂くか、メール等で連絡先を頂いて、こちらからかけ直させてを頂くことは可能でしょうか?......ありがとうございます。アドレスは...」

 

動揺を隠せてないお兄ちゃんの姿に、私は気づいてしまった。電話先に誰がいて、どんな話をしているのか。

 

「はい...すみません。失礼します」

「.....椿、教えてくれるんでしょうね?誰が何の用で樹に電話してきて、何で勝手に話を進めたの」

「...言えない」

「ッ!!あんたっ」

「お前には言えない。これは俺の意思だ。樹は関係ない...今お前が知ったら、お前は...」

「そんなの言われなくても分かってるわよ!!樹の声のことでしょ!!!」

「「!!」」

「詳しいことは知りもしないけど、そのことなのは分かってる!!!あたしが勇者部に誘ったから、そうよ。あたしが樹から奪ったもののことでしょ!!!」

「風ッ!!!!」

 

(やめて...)

 

言い争い始める二人。そんな姿、私は見たくなんてない。でも、声は響かせられない。

 

「そんな言い方するな!!!」

「だってそうでしょ!?あたしが...あたしがっ!!!」

「お前...!」

 

一瞬の沈黙をなくすように、お兄ちゃんの携帯が鳴った。お姉ちゃんが飛び出して携帯に触れる。

 

「風!!待て!!」

「さっきの......メー、ル?これが?」

「ッ!!」

 

お姉ちゃんからスマホを奪い取るお兄ちゃん。でも、お姉ちゃんは取り返そうとはせず、ゆっくり私の方を向いた。

 

「樹...あんたの、夢って......前に言ってたのって」

「っ...」

 

(違うの。お姉ちゃん)

 

違う。私がその夢を持てたのは、お姉ちゃんが勇者部に入れてくれたからだ。だから、だから_____

 

「あたしが、勇者部に入れたせいで...」

 

違うと言いたいのに、スマホで文字を打つにも、ボードに書くのも間に合わない。

 

(私は...!!!)

 

そっと背中を押された気がして、私は無我夢中でお姉ちゃんを抱きしめた。

 

「樹...」

 

私のことで苦しまないで。それ以上自分を責めないで。お姉ちゃんだって片目が使えなくて困ってるのに、辛いのに、これ以上無理をしないで。

 

(お願い...!)

 

どうか、この気持ちが伝わりますように。

 

「...そうだよ。樹がやってるように、風、お前は悪くない」

「でもっ」

「悪いのは...俺なんだから」

 

(お兄ちゃん...?)

 

「何であんたが」

「そうだよ。悪いのは俺だ。東郷とアイツの話を聞いていて、満開の仕様にも気づけた筈なのに...もう何も失いたくないからって、思ってた筈なのにっ!!!」

 

響く怒号。震えた声があまりにも痛い。

 

「俺は樹のお兄ちゃんなのに!!!樹の夢を聞いたのに!!!それを俺は、俺はッ!!!!」

「つ、椿...」

「クソッタレが!!!」

 

泣いて、叫んで、怒りを露にして。

 

「...うっ、うぅ」

「俺が...樹......」

 

私達は全員、気がつけば寄り添って泣いていた。

 

 

 

 

 

夜。窓の外には綺麗な月が浮かんでいる。

 

『椿があぁやって泣いて、つられて泣いて、疲れちゃったわ』

 

あれからお姉ちゃんは寝てしまった。

 

『ごめんね、樹。でも、明日には元のお姉ちゃんになるから...』

 

そんなことを言うお姉ちゃんに抱きついて、怒って、気持ちを伝えて。

 

今にも暴れそうなさっきと違って、ちゃんとメッセージを書いて見せることが出来た。

 

『戦いは終わって、これ以上何も失わなくていいの。だからお姉ちゃんも、これ以上怒んなくていいの。もし暴れて、お姉ちゃんを、勇者部を失くしたら、私はもっと嫌だ。だから、もうやめて。ね?』

『樹...いつきぃ......』

 

泣いて、泣きつかれて、結局ソファーで寝てしまったお姉ちゃん。そっとブランケットをかけて、私はもう一人____『悪い』とだけ言ってから部屋に閉じ籠ってしまったお兄ちゃんに、足を向けた。

 

「樹...」

 

ベッドに腰かけているお兄ちゃんは、暗い部屋の中、月明かりに照らされ、今にも消えてしまいそうに見える。

 

「...寝ないのか?」

『一緒だったら寝るって言ったら、寝てくれる?』

「...もうお互い中学生にもなってそれはなぁ」

 

乾いた笑いを溢すお兄ちゃんは、それきり黙ってしまった。

 

私もなにもしない。ただお兄ちゃんの言葉を待つ。大切なことを纏めてくれているだろうから。

 

やがて、普段なら耐えられないような沈黙の後、お兄ちゃんが口を開いた。

 

「みっともないところを見せたな。悪い」

『私の為に怒ってくれたのに、みっともないことなんて何もないよ』

「そっか...優しいな」

 

すっと伸ばされる手。意味を理解して近づくと、そっと喉に触れてくれた。

 

「......許してくれなくていい。って言っても、きっとお前は許すんだろうな。自分の夢が叶わなくたって、今は家族が...俺達がバラバラになったり、喧嘩したりするのが嫌だから」

 

その言葉に頷く。お兄ちゃんはちゃんと理解してくれている。

 

「でも、でもな...悪い。分かっていても、俺は自分を許せない。お前がもっと違っていたら、事実を隠していた大赦を潰しに行ってたかもしれん」

 

手が離れる。熱が逃げて、私の喉に冷たさがくっついてくる。

 

「......俺は、先代勇者の幼馴染みがいた。詳しくは今度話す...ただ、そいつから話を聞いていた。満開というシステムはなかったみたいだけど、状況証拠でこの自体を予測することは、できたはずなんだ。だから、お前のことも、風のことも、助けられた筈なんだ......」

 

お兄ちゃんの言葉に、私は何も言えないし、何も書こうとはしなかった。先代勇者のことも、そのことを聞いていたというのも驚きはしているけど、それでも。

 

「だけど、結果はこの通り。俺にとってこれは仕方のない理不尽じゃなく、未然に防げたはずのことなんだ...自分を許せない。今すぐ消えてしまいたい」

「!」

 

私の動きは速かった。どこにも行かせないように、お兄ちゃんを抱きしめる。さっきの熱が体全体に広がっていく。

 

「大丈夫。動く気はないから。お前はこうして俺を止めてくれる。理由なんて何でもいいし気にしない...正直、俺はもう生きる気力が湧かない。でも、そんな俺でもいいなら。他でもない樹が肯定してくれるなら、お前のためなら生きたいと思う......樹」

 

お兄ちゃんは、いつの間にか涙を流していた顔で私を見た。

 

「俺はまだ、お前の家族でいいか?」

 

その問いに、私の答えは決まっている。

 

『いいよ』

「っ...ありがとう。樹......ッ!!」

 

音のない答えを口にして、お兄ちゃんは涙を拭った。

 

(でもね、お兄ちゃん。私は、私の為じゃなくても生きていて欲しい。いつかそう思わせるから。それまでは、きっと)

 

貴方が私を大切にしてくれているように、私は貴方を大切に思っているから。

 

お姉ちゃんとの居場所を守ってくれて、私の夢を応援してくれて、今もこうして泣いていてくれる貴方のことが好きだから__________

 

 

 

 

 

それから。私達の戦いは始まり、終わり、また始まって終わった。もう三月だ。

 

今度から私は中学二年生で、勇者部の部長。夏凜さんがいるとはいえ、リーダーとして相応しくありたい。

 

(去年の入学式は、起こして貰ったんだっけ)

 

着替えを済ませた私は、自分の部屋からリビングへ向かう。

 

「ふぁ、いふぅきおふぁおう」

 

そこには美味しそうにパンを頬張っているお姉ちゃんと。

 

「お、起きたか。おはようさん」

 

お皿をテーブルに置いているあの人がいた。

 

「...おはよう。二人とも」

 

私は『声を出して』イスに座った。

 

あれから私の声は、色々あって元に戻った。それはもう大変な戦いがあったわけだけど、それは置いとくとして。

 

『よかった...本当に』

 

涙を流してくれた二人に釣られて泣いてしまった私も、もう前のことだ。一時期はお姉ちゃんが入院してしまって色々大変だったけど。

 

「チーズ熱いから気をつけてな」

 

スライスチーズがのせられたパンは確かに熱そうで、実際に触れて目が覚めた。

 

私の為に生きると言った彼は、今日も私のご飯を作る。だけど、それは生きる理由が私だからじゃない。

 

『もう私のために生きなくていいね?』

『...まぁ、そうかな。どうなんだろ......妹のためなら間違ってない気もするけど』

『怒るよ?』

『......ちょっと考えさせてくれ。まだ色々落ち着いてないしな』

 

そんな会話をしてからしばらく経って。私は結局、その発言を撤回させたくなっていた。

 

(私のためって言うのは...そういう意味もあるわけで)

 

「?樹?」

 

将来、二人、私とこの人が兄妹の関係でなく、別の関係になりたいなら。ずっと私の隣にいて貰うには。

 

きっかけがどれなのかは分からない。でも今胸にある気持ちは__________好きという気持ちは、本物だ。

 

だから私は。

 

「何でもないよ。椿さん」

「」

 

私を見る彼の目を見て、笑顔でそう言った。

 

「...」

「お兄ちゃん?」

「......ふぅぅぅっ!!!!」

「あいたぁ!?何すんのよ!?」

「いつきが!!!樹が俺のことお兄ちゃんじゃなくて椿って!!!椿って呼んだ!?反抗期来ちゃったぁぁぁぁっ!!!」

「!?そんな...樹が反抗期?」

「違うよお姉ちゃん」

「俺だけ!?樹!?何で!?」

 

おろおろして叫ぶ椿さんは面白くて、私はちょっとだけ笑みを浮かべながら言った。

 

「さて。何ででしょう?」

「......」

「ちょっ椿!?倒れ込まないで!?」

 

(いつか分からせてあげますから、待っててくださいね?)

 

二人の様子を見て、私はパンを口に運ぶ。しっかりとしたチーズの味が口の中に広がった。

 

 




樹if 3

本編との違い…樹、風の二人暮らしが大赦で認められず、離れたくない二人の要望との妥協案として、古雪一家に行く。


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花結いの章 1話

注意事項

この章は、古雪椿は勇者である 神世紀の章(結城友奈の章+勇者の章)、西暦の章(乃木若葉の章)のネタバレが含まれるため、読了後をオススメします。その他、ゆゆゆい編での内容も含まれるため、最低でも1話の閲覧をオススメします。

また、原作となるアプリ、花結いのきらめき(通称ゆゆゆい)の花結いの章のネタバレにも繋がるため、ご注意ください。

ほとんど完結までの40話以上を完成させているため、更新頑張ります。お楽しみ頂ければ。

それでは下から本文です。


大切な人を救いたいと祈った。

 

離した手をもう一度掴みたかった。

 

決められた運命を変えたかった。

 

きっと、きっと、きっと。

 

いつか、いつか、いつか。

 

そうやって願い続けたからか。今この時、チャンスが与えられた。

 

全てを凪ぎ払う力。

 

蹂躙、殲滅する力。

 

やり直すための力。

 

(なんてな)

 

否。頭の中では、利用されているに過ぎないということくらい分かってる。たまたま適した人間。神の気まぐれによって選ばれた者。

 

だが、それで構わない。利用されているとしても、利害が一致しているのなら、いくらでも道化になる。神の奴隷になる。

 

だから。だから。

 

やり直させてくれ。そして消してくれ。この魂に刻まれた傷を。

 

「一体どうしちゃったのよ!?椿!!!」

「うるせぇなぁ!!!!」

 

だから。

 

目の前から邪魔な存在を消すため、俺は自分の身長くらい大きなメイスを振るい、金髪の女の腹に叩き上げた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ん...」

 

携帯の目覚ましにより、俺は薄く目を開ける。布団から腕だけ出して機能を停止させた後、そのまま何事もなかったかのように戻し__________

 

(やっぱ二度寝は気分が...ん?)

 

二割ほど覚醒した頭が、現状を確認し。うつ伏せになった状態がちょっと苦しくて__________

 

「なんじゃこりゃぁぁぁあ!?!?」

 

俺の朝は、そんな絶叫から始まった。

 

 

 

 

 

「遅いですよ春信さん」

 

どうにも一人中で待ってるのが落ち着かなくて、珍しくファミレスの外で春信さんを待つこと30分。予定では10分待ったら来る時間と言われた筈なのに、遅れてきた春信さんは悪びれた顔をしていなかった。

 

というか、困惑した顔をしている。

 

「...えっと、どちら様かな?はじめましてだと思うんだけど」

「何言ってるんですか?シスコン過ぎてバカになりましたか...って、あー。そりゃ気づかないか」

「え?何で知らない子にシスコン呼ばわりされてるの?」

「何度もしてますよ...俺です。古雪椿」

「......いやいやいや」

 

春信さんが珍しく手を頭に当てて困惑するも、そう反応したくなるのも分かる。分かるがこっちもまだ混乱してるので早く話を進めたい。

 

「どうなって...なんで女の子が。というか、え?女の子になったの?」

「そんなの俺が聞きたいですよ。全く」

 

古雪椿。高校生。人生ずっと男として生きてきた。

 

現在、女の子です。

 

 

 

 

 

「えぇと、朝起きたらその状態だったと?」

「はい...」

 

目線も低く、何故か真下を見れないと思ったら、縮んでいて、膨らんだ胸が視界を遮っていた。声変わりする前より高い可愛いげのある声も出る。髪は少し鬱陶しいくらい長く、極めつけに男についてなきゃいけない所もない。

 

誰かと入れ替わってる線もあったが、鏡に立った瞬間その疑問は氷解した。見たことある顔だったのだ。

 

その顔は、以前異世界から来た、女の俺(椿)にそっくりな状態で鏡に映っていた。

 

かといって戦衣は男の俺用に改造されていた赤いものだったし、春信さんの反応からしてこの世界の俺は男としている。俺も男として生きてきた記憶がある。

 

「また神のいたずらかとも思ったんですが、どっちみち大赦に連絡しとかないとって思って。解決策があるならやって欲しいですし」

「...分からないかな。神託があったかもしれないけど、僕の所には報告されてない。まずうちはここ数日ずっと徹夜作業で......」

「お、お疲れ様です...」

 

後半につれて春信さんの声が暗くなっていき、目が死んでいく。女になったからって対応を変えないこの人に心の中で感謝して、口は労いの言葉をかけた。

 

(俺も、動揺しなさすぎかなぁ...)

 

小学生の俺に、お前はいずれ神同士の争いに巻き込まれ、大切な人を守るために戦い、時空を越えたり女の子になったりすると言って、信じるだろうか。

 

(いや絶対信じないだろ)

 

「おまけに、朝にまた一つ厄介ごとが来てね...」

「厄介ごと?」

「うん。実は...っと、ごめんね」

 

電話に出るため席を立つ春信さんの姿を眺めながら、みかんジュースに舌鼓をうつ。

 

(...ちょっと子供っぽいかな?)

 

もう高校生。西暦やこの世界での年齢も足せば恐らく18かそこら。それが喜んでみかんジュースを飲むのはいかがなものか。

 

(別に他のが飲めないわけじゃないし、いいか...にしても、味の好みというか、味覚の変化はなし、か?)

 

「お待たせ。ごめんね」

「いえ。大赦からですか?」

「うん...丁度良い機会かな。依頼をしてもいいかい?」

「え、また変な薬飲ませるとかですか?」

「いや、今回は勇者部が普段してることに近いんじゃないかな?」

「?」

 

春信さんの意図が読めずにいると、入り口の開閉を告げるベルが鳴る。そして__________

 

「あ!おねえちゃん!!おねえちゃーん!!」

「へ?」

 

入ってきた女の子がまっすぐこっちに来て、俺に抱きついてきた。

 

「...知り合いかい?」

「いやいやいや」

「まぁ、そうだよね」

 

知り合いである筈がない。というか、この世界に俺(女の椿)に面識があるのは、春信さんを除いて勇者部しかいない。俺のことを姉と呼ぶ知り合いとして、こんな幼い子がいるのはあり得ないのだ。

 

単に女だからお姉ちゃんと言われただけかもしれないが、だとすればこんなニコニコしながら寄ってくるだろうか。

 

(女の俺を知っている?知り合いなのか...?)

 

色々考えるものの、本能が何か厄介な事態が起きたのだと感じざるを得ない。

 

「...本当に、女の子になってるのね」

「安芸さん?」

「おはよう。古雪君...で、いいのかしら?」

「はい、一応。おはようございます...えーと、この子は?娘さんですか?」

「私に子供はいません」

「...はい」

「とりあえず追加のドリンクバーを頼もう。話はそれから...色々纏めないといけないだろうしね」

 

安芸さんの隣に謎の女の子が座り、俺の隣に春信さんが来る。笑顔でケーキを食べ始めた女の子以外はどこか緊張した面持ちだ。

 

「拾った?」

「...今朝、大赦本部の入口で座っていたの。迷子かなとも思ったんだけど...あんな朝からいて、身分を表す物はなし。住所も不明。名前も分からない」

「分からないって...」

 

少女の見た目は小学校低学年くらいだろうか。髪の毛は基本金色に見えるのだが、光に当たると白にも見える不思議な髪を靡かせているため、どこか視線が釣られてしまう。

 

「ねぇねぇ」

「なーに?おねえちゃん」

「自分のお名前、上手に言えるかな?」

「私?」

「うん」

「私しーな!」

「「!」」

「そっかー、シーナちゃんか...フルネーム言える?」

「?しーなはしーなだよ?」

「...そうだね。シーナちゃんだよね。ごめん。お名前ちゃんと言えて偉いね」

「えへへ~」

 

テーブル越しに頭を撫でつつ、二人に顔を向ける。動揺しているのがすぐ分かるくらい驚いていた。

 

「嘘...何回聞いても言ってくれなかったのに」

「朝から駆り出されて色々調べさせられたのに、こんな簡単に...」

「...なんか、申し訳ないです」

 

シーナ。恐らく『椎名』とかその辺だろう。春信さんが高速で携帯を弄って一息ついた。

 

恐らく大赦の仲間に情報を流している。この世界の大赦であれば、名前を頼りに住民の名簿を漁るくらいは余裕で出来る筈だ。

 

「シーナちゃんはいくつかな?」

「んーと...分かんない!」

「そっか。ちゃんとお返事してくれてありがとう」

「どういたしまして!」

「いい子だ...それで、勇者部への依頼っていうのはこの子の面倒を見てくれってことで良いんですか?」

 

後半は大人組に言うと、同時に頷いた。

 

「正解だよ。こちらがこの子の親御さんを見つけるまで面倒を見てほしい。僕達が相手だとなかなか上手くいかなかったからなんだけど...丁度君になついてるみたいだし」

「...まぁ、勇者部としては構いません。多分」

 

もし本当に女の俺の知り合いなら、この世界にシーナちゃんの親御さんがいるとは限らないが_______俺が気にしてもしょうがないし、もっと気にしなきゃいけないこともある。

 

(この体になったことと、この子に関係はあるのか...?)

 

「成果が出るかは難しいところですけどね...」

「貴方の体についても調べてみるわ。神樹様の起こしたことなのか、他に原因があるのか、治せるのか、色々」

「...お願いします」

 

十中八九神の仕業だろうが、まぁそこも早く事態が終息することを願うしかない。

 

(悪いことだらけじゃないことを祈るしかないってな......)

 

「じゃ、とりあえず俺は皆の所に行きます。俺の現状と依頼のこと話さないといけませんから」

 

既に全体に簡単な連絡はした。部室で待ってくれている筈だ。

 

(大丈夫。俺は一人じゃないから)

 

「なるべく早く連絡出来るよう頑張るから」

「はい。じゃあこれで」

「あ、ごめん椿君。もう一つ言っとくことが」

「?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「で、それで...その子がシーナちゃんで、あんたが椿なの?」

「あぁ。男のな...」

 

勇者部部室。特に意識しなくても勝手に足が運ぶ場所で待ってくれていた皆は、ざわざわと騒ぎだす。まぁ無理もない。前に女の俺が来たことはあったが、普段男の俺が女になっているのだから_______

 

「つっきー女の子になった感想は!?どんな感じ!?」

「え」

「シーナちゃん、しばらくよろしくね」

「メブがいつもより優しい!?」

「それはどういう意味かしら。雀?」

「何でもないです!!はい!!!」

 

次々に喋り出す皆は普段と変わらなくて、どこかに溜まっていた息が出る。

 

(全くこいつらは...はぁ)

 

ただ、全く悪い気はしなくて。寧ろどこかほっとしていて。今更自分が無意識に不安がっていたことに気づいた。

 

普段と何一つ変わらない彼女達を見て、唐突に変わった俺も、見た目以外はなにも変わってないんだと安心できた。

 

だから、俺の口角は嬉しそうに上がっているんだろう。

 

「園子はちょっと待て...とりあえずなんか迷惑かけるかもしれんが、俺のことと依頼、頼む」

「あぁ。任せろ!」

「かしこまらないでください。古雪先輩」

「そうそう。椿が安心しとけって。アタシも手伝うしさ!」

「...ありがとう」

 

俺はそう言って、シーナちゃんを連れて椅子にでも座ろうと_________

 

「椿さん」

「?どうしたひなた?」

「今の椿さんは女の子なんですよね?」

「まぁそうだな。肉体的には」

「......ということは、女の子らしい服装をするのが普通ですよね?女装じゃないですもんね?ワンピースとか着ましょう今すぐに!!!」

「ここまでいつも通りじゃなくて良いんだけどなぁ!!!」

 

俺は追っ手を振り払うため、逃走ルートを考える暇すら惜しんで走り出した。完璧なスタートダッシュを決めた結果は__________語らなくていいだろう。

 



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花結いの章 2話

「戦衣とのシステム連携完了。姿勢制御良し。各部異常なし。そっちはどうですか?」

「問題ないよ。続けて」

「了解です...待たせたな芽吹」

「大丈夫ですよ...本気でいきますから」

 

芽吹が防人用の銃剣を二刀流として構えるのを見て、俺も背中に手を伸ばす。

 

(赤嶺相手にさえちゃんと本気は出せないんだがなぁ)

 

バリアがあるとはいえ、仲間に本気で手はあげられない。芽吹はそれを知ってる上で言ってきてる。

 

(でも、今回は本気じゃなきゃ意味ないし)

 

殺気が混ざるかもしれないのを覚悟で、芽吹を見据えた。

 

「いいぜ。負けて泣くなよ」

 

二本の斧を握りしめ、ゆっくり構える。準備は全て整った。

 

「私に勝てる前提な話をしたこと、後悔させてみせます...いきます!!」

「こい!!返り討ちだ!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「んっんっ...ぷはぁ。サンキュー」

「先に終わってたしね。それより二人ともお疲れ様」

「ありがとう。銀...今回は勝ちましたよ」

「いやーズルいよなあれ」

「元はお前がやった技じゃんか...」

 

慣れない手つきでポニーテールを結び直したところで、銀から缶コーヒーを受け取り、大赦職員の休憩スペースであろう場所の椅子に座る。円形のテーブルに缶を置くと、カタンと思ったより大きな音が響いた。

 

「大口叩かなきゃよかった...でも、次は負けないからな」

「...また是非、お願いします」

 

以前赤嶺相手にも使った『手放した斧に注意を向かせて短刀で取る』テクニック。芽吹は一度やられたそれをものにして、今回背面に装備していた銃剣に、勇者として出し入れして使っている銃剣、計三本を使われた。

 

俺としても、この体に慣れてないというハンデはあったわけだが______腕の長さや足幅が変わってしまうため、なかなか距離感を間違えやすいのだ______それを抜いても、出し抜かれた感は否めない。

 

「にしても、よかったのかね」

「何が?」

「テストってもうちょっと指示通りやるもんだと思ってたから。前足動かしてくださーいみたいなさ」

「その辺は大丈夫だよ。欲しかったのは実践形式のテストデータだけだったから」

 

話に割り込んできた声の方を向けば、珍しく大赦の制服をしっかり着こんだ春信さんがいた。きちんとした見た目であればこの人が重役というのは一目で分かることなので芽吹と銀は若干緊張しているが、俺は春信さん自身を見慣れているのでどうということはない。

 

『新型のレイルクスが完成したから、テストをして欲しいんだ。君を含めて三人』

 

この前聞いたのはそれだけだったのを俺が疑問に思っていたが、その思いを知ってか知らずか、春信さんは続ける。

 

「本気で動かした場合どこに負荷が多くかかるかを測定し、最終調整を終わらせて完成という形になるだろう」

「間に合いそうですか?」

「次の戦いには微妙な所だね...」

 

新たな神託で、近々過去最大規模の戦闘が予想されている。無事間に合ってくれることを祈るしかない。

 

「でも、驚きました。あれ、俺と銀の満開にそっくりじゃないですか」

「満開?」

「あぁ、芽吹は知らないか...えーと、時限強化形態?みたいな?」

 

『レイルクス』の完成品。以前設計図で見せられた時はピンとこなかったが、展開する大きめの翼は俺と銀が満開した時の姿と酷似していたのだ。違うのは背中についた両翼の間に武器を懸架するパーツがあることだろう。

 

俺のは二本の斧が収まるように、芽吹のには三本目となる銃剣が収まるようになっていた。

 

「元々満開を再現する物だし、君達二人にとっては使いやすかっただろう?」

「確かに...」

「楠さんはどうだったかな?使用感は」

「邪魔になるかと思っていましたが、そもそもの機動力が上がっていましたし、空を飛べるのも魅力的です。個人的には好みでした」

「それはよかった」

「アタシも文句なしっす!あぁでも、ずっとあると斧振るときに邪魔かなーなんて」

 

大型の斧を縦横無尽に、端から見ればがむしゃらに振り回すには、確かに広げた翼と干渉してしまうかもしれない。

 

「分かった。大型の武器を使って前線に出る人には、少し小さめに設計し直せるか考えよう」

「ありがとうございます!」

「俺はそこまで気になりませんでした」

「男用で作ったサイズを調整し直したから、その時に小さくしてね」

「あ、成る程...でも、よく揃えられましたね。三機も」

 

唯一試作品を経験した俺、元々防人用の装備のため、勇者でも使えるのか確認する代表の銀、この世界に勇者として呼ばれた可能性があるため、ちゃんと使えるか確認したかった防人代表の芽吹。

 

時間がかかりそうと言っていた割に、一気に複数完成してしまった。

 

「完全に新規で作ったのは二つだけだから」

「?どういう意味です?」

「椿君の使った新型レイルクスは、旧型...試作品の予備パーツを魔改造したものなんだよ」

「え、あれ予備機あったんですか?」

「外装だけね。システム関係の基部は一番重要な部分だけに固くしてあって、君がここを壊すことはなかったから...そこと合わせて完成だった」

 

(俺がいつも壊していたのは外装ばかりだったということか)

 

結構深いところまでやられてた覚えがあっただけに、少し意外に思えた。

 

「ずっと試行錯誤の実験台になってくれてた物が、ようやく...いや、再び表舞台に立ったというべきかな?」

「へー...」

 

そう言われると、今日初めて使った物でも少し愛着が持てる。

 

「後、もう一つ面白いデータが取れたんだよ」

「面白いデータ?」

「君の勇者適性値。元の君は勇者部で最下位を争う位だったのが、今はトップを争う位になった。もし今勇者の選考があれば、君はきっと選ばれるよ」

「...あんま嬉しくないかもしれませんね。それ」

 

適性値が上がった理由なんて察しがつく。俺の体が女のそれになったから_______この世界において本来勇者になるための前提条件である『勇者になるための素養』が高まったからだ。

 

「...でも、そう考えると、俺がこの姿になったのも納得できるかもしれないな」

「どういうこと?」

「神樹様はこれまでも領土を取り戻すにつれ新たな勇者を連れてきた。今回の大規模戦を警戒して人員補充をしたかったけど、それだけの力がなくて...妥協案として今いる勇者のパワーアップをしようとした」

「それで、椿さんを勇者としてパワーアップさせるために、女性の姿にしたと?」

「そうそう。仮定の話だが辻褄は合うだろ?」

 

もし本当にそうだとしたら、下手するとこの世界から戻る時までこのままの可能性もあるから是非やめてほしいところだが。

 

「君の方もよく分からないままだからね」

「『も』ってことは、シーナの方も?」

「うん。まだ捜索中。椎名さんはいたんだけど...65歳の女性がお茶でもてなしてくれたよ。血縁関係にも幼い女の子はいなかった」

「そうですか...あ、すいません」

 

一言断ってマナーモードで震えているスマホを取る。画面には『風』と書いてあった。

 

「もしもし」

『あ、椿?そろそろ終わった?』

「一応終わってるが...何の用だ?」

『いやね、シーナちゃんが会いたがってるのよ。イネス来れる?』

「んー...了解。フードコートにいてくれ。ついでに昼飯にしよう」

『分かったわ』

「遅いようなら先食ってていいからな」

 

通話を切って三人のいる場所に戻る。

 

「春信さん、俺ら今日はもう良いですよね?」

「構わないよ。あとはこっちの仕事だから」

「よし椿、イネス行こう!」

「言われなくても呼び出し貰って行く予定だよ。芽吹はどうする?」

「では私も。新しいプラモデルを買いたいので」

 

バイクは持ってきてないので三人で歩いてイネスへ。距離があっても話していればあっという間で、体感五分程度でついた。

 

「フードコートで待ってるってさ。えーと...」

「おねえちゃーん!!」

「あそこみたいですね」

「......あ、お姉ちゃんって俺か」

 

ブンブンと手を振るシーナからの呼称は俺のことを指すのだが、男がお姉ちゃん呼びに数日で慣れる筈もない。

 

「にしても違和感あるなー。高い声でそんな椿っぽいと」

「俺っぽいというか、俺そのものなんだがな。残念ながら」

「こんなワガママボディのくせに」

「うひゃあ!?」

 

後ろから銀に胸をつかまれ、自分から出たとは思えない変な声が漏れた。

 

「神は不平等だ...」

「ちょ、銀やめっ...!あぁ!」

 

あまり女子の体として考えたくなかったので、風呂もトイレもなるべく目を瞑ってやっていた。が、これはまずい。

 

「ていうかこの感触...まだ下着買ってないな!?」

「買えるか!一人でそんな店行く勇気ないわ!」

「じゃああれね。お昼食べたら椿の服とか買いに行きましょ」

「風!?」

「賛成です!」

「樹!?」

 

逃げ場がどんどん無くなって、咄嗟に芽吹の後ろに隠れる。

 

「芽吹...」

「......一応、皆椿さんのことを考えてのことなので」

「芽吹...!?」

「さぁ、椿さん♪」

 

いつの間にか背後にいた存在に肩を掴まれる。錆びたロボットのような動きで首を回すと、ひなたが良い笑顔を向けていた。

 

前回は見事逃げおおせたが、今回は無理。詰みである。

 

「諦めてください♪」

 

園子ズがいないだけマシと考えること以外、俺に出来ることはなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「随分はしゃいだわねー」

 

シーナの髪の毛は綺麗で、こうして洗うのは小さい頃樹にやってたのを思い出す。

 

「楽しかった!」

「そっか。よかったよかった」

 

両親の所在も不明、どこから来たのかも不明、何故か知ってるのは女になっちゃった椿だけ________正直厄介なものだと思ったけど、こうして頭を洗ってる分にはただの可愛い子だ。

 

(椿は色々言ってたけど、どうなのかしらねー...)

 

『お姉ちゃーん。パジャマ置いといたからねー』

「ありがとう樹」

『あと、ご飯も大体作ったから、出たら食べよう』

「ご飯!! 」

「はーい。じゃあシーナ、早く出よっか」

「うん!」

 

手早く二人分の泡を流したら、お風呂場から手だけを伸ばしてタオルを掴み、温かい場所でシーナの体を拭いていく。

 

(そもそも椿も女の子になっちゃったわけだし。また変なこと起きそうだけど...)

「あんたも早く思い出せるといいわね」

「思い出す?」

「そーよ。どこから来たとか、そういうの...」

 

言い進めて、あたしは口を閉ざした。

 

「思い、出す...」

 

想像よりもずっと難しそうに、シーナが悩んでしまったから。もしかしたら思い出したくない記憶があったりして_____

 

「わぷっ」

「ごめんね。今はそんなことよりご飯よね!!ほら、拭き終わったから早くパジャマ着なさい!!樹が美味しいご飯と一緒に待ってるわよ?」

「!はーい!!」

 

洗面所に出ていくシーナを見て、あたしも体を拭き始めた。

 

(椿も今頃...あいつ、どうしてるのかしら)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「くそっ...」

 

シャワーで濡らした髪をタオルで拭いてから、ついさっきタグを切った下着をつける。下にも上にも。

 

「違和感半端ねぇ...」

 

日が暮れるギリギリまで、俺は女物の服を試着し、下着を含め買った。おかげで今俺の部屋には男子が住んでいるのか女子が住んでいるのか分からない状態だ。

 

パジャマまで、所々モコモコした感じの服。

 

「......」

 

『ちゃんと着てくださいね!!いずれ戻るとしても椿さんの体は無造作に扱っていいものじゃないです!!』

 

(着せ替え人形にもされてたが、あんな言い方されればなぁ...)

 

「...はぁ」

 

あそこまで言われて、嫌だと否定できないのは前から変わらない。

 

「全く......」

 

声もため息も酷く疲れた感じなのに、鏡に映る俺の口角は上がっていた。

 

(...全くだな)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

月を見上げるとセンチメンタルな気持ちになる。なんて話をどこかで聞いたことがあった気がする。

 

「......」

 

手をかざすと、指の隙間から月明かりが漏れて見えた。

 

「ふーん」

 

やがて、月は黒い雲に隠れて見えなくなり、光も届かなくなる。

 

「どうなっても、私はそこまで関係ないかもね...まぁ、どうせなら、笑えるようになればいいな」

 

誰にも見られてない口元は笑みを浮かべて、私は地面を蹴った。

 

 

 

 

 

四国を取り合う神の作りし世界の中で、いよいよ歯車が回りだす。

 

 



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花結いの章 3話

「うーん...いいビューねぇ」

 

見渡す限りの青い海。さんさんと輝く太陽。深呼吸して美味しい空気。

 

「気を抜きすぎないでくださいよ?」

「分かってるわ。雪花さん」

 

みーちゃん達巫女が神託で言っていた、バーテックスとの大規模戦。その防衛ラインの一角に、私達はいた。

 

敵の数は沢山で、色んな所から襲ってくるらしい。勇者部として立てた作戦は、チーム分けして各個に応戦するスタイル。

 

(人数も多いし、ベターな戦法よね)

 

「すまない。遅れた」

「大丈夫ですか棗さん?体調悪いなら...」

「いや、海に夢中になっていてな」

「こんな時でも海ですかい!?」

「私も畑の整地をしてから来ればよかったわね...」

 

メンバーは、私、雪花さん、棗さん。それに_______

 

「では、全員揃ったことですし作戦を改めて...私と雪花さんが後方支援、それ以外の皆さんが交代しながら前衛......こんないい加減な作戦で大丈夫ですか?」

「須美、このメンバーならガッチガチに固められた方がやりにくいよ」

「私もいざとなったら言うから~」

「...分かったわ。そのっち、銀」

 

須美ちゃん達小学生組。組分け理由も流れで適当に決まっただけだ。前の須美ちゃんだったらここで何か追加で言ってきたかもしれないけど、今はそんなこともない。

 

負けそうだからって諦めたわけでもない。寧ろ勝つため。皆と戦うため。そんなことは、須美ちゃんの顔を見ればすぐ分かった。

 

「じゃあ皆!造反神なんかに負けず、さっさと倒しちゃいましょう!!」

『おー!』

「...おー」

「棗さんもっと大きな声で!」

「...おー!」

 

樹海化警報が響いて、海の向こうから色が変わる。ご近所にいたおじさんが話してくれた、おとぎ話のような世界へ_______

 

(待っていてくれているみーちゃんの為にも、一匹も通さないわよ!!)

 

「来ました!第一波です!!」

「さぁ!行くわよ!!」

「待ってました!!火の玉ガールの見せどころ!!」

「今まで通りだ。花により散れ」

 

あまり後ろから離れすぎないよう意識しつつ、私達は飛び出した。

 

 

 

 

 

「これで、ラスト!!」

 

星屑を鞭で叩きつけ、辺りを見渡す。見える範囲に敵はいない。

 

「ひとまず終わりか」

「ハーフタイムねぇ...」

「お疲れ様~、二人とも」

「雪花さんも、さっきはナイスアシスト!」

 

的確な槍投げにかなり楽をさせてもらった。

 

「こっちが狙われないから仕事が捗りますよ」

「三人は?」

「あっちには須美ちゃんが」

「そうか」

「さてさて、敵さん次はどっから来ますかね?」

「どこから来たって返り討ちにしてあげるわ!私達なら楽勝よ!」

 

力を合わせて戦うことにも慣れたが、仲間の力は足し算でも掛け算でもなく、もっともっと大きな力を引き出せる。

 

そう思っていた時に、雪花さんが口を開いた。

 

「んー......大真面目な話、ソロで戦ってきた皆さんはそろそろ考えたりしませんか?これからについて」

「これから?」

「えぇ。この世界から戻った時のです。こんだけ襲ってくるのも終盤に近いってことですし...私は援軍のない籠城戦を一人で戦うどーしようもない現実に戻るなんて今更耐えられないわけで。戻るにしても何かしらの打開策が欲しいんですよ」

 

雪花さんの声が、少しだけ低くなる。何か不味いものを食べたときに出てきそうな声。

 

「それは造反神を沈めてから皆で探していく筈だろう?」

「神様は適当ですからにゃあ。こっちに飛ばされたのも突然だったわけですし、終わってはいさよなら~なんてことも考えられますから。少なくとも私は全部終わった後色々話し合いが出来るって確約が欲しい」

 

確かに。とは思う。だって薄々勘づいてはいるから。

 

私は________いや、私だけならいい。だけど、私にはみーちゃんもいる。

 

「これでも勇者ですからやることはやりますよ?そこに駄々はこねません。でも、同時に人間ですから...こんなミラクル味わって、そのままさよならーってのもしにくいんですよ」

「それは...そうかもしれないな」

「ありゃ、ホントに感心されちゃった......何言ってんのって反発されるかもと思ったんですけど」

「そんなことはしないさ」

「私も賛成よ。寧ろ気持ちを打ち明けてくれてありがとう」

「二人とも...じゃ、私達ソロ組はがんばって声あげていきましょ」

「皆さん!第二陣が来ました!!!」

 

雪花さんの話が須美ちゃんの大声でかき消される。何はともあれ、新たな敵が最優先だ。

 

「タイミング悪いなぁ。全く」

「全て倒せば関係ない。バリアがあるとはいえ、怪我をしないように気をつけていこう」

「棗さんの言う通り!!さぁ!まずは続きをやってくわよ!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「久々かもしれないな。丸亀組...西暦の四国勇者だけというのは」

 

樹海になるだろう場所の一角。それぞれ準備をしている仲間を見返すと、そんな言葉がポロっと出てきた。

 

「最近はもっと人数多いからな~。タマも突撃仲間が少なくて寂しいぞ」

「そうかしら?伊予島さん以外皆前線だし...」

「むっ......確かに」

 

球子に千景が自分の武器を整えていれば、友奈や杏は準備体操をしている。

 

「どちらにせよ、ここを守りきりましょう」

「大丈夫だよアンちゃん!丸亀城を守った時みたいにやれば!!」

「......あの時と比べたら、一人足りないけどね」

 

別行動をしている筈の彼を思いながら、それでも刀を抜く。

 

「椿がいなくてもやることは変わらない。勇者の力、見せつけてやろう!」

『おぉー!!!』

 

 

 

 

 

「これで、終わりよっ!」

 

千景の鎌が大型進化体を切り飛ばす。二つに切れた敵は、そのまま地面へ倒れ、消えた。

 

「ふーっ。ひとまず終わりか?」

「警戒は私がしときますから、ゆっくりしていてください」

「そういう訳にもいかない。後ろにいたからといって何もしてないわけじゃないんだ」

「でも乃木さん、貴女も気合い入りすぎよ。一番動き回ってたじゃない」

 

千景に肩を掴まれ、軽く引っ張られた。

 

「私がやるわ」

「千景...」

「前に比べて突出しないから、合わせやすいしこっちの体力も余るのよ」

「...ありがとう」

「べ、別に、お礼を言われることなんて」

「おーい、二人して仲良くやってるところ悪いが、団体様がもう来てるぞー」

「「!」」

 

球子が指差す先には、既に大群の姿が見えていた。

 

(いかんいかん。喋るのに夢中になっていた...)

 

気を引き締め、それでもこうして彼女と会話に夢中になったことに少しの嬉しさを感じながら、私は再び抜刀する。

 

『頼むぜ指揮官』

 

「ではさっきの様に」

「おう!任せタマえ!」

「私もやっちゃうよー!ぐんちゃん、頑張ろ!」

「えぇ、そうね」

「気合いは十分だな...では丸亀組、防衛行動を再開する!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「私(わたくし)の聖地、高知の防衛とは...良いですわね。たぎってきましたわ!!」

「ん、頑張る」

「頑張ってね。私も応援してるから」

「何を言っているの雀。貴女も戦うのよ。ほら来なさい」

「やぁぁぁだぁぁぁぁぁ!!!!」

 

雀の首根っこを掴むものの、彼女は暴れるのをやめない。

 

「私も巫女組と一緒に部室でお留守番するんだぁぁぁ!!!」

「文句ばかり言ってると、あの二人の所へ送るわよ?」

「......」

 

私が告げた途端、雀は微動だにしなくなった。「よろしい」と一言添えて、掴んでいた首根っこを離す。

 

「...メブ、やっぱりダメ?」

「ダメ」

「しずく~」

「盾がいなければ私達が怪我をするかもしれない。そうしたら誰が加賀城を守るのか?」

「はっ...そ、そっか。ようし!私を守って貰う為に、私が守らなきゃ!」

 

凄まじい矛盾に頭を抱えたくなったものの、そんな場合でもなかった。気持ちを切り替えてリーダーとしての責務を果たす。

 

「樹海化が始まったわ。全員、戦闘準備!」

「了解ですわ。弥勒家の功績の礎になりなさい!!」

 

 

 

 

 

「粗方片付いたってところか」

 

シズクの言う通り、最初の戦闘は完勝した。

 

「すぐに別動隊が来るわ。警戒は続けて」

「了解」

「うわー...もう終わりで良いよ~」

「とか言いつつ防御能力は強すぎるんだよな、コイツ......」

 

雀の凄さは理解していたつもりだったけど、さっきのバーテックス三体相手の攻撃を盾で防ぎ避けていったのは目を疑うくらい凄かった。

「活躍した時こそ神樹様にアピール!弥勒夕海子!!弥勒夕海子をよろしくお願い致しますわ!!!」

「私達の世界じゃもういないけどね。神樹様...」

「そんなの関係ありません!大切なのは心意気ですわ!!」

「...増援です。弥勒さん、程々に」

 

声に釣られて来たようにしか見えない敵の数を大体頭に入れて、両手に握った二本の銃剣を構えた。

 

「皆、行くわよ!」

「おうよ!さっさと殲滅してやるぜ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「今回の出撃も大変だけど、終わった後のことばかり考えちゃうわね」

 

夏凜の一言はその通りで、あたしも頷く。

 

「こういう状況、何回も切り抜けてきたもんね。正直慣れてきたわ。かといって油断もしないけど」

「楽に終わって皆が余裕そうなら、そのまま話し合うのも良いかもねー。これからのこと」

「戻った後ねぇ...」

「もう会えなくなる友達とかが、いるんですよね」

「せっちゃんとかあまり帰りたそうにしてないし......話し合いはしたいよね。ちゃんと」

 

皆が少しだけ黙る。普段であればこんな少し暗い空気、『俺達が気にしても仕方ない。今出来ることをやろう』なんて言い出して誤魔化しそうな奴がいるけど、今回は別行動。

 

(ここはあたしが...)

 

「でも、先のことばかり気にしてても仕方ありません。今は目の前のバーテックスを倒しましょう!!!」

「...うん、そうだね!!」

「よく言ったわ樹!流石部長!!」

「樹ちゃんもすっかり部長らしくなったわね」

「うん!頼りになります!」

樹の言葉にあたしは涙が溢れてくる。

 

「え、お姉ちゃん!?」

「樹が...樹がおっぎぐなっでぇ...」

「もーやめてよぉ......」

「風、早く泣き止みなさい。樹海化始まってるわよ」

 

結構強めに夏凜から背中を叩かれて、涙は戻ってしまった。痛みの涙が出そうになったけど。

 

「...よし。樹!!」

「うん。勇者部、ファイトです!!」

『オォー!!!』

 

 

 

 

 

「せいやーっと!!」

「どっせぇーいっ!!!」

 

もの凄く伸びた槍と、これまた凄く伸ばした大剣で相手を消し飛ばす。巻き込みそびれた敵には、銃弾や刀が撃ち込まれた。

 

「ナイスアシスト!」

「勇者パンチ!!」

「支援するわ!友奈ちゃん!!」

「東郷さんありがとうー!」

「あたしは無視かーい」

「ふーみん先輩、後ろがお留守ですぜ」

「え、あ、ごめん園子」

 

まぁ仕方ないと割り切って、辺りを見渡す。敵はほとんど全滅しただろうか。

 

「案外少なかったわねぇ」

「前で暴れすぎてるからね~。こっちに来るのは少ないのかも」

「...確かにね」

 

とんでもない活躍をしているであろうあの子の姿を想像して、やめた。

 

「樹、合流する?」

「うん。こっちにはもう出ないみたいだし...連絡は来てませんが、一応皆で行きましょう」

「はーい!」

 

元気良く返事をする友奈をはじめとして、皆で最前線へ移動を始める。

きっと、助けは要らないだろうけど__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「いぃぃやっほぉぉぉ!!!」

 

それは、蹂躙だった。

 

ふと思い立ってやったことがある、ゲームのストーリーを進めてレベルをかなり上げてから、始まりの村の近くにいる雑魚に最大攻撃をぶちこみにいったりする時。序盤苦労していた敵を圧倒するキャラを見て、成長を実感するのだ。

 

あの時に見るアホみたいなダメージ量が、現実に可視化されているみたいだった。

 

二つの斧が舞えば、比例して敵がふっ飛び。

 

彼女が通れば、そこに彼女以外の存在が消え。

 

俺は一言。呟かざるをえなかった。

 

「チートじゃん......っと」

「お、椿!援護サンキュー!!」

「はいよー」

 

そう、彼女こと乃木銀は、まさに獅子奮迅の活躍を見せていた。

 

ただでさえ武器は大きな斧二本。性格もだが、火の玉ガールと自称する程の突撃娘。バーテックスとの戦いにおいて、与えられる攻撃の強さは他の勇者と比べてもトップクラスの彼女。

 

そこに加わるのは乃木銀となる過程で手に入った人間離れした力。この時点で火力に関しては勇者部でトップ確定にも関わらず。今回の強化装備、完成した『レイルクス』によって更なる強化に加え空も飛べるようになって。

 

その結果は、かつてない程の大部隊をほぼ一人で殲滅しきるものだった。

 

(いや、春信さん達有能過ぎでは...?)

 

この戦いで間に合ったのは、銀用のレイルクスただ一つ。だが、これを始めに完成させたのは英断であろう。

 

「いやー楽しいなぁ!!」

 

俺と銀だけで最前線に出ることを提案された時は不安もあったが、全く杞憂だった。俺はたまにあいつの死角から来る敵と、自分に向けて襲ってくる星屑を銃で倒すだけ。

 

俺もこの慣れない体で短剣を今まで通り振れると思ってないため、ありがたい話ではあるのだが。

 

(空振りしそうで怖いよなぁ)

 

もう何日か調整は欲しいところである。

 

「大体終ーわり!お疲れ!」

「はいお疲れさん。体調は?」

「バッチリ!まだまだいけるよ!」

「なら良い。どうせあいつがまだ残ってるだろうし、元気は残しといて」

「あいつって言うのは、私のことかな?」

 

現れた相手を俺達は黙って見る。案の定現れた赤嶺友奈は、不適な笑みを浮かべていた。

 

「いやぁ凄いねぇ。他の皆もだけど、総攻撃に対してこれだけ...しかも、貴女は格が違うって感じ」

「柔な鍛え方してないからな」

「鍛えてるだけじゃないでしょ?その人間の常識から外れた力はさ?」

「......アタシは人間だよ。生まれがなんであれ」

 

銀は、俺を見る。

 

「椿や皆がそう思ってくれている限り、アタシが本当にそうじゃないとしても、人間だ」

「銀...」

「ふーん...で、やっぱりそっちの女の子が古雪椿君なんだ...面白いことになってるね」

「俺は全く、こんなこと望んでないんだけどな」

 

短剣と銃を握り、赤嶺に向けて構えた。いくら彼女でも、この銀を相手にするのは手厳しいだろう。そうすれば、数を減らしたい場合俺が最初に狙われる。

 

「ていうか、アタシのこと意味深に聞いといて無視すんなー。倒すよ?」

「...あはははっ!!倒せるの前提で話してるんだね!!」

 

(なんか、こういう時のバチバチしてる女子って怖いよなー...今は俺も女子だった)

 

「勝ち目作れるの?」

「今の私は造反神の勇者だからね。貴方達と同じで、勇者は最後まで諦めない。というわけで...」

 

赤嶺が一瞬溜めを作って、一言口にした。

 

 

 

 

 

「神花解放」

「________」

 

瞬間、背筋が凍った。体の筋肉が言うことを聞かなくなり、恐ろしいまでの気配と、耳に届いた轟音に目だけが見開く。

 

音が聞こえた方を慌てて見れば、赤嶺が蹴りを繰り出した形で止まっていて、銀が吹っ飛ばされていた。斧を樹海に刺すことで速度が減衰して止まったが、相当後ろに飛ばされている。

 

(......全く、見えなかった...!!!)

 

今までの俺との戦いは遊びだった。そう言われても否定出来ないくらいの圧倒的オーラ。

 

だけど、それ以上に__________

 

(なんなんだよ...!!)

 

「安心しなよ。今までも私は本気だった。最後の決戦に備えて上限を突破させて貰っただけだから」

 

まるで俺の思考を読み取ったかの様に、赤嶺がクスクス笑いながら言う。俺は焦りが募るばかり。

 

__________というか、何かをまともに考えられる程正常な思考力は、恐怖と困惑によって潰されていた。

 

(こいつ、こいつを...このまま残しておけば、皆が危ない)

それでも、一歩前へ進む。

 

(動かないのは一番悪いことだ。俺はまだ何もしてないだろうが...!!)

 

バリアがある以上死ぬことはない。けど、そんなことは関係なくて。

 

見知った彼女が彼女に思えなくて、足が震える。

 

今まで接してきた赤嶺友奈と、今ここにいる赤嶺友奈が繋がらない。同時に、あの銀にすら一撃を与えるとんでもない敵として存在している。そのことが一番怖くて、銃を落としそうになる。

 

(覚悟を決めろよ...そうだろ!俺!!!)

 

回転し出した頭は、彼女の強さを理解出来ていないまま走り出させた。

 

「う、う...お、おぉぉぉぉぉ!!!!」

 

どれだけ相手が変わってしまっても、それは赤嶺で________

 

「ごめん」

「ヴッ」

 

腹に三度、衝撃が入り。

 

「邪魔」

 

一際強い、抉られたような痛みを知覚した時には、俺の意識は薄れていた。

 

最後に見たのは、蹴りの体勢のままどんどん離れていく赤嶺の姿だった。

 

 



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花結いの章 4話

「流石にこれはやり過ぎじゃないかな?自分の体なのにもて余すよ」

「赤嶺ェェぇェっ!!!!」

 

赤嶺に斧を降り下ろすも、拳で応戦してくる。とはいえかち合ったのは一瞬で、続けざまに放たれた回し蹴りに斧を弾かれた。

 

「ふっ!」

「くそっ!!」

 

続けられそうな攻撃を一度下がって回避。赤嶺は追ってくることなく、アタシはアタシで弾かれた斧を手元に出した。

 

「いやー。前は苦戦したあの人をあそこまで出来るなんて思ってもなかったよ。凄いね。神花解放(この力)」

 

椿はアタシから赤嶺を挟んで反対側、奥の方に吹っ飛ばされた。

 

なんとか目が捉えたのは、腹にぶちこんでた三発のジャブに回し蹴り。あっちからは爆音と煙が上がっている。

 

「よくも椿を...っ!!」

「さぁ、どうする?まだ戦う?」

「当たり前だ!!」

 

アタシは好きな人を傷つけられて、傷つけた奴を優しく相手するお人好しじゃない。

 

「アタシは椿程優しくねぇぞ!!」

「上等だよ」

「...ッ!!!」

 

一瞬だけ溜めを作り、突撃。ぶつかる拳は、この世界で戦ってきたどんなバーテックスより堅く、反発してくる。

 

「うぉぉぉぉ!!!」

 

間髪入れずに繰り出す斧もすぐに反応してきて、捌かれた。

 

(これも防ぐッ!?)

 

「じゃあ、こっちもいくよ」

 

その言葉通り飛ばされる足蹴りをギリギリ避ける。巻き起こった突風が顔に当たって、それすらかき消す勢いで反撃する。

 

少しでも油断すれば倒されるのは言うまでもない。色々やってくる椿より人と戦うことに慣れているんだから、何をしてきてもおかしくない。

 

(だったら、アタシはぁ!!)

 

難しいことを考えるなんて嫌いだ。単純明快に、相手を純粋な力でぶっ飛ばす。

 

「ぶっ、飛べ!!!」

「!!」

 

足をより踏み込ませ、赤嶺の拳を体ごと吹き飛ばす。力に耐えられなかった樹海の足場は音を立てて崩壊した。

 

「こんな力、どこから...」

「そらそら行くぞぉ!!!」

 

逃げる赤嶺をひたすら追う。最高の速度で、最大の力で、その斧を届かせる。

 

「そこっ!!」

「チッ」

 

跳んだタイミングに合わせて斧を投げつけた。回転しながら向かったそれは蹴り飛ばされるけど、お陰で彼女は空中でバランスを崩す。

 

「ッ!!!」

「ハァァァ!!!」

 

その真上を取って、手元に戻した二本の斧を降り下ろす。鈍い音を響かせて、赤嶺は樹海に叩きつけられた。煙が一段と舞う。

 

(間違いなく一本取った!!)

 

確信的な一撃。でも決して油断はせず、煙の中へ降りていく。

 

(不意討ちはあっちの方が有利だろうし、一度離れて...!)

 

背後からの何かを回転しながら切り飛ばす。罠だと気づいた時には横っ腹を殴られていた。

 

視界が頼りにならない状態で樹海の壊れた部分、石みたいに小さくなった破片を投げて注意をそらし、横まで回り込んで攻撃されたのだ。と理解する頃には、二回三回転がって斧を突き立ててからになる。

 

(さっきの貰っといてすぐこれかっ!)

 

「...来い」

 

(絶対追撃が来る!!)

 

アタシならそうする。と思ってた矢先、やっぱり右の拳が飛んできた。分かってるけどまだ体勢も整えられてないアタシは、口だけ威勢の良いことを言いつつ、斧を離して胸の前で防御姿勢をとり、後ろに軽く飛んで衝撃を減らそうと________

 

「ッ!」

「...あれ?」

 

予想していた衝撃は来なかった。代わりに甲高い金属音。

 

目の前には、幼なじみがいた。

 

「このっ!」

「椿っ...ッ!!!!」

 

次の瞬間の光景を、アタシは信じられなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

幼い頃。銀と何度目かの喧嘩をした時。原因なんて覚えてないけど、やったことは覚えてる。

 

女の子に向けて、初めての暴力を振るったのだ。その時は両親から散々怒られた。印象的なのはその後の言葉。

 

『いい?傷つけられた場所は心でも体でも治らないの。言い合いというか喧嘩は必要なことだとママは思うけど、だからって暴力はダメ。特に女の子の顔はね。いい?』

『そうだぞ。パパもママとやった時はそれはもう口でボッコボコにされて...』

『そういうこと言わないの』

 

当時は何言ってるんだといった感じだったが、今なら分かるし、極力俺はそれを実行してきたつもりだ。あの時も結局銀とは話し合いで解決してる。

 

 

 

 

 

だったら。今の俺は________赤嶺の拳を短刀で止め、間髪いれずに彼女の髪の毛を掴んで顔面に膝を入れた俺は、俺でないのかもしれない。

 

「椿っ...ッ!!!!」

「守らなきゃ...」

 

この世界での勇者に張られているバリアは、俺が初めて勇者として活動し始めた時とほぼ同じものになってる。致命傷になる攻撃に対して体を守る安心設計。

 

それでも尚勇者部が攻撃を受けないように立ち回るのは、気絶しないためだ。全員が気絶した場合、バーテックスが神樹へと向かい負けになる。所謂タワーディフェンスもののゲームと同じだ。守り手がいなくなればいずれ城が陥落する。

 

バリアは衝撃まで守ってくれない。なら、それで飛ばされないようにする必要がある。

 

だから、人間である勇者に対して脳を揺らす頭への攻撃は、行動不能にするためには最大の有効打。それを実行しただけ。

 

「っ...いいのくれるねっ!?」

 

頭を振って言ってくる彼女に対し、間髪いれず銃を撃つ。狙うのは当然頭、時折油断してそうな腹。星屑くらいしか倒せない物だが、衝撃は与えられる。両手で防いでる彼女に、俺は引き金を引き続けた。

 

「守らなきゃ...」

 

(逃げろ...)

 

うわごとのように呟き、必死に祈る。赤嶺がここで逃げてくれれば、これ以上何もしないで済む。

 

だが、向かってくるならば。

 

(逃げてくれ...)

 

天の神が相手でも、こんな思いはしなかった。実際の強さはこいつ以上だっただろうに。

 

俺は________怖いのだ。家の中でくつろがせるくらいの相手に、殺意を向けるのが。突然手に負えない強さになってしまったことが。

 

(こいつは敵じゃない...)

 

だが、脳は目の前の相手を敵と認識している。だから、叩かなきゃならない。

 

「守らなきゃ...!」

 

頭は落ち着けと言ってる一方で、既に冷静に倒す算段を、時間を稼ぐ算段をしている俺がいる。それが怖い。やってるのことと考えてることがちぐはぐで、胸が痛い。

 

(頼む...っ!!)

 

それでも、思考し、行動し続けるのは________

 

「もう、何も失わせはしない...!!!」

 

何よりも、何よりも。もう一度、もう二度と、後ろにいる幼なじみを失いたくないから。

 

分かってる。バリアがあるから死ぬことはない。そのくらい理解している。

 

分かってる。今の銀は俺よりずっと強い。そのくらい理解している。

 

それでも、銀が、皆が負けるかもしれない相手を、放置することも静観することも出来ない。俺に出来ることがあって、何もしないなんてあり得ない。

 

だから_______

 

「俺が、『敵』を倒す!!!!」

 

一際増した頭痛を無視して、それでも短刀を構えた。

 

本当は、赤嶺を本当の意味で敵としたくない。でも、そうしないと守りたい人すら守れない。二度と失いたくない人が。

 

どちらかを取るのなら、俺は________

 

「へぇ...あはは、面白いこと言うね」

 

彼女は、笑った。

 

「じゃあ見せてよ。さっき秒殺されてた人がどれだけ出来るのかさ!」

 

左手で銃弾を防ぎながら走りだし、右手の拳を突き出してくる。なんら特殊な動作はしていない。『さっきまでの俺なら目で追えない程に』ひたすら速いだけ。

 

彼女もさっきの反応を振り返り、これでいけると判断したからこそだろう。

 

対して、俺は。

 

「ハアァァァァァァ!!!!」

 

ただひたすらに、咆哮した。己を鼓舞する。勝てないと自覚した脳を否定する。

 

そして、攻撃を短刀で止めた。

 

「「っ!」」

 

最初から彼女がどのくらいの速さなのか知っていれば、ギリギリ目で追える。来る攻撃が分かっていれば重心をその方向に前のめりにしていれば抑えられる。

 

無理矢理研ぎ澄まさせた感覚が実現させる、唯一無二の抵抗。

 

(一度きりのチャンス...!!)

 

搦め手を使われる次からは対策のしようがない。今回で最大の攻撃をぶつける。

 

その為に______一瞬止めた短刀を消し、彼女の右腕を左手で掴み、勢いそのままに右膝を、今度は腹にぶちこんだ。

 

「くはっ!」

 

文字通りくの字に曲がった彼女。俺は右手の銃を捨て、短刀を持つ。

 

「アァァァァァァァ!!!!」

 

そして、彼女の頭に叩きつけた。

 

 

 

 

 

「......なんだよ」

「なんだよじゃないだろ!!何やってんだ!?」

 

降り下ろした右手に握られた刀は、赤嶺の頭まで届かなかった。後ろから伸ばされた手に止められたから。

 

「椿!!しっかりしろ!!」

「しっかりしてる...俺は!俺はッ!!!」

「お前らしくないだろ!!!どうみたって!!!」

 

叱咤されている内容は、自覚していることだ。

 

「ちょっと落ち着けってうわわわ!?」

「くっ」

「私を抑えたまま会話しないで欲しいな......」

 

赤嶺によって纏めて吹き飛ばされた俺達は、樹海に叩きつけられて止まる。今の彼女を相手に、素の力では勝てる要素がまるでない。

 

「驚いたな...さっきなす術もなく蹴られたのと同じ人とは思えない。刀もやられてたら、ちょっと危なかったかな」

 

まるで俺を誉めてるかのような言い方をする彼女は、そのまま喋った。

 

「でも......私も、前の貴方の方が好きだな。今のは獣みたい」

「う、る、せぇ...!!」

「椿がこうなったのはお前のせいでもあるんだけど!赤嶺!!」

「そうだねぇ...本気で戦ってくれるくらいには強いってことかな?今度は二人纏めて...と思ったけど、今日はやめとくよ」

 

そう言うと、彼女はバックステップを取った。さっきまでいた位置には、代わりと言わんばかりに何かが降ってくる。

 

「どっせぇぇぇい!!二人とも大丈夫!?」

「銀!椿!怪我はない!?」

「風先輩!夏凜!」

「なぁ、あれ滅茶苦茶パワーアップしてないか?」

「あぁ...まるで暴風だな」

 

集まってきたのは、神世紀と西暦の四国勇者。

 

「流石に人数差が大きすぎるなぁ...今日は最後の戦いの前の調整だし。このくらいにしとこうかな」

「最後の戦い...?」

「そっちもしっかり準備しておいてね」

「あっ、待てっ!!」

 

あっという間に消えていく彼女を追う奴はいなかった。

 

俺は、それを気にしてられない。

 

(たった数秒...)

 

稼いだ時間は、たった数秒。己の心情をねじ曲げ、たった一度の不意討ちを使い、今も尚ショートしかけているくらい脳を酷使して、相手に使わせた時間がたったの数秒。

 

一緒に倒れている銀にすら聞こえないであろう掠れた声が、口から漏れた。

 

 

 

 

 

「...なっさけな」

 

 



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花結いの章 5話

「......」

 

鳥のさえずりが聞こえる朝。俺はもう着替えていて、自宅で朝食を作っていた。三ノ輪家にこの(女子)姿で行っても違和感を覚えられることはないが、気は滅入るからしない。

 

(課題は山積み、だな)

 

あれから、半日くらいが経過している。

 

 

 

 

 

樹海化が終わった直後、俺は銀に学校の空き教室まで連れていかれた。

 

『なぁ、椿...お前、大丈夫なのか?』

『...大丈夫だ。ちょっとあいつにビックリしただけ』

 

あの行動を見ていない皆からわざわざ離してから聞いてくれたことに感謝しながらも、頭が働いてなかった俺はでたらめに答えることしか出来なかった。

 

『...嘘つき。待ってる』

『......ごめん』

 

銀も当然のように見抜いていて、でもそれ以上何か言うことはなかった。多分俺が現状でいっぱいいっぱいなことに気づいてるんだろう。

 

『全く...どうせ________』

 

その後何か言ってたような気もしたが、聞こえなかった。

 

「......」

 

俺と赤嶺が戦ったのは数秒。それでも、限界以上の集中力と精神力を使った。一挙動に気を使い、己の抑えを無理やり外した。

 

その代償は、未だ頭に響く鈍痛。

 

(きっと、次あいつと戦う時、恐怖しても驚きはしないからこうはならない。でも)

 

例えパニックに陥っていない普段通りの俺で戦い、勝ち目はあるのか。せめて他の皆がバーテックスを蹴散らすまでの時間を稼げるのか。なにより、あの赤嶺ともう一度仲良くなれるのか__________

 

(...まずは戦闘のことだけ考えろ)

 

俺の武器はリーチも短く、バーテックスと戦うのに適してるとは言えない。俺が一番戦えるのは対人なのだ。だったら俺が彼女を相手した方が効率的な面でも良い。

 

(後は...)

 

戦闘が終わってから部室に戻った俺達を待っていたのは、困惑している巫女と、シーナ。

 

『どうした?』

『お姉ちゃん!!』

『あの、実は...この子、動いてたんです』

『?』

『樹海化警報が鳴ってからも、ずっと』

『!!!』

 

それが意味するのは、この少女が巫女、勇者と同じ素質を持っていたり、神に近い立場だったり、少なくとも普通の子ではないということだ。

 

(そりゃ、大赦が探しても見つからないわ...)

 

何故この世界に来たのかは分からないが、大きい懸念事項が一つ増えた形になる。勇者として呼ばれた所に手違いが起きたのか、赤嶺と同じように造反神側として呼ばれ、これまた手違いが起きたのか。女の俺の知り合いの可能性が高いから、そっち関連か。

 

(あの年齢で勇者ってことはないだろうし...若返ったとかありえんのか?)

 

考えることが増えると、そのぶん負担が増える。今はひなたが面倒を見ているだろうから寮だろうか_______

 

(はぁ......っー、まず赤嶺にあんなことしちゃったわけだしなぁ、あぁ...)

 

「椿ー?」

「!!」

 

はっと我に返ると、真っ黒に焦げたスクランブルエッグが俺の目の前に映る。

 

「やばっ!?ごめん!!急いで作り直すから!!」

 

父さんの出勤時間に間に合うよう、俺は急いで卵を割った。

 

 

 

 

 

「ヤベェ...焦げたスクランブルエッグは食べるもんじゃないな......」

「何で食べたのよそんなの」

「勿体無い精神が働いてさ...」

 

高校の授業終わり、腹を抑える俺に風は的確な質問をしてきた。返す声は凄く小さい。

 

「ここは、弥勒家に伝わる漢方薬を」

「え、弥勒家ってそんなこともやってんの?」

「そんなん無くたって椿なら平気だろ!どうせ勇者部で休むだけだし」

「依頼あるだろ」

「いやいや。依頼なんて周りがやらせないじゃん」

 

しれっと言う裕翔に、頷く風、棗、弥勒。

 

「...普段ならそうかもしれんがな」

「あれ?」

「ちょっと用がな」

 

赤嶺とか含め、色々話を進めないといけないなんて言うわけにもいかず、言葉を濁して伝えておく。

 

ちなみに裕翔は、俺が女になっても普段と変わりなく接しているし、男物の制服を着てることも何も言わない。

 

違和感に気づかないよう設定されている世界だからとはいえ、正直ありがたい。

 

(スカートはスースーするんだよなぁ...)

 

一瞬園子ズの着せ替え人形にされた時の感覚を思い出して、急いで首を横に振った。

 

「てか、そろそろ行くか。じゃあな裕翔」

「おう、また明日」

 

バッグを担いで外へ出ていく。バイクは初めから持ってきてない。

 

(逆に、良かったかもな...)

 

体調が悪い明確な理由があれば、そうなる原因を作った本当の理由も、頭がズキズキ痛んでることもバレにくい。

 

(......あんま、バレたくないなぁ)

 

心配かけたくない。というのもある。だがそれだけなら今の俺は相談してる。

 

今一番怖いのは_______前線から遠ざけられること。赤嶺やバーテックスと戦えないこと。何も出来ないなんて絶対に嫌だが、善意で言ってくる皆に対して反論なんて出来ない。だから何も言わず、もう俺に戦わせて欲しい。

 

(だから何も言わないで欲しい...ってのは、エゴか)

 

「椿?」

「ん、どうした棗?」

「いや、どこか上の空だったから...」

「あ、あぁ。ちょっと夜は卵再チャレンジしようかなと献立をな」

 

(平常心平常心...)

 

少しの罪悪感を感じながら、俺達は部室までたどり着いた。

 

「お疲れ」

「あ、お疲れ様です!」

「おう...あの子は?」

「今、水都さんと銀ちゃんが遊びに連れてっています。他の皆さんは全員ここに」

「了解」

 

話を進めながら、荷物を端に置いて窓側に寄りかかる。椅子は全員座ってるし、ただでさえぎゅうぎゅうの部室だ。どこにいても大して変わらない。

 

「じゃあ全員揃ったので...昨日の戦闘も含め、色々話し合いたいと思います」

 

部長の凛とした声に、この場にいる全員が頷いた。

 

(なんというか、成長したな...)

 

二つ年下の女の子なのに、入部当初から本当に大きくなった。

 

「赤嶺さんが言うことを含めれば、次が...取り返していない高知の一部をかけた戦いが、この世界での最後の戦いになりそうです」

「赤峰の言うことが正しいかは分からないけどね」

 

樹の説明に副部長であり書記としてチョークを持つ夏凜が補足する。

 

「造反神は、これまで領土を取られるにつれ強さが増してきたように感じてきたけど...全て取られてしまえばその力も残ってない。ということかしら」

「分からないよー?切り札は取ってあるものだしね」

「これまでより強いバーテックスもいるかもしれませんが...まず、赤嶺さんがいます」

「あいつを倒さないといけないけど、あいつもなぁ...」

 

球子がそれだけ言って、俺と銀を見る。当然他のメンバーもこっちを見ていた。

 

「...赤嶺さんと戦っていたお二人ですが、どうでしたか?」

「椿、よろしく」

「なんで俺なんだよ」

「アタシ説明下手だから」

「......分かった」

 

渋々、といった形にはなってるが、目が訴えてきていた。

 

(説明くらいすらすら出来るようじゃなきゃ、無理やり俺を止めるだろうな...)

 

「...あいつは、確か『神花解放』とか言っていた。その瞬間、アホみたく強くなって...元から高い対人能力に上乗せされた力。正直言って、誰が相手しても、一人ならそう長く持たないだろう。本人も似たようなことを言ってたが、神から与えられた限界を突破させる能力みたいだ」

「まるでチートツールでも使ったみたいね...」

「私達も言ったら強くなれるかしら?」

「神花解放!!!...うーん。やっぱりだめかぁ」

「目下の課題は赤嶺の対策かしら」

「まぁ、それもだが...前にあいつは言ってた。あいつ自身に神樹は倒せない」

「え、そうなんですか?」

「勇者はバーテックスに対して特効性があるが、力を貰ってる身である存在が、その大元に攻撃できるのはおかしいだろ?赤嶺も造反神側にいるとはいえ、元の時代では俺達と同じ立場の筈だ」

 

昔の東郷も、一度バーテックスを誘導して世界を終わらせようとした。それと同じだ。

 

「だから、あいつの目的は陽動、勇者の数を減らすことになる。それに、少なくとも赤嶺より強い奴が一体いるし」

「...造反神か」

「あぁ」

 

敵の首謀者が出てこないなんて保証はどこにもない。寧ろ天の神と戦ったことのあるメンバーは、その可能性を高く見るだろう。

 

そして、ここからだ。

 

「だから、皆はバーテックスと戦うのをメインで、赤嶺とは俺が戦いたいと思ってる」

「椿先輩が?」

「勿論俺一人は厳しいだろうが...俺は武装的に大型のバーテックスと戦いにくいし、戦闘スタイルも赤嶺から遠くない」

 

同じ『友奈』である以上、まっすぐ堂々とした部分もあるんだろうが________だからこそ、もう一度戦いたい。『古雪椿』として。

 

「まぁ、俺は対バーテックス組より対赤嶺組に役に立つだろうから入りたいって感じだよ。それでバーテックスに多くの人が割けるならって」

「椿...」

「......部長」

「あ、はい!芽吹さん!」

「椿さんの提案に賛同する形なんですが、赤嶺さんと戦うのは私達防人と、椿さんの五人で行いたいと思います」

「芽吹...?」

「椿さんの言うように、武装面を考慮した結果です。銃剣なら遠距離からサポートが効きますし」

「まぁ、私みたいなのが近くにいても、赤嶺と戦うのは一人になっちゃうもんね」

 

作戦立案時間だからか、樹に敬語で話す芽吹に夏凜が乗り________

 

俺は、どこか違和感を感じてた。言葉では表せない微妙に変な部分というか、もどかしいというか。

 

「待ってメブ。私もあの赤嶺さんと戦うの?」

「当然でしょ」

「い、嫌だというのは...」

「いいのよ。造反神自身が相手になるかもしれないけど」

「そっち行きます!」

 

(何だろ、これ...)

 

「...皆さん、意見ありますか?」

「特になーし!」

「あぁ」

「私もグッドな作戦だと思うわ!」

「では...椿さん、芽吹さん。赤嶺さんの相手をお願いします」

「...予定通り行くかどうかなんて分からないけどな」

 

トントン拍子で進んだことは疑問に思うものの「任せろ」と言う他はない。俺としても望むところだ。

 

(てっきり止められるかと思ったが...)

 

「色々聞くのにも、一先ず赤嶺友奈を捕まえて、洗いざらい吐いて貰った方が良いわね」

「そうですね...色々情報貰えるだろうし」

「杏の言うこともなんだけどさ、赤嶺に色々吐かせる前にも、大事な話があるな。私」

「雪花さん?」

 

全員が雪花に注目した瞬間、俺のポケットが震える。何かと思えば、スマホに通知が来ていた。

 

「悪い...はい」

『椿君?今から大赦に来れるかい?昨日の話も含めて色々と話したいことがあってね』

「えぇと、今勇者部で珍しく会議らしい会議してるんですが...」

「珍しくとは何よ」

「お前が部長の時と比較した結果だよ」

「椿さん、大丈夫ですよ。こっちは大体終わりましたから」

「......現部長の許可が降りたんで、向かいます」

 

通話を切り、バッグだけ手に取る。

 

「じゃあ先帰るな」

「はい。お疲れ様でした~」

 

沢山の挨拶を背に部室に背を向ける。

 

(......?)

 

やっぱりどこか引っかかる所があったが、その正体を探すのは出来なかった。

 

『じゃんけん!!ぽん!!!』

「...?」

 

(...さっきの流れからじゃんけんとかしねぇよなぁ...?じゃあこれ幻聴?やっぱまいってんのかね...あー、やだやだ)

 

 

 

 

 

「到着...と」

 

約30分後。一度家に帰ってバイクで訪れた大赦にて、慣れた作業で手続きを済ませる。一応勇者ではあるが、職員以外には全員やらせてるんだとかなんとか。

 

『アタシは何も言ってないからな』

 

それから、メールで銀からそんな文が届いたが、他に誰かからメールが来たわけでも無いし、何の話かさっぱり分からなかった。

 

「春信さん。お疲れ様です」

「わざわざ御足労頂きありがとうございます。椿様」

「そんなん普段やらないでしょう」

「普段相手してる人に見えないからさ...その姿は」

 

まるで普段からやってるような言い方でお辞儀をしてくる春信さんを適当にあしらうと、本人が横に長いベンチを勧めた。座ると少し軋む音が鳴る。

 

「何か飲みたいのはあるかい?」

「じゃあ、ジンジャエールで」

「分かった...はい」

「ありがとうございます」

 

貰ったそれを一気に飲む。半分くらい飲んだところで口を離し、拭った。しょうがで口と喉がひりひりと焼けたような感覚になる。

 

「はーっ...」

「女の子らしくない」

「身も心も女子になった訳じゃないですから、寧ろ...んんっ。これ、とても美味しいですね。春信さん、ありがとうございます」

「ごめん。僕が悪かった。声は綺麗なのに変な感覚になる」

「分かればいいんです」

 

消費したエネルギーを補充するように、俺はもう一口ジンジャエールを飲んだ。

 

「でも、てっきりみかんを注文してくるのかと思ったけど」

「別に、普段から他のも頼んでますよ。貴方と一緒の時は特に」

「あれでも少ない方なんだ...」

「それで。詳しい用件は?」

「あぁ、ごめん」

 

春信さんは、一度咳払いをする。

 

「謎の女の子の進捗は特になし...というのは分かってると思うから、昨日頼まれた物の結果をね。手配はしたから今度渡す。レイルクスも間に合わせるよ」

「ありがとうございます」

「でも、あんなもの頼むなんて...やっぱり赤嶺友奈対策かい?」

「まずあれバーテックスに効くのか知らないですし。うどんは効かなかったですけど」

「寧ろうどんは挑戦してるんだね...」

「300年前にね...てか、それだけですか?それならわざわざ」

「それだけじゃないよ。でも...そうだな、随分やられたみたいだけど、赤嶺友奈と一人で戦うのかい?」

「......いえ、芽吹達と」

 

見えない話の先に警戒しながら、さっき決まったことを答える。

 

「成る程ね...狙ったのか、それとも」

「はい?」

「いや、僕としても都合が良いんだ。詳しい話は省くとして、君達の為になるものを追加で準備できるから」

「じゃあ、楽しみにしてます」

「あぁ。そうしていてくれ。後...ちょっといいかい?」

「?......!!!」

 

ジェスチャー通り立って近づく。そこからは対応が遅れた。

 

「女の子の見た目にやるのは、心苦しいけど」

 

頭ではなく、腹が痛む。ついこの昨日受けたものと似てる痛覚。

 

「気が散ってるのかい?普段の君なら避けれたかもね」

「な...ん、で......」

 

腹を殴られた。そう思う頃には、俺の意識は飛ばされた。



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花結いの章 6話

この作品、ついに60万UAを越えました!このタイミングで迎えられたの嬉しい...

見てくださっている皆さんありがとうございます!!高評価、感想も常時待ってます!!(欲張り)

では6話です。どうぞ。


「じゃあ見せてよ。さっき秒殺されてた人がどれだけ出来るのかさ!」

 

左手で銃弾を防ぎながら走りだし、右手の拳を突き出してくる。なんら特殊な動作はしていない。『さっきまでの俺なら目で追えない程に』ひたすら速いだけ。

 

彼女もさっきの反応を振り返り、これでいけると判断したからこそだろう。

 

対して、俺は。

 

「ハアァァァァァァ!!!!」

 

ただひたすらに、咆哮した。己を鼓舞する。勝てないと自覚した脳を否定する。

 

不安で不安で仕方のない心から目を背けるように。

 

そして、攻撃を短刀で止めた。

 

「っ!」

 

彼女がどのくらいの速さなのか知っていれば、ギリギリ目で追える。来る攻撃が分かっていれば重心を前のめりにしていれば抑えられる。

 

研ぎ澄まされた感覚が実現させる、唯一無二の抵抗。

 

たったそれだけの行動に尋常じゃない集中力を持ってかれるが、それでも思考スピードを止めない。

 

(一度きりのチャンス...!)

 

次は対策される。ここで決めるしかない。

 

その為に______一瞬止めた短刀を消し、彼女の右腕を左手で掴み、勢いそのままに右膝を、今度は腹にぶちこんだ。

 

脳のどこかが、スパークしたように熱い。

 

「くはっ!」

 

文字通りくの字に曲がった彼女。俺は右手の銃を捨て、短刀を持つ。

 

「アァァァァァァァ!!!!」

 

そして、彼女の頭に叩きつけた。

 

 

 

 

 

ブズリと音がして、それ以上は押せないよと手が反発される。

 

「...ぁ?」

 

吹き出した赤は、鮮血は、俺の身体中にかかった。目にも入ってくるが、俺は目を閉じられない。

 

目の前の光景を、見てしまったから。

 

「あ、か、み...ね?」

 

声にならない問いかけに、返事はない。自分の発した音さえ耳が聞き取ることはない。

 

ただそこには、純然たる血だけがあった。

 

(......う、そだ)

 

「はぁ、はぁっ、はっ、はっ!あ、あぁ!?」

 

脳が理解し出して、呼吸が浅くなる。口から声が漏れる。

 

「ち、ちがっ」

 

持っていた刀から手を離し、二歩後退り、倒れ込んだ。彼女は支えを失い、目の前に倒れる。

 

「ひっ!」

 

この出血は即死だ。『俺が赤嶺友奈を殺した』

 

「ちがっ...俺は、こんなんじゃ...」

 

バリアがちゃんと機能すると思ってた。大丈夫だと思ってた。

 

別に彼女を殺すつもりはなかった。

 

「俺は、殺したかったわけじゃ!!」

 

信じられない行為をした自分の両手を見て________ぬるりとした、彼女の血で真っ赤に染め上げられた両手を見て。

 

(俺は、そんなんじゃ...こんなことをしたかったわけじゃ!?!?)

 

それが、体に染み込んで赤黒くなっていくのを見て。

 

敵を、殺した。それだけの事実を目の当たりにして。

 

「ーーーーーーー!!!!」

 

言葉にならない悲鳴をあげた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(暗い、暗い)

 

光の一切ない真っ暗闇。まるで重力がない場所の様に、体がたゆたう。

 

(何も見えない)

 

かといって、もがくこともせず、抗う訳でもなく。

 

(どうして、俺は......)

 

ゆっくり、ゆっくり目を閉じた。

 

(俺は、敵を殺しただけなのに...)

 

『思い出せ。お前が何をしたかったのか』

 

(何が...したかった?)

 

『そうだ。お前は何のために戦ってる?誰のために戦う?』

 

(俺は、皆のために)

 

目を開けたくても、もう開かない。

 

それでも__________皆の姿が、一人一人の顔が、脳裏を過った。

 

『俺は、大切な人を守りたい。ずっとそう思ってる。そうだろ?』

 

俺の声に、誰かが反応する。

 

『だったらよく考えろ。彼女は、赤嶺友奈はお前にとっての何だ?』

『......』

『分かるだろ?俺ならもう。そんなところで沈んでる場合でもないことも』

 

目は開かない。が、それでも声のする方へ左手を伸ばす。伸ばせた手は、誰かと繋がる。強い力で引っ張られる。

 

『行ってこい。不甲斐なかったら全部奪ってやる』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

「目、覚めました?」

 

いつか見たことのある______というか、何回か見たことのある光景。

 

「ひなた...?」

「はい。じゃんけんで決まった代表、上里ひなたです」

「何でいんの?何で膝枕?」

「椿さんが心配だったからですよ」

「......?」

「その顔、分かってませんね?全く...いいですか椿さん!」

 

その言い方は、いつかの俺にそっくりだった。

 

「私達皆、椿さんの様子がおかしいこと位分かってたんですからね!!」

「......っ」

 

一度、震えてしまう。

 

「...そういうこと、かよ」

 

でも、それだけで理解が追いついて、泣きそうな声を抑えて呟くことが出来ず、目元を腕で隠した。

 

(全部、お見通しだったわけか...)

 

銀以外にもバレていた。皆分かっていながら、俺の意思を尊重して止めずにいてくれた。

 

申し訳なさと嬉しさが心から込み上げてきて、涙が流れる。

 

「ほんと、こっちのが情けないじゃん...」

「本当です。私達も舐められたものですね。椿さんがそんなに見られてないと思ってましたか?私はずっと見てましたよ」

「...ごめん」

「許します!」

「はえぇよ...」

 

頭を撫でてくるひなたの手をどけ、立ち上がった。目元はまだ隠したままだ。

 

「顔洗ってくる」

「お手洗いはあちらです」

「了解」

 

早歩きで向かい、自動で出る洗面台の水で顔を洗う。

 

(やべ、タオル忘れた)

 

「まぁいいか」

 

何度か繰り返して、一度息を吐く。それから、頬を思いっきり叩いた。 鏡に見える俺の顔は、まだまだ本調子ではなさそうに見える。

 

でも。

 

「っ、はー...よしっ!!」

 

また見失いかけていた。勇者部六箇条も、自分の信念も。

 

(俺は守るために戦う。自分が守りたいものを)

 

それは、例え敵対していようと関係ない。赤嶺も『守りたい者』だ。

 

(自分も幸せである上で!)

 

『無理せず自分も幸せであること』

 

その上で、実現してみせる。

 

「はい、どうぞ」

「俺の行動読まれ過ぎでしょ...ありがと」

 

トイレを出た目の前でタオルを渡してくれたひなたに、苦笑するしかない。ふわっと心地よい香りが俺の鼻をくすぐった。

 

「...ひなた」

「はい。なんでしょう?」

「俺は平気そうか?」

「......はい。いつも通りの椿さんです」

 

じっとひなたの目を見つめる。というよりは、俺の目を見つめてもらう。

 

自分だけだと、自覚してないだけでまだダメかもしれない。ひなたはその不安を潰してくれた。

 

「そか。ありがとな」

「いえ...あと、そんなに見つめられると、少し恥ずかしいです......」

「あ、悪い」

「全く。ずっと僕のことを無視するのは流石に頂けないんだけど?」

「腹パンしてきた人相手にする必要あります?」

「頼まれたんだから仕方ないだろう?」

 

そう言われて放られたスマホを見ると、一通のメール画面が表示されていた。

 

『椿の様子変だから、無理してそうだったら休ませてあげて。多少手荒でも良いわ』

 

「右に動かしてごらん」

 

『ちょっとつっきーの体調悪そうだから、必要であればゆっくりさせてあげてくださ~い。つっきー、無理な時はちゃんと言うんよ?』

 

「...休ませる(物理攻撃)じゃん。多少どころじゃない手荒さでしたよ」

「夏凜を心配させるバカに手段を選ぶ必要なんてないだろ」

「このシスコン...いえ、すみません。ありがとうございます」

「感謝を言う相手を間違わないようにね」

「はい」

「じゃあ、今日は帰りなよ。ひなた様も御足労頂きありがとうございました」

「私にもそこまで畏まらなくても良いのですが...こちらこそありがとうございます。引き続きお願いします」

「はい。勇者部の皆様が出来ないことはなんなりと。彼を殴れと言われれば次は顔面に入れます」

「ちょっ!?」

 

冗談とも本気とも取れる声音で言われて、ちょっとだけビビった。

 

(そう言えば...銀のあれは、そう言う意味か)

 

銀は本当に何も言ってない。恐らく俺以上に態度にも出してない。それでもバレた_________

 

(...はぁ)

 

「椿さん?」

「ん、何でもない。乗ってくか?」

「是非!」

 

 

 

 

 

バイクの音だけを響かせて、俺達は寮まで向かう。

 

俺はさっきのことで気恥ずかしく、後ろの感触もあって喋れず、ひなたも何故か黙ったままだった。普段であれば何かしら話してきてもおかしくないのだが。

 

「......」

「......」

「...ひなた」

「はい?」

「いや...その、俺が謝るとして、折角寮に行くわけだし直接謝った方が良いよな?普段この時間皆の迷惑にならないかなって」

「そうですねぇ...後で全体に連絡するなら、その必要ないとは思いますよ?」

「え?」

「もう皆さん、分かってると思いますから」

「...さてはお前」

「先に連絡を通しています♪」

「後手に回りすぎだろ、俺...」

 

後ろからくすくすと笑い声が聞こえ、腹に回された腕がよりきつくなった気がした。

 

「それに、皆さんが見たいのは今の椿さんではなく、落ち着いた時の椿さんだと思いますから。その方がダメかどうか分かりやすいですからね」

「...分かった。今日はひなたを送るだけにしよう......ありがとう」

「...私こそ、です」

 

微かに聞き取れた声を聞いて、むず痒くなる。

 

「よし、着いたぞ...ひなた?」

「......」

 

寮の前で停車する。それでも彼女は俺から離れない。

 

「あの...?」

「......」

「っ」

 

寧ろ強く抱きしめられ、変な声が出そうになるのをなんとかこらえた。

 

(良い匂いするからやめてくれませんかねぇ!)

 

唐突な理性との葛藤は、彼女の声で止められる。

 

「もう少しだけ、こうさせてください」

「あ、あぁ...」

 

それから、多分20秒くらい。西日が照りつけてくる中で、俺達は動かない。

 

「...はい。大丈夫です!ありがとうございます!」

「おう...どうした?」

「いえ、ちょっと酔ってしまったものですから」

「マジか、ごめん」

「いえいえ!椿さんはお気になさらず!また乗せてくださいね?それでは!」

 

たたたーっと俺から離れる彼女は、突然止まって振り返る。

 

「また明日!」

「...あぁ、また明日な」

 

見送られながら、俺はバイクを動かす。

 

(にしても、普段バイク乗って酔わないんだがなぁ...それだけ心配させちゃったのかな)

 

『私達皆、椿さんの様子がおかしいこと位分かってたんですからね!!』

 

(俺も、皆のことちゃんと見ないとな...)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

夕焼けに照らされながら、椿さんが曲がり角を曲がっていく。ちゃんと見送ってから、胸元で振っていた手を止めた。

 

「よかった...椿さん......ごめんなさい」

 

溢れてくる涙を止めることなく、私は振り向く。

 

私の影は夕日によって、長く、細く、伸びていた。

 

「私は......」



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花結いの章 7話

「すまなかった」

 

翌日。以前園子に紹介されたお洒落な雰囲気が漂うカフェの個室で、俺は頭を下げた。

 

「全くですわね。私(わたくし)でも気づいてましたのに」

「弥勒さんは微妙だったような...」

「雀さん?」

「ピエッ」

「...気をつけて」

「過ぎたことですし、昨日連絡も頂いてますから、私から何か言う必要もないと思います」

「...そんなに俺変だった?」

『はい』

「あ、そう......」

 

四つの返事が突然一致したのを聞いて、俺は一度小さくため息をついた。

 

(いつも通りで、逆になんか安心するわ...)

 

「んで、それだけおかしいと思いながらこのメンバーを推薦したってのは...対赤嶺のメンバーは勇者部の総意で決まってるって解釈でいいのか?」

「はい。あそこで話す前に決めていました。銃剣で支援できる私達が一番やりやすいだろうと」

 

(そりゃ、あれだけ予定調和のように思うわけだ)

 

「東郷とかじゃなかった理由は、最悪俺を戦闘から除外するため?」

「後はチームで攻める場合、前衛後衛はっきりさせるよりは混ぜた方が赤嶺友奈を誤魔化せるかなと」

「成る程」

「では、本当の赤嶺友奈の総評を聞かせてくださいな。先日お話されたことが嘘だとは言いませんが、全部でもないでしょう?」

「......」

 

言うべきか少し悩んで、俺は口を開く。どっちみち伝えなければならないことだ。

 

「大体の話は言った通り。ただ本当に俺は一度瞬殺されてるし、銀も優勢とは言えなかった。俺一人で相手したら長く持たないとかじゃない。大体即負けだ」

「そんなに強かったんですか?」

「目で追うのを頑張らなきゃいけないレベル」

「......ねぇ、やっぱり私このメンバーから抜けたいんだけど」

「加賀城、ダメ」

「嫌だよ!?そんな本気出されたら死んじゃうよ!?」

「そこなんだよな」

 

加賀城さんの言葉に反応したら、しずくが手をあげた。

 

「どういう意味?」

「前回のが御披露目だってなら、全員にその力を見せつけた方が恐怖心を煽りやすいだろ?なのに、実際に戦ったのは俺と銀だけ。他に直接その戦いぶりを見たやつはいない」

「確かに...」

「これからの戦闘でもそうだが、赤嶺と俺達の戦いが成立する時点で変っちゃ変なんだよ。今のあいつなら銀の相手をしながら全員の相手も出来なくもないだろうから」

 

赤嶺からすれば、前回が慣らし運転だとして、 例えば次の戦いの時にも俺とまともに戦うなら、その時点で手を抜いていると言わざるを得ない。

 

「もし次、赤嶺がわざわざ俺達の相手をするのなら、あいつ自身が俺達を皆から遠ざけるための囮でしかない。とすら感じる」

「...造反神という本命を出すから?」

「かもしれないし、新しい勇者の召喚に成功してるとかかもしれない。シーナが突然現れたりしたわけだし...」

 

ただ、わざわざ赤嶺にそんな行動をとらせるには、新たな勇者による奇襲という理由は弱い気もする。

 

「かといって造反神が本命なら、俺以外に若葉とか園子とか、もっと赤嶺が行きそうなのはいるんだよな。いっそ銀に行けばこっちの最大戦力を潰しにかかってるってのが分かるが...まぁ、あいつにはバーテックスを倒して欲しいから、俺らが赤嶺を引き付けなきゃいけない」

「相手の狙いがなんであれ、私達のやることは変わらない。ということですわね」

「そういうこと」

「お待たせいたしました」

 

話に一区切りついたところを見計らったかのように、店員さんが飲み物を運んでくる。しずくの前に置かれたみかんジュースを受け取り、甘口ジンジャーエールを渡した。

 

「というわけで、赤嶺対策班だが...実は幾つかアイデアはある」

「え、ボロ負けしたのに?」

「痛いところをつくな...まぁ上手くいくとも限らんし、赤嶺次第な所も多いから可能性は高くないが......」

「ん、話して」

「しずくの言う通りです。私達も意見します」

「良いですわね。作戦会議らしくて」

「というか作戦会議そのものだろ...じゃ、色々話してくか」

 

 

 

 

 

色々作戦を話した後。第一声は、

 

「...趣味、悪い?」

 

しずくのそんな言葉だった。

 

 

 

 

 

「ただいま...っと、そういえば今日いないんだっけ......」

 

芽吹達と話し込んでしまい、もう夕方。無人の家で独り言を言いかけて、動きが止まった。

 

玄関には見覚えのある靴と、明らかに小さい子供用の靴があったのだ。

 

「あいつら......」

「あ、おかえり椿。部屋借りてるよ」

「おかえりお姉ちゃん!!」

「...一応、家主がいないのに入れてる理由を聞こうか?」

「アタシの指は鍵に変えられるのだ」

「のだ~!」

「...はぁ」

「お前のお母さんと入れ違いだったんだよ」

「最初からそういう納得いく理由を頼む...で、何の用だ?」

「そんなことより、ほら」

「おっと...」

 

我が物顔で俺のコントローラーを投げられ、一度手から離れて拾い直す。

 

「早く。参加できるようにしといたから」

「......はーっ」

 

隣に胡座をかき、ゲームに参加する。あっという間に対戦画面がつくと、こうなることを予期してたのか、二対二の表示がされた。

 

「ルールはどうした?」

「三ポイント先取」

「分かった」

 

ゲーム音声が試合開始を告げると、俺達は忙しく手を動かした。

 

多分、幼なじみとしての勘に近いものを率直に話すなら。銀は俺のプレイングを見ていつも通りか判断するつもりなんだろう。口では誤魔化されるかもしれないが、もしされたとして、否定したくないから。

 

(なんか、全部見透かされてる気分だ...)

 

俺は、お前らのことで分からないことも多いのに_________

 

「あぁ椿」

「んー?どうした?」

「今日アタシ達泊まるからよろしく」

「...んん?」

 

俺が首を傾げるのと、俺の操作するキャラがぶっ飛ばされるのは同時だった。

 

「いやなんでだよ!?」

「この子が聞かなくてさ『一緒にいたいって』」

「寝るのー!」

「ちゃんと帰らせろ!」

「いいじゃんかー。今の椿は女の子なんだし」

「俺は男だ!というか、少なくともお前はダメ!」

「......はぁっ。全く。強情なんだから」

「俺が悪いのか?これ...」

「じゃあ勝負しよう。アタシがこれで勝ったら大人しく一緒に寝る。負けたら帰るから」

「...二言はないな?」

「ないよ」

「......絶対倒す」

 

状況は劣勢、とはいえ始まったばかりだ。巻き返しは十分狙える。

 

別に、昔みたいに銀と寝るのが嫌な訳じゃない。とはいえもうそんな小さくはないわけで。

 

(千景に鍛えられたプレイング、見せてやる)

 

小さく息を吸って、最大まで集中力を高めた。

 

 

 

 

 

(で、意気込んで?負けるとか?ダサすぎでは......)

 

一応結果を言うと、辛勝ギリギリからの逆転負けだった。銀を追い詰めた場面でシーナに邪魔され、押しきられてしまったのだ。

 

『でも約束は約束なので』

 

いい笑顔で言っていた銀も、もう寝ている。飯も風呂も済ませ、シングルベッドに三人が川の字で寝ていた。

 

『...家族みたいだな』

『鉄男と一緒に寝た頃と変わらないだろ』

 

何がそんなに嬉しいのか分からないが、俺がそれを言うと頬を膨らましていた。

 

(というか、よく寝れるよ...)

 

部屋は月明かりくらいしか入らず、豆電球も消していて真っ暗。とはいえ俺は寝れる気が全くしない。

 

『温かいよ...』

 

(......)

 

シーナも利用して俺の家にけしかけてきたようにしか思えないが、その成果はあったのか。俺は、彼女の思ういつも通りの俺だっただろうか。

 

(......)

 

俺は、静かに部屋を出た。音を立てないよう気をつけながら、玄関を開けて外まで歩む。

 

「...はぁ」

 

どことなくつまっていた息を吐き出して、夜の空気を吸い込んだ。見上げればどこまでも続く空と、細々と町を照らす月や星がある。

 

(...そういや、ここが神樹の内包する世界なら)

 

宇宙という遥か遠い場所にある月や星は、神がそれっぽく見えるように再現しているだけなのか、はたまた大昔、西暦の時代でやったとされるように、足で降り立つことは出来るのか。

 

そういう面では技術が退化しているため、確認する方法なんてない。

 

(別に、どっちでもいいけどさ)

 

手を掲げ、月を隠す。なんとなく考えたことは、なんとなく頭から消えた。

 

「んぐっ」

「だーれだっ?」

 

突然自分の手が見えなくなって、後ろから声もする。答えなんて分かりきっていた。俺が今までで一番聞いてきた声なんだから。

 

「...なにしてんだよ」

「なんか部屋出るからさ。寝れないの?」

「......そうだな。寝れない」

 

主にお前のせいで。とは言い難くて、喋ろうとした口の開きが迷子になる。銀は少し迷ったような声を出してから、すっと寄り添ってきた。後ろから回されてる手はまだ俺の目を隠して離れない。

 

「おい」

「椿はさ。どう思う?」

「は?」

「今度赤嶺と戦って、それで終わると思う?」

「...少なくとも、造反神が黙っちゃいないだろ」

「アタシもそう思う。神樹様の一部である神。そんな敵が相手。天の神よりは怖くないかもしれないけど...」

 

揺らいだ声は、それでもはっきりと。

 

「勝てるかな?アタシ達。この世界、守ってあげられるかな?」

「......」

 

元々、造反神を沈め、この世界の神樹の力を取り戻すのが目的。

 

その問いに、俺の言葉は迷わない。

 

「正直、まだ分からないことだってある。造反神のこととか、赤嶺の目的とか。でも、はっきり言えるのは......」

 

俺は銀の手を掴んだ。過去には、掴むことすら出来なかったその手を。

 

「一つ。お前は勝てないからって諦める奴じゃないこと」

 

目元からどけ、振り返る。

 

「二つ。俺は絶対お前の味方でいること」

 

そして、その目をしっかり見た。

 

「最後に、この世界には、俺だけじゃない。沢山の仲間がいること。こんだけ揃ってて、まだ戦う前から何か言うか?」

「椿...かっこつけすぎ」

「うるさい。大体この前ボロ負けして精神までやらかしてた俺の言うことだしな」

「今度はかっこ悪すぎ」

「うるさい」

「んで、椿は何悩んでたの?月に手をかざしちゃったりしてさ。遅めの中二病?」

「男子はいつだって心にそういうのを宿して...じゃねぇんだ。別に俺は痛い奴じゃないんだが」

「またまた~」

「またまたじゃないぞおい__________」

 

俺達の会話は、どこまでも、くだらなくても進み。

 

「...絶対、守るから」

「っ...ふふっ、言われたらくすぐったいな......うん。じゃあ、守られるね。アタシも守るから」

 

銀の微笑みを見て、こんな日常を得るために戦うんだと、密かに思った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「...これで、よし。色々あったけど後は力を完全に戻せればオーケー。これだけのトラブルがあった分遅れてるけど、なんとか取り返せるかな」

 

後は、誰にもバレないようにすれば良いだけ。逆に対処されにくいかもしれないから、なるべく勘づかれるのは避けたい。敵を騙すにはまず味方から。

 

その分、話すのは遅くなってしまうけど。

 

窓の外を見て、私は一人呟いた。

 

「あと少し、待ってて」

 

 



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花結いの章 8話

「明日。か」

 

赤嶺に言われたのが正しければ、最後の戦いとなる次の戦闘。その日時が神託として受け取った巫女によって伝えられた。

 

『はい。明日早朝。高知の未解放地域です』

「樹海化してから移動するのか?結構距離あるが。移動手段のカガミブネは基本帰る用のだし...」

『既に大赦がバスを手配しました。今夜現地入りを予定してします』

「早いことで...分かった。夕方までに荷物纏めとく」

『お願いしますね』

 

通話を切り、バッグの中にスマホをしまった。以前使えるようになったカガミブネは、特定の場所を狙っては行けないため、こういう予期しない場所に行くには弱い。

 

「ひなたから、夕方までに一泊泊まる用意をしといてくれだってさ」

「えー!?お泊まり!?合宿!?」

「目的は樹海での戦闘待機だからな...」

「なんだ、残念...でも、ということは?」

「あぁ。明日戦いにある」

「おぉ!じゃあ今日中にもっと練習しないとね!」

「......体に響かない程度に頼むぞ。ユウ」

 

目の前で構えを取る彼女は、そんなことあまり気にしていなさそうだった。

 

 

 

 

 

(装備は万全、春信さんからのもセット完了)

 

バスに揺られながら、窓の外を眺める。内陸側を走っているせいか、見渡す限りが田んぼだ。

 

(後は現地行って遊ぶくらいか...)

 

バスに乗る前、友奈をはじめ何人かがはしゃいでたが、確かにここまできたら後はリフレッシュするくらいしかないだろう。俺も風呂に入ったらストレッチをしなければ。

 

自分の変わった体を知る上で、普段の訓練にストレッチを加えることで、触ることで理解が増えた。未だに少し抵抗感というか、やっていいのかという思いはあるが。

 

「先輩」

 

(で、朝飯軽く取っといて、戦闘開始と...赤嶺がどう出るか。造反神は動くのか。その他大量のバーテックスの対処をどうするか)

 

杏や樹、東郷といったメンバーで大雑把な陣形、作戦の分け方はした。後は臨機応変に。といったところだろう。

 

まぁ、俺のやることは変わらない。

 

「先輩、椿先輩。寝ちゃってます?」

 

(赤嶺を行動不能まで持っていく。こっちも出方次第で考えはしたが...)

 

事前に打ち合わせも済ませたし、必要な道具は全て揃えた。後は作戦勝ち出来ることと、イレギュラーが起きないことを願うだけ。

 

「そう上手くはいかないんだろうなぁ」

「起きてるじゃないですか!」

「うぉっ!?な、何だ、友奈っ!」

 

気がついたら隣に座ってた友奈が目と鼻の先にいて、思わず下がる。とはいえバスの窓側席のため、すぐに頭を窓にぶつけた。

 

「っつつ...」

「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫大丈夫......それで、どうした?」

「椿先輩は、今日お風呂どうするんですか?」

「え?入るけど」

「いえ、その...あの」

「?......あー」

 

友奈に言われ、その視線を追って気づく。今の俺は男であって男でないのだ。

 

「この体で男子風呂ってわけにはいかないよな...」

 

とはいえ女子風呂に入るのも不味すぎる。

 

「でも今日の旅館予約したの大赦だろ?俺の事情も知ってるし、その辺上手く調整してるだろ」

「いえ、ヒナちゃんがそんなこと言われてないって...」

「大赦ぁ!?」

 

立ち上がりかけ、もう一度座り直す。その上でかなり勢いよく後ろを振り向いた。

 

「というかひなた!分かってただろ!一言教えとけば」

「さきほど気づいたものですから♪ですが仕方ないですね。折角なので一緒にお風呂へ」

「入らんぞ!?」

 

席の隙間から覗ける彼女の顔は、謝る気がさらさらない。

 

(こいつ...)

 

「す、すみません!」

「申し訳ありません椿さん。私が確認しておけば...」

「......あぁ、大丈夫。なんとかするさ...」

 

水都と亜耶ちゃんに言われれば、何も言い返せる筈もなく。俺は黙るしかなかった。

 

「一緒に入りませんか?」

「入りません!!」

 

 

 

 

 

 

結論から言えば、風呂問題は解決した。俺が一人で泊まる部屋に備え付けのシャワーがあったのだ。

 

(大赦様。怒ってすみませんでした)

 

心の中で謝罪して、シャワーの出を止める。

 

「大浴場は温泉なのに入れないのは残念だが...この体じゃなければなぁ」

 

タオルで体を拭いて、上と下の下着をつける。さらに服を着てから髪を乾かし、髪留めでポニーテールに。

 

(一週間もしてれば、慣れてくるか...)

 

人間きついと思ったことも、習慣としなければならないなら慣れるのだ。あまり慣れたくはなかったが。

 

鏡の前で身だしなみを整えてから、俺は洗面所を跡にした。

 

「さてと...朝飯は買い込んだし、何をするか......ん、電話?」

 

春信さんからの電話が鳴り、スマホの画面をスライド。

 

「はい、もしもし」

『もしもし。お姉ちゃん?』

「あぁ、シーナか。どうした?」

 

シーナは今、安芸さんの元で大赦にいる。気になることは多いが、あの子は幼く戦えるわけじゃない。

 

(赤嶺が何か知ってると良いんだが...捕まえて全部吐かせれば良いし)

 

樹海の中動けるかもしれないことを考慮して、明日の朝は外に出にくい部屋で寝かせる手筈になってるはずだ。

 

『寂しかったので、電話しました!』

「まだ別れてから数時間しか経ってないぞー」

『ご、ごめんなさい...』

「いや、いいっていいって」

『......じゃあ、後でもう一回お電話しても良い?ご飯だって言うから...』

「あー...今日は早寝するつもりだから、出られなかったらごめんな。なるべく起きとくから」

『じゃ、じゃあ大丈夫!!また今度で』

 

小さい子なのに、気を使わせてしまってることに申し訳なくなる。

 

『じゃあお姉ちゃん。頑張ってね!おやすみなさい!!』

「あ、おう。おやすみ...って」

 

言い切る前に通話が切れた。

 

(本当に声が聞きたかっただけなんだな...ん?)

 

それは、些細な違和感。食べ物が歯と歯の隙間に挟まって取りにくく感じるような。

 

(俺、泊まりに行くとしか言ってないよな?)

 

『頑張ってね』

 

だとしたら、どうして__________

 

『椿さん、います?』

「ん?いるぞー。誰だ?」

『私です私』

「大昔流行った詐欺じゃないんだから...」

 

浮かんだ疑問を消し、そうぼやきつつも扉を開ける。いたのは雪花だった。

 

「どうした?」

「いえね。ちょっと話がありまして...」

「...まぁ入れよ」

 

雪花はすぐ入り、ソファーにもたれる。

 

「何か飲み物いる?」

「そんなに買い込んでるんですか?」

「持ってきてたみかんジュースに、そこのコンビニで補充したみかんジュース。この旅館限定のみかんジュースと、あとお茶」

「実質二択じゃないですか。お茶でお願いします」

「了解」

 

飲みかけだったみかんジュースを片手に、備え付けられてたコップに注いだお茶を持っていく。

 

なんとなく、長い話になりそうだから。

 

「で、何かあるのか?」

「えーと...ま、取り繕う必要もないですし、単刀直入に聞きたいんですけど」

「うん」

「椿さんは、このまま造反神を倒して、終わりでいいですか?」

「...どういう意味だ?」

「このまま皆と、この世界とお別れしてもいいですかってことですよ」

 

雪花が一口お茶を飲む。戻されたコップは小さな音を立てて置かれる。

 

「......この世界で会えた勇者部の皆が、私は好きです。元の世界よりずっと温かいこの場所が。皆がいるこの場所が」

「雪花...」

「でも、造反神を倒した方が良いのも分かってるし、この世界にずっといられないのもなんとなく分かります。でも、ただ記憶を失って元の場所に戻るなんて、『今の私はしたくない』」

 

数年近くで過ごしてきて、見たこともない顔をする彼女。どうやって表現するのが適しているのか分からないその顔は、どんどん語っていく。

 

「だから、せめて私は、できればもっと、少なくとも記憶を残したり出来る手段が見つかったりするまでは、この世界に残りたい...造反神を、倒したくないです」

「......」

「勿論、赤嶺は捕まえますよ。良い情報を吐いてくれそうですしね」

「......」

「ただ、もし次の戦いで造反神が出てくれば...」

 

彼女の声を、思いを聞いて、俺はただ黙るしかない。

 

「この話、皆とはしました。大体、赤嶺から情報を得てからってことで纏まったんですけど...その時、椿さんいなかったので」

「...わざわざ二人きりになるタイミングにしたのは?バスで話せただろ」

「良くも悪くも、椿さんの発言は影響力大ですからね。当然、私と反対の意見だってならなるべく取り込みたいですし」

「...そんな大した発言力はねぇよ」

 

考えを一通り纏めるため、みかんジュースを一度飲んだ。糖分が舌を刺激して、その分思考回路を早めていく。

 

そして、下を向いてペットボトルを見ながら、口にした。

 

「......俺の答えは、まだ決められない」

「...ちょっと意外です。どっちにしろ答えを出してると思ってました」

「客観的に考えるなら答えはすぐ帰る、だ。いや、すぐ帰らされる。神が必要以上のことをさせるはずがない」

 

人間の感情を理解する神など少ない上に、そこに配慮してくる奴なんてほとんどいない。造反神を倒したご褒美として用意してる確信なんて俺に分かる筈もない以上、役目が終われば即終了の可能性が高い。

 

「でも、個人的な話なら...まだ、俺は、ちゃんと答えを出せていない」

 

別れが言えないのは間違いなく嫌だ。だが、それ以上のことは__________

 

(皆と長くいれれば嬉しい。けど、世界はそんなことないだろうし、俺は)

 

一度、曲がりにも二つの時代を天秤にかけ、元の時代に戻ることを決め実行した者が、都合が良いからと別の世界にいすわるのは、違う気もする。

 

「......分かりました。じゃあ仕方ないですね」

 

雪花は案外あっさり立ち上がった。

 

「じゃあ、おやすみなさい。明日頑張りましょうね!」

「え、あ、あぁ。おやすみ...」

 

すぐ開き、すぐ閉まる扉。

 

「...あれ?」

 

俺からは、拍子抜けしたような声が漏れた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふぅー......」

 

閉めた扉にもたれて、細く長い息を吐く。今この扉の向こうにいた先輩の言葉は、本心なのだろう。嘘をつく理由もないし。

 

(何が起きるかなんて、分からないもんねぇ)

 

直接聞いた訳じゃないけど、結城っち達神世紀四国勇者、芽吹達防人、若葉達西暦四国勇者は、私より知識が多い気がする。漠然と言うなら神関係について。

 

その中でも一番こうしたことに考えが深いのが、椿さんだ。

 

(それが経験談なのか、はたまた別のなのかは分からないとして...)

 

その人が、決断をせずにいる。

 

悩んだら相談。勇者部の合言葉みたいな六箇条の一つ。ただ、今回はまだ、その時が来ていない。もしくは、相談して変えられる意見じゃないくらい、皆の意志が硬い。

 

「...どうなんだろうなぁ」

 

思わず呟いたそれに答えてくれる人は、いなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「入ってもいいか?」

「古雪先輩、どうぞ。皆着替えも終わってますから」

 

一部屋辺り九人入れる部屋だが、今の勇者部を泊まらせるには圧倒的に足りない。俺の個室含めて四部屋のメンバーは、一緒に朝食を取るため一部屋に集まった。ベッドと和室に布団を敷くタイプの両方あるようで、辛うじてスペースのある畳に座る。

 

「やっぱり料理くらい、作ればよかったかもしれません」

「これからがっつり戦うってのに、わざわざ別のことに集中しなくてもいいだろ」

「そうそう。たまには朝からコンビニご飯もねー」

「銀。ちゃんと栄養は考えた?」

「...考えてません」

「私の野菜を少しあげるわ」

「ありがとうございます。須美様...」

 

早朝としか時間が分かっておらず、朝から旅館の人を起こして朝御飯を作らせるわけにもいかなかったため、皆で合掌した後、事前に買ったコンビニおにぎりを口に運んでいく。

 

「でも、いつもと違う感じがして、これはこれで緊張します...」

「杏は昨日遅くまで本読んでたからだろー?」

「そういう球子はどこか遠足気分だな...気を引き締めろ」

「乃木さん、リラックスも大事よ」

「うっ...」

「うふふ...」

「あの、椿さん」

 

皆が思い思いの食事をする中で、隣にいた芽吹が声をかけてくる。

 

「どうした?」

「戦術は変わらず?」

「あぁ。昨日考え直したけど、あれ以上は詰められなかった」

「分かりました...頑張りましょうね」

「おう。赤嶺を叩きのめしてやろうぜ」

「物騒...」

「いいじゃありませんのしずくさん。意気込みは大切ですわ」

「私の出番無くすくらい頑張ってくださいね!!古雪さん!!」

「それは無理だな」

「そんなぁ!?」

 

加賀城さんの雀のような声に、皆が微笑む。

 

「椿先輩昨日あんまり寝てないんですか?マッサージします?」

「私もするよ?疲れてたら大変だもん」

「それは是非遠慮させてください。また今度な?」

「じゃあつっきー。ちょっとこの台本を」

「お前は何やっとるんじゃ!!」

 

それから他愛ない談笑をして、しばらく。

 

『!』

 

七時ぴったりに、警報がなる。

 

「きたか」

「やっとか~」

「サプリも決めたし完璧よ!」

「期待してるわよ?完成型勇者様?」

「風、あんたそれバカにしてるでしょ!」

「はいはい纏まらないから!樹部長!号令!」

「雪花さん、ありがとうございます...皆さん!気合い入れていきましょう!」

『はい!!』

 

一人、どこか恐怖の混じった「はいぃ!」というのが聞こえた気がしたが、置いといて。スマホをタップして戦衣に着替えた俺は、彼女と目が合う。

 

「椿さん、頑張ってくださいね」

「ありがと。適当に寛いで待っててくれよな」

「はい♪」

 

そうやって笑った彼女の顔は、樹海へ変わる際に舞い散る華々に遮られ、消えた。

 

 

 

 

 

 

「よう赤嶺。前回はやられたが、今回は覚悟しろよ」

「随分と強気だね」

「あぁ。そりゃな...前回は醜態を晒したが、リベンジマッチといこうぜ」

 

 

 

 

 



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花結いの章 9話

「結城!!須美のフォローを!!」

「任せて!!」

 

須美ちゃんの後ろに迫ってた星屑を殴り飛ばせば、エビっぽいバーテックスに当たって体勢を崩した。

 

「今!!」

「分かったわ友奈ちゃん!」

「どっせぇい!!」

 

隙をついて東郷さんが撃ち抜き、銀ちゃんが連続攻撃。

 

「二人とも、良い連携だ」

「えへへ、東郷さんのお陰ですよ」

「すみません友奈さん。助かりました」

「大丈夫だよ!」

 

戦い始めてから大体20分くらい。私達は順調にバーテックスを倒してきた。

 

相手の反応、布陣から、事前に考えられてた作戦の一つを取っている。

 

敵の進行は前と違って、前から一気に押し寄せてきてる。

 

若葉ちゃん、東郷さんが指揮する一つ目の部隊、杏ちゃん、風先輩の指揮する二つ目の部隊。この二つが左右に広がって敵を倒して、その後ろに休憩と奇襲の対策として、樹ちゃんをはじめとしたメンバーが待機してる場所がある。その後ろに神樹様。今基本にしているのはこれだ。

 

(私はとにかく、ここを一歩も通さなければいい)

 

一緒に作戦の話はしたけど、単純明快な方がやりやすい。

 

「続けて十時方向、数六!」

「園子!結城!」

「は~い!」

「いっけぇぇ!!」

 

相談することもなくそれぞれ三体ずつ倒して、園子ちゃんとハイタッチした。

 

「東郷さーん!次見えるー?」

「友奈ちゃんは右に、園子ちゃんは真っ直ぐ!」

「「了解!!」」

「銀ちゃんは園子ちゃんと一緒に!」

「わっかりました!」

「となると...私はあっちだな」

「はい。お願いします」

 

高く伸びた樹海の枝先で銃を構えた東郷さんに従って進めば、新しい敵が見えた。

 

「行かせないから!!」

 

神樹様の所にも、樹ちゃんの所にも、椿先輩の所にも。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「芽吹も皆も強くなってるし、私も負けるわけにはいかないのよ!!」

 

最前線で暴れてる二人を見習って、ヴァルゴ・バーテックスを上から下へ切り刻む。重力に従って着地を決めて、横に来た星屑も流れるように刀を通す。

 

「夏凜さん、気合い入ってるわね」

「当然、よっ!」

 

隣に降りてきた歌野が構えを取りながら聞いてくるのに、私はすぐに返した。

 

「これで最後だってなら尚更ね」

「前回も多かったけど、今回も大量だものね。セイムバーテックスも沢山」

「でも負けられないわ。今のこっち、風と雪花に負担かけてる分頑張らないと」

 

『あんた達は変に縛るより好きに暴れた方が強いでしょ。疲れるまで行ってらっしゃい』

『そーそー。後は私達に任せなさいな』

『なんかヤバそうになったら、タマと杏で時間稼ぐから助けてくれ!』

『タマっち先輩の言う通りです!私達、頑張りますから!』

 

友奈達の所は小学生組がいるから若葉や東郷が全体的な指示を出すって言ってたのに対し、うちのリーダーである風は雪花、杏、球子と一緒にそんなことを言ってきた。

 

それは________多くを語らなくても分かる、信頼の証だと思う。だから私は絶対に負けない。負けてられない。完璧以上の形で返したい。

 

(この戦いの後どうであれ、今は...)

 

この前雪花が見せた、悲しそうな顔が浮かんできて、頭を振った。

 

(今は!!)

 

「行くわよ歌野!!」

「オーケー!私の鞭に打たれたいバーテックスは出てきなさい!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「戻ってきたよ~」

「お疲れ様です、雪花さん」

「ありがとう須美ちゃん」

 

人を分けて戦闘し、疲れた数人は休んだ人と交代する。この戦術は西暦時代、若葉さん達がやった戦術らしい。

 

確かにこの人数が固まって戦うのは非効率過ぎるだろう。

 

(脇から来てる敵もいない...)

 

バーテックスはただひたすらに一方向から真っ直ぐ来ていて凄く戦いやすかった。突破力の高いジェミニもいない。他のバーテックスと比べると攻撃力がないからだろうか。

 

「左側の交代、千景さん、お願いできますか?」

「任せて。鏖殺して来るわ」

「ぐんちゃん頑張ってねー!」

「えぇ、行ってきます」

 

微笑んで飛び出して行った千景さんを見送って、また私はスマホを見つめる。

 

(なるべく武器の距離感が同じ人を交代、休憩のローテーションは大丈夫。ちゃんと組めてる。異常な敵もいない。椿さん達からの反応も平気)

 

私の役目は、奇襲対策の為スマホのレーダーを見つめつつ周辺を警戒することと、近接武器、遠距離武器を使う人達だけで固まらないよう指示を出すこと。

 

最初は、私も一緒に前で戦いたいと思ってた。

 

『樹はどーんとしてなさい!あたし達が全部倒すから!!』

 

でも、お姉ちゃんがそう言ってくれたから。

 

『風さんであれば前に出ないことが心配になるが、樹なら安心して任せられる』

『若葉!?』

 

若葉さんが信じてくれたから。

 

『戦術を考えるのは文献読んでる杏の方が得意そうだし、奇想天外さは園子がずば抜けてる。人を導くなら若葉のカリスマ性も強い。でも、その全てを混ぜて人を纏めあげるのは、樹が一番だと俺は思ってる。この二年ちょっと、部長としてやってきたのを見てきてな。自信もっていいぞ』

 

椿さんが、背中を押してくれたから。

 

だから私は、自分の意思でここに立つ。

 

「それにしても、ミノさん凄いね~」

「そんななの...って、うわー。私あの子がどういう経緯であぁなったのか知らないけど、一人だけ次元が違うじゃん」

「......」

 

ここからでも直接見える赤い光。流れ星みたいに線を描けば、レーダーに映る敵の群れが一瞬で消えていく。

 

(でも、無理はしないで...)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『別に俺が命名したわけじゃないぞ』

 

椿がそう言っていたレイルクスの翼を広げて、空を駆ける。ただ残念なことに、アタシの力だと相手を蹴り飛ばした反動の方が速度としては速い。

 

だから、蹴り飛ばして別の敵に近寄ってから翼で体勢を整えてまた切る。

 

「ッ!!」

 

無理に体勢を変えたことでかかる圧に耐えながら、相手の吐き出してきた矢を避けてみせた。そのまま滑り込んで横凪ぎに斧を振るえば、綺麗な三枚下ろしの出来上がりだ。

 

その瞬間、嫌な感じがして振り向けば、さっきの矢が目の前まで迫っている。

 

(ちょ、またかよ!?)

