このすば! ─カズマがいた異世界最初の街は王都にある王城です─ (Sakiru)
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この素晴らしい友達に祝福を! 異世界転生

 

「佐藤和真さん、ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先ほど、不幸にも亡くなりました。短い人生でしたが、あなたの生は終わってしまったのです」

 

 ふと気づいたら俺はその部屋──いや、空間か──に設けられた木製の椅子に座っていて、そんな事を告げられた。

 突然すぎて何が何だが分からない。

 そんな理解し難い事を告げてきた相手は目の前に居た。事務机と椅子があり、その椅子に座っていた女性を見た時俺は思わず──あまりの美しさに目を奪われて呼吸をするのも忘れてしまっていた。

 もし、もし女神というものがこの世界に存在するのなら、きっと彼女のような女性の事をいうに違いない。

 テレビの液晶画面に映る偶像(アイドル)の可愛さとは一線を画す、その美貌。

 一本一本が意思を持っているかのようなそんな幻覚を与えるほどに輝いた、透き通った明るい水色の長い髪。

 年は、幾つくらいだろうか。

 外見上は俺と同じくらいだが、彼女の実年齢を推し量る事など、きっと誰にもできやしない。

 出過ぎず、かといって足りない訳では無いその完璧な躰を包んでいるのは、淡い紫色の俗に言う羽衣(はごろも)だ。

 そんな美少女は瞬きしながらもニコリと俺の方を向いて微笑み、その表情のまま俺の事を見つめてきた。

 それに耐えられなくなった俺は、つい先ほどの出来事──いや、記憶か──を思い出す事にした。

 

 §

 

 普段は高校には行かず家に引き篭もりダラダラと怠けゲーム三昧していた俺はその日、珍しくも早起きして外出する事にした。

 そう、今日という日は俺みたいなゲーマーには貴重な日だったのだ。

 何せ、とある超有名ゲームの発売日である。

 それを買いに行かずにして、ゲーマーと呼べるだろうか、いや呼べやしない。

 兎も角、無事に目的のブツを買えた俺は外界にはもう用がないので自宅へと帰る事にした。

 ゲームを買えた事の喜びで上機嫌だった、そんな時。

 携帯を弄りながら歩いていた──あぁ、これが世間でいう『歩きスマホ』か──一人の女の子。

 その女の子が身にまとっていた制服からして、俺と同じ学校の生徒だろうか。

 その女の子の向かう先は、もちろん学校なのだが、彼女は丁度今さっき俺が通った信号で止まっていた。

 

「うわぁ、運ないなぁ。もしかして、今日の私の運、過去最悪なのかも」

 

 たかが赤信号だろうが! と思わなくもないがそれは個人の見解だろう。

 まぁ愚痴をこぼしながらも彼女は携帯を弄る片手を止めず、何やら操作をしている。

 俺はそんな女の子を──同じ学校の生徒だからか──しばらく眺めていたのだが一分後には青信号へと変わってしまい、彼女は未だ携帯を弄りながらも横断歩道を渡るべく再び歩み始めた。

 だが、その時。

 女の子に猛烈な勢いで迫るとても大きな影。

 きっとそれは、大型トラックだったのだろう。

 俺は頭で考えるより先にその子を突き飛ばし──まるで、アニメや漫画のような創作物のようだ──その次の瞬間には身体を襲うであろう痛みに瞼を閉じた。

 

 そして──────。

 

 §

 

 落ち着きながらも、そっか、俺は死んだのだと認識した。

 

「……一つだけ聞いても?」

 

 俺の言葉に美少女が何かしらという表情を浮かべながらも頷いた。

 

「どうぞ?」

 

「……あの女の子は。…………俺が突き飛ばした女の子は、大丈夫ですか? 生きていますか?」

 

 とても大切な事だった。

 恐らく、俺の人生で最も輝いた瞬間なのだ。

 もしこれであの女の子を助けられなかったのなら、悔しすぎるだろ。

 

「生きていますよ? しかし残念ながら、左足を骨折するという大怪我を負いましたが」

 

 そうか、良かった……。

 俺の死は無駄ではなかったのだ。

 最期に良い事かできて良かっなぁ。

 と、そんな感傷に浸っている俺をおかしく思ったのか、美少女がはてと可愛らしく小首を傾けた。

 

「まぁしかし、あなたがあの場にいなかったらそんな大怪我を負う事はなかったんですけどね」

 

「……。…………はい!?」

 

 ちょっと待て、今何て言ったこの子!?

 

「いやですから。……本来なら、あのトラクターはその女の子の前で止まったんですよ。当たり前ですよね、だってトラクターですもん。それに、信号が赤だったんですし、止まるのは普通ですし、女の子が危ないと思ったとしてもそもそもの話速度はそんなにでていないんですから避けるのは容易いですよ? つまり、ですが。あなたは可愛い女の子を救う英雄を気取った結果、余計な事をしたんですよ。…………プークスクスクス!!」

 

 何だろう、話の流れからしてこの美少女がかなり偉い人なのは何となく分かる。

 けど、どうしよう。

 俺は今、この初対面の女をぶん殴りたいと思っている!

 俺が理性で本能を懸命に抑えるなか、おかしな事に気づく。

 ……トラクター、だって!?

 

「すみません、今何て? トラクターって言いました? トラックじゃなくて?」

 

「……? だから言ってるじゃないですか、トラクターだって」

 

「え、じゃあ何? 俺はトラクターに引きずられて耕されながら呆気なく死んだの? 何その俺の人生」

 

「いいえ、違いますよ?」

 

「……。………………は?」

 

「あなたの死因はショック死です……確か。トラックに引かれて死んだと勝手に勘違いして、そのショックであっさりと死にました。私、この仕事結構長くやっているけれど、こんな無様な死に方はハッキリ言うわね、初めてだわ!!」

 

「……」

 

「あなたはトラックに轢かれたと勝手に勘違いして、失禁して病院に搬送されたの。お医者さんや看護師さんはね『何だコイツ、情ねー(笑)』と思いながらもあなたを助けようとしたわ。けど、あなたはそのまま目を覚まさずにそのまま心臓麻痺で……──」

 

「──わ、分かった。分かったからもういい!!」

 

 俺が両手に耳を当てて椅子から転げ落ちながらも聞きたくないアピールしながらも美少女は言った。

 

「丁度今、あなたのご家族──あぁ、弟さんもいらっしゃいますね──が病院に来て、あなたが死んだ事を聞かさせました。最初は、涙を流していましたが、死因をお医者さんから聞いたその瞬間、思わず吹き出したところです」

 

「や、やめろ! やめてくれ! なぁ、嘘だろ!? そんな情けない死に方があってたまるか! そんなのあんまりすぎるだろ!」

 

 しゃがみこんで叫ぶ俺と、そんな俺を見下ろしてクスクスと嘲笑を浮かべている女。

 女は、自分の椅子に座ると──。

 

「……さて、仕事のストレス解消も出来た事だし、名乗りましょう! はじめまして、佐藤和真さん。私の名前はアクア。日本において、若くして死んだ若者を導く女神よ!」

 

 女──アクアが女神である事は間違いがないんだろう。

 だが、今しがたのやり取りを終えた俺にはそんな敬意を表すつもりなど毛頭ない。

 何せ、人の死を馬鹿にしてきたのだ。……いくらその死に方が情けないからって、女神ともあろう人が笑っていいはずがない!

 

「……さて、しょうもない理由で呆気なく死んで今朝まで家に引き籠りご家族に迷惑をかけていた佐藤和真さん。あなたには二つの選択肢があります」

 

「おい、その前にちょっと言い過ぎだろうが! いや、確かに殆どあっているけれども!」

 

「もう、いちいち口を挟まないでちょうだい! コホン。あなたには二つの選択肢があります。一つ目は、このまま天国に行くか。二つ目は、人間として生まれ変わるか。さぁ、質問があるのなら言っていいわよ」

 

 何だろう、この、すごいざっくりなこの説明。

 

「それじゃあ、一つ。天国って本当にあるのか?」

 

「あら、いいところに気がつくじゃないの。天国って言うのはね、あなた達人間が想像しているような、楽園じゃないのよ。まず、死んでいる者が行く場所が天国ね。ここまではいい?」

 

「あぁ、大丈夫だ」

 

「それでね、死んでいるんだから当然何も出来ないのよ。簡単に言うと、三大欲求である、食欲、性欲が満たされないのよね。死んでいるんだからそもそもの話食事をする必要は無いし、食べれないわ。死んでいるんだからえっちぃする事もできない。唯一、睡眠だけは別かしら。天国にはね、本当に何もないのよ。テレビや漫画、娯楽何て一切ない。いるのは、嘗て死んだ先人だけ。天国でやれる事と言えば、さっき言った寝る事と、お日様の日に当たりながらお爺ちゃん達と世間話をする事くらいかしら」

 

 それはもう、地獄と言っても差し支えないのではないか。

 少なくとも、現代を生きて平準の生活を送っている俺達若者には耐えられないだろう。

 多分、一週間も経たないうちに発狂する気がする。

 けどなぁ、生まれ変わるのか。

 何も知らなずにだったらいいんだけど、死んでるって自覚しちゃうと中々難しいよなぁ。

 頭を抱えて悩んでいると。

 

「分かる、分かるわよ佐藤和真さん!何せ、今この状況で生まれ変わる何てそんなの耐えられないわよね! そんなあなたにいい話があるんだけど!」

 

 何だろう、すごい胡散臭い。

 きっとこの女神様は商売が向いていないに違いない。

 俺は警戒心剥き出しで居るのだが……アクアはそんな俺に気付かずにこに事上機嫌で笑いながら説明した。

 アクアの話を纏めると。

 曰く、別世界が他の空間にあるらしい。

 曰く、その別世界──もう異世界でいいだろう──には現在魔王が居るだのとか。

 曰く、異世界は魔王軍の進行が結構ヤバイらしく人類滅亡一歩手前らしい。

 曰く、その世界ではモンスターが居たり、ダンジョンがあったり。

 まぁ言うなれば、その世界はファンタジー的な世界との事。

 

「そんな訳でさ、今あっちの世界では沢山の人達が毎日死んでいる訳。でね、死因の殆どがあなたみたいな情けない理由じゃなくて魔王軍関連の死因なのよ。そしたら、記憶がなくなっても向こうで死ぬのならもう生まれ変わりたくない! っていう人達がすごい増えちゃってね、このままじゃ赤ちゃんも生まれない世界になっちゃうかもしれないのよ。私達は話し合いをしたのよ。そしたら他の神様が『だったら他の世界から引っ張れば良いんじゃね?』って言った訳。それで、どの世界でもそういった事が始められたって事!」

 

 大規模な移民計画を聞かされたわけだが、何となくアクアが言おうとしている事を察した。

 

「じゃあ何だ? 俺にその異世界に行けと? えっ、やだよ。そんな危ない世界に行く理由がないじゃん」

 

「まぁまぁ、話を最後まで聞きなさいな。あなたの言う通り、ただ移民するだけじゃ意味がないわ。あっさり死んじゃうだけだもんね。けど、安心して! 異世界に行く時は記憶を失わずに済むのよ! それでね、これが一番重要何だけど、向こうの世界に行くに当たって一つだけ。一つだけ、好きな物を持っていける権利を渡しているのよ! ……そう、それは最強の武器だったり、もしくは道具だったり。もしくは、特異な才能だったり。あなたが望むものを持っていけってわけ! どうどう、中々いい話でしょ!」

 

 成程、確かに聞く限りは悪くない話だ。

 寧ろ、その異世界に行ってみたいとも思えてくる。

 その当たり、俺は普通に子供なのだろう。

 だが、その前に。

 

「すみません、向こうの世界での言葉とかは一体どうなるんですか?」

 

「フッ、そこに抜かりはないわ。私達神様の超ありがたい親切サポートによってあなたの脳に負荷をかけて一瞬で習得できるの。…まぁ運が悪かったら廃人になるんだけどね。──さぁ、あなたが望むものは何ですか?」

 

「おい、今とてつもなく重大な事をさらりと言ったよな?」

 

「何の事かしら? 言ってないわよ」

 

「言ったよな?」

 

「言ってないって! だからあなたは童貞なのよ!」

 

 コイツ、言っちゃいけない事を言いやがった!!

 俺のただならぬ気配を敏感に感じてかアクアは事務机に逃げて引き出しから一冊の分厚い本を出し、俺に渡してくる。

 それを受け取って見てみるとそこには……

 

「はい、これを見て決めなさい。この中からあなたが欲しいものを選ぶのよ」

 

 ……そこには、『エクスカリバー』『全身がゴムになる果実』『ライトセイバー』『ラクダ』『アップル』などと呼ばれるチートがあった。

 …いや、『ラクダ』や『アップル』はおかしいと思うのだが、そこはスルーしよう。

 これだけの品があるのなら目移りするのは仕方がないだろう。

 悩むなぁ。

 目をキラキラさせながらペラペラと本の項を進めていく事数分。

 

「ねー? まだー? 早くして欲しいんですけどー! ぶっちゃけ、アンタみたいなヒキニートには何も期待していないから、早く適当に選んじゃってよ! っていうか、早く決めて! この後も迷える子羊達を導かないといけないの! ノルマがあるんだから、早く決めちゃって!」

 

 外野がうるさい。

 こちとら、新生活の基盤を固めないといけないのだ、そう急かさなくても。

 というか、さっきから何何だ、この女神様は。

 話をすればするほどこの女が本当に女神なのかと疑ってしまう。

 それに、初対面の人間に向かって失礼にもほどがあるだろうが!

 決めた。

 俺は清々しい笑顔を浮かべてアクアを見る。

 

「やっと決まったの? それじゃあ、言ってみて。登録するから。あっ、後、すぐにその魔法陣の中央に移動してね。……それでは、あなたが望むものは何ですか?」

 

「俺が望むものはあん(アク)──」

 

 ──()、言いかけて慌てて口を噤む。

 落ち着け、落ち着くんだ佐藤和真。

 もし仮にこの女神を連れていくとしよう。

 だが、だがである。

 この女を連れて行って俺は後悔しないと言いきれるか?

 何だろう、すごい嫌な予感がする。

 具体的には、アクアが凄い俺の足を引っ張る気がするのだ。

 ところで。

 話は変わるのだが、俺には一つだけ自慢できる事がある。

 それとは、運の良さだ。

 生きていたあいだ、ジャンケンで負けた事は一度もないし、数多のゲームでも俺は超高レベルの素材やら武具何かを所持していた。

 しかし、コイツを連れていったら俺の運気が下がる気がする。

 よし、止めよう。

 ここに来てからの腹いせのつもりでこの女神様を連れていく予定だったが止めだ。

 俺の名前は佐藤和真。

 如何なる時も冷静に物事を判断する男だ。

 途中で言葉を区切った俺を不思議に思ったのか、アクアが。

 

「ねぇ、急にどうしたのよ? もしかしてアンタ、やっぱり選び直すつもりじゃないんでしょうね!!」

 

「あぁ、そうさせてもらう」

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!! 早く決めないと時間が……!!」

 

 時間?

 時間がどうかしたのだろうか。

 俺の表情を読み取ったアクアがアワアワと慌てながらこんな事を告げてくる。

 

「さっき、あなたの後に沢山の人がいるって言ったわよね?」

 

「……? あぁ、俺がここから消えてもすぐに別の人が来るんだろう?」

 

「そう、そうなのよ。でね、問題は死者が多すぎて、時間が決められているのよ」

 

 何それ、聞いてない。

 もしかして、だが。

 

「なぁ、アクア様。もしかしてその時間ってもうあんまり残されていない感じ?」

 

「そうなのよっ! だから早く決めて!! もし制限時間内に持っていくものを決めれなかったら……──」

 

「──決めれなかったら、どうなるんだ?」

 

「……あなたは何も無しに、異世界に行く事になるわ」

 

「んな!? お、お前それを先に言えよ!!」

 

「だって仕方がないでしょ! 普通の人だったらそんなの五分もあれば決まるもの! 少し前にここに訪れた何とかカツラギだってね、適当な魔剣を選んですぐに異世界に行ったわ! つまり、ヘタレなアンタが悪いのよ! 私は悪くないわ!!」

 

「何だとこら!!」

 

 そんな風に俺達がギャーギャーと騒いでいると、どこからか天使が舞い降りた。

 いや、天使だろう女性が急に現れた、の方が適切な表現だろう。

 そしてその天使は一言、申し訳なさそうな顔で言った。

 

「すみませんが、時間オーバーです。…アクア様、あと一分でこの方を追い出……──こほん。異世界に旅立たせてください」

 

 女神や天使にはこういった人種しか居ないのか。

 

「じゃ、じゃあ佐藤和真さん。もしあなたが魔王を倒した暁には何でも願いを叶える権利を差し上げましょう。それでは異世界に行ってらっしゃい!…最初のスタート地点定められなかったけどそこは許してちょうだい!」

 

「いや、ちょっと待て! いきなりの急展開にも程があるだろうがあぁああああああああ!」

 

 ──こうして、アクアと天使によって見送られながら俺は明るい虹色の光に包まれた……!

 

 §

 

 そして、現在。

 異世界に来た俺は。

 

「動くな! 貴様何者だ!! どうやってこの王城に入った!」

 

 八方を多くの騎士に囲まれて只今絶賛命の危機に瀕している。

 あれぇー?

 

 



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王女様

 

 俺の名前は佐藤和真。

 世界転生をした俺は気づけば、何処かの建物の中にいた。

 というか、暗い。

 近くに光源となる物がないせいで、何も見る事ができないので俺は、辺りを散策してみる事にした。

 取り敢えず手を出して何かないのかと探してみるが、期待に添えず何も触れる事が出来なかった。

 ……これは困ったな。

 よし、ここは誰か人を呼んで事情を話して助けてもらおう。

 

「すみませーん! 誰かいませんかー!?」

 

 声を出す事数秒後、何やら遠くの方からドタバタと物音が聞こえてきた。

 きっと救助隊の人達だろう。

 助かった、これでここから脱出できる。

 さぁ、俺の異世界生活の始まりだ!

 そう思って今か今かと助けを待つ事数秒、突然視界が真っ白に染まった!

 

「いやぁ、助けてくれてありがとうござい……──」

 

「──黙れ!!」

 

 そんな声と同時に首筋に何やら冷たいものが当てられた。

 こ、これはもしかして……。

 嫌な予感がするなか意を決して恐る恐る目を開けるとそこには──

 

 ──剣や槍をこちらに向けて警戒している騎士達がいた。

 

「……え?」

 

「動くな! 貴様何者だ!! どうやってこの王城に入った!」

 

 ……どうやら俺がいた場所は王城の一室だったらしい。

 

 

 §

 

 

「だから、何度も言ってるじゃないですか! 気づいたら俺はあそこにいて、俺だって何が何だが分からないんです!!」

 

「そんな訳あるか! 貴様がいた場所はな、王城だぞ!何故貴様がそんな場所にいるのだ!?」

 

 現在、俺は白いスーツを着ている金髪巨乳の女性から取り調べを受けている。

 だが、俺の話を全然信じてくれやしない。

 そもそもの話、ここにいるのは俺の意思ではなくあの駄女神のせいなのだが。

 

「貴様がしらを切ると言うのなら、こちらにも考えがある。……誰か魔道具を持ってこい! それと、部屋には私とこの男だけにしてくれ」

 

「クレア様、しかしそれは危険です!」

 

「心配は無用だ。コイツは現在武器を持っていない。こんな弱そうな奴、私だけでも大丈夫だ。それより貴殿達には外の警備をお願いしたい。仲間がいるかもしれないからな」

 

 部屋に残されたのは俺とこのクレアと呼ばれた女性だけになったのだが、お互い何も話さない。

 というか、話せない。

 さっき話していた魔道具と呼ばれるものが必要のようだ。

 数分後。

 机の上にはある騎士が持ってきた魔道具が置かれている。

 見た目的には完全に玩具(おもちゃ)なのだが……。

 

「どうした、まさかこれを見た事がないのか?」

 

「あっ、はい。そうです」

 

「なら教えてやろう。これはだな、嘘を見抜く魔道具だ」

 

 ……嘘を見抜く、だって!?

 何それ、異世界にはそんな物があるのか。

 これが地球にあったら裁判では重宝され、冤罪が減るに違いない。

 俺がその異世界らしさに感動していると……──

 

「もし貴様が嘘をついているのならベルが鳴る仕組みだ。一つでも嘘があった場合貴様は死刑になるのでそのつもりで」

 

「……。……はっ、死刑だって!?」

 

「当たり前だ。ここは王城、寧ろ問答無用で殺さないだけありがたいと思え」

 

 ぐぬぬ…………。

 コイツ、言いたい放題言いやがって……!

 だが待てよ?

 逆に俺が嘘をつかなければいいだけだ。

 勝利を確信し自然と頬が緩むなか、白スーツは俺を怪訝そうに見る。

 

「貴様、何故この状況で笑っていられる?」

 

「くっくっ、まぁ良いじゃないか。さぁ、質問をすればいいさ」

 

「……? まぁいい。貴様の名前、年齢、及び出身地を答えてもらおう」

 

「俺の名前は佐藤和真。年は十六。出身は、日本だ」

 

「ニホン? そんな国聞いた事もないぞ。…しかし、ベルは鳴っていないか。よし、次だ。職業は?」

 

「学生……──」

 

  チリーン

 

 その瞬間、クレアが俺を外に引っ張り出そうとするので、それに懸命に逆らいながら何故だと脳内で問う。

 ……何でも、この魔道具は嘘を見抜くのだとか。

 も、もしかして……。

 

「学生兼引き籠り……──」

 

 チリーン

 

 ……。

 

「学生兼引き籠り兼ニートです」

 

 引き籠り、ニート、という言葉を聞いた時クレアは一瞬複雑そうな顔をするが魔道具を見る。

 だが何も鳴らない。

 当然だ、悲しい事だが事実なのだから。

 再び席に腰を下ろした俺達な訳だが、これは本格的にヤバいと感じる。

 

「……ふむ、どうやら本当のようだ。では、これが最後の質問だ。貴様、何故あの場にいた?」

 

「だーかーらー! 俺だって分からないって言ってるでしょ! 逆に、俺だって聞きたいですよ!」

 

 叫んでその言葉を言った瞬間、クレアは魔道具の方をじっと見つめる。

 だが何も鳴らない。

 彼女は信じられないとばかりに頭を振り、質問が悪かったのかと呟いている。

 

「……で、では貴様は魔王軍の手の者か?」

 

「いいえ、違います」

 

「王族を殺しに来たのか?」

 

「いいえ、違います」

 

「そんな、馬鹿な事が……」

 

「これで俺が無実だと分かったか?」

 

 クレアは数秒考え込んでいたが、やがて頭を深く下げた。

 

「すまなかった、貴様は──いいえ、貴方は無実です。……貴方があそこにいた理由は分かりませんが、少なくともあなたの意思ではないでしょう。第三者が関係しているかは分かりませんが、貴方はそれに巻き込まれた被害者です。あらぬ疑いをかけて本当にすみませんでした」

 

 取り敢えず自分の命を守れたので安心すると、次第に腹立たしさが湧き起こってきた。

 少しくらいは意趣返ししてもいい筈だ。

 

「いやーもう! 本当にびっくりですわ! ……助けを呼んだだけなのに? 問答無用で犯罪者扱いされて? 全く、もう少し落ち着いた方がいいんじゃないですかねぇ!?」

 

「……それに関しては最早何も言えまい。貴方には謝礼金を渡したいと思う」

 

 謝礼金だと!?

 それは単純に嬉しい。嬉しいのだが。

 当然だが俺はこの世界の常識や法律は知らない。

 必然的に、お金の価値も分からない。

 ……これは、機会(チャンス)だと思う。

 

「いや、謝礼金はいいからこの世界について教えてくれると助かる。どうやら記憶が曖昧でね、知らないうちに犯罪を犯すかもしれないだろ? だから俺としてはそういった事を代わりにしてもらえると嬉しいんだけど…」

 

「……記憶がない何て、そんな事が。けれど、魔道具は何も鳴らないし……。分かった、罪滅ぼしと言っては何だがやらせてくれ」

 

「あぁ、頼むよ」

 

 いや、記憶が無いわけではないのだが。

 けどまぁ、その方が都合が良いだろう。

 こうして俺は無事に釈放されてしばらく王城で過ごす事になった。

 

 

 

 §

 

 

 

 俺が取調室から手錠もされずに出てきたので警備をしていた騎士達は驚いていたがクレアの一言によって納得し、自分の職務に戻っていった。

 クレアに案内される傍ら、俺は道を少しでも覚えようと辺りを見回し脳に刻んでいると、いつの間にか大きな部屋の前にたどり着いた。

 かなりでかい部屋だ。

 少なくとも、前世の俺の私室より三倍はあるだろう。

 

「此処ならどうだろうか。この部屋は見ての通りそこそこ室内が広く、テラスから見る景色は中々に絶景だから、貴方も気に入ると思う」

 

「はい、この部屋で大丈夫です」

 

「そうか、それでは私は任務があるのでこれで失礼する。もし何かあったらメイドを残しておくから遠慮なく言ってほしい」

 

 そう言ってクレアは部屋から立ち去った。

 俺はこれ幸いとふかふかのベッドにダイブしてごろごろと寝転がりながら今後の予定を考えていた。

 これからどうしよう。

 しばらくはこの王城で過ごす事が出来るが、それも精々一週間くらいだけだ。

 その後は完全な無一文なのだから、今のうちに考えないと……。

 

「ヤバイな、このままだとそこら辺で野垂れ死ぬ未来が簡単に思い浮かぶぞ……」

 

 頭を悩ませる事数分後。

 メイドさんが食事を運んで来てくれたのでそれを見てみると……

 

「……何でキャベツが跳ねてんの?」

 

 ……そこには、ペチペチと音を鳴らしながら生きている野菜がいた。

 いや待て、これはおかしすぎるだろ。

 俺が驚愕しているなかメイドさんが──名前をリーシャンというらしい──怪訝そうな表情を浮かべながら首を傾げた。

 

「何で、と言われましても? キャベツはこのような野菜でしょう?」

 

「……マジか」

 

 これが異世界との文化の差なのか?

 恐る恐るフォークをキャベツの葉に刺し口に運ぶと……──。

 あまりの美味しさに涙が出そうになった。

 

「キャベツなのに、美味しい!」

 

 こんな美味しいキャベツを食べたのは初めてなのだが、何故かすごく悔しくなってくる。

 

「なぁ、リーシャンさん。明日からの予定とか聞いてますか?」

 

「はい、聞いていますよ。それとカズマ様、カズマ様は大切なお客様なのですから、タメ口で構いません」

 

「分かった。それじゃあ、リーシャン。教えてくれ」

 

「はい、分かりました。明日の予定ですが、まず朝ですが食堂で朝食を取っていただきます。……そして、これが一番重要なのですが──」

 

「……? 何かあるのか?」

 

「──アイリス様と会食していただきます」

 

 …………誰?

 

「誰ですか?」

 

「この国の第一王女様です」

 

「……。……はぁああああ!?」

 

「申し訳ございませんが、これは決定事項なのです。カズマ様を一旦取調室に連行する際、王城内はとても騒ぎにました。賊が来たのかと当然判断しましたので、これまた当然ですが現在最も身分が高いアイリス様に報告しなければなりません。そしたら、アイリス様がカズマ様と話をしたいと言い出しまして……」

 

「いやいやいやいや、それはちょっとないんじゃないですか?」

 

「しかしながら、どちらにしろカズマ様はアイリス様とこの国で勉強しなければならないのです。二人いっぺんの方が効率がいいので……」

 

 それを言われると何も言う事が出来ない。

 ……お姫様かぁ。

 会って話してみたいという欲求はかなりある。

 けどなぁ。

 今、何も知らない状況でそんな人と会うだ何て……。

 俺はため息をつきながら。

 

「分かった。クレアさんにもそう言ってくれ」

 

「申し訳ございません。……それではこれで失礼します」

 

 そう言い残し、部屋から立ち去るリーシャンを見送った後俺は明日に備えて寝る事にした。

 

 

 

 §

 

 

 

 そして現在。

 俺の斜め前の向かいの席にはお姫様が座っていた。

 金髪のセミロングに、輝いている碧眼。

 気品が感じられながらも、どこか儚げな印象を与える少女がそこにはいた。

 両隣にはクレアと全身を黒ローブで身にまとっている女性がいる。

 俺はそんな彼女達を遠くから眺めながら朝食を取っていた。

 というか、そうでもしないとい心地の悪さで吐きそうだ。

 昨日リーシャンからは食堂と言われていたが……やはり王城だからか、俺の予想とは真反対なものだった。

 一個の長方形ロングテーブルが部屋の中央に置かれており、ズラリと椅子が並べられている。

 どうやら、一人一人座る席は決められているらしい。

 その証拠に、現在俺が座っている席は他のに比べると物が悪い。

 そんな事を考えていると。

 

「誰だあの男は?」

 

「何でも、気づいたらここにいたらしい。その証拠に、嘘を見抜く魔道具が何も反応しなかったそうだ」

 

「なるほど。……しかしまぁ、平凡な男だな」

 

「本当にそうだな」

 

「というか、平凡過ぎてつまらんな」

 

 貴族の方々、そういった話は本人がいない時にしてください。

 まぁ、殆ど合ってるんですけどね!

 そもそも、俺がいるのはお姫様の要望であるのだが……見たところ話をするのは無理なようだ。

 鬱憤晴らしの為に高そうな肉を口に運んでいると、クレアが席を立ちこちらに近づいてきた。

 

「他の貴族達がすまない、カズマ殿」

 

「いや、いいですけど。……俺としては早く授業を受けたいです」

 

 そして早く、異世界生活を楽しくおくりたい。

 

「分かっている。それと一応忠告ですが、授業を受けるに当たってはアイリス様と同席しますが、くれぐれも口に気をつけてくださいね。もし、何か粗相をするようであるならば……──」

 

「──であるならば?」

 

 ごくりと喉を鳴らして恐る恐る尋ねると…クレアは首を掻く動作をした。

 何それ怖い。

 だが落ち着け、落ち着くんだ。

 俺の名前は佐藤和真。

 冷静に物事を進める事が出来る男だ。

 

「はい、分かりました。気をつけます」

 

 真顔で何度も頷く俺を見てクレアは満足そうに頷いた。

 

 

 

 §

 

 

 

 王城の中の、とある一室の中。

 この部屋の中にいるのは俺と、クレアと、朝食の場で見かけた黒ローブの女性、そしてお姫様だった。

 

「アイリス様、この男性が(くだん)の男です」

 

 クレアが俺を紹介するのだが、話しかけられているお姫様は一ミリたりとも動きはしない。

 まるで石像のようだ。

 可愛くないなーと思っていると、黒ローブの女性が、

 

「はじめまして、サトウカズマ様。私の名前はレインです。アイリス様の教育係兼護衛を国王様から任されております」

 

「こちらこそ数日の間よろしくお願いします、レインさん」

 

 と、自己紹介をしているととうとう授業を受ける事になった。

 しかしまさか、異世界に来て最初にやる事が勉強だとは思わなかった。

 この世界での一般常識をレインさんが懇切丁寧に教えてくれるのでありがたい。

 俺が引き籠り兼ニートだと知っている白スーツが授業を真面目に受けている俺を見て何やら驚いているようだが、そんなの無視だ。

 別に俺は、勉強が嫌いな訳ではない。

 いやもちろん、好きでもないのだが……。

 俺が学校に行かなくなったのはマナリア海峡より深い理由があるのだが今は思い出すのを止めておこう。

 

「この世界は現在、魔王軍の進行を受けています。特にこの国は魔王軍の根城がすぐ隣にあるせいでその被害は大きいです。数年前までは人類滅亡カウントダウン一歩手前でしたが、勇者候補と呼ばれる方々がどこからか来て、何とか両軍は均衡を保っています。アイリス様、カズマ様、何か質問はありますか?」

 

 お姫様が無言で首を横に振るなか、俺は思いっ切り手を伸ばして、

 

「質問何ですが、何で王都は無事何ですか? 聞いた限りだと、王都はかなり危ない位置にあるって事ですよね?」

 

「あぁ、それでしたら簡単です。ここ王都は最前線でもあるのですよ。なので、魔王軍が来たとしても勇者候補の方達や、統制のとれた軍がすぐに撃退します」

 

 そんな風にレインさんの説明を受けながらも、俺は次の疑問が浮かんだ。

 

「魔王軍が攻めてくるって事はその逆は出来ないんですか?」

 

「いい質問ですね、カズマ様。敵大将……魔王がいるのは当然魔王城な訳ですが、魔王城には結界が貼られており侵入する事すら出来ないのです。結界を解くためには魔王軍幹部を倒さなくてはならないと伝えられています」

 

「ちなみに、その魔王軍幹部ってどれくらい強いんですか?」

 

 それに答えたのは、今まで沈黙していたせいで影が薄くなっていた白スーツだった。

 

「一般的に、魔王軍幹部の実力は未知数だ。というのも、多くの冒険者や軍が奴らと戦ったのだが、全員あっさりと死んだからだ。中には当然、勇者候補もいたのだが……」

 

「マジかよ……」

 

 何それ怖い。

 俺の異世界生活はまだ始まってすらいないのだが、敵の情報を無駄に知りすぎたせいか俺のやる気はどんどん落ちていった。

 俺が目に見えて意気消沈しているせいで部屋がシーンと静まるが、どこからか鐘の音が聞こえる。

 

「すみません、この鐘の音は?」

 

「この音は休憩時間を告げる音だ。修練をしている騎士や仕事をしている貴族、メイドや執事達が決められた時間までは自由に過ごす事ができる。カズマ殿も常識の範囲内なら好きに王城を探索しても構わない。……それでは、アイリス様。私とレインは失礼します」

 

 そう言い残し、二人は勉強室から出ていった。

 いや、ちょっと待とうか。

 王女様を守る責務とか、そういった仕事はないのか。

 そんな俺の脳内突っ込みはスルーされ。

 部屋に残されたのは、俺とお姫様だけになってしまった。

 声をかけようにもクレアに怒られる気がするし、そもそも可愛げのない女の子と話すくらいだったら借りている部屋で寛いだ方がマシだ。

 俺が無言で立ち上がり、部屋から出ようとした時、服の袖を掴まれた。

 掴んでいるのは、未だに表情を崩す事なく無表情なお姫様。

 突然だが。

 レインさんからの授業によると、王族は強い人が多いらしい。

 その理由は王族が先祖代々強い人と結婚し、遺伝子がそうさせるのだそうな。

 最初は自然を装って無視をしようかなー、と思っていたのだがらジャージを掴む手は年頃の女の子とは考えられないほど強い。

 こ、コイツ……!

 俺が歯噛みするなか、事の元凶であるお姫様は小さな声で一言。

 

「……話をしてくれませんか?」

 

 上目遣いにそんな事を言われたら断る事なんできないじゃないか。

 

 

 

 §

 

 

 

「それでは、その……名前を聞かせてください」

 

 よし、ここは落ち着くんだ。

 さっきはあの怖い白スーツに脅迫されたからな、慎重に、丁寧に挨拶しよう。

 

「はじめまして、私の名前は佐藤かずゅみゃ……──」

 

「……」

 

 慣れない言葉を使ったので、舌を噛んでしまった。

 耳を赤くして恥ずかしくなっていると。

 お姫様はそんな俺を見るとくすくす小さく笑って、

 

「さっきから思っていたのですが、二人きりの時は友人と話すように言葉を話してもいいです、クレアやレインには私から言っときますから。それと私の事もアイリスと呼んで構いません」

 

 そんな提案をしてきてくれる。

 

「そうか、それは正直助かるよ。よろしくなアイリス」

 

「はい、カズマ様。ところで、早速話があるのですが」

 

「……? あぁ、そう言えばそんな事をリーシャンが言ってたな」

 

「はいそうなのです。申し訳ございませんでした。私の方から会食をしたいと申し出たのに何もできず…」

 

 頭を下げて謝ってくるアイリスを見ていると、何だろう、すごい罪悪感が湧き上がってくる。

 

「いや大丈夫だよ。それで、話って?」

 

「……外の世界は、どうなっているのですか?」

 

 ふむ、外の世界か。

 きっとアイリスが指しているのは王城の外の様子だろう。

 だが生憎俺はつい昨日異世界に来たばかりなので当然何も知らない。

 

「あー、悪いな。俺、ちょっと記憶があやふやでさ、覚えてる事が何も無いんだよ」

 

「そうなのですか!? すみません、そのような事も知らずに聞いてしまって……」

 

 そう言って落ち込み始めるアイリス。

 俺は慌てて何か話のネタになる事はないかと考え、一つのアイデアを思い浮かべた。

 

「ま、まぁ俺もしばらくしたらここから出ていくから、もし次会うような事があったら話すよ。…それよりさ、何か遊ばないか?」

 

 前半の話は恐らく無理だろうが、俺はわざとらしく明るい声でアイリスを誘った。

 その言葉にアイリスは笑顔を浮かべ、

 

「本当ですか!? 」

 

「……? 本当だけど、それがどうかしたか?」

 

「実はですね、城にいる方達は私に気を遣ってか誰も相手をしてくれなかったのです。なのでとても嬉しいです!」

 

「そうか、なら良かったよ。あっ、けどその前に一回だけルールを教えてくれないか?」

 

「ルール付きの遊びですか……。そうですね、記憶を失っている人に勝っても嬉しくないですし……勝つなら公平じゃないといけませんから!」

 

 その言葉にかちんときたのは仕方がないだろう。

 何せ、こちとら昨日の朝までは学生兼引き籠り兼ニートのゲーマーだったのだ。

 相手が一国の王女様とはいえ、容赦はしない。

 

「まぁ言ってろよ。言っとくが、俺は接待プレイ何てしないからな? 本気でこいよ?」

 

「臨むところです!」

 

 そう言ってアイリスが勉強部屋から飛び出し、戻ってくるまでに五分とかからなかった。

 

「これ何てどうでしょう? このボードゲームは世界的に有名なのですが……」

 

「それでいいよ。じゃあ机を合わせてその上でやろうか」

 

 そう言って机の上にボードを置き、その上にアイリスの指示通りに駒を置く。

 配置的にチェスのそれは、一見普通のボードゲームだと思った。

 俺がその考えが見当はずれだと気づくのは、数分後である。

 

 

 

 §

 

 

 

「だぁー、クソっ! また負けたぁ!!」

 

「その、カズマ様? カズマ様はこのゲームを知ってからまだ一日も経っていないのですし、それは当たり前かと……」

 

「違う、違うんだよアイリス! 俺が怒ってるのはそこじゃないんだ! 何で『エクスプロージョン』とかそんなチートがあるんだよ! おかしいだろ! どんなに追い詰めてもそれを使えばいいだけじゃないか!」

 

「しかし、そんな事を言われましてもルールですから……」

 

「というか、アイリス容赦なさすぎ! あれか、初心者いじめか!?」

 

「え、えぇえええええ!? 本気でこいって言ったのはカズマ様じゃないですか!」

 

 言ったけども!

 だがそれは冗談だと気づかないだろうか。

 俺がみっともなく叫んでアイリスを非難していると──後ろから何やら冷たいものが首筋に当てられる。

 あっ、これはヤバイですね、分かります。

 

「ほぉ、何やら楽しそうじゃないですか、カズマ殿?」

 

 恐る恐るその声を主を見るとそこには、こめかみに青筋を浮かべたクレアがいた。

 俺がその後被害を被ったのは言うまでもない。



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友達

 

 俺の名前は佐藤和真。

 チートももらえず異世界へと転生した俺だが、今俺は王城の勉強室で現在俺がいる国──ベルゼルグというらしい──の第一王女であるアイリス姫と一緒に勉強を受けようとしていた。

 だがそれはアイリスの護衛である白スーツのせいで妨害されていて、授業を受ける事ができずにいた。

 俺はため息をついて、

 

「あのなぁ、白スーツ。別にアイリスと遊ぶくらいいいじゃないか」

 

 そんな主張をする。

 そう、休み時間の間白スーツもといクレアが来るまで俺とアイリスは仲良くなる為にとあるゲームを興じていたのだが、この女が乱入してきたのである。

 

「アイリスはまだ十二歳の子供なんだぞ? いくら王族とはいえ、遊びも許されないのか?」

 

 俺の正論にクレアは一瞬言葉を詰まらせたが、

 

「違う! 確かに貴様の言う通りだと私も思う。実際貴様がアイリス様の初めての遊び相手なのだからな、それに関しては礼を言おう。だが貴様は素性も知れない平民なのだ、もっと態度とかあるだろう!」

 

 そんな事を言ってくる。

 俺はやれやれと頭を振って。

 

「ごめんなアイリス。俺はもっとアイリスと遊びたいんだけどな、この白スーツがダメって言うんだ。文句を言うならこの頭の固い白スーツに言ってくれ」

 

 アイリスは俺の言葉を聞くうちに涙目になっていき、そのまま親の敵を見るような目で事の元凶を睨んで。

 

「クレア、カズマ様は私のお願いで私と遊んでくださっているのです。それに言葉遣いに関しては私が許可を出しました。なのでお願いします。自由時間だけは許してもらえますか?」

 

「……サトウカズマ、貴様後で覚えとけよ。……解りました、アイリス様。公の場でない限りそうして下さって構いません」

 

「ありがとうクレア!」

 

 輝くような笑顔を浮かべるアイリス。

 クレアはそれを見てだらしなく顔を歪めるがアイリスは許してもらった喜びからかそれに気づかない。

 俺はそんな白スーツを眺めながらある可能性を思い浮かべていた。

 ……いや、まさかな。貴族に限ってそんな事ないだろう。

 

「そう言えばなんで白スーツがここにいるんだ?」

 

「えぇい、貴様さっきから私の事を白スーツ白スーツと煩い! 私の事はクレア様、もしくはシンフォニア卿と呼べ!」

 

 ギャーギャーと叫ぶ貴族様を見て考えた結果俺は一言。

 

「断る」

 

「き、貴様あああぁあああ!!!」

 

 白スーツが剣を抜剣して襲いかかってきたので俺は悲鳴をあげながら室内を逃げ回った。

 こ、コイツ沸点低すぎだろ……。

 

「クレア、あまりそのような事をしないでください。武器も持たない相手に襲いかかるなど良くないですよ」

 

「……申し訳ございません、アイリス様」

 

「やーいやーい、年下の女の子に怒られてやんの! 今どんな気持ちですかぁああ!??」

 

「カズマ様もそうクレアを煽らないでください」

 

「はい、すみませんでした」

 

 年長者二人が年下の女の子に頭を下げているなか、

 

「あ、あのそろそろ授業をしたいのですが……」

 

「レインさん、何時からいました? 」

 

「そうだぞレイン。何時からいた?」

 

「クレア様と一緒に此処に来たではありませんか! そもそも休み時間の終わりを迎えたので、こうして私達は来たのですよ!」

 

 影が薄くなっていたレインさんが突然登場し、そんな事を言う。

 

「そうでしたか、レインさん。それじゃあアイリス、ゲームはまた今度にしようぜ。流石に授業は真面目に受けないとな」

 

 アイリスは悲しそうな表情を浮かべるがこればっかりは仕方がない。

 

「……解りました。で、ですが必ず遊んでくださいね!」

 

「あぁ、もちろんだ。よし、机を元に戻して授業再開だ!」

 

「はい!」

 

「おい、ちょっと待て貴様。何故レインと私とではこんなにも扱いに差があるのだ!」

 

「……? 何の事だ?」

 

「本当の事を言え、そしたら許してやろう」

 

「してないよ」

 

「貴様……──」

 

「──してないよ。っていうか、さっきから煩い。まったく、今から授業だというのに、クレア様はそれを邪魔するんですかぁ?」

 

「ぐっ……。レイン、私は他の仕事があるから、この男をちゃんと見張っておくのだぞ!」

 

 そんな捨て台詞とともにお忙しい貴族様はご退場なさった。

 重いため息を吐くレインさん。

 ……お騒がせして本当にすみません。

 

「……それでは、始めましょうか。今からアイリス様とカズマ様に教える事はスキルについてです」

 

 早速意味不明な単語を聞いたので、俺は挙手をした。

 

「すみません、スキルってなんですか?」

 

「あっ、そう言えばカズマ様は記憶がなかったんでしたっけ。……少々お待ちを。それとアイリス様、大変申し訳ございませんが、カズマ様に簡単で良いので説明、お願いできますか? 」

 

「大丈夫ですよ」

 

「大変恐縮です」

 

 そう言い残し、レインさんは大慌てで勉強室から出ていった。

 

「それじゃあ、アイリス。説明頼む」

 

「はい、解りました。まずですが、レインが取りに行ったのは、白紙のカードです。これは通称、冒険者カードと呼ばれます。カズマ様はなんでも冒険者になりたいのだとクレアから聞きました。……冒険者になる為には、この冒険者カードが必要です。何故ならこのカードには、様々な役割があるのですが、詳しい事はギルドの方に聞いてください。またこの冒険者カードは身分証の役割を担っているので、冒険者じゃなくても持ってる方は多いのです」

 

 博士なアイリスに感心していると、レインさんが勢いよく扉を開けながら戻ってきた。

 余程急いでたのか、この短い間でかなりの汗をかいている。

 はぁはぁと息をつくに従い、その大きな胸も上下に動く。

 音が付きそうなほど、それはもう動く。

 男の本能に従ってそれを凝視していると、

 

「……あの、アイリス様に悪影響を与えかねないので止めてくれませんか?」

 

「あっ、はい」

 

 あっさりとバレてしまった。

 女性は視線に敏感だと知り合いのネット住民が言っていたが、どうやら本当らしい。

 まぁ、直そうとは思わないのだが。

 こればかりは仕方がない、なんせ俺は男なのだ。

 少しばかりはそういうエロシーンを見てもいい筈だ。いいよな?

 脳内で自分を正当化していると、レインさんは俺と精一杯距離を置きながらも薄っぺらい紙を差し出してくる。

 

「……これは?」

 

「登録カードです。本来なら登録料として千エリス徴収するのですが、事情が事情の為お金の請求は無しにしました。そしてこの書類に必要な要項を書いてください。冒険者ギルドに後で渡しておきますので」

 

「何から何まですみません……」

 

 問われたのは、名前、身長、体重、年齢、身体的特徴の計五つだった。

 俺は筆を止める事なくすらすらと空欄に書いていく。

 名前は佐藤和真、身長百六十五センチメートル、体五十五キログラム。年は十六で、茶髪に茶色目……。

 書き忘れや誤字がないのかを確認し、俺はレインさんに渡した。

 

「はい、しかと頂きました。それではカズマ様、こちらのカードに触れてください。触れた瞬間、このカードはカズマ様だけの物になります。くれぐれもなくさないよう気をつけてください。それでは、どうぞ!」

 

 小さな長方形のカードを貰い、手に取った瞬間何も書かれてなかったカードに次々と文字が浮かんでいく。

 アイリスがすごい見たそうにしているので机に置き、皆が見えるようにすると二人とも微妙な顔を作った。

 

 …………え?

 

 この展開は俺の秘められし力が覚醒し、二人が驚くんじゃないのか。

 俺は意を決して、レインさんに尋ねる事にした。

 

「……えっと、どんな感じなんですか?」

 

「……その、大変言い難いのですが……えぇと。筋力、生命力、魔力に器用度、敏捷性……カズマ様は全て平均です。あっ、待ってください。知力はそこそこ高いですね。あとは……あっ、幸運が非常に高いです。私、こんなに幸運が高い人初めて見ました。しかし、冒険者に幸運はあんまり必要ないんですが……どうしましょう。カズマ様のこのステータスだとなれる職業は基本職である〈冒険者〉しかありません。だったら私はカズマ様は商人になった方がいい気がするんですが……どうしますか?」

 

「……〈冒険者〉でお願いします」

 

 ……なんだろう、いきなり最弱職になってしまった感がすごいのだが。

 アイリス、その優しい顔を止めてください。

 そしてレインさん、その同情と憐れみの二つが合わさった目で俺を見ないでくださいお願いします。

 くそっ、なんなんだよ!

 俺が何をしたって言うんだ!

 そんな俺を見かねてアイリスが。

 

「あ、あのカズマ様。〈冒険者〉は全てのスキルを一応習得する事ができるとこの前クレアから聞いたので、そう落ち込まなくても良いですよ!」

 

「しかしその反面、本職には到底適わないがな!」

 

「く、クレア! そんな言い方はあんまりでは……。それに、仕事は終わったのですか?」

 

「仕事は終えてきました。それと、私は事実を言っただけです。……レインもそうだろう?」

 

「……ええっと、その…………はい」

 

 優しいお姫様は俺をフォローしてくれるが、仕事を終えたらしい白スーツがちくちくと俺の心を抉ってくる。

 泣きたくなっていると、さらに追い打ちをかけるようにクレアがこんな事を。

 

「ふっ、まぁ、私は始め貴様を見た時から大体察していたがな! 刃物を向けられただけであの怯えよう、やはり小者だな!」

 

 何も言い返す事ができない。

 できる事といえば、せめてもの抵抗として睨みつける事くらいだ。

 その後の授業は気づいたら終わっていた。

 クレアからの嘲笑、アイリスやレインさんからの心配そうな顔に見送られながら、俺は借りている部屋へと戻った。

 

 

 §

 

 

 部屋に戻った俺は、

 

「クソっ、クソクソクソっ! 悔しい、悔しい! あんの白スーツ、絶対見返してやる! だぁあああああああああああ!」

 

 ベッドの上でごろごろと寝転がりながら叫んでいた。

 枕を鬱憤晴らしに殴っていると「失礼致します」と一言告げてからリーシャンが部屋に入ってきた。

 どうやら夕食を持ってきてくれたらしい。

 流石は本場のメイドさん、何て気が利く人だろう。

 リーシャンは哀れな俺を見ながら。

 

「……カズマ様、その…………〈冒険者〉でも冒険ができない訳じゃありません」

 

 そんな慰みをしてくれる。

 だがちっとも心に届かない。

 

「リーシャン。確かにそれは一理あるよ? けどさ、最弱職の〈冒険者〉が胸踊る冒険をできると思うか?」

 

「それは、その……」

 

「できないよ!……仲間を集めるという手も考えたけどさ、そんな〈冒険者〉に構う暇があるのなら他の奴らと組んだ方が圧倒的に効率がいいしな!」

 

 自分で自分の未来の道を閉ざしていると、扉が控えめにノックされた音がやけに大きく響いた。

 クレアが再び俺を煽ってくるのだろうか。

 なら、出る必要はない。

 話しながら食べ終えた夕食の皿を俺はリーシャンに返しながら。

 

「リーシャン、悪いけど誰が来ても俺は寝てると答えてくれ。今はそんな気分じゃない」

 

 その事を告げると俺はベッドの中に潜り込み寝ているフリをした。

 そして数秒後に、扉を開ける音が聞こえ、何やら話す声が聞こえる。

 

「あ、あなた様は……!」

 

 話の長さからやはり、憎き白スーツが来たようだ。

 上手くやれよ、リーシャン。全てはお前にかかっている。

 そして数分後。

 再び扉を閉める音がしたので俺は功績者であるリーシャンを褒めようとベッドから出た。

 だがそこにいたのはリーシャンではなく。

 

「……あの、遊びに来ました。迷惑でしょうか?」

 

 休み時間使ったボードゲームを胸に抱えた王女様がそこにはいた。

 

「えっと……アイリス? リーシャンは何処に行ったんだ?」

 

「あの方なら、何やら涙を流しながら他の仕事に行かれましたが……」

 

 きっと、引っ込み思案なアイリスが頼み事をしたのが嬉しかったに違いない。

 なんだったら俺も泣くかもしれない。

 だがしかし、先程も言ったように俺は今そんな気分じゃないのだ。

 

「……悪いけどアイリス。俺は今ゲームをやる気分じゃないんだ。悪いけど、また明日とかに……──」

 

 ──してくれと言いかけた時、俺はアイリスを見て驚いてしまう。

 だってそこに………。

 

 

 ──頭を深く下げた王女様がいたのだから。

 

 

「私の護衛が本当に申し訳ございませんでした。クレアには私がちゃんと言っときましたので、どうかお許しください、カズマ様。もちろん、明日クレアから謝るよう言っときましたので……」

 

「い、いや大丈夫だよ! 俺だってクレアにはちょっと言い過ぎたからな! だからアイリス、ここは両成敗という形で……」

 

「そう言ってくださると嬉しいです。しかしそれでは、私の気が済まないのです。何か、して欲しい事はありますか? できる範囲でしたら、私からそうするよう言いますので……」

 

 アイリスはそう言って、俺を見つめてきた。

 ……きっとこの子は、こういう子なのだろう。

 正しい事を述べる勇気。

 悪いと思った時には頭を下げる誠実さ。

 俺には持っていないものをアイリスは持っている。

 なるほど、これならクレアやレインさん、多くの騎士が頭を低くし、彼女に従う理由が分かる。

 きっとそれは、平民の俺には分からないが王の素質なのだろう。

 だがそれ以上に、この子は独りの人間だ。

 王族の前に、一人の可愛い女の子なのだ。

 なら、少なくとも俺はそうしよう。そう接しよう。

 決めた。

 

「できる範囲なら、何でもいいんだよな?」

 

「……はっ、はい!」

 

「ならさ、俺と友達になってくれ」

 

「はい、解りました! すぐにそうするよう手筈を整えますので──えっ? 今なんて?」

 

「だから、友達になってくれ。今の俺は記憶があやふやでさ、友達もいないんだ。だから、友達になってくれよ。……それとも、嫌か?」

 

 恐る恐るそう尋ねるとアイリスは、

 

「……。……ありがとうございます、カズマ様! 是非とも、友達になりましょう!」

 

 そう言って笑顔を浮かべた。

 ……良かった、もし断られたらガチで泣くところだった。

 笑い顔を浮かべるアイリスを見ていると次第に俺も笑顔になる。

 

「よし、それじゃあアイリス! 今からゲームしようぜ!昼は負けたからな、今度は負けないぞ!」

 

「はい、私も負けません!」

 

 俺の名前は佐藤和真。

 俺の異世界での初の友達は一国の王女様だった。



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別れ

 

 俺の名前は佐藤和真。

 アイリスと友達になった俺は現在、

 

「クソぉおおおお! また負けたぁああああ!」

 

 休み時間にやっていたボードゲームを再び彼女と興じていた。

 というか、アイリスが容赦ないのだが。

 昼とは格段に違うその強さに俺はその訳に気づき、アイリスをじとりと見る。

 

「なぁアイリス。お前もしかしてだけどさ、昼は手を抜いていたのか?」

 

「……ええっと、それは……その」

 

 その言葉を聞いて俺は確信する。

 ……どうやら俺は、接待プレイをされていたようだ。

 だがゲーマーの俺が、年下の女の子に負けて──友人になったとはいえ──黙って見過ごせる訳がない。

 しかも接待プレイなどと、俺は断じて認めない!

 俺の雰囲気が変わった事に目敏く気づきおろおろするアイリスを見て俺は、

 

「アイリス、もう一回だ。もう一回勝負しろ! ……いや、勝負してくださいお願いします!」

 

 頭を下げて情けなくお願いするしかできない。

 

「はい、もちろんですカズマ様。何度でも貴方を倒してみせます!」

 

「それじゃあ勝負だ」

 

 再び駒を初期の位置に並べ直しがら俺はある事に気づく。

 

「なぁ、せっかく友達になったんだから、俺の事は呼び捨てでいいぞ? 別に俺は歳とか気にしないし……」

 

「……申し訳ございません、カズマ様。私も何度か心の中で試したのですが……どうやら癖のようでして、すぐには……」

 

「そっか。なら、アイリスのペースで大丈夫だよ」

 

「はい!」

 

 さて、今度は本気で勝ちにいかせてもらおう。

 それに、先ほどまではアイリスの癖を見る為の準備期間だったからな。

 ……決して、最初から本気でいってた訳ではない。

 ないったらない。

 アイリスは引っ込み思案な性格の裏に、かなり脳筋的な思考があるようだ。

 上位職である〈ソードマスター〉を何時も使ってるのがいい証拠だ。

 そしてピンチになれば守っていたアークウィザードのスキル『エクスプロージョン』を使い、勝負をなかった事にする。

 それが分かればどうとでもなる筈だ。

 俺は勝利を確信した笑みを浮かべて。

 

「くっくっ……。悪いなアイリス。アイリスの癖はだいたい分かったからな、これからは俺の独壇場だ!」

 

「あっ、カズマ様もそうだったのですね」

 

 ……えっ?

 

「それじゃあ私も本当に心置き無く戦えます!」

 

 …………えっ?

 

「いきますよ、カズマ様!!」

 

  …………。

 

  …………俺は絶望を揉み消して、不敵な笑みを浮かべる。

 

「とっとと来いやぁああああ!」

 

 ゲームには圧倒的差をつけられて負けました。

 

 

 §

 

 

 翌日。

 ゲーマーらしく寝落ちをしていた俺は、王城内の騒がしさで目を覚ました。

 隣にはアイリスがすやすやと可愛らしい寝息をたてながら熟睡している。

 そんなアイリスを見守っていると、

 

「サトウカズマ! アイリス様をご存知ないか!?」

 

 それを邪魔するかのようにバンっと盛大な音をたてながら扉を開けた白スーツとレインさんが部屋に入ってきた。

 何やら慌てているが、アイリスならここにいるだろうに。

 

「落ち着けよ白スーツ。アイリスならここで寝ているよ。全く、貴族様は朝から煩いですね! もうちょっと配慮をしたらどうですかぁああ!?」

 

「……それについては謝ろう。……そうか、アイリス様は貴様の部屋で御休みになっていたのだな。良かったよかった」

 

「ほら、これで用件はすんだか? ……ならとっとと出ていって! すぐに出ていって!」

 

「……朝から失礼した。それでは私は仕事があるので──って、何故アイリス様が貴様何ぞの部屋にいるのだ!」

 

 朝からギャーギャーと騒ぐ貴族様を呆れて見ながら俺は、

 

「いや、昨日は夕飯の後ずっと一緒にいたからな」

 

「んな!?」

 

「いやぁ、アイリスにまいったと言わせるのに結局今日を跨いじゃってさ、本当にアイリスは強いなぁ」

 

 懇切丁寧に昨日──いや、今日か──の事を話してやる。

 するとクレアは何故か清々しい笑顔を浮かべて腰に吊るしてある鞘から勢いよく剣を抜刀した!

 だが俺は堂々と片手を出す事で奴を黙らせる。

 昨日とは違う俺の態度にクレアは怪訝そうな顔をしながらも剣を納刀した。

 ……本当はかなり怖いのだが。

 

「まぁ、待てよクレア。これにはだな、富士山よりも高く、日本海より深い理由があるんだ。そう、これを聞いたらお前は衝撃のあまり言葉も言え……──」

 

「──早くしろ」

 

「分かりましたクレア様! だからその剣を下ろしてください! ……ま、まぁ何があったのかと言うとだな、アイリスが昨夜俺の部屋に遊びに来たんだよ。それでそのまま遊んでたら何時の間にか寝ていて、さっき起きた訳だ」

 

 アイリスがこの部屋に来たのは本当だし、一緒にゲームをした。

 

 だが一つだけ俺は嘘をついている。

 

 アイリスは途中部屋から出て自室に帰ろうとしたのだが、勝ち星を一つも得られなかった俺はそれが悔しくて引き留めたのだ。

 普段、王族であり子供でもあるアイリスは夜更かしをせず、規則正しい生活を送っているのだろう。

 だが生憎(あいにく)俺は学生兼引き籠り兼ニートだったので一日起きている事何てよくあったので無駄な、いわば『夜耐性』が付いている。

 長期戦に持ち込んで時間を稼ぎウトウトしているところを狙って俺は勝ったのだ。

 ……卑怯だと自分でも少し思うが、これは作戦なのだ。

 心優しいアイリスはきっと許してくれるだろう。

 つまりだが。アイリスがこの部屋で寝ている責任は、殆ど俺にある。

 だがその事を指摘できるアイリスは只今熟睡中だ。

 バレなければ、犯罪ではないのだ。

 

「……今回だけは、不問にしよう」

 

 渋々諦めるクレアを見て俺は。

 

「おいおいどうした白スーツ。お前もしかして風邪でも引いているのか? だったら今日は休んだ方が……」

 

「貴様は人を馬鹿にしないと気が済まないのか! ……アイリス様は、このご年齢で自身の立場をよく解っていらっしゃる。我儘を言わないのは、王族である事を意識している証拠だ。だがな、王族としては立派なアイリス様なのだが、一緒に遊ぶ人はいなかったのだ。何せ、ここは王城だからな、アイリス様と同年代の子供などいる筈もない。だがしかし、忌々しいが貴様はそれを見事にやってみせた。だからなサトウカズマ。これからもアイリス様を短い間だがよろしく頼む」

 

 クレアはどうやら、アイリスの事をかなり心配していたようだ。

 俺も王城で働いていたら、アイリス王女の事を心配するだろう。

 何だったら、涙も流すかもしれない。

 俺はクレアを安心させる為に。

 

「あぁ、俺がここにいる間は任せとけ」

 

「そうか、それでは頼むぞ。……アイリス様私は今から仕事がありますので、失礼致します」

 

 寝ているアイリスに敬礼し、背を向けたその時。

 

「……クシュン。……カズマ様、クレア、おはようございます」

 

 何の因果かアイリスが眠りから目を覚ましてしまった。

 今までの俺とクレアの会話はかなり良かったと自分でも思うのだが、もし朝の騒ぎの犯人が俺だと知れたらどうなるだろうか。

 俺はそれを想像した瞬間、身体が震えそうになるが、ここはグッと我慢する。

 アイリス、頼むから変な事を言わないでくれよ……。

 

「あぁ、おはようアイリス」

 

「おはようございます、アイリス様。それでは私は失礼……──」

 

「──カズマ様、昨日は(ずる)いと思います! 」

 

「ちょっ……ま、待って、待ってくださいアイリス様!」

 

「いいえ、待ちませんとも!!」

 

 俺達のやりとりをおかしいと感じたのか、仕事に向かうはずのクレアがどういう事だと遂に聞いてしまった。

 

「……な、何でもない。それよりシンフォニア卿、貴殿には仕事があるのではなかったのかな? 駄目だぞ、仕事はちゃんとやらないと。アイリス姫にも悪影響を与えてしまうからな」

 

「貴様には聞いていない! ……それでアイリス様昨夜何があったのですか?」

 

「聞いてくださいクレア!。カズマ様ったら部屋に帰ろうとする私を引き留めたのです」

 

 その瞬間、クレアの目が妖しく光った!

 こ、怖すぎだろコイツ……。

 

「ほうほう、それで?」

 

「それでですね、私がうとうとしてた時をカズマ様は狙ってですね、私に勝ったのです! どう思いますか?」

 

「……何か弁明があるのなら聞いてやろう。死刑囚にもそれくらいの権利はあるからな」

 

「まぁまぁ、落ち着けよ二人とも。特にクレア。……アイリス、それは悪かったが隙を見せたアイリスも悪いんだぞ? それにだな、俺の頼みを無視していればそうならなかった訳で……おあいこだと俺は思うんだ」

 

「ですがそれはカズマ様が、『アイリス、俺達は友達だろう? だったら友達に付き合うのは普通だと思うんだ。だからお願いします! もう一回、もう一回だけ勝負してください!』と仰ったからで……」

 

「サトウカズマ! 貴様ぁああああああ!」

 

 本気で殺しにかかるクレアを前に、俺は悲鳴を上げながら城内を逃げ回る事しかできなかった。

 

 

 

 §

 

 

 

 その後も、俺の王城での生活は楽しく続いた。

 

 

 ──そう、それは晴れ渡っていた青空の下で。

 

「カズマ様、このさっかーというスポーツはとても楽しいです!」

 

「そうか、それなら良かったよ。うんうん、やっぱり子供は外で元気よく遊ばないとな」

 

「アイリス様が怪我をしたらどうするつもりだ貴様ぁああああああ!」

 

 

 ──そう、それは分厚い雲が幾重にも重なり土砂降りの雨が降っている日。

 

「このかっぱという服は大変素晴らしいですね! たとえ今日みたいな土砂降りの日でも外に出て遊ぶ事ができます!」

 

「そうだろうアイリス。ほら、そこの草むらから聴こえないか? カエルの合唱が……」

 

「はい、大変素晴らしい歌声です!」

 

「アイリス様が風邪を引いたらどうするつもりだ貴様ぁああああああ!」

 

 

 ──そう、それは数多の星たちが輝いている夜空の下で。

 

「カズマ様、すごいお星様が綺麗です! あれは何座ですか?」

 

「あぁ、あれは夏の大三角だな。すごいなアイリスは! 何も知らないのに夏の大三角を見つける何て!」

 

「ありがとうございます。あの星達がとても綺麗に輝きなさっているものですから……」

 

「おぉ、これは綺麗だな。サトウカズマ、良くやったぞ! これならアイリス様にも悪影響を与えない!」

 

「あっ、カズマ様! 今星が動いていたのですが、あれは何ですか!?」

 

「……ま、マジかアイリス! それはなアイリス、流れ星といって──」

 

 

 その後も俺は王城で、という条件であったが様々な事をアイリスとした。

 王都に出る秘密の抜け道を探したり、宝物庫に忍び込んで俺だけ怒られたり、授業をサボってお昼寝したり、夜更かししてゲームをしたり……。

 この三ヶ月のでき事を思い返すと、本当にキリがない。

 だがそんな楽しい日々も今日で終わってしまう。

 そう、明日から俺は王城から……いや王都から出て駆け出し冒険者の街アクセルへと旅立つのだ。

 レインさんからこの世界の事を詳しく教えて貰った俺は、本来ならとっくの前にこの地を去らなければならなかったのだが……アイリスと楽しく過ごしていたら冒険に出る、という目的を忘れていたのだ。

 

「ふっ、そろそろ旅立たねばな……」

 

 王城内での思い出を振り返っていると、

 

「いや、私は貴様が常識を知った時点で早く出て行けと言っていたのだが……もはや何も言うまい」

 

 白スーツがそんな事を諦観した様子で告げてくる。

 それを俺は華麗に無視して恩師であるレインさんに向き直り。

 

「レインさん、この三ヶ月の間本当にお世話になりました。貴女から教わった事は決して忘れません。……何か困った事があったら言ってください。矮小(わいしょう)な私ですが必ずやお力になりますので!」

 

「カズマ様、それは解りましたからくれぐれも他の方にご迷惑をかけないようにしてくださいね、後生ですから!」

 

 涙を流しながら手を取り別れを惜しんでいると。

 

「おい貴様。どうして私とレインだとそんなに態度が違うのだ、答えろ」

 

 恐らくこれで会う事はないと思うので、俺は正直に一言。

 

「レインさんの方が圧倒的に人格者だと思うから」

 

 摑みかかってくる貴族様を何とか引き剥がし、何となくアイリスを見ると……そこには悲しそうな顔をしている女の子がいた。

 アイリスは俺の目線に気づいたのであろう。

 すぐに無理やり笑顔を作り、俺を見返してくる。

 俺が気づいたのだ。

 家臣であり、護衛でもある二人が気づかない筈がない。

 

「私達は今から仕事がありますので……」

 

「そうだな……」

 

 部屋を出る瞬間、クレアが『アイリス様を泣かせたら殺す!』と口パクをしていった。

 レインさんは『アイリス様の事、お願いしますね』だ。

 ……何も俺は、無駄な三ヶ月を送ってきた訳ではない。

 俺は最弱職の〈冒険者〉だが唯一のメリットとして本職には及ばないもののスキルポイントが許す限り全てのスキルを得る事が可能なのだ。

 このスキルというのはいわゆる職業の技であり、中には決められた職業でなければ取得できないスキルもあるらしい。

 ここ王都では、かなりの冒険者が訪れ滞在していく。

 俺は基本アイリスと遊んでいたが、彼女にどうしても外せない用事があったら王都に出てギルドに赴いたり、冒険者と会って話をしたりしたのだ。

 最初は舐められたが、俺の現在の寝床を教えると彼らは優しくなり、そんな優しい彼らは親切にスキルを教えてくれた。

 そう、これは王家の権力を勝手に使った脅迫では断じてない。

 れっきとした取引だ。

 数々のスキルを取っていった俺だが、その中に『読唇術』スキルと言うものがある。

 これは字の如くそのままの意味で、対象の唇の動きを読む事によりその意味を大まかにだが知る事ができる優れもの。

 クレアとレインさんは俺が『読唇術』を取っているのを知っているから口パクで伝言を残していけたのだ。

 俺が『読唇術』スキルの有能性に改めて感嘆していると、服の袖を強く引っ張るアイリスがそこにいた。

 きっとそれは、無意識なのだろう。

 それゆえ、とても力が強いのだが。

 

「……明日の朝には、行ってしまうのですね」

 

「……そうだな」

 

 ここで嘘を言っても仕方がない。

 俺が肯定するとアイリスは、泣きそうな顔になりながら、

 

「……行かないでください、と私は言う事ができません。……とても寂しいですし、悲しいですが……カズマ様の人生なのですから…………。もう二度とあなたとは会えないのですね……」

 

 ……そんな顔で言われたら、迷っちゃうじゃないか。

 ……アイリスの言う通り、明日別れたらもう王城には二度と訪れる事はないだろう。

 普通に居座っていたが、クレア曰く俺は素性の知れない平民だ。

 ……そもそも、俺は恵まれていたのだ。

 駄女神のミスとはいえ、寝床と美味しい食事を出され、この世界で初めての友達が可愛い女の子何て、恵まれてるにもほどがある。

 だけど。

 仲良くなった女の子を泣かせるほど、俺は落ちぶれていない。

 俺は笑顔を作って、『コンビニに行こうか』くらいの調子で明るい声を出しながら言った。

 

「なぁ、アイリス。確認なんだが、魔王軍の幹部はまだ誰一人として倒されていないんだよな?」

 

「……? はい、そうですがそれが何か……?」

 

「ならさ、俺が倒すよ。俺が倒しまくったらアイリスがこう言えばいい。『魔王軍幹部を倒した功績者を招きましょう!』ってな。そうしたらまた会えるさ」

 

「……本気、ですか?」

 

 アイリスがそう言うのも無理はない。

 何せ、何年経ってるかは知らないが魔王軍幹部は未だ誰一人欠けずに人類へと攻撃しているのだ。

 チートも持っていない俺なんかが討伐に行っても九分九厘死ぬだろう。

 正直、冒険何てする気は殆ど残っていなかったが、こうなったら話は別だ。

 俺は安心させる様にアイリスに微笑んで。

 

「俺を誰だと思っている? この国……ベルゼルグの第一王女であるアイリスの友達だぞ?」

 

 そう言ってやればアイリスは今までの中でも特に輝くような笑顔を浮かべて、

 

「……はい、また会いましょう!」

 

 

 

 §

 

 

 

 俺の名前は佐藤和真。

 今からレインさんの魔法『テレポート』によって俺はアクセルへと行く駆け出し冒険者だ。

 

「……本当によかったのですか? 必要最低限なお金だけ持っていくのは……」

 

「そうだぞサトウカズマ。貴様の事だから最高級の武器と防具を寄越せ! くらいは言うものだと覚悟していたのだが」

 

「おい、失礼にもほどがあるだろう白スーツ」

 

「そう思われたくなかったら、理由を答えろ」

 

「そんなの決まってるだろ、その方が楽しいからさ。あと、そんなものを装備していたら他の冒険者からやっかみを受ける気がしたからです」

 

「……貴様という奴は。まぁいい、もう貴様とは会わないからな、精々する」

 

「それは俺もそうだよ。……レインさん、お願いします」

 

「はい畏まりました。それでは魔法の詠唱を始めますので、少々お待ちを」

 

 レインさんが呪文を言い終えるまで時間が少しあるので俺は出送りに来てくれた人達を眺めた。

 リーシャン、クレアにレインさん。

 そしてアイリス。

 我慢ができなくなったのだろう。

 アイリスは涙をぼろぼろと流しながら、

 

「約束、守ってくださいねカズマ様。それと、手紙だったらできますのでもし良かったら……」

 

「生活が落ち着いたら送るよ。それともちろん、約束は果たすから」

 

「……! ……はいっ 」

 

「アイリス様、そろそろ……」

 

 そう言ってクレアがアイリスを呼び、最初の位置に戻る時、アイリスは突然振り向いて………。

 

 

 俺の頬にキスをした。

 

 

「「「!?」」」

 

 誰もがその光景に釘付けになるなか、当の本人であるアイリスは、

 

「それではまた! 私の初めての友達!!」

 

 そう言って太陽の如く暖かい笑顔を浮かべる。

 そして…………。

 

「そろそろいきますよ! 『テレポート』!!」

 

 俺の視界は真っ白に染まった。

 

 

 §

 

 

 そして現在。

 アクセルの街に着いた俺は。

 

「あー! やっと見つけたわよこのヒキニート!!」

 

「アクア様!? 一体どうなさったんですか!?」

 

 どこかで見た駄女神とイケメン、そして声こそ出していないが突っ立っている女二人に囲まれていた。

 というか、待て。

 何で仮にも女神であるお前がいるの!?

 

 あれぇー。

 

 



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この素晴らしい仲間達に祝福を! 駆け出しの街 駄女神と女神様

 

 友達になったアイリスと別れ、駆け出し冒険者の街アクセルへとレインさんの魔法、『テレポート』によって送られた俺は現在。

 

 

「あー! やっと見つけたわよこのヒキニート!」

 

 

 どこかで見た事がある女の子に絡まれていた。

 俺は取り敢えず笑顔を作り……

 

「あの、どちら様ですか? 私の名前は佐藤和真というのですが、あなたとは初対面の筈。きっと、他人の空似でしょう。それでは私はこれで」

 

 ……知らない人アピールをしてギルドに向かおうとしていた。

 ギルドへと足を向けた時、服の襟を女の子とは思えないほど強く掴まれてしまう。

 ……強くても服の袖だったアイリスを見習わせたいものだ。

 引き離そうとしても、離れない。

 俺は浅くため息を吐いて。

 

「……それで何だよ、この駄女神が」

 

「駄女神とは何よ! 私の名前はアクア。水の女神様何だから、もっと私を崇め奉りなさい、このヒキニートが!」

 

「すみません、あなたはこの自称女神の仲間ですか?」

 

「無視しないでよ!」

 

 きゃいきゃいと騒ぐ駄女神を俺は華麗にスルーして、仲間と思われる人達と話をする事にした。

 そう、したのだが……。

 俺は今、パーティーリーダーと思われる男を見た瞬間、殴りたい衝動に駆られた。

 仮にだ。

 もし仮に未だに後ろで騒いでいる女と男の後ろにいる女性二人が仲間だと言うのなら、俺は聖なるグーを男の腹に撃ち込むかもしれない。

 そう。

 この男性はイケメンという自分のステータスをフルに使って男の夢であるハーレムを作っているのだから!

 俺が内心警戒していると、男はそれに気づいていないのか人柄が良さそうな笑顔を浮かべて。

 

「ええっと、はじめまして。僕の名前は御剣響夜(みつるぎきょうや)。女神様の仲間で、このパーティーのリーダーを務めています」

 

「キョウヤ、アクアは女神じゃないって! 女神と思い込んでいる可哀想な女性よ!!」

 

「そうだよキョウヤ!」

 

「ははは、何を言ってるんだい2人とも」

 

 アクアを女神と確信している様子から、俺はピンときた。

 恐らくコイツは、日本から来た転生者に違いない。

 アニメの主人公みたいな何とも羨ましい名前だが……ギリギリ日本人らしい名前だ。

 きっと親御さんもコイツがイケメンハーレムを作ると予想していたから、イタイ名前をつけたに違いない。

 そして次の証拠に奴が腰に吊るして存在感を放っている剣だ。

 別に俺はそれが名剣だとかどうか知るスキルは持っていないが、王城にいた時アイリスと共に宝物庫に潜入した事があり、あのような武器を何度か見た事がある為分かる。

 きっとその武器がこの男が選んだチートなのだろう。

 殴りたい気持ちが先程の二倍になるが、ここはグッと我慢して。

 

「俺の名前は佐藤和真。……それじゃあサヨナラ」

 

 俺はこんな気に食わない奴とは好き好んで話すつもりは毛頭ないので、挨拶もほどほどに別れようとした。

 ……何故アクアがここにいるのかだとか知りたいと思わなくもないが、まぁ知ったところで特に意味はないだろうし、そんな時間があるのならギルドに行った方が百倍マシだ。

 俺が背を向けた時、またもや襟を掴まれる。

 それに俺はいやいやながら振り返り、

 

「何だよ。俺は今から用事で忙しいんだ。お前に構ってる暇はない」

 

「そんなのどうでもいいわよ! 私はね、アンタのせいでここにいるのよ!? 責任とりなさいよ!」

 

 そんな聞き捨てならない事を大声で喚き散らした。

 

「……おい、それはどういう事だ。別に俺はそんなの全く記憶にないんだが、聞くだけ聞いてやる。ミツルギ、悪いが時間をくれないか?」

 

 こうして俺は貴重な時間を使って駄女神、もとい水の女神であるアクアと話し合いをする事になった。

 

 

 

 §

 

 

 

 とある高級レストランの中。

 場所を指定したのはこの舐めている女なのだが、それに応えるイケメンもどうかと思う。

 ちなみに、取り巻き二人は現在この場にいない。

 ミツルギが席を外すよう二人に頼んだからだ。

 最初は『私達もいさせてよ!』と中々引き下がらなかったがイケメンだけに許される完璧の笑みを浮かべたら渋々ながらも遊びに行ったのである。

 高級ワインを一気飲みした後、アクアの独白が始まった。

 

「あの後、ヒキニートが下界に降りた後、私はスナック菓子を食べながら迷える子羊達を導いていたわ。アンタのせいでノルマ達成が難しくなったけど、そこは私。偉大な先輩である私は日々助けている後輩に頼んで手伝ってもらいながら何とか一日を終えたのよ」

 

 ミツルギがアクアに尊敬の目を向けているが、俺は騙されない。

 そもそも、スナック菓子を食べながら仕事をするなと声を大にして言いたい。

 というか、コイツは本当に仕事をやったのか?