 

回避は間に合わないため斧を構えて逸らす。矢は甲高い音を立てて樹海に突き刺さった。

 

「あいつら...」

 

かつてアタシを殺した三体が、仲良くこっちを向いている。

 

「...ふ、あははっ」

 

そんな状況で、アタシは笑った。この間の戦いでコツを掴んだのか、したことなかった戦いに体が順応してきたのか、今までより凄く戦いやすい。

 

『銀、頼む』

 

それとも、直前に、たったそれだけを言われたからか。

 

(...負ける気が全くしない)

 

これまでだって最後まで負けるとは思ってなかったけど、今日は絶対に勝てると確信できる。

 

流石に数が多過ぎて取りこぼしはあるけど、長く戦いながら、一体でも多く。

 

後ろには皆がいるから、アタシはただひたすら暴れられる。

 

だから、全力で。飛び出した弾丸のように。

 

「今のアタシを止めたいなら、それこそ椿でも出してきな!!」

 

一声と共に切り刻んだ敵は、ガラガラと音を立てて落ちていった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

耳をすませば戦いの音が聞こえてくるだろう場所で、俺は足を止めた。

「こんなもんか?」

「いいんじゃないかな?これ以上邪魔は入らないだろうし、貴方達も向こうへは行きにくいでしょ」

「別に行く必要ないからな。あっちの相手はあいつらに任せてる。俺達のやることは...お前を倒すことだ。赤嶺」

 

嘘をつきながら振り向き睨んだ先には、飄々とした顔を浮かべる赤嶺がいた。

 

「この前散々だったのに、そんなこと言えるんだ...いや、この前みたいに暴れれば勝算があるつもりかな?」

「そしたら芽吹達連れてきてないだろ...勝つのは『俺』じゃない。『俺達』だ」

 

この前のようにはならない。ならなくても勝ってみせる。仲間と一緒に。

 

それぞれの方を向けば、それぞれが返事をしてくれた。加賀城さんのやる気を弥勒が奪ってるようにも見えたけど。

 

「...いいよ。やってみて。出来るものならね」

 

構えを取る彼女を見て、俺は心の中でガッツポーズをとった。

 

(これで、ようやく土俵に立てた...勝負はここから)

 

「椿さん」

「あ?」

「気負いすぎないでくださいね」

「ーっ......あぁ。分かった」

 

俺の心情を読み取ったような芽吹の言葉に、沸騰しかけた頭を落ち着かせる。

 

(大丈夫。俺は一人じゃないから)

 

「じゃ、皆手筈通りに。頼むな」

「了解です」

「やらなきゃ死にますもんね...死にたくないから頑張ります」

「分かりましたわ」

「ん...」

 

皆の表情が引き締まったものになって、俺は赤嶺の方に向き、目を閉じる。

 

(赤嶺はわざわざ俺と、俺達と戦うためだけにここまで離れた。目的があるのは明らか)

 

今の彼女なら、一人で全員と戦うことも出来た。それをしないのはやはり、自分を囮として使い、俺達を引き離しておくのが目的な筈。

 

狙いは俺か、防人か、それ以外か。本命は造反神か、大量の軍勢か。はたまた別の何かか。

 

(勇者としてのシステムは、同じなんだろうな)

 

以前東郷はバーテックスを利用して神樹を倒そうとした。それは神樹そのものから力を与えられている勇者に、産みの親を倒せる力はないから。今は造反神側にいる赤嶺も、元々神樹から力を授かった身。ここは覆せない。

 

そうでもなければ、神樹へ向かう赤嶺を追いかけるだけの鬼ごっこが始まりかねない。

 

(まぁ全部引っくるめて、一番面倒なのは...後手に回らざるを得ないってこと)

 

今の俺達と赤嶺の差は、ただの小細工の詰め合わせで勝てるようなもんじゃない。あいつの作戦がある程度成功して心理的余裕が生まれ、隙を作らせ、やっと希望が見える程度。銀がいればまた別だが、あいつがいなければ戦線は長く持つか分からない。

 

だから何らかの状況に陥るまで、恐らく赤嶺は倒せない。というかそれでも倒せるか分からない。

 

でも。それでも。

 

(こいつは敵であり、敵じゃないから。全力で、本気で)

 

「俺達は、お前を『倒す』。絶対だ」

 

音で皆の準備が整ったことは分かった。俺は静かに目を開く。

 

赤嶺の瞳を真っ直ぐ見つめて_______背中に懸架してある『双斧』を掴んだ。

 

「行くぞ。赤嶺友奈」

「来なよ。本気で私を倒してみせて」

 

刹那の間から、同時に一歩目を踏みしめ________

 

「叩き潰す!!!」

「火色舞うよ」

 

斧と拳がぶつかった。

 

 

 



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花結いの章 10話

初撃を受けきった俺は、続く連撃をなんとか凌ぐ。目はなんとか追えても、体を動かすのが間に合わない。防戦だけならなんとか、といったぐらいだ。

 

「相変わらず速いな!?」

「そう言う割には凌ぐね!」

「こんな所で詰まる訳にはいかないんだよ!!!」

 

口は条件反射で会話しつつ、頭は別のことに回していた。

 

(斧は、大丈夫そうだな)

 

銀の双斧とそっくりなこれは、大赦に作って貰ったレイルクスの武器。特徴とも言える翼は赤嶺が空を飛ばない以上邪魔でしかないため展開せず、代わりにそれ以外、背中のウェポントラックと、前腕部や膝につけている各部の装甲だけつけている。

 

今回は各部装甲に余計な重さを加え、赤嶺の攻撃で吹っ飛ばされないようにもしているが_____彼女の拳を止めるための斧が即座に破壊されるということがなくて、ほっとした。

 

(替えはないし、大事に...出来る状況でもねぇか!!)

 

戦況を考える思考回路と、赤嶺の攻撃を見極める思考回路を混ざらないようにさせながら、彼女の顔を見た。

 

(......)

 

「どうしたの?守ってるだけ?」

「バカやろう。今戦ってるのは俺だけじゃないだろ!」

 

決して笑えない状況でも、口だけは笑みを作った時。それを見計らったかのような銃声が鳴り響いた。

 

「っ」

 

俺と赤嶺の間を通る弾丸。真上から飛んできたそれは、赤嶺の拳を引かせ、体勢をほんの少しだけ崩させた。それを利用して今日初めて斧を大振りする。

 

一度だけの攻勢は、それでも赤嶺にとってのチャンスでしかなかったようだ。

 

「はぁっ!!」

「くっ!」

 

ちゃんと見ているが、彼女の動きが等速だとすれば、自分の動きがコマ送りのようにしか見えなくなる速さで繰り出してきた回し蹴りを、咄嗟に後ろへ転がって回避する。

 

当然、起き上がる前に拳が__________

 

「なんてな」

「チッ!」

「助かったわ」

「やっと、目が慣れてきたから」

「事前情報以上ですわね...反則ですわよ」

「分かる」

「こっち来るなこっち来るなこっち来るな......」

「...ちょっと厄介だね」

 

追撃を阻止したのは、弥勒としずくの銃剣と、加賀城さんの俺が普段使ってる銃による攻撃。リーダーである芽吹はレイルクスで空を飛び、上空から二つの銃剣を構えている。

 

メインの盾は俺、他のメンバーが三次元方向から銃を撃ち、赤嶺の動きを制限する。俺達の主な作戦は、ここまで順調と言えるだろう。

 

バリアに守られている以上銃弾の威力は大したことないが、当たりどころが悪ければ衝撃で気絶までもっていける。赤嶺もそれが分かってるからこそ、強引に無視したりは出来ない。

 

(そのうち慣れて、ガードとかはするだろうが...それより前に間に合えば)

 

祈るような思いと共に、俺は斧を構え直した。

 

「こっちの利点、最大限生かさせて貰うぞ」

 

 

 

 

 

それから五分程度。防戦ではあるものの、なんとか赤嶺の攻撃を抑えている。

 

時間の感覚が持てるくらいには平気だが、樹海の中は暑くもなく寒くもない環境にも関わらず、汗が体から吹き出てくるくらい激しい動きをしていた。

 

赤嶺の猛攻にバランスを崩した所を、三人のうち誰かがフォローする。赤嶺の順応も素早く、何度かは銃弾を弾いたり避けてくるが、そこは芽吹の二発目が絶妙な位置へ飛んでくる。時には俺に当てて攻撃の当たる軸をずらしたり。

 

「来るな来るな来るな!」

 

加賀城さんは出鱈目な連射をして、赤嶺の予想を絞らせないようにしてくれる。

 

赤嶺が俺以外の誰かに向かえば、空にいた芽吹、シズクが突っ込むし、俺は全員との間に入り込んでいく。

 

「お前の相手は俺だ!!赤嶺!!」

「全員で来ててそれ言うの?」

「そうだよ!!俺を見ろ!!!」

 

樹海を砕かん勢いで叩きつけた斧は、すらりと避けられ樹海に刺さった。力任せに横へ払い、軽く抉った物を纏めて吹き飛ばす。

 

(やっぱ、手を抜かれてるな。強引な攻めだっていくらでも出来るだろうに)

 

それは、前回やられたからこそ。彼女がここまで慎重になる必要は、まるで遊ぶように戦う必要は無い筈だと分かるのだ。

 

そして、理由もなくそんなことをしてくる奴じゃない。

 

(全く!!こっちは今全力だってのにさ!!)

 

「砕けろっ!!!」

「シッ!」

 

斧と拳が再び重なり、激しい音を散らす。

 

「楽しいけど、そろそろ終わりにしようか」

「上から言ってんじゃねぇ!!」

 

素早く腹へ飛んでくる膝を上腕部の装甲で防ぎきるも、予測されていたのか思いっきり払われた。左手に握られた斧が宙を舞う。

 

「くっ!」

「これなら読みきれる」

 

フォローに入ってきた左右からの銃弾は異次元の動きで避けきり、真上からの二発の銃弾は腕で防がれる。

 

「これでまず一人」

 

そのまま、右腕が構えを取った。バックステップは間に合わない。思考速度を脳がスパークするまで上げるも、止めるために動かした右腕の斧も間に合わない。

 

「もらったよ」

 

そうして俺は、すぐに立ち上がれないくらいの衝撃をぶつけられる__________

 

 

 

 

 

筈だった。

 

「?」

「っ!!吹き飛べっ!!!」

 

『間に合わない筈の斧を滑り込ませた』俺は、一瞬だけ困惑した表情を浮かべる赤嶺に、今日初めてになる綺麗なカウンターを決めた。

 

「はっ、はっ、はぁ...!どうした赤嶺!!慣れない力に疲れたか!?」

「......うるさいよ」

 

手を握り、開き、何かを確めていそうな彼女を煽れば、彼女が弾丸のように飛んでくる。

 

『さっきに比べれば明らかに目で追えるようになった速度』で。

 

「「!」」

 

互いの息を飲む音が聞こえる中で、二発の銃弾が通り、減速して『普通の動き』でよける彼女。間髪入れず上から放たれた弾を防いでる隙を見逃さず、俺は両手で握った斧をぶつけた。

 

「っ、何が...?」

「よく分からんが、倒させて貰うぞ!!」

 

彼女に起きた突然の不調の正体を知っている俺は、とぼけたふりをしながら心の中で感謝した。

 

(絶対やられると思った!!加賀城さんマジありがとうっ!!)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(バレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんように......!!!)

 

必死に祈りながら、古雪さんから借りた銃を撃ちまくる。銃剣の練習もしたことはあるけど、他の三人みたいに狙って撃てるわけないから古雪さんに当てないことだけ意識してひたすら弾を飛ばす。

 

『なんとか間に合わせたよ』

『ホントに間に合ったんですね...貴方やっぱりおかしいですよ』

『まぁまぁ...楠さん以外は初めましてになるかな?すれ違ったことはあるかもしれないけど』

 

私がこんな思いをしてるのは、数日前あの人にあったからだった。三好春信さんと紹介された、大赦の人。最初は『イケメン、高役職、守ってもらえそう』なんて思ってたけど、あの頃の私が目の前にいたら今すぐ逃げろと殴りたい。痛いから殴らないかもしれないけど。

 

『それで、私達を連れてきた理由は...?』

『しずくさんの言う通りですわ』

『色々装備が揃ったって言われたからな...最強兵器も含めてな』

『最強兵器?』

『あぁ。赤嶺から勝ちを取るための、な』

『!!』

 

その古雪さんの自信満々な言い方で、私達は固まった。今までこの人は強くなった赤嶺友奈相手に『勝つ』というのは言ってこなかったから。

 

『そんな凄いのが...?』

『まぁ普通に凄いと思うぞ。未だに凄すぎて、いまいち分かってないから』

『持ち上げるのもそこまでにして...じゃあ僕から説明させて貰おうかな』

 

三好さんは、まるで今日の天気を話し出すように軽い口調で話し出す。

 

『今回僕は、君達防人の使う戦衣と勇者が使う勇者服について調べた。勇者服については神樹様が大元を作っているからブラックボックスになってる部分が大半なんだけど、そこと、大赦が主体となって作った戦衣服には差がある』

『差...ですの?』

『勇者と防人の力の差を発生させている部分、と考えてくれればいいよ。詳しいことは僕も説明しにくいし、完璧には理解できなかった』

『それが、何に...』

 

しずくの疑問に重ねるように、この人はバッグから何か取り出す。小さい球体は真っ赤で、メカメカしい。

 

『これは、その勇者服と戦衣の差分へ侵入し、近くにいる勇者の力だけを阻害する物だ』

『......はい?』

『椿君も戦衣だし、データ上では君達に影響はない。分かりやすく言うなら...勇者の力だけを弱くする機械だね。あくまで多少、だろうけど』

 

 

 

 

 

赤嶺友奈と戦うのは私達防人と古雪さんだけ。つまり遠くに離れてからこれを使えば、皆にはこの効果はなく、私達は有利になる。

 

これで私の出番なんてないくらい楽に_____なんて思ってたのに、その後の言葉で死を見ることになったのだ。

 

『ただこれ、まだチューニングを何もしてなくて...ぶっつけ本番で使って貰うには、その場で赤嶺友奈の解析をして貰う必要があるんだ。ただ持ってるだけで時間が経てば発動するけど...逆に言えば、最初からこれは使えない』

『だから加賀城さん。俺達が赤嶺と戦ってる間、これ持っててくれよな』

『嫌です』

『つっても、俺は無理だし、芽吹、しずく、弥勒は銃剣構えてるし。何より加賀城さんは普段から持ってる盾にはっつけて隠せるじゃん。前に出ないのもいつものことだから違和感ないし』

 

そこまで正論を言われてしまえば、私は何も言えなかった。これ以上駄々をこねたらメブに睨まれる。とはいえ、使わない選択肢なんて流石にないのは私にも分かる。

 

『まぁ、バレたら真っ先に狙われるだろうしな。頑張れ』

 

 

 

 

 

(バレたくないよぉぉぉ!!!)

 

あの赤嶺友奈から逃げられる気がしない。寧ろ死ぬ。絶対死ぬ。だから私は必死にやるしかない。

 

「はっ!!」

「食らえよっ!!」

 

私にはそんな違って見えないけど、これの効果は一応あるらしい。古雪さんが煽るようなこと言ってたし、バイザーをつけているメブやしずく、弥勒さんの射撃もより当たるようになった。何より赤嶺友奈が舌打ちしてる。いい勝負になってきてると言っても、多分大丈夫なんだろう。

 

(後はもう祈るだけ。フレッフレッ皆!頑張れ頑張れ皆!!)

 

事前に言われてたことが実行されれば、役目はまだあるけど_________思い返して気分が落ちた瞬間、聞き慣れた音がした。

 

「?」

 

スマホにかかってきたのは電話。相手は犬吠埼部長。

 

「もしもし」

『雀さんっ!!椿さんは!?』

「へ?」

『椿さんは、そっちにいますよね!?』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

限界ギリギリの死闘。大きな斧を振り続けているせいか、腕の感覚が少しなくなってきていた。

 

(でも、まだ戦える)

 

腕より酷使している脳が、ずきずきと痛んだ。だがそれでも、彼女の一挙動を見逃さないよう、常に目に焼きつける。攻撃を受け止め防ぐためだけじゃなく、この後俺達がどうすればいいのかを見つけるため。

 

彼女の動きは、ある時から明らかに悪くなった________いや、さっきが良すぎたというだけだろう。今だって体を動かす速度はあちらの方が上だ。

 

それでも、戦いやすくはなっている。

 

(本当、ヤバすぎるだろあの人...)

 

勇者服と戦衣の差を見つけ、そこを利用して勇者の力を阻害する機械を作った。春信さんに平然と言われた時は、俺自身開いた口が塞がらなかった。

 

チート(神花解放)にはチート(春信さん)で迎え撃とうと最初に思ったのは確かに俺だが。

 

まぁそのお陰で、やっと五分に近い戦いが出来ている。とはいえ五人相手に戦い抜いている赤嶺は、さっきより弱くなったとはいえまだまだ化け物だ。

 

(余裕は、なくなったみたいだが...)

 

「お前も、おかしいだろっ...!!」

 

素早いジャブを紙一重で避け、強引に斧を振るう。宙を切りはしたが追撃時間を作ることには成功したようで、銃弾が赤嶺の行動を制限した。大まかな位置が分かって速度も速いだけなら、斧で防ぐことくらいはする。そんな時だった。

 

「ふ、古雪さん!!」

「ん?何だよ!」

 

今作戦の要とも言える加賀城さんが呼んできて、俺は赤嶺を睨んだまま返事をする。

 

「なんかよく分からないんですけど、あっち、大変なことになってるみたいです!!ピンチだって!!」

「!!!」

 

伝達された情報が悪いのか、漠然とした報告。嫌な予感がしたが、それはすぐ確信に変わった。

 

「......」

 

赤嶺がごく僅かに口角を上げたのを、俺は見逃さない。

 

(仕掛けられたっ!!)

 

加賀城さんの電話の相手が誰であれ、単に物量で不味い状況ならそう言える筈だ。要領を得ない言い方は、その判別が出来ない異常事態が起きている証拠。赤嶺が笑ってるから、これはあちらからしたら計画的な異常。

 

「何をした、赤嶺」

「さぁ。分からないな...でも、そろそろこっちも終わりにしようか。君の顔も、すぐに向いたいって書いてあるし」

「そうかよっ!!」

 

何度目か分からない、斧と拳の激突。ナックルガードとでも言うべき赤嶺の武器からも、俺の斧からも、つんざくような音と火花が散る。

 

(顔つき、変わったな)

 

それは、『予想していた』。ここからが勝負だ。

 

 

 

 

 

『でも、倒せますの?』

 

それは、春信さんが作った装置の話をした後。大赦の自販機で飲み物を買った時、弥勒が呟いた言葉だ。

 

『弥勒さん?』

『先程の物は確かに凄いですわ。でも、それだけで倒せる自信はおありで?』

『ダメだろうな』

『えーっ!?倒せないんですか!?』

『あれはあくまで動きの阻害。無力化だったら即勝ちだろうが...春信さんが少ししか効果がないと言った以上、間違いない』

『では、別で倒すための手段があった方が良いですよね?』

『あぁ。手はまだある。というか最初はこの案しか頭になかったし』

『聞かせて』

『勿論』

 

さっき受け取った物を取り出しながら、俺は軽い説明から入る。

 

『阻害する度合いにもよるが、俺達があいつに大きな一撃を与えるには、あいつの意識を防御に回させちゃダメだ。少しでも反撃の警戒をされてたら、恐らく致命傷にはならない。しかも同じ手は喰わないだろう』

『うわーきっつ...』

『...それで、その打開策がそれだと?』

『あっちの考える作戦が上手くいくほど余裕は生まれる。それで攻撃に夢中になってくれればくれるほど、俺に釘付けになればなるほど、これが上手くいく。後は絶対反撃出来ないよう体勢を崩して、ダメージを与える...今考えてるのは__________』

 

軽い補足も入れて、三分ほどぶっ通しで喋り続ける。

 

『_______まぁ、上手くいけばこんなかなと』

『...趣味、悪い?』

『酷いなおい』

『...古雪さんのそういう戦法ってどこで学んでくるんですか?』

『杏から本借りたり、アクションゲーとか戦術ゲーしたり』

『な、成る程...』

『そういうの、悪役が考えてそうなイメージです』

『俺は皆を守れるなら、勇者なんて肩書きいらないからな』

『...その発言はかっこいいのに』

『ありがと』

 

 

 

 

 

(だから、勝負といこう)

 

後手に回らざるを得なかったとはいえ、ここからは俺の努力次第で巻き返せる。限界を越えさせる。自分には出来るんだと思い込ませる。

 

(もっと、今以上に全力でっ!!)

 

「ハァァァッ!!!」

 

右上から全力で振り下ろす斧は赤嶺に僅かに逸らされ、地面に突き刺さる。すぐ抜けないのが明白だから手放し、短刀を呼び出した。

 

「とった...!」

 

(読め、読め...)

 

しゃがめば俺の真後ろにいた弥勒の銃弾が当たり、赤嶺の動きを止める。斧を振り上げたが、僅かに距離を離され空を切る。

 

(読みきれ。こいつの動きを...っ!!)

 

「いい加減、しつこいよっ!!」

「褒め言葉だっ!!」

 

赤嶺だって一つ年下の中学生。これまでのことを全て無かったことに出来るメンタルなんてない。声を荒げる彼女の拳に力が入り、もう一本の斧を払われた。

 

「「っ!!」」

 

赤嶺の笑みを含めた顔を見てしまう。やられたと思った時には、腹に拳がめり込んでいた。最低限体を守るバリアが、軋んだ音を上げる。

 

(勇者は......)

 

力が弱まった直後から、一瞬で出せる速度を隠されていた。数が減れば赤嶺の有利は、勝ちは、ほぼ確定する。

 

だからここは、なんとしてでも耐えなければならない。

 

瞑ってしまった目を開ける。

 

(勇者は!!)

 

「根性っ!!!」

「そんな気合いだけで!!」

 

反対の握り拳を作る間に、俺の左手は腰の後ろにある物を掴んだ。同時に右手の短刀を『自ら』手放す。

 

俺の顔を真っ直ぐ見ている赤嶺は、その目を見開き、顔面を殴った。まるで自分の勝利の瞬間を焼きつけているかのように。

 

だから俺は_________吹き飛ばされながらも、左手のそれを放った。

 

 

 

 

 

瞬間、辺りは白くなる。蛍光灯以上の光を間近で見てしまったかのような光。

 

「!?」

 

当然、それを予期していた俺は目を瞑っていてさしたる効果はなく、予期していなかった彼女はもろにその閃光を見てしまった。彼女の苦悶の声が耳にこびりつく。

 

春信さんに用意して貰った閃光弾は、歴史に残っていた文献を参考に作っているらしく、個人差はあれど最高で約40秒間目が機能しなくなる。

 

少しでも防御を意識していたり離れていれば、俺の手の動きが読まれて目を瞑られてしまう。タイミングとしてはかなり良い。

 

(ここまでくれば、あとは...!)

 

「かはっ」

 

未だ目を瞑りながら、俺は樹海に叩きつけられた。それでもまだ閃光は閉じた瞳越しに感じる。そんな状況下で、一つ目の音がした。次いで二つ。どちらも金属同士がぶつかり合うような________

 

俺は戦慄した。

 

(この状況で、対応してんのかよっ!?)

 

今のは恐らく、作戦通り弥勒としずくが赤嶺に銃剣を当てようとし、ナックルガードで弾かれた音だろう。

 

今回三人がつけていたバイザーは元々防人用装備だが、効果は目に入る光を抑える_____言い換えれば強力なサングラスの機能に変更している。赤嶺には狙撃強化用のセンサーと思わせるためにも、そして役割としても噛み合っていたため、今まで射撃で支援をメインにしてもらった。

 

そんな二人の、唐突の近接攻撃。それを赤嶺は恐らく目を使わずに捌いている。文字通りの化け物だ。

 

しかし、バイザーをつけていたのは三人。そう、空からもう一人いる。二人は一人のために彼女の体勢を崩すのが目的で__________

 

(って、思うよなぁ!!!)

 

直後、三つ目の音が響いた。さっきよりも重く、複数音。

突っ込んだのは芽吹ではなく、加賀城さんだった。取った行動は単純で、盾を使った体当たり。バイザーをつけていない彼女に頼んでおいたのは、『大体でいいから光る前に赤嶺がいた場所と、弥勒としずくの攻撃した時に出る音を頼りにタックルして』とだけ。

 

普段から前に出ず、戦闘を怖がる彼女が一人バイザーをつけてないのにも関わらず突っ込む。赤嶺の予測を壊すなら彼女以外にいない。ここまで上手くいってるのは、防人の連携が精練されているから。

 

ともかくこれでその場にいた全員倒れ込むようになっている筈だ。そうすれば、状況が見えている彼女が_______

 

(頼む、芽吹っ...!!)

 

閃光弾の効果がなくなったと感じ、目を開ける。見える光景は大体理想通りで_________俺は、悲鳴をあげそうになった。

 

(嘘、だろ)

 

赤嶺は目を瞑っていた。あの閃光を直に見てしまったら、光そのものが消えても目の回復には時間がかかる。

 

にも関わらず_______三人の攻撃を受けて、尚体勢を保っていた。加賀城さんは押し返されたのか、弾き飛ばされたように後ろにいる。

 

(対応されたのか、全部、音で!?)

 

五感のうち、この状況で使えるとしたら聴覚、触覚程度しかない。足音からでも、横合いがくると判断したというのか。

 

そんな赤嶺は、案の定上に警戒を払っている。芽吹はそのまま急降下。そのまま見れば芽吹の有利は明らか。

 

(だが、それでも...くそっ!)

 

ここまで読んできた赤嶺の警戒を避けて一発決めるのは、かなりかつい。

 

だからと言って、諦めるわけにもいかなかった。

 

(何か手はないのか!ないのかよっ!?)

 

俺は吹き飛ばされてて遠い。武器を投げるにも間に合わない。もっと速い物で、注意を俺に向かせる物があれば。

 

(せめてあいつの聴覚を崩せば芽吹が裏をかいて叩ける!!俺に、俺に出来ることはあるだろっ!!!!)

 

ここまできて、諦めるわけにはいかない。強敵である赤嶺を騙してここまで繋げたバトンは絶対に無駄に出来ない。

 

 

 

 

 

だから『私』は、自然な動きで『マイク』を握った左手を口元にもっていく。

 

そして、ただひたすら叫んだ。

 

『あかみねぇぇえぇぇぇ!!!!』

「っ!?」

「!!!!」

 

俺すら予想してなかった爆音に彼女がこっちに顔を向けて。芽吹はその隙を逃さず二つの銃剣を振り下ろした。鳴り響いた音は、確かにバリアの起動音だった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(そろそろ、か)

 

戦いが行われている遥か上空。彼女から渡された各勇者のデータと、本人の戦闘を見比べ続けてきた。

 

『君の仕事は以上だよ。私は時間を稼ぐから、頑張って』

 

(今の状況で隙をつくなら...こっち側だな)

 

「行ってこい」

 

小さく呟いて、俺を乗せていた白い奴を蹴り飛ばした。図体と比較して大きな口は意外に愛嬌を感じる。

 

(その口で、あいつを食ったのかもしれなくても...今は関係ない)

 

漏れてしまう殺意は、今味方である奴等に向けるべきではない。今も俺なんかの命令に従って、後方で待機してくれている。

 

自由落下をしながら、徐々に近づいてくる勇者達を見る。あの赤い勇者が見えてくる。

 

(......)

 

感情がごちゃ混ぜになって、一度深呼吸をした。

 

(今の俺の目的は、勝つこと。一人でも多くの勇者を気絶させること)

 

他ならぬ彼女のためならば、何だってしてみせよう。それが、相手が彼女でも。

 

(行くぞ)

 

決意を固めて、俺は習った式句を唱えた。

 

 

 

 

 

「神花、解放」

 



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花結いの章 11話

「...あの」

「どうした?」

「ここまですることある?私負けたよって言ったよね?」

「言ったな。でも暴れられたら困るし」

「椿さん、足終わりました」

「ありがと」

 

持ってきて貰っていた縄で手と足をぐるぐる巻きにした赤嶺は、今芋虫のように動くことしか出来ない。だめ押しと言わんばかりに手錠をかける。

 

「...そんなものがすぐに出せるなんて、趣味?」

「んなわけあるか。用意して貰ったんだよ」

「......私を組伏せて、こんなことするつもりで?エッチ」

「冗談は休み休み言え」

 

結果的にそう見えなくもない状態だが、そんな趣味はない。隣から感じる視線を無視して、俺は立ち上がった。

 

「悪いがそんなことを言い合ってる暇はない。一応聞くが、何を用意した?」

「私は負けを認めたけど、君達に仲間になるとは言ってないからね」

「屁理屈をぬかしますわね...」

「弥勒さん言葉遣い」

「はっ」

「まぁ大体分かってたことだしな」

 

一番繋がりそうな樹に電話をかけているが、発信音がするだけ。

 

(戦闘中はスマホを消すし、分からない...加賀城さんに出しといて貰っただけでも感謝しないとな)

 

少なくともこんなところで休んでる場合でないことは分かっているから。

 

「芽吹、行けるか」

「はい。皆はこのまま赤嶺を捕まえといて」

「ん、頑張って」

「死なないでねメブ!あ、古雪さん、これ返しときます」

「助かる」

「赤嶺友奈はこの弥勒夕海子が責任を持って監視しますので!」

「頼む」

 

それだけ言って、俺達はレイルクスの翼を起動させた。上空に行ってから皆が戦っているだろう場所へ向かう。

 

「前より速度上がってて助かった...地面を走ってんのと変わらないなら、高い所の方がいいし、何より休める」

「さっき一撃もらってましたよね。大丈夫ですか?」

「大丈夫...ではないかな」

 

腹の辺りの違和感は消えないまま。なんなら腕も少し痺れてるし、頭は痛い。

 

「でも、そんなもん気にしてられない。早く行こう」

「これ以上速度は上がりません。せめて今は体を労ってください」

「...すまん、ありがと」

 

もどかしい気持ちを飲み込んで、俺達は地面を見下ろしながら飛んでいった。

 

(そう言えば、あれどうしよう...使えるのかな)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ねぇ」

「なんですの?」

「流石に体痛いし、せめてこれだけでも外してくれない?」

 

赤嶺がそう言って見せつけてきたのは手錠。

 

「縄か手錠か、どっちかでいいでしょ?」

「そういうわけにはいきませんわ。私(わたくし)、貴女を逃したとなれば千景さんに殺されてしまいますので」

「?どうしてあいつに殺されんだ?」

「シズクさん!?いつの間に...」

「まぁいいじゃねえか。そんなことは。それで?」

 

弥勒の奴は割りとあっさり続きを話し出した。

 

「この世界に初めて来た時、この赤嶺友奈に誑かされたせいで殺されかけましたの。それで今回も言われたんですわ。『口車に乗せられて何かやらかしたら、貴女をこの鎌で切るわ』と」

「おっかな!?」

「あはは、それは大変だね」

「元はと言えば貴女のせいなのですけどねっ!!」

 

その言葉を受けても赤嶺は態度一つ、変えない。これならあいつと戦ってた時の方が人らしさを感じた。

 

(いやまぁ、生きてる時代が違うだけで人間なんだろうが...)

 

「だから私は貴女からどきません!」

「そっか...じゃあついでにもう一つ。途中で私の力が弱まったの、あれも貴女達の仕業だよね?どんなトリックを使ったの?」

「それは大赦が発明し、今加賀城が持っているあの」

「弥勒さんっ!!情報漏洩は重罪です!!私狙われるからぁ!!!」

「おっと、私としたことが」

「......」

 

二人の態度を見て、俺は大きなため息をつくしかなかった。素直過ぎると言うべきか、ただのポンコツ集団と見るべきか。

 

「へぇ...じゃあ、持ってかなかったのは残念だったね」

「...あぁ?どういう意味だよ」

 

脱線しかけた思考がこいつの言葉で戻ってくる。

 

「言葉通りだよ。私は抵抗するつもりはないし、その弱体化させる装置なり発明品は持っていくべきだった」

「貴女が動かないという保証はありません。言い訳のように聞こえますわよ」

「それならそれでいいよ」

 

もし赤嶺の言う通りなら、相手はもしかしたら__________

 

(あいつら、平気だろうな?)

 

共に過ごしてきた仲間を心配するが、心配することしか出来なかった。

 

(せめて、仕事はしないとな)

 

そう思い直して、赤嶺を見つめる。こいつは、薄く笑みを作っていた。

 

「さぁ、どうなるかな...」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

最初に感じた違和感は、敵が銃越しに視認しなくなってからだった。

 

(数が、少ない...?)

 

ここまで倒してきたし、数が少なくなるのは当然。それでも、減り方が急というか、微かな違和感があるというか________

 

「風先輩」

「東郷、そろそろ休む?」

「いえ、そうではなくて...」

「タマはまだまだいけるぞ!」

 

その時、風先輩の後ろにいた球子さんの隣に、誰かが降り立った。

 

「おー椿。お疲れさ...!?」

「「...」」

 

私達は呼吸すら忘れて、目の前で起こった光景を理解しようとした。

 

 

 

 

 

古雪先輩が、球子さんを、持っていた大型の武器で吹き飛ばした。まるで邪魔な積載物を机からどかすかの様な動きで、横凪ぎに。

 

球子さんは鈍い音を立てながら樹海に叩きつけられる。

 

「...?」

 

そのままあの人は、風先輩に向かっていく。事態を私より早く理解した風先輩は、辛うじて大剣で攻撃を防いだ。

 

「え、椿?何?これ」

「大人しくやられろよ」

「!!」

 

どこか冷たい、氷の手に心臓を掴まれるような感覚。私は声だけで震えてしまう。

 

まるでそれが伝播したように、風先輩が叫ぶ。

 

「一体どうしちゃったのよ!?椿!!!」

「うるせぇなぁ!!!!」

 

間髪入れず大剣は弾かれ、古雪先輩の武器が風先輩のお腹に突き刺さった。そのまま真下へ落とされて煙が舞い上がる。咄嗟に閉じた目を開けば、古雪先輩が地面に倒れる風先輩を、蹴ってどかす。

 

「知らない奴に呼ばれても、うざいだけなんだよ」

「________」

 

信じられない。私の目と耳がおかしくなったという方が余程信じられた。

 

古雪先輩がこんなことをするなんて、そんなことを言うなんて、あり得ない。

 

「ぇ...ぁ...?」

 

うわ言しか呟けない私と、あの人の目が合った。

 

(ちが、違う...私の知っているあの人は)

 

「これで三人目」

 

気づけば、古雪先輩は手を震えさせて銃を落としてしまった私の目の前にいた。

 

「ひっ」

「悪く思うなよ」

 

(私の知っているあの人は...)

 

高々と掲げられた武器は、そのまま振り下ろされた。

 

 

 

 

 

「東郷さんっ!!!」

「わっしー!!!」

 

直後、私の頭上から甲高い音が鳴る。

 

「チッ」

「東郷さん!!大丈夫!?」

「わっしー平気!?」

「ゆ、友奈ちゃん、そのっち...」

「ちょっと離れちゃっててごめんね!!」

 

助けに来てくれた友奈ちゃんとそのっちは、古雪先輩を睨みつける。二人とも普段の古雪先輩に向けてする目線じゃない。

 

「ふ、二人とも、古雪先輩は...」

「ん?つっきー?わー、顔そっくりだね」

「え、えぇ?そっくりと言うか本物じゃ」

「そんなわけないよ!だって椿先輩がこんなことするわけないもん!!」

「!!」

 

言われて気づく。確かに武器は斧ではなく、もっと大きな鎚矛(つちほこ)のような物。纏っている『白い』勇者服は『服』というより『鎧』に近い。

 

なにより、今の古雪先輩は女性の筈なのに、目の前にいるのは男性____いや、そもそもあの人がこんなことをするはずがなかった。操られているのか、それとも________

 

「...偽物?」

「ッ!!!!」

 

私から溢れた声に目を見開き、こちらにまで歯ぎしりが聞こえそうな勢いで口を開けた。そこに表された感情は、憤怒。

 

「...はぁっ!!!!」

「わっしー危ないっ!!」

 

そして、少しだけ、悲痛さを感じられる声をしていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「東郷さん!!!」

「わっしー!!!!」

 

吹き飛ばされる須美を見つけてキャッチする。

 

「おい須美!大丈夫か!?」

「ぎ...ん?」

「自分で立てる?というか動ける?」

「銀...あの人を、古雪先輩を...」

「え?おい須美!!」

 

目を閉じるから慌てて脈を確認すると、ちゃんと流れていてくれた。気絶しただけみたいだ。

 

(いやまぁ、気絶するだけの攻撃を貰ったってことだけど...)

 

「銀ー!何があったの!?」

「あぁ雪花」

 

丁度樹達のいる場所から雪花が向かってきて、飛ぶ力を弱める。

 

「ホントに何事!?」

「アタシも遠くから見ただけだけど、椿が須美をこうした」

「椿さんが!?」

「とりあえず須美お願い。それと、アタシが前で暴れなくなったぶんバーテックス沢山来るから、皆で迎撃して。お願い」

「お、お願いったって!あんたどうすんのさ!」

「友奈と園子と一緒に、椿を抑え撃つよ。報告含めてあとよろしく!」

 

また翼を広げ、高く飛ぶ。友奈達が見えた時点で、そこへ向けて突っ込んだ。

 

(偉そうなこと言ったけど、大丈夫かな)

 

遠目で見ても、あの椿は強い。もしかしたらこの前の赤嶺より。

 

原因は造反神から与えられた神花解放の力なのか、ただの気迫からか。

 

そのどちらかを悩んでしまうくらいには、伝わってくる覇気があった。

 

(そもそも、椿が二人いることがおかしいけど...どっちにせよ、アタシのやることは変わらないもんね)

 

そう割りきれてるからこそ、アタシは動けた。

「椿!!何やってるんだよ!!」

 

椿に、大切な幼なじみに、斧を向けることができたんだ。

 

 

 

 

 

「......銀」

 

低い声で、椿が答える。変声期が終わってからずっと聞いてきた声。

 

その声を聞いて、目を見る。

 

「ミノさん」

「園子、黙って」

 

きつい言い方になってしまったのは後で謝るとして、今はただ椿を見る。大体予想出来てたことは、確信に変えられた。

 

アタシ達四人は誰も動かないまま、アタシの口だけが開く。

 

「お前は椿だ。正真正銘、古雪椿」

 

前に赤嶺が用意した、精神に入ってきて自分と同じ姿をする精霊とか、そういうのじゃない。でも__________

 

「でも、『アタシの知る椿』じゃない」

 

長い間一緒に過ごしてきたあいつじゃないことは、理解できた。見てきた年数で言えば、アタシが親の次くらいに長いから。

 

いや、きっと、親に負けないくらい真剣に見てきたから________自分の、好きな人を。

 

「そうだろ?」

「あぁ。そうだな」

 

案外あっさり、こいつは認めた。さっきまでの怒ったような表情じゃなく、どこか皮肉めいた顔。

 

「だって俺、そんな大きなお前知らないから」

「!!!!」

 

あいつが指を鳴らした途端、アタシに立てないくらいの痛みが襲った。息がうまく吸えない、平衡感覚が保てない、数秒経たずに膝をついて、倒れる。

 

(な、に、これ...!!)

 

「なんだよ。三人ともか」

 

顔をなんとか動かして辺りを見たら、園子も苦しそうに胸を抑えていた。友奈はアタシと同じように倒れてる。

 

「さっきから俺のこと偽物だの知らない奴だの散々言ってくれてるけどな。俺からしたらお前らの方が知らない奴らなんだよ。いいか?俺の知ってる銀は、小六で死んで、優しくて、かっこよくて、可愛くて、何より俺に偽物だの知らないだの、そんなことは絶対に言わないやつだった」

「つっ、きー...!」

「まだ喋ってんだろ。黙って寝てろ」

「ッ!?」

 

辛うじて立ち上がった園子が、大きなメイスに当たって吹き飛ばされる。園子の名前を叫びたかったけど、出てくるのは声とも判断されないだろうかすれたものだけ。

 

「お前達が今苦しんでるのは、神に近しい存在の力を抑えるものだ。それに反応するってことは、お前らは神に近かったり、神に創られたり...なぁ、乃木銀、聞いたよ。お前あのバーテックスとかいう存在とほぼ一緒なんだって?」

「!!」

「そうなんだろ?他の奴らもこうだとは思わなかったが...まぁいい」

「ガッ!!」

 

雑談をしているようなトーンで、友奈にメイスが振られる。友奈の体は宙を舞って、遠くへ落ちる。

 

20回も満開した園子、それより神に近い御姿、友奈。そして、天の神にバーテックスとして作られたアタシ。

 

「俺のしたいことは変わらない。銀を取り戻す。それだけだ」

 

一歩一歩、近づいてくる音がする。

 

「だから、神の使いの戦いに入ってくるな。『紛い物』が」

 

高々と掲げられたメイスを、アタシはただ受けることしか出来なかった。

 

(椿...そんな顔、しないでよ)

 

 

 

 

 

「銀から離れろっ!!!」

 

乾いた銃声に、地面が叩き壊される音。土煙みたいなのが舞って目に入るけど、アタシは目を離すことはしなかった。

 

勢い良く揺れるポニーテール。男のそれとは絶対に思えない声。

 

その後ろ姿は、全然見慣れてなんかない、でも慣れ親しんだ________

 

「...かっこ、つけすぎ」

 

大好きな幼なじみの姿だった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

事前に自分の体を守るバリアについては聞いていたが、突然飛んできた銃弾は避けてしまった。そのことに歯噛みする。

 

(にしても、赤嶺は負けたのか...使えねぇ)

 

相手をすると言っていた奴がここに来た以上、あいつは無様に負けたのだろう_________いや、そんなことは気にしなくてもいい。

 

一人でも多くの勇者を倒し、バーテックス達への道を作る。それが俺の役割なのだから。

 

それが出来れば________あの銀を、俺の知る三ノ輪銀を、返してもらえる。

 

(だから...)

 

煙が晴れた先にいる女を、睨みつけた。

 

「邪魔なんだよ...古雪椿」

 

 

 



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花結いの章 12話

「邪魔なんだよ...古雪椿」

「......芽吹、皆を連れて下がれ」

「ですが、椿さん...椿さんが二人?」

「いいから。こいつも赤嶺と同じ、あくまでバーテックスを相手させないための囮だ。俺がやる」

「え、あの」

「早く」

「つ、椿...」

「銀。後は任せろ」

「...うん」

 

そりゃ知り合いが二人もいれば(俺は女になってるし)戸惑うのも無理はないが、そんなことにどうこう言ってる暇はない。奴は今すぐ向かってきてもおかしくないんだから。

 

「逃がすと思ってんのか?」

「思ってなんか...ねぇよっ!!!」

 

斧二本を突き出すのに対し、相手はメイスをぶつけてくる。正面からの真っ向勝負。

 

負けたのは俺だった。

 

(パワーが違いすぎるか!くそっ!!)

 

一歩も動いてない相手に対し、速度を足しただけ俺の方が有利。それでも弾かれたのは俺。腕力だけで跳ね返された。

 

「椿さん!」

「早く!」

「!」

 

レイルクスの翼を広げて空中で体勢を整える。芽吹もようやく決心がついたのか、銀を抱えだした。

 

(こいつも神花解放かよ)

 

おおよそ人からは感じられないオーラ、常識離れした、人間離れした力。それはパワーだけでなく、スピードも_________

 

「こんなやつに負けたのか、赤嶺は手を抜いていたのか?」

「!?!?」

 

懐に飛び込まれ、メイスと突き出された。ギリギリ体との間に滑り込ませた斧は赤嶺との戦いで限界だったのか、二本纏めて真ん中から砕けた。

 

(なっ!?)

 

そのまま一回転されての攻撃は、前腕部についていた装甲を粉々にしただけでなく、腕がひしゃげそうな程の衝撃を与えてくる。

 

「うあぁぁぁぁ!!!」

 

当然、すぐさま吹っ飛ばされた。樹海に叩きつけられたが、最近よくやられてるせいか気はしっかり保てている。

 

このくらいで無理だって諦めるならとうの昔にやめている。叫んでいた口を閉じて、走り出した。

 

「やらせるかっ!!」

 

芽吹の元へ向かう男の俺を、引き抜いた銃を乱射して近寄らせないようにする。

 

「止まれ、止まれよ!!」

 

でも、弾丸は痺れてる腕じゃ狙いは定まらず、当たった弾も奴の直前でバリアに弾かれるだけで、止めることにはならなかった。衝撃で倒れることもない。

 

(くそっ!何かないのか!?何かっ!!)

 

芽吹は友奈もつれてレイルクスで飛ぼうとしている。さっきの赤嶺が対応しなかったわけだし、そこまで空中に追撃出来るわけじゃない筈。せめて、何か時間稼ぎをしないと________

 

「!」

 

視界の端にそれを見つけた時、俺は無意識に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

(二人が限界ね...)

 

銀と、近くにいた友奈を抱える。空を飛べば相手はジャンプして来るしかないわけで、こっちの逃げやすさはぐっと上がるだろう。

 

だけど、そうするには二人くらいが限度で、遠くに倒れている犬吠埼さんや園子、球子を連れていくことは出来ない。走って逃げたら間違いなく良い的だし、なにより私がそんなに多くの人を抱えられない。

 

(すぐ戻ってくるから、待ってて...)

 

「うあぁぁぁぁ!!!」

「!」

 

考えていた時間はそう長くない。椿さんに言われてからすぐに行動した。でも、今女性の姿をした椿さんは、男の椿さんに弾き飛ばされていた。

 

そのままメイスを肩に担いだ椿さんは、こっちを見る。目があっただけで背筋が冷えた。

 

(まともに戦って、勝てる相手じゃない)

 

認めたくなくても本能がそう告げていて、一歩後退りをした。

 

「誰だか知らないが...個人的な恨みはないが、寝てて貰うぞ」

「くっ...」

 

翼を展開して、私は固まる。少しでも動いたら、恐らくこれを壊されるだろう。

 

(ここで二人を置いて戦う?それとも無理やり逃げる?どうすればここから樹ちゃんの元まで行ける?)

 

逃げなきゃならない。でも逃げれない。自分に出来ることは何かを考えてるうちに、彼が一歩近づいて_____横から銃弾が飛んできた。

 

その方向を見れば、椿さんが走ってこっちに来ていた。向けられた銃は同じ自分へ撃っている。

 

「しつこいな...」

 

でも、彼は気にする様子もなく、こっちへ突撃出来そうな形を構えた。

 

(こうなったら...!!)

 

「バカが。遅い」

「!!!」

 

二人を置いて武器を構えようとした瞬間、彼の姿が消えて_________私の二メートルくらい手前で、止まる。

 

その間には、薄く光る一本の棒が通っていた。

 

「止まれって、いってんだろ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

以前、春信さんにこんなことを言われた。

 

『やっぱり使い込んでるだけあるね』

『そうですか?』

 

レイルクスの調整なんかも含めて大赦を訪れ、用意していた試作武器をテストしていた時。

 

『二刀流は当然夏凜に勝てないけどそれなりだし、斧みたいに長物の方が得意そうだ...刀、伸ばしとこうか?』

『今追加でつけたらすぐ折れますよ。あれは性能的に見て勇者システムが全盛期だったから作れた物でしょ?』

『まぁ、それはね...あれ、でも今も...』

『あー......ほら、俺、あれはあれで気に入ってるので』

『でも、それを抜きにしても槍は作っといてもいいかもね?練習を重ねれば、斧より...いや、園子様に匹敵する槍使いになれるかもしれない』

 

西暦時代に何回か使った時も、他の武器よりは扱いやすいかもと少し思った。でもその程度だし、春信さんに言われた時も冗談みたいな形に流した。園子と同じくらいというのは、最大級の賛辞だと分かっているからこそ。

 

だから、今更それを痛感するなんて思いもしなかった。

 

「ハァァァァッ!!!!」

「黙って、やられろ!」

 

恐らく俺に最も適した武器と言うのは、目の前の男が使う両手で使う大型メイスなのだろう。長物、槍のような使い方のできる、斧のようなパワー型。確かに俺が使ってきた物、感じてきたものと似ている。あのマイクはついさっき初めて使ったわけで、例外として外すが。

 

きっと_________目の前にいる男が、『古雪椿が正式に神に認められ、専用の勇者装備になった、勇者の姿』なのだ。俺のような偶然の産物ではなく、あの白い装束を纏い、大きな武器を振り回す様が。

 

おまけに神花解放。勝てる見込みなんてないに等しい。

 

 

 

 

 

まぁ、だから、なんだと言うのだという話ではある。

 

『絶対、守るから』

 

「そう簡単にっ!!やられるかよっ!!!」

 

拾った園子の槍で、メイスの先端を逸らす。展開したままだったレイルクスの翼に突き刺さり、躊躇いなくパージした。どうせ壊れた翼じゃ空は飛べない。

 

状況は劣勢。元の力が違いすぎる。

 

(と言っても、そんなのさっきもだしな!)

 

勝機はある。それは俺が唯一勝っているだろう、戦闘を繰り返してきた経験。怒っている古雪椿の動きを経験上熟知していて、盾になる園子の槍でしっかり防いでいるからこそ今の状況を完敗にせずに済んでいるし、そこをつけば_________

 

「いい加減に」

「あいつらに散々なことやっといて、許されると思ってんのか!!」

「許される?許すも許さないもないだろ。俺はお前達の敵だぞ?敵の言葉を聞く必要なんてない...そして」

 

真上から振り下ろされるメイスを槍の持ち手部分で受け止めるも、勢いで膝をつかされた。

 

「だからこそ、俺がそんなことを気にする必要もない」

「くっ...!!」

「俺の目的はただ一つなんだから...なっ!!!」

 

体全体が過重のせいで震えてくる。

 

「なんの、ために...!」

「お前には分からないだろう。同じ古雪椿だろうと、紛い物にせよあいつがいるんだから」

「!」

「そうだ。この戦いに勝てば、三ノ輪銀を生き返らせてくれるという条件なんだよ。あいつともう一度やり直せる」

「それはっ!」

「なぁ?いいだろ?お前にはいるんだからさ...ここは俺に譲れよ」

「...だからって、俺は俺の知るあいつを痛めつけたお前を、許すわけにはいかないんだよっ!!」

「そうかい......なら、大人しく倒れろ!!!」

 

その言葉を皮切りに、上から叩きつけられていたメイスが下からの攻撃に変わる。ギリギリで槍を滑り込ませるも、そこから放たれる連撃に耐えきれず、手元から弾かれた。

 

「しまっ!?」

「もらったぞ!!」

 

その隙を逃す筈がない。メイスはまっすぐ俺の顔へ_________

 

 

 

 

 

(なんて、なっ!!)

 

「!?」

 

後ろへ倒れ込むように強引に体勢を変え、メイスを下から蹴り上げる。上体を晒した相手の目は見開いた。

 

(遅い!!)

 

右手から取り出したるは短刀。男の体より背が低いため下に潜りやすく、この角度なら顎に一撃入れられる。

 

一瞬のうちの攻防を制した俺は、逆転のための一撃をいれた。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ちっ!切っても切ってもきりがない!!」

「そうだな...だが、通すわけにもいかない」

「あぁ...死守するぞ」

「夏凜さん!棗さん!若葉さん!」

 

二人が戦っている場所に、私達は集まる。

 

「樹!?それに皆も!なんでここに!?」

「今からこの辺を通って、全部のバーテックスが来るので!」

「「「!!」」」

 

今まで大きく二つに別れて進行してきたバーテックスは、片方を椿さんの姿をした人で囮にし、もう片方の道に勢力が集まってきていた。速度は遅いけど、これまでと比べてもかなり多い数。

 

「赤嶺さんは倒しましたし、もう片方は椿さん達が向かってますから大丈夫です!私達はここで食い止めます!!」

「そうそう。勇者の底力、見せてやりましょ」

 

本当は、雪花さんが連れてきた気絶している東郷さんを休ませているし、杏さんに見てもらってる。あっちの状況は分からない。

 

でも今、『椿さんの姿をした人に何人もやられて、気絶した状態です』とは言えない。迷ってどうにかなる数じゃない。

 

(あっちには椿さんもお姉ちゃんも、銀さんだっている。大丈夫)

 

『俺が行くから、樹は戦況を見て動いてくれ。それと...これ、この体だからか使えるようになったから渡しとく』

『椿さん、これって...』

『樹がぴったりだろ?』

 

あぁ言われれば、信じるだけだ。椿さんの姿をした敵なんて見てしまったら混乱するし、話すにもややこしい上士気に関わるからこっちにいた人には何も言わないでおく。

 

「樹さん!配置つきました!」

「援護は私達に任せてください」

「うん、ありがとう...私も戦う」

「樹、あんたそれ...」

 

右手の花飾りからワイヤーを出しながら、私は左手のマイクを口元に持っていく。

 

『ここが山場です!!皆さんっ!頑張りましょう!!!』

「!体が...!?」

「アメイジング!!疲れがなくなったみたい!!」

「!来たわよ!!」

「三ノ輪銀!行きます!!」

「あぁちょっと!もう!三好夏凜、続くわよ!!!」

「ぐんちゃん!」

「えぇ」

「...全員!!行くぞ!!!」

 

先頭を突っ切る二人の赤色の勇者を、周りを導く青色の勇者を、大切な仲間を鼓舞するように、私は歌い出した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

本来なら戦闘中に聞こえる筈がないのだが、俺の________女の俺が武器として使っていたらしいマイクの効果は、ただの拡声器ではなく、周囲の力を高めるものだと聞いたことがある。

 

赤嶺との戦闘で何故か出せたそれを、俺は樹に渡していた。かなり離れた距離だが、歌い始めたのだろう________流石にここまで効果がないのは残念だが。

 

まぁ、効果があったとして、この状況にならなかったかと言われれば、微妙だが。

 

「腑抜けているな」

「ガ...ァッ!!」

「なぁ。何故お前は俺のことを簡単に追えたと思う?何故数的不利の俺がお前とわざわざ一人ずつで戦っていると思う?」

 

短刀を取りこぼして、両手を首もとに持ってくる。それでも、どれだけ力を入れても、俺の首を締め上げる腕を外すことは出来ない。

 

突き上げた短刀は奴の体を一歩も動かさず、ぐらついた俺はこの有り様になっていた。

 

「今ここで、確実にお前を潰すためだ。お前らの士気を下げるにはお前を潰すのが手っ取り早いと判断した」

「ッ!!!」

「読めてると思ったんだろう?怒ってる俺の動きは自分のことだしよく分かってるって。だから言ったんだ。腑抜けていると」

 

体が持ち上げられて、足が地面につかない。勢いをつけて蹴りを出しても崩れることはない。

 

「ずっと、ずっとあいつがいなかった俺のことを、お前が分かるわけないだろ」

 

どす黒い気迫。爪をたてられる首からの熱。体が動かなくなる恐怖。

 

「何とか言ってみろよ?アァ?」

「ぐ、ぅ、ぁぁ...!?」

 

バリアがなければ爪が食い込んで血が流れているだろうが、代わりに苦しみが続く。

 

「殺せなくても、呼吸が出来なきゃ意識は保てないだろ?」

「は、な...っ!」

「まだ喋るか」

「!けっ、は......」

 

更に力を入れられ、喉の擦れる音だけが口から漏れる。

 

(ヤバッ、意識が...)

 

「お前らがどうなろうと関係ない。例え俺に負けて全てを失おうと構わない。俺はあいつを取り戻す。それだけだ...だから」

 

世界が反転したように動いて、背中に激痛が走った。首を掴まれたまま地面に叩きつけられたと理解するには、冷静な思考力が足りない。

 

「さっさと消えろ」

「っ、っ!」

 

『絶対、守るから』

 

(約束、したのに...っ!!!!)

 

『銀。後は任せろ』

 

(あぁ言ったのに!!)

 

なのに、皆が痛めつけられるのを見てるだけなんて、出来るのか。倒れていたあいつを見て、その原因を作ったこいつをみすみす逃していいのか。

 

(...そんなこと、出来るわけねぇだろうがっっ!!!!)

 

「ぁ、ぁぁぁっ!!」

 

か細い叫びと共に、それでも短刀を伸ばす。せめて、せめて____

 

「しつこいぞ」

「ぐぶっ」

 

腹を殴られ、残っていた空気も吐き出された。

 

「あぁ。しつこい。お前らが負けたらどうなるのか知らない。全員元の世界に帰るだけなのか、もう帰れないのか、死ぬのかなんて知らない。興味もない。俺が言えるのは、『それでもあいつの為に全員潰す』ことだけだ」

 

暗くなる視界の中、暗闇よりも真っ黒な瞳を見た。

 

「じゃあな」

 

(...ごめん)

 

そして、あっけなく放り投げられた俺は、意識が薄れる最後に、上段に構えられたメイスを見た。

 

 

 

 

 



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花結いの章 13話

「危なかった。なんとか間に合ったね」

「......」

 

同じ古雪椿でありながら、何故か女の姿になっていた奴。この世界に来てから観察して、初めは周りの奴らにこいつと思わせて、混乱させた隙をついて攻撃するのが効果的だと考えたし、赤嶺が破れた今は、倒れたこいつを他の奴の前にもっていけば士気は確実に落ちると思った。

 

だからこそ、多少時間をかけてでも一対一の状況を作ったし、一度遊びに付き合って油断させてから首を絞めた。

 

しかし。

 

(俺も、冷静ではなかったかもしれないな...しくじった)

 

こいつが間抜け面を晒しているのが、心のどこかで憎かったのかもしれない。よけいな問答で時間をかけてしまった。

 

その結果が、これである。

「うん...凄い目だね」

 

俺のメイスを片手で止める幼い少女が、俺の目の前で金に似た髪を揺らす。

 

その面影は、赤嶺や、さっきの赤髪の女に似ているような________

 

「ごめんね。私には貴方を救える力が全くなかったとは言えない。でも見捨てた。それじゃあ私の願いは叶えられないから。そして今は...」

「御託はいい。さっさと失せろ」

「うん。消えるよ。やっと記憶の調整が終わったから名残惜しいけど、元々君の前じゃ『私個人は』歯が立たないからね」

「!」

 

その言葉の真意に気づけたのは良いが、一歩遅かった。

 

「ま、これだけが私の役目だから。許しは乞わないよ」

 

少女が彼女に触れた瞬間、少女が桜となって舞う。

 

俺は目を見開いて、舌打ちをした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

さて。ここらで状況を整理しようか。

 

この世界は神樹が作りし世界。造反神の反乱を抑えるため、別の世界線、別の時間を生きる勇者が呼ばれた。その勇者の一人が、三ノ輪銀と一時期、文字通り共に過ごした古雪椿だ。

 

■■■■■■■するとノイズがかかるし、多分今もそうだろ。この辺あっちの干渉力が曖昧で分からないんだが、まぁいい。多分赤嶺なんかから聞けってことなんだろう。神の用意した正規のルートを辿らないと答えは得られないということだ。

 

ともかく、この古雪椿には、他とは違う点が大きく二つあった。一つはさっきも言った銀との関係。もう一つは、それがあった故に、過去に行って歴史を変えたことだ。

 

その時それを実現させたのは、神の一部と言える少女。忠実ではない神の部下というか、一部の権利を持ってる奴というか。

 

彼女は、偶然生まれた俺も含めて、あれが終わってからも古雪椿の側にいた。そして、一緒にこの世界の神樹の元へ召喚された。自分から行くことは出来なかったし、勝手に抜け出すことも出来ない結界内。

 

さて。ここで俺と彼女が取る行動は単純だった。昔彼女が誰かさんを過去を送るためにやってたことと同じ、神樹のエネルギーを少しずつ吸収すること。大木から漏れる蜜を舐めるカブトムシみたいなもんだ。

 

何の役に立つかは分からないが、少なくとも色々振り回してくる神々よりは、俺達が仲間だと思い、手助けしたいと思ってる奴等に使える。たまに、たまーに私利私欲の為に使わせてもらったけど。ケーキ旨かった。

 

そんな中、造反神が赤嶺を召喚し、今回は更に別世界から、新たな古雪椿を召喚した。察してる通り、彼女と再び運命を交わらせることなく三年間を過ごし、勇者になれなかった奴を、今回正式な勇者として認められる形で専用装備を与えられた姿だ。

 

■■した■■だからって、それに値しない神の力に干渉する力まで与えられてるとは思わなかったが、まぁそこは置いとくとして。

 

その力に、気迫に圧倒されて、古雪椿は追い込まれ、やられかけた。それを助けたのが彼女、シーナ_________高嶋友奈だ。

 

容姿が違ったり記憶がなかったりしたのは、現界する時に色々しくじったから。神の力を封じる力を奴は持ってるみたいだから、逆に不意をつけてラッキーだったかもしれないが。

 

最初はガチで自分のことをシーナだと思いこんでた。この前新しいあだ名決め決定戦でやってただけなんだが。一応複数人いる扱いだし、ユウってあだ名以外に欲しかったのかな。

 

____________さてと。このくらい長々話せば、そろそろ起きただろ?古雪椿。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「んっ...」

『目覚め遅いぞ』

「...いや、お前、誰だよ」

 

かつて、あの高嶋友奈と会う時に訪れた真っ暗な世界。俺は目の前にいる俺の姿をした奴を睨んだ。

 

(もう、頭痛いぞ...最近自分の顔見なかったと思ったら今度は鏡じゃなくても見るし......)

 

『あ、なんだかんだ初めましてだっけ。俺は精霊ツバキ。お前が西暦でやったことで生まれた信仰心によって産み出された精霊だ』

「......は?」

『つまり、同一人物だな。今は消える瞬間までユウと二人、楽しくやってる。ここにはあいつが頑張って送ってくれたんだよ』

「い、いやいや」

『詳しいことは気にすんなって。気に出来る時間もないんだから』

「!!」

 

言われて思い出した。もう一人の俺、進行を続けるバーテックス。こんな問答をしてる場合じゃない。

 

「そうだよ!おい、ここから出る方法は」

『出て、どうするんだ?』

「止めるんだよ!あいつを止めないと皆が」

『止められるのか?今のお前に』

「んなこと言ってる場合じゃ」

『この戦いに勝てば、三ノ輪銀を生き返らせてくれる。あいつともう一度やり直せる』

「っ!」

『なぁ?いいだろ?お前にはいるんだからさ...ここは俺に譲れよ』

 

その言葉は、さっき言われた__________

 

『こう言われてから、お前、あいつを倒すの戸惑ってるだろ』

「っ......」

『■■■■■■■■■■■』

「は?なんだよ?」

『え、あぁ、これもダメなのか...そりゃそうか』

 

とても人間の言葉に思えない言葉を喋ったのに、本人はまるで気にせず話を続ける。

 

『じゃあ言い方を変えるぞ。難しく考えるな。お前にとっての目的を間違えるな』

「...」

『あいつにとっての銀は死んだ。だが、それに同情してお前がここで放置したら、全員叩き潰されるぞ』

「!!」

『お前がされたのと同じように、抵抗されなくなるまでメイスで貫かれる。首を絞められる。そんなこと許せる』

「許せるわけがないっ!!!」

 

条件反射で声を荒げて叫ぶ。少し、奴の口角があがった。

 

『だろ?それだけじゃない。銀が倒されるのを見ただろ。もう一度そうなる可能性がある。あいつは優しいから皆が倒れたら絶対自分が立ち上がるし、かといって一方的に痛めつけられかねない』

「ッ...!」

『それを、お前はまた気絶してたで済ませるのか?初めて満開した時のように』

「......済ませたく、ない」

『この世界が造反神の勝ちで終わって、お前らが無事に帰れなくなった時、お前は自分の行動を』

「悔やむに決まってるだろうがっ...!!」

『そうだ。それでこそ俺だ』

 

手を伸ばせる範囲なんてたった一人では僅かなものだ。選んで、他のものは捨てるしかない。

 

天の神を退き世界を救う。過去に行って歴史を変える。これまでだって『そんなこと』は副産物に過ぎなかった。

 

『だったら、大切な人を守るために何をする?』

 

(そうだ。俺はいつだって________)

 

『覚悟は決まったみたいだな。ちょくちょく忘れるから、思い出してくれて何よりだ』

「......」

『そんな顔しないでくれ。俺はその選択をよくしてた西暦にいた時期をベースに生まれたお前なんだから、そういう思いが色濃く残ってるってだけさ。あれだけ日溜まりにいたわけだから忘れるのも無理ないし』

「...そうか」

『そうだ。じゃ、行ってこい。また二人で見てるからな』

 

肩を押され、互いに距離が開いていく。

 

その肩が異様に熱くなって、目を見開く。

 

『俺達が蓄えといた力だ。お前が今の姿になったのが神樹による勇者適性値の上昇なら、それは俺達が与える勇者の証。ま、俺にとってはそれ以上の意味があるだろ?しっかり届けたからな』

「...ありがとう」

『おう。じゃな』

 

その返事を皮切りに、黒い世界はすぐに白く染まり__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

考えうる限り『そこそこの悪手』で立ち直らせてしまったが、後は信じるしかない。これは代替え案を咄嗟に出せなかった俺の責任だ。言えない言葉があるっていうのは難しい。

 

ただ、種は残した。後は本人が気づくか。周りと話してどうするか。どう願うかにある。

 

力を直接与え、俺とあいつのパスを繋いでくれたユウもまた、再度現界するには時間がかかりそうだし、それまでに間に合うかはなんとも言えない__________この世界が本当に■■ならもう一人の俺のことは待つだろうが、俺とユウはそこの枠外だ。待ってはくれない。

 

そして、もし想像以上のことをするのなら。

 

俺としては、また出番が訪れないことを祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「一つ確認させてくれ」

 

紅蓮に燃え盛りながら、優しい温もりを感じる火柱の中。そこから、外にいるもう一人の俺に聞く。

 

「お前の目的は、銀のためなんだな?」

「......あいつを生き返らせる。隣にいたいと願う俺のためでもある。でも、銀が笑顔になるなら、それでいい」

「そうか...よかった」

 

それを聞いて、俺は少しだけ笑った。心の底からよかったと思ったから。

 

自分の為ではなく、誰かの為に戦う。古雪椿という人間は、客観的に見てその方が力を発揮するから。大切な幼なじみのために、命を張れるから。

 

だから俺は『双斧』を握る。

 

(これで、条件は対等だ)

 

過去は違う。奴が長い間思い詰めていたであろう、失った悲しみと憎悪は、俺の方が薄いのかもしれない。

 

だが今は。奴は俺を倒さなければ銀を生き返らせられず、俺は奴を倒さなければ皆が苦しむ。

 

そんなことはさせない。互いに思う気持ちは変わらない。だから対等。

 

「それなら...」

 

そんな、自分自身が相手なら_________迷いなんてない。

 

 

 

 

 

「本気で、殺しあえる」

 

炎を霧散させ、赤い勇者服を纏った俺は、斧を構えて飛び出した。

 

 

 

 

 

あいつが遺してくれたのは、銀のものである勇者の力。確かに神の力があるのなら、銀のとは別に用意するのも可能だろう。

 

当然バリアがあって文字通りの殺人は出来ないが、手段はいくらでもある。

 

(なんてったって、目の前のこいつがやってくれたからな)

 

『敵』を倒す。それが自分自身でも。

 

誰かの為なら戦える。

 

「偉そうに言って、お前に俺の何が分かる」

「分からないさ!!所詮、あいつと一緒にいれた俺にはな!!」

 

確かに神花解放の力は強い。でも、この力ならまだ対抗出来る。

 

精神を研ぎ澄ませながら、ひたすらに鈍器がぶつかる甲高い音を響かせた。

 

「だが、今、お前は邪魔だ!!!!」

「...偉そうに、お前が言うなぁ!!!」

 

両手で握って初めて満足に動かせそうな大きさのメイスを片手で振り回す奴に対し、両手に握った斧をクロスさせて防ぎきる。足蹴りをバックステップで避けて、斧を投げつけた。

 

二本の斧は別々の軌道を描きながら飛んで行くも、一つはメイスで打ち上げられ、一つは蹴り飛ばされる。追加で両膝につけっぱなしになっていたレイルクスのパーツも蹴り飛ばせば、流石に最後の一つで少しだけバランスを崩した。

 

呼び戻した斧を最大速度で突き出せば、俺ごと叩き潰す勢いでメイスを高々と構え迎え撃たれる。

 

そうして振り下ろされたメイスは、『斧とぶつかることなく』地面だけを叩いた。

 

「!?」

 

斧を手元から消した俺は、右手で首を掴んだ。少し出ている喉仏を潰す勢いで掌を押しつけ、締め上げる。

 

「ッ、がぁぁっ!!」

「マジかよこいつ!?」

 

即座に掴まれた右腕は、骨の軋む音が聞こえそうな激痛を訴えた。間違いなくこれまでのより強い。

 

(だけどっ!!!)

 

パワーはこっちだって上がってる。左手に握ったままの斧をがら空きだった頭にぶちこんだ。お返しとばかりに横腹へメイスが叩き込まれたが、互いに手を離して吹き飛んでいたため、衝撃は腹から空気が出るくらいですんでいる。

「そんなもんか!」

「うるせぇっ!!!」

 

ぶつかり合いながらも、鍔迫り合いのような硬直は長く続かない。互いに相手の急所を狙い、すんでのところで避ける。後ろで纏めた髪の毛が巻き込まれて何本か焼ける。

 

それでも、一歩も退きはしない。互いに理由が分かっているから。

 

「「ハァァァァァッッ!!!!」」

 

世界を置き去りにするかの如く、神経を極限まで加速させて__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「終わりだな」

「......」

 

隙をついて脇腹を砕く勢いで叩き落とした。地面に倒れる俺自身というのは、見ていて複雑な感情になる。

 

「......何か、言うことあるか」

 

そう言ったのは、同情と捉えられても仕方ない。でも、勝ちと分かっている以上、聞かずにはいれなかった。

 

『体が白く光つつある』俺は、俺を見上げ、涙を流す。

 

「...あいつの、銀の、笑った顔を、もう一度見たかった」

 

その光は見たことがある。かつて世界を移動する時、俺自身が発していた光。

 

体感的に力を使える時間が少なくなっていると分かったのか、奴が焦った瞬間を逃さず叩いただけ。

 

倒れる俺は、くすりと笑う。

 

「あぁ、そうだな。もう一度くらい...見た、かった...」

 

ぐちゃぐちゃの表情で、涙を流して、それでも笑って。

 

「...そうか」

 

その姿を見ていたくない俺は、目をそらした。

 

見たいわけがないんだから当然だ。自分の悲痛なところなんて嫌だ。鈍る筈のない決心が鈍る。

 

 

 

 

 

そして、奴がその隙を逃す筈がない。

 

(あぁ。そうだろう)

 

無言のまま、右手を伸ばしてきた。持ち手の折れたメイスの先部分だけを持って、俺に歯向かおうとする。

 

(それが俺だ)

 

残り時間が少なくても、希望がなくても。そこに何かを見出だせられるなら。万が一の奇跡が起きるなら。例え自分自身で気づいてない感情だったとしても。

 

(それがきっと、古雪椿だ)

 

メイスの先端が、俺の服に触れて__________

 

 

 

 

 

 

(だから、全部分かっていた)

 

体にぶつかる前に、右手を斧で叩き落とした。千切れることはないが、斧越しに肉の感触が伝わり、音が鳴る。

 

(分かっているなら、対策する)

 

目をそらした隙を狙うから、注意は常に張っておく。メイスの打撃力が怖いから、先に叩き落とす。全部今までと同じ。分かっていたから対策したまでのこと。

 

仮に、こいつが俺を倒し、残り少ない時間で他の勇者を倒し、こいつにとっての幼馴染みを生き返らせる奇跡を信じ、それを起こすために取った行動だと言うならば。

 

今俺がしていることは、その奇跡を完膚なきまでに踏み潰す行為だ。

 

「...やっぱ、バレてるか...ははっ、そうだよな」

 

俺達は違っていて、同じだった。

 

「何でお前が、そんな顔してるんだよ...勝ったんだから、笑えよ」

「......」

 

黙ったままの俺は、もう一方の斧を叩きつける。

 

「がっ...ぁぁ......ごめん。銀」

 

その言葉を最後に、白い光は強くなった。瞬きした時にはもう、目の前にいた奴はいない。

 

「...うるせぇ」

 

絞り出た返答は、奴に聞こえることはなかっただろう。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ん、んんっ...んー?」

 

目を閉じていた彼女が突然そんな事を言い出して、顔を向ける。彼女_____銀は、目をぱちくりさせていた。

 

「知ってる天井だ...」

「近くの病院よ」

「芽吹?なんでアタシ病院に...そうだよ!戦いは!?あの椿は!?」

「落ち着いて...ひとまず、痛いところはない?」

「んー......全然。強いて言うなら腕の振りすぎでちょっと筋肉痛っぽくなってるだけ。それで?」

「...あの椿さんは倒したわ。椿さん自身が」

 

気になって自分のことをまともに確認してないと分かっていつつも、本当に大したことなさそうなのと、話を進めないと検査も受けてくれないだろうと思い、私は今回の戦闘結果を口にする。

 

「...そっか。倒したのか」

「えぇ。貴女みたいに気絶しちゃった人は他にもいるけど、全員命に関わるような大きな問題はなし。バーテックスは撃退。赤嶺友奈は捕獲。今他の人は私と同じように目が覚めるのを待つ人と、あの椿さんに関して知ってる人が知らなかった人に説明してるって状況よ」

「......椿は?」

 

それは、幼馴染みとしての勘なのか。どこかしっかりした表情で聞いてきたことに驚いたのもあって、私は一瞬黙り込んでしまった。

 

「何かあったの?」

「...椿さんは、家に帰ってるわ」

 

『頼む。今日は一人にさせてくれ』

 

戦いに勝ったのに、あの人の表情はまるで負けた時のようで_________いや、もしかしたらそれより酷い表情で、初めて見る顔を前に私は声をかけることが出来なかった。

 

他の人は何か言っていたけれど、それに反応することもなくて。

 

「......」

「銀?」

「あぁ、アタシはどうしたら良いかなって」

「とりあえず安静にしてなさい。今お医者さんを連れてくるから」

「問題ないんじゃないの?」

「念のためよ」

「心配性だなぁ...」

 

本人が元気そうなので緊急を示すナースコールではなく、自分の足で呼んでいこうと病室の扉に手をかける。

 

「でも、長いこと寝てたならしょうがないか」

「長いこと?」

「だってここ、うちの近くの病院じゃん?高知から香川まで運んできたんでしょ?」

「戦いが終わってからカガミブネですぐ運んだのよ」

「......じゃあ、巫女の皆は?」

「あ」

 

ずっと見てなかったスマホには、一件。

 

『芽吹先輩、ご無事でしょうか...?』

 

亜耶ちゃんからの通知が来ていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

どのくらいそうしていただろうか。東側にあった太陽は、橙色に輝き西日を放っている。

 

腕を頭の上に乗せて、ひたすらシミのない天井を見る。焦点は合わずぼやけているため、シミがあっても分からないだろうが。

 

(...俺は)

 

後悔はしていない。皆を守りたいことに、銀達を攻撃したあいつを許さないという思いに嘘はない。

 

条件は対等だった。やらなきゃやられる。あいつは神からの直接的な強化がある代わりに恐らく時間制限があり、俺は精霊_____に近いあいつ、もしくは彼女の力を借りてなんとか耐えきり勝利した。記憶が曖昧なのは、それだけその時集中力を使っていて、思い出せるキャパシティじゃないということ。

 

(そう、後悔なんて、ない...だけど)

 

最後に見た、悲しそうな顔。俺自身のあの顔が、頭にこびりついて離れない。忘れようとしてもダメで、かといってまだ寝れない。ボーッと過ごしていても、その記憶だけは薄れることがない。

 

そうすると、もう少し出来ることはなかったのか、もっと最善なことはなかったのか、余計なことばかり考えてしまう。脳にかかっている負荷を今すぐやめさせたいが、それも出来ない。

 

(もう、終わったことだろ...)

 

あの古雪椿が幼馴染みと笑い合うことは、もうない。俺がその希望を潰したから。

 

誰よりその辛さを知っている『古雪椿』俺自身が。

 

「......くそっ」

 

小さな呟きは、やけに大きく部屋に響いた。

 

 

 

 

 

「お邪魔します」

「おう、いらっしゃ...ん?」

 

どのくらいボーッとしてたか分からないタイミングで、尋常じゃない程自然に入ってきたのは、長い髪を揺らした少女だった。

 

「ひなた!?何でここに!?」

「椿さんの御両親に入れて頂きました。それより、ダメですよ。こんなに暗いんですから電気をつけなきゃ」

 

窓の外を見れば、夕日もほとんど落ちかけていた。後15分もすればいつも通りの夜空に変わるだろう。

 

「高知で待ってたのに、皆さんは香川に帰ってるんですから」

「...あぁそっか、悪かった」

「いいんですよ。他の方から聞きましたが、急いで病院に行く必要があったのですから...お疲れ様でした」

「...ありがとう。でもいいのか?若葉の方行かなくて」

「これから行きますから問題ありません♪」

「ははっ、成る程な」

「ですが、まずは先に帰られたという椿さんの元へと思いまして...お疲れ様の膝枕はいかがですか?」

「いや、それは...親に見られたら恥ずかしいから、また今度で......」

 

いつも通りのひなたに、どこか安心感が生まれた。どこか濁っていた心が洗われていくような。

 

(悩んだら相談、忘れかけてたかね)

 

決着のついたことだし、悩んでないと思っていたが__________

 

「私は見られても構いませんよ?」

「今日は若葉にしてやれ」

「...むー」

「なんで膨れっ面なんだよ...」

 

どことなく気まずくて、目線をそらして別に話題へ変えられないか記憶を巡る。巡って________全然出てこない。

 

(やべぇ、どうしよ...ぁ)

 

 

 

 

 

「それより、ちゃんとやりたいこと決めとけよ。この世界にいられるのも後少しだろうからな」

「_______________」

 

 

 

 

 

それが最悪な話題変換であることに、俺は気づけなかった。

 

疲れていたからか、別の理由があったのか。俺の言葉に彼女の顔色が変わったのに、俺は違和感を覚えない。

 

「......椿さん、それは、どういう意味ですか?」

「え、あぁ。今回造反神は出なかったけど、赤嶺に勝って、相手の...あっちの秘密兵器も倒した。きっと後少しで全部終わる。そしたら俺達は、元の時代へ帰れるだろ?」

 

彼女の手が小刻みに震えだした理由を悟れない。

 

(記憶を残す方法を探したりはするだろうけど...でも)

 

「神様に振り回されるのはもうごめんだろ?だから...っ?」

 

気づけば、俺はベッドに押し倒されていた。

 

ひなたの顔に目線を戻され、彼女の顔に吸い寄せられる。

 

「貴方は!!!それで良いんですかっ!?」

「ひなた...?」

 

彼女の瞳から溢れた大粒の涙が、俺の頬に落ちる。

 

「このまま元の世界に戻っていいんですか!!!!」

「いや、俺は...」

「私はっ!!私は嫌ですっっ!!造反神に勝てなくてもいい!!!」

「_________」

 

(な、ん...で)

 

言葉にならない衝撃は、意図も容易く思考を殴り付ける。彼女はそのまま、俺の胸に頭を当てる。

 

まるで、何かにすがるかのように。

 

「私は...貴方と一緒にいたくて...ッ!!!!」

「あっ......」

 

掠れた声と涙、そして彼女自身の熱を残しながら、彼女は部屋から出ていく。俺はその手を掴むことも、追いかけることも、動くことさえ出来なかった。

 

(なんで......)

 

『貴方はっ!それで良いんですかっ!?』

 

仲間を守るため戦い、奴の希望を潰した。

 

(なんで...っ)

 

『私はっ!!私は嫌ですっっ!!造反神に勝てなくてもいい!!!』

結果、大切な彼女を泣かせてしまった。

 

その、理由は__________

 

『私は...貴方と一緒に、ずっといたくて...ッ!!!!』

 

(まさか、そんな筈...ひなた...?)

 

「...なんでなんだよ。ひなた......」

 

 

答えなんて、誰もいない部屋じゃ返ってはこない。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(私は...止められなかった)

 

ただ側にいるだけで良いと思ってた。せめてこの世界から帰るまで楽しめれば、もういいと。

 

でも、私自身の気持ちはそんなものではすまなくなっていて。

 

(だって...仕方ないじゃないですか)

 

たった半年ほどの出会いを通し、もう二度と会えないと思ってた。なのに、今度は数年に渡る付き合い。もっと、もっとと願ってしまうのを止められる程、私は出来た人間じゃない。

 

だから私は言い訳して、頑張って戦っているあの人を、皆を裏切るような言葉まで言ってしまった。隠していた思いを。

 

願ってしまったのはいい。でも、その思いを伝えてしまった。頑張って戦ってきたあの人に向けて。

 

(......最低です。私は)

 

さっき見た、椿さんの驚いた顔が私の記憶から離れなかった。

 

「私は...!」

 

 

 

 

 



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花結いの章 14話

かつて、部室に向かうことがこれほど億劫だと感じたことはあっただろうか。

 

自問自答しても答えは曖昧で、また俺自身を責めることが増えてしまう。いつまでも答えを出せないのか。と。

 

(......)

 

『私は...貴方と一緒に、ずっといたくて...ッ!!!!』

 

何度目か覚えてないフラッシュバック。脳内に出てくる彼女の顔は、ずっとずっと泣いていた。笑顔な彼女の方がずっと見てきた筈なのに。

 

(...もし)

 

もし、あの言葉に続きがあるのなら。いや、続きがなくても、ひなたの思いが俺の想像通りであったなら。

 

(もしそうなら、今まで...)

 

あり得ないことだと思い込んでいたことは__________

 

「椿先輩!」

「っ!」

 

突然服の袖を掴まれ、進ませていた足を急に止めた。

 

「何する...友奈?」

「赤信号ですよ!」

「え、ぁ」

 

前を見れば、赤いランプを点滅させている信号があった。適当に歩いてただけで信号無視をしそうになってたらしい。

 

「悪い。ぼーっとしてた」

「大丈夫ですか...?」

「...お前こそ、体調は平気か?」

「はい!もう健康体です!!」

 

勢いの良い蹴りを繰り出して元気をアピールする友奈。俺は綺麗な足先の方にだけ視線を向けて「そっか。よかった」と続けた。

 

(スカートでやるのやめてくれ...)

 

友奈は銀達と同じように病院のベッドで寝ていたメンバーの一人だが、その後の体調に影響はなさそうだった。

 

(...守れたし、守れなかった)

 

彼女達を安静に寝かせることが出来たという意味では守れた。だが、気絶させてしまう程に、俺は守れなかった。

 

「やっぱり、疲れてますか?」

「...かもな。色々ありすぎて」

 

嘘はつかず、かといって正確なことを話す気力も起きず。

 

「んー...」

「っ!」

 

そんな状態だったから、おでこに触れそうだった友奈の手を咄嗟に払ってしまったのも、深い理由は考えられなかった。

 

「あっ...」

「いや、えっとな?ちょっと厚着しすぎて汗がついてたから...気持ち悪がられたら俺引きこもる自信がある」

「そうだったんですか...って!私そんなこと言いませんよ!!」

「わ、悪い...」

「むー...椿先輩」

 

屈めというジェスチャーに応えて膝を曲げると、友奈はもう一度手を伸ばしてきた。今度は俺も抵抗することなく受け入れる。

 

彼女は手を俺のおでこに当てて_____前髪を上げる。

 

「え」

「失礼しますね」

 

今度は完全に固まってしまった。俺のおでこには、彼女のおでこからしっかりと熱が伝わってくる。

 

「...うん!熱はなさそうです!」

「いや、おま」

「?」

 

小さく首を傾げる友奈は、恐らく純粋に心配してるから全く気にしていないのだろう。唇がつきそうな程に近づいたことに。

 

(俺が意識しまくってるだけじゃねぇか...!)

 

「椿先輩?」

「...すーっ、はーっ」

「何故深呼吸!?」

「なんでもない。心配してくれてありがと」

「それはどういたしまして...じゃなくて、何でしんこきゅわわ!?」

 

少し雑に頭を撫でる。これで友奈の質問はキャンセル出来た筈だ。さらさらして綺麗な彼女の髪をこんな風にするのは凄く心苦しかったが、それは許して欲しい。

 

「なんでもないんだ。ほら、行くぞ?」

「ぁ、待ってくださいよー!」

 

友奈は少し慌てて、信号を渡る俺についてくる。その仕草に、少しだけ元気を貰えた。

 

「...ありがとな」

「へ?」

「何でもないから」

 

一度目を閉じて、また開ける。さっきより落ちついた心が、改めて一歩進ませる。

 

(...うん。大丈夫)

 

「はぁ...あ、そう言えば椿先輩。シーナちゃんがいなくなったって聞いたんですけど、何か知ってます?」

「そうなのか?」

「はい。書き置きがあったみたいで、大赦の皆さんもそこまで心配してないみたいなんですが...」

「......それなら、心配しなくてもいいんじゃないか?ひょっこり現れた奴だ。ひょっこり消えるんだろ」

「適当ですね...」

「...まぁ、ちょっとな」

 

 

 

 

 

「おはよう」

「あ、椿君!おはよう」

「結城と一緒だったんだな?」

「たまたま一緒になってな」

 

球子に返事をして、少し視線を巡らせる。目当ての人物は直ぐに見つかった。

 

(......ひなた)

 

「どうかしました?椿さん」

 

彼女は昨日のことなどなかったかのように微笑む。

 

携帯で通話等はできなかった。何を話すべきなのかは今もまだ纏まっていない。

 

でも。

 

(確かめないと。確かめて、答えを定めないと...)

 

一度口をきつくしめてから、俺は声を発した。

 

「ひなた。話が」

「セェェェェフッッ!!!!」

「だぜぇい!!」

「集合時間には間に合ってないわ。銀。そのっち。ダメよ」

「げっ、マジか...」

 

扉をぶち壊しそうな勢いで入ってきたのは銀と園子だった。二人して「たはは~」と笑ってる。

 

「二人とも...」

「お、おはよ椿」

「おはよ~ございま~す。つっきー先輩」

「...それは園子ちゃんと混ざるから」

「私も園子だよ?」

「そりゃそうだが、そうじゃないだろうが」

 

園子ちゃんの方を見れば、嬉しそうに手を振るだけだった。

 

ため息をつくものの、この二人も先日奴に倒された二人だ。

 

「...二人とも、大丈夫か?」

「全然問題なーし!」

「うん。大丈夫だよ」

「そっか...よかった」

「じゃあ全員揃いましたし、始めましょうか?」

静かに目線が一つの方向へ集まる。そこにいるのは、特に拘束もされておらず、椅子に座っている________

 

「赤嶺...」

「寝不足?ちょっと顔色悪いように見えるけど」

「......気遣いはいらない。話すならさっさと全部吐いて貰うぞ。あの古雪椿も含めてな」

 

ひなたへの話は後回しになってしまうが、勇者部として、ここに召喚された者全員のことを考慮したら、赤嶺から情報を聞き出す方が優先度は高い。

 

「あの古雪椿って...皆を襲ったっていう?」

「あぁ」

「そうだね。造反神が用意した秘密兵器。強かったでしょ?」

「......」

 

彼女自身もはぐらかすつもりはないのか、すぐに口を開いた。逆に、俺は少し黙ってしまう。

 

「ふーん...まぁいいや。気を取り直して、まずは現状から話そうかな......貴方達は私と多くの敵を倒し、四国の殆どを取り返した。残るは高知のほんの一部と、造反神のみ」

「やっぱり、造反神とは戦うのね」

「最後の戦いというのは...」

「私が相手するのは。って意味だよ。こうなるか、君達が負けるかの二択だったから。で、今度こそ造反神と戦い、鎮められればお役目終了ってことで、皆元々いた世界に戻ることになる...全ての記憶を失ってね」

「記憶全消去かー...なんかないの?特別措置とか、ご褒美とか」

「...そっちでも色々調べたんじゃないの?ね?」

 

赤嶺からの視線を見ないように、少し顔をそらす。

 

「......現状、こっちにそういった情報はない。お前が何か知ってるんじゃないかと思ってたが」

「上里ひなたさん。貴女は?」

「...召喚された時に戻れば、これまでの記憶は消え、強くなった経験もリセットされて元の世界へ戻る......残念ながら、今はそんな状態です」

「プラスに考えたら、年は取ってないね?」

「確かに年は重要だけど、記憶の方が欲しいわねー...」

「そうですね。今戻れば前よりバーテックス倒し放題なのに」

 

銀ちゃんが言うのを、俺は黙って聞くしかない。ここで否定するのはおかしいから。

 

「確かに、皆ずっと強くなってるもんね...」

「メモとか書いといたらダメなのか!?」

「書くのは自由だけど、そんな物は現実に戻せないよ。意地悪とかじゃなく、世界の理としてね」

「......」

「そして、元に戻った世界で、各々の生活はまた始まって...この内何人かは、過酷な運命を辿る」

『!』

 

放たれた決定的な言葉に、全員に緊張感が漂った。特に、若葉達や、東郷達。

 

「冗談、ではないのよね?」

「冗談なんかじゃないよ。というか貴女は死ぬよ?白鳥歌野」

「おい赤嶺」

「諏訪と四国はやがて連絡がつかなくなる」

「なっ...!?」

「お前!!!」

「確認したいなら、今私に突っかかってきた人に聞けば分かるんじゃないかな?」

「っ...!!」

 

赤嶺に飛びかからんばかりの勢いを見せた若葉は、苦虫を潰したような顔で腕を降ろした。その動作に、狼狽していた水都が更に震える。

 

「あり得なくはない、か。ソロで守ってた私達は危険だもんね...じゃあ尚更、何か方法はないの?一人であんなところに戻りたくはないんだけど」

「簡単だよ。造反神を倒さなければ良い。ここなら年も取らないし、皆でいればいい」

「そういうわけにはいかないだろう!」

「赤嶺友奈、貴女...私達を惑わせようと」

「ちょっと待ってノギー!千景さん!赤嶺の話を遮らないでください!」

 

雪花の荒げた声が強く耳を打った。

 

「雪花、お前...」

「聞いてなかったの?戻れば歌野は死んじゃうんだよ?ノギーは分かってるんじゃないの?」

「っ...」

「あ、あのー...赤嶺さんの嘘ということは、ないのでしょうか?皆様」

「だったら嘘のついでに聞いてよ。三ノ輪銀ちゃん!!」

『!!』

「え、ここでアタシ?」

「貴女は」

「やめなさいっ!!」

「死ぬよ」

 

無慈悲に、容赦なく。東郷の制止は答えの助けにしかならず。赤嶺の言葉は矢のように放たれる。

 

 

 

 

 

「あぁそれですか?別に今更ですよ。分かってましたから」

『え?』

 

しかし、あっけらかんと言う銀ちゃんに、寧ろ周りが困惑していた。

「いやだって!大きいアタシが何故か名字変わってて、屋根を走ったりするんですよ?アタシに気づかれたくなかったらわざと隠すでしょこんなこと」

「...まぁ、そりゃな」

「さっすがアタシ。賢いね」

 

否定することなんて何もない。まさにその通りだった。

 

「...ちっちゃいアタシには、真実を分かった上でちゃんと選んでほしかったから」

「アタシは帰り道を選びますよ。死んだのに生き返ってるとかワケわかんないですけど、未来のアタシがこんな感じなら、全然悪くないです。勿論死なないよう努力はしますけど!」

「銀...」

「...銀ちゃんと全く同じじゃないけど、私も察してたことだし平気よ。若葉は正直過ぎるから。寧ろ誤魔化せてると思ってたのかしら?」

「歌野...」

「うたのん...」

「でも、私だって負けないわ。私自身もみーちゃんも、全部守ってみせる」

 

(あぁ、強いな)

 

率直に、そんなことを思った。幾ら情報が出ていたとはいえ、覚悟が決まっている小学生の銀が。爽やかな笑顔を未だに出せる歌野が。あまりにも大きく、輝いて見える。

 

(強すぎるよ...)

 

「でも、私はソロ同盟も組んでますから」

「ソロ同盟?」

「...私のことだよ。私は反対。よく考えてよ?戻らなければこの世界で楽しくやっていけるんだよ?それなのに......冗談じゃない」

 

雪花の瞳が眼鏡のフレームに隠されているのにも関わらず、表情がたやすく読み取れる。

 

だから、その後の言葉も予想は出来た。

 

「皆。確定的な情報が出てきたところで本音を言い合わない?戻るべきか戻らぬべきか。一人一人の意見を聞いて、戻らない派が多いなら戻らないでおこうよ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「なんだか、急になっちゃったね」

「そこについてはごめんね...でも、結城っち達と揉めたいわけじゃないってのは、分かって欲しいんだ」

 

これ自体は私の本心。きっとこの世界に来たばかりの私ならそんなことも思わなかった。

 

(でも...それでも私は)

 

だからこそと言うべきなのか、尚更戻りたいとは思えない。

 

「そんで、まず言い出しっぺの私の意見ね。造反神を倒すのは反対。皆でいられるだけいようよ」

「タマも賛成だ。というか、現実に戻れば元の時間に戻るだけなんだろ?だったらバチは当たらないと...」

「メリットとデメリットも考えないとダメよ」

「ん、まず造反神を野放しにしておくことが問題」

 

割と安易に球子ちゃんが反応してくれたけど、そこに手をあげるのは芽吹としずく。

 

「まぁ、最初の状況はあたし達が今の造反神みたいな状態だったしねぇ...自陣が取られ返す、それもありえなくはないか」

「...私は、それこそ赤嶺さんの目的だと思います。この人は完全に降伏しておらず、造反神が何か策を打つまで、こちらの状態を悪くしておこうという...」

「本人の目の前で酷いね。伊予島杏さん。私は事実を言ってるだけむぐ」

「煽るなよ。話し合いが進まないから」

 

椿さんが赤嶺友奈の口を塞ぐ。本人は抵抗する様子もなく大人しくなった。

 

「ともかく。メリットは記憶を保持したまま帰る可能性があるかもしれないことと、長く皆といれること。デメリットは造反神に逆転を許す可能性があること。後は...」

「......一つ付け加えさせて頂くなら。年単位でこの世界に留まることは、それだけ神樹様の地力...エネルギーに問題が出る可能性があります」

「ひなた...お前」

「エネルギー?椿さん、どういうことです?」

「...ある程度推測も入るが、簡単に言えば、この世界は俺達とは別世界の神樹が作ったものだ。俺達がここでこの世界の神樹のエネルギーを消費させ過ぎた場合、本来のこの世界の勇者に送るエネルギーが足りず、それこそ他の神に四国ごと倒される可能性がある...ってことだ」

『!』

 

言っているのは、自分達の判断で、世界を一つ消すかもしれないということ。多くの人が消えてしまうということ。

 

元々造反神を倒すためにこの世界へ私達を呼んだのは、この世界の神樹様って聞いている。突然召喚してきた身勝手なことに対して私達の都合でエネルギーを消費するのは良い感じの仕返しと取れなくはないが、その世界に住む人は全く悪意がないのだ。

 

_______________それでも。

 

「それでも私の意見は変わらないよ...他の人はどう?」

「私個人としては戻ることを選択するわ」

 

目を向けると、一人が反応した。同じ立場の一地方に一人の勇者、歌野。

 

「神樹に悪い影響が出たり、造反神に逆転される前に倒すべき...そして、現世の運命なんて変えてやるわ。諏訪の皆が待ってるしね」

「...あんた、強いよ」

 

羨ましくあり、同時に心から尊敬する。帰りを待ってくれている人がいて、その人達のために危険を承知で進んでいくなんて。

 

「......私が強く見えるのは、みーちゃんのお陰よ」

「うたのん...?」

「みーちゃんが一緒だから、側にいてくれるから、私は頑張れるの...だから、お願いするわ。みーちゃん」

「な、何かな?」

「危ないって分かっているけど、それでも、一緒に戻りたい。ついてきて欲しいの。そうすれば私、全力以上の力で戦えるから」

「!!」

 

真剣な歌野の言葉は、私の胸にも突き刺さるような感じがした。直に向けられた水都は、笑ってから口を開く。

 

「置いていかれるより全然いいよ...ううん。その言葉、凄く嬉しいよ。うたのん」

「私もよ...ごめんなさい雪花さん。さっきソロ同盟なんて言ったのに、破っちゃって」

「......ここでどうこう言うほど無粋じゃないつもりだよ」

 

二人の確かな絆の前に、とやかく言うつもりはない。

 

でも、だったら尚更無策で歌野を帰したくない。

 

「他の人は?」

「私も戻る」

「棗さんも、友達が待ってるんですか?」

「それもそうだが、皆だ。沖縄の皆が待っている。そして...」

 

言葉を止めた棗さんは、赤嶺の方を見た。

 

「さっき無理してそうに話していた赤嶺も、私が関係あるらしいからな。すまない、雪花」

「棗さん...」

「お姉さま...」

「アタシも戻る!さっきと意見は変わらん!」

「銀!」

「そんな顔すんなって須美ー。さっき話題にあげられた人からかなーって思って...」

「そうじゃないわよ!」

「ミノさん死んじゃうかもしれないんだよ!?おっきいミノさんと同じようになるかは分からないんだよ!?」

「そんなの皆同じでしょ?まぁ、どっかの期限までは記憶を残す手段を探すとかなら...とも思うけど、それで何か嫌なことが起こるなら、アタシはしっかり造反神を倒してお役目を終わらせてから帰りたい」

 

(...こういう人達を、勇者って言うんだな)

 

自分が死ぬ可能性が高くても、何かの、誰かのために頑張る。私には眩しすぎるくらいに思えてしまう。歌野も、棗さんも、銀ちゃんも。

 

「それに!ここで決めないとなぁなぁになっちゃいそうだし。ちゃんと決める時は決めないと!」

「っ」

「銀ちゃん......」

「...私は残る派よ。銀」

「ちょっと意外だよ。須美が神樹様と逆の選択をとるなんて」

「...貴女の話を聞いて、帰るなんて言えないわ」

「......ありがとう。ごめんね?」

「むー...ミノさんわっしーとばっかり!私も残るからね!!」

「園子もかよー...」

 

なんならこのままいつもみたいな会話が続きそうなくらいだったけど、小学生の三人はそのまま黙ってしまった。銀ちゃんの視線は泳ぎに泳いで芽吹の方へ向いた。

 

「私達の立場もはっきりさせておくわね。防人組は全員、戻る方を選択する。ただ記憶を保持できる手段を取れるならそれを全力でしてからね...まぁこれは、戻る派全員に言えることでしょうけど。今すぐ帰りたいなんて人はいないでしょ?」

「当然ですわ。ですが、家名はあげてナンボ。私(わたくし)も戻りますわよ」

「私は、神樹様の導きに従います」

「私はメブが戻るなら戻ります。怖いけど。凄く怖いけど!」

「それでいいのですか雀さん...」

「私は皆に守って欲しいけど、メブにしっかり守って貰えれば良いから...そのメブが帰るなら、私も帰ります」

 

椿さんの言うことはごもっとも。でも、雀は芽吹を盾にしながら口にする。

 

「クソ...雀と同意見なのはムカつくが、俺は楠のもんだからな。戻るぞ」

「...これは、シズクの意見であり、私の意見」

「...成る程ね」

 

しっかり自分の思いで言ってるんだと二人は伝えてきた。なら特に言うことなんてない。

 

「じゃあ、後は...」

「タマはさっきと変わらん。残っていいと思うぞ」

「私は...私も、残ります」

「杏?タマに合わせたんじゃないんだろうな?」

「そんなことないよタマっち先輩。私は私の意思で決めた」

「そか。ならよし!千景達はどうなんだよー?」

「私は...ここに残る派。今の私の居場所はここだから」

「高嶋友奈も残る派で...全員が帰る選択肢に納得するまでは、帰りたくないな」

 

戻る派が増えた途端、残る派に賛同する人が_______というか、西暦の四国勇者組が残る宣言をした。

 

「私も残ります。なにがなんでも。それが可能なら」

「...私も同じ思いだ」

 

特にはっきり言ったのは、ひなた。いつものおっとりした感じじゃなく、巫女のお役目をしてる時のような凛とした声を響かせるのを聞いて、どこか安心と納得をした。

 

(そっか...そだよね)

 

若葉も力強く頷いて_____まぁ、結果として味方が増えてくれるのはありがたい。

 

「後は...讃州中学と、讃州高校の皆だね」

「思いは、決まってるのか?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『私は...帰る方を選ぶ。ごめんなさい』

 

友奈は、戻ることを選んだ。

 

『結城っち...ううん。謝ることなんてないよ』

『友奈ちゃんと別々...で、でも、私は残ることを選びます』

『!?』

『嘘...あの東郷が!?』

 

東郷は、残ることを選んだ。

 

『わっしー...』

『もし、銀が死なずに済むなら、それに越したことはないと思うの...』

『そっか~...私は戻るね』

 

園子は、戻ることを選んだ。

 

『にぼっしーは?』

『私は...残るわ』

『そっか~』

『えぇ』

 

夏凜は、残ることを選んだ。

 

『ほら次』

『あたしも残る派。てか、なんで死ぬって言われてる奴の方が覚悟決まってんのよ。あたしまた事故に遭うかもなんて言われたら帰るの嫌よ』

『え、風さん事故にあったことあるんですか!?』

『今そこ!?え、えーと...また今度ね』

 

風は、残ることを選んだ。

 

『私は戻ります。勿論皆さんが納得する結果が得られれば良いんですが、二つのうちどちらかにするなら』

『樹...』

『ごめんねお姉ちゃん。今回はお姉ちゃんと別だよ』

『......何言ってるの。喜ばしいわ』

 

樹は、戻ることを選んだ。

 

『後は』

『アタシは帰るよ。今ここじゃちゃんとした理由は話せないけどね』

『何よそれ』

『なーんでも。ま...一定数はいるでしょ?』

『......』

『ほら』

 

銀は、戻ることを選んだ。

 

『じゃあはい。最後の人』

 

その一言で、視線が一気に集まった。

 

(...自分のことは、一度置いとこう)

 

『椿先輩は...どうですか?』

 

一人一人の意見を聞いた。皆が言ってたことをちゃんと、真剣に。

 

ひなたのことや、俺自身のことは置いておく。今の思考には関係ないわけじゃないが、今すぐ答えを得れる訳でも、理解できるわけでもない。

 

今の、俺の意志は__________

 

「造反神を放置しておいて記憶を持ち帰る手段が見つかるなら、俺も嬉しい。銀や歌野が死ぬのも嫌だ。だけど、神に逆らって碌なことはない」

 

なんなら、こうした考え自体も明日には消されているかもしれない。こうして皆で言い合うことなく、造反神に立ち向かっているかもしれない。

 

そんなことは、耐えられない。

 

「だから俺は、造反神を倒してこの世界から元の世界に早く帰る方を取る」

 

全員に聞こえるよう、きっぱり告げた。

 

「...そう、ですか。ん」

 

複雑そうな顔をする友奈が珍しく、笑顔になって欲しくて頭を撫でてしまった。

 

「ま、あくまで二択ならって話さ。なんなら皆うちの時代に帰れればいいんだがな?」

「それが出来ないから言い合ってるんでしょうが!」

「夏凜ナイスツッコミ」

「はっ!!しまった!!」

「いやしまったって何よ...でも、見事に割れちゃったね...どうしようか?」

「そこに提案」

 

すっと手をあげる。再び視線が集まるが、もう慣れっこだ。

 

「このまま話し合ってても平行線。仲間割れは赤嶺の思う壺。かといって時間をかけても造反神が逆転の手を打ってくるかもしれない」

 

ちゃんと悩み、相談して、それぞれが自分の進みたい道を選んだ。この後俺を含めて話し合いを進めて心変わりする人はいるかもしれないが、どうなるか分からないなら。

 

(ならさ...はっきりさせようぜ。俺含めて)

 

 

 

 

 

「だったら、ここは勇者部(うち)らしくなく、大喧嘩といかないか?」

『...え?』

 

俺の提案に皆が十人十色の反応で返してくれたのを見た時、暗くなりかけていた空気も吹き飛んでいくようだった。

 

 



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花結いの章 15話

「頼んでいたものは?」

 

「ここに。使い方は他の方々と同じになっています」

 

「ありがとうございます...すみません。いきなりで」

 

「いえ...お伝えした通りですが、そもそも使用出来るのか、という問題にはお答え出来ません」

 

「分かっています。駄目なら諦める他ありませんし...でも、今ならやれると思うんです」

 

「......」

 

「ただの思いつきなんですけどね」

 

「...個人的な思いとしては、彼は間違いなく驚いた顔をするでしょうから。陰ながら応援させて頂きます」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「喧嘩しよう!なんて言い出した時はびっくりしたんですよ。アタシ達も」

「そんな風には言って...いや、似たようなもんか」

「まぁ、もっと驚いたのはこんなにすぐやることになったほうなんですけどね?」

「それは俺じゃないだろ。予想の一つではあったけどさ」

「予想はしてたんだね...椿君」

「いやー、いつもお世話になります。春信さん」

 

俺の言葉に、春信さんはついに動いた。

 

「折角作り上げたレイルクスを一度の戦闘でダメにしたのはまだいい。必要経費だ。その報告が次の日になるのも。だけどその話のついでに大勢の勇者が全力で戦える場所を用意しろなんて...随分人使いが荒くなったね。君は」

「いやー」

「でも僕が一番怒ってるのは夏凜と反対意見だということだよ僕は君を許さない!!!」

「そう言われると思ったら別にいいかなって」

 

俺が言った大喧嘩とは、言ってみればただの試合である。ルールは単純。残る派と戻る派の二組でチーム戦。残った人が所属するグループの意見に従うというもの。

 

『だから!他に方法がないからこうやって!!!』

 

相談が出来なかったというのもあったが、言い争って分裂したことがあるから。

 

『出ていって!来ないで!!』

 

無理矢理連れ出したとはいえ、拒絶されることを経験しているから。

 

だから、後腐れないように提案した。やってることは河川敷で殴りあい、友情を深める不良と同じである。

 

「にしても、まさか丸亀城にまで来るとはな。確かにこの人数が戦える場所なんてそうないだろうけど...」

「訓練と言っても基本は少人数、使えて防人の訓練場じゃしょうがないか」

 

西暦にいた頃俺も暮らしていた丸亀城は、大赦管轄で保存されている場所の一つだと聞いた覚えがあったし、それこそ昔バトルロワイアルで使った場所なのだから、全域を使うならば最適なのだろう。

 

(一部は改築されてるな。曖昧な記憶を思い出しながら戦わなくていいのはいいと捉えるか。今から覚えるなら皆条件は同じはず)

 

正直、提案したその日に出来るとは思わなかったが、気持ちがぶれる前にやった方がいい。

 

『腕っぷしで会話ですか。分かりやすくていいですね』

『メブそんな脳筋だったっけ!?』

『...うん。話し合いの一つとしてはありだと思う』

『確かに、悠長に話し合ってる隙をつかれて任務失敗、ここから追い出されるなんてオチ、笑えないし』

 

皆からの意見は、意外に乗り気だった。もう少し否定的な意見も出るかと思ってただけに拍子抜けで、同時に嬉しくもある。

 

『決まってんだろ!!大切な仲間に向ける武器なんて、俺は持ってない!!!』

 

(昔はそんなことも言ったけどなぁ...)

 

唐突にフラッシュバックした記憶の状況とは違う。相手を倒すため、殺すための武器ではなく、相手と交えるための武器だから。

 

その上で_____意志を、通す。

 

「椿」

「...」

「椿!」

「っ、悪い。どうした?」

「...ついたよ」

 

銀に言われ、視線の先にいた春信さんが示す奥には、行き止まりの扉があった。張り紙で控え室とかかれている。中には俺達と同じ、戻る方に一票いれたメンバーがいる筈だ。

 

作戦会議なんかもあるだろうからと、バスで移動した俺達を一人ずつチームごとの部屋へ誘導するよう提案したのは杏だ。確かにこれで、次会うときには戦う時になるのだろう。

 

俺と銀が一緒なのは、最後までバスに残ってた二人で、同じ戻る派だったからだ。 

 

「ありがとうございます」

「いや、いいんだ...良い場になるといいね」

「「はい」」

「古雪君!三ノ輪さん!」

「安芸先生?」

 

別方向の廊下から走ってきた安芸さんは、少し息をきらしていた。

 

「どうかしましたか?」

「いえ...あの子の姿が見えなくなって、貴方達なら何か知ってるかと思って...」

「あの子って...シーナのことですか?」

「えぇ、そうよ」

「......気にしなくて大丈夫だと思います」

「椿?」

「詳細は話しにくいんですけどね」

 

あいつについては、ある程度察しがついている。とはいえ、小さい子が突然行方不明になったら戸惑うのも無理はないだろう。

 

「...大丈夫なのね?」

「はい。というか俺達が何か出来ることはないと...少なくとも、探した所で意味はないでしょう」

「......手紙もあったし、なら、探すのは一旦中止するわ。これから審判の役もするからよろしくね」

「はい」

「僕もするから...じゃあ、先に行って待ってるよ」

「分かりました。色々決まったらまた連絡します」

 

春信さんと安芸さんが並んで歩いていくが、年を重ねたことによる経験か、その人自身の才なのか、歩く姿すらどことなく大人っぽさを感じる。

 

「椿」

「ん?」

「いいの?あんなこと言って。というかアタシも心配ではあったんだけど」

「放置する以外俺達がとれる行動がない」

「ふーん...そこまで言うなら平気か。じゃあ気を引き締め直して、行こう!」

「あぁ」

 

『よーし!椿!行こう!!』

『うん!!』

 

どことなくやり取りに懐かしさを覚えながら、扉を開けて入っていった銀に続いた。

 

 

 

 

 

『では、これより勇者の皆様による模擬戦を行います』

 

春信さんのアナウンスが耳を打つ。それを聞いた俺は静かに目を開けた。

 

あの後別室の残る派と通話で話した結果、具体的なルールが決まった。

 

丸亀城を挟んだ反対位置をスタート地点とし、残る派と戻る派で分かれて戦う。最終的に残った一人のいるチームの意見を勇者部の主軸行動とする。

 

勿論バリアを貫通させ命を狙うなんてことはしないため、バリアに強打が入った者が失格扱いとなり以降戦闘禁止となる。判定は公平にするため、開始、終了宣言と同じく大赦にしてもらう。メインは春信さんと安芸さん。

 

判定材料として使うため、辺りにはカメラつきのドローンが何台も飛んでいた。気分は有名なスポーツ選手の試合だ。

 

また、誰がやられたなんてアナウンスも逐次行うことになり、春信さんが戦闘途中のメンバーがいないタイミングになってから告げてくれるらしい。

 

(色々決めたが、とりあえず生き残りながら相手を倒せばいい...そして)

 

倒すべき相手は、丸亀城を挟んで向こう側に待機している。既にこっちのチームで作戦は組んだし、抜かりはない。

 

気になる点があるとすれば_________

 

「にしてもさ」

「?」

「なんか不思議な感じ」

「何が?」

「まさかアタシと椿が同じ服で一緒に戦うことになるなんて思わなかったからさ」

「あ」

 

銀に言われて気づいた。今の俺は昨日から引き続き、いつもの戦衣ではなく、かつての、銀と同じ勇者服を身に纏っている。彼女の隣に立っていながら彼女と同じ服を着ているのは、これが初めてなこと。

 

「......これで俺が男の姿に戻ってたら、完璧だったんだがな」

「何が?」

「何でもないよ」

 

女の俺はどうしても自分の体という認識が持ちにくく、むず痒く思うところがあった。

 

__________それでも、確かに、熱が籠る。こんな状況なのに嬉しさを感じてしまう。

 

心を落ち着けるように、ミサンガをつけた左手を胸に当てると、服越しにサファイアのペンダントが確かな感触を返してきた。

 

『制限時間は特になし。事前に話された通りのルールに従うものとします。また、例外が出た場合、公平に行うためこちらの判断で決めさせて頂きます』

 

「っと、そろそろか」

 

気合いを入れ直すため頬を叩く。パンパンと大きめの音が鳴って、頭のギアを上げさせた。

 

「じゃあ皆、最初は作戦通り、後は適当に...やるからには全力で倒そう」

「言われるまでもないです!ノープロブレムですから!!」

「三姉妹コーデに不可能なし!やりましょう!!」

「なぁ三姉妹って俺入れてるよな?せめて三兄妹にしてくれない?」

 

なんとも微妙な空気にしてしまったのを察し、咳払いをして場を整える。ここで不安を煽る必要はない。ただ士気を高めるだけ。

 

「ともかく、頑張っていこう!!」

『おーっ!!』

 

『では、模擬戦を開始します』

 

春信さんの号令後鳴り響いたブザーの音と共に、俺達は走り出した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「初動としては成功でしょうか...?」

「油断しないで須美ちゃん。相手は古雪先輩に樹ちゃんに芽吹さん。こちらもだけど、指揮官は大勢いるわ」

 

戦場において指揮官は少ない方が一人の指示が通りやすいものの、勇者部ならより有益な会議が行われていて当然とも言える。そして、古雪先輩等は奇抜な意見を出しやすい。

 

(ここにこうしてすんなり来れたのも、怪しい気がするし...)

 

丸亀城の最上階部。周りを見渡すのに絶好の場所に、私達は難なくたどり着いた。初動から向かったとはいえ相手も予測出来ることであり、少し拍子抜けだ。

 

(それとも、読んでいる...?)

 

楽観的想像は出来ない。読まれていると考えるのが自然だろう。

 

「皆さん警戒を怠らないように。最低でも仕事は果たしましょう」

「伊予島さん...えぇ。そうね」

 

もし読まれていても、迎撃し、それ以上の戦果を出せれば良いだけのこと。そのために射撃武器を持ったメンバーが揃っているのだから。

 

遠距離の高所を取れたのは大きい。

 

「ま、大船に乗ったつもりでいろよ。タマに任せタマえ」

 

私、須美ちゃん、伊予島さんに加え、小さな声で気合いをいれる球子さんの四人編成。ここから敵を見つけて意識外から攻撃する。

 

他の味方と通信は出来ない為、自分達で見つけるしかないが________

 

「じゃあ、始めましょう」

 

銃を構えた瞬間から、私達は一気に静かになった。この場所が見つかっていないなら、初弾は大きな意味を持つ。

 

(敵は...!)

 

相手は余りにも早く見つかった。木の上に乗って左右を見渡しているのは________

 

「そのっちを見つけたわ。隣に園子ちゃん」

「私は棗さんを見つけました...こんなにすんなり見つかるものでしょうか?」

「あり得ないと思います。そのっちなら尚更」

 

別に隠れてないわけではない。それでも私達が遠距離から狙うことも分かっている筈で、少し不気味さがある。これでもし、あちらがこの高所を陣取っているなら話は別だが。

 

気づかれて罠を張られているのか、まだ普段のように眠たそうにしてるだけなのか。

 

(いえ...それはないわね)

 

「...そのっちを狙って一発だけ撃ちます。その後どんな結果であれここを放棄する」

「いいのか?それだと...」

「私としては、ここで皆を失うことに抵抗があるわ。いくらお願いされたとはいえ......もう目的も」

 

 

 

 

 

「それは出来ないわね」

『ッ!?』

 

本能でそれまでいた場所から飛び退くと、その場所に銃弾が当たる。

 

「芽吹さん...!」

 

二本の銃剣を構え、追加装備で空を飛んでいる芽吹さんは、躊躇うことなく乱射を始めた。

 

(制空権を取られた...っ!!)

 

私達は何も言わずとも迎撃を始める。空へと飛んでいく弾丸や弓矢はすれすれの所で避けられていた。

 

「きゃっ!?」

「大丈夫か須美!!」

「球子さん...ありがとうございます」

 

回避に失敗した須美ちゃんに飛んでいった弾は、球子さんが間に入り込んで防いだ。

 

芽吹さんの一瞬驚いた隙は逃さない。無心で放った弾丸は芽吹さんに当たり__________その直前に、銃剣を滑り込ませた。右手の武器が芽吹さんの手元から吹き飛ばされるものの、これでは失格の条件には当てはまらない。

 

「くっ...でも、まだあるわ」

 

そう言った彼女は、背中に携えられた銃剣を握った。

 

(これじゃあ元のままね...)

 

「おい芽吹!!そんな空飛んでないで降りてこーい!!」

「嫌に決まってるでしょう」

「!タマっち先輩!!東郷さん!!須美ちゃん!!」

 

杏さんが何を言いたいのかは、完璧ではないにせよ何となく分かった。

 

「っ、おっしゃあ!!タマに任せタマえ!!!」

 

恐らく完璧に理解している球子さんは、勢いよく旋刃盤を投げる。芽吹さんは危なげない動きで回避して、球子さんを狙った。

 

「させません!」

「いって!!」

 

続いて須美ちゃんと杏さんの狙撃。須美ちゃんのは芽吹さんの回避先を潰し、杏さんのは全く別方向へ_______

 

(......)

 

私は一度目を閉じ、心を落ち着かせた。『今この瞬間は攻撃が来ないから』

 

(...ここで、決める)

 

目を開いて高々と銃を掲げる。狙い澄ませた先には、体勢を崩している芽吹さんがいた。

 

杏さんが狙ったのは、球子さんが飛ばした旋刃盤の弦の部分。力を受けて途中から他の方向へ曲げられたそれは、円を描きながら芽吹さんへ当たった。

 

咄嗟に気づいた芽吹さんも銃剣で防いだものの、無理な体勢で防いだためか、慣れない空中制御のためか動きが止まっている。狙撃体勢をとる私を見てはいない。

 

何も言われず任された最後の一撃。狙撃の準備は出来ている。私は引き金にかける指を、躊躇なく動かした。

 

 

 

 

 

「はぁっ!!!」

 

銃声と共に爆発音と閃光が次いで、更なる銃声が鳴り響く。

 

『!?』

 

思いっきり光を見てしまった私は思わず目を瞑った。強烈な刺激に脳が処理しきれず、片手で頭を抑える。

 

「悪いな」

 

間髪いれずに聞こえた声は、背中への衝撃と共に訪れた。

 

(......あぁ)

 

「これで終わりと...樹、お疲れ様」

「お疲れ様です...ちょっと重たいですね、これ」

「普段ワイヤーしか使ってない奴からしたらな」

 

正常へ戻ってきた目は、予想と違わぬ姿を映した。

 

「樹ちゃん...古雪先輩」

「よ、東郷。悪いが脱落してもらう」

「うおぉ!?目が!目がぁ!?」

「閃光弾...」

「すみません、これも作戦なので...椿さん」

「分かってる。長居する気もないしな。じゃ」

 

暗殺者のように現れた二人は、すぐに消えた。

 

(してやられたのね...)

 

階下に潜伏していた二人が、上空の芽吹さんに気を取られているうちに奇襲。閃光弾で目を眩ませてから背後を攻撃。完全にやられた。

 

芽吹さん一人を道連れに、やられたのは四人。割には合わないだろう。

 

それでも_______私は、少しだけ笑った。

 

(最低限の仕事は果たした...作戦通りにいくよう、祈るだけね)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「第一戦は圧勝ってところかな」

「そう言う割には、顔が渋そうですよ」

「まぁな...」

 

戦闘を行った城の一階に潜伏しながら話していた所、脱落者のアナウンスが流れた。作戦を組み立てた初動としては十二分の戦果と言えるだろう。

 

だからこそ、不安がよぎる。

 

「何が不安なんですか?」

「配置だ」

 

こちらの主な作戦としては、基本二人一組で動き相手と戦うもの。人数有利は戦術上有利を取るための基本認識とも言える。チームワークに関してはこと勇者部に対して不安はない。

 

そして、初動限定で立てた作戦が、昨日の戦いで破壊されていない芽吹のレイルクスによる上空監視、それによって見つけた遠距離武器所持者への強襲だった。芽吹が気をひいている隙に俺とパートナーの樹が接近し、対赤嶺戦用だった閃光弾の予備を使って一気に倒す。

 

目的は二つ。俺自身の意思表示と相手チームとの武器構成の違いだ。

 

前提として、俺達は今後どうするかを決めるために戦っている。しかし、戻る組はどうしても残る組より意志が弱いのだ。積極的に別れたい奴なんていないのだから。

 

だからこの作戦を通した。敵味方関係なく全員に、本来は造反神と戦うために取っておくべきだろうレイルクスや閃光弾等の消耗品を使ってでも、勝ちにいくと。容赦はしないと示すために。

 

閃光弾はそういう意味でかなり役に立ったと言える。かなりのメンバーに見られた筈だから。

 

そしてもう一つ。こちらは近距離重視の射撃武器である銃剣しか持たない一方で、相手には長距離射撃用の狙撃銃を持つ東郷、曲射に使える弓矢とクロスボウを持つ須美ちゃん、杏がいる。別の相手と戦ってる時に放たれればどうしても劣勢になりかねない。そういう意味で、先に叩きたいメンバーではあった。

 

だが、だからこそ。

 

「あそこには、遠距離武器を使うメンバー全員が揃っていた」

 

メンバーをおさらいすると、戻る組が俺、友奈、樹、園子、銀、銀ちゃん、芽吹、加賀城さん、弥勒、しずく、棗、歌野。計14人。

 

一方、残る組が東郷、風、夏凜、園子ちゃん、須美ちゃん、若葉、杏、球子、千景、ユウ、そして雪花。計12人。

 

槍投げを遠距離武器にいれなければ、遠くから相手を狙える武器を持ったメンバー全員があの場にいたことになる。

 

「単純に相手は数的不利だ。その上で、多方向から狙撃を狙うより、密集して一網打尽にされるリスクを負ったのは何故か」

「...各個撃破されるのを恐れた?」

「その理由がピンとこないから迷ってるんだ。このまま攻勢に出て取り返しのつかないことになってから目的に気づくのはまずい」

 

ルール上、失格のアナウンスは全員の戦闘が一通り落ち着いてから、戦ってる人に迷惑にならないようになっている。逆に言えば、各所で連続して戦闘が行われたら、気づかぬ内に自分がやられたら負け。なんて状況が出来かねない。

 

そして、この後は通信が出来ないことも考慮して各個自由にするようになっている。全く作戦がないのはどうしても不安要素が高くなる。

 

(何か見落としている...?でも、何を?)

 

「あの、椿さん」

「?」

「私はとりあえずここから動くことを優先した方が良いと思います。というより、それ自体が目的だったんじゃないかなって」

「それ自体?」

「椿さんが色々考えるため、適当な場所で潜伏させるためです」

「!!」

「違和感があるって隠れて考えくれれば他の人から戦えますし、少なくとも人数差を一定時間小さくできます」

 

言われて、ハッとした。俺にそこまで重きを置く必要があるのかは分からないが、ここまでの展開と目的としては合致する。

 

「成る程な...じゃあ急いで」

 

 

 

 

 

「その必要はないわよ」

「「!!」」

 

本能的に樹を庇って横に跳ぶ。直後、天井が崩れ俺達がいた場所に落ちた。

 

「悪いけど、今回は色恋抜きにして本気で行くって決めたの。だから、相手してもらうわよ」

「...丸亀城をこんなにして」

「もう屋上だって銃弾で穴だらけにしてるでしょうが」

「確かに」

 

咄嗟に出せた軽口を閉じる。というか、閉じるしかなかった。

 

「......お姉ちゃん」

 

大剣を構える風の目を見れば。

 

「さぁ!!いくわよ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「無理無理無理むり...」

「はぁ...全く、しっかりしてくださいまし」

 

隣の雀さんが盾を構えつつ震えているのを見て、いつも通りのため息が出た。

 

茂みに隠れているから声を出さない方が見つからないに決まっているのに、どうしても口は閉じれないらしい。

 

「だって弥勒さん考えてもみてよ。普段守ってくれてる皆が私を倒しに来るんだよ?メブだってさっき撃ち落とされてたし...」

「私(わたくし)ではそこまで信用できませんか?」

「信じられるけど弥勒さんだし。今までの行動考えて?」

「この雀は...」

 

小声で話し、辺りの警戒もしているとはいえ、流石に苛立った。

 

「...もう少し信じてくださってもよいではありませんの」

 

『加賀城さんはずっと隠れててくれ』

『私一人でですか!?』

 

先程出された指示は、至極当然のものだった。私が指揮官でも同じことを言うだろう。

 

雀さんの基本兵装は盾。本人の性格も考慮して、誰かを守ることはせず、どこかで潜伏するのがベストだろう。

 

もし最後に戦っていた人が相討ちでも、こちらの勝ちに出来る。実際芽吹さん達もそう話していた。

 

『でしたら、この弥勒夕海子が護衛につきますわ』

 

雀さんは本能的に自己防衛は出来る。ならば、彼女が出来ない露払いは私がすれば良い。

 

「ごめんごめん。つい近くにいるからさ...一人だったらもう怖くて自主退場してるもん」

「雀さん...」

「そ、それにほら、弥勒さんだからさ、気楽なこと言えるんだよ。なんだかんだ、付き合い長いしね...?」

「......」

 

照れてるように言ったその言葉を聞いて、私は。

 

「なんだかこれから死ぬ人のフラグにしか聞こえませんね」

「酷すぎる!?折角人が慰めたのにー!」

「はいはい」

 

軽く宥めながら、私は雀さんの方を向き_________飛び出した。

 

「へ?」

 

いつもの危機感知能力が働かなかったのか、それとももっと遅くから回避できたけど、庇われたことで阻害されたのか。原因は分からないが_____

 

「ぐっ...!?雀さん、逃げてくださいまし!!」

 

雀さんに向けた攻撃を庇ったことで私が切られ、蹴り飛ばされたのは事実だった。

 

木々の隙間から降り注ぐ日の光が、銀の刃を輝かせる。私自身、あの光が見えなければ動くことはなかっただろう。

 

「へ、あ、うわわわわわわわ!?!?」

 

段々事態を理解し始めた雀さんは、今尚振るわれる刀をすんでの所で避けている。

 

 

 

 

 

だが。

 

「逃がしは、しない」

 

その瞳は、その姿は、まるで死の概念を植えつけてくる死神のようで。

 

(これが、あの人の...西暦で最強と謳われている、彼女の本気...?)

 

既にルール上脱落し、何も出来ない私には、雀さんが盾を弾かれ上から切られる様を見ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

『加賀城雀、弥勒夕海子、脱落です』

 

 

 



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花結いの章 16話

『私、さっきまで椿さんの所に行ってたんです』

 

私の元を訪れてから数分して、ひなたはそう呟いた。

 

『告白に近いことをしてしまいました...自分で自分を、止められませんでした。流石に、気づかれた顔をしてましたね』

 

小さく、独り言のような声に耳を傾ける。

 

『凄く、大変そうだったのに...何か疲れてる様子だったのに、戻れるんだって言ってたのに...迷惑をかけるようなことを、言ってしまいました』

『......』

『私、これからどうしたら良いのでしょう』

 

それが、自問自答ではなく私に何か言って欲しいんだと気づくのは簡単だ。だが、かけるべき言葉が分からない。

 

(いや...そうだな)

 

分からないなら、そのままを口にすれば良い。何も言わず、伝わらないよりはずっと良いのだから。

 

『...ひなた。お前は好きなことをすれば良い』

『若葉ちゃん...?』

『もしちゃんと告白したいならすればいい。椿の隣にいたいならこの世界に居続けると宣言すればいい。すっぱり諦めるなら泣けばいい。私はお前の親友として、全力で支えてやる。だから自分に正直に、何がしたいかを見つけてくれ』

 

それが、唯一無二の親友のために、私がしたいことだった。

 

『...若葉ちゃんは、いいんですか?』

『?』

『貴方だって、椿さんのことが好きでしょう!!』

『......確かに好きだ。それこそ恋心だとも思う...いや、思っていた』

『思っていた?』

『ここで長いこと過ごしているうちに、私のこれは、好敵手としての感情じゃないかと思ったんだ。隣にいたいとは確かに思うが、あいつと共に、上へ、そしてあいつより高みへ登りたい』

『......』

『そんな顔しないでくれ。言い訳じゃない...この気持ちが変わることはそうないし、少なくともこの刀は、ひなたを守りたいと願ったからこそ私の手元にあり、バーテックスだけでなく、あいつを越えたいと思ったからこそ、今尚振り続けているのだから』

『若葉、ちゃん...』

『......お前が安心できるよう、敢えて言い方を変えよう。この気持ちが例え恋だとしても、私はひなたに譲る』

 

 

 

 

 

そして、ひなたは選んだ。ならば私は、その選択を貫き通す。

 

今はただその為だけに。本気で。

 

「だから、倒させてもらうぞ。歌野」

「熱烈な歓迎ね。でも、私も負ける気はナッシングよ!!!」

「若葉さん、アタシもいるんですからね?」

「......二人纏めて、切る」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「結城っち...」

「せっちゃん...」

 

遭遇したのはたまたまだった。移動した先に丁度現れたのが、友奈と園子。ただそれだけ。

 

「何呆けてんのよ」

「あたっ」

「雪花。譲れないんでしょ?」

 

私は多分、他の人よりは多く雪花と会ってると思う。一人で落ち着ける場所を作るために合鍵を渡したり、大変なツッコミ役として煮干しで労ったり。

 

だからこそ、恐らく目の前の二人も天秤にかけたものと比較し、こっちをとった。少なからず私もその天秤を用意する所まではやったのだから責めはしない。

 

だからこそ、会ったら全力で戦おうと決めていた。

 

「私達で全員倒して、さっさと終わらせるわよ」

「あはは...ありがと夏凜。結城っち!!園子!!覚悟はいい!?」

「私もそろそろ、完成型勇者の証明をしないとね」

 

刀と槍を同じ方向に向け、二人を睨んだ。

 

「...ごめんねせっちゃん。でも、ここで私の気持ちを変えるのはもっと失礼だと思うから」

「私はアッキーよりつっきーを選んだ。責めてくれていいよ...でも、この気持ちは負けるつもりがないんだ。ひなタンにも、ミノさんにも」

 

友奈も園子も、武器を構える。

 

(...乃木家の末裔と、勇者適性値最高と言われる友奈)

 

相手にとって不足はない。芽吹はやられる瞬間を見てしまったわけだし、この二人を倒し、ついでに椿を倒す。それで、完成型勇者を名実共に手にいれる。

 

例えこの世界に留まった結果待っているのが、天の神のように強くなってしまったとしても__________

 

「絶対倒してやるわよ。私達を敵に回したこと、後悔しなさい!!」

「...結城友奈!!いきます!!!」

 

 

 

 

 

---------------

 

 

 

 

 

「......」

「......」

「あ、あははー...」

「随分物静かなペアね」

 

目の前に現れたのは、千景と友奈。この二人が一緒に行動しているのは予想できてたし驚きはしない。

 

寧ろ、相手は私としずくというペアに戸惑っていそうだった。

 

「しずく、シズク、よろしく頼む」

「ん、任せて」

 

しずくを誘ったのは私からだった。理由としては、端的に言ってしまえば集中出来そうだったからだ。

 

この勝負は、勝ち負けはともかく己のやりきれることを全て出したい。椿や銀と行動した時もチームプレーとしては120%出せて良いかもしれないが、自分自身の力を100%出せるのかと心に問いかけた時、そうではないとも思ったのだ。

 

だからしずくに声をかけ、組む前にこの話をした。ダメなら一人で行動するつもりで。

 

『...ん、わかった。任せて』

 

しかし、しずくはすんなり首を縦に振ってくれた。口が達者ではない私の言い回しを理解した上で、認めてくれた。

 

(......私は、私自身の証明をする。沖縄の地に一人戻ったとしても、皆が不安になるようなことにはならないと。どんなバーテックスにも負けないと)

 

一歩前に出て、ヌンチャクを両手で持った。これももうずっと長い付き合いだ。

 

(私は、勇者なのだから)

 

「余計な言葉は必要ないだろう」

「棗さん...はい。分かってます」

 

すっと構えをとる友奈。武術を使う姿を正面から見る機会も少なければ、相手にすることもそうなかった。

 

「......」

 

無言で鎌をこちらに向ける千景。こちらより遠いリーチはそれだけ接近が難しい。

 

「古波蔵棗。参る」

 

でももう、余計な言葉は不要だった。

 

「華により散れ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「えーと、それで、アタシの相手が一人なの?」

「その言い方はなくないですか?ミノさん先輩」

 

私の前に立ち塞がった女の子は、長いこと一緒にいる相手であり、そうでもないとも言える相手だった。

 

「だって、アタシだよ?言わずとも分かるでしょ?」

 

今までの戦いから、小さい園子がたった一人で倒せる相手ではないと分かってる筈なのだ。それこそ敵味方全員が。

 

それでもこうなった理由はただ一つ。

 

「分かってますよ。私も流石に勝てるか怪しいです」

「勝てないとは言えないんだね」

「私だけ勝つ必要はないですから」

 

周りが決着つくまでの時間稼ぎ。アタシの力を拡大させないための罠。最後に全員で殴ってくる作戦。

 

それは分かっているけど、流石に今の状態から逃がしてくれる程、この子も弱くないだろう。

 

(じゃあ...)

 

「遠慮はしないよ。園子」

「出来ればして欲しいんですけど~?」

「問答無用!!」

 

細かいことは考えない。アタシはいつも通り最前線を戦い抜くだけ。決まっていれば行動も早く、口から出た言葉と共に、アタシは弾丸のように飛び出した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

大剣を大きくされ、逃げ場のない場所で振り回されたらたまったもんじゃない。そう結論づけた俺達は極めてはやく城の外へ出た。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

「おぉぉぉぉっ!!!」

 

いつぞやの光景をフラッシュバックさせるように、斧と大剣がぶつかり合う。とはいえ、あの頃と違うこともあった。

 

お互いの手札をあの頃より知っている。お互いの性格をあの頃より理解している。お互いの気持ちがあの頃より違う。それだけで戦いは全く違った。

 

つばぜり合いは止まることなく加速する。互いにパワータイプである俺達は、相手を捩じ伏せるために力を更にいれていく。

 

(ま、当然罠だがな)

 

「!?」

 

俺の真後ろ、彼女にとって死角の部分から飛ばされた樹のワイヤーに驚いた風は、すぐにバックステップをとる。

 

そんな隙を逃す筈がなかった。

 

「おらあっ!!」

「くうっ!」

 

伸ばした斧はすんでのところで体を捻られるも、もう一方は風の大剣を叩いた。手首を痛めかねない角度になれば当然大剣を離す。

 

(どうせ戻すだろうが!!!)

 

弾かれた武器を一度消し再顕現させることで手元に戻すテクニックは、俺もよく使ってきた技。風がそれをしない筈がない。

 

だから、そこの先を読む。

 

(武器は大剣。基本的に風は両手で持つ。その手の向きや揃え方を見れば、どんな攻撃がくるか予測出来る!!)

 

今回は目ではなく手だけを覗く。風の動きは分かりやすく、すぐに次の行動が読めた。

 

(左下からの切り上げ!!)

 

始動位置からすぐに邪魔になるよう斧をさらに伸ばした。

 

「いっけぇ!!」

「!そんなっ!?」

 

案の定、大剣は進もうとしたルートを通らず、寧ろ逆へ押し込んでやった。がっちり握っていた風はそれにつられてバランスを崩す。

 

(これでッ!!)

 

勝ちを確信し、止めの一撃を繰り出そうとした。慢心だとは思わない。『何もなければ』確実に勝負が決まる瞬間だったのだから。

 

そして、風は『何か』をした。

 

「ま、だぁっ!!!」

「!?」

 

突然目の前に迫る剣。予測してなかった上、前へ突き進んでいる俺には避けることが不可能。

 

(~ッ!?!?)

 

声にならない悲鳴が脳を支配し、本能的に手を体の前に出す。

 

その時点で、この戦いは終わっていた。

 

カキンと金属音が鳴り、大剣と斧が俺の左右へ飛んでいく。

 

「ぁ......」

「......」

「......えーっと。樹。もう離してくれる?お姉ちゃんの手痛いんだけど」

 

間抜けな声と、気まずい空気に飲まれながら、ワイヤーに囚われた風がポツリと言った。

 

「っ、はっ」

「椿さん、大丈夫ですか?」

「いたぁ!?うぉい妹!急に解くことないでしょうが!!」

 

突然落とされ尻餅をついた風がブーブー文句を言ってきているが、樹はこれを無視。俺もまだそこに意識を持っていけなかった。

 

(し、死ぬかと思った...)

 

最近恐怖を感じたり、動揺したりすることが多かったからか、胃とか心臓の辺りがキュッとなった。まさかあの風があそこから攻撃に転じてくるとは思わなかったのだ。

 

だが、さっきの攻撃は________丁度良い位置に大剣を再顕現し、足で蹴り飛ばしてぶつけようとする________というのは、このルールではかなり有効な手段である。流石に小石を投げつけられたくらいでは起動しないバリアも、バーテックスを倒すための剣(というより、鉄のような塊)が当たりそうになれば起動し、失格の条件を満たしてしまう。

 

(......いや、それ以前に、怖かったんだ)

 

理屈なんかどうにでも並べられる。でも、今はただひたすらに目の前の攻撃が怖かった。以前の恐怖にまだ引っ張られている。

 

(くそっ。判断を鈍らせてる場合じゃねぇだろうが)

 

小さく舌打ちして、伸ばしてくれていた樹の手を握った。

 

「ありがとう。助かった」

「いえ!」

「ふぅ...とりあえず、お前は脱落だな。風」

「うー...ま、まぁ?この勝負はあたしの負けよ。悔しいことにね。あー残念残念!!」

 

両手を上げて降参のポーズを取る風。しかし、その顔だけが行動と合ってなかった。

 

「...なに笑ってるんだ」

「えー?だって椿のあんな驚いた顔そうそう見れるもんでもないし」

 

笑顔だった彼女は、更に口角をあげる。

 

「やっぱり椿と樹なんだなってね」

「?何が...」

「失格したあたしとそんなに意味のない会話をしてくれてる優しさがね」

「「!!」」

「というわけで、時間は稼いだわ。後は頑張ってね」

 

しまったと思う頃には、もう遅いと悟った。せめてもの抵抗で風が手を振った方を向く。音を立たせながら森から出てきたのは__________

 

「......若葉」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あー負けたー!!ミノさん先輩強すぎ!!」

「ごめんね」

 

特に見所らしいところもなく、アタシと小さい園子の戦いは終わった。ひたすら攻撃したアタシに園子の防御が間に合わなくなっただけ。 寧ろファインプレーを纏めるならあっちの防御テクニックだろう。

 

(流石園子だな...攻撃までしてくる暇はなかったっぽいけど、時間は結構かかっちゃった)

 

「ほら、立てる?」

「あ、ありがとうございます~」

 

当たった攻撃は一撃。しかもそんなに重くないからダメージはほぼなかった筈だろう。

 

「それにしても、ミノさん先輩優しいですね」

「何で?」

「私が時間稼ぎで来たのに、勝ってからも優しくしてくれて...」

 

小さい園子は、口で三日月を描かせて。

 

「本当、嬉しいです!」

「ッ!!!」

 

気づいたのは比較的長い付き合いだった彼女の顔を見たアタシの経験と、勘。たったそれだけで気づけたのは我ながら称賛する。

 

ギリギリで避けた場所には、土煙が舞っていた。

 

「後ちょっとだったから声大きくして誤魔化したのにー!!」

「寧ろそれが気づく原因になってたね。残念」

「は?」

 

声を聞いたアタシは、一瞬動きが止まってしまった。聞き覚えのある相手ではある。ここ数日はよく聞いてもいる。

 

でも、ここにいる筈のない存在だったから。いつでも動けるようにしていた筈の体が固まった。

 

「まぁ、こうなったらやるだけだし...後は任せろなんて言える仲じゃないけど、休んでて」

「じゃあ、お願いします!」

「い、いやいや待て」

「待たないよ。この前は横やりが入ってきたけど、今日はそんなことなさそうだし」

「いやだから!!何でお前がここにいるんだよ!?赤嶺!!」

 

土煙が晴れ、見えるようになった彼女_______赤嶺友奈は、手を胸の前で構えて、脚の幅を広げる。

 

「気配をギリギリまで消せるのはこの世界に来る前に身につけた技術の賜物で」

「いやそうじゃない!!この試合にお前は出れない筈!!」

「確かに私は部外者。でもこの試合に出れないわけじゃない」

「はぁ?」

「この戦いの参加者は、お互いのスタート地点にいた人」

「それがどうして...」

「残る派と戻る派でチーム分けはしたけど、開始時点で出たい人はその場にいればルール違反じゃないんだよ」

「!!」

 

屁理屈のような言い回しに目を見開く。まるで椿が言いそうな_____

 

「ルールを決める時にさりげなく抜け道を作り、そっちは私達との話し合いでそれを認めた。文句を言われる筋合いはないし、審判である大赦にも聞いてOK貰ったよ?」

「......なるほど。よーく分かった。確かにこれはこっち側のミスだな」

 

(椿を含め誰も気づかなかったんだ。仕方ない)

 

言い分は納得できて、諦められた。

 

だからこそ、すぐに吹っ切れる。

 

「じゃ、アタシがあんたをすぐに片せば問題無いわけだ?」

「...そうこなくっちゃ。この前は横やりが入っちゃったからね」

「あぁ...決着、つけようか」

「神花、開放」

 

ここまで相手の思惑通りだったとしても、乗らざるを得ない。この状態の赤嶺を奇襲された皆が対処するのは難しいだろうから。

 

(だったら今ここで決着をつける。罠ごと噛み砕くまで!!)

 

この斧に思いを込めてる限り、負けはしない。

 

「緋色舞うよ!」

「ハァァァァ!!!」

 

真正面から斧と拳がぶつかって、戦いの開始を告げる音が鳴った。

 

 

 

 

 

--------------

 

 

 

 

 

私は、遠くない未来で死ぬらしい。別に持病なんかは持ってないし、寧ろ畑仕事をバリバリこなせる健康体そのもの。

 

ただ、西暦の勇者としてなら十分に可能性はある。勝手に攻撃から守ってくれる精霊はいない。一緒に歩める人はいるけど、一緒にバーテックスと戦ってくれる頼もしい仲間もいない。

 

この世界は凄く安心できた。敵が来た時は基本警報が知らせてくれるから安心して農作業が出来る。万一被弾しても傷はつかない。数が多くても一緒に戦ってくれる仲間が大勢いる。

 

だから、この世界にいた方がいいのかもしれない。怖い思いをしないというのは、それだけ甘美な蜜のようで__________

 

(そう。怖くない。それだけじゃない。でも、違うから)

 

例え一緒に戦う仲間がいなくても、私の戦いを見てくれている人がいるから。私を待っている諏訪の皆がいるから。

 

(...私と一緒に帰ってくれる、みーちゃんがいるから)

 

私は白鳥歌野。諏訪を守り農業王であり勇者。

 

そんな私が、未来を変えれるんだと示すために。

 

 

 

 

 

「そう、思ってたんだけどなぁ」

 

もたれかかった木に頭を預け、空を見上げる。何でもないような青空は、さっきまで戦ってた相手を思わせる色をしていた。

 

『私は、自分の未来を変えてみせると言ったお前を尊敬しているし、応援したいと思っている。一方で、まだ帰したくない気持ちもある』

『嬉しいこといってくれるじゃない!』

『そのくらい好きなんだ...だが、この勝負は別だ』

『分かってるわよ!!そんなこと!!!』

 

確かに彼女は強い。とはいえこちらは彼女より長いリーチの鞭に、銀ちゃんと二人がかり。勝ち目は十分にある筈だった。

 

まず、私の鞭を避けながら銀ちゃんが圧倒的な速さで本人の抵抗も虚しく切られ。

 

次に狙われた私は、 なんとか刀を弾き飛ばすことは出来た。

 

『頂いたわよ!!』

『...ッ!』

 

しかし彼女は、刀を気にすることなく突撃。驚いた私の隙をついて、鞘による一撃を肩に当ててきた。

 

(......)

 

あの動きは、武器こそ手元に戻していないものの『彼女』らしい動きと言うよりは、寧ろ『彼』らしい__________

 

「歌野さん、もう大丈夫ですか?」

「あぁごめんね?もう大丈夫よ。行きましょうか」

 

ともあれ、私のやれることはもうなくなってしまった。なら、ライバルの応援くらいしたい。

 

「...若葉、頑張ってね」

 

誰がいるわけでもない場所へ向かって、私は小さく呟いた。

 

 

 



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花結いの章 17話

私は、つっきーが好きだ。先輩としてではなく、一人の男の人として。

 

今更好きになった経緯とかを話すことはしない。ただ、私は愛してやまない人を見つけてしまった。

 

それは、例えズッ友であるミノさんやわっしーに対しても負けない。

 

でも、はっきりと『付き合ってください』とは言えなかった。フラれるのが怖い。関係が崩れるのが怖い。同じように彼を好きな皆とこじれてしまうのが怖い。好きとは言えても、アピールは出来ても、恋人になりたいとは言えなかった。

 

でも、そうして迷ってる間に、つっきーは一人過去の世界に行って、今度は皆纏めてこの世界に訪れて。

 

同じつっきーを好きなライバルは一気に増えた。嬉しさもある。でも、自分の中に燻る黒い感情が増えてしまったことも否定出来ない。

 

そんな私が、残るか戻るかの選択を迫られた時、咄嗟に出てきた理由はこうだった。

 

(戻れば、ライバルも減るかな)

 

これが理由の全てとは言わない。でも、少しでも思ってしまったのも確か。

 

(でも私、ずっと前からつっきーのこと好きだもんね?)

 

部室で見たつっきーとひなタンの様子を見て、察してしまった。昨日かどこかのタイミングで、恐らくひなタンはつっきーに何かしている。

 

恋は戦争。なんて聞くけれど、誰かが始めたならもう止められない。ならば、私は勝ちにいく。負けるつもりはない。

 

私の恋心以外を考えたら、皆と別れるのは辛いけど、神様のいる世界にこれ以上長居しなくないから。恋心だけを考えるなら、ライバルを減らしたいから。その為に、私は今ここで槍を振るっていた。

 

『だったら、ここは勇者部(うち)らしくなく、大喧嘩といかないか?』

 

そう、これは大喧嘩。お互いの駄々をこねあう機会。もし私の思いを否定するなら、私の黒い感情を、間違っていると言うならば__________

 

「私に勝ってみせて!!!」

「偉そうに言ってんじゃないわよ!!園子ぉ!!!」

 

大声とそれぞれの武器がぶつかる音が響くのは、同時だった。

 

「そのちゃん!」

「よそ見してる場合!?」

 

ゆーゆがアッキーと戦っている横で、私はひたすらにぼっしーの刀をいなし、槍を刺す。少し離れれば何本もの刀が投げられて、盾にすれば視界が塞がるから槍の持ち手部分も使って弾いた。

 

「園子っっ!!!」

 

今日のにぼっしーは本気で来ている。気迫や態度がそれをバシバシ伝えて来ていて、だからこそ私は笑顔でいれた。

 

今更その理由を聞くこともない。アッキーと一緒にいたことが一番の答えだし、正直そこまで興味はない。

 

これは、勝つか負けるかだけなのだから。

 

(...そう。勝つため)

 

地面に手をつきつつ、あえて緩ませていた力を一瞬だけ全力で込める。当然相手は__________

 

(だから、悪いけど)

 

「貰っていくよ」

 

ゆーゆに気をとられていたアッキーに槍を突き立てながら、私はそう言った。

 

「!?アンタッ!!!」

「でぇぇぇやっ!!」

「!?」

「あっ」

 

間髪入れずにぼっしーに突撃したゆーゆは、咄嗟に突き出された刀を避けきれないながらも拳をしっかり当てた。両方とも、暖色のバリアが光っている。

 

「ゆーゆ!」

「あはは...ごめん、確実にいけたと思ったんだけどなぁ......夏凜ちゃんやっぱり強いや」

「...はーっ。ちょいちょい結城っち。私は大したことなかったってこと?」

「そ、そんなことはっ!?」

「いや何普通に会話初めてんのよ!?」

「だってもう私達負けだし。上手く二人にやられちゃったわけよ。園子はまだ予測出来たけど、避けられなかったわアレ」

「えっへっへ~」

「それに、結城っちがその作戦に乗るのもね」

「お恥ずかしながら...」

「え、え?何が!?」

 

このまま井戸端会議が始まりそうだったのを、私は背を向ける。ここで話をする暇はあっても、有益な情報は出ない。

 

「じゃあ園ちゃん、行ってらっしゃい!」

「うん。行ってくるね~」

「ちょ、園子!...雪花、何について言ってるのよ~っ!!」

 

 

 

 

 

あのメンバーで私が秀でている自信があったのは、集団戦闘の訓練を受けてることだと思った。相手のにぼっしーは勇者になる一枠を争っていたし、アッキーは北の大陸で一人で戦っていた。その点私はわっしー、ミノさんとちゃんとチームプレーを訓練として受けている。

 

わざわざ二対二で出会って、少し離れた場所で一対一をしあうのは、相手の二人は得意な舞台であり、私は必要性を感じないながら、隙を作りやすい舞台だった。

 

一対一になったら、ゆーゆが戦っている方の隙を見計らって横槍を入れる。事前に決めていたのはこれだけだった。アッキーはチラチラこっちを見て警戒してるのが分かったから、全力でにぼっしーの相手をしてるように見せつつ最大速度は抑え、ゆーゆに意識を割かざる得ない状況で行動した。

 

野球でいうチェンジアップがストレートと混ぜることで有効なように、人は急な速度変化には対応しにくい。それをついた作戦。二人はまんまと騙されてくれた。

 

(二人が騙されたのは、それがメインじゃないだろうけど)

 

にぼっしーも、場合によっては気づいたと思う。アッキーにも対応されてた筈。それが二人とも出来なかったのは、きっとゆーゆのお陰。

 

『正々堂々と戦いそうなゆーゆが、私のちょっと小狡い作戦に乗るとは思えない』という思い込みの故だった。私自身二つ返事でオッケーが返ってくるとは思わなかったから。

 

『私も、決めたから。園ちゃんと一緒だよ』

 

返事に続けられたのは、そんな言葉。あれはきっと、いや間違いなく__________

 

(...今は置いとこう。行かなきゃ)

 

私はかぶりを振って、木を伝いながら次の相手を探し出した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

私にとって彼は、ヒーローだった。

 

拒絶して、殻に閉じ籠っていた私を引っ張りあげた人。暖かい皆が周りにいることを教えてくれた人。

 

「へっ、しゃらくせぇ!!」

 

たまに、バカみたいに熱くて。

 

「ハアッ!!」

 

たまに、物静かになって。

 

普段は皆の兄みたいなのに、何かと振り回されてることも多くて。

 

それでも、握る手は私の固まった心を溶かしていくようで。ゲームしている時は息を合わせるのが楽しくて。

 

『昔』蔑まれたり、虐められたりしたことを『昔』のことにしてくれた人。過去に来て戦うなんて、ゲームのストーリーなら主人公でしかない人。

 

今の私は、彼を敵としている。思いが違うのだから仕方ない。

 

「......強いな、千景」

「はっ、はっ...」

 

それは仕方ない。理由がなんであれ自分の意思で決めたことなんだから。

 

だから、私も私を貫く。

 

「ぐんちゃん...」

「任せて。高嶋さん」

 

さっきやられてしまった、大切な彼女の為にも__________

 

「悪いけど、今日の私は諦め悪いわよ」

 

小さく告げて、鎌の切っ先を二人へ向けた。

 

再び始まった戦いの初動は、リーチの長いものから。山伏さんの銃剣から放たれる弾丸を走って避けながら、古波蔵さんの元へ行く。

 

迎え撃つように構えた彼女が射線に入るよう考えながら、振り上げた鎌を一気に落とした。重い金属音が鳴り響く。

 

「古波蔵ぁ!!」

「ッ!」

 

(大丈夫。ゲームの様にはいかないけど...!!)

 

バックステップをしたのを追わず、私は鎌を振り上げた。

 

これはゲームじゃない。細い鎌で銃弾を弾くなんて曲芸は、少なくとも私には無理だ。

 

でも、人で射角が限定されてて、もう少し大きな盾があれば。

 

だから私は、近くを浮いていた審判用のドローンに鎌を突き刺し、吹き飛ばした。銃弾はキレイに当たって小さな爆発を起こす。

 

「うっそだろ!?」

「はっ!!」

 

そのまま、誰かのように鎌を投げる。

 

「シズク!」

「嘗めんなっ!!」

 

山伏さんは苦し紛れに銃弾を構え、鎌を上へ弾き飛ばす。

 

(...やるしかない!!)

 

チャンスを活かすにはここしかない。跳躍しつつ、弾き飛ばされた鎌を手元に戻す。目標は、尻餅をつきかけている山伏さん__________

 

「これで、終わりよっ!!!」

「ハッ!!」

 

しかし、古波蔵さんが割り込んできた。自分の目線より高い位置にヌンチャクを張り、私を受け止めようとする。二人は一緒のチームなわけだし、当然のことだ。

 

一秒にも満たない戦い。それでも私は自然に出来た。

 

「!?」

「シッ!!!」

 

ついさっきあげた金属音はせず、私は地面に着地する。当たる直前に消した鎌を再顕現。西暦時代には出来なかったものの、この世界で誰かのせいで何度か見たことのあるテクニック。

 

(これで、終わり!!!!)

 

切り上げるようにした鎌は、何も防ぐものはないまま古波蔵さんに刺さり。

 

そして、一陣の風が吹いた。

 

 

 

 

 

(......)

 

「大丈夫か?千景」

「......」

 

その姿は、まるでヒーローだったと言えるだろう。

 

嘗て私が忌避していた色。憎んですらいた人。

 

「これで、シズクも失格だな」

「...ダーッ!!ここで不意討ちは分からねぇよ!!」

「悪いな」

「......私もやられたか。千景に見事やられたな」

 

刀を鞘に納める毅然とした仕草は、まさに勇者の名にふさわしい。

 

とはいえ。

 

「...千景?」

 

彼女がこっちを向いて、首を傾げる。私は一度息を吐いて__________

 

「...遅いわよ」

 

銃弾に撃たれた肩を擦りながら、いつものように言うだけだった。

 

「そろそろ人数も少なくなってきたでしょ?......頑張って。乃木さん」

 

これで一歩間に合わない辺りは、ヒーローらしくないけど、どこか彼女らしい。そんな風に思いながら。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

ここまで、概ね作戦通りと言えるだろう。

 

『...分かりました。若葉さんの意見に反対することはないです......頑張りましょうね!』

 

囮ともいえるような作戦に乗ってくれた。

 

『そろそろ人数も少なくなってきたでしょ?......頑張って』

 

激励も飛ばされた。

 

『護衛?それは...まぁいいよ。折角参加する以上、乗ってあげる』

 

意外な協力者も得た。

 

私の中で彼は土壇場の思考、行動力と、搦め手を使った作戦立案能力が高いと思っている。誰かを守るために自ら壁になることをすんなり行ったり、本人曰く『勇者らしくない』なんていう作戦をとったり。

 

そう言う意味で、頭の硬い私は不利と考えて良いだろう。とはいえこれは私の性格、変えるつもりもない。

 

その上で彼に勝つなら、彼の作戦を上回る策を用意するなら、凄く難しい。

 

でも、それは私が一人だった時ならのこと。私には、かけがえのない仲間がいる。

 

(今、半数程度が敵としてだが...)

 

彼も、今は敵である。とはいえ。いや、だからこそ。

 

(私も、勝ちたいからな)

 

私は、ようやく姿を現した。

 

「......若葉」

「椿、こうしてしっかり戦うのは初めてか?」

「...まぁ、普段こういう状況にはならないしな」

「その通りだな」

 

少し息があがりながらも斧を構える椿と、その後ろで隠れるようにしている樹。

 

(...まぁ、いい)

 

本音が漏れてきそうになるのを抑える。私自身の目的の為にもそれが必要だから。

 

「だが、悪くない」

 

静かに刀を鞘から引き抜く。幾つものバーテックスを屠り、仲間を、人類を守るために振るっていた生大刀。

 

天高く掲げれば、銀色の刀身が輝いて見えた。

 

普段はあまり取らない行動に、椿も樹もこちらを見つめる。

 

(私が望むのは、個人的勝ちではなく)

 

「四国勇者、乃木若葉」

 

静かに、ゆっくりと、切っ先を二人へ向ける。

 

(チームの勝利なのだから)

 

「椿さんっ!!!!」

「ッ!?」

「参る!!!!」

 

刀を降ろしきり一歩目を踏み出す時には、一つの弾丸が私の隣で髪を揺らした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「参る!!!!」

「椿さんっ!!!!」

 

若葉が抜刀し、演出のようなことをして、叫んだ瞬間。訳の分からないことが幾つも起きた。

 

何故か樹に突き飛ばされ、大きなの音がして。

 

突き飛ばしてきた彼女は、何かに当たったように後ろに吹き飛び、更に若葉に切られ。

 

俺がなんとか取れた行動は、俺に向けられた若葉の二擊目をなんとか止めるだけだった。

 

(!?!?)

 

「さぁ、終わりだ!!」

 

苦しそうな、それでいて嬉しそうな表情を見せる若葉の声に、ついていけてない頭を回す。

 

(はや!?何が起きてっ!)

 

「はぁぁぁぁ!!!!」

 

次いで起こったのは、さっきと同じ大きな音と、大声。音に従って首を動かすと、後ろ側に突然園子が現れた。

 

まるで地面に着弾したかのような園子が何かを弾く。弾かれたモノが宙を舞う様を、何故かスローモーションのように見れて__________

 

(...銃、弾)

 

きっと、俺を狙い、樹を倒した原因。恐らく若葉はこれを想定して俺に背を向けさせるような攻撃をし、園子は守ってくれた。

 

「園子かっ!!」

「つっきー大丈夫!?」

「園子っ!」

 

俺の斧への圧をやめた若葉は、さっきも見せた凄まじい速度で園子へ突っ込んでいく。心配で声を荒げるも、園子へ見事にその速度へついていった。

 

「お前の相手は私だ!!!」

「御先祖様...負けないよ!!」

 

互いの武器の先がぶれて見えるほどの連擊を重ねながら、木々の生えた方へ突っ込んでいく二人。

 

(いや何やってる!切り替えろ俺!!)

 

美しさすら感じる動きを見るのをやめ、すぐに走った。誰だか分からないが銃で狙われているのは確かだ。

 

「樹ごめん!ありがとう!!仇はとるから!!」

「椿さん...頑張ってくださーい!!」

 

応援を背に、俺も二人とは違う森へ走り込んだ。

 

 

 

 

 

(落ち着け。大丈夫。一難去った。よく考えろ)

 

落ち着いていた所から風と若葉の連戦。そして狙撃。心臓の音が周りに聞こえるんじゃないかと錯覚するほど大きかった動揺の連続から解放された俺は、ようやく長い息を吐けた。

 

(...負けられないんだから。しっかりしろ)

 

とはいえ一時しのぎ。確かに銃はさっきの狙撃方向から考えて射角に入らないよう隠れているつもりだが、まだ狙われているだろう。

 

(そうだよ。何で銃を持ってる相手がまだいる......?)

 

若葉が現れパフォーマンスのような動きをした上、もうないと思っていた遠距離からの狙撃。これは狙って行われたことであり、最初の遠距離武器持ちが集まっていたことも、あの銃の一撃に気づかせないための罠だったとさえ考えられる。まんまと嵌められた結果、樹に庇ってもらった。

 

しかし、今になって思い出せるのは幾つかの違和感。

 

(流石に若葉も、あの速さなら樹に着弾したか分からなかった筈。だけど、庇われた俺に追撃せず、真っ直ぐ樹を狙った)

 

何もなければ俺を狙う狙撃に懐に入って樹を切り払う若葉でいいだろう。しかし、あれだと俺を切ることも考える仕草があっても良かった筈。しかし、そんな迷いは全くなかった。

 

そしてもう一つ。

 

(あの音は...)

 

あの銃声は『俺を狙って撃たれることはありえない銃剣のもの』。そう思っていた音だった。

 

(武器を拾うのはルール上OKか?そしたら複数銃を持つ東郷のじゃないのも...!!)

 

そこまで考えて、俺は意識を切り替えた。草が揺れる音と、微かだが歩く音もする。

 

(もうあんな失態はしない......集中!!!!)

 

頭にかかる圧を無視して、耳を傾けた。風はない。より音がする方へ注力する。

 

(...右方向。すぐそこ!!)

 

気づかれないよう声を出すことなく、俺は斧を__________

 

 

 

 

 

「あらあら」

「_______________」

 

手元からすっぽ抜けた斧は、あらぬ方向へ飛んでいった。それだけ思考が吹き飛んでいく。動揺して視界が安定しない。思わず一歩後ずさる。

 

「そんなところにいたんですか」

「...え、なん、で」

 

若草色の装束は、胸元に『34』の数字を刻み。

 

「なんで。なんて、おかしなことを聞きますね」

 

紫がかった長い黒髪を揺らし。

 

「貴方を倒すためですよ。椿さん」

 

一本の銃剣を携えて。

 

「私の手で、ね」

 

 

 

 

上里ひなたが、そこにいた。

 

 

 

 

 

 



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花結いの章 18話

「なんでひなたが、いや、その格好は...?」

「私が、今の椿さんに教えると思いますか?」

 

遠回しに拒否したひなたは、自身の持つ銃剣を素早く構える。間髪入れずに放たれた射撃を回避出来たのは、ただの防衛本能だった。

 

(なんで俺はひなたに撃たれて?どうして銃を持って?あの戦衣は?なんで?なんで??)

 

彼女は、守るべき人で。笑顔にさせたい人で。

 

(ひなたが...敵?)

 

それがどうして、真剣な表情で俺に攻撃してくるのか。

 

(なんで......ひなたは...あいつは...!!)

 

頭が割れんばかりに痛む。一緒にいたいと言ってくれた相手が、守らなきゃいけない大切な存在が、俺を狙う。赤嶺でさえ躊躇った俺が、ひなたに攻撃する。

 

(痛い、痛い...頭がっ!)

 

「ァ...ぐ...!?」

 

ちぐはぐになりかけていた歯車は、完全に瓦解した。

 

「逃げてばかりでは、倒せませんよ?」

「......ぇ」

「?」

「うるせぇ」

「!」

 

歯軋りした口から漏れたのは、そんな言葉だった。

 

「うるせぇうるせぇうるせぇッ!!!何でいる!!!お前!!!」

 

二振りの斧を構え直した俺は、『思考を捨てた』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「でぇぇぇぇい!!!」

「フッ!!」

 

数えるのは最初から放棄してたけど、流石に長すぎると思う。とはいえ、それはアタシも彼女も全力で戦っている証だった。

 

何度も何度も互いの武器をぶつけ合い、互いに危ない場面はあった。それをリカバリーして、相手を逆に追い込み、なんとか避けられる。

 

手を抜けない。ひりひりした感覚の中、距離をとったアタシは首の汗を拭った。

 

「スタミナは私の方がありそうだね?」

「はぁ...そうか?さっきから動きが悪くなってるけど?」

「......なら、早めに決着をつけようか!!」

 

素早いフックを体を倒して避けつつ足で蹴りあげるも、見越していたように回避される。

 

(強い...でも、負けられない!!)

 

「勇者は、気合いと根性!!」

「そんなもので!」

 

斧と拳がぶつかり合う感覚は慣れたもので、腕以外にも意識を回せるようになった。

 

『俺は皆より強くないからな。頭を皆より回さないと』

 

意識するのは、椿がしそうなこと。こういう時椿のことを考えて動くと、アタシだけじゃ気づけないことも沢山気づけて、戦術が広がる。

 

だからアタシは、赤嶺の足をひっかけた。

 

「えっ」

「油断、したなっ!!!」

 

バランスを崩した赤嶺に、全力の一撃を叩き込む。ガードはされたけどぶっ飛ばせた。

 

木に叩きつけられればそのままバリアが発動して勝ちだっただろうけど、その前に赤嶺は体勢を持ち直して足をつける。とはいえ、そのタイミングを逃すはずもない。

 

「アタシは!!負けない!!」

 

投げた斧は大きく跳躍した赤嶺に当たらない。彼女の後ろに突き刺さった斧を手元へ戻して、もう一度__________

 

『アァァァァァ!!』

「!?」

 

耳を打った音に驚いて、攻撃をやめてしまった。

 

(今の声...)

 

その声は、きっとアタシが一番聞いてきた人の声。でも、その人らしくない、苦しそうな声。

 

__________いや、きっと『アタシ自身が発したことのある声』

 

ただそれだけで、アタシは体が一瞬固まった。

 

「余所見は感心しないなぁ」

「っ」

 

瞬時におとされた踵落としを避けて、アタシは走り出した。根拠なんてないけど、走らなきゃいけないと思った。

 

 

 

 

 

その結果は、すぐに出た。

 

「くそっ!!クソッ!!」

「っ...椿さん......」

 

いたのは、何故か芽吹達と同じ格好をするひなたと、そのひなたへ攻撃を繰り返す椿。

 

「なんで当たらないんだよっ...!!」

 

ひなたの格好にも驚いたけど、あいつの血走ったような目を見たアタシはいてもたってもいられなかった。

 

「赤嶺お願い一時休戦!!!」

「え、ちょっと」

 

武器を捨てて、アタシは椿の体を後ろから羽交い締めにする。

 

「何やってんの!?」

「離せよ!!」

「離すわけないでしょうが!!!」

 

暴れる椿を無理やり抑えて、アタシと同じ斧を落とさせた。これで今負けても構わない。

 

(今椿を止めないと!!)

 

「どうしちゃったの!?」

「うるせぇ!!離せよ!!敵を倒さなきゃいけないだろ!!」

「ひなたは敵じゃないでしょ!!」

「俺を攻撃してきてなんで違うんだ!?」

 

(錯乱してる!?)

 

「ひなた!椿どうしちゃったの!?」

「わ、分かりません...まさかここまでなるなんて」

「離せ銀!!俺はっ!!」

「離すわけないでしょ!!どうしてこんなになってるのか分かんないけど、今あんたを離しちゃダメなことはハッキリ分かる!!!」

 

椿は暴れて、アタシは抑える。

 

「椿!!」

「俺は、俺は...俺に武器を向けるひなたなんて、いるはずが...っ!?」

「いい加減にしろっ!!!椿の戦い方は違うでしょ!!」

 

『俺は周りより実力はイマイチだからな。やっぱ色々考えて戦わないと』

 

それは、いつだか椿がぼやいてた言葉。

 

「椿はちゃんと、何が大切かを考えて行動する人でしょ!!ただナニカに囚われて動くんじゃない!!アタシの好きな椿はそんな、人のことを考えない人じゃない!!!」

「ッ」

 

椿の体が、一瞬震える。アタシの力は更に強くなった。

 

いつだって優しくて、誰かの為に動ける椿をずっと見てきたんだから。

 

どうして椿がこうなったのか分からないけど、少なくとも今は__________

 

「ひなたも何か言ってやって!」

「...わ、私は......私も、好きなのは、普段の椿さんなんです」

「ッ!!」

「!?」

「そんなに辛そうに戦う貴方は、貴方らしくないですし...苦しんでいるなら、支えてあげたいです。助けてあげたいです。椿さん...」

 

アタシも驚いたけど、誰も何も言わず動かないでいれた。一方で、椿からはゆっくり力が抜けていく。

 

(椿......)

 

一緒に寝た時は、もう大丈夫だと思った。椿だし心配いらないって。

 

でも、多分実際は。

 

(こんなに、震えて...)

 

昨日今日だけでこんな精神状態になる筈もないし、もしもそれだったらもっと不味い。

 

(幼馴染みだからって、見誤ってたのかな)

 

とにかく今アタシに出来ることを__________

 

(そうだよ。悩んでるなんてアタシらしくない)

 

「椿!!」

「!」

「らしくないぞ!!全く!!」

 

ぎゅっと強く抱きしめる。こんな時でも椿は暖かくて、慌ててたアタシ自身も不思議と落ち着く。

 

「ほれほれ、これで慌てるのがいつもの椿でしょ?」

「......ぎ、ん...?」

「そうそう。やっとしゃんとした?」

「...」

「......大丈夫そうだね」

 

心配かけさせたぶん、雑に椿を離す。しっかり見直して、決して平気ではないと思いながら、そう口にしないと励ませないようにも思えて。

 

(これ以上、何もなければ...)

 

椿が正気に戻ったなら、アタシ達は先にやらなきゃいけないことがある。話を聞いたり励ましたりするのはその後。

 

今はまだ、戦わなきゃいけないから。ちゃんとするのはその後で。

 

「ごめん赤嶺。じゃあ続けよっか?」

「私は待ってないよ。上里さんが目で動くなって言ってきただけ...それで、どうする?二対二でやるの?」

「アタシが選んでいいの?」

「そっちの二人はまだボーッとしてるし」

「...じゃ、こっから離れて一対一で」

「......いいの?そこの人を一人で戦わせて」

 

二人で見るのは、まだ荒い呼吸を整えている椿。

 

「...心配っちゃ心配だけど、多分必要なことだから」

 

(...きっと、ひなたにとっても椿にとっても。そして、アタシの為にも)

 

薄々分かってはいた。でも、覚悟を決めなきゃいけない。

 

「頑張ろうね、椿」

 

アタシは小さく呟いて、赤嶺の方を向いた。

 

「...ありがとう、銀」

「っ!...おまたせ赤嶺。じゃああっちでも行く?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

恐らく何分か、意識が途切れていた。証明するものはないが、焼け焦げたように痛みを放つ脳がそう言っている気がする。

 

(いや、思い込み...なんだろうな)

 

「椿さん...?」

「......ごめん、ひなた。ちょっと気が動転してた」

 

恐らく、俺は怖かったのだ。肉体的にも精神的にも。

 

ここ数日で、殴られたり、首を締められたりと、体への痛みを植えつけられた。

 

腹に穴が開いたことのある俺でも、それは怖い。

 

(...いや、違うか)

 

そう、違うのだ_________きっと耐えられないと感じるのは、今までのことがあったから。数年間皆といる空間は甘い蜜のようで、それに浸っていたから。より幸せな空間を知ってしまったから。

 

そして、精神に関しても。

 

「...ひなたのそれ、春信さんから貰ったのか?」

「......えぇ。そうです。東郷さんと同じですよ」

 

俺の改造された戦衣と同じ、防人で使う予定だった予備の装備。

 

ひなたもまた、東郷と同じように巫女と勇者の素質があったんだろう。素の俺と同じような少しの勇者適性が。

 

「最も、これを着れるかどうかの低い適性でしたけど...」

「...それでも、お前はそれを着てここへ来た。それだけの決意があった」

 

それだけの意思が、初めての戦いの場へ彼女を動かした。それはそうだ。ひなたにも貫きたい意志がある。

 

それに、これは喧嘩だと俺自身が定めていた。

 

だが、ひなたに武器を向けられて_____あり得ない光景を前に、俺は喰われたのだ。

 

「ひなたを目にした時、思ったんだよ。こうまでしてきたお前に、俺なんかが対等に戦えるのかって...な」

 

造反神がいるような世界にいたくない。当然皆がいるから戻りたいとは思わないが、皆を危険に晒したくないから戻るべきとは思ってる。そんな義務感、使命感みたいな思い。

 

そんな俺が、強い決意を持ったひなたと戦えるのか。ましてや『その決意をさせたのが俺だというのなら』どうして戦えよう。

 

それで、それを考えて、苦しくなった。

 

「...私、そんなに強い人じゃないんですよ?椿さん。今だって、さっき赤嶺さんを止めずに二人を倒して貰えば、こちらの勝ちはほぼ確定。さっきみたいな椿さんを倒して得た勝利はいらないと思った一方で、どうして弱ってる椿さんを倒さなかったのかって後悔してる身勝手な私も、確かにいるんです」

「......」

「でも、そんな汚い勝利でもいい。ここに残って長い時をまだまだ過ごしたい......そう思うくらい、貴方が好きなんです。愛しているんです。一緒にいたいんです」

 

ひなたは自嘲気味に微笑みながら、それでも銃剣を構える。

 

「今ここで、その答えは聞きません。でも...一度見逃したんです。やられてはくれませんか?」

 

銃口は、真っ直ぐ俺を捉えた。素人が構えようと絶対に外さない距離だろう。

 

それでも彼女がその引き金を引かないのは。俺の答えは。

 

「......もう俺、分からないんだ。自分がどうするべきなのか。どうしたいのか」

 

目の前にいる彼女への返事も、この戦いに望む結末も。

 

元々俺は、多くのことを考えてもやれることなんてたかがしれてるのだ。

 

だから。

 

「だから、確かめさせてくれ」

 

立ち上がり、左手で胸元のペンダントを握る。優しく、けれども確かに感じられるように。

 

「今俺が何を望んでるのか。お前と戦って、その答えを手に入れさせてくれ」

 

もし何か心の底で思うのなら、俺の斧は彼女に届かない。

 

もし自分の考えに迷いがないのなら、俺の斧は彼女に届くはず。

 

今考えるのは、目の前にいる彼女と戦い、倒すか倒されるか。それだけでいい。

 

「......分かりました」

「ありがとう」

 

二振りの斧を握り、切っ先を彼女へ向ける。

 

斧の先がぶれることは、なかった。

 

(...始めよう)

 

放たれた銃弾を無理矢理横へ避け、転がりながら曲げた足で地面を蹴る。

 

結局俺が得意なのは、つべこべ考えず、それでも思考は捨てずに戦うことなのだ。それこそ、あの幼馴染みのように。

 

今度こそ、彼女の気持ちに答えるためにも。

 

「いくぞ!!!ひなたッ!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(強いな。やはり)

 

高いスピード、それを維持できるバランス感覚、そして、それらを扱う完璧なタイミング。バーテックスを相手にする時とはまるで違うのは勿論、普段一緒に特訓するメンバーとも違う。

 

それに今回は__________

 

「園子...」

「御先祖様、どうしたの?」

 

槍を両手で握る園子の目は、普段のぽわぽわしたものではない。戦う者の闘志を伺える。

 

「......いや、愚問だろう」

 

そうなっている理由など、もう分かっているのだから。ひなたを相手にした私にとっては。

 

「だが、私にも引けない理由がある」

「それは、ひなタンのため?」

「そうだな。ひなたの願いを叶えたい」

 

椿と長くいたいという彼女の望みを叶えるために、今の私は刀を振るう。

 

だから、そのために。

 

「私だって、もう振りきれたよ。今日の私は自分の為だけに戦う。負けないよ」

「そうか...本気の園子とは、一度戦ってみたいと思ってたんだ」

 

純粋な興味。普段から強いと言われているけれど、そんな態度は見せない彼女。本来出会わない自分の子孫。

 

そんな彼女と、これ以上の槍裁きと戦える。

 

自然と、ワクワクした。

 

(私も...本気で戦いたい)

 

今までも本気で戦ってきた。しかし、さっきの椿を見て思えてしまった。あの銀と同じ、赤い勇者服。

 

もしあの姿をずっとしてられるほど、神樹が協力的ならば__________

 

(私の思いを証明するためにも)

 

「......園子」

「何?もう続けていい?」

「...あぁ、そうだな」

 

瞳を閉じる。自分の中に異物を入れていく。一度降ろした禁忌の力を確信した。

 

「降りよ...」

 

(これは...あぁ、これなら怒られないだろう)

 

私の予想通りだった。椿が勇者服をずっと着られているのに代償が何もないことから、この世界ならば精霊を降ろすことによるデメリットはなく、力に飲まれることはないのではと考えていた。実際、今も尚飲み込んでくるモノがない。

 

千景がいたら「ただのバフ」とでも言うだろうか。

 

(さぁ、いこう)

 

「!」

 

人間には決して生えない黒き翼。

 

着ている感覚がないくらい体と合っている装束。

 

普段より大きくなって、特殊な覇気を感じる生大刀。

 

その名は。

 

「大天狗!!!!」

「ッ!!!」

 

翼で肉薄し、一瞬の交錯で刀を返した。一撃は二撃となり、決着は__________

 

 

 

 

 

「私、言ったよね?負けないよって」

「!?!?」

 

私は一瞬で身を引いた。同時に戦慄する。

 

これで勝負を決めるつもりだった。不意をついた精霊の力による最大火力。

 

しかし、園子は振り下ろされた一撃と、勢いそのままに返した一撃。どちらも完璧に捌いてみせた上に、突きを返してきた。初見でこれである。

 

(これが...乃木園子)

 

「それが私達にとっての満開...そっか。つっきーの服がそのままなのを見て、この世界は強化のデメリットがないって思ったんだね」

「......その通りだ。流石だな。園子」

「どう?昔は精霊による精神汚染があるって聞いたんだけど」

「ないだろうな。頭に『そういう感じ』が伝わってこない」

「ふーん...私のはおっきいし、使わなくていいかな。このままの方が慣れてるし。あ、服だけ変えよっと」

 

一息ついて、彼女の纏う服が光る。

 

光が消え、その瞳を見て_____心の奥が、カッと熱くなった。

 

「これが私達の切り札、満開だよ...じゃあやろうか。御先祖様」

「あぁ。勝たせてもらうぞ。園子ッ!!!」

「ハァッ!!!」

 

音すら置き去りにする勢いで、私達は互いの武器を突き出した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「くそっ、上手いな!」

 

悪態をつきながら、俺は更に足を動かした。

 

ひなたは当然普段から戦ってるわけじゃない。動きが素早いわけでもないし、銃の狙いも安定していない。だがそれでも、俺は彼女とまだ決着をつけられずにいた。

 

「私がこの世界に来て、どれだけ貴方を見てきたと思ってるんですか!!」

「チッ!」

 

原因はひなたにある。彼女は決して強くない。寧ろ赤嶺を相手にするより遥かに簡単だ。が、その技量の低さを俺の動きを尽く見抜くことで五分まで持っていっていた。

 

俺が動こうとする場所に弾丸を置いておく。俺の攻撃を理解して間合いからギリギリ外れた場所へ離れる。俺が正気を失ってた時も、こうして捌かれていたのだろう。

 

手は決して抜いていない。だが、攻撃は全く当たらない。

 

「普段の癖!戦闘時の心意気!!なにより覚悟を決めた時の決意!!全部私は知っています!!記憶しているんですから!!!」

「それならこれでっ!!」

 

足に当たりそうだった銃弾を避け、両手の斧を地面に叩きつける。一瞬で舞い上がった砂煙の中で、俺は敢えて右から攻めた。まっすぐからは斧を投げる。

 

(近距離にさえ持ち込めれば...!)

 

足音は消しつつ一気に距離を詰める。さっきまでひなたがいた場所で金属のぶつかる音がして、俺は斧を手元へ戻した。

 

(貰った!!)

 

そこに躊躇いはない。振り下ろされた俺の斧はまっすぐ彼女の元へ_____いくことはなく、ただ地面を新たに抉るだけだった。

 

(っ!?)

 

ほんの僅かに足を動かしただけで、彼女は目の前を通る斧を回避した。その間は顔一つぶんもない。

 

恐れがないのかと錯覚するほどの度胸と、相手の動きを正確すぎるまでに読みきる観察眼がなければこうはいかない。

 

(ヤバいっ)

 

そしてそのリターンは、俺にとってのリスクでしかなかった。叩きつけた斧を切り上げるにも、もう片方の斧で突き抜くのにも相手の動作より劣る。

 

どんな初心者でも絶対外さないゼロ距離で、銃剣が構えられた。

 

(集中ッ!!!!)

 

どこを狙うか知覚する前に、俺は斧を持つ手に力を込めた。地面に深く刺さった斧は、そこを支点として動き出す。

 

「どらぁっ!」

 

棒高跳びの要領で無理矢理体を浮かび上がらせた俺は、ギリギリ銃弾から逃れた。そのまま力任せにぶっ飛び、地面に倒れ伏す。

 

(読まれるなら、裏をかく!!!)

 

追撃の銃弾は転がって回避し、なんとかピンチから逃れられた。

 

「今のは読めなかったか!」

「折角のチャンスを逃しました...私は後ろに下がると思ったので」

 

言いながらも、引き金を引く手は止まらない。断続的に放たれる弾を避けながらも、俺は思考を回す。

 

(これじゃあ埒が明かない...いや、銃の精度が上がってきてる以上不利にしかならない。一か八かやるしか......)

 

さっきもギリギリまではいけた。ならば、少し趣向を変えれば。

 

(...覚悟、決めるか)

 

一瞬で気持ちを切り替え、ひなたを見つめた。防御を捨てて前へ出る。相手は俺の動きを読みきる彼女。

 

それでも、俺は吠えた。

 

「なら、そろそろ終わらせるか!!!」

 

横に逃げていたのを前へ変える。ひなたへの距離は約10メートル。

 

「やられませんよ!!」

 

しっかり構えられた銃剣からは、直撃コースの弾が吐き出された。俺が直進しているとはいえ確実に上達している。

 

その弾を、俺は__________

 

「ッッ!!!!」

「!」

 

飛んできた弾丸は、斧に当たって弾道が逸れた。衝撃で手元から飛んでいった斧を再び右手へ。

 

斧ならカバーできる面積が広いから、俺を守るためだけに銃弾を弾くだけなら、そこまで難易度が高くない。

 

続けて放たれた弾丸も防いで見せた俺は、更にひなたへ近づいた。彼女のバックステップを含めて、斧のリーチまではあと一発。

 

「このっ...!」

 

近くなった彼女は、構えを取り直して弾を放った。この距離での弾丸だ。目で追えるどころかマズルフラッシュを見る頃には当たっている。

 

しかし。

 

(ここだろっ...!!)

 

俺の右腰辺りを狙った一撃。大きな斧で防ぐには手近過ぎるしバランスを崩しかねない場所を的確に攻撃してくるひなたには尊敬しかない。練習を積んでも未だに外すことがある俺にはそんな銃撃センスがないから。

 

普段なら防げない。でも、今回に限っては場所が確かに分かる。この距離なら、彼女の純粋な目が教えてくれる。

 

(お前が俺を見ていたなら、俺はお前を見ていたっ!!)

 

だから、俺は彼女を信じて斧を振った。

 

「当たれっ!!!」

 

ガンと音がし、右足のすぐそばを弾丸が通った。

 

「!!」

 

構えにくい場所への弾丸を切り払うことで防いだ俺は、体勢を崩すことなく彼女に肉薄してみせた。

 

「ひなたっ!!」

「ッ」

 

流石に近距離ではこっちに分があることはお互い分かっている。それでもひなたは諦めずに銃剣を持つ手を伸ばしてきた。胸元に届きそうな剣先を、俺は両側から斧で挟み込んで動きを止める。

 

強引に上へ向かせ、銃口も反らした。こうなれば彼女はきっと無理せず手を離して距離を取ろうとするだろう。チャンスは今しかない。

 

「おおおおおっ!!」

「きゃっ」

 

手を離し引き下がるひなたへ、俺も斧を捨てて飛びかかる。手首を抑えて一緒に地面に倒れ込む様子は、俺が襲ってるようにしか見えないだろう。ひなたも痛そうで申し訳なさもある。

 

(でも!!)

 

ひなたは武器を顕現させても俺に向けられず、俺は彼女の手首を掴んでいて大きな斧を出すスペースはない。

 

「っ」

「...」

 

ひなたと一瞬目が合う。俺が力を抜けばそのままキスできそうな距離。戦いの最中ではあるが、お互いに顔が赤いだろう。

 

(...あぁ)

 

でも、それが逆に俺を落ち着かせた。

 

(......ひなた、俺は)

 

 

 

 

 

「...終わりだな」

「......えぇ。負けました」

 

ひなたが微笑むのを見て、俺も自然に口角が上がる。

 

ひなたの脇には、短刀が刺さっていた。

 

「出せたんですか?」

「元々、俺がこの勇者服の時に使えるよう調整されてる武器なんでな。銃は今出せなかったんだが」

 

彼女の手首を掴んだまま、二本指で刀を持つ手を作る。後はそのまま彼女のバリアが発動する場所まで持っていくだけだった。

 

周りにはドローンもいて、勝敗は完全に決まっている。

 

「ふうっ...」

「もう離れてしまうんですか?」

「いつまでもお前を倒れさせとく訳にもいかないだろ。痛いし近いし」

「近くにいたかったんですよ」

「......はい」

 

これまでなら勘違いしてたかもしれないが、彼女の気持ちが分かりながら照れもなくそんなことを言われれば、俺は狼狽えるしかない。

 

そんな俺の姿を見て、彼女はクスクス笑った。

 

「...ひなた」

「はい」

「......」

「答えは、見つかりましたか?」

「......整理する時間をくれ」

 

恐らく、答えは得た。ならば口にするために纏めるだけだ。

 

「仕方ありませんね...ですが」

 

ひなたが、小さく呟く。

 

 

 

 

 

「__________」

 

理解するより先に、本能が動く。ひなたが笑みでも浮かべていたら絶対間に合わなかったタイミングで、出した斧が吹き飛ばされた。

 

「勝ちは頂いたと思いましたのに」

「流石だな。椿は」

 

平然と二人が会話を繰り広げる中、俺は目を見開く。それは彼女が不意の一撃を与えてきたことではなく、彼女の姿。

 

黒い翼で空を飛び、彼女を包む装束は淡い光を放っている。おおよそ人間の姿ではない。そう__________

 

「若葉...お前」

 

精霊、大天狗に身を包んだ彼女がそこにいた。

 

「安心しろ椿。害はない」

「そんなの何で」

「椿のその勇者服と同じだ。本来であれば、お前のそれもおかしいだろう」

「ぁ......」

 

言われて気づくことはあった。適性の低さから本来もうこの服を着れない俺が、女の姿とはいえ何のデメリットを感じないままここに立っている。若葉は恐らく、それで判断し実行したのだろう。

 

この世界なら、本来代償のある姿も大丈夫だろうと。

 

「だからってお前」

「私は勝つ。どんな手を使っても、ひなたに勝利を捧げる...非難するなら受けよう。だが、そうするだけの覚悟はある」

『乃木園子、三ノ輪銀、白鳥歌野、_____』

 

長々と名前の読み上げが始まり、俺達は武器を構えたまま固まった。これは脱落者の合図であり、今どこにも戦闘が行われていない証拠。

 

『__________赤嶺友奈、乃木銀、乃木園子、上里ひなた、脱落です』

 

読み上げが終わると、若葉は刀を一度振るう。途中で攻めてこなかったのはフェアプレー精神なのか、精神を研ぎ澄ませていたのか。

 

(...きっと後者だ)

 

精神を蝕まれるデメリットはなく、今の彼女はひなたのために、らしくないことをする。ならば、確実に俺を屠るため、精神を統一させているんだろう。

 

勝つためにかつて自分を苦しめた力に手を出した。その事実に驚嘆と称賛、そして、自分に対しての気持ちが生まれる。

 

(俺は...俺だって)

 

ひなたに勝ってみせた覚悟は、なんであれ本物だ。決して偽物なんかじゃない。

 

「ありがとう。ひなた」

「!」

「お前のお陰で、また立てる」

 

(だったら、その気持ちを貫くためにも)

 

覚悟は、案外すぐに出来た。

 

「俺が勝てば、決着がつくのか」

「勝つつもりか?椿」

「当たり前だろ」

 

チリチリとした感覚が火花を散らす。何度かこの身をもって体験してきた感覚。

 

(...若葉の言いたかったこと、分かったわ)

 

漠然と、ただ確かに『大丈夫』だと分かるものは、俺の一歩を確実に進ませた。

 

「「!」」

「俺だって、負けはしない」

 

切り札、希望の象徴であり絶望の呪い。

 

炎に包まれるように光を纏った俺は、一度目を閉じた。

 

「若葉、勝ちを貰うぞ」

 

その名は__________

 

「満開っ!!!!」

「...そうでなくてはな!!椿ッ!!!!」

 

花が咲き誇った瞬間、若葉は獰猛な笑みを浮かべながら翼をはためかせ。

 

彼女より無骨な翼を広げた俺は、彼女と最初の交錯をした。

 

「絶対に勝つ!!!!この力で!!!!」

 



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花結いの章 19話

雲一つない青空に、赤と白の光が舞う。

 

白い光は、自由に飛び回る鳥のよう。優雅に、華麗に描かれる軌跡はその存在を納得させる。

 

赤い光は、意思を持った流星のよう。直線的な動きを複雑に折り曲げ、長い尾はその存在を主張する。

 

「...綺麗ですね」

 

もう二度と見られないであろう光景を見上げて、私は一言だけ呟いた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「若葉ぁぁぁぁぁっ!!!」

「椿ぃぃっ!!!!」

 

悲鳴をあげる両手で、それでも若葉の刀に斧をぶつける。質量的な意味でも俺の方が上の筈なのに、彼女は俺と互角以上に張り合ってきた。

 

弾き飛ばされた俺は再度距離を取り急ブレーキ。見えない壁を蹴ったように反転し、もう一度彼女にぶつかった。今度は刀と斧が滑りあって通りすぎる。

 

お互い慣れてはない空中戦だが、それぞれ全ての能力に普段以上の力がかかってるため、俺達は間違いなくいつもより戦えている。俺はそれを理解しているからこそ、歯噛みして突撃を繰り返した。

 

(やっぱり、こいつは強い)

 

接してきて一人の女の子だということは分かっているものの、歴史に残る西暦最強という文字の証拠が目の前にいる。一つ一つの技術の繊細さや、感じられる凄みというのは確かに圧倒的な差を感じた。

 

(...それでも勝ちたい。いや、勝つ)

 

彼女に勝つことだけを全神経を使って考える。作戦は最初から短期決戦一択だ。

 

彼女はまるで空を泳ぐ鳥のように翼をはためかせる。俺が知る限り二回目なのに完璧に動かす姿は、敵でなければ綺麗だと思って憧れすら抱いただろう。

 

対する俺は決して器用ではない。どちらかと言えば物事を回数、経験でカバーするタイプで、そんな奴が慣れないことをして強者に勝つなら、何かを犠牲にしなければならない。

 

(だから、俺は...!!)

 

推力に物を言わせ、強引な方向転換で速度を得たまま戦う。する度に呼吸が詰まって体が軋むが、優雅に空を舞う彼女に食い付くことは出来ていた。

 

後は、こちらが切れる前に相手のミスを起こすだけ。一撃が重いから隙を作ればやられるのは俺だけではなく、彼女も一緒だ。

 

「これでぇっっ!!!」

「ッ!?」

 

満開の作用で斧を巨大化させ、強引にリーチへ入れさせた彼女へ振るう。刀で受け止める若葉は流石に勢いを殺しきれず吹き飛ばされた。翼を更に広げ、視界が揺らぐほどの加速で追撃する。

 

叫びは斧に込められる炎となり、相手を燃やし尽くさんばかりに振るわれた。

 

「椿...」

 

小さく、本当に小さく呟かれた後、『彼女が消える』

 

 

 

 

 

「__________」

 

その刀に気づけたのは満開で向上された知覚本能だけで、普段ならまず無理だった。

 

ギリギリで滑り込ませた斧は、腹に潜り込んできた若葉の刀を受け止めた。奇しくも初めて模擬戦を行った時のような__________

 

「...あの時、お前は言ったな」

 

ギチギチと愛武器が軋む音と共に、彼女の声が届く。

 

「人相手の戦いで、本気など出せないと」

「...そうだな。そう言った。覚えてる」

「きっとそうであれば、今の攻撃を止められなかっただろう」

 

あくまで淡々と、若葉が言う。

 

「今なら分かる。お前は戦う意志を、目的を持ったらどんな奴でも本気で戦えるんだ。だから...私の意志とどちらが上か」

「......今更そんなこと言ってくる奴に押されてるなんて、情けなくてしょうがないぜ」

「!」

「来いよ。舐めてるならその首貰ってくぞ!!!」

 

強引に突き放し、彼女の間合いから外れた俺は一気に加速した。

 

「あぁ。それでこそ椿だ!!!」

「ハァァァァッ!!!!」

 

急制動、反転加速し、ぶつかりあった衝撃は振動となって空気を震わせる。

 

彼女の目も、その目に映る俺の目も、迷いは一切なかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『椿、これを見てくれないか?』

『何?...間合いの真の意味?』

『ここに書かれてることは本当なのか、知っているか?』

 

過去に、そんなやり取りをした。

 

『んー......辞書に書かれてる意味にそんなのはないな。小説での表現方法の一種じゃないのか?』

『やはりそうか...』

 

杏に勧められた小説に書いてあった『人が人である限り、知覚することが出来ないポイントに入り込むことで、相手に対して消えることを可能にする。これが真の意味での間合いである』という文章。

 

『でもどうしてこれを?』

『いや、バーテックス相手に通じるかは知らないが、出来るようになったら便利だろうなと』

『あいつら目がどこなのか分かりにくいからな...赤嶺相手なら通じるんじゃないか?しゃがんでも限界があるだろうし、それこそ空飛んでる時でもないとやれなさそうだけどな』

 

そう言って、椿は微笑んだのを覚えている。

 

(......どうだろう。椿)

 

そして、今。

 

(上手くやれているだろう?私は)

 

確信めいた自信を持って、私は椿に肉薄した。

 

(なのに...何故)

 

だが。

 

「クソッ!」

 

ギリギリのところで、刀が斧で止められる。

 

(対応してみせるんだ...いや)

 

「流石だな。椿」

 

明らかに私のことを見失い、動揺した表情をしている。悪態もついている。だが、椿への攻撃は未だに届かない。

 

とても反応できる時間があるとは思えないという動揺と、椿ならやってきてもおかしくないと思える感覚が襲うものの、一度椿から離れた私は首振ってどちらも捨てた。

(対応してくるなら、それを越える攻撃をすればいい...確実に勝利を貰うぞ)

 

椿の動きは確かに速いが負荷がかかりそうな動きをしていて、苦悶の表情を浮かべていることも増えてきた。時間が経てばスタミナ切れを起こすのはあちらが先に思える。

 

とはいえ、相手はあの古雪椿。数多くの敵と戦ってきた男の勇者である。最も、今は女子の姿ではあるが。

 

(何か策を練られる前に決着をつけたい...)

 

私が椿に負けるとすれば、実力差ではなく一瞬で覆される逆転劇の方が可能性としてある。ならば、いくら有利になっても椿にそんな時間を与えるわけにはいかない。

 

(私はっ...!!)

 

翼を広げ、再び椿の死角に潜り込む。決して気づかれてはいけない、針に糸を通すようなか細い線。加えて、同じ事をしたら椿は対策してくると信じて。

 

「ッ!!」

 

(ここでっ!!)

 

さっきより素早く、同じ場所へ斧を置いたのを見て、私は確信めいた笑みを浮かべた。私が望んだ理想の動き。狙うはさっきの様に腹ではなく、構えられた斧を握る手。

 

バリアを起動させるだけなら、これで私の勝ちが決まる。

 

「!!!」

 

勝利を確信し、気合いと共に放たれた突きは、椿の手を正確無比に__________

 

「ッ!!」

「!!!!」

 

私の刀が椿の手に刺さることはなかった。一瞬で斧からいつもの短刀に変えた彼は、私の刀を少しだけ跳ね上げ軌道を変える。獲物の大きい斧では決して出来ない芸当で、確実な一撃は椿の顔すれすれを抜けた。

 

(それでも!)

 

突き出した刀を返し、今度は引き込む。

 

「まだ、終われねぇ!!」

 

首をかっ切るような挙動はギリギリ短刀で届かず、接近し過ぎた故に膝蹴りを繰り出された。反対の手で受け止め返すも、今度は斧が迫る。

 

「これでっ!!」

「まだだ!!」

 

今度は私が鞘を手元に呼び出し、斧を止めた。

 

(散々見てきたんだ...私だって)

 

ひなた程とは決して言えない。それでも、私もこの男を見てきた。

 

椿ならどうするか。椿ならどう思うか。思い通りに動く体を、より勝てる方へ向かわせる。

 

(椿の動き、読みきってみせろ!!!)

 

ほんの僅かな動きだけで鍔迫り合いの状態から抜け、追撃する。詳しく仕様を知らない私は、この状態でも刀を出した椿に銃も警戒しなければならない。

 

しかし、椿が選んだのは真っ向からのぶつかり合いだった。譲ることを知らない刀と斧が再び交わる。

 

「「ハァァァァァァァァ!!!!」」

 

遠慮も容赦もない。自分の武器を相手に刻みつけるための切り合いは、速度と激しさを増していき__________短く、長い時間が過ぎて。

 

 

 

 

 

決着への始動は、まばたきすら出来ない刹那のことだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

チャンスは、俺自身予想できないところで掴んだ。

 

「ぐっ!?」

「!!」

 

突然苦悶の声を上げる若葉に、俺自身驚きながらも理解できた。

 

(そこかよ...!)

 

連撃の最中、振るっていた頭から放たれた一撃_________俗に言うポニーテールが、若葉の目に当たったのだ。

 

普段の俺なら絶対ありえないこと。故に、俺も、恐らく若葉も予想してなかったこと。今俺が女の姿になったが故に訪れた全く意図しない好機。

 

(ここで...)

 

だが、偶然の産物とはいえ、その好機を逃すつもりなど微塵もなかった。

 

(決めるッッ!!!)

 

「このっ!?」

 

視界を潰されてもなお正確に剣を振るう彼女から離れ、急上昇。

 

離れたことだけを気配で感じ取った彼女は動きながら目を擦るが、それだけで十分だった。

 

(読みきれる...いくしかない!!)

 

急制動、急加速。与えられた力を完全解放し、体が軋む速度で落ちていく。

 

それはきっと、地面に落ちていく一筋の流星。

 

「!!!!」

「ッ!?」

 

無言で強襲した俺をまたもや気配だけで感じ取った若葉は、あまりにも正確に刀を構えた。互いの矛がかつてない爆音を鳴らす。

 

(流石若葉...)

 

「でも!!これでっ!!!!」

 

俺の勢いは止まらない。そのまま若葉を押し込み、地面へと急降下していく。逃れる術は与えない。少しでも若葉が逃げようとすれば、この斧の切っ先が必ず届く。

 

「っ、まさかっ!!」

「終わらせるっ!!!」

 

斧から炎が迸り、背中の翼は更なる唸りを上げた。

 

俺は、止まらない。

 

「若葉ぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

 

 

 

 

そうして、俺達は地面へ激突した。

 

 

 

 

 

「......」

「......」

 

舞い上がった土煙が晴れ、相手の顔が見れるようになる。

 

「......」

「......おいおい、マジかよ」

 

俺は、呆れたように呟いた。俺の斧は若葉に届くことがなかったのだから。

 

いや、それ以上に。

 

「お前、強すぎるわ」

「本気で焦ったさ。私も。負けたとも思った...たまたま、上手くいっただけだ」

 

若葉が少しでも力を抜けば。いや、普段の状態なら腕がひしゃげてもおかしくないくらいの力で俺の全力を叩き込んだ。

 

若葉はそんな状況下で、俺の斧を受け止めていた刀を鞘に変え、左腕の力だけで受け止めた。その上、右手で刀を握り、俺に突き出し__________今も、俺の腹部でバリアを発生させている。もし精霊バリアがなければ、俺の方が致命傷だった。

 

(いや、今も負けたんだが)

 

偶然の産物で有利な状況をとりはしても、それでも結果は惨敗。普通に悔しい。

 

「...だが、これで私の勝ちだな。椿」

「......あぁ。負けたよ。俺の負けだ」

 

でも、俺は笑顔を浮かべた。若葉と全力で戦えたのだし__________

 

 

 

 

 

「で、『俺達』の勝ちだ」

 

チームの勝利が決まったのだから。

 

「...は?」

 

決着は、さっきまでの轟音とは比べ物にならないほど小さな、乾いた銃声だった。

 

『古雪椿、乃木若葉、脱落です...よって勝者、Aチーム!』

「あぁ、AB判別されてたんだな」

「い、いやちょっと待て!?何でだ!?今のは!?」

「今のはって?」

「今の攻撃だ!!おかしいだろう!?もう残ってるのは私と椿しかいなかったはず!!」

「...くっ、はは、あははははっ!!!」

 

悪役みたいな笑いが止まらず、若葉から離れる。

 

「椿!」

「ひっ、ふふ...いや、まさかここまで綺麗に騙されてくれるとは思わなくてさ!ひなたとかも気づいてなかったのか!ラッキーだったな」

「な、何を」

「何って、笑ったんだよ。もうお前以外は皆気づいてるぞ」

「!?」

 

若葉が驚いた顔をする。俺は上手くいきすぎて喜んでる気持ちを宥め、銃声の聞こえた方を向いた。

 

「脱落したら一ヶ所に集められるんだから、誰が生きてるか分かるもんな。なぁ?」

「えぇ。まさかこう上手くいくとは思いませんでしたが」

「...!!!」

 

林の中から現れたのは、銃剣を構えた__________

 

「芽吹!?どうして!?」

「芽吹はやられてないからな」

「いや嘘だろう!だって最初に撃ち落とされて」

「えぇ。私は撃ち落とされたわ。銃弾が翼に当たってね」

「...!!」

 

脱落条件はバリアを発動させること。つまり、追加装甲であるレイルクスを壊され墜落しても、負けてはないのだ。

 

初動で銃を持つあいつらに空を飛んで戦ったのは、それが芽吹にしか出来なかったからと、一種のパフォーマンスのため。

 

「最初なら皆、聞きなれないアナウンスを全て把握できないと思ってさ」

 

派手に撃ち落とされれば後の脱落者報告で聞こえなくても気のせいで済ませる人がいるかもしれない。相手同士で齟齬を生んだら何かしら利点になるかもしれない。相手がひなた以外の遠距離武器持ちを一ヶ所に集めていたこともあり、最初に立てていた作戦は、勝利の決め手になった。

 

芽吹の脱落報告がなければ、こっちは道連れにしてでも引き分けに持ち込めばいい。当然勝ちを狙ったが、そう思うと楽なのも事実としてあったわけで。

 

「まぁ、最後の銃弾とか、その辺まで細かい打ち合わせはしてなかったけどな。芽吹ならやってくれるだろうなって」

「あれで負けるとは思ってませんでしたけどね...」

「俺だってタイマンで勝ちたかったよ」

「...そういう、ことか......私はまんまと騙され、完敗したということだな」

「あの状況で完全に逆転されただけ俺からしたら信じられないことなんですけど」

「だが...」

「二人とも、とりあえず戻りましょう。皆待ってます」

「...そうだな」

「......椿!」

 

歩き出す俺に、一段と大きな声を若葉がかけてける。

 

「...勝負は勝負だ。負けた以上従う。だけど、その前に......全力で戦えたこと、嬉しく思う。ありがとう」

「若葉...」

「あの戦いを楽しんでいたことを皆の前で言うのは、申し訳なく感じてしまうからな」

「......こっちこそ。やれてよかった。ありがとな」

 

差し出した手に、若葉は少し驚いてから微笑む。

 

がっちり交わした握手は、強い絆を感じられた。

 

 

 

 

 

 

 



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花結いの章 20話

「分かってるんですか!!」

「分かってるの!?」

 

(これも絆の一種...なのか?同時に怒られるのは)

 

全てが終わり、全員が揃った丸亀城の一室。俺と若葉を迎えたのは称賛ではなくお説教だった。

 

「満開なんて使って!!」

「精霊の力が危険なのは知ってるでしょ!!」

「「で、でも...」」

「「でもじゃない(です)!!!!」」

 

俺にぷんすか怒ってるのは友奈、若葉を怒ってるのは千景で、俺達は揃って正座をしながら聞いている。

 

「まぁまぁお二人とも、そのくらいで...」

「「ひなた...!!」」

「皆さんの思いは同じでしょうし、そこへの追及はまた後日すれば良いですから♪」

 

(はい。終わったー)

 

擁護してくれると思った相手は地獄の門番だった。二人揃って表情を変化させる。

 

「それより、今は彼女に答えを聞くことが先決です」

 

だが、そればかり気にしてもいられなかった。理由は、ひなたが言った通りだ。

 

「...赤嶺」

「あ、終わった?もう少し尋問しててもいいと思うけど」

「尋問ってお前...」

「私に与えられた記憶を漁るだけでも、それだけのことをしたと思ったからね。発想自体は嫌いじゃないけど...本当、この世界だからよかったものの」

「......その辺の理由も含めて、全部教えてくれるんだよな?」

 

俺の言葉に、部員全員が真剣な顔つきになっていく。一方で、赤嶺は飄々とした態度を崩さなかった。

 

「もう負けちゃったからね。従うよ」

「...」

 

きっと、この戦いで定義した二つに正解なんてない。どっちも大切な選択で、正解不正解を求めるものじゃない。

 

だが、進める道は、交われないから。

 

「...何から話す」

「これまでで何度か話をしたし、赤嶺家がどういったものかは皆薄々勘づいてると思うから飛ばすとして...皆が望む、造反神の目的について話すよ。最も、こっちも薄々分かってた人はいそうだけど...」

「憶測じゃなく、確固たる事実を話せ」

「はーい...そもそも、今回の騒動は、造反神からの試練だったんだ」

「試練?どういうことだ?タマはともかく、小学生組もいるんだからはっきりとなぁ」

「つまり、私達は試されていたのだ~ってことですか?」

「そうだね」

「なん...だと」

 

球子が項垂れる姿に、ちょっと心が和らいだ。

 

「造反神という神はいなかった...いや、正確には造反神という神は神樹の中で造反などしていなかった。という解釈でいいか」

「そうだね。造反神という敵の立場を作り、皆を戦わせる。目的は大きくくくるなら一つだけど、主に三つ。一つは演習回数の蓄積」

「......」

 

(抑えろ)

 

『演習』という言葉に、無意識に反応してしまった。

 

皆が不安に感じていた、この誘拐じみた一連の行いは演習だったなど、どう考えても良い解釈はできない。

 

「記憶を持って帰れないのに、演習を経験させるんですか?」

「うん。この演習はあなた達には試練として出た。私も、随分前の精神攻撃も、この間の彼も、試練の一部。赤嶺は工作が専門だから、こうして選ばれたというわけ...それに、それだけじゃない」

「というと?」

「この空間で勇者達の戦いを見ていたのは、造反神、神樹様だけじゃないんだよ」

「...まさか、天の神?」

「ううん。その神樹様と天の神、どちらにも属していない中立の神...中立神と呼ぼうかな。中立神が天の神側に加勢しないよう、あわよくばこちらについてもらうよう人の可能性を見せたかった。これが二つ目みたいなものかな。ここまでで質問は?」

 

赤嶺が聞いてくる。俺は迷って、結局手をあげた。

 

(...ここで、聞かなきゃならない)

 

「どうかした?」

「どうかした、というか...そもそも、前提が理解できない。俺達の世界には、俺達が生きる時代には、もう神樹も天の神もいない。全て終わってるんだよ」

「!」

 

今まで明言は避けてきた事実を、率直に口にする。何人かが息を飲む音が聞こえた。

 

「少なくとも、こんな世界を作る力が残ってるようには思えない。可能性があるなら平行世界の神樹だ」

「平行世界って...椿の方がいってることわけわからなくなってないか」

「俺だって色々纏めようと考えながら話してるんだよ...この女の体の世界があるんだから、本来俺達とは違う、平行世界がいくつかあることは証拠もそろって存在する」

 

あの高嶋友奈も、本来平行世界の人間だ。

 

「じゃあ、なんでわざわざこの世界の神樹は俺達別世界の勇者を召喚し、戦わせた。自分の世界の勇者でいいだろうが」

「...ううん。あなた達、いや、私も含めたこのメンバーの世界じゃないとダメなんだ。欲しいのは成功例であり、失敗例ではないから」

「成功例?」

「三つ目の目的は、神樹様が私達の戦いの記録を保存するため。信じた人間が天の神に打ち勝ち、独立した一歩を踏み出す。そうした結末を、自分の世界でも作れる糧とするため」

「それじゃあ...」

「そう。神樹様の大きな目的は自分のいる世界で天の神と有利に戦うためのデータ収集。そのために、平行世界で既にその結末を手に入れた勇者を招いた」

「招いたって...拉致監禁に近いだろうが」

「それもそうだね。私としても否定するつもりはないよ」

 

この世界に召喚されたばかりの時、園子や友奈はまた戦うのかと怯えていた。いや、顔や態度に出さなかっただけで皆不安になったと思う。そんな思いをさせた理由が、データが欲しかったから。なんて言われれば。

 

(...っ)

 

握り締めてしまった拳から血が漏れないよう、より強く握る。

 

「私が話せるのはこれで全部だよ。何か聞かれれば答える。どうかな?」

「...私としては、椿さん達の時代には神樹様もいないって発言のが気になるんだけど......」

「嘘は言ってないわ。私達防人も、勇者部も、それぞれ色々大変だったから」

「数年後には、戦いに決着がついてるんだ...」

「まぁそこは後でな...赤嶺、改めて確認する。後俺達がやることは造反神の討伐。それで終わりか?」

「そうだね。終われば全員が元の世界、元の時代に返される」

「データ収集が終わったからってことか...日数は?」

「まだなんとも」

「......俺達が戦うことにもなった、戻る派、残る派、両方の意見を噛み合わせられる方法は?」

「ないよ」

 

すんなり彼女は答えた。そう言われてしまうと、黙るしかない。

 

「椿さん。いいんですよ。そりゃ私も諦めたくはないですよ」

「雪花...」

「でも、私達は珍しく言い争って喧嘩して決めた。そこにとやかく言うつもりはありません。帰るときが来れば、帰りましょう」

「えぇ。私も同じ意見です。強いて言えば...お別れの前に元の椿さんをもう一度見たいですね」

 

(......)

 

ひなたの本心が違うことは分かっている。でも、どうすることも出来ない。

 

せめて出来ることは、答えを返すこと。いや、答えた上で、行動で示すこと。

 

「...まぁ、慣れてきたけど、この体は借り物感がするから戻りたいしな」

 

だから俺は、今はそうやって返すだけだった。

 

「椿のことだから、神の野郎許さねぇ!みたいに言うかと思ったけど」

「そんなバーサーカーだったっけ...確かにふざけるなと思う部分もあるが、本来会えない仲間に会えた。仲良くなれた。それは感謝してるからな」

 

(それに...)

 

『そういう予感がした』と言えばそれまでで、口を閉じる。頭の中で考えているうちに、周りからも雑談するような声が広がった。

 

「湿っぽいのはなしで行きましょう!!」

「ギリギリまで方法を探すのはありですかね?ないと言われても、あるかもしれないし...」

「よぉーし!じゃあまずは皆で遊ぼう!!喧嘩したぶん仲良く仲良く!!」

 

どことなく暗い雰囲気だったのは霧散して、いつものような明るい勇者部になっていく様は、冷えかけた心を暖めてくれた。

 

(...そうだな。勇者部はこうでなきゃ)

 

俺の好きな勇者部は、皆との思い出は、楽しくありたいから。

 

「よし。じゃあ赤嶺、ひとまず俺を元の体に戻す方法はないか教えてくれよ」

「心配しなくても、多分何日かすれば戻ると思うよ。元々貴方がその姿になったのは、敵として彼を出すためだから」

「本来の勇者としての俺を出すため...か?ドッペルゲンガーを見ないようにするためなら、園子とかもダメだと思うんだが」

「より勇者に近いデータが欲しかったからだと思うよ。敵として男バージョンを出したのは、貴方以外の男性勇者のサンプルが欲しかったんでしょ」

「あいつも俺ではあるんだけどな...いや、違うっちゃ違うけど」

 

何人古雪椿がいるのか分からなくなってくるが、元の世界に戻ればそう会うことはないだろう。またこうして呼び出されたりしない限りは。

 

「...出来ることなら、約束、叶えられるといいな。これから」

 

乃木銀も、俺の心に入ってからもう一度死に、それから生き返ったようなものだ。これからの未来、神樹が存在しているなら銀が甦らせてくれることがあり得るかもしれない。

 

「約束って?」

「あいつが...戦った俺が言ってたんだよ。戦いに勝てたら銀を生き返らせてくれると造反神が約束してくれたんだって。お互い守るために戦ったから後悔はないけど、勝ったのは俺だし、出来ればあいつも幸せになるよう、神樹様は何かしら」

「そんな話ないよ?」

「ないってなんだよそれ」

「だって、用意された試練の情報はこの後の最後を除いて全部私に通知されてきたもん。彼はただ呼ばれただけだよ?」

 

 

 

 

 

「は?」

「だから、そんな約束を取りつけたなんて報告はなかったんだよ。神樹様がそこだけ秘匿するとも思えないし、間違いないと思う」

 

 

 

 

 

間抜けに開けた口が、塞がらなかった。

 

だって、それは。

 

『そうだ。この戦いに勝てば、三ノ輪銀を生き返らせてくれるという条件なんだよ。あいつともう一度やり直せる』

 

あの話は、全く守られないもので、平然と神に騙されて。

 

『...だ、だからって、俺は俺の知るあいつを痛めつけたお前を、許すわけにはいかないんだよっ!!』

 

二人して、踊らされて。データを取るためだけに戦わされて。

 

『何でお前が、そんな顔してるんだよ...勝ったんだから、笑えよ』

 

あいつが信じていた希望はなんて、最初からなくて。

 

『本気で、殺しあえる』

 

まるで道化師のように踊って。

 

ただの演習の世界で、俺は奴の元々ない希望を摘み取って。

 

 

 

 

 

俺達は、対等なんかじゃない。『ただ試練のために召喚され、騙されながら戦わされた者』と、『それに気づかず戦った愚か者』の二人だった。

 

二人とも、同じ『古雪椿』だった。

 

その、証明だから。

 

そんな理不尽が、不条理が、許される筈がない。

 

あの覚悟も、決意も、前提からして全て『無駄』であったなど_____

 

「おい」

「きゃっ、なに、して」

「...言えよ」

「ちょっ、椿!?何してんのよあんた!?」

 

友奈や園子を不安にさせるこの世界が、

 

「言えよ。今のは嘘だって言えよ。そんなことないって言えよ!!」

「ぐっ」

「何騒いで、って椿!?」

「やめろお前!!赤嶺が苦しそうだろ!!」

「椿先輩!!!」

 

ひなたを泣かせるこの世界が、

 

「言え!!!ふざけるな!!!そんなことがあっていい筈ないだろ!!!!」

 

皆を戦わせるこの世界が、

 

「椿っ!!やめろ!!!」

「あーもー!!いい加減にしろっ!!!」

 

『俺自身』にそんなことをしてくる、こんな世界を。

 

『俺(自分)が絶対に幸せになれない』世界を。

 

信じられるはずがない。許せるわけ、ないのだ。

 

「嘘だ。そんなのっ!!!!嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だウソだウソだウソダウソダ嘘だァァアァァァァァァッッッッ!!!!」

 

 

 



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花結いの章 21話

 

 

 

 

 

誰も、一言も発することがない。ここが病院である以上それは良いことだけど、アタシ達はこの場所に来る前からずっとそうで、まともに動くこともなかった。

 

ただただ、耳が痛くなるような沈黙が続くだけ。勇者部がこの人数になってから、こんなことはあっただろうか。

 

「あ、兄貴っ!!」

『!』

 

それを破ったのは夏凜。奥の廊下から見えた自分のお兄さん、三好春信さんに体当たりするように向かっていく。そして、それはアタシ達も例外じゃなかった。

 

「椿はっ!椿はどうなったの!?」

「落ち着いて...というのは無理だろうから、結論から話そう。彼は無事だ。命に別状はない。今は心拍も安定して眠っているよ」

『!!!』

 

それを聞いて、明らかに空気が軽くなった。アタシも無意識に詰まらせていた空気を出せて楽な気分になる。

 

「よかった...」

 

友奈は嬉しさのあまりか、ぺたんと座り込んでしまった。

 

あれから。赤嶺の胸ぐらを掴んで叫びだした椿をひっぺはがしたら、椿はそのまま頭を抑えながら苦しそうな声をあげ、糸の切れた操り人形のように倒れてしまった。

 

正常な判断が出来ないままだったアタシ達は、なんとかこの人に事情を話して椿の容態を一緒に確認してもらっている。

 

「そう...じゃあなんで」

「神経調節性失神......分かりやすく言うと、過度なストレスが原因の気絶だ。詳しいことは僕も専門外だし分からないけど」

「それでも、失神なんて相当なんじゃ」

「一種の防衛本能ではあるけど、だからこそ間違いないね。ここ数日凄いストレス、負荷がかかってたんじゃないかな。そこに、さらに大きな負荷が突然かかって...」

 

次第に声が小さくなっていって、三好さんは遠くを見つめる。

 

「僕自身、気づけなかった。数日前は無理やり休憩も取らせたし、さっき戦ってるのを見ていた時は大丈夫だと思ったけど...隠してたのか、彼自身理解してなかったのかは分からないものの、心にダメージがいっていたのは確かだろう。それも、常人では意識を切らないと耐えきれないような」

 

アタシも気づけなかった。多分だけど椿自身も分かってなかったんだろう。

 

(それを外から心配出来るのが、アタシ達なのに...っ)

 

普段大人っぽいばかりに頼ってしまうことが多くて、でも何かあれば後先考えても無茶をするような奴だって分かっていながら、何も出来なかった。

 

(どう考えても、あの話が原因...)

 

様子がおかしくなったのは、皆がそれぞれ会話してる中、遠巻きに聞いていたもう一人の椿の話をしてからだった。一体何があったのか__________

 

「診ていた担当の者は、『まるで複数人分の心的損傷を一度に与えられたような経過が見られる』といっていたけど、実際のところ分からない。普通そんなことはあり得ないだろうし」

「...椿先輩は、いつ目が覚めるんでしょうか......?」

「それに関しては、何も言えない。目覚めるのがいつになるか分からないし、それに...」

「それに、何よ?」

「......いや、何でもない。ひとまず彼には病室を取ったから、少なくとも今日はここに入院して貰う。明日以降は色々様子を見てからにするとして...」

 

全体を流すように見ていた目が、アタシで止まった。

 

「乃木銀様...いや、乃木銀さん。話がある」

「確かに様付けなんていらないけど...アタシだけですか?」

「あぁ。ちょっと来て貰えるかい?」

「分かっ...りました」

 

咄嗟に敬語に使いながらついていき、皆から見えなくなるよう角を曲がってから三好さんは立ち止まる。

 

「...それで、何ですか?椿の本当の容態とか?」

「いや、彼の容態は現状さっき言った通りだ。どう転ぶかは分からない。ただ...最悪のケースを伝えなければならないと思った」

 

決意を秘めたような目は、確かに夏凜と似てる様な印象を受けた。

 

「最悪、彼は目覚めないかもしれない。目覚めたとして、心的ダメージを解消するために前後の記憶を消しているかもしれない...言われただけではあるが、その最悪のケースになる方が正常に目覚めるより遥かに可能性が高いそうだ」

「っ...そう、ですか」

 

一瞬声が詰まる。悲鳴をあげそうになるを堪えて、アタシは言いたいこと、聞きたいことを言うために口を開く。

 

「でも、アタシは信じます。きっと椿は無事です。嫌だからって誰かを忘れたりする奴じゃないから...そう思ってるから」

「.....そうかい」

「それより、何でこの話をアタシだけに?わざわざ皆から離れてまで」

「...この話を全員にすれば、精神的に追い込まれるメンバーがいただろう。これ以上不安を煽ることは彼女達の為にもやめた方がいいと思った。一方で、伝えないという選択もなしだと思ったんだ...だから、一番精神的に安定してそうな人を選んだ」

「.......安定してそうに、見えますか」

 

ちょっと嬉しかった。外見では皆を不安にさせないように見えてるのだと分かったから。

 

当然、内心はその限りではなかったが。

 

あんなに苦しそうに叫んでいた椿に気づけなかったのが悔しく思うし、今聞いたことで心が引き裂かれそうになってる。

 

でも、椿ならきっと__________と、思うから。

 

「なら、よかったです」

 

だからアタシは、そう言った。

 

 

 

 

 

「じゃあ、ひとまずこれで」

「あぁそうだ。とりあえず今日の面会は自由に取っている。多すぎなければ夜いても構わないから」

「そうですか...ありがとうございます」

 

椿が密かに三好さんを目標としていた理由がちょっと理解できたところで、この人は廊下を足早に戻って行った。アタシも来た道を戻るべく反対を向き、歩き続ける。

 

すぐに合流した皆は、不安そうな顔をしていた。

 

「ぎ、銀ちゃん...」

「ミノさん。なんだって?」

「特に何もないよ。椿の病室はある程度好きに行って良いって」

『!!』

「すぐ行きましょう!!」

 

亜耶ちゃんの言葉に逆らう人なんていなくて、全員走りぎみで病室に入り込んだ。

 

「椿さんっ......」

「椿先輩...」

 

少し遠くから見えた椿は、真顔で寝ているだけだった。それは当たり前だけど、違和感がないわけじゃない。

 

(椿......)

 

別に寝相は悪くない。寝言やイビキがうるさいわけでもない。でも、顔からは感情が伝わってこない。

 

(何で傷ついたの?何で疲れたの?何で...いや、何を悩んでいるの??)

 

悩みの一つは確信があっても、それだけでこうなる人じゃないって分かってる。

 

「つばき、さん...」

 

椿と同じ体だった時に培った観察眼をフルに使って一人を見る_________いや、俗に言う女の勘ってやつなのかもしれないものの、それが見えたアタシは下を向いた。

 

「あぁ皆様、既にこちらでしたか」

「えっ...と、貴方は」

「彼を診察した者です」

「ッ!!古雪先輩は!?古雪先輩はどうなってるんですか!?」

「ちょっ、東郷落ち着いて!」

「東郷さんの言う通りです!!椿さんはどうして!」

「杏...」

「......申し訳ございません。私としても直接的な原因は分からないままでして...」

「つっきー...っ」

「......」

「だーもーお前ら落ち着けッ!!」

 

この人数が騒ぎだしたら止めるのはかなり難しく、アタシは実力行使に出た。かなり強めなチョップをそれぞれの頭に喰らわせると、幾分か落ち着きを取り戻していく。

 

「ほ、本当に申し訳ない...一応、彼の部屋は診察時以外なら自由に入れるよう手配しましたので」

『!』

「では、私は、これで...」

 

気まずそうにそそくさ立ち去る人を見てるのはもう誰もいない。

 

『......』

 

心拍を伝える電子音が響く。コードで繋がれてる椿の手を、ひなたが掴んだ。

 

(...そう、だよね)

 

「...じゃあ私、飲み物買ってきますね」

「そうね。きっと長いことここにいるだろうから...」

「それは迷惑ではないか?一部屋貸し切りとはいえ、この人数は」

「棗...」

「椿が心配なのは分かる。私も出来ることなら側にいたい。だが、こんな人数でずっといたら、起きた椿が小言を言うだろう」

「...そうですね。どのみち椿さんが寝てたら話もすすみませんし」

「......じゃあ、誰が代表して残るか決めましょう」

「!そ、そうですね!」

「わ、私も」

「いやいや。もう決まってるでしょ」

 

自然に始まった話に突っ込むと、全員がアタシを見てきた。

 

(まぁ、そりゃそうか。今凄い敵役っぽいムーブしてる気がする)

 

不満そうな顔をしてる人からの視線も受けながら、アタシは口を開く。

 

例えそれが、誰かの気持ちを否定することになっても。

 

「部屋の大きさもだけど、寝てる椿の世話なんて一人で十分でしょ。棗さんの言うように起きた椿が絶対気にするし」

「一人って...銀」

「もしかして貴女」

「いや、アタシじゃないよ?アタシは...ただの幼馴染みだもん」

 

そう。アタシはただの幼馴染み。まだちゃんと気持ちを伝えてない側。

 

残れるのは、心配して隣に居続けられるのは__________

 

「いや、違うな。今もしここで一人を残すなら、その一人は決まりきってるよ」

「一人って...」

「どうして」

「だってアタシ達は、まだ気持ちを伝えてないもん」

『!』

「それがどうして、勇気を振り絞って告白した人と同じ場所に立てるのさ」

「銀...」

「棗さん、弥勒さん、悪いんだけど皆を帰らせてくれません?今日はここまでだから」

「貴女はどうするんですの?」

「アタシもすぐに降りますよ...ただ、答えないと帰してくれそうでもないですから」

 

 

 

 

 

「...どうして、ですか」

 

人が減って、本当に静寂になった病室。そこで、一人が_____ひなたが不思議そうな顔をして聞いてくる。

 

「どうしてって、さっき言った通りだよ。もし椿の側に一人残すなら、普通彼女だろってこと。まぁ、彼女はいないから告白した人でしょってなったけど」

「...分かってたんですか」

「今日の二人の態度を見てたらね。戦った時もそうだし」

「......どうして」

「何が?」

「貴女だって、いえ、貴女の方がずっと長く椿さんのことが好きなのに、どうして私を」

「だからひなたが椿にちゃんと思いを伝えてるから...これは、アタシなりのケジメだよ」

 

そう。ケジメ。皆のことを待つように思っていながら、いざ告白されたら不安でしょうがなくなってしまった自分との決別のため。

 

今まで言わなかったアタシとの決別のため。

 

だからこれは、アタシなりのケジメだ。

 

「別に寝泊まりするのはってだけだしね。昼は自由に来るだろうし...でも約束する。椿がここを出るまでは、夜残ろうとしてる他のメンバーがいた時アタシが追い出すよ」

「どうしてそこまで」

「だって、告白して、返事も聞けないままなんて絶対不安に決まってるもん......」

 

そしてアタシは、ひなたの目を見る。

 

「でも。ここから出たらもう迷わない。アタシは椿に大好きだって伝える。アタシの隣にいてって言う。容赦しない。ひなただろうと誰だろうと横からかっさらうつもりでいく...だから、覚悟しといてね」

「......」

「じゃ、それだけ。また明日...椿をよろしくね」

 

宣戦布告して、最後に椿を見てから病室を出ていく。閉めた扉にもたれて、細く長く息を吐いた。

 

「......あーあ、喧嘩売っちゃった。まぁいいか。負けなられないし」

 

椿はきっと、一人を選んだらその人のことをちゃんと第一して考えてくれるだろう。勇者部の皆も、そんなしゃんとしたところ、優しいところを好きになったんだから。

 

だからこそ、今この瞬間が不安で仕方ない。いずれ椿がひなたに答えるから。アタシが決意して行った頃には__________もう終わってる可能性もあるから。

 

(...あぁ、そっか)

 

小学生だった頃、須美と園子に将来の夢を聞かれ、『お嫁さんになること』と答えた。

 

でもアタシは。

 

(アタシはお嫁さんになりたいんじゃなくて、アイツのお嫁さんになりたかったんだ)

 

無意識に瞳から涙を溢しつつ、アタシは思う。

 

「...うじうじタイムはおしまい。アタシは三ノ輪銀。あの椿の幼馴染み」

 

涙を拭う。扉の先を見る。

 

「......諦めないから」

 

それだけ呟いて、アタシは歩きだした。

 

新しい決意を胸に秘めて。

 

(さて、帰ったら園子の冷たい目線が来そうだなー...やっぱり見栄はらずゴマすってでも残るべきだったかな~)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

雨が降っていた。

 

夏の気候は冬に比べて移り変わりが激しく、今日も天気予報は晴れマークだけだったのがこの様子である。

 

とはいえ、当然学校はあるわけで。折り畳みの小さい傘を使いながら帰る俺は、風のせいで横から当たる雨に辟易していた。

 

「やまないかな、雨」

 

もう中学生。一人で帰るのに水溜まりで遊ぶなんてことはしない。遊びがなくなるとこの帰宅時間は長く思ってしまう。

 

だからだろう。雨なのにも関わらず、いつもとは違うルートを通って帰ろうとしたのは。そうでないと説明がつかない。何かに導かれるように。何て言うのは、ちょっと痛い。

 

家に帰るにはちょっと回り道な大通り。普段より車通りは多く、雨を弾きながら音を立てて進んでいく。

 

「あっ」

 

一台の車に煽られたのか、突風にあった俺は傘を離してしまった。風にのって少しの距離を飛んだ傘は、建物の敷地に入る。

 

「どうしよう...ぁ」

 

都合よくあった細い隙間を通って、傘を拾う。どこも壊れてはない。

 

「よかった...それにしても」

 

雨で濡れた髪をどけながら、目の前の建物を見上げる。見ているのは側面だけど、それでも大きいことが分かる。

 

そして、中から聞こえるのは________人が呻いているような、そんな音。

 

『___ねぇちゃんを、返してくれよっ!!』

 

「この建物、なんなんだろ?」

 

この建物には『入ったことがない』。だからこそ不気味さを感じた俺は、すぐに踵を返した。

 

「...今度、お母さんに聞いてみようかな」

 

自分に確認するように、そう呟いて。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「芽吹先輩!お風呂掃除終わりました!」

「ありがとう亜耶ちゃん。はい、布団は隣の部屋に用意したから好きに使いなさい」

「...どうして、そんなことしてるの?」

「どうしてって、しょうがないじゃない。貴女はその強さから大赦に預けとく訳にもいかない。かといって家を渡せる訳じゃないんだから」

「メブー」

「芽吹さん、もうすぐ料理が出来ましてよ」

「はい」

「私のセリフ取られたー」

 

楠芽吹は加賀城雀に対してくすりと笑い、テーブルにはどんどん料理が運ばれる。

 

「違う、そうじゃない。どうして私にそんな態度を取れるの?今まで敵だったんだよ?」

「それは」

「それに、彼をあそこまで追いやったのは...」

 

あんなに悲痛な叫びをあげて、まるで死んだように眠ってしまった彼。そんな彼を傷つけたのは、間違いなく私だ。私が、しっかり理由は分からなくとも心を傷つけてしまう発言をしたから。

 

「それはどう考えても私____」

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!!いいから飯だ飯!!」

「そんなわけにも」

「赤嶺」

 

私達の会話を遮って、

 

「さっき貴女は、『従う』と言った。友奈だからってわけじゃないけど、その言葉に嘘はないでしょう」

「そんなあっさり信用していいわけが」

「それに。椿さんの容態をそんな苦しそうに話す貴女を、私は演技してるとは思わないわ」

「っ!!!」

 

動揺してしまったことで、彼女はより確信を持ったような顔をする。

 

「だったら大丈夫でしょう。椿さんだってなんとかなるわ。私達が渡した装備をあんなにボロボロにしても生きてた人だもの」

「...」

「さ、食べるわよ」

 

早く席につけと言わんばかりの態度に、私は屈したように歩く。

 

「それでは、頂きましょうか」

「そうですね」

「では皆さん、手を合わせてくださいね。せーの」

『頂きます』

「......頂きます」

 

色々考えながらも、箸に手を伸ばす。

 

久々に他人と一緒に食べた米は、ちょっと甘く感じた。

 

 

 



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花結いの章 22話

「おっはよう椿!」

 

明るい色の髪を揺らして元気よく挨拶してきた彼女を見て、俺は読んでいた本を閉じた。

 

「おはよう。犬吠埼さん」

「また偉く難しそうな本読んでるわね」

「そんなことないよ。大昔千葉って所には東京の名前が使われた物が多かったんじゃないかって話が書かれてる」

「東京って、昔の日本の首都?」

「うん。千葉の何とかって名前より東京の何とかって名前の方が人気が出るから、こぞって使われてたんじゃないかって」

「へー...でもそれって歴史書でしょ?やっぱり小難しいの読んでるじゃない」

「分かりやすいと思うけどなぁ...今度貸すから読んでみる?」

 

確かに厚みはあるが、それだけ詳しく西暦と神世紀の移り変わりを書いてくれている。次の歴史のテスト対策にもなるだろう。

 

「あたしは遠慮しとくわ...東郷辺りが好きそうだけど」

「そういえば、この前はありがとう。東郷さんにも...えーっと」

「友奈?」

「そうそう。友奈さんにも助けられたよ。一人じゃ終わりそうになかったから」

「いいのよ。それが勇者部の仕事だもの」

 

彼女が創設していた『勇者部』は、平たく言うとボランティア活動をする部活だと聞いた。この前図書委員として本整理の仕事を話した俺は、勇者部のお陰でかなり楽をさせて貰った。

 

『人数も増えたばっかだし、そろそろ本格的に活動しないとね!』というのは、本人談である。

 

「そういえば、前々から思ってたんだけど、どうして『勇者部』なの?」

「え?」

「いや、珍しい名前だなって」

「あ、いやー...ほらあれよ!誰かの為に勇んで実施する!!勇者っぽいでしょ?」

「...確かにそうかも」

 

どこか詰まったように聞こえたその言葉を、敢えてスルーして頷く。

 

だって、そんなに興味のあるものでもないから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「樹ー、机の上片付けてー」

「はーい」

 

お姉ちゃんに言われた通り、机の上を片付けて拭いていく。いつもより豪華な食卓。

 

「じゃあ食べちゃいましょ」

「はーい」

 

手を合わせて食べ始めるも、動き出した手は徐々に止まっていった。

 

「...お姉ちゃん」

「何?」

「銀さんが言ってたことだけど」

「......」

 

分かっていた。ここまでは日常動作だから何も考えなくとも体が動いていただけで、本当はずっとこのことを考えていたことを。

 

「まぁ、言いたいことは分かるわ...大分落ち着いたし」

 

銀さんは、椿さんが倒れたことによる不安に対する暗い気持ちを、自分に向けるような言い方をした。それで皆が少しでも落ち着きを取り戻せるように。

 

それから、これが考える最後のチャンスだと。

 

「じゃあ言うけど、私は椿さんが好きだよ」

「...はっきり言えるようになったわね。本当に」

「そうさせてくれたのが、お姉ちゃんとあの人...ううん。勇者部だから」

「そっか......そう言ってくれるのは姉冥利につきるけど、姉妹で同じ人を好きになるのは大変ね」

 

はにかんで言うお姉ちゃんは、ちょっとだけ面白かった。

 

「敵は多いね」

「敵ってあんた...」

「お姉ちゃんより遥かに長い付き合いの幼馴染み、過去に行って惚れさせてきた人、大赦の偉い人の娘に妹。今も名前が語り継がれる大英雄」

「......あいつ、何者?」

「そこで提案です。まずは姉妹共同戦線を敷いて、そこから決着をつけるというのはどうでしょう?」

「...二人くらいなら椿も許すかしら」

「えー、椿さんは一人に決めそうだけどなー」

 

そうじゃなかったら、もっと早く恋人関係が生まれてるように思える。その相手が誰であれ。

 

「ま、いいわ。乗ろうじゃないその提案!」

「...頑張ろうね」

 

どっちかが譲るなんて話は全く出なくて。でも、笑いあって。

 

私達姉妹は喜んで一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

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「夏凜はさ、椿さんと付き合いたいって思わないの?」

「...一時期はあったわよ。今でも好きだし、一緒にいれば楽しいし」

 

雪花にそう答えながら、私は沸騰したお湯に麺を入れた。

 

「一時期はってことは、今はもう?」

「私ね。勇者部に入る前は今よりもっとツンケンしてたのよ。可愛げがないというよりは単に嫌な人って感じの。それを変えてくれたのが椿であり、勇者部だった」

 

久々に会った芽吹が驚くのも無理はなかったんだろう。今ならそれがより実感できる。

 

「こ、恋人になったら...また違うのかもしれない。でも私は、あいつと仲の良い間柄でいたい。そこの肩書きに固執はしないわ」

「...その言い方、なんか格好いいね?」

「そんなもんじゃないわよ、っと!」

 

お湯を通し終えた麺を器に移す。少し濁ったお湯にうつる私の瞳に、迷いはなかった。

 

 

 

 

 

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「多くは聞かないし、言わないよ」

 

「ありゃ、怒られると思ったんだけど」

 

「だって分かったんだもん。ミノさんの思惑がピッカーンってね」

 

「へー...で、アタシの思惑が読み取れた園子さんは、一体どうするおつもりで?」

 

「ミノさんは私と組む気がある?つっきーをこの家に引き込むまで」

 

「やだよ。独り占めするもん」

 

「じゃあ私も好き勝手やるよ。ごめんね?」

 

「謝ることないさ。園子に譲らないから」

 

『......』

 

「負けないから」

 

「アタシも」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「千景さんはどうするんですか?」

「んぐっ!?」

「わー!?大変だよミノさん!?」

 

食べていたうどんが変な所へ入りそうだったが、鷲尾さんと高嶋さんが背中を擦ってくれてなんとか無事に済んだ。

 

「す、すいません...」

「いいけど...突然で驚いたわ。てっきり彼女の言葉の意味も全然分かってないものだと」

「アタシはあれを言った張本人でもあるんですよ?分かりますって。あ、ちなみにアタシはおっきいアタシを応援するつもりですけど...」

「私もでーす!」

「わ、私は...分かりません」

「二人の答えは当然だと思うし、東郷さんはどうするのか分からないものね...私は、諦めるわ」

『!』

「ぐんちゃん...」

 

きっぱり言い切った私に、三人は目を見開いて、高嶋さんは複雑そうに見つめてくる。

 

でも、これは私自身で決めたことだった。

 

「彼は間違いなく今の私を作ってくれた人、救ってくれた人の一人よ。ゲームも気が合うし、年も一番近い...でも、流石に、時間を越えてでも、何を犠牲にしても、なんて気概は、起きなかった」

「......」

「そもそも会えたことが奇跡なのよ。その上で私を救ってくれた。なら、もう十分...そう思う」

 

あの人がいなければ、私はきっと、乃木さんと言い争う日々が続いていた__________いや、殺しあいにだってなっただろう。実際彼は私のせいで傷だらけになったことがあるのだから。

 

それに、今は乃木さんを始め、大切に思える人が本当に増えたから。

 

「だから、高嶋さんが彼を射止めるなら、それはそれで構わないわ」

「!?そ、それは!?」

「おぉー?先輩はまさかの?」

「っ!...す、好きだよっ!それは勿論!!」

「それはlike?それともlove?」

「うっ......それを言われると弱っちゃうんだよね。側にいれたら嬉しいけど、付き合いたいとか、そういうのとは違うような気もして。あまりよく分からないから...私としては、皆で仲良く出来たらそれが一番だと思ってる、かな?」

 

高嶋さんは、それだけ言ってからうどんを食べた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『...友奈ちゃん』

「何?東郷さん」

 

綺麗な月明かりを見るためベランダに出た私は、涼しげな夜風に当たりながら携帯を耳に当てる。通話越しに聞こえる東郷さんの声は、少しだけ震えてるようにも感じた。

 

『友奈ちゃんは、古雪先輩のこと、好き?』

「好きだよ」

 

思ったより即答出来た答えに、少しだけ顔を赤くする。本当ならもう目が覚めないかもしれないことを考えて、青ざめるべきなのかもしれない。でも、それは家に帰るまでで終わった。

 

(私は、椿先輩を信じてるから)

 

きっと大丈夫。そう信じる。

 

(...あの時も、こんな夜だったっけ)

 

「今回はヒナちゃんに負けちゃったけど、次からは負けないよ」

『...強いね、友奈ちゃんは』

「東郷さん...?」

『私は不安だよ。古雪先輩が目を覚ますのかどうかも、あの人が、その、誰を選ぶのかも』

「東郷さんも好きだもんね?」

『...えぇ』

 

そういう意味で、私達はもう負けている。ここから巻き返すには努力しなければならないだろう。勿論それは本気でやるけれど__________

 

「でも、私は良いと思うんだよね」

『え?』

「私も不安だし、ドキドキする。無意識に神婚の時みたいな空元気を出してるだけかもしれない。でも、椿先輩なら...きっと良い未来を選ぶと思うんだ。だから、私は大好きな椿さんの選択を信じる。今私がすることは、椿さんにどう想いを伝えるか考えるだけだよ」

 

ダメだったら、皆で一緒に考えれば良い。そう思っているから今は吹っ切れているんだろう。

 

「だから、東郷さんも大丈夫」

『...やっばり強いよ。友奈ちゃん』

「えへへ...」

 

もし、椿先輩が考え抜いた上で、それでも私を選んでくれるなら。それは凄く幸せだろう。

 

でも、選ばれなくても。

 

(誰も選ばない選択は、きっとしないから。ヒナちゃんに告白された椿先輩が、答えを出さない筈がないもん)

 

「東郷さん」

『何かしら?』

「目が覚めるといいね。椿先輩」

『...えぇ、そうね』

 

 

 

 

 

--------------

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

冷え込んだ空気がようやく溶けてきた頃。もうすぐ中学の卒業式ということで早帰りが続く俺は、今日も今日とて新作のゲームに手を伸ばした。

 

(洗濯物を畳んで飯作るにしても二時間は遊べる計算。でも天気も変だし先に取り込むか悩むなぁ)

 

別にゲームは途中で止められるが、そもそも夢中になって見逃さないようにしなければならない。特にここ最近は夕立が降りそうなくらい局所的な黒い雲を見かけることが多いため、変に警戒心が出てしまう。

 

(まだ春になりかけってのに...しょうがない。先に取り込むか)

 

外で干していた洗濯物はまだ乾いておらず、室内干しに切り替え洗面所に吊るしていく。腕を上に上げて作業を続けていると、連動している肩からポキッと音が鳴った。

 

(いっつー...肩回してからのがよかったかなー?)