 ……認めたくないが、俺とこの駄女神は本質は殆ど同じだろう。

 だからこそ、分かる。

 この自称女神様は、後輩に仕事をさせたに違いない。

 俺だけが胡乱気な目線を向けるなか、アクアの独白は続く。

 

「それでね、丁度その日は女神様が集まる会議があったのよ。後輩と一緒にそのまま会議に行ったんだけどね。会議と言っても、近況報告のようなもの。何時もなら滞りなく終わって、私はその後テレビを見てだらけているわ。……けど、その日は突如終わりを迎えたの。そう、このヒキニートがチートを持って行かずに転生したからね!」

 

 ビシッと俺を指すアクア。

 ミツルギは正義感溢れる目で俺を睨みつけて……

 

 ──というか、ミツルギの反応がおかしい。

 

 仲間を疑いたくない気持ちはまぁ……分からなくもないが今までの話を振り返ると、この時点では俺は責められる謂れはないはずだ。

 つまり。

 つまりである。

 

 ……このイケメンはアクアに恋をしているのではないか。

 

 ……。

 ……いやいや、落ち着くんだ佐藤和真。

 それは早計にすぎるだろう。

 

「そう、珍しく会議は真面目に開かれたわ。その議題とは『佐藤和真のチートどうする?』よ。異世界転生をするにあたって、その人はチートを持っていかなくてはならない。これは、天界のルールなのよ。……そして、録音してあった私とカズマのやり取りを会議に出席していた女神達がそれを見て、判断しようと思った訳。でね、ここからが本題何だけど! 皆ったらヒドイのよ! 私が悪いって皆言うのよ!? どう思う、ミツルギ!?」

 

「……何故、佐藤和真はチートを選ばなかったのですか、アクア様?」

 

「時間切れよ、時間切れ! この男はね、適当に選べばいいのに悩みに悩んだのよ。それで、やっと決めたと思ったら選び直すとか言っちゃって……。それで時間切れになったのよ!」

 

 ふむ、確かに俺も悪いとは思わなくもない。

 だがこの駄女神は肝心な事を忘れている。

 

「おいこら、待てよこの駄女神が! そもそもお前が制限時間があります、とか事前に言えば良かっただけじゃないか! そもそもだ、他の女神達がお前を批判するのは多分その制限時間を言う事がルールだからだろ、多分! 違うのか!?」

 

「うっ……。それは、そうだけど……」

 

「ほらみろ! つまり俺は悪くない!!」

 

「何よ! このヒキニートで童貞が!! だから友達もネットの中にしかいないのよ!!」

 

 こ、コイツ…………!!

 俺がドタンと机を叩き椅子を蹴り倒すのと、アクアがそれをやるのは同時だった。

 このまま掴み合いになろうとした時──

 

「──お客様、これ以上騒ぐのでしたらお引き取り願えますか? 他のお客様に迷惑がかかりますので」

 

 辺りを見回すとそこには……上級階級にいる人達の冷たい目線が待っていた。

 俺とアクアは同時に。

 

「「すみません」」

 

 ウェイトレスにお叱りを受けた俺達は再び椅子に座り、

 

「……それで、それとお前が下界にいるのとどう繋がりがあるんだ?」

 

「アンタ、最初私を連れていこうとしたでしょ」

 

 俺は正直に。

 

「うん」

 

「……。……アンタがそんな事を言おうとしたから、私がここに強制的に降ろされたのよ! 最高位の女神様がね『じゃあアクア、あなたが下に行ってきなさい。それでサトウカズマ様のチートの役割をこなしてくるのです。……いやぁ本当にカズマさんには感謝してもしたりないわ。……これで邪魔者が消える』って言って……!」

 

 先ほどの事があったのにも関わらず喚き散らす駄女神を見て俺は思わず固まっていた。

 えっ、何この展開。

 コイツを俺のチートにする?

 その光景を想像してみよう。

 ……。……きっと俺はこの使えなさそうな駄女神と冒険したら理不尽な目にあうのだろう。

 それは熟考した結果一言。

 

「断る」

 

「…………コロス!!」

 

 ……そして俺は突如殴りかかってきた駄女神の拳を腹に入れられ意識を失った。

 

 

 

 §

 

 

 

「私の部下が本当にすみません」

 

 

 ふと気づいたら俺はその部屋──いや、空間か──に設けられた木製の椅子に座っていて、そんな事を告げられた。

 突然すぎて何が何だが分からない。

 そんな理解し難い事を告げてきた相手は目の前にいた。事務机と椅子があり、その椅子に座っていた女性を見た時俺は思わず驚きの声を上げてしまった。

 そう。

 

 そこにはとてつもなく小さな女の子がいたからだ。

 ……。

 

「……あの、そんな同情の目で私を見ないでください。悲しくなって泣いてしまいますので……」

 

 どうやら、俺の考えは筒抜けのようだ。

 

「サトウカズマさん、はじめまして。私の名前はジャンヌ。地球で歴史に名を残しているジャンヌ・ダルクとは一切関係がないので、勘違いしないでくださいね」

 

 その女の子、改めジャンヌはそんな自己紹介をしてくる。

 ジャンヌの事を述べるなら、簡単だ。

 

 銀髪ロリ、以上。

 

 

「……カズマさん、この度は私の部下が本当にすみません。あの子には何度も叱ってはいるのですが……生来(せいらい)のあの性格は中々治らず……」

 

 

 なるほど、どうやらアクアと俺はやはり同じ性質のようだ。

 ……決して、決して認めたくないが。

 

「それでジャンヌ様、どうして俺は此処に? あなたが俺を呼んだのですか?」

 

「はい、そうです。カズマさんは時間切れ、という形でチートを持っていけませんでした。これはあの子の失態です」

 

「それは分かりました。じゃあもしかして、俺に改めてチートをくれるんですか!? ありがとうございます!」

 

「いえ、それは無理です」

 

 俺は一人勝手に盛り上がるが、そんな夢はすぐに消えた。

 ですよねー。

 

「ここからは私の独白なのですが、聞いてください。あの子、アクアはこれまで数々の失態を犯してきました。……そう、それはスナック菓子の食べ過ぎで太りすぎたり。……そう、それは仕事を後輩に無理矢理やらせたり。……そう、それは無断欠勤して天界のゲームセンターに行って有り金全部使って借金まみれになったり」

 

「……何でそんな奴が女神やってるんですか」

 

「こほん。それでですね、今回のでき事が起こりました。私もとうとう堪忍袋の緒が切れてしまって……その…………」

 

「それで思わずアクアを落としたんですね」

 

 ……何て(女神)だ。

 いくら俺でもそこまではしない……と思う。

 というか、天界にもゲームセンターはあるのかと突っ込みたい。

 

「カズマさん、アクアに伝言をお願いします。……『あなたが魔王を倒したら、再び天界に戻しましょう』と。」

 

「あぁ、はい。分かりました。けどその前に一つだけいいですか? アクアの奴が自分の事を俺のチートとかほざいているんですが……」

 

「あぁ、それでしたら大丈夫ですよ。どうやらアクアには既にパーティーを組んでいる仲間がいるようですし、カズマさんが彼女と一緒に行動をしなくても別に構いませんよ。……それにあの子といたら……その……ね?」

 

 きっとこの女神様は苦労してきたのだろう。

 俺はそんなジャンヌ様に同情していると。

 

「本来なら、あなたはチートを持てないのですが……私個人からのプレゼントを差し上げましょう。……それは、『一回だけ死んでも蘇る』というものです。どうでしょうか?」

 

 ……何て良い女神なのだろう。

 あの駄女神に見習わせたい。

 俺が感動のあまり泣いていると、

 

「それでは、私と会う事は二度とないでしょう。カズマさんの冒険を陰ながら応援しています。それでは!」

 

 ジャンヌは指をパチッと鳴らして、天井に扉を開けた。

 それに強制的に引っ張られる俺は最後に一言。

 

「ジャンヌ様! 身長低くても大丈夫ですよ! 俺は気にしませんからぁあああああ!」

 

 

 §

 

 

 目を覚ますとそこは、高級レストランの中だった。

 

「……良かった。気を失ったのは数秒でしたね、アクア様!」

 

「ふふん、当然よ! 何せ私は最上職の一つである〈アークプリースト〉何だから、こんなの御茶の子さいさいだわ!」

 

 むくりと身体を起こし、そんなアクアをジト目で見る。

 

「な、何よその目は! ……ちょっ、何でそんな長いため息を吐くの!?」

 

「いや、何でもないさ。ミツルギ、頑張れよ。俺はお前を(色んな意味で)応援するから」

 

「そ、そうかい? ありがとう和真」

 

 何故かフルネームからカズマと呼び名が変わっているがそこは無視していいだろう。

 俺は(色んな意味で)対照的だと思われる二人を半眼で見ながら。

 

「おい自称女神。お前が天界に帰る方法は、魔王を倒す事だそうだ。これは女神ジャンヌ様の伝言だからな……確かに伝えたぞ」

 

「はぁあああ!? そんな簡単に言うけど無理に決まってるじゃない! ……というか待って、今アンタ、ジャンヌ様って言った!? 言ったわよね!?」

 

「……アクア様、必ずや僕が魔王を倒しますので安心してください。そしてもし魔王を倒したら僕と……あの、アクア様? 聞いていますか?」

 

 俺は席を立ちそんな彼らの会話を背に聞きながら高級レストランを出た。

 最後まで騒いでいたので結果的に迷惑をかけてしまったお店の人達を見ながら俺は……──

 ──出る際にウェイトレスを捕まえて一言。

 

「すみませんね、煩くしちゃって。俺の代金はアイツらが払いますのでご安心を。それと……代金の二倍の金額をとっても大丈夫ですので」

 

 そのウェイトレスさんは清々しい笑顔を浮かべて俺を見送った。

 

 

 §

 

 

 レストランを出た後俺はギルドに向かった。

 レインさんから『カズマ様、アクセルの冒険者ギルドに着いたらこの手紙を渡してください。これにあなたの事情が書いてあります。きっと職員はあなたを無下にできない筈です』と言われていたからだ。

 何ていい人だろうか。

 その時俺は恥じたものだ。

 何故俺はこんな聖人に何度もセクハラをしたのだろう、と。

 恩師への尊敬の念は絶えない。

 俺は金髪巨乳の年上お姉さんに声をかける為、長蛇の列に並んだ。

 

 そう、これは必然なのだ。

 

 こういった美人のお姉さんが理由もなしにこんな駆け出しの街にいるはずがない。

 きっとそれなりの理由があったりするはずだ。

 ……別に、柔らかそうな大きいおっぱいに惹かれた訳ではないのだ。

 

「はじめまして、ですよね? ようこそ、駆け出しの街アクセルの冒険者ギルドへ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 無言で手紙を差し出し、お姉さんはそれをふむふむと言いながら読み始めた。

 だが途中で俺の事を変態を見る目で見てきたのは何故だろう。

 

「はい分かりました。……サトウカズマ様ですね? 貴族のレイン様からあなた様の事は把握しました。それでは一応、確認させていただきます。カズマさんは、職業〈冒険者〉で間違いありませんか?」

 

「はいそうです」

 

「それでは、スキルの取得方法や、レベルアップなど基本的な事は知っていますか?」

 

「はい大丈夫です」

 

「分かりました! カズマさんが冒険するに当たって、一つだけアドバイスしますと、まずは仲間を作りましょう。この張り紙をあちらの掲示板に貼って、興味を持った人がいたらカズマさんの元へと行く筈です。その後はその人と面接なりして、晴れてパーティー結成となります。パーティーには臨時と永続の二種類があるのですが、それもパーティーを結成する際に決めてください。……それでは、カズマさんに仲間ができる事を陰ながら応援しています!」

 

 そんな風に送り出された俺は貰った張り紙に必要な事を記入していった。

 

 

 〔パーティーメンバーを募集しています。

 メンバーは〈冒険者〉の私、サトウカズマだけですが職業、レベルは問いません。一緒に冒険をしませんか?〕

 

 まぁ、こんなものでいいだろう。

 俺は早速それを貼って、仲間となる人を待つ事にした。

 

 

 §

 

 

 俺の名前は佐藤和真。

 パーティーメンバーを募集した俺は現在。

 

「おら小僧! さっさと働け!!」

 

「分かりやした、親方!」

 

 アルバイト生活をしていた。

 そう。

 募集したのは良いのだが、今日に至るまで誰も俺に声をかけなかったのだ。

 ……それはきっと、俺の職業のせいだろう。

 何せ、最弱職である〈冒険者〉だ。

 誰もそんなに奴のパーティーになど入りたがらない。

 その事をすぐに察知した俺はならばと逆にパーティーに入ろうとしたのだ。

 だがこれも上記の理由で断られしまい。

 路頭に迷っていた俺を土木工事の親方が拾ってくれたのだ。

 賃金こそ少ないが、寝床と食事を取るお金は出してくれるので有難い。

 ……まぁ、寝食は馬小屋で、食事はギルドの一番安い唐揚げ定食なのだが。

 

 俺の生活は至ってシンプルだ。

 まず、朝早くに起床し準備運動。

 その後は借りている馬小屋を掃除する。

 その次に朝飯を買いに行きつけのパン屋に赴き、一番安い卵サンドを購入。

 食べ歩きながら冒険者ギルドに向かい、ギルド職員に誰かパーティーメンバーになりたがっていた奴はいないのか聞き、いつもの結果に落胆する。

 そして、土木工事のアルバイトを一日中して。

 汗を流す為大衆浴場に行き、お金があったらきんきんに冷えたミルクを飲む。

 最後に冒険者ギルドに行き、夕食の唐揚げ定食を食べながら仲良くなった冒険者と雑談。

 ギルドの閉店時間ぎりぎりまで来るかも分からない仲間を待つ。

 俺が夢描いていた異世界生活とは日を跨ぐ事にかけ離れていく。

 

 そんな日々が何週間目になろうとした時。

 

「すみません、張り紙を見たのですが……」

 

 一人寂しく孤独に過ごした俺にもとうとうそんな人が訪れた。

 その声の主を見るとそこには……

 

 ──魔法使いの格好をした小さな女の子が所在なげに立っていた。

 

 どことなく気だるげで、眠そうな赤い瞳。

 そして、肩口まで届くかどうか微妙なところまで伸びた黒髪。

 整った容姿を見て俺が思った事は……!

 

「あぁ、ロリっ子か」

 

「違います!」

 

 いや、そうは言ってもそう見えるのだが。

 年齢は多分、アイリスより少し上あたりか。恐らく、十三歳か、十四くらいの間だろう。

 何で俺の知り合いはここ最近子供が多いのかな……と思ったその時、そのロリっ子は突然バサッとマントを翻して、

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者……!」

 

 …………。

 

「……冷やかしに来たのなら帰ってくれ」

 

「ち、ちがわい!」

 

 俺の名前は佐藤和真。

 俺が胸踊るような冒険ができるのは、まだ先かもしれない。

 






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爆裂娘

 

 俺の名前は佐藤和真。

 異世界転生してからもう少しで三ヶ月と半月が過ぎようとしているが、未だ冒険の『ぼ』の字もしていない駆け出しにもなっていない冒険者だ。

 そう。

 俺は現在、金髪美女のお姉さんの助言に従って仲間を集めている最中なのだ。

 そして、そんな俺の元に現れたのは……!

 

「……この唐揚げ定食、安い割にはとても美味しいですね!」

 

 自称〈アークウィザード〉を名乗る小さな女の子だった。

 俺は貪るように唐揚げを口に運んでいる女の子を憐れみのこもった目で見て。

 

「……なぁ、自称アークウィザードさん」

 

「……? 何ですか? それと私は自称ではなくれっきとした〈アークウィザード〉です。はい、冒険者カードです。偽装できないので本物ですよ! あと、私の事はめぐみんと呼んでください」

 

「分かったよ。……ところでアークウィザード」

 

「おい、両親が私につけてくれた名前に文句があるのなら聞こうじゃないか」

 

 そう言って俺を強く睨みつけるのだが……箸を動かす手は止まっていないため何にも怖くない。

 このロリっ子属性の女の子の名前はめぐみん。職業は〈アークウィザード〉。

 腹ペコ女の子改めてめぐみんは何でもここ最近栄養をとっていなかったらしく、初対面の俺にこう言ってきたのだ。

 

『……大変お恥ずかしいのですが、ご飯を頂けませんか? 三日何も食べていないので死にそうなのです』

 

 だったら働けよと突っ込みを入れたいところだが、俺と違って子供のめぐみんでは土木工事といったアルバイトができないのだとか。

 

「ふぅ、感謝します。危うく本当に死にそうでした」

 

「あぁ、それは良いんだけど。……それは兎も角お互いに自己紹介しないか?」

 

「そうですね。それでは……我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし……──

 

「それはもういい」

 

「あっ、そうですか。…… では改めてめぐみんです。職業は〈アークウィザード〉で、紅魔族でもあります」

 

 紅魔族、という単語を聞いた瞬間俺は。

 

「よし、それじゃあまたなめぐみん! また機会があったらパーティー組もうぜ!!」

 

 一直線に帰ろうとした。

 服の袖を強く握るめぐみんの手を振り払おうとしながら俺は、王城で恩師から聞いた事を思い出した。

 

 

 §

 

 

 そう、それは珍しく俺が授業を真面目に受けようと決めた日だ。

 その日の俺はその前日、アイリスにゲームで勝ち越しする事ができたため気分が良かったのだ。

 運が絡むゲームだったら俺はそんじょそこらの人間には負けないらしい。

 俺はそれを確信し、アイリスをぼこぼこにした。

 そのせいで今朝方まで拗ねていたのだが誠心誠意土下座をしたら許してくれた。

 その時の目がかなりグサッと精神的に来たが、背に腹は変えられない。

 俺の真面目な態度からセクハラはしないと理解したレインさんは安堵の息を吐きながら授業を始める。

 

「それでは授業を始めます。今日教える事は『紅魔族』という種族に対してです」

 

「……紅魔族、ですか? それって一体……」

 

「紅魔族とは、数々の大魔法使いを輩出してきた種族です。彼らの容姿は黒髪に紅目といった方が多く、珍しいのですぐに分かると思います」

 

「へぇ、まさにエリートって感じだな」

 

 俺が感嘆の声を出していると共に授業を受けているアイリスが、

 

「しかし、そんなエリートな紅魔族ですが少々困ったところがあるのです。あと、変なところもあります。その具体的な例としては、彼らの名前でしょうか。例を挙げるとですね、『きみきみ』とか『あさみゃん』とか『シンダカカメラ』など、本当に変な名前なのです」

 

「……へ、へぇそうなのか。…………ま、まぁ、人にはそれぞれ価値観があるからな! 別に少し名前がおかしくても紅魔族は強いんだろ? ならちょっとおかしくても大丈夫だと思うんだが」

 

「カズマ様、紅魔族の恐ろしさはここからです。彼らはまず『売られた喧嘩は買う』というスタンスを持っています。それがどんなに些細な事でも。そしてですね、一番困るのが彼らの性質でして、『格好つける』事を彼らは生き甲斐にしています」

 

「……? アイリス、それくらい良くないか? 俺だって格好つけれたらそうしたいさ」

 

「それが例え、『強大なモンスターを前に仲間がやられそうな時、格好つけるタイミングを狙って救出するのを遅らせる』……そんな理由でもですか?」

 

「アイリス、俺は間違っていたようだな」

 

「はい! 分かっていただけて嬉しいです! ですからカズマ様も注意してくださいね!」

 

「……あのぉ、アイリス様? それは私が説明する事なのですが……」

 

 物知りなアイリスを褒めちぎっていると、先生がそんな事を一人愚痴っていた。

 決めた。

 そんな色んな意味で危ない奴とは仲間になるのはやめよう。

 命が何個あっても足りないからなぁ……。

 

 

 §

 

 

 結局根負けした俺は面接を再開する事に。

 

「だってお前ら、厨二病何だろ?」

 

「ちゅうにびょう……? 何ですかそれは?」

 

「あぁ、そっか。日本の言葉だからな、無理もないか。……いいかめぐみん。厨二病というのはだな、自分に秘められし力があるとかそんな事を本気で思っている奴の事だ。奴らはな、自分の事が一番格好いいと思っているんだよ」

 

「なっ、私をそんな奴と同じにしないでもらいたい! 少なくとも私は仲間をそんな風に扱いませんよ! ……多分」

 

「今多分って言ったか?」

 

「言ってないです」

 

 何やら不安になるが、まぁ一度パーティーを組んでクエストを受けてからこの先を決めるのもいいのかもしれない。

 

「ご馳走様でした。……それで、どうですか?」

 

「実際の戦闘でどれくらい戦えるか。それを見てからだな。ここはひとつ、お試し期間という事で……」

 

「おい、私を消耗品のように扱うのは止めてもらおうか!」

 

 ぎゃいぎゃいと目の前にいるロリっ子が騒がしいが俺はそれを華麗に無視し、受付の元へと向かった。

 金髪巨乳美女のお姉さんは笑顔を浮かべて俺を迎えてくれる。

 

「あっ、やっと仲間ができたんですね!」

 

 そう言って眩しい笑顔を俺に向けてくれる。

 この女性は様々な事を俺にしてくれた。

 そう、それは。

 冒険者ギルド内でパーティーが中々仲間が集まらない事に対してストレスを抱えていた俺の愚痴を聞いてもらったり。

 その時、目の保養にその大きい山を拝ませてもらったり。

 逆に、お姉さんの仕事での愚痴を聞いたり。

 曰く、冒険者の目つきはイヤらしいものが多いらしく、営業スマイルを浮かべるのに苦労しているそうな。

 ……まぁ、俺は賢いのでそんなガン見はしていないのだが。

 そう、俺は男の中の男。紳士なのだ。

 兎も角、得てしてそんな傷の舐め合いをしていたせいか俺はこのお姉さんと仲良くなる事ができたのだ。

 俺はついてきためぐみんを片手で指し。

 

「はい、ようやくですよ。今からこのめぐみんと簡単なクエストを受けようと思うんですが、何かお手軽なものはありますか?」

 

「……!? め、めぐみんさんとですか!?」

 

 えっ、何その反応。

 

「ふっ、そうですよ受付のお姉さん。紅魔族の私がこの駆け出し冒険者に手を貸すのです!」

 

 そんな舐めた事を言うめぐみん。

 まぁ、確かに俺は駆け出し冒険者だが。

 これでも王都では他の優しい冒険者からスキルを教えて貰ったのだ。

 それらを上手く使えば多分、大丈夫だろう。

 ……大丈夫だろう。

 …………別に、お姉さんの目が同情の眼差しをしている事に気づいていない訳では無いのだ。

 

「……そうですね、これはどうでしょうか? 『ジャイアントトードを十匹討伐』。これなら成り立て冒険者のカズマさんや問題行動が目立つめぐみんさんでも大丈夫なはずです」

 

 流石はギルド職員。

 レベルに見合ったクエストを提示するのに慣れている。

 俺がその異世界らしさに思わず感動していると、お姉さんが手でこっちに来いと合図を送ってきた。

 

「何ですか? もしかして、デートのお誘いとか? すみません、それはちょっと……」

 

「違います! 真面目な話、あの紅魔族の方といる時は気をつけてくださいね。何時も問題行動を起こして困っているんです」

 

 なるほど。

 先程は聞き流したがどうやらあのアークウィザード兼ロリっ子は問題児のようだ。

 俺はその問題児であるめぐみんを真顔で見て、目を光らせておく事を決心した。

 

「何をこそこそ話してるんですか? 早く行きますよ?」

 

「いや、何でもないよ!」

 

 

 §

 

 

 雲ひとつない、鮮やかな青色の空の下。

 こんな天気がいいなら、昼寝に最も適しているだろう、そんなお天道さまの下で。

 アイリスは元気かなぁ、と思いながら俺は。

 

「うわぁああああああ! 無理、無理無理無理無理! 何なのコイツら、キモすぎる! めぐみん、いやめぐみん様! 魔法はまだですか!?」

 

「ちょっと待ってください! 『黒より黒き闇より深き漆黒に……──』」

 

 そう。

 俺は今巨大なカエル型モンスター、ジャイアントトードに追いかけられていた。

 俺の装備といえば、短期アルバイトで得た小金を貯めて買ったショートソード一本のみ。

 防具など当然買えず、ジャージ一着だけだ。

 変な名前でお姉さんの話によれば問題児のめぐみんであるが、その正体は最上職の一つである〈アークウィザード〉だ。

 当然、めぐみんは魔法使いのため魔法を使うにあたって詠唱をしなくてはならない。

 めぐみんが魔法を放つまで俺は彼女に近づかせず囮となる必要があったのだ。

 別に、それ自体は良いのだ。

 前衛が俺だけなのだから、そうなるのは必然だろうし、その作戦を立てたのは俺自身。

 だがここで誤算だったのは……。

 討伐対象モンスターの大きさにある。

 ジャイアントトードを一言で表すならば、キモい。あっ、あとでかい。以上。

 俺は全力で走りながらも彼我の距離を測るため恐る恐る後ろを振り返るとそこには、

 

 十五匹ほどのカエルの群れが俺を食すべく追いかけている姿があった。

 

 そして地味に、少しずつ距離が縮まっている。

 どうやら俺は、あのカエル達より足が遅いらしい。

 だが、俺を舐めてもらっては困る!

 俺は逃走するのをやめて今度は完全に振り返った。

 そして……!

 

「俺を舐めるなよ! 『クリエイト・ウォーター』ッ、そして……『フリーズ』ッ!」

 

  『クリエイト・ウォーター』、『フリーズ』とは初級魔法だ。前者の属性が水で後者が氷である。

 俺は辺りに水をまき、その水を凍らせる事で足止めさせようとしたのだ。

 そして、一番先頭にいたカエルがその領域に入ろうとした時──ジャイアントトードは天高く飛んだ。いや、跳ねた。

 それは見事に跳ねた。

 あのまま行ったら太陽に届くんじゃないかと思わせるくらいに跳ねた。

 ……えっ。

 ………………えぇえええええええええ!?

 ズドンッ!! と大きな着地音とともに振動が脳に響く。

 俺は清々しい笑顔を浮かべて一言。

 

「いやぁ、カッコイイですね! 何ていう男らしさ! ……それでは僕はこれで失礼します」

 

 優雅に一礼をしてから俺は、奥の手である『逃走』スキルを使った。

 このスキルを教えてくれたレインさんには本当に感謝してもしたりない。

 あの女性(ひと)は、俺がこうなる事を見通していたのだろうか。

 俺が凄まじい逃走をするなか遂に、

 

「カズマ、準備できました! 急いでここに来てください!」

 

 めぐみんがそんな事を大声で叫んでくる。

 俺もそれに対抗するように「分かった!」 と返事をしてめぐみんの元に向かった。

 息を整えながら、めぐみんに遅いと文句を言おうとした時……彼女の周りの空気がおかしい事に気づく。空気がビリビリと震えていた。

 ……これはヤバイやつだとすぐに直感した。

 めぐみんはフッと不敵な笑みを作って、

 

「見ていてください。これが人類が行使できる最も威力のある攻撃魔法。これこそが、究極魔法です!」

 

「あぁ、いけ、めぐみん!」

 

 杖の先に光を灯す。

 赤、青、緑、黄、紫、黒。あらゆる色を詰め込んだその光はギュッとひとつの塊に圧縮される。

 

「『エクスプロージョン』ッ!」

 

 めぐみんがその言葉を放った瞬間、平原に一筋の閃光が走り抜けた!

 杖の先から放たれたその光はジャイアントトードの上空に向かい、吸い込まれるように哀れなカエル達に突き刺さると……!

 その直後、究極魔法の効果がすぐに表れた。

 俺が分かった事は、強烈な光、轟音と、爆裂四散したカエルだけ。

 土煙がやっと晴れるとそこには──二十メートル以上ものクレーターができていた。

 

「……すごい! これが最強の攻撃魔法か! 言うだけはあるな、めぐみん!」

 

 今日は何て素晴らしい日だろうか。

 めぐみんが放った魔法に打ち震え、彼女を褒め称えるようと彼女の方を向いたと時、そこには、

 

 ……倒れているめぐみんがいた。

 

 俺は慌てて小さな魔法使いを抱え起こし、肩を揺さぶる。

 

「おい、大丈夫かめぐみん!」

 

 俺の声にめぐみんは怠そうに返しながら。

 

「はい、大丈夫ですよ。そう言えば、言うのを忘れてましたね。爆裂魔法は今見た通り絶大な威力を放ちますが、膨大な魔力を有するので大抵の人は倒れます。あっ、命に別状はないのでご安心を」

 

 その言葉を聞いて俺はそうかと納得する。

 あれだけの魔法なのだ、それだけの対価が必要なのだろう。

 これだけの魔法使いなら合格だ。

 これからはこのめぐみんと一緒に冒険しよう。

 俺は安心させるように笑いかけて。

 

「そうか、なら次は普通の魔法を使ってくれればそれでいいよ。これからもよろしくな」

 

 ──倒れているめぐみんを起こすため手を伸ばした時、

 

「あっ、それは無理ですね。私、爆裂魔法しか習得していないので。それに私は爆裂魔法しか使いません。何故なら、それが爆裂道なのだから……!」

 

 …………。

 

「そうか、じゃあなめぐみん! またいつか会おうぜ!」

 

 俺は手の平を返して別れようとした。

 

「だぁああああああ! 待って、待ってくださいよ! 荷物持ちでも何でもしますから!」

 

「うるさい、手を離せ! お姉さんが言いたい事がよく分かった! お前確かに問題児だわ! お前あれだろ、他のパーティーでもこうなったんだろ!」

 

「えぇそうですよ、悪いですか!?」

 

 おっと、まさか開き直るとは。

 俺がそんな爆裂娘をジト目で見ていると。

 

「ところでカズマ。後ろのカエルを何とかしなくても良いのですか?」

 

 めぐみんがそんな事を告げてきた。

 カエル? それならめぐみん自身が倒しただろうに。

 俺は何を言ってるんだとばかりにアークウィザードを見るがその目は本気だった。

 というか、すごい怯えていた。

 恐る恐る後ろを振り返るとそこには──

 

「何でまたいるんだよぉおおおおお!!!」

 

 ──先ほどより数は少ないが、八匹のジャイアントトードがいた。

 しかも、超至近距離で。

 俺が逃げようとめぐみんに声をかけようとした時、そこには誰もいなかった。

 

「……カズマ、助けてくだ…………さい……」

 

「めぐみーん!」

 

 カエルの口の中にいた仲間を助ける為俺はまだ一度も使っていないショートソードを奴の腹に刺した!

 

 

 §

 

 

 あの後、一歩も動けないめぐみんを囮にしてジャイアントトードを何とか倒す事ができた俺は現在。

 粘液まみれの少女をおんぶしながらアクセルの主街区を歩いていた。

 周りの視線がものすごい痛い。

 

「……カエルの中ってあたたかいのですね。知りたくもない事を知ってしまいました…………」

 

 めぐみんの呟き声を聞きながら歩いていると……

 

「あー! こんのヒキニート! よくもこの前はやってくれたわね!」

 

 どこかで見た事がある女の子が俺を指して大声で叫んでいた。

 だが俺は無視をする。

 俺は、というかめぐみんも五月蝿(うるさ)い奴と関わる時間はないのだ。

 一刻も早く大衆浴場のお湯に浸かり、この粘液を洗い落としたい。

 俺はまだ耐えられるが、めぐみんはまだ女の子なのだ。

 例えちょっと……いやかなりおかしくても女の子なのだ。

 そう。

 これはアクアと関わるのがめんどくさいとかそんな事では断じてない。

 パーティーの事を思って俺は行動しているのだ。

 

「あの、カズマ? 青髪の綺麗な女性がカズマを指しているのですが、知り合いですか?」

 

「……あぁ、そうだよ。けど今はそんな事より身体を綺麗にしようぜ」

 

「そうですね」

 

 こうして俺とめぐみんはアクア様を無視して大衆浴場に向かったのだ。

 

 

 §

 

 

 身体を綺麗にした俺は現在、店の入り口前でめぐみんを待っていた。

 女の子だから長風呂になってしまうのだろう。

 ……いや、単純に粘液を落とすのに苦労しているかもしれない。

 キンキンに冷えたミルクを飲みながらそんな事を考えていると。

 

「お待たせしました。それでは、クエスト報告に行きましょう」

 

「あぁ、そうだな」

 

 冒険者ギルドに向かっていると、周りの目が厳しい事に否が応でも気づく。

 こう、ネチネチと。

 俺は『読唇術』スキルを使い、嫌な予感がしながらもその会話を聞いてみる事にした。

 

「おい、見ろよ。さっき青髪の女の子が言ってたんだけどな、あの男はあの黒髪の女の子を粘液まみれにして、さらにおんぶをしていたんだぜ」

 

「うわぁ、あれが本物のロリコンか……」

 

「あの女の子もきっと脅迫されてるに違いないわ。……私も気をつけないと…………」

 

「サイテー」

 

 あの(あま)、次にあったら殴ってやる……!

 俺がそう内心誓っていると、横で歩いていためぐみんが俺の様子をおかしく感じたのだろう。

 

「あの、どうしました? さっきから顔が怖いですよ?」

 

 半分お前のせいだと声を大にして言いたい。

 俺が内心嵐のごとく荒れていると、めぐみんは不安そうな顔で口を開けたり閉じたりしていたりした。

 きっと、パーティーを継続するかについて話をしたいのだろう。

 答えは決まっている。

 ノーだ。

 仮にめぐみんが普通の魔法も使えたら俺は喜んで彼女を招き入れただろう。

 だが、だがである。

 一日に一度しか魔法を放てない。

 爆裂魔法しか習得していない仲間をパーティーに招き入れて、何のメリットがあるだろうか。

 よし、心苦しいがここはきちんと言わなければ。

 突然立ち止まる俺。

 そしてめぐみんも立ち止まる。

 めぐみんの顔は絶望に覆われていた。

 きっとめぐみんは心の中で分かっていたのだろう。

 爆裂魔法しか使えない事が、魔法使いとして茨の道である事を。

 そして、分かっていながら自分が大好きな魔法を棄てられなかったのだろう。

 俺達の重苦しい雰囲気を感じとったのか、周りの人間も静かになっていた。

 そして向けられる数多くの視線。

 それは『お前、こんな可愛いお嬢ちゃんを捨てるのか?』と語っていた。

 ……語っていた。

 …………語っていた。

 ………………語っていた。

 

「……めぐみん。パーティーについてだけど」

 

「……はい」

 

 告げられる言葉を予想し杖にすがりつくめぐみんを見ながら、俺は重い口を開いた────。

 

 

 §

 

 

「それでは、これが報酬になります!」

 

 そう言って金貨──この世界の金貨は日本円とほぼ同じだそうだ。千円だったら千エリス。女神エリスから名前をとって『エリス通貨』というらしい──が入った袋を貰う俺。

 

「あの、これは幾ら入ってますか?」

 

 かなり重い袋を持ちながらそう尋ねるとお姉さんは笑顔を浮かべて。

 

「そうですね、今回は依頼の十五匹を討伐しました。まずは達成報酬として三十万エリス。追加の八匹を買い取りましたので四万エリスです。……ですが、めぐみんさんが爆裂魔法でクレーターを作ってしまったのでお金を取らせていただきます。その金額が十五万エリス。それを差し引きすると十九万エリスになります。……それにしても、今回の爆裂魔法は凄かったようですね。いつもならこんなに取られないのですが……。まぁ兎も角、カズマさん、クエスト達成おめでとうございます!」

 

 十九万エリスか。

 この世界の冒険者は通常四人から五人でパーティーを組むらしい。もし仮に五人だったら三万八千エリスが一人当たりの取り分になる訳だが。

 うん、どう考えても割に合わない。

 ……いや、爆裂魔法を使わなかったら引かれる事は無いはずだから、そうでもないのか……?

 そんな事を考えているとお姉さんが内緒話でもしたいのか、かがみ込んで話しかけてきた。

 重力に従って下に垂れる大きいおっぱいを不自然にならないよう細心の注意をはらいながら拝んでいると。

 

「……あの、本当に良かったんですか?」

 

 何を言ってるのかその一言で察した俺は一言。

 

「はい、多分大丈夫です」

 

「ならいいです」

 

 目には不安が残っているが安心した顔を見せるお姉さんに見送られ、俺は──。

 

 

「おーい、めぐみん! 報酬受け取ってきたぞ!」

 

 

 仲間になった紅魔族の女の子に向かって歩いて行った。

 







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駄女神改心計画

 

 爆裂娘の魔法使い、めぐみんと仲間になった駆け出し冒険者の俺は現在。

 

「無理無理無理! 何でこんなにゴブリンがいるんだよ! 助けてくださいめぐみん様ぁあああああ!」

 

 十匹のゴブリンに追いかけられていた。

 ゴブリン。

 それは俺がいた世界はおろかこの異世界でも知らない者はいないと言われているメジャーモンスターだ。

 ゲームに出てくるゴブリン達は序盤の雑魚(ざこ)モンスター扱いだが、どうやらこの世界ではそこそこ危険視されているそうな。

 個体の力はやはり弱いが、群れになるとかなり厄介だ。

 野生の亜人種らしく、動きは速く、小柄ながら凶暴で、人や家畜を襲う。

 森の中に基本的に生息しているそのゴブリンを討伐するクエストを受注した俺とめぐみんなのだが、魔法使いは現在平原で待機中だ。

 爆裂魔法しか使えないめぐみんが『エクスプロージョン』を木が生い茂る森に放ったら馬鹿にならないほどの森林を破壊尽くし生態系が壊れてしまうだろう。

 そうなればクエストの報酬金が天引きされ、近いうちに莫大な借金を背負うことは目に見えている。

 最初そのことをめぐみんに伝えたら「それはフリですか?」と馬鹿なことを言ったのでパーティー解散しようかと告げると泣きながら謝罪し、なんとか説得することに成功した過程があった。

 なので俺が囮になり、ゴブリンから適度な距離を取りながら逃げている訳なのだが……思ったよりも奴らの走力が高くて絶賛命の危機に陥っている。

 というか……十中八九俺のレベルが足りないだけだと思うのだが。

  『逃走』スキルをフルに使って逃げる俺を武器を掲げながら追いかけてくるゴブリン。

 人間と小鬼。

 最初見た時、なぁんだやっぱり小鬼じゃん、余裕余裕ーと思っていた過去の俺をしばきたい。

 逃走劇を披露すること十分後。日の光が差し込み俺を導いた。

 ようやく森を抜けたことに安堵の息を吐きながらも俺は指定ポイントにて待機していためぐみんに向かって。

 

「めぐみん! 撃っていいぞ! あっ、けど威力は落とせよ。また天引きされるの嫌だからな!」

 

 俺の懸命な叫びにめぐみんはふっと不敵な笑みを浮かべて。

 

「何を言ってるんですかカズマ! 私が爆裂魔法で妥協などする筈がないでしょう! 全身全霊の爆裂魔法を見せてあげます!」

 

 あ、あのやろう……!

 帰ったら唐揚げ定食の唐揚げ二個奪ってやる!

 

「それではいきますよ! 『エクスプロージョン』ッ!」

 

 平原に爆裂魔法が炸裂し、ゴブリン達の悲鳴が爆音に紛れて微かに聞こえるなか砂埃が宙を舞う。

 そこに残ったものは──大きいクレーターだった。

 めぐみんはその光景に恍惚の表情を浮かべながらも……膨大な魔力を使う『エクスプロージョン』を放った代償に倒れてしまう。

 俺はそんなめぐみんに近づき。

 

「おいこら、威力を抑えろと言ったよな? ……どうするんだよ、また報酬金が減っちゃうじゃないか」

 

「うっ……それについては謝りますが、仕方ないじゃないですか。だってこれこそが爆裂道なのですから!」

 

 そんな舐めたことを言う爆裂狂。

 

「……ほぉ。めぐみん、お前は今自分の状況が分かっていないようだな。爆裂魔法を撃ち一歩も動けないこの状況、お前は何も分かってない」

 

「……も、もしかして私をここに置いていくんですか!? すみません、本当にすみませんからそれだけは!」

 

「いや流石にそれはしないけど」

 

 俺の言葉に安堵の息を吐くめぐみん。

 コイツは俺を何だと思っているのだろうか。

 俺はそんなめぐみんを見て、輝くような笑顔を浮かべて手をわきわきと唸らせ、彼女の華奢な身体に向かって両手を伸ばした。

 

「あ、あのカズマ? 何をするんですか? ……嫌な予感が凄いするのですが」

 

 不安そうに見るめぐみんに俺は一言。

 

「罰としてこちょこちょの刑を与えてやろう」

 

「えっ、ちょっ、や……やめ……あひゃゃゃゃゃゃゃゃゃ……やめ…あゃひひゃあああ!」

 

 

 §

 

 

「仲間を募集しよう。……いや、今もしてるんだが」

 

「それはいいのですが、急になんですか? あっ、私の唐揚げ返してくださいよ!」

 

 めぐみんの唐揚げを三個奪い口の中に放り込みながら、俺は受付のお姉さんから貰った袋を机の上に置く。

 そう──いつものように天引きされた袋を、だ。

 紅魔族は知性が高い。めぐみんは俺が何を言いたいのか察し、視線を横にふいっと逸らした。

 俺はそんなめぐみんをジト目で見て。

 

「めぐみん、お前の爆裂魔法が凄いのは分かる。けど、これを見てもお前は良心が痛まないのか?」

 

「……だって、仕方がないじゃないですか。頭では分かってるのです。しかし、欲望に逆らえなくて……」

 

 そこは頑張って勝ってほしい。

 

「……パーティー解散ですか……?」

 

「いや、それはまだしないけど。最初は小さな子供に『変な名前だねお姉ちゃん』とか、『違うよ、お姉ちゃんじゃない。だって、お姉ちゃんなら胸がある筈だろ』とか、『あっ、頭がおかしい爆裂娘だ!』とか言われたらすぐに喧嘩していためぐみんもここ最近は抑えてくれてるからまだぎりぎりセーフだ」

 

 そう。

 紅魔族のスタンスは基本的に『売られた喧嘩は買う』というはた迷惑なもの。

 この目の前にいる紅魔族はそれはもう最初は問題行動を起こしたものだ。

 そして名目上はパーティーリーダーである俺が何故かその被害者に謝りに行く。

 子供の親御さんからは逆に可哀想な目で見られ、住民からは同情の目を向けられた時、とうとう俺の堪忍袋の緒が切れた。

 俺達は仲間であって、保護者と子供ではないのだ。

 何とかめぐみんの短気を無くす……とはいかなくてもぎりぎりまで減らす方法はないかと熟考した結果、俺は一つの案を考え実行。

 その素晴らしい案とは。

 

「……流石に丸々一週間も話しかけても無視されたら堪えますよ、精神的に。話しかけてくる時はクエストの受注確認や爆裂魔法を放つ時の合図など、本当に必要最低限度ですからね。……ぶっちゃけ、割とガチで泣きそうになりました」

 

「仕方ないだろ。そうするしかなかったんだ。で、話を元に戻すと、落ち着きをまぁ必要最低限まで身につけたから、まだパーティーは解散しない。なんだかんだ、爆裂魔法は役に立つからな」

 

 そう、爆裂魔法は意外に有効活用ができる。

 個に対してはオーバーキルだが、多に対しては莫大な効果をもたらすのだ。

 そしてその効果は経験値になって表れる。

 今じゃ俺のレベルは七になり、めぐみんは十二だ。

 レベリングに関しては爆裂魔法の右に出る魔法はまず無いだろう。

 ……まぁ一日一回しか撃てないのでタイミングが極めて重要だが。

 爆裂魔法は役に立つと俺の口から出たのがそんなに信じられないのか、めぐみんは目をぎょっと見開かせて。

 

「てっきり、私のことは荷物だと思っていると思っていたんですが」

 

「いや、それは今も九十五パーセント思ってる」

 

「ですよねー」

 

「というか、二人だから毎回毎回俺達はあんなぎりぎりな形になるんだ。だからやっぱり仲間を増やそう」

 

「まぁ、それはいいのですが……カズマはどんな人が欲しいのですか?」

 

「そうだなぁ。できれば前で戦える人が欲しいなぁ。それか援護ができる人」

 

「ふむふむ、つまり遊撃手が欲しいのですね?」

 

「それだ」

 

 だが、爆裂娘のめぐみんがいる以上盾役はいらない。盾役とは読んでの通り、敵を引きつける役職だ。

 だがしかし、何度も言うがめぐみんがいる以上それは意味がなくなる。

 何故ならその盾役の人を殺しかねないからだ。……いや、ほぼ確実に殺す。

 めぐみんの爆裂魔法は威力は高いがそれ故に周囲にいるモンスターも纏めて吹き飛ばせる。

 だが盾役がいたらその人も巻き込んでしまうのは目に見えている。

 俺がまだその初の餌食になっていないのは『逃走』スキルがあるからこそできる芸当であり、普通の冒険者はそんなスキルを取っていない。

 しかし俺だけ前衛というのも頼りない。

 俺一人で全てのモンスターを引き付けられるなんてそんなことは到底思えないし、自衛ができないめぐみんはあっさり死ぬだろう。

 つまりこのパーティーはめぐみんか俺。

 どちらか一方が死んだらその片方も死ぬのだ。

 まさに一蓮托生。

 俺は死にたくないので、絶対に仲間を増やしたい。

 うーん。誰か前衛もできて、後衛もできて、且つすぐに爆裂魔法の射程から脱出できる人はいないだろうか。

 ……。

 …………あっ、いた。

 俺はめぐみんを見る。

 いや、正確にはめぐみんの種族を思い出した。

 

「よし、紅魔族をもう一人仲間にしよう」

 

「嫌です」

 

「しよう」

 

「い・や・で・すッ!!!!!!!!」

 

 冒険者ギルドに馬鹿でかい否定の声が響き渡り、周りの冒険者がなんだなんだと俺達を見てきた。

 俺は立ち上がって一礼し、再び座り、事の元凶を見て。

 

「煩い!」

 

「痛っ! カズマ、可愛い女の子の頭を叩くなんて良くないですよ!」

 

「ふっ。……俺の前にいるのは爆裂狂であって、可愛い女の子ではな──オイッ、爆裂魔法の詠唱をするのはやめろ! ……いやめてくださいめぐみん様!」

 

「だったらそんなことは言わないでくださいよ」

 

 そう言われても困るのだが。

 

「だけどなめぐみん。俺はこれ結構いいと思うんだよ」

 

「『紅魔族を仲間にする』ですか? ……うぅーん、確かにそれはいいかもしれません。紅魔族はエリートですから。……いやでも、それ以前に紅魔族は私以上に変人が多いので、苦労しますよ? それに私の役割が……」

 

「紅魔族が変人なのは知ってるさ。友達に散々注意しろと言われたからな……。どうしためぐみん、その顔は?」

 

「いえ、カズマに友達がいたことに驚いてまして」

 

「おい、それはどういう意味だ」

 

「いえ別になんでも……。いや、やっぱり今のうちに言っておきましょう。カズマ。あなたは社交性があります。仲間になったので、それは分かるのですが……友達なのでしょうか、アレは。それにカズマは人間性がかなり悪いので友達とは言えないと思うのです」

 

「ほぉ。受付のお姉さんと仲が良く、このアクセルの冒険者の殆どと仲が良い俺が人間性が悪いと? ……だったら聞かせてもらおうじゃないか」

 

「はい、まずはですね……。すぐに女性の胸に目が行くのを無くしましょう。カズマは女性と話す時、九割がそうなので」

 

「……」

 

「あとは、ナンパもあまりしないでください。女性に謝っているのは私なんですからね? まぁその人達曰く『あっ、あれナンパだったんだ。下手すぎて気が付かなかった』と言っているのですが」

 

「…………」

 

「あとは、私をおんぶする時の手ですかね。自然な形を装って私のお尻を触っているようですが、わざとらしさが丸見えですから」

 

「………………」

 

「ですので殆どは、カズマが真性のクズじゃないから仲良くしているのであって友達ではないかと…………」

 

 ………………………。

 何だろう、そう言われたら何も言い返せない。

 そうか、アイツらは友達ではなかったのか。

 もしかして、アイリスも……!

 ……そういえば、手紙書いてなかったな。今日あたり書くとしよう。友達確認も込めて。

 俺は涙目になりながらめぐみんを見て。

 

「今までありがとうございました、めぐみん様! これからもよろしくお願いします!」

 

 頭を思いっきり下げる。

 そしてそんな俺の頭をよしよしと優しく撫でるめぐみん。

 咽び泣いているとめぐみんが。

 

「それでは、紅魔族の件は無かったこと……──」

 

「それはしない」

 

「なんでですか!」

 

 俺は伝う涙を手で拭いて怒り狂うめぐみんを宥めながら、このパーティーのことを思って説明することにした。

 

「いいかめぐみん。どのみち遊撃手は必要なんだ。だったら多少変でも優秀な紅魔族が必要なんだよ。それに、めぐみんも知り合いが仲間の方がやりやすいじゃないか」

 

「それはそうですが……」

 

「めぐみんが気にしてることはよく分かっている。安心しろ、爆裂魔法は使える。俺達がピンチになった時、お前だけが助けなんだ!」

 

「私だけが……頼り…………。分かりました、紅魔族を仲間にしましょう!」

 

 めぐみんはちょろい。

 そのことをこの数週間で理解していた俺はそれを理由にすることで何とかめぐみんを説得することに成功した。

 ……まぁレインさんによれば本物の紅魔族は存在自体がチートのようなものなのでそんなピンチに陥る時はそんなにないと思うが。

 めぐみんは俺の言葉が余程嬉しかったのか鼻歌を歌って上機嫌だ。

 ……なんだろう、すごい罪悪感があるんだが。

 俺はそれを振り払うように咳払いして。

 

「よ、よしそれじゃあ紅魔族を仲間にするとしてだ。誰か当てはいないか?」

 

「いませんよそんな人」

 

 えっ。

 

「先程から言ってるように紅魔族は……まぁ自画自賛しますが優秀です。そんな人がフリーでいることなんてまずないですよ。それこそ、独りをとち狂って誇りに思っているか、それかニートくらいしかいません。私の友人に一人ニートがいますが……まぁ、まず来ませんね。だってニートですから」

 

 ……どうしよう、詰んだ。

 今後の人生プランに絶望して机を眺めていると、

 

「……あっ、けど一人だけいました」

 

 めぐみんがそんなことを思い出す。

 俺はがばっと顔を上げて、

 

「めぐみん、それは本当か!?」

 

「まぁ、はい。しかしカズマ、その子は私以上に変人ですよ? それでもいいんですか?」

 

「めぐみん以上に変人な人なんている筈がないから大丈夫」

 

「……色々と言いたいことはありますが、まぁいいです。……それでは紅魔の里に行きますか」

 

「えっ、アクセルにいないのか?」

 

「はい、いませんよ? その子は今学校にいますからね」

 

「……マジか」

 

「年は同じですけど」

 

「……? なら何でめぐみんはここにいるんだ? もしかしてめぐみん、お前退学に……」

 

 俺は確信する。

 そうだ、コイツは些細なことで小さい子供と喧嘩をするような奴だ。きっと在学中は先生や同学年の子にも迷惑をかけたのだろう。

 

「おい、その哀れみの目を止めてもらおうか。……退学ではありません、私が卒業したのですよ。紅魔族では成績が良い者は早く学校を卒業できるのです」

 

 なるほど、地球で言う飛び級なようなものか。

 ……ん?

 …………今コイツ何て言った?

 ………………学校を卒業? コイツが?

 爆裂道とか常日頃ほざいているこのちんちくりんが?

 

「何やら疑っているようですが、本当ですよ。……兎も角、その子をゲットするには紅魔の里に行く必要があります」

 

「うん、それは分かったけどさ。手紙じゃ駄目なのか?」

 

「……その手がありました」

 

 コイツは本当に学校を卒業したのかと疑いたくなるが、俺自身が学校に行かず引き篭もっていたのでこれ以上疑うとブーメランになって返ってくるのでやめよう。

 

「それじゃあ今日は解散だな」

 

「はい、そうですね。それではまた明日!」

 

 これ以上用がないので俺達は別れることにした。

 長い時間いたがいつものことなので何も言われない。

 俺達はお姉さんに別れを告げてから冒険者ギルドを後にした。

 

 

 §

 

 

 借りている馬小屋に帰ると俺は道中買ったペンと紙と、これまた買った組立式机を出して顎を手に乗せながらアイリス宛に手紙を書くことにした。

 生活が落ち着けば書くと約束していたが、もう少し早くから書くことができたかもしれない。

 

 〔拝啓

 ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス様

 久し振り、元気にしているか?

 冒険者生活もそろそろ落ち着いてきたので、手紙を書くことにするよ。

 俺は、今駆け出しの街アクセルで一人の女の子と一緒に冒険をしている。

 まぁ女の子って言っても爆裂狂だから、女の子とは言えない奴だけど……。

 そしてそれ以上に変なのが名前なんだ。『めぐみん』って名前なんだぜ、笑っちゃうだろ?

 そう。

 俺は紅魔族とパーティーを組んでいる。

 最初はアイリスの言う通り変な奴だったけど、俺の素晴らしい策によって今はかなり言うことを聞いてくれる。

 ……まぁ爆裂道は直さないようだけど。

 けど、この爆裂魔法は本当に凄いんだ。

 このままだとパーティーが壊滅しかねないので、もう一人紅魔族を仲間にすることにしたから、その返事が来るまでは死なないよういつも通り頑張って生活していく予定だ。

 俺の話はこれくらいにして、アイリスの生活はどうだ?

 ちゃんと自分が言いたいことは言えるようになったか?

 アイリスはまだ子供だから、好きなように過ごして欲しい。

 王族の前に、アイリスは一人の人間だから。

 学校に行かず引き籠っていた俺が言えることじゃないけど、沢山勉強してアイリスには見聞を広げて欲しいと俺は思う。

 白スーツや恩師であるレインさん、リーシャンによろしく。

 

 サトウ カズマより〕

 

 こんなもので言いだろう。

 俺は文面を確認し、ふと気がつく。

 そう、手紙を出す場所だ。

 王族であるアイリスに出してこの手紙が届くのだろうか……。きっと門前払いされる気がする。

 よし、レインさんに名前を変えておこう。

 俺は丁寧に紙を折ってから封筒の中に入れた。

 ……あっ、そうだ。

 これも書いておこう。

 めぐみんの言葉を聞いたからか、ちょっと……いやかなり心配だったから。

 俺は入れた紙を出して以下の文面を書きなぐった。

 

 〔追伸 俺達は友達だよな?〕

 

 俺はこれで良いと頷いて再び封筒の中に入れる。

 娯楽がない異世界生活では夜更かしをする必要がないのですぐに寝ることにした。

 

 

 §

 

 

 翌朝。

 日課になった準備運動を一緒に泊まっている冒険者として、その後は巨乳お姉さんが店主の魔道具店の前で何時ものようにしてめぐみんを待つ。

 寒くなってきたなぁと手を擦り合わせていると……カランと扉につけられたベルが心地よく鳴った。

 そして出てきたのは推定年齢二十歳の茶色い髪の毛の美女。そして巨乳である。

 

「あっ、カズマさん。今日も冒険ですか?」

 

 このお姉さんの名前はウィズ。

 俺がこの女性と知り合ったのは俺が短期アルバイトの土木工ことをしていた時だ。

 ウィズの店はそれはもうお客さんが来ないらしく、ろくに生活費を稼げない彼女は数多くの職場を転々としているとのこと。

 一箇所に留まらないのかと以前聞いたのだが、

 

「私も最初はお店を手伝っていたのですが、何故か一日で解雇されてしまうんです。良かれと思ってお花屋さんの新しい花を注文したり、飲食店で新しい料理を作ったりしたのですが、何故か店長さんが泣きながら『もういい! もういいから止めてくれ!』と言うんでよね。ですので残ったのが、この土木工ことのアルバイトだったんですよ。幸い私は元冒険者でしたので力仕事はできますから」

 

 そんな理由があり、俺と共に土木工事をしていたのだ。

 しかし何故か働く時間は夜だったので、女性が働くにしては危ないと思っていたが。

 ちなみに、彼女が売っている物はかなり酷い。

 例えばそれは『使えば無敵になるけど効果が切れたら死ぬポーション』とか、『綺麗な肌を三ヶ月手に入れるけど、三ヶ月経ったら寿命が五十年縮む薬』とかだ。

 そりゃあお客さんも来ないだろう。

 つまり、このウィズという女性はだ。

 

 ──商才が一切ないのである。

 

 だったら冒険者稼業に戻れよと何度も突っ込みたくなったが、こんな辺鄙な場所で店を開いているのだから何かしらの事情があるのかもしれない。

 朝は準備運動をしてその後は巨乳美女と話す。

 嗚呼、俺の一日の始まりは最高だ……!

 数分後。

 めぐみんと合流したので朝飯を兼ねて冒険者ギルドに行くことにして、その道中。

 

「なんでカズマがいつも集合場所にあの店を選ぶのかやっと分かりました。……あの女性(ひと)ですね?」

 

 地味にめぐみんがウィズと話すのは今日が初めてだったりする。

 

「そうだ。朝から綺麗なお姉さんと話す。めぐみん、これは男にとって必要なことなんだ」

 

「……一応聞きますが、どう必要なのですか」

 

「主に俺のモチベーションが上がる」

 

「そんなことだろうと思ってましたよ!」

 

 めぐみんがジト目で俺を見てくるが別に悪いことではないだろう。

 別に犯罪じゃないし。

 

「そういえばめぐみん。手紙出したか?」

 

「いいえまだです」

 

「よし、それじゃあギルドに行く前に郵便屋に行くか」

 

 この世界の郵便屋は地球のよりもかなり進歩している。

 何故なら『テレポート』という転移魔法があるからだ。

 この魔法は術者が登録してある場所に自分や仲間、あるいは物まで送ることができる優れものである。

 しかし転移魔法はそこそこの魔力を必要とするらしいので時間が決められており、転移屋を使う際にはそのことを考慮しなければならない。

 中世時代の異世界で唯一現代地球に勝っているところだ。

 ……まぁ、手紙だったらインターネットがあるので一概にはいえないかもしれない。

 

「そういえばカズマも手紙を書いたのですね。誰に書いたのですか?」

 

 そう尋ねるめぐみんに俺は一言。

 

「友達」

 

「……カズマ。昨日の友達の件については謝りますからやめましょう?」

 

「おい、何を勘違いしている」

 

「何って、カズマがその友達の手紙当てに『俺達って友達だよな?』って書いたのではないですか?」

 

「……。……違うぞ。冒険者の生活が落ち着いたら書くよう約束していたんだ」

 

「あっ、そうでしたか。驚かせないでくださいよ」

 

 勝手に勘違いしたのはめぐみんだろうに。

 

 

 §

 

 

 手紙を預けた俺達は現在。

 冒険者ギルドに辿り着いた俺達は、空いている席に座り、朝飯を頼もうとしていた。

 

「カズマは何にしますか? 私はこのキャベツサラダとスープのセットにしようかと思うのですが」

 

「うーん、そうだなぁ。じゃあ俺は唐揚げ定食で」

 

「カズマ、朝からそんな重たいものをよく食べれますね。それとよく飽きませんね」

 

「いや、そうしないと囮の役ができないんだよ。いくら『逃走』スキルがあるとはいえ、腹が減っていたら死ぬからな」

 

 近くを通りかかったギルド職員に声をかけ注文した後、今日は何のクエストを受けるか話し合っていると──誰かが来る気配を感じた。

 そちらを見ると、そこにはどこかで見たかもしれない女の子。

 

「カズマさん、助けてください!」

 

 そう言って頭を下げたのは……えぇと。

 

「どちら様ですか?」

 

「私です、私!」

 

 オレオレ詐欺ならぬ私私詐欺を堂々とするような人に俺は心当たりが全くないので無視でいいだろう。

 目の前にいるめぐみんが突然の展開に驚き。

 

「カズマ、そちらの女性はこの前の人ですよね? 話さなくて良いのですか?」

 

 そう言って指を指すめぐみん。

 俺は言われた通りにそちらを見るが、そこにはどこかで見たかもしれない女の子がいるだけだ。

 

「……? めぐみん、何を言ってるんだ?」

 

「ちょっと、いい加減にしなさいよ! 水の女神アクア様よ!」

 

「だそうですよ、カズマ。自分で女神と言っている可哀想な女性(ひと)ですが、話してあげたらどうですか?」

 

 中々に毒を吐くめぐみん。

 仕方がない、今回は話そうか。

 

「それでなんだよアクア」

 

「やっと会話が成立したわ! 全く、これだから童貞ヒキニートは……」

 

「めぐみん、料理まだ来ないな」

 

「うわぁああああああ! 分かった、真面目に話すから!」

 

 初っ端からイラつくことを言ってきたので無視をしたが、今回はどうやら引き下がってくれないらしい。

 

「次馬鹿なことを言ったら分かるな? というか、あのイケメンはどこに行った?」

 

「そう、そこなのよ。……ハツラギは今修行に行ってるわ!」

 

「うんそれは分かった。じゃあなんでお前がここにいる? 仲間だろ?」

 

「カツラギ曰く、『僕はアクア様に頼ってばかりです。このままじゃ駄目だ! ……アクア様、僕は修行に行ってきます! 強くなってあなたを必ず迎えに来ますので……!』っていう置き手紙があったのよ」

 

 なるほど。

 きっと取り巻き二人も「私達も一緒に強くなるわ!」とか言ってついて行ったのだろう。まぁ本音は違うかもしれないが。

 

「へぇー、そうなのか」

 

「そうなのよ」

 

「で?」

 

 

『──お待たせしました! こちら、唐揚げ定食に、キャベツサラダとスープの有り合わせでございます。唐揚げは熱いのでお気を付けて』

 

「私を仲間に入れてください!」

 

 そう言って頭を下げるアクア。

 めぐみんを見ると……どうでもいいのか受け取ったサラダをフォークで刺しているところだった。

 俺は一言アクアに向かって。

 

「断る」

 

「そこをなんとか……!」

 

「いや、お前が問題を起こすのはもうなんとなくだけど分かるから嫌だ」

 

「キツラギが帰ってくるまでで良いんです。荷物持ちでも何でもしますから! カズマさんの指示に従いますから!」

 

「……あのさ、他のパーティーには頼まなかったのか?」

 

「言いました! ……そしたら皆『あぁあのイケメンハーレムの子か。断る』とか、『……尻軽女を入れたくないので』とか、『アンタがあのイケメンに甘やかされていたのは知っている。偶には苦労しろ』と言われまして……」

 

 なんだろう、最後の意見はまともだがそれ以外はあんまりだな。

 というか、アクアは別にあのイケメンのことをあんまり好きじゃないらしい。俺は今までの会話でそれを確信した。

 だって、確かあの男の名前キツラギでもハツラギでもカツラギでもない。

 

 ──『アツラギ』だ。

 

 この数ヶ月、アクアはアツラギと過ごしていたのだろう。

 だが名前すら覚えられていないとは……何とも哀れである。

 俺は唐揚げを咀嚼しながらどうしようかと頭を悩ませていた。

 断るのは簡単だが……。

 

「私は最上職の〈アークプリースト〉です。必ず二人の力になりますから!」

 

  最上職、という言葉を聞いた瞬間俺は。

 

「取り敢えずアクア。お前あっちにいろ。めぐみんと話す時間をくれ」

 

「はい、分かりました……」

 

 哀愁漂う姿を見せながらアクアはカウンター席へと去っていった。

 〈アークプリースト〉かぁ。是非とも欲しい。

 だけどなぁ、中身がなぁ……。

 俺が迷っているとそれを見かけためぐみんがスープを飲みながら。

 

「カズマ、どうするつもりですか?」

 

「めぐみんはどう思う?」

 

「ぶっちゃけ私はどっちでもいいです」

 

 いやしかし、強い仲間はできるだけ欲しいよなぁ……。

 

「カズマ、あのアクアって子は一体どんな女性なのですか?」

 

「問題児、だと思う」

 

「思う?」

 

「あぁ、実際俺とアイツはたいした付き合いはしていないんだよ」

 

「だったら仲間じゃなくても友達になるのはどうでしょうか? 友達の付き合いで臨時的にパーティーに入れるというのは?」

 

「おぉ、それだったらいいかもしれない。けど今の我儘なアイツと友達になってもなぁ……」

 

「それじゃあ、こういうのはどうでしょう?」

 

 何か良い策があるのか、めぐみんはドヤ顔でそんな言葉を言ってきた。

 イラッとするが我慢して耳を傾けると……。

 

「────────どうでしょうか?」

 

「……おぉ。流石めぐみん! それだ、それなら問題ない!」

 

「それでは伝えてきたらどうですか? 待ってますよ、あの子」

 

「分かった」

 

 俺は席を立ち、アクアの元へと近づく。

 俺の気配に気がついたのか、アクアが俺を不安そうな目付きで見てきた。

 

「アクア、悪いけど仲間としては一緒にパーティーは組めない。けど友達としてだったら、偶には組んでいいと思う」

 

 かなり都合がいいことを言っているのは口にしながら分かった。

 俺だったらそんな巫山戯(ふざけ)たことを言っている奴を舐めてるのかと思うし、普通の人ならそうだろう。

 

「……友達になってくれるの?」

 

「あ、あぁ……。アクアはそれでいいのか?」

 

「それでいい。私、友達誰もいなかったから……」

 

 なんと。この女神様はボッチだったのか。

 まぁ天界では相当やんちゃ娘だったらしいなぁ……。

 

「けどその前に、今から言うことをやって、沢山のことを学んで来い。それは────────だ。」

 

「……分かった、私頑張るわ!」

 

 そう言って自分を鼓舞するようにガッツポーズをするアクア。

 人は中々変変われないが、引き籠もり兼ニートの俺でも少しだけ変われたのだ。

 アクアが変われることをことを切に祈っていよう。

 

 

 §

 

 

「おら働け! 女だからって許されると思うなよ!」

 

「はい親方!!」

 

「それも終わったらこっちも頼むよ、アクア!」

 

「はい、分かりましたカミツジさん!」

 

「俺の名前はミミツジだオラァ!」

 

「すみません!」

 

 土木工事の現場にて様々な声が響き渡るなか、男達の声に混じって聞こえる高いソプラノの音。

 そこには女神アクアが丸太を持ってせっせと働いている姿があった。

 俺は近くのいた元同僚に話しかけて。

 

「ういっす、ネル。アクアの調子はどうだ?」

 

「あぁ、カズマか。見ての通り、頑張って働いているよ。最初は親方に叱られる度に泣いてたけどね。今じゃ見間違えるようさ」

 

 そう。

 俺が言ったこととは『半年間土木工事で真面目に働き続けてお金を貰い、そのお金で生活し真っ当な社会人になれ』だ。

 アクアがかなりのめんどくさがり屋であることは分かっている。実際これはアクアを知っている冒険者達の言葉だ。

 なんでも聞いたところによると、奴はアツラギにかなり甘えていたそうな。

 アツラギはそんなアクアを怒ることはせずにむしろ甘やかしていたようだ。

 ……これでアツラギが惚れていることが確定した訳だが……それは置いておこう。

 兎も角、アクアのその性質を変えなければ意味がない。

 そこで俺とめぐみんはこの提案をしたのだ。

 あの女神様には自分で稼いだお金でご飯を食べるその喜びや社会の苦労を知った方がいい、とめぐみんが考え俺は同意した。

 ……流石は紅魔族。知能が高いのは本当らしい。

 親方に頼んだのは俺である。

 最初は渋っていたが──女の子を危険がそこそこ伴う土木工事に雇うこと抵抗を感じるのは仕方がない──事情を話したらすぐに了承してくれたのだ。俺の人生で最も尊敬している男第一位は伊達ではない。

 まだ始まって二週間も経っていないが──もしかしたら本当に改心するかもしれない。

 俺はそんなアクアを一時間ほど見た後、明日も頑張ろうと馬小屋に帰り明日に備えることにした。

 

 俺の名前は佐藤和真。

 なんだかんだ異世界生活を楽しんでいる駆け出し冒険者だ。



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女騎士

 

 アクアが改心する為土木工事のアルバイトを一生懸命に働いているなか、俺とめぐみんは現在。

 

「喰らえ、このカエルが! 『クリエイト・アース』ッ!……からの『ウインドブレス』ッ!」

 

  『五匹のジャイアントトード討伐』クエストを受けていた。

 だがそこにあるのは何時もの紙一重の勝負ではない。

 このアクセルの街に滞在して数ヶ月が経ち、俺とめぐみんも少しは成長している。

 俺は知り合いの剣士から『片手剣』スキルを教えて貰ったのだ。

 それによって俺は人並み以上には剣を扱う事が可能になり、カエルをザックザックと斬る事が可能になった。めぐみんは『詠唱短縮』や『爆裂魔法威力増加』を取り、本人が常日頃から言っている爆裂道を歩いている。

 ちなみに、俺が初期から使っている『クリエイト・ウォーター』や『フリーズ』 、今使った『クリエイト・アース』『ウインドブレス』 といった魔法は初級魔法を取る事で使用可能になるのだが、このスキルを取っている者は冒険者だと少ない。

 何故なら初級魔法には殺傷力がある魔法が一つもないからだ。よって本職の魔法使いはスキルポイントを貯めてからいきなり中級魔法を取る者が多いらしい。

 先程から出ているスキルポイントとは、新しいスキルを得るために使う対価であり、これはレベルアップする事で手に入れる事ができる。しかし特異な才能を持つ者はいきなりこのスキルポイントが十とか二十あるらしく、最初のスタートラインから凡才と天才では明らかに違う。

 ……という事を女神であるアクアから聞いた俺は、この世界の非常理に苛立ちながらも生活している。

 土を生成する『クリエイト・アース』から風を生成する『ウインドブレス』のコンボでジャイアントトードの目を砂利まみれにする事に成功した俺は万が一がある為深追いしたりはせず一目散に『逃走』スキルを使ってめぐみんの元へと急いだ。

 爆裂魔法の爆破距離から充分な距離をとった俺は魔力を最大限使って水を生成する『クリエイト・ウォーター』を上空に放ち、待機しているめぐみんに合図を送り、それを見た彼女が声高らかに叫ぶ……!

 

「行きますよ! 『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 カエル達の悲鳴が平原に響き渡り、そこに残ったものは──中規模なクレーターだった。

 俺は倒れ伏しためぐみんの元に近づき……良くやったとばかりに頭を撫でた。気持ち良さそうにして目を細めるめぐみん。

 まるで猫みたいだなぁ……。

 

「よし、よくやったぞめぐみん。特に、威力を最小限に収めてくれたのは高評価だ」

 

「そりゃあ……ゴホッ……ゴホッゴホッ…………」

 

 砂利を口の中に入れてしまったのか咽ているめぐみんに俺は『クリエイト・ウォーター』で水をゆっくり注いで流してやる。

 

「ふぅ、ありがとうございます。そりゃあ、毎回私の夕飯のオカズを食べられたら流石に気をつけますよ。おまけにセクハラも意図的にいやらしい手でやってきますしね……」

 

 すみません、セクハラは何時もしています。

 めぐみんをおぶって街に帰っていると、他の冒険者パーティーと何組か通り過ぎる。

 彼らと挨拶をすると、決まって彼らはその後爆裂魔法で抉られた地面を見てから言うのだ。

 

「おっ、今日は何時もより小さな穴じゃないか。良かったなカズマ、今日はあんまり天引きされないぞ」

 

 彼らは決まって俺に少しばかりの同情の視線を送ってから別れる。

 天引きされる事に俺はもう慣れてしまっているのでちっとも心に響かない。

 それに貯金も溜まってきたからか余裕が生まれ毎日を一生懸命生きる必要がなくなってきた。

 めぐみんも爆裂魔法以外は比較的常識人だから、彼女といるのも苦ではない。

 この世界も意外に住みやすいなぁ。

 立ち止まって綺麗な青空を暫く眺めていると。

 

「カズマどうしたのですか? 急に立ち止まったりして。何かありましたか?」

 

「いや何だ。意外にこんな生活も楽しいなぁと、思ってたんだよ」

 

「……そういえば、カズマは何処から来たのですか? 私は紅魔族ですから以前紅魔の里と言いましたけど、カズマの出身地はまだ聞いてませんよね? そろそろ教えてくれてもいいと思うのですが」

 

 別に話してもいいとは思うが、何て説明すればいいかが分からない。

 俺は曖昧な返事をしながら冒険者ギルドに足を進めた。

 

 

 §

 

 

「そろそろ安定の住いが欲しいんだ」

 

「藪から棒に急に何ですか?」

 

「それはいいと思うわよ、カズマ!」

 

 上から順に、俺、めぐみん、アクアである。

 アクアとは最近、一緒に夕飯を食べるようになった。その理由は、彼女の性格が少し変わったからである。

 あの世の中を舐め腐った性格が少しずつだがいい方向に変わってきたのだ。今度親方達に差し入れを持っていこう。

 最初はアクアとよそよそしかっためぐみんもここ最近は心を開いたのか仲良く話している。

 ……女神ジャンヌ様、アクアは変わりつつあります。

 俺は脳内の女神様に意味もなく報告してから二人の顔を見て。

 

「いいか。そろそろ本格的に秋になる。知り合いから聞いたんだが……秋を越して冬になったら、強いモンスターが闊歩する代わりに、弱いモンスターはいなくなるそうじゃないか。つまり、冬は俺達みたいな駆け出し冒険者だと稼げない」

 

「それは分かりますが……それが安定した住いと何か関係があるのですか?」

 

「大いにあるとも。めぐみんとアクアは宿で寝泊まりしてるから分からないだろうがな、馬小屋だとその寒さの訪れを肌で感じるんだよ」

 

 そう。

 最初は貧乏で腹を空かしていためぐみんだが、ここ最近は安定したエリス通貨を得られるようになった為に宿で過ごしている。

 アクアもそうだ。

 俺はというと、未だに馬小屋である。

 一緒に朝の準備体操をしてくれる人が日を跨ぐにつれいなくなっていくあの寂しさは、誰にも分からないだろう。

 

「なるほど。……だったらカズマも宿に泊まればいいじゃないですか。そうすればそんな思いをしなくてすみますよ」

 

「うん、俺もそうしようと思っていたんだが……。どうせ高い金を取られるくらいなら家を購入しようかと思ってだな」

 

 正直、自分でも馬鹿な事を言ってるのは分かっている。

 何故なら冒険者とは各地を転々と移動するから、住居を定める必要がないからだ。

 しかしこの世界には転移魔法の『テレポート』がある為、そんなに変わらないだろう。

 宿は高い。

 それはもう詐欺かと疑われるくらいに金を取られる。

 めぐみんが宿を取っているのは女の子だからであり、男だったら絶対取らないとこの前口に零していた。

 アクアは知らないが。

 なので、この案は意外にいいと思うのだが……。

 

「「無理!」」

 

 二人が呆れた様子で否定の言葉を言ってくる。

 

「いいですかカズマ。いくらお金を得ようと、家を購入するのには多大なお金が必要なのです」

 

「そりゃあ知ってるさ」

 

 俺だってそれくらい分かっている。

 ……けどなぁ。プライベートな空間がそろそろ欲しくなってきたのだ。

 アクアが唐揚げを一つ口の中に放り込みながら、

 

「いいカズマ。この世界の家はね、とても高いのよ」

 

「うん、だからそれくらいは知ってる」

 

「カズマが思ってるのとは違うんだって。いいカズマ、私達は冒険者よね? 私達冒険者は税金を免除されたり、そこそこ国から援助されてるわ。けどね、全てがそうとは限らないのよ。でね、ここからが本題何だけど冒険者が家を買う時は、一般人より多くの──それこそ二倍くらいの代金を払わないといけないのよ」

 

 何それ初耳。

 ……だが成程、一理ある。

 確かに俺達冒険者は一般人より多くの面で優遇されているが、その逆もあるのだろう。それに、冒険者は何時死んでもおかしくない職業だからローンとかを考えるとそれも仕方がないかもしれない。

 俺はがくっと首を落として。

 

「そっか、じゃあまだ宿生活は止めとくよ……」

 

「それがいいでしょうね。お金はあった方がいいもの」

 

「私もアクアに同意ですね。ないよりはあった方がいいですし」

 

 こうして俺の夢は終わった。

 俺が虚しく唐揚げをもそもそと食べていると──誰かの気配を感じた。だが俺はそれに応える気分とは到底いえないので、めぐみん達に任せるとしよう。

 

「すまない、求人の広告を見た友人から勧められたのだが……。まだ募集はしているのだろうか?」

 

 そんな内容の声が聞こえた瞬間、俺は喜びで顔を上げるがそこにいたのは。

 

「何故カズマがここにいる!?」

 

  俺はその顔を見た瞬間、すぐに顔を下げて何も見なかった事にした。

 隣に座っているアクアがそんな俺を見かねて。

 

「カズマカズマ、知り合い? やるじゃない、こんなお姉さんと仲がいいなんて、中々のプレイボーイね!」

 

 そんな事を無邪気に言ってくる。

 俺は渋々顔を上げて、声の主を見た。

 そこに立っていたのは一人の美しい女性。

 

 女騎士。

 

 そんな言葉は彼女に最も相応しい単語だ。

 何時もクールな表情を浮かべ、何時も無表情なその顔は俺に会ったからか驚きの顔になっている。

 身長は俺より少しばかり大きい。

 頑丈そうな金属鎧に身を包んだ女性は、金髪碧眼の美女だった。

 女性の髪の色と瞳の色は友達のアイリスを思い浮かばせ、会いたいなぁ、と思う。

 はっきり言おう、俺の好みドストライクだ。

 

 ──そう、外見上は。

 

「……それで何だよ、ララティーナお嬢様」

 

「すまない、私の事はダクネスと呼んでくれ。その方が都合がいい」

 

「それで何だよ、ダクネス」

 

 俺はそうダクネスと話しながらもアクアとめぐみんに逃げるサインを手で送る。

 アクアに通じるかは分からなかったが、どうやら通じたらしく頷いてくれた。

 めぐみんはというと、俺の嫌そうな顔から色々と察してくれたらしい。

 流石は一番付き合いがある仲間だ。

 

「久しぶりだな、カズマ」

 

「あぁ久しぶ……──今だ、逃げるぞ!」

 

 そう言って俺達は一斉に席を立ち俺は『逃走』スキルを、アクアとめぐみんはステータスにものを言わせ逃亡を開始する。

 ……開始……する……。

 

「待て、何故逃げようとする!」

 

「あぁああああ、こんちくしょう! 何で普段は動きが遅い癖にこういう時は速いんだよ!!」

 

 俺はダクネスによって首根っこを掴まれてしまった。

 俺の罵倒にダクネスは怒ったりはせず寧ろ……

 

「んくっ。……あぁやはり、カズマの暴言はいいっ!」

 

 寧ろ、喜んでいた。

 相変わらずの様子に俺は、重い、重ーいため息を吐く。

 俺が来ない事に気づいためぐみんとアクアが帰ってきたので、仕方がなく会話をする事に。

 

「コイツはダクネス。俺の知り合いだ」

 

「改めて、私の名前はダクネスだ。職業は〈クルセイダー〉だ」

 

 〈クルセイダー〉という職業名を聞いた瞬間、めぐみんとアクアが驚いていた。

 何故なら〈クルセイダー〉とは最上職の一つなのだ。

 当然こんな駆け出しの街にいる事が珍しく、仮にいるとしても他のパーティーに引っ張りだこの筈なのだ。

 しかし、パーティーに属していないというのならば、コイツに致命的な理由がある。

 それとは……!