 

何回か肩を回し、一応赤くなってないか鏡で確認するため服をずらして鏡の前にたった俺は、

 

「...な、なんだよ。これ」

 

胸元にある赤黒く刻まれた紋章を見て、声を震わせた。

 

「は?はぁ!?なんなんだよ!?」

 

咄嗟に剥がそうと手で掴んでもそれは動かず、タトゥーとして体に刻まれているかのように堂々と鎮座している。

 

しかも、じわじわと体の全体へ広がっているようで_____

 

「ひっ」

 

声に出せない悲鳴を上げて、俺はとにかく外へ駆け出した。自転車で病院まで向かおうと扉を開けて。

 

「......」

 

紅一色に染まった空を見上げて、ただただ固まった。

 

「......夢、だろ?こんなの」

 

理解出来なさすぎる。昨日まで何事もない日常だった筈なのだ。それがこんな風になるなんてあり得ない。

 

頬をつねると普通に痛みを感じ、涙目になりながら________それでも、俺はハッキリ見えてしまった。

 

玄関先。泳ぐように道路を歩く、白い物体。

 

先には人の目、口、歯を再現している様な見た目が貼り付いていて、一度口を開かせガチリと歯の音を鳴らす。

 

明らかに見たことのない、大昔の生き物と言われても信じられないそれが、突然顔を向けた。

 

「」

「ッ!!!!」

 

おおよそ人には分からない鳴き声に、本能が恐怖に襲われる。

 

そして、それは狂気でしかなかった。

 

「うわぁぁぁぁ!?!?く、来るなぁっ!!!!」

 

足がすくんでただ叫ぶだけの俺に、化け物は理解を示さず。

 

ぐしゅりと音を立て、俺の意識はなくなった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「それで、なぜ私はここに?」

「決まってるだろ?尋問だ。お前は怪しいからな」

 

買ってきた出来合いのサラダとオムライスを食べながら、球子が箸を向けてくる。案の定隣で食べている杏から注意が飛んで、すぐに箸が下げられた。

 

「うぅ...と、ともかく!タマはお前が怪しいと睨んでる!」

「何が怪しいんだ?」

「ちゃんとひなたに譲ったかだ!お前だって椿のことは好きだっただろう!?」

「...まぁ、否定はしないさ。彼と私が付き合う未来もあったかもしれない」

「やっぱり」

「だが、今は何よりひなたを応援している。だからそれはないさ」

 

きっぱり言う私に反応したのは、球子ではなく杏だった。

 

「だから私は言ったんですよ。別に聞くまでもないって。それなのにタマっち先輩が聞かなくて」

「な、なにをー!?」

「それを言ったら、球子はどうなんだ?」

「うっ...た、タマも好きだぞ。うん」

 

球子も詰まりながら自分の気持ちを伝えてくる。私は、その言葉をゆっくり待つ。

 

「でも、もし椿が選んでくるならまだしも、タマが告白する、ってのはないな。今のタマは杏に譲りたいんだ」

「いいのか?それで」

「良いも悪いもあるものか?というかタマには良し悪しなんて判別できんから、タマが信じた道をとる」

「...そうか」

 

私がひなたに協力するように、球子は杏に協力する道をとった。ならば、後は__________

 

「ならば、杏はどうする?」

「...大体道は決まってますよ。不安ですけどね」

「何が?」

「椿さんはこの時代の人。私は300年前の人。ホントは会うことなんてなかった相手です。私は『例え時空が違っても関係ない』と言い切らんばかりの行動を取るひなたさんのようには、吹っ切れもしないので」

「......」

「でも、自信がなくても椿さんにアタックすることは変わりませんから。今日は戦略的撤退というやつです」

「...ホントは銀が怖かったんだろ?」

「なっ、そんなことないから!タマっち先輩の方が怖がってたでしょ!」

「あんなの怖いに決まってるだろ!!」

「あはは...ん?」

 

言い争い始める二人を余所に、私は鳴らされたチャイムに反応した。

 

「グッドイブニング!若葉」

「歌野...それに水都、棗さんも?」

「実は、蕎麦を作りすぎてしまってな」

「それで、一緒に食べてくる方々を探してて...」

 

スッと出されたのは、ラップされただけの美味しそうな蕎麦。

 

(...もし私の記憶が持ち返れなかったら、蕎麦の美味しさに気づくことはないかもしれないな)

 

「そういうことなら入ってくれ。皆で蕎麦を食べよう」

「リアリー!?蕎麦を食べることに即答するなんて、貴女本当に若葉!?」

「そこまで言うことは...確かにあるだろうが。まぁいいだろう?」

 

そう言って、私は蕎麦を預かった。

 

 

 



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花結いの章 23話

「んーっ...」

 

寝ぼけた時に鳴る目覚ましは、どうしてこんなにも耳障りに感じるのか。これは学会の研究テーマとして発表されてたりするのかもしれない。

 

(後五分...ってわけにも、いかないんだよなぁ)

 

誤差はあれど基本必要な時間にセットしている目覚ましを無視するということは、学校の遅刻を意味すると同時に、三ノ輪家の朝食が怪しくなる。

 

寝ぼけた頭でも分かっているその思いだけで、俺は布団からもぞもぞ動き出した。

 

「今日は冷え込んでるなー...」

 

一度体を動かせば頭も覚醒し始め、顔を洗い、制服の袖に腕を通し、鞄の中身を確認する。

 

「忘れ物なし...と。じゃあ行きますか」

 

雪が降りそうな天気の中、両親が眠ってるうちに家を出た俺は、玄関に鍵をかけて隣の家へ__________

 

 

 

 

 

「バッ!!」

「うおっ!?」

 

突如視界を塞いできた彼女に、間抜けな声を晒した。

 

「へへっ、誰でしょーか?」

「いや、何隠れてるんだよお前...」

「誰でしょーか!!」

「......三ノ輪銀さん」

「はい正解ー!」

 

玄関先で出待ちしてた彼女は俺の答えに満足したのか、手を離して前まで回り込んできた。ほんのり良い香りが鼻をくすぐる。

 

「...で、どうしたんだ?」

「いや別に?ちょっと早く起きちゃったからいたずらしたいなって...いや違うか。お迎えにあがりました」

「前半部分でダメダメだし、隣の家行くのに迎えも何もあるか」

「なんだよー!折角寒い中待ってたのにー!」

「何やってるんだ...ほら」

「んんっ」

 

バッグから取り出したマフラーを手荒く彼女の首に巻きつけ、後ろで纏められてる髪を出してあげる。

 

「これつけて暖房前で暖まってな。早いとこ味噌汁も用意するから」

「椿...ぅん」

 

素直に小さく頷いた彼女は、下から見上げるように俺を見て。

 

 

 

 

 

「ありがと

 

 

 

 

 

ノイズを走らせた。

 

 

 

 

 

「......あぁ、またダメか」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

黒とも言えるが、例えるなら見える景色全てが無い世界を、俺は永遠に眺めさせられていた。

 

(...何も、動かせない)

 

手は伸びず、足も動かせない。眼球を動かすという動作も、呼吸する意識さえない。

 

(あぁ、そうか)

 

案外理解するのは早かった。いや違う。当然ではあるのだ。何しろこれは『俺の意思ではないのだから』

 

ただ、俺に悟らせるための場所。

 

(俺は、この世界に存在しないんだ)

 

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

「ッ!!!!うお゛ぇ゛!!」

 

込み上げてきた吐き気を抑えきれず、口から液体を吐き出す。胃液しか出てこないのは、単純に空腹だからではないのだろう。

 

頭が気持ち悪さ一色になるものの、吐き出し続ければ少し落ち着いた。吐瀉物は排水溝の溝に入っていくかのように、下へ下へと流れて消える。

 

「うっ、う゛えっ、はぁ、はぁ......」

『気分はどうだ?』

 

荒い息を整えだした頃に聞こえた声へ耳を傾けると、あまりにも聞き慣れた、見慣れた姿を捉えた。

 

俺と同じではあるが_____精霊ツバキと名乗られた筈。

 

「お前は...お前も、俺に見せに来たのか」

『見せに来たって...ま、悪かったよ。気分が悪いのは知ってるし、知らなくても見りゃ分かる。だが、敢えて聞こう。お前は今何を見た?』

「......知っているなら、聞かなくていいだろう」

 

正確には、『見た』というのは正しくない。これまでのことは確かに『古雪椿』という人間が体験した事実なのだから。

 

「...最悪だ」

 

一言で表すなら、そう。

 

彼女が幼馴染みではなかった世界。

 

彼女の死が受け止められず、心に穴が開いたままの世界。

 

何も知らぬまま天の神からの進行を受け、はぐれた星屑に噛み千切られた世界。

 

未だに彼女を生きているものとし、脳がバグを表示させ続けている世界。

 

そもそも古雪椿という存在が生まれていない世界。

 

全てが『俺』にとっては嘘でも、『古雪椿』にとっては真実。

 

『お前は戦った相手のことを強く意識した結果、他の世界にいる自身の存在とパスを繋げてしまった。津波のように押し寄せる、それこそ俺達からしたら地獄の様子を見せつけられ、意識を落とした。ここまでで質問は?』

「...意識が戻ったということは、耐えれたのか?」

『俺には、とても耐えれてるように見えないが?顔は青白いまま、今も吐きそうになってる奴が』

「......」

『...これは、俺が最大限肩代わりしてるからだ。ここにいる時だけしか出来ないし、俺が来れたのもまだ繋がってただけのパスを強引に開通させたから。正直こっちも一杯一杯なわけ』

「...」

『まぁ、その吐き気は時間がなんとかしてくれる。開いたパスは徐々に閉じるから、強烈な刺激は受けなくなるだろう』

 

淡々と語るその口調は、決して許容出来ないような、やれるけどしたくない意思表示に見えた。

 

だから、俺は口を開く。

 

「どうしてそんな、怒ったような言い方をするんだ」

『...お前はその光景を見て、どう思った』

「どうって」

『お前は、俺達は平行世界に存在しない歴史の転換地点なんだ。既に一般人じゃない。だから神樹があの手この手で多くのデータを取ろうとする』

「......!!!」

 

つまり、奴が言いたいのは。

 

「...俺がいなければ、皆はこの世界に、ひなた達が西暦からここに、来ることはなかった?あいつが騙されてこの世界で武器を振るわなくてよかった、のか?」

『お前が全ての原因じゃない。やっぱりあっちが興味あるのは友奈らしいからな。だが...そういうわけも一理ある』

「ッ!!!!」

 

皆が笑顔で、長いこと生活出来た。本来会えない仲間と絆を深めることが出来た。

 

だが。

 

『...私のことだよ。私は反対。よく考えてよ?戻らなければこの世界で楽しくやっていけるんだよ?それなのに......冗談じゃない』

 

戻りたくないという思いが生まれ、

 

『でも、そんな汚い勝利でもいい。ここに残って長い時をまだまだ過ごしたい......そう思うくらい、貴方が好きなんです。愛しているんです。一緒にいたいんです』

 

彼女を苦しめる結果になってしまった。そして『俺(彼)も』。

 

『それで、分かったお前はどうするんだ?』

「っ、ぁ...お、俺は...」

肺へ取り込む空気も少なく、浅い呼吸を繰り返す。

 

(この命はもう、俺だけのものじゃない。俺に不幸があれば悲しむ人がいることを知っている)

 

「...俺、は」

 

(でも、俺という存在が、他の世界の俺を苦しめる上、皆を...俺が好きな人達を傷つけるなら。俺のことを悲しんでくれる人が不幸になるのなら)

 

辺りにヒビが入る。黒の景色に白いヒビ。

 

「俺は、自分が消えることを」

 

そのヒビが一瞬で広がり、割れ_____

 

 

 

 

 

そのまま勢いよく殴られた。受け身も取れずに倒れた俺は、口の中からする血の味に堪えながら前を向く。

 

『あぁ、そうだな。きっとお前は悩んだ上でそう言うと思った。当然だ。いくら皆の思いを知ってるからといって、それを責めるのは違うのかもしれない』

「だったら」

『だがな』

 

胸元を掴んできたツバキは、顔を近づけて言ってくる。

 

『いいか?お前は特殊な人間でありながら、全能でも万能でもない。ただ一人の人間なんだよ。個を救えても全を救えない。救ったことはない』

「!!」

『天の神を倒した。だがそれは結果論に過ぎず、あの時お前の内にあったのは友奈を救うことだけだった。歴史を変えた。だがそれは結果論に過ぎず、あの時お前の内にあったのは仲間と生き抜くことだけだった』

 

掴んだ腕を揺すられ、全身が動く。止まった体を無理矢理起動させるように。

 

『そんなお前は、平行世界の全ての俺達の苦しみを止めることと、今一緒にいる仲間の傷を癒すこと。その両方は決して出来ない』

「ぁ...!」

『だから選べ。二つを同時に兼ねる方法じゃない。どちらかを己の技量で救える分を取れ。お前の本当の気持ちで』

「っ、で、でも、それは...!!」

 

そう。その選択の結果は、考えていることは、また俺を特別なモノにすることだ。

 

「いいのか、そんなこと」

『良いも悪いも知らん。俺はお前であり他の椿の声が聞こえる訳じゃない。恨まれるかもしれない。憎まれるかもしれない...また自分と戦うことになるかもしれない。だから今悩んで、決めるんだ。決めたら突き進むんだ』

 

そう言って、彼はよく見てきた顔で笑った。

 

『さぁ進め。選んだ道を後悔しないように』

 

黒いままの景色の中、彼が俺から手を離して__________

 

 

 

 

 

「だったら、俺は」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『月が綺麗ですね』

 

この言葉が言葉通りの意味ではなく、別の意味を含むようになったのは、昔の逸話によるらしい。

 

『I love you』を日本語訳する際に、そう訳した方が良いと指摘した人がいて、それが由来なんだとか。ここから告白する際の言葉としても使われるようになったらしい。

 

返しとしては、『死んでも良いわ』とするのが一般的とされている。理由は詳しく知らないけれど。

 

私達の時代では調べた覚えがないし、神世紀に来てからは文献の母数が少ないのか、教科書で取り扱う年代が違うのか、あまり聞かない。周りにも聞いたことがないから、もしかしたらそうした意味を含むんだということを知らないのかもしれない。

 

 

 

 

 

「...月が、綺麗ですね」

 

でも、今ここで________病院の屋上で、夜風に辺りながら眺める月は、思わずそう言ってしまうくらいには綺麗だった。

 

 

 

 

 

「あぁ。そうだな」

「......なんで、ここにいるんですか」

「いや、近くに見当たらなかったから、高いところから探そうかなーって」

「...もう、一週間も寝てたんですよ」

「マジか。道理で病室にあんだけ色々持ち込んで...悪かった。迷惑...いや、心配かけた」

「本当ですよ。私が、私達がどんな思いで過ごしたと」

 

月はもう見えない。別に雲に隠れたわけじゃない。もう私の目が全てを霞んで見せてしまうんだ。

 

「おまけに、よりにもよって私が席を外してる時に」

「それは悪かった...のか?」

「はい。反省してください」

 

振り返る。色の荒いシルエットにしか見えない『彼』が、そこにいる。

 

「スマホないと思ったら、持ってたのか」

「すみません。でも、握ってたら元気を貰える気がして...それより、元に戻れたんですね」

「え?あぁ、姿ね...まぁ、ある程度目的が終わったんだろ。あちらさんの。お陰でまた手足の感覚治さなきゃいけない」

「でも、そちらの方が私としては嬉しいです」

 

抱きしめた時いつもよりふらついたのは、彼が寝起きだからというのもあるだろうけど、私が普段より思いっきり行ったからだろう。

 

しっかりした、男の人の体だ。

 

「あ、あの?今感覚がですね」

「知りません。知りませんそんなの」

「ちょ、あの、あの...」

 

ぐりぐりして、ぎゅーっとして、やっと顔をあげる。涙を拭った目は、しっかりと彼を捉えた。

 

 

 

 

 

「お帰りなさい。椿さん」

「...ただいま。ひなた」

「はい。ご無事で何よりです」

 

 

 

 

 

「それで、椿さん」

「ん?」

「今夜は、月が綺麗ですね」

 

 

 



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花結いの章 24話

「おーいおいおいぉぃ......」

「おーい。誰かこれ止めてくれー」

 

いつも通り日の光が入る部室。廊下に繋がる扉近くで立ちながら、俺は辟易した顔をしていた。

 

どれもこれも、理由は隣でしがみついてる元部長のせいである。

 

「だって、だっでぇ...!!」

「もう大丈夫だから。大体、他のメンバーはそんな長くなかっただろ。妹を見習え」

 

倒れたことで心配かけたのは分かっているわけで、夜のうちに連絡は入れたし、部室に来てからある程度は何をされても抵抗しなかった。

 

実際皆は抱きついてきたり質問攻めしてきたりしたものの、現在進行形で抱きついてきてる風がダントツで長い。涙で制服から濡れた感じが伝わってくるほどだ。

 

何より危惧してるのは、風が長いことやってるせいで、園子達一部メンバーが再び近寄ってきてることだった。このままだと俺は完全に動けなくなる。

 

「なんであんたはそんな落ち着いてるのよっ!!あんな叫んで倒れたのよ!?」

「...まぁ、自分が倒れて動揺する以上に覚悟を決めなきゃいけないことが沢山あったんでな」

 

苦しくなかったわけじゃないし、辛くなかったわけじゃない。それでもこんな感じなのは、目が覚めてから半日が過ぎて、また考えなきゃいけないことがあったからだ。

 

ちらりと見た彼女は、俺を見てにこやかに微笑んでいた。

 

「......ほら、そろそろ離れろ」

「なんでよ!!」

「俺が動きたいからだ...皆、聞いてくれ」

 

全員の方を向けば、俺の顔で雰囲気を察したのか、真剣な顔をする人が増えた。

 

「...悪い。今すべき話は造反神とかこの世界に関することだってのは分かるんだが、俺はまだする気がない」

「そりゃ、自分が倒れたんですからいいですし、誰も咎めたりしませんよ?椿さん」

「すまん」

「いやだからいいんですって...でも、そしたらなんでそんな顔を?」

「......まぁ、大事な話だから改めてな。二人きりでするにせよ」

 

そこまで言って、一度息をついて。

 

「ちょっと、来てくれるか?」

 

俺は最初の一言を口にした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「いざ改めて話すとなると、何から言うか迷うな...悪い。これならメモに纏めてきた方が......いや、それを目の前で見るのもカッコ悪いし、いっか」

 

見上げる空には、数えられる程度の雲と、太陽。それから白く小さい月。

 

「昨日目覚めた時さ、色々思ったことがあったんだ。夢っぽい所で話をして。俺がどんな道を選びたいかとか、どんな思いで過ごしたいかとか......でも、まず最初に思ったことがあった。何だと思う?」

 

当然代わり映えしない屋上に立ちながら、目を閉じる。

 

「想いを伝えたいって、そうするなら誰かって、自然と心から出てきた。ずっと抱えてたものが溢れたみたいに。もう限界なんだと思う。今にすれば、兆候なんて腐るほどあったし」

 

駆け巡る思い出は、些細なものから大きなものまで沢山あった。とても一日じゃ語り尽くせないような、そんな、大切な記憶。

 

「俺はかなりバカな時もあるし、後先考えずに行動する時もある。また今回みたいに無茶無謀をするかもしれない。それで、その時悔いがあるのは、告白せずあんな想いを繰り返すのは絶対御免だと思った...昨日、彼女のお陰で決心がついた。だから、今するよ」

 

振り返って、彼女の顔を見て、俺は。

 

(...今告白って言っちゃったな。俺。どうしよ)

 

ことの重要さを改めて自覚し、思いっきりテンパった。

 

「......月が綺麗だな」

 

結果出てきたのは、昨日彼女から教わった告白の仕方。それを受けて、目の前の彼女は__________

 

 

 

 

 

 

「何言ってるの椿?こんな昼に月なんて...あ、出てる!はっきり見えるのは珍しいかもなー」

 

きょとんとしてから、そんなことを言った。

 

「......」

「椿?」

「......ふふっ」

「?」

「あはははははっ!!!はははっ!!」

「え、こわっ」

 

(そっか!!知らないか!!そりゃそうだ!!!)

 

腹が痛くなる程の大爆笑。同時に、変な緊張が綺麗に全部なくなった。

 

やっぱり、彼女と一緒にいたい。

 

「おーい?つばうぶっ!」

「ふっ、くふっ...」

 

笑いを堪えながら、彼女を抱きしめて、

 

「好きだ。大好きだ愛してる!!俺と付き合ってくれ!銀!!!!」

 

俺は言った。

 

「......それ、嘘じゃない?」

「嘘じゃない!!!」

「ホント?」

「本当だ!!」

「...ちゃんと考えたの?他の人とか...」

「考えた!!その結果だ!!」

「......バカ?ずるいよ。いっつも思わせ振りな態度だけとる癖に、今も月がどうとか聞いて笑ってるのに...」

 

彼女は一瞬黙る。

 

「......はぁ」

 

そして、ゆっくり息を吐いてから、返事をしてくれた。

 

「アタシでよければ、喜んで」

 

輝く涙と、花咲くような笑顔と共に。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「というわけで、付き合うことになった」

「知ってるわよ!!全部見てたから!!てか気づいてんでしょ!!」

 

屋上の扉に隠れて見ていた皆に声をかけると、夏凜がいつもの調子でツッコミを入れてきた。正直いつもの感じはありがたい。

 

他の皆もぞろぞろ出てきたが、この人数はいつものことながらちょっとビビった。

 

「ミノさん...」

「園子...同情はしないよ」

「したら怒るから」

「...ごめん」

「椿は、ひなたを選ばず銀を選んだのだな」

「あぁ...すまん」

 

聞いてきた若葉にも答える。ひなたを断ったことに対する謝罪は二人に失礼になるから、これはひなたを慰めてもらう若葉に対してのものだ。

 

「椿さん、謝らないでください」

「あ、ごめん。今のはひなたに言ったわけじゃ」

「謝る必要なんてないですから♪」

 

勘違いしたままのひなたは、銀がくっついていた右側とは反対の、俺の左側にくっつく。

 

『!?』

「ひ、ひなた?」

「確かに私は椿さんにフラれてしまいましたが、愛人でも構わないんですよ?」

「あ、愛人!?」

「なぁ須美、愛人って何?」

「ぅ...わ、私に聞かないで頂戴銀!」

 

小学生の方は意味が分かってなさそうだが、俺の隣にいる銀はニヤッと笑うだけだった。

 

「ほう?椿がアタシに告白したのにも関わらず、そこから奪うと?」

「奪うなんてとんでもない...ですが、椿さんが心変わりしてしまう可能性はありますね」

「言うじゃないかひなた。殺るか?お?」

「あら怖い」

「あの、怖いの俺なんですけど」

 

間近で神様より怖い存在が二人も現れ、片手は握りつぶされそうにまでなっていた。冗談抜きで再び病院送りになりかねない。

 

「大体ひなた、やっぱり昨日言ってたの冗談じゃなかったのか」

「冗談だと思ってたんですか?」

「そりゃお前、まさか断った直後に愛人宣言するわ、俺を好きな人は沢山いるだとか...まぁそうだったとしても答えは...」

「...」

『......』

「...まさか」

 

周りの反応を見て、冷や汗が吹き出てくる。

 

「まさかですよ」

 

そんな状況下で、ひなただけが薄く笑った。

 

 

 

 

 

月明かりが俺を照らす。別に見る場所が病院から学校の屋上になっただけで、他はそんなに変わっていない。

 

ただ、俺の思う心はまた変わっていた。

 

(嘘だったらいいとは全く思わないが...)

 

『はいはい!!もういませんかー?』

 

俺は雪花が仕切る中、部室の端っこで丸まっていたのを思い出す。起きたことが許容量を遥かに越えていたのだ。

 

勿論、それぞれの気持ちをちゃんと聞いた。その結果あの体勢なのだ。だって、まさか__________

 

『最初はお兄ちゃんみたいな気持ちでした。今はお姉ちゃんに譲れないくらい欲しいです』

『好きでした!ずっとずっと前から!』

『私は、椿先輩が好きです』

 

まさか、俺のことを好きな人がそんなに多くいるとは思わなかったのだ。気持ちが落ち着いた今でも、目を閉じずとも甦る。

 

(だが、俺が、悪いんだよな...)

 

彼女達の言葉は、普段とあまり変わらなかった。好きですという気持ちは、言葉にして言われたこともある。

 

でも、それを俺は友情的な意味合い、仲間としてのものだと思っていた。思い込んでいた。恋愛的な意味合い、恋人としてなりたいという意味ではないと。

 

しかし、今日のような状態になれば、その言葉にどんな意味が込められているかはバカでも分かる。

 

ただ、友好的なそれではないと、前々から気づいていたとしても__________

 

(いや、バカは俺か...)

 

俺のことを好きになる人なんてそういないと思っていた。それは事実だ。皆俺が釣り合うとは思えないくらいの美少女。別に銀なら釣り合うとか、そういうつもりは一切ない。が、銀を含め、ここまでとは思ってなかったのもまた事実。

 

なにより。

 

(あんな堂々と告白して、後から皆に告白されて震えてる俺、なさけねぇ......)

 

銀からどんな風に見えてるのかと聞かれれば、明らかにダサいだろう。もう少し男気を見せろと言いたくなるだろう。

 

そんな態度を一瞬でも見せてしまったことが辛かった。それは、告白した彼女にも、後から勇気を振り絞って告白してきてくれた彼女達にも申し訳ない。

 

(玉砕覚悟で告白するなんて、俺には無理だよ...皆勇者だわ。本当)

 

「はぁ...」

 

見上げる夜空は変わらない。いや、正確に言うなら『もう変わらない』

 

(こんな、最後の最後で...でも、今さら俺がどんな顔して)

 

別れるとしても、計画を実行するにしても、伝えるべきことは伝えたい。だが、どうして皆の告白を曖昧にしてしまった俺が何か言えるのだろうか。

 

「もう一度、皆の前で思いを伝えられるのか...?」

「出来るでしょ?」

「!!」

「椿なら、さ」

 

そこにいたのは、紛れもなく彼女だった。

 

「どうして」

「家行ったり病院行ったりしたけど、見当たらなかったから。まさか堂々学校の屋上にいるとは思わなかったから遅れたけど...それで?」

 

壁に寄りかかるようにした銀は、こっちを向いてきた。

 

「どうしたの?」

 

_____この自然な感じ。聞かれて当たり前のような感覚。別に他の人でも同じように言ってくれるだろうが、俺には彼女の声が、態度が、全てが特別なものに見えた。

 

(...あぁ、好きだな)

 

「色々ありすぎて、頭がパンクしてるところだ。誰が告白を振って、決意して告白して、と思ったらもっと沢山の人から告白されて。なんて日を24時間以内に味わうんだよ」

「椿本人が味わったんだけどね...」

 

苦笑いを浮かべられると、こっちも少し笑いが漏れた。彼女はそんな、少し困ったようにも見える表情をしながら、改めて口を開いた。

 

「いいんだよ?」

「何が」

「アタシに告白したの取り消してさ。当然じゃん?あんなに沢山の子から告白されたら、誰だって迷うよ。園子、風先輩や樹、須美、友奈、そしてひなた...皆、皆真剣だもん」

「......」

「だからさ、ね?」

 

そう言ってくる銀。少し唇は震えていて、両足を擦り合わせている。

 

だから、俺は。

 

「俺が、真剣に選ばずお前を選んだと?ひなたを選ばず、皆から一時的にでも逃げた俺が、そうなる原因を考えなかったと?」

「そ、それは違うけど、でも皆から告白されれば」

「確かに悩んだ。今もどう返事をするべきか悩んでる。だがそれはどう断りの返事をいれるべきか悩んでるのであって、誰を選ぶか悩んでるわけじゃなければ、お前を選んだことを後悔したわけじゃない。例え前々から気づいていたり、告白されていたとして...いや、改めて告白されて、情けない姿を見せてるのは確かなんだが、それでも、俺の気持ちは変わらない」

「!」

「...これ以上言わせるなよ」

 

銀を見ていた顔を月へ向ける。赤くなってるだろう顔を逸らすためじゃない。目を合わせるのが恥ずかしくなったとかでは決してない。

 

やがて、彼女の涙混じりの笑い声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「...ねぇ、椿」

「ん?」

「......月が綺麗ですね」

「...月はずっと綺麗だったよ。気づけなかっただけで」

「あれ?調べた返しと違う!?それどういう意味!?」

「今度にでも調べるんだな」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「おーいおいおいぉぃ......」

「ウェェェェンッ!!!!」

「あらあら...」

 

目の前に広がる光景は、割かし地獄絵図だった。

 

焼け酒ならぬ焼け甘酒で泣き叫ぶ風さん、樹ちゃん。

 

「...うっ」

「......」

 

一方で、隅っこの方で固まっているのは、涙目の若葉ちゃん、無言の東郷さん。

 

他には、既成事実を画策している園子さんや、お昼からずっと纏め役になっている雪花さん。

 

広くて大人数が泊まれるということで集まった東郷さんの家は、椿さんに振られた者の集まりとして異様な静けさで始まり、夜になった今はもうこんな様子だった。

 

「あらあらじゃないわよひなたぁ!!あんたいいわけ!!あたしが言っていいのかも分かんないけどさ!!」

「そんな言い淀むことがありましたか?」

「いやだって...あたし達は......」

「私を含めた西暦の皆はもうチャンスがない。けど、同じ時代を生きている皆さんはチャンスがある。そう言いたいんですか?」

『!!?』

 

私が自分から言ったことで、場の空気が固まった。でも、それも無理ないと思う。

 

椿さんの取り合いはするけど、それを気遣ってくれるのが風さん、そして勇者部の皆だ。分かっている。だからこそ私もはっきり告げられる。

 

「確かに色々思うことはあります。一人だったら泣いてるかもしれません。でも、私はあの椿さんが好きになったんですから」

 

悩んで、真剣に迷って一つの決断を出したあの人のことを、より好きになっても、選んでくれなかったことを憎むなんてない。

 

銀さんだって、大切な仲間なんだから。

 

「だから私は沈んだりしません。最後まで、あの人に、皆さんに、私の笑顔を焼きつけさせます」

「...ひなたは、凄いな」

「はい♪」

「そんな風に割りきれるわけっ!ないでしょうがぁぁぁ!!!」

 

大きな音を立ててコップを机に叩きつける樹ちゃん。

 

「ひなたさん!!!今からでも遅くありません!!!園子さんに協力して椿さんを襲いに行きましょう!!」

「ちょっ!?樹!?」

「樹ちゃん!?」

「...アリ?」

「いや、それはダメでは」

「うん...うん!ヒナちゃんらしい!!」

「あーもー煩すぎて誰が喋ってるのか分からないのよバカー!!!」

 

部室にいる時のようにどんちゃん騒ぎになってきた皆さんを見て、私は心から笑った。

 

(お別れは寂しい。記憶がなくなるのは辛い。でも...もう一度会えて。皆さんと会えて。告白出来て......良かったです)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ゆーゆ」

「園ちゃん?」

 

少し外に出て夜風に当たっていたら、園ちゃんが声をかけてきた。

 

「これから皆で話をするって」

「そっか。分かった!」

「...ゆーゆ」

「?」

「ゆーゆはどうしてそんなに笑顔なの?」

「え、私笑顔だった?」

「自覚ないのか~」

 

顔を手で触っても、笑顔かは分からない。

 

「......つっきーがミノさんと付き合って、いいの?」

「...正直ね、もっと嫌な気持ちになると思ってた。銀ちゃんも大切で、椿先輩も大切だけど、男の人に向けての思いはあったから」

 

この気持ちに嘘はない。私は椿先輩が好きだし、付き合いたいとも思ってる。

 

だから、その可能性が一つ終わりを迎えて、もっと嫌になると思っていた。

 

「でも、実際はそうでもないんだ」

 

『私、椿先輩のことが好きです!!大好きです!!!』

 

それは、後からとはいえ椿先輩に告白して、思いを伝えられたからか。

 

「私達の関係は、ちょっと変わるかも知れない。でも、隣にいるのが銀ちゃんなら、それも良いなって。それに、恋人が出来たからって私達のことを避ける人でもないし」

 

そうなれば、普段と変わらない。寧ろ、思いを伝えたんだからくっ付くことだって出来る。

 

「色々考えたら、そんな泣くほどでもないかなって...皆受け取り方が違うだろうし、他の皆に何か言うことはないよ」

「そっかー...ゆーゆはやっぱり強いや」

 

園ちゃんはぽつりとそう呟いた。

 

 

「私は、あぁやって告白できたけど...悔しいし悲しい。苦しい、かな?」

「園ちゃん......」

「だから、ゆーゆは凄いよ」

「そんなことないよ...だって、園ちゃん達が椿先輩を襲うなら、混ざりたいと思ってるしね!」

「...ぷっ、あははっ!!じゃあゆーゆも混ざる!?」

「混ざる混ざる!!」

 

園ちゃんが笑って、私もつられるように笑った。

 

(うん、そうだね)

 

やっぱり、私にはこっちの方があってる。あの人のことを思って、あの人について話すだけで、こんなに胸が熱くなるんだから。

 

その人が悩んで出していた答えなんだから。

 

そして、何より。

 

(私の好きって気持ちは変わらない...だったら、それでいい)

 

心の中では悔やんでるのかもしれない。泣いてるのかもしれない。

 

でも、今は。何よりも、椿先輩のことを思えることが嬉しい。あの人がきちんと私達のことを考えて答えてくれたのが嬉しい。あの人が目覚めてくれて、話せることが嬉しい。

 

例え、この世界での記憶を失くしてしまうとしても__________

 

「ゆーゆ。本当に強いね」

「えへへ」

『こら!!園子いつまで呼びに行ってるの!?早く戻ってきなさい!!』

「はーい!...じゃあゆーゆ、行こうか」

「そうだね、園ちゃん」

 

私は体を起こして、家の方へ戻っていく。

 

(椿先輩。私はあなたが好き...大好きですよ)

 

何度目か分からない気持ちに答えるように、星が一つ瞬いた。

 

「いっそ、椿さんが増えたらいいのにね」

「それだゆーゆ!!つっきー量産計画!!!それから寝込みを襲う計画!!!ミノさんも巻き込んでつっきーを...」

「何話してるんだい二人とも。ほら、入りな」

「「はーい」」

「じゃあほら、悪酔いしてる部長と元部長の代わりに、夜が開ける前に話纏めちゃうよ__________」

 

 

 

 



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花結いの章 25話

「ごめんって謝るのは違うと思ってる。でも、頭を下げさせてくれ」

 

翌日。部室に皆集まってから、俺が一番に話を始め、頭を下げた。彼女達がそんなことを望んでいる訳ではないと分かっていても、ケジメをつけなければならないから。

 

「正直、皆が俺のことを恋愛的な意味でも好きって、まだ信じられない所も少しある。皆魅力的だから、そんな人達が俺のことを...なんて」

 

当然、それを否定することはしない。俺がそんな魅力的な_____自分で言うのもおかしいが_____人だっていうのを否定するのは、皆の気持ちを否定することに繋がる。

 

これで、全員を幸せにできる人間なら、違うのだろう。

 

「だから、気持ちには答えたい...かといって、俺には、全員の気持ちに答えることは出来ない。全員ひっくるめて幸せには出来ない」

 

俺が幸せに出来るのは_____人生全てを捧げられるのは、一人だけだと思う。俺は、そんな器用な人間じゃない。

 

だから。

 

「俺が選ぶのは...皆から告白されて、それでも俺は、銀を選ぶ。だから、すまない」

 

もう一度、深く頭を下げた。誤解なく、自分の気持ちを届けるために。

 

「椿先輩」

「友奈...?」

 

声をかけてくれたのは、友奈だった。顔をあげると、彼女はフラれたと思えないくらい笑顔だった。

 

「昨日のうちに皆と色々話したんです。それで...私から代表して、二つだけ」

 

二本指を立てて、突きつけてくる友奈_________いや、皆。

 

「一つ。私達を断った分、銀ちゃんを幸せにしてくださいね」

「それは勿論」

「二つ目は...ハーレムにせず断ったこと、絶対後悔させますから」

「!!!」

 

見たことない、彼女のいたずらな笑み。辺りを見ても、どこか微笑んでて。

 

そこから色んな感情を読み取った俺は、大声で言った。

 

「あぁ!!」

 

 

 

 

 

「それで、どうするんです?これから」

「これからというか...」

「本当だったら今夜辺り襲いにむぐ」

「はいはい。抑えて抑えて」

「実はそんなに時間もなくて」

「もう来てるんだよね?造反神」

「これじゃあ、造反神がサブイベントだにゃー」

 

全員の視線に、赤嶺が頷く。

 

「もう気づいてるだろうけど、古雪椿...試練を受ける最後の一人が目覚めたから、タイムリミットが再び動き出した。後二時間くらいで最後の試練として、造反神が動きだす」

「記憶を持ったまま元の世界には戻れなくて、この世界の神樹様のデータとして残る」

「そうだね...」

「私達西暦の勇者は、特に私とみーちゃんは、未来が分かってる......変えて見せるわって言いたい所だけど、その前に、聞きましょうか」

 

歌野が俺を見た。皆の注目が俺に集まる。

 

「何かあるんでしょ?私はしっかり見てるわよ。倒れる前も、昨日も、真剣な顔してたから」

「え、本当なのか椿!?」

「......問題というか、出来ないこともある。でも、やれることも、ある」

「そうだったんですか!?」

「じゃあ話して貰いましょう!皆レッスン!!」

 

注目がまた集まって、さっきとは別の意味で緊張してきた。が、そうも言ってられない。

 

(恋愛では皆を相手できないが、命なら相手できる。救えるのは可能な限り救う。それが俺だ)

 

幸せが無限大で果てがないものならば、命は生か死か、一か零だ。

 

なら、一を取る。掴んでみせる。

 

「神どもが無情件で俺達を呼び寄せて、用が終わればはいさよならなんて、俺は絶対許せない。ちょっとは俺達が得させてもらわないと割りに合わないよな?」

 

奴等の勝手でこんなに振り回されたのだ。少しは利用させて貰わないと気がすまない。

 

 

 

 

 

「だから、俺の立てた作戦は...もう一度、世界を変える。今度は俺の意思で」

 

 

 

 

 

話は終わり、最後の一時を過ごして。いつか訪れる筈だった別れと戦いが、ついにきた。

 

「椿さん」

「ん?」

「私も戦います。折角着れるようになりましたから」

 

戦衣を身に纏い、銃剣を構えるひなた。

 

「ひなた...そうだな。一緒に戦おう」

「はい!」

「といっても、すぐ終わらせるけどな」

「え?」

 

不思議そうにする周りのメンバーを尻目に、俺は空を見上げた。樹海の空を覆って現れたのは、かつて見た神の姿。

 

「あれが、造反神...」

「っていうか、天の神じゃない!あれ!!」

「本当ですね...相手の神様を真似て、最後の試練をしようということですか」

「ますます腹立つわね...で、椿、さっき言ってたのってどういう意味よ」

「ん?これだよ」

 

答えながら、俺は『赤い勇者服』を身につけた。

 

「それって!」

「そういうこと。デメリットがないわけだしな。だから...満開!!」

 

つい先日にも身に纏った、俺の最強状態。

 

「たっぷり恨みを晴らさせてもらうぜ。造反神!!!!」

「成る程...」

「面白いじゃない」

 

俺の意図を理解した皆が、どんどん変身していく。

 

最強の力を持った、最高の仲間。これで勝てない道理などない。

 

「椿」

「ん?」

「お揃いだね」

「唐突に言うな...荒らしてやろうぜ」

「あぁ!!」

「若葉、号令頼む!いつもの感じでな!!」

「任せろ...勇者達よ!!私に続けッ!!!!」

 

若葉の最後の号令。それに合わせて、赤い流星は空を駆けた。

 

 

 

 

 

 



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花結いの章 26話

あまりにもあっさり、造反神本体との戦いは終わった。

 

天の神を模倣したような姿、模倣したような攻撃。決して楽はさせないぞと言わんばかりの物量。

 

とはいえ、それは『人に攻略できるかという考えを前提とした難易度』で。

 

勇者の力に加え、神からの借り物とも言える満開が使える、この人数に対しての敵じゃない。元々攻撃を相殺するだけ、押し込まれるのをなんとか遅らせるだけならもっと少ない人数でもなんとか出来てたのだ。恨み辛みが込められた攻撃は敵を倒し続けた。

 

最後は、最前線に突っ込んだ銀と友奈が本体を叩いて。本人曰く『本物より大したことない』なんて言われ。

 

そして、感想を幾らか話して__________その時は、本当にあっさり訪れたのだった。

 

 

 

 

 

「それほど長くは、いられないみたいです」

「いやー、でもちょっと時間をくれたわけでしょ?別れの挨拶させてくれるなんて、神様は疑うべきじゃないね」

 

勇者部の部室に、全員が揃う。こうしてこの全員が揃うのは、最後になるんだろう。この後、この記憶を知った後の未来は_____俺の、『俺』自身の手にかかっている。

 

とはいえ、今それに関しては何も考えないようにした。今するべきは、大切な仲間との別れだ。

 

「...私が最初か」

 

呟いたのは棗だった。淡く光を放ち、徐々に光が花びらを作っていく。

 

「お姉様...」

「別れの時が来たようだな...こういう時、口下手な私が憎くなるな」

「棗...」

 

苦笑するような棗に、悲しそうな顔をする風。

 

「そんな顔をしないでくれ」

「棗さん...」

「どうか、お元気で」

「そうだな...ありがとう、杏、樹。最後に抱きしめさせてくれ」

 

二人揃って抱きしめた棗は、素早く次々抱きついていく。

 

「赤嶺」

「...お話できて嬉しかったです。お姉様」

 

赤嶺を抱きしめた所で、次は俺の方を向いた。

 

「椿」

「分かってる。ここで拒むわけないだろ」

 

遠慮なく抱きしめる。いや、多少は遠慮があった方が良かったのかもしれないが、今は銀も許してくれるだろう。

 

「私のこと、親友のこと...いや、沖縄にいる皆のこと。頼む」

「任せろ」

 

短く、簡潔に意思表明したところで、彼女はすぐに離れた。きっと、もう長くないことが分かってるんだろう。

 

「風」

「っ...次から次に、アイドルかっての。あんた」

 

棗と風が最後に抱き合う。風の目から溢れた涙が、棗の肩に乗って_________

 

「皆、ありがとう」

 

花びらが舞い、消え去った。

 

「...ついに、一人目か」

「いえ、どんどん続いていくみたいです」

「そうだね。私も一緒か」

 

振り向けば、今度は防人組と、赤嶺が光りつつあった。

 

「あっという間だな...」

「そうですわね...皆さん、お世話になりましたわ。後赤嶺さん、御先祖様によろしく伝えてくださいまし」

「分かった。言っとくよ」

「俺も含め、色々ありがとな!」

「さようなら」

「シズクさん、しずくさん...」

「アタシ達、今度そっちのクラスに遊びに行くからな!」

「ん」

 

棗のように抱き合うことはなかったが、それでも感情が薄いなんてことはない。

 

「あ、これ痛くないんだ。よかった~」

「雀さんはマイペースですわね」

「椿先輩、ありがとうございました」

「亜耶ちゃん...こっちこそありがとう。あっちでもまたよろしくな」

「はい!」

ここのメンバーは、元の世界に戻っても付き合いが続く。例え忘れるとしても、またすぐ会えるだろう。

 

「元気でね。夏凜」

「あんたもね。芽吹」

「...椿さんも、皆も、元の世界でも、この世界と同じくらい仲良くなれるよう願っています」

「芽吹ちゃん。またね!!」

 

友奈の言葉に、防人達は笑みを浮かべ、消えた。

 

「私もだね。じゃあ」

「いいんだな?」

「うん。私の時代は、私の世界は、私達がどうにかするから」

「分かった。じゃあな」

「うん...皆、バイバイ」

 

手を振り、赤嶺が消える。しかし、淡い光が部室から消えることはない。

 

「次は...アタシ達か」

「小学生組、帰ります」

「元気でね。皆」

「千景さんーっ...皆さんお元気で~...ぐすっ」

「いいそのっち?幼い頃からミノさんに言ってつっきーとの関係を持っとくんよ?」

「ちょっと園子!?」

「園子先輩!?それ、アタシは椿と園子が仲良くなるための仲介役ですか!?」

「...すいません。最後までお騒がせして」

「いや...須美ちゃんの頃になるか、東郷の頃になるか分からんが、その時はよろしくな」

「はいっ!」

 

須美ちゃんの返事は元気がよくて_____そのまま消えていくのに、残したものは何もなさそうだった。

 

「ラッシュが続くわね...って、次は私達か」

「うたのんと、私と...」

「雪花さんもですよ」

「そうみたいね...では!諏訪と北海道は帰ります!!」

 

敬礼する歌野、頷く水都、こっちへくる雪花。

 

「椿さん」

「ん?」

「...私には、色々揺さぶりかけてみてください。きっと何かしら深読みとかしてくれますから」

「随分雑なアドバイスだな...参考にする」

「私はさっき言ったように!そして、若葉!」

 

歌野は若葉を呼んだ。呼ばれた本人は何を考えているのか、真顔になっている。

 

だが、その顔はすぐに変わった。

 

「歌野。ここが偽りの世界だとしても、お前に会えてよかった...元の世界に戻っても、また会おう」

「えぇ。そうね。椿さんと一緒に会いに行くわ...って、泣かないでよ」

 

涙を流す若葉の目元を歌野が撫でる。

 

「しょうがないわね...大丈夫よ。また会いましょう」

「っ、あぁ!!」

「その調子その調子。さ、みーちゃん。帰りましょう」

「うん...皆、ありがとう。元気でね」

「お二人もお元気で!」

 

花になって消えていく彼女達と、涙をこらえている若葉を見て、つられて出そうになっている涙を戻した。

 

「せっちゃん!!」

「雪花!!!」

「結城っちに夏凜...そんな抱きつかれたら苦しいって...でも、そうだね......もう、寒くないや」

 

ぽそりと呟かれた最後の言葉は、彼女の宣言のようで。

 

「椿さん。私をこんな風に寒くない場所まで、お願いしますね?」

「...分かった。必ず」

 

今はそう言うだけ。それでも、彼女は安心しきったように笑って_____そのまま消えた。

 

「せっちゃん...」

「しんみりしてる暇はないぞー結城。次はタマ達だ」

 

友奈はそちらをバッと向く。当然球子の言葉に嘘はなくて、彼女をはじめとした西暦の勇者達が光始めていた。

 

「椿さん」

「杏?」

「好きです」

「...ありがとう」

「タマも好きだぞ椿!!」

「ぐおっ...」

 

腹に貰った球子の抱きつきは、確実に俺にダメージを与える。

 

「ふふっ...結構いいの入ったわね」

「タマちゃんに続けー!」

「いやユウ俺はもう...うぐ!」

 

脇から来たのはユウと、なんと千景。

 

「千景まで」

「これで、最後だから」

「...あぁもう」

 

そう言われてしまえば何も言い返せず、俺は全員を抱きしめる。

 

「若葉も来るか?」

「...私はいい。離れたくなくなってしまいそうだからな」

 

若葉は毅然と友奈達の方を向いた。目元に涙はあるものの、まさに勇者の様だ。

 

「皆、お別れだ。元気でな」

「若葉さん...」

「御先祖様......」

「そんな顔をするな。私も限界なんだ...ひなた、私は変な顔していないよな?」

「頂きました」

「写真を撮るなぁ!!」

「はいはい!若葉さん暴れない!」

 

杏に取り押さえられた若葉がひなたに手を伸ばすも、ひなたは俺の背中に隠れてしまった。

 

「皆さん、挨拶はいいんですか?」

「お別れは言うけど、今顔見せられないよ!」

「...だそうだ」

 

うっすら感じていた、服越しの濡れた感覚。どうやらそれは間違いではなかったらしい。

 

「皆、元気でね!」

「タマには思い出しタマえ!!」

「...じゃあね」

「皆さん、ありがとうございました」

「あぁ。さよなら。未来の勇者達」

 

若葉の言葉を最後に。花達は散っていく。俺もかなり楽になった。

 

(...幸せな重みだったな)

 

「......ん?」

「どうかしましたか?椿さん」

「いや、ひなたがいる?」

 

背中にいた彼女だけが、西暦のメンバーで唯一残っている。

 

「私が最も早くにこの世界に来たので、切り離すのにも時間がかかってるんだと思います」

「今までの順番、別に来た順じゃなかったような...まぁ、いいか」

 

特に気にしていられなかった。光始めた俺達は、そんなことを考える時間なんてもったいない。

 

そんなことを考えるくらいなら、最後の言葉を考える。

 

「元祖勇者部。って感じね。部室が広く感じるわ」

「そうですね。元々この人数でも増えたと思っていましたが...」

「あっという間に増えたものね......本当、あっという間だったわ」

「皆といたら楽しかったもんね!」

「...皆さん、まさに勇者って人達でした」

「じゃあ私も、勇ましくいきますか~」

 

意味深なことを呟いた園子は、すっと俺の元に近づいてきた。

 

「つっきー」

「園子?」

「んっ」

「......」

『あーっ!?!?』

「......!?」

 

頬に感じた感触は一瞬でも、理解には相当な時間がかかった。そして、理解した瞬間顔が赤くなる。

 

「そのっ!?おま!?」

「ふっふっふ...ご馳走さま。やっぱり記憶があるうちにしておきたかったからさ。じゃあ先に行くね」

「お前っ、まっ」

「皆もチャンスだよ~」

 

唇をなめた園子はすぐに消えてしまった。俺が何か言う暇もない。

 

(俺達は一人ずつなのか...ってか、園子の奴......)

 

数日前なら、何でこんなことをしてきたんだと言っているだろう。だが、もう俺は彼女の想いも、キスの理由も分かっている。だからこそ、拒むことも難しい。

 

(いや、銀に失礼か...?)

 

ちらりと銀の方を見たら、本人はニヤニヤしていた。

 

「モテる男は違うね~?」

「それでいいのかお前...」

「だって皆の気持ちは知ってるし、止められる気もしないし」

「そうか...ん?」

 

発言が引っ掛かったのと、目の前に樹がいたのはほぼ同時。

 

「椿さん。記念です」

 

唇が近づいて来るのを、俺は身動きができずにただされるがままだった。

 

 

 

 

 

「......」

「あらあら」

「完全にショートしてるな。これ」

 

銀とひなたが何か言っているが、俺には分からない。今俺が見えてるのは、目の前で笑う彼女のみ。

 

「えへへ...椿先輩、私、幸せです」

 

友奈の笑顔は魅力的で、こっちまで引き込まれそうで。すぐに見れなくなってしまったことを凄く残念に思うくらいだった。

 

「さて、皆もいなくなって...次はアタシかな。光具合から」

「銀さん。元の世界に戻っても椿さんと仲良くですよ?」

「それは約束しかねるなー。意見が食い違えば喧嘩もするだろうし......ほら、椿はいつまでそうしてるの!」

「うぐ」

 

頬を軽く叩かれ、ため息をつく銀が見える。

 

「ひなたとのお別れ、それでいいの?」

「...すまん。ありがとう」

「はいはい」

 

俺を立て直すのに最適な言葉をすんなり言われて、俺も一杯一杯だった感情を落ち着かせた。

 

「銀もキスするか?」

「帰ってからでいいよ。もういなくなるし。ひなた!」

「はい」

「アタシも、今までありがとう。ひなた達がいてよかった...でも、この後椿を襲っちゃダメだからね?」

「善処します」

「それダメなやつ_____」

 

ツッコミは最後までされず、銀は花になって消えた。残るのは、俺と、彼女。

 

「しまらないなぁ」

「言われなければ、今のうちに既成事実を考えたのですが」

「...ん?」

「なんでもありませんよ...お別れですね。椿さん」

「......そう、だな」

 

つっかえた言葉を出しきって、俺はひなたの方を向いた。これがもう、最後になる。

 

(泣くのは違うだろ。俺)

 

ここまでで俺だって涙は出そうになっている。だが、本当に泣きたいのは俺より彼女の筈なのだ。

 

「椿さん」

「何だ?ひなた」

「抱きついてもいいですか?」

「...おいで」

 

俺達の距離がゼロになり、柔らかい感触が伝わってくる。儚く折れてしまいそうな、逆に、どんなことがあっても曲がらなさそうな。

 

「嬉しかったです。また貴方と話すことができて。また触れることができて...きちんと想いを伝えることができて」

「......俺も、聞けてよかった。ありがとう」

 

彼女が、彼女達が俺を好きになってくれた。それは、俺にとっては凄く幸せなことだ。

 

「...最後に一つ、いいですか?」

「何でも」

「今度、来るときに...一度だけでいいんです。私と会ってくれませんか?」

「いいのか?この世界の記憶はないし...なんなら、俺のこと全く分からないんじゃ」

「それなら、それまでです。でも、そうじゃないなら...というより、もう一度、会えるなら。私と会ってください。会いたいんです」

「...分かった。必ず果たす」

 

はっきり答えたことに、ひなたからの力が強くなる。

 

「...ありがとうございます」

「別に、どうってことない」

「でしたらもう一つ」

「おう。何でも...」

 

その続きは、俺の口から言えないまま飲み込まれた。

 

「!?!?」

「んっ...ぷはっ」

 

触れていた唇が離れ、近すぎて見れなかった彼女の顔がはっきり見える。

 

「お、お前っ」

「やっぱり我慢できませんでした。唇同士は私だけ...銀さんには、後で謝っといてくださいね?」

「っ...」

 

舌を出す彼女は、やっぱり可愛くて、やっぱり好きで。

 

「......ひなた」

「はい」

「...必ず。会いに行く。約束だ」

「......はいっ!!」

 

その返事と共に見せてくれた涙混じりの笑顔は、俺には勿体なさ過ぎる気もした。

 

(例え、この世界の記憶がなくなっても。新しい思い出くらい、作ってみせる)

そうして、俺達は光に包まれる。最後に見えたのは、最後まで笑顔のひなただった。

 

「大好きです。椿さん」

 

 

 



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幕間 花を結うために

この回までに2000を越える感想を頂きました。いつも励みになってます。皆さん本当にありがとうございます!!

今回はこれからの話。


『世界を変えるって...具体的にどうするんでしょう?』

 

『俺は一度過去に送られて、西暦の四国勇者の一員として戦った。それをもう一度行って、雪花、歌野、水都、棗を四国へ送り届ける』

 

『そんなことが!?』

 

『そんな自由に行き来出来るんですか!?』

 

『いやそもそも元の世界に戻ったら記憶がなくなるんでしょ!?過去に行く方法もだけど、そもそもどうやってこの会話を覚えて』

 

『順に話す。言われた通り問題は二つ。過去に行く方法と、それを覚えとく方法だ。で、過去に行く方法だが...一度目は、神様みたいな奴に飛ばされたんだ』

 

『神様みたいな奴?』

 

『ん。そいつは俺に過去を変えてほしくて、樹海の力の一部を自分の力として蓄えて、西暦に飛ばした。一回でほとんど力を使い果たしたが...そいつは、この平行世界の神樹からまた力を吸いとっていたんだ。その力でもう一度過去に戻る。今度は四国じゃなく、全国を巡るために。さっき言った割りに合わないってのは、こういうことさ』

 

『聞いてるだけだと滅茶苦茶なように聞こえますが...そんなことが可能なんですか?』

 

『出来るさ...そうだろ?シーナ!!』

 

『え、シーナちゃん!?』

 

『...もう少し大々的な登場をしたかったんだけどなー』

 

『十分だろ。なんなら姿を変えればもっと驚くぞ』

 

『......』

 

『え!?』

 

『姿が...高嶋さんに』

 

『紹介する。俺を過去へ飛ばした張本人、シーナ改め、平行世界の高嶋友奈だ』

 

『私なの!?』

 

『俺にも何で別名名乗って姿も変えてたのかは知らないが...』

 

『分かりにくいからさっきの姿に戻るね。この姿は分かりやすくするために別の友奈の姿を模したものなんだけど...現界する時に上手くいかなくて、記憶の混濁をしてたみたい』

 

『いや私達からしたらそこはどうでもいいんだけど、椿さんを過去に送ったって』

 

『うん。さっき言ってくれてたから説明をある程度省くけど、彼を一度過去へ送ったのは私で、この世界にいる間にもう一度送る力をこの世界の神樹様から貰ってる。飛ばせるのは彼一人って条件はあるんだけど、いけるよ』

 

『椿先輩、だけ...私達はいけないんですか?』

 

『うん。私の力で時間の移動が出来るのは、神様のお気に入りである勇者じゃできないから。今そうじゃないのは、彼だけだよ』

 

『でも、そしたら私達は...死ぬって言われてた歌野達は、助けられるんですか?』

 

『断言は出来ない。けどそれは、彼が成すかを信じられるかって問題だけだよ』

 

『だったら私はノープログレム!待ってますからね!椿さん!!』

 

『そんな一瞬で信じられても不安になるが...まぁやってみせる。雪花も、棗も』

 

『『.......』』

 

『分かりました。じゃあ、任せます』

 

『あぁ。例え椿の記憶を失くしていても、思い出してみせる』

 

『あ、そっか。私達は椿さんのこと覚えてないんですよね...というか椿さん、記憶の方はどうするんです?この友奈...あー、シーナちゃんに教えて貰うんです?』

 

『まぁ、それも出来るだろうが...俺には、もう一人いるからな』

 

『もう一人?』

 

『おい、椿の奴、どこか頭打ったんじゃないのか?いきなり痛々しいこと言い出して...』

 

『はいはい。タマっち先輩落ち着いて』

 

『いや落ち着いてもだなぁ!?』

 

『あ、もしかして女性になってる椿さんのことですか?』

 

『いや、いるんだよ。シーナと一緒に過ごしてる、精霊としての俺が』

 

『......』

 

『まぁ、そんな視線を向けられるとは思ったが...精霊ツバキ。過去での俺の行動が逸話となって生まれた精霊。シーナと同じように他所の世界に行っても記憶を残せる存在が、今もここにいる』

 

『それが本当なら...確かに、もう一度過去に行き、歌野達を助けることが出来るかもしれない』

 

『スケールが大きすぎてよくわからなくなってきたよ...メブ~!』

 

『大丈夫。実際動くのは俺だ...まぁ、俺を信じてくれないと始まらない話なこと。そして、過去に行けるのに、俺は未来に帰ること...この二つだけだ。問題は』

 

『それはもしかして、私や皆のことを気にしてるんですか?余計なお世話ですよ?』

 

『っ...手厳しい言い方してくれる』

 

『ひなた...』

 

『私は二つともオーケー!』

 

『...古雪さんは、信じられますから。うたのんと、私をお願いします!』

 

『私も賛成しますよ。寧ろ嬉しい』

 

『私も、否定しない』

 

『決まりだな。後は赤嶺と、銀ちゃんの』

 

『私は助けなんていらないよ。大丈夫...というか、力はなるべく温存した方がいいでしょ?』

 

『アタシも大丈夫です...というか、将来それで椿と結ばれるなら、一度倒れるくらい覚悟しますから』

 

『......なんでそんな覚悟決まってるんだか』

 

『アタシ見ても何も変わらんぞ?』

 

『分かってるよ!...うん。分かってる』

 

『じゃあ、後はこの世界の造反神を倒すだけですね』

 

『あぁ』

 

 

 

 

 

だから俺は、もう一度戦う。皆を幸せにするために、世界の一つくらい変えて見せる。

 

これは、約束だ__________

 

 

 

 

 



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幕間 花を見る

「ひなたー!写真とってくれ!!」

 

昔から写真を撮っていた。思い出を残すのは好きだったから。

 

「おー、ひなた、撮るの上手だな!タマも撮ってくれよ!」

「こらタマっち先輩、頼むのにそんな言い方はないでしょ?」

 

それは、丸亀城で生活するようになってからも。

 

「折角だ。写真を頼む」

「ほら千景!卒業証書を持てって」

「椿君もだよ」

「た、高嶋さん、押さないで...」

「分かった分かった。俺は逃げも隠れもしないから」

 

若葉ちゃんが多かったアルバムは少しずつその割合が小さくなって。その誰をも失いそうになった時、そのアルバムにまた一人増えて__________

 

 

 

 

 

「あれ、ひなた?」

「はい!?」

「うおっ、ごめん。驚かせちゃったか」

 

気づけば目の前にその人がいて、私は大きな声を出してしまった。

 

(裏返ったり変だったりしてませんよね...?)

 

「休憩中か?」

「はい。折角天気もいいので」

「確かに、これはそのまま寝れそうなくらい良い天気だよなー」

「椿さんはどうしてここに...」

 

私が今いる場所は、大赦本部の近くにある公園。普段であれば、私達の生活圏から離れている場所だ。

 

「俺もちょっと大赦に用があってさ。バイクも持って来なかったから歩こうとして、お前を見かけた」

「そうでしたか...言ってくださればご一緒しましたのに」

「んー......ちょっと、なぁ」

 

曖昧に笑う椿さんに違和感はあるものの、追求するのはやめた。無理に言えば話してくれるだろうけど、したいわけじゃない。

 

「では、帰りましょうか」

「いいのか?」

「これ以上いたら夕方まで寝ちゃいそうです」

 

もし椿さんが隣に座ったりしたら、私は本当に動く気がなくなってしまう。

 

「折角ですから、少し遠回りして景色を見ながら帰りたいです。私」

「...了解。お姫様」

 

 

 

 

 

「わぁ...!!」

 

曲がった先、目に飛び込んできた景色を前に、私は思わず声が漏れた。

 

「車に乗ってる時見つけてな。良いだろ?ここ」

 

通りの両側から咲いている、満開の桜。それが道の先まで沢山。

 

「もって後数日だろうけど...今は最高だろう」

 

風が吹いて、桜が舞う。花びらの一つを手の平で掴んだ椿さんは、くすりと笑った。

 

「毎年毎年、咲いてるのは一週間やそこらなのに、どうして桜は他の花よりニュースになったりするんだろうな。ピンクの花が珍しいからなのか、散り際が美しいからなのか」

「...きっと、私達がここから動けないのが理由ですよ」

 

難しい言葉なんていらない。綺麗で、美しくて、それを見れることが幸せ。ただそれだけなのだ。

 

「......そか。そだな」

 

椿さんもそれだけ呟いてから、桜並木を見上げる。

 

 

 

 

 

いつまでそうしていたか分からない。

 

「ひなた」

「はい...?」

 

唐突に伸ばされた片方の手は、私の頭に触れた。

 

「花びら、ついてるぞ」

「......あ、ありがとう、ございますっ!?」

 

私はそこで、片手が椿さんと繋がっていることに気づいた。いつの間にか椿さんに手を伸ばしていて、椿さんはその手を取ってくれていのだ。

 

「す、すいません!!」

 

パッと手を離す。「おおっ」と言いながら、椿さんは私を見た。

 

「別に気にしなくていいのに。あ、もしかして汗かいてた?」

「そんなことありません!!」

「そ、そうか...まぁ俺は気にしてないから」

 

(それはそれでどうなんですかっ!)

 

「あ、そうだ。折角だから写真撮ってくれよ。ひなた」

「写真ですか!?」

「お、おう。ほら、こんな景色を見れる機会はまた遠くなるだろうからな」

「...分かりました」

 

少し熱くなった頬を無視するように、私はすぐにカメラの準備をした。

 

「じゃあ撮りますね」

「あぁ。よろしく」

「?椿さん、こっち向いてください」

「え?俺必要ないだろ?」

「椿さんが桜を見てる写真を撮るんじゃないんですか!?」

「いや別に...普通にこの景色だけのつもりだったが。なんならひなたが入った写真を俺が撮りたい」

「それと同じくらい椿さんが入った写真が欲しいです!!」

「お、おぅ...」

 

私の気合いに押された椿さんが、動揺したまま桜並木の間に入る。

 

「これでいいか?」

「ポーズもとりましょうよ」

「どんなのが良いか分からん」

「任せてください!!」

 

椿さんに似合いそうな注文をして、どんどん写真を撮っていった。

 

「モデルになった気分だな...というか、恥っず......」

「はい椿さん!もう一枚!!」

「...はーい」

 

気づけばカメラのアルバムギリギリまで撮っていた私は、なんとかその手を止めた。

 

「出掛ける前に整理しておけば...」

「まぁまぁ。さて、俺もひなたを撮らせてくれ」

「っ、はい」

 

椿さんは片手にスマホ、片手に私が貸したカメラを持って位置を交代する。

 

「......」

「?どうかしましたか?」

「...いや。何でもない」

「何でもなくないですよね??椿さん??」

「うっ...言わん!そんな目で見ても言わないからな!!」

 

私の疑いの目を撮り始めた椿さんに、私は一度ため息をついて笑顔を作った。折角彼のスマホに残るのなら、良い顔を保存してもらいたい。

 

だから、彼の心情を察して照れてしまった顔としては残らない筈だ。

 

「ふぅ...」

「もういいんですか?」

「そこまで枚数多くても...あ、折角だし二人で撮るか」

「いいですね!是非!!」

「えっ」

 

椿さんの手を取り、桜並木を背景に写真を撮る。

 

「ひなたっ」

「何ですか?」

「いや、いくら何でも近すぎじゃ」

「スマホのカメラに入りきりませんよ。もっと寄ってください」

「っ...わかった!逃げないから!!」

 

照れた様子の椿さんは、笑顔で。

 

画面に見える私も笑顔で。

 

撮られた写真は、とても大切な宝物になった。

 

 

 

 

 

そんな写真が、私の目の前から飛びたつ。次に目の前に来たのは、まだ記憶に新しい彼の写真。次は全体で撮った集合写真。

 

人数が増えた現状で撮ったこれは、小学生の頃のクラスで撮った写真のように、一人一人がとても小さい。

 

(...えぇ。分かっています)

 

これはきっと、最後の記憶だ。忘れる前に私が見せている、私達の記録。

 

(皆さん、素敵な人達ばかりでした)

 

人柄もそう。恋のライバルとしてもそう。この記憶は、私だけなら忘れようとしても忘れられない。

 

でも、今回は__________

 

(きっと元の時代に戻ったら、忘れてしまうんでしょうね)

 

わざわざ神様がそうするとは思えないし、赤嶺さんが嘘をつくこともない。きっと、ここから抜け出せば泡のように消えてしまう。

 

(...でも、そうですね)

 

例え覚えてなくても、例え思い出せなくても。

 

「私、皆に会えてよかった」

 

私は、皆が一緒だったこと。彼を好きだったこと。彼にもう一度会って、気持ちを伝えられたこと。全部、あってよかったと思う。

 

「椿さん。貴方に会えてよかった」

 

私達二人が写った写真を最後に、私の目は閉じていった。

 

この胸の温もりは、例え思いが消えたとしてもあり続けるものだから。

 

 



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幕間 もう一度、花を結う

「んー...」

 

朝日を浴びながら、俺は考える。これは大切なポイントだ。

 

「卵を半熟にするべきか、否か...これが問題だ」

 

三ノ輪家の一角で呟く俺は、至極真剣だった。弟達は半熟が好みだが、両親は少し固めが好み。

 

別にそれは二つずつで作れば良いわけだが、そこまで拘りのない俺はどうするべきか。そこが悩みどころなわけである。

 

「...」

「兄ちゃんおはよー」

「お、今日は早起きだな。どうした?」

「最近はちゃんと自分で起きれるように頑張ってるの!!目覚ましもちゃんとかけてるんだから!」

「ぁー...悪い悪い、忘れてたわ」

 

(よし。今日は半熟が先だから、固めを一緒に食べるか)

 

悩んでた割りにあっさり決めた予定を実行するため、手伝おうとする鉄男を席につかせる。

 

「何で手伝わせてくれないのー?」

「朝は頭が起ききってないし、忙しいの。面倒見ながらはちょっときつい。夜なら見てやるから我慢してくれ...ぁ、机拭いといてくれ」

「了解!」

 

ビシッと敬礼する方へテーブル拭きを投げて、俺は早速目玉焼き作りに取り組む。

 

 

 

 

 

そうして、俺達の日常は新しい一日を始めた。

 

 

 

 

 

「おはよう椿...ふぁーあ」

「挨拶するかあくびするかどっちかにしろよ。裕翔」

「いやだって眠くて...一時間目は自習だし寝るかな~」

「多分課題範囲広いぞ。前回の授業そこそこ進んだし」

「げっ、マジかー...頑張るかぁ」

天の神の騒動から、どんな大人も大なり小なりの変化があった。高校で言えば、一部の教師が交代制で四国の外の調査を手伝ったり、他の人の穴埋めをしたり。その影響がこうして出ている。

 

「そういえば、俺、あの先生が土掘り返して土壌調査とかしてるの信じられないけど」

「...ちょっと同意だが、そう言うなよ」

「大体、俺は何でお前まで率先してやってるのかもよく分からんからな」

「まぁそうだけど...」

 

裕翔を含めたごく一部には、俺達勇者部が特別なバイクを使って四国の外へ行っていることを話していた。全く知らない人達には、俺がこの現状においてバイクを無駄遣いしている金持ちのボンボンに見えてるらしいが、別にどうでもいい。

 

「おはよう椿!」

「ん、おはよ。風」

「俺には!?」

「あ、ごめん素で見えてなかった」

「そんな...角度的に無理か」

 

俺を挟んで対角にいた二人も挨拶をして、後から来た郡も混ざる。四人で話してれば一時間目までの時間はすぐだ。

 

「...」

「郡?」

「!何?古雪君」

「いや、ぼーっとしてるみたいだから...大丈夫か?」

「う、うん。気にしないで」

「そっか。ほら、じゃあチャイムも鳴ったし席つけ」

「お前先生か」

「邪魔にしてるのが見えんのか」

「すいません!!!」

 

本来そこの席を使う女子が裕翔のことを見ていて、それを確認した裕翔はすぐさま飛び退いた。

 

今日一時間目が自習、二時間目が国語で、三四で体育の予定だ。

 

 

 

 

 

「椿...大丈夫か?」

「大丈夫...だと思ってたんだが、ちょっと不味いかもしれん」

 

朝はなんともなかったし、学校に来てからも変じゃなかった。しかし、授業を受けるごとに頭に鈍い痛みが走り、息は荒くなっていた。

 

当然、授業を受けるのが嫌だからとか、そんな理由はない。だが、理由がないのがおかしいくらいの痛みでもある。

 

「っ...」

「本格的に不味いじゃん。保健室行っとけって。風達には俺が伝えとくし、弁当も持ってくから」

「悪い、頼んでもいいか...?」

「おう。保健室にはついてくか?」

「それはいい。自分で歩けるから...頼む」

「おう!」

 

(何なんだ?これ...)

 

特に最近忙しかったこともないし、考えられるのは変な病気を拾ったか、朝食べた卵が悪かったかだろう。

 

(賞味期限は確認した筈なんだが...他の皆が同じ風になってなきゃいいんだけど...っ!!)

 

痛みに耐えながら保健室の扉を開ける。そこには見知った姿があった。

 

「郡?」

「...」

「どこか怪我したのか?って、先生もいないのか...悪い、俺はちょっとベッドに...」

 

必要最小限の情報だけ伝えて、彼女の脇を通ろうとして__________彼女の体に遮られて見えていなかった右腕と、そこにとまっていた『青い鳥』を見た。

 

「!!!!あっ、ガッ!?」

 

瞬間、濁流のような情報に呼吸することすら忘れてしまう。ただ苦しく、もがいてもただ空気を切るだけ。

 

「う...ぁ」

「貴方」

 

何度目かの伸ばした手が、誰かに掴まれた。

 

「こ、こお...」

「いい加減にしなさい。私も彼女も怒るわよ」

「なに...をっ!」

「はぁ...」

 

 

 

 

 

「約束、果たすんでしょう?」

 

 

 

 

頭に流れ込んできた濁流が終わる。代わりに熱が生まれて、心にも火が灯る。

 

それは、大切な記憶で、守るべき誓い。

 

「......」

「ビンタとかもいるかしら?」

「...いや、もう大丈夫だ。やっと繋がれた」

「そう。ならさっさと行きなさい」

「あぁ。ありがとな二人とも」

 

拳を突き出す。意図を読み取ってくれた彼女が右手を突き出してくれた。

 

「行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 

多くは語らず、ただそれだけ。だが、それだけで十分。

 

突き合わせた拳は、確かに暖かかった。

 

「はっ!?あれ?古雪君?って、私何で」

「色々戸惑ってる所悪いんだが、郡、今すぐ教室に行って風にスマホ見て待機するよう言って貰えるか?」

「えっ、う、うん。いいけど...」

「じゃあ頼む。あと、ありがとな」

「古雪君?それってどういう...って、そこ外_____」

 

声を置き去りに、俺は保健室の窓から外に出た。スマホでシステムを起動し、パルクールの動きで屋上へ。手早く勇者部へのメールを送ってから、電話帳の一つを押した。

 

『もしもし』

「もしもし。時間無いので手短に。大赦に来て下さい」

『大赦に?もう僕は大赦の人間じゃ』

「必要なんです。『貴方が改造していた試作品』が」

『!どうしてそれを』

「そこはどうでもいいんです。力を貸してください」

『...今すぐ行こう』

「ありがとうございます。ではまた後で」

 

通話を切り、屋根づたいで大赦を目指す。

 

(おまたせ)

(空気読んで黙ってたんだからな?本当はあれだけ言っときながら記憶失ってたこととか、しょうがないとはいえ色々言いたいことが...)

(分かってるよ。だけど、そんなことより優先することがあるだろ)

(あぁ。さっさと行くぞ。椿)

(自分で自分のことを呼ばないでくれ...まぁ、よろしくツバキ)

 

「全部の準備、整わせないとな」

呟きと共に、俺はもう一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『大至急大赦集合。説明は後』

 

簡潔な文章は、アタシ達の不安を掻き立てるという意味においてはこれ以上にないものだった。

 

「古雪先輩はどうしてこんなメールを...」

「考えるのは後だよ東郷さん。ほら、大赦見えた!」

 

運良く通っていたバスと自分達の足でたどり着いた大赦には、入り口の前で風先輩と安芸先生が待っていた。

 

「風先輩!」

「先生!」

「皆揃ったわね。じゃあ案内するわ」

「先生は何か事情知ってるの!?」

「一番最初に合流したのは私だし、彼らの手続きを済ませたのも私だから...でも、話は本人から聞いた方が良いと思うわ。まずはついてきて」

 

そう言われてしまえば何も言い返せず、歩き始めた安芸先生についていく。

 

(椿、今度は何を...)

 

「この部屋よ」

 

大赦の中では厳重そうなスライドドアが開くと、そこには__________

 

『!!』

「いや、この武器は...縁があるのかなんなのか」

「何がだい?」

「いえ。何でも。それで調整は?」

「これで全システムチェック終了だ。試すかい?」

「いえ。貴方の腕は信用してますし、皆も来ましたから」

 

部屋の中央には、ごつい装備を身につけた椿と、大きな機械を弄っている夏凜のお兄さんがいた。

 

「椿先輩...」

「つっきー何やってるの!?その格好は!?」

「兄貴!!椿に何してるの!?」

「いや、僕も振り回されてる身なんだが...」

「春信さんの言う通りだ。今回は俺が頼んでやってもらってる」

「何でそんなこと!?」

 

皆が騒ぐのも無理はない。椿が突然戦う準備をしているということは、その必要ができたから。

 

アタシだけが冷静なのは、頑張れば生身でついていける特殊な体だからだろう。もし力がいるなら、何を言われてもついていくつもりだし。そもそも多分アタシの方が強い。

 

「...一度、東郷の記憶が消されたことあったよな。俺達」

「!」

「それとは別に、俺が過去に行った話もした......んでまぁ、今回なんだが」

 

頭をかいた椿は、ハッキリ言った。

 

「俺達が異世界に行って過去の皆と出会い、仲良くなった記憶を思い出せた。その中で、このままの歴史だと、死ぬ人がいることも。俺はそいつらを助けるために、もう一度自分から過去へ行く」

「...いやいや、話がぶっ飛び過ぎてるわよ。椿。あたし達が皆で異世界に?」

「あぁ。前に話したひなたや、園子の先祖である若葉とも話してる」

「御先祖様...?」

「椿先輩。何を...」

「そりゃ、いきなり信じられんわな。当然っちゃ当然なんだが...」

 

泣いたり笑ったりしながら話していた過去の話。あの時も驚いたけど、あれだけ真剣に語っていた場所に、椿の言葉を信じるなら、今度は自分の意思で行くと言う。

 

(椿が...)

 

「驚くのも無理ないし、行かせたくない気持ちも分かる。こんな格好してまた戦うってんだから。かといって何も言わずに行きたくはなかったし...でも、約束したんだ。助けるって。だから、行かせてくれ」

「...椿」

「ん?」

「椿は、帰ってくるの?ちゃんとここに」

 

ここだけは確認したい。もし、帰ってくる気がないなら_________今この場で話さなきゃいけないことが増える。最悪、しがみついてでもついていきたい。

 

でも、そうでないなら、こんな真剣な目をした椿の邪魔をしたくない。

 

「...帰ってくるよ。必ず」

「......ん。ならよし!」

 

アタシは止めようとしていた手を抑えた。

 

「皆は大丈夫か?」

「...天の神と戦った時も、こんな感じでしたね」

「樹?」

「いえ、あの時と同じ...あの時より、ずっと強い目だなって」

 

樹が、一歩引いた。

 

「なら、私は止めません。私が仲良くしてた人にもよろしく言ってくださいね」

「お前...」

「樹!?あんた記憶あるの!?」

「ないよ。でも、椿さんがそこで嘘つくこともないもん。必ず戻ってくるなら、信じる。お姉ちゃんは?」

「...あーもー、妹にそう言われて止める姉じゃないけど...椿」

「何だ?」

「頑張ってきなさい」

「おう」

 

風先輩が、発破をかけた。

 

「そうね。色々聞きたいことはあるけど...こんだけ緊急ってことは、何か行くのに時間制限あったりすんでしょ?」

「...実を言うと、結構ギリギリらしい」

「帰ったらまた話なさい。それでいいわ」

「ありがと。夏凜」

「全く...」

 

夏凜が、呆れたように呟いた。

 

「古雪先輩」

「はい」

「私から何も言いません。二人のことを見てください」

「...分かった」

 

須美が、椿のことを見た。

 

「...園子」

「つっきー、行かないで欲しい。もう、誰かを失うのは嫌だから...止められるなら、私は止める」

「......それでも」

「なーんてねっ!!つっきーは戻ってきてくれる。だから大丈夫!!」

「...ありがとう」

 

園子が、笑って見せた。

 

「...それで、友奈っ」

「ぎゅーっ!!!」

「......」

 

思いっきり抱きつく友奈と、それを受け止め、頭を撫でる椿。

 

「これで大丈夫です!!いってらっしゃい!!!」

「...行ってくる」

 

微笑む椿は、物凄く大人びて見えた。

 

(これは、ホントにアタシ達の知らない所で過ごしてたのかな)

 

「春信さん。この時間軸にはすぐ帰ってくると思いますけど、俺が帰るまでお願いします」

「あっさり投げるなぁ...早く戻ってくるんだよ」

「勿論です...そろそろだな」

 

言ってる側から、椿が淡く光だした。アタシ達は皆驚いてるけど、椿だけが「またコレか」と言わんばかりにクスリと笑っている。

 

(まぁでも、いっか。とりあえず、帰ってきたらで)

 

きっと、すぐ帰ってくるんだろう。だって、助けることも、帰ってくることもちゃんと約束したんだから。

 

「椿、いってら。またね」

「おう。銀、帰ったらちゃんと告白するから待っててくれよな」

 

すっと寄ってきた椿が、アタシのおでこに唇を合わせて、すぐ離す。

 

「またな」

 

そう言って、消えた。

 

『......』

「ふぇっ?」

 

部屋の中で最初に響いたのは、アタシの裏返った声だった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(最悪だな。お前)

 

「何がだよ」

 

(皆からすれば、爆弾投げて消えた奴だぞ。記憶持ってないわけで...って、説明しても無駄か)

 

「だから何が」

 

(はい。二人とも、もうすぐつくよ。準備はいい?)

 

(俺はいつでも。すぐお前の所に戻るから)

 

「はぐらかされた...まぁ大丈夫。寧ろ悪かった。時間かかって」

 

(もっと早く椿君、あ、ツバキ君と一緒になってくれれば、あんな説明になることも、調整を急ぐこともなかったんだけどなー)

 

「それは悪かったって...でも、あのくらいで寧ろ良かったのかもしれない」

 

(あっちの時間としては、そう変わらず戻ってこれるしな。拍子抜けするかも)

 

(はい。つきますよ...じゃあ私はここまでだから。頑張って)

 

(ありがとう...じゃあ、行くか)

 

「...あぁ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(なんで私は出ちゃったんだろう)

 

吹雪に混じるように降ってくる白い化物と戦いながら、私はそう思ってしまった。

 

ついさっきまで、戦いから逃げる為に作った洞窟にいたのに。人が多いと気づかれるから、たった一人で隠れるために用意していた場所。

 

「勇者様...」

 

さっき自分でも、『何であそこから出ちゃったんだ!!』と叫んでいたのに。それでも戻ることはなく、こうしておばあちゃんと女の子を守るため、槍を振っている。

 

(こんな、臆病者で、すぐに逃げようとして、自分だけ助かるようにしていた人間なのに)

 

勇者と、皆は私のことを呼ぶ。でも、そんな勇者の器なんてない。

 

自分のしてることが矛盾してて、思いも矛盾してて、それじゃあなんで、私はこんなことを__________

 

「勇者様!!後ろ!!」

「!!」

 

一瞬だった。迷っていた思考が、戦況判断することより優先してしまっただけ。でも、それはたった一人で戦う私にとって、決してしてはいけないもの。

 

(あ、やったな。私)

 

止めようがなかった。いや、止められるけど、その次が無理だ。数の暴力で攻める相手が、体勢を崩した一人を見逃す筈もない。

 

(神様なんて、今もあんま信じてないけどさ)

 

でも、自然と体は動いてた。

 

(私を勇者にしたのなら、良いことしてるって思うなら、だったら!!!!)

 

「お願い!!!神様っ!!!」

 

神頼みを叫んで刺した槍は、見事に敵の一体を貫いた。

 

でも、体はバランスを崩して前に倒れていくだけ。視界の端に見えたもう一体には、何もできず__________

 

 

 

 

 

横切った何かにぶつかられ、爆音を鳴らした。

 

「わぷっ...な、何!?」

 

雪に埋もれた私はすぐに立ち上がって、飛んできた何かを見る。地面に突っ込んだそれは積もっていた雪を舞い上がらせて、姿が全く分からない。

 

突然起きた事態に景色が晴れるまで、敵も、私達も全く動けず、そのまま。やがて、その姿が見えた。

 

まず分かったのは、ロボットアニメに出てきそうな機械的な翼。次に、人の半分くらいの大きさはありそうな巨大な鈍器。

 

後ろ姿だったのがゆっくり振り返り、振り払われた鈍器でしっかり見えた。継ぎ接ぎを重ねたような服、目元にバイザーを被った顔。その姿は明らかに人間で__________

 

 

「さぁ、ここから始めよう」

 

その声は、聞いたことがないのに、どこかホッとするものだった。

 

 

 

 

 



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花紡ぎの章 1話

花結いの章開始前に、新しい樹ifを挿入投稿しています。見てない方はそちらも是非。

そして、タイトルはツイッターでアンケした新しいものにしましたが、話としては花結いの章からの続きです。ご注意ください。

では本編をお楽しみください。


最初に降り立つ地が四国の遥か北、北海道だということは、説明がなくとも分かっていた。銀と一緒だった時のような感覚で、相手が300年近く意識のある精霊だから、あの高嶋友奈の話してないことまで手に取るように分かる。

 

(本当の二重人格みたいだな...とりあえず)

 

俺達には二つの誤算があった。彼女の飛ばした地点が地上から離れた遥か上空であったこと。もう一つは__________

 

「さっっっっっっむ!?!?」

 

試される大地、北海道の気温を侮っていたことである。自由落下で風が当たり寒い。滅茶苦茶寒い。

 

「お前なんで知らないんだ!?分かってたら春信さんに厚手のインナー入れて貰うよう頼んだのに!!」

『俺が生まれたのはお前が帰ってからの四国だぞ。その頃どうやって北海道の寒さが分かる。今は感覚共有はしてないから俺は快適だしな』

「絶対後で交代してやるからな!!!!寒いっ!!口もだし目痛い!!あっ!」

 

人間ピンチになると頭が回るもので、すぐさま俺はあるものを取り出した。

 

『それは...バイザー?』

 

防人の隊員が使っている、目元を覆うバイザー。かつて炎に包まれていた樹海の外へ出向く際、目の保護にと使用されていた物だ。視野が少し狭くなるため、芽吹達一部メンバーは着けてなかったりしたようだが。

 

「これで、雪が当たることはない!!」

 

口に入った雪を食べながら、低いところにあった雲を突き抜け、地面が見えるようになる。

 

『!あそこ』

「分かってる!!」

 

叫びつつ、背面につけている武器を掴んだ。持ち手が伸び、両手で掴めるようになる。

 

(...大型のメイス)

 

俺の武器適性を見抜いていた春信さんが、元の世界で作っていて、だが完成前に天の神との戦いが終結したため、お蔵入りになっていた武器。

 

その形は、知ってか知らずかあの古雪椿が使っていた物によく似ている。

 

「...行こう」

『レイルクス、システム起動。推進翼、放熱翼最大展開。行けるぞ』

「......ッ!!!!」

 

一瞬でかかった最大加速であっという間に目的地へ_____会いに来た彼女の元へ向かう。

 

「貫け!!!」

 

そうして捩じ込んだメイスは、初めて使うとは思えないほど正確な軌道で星屑を穿つ。あまりの勢いに雪と地面を抉りながら止まった時には、周りの星屑が俺に注目していた。

 

だが、俺にとってはどうでもいい。

 

俺が今見ているのは、本来会うはずのなかった、会えない筈だった仲間の一人。秋原雪花だけだった。

 

「さぁ、ここから始めよう」

 

(まずは、いらない邪魔者を倒さないとな)

 

万感の思いを込めて呟いた俺は、両手でメイスを構え直し、雪の降る空へ飛んだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

何の脈絡もなく、本当に突然現れたその人は、私と同じように白い化物を一匹一匹倒していった。

 

違うことと言えば、その速度。大きな鈍器で鈍器を叩きつけたり、突然取り出すナイフらしき物を投げたり。とにかく私が倒すより遥かに素早く敵を倒していく。

 

そうなれば、私がギリギリで守れていた戦いは、ただの虐め現場に変わっているようにすら思えた。途中から逃げ出そうとしていた相手にすら、正確無比な一撃を叩き込んでいる。

 

あっという間に全滅させたその人は、辺りに残っていないか確認してから、私達のすぐ近くに降り立った。

 

(っ!)

 

咄嗟に槍を構える。あんな強さ尋常じゃないわけで、人の姿をしているとはいえ味方である保証はないのだから。

 

しかし、息をついた彼の第一声は_________

 

「なぁ。話す前に厚手の服がある場所に案内してくれないか?寒さ限界...ぐしゅ!!」

 

そんな言葉と、鼻水を出すほどのくしゃみだった。

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか?」

「ん。平気平気...これだけ着てれば暖かい」

 

黒のオーバーコートに、灰色のマフラーまでしっかり巻いた件の人物は、私達が助けた女の子と話していた。

 

「あの方も、勇者様なのでしょうか...?」

「私には何も」

 

一方、私は隣に座るおばあちゃんの呟きに答える。といっても、知ってることなんて何もない。

 

私達が訪れたのは、まだ敵に襲われてない、服や生活品が残っているショッピングモールだった。もうここで働いてる人はいないし、皆日用品は大体揃ってるから化物に見つかるリスクを負ってまでここに来る人は少なく、案外食料品以外の物は残ってるお店も多い。

 

「すいません。お孫さんをお借りしてしまって」

「いえ。寧ろ感謝するのは我らの方です。勇者様も、改めて助けてくれてありがとうございました」

「御自宅まで送りましょうか?」

「いえ。これ以上迷惑をかけるわけにもいきませんし、家も歩いて数分です」

「...分かりました」

 

バイザーを被った変な人と、おばあちゃんの会話はまぁシュール。ぽけーっと見ていた私は、全く会話に入れなかった。

 

(ま、いっか。私の目的は...)

 

「勇者様!さようなら!!」

「えっ、あ、うん」

「お兄さんもありがとう!!またね!」

「おう。気をつけてな」

 

二人がいなくなって、残るは私達だけ。

 

「...あの二人はマフラーもしてなかったが、北海道の人はこのくらいの寒さ慣れてるのか?こんなにくそ寒いのに?」

「......ねぇ、そろそろ真面目に話がしたいんだけど」

「あ、そうだな。いや分かってる。どうして似たような力を持ってるとか、そもそもお前誰とか。だが、立ち話もなんだ...」

 

バイザー越しに、私達は目を合わせた。そして、私は震えることになる。

 

「とりあえず洞窟に行こう。雪花、お前が作ってる奴」

「っ!?」

「二人で話すには、それが一番いい」

 

誰にも言ってない私の逃げ場。一文字も告げてない私の名前。その二つを同時に言われた私は、今度こそ頭が真っ白になった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「結構広いんだな」

 

半ば放心状態の雪花に連れられたどり着いた洞窟は、確かに人が入ってくるには厳しい場所にあった。

 

(さて、ここからどうするか...)

 

雪花に言われる前にこの場所を当て、名前を言った。これで彼女の警戒心は高くなる。

 

(いや、もう言っちゃったんだ。今更戻れない...やるしかないな)

 

「...なんなんですか。貴方」

「俺の名前は」

 

(待て)

 

「んっ!?」

「んっ...?」

「...ごめん。ちょっとだけ待って」

 

(何だよ)

(彼女を四国に届けるとなると、俺達ではない俺と会うことになる。その時同じ名前だと面倒だろ)

(た、確かに...でももう顔も見せてるし、意味ないんじゃ)

(まだ見せてないぞ。これのお陰でな)

 

顔に触れると、人にない硬さが手に伝わった。

 

(バイザー!)

(後は適当に偽名でも使えば、少なくとも同一だと確信されるまで時間はかかるだろう。その間に同じ人でも違う存在と区別できる程になる...かもしれない)

(まぁ、何もしないよりはマシ...か?事情を汲み取ってくれるかもしれないし。よし)

 

「俺の...俺の名前は、海来石榴(みらい ざくろ)だ」

 

『未来』から来た『海石榴(つばき)』。なんとも安直な名前を口にした。

 

まぁ、そんなものどうでもいい。大切なのはここからだ。

 

「それで、なんでここを知ってるかとか、お前の名前を知ってるかという話だが...」

 

『多分私相手だったら、色々含みながら伝えた方が良いですよ。きっと深く考えて惑わされて動揺してチョロくなります』

 

(言われた通り、当たって砕けてみますか)

 

本人に言われたことを思い出して、少しだけ微笑みながら、俺は口にした。

「それは、俺が未来でお前と出会ってて、お前を助けるためにここへ来たからだ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『俺とお前は未来で会ってる。その特殊な力を持った、勇者と呼ばれる存在が集められた異世界で』

 

『お前は俺だけじゃなく、他にも20人以上と仲良くしてたんだ。お前の名前は勿論、この場所の存在もその時聞いたから、お前から聞かなくても分かってたってこと』

 

『それで、俺はお前と約束した。それを果たすためにここに来たんだ』

 

次々に言われた言葉に、私は他人事のように聞いていた。だって、あまりにも突拍子のない話なのだ。異世界だの未来だの。嘘ならもう少し信憑性のある嘘をついて欲しい。

 

だけど、だからこそ私にはその話が全て嘘には思えなかった。

 

「どんな約束をしたんですか?」

「えっ」

「えって何です」

「いや、こんな話突然したのに信じてくれてるみたいだから...」

「言ってること無茶苦茶過ぎてとりあえず話聞こうってだけです」

「そうか...」

 

顎に手を当て、何か悩む様子の海来さん。

 

「俺がお前とした約束は、な」

「はい」

「寒くない場所に連れていくことだ」

「...はい?」

 

思ってた以上に抽象的な言葉に疑問を浮かべてしまう。

 

「ここは寒いだろ?」

「は、はぁ。慣れてるつもりですけど」

「違う。確かに物理的な寒さもあるけど、俺が言いたいのは精神的な話だ。北海道でただ一人の勇者。果てのない防衛戦。周りから利用されそうになる日々。そりゃ、こんな洞窟を用意するのも無理はない」

「......」

「俺は、そんなお前を連れ出しに来た」

「...日本で安全な場所なんてあるんですか?」

「ある。いや、安全安心とは言いにくいが...そのうち日本は四国だけになるからな」

「四国...」

 

行ったことのない、南の方の島。今こうして化け物に襲われてる中、何故そこが安全なのか分からない。

 

「俺が説明出来るのは大まかにここまでだ。ここからは説得、交渉になる」

「交渉て」

「初対面でべらべら意味わからんこと喋る奴を丸ごと信じるような奴とは思ってない。だったら俺はメリットを提示してついてきて貰うしかない。お前も好きだろ?」

「...一理はありますけど」

「四国が安全かどうかは口以上に証明出来ることがない。だが、俺の強さはさっき見せた通りだ。星屑...白い雑魚だけなら大したこともない」

(雑魚って言い切るのか、この人...)

 

確かに、ついさっき見た強さは圧倒的だった。数の暴力なんて関係ないくらいには。

 

「助けたいのがお前一人で、この場所が安全なら籠城戦の支援も考える。だが、お前以外にも助けたい仲間はいるし、そいつらに会って欲しい気持ちもある。そして、ここが安全とは言いづらい。だから俺はお前をここから連れ出したい。この寒い場所から」

「......」

「だから、一緒に来てくれないか?」

 

差し伸べられる手。それを私はすぐに取れなかった。

 

(いやいや、信用できないから...)

 

「まぁ、すぐに答えを出せとは言わない。まだ余裕はある」

「...分かった。考えさせて」

「了解。んじゃ外行ってくるわ」

 

マフラーを巻き直して、手に息を吹き掛けた海来さん。

 

「何処へ?」

「さっきある程度把握したが、一般人を避難させる手段を探したりしてくる。後は見回り。被害をこれ以上大きくしたくないしな」

「...凄いですね」

 

どこか親近感のあった存在が、急に遠く感じた。こんな洞窟を作る私と、今外へ出ていこうとしている彼の差は、大きい。

 

「凄いことなんて何もないよ」

「だって、貴方の言ってることが全部真実なら、今来たばかりの地域の人を助けようとしてるんですよね?」

「まぁそうだな」

「そんなの聖人じゃないですか」

 

それこそ、誰かのために戦える聖人、『勇者』だ。

 

そんな思いを込めた言葉を聞いて、海来さんは少し笑った。

 

「そんなことない。俺は雪花を助ける。その為にあの人達を助けるだけだから」

 

(それは......)

 

「どういう、意味ですか?」

 

意味が分からなかった。私を助けたいから皆の避難の準備を始める。というのは、どういうことなのか。

 

「お前を助けたい。ただ死なないようにするだけじゃなく、心から喜べるように。だから、お前が助けようとしてる人は助ける」

「わっ、私は助けようとなんてしてません!!」

 

条件反射だった。あまりにも勇者らしくない発言なのは分かっていても、それが本心な筈だから。

 

「だって、私、私はこうやって自分だけ隠れられる場所を作ったりしてるんです!自分だけ生きられるよう、引きこもろうとっ!!」

 

だから。私は誰かを助けられる勇ましい存在なんかじゃない。

 

「だから私は、そんな、勇者なんかじゃ...!」

「......こんな感じだったか...そうだな。かもな」

 

海来さんが微笑む。何もかも見透かされてるかのような笑みに、私は動揺した心が更にざわめくのを感じる。

 

「雪花」

 

やがて、彼は口を開いた。

 

 

 

 

 

「お前は勇者だよ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「さっきお前は、自分の命をかけてあの二人を守るために戦っていた。これだけ完成した隠れ家があって、尚誰かを守るために。それだけで十分なんだよ」

 

この時代で見た彼女は、まだ半日も経ってない。 でも、これまで見てきた彼女と根っこは同じだ。何だかんだ言って誰かの為に動ける女の子。

 

「だから俺は、お前自身がそうじゃないと言っても言ってやる。秋原雪花は立派な勇者だ」

 

彼女は今度こそ固まり、俯いた。無理もないだろう。突然変な奴が来て、自分のことを色々言われて。

 

(...落ち着ける時間が必要だな)

 

「俺は一度出る。色々急に言って悪かった...暫く敵は迎撃するから、お前はあの人達のことも含めて、自分がどうしたいのか、ちょっと考えてみてくれ。お前が守りたいと思う人達は、俺も守る。この力の限り」

 

言うだけ言って、俺は外へ出た。この夏に近い季節だと流石の北海道でも雪は降らないと以前雪花から聞いたことがあるが、天の神の影響か、雪景色に変わりはない。

 

(彼女は、どういう選択を取るだろうか)

(きっと一つさ。で、俺達もやることは一つ。あいつの望みを叶えるために動くだけ。まずは情報収集をしとこう)

 

空を飛んだ俺は、ついさっき助けた二人の家へ向け加速した。

 

(若葉達の初戦闘をタイムリミットとした場合、期間は約三ヶ月)

 

「必ず皆を、届けて見せる」

 



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花紡ぎの章 2話

「酷いな」

 

雪花と別れてから一日して。色々と情報収集、偵察を行い、俺の口から溢れた一言目がこれだった。

 

まず土地。これは仕方ない所もあるが、星屑に襲われた場所はボロボロ、コンクリートも一部剥がされ、瓦礫の山になってる場所すらある。

 

次に天候。結局昨日から雪が降り続け、慣れない俺は足をとられることもしばしば。寒いし。

 

続いて物資。衣服は足りてるが、食料、更には日常的に利用する物の一部が足りていない。襲われてからの正確な年数は分からないため、持った方ではあると思うが_____

 

(一番酷いのは人だな。そりゃ雪花も『寒い場所』なんて言う)

 

恐らく村長やら町長やらのお偉いさんなんだろう。その会話を盗み聞きした所、食料配給は役に立つ人を優先的に配ることで差が生じていて、自身の保身的態度が目立っているように感じた。

 

その事自体にとやかく言うつもりは俺にはない。食料を動ける人間に優先的に配布するのは合理的だとは思うし、この状況、自分可愛さで動かない人の方が信じにくい。

 

だが、俺自身がどう思うかは別だ。

 

『生け贄を用意するので、どうにかならないだろうか』

『勇者様にも、そろそろいらない人間は捨てるべき判断をしてもらわねばならないな』

『そろそろ養子の件も...両親が亡くなっているしな...』

 

更に問題を言うなら、それをうだうだお偉いさん方の話し合いでしていることと、雪花を巻き込んでいる点もある。

 

(胸糞悪いな...まぁ、あれでも雪花が守るというのなら俺も助けるが)

 

「...戻ろう」

 

策は練れた。後は本人の意思を問い、実行するだけ。そう考えながら、俺は硬い雪の足場を蹴った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

どれくらいそうしていたか、私には分からなかった。ひたすら繰り返すのは自問自答。

 

(私は勇者...そう言ってもいいの?)

 

ただの臆病者で、我が身可愛さで行動していた。人を助けるのも、結局は非道な人間だと思われたくなかったからだ。

 

そんな私を勇者だと言う人が突然現れて。全部本当だとするなら、未来から来て、異世界で私と会って、生き延びさせるために四国へ連れていこうとしている人。

 

(...無茶苦茶だ)

 

改めて考えても無茶苦茶だった。突拍子の無さすぎる言葉の羅列。とても信じるには値しない。馬鹿馬鹿しい。

 

『だから俺は、お前自身がそうじゃないと言っても言ってやる。雪花は立派な勇者だ』

 

じゃあ何で、こんなに声が頭に残るのか。

 

 

 

 

 

「答えを聞いてもいいか?」

 

気づけば、頭に乗った雪を払いながら、バイザーを被った彼がいた。

 

「お前はどうしたい?」

「......っ」

 

息を飲んで、言葉を吐き出そうとする。なるべくいつも通りに、掴めない感じで。

 

「正直、貴方が言ってることを信じられるかと聞かれれば、バカなのかって答えますよ。意味わからないですもん」

 

本当に、理解には及ばない。

 

「でも、貴方の強さは見ました。守ってくれるなら私は安全ですしね。護衛つきでこの洞窟より安全な場所に連れてってくれるなら、断る理由もないでしょ。一緒に行きますよ」

「そうかい。なら、あいつらはどうする?この北海道にいる人間は」

 

まるで、その先の私の言葉を知っているかのような聞き方、言い方。それでも私は全力で乗っかった。

 

「声をかけて、ついてくる人は拒みません。私だけ逃げますなんて言ったら、後ろから刺されそうですもん...手伝ってくれるんですよね?」

「...お前がそう言うなら、乗ってやる」

 

お互いに悪役っぽい笑みを浮かべた私達は、どちらからともなく拳を付き合わせた。

 

「よろしくお願いします。海来さん」

「あぁ。よろしくな。雪花」

 

(私は、自分が勇者だと思えない)

 

今までの自分の行動は、胸を張って勇者だと言えるものじゃないだろう。

 

(だから、これから見てもらおう)

 

目の前のこの人や、まだ知りもしない勇者から。

 

その人達に言われれば_____きっと、私は自分を勇者だと言えるだろうから。

 

だから、これは交換条件だ。私は守ってもらうために利用する。彼は私に言ったことを、本当なのか確かめる__________

 

「さて。じゃあ早速行動しよう」

「何をするんです?」

「北海道を出る準備だ。目標は二日。大丈夫。算段は立てた...雪花、とりあえず生きてる人を一ヶ所に集めて貰えるか?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「集まってんなぁ...」

 

小さく呟いたのは、隣の雪花にも聞こえなかったらしい。彼女はこっちを見ることもなく、前を向いていた。

 

市の集会場らしい場所。小学校の運動会で使われてそうなお立ち台の上に、俺達は立っていた。目の前に集まって来たのは雪花が招集をかけた北海道で生きている住人。

 

(50...60か。思ったより数が少ないな)

 

他の人からすれば、彼女より目立つように立っている俺を見てひそひそ話が始まっていた。無理もないとは思う。バイザーしてる変なやつが勇者と一緒にいるんだから。

 

(じゃあ、ここからは俺がやろう。伊達に年は食ってない)

(成る程。じゃあ任せる)

 

『俺』の感覚を変えるのは、やはり銀と俺の感覚を変えるのによく似ていた。

 

「さむっ!?」

「え?」

「......これで全員か?」

「あ、はい」

「了解」

 

(じゃあ、上手いこと立ち回るとするか)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(っ...)

 

「皆さん。聞こえていますか」

 

海来さんが話し始める前から感じだした違和感は、発声された途端に強まった。姿は当然変わりないのに、その仕草や言葉に威圧感を受ける。私はそうでない場合を知っているから驚いてるだけだが、初対面でこれはなかなか苦しいだろう。

 

「初めまして。自分はこの地の土地神、カムイからの使者です」

『!』

 

自己紹介からぶっ飛んだ説明に、全員の顔が驚く。

 

「どうか驚かずに聞いてください...突如現れた異形の化け物。それは誰にも予測できないものでした。ここ北海道では、彼女、秋原雪花様に勇者となる力を与えこれまで耐えてきましたが...いえ、事実耐えきれてはいなかったでしょう。そして、辛うじて保てていた均衡も、間もなく崩れてしまうでしょう」

 

言葉にするのが難しい神聖さ、『人じゃない』感じがすると言うべきなのか。

 

(なにこの人...)

 

さっきまでの海来さんの言葉を信じた理由が情だとするなら、今の彼は、膝をついて頭を下げてしまいそうになる。

 

「これに対し、カムイは一つの決断を下しました。この地に住んでいる方々を守るために、自らの力を使って私を召喚し...この地を放棄することを」

『!!』

 

その言葉に、どよめきが走った。

 

「目指すは四国です。あそこには多くの神が集い、力を結集しつつあります。唐突な連絡となってしまい申し訳ないのですが、生き延びたいと思う方々は、明後日までにこの地を去る準備をお願いします。その時点で、カムイはこの地を放棄します」

 

(どこまで、真実なんですか...?)

 

事前にある適度聞かされていた私でも戸惑いを隠せない。つまりそれは、他の人からしたらもっと分からないことだろう。さっきからざわつきが止まらない。

 

「あの、使者様」

「はい。なんでしょう?」

 

そんな中で声をかけたのは、ある意味予想通りの人_____この辺りで一番権力のあった及川さんだった。私にも何度か養子に来ないかと誘って来たり、守る人に優先順位をつけさせようとしたりする人。

 

「四国の神様をこの地に集めることは出来ないのでしょうか?そうすれば、我々は危険な道を歩まずに済みます」

「それは出来ません。この地は既にほとんどの力を使い果たしてしまいましたから。今から集まるまでにここは陥落してしまうでしょう」

「っ...で、でしたら、どのようにして我々を四国までたどり着かせてくれるのでしょう?」

「手段に関しては考えがありますが、ここでは話しません。皆様は突然のことに驚いているでしょうから、それを落ち着けてから聞いて頂きたいのです」

「こ、この地を放棄ってことは、ここには戻れないんですか!?」

 

別の人の声に、海来さんは悔しそうな顔をした。

 

「....残念ながら、そうなります。どうしてもこの地を去りたくないという方は、残る選択をとることも出来ます。神の御加護は受けれませんが...申し訳ありません」

「い、いえ、安全な場所まで運んでくださるというなら...私は従います」

「わ、私も言われた通りにします!!」

 

遠くから手をあげたのは昨日の女の子。

 

「...ありがとうございます」

 

そこからちらほらあがる手や声。でも、当然賛成意見だけじゃない。

 

「だ、騙してる可能性はないのか!?あんたはホントに神様の使いなのか!?」

 

人ならざる者のオーラを本能的に感じるけど、寧ろそれだけで信じる人が多かったように思える。

 

(私が後ろにいるってのもあるのかな...いや、皆もう藁にもすがりたいんだ)

 

少なくない死傷者、しょっちゅう現れる敵、隠れ家なんて作ってる守り人。

 

「確かに、その意見も最もです。ですが、これはこれまで皆様を守ってきた勇者、秋原雪花様も了承済み...そして」

 

突然小刀を出したことに皆が驚くも、海来さんは構わず投げる。投げた先には_____死角から泳いできた化け物に刺さった。

 

「野良で一匹現れただけのようですね...貴方達は自分が必ず守れます。不信な行動を取るようならば...後ろから私を刺してくれて構いませんから」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(いや、凄いな)

(それほどでも...いや、あったな。正直誤算だった)

 

短刀を回しながら、さっきの集まりを振り返る。精霊ツバキの気迫は確かに凄かったが、突然現れた不審者に対していきなり信じきる人がいるのは意外だった。あれは狂信者の目だ。

 

(それほど極限状態だと言うことだろう...好都合ではあるが、よく見張らないと何をしでかすか分からないな)

(平和に送り届けられればいいんだが...)

 

「あの、海来さん」

「ん?」

 

脳内会議が終わった所で今度は外から声をかけられ、俺は刀を消した。

 

「さっきの話、どこまで本当なんですか?」

「寧ろ本当のことを探す方が難しいんじゃないか?」

「えぇ...」

 

雪花が変な顔をしているが、さっきのパフォーマンスはそんなものだ。

 

神の使いはあながち間違いではないが、カムイの話は雪花から聞いた話を一部混ぜただけの、丸々嘘。目的は雪花達を助けるためで、他の人はあくまでおまけに過ぎない。助けないときっと雪花が傷つくから。それだけ。

 

野良の星屑は、その前に残り一匹になるまで近くの奴を討伐しといたからだ。マッチポンプだが、あれで俺の実力は見せられた。

 

「信じてついてきてくれるなら何だっていいんだよ」

「後ろから刺されてもいいんですか?」

「寧ろ今の俺を殺せる相手がいるなら、そいつにこの立場を変わってもらった方がいい」

 

一般人にやられるようなら、俺はまずここにいれなかっただろう。

 

「ま、いいや。とりあえず色々準備してくるから、また明日な」

「今からどこ行くんです?もう夜ですよ?」

「どこって、出発の準備。じゃ」

 

住人名簿を頭に叩き込んだ俺は、目的地まで迷うことなく飛んでいった。

 

「雪花だけなら、抱えて飛んできゃいいんだけどな」

 

 

 

 

 




今年の更新はここまでです。来年もよろしくお願いします。


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花紡ぎの章 3話

ついにこの作品、300話を達成しました!皆さんここまで見てくださって本当にありがとうございます。

この章は始まったばかり。お楽しみに。


結構あっさり、約束の二日間が過ぎた。

 

「...どうやって用意したんです?」

「色々協力して貰ってな。この前の演説で反応が良かった人を中心に話を回して、後は適当に」

 

荷詰めを終えた海来さんが、最後の蓋をしながら答える。

 

「よし」

「よくそんなの、一人でできましたね」

「まぁ、ホントに俺一人じゃ流石に無理があるよ。ちょっと裏技というか...てか、この二日間身体動かしてばっかだったな。ガタが来なきゃいいが......」

 

後半をぼそぼそ呟いたのを聞き取れずにいると、「とりあえずいいや」と話をぶったぎられた。

 

「一応、もう一度だけ確認しておく。俺はお前を四国へ送り届ける。ついでにこの場所にいる人達も。ここにはもう戻れない。いいな?」

「いいですよ。貴方が私を騙そうとしてるならここまで遠回りなことをする必要もないでしょうし、ここより寒い場所もそうないでしょうし」

 

もう、覚悟は決めた。

 

「っし。じゃあ行こう。俺も早く暖かい場所行きたい」

 

そう言ってくしゃみする彼は、とても周りから神の使いとして認識されてるとは思えなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お待たせしました。これより皆様を四国まで送り届けます...いえ、自分も全力を尽くすので、無事辿り着けるよう、ご協力をお願いします」

「あの、使者様...これで行くのですか?」

「はい」

 

及川という人が聞いてくるが、俺は迷わず返事した。まぁ、神の使いが用意した移動手段がバリバリ現代技術のバス三台だと言うのだから、無理もないだろう。

 

(そりゃ俺だって、テレポート能力とかあったら使いたいよ。絶対そっちのが楽だし)

 

北海道近辺から使えそうなバスを探し、免許を持ってる人に声をかけ、ありったけのガソリンと食料を詰め込んだ大型バス三台。それが、俺が北海道から四国まで人を運ぶ手段として選んだものだった。

 

「皆様を転移させるだけの力は、自分にはありません...ですので、こちらで生活をしながら移動し、自分がその防衛を行うというものです」

「も、もっと安全な手段は」

「......申し訳ありません。残念ながら」

 

(ないって言ってるだろ)

 

『お前は皆を連れてくのに説得しなきゃいけないから、今のうちに寝といてくれ。下準備は全部しておく』

 

そもそも、これの準備も古雪椿が寝ずにやったものだ。お陰で今もう一人は心の中でぐっすり寝ている。

(まぁ、こうして交代してるから一日中起きていける訳だが...)

 

いつ来るか分からない敵から防衛するのは、それこそ寝てる暇がない。しかし、『俺』ならローテーションを組んでいける。

 

「当然、無理についてこいとは言いません。ですが、どうか」

 

 

 

 

 

結局、生き残っていた全員がバスに乗り込むのに、そう時間はかからなかった。二台のバスギリギリに人が乗り、もう一台は食料、燃料の備蓄が入る。まぁこれは後で備蓄が減り、代わりに人が乗り、他の二台と同じ状態になる筈だ。

 

「大丈夫なんですか?」

「何が?」

「これで。まず目立ちますよね?」

「目立つだろうな」

 

まず星屑にはよく見えるだろう。そこは殲滅すればいい。

 

「あと、海来さんが知ってるか知りませんけど、青森まではフェリーが基本ですよ?」

「...」

「?おーい。海来さん」

「あ、ごめん俺か。それに関しても大丈夫。地下トンネルが通れる」

 

恐らく鉄道が走っていたんだろうトンネルは、奴等の住みかになっており、線路もかなりズタズタにされていた。逆に言えば、車が通れるほど線路がボロボロになっているということ。星屑はもう倒した。

 

「フェリーでしか行けないなら、それにバスを突っ込む手段も考えたが...そもそも歩きはダメだ。時間はかかるしここの住民がストレスを受けて尚大人しくしてる未来が見えない」

 

特にあの及川という人物は、かなり限界が近いだろう。さっきも俺が乗る車両はどれか聞いてきて、答えたら一目散に入っていった。言動もなかなか危険な物が多い。本当に女子供は食料の無駄遣いと言って置いてこうとしたし。

 

(まぁ、実際は一号車じゃなくて、一号車の屋根上なんだがな)

 

そもそもバス内にいたんじゃ反応が遅れる。三台守れて俺が持つならこれがいい。

 

「まぁ、気長に行くしかないさ。どうせ俺は起きてるし」

「疲れません?」

「そりゃ疲れる。だがやると決めたからな」

 

この命尽きるまで。とは心の中でも思ってないだろう。だが、全力でやらなきゃ俺がここに来た意味はない。

 

「まずは、目指せ長野だな」

「え、長野なんですか?」

「あぁ。運転手を引き受けてくれた三人にだけは、目的地を長野にするよう言ってる」

「四国じゃないでしたっけ?」

「最終目的地は四国だが、長野の諏訪へ行く。休憩地点としてもいいし、あそこにはお前と同じ存在がいるからな」

 

思い返す、勇者と巫女。

 

「...私と同じように、助けるって言ったんですか」

「あぁ。必ず果たすさ。だからまずは...」

 

屋根の上に立ち上がり、食べていた携帯食を口に押し込む。

 

(15...20か)

 

「雪花、槍構えて周囲の警戒を頼む。あのくらいの数なら一人で終わるから」

「了解です」

「...すいません。停車して、窓の外を見ないで隠れるように注意を促してください。敵です」

『わ、分かりました! 』

 

持っていたトランシーバーで運転手に伝え、俺は翼を展開した。

 

「ここには近づけさせない...」

 

(ユウには緊急時以外連絡するなって言ってある)

 

俺達と意識を繋げるのは平行世界で吸い取った神の力を必要以上に消費してしまう。寂しい思いもあるが、未来にマイナスとなる影響が出る可能性が出来る時以外には連絡を取り合わないと決めていた。

 

(だがそれは、逆にあいつから何も連絡がなければ暴れ放題ってことだ!!)

 

一度地面に降りてからコンクリを蹴り飛ばした俺は、先頭の星屑の頭にメイスを叩き込んだ。

 

「30秒で済ます!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『そう言えば、私の力ってどうなるんでしょう...ここカムイから力を受け取ってる私が、北海道を離れるのは...』

『大丈夫だと思うぞ。土地神は土地神で繋がってるみたいだし、四国でも北海道や沖縄の勇者が力を振るえていたからな』

 

「んっ...」

 

つい先日話したことが夢に出てきたようで、ちょっと目が覚めた。毛布を取っても肌寒くないのが、北海道を離れたのだと実感する。

 

人が密集している一号車、二号車から離れ、食料とかが詰め込まれている三号車で私は寝ていた。他には運転手さんしかいない。

 

既に北海道から離れて三日が経過した。私の力は使えるまま、移動は順調に進んでいる。

 

最も、地面が荒れてたり高速道路が崩落したりしてて、その分進みは早くないけど。

 

(あの人が上手いことバスを支えたりして道を通してるけど、あの人いなかったら無理だったな)

 

そもそも北海道の外へ出ようとも思わなかっただろうけど、まさか1500km近くの大移動をすることになるとは。

 

(...そう言えば、今も起きてるのかな)

 

『雪花、寝れるうちに寝ておけ。俺?大丈夫。休みは取ってるから』

 

寝てるのを見た覚えがないのにそう言っていたのを思い出して、私は眼鏡を手に取った。

 

(何してるんだろ...)

 

「なんだ、寝れてないのか?」

 

バスから出た瞬間、そんな声をかけられる。屋根上から飛び降りてきた海来さんは、バイザーの位置を整えながら寄ってきた。

 

「いつ寝てるんですか?」

「昼とか夜とか?」

「...まともに答える気がないのは分かりました」

「嘘ではないんだがなぁ......まぁ、警戒を怠るわけにはいかない。深夜は動きを止めてるし奴等に見つかる可能性が低いが、ゼロじゃないしな。それに、遭遇する回数も日を追うごとに増えてる。このペースなら明日か明後日辺りには夜の襲撃もありえるし、諏訪じゃ確実に一戦交えるだろうし」

「...そのバイザー、外さないんですか?」

 

別に話題転換をしたかったわけじゃない。だけど、会話の度に邪魔そうにしてるのにつけてるのは純粋に気になった。

 

「外さない。もう手遅れ感はあるが...ま、気にしてるならいずれ分かるさ。その時は適当に話を合わせてくれ」

「はぐらかされてばっかりな気が」

「言えないこともあるんだよ。これからのことも考えてな」

 

はにかむ彼に、私は何も言えなくなり。

 

「...そうですか」

 

決して冷たい言い方にならないよう答えるだけだった。

 

(...でも、なんでこの人と話してると、どこか安心できるんだろ)

 

 



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花紡ぎの章 4話

問題は、移動を始めて七日目に起きた。

 

(備蓄分までほとんど底を尽きるとは...)

 

バスを確認し、ため息をつく。大量に用意した食料は、もう見る影もなかった。

 

用意した食料だったからか、皆極限状態のストレスを食事で発散しているのか。どうにも備蓄の減りが早いと思っていたが、ここまでは想定外だった。

 

(これまでのペースを考えると、諏訪まではあと一日かそこら。今日耐え抜けばいけるか...?)

 

一日飯抜きくらいどうってことない人もいるだろうが、常に危険に晒され、慣れない移動を続けている多くの人間が、どれだけこの悪いニュースに耐えられるか分からない。

 

かといって、食料が増えるわけでもない。

 

(......いや、まず考えるのは目先の騒動だ。ガソリンの消費はまだ余裕だし)

 

「頼んでいいか」

『了解』

 

無い袖は振れない。俺は皆に説明するため、俺自身を切り替えた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『皆様、残念ながら、食料がほとんど無くなってしまいました。ですので、ここより先、人がまだ生きている諏訪の地にて、応援を頼みたいと思います』

 

要約するとざっくりそんな話を海来さんがすれば、すぐに反発が起きる。本人としても予想通りだったようですぐに止められたけど、言葉の節々に怒りっぽさの欠片もないのが凄いと感じた。

 

長旅を続けて食料がなくなるのは当然。それに皆がそこそこの量のレトルト食品を食べてるのに対し、本人はこの一週間で携帯食と水を取ってるのしか見たことない。その上寝てる姿は一度も見てない。そんな状態で文句を言われれば、少しは怒っても良いと思うが。

 

『皆も慣れない環境でストレスが溜まってるんだよ。誰かを捌け口に出来るチャンスが来たらする。神せい...いや、この時代ならそういった人が少なくないことも分かってる』

 

さも当然のように言われてしまえば、私がこれ以上何かを言うことは出来なかった。

 

(...どうして)

 

出会って半月もない。なのにどうして、あの人の喜怒哀楽に考えてしまうのか。どこか心配してしまうのか。

 

(本当に私達は未来で出会ってて、それを覚えてるの?私は)

 

半信半疑だった話が本当でないと、この違和感に整理がつかない。かといって、知らない話を思い出そうとしても何も出ず、それが新たな違和感になってしまう。

 

「海来石榴さん...」

 

名前を呟いても、決して何も出てこない。

 

(...違和感が増してるだけな気がする)

 

「あー、何でなの?」

 

運転手さんを起こさないよう小さな声で呟かれた疑問は、空気に溶けて消えた。

 

(...ちゃんと信じても、いいのかな)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふぁーあ...」

 

あくびを噛み殺し、涙目になった目を擦る。

 

(暇だな...)

 

ツバキは朝から活動してたため夕方には寝てしまった。この交代制は便利だが、ふと一人になった時余計に暇なのを感じてしまうのは難点である。

 

(明日には諏訪にたどり着くだろうし、星屑も問題なし。この調子ならいいけど)

 

あの高嶋友奈曰く、以前西暦を訪れた時はなかったが、俺がいることで戦果が増えすぎると、奴等は早めに学習し進化、後年が苦しくなるという話は受けた。

 

だから慣らし運転を終えて北海道を出てからは、安全を取りかなり加減して戦っている。だが、その塩梅も考えながら戦うというのはそれなりに疲れてくるわけで。

 

かといって、俺を信じてついてきてくれた雪花に手を抜けとは言えない。

 

(それ言ったら、多くの勇者が四国に集まった時点でパワーバランスが崩れるが...)

(それに関しては問題ないと判断したからこうして動いてるに決まってるだろ)

 

「あ、起きたのか」

『この時代なら、数が増えたところでそこまで大きな差はない。寧ろ、問題だとしたら他の勇者の力を借りれるようになってからのお前が一番ヤバい』

「確かにそっか」

 

以前の記憶であっさり納得した俺は、息を吐いて顔をあげた。 黒い夜空に、星の光がよく映える。

 

「綺麗だな」

『木々の間ではあるが、今日は見易い位置で停めたからな。警戒は怠るなよ』

「分かってる。というか早くもう一寝しろ。明日諏訪に着くなら、最初の仕事はそっちなんだから」

『分かってる。だけどお前も歌野達と話すときには必要なんだから、早めに交代するからな』

「了解。お休み」

 

銀におやすみを言う時はあまり違和感がなかったが、俺自身に言うのは違和感がある。

 

「...ま、いっか」

 

とりあえず、朝が来るか、ツバキがもう一度起きるまでは警戒を__________

 

「!!」

 

咄嗟に構えた俺だが、すぐに警戒は解いた。敏感に音を聞き取ったが、その出所が空を飛ぶ星屑ではなく、バスのドアからだったらそうなる。

 

ただ、出てきたのは雪花じゃなった。

 

「...どうしたの?」

 

敢えて口調は崩し、優しめに声をかける。出てきた少女は寝起きじゃないらしく、けれどあわあわし始めた。

 

「あ、あの...お兄さん。これ!」

 

あの時マフラーを渡してくれた時とは違う、どこか緊張した面持ちで差し出されたのは、幾つかの飴だった。

 

「これは...」

「い、いつもご飯を私達に分けて、貴方は食べてないみたいだから...で、ですので。これを」

「...」

 

よく考えれば俺は神の使いなんて立場で通ってるわけで、使い慣れてなさそうな敬語も、最初とは違う態度も、そこから来てるんだろう。

 

(なんか、ちょっと可愛いな。久々に癒された感じする)

 

「ありがとう。でも、俺はそれを受け取らない」

「どうしてですか?」

「その気持ちだけで充分嬉しいからだよ」

 

『使者様!!食料がないというのは本当ですか!?』

『どういうことですか!?』

『我々は四国までもう何も食べれないんですか!?』

『後何日でたどり着くんですか!?』

『どれだけこの生活を続ければ!』

『そもそも本当に安全なんですか!?』

『使者様!』

『使者様!!』

 

今朝、濁流のように言われた言葉の数々。対応したのは俺ではないが、聞いていたため少なからず精神を疲弊していたらしい。

 

だからこそ、この子の気遣ってくれる言葉だけで嬉しい。

 

「それは、今は大事な物だ。まぁ、なるべく早く普通に買える場所まで連れていきたいけど...まだ持ってな。絶対羨ましがられるから、皆には内緒でな」

 

人差し指を口に当てて『秘密』のジェスチャーをする。少しして、女の子は納得したように頷いた。

 

「さ、夜も遅い。早く寝な...しっかり守るから」

「うん」

 

あくまで俺は雪花のためにここにいる。だが、俺だって見捨てたい訳じゃない。

 

(...雪花だけを取らなきゃいけない時、この子達を見捨てられる覚悟だけはしとかないとな)

 

決して俺は万能な神ではない。一人の人間としてここにいるんだから。自分で行動を選択するし、その行動に覚悟を持たなきゃならない。

 

「おやすみなさい。お兄さん」

「おやすみ。良い夢を」

 

 

 

 

 

「見えたか!」

 

もうすぐ昼にかかろうとする頃。逸る気持ちを抑えられずレイルクスを展開して空を飛び、バスの上から見えなかった人影を確認した。

 

(ついた...ここが諏訪!!)

 

嘗て見た荒れ果てたものではなく、整地が行き届き作物が育っている土地。

 

ボロボロになっておらず、形を保ったままの建物。

 

何より、あそこに見えるのは__________

 

「皆様、間もなく諏訪につきます。初めは自分だけで説明に行きますので、もう少し待機をお願いします」

 

端的に指示を出し、雪花の方へ向かう。

 

「ついたんですか?」

「あぁ。俺が戻るまで守りを頼む」

「後でちゃんと会わせてくださいよ?」

「分かってる」

 

 

 

 

「...ふぅ」

 

小さく息を吐いて、けれど足はしっかり動かして。バイザーを着け直した俺は、畑作業をしている人の注目を浴びながら村の中央まで歩いていった。誰かに声をかけられるまで、もしくは、彼女に会うまで。

 

「そこのマスク男!!止まりなさい!!」

「!!」

 

そして、鞭の音と共に彼女は現れた。まだ聞かなくなって二週間程度なのに、懐かしさすら覚えてくる。

 

「一体何の用でそんな変なものつけて歩いてるのかしら?返答によってはこの鞭を振るうけど」

「...あぁ」

 

両手を上げて、抵抗の意思はないことだけ示して。

 

「自分は、北海道から来た神の使者です。初めまして。勇者様」

 

涙声にならないようだけ気を付けて、俺はそんな風に口にした。

 

 

 

 

 



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花紡ぎの章 5話

(肩は問題なさそうね。よかったわ)

 

「歌野ちゃん!」

「はい?」

 

振り下ろした鍬を構え直した時、おばちゃんが私を呼んだ。慌てた様子だったから何事か聞けば、村の外から人が歩いてきたとのこと。

 

この数年間、大社の人達がバーテックスと呼んでいた化物しか訪れなかったこの諏訪に、人が来たと。そう言ったのだ。

 

「凄いじゃないですか!?誰ですか!?」

「それがねぇ...」

 

皆の注目を浴びつつ村の中を歩いているらしく、その変な見た目で誰も声をかけようとしない。それで、おばちゃんは私を呼んだらしい。

 

(もしかしたら、四国からの援軍...?)

 

以前から聞いていた話の可能性を考え、急いで勇者服に着替えてから向かってみれば__________いたのは、変なマスクをした男の人、ただ一人だった。

 

(あの人...?)

 

「みーちゃん」

「あ、うたのん。あの人だよ。さっきから辺りを見渡すだけで...」

「私が行くわ」

 

ただ遠巻きに見てるだけじゃ何も始まらない。なら、進んでみるしかない。

 

「そこのマスク男!!止まりなさい!!」

「!!」

 

鞭を地面に叩きつけながら躍り出ると、少し驚いた様子で足を止めた。突然鞭を振るわれれば無理もないだろう。

 

「一体何の用でそんな変なものつけて歩いてるのかしら?返答によってはこの鞭を振るうけど」

「...あぁ」

 

彼は両手を上げて、抵抗の意思はないことだけ示して。

 

「自分は、北海道から来た神の使者です。初めまして。勇者様」

 

何故か感極まって聞こえる声で、そんなことを口にされた。

 

「...神様の使者?」

「はい。自分は北海道の土地神、カムイからこの世に送られた者。北海道にて生き長らえていた人々を連れ、四国へ送り届けることを目的としています」

「四国へ...」

 

聞き馴染みのある土地を言われ、一瞬だけ考えてすぐに放棄する。今はそれを気にしてる場合じゃない。神の使者だか何だか知らないが、何でそんな人がここへ来たのか。

 

「それで、何で四国へ向かってる人がここを訪れたんです?そもそも連れてる人々というのは?」

「いきなり大勢では驚かせてしまうと考え、遠くで待機を続けて頂いています。ここを訪れた理由は、そのことでお願いがありまして」

「お願い?」

「身勝手なお願いではありますが、食料を分けていただきたいのです。北海道からここにたどり着くまでで、備蓄分ほぼ全てを消費してしまい...どうか、お願い出来ないでしょうか」

 

頭を下げる相手の人。言いたいことは分かるが、幾らなんでも突然すぎるというのが率直に思ったことだった。

 

「...お願いする時、せめてマスクを外したらどうですか?」

「......あまり外したくはないですが、必要ならば」

 

彼はそう言って、手を顔に当てて__________

 

「冗談です!いいですよ無理に取らなくて!!」

「そうですか?」

「はい。ただ、食料の話は返事を保留にしてもらっていいですか?私としては渡してあげたいですが、私の一存で決めて良いものでもないので。少なくとも今日中には決めますから」

「......分かりました。感謝します」

 

「待っている皆さんに連絡した後、近くで待機しています」という言葉の後歩きだした彼を、私は見送るだけだった。

 

(とりあえず彼の詮索は後。使者であれ勇者であれそれ以外であれ、ご飯が無くて困ってる人がいるのが本当なら、まずはそこを。助けられるなら助けなくちゃ)

 

「あ、ちょっとウェイト!」

「ん?」

「みーちゃん、話は聞いてた?」

「うたのん...?うん。聞いてたよ」

「彼についていってどのくらいの人がいるのか確認してきて欲しいの。私は皆に事情を説明するから」

「わ、私が...?でも、あの人の言ってること、本当なの?」

 

後半は聞こえないよう、側に来て小声で話してくるみーちゃん。その動き一つ一つが可愛いんだけど、今はそんな話をしてる時じゃない。

 

「分からないわ。だからお願いできる?」

「......分かった。何かあったら連絡するね」

「了解よ。すいませーん!この子を連れてって貰っていいですか?」

「そ、それは構いませんが...よろしいのですか?」

「?」

「...いえ、では行きましょうか」

 

みーちゃんと男の人が歩いて行くのを今度こそ見送って、私は周りに集まりつつあった人に声をかける。

 

 

 

 

 

私が見ず知らずの人に、疑うことなくみーちゃんを任せていたことに気づいたのは、後に__________ずっとずっと後になってからのことだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

戻ってきた海来さんは見知らぬ女子を連れていて、幾つか話をした後に返していった。それから暫くして夕方頃、バスで待機していた人達が痺れを切らし始めた頃に、バスを動かすよう言い、私達は諏訪に招かれたのだと分かった。

 

久々に私達以外の人を見たことも驚いたけど、その人達が食べ物を分けるどころか配給作業までしてくれるとは思わなかった。温かい味噌汁を飲んだのなんて、本当に久しぶりだ。

 

『ここの勇者はそんな奴だよ。村の人達を一人で説得しきったのは予想外だし、水都のことも想定外だったことはあったが...』

 

最も、話をしに行った本人はある程度予想していたことだったみたいだけど。

 

『あんたが北海道の勇者様!?歌野ちゃんと同じくらいなんだねぇ』

『寝床は流石に足りないが、ご飯くらいは食べてくれ。歌野ちゃんを始め、皆で作った自慢の野菜だ』

 

(白鳥、歌野...ちゃん?さん?だっけ)

 

恐らく配給の指示をしていた人だと思ったものの、遠巻きに見ただけだからはっきりは分からない。

 

「雪花、いいか?」

「海来さん?」

「一緒に来てくれるか?こっから勇者と巫女だけで話をする算段をつけた」

 

バスに乗ってきた彼は、それだけ言って外に出た。慌てて私は外へ出る。

 

(...お風呂とか入らせてくれないかな)

 

特に疲労が蓄積しているだろう三人の運転手さんだけは頼んだみたいで寝床を貸してもらい、後の人はこれまで通りバスで寝てる。でも、外に出た時誰の気配もなかった。

 

「皆寝てますね」

「ま、これだけ夜深ければな。お前にもあいつらにも悪いことはしてる。お肌の敵だもんな」

「緊急時にそんなこと言ってられませんって。大体それを言うなら貴方は栄養足りてるんですか?睡眠もですけど、さっき配られてたご飯食べてませんでしたよね?」

「ご厚意で食料を分けて貰ってるんだ。俺の分を追加注文なんて出来るかよ...正直ちょっと食べたかったけど、色々やり取りしてたら残ってなかった」

 

空笑いする海来さんからお腹が鳴る音までして、思わずため息をつく。

 

「あの」

「だが、こんな所じゃ止まれない。止まれる筈がない。まだ何も果たせてない」

「________」

 

隣の顔を見る。決して声は大きくない。風に揺られた木々の音で遮られかねないくらいの声量。顔はバイザーで隠れてる。

 

でも、これまで聞いてきたどの言葉よりも覇気のある声で、バイザー越しでも他の人に向けて見せる顔とは比較できない程『人らしい』意志のある顔をしたのを見たのは、初めてだった。

 

「だからこのくらいどうってこと...どうした?こっち見て」

「...いえ。何でもありません」

「そうか。っと、ついたな」

 

足を止めたのは、村の外れ気味の所にある和風建築の一つ。海来さんは躊躇なく扉を開けた。

 

「待たせた」

「全然待ってませんよ」

「......」

「それにしても、さっきと随分違いますね」

「まぁその辺に関しても追々な。まずは...あそこまでもてなしてくれてありがとう。感謝する」

「いえ!助け合いは大事ですから!」

 

(聖人か...いや、これがちゃんとした勇者なのかな?)