 

「いいか二人とも。この女性(ひと)は〈クルセイダー〉だが防御関係のスキルしか取っていない。おまけに攻撃スキルも『両手剣』スキル以外は取っていないからまず使えない。いやそれ以前にコイツは不器用だから攻撃があたりすらしない。……そしてこれが一番重要何だがな、コイツはドMだ」

 

 俺は先手を打つ事にした。

 そう、コイツはドM変態と不器用ではなかったら最高なのだが上記の欠点がある為大して使えない。

 知能が高い紅魔族のめぐみんは俺の言葉で察したのか、

 

「カズマ、帰りましょう」

 

「うん、そうだなめぐみん」

 

 帰りの催促をしてくる。

 まだ子供だから早く寝て身長を伸ばしたいのだろう。

 俺の名前は佐藤和真。

 仲間を大切にする男だ。

 俺はそんな努力をするめぐみんを応援する為、何時の間にか意気投合している二人に向かって。

 

「それじゃあ二人とも。俺達はこれで帰るから。ダクネス、仲間の件は明日の朝に言うから、それじゃあな」

 

「私はダクネスと話したいからまた明日の夜ね?」

 

「あぁ。それと勘定のお金置いておくから払っといてくれ」

 

「分かったわ」

 

 こうして俺とめぐみんはアクア達に別れを告げ冒険者ギルドを出る事にした。

 

 

 §

 

 

 何時もより早めの帰宅。

 沢山の人が往来するメインストリートを歩きながら屋台を見ていると、めぐみんが。

 

「それにしても意外ですね。カズマがあそこまで女性を雑に扱うとは……。本当にダクネスはドMで変態なのですか?」

 

 そんな俺にとって当たり前な事を聞いてくる。

 だがしかしその事を知っているのは俺だけなのでめぐみんが知らないのも無理はない。

 俺は自身の過去を客観的に述べる事でめぐみんの理解を得ようと綺麗な夜空を眺めながら話す事にした。

 

「そうだなぁ。……アイツと初めて会ったのは──」

 

 

 §

 

 

 そう。

 それは俺が王城にいた時の話だ。

 その日、アイリスは貴族のお嬢様と会う約束をしていたのだが、その謁見の場に何故か俺も招かれたのだ。

 

「カズマ様、私が今日会うのはダスティネス家のお嬢様です。その方は私の事を実の妹のように扱ってくれる方なのです。……それで、私にカズマ様という友達ができた事を手紙に書いたのですが……そしたらその方が会いたいとおっしゃいまして」

 

「うん、それは分かったんだけどさアイリス。……悪いな、チェックメイト!」

 

「あっ! カズマ様狡いです!!」

 

「ふっ、話に夢中になりゲームを疎かにしたアイリスが悪い」

 

「それはそうですが……。カズマ様が『何で俺が呼ばれるの?』と私に聞いてきたから……そうなったんですよ?」

 

「うっ……悪かったよ。悪かったからそんな涙目にならないでください! もしクレアが来たら──」

 

 そう言って俺は辺りをきょろきょろと見回して誰もいない事を確認してから浅く溜息をついた。

 このお姫様は最近、新しいスキル『涙目』を的確に使っている節がある。

 まぁその仕草は可愛いので俺的には大歓迎なのだが。

 だがアイリスを泣かしたと白スーツにでも勝手に勘違いされたら俺の命が保証されない。

 冷や汗を垂らしている俺を見てアイリスは楽しそうに笑っていて、そんな彼女を見ると俺も自然と楽しくなってくる。

 

「よし、それじゃあ今のはノーカンでいいから、もう一回やろうぜ」

 

「……? のーかんとは何ですか?」

 

「今の勝負をなかった事にする、っていう意味だよ」

 

「なるほど! カズマ様は私が知らない言葉を沢山知っていますね!」

 

 そう言って無邪気に尊敬の目を向けてくるアイリス。

 ……ごめんなさい、これは地球の言葉何です。

 俺は、い心地が悪くなったので咳払いをして。

 

「それでどうする? もう一回やるか?」

 

「はい! ……っと言いたいのですがそろそろララティーナが来る時間ですからまた後にしましょう!」

 

「分かった」

 

 そう言って俺が開発したゲーム『チェス』の盤上と駒を片付けをしていると……扉をノックする音が部屋に響いた。

 

「入っていいですよ」

 

 失礼します、と言いながら入ってきたのは護衛を務めているクレア。

 白スーツは俺の方を一瞬見て眉を顰めるが、何時もの事なので慣れたのか何も言う事はなかった。

 

「アイリス様、ダスティネス卿がお見えになりました。……サトウカズマ、今日来る貴族は王家の懐刀と言われている家のお嬢様だ。いいか、くれぐれも粗相がないようにしろ」

 

「はいはい、分かってるって。適当に流しておくよ」

 

「それが心配なのだ! いいか、まず……というより絶対にだがセクハラをするなよ! あとは言葉遣いだ! 分かったな!?」

 

 そう言って失礼な事を言ってくるクレア。

 ……ここはそろそろ俺も本気を出さなければ。

 俺は持っていたチェスセットをアイリスに預け、ゆっくりと席を立つ。

 俺の雰囲気が何時もとは違う事に気づいたのか、クレアは訝しながらも黙って様子を見守る事に決めたようだ。

 俺はそんなシンフォニア卿にゆっくりと近づき、優雅に一礼をして。

 

「畏まりました、シンフォニア卿。本日矮小な私はアイリス様の友として失礼がないよう、最大限の注意をして臨みます。もちろん、ララティーナお嬢様にも失礼がないようする所存です」

 

「……!?」

 

 お前は一体誰何だ!? とそんな目で見てくるシンフォニア卿に俺は再度一礼してアイリスの元へと向かい、座っていた席に腰を下ろした。

 そして、まだ驚いている白スーツに不敵な笑みを浮かべて。

 

「ふっ。これでどうだ?」

 

 そんな勝利宣言を高らかに言ってやる。

 

「カズマ様、凄いです! 足取りも仕草も充分貴族相手に通じます! クレアもそう思いますよね?」

 

「……認めたくはありませんが……はい、そうですね。恐らく、貴族の社交パーティーでも通じるでしょう」

 

「それにしてもどこでそんな技術を身につけたのですか? ……もしかしてカズマ様はどこかの国の王族だったのでは!?」

 

 興奮しているアイリスを宥めながら、俺は。

 

「いや違う。覚えた。……クレアやレインさん、本場のメイドのリーシャンがいるからな、遊び半分で覚えてみようかと」

 

 そんな過去を自慢してアイリスに言っていると、白スーツが怒りの目で見ながら。

 

「だったら何故何時もそうしない!」

 

「だってめんどくさいじゃん。そもそもの話だ、俺とアイリスは友達だからオーケーだろ?」

 

「はい、そうですね。それに元々私がそのようにしてもいいと許可したので……」

 

「……それについては解った。……が、何故私にはしないのだ! そもそも何故レインには『さん』づけなのに私は白スーツやらクレアやらと呼び捨てに……!」

 

 何やら喚いている貴族様を見て俺は、

 

「いいかアイリス。ああいう大人になっちゃ駄目だぞ?」

 

「……? はい、分かりました?」

 

 アイリスは素直で純粋だなぁ。

 こんな俺の言葉を素直に聞き入れてくれるなんて、何ていい子だろう。

 

「……えぇい、そろそろ時間だ! アイリス様、それでは行きましょう」

 

 そう言って俺を除け者扱いする白スーツ。

 いらっとしたが報復は後にして取り敢えず付いていくと事数分後。

 無駄にでかい王城の中を歩いていくと、大きな部屋が俺達の前に立ちはだかった。

 

「それではアイリス様。良い時間をお過ごしください」

 

 そう言って室内にアイリスを案内し、俺もそれに乗じて中に入るとそこには……

 

 ──一人の美女がいた。

 

 その女性は俺達に気がつき、優雅に席を立つとこれまた優雅に一礼をして。

 

「お久しぶりです、アイリス様。今日はこのような謁見の場を設けて下さり感謝致します」

 

「はい、お久しぶりですねララティーナ」

 

「……!? ……シンフォニア卿、少しいいだろうか」

 

 ララティーナ、という名前を聞いた瞬間吹き出しそうになるが最悪死刑になるので我慢していると……。

 美女は護衛として後に控えていたクレアの元にやや駆け足になって近づき、二人は廊下に出てしまった。

 何だったんだ……?

 帰ってくる気配がないので取り敢えず用意された椅子に座り──アイリスの席の横に席があった。恐らく、友達という名目の為彼女がそのように指示したのだらう──あの美女の端正な顔を思い出していると、くすくすと横から笑い声が漏れてきた。

 横に目を向けるとそこには手を口に当てて上品に笑っているアイリスがいた。

 

「申し訳ございません、カズマ様。私は普段、こういう時は話さないようにしているのです。その、恥ずかしいので……」

 

「あぁなるほど。だからあのお嬢様は驚いていたのか。そうだよな、アイリスも俺と初めて会った時はかなりビクビクしてたもんなぁ」

 

「むっ。それはそうですが……そんな事を言ったらカズマ様だって自己紹介の時名前を噛んでいたじゃないですか」

 

「仕方ないだろ、クレアに脅かされていたんだから。……そっか、あれから二週間か。月日が巡るのは早いなぁ」

 

「そうですね。私はカズマ様に会ってから毎日がとても楽しいです!」

 

 そんな嬉しい事を言ってくれるアイリスに照れているとお嬢様とクレアが再び戻って来た。

 その後は主にアイリスとララティーナと呼ばれた美女が話していたのだが……俺は眠気を堪えるのに苦労した。

 というのも、俺に話が全然振られない。

 ……俺を招待したのは向こう何だからもうちょっと気を遣ってもいいと思うんだが。

 だがまぁ、それも仕方がないかもしれない。

 あの金髪美女は何でもアイリスの事を妹のように思っている訳だし、成長した彼女と話したくもなるのだろう。

 ……別に、寂しい訳ではないのだ。

 

 数分後。

 

「それでは私はこれで。アイリス様、今回は本当にありがとうございました」

 

「いえ、私もララティーナと話せて楽しかったです。それではまた会いましょう」

 

 どうやらお嬢様はお帰りになるらしい。

 結局最後までこの女性(ひと)とは話さなかったが、まぁ二度と会う事はないと思うので別にいいか。

 一人の男としては、是非とも話して仲良くなりたかったが。

 そんな俺の思いが通じたのか、

 

「申し訳ございません、アイリス様。最後にこの男性と二人きりで話す時間を貰えませんか?」

 

 そんな嬉しい事を言ってくれる。

 アイリスは少し思案していたが小さく頷いて。

 

「分かりました、でも本当に少しですよ? この後カズマ様とは約束があるので……」

 

「畏まりました。感謝致します」

 

 そう言ってクレアと共に部屋を出ていった。

 そして部屋には俺と絶世の美女の二人だけ。

 ヤバイ。

 これはもうヤバイ。

 こんな時にコミュ障の弊害が……!

 頭がパンクしそうになるのを懸命に堪えていると。

 

「始めまして、改めてダスティネス・フォード・ララティーナだ。よろしく頼む」

 

 こ、怖っ……!

 アイリスと話してる時はあんなに表情豊かだったのに、何でこんなにも差が出るの!?

 これが貴族の処世術か……!

 俺は震えそうになる体に鞭打って。

 

「ははは、始めまして! さささ、佐藤和真です!」

 

 そんな裏声が出てしまう。

 

「私の事は好きに呼んで構わない。それと敬語もなしでいい」

 

 何ていう太っ腹だ。白スーツにも見習わせたい。

 俺は男の意地で平静を取り戻して。

 

「あっ、はい。……それでララティーナは俺に何か用があるのか?」

 

「カズマにはお礼を言おうと思ってな。……アイリス様の友人になってくれてありがとう。……それとララティーナはやめて欲しいのだが

 

 そう言って頭を下げる貴族。

 クレア曰く、ダスティネス家は王家の懐刀と言われているらしい。

 そんな家柄の人間が平民の俺に頭を下げていいのだろうか。

 

「いや、いいから頭をあげてくれ! もし誰かに見られたら……!」

 

 お互い困るだろう、と言おうとした時……──

 

「もし誰かに見られたらその人は『ダスティネス卿があんな小僧に弱みを握られて凌辱されてる!』と思うだろう!」

 

 ──ん? 今このお嬢様は何て言った?

 いやいや、俺の聞き間違いだろう。

 そうだ、落ち着け佐藤和真。

 いくら俺の好みの年上お姉さんとは言え、初対面の人に俺は何を思っているんだ……!

 そうやって、落ち着いていると。

 

「あぁ、それで私はカズマに凌辱されて、凄い事をこの室内でやられた後捨てられるんだ……んんっ……そしてカズマは部屋を出る時こう言うのだ『お前は今から俺の性奴隷な!』と! 何というシチュエーションだ!」

 

 勝手な事を叫ぶ変態貴族様。

 

「おいこら、そんな事する訳ないだろう!?」

 

 そうだ。

 俺はそんな事しない……と思う。

 

「カズマが私と会った時から私の胸を下卑た目で見ている事は知っている!」

 

「べべべべ、別にみみみみみ見てないし! 自惚れなんじゃないですかねぇぇぇえええ!?」

 

「ふっ、嘘をつくな。カズマ、女性は視線に敏感何だ」

 

 そう言って、分かっているという目で優しく慰めてくるララティーナに俺は。

 

「じゃあなララティーナお嬢様。この後アイリスと遊ぶ約束があるんだ!」

 

 戦略的撤退をする事にした。

 だが掴まれる服の襟。

 何てこった、アイリスといいクレアといいこのお嬢様といい、脳筋しかこの国にはいないのか。

 これ以上この女と話していると頭がおかしくなるので強引に逃げようと全身に力を入れようとしたした……

 ──その時。

 

「まぁ待て。真面目な話があるのだ。カズマはもうすぐ王城を出るのだろう? ……実は私は貴族の傍ら、冒険者もしているんだ。……一緒に私とパーティーを組まないか?」

 

「詳しく」

 

 席に着く事にした。

 ……別に、腕に押し付けられて服越しに感じた膨らみに動揺した訳では無い。

 王城から出たら俺は無一文だ。

 当然、仲間や武器は自分の力で集めなければならない。

 だったら、ドMで変態とは言え、美人なお姉さんと過ごしたいってものだ。

 そう、たとえ変態でも。

 

「私の職業は〈クルセイダー〉だ」

 

  〈クルセイダー〉とは最上職の1つだとレインさんから教わった俺は真面目な態度をつくる。

 これは案外このお嬢様も使えるのでは……。

 

「だが〈クルセイダー〉としての役割は期待しないでくれ。スキルポイントは防御系のスキルしかとっていない。一応『両手剣』を取っているが不器用なせいで攻撃は当たらないが、守りは任せて欲しい! 」

 

 そう言って頬を赤くし、はあはあと息荒く詰め寄ってくるララティーナお嬢様に俺は一言。

 

「舐めてんのか。お前アレだな、本当にドMだな!」

 

「んくっ……!」

 

 身体をビクンと震わせる変態貴族をもう一度見てから俺は放置する事にして、そそくさとアイリスの元へ向かう事にした。

 

 

 §

 

 

「──という事があったんだ」

 

 過去を振り返りめぐみんに聞かせてやると、

 

「……それは正直、ないですね……。というかそれ以上に私は、カズマがアクセルに来る前は王城にいた事に驚いているんですが」

 

 ドン引きしながらも俺の言葉に肯定してくれた。

 いくら俺の好みドストライクとはいえ、ダクネスは中身が残念すぎる。

 これでまだ〈クルセイダー〉として使えるなら仲間に入れてもいいのだが。

 

「では結局、あのダクネスという女性を仲間にはしないのですね?」

 

「あぁ、そうだな。そもそも、ダクネスはこのパーティーに相性が悪すぎる」

 

 実は俺がダクネスを拒否しているのは、彼女の性癖にドン引きしている……というのもあるがそれ以上にれっきとした理由があるからだ。

 ダクネス曰く、彼女は盾役を所望しているらしい。

 だが爆裂魔法を操るめぐみんがいる俺達には専門の盾役は必要ないのだ。

 これは以前にも述べたが、盾役が非常に危険だからだ。めぐみんの爆裂魔法の爆波に巻き込まれて──というか喰らって──生存できる人間はまずいないだろう。

 

 仲間集めは苦労するなぁ。

 

 

 §

 

 

 翌日。

 あれだけ馬小屋で寝泊まりしていた冒険者も数が減っていき、とうとう残っているのは三人になってしまった。

 少人数ながらも声を大きく出して仲良く準備体操をしていると、

 

「カズマー! おはよう! 他の皆もおはよう!」

 

 アクアが走りながら来たので取り敢えず挨拶をする事に。

 

「おはようアクア。それで朝からどうしたんだ?」

 

「ダクネスについて言いたくてね」

 

 ……ダクネスについて?

 そう言えば昨日は意気投合していたな。

 もしかして、仲間にしてあげなさいよ! とか言うつもりだろうか。もしそうだったら理由を懇切丁寧に教えてやろう。

 

「それでダクネスがどうかしたか?」

 

「あの子ヤバイわ!」

 

 ヤバイ、と言っても良い意味でのヤバいと悪い意味でのヤバイがあるんだが……どうやらアクアの表情を読み取るに悪い意味の方らしい。

 俺は取り敢えずジャージから以前買った冒険者ローブや剣を装備しながら、壁の向こう側にいるアクアの話を聞いてみる事にした。

 

「カズマ。あのダクネスって子、かなりの変態ね。あの子の将来の夢はね『甲斐性が一切無く、ダクネスの事をゴミのように扱い、けど性行為を強要する腹が太った男と結婚する』ことなんだって! それにこうも言ってたわ『オークのオスに凌辱されて孕まされたい』だって! どう思うカズマ? 昨日あの子と意気投合してお酒飲んでたらそんな事を酔いながら言うのよ? 飲む前は凄い落ち着いていて良かったのに……カズマ、私がおかしいのかしら?」

 

 アクアが正常です。

 装備を整え、ウィズの魔道具店に向かう道中もアクアはダクネスの話題を止めない。

 

「けどそんな変態なのに一般常識とかはあったりするのよねぇ。これでカズマのいた世界の言葉を借りて『キチガイ』だったら私もすぐに帰ったんだけど……」

 

 それについては深く同意する。

 そう、アイツはあの性癖さえなければ普通に良い人なのだ。だが何度も言うようにあの性癖な為、友達を作るのには苦労するだろう。

 

「まぁ仲間にはしないが、時々なら付き合うさ」

 

「私は普通に付き合う事にするわ。偶には女神っぽくしたいしね」

 

 ……本当にコイツは変わりつつあるなぁ。

 何だろう、これが世の中のお父さんの気持ちなのだろうか。

 

 ────最初は可愛い娘だった。

 一緒にお風呂に入ったら決まって、「私、パパと結婚する!」と言い、……しかし月日が経つにつれて一緒に風呂に入る回数も減ってしまう。

 中学生になると、「ウワッ、マジキモイ。死んでくれる?」と暴言を放ち、しかしながらそれがコミュニケーションになる。

 高校生になるとますます手がつけられなくなり、娘が犯罪を起こさないか毎日気が気でなくなり眠れないでいると、妻からは「アンタは明日も仕事だから寝てろ!」と寧ろ怒られる日々。

 大人になると落ち着きをみせ、親孝行をしてくれる娘。

 そして遂に結婚相手を連れてくる。

「娘はやらん!」の常套句を告げて、ちゃぶ台をひっくり返し、妻からは「散らかった物、ちゃんと元通りにしなよ」と言われ猛省しながら元に戻して連れてきた男が娘に相応しいか見定め、渋々認める。

 そして遂に結婚式。

 ウエディングドレスを着た娘に感動のあまり涙ぐんでいると、「お父さん、育ててくれてありがとう」と言ってくれるのだ────

 

 しみじみとアクアの成長に感動しながら、待ち合わせの場所に着いてめぐみんを待っていると、そう言えばアクアはまだウィズに会っていない事に気づいた。

 室内をそっと覗くと光が灯っているので店はやっているようだ。なのでドアを開けて店に入りウィズを呼ぶ事にした。

 

「おーい、ウィズ。おはよーう」

 

 俺の声に気づいたのか、奥の方から現れる女性。

 俺がアクアに紹介しようとして横を見ると……そこには誰もいなかった。

 

「『ゴッドブロー』ッ!」

 

「きゃあああああああ!!!!!」

 

 ……えっ。

 俺が驚きのあまり声も出せずにいると……、

 

「アンタ不死王(リッチー)ね! よくもぬけぬけと街にいるわね!? 私が成敗してあげるわ!」

 

 ……。

 …………はっ!

 俺はアクアを止めるべく慌てて掴み合いをしている戦場に武器を持って行った!

 



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戦争

 

 アクアを連れて、巨乳お姉さんのウィズが営んでいるウィズ魔道具で朝の挨拶に行くとそこで俺は衝撃的な事実を知る事になる。

 

 不死王(リッチー)

 

 それはメジャーアンデッドモンスター吸血鬼と並ぶアンデッドの最高峰。

 魔法を極めた大魔法使いが、禁忌の(わざ)を用いて人の身体を捨てさり、ノーライフキングと呼ばれるアンデッドの王になった姿。

 強い未練や憎悪、もしくは恨みで自然にアンデッドになるアンデッドモンスターとは違い、自らの意思で自然の摂理に反し、神の敵対者となった存在。

 その、ラスボスみたいなモンスターが……

 

「『ゴッドブ──』……痛っ、何で邪魔をするのよカズマ! 今回ばかりは私、何も変な事はしてないわよ!?」

 

「ひぃいいいい!!」

 

 ……一人の〈アークプリースト〉、いやこの場合は女神であるアクアに怯えていた。

 そう。

 何と商才が一切無い巨乳お姉さんのウィズは不死王だったのだ。

 俺は今にもウィズに摑みかかりに行きそうなアクアを何とか羽交い締めにして抑え、しゃがみこんで目を閉じているウィズに事情を聞いてみる事に。

 

「えぇと、取り敢えず事情を聞いてもいいか?」

 

「……ありがとうございます、カズマさん」

 

「カズマ、事情何て聞く必要はないわ! 『ターンアンデッ』……──痛っ! だから剣の柄で頭を殴るの止めて!」

 

「だったらウィズを殺そうとするのを止めろ。……悪い、それじゃあ聞かせてくれ」

 

 ウィズはアクアにちらちらと視線を送りながらもぽつぽつと自分の過去を話し始めた。

 話を纏めると。

 ウィズは何でも昔は冒険者で、凄腕の魔法使いだったらしい。

 そしてそれはもう魔王軍を相手に無双していたそうな。

 だがしかし、ある時不死王になる決意をした。

 そして紆余曲折を経て今は、この駆け出しの街アクセルで店を開いていると……。

 

「ウィズ、素直に言ってくれ。お前はこれまで冒険者を殺した事はあるか?」

 

「カズマ、なにバカな事を言ってるの! 不死王よ? 当然あるに……──」

 

「ありませんが……」

 

 さてどうしたものか。

 本人はこう言っているが事実かどうか確認が取れない。

 ……困ったなぁ。…………いや待てよ?

 

「なぁウィズ、もし良かったら冒険者カードを見せてくれないか? 確か殺した奴はモンスターにせよ、人間にせよ冒険者カードに記録される筈だ」

 

「あぁなるほど! 流石カズマさんですね」

 

 そう言ってウィズは胸の谷間から冒険者カードを……──出す筈もなく、普通にエプロンから差し出してくる。

 俺がそれを受け取ろうとした時、横から出された手が取ってしまったせいで空気を掠ってしまった。

 犯人である女神様はそれはもう目を極限にまで近づけて冒険者カードを眺め見ている。

 まぁ、自分の目で確認した方がアクアも納得するだろう。

 ……ところで。

 冒険者が同業の冒険者を殺す事はまずない。

 何故ならそれはすぐに何らかの形で周囲の人間にバレてしまうからだ。

 そして、その殺した犯人は殆どの場合よくて終身刑で普通に死刑が判決されるらしい。

 流石は中世世界。命が軽すぎるなぁ。

 数分後。

 ウィズの経歴は長かったのか時間がかかったがようやく冒険者カードから目を離したアクアはそれはもう悔しそうに。

 

「認めたくないけど、本当に殺してない……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺は決めた。

 ウィズの事は内緒にしていよう、と。

 

「アクア、ウィズの事は黙っているぞ。いいな?」

 

「…………」

 

「分かったな?」

 

「…………分かったわよ」

 

 渋々ながら引き下がったアクアは次の瞬間笑顔を浮かべてウィズに近づき。

 

「ごめんねウィズ。友情の証に握手をしましょう?」

 

「えっ? ……あぁはい、構いませんが……」

 

 そう言って両者手を出し、握った瞬間。

 

「痛い痛い痛い痛いッ! どうして、どうして仮にも不死王である私がこんな風に痛くなるんですか!?」

 

「あらどうしたのウィズ? 私は手を握ってるだけよ? ……けど、いい質問をしたわね。私の名前はアクア。水の女神アクアよ!」

 

「えぇえええええええええええええ!? ……つまりアクア様はあの頭がイカレているアクシズ教の……?」

 

「いらっ。……ごめんウィズ、力が入っちゃったわ」

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!」

 

 悲鳴を上げるウィズをにやにやとタチの悪い笑みを浮かべているアクアに俺は拳骨をぶつけて。

 

「止めてやれ」

 

「……はーい」

 

 痛そうに頭を抱えている女神と、身体が少し透明になって透けている不死王。

 そんな二人をぼんやりと眺めていると扉に付けられたベルが心地よく鳴った。

 

「カズマ、店に入っていたのですね。アクアもいたのですか。二人とも、おはようございます」

 

 そう言いながら此方に近づいてくるめぐみんに俺は片手を上げて挨拶をしてから、彼女にも事情を言った方がいいのかと迷っていると。

 

「ねぇ聞いて、めぐみん! この女はね、不死王なのよ!」

 

「……はい?」

 

 アクアが正体をバラしてしまった。

 数秒後。

 

「えぇえええええええええええええ!?」

 

 めぐみんの驚き声が店内に響いたのは、語る必要もないだろう。

 

 

 §

 

 

 アクアと途中で別れてダクネスに何て言おうか頭の中で考えていると、こういう時に限ってすぐに目的地に着いてしまう。

 冒険者ギルドに辿り着くとそこには。

 

「やっと来たかカズマ。待ちくたびれたぞ!」

 

 朝からテンションが高いダクネスが俺達を待っていた。

 凄いそわそわしている。

 きっと、自分がパーティーに入れると信じて疑わないのだろう。

 まぁ丁重にお断りするのだが。

 しかしこうも期待されると、こう、罪悪感が湧き上がってくるな……。

 いやいやいや、俺は何も間違った事はしていない。

 俺はこほんと咳払いをして。

 

「あー、ダクネス。パーティーの事なんだけど、悪いが断らせてもらう」

 

 軽い感じで言った方がダメージが少ないと判断して、わざと明るく言ったのだが果たして成果は如何に。

 恐る恐るダクネスを見ると、何と彼女は微笑んでいるではないか。

 

「そうか、分かった。……本当は、分かっていたんだ。私のような守る事しか取り柄がないなんちゃって〈クルセイダー〉が使えない事など。カズマ、分かってはいるのだが……理由を教えて貰えないだろうか」

 

 そう言って自分の欠点を直そうとするのは称賛に値するのだが……だったら早くから直せと突っ込みたい。

 というか、理由の半分はあなたの性癖が原因です。

 しかしそれをありのままに告げるのは可愛そうだから、めぐみんの爆裂魔法の事だけを言って納得してもらおう。

 

「ダクネス。ここにいるめぐみんはな、爆裂魔法を使えるんだ。……いや、爆裂魔法しか使えないんだが。爆裂魔法の威力は正直他の魔法とは桁違いだ。当然、その爆風も大きい。ダクネスみたいな盾役がいた場合、それに巻き込まれて死ぬ可能性が高いんだ」

 

 その言葉を聞いてダクネスは納得してくれたようだ。

 ダクネスは見惚れるような笑顔を浮かべて。

 

「それでは邪魔したな。これからも冒険者ギルドや街で会うだろうが、その時は声を掛けて欲しい」

 

 そう言って席を立ち、ダクネスは冒険者ギルドを出て街に出てしまった。

 ……その背中が寂しそうに見えたのは、何も俺の気のせいではないだろう。

 思わず椅子を蹴飛ばし追いかけようとした時……──

 

「やめてあげてくださいカズマ。相当キツい筈ですから」

 

 ……服の袖を掴んだめぐみんによって阻まれてしまう。

 だがそれでいいのか。

 あのままダクネスを見送って良かったのか。

 そうやって悶々としているとそれを見かねためぐみんが優しい顔になって。

 

「カズマの判断は間違っていません。……その、不謹慎ですが……私は今とても嬉しいです。私がパーティーに残る事を前提に、ダクネスを断ったのですから」

 

「それはそうだろ。だってめぐみんの方が先に仲間になったんだ。いくらダクネスとは知り合いとはいえ、優先するのはお前の方に決まっているだろ」

 

「……ありがとうございます、カズマ」

 

 そうだ。

 俺の判断は間違っていなかったんだ。

 そうやって自分を落ち着けていると突如ノイズのようなものが空気を振動して、

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』

 

 街中に大音量のアナウンスが響く。

 中世世界のこの世界にそんな現代地球の技術は無い筈だから、恐らく魔法を使っているのだろう。もしくは何らかの魔道具か。

 ……それにしても、緊急クエストか。

 

「おいめぐみん。緊急クエストって何だ? もしかしてモンスターか何かが街に襲来してくるのか?」

 

 ちょっと、いやかなり不安気な俺とは対称にめぐみんはそれはもう嬉しそうだ。具体的には、目をかつてないほどに紅く輝かせている。

 レインさん曰く、紅魔族が目を紅く輝かせている時は最も気分が高揚している時らしい。

 めぐみんが嬉々とした声で。

 

「多分キャベツの収穫でしょう。そろそろ収穫時なので」

 

「おい、キャベツってあのキャベツか?」

 

「カズマが何を言ってるのかちょっと分かりませんが、キャベツと言ったら一つしかないでしょう?」

 

「野菜の?」

 

「野菜の」

 

「マジか……」

 

 そんなやり取りをしていると、めぐみんが可哀想な人を見る目で俺を見てきた。

 …………。

 

「なぁめぐみん。緊急クエストって言ってるけどさ、俺達は農家の方々の手伝いをさせられるのか?」

 

 めぐみんの視線が可哀想な人を見る目から、赤ん坊を見る目になった時、何時の間にか来ていたのかアクアが申し訳なさそうな声で。

 

「カズマさんはこの世界のキャベツを知ってる?」

 

「あぁ。三ヶ月前にとても美味しいキャベツを食べたばかりだ」

 

「それは品種改良して一年中育てられているキャベツね。私が言いたいのは……」

 

 アクアが説明をしようと口を開いたその時。

 何時もお世話になっている受付のお姉さんが建物内に充分届く大きな声で。

 

「皆さん、突然のお呼び出し、すいません! キャベツです! あの美味しくてシャキシャキした歯応えの……年中栽培とは違う、本物のキャベツの収穫時期がやって参りました! 今年のキャベツはできが良く、一玉一万エリスになりました! できるだけ多くのキャベツを捕まえ、納品してください! 尚、人数が人数、額が額なので報酬金は後日纏めて支払います!」

 

 その言葉を聞いて歓声を上げる冒険者達。

 そして我先にとギルドを出て行く冒険者達の姿は、こう、何と言うか……『狩人』と言えるだろう。

 そして気づいたら建物に残っているのは俺とアクアだけになってしまった。仲間のめぐみんもいない。

 

「それで? 説明を頼む」

 

 アクアもこの世界の常識がおかしい事に気づいているのか──いや、はたから見たら俺達の方がおかしいのか──視線を宙に向けながらポツポツと語り始めた。

 

「この世界のキャベツはね、カズマ。飛ぶのよ。比喩でもものの例えでもなくて、字の如く飛ぶわ。味が濃縮して収穫の時期が近づくと──彼らは自我を持つのよ。そして食べられたくないと思うのよね。街や草原を疾走する彼らは海を越え、谷を超え、そして砂漠すら越えて人知れず未踏の地で静かに息を引き取るのよ……。けど、私達人間はそうなる前に食べちゃいましょう、っていう事でこのお祭りが開かれるのよ。そう。この収穫は遊びじゃないわ。──戦争なのよ

 

 真顔でそんな事を言う女神アクアを見て俺が放った一言は。

 

「なぁ、今日は俺、休んでいいか? というかアクアは仕事しなくて良いのか?」

 

「キャベツは危険だから一般市民は家に避難してるの。……それと、ちゃんと行ってきなさい。お家、買いたいんでしょ?」

 

 アクアはそう言ってから受付のお姉さんの元へ近づき、何やら仲良さそうに歓談する。

 仲良くなったなぁ、と眺めていると2人共俺の視線に気づいたのかこちらを見てシッシッと手でサインしてくる。

 俺はとぼとぼと剣を片手にキャベツの元に行くのであった。

 

 

 §

 

 

 そこは──戦場だった。

 剣、弓、槍、棍、ダガー、そして杖。自らの武器を振り、冒険者達は敵と戦う。

 そこにあるのは、何時ものおちゃらけた雰囲気ではなく、皆が連携していて戦っていた。

 キャベツと。

 

「「うおぉおおおおおおおお!!!!!」」

 

 雄叫びを上げながらキャベツに向かっていく戦士達。

 俺が内心うわぁと軽く引いている中、ただの野菜である筈のキャベツは剣を避け、魔法を避け、しまいには……

 

「「「グハッ!」」」

 

 冒険者達を返り討ちにしていた。

 ……帰りたい。今すぐ帰りたい。

 そんな思いを抱えながらめぐみんを探していると、幸いすぐに見つかった。

 いた場所は、少し見晴らしが良い丘の上。

 目をギラギラと紅くして、下の様子を眺めている(さま)は……ただの爆裂娘だった。

 

「おーい、めぐみん!」

 

「あぁカズマですか。今年のキャベツはお姉さんが言っていたようにできが良いからか、とても凶暴です。気をつけてくださいね。……実際、何人かが殺られていますから」

 

 真剣に語るめぐみん。

 だが何故だろう。相手がキャベツだからか、俺はそんな真面目になれなかった。

 と、その時。

 

「あぁ、分かっ──グハッ!」

 

「カズマ、大丈夫ですか!? 気をしっかり持って!」

 

 真後ろから突撃してきた一体のキャベツによって後頭部に深刻なダメージを負った俺は、心配そうに見てくれるめぐみんに向かって。

 

「めぐみん。……あそこの、誰もいない場所に爆裂魔法を撃て。キャベツの癖に目があるからな、土煙が良い仕事をする筈だろ。その間に俺は乱獲してくる。当然報酬は山分けだ。あと今日は全力で撃っていいぞ。……キャベツの癖に、人間様に歯向かうとはいい度胸じゃないか!」

 

「流石はカズマです! 全力の爆裂魔法なんて、何週間ぶりでしょうか……!……それでは私は用意しています。『黒より黒き闇より深き漆黒に──』……」

 

 詠唱を始めるめぐみんと別れ、丘を内心ひやひやしながら滑り降りた俺は……ちょっと待てよとある事に気づいた。

 仮に。

 仮にめぐみんが爆裂魔法を撃ったとしよう。

 当然、俺の完璧な作戦が成功すれば莫大な金をゲットできる。だが、もし失敗したら……?

 そう、慢心してはならない。

 生まれるのはクレーターだけ。

 しかもめぐみんには全力で良いと言ってある。あれほど気分が高揚しているのだ、その威力は計り知れない。

 そしてクレーターが大きくなればなるほど、請求される額は増える訳で……。

 ……。

 俺は他の冒険者達全員に聞こえるよう、大きな声を出した。

 

「皆聞いてくれ! 俺が今から作戦を提示したいと思う! 作戦通りにいけば絶対乱獲できる!」

 

「何だ何だ?」

 

「おいカズマ、それ本当だろうな?」

 

「もちろんだ! あそこにいるめぐみんが爆裂魔法を放つ! そしたらその余波で土煙が生まれるから、魔法使いの皆さんは風を巻き起こす魔法を使って憎きキャベツ達の目に砂を当ててくれ。奴らが身動きできない間に捕獲だ! だから、魔法使いの皆さんは詠唱を開始! 他の冒険者達はキャベツ共を一箇所に集めるんだ! 報酬は取った者勝ち! 恨みっこなしだ! ……どうだ!?」

 

 沈黙が場を支配して、数秒後。

 

「「やってやらぁあああああ!」」

 

 ……よし、これでクレーター代も等分してもらおう。

 俺が邪悪な笑みを浮かべる中、俺の指示通りに冒険者が動く。

 魔法使い職は詠唱の準備を。

 俺を含めた剣士はキャベツ共を一箇所に固めるべく声を上げながらじわじわと包囲していった。

 そして一人、めちゃくちゃ活躍している騎士がいた。

 

「あぁ……最高だカズマ! んくっ、これこそ、私が最も望む展開だ! んんっ、キャベツ達の猛攻をこんなにも受ける事ができるとは!」

 

「ちょっとダクネス、煩いからちょっと黙ってて! だからパーティーに入るの断られるんだよ! ……ハァ」

 

「そうは言ってもだなクリス! ……んくっ、コレばっかりは……あぁっ! ……無理なのだ!」

 

「ねぇ、お願いします。お願いだから、黙ってて!」

 

「おい、カズマ。あの姉ちゃん大丈夫かな? お前知り合いだろ? ちょっと行ってこいよ」

 

「断る」

 

 何やら悲鳴の応酬の中に喜悦の声が混じっているが、無視していいだろう。

 何だろう、さっきまでパーティー加入を断った事に対して罪悪感があったが、今の声を聞いたらなくなってしまった。

 そしてとうとう……

 

「カズマ! こっちは準備できました! ……というか、もう少しで身体がボンッてなりそうです!」

 

 何それ、聞いてるだけで恐ろしい。

 辺りを見回すが、殆どのキャベツが集まっているようだ。

 

「よしめぐみん! 撃っていいぞ!野郎共、目を閉じろぉおおおおお!」

 

「それでは行きますよ! 『エクスプロージョン』ッッ!」

 

 直後。

 膨大な光が視界を過ぎ去っていき、その次は大地を鳴らす轟音が響いた。そして次の瞬間、溢れんばかりの砂煙が巻き起こり。

 

「魔法使いのみなさーん! お願いします!」

 

「「『ウインドブレス』ッ!!!!!!」」

 

 その砂嵐を誘導するように風を生成する初級魔法『ウインドブレス』が沢山の魔法使い達から発生した。

 そして聞こえるキャベツ達の悲鳴。

 瞳をキツく閉じている俺達でさえその重みが分かるのだ、何も対処をしていなかった野菜達には地獄だろう。

 そして丘の上からはめぐみんが。

 

「カズマ! 今です! 今なら乱獲できますよ!」

 

「よし、お前ら! 行くぞぉおおお!」

 

「「「おぉおおおおおおおおお!」」」

 

 

 ──この日。

 アクセルでのキャベツの収穫量は、近年稀にみるほどの量だったらしく、街は冒険者達に感謝したそうな。

 俺達はこれが冒険者の醍醐味だと喜ぶ事ができ、財布も厚くなる事が確定したのでその日は宴会を開き、その日は終始皆が皆笑顔だった。

 冒険者ギルドに留まっていたアクアは『宴会』スキルを使い無料で素晴らしい芸をし、俺はというとめぐみんやダクネス、そしてそのダクネスの友人であるクリスと豪華な夕食を取り、今までで最高の夜を過ごした。

 クリスは〈盗賊〉職の冒険者で、迷宮(ダンジョン)に潜っては貧しい子供達に食べ物や生活に必要な物を与えているそうな。

 スキルを教えてくれるとの事で『スティール』や『バインド』、『潜伏』と所持していたスキルポイントを全て使ってしまったが役に立つ時が来るだろう。

 ……『スティール』を試しに使った時、クリスのパンツを盗ってしまったが致し方がない。

 

 その後日。

 冒険者ギルドは静まり返っていた。

 何故なら今日は、キャベツ狩りの報酬金が出る日だったからだ。

 固唾を飲んでギルド役員の言葉を待つ俺達。

 そして一人の黒いスーツを来た新米の男性職員が前に出て。

 

「皆様、長らくお待たせしました! 今年の報酬金ですが、過去最大です! それでは列になって待っていてください! お金は逃げないので、安心してください!」

 

 ざわざわと賑やかになり、仲間と話している冒険者。

 だが……俺とめぐみんはそれをしなかった。

 ……何故なら、めぐみんが作ったクレーター代が幾らか検討もつかないからだ。

 不安からか、めぐみんがぎゅっと服の袖を掴んでくる。

 女の子から純粋にこんな事をされるのは人生初だが、喜べる状態ではなかった……。

 そして、俺達は頷き合い最後尾に並ぶ。

 ある者は歓声を。

 またある者は歓声を。

 そしてまたある者は歓声を。

 というか、皆歓声しか上げていない。

 そしてとうとう……。

 周りの冒険者達が俺達を遠巻きに見守ってくれるなか。

 

「お待たせしました。サトウカズマ様に、めぐみん様のパーティーですね?」

 

「「はい」」

 

「まずは、おめでとうございます! こちらが報酬金の六十万エリスです!!」

 

 一瞬場が歓声に呑まれかけたが片手を上げる事で黙らせる。

 そうだ。油断するな。

 あれだけの大きいクレーターを作ったのだ。

 天引き額はそれこそ百万エリスを超えるかもしれない。

 ごくりと喉を鳴らす中……男性が口を開けて。

 

「ですが、何時ものようにめぐみん様がクレーターをお作りになったので差し引きさせて頂きます。……直径約二十八メートル、深さは約二十五メートルです。その金額が、四十万エリス。……以上、合計金額二十万エリスになります」

 

 クレーターから大穴になるとか……。

 爆裂魔法恐るべし!

 金貨が入った袋を渡してくる男性職員にお礼を言いながら貰い。

 俺はめぐみんと頷きあってから周りの冒険者に向かって叫んだ!

 

「今回の収穫は大成功だ!」

 

「おぉおおおおおおおおおおおおお!」

 

 結局一人当り十万エリスだが、思ったよりも差し引きされなかったので良かったと言えるだろう。

 それに地球にいた時はそんな大金貰った事もなかったのだ。

 

「よしめぐみん! 今日の夕飯は豪華なものにしようぜ!」

 

「はい! 私的には肉が食べたいです!」

 

 俺達は笑いながら冒険者ギルドを出ていく。

 今日はアクアやダクネス、クリスも誘うかと思いながら。

 強いモンスターが闊歩する冬はまだ先だ。

 今回支出された額は少しばかり惜しいが、すぐに巻き返せるだろう。

 

 そんな俺の考えが間違いだったと気づくのは一週間後だった……。



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魔剣使いの人

 

 キャベツ戦争が終わってからもう少しで一週間が経とうとしていた。

 殆どの冒険者がそのキャベツで得たお金でだらだらと飲み食いしてるなか、俺とめぐみんもそれに漏れず酒場に座りアイリスとよくやっていたボードゲームをして遊んでいた。ちなみに、ダクネスやクリスも俺達の元に集まっている。

 二人曰く、暇らしい。

 

「なぁめぐみん。今日のお前はとても可愛いな。……よしここは、使えないクルセイダーを盾に」

 

「何ですかカズマ、正直気持ち悪いのですが。……そう来ると思いましたよ、ここは圧倒的攻撃力を持つソードマスターの出番ですね」

 

「お前、人がせっかく褒めたのに、それはないだろ! ……盗賊のスキル『スティール』を使用! ……うわっ、クルセイダーとか、いらねー」

 

「いえ、カズマがそんなキメ顔でそんな台詞言える訳ないじゃないですか。……よし、ここはアーチャーのスキル『狙撃』を使って敵の大将を狙います!」

 

 紅魔族であるめぐみんは知能が高いからか、とても強い。

 次の一手をどうするか迷っていると、ダクネスがぽつりと呟いた。

 

「そんなにクルセイダーは使えないのか?」

 

 そんな当たり前な事を言われましても。

 クリスはというと、一人黙々と折り鶴を作っていた。

 何でも、難病の女の子の為に千羽鶴を作っているらしい。何でこんな聖人のような女性が〈盗賊〉職なのだろうか。

 

「はぁー、暇だなぁ」

 

「まぁそれは仕方がない。何せ、クエストが無いのだからな」

 

 そう。

 クエスト掲示板には、クエストの紙そのものがなくなっていた。僅かに残っているのは超大型モンスターの討伐クエストだとか、そんな危ないものだけ。

 強いモンスターが闊歩する冬ではまだないので、当然他の理由があるのだが……。

 

「魔王軍幹部、首無し騎士(デュラハン)ねぇ」

 

 現在この近くの古城には魔王軍幹部が住み着いたらしく雑魚モンスター達は奴を恐れていなくなったのだ。

 よって、クエストを受けようにも受けられないこの状況。

 まだ貯金はあるが、もしこのまま続くとしたら金銭的な意味で不安になってくる。

 俺のそんな内心を見透かしてか、めぐみんが安心させるように肩に手を置いて。

 

「まぁ一ヶ月後には王都から騎士団が来て討伐に向かうようですから、もう少しの辛抱ですよ」

 

 そんな事を言ってくる。

 だが、そんな上手く事が進むのだろうか。

 相手は魔王軍幹部だ。その実力は計り知れない。

 騎士団が強いのは、王城にいた際彼らの訓練を見学させてもらったので知っている。

 騎士団の人達は強い、という事は俺でも分かった。

 だが幹部である。

 未だに誰一人として魔王軍幹部は討伐されていない。

 転生したチート持ちの連中達がこぞって勇敢に立ち向かっても殺せなかったのだ。

 幹部達が大半の時期を魔王城で過ごしているのもその理由の一つらしい。

 果たして討伐できるのか……。

 

 しかし、何故魔王軍幹部なんて大物がこんな田舎に来るのだろうか。

 此処は駆け出し冒険者の街アクセル。

 俺達みたいなひよっ子冒険者は無事に討伐されるよう祈る事しかできやしない。

 

 

 §

 

 

 冬も本格的に近づいて来たのか、夕焼けが早く訪れてきたので冒険者ギルドを出る事にした俺達は現在。

 

「アクア様、帰ってきました!」

 

「……? どちら様ですか?」

 

「……!?」

 

 帰路についている途中、通行人の事も考えず道のど真ん中で騒ぎを起こしているに人の男女を遠巻きに眺めていた。

 というか、アクアと魔剣使いの人だった。

 クリスとダクネスは巻き込まれたくないのか早々に帰って行ったが、生憎俺とめぐみんは知り合いなので帰る事ができない。

 

「カズマどうするのですか? 見るからに、アクアがあのイケメンにナンパされてるのですが……」

 

「……あのイケメンはなめぐみん、アクアの元仲間だよ」

 

「……? ……あぁ、あの人がですか。確か置き手紙だけ置いていって宿のお金を置いていかなかった最低な人ですよね」

 

 何それ初耳何だが。

 そりゃあ、アクアも魔剣使いの人を嫌いになるだろう。

 朝目が覚めてみたら一方的な手紙があり、無一文な状態だったのだ。

 俺だったら怒りでその手紙を破り捨て、冒険者仲間にある事ない事を話して噂を作る。

 

「まぁ取り敢えず、もうちょっとだけ見ていようぜ」

 

「楽しんでませんか?」

 

「うんそうだよ」

 

「うわぁー、カズマのそういうところ直した方がいいですよ」

 

 めぐみんが隣でぶつくさ言っているが聞こえないフリをしていると丁度会話が始まるところだった。

 

「あ、アクア様、僕ですよ! 貴女の仲間の、御剣響夜です!」

 

 必死に身振り手振りを使って説明している様は滑稽としか言いようがないが、果たしてアクアの返答は如何に。

 アクアはじーと魔剣使いの人を下から上まで眺め……最後に腰の魔剣を見てからぽんと手を合わせて。

 

「あぁ、カツラギさんじゃないですか! その節はどうもお世話になりましたー」

 

「いえ、御剣ですけど!?」

 

 何だろう、イケメンが全力で突っ込みしているのを上から眺めているのは中々に気分が良くなる。

 はぁはぁと息を荒くした魔剣使いの人は息を整え、真面目な顔になってから姿勢を正すと──何と、跪くではないか。

 

 外野がおぉ! と大きくざわつくなる中、ミツルギはアクアの手を取って。

 

「アクア様、長らくお待たせしました。僕、御剣響夜は仲間達と共にエンシェント・ドラゴンを倒すほどに強くなってきました。レベルは四十を超えています。貴女は僕が必ず守りますので──」

 

 うんたらこんたら(ちかい)の言葉を言っているが、ミツルギにとっては残念な事にアクアは聞いていない。

 それどころかポケットから手帳を出して、

 

『そろそろ酒場に行かないと、皆に怒られる! 今日は新人の子の歓迎会だから、『宴会』、気合い入れないと!』

 

 と小さく呟きミツルギを放置して駆け足で土木現場に向かっていった。

 取り巻き女二人も近くにいたのか、はっと我に返ると慌ててアクアの後を付いていき、野次馬が興味を失ったように散らばるなか、残ったのは俺とめぐみん、そして未だに言葉を紡いでいるイケメンだけだった。

 

「カズマカズマ、どうするのですか? すごくあのイケメンが可哀想なのですが……!」

 

「だったら声掛けて慰めればいいだろ」

 

「やですよ、そんなの」

 

 ひそひそと話し声をしていると、突然ミツルギが立ち上がり、お辞儀をしながら大きな声で叫んだ!

 

「──……好きです!」

 

 ……。

 …………。

 か、悲しすぎる。

 不覚にも俺は瞳からぶわっと涙が出てしまった。見ると、めぐみんも涙を流している。

 俺達はごしごしと涙を拭いてからミツルギに近づき、彼の小さな肩に手をぽんと置いて。

 

「ミツルギ、アクアはさっきからずっといないよ」

 

「えっ?」

 

 信じられない、そんなニュアンスが存分に込められていた声を出しながら憐れな魔剣使いは恐る恐る顔を上げ、彼が見たものは……。

 不審者を見るような目で見ている街の住民達。

 

「そ、そんな馬鹿な……。和真、何時からアクア様は此処から移動したんだい?」

 

「えっと、確か『アクア様、長らくお待たせしました。僕、御剣響夜は仲間達と共にエンシェント・ドラゴンを倒すほどに強くなってきました。レベルは四十を超えています。貴女は僕が必ず守りますので……──』っていう辺りかな」

 

「そ、そんな……僕の言葉を聞いてくれないなんて。……和真、アクア様が何処に行ったか分かるかい?」

 

「ちょっ、お前どうするつもりだ?」

 

「決まっているだろう? もう一度アクア様に会って僕の誓いの言葉を聞いてもらってから、再びパーティーを組もうと……──どうして君達二人はそんな目で僕を見るんだい?」

 

 俺達がドン引きしてる事にすら気づかないとは、この男……中々の自信家というか、何というか。

 恋は人をおかしくするとネットの住民が討論していたが、まさか本当だったとはなぁ……。

 くいくいとめぐみんが袖を引っ張り早く帰りましょうとばかりに目で催促してきたので、俺は頷き。

 

「悪いミツルギ。俺達はこれで失礼するよ」

 

「あぁ分かった」

 

 ミツルギから充分な距離を取った後は、二人仲良く大笑いしながら帰路につき、明日に備える事にした。

 

 

 §

 

 

「佐藤和真、僕と決闘をしろ!」

 

 翌日。

 今日もクエストが張り出されてなかったので、カウンター席に着き受付のお姉さんと雑談していると入口付近からそんな声が聞こえてきた。

 そしてそちらを見るとそこには魔剣を抜いて臨戦態勢のミツルギが鼻息荒く立っているではないか。

 うわぁー、行きたくねーと思っているとお姉さんが何処から出したのか、大きい毛布を差し出してくれる。

 どうやらこれで身体を隠せと、そういう事らしい。

 女神のようなお姉さんにサムズアップしてから毛布を被り隠れながら耳を傾けているとダクネスと思われる声がミツルギと討論しているところだった。

 

「貴様何者だ? 此処は公共の場だ、もう少し考えてくれ。朝から煩いぞ」

 

「うぐっ。……それは失礼しました。僕の名前は御剣響夜といいます」

 

「そうか、それではミツルギ。何故お前はカズマに決闘を申し込む?」

 

「アクア様を無理矢理土木工事させてるからだ!」

 

 おいこら、ちょっと待て。

 確かにアクアに土木工事を勧めたのは俺だが、それを受けたのは彼女なのだ、俺が責められる謂れはない。

 

「昨日僕の仲間がアクア様の元に行ったんだ。そしたらあの方は『え? 私もうあなた達とはパーティー組まないわよ?』 と言ったそうだ。理由を聞いたら、『だって私、もう既に半分冒険者じゃないし。それに今は親方の所でお世話になってるから』と言ったそうだ。更に深く聞いたら佐藤和真がアクア様を土木現場に放り込んだとか……。僕はそんな彼が許せない!」

 

「……そうか、もう勝手にしてくれ」

 

 ダクネスがそんな諦観の声を出す。

 もうちょっと頑張ってください、ララティーナお嬢様。

 俺がダクネスがいるだろう方向にジト目を向けていると布越しにお姉さんが声をかけてくる。

 

「と言っていますよ、カズマさん。どうしますか?」

 

「無視でお願いします」

 

「えっ、無視でいいんですか?」

 

「無視でお願いします」

 

「……。……ミツルギさん、此処にいますよー」

 

 お姉さんが裏切った!

 慌てて毛布をめくり彼女の顔を見ると、申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「ああいう人は、めんどくさいですから、早めに決着をつけた方がいいんです」

 

 そう言われても。

 お姉さんの声を聞いたミツルギがゆっくりと、しかし修羅の雰囲気を纏ってこっちに来るので俺も仕方がなく席を立つ事にした。

 取り敢えず、簡単な挨拶から入る事に。

 

「やぁ、昨日ぶりだね、和真」

 

「……あぁ、そうだな」

 

「聞いてたと思うけど、決闘を受けて欲しい」

 

 俺は全身を舐めるようにイケメン様を眺めて。

 

「断る」

 

「…!? 君は逃げるのか!?」

 

 そんなアホな事を言うミツルギに俺は寧ろ呆れていた。

 まずだが、決闘を受ける理由がない。

 俺は悪い事をしたとは思ってないからだ。

 それに、色んな意味で差がありすぎる。

 全身を豪華な金属鎧で包んでいるミツルギに対して俺はそこら辺の武具屋で買った軽装。

 これだけでも負けイベなのに、相手は魔剣を持っているときた。

 ……こっちは安物のショートソードなのに。

 きっとコイツは、手に持っている魔剣で異世界生活を面白おかしく愉快に楽しく過ごしてきたのだろう。

 可愛い女の子を侍らせて、レベルをどんどん上げていったに違いない。

 そもそも、魔剣がどんな効果があるのかも分からないのだ。

 俺がじっと魔剣を見ている事に気づいたのか、ミツルギが親切に教えてくれた。

 

「気になるのかい、和真。……この魔剣の正式名称は魔剣グラム。性質は、『何でも斬る』だよ」

 

 顔が引き攣っているのが自分でも分かる。

 

「「キョウヤー、頑張ってー!!」」

 

 そして聞こえる取り巻き二人の応援。

 我慢できず抗議しようとした……

 ──その時。

 

「お姉さーん。カズマが何処にいるか分かる? 爆裂魔法を撃って一歩も動けないめぐみんを配達しに来たんですけどー」

 

 話題の中心であるアクアがぐったりとしているめぐみんを背負って冒険者ギルドに入って来た。

 ギルド内にいた全員が思わずアクアを見てしまう中、彼女は不思議そうな顔をしながらも俺を探しているのか辺りをきょろきょろと見回している。

 そして目が合った。

 駆け足気味に俺達の元に近づくとミツルギがアクア様! と呼ぶがアクアはそれをスルーし、めぐみんを渡してくる。

 

「はいカズマ。確かに届けたわよ。……それで今日は何でこんなに静かなの?」

 

 あなたの元仲間が原因です。

 

「あっ、あのアクア様?」

 

 おずおずと話し掛ける勇者候補。

 

「……? あっ、ミツルギじゃない! どうしたの? 私に用かしら?」

 

「僕達ともう一度パーティーを組みましょう! 必ず魔王を倒しますから! 土木工事なんてやってないで……──」

 

 そう意気込むミツルギ。

 アクアはそんな元仲間を半眼で見て。

 不意に。

 

「『ゴッドブロー』ッッッ!!!!!」

 

「えっ……──ゴフッ!」

 

 拳を打ち込んでから首根っこを掴み揺らしていた。

 軽く泡を吹いているがまぁ大丈夫、だろう。……多分。

 

「アンタねぇ、ふざけるんじゃないわ! 相談もなく急に修行とやらに行って!? 私がどれだけ苦労したか知ってる!? ……原因の殆どは私が悪いんだけど。カズマが親方を紹介してくれなかったら、私飢えてたんだからね!? それで突然帰ってきたらもう一度パーティーを組むぅうううう!? そんなのやるわけないじゃない!!」

 

「「キョウヤー!?」」

 

「大体ねぇ、アンタ達二人もそうよ! キョウヤキョウヤ、煩いったらありゃしないわ!」

 

 そう言いながらイケメンの顔を殴る事数秒、やっと気分が晴れたのかアクアは手を離し、こちらを見て聞いてきた。

 

「それで決闘受けるの? 受けるんだったら『ヒール』掛けるけど」

 

「えっ、やだよ。そもそも、決闘をやるにしても、何を賭けるんだ?」

 

「ゴホッゴホッ……。なら、僕は君の願いをできる範囲で一つだけ叶えてあげよう」

 

 ほう。その自信は魔剣があるからか。

 ぐったりと机に倒れているめぐみんが服の袖を弱く握り手でこっちに来いとサインしてきたので話し合いをする事に。

 

「カズマカズマ、もう受けちゃいましょうよ。というか、受けてください」

 

「いや、無理無理。絶対負けるって! そもそも、あの魔剣がある時点で負け確だろ。何だよ、『何でも斬る』とか。舐めてんのか」

 

「なら、あたしにいい考えがあるよ!」

 

 クリスが話に混じりひそひそと耳打ちしてくる。

 その素晴らしい案を聞いた俺はにやりと不敵な笑みをつくり、クリスもまたそれを返す。

 だんだん面白くなって気持ち悪い笑みを浮かべる俺達二人をさっきから一言も喋っていないダクネスや、仲間であるめぐみんがドン引きしている中、俺はミツルギの元に向かい。

 

「分かった、決闘を受けてやる。……アクア、悪いが回復魔法を掛けてやってくれ」

 

「はーい、『ヒール』」

 

 あたたかな光がミツルギの身体を包み込み、怪我が回復した魔剣使いの人は爽やかな笑みを浮かべて。

 

「僕が勝ったら……僕とパーティーを組んでもらう。何でも、和真の指示によって今年のキャベツの収穫量が桁違いに上がったそうじゃないか。だから僕とパーティーを組んで指示をしてもらう役職になってもらう」

 

 そんな情報、何処から仕入れてきたのだろうか。

 

「じゃあ俺が勝ったら……俺達に二度と関わるな。お前の相手は疲れるからな、それがいいだろ。……それにイケメンだし」

 

「僕はイケメンじゃないんだけど……」

 

 そういうところが他の男達の腹を立たせるのだが。

 コイツ、絶対泣かせてやる。

 周りの野次馬達が賑やかになり……。

 俺達が自分の剣を鞘から抜き出し構える中、それを見た受付のお姉さんが。

 

「あっ、すみません。ギルド内では喧嘩はしないでくださいね。やってもいいですけど、壊した物品は負担していただくので」

 

「……取り敢えず、外に出ようか」

 

「……そうだな」

 

 

 §

 

 

 お姉さんの指示通り、外に出た俺達はそこそこ大きい広場にいた。

 彼我の距離は約二十メートル。

 多くの冒険者が冒険者ギルドからそのまま移動し……暇だからかギルド職員も見守るなか。

 

「それじゃあ和真。今からこのエリス通貨を宙に投げる。そして落ちたら決闘の開始だ。ルールは、僕はこの魔剣オンリー。和真は、魔法を使うもよし、スキルを使うもよし、取り敢えず自由だ。決着方法は相手が気絶……もしくは戦闘ができない状態になったとき。一応、降参もする事ができる。……これでいいかい?」

 

「なぁ、本当にお前はその魔剣何とかだけでいいのか?」

 

「これはレベル差を考えた、いわばハンデだよ和真。流石に駆け出し冒険者の君に負けるとは思えないからね」

 

 その自信が何処から出てくるのか俺は今、もの凄く気になっているんだが。

 というか、さっきから随分と言いたい放題だな。

 前々から思ってたが、このイケメンはどうもこう、自分に自信を持ちすぎて、無自覚に人を傷つけるなぁ……。

 アクアがどのような経緯でミツルギの仲間になったのかは知らないが、すぐに後悔したに違いない。

 

「それじゃあ準備はいいかい?」

 

「あぁ、何時でもいいぞ」

 

 ミツルギがエリス通貨を高く宙に飛ばし、俺達はお互いを睨み合いながら剣に手を伸ばす。

 そして通貨が地面に落ちた音が鳴り渡り──ミツルギがもの凄い速度で接近してくきた。

 思ったよりも、断然早い!

 だが落ち着け、落ち着くんだ佐藤和真。

 俺はできる子だ。思い出せ、クリスの言葉を!

 全身に力を入れた俺は腰を曲げて──向かってくる的に剣を投げる!

 

「おらぁあああああ!」

 

「……!?」

 

 先手必勝。

 ……だが相手はチート持ちだ。

 ミツルギは一瞬驚愕の表情を浮かべるがすぐに冷静になり……魔剣を鋭く一閃させ俺が投合した剣を粉砕する。

 ……あの剣、初めての相棒だったのに!

 俺に残されてるのは、何も無い。

 勝利を確信し笑顔を浮かべるミツルギ。

 周りの野次馬も魔剣使いが勝つと予想し、思わず目を背けるなか……

 

「諦めないでください、カズマ!」

 

「そうよそうよ! カツラギなんて、ぼこぼこにしてあげなさい!」

 

「カズマ……」

 

「作戦通りに動くんだよー!」

 

 めぐみんが、アクアが、ダクネスが、そしてクリスが俺を応援してくれる。

 俺はそれに応えるべく、手をかざして叫んだ!

 

「『スティール』ッ!」

 

 そして俺の掌には──一本の魔剣があった。

 

「そんな! ……僕の魔剣が!?」

 

 そう、これがクリスの考えた作戦。

 まず最初に俺の武器を投げ先手を取る。

 当然、これまで数々の修羅場を潜り抜けたミツルギにとってそれはあまり意味がない。

 コイツはどうやら俺の事をかなり下に見ているので、武器がなくなった俺など、勝ちは確定だと思い込む。

 その慢心をつき、盗賊スキルである『スティール』を全力で使い、魔剣を奪うという作戦だ。

 そしてミツルギの職は〈ソードマスター〉だ。

 当然、ソードと名がつくので剣がないと大半のスキルは使えないないだろう。

 つまり、今のミツルギは丸裸なのだ。

 対する俺は武器はミツルギから奪った魔剣があるし、決闘のルール上魔法も使える。

 俺は黒い笑みを勇者候補様に向けて。

 

「くっくっく。さぁどうするミツルギ? 形勢逆転だな。まだ続けるか? えぇ、勇者様よぉおおおお!? ……ねぇねぇ、今どんな気持ち? 俺みたいな駆け出し冒険者に負けるなんて、さぞかし悔しいんでしょうねぇええええ!?」

 

「……クッ!」

 

 魔剣使い、……いやソードマスターの剣士はただ悔しそうに俺を睨みつける事しかできない。

 俺が魔剣を振り回しながら奴を煽っていると……妙に周りが静かな事に気づいた。

 するとそこには。

 殆どの人達がドン引きしながら俺を見ていた。

 というか、そこにめぐみんやアクア達が含まれているのは何故だろう。彼女達は俺の事を応援していたのではなかったのか。

 

「……ねぇ、めぐみん。カズマさんが鬼畜に見えるんですけど! スキルで魔剣を奪うだけならまだしもその上で煽るなんて、鬼畜の所業だと思うんですけど!」

 

「……まぁ、はい。あんなのでも頼りになりますから」

 

「んくっ……流石はカズマだ! 大勢の人達がいる中での……はぁはぁ……あの仕打ち、何という事だろう!」

 

「ダクネス、キミはもう少し黙ろうか!?」

 

「というか皆。私にはカズマさんが魔王軍に見えるんですけどー。これってあれよね。逆境に立ち向かう勇者と、それを上から目線で余裕かましている敵よねー」

 

「「「それはある」」」

 

 誰も俺を理解してくれないのでとても悲しい。

 というか、アクアが言っているシチュエーション的には、俺の方が勇者だと思うんだが。

 奪った魔剣を肩に当ててミツルギを見ていると……──急に襲い掛かってきた!

 

「ちょっ、待って!?」

 

「剣を取られたのなら、素手で戦えばいい!」

 

「それは世間体的にどうなのでしょうか!?」

 

「今更そんな事を気にしていられるか!」

 

 剣を所持していないとはいえ、ミツルギはまがりなりにも高レベルプレイヤーだ。当然、レベル上昇に伴ってステータスも伸びているだろう。

 対する俺は、少し前に冒険者稼業を始めたひよっ子。

 もし一撃でも当たったら……。

 

「ひぃっ! ちょっ、待って、待ってください!……危なっ……お前、人を殺す気か!」

 

「はぁ、はぁ……! 大丈夫だよ、和真。……君、が死んでも……はぁ……アクア様が蘇生して、くれるは、ずだ……」

 

「やだよ、俺は死にたくないよ!」

 

  『逃走』スキルをフルに使い必死になって鬼から逃げていると、もうめんどくさくなったので、真後ろにるミツルギに魔剣をブーメランの要領で投合する事にした。

 

「ちょっ、待っ……──グハッ」

 

 そして見事に回転しながらも運良く柄の部分がイケメンの顔面に直撃し、魔剣使いであるイケメンは呆気なく気絶し、この瞬間俺の勝利が決まったのであった。

 呼吸を整えていると、俺達を追っていたと思われるめぐみん達が来て気絶しているミツルギを見てから言った。

 

「「「「うわぁー」」」」

 

 

 §

 

 

「だからさ、俺は別に変な事はしてないんだよ。そもそもこれは決闘だろ? だったら別に何をしてもいいと思うんだ」

 

「カズマ、それでもあれはちょっと……」

 

 冒険者ギルドに戻ると、俺が勝った噂は風のように早く伝わっているのか殆どの男性冒険者達がジョッキを天高く掲げて。

 

「「「「イケメンざまぁ!!!!!」」」」

 

 美味そうに酒を飲んでいる。

 やっぱり俺は悪くないのだ。

 かなりの運動をしたからか猛烈に腹がすいているので近くを通りかかった新人男性の職員に声を掛けると。

 

「サトウ様の勝利を聞きました! おめでとうございます! これからも頑張ってください!」

 

 そんな言葉を投げかけてくれた。

 俺は未だに白い目を向けているめぐみんを見て。

 

「ほら俺は何も悪くない。というか、お前は動けるのか? さっき爆裂魔法を撃ってきたんだろ? というか、何処で撃ってきたんだ?」

 

「まだ少しだるいですが歩く事ならできますよ。逆に激しい運動はできませんが。爆裂魔法についてはまた後日言います。……それよりアクアやダクネス達は何処に行ったのですか?」

 

「アクアは職場。何でも、緊急会議を開く事になったらしい。ダクネスとクリスは孤児院に行って子供達の面倒を見るってさ」

 

 取り留めのない雑談をしていると、人の気配がしたのでそちらを見ると。

 

「やぁ、和真」

 

 爽やかな笑みを浮かべるミツルギがいた。

 顔には剣の柄が当たったと思われる痕があるので、かなり台無しだが。

 そして後ろの取り巻き二人がもの凄く怖い。

 俺は別に武芸の達人ではないので分からないが、これが殺意なのだろうか。

 がたがたと震えているとそんな俺がおかしく思えたのか、

 

「どうしたんだい、和真? 震えているけど……」

 

「お前の仲間が俺を殺そうとしているんだよ!」

 

 指を指して指摘やるとミツルギは、

 

「和真。彼女達がそんな事をする筈がないだろう? 僕の大切な仲間を悪くいうのなら許さない」

 

 その大切な仲間を見向きもせずそんな否定の言葉を言ってくる。

 アレか、コイツの頭の中はお花畑なのか。

 どうにもこのイケメンは自分が信じるものは疑わない性質らしい。

 ここで口論をしても仕方がないので、要件を聞く事に。

 

「それで何だよ。決闘について何か文句でもあるのか?」

 

「いや、そうじゃないよ。寧ろ、君には感謝している。どうやら僕は自惚れていたようだ。実際、駆け出しの君に負けるのだから」

 

 中々に殊勝な態度じゃないか。

 

「よし、それじゃあ約束通り、俺達に二度と関わるなよ。あっ、この場合の関わるのはプライベートな事だから」

 

「分かった。それじゃあ最後に──すまなかった」

 

「「キョウヤ!?」」

 

 突然頭を下げるミツルギ。

 取り巻き二人の声を聞き、周りの冒険者達が何だ何だとざわつくが、それは俺も、めぐみんもそうだろう。

 だが俺達の心中などお構いなく、ミツルギは続ける。

 

「君達には多大な迷惑を掛けたからね。……特に、アクア様に僕はなんて酷い事をしたんだろう。相談もせず勝手に修行に行くなんて……。そうすれば、全員で修行できたのに」

 

 仮に相談してもアクアはついて行かずに生活費だけ貰ってアクセルに残るだろうが、それは言わないであげよう。そう、これは武士の情なのだ。

 

「アクア様には君の口から悪かったと伝えといてくれないか? 多分、僕の言葉を彼女は聞こうとしない筈だから」

 

 弱々しい言葉が出され……

 すると突如、めぐみんが緩慢とした動きながらも立ち上がり杖を持って──ミツルギの頭に容赦なく当てた!

 

「グハッ! ……な、何だい? ええっと、君の名前は確か……」

 

「めぐみんです」

 

「……。その、本当に……?」

 

「おい、私の両親が付けてくれた名前に文句があるのならかおうじゃないか! ……と普段は言いますが、一言だけ言わせてもらいますよ」

 

 あっ、これはヤバいやつだとすぐに直感した。

 何故なら……めぐみんの瞳の色が激しく紅くなっていたのだから。

 めぐみんの瞳の色がこうなる事は今までに何回か見た事があるが……今回の色具合は凄い。

 

「私の仲間であるカズマや、友達であるアクアの事をそれ以上馬鹿にしないでください」

 

「なっ、僕は別に馬鹿に何かしていない!」

 

「いいえ、してますとも! まずカズマについてですが、自分より下に見過ぎです。……確かに彼は駆け出し冒険者ですし、レベルも十を超えていません。ジャイアントトードや、ゴブリンの群れに泣き叫びながら逃げ回るのは無様としか言いようがありませんし、セクハラをほぼ毎日私にしてきますから、人間的にはあなたより悪いかもしれません」

 

「…………」

 

 反論しようにもできないのが悲しいところだが事実である。

 これが本物の口撃か、中々に俺の心を痛みつけてくる。

 ……もう少し、真っ当な生き方をしよう。

 俺がそんな事を決意してる中、めぐみんの言葉は続く。

 ですけど、と前置きをして。

 

「──ですけど、カズマは私を仲間にしてくれました。……質問します。あなたは爆裂魔法を知っていますか?」

 

「あ、あぁ知ってる。何でも、ネタ魔法何だろう? 攻撃力は他の魔法の追随を許さない、けど撃てるのは一日に一発だけ。さらに個体に対してはほぼオーバーキル。確かそんな風に聞いたけど」

 

「私は〈アークウィザード〉ですが、爆裂魔法しか使えません」

 

「えっ?」

 

「そんな私をこの人は嫌々ですが、仲間にしてくれました。あなただったらどうしますか? 仲間にしますか? ……いえ、聞くまでもありませんね。その顔を見れば分かります。もちろん、あなたが普通なのは分かります。私のようなネタ魔法しか使えない者がそうなるのは必然です。……でも、カズマは違いましたよ? 私を最大限使えるよう、作戦を立てるのは見事としか言いようがありません。ですから、カズマの事を馬鹿にしないでください! ……そして次に、アクアですが。あなた、本当は彼女の事をどう思っているのですか? 仲間と思っていたのですか?」

 

「そんなの当たり前だ! 僕は今でもアクア様を仲間だと思ってる!」

 

「じゃあ何故その仲間に何も言わずに勝手にアクセルを出たのですか? 一言言えばいいでしょうに。……まぁ、これについては反省してるようなのでこれ以上はとやかく言いませんが。私が怒ってるのは、あなたがアクアに謝らない事ですよ! 何故カズマに伝言を頼むのですか? 話を聞いてくれない? そんなの行ってみなければ分かりませんよ? それに、仮にアクアがあなたを無視すると分かっていても、謝りに行くのが誠意でしょうが!」

 

 ヤバい。

 めぐみんがすごいカッコいいのだが。

 いや、大変不謹慎なのは分かってはいる。分かってはいるのだが……。

 思わず呆然としていると、しばらく経ってミツルギは席を立って言った。

 

「ありがとう、めぐみんさん。僕はどうやら、間違っていたようだ。和真、さっきの言葉は無しにしてもらっていいかな?」

 

「あ、あぁそれはいいけど……」

 

「今からアクア様に謝罪してくる。……いや、その前に和真。本当に済まなかった」

 

 先程より深く頭を下げてくるミツルギにもういいと伝えてやると、彼は申し訳なさそうな顔をしながらも冒険者ギルドから立ち去った。

 その後に慌てて取り巻き二人が彼を追って行った。

 嵐の後の静けさが建物内を支配する中──一人の冒険者がぽつりと呟く。

 

「カッコイイ」

 

 その言葉はすぐに広まり、皆がめぐみんの元に集まって口々に言った。

 

「カッコイイぜ、めぐみん!」

 

「めぐみん!」

 

「めぐみん!」

 

「「めぐみん!」」

 

「「「めぐみん!」」」

 

 めぐみんコールが何度もリピートされ、大いに盛り上がる中、当の本人である彼女は……恥ずかしそうに俯くのみ。

 そして送られてくる視線。

 助けを所望しているその目を見て俺は一言。

 

「めぐみん! めぐみん! めぐみんバンザイ!!」

 

 耳まで赤くし襲いかかってくるめぐみんとじゃれつきながら俺は、改めてこんな生活も悪くないと思うのだった。

 

 

 §

 

 

 翌日。

 毎度お馴染みのウィズ魔道具店の前でめぐみんと待ち合わせし、冒険者ギルドに行こうとすると。

 

「カズマカズマ、今日から爆裂散歩をしたいのですが!」

 

 そんなアホな事を言ってくる。

 俺はジト目で爆裂娘を見て一言。

 

「断る」

 

「んな!?」

 

 俺が断った事がすごいショックだったのか文字通りに固まっているめぐみん。

 昨日の感動を返して欲しい。

 俺はため息を吐いて。

 

「あのなぁ、もし仮に爆裂魔法を撃ったとしよう。けどな、それで金を取られたらどうするつもりだ? 幸いまだ貯金はあるけどな、もう少しで冬になるし、毎度毎度そんな事に散財してたらそれこそ餓死するぞ」

 

 現実を指摘するとめぐみんは何故かドヤ顔をして。

 

「安心してくださいカズマ。ちゃんと許可は取ってきました。何でも、指定していない場所なら撃っても良いそうです。まぁ、当然街の近くだったら駄目なので少し遠出しますが」

 

 どうですか? と上目遣いで聞いてくるめぐみん。

 これがロリっ子の力なのか……!

 

「幸い、モンスター達はデュラハンのお陰でませんし、爆裂魔法を撃ってもモンスターが現れる事はないでしょう。それにお互い暇でしょう?」

 

 そう言われたらもう、断る理由がない。

 

「分かったよ。けどその前に朝飯食いに行くぞ。お腹空いた」

 

「あっ、それなら大丈夫です。朝ご飯、作ってきましたから!」

 

 ……えっ。

 衝撃のあまり立ち尽くす俺を放置してめぐみんはやや駆け足気味に先に行ってしまう。

 そして振り向いて言った。

 

「ほらカズマ、急がないと帰りが遅くなりますよ!」

 

 はっと我に返ると俺は慌ててめぐみんの後をついて行くのであった。

 

 

 §

 

 

 昨日見つけた良い場所があります、と言うめぐみんに付いて行く事二時間弱。

 俺達の目の前には、大きな建物があった。

 というか、古城があった。

 俺は数日前の会話を思い出して。

 

「なぁめぐみん。……あれってもしかしてだけど、魔王軍の幹部が居座ってる城じゃないか?」

 

「……? 何を言っているのですかカズマ? こんな街から近い所に幹部がいるわけないでしょう。それにこの近くには古城がもう一つあるのですが、私だったらあっちを選びますね。何故ならそっちの方が大きく、王様気分になれますし、新しいですから。安全性を考えると新しい方を選ぶでしょう。それに昨日……アクアの付き添いのもと爆裂魔法を撃ったのですが、何も反応がなかったので大丈夫でしょう」

 

 いや、王様気分を味わえる辺りは違うと思うのだが。

 しかしなるほど、人間とは新しい物に目がいくものだ。

 案外、めぐみんの考えは間違っていないかもしれない。

 それに、運が強い俺がいるのだ。

 そんな二分の一の確率、そう当たるものでもないだろう。

 ゲームでの五十パーセント、ほぼ百パーセントに近いし。

 そんな謎理論で納得した俺はそわそわしているめぐみんに向かって。

 

「よしめぐみん。撃っていいぞ!」

 

「はい、分かりました! 『黒より黒き闇より深き漆黒に……──』」

 

 ──そうして、俺とめぐみんの爆裂散歩は始まった。

 

 ──それは、寒い氷雨が降る夕方。

 

 ──それは、穏やかな食後の昼下がり。

 

 ──それは、早朝の爽やかな風が吹きあたたかな光を出す太陽の下で。

 

 俺とめぐみんの爆裂日課は古城を的にし、そん日々は続いていった。

 何故かは分からないが、あの脆そうな古城はめぐみんの爆裂魔法を受けてもぴくりともダメージを受けていないようで、それがめぐみんの琴線に触れてしまったらしい。

 爆裂娘曰く、「私はあの古城を破壊する為に生まれてきたのかもしれません!」だそうだ。

 そんな訳なかろう。

 毎日毎日目の前で爆裂魔法を見せつけられたお陰で俺はあるスキルを身につけた。

 そう、それとは……!

 

「ふむ、今日の爆裂魔法は失敗だな。途中で俺の腹がなったせいで、集中力が欠けたんだろう。だが詠唱を続け爆裂魔法を出すその根性は評価に値する。よって、今日の爆裂は……六十五点! だが敢えて言おう! ナイス爆裂!」

 

「ナイス爆裂! ……くぅ、やっぱりそれくらいの点数になってしまいますか。それにしてもカズマも中々爆裂道を歩んでいますね! スキルポイントが溜まったら爆裂魔法を取ってみる気はありませんか?」

 

「そうだなぁ。意外にそんな生活もいいかもしれない。頭の隅にでも置いておくよ」

 

「はい! それでは、今日は朝に爆裂魔法を撃ちましたからね。朝ご飯です、どうぞ!」

 

「おぉっ! これは美味そうなサンドイッチだな」

 

 俺は新たなエクストラスキル『爆裂ソムリエ』を身につけた。エクストラスキルとは俺が考えた独自のスキルだが……まぁぶっちゃけただの遊びである。

 サンドイッチを口に運びながら今日の爆裂魔法について談義をして過ごすそんな日々。

 

 ──そんな楽しい時間がなくなったのは一週間後だった。

 

 

 §

 

 

「急げ急げ! 武器の準備を早くしろ!」

 

「隊長、今回の戦い、私も連れていってください!」

 

「敵は殺す、慈悲はない!」

 

「聞いてくれよ!……この戦いが終わったら俺、結婚するんだ……」

 

「ふっ、とうとう俺にも活躍の場が来たか……」

 

「行きたくない行きたくない! 俺はまだ死にたくない!」

 

 沢山の人達が、綺麗に整備され装飾されている廊下を往来しています。

 ある人は、武器庫に赴き武器を全員が装備できるよう手配をしています。

 ある人……新人騎士の方は部隊の隊長に頭を下げて、自分も連れて行ってくださいと頭を懸命に下げています。

 ある人は、強大な敵相手に勝つ気満々で戦意を上げています。

 ある人は、しぼうふらぐというものを作っています。

 ある人は、自分が活躍するであろう光景を妄想しているからか、通行人の邪魔をしている事に気づいていません。

 ある人は、自分が死ぬ事を確信しているからか泣き叫んでいます。

 ……皆が皆、戦う準備をしています。

 もちろん、私も……。

 私はこの場にいる人達全員が聞こえるよう、大きな声を出して。

 

「皆様、急いでください! 魔王軍幹部が何時襲いかかってくるか解りません! ……混乱するのは解ります。不安な気持ちも、解るつもりです。それでも、私達は、国を、民を守らなくてはなりません! ですから皆様、急いでください!」

 

「「「畏まりましたッッ! アイリス王女!!」」」

 

 そう言って沢山の騎士の方々が敬礼をしてくれます。

 ですが今は、その時間すら惜しいのです。

 私室に向かう傍ら、後ろに控えていたクレアが必死な形相で私を宥めようと。

 

「アイリス様、本当に行かれるのですか!?」

 

「はい、もちろんです! こういう時に王族が導かなくては、そんなの……ただのがらくたですから」

 

「私は反対です! もしアイリス様にもしもの事があったら……。それにあの男も言っていたでしょう? 貴女は王族の前に一人の女の子だと」

 

 そう言って涙声になりながら私を心配してくれるのはとても嬉しい。

 けど、クレア。

 その男性の事を言われたら益々私は行かなくてはならないのです。

 

 [追伸 俺達は友達だよな?]

 

 王族として駄目なら、私はそれこそ一人の女の子になって行きます。

 だって、あの人は私の初めての友達なのだから。

 押しとどめて来るクレアを払い除けながら王城を歩き回りながら決意を強く固めました。

 少しでも、一秒でも早く行かないと……!

 私は誰にも聞かれないよう、小さな声で。

 

「待っていてください、カズマ様……!」

 

 



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再会

 

 魔王軍幹部がアクセルの街付近にある古城にい座ったせいで他のモンスター達は怯えていなくなってしまい、やる事がなくなった俺達冒険者達は現在。

 

「おらぁあああ! 野郎ども! 今日も飲みまくるぞぉおおおお!」

 

 真昼間から酒を飲んでいた。

 まだキャベツ狩りの報酬が残っているのか、多くの冒険者達が勢い良く酒を飲んでいく。

 しかしそれは余裕がある者だけに許された特権であり、俺とめぐみんのような貧乏パーティーはそろそろ懐が寒くなってきたので節約を心掛けていた。

 

「カズマ、真面目な話本格的に貯金がヤバいです。今月はまだ宿に泊まれるだけのお金がありますが、来月からは……──」

 

 俺は続く言葉を遮って。

 

「もちろん分かってる。だけどなめぐみん。金を稼ごうにも、肝心のクエストが貼り出されていないんだ。あるのは超危険大型モンスターの討伐とか、そんなものばかりだぞ? はっきりいって無理だ」

 

「ですよねー」

 

 俺達は顔を見合わせて、

 

「「はぁー」」

 

 重いため息をついてしまう。

 ため息をつくと幸せが遠ざかるとかなんとか、そんな言い伝えがあるが実際のところどうなのだろうか。今度アクアに聞いておこう。

 俺達がいるスペースだけ異様に空気が重いので皆察してかそっとしておいてくれる。

 受付のお姉さんに愚痴をこぼそうにも、今は酒やら肉やら運んでいる最中だ。流石に業務妨害はよくないだろう。

 あぁ、暇だ……。

 異世界だからかこの世界には一切の娯楽がない。文明大国である日本で家に引き籠りゲームをしていた俺にとって、退屈とはかなりしんどいものだ。

 くそっ、これも全て魔王軍のせいだ……!

 俺は対面にてそわそわと貧乏ゆすりをして椅子に座っているめぐみんに声を掛けて。

 

「よしめぐみん! 今から爆裂散歩をするぞ!」

 

「流石はカズマですね! ちょうど私も今言おうとしたところです!」

 

「さぁ行くぞ! ストレス発散にあの古城を今日こそ木っ端微塵にしようぜ!」

 

「もちろんですとも!」

 

 頷き合い、いざ出陣しようとしたその時。

 ここ最近は冒険者ギルドにあまりいなかったクリスとダクネスが俺達を引き留めた。

 

「やっほー、二人とも! 今からどこに行くんだい?」

 

「なに、ストレス発散の為に爆裂魔法を撃ち込んでこようと思ってな。そういえば、なんでお前らはギルドにここ最近いなかったんだ?」

 

「あぁそれはだな。クリスと一緒に孤児院で勉強を教えていたからだ。クエストが貼られていないからな、クリスを手伝おうと思ったのだ」

 

 なんて有意義な時間を過ごしているのだろうか。

 俺達とは正反対の人間である。

 ダクネスは性癖以外は比較的常識人なので、どうにかしてドMを直して欲しいものだ。……期待しないで待っていよう。

 

「なぁ、なんでクリスはそんな尊い事をしてるくせに〈盗賊〉職なんだ? すごい疑問なんだが……」

 

「あぁ、それかい? なんでって聞かれると……そうだねぇ……趣味だからだね!」

 

 人の物を盗むのが趣味とは、中々にコイツもおかしいのかもしれない。

 

「カズマカズマ、早く行きましょう!敵が私達を待っていますから!」

 

「……おっ、そうだな。それじゃあ二人とも、また今度会おうぜ!」

 

 手を振りながら別れ、俺達は能天気に歩きながら的である古城へと向かった。

 

 

 §

 

 

 翌日。

 めぐみんと会う集合時間まではまだ時間があるので二度寝をしていると、どんどんと扉を激しく叩く音が聞こえた。

 何時もなら煩いと怒られるのだが……悲しきかな、とうとう馬小屋で寝泊まりしているのは俺だけになってしまったので、誰もそれを指摘しない。

 

「カズマ、起きているか!?」

 

 朝からそんな大声で叩き起こされ不機嫌になった俺は、苦情を言うべく扉を勢いよく開け、口を開き掛けた……

 

 ──その時。

 

 目の前にいた人が予想外すぎて何も言えなくなってしまった。

 そこにいたのは。

 

 ダクネスと──アイリスだった。

 

 そう、アイリスである。

 俺の異世界初の友人であり、現在俺が住んでいる国の第一王女。

 これは夢かとごしごしと目を擦るが、見える景色は変わらない。

 久し振りに見るアイリスは別れた時と何も変わらず、それが嬉しく思える。

 女の子は向日葵の輝くような笑顔を浮かべて。

 

「おはようございます、カズマ様!」

 

 そんな朝の挨拶を言ってくれた。

 ようやく我に返った俺は、今の自分の状態が他所様に見せられるものじゃないことにやっと気づき。

 

「……あ、あぁおはようアイリス。ちょっ、ちょっと待っててくれ」

 

  ダクネスに目配せをしてから扉を閉め、急いで準備を始めるのだった。

 

 

 数分後。

 ダクネスは気を気を遣ったのか早々に帰ってしまい、馬小屋に残されているのは俺とアイリスだけになってしまった。

 女の子を地べたに座らせるのは流石の俺でも気が引けるので、藁を掻き集めて簡易的なクッションを作り座らせている。

 アイリスと会うのは数ヶ月振りなのだが、どのように話を切り出せばいいか分からない。

 というか、アイリスはアイリスで体育座りで顔を俯かせているため余計に気まずくなってくる。

 ……まるで俺達の関係がリセットされたようだ。

 だがしかし。落ち着け佐藤和馬。

 こういう時は男からリードするものだとネット住民が言っていたではないか。……まぁ当時の俺は女友達なんて現実にはいなかったので無視していたが。

 これは案外、ネット住民の言う事も馬鹿にできないのかもしれない……

 

「……なぁ」

 

 言葉を投げ掛けた瞬間、びくんと大きく身体を震わせる女の子。

 それがとても悲しいが、今はするべき事をしなくてはならないと頭を無理矢理切り替えて。

 

「……久し振りだな、アイリス。元気だったか?」

 

「……はい」

 

「そうか、なら良かったよ」

 

「……カズマ様は、どうですか? 今の生活は……」

 

「俺か? 俺はまぁ、そこそこ楽しい生活をしているかな」

 

「……。……そうでしたか。……私は、私は本当は…………」

 

 そう言って顔を上げたアイリスの顔には、綺麗な雫が流れていた。

 泣いている。

 何もする事ができず唖然とする俺は、ただ彼女の涙が地面に落ちるのを眺める事しかできなかった。

 

「私は、私は……ぐすっ……本当は寂しかったのです……」

 

 それは告白だった。

 一言(ひとこと)言う度にアイリスは肩を震わせ、口を震わせ、瞳にとどまる涙は増えていき、地面に落ちる。

 

「あなたと……カズマ様と過ごした時間は私にとって夢のようでした。王族なのにそれを無視して私と対等に接してくれて、一人の人間として見てくれました。楽しかったんです。毎日がとても楽しかったんです……! けどっ、けどっ!」

 

 ……こういう時は、どうすればいいのだろうか。

 目の前には泣きじゃくっている女の子がいて、周囲には誰もいらず俺一人だけ。

 ……。

 そっと立ち上がり音を忍ばせてアイリスの元に向かった俺は彼女に手を伸ばして──抱きしめて……

 

「……カズマ様?」

 

 ……俺は困惑の声を上げるアイリスの頭をぎこちなく撫でた。

 普段の俺からは考えられない行動だ。自分でいうのもなんだが。

 だけど、しなくてはならない気がしたのだ。

 俺は何度も何度も小さい頭を撫でて。

 

「そっか、それは寂しかったな。けど今は、俺がいるから寂しくないだろ?」

 

「……はいっ」

 

 首にしがみついて来るアイリスを受け止めながら俺は、彼女が落ち着くまで今の態勢を貫く事に決めた。

 

 

 朝日が昇りきり、めぐみんとの集合時間をとうにすぎてしまっている現在。

 

「……落ち着いたか?」

 

「はい、ありがとうございました。……申し訳ございません、服、ぐちゃぐちゃにしてしまって……」

 

 そう言って目を伏せるアイリスに気にするなと告げ、俺は予備の服を着ることにした。

 幸い濡れたのは上着だけなのでアイリスの目を心配する必要はない。

 ……取り敢えず、めぐみんに会いに行くか。いやその前に、確認する事があったな……。

 

「ところでアイリスはなんで此処に? 王族のアイリスが護衛もつけずに外にいるなんて、許されない事だと思うんだけど……」

 

「護衛ならララティーナに任命しました。何時もならクレアとレインが傍にいるのですが……今回は王城に残して来ましたので」

 

 なるほど。

 確かにダクネス……いや、ダスティネス家だったら王族であるアイリスの護衛をできるだろう。

 だが肝心の事がまだ聞けていない。

 目で問うとアイリスは立ち上がってから一言。

 

「長くなるので、移動しながらお話します」

 

 ──アイリス曰く。

 なんでも彼女は魔王軍幹部を討伐する為に編成された騎士団に付いてきたとの事。

 王族である自分も行かなくては民に示しがつかない……というのは建前で本当は俺に会いに来たようだ。

 

「カズマ様はまだアクセルの街にいらっしゃると思っていましたので、会えると思ったんです。……迷惑、でしたか?」

 

「いや、そんな事はないけど……」

 

 上目遣いでそう訊ねてくる女の子の顔が見れず、俺は視線を逸らす。

 その、まぁアレだ。

 さっきからアイリスがストレートに物事を言ってきて凄い恥ずかしいんですけど……!

 幹部が何時街を襲うか見当もつかないため、急ピッチで討伐隊の準備を急がせ、終わったのが一昨日(おととい)の夜。

 そして太陽が出始めた今日の朝早くに、多くの市民やクレア、レインさんに見送られアクセルの街に転移魔法『テレポート』を用いてやってきたそうな。

 討伐隊が来るのはまだ先だと伝えられていたギルド職員はそれはもう大慌てらしい。

 受付のお姉さんの半分死にかけの顔が容易く脳裏に浮かぶ。

 

「それじゃあもう、明日には幹部を倒しに行くのか?」

 

「いえまだです。まだ討伐隊の半分の方達は王都に残っていますし、武器や防具も然りです。『テレポート』は確かに便利なのですが、何分許容量がありますから。それに使えるのは優秀な魔法使いですし、多くの魔力を使います。なので……そうですね。どんなに早くても一週間でしょうか」

 

「へぇー、そうなのか」

 

「はい! そうなのです!」

 

「うん、それは分かったんだけどさ。……そろそろこれ、止めないか?」

 

 そう言って俺はアイリスの手と繋がっている自分の手を持ち上げる。

 そう。

 馬小屋から出た俺は、アイリスの要望で手を繋いでいた。

 街に入れば入るほど向けられる、不審者を見る目。

 中には馴染みの冒険者もいたのだが、彼らは俺を犯罪者のような目で見た後走って冒険者ギルドがある方向に向かっていった。

 絶対あらぬ噂がつくられてるに違いない。

 恥ずかしい。

 死ぬほど恥ずかしいんですけど!

 リア充の奴らは、俗に言う恋人繋ぎをいとも簡単にやるものだと場違いにも感心する。普通に手を繋いでいるだけで俺はこんなにもドギマギしているのに……。

 なので俺としてはそろそろ止めたいのだが……。

 

「駄目、ですか……?」

 

 俺の方が身長が高い為、話す時は必然的にアイリスが顔を上げる事になる。

 そうなれば上目遣いになるわけで。さらにそれに『涙目』が追加されたらそれはもう。

 

「いや、別にいいよ……」

 

 結局なすがままにする事にした。

 俺が内心諦めムードになっているのに反面して、アイリスはそれはもう楽しそうに笑う。

 本当に楽しそうだ。

 そうして街を歩いている事数分。

 

「アイリス様! アイリス様は何処にいらっしゃるのだ!?」

 

「ダスティネス卿がアイリス様をお連れになったのですが……お独りでお帰りになりまして……。アイリス様の所在を聞いたところ、『アイリス様は仲が良い友人と会っているのだ。今日くらいは自由にして差し上げろ』との事で……」

 

「えぇい、ならダスティネス卿は何処にいるのだ!?」

 

「ご自宅にいらっしゃるとの事です。……それより何故クレア様がアクセルの街にいらっしゃるのですか? 確か貴女様は王都に残る筈だったのでは……」

 

 目の前では沢山の騎士、そして何故か白スーツもといクレアが揉めていた。

 朝から何事だと住民達が足を止めているのだが、彼らはそれに気づいていないらしく、最早近所迷惑の域にまで発展しようとしている。

 そんな光景を集団の山の中にいて思う事はただ一つ。

 うわぁ、行きたくねー。

 俺がげんなりしていると、右手にあったあたたかさが突如消えた。残っているのはその微かな残滓だけ。

 

「カズマ様、此処でお別れです。私は今から討伐隊の方達と行動を共にし、私の自由は限りなく減らされると思います。……けど、最後にカズマ様と会えてよかったです」

 

 そう言ってアイリス一度微笑み──俺の傍から離れていき、クレア達の元に向かっていった。

 俺に迷惑を掛けないよう配慮してか、少し遠回りしているようだ。

 ……。

 ……何時もなら俺は何もせず傍観していただろう。

 自分が関わりたくない、責任を取りたくない、そんな事を考えて逃げる。

 別に過去の俺を否定しはしない。

 今でも俺の理性は面倒事には関わりたくないと、脳内で警報を鳴らし何もしない。

 けど、なんでだろう。

 今日の俺は少し……いや、かなりおかしい。

 アイリスと久し振りに会ってテンションが上がっているのかもしれない、そんな呆けた事を考えながら俺は──近道をして追いついた、数少ない友達の手を取る。

 

「えっ……?」

 

 俺は手でアイリスを押しとどめてから。

 

「少し待ってろ。俺が話をしてくる」

 

 そう言い残し、沢山の人を捌き切るとようやく、クレア達の元にたどり着こうとした。

 だがその前に近くにいた若い騎士の男が俺に気づき声を荒らげる。。

 

「貴様、何者だ! 俺達は今、貴様のようなへっぽこ冒険者に構っている時間はない! さっさと失せろ!」

 

 そんな失礼極まりない事を大声で叫んだ。

 周囲の目が俺へと向けられる中、クレアも俺へと目を向ける。

 目が合った。

 

「久し振りだな白スーツ。ちょっと話があるんだが。……アイリスについて」

 

「サトウカズマ! ……貴様がアイリス様といる事は解っている。この街にアイリス様の友人は貴様しかいないからな」

 

「そうか、なら良かった。じゃあ二人で話したい事があるんだけど」

 

「……何? 貴様、今の状況が解っているのか? アイリス様のご意志とは言え、貴様は彼女と一緒にいたのだぞ? 貴様がアイリス様をこの場にお連れになったら私も文句は言わないが、その態度から察するに渡すつもりはないようだな」

 

「あぁ、そうだ。……取り敢えず話をしようぜ」

 

「だから、今の状況を解っているのかと言っている! 下手したら貴様は死刑ものだぞ!」

 

 何それ怖い。

 まぁ実際、王族のアイリスを引き渡す気はないと言ってるのだ。いくら俺がアイリスと仲がいいといっても、そうなるのが妥当なのだろう。

 死ぬのは怖い。

 怖いが、今はそれどころではないのだ。

 俺の纏っている雰囲気が何時もとは大分違うことにようやく気づいたのか……クレアは渋々ながらも了承の頷きをした。

 

「お前達はここでしばらく待機していろ! 私はこの男と話がある!」

 

 そう言ってから、先に歩くクレア。

 人がいない裏通りに出た俺達は睨み合う。

 剣にこそ手をかけていないが、何時そうなってもおかしくない。

 

「話ってのはな、今日一日はアイリスに自由を与えて欲しいんだよ」

 

 そう切り出した俺に対してクレアは怒りの形相で俺を見て。

 

「貴様は何をほざいている! もしアイリス様の身に何かあったらどうするつもりだ! 」

 

「だったらアイリスの正体がバレないようにローブか何かで身体を覆えばいいじゃないか。それにだな、この街は何故か知らんが他の街よりダントツに犯罪が少ないんだってさ。なら大丈夫だと思うんだよ」

 

「それは、そうだが……しかし……」

 

「それに聞いたところ、まだ討伐隊全員が来たわけではないんだろ? なら今日くらいは王女じゃなくて、普通の子供にしてやうぜ」

 

「だがしかし……」

 

 尚も答えを渋る白スーツを見た俺は仕方なく──そう、仕方なくだ──手札を切る事にした。

 嘆息しながら、俺は言う。

 

「お前、アイリスの事好きだろ? こう、ロリコン的な意味でだが」

 

「んなっ!? おおおおおお、お前は何を言っている!?」

 

 正直そこまでの確信はなかったのだが……この反応をみるに当たりらしい。

 勝利を確信した俺とは対称的に、クレアは絶望した表情で一歩じわりと後ずさった。

 今がチャンスだ!

 

「王都にいた時からおかしいと思ってたんだよ。お前はアイリスの護衛だが、あまりにも彼女の傍にいすぎる。……朝の朝食しかり、昼食しかり、夕食しかり、昼寝の時間しかり……そしてアイリスの部屋で俺達がゲームをしている時しかり。ぶっちゃけお前の一日の時間の半分はアイリスと一緒にいる。……いやさ、最初はアイリスに対する忠誠心なのかなぁ、立派だなぁ、って思ってたんだよ。だがそれにしても度が過ぎているからな。そして今回のお前の行動。お前は此処にいる予定ではなかった。だけどお前はこうしてアクセルにいる。レインさんがいない事から一人で来たことは確定だな。……そして俺の頭脳明晰な脳はその答えにたどり着いたんだよ!」

 

 段々と楽しくなって台詞が長くなってしまったが、まぁ殆ど当たっている筈だ。

 その証拠にクレアの目に光はなく、ふらふらと揺れている事から何時倒れてもおかしくない。

 俺は浅くため息をついて。

 

「この事は誰にも言わないと約束する。だから頼む。今日だけはアイリスを自由にさせてやってくれ」

 

 頭を深く下げた。

 ……。

 

「……解った。今日だけはアイリス様を自由にしてさしあげよう。元々私も、認めたくはないが貴様と同意見だからな……ふっ、私はどうやら貴様の事を──っておい、何処に行く!? 人の話を聞け!」

 

「サンキュー、クレア様! それじゃあ明日の朝にまた会いに行くから、そういう事で!」

 

 言質をとった俺はすぐに行動をする事にして、何やら後ろで喚いている白スーツを置いていった。

 大通りに戻ると、そこにはまだ沢山の人達がいた。

 騎士団の人達はおろおろしており、何をしたらいいか分かっておらず立ち尽くすばかり。

 住民達はそんな滑稽な彼らを冷たい目で見ている。

 ……それにしても、さっきより人が多いな。

 人の山を捌き切る事数分後、ようやくアイリスの後ろ姿が見えた。

 

「アイリス」

 

「……!? か、カズマ様……。クレアと何やら話をしていたようですが、一体何を?」

 

「うんその事なんだけど……。今日一日は自由でいいってさ。だから今日は一緒に……──」

 

 ──街でも観光しよう、と言おうとしたその時。

 俺の身体は走り出したアイリスに引っ張られていた。

 顔だけを振り向かせたアイリスはそれはもう輝くような笑顔を浮かべて。

 

「早く行きましょう!」

 

 そんな風に急かしてくる。

 

「よし、ならまずは冒険者ギルドに行くか!」

 

「はい!」

 

 

 §

 

 

 冒険者ギルドに着いた俺達は、……いや俺は周りの目がとても白い事に否が応でも気付かされた。

 その目はこう語っていたのだ。

  『けっ、このロリコンが!』 と。

 アイリスが突然黙った俺を不思議そうな目で見てくる。

 そして増える白い目。

 違う、断じて違うと大声で否定したいが……そんな事をすればますます彼らの思う壷なのでここはグッと我慢する。

 せめてもの抵抗として奴らを睨んでいると……。

 

「カズマ何処にいたんですか! 全く、約束の時間になっても来ないからびっくりしましたよ!」

 

 そこには青筋を若干浮かべている俺の仲間がいた。

 ヤバい、めぐみんの事、すっかり忘れていた。

 ここまで俺に怒る姿を見るのは初めてかもしれない。

 ……ここは素直に謝ろう。

 俺の名前は佐藤和真。

 自分に非がある場合はすぐに認める、そんな賢い男だ。

 

「すみませんでした、めぐみん様!」

 

 腰を直角に曲げ、頭を深く垂らす事数秒。

 あれっ、今日は俺頭下げるの多くねと考えていると──ゴンッと音が鳴りそれと同時に頭がさらに下がる。

 痛っ!?

 

「ふぅ……まぁ今日はこれくらいで終わらせます。ですが次はこれ以上にするので。……それで、その子は誰ですか? カズマが遅れたのはその子が原因なのでしょう?」

 

 そう言いながらめぐみんは奥にある隅の席へと向かい、腰掛けた。

 しかしこれは困ったな。

 何が困ったのかと言うと、アイリスの事だ。

 王族のアイリスをどう紹介したらいいものか……。

 後頭部をぽりぽり掻きながら思案していると。

 

「私の事なら大丈夫です、カズマ様。あの方はお仲間なのでしょう?」

 

「アイリスがいいなら、俺はいいけど……」

 

「早く座ったらどうですか? カズマも、そこの女の子も」

 

「あっ、はい」

 

「…………」

 

 低い声を出すめぐみんに恐怖の念を抱きながら彼女の対面に座り恐る恐る窺うと……そこには優しい顔を浮かべているめぐみんがいた。

 ふふっ、と笑いながら演技を終わらせためぐみんは朝飯の唐揚げ定食を頼み──俺を待っていたらしい。俺とアイリスも注文した──口を開く。

 

「ぶっちゃけ、そこまで私は怒っていませんよ。まぁ、事前になにか言って欲しかったものですが……」

 

「いや、本当にすみません」

 

「ですが、それができなかった状況なのでしょう? 何らかのアクシデントがあった……。違いますか?」

 

 すごい、凄すぎる。

 紅魔族は知能が高い。

 めぐみんと一緒にいると、何度もそう思わせてくれるから不思議だなぁ。

 

「あぁそうだ。めぐみん、聞いてくれ。 この女の子の名前はベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス。聞いたことはあるだろ?」

 

「いえありませんが」

 

 ……えっ。

 絶句する俺に対してめぐみんは本当に分からないとばかりに一言。

 

「もしかして、この子はすごい身分が高い人なのですか?」

 

 

 この国で一番偉い人の一人です。

 ……最早何も言えなくなる。

 ガクッと首を垂らす俺を見てか、アイリスが口を開くことになった。

 

「はじめまして。私の名前はベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスと申します。ええっとですね……一応、王族です」

 

 パチリと瞬きをするめぐみん。

 

「すみません、もう一度お願いします」

 

「あっ、はい。こほん。……はじめまして私の名前は……──」

 

「すみません、名前はもういいですからその後お願いします」

 

「一応、王族です」

 

 徐々に顔を青くするめぐみん。

 ギギギと音を立てながらこちらを見ためぐみんは震えた声を出して。

 

「かかかカズマ、ほほほほ本当なのですか!?」

 

 俺は長く、かつ重いため息を吐いて。

 

「そうだよ」

 

 そんな事実を告げてやればめぐみんは……

 

「すみませんでしたぁあああああ!!!」

 

 机にガンッと頭を当てて全力の謝罪をするのであった。

 

「大丈夫ですから、大丈夫ですから頭を上げてください!」

 

 

 数分後。

 ようやく落ち着いた俺達は運ばれた唐揚げ定食を食べる事に。

 よくよく考えてみれば、王族のアイリスに唐揚げなどという品を出してもいいのかと疑問に思うが、まぁ大丈夫だろう。そうだと思いたい。

 

「カズマ様、このからあげというものはとても美味しいですね! これだったら私、何個でも食べれちゃいます!」

 

 本人が美味しそうに食べているので、多分問題ないだろう。

 パクパクとあっという間に唐揚げを食べ終えたアイリスはまだ食べたいのかジーと音が出る程に俺の肉をガン見してくる。

 意外に食いしん坊なんだなぁと思いながらも二つほど唐揚げを渡そうとしたその時。

 

「これ食べていいですよ王女様。私はもうお腹一杯なので、ご自由に……」

 

「ありがとうございます、めぐみん様! あっ、それと私の事は普通に呼び捨てでいいですよ。敬語もなくて構いません」

 

 アイリス以上に食いしん坊な筈のめぐみんが、そんな事を言いながら皿を渡すではないか……!

 おかしい、明らかにおかしい!

 

「なんですかカズマ、その信じられないような顔は」

 

「……。……なんでもない」

 

「……まぁ、いいです。それで今日はどうするのですか? アイリスは今日しか自由行動が認められていないのですよね?」

 

「はい、そうですね。……あの、質問なのですが……めぐみん様は爆裂魔法を撃てるのですか?」

 

「……? はい、そうですが……」

 

「ならご迷惑ではなかったら、是非見させてください! カズマ様からのお手紙で爆裂魔法の事が書かれていまして、とても気になってたんです!」

 

 あぁ、そう言えばそんな事も書いた気がする。

 キラキラとした目でめぐみんの事を見るアイリス。

 これに爆裂狂が乗らない筈がない。

 

「ふっ、いいでしょう! 我が爆裂魔法の真髄、見せてあげます! 今日こそはあの憎たらしい古城を木っ端微塵に粉砕してみせますよ!」

 

「……えっ?」

 

「…………えっ?」

 

 えっ?

 

「あのめぐみん様? その古城とはもしかして……魔王軍幹部がいる古城ではないですか?」

 

「「…………」」

 

 めぐみんだけでなく、俺も無言になる中。

 

「あっ、でも古城はもう一個あるんでしたよね? ならきっと大丈夫でしょう」

 

 そんなフラグになる事をアイリスは言ってしまった。

 俺とめぐみんは瞬時に目を合わせ。

 

「そうだよな、大丈夫だよな!」

 

「そうですよ、大丈夫な筈ですよ!」

 

 現実から目を背けようと躍起になってアイリスの言葉に賛同した。

 

「よし、それじゃあ行くか! いざ、古城へ!」

 

 

 §

 

 

「「ばっくれつ、ばっくれつ、ランランラーン♪ ばっくれつ、ばっくれつ、ランランラーン♪♪」」

 

 晴れた太陽の下で、そんな俺達の声が響く。

 と後ろからアイリスが躊躇いがちに。

 

「あ、あの……その歌は一体なんですか?」

 

「ばっくれ……──うん? あぁこれか。これはだなアイリス。爆裂魔法の歌だ」

 

「はい?」

 

 頭上にクエスチョンマークが浮かぶのが容易に想像できるほどの疑問の声だが、それに若干痛い人を見る目が入っているのは気のせいだろう。

 俺はアイリスの両肩をガシッと掴んでから。

 

「いいかアイリス。爆裂魔法はとても強い。それはもう、そんじょそこらの魔法じゃ太刀打ちできないほどの威力、そして範囲だ。ここまではいいか?」

 

「あっ、はい」

 

「よし……ここからは先生、説明お願いします!」

 

「いいでしょう! 我が爆裂魔法は普通に撃つだけでも素晴らしいです。ですが、しかし! この爆裂魔法の歌を歌うことによって、気分が上昇し、威力が何割か上がるのです!」

 

「はぁ、そうなのですか……?」

 

「ふっ、まだアイリスには早いでしょう。この爆裂道が如何に茨の道なのかが……!」

 

「という訳だ。分かったかアイリス?」

 

 そう尋ねてみれば、アイリスは素直に大きく頷いて。

 

「はい、解りました! カズマ様とめぐみん様は俗にいうきちがいなのですね!」

 

「「……!?」」

 

 必死に否定しながら歩く事数分後。

 俺達の目の前には、とうとう忌むべき敵が待っていた。

 めぐみんの爆裂魔法をもってしても傷一つつけられないその頑丈さはもう、尊敬に値する。

 

「行くぞ、めぐみん。詠唱の準備を」

 

「はい。『黒より黒き闇より深き漆黒に……──』」

 

 何時ものように周りの空気が振動し、ビリビリとなるなか。

 ふと服の袖に違和感を感じた。

 犯人は一人しかいないのだが……どうしたのだろう。

 もしかして怖くなったのか?

 アイリスをゆっくりと見ると──驚愕の表情を浮かべていた。

 そして顔を勢いよく上げて俺の顔を見るとやや早口気味に……。

 

「カズマ様、あれは幹部が居座っている古城です!」

 

「えっ」

 

「すぐにめぐみん様の詠唱を止めさせてください!」

 

「あ、あぁ分かった。……めぐみん、魔法は中止だ!」

 

「嫌です! 魔王軍幹部? 上等じゃないですか! 私の爆裂魔法で退治してくれよう! ……行きますよ、『エクスプロージョン』ッ!」

 

 放たれた魔法は真っ直ぐに古城へと向かい……。

 

 ──激突。

 

 猛烈な爆風が俺達が立っている所まで来る中……しかし古城は顕在。

 ドサッと音を立て倒れためぐみんは、

 

「カズマカズマ、今のは何点ですか!? 私的には八十点は超えると思うのですが……!」

 

 そんな馬鹿な事を言ってきた。

 

「おいこら、止めろって言ったよな?」

 

「うぐっ。し、しかしですねカズマ。あそこまでいって撃たないなんて、そんなの……──」

 

「止めろって言ったよな?」

 

「……すみませんでした。ですけど、あのまま撃たなかったら最悪、私の身体がボンッとなっていましたよ? それでも良かったのですか?」

 

「それはよくないけど。……まぁ、仕方ないか。明日からは別の的にしよう」

 

「……はい」

 

 僅か数百メートル先には世にも恐ろしい、魔王軍幹部がいるのだ。そんな所に長居する理由なんて一切ない。

 めぐみんをおんぶし、アイリスに声を掛けようとした時。

 

「カズマ様、私、いい案を思いつきました!」

 

 そんな衝撃的な事を言ってきた。

 

 

 ──やや駆け足気味に帰路についている中、アイリスの作戦を聞いていると……。

 

「いや、それはちょっと無理じゃないか? そんな事で奴が釣れるとは思わないんだけど……」

 

「そうですか? 私はアイリスの案、いいと思いますよ」

 

 その作戦を渋る俺とは違い、めぐみんはうんうんと頷いていた。

 

「お前なぁ、そんな無責任な事を言うなよ。いいかアイリス、めぐみん。相手は大物だぞ? そんな事にのってくるか?」

 

「そう、ですよね……。申し訳ございません、今のは聞かなかった事にしてください」

 

 シュンと落ち込むアイリス。

 罪悪感がふつふつと湧き上がるが、こればっかりはどうしようもない。

 

「カズマカズマ。どうするのですか? 真面目な話、私は釣れると思いますよ」

 

「その根拠を俺は聞きたいんだが」

 

「それはですね────────だからです」

 

 小声で討論をした俺は、数歩先にて歩いているアイリスを呼び止めた。

 まだ落ち込んでいるのか、顔色が少々暗いがこっちへ来いと手招きすると近づいてくる。

 俺は片手をアイリスの頭に乗せて、頭を撫でながら言った。

 

「よし、アイリスの案をやってみるとしよう! ……まずはクレアに相談だけどな」

 

 

 §

 

 

 一週間後の朝。

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門前に集合してください! 指揮官はサトウカズマ様に一任します! 皆様の健闘を職員全員が陰ながらお祈りしております!』

 

 街中に、お馴染みのお姉さんの緊急アナウンスが響き渡った。

 そのアナウンスを聞いた俺達冒険者は装備を整え、現地へと向かう。

 だが、その前に一人の冒険者が俺に声を掛けてきた。

 見れば、この場にいた全員が俺を見ていた。

 めぐみんも、アクアも、ダクネスも、クリスも含めたアクセルに冒険者に、アイリスや、クレアも含めた騎士団が俺を見ていた。

 ……なんだろう、俺は今凄い感動している。

 これだよ、これ。これが異世界というものだ!

 

「行くぞ、皆! 敵は魔王軍幹部だ! 」

 

「「「おぉおおおおおおおおお!!!!」」」

 

 街の前に多くの冒険者が集まる中、そこに着いた俺達は、凄まじい威圧感を放つそのモンスターの前に呆然と立ち尽くした。

 

 ──首無し騎士(デュラハン)

 

 それはアイルランドに伝わる、首が無い男の総称だ。

 一般的には男性と見なされているが、女性という説もあるらしい。

 伝説によれば、彼は『死を予言する者』であり、近いうちに死人が出る家に現れる。

 自分の姿を見られる事を嫌っており、彼の姿を見た者は問答無用で死の宣告をされるのだ。

 数多のRPGゲームでも登場されており、アンデッドモンスターとして扱われる事が多い。

 アンデッドとなり、生前を凌駕する肉体と特殊能力を手に入れたモンスター。

 それが首無し騎士だ。

 

 

 ──彼の背後には部下と思われるアンデッドモンスター達が大量に控えており、剣呑な雰囲気が俺達の間に流れた。

 漆黒の鎧を着た騎士は、左脇に己の首を抱えて、フルフェイスの兜で覆われた自分の首を目の前に差し出した。

 首から、くぐもった低い声が放たれる……

 ──その前に。

 

「行くぞ! デュラハン討伐作戦、開始────!」

 

「「「おぉおおおおおおおおお!」」」

 

「えっ、ちょっ!?」

 

 

 ──こうして、駆け出し冒険者の街アクセル全冒険者と王都騎士団で編成された討伐隊VS魔王軍幹部デュラハンとの猛烈な戦いが始まったのであった。



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首無し騎士と臆病な冒険者

 

 魔王軍幹部、首無し騎士(デュラハン)との戦いが始まる──その一週間前の事だ。

 アイリスの案を取り敢えずこの国の重鎮であるシンフォニア家のクレアに聞かせようと急いで街に戻る中。

 おんぶしてもらっている分際のめぐみんが耳元で……

 

「カズマカズマ! もっとゆっくり帰りましょう! 身体があっちこっち揺れて、正直今にも吐きそうなのですが!」

 

 ……そんな苦情を言ってきた。

 だがしかし、俺はそれに応えてやる気はさらさらない。

 何故なら後方にある古城には()()幹部がいるのだ。

 俺としては一刻も早く立ち去って安全な街の中にいたい。

 そしてできる事ならもう二度と近づきたくない。

 

「断る。もう少し我慢しろ」

 

「うぅー」

 

「カズマ様、早く行きましょう!」

 

「あぁ、分かった! 帰ったら今晩の夕飯は唐揚げ三個奢ってやるから、それで我慢してくれ」

 

「四個でお願いします」

 

 意外に大丈夫なのではと突っ込みたいが、その話は後にする事にして、俺達は全速力で街へと向かっていった。

 

 

 §

 

 

「魔王軍幹部だとぉおおお!? えぇい、貴様は何をしているのだ!? アイリス様をそんな危険な場所にお連れになるなど……!」

 

 ダスティネス家の屋敷に、そんな叫び声が響いた。

 突然だが。

 王都から派遣されてきた騎士団の人達は当然宿はない。いや、宿そのものはあるのだが冒険者達が寝泊まりしているので何処も空いていないのだ。

 なので騎士達は馬小屋に寝泊まりするか、もしくは野営テントを設立し、アクセルの外壁付近にて生活を送るそうな。

 だが重鎮であるシンフォニア卿のクレア、王族であるアイリスは別だ。それなりに設備が整っており、且つ安全な場所が何処かと言われると、ダクネスの実家しか見つからなかったらしい。

 流石は王家の懐刀と言われているだけあって、ダスティネス家の所有する屋敷はとても広かった。

 何百億エリスが必要になるか見当もつかない。

 そしてそんな屋敷の大きな部屋の一室で、俺達は今、事の顛末を話しているのだが……白スーツがギャーギャーと煩くてしょうがない。

 部屋にいるのは、ダクネス、ダクネスの親父さん、アイリス、クレア、騎士団隊長に俺と……そして何故か、この街の領主がいた。

 領主の名前はアルダープと言うのだが、あまりいい噂は聞かない。

 街の住民達から嫌われ、冒険者達からも嫌われている、(まさ)しく悪徳貴族だ。

 そんなアルダープなのだが、奇妙な事に犯罪歴は一切ないらしい。

 ……なんでも、決定的な証拠がないとか。

 嫌々いる、というのが丸分かりな態度で座っている悪徳貴族は下卑た目でクレアやダクネスの事を視姦していた。

 アイリスやめぐみんがそれに含まれていないのはまだマシだろう。

 まぁ俺から言わせてもらえば、クレアはアイリス限定だがロリコンだし、ダクネスはドMなのでそれを知らないアルダープには少しばかり同情するのだが。

 俺は部屋にいる全員をゆっくりと見回してから。

 

「取り敢えず、だ。アイリスが考え、俺がそれに追加した作戦を言おうと思う。反論や意見は聞いた後にしてくれ。今回の幹部との戦いの舞台は、此処、アクセルだ。正確には街の外だが……下手したら街の中になるかもしれない。……まずだが、討伐隊の人達が来るまでは、何も行動はしない。だが準備が整い次第──俺とめぐみんで再び爆裂魔法を撃ちに行く。そして奴を挑発する。挑発の仕方は俺に任せてもらうとして、冒険者や騎士団の人達は街で待機。怒った奴が来るタイミングで迎え撃つ。……以上だ」

 

 最初に口を開いたのは、隊長だった。

 何時も全身を重い金属鎧で包んでいるからか、初対面の人からすれば恐怖の対象になるかもしれない。

 だが隊長とは王都で何回か会って話をして意気投合しているので、そんな事は決して起こらない。

 兜から低い声を出して。

 

「サトウ様、それでは街の住民が危険です。街を決戦の場にする必要はあるのでしょうか?」

 

「そうだぞカズマ。流石にそれは……」

 

 ダクネスも同調するなか、俺はというとこの街付近の地図をポケットから出し、皆が見えるように大きく広げて。

 

「いいか、まず此処がアクセルだ。そして街から十キロメートルほど離れた場所にデュラハンが居座っている古城がある。そして古城から西五キロメートルの位置にはもう一つ古城がある。つまり何が言いたいのかというと……──」

 

「なるほど、つまりカズマは住民達をこの古城に移動させようと言うのだな!」

 

 そう。

 隊長やダクネスの言う通り街を戦場にした場合、住民達が命の危機に晒される。

 それだけは避けなければならない。

 ダクネスは了承したようだが、隊長はどうやら違うらしい。

 やはり街を戦場にする事に中々同意できなのだろう。それに、彼の過去も関係しているのかもしれない。彼の名誉の為に詳しくは述べないが。

 だがしかし、そうしなければならないのだ。

 

「隊長が言いたい事も分かるつもりだ。だがもし仮にだが本来の予定通り古城に攻め込むとしよう。敵も馬鹿じゃない。当然、配下のアンデッドモンスターはもちろんだが、罠も沢山設置されているに違いない。奥に進めば進むほど人は減っていき、首無し騎士(デュラハン)と戦えるのはどれだけの人数になっているか見当もつかないだろう。……だが、逆にこちらにおびき寄せられたら話は別だ。作戦はいくらでも考えられる」

 

「なるほど……。では次の質問ですが、幹部がアクセルの街に来ると断言できるのですか?」

 

 ふっ、そう来ると思った。

 俺は自信満々に胸を張って隊長の顔を見る。

 

「安心しろ、奴は必ず来る。クレア、確認だが幹部はアンデッドモンスター、デュラハンで間違いないな?」

 

「あぁ、そのように報告を受けている」

 

 なら問題ない。

 いや、あるとすればそれは……。

 

「もし爆裂魔法を撃った後に襲われたら、俺達は死ぬんだよなぁ」

 

「なっ、だったら駄目じゃないか!」

 

「うん、だから『テレポート』を使える魔法使いが必要だ。俺はそれにレインさんを指名する」

 

 その言葉を言った瞬間、クレアが机をバタン! と大きく叩いて。

 

「それは無理だ、レインには仕事がある。もし彼女がいなくなったら、色々と困るのだ」

 

 ほぉ、そうなのか。

 だが白スーツよ、お前は気づいていない。

 それがブーメランである事に!

 俺は直立不動な体勢で立っている隊長に声をかけ。

 

「なぁ隊長。本当ならシンフォニア卿は此処にいらっしゃらない予定だよな?」

 

「え、えぇはい。私も驚きましたよ、何せクレア様がいらっしゃるのですから」

 

 俺達の会話を聞き、ビクンと身体を震わせるシンフォニア卿。

 視線を横にふいっと目を逸らしているのは、自分の罪を認めているからだろうか。

 俺は傍にいて退屈そうにしているアイリスの耳元にこしょこしょと囁き。

 

「なぁアイリス。どう思う? お前の護衛、仕事を放り出しているんだぜ? 主として叱らないといけないと思うんだ」

 

「はい、そうですね! ……クレア、ベルゼルクの名の元に命じます。今すぐレインを呼びに行ってきてください。それと一週間分の仕事を終わらせてから此処に来なさい。それが終わるまではこの街に滞在する事を許しません。解りましたか?」

 

「……はっ! 失礼します、アイリス様!」

 

 俺は何も間違った事は言っていないのに、白スーツは部屋を出る瞬間俺をぎろりと一瞥してから出ていった。

 これでいいですか? と目で聞いてくるアイリスにしっかりと頷いてやれば、嬉しそうに彼女は微笑む。

 

「よし話を戻そう。他に質問はないか? 無かったら、この作戦は決行しようと……──どうしたオッサン」

 

「オッサンではない! アルダープ様と呼べ、この平民が!」

 

 意外や意外、話に食って掛かってきたのは現在進行形でダクネスの胸をガン見しているアルダープ様だった。

 実家にいるからか、ダクネスは何時もの金属鎧の冒険者装備ではなく、綺麗なドレスに包んでいた。

 更には着痩せする体質なのか、ダクネスの凶器()がデカデカと主張をしている。

 そんな大きい山を堂々と見るその態度は尊敬に値するのだが……。

 それにしても、あれでチラ見と思っているのならそれは間違いだろうに。

 そんな事を思っていると、爆裂魔法の反動により一人だけ椅子に座っているめぐみんがこちらを振り返って。

 

「カズマ、気をつけてくださいね? アレ程ではないですが、正直カズマもアレの一歩手前なので」

 

 そんな衝撃的な事を告げてきた。

 いやいやいや、いくら何でもそこまでは……。

 

「マジで?」

 

「マジです」

 

 ぐさっと重く心が傷つけられ、俺はもう一度アルダープを見る。

 腹が横にだらしなく広がっているアルダープ。

 ダクネスの胸をエロい目で見ているアルダープ。

 ……。

 …………。

 

 

「……? なんだこの平民が!」

 

 ああなりたくはないので、これからは気をつけるとしよう。

 そんな重大な決心をしていると、領主様は大量の唾を吐き散らしながら、

 

「アクセルを戦場にした場合、破壊された建物はどうするつもり……──おい、どうしたその目は?」

 

 ……。

 あれっ、何だろうこの違和感。

 言ってる事は至極まともで客観的に見れば民の生活を心配する領主の鏡なのだが、どうにも怪しい。

 アレか、王族であるアイリスがいるからそういった処世術をしているのか……?

 俺が疑いの目を向ける中、めぐみんがぽつりと。

 

「アルダープのオジサン、素直に自分の家が破壊されないか心配だと言えばいいじゃないですか……。大丈夫です、自分の住処を失うのは中々に堪えますからね、恥ずかしがる必要はありませんよ?」

 

「誰がオジサンだ! ……あぁそうだ、他の者の家などどうでもいい! あの屋敷を造るのに幾ら掛かったと……!」

 

 良かった、俺の勘違いじゃなかった。

 しかし、うぅむ。

 市民の住まいや公共施設が壊れた場合どうなるのだろうか。

 もしかして、全額負担とか……。

 いやいやいや、魔王軍幹部という大物と戦うのだ。こちとら命を賭けるのだ、流石にお金は取られたりしない……筈……だよな?

 だんだんと不安になって挙動不審になる俺に対してアイリスが、

 

「解りました。街の皆様の住まいや公共施設は国で払いましょう。流石に全額とはいきませんが……」

 

「ありがとうございます、アイリス様! おいオッサン。王族とはいえ、小さな女の子にここまで言わせているんだ、当然これで文句はないよな?」

 

「オッサンではないと何度言わせる気だ! ……感謝致します、アイリス王女。それでしたら、私からは何もございません」

 

 そんな嬉しい事をアイリスが言ってくれる。

 アルダープ様はお金を工面してくれると聞いてからかすごい上機嫌だ。

 ぶつぶつと何やら呟き、鼻歌を歌うしまつだ。

 気になったので試しに『読唇術』スキルを使ってみると。

 

『フハハハハハ! よし、適当な平民を雇って混乱に乗じて屋敷を破壊させよう! そして夢の新築に変えよう! 何、大丈夫だ。王族の言葉があるのだからな!』

 

 そんな馬鹿な事を考えていた。

 よし、そうしたら裁判を起こして牢屋にぶち込むとして……。

 

「他に否定的な意見はあるか? なかったらこの作戦を決行しようと思うんだが、それでいいか?」

 

 最終確認をすると、最後にダクネスがおずおずと手を挙げた。

 皆の視線がダクネスに集まる中、彼女の頬がほんのり赤くなっているのは単純に照れているせいだと思いたい。

 まさか感じてるんじゃないだろうな……。

 ダクネスの性癖を知っている俺とめぐみんが半眼になり彼女を見ていると、流石に場を弁えているのか咳払いをこほんとしてから進言した。

 

「今回の作戦だが、騎士団の方達が強制参加なのは分かるが……冒険者達はどうするつもりだ? ここは駆け出しの街アクセルだぞ? 低レベルである冒険者達が作戦に自主的に参加するとは思えないし、強制的に参加させる訳にもいかないだろう。どうするつもりだ?」

 

 おぉ、凄いまともな意見が出た。

 俺がほへーと感動していると、気に障ったらしい。

 こめかみをひきつかせながら睨んでくるダクネスに俺は自信満々に。

 

「安心しろ、手は考えてある」

 

 そんなフラグになるような事を言うのだった。

 

 

 §

 

 

「という訳で、魔王軍幹部を倒そうと思うんだが」

 

「「「舐めてんのか」」」

 

 冒険者ギルドにてなるべく多くの冒険者達を(つど)い、少しの間貸切状態にした俺は現在、そんな演説を高らかにしていた。

 しかし誰も賛成してくれない。

 一人の男性冒険者が声を張り上げて。

 

「なんでそんな奴と戦わないといけないんだ! レベル差を考えろ!」

 

 その言葉に同調するかのように声を上げる他の冒険者。

 中には得物に手をかけて、脅している奴もいるのだから、これだから気性が荒い冒険者は恐ろしい。

 俺は嘆息してから、小さな声をやや大袈裟に出して一言ぽつりと放つ。

 

「もし戦わなかったら、俺達は街から追い出されるんだろうなぁ……」

 

「「「……!?」」」

 

 ぎょっと目を剥く冒険者達を気にせずに俺は続ける。

 

「街から追い出された俺達はこの先他の奴らから笑われるんだろうなぁ……。まともなクエストも受けさせてもらえず、同僚からは馬鹿にされる毎日。そんな生活が待っているのか……」

 

 少しずつ話を聞く姿勢になっている彼らを見て俺は、ここが踏ん張りどころだと定めて。

 

「けど、もし魔王軍幹部なんて大物を倒せたら……! 俺達は凄腕冒険者として名を馳せるだろう! 街の市民からは感謝され、世界で最初の魔王軍幹部を倒した猛者として、俺たちの名は世に伝わるに違いない! さらに今回は騎士団の人達もいるから、成功率はほぼ百パーセントだ! そして皆、ここにいる女の子を見ろ!」

 

 そう言って俺はめぐみんの横に座って甲斐甲斐しく爆裂娘を介護しているアイリスを指し、

 

「この方は第一王女のアイリス様だ! 野郎共、王族の方が危険を冒してまでこんな辺鄙な場所に来てくださったのだぞ!? これに応えず、何が冒険者だ! 違うか!?」

 

 刹那。

 男達の野太く低い声と、女達の細く高い声が建物内を支配し、響き渡った。

 

「そうだ! 魔王軍なんて敵じゃないぜ!」

 

「そうよそうよ、私達はできる子だわ!」

 

「……ふっ、とうとう俺にも出番が来たか」

 

「あっ、受付のお姉さん。この戦いが終わったら僕と結婚して……──はい冗談ですすみません。だから警察を呼ぼうとしないでくださいお願いします!」

 

 大いに盛り上がっている勇者達を俺は眺め、驚きのあまり絶句しているダクネスに向かって胸を張って一言。

 

「なっ、上手くいっただろ?」

 

 俺のドヤ顔にこめかみをひくつかせるダクネス。

 

「何が、『なっ、上手くいっただろ?』だ! お前がやった事はせん……──」

 

「おっと、それ以上言うのはやめてもらおうか」

 

 そう、別にコレは洗脳だとか、暗示だとか、催眠とか、そういった類のものではない。

 断じて違う。

 違うったら違う。

 ただ、恐怖に怯えている冒険者達に活を入れただけだ。

 口元を震わせるダクネスを無視し、俺はアイリスの元へ向かって畏まった態度を取る。

 まだ爆裂魔法の反動の怠さから抜け出せていないめぐみんが何時もの俺とは違う事に目を剥く中。

 

「アイリス様。大変申しにくいのですが、此度戦う彼らに激励の言葉をかけてくれては貰えませんか? きっと勇気を貰い、活躍するでしょう!」

 

 純粋なアイリスでも、俺が何をやっているのかは大体察しているらしい。

 アイリスの顔には呆れと、それ以上に楽しそうな色が浮かんでていた。

 解りましたとばかりに頷き席を立つアイリスを建物内にいる全員が注目するなか。

 しかし……。

 何分経ってもアイリスは喋らなかった。

 …………えっ。

 ざわざわと騒がしくなるが、アイリスは無表情のまま石のように立っているだけ。

 これはもしかして…………。

 俺は屈んでアイリスの耳元に囁き。

 

「大丈夫か?」

 

「……その、大変申し訳ないのですが、私、こういった事はまだ無理なようです……」

 

 何と、そういう事らしい。

 しかしそれは仕方がない事だ。

 王族とはいえ、アイリスはまだ十二歳の女の子。日本ならまだ小学四年生だ。

 ただでさえアイリスは人見知りがちなので、こういった大勢の人間がいる前で演説するのはまだ無理かもしれない。

 それを考えられなかった俺に落ち度があるだろう。

 ……なら別の手を行使するだけの事。

 俺は話を聞いているように何度も頷き、分かりましたとばかりに華麗に礼をした。

 幸い周りにいるのはめぐみんとダクネスだけなので、遠巻きに今の状況を見ていた人からすれば、俺の行動はすなわち、何か言伝(ことづて)を聞いていたように見えただろう。

 

「皆、アイリス様はこうおっしゃった! 『あなた達のご健闘、そして手に入れる武勲を切に楽しみにしております。作戦が成功したら、特別にパーティーを開きましょう!』と!」

 

「「「おぉおおおおおおおおお!」」」

 

「野郎共、覚悟はいいかぁああああ!?」

 

「「「おぅ────!」」」

 

「決行は約一週間後! それまでは待機! 解散!」

 

 こうして、正式に魔王軍幹部討伐作戦が決行される事が決まるのであった。

 

 

 ──冒険者や騎士団がそれぞれの寝床に帰り、残ったのは俺とめぐみん、ダクネスにアイリスとギルド職員だけ。

 何時の間にか、日は暮れて夜になっていた。

 俺はしゅわしゅわと呼ばれる飲料水を初めて頼んでみる事に。めぐみんとアイリスはりんごジュースを頼んでいた。

 ちなみに、会計は俺……ではなく、ダクネス持ちである。

 運ばれたしゅわしゅわを口に運び、一口飲んでみると……こう、身体がしゅわしゅわした。

 炭酸飲料ではないみたいだが、こう、しゅわしゅわするのだ。

 それ以上の表現をする事は誰にもできやしないだろう。

 俺は先程から仏頂面になっているダクネスに、

 

「お前は頼まないのか?」

 

「……。……えぇい、上手くいったから良かったもの、失敗したらどうするつもりだったんだお前は!?」

 

 そんな分かりきった事を聞いてくる。

 俺はもう一口飲みながら、懇切丁寧に答えてやる事に。

 

「知らん」

 

「……!?」

 

「俺は運がいいからな。大抵の事は上手くいくものさ」

 

 そう、俺は運だけはいい。

 もしかしたら幸運の女神様であるエリス様のご加護がこの身に宿っているのかもしれない。

 きっとそうに違いない。

 エリス様と言えば、ここ最近は同じ女神であるアクアを見る事が少なくなってきた。

 きっと真面目に働いているのだろう。

 約束の半年後はまだ少し先だが、これだったら本当に改心するかもしれない。

 そんな取り留めのない事を考えていると、アイリスが沈んだ表情を浮かべている事に気づいた。

 ……さっきの事を気にしているのだろうか。

 

「アイリス、大丈夫か?」

 

「……私は駄目ですね。せっかく無理を言ってこの地に来たというのに……私は何もできていません」

 

「いやそれは違うぞ。元々の作戦はアイリスが考えたんだ、充分貢献してるって。……それと悪かったな、正体を勝手にバラして……」

 

 俺のフォローと謝罪にアイリスはふるふると首を小刻みに振って。

 

「それでも、殆どの作戦はカズマ様がお考えになったものです。……自分の不甲斐なさに呆れてものも言えません」

 

 これは、かなり重症なのかもしれない。

 シンと静まり返る中、机に突っ伏しているめぐみんが俯いているアイリスに優しい口調でこんな事を。

 

「いいですかアイリス。あなたはまだ子供なのですから、それが普通なのです。失敗したと思うのなら、次の糧にすればいいでしょう」

 

 そんなかっこいい台詞を、かっこよくない姿勢で言うめぐみん。

 だがその言葉は充分すぎるほどに伝わったらしい。

 先程までの沈痛な表情はそこにはなく、元気で明るい表情を浮かべたアイリスはめぐみんを尊敬の目で見て。

 

「はい、ありがとうございます、めぐみん様!」

 

 

 §

 

 

 それから一週間が経ち、アクセルでは現在。

 

「まだだ、俺はまだ死ねない!」

 

「くそっ、こんなところで俺は……!」

 

「ひゃひゃひゃひゃひゃ、アンデッドモンスターなんて余裕余裕! あれっ、攻撃が効かない、だと……!? うわぁぁぁ、助けてぇええ!」

 

 中々のパニックになっていた。

 戦場を見渡せるよう、高台にいた俺とめぐみんは冒険者や騎士団の人達の悲鳴を聞いて、ある重要な事に気づいた。

 というか、今更感が半端ないのだが……。

 

「なぁめぐみん。アンデッドってさ、普通の攻撃は効かないのか?」

 

「そうですね、アンデッドは魂だけの存在といっても過言ではありませんから、単純な物理攻撃は一切効きません」

 

「……。よしめぐみん! 爆裂魔法を撃ってまずは部下を全滅させようぜ! お前の爆裂魔法なら余裕なはずだ!」

 

「カズマ、それは無理ですよ。だって、あんなに混戦していたらアンデッドばかりか、冒険者や騎士の人達も巻き込んでしまいますからね」

 

「ですよねー……じゃないわ! ヤバい、これはヤバいぞ! 俺達は駆け出し冒険者だぞ? 魔法使いだっているにはいるが何故か知らんが敵に魔法はあんまり効いてないようだし……」

 

「見たところ魔力障壁が施されていますね。多分、上級魔法じゃなければ致命傷を与えられないでしょう。……あああああのカズマ!? これってかなりピンチなのでは!?」

 

 詰んだ。

 まさか、配下の雑魚すら倒せずこうもあっさり負けるとは思わなかった。

 

「めぐみん、何かいい案はないのか!? お前、知能が高い紅魔族だろう!? 今こそ真の力を解放するべきだと思うんだ!」

 

「なっ!? それを言うのならカズマだって何か考えてくださいよ! そもそも、今回の作戦はカズマが指揮官でしょう! 指揮官は何時でも自信もって指示をするものだと思いますから、私なんかの意見なんか聞いても意味がないと思うので、私は何も言いません!」

 

「お前、こんな時だけそれはないだろう!」

 

 そうしている間にも、冒険者達は倒れていく。……地味に息があるのは何故だろうか。

 ギャーギャーとみっともなく騒いでいると、ズサッと足音が聞こえた。

 こっちは今取り込み中なんだ、誰かに構ってる暇はない。

 そう思い、八つ当たり気味にめぐみんと一緒に首を向けると──そこにはデュラハンが立っていた。

 顔を青くしながら目を合わせる俺たちを他所に、デュラハンは腰から立派な一振りの剣を抜き、こちらにその鋭利すぎる切っ先を向けて……

 

「お前が指揮官か?」

 

 ……そんな事を……!

 兜から低い声を出された俺は思わず、ふいっと目を背けて、

 

「いいえ違います。指揮官はこの女の子です」

 

「……!? ちょっ、カズマ!?」

 

「ほぉ、なるほど。見たところ、そこの小娘。……あの頭がおかしいと評判な紅魔族か……。なるほど、なるほど……。勝負は決したと言っても過言ではないが、一言だけ言わせてもらおうか!」

 

 そう言うデュラハンの声には怒気が含まれていた。……自分の首をズイっと前に差し出して、

 

「お前達は一体なんなのだ!? 毎日毎日爆裂魔法を撃って、しかしやっと止めたかと思ったら突然昨日の真夜中に撃ち、大声で俺を挑発し、さらにその後肉をこんがり焼くとか! ……よし殺そうと出向いてみれば『テレポート』を使うとか……! 騒がしいにもほどがある! 近所迷惑を考えろ!」

 

 魔王軍に近所迷惑とか言われても。

 ……。

 ……戦況は絶望的だ。

 せめて、雑魚扱いのアンデッドを何とかできたら話は違うのだが……。

 

「ふっ、まぁいい。アクセルに来させようとし、それを成功させた小娘には敬意を表そうではないか! その挑戦を受けて立ち、城にいた全ての兵力を持って来てやったぞ!」

 

 いらない気遣いです。

 デュラハンそう言ってめぐみんを褒め称えるのだが、悲しきかな褒める相手が違う。

 めぐみんは真顔になりながら。

 

「いえ、指揮官はそこのいる男なのですが!」

 

「何!? 小僧、お前何故そのような嘘をついたのだ!」

 

 いや、寧ろ何で信じるのか俺が聞きたいのだが。

 俺がそう答えようと、口を開いた……

 ──その時。

 

「『ゴッドブロー』ッ!」

 

「なっ……──ぐはぁああああああ!」

 

 どこからか現れたアクアが背後から奇襲を仕掛け、デュラハンの背中を豪快に殴り、金属鎧に包まれた騎士を吹き飛ばした!

 フゥーと息を吐きながらも警戒を怠らず拳を構えるアクア。

 軽快にステップを踏みながら素振りするその姿は女の子にしては案外似合っているのだが……。

 

「なぁ今まで何処にいたんだ? 冒険者ギルドにはさっきいただろ?」

 

「勿論私もすぐに行こうとしたんだけどね、アイリスが……──」

 

 重要な事を言おうとしているのか、アクアが真面目な顔になり重々しく口を開こうとした時。

 

「カズマ、めぐみん! 大丈夫か!?」

 

 急斜面の坂をものすごい勢いで登ってきたダクネスが俺達を庇うように前に出てデュラハンへと剣を向けた。

 というか、よく全身鎧で登れたな。

 

「あっ、ちょっ……──」

 

 アクアが続きを言いたそうだが、今はそれどころじゃない。

 あぁ、そうか。

 これが本当の戦いなのか!

 ぶっちゃけ、これまでのクエストはめぐみんの爆裂魔法で終わってしまっていた為に味気ないと思っていたのだ。

 俺が場違いにも感動しているとデュラハンが剣を杖にしてよろよろと緩慢な動きながらも立ち上がる。

 やはり幹部だからか、とても手強い。

 アクアの『ゴッドブロー』を背中から直に受けてなお未だ生きているとは……。

 しらずにじわりと後ずさるなか、

 

「えぇいお前達は本当に何なのだ! 普通、こういうのは雑魚を倒してから戦うというものだろう! それが代々受け継がれてきた伝統であり、美学なのだ!」

 

 剣をぶんぶんと振りながら、そんな意味が分からない事を喚き散らすデュラハンさん。

 俺はそんな奴に嘆息して。

 

「いや、戦いに伝統とか美学とか言われましても。めぐみんもそう思うだろう?」

 

「いえ、私は深くデュラハンに同意します!」

 

 えっ。

 全員が──アクアやダクネスでさえ──コイツは一体何馬鹿な事を言ってるんだとめぐみんを見るが、それに気づいていないのか彼女は瞳を紅くしてうんうんと頷いき……

 

「分かります! 分かりますとも! デュラハン、あなたが言う事は分かります! 戦闘において、イベントは必須! 何故戦うのか? どうしてコイツは敵なんだと問い詰めるその展開! そう、それがなければ面白くない! カズマもそう思います……──ちょっ、痛い! 痛いじゃないですか!」

 

「お前は何馬鹿な事を言ってるんだ」

 

 そうしている間にも、下からは悲鳴の声が絶えない。

 しかし倒れ伏している人達は何故か生きているのだから不思議だ。

 デュラハンもそれを不思議に思ったのか片手に持っている首を傾げて。

 

「何故王都の騎士達はともかく雑魚のひよっ子冒険者達を殺せない!? お前達は一体何をしているんだ!」

 

 いや、寧ろ俺がその答えを聞きたいです。

 そしてその問いに答えたのはアクアだった。

 大きな声を出し高笑いしながらアクアは驚いているデュラハンに向かって指を指して。

 

 

「あはははは! ねぇ、そんな簡単な事にも気づけないの!? 気づけないんですかそうなんですか? 魔王軍幹部という者が恥ずかしいと思わないんですかぁああああ!? プークスクス!」

 

 めちゃくちゃ煽るアクア。

 アレだな、前から思っていたが女神だからか敵勢力には容赦がないらしい。

 煽りに煽られ、それにデュラハンは。

 

「なんだと!? それくらい分かるわ! ……分かる、わか……る……うぅむ…………」

 

「はい時間切れ! 答えはね、『宴会芸』スキルの奥義の一つである『死んだフリ』でした! これはスキルを取っていなくても使用できる優れもの! どうカズマ、すごいでしょ!」

 

 得意げに胸を張るアクア。

 うん、凄い。凄いからさっさとどこかに逃げてもらえないだろうか。

 誰もいなかったら爆裂魔法で即爆殺するのだが……。

 一方デュラハンは衝撃的すぎる答えに意識が戻っていないのか、体全体をふらふらさせて困惑していた。

 

「馬鹿な……。『死んだフリ』だと? そんなものがあったなんて……」

 

 まだ立ち直れてないらしい。

 この機を逃すほど俺は馬鹿ではない。

 何とか雑魚扱いのアンデッドを倒せる方法はないか?

 〈アークプリースト〉であるアクアを突撃させて浄化させるか? いや駄目だ、そんな都合よくいく筈がない。

 デュラハンに未だ剣を向けているダクネスを突撃させる? いや駄目だ、アンデッドモンスターに物理攻撃は効かないから意味がない。

 くそっ、何かないのか!?

 そう思った時だった。

 

「お待たせしました。ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス、カズマ様の指示に従い戦います!」

 

 全身を鎧で包み、騎士風の格好をしたアイリスがクレアやレインさんを引き連れて登場したのは。

 

 

 §

 

 

「王族は強いんです! えいっ!」

 

「「「ビャアアアアアアアアアア!!!」」」

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッッ!」

 

「「「ビャアアアアアアアアアア!!!」」」

 

「これぞシンフォニア家に伝わる奥義! 『スラッシュ・ソード』!」

 

「お前達ー! くっ、アドモス、カーマ、シミラー! おのれ、王族め!」

 

 アイリス達が登場してからは、それはもう凄かった。

 アイリスは、『付呪(エンチャント)』が付与させ青色の光が灯っているロングソードを縦横無尽に振り回し、アンデッド達をバッサバッサと切り払っていく。

 レインさんは上級魔法を使って、敵を雷の魔法で丸焦げにして、それはビリビリとした高台にいる俺達の所までその余波が残伝わってくるほどだ。

 めぐみんは羨ましそうに活躍しているレインさんを見ていた。やはり普通の魔法を使いたくなるのだろうか。

 ……これを機に、上級魔法を取ってくれると非常に助かるんだけどなぁ。

 クレアは家に伝わっている奥義を使って一撃必殺でアンデッド達を切断する。

 なんかもう、凄いとしか言い様がない。

 これはもう彼女達だけで勝てるのではないかと思っていると、アクアがこんな事を。

 

「さっきの話の途中だけど、アイリスが『私も参加します!』と言って暴れていたのよ。それはもう、凄い暴れようだったわ。何せ高スペックの私でさえ、止めるのに苦労したんだから……」

 

「いや待て。じゃあなんでアイリスが戦場に来たんだよ? 止めたんだろ?」

 

「一旦は落ち着いたんだけどね……。『お願いします、アクア様。私を連れて行ってください! 何もしないで待ってるだけなんて、私にはできません!』って言われたら、止める事なんてできないわよ。……まぁけど、良かったじゃない。アイリス達が来てくれたお陰で、あと半分になったし!」

 

 そう言われてもう一度下を見てみれば、配下のアンデッド達は半分ほど倒れ伏していた。

 だがしかし、魂があれば復活できるのか再生しようとしているのもいる。

 そうなってしまえば大変面倒なので、〈アークプリースト〉であるアクアにあとを任せる事にした。

 

「浄化できるか?」

 

「まっかせなさい!」

 

 自信満々に頷いたアクアは手際よく坂を滑り降り、その魔法を唱えた!

 

「行くわよ! 『ターンアンデッド』ッ!」

 

 次々と浄化され、天に昇っていくアンデッド達の魂。

 それをデュラハンは歯軋りしながら、

 

「あぁああ! 俺の最強兵団アンデッドナイト達が!」

 

 慟哭の悲鳴を上げる。

 仲間思いなのか、デュラハンは剣を取りながら。

 

「お前達! 今助けに……!」

 

「行かせはしない! アクア、ここは私がデュラハンと戦うから、アイリス様達と協力してアンデッドナイト達を倒せ!」

 

「分かったわダクネス! いい? 真面目に戦いなさいよ! 迷える死者の魂よ、今私が浄化して……──えっ、なんで全員こっちに来るの!?」

 

 かっこいいやり取りを邪魔するように、ナイト達はアクアの元に集まって行った!