 

「とりあえず、俺以外で自己紹介してくれるか?察してるだろうが、俺はどうせ色々長くなるし」

「では私から!この諏訪の勇者、白鳥歌野です!!こっちはみーちゃん!」

「...巫女の、藤森水都です」

「みーちゃんもっと明るく!ファーストインプレッションは大事よ?」

「うたのん...」

「まーまー。ほら、聞こえたから。えっと、白鳥さんに藤森さんね」

「歌野でいいわよ」

「フレンドリー...じゃあ歌野で」

 

ぐいぐいくる彼女に、警戒の色が抜けない彼女。対称的な二人に対して、私は自分の手を胸に当てた。

 

「私は秋原雪花。一応北海道で勇者をやってて、今はこの人に唆されて四国まで向かってる」

「よろしくね、雪花さん」

「こちらこそ...でいいのかな。まぁよろしく、歌野。藤森さんもよろしくね」

「は、はい」

「それで、最後に貴方の番ですよ」

「分かってる...俺の名前はふるっ、海来石榴だ。北海道にいる土地神、カムイが地上に送った使い...なんて設定だが、100%嘘になる。実際は未来から来た人間だ」

 

変に噛んだ海来さんだけど、二人はその後の言葉のインパクトが強かったようで、全然気にしてなかった。

 

「ワッツ?もう一度お願い出来る?」

「俺は大体300年後の時代から来た人間で、お前らとは勇者が集められた異世界で仲良くなったんだよ。だから自己紹介されなくても雪花のことは知ってるし、お前達のことも知ってる」

「更に情報が増えたのだけど...」

「...本当だよ。私は名前を教える前に言われたし、誰にも話した覚えがないことを当てられてる」

 

歌野の視線に答えを返すと、彼女は固まってしまった。

 

「じゃあ石榴さん、私達は何かエピソード、ある?」

「農業王、乃木若葉、どっちの話が良い?」

「「!!!」」

「まぁ、雪花とも仲良くやってたんだが、その話をしても俺以外共感できる人いないし...」

 

更に固まる二人に、気にせずぶつぶつ何かを呟く海来さん。私には分からないが、多分二人に取ってはすぐ分かる話なんだろう。

 

(農業王ってのもイマイチピンとは来ないけど...)

 

「あの、乃木若葉って人の名前です?」

「あぁ。これから向かう四国にいる勇者の一人だ。ここ諏訪は四国と連絡手段を持っていて、お互いの勇者、若葉と歌野がやり取りをしている。主にうどん蕎麦戦争をな。最も、今のあいつも俺のことは知らないけど」

「うどん蕎麦戦争?」

「どっちが良いかって話」

「貴重な通信でそんな話してるんですか?」

「グサッ」

 

わざわざ擬音を言ってまで倒れる歌野。どうやら本当らしい。

 

「な、成る程...確かに乃木さんとの話を知っているというのは、私が知らなければ、四国の人か特別な方法で知るかの二つでしょうね。一応、今度乃木さんに確認しても?」

「いいぞ。好きにしてくれ」

「分かりました......それで、未来から来た人というのを信じるとして、本題は何です?まさか、それだけ話して満足ってことはないでしょう?」

 

疑問を口にする歌野。それに対し、バイザーを一度押し上げた彼は________

 

「...諏訪は、もう長くない」

「ッ!!うたのんが弱いって言いたいんですかっ!!!」

「ストップみーちゃん!!」

「彼女が弱いか弱くないかはこの際問題じゃない。ただ一人、四国の防衛準備が整うまで戦い続けるのは限界があると言ってるんだ」

 

あくまで淡々と語るのは、相手の神経を逆撫でしないためか、ただ事実を述べてるだけなのか。

 

「肩につけてる傷、最近つけてたんだろ?」

「「!!!」」

 

指差したのは、服に隠されてる肩。二人の動揺具合を見るに、本当に見えない場所に傷がつけられてるんだろう。

 

(この人、ホントに人間なの...?)

 

「今後そういったことも増える。俺が知る未来だと、そう長くはない」

「っ...でも」

「みーちゃん!」

「!」

「大丈夫...あの、石榴さん。貴方の言いたいことは分かりました。それで、ただそれだけですか?わざわざ私達の未来を言って終わりじゃないですよね?」

「当たり前だ...俺はお前達の未来を変えるためにここにいる。約束を果たすために」

 

緊張感が漂う中、彼が手を伸ばす。

 

「一緒に四国へ来てくれ。歌野も、水都も、この村の人も、全員送り届ける」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(これで、よかったのか)

 

歌野に対しては正直であること。基本的にここしか気にしてなかった。

 

未来から来たことを伝えて、彼女達のたどり着く未来を変えたいことを伝えて、その手段があることを伝えた。

 

バスを一台多くに持ってきたのもその為。

 

『...一日、考える時間をくれませんか?みーちゃんや皆とも話したいです』

 

結局、粗方話した後彼女はそう言った。一般人には聞かせられない話し合いをしたこの神社は、一日寝床として貸してくれるらしい。

 

『私はバスでいいです。貴方はゆっくりしてください』

 

(気を使われてるなぁ...あんま意味ないんだけど)

 

その裏手にあった縁側で、俺は目を閉じ寝転がっていた。夜空に浮かぶ月だけが俺を照らしている。

 

ツバキの影響はなかなか便利で、精神を交代して休むだけでなく、俺自身色々分かることが増えた。歌野が少し肩を気にしていたのもそう。

 

(消えたら不便そうだ...さて)

 

ともかく、ここでの目標の半分は達成した。後はもう半分である『彼女』についてだ。

 

「いつまでそうしてるつもりだ?」

「ッ!!」

「早く出てこいよ」

 

特に動くこともなく、ただ口だけで誘導する。少し間があって出てきたのは__________

 

「......」

 

包丁を構えた、藤森水都だった。

 

 

 

 



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花紡ぎの章 6話

うたのんとの出会いは、そこまで昔のことじゃない。それこそ、私が巫女として、うたのんが勇者として目覚めてからだ。

 

自分の危険を省みず、勇者としての力を使って皆を助けるうたのんを見た。

 

それから、四国の大社から私達に目覚めた力について話があって。諏訪の人々を守り、導くようにとも言われた。

 

でも、生きることはそんなに簡単じゃない。突然化物に襲われた人は、生きていく気力を無くしていた。

 

『今まで人はどんな災害にあっても、生き抜いてきました!!私達は、きっとまた立ち上がれます!!!』

 

そんな人々を気力を取り戻したのは、他でもないうたのんだった。

 

誰よりも一生懸命戦って、誰よりも一生懸命自分の好きな農作業をして、誰よりも一生懸命、生きていた。

 

その姿を見て、少しずつ賛同する人が増えて__________三年近くたった今、村の人皆が希望を持って生活している。

 

どんな辛い目にあっても、人はまた立ち上がれる。そう思いながら。

 

『俺の名前はふるっ、海来石榴だ』

 

そんな非日常ながら平穏だった_____平穏になるようにうたのんが頑張っていた場所は、たった一日で崩れた。

 

未来から来て、異世界で私達と仲良くなり、私達がやられる未来を変えるためにやって来たと言う、バイザーをつけた男性。北海道から来たというもう一人の勇者。

 

意味が分からなかった。彼が何を話しているのかも、何でうたのんがそれに乗り気なのかも。

 

『私やみーちゃんのことを知ってて、わざわざ助けに来てくれたんでしょ?だって私達のことどうでも良いと思ってたら、あんな話をせず穏便に食料調達だけ済ませてさっさとここを出ればいいんだもの』

 

うたのんはそう言って、畑を眺める。

 

『この土地を捨てるのは嫌だけど...農業王は何処だろうと立派な野菜を育てるわ。後は、この土地に長く住んでいる人の説得は難しいかもしれないけど...とりあえず、今日は一度自分でも考えるわ。おやすみ、みーちゃん』

 

自分の家へ戻って行くうたのんを見て、私は戸惑いを消せないまま、気づけば話をしていた場所まで戻っていた。

 

(...怖い)

 

ただひたすら、相手の存在が怖くて。未知の存在がうたのんに近寄っているのが怖くて。私は保管されていた包丁を持って彼の側へ向かい、でも何もせず、物陰で隠れていた時__________

 

「いつまでそうしてるつもりだ?」

「ッ!!」

「早く出てこいよ」

「......」

 

見えてない筈の場所から指摘され、震えながら縁側に出ると、ごろんと寝転がっているこの人を見た。

 

「...流石にそれは想定外だったけど、まぁいいや。それで?俺を刺すのか?」

「......」

「歌野が取られそうと感じたか?」

「!!」

 

まるで私の心を見通すかのような言い方に、思わず力が入る。

 

「答えてくれ。お前はどう思ってるんだ?歌野には死ぬまでここをずっと守ってもらいたいと?」

「そんなことない!!うたのんにはこれ以上戦って欲しくなんて!!」

 

一度開いた口は止まらなかった。

 

「最近は敵の攻撃も激しくなってきて、うたのんも苦しそうにしてることが増えた!それが平気になるなら、そっちの方が絶対いい...でも、貴方を信じられるかは話が別。うたのんに何かするなら、私は...!」

「そりゃそうだ。俺は怪しい奴だしな」

 

彼は肩をすくめ、おどけるように続ける。

 

「お前はそれでいい。歌野を最優先にして、一緒に夢を叶えてくれ...農業王と、その配達屋さん」

 

最後の方は何か呟いたようだけど、聞こえなかった。

 

「で、本題なんだが。藤森水都。お前とは取り引きがしたい」

「取り引き...?」

「そうだ。元より少ない日数でお前が信用してくれるとは思ってない。寧ろその方が水都らしい。かといってこちらにも長居したくない理由がある...だから取り引き。お前がするのは、歌野の意見を尊重してもらうこと。それに俺が払う対価は、これだ」

 

そう言って彼が腰から取り出して見せたのは、何十枚かの御札のような物だった。

 

「これは...」

「これはあいつらの攻撃を防げる札だ。持ってるだけであの白い奴からの突進攻撃は最低でも一度防げる」

「!!!」

「一枚効果実験に使ったんで、残りは29枚。これを全てお前に渡す。歌野に渡すも良し、自分で使うも良し、住民に配るも良し。四国に入る前には返してもらうが...少なくとも今より歌野を楽にさせられるアイテムだろう」

 

対策を考えてるという大社からも聞いたことがない、夢のような防御アイテム。それが突然出された事実は、私に今日何度目かの動揺を与えた。

 

「そんなの、どうやって...」

「基礎部分は一年以内に大社が作るんじゃないか?性能に関しては分からんが。まぁ今重要なのは、この札が今ここにしかないもので、お前が頷けば好きに使っていいという条件だけだ」

「......」

 

(これがあれば、今よりうたのんを楽に...)

 

「...うたのんの意見を尊重するだけでいいの?うたのんに四国へ行くよう説得するのを手伝えって訳じゃなくて?」

「あぁ。もしあいつがこの地で生きることを何より優先するなら、ここに残るって強く主張するなら、そうすればいい。勿論、説得してくれるに越したことはないけど」

 

そう言って、月を見上げる海未さん。その顔を見て、私は決めた。

 

「......分かりました。その取り引き、乗ります」

「おう。じゃあ、よろしくな」

 

向けられた御札を、私は両手で貰う。

 

月明かりで照らされた彼の顔は、バイザーで目元が見えなくても微笑んでるように見えた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

札に気づいたのは、大赦で春信さんとレイルクスの武装確認をしていた時だ。

 

『こんなの入れてたんですね』

『初代勇者が戦い始めた時に、損傷した武器の代替え案として記録されてた物を改良した物だよ。寧ろこれに関しては君の方が知ってるんじゃないかな?』

『まぁそりゃ、当事者ですから』

 

恐らく球子が使っていた物の改良品。活躍の場面は一瞬だったが、こうしてまた役に立つのは良かった。

 

(歌野第一の水都をこんなスムーズに説得できるとは思ってなかったから、嬉しい誤算だったな。出発も早まりそうだから、さっさと体を休める必要はありそうだが...)

 

「石榴さん」

「んー?」

「さっきみーちゃんに言った言葉、私がいなくてもそう言ってました?四国へ行くよう説得はしなくていいって」

「...それを盗み聞きしていたお前が、聞かれてたことに気づいてた俺に聞いて意味あるのか?」

 

もう体を動かす気が起きなかった俺は、寝転がったまま目だけを向ける。上から覗き込んできた歌野は、月明かりによく映えた。

 

「何か企みがあるかもしれないだろ?」

「聞いてみたいんですよ」

「別に、お前が聞いていなくてもそう答えるつもりではあった。勿論、俺はお前達を四国へ連れて行きたい。そしてお前は、確かに蕎麦もこの土地も好きなのは知ってるが、何を一番大切にしているかも俺は知ってるから」

 

でなきゃ、水都がここに来てから、後を追うように現れることも、水都との話を聞いてることもなかっただろう。

 

「答えとしては満足か?」

「満足かって言われると違うのかもしれませんけど、分かりました」

 

そう答えた歌野は、俺の隣に座る。

 

「どうした?」

「聞いてみたいんです。未来から来た貴方が、どんな私達を見てきたのか。私と乃木さんだったり、私と貴方だったり、私とみーちゃんがどんな風に過ごしてたのかを」

「......」

「だって、素敵なビジョンが聞けるの、そうないじゃないですか?」

 

綺麗に切り揃えられた前髪を揺らしながら、そう言って微笑む彼女。

 

「...今夜は寝れないぞ?」

「覚悟の上です。私がどうしたいかちゃんと決めるためにも、聞いておきたいから」

「......了解」

 

(また、体も起きっぱなしだな)

 

少し痛む体を動かさないようにだけ気をつけて、頭はフル回転して思い出を探り出す。

 

やがて見た諏訪の朝日は、久々に景観で綺麗だと思った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あれ、どうしたんです?」

「どうしたって何が?」

 

諏訪についてから二日目の早朝、海来さんは、バスの上で警戒体制を取っていた。

 

「だって海来さん、あっちで寝てたじゃないですか」

「寝床が占領されたんでな。やることもないし備えてる。住民の説得は今日の午後辺りには勝手にやってくれるだろ。それまで警備は俺達だけだから、しっかりな」

「は、はぁ...」

 

(あの歌野って人と何か話したのかな?)

 

自分で言うのもあれだけど、あの快活そうな彼女と私を比べたら、あっちの方に色々話しやすそうというのは簡単に想像出来る。

 

「この地域は柱が結界を生成してるらしくて、それが敵の進行を食い止めてるらしい。歌野がその柱の防衛。とはいえ敵の攻撃に耐えきれない時もあって、四本あった柱が今は二本だと」

「半分...守る分には数が少なくて良いかもしれませんけど、不安はありますね」

「だが、俺達を含めれば一柱につき一人以上は勇者を待機させられる。これ以上被害は出させないさ」

「...そうですね」

 

私達の目的は、あくまで安全だという四国へたどり着くこと。なのに、ここにいる間だけだとしても私が戦闘の頭数に入れられてることに、私自身何も思わなかった。

 

(この人に言われたからってのもあるかもしれないけど...なーんか、あの二人ほっとけないんだよなぁ)

 

「村の人も協力してくれてるらしくて、異変に気づいたら鐘を鳴らして警戒を...って、話をした直後にこれかよ」

「どこから!?」

「位置は確認済みだ。行くぞ!」

「はい!」

 

私達二人は多くを話すことなく、現場に向かって地面を蹴った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

昨日、色んな話を聞いた私は、最後には睡魔に耐えられず寝てしまった。起きた頃には午後になっていたけれど、午前中に来た敵は素早く撃退され、被害はゼロだったという。

 

『歌野は眠いだろうから起こさないであげてくれって...代わりは俺達がするって』

 

みーちゃんがそう伝言してくれて、代わりに諏訪を守ってくれた二人にお礼を言いに行くと、

 

『別に気にしなくていい』

『一宿一飯の恩を返しただけだからさ』

 

そんな風に言ってくれて、特に気にしてないようだった。

 

その二人の様子を見て、私は__________

 

『いいかしら?みーちゃん』

『...うん。うたのんがそう決めたなら』

『ありがとう...皆さん、聞いてください。私は、これから諏訪を放棄し、四国へ行くというこの方々についていこうと思っています』

 

みーちゃんに相談してから住民皆に聞こえるよう声を張り上げて伝えた。

 

『突然なことだというのは分かっています。この土地に強い愛着があって、離れたくないという人がいることも。私だってそうです。可能なら離れたくない...でも、それは皆で生きていればこそです』

 

私の声に賛同してくれる人、よく思ってなさそうな人、突然のことに戸惑っている人。全員を説得できるよう、私は言葉を重ねる。

 

『四国には私と同じ勇者が五人もいます。彼女達も四国防衛のためこちらには来れませんでしたが、今朝皆さんが見たように、今は北海道から来た二人の勇者と一緒に四国まで迎えます。ついに活路が見えてきたのです。ですから...ですから!!ここを放棄して、私についてきてほしい!!一緒に逃げてほしい!!お願いします!!』

 

私達が離れるこの土地に残るということは、見殺しにするのと何ら変わらない。そんなこと、私はしたくない。

 

だから、逃げるなら全員で_________そんな思いは、皆に届いたものの、ひとまず保留になった。

 

『歌野ちゃんの言いたいことも分かる...だけど、ちょっとだけ考える時間を頂戴』

『俺はついていくぞ!!歌野ちゃん!!』

『畑は四国で作り直せば良いさ!』

 

概ね良い声を聞けたけど、全員は納得してないから。皆にも考える時間がいる。

 

(無理ないわね。どうにか頷いて欲しいけど...)

 

ともかく、後で説得するにしても今は個人で考えて貰うしかないから、私に出来ることはない。

 

「よし!!」

 

だから私は、今出来ることを始めていた。

 

 

 

 

 

「任務、フィニッシュね...んーっ!」

「お疲れ様」

 

伸びをする私に声をかけてきたのは石榴さんだった。

 

「まさか、全員分の蕎麦を用意するとは思わなかったぞ...」

「今日の私は何もしてませんから」

「そんなことはないだろうけど」

 

北海道の人も、諏訪の人も、お互い知らない人が突然増えて、それ以外にも色々あって疲れ気味なのは分かってる。だから、少しでも仲良くなれるように、安心できるように。そんな思いも込めながら作って配った。

 

そして、もう一つは_____残念ながら叶わなかったから、これからする。

 

「それより石榴さん、今日も食べませんでしたね?おばちゃんが豚汁まで作ってくれたのに」

「いやほら、俺は配膳係だし」

「はぁ...ついてきてください!」

「え、ちょっ」

 

無理やり引っ張って連れてきたのは、私が蕎麦を作ったキッチン。まだ蕎麦湯の香りが部屋に残っている。

 

「何を...」

「はい!どうぞ!」

「!」

 

私が出したのは一人前分の蕎麦だった。

 

「予め一人分残しておきました。ここなら人目を気にすることもないですし、ちゃんと食べてくれますね?ここなら蕎麦湯もついてますよ」

「......あー分かった。頂くよ、ちゃんと。ただまぁあれだ...外で待っててくれるか?蕎麦湯貰う時には呼ぶから」

「?良いですけど...」

「じゃあそれで」

 

(...あれ?)

 

いつの間にか料理人が外に出された事に気づいた私は、入り直そうとして大人しくやめた。

 

(何か理由があるのよね...流石に蕎麦を食べないほどのうどん派という訳でもないだろうし......お風呂でも沸かしといたら喜ぶかしら)

 

「あれ、歌野どったの?」

「雪花さん?」

「あ、うん。雪花さんなんだけどさ。どうしたの?外で立ってて」

「あー、石榴さんが蕎麦を食べてるんだけど、見ないでくれって」

「え、何それ......あっ」

「何か心当たりあるの?もしかして、石榴さんってうどん過激派で、私の知らない所であの蕎麦は捨てられてたり!?」

「それはないと思うけど...まぁ、理由の察しはなんとねくついた気がするけど、ホントかどうか分からないし」

「全部聞こえてるんだが」

「「!?」」

 

足音もせず開かれた扉からは、バイザーを動かしている石榴さんが出てくる。

 

「久々の上手い食事であっという間だと思ったら、そんなこと言いやがって...歌野の蕎麦を捨てるとか罰当たりどころの話じゃないっての。それより蕎麦湯くれ」

「あ、は、はいっ」

「全く...いくらうどん過激派でも捨てることはないだろうしな」

「えっ過激派はいるんですか」

 

驚く雪花さんと何かを呟きながら席に座り直す石榴さんを背にして、私はちらりと蕎麦が盛られていた器を見てから蕎麦湯を用意する。

 

(すっごい綺麗に食べてくれてるじゃない)

 

「底の方から掬ってくれよな。ドロッとしたのが飲みたい」

「了解よ!!」

「ねぇ海来さん、うどん過激派って四国にそんないるんです?ラーメン派の私消されません?」

 

まるで、日常の一場面のような様子。その姿に、私がその姿の一因になっていることに、私自身、違和感を全く感じなかった。

「さぁ、熱いうちに飲んでくださいね!」

 

 

 



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花紡ぎの章 7話

「はぁぁぁ~っ......」

 

浸かった湯船の水位が上がり、浴槽に入りきらなかったお湯が流れ出た。だが、そんなの全く気にできない。

 

「まさか、風呂がこんなに安らぐとは...」

 

『お二人とも、長旅でそんな余裕なかったでしょう?流石に全員という訳にはいきませんが、折角ですしどうです?内緒で』

 

歌野にそう誘われ、雪花と俺はすぐさま頷いた。雪花は女の子だし、俺もこの機会を逃すと入りにくいと考えたら、いつの間にか首を縦に振っていた。

 

いや、正確に言えば、本来だったら北海道の人に見られることも警戒をして断らないといけなかったただろう。だが、あの時の俺は日常に戻されていたため、返事を変えられなかった。

 

「旨かったな。蕎麦」

 

歌野を早めに追い出して正解だったとは思う。食べた瞬間バイザーを取って涙を拭かなきゃならなかったのだから。

 

(ぶっちゃけ、バイザー程度じゃ俺の正体なんてバレバレだろうが...まぁそこは切り替えていこう。上手いことやってくれ。過去の俺)

 

久々に食べたように感じた歌野の蕎麦。それは、知らず知らず疲弊していた俺に日常を感じさせるのに十分過ぎた。

 

そして、日常としては風呂にも入りたくなる。完全に無意識だったが、体のメンテナンス的にも重要だと分かったのはシャワーを浴びて体を洗ってた時だ。

 

(軽く揉むと、あちこちが痛いな...筋肉自体は休ませることがほぼなかったが、どこかで休まないとガタが来る、か)

 

休むだけの猶予はある。ここまでの動きがほとんど最短のものであるため、多少のズレは許容範囲_____かもしれない。

 

(棗の元へ行くのも早くしなきゃいけないが、その前に潰れるんじゃ意味がない)

(だが、わざわざ俺の体のために休みを取ることはない)

(...それはそうだ。効率的に休むのが一番ではある)

(だったら今することは一つだろ?)

(そうだな)

 

「はぁっ...」

 

今俺に出来るのは、今後のことを考えることじゃない。風呂の恩恵を最大限生かして心身ともに休ませること。

 

「分かってる。やることは沢山あるが、目的は一つだ。それが海来石榴の...いや、古雪椿がここにいる意味なんだから」

 

明かりに手をかざしながら、俺はそう呟いた。

 

『石榴さーん』

「!歌野か!?」

『はい、白鳥歌野です。着替え渡し忘れてたので持ってきたんですけど』

「あー、俺に着替えはいらん。基本戦ぎ...勇者服着てるから」

『そうなんですか?』

「あぁ。だから...!!」

 

言葉を遮るように聞こえたのは、朝にも一度聞いた警鐘の音。

 

「歌野!!」

『分かってます!!私もすぐ着替えて向かいますから!!』

 

脱衣所から飛び出したのを確認した俺は、体についてる水を最低限だけ拭いてスマホを握った。

 

「バーテックスどもが...!!」

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

「ふぁ~...」

 

程よく温まった体が眠気を誘う。

 

(周りの人が警戒してくれるから、ありがたいんだよね~)

 

いくら勇者でもうら若き女子的にお風呂に入れないのは苦痛だったわけで(タオルで体を拭いてはいたけど)、久々に長湯を楽しんでしまった。

 

(他の人はまだだけど...ごめんね)

 

罪悪感はある。けど、北海道からの人はこの村の人より多いわけで、その全員をパパっとお風呂に入れるのは難しいんだろう。勇者はともかく一般の人はまだ私達、北海道から来た人に良い顔をしてないのも一部いる。

 

(海来さんも入ったのは意外だったけど...綺麗好きだったのかな...!!)

 

聞こえた来た音は誰かの声ではなく、敵が来た合図だった。眠たげだった目を擦って立ち上がる。

 

(大丈夫。どんな数が来ても時間稼ぎだけなら!)

 

まだお風呂に入ってるだろう人のことを思い浮かべながら、私は敵を見た人に声をかけた。

 

「すいません!こっちですか!?」

「おぉ勇者の!はい!あっちに20くらい!」

「ありがとうございます!」

 

(思ったより少ない。朝の残党?それとも陽動?)

 

「っ、切り替え。やれることちゃんとやる!」

 

決して油断しないよう気合いを入れ直しながら、舗装されてない土を蹴る。一体目を見つけた瞬間には、特に考えることもなく槍を投げつけた。

 

後ろからぞろぞろ現れたのにも刺していけば、それに気づいた仲間がこっちを向いて突撃してくる。口みたいなのを開いて、我先にと。

 

「いっつもワンパターンで!!」

 

バックステップを取りながら槍を投げれば、ただ突っ込んでくる奴等の対応は難しくない。

 

ただ、思ったより敵が結界に近かった。私はこの結界の詳細を知らないわけで、敵に触れさせた時点で耐久力が下がるのなら、後のことを考えれば私自身を囮として動いた方がいい。そうでないなら、安全圏である結界の内側から槍を投げてればいい。

 

(聞いとけばよかった...よし!!)

 

私が選んだのは所謂ゲリラ戦法だった。森の中に入って、追ってくる敵を少しずつ倒していく。数もそんなにいないようだし、案外簡単に__________

 

(いけるかな。これなら)

 

 

 

 

 

はっきり言おう。私は油断していた。

 

そりゃ、数年間一人で戦い抜いてきて、色んな人と休まることのない話を続けてきた私が、いきなり色んな面でサポートしてくれる仲間と共に戦うことになったのだから。

 

勇者として助ける立場だった私が、一緒に戦い、守ってくれる立場にもなったのだから。

 

「!!!」

 

だから私は、背後から飛んでくる、一筋の矢のような存在に気づかなかった。

 

 

 

 

 

そして。

 

「...いやぁ、ビックリした......」

 

後ろから飛んできたのが海来さんだったことに安心感を抱くこともまた、普通じゃありえなかったのだろう。

 

相変わらずの高速戦闘は、彼を全体的な姿でしか認識させてくれない。とはいえ、そんな芸当が出来ることが一人しかいないため、判別は可能だ。

 

「雪花さーん!!」

「歌野?」

「お待たせしましたー...って言いたい所だけど、私より先に石榴さんが飛び出して行って。もう終わりそうね。あんなに強いなんて...」

「歌野はあのくらい出来る?」

「インポッシブルね」

「イン...あ、不可能か。本当だよね」

「これで終わり!!!!」

 

お気楽に話していると、すぐ近くに一人と一体が地面に着弾した。気づけば他に敵の影もない。なんというか、異常な事態が多くて私自身乾いた笑いが出てしまう。

 

(本当はもっと緊迫感とか持った方がいいんだろうけどな...この人が離れた後、ちゃんと感覚取り戻せるだろうか)

 

「折角人が風呂入ってたってのに、お前らマジで何なの?人への嫌がらせ上手なの??星屑どもがよぉ...!」

「ちょ、そんなに怒って......」

 

もう動かない敵にメイスを突き立て続ける海来さんを意外に思いながら、止まるよう声をかけて________私は止まる。

 

何故なら、今の彼は。

 

「ぁー、雪花か...いや、思った以上に風呂に入れたことに興奮してたみたいでな。見えない所でのストレスの蓄積が」

「いや、あの」

「あら?石榴さん、あのマスクはどうしたの?素顔見ても良かったのかしら」

 

初めて素顔を晒していたから。

 

「......あ」

 

黒髪とお揃いにしたような黒い瞳は、ストレスを発散したようなキラキラした状態から、一瞬で固まった。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『別に今すぐ関係ある訳じゃないが...というか、目元だけ隠してたところでどうしようもなかったのはあるが......まぁ、忘れてくれると助かる』

 

そう話して、石榴さんは目元を隠した。私は無理矢理暴く理由も無いし、彼が隠す理由も分からないから何も言えない。雪花さんはもう一回は似たようなやりとりをしたようで、特に何も気にしていなかった。

 

『今の俺は他の誰でもない、海来石榴だから』

 

寧ろ気になったのは、ぼそりと呟いた言葉。

 

(もし、あの時のが関係しているなら...)

 

「使者様!!」

 

三人で村へ戻り、特に異常がないか見ていた所で、一人の人が慌てたように石榴さんのことを呼んだ。私が知らない人だから、北海道から来た人なのだろう。

 

「及川さん、どうかしましたか?」

 

彼は雰囲気を変え、ゆったりと余裕を感じる様子で聞いている。

 

「これをご覧下さい!!」

 

_____その様子が変わるのは一瞬だった。

 

「...どうしたのですか?それは」

「はい!!先程の敵襲で避難していた所、あの子供が落としたのです!!」

 

指差しした先には、おばあちゃんと女の子。大声をあげているため、他の人もぞろぞろ集まってくるのを感じる。

 

「皆で協力している中、一人だけ食糧を隠し持っていたのです!!」

「及川さん待って!!!食糧って、そんな飴玉のことを言ってるの!?本気で!?」

「そうだ!!!これは協力しながら過ごしてきた我々に対する裏切り行為だ!!だから私は初めから女子供など不要だと...使者様!!どうかあの者に罰を!!」

「!」

 

ここまでで、ようやく私にも理解できた。つまり、この人は食糧が無い中、飴を隠していた女の子に怒り、いらない存在だと言ったのだ。それも、石榴さんに罰するよう要求している。

 

(嘘でしょ!?小さい子が持ってる飴だけで!?)

 

私も動揺、困惑し、雪花さんは明らかに怒っていて、男性と口論を始めてしまう。その様子を見て、他の人はざわざわと騒ぎ始めてしまう。北海道の人達は事情を知ってるのか、男性を攻めるように、村の人達は事情を知らないのか、何が起きているのか確認するように。

 

その中で、隣にいた彼は_________何も言わず、歩きだした。何を考えているのかは、バイザーで判別しきれない。

 

向かっているのは、おばあちゃんに抱きかかえられている女の子の所。

 

「あ、あの、石榴さん」

「海来さん!?」

「正直に答えてください。彼の言っていることは事実ですか?」

 

淡々と、確認するように、彼は同じ目線になるよう膝を落として女の子に問う。ただ、ついさっきまで会話していた私には、その声が底冷えた物になっていることに寒気がした。

 

「...はい。本当のことです」

 

女の子はそう答える。彼は手を伸ばし、頬をそっと触れ、すぐに離して立ち上がった。

 

「そうですか」

「そうだろう!!使者様!!どうか」

「及川さん!!いい加減にしてくださいよ!!」

「ウェ、ウェイト!!二人とも落ち着いて!石榴さんも!!」

「落ち着くことなどありません。白鳥歌野様」

 

次の瞬間、私達は目を見開く。彼の手には、小さな刀が握られていた。

 

『!?』

「調和を乱す者には罰を。すぐに終わります」

「ダメっ!!」

 

その声色は、今のこの人が別人であるかのようだった。本気で_____神罰とでも言うかの様に、女の子を切りつけそうな勢いで。

 

悲鳴があがる。私達は二人で突っ込む。

 

でも、刀を振り上げたその姿には、間に合わないことだけが分かってしまった。

 

「海来さん!!!」「石榴さん!!!」

 

 

 

 

 

気づけば、その姿は見当たらなかった。目の前にいるのは、女の子を庇うように抱き抱えているおばあちゃんと、覚悟を決めたように目を瞑った女の子。

 

でも、そこに石榴さんの姿はない。

 

「...ひっ」

 

次に聞こえたのは、後ろからの小さな悲鳴だった。反射的に振り向くと、尻餅をついてる男性と、右手を地面と水平にしている石榴さん。

 

「...食糧を隠し持っていたことは確かに悪いです。が、子供の行いを看過せず、吊し上げる様な行為をする貴方こそ、協力している方々との調和を乱す者であると、私は考えます」

 

そこで言葉を区切った彼は、ついていた物を払うかの様に刀を振るう。小さな音を立てて地面についたのは、赤い点を作った。

 

「次はありません。その自覚を持つように...これでこの話は終わりです!!皆様も、彼をこれ以上攻め立てたりしないようお願いします!!」

 

そうして「付近の見回りをしてきます」とだけ告げ、飛んでいく石榴さん。

 

残されたのは、痛いくらいの静寂だった。

 

(石榴さん、貴方は...)

 

 

 

 

 



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花紡ぎの章 8話

(やっちまったなぁ)

 

人気のない夜。村で一番高い建物の屋根で、俺は一人大きくため息をついた。実際、やってしまったでは済まないことまで起こしたわけで、それを妙に達観して感じている俺自身が嫌になりそうだった。

 

やらかしたことの一つ目。風呂に感動した俺は、敵襲にバイザーを着けずに戦い、二人の勇者に素顔を見られた。これでこの時代の未来、神世紀から来たばかりの俺は彼女達から質問攻めに合うだろう。あの精神下でそれがどう影響するかは分からない。

 

まぁこれは、姿形を変えられなかった時点で怪しまれてただろうし、今更な部分もある。もしかしたら以前より早くよい関係になれるかもしれないし、二人の善意と過去の俺自身にかけるしかない。

 

そして、やらかしたことの二つ目であり、今俺を悩ませている主な原因は、その後のことだった。

 

(...一般人を傷つけた)

 

以前助けた女の子が、持ってた飴を避難の最中に落とした。それを目につけ、奪った挙げ句俺に罰を下せと宣(のたま)ってきた人間。

 

当然思うところはあった。この時代の大人の醜さを大きく受けた。だが、俺も神の使者として立場があり、勇者を四国へ届けるのを第一としている。

 

だから、あの場は穏便に済ませて一般人からの求心力を高めるか、最悪女の子に次はないと言うか脅すことで、全員を恐怖心で纏めればよかった__________本来は。

 

 

 

 

 

『あぁ。これが人間か』

 

煩い男からの話を聞いて感じたのは、そんなことだった。狂気に陥った人間の行動というのは、理解の範疇を越えている。

 

でなければ、どうしてほんの少しの飴を隠してる子供を見つけて、避難より制裁を優先するのか。協力して逃げるのではなく、頬が腫れる強さで殴った上に、俺へ罰を下せと言えるのか。

 

信じられない。不可解だ。

 

そして、何より信じられなかったのは__________一瞬でもそれを『是』として判断していた、俺自身だった。

 

(違反者に罰を下すのは当然のこと)

 

確かに、俺は一度そう判断していたのだ。どれだけ取り繕ってもその事実は変わらない。

 

気づけば、俺は短刀を握っていた。それはある種正しいのだろう_____例えば、人間の悪事に鉄槌を下す神様、あるいは精霊としての立場であれば。

 

だけど。俺は人間だ。俺は人間でありながら、同じ人間に、上からの立場のような決断を下し、罰を与えようとした。

 

それはまるで、俺自身が神の様な理不尽な行いだった。

 

(.......っ)

 

神としての立場なら、そもそも天罰を下さない、もしくは、老若男女関係なく、あの女の子に罰を下す。

 

人としての立場なら、女の子に暴力を振るった男を許せはしないが、暴力ではなく話し合いで解決できた筈。

 

自分の中の色んな感情がぐちゃぐちゃになった結果、最後に俺が取った行動が、自分の許せない男に対して、殺さないレベルで刀を振り抜くことだった。

 

首に引っ掻いた痕のような、薄皮一枚レベルだけ切り裂いた刀には、血が一滴乗っていただけ。

 

とはいえ、俺自身、振り抜くことを止められはしなかった。

 

(理由は、分かってる...)

 

『すまない』

「謝ることじゃない。しょうがないことではあったんだと...思う」

 

今のもう一人の俺であり、精霊であるツバキ。そのベースは俺だし、人間という自覚はあるが、同時に精霊という神の使いであり、この過去へ来れた力も神から吸い取ったエネルギーを使ってる。

 

その上で、神側の影響を一切ないと考えていたのは、俺達の迂闊さを現しているだろう。

 

(強引に割りきるなら、しょうがなかった。予期できなかったし、結果的に誰も死んではいない。目下一番の問題は)

(あの行動がどう影響しているか、不安である。というところか)

 

あの一連の騒動で、俺が状況次第で人に手をあげる印象を一般の人に植え付けてしまった。神の使者は、逆らえば牙を向くかもしれないと。

 

安全を保証する神の使者ではなく危険な存在と認識を改めた上で、北海道の人は変わらずついてきてくれるのか。諏訪の人は計画に賛同してくれるのか。

 

『最悪、残るという人間は置いていくか、こっちで選別を...いや、違うか』

「そうだな。俺は神にでもなったつもりか」

 

目的が勇者達メインとはいえ、俺が勝手に連れていく人間を選定するというのは、それこそ人が人にするもんじゃない。

 

(...悪い。思ったより人間のつもりでいた)

(それ、元から俺が人間じゃないみたいなんだが......仕方ない。今更どうこうできるもんじゃないし、かといって今この力は絶対に必要だ。お前のお陰で思い出せた記憶もな)

 

今の俺に出来ることはない。なら、少しでも前向きになれるよう、支障なく体を動かせるよう、今は休む時だ。

 

(とりあえず、一度寝ておけ)

(そうするわ。久々に人らしく過ごせて正直くそ眠いからな)

(おやすみ)

 

「ん。おやすみ...」

 

一言口にして、意識と体を手離す。元からそれなりにあった眠気は、一瞬で俺を襲った。

 

(...俺がもう人っぽくないなら、狂ってるなら、今はそれでもいい。ちゃんとやり遂げなきゃならないことがあるから)

 

自覚と覚悟を再認識しながら。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

もうすぐ夜が明ける。雲のない夜空は、きっと綺麗に照らされるだろう。

 

(ユウも、俺も、確かに人ではない)

 

精霊として生まれた自分。今『観測者』として色んな時間軸の綻びがないか見ているだろう彼女。元は人間であることは間違いないが、300年という時間は、無自覚に変容するには十分な時間だ。

 

人としてだけの精神ならば、当然磨耗する。

 

(それが害になるなら...少なくとも、姿を表すべきではない。か)

 

陰ながら見守っても、こうして直接的な干渉はしない方がいい。そうでないと、今を生きるメンバーに迷惑がかかるかもしれない。

 

今眠っているもう一人の『俺』にも。

 

「......」

 

空が黒から茜色に変わる。山々に囲まれてるこの村は、太陽を直接拝むより先に夜空が変わっていく。

 

(選別するような見方は良くないが...彼女達と一般人を分けている時点である意味選別をしている)

 

確かに、相手の意思を尊重してついてくるのかどうかを決めさせ、それを元に選別するのと、俺達が無理矢理選別するのでは訳が違う。しかし、それは彼女達を助ける以外の中での話だ。

 

(その矛盾を自覚しながら、人を見殺しにする覚悟を持ちながら生活するというのは、『古雪椿』の手に余る)

 

『椿』は、ここ最近で体が変わり、自分自身と戦い、決意を持ち、その記憶を濁流の様に植え付けられた上で今も戦っている。

 

それは、確実に負担だ。

 

「石榴さん。こんなところにいたんですか」

「歌野?」

 

気づけば、こちらを見上げる形で歌野が立っていた。俺は何も考えず、屋根から飛び降りる。

 

「よっと...どうした?朝早くに」

「農業王の朝は早いので!これから畑の整備に行くんですが、良ければご一緒にどうですか?」

「......行こう」

 

少し不安が過りながら、俺は彼女についていった。

 

不安な感情の中身は、彼女の行動だ。俺を連れての畑整備というのが、もし、昨日の出来事のせいでここに残る決心をさせた結果だと言うなら__________

 

(...そしたら、どうする?)

 

歌野がついてこないということは、水都も動かない。そうしたら、無理矢理にでもつれていくのか、それとも_____その選択肢がないことは分かっていても、冷静な頭は諦めるという言葉がちらつく。

 

(......)

 

「さ、つきましたよ」

 

畑は、立派な野菜が沢山あった。元から彼女の実力は知っているが、心なしか野菜も喜んでるように見える成長具合だ。

 

「収穫するのか?」

「いえ。朝の水やりと土壌等の確認を...」

 

歌野は、そこで言葉を区切り。

 

「それだけしようと思ってたんですけどね」

「ん?」

「日課だけやって、この子達はそのままにすることも考えたんですけど...大きい子達はもう持っていきますから、収穫もしますね」

「持ってくって、お前」

「えぇ。ここから離れるのに、道中の食糧確保も兼ねて持っていきます。後、種もなるべく持っていかないと。四国でも農業やりたいですからね」

 

そう言う歌野は、朝日に照らされながら微笑む。

 

その純粋な表情に、思わず俺は口を開いた。

 

「...なぁ」

「はい?」

「良いのか?ここを放棄して」

「誘ってきたのは貴方じゃないですか」

「それは、そうだが...昨日あんなことをしたのに」

「男性に攻撃したことですか?」

 

彼女の問いに、俺は頷く。ここで誤魔化した所で何もない。

「...良いことだとは思いません。でも、私が同じ立場なら、きっと相手は同じでした。それに......女の子が殴られていたから、ああしたんですよね?」

「......」

「私だってあんなことした人は許しにくいです。見ていた皆も似たような感情だったみたいで、石榴さんが消えてから色々あったんですよ?あの人がもう暴れないようグルグル巻きにしたり」

 

自分で説明した光景を思い出したのか、歌野は笑みを深めた。

 

「それに、あんな風に仲間割れするくらいなら、早く避難できる場所へ向かうべきだって話もあがって...石榴さんの意見次第ですが、今日のうちにはここを出たいってことになりました」

「!そ、そうか」

 

(結果オーライ、って奴だな...)

 

自分の行動を悔やむ一方、有効なチャンスを無駄にしないよう頭が勝手に思考を巡らせ始める。

 

(いや、そうだな。『俺達』に後悔してる暇なんてない)

 

何のためにここにいるか、見失わない。悩むためにここにいる訳じゃない。動くためにここにいるんだから。

 

(...俺の骨子が、上書きされてるみたいだな。影響を及ぼすのはお互い様ってことか)

 

数百年前の基礎ベースが、今更新されている。それは別に嫌な気分じゃない。

 

「石榴さんも準備しといてくださいね?」

「...あぁ」

 

(......だが)

 

「なぁ、歌野」

「はい?」

「もしも『俺達』が潰れそうになったら」

 

精霊も人間も混ざった半端者。だが、それでも『古雪椿』なら。

 

「その時は、お前達が発破をかけてやってくれ。頼むな」

 

一人ではなく、周りを頼るだろう。

 

「?石榴さんが潰れそうなことあります?寧ろ私達の方が先にダメになりそうですけど...?」

「...ははっ、確かにな。今の俺滅茶苦茶強いし」

「それ自分で言うのもどうかと考えますけど...って、話ながらでもいいので手は動かしてくださいよ。ノットビーレイト!」

「...了解だ。農業王」

 

(俺の役目は、短い方がいいだろうな)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

北海道の人達が来てから数日で、諏訪は破棄する意向を決定した。

 

それぞれの人が色んなことを考えてる。渋々って人もまだいる。それでも皆、生き残りたいという思いは共通していたから。

 

そして、もうすぐ出発という時に________私は、ある部屋を訪れた。慣れた手つきで準備を済ませて、通信機をつける。

 

「あー、あー。聞こえますか?」

『あぁ。聞こえている』

 

通話相手は、いつも通りの凛とした声を響かせた。

 

『こちらは前回から特に変わっていない。白鳥さん、そちらはどうだ?』

「そうですね...色々ありました」

『色々?』

「えぇ。敵の襲来もあったのですが...詳しくは内緒です」

 

別に隠すことでもないのかもしれない。ただ、どうせなら彼女を驚かせてみたかった。

 

『そうか...では、吉報を待つとしよう』

「えぇ、楽しみにしていてください!」

『?私が楽しみにすることなのか?』

「それは秘密です...あぁそれと、これからこの定期連絡、出来なくなるので」

『!?白鳥さん!何が起こってるんだ!?秘密を抱えた上で連絡も出来なくなるなど...!』

「いえ、悪いニュースじゃないんですよ?二度と話せなくなる訳じゃないですし」

『...その言葉、信じて良いのか?今なら無理にでも四国から増援を』

「大丈夫ですよ」

 

薄々勘づいてはいる。四国の態度も、諏訪の状況も。

 

だからこそ、これはチャンスだ。私達は生き残る。乃木さんにも会ってみせる。

 

「だから、そこで待っていてください」

『......分かった。白鳥さんがそう言うなら』

「ありがとうございます。あ、そうだ。ついでに聞きたいことがあるんですよ。海来石榴って名前に聞き覚えはありますか?」

『みらい...?いや、知らないが...石榴は果物のことか?』

「あぁいえ、何でも...んー」

 

少し迷って、私は更に口を開いた。

 

「じゃあ、『椿』という名前には?」

 

昨日、お風呂場で聞こえた独り言。シャワーの音で消されながら聞こえた単語だけ私は話す。

 

『椿...花のことか?』

「......そうですよね。椿と言ったら花のことですよね」

『白鳥さん、本当に平気なのか?』

「えぇ。寧ろよくなりました」

『?』

 

彼の言葉に嘘はなかった。隠していることがあっても__________全員送り届けるという言葉を、信じられる。

 

「じゃあ、今回の通信はこのくらいで」

『あ、あぁ』

「乃木さん」

『ん?』

「いいリアクション、期待してるわよ」

 

乃木さんの言葉を待つことなく、私は通信を切った。

 

「よしっ!」

「うたのん、終わった?」

「みーちゃんグッドタイミング!そっちも準備終わったのね?」

「うん。あとは出発するだけだよ」

「よし...じゃあ、行きましょう!!」

 

外に出れば、動くのを待つバスが三台と、外に立っている彼がいる。

 

「準備は出来たか?」

「えぇ。完璧よ」

「分かった。三台目に諏訪の人達をいれたからそっちに...はい。では、これより我々は諏訪を出ます。目標は...四国、香川です」

 

すれ違い様、彼の目を見る。バイザー越しで決して見えない筈の、黒い瞳。

 

でも、私はそれを見て________

 

(元気そうで、よかった)

 

そう思うのだった。

 

 

 

 



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花紡ぎの章 9話

三台のバスがゆっくり、だが確実に進んでいく。その屋根上で、俺は一度あくびを噛み殺した。

 

事前に聞いていた二ヵ所の人口から算出したバス数は、食糧をぎゅうぎゅう詰めにしてギリギリだった。諏訪を出た直後はスペースもほぼなかったが、食糧は日を追うごとに消えていく。

 

北海道の人は諏訪で落ち着いたのか、今も縛られて自分じゃ動けない及川さんのようになりたくないと思ったのか、以前より大人しくなった。一方、諏訪の人はかなり元気だ。

 

(土地的な差か、リーダーの性格が影響してるのか...)

 

これまでのことから、歌野の明るさが伝播してそうだというのは分かる。だからこそ、今の状況でも__________

 

「!!!!」

 

見えた景色が無理矢理俺の思考を止めた。別に悪い話ではなく、寧ろ最高の発見。

 

「見えた。四国...!!!」

 

大きな橋を見た俺は、自然に口角が上がった。

 

北海道から一月近くかかってきた移動の時間も、終わりが迫っている。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「うーん...こりゃまた、壮観だな」

「どこがですか。ていうか何ですかあの壁!?」

 

海来さんが冗談めかして言っている側で、私達は驚きを隠せなかった。

 

本州から四国へ伸びる橋_____名前は忘れたけど、テレビで見たことはある_____の周辺には、敵がふよふよ浮いてるし、何よりその奥、四国の方には、大きな壁が立っている。あっちはテレビで見たことなんてない。

 

「詳しい説明は中の奴等にでも聞いてくれ。俺はお前達を送り届けたら、すぐ沖縄へ行くからな」

「え、石榴さん一緒じゃないんですか!?」

「俺の目的はあくまでお前達を四国へ送り届けることだから」

「これで四国の中が地獄だったら恨みますよ...」

「そしたら中にいる勇者達も、俺もアウトだろうな」

 

全然笑えなさそうなことを喋った彼は、壁があることに全く違和感がないらしく、平然としていた。

 

「それで石榴さん、私達の食糧的にもこれから彼処に行くことは決めてると思いますけど、あれどうするんです?」

 

歌野が指差した先には、よく見る白い化け物の他に、見慣れない化け物が幾つかいた。青かったり赤かったりしてるのは、たまに気持ち悪く震える。

 

「俺も見慣れないタイプだが、恐らく複数星屑...白いのが合体した進化体だろう」

「進化体って、危険なんじゃ」

「確かに白いのよりは強いかもしれないけど、御霊なしどころじゃないし、俺一人ならまだ敵じゃない」

 

ハッキリ言い切るその姿は、味方である私達にとって凄く頼もしく見えた。

 

「よし。まずは確認だ。水都」

「え、わ、私!?」

「あぁ。これまで移動してきて、敵の襲来は予想出来たか?」

「う、うん...村にいた時とあまり変わらなかった、です」

「オーケー。じゃあまず先陣を俺が切る。遠距離を攻撃できる敵を優先的に倒していって、二人はバスで待機。バスに敵が近づくのを水都が察知する、もしくは俺が橋付近の敵を全滅させたら、急いで橋を渡り四国へ突入する。これでどうだ?」

「反対意見は特に...私達が一緒に出ても、バスの危険性が増えるし、足手まといになりかねないし」

「私も意義なし!強いて言うなら一緒に戦いたかったですけど...それに、石榴さんはいいんですか?負担が大きそうで」

「大したことはない...それに、俺はお前らが無事ならそれでいい」

 

敵を見終わったのか、彼は顔を前から私達の方に向けてきた。

 

「勇者は結束前とはいえ仲間がいるし大丈夫だろ。巫女は、上里ひなたを頼るといい」

「上里...?」

「あいつは隠し事があるかもしれないが、ひなた個人は信じられる」

「は、はぁ...」

「後は...まぁ、四国に行くのが目標ではあったが、ゴールじゃない。いや、きっと辛く感じることもあるかもしれない」

「え、ちょっと」

 

突然の暗い言葉に思わず声が出る。それでも海来さんは止まらなかった。

 

「でも、それでも生きて欲しい。だから...元気でな」

『......』

 

バイザー越しではあったけど、その声を聞いて。私達三人の中で、すぐに何か言える人はいなかった。

 

「...石榴さんも、お元気で!」

「あぁ」

「......あ、あの」

「ん?」

「これ!!返します!!」

 

水都が取り出したのは、何かお札の束みたいに見えた物。

 

「四国にたどり着くまでが条件でしたけど...ずっと使わなくていいほど守ってくれましたから」

「......そうだな。これの影響力も考えたら今ここで貰っとくのが理想か。分かった」

「...ありがとう、ございました」

 

水都が海来さんに直接感謝を告げるのは、付き合いの短い私でも珍しいことは分かった。歌野と一緒にちょっと驚いてると__________

 

「こっちこそ...ありがとう」

 

口許を緩ませて、海来さんも微笑んでいた。

 

間に何か言っていたようにも聞こえたけど_______それが何なのか、私には聞き取れなかった。

 

「じゃあ、善は急げ。行きますか」

「海来さん」

「雪花?まだあるか?」

「...沖縄から帰ってきたら、もう一度くらい、落ち着いた場所で顔見せてくださいね」

「......できたらな。できなかったらすまん」

 

 

 

 

 

彼の戦いぶりは相変わらずだった。空を飛び回り、青い奴を優先的に倒している。大物の武器を振り回して、たまに足で蹴り飛ばして。

 

遠目から見たところ、どうやら青い奴が自分の体の一部を飛ばすみたいで、それを弾きながら凪ぎ払っている。赤い方は自分自身が弾丸となるみたいで、我先にと海来さんに突っ込んでいた。

 

(思えば、おんぶに抱っこだったな...)

 

北海道から四国までの長い道のり。決して楽じゃないと思ってたけど、実際はただ進みにくい道を進んで、その分寝て。といった感じだった。見張りも戦いも説得も、全部やってくれていたから。

 

これなら、北海道にいた頃の方がずっと苦しかった。

 

(あの人はもうすぐいなくなる。それで、私は...ちゃんと出来るかな)

 

「!!」

「みーちゃん?」

「後ろから来る!結構な数!!」

「「!!」」

「運転手さんすみません!石榴さ...使者さんに連絡を!!」

「後運転の準備を!あの中を突っ切ります!!」

 

(ここで証明しよう)

 

『でも、それでも生きて欲しい。だから...元気でな』

 

あの人が言ったことを、私はちゃんと出来ると示すために。

 

「連絡来ました!好きなタイミングで来て下さいとのことです!!」

「みーちゃんはバスに!」

「うん!」

「乗り込んだらすぐ行きますよ!後ろから襲われたらたまりませんから!」

 

 

 

 

 

_______彼処にいた時のような寒い場所より、この心地よい風の吹く方へ。

 

「ーっ...行きますっ!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「はぁぁぁっ!!!」

 

よく見る星屑と、見慣れない赤いのと青いの。赤い方は自分自身が槍である様に突撃してくるタイプで、青いのは体に纏わせてる槍を飛ばしてくるタイプ。

 

天の神は槍好きなのかを疑いたくなるが、そんなことは関係ない。

 

(後方三)

 

「っ!!」

 

ノールックで体を倒し、頭があった位置に赤いのが通り過ぎたのを確認する。続いて来たもう一体は体を捻ることで避け、最後のとはメイスを構えて迎え撃つ。

 

甲高い音を響かせ、空中制御と力だけで強引に跳ね上げさせた敵に、手元へ出した短刀を投げて倒した。

 

(銃があればもっと素早いんだが...!)

 

四国に入る隙を窺ってたのか、敵の数はそこそこ多い。いくら空を飛んで素早いとはいえ、過剰威力をぶつけにいくのと適切な火力を乱射するのでは効率が違う。

 

そして、今求められるのは効率的な殲滅だ。

 

「しつこいッ!!」

 

ボールの様に飛ばした赤いのは、青いのが射出した槍に突き刺さった。それを影にして接近し、メイスを叩きつける。

 

「次!!」

 

側にいた青いのへ襲いかかった時、スマホが震えた。片手で相手をしながら操作をすると、最近聞きなれた声がした。

 

『使者様!バスに敵が近づいているとのことです!』

「分かりました。好きなタイミングで橋の通過を開始してください。敵の攻撃は止めます」

『わ、分かりました!』

 

最低限の指示だけ出して、通話を切った。

 

(厄介なのは青。次点で赤。星屑はあの二人がやってくれるだろうけど...)

 

優先的に倒していたから、青の数は少ない。とはいえ、一発でもバスに刺さればアウトなのだから、油断するには早い。

 

「...ここからが、正念場だ」

 

橋の側で隠れていたバスが飛び出したのを遠目で確認して、俺は気合いを入れ直した。

 

(ここまで来たんだから、それくらい、やってのけろ!!)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

凄い勢いでバスが走り出した。皆は椅子にしがみついたり、頭を抱えたり。悲鳴をあげる人はいないけど、皆無事に行くか分からない移動に不安がっている。そんな中、私はただ外を見ていた。

 

凄い数の敵が群れで動いていたり、見たこともない色の敵もいる。そいつらが、私達を見つけた瞬間迫ってくる。

 

それでも私は目を逸らさなかった。確かに怖い。私達じゃ勝てない。あれがどうやって人を殺してきたか、ここまでの道のりで知ってしまった。

 

(でも、それでも...見てなくちゃ)

 

近づいて来た白い敵が、急に飛んできた物に叩きつけられて飛んでいく。私が一番見てきた武器で、私が一番好きな人だ。

 

(うたのん、秋原さん)

 

二人はバスの上で私達を守るために戦ってる。天井からたまに音が聞こえるのはそれだ。本人は見れないけれど、存在は感じられる。

 

そして、遠くの敵が海の方へ落ちていくのを見えた。沢山の流れ星が落ちていくかの様に、次から次へ真昼の空に流れていく。

 

それが、私が全身を見れる人だった。

 

(海来さん)

 

目で追うのがやっとな軌道で敵を倒し続ける姿は、凄く頼もしく見える。

 

(...頑張って)

今も尚、私達を守るために、一緒に四国へ行くために戦っている三人。その姿を見続ける。

 

私は、うたのんの友達として、勇者を支える巫女として、この戦いをしっかり見てなきゃいけない。そう思ったから。

 

(私は一緒に戦えない。けど、逆に言えば、戦うこと以外なら一緒に出来る)

 

「あと少しだ!!!」

『!!』

 

運転手さんの声で前を向く。最後尾のバスだから真っ直ぐは見えないけど、よく分からない大きな壁がさっきよりハッキリ見えてきた。

 

「た、助かるんだ!」

「あそこがゴール!?」

「早く!!!」

 

バスの中の人達が嬉しそうに叫び出す。私自身、希望が見えてきた。これなら皆無事にたどり着く_________

 

目線を外に戻した時、私は気づいた。

 

目で見えるギリギリ。そこに、こっちへ槍のような矢を構えた青い敵がいた。

 

(っ...)

 

声が詰まる。あの距離はうたのんは勿論、秋原さんの槍も届かない。なら、あれを止められるのは一人だけ。

 

誰も傷ついて欲しくない。もう誰にも、悲しんでほしくない。自然と私は、以前の私なら取らないような行動を取っていた。

 

こんな速く動くバスの窓を開け、身を乗りだし_____私は叫ぶ。

 

「海来さん!!!あれ!!!」

 

あの人なら、きっと何とかしてくれる。期待の押し付けにも等しい行為。

 

それでも_____うたのんが信じた、私も信じられた、あの人なら。

 

 

 

 

 

「危ないから顔を出すなよ!」

 

上から降りてきた海来さんは、小さな刀を構える。

 

(...頑張って)

 

邪魔しないよう声にも出さずただ祈る。でも、それに呼応するかのように、彼は叫んだ。

 

「集中ッ!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「こいつら!いい加減にッ!!」

 

バスの後方_____本州側にいて、後からバスを追いかけてきた星屑達は、最短ルートでこっちへ向かってきていた。

 

(後少しなのに...!)

 

いつもの星屑は遅いため問題なし。青いのは遠距離武器がメインなものの、星屑より遅い。

 

しかし、赤いのだけは突撃用だからか素早く、バスを四国へたどり着く前に対応するしかなかった。

 

叩きつけていたメイスは、順調に敵の数を減らしていったが_____三匹纏めてメイスに突撃したと思えば、自分の切っ先同士を絡ませ抜けないようにした。

 

(鉄砲玉の囮!?)

 

振り払おうとすると、食らいついたと言わんばかりに離さない敵。こんな時間をかけてる場合じゃないのを分かってる俺は、すぐに思考を巡らせた。

 

(橋に叩きつけて引きずり回せば問題はない。けどバスが移動してる橋を不必要に揺らすのは)

 

 

 

 

 

「海来さん!!!」

「!!」

 

声がしたのは、そんな時だった。

 

声の主は、この時代じゃ聞いたことのない声量で叫んだ藤森水都。俺を名指しで頼ることなどないと思ってた人物からだった。

 

「あれ!!!」

 

指差す先を目で追って、背筋が凍る。捉えたのは、自分の武器を構えるように止まった青い敵だった。

 

倒し損ね、別動隊、そんな言葉が脳裏を巡って_______俺は、メイスから手を離す。

 

物理的な距離から、相手の攻撃を止めるのは間に合わない。だからといって諦める選択肢などない。

 

だから、俺が取った行動は。

 

「危ないから顔出すなよ!」

 

バスと並走しながら、握った短刀を構えることだった。

 

 

 

 

 

俺は決して、生まれもった天賦の才などないのだろう。勇者としての力は彼女の残り物で、神が最適とした武器はさっき捨ててきた。

 

そんな人間がやろうとしてるのは、『寸分の狂いなく、飛んでくる槍を弾き返す』こと。

 

橋にダメージは与えられない。バスに当てるわけにはいかない。バスの上で戦う彼女達に飛ばすわけにはいかない。

 

それを短刀で、槍先を_____点と点の接触で、全て成す。

 

そんなことが出来るのはマンガやアニメの主人公だ。

 

(だからって、諦めるのは違うだろ?)

 

不意に、ツバキ(俺)がそう言った。

 

(...なら)

 

今だけでも、主人公に。勇者として最高の力を。

 

(大丈夫。ここには...)

 

天賦の才はない。だがそれを、三百年分の経験と、二人分の人格でカバーする。してみせる。

 

ちらりと後ろを向く。バスの中にいた彼女は、中の方へ入りながらも、こっちをしっかり見ていた。

 

(俺の守りたい人がいるから)

 

『「集中ッ!!!!」』

 

自分を鼓舞して、短刀を横凪ぎに払う。軌道上には一本目の槍が飛来していて、耳がおかしくなりそうな音を立てた。

 

構うことなく払った短刀は、バスの進行方向の反対へ槍を飛ばした。勢いは殺してないため橋を跨いで海に落ちるだろう。

 

構う暇もなく二本目、三本目。一つは同じように払い除け、もう一つは完璧に弾き返した。

 

(目も体も動いてる。これなら!!)

(油断はするなよ。来るぞ!!)

 

感覚を高め、高速で飛んでくる物をより捉えようとする。続いての三本を、短刀を右手から左手に持ち替えながら対処した。曲芸の類いではなく、弾きやすい方の手に武器を顕現させているだけだ。

 

(生えてたのは10本!!あと半分切った!!)

 

「石榴さんっ!!」

「!?」

 

叫ばれたのと自分で気づいたのはほぼ同時。見上げると、バスではなく俺を狙う星屑が三体。

 

(狙いを変えて!?)

(迎撃する!!)

 

並列に回る思考が動揺と対処をこなす。一体はバスの上から飛んできた槍が刺さり、 一体は鞭が横凪ぎに払われ飛んでいく。

 

そして俺は________

 

(やって、みせろっ!!!)

 

思考を最大加速。敵から飛んできた槍の先端に、短刀の刃先を擦り合わせる光景を、しっかり目で捉えた。

 

「ッ!!!」

 

跳ね上げさせた槍は、星屑の頭を貫いた。

 

「次ッ!!」

 

頭が痛みを訴えているのを自覚しつつ、目線は前を向ける。逃しは_______

 

(_____)

 

一瞬目を逸らした。意識を自分に向けた。それを逃してくれないのは、嘆くべきか、笑うべきか、誉めるべきか。

 

飛来してきた『二本の槍』は、もうすぐそこに迫っていた。

 

(二本)

(同時)

(どう切り抜ける)

(剣は一つ)

(体を盾に)

(諦めたくない)

(他の武器は)

(考えろ)

(考えろ)

((考えろ...!!!))

 

「やら...せるかぁぁっ!!!!」

 

叫びながら、腰から無造作に取り出したそれをばらまく。槍は宙を舞う札とぶつかり、光と音を発したまま置き去りにされた。どこまで効力があるか分からないが、今からバスを追いかけるように曲がることはないだろう。

 

(だが、これで)

(もう誰も失わない!!)

 

「俺達の...勝ちだ!!!」

 

勝利宣言と共に、俺は最後の一本を弾き返した。勿論気は抜かず、同じように見逃しがないか、奇襲がないか、万が一の可能性を探る。

 

探って________すぐその時がきた。

 

「石榴さん!!」

 

歌野が手を伸ばす。

 

「海来さん!?」

 

雪花が驚く。

 

「歌野...」

 

俺は、その手を取らなかった。

 

「皆、元気でな。もう一人も連れてくるからお楽しみに」

「石榴さん!!せめてこの先まで一緒に」

「じゃっ」

 

驚いたままの彼女は、そのままバスと共に消えた。正確に言うなら、壁の中、四国へ入っていった。

 

せめて大社と話をつけるまではいた方がいいのかもしれない。だが、もう一人、沖縄にいる彼女も連れてきたい。

 

そんな考えをしながら_____だが、今の俺は、一瞬だけ全てどうでもよくなった。

 

今この瞬間、守りきれた。彼女達との約束を一つ叶えた。

 

「っしゃ......よっしゃあああああっ!!!!」

 

四国に届くことはない声が、瀬戸大橋を震わせる。

 

 

 

 

 

「さぁ、次だ!!」

 

 

 



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幕間 四国の先で

「ッ!!」

 

無言の気合と共に、竹刀を上段で止める。丁度面の位置だ。目標としていた場所として完璧。

 

だが、私は満足出来なかった。

 

(やはり、雑念があるな)

 

原因は分かっていた。ここにはいない彼女の言葉だ。

『乃木さん。いいリアクション、期待してるわよ』

 

諏訪を守る勇者、白鳥さんからの最後の言葉。これを境に、諏訪との通信は行えなくなった。何日かは向こうに連絡はつくものの声が聞こえない。といった様子だったが、最近はノイズが返ってくるだけになる。

 

(一体、何が...)

 

最悪の場合を予想してしまい、そんな筈はないと首を振る。だが、それを証明する術を、私は持ち合わせていなかった。

 

「若葉ちゃん」

「ん?ひなた?」

「こちらでしたか。もう夕御飯の時間ですよ」

「ぇ...本当だな」

 

時計を見れば、確かに皆で夕飯を食べる時間だった。竹刀を片づけ、練習場から出ていく。

 

「今日はうどんだったか。速く行かないと土居が我々の分まで食べてしまいそうだな」

「若葉ちゃんったら...あぁそうでした。先に伝えておきますが、夕御飯の後、皆さんにお話がありますから、すぐ帰らないでくださいね」

「話?何だ?」

「......神託が、来たんです」

 

 

 

 

 

ひなたが受けたと言う神託は、全員が首を傾げるものだった。

 

内容は、勇者が指定の日時に、壁の近くで待機するといったもの。

 

敵の迎撃でもなければ、そう意味のある行動とは思えない内容ではあったが、それがひなたの受けた神託だと言うのなら逆らう理由もない。

 

『良いことだとは思うのですが...皆さん、警戒はお願いします』

 

ひなたは自分でも困った様子で、そう言うのだった。

 

 

 

 

 

それから数日。私達は神託に従い、壁のすぐ側まで来ていた。

 

「相変わらず大橋はデカいな~」

「タマっち先輩、はしゃがない。ここにはお役目で来てるんだから」

「でもよー杏、何も無いぞ?」

「...そもそも、いつまで待てばいいのかしら」

「まぁまぁ、もうちょっと待ってみようよ。ぐんちゃん」

「......高嶋さんがそう言うなら」

 

他の勇者も、よく分からないままただ時間だけが過ぎる。やがて、指定されていた時間も回り__________

 

「ん?何だあれ?」

 

最初に気づきたのは土居だった。

 

「どうしたの?」

「いやほら、あれ」

 

示す先は真っ直ぐ伸びる橋。何も変わらないように見えた光景は、先が揺らいで見えた。

 

「何だ?動いてる...?」

「!ねぇねぇ、あれ!!」

『!!』

 

その姿はみるみる大きくなり、やがて私達は目を見開いた。

 

やって来たのはバス。しかも、上には誰かが乗っている。

 

「止まれ!」

「止まってください!」

 

中にも人が見えるとはいえ、一応警戒してバスを止めさせる。一方で、訪れた人々も指示に従うように止めた。前からは見えなかったが、バスは三台。

 

「四国の勇者かな?」

「そうじゃないかしら。ハロー。どなたか私の声に聞き覚えがある人はいる?」

「!!その声は...!」

 

眼鏡をかけた少女と、声をかけてくる少女。私は後者に聞き覚えがあった。

 

「あら、その声...もしかして乃木さん?」

「...白鳥さん、なのか」

「え、白鳥って若葉が話してたっていう諏訪の?」

「まさか、諏訪からここまで!?」

 

外の現状を分かっているからこそ、驚きが隠せない。このバスは、敵地を潜り抜けて来たというのだから________

 

「白鳥さん!!一体何が」

「ついたー!!四国だぁ!!」

「これで安全なんだよね!?」

「あんた達も歌野ちゃんと同じ勇者様なの!?」

「使者様!ありがとうございます!!」

 

私が声をかけるより前に、バスを飛び出してきた人に囲まれて動けなくなる。全員嬉しそうな、安心してそうな顔をして、抱き合ったり笑いあったり。

 

「...詳しい話は後でしましょうか。今はこの人達をちゃんとしたところへ連れていきたいし。大社へ行っても大丈夫かしら?」

 

その中で、白鳥さんは冷静にそう言った。

 

 

 

 

 

それからしばらく。結局、白鳥さんとは話が出来ないまま数日が経ってしまった。

 

突如訪れた避難民、蓄積された疲労からか、度々起こる衝突。なにより、勇者、巫女を含めた全員の今後の対応。大社とずっと話していた彼女ともう一人の勇者とは、なかなか話す機会がなかった。

 

私達四国の勇者も、何かと忙しかったのもある。主な理由は避難してきた人々を落ち着かせるため、話し相手になること__________その中で、情報は聞けた。

 

避難してきたのは諏訪と、なんと北海道からバスで移動してきた人々。北海道には秋原雪花という勇者が、諏訪からは、私も知る白鳥歌野と、巫女として藤森水都がいた。

 

それから、もう一人。北海道の神の使者と言われる人物が、話でよくあがったが_____その人は見当たらなかった。

 

四国へたどり着かせる役目を果たしたから消えた。とか、最後の攻撃を身を呈して庇ってくれたのを見た。とか、北海道に戻った。といった憶測の域を出ない言葉で、結局理由は分からない。

 

(白鳥さんは、何か知っているだろうか)

 

早朝、そんな事を考えながら、私はとある場所を目指した。寮からそう距離はない。

 

そして、目的地にはすぐについた。

 

「あら?乃木さん。こんな朝早くにどうしたの?」

「大社から、白鳥さんがここを使えるよう頼んだことを昨日聞いたんだ」

「そうなのね。ごめんなさい。なかなか話すことも出来ずに...ただ、朝に出来ることは全部しておきたいから話すのも片手間になっちゃうけど、いいかしら?」

「...構わない」

「ありがとう」

 

そう言って、白鳥さんは後ろを向く。広がっているのは、一人で管理するには厳しそうな畑だった。

 

(...農作業か)

 

人々を守る勇者にとって、不要だとは思う。しかし、以前から聞いていた彼女の愛や、ここまで逃げ延びてからやっていることから、否定も出来ない。

 

「白鳥さん。ここまで来るのに、使者と呼ばれている人がいたらしいのだが...何か知っているか?」

「使者?あー、あの人のことね」

「聞けば敵を圧倒的な強さで倒したそうじゃないか。その力を他の勇者達が使えれば、これからの戦いも」

「んー...確かに、そんなことが出来たら、あの敵...バーテックス?あれも簡単に倒せるかもしれないわね」

「じゃあ」

「でも」

 

白鳥さんが、私の言葉を遮るように口を開く。

 

「私達はあの人の強さの理由を知らないし、真似する方法も知らないわ。雪花さんの話も合わせると、一ヶ月近くほとんど寝ないで暮らす方法なんて分からないもの」

「...!?」

 

一瞬何を言ったのか分からず、意味が分かってから更に困惑した。言葉通りなら、それは人間には出来ない所業だ。

 

「それに、今貴女しかいないから話したけど、彼の詳しいことを大社に言うか言わないか、みーちゃんや雪花さんとまだ話し合ってるの。だから私が言ったことは秘密にしておいてくださいね」

「それは何故だ?」

「...そりゃ、そんな人がいたって話だけして詳しくは分からないんじゃ、大社としても扱いに困るでしょう?」

 

少し言葉に詰まった様子の彼女は、事前に耕し終えていたのか、土の中に何かの種を入れて、上から被せる。

 

「それに、きっともう一人来るから」

「もう一人?」

「きっとね。その人が来てからでも遅くはないでしょう...まぁ、もし四国が危険になるなら、私は一緒に戦うから。防衛戦だもの。人数は多い方がいいでしょう?」

「あ、あぁ...それは助かる」

「えぇ。任せて...と、これで後はあれだけね。乃木さん、折角だし、水やりを手伝ってもらえる?」

「分かった」

 

量を白鳥さんから教わりながら、畑に水を撒く。土はその色を黒に寄せた。

 

「...ん?白鳥さん、それは?」

 

いつの間にか水やりを終えていた彼女は、そこから少し離れた所で何かを植えている。見たところ何かの苗木のようだが__________

 

「これは私の持ってきた種じゃなくて、大社に頼んだの。まだ一つしか苗木を貰えなかったけど」

「これは?育つと何になるんだ?」

 

聞くと、彼女は少しだけ笑ってこう言った。

 

 

 

 

 

「これは『椿』よ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

私は今日、珍しく海に入らずにいた。理由があるとするなら、それもまた海だ。

 

海が、何かを待つように訴えている。

 

皆を襲う敵が来るようになってから、私が力を持つようになってから、後少しで三年ほどになるだろうか。敵の襲来に対し、海に入ることをここまで強く待たせることはなかった。

 

であれば、これが示す意味は、より強い敵の襲来か、もしくは_________

 

「......来たか」

「ワンッ!」

 

それは海からではなく、空から来た。本来飛べない筈の人間が、空を飛んでこの沖縄に入ってくる。

 

不思議な存在であり、今の状況であれば本来警戒しなければならないことは、私でも分かる。

 

だが、私はそんな『彼』を、側で鳴くペロと一緒に見ていた。

 

「お前は、何だ」

 

 

 

 

 

ものすごい勢いで海に墜落する彼を。

 

 

 

 

 

「......ん?」

 



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花紡ぎの章 10話

「はっ!?」

「うひゃあ!?」

 

飛び起きた途端、隣で女の人の悲鳴がした。慌てて見れば、同い年くらいの女子が尻餅をついている。

 

「お、起きた!?生きてるっ!?」

「...っと、俺のことで驚かせちゃったのか...悪い。怪我はないか?」

「な、ないよ...ていうか怪我ありそうなのはそっちでしょ!?なっち...棗様にどんな状態で運ばれてきたのか知らないの!?」

「棗?古波蔵棗?」

「そうです!」

 

(...とりあえず、目標地点到達?)

 

四国への送り届けを済ませた後。俺は最低限の戦闘だけ済ませ、メイスを回収して沖縄を目指した。俺だけなら奴等を振り切れるし、例えもう一度相手するとしても、沖縄で説明する暇がないほど来られるより、四国周辺でたむろしててくれた方が好都合だと思ったからだ。

 

それから移動を続け、やがて沖縄の、棗の姿を見て安心して________そこからの記憶がない。

 

(だが、そうか...来たのか、沖縄に)

 

「何で知って...いやその前に、大丈夫ですか?」

「ん、悪い。ボーッとしてた...俺ってどんな状態だったんだ?」

「どんなって、死んでるようにしか見えなかったですよ!!棗様が何か持ってきたと思えば、ゴツゴツした機械みたいなパーツは沢山ついてるわ、中の服はボロボロだわ、おまけに顔色悪くて今にもポックリ逝きそうな人だったんですから!!おまけに海で拾ったとか言って!!」

「拾ったって...」

 

(墜落でもしたのか、俺は...でもいいか)

 

沖縄に来て早々、棗の無事を確認できた。もう少し辺りを回らないと分からないと思ってたから、まぁいいだろう。

 

「えっと、助けて貰ったんだよな。ありがとう。君は?」

「私は...緋之宮、緋之宮麗奈(ひのみや れな)って言います」

「緋之宮さん...ありがとう」

「多分年近いじゃないですか。さんはいりません」

「分かった、緋之宮。棗...古波蔵さんは何故俺を君の所に?」

「多分、そうするのが良いと思ったんじゃないかな?海のお陰かもしれないけど。まぁ、他の人があの姿を見ちゃうと驚いちゃうから」

「耐性あるのか?こういうのに」

「あるわけないよ!!でも、棗様の突飛な行動にはまだ慣れてるから...介抱するだけならなんとかしてくれるって思ってくれたのかも、しれません」

 

そう言う彼女は、どこか気恥ずかしそうに頬をかく。

 

(確かに、今の俺とちゃんと会話してくれてるしな...)

 

「それより。貴方の名前は?私だけ言ったら不公平じゃない」

「あぁ悪い。俺の名前はふる......」

「ふる?」

「...古い名前は今使ってなくてな。海来石榴って言う。海に未来の来だ」

「海来石榴...海から来た人なんて、なっち好きそう」

「確かに」

「...今すぐ知りたいのはあともう一つ。貴方は、棗様と同じ力を持ってるの?」

「...あぁ。正確には違うけどな」

 

悩んだ末、そう答える。

 

「じゃあお願い!なっちを助けて!!あの子一人で」

「大丈夫」

「!!」

「俺は、あいつを助けに来たんだからな」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

私は、何も特別なことはない。ただの一般人だ。

 

そんなことを自覚することも、こうして悩むようなことも、一生ないと思っていた。

 

『麗奈。下がっていてくれ。これが神の言っていた敵。私の倒すべき存在だ』

 

古波蔵棗様_________私の友達のなっちが、私をそう変えた。

 

元々、日常生活でもちょっと変なところはあった。小三辺りから『海の声が聞こえる』と言うようになり、実際その海トークがよく当たっていたり。まぁこれは可愛い範囲ではあったけど。

 

周りが遠慮しがちなことも、我が道を行くというか、歯に衣着せぬ物言いと大胆な行動で、率先してやったり。

 

そんな友達が神に選ばれて、迫り来る敵と戦うようになり、周りからの態度も変わっていって________特別な存在というのを、感じてしまった。

 

『海底を宮としている神からの助力、それが勇者、古波蔵棗に...棗様に宿っている力さ』

 

この地は神様への信仰が深くて、突然化け物に襲われても、暴走せず助けを祈る人が多かった。

 

でも、その分勇者様への態度を変えることもスムーズだった。

 

『麗奈からもなっちではなく棗様と呼ばれるのは、むず痒いな』

『勇者様に様付けしないと私が怒られちゃいますから。気安いって』

『そうか...私と変わらず接するのはお前だけになったな。ペロ』

『ワフッ!』

 

そうやって微笑むなっちは、それでも前を向いていた。沢山敵と戦って、弱音を吐いてる姿も見ない。訳の分からない敵相手に一人で戦うなんて、疲れるなんて言葉じゃ表せないほどに決まっているのに。

 

それに対して、私は襲ってくる白い敵は怖いし、周りの人に怒られるのも嫌で友達に敬語を使う。助けて欲しいという打算。ご機嫌とりも無意識に入ってしまっている。

 

その行為は、私がただの一般人だと思うのに十分だった。

 

私はただ__________

 

『人類の敵め。花により散れ』

 

皆の為に一生懸命戦っている友達のために、何か出来ることをしてあげたいと思っただけなのに。

 

 

 

 

 

『古波蔵さんに会わせて欲しい』と言われ、私は二つ返事で答えた。言ってきたのは海来石榴さん。

 

『麗奈、頼めるか?』

 

なっちが私を頼って運んできた人で、

 

『あぁ。正確には違うけどな』

 

装備や言葉から、なっちと同じ『特別』な存在。だから私はお願いをしたし、今もなっちの元へ誘導していた。

 

海で拾ったとか、明らかにおかしな服とか、訳の分からない所は沢山ある。でも、だからこそこの人が『特別』だと思えた。

 

『特別』なら、同じ『特別』を助けられるかもしれないから。守られてるだけの一般人ではなく、ちゃんと手を差し伸べられる相手だから。

 

(なっちを、少しでも助けて欲しい)

 

そんな願いを胸にしまいながらなっちを探すと、すぐに見つかった。

 

「なっ...棗様!」

「麗奈?おぉ、目を覚ましたのか」

「あぁ。お前が助けてくれたんだってな。ありがとう」

「礼などいい。困っている人を助けるのは当然のことだ...だが、聞きたいことは沢山ある」

「だろうな。さて、何から話すか...海から何か聞かなかったのか?」

 

さっきもそうだった。彼はまるでなっちが普段海と心を通わせていることを知っているかのようなことを口にする。彼の存在など、沖縄で過ごしてきたこれまでの人生で見たことないのに。

 

「何も聞かされてはいない。だからまず聞こう。お前は何だ?何故私を知っている?」

「...分かってる。聞きたいことは話す。ただ、ちょっと移動しないか?こんな道のど真ん中でする程短い話でもない」

「分かった。では私の家に行こう」

 

初対面で、とても普通の相手じゃないのに、驚くほどスムーズな会話。それに違和感を感じながらも、私はギリギリ許容できていた。

 

(なっちが、どこか信頼している)

 

何か感じてるのか、隣を歩くペロ(愛犬)が何も言わないからか。なっちの態度が柔らかいのを、私はギリギリ感じ取れる。

 

だから、話がスムーズなのも納得はいく。いくのだが_________そもそも、何故なっちが彼をこの短時間、会話もしてない状態で信頼しているのか、それが全く分からない。

 

確かに私も彼をなっちの元へ通した。しかしそれは、なっちを助けてくれるかもという打算ありきのもの。じゃあ、彼女は何故。一般人には分からない何かが__________

 

「えっと、緋之宮?」

「麗奈」

「うぇっ!?何!?」

「いや、ボーッとしてるから...」

「私の家に行くぞ」

「え、えっと...私、行く?二人の方が良くない?」

「いやー、棗はたまによく分からん所あるし、いてくれると助かる。棗とも仲良いみたいだしな」

「私から誰かに説明する時、麗奈もいてくれた方が良いだろう」

「え、えぇ...?」

 

何故か二人して仲良く私にいて欲しいと言う上に、その顔は本気で言っていて。

 

「...ぷっ、変なの」

 

色んなことが起こりすぎてパンクしそうだった私は、吹き出すように笑ってしまった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

最初から、棗を四国へ連れていく為として考えていたのは、偽ることなく全てを話すことだった。雪花や歌野は言われて考え直したが、彼女に取るのははじめからこれだ。

 

即ち、俺が未来から来たことも、別の世界で仲良くなったことも、全て。

 

彼女なら海の囁きとかで嘘かどうかくらい見抜きそうだし、彼女の性格から考えてもそうしたい。

 

ただ、誤算は__________

 

(......全部話したけどさぁ)

 

彼女に話す前から、以前のような、初対面としてはあまりにも馴れ馴れしい態度を取っていたことに気づいたのは、全部を話してからだった。

 

知らぬ間に気絶して、無意識に気が動転してたのはあると思う。現に、もう一人の俺がまだ意識を覚ましてないことに気づいたのもついさっきだ。

 

それと、棗があまりにも普段通り過ぎた。雪花、歌野、水都が多かれ少なかれそれぞれ違う態度だったのに対し、棗は俺の知る棗とあまりにも同じだったのだ。

 

それで、話してることに違和感が全く持てなかった。

 

(これで胡散臭いとかで信じてもらえなかったら、どうしよう...)

 

「え、つまり貴方は未来人で、この世界は四国以外の日本が化け物で溢れることを知ってて、別の世界で仲良くなったなっ...棗さまを助けるためにここに来たってことですか?」

「簡潔な纏め助かる。そういうことだ。正確には、四国も攻められはするが、あそこは防衛機構がもう出来てる。ここよりは良い」

 

誤算と言えば、彼女の存在もちょっと気になった。棗から愛犬ペロの話はよく聞いたし、今も彼女の側にいるのがそうだとよく分かるが、緋之宮麗奈、彼女に関してはあまり聞いてなかったからだ。

 

仲の良い友人がいるのは聞いていたが、これまでのやり取りから棗がもっと話しそうな存在だとも感じる。

 

(まぁ、いない友人の話をしてもどうしようもないからって棗があまり話さなかっただけかもしれないけど...)

 

こうしていると、棗が俺との話に彼女を混ざるようにしたことも納得がいった。それに、さっきも彼女自身が言っていたが、こんな状況に慣れてるわけがないのだから、歌野と水都のようにお互いを信頼しているのだろう。

 

(それに...頭が切れる、と言うべきなのか?飲み込みが早すぎる)

 

「いや何それ...流石に信じられるわけ」

「そうなのか。四国は安全なのか?」

「信じるのぉ!?」

「安全...と言うのは苦しいが、少なくともここよりは皆の危険が低い。お前が一人で戦うこともない」

「お前もいるのか?」

「いや、俺は未来に帰るからな。四国には今七人、勇者がいる。勇者を支える施設もあるし、目に見える神の加護がある」

「そうか...」

「......俺が言うのもあれだが、信じるのか?」

「そ、そうだよなっち!流石に鵜呑みにするのは...」

「......」

 

棗は目を閉じ黙ってから、すっと目を開けた。

 

「話に嘘を言ってるようには感じられない。海も静かだ。お前が私達に害を成す存在で...例えば、あの化け物の仲間だとして、私達を沖縄の外に出すのが目的であったり、四国に閉じ込めるのが目的であれば、私は騙されていることになるが...」

「なるが?」

「...何故だろうな。お前はそういうことはしない人ではないと思う...いや違うな。そんなことはしない人だと、私は信じてしまっている」

「!」

「別の世界とやらの記憶は、一切ないのだがな。不思議な感覚だ...まぁ、そんな感覚を抜きにしても、四国が大きな避難場所になっているという話は、最近別の人が話していた。人々を守り抜くなら、戦うのも私以外にいた方がいい」

「っ」

「棗...」

「...棗様がそう言うなら、私は特に何も。怪しいのは確かだけど、否定する証拠があるわけじゃないし」

 

棗の言葉に、緋之宮の同意。一先ず良い方向に進みそうな事実に、俺は思わず息をついた。

 

「はぁ...よかった。何よりだよ」

「でも、信じて貰うならあんなド派手な演出は考えない方が良いですよ。海に落下して助けて貰うなんて」

「それはわざとじゃないと言うか、不慮の事故と言うか...まぁ、気にしないでくれ」

「?」

「ともかく、四国へ移動する。ってことでいいんだな?」

「そうだな」

「だったら俺は全面的に協力する。よろしくな。棗、緋之宮」

「は、はい」

「色々考えることはあるだろうが、よろしく頼む...えっと、名前は?」

「あれ、言ってなかったか。俺は海来石榴」

「...それは、言えない理由があるのか?」

「!?」

 

体が硬直する。いくら嘘を見抜かれる想像をしていても、一応初対面の相手の嘘をこんな瞬時に見抜くのは、異常でしかない。

 

とはいえ、俺に取れる手は一つ。

 

「あぁ。訳あって言えない。そのうち分かると思う」

「そうか。分かった」

「...ありがとな」

 

あっさり納得してくれた棗に、俺は頭を下げた。

 

(...ちゃんと、お前の期待と信頼に答えてみせる)

 

「でも、名前を変えるくらいなら、顔も隠したりすればいいのに...」

「え?ちゃんと隠してるだろ。現に今......」

 

緋之宮に言われて思考と体が停止する。バイザーをつけている筈の俺の目元には、手を当てても何もない。

 

というか、景色が何かに遮られることなく見えてる時点で、察しがついた。

 

「......忘れてたわ」

 

自分でバイザーを着け忘れてることに気づかないほどの注意力の低さに、俺は乾いた笑いを浮かべた。

 

 

 



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花紡ぎの章 11話

「石榴。皆を集めた」

「ありがとう棗。後は基本俺が」

 

翌日。なっちに連れられて来た皆に向けて、海来さんが顔を出した。昨日と違い、ちょっと機械的なバイザーをつけている。それを見た皆は困惑気味だ。

 

(ところで...何故私はこっちサイドなんだろう)

 

なっちと私、海来さんがいる方向と、他の皆がいる方向。事前に話を聞いたとはいえ、私は本来反対側にいる人の筈だ。

 

「素顔を晒せない事情があるため、このような形で失礼します...私は海来石榴。北海道から遣わされた神の使者です」

 

昨日とは似ても似つかない声色で話し始めた彼は、皆にしっかり聞こえるよう口を大きく開いた。

 

「私の目的は、皆様を守るため、勇者である棗様を中心に、皆様が日々戦っている敵、皆様が白い悪魔と呼んでいるあれらへの防衛機構が出来ている四国へ、皆様をお送りするために来ました」

『!!!』

「色々疑問はあると思いますが、まずは私の話を聞いていただければと思います」

 

大まかには昨日聞いた話。四国には防衛機構があって、少なくともいつ襲われるか分からない恐怖に晒されることがないこと。他にもなっちと同じ勇者がいるから彼女の負担も減らせること。

 

この沖縄にいることが消耗戦になってることは言わなかったし、皆も話さなかった。言わずとも分かってることだからだ。なっちへの負担が大きくなってることも。

 

違う点は、海来さんの正体がよく分からない設定になってるのと、四国に行くメリット、ここにいるデメリットが少し大きく聞こえること。事前に聞いていた私が思うだけかもしれないけど。

 

(私があの話聞いてて、本当によかったのかな...)

 

「ここまでで、私の話は終わりますが...皆様が納得するまで、私はここにいます」

 

その言葉を皮切りに、ひそひそボソボソと話が広がっていく。突然こんなことを言われて戸惑うのは当然だ。

 

「ではワシから聞こう」

 

そんな中、皆からおばあと呼ばれて親しまれているおばあちゃんが手をあげた。

 

「お主が神の使いである。四国は安全だ。という話は信じるとする。そこを疑うのは意味のない詮索になりそうだからの...その上で幾つか問う」

「どうぞ」

「そもそも、この話に棗様は乗ったのかい?」

「事前に話を通しています」

「あぁ。この土地も、海も、確かに見捨てることになる。しかし...命が助かるなら、その方が良い」

「...棗様がそれだけ信じているなら、話は本当のようだねぇ...四国までどうやって向かうんだい?」

「当てはあります。確認をしてから、その手段を取るか、ダメな場合は空路での移動を考えています」

「四国までの道は?言い方として海路なんじゃろうが、白い悪魔達はどう対処するつもりで?」

「私を信じて貰うことになります。棗様と似た力を私は持っているので...そして、彼女より強いので」

『!!』

「ほぅ...」

 

事実上の宣戦布告であり、今まで皆を守ってきたなっちをけなしてると言われかねない言い方に、皆が驚いて、なっちが驚いたように呟く。

 

「棗様より強いと...?」

「白い悪魔...四国ではバーテックスと呼ばれる敵への殲滅能力だけなら。この力で、皆様を傷一つなく四国へ送り届けます」

 

一瞬でつけられた機械染みた翼、背中から手に握ったメイス。その存在感、威圧感が、皆を黙らせた。私も昨日物自体は見たものの、本人の圧はひしひしと感じる。

 

(こんな...構えただけで)

 

この汗の吹き出るような感じは、本当に人間がすっと出せるのか。初めからこの感じの圧を受けていたら、神の使者と言われても信じられそう。

 

「なら試すか?」

「え?」

「皆が彼の話を疑い、実力も疑っているのは分かる。だから、私がやるだけでその一つが証明できるなら、信頼足る要因が出来るだろう」

「...本気ですか?」

「本気だ」

「棗様、それは危険です!この者はそれが狙いなのかもしれない!!」

 

私とは面識がない男性が声をあげた。確かになっちを倒すのが目的で、この展開を誘導したようにも_____

 

「私がここで倒れるなら、勇者としてそれまでと言うことだ」

 

なっちがハッキリと言った。

 

「彼がもし敵なら、私が勝てなければ未来はない。今手に持つ武器を振り回されれば、止められるのは私だけになるのだから。だが、そうでないなら...私達を助けるために、私と同じか、下か、上の力を発揮してくれるなら、それは信用するに値する」

「棗...様」

「他に、このことに反対する人はいるか?」

『......』

「...棗様の、ご自由に」

「分かった」

 

沈黙してから答えを返したのはおばあで、その答えを聞いたなっちは愛用しているヌンチャクを構えた。昔から伝えられている琉球古武術の一つだ。

 

「皆離れていろ...本気で来い」

「......では、遠慮なく」

『!!』

 

海来さんは、背中の翼を広げ、地面から浮いた。その光景と武器の切っ先が、空から襲ってくるあいつらを連想させる。

 

「...手は、抜きませんから」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ここより北か...?」

 

敢えて空は飛ばず、ゆっくりと目的のものを探す。レイルクスで飛べばすぐに見つかるだろうが、先程あんなことがあったため時間を潰しておきたいのと、俺一人での探索ではないため徒歩を選択した。

 

砂浜には、俺と緋之宮の足跡がついている。

 

「さっきの、やりすぎだったんじゃないの?」

「いや、初めは戦うにせよ手加減するつもりだったんだがな」

 

棗が沖縄の人々に俺を信じさせるために取った、決闘というスタイル。色々と話して一つ一つ信じて貰うよりは、上手くいけばずっと早いだろう。

 

「棗があれだけ煽ったんだ。本気でやって圧倒しないと、俺の強さの証明にはならないし、棗を程よく痛めつけるくらいじゃないと、全力じゃないって信用を得られないか、やり過ぎて恨まれる」

 

そんな絶好の機会を作ってくれた棗に対する精一杯のお礼は、本気で彼女を叩き潰すことだ。

 

(それに、十分強かったからな...飛行のアドバンテージがなければ案外危なかったかも)

 

本気でやったが、別の世界にいた時より腕が研ぎ澄まされていた気がして、実際なかなか攻めきれなかった。あれが一人で戦い抜き、極限まで気を張っている時の棗の強さなんだろう。

 

「私から見たら、ずっと圧倒してたように見えたけど...」

「そんなことないぞ。割りとマジで」

 

冬に寒くて動けないと言ってこたつむりをしていた彼女と同じだと言うのだから、驚くだろう。

 

「ともかく、出来る証明はした。あとは沖縄からの脱出方法を提示する。それに対して信用してくれるかは、あっちの相談次第だろう」

「そ、そう...そうだね」

「あっさり信じるんだな?やっぱ変わってるよ。緋之宮」

「その言われ方はあまり嬉しくない」

「棗に似てる」

「それは喜んでいいのか分かりにくい...!」

 

今朝目覚めたツバキには、一般人に色々教えたのかと呆れられたが、こうして話をしていくと、気にしなくなって辺りの警戒をしている。

 

『お前...そうか。まぁそれならそれでもいい』

 

それこそ話した直後はちょっと意味深な言い回しをされたが、案外納得してくれたらしく何も言わなくなった。自分自身のことの割に、分かりにくくなってるような_______

 

(あったぞ)

(俺も気づいた)

(.......)

(どうした?)

(何でもない)

 

「さて、問題は今しっかり動くかだが...」

「え、もしかしてあれ?」

「そうだ。あれを使う。一隻ずつチェックするから付き合ってくれ」

 

海辺に捨てられてるように放置された漁船郡を見ながら、俺は足を進めた。

 

 

 

 

 

棗を慕う赤嶺が神世紀にいることからも想像できるが、本来、俺がいない時も、沖縄の人達が移動した方法がある。

 

そして、それはツバキの記憶として覚えているのだから当然知っている。それがこの、避難時に乗り捨てられた漁船郡だった。

 

俺自身一度船を動かしたことがあるし、あれからちょっと調べたから、しっかり動くかどうか、燃料が足りてるかどうかの確認くらいならできた。

 

結果。燃料を移し換えたりして動くのは全部で七隻。さっき見た人数から逆算して、全て動かせば問題なく移動できるだろう。

 

「こっから四国って、船でどのくらいだ?」

「飛ばせば速いかもしれないけど、私も具体的なのは...フェリーで鹿児島までだったら、大体一日だよ」

「鹿児島...確か、ここから一番近い、九州の最南端だったよな?フェリーよりは速いだろうが、距離的に...二日かかるくらいか?それ以上か?」

 

どのみちこれなら移動時間は陸路よりずっと短い。その間海上で生活しなきゃいけない点と、ずっと気を張ってないといけない点はあるが。

 

(後は、運転手の問題か。七人...出来れば交代制にしたいから倍は欲しいな)

(そうだな...!!)

 

「隠れて」

「えっ」

 

船内に身を隠し、遠目で見た星屑の死角に入る。巡回しているのか、ふるふると震える体は同じ場所を何回か往復した後、見えない場所まで飛んで行った。

 

(あっちは人がいない方向...下手に刺激してここに注目させるより、見逃した方がいいか)

 

「過ぎ去った。すまん、大丈夫か?」

「う、うん...よく気づいたね」

「もう長年の付き合いなんでな。さて、戻ろう。状況を説明しないと」

 

自分で言ってて悲しくなってきたが、それだけ長い期間戦ってきた相手だ。習性も動きもよく分かっている。

 

(...もしかしたら、これからも続くのかもしれない。だがまぁ、一度決着つけようぜ)

 

「にしても緋之宮、よく計器とかまで確認できたな。漁の手伝いとかしたことあるのか?」

「あー...ちょっとね」

 

他愛のない会話をしながら、来た道を戻る俺達。その瞬間だけ、最近味わってなかった日常を感じられた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「というわけで、船を用いての移動になります。期間は二日から三日。数は七隻。大きさはそれぞれ異なっていますが、この場にいる全員を乗せることは出来るでしょう」

「そんな所に、船が...」

 

頬にガーゼをつけているなっちが呟く。そこまで遠くはなかったけど、私達全員知らなかった場所だ。

 

(見つかってる漁船はあっても、燃料がほとんど底をついてたから...でもこれなら、確かに皆で逃げられるかも)

 

「これで、こちらが出せるものは全て出しました。後は皆様の納得と、船を動かせる人員...可能であれば14人以上、それが揃えば、いつでも出発できます」

「確かに、これなら...」

「あぁ、全員で脱出できる」

「しかし、四国が安全というのは」

「だがさっきの彼の強さは」

 

なっちの側にいた人達が話し始めるのを、海来さんは止めない。なっちも沈黙している。

 

(折角、チャンスが来たのに...)

 

この人が嘘をついてるとは思えないし、なっちにこれ以上負担をかけたくない。なら、今ただの一般人である私が出来ることは_____

 

「あ、あのっ」

「ならば善は急げじゃ」

『!!』

「すぐに用意をしなければの」

 

私より強い声で言ったのは、おばあだった。少しだけなっちの方を見てから、強い口調のまま話を続ける。

 

「おばあ...」

「...必要なのは、船を動かせる船員じゃな?」

「えぇ」

「皆、ここにいない者達をもう一度全員集めてきておくれ。特に漁師は必ずじゃ」

「分かりました!」

「お任せを!」

 

ぞろぞろ部屋を出ていく皆を見送ってから、おばあが足を動かす。

 

(でも、おばあは...)

 

「おばあ」

「何じゃ?」

「いや...おばあはここに残ると思っていた。例え命の危険があっても、おばあはこの沖縄を愛しているから」

「...残るつもりではあった。私はこの土地を、海の神をずっと想っていたからね」

「......」

「だが、全員が助かる方法が見つかって、それを棗様...今まで私達を守り抜いてきたあんたが賛成しているんだ。私が頷けば反対意見も大体がなくなってすんなり事も運ぶ。そしたら、そうするさ」

「おばあ...ありがとう」

「私からも、感謝します」

「いらないよ。命を救ってもらってる身だからね。ただ、あんたにはしっかり働いて貰う」

「分かっています。必ず」

「それと、もう一つ問題があるよ」

 

人差し指をおばあは立てた。

 

「私の覚えている限りだと、今満足に動ける船員は12人しかいない」

「12...?」

「あぁ、新垣さん達か」

「なっ...棗様、ご存知で?」

「しばらく漁に出なくなったから、漁師は敵に襲われた家を直したりする大工の仕事をしていたんだ。今もやっているから呼びに行ったわけで...その内、新垣さんを含めた何人かは、大工作業や敵に襲われたことで怪我をしてるから、きちんとした船の操作が出来ないかもしれない」

「...それで、今現在、しっかり船を扱えるのが12人だと?」

「もし七隻で行くなら、二隻が一人で運転になる」

「それは...避けたいですね。一人は負担が大きすぎます」

 

(...もしかして)

 

「麗奈、今の人数を六隻以下で運べないだろうか?運用する船が少なければ、それだけ運転手も減らせる」

「うん...ちょっと難しいと思う。正直、七でもギリギリ。生け簀の部分に人を入れるのは環境的に色々危ないだろうし...」

「...最悪、私が運転できますが、戦いになれば船を止めて行かざるを得ません。そうするとしても...最低あと一人、誰かに操作を覚えて貰うかしなければ......一番小型なのを捨てて、過重覚悟でわけるか、私がずっと空にいれば...」

 

三人が悩む。その中で、私だけが別の意味で悩んでいた。

 

(自信はない、実力も分かんないし、迷惑をかけるかもしれない。でも、ここで手をあげるだけで皆の役に立てるなら...!)

 

ただ話を聞くことしかできない一般人。友達に守られるだけの存在。そんな私が、変えられるなら。その力があるなら。

 

「戻ってきた人の中で、体力のありそうな人を」

「あ、あの!!」

「麗奈?」

「どうしました?」

「そのっ...その運転手、私がやります!!!」

 

 

 

 

 

「麗奈が船を動かせるなんて、知らなかったぞ」

「いや、私も実際に動かしたことはないから、分からないんだけどね...」

 

夕暮れ時、なっちと会話しながら、説明書と照らし合わせて一つ一つの機械を確認する。この一番小さい船なら、私でもなんとかなりそうだ。

 

(付け焼き刃でしかないけど...!)

 

きっかけは、なっちの存在だった。

 

あの子は、海の神に選ばれ、私達の為に日夜戦ってくれている。そんな彼女にせめて役立てられることはないかと始めたの物の一つが、船の操作機器を学ぶことだった。

 

船が動かせれば、沖縄から脱出しなきゃいけない時に動かせる。新鮮な魚を食べさせるために、漁に出る手段を手に入れられる。

 

(本当に役立つとは思ってなかったけど...)

 

「棗。交代だ」

「石榴」

「皆手際が良くて、明日朝一には出発できるかもしれない。今のうちに休んどいた方がいい」

「分かった。そうしよう」

 

「じゃあ麗奈、また」と言って船から離れるなっちと交代で、海来さんが壁に寄りかかった。外を眺めてるのは敵の警戒だろう。

 

「悪いな。折角話してたのに」

「いえ。それより、動かし方とか教えた方がいい?」

「いや。いい。元からある程度知ってるが、具体的なのは明日運転してるのを見て分かると思う。それでもダメなら聞くから」

「分かった...」

「荷物は御両親が準備してくれるんだったよな?」

「うん。ていうか休まなくていいの?なっちには言ったのに」

「俺はいい。この前寝たし、今更二日がなんだって話だから」

 

この前寝たというのが何時のことだか察しがついた私は、色々小言を言おうとして結局やめた。この人が規格外染みてるのはたった今知った訳じゃない。

 

「未来の人は、皆そんな風に特別なの...?」

「もし全員同じなら、今頃この世界は未来人で溢れてるかもな。残念というべきか、俺だけだ...正確には違うかもしれんが」

「え?」

「何でもない」

「そう...でも、なっちと同じ特別な勇者様の一人なんでしょ?」

「......俺は、勇者と言っていいのか。悩みどころだな」

 

含みのある笑いに、私は思わず彼の方を向いた。あの力が特別じゃないならなんなのか。

 

「勇者でありたいと思う。自分の大切な人を守れる存在でありたいと思ってる。だが、この世界の基準としては、俺は勇者ではない枠組みだからな...偶然がなければ、俺はここに来ることなんてない、何も知らない一般人だったんだろう」

「一般人なんて、私みたいなのに言うんですよ」

「俺を勇者だと呼称するなら、お前も勇者だ。緋之宮」

「ぇ...?」

 

笑いは微笑みに変わっていて、目が隠れていてもどことなく優しさを感じる姿に、私は言われたこととセットで混乱してしまった。

 

「何で」

「だってその技術、学んだのは棗のためだろ?もし脱出することになった時、少しでも手伝えるようにって」

「!」

「誰かのために危険を犯して動くのは、立派な勇者だ。お前の言う『特別』だよ」

 

(__________っ、ぇ...)

 

まさか、そんな風に言われるとは全く思わなくて。鵜呑みできないにせよ、私がなっちと同じかもしれないと言われたことは、色んな衝撃があって。

 

「さて。そろそろ真っ暗になるな。まだ確認するか?光はあいつらに見つかりやすくなるからおすすめはできないが、準備を万全にするなら付き合うぞ」

「......うぅん。大丈夫」

 

辛うじて伝えられた意思に、彼は淡白に「そっか。じゃあ戻ろう」と言ってくる。

 

「海来さん」

「ん、呼んだか?」

「...頑張るね」

 

私が出来る精一杯を尽くす。それが私にとって出来る特別なことだから。

 

そんな決意を自信なさげな声と共に口にしたら、精神的にもやってやろうとなった。

 

そして、そんな私の言葉を聞いた彼は。

 

「あぁ。頑張ろう」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

普段がどうなのか比較できるほど知らないため分からないが、その日の夜の沖縄は人がいないと勘違いしそうな程静まり返っていた。

 

日数は進んだが、トントン拍子で事が進み、出立は明日の早朝____残り数時間となった。英気を養うために必要な睡眠は、十分行われてると言っていいだろう。

 

『夜の警戒はする』と言った俺のことを信じて貰えた。と考えるなら、良い意味合いだと思う。

 

(ここまで順調だと、逆に不安になってくるな...)

 

全員の体重、家族構成、船を動かせる人間の情報を元に、船のスピードが落ちるほど過積載にならないよう計算して人員を分けた。

 

一番小型な船には、俺、棗、そして緋之宮が乗り込む。この船の余剰分は食料を入れて、最悪乗り換え、破棄ができる予備機になった。

 

順調な理由は俺の力ではなく、彼女と、ここに住む人々のお陰だ。そう分かっていても、このスムーズな展開に不安になる。

 

だが、ここまでくれば後はもう進むのみだ。

 

(これが終われば、目的のほぼ全てが終わるな)

(あぁ...これで)

 

俺がこの時代に戻ってから過ぎた期間は、決して短いとは言えない期間だろう。

 

だが、ここまで出来ることはしてきた。これからも出来ることをする。

 

「起きていたのか」

「棗」

 

月明かりを見ていた所で、後ろから声をかけられた。相手はこの場所で唯一聞き慣れてる声だから、間違えようがない。

 

「俺は見張りするって言っただろ。お前こそ眠れないのか?」

「私は...そうだな。特に何もないのだが」

「まぁ、緊張とかするタイプでもないか......」

 

(うーん、なんだろなぁ)

 

かつての棗に前例がないか探すも、パッと思いつくものはないように思える。

 

「......」

「?」

 

突然、彼女が目の前に立ってきた。表情はどこか真剣に見える。

 

「どうした?」

「...」

「!!」

 

そして、無言のままおでこ同士をくっ付けられ、俺は完全に固まった。

 

「...棗さん?何これ?」

「......石榴。無理はしていないか?」

「!!」

「上手くは言えない。が、どこか無理しているように見えるんだ。私には」

「...それは、海か?」

「......分からない」

 

(棗...やっぱ凄いな)

 

目を閉じたまま答える彼女は、いつかの彼女と全く同じに見える。確かに姿形は同じで当然だが、そうではなく、彼女の中身までもが俺の知っているような__________

 

「...無理してない。とは言えないだろ」

 

だから、自然と口にしてしまっていた。

 

「人が動くには限界以上のことをしているし、その自覚はあるさ」

 

いくらもう一人の存在がいても、体のガタがくるのは当然。今ここにいるのは、間違いなく戦衣とツバキのお陰だ。それらがなければ、もっと危機的状況に_____いや、一人でこの速度を維持していたら、もう人の心など持ててないのだろう。

 

(だけど...)

 

「でも、もうすぐやれるんだ。お前を助けて、おまえが大切にしている人も助ける。だから俺はまだこの体を使わなきゃならない。まだ...な」

 

棗が皆を見捨てない限り、俺もここの人達を見捨てない。棗が諦めない限り、俺も諦めない。俺は自分の為には立ち上がれなくても__________大切な誰かの為なら立ち上がれる。

 

まだ、俺は戦える。何度でも立ち上がれる。

 

「......そうか」

 

そう言った棗は、おでこを離した。

 

「なら、無理をして貰う。皆を助けて貰う。その代わりというのはあれだが、私が支える」

「...バーカ」

 

彼女の言葉を否定すると、彼女は首を傾げる。俺は嬉々として続けた。

 

「俺は、お前を助けに来たんだ。支えるのは俺だ」

 

男子の、精一杯の強がりを。

 

「...ただ、まぁ...今だけ、少しだけ......」

 

そして、古雪椿としての弱さの吐露を。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(束の間の休息...なのだろうな)

 

寝息に耳を傾けながら、海を見つめる。

 

ここ数日、敵の襲来が多かった。しかし、今隣で眠っている彼が来てからは、その襲来がほとんどない。

 

だが、明日からの移動には、必ず敵が来るだろう。目立つし、海がよく告げてくる。

 

そして、彼を頼れとも。

 

(だが...うむ)

 

海の声が全く聞こえなかったとしても、今は同じ事をしていた気がする。そう思えた。

 

(...今だけは、おやすみ。『 』)

 

『彼の名を呼んだか分からないまま』私は夜空を見上げる。輝く月は、私達の出発を見送るかのようだった。

 

 

 



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花紡ぎの章 12話

「遂にこの時が来た。皆、不安も抱えているだろう。しかし、ここまで生き延びてきて、ここに好機がある。この好機を逃す訳にはいかない...今一度言おう。皆で生き残るために、力を貸してくれ」

 

彼女の言葉に頷かない者は、ここにいない。その様子を見て、彼女は一度目を閉じ、見開いた。

 

「ではこれより、我々は...沖縄を脱出し、四国へ向かう!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

動き始めた七隻の船は、くの字で隊列を組んで進んでいた。その先頭を走るのが、私の乗る、私が動かす船だ。

 

といっても、今船を動かしているのは私ではなく、一番の戦力である彼。

 

最初は私が動かそうとしたけど、それを止められたのだ。

 

『緋之宮、お前は緊急時と夜だけ運転を頼む。それ以外は休んでてくれていい。それが一番良い形なんだ』

 

そう言われて、意味はその後で理解した。

 

昼間は、周りの皆も遠くの敵を見つけられる。その分早く対応できるし、本人の対応が遅れてもいい。

 

反面、夜は辺りの暗さで皆が見つけるのは困難。その分、彼が集中して辺りを警戒しなきゃならないんだろう。

 

それが分かれば、私は夜に備えてなるべく休んでおかなきゃならない。

 

(大丈夫。やることは簡単だし...)

 

不馴れな私達は、ただ真っ直ぐ船を進ませれば良い。例え何があっても真っ直ぐに。それなら、運転初心者の私達でもなんとかなる。

 

(でも...暇だなぁ)

 

そろそろ出発から三時間経つが、特に何も起きない。案外、このままあっさり四国まで__________

 

「そろそろ来るか...」

「え?」

『おーい!!敵が見えたぞ!!四時方向!!!』

「ビンゴかよっ!!くそっ!!」

 

その言葉だけで、皆が慌ただしくなった。当然と言えば当然だ。逃げ場がない場所で初めて襲われたんだから。

 

(でも...)

 

「棗!!」

「分かってる」

「緋之宮!運転任せるぞ!」

「分かった!!」

 

この二人なら、何とかしてくれると思う。なっちは当然で、海来さんも。

 

恐怖と興奮で速くなる脈を自覚しながら、ハンドルを握る。さっきまで誰かが握っていたような暖かさがあった。

 

「とにかく何があっても直進で!変に止まると囲まれかねないからな。頼んだ!!」

「そう緊張するな。私達が守り抜く」

「うん...頑張って、二人とも!」

 

私の声に、二人が手を上げて答えながら船室を飛び出していく。

 

直後に何かがぶつかり合う音がして、開戦の鐘を鳴らした。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

敵が来た時は、棗が各船を飛び回りやすくするために船同士を近づける。それが出来るのは漁師の人達の技量の高さを表していて、指標となる先頭の船が一定の速度で動いてるからだろう。

 

「あれか」

「じゃあ、船の防衛は任せた。不足の事態があっても時間さえ稼いでくれれば必ず助ける」

「分かった」

 

はっきりした返事に頷いて、俺はレイルクスの翼を広げる。

 

視認した星屑の中には、以前見た赤だの青だのといった変異型がいない。

 

(なら、片っ端から倒せばいい)

(油断はするなよ)

(分かってる)

 

単純明快な戦いは、最初から集中力を酷使する必要がないからありがたい。

 

(とはいえ...)

 

「通しはしないからな。一匹残らず」

 

メイスを握った俺は、一気にトップスピードをかける。

 

先頭にいた一匹目を叩き潰して、最初の戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

特段危ないことが起きることもなく、これまでも戦ってきた俺達にとっては振り返る必要もない戦闘。戦いがいなんて無い方が良いが、その分だけ敵が戦力をどこかで集めているかもしれないと思うと、不安が募る。

 

(これをちゃんと考えてやってるなら、天の神は星屑に知性与えすぎだっての...)

 

こちらの戦力は二人。一つのミスも許されない。考えれば考える程良くないことだと思うが、戦況を理解するならどうしても必要になるから止められない。そんな雑念が、俺の中で生まれつつあった。

 

(甘えるな。古雪椿。俺の成すべきことと、この不安は別の箇所にある)

 

戦闘中なら、まだ意識をそっちに割けるが__________

 

「石榴」

「ん?んむっ」

「食事の時間だ」

 

残っていたカロリーバーを口に押し込まれた俺は、それをしてきた棗を見る。

 

「しっかり食事を取り、休めと言ったのはお前だろう」

「...悪い」

「本当だよ。私が早めに変わったのに」

「いや、それはそっちが言ってきたからじゃ...」

「知りません」

 

日が落ちる前に運転を変わった(変えさせられた)緋之宮は、こちらを向かず前だけを見ていた。

 

「...はぁ。よし」

 

指摘されて直せないようじゃダメだ。しかも、これからは夜になる_____協力して警戒してくれていた周りの人は遠くの敵を確認できなくなり、こちらは最低限の光源、駆動音でも、敵に見つかりやすくなる。

 

ちゃんと守れるかは、敵を感じとるしかない。俺次第。

 

(...守る。守ってみせる)

 

「じゃあ辺りの警戒に入る。敵襲の場合は伝える」

「分かった。任せたぞ」

「任された」

 

嫌でも力が入って、俺は船の屋根上に立つ。ここが一番アンテナを立てやすい。

 

(......)

(...そうだな。余計なことは考えるな。ただ雑音だけを聞き取ればいい)

 

船の音、波の音、自分の息遣い、全てを無いものと捉え、それ以外の異音の発生を待ち続ける。

 

普通ではあり得ない空気の振動、奴等の気配。

 

(今の俺なら...できる)

 

明らかに人から逸脱している五感を活用した結果は、海に落ちていく星屑の数が証明となった。

 

敵を叩き続けたメイスには何もついてないが、血を払うようにメイスを振る。そこまでして、やっと俺は息を吐いた。

 

(この数...でも、残存戦力はなし。一安心だが、四国へ行くまでどうなるか)

 

「いや、悩んだら行動」

 

決意は、とっくに決まっている。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

船の移動をはじめてから、丸一日が過ぎた。七隻の船は変わらず移動を続けている。このペースで行けば、今日の夕方にはつけるかもしれないという話を聞いた。

 

「...」

「なんだよ。俺を見ても何もないぞ」

 

見られてることに気づいた石榴は、そんなことを口にする。

 

「...分かっている」

 

この一日、私は敵と戦っていない。船の間合いに入る前に、彼が全て倒してしまうのだ。

 

その姿は確かに人々を守る英雄に見えたし、 私達を導く希望に見えた。少なくとも皆には。

 

私には、それに加えて_____戦っている時に見える、彼の冷徹な顔が気になってしまっていた。

 

まるで、全ての存在を拒絶するかのような瞳。まるで、その存在を許すまいと裁きを下すような動き。

 

その上で、夜間はずっと警戒をしていた。寝ずに協力して警戒してくれた人もいたが、結局倒すのも、一番最初に敵を見つけるのも彼で、正直あまり意味はない。

 

『石榴、一度休んだらどうだ?操縦は麗奈がやると言って聞かないし、朝日が登ったから皆も遠くまで警戒できる』

 

だから私は、一度休むよう提案した。鬼気迫る顔を見るのは、少し苦しい。夜が明けたから、少なくとも警戒だけは彼と同じように出来るから。

 

『いや、緋之宮に言われたし操縦は任せるけど、警戒はする。させてくれ』

 

でも、彼は反射的に答えてきた。

 

『あと一日なんだ。それで約束を果たせるんだ。あと少しの所で休んで、何かあったら...俺は、後悔してもしきれない。なんて言葉じゃ足りないくらいに悔やむことになる』

『......』

『だからやらせてくれ。俺の我が儘を、通させてくれ』

 

そこまで言われ、私は口を閉ざしてしまった。

 

(...)

 

もう一度彼を見る。何かにひっかかれたような傷の跡、視界の邪魔になりそうな長さの黒髪。

 

見覚えなどない。ある筈がない。なのに、どうして_____

 

(これは、海が教えてくれているのか?それとも...?)

 

「...おい」

「!」

「敵襲!敵襲!!一時の方向!!」

 

声をかける直前、構えをとって、他の船の誰かが大声をあげる。

 

「棗。六時方向からもいる。間に合わせるつもりだが、そっちをよく見といてくれ」

 

誰も知らない情報だけ言われた私は、既に空へ飛んだ彼を見送るだけになる。

 

「...」

 

危ういことは分かってる。でも、私にはどうすることもできない。

 

「絶対、戻ってこい」

 

だから私は、それだけ呟いて背を向けた。例え私自身が戦わない相手でも、迎え撃つために。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

たらればの話。というのは、基本的に叶わないことに対して、自分の想像をぶつけることだ。

 

例えば、棗と仲良くできなかったら。例えば、歌野と水都に門前払いされてたら。例えば、雪花に信じてもらえなければ。

 

こんなたらればがなかっただけ、良い方だとは思う。だが、今のコンディションを考えると、俺にはあるたらればが浮かんでしまっていた。

 

「はぁ...はぁ...!」

 

もし、俺の体をもっと鍛えていれば。と。

 

『大丈夫か?』

「大丈夫に、見えるのか...というか、半分体使ってるんだから、分かるだろ?」

『人としての体を持つことは滅多にないから、正直分かりにくい』

「これだから精霊は...!」

 

自分自身に悪態をつくも、状況は変わらなかった。

 

簡潔に言うなら、体の限界が遂に来た。今朝から断続的に続く戦闘で、自分が動いて戦っていると言うより、レイルクスに体が振り回されているのだと自覚してしまったのだ。

 

肉体的にも精神的にも、擦り切れ始めている。

 

とはいえ、今更やめられるものじゃないし、約束も決意も変わらない。

 

(四国にたどり着いたら、まず寝てやる!!一歩も動かんからな!!!)

 

「だから、そこをどけぇぇぇ!!!!」

 

気合いと共に振り下ろしたメイスは、通算何百体目かの星屑を叩き潰した。

 

戦力を温存してたのか、それとも四国付近をたむろしてる敵が多いのか。四国に近づくにつれて、敵が来るまでの間隔が短くなっている。ほとんどの敵は星屑で、ほんの少し前に見た赤い突進槍タイプが混ざる。青い遠距離タイプはいない。

 

「これで、ラスト!!!」

 

橋を渡るときに特殊な敵は全滅させたとはいえ、こうして赤いのがいた以上青いのが生まれてる可能性がある。三台のバスを守るより七隻の船の方が守りきる方が難しい。

 

(とはいえ、これなら平気そうだな)

(やめろそういうこと言うの。フラグだぞ)

 

既に空中にいる俺は、うっすらと四国の地が、それを覆う神樹の壁が見えてきている。皆が見えるようになるのも、そう時間はかからない。

 

(でも、やっと...)