 アイリス達と戦っていたナイトも戦闘を止めてアクアの方に行くのだから、その数は計り知れない。

 追いかけられているアクアは悲鳴をあげながら『ターンアンデッド』を連呼しているが、魔力障壁とやらがあるからか、弱っていない相手には効いていないようだ。

 

「『ターンアンデッド』、『ターンアンデッド』ッ! カズマさん、助けて! 助けてくださいカズマ様ぁああ!」

 

「クレア、レイン、アクア様を追いかけて彼女を追いかけているナイト達を弱らせますよ!」

 

「「畏まりました、アイリス様!」」

 

 あっちには強い人達がいるから多分大丈夫だろう。

 こうして戦力が分断される中、此方では現在ダクネスがデュラハンと対峙していた。

 先程までの睨み合いのように牽制目的ではなく、互いが互いを殺そうと構えている。

 そんなダクネスが静かな声で後ろにいる俺達に、

 

「カズマ、めぐみん。此処にいては危険だ! もう少し離れてくれ!」

 

 その言葉に素直に従い距離をとると、遂に戦闘が始まった。

 

「行くぞ、デュラハン! 私の名前はダスティネス・フォード・ララティーナ。幸運の女神、エリス様を心の底から崇拝している〈クルセイダー〉だ!」

 

「ほぉ、上級職の〈クルセイダー〉とはな! いいだろう、俺の名前はベルディア! 嘗ては騎士だった男だ。そして今は魔王様に忠誠を誓っている! 女騎士よ、受けて立つ!」

 

 名乗り終わり、雄叫びを上げながら、ベルディアに向かって剣を振るダクネス。

 だが俺は忘れていた。

 女騎士が不器用だという事を……!

 このままじゃ……!

 めぐみんも思い出したのか、次に起こるであろう恥ずかしい展開に俺達がすっと目を逸らす中──何と、振られた剣はベルディアの剣にしっかりと当たった!

 ガキィン! と金属同士が接触する音が鳴るなか、俺めぐみんは思わず。

 

「おい、どうしたんだダクネス! お前不器用じゃなかったのかよ!?」

 

「そうですよダクネス! アレは嘘だったのですか!?」

 

「……!? カズマ、めぐみん、今それを言わないでくれ! 私だって驚いているのだ! こうして攻撃が当たる事に!」

 

 俺達以上に、当の本人が驚いていた。

 鍔迫り合いをしているベルディアが不思議そうに、

 

「……? どういう事だ?」

 

「ふっ、普段の私は不器用すぎて『両手剣』スキルを取ってるクセに攻撃が当たらなくてな! ……まぁ私としてはモンスターの攻撃をこの身に受けられるので万々歳なのだが……。今日は何故だが知らんが攻撃が当たるらしい!」

 

 ダクネスはそれはもう嬉しそうに剣を振っていた。

 ……途中、奇妙な事を言っていたが、聞かなかった事にしよう。

 小説やアニメの主人公のように覚醒しているダクネス。

 主人公といえば、魔剣使いの人が頭の片隅に思い浮かんだが、カミルギさんは現在武者修行に行っているらしい。

 こういう時こそ活躍の場なのに、もったいない奴だ。

 俺とめぐみんは活躍している主人公を遠巻きに眺める事しかできない。

 

「行け、ダクネス!」

 

「頑張ってダクネス!」

 

「今こそ、ダクネスの真の力を!」

 

「「「ダクネス、ダクネス、ダクネス!」」」

 

 そして数分後には『死んだフリ』を止めた冒険者や騎士達が俺達のいる所に来て声援を送っている。

 いや、アイリス達のところに行けよと突っ込みたいのだが、行ったところでやられるのは分かっているのか誰も行かなかった。

 

「や、止めろっ! そんなに応援するな! ……恥ずかしい! 私が欲しいのはこういう責めではない!」

 

 ドM変態のダクネスでも、恥ずかしいという感情はあったようだ。

 羞恥心の基準がよくわからん。

 だからだろうか。

 動きが一瞬遅くなり、それを狙われたのは。

 

「そこだ!」

 

「なっ──ぐはッ!」

 

 ベルディアはその一瞬の隙を突き、ダクネスを下に落とした!

 

「おい卑怯だぞ!」

 

 俺が堪らず声を上げるも。

 

「お前達の方が余っ程卑怯だわ!」

 

 そんな正論を言われたらぐうの音も出ない。

 

「ダクネス、大丈夫か!?」

 

 倒れているダクネスに声をかけてみるが返答はない。

 もしかして死んでいるのではと一瞬思ったが、〈プリースト〉の女の子が急いで診たところ、どうやら気絶しているとの事。

 

「ダクネスなら大丈夫! っていうか、あんなに高い所から落ちて無傷だなんて、なんて凄い防御力なの!? 多分、高い所から落ちたショックが原因だと思う!」

 

 気絶の原因が予想外すぎる。

 流石は〈クルセイダー〉と言うべきか……。

 

「よくもダクネスを……! お前だけは許さない! おいお前ら、囲め囲め! そしたら後は楽勝だ!」

 

 なんという死亡フラグ。

 だがなるほど、それも一理あるかもしれない。

 様子を見てみようと傍観してみると、男の意見に賛同した冒険者達が四方を取り囲んで攻撃のタイミングをはかっている。

 地味にピンチだと言うのにベルディアは落ち着いていて……突如自身の頭をポーンと高く上げた。

 何をしてるんだと思いベルディアの頭部を見ていると、目線が下を見ている事に気づく。

 そうか、そういう事か!

 

「おい、気をつけろ! ベルディアに死角はない!」

 

「ほぉ、その事に気づくか小僧! だが遅い!」

 

「「「「ぎゃああああああ!!!」」」」

 

 四人の冒険者達が倒れる中、息をしていない事から死んでいる事が分かった。

 

 死。

 

 それは人を惑わせ、余裕をなくす。

 俺達が歴戦の戦士だったらそんな事は起こらなかっただろう。

 だが何度も言うが此処は駆け出しの街アクセル。

 同業者であり、大切な仲間が死んだ事をようやく知覚した冒険者達は構えている武器を捨て悲鳴をあげながら街の方に逃げて行った。

 誰も責められはしないだろう。

 隣に立っているめぐみんがガクガクと震えて、

 

「かかか、カズマ! どうするのですか!? 流石にもう誰も助けてはくれませんよ!? ダクネスは気絶していますし、アクアとアイリス達はアンデッドナイト達と交戦中です!」

 

 袖を強く握って、焦ったようにそう言ってくるめぐみん。

 俺だって正直逃げたいのだが。

 

「ハハハハハ! まさかこれほどまでに苦戦するとはな! ……だがそれも終わりだ!」

 

 血が付着している剣を俺達に向けるベルディア。

 ……考えろ、考えるんだ佐藤和真!

 何かこの状態を打破できる要素はないか!?

 相手はデュラハンだ、思い出せ。何か弱点になるようなものは……。

 …………そうだっ!

 

「『クリエイト・ウォーター』ッ!」

 

「何!? ……チィイイイイ!」

 

 俺は水を生成する初級魔法を使い、ベルディアへと向ける。

 そしてその攻撃をやや大袈裟に避ける首無し騎士。

 ──デュラハンは水の上を渡る事ができない。

 何故ならそれは、彼が所持している首無し馬が水の上を渡れないからだと言われているからだ。

 だがこの世界のデュラハンはどうやら──ベルディアの場合だけかもしれないが──そんな馬は持っていない。

 ならその適性はベルディアにあるのではないか……?

 正直博打にも程があったが、俺の予想は的中していたらしい。

 俺は何度も『クリエイト・ウォーター』を使用し、一方的な水の掛け合いをする中、棒立ちしているめぐみんに声を掛ける。

 

「めぐみん、アクアをすぐに呼んでこい! なるべく早くだぞ! ……頼むから早めに頼む!」

 

「分かりました! ……カズマ、死なないでくださいよ!」

 

 そんな死亡フラグを勝手に作っていっためぐみんは走ってアクア達が去っていった方向に向かって行った。

 対峙する小者と大者。

 こうして向き合うと分かる、敵の強さが……!

 流石は魔王軍幹部!

 

「ほぉ、確かに俺は水が弱点だが……。お前の仲間が再び戻ってくる頃には、此処にあるのは無残な死体だけだ!」

 

 余裕ぶっこいているベルディア。

 確かに俺とベルディアとのレベル差は歴然としているが、俺を舐めてもらっては困る。

 

「行くぞベルディア! 『ライト』!」

 

 そう唱えた瞬間、太陽が出ているにも関わらずに刹那の瞬間──溢れんばかりの光が生み出された。

 

「目がぁああああああ!!!」

 

 先程の尊い犠牲になった冒険者達との戦闘でベルディアに目がある事に気づけた。

 のたうち回っている間にも俺は次々と魔法を唱え続け……。

 

「『クリエイト・ウォーター』、『クリエイト・ウォーター』、『クリエイト・ウォーター』ッ!」

 

 水をぶっかけまくる。

 ベルディアが視界を取り戻した時には、彼の全身はびしょ濡れの状態だった。

 はぁはぁと息を荒くするベルディアなのだが、正直言って俺もかなりきつい。

 魔法を使うにあたって、魔法を行使する者はその代価に魔力を使う。

 俺が使っていたのは初級魔法故に魔力消費はかなり少ないのだが、元々の魔力量が並の量しかない俺は何度も使うと体がだるくなり、バテてしまうのだ。

 

「えぇい、もう油断するのはやめだ! 小僧、今こそ殺して……──」

 

「『セイクリッド・ターンアンデッド』ッ!」

 

「──ひぎゃあああああ!!!」

 

「連れてきましたよカズマ!」

 

「やけに早かったじゃないか、めぐみん」

 

「えぇ、アクア達がアンデッドナイトを浄化させて此方に向かっている最中だったので、すぐに合流できました。アイリス達ももうすぐ来ますよ」

 

 よしこれで勝ちは確定だ。

 水の女神であるアクアに、圧倒的な強さを持つアイリスにレインさん、クレアがいるのだ。

 これでようやく戦いが終わる……。

 そんな事を思ったからなのだろうか。

 身体から力が抜け何時の間にか復活していたベルディアに──呆気なく人質にされたのは。

 ベルディアは身体の半分が消えかけているもののしっかりとした力で俺を捕まえる。

 そして首には、剣の刃が当てられた。

 この世界に来て、これは一体何度目だろうか。

 流石に慣れたのか冷静にそんな場違いな事を考えていると、彼方(かなた)から猛烈な速さでアイリスが此方に来る。

 外見上は傷一つないので安心していると、

 

「カズマ様、今ナイト達を倒してきまし……──!?」

 

「おっと、剣の柄に手を伸ばしている幼き姫よ、そして拳を構えているアースプリーストの女。下手に動かない方がいいぞ。もし一歩でも動けばこの小僧を殺す」

 

「卑怯ですよ! ダクネスと戦う直前、『嘗ては騎士だった男だ!』と言っていたのは嘘だったのですか!? 騎士がそんな卑怯な戦い方をしていいのですか!?」

 

「そうだそうだ、卑怯だぞ!」

 

「これだから悪魔は嫌いなのよ!」

 

「えぇい喧しい! ……俺が望む事はただ一つ、安全な場所に俺が辿り着けるまで俺に攻撃しない事だ! そもそも俺はこんな駆け出ししかいない街を襲うつもりはなかったのだ。本当なら調査だけで済ませるはずだったのに……。しかしお前達が挑発したからこうなったのだから、別にいいだろう?」

 

 ぐっと言葉に詰まるめぐみん達。

 

「そう……それでいい。お前達冒険者は仲間を大事にするからな、それが(あだ)となったのだ!」

 

 ──もし。

 もし、めぐみん達が大人しくベルディアを取り逃したらどうなるのだろう。

 交渉条件はベルディアが安全域に入るまで攻撃しない事。……だがそれは言い換えれば誰も奴に近づけないという意味だ。

 果たして魔王軍幹部であるコイツは俺を解放するだろうか?

 ……自分で言うのも何だが、俺はベルディアからしたらそれはもう嫌われる事をした覚えがある。

 コイツはどうやら騎士としての矜恃を未だに持っているようだが、果たしてそれが俺に適用されるだろうか。

 ……何だろう、殺される気しかいない。

 …………。

 くそっ、こうなったら…………!

 

「めぐみん、爆裂魔法を撃て!」

 

 そんな事を俺は命令した。

 全員がぎょっと目を剥く中、俺はそれに構わずに言葉を続けた。

 

「どの道俺は駄目だ! きっと俺はこのなんちゃって騎士に殺される!」

 

「誰がなんちゃって騎士だ!? それにそんな卑怯な事はせんわ!」

 

「嫌です、嫌ですよカズマ! もし私が撃ったらカズマを巻き込んでしまいます!」

 

「そうですよカズマ様! あなたが死んだら、私……!」

 

 首を激しく横に振っていやいやと抗議するめぐみんとアイリス。

 年下コンビが納得できない中、アクアにクレア、レインさんといった大人組は何を思ったのか、綺麗な涙を流していた。

 俺は安心させるように微笑んで。

 

「めぐみん、実は俺、この前『テレポート』を習得したんだ。お前が撃つ直前に脱出するから、安心してくれ」

 

 俺の言葉に安堵の息を吐くアイリスに、安心しきった顔になり、涙を拭くアクアとクレア。

 だがめぐみんとレインさんだけは違った。

 ……そう、俺は嘘をついている。

 まずだが、そもそも俺は『テレポート』なんて習得していない。

 流石は本職の魔法使いだ。

 その事を理解しているめぐみんとレインさんだけは、悲しそうな顔を変えなかった。

 爆裂魔法を撃つ、という事に慌てるベルディアは俺を放そうとするが、意地でもそうさせないでいると……観念したのかめぐみんが爆裂魔法の詠唱を始める。

 

 「『黒より黒く闇より暗き漆黒に我が深紅の混淆を望みたもう。覚醒のとき来たれり。無謬の境界に落ちし理。無行の歪みとなりて現出せよ!踊れ踊れ踊れ、我が力の奔流に望むは崩壊なり。並ぶ者なき崩壊なり。友を殺し、我が宿敵を討たん。願わくば、友に祝福を施さん──」

 

 思えば、めぐみんの詠唱を最初から真面目に聞くのは初めてかもしれない。

 

「離せ、離せと言っている! 貴様、本当は『テレポート』なんて取っていないのだろう!?」

 

「断る。それとネタバレすんなよ、空気読め」

 

「えっ、カズマさん本当なの!? めぐみん止めて! すぐに中止して! 私の蘇生魔法でも、骨がないと無理よ!?」

 

 なんと、アクアは蘇生魔法が使えるらしい。

 が、どうやら蘇生はできないようだ。

 

「カズマ様! 逝っちゃ駄目です! ……めぐみん様、すぐに魔法を中止して……──なんで止めるのですか、クレア、レイン!?」

 

「申し訳ございません、アイリス様。……しかしそれでは……!」

 

「カズマ様、どうか……」

 

 悪いアイリス。

 男には引き下がれない時があるんだ、分かってくれ。

 

 「『──万象等しく灰塵に帰し、深淵より来たれ!これが人類最大の威力の攻撃手段、これこそが究極の攻撃魔法』ッッ!!────『エクスプロージョン』ッッッ!!!」

 

 魔法を唱えためぐみんの顔には大量の涙が溢れていた。

 

「カズマ様ぁあああ!」

 

 あぁ、呆気ない第二の人生だったなぁ……。

 アイリスの泣き声がやけに耳に大きく残り……ベルディアが必死に逃げようともがく中──次の瞬間、視界を覆い尽くさんばかりの真っ白い光が──────。

 

 

 §

 

 

「佐藤和真さん、ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先程、不幸にも亡くなりました。短い第二の人生でしたが、あなたの生は終わってしまったのです……と言いたいのですが、ジャンヌ様と以前約束をしていましたね? なのですぐに下界に戻ってもらいます」

 

 そんな柔らかい声によって目を覚ますと、俺はそんな事を言われながら目を覚ますのだった



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蘇生

 

 あの戦いから、もう少しで一ヶ月が経とうとしている。

 

 あの時。

 

 私の爆裂魔法は、敵である魔王軍幹部首無し騎士(デュラハン)だけでなく、仲間であるカズマをも巻き込み──その場に残されたのは馬鹿みたいに大きく、そしてこれまた馬鹿みたいに深いクレーターだけだった。

 そのクレーターは過去最大だったのだが……私はその事について何も感慨を得られなかった。

 ……。

 …………いいや、違う。

 確かに私はある感情を得られた。

 そこにあったのは──絶望、そしてそれ以上に自分への怒りだった。

 私が爆裂魔法を取らずに普通の上級魔法を取っていたら……そんな『もし』を、私は考えてしまう。

 初めてだ。

 爆裂魔法を嫌いになったのは。

 初めてだ。

 こんなにも絶望して、自分自身に呆れを──それ以上にマグマすらも焦げるような怒りを抱いたのは。

 佐藤和真、という仲間を私はこの小さな手で殺した。殺めた。

 私がこの上なく大好きな爆裂魔法で。

 分かっているとも。

 あの時の最善は、佐藤和真という人間を犠牲(いけにえ)にし、人類の敵である魔王軍幹部を斃す、という事は分かっているのだ。

 それがあの時の最善。

 だから私は、別に責められる様な事はしていない。

 寧ろ褒められる偉業だ。

 何せ、未だ嘗て魔王軍幹部という大物は一度として倒されていなかったのだから。

 これまで、多くの冒険者達が、騎士達が、魔法使い達が挑んで、勝つ事ができなかった猛者(もさ)共。

 それが魔王軍幹部。

 ……そう、今回もそれに当てはめればいい。

 佐藤和真という一人の人間が恐れ多くも魔王軍幹部との戦いに挑み、そして負けただけだ。

 私はたまたまその場に居合わせて、仲間であるカズマの指示に従っただけ。

 だから誰も、仲間を殺した私を責められはしない。

 

 ──けど、どうして。どうして私はこんなにも惨めだと思うのだろう。

 

 ……本当は、分かっている。

 分かっている!

 私は、首無し騎士討伐の報酬金も、栄誉も、勲章も、賛辞も要らない。

 

 沢山の夢があった。

 

 私の家は貧乏だったから、両親は家にいる機会が少ない。ある意味で天災の父とそれを監視……もとい手伝う母と食事を食べる機会は、私が大きくなるにつれて減っていった。

 姉である私がそうなのだから、妹はもっと少なかった。

 ……いや、私の妹は野生児というか、肝が据わっているというか……色んな意味で大物なので案外気にしていないのかもしれないが。

 貧乏だったから、それに比例して裕福な暮らしを……人並みの毎日を過ごしたかった。

 別に、毎日の夕食に高級ステーキを食べたいとか、そんな贅沢で我儘な事は言わない。

 

 ……ただ、家族と仲良く食事を食べたかった。

 

 次に望む事は、巨乳になる事だった。

 何度も言うが、私の家は貧乏だ。

 毎日のご飯が提供される、そんな奇跡みたいな事は起きないし保証されない訳で。

 必然的に、摂れる栄養はとても少なくなる。

 これを黒髪黒目の人達が言うに、『雀の涙』と言うらしい。最初は意味が分からなかったが、今ならその意味を身をもって知る事ができる。

 兎も角、摂られる栄養が少ないからか、私の胸は……とても小さい。

 ぼっちで友人兼自称ライバルは胸が大きいのに。

 ぼっちで友人兼自称ライバルは胸が大きいのに!

 作家志望で高身長な友人は胸が大きいのに。

 作家志望で高身長な友人は胸が大きいのに!

 母曰く、「私の家の家系は遺伝的に胸が貧しい人が多いのよ」と言っていたが、私はそれを未だに信じていない。

 だって、大魔法使いは巨乳が圧倒的に多いからだ。

 大魔法使いが巨乳だというのはちゃんとした理由がある。

 何でも、魔力の循環が多いとそれに比例して胸がスクスクと育つらしい。

 ……胸を大きくできるマジックアイテムはないだろうか。今度それとなくウィズに聞いてみる事にしよう。

 

 けど、上記以上に私が望む事がある。

 これはぼっちである友達しか知らない事だ。

 だがまぁ、それは置いておこう。

 こうして独りになると、見えてくるものがあった。

 それは、私が密かに願っていた願い。

 

 ──私は、仲間が欲しかった。

 

 友達でもない。

 幼馴染でもない。

 良き理解者でもない。

 ライバルでもない。

 近所のおばさんでもない。

 

 私は、仲間が欲しかったのだ。

 

 仲間と一緒に、冒険に出て、世界中を旅して。

 強敵を共に倒し、酒場でジョッキを天高く掲げて乾杯をして。

 ……そんな仲間が欲しかった。

 

 ──そして、私はとうとうそんな人と仲間になった。

 

 名前は、サトウカズマ。

 かんじで書くと佐藤和真と書くらしい。

 紅魔族的には変な名前だが、価値観は人それぞれだから、それに追及するのはやめておこう。

 最初の出会いは、冒険者ギルドにて併設されている酒場。

 ぼっちである友達と故あって別れた私は、パーティー募集の貼り紙を見てカズマの元へ。

 そして仲間となり……。

 沢山の冒険をした。

 といっても、私の爆裂魔法で一撃爆殺するだけなのだが……。

 爆裂魔法は一日に一発しか撃てない。

 それは強大な威力の代償として自身の大半の魔力を浪費するからだ。

 そして私はネタ魔法扱いの爆裂魔法しか撃てないし、撃つ気もない。

 そんな〈アークウィザード〉を、カズマは口では面倒だと言いながら最大限に活用できるような作戦を立て、それを実行した。

 ……まぁ、作戦と言っても彼が囮になり敵を引き付け、彼が戦線から離脱した瞬間に爆裂魔法を撃ち込むというシンプルな──それでいて非常に危険な作戦だったのだが。

 冒険者ギルドで受注したクエストを何時もギリギリで達成する毎日。

 着ている服を泥まみれ、土まみれにするカズマは何時も疲れていたけれど、爆裂魔法の反動で身動きできない私をこれまた口では面倒だと言いながらもおぶってくれる。

 今日の夕ご飯は何にしようか、そんな事を言い合いながら夕焼けを背に帰る毎日。

 そんな取り留めのない、けれど充実した毎日が幸せだという事に今気づかされた。

 だからなのだろう。

 無意識にその瞬間を、そしてその後の事を思い出してしまうのは。

 

 私は宿泊している宿の一室、そのベッドの上に仰向けになりながらあの時の鮮明な記憶を思い出した。

 

 

 §

 

 

 「──『エクスプロージョン』ッッッ!!!」

 

 涙を大量に流しながらその魔法を叫ぶと──視界は真っ白な光で一杯になった。

 次に訪れたのは轟音。

 そして地面を、世界をも壊しかねないほどの地鳴りが響き渡り──目を開けると……そこには何もなかった。

 ベルディアの残骸は言わずもがな、カズマが着ていた緑色の服も、ショートソードも……そして死骸も。

 ただそこにあったのは『何かがあった』という事だけ。

 ドサッと音を立てながら倒れる私を、誰も起こしてくれはしない。

 ……何時もだったらカズマが起こしてくれるのに、その人はもうこの世にいない。

 胸が締め付けられながらぼうっと綺麗な青空を眺めていると……アイリスが私の顔を上から覗き見てきた。

 

「……なんですか、アイリス?」

 

「あなたが……あなたがッ……!」

 

 そう言いながら私を睨んでくるアイリス。

 その綺麗な碧色(みどりいろ)の瞳には怠そうな顔を浮かべなからも涙を流している私の顔が映っていた。

 綺麗な、そして可愛らしい顔をアイリスはぐにゃりと歪める。

 そして小さな拳をあらん限り握りしめ、私の顔を殴ってきた。

 ……痛い。……凄い、痛い。

 口の中が切れて血の味を噛み締める中、赤い鮮血が飛び散りぽたりと地面に付着した。

 

「「アイリス様!?」」

 

 クレアとレインが主を止めようと必死に諌めるが、それは無意味で……寧ろその威力は増えてくる一方。

 何度も何度も殴られ続け……女の子は悲痛な声を喉元から出した。

 

「どうして、どうしてカズマ様がッ! どうしてなんですかッ!?」

 

 大量の雫を垂らしながらそう叫ぶアイリスに何も言う事ができなかった。

 ……。

 ……けど。

 …………私だって、私だって!

 力が出せない私はせめてもの抵抗としてアイリスを強く睨んで……!

 

「私だって言いたいですよ! なんでカズマが死なないといけないんですかッ!」

 

「そんなのあなたが殺したからでしょう!」

 

「……えぇ、分かっていますよ! 私が殺しました! この手で、私がッ! ……でも、仕方がないじゃないですか! あの状況で、魔王軍幹部を取り逃がすという事がどんなに悪いか、王族であるアイリスが知らない筈がないでしょう!?」

 

「……。それは、そうですがッ!」

 

 声をこれ以上なく荒くして、喧嘩を始める私達を止めたのは──アクアだった。

 もうやめなさいとばかりに優しい目をして、私達二人の頭を優しく撫でるアクア。

 精神年齢が何時も幼い彼女は泣いていなかった。

 どうして、どうして彼女はそんな優しい顔を浮かべられるのだろう。

 数多くの死者を戦場で知っているクレアやレインでさえ私達のように泣き叫んでいないとはいえ、瞼には雫が溜まっているのに……。

 

「もうやめて、二人とも。起こった事をとやかく言うのは良くないわ」

 

「ですがアクア様! カズマ様は────」

 

 言葉を続け、引き下がろうとしないアイリスにアクアは。

 

「────やめて! ……それ以上、言わないで! 私だって、辛いわよ! 悲しいわよ! けどその前に、泣く前にやる事があるでしょ!?」

 

 ……そうだ、アクアも悲しいに決まっている。

 皆、必死になって悲しみを堪えているのだ。

 

「アイリス、話は後にしましょう」

 

「……解りました。クレア、レイン行きますよ」

 

「「はっ、はい!」」

 

 先に街に戻るアイリス達を私は目で追う事しかできなかった。

 

「はい、めぐみん。おぶってあげるから頑張って」

 

 そう言いながら屈みこみ背に乗る様催促してくるアクアを見て、私は本当にカズマが死んだという事を改めて実感させられた。

 ……空は青く、太陽は既に西の彼方に進み赤く輝いている。

 そんな風景がどうしようもなく恨めしかった。

 

 

 §

 

 

 気絶しているダクネスを回収し、クレアさんが背負うなか私達は一言も喋らずノロノロとしたペースで街の中心部である冒険者ギルドに向かう。

 街に入る前、ベルディアに斬られた冒険者達の遺体があった。

 顔は恐怖に染まっていて、目は大きく見開かれている。

 私達は黙って手を合わせて彼らの死後を祈る事しかできない……──筈なのだが、アクアが突然かがみ込んだせいで視界が大きく下がる。

 

「アクア、急になんですか? せめて一言言って欲しいのですが……」

 

 私の苦情をアクアは無視しているのか、何やらブツブツと呟き、よし! と大きく頷くと突如手に淡い水色の光が灯った。

 魔法使い職の私とレインさんだから分かる。

 アクアから放出される魔力の量が半端ではない事に。

 この魔力量は少し見覚えがある。

 そう、確かこれは私がアクセルに着いた時に……感じた……。

 

「勇敢な冒険者達よ、汝らがまだ生きたいと思うのならば、私の意思に応えなさい──『リザレクション』」

 

 天にも届かんとする勢いで淡い光の柱が出現し、やがてそれは冒険者達の遺体を優しく包んでいって……ぴくりと死体が反応した。

 

「あれ、俺、生きてるのか?」

 

「生きてる! 俺、生きてるよ! うぉおおおお! これで結婚できる!」

 

「エリス様、感謝致します! ……それにしても、胸がちょっと無駄に大きかった気が……」

 

 むくりと起き上がった冒険者達は自分が生きている事を確認する様に何度もぺたぺたと触り、感動の声を上げながら、アクアに何度もお礼を言ってから街の方へと駆け出していった。

 ……そうだ、カズマにも使えたら…………!

 全員が期待のこもった目でアクアを見るが、

 

「ゴメンね。蘇生できるのは遺体が有る場合に限るのよ。爆裂魔法でカズマの身体は文字通り爆殺されたから、残念だけど……」

 

 そう言って言葉を切り、目を伏せるアクアに私達は何も言えなかった。

 明るい雰囲気から一転、沈んだ空気のまま私達は正門を潜り抜け、アクセルへと入る。

 住民達は避難しているので、人っ子一人いない街並みは、不気味なほど静かだった。

 八百屋のおじさん夫婦も、服屋のお姉さんも、元気よく走り回る子どももいない。

 けど街は傷一つなく、だからこそ違和感を感じてしまう。

 

 歩く事数分。

 冒険者ギルドには、戦いの最中に逃げた数多くの冒険者達が椅子に座っていた。

 アクアが私を気遣ってカウンター席に下ろす中、私は何となく辺りを見回した。

 皆が皆、きまりが悪い顔を浮かべて私達を眺めてくる。

 ……逃げた事を後悔しているのだろうか。

 だったら、逃げないで欲しかった。そうすれば、もしかしたらカズマは……。

 シンと静まり返る中、受付のお姉さんが代表して前に出て……

 

「……戦いはどうなりました?」

 

「終わりましたよ。魔王軍幹部、首無し騎士(デュラハン)は討伐されました。証拠に、冒険者カードを見てください」

 

 私の言葉におおっ! とざわつき、歓声を上げる冒険者達。

 駆け出しの私達が魔王軍幹部なんて大物に勝てた事が、余っ程嬉しい様だ。

 ある〈アーチャー〉職の知り合い冒険者が、

 

「よっしゃ! 乾杯だ、乾杯! 魔王軍幹部を倒した勇者達を労わろうぜ!」

 

「おぉ、そうだな!」

 

「そうだね! ……それにしても凄いなぁ!」

 

「「「乾杯!」」」

 

 先程までの静まり返った静寂は嘘の様に消え去り、冒険者達はそれぞれが酒やら肉料理やらをギルド職員に頼み、建物内は大いに盛り上がり宴会にすぐさまなった。

 ……カズマの事はどう説明すればいいのだろう。

 ……何て言えば、どんな顔で言えばいいのだろう。

 受付のお姉さんが此方に近づいて来て、何か悟った様な顔を浮かべなから質問をしてきた。

 

「カズマさんは? カズマさんは何処にいらっしゃるのですか?」

 

 その声はとても小さかったけれど、何故か建物内に大きく響いて……。

 全員がピタリと身体を硬直させる中、そのお姉さんの言葉は次々と伝染病の様に伝わっていく。

 ざわざわと音を立てあっという間に全員に広がり、

 

「おい、カズマは何処にいるんだ!?」

 

「本当だ……。おい、カズマは無事なのか!?」

 

「もしかして……」

 

「まさか……アイツが死ぬ玉かよ!」

 

 皆の目が私に集まる。

 嘘だと言ってくれと、生きていると言ってくれと……そんな思いが込められた懇願の目が私の身体を鋭く射抜いた。

 アイリスを見る。 ……落ち着きを取り戻したからか、私の事を申し訳なさそうな顔で見てきた。さっきの事を気にしてるらしい。別に私は気にしていないのだが……。

 アクアを見る。聖母のような笑みを浮かべる彼女の内面を推し量る事はできなかった。

 クレアを見る。真顔で見返して来るさまは、ある意味とても恐ろしい。

 レインを見る。顔を俯かせ、彼女が一体どんな表情をしているのか見る事ができないが、きっと悲しみに満ちているのだろう。何でも、カズマの先生のようだったらしいし。

 受付のお姉さんを見る。その顔にはあったのは──答えは分かっている、けどもしかしたら……そんな淡い希望を持っている彼女に私はなんて言えばいいのだろう。

 私は過呼吸になりそうなくらい息を吐いたり吸ったりしてから……ぽつりと小さく呟いた。

 

 

「カズマは死にました。……私が爆裂魔法でベルディアごと爆殺しました」

 

 

 その言葉を最初に理解したのは、受付のお姉さんだった。

 冒険者という職業と接しているからか、ギルド職員であるお姉さんは沢山の死を聞いてきたのだろう。

 寂しい顔をしているけれどそこに涙はなく、淡々とそうですかと呟いただけだった。

  〈ウィザード〉のある女性がすすり泣いたのを切っ掛けに、多くの冒険者達がある者は豪快に、またある者は静かに、けど一様に涙を流していた。

 顔を傷だらけにした男性冒険者が真剣な表情を顔に浮かべて私の元に近付き……何だろうと思った次の瞬間、目にも止まらぬ速さで頭を地面に擦り付けた……!

 

「すまねぇ! 俺が逃げたばっかりにカズマを……! カズマを死なせちまった! 本当にすまねぇ!」

 

 それは釈明であり、謝罪だった。

 低く野太いその声は大きく建物内を揺るがして……──一人、また一人と土下座を開始する。

 男女関係なく、皆が皆これでもかというほどに地面に頭を擦り付ける。

 私は手を激しく降って。

 

「ちょっ、顔を上げてください!」

 

「いいや! 断る! 俺達は冒険者失格だ! いや、人間失格だ!」

 

「そうだ、俺達は……カズマを見捨てたんだ!」

 

「言い訳はしねぇ! お前がしたいようにしてくれ!」

 

 ……正直、私は彼らを赦していいのか分からない。

 そもそも私が赦していいのだろうか。私はカズマではないのに、勝手に赦してそれでいいのだろうか。

 逃げたのは、仕方がない。

 私だってあの時は恐怖で身体が震えていたし、本能が危険のアラームを鳴りまくって逃げろと警告していた。

 ただ仲間のカズマが逃げなかったから私も逃げなかっただけにすぎない。

 何がエリートの紅魔族だ、さぞかし私は笑い者だろう。

 私が何も言えずに思案する中、考えに没頭していたからか、アイリスが近くに来た事に気がつかなかった。

 

「先程は申し訳ありませんでした、めぐみん様。何てお詫びを言えばいいか……」

 

「いえ、それはあまり気にしていないのですが……。アイリスは彼らをどう思いますか? 仲間の私としては、正直決められません。私が勝手に彼らを赦していいのか分からないのです。でもアイリス、あなたは? カズマの友人であるあなたはどう思いますか?」

 

「それはつまり……」

 

「今回の一件はあなたに裁量を委ねます」

 

 酷な事は分かっている。

 まだ十二歳のアイリスにこんな事を押し付けるなんて、私はなんて最低なのだろう。

 気絶しているダクネスを私の隣に安置したクレアが私の事を咎める目で見てくるが、考えを変える気はない。

 時々カズマの口から紡がれる少女の名前。

 その時の彼の表情はとても優しく──けどとても悲しそうだった。

 何故カズマが王城にいたのかは知らないが、平民である彼が王族であるアイリスと普通に過ごせる筈がない。

 もう二度と会えないかもしれない友達。

 その亡き仲間の友達が今、目の前にいる少女(アイリス)だ。

 交差する紅の瞳と碧の瞳。

 

「本当に、いいんですか?」

 

「はい。悔しいですが、私よりアイリスの方がカズマとの付き合いが長いですから」

 

「……解りました。クレア、レイン、ベルゼルグの名の元に命じます。今から私がする事を黙って見ていなさい」

 

「「……畏まりました」」

 

 きつく瞼を深く閉じ、ゆっくりと開けた時。

 そこにいたのは大切な人を失い悲嘆に暮れていた女の子ではなく──一人の王だった。

 圧倒的な圧力。

 これでまだ十二歳だと言うのだから恐ろしい。

 

「めぐみん様、……そして亡きカズマ様に代行して僭越ながら私が沙汰を下します。この場にいる皆様は作戦を放棄しました。それで間違いはありませんか?」

 

「「「はい、そうです!」」」

 

「次に確認いたします。皆様は逃げた事を恥じていますか? 共に戦う仲間を見捨てた事を後悔していますか?」

 

「「「はい、しています」」」

 

「正直言いますと、私は今物凄くあなた達が憎いです。もしあなた達が死の恐怖に打ち勝ち、逃げなかったらもしかしたらカズマ様は生きていたのかもしれませんから……。でも、それを言うのなら私もそうです。私がクレアを早く説得し、そしてアンデッドナイト達を早く倒していれば、もしかしたら…………。だから、皆が皆同罪です。私からあれこれこうしろと言う事はできません。でも、生きましょう! だって、明日もあるのですから!」

 

 最後に綺麗なお辞儀をし、アイリスはこれでいいですかと目で問いかけてきた。

 私は敢えてそれに答えず、沈黙したままの冒険者達に目を向ける。

 見れば、彼らの姿勢は土下座から君主に誓うポーズになっていた。

 

「「「はい、アイリス様!」」」

 

 

 §

 

 

 魔王軍幹部(ベルディア)が討伐されたという情報は国中にあっという間に伝わり、人類は一歩前へと前進する事ができた。

 死亡者は一名という犠牲者の少なさに人々は驚き、民達は冒険者達を見直し、感謝したそうな。

 首無し騎士(魔王軍幹部)の討伐報酬金は馬鹿みたいにでかく、全額が全て私に渡された。

 本来なら参加した人全員に山分けなのだが、逃げ出した負い目がある冒険者達、アイリス達騎士団の人達は辞退したからである。

 つまり私は今大変お金持ちだという事だ。

 正直、欲張らなければ余生は充分に生きていけるだろう。

 だがしかし、私はそんなつまらない人生を送る気はない。

 

 

 あの後。

 カズマの死を遅れて知ったダクネスが悲しみ実家に引き籠ったり、アクアが土木工事の正社員になったり、勇者候補のミツラギが王都に移住したり、度々アイリスが王城を抜け出して遊びに来たりと様々な事が起こっているが、私の生活は変わらない。

 爆裂魔法の威力を知ったクレアが私を騎士団に勧誘してきたが──私はそれを丁重に断った。

 騎士団に入団し、人類に貢献する事が良い道である事は分かる。

 だけれど、私はアクセルを離れなかった。

 いや……離れられなかったと言うべきだろう。

 もし王都に行って過ごせば、何時かカズマの事を忘れそうな気がしたから。

 

 ──そして現在。

 パーティー募集の掲示板には、こんな貼り紙が前から張り出されていた。

 二週間前から貼り続けられたその紙の表面はかなりぼろぼろで、酷くくたびれている。

 

 

〔一緒に戦える仲間を募集中。めぐみん〕

 

 私は今新たな仲間を集めようとしているのだが……中々()にならなかった。

 それもその筈。

 いくら私の爆裂魔法がベルディアを滅ぼしたとはいえ、一日一爆裂しかできない私を仲間にするなんて、余程の物好きか、馬鹿だけだ。

 それに私の悪名は街全体に知れ渡っているから、声を掛けられる事はあってもそれは挨拶や雑談目的でしかなく、仲間になりましょうと誘っても苦笑いで断られるのがオチだ。

 ……あの時のカズマもこんな気持ちだったのだろうか。

 私が思うに、出会いは運命だと思う。

 ……そう、今が時ではないだけ。

 だから気に病む事ではないのだ……!

 

「いえ、正直めぐみんさんはもう少し焦った方がいいと思います」

 

 その事を対面に座ってお忍びで来た王女様に告げると、ジト目でそんな事を言われた。

 だがこの王女様はこれっぽっちも分かっていない。

 

「ふっ、いいですか? よくよく考えたら私に仲間ができる可能性はそれはもう低いと思うのですよ」

 

「それを自信満々で言うのはどうかと思います。……あの、ない胸を強調しようと思うのは解るのですが、ハッキリ言って虚しくなるのでやめてもらって……──あっ、私の唐揚げ返してくださいよ!」

 

「むきゅむきゅ。相変わらず酒場の料理は美味しいですね!」

 

「ちょっ、話を聞いてください!」

 

「だったら喧嘩を売るのをやめてもらおうか」

 

 瞳を意図的に紅くするとアイリスはビクッと震えて渋々ながら謝ってきた。

 というか、このお姫様はこんな辺鄙な所にいていいのだろうか。

 仮にも一国の姫が変装もせず、護衛も付けないで街を彷徨いていていいのだろうか。

 その事を聞くとアイリスは、

 

「あぁ、それなら大丈夫ですよ。最初こそ渋るレインを脅してこの街に遊びに来ていましたが、今ではもう家臣達が見送ってくれますから。それにこの街は犯罪がありませんからね」

 

 いや、従者を脅迫するのはちょっと……。

 

「それでもよく、アイリスを溺愛しているクレアが許しましたね。国王様にも当然言ったのですよね?」

 

「カズマ様から教えてもらった『上目遣い』をすれば二人ともイチコロでした! ……でも何故鼻血を出して倒れたのでしょう?」

 

 ……カズマの罪は重い。

 まさか王族にそんな技を教えていたとは……。

 もしかして他にも教えていたりするのだろうか。

 ……怖いから聞くのはやめておこう。

 私としてはこうして会えるからいいのだけれど。

 それにしても、この子も色々な意味で強くなったものだ。

 フォークでレタスを深く刺しているアイリスを見て、私は強くそう思う。

 

「めぐみんさん、真面目な話騎士団に入団しませんか? 私がこうして遠路遥々アクセルに来ている名目上の理由はそれなのですが……」

 

 遠路遥々も何も、レインさんの『テレポート』で一瞬だろうに。

 王族が直々に勧誘しに来るとはそれだけ私は期待されているのだろうか。

 しかし、またこの話か……。

 アイリスは私と会う度に──と言ってもまだ二回目だが──この話をしてくるのだから、そろそろうんざりしてくる。

 私は何度も断っているというのに。

 

「そんなに私を引き入れたいのですか? 確かに私の爆裂魔法は強力ですが、使い勝手が非常に悪い事はアイリスだって知っているでしょう? ……だからカズマを殺してしまったのですから…………」

 

 カズマの名前が出た瞬間、シーンと場が一気に重くなったがそれを帳消しするかの様にアイリスは明るい声を出して。

 

「で、ですが! 正直、私は心配なのです。カズマ様が亡くなってもう少しで一ヶ月経ちます。なのに新しい仲間を作らずダラダラと過ごしているめぐみん様を見ると……こう、未来が心配なのです」

 

 ……イラッときた。

 確かにここ最近の私は爆裂日課をするか、宿でゴロゴロ過ごすかの二択だったけれども、そこまで言われる事だろうか。

 私が爆裂魔法の詠唱を始めようとした……──その時。

 背後に人の気配を感じた。

 誰だろう、生憎私は今忙しいのだ。

 たとえ知り合いだとしても構ってる暇はない。

 というか、さっきから周りの冒険者達が煩いのだが。

 

「えっ、もしかしてあれって……!?」

 

「な!? 何でお前が……!?」

 

「私、生きててよかった…………」

 

 まぁ、無視でいいだろう。

 そう思い爆裂対象のアイリスを見た時、私は思わず驚きの声を上げていた。

 泣いている。

 ……えっ。

 私がおろおろしていると……アイリスは勢いよく席を立ち……!

 

「どうして、どうしてあなたがッ!」

 

 そう言いながら私の後方にいるであろう人の元へ駆け出し、それにつられるように首を振り向けるとそこには──────。

 

 

 §

 

 

「佐藤和真さん、ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先程、不幸にも亡くなりました。短い第二の人生でしたが、あなたの生は終わってしまったのです……──と言いたいのですが、ジャンヌ様と以前約束をしていましたね? なのですぐに下界に戻ってもらいます」

 

 そんな柔らかい声音をBGMに聞きながら重たい瞼を開けると、気づけば俺はローマ神殿の中みたいな所にいた。

 自分に何が起きたのか分からないまま、そんな事を目の前にいる少女に告げられる。

 ゆったりとした羽衣(はごろも)にその身を包み、光り輝く長い銀髪に真っ白な肌。

 実際の年は分からないが、見た目から判断するに俺より年下だろうか。

 名の知れぬ少女に俺はしばしば目を奪われ、思わず見惚れてしまう。

 俺の茶色い瞳と、少女の穢れの知らぬ蒼い瞳が交差する中、俺は彼女の瞳の中に少しばかり心配の色がある事に気がついた。

 

「あの、此処はいったい……?」

 

「此処は死後の世界です。あっ、そういえば、名乗っていませんでしたね。私の名前はエリス。幸運の女神を司っています」

 

 そう名乗った少女……いや女神エリスの言葉を聞き入れ、俺は死んだのだと自覚した。

 アクアと最初会った時もこんな感じだった気がするから、多分間違いないだろう。

 普通なら自分の死に嘆くところだが、それよりも気になる事があったので聞いてみる事に。

 

「えっと、俺は死んだんですよね? けど生き返るって、なんでですか?」

 

「以前カズマさんは私の上司、ジャンヌ様から『一回だけ生き返れる』権利を貰いましたよね? 通常の天界規定なら、死んだ人間が生き返られるのは一度だけなのですが、今回は特例としてカズマさんはもう一度生を謳歌(おうか)できます」

 

 あっ、そう言えばそんな約束していたっけなぁ……。

 そもそもジャンヌ様と話した事も遠い過去の様に感じられるのだから、それだけ俺は異世界生活を楽しんでいたのだろう。

 俺がうんうんと一人頷いていると、女神エリスが、

 

「思い出して頂けて何よりです。それでは少々説明をします。まずですが、カズマさんが亡くなってからもう少しで一ヶ月が経とうとしています」

 

 ……。

 …………えっ。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください! それって、何ででですか?」

 

 一ヶ月、だって……!?

 思わず椅子から立ち上がり──失礼にも程があるが──女神エリスに問い質すと、彼女は申し訳なさそうな顔をしてから言った。

 

「……その、カズマさんはご自分の死因が何か分かっていますか?」

 

「何って……めぐみんの爆裂魔法でしたよね?」

 

 そう、俺はベルディアを巻き込んで自爆したのだ。

 ……正直、めぐみんにはかなり申し訳ない事をしたと思っている。

 仲間思いのめぐみんが仲間を撃つなど、かなり堪えるだろう……。

 

「そう、爆裂魔法です。カズマさんの仲間が放った渾身の爆裂魔法は首無し騎士(デュラハン)とあなたを爆殺しました。それでですね、カズマさんの身体が無くなってしまったのです。それはもう、綺麗に全部無くなりました。……死者の蘇生ですが、まず第一に身体が存在しないとできません。何故なら身体は『器』の役割をしているからです。そして『器』に宿るのが魂です。これだけ言えば、分かるでしょう?」

 

 なるほど、つまり身体の再生に時間がかかったと、そういう事らしい……。

 それにしても、この空間は自由にカスタマイズできるのだろうか。

 アクアの時は事務机と椅子があった。

 ジャンヌ様の時は椅子しかなかった気がする。

 そういう意味ではエリス様もそうかもしれないないが、景色は先程も述べた様にローマ神殿だ。

 

「あの、この空間って自由にカスタマイズできるんですか?」

 

「……? あぁ、その事ですか。はい、そうですね、自由に装飾する事が可能ですよ。私はこの景色が好きなので愛用しています」

 

 そう言ってニコッと笑みを浮かべるエリス様を見て俺は……非常にドキマギしていた。

 あれっ、何だろうこの気持ち。

 心臓の高鳴りが止まらない。

 

 ──そうか、ここにヒロインはいたのかッ!

 

 ……おかしいとは思っていたのだ。

 俺はあの異世界で数多くの美人、そして美少女と会った。

 友達だったらアイリスと。

 仲間だったらめぐみんと。

 お姉さん系だったらウィズと。

 エロ系だったらダクネスと。

 悪友だったらアクアと。

 そんな女性達と知り合った俺だが……残念な事にヒロインとは未だに会っていなかった。

 元いた世界には幼馴染だっていたのに、だ。

 そして満を持してのメインヒロインの登場か……!

 挙動不審気味になっていると、クスクスと手を当てて笑うエリス様。

 ……凄い恥ずかしい。

 視線を逸らしていると、ひとしきり笑った女神は突如パチンと指を鳴らした。

 その瞬間、真っ暗だった天井に光が灯り、扉が出現する。

 恐らく下界に通じる扉だろう。

 

「それではカズマさん、そろそろ時間です。……次はないので、気をつけてくださいね?」

 

「はい、分かりました! ……あっ、それと質問なんですけどいいですか?」

 

「……? 何でしょうか?」

 

 そう、俺には一つだけエリス様にする質問がある。

 あれは何時の事だったか。

 アクアと共に酒場で夕食を口にしていた際、酒を飲みすぎて酔っていた彼女がこう口に零していたのだ。

 

『いいカズマ? この国で国教になっているエリスは私の後輩なんだけどね、実はあの子の胸はパッドが入っているのよ。だから気をつけなさい』

 

 当時は適当に聞き流していたが、こう対峙してみると気になって仕方がない。

 俺がジーとエリス様の胸をガン見するなか、俺の無遠慮過ぎる目に気がついたのか彼女は胸を庇うように手を当てて、

 

「あの、さっきから……その、困るのですが……」

 

「パッド入っていますか?」

 

「……!?」

 

 俺の質問が予想外過ぎたのかあたふたとする女神。

 さて、真実は一体……!?

 答えを期待して待っている中、エリス様は突然立ち上がってからキッとこちらを睨み付けてくる。

 正直何も怖くない。

 寧ろ可愛いとすら思えてしまう俺はおかしいのだろうか。

 

「こほん。……それではカズマさん、第三の人生、後悔がないよう生きてください! 願わくば、あなたが魔王を倒すその日を待っています!」

 

 早口にその言葉を告げると、俺の身体がフワリと浮き上がり開かれたままの扉に向かい始めた。

 抗おうとしても強制的に身体が動いてしまう。

 ニコリと笑い、手を振ってくれる女神様に俺は感謝を込めて……!

 

「エリス様! 俺はパッド入りでも気にしませんよおおおおおおお!」

 

 

 §

 

 

 瞼越しに太陽の光を感じ、ゆっくりと視界を開けるとそこは──建物の中だった。

 というか、俺が普段寝泊まりしている馬小屋の中だった。

 扉から射す太陽の光がとても眩しい。

 どうやら親切にも此処に移動させてくれたらしい。

 ……それにしても、本当に生き返ったんだなぁ。

 人生で二回も死ぬなど、地球だったらギネス記録に載る偉業だが生憎此処は異世界だ。

 取り敢えず冒険者ギルドにでも行こうかと思い、歩く事数分。

 

 俺は現在入り口前でウロウロとしていた。

 

 どうしよう、どんな風に入ればいいんだろう。

 入ると同時に、「野郎共、帰ってきたぞ!」とでも言うか? けど失敗しそうな気がするし、それ以上にとてつもなく恥ずかしい。

 ……うん、やっぱりここは黙ってひっそりと中に入ろう。

 幸い俺には『潜伏』スキルがあるから、建物内に大勢の人間がいるからといって見つかる事はまずない。

 意を決してギルド内に入ると、そこにはあったのは……

 

 ──何時もの光景だった。

 

 酒を勢いよく飲んでいる奴もいれば、脂がのっている大きな肉を口に運び頬張っている奴もいる。

 クエストに向かおうとしているパーティーもいれば、ただ単に仲間達と雑談している奴らもいる。

 

 そんな、何時もの光景。

 

 頬に熱いものが流れ出るのを感じて、慌ててそれを服の袖で拭う。

 どうやら俺は、思っていた以上にこの世界の事を気に入っていたらしい。

 感動した俺は思わず『潜伏』スキルを解いてしまう。

 そして堂々と建物内を歩き回る。

 探すのは、俺の仲間。

 爆裂魔法の事が三食の飯より大好きで、爆裂道などと意味が分からない事を言う仲間。

 けど、仲間の事をとても大切に思っている──そんな女の子。

 目印はトンガリ帽子で……そして背が小さい事。

 辺りをきょろきょろと見回して突っ立っていると……一人の男とぶつかってしまった。

 というか、ぶつかって来た。

 

「痛ってぇなぁ! オイ、気をつけ……お、お前なんで!?」

 

 その男は酔っているのか顔が非常に赤くなっているが、俺の顔を見た瞬間その赤みが消え去り驚愕の表情を浮かべている。

 とても見物だ。

 だがそれに構う暇はないので再び探す作業をする事にして……

 ──見つけた。

 仲間の元に一歩向かう度、周りにいた冒険者達は俺の事を認識したのか驚きの声、驚きの表情をしていく。

 そしてあと五メートルというところで俺は……意外な人物がいる事に気がついた。

 金髪碧眼の可愛らしい女の子。

 この国の王族で──そして俺の友達。

 目が合った。

 

「どうして、どうしてあなたがッ!」

 

 その少女は涙を流しながら勢いよく立ち上がり、俺の元に駆け出してくる。

 俺もそれに応えようと待ち構え手を伸ばし抱きしめようと……──思ったのだが予想以上に威力が強かった。

 流石は王族、たったこれだけの距離でこの威力とは……。

 意識が暗転しそうになるが、それを意地で耐えて俺はぶつかって来た女の子──アイリスを強く抱き締めた。

 嗚咽を漏らすアイリスを、俺の仲間が心配しない筈がない。

 

「アイリス、何で急に泣いて……────えっ、何で? カズ、マ……?」

 

 ありえないとばかりに俺を見てくるめぐみんに俺は笑いかけてから片手を上げて。

 

「ただいま、めぐみん」

 

 そんな再会の言葉を告げるのだった。

 俺としては最高の言葉、そして最高の行動だったのだが、めぐみんにとってはどうやら違ったらしい。

 瞳を紅く輝かし何故か杖を俺に向けて、

 

「アイリス、その男から離れなさい! カズマの姿をしていますが、ソイツは別者です! 私が爆裂魔法で倒して……ちょっ、杖を取ろうとしないでください!」

 

「駄目です、めぐみんさん! この男性(ひと)は正真正銘カズマ様ですよ!?」

 

「そんな筈がないでしょう! カズマは私が殺したのですよ!? それに何故、一目見ただけで分かるのですか!?」

 

「そんなの簡単です。私が見間違える筈がないですから!」

 

「その自信は何処から来るのですか! ……えぇい、偽者のあなたも何か言ったらどうですか!」

 

「そうです! カズマ様が一言言えば納得してくれる筈です!」

 

 そう言われましても。

 実際に俺は死んだからなぁ。

 あっ、そうだ。

 俺はある考えを思い付き、それを提案する為に口を開けるのだった。

 

 

 §

 

 

「それでは始めます! もしベルが鳴ったら警察に渡しますからね!」

 

 俺達は現在、警察署の中にいた。

 理由は至極簡単で、嘘を見抜く魔道具を使う為だ。

 この魔道具はありとあらゆる存在の嘘を見抜く優れもの。

 使うのは異世界転生した初日ぶりだが……まさかもう一度これを使うとは思いもしなかった。

 取調室にいるのは警察官が一人と、めぐみんとアイリス、そして俺の計四人。

 一回でもベルが鳴れば即逮捕される。

 この案を提示した時は、正気かという目で俺を見てきためぐみんだが……今は不安の色が濃くなっている。

 どうやら、俺が逃げると思っていたらしい。

 だが俺が逃げなかったので、もしかしてという思いが強くなっているようだ。

 

「それでは最初の質問です。と言っても、するのはこれだけですが……。『あなたは私、めぐみんの仲間であり、アイリスの友人のサトウカズマですか?』」

 

「はい、そうです」

 

 ベルが鳴らなかったので室内はシーンと静まり返り、俺とアイリスがジト目でめぐみんを見る中、彼女は警察官を慌てて見て、

 

「あの。この魔道具故障していませんよね?」

 

「していません」

 

「………」

 

 ズズっと顔を近づけてめぐみんの目を見てやれば彼女は視線を逸らしたが、その先にはアイリスが待ち構えていた。

 俺達のコンビネーションが効いたのかめぐみんの頬に一滴の汗が流れ……

 

「あの、本当にカズマだったりします?」

 

「だからそうだと言っているだろうが!」

 

「……。……すみませんでしたあああああ!」

 

 取調室にめぐみんの声が大きく反響し、こうして俺は仲間と本当の意味で再会する事ができたのだった。

 

 

 §

 

 

 メインストリートを歩く中、俺はめぐみんとアイリスに何故俺が生きているのかを説明する事に。

 流石に全部を告げたところで信じてはもらえない気がするので、エリス様が俺を生き返らせてくれたと説明すると……何故か二人とも胡散臭い目で俺を見てくる。

 

「なんだよ? 嘘は言っていないぞ」

 

「いえ、まぁカズマが生きているのであなたがエリス様に会ったのは本当なのでしょう。そして生き返らせてくれたというのも本当なのでしょう。……ですが、何故生き返らせてくれたのですか?」

 

「そうですよね、私もそれが気になって仕方がありません。いえもちろんエリス様には感謝してもしたりないのですが……それでもおかしいと思います」

 

 あっ、確かに言われてみればおかしいな。

 エリス様曰く、死人が蘇生できるのは天界規定とやらによれば一回だけらしいし……。

 ……よし、ここは適当に言っておこう。

 

「アレだよ、俺は魔王の幹部を倒した勇者だからな、身を挺して死んだ俺に感動したんじゃないか? もしくは俺に惚れたりして……」

 

「いえ、エリス様が初対面のカズマに惚れる訳がないでしょう」

 

 正論過ぎて何も言い返す事ができない。

 

「まぁ、アレだ! 理由はともあれこうして生き返らせてくれたんだ、あれこれ考えても仕方がない!」

 

「……それはそうなのですが…………」

 

「いいじゃないですか、めぐみんさん!」

 

 頭を悩ませるめぐみんとは違い、アイリスは納得してくれたらしい。

 このまま冒険者ギルドに戻ろうした時、アイリスが俺の顔を上目遣いで覗き込んできた。

 ……これは、意図的にではないな。

 

「カズマ様、めぐみんさん、私は此処でお別れです。そろそろクレアが仕事を放り出して来てしまいますので……」

 

「マジか……。というか、なんでアイリスはアクセルにいるんだ? 見た感じ護衛も付けていないようだし……大丈夫なのか?」

 

「はい、めぐみんさんにも言いましたがこの街は犯罪が比較的……それこそ、この国でダントツに少ないので。それに、友達に会いに来るのにそれを阻まれる理由はないでしょう?」

 

 なんて嬉しい事を言ってくれるんだ。

 

「じゃあまたな、アイリス」

 

「また会いましょう」

 

「はい! あっ、めぐみんさん。入団の件は無かった事にしていただいて構いませんから!」

 

 入団とは一体……?

 別れの挨拶をし、ペコりと律儀に礼をしてからアイリスは転移屋がある場所に走って向かって行き……──突如ユーターンして来る。

 何だろう、伝え忘れた事でも会ったのか?

 そう思った、その瞬間。

 

「大好きですよ、カズマ様!」

 

 満面の笑みを浮かべながらそう言ってくるアイリスに動揺する中、彼女は身長差をなくす為か背伸びをして……─

 

 ──頬にキスをしてきた。

 

「「……!?」」

 

 俺とめぐみんが驚きの声を上げる中、アイリスは羞恥からか顔を真っ赤にして、微笑んで来る。

 

「本当にあなた達と会えて良かったです! カズマ様、めぐみんさんに祝福を!」

 

 そう言い残し、今度こそアイリスは立ち去って行った。

 ……これをやられるのは二回目か。

 まだあたたかい頬に手を当てて感傷に浸っていると、めぐみんが犯罪者を見るような目で。

 

「良かったですねカズマ! これで晴れてロリコンの仲間入りですよ!」

 

「いやいやいや、それはないだろう!」

 

「ふっ、そう思うのなら周りを見てみるといい」

 

 勝ち誇ったようにそう言うめぐみんに渋々従い三百六十度周りを見ると……先程の場面を見ていただろう人達が俺の事を犯罪者の目で見ている事に気づく。

 

「うわっ、アレって本物のロリコンよね……」

 

「カズマが生き返ってくれたのは嬉しいが……そうか、アイツはロリコンだったのか……」

 

「最低ー」

 

「というか、さっきの女の子って時々この街にいらっしゃるアイリス様じゃないか?」

 

「あぁ、そうだよな。……という事はカズマは王族に手を出したのか……憐れなり」

 

 勝手にそう解釈してくる街の住民、そして知り合いの冒険者達。

 

「まぁ、アレですよ。私はロリコンでもカズマの事を仲間だと思いますから、安心してください!」

 

 ニコッと曇りのない笑みを俺によこしてくるめぐみん。

 俺は肩を落としながら冒険者ギルドに向かうのだった……。

 

 

 §

 

 

 再び冒険者ギルドに戻ると、さっき訪れた時以上に、建物内はざわついていた。

 

「おい、さっきの話本当か?」

 

「あぁ、俺は見たんだよ! カズマが生きているところを!」

 

「偽物じゃないか?」

 

「もしかして……カズマの幽霊かも!」

 

 話の中心は俺についての事が多かった。

 仕方がない、ここは派手に登場するか!

 俺は空気を思いっきり吸って、声を出そうと……

 

 ──したその時。

 

 背中にバン! と衝撃が走った……!

 凄いヒリヒリするんですけど! 鳴っちゃいけない音がしたんですけど!

 涙目になりながらガバッと後ろを振り返るとそこにはアクアとダクネスが立っていた。

 

「カズマじゃない! えっ、どうして!?」

 

「騙されるなアクア! もしかしたらカズマに化けているモンスターかもしれない!」

 

 そう言って、ダクネスは背中に吊るしてある両手剣を抜き去った。

 その瞳には殺気が込められていて、ハッキリ言ってかなり怖い。

 そんなダクネスを宥めようとめぐみんが半歩前に出て、

 

「お、落ち着いてくださいダクネス! これは正真正銘、本物のカズマですよ! さっき、警察署の中で嘘を見抜く魔道具を使ったので間違いありません!」

 

「……本当に、カズマなのか?」

 

「あぁそうだよ。なんだったら、俺とお前が初めて会った時の事を話してもいい。もちろん大声でな。お前が貴族である事も、そしてド変態ドMな事が晴れて全員知る事になるんだ!」

 

 そう言ってやったらダクネスは顔を赤くして、コイツは本物だと呟いていた。

 何を基準にしてその言葉を言ったのだろう。

 これは問い詰めるしかないと思ったその時、アクアが俺の身体をペちペちと触ってきた。

 何かを確かめるように男の急所以外の所を何度もペちペちと触り、

 

「本当にカズマじゃない! ……けどどうやって生き返ったの?」

 

「お前の後輩のエリス様が生き返らしてくれたんだよ」

 

「へぇー、あの真面目のエリスがねぇー。嘘ついてない?」

 

「ついてない」

 

 真顔でそう答えてやれば、アクアは半信半疑ながらも俺から離れて何やら詠唱を……。

 

「汝の行先が幸運でありますように……!『ブレッシング』ッ!」

 

 支援魔法を掛けてくれたのか、淡い光が俺の身体を包む。

 

「おかえりなさい、カズマ!」

 

 アクアの瞼に涙が溜まっているのは気のせいではない。

 見れば、ダクネスもそうだ。

 そして先程からのやり取りを建物内にいた全員が聞いていたのだろう。

 受付のお姉さんも、顔に傷を付けた冒険者も、魔法使いの女の子も、涙を流しながら……けど笑顔を浮かべて。

 

「「「おかえりなさい、カズマ!」」」

 

「ただいま!」

 

 俺の名前は佐藤和真。

 異世界生活を何だかんだと楽しんでいる冒険者だ。



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この最悪の機動要塞に破滅を! 迷宮探索

 

「明日は迷宮(ダンジョン)に潜ります」

 

「嫌です」

 

「潜ります」

 

「嫌です。……というか、何故潜る必要があるのですか? お金でしたらベルディアの報酬金がありますから、生活には困っていないでしょう?」

 

「あぁそうだな。だがそれ以前に、迷宮には何時か潜りたいと思っていたんだ。だから潜ります」

 

「い・や・で・すッ!」

 

 とある宿の一室に、そんなめぐみんの声が響いた。

 俺がこの世界に再び生を受けてから、もう少しで一週間が経とうとしていた。

 幸運の女神、エリス様によって蘇生された俺なのだが……綺麗さっぱり爆裂され、なくなった身体を再生させるのに一ヶ月もの月日が流れていた。

 そしてその間に季節は本格的に冬になってしまい……冒険者ギルドで貼り出されているクエストと言えば、

 

『ドラゴン退治しませんか? これであなたもドラゴンスレイヤー!』

 

『一撃熊を倒す猛者はいませんか? 今なら報酬に色を付けますよ!』

 

『牧場を襲う白狼の群れを討伐してくれ!』

 

『機動要塞デストロイヤー接近中の為、進路予測の為の偵察募集中!』

 

 そんな、超危険なクエストばかり。

 そう、この異世界では俺達みたいな駆け出し冒険者は冬では稼げない。

 何故ならそれは、地表に出現するモンスター達が皆手強く、雑魚モンスターは冬眠しているからだ。

 俺は半眼でめぐみんを見ながら、昨日の時点で貼り出されていたクエストをもう一度思い出し……。

 

 ドラゴン退治? 誰がそんな自分から死地に行くような事をするか……!

 

 一撃熊? 軽装の俺と、魔法使いのめぐみんが首を優しく撫でられただけで死ぬ未来しか浮かび上がらない。

 

 白狼の群れ? 何で日本で狼が絶滅したと思っている。それだけ強く、狡猾だという事だろう? ならパスで。

 

 機動要塞デストロイヤー? 何それ、初めて聞くんだが……。

 

「なぁ、何とかロイヤーって知ってるか?」

 

「……? ……あぁ、機動要塞デストロイヤーですか。ワシャワシャ動きながら街を破壊する、妙に子供に人気がある奴ですね」

 

 なるほど。分からん。

 俺は猫のように丸くなっているめぐみんを備え付けられている暖炉から引き離しながら、もう一度話をする事にした。

 

「よし、明日はやっぱり迷宮に潜ろう」

 

「い・や・で・すッッ!!!」

 

 そう叫び、嫌々と首を激しく横に振るめぐみんをどう説得したらいいものかと悩んでいると……背後に人の気配がし、そちらを見ると……

 

 ──額に青筋を浮かべているこの宿の主人がいた。

 

 なんでも、この男性は元冒険者だったらしい。

 昔は凄腕冒険者だったようだが、奥さんと出会いそのまま結婚。

 奥さんのご両親が営んでいたこの宿を継いだそうな。

 そして宿の事を誇りに思っている主人はお義父さんお義母さんの宿を荒らされる事が嫌いなそうな。

 そんな、漢として俺が密かに尊敬しているご主人はヒクヒクとこめかみを震わせ、

 

「おい! 一回だったら大目に見てやるつもりだったが、二回目は許さん! そんなに叫ぶ元気があるんなら、昼は出ていけ! そんで夜に帰って来い! あったかい飯を作っているからな!」

 

 俺達は顔を見合わせてから慌てて装備を整えて、

 

「「すみませんでしたぁあああ! それと、ありがとうございます!」」

 

 一目散に冒険者ギルドへと向かうのだった。

 

 

 §

 

 

 何度も言うが、冬になると駆け出しの俺達は稼ぐ事ができない。

 その為ここ最近の冒険者ギルドには朝っぱらからいながら座っている奴らが多く、中には酒を飲んでいる奴もいる。

 冒険者ギルドは朝から大盛況です。

 何処か座れる場所はないかと辺りをきょろきょろと見回すと……

 

「あっ、カズマにめぐみん! キミ達二人も相席しないかい?」

 

 その声を拾ってみれば、そこには立ち上がりながら手を振るクリスと……何故か鎧を着ておらずに顔を赤くしているダクネスが隅っこの方で席を取っていた。

 俺とめぐみんは頷き合い、誘いの言葉に乗る事に。

 クリス達は朝食を食べていなかったのかギルド特製のサンドイッチを食べていた。

 俺達はというと宿の主人の奥さんの愛情こもった朝食を食べていた為に必要ないので、りんごジュースを二人分頼む事にした。

 新人の面が無くなりつつある男性職員からジュースを貰い受け、乾杯をしてからグビっと一杯飲む。

 うん、美味い!

 旬のフルーツだからか、とても美味しく感じた。

 

「プハー、やっぱり美味いなぁ」

 

「それは同意しますがカズマ。その台詞だけ聞くと仕事帰りのオッサンの様に聞こえるのですが」

 

「やめろよ悲しくなるから。……クリス、クエストはどんな感じだ? 何か美味いクエストは出たか?」

 

 僅かばかりに期待を込めて聞くと……クリスは苦笑いしながら首を横に振ってから、肩を竦めて。

 

「いやぁ、それが全然だね。昨日から何も変わってないよ。……どうしよう、このままじゃ今月分の孤児院への仕送りが……」

 

 相変わらず聖人の行いをするクリス。

 これで〈盗賊〉職なのだからおかしいものだ。以前理由を訊ねた時は趣味と言っていたが、実際は違う気がする。

 やはり、俺の脳内女性尊敬ランキング二位は伊達ではない。

 俺がクリスと雑談している傍らでは、めぐみんとダクネスが楽しそうに会話をしていた。

 思えば、二人が話すところはあまり見た事がない。

 どんな事を話しているのかと気になったので耳を傾けると……

 

「あのダクネス? 何でさっきから赤い顔をしているのですか? というか、何故鎧を着ていないのですか? いくらクエストに出ないとはいえ、流石に不用心ですよ?」

 

「……? ……あぁ、鎧なら今は新しいのに新調中だ。この前の幹部討伐戦の際、私は奴によって高い所から落とされただろう? 幸い無傷だったのだが……鎧がガタついてしまってな……。この機会に新調しようと思ったのだ。本来なら既にでき上がっていたのだが……胸のサイズが合わなくてな…………」

 

「へぇ、そうなんですか。それは喧嘩を売っているのですか? そうですよね? …………まぁいいです。私もそろそろ、この杖を変えようかなと思っているのですが…………」

 

 お互いの所持装備について──女子がする話ではないが──話しているめぐみんとダクネスを仲がいいなぁ、とそんな念を抱いていると……クリスが笑い掛けてきた。

 

「二人が仲良くなったのは、ちょうどキミが死んだあたりかな。多分、それぞれが思うところがあったんだろうね」

 

 なるほど。俺の死が彼女達を近づけさせたのか。

 なら不謹慎だが喜ばしい事なのだろう。

 めぐみんは何気に女友達が少ないし、ダクネスはダクネスで妙に恥ずかしがるので、友達がクリスとアクアくらいしかいなかったからなぁ。

 目を細めて彼女達のやり取りを聞いていると、

 

「それにしても、ここ最近は寒くなってきましたね。ダクネスはそんな軽装で寒くないのですか? お腹を冷やすと、風邪を引いてしまいますよ?」

 

「んんっ。めぐみん、それが良いのではないかっ! こう、私の身体を冷たい冷気が覆い、ジワジワと、そしてチクチクと攻撃してくるのは最高だと……あぁっ……めぐみんも思わないか?」

 

「思いません」

 

 ただただ単に変な会話なだけだった。

 身体をほんのり赤くし、身体をプルプルと震えさせるダクネスをめぐみんはジト目で、クリスは諦観のため息を吐きながら傍観している。

 俺はというと……真顔を作りダクネスのある一部分をバレない程度に……しかし程々にガン見していた。

 そう、これは別に如何わしい行為では決してない。

 寧ろこれはドMのダクネスにとってご褒美であり、優しい俺は無償で提供しているのだ。

 だからこそ、俺は堂々と男の夢が詰まった大きい山を見る必要があるのだ……!

 

「あのカズマ。この前言いましたよね? カズマはこのままいけばあのアルダープのオジサンと同じになると」

 

 呆れたようにそう言うめぐみん。

 だがしかし、今の俺にはそんな言葉は脳に入らない。

 そもそもこれは男の本能なのだから、従う事が正常なのだ。

 

「ちょっとキミ。そろそろやめたらどうだい? ……というか、そんなに男の人は胸が好きなのかい?」

 

「当たり前だろ? おっぱいは男の夢が詰まっているんだからな! ダクネスを見ろ! この動けばたゆんたゆんと上下左右に、斜めに揺れる胸! これを桃源郷と言わず、何が桃源郷だ!」

 

「カズマが何を言っているのか分かりませんし、分かりたくありませんが……。けど、ダクネスばかりに視線がいくのは気に食わないですね。こう、女として負けている気が……」

 

 ふむ、女として負けている気が……か。

 俺はめぐみんを見る。

 確かに容姿は整っているし、このまま歳を重ねていけば美女になる事は必須だ。

 だがしかし、それは外面上である

 俺はこれまでの行動を思い浮かべ……なんちゃって紅魔族を凝視し……。

 女? このちんちくりんの爆裂娘が?

 俺は彼女の薄く、非常に平らな胸を見て思わず……。

 

「ハァー」

 

「……おい、その憐れみの目をやめてもらおうか!」

 

「ちょっ、めぐみん!? 落ち着いて、落ち着いてっ!」

 

 クリスが慌ててめぐみんの行動を止めようと必死に諌めているが、暴走しているめぐみんが彼女の言葉を聞く筈がない。

 とめぐみんが瞳を少し紅くしながらクリスを見て……

 

「クリス、こればっかりは退けないのです。あなただって充分胸があり……あり……ありませんね」

 

「……!?」

 

 ………。

 確かにクリスの方が貧乳だろう。

 というか、パッと見だと美少年に見えるくらいだからその絶壁が窺い知れるというものだ。

 めぐみんは何度も自分の胸部とクリスの胸部を見比べ……。

 …………。

 

「ふっ」

 

 勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

 涙目になりながらめぐみんの首を締めようとする盗賊女を必死に抑えながら俺は、

 

「おい、言っていい事と悪い事があるぞめぐみん。クリスが何気に胸が小さい事を気にしてるのを言っちゃあ可哀想だろうが。ダクネスの胸を時々羨ましそうに見ているんだから、察してやれよ」

 

「なんだろう、庇われているのは分かるんだけど釈然としない! ……めぐみん、その顔やめてくれる!? もういいさっ、あたしにはダクネスが……」

 

 助けを求めるようにガバッと隣に座っている親友に振り向くクリスだったが、そこにいたのは親友ではなかった。

 先程とは違う意味で頬を赤くしたダクネスは気まずそうに目を横に逸らしながらボソボソと……、

 

「すっ、すまないクリス。まさかそんな事を思っていたなんて……。ま、まぁあれだ、大き過ぎるというのも中々困る物だぞ?」

 

「うわーん!」

 

 ……俺達が言うのもなんだが、やり過ぎだろ。

 色んな意味で殺られたクリスはテーブルに突っ伏して泣き叫んでいた。

 貴族のお嬢様は無自覚に親友を傷つけたようです。

 貴族といえば、クリスはダクネスがダスティネス・フォード・ララティーナである事を知っているのだろうか。

 お互いがお互いを親友と豪語するほどの仲の彼女達だが……実際のところそれはどうなのだろう?

 今度さり気なく探ってみるか、とそう思った……

 ──その時。

 

「けっ、美女を侍らすとかいいご身分だなぁ!」

 

 酒場にそんな声が響き渡った。

 建物内がシーンとなり、先程までの賑やかさはそこには欠けらもない。

 ……ふむ、誰だろうそんな羨ましい人は。

 是非とも会ってソイツの腹に正義の(グー)を打ち込みたい。

 もしかしてミツルギが帰ってきたのかと思いながら発生源を見てみると、そこには一人の男が立っていた。

 その男は、街でも有名なチンピラ冒険者だった。

 髪は薄い金髪で、腰には長剣が鞘の中に入って腰に吊るされており、その顔は軽薄そうな笑みを浮かべている。

 そして酒を飲んでいるからか、顔が若干赤い。

 正真正銘のチンピラだ。

 うわぁー、関わりたくねーと思っているとそのチンピラはずんずんと此方のテーブルに近づいてくる。

 めぐみん達に知り合いかと目線で問うと全員が首を横に激しく振った。

 俺が『読唇術』スキルを取っている事を知っているめぐみんが口パクして、

 

『あんな人とは関わりたくもありません!』

 

 ……中々に毒を吐くめぐみん。

 仕方がない、ここは俺は相手をする事にしよう。

 

「なんだ、ええっと……」

 

「俺の名前はダスト! この街は俺様の支配地なんだ、魔王軍幹部を倒したからっていい気になるなよ!」

 

 そう言い、不敵な笑みを浮かべるチンピラ……もといダスト。

 話から察するに、この男は討伐戦に出ていなかったのだろうか……?

 

「なぁ、ダストは……──」

 

「ダスト様と呼べ!」

 

「……ダストは、討伐戦に出ていなかったのか?」

 

「ダスト様だ。……おうよ、俺のパーティーはここ最近王都にいたんだが……戻ってきたらビックリしたぜ! 何せ、何時の間にか魔王軍の幹部と戦っていたんだからな。お前らもそうだったろ?」

 

 そう言ってダストが後ろを振り向くとそこには彼の仲間が……彼の仲間が、…………いなかった。

 いや、チンピラの怪てふためく様子から、ついさっきまでは一緒にいたのだろう。

 となると、この建物内にそのお仲間さん達はいる事になるのだが……。

 じゃあ一体何処に……?

 独りになっている事に気づいたダストは先程までの勢いはなく……顔には汗を大量に流しながら、首を懸命に伸ばして辺りを見回している。

 そして俺の横では、

 

「『黒より黒く闇より暗き漆黒に──』……痛っ! ちょ、何をするんですかカズマ!? 今ならこのチンピラを爆裂できるのに!」

 

 堂々と殺人予告をしないで欲しい。

 大勢の人がいる中で爆裂魔法を放とうとするめぐみんを羽交い締めにし押さえ付けていると、……三人の男女がテーブルに近づいてきた。

 装備からして魔法使い職の女の子が代表してぺこりとお辞儀し、思わず俺達も釣られてしまう。

 

「はじめまして、私の名前はリーン。職業は〈ウィザード〉で、一応、ダストの仲間。それでこっちが……」

 

「俺の名前はキース。職業は〈アーチャー〉で、一応、ダストの仲間だ。それでこっちが……」

 

「俺の名前はテイラー。職業は〈クルセイダー〉で、一応、ダストの仲間だ。あと、このパーティーのリーダーの役割をしている」

 

 リーン、キース、テイラーの自己紹介を聞いた俺は、一応仲間発言にショックを受けている先輩冒険者に思わず同情してしまった。

 

「おい、俺達は仲間だよな!? だよな!?」

 

「「「あぁ、もちろん!」」」

 

 必死に仲間である事を確認するダストにリーン達は曇りの無いそれはとても明るい笑顔を……目を若干泳がせながら言うのであった。

 他人の俺が気づいているのだから、当事者であるダストが気がつかないはずがなく……。

 ……。

 フラフラとした足取りで俺達の隣のテーブルに不時着陸したのだった。

 憐れに思った優しい俺は、近くを通り掛かった馴染みになりつつある男性職員に声を掛け、シャワシャワを注文してやる。

 この世界にはしゅわしゅわなるものと、シャワシャワなるものが売られているのだが何が違うのだろう。

 職員によってすぐに運ばれたシャワシャワがダストに差し出された時、チンピラ冒険者は俺の事を神のような目で見て……

 

「これ、奢りか?」

 

 そうだと頷いてやればダストは涙を大量にポロポロと流し……──えっ?

 

「ありがとうございます、ありがとうございますっ! 金が無かったから何も買えなかったんです!」

 

 なんだろう、この男といると……凄く悲しくなってくるのだが。

 俺は悲しき男の肩に手を置いて、

 

「まぁ、アレだ。あんまり無駄使いはするなよ」

 

「ありがとうございますっ! ……さっきは悪かったな。改めて、俺の名前はダストだ。こうみえてもこの街ではかなり強いと自負している。なにか困った事があったら、遠慮なく俺の仲間を頼ってくれ。よし、行くぞお前ら! クエストが俺達を待ってるぜ!」

 

「いや、ちょっと待ってよダスト!? この季節は今強敵しかいないんだけど!? ……いやその前に、頼られるのにアンタは入ってないんだよね、その言い方だと! ……あと、そっちは出口だよ!?」

 

 ダストは格好よく──自分ではそう思っているのだろう──俺に笑い掛けてきた後、叫びながらギルドから出て行くのだった。

 そんな仲間を、突っ込みながら追いかけるリーン。

 口では強敵を倒す的な事を言っていたのだが、やはりそんな度胸は無かったらしい。

 流石はチンピラ。

 テイラーとキースも慌てて二人を追いかけようとするが、その前にテイラーが俺にエリス通貨を投げ渡してくる。

 確認すると、シャワシャワの金額だった。

 

「悪かったな……えぇと、名前は?」

 

「佐藤和真だ」

 

「そうか、……兎も角悪かった。ダストは自分より弱い冒険者に絡むのが悪い癖でな……」

 

「けど、そんなアイツも根っからの悪党じゃないんだ、多分。許してやってくれないか?」

 

「あぁうん、それはいいんだけど。じゃあ今度、何かのスキルを教えてくれよ」

 

「あぁ分かった。それじゃあな」

 

 こうして、俺とチンピラ冒険者、ダストとの初の邂逅は幕を閉じるのだった。

 そんな馬鹿な事を思いながらジュースをグビっと飲んでいると……めぐみんが不満そうな目で俺を見ている事に気づく。

 感情が少し昂っているのか、瞳の色が本当に少しだけ何時もより紅く輝いている。

 

「なんでシャワシャワを奢ったのですか?」

 

「なんでって言われても。ただ、ダストが気の毒だと思ったから」

 

「いや、それはおかしいですよカズマ! あなたは喧嘩を中途半端だったとはいえ売られたのですよ! そんな相手に普通奢りますか!?」

 

「いや、そうは言ってもなぁ」

 

「まぁまぁ、落ち着けめぐみん。……あのままいけば、カズマがダストと喧嘩になっていた可能性が高い。そうなったらダストが勝っていたのだぞ? 何せあの男は……非常に認め難いがこの街では上位に位置するほどの腕を持っているからな」

 

 そんな衝撃的な事を告げながらめぐみんを窘めるダクネス。

 めぐみんはダクネスの言葉に目を見開かせて、

 

「ちょっ、それは本当ですか!?」

 

「あぁ、本当だ。非常に、非常に認め難いがな……」

 

 そんな……と呟くめぐみん。

 実はというと、それは俺もそうだった。

 てっきりああいったチンピラは口だけで弱かったりするもんなんだが……。

 ダストとはこれから、仲良くやっていこう。

 落ち着きを取り戻しためぐみんが、それでも納得はしていないのか杖を持ってから席から立ち上がって、

 

「カズマ、今から爆裂魔法を撃ちに行きましょう。カズマが怪我しなかったのは素直に嬉しいですが、それでも我慢なりません! 適当な物を破壊したいのですが」

 

「それはいいけど、その前に話の続きだ。明日は迷宮に行くぞ」

 

「嫌です。……だって、私の存在価値皆無じゃないですか! 迷宮内だったら爆裂魔法は撃てないし、私は優秀な〈アークウィザード〉から一転、只の一般人にランクダウンしてしまいます!」

 

 自称「優秀な〈アークウィザード〉」発言はどう受け取ればいいのだろうか。

 しまいには席を立ち逃走を図ろうとしたのでその首根っこをガシッと捕まえ、……このなんちゃって紅魔族をどう懲らしめてやろうかと頭を捻っていると、俺達の会話を聞いていたクリスがガバッと顔を振り向かせる。

 な、何だ…………?

 

「ならカズマ、あたしと一緒に行かないかい?」

 

 そう提案してくるクリスに俺は、彼女の職業が〈盗賊〉である事を思い出した。

 クリスは聖人の行いを何時もしているから、ついつい彼女の本職を忘れてしまう。

 そうだ、クリスだったら問題ない。

 それに〈盗賊〉だったら、お宝が眠っているであろう迷宮で大活躍する事間違いない!

 しかも専用スキルの『潜伏』や『敵感知』スキルを取得しているから、かなり探索しやすくなるだろう。

 正直、とても有難い。

 本来ならめぐみんとは入り口で別れ、ある方法を試したいと思っていたのだが……なんという僥倖。

 

「頼むよクリス。明日一緒に行こう!」

 

「ちょっ、ちょっと待って下さい! カズマ達が迷宮に行くのなら、明日の私の付き添いは誰がするのですか!」

 

「ん、なら私がしよう。この時期だったら、雑魚モンスターは徘徊してないからな、何も装備していない私でもその任務は達成できるだろう。それに、爆裂魔法で生まれる爆風は凄まじいからな……その風をこの身に浴びると思うと……ゾクゾクする!」

 

 ドタンとテーブルを叩き、文句を言ってくるめぐみんだが、ダクネスがそう言ってやればそれなら文句がないとばかりに頷いた。

 最後、ドMの女騎士が何か言っていたが気の所為だと思いたい。

 ハァーと重いため息を吐くクリスを見て、俺は彼女が凄い苦労しているのだと色んな意味で察した。

 本当にダクネスを仲間に入れなくて良かったと思う。

 〈盗賊〉職の女の子は気分を変えるかの様に笑みを作って、

 

「それじゃあ、いってみよう!」

 

 意気揚々に、そんな台詞を言うのだった──。

 

 

 §

 

 

 昨日はその後クリスの手伝いという事で、子供達に勉強を教えていた。

 クリスの一日を借りるのだから、それを返す形である。

 気にしないでいいよ、と聖人は言っていたが暇で怠惰な生活を送るよりは何倍もいいってものだ。

 だが意外だったのは、めぐみんがそれに混じっていた事だろうか。

 いや、訂正しよう。

 驚いたのは、めぐみんが参加した事ではない。

 問題は、めぐみんの教え方にある。

 めぐみん曰く、彼女は紅魔族随一の天才らしい。

 何回か自分で名乗っていためぐみんだが、意外や意外、子供達に勉強を物凄く丁寧に、且つ分かりやすく教えていたのだ。

 得意そうにドヤ顔をするめぐみんだったが、今回に限っては尊敬の念が浮かび上がってくる。

 ……まぁ、俺としては爆裂魔法ではなく上級魔法を取って欲しいのだが。

 

 ──そして現在。

 

 俺とクリスの臨時パーティーは街から半日ほどかけて山を登り、その(ふもと)にある獣道を通っていた。

 季節はすっかり冬になり、雪が積もりあらゆる所から木の枝が生えていて、物凄く通りづらい。

 東北地方に住んでいる人達は本当に凄いとそんな感想を抱きながら……いったいどれだけ歩いただろう。

 唐突に出現したのは、かなり頑丈なログハウス。

 そして表札には、『避難所』とかなり適当な字で書かれていた。

 ログハウスから目を離し山の岩肌を見るとそこには、ぽっかりと空いた迷宮の入り口が。

 どうやら、入り口は天然だが内部はそうではないらしく中をそっと窺うとそこには階段があり、俺達冒険者を誘っている。

 この迷宮(ダンジョン)の名は、キールのダンジョン。

 俺とクリスは入り口前に立ち顔を見合わせ、そして記念すべき一歩を踏み入れ……

 ──ようとしたその時。

 クリスが笑みを浮かべて、

 

「いいかい、カズマ。今からあたし達はこのキールのダンジョンに入る訳だけど、私の事はクリス先輩って呼んでくれるかな? 私はキミの事を後輩君と呼ぶから!」

 

 そんな提案をしてくる。

 目をきらきらと輝かせてそんな事を言ってくるのだから、どう反応したらいいか分からない。

 まぁ確かに俺は迷宮探索については素人だから、あながち間違っていないか……。

 

「分かりました先輩」

 

 そうやって頷いてやれば先輩は興奮したように何度もうんうんと頷いて、

 

「後輩君、後輩君! もう一回、もう一回言ってくれるかな!」

 

「先輩」

 

「おぉ、いいねいいね! いやー、なんか凄くやる気が満ち溢れてくるよ! いいかい後輩君。キミは素人だからね、先輩であるあたしの指示に従うんだよ?」

 

 先輩の聞き心地が気に入ったらしい。

 心から楽しそうにそう告げてくるクリスを見ていると、なんだか俺も楽しくなってきた。

 俺はビシッと敬礼して。

 

「分かりました、先輩! 今日はお願いします!」

 

「あい分かった! それじゃあ、いってみよう!」

 

 こうして本当の意味で後輩と先輩の迷宮探索は始まるのだった。

 

 

 §

 

 

「そう言えば後輩君。キミは何でこの迷宮(ダンジョン)が『キールのダンジョン』と呼ばれているのか知っているかな?」

 

 迷宮入り口から続く階段をゆっくりと怪我しないように降りる中。

 二段程前にて階段を降っている先輩が前を向きながらそんな事を聞いてきた。

 

「いいえ、知りませんが……」

 

「ほぅほぅ。なら博識なあたしが教えてあげよう!」

 

 くるっと後ろを振り向き、両手を後頭部に当てながらそんな事を言ってくる先輩。

 ……どうして段を踏み外して落ちないんだろう。

 聞いて聞いてとその瞳は如実に訴えていた。

 俺は鈍感系主人公ではないのでその意図を汲んでやり、

 

「お断りします」

 

「……!?」

 

 クリスがどんな反応をするかとてつもなく気になったのでそう言ってやる。

 

「ほ、本当にいいのかい!?」

 

「はい、大丈夫ですよ。あぁ、だけど先輩がどうしても聞いて欲しいのなら、聞いてやらない事もありませんが……」

 

「キミって奴は! 」

 

「ククク。さぁどうしますか先輩──痛たたたた! ごめんなさい、調子に乗りました! 聞きますから! 聞きますから頬を引っ張らないで! 」

 

 猫のように逆襲してくる先輩に俺が悲鳴を聞き入れ、彼女は暫くした後手を頬から離してくれる。

 暗闇の中だから分からないが、俺の頬は今きっと赤くなっているに違いない。

 

「よし、それじゃあ話すよ。──昔昔のある所にキールと呼ばれる稀代(きだい)の〈アークウィザード〉が一人の貴族の娘さんに恋をしました。偶然街を散歩していたその娘さんに、それまで魔法の鍛錬しかしていなかった〈アークウィザード〉は一目惚れしたのです。………うーん、これ、どう思う? そもそも貴族の娘さんがそんな簡単に散歩できるのかな? 話の感じ、護衛もつけないでだよ?」

 

 早々に話を切り、そう尋ねてくるクリス。

 俺はというと、話脱線するのは早いなぁとある意味で驚いていた。

 けど、そうだなぁ。クリスが言う事は至極まともだと思う。

 ……思うのだが。それはあくまで一般論に過ぎない。

 俺は友人の王女と、ドMで変態の王家の懐刀を思い出し……半眼になりながらこう告げる。

 

「……まぁそこはアレですよ。気にしない方向で」

 

「ちょっと納得できないけど……まぁ分かったよ。──貴族の娘さんに恋をした男でしたが、しかし残念な事にその恋は実りません。何故なら、稀代の〈アークウィザード〉であっても男は平民。貴族と結婚できる筈が無かったのです。聡い男は撒いた種が決して実らない様に一心不乱に魔法の鍛錬をするのでした。……いや、そこは頑張ろうよキール! 男なら、強引にでも奪わないと! 全く、これだから今時の若者は!」

 

 おかしい。

 普通、そう言った感想は聞き手の俺が抱くはずなのだが……話し手が感じてしまっている。

 あと、今時の若者は俺達であって、キールは俺達の人生の先輩です。

 俺は呆れの目を送りながら、

 

「続きお願いします」

 

「ごめんなさい。──兎も角、長年に渡り魔法の鍛錬を一心不乱にし続けた男は何時しか、この国で最高の〈アークウィザード〉になっていました。彼は国に多大な貢献し、その活躍は民からとうとう王様にも知れ渡ります。王様は玉座で考えました。『そうだ、お礼に彼の願いを叶えよう!』と。……いやー、いい王様だねぇ。……後輩君、キミもそう思う……──ごめんなさい。続けるから私から離れないで! ──そして王都では、宴が催されたのです。王城に招かれた男は、王様のそんなありがたい言葉を聞き、熟考します。それは一秒か、十秒か、それとも一時間か……。長い、とても長い時間でした。暫く経った後、俯いていたキールは突如、静かにゆっくりと頭を上げてこう言うのでした。『王よ、私には願いがあります。それは、私の叶わなかった願い。しかし王。貴方様なら叶えてくださるでしょう! ……私が願うものは……──』……はい、お終い」

 

「いやちょっと待て! その後の展開は!?」

 

 あまりにも急展開すぎる昔話に俺が全力で突っ込み、その声が迷宮内に大きく響く中。

 

「ちょっ、静かに!」

 

 焦ったようなクリスの声に此処が迷宮だという事を思い出す。

 慌てて口を閉じ、『敵感知』スキルを使い敵が来ないか探るが……幸いにも、どうやら大丈夫らしい。

 フゥーと安堵の息を吐いた後、先輩盗賊が。

 

「後輩君、迷宮では大声禁止だよ?」

 

 そう注意してくる。

 腑に落ちない!

 

「いやいやいやいや、それは悪かったけれども。その後の話はないのか?」

 

「うーん、そうだねぇ。簡単に纏めると、男は願いに『貴族の娘さんをください』って言ったらしいよ。けど残念な事に、その娘さんは王様の妾でねぇ、当然叶えてくれる訳がない。でねでね、ここからが面白いところなんだけど……──その話は後にしようか。階段も降り終えちゃったからね」

 

 屈託なくそう笑みを送ってくるクリスは次の瞬間──表情を引き締めて得物が何時でも抜き出せるようにする。

 そうだ、ここからは本格的に迷宮だ。気を引き締めなければ。

 

「いいかい後輩君。この迷宮はあたし達からしたら簡単に踏破できるほどの格下迷宮。当然、アンデッドモンスター達は私達より弱いから充分に戦えるけど、それでも〈盗賊〉と〈冒険者〉だからね、基本は戦闘行為はなしで行くよ。ここまでで質問は……どうかした? 気分が悪い? それとも暗闇が怖い?」

 

 俺が先程から黙っている事に違和感を感じたのか先輩がそう心配してくれる。

 だがそうではない。

 俺は感動しているのだ。

 

 この冒険者っぽいやり取りに。

 

 俺はこの世界に転生してから、相棒になりつつあるめぐみんと共に、そこそこの数のクエストを達成してきた。

 だがそれは、何時もギリギリで正直何時死んでもおかしくなかったと思う。

 なので、新しい仲間がそろそろ切実に欲しい。

 ……めぐみんの知り合い紅魔族については、あの後どうなったんだろう。

 そんな事をふと思い出したが、今は至極どうでもいい。

 俺は今、過去最大級に感動しているのだ。

 しかも、限定的な相方は美少女であるクリス先輩である。

 これに胸が踊らない男はいないと思う。

 

「いや、大丈夫だ。それじゃあ指導お願いします!」

 

「うん分かった。……それじゃあ話を戻すけど、このキールのダンジョンは何度も言う通り私達からしたらそれはもう格下。あたし達がそうなんだがら、他の冒険者達もそう。当然、この迷宮は難易度の低さから沢山の冒険者達が此処を踏破しているから、宝箱は期待しないでね」

 

「了解!」

 

「うん、いい返事! ……そうい言えば、後輩君はどうやって迷宮を探索しようとしていたんだい? 聡いキミの事だから、めぐみんが言っていた危険性は分かっていたでしょ?」

 

「あぁ、その事ですか先輩。当然分かっていましたよ。めぐみんは行きと帰りの護衛みたいなものです。手強いモンスターと万が一遭遇したら、爆殺魔法を撃ってもらうつもりだったんですよ」

 

「なるほどねぇ。……となると、元々は一人で潜るつもりだったんだ?」

 

「えぇ、その通りです。俺には先輩から教わった沢山の『盗賊』スキルがありますから、それを駆使して潜ろうと思っていました」

 

「例えばどんな感じに?」

 

 興味深そうに俺の作戦を聞いてくる先輩。

 ところで、『暗視』スキルのお陰で俺は、暗闇の中でもクリスの顔が見る事ができる。

 それ故に、俺は俺の言葉を聞いて本職の〈盗賊〉がどういった反応をするのか見る事ができるのだが……正直、あまり言いたくない。

 いや、自分ではかなり良い案だと思っている。

 だけどなぁ…………。

 ジーッとこちらを凝視してくるクリスの顔に根負けして、俺は横にふいっと目を逸らしながら、

 

「実はこの前、ある〈アーチャー〉職の冒険者から、『千里眼』スキルを教えて貰ったんです。ほら、この前の魔王軍幹部討伐戦で逃げたからその謝罪をしたいと言ってきまして、教えて貰ったんですよね。『千里眼』スキルを取ったら、その派生スキルとして『暗視』が使えるようになります」

 

「ふむふむ。これは〈冒険者〉ならではのメリットだね。スキルポイントと要求ステータスがあればどんなスキルも取得する事ができる。それで暗い迷宮内だったら真価を発揮する『暗視』かぁ……」

 

 先輩盗賊は、へーと感嘆の息を吐いた。

 そう、それだけが〈冒険者〉の取り柄だ。

 

「はい。それで先輩から教わった『敵感知』と『潜伏』スキルの出番です。『敵感知』によってモンスターを早くから察知し、迂回する。もしできなくても俺には『潜伏』がありますから、壁にでも貼り付けばやり過ごす事ができると思ったんですよ」

 

 俺の案を最初は興奮した様に聞いていたクリスだったが……話を聞いていく事に微妙な顔になっていき、何とも形容しがたい顔で俺を見てくる。

 ……観念した俺は後頭部をぽりぽりと掻きながら横を向き、戦略的撤退をする事にした。

 

「後輩君。それは、その……やり方がこそ泥だと思うんだけど……」

 

「分かっているからそれ以上言わないでください」

 

 本職からしたら邪道にもほどがあるだろうに、キツく俺を糾弾しないのは、クリスの性質だと思う。

 正直、もし他の本職に言ったら思いっ切り殴られる気がする。

 と先輩盗賊が教え子を諭すように、

 

「あと『潜伏』は使っても意味ないよ? 何せ、迷宮にはアンデッドモンスターがうようよと潜んでいるからね。彼らは生者の生命力を目印にしてやって来るから……」

 

 それはいい事を聞いた。

 本当に先輩が来てくれて助かったなぁ。

 というか今更だが、何故彼女は俺の事を見る事ができるのだろう。

 

「質問いいですか? 俺はスキルがあるからこの暗闇でも先輩の顔が見えますが、スキルが無い先輩はどうして俺の事を見えるんですか?」

 

「あぁこれはね、魔道具の一つさ! これを使えば決められた時間内だったら、擬似的な『暗視』スキルを取得できるんだよ!」

 

「えっ、なんですかそれ。……いや、だったら、〈冒険者〉の価値って本当にない気が……」

 

 やはりというか、本当の意味で〈冒険者〉は最弱職だと認識させられた。

 ガーンと落ち込み絶望しているとそれを見兼ねたクリスが慌ててフォローしてくれる。

 

「とても高いからそんな僻まなくていいよ!」

 

「そんなに高いんですか?」

 

「そりゃあもちろんさ! こういった魔道具はそれこそ紅魔族じゃないと作れないから希少価値がとてもあるんだよ。確かこれは……四十万エリスだっけ」

 

 四十万エリス……!

 つまり俺は四十万エリスをクリスに使わせてしまったのだ。

 しかもこんな格下の迷宮で。

 赤字だ。

 大赤字だ……!

 

「本当にごめんなさい!」

 

「あぁっ、大丈夫だから頭を上げて!」

 

 そんなやり取りをしていると俺と先輩の『敵感知』に反応があった。

 先程までの賑やかな雰囲気は消え、緊迫とした雰囲気が俺達の周りに浮かび上がる。

 

「……そろそろ真面目にやろうか、後輩君。『敵感知』に反応している数は二つ。……どうする? 戦う?」

 

「いえ、止めときましょう」

 

「あれっ? あたしはてっきり戦うものだと思ってたんだけど……。ほ、本当にいいのかい?」

 

「はい、止めましょう。だって戦うの面倒臭いですし」

 

 欲望に忠実な俺は自らは決して戦わない。

 今回この迷宮に来た理由は、俺の先程の実験をする為が主な理由だ。

 しかしそれは、クリスとの会話で実現不可能だと既に判明してしまっている。

 本音を言うと、今すぐにでも帰りたい。

 帰りたいが、せっかくクリスが高価な魔道具を使ってくれたのだ。すぐに帰るのは余りにも申し訳ない。

 なので俺としては手短に最奥まで行き、帰ろうかと思っていたのだが……何やらクリスの琴線に触れてしまったらしい。

 先輩は鼻息を荒くしながら俺の元にズカズカと近づいて、

 

「いいかい、後輩君! キミは何をしに此処に来たんだい!?」

 

「迷宮探索をする為です」

 

「だろう!? なら、敵は排除しないと! それに、アンデッドだったら、浄化しなきゃ!」

 

「いや、浄化も何も浄化魔法使えるんですか? 先輩〈盗賊〉職でしょ? 〈プリースト〉とは真反対の職業なんですから無理だと思うんですが」

 

 そうだ、いくらクリスが聖人とはいえ〈盗賊〉である事に変わりはない。

 俺の正論に盗賊は居心地悪そうに目を逸らして、

 

「うぐっ、それはそうだけど。なら、『クリエイト・ウォーター』で弱らせようよ。それで殺ろう?」

 

「えー、そんなに戦いたいんですか?」

 

「もちろん。いいかい後輩君。アンデッドは人類の敵だよ? なら倒す事に越した事はないと思うんだ!」

 

 何がそんなに彼女を急き立てるのだろうか。

 ない胸を揺らし、ガシッと肩を掴み戦おうと催促してくる狂戦士に俺が仕方なく頷いてやれば──目を爛々と輝かせて自身の獲物である小振りなダガーを取り出した。

 そんな事を言ったら、モンスターも人類の敵という解釈になるのだが。

 俺が『クリエイト・ウォーター』の構えをし、敵を待つ中……そのモンスターは現れた。

 それは、二匹のアンデッドモンスターだった。

 武器を所持していない事から一番階級の低い身分である事が分かる。

  『潜伏』スキルで相手に気づかれないうちに奇襲をかけたいがアンデッドには効かないとの事なので俺は敵が魔法の射程圏内に入るまで待ち……

 ──次の瞬間。

 

「『クリエイト・ウォーター』ッ!」

 

「「……!?」」

 

 水を生成する初級魔法を使い、正面から突撃してくる敵に放ち、時間を稼ぐ事に成功する。

 剣を抜刀し、いざ戦おうと足を向けたら横から猛烈な勢いで加速する銀髪の少女が襲い掛かった。

 

「『バインド』ッ!」

 

 クリスがそのスキルの名を叫ぶと何処からかロープが出現し──多分、懐に忍ばせておいたのだろう──憐れなアンデッド達は絡み付かれ身動きが取れない。

 

「よし、後輩君! あたしのダガーに『クリエイト・ウォーター』を頂戴!」

 

 先輩の指示通りにしてダガーを水で濡らせば擬似的な『付与(エンチャント)』状態になり、アンデッド達に致命傷を与える事が可能になる。

 そしてクリスは嬉々としてダガーを振りかぶりアンデッドの身体を切り刻んでいく。

 切り刻んで、切り刻んで、切り刻んでいく。

 …………。

 俺がドン引きしている事にも気がつかないくらい熱中しているのか、最後に心臓を抉り、二人のアンデッド達は地面に伏したのだった。

 彼らに同情してしまう俺は間違っているのだろうか。

 なんだろう、凄い罪悪感が湧いてくる。

 

「いやー、ありがとね後輩君。キミのお陰で手っ取り早く倒す事ができ……──どうしたんだい? あたしから離れて……」

 

 ジワジワと恐怖で後ずさる俺をクリスはジリジリと歩み寄ってくる。

 俺が思う事はただ一つ。

 ……これからは、クリスとは迷宮に行かないようにしよう。

 

 

 ──戦闘を無事に終えた俺達は探索を開始する事に。

 これまで何度か敵モンスターと戦ったが二人とも無傷だ。

 しかし、戦った相手はアンデッドだけ。

 何故だろう。

 何か理由でもあるのだろうか。

 敵を斬殺する事に快感を得て、隣を歩くクリスが上機嫌なのかスキップしながら……それはもう楽しそうに朗らかに笑いながら、

 

「いやー、後輩君との冒険はとても楽しいね! 普段はあたし、ダクネスとパーティーを組んでるから、他の人と組むのは新鮮だなぁ。お世辞でもなんでもないけど、〈冒険者〉はかなり使えるね。というか、本職より上手くスキルを使っているんじゃないかな?」

 

 そんな嬉しい事を言ってくれる。

 ニマニマと頬が緩みかけ口がだらしなく開きそうになるが、流石に気持ち悪いと思い唇をキュッと結んでから、俺はずっと気になっていた質問をする事にした。

 

「いや、それは買い被りですよ先輩。というか、ダクネスとは一体どんな風に冒険してるんですか?」

 

 俺としてはそれが気になってしょうがない。

 ダクネスは以前の戦闘で覚醒し、物語の主人公補正を発揮させた訳だが……なんでも何時もは真逆との事。

 まず、『両手剣』スキルを取っているのにも関わらず攻撃が当たらない。

 いやそれ以前に、モンスターからの攻撃をその身に浴びたいので当てる気がない。

 そんななんちゃって〈クルセイダー〉とこれまで一体、どんな風に冒険してきたのか、非常に興味がある。

 クリスは先程までの明るい表情から一転、なんとも言えない微妙な顔を作って。

 

「ほら、ダクネスはあんな感じだからね。攻撃役は何時もあたしだよ。まずダクネスが専用スキル『デコイ』──簡単に説明すると、囮のスキルだね──を使って敵の注意を引きつけるんだ。その後はあたしの『潜伏』スキルを使っての奇襲かな。……ねぇ後輩君。どう思う? あたし〈盗賊〉だよ? 役割的には遊撃手だよ? なのに何でアタッカーの役割を担っているのかなぁ……。普通ここは、聖騎士であるダクネスがそうだと思うんだけどっ」

 

 中々に苦労しているようです。

 余程ストレスが溜まっているのか、息をつく暇もなく愚痴を零すクリスに俺は……彼女も人間なんだなぁと場違いな事を考えていた。

 聖人でもストレスはあるらしい。

 

「まぁそれ自体はいいんだよ。いや、よくはないけどっ。問題は、ダクネスが『バインド』で縛ってくれと言うんだよねぇ」

 

「ちょっ、そんな事したらモンスターの下敷きになるんじゃ」

 

「うん、普通だったら死ぬよ? けどさぁ、ダクネスはスキルポイントを殆ど防御系のスキルに割り当ててさぁ。この前止めてと頼んだよ? そしたらさ『クリス、これは仕方がない事なんだ。モンスターに踏み潰され、整備もされていない地面との間に挟まるのは中々に気持ちよくてなっ。……あぁっ、思い出しただけでも……んん!』って言われて。初めて人を殴りたいと思ったよ。……多分、めぐみんの爆裂魔法でも死なないんじゃないかな」

 

 何それ怖い。

 弱っていたとはいえ、魔王軍幹部の首無し騎士(デュラハン)を滅ぼすほどの威力がある爆裂魔法に耐えるとか、それはもう凄いを通り越してホラーなのだが。

 というか、そんなに不満があるのならパーティーを解散すればいいのに。

 そう提案したらクリスは一瞬考えるような素振りをしたが……首をゆっくり横に振って…………。

 

「けど、そんなダクネスでも根は優しくていい子だから。放っておけないよ」

 

 そう微笑を浮かべるのだった。

 あぁ、やっぱり聖人……いや、これはもう聖女ではないだろうか。

 日頃は孤児院の為に働き、仲間であるダクネスを信じるその姿勢。

 なのに何で〈盗賊〉なのか。

 この疑問は、多分未来永劫解けない気がする。

 そんな風に楽しく──しかし小声で──雑談しながら迷宮を潜っている事数時間後。

 俺達はとうとう、迷宮の奥深くまで到着する事ができた。

 ──正直、俺は迷宮を舐めていた。

 クリスと話しながら歩いていたから精神的な疲労はないが、それでも肉体的な疲労はかなりある。

 男の俺がそうなのだから、俺より身長が低く歩幅が小さいクリスはもっと疲れているだろう。

 

「よし、後輩君。ここがゴールだよ! 」

 

 俺は声を掛けてくれる先輩盗賊に。

 

「今回はありがとうございました、先輩」

 

 そう言いながら俺は頭を深く下げる。王城で身に付けた完璧な礼をすると、クリスはあわあわと慌てて手を振りながら……

 

「き、気にしないでいいよ! 丁度あたしも久し振りに潜ろうかなと思っていたから!」

 

 そう言ってもらえるととても助かる。

 そんな事を心の中で思っていると、突如クリスが手を高く上げた。

 …………?

 何をしてるんだと目で問いかけると、クリスは『暗視』を使わなくても分かるくらいに顔を赤くしながらさらに手を高く掲げて、

 

「ハイタッチだよ、ハイタッチ!」

 

「あぁなるほど」

 

「ダクネスと何時もやってるんだ。だからやろうよ!」

 

 ヤバい。

 この冒険者っぽいやり取りにどうしても胸が踊ってしまう俺は、おかしいのだろうか。

 自然と頬が緩んでしまう。

 俺の方が身長が高い為、少し屈む事になってしまったので少々不格好になったが、それでも興奮は止まらない。

 

 ──パチンと手を手とぶつかった音が迷宮にやけに大きく響いた気がした。

 

 こうして、俺とクリスの迷宮探索は大成功という形で幕を閉じるのだった。

 

 

 §

 

 

 出口に通じる長い階段を噛み締める様に登っていると、隣にいたクリスが朗らかに声を立てながら俺を見てきて、

 

「いやー! 本っ当に楽しかったよ!」

 

 そんな嬉しい事を言ってくれる。

 

「それは俺もですよ先輩。本当に、今日はありがとうございました」

 

「何度も言うけど、気にしないで。それより帰りは苦労をかけたね。あたしが擬似的な『暗視』を使えなくて、迷惑をかけちゃって……」

 

 そう。

 帰りの道程の半ば程で、クリスが使用していた魔道具の効果が切れてしまったのだ。

 だったらもう一度使えばいいじゃんと思うが、何でもその魔道具は一日に一回しか使えないそうな。

 そうなると、前を視る事ができるのは俺だけになってしまう。

 敵と戦う事になったら下手したら全滅していたかもしれないが、幸いにも遭遇する事はなかった。

 ……自分の幸運値に感謝したい。

 多分だが、行きの道中で立ちはだかった全てのアンデッドを俺達が倒したので、その影響でモンスターの数が減ってしまったからだと思う。

 詳細は分からないが、それでも幸運だったと思う。

 

「今度迷宮(ダンジョン)に行くんだったら声をかけてね? あたしも行くから! あっ、けどセクハラはなるべくしないで欲しいかなぁ」

 

「な、ななな何の事でしょうか先輩!?」

 

「めぐみんに言いつけるよ」

 

「すみませんでした」

 

 前が視えないクリスが何処か変なところに行かない様に手を繋いでいた俺達だが……どうやら俺のセクハラは看破されていたらしい。

 これからはもっと気をつけるとしよう。

 

 今回の探索は、かなり楽だった。

 

 というのも、クリスが殆どの敵を惨殺し、俺の出る幕がなかったからだ。

 普通なら片方だけに戦わせているので気が引けるのだが、戦闘狂はそれはもう楽しそうにアンデッドを倒していたのだから、俺にそんな念は湧いてこない。

 寧ろ、俺は彼女の豹変ぶりにドン引きしていた。

 だがしかし、実際クリスがいなかったら、これ以上に苦労したであろう事は一目瞭然。

 俺は心の底から楽しそうに笑う女の子の顔を直視する事ができず……

 

「あ、あぁ。次も、その、なんだ……よろしく頼む」

 

「うん! ……あっ、ところで話の続きを言ってなかったね」

 

「あっ、そうですよ。教えてください」

 

「分かったから、さり気なくを装ってお尻を触らないでもらえるかな!? キミ、反省してる!?」

 

「してますしてます」

 

「……まぁいいか。いや、よくはないけどっ。……それじゃあ言うね。……こほん。──キールの望み、それは『王の妾である貴族の娘さんを貰う事』。けどそれは叶えられません。アークウィザードは家に引き籠もりました。そして、迷いに迷った末、ある計画を考えついたのです。それは、『娘さんを攫う事』でした。当然、そんな事をすれば魔法使いは英雄から一転、反逆者に成り下がります。ですがキールはそれほどまでに娘さんを愛していたのです。……作戦は決行されました。幸い、国一番の〈アークウィザード〉でしたので、誘拐する事は簡単でした。キールは娘さんにこう言います。『あなたが好きだ』と。娘さんはその告白を受け入れ、二人は国相手に戦う事になったのです。沢山の追っ手から逃げた二人は──此処に迷宮を作ったそうです。数多くの騎士や勇者が乗り込みましたが、生きて帰ってくる者はおらず、『キールのダンジョン』という名前が国中に伝わり、その後二人がどうなったかは誰にも分かりません…………──はい、めでたしめでたし」

 

 昔話を聞いた俺が思う事はただ一つ。

 

 ──キールが凄くカッコイイんですけど!

 

 この世界の身分の差というものは非常に大きい。

 第一王女であるアイリスと俺は友達だが、それはハッキリ言って有り得ない事なのだ。

 何故なら俺は平民。

 普通なら、言葉すら交わしてはならないし、その姿を目視する事も許されない。

 実際、俺は数ヶ月前に王城を出る際、本気で別れだと思った。

 もう二度と会う事はないと思った。

 まぁ、そんな事は無かった訳だが……。

 アクセルに戻ったら、久し振りに友達に手紙を書くとしよう。

 俺の雰囲気が変わった事に気がついたのか、クリスはそれ以降話しかけてくる事はなかった。

 とてもありがたい。

 無言のまま階段を登っていると、何時の間にか夜になっていたのか、夜空が視界の端に映る。

 自然と登るスピードが速くなり──駆け足気味に登ると、とうとう俺達は外に出た。

 太陽はなく、空に浮かんでいるのは綺麗に真ん丸な満月。

 迷宮に来たのが昼を少し超えた辺りだったから、少なくとも五時間は潜って探索していたらしい。

 これは今日中に帰るのは不可能だなと考え、クリスに声をかけようと……

 ──した、その時。

 

「カズマ、クリスも無事ですか!?」

 

 そんな聞き慣れた声が聞こえた。

 そちらに目を向けると……そこにはめぐみんとダクネスがこちらに駆け寄ってくるではないか。

 いや、ちょっと待てよ…………?

 

「めぐみん、ダクネスも。どうして此処に?」

 

 そう聞くと、何故かめぐみんは顔を赤くして、目を上下左右に泳がした。

 ダクネスが代表して一歩前に出て、

 

「本当なら、めぐみんの爆裂日課に付き合う予定だったのだがな、いざ街を出ようとしたら急に迷宮に行きたいと言い出してな。カズマ、めぐみんは相当お前を心配していたのだぞ?」

 

「ちょっ、ダクネス!? それは言わない約束じゃ……!」

 

 あたふたと手を激しく振って抗議するめぐみんをダクネスは宥める。

 

「いやだって、カズマはついこの前死んだばかりではないですか……。それで、その、気になってしまって…………」

 

 顔全体を真っ赤っかにし、目が合うとめぐみんは顔を俯かせてしまった。

 そんな反応をされると何だか俺も恥ずかしくなってくる。

 そんな俺達の様子をニヤニヤとクリスが見て……

 

「いい仲間だね、カズマ」

 

 そう笑いかけてくる。

 それにからかいの色が混じっているから非難しようと思ったが、それはダクネスが口を開けた為にできなかった。

 

「何を他人事のように言っているんだクリス。めぐみんだけでなく、私も心配していたのだぞ? カズマ、アンデッド相手にクリスは暴れなかったか?」

 

「あぁ、それはもう暴れていたな」

 

「だろうな。クリスは普段は聖人に相応しい人物なのだがな、敵になると容赦が一切ないんだ。だから無理をしていないかとても心配でな…………」

 

「お前もいい仲間を持ってるじゃないか、クリス」

 

 そう言ってやればクリスは両手で顔を隠しながら、避難所であるログハウスの中に駆け込んで行った。

 それを追うようにして、苦笑しながらダクネスもログハウスの中に入る中、残されたのは俺とめぐみんだけ。

 

「よしっ、行くぞめぐみん。今日は避難所で野宿だ」

 

「……」

 

 めぐみんを呼んでも、彼女は返事しなかった。

 まだ恥ずかしがっているのだろうか。

 いや、俺としてはとても嬉しかったし、仲間として絆が深まったと思うから良かったのだが。

 というか、そろそろ寒い。

 軽装の俺とめぐみんでは、この冬空の下で何もしないで立っていたら風邪をひいてしまう。

 なので、そろそろあったかい室内に入りたいのだが……。

 俺の気持ちが通じたのか、やっとめぐみんはゆっくりと顔を上げて……

 

「あの、怒らないんですか?」

 

「怒るって、何を?」

 

「……私は自分が何もできないからって、荷物持ちもせずに迷宮探索を拒否した挙句、爆裂散歩を優先したのですよ?」

 

 えっ、何このシリアスな雰囲気。

 正直な話、めぐみんが断るのは想像できた。

 だからこそ俺は、一人でも迷宮に潜れるような作戦を考えたのだが……。

 その事を告げるとめぐみんは、

 

「いいえ、そうだとしても私はついて行くべきでしたっ。護衛の役割をしなければならなかったんですよっ」

 

「…………」

 

「カズマ、探索は成功しましたか?」

 

 いきなりの話題展開に面食らってしまうが、めぐみんの顔つきから察するにかなり重要な事らしい。

 俺があぁ、と声を出せば何故かめぐみんは悲しそうな顔になって。

 

「……そうですか。……。……クリスとの冒険は楽しかったですか?」

 

 ますます質問の意図が分からない。

 

「なぁ、さっきから一体……──」

 

「答えてくださいッ!」

 

「……まぁ、それなりには楽しかったよ」

 

「戦闘は? 楽にモンスターを倒せましたか?」

 

「……そうだな。と言っても、クリスが無双していただけだが」

 

 これで質問は終わりかと聞いてみれば、めぐみんは何も答えない。

 このままではいけない、そんな直感が俺にはあった。

 めぐみんに近づこうとしたその時、遅い俺達を心配したであろうダクネスがログハウスから出てきて、

 

「二人とも、こんな寒天化の下にいたら風邪を引いてしまうぞ? ……? どうした二人とも?」

 

 ダクネスが異変に目敏く気がつき戸惑いの声を上げ、俺が取り敢えず何か言おうとした……

 ──その時。

 

「あっ、すみませんダクネス! ……カズマも行きましょうか」

 

 先程とは一転し、そこには何時も通りのめぐみんがいた。

 その言葉を残してめぐみんは先にログハウスに入ってしまう。

 ダクネスが怪訝な表情を俺に見せ、

 

「何かあったのか?」

 

 そう聞いてくるが、俺はその問いに答えられなかった。

 いやそれ以前に、答えては駄目な気がする。

 これはきっと、俺達のパーティーだけの問題だ。

 だからこそ俺は、

 

「いや、なんでもないよ」

 

 そう言うしかなかった。

 



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女神と不死王

 

 めぐみんを追うようにして俺とダクネスがログハウスの中に入ると、丁度めぐみんが席に着くところだった。

 クリスも先に座っている。

 このログハウスは迷宮(ダンジョン)のすぐ近くに建てられており、冒険者達が自由に使う事ができるらしい。

 一階は小さなリビングと簡易的なキッチンが、二階にはこれまた小さいがベッドが備え付けられているそうな。

 これはどの避難所でも共通らしい。

 

「カズマとめぐみん、随分遅かったね? まだ恥ずかしがっていたのかい?」

 

 そうからかってくるクリスだが、俺はそれに答える事ができなかった。

 脳裏に浮かぶのは、年下の女の子が何かを懸命に足掻いている姿。

 そしてそれを見たのは俺だけ。

 あぁもう、どうしたらいいんだ……。

 内心はそんな風に荒れていたが、これはきっと俺とめぐみんだけの……言い換えればパーティーの問題だ。

 だからいくら仲が良いクリスとダクネスとはいえそれを言うのは良くない事だろうし、それ以前に事の元凶であるめぐみんがこの場にいる。

 俺はわざと殊更明るい声を出して、

 

「いや、なんでもないよ!」

 

「そうかい? ならいいけど……。取り敢えず、夕ご飯にしようか」

 

 クリスは誤魔化せたようだが、一部始終を垣間見たダクネスはどうやら違ったらしい。

 未だに怪訝な目を俺達に送ってくるが、俺が何も聞かないでくれと目で訴えたら小さく頷いてくれた。

 彼女の思いやりには助かる。

 取り敢えずご飯の準備をしようと立ち上がったその時、俺はある事に気づいてしまう。

 それに知能が高いめぐみんも気がついたのだろう。

 俺達が絶望でサッと顔を青ざめるなか、クリスとダクネスが不思議そうに見てくる事から、どうやら気がついていないらしい。

 いや、だが待てよ……?

 まだそうだと決まってはいないじゃないか。そうだ、それに大先輩のクリスがこの場にはいるのだ、きっと希望は残されている、と思う。

 思いたいなぁ。

 だが聞かないわけにはいかないわけで──めぐみんが汲んでくれたのかぽつりと小さく呟いた。

 

「あの、材料は何処にあるんですか……?」

 

「「……」」

 

 

 押し黙る先輩冒険者達を見て、俺は悪い予感が的中した事を改めて思い知るのだった。

 

 

 ──保存食があるのではと思ったのだが、それすら無い模様。埃がそこかしこに積もっているから、人が長い事訪れていなかったのが窺える。

 だったら外に出て適当に狩りをしてくれば良いのではと思うだろうが、俺とクリスは迷宮探索で殆どの魔力を使ってしまったからスキルを使えないので、めぐみんの言葉を借りればただの一般人。

 ダクネスは一応両手剣だけは装備しているが、外は暗く『暗視』スキルを使えない彼女では前が見えないだろうし、そもそもそれ以前に不器用な性質だから攻撃が当たらないだろう。

 アレだな、覚醒するのは大物と戦う時だけのようだ。

 めぐみんは今日の爆裂日課は俺達を心配していたのか撃っていない様だが、爆裂魔法なんて撃とうものなら熟睡しているモンスター達を起こす事は確実で……命が狙われてしまう。いや、それ以外にも根本的な理由があるのだが……。

 ……。

 つまり、つまりである。

 

 ──今日の夕ご飯はありません。

 

 その事実に否が応でも気づかされた俺達は現在、備え付けられていた椅子に座る事しかできない訳だ。

 シーンと静まり返る中、めぐみんがのろのろと立ち上がり、外に出ようとする。

 

「めぐみん、何処に行く気だ!?」

 

 ダクネスが呼び止め、それにめぐみんは顔だけこちらを向けて、真剣な表情のまま……

 

「ちょっと適当なモンスターに爆裂魔法を撃ってきます。今日の夕ご飯はそれにしましょう」

 

 そんな馬鹿な事を言うのだった。

 本気か!? とダクネスが驚いている中、クリスが止めろと目で催促してくる。

 言われるまでもない。

 

「めぐみん、間違っても行くなよ?」

 

「何故ですかカズマ!? カズマとクリスは魔力が殆ど切れているでしょうから戦えませんし、ここは私が……」

 

「ならめぐみん。私も行こう。めぐみんにやらせる訳にはいかない」

 

「いえ、ダクネスは使い者にならないので正直いりません。私をおぶってくれればいいです」

 

「……!? め、めぐみん? いくら責めが大好きな私でも、傷つくのだが…… 」

 

 抗議するダクネスを紅魔族の少女は華麗に無視し、なおも言い募る。

 

「今こそ、私がしなくてはならないのです。カズマ、行かせてはくれませんか? 罪滅ぼしもしたいのです……」

 

 それは、戦場に勇んで行く英雄の顔つきだった。

 こんなタイミングではなかったら惚れていたかもしれないが、残念な事に俺は英雄の願いを叶えられる事ができそうにない。

 

「お願いですっ、カズマ! それにクリスとダクネスも!」

 

「そうか、お前の覚悟はよく分かった」

 

「それじゃあ行かせてくれるん……──」

 

「爆裂魔法を撃ったらモンスターは肉片も残さないと思うんだが、それでも行くか? 分かったら大人しくしていろ」

 

「………………はい」

 

 そう、めぐみんの爆裂魔法ならこの弱肉強食の世界である冬でもモンスターを仕留めきれるだろう。

 だがしかし、残る物が何も無いのは目に見えている。それは何時ものクエストから分かる事だ。

 俺の説得に折れためぐみんがガクッと俯く中、どうすればいいのかと頭の回転を早くしているとこれまで沈黙していたクリスが、

 

「…………今日はもう、寝よっか」

 

「「「…………うん、そうしよう」」」

 

 

 

 この世界に来てから俺は、一日に三食は食べるよう心がけてきた。

 何故なら……当たり前だが、働かなくては生きていけないからだ。特に俺が短期アルバイトで勤めていた土木工事はバイトだろうと──いや、バイトだからだろうか──汗を流し働かなくてならない職場だったのだ、当然何も食べなかったら冗談抜きで死んでしまう。

 だからこそ俺は、お気に入りの唐揚げ定食を何時も食べていたのだが……まさかここにきてこんな状況に陥ろうとは思わなかった。

 しかも理由が理由である。

 俺、ここ最近は心を入れ替えて頑張っていたんだけどなぁと思いながら手摺付きの階段を上っていると、そこにはベッドがあった。

 そう、あった……あったのだが。

 

「何で二個しかないんだよ!」

 

 悲しきかな、一人につき一個ではなかった。

 俺が慟哭の悲鳴をあげているのを見かねたのか、ダクネスがまぁまぁと手を差し出し、宥めてくる。

 

「仕方がないだろう。何せ此処は世界で一番難易度が低いと言われている迷宮だ。いくらアクセルから半日かかるとはいえ、大半の冒険者達は二時間もあれば攻略できる。この避難所は一応建てられただけだけのものなのだから」

 

 流石は大貴族、そういった事情に詳しいようで。

 更に、ダクネスはこうも言ってきた。

 

「というか、何故カズマ達はそんなに時間が掛かったのだ? いくら戦闘向きではない〈盗賊〉と最弱職の〈冒険者〉とはいえ、あまりにも遅いぞ?」

 

 ふむ、言葉のはしはしに訂正を要求したいところはあるが、確かに遅かったかもしれない。

 そしてその理由といったら──一つだけある。

 俺は、これはもう私のベッドだよとばかりに主張している先輩盗賊の顔をジーと見て、

 

「な、なんだい、後輩君? もしかしてあたしが悪いと……そう言うつもりかな?」

 

「先輩。確かに先輩のお陰で迷宮探索は無事に終わりました。それはありがとうございます」

 

「う、うん。だけどそれはもういいって……」

 

「ですけど、『敵感知』に引っかかったらすぐにモンスターに向かって行くのは止めてもらえませんか?」

 

「いやいやいやいや……いいかい後輩君? 迷宮でも言ったけど、アンデッドは……ひいては、モンスターは人類の敵だよ? なら、それを倒すのはあたし達冒険者の責務だと……あの、カズマ? こんなに至近距離でそんな見つめられたらあたしも困るというか…………」

 

「ジー」

 

「……。困ると……いうか……」

 

「ジー」

 

 俺の視線に根負けしたクリスはベッドの上で正座になり、

 

「ごめんなさい」

 

 そう頭を下げるのだった。

 そんな俺達を見ためぐみんとダクネスは隅の方でこそこそと話しているので耳をすませば、

 

「見てくださいよダクネス。確かにクリスも悪かったと思いますが、まるで自分には一切非がないような言い方……!」

 

「あぁそうだな。どうせカズマの事だ、戦闘ではクリスだけにさせていたに違いない。自分は安全圏にいてな……!」

 

「おい聞こえてるぞ。それとな、めぐみんの言う事は一理あるかもだが、ダクネスの言う事は違う! 俺はずっとこの戦闘狂の支援をしていたんだぞ!」

 

 そう言ってやれば、二人は俺ではなくクリスの方を向き本当かと目で問いかける。

 クリスがそれにしっかりと頷いてやればあろう事か謝ってくるではないか。

 扱いが酷いと思うのだが、この信用の差は一体何だろう。

 …………日頃の行いの差ですね。

 まぁそれについては今度めぐみんに問い詰めるとして……今は眼下の問題を何とかしなくてはならない。

 ところで。

 現在男女比は1:3の訳だが……ベッドは重ねて言うが二つしかない。

 クリスが片方占領している為、俺はもう片方のベッドに堂々と腰掛けて、キッパリと言い放つ。

 

「よし、お前らは三人でそっちのベッドを使えよ。俺はこのベッドを使うから! ……じゃあおやすみー」

 

 毛布の中に潜入し、いざ夢の世界へと旅発とうとした……

 

 ──その時。

 

「ちょっ、ま、待ってください! 何で勝手に決めるんですか!? あのベッドに三人も入ると思いますか!?」

 

「いいえ、これっぽっちも思いません」

 

「ならここは普通、男であるカズマの数少ない漢の見せ所でしょう!」

 

「そうだぞカズマ!」

 

「いやー、青春してるねー」

 

 先輩が傍観し、めぐみんとダクネスが俺を毛布から引き剥がそうとしてくるが、いくら二人で襲い掛かってきてもそれはたかが女性の力だ。俺を引き離せる筈がない。

 めぐみんは魔法使いだから筋力のステータスは俺より低い筈だし、ダクネスは聖騎士だが、それでも俺より力が強いという事はまずないだろう。

 そう、このベッドは既に俺の相棒なのだ……!

 

「めぐみん、この男意地でも動かない気だぞ。……仕方がない、ここは私も本気を出すとしよう」

 

「ならダクネス。せぇーので一緒に引き剥がしましょうか。一人より二人、もしそれでもできないのならクリスに協力してもらいましょう!」

 

 馬鹿め、土木工事で俺はそこそこ筋肉が付いている。

 異世界転生する前の、アクアの言葉を借りればヒキニートだった俺ではもうない!

 

 …………そう、考えていた時期が俺にもありました。

 

 

 

 ──呆気なく愛しの相棒から剥がされた俺は、渋々ながら話し合いをする事にした。

 めぐみんが俺に意味深な視線を送りながら、

 

「ベッドは二つ、しかもこの大きさだとどんなに詰めたとしても一つにつき二人が限界です。なのでカズマ、床で寝てください」

 

 そんな事を堂々と言い放ってきた。

 もちろん、俺はそんなの認めない。認める訳にはいかない。

 俺の名前は佐藤和真。

 男だから、女だからとか……そういった偏見が嫌いな真の男女平等主義者の男だ。

 俺は真顔になって一言。

 

「断る。いいかめぐみん、今の季節は何だ?」

 

「何って、冬じゃないですか。正確にはその手前ですが、まぁ冬ですね」

 

「あぁ冬だな。これが春、もしくは夏だったら俺も千歩譲って床で寝よう! だけどな、大事だからもう一度言うが、今は冬だ。暖炉もない、予備の毛布もないこの状況で寝てみろ、俺は凍死するぞ!」

 

「そこはほら、漢の見せ所ですよ!」

 

「おまっ! ふざけんじゃねぇよ! 何が、『漢の見せ所ですよ!』だよ! こんな時だけ男女の差を主張するんじゃない!」

 

「な、それだと私が普段から、男のように振る舞っているみたいではないですか!」

 

「あぁそうだよ! まずはその平らな胸! お前は普段から『あと数年もしたら巨乳になります!』とか言ってるけどな、そんなの無理だろ! そんな夢は早めに捨てておけ! いいか? 夢は叶わないから夢なんだ!」

 

「な、なななななにおぅ!? カズマだって、アイリスに手紙を書こうかどうか凄い迷っているクセに! 私知ってますからね! 宿に備え付けられている机の上に何回も消した跡がある紙があるのを! この前の一件を気にしてるんですか、そうなんですか!? あんな子供からのキスを気にしてるだなんて、女々しいったらありゃしませんよ!」

 

 ぴくぴくとこめかみをひくつかせ、ババっと距離を大きく取り、何時でも闘えるように戦闘態勢を取る俺達。

 ……俺が紅魔族だったら、瞳を紅く、紅く輝かせているに違いない。

 そしていざ、このちんちくりんをフルボッコにしようと襲いかかろうとした……

 

 ──その時。

 

 ふとおかしい事に気がついた。

 このログハウスにいるのが俺とめぐみんだけだったらおかしい事は何も無い。

 だが現在この避難所には聖女クリスと、ドMで変態である事を除けば比較的常識人のダクネスがいる。

 平生の彼女達なら、ここまで口論が達成し殴り合いの喧嘩になりそうものなら慌てて俺達を落ち着かせてくれるだろう。

 だが、それがない。

 という事は…………?

 もしかしてとクリス達の方を向くと──そこには既にあたたかい布団の中で熟睡している二人の女性がいるではないか。

 そして床には、何時書いたのか紙が置いてあり、こんな事が書かれていた。

 

『長そうだから、先に寝てるよ! クリスより』

 

「こんの裏切り者おおおおおお!」

 

 思いがけない裏切りに俺が腹の底から叫んでも、二人が目を開ける事はなかった。

 

 

 §

 

 

 聖女と聖騎士が夢の世界に冒険しに行ってしまい、俺とめぐみんは明日の朝に復讐をしようと固く決心した訳だが……

 

「カズマ、真面目にどうしましょう?」

 

 状況は何も好転せず、寧ろ悪化してしまった。

 俺の体内時計だと、もう既に深夜の時間になろうとしている。

 ……そろそろ本格的にヤバい。

 空腹と疲労で今にも相棒の中に包まって明日に備えたいが……このままめぐみんを放置するほど俺は落ちぶれていない。

 だがしかし、かといって譲る訳にも……。

 めぐみんの問いに答えず熟考していると……一つの案が浮かんだ。

 浮かんだのだが、それを果たして目の前にいる女の子が受け入れるだろうかと考えると、正直分からない。

 それに下手したら、あらぬ誤解を受けてしまう。

 俺が頭を抱えていると、めぐみんが顔を赤く染めながらおずおずと、

 

「では、あの……。一緒に、寝ましょうか……。床で寝たらカズマが言うように凍死するかもしれないですし…………」

 

 そんな爆弾宣言を言うではないか。

 恥じらいの表情を浮かべるめぐみんに危うく惚れそうになったが、今はそれどころじゃない。

 俺はその言葉に呼応するように何度もうんうんと頷いて、

 

「よし、そうしよう! それしかない! よしめぐみん、寝るぞー。おやすみー」

 

 めぐみんの分のスペースを開けて毛布の中に突入した。

 

「あのカズマ? 自分から言っておいてなんですがここは普通、『ばっかお前! そんな事できるかっ!』と言うのではないでしょうか!?」

 

 漫画やアニメのイベントを俺に期待されても非常に困るのだが。

 確かにこれが俺ではなくイケメン……それこそミツルギのような奴だったらそう言うのだろうが、俺は自分に素直な男。

 それに従う事の何が悪いだろうか。

 

「いやぁ、めぐみんから言ってくれて助かったよ。だって俺から提案したら犯罪だし、ロリコン認定されるからな! いやぁ、本当に助かっ……──」

 

「おい、私と一緒に寝るとロリコンになる件について話そうじゃないか! と言いたいところですが、今日はもう寝るとします」

 

 めぐみんも眠いのか、あまり躊躇しないで俺の横に潜ってきた。

 というか、躊躇なさ過ぎだろ。

 これはあれだな、完全に異性として見られていないな。

 ……よし、ここは早く寝よう。

 背中合わせに横になりいざ夢の世界に行こうと目を閉じようとした……

 

 ──その時。

 

「カズマ、まだ起きてますか? 話がしたいのですが……」

 

 めぐみんが声を掛けてきた。

 

「あぁ起きてるよ。起きてるけど、すぐに寝るよ。じゃあ、おやすみー」

 

「ちょっ、話をしようと誘っているのにその反応はあんまりだと思います!」

 

 横が非常に煩くて眠れない。

 ……仕方がない、ここは話をしてやろう。

 正直、寝落ちしそうだがその時はその時だ。

 いくら短気なめぐみんでも許してくれるだろう。

 許してくれなかったら『スティール』をやればいいしな。

 

「しょーがねぇなー。それで、話って?」

 

「こっちを向いてくれますか? かなり真面目な話なので」

 

 ……要望が多いなぁ。

 グルンと半回転すると、思ったよりもめぐみんの顔が近くてびっくりしてしまう。

 超至近距離で目が合った。

 

「「……ご、ごめんなさい!」」

 

 そんな謝罪の言葉をハモって言うくらいには俺達はお互いに影響を与えているらしい。

 気恥しいを思いを抱えながらサッと視線を逸らし、俺はどもりながらも話の本題を聞く事にした。

 

「そ、それで? 話っていったい……?」

 

「……私は、カズマに謝る事があります」

 

 謝る事……?

 なんだろう、見当があり過ぎてどれかさっぱり分からない。

 もしかして、からかってきた子供を殴ったり、いやもしくは爆裂魔法を撃っちゃいけない場所で撃ったとか……?

 どれもありそうで怖いんだけど……!

 俺の内心を他所に、めぐみんは言葉を続けた。

 

「以前──といっても数ヶ月前の事ですが──私達のパーティーは紅魔族をもう一人増やそうという話になりましたよね?」

 

「うん? ……あぁ、そうだったな。そうだ、すっかり忘れていたけどその人はいつ来るんだ?」

 

 そう、俺達は紅魔族を仲間にしようという話をした。

 それでめぐみんが手紙を出したのだが──言われてみれば、あまりにも遅すぎる。

 

「実は私、手紙なんて出していません」

 

 ……えっ?

 

「本当にごめんなさい」

 

 それは謝罪の言葉だった。

 めぐみんは心の底から反省しているのだろう、何時ものおちゃらけた雰囲気はそこには一切なく、申し訳なさそうな顔をして瞼を閉じた。

 そんな重要な事を言われた俺の反応といえば、

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! だけどあの時、俺達は一緒に手紙を出したじゃないか! ……じゃああの手紙は誰宛なんだ?」

 

 数ヶ月前、確かに俺達は一緒に手紙を出した。

 俺はアイリス宛に、めぐみんは紅魔の里にいるという未来の仲間宛に。

 

「アレは私の家族宛です。……近況報告のようなものですよ……」

 

 なるほど、確かにそれなら俺を騙す事が可能だ。

 めぐみんが嘘をついていたのは分かった。

 なら必然的に、もっと根本的な次の疑問が湧いてくる。

 

「……何でそんな事をしたんだ?」

 

 俺の当然の問いにめぐみんはふいっと視線を宙に向けながら、

 

「あの後、宿に戻った私は考えたのです。……よくよく考えたら、もし〈アークウィザード〉がもう一人増えたら、私の存在価値皆無だな……と」

 

「いやいやいやいや、それでもお前の爆裂魔法があれば充分戦えるって!」

 

 俺の否定に、めぐみんはふるふると顔を横に振って。

 

「紅魔族という種族はですね、他の人が要らないくらいに──それこそ一人でも充分戦えるんですよ。ぶっちゃけ、その紅魔族の仲間が邪魔なくらいには戦えます」

 

 魔法使いのエキスパート。

 それがめぐみん達、紅魔族だ。

 だが独りの方が強いとは……本当にもう、公式チートだとしか思えない。

 

「……私は本当の意味で邪魔者扱いされないように計略したんですよ……!」

 

「なら、何で今それを言ったんだ? ぶっちゃけ俺はその件を殆ど忘れていたし、もし俺がお前に聞いても、『あぁ、まだ学校にいるみたいですね』とでも言えばよかった話だろ」

 

「……本気で言ってますか? 何でって、そんなの決まってるじゃないですか! だって、私があなたを殺したんですよ! 私が普通の、上級魔法を使えてたらもっと早く首無し騎士(デュラハン)を倒せたかもしれません! そうすれば、そうすればあなたは死ななかったかもしれないのにっ!」

 

 ……結局のところ、俺の死が原因らしい。

 いや、確かに俺は結果だけをみるならめぐみんの爆裂魔法によって死んだのだが……それは俺が指示した事だ。

 パーティーリーダーの俺が指示したんだから、その責は全て俺がある。

 その事を伝えるとめぐみんは首を横に激しく振って、尚も言葉を重ねて、

 

「違いますよカズマ。そういう事じゃないんです。……私は……私は、何もできない自分が嫌いなんです!」

 

 その言葉を区切りに、めぐみんは小さく嗚咽を吐き出した。大声で泣いてしまえば、向こう側で熟睡しているクリス達を起こしてしまうから、その配慮だろうか。

 溢れる雫を何度も拭おうとするが、寧ろ拭う度にその量は増えていく。

 そして俺は、そんな女の子がすぐそこにいるのに、何もできなかった。

 俺は、何度も言うが地球ではニート生活を送っていた。

 別にその事を後悔している訳ではないが、その弊害がこういう大事な時に限って表れてくるのは何故だろう。

 ……あぁもう、どうしたいいんだ!?

 これがイケメン主人公だったら女の子を抱き寄せて、「大丈夫、君は俺が守る」とかそんな甘い台詞を言うのだろうが、生憎俺はそんな事を言えるほど肝は据わってない。

 ……いやでも、このまま放置するのは間違っているだろう。

 それくらいは分かる。

 

 ……。

 

 柄ではないが、ここは本当の意味で漢をみせる時かもしれない。

 俺はおずおずと未だに泣いているめぐみんを抱き寄せた。

 

「ぐすっ……ひくっ……カズマ……?」

 

 しゃくりを上げながら上目遣いになるめぐみん。

 俺は大切な仲間を安心させるように軽く笑い掛けて、

 

「手紙の事は正直残念だったけど、今回は自己申告してくれたらから、チャラにしてやるよ」

 

「……本当にいいんですか?」

 

「俺がその程度でお前を見捨てると思うか?」

 

「思います」

 

 ……えっ。

 さっきまで凄い良い雰囲気だったと思うのだが、今の言葉で全て台無しになってしまったような気がするのだが!

 というか、この爆裂娘は俺の事を何だと思っているんだろう。

 俺のそんな内心が顔に出ていたのか、めぐみんはくすくすと笑いながら、

 

「冗談ですよ。カズマはなんだかんだいいながら優しいですもんね」

 

「そうだぞ、俺は優しいんだ。そうだめぐみん、俺のどこが優しいのか言ってみろ」

 

 優しいなんて言葉は体のいい罠だと俺は思っている。

 そう、そんな事をネット友達が言っていたのだ。

 ネット友達曰く、「いいか運だけのカズマさん。世の中っていうのはな運だけで物事が上手くいくわけじゃないんだ。そう、運だけでゲームで高ランクになったカズマさんには到底理解できない事だと思がな! 例え話をしよう。……女性が男性に『あなたって、優しいね!』と言う時は大抵そうは思っていない。実際はその男性をどうでもいいと思っているんだ。もしお前が万が一外に出て女友達ができたら聞いてみるといい。『俺ってどう思う?』ってな。目を逸らしながらその言葉を言ったら……そういう事だ」

 

 そう、これはめぐみんが俺の事を実際はどう思っているか知る事ができる数少ない機会。

 さぁ、答えは……!?

 内心そわそわしていると、めぐみんはやがて。

 

「そうですか、では言いましょう。まずはそうですね、爆裂魔法しか使えない私をこうしてパーティーに入れてくれるだけでも充分優しいといえると思います。あと、なんだかんだ文句を言いながらもおんぶしてくれるのも優しいと思いますね。あとは、お酒を飲もうとする私を止めてくれるのも──私は正直飲みたいのですが──私の身体を気にしていると実感できますから優しいと思います。あとは……──」

 

「ごめんなさい、もうそれで勘弁してください」

 

 堪らずに俺は謝った。

 こう、精神的な意味でやられた気がする。

 俺の顔は今、羞恥で顔が凄い赤くなっている事だろう。

 

「ふふ、カズマ、顔真っ赤ですよ。……自分から言わせておいて恥ずかしがってるんですか?」

 

「それを言うならめぐみんもそうじゃないか。……というか、お前にも恥ずかしいという感情はあるんだな」

 

「失礼にもほどがあるでしょう! カズマは私の事を何だと思っているのですか!」

 

 えっ、そんなの決まっている。

 

「名前と頭がおかしい紅魔族……──」

 

「いいでしょう! その喧嘩買います!」

 

「……爆裂魔法が下手したら三度の飯より好きで、茨の道を歩く女の子で、俺の大切な仲間」

 

「んなっ!?」

 

 俺はやる時はやる男だ。

 そして俺は、やられたらやり返す真の男。

 口をパクパクさせるめぐみんをにやにやしながら見ていると彼女はようやく笑顔になって、

 

「そ、その……ありがとうございます。私もあなたの事を大切な仲間だと思っていますよ!」

 

 そう、告げるのだった。

 

 

 §

 

 

 翌日。

 朝一番に起きた俺達四人は現在、アクセルの街に向かっているのだが……半日経っても外観すら眺める事ができなかった。

 その理由はやはり、

 

「「「「お腹空いた」」」」

 

 空腹が原因だろう。

 冬になると当たり前だが食料を手に入れる事は難しくなる。

 帰りの道中で何かしら……せめて果物くらいは見つかると思っていたのだが……どうやらそれは無理らしい。

 こんな状況でモンスターと接触したらどうなるか、想像に難くない。

 幸い『敵感知』がある為遭遇を回避する事ができるが、やり過ごすのに時間がかかったりするのも、進行ペースが遅くなる原因の一つだろう。

 男である俺と、体力が無駄にあるダクネスはまだ余力があるが……クリスとめぐみんは立っているのもやっとな状況だ。

 体力が少ないめぐみんは分かるのだが、クリスは何故目に隈を作っているのだろうか。その事を訊ねると、「昨日はちょっとノルマが……」と意味が分からない事を説明してくれた。

 それに、『敵感知』もスキルの為に微量だが魔力を使っている。〈盗賊〉と〈冒険者〉はさして魔力のステータスが高い訳では無いので、このままだと本格的にヤバい。

 ふらふらとした足取りで歩いていると……──隣にいためぐみんがズサっと土煙を巻き起こしながらうつ伏せに倒れた。

 俺は慌ててしゃがみ込み、

 

「おい、大丈夫かめぐみん!?」

 

「もう無理です。……カズマ、私はもう駄目です。私を置いて、三人だけでもアクセルの街へ……!」

 

「何言ってるんだよ!? 俺達は、仲間だろう!?」

 

「ふふっ、その言葉を聞けただけで私はもう、満足です……」

 

 それを最後に、めぐみんはバタンと倒れ……──言葉を発しなかった。

 俺が肩を揺さぶっても、魔法使いの女の子は起きなかった。

 

「あああああ! めぐみーん!」

 

 そんな俺達を数歩前にいたクリス達はジト目で見て、

 

「「そういう演技いいから」」

 

 なんて酷い奴らだ。

 彼女達には人間の心がないのだろうか。

 俺はキッと睨み付けるが、寧ろ睨み返される始末。

 ……これは遊んでる場合じゃないな。

 二人の怒りの視線に恐怖し、俺とめぐみんは起き上がり、

 

「カズマカズマ。真面目な話、私もう駄目なのですが……。ダクネスとクリスも、一回休憩しませんか?」

 

「私はそれでもいいが、一度でも止まったら精神的にキツくなるぞ?」

 

「あたしもダクネスと同意見かな」

 

「……ですよね」

 

 ……流石に限界か。

 

「仕方がないか……。ほら、おぶってやるから」

 

「いえあの、だったら歩きますよ。流石に申し訳ないですし!」

 

「いいからいいから」

 

 抗議するめぐみんを俺は無理矢理おぶり、いざ千里の道も一歩からとばかりに前を見ると……そこには意外そうなクリス達がいるではないか。

 い、いったいなんだ……?

 

「二人とも、どうかしたか? あぁ、おんぶならセクハラじゃないぞ。これは不可抗力だし、今日はこの状況を利用してセクハラする気にもなれないからな」

 

 ぶっちゃけ、こうしておぶるだけでもかなりキツい。

 キツいがめぐみんを置いて行けるはずがない。

 そこまで俺は落ちぶれていないのだ。

 クリスとダクネスは驚いた顔をして──二人同時に、

 

「「本当にカズマ?」」

 

 そんな失礼な事を言ってくるではないか。

 こめかみがひくつくのが自分でも感じられるが、我慢、我慢だ。

 報復は後にすればいい。

 こんな事で一々目くじら立てていたら、体力を大幅に使ってしまう。

 そうだ、落ち着け佐藤和真。

 俺は大人なのだ、子供がやる事には寛容なのだ。

 俺が何もしない事に驚く二人を放置して、俺は足に力を込めて一歩歩み出すのだった。

 

 

 §

 

 

 結局、アクセルに着いたのは夜だった。

 普通なら片道半日なのだが……、それだけ危機に陥っていたという事だろう。

 冒険者ギルドに息絶えだえになりながらも辿り着くと……俺達四人は料理を普段の倍は頼んだ。

 受付のお姉さんがこれは日頃のお礼ですと言って唐揚げをいくつかサービスでくれる中、ふと思い出したように、

 

「あのカズマさん。アクアさんとは合流できたんですか?」

 

 そんな意味が分からない質問をしてくるではないか。

 頭上にクエスチョンマークを浮かべる俺達を見て、お姉さんはサッと顔を青ざめる。

 

「あの、どういう事ですか? アクアがどうかしたんですか?」

 

「昨日の夜ですけど、アクアさんがカズマさん達を心配して『迷宮(ダンジョン)に行って探してくる!』と言ってギルドを出たんですよ! 私は止めたんですが、『受付のお姉さん、カズマさん達は命の危機になっていると思うの! 具体的には、餓死しそうだと思うの! だって避難所には食べ物無かったはずよね!?』と言いまして……。実際アクアさんの言う通りだったので頷けば……今朝、ありったけの食べ物をバッグに詰めて出て行きました……」

 

 呆然とする俺達。

 なんて事だ……!

 慌てて装備を整え、ギルドを出ようとした……

 

 ──その時。

 

「カズマさん達、いるー!?」

 

 そんな聞き慣れた女性の声が建物内に大きく響き渡った。

 他の冒険者が俺達のいる場所を教えて、アクアはその冒険者にお礼を言ってから駆け足でテーブルにやって来た。

 俺達が今使っているテーブルは四人がけの為、アクアは座れない。

 それを見かねたクリスとダクネスが席を立ち、

 

「あたし達はここでお暇するよ」

 

「そういう事だ、それじゃあカズマにめぐみん、迷宮探索お疲れ様。アクア、私達を心配してくれてありがとう」

 

「ありがとうございます、アクアさん」

 

 そう言い残し、二人のパーティーは颯爽と夜の街に消えていった。

 というか今更だが、何でクリスはアクアに敬語を使ったのだろう。

 〈盗賊〉だから〈アークプリースト〉のアクアに気が引けるのだろうか……?

 盗賊と聖騎士をにこにこと笑顔で見送ったアクアは疲れたように息を吐きながら俺とめぐみんの対面にどさりと座るのだった。

 オーダーを取りに来たお姉さんに向かって、

 

「キンキンに冷えたしゅわしゅわ一つ頂戴!」

 

「畏まりました!」

 

 ──運ばれたしゅわしゅわをプハーと美味しそうに一気飲みするアクアを見ていると、目の前の女性が女神だとは到底思えなくなってくるのだから不思議だ。

 更には俺がエリス様に蘇生してもらっている間に土木工事の正社員になったのだとか。

 この世界は不死王が魔道具店を営んだり、女神が土木工事の正社員をしたりと、色々とおかしいと思う。

 そんなこの世界の理不尽さを考えているとアクアが、

 

「カズマさん達、無事に戻れたのね」

 

「あぁそうだな。俺達を心配して追い掛けてくれたんだろ? ありがとな」

 

「本当にありがとうございます、アクア」

 

「それならウィズにも言ってあげてね? 『えぇ、カズマさん達、もしかしたら飢えてるんですか!? それは大変です! アクアさん、早く行きましょう! 飢える気持ちは私、痛いほど分かりますから!』って、私以上に心配していたから」

 

 なんと驚く事にウィズもアクアに付いて行ったらしい。

 女神と不死王(リッチー)の臨時パーティーなんて、世界初なのでは?