 

『二人とも、聞こえる?』

『「!!」』

 

だから、彼女の声が突然頭に響いて、二重の意味で驚いてしまった。

 

『ユウ?どうした?』

「どうしたじゃないだろ。お前が連絡してきたってことは...」

『...椿君、その通りだよ。良い話もあるけど...手短に、色々伝えに来た』

 

別世界で戦い、神の一部となり、一度俺を過去に送った高嶋友奈。今はツバキと離れ、俺達の行動によって各時代の大きな変化が生まれないか監視していた彼女が、行動中の俺達に連絡してくる時は__________このままでは取り返しのつかなくなる行動を、止めるため。

 

(なんだ...何をやらかした?敵を倒しすぎて天の神に警戒させ過ぎた?それとも別の要因?なんだ?)

 

『安心して。じゃあまずは良い話から。これまでの戦闘で未来への影響はほとんどなかった。後は今船に乗ってる人達を四国へ送り届ければ大丈夫な筈だよ』

「!!」

 

俺の思考を汲み取ったのは、高嶋友奈に言われたことに安堵する。このままいけば、俺に、俺達にとって、望んだ方向で終わる。

 

『じゃあ、悪い話は?』

『...未来には何も影響がない。ただ、今この時代、貴方達がいるその西暦時代に、綻びが生まれてしまったんだ』

「綻び...?」

『うん。四国に入る人が増えたことで、その四国を警戒するための存在が生まれた。本来この時代にはいない、バーテックスの誕生。名前は...ピスケス・バーテックス』

「!!」

『進行ルート上に奴はいる。迂回すると四国へ向かって行っちゃう...今ここで、皆を守りながら戦う必要がある』

 

苦しそうに、とはいえ言わなければならない事実を彼女が告げる。

 

四国の海域に入り、最後の局面が始まろうとしていた。

 

 



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花紡ぎの章 13話

ピスケス・バーテックス。神世紀で戦ったことがある、樹海の中を潜って攻撃してくる敵だ。

 

それが、ここから四国への海に潜んでいる。恐らくこの時代に、沖縄から大勢が高速で移動した後を予測した結果、それを阻止するために生まれたのだろう。

 

昔_____時間軸的にはずっと未来の話だが_____は、そこまで手こずった印象はない。敵として現れた何体のうちの一体という感じで、やられたのも奇襲。一対一ならそう大したものじゃないと思う。

 

とはいえそれを、いくら御霊がないとはいえ、戦衣と勇者服の持ち主が一人ずつで、人を守りながらの海上戦。

 

「俺だけ突っ込んで、船は迂回させれば」

『椿君だけ突っ込んでも、一人だけだと気にせず四国へ向かっちゃう。言い方は悪いけど、あの人達を囮にしなきゃいけない』

『あくまで狙うのは人か...そうしないと樹海で戦うことになるのは、まだ実践経験のない四国勇者...』

 

危険に晒すのは、勇者か、一般人か。

 

(その決断は、酷だろ...)

 

俺の取る道は決まっている。だが、この選択そのものが俺を苦しめる。

 

『...ごめんね。私が言えるのはここまで。後は手助けすることも出来ない』

『情報だけでも助かる。ユウ。後は任せろ』

『......歪な相手だけど、だからこそ手はある筈。頑張って』

 

その声を最後に、彼女の意志が消えた。

 

『...やるしかない』

「分かってる。分かってる...どっちを取るのかも」

 

この世界に来た目的は、約束した勇者を救うこと。どちらを取れと言われれば、俺が取る道は決まってる。

 

「......」

 

眼下には、俺達が戦っていた場所まで追いついてきた船が七隻。

 

囮にするのが決まっていても、犠牲を出すとは決めてない。要は全部守り抜けばいい。

 

「...なせば大抵なんとかなる。やってやろうじゃねぇか」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「何か見えてきたぞ!!!」

 

誰かが言ったその言葉に、皆が反応する。陸地に見えるような、そり立つ壁に見えるような場所が目に入って、反応が喜びのものに変わった。

 

(あれが四国...!?)

 

私もその一人で、窓越しに見た先の景色に、水平線以外のものが見えて内心興奮する。

 

「なっち、これなら」

「あぁ...もうすぐつく。この調子なら日が暮れる前に」

「皆様、聞いてください」

 

歓喜に湧いていた人達が、空に浮かんだままの海来さんの声を聞いて静かになっていく。

 

「皆様にも見えたように、四国が...四国を守る壁が見えてきました。たどり着くのもそう遠くありません。しかし、その前に大型の敵が出る恐れがあります」

「大型の...?」

「敵...」

「敵の強さはこれまでの比ではありません」

『!!』

 

あそこまで言い切ることの絶望が、さっきまでの喜びを押し潰した。あの人がわざわざ嘘をつくこともない。ということは、本当なんだろう。

 

「敵はあまりに強大、迂回は無意味です...ですが、必ず皆様を四国へ送り届けます。ですのでどうか、敵の襲来に慌てることなく、指示に従ってください」

「...昨日今日、ずっと守ってきたあんたが言うんだ。信じようじゃないか!」

「おばあ...」

 

おばあの後に続く人の中で、反対だと言う人はいなかった。まぁ、それはそうだろう。たった二日ではあるけど、あの人が文字通り命を削って戦っていることは、皆見ているのだから。

 

「...っ、ありがとう、ございます」

 

どこか苦しそうな声をあげて、海来さんは頭を下げた。そして、私達がいる船へ着地する。

 

バイザーで目は見えないけど、その顔は声と同じように、どこか苦しそうだった。

 

「石榴、大丈夫か?」

「...あぁ。予想外な事態だが問題ない......ただ」

 

そこで言葉を止めた彼は、腰のポーチを漁り始めた。出てきたのは_____

 

「...お札?」

「俺は、善人じゃない。贔屓もするし取捨選択もする。だから、持っていてくれ」

 

言葉の真意が読めないまま、私となっちに向けられるお札。私達それぞれに三枚ずつだろうか。

 

「くれるのか?」

「肌身離さず大事に持っててくれ。四国に入ったら俺に返すか、最悪海に捨ててくれればいい」

「これは?」

「万が一のお助け品だ。意味を知ればきっと怒るから、言わないでおく」

 

ちらりとなっちを見て、 私達の手に押し付けてくる海来さん。

 

(なっちが知ると怒る物...?)

 

「...意味は分からないが、受け取っておこう」

「わ、私も」

「ありがとう。今はそれでいい...さて、そろそろだな」

 

そう言って、前ではなく、計器の方を覗く海来さん。吊られて見た私は_____

 

「...ぇ」

 

ソナーに見えた巨大な影に、掠れた声をあげてしまった。

 

「ここだな。船を止めるぞ。棗は他の船へ固まって動きを止めるよう指示を」

「ま、待って。待って海来さん、これっ」

「...先程から海のざわめきが止まらなかったのは、こいつが原因か」

「あぁ。雪女郎とか...普通の精霊の力くらいじゃかすり傷もつかないレベルだ。精霊の力もない今の棗の武器じゃ、どうあがいても無理だろうな」

「精霊?」

「詳しくは四国で聞いてくれ」

「海来さん待って!!」

「?」

 

平然と語るこの人を、私は止めた。

 

だっておかしいのだ。普段私達を苦しめてきた白い悪魔でさえ、精々が私達人間の倍くらいの大きさ。それでもなっち以外の人は為す術もなく食べられてきた。

 

じゃあ、今ここに映っている敵は______深海を潜る、20メートルは確実に越えているこの敵は、一体どんな強さなのか。

 

「に、逃げよう。だってこんなに大きいんだよ?無理だよ」

「......」

「なっちもそう思うよね?だって見てよ。これだよ?」

「麗奈...」

 

二人の反応に、私がおかしいのかと思ってしまう。でも、計器を見返してやっぱり私の感覚は正しいのだと思った。

 

「...ここで倒さないと、後がきつくなる。いや、全部終わりかねない。ここで決着をつける」

「!!」

「心配してくれるのは嬉しいけど、それだけでいい。何もしないでくれ。これは...俺の問題だ」

 

翼を広げ、船の端へ歩きだす。あと一歩で海に落ちてしまう。

 

「誰も、失くしたりしない」

 

(そんな...)

 

海に入った海来さんを追うことなんて出来ない。出来るとすれば、それは_____

 

「なっち、海来さんが...!」

「...分かっている」

 

なっちの手を掴んだ私は、やっと我にかえった。勇者になったからって海を自在に動ける訳じゃないのは、知ってる筈なのに。

 

私を元に戻してくれたのは、震えるなっちの手だった。

 

「私も、手伝えることがあるならする。だが、この震えは...恐怖、なんだろう。海から感じる強さがどんどん強くなっている。今の私では......」

「そんな...」

 

 

 

 

 

「だが、だからこそ」

 

なっちが呟いた瞬間、海に一つの柱が立った。慌てて見上げると、柱の先端に何かが見える。

 

「ッ!!」

 

その正体が海来さんだと分かる頃には、もう一つ柱が上がっていた。とはいえ、大きさはさっきの比じゃない。生まれた大きな波が私達の船を襲う。

 

「あっ...」

 

水飛沫が落ちて、その全貌が見えてくる。縦に長い海月(くらげ)のような見た目の頭に、足みたいなのが何本か伸びている。大きさは、全部合わせて旅行で見かけた大きいマンションのようなサイズ。

 

(か、勝てない...勝てるわけない!!!)

 

いくら神様に選ばれた勇者でも、未来から来た人でも、こんな怪物相手に何かできるはずが__________

 

「だからこそっ!!!」

「っ!?」

 

叫んだのはなっちだった。私を励ますように、自分を鼓舞するように、声を張り上げている。

 

「何かできることがあるかもしれない。できることが生まれるかもしれない。だから、私はその時が来るまで目をそらさない」

「なっ、ち...」

「諦めなければ、道は続く」

 

(...これが、勇者......)

 

『俺を勇者だと呼称するなら、お前も勇者だ。緋之宮』

 

ふと、昨日の言葉が蘇った。

 

「......」

 

(だったら、勇者様の隣にいる私は...なっちの友達の私は)

 

「...麗奈、他の船に移るか?過重にはなってしまうだろうが、動かないならば......」

「......」

「!そうか」

 

静かに首を横に振る。それだけで意味を理解してくれたらしい。

 

「驚いた?」

「そうだな。意外ではあった」

「そうだね。私も...私にはチャンスなんて分からないから、指示だけお願い」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

海上に被害を生まず海に潜る相手を倒す手段として、俺は海中で決着をつけるのがベストだと判断した。息継ぎはいるが目に関してはバイザーがゴーグル代わりになってくれる。

 

(いた。あれか)

 

すぐに見えたピスケスは、こちらをしっかり捉えてるように感じた。単に索敵範囲で気づいたのか、ずっと俺達を見ていたのかは分からない。

 

(ま、そんなの関係ない。やることをやるだけだ...行くぞ!!)

 

飛んできた足として捉えられそうな帯のような部分を、レイルクスの機動力で避けながら接近する。近づくにつれ後ろからも帯が伸びるが、それも避ける。

 

(突き刺すのは)

(脳天部)

(御霊を露出してた場所!!)

 

最後の一本を短刀で弾き、敵の目の前までたどり着いた。

 

(今の一撃、これまでの御霊無しより弱い。これなら!!)

 

確信めいた手応えと共に、俺はメイスを抜いた。例え一撃で沈まなくても、確実にダメージを入れられるよう腰を捻る。

 

(まずは、一発目ッ!!!!)

 

水の抵抗に負けない一撃は、奴の頭を確実に叩き『無反応』だった。

 

『「!?」』

 

感覚を共有していたために、二人して一瞬動揺してしまう。その隙の代償は、決して軽くなかった。

 

 

 

「ッ!がっ!はっっ!?」

 

溜まっていた空気を唾液と一緒に吐き出す。勢いで呼吸を繰り返すと、口回りについていた海水を吸い込んでしまい、それもまとめて吐き出した。

 

短刀で弾いたものとは明らかに違う帯に打ち上げられたのだと気づいたのは、海面にうっすら奴が見えてきてからだ。

 

「っー、はーっ...しょっぱ」

 

呼吸を整えつつそんな感想が出るだけで済んだのは不幸中の幸いだが、問題は何も解決していない。海面を勢いよく飛び出してきた来たピスケスを睨み付ける。

 

『...あぁ、あれが歪さか』

「歪さ...!!」

 

さっきユウが言っていたことと、加速した思考が答えを導きだす。

 

「つまり、あいつは普通の御霊なしより弱いところもあれば、強いところもある...?」

『恐らくな』

 

本来存在しない個体を生み出す際、元の星屑が足りないから色んな時代から引っ張ってきたのか、はたまた生まれた瞬間から継ぎ接ぎのような存在だったのか。それを知る術は今の俺にない。

 

敵の強さは理解できた。後考えることは現状で、打開策だ。

 

「まぁ、弱点があるならやることはある...というか、普通の御霊なしを相手にするよりチャンスがあるかもしれない」

『奴が漁船を捉えた。どっちを優先するのか分からないが、気をつけるぞ』

「あぁ。守りながら、まずは弱点探しだ」

 

メイスを後ろに納め、短刀を逆手で握る。

 

ピスケスの帯は、全てこちらに飛んできた。

 

(今の俺なら、こいつらの最大速度に差があることも分かるし、どれがどれかを覚えることもできる)

 

『「行くぞっ!!!!」』

 

最大加速をかけた体に、帯がついてくる。急制動、旋回、再加速を繰り返し、時に避け、時に弾きながら、本体を横凪ぎに切り続けた。

 

その全ての箇所、全ての帯の硬さ、速さ、強さを頭に叩き込んでいく。たまに漁船へ向かおうとする帯がいて、それだけはしっかり弾き返した。

 

(...よし)

 

脆い箇所はすぐに見つけられる。次に突破手段の検討、構築。再生能力が無いことの確認。

 

「よし」

 

全てが終われば、後は機会を伺うだけ。奴が俺の隙を逃さなかったように、俺も奴の隙を逃さない。

 

「よしッ!!!」

 

実行はジャスト12秒後だった。最小限の回避で最も動きの良い帯を避けた。

 

『いけるぞ』

「あぁ!!!」

 

目標へ向けてレイルクスの翼を広げて突っ込んでいく。横やりをいれてくる帯に対して足と腕を傾けて回避、短刀で弾いて回避。

 

(ッ!!)

 

残りの一つ、最も遅い物を更に加速させた体を駆使して回避した俺は、勢いを殺さずメイスを構えた。壁のような大きさの奴の体へ、どんどん近づいていく。

 

目標は、薄く切りつけた跡が未だに残る箇所_____

 

「ぶっ壊れろぉぉっ!!!!」

 

雄叫びと共に突き出した一撃を、切れ込みにねじ込む。反発に耐えながら更に力をいれて押し込んでいくと、奴の体が倒れていく。頭を海に押し戻した時には、大きな波が起きた。

 

だが、俺達は笑わない。笑えない。

 

(まだ...足りないか!?)

 

確かに効いてはいるが、撃破にはまだ足りない。

 

「だったら!!!」

 

切り替えはすぐだった。踏ん張ってメイスを引き抜き、再び空を飛ぶ。脆くなった箇所に、高高度からの一撃をもう一度。

 

「終、わ、りっ、だぁぁぁぁ!!!!」

 

空中で壁を蹴ったかのような方向転換に軋む体を携えて、未だ海に倒れ伏したピスケスへ__________

 

 

 

 

 

まるで金属同士がぶつかり合う音が、俺の鼓膜を壊しかけた。

 

届く筈だったメイスが、二本の帯で止められていた。明らかに硬い部分は、メイスで貫けない。

 

しかし、俺だってこのくらいは予測できる。次に来ることだって。

 

(ツバキ!!)

(真後ろっ!!)

 

主導権を渡し、辺りを警戒していたツバキが頭へ突っ込んできた帯に短刀を構えた。

 

これを下の帯へぶつけ、弾きあっている隙をついてたどり着く。それでも届かなければもう一度_____

 

短刀が帯を切り裂き、二つに別れて俺を通過していくのを見て、今度こそ焦りが生まれた。

 

(こいつ...っ!?)

(自分の歪さに気づいたのか!!)

 

自分の強い箇所、脆い箇所を把握して、それぞれに適した役割を与えている。メイスを止めるため強い帯を使い、短刀には弱い帯を仕向けることで、すんなり切られて_____切れた先が別れたまま、俺の背後から迫る。

 

「やらっ、せるかぁ!!」

 

まだ諦めるわけにはいかない。短刀を消し、体を捻って受け止めていた帯を避ける。背後から迫ってくる方は、腰に手を伸ばし札を掴む。これで離脱はできる筈。

 

確かに、一発手痛いダメージは負うだろうが_____

 

「まだ、終わりじゃ...!!!」

 

異変は更に起こった。ただし、今度は良い方へ。

 

突然何かが壊れるような音がしたと思えば、目の前に迫っていた帯が逸れていった。咄嗟の判断で奴の懐から離脱する。

 

(でも、何が...)

 

「えっ」

 

 

 

 

 

ひしゃげた船、打ち上げられた緋之宮、一つ目の帯を避けたが、二つ目に当たりピスケスの上から海に落ちていく棗。

 

そんな光景が眼下に見えて、俺は本能だけで体を動かした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

怪物と海来さんの戦いは、完全に異次元のものだった。

 

怪物はイカの足みたいなのを何本も伸ばし、海来さんはそれを避けて攻撃している。というのは分かるけど、その様子が速すぎてどうやってるか、どっちが有利なのかというのは全く分からない。

 

(なっち...)

 

隣のなっちは無言で、注意深く先を見ていた。多分目で追えてるんだろう。

 

「...そうか、石榴の狙いは弱点か」

「弱点?」

「......私が通用するか分からないが、チャンスはある。合図するから、船を突っ込ませてくれ」

「わ、分かった」

 

船を敵に突っ込ませることに対して、とやかく言うつもりはない。もう覚悟は決めた身だ。

 

(女は度胸...!)

 

「麗奈っ!!」

「!!」

 

合図は割りとすぐに来た。海来さんが倒したのか、海に落ちる怪物。大きな波が起きる中、私達はその波に真っ直ぐ突き進んだ。

 

(お父さん、お母さん、ごめん)

 

近くの船に乗ってた人の驚きの声が聞こえるけど、全て無視。怒られるなら後で聞こう。

 

(今は、決心を鈍らせるわけには...!!)

 

「行くよっ!!なっち!!!」

 

(今は、友達のためにっ!!)

 

近づくにつれて、何が起きてるのか分かった。海来さんと敵の足が戦いあってて、どこか捕まってるように見える。このままじゃやられる________

 

「麗奈、戻れ。いいな?」

 

ここまでさせておいて信じられないことを言ったなっちは、船から跳んだ。敵に取りついてどこかへ一直線へ向かう。

 

そして、私は。

 

敵を見る。この船より大きいけど、海に浮かぶ様子は水色の岩があるようにしか見えない。

 

海来さんを見る。顔は足に隠されて見えないけど、両手に武器を持って戦ってる。

 

なっちを見る。その背中は、きっと何かを成してくれる。

 

(だったら、私は...)

 

「私はッ!!!」

 

二人のようになれなくても、特別になれなくても、皆のために________

 

「いっけぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

最大船速で突っ込んだ瞬間、船の前が音をたてて壊れる。私も立ってられない程の衝撃。

 

でも、咄嗟に彼の方を見ると、無事バランスを崩した怪物の手から逃れられたみたいだった。彼女の方を見ると、私のせいで一度倒れたけど、無事目的地にたどり着いたみたいで、愛用している武器を敵に突き刺している。

 

(よし...よかっ)

 

私が考えられたのはそこまでだった。

 

 

 

 

 

(あれっ?)

 

曇り空が見える。分かるのはそれと、体が何故か回転してることだけ。

 

(何で空に浮いて...)

 

視界の先がくるくる回り、さっきまで睨んでいた怪物が見えた。やけにスローモーションで、全身をくまなく見れる。

 

(えっと...ぁー)

 

さっきまで自分がいた船見えて、そのぐしゃぐしゃ具合にようやく納得がいった。

 

(これ、空飛べたんじゃなくて...打ち上げれたんだぁ...)

 

こんなことを起こした原因は言うまでもないだろう。私には何が起きたかさえ分からないから、真実かどうかは分からないけど。

 

(じゃあ、やけにゆっくりなのは...走馬灯か。そっか。そうだよね)

 

ゆったり浮いていた体が、徐々に沈むように。少しずつ視界に映るものが海と雲だけになる。

 

(こんな破天荒と言うか、無鉄砲な子じゃないと思ってたんだけどなぁ。私)

 

あの怪物は倒せたのか、倒せるのか。私の行動に意味はあったのか、なかったのか。そのくらいは知りたかった。

 

(でも、ダメだね)

 

しかし、海がもう目の前に迫っている。暗くて深い、光の通らない闇の底。

 

(...なっち、ごめん。先に海の神様に会ってくるよ)

 

私は大人しく、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「ぐばっ!?」

 

あまりにも女の子らしくない声と共に、私は飛び起きた。

 

「え、ここどこ!?死後の世界!?」

「麗奈...元気だな」

「なっち!?」

 

隣を見るとなっちがいた。顔からして「私、呆れています」と言っている。

 

しかし、もっと呆れ顔をしてる人がすぐ側にいた。

 

「......お前らあれなのか!?バカなのか!!?言って欲しいなら言ってやるよこのバカどもっ!!!」

 

顔を限界まで見上げさせれば、そこには海来さんがいた。

 

「あれですか?もしかして皆で死後の世界行き...?」

「マジで死んだと思ったよ!!保険が効いたのと、あいつの使った帯が弱いので本当に助かったけど...何であんな無茶したんだ!?」

「無茶って、そんな...」

 

言われて、頭が冷えてくる。私が何故今なっちと揃って海来さんに抱えられているのか、何故怪物に目をつけられたのか、何故あんな行動を取ったのか。

 

「ぁ...」

「一歩でも間違えれば、いや、基本的には自殺行為そのものだぞ!!棗はともかくお前までそんなことして」

「石榴。そこまでにしてくれ」

「棗!!俺はお前にも」

「いいから」

「何で......っ」

「ぁ、あっ、あぁ...!!」

 

気づけば、涙と震えが止まらなかった。

 

「わ、わたっ、し...あんなことして......」

 

明らかに不相応なことをした。自分らしくなく、強気じゃなきゃやってられなかった。さっきまでの私はおかしかった。

 

「こわかったっ...怖がったよぉ......!!」

 

助けたかった気持ちも事実、役に立ちたかった気持ちもある。でも、今更やったことを振り返れば、私はもう動けなかった。

 

「よく頑張ったな。麗奈」

「...助けられた。その礼をしてなかったな......ありがとう」

 

私の嗚咽声の中、二人の言葉が耳を届く。

 

涙は止まらなくても、心の奥で_____頑張ってよかったと、私は思った。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「棗様!!それに...」

「大丈夫。気を失っただけです」

 

抱えていた緋之宮を船に寝かせて、船員の皆を安心させる。 とはいえ、時間があまりあるわけでもない。

 

「...」

 

離れてきたピスケスは、余程気に入らなかったのか自分に突っ込んできた船を執拗に破壊していた。もう船と言うよりは金属の残骸だし、満足したのか、残骸を放置してまた宙に浮く。

 

「石榴」

 

隣の棗が声をかけてきた。さっきの攻撃はなんともなかったのか、ピンピンしている。

 

(まぁ、緋之宮が無事だった訳だしな...)

 

彼女も棗も、俺が渡していた札が機能し、ピスケスからの追撃もなかったお陰で、無事救いだし別の船まで戻ることが出来た。

 

ただ、こんなの偶然だから、気を失った緋之宮はともかく、棗にも下がっていて欲しいわけだが__________

 

「...言っても聞かないだろうけど、一応聞いておく。ここに残るつもりは?」

「ない。私も戦わせて欲しい」

「お前の武器は通用しなかっただろう?」

「手はあるのだろう?お前の目がそう言っている」

「......お互い様。ってわけか」

 

俺が棗の目を見て引くつもりがないのを分かったように、棗も俺のことが分かっていたらしい。

 

(引くに引けないな)

(分かってるよ...)

 

「棗」

「あぁ」

「力を貸してくれ」

「勿論だ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

私は空中を自在に飛べる訳ではなく、かといってもう一度船を突っ込ませることなど出来ない。一度目でさえ麗奈にやらせることを相当迷いはしたが、彼女の気持ちに答えたつもりだ。ただ、あの涙を見て、二度目などない。

 

また、あれのお陰で私の武器では奴の弱点すら打ち砕けないことが分かった。私が操舵していたら、その確認をすることすらできずに吹き飛ばされていただろう。

 

「さっきやってたし、一応に過ぎないが確認しておく。もう一度奴を寝かすから、お前はそれで奴の急所、さっき狙った場所を刺してくれ」

「寝かせる手段は?」

「奴の思考を利用する。今度こそ完璧に」

「...気負いすぎるなよ」

「気負った分まで力に変えてやる」

「......そうだな」

 

翼の機械を跨いだ背中越しにも関わらず、石榴の気合いを感じる。その熱に当てられるように、私も刃の短い刀を握る手に力を込めた。

 

「じゃあ、行くぞ?」

「私を背負っていて、ちゃんと動けるか?」

「動ける。守りきる。だからチャンスが来るまでしっかり掴まっててくれ」

「...石榴」

「ん?」

「お前を信じる」

「っ...あぁ。任せろ」

 

敵が_____石榴がピスケスと言っていた巨大な敵が、私達の前に立ちはだかる。

 

「振り落とされるなよ!!!」

「あぁ!!!」

 

急に変わる視界と、台風に入ったかのような風を受けながら、私はしっかり石榴に掴まった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

棗を背負いながら、ピスケスの攻撃を避け続ける。こっちの機動力は多少落ちてるが、敵の手の内もある程度分かった今、回避だけに専念するなら問題ない。

 

(......)

(いけそうか?)

(まだだ。まだ待ってくれ)

 

ツバキには突破ルートを組ませている。その時が来るまでは、ひたすら時間を稼げばいい。

 

(最も警戒の薄れる、最も利点のある箇所、そして、棗の通るルート、全部用意して!!)

 

「石榴!後ろ!!」

「分かってる!」

 

旋回した俺はメイスで受け止める。この帯は一番硬い物だから無理に受け止めず、俺が流されれば良い。

 

(今動かしているのは俺だ...今棗を守るのは俺だ!!!!)

 

「お前の出る幕なんて今更ないんだよ!!そこをどけっ!!!」

 

後少しでたどり着く、四国へのゴール。そのたどり着く先に、こいつは邪魔だ。

 

(これでっ!!五秒後後退、そっから同時に!!)

 

「棗!!そろそろだ!!」

「了解した!」

 

ぴったり五秒後、横から迫る帯がバイザーと頬に傷をつけるも、溢れる血すら置き去りにして、俺達は飛び退いた。そして、主導権を同調させる。

 

メイスを構えるのは、まさに特攻する光になるための構え。

 

『「突っ込む」』

 

誘導も誤魔化しもない代わりに、絶対的な速度を持った、確実に貫く意志を持った槍が突き進む。対抗するように飛ばされた帯にも臆することなく、ただひたすらに前へ。

 

(...ここでっ!!)

 

メイスに弾かれた帯と俺達がぶつかる直前、左手に握っていた札を_____さっき使わなかった物をばらまき、障壁とする。帯は激しくぶつかり、俺達の側を通り抜けた。一本だけが俺の足を抉っていく。

 

「っ、構う、もんかよぉ!!!」

 

だが、あくまでそれだけだった。それだけじゃ俺達は止められない。メイスは意図も簡単に、奴の弱点、さっきの攻撃の跡が残った箇所に_____

 

(ッ...)

 

たどり着く前に、帯がそこを塞いだ。最も強い帯が二本分、恐らくこのピスケスの中で一番の硬度だろう。少なくとも、突破は不可能。

 

「...ははっ」

 

だからこそ、俺は笑った。

 

(やっぱり、お前は知性がある。弱点をカバーしようとするよな)

 

「ぐっ」

 

すぐそばで棗の呻く声が聞こえる。俺自身覚悟していたが、肺の空気が全部出そうな感覚だった。

 

だが、だからこそこの手は通る。突っ込んでいた速度全てを上昇に回すことで、突然俺達は奴の頭のてっぺんを取った。邪魔をする帯はいない。

 

自身の良し悪しを分かって防御するなら、その防御を利用する。最も脆い部分を優先して守るなら__________最も硬い部分は、警戒が疎かになる。

 

「沈めぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

だから俺は、さっき刃が通らなかった頭へ向けてメイスを叩きつけた。殴られたピスケスはダメージこそ見られないものの、頭を殴られれば当然よろける。

 

間髪入れずに繰り出す足蹴りとメイスの追撃も相まって、奴はその体を再び海へ倒れ伏した。

 

それは________俺達の勝利への最後のピース。

 

「棗っ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

この高さから飛ぶことは、勇者でなければ決してしないだろう。だが、今の私は勇者であり、ここで行動できるのだ。

 

落ちる先には倒れ伏した敵がいる。石榴は見事に先程と同じ状況を作り出した。そして、今の私には対抗するための武器がある。

 

(これは、今までに守れなかった人のため)

 

さっきまで私達を攻撃し、急所を隠していた敵の武器は、予想外の行動にまだ反応がなかった。私は完全に重力に身を任せて落ちていく。

 

(そして、今守るべき仲間のため)

 

右手に握っていた刃先の短い刀を、両手で振りかぶった。

 

(私が信じ、私を信じた人のため)

 

「そのために、私は...負けないっ!!!」

 

全力を込めた一撃は、意図も容易く敵の急所に突き刺さった。

 

だが、まだ足りない。

 

「ハァァァァァァッ!!!!」

 

ただひたすらに奥へ押し込む。相手が動かなくなるまで、ひたすらに。

 

これ以上やらせないとばかりに、私に向かって攻撃が飛んできた。さっきは不思議なバリアで守られたが、もう一度受ければ気絶は免れない_____いや、命さえ容易く摘まれるだろう。

 

(...あぁ。大丈夫だ)

 

なのに、私は恐れることなくその場を動かなかった。力を入れ続け、捻り入れる。

 

確固たる理由は海が言っているから。ではある。そして、他に言うならば__________

 

(そうだろう?石榴)

 

 

 

 

 

瞬間、爆音が鳴り響いた。

 

海が再び波打ち、水飛沫として上がった一部が私の体を濡らしていく。

 

そして、私を狙う攻撃は_____唐突に勢いを落とし、海に落ちたり、その場で崩れたりした。

 

「......はーっ...」

 

やがて、私の耳に入る音が海の音だけになった頃。両手を刀から離し、溜めていた息を長く吐く。

 

「終わった。のだな」

 

長かったような、短かったような、不思議な感覚に包まれた時、ふと横を見る。倒れた敵の上にいた彼が、ゆっくりと立ち上がり、突き刺していた大きな武器を引き抜いた。

 

片足は血に濡れて、目につけている装備は壊れかけている。しかし、彼は全く気にしていなさそうだった。数日前と変わりなく、道を歩くようにこっちに来る。

 

「立てるか?」

「...ありがとう」

 

伸ばされた手を取って立ち上がり、無言で刀を返した。「ん」と受け取ったと思えば、それは溶けて消える。

 

「...勝った、のだな」

「そうだな。一時は焦ったが...まぁ、最後は上手いこといってよかった」

 

やがて、私達が立っていた敵も淡く光出す。溶けてなくなる兆候だろう。

 

「戻ろう。皆が待ってる」

「そうだな...あ、そうだ」

 

翼を広げた彼は、もう一度私に手を伸ばしながら、こう言った。

 

 

 

 

 

「棗。ようこそ四国へ」

 

 

 



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花紡ぎの章 14話

この一週間近く、大社内部は大騒ぎだった。

 

突如下された神託に従い勇者様が向かうと、見つけたのはなんと長野と北海道からの避難民。そして新たな勇者様と巫女。

 

この時点で、大社は対応に追われることになった。数年ぶりの避難民は大社内の他の部屋にも聞こえるほどの衝突を起こし、不安の声も多くなる。その対応をしながら、彼ら彼女らへの住居等の工面をしなければならない。

 

とはいえ大社は今四国に住む人々を纏めたこともある。数日で事態は落ち着きを取り戻し__________今度は漁船が来たと言うことで、大混乱に陥った。

 

沖縄から避難して来たという避難民と、一人の勇者。疲弊していた大社は更なる対応に追われ、今も作業をしているのだろう。

 

のだろう。というのは、私達巫女への対応がいつも通り出来なくなったために休暇を与えた結果、私には情報が入らなくなってしまったからだ。今巫女として活動しているのは、恐らく勇者様と行動を共にしている一人だけだろう。

 

(...郡様は、何をしていらっしゃるのでしょう)

 

勇者様の一人を思い浮かべながら、私は唐突に与えられた休みをどう使おうか悩み、結果散歩をしていた。もう少し歩いたら、買い物でもしようか。

 

(それにしても、神様の使者...か)

 

それは、小耳に挟んだ話。避難してきた人は口を揃えて、勇者様に守ってもらった他に、使者様に守ってもらったという。

 

曰く、北海道の神様が人間を守り四国へ送り届けるために召喚された使者。その力は勇者様をも上回り、あらゆる敵を薙ぎ倒し、10階立てのビルくらいの大きさの敵をも倒してみせた。とか。

 

曰く、全ての人々を四国へ送り届けたので、その存在を消した。とか。

 

全員が言っていれば、大社としては確認が取りたい。しかし、その存在は既になく、勇者様は詳しく話さないという。

 

(皆が言うってことは、いたのはいたんだろうけど...)

 

信じるとしても、証拠がない。頼みの勇者様も話はしない。そんな確認したくても出来ない存在に、大社は苦しんでいるという。

 

(人の姿はしてたっていうことくらいしか私は聞けなかったし......どんな人だっただろう)

 

もしかしたら人の姿をしていても常人にはないオーラを発してたり、髪色や瞳の色が凄かったりするのだろうか。

 

「あの、すいません」

「は、はいっ」

 

突然声をかけられ、私は意識を現実に戻し、つっかえながら答えた。声をかけてきたのは、黒髪黒目の男性で、年は私より少し上くらいに見えるから、高校生、もしかしたら大学生くらいだろうか。

 

「丸亀城って、あっちの方であってますか?」

「え、あ...はい。あってると思います」

「そうですか。いや、行くの久々でちょっと不安だったんですよ」

「そうなんですか...あの」

「はい?」

「今丸亀城は、入れませんよ?」

 

今の丸亀城は勇者様の拠点で、一般人が入れる場所ではなくなっている。

 

「ぁー、丸亀城の近くに用事があるだけなので、大丈夫ですよ」

「そうですか...すみません。わざわざ」

「いえいえ。ありがとうございます...あ、ついでにもう一ついいですか?」

「何でしょう?」

「この辺で、お洒落な小物屋さんとか、あります?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

『秋原雪花です』

『私、白鳥歌野です。よろしく!』

『藤森水都です。巫女です...よ!よろしくお願いします』

 

丸亀城でそう言ったのは、新たにここで暮らす仲間だった。

 

秋原雪花さん、白鳥歌野さん、藤森水都さん。秋原さんは北海道から来た勇者で、二人は若葉ちゃんと連絡を取り合っていた諏訪の勇者と巫女だった。

 

(本当に、驚きました...)

 

突如として四国を訪れた避難民。バーテックスに襲われながら逃げてきた人々は、ここまで来れたことに涙し、凄く喜んでいた。

 

逆に、大社は大慌てとなった。避難民を無下にできる筈もなく、かといって対応するのは自分達しかいない状況。一人一人の健康状態を確認し、衣食住を整え、長旅で疲弊した精神面も対応する。

 

その上同行してきた勇者、巫女もいるということで、避難民への対応の一部を四国勇者に任せる程度には忙しかった。

 

その中で聞けたのは、なんとも不思議な方の話。最初に聞いたのは、北海道から避難して来たという小さな女の子からだった。

 

『お兄さんが助けてくれたの!』

 

空を舞い、敵を倒し続け、避難民を四国へ導いた神の使者。最初はそんな存在を信じられなかったけど、話をする人ほとんどから聞けたとなれば、気になるのは当然だった。

 

『それだけ強いというのは、どんな存在なのだ...』

 

若葉ちゃんは、その正体より強さの秘密に気になっていたみたいだけど。

 

そんな使者様を探してみるも、今はいないという。もう消えてしまった。他の地域を探しに行った。北海道へ帰ったなど、色々な話を聞くなかで_____

 

『やっぱり、気になるよね』

 

私は、藤森水都さんに聞いてみた。勇者、巫女とよく話をしていたと聞いたのだ。

 

『はい』

『うーん...うたのんと話して、話すかどうしようかまだ決めかねてたんだけど...上里さんならいっか』

 

丸亀城の通路を歩きながら、藤森さんが続ける。

 

『実はね、四国についたら上里さんを頼れって言ってくれたのも、その人だったんだ』

『私のことを...?』

 

私はそんな存在を知る筈ないし、一気に頭が混乱する。

 

『あと、今言えるのは...名前くらいかな。他はどうすればいいのか分かんなくて』

『そのお名前は...?』

『名前はね____』

 

 

 

 

 

 

『古波蔵棗だ』

『え、えっと...緋之宮麗奈です!!』

 

それから数日。漁船が海に現れたと聞いて向かうと、沖縄からの避難民が来た。大社は当然混乱した。

 

私達はさほど変わらず、話し合う人が変わったことと、新たに勇者が加わったこと。そして、勇者が一般人の友人と一緒に生活したいといった要望が通り、特別枠として私達と生活する人が増えたことくらいだった。

 

その方々も、口を揃えて一人のことを言った。

 

『俺達を助けてくれた』

『船では寝ずに守ってくれてたんだ。敵が豆粒くらい見えたらすぐ飛んでってさ』

『巨大な敵が現れたのだが...棗様と協力し、見事討ち果たしてくださった』

 

巨大な敵というのが人によっては30メートル近くの敵だというので、大社は大急ぎで事情を聞いている。巫女である私にも、古波蔵さんと緋之宮さんに聞くよう言われたが__________

 

『やっつけはしたけど、やったのなっちとあの人だし』

『私も手伝いをした程度だ』

 

見た目、強さ、戦闘スタイル以外のことは、あまり分からないままだった。戦った本人がそう言うのだから仕方ないとして、やはり気になるのはそのもう一人のあの人。

 

『...白鳥歌野、秋原雪花、後は藤森水都だったか。彼女達と話を纏めてからにしたい』

 

そう言われ、まだ何も聞けなかった。結局私が分かったのは、私のこと、更には若葉ちゃん達のことを知っているらしく、ある程度の性格と、その名前_________

 

 

 

 

 

「海来石榴、さん」

 

呟いても、復唱しても、何も思うことはない。知り合いに海来という名字の方もいない。

 

(じゃあ、どうして私は、この名前がこんなに気になっているの?)

 

大社に言われた。勇者の強さに関係あるかもしれない。当然、気になる、不思議に思うことはある。だけど、どこか自分の中に、それ以上に気になる何かがある気がするのだ。

 

ここ数日、ずっとそのことばかり考えている。結果は未だに出ない。

 

(やはり、白鳥さん達が話してくれることを待つしかなさそうですね...)

 

「ひなたー!」

「あ、はい!!」

「置いてくぞー?」

「すみません、今行きます!」

 

どうやら考えすぎていたようで、若葉ちゃんが道先の曲がり角から声をかけてくれた。私は少し慌てて後を追いかけようと、その足を踏み出して__________

 

 

 

 

 

「すみません。落としましたよ」

 

そう声をかけられて、振り返った。

 

渡されていたのは、薄紫色のハンカチ。私はそのハンカチに見覚えがない。

 

「あの、これ私のでは...」

 

ありませんと言おうとして、目線を手元から上へ向ける。手先から、青いペンダントをつけた胸元と首が見えて、顔が見えて_____

 

「...?......」

 

違うのだと言うだけなのに、何も話せなくなった口に違和感を覚えた。次に目。まるで信じられないものを見たように、大きく開いてしまっている。何故か体も全然動かない。

 

(あれ、何で...)

 

そのまま、その人の黒い瞳と重なって。私は動き直すことが出来た。

 

何故か流れる、涙と共に。

 

「え?あれっ?何で?どうして涙が...」

「......ただ、もう一度顔を見せに来ただけなんだがな」

 

視界がぼやけて、目の前の人が見えなくなる。それが堪らなく嫌で、目を思いっきり擦る。

 

「あー、それじゃ痛いだろ。ほら」

「ぁ...」

「...これじゃあ、変な期待しちゃうだろ。分かる筈ないのにさ」

 

ハンカチで涙を拭いてくれる彼のお陰で、もう一度顔をしっかり見ることができた。

 

「俺だってこの時空に来る直前まで忘れてたのに...いや、これが神と半端に繋がっただけの一般人の限界なのかなぁ」

 

(何で、こんなことに...)

 

少し硬そうな黒い髪。落ち着いた様子の、今は呆れた様子の顔。優しげな目。

 

(何で、私、こんなに......っ!)

 

「...」

「私...わたし、っ」

 

ハンカチを持った腕の袖を掴み、反対の手は体の奥に回すべきか、もう片方の手を握るべきか迷って動かしている自分がいる。私自身は、何も考えていない。無意識に、私の全部が動いている。

 

「...ひなた」

「ッ!!」

「今の俺に、お前を抱きしめる資格なんてない。あったとしても、俺にはお前を抱きしめることが...」

「それでもっ!!」

 

自分でも信じられない、大きな声。

 

「資格なんて関係ありません。ですから...もう一度だけ。お願いします」

「......あー、もうっ」

 

諦めたように、でも全然嫌そうではない感じで、彼が私のことぎゅっと抱きしめた。

 

彼の温もりが伝わって、彼の心音が聞こえてくる。とくん、とくんという音が、私のことを包んでいく。

 

「...」

「......」

「...」

「......」

「これで、いいか?」

 

そんなに長い時間ではない。それでも、こんなに満たされた。まだまだ足りないと思っても、満たされてしまった。

「...えぇ。ありがとうございました」

「そっか。ならよかった。やっぱり笑った顔を見たいからな」

「ふふっ、なんですか。口説いてるんですか?」

「うっ、今そう言われると弱いんだが...」

 

だから私は、名残惜しさを感じつつも体を離した。

 

「ふぅ...じゃあ、また。とは言えないんだよな」

「貴様!!ひなたに何をしている!!」

「...元気で、な」

 

最後に微笑んで、走り去っていく名も知らない方。

 

「あの人...!!」

「いや、最後にとは言ったけど...」

「おい待て!!話は...!!」

 

何かを言う歌野さんと雪花さんの隣から、追いかけようとする若葉ちゃんの手を握る。驚いた様子の若葉ちゃんは、『抜く気のなさそうな刀』をしまって、私の涙を拭ってくれた。

 

「ひなた!どこかやられたのか!?ひなたっ!!」

「大丈夫、大丈夫ですからっ...」

 

若葉ちゃんに抱きつきながら、私は思う。

 

『やっぱり笑った顔を見たいからな』

 

(貴方の目に映る私が、笑っていたら嬉しいです)

 

『元気で、な』

 

(...はい。お元気で)

 

両手に握ったハンカチは、薄紫の中に、青いバラの刺繍が入っていた。

 

 

 

 

大好きです。椿さん________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『これで、全部終わったな』

 

『そうだね。後のことは任せよう....任せてって言うべきなのかな』

 

「......」

 

『名残惜しいのか?』

 

「...ここでそんな躊躇いを見せたら、俺はどっちにも顔向け出来ない。そんな覚悟は、会う前に持ったさ」

 

『じゃあ、どうしたの?』

 

「......まだ力が少しあるって、さっき言ってたよな?」

 

『え、うん。あの神樹様から取ったエネルギーはまだある』

 

「その力で行きたい場所がある。最後に、もう一ヶ所だけ」

 

『赤嶺の所へ行くのか?』

 

「それは自分でどうにかするって赤嶺自身が言ってたからな。行かないよ」

 

『ならどこへ?』

 

「......全部は救えない。それでも、もう一人、助けたい人がいる」

 

 

 

 

 



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花紡ぎの章 15話

勇者というお役目は、普通の暮らしじゃ決して経験できないことの連続だった。

 

神樹様に選ばれて、人類を守る立場として、襲いかかってくる敵と戦う。これが皆体験することだったら別の意味で大変だ。

 

(でも、大変なことばかりじゃなかったんだよね)

 

勇者というお役目をやっていたからこそ、友達になれた二人がいた。

 

ふわふわしてて、たまに何考えてるか分からない、可愛い女の子。

 

凛としてて、暴走しがちな、真面目な女の子。

 

勇者にならなくても友達になれたかもしれない。でも、絶対ここまで深い仲にはなれてない。

 

それこそ、目を閉じたら思い出す幼馴染みと並ぶくらいだ。

 

(あいつとは、結構会ってないんだけどなぁ...)

 

ついさっきまで顔を見てきた二人と、昨日とはいえ最近の会う頻度からすれば結構会えてない一人とが、同時に思い出される。もし数年後もう一度振り返ることになったら、一人の方が後になってるかもしれない。

 

でも、それだけ友達がアタシの心の中にあるということだ。

(二人には言ったけど...あいつにも最後に挨拶くらい、しとくべきだったかなぁ)

 

想像して後悔する、しないは置いておいて。

 

 

 

 

 

三体のバーテックスは、あまりにも強かった。アタシ達も三人だし、皆で戦うなら大丈夫と思っていたけど、結果として起きたのは、傷だらけのアタシと、気絶する程の攻撃を受けてしまった園子と須美だった。

 

アタシは二人より特攻する武器の仕様上、勇者服の防御面が高かったのか、単に二人より受けた攻撃が少なかったのか。こんなことなら先生の解説をもう少し聞いておくんだった。

 

「...今更言ってもしょうがない。か」

 

戻ったら先生の話をもう少し聞こう。あと、あいつの注意も。

 

「さて」

 

いい加減動き出した現実を見なきゃいけない。ラインは結構下げて取ったけど、そこに入り込んでいくように、じわじわと近づいてくる影かあった。

 

さっきまで戦っていた三体のバーテックス。赤青黄色とカラフルな敵は、さっきまでアタシ達から受けていた傷を回復させて、神樹様へ進み始めた。味方なんて関係ないと言わんばかりの範囲攻撃をした理由は、この回復力があったからなんだろう。

 

「......」

 

ゆっくり、でも確かに、握った斧で樹海に線を引く。

 

決意は、覚悟は、もう持った。

 

「守る」

 

この世界を、友達を、幼馴染みを、家族を。

 

「守り抜く」

 

他の誰でもないアタシが。

 

「聞けよ。バーテックス。今日の所は、この名を聞いて帰ってもらうから」

 

腕は痺れてる。足は痛い。

 

それでも、まだ立てる。

 

「アタシの名前は三ノ輪銀!!!お前達を倒す勇者!!!アタシの守りたい人の為に...こっから先は、通さないッ!!!!」

 

青いのから放たれた矢と、アタシが振った斧がぶつかって、目の前で閃光を放つ。

 

戦いが、始まった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

鍵を使って入った我が家に帰宅を告げて、誰もいないから意味のないことだったと気づいた。

 

「あー...そっか」

 

とりあえず自分の部屋に荷物を置いて、外に干している洗濯物がないこと、メモが残されてることを確認する。

 

(今日はご飯一人か...最近料理するようになったからって、一人はまだ不安なんだけど)

 

幼馴染みは忙しくなった中でも、幼い弟たちの面倒を見ている。その支えになれればと始めた料理も、何だかんだで数ヵ月目だ。

 

(そう言えば、今日は遠足だっけ...)

 

『今度椿にも紹介するからなー』

 

一緒にゲームしていた時、そんなことを言われた。写真では見せてもらった、友達になったという二人の女の子。

 

今もその子達と遊んでるのだろうか。

 

(帰ってくるのも遅くなるのかな...んー、そしたら今日は隣でご飯作って、一緒に食べようかな)

 

予定が決まれば、家でやることを早々に済ませて隣の家まで行く。ここの往来はうんと小さい頃から慣れたもので、今更何でもない。

 

以前から許可は貰ってるから、まずは冷蔵庫の中身を確認し、自分で作れる範囲の料理があるか見なければならない。

 

「こんにちはー」

 

(...今日は銀の好きなのにしようかな)

 

何となく献立を絞りながら、我が家のごとくあがった。

 

(喜ぶといいな。あいつ)

 

「とりあえず確認。さっさと終わらせるか」

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ぐっ...あ、っ」

 

耐えていた口が限界を迎えて、血の混じった空気を吐き出した。ピチャッっと音を立てて、血が樹海を赤くする。

 

戦いは、まだ続いていた。決して良いとは言えない方向へ。

 

確かにバーテックスは進んでないし、引いた線はまだアタシの後ろにある。立派に防衛できてるんだろう。

 

でも、アタシはもう服の所々が破けてて、色んな場所から血を流している。元々赤い勇者服が、深紅に染まりつつある。

 

それでも、アタシは立ち上がった。

 

「はっ!!ぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

押し潰すように飛んできた反射板を両手に握った斧で対抗し、弾き飛ばす。

 

「ッ!?がっ!」

 

そのせいで見えなかった箇所から飛んできた黄色い尻尾についた針は、アタシの腹に刺さる前に斧で防いだ。とはいえ、勢いは殺せない。

 

弾き飛ばされたアタシは、勢い良く打ち上げられたまま、地面に落ちた。勇者だからこそ死んではいないけど、身体中どこも痛い。

 

もう一度血を吐いたアタシは、それでも立ち上がろうとした。ただ、少し視界がぼやけている。おでこから流している血が目に入ったのではない。

 

(血が、足りないのかな...貧血だっけ。こんなことなら、昨日はレバーを食べるんだった......)

 

どうでもいいことを考えてたら、滑って地面とぶつかった。世界がぐるりと回って揺れる。

 

「く、そ...」

 

言葉も上手く出なくなり、視界も、やや薄暗くなる。

 

(...これで、終わりなのかな)

 

この斧を手離せば、地面で楽になれる。そう思ったアタシは__________

 

 

 

 

 

「...ま、だ......っ」

 

力を振り絞って、片膝を立てた。

 

(体が上手く動かないのがなんだってんだ。まだアタシの決意は、覚悟は、魂は)

 

「折れちゃ、いない...!!!」

 

例え体が動かなくても、心が動いている。まだアタシは、戦い続けられる。

 

(折れるわけには、いかないんだ!!!)

 

この先には、皆が、大切な人達がいる。ならどうして、アタシが諦められる。

 

「ゆう、しゃは、気合いと!根性ッ!!!」

 

立ち上がったアタシの目に映るのは、矢を構えた青いバーテックスだった。ゆっくり見えたその光景は、光を増していっている。

 

それでも。

 

「...帰るんだから」

 

無意識に、言葉が漏れた。

 

「皆の所に...あいつの、所にっ!!!」

 

やがて、矢が放たれる。目で追うことすらできないその一撃は________

 

 

 

 

 

アタシの隣に、深々と突き刺さった。

 

単純に外したんじゃない。横から飛んできた何かが青いバーテックスにぶつかって、攻撃がずれた。

 

(園子?須美?)

 

咄嗟に二人のことが思い浮かぶけど、その存在がどちらも否定した。

 

それは、上から舞い降りた。機械みたいな翼を広げ、右手には大きなメイス、左手には小さな刀という、あまりにもバランスの悪そうな武器。

 

それが、アタシとバーテックス達の間に割り込み、こちらを向いていた。あいつみたいな黒髪で、目元は壊れかけたバイザーで覆われている。

 

「......生きてるな。なら良い」

 

それだけ言った、声で恐らく男の人だと分かる彼は、もう一度ゆっくり振り返る。視線の先には、さっきの一撃を回復しているのを含めた、三体のバーテックス。

 

「時間は取らせない。すぐに蹴りをつける...お前の魂、一度借りるぞ」

 

その返事をする前に、静かだった睨み合いが苛烈な戦いに変わった。

 

まるで分かりきった攻撃かのように、針のある尻尾も、反射板を利用して飛ばされた矢も、押し潰そうとしてきた反射板も避けて、相手がよろける強烈な一撃をお見舞いする。

 

「もう何回目だと思ってる。いい加減にしろよ」

 

飛ばされた青いのは黄色いのにぶつかり、その隙に赤いのに向けて刀を突き刺す。ガリガリ音を立てて引きずれば亀裂みたいなのが赤いのに走り、やがて光になって消えていく。

 

御霊が出たことに驚く暇もなく、その人は残り二体に迫った。針を刀で弾きながら、矢をスレスレで避けながら、青いのの口を塞ぐようにメイスを突き立てた。

 

隙間から、矢の風圧か何かでバイザーが壊れていくのが見える。

 

「さっさと終わらせるぞ」

 

その言葉は、どこかで聞いたことがある気がした。

 

 

 

 

 

「撤退したか。今は追い返すだけでよかったんだよな...」

 

数分もせずに、その人はアタシの元に降り立った。

 

「ちょっと触るぞ」

「いっ!?」

 

腕とか足とかを触られて、アタシは痛みに耐えながらもされるがままになっている。

 

と思えば、今度はスマホを取られた。

 

「......内臓までは分からないが、外傷で致命的なのはないな。もうすぐ樹海化も解けるし、大赦に連絡も送った。今は安静にしていろ」

 

淡々と言われることを呑み込んでいくうちに、どんどん疑問が出てきた。

 

この人は誰なのか、何で男の人がバーテックスと戦えてるのか、何で樹海とかを知ってるのか、その翼は何なのか。

 

「あ、あのっ」

「ん?」

「え、えと...」

 

詰まりながら出た問いは。

 

「何で、アタシを助けてくれたんですか...?」

「......」

 

それだけの問いに、何かを言いかけたまま、少し止まってしまった。

 

「...今回だけだ」

 

しばらくして出たのは、そんな言葉。

 

「いいか、三ノ輪銀。これは今回だけだ。次はない。次からの戦いも、決して楽ではない...この世界の俺は、こうなれない」

 

怒るような、戸惑うような、どう表現するのが良いのだろう。分からないまま、言葉が続く。

 

「だが、これだけの傷を負って、次があると分かってて、それでもこうして戦うなら。魂が折れてないのなら」

 

アタシより大きな手が、頬に当てられた。

 

「...ッ!?」

「生きろ。生き抜け。お前の大切に思う人のために...いいな?」

 

触れていたのは一瞬。それだけで、彼はすっと立ち上がる。

 

「さて、潮時だ...じゃあな。銀」

「あっ......」

 

手は伸ばせない。一瞬の動揺のうちに、その姿は遠くなってしまった。アタシが空を飛べても、あの翼に追いつける気がしない。

 

「銀ーっ!!」

「ミノさーんっ!!!どこーっ!?」

 

よく聞く声が聞こえて、アタシは緊張の糸が切れたように、樹海に寝転がった。

 

いや、本当だったら、あの声も、顔も、よく見聞きしてる__________

 

意味が分からない。分からないまま、アタシは笑った。

 

 

 

 

 

「...ありがと。頑張るね」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「走らないで!」

「すみませんっ!!」

 

注意されてもやめない走りに明らかに良くない顔をしたけど、それでも走ることをやめなかった。やめられなかった。

 

一秒でも速く、一歩でも速く。

 

『...事故?ですか?』

『え、えぇ...遠足の帰りに。それで、今は病院に』

 

病棟を走り抜く。角を曲がった特別室。

 

「何だ?」

「止まりなさい!」

 

変な仮面をつけた二人が部屋の前にいて、こっちに気づくと立ち塞がるように構える。

 

そんなことで止まるわけにはいかない。この先に彼女がいるのなら。

 

「邪魔だ!!どけっ!!!」

躊躇うことなくスライディングして、大人二人分の手を避けながら通り抜ける。一回転して廊下を蹴り、病室の扉に手をかけた。

 

「銀っ!!!!」

 

部屋にいたのは、二人の女の子と一人の女性。そして、ベッドに寝ているのが__________

 

「あーうん。だと思ったけど色々やり過ぎだって」

 

色んな場所に包帯を巻いて、微笑んでいる幼馴染みだった。

 

「事故で怪我したって聞いて!!心配でっ!!!」

「銀、この人は...?」

「捕まえろ!」

「あー皆ストップ!!一旦ストップ!!!」

 

その声に、後ろに置いてきた大人も、声をかけていた黒髪の子も、俺も止まる。

 

「色々話すことはあるけど。まずアタシは最初にやらせて。椿」

「え?」

 

銀は、微笑みを満面の笑顔に変えた。

 

 

 

 

 

「ただいま!」

「...おかえりっ!!」

 

 

 

 



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花紡ぎの章 16話

「...」

「終わったんだ」

「そうだな」

 

古雪椿が言った場所への移動_____元々俺(ツバキ)が生まれた世界ではない、ある平行世界からの帰りを最後に、俺達の目的は全て終わり、産みの親とも言えるあいつと別れた。

 

久々に味わう無重力感覚は少しだけ懐かしい。

 

『全ての古雪椿なんて救えない...ただ、関わったあいつくらいは。助けれるなら』

『それは、お前が良いと思ってるだけかもしれないぞ。もっと苦しい思いを奴がするかもしれない』

『それでも。ただ利用されただけの存在に、もう関わってしまった存在を、助けられるのに無視するなんて出来ない』

 

「それで、あの世界で戦った、白い勇者服を着た俺がいる世界の三ノ輪銀を助ける。か...」

「その子達の後は見ないの?」

「見ないよ。そんなことに力を使いたくないし、もしあの世界の未来が良くない結果だったら気分悪いだろ」

 

確かに俺はあいつの願いに答え、平行世界の椿を助けた。しかし、もう助けることはできない以上、その世界の結末を知るというのはあまりにももどかしい。

 

「大体、俺達だって全能じゃない。一つの時空の行く末を見守るだけで一杯一杯だろう?」

「...そうだね」

 

ユウが頷いて、しばらく無言が続いた。この時間も嫌いではないが、今回は彼女が何を言うのか悩んでるだけみたいだ。

 

「......」

「どうした?」

「...よかったの?記憶を消して」

「......良い悪いは分からない。消したくはない。だが、消さざるを得なかった」

 

『誰の』なんてのは、言う必要もない。

 

「元は同じ存在が長時間混ざれば、魂が混同していく。俺自身も数ヵ月前よりあいつの影響を色濃く受けたものになってるだろう。逆もそう。問題は、それでもあいつは人間で、俺は精霊だということだ」

 

300年以上意識のある精霊が数ヵ月新しい記憶が刻まれるのと、ただの人間が精霊の記憶を受けとるのでは訳が違う。

 

「確かに記憶を残してやりたいとは思う。だが、その上での生活は古雪椿という人間を破壊する」

「......そっか」

 

俺が一緒だったとはいえ、戦いながらの膨大な情報の記憶、広域の音を聞き分け、ブラックアウト寸前の挙動を繰り返すことを、激動する精神状態で身に付けていく。

 

そんなことをやれば、既に常人の域を越えているに決まっていた。

 

「...納得いってないのは、俺も一緒だ」

 

あの記憶を大切だと思うのは同じ。消したくない心情も理解できる。あの選択も、あの決意も、約束も、絶対無かったことなんかにするべきじゃない。

 

「...やっぱ、変に選択肢があると悩むな」

「そうだね...彼、どうするかな」

「さぁ。今後、少なくともすぐ関係あるのはあの告白だけだと思うけど...俺個人としては、誰を選んでも構わない」

 

敢えて赤の他人を評価するようにするなら、選べる人から選べばいい。皆そのくらい素敵な人達だ。

 

ただ、あの告白をして、約束をした古雪椿と、俺が、同じとして考えるなら。

 

「でも、『同じ俺』として考えるなら...銀以外を選んだ時点で、一発殴るかな」

「またびっくりしちゃうね。何で俺がいるんだーって」

「正直それはもうどうでもいいな...少し寝る。流石に疲れてるっぽい」

「分かった」

「...あまりにもスムーズ過ぎないか?」

 

いつの間にか膝枕されていた俺は、頭を撫でられてすぐに眠気を誘われた。

 

「お疲れ様。今はゆっくり休んでね」

「...あぁ。ありがとう」

「うん。おやすみ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

少し緩めの制服に袖を通す。高校を卒業する頃には、この制服をぴったり着れる身長になれることを祈るばかりだ。

 

一応鏡で身だしなみをチェック。親が気にしてくるのはイベントがある時だけだが、変にしていると誰かしらに言われるようになり、徐々に気にしていった。

 

ミサンガをつけている腕に時計を巻き、最後に服越しにサファイアの硬さを確かめる。

 

「...よし」

 

一人呟いて、俺は自分の部屋を出た。

 

今日も、一日が始まる。

 

 

 

 

 

まぁ、なんかしゃきっとした感じで始めた一日でも、学校の一時間目が始まる頃には普段と同じになっていて。今日も何事もなく、放課後になっていた。

 

(まぁ、この何事もないのが珍しくなくなってきたな...)

 

数ヵ月前まではやれ神婚だ、やれバーテックスだと忙しく、その前は二人でしばらくいたから、この日常が大切なものだというのは理解しているつもりだ。

 

だが、どうしても慣れというものは人を風化、もしくは摩耗させていくもので。

 

(......)

 

戻りたいとは思わない。どうしたらこの今の平和をもっと味わえるのか。

 

「あれ、来てたんだ」

 

そこを考えようとしたところで声をかけられた俺は、思考を中断した。夕日に照らされながら、春信さんが歩いてくる。

 

「珍しいかな?」

「春信さんはよく来るんですか?」

「暇な時はね。僕はもう大赦の人間ではないけど...一番来てるのは安芸さんだよ。今日は来ないらしいけどさ」

 

座っていた横長の椅子から一度立って少しずれると、「ありがとう」と言って落ち着いた所作で隣に座る。音が出ないのがまたらしいというか流石というか。

 

「寧ろ僕は、勇者部の人がいつも来ると思ってたけど、案外来ないんだね」

「大体この後依頼こなしに戻ってくるし、一人で来るのが俺のバイクを待つより早いんですよ。授業と立地的に」

「そっか」

 

春信さんが俺の方を向く。

 

「じゃあ、今日は何でまた?」

「...」

「この前のこと?」

「......まぁ、それはあると思います」

 

数日前、俺は過去に行ったらしい。平行世界で若葉達ともう一度会い、その時仲良くなった人を助けるためにもう一度過去に行くと。

 

『おう。銀、帰ったらちゃんと告白するから待っててくれよな』

 

そんな爆弾発言とキスを置き去りにして。

 

ただ、その日、俺の記憶は朝の分が少しあるだけだった。

 

この話を、俺は逆に信用した。記憶を消された事例が過去にある以上、ちゃんとした記憶がないことは突拍子もない事態を逆に立証している。

 

なら、悩むべきはどういう心境で俺がその行動を取ったのかという考察と__________キスされたのにも関わらず、満更でもない反応をしている彼女の考えを推測することだった。

 

いや、推測なんて大仰な言い方をしなくていい。要は__________俺のこと好きなのではないか。ということだ。

 

キスは流石に、恋人同士がやるものだろう。大昔の外国では挨拶がわりにすると聞いたが、ここは日本の四国の香川だ。

 

であれば、ライクではなく、キスされてもいいと思うくらいには__________

 

しかし俺は、本人から話を聞いていなかった。自分の覚えてない気まずい話をどうやって掘り返すのか。

 

それに、このことを考え始めてから、別のことを思うのだ。まるで誰かに囁かれるように。

 

『貴方を好きなのは、もっと大勢いますよ。遠い過去にいるくらいなのですから』

 

それが本当なのか分からない。ただ、銀の態度を見て_________友奈、東郷、風、樹、夏凜、園子。彼女達の態度が気にならないわけではない。

 

俺に対して、銀と、そんなに違いがあるのかと。

 

いや、独りよがりの妄想なのかもしれない。そんな気がしてならない。だが、かといって無下にできる筈はない。

 

そうして見ていれば、気づかないまま、今までより彼女達のことを見るようになって________

 

「椿君?」

「ッ!?す、すいません。ちょっとボケてました」

 

謝って思考を止める。この考えは一人では堂々巡りをしてしまうから、なるべく止めた方がいいのだ。彼女達のことだから、どうしてもなかなか止まらないのが問題だが。

 

「大丈夫かい?」

「はい...で、ここに来た理由でしたっけ?」

「まぁ、そうだね」

 

今日来たのは、確かに目的がない。目的は、ないが__________

 

「......今日は、いなきゃって思ったんです」

「?」

 

思い出していた出来事があってから、最初の彼女の定期検診。人ならざる力がどうなっているかの確認作業。気づけば、俺はこの大赦管轄の病院に訪れていた。

 

「ここにいて、あいつを待ってなきゃって」

「...あまり、深い意味はなさそうだね?」

「理論も理屈もないですね。ただの意思です」

「そうか...そういうことなら、僕は必要ないかな」

「えっ、見てかないんですか?」

 

立ち上がる春信さんを引き留めようとするも、関係なく廊下を歩きだした。

 

「君が見るならその方がいいだろう。また今度来るさ。よろしくね」

「え、ぁ...」

 

あっという間に角へ消えた春信さんを見て、俺は頭をかく。

 

「全く...あの人は」

「何が全くなの?」

「!?」

 

気づけば、彼女が隣にいた。

 

「いつの間に!?」

「今終わったの。今回も特に異常なし!」

「そ、そうか...」

「でもどうしたの?普段は部室で待ってるじゃん」

 

言われて少し焦る。ここで銀が来るのを無意識に待ってたなんて言ったら、どう解釈されるか分からない。ならば今回は当たり障りのないことを言っとくのも__________

 

「...今日は、言いたくて」

 

しかし、俺の口は、頭は、魂は、全く違うことをしていた。

 

「ちゃんと、お前に」

 

夕暮れはただ俺達を照らす。光を吸い込むように開けた口からは、何故かうまく言葉が出なくて_____

 

 

 

 

 

『なんて言うんですか?椿さん』

 

(_____あぁ、こう言うんだよ。代表してな)

 

「おかえり。銀」

「...おうっ!ただいま!!椿!!」

俺の言葉は、彼女に、満面の笑みを浮かべさせた。

 

 

 

神世紀301年。今日も、勇者部は活動する。

 

離れていても繋がっている、大切な仲間達と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古雪椿は勇者である 花結いの章 花紡ぎの章 完

 

 

 




ここまでで、古雪椿は勇者であるの新たなストーリーは区切りがつきます。無事投稿出来てよかった...ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございます。

今後の詳しい予定とかは、花紡ぎの章の後日談が少し残ってるので、その時に話そうかなと。具体的にはまだ決めてません。

また、今回の花結いの章、花紡ぎの章に関して聞きたいことがありましたら、活動報告にある質問箱に書き込んで頂けると嬉しいです。製作予定の設定集とかに纏めたいので。是非よろしくお願いします。勿論感想、高評価も嬉しいです。喜びます。

ではまた。改めて皆さん、ここまで読んで頂いてありがとうございました!!


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後日談 いつかの彼と彼女達

西暦2018年。白い化物_____バーテックスに人類が襲われて三年。神樹様の結界内で、初めて戦いがあった。

 

壁を抜けてきた敵に対抗するのは、神に選ばれた『八人』の勇者。その結果は完勝と言って差し支えないだろう。

 

この結果に、四国に住む人々は喜び、安堵し、希望を見た。この先に待つ日常を信じて。

 

 

 

 

 

まぁ、私達にとって、そんな前置きはもう関係なかった。それは二回目の戦いで吹っ飛んだわけだから。

 

「麗奈、大丈夫か?」

「うん...大丈夫」

 

最後に扉の外に誰かいないか確認して、扉を閉めた。念のためチェーンロックもしておく。この寮は窓を閉めておけば防音性が高いことも分かっている。

 

「ここまでする必要、あったのかな...?」

「でも本人に聞かれてどうなるか分からないし、他の皆に話すにしても相談はいるでしょ?その前に漏れたんじゃ意味ないし、必要必要」

 

私の部屋に集まったのは四人。秋原雪花さん、白鳥歌野さん、藤森水都さん、そしてなっち_____古波蔵棗。

 

私、緋之宮麗奈を含めた五人には共通点がある。今日はそのことに関してだ。私達は勇者、巫女、一般人と立場は違うけど、皆四国の外から避難してきた人で__________

 

「じゃあ、全員揃ったし、早速始めましょうか」

 

そう言って、白鳥さんが最初の言葉を口にした。

 

「古雪椿さんって、石榴さんよね?」

 

 

 

 

 

古雪椿さん。乃木若葉さんと上里ひなたさんが倒れている所を発見、直後にバーテックスとの戦いが始まった。私みたいな一般人は当然、勇者以外の人は動かなくなる神樹様の結界内で、動いていただけでなく、乙女にしかなれないという勇者っぽい姿になり、神様がバーテックスと戦えるよう用意した樹海で戦ったらしい。

 

それから、私達が生活する丸亀に来て、一緒に生活することになった。記憶が曖昧になってて、迷惑をかけるかもしれないがよろしく頼むと。

 

これだけなら、謎は多いものの手助けしなきゃいけない人だな。で済む。実際、ずっと四国にいた皆はそんな感じだ。

 

ただ、私達はそんな場合じゃない。なっちは戦いから戻ってきてからすぐに私に言った。

 

『石榴が来た』

 

海来石榴さん。かつてそれぞれの地域で戦っていた人々を、四国まで避難させた立役者。その正体は神の使いで、現在は役目を果たしたからか消えてしまった。というのがここにいる五人以外の認識だ。

 

ただ、私達は知っている。バイザーに隠されていた素顔も 、未来から来たという素性も、勇者と巫女を四国に送るために来たという目的も。

 

その上で、『あの人は古雪椿って言うんだ。仲良くなれるよう頑張ろう!』なんて思えるはずがなかった。いや仲良くなりたいとは思うけど、私達としては驚きの方が勝っている。

 

それに、あちらはこっちのことを誰も覚えてないみたいで_____それで急遽開かれたのが、この『北海道、諏訪、沖縄組の緊急会議』だった。

 

「間違いない。あいつは石榴だ。海も言っている」

「あの勇者服、細かい所とか、あのデカイ武器とかは違うけど、ほとんどあの人のだったし、状況証拠的にもまぁ確定で良いと思うよ」

「そうよね。そこは皆想像した通りよね...ていうか石榴さん、これが分かってて顔を隠してたのかしら」

「それ以外バレバレだけど」

「顔も見たことがある」

『......』

「え、えっと、バレたら仕方ないくらいに割りきってたのかもしれません!」

 

黙り込んだ全員に、巫女の藤森さんがフォローをいれた。確かに、あの勇者服とかが変えられなかった時点でバレることは考えていたのかもしれない。

 

「ひとまず置いときましょうか。ここで話してても分からないし」

「とりあえず古雪椿と海来石榴が同一人物だとして...古雪さんの方は、私達のこと全く覚えてなさそうですね」

「記憶を失くしたか、それとも...海来石榴の方が後の時代の人物か」

「...多分、後なんだろうね」

 

詳しい経緯は分からないけど、多分古雪さんがこの時代で過ごして(異世界とも言ってたから、別かもしれない)、私達(というか私以外のここにいる人達)のことを知り、名前を変えて助けに来た_________

 

「そうよねぇ...アメージングだわ」

「勇者の時も確かに強かったけど、空を飛んでるわけじゃないし、おっきな武器を構えてるわけでもないし」

「あの刀には覚えがある。私が持った時はもう少し小さかったと思うが」

「...謎だらけ、だね」

「じゃあまた話を変えて...あの古雪さん、記憶がないって言ってたけど、信じる?」

 

秋原さんに言われたことには、全員が否定した。

 

「だよねー。あんだけ戦えてるわけだし」

「本当に記憶を失くしている。というより、未来から来たことを隠すための言い訳と捉えた方がしっくりくるな」

「そうよね。大社はすぐに住所とか探しそうだし......」

「?うたのん?」

「...うぅん。何でもないわ、みーちゃん」

 

白鳥さんは何か考えるような態度を取ったものの、特に何もなく。

 

「...助けてもらったけど、あまり知ってること多くないよね。私達」

「本人が色々隠してそうだったから仕方ないでしょ」

「そうだね。他の人よりは色々知ってると思うけど......」

「では、そのことを知ってる上で、あの古雪椿について、どうする?」

 

なっちの言葉は当然で、私達の返事も決まっていた。元より今日の集まりは、これを再確認するためなのだから。

 

「未来から来たことを知られたくないなら、私達は黙ってるでしょ。一般の人はまだ気づいてないみたいだし」

「その上で何か出来ることを協力する!!」

「そうだよね...今度は私達が何かできればいいな」

「一番暇なの、きっと私だよね...勇者でも巫女でもない、ただの一般人だし。任せて」

「......よし」

「確認するまでもなかった?」

「いや、意思疏通は大事だろう。外では話せないし」

「...でも、あの人がここに来たってことは、また何か起きるんでしょうね」

「皆で力を合わせれば大丈夫よ!!」

 

白鳥さんの言葉に根拠なんてないのかもしれない。それでも、ここにいる私達は全員、その言葉に頷いた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あら、椿さん」

「白鳥」

「もう...歌野って呼んでくださいよ。そんな他人行儀な」

「他人だろ。別に」

「......」

「っ」

 

私が伸ばした手を反射的に弾こうとした椿さんは、結局その手を戻していた。私は難なく椿さんの頬を摘まむ。

 

「何するんだよ」

「冷たいことを言うそんな口はこうです」

「いふぁい...」

「ふふっ」

 

警戒心の強い猫を相手してるみたいと言ったら、本人は怒るだろうか。

 

(何に警戒して...怯えているのかしら?)

 

「それにしても、朝早いですね」

「...体を動かしたくなっただけだ。そっちこそ早くないか?」

「そりゃ早いですよ!見てください!」

「......畑?」

 

頬を擦りながら椿さんが見た先は、 私が作り上げた農場。

 

「凄いでしょう!!私が一から作り上げたんですよ!!最近は形になってきて、そろそろ収穫できるものもあるんです!!」

「...農作業が趣味なのか?お前は」

「いずれ農業王になる女なので!」

「へーっ...畑、か」

「折角ですし、少し手伝ってくれませんか?これから水やりをするんです」

「...まぁ、そのくらいなら」

 

決まれば流れは早く、いつも通りだ。椿さんは言った通りの水を撒いてくれて、葉はより青々と、地面はより黒くなっていく。

 

「椿さん上手ですね!」

「水やりに上手も下手もあるのか?」

「ありますよ。見てください、私の野菜たちが喜んでいます!」

「感覚派かよ...」

「もしかして、記憶を失くす前は農業や園芸をしていたとかないですか?」

「......その辺に関しては、全く記憶にないな」

 

どこか気まずそうな椿さんは、話題を変えるように口を開いた。

 

「それにしても、農作業か」

「どうかしました?」

「...よくやるなって。趣味を否定するつもりはない。けど、勇者として特訓したり授業を受けたりして、星屑...バーテックスと戦う中で、早起きして色々やるの。どうしても負担だろう」

「...私とみーちゃんが諏訪から四国へきた勇者と巫女だというのは、もう知ってますよね。あの頃からやっていたので、負担だなんて思いません」

 

この光景は、努力して手に入れたものではあるけど、嫌々やったものではない。

 

それに。

 

「それに、私はこうした日常を望んで、この四国まで来たんですから」

 

畑を耕して、作物を育てて、蕎麦を食べて。そうした日常を続けるために、あの人の話に乗ったのだ。

 

「......そうか」

「はい。私の大切な部分です」

「...ちゃんと育つといいな」

「育ちます。私が育てますし、椿さんも育ててくれたんですから!」

「ただ水やり一回しただけだっての」

「じゃあ、また来てくれますか?」

「...考えとく」

「はい!!」

 

そっぼを向いた椿さんに笑みを浮かべ、私はもう一つ、少し離れた場所で、水を垂らす。

 

「そっちは...何だ?野菜ではなさそうだが」

「そうですね。これは違います。これは『椿』の苗木です」

「!!」

「はい。貴方と同じ名前ですね」

「なんでまた、これだけを?」

「......多分、納得して貰えるだけの理由は言えないと思います」

 

理由を言うなら、なんとなくになってしまう。詳しく言うなら、『石榴さん(貴方)が呟いたから』になってしまう。

 

「この木を育てて、花を咲かせて、それを見たいと思ったんです」

「...そうか」

「ところで、調べたんですけど椿って海に石榴と書いても『海石榴(つばき)』と読むみたいですよ?」

「へー...知らなかった」

 

(知らなそうですね。本当に)

 

「......椿さん」

「ん?」

「ちょっといいですか?」

「何を?これ以外にも何かあったり」

「いえ。ちょっと動かず、目を閉じてください」

「...何で?」

「いいですから。もうほっぺた摘まんだりしませんから」

 

怪しんだ目をしながらも、渋々といった様子で目を閉じる椿さん。

 

「動いちゃダメですよ?」

「分かったよ」

 

『もしも『俺達』が潰れそうになったら』

 

諏訪で、石榴さんから言われた言葉。

 

『その時は、お前達が発破をかけてやってくれ。頼むな』

 

その意味が、今目の前にいる椿さんのことを指すなら。

 

「!?」

「ぎゅー...」

「えっ、は!?歌野!?」

「動いちゃダメって言いましたよ!」

「っ、あ、ぅ......」

 

顔は見れないけど、抵抗しようとしていた力は少しずつ抜けていった。

 

「記憶が失くなって、いきなり知らない人と生活するって、凄く不安だと思うんです」

「!」

「なので、少しでも暖かく感じてもらえれば良いなって...だからほら。ね?」

「......」

 

ここで何か言い訳するなら、私に記憶の欠落を疑われることになる。まだ私と仲良くない椿さんは、きっとそんな行動はしない。

 

「椿さん。覚えておいてください。貴方の力になろうと思ってる人は、ちゃんといますので」

「!!」

「はいっ。終わりです。もしよかったらまた言ってくださいね」

「......頼まないだろ」

 

そう言う椿さんは、さっき会った時より、どこか楽そうで。

 

「じゃあ、私が勝手にやりますね!!」

 

私はもっと椿さんに笑って見せた。

 

「...それも勘弁してくれ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

「これで終わりだな」

 

椿の伸ばした木刀が、若葉の喉元に迫る。当たっていないのは双方の技量が高いからだろう。

 

「すっげぇ...」

「若葉ちゃんに勝っちゃった...」

 

隣でそんな呟きが聞こえたが、私はただ一点を見ている。

 

(...凄い目付きだな)

 

バイザーで隠れていた中でも、あぁはなっていないだろうと思えるような、真っ暗な夜空を映したような瞳。若葉との戦いが長引くにつれて、椿の瞳はそうなっていった。

 

(......)

 

今の椿が来たくもない世界でこんなことをしているなら、あんな瞳になるのも分かる。気がする。

 

だから、私は前に出た。

 

「椿」

「古波蔵」

「私とも戦ってほしい。連戦で悪いが」

「......いや、平気だ」

 

木刀を二本構える姿は、彼と重ならない。かといって、彼と目の前の存在が別だとは全く思えない。

 

「ついでに、一ついいだろうか」

「ん?」

「大きめの木刀二本。何故それを選んだ?」

「......」

「興味本意だ」

 

彼の武器にそれはなかった。

 

「...かっこいいだろ?」

「それでいいのか?」

 

困惑と苛立ち。夜を見せた椿の瞳が揺れる。

 

「...俺の武器だ。これが」

 

やがて呟かれた、決意と覚悟が乗った言葉に、私は思わず__________

 

「大切なのだな。その想いは」

「ッ!!」

「答えてくれてありがとう...嬉しいぞ」

 

椿ははぐらかすことなく、気持ちをぶつけてきてくれた。ならば、私は私自身でもって返す。

 

「私も全力でいく。お前のこと、もっと教えてくれ」

 

 

 

 

 

「はい、なっち」

「ありがとう。麗奈」

 

タオルを受け取って、体についた水を拭いていく。大体拭き取れば、シャワー室から出て服を着る。

 

「それにしてもびっくりした。突然戦おうとするからさ。それも、最初にあんな質問して」

「...私は、会話で全部の思いを伝えられるほど、口が上手くない。だが、椿のことをもっと知りたかった」

 

四国に来てから支給された制服は、若葉達と同じものだ。やっと慣れてきたのか、新品の匂いは消えている。

 

「石榴と椿は同じであり違う。今いるのは椿だ。だったら、ちゃんと椿のことを知りたい」

「それで戦ったの?」

「負けたがな」

 

戦っていく最中、椿の目はまた夜を_____いや、光のない深海を見せていた。

 

「だが、あの目は変えたい」

「目?」

「強い目だった...だが、椿らしくも、石榴らしくもない。気がする」

「気がするって...また海?」

 

麗奈の言葉に、私は首を横に振った。

 

「私の勘だ...このことは海でも何でもいい。ただ、より知れるといいな」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ありがとうございます」

「別に...頼まれたからな」

 

古雪さんは、迷って買った紅茶を飲んだ。

 

(あれだけ悩んでたの、みかん好きなのかな?)

 

「でも、この量の買い物...今までも一人で来てたのか?」

「いえ。普段はうたのんだったり、他の人にお願いしていたんですが......今日は都合が噛み合わなくて」

 

両手に持っているのは、皆の生活用品。これは前々から、なるべく勇者の皆にやらせないよう私が率先してやり始めたことだ。

 

「そうか...大社に頼めばやってくれるだろうに」

「皆の生活用品は、自分で揃えたいなと思ったんです......私、大社のことあまり信用してないので」

 

私の呟きに、古雪さんが少し目を大きくした。

 

「分かっていますよ。巫女らしくない発言だということは...私とうたのんが諏訪から避難してきたことは知ってますよね?」

「あぁ」

「諏訪は、うたのんは、三年近く、一人で皆を守り続けてくれたんです。その間、連絡を取り合っていた四国の大社は、連絡を取ってきただけでした」

「...」

「こっちの事情があったことは、分かります。それでも、納得できない気持ちもあるんです......貴方の方が、信用できる」

「それはないだろ?自分で言うのもあれだが、俺は記憶が曖昧で勇者と遜色なく戦える男だぞ?」

 

古雪さんの言葉に、私は首を横に振った。

 

「戦ってくれてるじゃないですか。うたのん達と一緒に戦ってくれて、私達を守ってくれている。命を助けてもらってる人を、少なくとも後ろ向きに捉えられません」

「...別に、俺はそんな高尚な理念の元動いてる訳じゃない」

「この際、貴方がどう思っていても関係ありません」

「!」

 

私らしくない強い口調なのは、脳裏にあの人のことがあるからだろう。

 

「いいですか?古雪さん。これはただの取り引きです。貴方は命をかけて戦う。その分、私は出来ることを貴方にする。やってくれただけ、貴方の味方につく。最悪、そこに感情はなくてもいいです。私のことは信用しなくてもいい」

 

海来さんは、私に取り引きを持ちかけた。私達を生き残らせるための取り引き。

 

なら、私は同じように古雪さんと取り引きをする。悩んでいるこの人を支えられるように。

 

「私を利用するくらいでいいですから。それなら、気楽ですか?」

「......巫女らしくないな。お前」

「誰かの影響かもしれません...あれだけ言いましたけど、お互いのことを知って、信頼していければなとも思ってます...何かあれば遠慮なく言ってくださいね」

「......考えとくよ」

 

そう言って、古雪さんは紅茶を飲む。私はその光景を直視せず、顔をそらした。

 

(...変なこと、言ってないよね?ぐいぐい行ったみたいじゃないよね??)

 

らしくなく大胆な言い方をした自分の、赤くなった頬を隠すために。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「おっ、奇遇ですね」

「秋原か」

 

寮への帰り道、まだ歩いて十分はかかるだろう所で、ばったり古雪さんと会った。

 

「...買い物帰りか?」

「はい。流石に長年使ってた眼鏡とおさらばしようかと思いまして...どうです?印象変わりました?」

「......フレームも色もほとんど前と変わらないだろ」

「あ、バレてます?」

 

確かに、今私がかけている新しい眼鏡と、箱にしまっている古い眼鏡は、ほとんど違いがない。

 

(...ちゃんと、見てるんですね)

 

それが好意があるとか、そんなことは微塵も思わない。むしろ逆、そんな細かいことを覚える程に、私達を警戒している。

 

今の彼も謎が多いけど、態度から他の人より察するとこができていた。

 

(きっと似てるからなんだろうな。私に)

 

どことなく、自分を客観視している時と重なることがある。とはいえ違いも当然あるけど。

 

「ところで古雪さんは?休日とはいえお出掛けは珍しいですよね?いっつも部屋にいる印象でした」

「......なんとなく、歩きたくなって。散歩だよ」

 

古雪さんはどこか迷いながらそう言った。

 

「そうでしたか。今日の天気は散歩に適してますし、いいですね」

「そうだな。風も爽やかだ」

「まだ歩きます?私はこのまま帰りますけど」

「...いや、俺もここまでにする」

「じゃあ一緒に帰りましょうか」

 

私達は横並びで歩き始める。添えるのは他愛もない話だ。

 

「勇者様!お兄さん!!」

「?」

 

そんな時、私達は声をかけられた。振り向くと、女の子と、大人が何人か。

 

私はその姿に見覚えがある。

 

「これ優衣(ゆい)」

「こんにちは!」

「こんにちは。元気だね」

「...えっと、お兄さんってのは、俺でいいのか?」

「?お兄さんでしょ??」

「......まぁ、そうか」

 

北海道から一緒に避難してきた人の一人。そして、私が海来さんと出会った時に守っていた子。

 

「すみません勇者様。そこのお方も」

「いえ。気にしてませんよ」

「...はい。自分も特には」

 

その言葉を聞いて、私は反応しそうになったのを抑える。この人は多分勇者を近くで見ようと寄ってきた女の子に見えてるのかもしれない。

 

でも、この女の子が古雪さんを『お兄さん』と呼んだのは__________

 

(どうしたもんかねぇ...)

 

「ねぇねぇ勇者様、お兄さん。一緒に写真撮って!」

「写真?」

「え、俺も?」

「うん!」

「...どうする?」

「私は別に構いませんよ?」

「......まぁ、じゃあ」

「やったー!!」

 

女の子が持っていた携帯はすぐにつけられて、テキパキ準備が進んでいく。

 

「小さい子の頼みは断れませんか?」

「別に、無下に扱うこともないだろ...」

 

『振り回されるのには慣れている』と言わんばかりに、やると決めてからの古雪さんの動きも早く。女の子の隣にしゃがんでカメラの方を向いていた。

 

「こんな感じでいいか?」

 

(...この人の素は、こんな感じなのかな)

 

私はそれを見て、ちょっと微笑んで。

 

「私も混ぜてくださいよ!」

 

女の子を挟む形で写り込んだ。

 

 

 

 

 

「勇者様、お兄さん。北海道からずっと、守ってくれてありがとう!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「んっ...」

 

大きめの音が響き、寝ぼけた頭はなんとかスマホの目覚ましを消す。すぐそばのカーテンを開ければ、見事なまでの快晴だ。

 

「......」

 

過去に来てから幾らかが過ぎた。最初からここに来てしまった理由も、帰る条件も明確にはなってないが、こちらの生活も問題なく過ごせるくらいにはなった。

 

「...はぁ」

 

今の俺の目的は、勇者の守護。戦い続ける彼女達の隣で戦う力が俺には残ってる。

 

(あんだけ数がいるとなぁ)

 

とはいえ、生活するメンバーが気心の知れない女子ばかりというのは、どうにもやりにくさがあった。

 

特に、少し前に四国へ避難してきたという彼女達。

 

理由は分からない。ただ、何か感じることがある。視線というか、言動というか、何というか。

 

(...俺は、帰る。元の時代に。勇者部に)

 

目的を果たし、何事もなかったかのように元の時代に戻る。全てはそのために。

 

『椿さん。覚えておいてください。貴方の力になろうと思ってる人は、ちゃんといますので』

 

「......行くか」

 

窓に背を向けて、俺は登校の準備をする。

 

鏡に映るその顔は________今から行く先を、まんざらでもないと思っているように見えた。

 

 

 



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後日談 彼と彼女達のこれから

バレンタイン短編出そうと思ってるので、その前に後日談を出しきりたいと思います。

ちなみにバレンタイン短編は、例のあれではないと思いますが突然高熱を出してまだ書き上げられてないので、明日投稿できるかは不明です。よろしくお願いします。

では本編を。


「成る程。面白い仮説だ」

 

そう言って、春信さんはジャスミン茶を一口飲んだ。さっき食べた肉の油を落としているのだろう。

 

「...俺が言うのもおかしいですけど、貴方、よく信じますね」

「先の一件もあるし、君がこんな嘘をつかないことも知っている。仮についていても、ここまで連れてきたら罪悪感を覚えるだろう?」

「だからこの店なんですか...」

 

高級中華料理店の一室。俺は恐る恐る、四桁の値段がついていた炒飯を口にした。

 

「まぁ、僕から見ても、この前の君の行動はおかしいと思ったし、色々あるのさ...さて、じゃあ、情報を整理しようか」

「......」

「以前、君は一夜にして過去を訪れ、歴史を変えた。これは君の記憶もあり、精霊ツバキの存在、君向けに送られている物が乃木家にあったことから、間違いないと見ていいだろう」

 

俺の胸にあるサファイアを指差し、春信さんは続ける。

 

「そして先日。君が僕に電話をしてきたあの日、伝えていない筈のレイルクスの調整をさせて、過去にもう一度戻ると言って消えた。しかし、約一日経って戻ってきた君は、そのことを覚えていない」

「はい」

「そこで君は、過去に神樹様から記憶を消されたことがあったから、今回も同様なんじゃないかと考えた。そして、調べを進めていくうちに...一つの仮定を作り出した」

「...この、『ザクロ』という記述」

 

乃木家では見つからず、大赦の書類を漁っていた時に見つけた手がかり。

 

「幾つかの地域の人間を、四国へ送り届けた神の遣い。この中には勇者、巫女が含まれていたが、君の知る勇者とは数が合わない。君が過去を訪れたときもそんな存在は聞かなかった。そこで、これをしたのが先日の君だという仮説を立て、僕に話をしに来た」

「はい」

 

何故『ザクロ』という名前なのかは分からないが、そう考えれば辻褄は合う気がするのだ。

 

春信さんは、一度考え込むような仕草をする。

 

「もう一度言おう。これは面白い仮説だ。十分可能性のある考察だ」

「...」

「だが、これは僕達では立証しようのない考察でもある」

「それは」

「乃木家には保管されていたのは、君が会ったことのない勇者を含めた『古雪椿』について。もしここにその存在が記録されていれば違っただろうけど...寧ろ、当時の勇者がその存在と君を結びつけているなら、その記述や写真が残ってないのはおかしい」

 

「そして」と、指を二本立てる春信さん。

 

「君は大赦に保管されていた古めかしい書物と、乃木家に保管されていた資料、どちらを信じる?」

「......でも、確かにこの勇者達に関しては記憶がないんです」

 

特に白鳥歌野という人物は、その結末をこの目で見てきたはずで__________

 

「...まず、ここでその議論をしてもいたちごっこになるということは分かるね?僕は君の記憶を頼りに話を聞くことしかできず、その君は記憶がない。あるのは同じ資料だけ」

「それは、分かります」

「その上で。僕は...君の記憶を消した人物はいる。そして、苦渋の決断で消したんじゃないかと考える」

「えっ?」

 

予想外の切り返しに、俺は若干声が裏返った。

 

「記憶を消したのが、今は亡き神樹様なのかも分からないから...仮に、その対象を『X』とでもしておこう。推理小説でよくある仮定の仕方だ」

「はぁ」

「Xは確かに君の行動に干渉し、記憶を消した。これは過去に行った行かないは関係なく、この前の君の突飛な行動をさせて、その記憶が思い出せないことからも確定としよう」

「はい」

「じゃあここで、去年のことを思い出して欲しい。東郷美森の記憶を神樹様に忘れさせられた時のことだ」

「...」

「あの時は、記憶を消され、写真や名簿からもその存在を消されていた。そうだね?」

「......そうですね。大赦に聞くまでは、あいつのことを思い出した俺達しか分かりませんでした。他の人は、基本的に何も」

 

下を見る。ジャスミン茶の透き通った水面が、俺の顔を映す。

 

「今度は一度過去に行った時のことだ。その時の記憶は鮮明にある。詳しくは聞かないが心当たりもある。そうだね」

「はい」

 

思い返される彼女の姿。彼女が俺の記憶を消すことはなく、この世界への影響も少なくしてくれた。

 

「では、今回はどうか。結論を先に言うなら、中途半端だ」

「...」

「消したのは君の記憶だけ。残存する資料には確信に至れないレベルというだけで、何個も情報が転がっている。X本人が疑ってくださいと言っているようなものだ。当然、神樹様の力がないため、消せる記憶量が減った。なんて可能性もあるけど...状況から推測するに、『敢えて』記憶以外を残したようにも思える」

「それは...」

 

言われてみて、確かにそう思う。神なら全て消すし、彼女なら何かしら残す時、告げてきそうではある。

 

「ならば、何故Xはその『敢えて』をしたのかという話になるけど...」

「本来消したくなかったが、何かしら理由があって消さないといけなくなった。だからそのXは、苦渋の決断で最低限の記憶だけを抜き去った。と?」

「僕の結論ではね。その結果が君の周りで起きているちぐはぐさだと...最も、真相はX本人に聞くしかないんだろうけど」

「...」

「僕としては、これ以上探しようがないし、忘れろとは言わないけど、気にせず生活した方が良いと思ってる」

「それは」

「もしXが君のために記憶を消したなら、記憶を思い出すことで、何か悪いことが起きるかもしれない...その可能性がある以上、やぶ蛇をつつくような行為は、おすすめできないかな。現に、他の部分、他の勇者に関しては何も問題ないようだし」

「......」

 

話を聞いて、感じたのは_____

 

(なんなんだろう、これ)

 

どこか変な、違和感だった。

 

「......」

「どうしたんだい?」

 

春信さんを見る。何か変なことを感じたまま________俺は、それを口にした。

 

「春信さん。貴方、何か知ってますか?」

「何かって、何を?」

「何か...俺の知らない、何かを」

 

話してることも、普段のこの人ならこう言う。きっとそうだ。だが、敢えて言うのなら__________

 

「貴方の言葉が、『真実を言い過ぎている』気がして」

 

まるで、正解を知っていて、その中から言葉を選んでるような。

 

「気のせいですか...?」

「......」

 

春信さんは、黙ってしまった。

 

「貴方は、何を知ってるんです?」

「...」

「答えられないんですか?」

「...ふふっ。そんな焦った顔をしないでくれ」

 

春信さんは意地悪な笑みを浮かべ「ごめんごめん」と繰り返した。

 

「確かに君の知らないことを知ってると思うよ。ただ、どう説明しようかなと少し考えてしまって。ごめんね」

「やめてくださいよ...貴方すぐ悪役になれそうなんですから」

「褒め言葉として受け取っとくよ...ちょっと待って」

 

何かをスマホに打ち込み始めた春信さん。その答えはすぐに俺のスマホに映された。

 

「これは...?」

「以前君に相談されたことがある。今の話を聞いて、もしかしたら手がかりとなるかもしれない。具体的な話はそこで聞くといいよ。そうだな...夏凜と一緒に行くといい」

「はぁ...」

「僕の方でも少し調べてみよう。とはいえもう大赦の人間ではないし、あまり期待はしないでね」

 

 

 

 

 

「それで、ここがその目的地だと」

「まぁ、そうなんだが...覚えあるか?」

「ないわね」

 

春信さんに教えられた住所の先は、ごく普通の一軒家だった。俺の記憶にはなく、夏凜も首を横に振る。

 

「まぁ、何かしら分かればいいけど...」

 

そう思い、俺はインターホンを押した。あまり間を置かずに、相手の声が聞こえる。

 

『あれ、椿さん?』

「!?」

「えっ、ここが?」

『夏凜さんもいるんですか。待っててくださいね』

 

すぐに切れるインターホン。しかし、俺は動くことができない。

 

(何で俺の名前を!?)

 

声を聞いた限りでは、知り合いにはいないものだった筈。

 

「夏凜!何か知ってるのか!?」

「何言ってるの?知ってるも何も、前に依頼に来た子じゃない」

「へ...?」

「いらっしゃいませ!どうぞ中に!!」

 

玄関を開けた名も知らない女の子は、笑みを浮かべて俺達を誘うのだった。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「どうぞ!」

「あ、あぁ。ありがたく頂くよ...」

 

戸惑いながら、椿がお茶を飲む。本人からすれば、知らない人の家で飲むんだから無理はないのかもしれない。

 

『この前の話と同じで、俺この人に関する記憶ない。上手いこと話を通してくれないか?』

 

家に入る直前、そんなことを言われた私は、何を言ってるんだと思うと同時に、どこか納得がいった。

 

兄貴がこの場所を指定して、私を付き添いに呼ばせたのは、そう言うことなんだろう。

 

(事前に説明しておいてくれてもいいじゃない...)

 

私も家に来たのは初めてだったから、驚いてしまった。

 

とはいえ、接点が少ないということは、逆に話す内容が短く分かりやすいということだ。

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

「この前の依頼について、もう一度聞き直したいと思ってね。お願いできる?」

「それはいいですけど...連絡くれれば部室に向かいましたのに」

「わざわざ二回来させるのは酷だからさ。それで...写真あるかしら?」

「はい。ちょっと待っててくださいね」

 

リビングを出ていく彼女を見送って、私は椿の方を向いた。

 

「名前は皆川優衣(みなかわ ゆい)、私達と同級生。前に勇者部に依頼を持ってきたの」

「内容は?」

「これから持ってくる写真に関係してる。詳しく話してる暇はないわね。それからは、あの子が入ってるサバゲー部と何回か対戦して交流があるわ」

「俺はなんて呼んでた?」

「優衣ちゃんって呼んでたわ。本人が希望して」

「希望して...?まぁ分かった。ありがとう」

 

素早いやり取りが終わった瞬間、扉が開く。

 

「お待たせしました」

「待ってないわ。というか、突然ごめんね」

「いえ!それで、この前もお見せした写真です」

「ッ!!?」

 

見た瞬間、椿の息を飲むのが伝わった。前よりも凄く驚いてる様子だ。

 

(えっと...そっか。椿としては知った状態で見たことないのかしら)

 

優衣が初めて勇者部を訪れたのは去年の秋。その時も椿はこの写真を見ているけど、本人が過去に行ったのは皆の学年が上がってから。

 

だからこの写真を_____古ぼけた、でもしっかり椿だと分かる写真を、過去から戻ってきてから見てないのだろう。

 

「改めて見ると、本当似てるわね...」

「今でもそう思っちゃいますよ。やっぱり」

「これが、皆川家にずっとあるんでしょ?」

「はい」

「...椿、もっかいじっくり見比べてて。私達で改めて整理しましょ」

 

椿を敢えて放置して、私達で話を進めていく。

 

この古ぼけた写真は、皆川家に昔から、それこそ西暦の終わり頃からある写真らしい。そして、疑問を持った優衣が、勇者部に依頼を出してきた。

 

『この写真の人、椿さんの御先祖様じゃないか、確認ってできますか?』

 

写真は二枚。内容は、ある男子の物が一枚と、その男子と、小さい女の子、それから、眼鏡をかけた男子と同じくらいの女子が写った一枚。

 

男子というのは言うまでもなく椿で、小さい女の子は優衣の御先祖様らしい。女子の方は_____何か引っかかるものがあったけど、見覚えはない。

 

『元々勇者部さんには、サバゲーの対戦相手をして欲しくて依頼を出そうとしたんです。ただ、ホームページに載っている椿さんの顔があまりにもそっくりだったので...』

 

今の状況を照らし合わせると、この写真の椿と隣に座っている椿はイコールなんだろう。前に話を聞いた時には、こんな写真を撮ったことは聞かなかったけど。

 

『詳しいことはもう分からないんですけど、御先祖様、この人に命を救ってもらったらしくて。ちゃんとお礼をする前に消えてしまったらしいんです。私はもうほとんど関係ない立場ではありますが...これだけ顔が似てるのですし、もし椿さんの御先祖様にこの方に関する物があれば、御先祖様に、感謝する相手だけでも伝えられるかなと』

 

当時言われたのはそんな内容で、当時の椿は自分の家を漁っていた。

 

『古雪家は乃木家や上里家のように、歴史的な家庭でも、古くからの伝統を重んじてるわけじゃないしな...家系図漁ってあるのか?』

 

しかし、結果としては何も見つからず。真相は謎のままだった。

 

(でも...)

 

話を振り返り、ちらりと椿の方を向く。

 

あの時とは状況が明らかに違う。兄貴が優衣の家を指定したことといい、何か違うことが__________

 

「椿?」

「椿さん?」

「......」

 

椿は、片手で写真を持ち、片手で頭を抑え、どこか苦しそうだった。

 

「ちょっと、大丈夫?」

「...あぁ。大丈夫」

 

頭を振りかぶり、一度お茶を飲んだ椿は、深呼吸してから呟いた。

 

「やぶ蛇。か」

「え?」

「優衣、ちゃん」

「はい?」

「この写真以外に、昔の写真は無かったんだよな?」

「そ、そうですね」

「じゃあ、抵抗がなければ、君の昔の写真、見せてもらってもいいか?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「それで」

「ん?」

「収穫はあったの?」

 

夏凜が煮干しを食べながら聞いてきたのに対し、俺は慣れ親しんだみかんジュースを飲み込んでから口を開いた。

 

「あったというか、なかったというか」

「?」

 

今いるのはイネスのフードコート。皆川優衣という彼女の家は、もう一度古雪家を漁って300年前の命の恩人について探してみると伝え、お開きとなった。

 

「具体的なことは、もう少し自分の中で纏めてから説明したい。ただ言えることは、皆川優衣の御先祖様と写真を撮ったことは、覚えてる、ような気がする」

「随分曖昧ね」

「そうだな。自分でもそう思う」

 

あまりにも不確定で未確認。だがあの写真を見た時、確かに感じたのだ。この写真を撮ったのだと。

 

『北海道からずっと、守ってくれてありがとう!!』

 

その言葉の意味など、何一つ覚えなどないのに。いや、言葉そのものは『今』覚えているが、俺は四国から出たことなどほぼないのに。

 

そして、もう一人の少女についても。

 

「?メール?」

「園子にさっき、確認を取って貰うよう連絡したんだ。ビンゴだったみたいだな」

 

メールと中身を夏凜に見せる。

 

『秋原雪花って名前の勇者はいたみたいだよ~!確認しました!!』

「秋原、雪花...」

「さっきの写真で俺の隣に写ってた女子だ。北海道から四国へ避難してきた勇者」

「北海道って...元々の日本の最北にある?」

「あぁ。寒くて試される大地とか呼ばれる、北海道」

 

俺はその勇者の存在を『知らないし知っている』

 

「でも椿、前にそんな人のこと言ってたっけ?」

「言ってない。そんな記憶はない。あの時代の四国勇者は五人、それだけなはず」

「じゃあなんで」

「だが。四国勇者が『八人』の時の記憶が、ある」

「......どういうこと?」

 

自分で言ってても上手く呑み込めてない。だが、そうとしか表現ができない。

 

「...俺が過去へ行ったのは一度だけだ。だが、さっきの写真を見て、今の俺には、その記憶と、もう一つ、記憶がある。勇者や周りの仲間が多かった記憶が」

「??」

「...うん。そんな顔するのは分かる。伝えやすい言い方をするなら、あの写真を見たら、やった覚えのない記憶が急に思い出されたんだ」

 

雪花も、歌野も、棗もいる。優衣の祖先であろう子供が雪花の元へ遊びに来たり、水都と麗奈が話している姿が思い出される。

 

「......自分でも戸惑ってるし、頭が痛かった」

「だ、大丈夫なの?あんた。体調とか...」

「体調は平気だ...けど、この記憶についてもっと知りたいとは、今は思えない怖さがある」

 

確かにこの先を知ることは、きっと俺の思い出せないことが分かるだろう。

 

だが一方で、この先を知ることを躊躇う俺もいた。さっきの頭痛以上の何かが、自分が壊れてしまいそうな何かがきそうな気がして。

 

「...どうするの?」

「......今詮索するのは、やぶ蛇かもしれないからな。ここで大人しくすることにするよ」

 

春信さんが言っていたXがこの事態を引き起こしているなら、確かに俺の記憶を返そうとしてるのかもしれない。

 

それを、まだまだ全国の復興が必要な今、闇雲に漁る必要はない。

 

もし何か時が来れば、Xが返してくれるかもしれないし__________

 

(欲しさはある。が......)

 

今、この日常を再び非日常に変えるリスクを負う必要は、ない。

 

「...そうだな。ここで終了だ」

「そっ。まぁ椿本人が言うならいいんだけど。本当に大丈夫?」

「大丈夫。心配するな...もし心配なら、この手、離さないでくれよな」

「なっ!?」

 

夏凜の手を握る。この温もりは、俺の居場所だ。

 

今いる皆が問題ない。それなら、俺はそれでいい。

 

_____ここにいない彼女達も、きっと見守ってくれている。

 

「この前銀にキスしといて次は私とかっ!許さないわよっ!!!」

「ぐふっ」

 

綺麗なアッパーカットを貰い、俺は吹き飛ぶ。

 

願うのは、流石にさっき思い出されたばかりの記憶が消えて欲しくないなと思うばかりだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

立地的に、昼ではあるが日陰になる場所で、手を合わせ、やがて立ち上がる。

 

(別に、ここに埋まってる訳じゃないが)

 

ここは、勇者や巫女、人々が神世紀を生き抜くために力を使い戦ってた者達の慰霊碑がある場所。

 

今日は来ない『彼』の代わりであり、顔を見せにきただけ。ついでに、人気のない待ち合わせに使えると判断した。

 

「来たよ...それは、誰のなんだい?」

「これは白鳥歌野。長野の諏訪で勇者をしていました。これで最後です」

 

生きて監視するといっても全部に目を通している訳じゃないため、知ってる名前も、知らない名前もある。だが、少なくともこの時間までに知ってる名前には手を合わせたつもりだ。

 

「白鳥、歌野...西暦の、最初の勇者の一人。そう言ったね」

「四国にとっての勇者としては、きっと最初の枠にいないんでしょうけどね。あいつが四国に来たのは、バーテックスが世界に現れてから二年以上経ってからなので」

「......本当に、彼ではないんだね」

「あれは俺です。まぁ、あいつではないというのも確かですが」

 

顔を向ける。そこには、どこか緊張した面持ちの三好春信がいた。この人のことだから、きっと俺の存在を鋭敏に感じ取っているんだろう。

 

「改めて、初めまして。古雪椿の分身、別存在です...いや、精霊ツバキ、もしくはザクロと名乗った方が良いですかね?」

「......僕は、椿君と呼ぶよ」

「好きにしてください。どうせすぐに記憶を消しますから」

 

俺がここにいる理由も、自身の記憶が消される理由も分かっている春信さんは、俺の言葉に驚かない。

 

「...この前は驚いたよ。突然電話がかかってきたと思えば、その声で色々話し出すんだから」

「古雪椿は貴方を信頼している。違和感を持たせずあの会話をさせるのに適していたのは、俺の中では貴方以外にいなかった」

 

あの後。残った力でこの世界に顕現した俺は、目の前にいる春信さんに連絡を取った。自分の存在と、過去と、今の古雪椿の状況から、やって欲しいことまで全て。

 

その上で、この人は古雪椿と話を進め、やって欲しいことを全てやってくれた。

 

「過去を探ろうとする古雪椿を止める。なんて本人に言われたら、何であろうと話は聞こうとするさ」

「...あいつの記憶には蓋をしました。しかし、俺としても消したい記憶ではなかったので、選択した記憶は最小限。結果、どうしても違和感が生まれる」

 

消したいのは、というより、消さなければ古雪椿が持たなかったのは、精霊ツバキの記憶と、海来石榴として活動してきた時の記憶。これを消さなければ、あいつは人でいられなくなる。

 

かといって、銀や皆への思いを消したくはなかった。だからこそ、過去に行ったりするのに使っていた力の残りを、このアフターケアに使うことにしたのだ。

 

「それで、僕に頼んだと。意図的に疑問を持つよう敢えて証拠を残しながら、記憶を自分で探らせるように誘導し、今後探らせることを躊躇わせるようにするために」

「そうでもしなきゃ、何を拍子に必要以上のことまで思い出すか分からなかったので」

 

調査することを危険だと判断させるのに、存在しない記憶_____棗や歌野、雪花達がいる状態での西暦に行ったという記憶は、十分な効果を持っている。

 

あいつにとって危険な記憶は、俺と絡んだ時の物だ。逆に、古雪椿が古雪椿として活動していた西暦の半年間の記憶は、問題ない。

 

寧ろ、彼女達のこともこんな形であれ覚えていて欲しい。そう考えた時、今古雪椿が思い出している記憶は最高にうってつけだった。

 

そして、その話を調べさせるための始動、誘導役として、この人は使える。包み隠さず話したら、この人は従ってくれると思っていた。

 

「...僕としても、彼が壊れるようなことはあって欲しくない。協力はするさ」

「その割りきりの良さ、流石って思いますよ。普通の人間はこんな話信じないで済ませて終わりだ...さて」

 

俺は構える。これは事前に説明していたことではあるから良いだろう。

 

古雪椿の気持ちを変化させるのに協力してもらったが、その話に必要な情報は、俺について知ってる人間は、残しておけない。

 

当然春信さんを物理的に消したくもないから_____今ここで話したことも含め、関連している記憶を全て消す。

 

「最後に、何か聞きたいことがあれば、答えるだけ答えますよ」

「全て記憶を消すのに?」

「言うのはタダなので」

 

俺がそう言うと、春信さんは少し迷ってから口を開いた。

 

「...仮に僕がここで、この話を誰にも言わないと誓っても、君は僕の記憶を消すのかい?」

「消します。必要ないし、必要になればあいつや勇者部を含め、また教えますから......最も、そんな時は来ない方が良いですが」

 

もしそんな時が来たら、それはまた日常的ではないことが起きたということだ。そんなの、ない方が良い。

 

「そんな便利な力があるんだ」

「いえ。ただ...危機に陥る時は無理してでもでしゃばるので」

「...なら、聞くことはないかな。時間の無駄だ」

「分かりました。理解が早くて助かります」

 

記憶を消すこと、与えること自体は、神からエネルギーを摂取していたこともあって、そんなに苦ではなかった。特に自分に関しては。

 

他者についても、新しく知ったばかりの記憶くらい造作もない。

 

「まぁ」

「?」

「ありがとうございました。付き合ってもらって」

「...どういたしまして」

 

 

 

 

 

「終わった。か」

 

春信さんの記憶を消し、少しして。雲を見上げながら、俺は呟く。

 

やりたいことはやった。椿は過去に興味を持ちながらも積極的には探らなくなり、突飛な行動の原因、自身と周りの想いを考えながら、勇者部で日常を過ごす。

 

俺は既に、ユウの元へ戻るだけ。平行世界や過去で行った力を使うには、新しくエネルギーを得る手段を考える必要があるだろう。

 

「......あの世界の記憶とかも、ちゃんと残しといてやりたかったけどな」

 

平行世界の神樹内でやっていた造反神との話は、神の記憶操作範囲だから、思い出させてやりたくてもどうしようもない。俺の操作の管轄外なのだ。

 

「...俺は消えるさ。これからも見守っていてくれ。『俺達(あいつら)』をさ」

 

ある慰霊碑に留まる青い鳥に向けて、俺は微笑んだ。

 

俺達と彼女は別の枠組みだ。だから、そっちに任せるとする。

 

だけど__________

 

「だが、まぁ。なんだかんだ、記憶が戻ったりするかもな」

 

適当に言いながら、俺は受け売りの言葉を口にした。

 

『世界の理なんてさ。どんなにお利口に取り繕っても、そんなもの、簡単にぶっ飛ばせるんだよ』

 

「勇者の絆は、世界の理を簡単に壊せるらしいからさ」

 

古雪椿が勇者であれば、それもまた、悪くないだろう。

 

 

 

 

 

 

 



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短編 バレンタインのその前に

前話までで大きなストーリーの区切りとなりましたが、今回はゆゆゆい時空のつもりで作ってます。まだ作れてないリクエストなどもあるので、今後もゆゆゆい時空の投稿が増えると思います。


「すまん、遅れたか?」

「時間前よ。大丈夫」

 

手に息を吹き掛けている彼女を見てから、小走りで駆け寄った俺。彼女は俺に気づくと、何でもなさそうに答えた。

 

「私が早く着いちゃっただけだから」

「いやほら、寒い中待たせちゃったわけだし」

「それは」

「というわけで。ほらよ」

「えっ...カイロ?いいの?」

「バイクは流石にそれないと手が寒いんでな。逆に今はいらないから遠慮なく使ってくれ」

 

今も手はかじかんでるし、熱が欲しくはあるが、ここは男子として見栄を張る所だろう。

 

「...」

「千景?」

「...手を出しなさい」

「?」

 

言われた通り出した手のひらに、カイロが置かれる。口を開きかけたその時、追加で乗ったのは彼女の手。

 

「!」

「こ、これなら、お互い冷たくないでしょ。行くわよ」

「わ、ちょ、おい」

 

そのまま手を引っ張られ、俺達は歩き始める。だがそれは彼女の優しさであり、当然、悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

「で、この数から選ぼうというわけか...」

「高嶋さんの好みはリサーチ済みよ」

 

目の前に広がるのはチョコレートを販売しているお店の数々。イベントブースだし当然ではあるのだが、ここまでずらりと並ぶのは年にそうないことで、壮観であった。チョコの香りも凄い。

 

(千景があげたら何でも喜びそうだけど...そうじゃないもんな)

 

「よし、一つ一つ回るか」

「そうね。よろしく」

「了解」

 

ゲームで連携する時のように、余計な言葉は必要ない。お互いの使命を胸に、俺達は人混み溢れるブースに足を踏み入れた。

 

バレンタインは2月の14日。だが、バレンタインとして特集が組まれたり、イベントブースを出しているのは、早ければ1月の中旬。当日のずっと前からだ。

 

勇者部も準備は前々からしているが、今回千景は園子ズが暴れる前に準備をすることにしたらしい。ユウの好みをリサーチし、ここイネスのイベント会場でベストのチョコを探す。

 

この日のために俺もそれとなくユウにお菓子をあげて、傾向を千景に伝えてきた。彼女の隈を見るに、昨日はあまり寝ないで情報を纏めていたのだろう。

 

とはいえ、止めることはしない。体調的にはそこまで深刻なものじゃないし、体調以上の気力を感じられるから。

 

強いて言うならば_________

 

「古雪君」

「ん?」

「どうかした?ぼーっとしてるように見えたから」

「あー、これは気に入るかなって」

 

ユウの好みは歯ごたえのある、というかクッキーのようなサクサクした物。なら、目の前にあるチョコが挟まったクッキーなんて良いんじゃないだろうか。

 

「確かに...私はこっちも良いと思ったんだけど」

「んー...ありだな」

 

千景が指差したのは個包装されたミルフィーユチョコ。サンプル品は凄く美味しそうに見える。

 

「まぁ、満足いくまで回るわけだし。とりあえず全部見に行くか」

「えぇ!」

 

気合いの入った千景の声に、俺は微笑んだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「今日はありがとう。いえ、リサーチのことも含めて...そっちもね」

 

イネスのフードコートで、私は感謝を口にした。向かいに座りハンバーグを食べている彼は、ハンバーグを飲み込んでから口を開いた。

 

「こちらこそありがと」

「?何が?」

「色々学べることが多かったんでな」

 

疑問に思っていると「気にするな。個人的な話」と手を振ってくる。私は疑問に思いながらオムライスを口に運んだ。

 

「でも、買えてよかった」

「えぇ」

 

最終的に買ったのは、最後のお店で見つけたチョコクッキー。これを見つけた私達は、二人して頷いていた。

 

(これで、後は...)

 

「貴方は買わなかったの?自分が食べたいのとか」

「ぁー、いや、確かに美味しそうなのはあったけど、ユウ向けのを選んでただけだからなー」

「どれが美味しそうだった?」

「千景が最初に見つけたミルフィーユの奴かな。真似しようとしても出来る気がしないし」

「自分で作れるか作れないかが基準なの...?」

「そういうわけじゃないけど、今日見た中ならって感じだな。見た目が真似できても、使ってる材料とかを考えれば難しいのは沢山あるし」

「そうなのね...」

「ごちそうさまでした」

「!」

 

気づけばもう食べ終わっている彼を待たせないよう、オムライスを急ぎ目で口に運ぶ。

 

「焦んなくていいって」

「でも貴方、この後予定があるんじゃなかった?」

「ぁ、伝え忘れてたか。説明して後日に回して貰ったから大丈夫。この後どこか一緒に行くなら付き合うし、ちゃんと送ってくから」

「......そういうことが言いたいんじゃないのよ。バカ」

 

自分を送迎係とすら思ってそうな物言いに文句を言いつつ、私はもう一口食べた。

 

(...じゃあ、この後のプランはどうしましょう。うまく誤魔化しながら買う方法は......)

 

それは、頭をよく働かせて計画を練るためであって、口角が上がりそうになったのを制限するため等では決してない。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「じゃあ今日はよろしくお願いします!!先生!!!」

「いや、先生と言われるほどじゃ...まぁいいや」

 

千景と買い物をした翌日。俺の家には、エプロンを装備したユウがいた。

 

「それで椿君、今日は何を作るの?」

「いや戻すんかい」

「気分で変えます!サー!」

「あぁもぅ...今日作るのはトリュフチョコだ。こんな感じの」

「おぉー!」

 

スマホで見せたトリュフチョコが美味しそうだったのか、目を輝かせるユウ。

 

「これが郡ちゃんの好きなやつ?」

「だと思う」

 

千景と行った買い物。その時俺は、別の任務も遂行していた。ユウから頼まれた『千景のチョコの好みを探る』という任務を。

 

あれだけ大きな場所で、事前に調べていたユウの好みとは合致しないものの、それでも見つめていたり目にとまっていたのが多かった気がする。

 

(お互い、サプライズにしたいのは分かるけど...一緒に買って一緒に作ってもいいだろうに)

 

「作る難易度的にも丁度良いラインかもな」

「簡単に作れるの?これ」

「手間暇かけた感じが出る。というと聞こえは悪いかもしれないが、市販品からそこまで難しい工程もなく、少しの工夫でスーパーのお菓子コーナーではあまり売ってない商品になる。という意味では良い案配だ」

 

基本的に、こうした時の手作りチョコは、市販のチョコを湯煎して再度固めることが多い。しかし、ただそれをして形を変えるだけなら、どうしても味は市販品以下になってしまうだろう。一度湯煎した方が美味しいならとっくに企業がやっている。

 

しかし、トリュフチョコの場合は湯煎後にクリーム等を入れて味を変えるし、そこそこチョコの種類が多い場所まで行かないと見かけることも少ない。あっても普通の板チョコよりも値が張るわけで、あまり手を出さないだろう。

 

そういう意味で、ユウが千景にトリュフチョコを作るというのはかなり良いと考えた。

 

「一応ネットにあった作り方についての動画を見てもらったと思うが」

「見ました!」

「なら説明の手間が省けるな。やりながら必要になれば解説する」

「よろしくお願いします!」

 

とは言われたが、実際熱心に動画を見てきてくれたのか、俺が何か言うまでもなく彼女は作業を始めた。俺は調理道具を渡すだけ。

 

市販の板チョコを刻み、お湯に使っているボウルに入れ、ゴムベラで押しつけて溶かしていく。

 

「お湯の温度低いのかな...?」

「いや、これで大丈夫だ。時間はかかるがこのくらいの温度の方が完成した時美味しいから」

「ラジャー!じゃあ頑張る!」

 

(レシピ本から齧ったレベルだから、これだけ信頼されてると申し訳なくなるな...)

 

俺の言葉に敬礼して答えるユウは、気長にチョコの様子を見る。俺は適度に温度のチェックと、ネットで作り方やコツを再検索した。

 

そうこうしていれば、チョコがやがて液体になってくる。事前に沸騰させて放置させていた生クリームを加え、空気の入らないようゆっくり混ぜる。

 

一言断ってから、手近にあったスプーンでチョコを救い、手の甲に垂らして舐めれば、しっかりとした甘めのチョコができていた。

 

「ん。美味しい。後は少し冷ましてから形を整えれば...?」

 

隣を見れば、何故か目を輝かせているユウ。

 

「ペロッてするの、料理人っぽい...!」

「......やる?」

「やる!」

 

スプーンに残っていたチョコを、彼女が差し出す手の甲に乗せてあげる。彼女は嬉しそうにそれを舐めていた。

 

(そんな幸せそうにしちゃって...)

 

「!美味しい!!」

「ならよかった」

 

味のメインは完成した。後は形作りと仕上げ作業。

 

「じゃ、パパっと作り上げちゃうか」

「うん!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「うん。美味しい」

「!はむっ...!!」

 

完成したトリュフチョコを食べた椿君の第一声を聞いて、私は自分の分を口に運ぶ。口の中に美味しい甘さが広がって、目を見開いた。

 

「ほわぁ...!」

「完璧だな」

「うん!ありがとう椿君!!」

「今回ほとんど何もしてないから」

 

椿君は何でもないように言うけど、そんなことないことは私がよく分かっていた。郡ちゃんの好みを調べてくれて、そのチョコの作り方を調べてくれて、場所まで貸してくれた。

 

その結果が、このとっても美味しいトリュフチョコだ。

 

「まぁ、流石に当日まで日持ちはしないから近くでもう一度作ることになるだろうけど、俺がいなくても問題ないだろ。場所はどうする?寮だと千景に気づかれるだろうし」

「それは大丈夫。もう家庭科室を使えるように頼んでるから」

「優秀かよ」

 

「なら全部問題ないな」と呟く椿君は、柔らかい笑みを浮かべた。

 

「椿君はどうするの?」

「ん?何が?」

「チョコあげるの?」

「ぁー...いやまぁ本来バレンタインって女子が男子に...いやでも勇者部だしなー」

 

呟きながら悩んでる彼は、やがて一度頷いた。

 

「まぁ全員に個包装とかするとキリがないし間に合わないから、作るなら全体に渡せるよう纏めてかな。そもそも作るかはもう少し考える」

「そっかー...自分用には?」

「わざわざ作らないって」

「自分で自分の好きな味にできるのに?」

「作る労力に似合わなさすぎるかな...誰かのためならともかく、俺が自分で買うなら市販の板チョコを食べる」

「何味?」

「んー、ビター?」

「甘いの苦手?」

「いや。ただ今日もチョコ食べたし、甘いの続くなら少し苦めのがいいかなって」

「ふーん...」

「なんだよその目は」

 

余程普段と違う視線を送っていたのか、薄目で睨んでくる椿君。私は気にせずにただ答えた。

 

「何でもないよ」

 

(そうなんだ...待っててね)

 

心の中にしっかりメモしながら。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふぁーあ...」

 

あくびを噛みしめ今日も登校する。もし俺が勇者部に所属していなかったり、周りに女子がいなければ何でもない一日なんだろう。

 

だが、現実にはバレンタインを意識せざるを得ない一日だ。

 

(朝から園子ズの強襲は、なかなかエネルギーを使うな...)

 

贅沢な悩みだが、朝からラーメンを食べたようなお腹一杯さになる。

 

「ふぅ」

「朝からお疲れね」

「ぅぇ!?」

「!?ご、ごめんなさい。驚いた...?」

「......千景か...大丈夫、まぁ驚きはしたが」

 

突然の声に悲鳴をあげると、千景が申し訳なさそうにしていた。手を振って気にしないアピールをすると、彼女は胸を撫で下ろした。

 

「でもどうしたんだ?」

「直接報告をと思ってね」

「報告?あ、ユウに渡したのか?」

「えぇ。さっき寮で。無事渡すことができたし、ちゃ、ちゃんと貰ったわ...」

 

最後の方は少し恥ずかしそうに話す千景。さっきのことを思い出しているのか、嬉しさを隠しきれていない。

 

「よかったな。まぁ、正直何も心配してなかったけど」

「やっぱり貴方、高嶋さんの方にも関わってたのね」

「本人がそう言ったのか?」

「直接は言われてないけど、すぐ分かるわよ」

 

「言ってくれれば...」と呟く千景。とはいえ俺が勝手に言うわけにはいかないため、「でも嬉しかっただろ?」と追撃をいれた。それを受けた千景はさらに頬を赤くする。

 

(可愛い...じゃなくて)

 

「それにしても、それなら学校で会ってから言ってくれれば良かったのに」

「え?」

「だってユウの話と、俺に追及するだけなら、わざわざ寮からここまで来る必要も...あ、裕翔の前とかで話すのは恥ずかしいか?」

「......」

「いてっ」

 

何故か一度はたかれる俺。千景はより頬を赤くするが、どちらかといえば怒ってそうな感じだった。

 

「千景?」

「......はい」

「ぇ、これ...俺に?」

 

渡してきたのは綺麗にラッピングされている箱。そのロゴは覚えがあって________

 

『千景が最初に見つけたミルフィーユの奴かな』

 

(そういうことか...)

 

「早く受け取りなさい。それから...ぁ、ありがとう......色々」

「...こっちこそ嬉しいよ。ありがとう」

 

千景が俺のために悩み、こうして渡してくれる。そのことに感情が込み上げてくる。

 

「ほ、ほら行くわよ」

「えっ、おい」

「学校遅れるわ」

 

繋がれた手は彼女の頬と同じくらい赤く、それでいて熱かった。

 

 

 

 

 

時は流れ、放課後。既に部室での騒動は終わり、皆帰路についているだろう。今年のバレンタインも終わりが近い。

 

(まぁ、もう夜だしな...)

 

だが、俺は家に帰らず、公園のベンチに座っていた。冷え込みが厳しくないのか、息を吐いても白くはならない。

 

とはいえ帰ればいいだけだが、それでもここにいる理由は、彼女に『待ってて』と言われたからで_____

 

「椿君!!待たせてごめんね!!」

「気にしてないから大丈夫だ、ユウ」

 

呼吸を整えていたユウは、やがて深呼吸をして両手を出してきた。

 

「はい!どうぞ!!」

「ありがとう。頂くな」

 

彼女は、俺に渡す予定だったチョコを家に置いてきていたらしい。朝千景から貰ったチョコをしまうため寮に戻った時に一緒にしちゃったとか。

 

「はぁ...よかった~」

「そんな焦らなくても俺は帰らないし、なんなら明日とかでもよかったのに」

「だって、日持ちはあまりしないって言ってたから...」

「...え?これが?」

 

凄く丁寧に包装されていたから市販の物だと思っていたが________

 

「開けてもいいか?」

「うん。どうぞ」

「...」

 

中に入っていたのは見覚えのあるトリュフチョコだった。ノンストップで一つ口に運んだことに、ユウが小さく声をあげる。

 

前より甘さの抑えられたチョコが口の中で溶けて、舌に広がっていくのを感じた俺は、自然と口許が緩んだ。

 

「美味しい。前より上手くなったな」

「!!本当!?」

「嘘つく必要がない」

 

(ちゃんと好みまで反映させてるし..)

 

「やった!」

「ありがとう、ユウ」

「私こそ、いつもありがとう!椿君!」

 

花咲くような笑顔が、俺の目に飛び込んでくる。

 

「ぐんちゃんにも椿君にも、来年はもっと凄いの作るからね!!」

「それは...過度に期待して待ってるよ」

 

彼女ならやってくれる。そんな思いも込めつつ、俺は彼女に笑った。

 

 

 



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短編 友奈if

お待たせしました。バレンタインから約一ヶ月半、もう休暇は十分に楽しんだだろう...

まぁ忙しかったのもありますが、人生初の四国上陸、つるや等ゆゆゆ関連の聖地巡礼もしてきました。凄い楽しかった。うどん美味しかった。

感想はこれくらいにして、更新頻度は不安ですが、改めてよろしくお願いします。今回は見返すとまだ作ってなかった友奈ifです。それでは。


「じゃあお疲れ様でした!行ってきまーす!」

「友奈ちゃんっ!!」

「はい東郷、ステイステイ」

 

東郷さんに手を振って、私は勇者部の部室を出る。向かうのは学校から出て少しした所にある道場だ。

 

『あの人』が借りている場所らしいけど、どうやってこの場所を借りたのか、誰から借りたのかは聞いたことがない。でも、詳しく聞くことはなかった。

 

「結城友奈、到着しました!!」

「来たか」

「はい!!今日もよろしくお願いします!!」

 

頭を下げる私に、何故か少し苦しそうな表情をした先輩は、口を開いた。

 

「......あぁ。よろしく。結城」

 

 

 

 

 

始まりは、目の前にいる一つ上の先輩_____古雪椿さんが、勇者部の部活に来たことだった。

 

『柔道で戦う相手が欲しい。勇者部に武術が出来る奴がいるって聞いたんだが』

 

突然頼まれた依頼に、(東郷さんに猛反発されたものの)私が向かうことになり。結果としては思いっきりやられてしまった。

 

『大丈夫か?』

『へ、平気です...凄い強いんですね』

『年下の女子にやられるほど柔な一年を過ごしたつもりはない』

 

タオルで汗を拭う先輩は、まだまだ余裕さが見える。

 

『...なぁ』

『はい?』

『これからも定期的に依頼しても良いか?相手が欲しい』

『えーっと...』

 

突然言われて、私は考える。

 

東郷さんと一緒にいる時も勿論楽しいけど、激しい運動は一緒に出来ないから、久々に全力で体を動かせて楽しさはあった。

 

けれど、定期的にというのは_______

 

『あの、部活には入らないんですか?柔道部とか』

『俺がしたいのはルールのある試合じゃなくて、真剣な勝負なんだ。少し前まで相手がいたんだが、やれなくなってな...だから頼みたい。結城友奈』

『わわっ、そんな、やめてくださいよー!』

 

そう言って頭を下げる先輩。そこまでされると、私は拒否できなかった。

 

『分かりました!結城友奈、お受けします!!』

『そうか、ありがとう』

『はい!よろしくお願いします。えーっと...』

『古雪だ。古雪椿』

『!よろしくお願いします。古雪先輩!』

 

嬉しそうな、それでいて何故か安心したような感じに違和感はあったものの、先輩は__________古雪先輩は、顔をあげて少しだけ微笑んだ。

 

『あぁ、よろしく』

 

(なんだろう...嬉しそうだけど、嬉しくなさそう)

 

こんな風に笑う人もいるんだと、その時の私は感じた。

 

 

 

 

 

こうして始まった依頼は、週に一回、もしくは二回、古雪先輩が用意した道場でやることになった。

 

この場には東郷さんもついてきていない。ただ見ているだけになっちゃうのは申し訳なくなっちゃうし、なにより_____

 

『ぐっ!?』

『甘いな』

 

こうして思いっきり床に叩きつけられる現状を見たら、きっと私のために怒ってくれるからだ。

 

『!まだまだ!!』

『ッ!!』

 

全力で戦って、それでも勝てない。また全力を尽くして、それでも敵わない。

 

でも、運動することは楽しくて、幾らでも自分を高められて、相手は常に新しいことを見せてくれる。私はそれが凄く良かった。

 

『元々殺傷能力のある動きを競技用に削ぎ落としたものが柔道などのスポーツだ。逆に言えば、スポーツの動きに工夫を入れればより高いダメージを与えられる。腰を捻ったことによる遠心力なんかが良い例だ』

 

本当に勝負することを突き詰めたような技術も、考え方も教わった。最初は抵抗もあったものの、私は楽しさからどんどん身に付けていった。勿論、他の人には使わないけど。

 

そして、半年以上経った頃には、私は古雪先輩と互角以上に戦えるようになった。

 

『ここまでになるなんて...強くなったな』

『古雪先輩のお陰です!』

『そうか......これなら及第点、かな』

 

最後の言葉は聞き取れなかったけれど、その日はそのまま別れることになり。学年が上がってから会った時には、別の意味も込めてこの戦いに望むことになった。

 

突然始まった、勇者としての戦い。神樹様から選ばれた勇者になって、皆を守るためにバーテックスと戦う。

 

躊躇いはなかったわけじゃないけど、怯える東郷さんを守るため、風先輩と一緒に戦うために、すぐに決意できた。

 

相手が人間じゃないなら、世界を壊そうとする化物なら、遠慮はいらない。古雪先輩から教わったことを生かしつつ、全身全霊で放った勇者パンチは、バーテックスを瀕死に追いやるまで出来た。

 

『それならよかった』

 

何も知らない古雪先輩にバーテックスのことまで話すわけにはいかず、ぼんやりと役に立ったことだけ伝えると、古雪先輩は何時かの時より嬉しそうに微笑んだ。

 

『...前より、良い笑顔』

『?なんて?』

『な、何でもないです!』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「じゃあ、今日もよろしくお願いします!!」

「あぁ」

 

一応依頼しているのはこちらではあるのだが、俺の方が先輩だからか、彼女がこの戦いを実戦に生かすための特訓と捉えるようになったからか、いつだか俺に頼むような言い方になっていた。

 

別段それを否定はしないが、劣勢になることが増えた俺がまだ指導できるかと言われれば、怪しい所ではある。

 

(...まぁ、俺をボコボコにしてくれるなら、それはそれでいい)

 

あくまで俺の目的は、彼女に勝つことではないのだから。

 

 

 

 

 

始まりは、幼馴染みが死んだことだった。世界のためとか皆のためとか言って、大事なお役目とやらを始めた幼馴染み。そして、彼女はある日突然帰らぬ人になった。

 

そんな役目を与えたという神樹も、指示をしていた大赦も許せなかった。不信感しかなかった俺は、彼女の葬式にいた大赦の人間を密かに追いかけ、彼女のお役目について盗み聞きした。

 

勇者の役目は、四国の外から来る、世界を滅ぼそうとする敵を撃退すること。文字通り、世界を、人類を守ること。

 

それを聞いて、彼女のやりたかったことを聞いて、俺はそれを知れなかった悲しさと、別れも言えずに終わってしまったことへの後悔に包まれた。

 

少しして、俺は大赦の一室に訪れた。

 

『何用ですか』

『俺を雇ってください。安芸さん』

『...突然、子供が何を』

『俺は三ノ輪銀の幼馴染み、古雪椿です』

『!』

『あいつを忘れたとは言わせません。知らないとも言わせません。貴女は銀から話をされて、俺を知っている』

 

仮面に隠れた顔を睨む。そう、以前あいつが話していたことを俺は聞いていた。

 

『......それで、何の用ですか』

『さっき言いました。俺を大赦に雇ってください。勇者となる人間を探しているんでしょう?』

『!な、何故それを』

『大橋の破壊、突然大赦が行っていた健康診断、これで新たな勇者を探していると思いました。貴女の動揺で確信しましたが』

 

普通、橋があんなひしゃげたりしない。そしてあの橋は四国の外、化物の棲みかに繋がっている。

 

それからすぐに行われた健康診断。女子の方が男子と比べ検査項目が多いことから、女子にしかなれないという勇者に関する調査ではないかと当たりをつけた。

 

まるで、次に生け贄となる存在を選定するような。

 

『俺は中学生です。大赦の人間が行くより違和感なく勇者候補と接触できるし、未来への布石を打てるかもしれない。少なくともすぐに切り捨てなくとも損はないと思いますが』

『...貴方は、どうしてそんな提案をしに来たんですか』

『この世界のためです』

 

仮面の奥から絞り出されるような声に、俺はしっかりと返す。

 

『銀が命をかけて守ったこの世界を...いや、あいつがこの世界を守りたいと思い、戦い抜いたなら、この世界を守り抜きたい。その手伝いをしたい』

 

それが、あいつがやりたかったことならば。それを俺が手伝えるなら。

 

あいつの家族を、友達を守れるなら。

 

『あいつが守った世界を、外からの侵略者なんかに奪われたりなんかさせない。それが、俺の意思です』

 

毅然とした態度を崩さず、俺は仮面の奥を見つめた。

 

 

 

 

 

結局。俺は中学生として日常を過ごす傍らで、勇者となりうる人間の調査を始めた。

 

勇者となる存在は神様が選ぶらしく、健康診断のデータを見ただけで特定するのは困難ではあるが、過去に勇者になった人間から傾向を掴み、人数を絞ることはできるかもしれない。

 

更に、勇者となれそうな人間を鍛えることができるように、三好さんという人に武術を教わることになった。

 

授業を受け、血反吐を吐き、寝る間を惜しんで書類をチェックする。ちょっと無理をするだけで彼女の望んだ世界を守れるなら、俺はこの身を差し出せる。

 

そうして、幾らか時が流れて。俺は一つの書類を見た。

 

『...見つけた』

 

名前は結城友奈。一つ年下の、俺と同じ讃州中学に通う生徒。山のような書類からそれを確認した俺は、それ以降書類に手を伸ばすことはなかった。

 

それは『絶対に彼女が選ばれる』と確信したから。

 

初代勇者と呼ばれている西暦の勇者、その一人と瓜二つの見た目も判断材料として大きい。友奈という名前も。だが、それ以上に、写真を見ただけで他と違う何かを感じた。

 

(...銀と同じ者を見つけたことに対しての直感。そのはず)

 

そうと決まれば動くのは早かった。既に彼女は勇者となる素質を囲うために作られた部活、勇者部に所属している。俺は躊躇うことなく、その戸を叩いた。ある程度形になっていた力を携えて。

 

 

 

 

 

「やぁぁぁっ!!!」

「ッ!!!」

 

気合いの入った声と共に飛んでくる飛び蹴りを両腕で受ける。彼女は俺の腕を蹴ることで飛び退いて距離を取った。

 

恐らく俺が女子とはいえ全体重をかけられた一撃に対して微動だにしなかったことに動揺したのだろう。

 

(久々だからって、前と同じになると思うなよ!!)

 

殴りかかる俺の攻撃を手の甲で的確に捌く結城。だが、それはあくまで陽動。

 

(足元がお留守だ!!)

 

「ッ!」

「もらったぞ!」

 

足を引っかけられた彼女はバランスを崩して倒れそうになった。当然それを逃すことはせず、俺は追撃を入れようと拳を構え__________

 

「ガッ!?」

 

(!?!?)

 

咄嗟の回避は間に合わず、下から飛んで来た踵が顎に掠める。よろけながら後ろに下がった俺は、結局尻餅をついた。

 

「!!古雪先輩!!すみません!!大丈夫ですか!?」

「...けほっ、へーきへーき」

 

本人も予想以上にいい当たりだったのを感じたのか、慌てて駆け寄ってくる。だが、俺はそれを振り切った。

 

お互いが避けると思って本気でやらないと意味がないし、これも必要経費だ。幸い舌も噛んでいない。

 

(それにしても、最初に比べたら躊躇うこともなくなったし、強くなったな...)

 

初めの頃は、やはり人相手に躊躇っていたのもあるし、あくまで運動の一つだったのだろう。変わったのは今年の四月、彼女をはじめとした勇者部が、勇者として敵と戦いだしてからだ。

 

攻撃の捌き方は彼女の武器である籠手で弾けるように。繰り出す一撃は確実に相手にダメージを与えられるように。

 

何より、佇まいは凛として、覚悟があるように見えた。

 

これが要因かは知らないが、先日の戦いでは彼女が一番始めに『満開』と呼ばれる特殊機能を使えたとか__________

 

「先輩!!」

「っ!ごめん、続けるか」

「いえ、休憩にしましょう?夏ですし、しっかり休まないと!」

「...悪い、ありがとう」

 

そう言って、差し出されていた彼女の手を取れば、彼女は明るい笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

「はい」

「あ、ありがとうございます」

 

学校は今夏休み。体を動かせば汗も出るわけで、俺はタオルと飲み物を彼女に渡した。

 

一応こっちが依頼をしている話なので、持参してこようとする彼女の提案を押しきって渡すようにしているのだ。

 

「にしても、やっぱりやられることが多くなってきたな。強いわ」

「そうだとしたら、きっと先輩のお陰ですね。さっきのだって避ける動作に組み合わせようって考えられたの、これまでのお陰ですもん」

 

(それであんなカウンター打つのかよ...)

 

彼女の才能に恐ろしさを感じつつ、俺も飲み物を飲む。口のなかにスポドリの味が広がった俺は、すぐに『顔をしかめた』。

 

(!?)

 

慌ててボトルを見ると、桜の花びらを模したシール。

 

(やばっ)

 

結城に渡す用の飲み物を飲んでいたことに焦る。俺が飲む用で作ったのは、味を度外視した健康ドリンクなのだ。

 

運動時に良いものだけを詰め込んだ結果、良薬口に苦しなんてレベルじゃない味のクソマズドリンク。その酷さは覚悟していてもなかなかきつい。

 

「悪い結城、そのドリンク俺の...」

 

すぐに結城の方を向いた俺は、言葉の最中に止まった。

 

「?」

 

結城はまるで気にしていないかのように、俺に小首を傾げながらドリンクを飲んでいる。

 

「どうかしました?」

「え、どうかしたって...不味いだろそれ。え、不味くない?」

「!ちょ、ちょっとざらっとした感じはありましたけど...そ、そういえば不味いかな~」

「......」

「あっ」

 

あまりにも動揺した態度に、俺は黙って彼女から容器を奪い取って口に運ぶ。罰ゲーム染みた味がいつも通り口に広がって、改めて彼女の方を見た。

 

「か、間接...」

「結城」

「はいっ!?」

「何を隠してる」

「......先週、病院に行ってたという連絡はしましたよね?」

「あぁ」

 

バーテックスと大きな戦いがあり、勇者部全員が検査入院という形になっていた。彼女から聞いた話だけなら、ただ病院に行っていただけということだったが。

 

「その時、お医者さんから、私の味覚が鈍くなってると言われて...た、ただの疲れだって言われたんですけどね!!」

「......」

 

確かに、勇者となり人外と戦うのは疲れるのだろう。

 

だが、その結果味覚がなくなるなんてことがあるのだろうか。あれだけ機敏に動けるのに、味覚だけなど。

 

「......」

「あの、古雪先輩?」

「...今日はもう、それ飲んで帰れ」

「ぇ」

「体調悪くても来いなんて、俺は言ってない。不味くないならそれはスポドリの何倍も健康に良い奴だから、さっさと飲め。いいな?」

「...はい」

 

有無を言わさない口調に諦めたのか、彼女は割りとすぐに頷いた。

 

「ありがとうございます」

「感謝されることじゃない」

 

俺が気にしているのは、世界の守り手である勇者が体調不良でダウンすることで考えられる損失だけだ。結城のように好意的な解釈をされる必要はない。

 

「...本当に、そんなことじゃない」

 

決して、感謝されるようなことじゃないのだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『古雪先輩』

『ん?』

『もし、大きな力が使えるってなったら、すぐ使いますか?それとも取っときますか?』

『なんだそれ、随分抽象的な話だな。ゲームか?』

『えっと、はい。私やり慣れてなくて』

『俺も最近はやってる暇なくて、やってないが...まぁ、それでもその時次第じゃないのか』

『その時次第?』

『例えば、俺達が喧嘩に強いと分かってる相手は簡単に手を出してこない。これは力を持ってるだけで抑止力になるからだ。これは力を使ってはいない』

『そうですね』

『それが出来ないなら、力のメリット、デメリットを考えて使えばいい......ただ』

『ただ?』

『...出し惜しむくらいなら、使っちまえばいい。そう俺は思う』

 

 

 

 

 

気づけば、私の目には天井が映っていた。自分の部屋の、よく見てきた天井だ。

 

「...夢、か」

 

今日は特に予定はない。とはいえ、洋服に着替えて外に出れるような準備をした。

 

「ご飯よー」

「はーい」

 

朝ごはんはパンと目玉焼き。焼き色のついたパンにバターを塗って「頂きます!」と大きく一口。バターのとろとろした感じと、パンの少し焦げた部分が口に刺さってちょっと痛い。

 

だが、それだけだ。

 

(味はまだしないかぁ)

 

一度にたくさん来たバーテックスとの戦いが終わってから、私の味覚はなくなってしまった。食感を楽しむことはできるけど、味が分からないのは少し悲しい。

 

(大変だったし、疲れはしたけど...力を使う上での、メリットと、デメリット)

 

以前言われたことを思い出して、少し考える。

 

(満開を使ったメリットは、宇宙にいるバーテックスを倒せるくらいの強さ。デメリットは、疲れること...その疲れが、私は味覚に、風先輩が目に、樹ちゃんが声に出た。東郷さんは何もなくて、夏凜ちゃんは満開をしていない......)

 

ここに規則性があれば_____満開した人の症状が同じであれば、疲れがそこに対しての負荷が大きいというのが分かる。だけど、ここまでバラバラだと分からない。

 

(古雪先輩なら、こうやって考えそうだけど...この先はどう考えたら良いのか分かんないな)

 

古雪先輩に言っても、きっと一蹴されてしまうんだろう。何か隠してそうではあるけど、勇者のことを知ってるわけでも、大赦に詳しいわけでもないだろうし。

 

(...もしかしたら、大赦のことは知ってるかな?今度聞いてみようかな...)

 

だって、夢に出るくらいの人だし________

 

(......あれ?私、夢に出るくらい古雪先輩のこと)

 

「友奈」

「はいぃ!?」

「なんて声出してるの。食べないの?ぼーっとして」

「あ、えっと、頂きます!!」

 

私はさっきまでのことを思い出さないようにしながら、大きく口を開けて食べた。

 

 

 

 

 

これから、もっと大きな戦いが始まることを知らずに。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「どういうことですか」

 

苛立ちを隠そうともせず、俺は紙の束を地面に放った。全員中身を知ってるわけで、今更読む必要はない。

 

内容は、満開の機能と、使用時の注意点について。

 

「満開使用時、敵を殲滅するだけの力を得られる。ただし、使用後自身の心身的機能の一部が失われ、戻ることがない。何故こんなに重要なことが秘匿されているのですか」

 

結城から話を聞いて、密かに大赦を調べたら出てきた情報。この事実は現勇者の誰も知らない。

 

俺の問いに、仮面をつけた一人が答える。

 

「この事実を知れば、勇者様は戦うことを躊躇ってしまいます。それは、四国を敵の手から守れなくなるということ。それだけは避けなければなりません」

「だからといって、これは...」

 

真実を知らず、世界を守るために身体を差し出し続ける。これでは、勇者と祭り上げられているだけの奴隷だ。

 

「しかし貴方も、勇者様にこの世界を守って頂くため、戦ってもらうために活動していたのでしょう?」

「ッ!!!!」

 

勇者の選定は、戦う生け贄を選ぶ行為、決定権は神にあっても、神官の言葉に反論は出来ない。

 

(だけど...俺は)

 

だが、素直に頷くことは決してできなかった。戦ってほしかったが、供物になれとは思っていない。他者から見て同じだったとしても、それは、違う。

 

むしろ俺は、そんなことを回避するために_____少しでも、銀と同じ存在を出さないために、腕を磨いて、生き残る術を伝えていたつもりだから。

 

(俺は...)

彼女の笑顔が脳裏をよぎって、俺は苦虫を潰したような顔をした。

 

「精霊の力により、勇者様は死にません。そして、満開を使用すれば敵を倒すことができる。であれば、勇者様に戦う意志があれば」

「......出過ぎたことを言いました。すいません」

 

決して納得はしていない。しかし、今俺がここで何を言っても無駄なことは分かったし、今すぐ帰りたかった。

 

(......)

 

 

 

 

 

気づけば、さっきまでいた神官は消え、俺も大赦内の廊下にいた。少し壁に寄りかかり、浅い呼吸を繰り返す。

 

「......精霊のシステムって、前はなかったんですね」

 

絞り出すような声に、反応する声が一つ。

 

「精霊、そして満開は、三ノ輪銀様が亡くなってから実装されたものです......彼女と同じ存在が、これ以上生まれないように」

 

さっきの所にはいなかった、仮面をつけた神官。

 

「...以前、強く当たって、すみませんでした」

 

俺は、それだけを口にした。今はそれしか言えない。自分のことで一杯一杯だし、あの人の辛さも知ってしまったから。

 

「......迎えを用意しましょうか」

「いえ、自力で帰ります。これ以上貴女に迷惑をかけたくないし、貴方達に借りを作りたくない」

「...分かりました」

 

世界を守って欲しい。だが、彼女の笑顔を奪うのは、抵抗がある。

 

何より苦しいのは、守るべきだと考えていた世界と、彼女の笑顔を奪うことと同義なのかを天秤にかけている自分自身だった。俺にそんな権限はないのに。

 

(無力な俺は...どうしたらいい。教えてくれ、銀......)

 

 

 

 

 

勇者達が新たな戦いに身を投じ、彼女の意識が戻らないことを知ったのは、それからしばらく経ってからだった。

 

 

 

 

 

扉越しに鳴り響く電子音。伸ばした手を戻し、進め、扉に手をかけることができないまま、どのくらいの時間が過ぎただろうか。

 

挙動不審なこの姿を咎める者がいないのは、ここが夜の病院で、一般病棟から離れた場所だからだろう。中には未だ動かない彼女以外いない。

 

「......」

 

『どういう結論になるにせよ。会ってきなさい。今の君と戦ってもつまらない』

 

三好さんはそう言って、夜間にこの病室を訪れる権利を病院から貰っていた。それを受け取ってしまったのは、まだ動揺を抑えられてないからだ。

 

「......」

 

ゆっくり、扉に触れる。特に立て付けも悪くないため、スムーズに室内が見えた。

 

「...っ」

 

既に退院した他の勇者_____勇者部のメンバーが置いていったであろう花や果物。それが側に置かれているベッドには、横たわっている人が一人。

 

 

「っ、!」

 

動かなくなった足を手で無理矢理動かして、一歩一歩病室の中へ入る。三秒で辿り着ける場所に数倍の時間をかけてつけば。彼女の顔が目に入った。

 

笑顔など欠片もない。目は開いたままで、その瞳に光彩はない。

 

「......」

 

無言で俺は崩れ落ちた。それでも手だけはなんとか動かして、彼女の手に触れる。

 

そこにはまだ、確かな温かさがあって__________すがるように両手で握り、頭をぶつけた。

 

「......ごめん」

 

一度溢れてしまえば、もう止まらない。

 

「ごめん、ごめん。ごめんなさい。ごめんなさい...!!!」

 

バーテックスは倒された。世界には再び平和が訪れた。何も知らない一般人は気ままに日常を謳歌する。

 

しかし、その代償として、彼女の魂は捧げられた。

 

「俺が、俺が...!!」

 

俺が彼女にもっと技術を教えていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。俺が一緒に戦えていれば、また違ったのかもしれない。

 

(いや、違うのか...)

 

俺が彼女と接触しなければ、神が彼女を選ばなかったかもしれない。なんてったって俺は、死んでしまった勇者の幼馴染み、すぐ側にいた存在なのだから。

 

「...これで、最後だ」

 

決めたなら実行する。彼女のために。

 

(...ごめん、銀)

 

あいつの守ろうとした世界を守る。その約束はもう果たせそうにない。

 

でも、今更遅いとしても。目の前にいる彼女のことを、俺は________

 

(でも、彼女がまた笑えるなら)

 

そのために、何かできるなら。

 

やがて、俺は病室をあとにした。

 

(きっと、彼女は......)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「だから、勇者は絶対負けないんだ!!!」

 

大きな声を出したことで力を使ったのが想像以上にきつかったみたいで、地面に倒れそうになる私。

 

咄嗟に東郷さんに受け止めて貰って、それを演出だと思ったお客さんから拍手されて、無事に演劇が終了した。

 

本当に、この半年だけで色んなことがあった。突然勇者になって、バーテックスと戦って、外の世界の真実を知って。

 

風先輩とも東郷さんとも戦って、最後には全てを止めるために体を動かして、私自身動かなくなってしまったらしくて。

 

それでも、今こうしていられる。それが凄く幸せだった。

 

そう、この幸せの報告を、もう一人に__________

 

「そういえば、古雪先輩は...風先輩、ご存知ですか?」

「ぁー...うん。多分。でもあいつ......」

「っ」

 

数日前送っていた連絡が返ってきていないことを、いつもより遅めだと判断するんじゃなかった。そう後悔するより前に、電話をかけてみる。返事は一切返ってこない。

 

「風先輩!古雪先輩はどうしたんですか!?」

「ぅーん...」

「と、東郷さん!!」

「......風先輩、私は言ってもいいと思っていますが」

「東郷...」

「友奈ちゃんを不安にさせる存在を消すことも考えましたが...何より友奈ちゃんが気にしてしまいますから」

 

 

 

 

 

「すいません」

「勇者様」

 

深いお辞儀をされるのは慣れてなくて、やめてもらうよう手を振る。そうしたら、すぐに「どんなご用で」と聞かれた。

 

「会いたい人がいるんですけど」

「すぐにお呼び致します。どなたでしょう?」

「...分かりませんか?」

「はぁ......」

「......貴方ですよ。先輩」

 

 

 

 

 

「それ、いつまでつけてるんですか」

「私は大赦の一員です。これはその証に他なりません」

 

ベンチに二人で座る。こんなにゆったりした感じなのは、この人と出会ってからなかったことだ。

 

会話の内容は、決してその限りではないけれど。

 

「学校もやめたと聞きました」

「ご存知ないかと思いますが、大赦の元育った巫女などは学校に通っていない者もいます。大きな問題ではありません」

「...私のため、ですか?」

「大赦の人間として、勇者様に尽くすのは当然のこと」

 

躊躇うことなく答える仮面を睨み付ける。私はもう知っているのだ。

 

「満開の後遺症、動かなくなってしまった私。それをどうにか出来ないか調べるために、大赦に入ったんですよね?」

「いえ、私は」

「そうですね。きっと、元々大赦の人だったのかもしれません。でも、学校もやめて、大赦にずっといて。そういうことを始めたのは前からではないですよね?」

「...勇者様のため、当然の」

「だったら、なんで作ってくれたんですか」

 

スマホを見せつける。写っているのは演劇で使った勇者服を着た私。

 

『実は友奈の服、スケジュール的に難しかったのよ。クオリティを下げることも考えてたんだけど...そんな時にあいつが来てね。手伝わせてくれって』

『理由聞いたらさ。あいつは絶対目覚める。人類のために頑張ったあいつがここで終わっていい筈がない。そんなことがあっていい筈がない。って』

 

「私のこと、心配してくれてたんですよね」

「心配するのは当然...」

「......」

「......当たり前だろ。そんなの」

 

ぽそりと、先輩が呟いた。

 

「俺は前から大赦の一員だった。お前に勇者の素質があると睨んで接触し、相手を倒すための術を教えていった...そうだ。俺はお前に、危険な目に合って貰うために近づいたんだ」

「選んだのは神様じゃないですか」

「それでもだ。満開のこともそう。知らなかったは言い訳にならない。俺は知れる立場にありながらそれをせず、お前を苦しめ、挙げ句意識不明の重体になった...そんな俺が贖罪の為に大赦に入るのも、お前との接触を避けるのも、当たり前だろ」

「当たり前なんかじゃありません」

「......少なくとも俺は、この仮面を外して顔向けなんて、出来ない」

 

その言葉を聞いて、私は立ち上がった。

 

「先輩。先輩が全部悪いなんてことはありません。抱え込みすぎです。悪く言えば自意識過剰です」

「お前っ!」

「私は許します。心配してくれて、悩んでくれて、頑張ってくれた先輩を許します。そして、私はこれからも貴方と会いたいです。それじゃあダメですか?」

「っ、それは...」

「ダメって言われても会いに来ますけどね」

 

私はそう言って、仮面に触れる。

 

「だから、もう泣かないでください」

 

仮面を外された先輩は、涙を浮かべていた。

 

(私はこの人に、こんな顔をして欲しくないから)

 

「結城...っ」

「もう終わったんです。私も、皆も無事です。だから、そんなに泣かないで」

「......なん、で。お前はそんなに...」

「...」

「おかしいだろ。そんな優しい人間が、自分の命を危険に晒した人間を、どうしてそんな風に許せるんだ...」

「今こうして、辛そうな顔をしているからですよ」

 

頭を優しく抱きしめる。先輩はやがて、私の胸の中で震え始めた。

 

「ごめ...さい。ごめんなさい...っ!!俺は、俺はお前に、こんな...!!」

 

少しずつ声が大きくなって、それが啜り泣く音に変わり、すぐに叫ぶような声になる。それを私はただただ聞き続けた。

 

 

 

 

 

「...ごめん」

「何回目ですか」

「いや、だって......」

 

しばらくして、目元を赤くした先輩は私から離れて、仮面を弄りながらまた謝ってきた。私としてはもう何度目の返事をする。

 

「言いたいことは理解したし、納得した。ただ、謝らずにはいられないというか...今何も問題なかったとしても、過去を変えられてる訳じゃないわけだし......」

「じゃあ、私のためにお願いを一つ聞いたら許します」

 

私の言葉に、先輩は少し目を丸くして頷いた。

 

「何でも言ってくれ」

「私のことはこれから友奈って呼んでください」

「...へ?」

「いいですか?」

「いや、それはいいが、お前に何のメリットが」

「いいですか??」

「......分かった。改めてよろしく。友奈」

 

それを聞いて、私は________

 

「はい!!椿先輩!!」

 

笑みを浮かべて答えた。

 

 

 



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短編 友奈if2

今回は前回の続きです。テーマは対比するよう意識して作りました。


『それで、風先輩がですね____』

 

友奈の話を聞き、たまに相槌を打つ。何回目が数えられなくなってきたこの通話も、そろそろ慣れてきた。

 

(よくまぁ毎日話題が尽きないものだ...)

 

学校を辞め、大赦に所属することにした俺には毎日ほとんど変化がない。それに比べて、彼女は毎日を相当楽しくやっているように思える。その声音であったり、それ以外だったり。

 

『椿先輩も今度食べに来てくださいね!うどん!』

「大赦の仕事が落ち着いたらな」

『最近忙しいんですか?』

「個人的な部分は進んでるんだが...どっか遅れてる部署があるのか、しわ寄せが来てるような感じがして、なんだかんだ忙しくなってる」

 

学校に戻ってこないか彼女に聞かれたことがあったが、俺が応じることはなく、満開の調整が出来ないか等の調査を順調に進めていた。彼女達が戦わなくなっても、敵は全滅した訳ではなく、次世代に継がれる可能性がある。

 

とはいえそれも、最近大赦内が浮わついているというか、何か起きてそうな感じはするのだが。個人的に調べても尻尾は出てこない。

 

(今度安芸さんに聞いてみるか...)

 

『じゃあそれが終わったらですね!』

「そうだな。っと」

 

話ながら弄っていたパソコンに一通のメールが来て、作業的に開く。

 

「...悪い友奈。急に追加の仕事が来た。今日はこれで......」

『分かりました』

「ごめんな」

『いえ!じゃあまた!』

「あぁ。またな」

 

通話を切り、つけていたヘッドホンを外す。椅子の背もたれに倒れかかり、部屋の天井を見上げて大きく一息。

 

彼女にこの動揺が悟られなかったのか。それを考えるより前に、俺はメールの内容をもう一度確認する。間違いのないように、勘違いのないように、いや、何かの間違いであって欲しいと祈るように。

 

やがて、全文を読み込んだ俺が呟いてしまったのは。

 

「嘘、だろ」

 

辛うじて出た、そんな言葉だった。

 

メールの件名は『奉火祭について』で__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

怒った神様を静めるため行われるのが、巫女を捧げる『奉火祭』だという話は、園ちゃんから聞いた。本来選ばれる巫女の人達の代わりに、東郷さんが行ってしまったことも。

 

心配をかけないように、私達から東郷さんの記憶を消したことも。

 

真実を知った私達はすぐに行動した。壁の外に行って、東郷さんを連れ戻す。ブラックホールを見た時は驚いたけど、足は決して止まらなかった。

 

東郷さんを助け出して、全員がいる日常が戻ってきて数日。

 

「友奈ちゃんは『私の』友達です」

「別にそれを否定してはないだろうが...」

 

まだ検査入院をしている東郷さんの病室に行くと、扉の向こうからそんな声が聞こえた。誰なのか確認するまでもなく扉に手をかける。

 

「東郷さん!椿先輩!!」

「友奈ちゃん!」

「あぁ友奈か。よっ」

 

笑顔で出迎えてくれる東郷さんと、片手をあげて挨拶してくる椿先輩。

 

「椿先輩も来てたんですね」

「まぁ、休みだったからな。体調に何もないのか気になって」

「っ、と、東郷さん何かある?」

「ふふっ、友奈ちゃんは昨日も来たでしょ?何もないわよ」

「元気だと思うぞ。さっきまで文句を言われてたからな」

「文句?」

「友奈ちゃんの友達は自分で、お前はそうじゃないんだぞって」

「ち、違うのよ友奈ちゃん!!ただ私は友奈ちゃんのことを私の方が好きだっていうのを言って、お互い喧嘩腰になってしまって...」

 

少しずつ声が小さくなる東郷さんに、何でもないような顔をしている椿先輩。

 

「東郷さん、きつい言い方はダメだよ」

「はい...」

「椿先輩もちゃんとしてください」

「俺もかよ...」

「だって、私は二人にも仲良くしてほしいですから!」

 

共通の話題というのが私だけなのか、よく私のことで話している二人。少し恥ずかしいけど、それで二人が言い争っているのは悲しいし、仲良くなって欲しい。

 

「くっ...友奈ちゃんのため......友奈ちゃんの...!!」

「いや、そんなに思い詰めるなら」

「椿先輩?」

「......これからよろしく。東郷」

「...こちらこそ。古雪先輩」

 

お互い一度躊躇ってから伸ばした手で握手する。そこに私の手をのせる。

 

「はい!これでよし!!」

「友奈...」

「そうね。友奈ちゃんの言うとおりね」

「うん!!」

 

 

 

 

 

「じゃあね!東郷さん!!」

「えぇ。古雪先輩、友奈ちゃんをしっかり守ってくださいね」

「了解」

 

日が落ちてから、東郷さんの病室を後にする。雪が降りそうなくらいの肌寒さだ。

 

「くちっ」

「なんだそのくしゃみ」

「!忘れてください!恥ずかしい...」

「......はぁ」

「えっ?」

 

白いマフラーが私の目の前を舞ったように見えた時には、隣にいた椿先輩が正面にいた。

 

「寒いならしっかりしとけ」

 

私の首元には、さっきまで椿先輩がつけていた筈の白いマフラー。

 

「えっ!悪いですよ!!」

「今寒くないし、なんならあげるから気にするな」

「気にします!!」

「...じゃあ今度返してくれ。今日は貸すだけ。それでいいか?」

 

確認するような言い方をしながらも、話は終わりだと言わんばかりに歩き始めてしまう椿先輩。それはただ、私を気遣ってくれているだけで________

 

「......はぃ」

 

これ以上言うこともできず、私はマフラーを口許まであげた。

 

その時、降ろした手が胸の辺りを掠めて。

 

(ッ!?だ、ダメっ!!!)

 

「!!!」

「?友奈?」

「っ、な、なんですか?」

 

一瞬生まれた苦しさを悟らせないように。動揺を誤魔化すように。脂汗を見られないように。

 

「どうした?」

「いやー、暖かいなと思ったら寒気が逃げていってくれたみたいで。背筋から飛んでいきました!」

「なんだそれ......全く」

 

強めに掴まれる手に、バランスを崩しそうになる。でも、嫌な強引さではない。

 

「これならもう少し暖かいだろ」

「...はい!!」

「よし。帰るぞ。東郷に言われたし、お前がブラックホールとやらになられても困る」

 

手の暖かさは、私の胸まで届くみたいで。その熱に甘えたくなってしまう。

 

「椿先輩、ありがとうございます」

「何が?」

「...私、東郷さんのこと、忘れちゃってました。絶対忘れないって言ったのに」

「神様がやったことだろ。気にしてもしょうがない」

「それでもです...でも、全部が手遅れになる前に、思い出すことができました」

 

東郷さんのことを忘れてしまってから、私に届いた一通のメール。内容は『忘れるな。思い出せ』

 

差出人は、今隣にいる。

 

「俺はしばらく接触を禁止されてたし、メールも大赦から検閲されないように曖昧なものしか出せなかったけどな。お前ならあれくらいで分かるんじゃないかなとも思ってたけど」

「でも、そのお陰で、私達は間に合いました...」

「これくらいしか出来ないからさ。せめて、な」

「本当に、ありがとうございます」

 

(できれば、これからも......)

 

言いかけた言葉を飲み込んで、私は繋いでいた手を握り直した。決して離れないように。

 

(でも、私は、この手を握っててもいいの?)

 

「......友奈」

「はい?」

「...何でもない。帰ろう」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

相手に優しくできるのは、それだけ気の良い奴と言えて、それだけ周りへの見せ方を制御できるとも言える。

 

それが上手い奴が、全力で隠し事をしようとすればどうなるか。

 

「ほら」

「あっ...」

「赤信号だぞ。気を付けろ」

「す、すみません...」

 

答えは、完璧に隠し通すか、やりすぎて逆に怪しいか、それを隠せないくらい限界を迎えているか。大方この三択となるのだろう。

(はぁ...)

夕焼けが空を彩る帰り道。隣を歩く友奈は明らかに調子を崩していた。ぼーっとしているし、時折胸を気にしているし、表情は固い。

 

最も、最初から疑ってかからなければ、俺も気づけてなかったかもしれないが。現に、東郷すらまだ気づいた様子はない。

 

(でも、ここまで綻びが出ないんじゃ...)

 

彼女は何かを抱えている、だが、その何かは分からない。本人が話す気がないことは分かっていたから、ここまで聞くことはなかったが_________

 

(手遅れになる前に聞くべきか、無理矢理通すべきか)

 

彼女にも彼女の思いがある。後者はその思いを潰す行為に他ならないが、それでも。

 

「...なぁ、友奈......!?」

 

横にいた彼女がいない。目を丸くすれば、視界の端に彼女が映った。

 

「はぁ、はぁ、ハァッ...!!」

「ッ!?」

 

倒れ込むようにして地面に座る彼女は、明らかに異常だった。

 

「友奈!?おい友奈ッ!?」

 

 

 

 

 

「それで...ありがとうね」

「いえ、自分は...病院に連れていくならお手伝いしますが」

 

そう聞くと、目の前にいる友奈のお母さんはどこか苦しそうな顔をした。

 

「夫ももうすぐ帰ってくるし、大丈夫よ。ありがとう」

「......分かりました」

 

(あの優しさは、遺伝もあるんかね)

 

僅かな違和感は、今の俺にとって十分すぎる誤差になる。落ち着いた様子でソファーに寝ている友奈をちらりと見て、俺は立ち上がった。

 

「じゃあせめて、あいつの荷物は運ばせてください。このくらいはお願いします」

「...分かったわ。部屋は」

「大丈夫です」

 

既に何回か来たことのある家だ。簡単な間取りは把握している。迷うことなく彼女の部屋を訪れた俺は、彼女の鞄を丁寧に置いた。

 

「......さて」

 

俺は友奈が苦しそうにしていたのを落ち着かせ、おぶって彼女の家まで来た。寝ているとはいえ倒れた彼女の話をして、彼女の母親はあのような態度を取った。

 

一人娘が倒れたことを突然言われた反応としてはあまりに不釣り合いな_____まるで、そのことを覚悟していたかのような反応。

 

彼女の違和感と照らし合わせ、考察するなら。

 

(何か、家族も把握してる事情が...)

 

部屋の中を見渡し、ふと俺は目につく場所があった。

 

『中学に入る時、親が買ってくれたんです。全然見てないんですけどね。あはは...』

 

以前彼女が話していた参考書。本棚に並んだそれは、一冊だけ不自然に飛び出ている。

 

直感だけでそれを手に取った俺は、すぐに当たりを引いたのだと確信した。

 

「...勇者、御記」

 

中をめくると、彼女の日記が綴られている。それが普通の内容なら良かったのだが、そう世の中は良い方に噛み合っていない。

 

(......これが、勇者の宿命だってのか?こんなことが?)

 

神に見初められ、呪われたこと、それによって与えられている苦痛が激しくなっていること、次の春を_____次の彼女の誕生日を迎えることができないだろうということ。

 

文字だけで恐怖をここまで伝えられるのかと背筋が凍る。

 

極めつけには、これを他者に話すと呪いが伝播するということ。最も大きいものは車による事故で、それでも話をしようとしただけだと記述されている。

 

(この本と内容からして、大赦はこの事実を知っていた。偉いわけでもないから話が来てないのは納得できるが、それでも...)

 

「チッ」

 

何の生産性もない舌打ちが、俺の口から漏れた時だった。

 

「ぁ...」

 

小さく、空気に溶け消えそうなか細い声。振り向くと、赤い顔を隠せていない友奈がいた。

 

その赤が、少しずつ白くなっていく。

 

「ゆう」

「忘れてッ!!!!」

「なっ!?」

 

制御できないのか、する余裕がないのか、苦しいくらいに抱きしめられる俺。しかし、彼女は力をより強めていく。

 

「忘れてください!!今読んだもの全部っ!!」

「お、お前...」

「そうじゃないとまた不幸になる!!椿先輩忘れて!!忘れてくださいッ!!!お願いしますッ!!!!」

 

叫びは少しずつ小さくなり、やがて力尽きたのか、俺に寄りかかるように倒れ込んだ。苦しさも、今は服の裾を掴むだけになっている。

 

「忘れて...」

「......読んだよ。全部」

「っ!!」

「その上で俺の返事は、『断る』だ。友奈」

「どうして...どうしてですか。このままじゃ椿先輩も」

「もしあの時、お前が東郷にそう言われて、はいそうですかと納得したか?」

「そ、それは......」

「それと同じだ。俺は、お前のことも、お前が苦しんでいる現状も、忘れたいとは思わない。例え代償が俺自身であっても」

 

俺自身、確かに突然の情報ではあったが、覚悟は決まっていた。それが神事を扱う大赦に所属することであり、勇者と関わるということだから。

 

「な、ならせめてここから出ないでください。どこにも行かないで。そしたら」

「お前に迷惑かけられるわけないだろ」

「!!ダメっ!!」

 

彼女は手を伸ばしてくるが、来るのが分かってるなら病人相手になす術もなく捕まるわけがない。するりと避けた俺は、玄関に向けて歩きだした。

 

「お前の言う呪いがお前を基点として全てに伝播するなら、俺が主導したものには伝播しないだろう。今から俺が東郷に伝えれば、彼女達に不幸が来ることなく事態を知れる」

「でもそうしたら椿先輩は!!」

「隣の家に行くだけだぞ。まさかそんなわけ...はっ」

 

最悪を想定し、スマホに文字を入力しながら玄関を出て、隣の家へ向き________俺は思わず笑った。

 

「神様は仕事は早いがワンパターンだな。マンガやアニメなら炎上するぞ」

「何を言って...!!」

 

曲がり角から出てきた『無人のトラック』は、エンジンを吹かしている。いつすっ飛んでくるかは、すぐに分かるだろう。

 

「先輩ダメ!!逃げて!!」

「いや...ダメらしい」

 

張り付けられたように動かなくなった足を睨むのはすぐに諦め、手が動くことに感謝しながら友奈の方を向いた。

 

彼女は今にも倒れそうな顔で、それでも俺を動かそうと足を引っ張ろうとしている。

 

「友奈」

「先輩ッ!!!」

 

『人類のために頑張ったあいつがここで終わっていい筈がない。そんなことがあっていい筈がない』

 

以前、俺が言った言葉だ。

 

無事に戻ってきた彼女に、こんな苦しい思いだけさせていいわけがない。

 

それに、俺の無事も含んでくれてるなら_________

 

「友奈。聞いてくれ」

「イヤッ!嫌です!!ここじゃ聞きたくない!!!」

「俺はお前が望むなら意地でも戻ってくる。俺はもう、お前のものだからな」

 

病室で誓ってから、そして、仮面を外してくれたあの時から、俺の生きる意味は決して俺だけのものじゃないと決めていたから。

 

「だからお前は好きにしろ。お前の望んだことをしろ。どんな結末を迎えようとも、お前が幸せでいれるならそれでいい。神とか他の誰かとかじゃない。自分のためにやれ」

「ダメ!!嫌です!!だったら椿さんはいてください!!私は側にいて欲しい!!!」

「......大丈夫」

 

根拠なんて全く提示できない、普段の俺ならキレてもおかしくない励ましの言葉。そんなことしか言えない俺を、彼女は許さないだろう。勝手に人の日記も見たし。

 

(でも、今だけは)

 

トラックが唸りを上げて動き出す。

 

「神様に好かれるお前が生きてて欲しいって望んでるんだぞ?じゃあ死なないさ」

 

なにも言わず、涙を溢しながら捕まってくる友奈を、俺は動かせる腕を振るって突き飛ばした。

 

それでもこっちに来る彼女にメールを送信中のスマホを投げる。今も高熱が出てるとか思えない俊敏な動きで避けた彼女だが、それは彼女の足を一瞬止めるのに十分な仕事をしてくれた。

 

彼女が手を伸ばしても、決して届かない。

 

「だから、今度一緒に桜を見よう」

 

彼女が春まで生きられたら、その時は一緒に__________

 

「椿先輩ッ!!!!」

 

そして、世界の全てが暗転した。

 

(だから、その時は笑顔を見せてくれ)

 

「約束だ」

 

 

 

 

 

「......ぁー」

 

か細い声を漏らす。動きにくいのは左手にやたらケーブルが繋がれてるからだろう。

 

「......ぐずっ」

 

違った。ここが現実味のある天国じゃなければ、俺にくっついてる彼女は俺の無事を喜んでくれているんだろう。

 

こういった時どんな一言目を告げるべきか。

 

「...」

「...」

「......ぁー」

 

さっきと同じ、意味の違うか細い声を上げた俺は、思考が纏まらないまま口にする。

 

「桜、見れそうか?」

「...ちょっと早いですよ」

「じゃあもう一眠り...嘘嘘うそですからお腹絞めないで」

「...もぅ」

 

彼女は涙を流しながら、それでも笑って口を開いた。

 

「お帰りなさいっ!!椿先輩!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『東郷さん!!助けてッ!!!!』

 

東郷さんが囚われた私を助けに来てくれた時、すんなり助けて欲しいと言えたのは、私のこととは関係なく全力で一度叫んだことがあったからだと思う。

 

椿先輩が私の日記を読んだあの日、事故にあわされたあの人を助けるために私は全力だった。

 

車にはねられたあの人は、ピクリとも動かず、赤い水溜まりを作り出して。あの時既にパニック状態だった私は、東郷さんが救急車を呼んだりしてくれている間、ただその水溜まりにいた。

 

どんどん手は冷たく、顔は白くなっていくのに耐えられず、ただただ悲鳴をあげる。そうすることしか出来ない自分が歯痒くて、苦しかった。

 

 

 

 

 

結局。病室に搬送された椿先輩は、なんとか死んではいない状態だった。いつどうなるかは分からない状態ではあったけど。

 

私はそれを聞いて、なんとか落ち着けて__________一人、山の上を目指して階段を登る。

 

途中でタタリの痛みが強くなり、体が熱いのか寒いのかよく分からなくて、気持ち悪くて、何度も吐いてしまった。足も肺も苦しい、痛い。辛い。

 

何度も休みながら、それでも足を止めることだけはしなかった。十分高いところまで来た私は、眼下となった町を見る。

 

ここまで来たのは、自分の意志を確かめるため。

 

『だからお前は好きにしろ。お前の望んだことをしろ。どんな結末を迎えようとも、お前が幸せでいれるならそれでいい。神とか他の誰かとかじゃない。自分のためにやれ』

 

私の、まだ生きているこの命で何をしたいか考えてた時、浮かんだ思いを見定めるため。

 

「......私は」

 

ここに住む人達に、私の友達に、私と同じ苦しみを受けされるわけにはいかない。そのために私は、『皆のために』動ける。

 

でも。

 

『だから、今度一緒に桜を見よう』

 

あの人の微笑んだ顔が浮かんでくる。

 

「......」

 

今の私が望むのは、この町のこと以上に、あの人と一緒に、桜を見ること。『私のために』やりたいこと。

 

一度大きく息を吸う。氷のように冷たい空気が熱くなった肺に張り付く。

 

この感覚を味わえるくらいには、私はまだ、生きているんだ。死にたいくらい苦しくても、まだ。

 

「...椿先輩」

 

首に巻いたマフラーに手を当てる。あの時椿先輩がつけていたマフラーは、沢山の血を吸って、手で洗っても白には戻らず、濃い桜色のまま。

 

これをつけている限り、私はまだ、折れはしない。

 

『約束だ』

 

「私、決めましたよ」

 

私は_______________

 

 

 

 

 

それから私は、一度は神婚を受け入れ、それが人として生きることではないことが分かってからは、敢えてそのまま流されることにした。

 

私が神様に気に入られているというのなら、直接神様の目の前まで行った方が、話を聞いて貰えると思ったから。

 

私の狙いは上手くいかなくて、神樹様に取り込まれそうになったけど、東郷さん達に助けてもらって、最終的には平和な日常を、人としての生活を取り戻すことができた。

 

そして私は、迎えられないと言われていた春を迎えることができて__________

 

 

 

 

 

「そんなことが...」

「風先輩も大変でしたよ。受験がーって」

「確かに。そう考えたら俺は大赦に就職してラッキーだったかもな。受験期全部寝てたわけだし」

 

車椅子の車輪が小さく音を立てながら進む中、私と椿先輩は進む。

 

「大赦はまだ続けるんですか?」

「詳しいことはまだ聞かされてないけど、存続はするらしいからな。まぁ、世界の復興作業とかが主になってくるのかね」

「だったらちゃんとリハビリしないとですね!お付き合いしますよ!」

「それは...いや、そうだな。頼むわ」

 

一時期はもう二度とできないと思っていた会話が、こんなに当たり前にできることに感謝しつつ、尽きない話題を広げていく。卒業式のこととか、東郷さんのこととか、世界のこととか。

 

そうしていたら、あっという間に目的地までついて_____私達は二人とも、口を閉じてしまった。

 

「......」

「......」

 

椿先輩の入院している病院から近い、桜が有名な公園。満開の桜の木が、風に吹かれて揺れる。

 

「春、だな」

「春。ですね」

 

ただ桜が舞って、それを見てるだけ。それなのに、私の目からは涙が溢れてくる。

 

「約束。守れましたね」

「...そうだな、したもんな」

 

車椅子に座ったまま、手を伸ばす椿先輩。握ったその手には、桜の花びらが一枚。

 

「......そういや、押し花が得意なんだっけ」

「っ、はい」

「だったらここの花で作ってくれよ。入院生活中暇だから、そこそこ本読んでるんだ。栞に使わせてくれ」

「ぐすっ...勿論、です」

「やったぜ。あとは、何して...貰おう、かな」

 

少しずつ、私達の声が変になっていって、たどたどしくなって。気づいたら、私は膝をついて、椿先輩は車椅子をこっち向きに動かした。

 

「友奈...」

「椿せん、ぱい」

「......無事で、よかった」

「...ぐすっ、うぇぇぇん!!」

 

泣いて、それでも思いっきり笑って。

 

抱き合う私と椿先輩。満開の桜から舞う花びらは、まるで私達のことを祝福するように、風を受けて舞い上がった。

 

 

 



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ゆゆゆい編 81話

長らく期間をあけてすみません。リアルも忙しかったし、TRPG等色々新しい遊びをしたり、それがあって遅れたことは否定できない。

ただ、最近他のゆゆゆ二次創作作者さんと話す機会も増え、モチベは高いです。これだけ話数も書きましたし、更新がない時は是非好きな話を見返して頂ければと思います。

今回は本当に久々のリクエスト。頂いたのは一年以上前。今も見ていただけてることを祈ります!

ちなみに、ゆゆゆい編は今後も続ける予定ですが、全て花結いの章、花紡ぎの章より前の時間軸にする予定です。場所を入れ換えるかは考え中。




「お疲れー...?」

「んー」

 

あたし達が高校から勇者部の部室に向かい、扉を開けると、異質な光景が広がっていた。

 

先に向かってた椿がみかんを食べながらパソコンを弄ってるだけなら別に変なことじゃない。ただ、普段部室にある机が端に寄せられて、代わりにこたつが圧倒的存在感を持って置いてあることがおかしかった。

 

ちなみに、今の季節は春と夏の間くらいだ。

 

「...それ、どうしたの」

「何故部室にこたつが?」

 

隣にいた千景と夕海子が聞くと、椿はみかんを一口で食べ終えた。手は次のみかんの皮を剥いている。

 

「ほら、この前おばあちゃんの依頼で倉を整理しただろ?その後、このこたつを処分したいけど、手続きが分からないからもう一回依頼をしたいって話が来てな。結局俺が大赦とやりとりして処分することにはなったんだが、急な手続きだったから今日だけここに置いといてくれって話になってな」

「それで、有効活用してるってこと?」

「そういうこと。明日には大赦が持ってってくれるって。今日肌寒いし丁度いいなーって」

 

言いながら手早くみかんの皮を剥き終えた椿は、割いた一つを口に入れて、もう一つをこたつの中に入れた。

 

「...ん?」

「パソコン作業しながら食べてたら、パソコンが汚れてしまいますわよ」

「ちゃんと毎回拭いてるから。俺だって東郷に怒られたくないし。あ、三人も入るか?他の皆は今日もう部室には来ないみたいだし」

「いやいや。待って椿」

「?」

「そんな不思議そうな顔されても....ねぇ千景?」

「そうね...」

 

あたしは意を決して、口を開く。

 

「さっきあんた、こたつにみかん食わせたでしょ。何やってんの」

「みかんの布教を無機物にまでやるなんて...」

「え、そうなんですの?」

「いやお前らあまりにも酷くない?俺そこまで変人じゃないと思うんだが......って、そういうことか」

 

何かに合点がいったのか、椿へもう一つみかんを摘まんだ。

 

「見えなかったとはいえ流石にその勘違いは...まぁいいか。正解はこれ」

 

椿はあたし達と反対側にみかんを降ろし、素早く引き上げる。それに釣られたように出てきたのは、人の手だった。

 

「「「!?」」」

 

逃げる椿の手を掴んだこたつの手は、ゆっくりと更にあがる。やがて見えたのは_________

 

「全く。意地悪なことをする」

「棗!?」

「ん?風、皆も来ていたのか」

「...そういうことね。理解したわ」

「そういうこと」

 

千景と椿が言い合ってることは、あたしも流石にもう分かった。こたつに入っていたのは椿だけじゃなく棗もいて、椿は棗にみかんをあげてたのだ。

 

「なんか無駄にビックリしたわ...はぁ」

「俺も驚いたわ。お前だってうどんを無機物にまであげないのに」

「......」

「え、何その沈黙。もしかしてやったこと」

「いやー今日は寒いわねぇ!!!」

「嘘だろお前ッ!?」

 

騒ぐ椿を無視して、椿から一番離れた反対側に足を入れる。

 

(幼稚園の時のことだし、時効よ時効)

 

「風、お前...」

「違うからね棗!?」

 

そっぽを向いたら、そこから追及はなくなった。

 

「まぁいいですわ。では私(わたくし)も失礼して」

「やっぱ寒かったか?」

「そうですわね」

 

棗の反対、椿の右隣に座る夕海子。

 

「......」

 

一方で、千景は動かなくなる。

 

(...あ、そっか)

 

今四方向から一人ずつこたつに潜っていて、どこに行っても場所が狭くなる。

 

あたしは少し横にずれて、千景が入るだけのスペースを作ろうとして_____今度はあたしが動きを止めた。

 

「少し詰めなさい」

「ん」

 

千景が椿のすぐ隣に座り、こたつに潜り込む。

 

いや、ただそれだけ。ただそれだけなのだが、それ故あたしは動きを止めた。

 

(千景がそこに入った!?それに椿もさらっと避けた!? )

 

千景がらしくないのもあるけど、椿も椿でこの状況なら自分がこたつから出たりしそうなもの。でも、あいつは気にする様子もなくみかんを食べつつパソコンを触り続けて_____

 

(!!!)

 

その時、あたしに電流が走った。気づいてしまったのだ。

 

(椿...神経を全部持ってかれてる!?)

 

みかんにこたつ、そしてパソコン作業。それらから集中力や判断力を全て吸いとられてるのだ。皆が来てもパソコンを触る手を止めないということは、さっき言ってた通り早めに必要な用事だってことで。

 

「食べるか作業するか、どちらかにしませんの?」

「男にはどちらもやらねばならぬ時がある。これは今日のうちに作って東郷とひなたと大赦に連絡しておきたいし」

「男かどうか関係ありませんし、明らかにみかんが非効率じゃありませんの」

「非効率だから風からうどんを取れるのか?」

「それは無理だな」

「なにぉう!?」

「そういうことだ」

 

さらりと流され、あたしはせめてもの抵抗で賛同していた棗を睨む。棗は自分でみかんを剥き出して、口に運んでいた。

 

「...はぁ、全く。仕方ありませんわね」

 

諦めたのか、同じようにみかんを剥き出す夕海子。一瞬沈黙が流れて、気力が削がれてしまったあたしも、仕方なくこたつに乗ってるみかんに手を伸ばし________

 

「口を開けなさい」

「ん」

「んんんっ!?」

 

あたしは今度こそ完全に硬直した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

(......)

 

目の前で行き来する手を見て、私は動けなかった。

 

『これなら東郷さんに怒られることもないですし、貴方も作業に集中できますわ』

『助かる。あむ』

 

弥勒さんが古雪君にみかんを食べさせることをただ繰り返す。確かに彼のやりたいことは全部叶うし、パソコンを動かす手も、効率は上がる。

 

パソコンとみかんに夢中な今ならいけるかもと隣に入ったのはいいけど、まさかこんなことになるとは思わなかった。

 

(とはいえ...)

 

古波蔵さんは我関せずでこたつに入ってるし、目の前の犬吠埼さんはにらめっこでもしているのかと思うほどコロコロ表情を変えている。

 

ただそれも、私が似たような動揺をしているのではないかという不安に繋がっているわけだけど。

 

「この環境最高」

「もっとこの弥勒を讃えなさい」

「弥勒様最高。素敵、淑女」

「そうでしょうそうでしょう!!」

 

あまり淑女とは思えない高笑いが響いて、逆に少し落ちついた。

 

(......どうせ、ここで何をしても古雪君は気にしないし、一人相撲になるだけなんだから)

 

そう思えば少し気が楽になる。恥ずかしがってたとしても、それはせいぜい目の前の彼女にしか知られない。

 

なら、こんな珍しい機会は逃すべきじゃない。期間限定でドロップ率の上がってる素材集めをしない理由がない。

 

「弥勒さん、私がやるわ」

「えっ」

「そこだと私を挟んでになるし、大変でしょう」

「うーん...そうですわね。千景さんがそう言うなら、お任せしますわ」

 

弥勒さんは、持っていたみかんを自分の口に運び始める。一方で、半自動で開く彼の口。

 

(......)

 

「は、はい。あー...」

「あむ」

「ッ」

「んー、美味しい」

 

すぐに私の手から消えたみかんを食べて、幸せそうな顔でパソコンを打ち続ける古雪君。

 

(...餌を待つ雛鳥みたいね)

 

何かと気を使う彼のことだ。普段ならきっとこんなことさせないだろう。何なら目も向けずに食べてるからか、少し指先まで食べられる。

 

(......)

 

「ち、千景?」

「ッ!!何でもないわ」

「美味しい。やはりみかんは良い」

「...普段麺類で戦っている風達を見ていると、椿は実は愛媛で生まれたのではないのかと考えてしまうな」

「別にうどんも好きだけどな」

「で、でも椿?食べ過ぎは良くないわよ?あたしにだってうどんを食べ過ぎたら止めるじゃない」

「別に俺は体重増えても気にしないし、これだけ運動して尚太る体質でもないからな」

「うぐっ」

「まぁないならないでいいけど、みかんがあるなら欲しい」

「...あるわよ。はい」

「あむ」

 

躊躇うことなく私からみかんを食べる古雪君。

 

(...うん。これは、うん......)

 

沸き上がってくる未知の感情に動揺しながら、私はみかんをあげ続けた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「椿さん?」

「っ!あぁ、ひなたか...」

 

部室前、扉を開けずに立っていた俺に、廊下から歩いてきたひなたが声をかけてきた。

 

「昨日はありがとうございました」

「いや、俺がやるって始めた書類だしな。別に気にしなくていい」

「ふふ、分かりました...それで、今は何を?」

「あぁ、うん......」

 

ひなたの質問に言葉が詰まる。思い出されるのは昨日のこと。

 

みかんにこたつという最強環境で作業をしていて、途中から同級生メンバーが来ていた。特に気にせず作業を続け、書類が完成して時間にもなったからと一人帰り道に入ってから、ふと足が止まったのだ。

 

今日の俺、何かとんでもないことをしてなかったか。と。

 

そこからは酷かった。思い出した途端悶え、即帰宅からの布団の中に入って申し訳なさと恥ずかしさに震え。

 

『おい、大丈夫か?』

 

今日一日彼女達の方を見れず、裕翔に心配される始末。だが、部活の時間は来てしまう。

 

(結局、全員から餌付けされてたし...いやみかんは美味しかったけど)

 

少なくとも、わがまま言って悪かったと謝らなければ__________

 

「椿さん?」

「...いや、なんでもない」

「はぁ」

「くっ、えぇい」

 

意を決して扉を開くと、すぐ目の前に二人がいた。

 

「!風、千景」

「あら椿」

「遅かったのね」

「あ、あぁ。掃除が長引いて...あの二人とも」

「じゃああたし達依頼に行くから。あ、今日はこたつないから大人しく机で作業するのよ」

「上里さんもいたのね。丁度よかったわ」

「はい。いらっしゃらなかったら現地に行こうと思ってたので、合流できてよかったです」

「そうね。じゃあ古雪君、また」

「お、おう...」

 

あっという間に曲がり角へ消えた三人に、俺は立ちっぱなしになってしまう。

 

(...気にしすぎてたの、俺だけ?)

 

確かに、あっちも気にしてたら高校で会った時に話を振られてもおかしくないわけで、そうなると、俺が一人で悶えてたのも気にしすぎなだけになって。

 

(......まぁ、あいつら優しいし)

 

「椿先輩。どうしたんですか?」

「...いや、何でもない」

 

部室にいた友奈に声をかけられて再起動した俺は、部室に足を踏み入れる。

 

彼女達が気にしてないのなら、昨日ことは、ドキドキしたことは、俺だけの中に入れとけば良いと思いながら。

 

「つっきー」

「確保~!」

「ん?」

「昨日のことゆみきちに聞いたんよ」

「離せ園子ズ!!今日俺は部活を休む!!!」

「何故ですの。昨日貴方の口にみかんを運んだだけですのに」

『!?』

「そうだぞ椿。私も」

「弥勒ぅぅっ!!棗ぇっ!!!」

 

結局、この感情が俺だけの中になることはなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お二人とも、昨日椿さんと何かありましたか?」

 

「何もないわよ」

 

「えぇ」

 

「...ふふっ」

 

『!』

 

「いえ、お二人とも、耳が真っ赤ですよ」

 

『!?』

 

「そもそも私、園子さんから教えて貰ってましたから」

 

『!?!?』

 

「あら、噂をすれば...これ、話を聞き出した時の椿さんですって」

 

『......』

 

「顔が真っ赤ですね。必死に手で隠そうとして可愛らしい...こちらの方々もお送りしますか?」

 

『やめてください』

 

「そうですか...ところで、この写真はいりますか?」

 

『...ください』

 

「ふふっ、分かりました」

 

 

 



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ゆゆゆい編 82話

気づいたら前回の更新から一月経ってました。最近早いね。自分は最近コロナになりました。滅茶苦茶きつかったから皆さんも気をつけてくださいね。

総合評価も気づけば4500を突破していて、まだまだ応援されてるんだなと感じます。頑張るぞい。

そんな今回はブラウン・ブラウンさんからのリクエストになります。ありがとうございます!


「こんにちは。椿さん」

「あぁ、こんにち...」

 

買い物帰りの休日。声をかけられ、振り返りつつ答えた俺は、その声を固まらせた。

 

聞き馴染みのある声でありながら、聞いたことのない声だったからだ。

 

「どうしました?」

「いやどうしたもないだろ、歌野」

 

振り向いた先にいたのは白鳥歌野。諏訪の勇者でありながら、今の勇者部でのイメージは明らかに農業王の方だ。現に今、農業王と書かれたTシャツを着込んでいる。

 

だが、元気の塊とも言える彼女の声が、あまりにも細々としていた。普段なら出会い頭に『椿さんグッドアフタヌーン!今日も良い天気で野菜日和ですね!』なんて言ってきても不思議じゃないのに。

 

「なんだ、落ち込むようなことあったか?それともこの前杏が勧めてきた映画の主人公のマネ?」

「そうではないですけど、大したことではないですよ。はい」

「いや大したことだろそれは。どうした?聞くだけで済むならいくらでも聞くし、何かできることがあるなら協力するが」

「いえ、ホントに...私、野菜買ってくるので」

「......あぁもう」

 

空いていた片手で彼女の手を握り、無理矢理帰る。あまりにも歌野らしくない行動に、俺も少し焦ってることを自覚した。

 

歌野はされるがまま、俺に手を引かれて歩いていく。ついたのは俺の家だ。

 

(何か重要な問題なら...)

 

大赦に声をかけるべきか、勇者部に共有するべきか、幾つかプランを立てつつも、鍵を使って家の中に入る。さっさと冷蔵の必要があるものをぶちこみ、飲み物をコップに注いで机に置く。

 

「それで?どうしたんだよ?」

「...ぁ、あのー」

「ん?」

「ここまでしてもらうのは、なんというか、申し訳ないといいますか...」

「いいから。別に何もないなら何もないで」

 

俺がそう言うと、歌野は少し詰まってから。

 

「......実は、これが」

 

と言って、自分の着ていた服を引っ張った。

 

 

 

 

 

「はぁーっ...」

「だ、だから言ったじゃないですかぁ!!」

「いや、想像以上にというか、まぁうん...」

 

(良かったというべきか、そんなことかと言うべきか...)

 

歌野が話してきた内容は、自分の着ている服についてだった。

 

白いTシャツに、農業王の文字が書かれたもの。シンプルで農作業には良い印象を受けるが、雪花からは『女子として矯正したい』と言われていた悲しいもの。

 

歌野が気にしていたのは、その文字についてだった。普段は無地のシャツに筆を使って作るらしいのだが。

 

『実は筆先がダメになってたので、買い直そうとしたんですが...どこのお店にも太い筆がなくて。普通のはあったのですが』

 

確かに、今彼女が着ている服に書かれている文字は、いつもより細い感じに思える。

 

少しだけ『イネスには絶対あるから行け』と言いそうになったが、彼女はイネスに拘りがあるわけでもないし、ここから多少距離があるのも事実だった。

 

「だが、文字が細くなったから落ち込んでる。というのはなぁ...」

「また言う。むー」

 

頬を膨らませる彼女に簡単な詫びをいれ、俺は記憶を漁った。

 

「とはいえ、俺もそこまで太い筆は持ってなかったはずだからな...」

「別に気にしなくていいですよ。なんだか、椿さんに話したら大した問題でもない気がしてきましたし。数日後には直る問題ですから」

「......」

 

彼女はそう言う。今の彼女は本当に気にしてなさそうには見える。

 

(...だが)

 

つい先ほどまで見ていた、彼女らしくない顔。

 

「......」

「椿さん?」

 

(そもそも、そうか)

 

「よし。少し待ってな」

 

やりたいことを固めた俺は、席を立ち部屋を出た。

 

決めたなら、後は実行するだけだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

椿さんが部屋を出て数分、彼は何やら色々持って戻ってきた。

 

「ほら」

「?」

「服脱げ」

「ワッツ!?」

「いやなに驚いてんの、それに着替えて欲しいんだが」

 

投げられたのを確認すると、少し大きめのシャツ。

 

「普段俺が着てるものだけど、洗ってあるし平気だろ?」

「で、でも椿さん...」

「解決策を考えたんだから、やらせてくれ」

「ッ...」

 

そういう椿さんは、自分の持っている何かを床に置いていく。ただ、私にそれを確認できる余裕はない。

 

(ふ、服脱げって、ここで...?)

 

『これ良かったでしょう?囚われて尋問されそうなヒロインを助けに来るシーンなんて特に!』

 

これは先日杏さんにオススメされて、皆と見た、その、何とかしてやるから体で払えと言う奴では________

 

「どうした?」

「つ、椿さんはそんな人じゃないですよね?」

「え?何突然」

「だ、だから...その」

「?まぁ早くしてくれよ?」

「!!」

 

私を見る椿さんの目は、真剣そのもので、彼が作業に戻っても動揺が収まらない。

 

(で、でもそうよね。椿さんだって男の子なんだから。わ、私も一応女子だし...)

 

それに、普段お世話になってる先輩のためなら、こんな風に言われなくても少しは_______

 

(いや。私なに考えてるの!?)

 

「歌野?」

「ひゃい!!...は、はい。着替えます!」

 

この人が、普段そんなことはないこの人が、待ってる。

 

私は、震える手を服の裾まで持っていった。

 

(......女は、度胸よ)

 

意を決し、私は服を捲りあげ_____

 

「あぁ、部屋は何で脱いでんだお前ッ!?」

「えぇっ!?」

 

 

 

 

 

 

「言うわけないだろバカぁ...」

 

何度目かの大きなため息をついた椿さんと対称的に、私は自分の服を胸元で抱きしめていた。

 

着替えるのは必要だが、それは単純に私の着ている服に手を施すため。着替えるのは目の前でする必要なんてない。

 

改めて振り返ればそうとしか取れない受け答えをしていたのにも関わらず、勘違いしていた私はとんでもないことをしていた。ナーバスになっていたが故。というのは今なら分かる。

 

結果、椿さんの持ってきた服に着替えた私はそれなりに時間が経ってから落ち着いてきた。

 

「そ、ソーリー...」

「全く。他の、いや俺だからいいってわけでもないが、気安く男子相手にやめろよ?水都や他の部員が見てても止めるの間に合わなさそうだし...」

「気を付けます......」

「はぁ...それで、脱いだなら貸して......その必要もないか。はい」

 

そう言って、椿さんはさっきから用意していたものを見せてくる。そこには、習字ができそうか一式がセットされていた。

 

「!!おっきい筆あったんですか!?」

「いや、あったのはこれ」

 

出されたのは普通の筆。なんなら少し細く見える。椿さんはそれの持ち手側を私に向けて渡してくる。

 

「俺ができるのはここから説得する、精神論の話をするって言うべきか?まぁ、お前がこれを握るか握らないかは自由だが、話はさせてくれ」

「はぁ...」

「まず、お前の家にも筆自体はあったんだよな?」

「は、はい。それでこれも書いたので」

「何回か書けば太くなるぞ?」

「でもそれって二度書きになるじゃないですか」

「なるな」

「それなら、あまり良くないんじゃ」

「確かに」

「??」

 

肯定されてしまい、私には疑問しか残らない。椿さんは何故良くないことを勧めてきているのか。

 

「二度書きは良くないとされている。理由は色々あるらしい。墨と半紙がすぐ渇く関係上、二度書きは違和感が生まれる。とか、書道には一瞬に生まれる儚さが大切である。とか」

「そうなんですね...?」

「前に銀に聞かれて、調べた感じだとな。だが今回は、別に半紙に書くわけでもなければ、書道でも授業でもない」

「た、確かに」

「寧ろ、こうしたものは『補筆』と言われて一つの技としてやることもあるらしいからな。重ねて、墨の濃淡で表現するなんてのもやるみたいだし。要は、それで何を大事にしたいか、何を伝えたいか、どんな思いをこの字に込めたいか。ということだと思う」

「思いを、込める...」

 

一度、自分のシャツを見つめる。私はこの『農業王』という文字に、何を込めているのか。

 

一度口を閉じた椿さんは、「さて」と言って、筆を持つ手を伸ばした。

 

「言ってしまえば、俺がお前にしてやれるのは精神論だけ。今の話を聞いた上で、これを取る取らないはお前の自由だ」

「......」

 

確かに、椿さんは言葉を並べただけで、この準備をするだけなら自分の部屋で出来る。

 

でも。

 

「...作物の中には、小さな実が幾つも集まって出来るものが沢山あります」

 

私は躊躇うことなく筆を取った。

 

「決して一つが太く大きくなるだけじゃない。ですね」

 

たった今、椿さんが新しい道を示してくれたように。一人で上手くいかなくても、私には仲間がいる。特にこの世界では。

 

「感謝するわ。椿さん」

 

農業王の文字に、私の気持ちに、もう迷いはなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふぁーあ...」

 

歌野が無事農業王シャツを完成させた次の日、俺は朝からとある場所へバイクを走らせていた。

 

『じゃん!どうですか!!』

『...似合ってるよ』

『そうでしょうそうでしょう!!なんてったって椿さんがレクチャーしてくださったんですからね!!』

 

アドバイスした俺がべた褒めされるというよく分からない状況にはなったが、彼女は興奮冷めあらぬといった様子ですぐに俺の家を後にした。

 

次に連絡が来たのはその夜だ。

 

『よかったら明日の朝、私の畑に来てくださる?少し人手が欲しいんです』

 

要約するとそんな内容になるメールを受け取った俺は、こうしてバイクに乗り、歌野が管理している畑へ向かっている。

 

俺が指定された時間に着く頃には、既に管理人と、他に二人がいた。

 

「椿...」

「あ、おはようございます...」

「若葉に水都?二人も呼ばれたのか?」

「今日は収穫するものが多いから、人手が欲しいと言われてな」

「私は、結構一緒にやってるので...」

「そっか。まぁ四人もいれば手早くやれるかな。よろしく」

「あぁ、頼む...」

 

そう言う若葉は、どことなく歯切れが悪い。

 

「どうかしたのか?」

「いや、椿...昨日歌野のシャツについて、手を加えたんだろう?」

「?あぁ...歌野がそれを」

「つーばーきーさーんーっ!!」

「うごっ」

 

若葉との会話を遮るように、歌野が俺の腹に突っ込んできた。思わず呻くような声が出る。

 

「来てくださってサンキュー!」

「お、おぅ...頼まれたしな」

「今日は椿さんのバイクで野菜も運べるし、いつも以上にいけるわね!みーちゃんと若葉もよろしく!!」

 

離れてくれた歌野が着ているのは、昨日と同じ農業王のシャツ。

 

(嬉しいのは分かるが...)

 

「昨日と同じ服だよな。それ...?」

「む、ちゃんと洗濯は済ませてありますよ!昨日書いたばかりでしたけど...そうそう、椿さんが昨日私にね......」

「ぁー......」

 

何故か遠い目をする若葉。熱く語り始めた歌野。誉められられるのが気まずくて少し離れる俺。

 

「また始まっちゃった...」

「また?」

「...昨日ご飯食べる時に聞いてから、私は五回目、若葉さんは四回目みたいで......」

「......」

 

若葉がこちらをジト目で見てくる。

 

「でね。椿さんがその時言ってくれたの!」

「......なんか、ごめん」

 

自分がさもキメ顔で名言を言ったように話す歌野に耐えきれず、俺は恥ずかしくなる顔を抑えながら二人に向けて謝ることしかできなかった。

 

(歌野さん...頼む。もう少し...)

 

口を開きかけたところで、俺が見たのは、歌野の嬉しそうな笑顔。

 

(......甘いのかなぁ、俺)

 

「水都、どれを手伝えば良いのかは分かるか?」

「え?あ、はい」

「じゃあ、先やるか」

「...分かりました。こっちです」

 

俺の意図を汲んでくれた水都の案内で、二人の横を通り抜ける。

 

今の俺には、歌野の妨害をする気が起きなかった。

 

(そっちの方が、やっぱ似合うよ)

 

 

 

 

 

「椿。さっきはよくも見捨ててくれたな」

「違うんだ若葉。あれには事情があってだな」

「問答無用!!」

「ちょっ!?助けて歌野ぉ!?」

「うたのんなら、杏さんの所に行くって...」

「歌野ぉ!!!」

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 83話

遂に、ゆゆゆいがサービス終了することになりましたね。アニオリ作品のソシャゲがあれだけのフルボイスストーリーで5年以上続いたの、本当に凄いと思う。

自分の作品も多くの影響を受けました。ゆゆゆい編が書くためのハードルが低かったのは間違いなく公式でクロスオーバーをやってくれてたから。本当に感謝します。ありがとう。


「流石に揃えが良いな...」

 

値段的な価値がどれだけあるかは分からないが、ここにある資料がこの四国の中で最も歴史的に重要であることは理解できる。いや、重要過ぎて値段的価値はつけられないかもしれない。

 

なぜなら、ここがある意味世界を裏から操ってきた大赦の書庫だからだ。

 

すっと指を這わせて確認したタイトルは、『神世紀250年 大赦記録』

 

「これ読んだら、何が分かるんだか......」

 

口にしながらも、決して手に取ることも、中身を確認することもしない。好奇心で手を伸ばしても、俺にとって利になる大赦の資料なんてあまり考えられないから。

 

だが、タイトルそのものは目を引くものばかり。暇潰しには丁度良いだろう。

 

(折角だしな...)

 

ずっと眺めて、目に留まったのは一冊の本。タイトルで気になったのは、先程まで一緒にいた彼女の家名があること。

 

『上里家の威光』

 

大赦の保管書の割に攻撃的なそのタイトルに、俺は無意識に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お疲れさまでした」

「はい。ありがとうございました」

 

目的を終えた私は、一礼して部屋を出る。日の光が当たった眩しさから少し目を細め、今日のやるべきことが終わったのだと感じて細く息を吐いた。

 

「ふーっ...」

 

(戻りましょうか)

 

既に年単位で訪れている場所。どこにどんな部屋があるかなんて分かっているし、広い施設内をどう歩けば早くたどり着けるかも知っている。

 

『多分ここかこっちで待ってる』

 

その上で、電話をかけず目的地まで向かおうと思った私は、足を向けて、すぐに止めた。

 

「あら」

「おっと...!申し訳ありません。上里様」

「いえ、お気になさらないでください。三好さん」

 

ぶつかりそうになったのは、沢山の本を抱えた夏凜さんのお兄さん。前が見にくくなるほどの量は、私では持ちきれないだろう。

 

「お手伝いさせてください」

 

だから、自然とその言葉は出た。

 

「申し出はありがたいですが、上里様にご迷惑をかけるわけにはいきません」

「私も勇者部です。人のためになることを勇んで実施するんですから」

「ですが...」

「......」

 

じっと三好さんを見れば、観念したように口を開く。

 

「......では、こちらをお願いできますか?」

「これだけですか?」

「これだけで視界は確保できます。これ以上は、大人であり男のプライドがありますので」

「...分かりました」

 

明らかに分配は悪いものの、そう言われてしまえば私は何もできない。恐らくこの人は敢えて家名を抜き、個人的な話を言い分としたのだろう。

 

「それで、これはどこまで?」

「ご案内します」

 

歩きだした私達は、特に話題がない。少し気まずくて何か話せないかと考えていたところ、三好さんが先に話し始めた。

 

「本日は彼と共に?」

「はい。帰りも送ると、大赦内で待ってくれています」

「そうでしたか...久々に彼と体を動かしたかったのですが、職務が貯まっていまして。残念です」

「椿さん、貴方といた次の日は大体疲れ気味ですよ」

「生身同士ならそうそう負けませんから」

 

さらっと言われるのは、椿さんが負けているということ。私の個人的な感情と、勇者部での立場から、なかなかあの人が倒される姿というのは信じられない、いや、信じたくないところではある。

 

でも、実際私も現場を見たことはあるし、『次は勝つ』と意気込む椿さんを見たことはあった。

 

「手加減なくやっちゃってください」

「よろしいのですか?」

「それが椿さんのためになりますし」

「では、上里様のお墨付きも得ましたし、次回は遠慮なく...さて、つきました」

 

通された室内は、いかにも倉庫といった場所だった。手近なスペースに持っていた本を置いた三好さんは、こちらに両手を出してくる。

 

「大変ありがとうございました。上里様。後はこちらでやりますので、彼の元へ」

「後は整理して入れるだけですよね?ここまで来たんです。お手伝いさせてください」

「ですが」

「三好さん?」

「っ、分かりました...彼が言ってたことを、ここまで理解できるとは」

 

何かを呟いた三好さんは、「ではそこから」と指示を出してくれた。私はそれに従って、ひたすら本をしまっていく。

 

「しかし、しっかりしていらっしゃいますね」

「そうですか?」

「...正直なことを申しますと、私は今この時代の上里様にもお会いしたことがあります。その上で、貴女の方が大人びていると感じます......やはり、西暦と神世紀で違いますか?」

「......確かに、そうかもしれませんね」

 

私が大人びているとしたら、それは、昔から若葉ちゃんと接してきたから。でも、もしそれが要因じゃないとしたら、残る候補は一つだけ。

 

西暦という時代は、神世紀を迎えるための戦いは、私自身を律しなければならなかった。ということ。

 

「今この時代の方が、平和だとは思います。誰もが青空を見ることができて、ニュースもほのぼのとしたものばかり」

「......」

「ですが、だからこそ。決めていますから。私は」

「何を、ですか?」

「私のやりたいことを、です」

 

例えこの世界にいる記憶を失い、元の世界に戻っても、これは変わらない。何故なら、私が決めたのは元の世界にいた頃だったから。

 

あの時代にいながら、彼が未来から来てくれたから。

 

「私は、この世界を作るために、300年先まで続くこの四国を守るためにやるべきことをやる。そう決めてるんです...この先何があろうとも、覚悟はできているつもりです」

 

だから私は、諦めない。心強い仲間もいるし、あの人との記憶もあるから。

 

「......ありがとうございます。貴女様のお陰で、今日の我々がいます」

「ぁ、いえ、そんな畏まらないでください!」

「いえ...敬服いたしました」

「......あの、椿さん達には言わないでくださいね?」

「承知しました」

 

何を感じたのか、それ以降指示以外の話はなくなり、あっという間に本の整理が終了した。

 

「では、私はこれで。大変助かりました」

「いえいえ。ではまた」

「はい。失礼いたします」

 

(最後まで、口調は崩してくれませんでしたね...)

 

三好さんと別れながら、そんなことを思う。妹さんの友達ではあるものの、私は『上里』であり、あの人は大赦の人なのだ。

 

(私は一体、これから先どんなことをするのでしょう...ある程度の算段は立てていますけど)

 

そんなことを考えながら、歩くこと数分。椿さんとの合流場所候補を巡り、一番最後の部屋にたどり着いた。どうやら今日は運が悪かったらしい。

 

(ここは...確か書庫でしたっけ)

 

「椿さん、いらっしゃいますか?」

「あぁ、ひなたか」

「はい!」

 

奥の方から椿さんが顔を覗かせて、私は声から漏れでる嬉しさを隠せないまま待った。少しして、椿さんが向かってくる。

 

「すまん。お待たせ」

「いえ、こちらこそ待たせてしまいごめんなさい。それから、ありがとうございます」

「そんなことは...いや、どういたしまして」

「はい」

「...」

「......?」

 

いつもなら何か続けてきそうなのに、何故か黙ってしまった椿さん。

 

「椿さん?」

「...ひなた」

「?」

「無理して、ないか?」

「え?」

 

突然言われたその言葉に、私は疑問を浮かべた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『上里の名は、この神世紀において特別な意味を持つ』

 

その一文から始まった本を書いたのは、どうやらひなたではないらしい。書き方や時期を見て、神世紀120年前後、男性だろうか。

 

『西暦から神世紀に移行するために、多くの犠牲が生まれ、人類はこの四国のみとなった。これを持ち直したのは大赦であり、我が祖先である。であるからこそ、今も尚大赦において、上里家と乃木家が先導者となっているのだ』

 

別段、書かれてることは自伝と大差がない。だが、文だけでありながら覇気に近いものを感じるのは何故だろうか。

 

親しい人が同じ名字だからか、それとも、親しい人が、この威光の祖そのものであるからか。

 

『だが、両家には明確な差がある。乃木家は人類存亡をかけて戦った勇者である。しかし、上里家はその限りではない。我々に通っているのは巫女の血である。神樹様の声を聞く者でありながら、その数は決して少なくない』

 

「......」

 

『その上で、乃木家と対等、大赦内に限ればより高い地位にいるのは、それだけ世界に、人類の存続に貢献し、変革をもたらした存在であることの証左だ』

 

「...っ」

 

『これを読む者が上里家を継ぐものならば、その覚悟と決意を抱け。我らは人類を導く者なのだから。そして、無関係な人間であるならば、我らの威光を受けるが良い』

 

ここまで読んで、俺は本を閉じた。

 

「すー、ふぅー...」

 

(...怨念でも込もってんのかよ。これ)

 

読んだページ数はまだまだ冒頭。それでも言い知れぬ気味の悪さを感じてしまう。

 

(上里家の現当主とかは、知らないが...)

 

この本は埃を被っていたから、最近は読まれてないのだろう。だが、俺が不安に思ったのは現当主のことじゃない。

 

「...ひなた」

 

西暦から神世紀にかけて、大赦を引っ張ってきた上里家の人間。彼女の子孫と言える者が、これだけの覚悟と決意を抱き、少なくともこんな本を作ってる意志と権力がある。

 

ならば_____その礎を築いた彼女は、一体どれだけの思いがあったのか。後世に大きな大きな影響を与える、覚悟と決意はどんなものなのか。

 

(...でも、そっか)

 

例え今この世界での記憶を失ったとしても、彼女は知ってしまっている。自分が生き抜くまでにバーテックス、天の神との関係は終わらず、根本的な解決にはならないことについて。

 

他ならぬ、俺のせいで。

 

300年後の人間が同じ相手と戦ってると言うんだから、それはそうだろう。そう考えるのが自然だ。

 

だが、それなら尚更、そんな状態で、後世に残ることを成し得た彼女は、少なくとも今の彼女から感じることができなくても、想像することはできて__________きっと、その想像を軽く越えるような何かがあるのだろう。

 

そうでなければ、こんなものが生まれるはずがない。

 

「椿さん」

「!!」

 

思考を沈めていた時、幻聴から聞こえたような声に一瞬震える。少しの間、ここが大赦の中だということすら分からなくなっていた。

 

「いらっしゃいますか?」

「あぁ、ひなたか」

「はい!」

 

声の方へ顔を出せば、嬉しそうに返事をするひなたがいた。用事は済ませたのだろう。

 

(行かなきゃ)

 

「すまん。お待たせ」

「いえ、こちらこそ待たせてしまいごめんなさい。それから、ありがとうございます」

「そんなことは...いや、どういたしまして」

「はい」

「...」

「......?」

 

俺は彼女を前に、黙ってしまう。理由はさっきの通りだ。例えそれが、今目の前の少女から感じることがなくても。

 

「椿さん?」

「...ひなた」

「?」

「無理して、ないか?」

「え?」

 

だから、そんな言葉をかけてしまった。

 

別に分かっている。突然言われたひなたが「無理してます。疲れてます」なんて言わないことに。本当にそうだとしても隠すような奴ということに。

 

今生きている彼女から、あれだけの何かを感じることは、滅多になかったということに。

 

ただ、今だけは聞かずにいられなかった。

 

「悪い、答えてくれ」

「えっと...そうですね」

 

ひなたは頷くでもなく、否定するでもなく、ただ俺の言葉を呑み込む。

 

やがて_______俺が気まずさから、「何でもない」と言いかけたところで、彼女は口を開いた。

 

「では、疲れた。ということにしておきましょう」

「...へっ?」

 

しっかり時間を置いてからの答えに、俺は変な声をあげる。

 

「確かに今日も大赦で頑張りました。普段も学校の授業、勇者部の依頼、若葉ちゃんのお世話。非常に充実していますが、疲れちゃうのも事実ですね」

 

少し早口で話す彼女は、とてもさっき見ていた『上里』ではなくて。

 

「ですからそうですね。椿さんの運転で早めに帰る...いいえ。こういう時は風を浴びるのが良いでしょうから、椿さんには普段より遠回りして送ってもらうのが良いと私は思いますね!」

「...ははっ」

 

ここでやっと、どこか張っていた緊張がほどけたようで、変な笑いが俺の口から漏れた。

 

(そりゃそうだ。ひなたはひなただもんな)

 

俺が知るのは後世に名を残す上里でも、大赦の代表格である一家でもない。

 

彼女は、俺の知る上里ひなたは、可愛い女の子だ。

 

「何で笑うんですか、椿さん。突然聞いてきたからちゃんと答えましたのに」

「いや、ごめん。ははっ...でもそうだな。分かった。しっかり送らせていただきます。ひなた様」

「...全くもう」

 

俺の態度に呆れたのか、少し赤みがかった頬を膨らませるひなた。

 

「ごめんごめん、さ、帰ろう」

 

それがいつも通りすぎて、俺は片手をあげながら歩きだした。

 

未来がなんであれ、過去がなんであれ、俺達は今を生きているから。今目の前の子が笑顔なら、それでいい。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「歌野さん」

 

「あらっひなたさん。お勤め、お疲れ様」

 

「はい。歌野さんは農作業終わりですか?」

 

「えぇ。今日もしっかり面倒みたから、きっといい子に育つわ。んっ...作業終わりの蕎麦もおいしい!」

 

「それはよかった。私もうどん、食べちゃいましょう」

 

「いいわね...それにしても今日はいつもより遅かったわね。大赦で何かあった?」

 

「いえ、大赦では何も...椿さんに送って貰いましたし」

 

「あぁ、それで」

 

「はい?」

 

「いえ。遅くなったのに、凄く笑顔だなって思ってたので」

 

「......」

 

「ひなたさん?」

 

「私、そんなに、笑顔でした?」

 

「えぇ。それはもう」

 

「......」

 

「...もしかして、椿さんの前でも?」

 

「し、仕方ないじゃないですか!言われるまでそんなの、全く...っ!!」

 

「あらあら...ひなたさんは、本人の前でどれだけ笑顔だったのかしらねぇ」

 

「歌野さん!」

 

「おっと。ご馳走さまでした!ではシーユー!」

 

「歌野さんー!!」

 

 

 

 



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短編 過剰な仕掛けと多少の甘さ

以前ゆゆゆい編で出したことのあるハロウィン回ですが、短編では出してなかったな...と思い立ったのが2日前。気合い入れて書きました。間に合ってよかった。

楽しんで貰えれば。


「ハフォヒィン?」

「食べながら言わないでください」

「...すみません」

 

須美に言われ、椿は一度お昼のうどんから口を離した。

 

「それで、ハロウィン?」

「そうそう!」

「...今この状況で?」

「まぁそう思うよね」

 

今は神世紀301年の10月。神樹様がいなくなってから約半年が過ぎた。それが意味しているのは、食料の供給等が安定していないということ。

 

椿が聞いてるのは、そんな中でハロウィンをやるのか。ということだろう。

 

「ことの始まりは須美がさ」

「えぇ。古雪先輩、こちらを」

 

須美が出したのは勇者部で使っているノートパソコン。

 

「依頼リスト...そういうことか」

「はい。去年依頼のあった幼稚園や保育園から、今年の祭典でも何かして貰えないか。というものが多数」

「それで須美が悩んでるのをアタシが見つけて、今日このメンバーを招集かけたってわけですよ」

「このメンバーなのは察しがつくけど」

「そ。友奈と夏凜は芽吹達と一緒に四国の外、樹は今歌の方が佳境で、風さんがそのサポート。一方こっちは最近まで忙しかった大赦が一段落したから動くならねってことで、このイネスに、神樹館小学校組プラスアルファを集めたわけ!!」

 

そこまで言うと、椿は顎に手を当てる。

 

「......」

「やはり、難しいでしょうか?」

「まぁ正直、皆に話しちゃうと難しくても頑張ろうとしちゃうだろうからさ。まずは椿に意見をと思って...さ」

「...まぁ、難しいだろうな。やるからには全力として、この数の菓子類の調達、訪問、事前準備を今から二日で全てこなすのは」

「「...」」

「だが」

「「!」」

「最初から諦めるなんてのは、勇者部らしくないよなぁ?」

「ッ」

 

年が上がってきたからか、これまての経験からか、より男らしい獰猛な笑みを浮かべる椿に、不覚にもキュンとしてしまい。

 

「そ、そうだよな!よく言った椿!!」

「最近社会科見学でどれだけ春信さんにしごかれたか見せてやるよ...それで、いいのか?」

 

そう言ってちらりと見た先にいたのは_____

 

「すぴー...」

「大丈夫。園子は寝ながらでも話聞いてるから」

「......まぁ、いっか。じゃあ頑張っていこう」

「はい!」「おう!」

「もう食べれないよ...つっきー」

「...俺は何を食べさせてるんだ?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「園児の人数把握、よし。菓子類の確保、よし、後は各所に確認の連絡をいれて、当日の移動ルートを考えて、菓子類の配布準備、それから...」

 

カタカタとキーボードに打ち込み続け、ちらりと時間を確認する。とうに日付は変わっているが、体を動かさなすぎるのは負担がかかるため、一度大きく体を伸ばした。

 

ここ最近でこうした作業にはかなりやれるようになった。元々勇者部でノートパソコンを弄ってはいたが、今回はその比じゃない。

 

高校の授業の一つで、社会科見学をすることになった俺は、その行き先として春信さんのいる会社を選んだ。

 

純粋に知人がいる場所の方が便利だろうと考えたことと、あの人が本気で活動しているところを、ちゃんと見れると考えたからだ。

 

『君は当然、こうなる覚悟をしてたんだよね?』

 

まさか、あそこまでしごかれるとは思わなかったが。隣の社員さんより働いてた(働かされてた)自信がある。

 

だが、当然あの人が無策でそんなことをさせるわけもなく。

 

(まさか、すぐ役に立つとはな...)

 

当初の目論見通り、彼の技術を見て学び体験し、俺の経験値にはできた。

 

現状、世界は緩やかに衰退している。四国の外へ活路を見出だすか、四国の中で何か新たなことをできなければ、やがて終わってしまうのだろう。

 

だから、そうならないために大赦は全力をあげているし、つい最近まで園子達も忙しくしていた。

 

(...園子が寝てたの、まだ疲れが取れてないからじゃないだろうな)

 

ピタリと手が止まる。思い出すのは最近のこと________

 

園子も、東郷も、銀も、凄く頑張っていた。俺も補助という形でついていたし、全力は尽くした。

 

だが、どうしても。

 

(処理速度が、違う)

 

同じ全力だとしても、俺と、園子、東郷で行っている仕事量には見て分かるだけの差があった。銀とも体力仕事で遅れを取った。

 

ショックはあったが、納得もあった。俺はいつも、才を手数で補っている自覚があったから。どちらも初めてやることなら差は出る。

 

どうしても_____少し、嫉妬してしまう。

 

(ッ!!)

 

悪い思考パターンに入っていた脳をリセットするため頬を叩く。

 

(違うだろ。目的を履き違えるな)

 

彼女達自身もそうだが、俺も疲れてることは三人とも察していた。それでもハロウィンを皆のためにやりたくて、俺がいればそれが叶うと思って相談してくれた。

 

俺はそれが、嬉しかった。

 

(だから、やる。あいつらのために)

 

彼女達が喜ぶ顔を見るためなら、俺は頑張れる。現金な奴だと思う人がいるなら、勝手に思うがいい。

 

俺が取る手段は、変わらない。

 

「よし」

 

才がないなら手数で、経験で、別の何かで補完する。大丈夫。もし本当に限界以上のことをしていたら、今回くらいのことなら彼女達が止めてくる。止めてくれるくらいには、見てくれてる。

 

つまり、止められるまではやれるはずだ。俺なら。

 

(今日は後少し作業。明日の方がもっと忙しくなる...だけど、気合いは十分)

 

「やるか」

 

そう呟き、俺は再びキーボードを打ち始めた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

今日は激動の一日だった。

 

勇者部の四人で行ったハロウィンイベント。幼稚園や保育園を回り、お菓子をあげたり、仮装した姿で遊んだり。

 

小学校の頃を思い出す仲間だけで計画していたそれは、諦める一歩寸前までいって。

 

『最初から諦めるなんてのは、勇者部らしくないよなぁ?』

 

それを諦めずに完結できたのは、彼のお陰だった。

 

『春信さん...ありがたいけど恨む......』

 

最近、目の下に隈ができるくらい忙しくしていたのを知っている。

 

『それはこっちでやるよ。任せなって』

 

こちらの様子を見て、気を配ってくれていたのを知っている。

 

前日までにお菓子買い集めて、各施設に配布しておき、今日も園児と遊んでる間、バイクを常に動かして他の仲間を別の施設まで連れていき、またすぐ別の場所まで。というのを繰り返していた。

 

『三人ともお疲れ様。一日疲れただろ?送ってくよ』

『じゃ、お休み...え、俺?俺も寝るよ。ちょっと資料纏めてからな。ほら、他のメンバーに完全に秘密にしとくと、後からすごい言われるだろうし』

 

「すー...んん」

 

だから、電気のついている部室に来てみれば、パソコンを前に突っ伏して寝ている彼がいた。

 

他の二人は気づかなかったのか、気づいた上で放置してたのか、見つけられなかったのか。ここにいるのは、寝ている彼と、自分だけ。

 

パソコンの中を見てみると、そこには今回の経費などの纏めを大赦に出している資料と、他のメンバーに向けての連絡用資料があった。

 

いつの間に撮ったのか、実際の様子の写真まで載せて。

 

自分達がやりたいと頼んだから。それだけで、これだけのことを。いや、ただやってくれたことを誉めるわけじゃない。

 

こんなに、力を尽くしてくれる。自分の全力を注いでくれる。それが、堪らなく嬉しく思ってしまう。

 

「はぁ...」

 

いつだってそうだ。誰かの為に平気で無理をするし、限界を越えようとする。勇者部はそういう人の集まりでできてるようにしか思えないけど、その原因はこの人が大きいようにも思える。

 

それを向けられてるのが、自分達だと。自分だと。そう言われ、動揺しないほどの鋼の意志は持ってない。

 

「ん...」

 

寝言のような何かでハッとして時間を見れば、もう十分遅い時間だった。そろそろ返さないといけない。

 

(......)

 

そういえば。今日はハロウィン。だけど、自分はお菓子を貰わなかった。

 

そこに不満は全くないけど、目の前にいるのは無防備な彼。見えるのは、少し丸まったその背中。

 

(......今日は、ハロウィン)

 

ちょっとしたイタズラをするのは、いいだろう。そう思って、自分の指を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「起きて」

「んがっ!?」

 

間近の声に驚いて立ち上がる。慌ててその方向を見れば、ため息をつく春信さんがいた。

 

「まさか本当に寝てるとは...」

「何で、貴方がここに」

「いいから撤収準備して。もう夜だ」

「......!はい」

 

なんとなく状況を掴んだ俺は、手早く部室から出る準備をした。持ち帰るものもあまりなくて、あっという間に部室を閉める。

 

「でも、何で春信さんが...?」

「迎えとして呼ばれたんだ。部室を出ていかない生徒がいるってね」

「それでも貴方が来る理由は」

「今そんなことはいいんだ。全く。体調管理も立派な自己管理の一つなんだから、こうなる前に対策を取らないとね?」

「......すみません」

「別に謝らなくていいよ。寧ろ逆。そのうち体と精神が慣れてくるから、それまでは好きなだけやるといい」

「えぇ...」

「まぁやられる度に文句は言うけど」

「ええぇ......」

 

げんなりするような声が漏れてしまうが、気にした様子もなく春信さんが車の鍵を開けた。

 

「ほら、バイクごと乗せていくから、持ってきて」

「分かりました...あ、そういえば」

「ん?」

 

魚の小骨が歯に挟まった時のような違和感を払拭するため、春信さんに振り向く。

 

「俺を起こすとき、背中揺すったりしました?」

「...いや?」

「ですよね」

 

まぁ、精々揺するとして肩とかだろう。

 

(じゃあ、夢とか...?)

 

恐らく寝ていた時、誰かに背中を触られた気がしたのだ。指で何かを描くように。

 

曖昧に覚えているそれは、夢にしてはリアルだったような気もして。

 

(そういえば、声もうっすらしたような...)

 

連鎖的に思い出されるのは、女の子の声で、内容は確か_____________

 

「ほら、止まってないで早く」

「!あ、すいません。取ってきます」

 

疑問を消化する前に、俺は小走りを始める。

 

その疑問を忘れ、無かったことになるまで、そう時間はかからない。

 

「くすっ」

 

だから、翌日彼女が笑っていた理由に、俺はずっと気づかなかった。

 

 

 




一体誰のいたずらかは、ご想像にお任せします。


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ゆゆゆい編 84話

倉橋裕翔。それが俺の名前である。今年讃州高校に入った高校一年生。

 

突然だが、俺には友人がいる。その中でも特に普通じゃないのが一人。

 

「裕翔」

「ちょっと待って今回想シーン中だから」

「は?」

 

その彼とは、何を隠そう、今話しかけてきた同学年の古雪椿である。中学からの付き合いで、高校でも同じクラスにいる。

 

「おーい」

 

こいつのおかしいところは幾つかあるけど、まず、部活が変である。

 

こいつが入っている『勇者部』は、ボランティア活動していたり凄く良い部活だ。だけど、この讃州高校にはなく、讃州中学にあって、椿や風は卒業しているのにも関わらず中学校まで行くのだ。

 

普通なかなかないだろう。違う学校の部活をするなんて人は。

 

「古雪ー、行かないのかー?」

「ちょっと待ってくれ...いや待つ必要ないか?」

 

だが、大きな問題は別にある。

 

それは、勇者部での男が椿ただ一人であり、他が揃いも揃って美少女の部活ということだ。

 

「...置いてくわ。今行くー」

 

以前勇者部に俺も入れて欲しいと伝えたら、きっぱりと否定された。

 

(...思い出すとやっぱ腹立つな)

 

男子高校生にとっての青春を親友とも言える友人に分け与えないとは何事か。自分だけモテようなど到底許されるものではない。

 

現に、同じクラスの勇者部部員を見ても、恐らく明らかで_____

 

「許せんッ!!!椿ぃ!!!!」

 

立ち上がり、声をかけてきていた奴に向けて怒鳴りつける。

 

「...あれ?」

 

だが、周りには椿どころか誰もいない。次の瞬間にはチャイムが鳴る。

 

「......あ」

 

俺はそこでようやく、次の授業が体育だったことに気がついた。

 

 

 

 

 

「椿、お前...!!」

「いや俺悪くないじゃん」

 

今俺が聞きたいのはそんな正論ではない。

 

「まぁいい...俺はお前に決闘を申し込む!」

「嫌だが?」

「ルールは簡単!この後やるバスケに勝ったら俺を勇者部に入れるよう検討してくれ!!」

「チーム戦かよ。いやそれ以前に勇者部にって...また?」

「俺達は共に部活の試合の補欠になった者。周りは皆バスケ部員じゃない。条件は同じ!!」

「......え、これ乗らなきゃダメ?」

「こっち見られても...」

 

椿が同じチームのメンバーと話を始める。やはり、チームメンバー含め乗り気ではなさそうだ。

 

だが、以前一対一でやってた時は俺の方が勝つことが多かった。この勝負に乗ってもらわなきゃ困る。

 

幸い、こちらにも切り札はある。これで決めるのだ。

 

「俺が負けたらみかんジュース一月分!!どうだ!!」

 

 

 

 

 

ピクリと、椿の動きが止まった。やはり切り札は強い。

 

「ごめん。ちょっと追加で話いいか?」

「ふ、古雪?」

「いいから」

 

何やら話を続けて、頭を下げた椿にメンバーがうなずいた後、椿がこちらを向いて__________黒い眼差しが、俺をじっと見る。

 

付き合いが浅い奴でも、人が怒ってる時の目だと分かるであろう目。

 

「つ、つば」

「分かった。やるよ。やろう」

「お、おう...ご、ごめん」

「何で謝る?」

 

黒いオーラすら見えそうなくらいの感情が、言葉の端から漏れ出るように伝わってくる。こんな椿は初めてだ。

 

「な、なんか悪いこと言ったか?それなら」

「いや。寧ろ全力で来いよ。俺の方が勝率は悪いが、やりようは幾らでもある」

「古雪ー、俺の代わり確保したぞ。バスケ部のエース候補」

「あぁ。悪いな。先生への言い分も通ってそうだし、問題はないか」

 

あまりにも短時間で下げられた勝率。俺は明らかに椿の琴線に触れている。

 

「チーム戦だもんな?もう試合も始まる。やるか」

「えっと、その...」

「......自分が冷静じゃないのは分かってる。だからまずは試合だ...だが、一つだけ言ってやるよ」

 

そう言って、椿は獰猛な笑みを浮かべた。

 

「俺がみかんごときで勇者部を天秤にかけると思ったこと、後悔させてやる」

「......」

 

浅い考えだったことを後悔する前に、試合は終わっていた。

 

 

 

 

 

「そ、それは...」

「怒るだろうな。椿は」

 

もっともなことを言われ、 机に突っ伏す。郡彩夏、古波蔵棗、他にもいたものの_____肝心の椿はいない。

 

「風が屋上で一緒に食べてる。椿は落ち着くとは思うが...」

「いや、うん。ありがとう...知ってはいたけどさ。勇者部が大切だっていうのは」

「うん...」

「私が言うのはまた筋が違うだろうから、何も言わない」

 

この場にいる唯一の勇者部が黙ってしまい、完全に沈黙していた。

 

(...あんな怒ってる椿、初めて見たな)

 

静かにキレているのは分かった。試合中に考えていたのは、どうやって謝ろうかというだけだ。全力でいけるわけがなかった。

 

椿は普段優しいけど、誰にだって大切なものはある。

 

「...絶交言われても文句は言えねぇ」

 

それだけ大切なのだろう。勇者部は。

 

創設メンバーであることは知っていたのに。何かと落ち込んでいたことも、部員と喧嘩したりしていた時期があったことも遠巻きには理解していたのに。

 

そうして築きあげてたものだって分かってたのに。

 

「そう重く考えなくていい。椿だって自分の非を口にしていたんだろう?なら、引きずるタイプでもないだろう」

「そうかぁ...?」

「戻ったわよー」

「「!」」

「来たか、風」

 

立ち上がって扉の先を見る。でも、肝心の謝りたい相手はいなかった。

 

「椿は?」

「元々午後は大赦に用事で早退。伝言だけ預かってるわ。放課後この場所まで来てって」

「......」

「まぁ大丈夫よ。そんな深刻そうな顔しなくたって」

「ほ、本当?皆が言うには、本当に怖かったって...」

「彩夏もあたしもその時の椿を直接は見てないから、不安にもなるだろうし、なんとも言えないけど...少なくとも、さっき話した限りでは平気じゃない?」

「...勇者部だと、見慣れてたりするのか?椿のあんな顔」

「...あれよ?別にそんな普段から怒らせたりしてないからね!?」

 

 

 

 

 

「来たか」

 

指定場所_____学校から少し離れた所にあるファミレスの席に、椿は座っていた。少し寒いからか、それとも別の意味があるのか、ココアを飲んでいる。

 

「ドリンクバー頼んでるから、好きなの持ってこいよ」

「...お、おう」

 

促されるまま、無心で取り出したコップにみかんジュースを注ぐ。なんとなく一口飲んだものの、甘さは全然感じられなかった。

 

「......」

「お、戻ってきたか。腹減ってる?俺ポテト食べたいんだけど」

 

椿は、いつも通りに見える。

 

(...いや、甘えてたらダメだよな)

 

「おーい」

「ごめん!!椿!!」

「うおっ」

 

勢いよく頭を下げた。そのまま早口で続ける。

 

「お前が部活もあの子達も大切にしてるのは知ってた!なのに俺は...」

「...ぁー、風がメールしてきた通りなのか......とりあえず頭あげてくれない?」

 

言われるままにあげると、椿はクスッと笑った。

 

「わ、笑うことじゃないだろ」

「いや、そんな苦しそうな顔されると思ってなくて...まぁ悪いと思うならとりあえず話させてくれよ。こういう時大抵一方的に話されて許す空気じゃなくなるからさ」

 

 

 

 

 

「まず、お前や風が心配してるほど怒ってないし、気にしてないから安心してくれ」

 

ポテトを食べながら、椿はそう話し始めた。

 

「確かに言われた時はカチンときたが、お前があいつらを落とすような意図で言ってきた訳じゃないのは分かってたし、俺も警戒しすぎてたというか、敏感になってたというか...まぁ色々タイミングが悪かっただけなんだよ。終わってから誤魔化そうと思ったけど、すぐ風に連れてかれたし、大赦に行く用事はあったし」

「じゃあ、絶交は...」

「いや、する気もないしされたら困るが。男友達が減るのはなー...特にお前は」

「椿......!!」

「その顔はちょっとやめて欲しいが...目を輝かせるな」

 

目を逸らした椿は、新たなポテトにケチャップをつける。そんなにお腹すいてたのか。

 

「はぁ。ま、ホント気にするな。どうしてもというならここの代金は奢れ」

「...おう!!任せろ!!」

「ん」

「......高いもの、頼む?」

「頼まないよ。それならもっと高い所行く。一品四桁の中華料理屋とか」

「スーっ...感謝します」

「お前も食べたら?」

「おう!」

 

安心からか、一気にみかんジュースが甘く感じられて、同時にお腹もすいてくる。適当に摘まめそうなのを頼み、すぐに来た唐揚げを一つ食べた。

 

「食べる?」

「その変わり身の早さは尊敬すらするわ...貰う」

「レモンは?」

「お好きに」

「じゃあ残りはレモン」

 

値段の割りに美味しい唐揚げを食べてると、椿は紅茶を持ってくる。

 

「今日はみかんジュースじゃないのか?」

「んー、あの人の前で飲むとまた言われそうだしなー...別に嫌ってわけじゃないんだが」

「あの人?」

「この後来る人」

「え、じゃあ俺さっさと出たほうが」

「いや、お前を会わせるのも目的の一つだからな」

「??」

「順を追って話すよ」

 

ポテトを食べ終え、レモンをかけた唐揚げへ箸を伸ばす椿は、今日の顔とも、普段の顔とも少し変わってるような気がした。

 

(なんというか、少し事務的というか...)

 

「お前をここに呼んだ理由は、待ち合わせ場所としてよく使ってるのが一つ。もう一つが一応学校で話すのを躊躇ったからだ」

「...そんな話を、俺に?」

「お前なら言いふらさないだろう。さっきも言ったが、それくらいには信頼してる」

「椿ぃ...!!」

 

風が好きになる理由が分かった気がしてしまった。俺が女だったら大変だったかもしれない。

 

「勇者部は、大赦の支援を受けてるんだ。もう知ってはいるだろうけど、今想像したより割りと密に...創設理由に関わってくるくらいには」

「え、そうだったのか?風とお前が始めたんじゃ」

「それはそうなんだけど。その辺の説明聞かれたり変な依頼とかされても困るから、一応黙ってて欲しいんだが」

「あぁ。それは勿論」

「ん。それで、何でこんな話をしてるのかと言うと、部員をおいそれと増やせないんだ。お前をあしらってたのは俺の感情もあるが、そっちの理由もある」

「......」

 

下手をすると、俺は四国一の組織に喧嘩を売ってたりしていたのだろうか。そう考えると、背筋が冷える。

 

「ここまで言えば、そう簡単に言ってこないだろ?」

「それは、そうだろうな...それ、本当に俺に言ってもよかったのか?」

「このくらいなら許可は貰った。気にしなくて良い」

「そ、そうか...」

「そもそもこれからお前を勇者部に入れられないか相談するわけだし」

「はいっ!?!?」

 

唐突な発言に舌を噛みそうになるも、なんとか抑えられた。

 

「これから来る人に一先ず相談する。依頼で男手が欲しいのは確かだし、裏方業務でも欲しくないかと言われれば嘘になりそうだからな」

「え、い、い、いいのか」

「...言っとくが、提案するだけだからな?後はお前次第だ」

「お、おう...」

「きっとダメだろうと思ってるからこその提案なんだけどな」

「えー......」

 

嬉しいとはいえ、ダメ元で頼むのはどうなんだろう。

 

「普通にやったらまずダメだろうな」

「じゃあ敢えて普通じゃなくやれば...欲望をぶちまければ素直でオッケーってなる?」

「ならないだろうなぁ」

 

呆れる椿、それでも提案する俺。それは、日常の光景そのままで、よかったと思いながら話を__________

 

「でもそうだなぁ...あ、その前メイド云々で話してた子。えっと、夏凜ちゃんだっけ?」

「ん?」

「そうそう。夏凜ちゃん可愛くて彼女のためなら何でもできそうなんですよとかって言えば」

「おいバカ待て」

「いいや待たないね!そんで、あわよくば夏凜ちゃんの彼氏になれれば」

「待て止まれバカ野郎!!!」

「へぇ」

「ピッ」

 

鳥の鳴き声みたいなのをあげた椿が、ゆっくり首を回して後ろを見る。俺も顔を出してみれば、そこには一人の男性がいた。

 

(うおっイケメン)

 

「ハ,ハルノブサン」

「そこにいるのが例の彼かい?」

「あ、もしかして椿が待ってた...初めまして!倉橋裕翔と言います!!」

「......椿君」

「ハイ」

「君は『今日は』帰っていいよ」

「ワカリマした!?いいんですか!?!?」

「え、帰るのか椿?」

「うん。いいよ」

「お疲れさまでしたッ!!!」

 

勢いよく飛び出す椿の席に、今度は三好さんが座った。ゆっくりと、静かな、不気味な足取りで。

 

(あ、あれ、イケメン過ぎて嫉妬してる?でも俺が?なんだ??)