 うん、それは確かに心配してくれてありがとうと言うべきだろうが、理由が理由すぎる。

 そんなにウィズの店は経営が悪い意味でヤバいのだろうか……。

 明日あたりお礼も兼ねて何か買って行こう。

 俺がそう決意していると……めぐみんがアクアに向かって

 

「それにしても随分疲れてるみたいですが……何かありましたか? いくら私達を追い掛けるのに夢中だったとはいえ、高ステータスな二人ならあまり疲れないと思うのですが……」

 

 めぐみんが怪訝の声を出す中、待ってましたとばかりにテーブルをバタンと叩くアクア。

 

「めぐみんの言う通りよ。もともとウィズを連れていったのはね、帰りを『テレポート』で一瞬で終わらせる目的があったのよ。私達は自慢じゃないけど高ステータスを誇っているわ。だから、迷宮そのものには着いたんだけど……そこは既にもぬけの殻。カズマさん達がいなかったって訳。でも、迷宮内で飢えてるかもしれないでしょう? だから私達は迷宮に入ったのよ。そしたらね、いたのよ……──」

 

 勿体ぶるように溜めをつくるアクア。

 それは、怪談話をする時のような……そんな妙に緊迫した雰囲気が流れる。……俺とめぐみんはズズっと上半身を前に押し出して話し手の言葉を聞く事にした。

 そんな俺とめぐみんをアクアは満足そうに頷き、とうとうその言葉を放つのであった。

 

「──いたのよ、野生の不死王が」

 

「「…………はい?」」

 

 その瞬間、空気が凍った。

 不死王。

 そう、不死王である。

 野生の不死王である。

 俺とめぐみんが思わずマジで? とアクアを見たら、彼女は重々しく頷き……──

 

「「はぁああああああ!?」」

 

 夜にも関わらず、近所迷惑になりそうなほどの俺とめぐみんの絶叫が冒険者ギルド内に響き渡った。

 

 

 §

 

 

 私の名前は水の女神アクア。

 天界では職務中にスナック菓子を食べたり、後輩に仕事を押し付けていた女神。

 でもこの世界に来てからは少なくとも前よりは自身の性質がまともになったと思う。

 そして今日も私は……

 

「アクアのねーちゃん、こっち頼む!」

 

 ──朝早くから土木工事に勤しんでいます。

 

 思えば、この仕事に就いてからもう少しで半年が経とうとしている。

 カズマさんが出した条件はもう目と鼻の先だけど、私はこの仕事を辞める気は一切ない。

 そう、私は目覚めてしまったのだ。

 

 ──仕事終わりに飲む、酒の美味しさを。

 

 あれほどの美味を知ってしまったらもう、引き下がる事なんてできやしない。

 同僚と食べるご飯の味は格別。

 兎も角、アルバイトから正社員になりなんちゃって冒険者になった私だけど……今でもカズマさんや他の冒険者との付き合いは続いている。

 そして、相席し冒険者達の話を聞くのも中々に面白いと思う。

 中には〈アーチャー〉職だけのパーティーもあるし、レベルが三十以上ある、もはやベテランと言ってもいいのに何故かこの街に居座る冒険者パーティーもいる。

 本当に冒険者は十人十色で個性があって面白い。

 けど、私が一番好きな話はカズマとめぐみんのクエストの話だったりするのよね。

 大抵は命からがらのものが多いけれど、それでも無事に──とは言えないが──帰ってくるのは素直に尊敬するなぁ。

 チート持ちの転生者だとそれが味わえないからあんな風に傲慢になるのかしら?。

 まぁそれはさておいて、今日も私は夜になると冒険者ギルドに入る。

 入ると同時に、

 

「おっ、アクアちゃん! 今日はどうする? 相席するかい?」

 

「アクアさん、実は仲間が怪我をしてしまって……治して貰えますか?」

 

「アクア様、ようこそいらっしゃいました! 今日は一撃熊のお肉が美味しいですよ!」

 

 そんな歓待の声が私を招き入れる。

 誘ってくれたパーティーには今日は断る旨を告げ、怪我をした子には『ヒール』を掛け、ギルド職員と少しばかりの雑談をする。

 天界じゃ考えられないほどの充実した日々。

 今日はカズマさん達とご飯を食べようかと思ってキョロキョロと茶色い髪の毛冒険者ととんがり帽子の魔女を捜して──何処にもいない事に気がついた。

 おかしい。……何時もならこの時間帯にはいる筈よね。

 何かトラブルでもあったのかしら。

 私はストレスによって目が軽く死んでいる毎度お馴染みの受付のお姉さんに声をかけて、

 

「受付のお姉さん! カズマとめぐみんを知らない?」

 

「あぁアクアさんですか。ええっとそう言えば、なんでもキールのダンジョンに行くとか言っていましたね」

 

 迷宮(ダンジョン)探索に行ったみたいだった。

 でもだったらおかしい。

 カズマのパーティーには爆裂狂のめぐみんがいるから、迷宮探索には向かないはず。

 私の表情を読み取ったお姉さんが、

 

「あっ、それでしたら今回はクリスさんと臨時にパーティーを組んだみたいですよ。めぐみんさんとダクネスさんは爆裂日課、カズマさん達は迷宮探索と別れたみたいです」

 

「ありがとうお姉さん。けど確かキールのダンジョンって世界で一番難易度が低いと言われている迷宮よね? だったらもう、帰ってきてもいいと思うんだけど」

 

 私のその指摘にお姉さんが驚いた顔を浮かべる。

 

「……アクアさんの言う通りですね。カズマさんとパーティーを組んだクリスさんはかなり凄腕の〈盗賊〉ですし……。それに、めぐみんさんとダクネスさんが帰ってこないのも気になります。もしかしたら爆裂日課を止めてついて行ったのかもしれません。まぁでも、大丈夫でしょう。キールのダンジョンは雑魚しかいませんし、攻略そのものは簡単ですから。今日は恐らく、迷宮近くにある避難所で一夜を過ごすのだと思います」

 

 流石は歴戦のギルド職員。

 何年もこの仕事に就いているだけあってか、冷静に物事を考えられるのは尊敬に値するわ。

 そっかー、迷宮探索かー。

 きっと今頃、あたたかいご飯を……──ちょっと待ちなさい私。

 随分前に冒険者から聞いた話だけど、難易度が低い迷宮の避難所と呼ばれる施設には寝具とキッチンにテーブルしかないと聞いたような気が……。

 そうだ、確かに私は聞いた筈。

 その冒険者曰く、「迷宮の近くには避難所があるんだが、難易度が低い所だったら最低限の物しかない。理由は簡単。まず、難易度が低いという事は攻略が簡単だという事。つまり、時間が掛からないんだ。そして難易度が低いんだから、そんな場所には普通誰も行かない。人が滅多に訪れない所に豪華な設備なんて備え付けないし、食料なんてもってのほかだよ。もし仮にあったとしても、定番の保存食の黒パンは固すぎで食べられないし、干し肉は塩分が高すぎで食べられない。だから、気をつけな」と。

 突然黙った私をお姉さんが心配そうな表情で見てくるが、そんなの気にしてられない。

 私は下げていた顔をガバッと上げて、

 

「お姉さん、キールのダンジョンの場所を教えて! このままじゃ、カズマ達が飢えちゃうわ!」

 

 困惑の表情を浮かべるお姉さんにイチから説明すると、優しいお姉さんは案の定止めてきた。

 肩に手を置いて、

 

「アクアさん、危険ですよ! 今の季節は強力なモンスターしか闊歩していないのはご存知でしょう? いくら高ステータスなあなたでも最悪殺られてしまいます!」

 

「私よりカズマ達の心配をしないと……! 私、行ってくる! あっ、けどその前に、地図を頂戴! 迷子になっちゃうから」

 

 私が本気だという事を理解してくれたお姉さんは一旦奥の方に行き、数分後地図を持ってきて私に渡してくれる。

 私はお礼を言ってから、冒険者ギルドを出て食べ物を買う為に、独り奔走するのであった。

 

 

 

 店を閉めている八百屋さんと魚屋さん、そして肉屋さんに事情を説明し、無理を言ってありったけの食べ物を購入した私は思い荷物を背負って宿に向かっていた。

 ……ちょっと、買いすぎたかもしれない。

 ふらふらとした足取りで夜の街を歩いていると……後ろから聞き慣れた声がした。

 

「あれっ、アクアさんじゃないですか? どうしたんですか、そんなに荷物を持って?」

 

 その声に釣られる様にして振り返ると……そこにはローブを着た不死王のウィズがいた。

 昔は遊び半分でウィズに『ゴッドブロー』を繰り出していた私だけど、今はそんな事をしないくらいには仲が良くなったと思う。

 同じ不老不死だからか、話が通じるのよね。

 

「ウィズ、こんばんはー。こんな時間に外を歩いてちゃ駄目よ? 危ないから」

 

「あっ、はい、こんばんはアクアさん。いえ、こんな時間と言ってもまだ夜の八時ですよ。それよりも、その荷物はいったい……?」

 

「あぁこれ? カズマ達が飢えているかもしれないから、食べ物を持っていこうと思って……」

 

「えぇ、カズマさん達飢えてるんですか!? でも持って行くって何処に……?」

 

「キールのダンジョン」

 

 私の端的な返事をウィズはきょとんとした顔で聞いていたけれど、言葉の意味を理解した彼女は、

 

「えええええええええ────!?」

 

 そう叫ぶのだった。

 何かおかしいかしら?

 

「アクアさん、そんな大きな荷物を持って外に出る気ですか!? ……いえ、女神様であるアクアさんを疑う訳じゃないんですが……今の季節は危険ですよ!?」

 

 その言葉はもうギルドで聞いた。

 

「だけどそうは言っても、カズマ達が危険なら行くしかないじゃない」

 

「うっ……それはそうですが。確かに難易度が低い迷宮でしたら食べ物は何もない筈ですし……。なら、私も行きます」

 

 そんな嬉しい事を言ってくれるウィズ。

 そうだ、帰りはウィズの『テレポート』で皆で帰るようにしよう。まぁそうなるとこの荷物は要らなくなるけど……念には念を持って、持っていこうかしら。

 

「けど、お店は大丈夫なの?」

 

「大丈夫です。一日くらい空けても泥棒なんて入りませんし、そもそもお客さんが来ませんから!」

 

 それは店としてどうかと思うんだけど。

 私が思わず憐憫の目を貧乏店主に向ける中、それを敏感に感じ取った憐れな不死王は、

 

「と、兎も角です! 何時頃行きますか?」

 

「明日の朝に出るつもりよ」

 

「分かりました! なら明日の朝、アクセルの正門前に集合でいいですね!」

 

 では私はこれで……と律儀に会釈をしてからウィズは自分の家に戻るのだった。

 私はそれを見届けた後、ある事に悩んだ。

 

 親方には、なんて言えばいいんだろう。

 

 こんな夜遅くに訪ねても非常識だし、かといって明日の朝に休暇を取りますと告げに行く時間はないだろうし……。

 こうして私は初めて、仕事を無断欠勤する事にしたのでした。



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女神と不死王の迷宮探索

 

 翌朝。

 季節は本格的に冬になり、アクセルに関わらず殆どの街では毎年その寒さに襲われている。

 天界にいた時は私の曇りなき(まなこ)で下界の様子を視る事ができたけれど、視る事と感じる事は全くもって違う。

 神器であるこの羽衣がなかったら私はきっと、外に出る事さえしないに違いない。

 まぁ仕事があるから無理なんだけど。

 これが社畜の考えなのかしら……。

 そんな益体の考えをしながら太陽がまだ出ていない、暗いメインストリートを独り悲しく歩いていると、集合場所である正門が見えてきた。

 というか、背負っているバッグが凄い重たいんですけど…………。

 少し買いすぎたかもしれない。

 ノロノロとしたペースで歩いているとこんな時間にも関わらず人が一人、門の前に立っていた。

 その人は、黒いローブを目深に被り今まで見た事がないくらいに緊張した顔つきをしていた。

 片手に持っているのは、相棒であろう杖。

 その人は私に気がついたのか元気に手を振りながら、

 

「あっ、おはようございますアクアさん!」

 

「うん、おはようウィズ。待たせちゃった?」

 

「いいえ、大丈夫ですよ。それより……それ全部持って行かれる気ですか?」

 

「うん、そうなんだけど……ちょっと買いすぎたみたいで重たいのよね」

 

「でしたら、支援魔法をご自分に掛けるのはどうでしょう? アクアさん、筋力のステータスが上がる魔法を取得していますか?」

 

 そっか、自分に支援魔法を掛ければ良かったじゃない!

 恥ずかしい、まさかそんな事すら思い浮かばなかったなんて……。

 でも素直に頷くのもなんか嫌だから、

 

「もももももも、もちろんそのつもりだったんだけどね? ほら、支援魔法にも当然魔力を使うじゃない? 少しでも温存しときたかったのよ!」

 

「あぁ、なるほど! 流石はアクアさんですね!」

 

 そう言って尊敬の目で私を見てくるウィズを私は直視する事ができない。

 純粋すぎる……!

 自身に支援魔法を掛けた私は空気を変える様にこほんと咳払いをして、

 

「それじゃあ、行きましょうか!」

 

「はい!」

 

 こうして、世にも珍しい女神()不死王(ウィズ)の臨時パーティーが組まれるのでした。

 

 

 §

 

 

 できるだけ急いだ方がカズマさん達の為になります! と述べるウィズの言葉に従い、私は現在……

 

「ねぇ、ウィズ! ちょっと速すぎない!?」

 

「何を言っているんですかアクアさん! こうして話している間にも、カズマさん達が飢えてるかもしれないんですよ!? 少しでも急がないといけません!」

 

「それはそうだけど! ……ね、ねぇ、ウィズ? 知ってるかしら? 人間は何も食べなくても最低三日は生きる事ができるのよ?」

 

「いえ、それでも善は急げです!」

 

 猛烈な勢いで先を走る不死王(リッチー)を追っていた。

 というか、速すぎる!

 なんで!? 仮にもウィズは元〈アークウィザード〉でしょ! 何で魔法使いが(女神)より速いの!? おかしいと思うんですけど……!

 アレかしら、不死王になるとそんなにステータスが上がるのかしら……。

 アクセルの街から程々離れると……そこには大きな山が一つ忽然と姿を現す。

 当然、道は整備されていないし……そもそも『道』の概念がない。

 だから私達冒険者は獣道を『道』にしてナビゲーターにしている。

 獣道とは獣が通ってできる道の通称。

 そんな獣道があちらこちらに生えている森林の中を、私とウィズは通っていた。

 というか、本当にこの道であってるんでしょうね……?

 受付のお姉さん曰く、キールのダンジョンの道は山の麓を歩くから崖道が多いとか言っていたんだけど……崖道なんて一回も通っていない。

 そもそもここは本当に麓なのかしら?

 どんどん森の中に入って行ってる気がするんですけど。

 まぁ、先輩冒険者のウィズが先導してくれているから大丈夫でしょう。

 なんでも、今私達が通っている道はキールのダンジョンへの近道だとか。

 だから、大丈夫。

 ……と、そんなフラグになりそうな事を考えていると……先に突入して行ったウィズが慌てて戻って来た。

 

「アクアさん、この先に一撃熊がいました! 私が適当な魔法で倒すので、少しだけ待っていてください」

 

「えっ、ちょっと待っ……! 行っちゃった……」

 

 私の返事を待たずに、ウィズは駆け足で来た道を戻って行ってしまい、また独りになってしまう。

 ウィズの指示通りにのんびりと待っていると……──

 

「先手必勝です。『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

「グビャアアアァアアア!!!」

 

 ──歴戦の魔法使いの上級魔法が炸裂した。

 それと同時に聞こえる、熊とは思えない程の奇妙な叫び声。

 奇襲をかけられた憐れな熊は、何もする事ができないまま、呆気なく殺られてしまうのでした。

 というか、離れた場所に私がその魔法を見る事ができたのだから、ウィズが凄いと認識させられる。

 どれだけ力を込めたんだろう。

 

「ふぅ、終わりましたよアクアさん。……どうかしましたか? 何やら複雑そうな顔をしていますけど…………」

 

「……。ねぇウィズ、あなた何でそんなに強いのに大して儲かっていない魔道具店を営んでいるの?」

 

「アクアさん、流石に失礼ですよ! 私だって、偶には黒字になる事だってあります! 一年に一回くらいですが!」

 

 それでも一年に一回なのね……。

 憐憫(れんびん)の眼差しを向けて貧乏店主を眺めていると──何処からともなく表れたゴブリンの群れが私達を囲い込んでいた。

 話す事に夢中になり過ぎて気が付かなかったみたい。

 私とした事が不覚をとったみたいね……。

 奴らが一心不乱に見ているのは……私──ではなく私が持っている大量の食べ物。

 匂いが漏れしてるのかもしれない。流石はモンスターと言うべきかもしれないわね。嗅覚が鋭い事で。

 私が拳を構え、ウィズが杖を構える中、ゴブリン達はケタケタと笑いながら冒険者から奪ったのであろう錆びた剣を振り回してくる。

 ふっ、馬鹿ね。こっちには女神であるこの私と、ポンコツ店主とはいえ仮にも不死王であるウィズがいるのよ。

 負ける筈がないわ!

 

「ウィズ、あなたはそっちをお願い! 私は目の前の奴らを倒すわ!」

 

「分かりました!」

 

「さぁ、覚悟なさい!『ゴッドブロー』ッ!」

 

 大きく振りかぶった拳が纏めて数匹のゴブリン達に命中し、甲高い悲鳴をあげなから飛ばされていった。

 決まった……!

 私がドヤ顔で格好つけていると──ウィズも終わったのかフゥーと息を吐いているところだった。

 周りにある木が余波で若干燃えているから炎を生み出す魔法を使ったに違いない。

 一応念の為水を出しておきましょう。

 

「お疲れ様です、アクアさん。それと火の鎮火ありがとうございます。火事になったら危ないですからね。……それじゃあ行きましょうか。もしかしたら初心者殺しがいるかもしれないですから急ぎましょう」

 

「何その、初心者殺しって? 名前からして怖いイメージがあるんですけど……」

 

「初心者殺しは、自分より弱いモンスターの付近に隠れて、戦いで疲れた冒険者を襲う非常に狡賢いモンスターです。こう、猫が大きく……かつ凶暴化した姿ですね」

 

「へぇー、そうなんだ。ところでウィズ? 気の所為かしら、あっちから凄い速さで私達に近づいてくるサーベルタイガーみたいな動物が近づいてきてんるんですけど……!」

 

「えっ、そうなんですか? 凄いですねアクアさん。私が見えないのに見えるなんて! 凄い視力がいいんですねー。流石は女神様でしょうか! あと、さーべるたいがーって何ですか?」

 

 そう呑気に褒めたたえてくるウィズだけど、今はそんな状況じゃない!

 私は慌ててその化け物を見る。

 木々の合間を速度を落とす事なく疾走する姿は単純に凄いとしか言いようがない。

 図体が大きい割に、何であんな速く移動できるのかしら。

 そしてとうとう、ソイツは私達の前にその全容を現した!

 

 それは、一言で言うと猫科の猛獣。

 

 地球で言うところの虎やライオンを遥かに超えるその大きさに加え、全身が黒い体毛で覆われている。

 そして口には、サーベルタイガーみたいな二本の大きな牙が生えていた!

 

「ガォオオオオオ!!!」

 

 天に吠え、雄叫びを上げる勇姿に私は思わずおぉ! と歓声の声を出してしまう。

 ペットに欲しいかも。

 私が魅了されていると、ウィズが魔法の詠唱をしながら私を守るように一歩前に出て、

 

「アクアさん、気をつけてくださいね!」

 

「分かってるわ! ウィズ、支援魔法を掛けてあげるから、ちょっと待ってなさい!」

 

 そんな掛け合いの声を出しながら戦闘態勢を取る私達。

 初心者殺しは私達を敵と見なしたのか爪を研ぎ、口から涎を垂らし、そして鼻息を荒くする。

 

「行くわよ、ウィズ! 『セイクリッド・マジックアップ』ッッ!」

 

「──キャアアアアア!!!!」

 

 私が魔力を上げる支援魔法を掛けると──何故かウィズは悲鳴を上げなから地面を転がり始める。

 ……えっ。

 敵である初心者殺しと私が顔を見合わせて魔法使いを見ると……ウィズは涙目になりながら、

 

「私、一応不死王ですから支援魔法効かないみたいです! いえ、正確には女神であるアクアさんのが効かないといいますか……!」

 

「えええええ、何よそれ!」

 

 という事は、回復魔法の『ヒール』も効かないんじゃ?

 寧ろ、ますます痛くなるのでは……?

 転がり回っているウィズの肩を掴み『ヒール』を掛けてみると…………

 

「痛い痛い痛い痛い! アクアさん、やめてください! 凄い痛いです! ……肩を掴むのもやめてください! このままじゃ浄化しちゃいます!」

 

 身体を透明にして懇願してくる不死王。

 私が手を離せば、ウィズはハアハアと息を荒げながら……私達の馬鹿なやり取りを忍耐強く待ってくれた初心者殺しを見て、

 

「あの、ありがとうございました。そしてごめんなさい。『インフェルノ』ッ!」

 

 なんと、上級魔法を撃つ!

 

「ピニャアアア!!!!」

 

 

 そうして、サーベルタイガーは獄炎の炎に焼かれたのでした……。

 

 

 

 ──なんて可哀想な初心殺し……。

 私は彼──彼女かもしれないけど──を想ってウィズをキッと睨みつける。

 

「アンタ、人間の心がないわけ!?」

 

「えええええ!? そ、そんな事言われましても……私不死王ですし……。あっ、でも心は人のままですよ?」

 

「普通今のは、律儀にも待ってくれた初心者殺しと正々堂々と戦うところでしょ!」

 

「うっ……それを言われると痛いですが…………。でもアクアさん、あのまま戦ってたらますます戦闘が長くなってカズマさん達が危ない目に……──」

 

「良くやったわウィズ! 流石は不死王ね! それじゃあ行きましょう」

 

 あっさりと手の平を返す私を、ウィズは何か言いたげにジッと見ていた。

 

 

 §

 

 

 現在。

 私達は今、キールのダンジョンの目の前にいた。

 そう、私達は無事に目的地である迷宮(ダンジョン)に到着する事ができたのよ……!

 けれど何故かしら。

 そんな感慨深い思いも、空を見れば無くなってしまうのは何故かしら。

 私はジト目と熟練の魔法使い見る。

 気まずそうに視線を横にふいっと逸らすウィズの目を私は超至近距離で見つめた。

 

「ジー」

 

「あ、あの……アクアさん。迷宮に行かないんですか? せっかく此処まで来たんですから、潜ってみましょう!」

 

「えぇ、そうねウィズ。私もそれには同意見。だって、今行ってもカズマさん達はアクセルにいるでしょうからねー。……私が何を言いたいのか分かる?」

 

「すみませんすみません! 本当にすみません!」

 

 ペコペコと平謝りしてくるウィズ。

 私は思わず──日が暮れて暗くなった空を何でこんな風になったんだろうと思いながら黄昏れるしかなかった。

 

 

 

 ──変だなとは思っていた。

 

 受付のお姉さんによれば、キールのダンジョンへと行くにはまず山へと向かい、その麓にある獣道を通る必要があるのだとか。

 けど、ウィズを先頭にして行進して行った私達が通った道は山の中にある森林。

 決して、麓なんかではない。

 もう一度言う。

 決して、麓なんかではない。

 

「なんで近道をしたのに、正規ルートより時間が掛かってるのよ!? 私達がアクセルを出たのは朝よ! しかも早朝よ!? なのに何で!」

 

「……その、何と言いますか。私がこの場所に来たのは何十年も前なんですけど、何分昔の事ですから道を忘れてしまったみたいで……。それに、かなり道が変わっていて……」

 

 言葉を濁す使えない先輩冒険者に私は天まで届けとばかりに思いっ切り叫んだ!

 

「ふざけるんじゃないわよおおお! ねぇ、どうしてくれるの、どうしてくれるの!? これじゃあ私達馬鹿じゃない!」

 

「すみませんすみません! 本当にすみません!」

 

「ハァ────。……もういいわよ、私もなんだかんだ言いながら楽しめたしね」

 

 そうニッコリと笑いかければ、ウィズもそれに釣られたのか柔らかい、それは柔らかい笑顔を浮かべて……。

 思わず私はステータスにものを言わせて懐に忍び込み、

 

「『ヒール』」

 

 迷宮前で、不死王(リッチー)の悲鳴が響き渡るのでした。

 

 

 

 ──制裁を受けて、煙を出しながら透明になっている不死王(ウィズ)を尻目に見ながら、私は今後の事を考えていた。

 目的は達成できなかったから、正直此処にいる意味はないけど……迷宮(ダンジョン)に挑戦してみたいという気持ちが湧いてくるのは冒険者の性かしら。

 いえ、実質もう引退しているようなものだけど。

 そんな突っ込みを脳内でしつつも、私は改めてキールのダンジョン……その出入り口を見る。

 山の岩肌に、奥を窺い知れない──真っ黒な迷宮の出入り口。

 天然の洞窟のような迷宮だけど、少し身を乗り出して中を見てみれば、そこには綺麗に整備されている階段が見渡せた。

 私は一人うんと力強く頷いて、

 

「ウィズ、今から迷宮探索するから付き合ってくれる? それでさっきのはチャラにしてあげるわ」

 

「もちろんですよアクアさん。それにしても久し振りですねー、迷宮に潜るのは。最後に潜ったのは、私が不死王(リッチー)に成り果てるその直前でしょうか」

 

「へーそうなんだ。ところでウィズ、あなたって何歳なの? さっき、何十年も前って言ってたわよね? つまりウィズはババ……──」

 

「──それ以上言ったら、分かりますね?」

 

 怖っ、この子怖いわ!

 アレね、顔は笑っているけど目は笑っていない状態が初めて分かったわ。

 街に戻ったら、カズマさんに教えてあげましょう。

 

 ウィズに歳を聞いては駄目だと。

 

 

「そう言うアクアさんは何歳なんですか? 少なくとも、私よりは歳上ですよね?」

 

 どうやらこの女は、自分が歳下ですよアピールをしたいらしい。

 それは全くもって見当違いだというのに、馬鹿なものね。

 私は勝ち誇ったように笑みを浮かべながら、ちっちとばかりに指を振り、

 

「いいウィズ、よく聞いてね。女神様にそんな事を聞いちゃ駄目だと普段なら言うけど、友達のあなたには特別に教えてあげるわ。まず私がいた天界はね、下界との時間の流れが違うのよ。例えば、ある世界では一分の時間でも天界だったら一秒とかだったりするのよ。つまり、私の歳は分からないわけ! けど少なくとも、あなたよりは歳下だわ」

 

「あっ、つまりアクアさんはババ……──

 

「──『ゴッドブ……──』」

 

「ごめんなさいごめんなさい! ……アクアさん、この話はやめませんか? 血が流れてしまいますから」

 

「そうね、それが一番だわ」

 

「それじゃあ、行きましょうか!」

 

 こうして、私とウィズの迷宮探索が幕を開けたのです。

 

 

 §

 

 

 意気揚々と迷宮(ダンジョン)の内部に入ると、灯りもないのか迷宮内は真っ暗だった。

 流石は難易度が一番低い迷宮、ランプに税金が使われる訳ないわよね。

 まぁ私は女神だからこの真っ暗でも見える訳だけど。

 こういう時、私の曇りなき眼には自分でも凄いと実感しちゃうわ。

 自画自賛していると、不死王(リッチー)の性質だからか、この暗さでも視る事ができるウィズが花歌を歌いながら隣を歩いている事に気がついた。

 

「どうしたのウィズ? 凄い元気じゃない」

 

「いえ。今は時間帯が夜ですし、迷宮内は太陽の光が刺さないですから楽なんですよ」

 

 そんな、引き籠もりみたいな事を言う不死王。

 ……いや、それがアンデッドの性質だから分からなくもないけど…………。

 

「それにしても、全然モンスターが襲い掛かってこないわね。アレかしら、神聖な女神である私を怖がっているのかしら?」

 

「あのアクアさん。普通なら逆ですよ? 女神であるアクアさんはピカピカ光っているので、寧ろモンスター……それこそアンデッドは寄り付くはずです」

 

「だからあの時もアンデッドナイトが私に群がったのね……。ねぇウィズ、なんか私、夏の夜にポツンと立って虫を集める街灯の気分になるんですけど……」

 

「えっと、それは……。と、兎も角! 確かにおかしいですね……。死者の魂も特にないようですし……」

 

「アレかしら、カズマさん達が殆どのモンスターを倒したとか……?」

 

「そう考えるのが妥当ですけど、カズマさんが率先してモンスターと戦う姿は思い浮かばないと言いますか」

 

「それもそうよね。 クリスは〈盗賊〉だから戦闘能力はあまり高くないし、〈冒険者〉もそう。戦わずに『逃げ』を選択した方が効率的よね」

 

 そう、カズマとクリスのパーティー編成では戦いに向かない事は一目瞭然。

 普通のモンスター相手だったら戦えるでしょうけど、アンデッド相手には物理攻撃は効かないから、『敵感知』を駆使して逃げに徹するのが定石(セオリー)の筈。

 知能のステータスがあまり高くない私でもそれくらいの事は思い浮かぶんだから、私より遥かに頭が良いカズマだったらすぐにそう考えるでしょう。

 ……だったらなんでこんなにも少ないのかしら?

 

「ねぇウィズ。迷宮探索ってこんなにも簡単なものなの? 正直、期待外れにも程があるんですけどー」

 

「いえ、いくら世界で一番難易度が低い迷宮と呼ばれていても、普通なら敵がうようよ彷徨いているものですよ。それにですね、私が人間の頃にはゴールに辿り着くまでに一週間もの時間が必要とする迷宮もあったんですよ?」

 

「へー、そうなんだ。じゃあ今度、その話聞かせてちょうだい! 凄腕冒険者であったウィズが一週間も必要するなんてさぞかし凄い迷宮だったんでしょう?」

 

「はい、機会があったらお話ししますよ」

 

 そんな約束をしながら堂々と道の真ん中を通って歩いていると……何時の間にかゴール付近にまで辿り着いてしまっていた。

 それにしても……本当に暇だわ。

 あまりにも暇だから、大声で叫んでモンスターを呼びつけようかしら。

 そしたら多少は楽しくなるってものよ。

 そんなろくでもない事を考えていると私達は行き止まりに遭遇してしまった。

 隣にいたウィズがこちらを見て、

 

「アクアさん、どうしましょう? 此処まで来たら迷宮探索は達成と言っても過言ではありません。此処は帰って……あの、どうかしましたか? 壁に張り付いてスンスンと何やら嗅いで……」

 

 後ろからドン引きしている声が聞こえるけれど、今はそれどころじゃない。

 気のせいかもしれないから私はウィズに近づいて、彼女の匂い──正確には彼女の存在が生み出すアンデッド臭を忘れないように何度も嗅ぐ。

 ……やっぱり、間違いないわ。

 そう確信をする私。

 

「あの、アクアさん? その……恥ずかしいと言いますか……」

 

 身体をモジモジさせるウィズに、不覚にも一瞬可愛いと思ったけれど、すぐに実年齢を思い出して白けてしまった。

 そしてそれを敏感に感じ取り、魔法の詠唱をするのは止めて欲しいんですけど!

 私はこほんと咳払いをして神妙な顔を作ってから、

 

「アンデッドがいるわ」

 

 そう、呟くのだった。

 

 

 

 ──私の言葉を聞いたウィズは真面目な顔になって、すぐに四方を確認する。

 いや、行き止まりだから意味はないんだけど。

 私は見かけ上は壁になっている箇所をペチペチと叩いて……、

 

「やっぱり間違いないわね。この壁──いいえ、扉の向こうにはアンデッドがいるわ」

 

「よく分かりますねアクアさん」

 

「ふふん、この私にかかれば余裕よ余裕!」

 

「でもどうやって開けるんですか? 見たところドアノブなんてものはありませんし……」

 

 ウィズの言う通り、ドアノブなんてものはない。

 じゃあ秘密のボタンがあるのかと聞かれれば、やっぱりそのような類の物もない。

 もしかしたら道中にあるのかもしれないけれど、そんな『もし』の話をしたところでループになるだけなのは自明の理。

 土木工事によって培われた私の観察眼が効力を発揮して、私は突き当たりの壁の一部分を触る。

 やっぱり、私の目に狂いはないわ。

 私はウィズにも分かりやすいようにその箇所に手を当てて、

 

「ウィズ、魔法でこの壁ごと破壊しましょう!」

 

「えぇっ!? あの、本当にそれでいいんですか……?」

 

「いいのよ、だって迷宮(ダンジョン)内だし、相手はアンデッドよ? こそこそ隠れるなんて、そんなの許せないわ!」

 

 なるほど、確かにこれがカズマさんが愛読していた漫画の展開だったらこの扉を開ける為に迷宮内を探し回った後に強敵と戦うのがお約束なんでしょう。

 だけどね、此処は迷宮なのよ……!

 そう、迷宮に安全なんてものはないの!

 私の力説に、ウィズは納得したらしい。

 

「そうですよね……! それじゃあ今から『ライト・オブ・セイバー』でこの壁ごと破壊します!」

 

 力強く頷き、不死王(リッチー)の顔になった魔法使いは噛み締める様に魔法の詠唱を開始する。

 支援魔法を掛けたいけれど、先程のように邪魔をしてしまうのは分かりきっている事。

 魔法の詠唱を終えたウィズが魔法名を告げようとした……

 

 ──その時。

 

 私が示していた箇所がクルリと横に一回転して突然開いた。

 私達が何かした──しようとしてたけど──訳じゃないから、あちら側が故意に開けた事になる。

 奥からは切羽積もった様なくぐもった声が出され……

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれないか?」

 

 ──そう制止の声を出すがもう遅い。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッッ!」

 

「……!? 『プロテスト』ッッ!」

 

 

 §

 

 

 ウィズの渾身の魔法を受けてなお辛うじて生きているそのアンデッドの名は──キールと言った。

 はて、何処かで聞いた事があるようなないような……。

 私が首を傾げているとウィズは余程興奮しているのか目を輝かせて私の方を見て、

 

「アクアさん、この方はこの迷宮(ダンジョン)を作った人です! ほら、この迷宮はキールのダンジョンでしょう?」

 

「あぁ、そうそうそれね! で、何でそんな昔の人が不死王になっている訳? 聞くだけ聞いてあげるわ」

 

 そう、お伽噺になって世界にその名を轟かせているキールは実は──不死王(悪い魔法使い)だった。

 扉の向こうにあったのは小さい部屋だった。

 小さなベッドに椅子にタンスに、そしてテーブルがあるのみ。木製ではなく金属製なのは、腐る事を考慮しているからでしょう。

 そして椅子に、その不死王(リッチー)は半分透明になりながらも座っていた。

 着ているものは、ウィズが着ているような真っ黒いローブ。

 肉は身体から落ちてしまったのか、全身は骨で作られていて、かなり恐ろしい。

 そう、これこそが本当の不死王だ。

 その不死王……キールは痛たたと呟いた後こほんと咳払いをして、

 

「それでは改めて、冒険者の皆さんおはよう。いや、時間が分からないからこんにちはかな? それともこんばんは? すまないね、何せこうして起きるのは久し振りだから体内時計も機能しないんだ」

 

「今の時間帯はこんばんはかしら」

 

「ではこんばんは、と。挨拶も交わした事だし……そうだな、少し老害の話を聞いてくれないか?」

 

「えぇー、ぶっちゃけこんな場所にいる奴の話のなんてこれっぽっちも興味がないんですけどー」

 

 そう、私は早く帰りたいのだ。

 早く夕ご飯を食べたい。

 というか、声帯が無いのにどうして声を発せられるんだろう。何かの魔法か魔道具かしら?

 話を聞こうとしない私に対して、ウィズはまぁまぁと私を宥めながら興味深そうに同類を見る。

 その視線に気づいたキールは、

 

「おやおや、そちらのプリーストのお嬢さんに気を取られてしまったが、あなたは私と同じだね?」

 

「えぇ、はい! そうです、不死王のウィズです。今はアクセルの街で魔道具店を営んでおります」

 

「ほぉ。今の世では不死王が働けるのか。時代の流れは早いものだ……」

 

「いえ、もちろん隠れていますが……。それでも中々に楽しいものですよ? ……それにしても私、初めて同類に会いました!」

 

「それなら私もそうさ。何せ不死王になる為には禁忌を犯さないといけないからね。その術はもう、後世には伝わっていないだろうから、当然それに比例して不死王の数も減るというもの」

 

 キールの言う通り、不死王になる事は不可能に近い。

 何故ならそれは、私達女神がその方法を失くしたからだ。

 だから、不死王になる為には野生の不死王に会って教わるか、それか魔王や公爵級くらいの悪魔といった大物に教わるしかないのだ。

 でも確か、キールが生きていた時代では望めばその方法を知る事はやろうと思えばできた筈。

 特に、キールのような国で一番と謳われた〈アークウィザード〉ならそれを知る権利がある筈。

 

「いやぁ、まさかこんな所で同類と会えるとは人生とは面白いものだ」

 

「そうですね、それは私も共感できちゃいます。何せ私達、不死王ですからねー」

 

 ひとしきりうんうんと頷いた後、キールはポキポキと音を鳴らしながら白骨化した手を差し出した。

 どうやら、記念に握手をしたいらしい。

 ウィズが嬉しそうに手を結ぶ中、その手は私にも向けられた。

 

「あなたは、普通の〈アークプリースト〉ではないのだろう? 深い眠りに入っていた私を起こす程の神聖力に、その膨大な魔力。あなたは……本物の女神だね?」

 

「えぇ、そうよ。私の名前はアクア。水の女神アクアよ! 流石は魔に身を落とした者、よく気がついわね」

 

「なに、これくらいは簡単な事さ。……それじゃあ少し、話を聞いてくれ…………」

 

 意外に、この不死王は良い奴なのでは……?

 女神の勘がそう私に告げている。

 先程とは違い聞く態度を取った私をキールは満足そうに見てから、ぽつぽつと話し始めた。

 

 ──昔昔のあるところに一人の男の〈アークウィザード〉がいました。

 その魔法使いはたまたま街を散歩していた貴族のお嬢様を遠目から見て、一目惚れしてしまいます。

 けれどこの世界では身分の差は激しく、その恋は叶わないものでした。

 邪念を振り払うように男は魔法の鍛錬に没頭し……いつしか国一番の〈アークウィザード〉になりました。

 持てる魔術を使い国に貢献するその姿勢は民から絶大な人気を得て、その噂は王都にある王城──国王にも耳に入ります。

 当時の王はいわゆる賢王であり、男のその功績を讃えたいと思い王城で宴を開きました。

 これは、とてつもなく栄誉な事です。

 王城で招かれた男は、部屋で賢王と対面します。

 男同士、腹を割って話そうと王が言ったのです。

 部屋には、男二人だけで護衛すらいません。

 その中で、王は言いました。「その功績に報いたい。どんな事でも、どんなものでも、そなたの願いを一つだけ叶えよう」と。

 魔法使いは言います。「ならば王。私の願いを聞いていただきたい。──私には一つだけ、どうしても叶わなかった願いがあるのです」と。

 訝しがる賢王を魔法使いは不敵な笑みを浮かべ見てから堂々と言いました。

  「アンタの妾を寄越せ!」と────。

 

「私はそう言って、貴族のお嬢さんを攫ったのだよ。いやぁ、若さ故の過ちと言うかなんと言うか……あの頃の私は青春をしていたな」

 

 キールがそんな事を自慢げに語った。多分、ドヤ顔をしているに違いない。

 

「つまり、こういう事? アンタが好きになった貴族のお嬢さんは王様の(めかけ)さんだったと。けどそれは、彼女の両親がご機嫌取りに勝手にやったにせず……王様はお嬢さんを可愛がらず正室や他の妾とも折り合いがつかずのバッドエンドまっしぐらだったと。それであなたは要らないんだったら寄越せと……そういった訳?」

 

 私の確認に、普通なら喉がある場所でカタカタと骨を鳴らしてから、キールは頷いた。

 

「そういう事だな。先に言っておくが、王は愚王ではないぞ。何せ、私がその言葉を言った瞬間『どうぞどうぞ! いやぁ、本当に助かった。私も中々にその()に対しては困っていてな。娘の家柄はあまり高くないから堂々と可愛がれないし、もしやったら他の奴らが煩い。喜んで差し出そう!』と、言ってくれたのだ」

 

 なんと、王様も話に一枚噛んでいたらしい。

 まぁ言われてみればそれもそうよね。だって、なんちゃって妾とはいえ身分がそれなりにあるし、いくらキールとはいえすぐには娘さんを攫えないか。

 

「でだ、王が裏で色々と細工してくれたお陰で私はお嬢さんと会えたのだ。あの時は緊張したなぁ。……告白したら二つ返事でオッケー貰って、王とそこで別れて王族しか知らない秘密の抜け道を使って愛の逃避行をしたわけだ。あっ、ちなみにそこで眠っているのがそのお嬢さんだよ。鎖骨のラインが綺麗だろう?」

 

 そう言われてベッドを見ると……そこには一人の遺体があった。いや、遺体と言っても骨なんだけど。

 ……どうやら相当に愛の逃避行が楽しかったようで後悔もなく成仏している。

 鎖骨のラインが綺麗とか言ってるけど、どう反応したらいいか分からない。

 

「その後は国王軍とドンパチやってなぁ……。あらゆる場所に逃げたよ。そうだな、他国はもちろん行ったし、秘境なんて場所にも行ったり……ドラゴンの巣にも行ったな。お嬢さんはそんな生活だったのに、文句を一つも言わなくて、寧ろ楽しいと言ってくれたんだ。あれには救われたし、嬉しかったなぁ……。しかし人間の身では限界があってね、私はある時重傷を負ってしまい──不死王になる事を決意したんだよ。それで最後に辿り着いたのが此処。お嬢さんを看取ったこの地で私は眠る事にしたのだ」

 

 それは一人の魔法使い(キール)の人生だった。

 

 私が反応に困っているその隣ではウィズが大量の涙を流している。

 どうやら、感動のあまり泣いているらしい。

 ……いやもちろん、私もそれなりには感動している。目の前の男が漢なのは充分理解したし、尊敬もできる。

 けどなぁ、どうしよう。

 これが悪い不死王だったら浄化するのだけれど、そんな話をされたら罪悪感が湧いてくる。

 そんな私の内心の葛藤を見透かしたのか、不死王が言った。

 

「でだ、私を浄化してくれないか? あなたはそれができるだろう? 何故ならあなたは女神なのだから」

 

 こうして、私と不死王の迷宮探索は終わりをつけたのです。

 

 

 § ──カズマ──

 

 

 話を終えたアクアは、どうだったかと目で問うてくる。

 俺とめぐみんは顔を見合わせて……同じ言葉を言った。

 

「「それ、作り話?」」

 

「違うわよ!」

 

 ふむ、どうやら違ったらしい。

 いやでもなぁ……。アクアを疑う訳ではないのだが……そんな漫画やアニメの展開があるのだろうか。

 

「それでその後はキールを浄化して、泣くウィズを落ち着かせてから『テレポート』でアクセルに戻ってきた訳!」

 

 なんだろう、釈然としない。

 何故俺達を救護しに迷宮に行ったアクアとウィズの方が迷宮(ダンジョン)探索をしたと思えるのだろうか。

 

「ところで、何故アクアはそんな眠りについていた不死王を起こせたのですか? 私はそれが気になって仕方がありません」

 

 俺達の前に座っている女性(ひと)が実は女神だからです。

 ……とは、流石に言えない。

 言って信じてもらえるかどうか怪しいし……下手したら俺とアクアがキチガイ判定されてしまう。

 

「よくぞ聞いてくれました! 土木工事の正社員は仮の姿、私の本当の姿は女神! 私は女神アクアなのです!」

 

 立ち上がり、何やら変なポーズを取るアクアをめぐみんは数秒ジーっと音が出る程眺めた後、ゆっくりと席を立ち上がり女神宣言している女に近づく。

 そして私は分かっているとばかりにアクアの肩をぽんぽんと優しく叩いて、

 

「アクア、今日はありがとうございました。そんな狂言を口にするなんて、疲れているに違いありません。不死王(リッチー)を浄化したのですから、多大な魔力を酷使した事でしょう。今日はもう宿に帰って寝ましょうか」

 

 そんなあたたかい言葉を告げるではないか。

 …………。

 アクアが涙目になって俺を見るが……俺は諦めろとばかりに弱々しく首を振るだけ。

 

「私、もう帰る……」

 

 そんな言葉を残して、アクアは冒険者ギルドから出るのだった。

 ちゃっかり自分のお勘定を置いていくのは立派なのだが……世の中とは上手くいかないものである。

 

「カズマ、私達ももうお開きにしますか?」

 

「そうだな、そうするか。お姉さん、お金を此処に置いとくから!」

 

「はい、分かりました! またのご来店をお待ちしております!」

 

 忙しそうに酒場をあっちこっちする受付のお姉さんは律儀にもその言葉を言うのであった。

 またのご来店もなにも、この場所は冒険者ギルドであって飲食店ではないのだから、明日も当然来るのだが。

 見れば、若干目の下に隈ができている。

 ……今度、日頃のお礼で何か渡そう。

 冒険者ギルドに出ると月は天高く昇り、キラキラと輝いていた。

 魔道具である時計を確認すると、既に深夜十時を過ぎようとしていた。

 入り始めたのが六時半頃だから、かなり長居していた事になる。振り返って中を確認すると、そこにはまだ大勢の冒険者達が酒を飲んでいる。

 彼らにとって、夜は今かららしい。

 少し憧れるが今はその願望を抑え込まなくてはならない。

 そう決意を固め、前を見据えるとめぐみんが気になったのか、

 

「あれ、結局帰るんですか? 酒飲みに参加したそうな目をしていたのでまだいるのかと思ったのですが」

 

「いやさ、俺もそうしたいよ? けどさ、大人の俺は子供のお前を宿まで送り届ける義務があるんだ」

 

 それにムッとした顔で俺を睨むめぐみんだが、何も怖くない。寧ろ可愛いと思えてしまうのは、おかしいのだろうか…………?

 

 ハッ、目を覚ませ佐藤和真!

 

 相手は子供である。そう、子供だ。

 俺は子供が純粋に好きなだけ。

 俺はロリコンなんかじゃない。

 俺はロリコンなんかじゃない!

 

「カズマカズマ、私だってあと少ししたら誕生日を迎えて法的には成人になるのですが!」

 

「えっ、今なんて?」

 

「ですから、もう少しで成人……大人になると言っています! ですから、その子供扱いをそろそろやめて欲しいのですが!」

 

 そう訴えるめぐみんの主張を横に流しながら、俺は日本ととこの国……ベルゼルグの相違を思い出す。

 めぐみんの大人になる発言から察するに、彼女の年は十三歳という事になる。

 何故ならベルゼルグでは十四歳から成人扱いされるからであり、またその歳から結婚できるからだ。

 となると、めぐみんとは実質二歳離れのようなものか……。

 そして俺の基準では、二歳離れならロリではギリギリない訳なのだが……。

 

「えっ、なに……。お前、ロリキャラじゃなかったのか!? マジかよ!」

 

「勝手に私のキャラ付けをしないでもらおうか! ……ふふん、分かりましたか? これからは私を子供ではなく一人の女の子として扱っ……──どうしました? 安心したように息を吐いて」

 

「ありがとうめぐみん! この前お姉さんから聞いたんだけど……ここ最近俺、子供好きのロリ魔さんて言われてるんだよ! ほら、見た目からしてお前はロリだし、この前のアイリスの一件があるだろ? それからロリ魔さんなんて不名誉な渾名(あだな)が勝手に付けられてさぁ……」

 

 そう、これで安心だ。

 これからはめぐみんの事をできが悪い妹みたいな感じではなく、できが悪い後輩みたいな感じで接していこう。

 いやー、安心安心。

 足取りが軽くなり、スキップまでしそうな俺にめぐみんは淡々に冷静と。

 

「いえ、ロリコンかどうかはさておいて……アイリスの件はヤバいですね」

 

 ピタリと固まる俺を放置してめぐみんはさらに言う。

 

「どうするのですかカズマ? あれは多分、子供の微笑ましいものではなくて、本気の発言だと思いますが……」

 

「マジで?」

 

「マジです」

 

 …………。

 即答され、俺はどうしたらいいものか迷う。

 仮にだ、仮にめぐみんの言う通りだとしよう。

 相手は一国のお姫様で、アイリスは国民から絶大な人気がある。

 対する俺は、ただの平民。

 それに補正として『魔王軍幹部を倒したパーティーのリーダー』というものが付けられるが、それでも大して役には立たないだろう。

 

「なぁめぐみん。もしかして俺、かなり危ない橋を渡っているんじゃ?」

 

 おずおずと尋ねるとめぐみんは視線を横にふいっと逸らして……

 

「ま、まぁ大丈夫ですよ! あの子も馬鹿じゃありませんから、カズマが予想しているであろう事は起こらない筈です!」

 

「だ、だよな! よしめぐみん、帰るか! うん、そうしよう!」

 

 俺達は何もなかった事にして帰路につく。

 帰りにめぐみんの誕生日プレゼントに何が欲しいのか、そんな事を話しながら────。

 

 

 §

 

 

 翌朝。

 今日は宿で朝ご飯を食べる事にした俺とめぐみんは奥さんの手料理を待っていた。

 何気に此処でご飯を食べるのは初めてだから、期待に胸を膨らませてしまう。

 朝の会話を楽しんでいると……一匹の猫が俺達の座っているテーブルに近づいてきた。

 

 ──黒猫。

 

 その黒猫は器用にテーブルを支えている支柱をそれは見事な容量で登り、こちらを見てくる。

 ……癒されるなぁ。

 俺がホッコリ和んでいると……めぐみんが黒猫を抱きしめるではないか。それはまるで、これは私のですよと主張するかの様にギュッと。

 

「めぐみん、その黒猫お前が飼っているのか?」

 

「はい、そのようなものですよ。この猫とはかなり前……それこそカズマと仲間になる前からの付き合いでして……」

 

 その発言に呼応するように、黒猫がにゃーと鳴いた。

 なるほどなぁ。

 めぐみんにもそんな存在がいたのか……と思っているとめぐみんが黒猫の頭を優しく撫でながら、

 

「ちょむすけ、何処に行ってたのですか? ここ最近見かけなかったので心配だったのですよ?」

 

 …………。

 

「……。……なぁ、今なんて言った?」

 

「はい? いやですから、ここ最近この猫……ちょむすけは……──」

 

「今なんて?」

 

「……? あぁ、名前ですか。ちょむすけですよ」

 

 マジか…………。

 俺が同情の眼差しをちょむすけに向けていると、奥さんが料理を運んできた。

 

「はい、どうぞ! いっぱい食べて大きくなるんだよ! ……この猫は誰のだい?」

 

「あぁ、すみません! もしかして、猫禁止でしたか?」

 

 俺が代表して頭を下げる中、奥さんは違う違うとばかりに手を振って、笑い掛けてくる。

 

「アンタらのならいいんだよ。ここ最近は捨て猫も多くてねぇ。この街は大きな犯罪は少ないのに、そういった小さな犯罪が多くてねぇー。……大事にしなよ!」

 

 そう言い残して、奥さんは台所の方に消えていった。

 中々に良い事を言う女性(ひと)だったなぁ。

 俺の脳内女性尊敬ランキングが変わってしまうかもしれない。

 一位は恩師であるレインさんだが、彼女は恐らく不動の一位になる事だろう。

 

「カズマ、それでは頂きましょうか」

 

「そうだな。あたたかいうちに食べた方が美味しいしな」

 

 俺達は手を合わせて一言。

 

「「頂きます!」」

 

 

 

 ──美味しいご飯を食べた後は一応冒険者装備に着替える。

 いつ緊急クエストが出てもいいように準備しておくのは基本中の基本だ。

 奥さんに行ってきますと告げてから──ご主人は今、隣町に行っているらしい──宿を出て、俺とめぐみんは冒険者ギルド……ではなく、ウィズ魔道具店にへと足を向けていた。

 宿生活を送るようになってからはウィズの店を待ち合わせする場所にする必要がなかったので──めぐみんとは同じ宿を取っている──中々足を運ぶ機会がなかったのだ。

 

「それにしても、本当に寒いですねー」

 

「そんな軽装だからだろ。そもそもローブの下は下着類を除けばたった一枚じゃないか。それに下半身も肌をそんなに出して……お前もしかして痴女?」

 

「ちがわい! ……私だって、服を買いたいなぁとは思うのですよ? そりゃ、私も女ですから。ですけど我が家は貧乏なものでして……私だけあたたかい服を買うのは少々……いえかなり気が引けるのです」

 

 いや、だからってそれは……。

 突然黙ったのでめぐみんは俺が気分を害したと思ったのか慌てているがそうではない。

 俺は今、少しだけめぐみんの両親に怒りを抱いている。

 更に聞いたところ、ベルディア討伐報酬金も殆ど実家に送ったのだとか……。

 いやもちろん、部外者である俺が口を出す事ではないし、してはならない事も重々承知だ。

 確か、ベルディア討伐報酬金が三億エリス。それを俺とめぐみんで山分けしたから──死んだ俺の分をどうしようか迷っていたらしいので、俺の金はそのままあるのだそうだ──一人当たり一億五千万エリス。

 それだけの金が必要なのだろうか……?

 子供の俺には人生においてどれだけの金が必要か分からないが、それでも一億五千万エリスもの金が必要とは到底思えない。

 その事を言及するとめぐみんは、

 

「そうですね……ウチが普通の一般家庭だったらそれだけのお金があれば充分でしょう。しかし私の家は魔道具店を営んでいまして……」

 

 視線を気まずそうに横に逸らし、言葉を濁すめぐみんを見て、俺は確信してしまった。

 

「つまり、あまり繁盛していないと」

 

「……はい。一応弁解しますと、父の魔力は凄いのです。なんせ、紅魔族で最も魔力量があるだろうこの私の父ですから。しかし父は、その……妙な方向に力を使いますといいますか…………」

 

 めぐみんのお父さん、娘さんにそう言われていますよ!

 それにしても非常に勿体ない。

 紅魔族は知能が高いのではなかったのか……。

 

「ちなみに、赤字だったらウィズと同じくらいですね」

 

「それもう駄目じゃん! 駄目にもほどがある!」

 

 今度めぐみんには服を何着か買ってやろう。

 幸い金は沢山あるから、使っても問題ない。

 俺がそんな重大な決心をしていると、何時の間にか小さな魔道具店の前に着いてしまった。

 まだアクセルは人が住んでいるからいいが、恩師のレインさん曰く……紅魔族が住んでいる紅魔の里は凄い離れているとの事。いや、『テレポート』が使えるから距離はないに等しいが、問題は立地だろうか。

 なんでも、紅魔の里の周りには強いモンスターしか生息していないらしい。

 そんな所に行けるのは余程の凄腕冒険者くらいだけだ。

 当然、それに比例して訪れる人は減少する。

 これは本格的にめぐみんの実家はヤバいかもしれない。

 ………………。

 いやいやいや、まだ決めつけるのは早い。

 俺は先程までの考えを打ち消す様に扉を押し、ウィズ魔道具店の中に入る。

 カランコロンと扉に設置されている鈴が気持ちよく鳴り、奥からははーい! とウィズの声が聞こえた。

 程なくして、店主が奥からやってくる。客を待たせまいと急いだのか道中爆音がしたが気のせいだろう。

 ところどころローブを焦がしながら、ウィズは律儀にもお辞儀して。

 

「カズマさん、めぐみんさんおはようございます。そしてようこそ、ウィズ魔道具店へ! 今日は何をしに?」

 

「昨日のお礼をしたいと思ってな。本当に昨日は心配を掛けたな。ありがとうございました」

 

「私も。ありがとうございましたウィズ」

 

 俺とめぐみんが揃って頭を深く下げるとウィズはあわあわと手を振りながら、

 

「や、やめてください! お礼を言う必要はありませんよ、友人を助けに行くのは当たり前ですし……餓死しそうになる気持ちは痛いほどによく分かりますから!」

 

 そこで共感されても非常に対応に困る。

 俺はめぐみんの耳元にこしょこしょと囁いて、

 

「なぁ、ぶっちゃけお前の実家とこの店、どっちが貧しいんだ?」

 

「……そうですね。やっぱりウチでしょうか。私の一家は父、母、私、そして妹と四人家族だったのでその分お金が掛かりますからね」

 

「……? 何を話されているんです?」

 

「いや、何でもないよ! ウィズ、今日は買い物に来たんだが、何かいい商品はあるか?」

 

「まぁ、ありがとうございます! ……ちょっと待ってくださいね?」

 

 そう言ってウィズは店内を物色し始めた。

 自分の店なのに何が置いてあるのかを把握していないのだろうか?

 その事を尋ねると貧乏店主は気まずそうに目を逸らしながら……

 

「ほら、お客様がいらっしゃらないと商品だけがどんどん置かれるんですよ。中には五年前に棚に置いた物もあるんですよ?」

 

「……。……ウィズ、お前もう冒険者に戻れよ!」

 

「あはは、でもこの生活も楽しいんですよ? それに、約束がありますから」

 

 ……約束?

 どうやらこれ以上は話す気はないのかウィズは黙々と商品を手に取っては棚に戻していく。

 これは時間が長丁場になりそうだと察知した俺は、設けられている椅子に座る事に。

 二つあるうちの一つの席は既にめぐみんが座っていた。

 

「それにしてもカズマ、これからどうしますか?」

 

「それはどう意味だ?」

 

「そろそろアクセルから出るべきではないですか?」

 

「却下」

 

「……!? な、なんでですか!?」

 

「まず第一に、レベルの問題だな。俺達はまだレベルが二十にも上っていない駆け出し冒険者だぞ? いくら魔王軍幹部を倒せたからって、油断はしちゃいけないと思うんだ。第二に、この街の居心地が良すぎて離れられない」

 

 そう、気づけば俺はこの世界にかなり順応していた。

 知り合いも多いし、友人もそれなりに多い。

 彼らと別れるのはなるべくしたくないのだ。

 

「……それもそうですね。私もこの街には愛着がありますし……。なら当面はまだこの街に滞在しましょうか」

 

 そんな風に仲良く談笑していると品定めが終わったウィズが多くの魔道具を抱えながら近づいて、テーブルの上にドンと置く。

 

「かなり厳選しました! これだけの魔道具があれば、お気に召す物があるでしょう!」

 

 そうだよな、これだけあれば、一つくらいまともな物がある筈だよな。

 そんなフラグになりそうな事を考えながら俺は、近くにあった手の平サイズのキューブを手に取った。

 

「なになに? 『死んでも生き返るキューブ』凄っ、何これ凄い!」

 

 これは是非買おう!

 これがあれば、すぐに生き返る事ができたのか……!

 天高く掲げてこの出会いに感謝していると……ウィズは補足説明をするのか口を開いた。

 

「あっ、でもその魔道具はある程度の魔力──それこそアクアさん並みの魔力がないと使えませんよ? それにその魔道具を使ったら死者は生き返る代償に使用者は死にます」

 

「舐めてんのか」

 

 反射的に俺は、地面にガラクタを投げつけてしまう。

 あぁ、商品が! と嘆いている店主に賠償金を渡そうとすると彼女は大丈夫です、もう時期廃棄する予定でしたのでと言ってくれた。

 …………。

 どうしてこの店に売っているアイテムはメリット以上にデメリットの方が大きいのだろうか。

 俺がげんなりしていると、めぐみんがある魔道具にへと手を伸ばしていた。

 形は、ポーションの類だろうか。

 硝子(ガラス)の容器の中には、透明な液体が入っていた。

 

「ウィズ、これはなんですか?」

 

「あぁ、それはアクアさんが作った水ですね! なんでもアクアさんの体質からか……触れた液体を水にするんですよ」

 

「えっ、何それ。……アクアも苦労しているんだなぁ」

 

「それでですね、誤って触れてしまった水なんですが……なんと、これが凄いんです! これは最早、聖水と言っても過言ではありません!」

 

 そう力説するウィズ。

 俺とめぐみんがやや引いていると俺は物は試しにと断ってから蓋を開けて一気飲みする。

 …………。

 

「うん、水! けど美味い!」

 

 なるほど、ウィズが聖水と言うだけはある。

 地球で一回飲んでその後は飲んでいない百円のミネラルウォーターより断然美味い!

 これは健康にもいいのではないか……?

 めぐみんも俺に釣られて飲み、

 

「凄い美味しいですね! ……ウィズ、これを商品として扱ったらある程度は売れると思いますよ!」

 

「本当ですか、めぐみんさん!?」

 

「はい、紅魔族の私が言うのですから間違いないです」

 

「まぁ、待てよめぐみん。いくら美味いとは言っても所詮は水だ。これ単体では到底売れないだろ」

 

「それもそうですね。だったら他の商品とセットにするのはどうでしょうか? そうすれば客はお得な感じになって買う事でしょう」

 

「なるほど! 本当に助かります!」

 

 にこにこ笑うウィズはなんだかとても嬉しそうだ。

 そうだ、これを機に何故売れないのか徹底的に調べるとしよう。

 殆どの商品が言いづらいがガラクタと言っても差し支えない物ばかり。

 

「なぁ、此処に置いてある商品って自分で作っているのか? それとも仕入れているのか?」

 

 もしこれで自分で作っているのなら色々と諦めよう。

 だが幸いにもどうやら違うらしい。

 ウィズは違いますと首を振り、

 

「いえいえ、此処で売っている大半の物品はある職人さんから買い取っているものです。その方は紅魔族で、私は尊敬しているんで──どうしました? お二人共顔を青ざめて……」

 

「ちょっと失礼」

 

 俺は一言ウィズに断りを入れて、めぐみんを引き連れて店から出る。

 俯いているめぐみんの態度から察するに、俺の考えは九分九厘的を得ているだろう。

 トンガリ帽子を深く被り、何も反応しないめぐみんに俺は屈んで視線を合わせて……

 

「なぁ、ウィズが言った紅魔族の職人ってさ……もしかしてお前の家の……──」

 

「……はい、多分そうだと思います…………」

 

 なんという事だ、こんな事が起こるものなのか。

 どうしようか……いや本当にどうしよう。

 俺の計画では、その碌でもないなんちゃって商人と手を切るように進言するつもりだったのだがそれはできそうにもない。

 多分、めぐみんの実家の収入はウィズに転売しているものと等しいはずだ。

 ウィズが契約を切ったら貧乏店主は報われるが、なんちゃって職人は大打撃を受ける事は必須であり……最悪野垂れ死ぬかもしれない。

 

「カズマ……どうしましょう? 正直、ウィズに対して罪悪感が凄いあるのですが! 」

 

 どうしようって、そりゃあもちろん。

 俺は不安に駆られている女の子の肩を安心させるようにガシッと掴むと。

 

「いいか、俺達は何も知らない」

 

「ちょっ、それでいいんですか!?」

 

「めぐみんいいか? 善意でご飯は食べれないんだ。──そう、例えばそれは孤児院。拠り所がない子供を庇護するシスターや神父を俺は尊敬しているが、その経営は常に下に傾いているんだ。この街はまだクリスという聖女やダクネスの実家が寄付しているからそう見えないかもしれないが、他の街だったらこうはいかない筈だ」

 

「うぐっ、それは……そうですが……しかし…………」

 

「もしめぐみんが善意でウィズに真実を告げたとしよう。ウィズは救われるが、お前の家は救われない。めぐみんには確か妹がいるんだったよな?」

 

「えぇ、まだ幼いですが……」

 

「だったら尚更だ。これは仕方がない事なんだ!」

 

 真剣な表情になってそう告げると、めぐみんは折れたのかガクッと首を下に傾け……弱々しく頷いたのだった。

 説得を終え、俺達が再び店内に入るとウィズが懐疑的な目を向けてきたが、俺は愛想笑いをして流す。

 王城にいた際に、貴族達の愛想笑いは何度も見たからからそれを参考にした。

 つまり、俺の愛想笑いは完璧なもの。

 

「あの、カズマさん。……ええっと、なんと言いますか……その笑い方は外でしない方がいいと思いますよ」

 

 優しいウィズはかなり言葉を柔らかくしてくれたが、どうやら気持ち悪いらしい。

 ショックを受けていると、ウィズは俺とめぐみんに一つずつ商品を渡してきた。

 それは、リストバンドだった。

 俺は緑色で、めぐみんは紅色。

 これは何だと視線で問うと、店主は余程自信があり興奮しているのか大きい胸を揺らす程に前屈みになる。

 眼福です、ありがとうございます!

 鼻の下を伸ばしていると……足に痛みが。

 犯人は、一人しかいない。

 犯人……めぐみんは呆れながら口パクで、『アイリスに告げますよ!』と脅迫してくるではないか。

 思うんだが、二人とも仲良くなり過ぎだろ。

 一ヶ月俺の意識はなかったから、その影響があるのかもしれない。

 そんなやり取りを陰でしていると知らないウィズはやや早口になりながら、

 

「このリストバンドはですね、素材にマナタイトと呼ばれる結晶が使われています」

 

「まなたいと?」

 

 そんな物、聞いた事も無い。

 レインさんも特に言ってなかった筈だから、初めてその単語を聞いた事になる。

 俺がクエスチョンマークを浮かべていると、めぐみんが説明してくれた。

 

「カズマ、マナタイト結晶とは魔法を使う際に魔力を肩代わりしてくれる大変便利な物です。使い捨てですが」

 

「そう、そうなんですよ! 普通なら使い捨てなんですが、このリストバンドは先程話に出た紅魔族の職人さんが血のにじむ様な努力の末、使い回しが可能になったんです!」

 

 おぉ! それは凄い! めぐみんのお父さんも案外凄いじゃないか!

 めぐみんも父親の功績に目を輝かせている。

 

「まずですが、簡単な原理を説明しますね。めぐみんさんが仰ったように本来ならマナタイト結晶は使い捨てです。しかし、職人さんは考えたそうです。『そうだ、遊び半分に弄ってみよう!』と。大量のマナタイトを購入した職人さんは全て結晶を砕き、一つに纏めました。……マナタイト結晶とは、言い換えれば魔力の塊みたいなものです。一つに纏めたら、魔力が合わさります。その合わさりが、外部から魔力を吸う性質を生み出しまして……。リストバンド内にある魔力が枯渇したら装備者から魔力を吸い上げる事で再度使用可能になります」

 

 凄い、本当に凄い!

 これは掘り出し物ではないか!

 

「流石にめぐみんさんの爆裂魔法は肩代わりできませんが、上級魔法五発分までなら可能ですよ。めぐみんさんの場合あまり意味がありませんが、恐らく魔力枯渇で倒れる事はない筈です。デメリットとして、使用したら再度充填されるまでに五日かかります」

 

 それはとても嬉しい。

 毎回めぐみんをおぶるのは疲れるからな。

 デメリットも許容の範囲内だろう。

 よし、買おう。

 めぐみんも欲しそうにソワソワしているし、ここは紳士として買おうではないか。

 俺は財布をポケットから出しながら。

 

「ちなみにいくら?」

 

「一つにつき、七千五百万エリスです」

 

「今なんて?」

 

「一つにつき、七千五百万エリスです」

 

 ……。

 俺は悲壮にくれながら、財布をポケットに戻すのだった。

 

 

 ──結局、ウィズ魔道具店では何も買えなかった。

 しかし此処に来た理由は、昨日のお礼をする為だ。

 その目的を果たさなければ来た意味がない。

 俺は十万エリスを渡そうとしたのだが断られてしまった。

 いや、金で解決するのは悪いとは思うのだが……。

 頑として受け取らないウィズを見かねためぐみんが今日の昼ご飯を奢ればいいのではと提案し、それを実行する事になった。

 ウィズは外出をする準備をしながら……世間話をするかの様にニコニコと笑みを浮かべて。

 

「あっ、そうでした。……随分遅くなりましたけど、魔王軍幹部討伐おめでとうございます! ベルディアさんを倒すなんて、凄いですね! あの方は騎士だからか魔法に弱いので、それを突いたんですねー」

 

 そんな事を言ってくるではないか。

 俺とめぐみんは照れ笑いを浮かべながらそれに応えようと……

 

 ──して、おかしな事に気がついた。

 

 めぐみんがおずおずとウィズに質問する。

 

「あの、随分詳しいみたいですが、もしかして知り合いですか?」

 

 その言葉にウィズはさも不思議そうな表情を作り……次の瞬間ポンと合いの手をして。

 

「あぁ、言ってませんでしたか? 私実は、魔王軍の幹部なんです」

 

 サラリとそんな重大な事を告げるのだった────。

 



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苦労人

 

 魔王軍。

 

 それは人類の共通の敵であり、決してお互いに相容れないない存在。

 特にその幹部となれば、人類を敵視しているのではないだろうか。

 以前討伐した首無し騎士(ベルディア)もその例に漏れず、俺達冒険者を屠ろうとしていたし、実際何人か死者が出ている。

 古今東西人と魔王軍が会ったらやる事は決まっている。

 戦闘だ。

 話す言葉など何もないし、その必要性を感じない。

 

 そしてその魔王軍幹部が俺とめぐみんの前にいた。

 

 ──名は、不死王(リッチー)ウィズ。

 訳あって魔法使いから不死王に堕天した彼女は、貧乏店主ではなく……その真の姿は悪名高き魔王軍幹部だったのだ。

 俺が剣を、めぐみんが杖を構えるなかウィズはオロオロとするだけで、戦闘態勢を取りもしない。

 できれば戦いたくない。

 いや冷静に考えれば、戦っても俺達は死ぬだろうが……。

 だが俺は知っている。目の前にいる女性(ひと)が善人である事を……!

 

「なぁ、本当にウィズは幹部なのか?」

 

「はい、そうですけどこれには理由がありまして……!」

 

「聞かせてくれ。めぐみん、まだ詠唱はするなよ」

 

「分かっています。私も友人を誤って撃ちたくはないので……」

 

 得物を下ろし、聞く姿勢を取る俺達。

 ウィズは安堵の息を吐いてから、ゆっくりと話し始めるのだった────。

 

 

  ──なんでも、ウィズはいわゆるなんちゃって幹部らしい。

 本来なら不死王に身を堕とすだけのつもりが、魔王に魔王城の結界の維持を頼まれたそうな。

 何故魔王直々に頼まれたかというと、ウィズは不死王になってしばらく経った後、魔王城に突撃したからだ。

 理由は友人と会う為らしい。

 結界を短い間ながらも力づくで破ったウィズは……それはもう暴れたそうな。

 そこで魔王に見込まれ、幹部の話を持ち掛けられる。

 当初は断るつもりだったのだが、じゃあせめて壊した物を賠償してくれと言われ──渋々幹部になる事を決意した。

 

「そうはいっても、私は今でも人間でいるつもりですから、結界の維持だけをしているんです。もちろん、この間の一件で知っていると思いますが人は殺していませんし、なんちゃって幹部なので……幹部だと知っているのは魔王さんと他の幹部だけですね」

 

 つまり、懸賞金すら掛けられていないそうな。

 ……いや、金は充分持ってるから、その情報は要らなかったのだが。

 

「めぐみんどうする? 俺は黙っていてもいいと思うんだが……」

 

「そうですね、私もカズマに同意しますが……一つだけ気になる点があります。ウィズ、あなたは結界の維持をしているそうですが──あなたが生きている限り私達人類は魔王城に突撃できないんですか?」

 

 その言葉に俺はハッとなって思案した。

 それもそうだ、それでは非常に困る。

 いや、ぶっちゃけ俺は魔王討伐なんて夢は半分諦めている訳だが。めぐみんにも言ったが、夢は叶わないから夢なのだ。

 色々なアクシデントがあったとはいえ、巻き添え自爆でようやく幹部を倒せたのだから、俺みたいな最弱職の〈冒険者〉は命が何個あっても足りはしない。

 しかし、ミツルギのように本気でその夢を追っている者がいるのだから気にはする。

 そんな俺達の危惧をウィズは否定した。

 

「あぁ、それでしたら多分大丈夫ですよ。魔王城の結界の維持は、幹部が分担しています。当然、幹部を倒していけば結界はだんだんと弱くなってきますから……そうですね、アクアさんなら幹部が二、三人くらいになれば強引に結界を壊せると思います」

 

 それなら安心できる。

 俺とめぐみんは顔を見合わせてから頷き合い、戦闘態勢を取るのを止めた。

 余程怖かったのか……涙目になっていたウィズはフゥーと安堵の息を吐く。

 いや、仮にも不死王なんだからそこは余裕の態度を取って欲しい。

 どうにもこの世界では俺のゲームで培った常識は通用しないな……。

 それにしても、幹部が二、三人になって女神であるアクアがようやく結界を破れるのか。

 それを一人で強引に壊したウィズはチートだと思う。

 めぐみんもその結論に達したのか、

 

「あの、よくあなたは魔王城に突撃できましたね?」

 

「不死王になったら色々とステータスが上昇されますからね。でも私の所為で結界の強度が強くなったんですよ。コンチキショー! と嘆きながら働いていた魔王さんが社畜だと思ったのは良い思い出です」

 

 ……魔王もどうやら大変らしい。

 そういった仕事は普通、配下にやらせて自分は玉座でふんぞり返っているのが定番ではないだろうか。

 

「私の友人なんて、『フハハハ! 魔王もそろそろ働き過ぎでポキッと逝きそうだな!』とからかう始末でして」

 

 魔王の威厳全然ないな!