 

自分でもよく纏まらない思考。今日の椿に感じたのが『恐怖』だとしたら、今目の前の人から感じるのは『未知』だ。

 

「僕は三好春信。大赦の職員さ。彼から話は聞いていると思うけど...うん。気になる所だけ話そうかと思ったけど、君とはゆっくり『お話』しなきゃいけなくなったからね...少しの間だけど、よろしくね?」

 

笑顔を浮かべ、凄く爽やかイケメンの気配がする三好さん。

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

だから、椿が逃げた理由にも、これから地獄が始まる理由にも、俺は気づけなかった。

 

「じゃあ『お話』しようか?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、一応聞くけど、昨日、仲違い的なのしてたのよね?」

 

「そうだね」

 

「じゃあ、この状況は何?」

 

 

 

 

 

「よく帰って来た!!凄いぞ!!今日は祝勝会だ!!」

 

「......ごめんな、今まで。もう勇者部入りたいなんて言わないから」

 

「いいんだそんなこと!!俺達親友だろ!?お前が無事でいてくれればそれでいいんだ!!!」

 

「...え、何この状況。椿?何やってるのよ?」

 

「見て分かんないのか!裕翔が生きてるんだぞ!!」

 

「いやなんでそんな喜んでるのよ!?」

 

「バカか!風お前、あの状況から五体満足で生き残った時点で凄いに決まってるだろ!!生きてるだけで偉いだろうが!!!」

 

「えぇ...」

 

「よーしよしよし。ゆっくり呼吸すれば大丈夫。大丈夫だからな?」

 

「...椿」

 

「棗?どうした?」

 

「いや、メールだ」

 

「......」

 

「え、何、何でそんな震えだしてるの」

 

「もしもし!!夏凜!?放課後お前の写真集作らせて!!お願いしますっ!!まだ死にたくないッッ!!!!」

 

「!!カッ、カリン、ミヨシ、カ、カカッ、カッ!」

 

「く、倉橋君!?」

 

「頼む夏凜!!あの人バーテックスより怖いっ!!!絶対消されるッ!!!!」

 

「ちょっ、椿!?ここ高校!!」

 

「やめろ風!!あの人から逃げなきゃ俺の命はないッ!!!」

 

「カァ!」

 

 

 

 

 

「今日は、海の音があまり聞こえないな」

 

 

 



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短編 提出書類 古雪椿に関して

この作品、ついに投稿開始から5年が経ちました。5周年になります。

去年から今年頭までラッシュ投稿し、その後はだいぶ細々とやっていましたが、感慨深いです。

当時はこんなに多くの人に見てもらい、応援してもらえると思っていませんでした。本当にありがとうございます。これを見ている、300話以上追ってくださってる方々は本当に猛者。

なんか完結みたいな雰囲気出してますが、全然そんなことないし、昨日今日に明日も投稿予定。楽しんで貰えれば。


『古雪椿』

 

この名前は、もはやただの人名には当てはまらない。しかし、その存在は認識者の視点によって幾つもの差が生じている。この資料は、その差を比較しつつ纏めた物である。

 

なお、この資料は重要機密であるため、勇者部以外の人間に開示する際、注意すること。

 

 

 

 

 

file.1 通常

最も一般的な資料。

 

古雪家長男。神世紀286年2月8日生まれ。現在15歳。

 

讃州中学を卒業し、現在讃州高校一年生。担任教師や友人へ伺ったところ、成績は良い方で、取り組み姿勢も良く、友人も多い。一つ変わっているのは、高校に入っても中学の部活に所属している点くらいだろうか。

 

また、神世紀301年の今この情勢にバイクを利用することも、特異性のある点であろう。

 

 

 

 

 

file.2 大赦

神樹様を始めとした神々の事態について記載されている資料。大赦の保管用。以降閲覧者の制限をかける。

 

パスワード【akanoyuusya】

 

神世紀300年にて誕生した勇者の一人であり、全勇者通しても例外である男の勇者。その適性は後天的なものであると考えられるが、詳細は不明。

 

神世紀298年にて三ノ輪銀様が使用していた勇者システムを使用。役目を終えシステムを回収された際には、元大赦所属の三好春信との交渉の末、武器、擬似満開装置のデータ収集のため、再度提供した。その後、防人に配備されていた戦衣を代替え品として使用し、天の神が直接襲来した際も第一線で戦闘を行った。性別の差からか、同世代の勇者と比べ比較的高い戦闘能力を誇る。

 

現在は四国外調査のメンバーとしても活躍している。

 

なお、西暦似て行われた奉火祭の提唱者として『ツバキ』という精霊がいるが、こちらの関連は不明。

 

 

 

 

 

file.3 三好春信

三好春信に直接伝えられた情報を統合したもの。別途パスワードを要求。

 

パスワード【mikann0208】

 

勇者として命を落とした三ノ輪銀の魂を取り込んだ器であり、一人の人間。後天的な勇者適性の要因と考えられる。取り込めた理由は不明。縁が深かったからではないかと考えられる。

 

大赦が用意していた勇者部へ犬吠埼風から勧誘し、神世紀300年から勇者の活動開始。夏に三ノ輪銀の魂を宿さなくなったが、勇者適性が失くなることはなかった。

 

天の神、そして神樹様が消えることとなった一連の騒動の後、約300年前、西暦2018年にて当時の勇者と共に活動している。こちらは乃木家に物的証拠があることからも確定である。

 

大赦に記載されている『ツバキ』については、当時の彼の活動の結果である。こちらについては彼本人の証言と状況証拠からではあるが、信頼に欠けるわけではない。

 

この時点で、二つの時代に干渉し、バーテックスが世に残っていたのであれば歴史上の人物となってもおかしくない功績をあげている。その他、勇者の精神的な支えになっている点についても考慮する必要があるだろう。

 

しかし、その実力に関しては、功績に対して不釣り合いに弱いと言えるだろう。

 

世界の定めた勇者ではなく、彼自身も否定することが多い。大赦も例外である程度。

 

だが、ここでは敢えて一度明記しておく。彼は、古雪椿は勇者である。

 

何かを為すために己が命をかけられるのは、誰かの為に動ける人間は、その心は気高き、賛美されるものであるはずだから。

 

特に同じ勇者である三好夏凜を助けたことはとても誇らしいことである。夏凜は一昔前はツンツンしてなかなか接触しにくかったが、彼のお陰で写真は貰えるし僕への態度も軟化してきたしもう最高_______________

 

「舐めとんのかぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

彼の絶叫と共に、紙束が床に叩きつけられた。データで見れるものを敢えて紙にして見せたのは正解だっただろう。もしスマホを渡していたら、今頃修理必須の状態になっていた。

 

「貴方文章でも自分の気持ち止められないんですか!?しかも半公的文書!!!」

「何か問題が?」

「あるからいってんだろぉ!!!」

 

目の前で頭を抱える椿君は、ありったけの罵詈雑言を僕に吐き捨てた後、満足したのか諦めたのか、大きく息を吐いた。

 

「呆れるしかない...大事な資料を纏めるからって呼ばれたのに」

「大切だろう?ただでさえ君の功績を知るものは少ないのだから」

「大赦保管用に提出するものだけでよかったでしょう...はぁ」

 

どかっと椅子に座る椿君。僕はニコニコしておくだけ。

 

「それで、何か訂正して欲しい所はあるかい?」

「ないですよ。どうせあの後もう夏凜の文書でしょう。怪文書」

「全50ページ」

「今読んだ部分の三倍くらい!?じゃあもうないですないです!終わり!」

「分かったよ。はい。手間賃」

「...大体、何で春信さんがこれ作ってるんですか。もう大赦の人間じゃないでしょうに」

 

受け取ったみかんジュースを飲んで、今度こそ落ち着いた彼へ、僕は答えを返す。

 

「一番関係があった人間を呼び戻してインタビューする会社は、そんな変かな?」

「変には思いません。貴方が受けるメリットがあるようにも思えませんけど」

「メリットか...別に、今も大赦とパイプを作っておくことは悪いことじゃないからね」

 

神世紀301年、秋。今も大赦は存在していて、世界への影響も少なくない。それこそ、今はまだ以前の残りでそうなってるけど、これから先、今後の功績だけでもう一度四国を台頭する可能性がゼロではないと思わせるくらいには基盤が安定してきた。

 

「......file.3については」

「勿論、諸々編集して大赦に出すのはfile.2までさ」

「...じゃあ、本当に言うことはありません。大赦が納得するならそれで」

「もっと書いた方が良いかもと悩んだけど」

「別に有名人になりたい願望とかないですからね。俺はただやれることを、やりたいことをしただけで」

「...分かった。今度大赦からお礼がくる筈だよ」

「安芸さんだと良いですね。何か意識する必要がないので」

「意識?」

「警戒とか、監視とか」

 

彼と同い年のほとんどは、神樹様や大赦を疑うことなどない。そんなことないように育てられているから。

 

だから、幼い頃から大赦へ不信感を募らせ、神を信じないと言った彼の珍しさは、決して常人の域ではない。

 

寧ろ、幼い頃からそう思わなくちゃいけないような、酷い環境だったということになる。

 

「......」

「春信さん?」

「あぁ、ごめん」

「別にいいですけど...用が済んだなら、帰っても良いですか?」

「用事が?」

「もし時間があったら、四国の外に」

「そっか。大丈夫だよ」

 

そう言えば、彼はてきぱきと準備を始めた。今の彼の現状を考えると、重宝、もしくは酷使されているんだろう。

 

「じゃあこっちからは適当に出しておくから。またよろしく」

「またこの文書と会うのは勘弁ですけどね!!片付けましょうか!?」

「大丈夫。やっておくよ。元の原因を作ったのは僕だしね」

「じゃあ失礼します!」

 

 

 

 

 

「うん。じゃあね」

 

声だけ届かせて、閉められる扉。部屋に残ったのは家主でもある僕だけになった。立ち上がって床に叩きつけられた紙を纏める。

 

「うん。やっぱり上手くいったか...複雑だな」

 

リサイクル紙に回せるよう一纏めにしてから、スリープモードにしていたパソコンを起動する。ついさっき彼に見せていた資料と同じものを出して、恐らく彼が投げ捨てた原因となる文章から先を切り取り、別の場所に保管する。

 

「...まさか。ね」

 

自分でもまさかと思った。まさか、自分が夏凜を利用して目的を達成することになるとは。夏凜を第一の目的としないだけでなく、策の一つとして使うとは。

 

「......でも、想定通りになった」

 

僕が自分らしさを捨ててまでこうしたのは、当然理由がある。

 

『古雪椿は勇者である』この一文を記録するため。全てはそのために。

 

僕が夏凜への気持ちを彼のために使うとは、欠片も思わなかったのだろう。

 

普通に文書に載せたら、彼はきっと修正を求める。だったら、それ以上のインパクトで覆い隠せばいい。

 

例え本人が否定しようと、彼の行いは大切で、称えられるべきものだと思うから。

 

(...もしかして、本気で夏凜の優良物件だったりする?彼)

 

一度抱いた気持ちをかき消すように首を振って、息を整える。ふと窓の外を見上げると、普段と何も変わらない秋空が目に見えた。

 

「...この世界の立役者。君は、間違いなくその一人だよ」

 

乙女と共に人の世界を守り抜いた例外。彼は、いや彼も、願わくば苦労したぶんの幸せを_________

 

「さて。そうしたら...こっちも見なきゃなぁ」

 

敢えて目を逸らしていた紙の山。中身は、『古雪椿についてのインタビュー記事』。対象は彼の友人、教師、そして_____山の八割を占める、勇者部部員からのもの。

 

「...大仕事だなぁ」

 

読むのも気恥ずかしくなりそうな文章は、彼自身以外から彼を知る上で最も有用な資料。見ないわけには、纏めないわけにはいかない。

 

「パスワード、何にしようかな」

 

事前に予想していた通り、この資料を彼に伝えなくてよかったと確信するまで、後30分程度である。

 

 

 

 



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零話 銀と椿

五年越しに、こんな話を。



手を合わせる。きっとそれは、別れを惜しむから。

 

手を伸ばす。きっとそれは、まだ願いがあるから。

 

花を添える。それはきっと、旅立つ人を悲しい気持ちにさせないようにできると信じているから。

 

すすり泣く。それはきっと、まだ納得ができないから。

 

 

 

 

 

じゃあ、ここにいないのは。それは、きっと__________

 

 

 

 

 

アタシはどうやら、もう死んでしまったらしい。

 

『らしい』というのは、自分ではよく分かってないものの、そうなんだろうなと思うことが起きたから。

 

目が覚めたら、そこには目を閉じたアタシがいた。

 

自分が二人。でも、相手の方はぴくりともしない。じゃあどうしてだって周りを見渡せば、そこは、見たこともない場所だった。

 

沢山の黒い服を着た大人。大赦の仮面。端から端まで飾られた花。

 

それがまるで、目を閉じたアタシを中心とするように並んでいる。ここまで確認して、アタシは自分の状況を理解し、思い出した。

 

(そっか。アタシ死んだのか)

 

バーテックス三体という大きな相手にアタシは一人で立ち向かい、そして、散った。花を咲くのは一瞬で、あとは枯れて萎むだけ。

 

その事自体に、嫌な思いはしなかった。アタシは全力で戦ったわけで、これが夢じゃないのなら、須美や園子、皆は守れたのだ。

 

(そうだ。須美と園子は?)

 

キョロキョロと見渡せば、すぐ近くに二人がいた。大赦の人が何か読んでるのを、お行儀良く聞いている。

 

(...でも、そっか。二人が無事ならアタシが体張った甲斐があったってもんだ)

 

どうせこの嬉しさのこもった笑い声に気づく人はいない。だったら好きにすれば良い。

 

(そういえば、アイツは...?)

 

次に顔を向けた時、そこには誰もいなかった。いや、人自体はさっきと何も変わらないけど、動いているのは、『動くことができる人』は、誰もいない。

 

いるのはただ、隣にいる二人の勇者だけだった。ふと目を向けて_____アタシは後悔する。

 

須美の目が、明らかに暗かった。いや、暗いなんてものじゃない。目の下には隈が目立って、瞳に宿っているのは決して朗らかなものじゃない。言うなら、殺意。

 

普段なら注意しそうな、須美の隣にいる園子も、暗い顔を隠さず、須美のことも気にできてなかった。

 

その姿に、すぐに大きく口を開けた須美に、目を瞑る園子に、ズキリと胸が痛む。

 

音はしない。アタシに聞く力がないのか何なのかは分からない。でも、この状況は理解できるし、すぐにここを出ていった二人が何処に向かったかも、想像するのは簡単だった。

 

(...一緒には、行けないんだな)

 

『そういうもの』だと、頭の中で訴えられていた。自分の体から遠すぎる場所には行けないのか。

 

じゃあ、どうしてアタシはここにいるのか。こんな、幽霊みたいになって。

 

(......悔しいなぁ)

 

何かできそうなのに、何もできない。二人を助けることも、泣いてる弟を抱きしめることも、今のアタシには叶わない。

 

成せたことがあったのに、今度は、絶対に動けない場所へ連れてこられてしまった。

 

(...)

 

無意識に、アタシの目は座席の方に向いた。一人一人確認する。誰を確認しているのかなんて、分かりきっていた。

 

たった一人の、幼馴染みだ。

 

 

 

 

 

アイツの両親はいたけど、そこにアイツはいなかった。アタシは行く宛もなく歩き回る。

 

この止まった世界で、音が聞こえない状態で、何もできないアタシが、来てるかも分からないアイツを探す。気持ちが沈んでいるのか、良くない考えばかりが浮かんでくる。

 

(行く必要はないって、思われてたのかな。いかにもこれから始まりますって時にいなかったもんな...もしかして、あいつにとってはいてもいなくても一緒だったのかな。アタシ)

 

どのくらい歩いたか。どれだけ廊下を行ったり来たりしても、いるのは大赦の人っぽいのだけ。トイレにも行ったけどいなかった。

 

(...そう思われてるのは、なんか、やだなぁ)

 

悲しい、悔しい、嫌だ。ぐちゃぐちゃな感情がこみあげてきて苦しい。なんともない筈なのに、呼吸が浅い。もうない筈なのに、胸が苦しい。

 

(..須美、園子......)

 

アタシは、体を丸めて座り込んでしまった。外への出入り口は踏み越えられない。

 

目の前にあるのに。

 

(......おかしいな。凄いことやった筈なのにな。友達を守れた筈なのにな)

 

どうして、こんなに、苦しいんだろう。

 

(アタシは、どうでもよかったのかな...ねぇ)

 

こういう時相談にのってくれたのは、家族じゃない。須美や園子のことで悩んでたことを聞いてくれたのは、新しい一歩踏み出せたのは、声高らかに叫んだの理由は、きっと__________

 

 

 

 

 

「ねぇ、答えてよ。椿......」

 

 

 

 

 

その時、視界の端っこを何かが通った。

 

「!」

 

この場に動けるのはあの二人だけ。戻ってきた訳じゃない。じゃな何で、何が動いたのか。

 

アタシは、足を進めた。重たい足取りを一歩ずつ。

 

たどり着いた先にいたのは、白い花弁と__________

 

(...やっぱり、アタシがネガティブになってただけじゃん)

 

まるで一枚絵のように、雨の中、天へ向かって大きく口をあけている椿が、そこにいた。

 

別に、アタシのことが実は嫌いだったとか、葬式にくる必要がないとか、そんなことはなかった。椿も、須美や園子と同じだった。

 

(よかった)

 

手は伸ばせない。今のアタシは椿のいるところまで行けない。そもそも行けた所で何かできるわけでもない。

 

(...無事に、生きてくれよ)

 

だから、ただ願うだけ。平和を、祈りを、幼馴染みに向ける。

 

きっと叶うと、そう信じて。

 

 

 

 

 

そこから、何故か記憶がなかった。満足して成仏でもしたのか、単純に時間切れなのか。

 

色んな考えがあったけど、次に意識がハッキリした時、アタシの考えはすぐに全て飛んだ。

 

『はぁ...帰るか』

 

理由なんてどうでもいい。今度は自分の手で、泣いてる椿を支えられる。それだけでアタシは嬉しかった。

 

だからアタシは、新たな願いを込めて_________

 

『いーや、帰る前にイネスに行くぞ!』

 

体の持ち主に、そう声をかけたのだった。

 

 

 

 

 

 



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短編 バレンタインで新たな一面を

明けましておめでとうございました(2月)

何故か毎年続いてるバレンタイン短編ですが、今年も書いたので載せようと思います。ちなみにゆゆゆい時空です。


「くっそが!!なんだってこんな面倒なんだよ!?」

 

すらすらと悪口はでるのに、目の前のブツは一向に溶けない。これでもかなり時間を使ってるのにも関わらずだ。

 

(湯煎は時間がかかる。レシピ本にもそう書いてある)

 

「こんなんじゃ日が暮れちまうだろうが!!くそっ!!やっぱ最大加熱で一気に」

 

(それだと美味しくないって書いてあった)

 

「けどよ!」

 

(やるって言ったのはシズクでしょ?)

 

「ぐっ...」

 

その言葉に、俺は黙ってしまう。最終的に、折れるのは俺の方だった。

 

「くそっ」

 

何度目かの悪態。周りに人は一人もおらず、心の中の相棒と、目の前で溶かされているチョコだけが、その言葉を聞いていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

私、山伏しずくには、シズクというもう一人の私がいる。基本的には例外がなければ表に出てこないし、その例外というのは主に私が困った時だ。

 

でも、今の私は何も困っていないし、変わってほしい訳でもない。徳島ラーメンもない。

 

それでもシズクが表に出ているのは、バレンタインデーに向けて『シズクが自分でチョコを作る』為だった。自分で言うのもあれだけど、好戦的で、がさつ気味で、お菓子作りとは色んな意味で無縁だったあのシズクが。

 

(理由は分かってるけど、違和感が凄い)

 

とはいえ、きっかけは分かっているからまだ良いだろう。

 

数日前、いつも通り樹海でバーテックスと戦った。シズクは久々に暴れたいと芽吹達と一緒に銃剣を振り回して、敵をバラバラにして気持ちよくなってた時のこと。

 

『オラオラオラッ!!どうしたどうした!!』

『シズクっ!』

『ん?ガッ!?』

 

慢心していた所に迫った星屑に、私達が襲われることはなく。代わりに庇った彼が噛みつかれ、空へ連れてかれた。

 

『おい!?』

『椿さんっ!?』

 

見上げれば、右腕を噛まれたままの状態になっていて、精霊の加護があるとはいえ全員に動揺が走る。咄嗟に銃剣で狙いを定めるも、少しずれれば当ててしまいそうで_________

 

『な、めんなぁぁぁっ!!!!』

 

でも、彼はそのまま、左腕に握った銃を星屑の体へ連射することで倒し、何事もなかったかのように着地。

 

『いや、大丈夫だって。この世界は精霊バリアもあるし。この通り』

『お...おい』

『ん?あぁ、シズクも気にすんな。ダメージは何もないから』

 

戦いが終ってから、心配してた皆を宥め、シズクにも噛まれていた手をプラプラして平気アピールしてみせた。

 

そう。結果だけ見ればいつも通り。負傷者は出ず、何もなかったのだ。

 

そのいつもと違うのは、庇われたのがシズクで、私を守ってくれる人格はそれを良しとしなかったこと。そして、そういうお礼をするのに適したイベントがすぐ近くにあったことだった。

 

『しずく。今度代われ』

『いいけど、どうして?』

『チョコ作るんだよ!借りを作りっぱなしは性に合わねぇ!俺が直々に作って、誰よりもウマイって言わせてやる』

 

そう意気込んで、結果は今目の前で広がっていた。あの人へ送る誰よりもは難しそうだけど、初めて作ったにしてはなかなか良いんじゃないだろうか。

 

「うし、完成だな」

 

(そうだね...)

 

何より、私は嬉しかった。シズクがお菓子作りをするなんて、想像もしてなかったから。

 

私を守るための人格。そうして生まれた彼女が、自分のことならともかく、他人のためにこうしたことをチャレンジするなんて、数年前は考えもしなかった。

 

特に、今回みたいな少し面倒な工程を挟むようなものにまで、作ろうとする意思を見せるのは。

 

芽吹と出会い、防人の皆と出会い、今の勇者部との出会いがあって。それがどれだけ奇跡的なことか、噛みしめる暇すらくれない時間。

 

『私達』になってしまった私も、本来娯楽は必要なかったであろうシズクにも、こうしている。それは、凄いことなのだ。

 

(...よかったね)

 

「おう。これであいつに渡せるぜ」

 

(ラッピングは?)

 

「いらないだろ。大事なのは中身だ」

 

(...あと一つ)

 

「なんだよ」

 

(皆の分は?)

 

「ないけど?元々バレンタインは、女子が男子にチョコを渡す日だろうが」

 

(...勇者部の皆に見られながら、あの人だけに渡せる?)

 

「そんなのかんた......」

 

シズクの口が、完全に止まった。

 

バーテックスも怖がらない私の相棒も、バレンタインが絡んだ勇者部は怖いらしい。それがなんともおかしくて、私は笑うのだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ん、んぁ...?」

 

物音で寝ぼけていた_____いや、寝ていた頭が起きていく。まだ閉じたがっている目をゆっくり開ければ、そこは見慣れた天井である、俺の部屋が見えた。

 

目を開けても、異様なまでの眠気は取れない。

 

「いま、なんじ...?」

 

スマホの液晶画面を眩しさに少し目をやられながら確認すると、時刻は午前の四時だった。まだ朝日すら昇っていない。眠い筈だ。

 

(なんだよこの時間...てか、いったい誰が...?)

 

音がしているのは、月が照らす窓ガラス。そのガラスが何度もコンコンと叩かれる。何もせずそのまま考えてみると、自然と脳が回転してきた。

 

(......こんなことするのは、あいつらくらいか)

 

思い浮かんだのは今同じ家で暮らす乃木ーズだろう。来た理由は想像がつく。なんてったって、今日はバレンタインデーだから。

 

とはいえ、こんな時間に来ることはないし、俺も眠い。

 

「あのな、何だってこんな時間に...」

 

だから俺は、眠気を削がれた苛立ちを少し出したまま、カーテンと窓を開けたのだが。

 

「......あれ?」

「よ、よぉ」

 

何故かいたのは、山伏しずく、いや、シズクだった。

 

「銀や園子は?」

「いや、俺だけだが」

「いないのか...こんなことしてくるのあいつらくらいだと思ってたけど。え、何の用?」

 

シズクがこんな夜遅くにわざわざ来る用とは何だろうか。

 

「!!まさか敵がっ!?」

「いや違う!スマホ構えなくていい!」

 

構えたスマホを抑えつけられ、幾分して落ち着いてくる。

 

「やっと落ち着いたか」

「あぁ...で、じゃあ何の用なんだ?こんな夜中に」

「......いや、ビビった訳じゃないんだがな?別に怖いとか全然ないし」

「?」

 

要領の得ない呟きが繰り返された後、彼女はすっと手を出してくる。

 

「やるよ」

「これは...チョコか?バレンタインの?」

「そうだ。この俺が作った物だ。ありがたく思え」

「あ、あぁ...」

 

シズクから、綺麗にラッピングされた袋を受けとる。

 

(あの、シズクが...?)

 

疑問に思うところはあったが、それでも俺は嬉しかった。いや、寧ろ彼女が作ってくれたというのは凄く喜ぶべきことだろう。

 

「ありがとう」

「おう」

「でも何でこんな時間に?」

「......いや別に?どうせ渡すなら最初のが良いだろうと思っただけだが!?インパクト強いだろうし!?」

「お、おう...?」

 

何かを誤魔化すように声を大きくするシズク。確かにこれは印象は強い。

 

(いやまぁ、別に印象が薄かろうと忘れることはないが...)

 

この案を採用したのは、シズクが単にこうしたことに慣れてないだけなのか、しずくは止めなかったのか、そんな疑問が湧いてくる。

 

「これで今年の一番は俺のもんだな」

 

(...ま、いっか)

 

だがそれを、俺は全て捨てた。理由なんて考えるだけ無駄なのと、考えきるだけの思考力が眠気によって消え去っていたから。

 

「!」

「本当にありがとう。大切にするよ」

「べ、別に食べてくれればそれで...!」

「うん。大切に食べる」

「!ぅ、じゃ、じゃあな!!」

「あ、あぁ。おやすみ」

 

気づけば、シズクは屋根づたいで遠くまで行ってしまった。今更ながら戦衣でここまで来てることにも気づいて、二重の意味で心配になる。

 

(...とりあえず、朝のデザートは決まりだな)

 

今年のバレンタインデーは、登校前から幸せなチョコを食べれそうだ。そう思いながら、俺は再び寝床についた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「シズク」

 

(んだよ)

 

「私は渡せなかったんだけど」

 

(お前は皆の分も作ってるんだから、学校で皆と一緒に渡せば良いだろ。一番は俺のもんだ!)

 

「むぅ...まぁいいや」

 

そう言って、しずくは帰り道を歩く。一方の俺は内側で寝転んでいた。

 

しずくにも、バレたくない。バレるわけにはいかない。バレたらどうなるか分かったもんじゃないから。

 

『本当にありがとう。大切にするよ』

 

受け取ってからのくしゃっとした笑顔と、あの言葉。

 

『な、めんなぁぁぁっ!!!!』

 

同一人物かを疑うくらいに真剣だった戦闘時と無防備過ぎるあの姿が、どうしても比較してしまう。

 

何故か、でも、どうしても_____頭から離れない。

 

(...やっぱ来年はやらねぇからな!バレンタインデー!)

 

「えー、何で?」

 

(何でも!!)

 

 

 

 

 

数時間後、口止めしてなかったせいで俺のことがあいつから勇者部にバレるまで、俺はひたすら心の中で文句を呟いた。

 

 

 



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短編 古雪椿は星を見る

化物に襲われていた少女を庇い、それを別の少女に助けられました。次にどんな行動をとりますか?

▶️助けてくれた少女を見上げお礼を言う
庇った少女に怪我がないかを確認する


木刀が振られる。普通そんなものを生身の人間に向けるのであれば危険極まりないし、振った本人は精神的に安定しているか疑われるだろう。

 

だが、この場にはそれを疑う者はいないし、俺も避けることはなかった。木刀の軌道を読んで腕に取り付けたクッションで受け止める。

 

振ってきた本人もそれを理解して、素早く木刀を引き、更に横凪ぎに払う。俺は落ち着いてもう一度受け止める。バフッという空気が潰される音が響く。

 

一連の動作とも言える俺達の動きは少しずつ速度を上げ、ブレが大きくなり、いずれ見失う。

 

それでも焦ることはない。目で追えないなら見なければいい。もっと抽象的なものを感じるだけでいい。それだけで俺は耐えられる。

 

だって俺は、かれこれ三年になる付き合い、言うなれば幼馴染みだから。

 

いや、例えそうでなくても俺は。

 

「まだまだ、そんなものかっ!『乃木』っ!!」

「!でぇぇぇぇいっ!!!」

 

更に加速。これこそ彼女の力。だが、その一端に過ぎないことも知っている。

 

あの時の、彼女ではない。

 

(まだまだ、足りないだろ、こんなもんじゃないだろ。なぁ、乃木若葉!!!)

 

チリチリと痛む脳と悲鳴をあげる両腕をアドレナリンで黙らせて、俺は目を夜空に輝く星のように輝かせ__________

 

 

 

 

 

「そこまでです!!!」

「「ッ!!」」

 

第三者の制止によって、俺達は動きをピタリとやめた。半自動的に動いてた体は、彼女の木刀による突きを受けるべく両腕を突き出している。

 

それはつまり、あまりにもアンバランスで。

 

「やべっ」

「ふぅ...まだまだだな。古雪」

 

倒れ込む俺に対し、余裕を残しながら納刀の仕草をとる乃木は、声をかけてきた第三者に声をかけた。

 

「すまない、ひなた」

「本当ですよ。いくら椿君が若葉ちゃんに耐えられるからって、突きは流石に持ちません」

「それもそうだな...立てるか?」

「当たり前だ。バカにすんなよ」

 

立ち上がった俺を、それでもひなたが近寄ってくるので手で制した。綺麗な瞳は揺れているが、まだ我慢して貰うしかない。

 

「だが、本当に助かる。防御だけとはいえ、私にここまでついてこれる者はいないからな」

「そりゃどうも...っと!そりゃ最優の勇者って言われてるお前より周りが強かったら、お前は最優なんて言われないわな」

「...そう、だな」

 

どこか歯切れの悪そうな口ぶりの乃木に疑問を浮かべたタイミングで、上里の口が開く。

 

「若葉ちゃん、そろそろ」

「あ...はっ!もうこんな時間か!?」

「あー、あれだっけ?大社に呼び出しだっけ?」

「勇者は全員、テレビに報道されるんですよ」

「すまない古雪、ひなた、私はもう行かなくては」

「おう。わざわざありがとな」

「礼を言うのはこちらの...本当に時間がないな。すまない!また今度!」

「あぁ」

「私は特に呼び出されてませんし、いつも通り椿君の道具の付け外しを手伝ってから...行ってしまいましたね」

 

上里の言葉を聞く暇もなかったのか、そのまま走り去ってしまった乃木を見て、二人でため息をつく。気を使った上里が予定時間ギリギリまで声をかけないことが多いが、それは別に、今に始まったことじゃない。

 

「...行った?」

「行きましたよ」

「っ、はぁ~っ...もう無理~!」

「早く手を出してください。全く、いつも貴方は......」

 

上里は、だらりと下がった俺の腕を掴まないよう、肩を押して室内へと入れようとしてくる。俺はそれを拒めなかった。

 

拒むための腕は、きっとどす黒い赤色だろうから。

 

 

 

 

 

 

「無茶をして...」

「無茶をするつもりはないんだぞ?毎回、一応。あいつの成長速度が速すぎる」

「はいはい。終わりました」

「いてっ、ありがと」

 

巻いてもらった包帯には痛み止めと傷の治りを早くする薬が塗られている。染みるが、次の予定に間に合わせるには足りないくらいだ。

 

「もっと強い薬はないのかね」

「あったとしても、それが人に安全か不明ですし、勇者に優先されるでしょうね」

「ごもっともだ...よし、問題なし」

「問題しかないでしょう」

 

乃木若葉、上里ひなた、古雪椿。この三人は、バーテックス襲来という未曾有の危機にて、防衛拠点となった四国へ逃げ延びてきた者達だ。

 

その内、俺は何でもないただの一般人であるのに対し、上里は神様の声を聞ける巫女という存在、そして乃木は、今四国内で五人しか確認されていない勇者という存在である。

 

日本だけでも億を越える人間がいる中で、五人というのがどれ程貴重か。それはきっと、俺がどれだけ考えてもまだ足りないくらいのものだろう。

 

そんな彼女がただの凡人に予定を割くのは、単に同郷の幼馴染みだから。ではない。

 

「このくらいしないと、忙しい勇者様は来てくれないからな」

 

勇者様の訓練相手、壊れないサンドバッグ、 呼称は何でもいいが、今の俺達の接点は、乃木が剣術訓練を行うために俺の元へ来る。というものだけだ。

 

俺から勇者様のいる丸亀城の敷居を跨ぐことも、乃木が立場を捨てて遊び呆けることも、今人類を纏めている大社が許さない。

 

「そんなことは」

「少なくとも、世間体は良くないだろ。あいつは人類最後の希望、それが訓練時間に抜け出して遊んでるなんて解釈されれば、今どんなことが起こるか分かったもんじゃない」

「......」

「とはいえ、そろそろ限界だろうけどな...」

 

俺と彼女は俗にいうスパーリングをしているわけだが、いくらクッションをつけていても、彼女の愛武器代わりである木刀は痛い。まだ竹刀ならと話に上がったことがあるが、乃木が実際に使うものと違い過ぎるらしい。そしたらこれを行ってる意味がない。

 

とはいえ真剣は死んでしまう訳で、妥協の木刀だった。

 

「でも、若葉ちゃんは...」

「なんだよ。上里」

「...何でもないです。すみません」

「そっか」

「あと、ひなたです」

「うっ...別に、もうよくない?名前にそこまで特別性はないぞ?上里でもひなたでも」

「ひなたです。椿君」

「......」

「何を躊躇っているんですか?そこまでの特別性はないんですよね??」

「......はい」

 

彼女の圧に負けて、俺は肩を落とす。前回も負けつつ、それを今回さらっと戻していたのだが、やっぱり見逃されなかったらしい。男に名前で呼ばせて何が楽しいのか。

 

(十中八九、からかいたいだけなんだろうけどなぁ...)

 

楽しそうな、嬉しそうな(怖い)笑みを浮かべる彼女は、また顔を変える。今度はどこか曇りぎみに。

 

「でも、これ以上は本当に限界です。明らかに若葉ちゃんの動きを『予測だけ』で防いでますよね?いくら椿君でも無理が」

「続ける。絶対。妥協もなしだ」

「っ...どうして、そこまで」

「...そんなの」

 

ひなたには悪いと思いながら、それでも俺は、止められなかった。

 

「そうしたいからだ。俺が」

 

だって俺は、魅入られてしまっているから。

 

あの時から、ずっと。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

私と、若葉ちゃんと、椿君。私達三人がちゃんと喋るきっかけとなったのは、全ての始まりともなる修学旅行だった。

 

『乃木さん、上里さん、よろしくな!』

 

古雪椿。クラスは同じでも話す機会はあまりなかったため、明るいクラスメイト。くらいの認識でしかなかった。修学旅行で同じ班になって、初めてちゃんと喋ったくらいだ。

 

でも、あの時世界が変わり、泊まり先でバーテックスに襲われた時。それが変わる。

 

勇者として覚醒した若葉ちゃんが、バーテックスを追い払おうとした時、私は少し離れた位置にいた。

 

気が動転していた私は、若葉ちゃんの愛武器となる刀を見つけることはできたが、横から壁を破って現れるバーテックスに気づかず、若葉ちゃんも間に合わず、そのまま食い潰される筈だったのだ。

 

『上里さんっ!!!!』

 

それを助けてくれたのが、たまたまこちらの方に逃げていた椿君だった。私を押し倒すように一緒に倒れてくれたお陰で、若葉ちゃんの迎撃が間に合った。

 

『いっつぅ...』

『ふ、古雪君!?』

『二人とも大丈夫か!?』

『な、なんとか...』

『よかった...私から離れるな』

『の...』

 

 

 

 

 

その時私が感じたのは、若葉ちゃんへの安心でも、バーテックスへの不安でもなかった。

 

『の、ぎ?』

『奴等に、報いを』

 

私の目の前にある横顔は、私達を守る勇者へ向いて、その目は、綺麗に輝いている。

 

今この状況で、今この危機に、目に映るもの以外の全てを捨てたかのような、純粋過ぎる黒い瞳に対する疑問。

 

憧れへ恋い焦がれるような目をした人への疑問。

 

『綺麗だ_________』

 

(どうして、今そんな目ができるんですか?)

 

心を奪われたようなその瞳に、私もまた、心奪われていた。

 

 

 

 

 

四国へ避難してから、しばらく期間が空いた。若葉ちゃんは勇者としての鍛練、私は巫女としての修行、椿君は避難民としての手続き。

 

次に三人で会えた時、椿君がこんな提案をした。

 

『俺に何か手伝えることないか?人類の英雄なんて絶対ストレス溜まるだろ』

 

その提案を皮切りに纏まった意見は、『彼が鍛練の相手となる』というものだった。

 

正直、話として纏まっただけで無理だろうと思っていた。私は四国に来てからも若葉ちゃんの剣劇を見てきたから。

 

でも、だからこそ何故、私と同じように若葉ちゃんの力を見た彼がそんな提案をしたのか疑問に思ったし、初めてその機会になった時、目を見開いた。

 

『どうした?そんなもんじゃないだろ?』

 

初めてで若葉ちゃんが多少手加減をしていたとはいえ、彼が完璧に相手できていたから。

 

『え?上手くいった理由?...本人には言わないでくれよ。勇者と行動を共にしてた人間ってことで結構大赦に呼ばれて、その時勇者として訓練してるあいつの録画を記憶に焼きつけるまで見た』

『それだけで...?』

『受けの防御だけなら剣を振るより早く動けるし、それを最低限可能にする体はできてたみたいだからな。後はあいつの動きの予測から防御に移るまでの時間を可能な限り詰めるだけ。耐えられるかは微妙だったけど、できたからな』

 

嘘だという言葉が喉まで出かけたものの、実際やられたから本当に困ってしまう。

 

だから私は、当然の疑問を口にした。

 

『どうして、そこまで?』

 

その答えは、言葉で聞くより前に分かった。

 

彼の目が、黒い瞳が、真っ黒だったから。

 

『そうだなぁ...』

 

あの時の横顔を正面から見れば、こんな顔だったんだろう。

 

『また会えるから。会いたいと思ったから...あとは、俺がそうしたかったからだよ』

 

まるで、その黒は_________輝く星すら呑み込みそうな、闇そのものだった。

 

 

 

 

 

「天ぷらうどん大と、卵とじうどん並み一つずつ。あ、追加で野菜かき揚げもお願いします」

 

少し驚いてる店員さんに注文を終えた椿君が、お腹をすかせて待つ。私は、今の彼の瞳と、昔と、さっき見たあの瞳を比較していた。

 

「どうした?」

「い、いえ」

「ふーん...悩みがあるなら言えよ?巫女も勇者も普段どのくらい大変なのかは知らないが、間違いなく大変だろうし」

「...分かりました。ありがとうございます」

「ん」

 

今目の前で笑う彼の目は、何を見ているのか。あの、何も見ていないような_____いや、見るもの全てを吸い込みそうな黒が、私の心を掴んで離さない。

 

「とはいっても、しばらくは会えなくなるな...四国の外に行ってくるんだろ?」

「はい。まずは北の方まで」

「えーっと...高嶋さん、だっけ?彼女も?」

「?はい。勇者の皆さんは全員」

「そっか。いやほら、この前の乃木は反則だっただろう?あれがもっと強くなったら無敵だろうなーって」

 

そう言われて思い出すのは、友奈さんとの柔道を経験した若葉ちゃんが、普段使いしている抜刀術ではなく、体術と刀を混ぜて椿君と戦った時のこと。

 

椿君は二つ以上の攻めに耐えられることはなく、すぐにやられていた。

 

「そんなに違いますか?」

「無理無理!足が出た時点ですぐに諦めがついた。俺にあれを捌ける才能も技術もないよ。数年やれば違うかもしれないけど...でも、逆にあいつはあれだけすぐ自分の技として組み込めるんだから、やっぱ凄いよ」

「若葉ちゃんですから」

「確かに」

「「...ふっ」」

 

椿君も、あの時は自分がボロボロにされたのに『すげぇ!』なんて若葉ちゃんを誉めていたのを思い出したのか、二人して笑ってしまった。

 

「でも、バーテックスに役立つかは微妙か...いや、高嶋さんがそれで敵を倒してるなら、勇者の力なら倒せるのか?」

「可能なのではないでしょうか?」

「そっか」

 

そのタイミングで頼んでいたうどんが来て、食べて、少し話を続けてから別れて。

 

「しっかり休んでくださいね!」

「お前もな」

 

四国を出る前に会えてよかったと思いながら、私は身支度をする。

 

(しばらく若葉ちゃんとの鍛練もお休み...体を治すには良い期間ですね)

 

 

 

 

 

彼に抱きしめてもらえる最後のチャンスがここだったなんて、私は思えるわけがなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『綺麗だ』

 

夢から覚める。何年も前から、どんな夢を見ても、最後にはあの言葉が聞こえてくる。

 

「......」

 

カーテンの隙間から覗く太陽のように輝いた、黒い瞳。全ての希望が詰め込まれたような声。

 

私を最優と称し、英雄と讃え、勇者だと信じて疑わない者。

「...本当は、私なんかが最優でない方がいいのに」

 

小さく呟かれた言葉は、虚空へと消えた。

 

 

 

 

 

私、乃木若葉は、慕っていた祖母の戒めをよく口にする。『何事にも報いを』という考え方。

 

初めてバーテックスを_____白く巨大な怪物を近くで見た時、その白は赤く塗られていた。

 

その直前まで楽しく話していた友達が、ひなたのお陰で仲良くなれた同級生が、物言わぬ姿に成り果てた結果。

 

私は無我夢中だった。友人を殺された怒りと、これ以上殺させないという使命感と、口にしていた戒め。

 

『奴等に、報いを』

 

人間を殺した怪物に、死を。

 

ひなたに導かれながらも、必死に刀を振るい。次にちゃんと意識を持てたのは、彼の声を聞いてだった。

 

『綺麗だ_________』

 

ひなたを庇い、私を見ていた彼。その時感じたのは、友人を守れたことの安堵でも、二人がこんな状況になるまで意識が飛びかけていた自分への反省でもあったのかもしれない。

 

だが、漠然と。期待されているんだな。そう思えた。

 

抵抗できない自分達の救済を。友人達の復讐を。

 

その期待は、その瞳は、私にとってあまりにも重かった。

 

私は復讐に動く者だ。バーテックスに、人類を襲った侵略者に、然るべき報いを。

 

だが、復讐心で動いている人間に、期待を、希望を、全てをかけてくれる人がいた。私はそれを甘美なものとして受け取り、後に後悔する。

 

最初はよかった。頼られていることが嬉しかった。だが、その時点で私はおかしくなっていたのかもしれない。

 

『乃木は凄いよ。人類の英雄だ』

『勇者か、納得だな』

『乃木。ありがとう。感謝してもしきれないけど、伝えさせてくれ』

 

復讐心で動いている人間なのにも関わらず、彼は私に全幅の信頼を置いてくれている。その事実が、私に罪悪感を募らせた。

 

私はそんな、褒め称えられるような人間ではないのに。ただ自分勝手なだけなのに。

 

それは、少しずつ私へのストレスに変わった。だから彼が私の剣術を受けることになった時も、躊躇いこそすれどその提案そのものは止めなかった。

 

とはいえ、こんな提案は危なすぎる。そう思い留まる。

 

『どうした?そんなもんじゃないだろ?』

 

しかし、抵抗していた最後の砦は、彼が取り払ってしまった。

 

彼は私の攻撃を全て防ぎきり、あまつさえ木刀でも構わないときた。その次をしても、その次も。彼は全て防ぎきった。

 

そうしたら、もう止まれなかった。

 

私は復讐のために磨いている腕を守るべき人へ向け、ストレスを発散させている。罪悪感があるのに喜んでいる。

 

『はっや...凄い剣の使い方だな。流石』

 

やめられない。だが、彼の隣にいることの居心地が良すぎた。全て肯定され、私の全力を受けても尚倒れず、私へ笑顔と感謝を向けてくる。

 

『降参!体術まで習ってきたら強いって!凄いな乃木!?この数日で!?』

 

自分の理性がやめろと言っているのに、彼が毎回修復が難しいレベルまでボロボロになるのを知っているのに、彼が隣にいてくれることの居心地が良すぎて甘えてしまう。やめられない自己の矛盾に耐えられない。

 

私は、壊れてしまったらしい。それでいて、まだ止められない。いや、止まる気がない。居心地が良すぎる。

 

だから私は、最優なんかでないほうが良いのだ。私が劣っていれば、もう私が戦うためにいらなくなるから。戦うための経験をする必要もないから。

 

彼を傷つける必要などなくなるから。

 

だが、私より強いものは一向に現れず、今もまだ、最優の英雄として呼ばれている。

 

 

 

 

 

朝起きた私は、荷物の最終確認を済ませ、ひなたと合流し、他の勇者達と共に移動を始めた。四国を訪れてから初めてになる外の世界。その調査は、諏訪まで行って案外すぐに終わった。数日経過したところで、四国に戻されたのだ。

 

戻された理由は、敵が襲来が予測より早まったから。実際戻ってすぐに戦い、その後も外の調査資料を纏めたりと、忙しい日々が続いた。

 

だから、私がその事を知ったのは、焦った顔をしたひなたの言葉からだった。

 

『椿君が、椿君の体が!!』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「おいっす」

 

椿君の挨拶は、見た目に対してあまりにも軽かった。

 

「椿君!!」

「おーつっこまないでくれよ。うえ...ひなた。俺はまだ死にたくない」

「ぅっ...」

 

気持ちを堪える。どこもかしこも包帯でボロボロ。見るだけで心が辛くなる。

 

「そんな気にするなよ。たかだかちょっと巻き込まれただけだからさ」

 

そう言う彼を、私はじっと見た。見たところでなにも変わらないが。

 

椿君の救急搬送、そして入院。その原因は、樹海内での戦いがフィードバックされることによって発生した天災に巻き込まれたためだった。

 

神樹様の生成するフィールドも、元の土地は私達が暮らす四国。戦闘が激化し被害が拡大すれば、元の土地も無傷とはいかない。

 

その結果として崩れた家が、彼の借りていた家だったのだ。正直、入院で済んでいるだけまだ良いんだろう。

 

_________当時、腕に力を入れにくかったせいで逃げ遅れたのだ。という話を聞くのは、ずっと後のことである_________

 

だけど、私の不安を煽るのはそれだけではなかった。

 

『彼の容態は酷いですね。いや、酷いなんて生ぬるい』

 

先程お医者様から言われたこと。

 

『明らかに今回のとは無関係の傷があります。長い時間をかけてつけられたような。その上で...まるで、そうですね。これまでの災害を肩代わりしてるかのような痕が』

『それは...』

『はっきり言えば異常です。並みの人間ならまず耐えられない。勇者様の特殊訓練相手と聞いていますが...上里さん。貴女は何か知りませんか?』

 

その言葉を、私は上手く答えられなかった。私はそこまでと思ってなかったとはいえ、全てを知った上で放置していたのだから。

 

「ひなた?」

「...私、決めました」

「うん?」

「とにかく、入院生活中は大人しくしていてくださいね?」

「えー。でも俺まだ動くし」

「なんですか???」

「...分かった。ここから出ない」

「はい」

 

私は覚悟を決めて、スマホを操作した。

 

(もう、これ以上、こんなことは...)

 

 

 

 

 

「それで、話というのは?ひなた」

 

その日の夜、病院の屋上に私達はいた。月夜に照らされ、若葉ちゃんが私を見つめる。

 

「...若葉ちゃん」

 

これからするのは、私だけなら決して考えなかった。若葉ちゃんの力になりたい私なら、若葉ちゃんとだけ幼馴染みの私なら。

 

でも、私には________もう一人、大切にしたい人がいる。

 

あの人が、この人のことを好きでも。そのために努力していても。

 

「椿君はもう若葉ちゃんとの訓練に耐えられません。他の勇者である皆さんと一緒に訓練をしてください」

「...それは、古雪がそう言ったのか?」

「そうではないですが、今は入院していますし、入院前からダメージを負っていたんです...若葉ちゃんのことを思って黙っていましたが、会う口実としてはもう限界です」

 

若葉ちゃんが、小さく息を吐く音がした。

 

「口実作りなら、私も一緒に考え」

「なら問題ないな」

「ま......は、い?」

「古雪本人から言われてないなら、大丈夫ということだろう」

「...ッ!?」

 

彼女の言葉を理解した瞬間、私の理性は潰れる。

 

「若葉ちゃん分かってるんですか!?椿君は貴女に会うためにもうボロボロで」

「分かっていたさ。いくらカバーしているからといっても、あれだけの力で振るう木刀など、殺しきれる威力じゃない」

「だったら何故っ!?」

「...何故。か」

 

若葉ちゃんの目が、私を見た。

 

「私はあいつが好きだ。だから、あいつの望む私でありたい。人類の英雄、最優であり絶対、バーテックスを喰い千切り、報いを与える者。だがな、ひなた。私は疲れてしまったんだ」

「疲れた...?」

「英雄であることにも、最優であることにも、戦うことにも。無理だ。私には...だが、そんな私を今でも奮い立たせてくれるのは、他でもない彼だ。彼の隣にいる間だけ、甘えられる。好き放題やっても許される。何をしても、彼だけは肯定してくれる......もう、それができる環境にあるのにも関わらずやれない。というのは、無理なんだ」

「そんな...」

「だから私は、私の好きな人のために、好きな人を傷つけるのを止められない」

 

言っていることが理解できなかった。どうしたらそんな結論になるのか__________どうして私は、こんなになるまで若葉ちゃんを止められなかったのか。

 

「ひなたが気づかないのも無理はない。お前であればまず気遣うのが古雪の方だと思ったし、私もなるべく気づかせないようにしていたからな」

「っ!!おかしいですよ!!」

「あぁ。そうだな。私はおかしくなってしまったんだろう。だが、人類の英雄となる人間が、常人と同じではないだろう」

 

そう語る彼女の目は、いつか、どこかで見た闇と同じだった。

 

人を掴んで離さないカリスマ。だが、本来の彼女はこうではなかった_____

 

きっと、彼はこの顔に狂わされたのだ。

 

「ぁ...」

「それに、古雪は私とやることを望んでいたしな。ついさっき、ここに来る前に聞いてきたんだ。あいつが断るならまだ考えるが...」

「ぅ...嘘、です。だって」

「あいつはあそこから出ない約束をしただけで、あそこでやればいい話だ。勇者の命なら、誰もが従う。私の機嫌を損ねれば、人類全員の危険が高まるからな」

 

(あぁ...)

 

視界が明滅し、暗くなる。彼も、彼女も、私の知らない所へいってしまったのだと悟った。

 

どうして、もっと前から突っ込んだことを言えなかったのか。私は、巫女としても、友達としても、何もできなかったのか。

 

「やるべきことはやる。任せろ。ひなた。人類は守る。奴等に報いを与える。これまでもこれからも変わらない」

 

そう言ってきた若葉ちゃんに、どう返したのか、どうやってそこから帰ったのか、何も覚えていない。

 

 

 

 

 

次に私の意識が回復したのは、彼が死んでしまったという報告を聞いてからだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「そうか...ありがとう」

 

連絡を受けたのは、丸亀城の近くに立っていた時のことだった。

 

古雪椿は、あっさり逝ってしまった。

 

原因は、私も再起不能となりかけた程の大規模戦闘によって発生した天災。それが、彼の入院する病院に直撃したらしい。

 

本来であればとっくに退院していた筈の彼は、怪我の治りが非常に悪く、入院が長引いていた。

 

『お前の望むことなら、なんだってやるよ...俺も、一緒にいたいしな』

 

治りが悪かった原因など、一つしかない。入院中も病室で私の相手をしてもらっていたからだ。

 

「...古雪の借りていた家も全壊。もし退院していたとしても、逃れられなかった事態だった」

 

今私が口にしたのは、あくまで言い訳に過ぎない。そうだ。彼を殺したのは私だと言って過言ではない。

 

次に会った時、ひなたは何て言ってくるだろうか。その言葉を聞いて、私は泣くのだろうか。

 

「本当は、私なんかが最優でない方がいいのに。まだ私が最優だ」

 

先の大規模戦で、一緒に戦っていた勇者は全員いなくなってしまった。今四国を守るのは、ここにいるただ一人。

 

大赦が何か策があると言っていたが、詳細は聞いていなかった。

 

「いや、それ以前に、私は勇者ではないのだろうな」

 

勇者であれば、他人で鬱憤を晴らさない。そう思う。そんな中で私は、甘える対象を無くしたことで、初めて止まれる。

 

「......いや、止まれないな」

 

彼がいなくなったのにも関わらず、奴等に報いを与えるべきだという私の考えは何も変わっていなかった。

 

そう。何も。

 

「...」

 

海の先を見る。あるのは神様が作った防波堤。

 

『流石だな、乃木』

『英雄だよ。お前は』

『いつもありがとう。守ってくれて』

『ここでもやる。俺は最後まで、お前のために』

『なんでって?そりゃお前...俺がやりたいからだよ。やらせてくれ』

 

「私はもう狂っている」

 

ひなたですらしてきた否定を、ついぞ彼は吐かなかった。

 

「...だから、報いよう」

 

人類の敵に、報いを。

 

大切な人に、報いを。

 

大切な人を傷つけた私に、それ相応の報いを。

 

こんな私に寄り添い続けてくれた彼に、報いを。

 

「戦う。戦い続ける。一人になろうと、私を英雄だと称えたお前のために、お前に報いるために」

 

きっと私は、傍から見たらおかしいのかもしれない。だがもうそれで構わない。

 

私は、刀を掲げる。銀に輝く刀身が、星々の光を受けて煌めいた。

 

彼の魂は、私が生きている限りずっと、ここにあるから。

 

 

 

 




椿が最初から西暦にいる人間で、あの時若葉を見ていたら。というifでした。以前から話としては面白そうだと思っていたものがようやく形になったので。

椿にとっても若葉にとっても、あの状況下の姿は激物だと思います。その上で、小中学生の精神的危うさと恋の盲目さを足したら...


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短編 古雪椿は空を見ない

化物に襲われていた少女を庇い、それを別の少女に助けられました。次にどんな行動をとりますか?

助けてくれた少女を見上げお礼を言う
▶️庇った少女に怪我がないかを確認する


「よし。できた」

 

慣れた手つきで料理を作る。人間というのは不思議で、自分達のことなのに自身の体について知らないことが多い。男女の違いは勿論、体内の構成要素とか、細かい部分をつつくなら皮膚に入る汚れとか。

 

だが、体の資本は摂取する栄養、即ち食事から来るものだというのは、昔から言われてることだ。

 

つまり、とりあえず良い食事は誰もが良くなれる条件だということ。そう考えれば、作るのも食べるのもモチベーションが上がるだろう。

 

とはいえ、目の前の少女にそんな理論武装で話して納得するとは思えない。なんなら俺はお節介ともとれることをしようとしている。

 

ただ、あの時のように、何もできないことに耐えられなかったから。だから俺は、歩きだした。

 

「はい」

「え?」

「よければどうぞ。これで栄養バランスバッチリ」

 

小さくカットしたりんごが入ったヨーグルト。その小皿をすっと渡す。

 

「あ、苦手だったらいいから」

「...頂きます」

「そう?よかった」

「......あの」

「ん?」

「まだ、何か?」

 

目の前の椅子に座ったことを疑問に思ったんだろう。その疑問も最もだと思う。

 

だから俺は答えとして、お節介の一歩目を踏んだ。

 

「名前、知りたいなって」

「名前?」

「うん。いつも会うのに『はいどうぞ』しか言えないのも味気ないなって。よければ教えてくれる?」

「......上里です」

 

(そう来るんかい)

 

「......そっか。じゃあよろしく、上里さん」

 

 

 

 

 

俺、古雪椿は、人類を今尚救っている勇者、乃木若葉と共にこの四国へ逃げ延びた避難民の一人だ。

 

バーテックスの襲来という未曾有の危機に対し、一般人はあまりにも無力で、自衛隊の火器も効かないとなればいよいよ終わり。人類滅亡とか大規模なことは言わずとも、少なからず、今俺は死んでいた筈だった。

 

それを救い、今も人類の希望と評されているのが、たった五人の、年の近い当時小学生の女の子達である。

 

突然人類の命運を託されて、とても正気でいられるとは思えない。後遺症を患った人間からしたら尚更。

 

『任せろ。私が全て守ってみせる』

 

俺の知る勇者は強かった。集められた丸亀城内で鍛練を始めたと聞けば、正直嘘だろと思わざるを得ない。どこでそんな気合いが手に入るのか。

 

そして、やはりとも言うべきか、そうした戦いを敬遠する、怖いと思う、俺の危惧していた人もいたらしい。人数的にも権力的にも拒否権というものは皆無だったらしいが。

 

当たり前の話だ。無理もない。そう思った俺は、ふと自分のことを考えた。勇者に助けられた俺は、外へ出ることも躊躇ってしまう俺は、どうすればいいか。

 

結論として、俺は料理を始めることにした。何か役に立つとして、戦えないのなら、戦う以外で役に立つしかない。あの時一緒に逃げたもう一人のように、神の声が聞こえるわけでもないし。

 

そうして俺は、それはもう必死で料理の知識を叩き込んだ。もし食べさせるとして、人類の英雄の体調を壊すような料理は出せない。かといって、中途半端なものを微妙な反応で美味しいと言われたくもない。

 

『別に、私にはよくないですか?』

『嫌だ!せめて自分で納得できるまでは待って!』

 

意地とプライドで補強された思いを胸に、ひたすら知識の吸収と実践を繰り返す。

 

そんなこんなで、気づけば丸亀城の料理担当の一人になっていた。

 

いや、俺自身予想外だった。彼女達の暇な日に料理を振る舞えたら良いなくらいの気持ちだったのに、幾つかのお店に頼み込んで働かせて貰った経験と、勇者達と歳が近いことを活かせる場面があるのではということで、料理番の一員として採用された。

 

まぁ、なってしまったのなら、その役目を果たすしかない。というか立場上やらかすと大社に目をつけられる。それはごめんだ。

 

というわけで、料理をしつつ、採用理由を実際に活かすべく、中学生の感性をもってメニューを考えたり、彼女達の好みを調べたりした。

 

『事情は分かっていますが、隠れて皆さんを観察しているのは、大社の方達も良い顔しないでしょうし、その...ストーカーみたいです』

『ヴッ』

 

たまに傷つきながらも、なんとか業務をこなす。そうしていけば、彼女達の好みや性格も把握してくる。

 

それを活かせていると思いたいが__________

 

(せめて、勇者が食べてる間くらい、安心できる場であって欲しかったんだがな)

 

樹海化と呼ばれているらしい勇者と化物の戦場は、他の人間は知覚すらできない。突然消えた勇者達と、途中で残された料理達を見て、俺はため息をついた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

勇者の食べるご飯は、基本的に食堂で用意されたものを食べる。料理をしない私にとって正直助かることだ。

 

少し悩みの種はあるものの、別に、全くのマイナスというわけではない。寧ろプラスに働いているだろう。

 

古雪椿という人物は、少し前に食堂で料理を作る係として大社から呼ばれたらしい。腰のベルトに帽子をつけて、胸ポケットにはサングラスをつけている。訓練している私達の様子を見ていて、皆がその姿を確認していた。

 

二つとも装備した姿は、完全に不審者だったけど。

 

『ん!?んまーい!!』

『タマっち先輩、古雪さんに苦手なもの返したの!?こんな偏ったメニューにして!』

『んー?いや、アイツには何も返してないぞ。スパイスが効いてて最高だ!』

『...このカレー、細かく野菜が入っていますね。私のはスパイスもそこまで入っていないので、球子さんのはそれをごまかすためなのでは?』

『!?』

『何!?それぞれに味変えてるってことか!?』

 

ただ、彼が来てから、私達の食事に好物が増えた気がする。単に偏っている訳ではなく、これまでより健康面のバランスは取りつつ、私達がより喜んで食べれるような内容に。

 

聞いたことはないから、偶然かもしれない。そう思いつつも、別に聞くことはないし_____

 

(...あら)

 

私が食堂を訪れて、たまたま彼のことを考えていたからか、視線が彼を捉えた。

 

ただ、いつもいる厨房側ではなく、椅子に座ってテーブルに広げたノートを見ては唸っている。

 

(......)

 

なんとなく、本当になんとなく、私はご飯をトレーで受け取り彼の前に座った。どうせ後から寄られるなら、こうした方が驚かなくて済む。

 

_____なんとなくすら私にとってあり得ないことである筈なのに、それに気づかないまま。

 

「ん?あぁ、上里さん」

「何をしているの?」

「あー、帳簿をな、確認してるんだ。普段俺の仕事じゃないんだが...」

「じゃあどうして?」

「それが、うどんが一玉分なくなったらしくて。最後にそこ触れてたのが俺だったから、色々確認してるんだけど...ホントに一玉ないこと以外は、何度見ても異常ないんだよなー」

 

シャープペンで頭をかく彼へ、私は少し迷い、代表として頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

「何で上里さんが謝る」

「その消えた先、分かったから」

「え」

「...土居さんが、バーテックスに効くかもって、さっきの戦闘でうどん玉を」

 

ビニールパックに保存されていたうどんを思い浮かべる。バーテックスは見向きもせず神樹様へ向かい、全員が驚愕した瞬間。

 

だが、こんなところで迷惑がかかっているとは思わなかった。

 

「ごめんなさい。何か言うべきだったかもしれないわね」

「あーいやいや。寧ろ勇者様の役に立ったのならよかった」

「いえ、効果はなかったのだけど...」

「そっか、まぁ消失先は分かったわけだし、報告すればいいだけだから大丈夫。ありがとう。何だったら今度湯がいたのでチャレンジする?」

「しないわ」

「そう?土居さん辺りなら喜びそうだけど」

 

そう言いながら、彼はノートに何かを書き込んでいった。私は私で一段落したと思い、ご飯を食べ始める。

 

しばらく無言が続き、だからこそ引っかかった違和感に気づいた。

 

「でもそっか、食べ物か...」

「...貴方、どうして私のこと上里って呼ぶの?」

「え?どうしてって、そりゃ君がそう言ったから」

「本当は知ってるんでしょう?観察してたものね」

 

土居さんと彼が直接名字を呼びあったのは見たことがない。しかし、その割に彼はついさっき、彼女の姿と名前をスムーズに合わせていたように思えた。

 

それは、勇者の普段の様子を見たことがあるからだろう。

 

じゃあ、分かるはずなのだ。私が普段上里と呼ばれてないことも、簡単に。

 

「敢えて乗っていたの?私が言ったから」

「...そりゃ、本人がそう言って誤魔化すんだったら、理由があるんだろうなって話合わせるだろ」

 

彼は、少しばつの悪そうにした。それをするべきなのは騙していた私だろうに。

 

「まぁ、高嶋さんがいっつもこっちまで届く声で『ぐんちゃん』って言ってるし、そもそも『上里』じゃ俺には効かない」

「......郡(こおり)よ」

「そう呼んでいいのか?」

「...構わないわ」

「じゃあ知ったついでだ。他にも幾つか知りたいことがあるんだけど、いい?」

 

取り出されたメモ帳は、私も見たことがあった。

 

『あの人、覚えたいレシピとかはあのメモ帳に取ってるんですよ』

『そもそも『上里』じゃ俺には効かない』

 

(...あぁ、そういうこと。それなら土台無理でしょうね)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「起きてください」

「ん、んんっ...?」

 

体が揺すられた感覚で目を覚ます。薄く目を開けると、見慣れた艶やかな髪が飛び込んできた。

 

「んー...」

「ほら、もう夜ですよ」

「...じゃあ、寝てもいいんじゃ、ない?」

「ここが貴方の部屋なら、私も起こしたりしないんですけどね」

「......ひなたか」

 

会話で頭が起きてきて、目の前にいる相手のことを認識した。彼女、上里ひなたは、そんな俺に対して、腰に手を当てて呆れた様子で答える。

 

「もう閉めるから起こしてくれって頼まれたんです...またメニューの考案ですか?」

「いや、いつものメニューじゃなくて...ちょっとな」

 

片付けを始めつつ、俺も口を開いた。

 

「バーテックスに効く食材があるのか、ちょっと考えてた」

「バーテックスに?」

「今日、勇者様がうどんでバーテックスの気を引こうとしたらしい。効果は無かったみたいだが...じゃあ奴等が人を襲うのは、人を判別するのは、どうやってるか」

「それは...」

「視覚以外で相手を捉えるのは、魚を捕らえるためのソナーみたいな聴覚、もしくは犬みたいな優れた嗅覚。人の匂いってことは大まかに肉や血の匂いだから、それらに似たものがあれば...何か役に立つかもしれない。そう思って」

「......だからといって、食堂で寝落ちする程頭を使うことでもないと思いますが?」

「うっ...さ、さて!準備できたから出るか!」

「はぁ、全くもう」

 

ささっと席を立った俺に、ひなたがついてくる。外に出れば、確かに辺りは暗闇になっていた。

 

「......」

 

普段なら、最低でも帽子をかぶるのだが_____

 

「!」

「これで、大丈夫ですか?」

 

彼女は、帽子を取ろうとしていた俺の手を優しく握り、繋ぐ。

 

頼みがちな身としては、こうして先にやってくれるのは迷惑じゃないかもという実感も受けるし、嬉しい。

 

その結果のプラシーボ効果でも何でも良いが、意を決して辺りを見る。

 

「...うん、新月で暗いし、大丈夫」

「よかったです。では、今日はこれで」

「......」

 

手を繋いだまま、帰り道を歩く。平気とはいえ、基本見るのは地面だ。

 

『天空恐怖症候群』大層な名前のそれは、バーテックスという怪物に襲われた人間が、奴等が現れた空を見ることで体調不良になってしまう症状のことを指す。症例としてPTSDが近いだろう。

 

俺には、その症例が見られた。

 

寝たきりになってしまうなど、決して重症ではない。だが、不意に空を見るのは怖い。時には体が動かなくなる。

 

だから、どこへ行くにせよ視界を塞げるサングラスと帽子を常備しているのだが、じゃあ何故、今俺がこうして普通にいられるかと言えば________

 

「やっぱり、安心するんだろうな」

「はい?」

「いや、聞き流してくれ」

 

(声に出てた...はっず)

 

繋いでいない方の手で顔を隠す。

 

上里ひなた。彼女と手を繋いでいる間だけ、俺は天恐から逃れることができる。他の例外はない。

 

だが、理由は分かる気がする。何故なら、俺にとっての彼女は、初めて怪物に襲われた時も握った特別なものだから。

 

『危ないッ!!!』

 

あの時、そしてこの四国へ向かう時。ひなたがいて、乃木がいて、俺は生き長らえた。

 

俺が最初に見た時、ひなたはバーテックスに襲われる直前だった。

 

咄嗟にできたことは、手を引き、庇うように覆い被さっただけ。当然ただの人間にバーテックスを倒す術はなく、彼女と俺を襲った敵も乃木が倒してくれた。

 

だから、俺ができたのはただひたすら手を握ることだけ。あの時点で失われた命は多く、それでもこの手だけは失ってなるものかという意地。あとは男子として女の子は守りたいというプライド。

 

それらが今も出るのかもしれない。彼女と手を握ってる間だけでも、たかが空を見上げる行為を怖がってる場合じゃない、と。

 

(いや、そうでなくとも...なのかな)

 

だって、俺にとって、上里ひなたは__________

 

「......」

「椿君?どうかしました?」

「...ひなたは可愛いなって」

「っ、突然おだててなんです?欲しいものでもできました?」

「お前は俺の母親か。いや別に、家事もできて、見た目も良くて、人類を救う職にもついてて?そんな子がわざわざ起こしに来てくれて、手を繋いで一緒に帰るってんだから、好きにならない方がおかしい」

「...椿君、そうやって他の女の子も口説いてないですか?最近だと千景さんにも」

「バカいえ。俺が好きなのは...」

 

ふと、さっきの言葉を振り返る。

 

『好きにならない方がおかしい』

 

(あれ、告ってる?)

 

いや確かに好きだが。まだ寝ぼけてるのか、天恐へのストレスがあったのか、とんでもないことを口走っているのに気づいてしまった俺は、滝のように汗が出る。

 

(どうしよう待てこんなの違うもっとオシャレなシチュの方がひなたは喜びそうだしいやそうじゃなくて告白とかいや好きだけど迷惑というかひなたは一生懸命に頑張ってるわけであれ俺手汗かいてない大丈夫!?!?)

 

「どうかしました?」

「な、な、なんでもない。あーひなた、今日はちょっと手を離してくれないか」

「?何故です?」

「いや手ぁ...ちょ、ちょっと不安になってきたというかなんというか」

「...ふーん、私じゃ不満ですか」

「そんなことは」

「それか、不安だと言うなら、はい」

「!?」

 

そう言って、素早く手を組み替えられる。さっきより指同士が重なり、より強固に。

 

「こ、こいっ」

「これで平気ですね?」

「いやあの、ひな」

「平気ですよね??」

「...はい」

 

俺の顔は、きっとリンゴと匹敵するくらい真っ赤になっていて。

 

「ふふっ...よろしい」

 

ひなたは、いつものように微笑んだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

私の名前は上里ひなた。神樹様に仕える巫女であり、ただの人間だ。

 

いや、ただの中学生の女の子。という方が嬉しいかもしれない。

 

「じゃあ、ひなた。ありがとな」

「はい。また明日」

 

そうでなければ、神様を一番大事にしているのなら、この胸の高鳴りは不要のものと判断してしまうから。

 

私には大切なものが幾つもある。同じ巫女の皆、友奈さん、千景さん、球子さん、杏さん、そして若葉ちゃんと、彼。

 

『大丈夫か!?怪我は!?』

『ぇ、な、ない、です...』

『ひなた!!大丈夫か!?』

『大丈夫みたいだ!状況はよく分かんないけどお前はあれを倒せるなら蹴散らしてくれ!!この子は俺が守る!!!』

 

本人が覚えてるかは知らない。でも、手を震わせながら若葉ちゃんとそんな話をしていたのを覚えている。

 

『ゆっくりでいい。歩けるか?ダメならおぶって行くから』

 

あの時、私を励ましながらずっと手を引いてくれたのを覚えている。

 

『どうしてあの時あんなに良くしてくれたんですか?四国へ来た時も、道を指定する私のことを一度も疑わなかったですよね?あの時は巫女とか何も分からなかったのに』

『えー、あの時は無我夢中だったし...自分でどうこうできるとは思えなかったし。だったら自信ありそうに言ってくる相手に合わせない?』

 

若葉ちゃんだって一度は確認してきたことを、彼だけは何も言わなかった。

 

『あとはそうだなー...』

『何かありました?』

『......いや、やっぱ分からん』

 

だから私は、好きなのだ。彼の、誤魔化しきれてないことを頑張って隠そうとしている姿すら。

 

(私も、突然言われて毎回動揺しちゃうんですけどね)

 

お陰で、大社でのポーカーフェイスも上手くなった自信がある。さっきの彼との会話も、上手く誤魔化せただろう。

 

誤魔化す必要があるかは、置いといて。

 

(せめて、この戦いに区切りがつくまでは。若葉ちゃんに、勇者達に全力を尽くさなくても大丈夫になった時には。きっと)

 

夜空を見上げる。星空は輝かない。だからこそ今日の彼は平気だったのだろう。

 

『いつか、いや、これからもっと美味しい料理を食べさせてやるからな』

 

空を眺めなくても構わない。だけどお互い、ゆっくり景色を、二人きりであることを心から楽しめるまでは__________

 

 

 

 

 

「というわけで、あれから二年ですね」

「どうした急に」

「いいえ。久々のお休みだなって」

 

(私達の付き合いも、そろそろ五年なんですよ)

 

私の隣で、椿君が「あー」と間抜けな声を出す。

 

「大赦のトップは大変だなぁ。今度の休みはどうするんだ?」

「椿君に料理を作って貰います」

「それは全然構わないけど。じゃあ久々に勇者様方も呼んで全員で」

「いえ、私一人で行きます」

「あれ?」

 

大赦の運営も安定してきた。若葉ちゃんのカリスマ性はもちろん、杏さんの支援も大きい。

 

『ひなちゃんなら行ける!』

『頑張って』

『そうだそうだ!やったれ!!』

 

他の勇者の方も、先程会った時応援してくれた。

 

だから私は、いつかのように手を繋いで、言った。

 

「覚悟、してくださいね?」

 

 

 

 

 




椿が最初から西暦にいる人間で、あの時ひなたを見ていたら。というifでした。この話を書いてたから若葉の方もあれだけ振りきれた。

もっと幼い頃から付き合いがあった場合や、元々四国民だった椿の話とかも書いたら面白いかもしれないですね。


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ゆゆゆい編 85話

最近、アサルトリリィとのコラボやってたので少し確認したんですが、やっぱりゆゆゆいのフルボイスストーリーって頭おかしかったんだなって改めて思いました(褒め言葉)。

コンシューマー版も楽しみ。


少し早めに目的地に着いた私は、辺りを見渡す。あの人が先にいることを見越してのことだったけど、どうやら今回は外れたらしい。

 

(珍しいな。椿さんが早く来てないの...)

 

基本的に私達と待ち合わせする時、あの人はなんだかんだ先にいる。それを確実に上回りたいなら、30分以上早くいるくらいの気持ちの方がいい。中には待ち合わせ時間そのものを遅く伝える人もいるみたいだけど。

 

とはいえ、いないのなら待つ。近くにあった建物のガラスで全身をチェック。次に少し近づいて髪周り。風で前髪が変になってることはなさそうだ。

 

春先に合う若草色のワンピース。それに合う少しヒールのある靴。少しふわふわを盛った長い髪。いつにも増して気合いの入った格好。

 

(...よし)

 

最後にほんの少しだけ手に吹きかけた香水を、首の裏につける。柑橘系の香りが鼻をくすぐる。

 

(大丈夫。ちゃんと色々考えてきたんだから。え、映画デートだって、別に私にかかれば...)

 

恋愛小説、少女漫画、人より多く読んできた私にとって、二人で映画を見るなんて何も問題ない。強いて言うならさっきからうるさい心臓の音だけだ。

 

「すーっ...はー」

「ねぇ」

 

今日は椿さんと映画鑑賞。見るのは私が勧めた恋愛漫画が劇場化したもの。ラブコメ要素もありつつキャラ一人一人が立っていて凄く素敵な作品だ。

 

「ねぇ」

 

(映画自体も楽しみだし、そ、その時に...)

 

「おーい!」

「ひゃいっ!?」

 

突然呼ばれて振り返る。そこには私の声に驚きつつ、笑顔を浮かべる________

 

「おおっ、ビックリした」

「......えっと」

「いやー驚かせてごめんね?君今一人?よければ一緒に遊ぼうよ」

「ぇ...」

 

そこにいたのは、全く知らない人だった。いっぱいになっていた頭が急に落ち着いてきて、なんとかナンパの類いだと判断できた。

 

でも、脳の処理が追いついていない。樹海化だってこんなに急じゃない。

 

「いやー、どこ行く?」

「ぇ、やっ、あの」

「滅茶苦茶可愛いし、どこでも連れてくよ!」

「い、いやっ!」

 

私の沈黙を了承と受け取ったのか、目の前の人は私の手を掴んできて________

 

「悪い、遅くなった」

 

聞き馴染みのある声と共に伸びてきた手によって遮られた。

 

「!」

「なんだよ。今俺が」

「悪いな。今日は俺が先約なんだ。じゃっ」

「あ、おい!待てよ!」

「あと、流石に中学生に声かけるのはやめた方がいいと思うぞ」

「ちゅっ、中学?」

 

どこか驚いた男性を置いていくように、私の手を握った彼が歩きだす。

 

「ほら、行くぞ」

「...はい!椿さん!」

 

私はそれに逆らうことなく、寧ろ隣に並ぶように歩きだした。

 

 

 

 

 

「悪い。大丈夫か?」

「声をかけられただけなので、平気ですよ。手を出される前に椿さんが止めてくれましたし」

「ならよかった...でも」

「?」

 

不自然に言葉が止まって、返事を待つと少し目線を外される。

 

「どうかしました?」

「...少しは自覚してくれ。全く......」

「え?何をですか?」

「何でナンパされたと思ってる」

「え?何でって...?」

「...はぁ」

 

ため息をついた椿さんは、口許を手で隠した。目線も外したまま。

 

「お前が中学生には見えないくらい美人な格好してたからだろ」

「...っ!?」

「あぁもう分かったか!?俺も動くのが遅れるくらいには良いの!お前!!少しは自覚しろ!!」

「え、あ、あの」

「ほら行くぞ!!」

 

さっきとは別の意味で私の頭は停止して、完成に沈黙してしまう。

 

でも、引っ張ってくれている手は、決して離さなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

俺の言葉に、杏は完全に固まっていたが、映画館の席につく頃には調子を取り戻していた。

 

いや、まだ顔は少し赤いが、俺も正直いっぱいいっぱいなので気にしないでおく。

 

(一度離れといてまだよかったな...)

 

ポップコーンと飲み物を買いに行く際、杏には映画パンフレットの買い物を頼んだ。さっきのことがあってからすぐ一人にさせるのは今にして思えば悪手だが、当時の俺達にそんな余裕はない。

 

お陰で、なんとか今保てているから良いのだろう。

 

「楽しみだな」

「そうですね」

 

お互い買ったものを渡しあって、後は上映を待つだけ。他の人の迷惑にもならないように、自然と口数は減る。

 

(一度落ち着けそうだ...はぁ、あれなら先に待ってりゃよかった)

 

集合時間よりかなり早くついてしまった俺は、先にチケットの発券だけ済ませに行っていた。それでも時間前についたが、今回は裏目に出たようだ。

 

(......あの時も、こんなだったな)

 

初めて彼女と話し込んだ時のことを思い出す。あの時も彼女は声をかけられており、俺はそれを遮ったのだ。

 

勇者部は本当に美人とか可愛いとかに類されるメンバーばかりだ。それこそ神樹様が顔で勇者を選んだのか疑うくらいには。

 

今でこそ慣れてきた俺だが、未だにやられるのが多いことも事実。ヘタなことをされると心臓が持たない。

 

そんな彼女達を、周りの人はどう感じるか。

 

(そりゃ、どんな時も人気者になるだろうなぁ...良くも悪くも)

 

辺りが暗くなり、隣に座る杏の顔も見るのが難しくなる。映画館の注意事項を話す映像が流れ始めたので、少し目を瞑る。

 

(ふぅー...)

 

精神的にキツかったあの時も、状況的にいっぱいな今も、案外根っこの気持ちは変わらない。

 

(守ってあげたい。と思うんだよな。多分)

 

以前、それこそ過去の時は自分の保身もあったが、元々病弱な二つ年下の女の子。

 

(...映画、見るかぁ)

 

脱線しかけた頭を切り替える。始まった映画を楽しみにして来たし、見終わってから隣の彼女とする感想会も楽しいだろうから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

映画の内容は、転校してきた男の子が隣の席の女の子と話をしていくうちに、それぞれ相手のことが気になっていく。といった感じ。

 

女の子は以前恋した時に心に傷を負ってから内気になって、男の子は親子関係の問題から転校してきて、常に笑顔を絶やさないように振る舞っている。

 

最初は明るく楽しく接してきた男の子に女の子が違和感を持って、男の子が気持ちを吐露。その後、男の子が女の子に過去の傷を乗り越えて好きになって貰おうとして__________といった感じ。

 

原作は他のキャラも深掘りされるのだが、映画は時間的な制約のせいか、二人の話を大きな軸としている。

 

でも、全く違和感は持たないし、見ていて凄くドキドキする。

 

特に、この後に来るであろうシーンは________

 

(......似ては、ないと思う)

 

ちらりと隣を見る。映像の光に当てられて見える椿さんは、じっと前を見ていた。

 

私は過去に傷なんてないけど、タマっち先輩達に比べたら内気で。椿さんは未来からだけど、転校して明るく振る舞っていた。

 

今のこの人を見ると、当時どれだけ苦しかったのか理解できる。私達への態度も、バーテックスへの憎悪も。

 

それが、今は恋愛映画を見て夢中になっている。

 

(...でも、ちょっとだけ)

 

さっきは私のことをあんなに褒めてくれたのに、今は映画に釘付け。その事に、ちょっとだけもやもやする。

 

(妬いてる......のかな)

 

隣にいるのは私なのに、この後話せるのは私なのに。

 

「?」

「っ...」

 

気づけば、私は椿さんの手に自分の手を重ねていた。少し顔を向けられて、つい目を背けてしまう。

 

椿さんにこの行為の真意に気づいて貰えるとは思わない。人の気持ちによく気づく人だけど、それはあまりにも高望みだ。

 

でも、同時に。

 

「ッ...!!」

 

重ねた手を、まるで安心させるように繋いでくれるのは、予想していたことだった。意図を汲み取ってくれなくても、この人はこういうことをする。

 

丁度、映画でも二人が手を繋ぐ。再現したいと思われてるのかもしれない。

 

(...いっか。今はこれで)

 

だって、これだけで満たされてしまったから。

 

 

 

 

 

「良かったな」

「はい!」

 

感想を話ながら映画館をあとにする。今日はお昼過ぎに集まったから、もう夕方。後は解散するだけになってしまった。

 

「椿さんはどこが一番好きでした?」

「そうだなー、やっぱ元のを読んでた時も思ったけど、あの子の気持ちがぐちゃぐちゃになるシーンかな。あそこ見た時、初めて読んだ時より心が揺さぶられたというか、苦しさが伝わってきて...」

 

椿さんは、本当に自分の好きな所を話す。似たような話を見ても、それぞれ違うシーンをあげることが多い。私はやっぱり告白のシーンとかキュンキュンするシーンをあげがちだ。

 

「あの咄嗟に何を考えていいのか分からないって感じ、分かるなーって」

「......」

 

それは、いつのことを言っているのか。何となく分かってしまう私がいる。

 

「杏は?」

「えっはい!?」

「いや、好きなシーンどこかなって」

「あ、あぁ...えっと、そうですね」

 

何でもなく話を続ける椿さんに、私も返事をする。

 

(そっか、そうなんだ)

 

椿さんにとって、あれは思い出なのだ。辛くても、苦しくても、今何でもないように言える記憶の一つ。

 

(私は、その一因になれているかな?嫌な記憶だと思われてないかな?)

 

過ごした時間としては、私は椿さんが苦しんでいた時にいた人だ。それは、あまり良くないんじゃないか。

 

「杏」

 

そんな時、風が吹いた。反射的に振り返る。

 

夕暮れを背にしたあの人が、朗らかな笑みを浮かべて。

 

「また行こうな」

「...はい!!」

 

私はそれに頷いた。

 

難しいことなんて帰ってから考えればいい。

 

(やっぱり不思議だ。この人といると、気持ちがふわふわする。落ち着けなくなる。どんな本を読んでいるよりも...だから、今は)

 

今この瞬間だけは、誰にも邪魔されない、私達の時間だから。

 

「椿さん、映画も良いですけど、今度は私ドライブ行きたいです」

「あー、今日のあれみたいにか?出来なくはないが...」

「前から頼みたかったんですよ」

「そうだな、どっか行きたい所はあるか?ある程度なら自由に行けるだろうけど」

「そしたら、海岸線まで行ってみたいですね__________

 

 

 

 

 



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ゆゆゆい編 86話

お待たせしました。なんと今年5話目だそうです。

嘘だろ...?


「なぁー頼む!」

「いや、いいけど...それ俺が行く意味あんの?」

「こういうのは3on3がいいんだってネットにあった!」

「お前はバスケ部か。別に2on2でも...いやそれはあれか。もう呼んでるなら確かに...」

 

昼休み。あたしが飲み物を買って教室に戻って来た時、隣の机ではこんなやり取りをしていた。

 

「何の話?」

「あぁ風か、いや、なんか裕翔が」

「今度椿混ぜてバスケしようぜって話!!」

「うるさっ」

「へー...椿がバスケ」

 

前にあった云々を思い出し、恥ずかしかった部分も思い出しそうになったのを抑え、あたしは前を向いた。

 

「また出るの?」

「いや、そもそも...まぁ、部活、とかじゃなくて普通に遊ぶだけ」

「なんか歯切れ悪くない?」

「いや、予定を確認しながらだったから。ごめん」

「ふーん...」

 

違和感を持ちながら、さっきの思い出の椿がちらつく。別に滅茶苦茶上手いというわけではないけど、いや、だからこそかもしれないが、一生懸命なのだ。態度も顔も。

 

「...あ、そしたら応援しようかしら、チアの服着て。こう見えてもあたしは」

「もういいです」

「ちぇっ」

「ま、詳細はまだ決まってないから、今度な」

「はーい。あ、次の授業の準備しなきゃ」

 

ロッカーまで教科書等を取りに行くため、飲み物を置き、二人に手を振って教室を出る。

 

だから、その後の話をあたしが聞くことはなかった。

 

 

 

 

 

「...で、嫌そうだったから話は合わせたけど、本当に俺いるの?」

「いるって!少なくとも今理由の一つが見えたって!」

「はぁ?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

休日、俺はとあるカフェの前に来ていた。ネットでメニューを調べてもおしゃれな食べ物が多く、密かに楽しみにしている。

 

(主目的がこれなら、何も文句はないんだが...)

 

「あの...古雪椿さんですか?」

「?はい。そうですけど」

「あ、よかった。貰っていた写真に写っていたお顔だったので」

「...あぁ、ということは、今日の」

「はい。よろしくお願いします」

 

女の子、といっても、勇者部ではなく、なんなら会ったこともない。何故俺がそれを平然と受け入れられているかと言えば、今日の主目的がこれだからだった。

 

(これを依頼として受けるのはなぁ...)

 

『合コン?』

『そう!相手が内にいないなら外に!ってことで、中学の友達経由で誘ったんだ。そしたらなんとOKが出て!』

『ふーん。行ってら』

『そこでなんだが!椿も来て欲しいんだよ!』

『俺?何で。別に彼女も欲しいとはそこまで』

『女子受けが良いかつ女子に困ってなくて取りそうにないお前が最適だろう!!』

『今名誉毀損受けた?』

『ついでに手解きをしてくれ!!』

『...』

『なぁー頼む!』

『いや、いいけど__________』

 

あまりにも真剣な目をしている裕翔と、他校の生徒とのセッティングの面倒さを勇者部の活動で理解している俺が、毅然とした態度で断れるかと言われると、そうではなく。

 

結局、三人ずつ来ると言う合コン(というか食事会?)が決まり、その一人に俺が参加することになった。

 

(まぁこれが合コンなのかと言われれば、定義上は合ってそうだし、食事代はあいつから事前に貰ったし、別にいいんだけど...)

 

「早かったですね」

「それを言うなら古雪さんだって。どうしてこんなに早く?」

 

『つっきーいっつも早いから伝える時間ごとずらしました!』

『すみません。そのっちと銀が...』

 

「...癖ですかね」

「く、癖?」

「本来の集合時間より遅い時間を言われたりする時もあるので」

「えぇ...?」

 

戸惑った様子の彼女にハッとして謝る。今日のメンバー的に、裕翔辺りがいつもそんなことをしてきていると捉えられかねない。あいつを立てるために来たのに、いきなり下げてどうするのか。

 

「あまり気にしないでください。個人的な性格もあるので...ところで、そちらは?」

「えっと、私は先に本屋さんへ行ったんですけど、思ったより買い物が早く終わって」

「なら丁度良かったです。一人で待つのは退屈ですもんね。あ、でも本読むつもりだったら」

「だ、大丈夫ですよ」

「なら良かった。ちなみにどんな本を?」

「えっと...」

 

見せてくれたのは、とある恋愛小説だった。俺はそれをよく知っている。

 

「これだったんですね」

「え、知ってるんですか!?」

 

『椿さん!!これすっごくオススメです!是非!!』

『お、おう...杏の目がそこまで輝くのか。楽しみにしとく』

 

「はい。友人が貸してくれて」

「結構しっかりした恋愛小説ですけど...」

「それは確かに。自分だけだったら趣味としてはなかったでしょうね」

「ほ、他にはどんな本を?」

「えっと、そうだな...」

「おーい椿ー!」

「ん?あぁ。来たのか」

 

声のした方を見れば、裕翔が手を振って来ていた。隣にいる男子は恐らく今日のメンバーだろう。中学時代に見覚えがある。

 

「助っ人って古雪だったのか...おい倉橋、大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫。事前に話はしてるから」

 

(せめて聞こえないようにしてくれっかなー)

 

「おーい!」

「あ、二人とも」

「...そっちも揃ったなら、取り敢えずお店に入りましょうか。さっきの話もまた後で」

「分かりました」

 

話を流して店内へ入ろうとした時、裕翔が俺を小突く。

 

「なんでいきなり良い空気になってんだよ」

「そうか?まぁそうだったとしたら、早めに来なかったお前が悪い」

「うぐ...」

「ほら、店入るぞ。ちゃんフォローしてやるから」

 

何をもってフォローとなるのか、具体的なプラン等一つもない俺は、それでも店へ入って行った。

 

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「さて。これで大体揃ったわね。後は...」

「お姉ちゃん。チアガールの衣装は買わないからね」

「うぐっ...はぃ」

 

樹に言われ、あたしは肩を落とした。椿が今度試合をする話をして、姉の希望を聞けばそうもなるだろう。

 

「でも、お弁当はいるかな?」

「さぁね。人数とかも聞いてないから、勇者部総出で行くと一人だけギャラリーが凄いことになりそう...いや、3on3って言ってたかな」

「どっちみち椿さん困っちゃうよ」

「それはそうね。ということで、樹にしか言ってないからくれぐれも注意して...樹?」

 

隣を歩いていた樹が、足を止めてどこか遠くを眺めている。あたしもその視線の先を追って_________開いた口が塞がらなくなった。

 

そこには、見たことない女の子と、椿。

 

(え、勇者部ですらない?今日休みだし誰も依頼は受けてなかったはず...え、ていうか本当誰?)

 

「お姉ちゃん」

「...そうね。依頼なら手を貸さなきゃいけないし。行きましょうか」

 

どちらも長く喋ることはなく。けれど足だけは素早く。着いた先で見たのは、さっきの二人と、新しく来た四人。男子は見知った顔だったけど、逆に女子は一切分からない。

 

「お姉ちゃん、あの男の人は見たことあるけど、他の人は知ってる?クラスの人?」

「いや、全然...どういう集まりなの?」

 

こっちが戸惑っている間に、全員が揃ったのか目の前のお店に入る椿達。

 

「......」

「......」

 

店内に入る足が一切止まらなかったのは、二人ともだった。

 

「あれ、風先輩?」

「うえっ!?」

 

尾行中にかけられた声で驚くも、慌てて口を塞ぐ。

 

「樹ちゃんも」

「ゆ、友奈さん。それに...」

「こんにちは。二人とも」

「東郷、あんたも」

「どうかされました?お二人とも足早に...」

「んっ」

 

見て貰った方が早いと判断し、さっきの場所を指差す。

 

「......」

「どうしたの東郷さ...あ、椿せんむごっ」

「友奈ステイ!ステイ!」

「むごむご」

「あはは...事情は何も知らないんですが、逆に何をするのか気になって」

「確かに、今日は勇者部の依頼は全員ないはず...とりあえず行きましょうか」

「えぇ。尾行開始よ」

 

あたしの発言に誰一人文句は言わず、角の席に座ることができた。ここから椿の姿は見えないけど、相手からもそうだ。

 

「とりあえずで好きなの頼むでいい?」

「うん」

「分かりました」

「私パフェも食べたいです!」

「おう、食え食え」

「お姉ちゃん、友奈さん...」

「っと、そうね。聞き耳聞き耳」

 

少しずつあたし達は静かになる。今一事態を理解してなさそうだった友奈も、何かに気づいたのか、あたし達の態度に思うことがあったのか、静かになった。

 

本当はもう少し詳しい説明をしたいけど、今優先するのは椿の話だ。

 

(...いつからあたし、こんなに)

 

『古雪椿です。讃州高校一年で、中学はこっちの二人と同じでした』

『えー、何で敬語なの?』

『あぁ、これは癖っていうか...初めて話す人は大体年上だから、最初は敬語、みたいなのがな』

『年上の人と話すことが多いの?』

『そうだな。勇者部...ざっくり言うとボランティアをやろうって部活に入ってるから』

『え~すごー!』

 

「...学校の方でもないようですね。それに初対面」

「そうね...そうすると、単純に友達付き合い?」

「わ、悪いことしちゃったかな...」

 

『ねね、良い人じゃん!お店に入る前にも良い雰囲気だったし!』

『えっ!わ、私は...』

 

「......」

「...」

 

今度こそ、あたし達は無言になった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ねね、良い人じゃん!お店に入る前にも良い雰囲気だったし!」

「えっ!わ、私は...」

「まぁさっき話した部活はホームページもあるから、よければ調べてみてくれ」

 

思ったより興味を持って貰えたが、宣伝をそこそこに次に繋げようとする。

 

「でも、パソコンも詳しいんですね...ホームページも作ってるなんて」

「あ、いや、俺もできなくはないけど、別の人がやってるよ。一生懸命勉強してたから」

 

東郷があれだけのスキルを身に付けたのは、明らかに友奈のためだったし。

 

「へー...」

「ほら、さっさと自己紹介しろよ。いつまで俺の話してるんだ」

「お、おう。んんっ、改めまして倉橋裕翔です!今日は来てくれてありがとう!」

 

スムーズに自己紹介が済んで、お互いの学校の話になってくる。

 

俺が考えてきた基本方針は、とりあえず自分の話題をなるべく流して、他のメンバーの時間を増やすことだ。

 

今回の目的がサポートである、というかそうした依頼だと考えれば、俺がするべきは会話をなるべく弾ませること。

 

呼ばれた女子はここにいる時点で興味があるということだ。だから、そこまで深いことを考える必要はない。と思う。

 

そして、こうなった_________

 

「最近ゲーセンにある音ゲーにハマってて」

「えー、他には他には?」

「他、えっと...」

「近くにあるゲーセンだと、プリクラが大型リニューアルしたって聞いたな」

「え、そうなの!?」

「詳しくは分からないから、今度一緒に行ってみるといいんじゃないか?」

「そ、そうだな!」

 

今度行こうと言われていたゲーセンを勧めて。

 

「弟達が、もうすぐ誕生日なんだ」

「プレゼントか...うーん」

「近くだとこのお店、ちょっと遠出してもいいならここのおもちゃ屋さんは品揃え良くて見せに行くだけでも楽しいと思う」

「そうなんだ。詳しいね」

「弟がいるからな。俺も。よく相談しながら選んだから」

 

答えに詰まっていそうだったから、以前行ったお店を紹介して。

 

「本を読む場所、かぁ...」

「図書室とかは?静かじゃん」

「そ、そこはもうよく行く場所で...」

「んー...変わった場所がいいなら、キャンプ場とかかな。場所を選べば静かだし、意外と屋外で読むのも悪くないよ」

「詳しいねー?」

「たまに行くから」

 

球子と行ったキャンプの話をして。

 

 

 

 

 

「完璧とはいかなくても、そこそこ良いフォローをしたと思っているが」

「...ソウッスネ」

「何でカタコトなんだよ」

「いや、そうだよなぁ...善意だよなぁ。分かってはいるけどさぁ」

「?」

 

全員からお金を受け取り、レジの会計を請け負う。他の人には先に外へ促したが、裕翔だけが隣に残ってぶつくさ言ってきた。

 

「そりゃお前の方が話のレパートリーは多いし普段女子と喋ってるんだから回せるよな...」

「別に、運動とか勉強の話とかはしてたじゃん。その時俺紅茶飲んでたし」

「普通の高校生は紅茶の銘柄なんて当てられんのよ」

「それは、まぁ確かに...『紅茶の道を極めますわ!』ってやってる人間はそういないのは認めるけど」

「まぁ、確かに俺のお願いを聞いてくれたし、これでお前を攻めるのは違うってのは分かってるけど...」

「望み通りにできてなかったなら、次どうするべきか纏めて貰うか、呼ばないことだな。というか、俺の所じゃなくて先に出ろよ。本末転倒だろ」

「作戦会議は大事でしょうが」

「はぁ...」

 

レジを済ませ、外へ歩きだす。忘れ物はないだろう。

 

「じゃあこの後はどうすればいい?ゲーセン行きそうな雰囲気だったけど、先に帰ろうか?」

「これで帰れなんて言えるわけないじゃん。帰れるもんでもないし」

「一人だけ帰りますは感じ悪いか。何かきっかけがあれば出るけど...」

「流石の椿も難しいだろうな!」

「そりゃな」

 

その会話を最後に、お店の扉を開いた。既に四人が待っている。

 

「あ、ありがと~!」

「さて、さっきの話に出てたゲーセンか、近くのカラオケだったっけ?決まったか?」

「えっと、二人の意見はどうですか?」

「俺はどっちでも楽しめるから!!」

「そうだな。俺は......」

 

さっきの会話からして、俺はどうやら依頼を完遂できたとは言いにくいようだ。であれば、女子三人に男子二人となった方が良いだろう。

 

(とはいえ、ここから帰る理由をそう簡単に......)

 

________その時、視界の端に三つ編みが揺れた。

 

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「全く、椿が会計やってるからなかなかレジに行けなかった...確かによくやってるけど」

 

全員分のお会計を済ませて、鉢合わせないようにすっと外へ出る。樹達は既にお店の外に出てるから、椿達はもうどこかへ移動を始めたんだろう。

 

(ただの他校との交流だったっぽいけど...)

 

結局、ただ座ってお喋りをするだけなことは少ないけれど、あのくらいなら勇者部でやったこともある。そうした会話が繰り広げられていた。

 

『高校との交流も、風先輩達が高校生になってからはそれなりに増えましたからね...でも、この四人に古雪先輩がいないと、今でも少し違和感を覚えてしまいます』

『人数はすっごく増えたけど、勇者になる前からいたメンバーだもんね』

『私は環境が変わったばかりで...緊張しっぱなしでした』

『そうねぇ...まぁ、本当はもう一人いたわけだけど』

 

昔の話に花を咲かせながら聞き入っていたのは、恐らくあたし達全員が気にしていたことでもなかった。という結論になる。

 

(まぁいっか。友奈達と普通に楽しんだわけだし)

 

「待たせたわねー。どう?」

 

あたしの声かけに、反応する人はいない。目の前に四人いるのに。

 

「ん?おーい」

『......』

「どうしたー?」

「っ!風先輩...」

「え、何?椿が何かやった?」

 

どうやら一番大切な場面を見逃したらしい。放心状態から抜けた東郷が口を開く。

 

「い、いえ...古雪先輩は何もしていないと言いますか、もう皆さんと別れて帰られたんですが」

「うん。あれ?もう帰ったの」

「そ、その、あまりにもスムーズに帰られて________」

 

どうやらあたしは、本当に見逃したらしい。

 

『全員でも行くべきだった...』

「えぇ...?」

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「アイスうまー!」

 

「そりゃよかった。あいつらの分も買ったし、後で届けに行こう」

 

「そだね。あいつらもきっと喜ぶよ」

 

「そうだなぁ...にしても助かった」

 

「気にしなさんな。アタシと椿の仲だろ?でも、確かに見慣れない人達だったけど、よかったの?」

 

「呼ばれはしたが、お役御免になったみたいでさ。だったら帰ってプラモでも作るかなって思ってたけど、いい感じの言い訳が思い付かなくて」

 

「持つべきは買い物帰りの幼馴染みか」

 

「正解ではある。アドリブ完璧だったぜ。銀」

 

「そりゃよかった」

 

「これ、お前の家まででいいのか?」

 

「うん。よろしく」

 

「了解」

 

「そういえば、連れられた流れで普通に歩いて来たけどさ」

 

「あぁ」

 

「友奈達に何も言わなくてよかったの?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

「友奈達?いなかったろ?」

 

「え、同じ店にいたじゃん」

 

「そうだったのか?全然気づかなかった」

 

「あれぇ??」

 

「?」

 

「......まぁ、いいや」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「無理じゃん...!!」

 

「まーうん。そだねー」

 

「た、たまたまじゃない?」

 

「いや絶対無理じゃん!!男子ウケ良さそうな清楚な感じで行ったけど、狙った相手が合コン来といて女子に興味無さそうな上に、もう同棲してそうな二人分の買い物袋持った彼女いたらさぁ!」

 

「流石に見方尖りすぎてない?」

 

「小説もパソコンも詳しくてキャンプもプリクラも行ってるんでしょ!?守備範囲広すぎでしょあの子!!面倒見も良さそうだし!!」

 

「あー、ドンマイ?」

 

「私の計画がぁー!!」

 

 



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ゆゆゆい編 87話

前話何故あのメンバーにあの二人がいなかったのか。そんな裏話も込めて。


「ふんふんふふ~ん♪」

「ご機嫌ねぇ」

「仕事終わりの一杯は格別だぜぇ!」

「おっさんか...まぁ、一仕事したってのは分からなくはないけどさ」

 

大赦に呼び出され、その帰り道。隣で炭酸を飲み干した園子が近くにあったゴミ箱へ駆け寄って捨てる。

 

「大赦ももう慣れたものね」

「お互い隠し事もなくなったしね。いや、今の私達にはできないが正しいか~」

「そう言われると、私達は割りと最初から知ってた方なんでしょうね...友奈達は本当大変だったんだろうなぁ」

「私はそういう家系だったから。にぼっしー達は何のために戦うのか分かってた...ゆーゆとわっしー、いっつんは、凄いと思うよ」

「椿は...あいつも例外か」

「そうだね~」

 

適当に話をしながら、歩きを進める。日も傾きかけて、風も程よく気持ち良い。

 

「そういえば、つっきーのお家とミノさん一家のお家この辺だねぇ」

「そうね。折角だし寄ってく?」

「ミノさんも呼んでご馳走になる?いいねー!」

「私には答えさせないんかい。大体椿がそれを良しとするか決まったわけでは...」

 

そんなことを言いつつ、曲がり角を抜けた先に、二人の子供がいた。

 

私達よりも小さく、小学生くらいだろうか。

 

「どっかで...」

「ミノさん兄弟だよ」

「あー」

 

名前も知らない銀の弟達_______定義的に今も弟と言うべきかは微妙かもしれないけど________が、椿の家の前にいた。

 

「へいへーい。どうしたの?」

「え、あっ、えっと...」

「椿に何か用事?」

「にーちゃん...あっ、前ににーちゃんと一緒にいた」

「部活メイトだぜ~。って、誰もいないのかな?」

「にーにーでかけてる?」

「うーん...ちょっと確認してみるね」

 

そう言って、園子は私にウインクして家の敷地に入っていく。

 

(あぁ...)

 

分かってしまうのも嫌だが、恐らく勇者になって二階の窓から椿の部屋を確認するんだろう。それをこの子達に見せるわけにはいかない。

 

「...ところで、何かあったの?急ぎなら電話するけど」

「い、いえ...沢山スイカが余ったので、それをいるか聞いてきてって」

「なるほどね」

「誰もいなさそうだったよ...また後にするか、今から呼ぶかだね」

「別に急ぎじゃないから、大丈夫です!」

「そうね。スイカを持ってくかどうかだし...」

「スイカ!?沢山あるの!?」

「あるよー!」

 

より小さい方の弟君がそう言うと、園子の口角が上がった。

 

「まさかあんた...」

「私食べたーい!つっきーの分なら貰ってもいいでしょ?にぼっしー?」

「......少なくとも、聞く相手が違うでしょ」

 

正直、椿が拒否するとは考えにくい(みかんだったら分からないけど)。だから、聞くべきはくれる相手である三ノ輪家の人達で。

 

「そしたら、今から聞いてくるから_____

 

 

 

 

 

(...で)

 

気づけば、三ノ輪家の縁側で、園子と三ノ輪兄弟と一緒にスイカを食べていた。

 

「んー!おいしー!」

 

なんなら園子が一番喜んでいる。

 

「あ、あの、ありがとうございます」

「気にしないで。元々隣に配っても余りそうなくらい届いたから」

 

「タイミングが重なってねー」と言うお母さんは、私達の横に新しいスイカを置いた。そういうことなら遠慮する方が失礼かと、私も口に運ぶ。みずみずしいスイカの果汁が口いっぱいに広がった。

 

「つっきーどこ行ったんだろうねぇ」

「そうだねー」

 

(銀の弟...椿の弟、ねぇ)

 

案外、というほどでもないかもしれないけど、私達勇者部はこの二人、というか三ノ輪家との関わりはない。

 

当然と言えば当然で、『三ノ輪銀』は勇者部に所属してないし、私達も大赦との関わりが薄くなった家族の傷を抉るようなことはしたくない。

 

『これは、俺達の問題だからな』

『そうだね。なんとかするから!』

 

何より、椿と銀からそう言われれば、私達は部外者だ。

 

「勇者部の子...であってるのよね?」

「は、はい。そうです」

「あの子から沢山話は聞いてるわ。とっても可愛いのも納得ね」

 

そう言って笑うお母さんに、私はなんとも言えないもどかしさを感じた。椿がそんなこと言ってたのか、それをこの人に言ってるのか。と。

 

(別に、椿は可愛いとか普通に言うし...)

 

「よければこれからも仲良くしてあげてね...もう、誰もいなくなって欲しくないだろうから」

「っ、ぁ」

「じゃあ、ゆっくりしていってね」

 

歩いていくお母さんに、私は声をかけられなかった。

 

今小さく呟いていたのは間違いなくあいつのことで、きっと、椿の傷ついた姿も見てきた人だからこその言葉。

 

自然と私は、園子の方を見た。

 

私には何か言う資格なんてない。当事者ですらない。なら、当事者だった園子は何を思うのか気になって。

 

「ねぇ、その」

「よし行けぇ!ボードゲームを取ってくるのじゃあ!!」

「「はーい!」」

 

バタバタと走り出す部下二人、満足げにしてる司令官一人。

 

「......何してるの。あんた」

「え?これからボードゲームやるから持ってきてもらうの。にぼっしーも参加ね」

「...あんたのことだから聞こえてたでしょ」

「うん。聞こえてたよ。でも私が何か言うことでもないよ」

「それは...」

「ミノさんの傷も、ミノさんの家族の傷も、つっきーの傷も、私達の傷も。その傷自体を治すことなんてできないから」

「......」

 

久々に見た。園子が、あの乃木若葉の子孫だと感じる瞬間。

 

この顔つきは、間違いなく普段真面目な若葉の顔にそっくりなのだ。

 

「きっと、私のことも覚えてないだろうしね。ずっと寝てたし」

「...ごめん。湿っぽい話して」

「じめっしー?」

「本当に悪かったからそれだけはやめて」

「持ってきたよー!」

「お、じゃあ負けたらじめっしーね」

「やめてほんとに!?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

にぼっしーはミノさんに似ている。多少、とつけた方が良いんだろうけど、こと勇者としての素質は。

 

もし大赦が勇者システムを新造品だけで揃えることに拘っていたら、ミノさん、つっきーが使っていた勇者システムは、にぼっしーの勇者システムの原型として消費されていたであろうくらいには。

 

「よし、これで...えっ、300万道端に落とす!?何で落としてるのよ!?」

 

でも、幸か不幸か、そうはならなかった。私自身大赦への恨みはゼロじゃない。綺麗さっぱり消しきれる訳がない。

 

だけど、それはこの家族から私へ向けられる感情と、そう違わないと思ってしまった。

 

まだ私達が小さい子供だったから、何も言われなかっただけ。ただそれだけなのだ。助けられたかもしれない友達を助けられるのは、私達だけだったのだから。

 

だから、ふと思ってしまう。

 

(もし、あの頃、にぼっしーが勇者としていてくれたら)

 

赤服のかっこよさを二人で言い合って、それをわっしーと一緒に見ていられたら。

 

(もしあの頃、つっきーが勇者としていてくれたら)

 

男の子にドキドキしながら、それでも一緒に進むことができたなら。

 

そんなたらればが、この環境においては出てきてしまう。

 

「ほら園子、あんたの番よ」

「あ、ごめんごめん。そいやー!」

 

回転させた結果出た目は8。その分自分の駒である車を動かす。

 

「右隣の人からお祝いで500万円貰う。ありがとうにぼっしー」

「何でよ!?というか何祝いよ!?」

 

そう言いつつもルールに従ってお金を渡してくるにぼっしーに笑みを返して、再びボードゲームを見る。

 

(こう、ボードゲームみたいにはいかないな)

 

上手にも、下手にも、こんな風にはならない。事実は小説より奇なりとも言うし。

 

(今は幸せ。ミノさんも隣にいるし、勇者部の皆がいる。なら明日は?その先は?)

 

『その傷自体を治すことなんてできないから』

 

さっきの自分の言葉と一緒に、ぐるぐると募る漠然とした不安感。考えても意味なんてない。それは分かってる。

 

「私は...」

「だいじょうぶ?」

「え?うん!元気いっぱいでさぁ!」

 

力こぶを作る私に、無反応な二人。

 

「ありゃ?」

「...本当にダメみたいね。私が残るから、相手してくれる?」

「にぼっしー?」

「よく分からんが了解」

 

その声に、私は固まってしまう。

 

「にーちゃんお帰り!」

「お帰りー!」

「おうただいま。アイス買ってきたからそれ一回終わったら食べな」

「スイカさっき食べた!」

「え、マジ?」

 

そこには、二人に構われているつっきーがいた。

 

 

 

 

 

「うん、美味しい。塩あったっけ」

「はい」

「サンキュー」

「宇宙旅行に6000万!?私のお金がぁ!?」

 

一人の叫び声と二人の笑い声を後ろに、縁側に座る私達。隣でスイカを食べるつっきーは、塩を振ってもう一度口にした。

 

「やっぱ賑やかなのが似合うな。ここは」

「そっか...そうだよね」

「......無理しなくても良い。何も言わなくたって、言いたいことは分かる」

「...うん」

 

私達が初めて会った時だって、話題はミノさんだった。

 

ここに来た時は、もしかしたら何かできるかもしれないと思った。謝ったり、話したり、何か。

 

でも、実際御両親に声をかけることは想像よりずっと難しくて。遊んでいても、つっきーが帰って来たことにすら気づかないほど考えてしまっていた。

 

「帰るなら送るぞ」

「ううん...もう少し、いたい」

「そっか」

「うん...ねぇ、つっきー」

「ん?」

「ここは、やっぱり賑やかだった?」

「......そうだな。近所にもっと家があったら、近所迷惑で問題の家だったかもしれない」

 

薄く微笑んで、口を開く。

 

「俺とあいつはよく騒いでたから。外で遊ぶなら庭がある程度広いここ。ゲームするならうち。みたいな感じで。あいつらが生まれてからはこっちでどんちゃん騒いでたこともあったっけ」

「そっか」

「あいつらは、血こそ繋がってないものの俺の弟達だ。銀仕込みの根性もあるし、騒ぐのも得意で気も使える...はず」

 

最後の方が小さくなっていくのに笑いながら、「だから」と続く言葉に、私は静かになった。

 

「お前が何か気にやむ必要なんてない。弟達にも、両親にも。一緒に戦った勇者が負い目を感じる必要なんて、何処にもないんだ」

「......忘れられないんだ。ミノさんのお葬式で、涙を流してた弟君のこと」

 

別に言われないだろう。弟君達も、御両親も、私を責めたり文句を言ったりはしない。ミノさんの家族はきっとそんなことしない。

 

でも、どうしても私が考えてしまう。あの時のことを思い出してしまうのだ。

 

隣に座るこの人だって、勇者だった私を責めてもおかしくないのだ。

 

「...ま、無理もないのは分かってるよ。俺だって、受け入れられなかったことではある......園子と同じだから。俺は」

「......」

「ここに銀がいた時、失ってから、何もできなかったんだ。もっとできたことがあった筈だって嘆いたからな。地獄みたいな夏休みだった」

「...そっか」

 

自分の胸を指すつっきーは、それでも笑ってて。

 

「そんな俺からは、結局好きにすればいいって言葉になるな」

「好きに?」

「逃げることは悪いことじゃない。俺だってあの時逃げた。まぁ、それ以上のことが起きて向き合わざるを得なかったわけだが...園子にこれ以上苦しんで欲しくもない。敢えて突き放すような言い方をすれば、ここは他人の家で、もう終わったことだ」

「......ありがとう」

 

どうしてこう、いつも、彼は。

 

こんなにも優しく、こんなにも前を向けさせてくれるのだろうか。

 

「今日は帰るけど、また来るよ。気持ちの整理をつけて。つっきーに言われて、このままじゃ良くないって思ったから」

「...一体そのメンタルの強さはどっから来るんだ?」

「ミノさん譲りだからね」

「それだと俺は同等以上のものを持ってないといけないんだが...」

「えへへ」

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

玄関で声をかければ、ペタペタと素足で歩く音が聞こえる。

 

「おふぁふぇひぃ~」

 

出迎えてくれたのは、煎餅を食べてるミノさんだった。

 

「もー、粉が飛ぶでしょー」

「ん、おっと...お帰り園子。晩御飯できてるよ」

「食べるー!」

「よしよし...なんか嬉しそうじゃん。良いことでもあった?」

「そうだね。今日も良かった!明日も頑張るね!」

「?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「悪かったわね。ただ来てご馳走になっただけで」

「気にするな」

「...園子は平気そう?」

「大丈夫だと思う」

「そ......ま、一緒に帰るから」

「良い奴だ」

「ち、違うから!別に園子のためとかじゃないんだからね!」

「ツンデレだ」

「つーばーきー!!」

 

夏凜の攻撃が飛んでくる前に家まで撤退する。とはいえ、戻ってきたのはさっきまでいた三ノ輪家だ。

 

「よかったな。ねーちゃん達に遊んでもらえて」

「うん!」

「たのしかったー」

「じゃあ晩御飯の前に片付けしてこーい」

「はーい」

「えー」

「しない人は料理が一品減ります」

 

走り出した二人を放置して、俺は台所まで歩く。夕飯作りの隣でさっき食べたスイカとアイスの処理をしなければならない。

 

「あら、いいの?」

「気にしないで...」

 

「ください」までつけるかどうか悩んで、結局つけなかった。銀の両親は俺にとって第二の両親であることに間違いはないが、かといって敬語を使わないのかと言うと悩むところではあった。

 

(特に、そういうのが分かってくる年齢になってくるとな...まぁ、察してくれてるのがありがたいけど)

 

「あの二人が勇者部の人達なのね」

「もっと沢山いるけどね」

「そう...あの子も確かにいたわね」

「......」

「よかった」

 

園子は三ノ輪家においての自分の存在を心配していた。だが、俺は事前に伝えていたし、向こうの思いも_____無事でいてくれてよかったと思っていることを、知っていた。

 

俺が直接言わないのは、結局俺から言ったところで不安は拭いきれないこと、本人が直接話した方が良いと思ってるから。

 

杞憂だと伝えてあげたい。でも、園子が笑顔でこの家族と接するには、きっとこうするべきだから。

 

「良い奴でしょ?あいつ」

「そうね。流石、銀の友達だわ...それに、貴方の友達らしい」

「それは...いや、本当にできた奴だよ」

 

園子も、夏凜も、皆も。

 

そして、あいつも。

 

「さて、アイスのカップは洗い終わり。スイカの皮はゴミで纏めた。あとは...」

「お皿お願いしてもいい?」

 

俺はそのお願いに、敬礼して答えた。

 

あいつらに負けない笑みを見せて。

 

「了解!」

 



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短編 チョコより多く溢れたら

今回は神世紀302年からお届け。


『へ、変じゃないわよね?』

 

独り言と一緒に髪を弄っていた手を止めて、手鏡を鞄にしまう。少なくとも前髪は平気そうだ。

 

『よし』

『よしじゃないけど』

『うえっ!?』

 

振り向くと、そこには今日の相手である椿がいた。

 

『いたの!?』

『いたのじゃない。元々そういう予定だろうが』

 

そう言ってきっちりした『スーツ』の襟を直す椿は、少し呆れた目をしながらあたしへ手を伸ばす。

 

『え、何でスーツ』

『ほら、行くぞ。時間ないんだから』

 

そのまま手首を掴まれたあたしは、半ば強引に連れ出された。

 

向かう場所は白い教会のような建物。

 

『えっ、ちょっと椿!?』

 

せめて何か説明してくれないと、あたしにも心の準備が__________

 

 

 

 

 

「別に、あたしは...」

「さっきから何言ってるんだ風っ!起きろお前!」

「......へ?」

 

そこにいたのは、いつも通りの私服を着た椿だった。

 

「あれ、椿...?」

「やっと起きたか。昨日は何時まで起きてたんだが...樹から合鍵借りといて正解だった」

「は、え?」

 

辺りを見渡すと、あたしの部屋で、服が何着か床に放られていて、呆れ顔の椿がいた。

 

「とりあえず時間ギリギリだから、早く準備しろよ。いいな?今からコンビニ行って飯だけ買ってくるから」

 

それだけ言ってあたしの部屋を出ていく椿をよそに、あたしは顔をペタペタ手で触る。

 

散らかった部屋、パジャマ姿、顔は洗ってない、髪は寝癖つき。

 

つまり、女子力など、皆無。

 

「......ああああああああっっ!?!?」

 

全てを思い出したあたしは、朝一で絶叫した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『女子力ぅぅぅっっ!!!!』

 

(独特すぎる叫びだな...)

 

パンと飲み物を買ってきた俺に聞こえるレベルで、風の叫びが響く。近所迷惑を考えろと言いたくなるが、あいつもそんな余裕はないだろう。

 

寧ろ二度寝の確認をしに行く必要がない点に絞れば、このオリジナリティ溢れる叫びは最適と言ってもいい。

 

(一番早いルート、ぶっ飛ばせばまぁまだギリギリ...)

 

バイクに跨がりながら、スマホで地図を確認しつつメモ帳を開いて今日のスケジュールを再確認。

 

今日の依頼は『結婚式場の手伝い』だ。神樹が消えた今、細やかながら記念としてやりたいいうのが依頼人の要望。めでたいニュースであるし、人手が欲しいだけであれば俺達も協力を惜しむ理由はない。

 

少し問題なのは、会場となる場所がかなり遠いことだろう。帰りの時間が読みにくいから、せめて高校生組で行くことになった。

 

(今このご時世、あんま気にしないでいいんだろうけど。俺はバイクで送れるし...まぁ、あいつらを夜遅くに出歩かせたくないしなぁ)

 

夜な夜な活動する代表として頭に浮かんだ国防仮面を振り払ってると、バイクに衝撃がはしった。

 

「ごめん!!遅れた!!!」

「とりあえずヘルメット」

「あたっ」

 

ついさっき部屋で寝癖を跳ねさせていたとは思えない程綺麗に整えている風に申し訳なさを感じつつ、少し強引にヘルメットを被せる。

 

「それから飯。安全を心がけながらぶっ飛ばすからその間に食べとけ。何もないの辛いだろ」

「ありがと!」

「ん、よし。じゃあ行くぞ」

 

アクセルをかけ、バイクを走らせる。未だに道が混む要素は少ないから、目的地までの勝負は俺の出す速度次第だ。

 

「にしても」

「ん!?ふぁに!?」

「いや...」

 

ちらりと風を見る。落ち着きのある大人びた服、さっきの部屋の散らかりが普段のことではないことくらい分かっている。

 

樹は先日歌のレッスンを泊まりでやると聞いていた。昨日は彼女一人だけ。

 

つまり。

 

「多分時間を忘れて夜まで着ていく服を悩んでたんだろうけどさぁ......」

「そうよ!!寝坊して申し訳ありませんでした!!!」

「いや...現地で服を支給してくれるって話、聞いてないか......?」

「......ぅ」

「ぅ?」

「うヴぅぅヴヴぅぅぅぅぅぅぅ......」

「あー...」

 

唸ることしかできなくなった風が俺の背中に顔を押し付けて、謝罪と反省の意を示す。

 

「ほら、折角整えた髪も綺麗な肌も傷つくから、落ち着けって。な?」

 

結局、宥めるのに現地に到着するギリギリまでかかったことから、遠い目的地で良かったかもしれない。

 

(風のミス自体珍しいが、何か悩みでもあるんだろうか...メンタル的にもきついだろうし、今日は負担かけすぎないように頑張ろう)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「問題ないですかね?」

「はい。大丈夫ですよ」

「よかったです。着慣れてるものでもないので。では改めて、よろしくお願いします」

 

ギリギリ遅れずに済んだあたし達はすぐに別れ、次に会った時は、椿が夢で見たようなスーツ姿だった。

 

スタッフさんに見てもらいながらネクタイの位置を直し、袖を確認する姿は、頼りになるしっかり者の印象を普段より強く受ける。

 

(それに比べて、あたしは...)

 

同い年、同学年なのに、今日は寝坊までやらかしてしまった。

 

いや、理由は分かっているのだ。依頼の確認が『偏って』しまったのも、夜遅くまで起きていたのも。

 

だって、今日の依頼は_________

 

「風」

「!」

 

気づけば、目の前に椿がいた。

 

「しゃきっとしろ。お前が張り切ってた依頼だろ?」

「でも」

「間に合ってるんだから実質まだノーミスだ。後はやることやって、より良い会にしようぜ?」

「椿...」

「俺達にはそれができる。だろ?」

 

伸ばされた手を掴みかけて、一度遠ざける。そのまま自分の頬を両手で叩いた。

 

「そうね!いつまでもうじうじしてらんないわ!やりましょう!!」

「あぁ!」

 

 

 

 

 

運ぶ料理の準備、結婚を祝うため訪れた御家族や友人の受付、誘導、シーンに合わせた電気やマイクの調整。

 

頼まれたことが終わればすぐに他を見つけて手を出していく。それを繰り返していけばあっという間に時間が過ぎていた。

 

「犬吠埼さん」

「あ!」

 

声をかけられた方を見ると、依頼相手のお姉さんがいた。お色直しだろう。

 

「凄い綺麗です!そのウェディングドレス!あ、それより前にご結婚おめでとうございます!!」

「ありがとう。でも本当に助かってるわ。年の離れた妹から勇者部のことを聞いた時は、正直少し疑問だったけど...どのスタッフさんに聞いても助かってるって言ってて」

「あはは。色んなことに手を出してますから」

 

少し頭をかきながら、ふと目に入ったあいつに視線が向く。

 

「入り口にレッドカーペット引き終わりました。天気予報も実際に確認しても少し雲があるくらいなので、他の設置も問題ないと思います。はい」

「二人で来てくれて助かったわ」

「いえ、寧ろあたしは迷惑かけちゃって...助けられてばっかりです」

「じゃあ、今度お礼しなきゃね?」

 

お姉さんが言ったことは、すぐに思い至った。数日後にピッタリのイベントが迫っているのだ。

 

「バレンタインデー...」

 

そう。この依頼を受けるきっかけとも言えるイベント。今日結婚するこの二人はバレンタインにチョコを渡して付き合うことになり、無事結婚までたどり着いたらしい。

 

それがまるでドラマの話のようで、あたしも今年どんなチョコを椿に渡そうか色々悩んで________気づけば朝寝坊するような時間まで起きてしまっていた。

 

椿が朝うちのキッチンを見てたら、その瞑想具合に呆れていたことだろう。

 

「本当だったら、結婚式もバレンタインの日にしたかったんだけど...流石に平日じゃあ難しくて」

「そうですね...あの、お姉さんはどんなチョコを渡したんですか?」

「......ふふーん」

 

にやけた顔をしたお姉さんは、「んんっ」と喉を整える。

 

「手作りチョコだったね。あの人の好きな干したマンゴーにチョコをつけてさ。古雪君もそういうの好きなんじゃない?」

「あっ、あたしは...いやまぁ、好きではあると思いますけど...他の人もやりそうで」

「モテモテなんだ?彼」

「あはは......」

 

正直、好みだけならみかんにチョコをかけるだけで踊りそうなくらい喜ぶとは思う。でも、全員被りそうな気がして避けてる部分でもあった。

 

去年は正直それどころではなかったし。

 

「でもそうだねぇ。私の場合は競争率高かったわけでも...」

「すいません。そろそろ」

「あ、はーい。ごめんなさい犬吠埼さん」

「いえ、こちらこそ長く止めてしまってすみません」

「ううん。あ、これだけは言えるな」

 

すっと耳元に顔を近づけてきて、ドレスが少しあたしに当たる。

 

「チョコはあくまで機会であって、気持ちをしっかり伝える方が大事だと思うよ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「寒くないか?場合によっては山の方から帰るけど」

「平気よ。暖かいし」

「暖かい...まぁいいか」

 

すっかり日が暮れ、二月の海岸沿いを走るバイクが暖かいわけないと思ったが、当の本人がそう言うのだから問題ないのだろう。

 

月明かりに照らされた海と等間隔にある照明灯が、俺達を黒くならないように光を当ててくる。

 

「でもよかったな」

「そうね」

 

結婚式は問題なく無事に終わった。依頼人の満足度合いも直接聞けて大変良さそうだった。受ける前は高校生に出来ることがあるのかと疑問にも思ったが、あれだけ感謝されれば勇者部としても鼻が高い。

 

『君もちゃんとしてね?』

 

最後に言われたことはよく分からなかったが。

 

「結局お前が寝坊したのも問題なかったし」

 

着いた直後は気落ちしていたみたいだが、いざ気合いを入れてからの風はやはり頼もしかった。こうした気持ちの切り替えができるのは風らしいと言うべきか。

 

(銀が折れない。友奈が折れても止まらないって言うなら、風は折れてから直るまでが早いって言うか...いや違うか?)

 

「ねぇ椿」

「ん?」

 

自分の妄想を切って、背中越しに彼女の声を聞く。朝よりきつく腕を回されてるような気がして、ちょっと苦しい。

 

「どうした?」

「いつもありがとう」

「ん。気にすんなよ。もうかなり長い付き合いだろ?」

「今日も朝起こしに来てくれてありがとう。いつも気を使ってくれてありがとう。落ち込んでる時に励ましてくれてありがとう」

「お、おう...?」

「勇者部に入ってくれてありがとう。樹の夢を一緒に見つけてくれてありがとう。あの時止めてくれてありがとう」

 

突然始まった感謝の言葉攻めに、思わず運転が乱れそうになる。

 

「ど、どうした?風?」

「友奈を助けてくれてありがとう。うどん食べる時に箸渡してくれてありがとう。この前ペン貸してくれてありがとう」

 

(本当にどうしたんだ?)

 

大小問わず、今までのことをずっと感謝され続ける帰り道。俺が止めようとしても止まらず、彼女の家の前に到着するまでずっとずっと続いた。

 

「ほ、ほら着いたぞ?」

「うん。送ってくれてありがとう」

「あぁ...えっと」

「じゃあおやすみ」

「あ、あぁ。おやすみ...」

「今度のバレンタイン、楽しみにしといてね」

「え?あ、うん...」

「あたし、椿の言葉で一喜一憂するからさ。椿も同じだったら嬉しいな」

 

その言葉だけ残し、あっさり帰った彼女を見送ってからしばらくして。俺はバイクを街灯の当たらない場所まで移動させてから、バイクにもたれる。

 

(え、何?何だったんだ?えぇ??)

 

「でも、バレてない、よな...?」

 

この真っ赤な顔は見られてないし、バグらされた心臓も気づかれてなかっただろう。普段のあいつなら絶対からかってくるから。

 

「あいつ、何なんだマジで...朝も変だったし。いやさっきのからして、バレンタインのチョコ凄いの要求されてるとかじゃないよな......?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「あ、お姉ちゃん!お帰りだけど出る前にキッチンの片付けくらいしてよ~!」

 

「......」

 

「...お姉ちゃん?」

 

「......」

 

「お姉ちゃん?どうしてそんな顔赤く...風邪?」

 

「......あたしはぁぁぁぁっ!?!?」

 

「え?あ、ちょっと暴れないで!?お姉ちゃん!!お姉ちゃんっ!?!?」

 

 

 



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