 部下に煽られる魔王に少しばかり同情していると……俺はある事を閃いた。

 目の前にいる女性は不死王だ。

 なら当然、それなりに便利なスキルがあるだろう。

 爆裂魔法を習得しているめぐみんがいるお陰で、俺達のパーティーは瞬間的な破壊力はかなり高い。

 だが、もし敵を討ちそびれたら地面に倒れるめぐみんを庇いながら俺だけで戦う事になる。

 実際、これまでのクエストで何回かそういった事が起こってしまった。

 幸いにもモンスターは俺より弱かったから倒せたが……今後もそうだとはとても思えない。

 その事を相談するとウィズは俺の意図を汲んでくれたのか、自分の冒険者カードをローブのポケットから取り出す。

 

「そうですね……聞いた感じだとめぐみんさんが身動きできないのがいたいですね」

 

「そうなんだよ。何か役に立ちそうなスキルはないか?」

 

「ちょっ! もしかしてカズマ不死王のスキルを取るつもりですか!? 他の冒険者に見られたらなんて答えるんです!?」

 

 めぐみんがそう声を上げるが、頭脳明晰な俺の頭は既に策を考えてある。

 俺は剣をウィズの首筋に当てて、自分でも思う程の気持ち悪い笑みを浮かべる。

 

「「…………」」

 

 気持ち悪! と女性陣二人が目で言ってくるが、俺の真の狙いはここからだ。

 

「ククク、名前も知らない不死王め相手が悪かったな! 俺の名前は佐藤和真。この世界で初めて魔王軍幹部を倒した者! お前なんて俺にかかれば余裕で倒せるが……スキルを教えてくれたら命は助けてやろう!」

 

「……」

 

 ウィズの沈黙がとてもグサリと心に響く。

 だが相棒であるめぐみんは察してくれたのか杖を構えると、やや大仰に……

 

「あなたが取れる行動は二つ。カズマの言う通りにしてスキルを教えるか、それとも不死王の誇りを持ち、我が爆裂魔法で死ぬか! さぁ選びなさい!」

 

 ここまでいったら分かるだろう。

 ウィズはキチガイを見る目を止めて、わざとらしく……

 

「ど、どうしましょう! クッ、卑怯ですねあなた達は! ……仕方がありません。このスキルの中から好きな物を選びなさい!」

 

 そんな台詞を告げるのだった。

 そう、これで問題は無い。

 仮にチンチン鳴るあの忌まわしき魔道具を使われても何も問題はない。

 そう、何故ならあれは嘘を見抜く魔道具だ。

 俺はウィズを脅迫したという事実がたった今生まれたから、ベルが鳴る事はない……筈である。

 芝いを終えた俺達は、何を習得するのか決める事に。

 

「えっと……あっ! これなんてどうでしょう? 『ドレインタッチ』です。このスキルはアンデッド特有のスキルでして、対象の相手の魔力や体力を吸収する事ができるんですよ! さらに、自分の魔力や体力を他者に渡す事も可能ですから、めぐみんさんが魔力枯渇で倒れてもすぐに補充できるので安全です」

 

 魔道具はガラクタばかりだが、所持スキルはどうやら違うらしい。

 許可をもらってウィズの冒険者カードを覗き込むと……そこには大量のスキルの名前があった。

  〈アークウィザード〉のものもあれば、不死王のスキルもある。どうやら不死王に転職しても習得してあったスキルは継続して使えるようだ。

 

「よし、『ドレインタッチ』を教えてくれウィズ」

 

「はい、『ドレインタッチ』ですね。それではカズマさん、失礼します」

 

 そう言ってウィズは真っ白い手で俺の右手を強く掴む。

 

「「……!?」」

 

 俺とめぐみんがウィズの奇行に驚く中、次の瞬間──魔力が微量ずつ失われていくのが感じられた。

 そうか、〈冒険者〉が他の職業のスキルを習得する際には大前提としてそのスキルを視る必要がある。

 そして『ドレインタッチ』は対象から魔力や体力を奪い自分に回すスキル。だからウィズは俺に触れる事で実演しなければならなかったのか。

 だんだん気だるくなっていく感触はまるで……炬燵の中でぬくんでいる感覚を思い出させた。

 それに連鎖して、炬燵が恋しくなってくる。

 ……今度作ってみよう。幸い製造に役立ちそうなスキルには心当たりがいくつかある。

 

「これくらいでいいでしょう。これでカズマさんは『ドレインタッチ』が使えるようになる筈です」

 

「ありがとう、ウィズ」

 

「いえいえ、お気になさらず。それよりもそろそろ行きましょうか。めぐみんさんがお腹空かしているようですし」

 

 その言葉に振り返ってみるとめぐみんは恥ずかしいのか顔を赤くしながら、

 

「ちちちち、違いますよ!? 別に私はお腹なんて空かしてませんし、食いしん坊でもありません!」

 

 そう主張するめぐみん。

 俺とウィズの年長者は分かってる分かってるとばかりにうんうんと頷いて、慈しみの目で成長期の子供を見た。

 

「おい、その目を止めてもらおうか! 別にそんなにお腹は空かしてませんともえぇ! ……カズマ、今すぐそのニヤニヤ顔を止めてください、凄い腹が立ちますっ」

 

「ですがめぐみんさん? いっぱい食べないと成長しませ……──」

 

「お腹空きました! さぁ二人とも早く行きましょう! 美味しいご飯が私達を待っていますから!」

 

 そう言ってからめぐみんは店を出て行った。

 俺とウィズは顔を見合わせ……苦笑してから慌ててめぐみんを追うのだった。

 

 

 

 ──とあるレストランの中。

 そこで俺達三人は、やや遅めの昼食を取っていた。

 今日の会計は全て俺持ちなので、女性陣二人には遠慮しなくていいと先に告げてある。

 いや、そうはいってもめぐみんとは睡眠以外は殆ど一緒にいる関係で、お金の管理は俺がしているので普段と変わらないといえばそうなのだが。

 

「久し振りにこんな豪勢な昼食を取れました! 本当にありがとうございます!」

 

 そう言いながらも一瞬で皿の上にある料理を食べるのはなんというか……色々と残念である。

 俺とめぐみんがそんな貧乏店主に呆れながら各々頼んだ料理を口に運んでいると……目の前から物欲しそうな目線を感じた。

 ウィズがそれはもう音が出る程ジッと見つめてるからだ。

 俺とめぐみんが食べている料理を、ジッと。

 そんなにガン見されたら食べるに食べれない。

 めぐみんが口パクで、

 

『何かもう一品頼んであげてください。カズマと出会う前の私を思い出して惨めになってきます』

 

 めぐみんも相当に苦労していたんだなぁ。

 憐れみの視線を送ると、小さな女の子はふいっと視線を逸らして、死んだ目で虚空を見つめた。

 古傷を抉ってしまったらしい。

 ………………。

 俺は近くを通りかかった男性店員を呼び止めて、

 

「この店で一番カロリーがある料理をこのお姉さんに頼む。後は……これとこれ、後はこれも」

 

「そんな、申し訳ないですよ!」

 

「いいからいいから。日頃のお礼って事で」

 

 遠慮するウィズを俺は無視し、男性店員を見ると……彼は嫉妬の目を向けながらやや雑にお辞儀をしてから立ち去るのだった。

 ……彼からしたらハーレムに見えるのだろうか。

 

 実際は貧乏人にご飯を奢っているだけなのだが。

 

 無知とは時に罪である。

 次々に運ばれてくる料理を頬張るウィズはそれはもう顔が緩くなっていた。不健康を象徴していた青白い肌も、心做しか健康そうな色に戻っている気がする。

 

「むきゅむきゅ、本当に……ありがとうございます。むきゅ……此処のご飯は……むきゅむきゅ、美味しいですから!」

 

「あぁうん、それはいいんだけどさ。食べながら話すの止めようか」

 

「そうですよウィズ。女性なんですから、もう少し慎みを持たないと……」

 

 何時も豪快に食べるお前がそれを言うか。

 いや、微塵も残さないからお店からしたら嬉しいだろうけども。

 しかし、年中赤字のウィズが飢えないのは何故だろう。

 アレか、不死王だからそういった耐久にも隠れステータスとして上がっているとかか。

 いやでも、何故アンデッドであるウィズが食事を必要とするのだろうか。

 突っ込む所が多いが、気にしたら負けな気がする。

 だから最初の疑問点だけ訪ねてみる事にした。

 するとウィズは幸せそうな顔を浮かべながら、

 

「あぁ、それでしたら簡単な事ですよ。私は不死王になる前は一応、そこそこ冒険者として名が知られていました。なので、その私を当てにして時々街の住民の方が依頼を出されるんです。ギルドは脅威と認定したものしかクエストとしか扱わないので……」

 

「なるほどなぁ。つまりウィズはその依頼を受ける代わりにお金を要求していると」

 

「はい、そうなりますね。……いえもちろん、私も最初は断っていたんですよ? しかし『いえいえ、お礼をするのは当たり前ですよ。私達はウィズさん、あなたに感謝しているんですから!』と強く言われましたら断るに断れず……」

 

 街の皆さん、グッジョブ!

 それにしても、凄腕魔法使いであるウィズの力を必要とするほどの依頼とは一体……?

 同じ魔法使いであるめぐみんがとても興味深そうに身を乗り出して。

 

「それは例えば?」

 

「そうですねぇ。……ここ最近はアクアさんと一緒に墓地で迷える魂を天に送ったりしました」

 

「それなら百人力ですね。というか、あなたとアクアがいれば、大半のクエストはクリアできるのではないですか? それなのに方や魔道具店、もう片や土木工事の正社員だとか……色々とおかしいと思います」

 

「あははは……。あっ、でも安心してください、緊急クエストには毎回参加していますから! この街の事は、私、かなり好きなので守りたいと思っているんですよ」

 

 こんなに善人なのに不死王。

 どうにもこの異世界は、俺の異世界というイメージを根元から折に来ている気配がする。

 いや、RPGゲームに当てはめようとするのだから当然なのだけれども。

 ……まぁ所詮は二次元の産物で、現実とは違うのは当たり前か。

 貧乏店主はたらふく食べて満足したのか……数分後、幸せそうに寝息をたて始めた。

 美人の寝顔なんて見る機会はそうそうないので俺もジッと見つめてその幸せに浸っていると……めぐみんが何か言いたげに俺を見上げているのに気がついた。

 

「……? どうしためぐみん?」

 

 俺の質問にめぐみんは何も答えず、テーブルの上に置かれた紙を取った。

 男性店員の怨嗟が込められているのかしわくちゃなその伝票を真顔で渡してくる仲間。

 

「えっとなになに……? ……。……なぁめぐみん。俺達ってこんなに食べたっけ?」

 

「ふっ、私達は食べていませんよ。しかし目の前にいる店主がそれはもう注文していたのを忘れましたか?」

 

 俺は再度、幸せそうに眠りについているウィズを見る。

 そして眼下の伝票を見る。

 …………。

 俺は覚悟を決めた戦士の顔を作り──めぐみんに向かって言った。

 

「俺は、この顔の為ならいくらでも払える!」

 

「……!? 本気ですかカズマ!? あなたは本当にこの値段を払うのですか!?」

 

「ふっふっふっ。いいかめぐみん、最初に奢ると言ったのは誰だ? ──俺だ。追加で料理を注文したのは誰だ? ──俺だ。よって、ウィズに一切の責任はない!」

 

「……本気……なのですね?」

 

「……男に二言はない!」

 

 くわっと目を見開きその誓の言葉を告げた俺はそのままレジまで直行。

 待ち構えていたのは先程の男性店員。

 嫉妬の視線を送りながら彼の目は『ちゃんと金あるよな、アァん!?』と物語っていた。

 俺はポケットにしまってある財布を取り出し、彼の前で通貨が詰まってある事をジャラジャラと鳴らす事で、金を持っている事を証明する。

 そして俺は、要求されたエリス通貨を一枚ずつ見せつけるように机の上に置いた。

 

「ちっ……! ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております。……ケッ、このハーレム野郎が!」

 

 

 ──合計金額、一万エリス。

 

 

 §

 

 

 レジで支払いを済ませた俺は、そろそろレストランから出るべきだと判断した。

 食べもしないのに居座り続けるのは流石にどうかと思うし、何より時間が経つにつれて俺だけに向けられる嫉妬の目が怖いからだ。

 

「おーい、ウィズ起きろ。そろそろ出ようぜ」

 

「……ふぁー。……。おはようございます、カズマさん。すみません、寝てしまって」

 

「いや、それは大丈夫だけども。俺としては早く此処から出たいんだが」

 

「何故ですか? 確かにお金は払ってしまいましたがそんなに急ぐ事でもないでしょう?」

 

 本当に分からないのか、不思議そうに首を傾げるめぐみんは身長差の問題で上目遣いになりながらそんな問いをして……

 

 ──刹那、嫉妬が殺意に変わった。

 

 俺はそんな、武士とか歴戦の戦士ではないのでそんな「殺気」なんて感じ取れる筈がないのだが……確かに感じた。

 その証拠に、店内にいる男性全てが俺の事を見ている。

 俺と同年代くらいの男二人が顔を寄せ合いヒソヒソと会話しているので『読唇術』スキルを使うと。

 

『なぁ、アレってどう思うよ? 幼い女の子に、ローブの上からでも分かる巨乳お姉さん。どっちが本命なんだろうな』

 

『ばっかお前、アイツを知らないのか? あの男はな、この街で有名なロリ魔のカズマさんだぞ? 当然、本命はあのちっちゃい女の子に決まってるだろ!』

 

『いやいやいや、分からないぜ? もしかしたらハーレムを狙ってるのかもよ?』

 

 そんな非常に反論したい事を話しているではないか。

 ……どうやら、受付のお姉さんの密告は本当だったらしい。

 俺はロリコンではないのに。

 今すぐ彼らの元に近づいて反論したいが……それをすればどうなるかは目に見えている。

 ますます俺の悪評は広まるのだろう。

 

「カズマ、早く来ないと行っちゃいますよ!」

 

「……あぁ、今行く!」

 

 先に店を出ためぐみんとウィズを追う為、俺はギシギシと音が出る程に歯噛みしながらレストランを出るのだった。

 

 出る瞬間、老人も少年も青年も揃って一言。

 

「「「リア充死すべし!」」」

 

 全員をしばき倒したいと思う俺は、おかしいのだろうか!

 

 

 ──レストランから出ると、そろそろおやつの時間になろうとしていた。

 ……いや、この世界にはそんなお菓子なんて贅沢なものは存在しないのだが。

 

「それじゃあカズマさん、めぐみんさん。今日はありがとうございました。お陰で当分餓死しそうにないくらいお腹一杯になりましたし、とても楽しかったです」

 

「餓死云々はさて置いて、そうだな。今日は楽しかったよ、ありがとな」

 

「もちろん、私も楽しかっですよ!」

 

 別れの言葉を済ませ、ウィズはニコニコと笑いながら自分の店へと向かって行った。

 楽しかった言葉に嘘偽りはなかったらしい。

 それなら俺も良かった。だって、金が凄い掛かったからなぁ。そうじゃなきゃ割に合わない。

 

「よしめぐみん。この後はどうする? あっ、そういえば今日はまだ爆裂散歩していなかったよな。今から行くか?」

 

「あぁ、そういえばそうですね」

 

 あれっ、思ったより乗り気じゃない……?

 …………。

 おかしい、これは絶対におかしい!

 爆裂魔法をこよなく愛する爆裂狂が爆裂散歩の話を持ち出されても反応が薄いだと?

 怪しく思った俺は目の前にいる爆裂娘のおでこに自分の手の平を添えた。

 俺の突然の奇行にめぐみんは耳まで赤くして。

 

「あ、あの! ……急になんなのですか!? 人がこんないる中で……!」

 

「いやなに、何時ものお前らしくないから……風邪でも引いているんじゃないかと思ってな」

 

「なんですかそれは。私らしいって……一体なんです?」

 

「えっ、だって何時ものお前なら爆裂散歩の事になるとテンションが凄い上がって元気になるだろ。それはもう俺がドン引きするくらいには」

 

「んなっ、人の事をそんな子供みたいに言わないでください! ……私だって、もうすぐ大人の仲間入りですからね。大人の余裕というものが醸し出されているんですよ」

 

 いや、大人の余裕と言われても説得力が全然ないのだが。

 主に体型的に。

 …………まぁ、こんな日もあるか。

 めぐみんの不可解な行動についてはまた今度考えるとして、取り敢えず冒険者ギルドに出向く事をたった一人しかいない仲間に相談する。

 肯定されるものとばかりに思っていた俺は、めぐみんの次の言葉に瞠目せざるを得なかった。

 

「いえ、今日はカズマだけギルドに行ってください。実はこの後、宿のお手伝いをする約束を宿屋の奥さんとしていまして……。そろそろ時間なのです」

 

「そっか、分かった。じゃあ夕ご飯時に宿で集合だな。六時くらいでいいか?」

 

「はい、大丈夫ですよ。……それでは!」

 

 時間が押しているのか、めぐみんは片手で手を振った後ステータスにものを言わせて、全速力で宿がある方向にへと駆け出して行った。

 魔法使いのクセに、それはもう早く走った。

 ……と、思いきや途中で立ち止まり俺の方に振り向き大きく手を振りながら……

 

「カズマ! 街の女の人達にセクハラをしちゃいけませんよ!」

 

「ちょっ、待っ!?」

 

「それではまた後で!」

 

 俺の静止虚しく、今度こそ頼りとなる相棒は視界から消えてしまう。

 反射的に伸ばした手を引っ込め、恐る恐る周りを見渡すと……そこには変質者を見る目で俺を見る街の住民と男性冒険者達の姿が。

 というか、何で冒険者がこの時間帯に外に出ているんだろう。冬のこの季節、駆け出しである俺達は基本冒険者ギルドに併設されている酒場に朝から入り浸っているのが平生なのだが……。

 何時もだったら野次馬の如く揶揄する彼らは、とても幸福な表情を浮かべていた。

 ……何か良い事でもあったのだろうか?

 大勢の人が往来する道の中であれだけ大きな声を出せば、それだけで注目されてしまう。

 そして俺は、その中で一人の若い女性と目が合った。

 真顔になって若い女性を見つめると……なんと彼女はズサりと音を立てながら一歩後ずさるではないか。

 

「……ひっ! ご、ごめんなさい!」

 

 俺は何もしていないのに、何故か頭を九十度下げた女性はそのまま兎のように軽やかに、馬のように早く逃げ出して視界から消えてしまう。

 一連のやり取りを見ていた他の人達、特に女性陣は屑を見るような鋭い目付きになり……

 

「「「この変態!」」」

 

 理不尽!

 こめかみを引くつかせ、プルプルと震えてしまう俺は間違っているだろうか。

 ……いや、何も間違ってはいない!

 確かに、俺はセクハラをする。それは認めよう。だがそれはあくまでも知り合いだけであり、赤の他人にやる度胸は俺にはない。

 だって、警察に捕まるし。

 そう、知り合いであるならば俺の性格は熟知しているのでスキンシップだと言い張れる。

 だが見知らぬ女性にセクハラをするほど俺は勇気がないし、ナンパも以前のめぐみんの忠告以降一回もしていない。

 俺は腸が煮えくり返る感覚に陥ながら、受付のお姉さんに愚痴を聞いてもらうべく冒険者ギルドに向かうのだった。

 

 

 §

 

 

「お姉さん! 受付のお姉さんはいるか!?」

 

 建物に入るなりそう叫ぶ俺を、朝から酒を飲んでいる多くの冒険者達が俺を凝視した。

 数々の視線をこの身に受けながらも再度叫ぼうとするが、ある男性ギルド職員が俺の近くにやって来て手を上下に振ってくいくいと招いてくる。

 どうやら、話があるらしい。

 

「実は今日、ルナさんは体調を崩してしまいまして……お休みしているんですよ。多分、風邪だと思います。毎日朝から深夜まで働き漬けで無理が重なってしまったからだと思うのですが……」

 

「そっか。あれだけ目の下に隈を作っていたらそうなるのは当たり前だよなぁ……。というか、お姉さん働き過ぎだろ」

 

「ルナさんは冒険者の皆様にたいへん人気がありますから……彼らの対応をしていたら休暇の申請をする機会が得られなかったのかと。何時もはもう一人の女性職員と一緒に来るのですが……中々集合時間になっても来なかったルナさんを心配して自宅を訪ねると、げっそりとやつれていたそうで……」

 

 それもそうだろう。

 寧ろ、よく今まで倒れなかったものだと感心する。

 過労はよくないからなぁ。

 職種は違うが、俺も土木工事の短期アルバイトをしていた身だからこそ共感できてしまう。

 というか、受付のお姉さん以外にも女性職員がいたのか。

 まだ一回も見た事がないから、てっきり女性職員はお姉さんだけかと思っていた。

 ……ギルド職員にはパートやアルバイトといった概念がないから、人を雇う事すらできない。

 精々、ギルドに併設されている酒場の店員が限界だろう。

 

「それでですね。カズマさんには大変申し訳ないのですが……この手紙をルナさんに渡してもらえませんか?」

 

 そう言いながら、男性職員は胸元の内ポケットから綺麗な一枚の封筒を取り出し、俺に渡してくる。

 達筆な字で書かれたその封筒には「通知書」と大きく書かれていた。

 

「これは一体?」

 

「今回、ルナさんには強制的に休みを取ってもらう事になりました。その期限は今日を入れて三日。ギルドはご覧の通り、この有り様ですので……もし良ければお願いできますか?」

 

「分かった。お姉さんには何時もお世話になってるしな、責任をもって届けるよ」

 

 ありがとうございます! とお礼を告げる男性職員に俺は気にするなと手を振りながら、入って十分も経っていない冒険者ギルドをあとにするのだった。

 

 

 ──時間は午後四時を過ぎたからか、メインストリートには沢山の人が往来していた。

 こうして行き来する人達を見ると、此処は異世界なんだなぁと実感する。

 普段はあまり意識しないが、ドワーフもいるし、中にはエルフもいるのだから不思議なものだ。

 封筒の裏にはお姉さんの()まいが書かれていて、俺はそれを頼りにして住宅街を歩く事に。

 思えば、住宅街を歩くのは初めてな気がする。

 俺とめぐみんが泊まっている宿はメインストリート沿いにあるし、冒険者ギルドは町の中心部にある。

 ウィズ魔道具店はメインストリートから少し離れた裏道ポツリと密かにあるから、案外俺は、この街について詳しくは知らないのかもしれない。

 通知書入りの封筒を見ながら歩いていると……前から聞き慣れた声が俺を呼んだ。

 

「カズマじゃないか。こんな所でどうした?」

 

 声に従って顔を上げると、そこには見た目は美女のダクネスがいるではないか。

 そして、ダクネスの装備が違う事に気づく。

 先日、俺とクリスの迷宮(ダンジョン)探索の際、ダクネスは鎧も着ず両手剣だけの私服姿という、非常に心もとなく、それでいて私服だからか彼女の大きい山がデカデカと主張するという非常に目のやり場に困る装備だったのだが──現在の彼女は聖騎士に相応しい立派な白銀の甲冑を装備しているではないか。

 正直、とても羨ましい。

 俺もそろそろこの軽装からダクネスみたいな全身防具に変えるべきか……。

 いやでも昔読んだ本に、鎧の着脱は非常に大変で体力を使うと書いてあったような気がするからなぁ。

 

「ようダクネス。俺は今、ギルド職員から個別に緊急クエストを受けていてな……その任務中だよ」

 

「ほう、個別に緊急クエストとは……カズマも中々に立派な冒険者になっているな! 個別に頼まれるとは、流石は魔王軍幹部を屠っただけの事はある」

 

「いや、クエスト内容は寝込んだお姉さんの家にこの手紙を届ける事だけど」

 

「そ、そうか……。カズマ、お姉さんとはあのお姉さんか? お前がよく下卑た目で胸を見ているあのお姉さんか?」

 

「ななななな、なんの事かなぁ!? と、取り敢えず俺は今忙しいんだよ、ドMのお前に構ってる時間はないから、悪いが明日にしてくれ」

 

「……いや、流石に私も時と場所は考えるのだが……まぁいい。そうだカズマ、もしよかったら私も同伴していいか? 私も彼女にはお世話になってるから、そのお礼をしたい」

 

「そういう事ならいいぞ。よし、それじゃあ行くか!」

 

 パーティーに助っ人としてダクネスが参加し、行動を共にする事になった。

 思えば、ダクネスと二人っきりでこうして話すのは初対面以降、初めてな気がする。

 もしそんな美女と話す機会がおとずれたら、普通なら心臓がバクバクしそうなものだが……残念な事にそんな事は決して起こらない。

 傍目に見たらデートだろうが、これはそんな甘酸っぱい青春の一ページでは断じてない。

 寧ろこれは、散歩だ。

 散歩をしているとダクネスが、

 

「そういえばカズマ。この鎧、どう思う?」

 

「どう思うって、言われても……。ダクネスは貴族の出身だから、歳をとった子供がごっこ遊びをしているように見えます」

 

「お前は人を褒める事ができないのか!? 私だって、似合ってるだとか、かっこいいだとか、普通に褒められたい時もある!」

 

「はいはい、似合ってますよー」

 

 そんな非常に面倒くさい事を言う変態を適当にあしらいながら答えていると……涙目になりながら拳を振りかぶってくるではないか。

 俺はまぁまぁと聞き分けのない子供を宥めるように懇切丁寧に優しく、

 

「ほら、落ち着けよ。いいかダクネス、此処で暴力沙汰なんて起こしたら色々と面倒くさい事になる。確かに今回は俺に非があるだろうが、この場合はお前の方が罪は重くなるだろう。貴族のお前が、こんなくだらない事で警察に怒られたいのか?」

 

「うぅ……それを言われると弱いが……。まぁいい。ヘタレなお前に期待した私が馬鹿だった」

 

 …………。

 ……落ち着け、落ち着くんだ佐藤和真。

 さっき、他ならない俺自身がダクネスに言ったではないか。『此処で暴力沙汰を起こしたら面倒くさい事になる』 と……。

 そうだ、俺は自身の言葉に責任を持つ男の中の男。

 紳士なのだ。

 紳士の俺は、小馬鹿にしてくるドMで変態のなんちゃって貴族にいちいち目くじらを立てたりはしない。

 そんな風に荒ぶる内心を落ち着かせていると、ダクネスがふと思い出したように。

 

「あぁ、そういえばカズマ。ここ最近アイリス様から私の実家に手紙が届いているのだが……何かあったのか? アイリス様曰く『どうしましょうララティーナ。私、どうすれば……!?』といったものでな。意味が分からないから反応に困っていたんだ」

 

「……!? いいいい、いや何でもないよ!?」

 

「そうか……ならいいのだが…………。今度お前宛てに手紙を送るそうだから頼むぞ」

 

 話はこれで終わりのようで、ダクネスは会話を断ち切ると……俺を見向きもせずに淡々とお姉さんの家に向かって歩き続けるだけだった。

 俺はというと、頭の中がごちゃごちゃになっていて……正直、立っているのもやっとなところだった。

 めぐみんの言葉と、ダクネスの言葉を総合するに……つまり、そういう事らしい。

 俺は天界にいるであろうエリス様に届けとばかりに……

 

「エリス様、俺に加護をください!」

 

 強く、祈るのだった。

 

 

 ──街の一等地……ではなく五等地のとある場所にその小さな家はぽつりと建っていた。

 見た目からして一階だけだろうか。

 この世界には車なんて優れものがないからか、少々雰囲気的に物足りない気がする。

 俺はインターホン代わりにある魔道具を鳴らそうとして……ふとある事に気がついた。

 ダクネスが怪訝そうな顔を浮かべて、

 

「どうかしたかカズマ?」

 

「いや、初めて女性の家にお邪魔するなぁと感動していたところだ」

 

「……。ま、まぁあれだ。そう気にするものでもないぞ?」

 

「その哀れみの目をやめてください、お願いします」

 

 意を決した俺は、魔力を流して魔道具を鳴らし……次の瞬間ピンポーンと建物内に響いているのが伝わった。

 ふむ、どうやら音色は日本と同じらしい。

 だがしかし、中から何も反応がないのはどういう事なのだろうか。

 もしかしたら寝てるのかもしれない。

 ポストに手紙を入れて今日は帰ろうとダクネスに声を掛けようと思った、その時。

 ガチャりとドアノブの回る音が小さく鳴った。

 

「はーい、すみません。今まで寝ていまして……あれっ、カズマさんにダクネスさん?」

 

 そう言いながら奥から出てきた受付のお姉さん……改めルナさんはそれはもう気持ち悪そうな顔をしながら俺達を出迎えるのだった。

 

 

 ──取り敢えず中にどうぞ、と案内された俺とダクネスは質素としたリビングに通された。

 あるのはキッチンにやや大きめのテーブルに椅子が読ん脚あり、寝室はどうやら隣にあるらしい。

 

「それにしても、大丈夫か? 風邪を引いたって聞いたのだが……」

 

「はい、大丈夫で……ごほっごほっ……す……」

 

「ルナは布団の上で横になっててくれ。洗濯や掃除をしていないのだろう? 私とカズマがやっておくから、安心して寝ると良い」

 

「ごほっ……本当にすみません」

 

「いいから寝てるんだ。寝ないと風邪は治らないぞ?」

 

 そうダクネスが安心させるように笑い掛ければ、お姉さんは小さく頷いて……数分後、寝息を立て始めた。

 きっと安心したのだろう。

 すやすやと眠るお姉さんの頭をダクネスは優しく撫でている。

 そして俺はというと……普段のダクネスとのギャップに戸惑っていた。

 えっ、ちょっと待って。誰ですかあなたは。

 

「よしカズマ。今から家事を分担しよ……──どうしたその顔は? 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして」

 

「……お前、本当にドMである事を除けば常識人なんだよなぁ」

 

「さっきからお前は何なんだ! ……私は干してある洗濯物を取り入れるから、カズマは何か料理を作ってやってくれ」

 

「それはいいけど。二つもやらせちゃっていいのか? なんだったら俺が……」

 

「洗濯物は一人分だからすぐに畳み終わる。それに服は女性物だぞ? カズマは率先して犯罪者になりたいのか?」

 

 あっ、そうでしたね。

 ダクネスの正論に論破された俺は、逃げるようにキッチンにへと向かい、冷蔵庫を開ける。

 他所様の台所事情を知るなんて本来なら失礼にもほどがあるが、今回は例外だから気にしなくていいだろう。

 何が入っているのかと期待に胸を膨らめせてオープンさせると……そこには大量のお酒があるではないか。

 

「……は?」

 

 そんな呆けた声が出てしまうのは仕方がないだろう。

 冷蔵庫の中の三分の二程の領域を多い尽くしている無限にも等しい酒の量。

 そして残りの三分の一には申し訳程度の野菜や肉、卵といった本来あるべき材料があった。

 もしかしてお姉さんは酒好きの部類に入るのだろうか。

 いやでも、この前話した時にはお酒は普段は飲みませんとか言っていた気がする。

 ……という事は考えられる事は一つだけ。

 恐らく、ルナさんはストレスが溜まっているに違いない。俺は引き籠もり兼ニートをしていたから分からないが、労働とはかなりのストレスを感じるらしい。

 特に俺が元いた地球ではデスクワークでの仕事が増え、身体を動かす機会が減ってしまったから余計にそう感じるそうな。

 そういう意味では、この異世界ではパソコンやスマートフォンのような情報電子機器なんて物は存在しないからまだ楽だろうと言われると……そうでもない。

 お姉さんは長い事ギルド職員として勤務しているそうだが、今の季節である冬だと相当に鬱憤が溜まるそうだ。

 ギルド職員の仕事は冒険者の相談やクエストの発注許可など多岐に渡るが……一番キツいのは冒険者とのやり取りである。

 何故なら冒険者とは気性が荒く、問題行動を起こす……言わば問題児だからだ。

 と、ここまで聞けばセクハラや強姦、暴力沙汰などを思い浮かべるだろうが実のところそうではなく、些細な喧嘩が多いらしい。

 この街は治安だけは国の中で最もいいから、お姉さんも気になってるそうな。

 だがしかし、それは全体的に見ればの話であって……お姉さんみたいな巨乳美人の人はそうかというと否だ。

 毎日毎日、構ってちゃんのように酒を豪快に飲みながら絡んでくる冒険者達には凄い苦労しているのだろう。

 

 

 ──そんな事を考えながら俺は、王城で暮らしていた際にメイドのリーシャンに仕込まれた料理の腕を存分に振るっていた。

 あの時のリーシャンはそれはもう怖かった。

 俺が学生兼引き籠もり兼ニートであるという情報を忌まわしき白スーツから入手したメイドさんは、嫌がる俺を強引にベッドから引き剥がし調理場に放り込んだのだ。

 この世界では、公の場での調理場では大前提として『料理』スキルを取るのが当たり前になっている。スキルを取る事で最低限調理できるようにして、そこから個々の技術を上げるのだ。

 だが俺はスキルを取らせてもらえず……経験値ゼロで調理場に立つ事に。

 日本にいた際には自炊なんてせず偉大なる母親が作ってくれたご飯を食べていた俺なのだが……その有り難さを思い知った。

 必要最低限の事ができるようになってからようやく『料理』スキルを取る事ができたのだ。

 だけどその時、アイリスも一緒になってリーシャンに教わっていたのは何故だろう。

 尋ねても意味深に笑うだけで結局答えてもらえなかった。

 兎も角。

 お姉さんは風邪を引いているのだから、重めの物ではなく軽めの物の方がいいに決まっている。

 ここはお粥を作る事にしようと思う。

 鍋に水を入れて沸騰させていると、

 

「カズマ、私は今から一回家に帰るから……少しの間頼んでいいだろうか?」

 

「うん? それは大丈夫だけどなんでだ?」

 

「なに、今日はルナを付きっきりで看病しようと思ってな。私が家に帰らないと色々と問題だから、その報告をしないといけないし、準備もしなければならない。夕食は家で食べてくるから、私の分は用意しなくていいぞ」

 

「分かった。そういう事なら任せてくれ」

 

「あぁ、頼んだぞ。……一応言っとくが、寝ているルナに襲いかかるなよ? まぁ、そんな度胸お前にはないだろうが」

 

 家を出る間際、そんなとんでもない言葉を残していくダクネス。

 奴が俺の事をどんな風に思っているかよく分かった訳だが、報復はまた今度にしよう。

 俺の名前は佐藤和真。

 真の男女平等主義者の俺は、やられたらやり返す男だ。

 そこに男だとか、女だとかそんなものはない。必要ならばドロップキックを披露しよう。

 しかしここで問題なのは、ダクネスが大半の仕返しを悦びに変換してしまう事だ。

 ……ドMは一般人とは感性が違うから、とても困ったものだなぁ。

 ──ところで。

 つい先日、クリスとお互いに『スティール』を掛け合うゲームをしたのだが……なんと俺の『スティール』は相手が女性だと下着を盗ってしまうらしい。しかも下着から確実に一枚、また一枚と内側から盗っていくのだ。

 あの時のクリスの泣き顔はそれはもう凄かった。

 これからは、この『スティール』を重宝したいと思う。

 特に、俺の命令を度々聞かないめぐみんには効果抜群の筈だ。俺だってそんな事はしたくないが、これは必要な事。

 胸が痛まない事もないが、それはそれだ。

 …………。

 

「うーん、困ったなぁ。いや待てよ? アイツは地味に頭がいいから俺の報復を予想するんじゃないか? だったら敢えてここは放置して無視するという方法も……──」

 

「それはやめてあげてください」

 

 ぶつぶつと独り言を言いながら着々とお粥を作っていると……寝室からそんな声が。

 おかしい。

 リビングと寝室を仕切るように壁があり、ドアがあるから俺の悩み声は聞こえない筈だが……。

 そんな風に戸惑っていると、キィと開閉音が鳴って寝室からお姉さんが現れる。

 先程より顔色がかなりいいから、回復の兆しが出始めたのかもしれない。

 

「この家は木造ですから、ある程度の声を拾う事ができるんです。それにほら、ギルドは何時も喧騒で包まれていますから職業病というか……その、耳がかなり良くなってしまい……今なら三人の声を同時に聞く事ができます」

 

 マジかよ。

 俺は顔を引き攣らせながら、

 

「そ、そうなんですか。あぁ、ダクネスが今日は泊まっていくって言っていましたよ。それと、これを……」

 

「……? なになに……『──今日から三日の休暇を言い渡す。これからもギルド職員として精進する事を期待する』……やった、久しぶりの休暇です!」

 

「良かったですね。洗濯物はダクネスが畳んでくれましたから。あっ、先に言っときますけど俺は何も触っていませんから!」

 

「本当ですか……?」

 

 誤解を生まないようそう言ったのにも関わらず、お姉さんは胡散臭そうに俺をジト目で見つめてくる。

 けど俺はお姉さんには一度もセクハラはした事がないのだが、女性の間で俺の悪評が広まっているのだろうか?

 

「……まぁ、もしそうなら警察に渡せばいいだけですから良しとして。カズマさんは何をしているんですか?」

 

 さらりと友人を売るお姉さんが怖い。

 

「お粥を作っています。あぁ、そうだ。お酒ばっかり飲むと身体に毒ですから、気をつけた方がいいと思いますよ?」

 

「うぐっ……はい、気をつけます。けどですね、私だって人間ですからストレスを感じるんですよ! 分かりますかカズマさん、毎日毎日朝から酒を好きなだけ飲んで建物内を荒らしに荒らし、絡んでくる冒険者の皆さんに営業スマイルを浮かべるこの苦労がっ!」

 

「いや、冒険者の俺にそんな事を言われても。だったら恋人をつくったりしたらどうです? お姉さん、美人で巨乳だから引っ張りだこでしょ? 誰か気になってる人とかいないんですか?」

 

「そんな人いませんよ。というか、そんな人がいたらアタックして落としていますし……仮に付き合ったとしても忙しくてそんな時間はないです」

 

「いや、そんな事いったら元も子もないでしょ。じゃあ聞きますが、忙しいとかそういう事情抜きで結婚したいと思わないんですか?」

 

 そう質問をするとお姉さんは何を言ってるんだコイツとばかりに白けた目を送ってくる。

 

「私だって女ですから結婚したいですよ、何を言ってるんですか! ……カズマさん、そう言った話題をするのなら細心の注意を払わないと嫌われますよ?」

 

「童貞に女の機敏なんて分かる筈がないでしょうが!」

 

 俺の心の底からの叫びにお姉さんは気まずそうに目を逸らした。

 なんだろう、これだと傷の舐め合いをしているだけのような気がする。

 お姉さんもそれに気づいたのか何も言葉を発しない。

 沈黙が場を支配する中、俺は現実逃避をしながら黙々と料理をする事に。

 魔道具製の腕時計をちらりと確認すると、もう少しで五時になろうとしていた。

 めぐみんとの約束の時間が六時だから、あまり時間の猶予はない。

 お粥はもう少しでできてしまうし、それまでにダクネスが帰ってくれると助かるのだが……夕食を先に食べてくるとか言ってたからそれも叶わない気がする。

 まぁ、その時はその時で考えよう。

 

「あっ、そういえばお姉さん。今日、ダクネスが此処で泊まると言っていましたよ。事後承諾ですけど大丈夫ですか?」

 

「えっ、そうなんですか? それは大変有難いですね。普段は一人で暮らしていますから……賑やかになるのは嬉しいです」

 

「それは良かった……──作り終えました」

 

「わぁっ! さっきから美味しそうな匂いが満喫していて、おかしくなりそうです」

 

 お粥を作り終えた俺は、鍋の中にある料理を容器に移してから、かなり早い夕食を持って運んでいく。

 病人は早く寝ないと病気が治らないから、早めに食べる事は悪くない筈だ。

 

「わぁっ、凄く美味しそうですね! それじゃあ、頂きます。──! ……もしかしてカズマさん、『料理』スキルを取っているんですか!? お店で出しても遜色ないレベルですよっ」

 

「そうですけど……」

 

 そんなに絶賛するほどの味なのだろうか。

 なら、リーシャンに感謝しておこう。

 興奮するお姉さんにやや引いていると彼女は手の指を一つずつ折りながらぶつぶつと。

 

首無し騎士(デュラハン)を倒したからお金は沢山あり、料理もできる。おまけにアイリス王女とは仲が良さそうだったからコネもあるし、目上の人には敬語を使い社交性もある。これでセクハラをしなかったら普通にモテると思うのに…………色々と残念ですね」

 

「べべべべ、べつに俺だって彼女を作ろうと思えば作れるし!?」

 

「目が泳いでいますよ」

 

「まぁお姉さんよりは若いですから……──痛たたたっ! ちょ、お姉さん本当に病人ですか!? ……痛い痛い!」

 

「全く、女性相手に年齢の話はしちゃ駄目ですよ」

 

 お姉さんはそう笑いながらも右手で俺の頭を鷲掴みしてくる。メキメキと鳴ってはいけない音がした。

 目が完全に据わっている。

 めぐみんだったら瞳を紅く輝かせているに違いない。

 アレか、これが噂の『顔は笑っているけど目は笑っていない』状態なのか。

 戦々恐々していると……ピンポーンと魔道具が建物に鳴り響き、来客が来た事を告げた。

 どうやら、やはり俺の運は高いらしい。

 これ幸いとばかりに玄関ドアを開けると、そこには大量の荷物を持ったダクネスが立っていた。

 走ってきたのか汗を大量に流すその姿はとてもエロいが、今は欲望を抑えなくてはならない。

 

「遅くなってすまない」

 

「いや、寧ろかなり早いだろ。俺はもうちょっと時間が掛かるとばかりに思っていたんだが」

 

「あぁ、それならそこら辺の屋台で済ませてきた。カズマは用事があるだろうし、お前にばかり負担を強いる訳にはいかないからな」

 

 おぉ、今日のダクネスはやはり、なんかまともだな。

 それにしても……たった一晩止まるだけなのにそんなにも荷物が必要なのだろうか。

 いくら力持ちのダクネスといえど、女性の身にはキツいだろう。

 

「それは助かるよ。荷物かなりあるけど大丈夫か? いくつか持つから渡してくれ」

 

「いや、大丈夫だ。重い物を持つと身体に負荷が掛かって……かなりイイ!」

 

 俺の感動を返せ。

 

「あっそ、じゃあ俺はもう帰るから」

 

「あぁ、分かった。道草食わずにまっすぐ宿屋に帰るんだぞ? あとくれぐれも、ナンパなんかするなよ?」

 

「お前は俺の母ちゃんか!」

 

 めぐみんといいダクネスといい……奴らは俺の事をどんな目で見ているんだ。

 めぐみんには『スティール』の刑を、ダクネスには今後二人っきりになったら本当の可愛らしい名前で呼んでやろう。

 そんな決意を固め再びリビングに戻ると、そこには食事中のお姉さんが……。

 俺は軽く手を挙げて。

 

「お姉さん、俺はもう帰るから。お大事にー」

 

「分かりました。今日は本当にありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか……」

 

 そう俯くお姉さん。

 

 これはアレだ、ギャルゲーで言う絆ポイントを貯めるイベントだ。

 

 ならば俺がやる事は決まっている。

 キメ顔を作った俺は、サムズアップしながら……

 

「なに、お互い様ですよ。もしこれからも困った事があったら、是非この俺──サトウカズマを頼ってくださいね!」

 

「あの、その顔気持ち悪いですから止めてください」

 

 ……俺は泣きながら宿屋に向かうのだった。

 コンチキショー!

 

 

 §

 

 

「あっ、カズマ。おかえりなさい……──どうしました? そんなみっともなく泣いて……」

 

 宿屋に着き、戸をくぐるとめぐみんが出迎えてくれる。

 どうやら、手伝いは終わらせているらしい。

 ちょむすけと戯れながら俺を待っていてくれたのだろう。

 なんて良い奴だ……!

 俺は服の袖で絶望と幸福が入り交じった涙をゴシゴシと拭きながら、

 

「なぁ、聞いてくれよめぐみん! さっき、体調を崩したお姉さんのお見舞いに行ったんだけど……そしたら俺渾身のキメ顔が気持ち悪いって……」

 

「はぁ……私からしたらお姉さんの容態が気になりますが……まぁそれはあとでもいいでしょう。それで、どんな顔を作ったんですか? 私にも見せてくださいよ」

 

 そう要望するめぐみん。是非もない。

 俺はキリッとめぐみんを見る。

 すると、目の前に座っている仲間は口元に手を当ててあわあわと震え出し、俺から視線をふいっと逸らすではないか。

 ふむ、どうやら俺の顔がイケメン過ぎて直視する事ができないらしい。

 チラチラと何度も見返してくる彼女にキメ顔のまま笑い掛けると……

 

「ご、ごめんなさいカズマ。その顔はちょっと……今までの中で一番気持ち悪いです」

 

 

 ──俺は宿の部屋に引き籠もりました。

 







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殺戮の機動要塞

 

 ──今思い返せば、異世界転生なんてものはかなり理不尽だ。

 

 俺やミツルギの場合はあくまでも自分の意志という形を一応保っているが、それでもその選択をするように誘導されたようなものだと、今更ながら思う。

 神様というのは、かなり傲慢で身勝手なものだ。

 もちろん、こんな事はアクアやエリス様には到底面と向かっては言えないけれども。

 チートを貰って楽しく異世界生活を送れるほど、この世界は人に……特に元引き籠もり兼ニートに優しくない。

 どんなに強力な武器を持っていても倒せない敵はいて、どんなに攻撃力が高くてもそれが一時的だったら意味がないし、世界というものは理不尽に満ち溢れていると俺は強くそう思う。

 いやもちろん、良い事も沢山あった。

 例えば、一国のお姫様と仲良くなったり、なんだかんだ良い仲間とも巡り会えたし、数多くの美少女たちとそれなりの仲になったりと……一日の充実度は明らかに此方の方がいいだろう。

 でもだからこそ、何かを失う時の喪失感は大きい訳で。

 そう……。

 

 ──積み重ねたブロックが崩れるのは一瞬なのだ。

 

 そんな事を最期の一句にして心の中で読んでいると、隣に立っているめぐみんが服の袖をぎゅっと強く握ってきた。

 大人の階段を登りつつある俺は、今更そんな事に動揺したりはしない。

 ……ごめんなさい。めちゃくちゃ動揺しています。

 

 主に恐怖の所為で。

 

 震える足に鞭を打ち、前方を見据えていると……とうとうソイツは現れた。

 その巨体に俺は、手を合わせて幸運の女神に祈る。

 

 どうしてこの街なんですか、と。

 

 多くの冒険者達が顔を引き攣らせ振り返り、俺の指示を待つなか。

 俺はゆっくりと深呼吸し……輝く朝日を眺めてから、ソイツに対して宣戦布告をした。

 

「突撃!」

 

 それを合図にして──アクセルに住んでいる全ての冒険者達が恐怖を打ち消すかのように腹から雄叫びを上げ、自身の得物である武器を大きく掲げながら戦場に行った。

 俺達が戦う相手は、超大物賞金首。

 

 その名も──機動要塞デストロイヤー。

 

 

 §

 

 

「カズマ、そろそろ部屋から出てください! 何日籠ってるんですか!」

 

 俺が宿屋の部屋に引き籠って、そろそろ五日目になろうとしていた。

 知人、友人、仲間から「お前の顔気持ち悪い!」と真顔で言われた俺はひどく傷つき、宿屋のオーナーである主人に許可をもらって部屋に引き籠もる事に。

 最初は仲間であるめぐみんも大して気にした様子はなかった。

 どうやら、俺の引き籠もりは子供の癇癪だと思ったらしく、最初の二日は放置。

 更には冒険者ギルドに遊びに行く始末。

 まぁそれでも、一応壁越しに何処に行くのかは教えてくれるので勝手ではないのだが。

 だがそんな態度も、三日目になると変わったようで……仕切りに扉越しに「謝りますから、外に出ましょう?」と優しく慰め、俺をこの絶対領域から出そうとしてくる。

 鍵は閉めてないので強引に開けようと思えば開けれるのに……強行策にでないのはめぐみんの美点だなぁ。

 だが俺は、それに応えるような事はしなかった。

 そう、これは戦争なのだ。

 確かに自分でも顔面偏差値は高くなく、中の中くらいだとは思っているが……それでも「気持ち悪い」と言われる程ではない筈だ。

 そう思った俺は部屋に備え付けられている鏡で自分を見て、めぐみん達に披露した渾身のキメ顔を浮かべる。

 刹那。

 俺は思わず「気持ち悪!」と叫んでしまった。

 ……。

 ……いや、本当は分かっていたのだ。

 ウィズ、ダクネス、受付のお姉さんやめぐみんがそんな質の悪い嘘をつかないことを。

 特に有り得ないのはめぐみんだろうか。

 彼女は仲間をかなり大事にするから、不当に嘘をついて傷つけるような事は絶対にしない。

 これからは、彼女の名前をからかわないようにしよう。

 だから俺が引き籠っている最大の理由は、彼女達の言葉に悲しんでいるからではなく──単純に気まずいからだ。

 四日目になると、腹が空き始めた。

 引き籠もる直前に近くの八百屋や魚屋、肉屋で買った食料が綺麗さっぱり消えたのだ。一日目にやけ食いしたのが悪かったかもしれない。というか、それしか理由がない。

 そして、五日目の今日。

 俺はとうとう、死にそうになっていた。

 餓死で。

 俺が日本で死に天界でアクアと会った時、彼女は俺の死因を馬鹿にして爆笑してきたが……なるほど、確かにこれなら笑えてくる。

 だったら素直にめぐみんたちの元へ戻れよと思わなくもないが、そう決心した時には遅く……今の状態に至る訳だ。

 これが貧困者の気持ちなのだろうか。

 視界はグラグラと揺れ、とうとう幻覚まで見えそうになってくる。

 エリス様にこんな理由で会いに行かないといけないのかと……死を覚悟したその時。

 意識が朦朧とする中、外が妙に騒がしいことに気がついた。

 ドタバタと廊下を走る音がいくつも聞こえる。

 かなり焦っているらしく、度々硝子(ガラス)が割れる音が宿屋に鳴り響いたがそれすらも彼らは無視をしていった。

 ……新手の宿荒らしだろうか?

 主人に怒られても知らないぞー、と他人事の様に考えていると……突如扉がバン! と音を立てながら開く。

 

「カズマ! あと二日ほどは待つ予定でしたが、状況が変わりました! すぐに冒険者ギルドに……──きゃあああ! だ、大丈夫ですか!?」

 

 そこには甲高い悲鳴を上げ、自身の杖を抱きかかえる俺の仲間がいた。

 俺は最期の力を振り絞り──懇願する。

 

「……よぉ、めぐみん。早速で悪いんだけど、食べ物をくれないか?」

 

 

 §

 

 

「まったく、あなたは何をしているんですか! 引き籠った挙句食料が尽き、餓死寸前だなんて馬鹿なんですか!? 馬鹿ですよね!? というか、先日の件で学習しなかったんですか!?」

 

「返す言葉もありません。めぐみん様、この度は本当にありがとうございます」

 

 めぐみんの呆れたような言いように俺は、ただただ感謝の言葉を告げる事しかできない。

 魔法使いのクセに筋力ステータスが俺より高いめぐみんに運ばれた俺は今、奥さんが作ってくれたご馳走をガツガツと腹の中に収めていった。

 やっぱり、奥さんの手料理は美味い!

 一口噛むごとに、力がみなぎってくるようだ。

 肉汁溢れるカエルの唐揚げを口に頬張ると、やけに店内が静かなことに遅まきながら気がついた。

 今の時間帯は昼。

 この宿屋は宿泊していない人でもご飯を食べることが可能なので、この時間帯は最も人が多くなる時間だ。

 荒事が起きたらすぐに仲裁しに行く厳つい主人もいないし、どうしたんだろう……?

 俺が違和感を感じていると、めぐみんはようやく気がついたのかとばかりに。

 

「カズマ、よく聞いてください。今この街は、滅亡の一歩手前です。このままでは、明日の夜にはこの街は瓦礫の塊となっているでしょう」

 

 そんな意味不明な事を言ってくる。

 えっ、今なんて言った?

 滅亡の一歩手前? この街が?

 状況が全くもって摑めない俺に……めぐみんは真剣な表情を浮かべながら更にこう付け加えた。

 

「カズマ、緊急クエストです。相手は超大物賞金首、機動要塞デストロイヤー。ご飯を食べ終わったら冒険者ギルドに行きますよ」

 

 はて、どこかで聞いたことがあるようなないような……。

 首を捻ってこのもどかしさを解消しようとすると──思い返した。

 あぁ、アレだ。

 数日前、ギルドのクエスト掲示板に書かれていた気がする。

 たしかその内容は、『機動要塞デストロイヤー接近中の為、進路予測の為の偵察募集中!』……だったか。

 つまりめぐみんが言いたいのは、そのデストロイヤーがアクセルに接近してるから、早く来いと……そんなところだろう。

 

「カズマ、早くしないと! 全ての冒険者達が今、ギルドに集まっています!」

 

 そう急かしてくるめぐみんに俺はというとお茶をズズっと啜りながら。

 

「ズズっ。……あのなぁ、めぐみん。その、何だっけ? 何とかロイヤーって、大層な大物賞金首なんだろ? なら、駆け出し冒険者しかいない俺達雑魚が勝てる筈がないと思うんだ」

 

 思ったことをそのままぶちまけた。

 名前からして巫山戯(ふざけ)ているが、この世界ではそういったヤツほど強いのだ。

 何せ、不死王(リッチー)が魔道具店を営んだり、出された皿の上でキャベツがペチペチと跳ねたり、女神が土木工事で働いていたりする世界である。

 俺としてはこのまま街から逃げ出して、首無し騎士(ベルディア)討伐報酬金のお金で余生を過ごしたい。

 そんな俺の意見をめぐみんは否定したりせず、分かってますとばかりに寧ろ頷いてくれた。

 ……あれっ、おかしいな。

 何時ものめぐみんなら「我が爆裂魔法で討ち滅ぼしてやろう!」とノリノリで俺を催促してくるものだが。

 

「私だって今回ばかりは逃げたいですよ。何せ、相手はデストロイヤーですからね。爆裂魔法たった一発じゃ斃せません。しかしカズマ、その……、私達は一応この世界で初めて魔王軍幹部を討伐じゃないですか? その私達が逃げたら世間体が悪いのです。なので、行くだけ行かないと……」

 

「うわっ、出たよ出たよそういった勝手な期待。俺はそういうのが一番嫌いなんだ」

 

「私もそれは同意見ですが、まぁ取り敢えず行きましょうか。それにベルディアと戦う時、あなたがそのような言葉を言ってしまった為、逃げられないのですよ!」

 

 言われてみれば、そんな似たような言葉を確かに言ったような気がしないでもない。

 くそっ、まさかここになって自身に振りかかろうとは……!……仕方がないか。

 テンションがプラスどころかマイナスになる俺たちパーティーは、この非常事態にも関わらず料理を作ってくれた奥さんにお礼を言ってから、宿を出ることにした。

 

 

 ──久し振りに冒険者ギルドを訪ねようと出入り口に立った俺は、何時もとは違うことに気がついた。

 何時もだったらギルドの中からは酒の匂いと男達の賑やかな笑い声が聞こえるのだが……今は一切それが感じられない。

 おずおずと建物内に入ると、そこには多くの冒険者がそれぞれ席に着いていた。

 皆、一様に雰囲気が暗い。

 首無し騎士の時は突っ込む余裕があったのにこの反応、明らかに次元が違う。

 ここは『潜伏』スキルを使って戦術撤退を……しようとするが、何時の間にか来ていたお姉さんに服の襟首を掴まれてしまった。

 

「あぁ、カズマさんようこそいらっしゃました! あまりにも来るのが遅かったのでてっきり逃げたものだと思っていましたが、そんな訳ないですよね! だってあなたはあの魔王軍幹部を屠った英雄なんですから!」

 

「いやー、あはははっ。そんな逃げるだなんてとんでもない。……あっ、そう言えばお姉さんは風邪が治ったんですか? もし治ってないなら宿屋に風邪薬があるの……──」

 

「大丈夫です! ……冒険者の皆さん、カズマさんが来てくれましたので安心してください!」

 

 お姉さんがそう叫んだ瞬間、おぉっ! と盛り上がる冒険者達。

 その反応は英雄が駆けつけたみたいで気持ちがよくなるが、すぐに冷静さを取り戻す事に成功した。

 隣を見ると、めぐみんも目を丸くしている。

 ある一人の男がドタン! とテーブルを叩き割りながら、

 

「お前ら、安心しろ! 俺達にはカズマたちがいるんだ! 絶対倒せるって!」

 

「えぇ、そうよね! だって、この街には最強の〈アークウィザード〉のめぐみんだっているし、蘇生魔法を使えるアクア様もいる! ダクネスは……使えないけど無敵よ無敵!」

 

「そうだ、俺達は無敵だ!」

 

「……俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」

 

「死亡フラグ……と言いたいがカズマ達がいればいれば回収しなくて済むよな! おめでとう! ……ですよね、お姉さん!」

 

「えぇ、もちろんです! ……あと、最初の人は後でテーブルの賠償金を貰うのでそのつもりで。それと最後の人、ご結婚おめでとうございます! ……私も結婚したいなぁ」

 

 …………。

 俺は何も言ってないのに、何故かその何とかロイヤーと戦う事になっている。

 アカン、これはアカンやつだ。

 そもそも、さっきとは雰囲気が違いすぎる。

 あれだけ暗かったのに、今は何時ものように明るく……ギルドは何時の間にか平生の喧騒さを取り戻していた。

 呆然としていると、奥からアクアとダクネスがやって来る。

 その顔には、申し訳なさが浮かんでいた。

 

「カズマ、久し振りで悪いんだけどちょっとこっちに来てくれないかしら」

 

「すまないな」

 

「おいアクア、ダクネス。これはどういう事だ! 説明を求める!」

 

「カズマ、今は従ってくれ。緊急を要するんだ」

 

 真剣な眼差しでそう言われたら、従わざるをえまい。

 力なく頷いてやれば、二人は俺とめぐみんを外に引っ張った。

 外に出ると、口を開いたのはダクネスだった。

 声を低くしているのは事の重要性を伝える為だろうか。

 話を纏めると、つまりはこういう事らしい。

 今日の昼頃──機動要塞デストロイヤーが接近している事を偵察隊が冒険者ギルドに報告。

 ギルドはすぐに緊急放送で街の住民に逃げるよう指示を出し、現在この街に住んでいる冒険者達を緊急招集したそうな。

 俺がその放送を聞けなかったのは、腹が空きすぎて意識が朦朧としていたからだろう。

 緊急招集といっても、季節が冬な為、殆どの冒険者はギルドに併設されている酒場にたむろっているので、あまり意味はなかったようだが。

 このままでは、明日の早朝にはデストロイヤーが街に接触し、破壊の限りを尽くすらしい。

 偵察隊を出していなければ、報告はさらに遅くなっていただろう。

 現在は、その作戦会議中との事だ。

 ちなみに、さっきのお姉さんと冒険者達のやり取りはめぐみんが俺を呼んでいるあいだに決めたそうだ。

 彼らはなにも、俺に英雄的行動は期待していない。

 俺が逃げれないように彼らは共謀したのだ。誰も逃がしはしないという、意思が伝わってくる。

 ……これは諦めしかなさそうだな。

 

「カズマ、お前だったらどうする? どのように戦う?」

 

「戦うもなにも、情報がなかったら対処のしようがない。何かないのか?」

 

「何? カズマは知らないのか? どんな田舎者でも知ってるぞ?」

 

 いや、それはこの世界の常識であって、異世界転生をした俺達日本人には通じません。

 女神様に目線を送ると、彼女は俺の意図を汲んでくれたらしくこほんと咳払いしてから。

 

「なら、私が説明するわ! ──機動要塞デストロイヤー、それは歩く天災よ。元々は対魔王軍対策に魔道技術大国ノイズが作ったんだけどね、その実態は超大型ゴーレムなの」

 

「へぇ、元々はゴーレムなのか。作った奴は凄いな」

 

「なんでも、国家予算から莫大なお金を使ったそうですよ。あと、作ったのは研究者であって魔術師ではないです。そんなチートな人がいたら過去に一人は幹部が殺されているでしょう」

 

「なるほどなぁ。あっ、悪いアクア。進めてくれ」

 

「ゴーレムと言っても、外見上はクモのような形をしているわ。その大きさは……、小さい城を優に超えるほどよ」

 

 だったら結構簡単に攻略できそうだ。

 それだけ大きいのなら移動速度は遅い筈だし、めぐみんの爆裂魔法を撃ち込めばいい。

 と、そんな俺の考えを見透かしたようにアクアは更に告げる。

 

「けどね、デストロイヤーに使われているのは魔法金属っていうめちゃくちゃ凄い金属なのよ。その所為で外見に見合わない軽量化に成功しているわ。その速度は馬を超えるのよ。解りやすくいうなれば、電車と同じくらいかしらね」

 

「……」

 

「特筆するのはその巨体と移動速度かしら。踏まれたらどんな固いものでも──そう、例えダクネスでも挽肉(ひきにく)になりグロい事になるのは確定。更にさらにノイズの魔術師が無駄に頑張っちゃった所為で魔力結界が全身をくまなく覆っているの。つまり──」

 

「私の爆裂魔法は効きません」

 

 言葉を切るアクアに続き、めぐみんがそれはもう悔しそうに唇を噛み締め……、負けイベになることを告げた。

 あっ、これはヤバいやつだ。

 めぐみんと俺があまりの戦力差に暗くなる中、ダクネスだけは興奮しているのか頬を赤くしている。

 お前はこんな時に何をしているんだと突っ込みたい。

 数日前の頼れるお姉さんの面影は微塵も感じられない。ここにいるのはなんちゃって聖騎士だ。

 再びギルドに戻った俺達は、少しだけ期待が込められている無数の瞳に迎えられた。

 ……まぁ、状況は分かった。

 俺とめぐみんが用意されていたカウンター席に着くのを見届けたお姉さんがおずおずと話しかけてくる。

 

「……あの、どうでしょうか?」

 

 返答を聞き漏らさんと建物内にいる人間が静かに耳を傾ける中、俺は即答した。

 

「無理」

 

「「「ですよねー!」」」

 

 やってられるかとばかりに酒を飲み始める冒険者を見ながら俺は、お姉さんに事の発端を聞いてみることにした。

 

「あの、何でデストロイヤーはこんな風に暴れているんですか?」

 

「それは、デストロイヤーの開発を担っていた研究者の一人がノイズを裏切ったからだと伝えられています。……まぁ実際は知りませんが……」

 

「うん、それじゃあそのノイズとやらは何かしなかったんですか? 魔道技術大国なんでしょう?」

 

「真っ先に滅ぼされましたね。ちなみに、掛かった日数は半日です。魔力結界が張られている所為でどんな魔法も効きませんから……魔術師だらけの国では対処できなかったようです」

 

 自分で対処できないものを作るなよ。

 と、俺達の会話を聞いていたダストが盛大に音をたてて舌打ちしながら手を挙げた。

 どうやら、何か質問があるらしい。

 何時も酒を飲み酔っているダストは何かの病気に掛かっているのか酒に手を出しておらず、得物の武器を力強く握りながら。

 

「なぁ、だったら巨大な落とし穴はどうよ?」

 

「……随分昔に試したそうですが、機動性能が半端なく、なんとジャンプしたそうです。その場にいた多くのエレメンタルマスターは文字通りの挽肉になったそうです」

 

「「……」」

 

 ダストと俺が黙り込む中、今度はめぐみんが小さく手を挙げた。

 

「あの、でしたら魔王軍と共闘するのはどうでしょう。私が聞くところ、デストロイヤーはどんな相手でも平等に殺戮(さつりく)を繰り返すそうです。被害は魔王軍にだってあるのですから、ここは共闘して……。魔王城を彼らだって守りたい筈です」

 

 おぉ、それはいい考えだ。

 流石はめぐみん。俺がサムズアップすると知能が高い紅魔族はふふんと無い胸を張りながら返してくれた。

 ……だがどうやら、絶望はまだ続くらしい。

 お姉さんは頭を振りながら、

 

「どうやら魔王城にはデストロイヤーを超えるほどの魔力結界が張られているそうなんです。一時期ある高名な魔法使いがカチコミしたせいでその結界の強度は跳ね上がり……。魔王城は依然として健在ですから、彼らが倒してくれはしないでしょう」

 

 その高名な魔法使いにはめちゃくちゃ心当たりがあります。

 ……俺達の会話は思ったよりも声が大きくなっていたらしい。

 シンと建物内が静まり返る中、お姉さんはこれまた静かに言った。

 

「……カズマさん、作戦はありますか?」

 

 

 §

 

 

 あーでもないこーでもないと会議は凄く難航していた。

 ロープか何かで乗り込めないのかと訊けば無理ですと即答され、じゃあ空からの攻撃はどうかと訊けばデストロイヤー内部には自立型ゴーレムが徘徊しており備え付けられているバリスタで撃ち落とされると即答され、ありとあらゆる案が却下された。

 魔道具店のあと片付けをし遅れてきたウィズの登場に一瞬場が盛り上がったりもしたが、いくら歴戦の魔法使いがいてもあまり意味がない。

 せいぜい生存率がほんの少しだけ上昇しただけだ。

 それほどまでに、彼我には圧倒的な差がある。

 せめて魔力結界をぶち壊せれば、めぐみんの爆裂魔法で木っ端微塵にできるのに。

 ……。

 ……魔法が、効かない?

 それはつまり、物理攻撃は効くのか?

 

「なぁ、純粋な力ならどうだ? 例えばアクアの……えっと……──」

 

「──『ゴッドブロー』の事? ……うーん、なんとも言えないわね。『ゴッドブロー』は神の怒りと悲しみを聖なるグーに込めるんだけど……何割かは魔力を使っているわ。いえそれ以上に、デストロイヤーに近づかないといけないから、不可能よ。その前に私が天界でエリスと会うわ」

 

 あぁ、それもそうだな。

 俺は目を閉じ熟考する。

 落ち着け、落ち着くんだ佐藤和真。

 一回冷静になろう。

 俺にはゲーム上とはいえ数多の戦闘経験がある。レイドでも何回か指揮を執り、強敵を打ち破っているではないか。

 相手は超大型モンスター。クモ型で八つ足だから、方向展開はしやすい筈だ。

 つまり、確実に戦うように仕向けなければならない。

 となると戦闘場所は限られるが……残念なことにアクセル周辺には平原しかない。

 近距離、遠距離、双方の攻撃は不可能。

 弓でちょくちょくダメージを与えようにも、魔法金属とやらの所為で生半可な物理攻撃は効かないし、それ以前にゴーレムによって撃ち落とされる。

 まずやるべき事は魔力結界を壊すこと。

 だが、どうやって壊す?

 ……。

 そうだ、さっきお姉さんが言っていたじゃないか。

 魔力結界はノイズの魔術師たちが生み出した、と。

 それは言い換えれば、魔法によって作られた事を意味しているのでは……?

 そして──アクアには確かアレがあった筈だ。

 

「アクア、『セイクリッド・ブレイクスペル』ならどうだ?」

 

 その言葉に、アクアとめぐみんがハッと反応した。

 脳筋のダクネスが意味が分からなそうにしているので、俺はこの場にいる人達全員に聞こえるように大声を出し仮説を説明する。

 

「けどカズマ、アクアのスペルブレイクが魔力結界を壊せる程の威力があるのかは分かりませんよ?」

 

 それを言われると痛い。

 うぐっと詰まる俺を救ったのは、正体は魔王軍の幹部であり、魔王城の結界を壊した張本人のウィズだった。

 

「多分、可能だと思いますよ。それでもギリギリだと思いますが……」

 

「そうね、私も同意見よ。確約はできないわ」

 

 たった一筋の細い希望がウィズとアクアの口から出て、ギルド内は大きくざわつく。

 アクアの『セイクリッド・ブレイクスペル』によって、第一条件はクリアした。

 いや、実際は分からないがそうだと仮定しよう。

 じゃないと話が進まない。

 魔力結界が解けたらそれは──魔法が効くことを意味する。

 つまり、めぐみんの爆裂魔法で爆裂可能だ。

 だが小さい城ほどの物体を、めぐみん一人で倒し切れるとは到底思えない。

 めぐみん曰く、爆裂魔法一発では倒せないらしい。だがもし、もしもう一発あれば……?

 

「なぁウィズ。爆裂魔法って持ってたり……──」

 

「しますよ? 随分前にですが、遊び半分で取ってみました」

 

 遊び半分で、のところでめぐみんがピクリと反応するが、今は無視だ。

 

「お姉さん、この街周辺の地図ってあります? あ、あとペンも」

 

「はい、ありますよ!」

 

 流石はギルド職員、準備がいい事だ。

 俺は地図上を手で指しながら、

 

「よしっ、正門より離れた場所で、デストロイヤーを喰い止めよう。まずアクアが正面に立ち、『セイクリッド・ブレイクスペル』を発動させて、魔力結界を壊す。なんらかのリアクションをしている隙に、両サイドからめぐみんとウィズが爆裂魔法を繰り出す」

 

「カズマ、狙う箇所は足がいいでしょうか? そしたら足を止めることは可能になります」

 

「おっ、それもそうだな。じゃあそれで頼む」

 

 その後、数々の案が採用されたりした。

 万が一を考えてダメ元でも罠を張ったり、バリケードを造ったりと……何時もの活気が戻った俺達は深夜遅くなるまで完全性を求めた。

 そして……とうとう──。

 

「それでは作戦を確認します。まず、アクアさんが魔力結界を壊し、そのすぐ後にめぐみんさんとウィズさんが爆裂魔法、『エクスプロージョン』を発動。足を破壊し尽くせなかったことを考え、魔法職の方達は援護の形で足をまず狙ってください。近接職の方達は万が一自立型ゴーレムが出てきた時の事を考え待機。更に万が一を考え、内部に突入できるよう、〈アーチャー〉職の方達はロープ付きの矢を用意しといてください。そして最後に、この作戦はカズマさんが全指揮権を持ちます。彼の指示に従ってください。……質問はありますか?」

 

 誰も、その確認に答えなかった。

 改めて聞くと、かなり無謀な作戦だと思う。

 首無し騎士(魔王軍幹部)以上の激戦になる事は必須。

 この街──アクセルは本来なら駆け出しの街だ。

 なのにこのロクでもない世界は、何故か俺たちを殺したいらしい。

 死者も出るだろう。……いや、アクアがいるから意味はないが。

 と、そんな事を考えていると、ギルド内にいる全ての冒険者が俺に目を向けていた。

 どうやら、何か言って欲しいらしい。

 その期待に答えるべく、俺は立ち上がり一歩前に出た。

 ……そして。

 

「皆、気がついているか? もしこの街が滅んだら、向かう先は王都だ。俺達が負けたら、王都が滅ぶことになる!」

 

 ざわつく冒険者達。

 

「あっ、ホントじゃん!」

 

「ってことは、私達の死は、この国の死でもある……?」

 

「全くもって気が付かなかった……。流石は指揮官だぜ!」

 

「魔王軍幹部を倒した男は伊達じゃないな!」

 

 ごめんなさい、その事に気がついたのはついさっきです。

 しかし、感嘆の声と同時に上がる疑問の声。

 何故今このタイミングでそんな言葉を告げるのか解らない、そんな表情を俺に見せる。

 俺の狙いはここからだ。

 

「めぐみんから聞いたんだが、なんでもあの後パーティーは開かれなかったようだな。俺達は魔王軍幹部を倒したというのに、だ。……じゃあ今回は? 俺達はただ倒すのか? いいや、違うだろうが! 今回こそは、パーティーを王城で開いてもらう! ……俺はこの国の王女、アイリス王女と仲が良く、それなりの伝手がある。王都を間接的にとはいえ救うんだ、それくらいの報酬があってもいいとは思わないか!? 」

 

「そうだそうだ!」

 

「パーティー、パーティーかぁ! いいねぇ!」

 

「やってやらぁ!」

 

「なら戦おう! 相手は機動要塞デストロイヤー。嘗てないほどの強敵だが、多分、なんとかなる!」

 

「「「おおおおおおお!!!!」」」

 

 よし、これでいい。

 これで冒険者のモチベーションが上がった。

 ダクネス、アクア、めぐみんの三人がうわぁと引いているが、何をそんなに引いているんだろう。

 コソコソと話をしているので聞き耳を立てれば。

 

「おい、あのバカは何を言ってるんだ!? アイリス様と約束していないのにそんな事を……」

 

「カズマさんって、かなり道化(ピエロ)の才能があるわよね」

 

「ですが、指揮官としてはかなり優れているでしょう。ま、まぁ私達は普段のカズマの事を知っているのでアレですが……」

 

 仲間からの言葉がとてもキツいです。

 お姉さんは苦笑い。

 優しく慰めてくれるのはウィズだけだ。

 このようにして、対デストロイヤーの作戦会議は終わりを迎えるのだった────。

 

 

 §

 

 

 翌朝。

 アクセルの正門前には、数多くの冒険者と避難指示を無視し残った住民たちによって即席のバリケードが組み上げられていた。

 そしてその中には親方達と、水の女神の姿が見られる。

 あーでもないこーでもないと言い争いをしている親方とアクアを見ると、本当に変わったんだなぁと感慨深い気持ちになった。

 というか、アクアにはひと仕事あるのだから、そろそろ配置について欲しい。

 デストロイヤーの進路方向上にはこれまた即席ながらも罠が多く張られていた。

 バリケードの前には〈クリエイター〉職の人達がゴーレムを作る魔法陣を描いている。

 と、そこまで見たところで見慣れた金髪が視界に映った。

 その女はこの街随一の固さを誇る〈クルセイダー〉で、両手剣を地面に深く刺し仁王立ちしている。

 それはまるで……、私を倒してから先に行けと告げているように見えないこともない。

 俺は緊張でガタガタ震えているめぐみんに一声掛けてから小走りで聖騎士に近づいた。

 

「お前、なんで此処にいるの? お前の役割は万が一の突撃部隊だろ? そこにいても役に立たないし、持ち場に戻れ。それともアレか、もしかしてデストロイヤーに踏まれたいとか思っているのか? もしそうなら……」

 

 ──作戦から外すぞ、と告げようとしたところで、ダクネスは違うと小さく首を横に振った。

 

「カズマ、いくら私でも街の存亡がかかっている非常時にそんな欲望には従わないさ。お前は、私がそう見えるのか?」

 

「ごめんなさい見えます」

 

「んな!?」

 

「いやだって、この前クリスからお前の普段の様子は聞かせてもらったしなぁ。彼女には感謝しろよ? ……というか、何処にいるんだ? 昨日だってギルドにいなかったし今日もいないし……」

 

「……色々と言いたいが、まぁそれは置いておこう。クリスは三日前からアクセルから離れている。なんでも、仕事が大量に溜まっているそうでな……」

 

 クリスの仕事というと、盗みだろうか。

 冒険者ギルドならぬ、盗賊ギルドが実はあったりして、クリスはその構成院とかだったりするのだろうか。

 

「まぁ、分かったよ。で、話を戻すとだ。ダクネス、お前、此処から離れる気は?」

 

「ない。私は確かにドMで変態かもしれないが、一人の聖騎士であり、エリス様の使徒だ。そして私の正体を知っているお前なら、分かるだろう?」

 

「……貴族としての責務か? お前って時々、変なところで頑固というか我儘というか……」

 

「そうではなく、私自身の意志でこの街を守りたいと思っているんだ。それに……、そんな事は、そこそこの付き合いになるカズマなら分かっているだろう? むっ、なんだその笑いは……、呆れているのか?」

 

「そうだよ。けどまぁ、今回は呆れじゃなくて尊敬の気持ちが大きいけどな」

 

 

 §

 

 

 めぐみんの元に戻ると、そこにはしゃがんで人の字を書いている魔法使いがあった。

 俺の気配を感じてか、おずおずと顔を上げるめぐみんと目が合う。

 

「あああ、あのっ! ……ややや、やっぱり逃げる事ってでき……、できたりしませんかっ?」

 

「無理」

 

「……ですよねー」

 

 俺はめぐみんの希望を一刀両断した。

 地に膝をつくめぐみんを見て俺は、爆裂娘でも緊張するんだなぁと場違いな事を考える。

 

「私がやらなきゃ……! 私が……!」

 

 言い聞かせるように自分に告げる仲間をどうにかしなければ、そもそも戦闘にすらならない。

 ダクネスの決死の覚悟は伝えない方がいい気がする。

 ますます緊張するだけだろうし……。

 まぁいざとなったら俺がなんとか焚きつけよう。

 

 

 ──そして反対側では。

 

「ちょっ、ちょっとウィズさん! 頭から煙出てるけど大丈夫なの!?」

 

「……だだだ、大丈夫ですよ。ただ、朝日がとても眩しくて……」

 

 リーンとウィズが、何やら話し込んでいる。

 

  『読唇術』スキルのお陰である程度の言葉は読み取れるが、俺はウィズに、だったらローブを着てこいよ! と全力で突っ込みたい。

 仕事を終えたアクアがダクネスの隣に立ち、俺に合図を送ってきた。

 それは即ち、戦闘準備が整った事を意味している。

 

 

 ──今か今かと敵を待ち侘びる中、受付のお姉さんの悲鳴にも似た叫び声が、平原に響き渡った。

 

『冒険者のみなさん、そろそろデストロイヤーが接近してきます! 街の住民の皆さんは、万が一に備え街ではなく外で避難してください! みなさんの勝利を、心からお祈りします!

 

 

 ──機動要塞デストロイヤー。

 

 アクア曰く、その呼称名は日本から来たチート持ちの誰かが適当につけたそうだ。

 声を大にしてソイツに不満を言いたいが、なるほど、確かにそんな厨二めいた名前をつけたくなる気もする。

 まず見えたのは、巨大な頭。

 クモを模型にしているだけあって、魔力金属とやらで作られたその造形はとても気持ち悪い。

 そして一歩足を動かす度に伝わる震動が、否が応でも奴を天災だと伝えてきた。

 

「なななな、なんですか、アレは……! カカカ、カズマ、ほほほほ、本当に勝てるのですか!?」

 

 めぐみんが顔を見上げてそう言ってくるが、それに返答する余裕なんて一切ない。

 正直言おう、デカ過ぎる。

 ウィズの爆裂魔法の威力は知らないが、めぐみんの仲間である俺が断言しよう。

 ハッキリ言って、勝つのはゼロに等しい。

 

 ──敗北。

 

 そんな二文字が頭の中で浮かんだが、落ち着け、俺はこの作戦の指揮官だ。

 指揮官の焦りや不安はすぐに周囲に伝播する。

 だから俺は引き攣りそうになる口をなんとか堪え、拡張器の魔道具に声を出し、〈クリエイター〉職の皆さんに指示を下した。

 

『ゴーレムを生成しろ! 強さは度外視だ、なるべく多くのゴーレムを作れ! 』

 

「「「『クリエイト・アースゴーレム』ッッ!!!」」」

 

 慌ててゴーレムを作り、彼らは突貫するように指示を出した。

 本来の予定なら量より質だったのだが、これでは多少ゴーレムが強くなっても意味がない。

 だったら多くを製造し、少しでも情報を手にした方がいいに決まっている。

 ゴーレム達は主の指示通りに動き、デストロイヤーに向かって行った。

 その後ろ姿に哀愁が漂っているのは気の所為だと思いたい。

 ゴクリと固唾を飲んで皆が見守る中、クリエイターの誰かが叫んだ。

 

「生きろ! 生きるんだゴーレー! お前は、こんなところで死ぬ奴じゃ無いはずだ!」

 

 それを区切りに、沢山の声援がゴーレムたちに送られる。

 だが、現実とは無情なものだ。

 デストロイヤーは迫り来る敵に戸惑いもせずそのまま進行を進め──ゴーレムを踏み潰し、蹂躙する。

 土が割れる音が大きく響き、冒険者達はパニックに陥ってしまった。

 

「待て、落ち着けお前達! まだ距離はあるから狼狽えるな! それでも冒険者か!」

 

 ダクネスが聖騎士の役割を全うして檄を飛ばすが、誰もその言葉を聞いてはいない。

 逃走していないだけまだマシだ。

 めぐみんが顔を青くし涙目になる中、俺は冷静に状況を確認する。

 使えそうなのは、俺、ウィズ、ダクネスに……そして頼みの綱であるアクアだ。

 アクアがテンパっていたらすぐに逃亡を指示していたが、幸いにもまだいける。

 いける筈だ……!

 そうやって自分を奮い立たせていると……やけくそになったある一人のウィザードが、中級魔法である『ファイアーボール』を放った。

 マナタイト結晶まで使った上に自身の全魔力を込めたのか、炎の球は肥大し原形を取り留めていない。

 そして魔法は一直線に進みデストロイヤーの顔に当たるその瞬間──薄い膜が巨体を覆い、それは渾身の魔法を無効化した。

 

「嘘……だろ!?」

 

 その光景にウィズを除くこの場にいた全ての冒険者が口をあんぐり開けてしまう。

 アレが魔力結界か。

 最強の攻撃力と防御力を誇る要塞。設置した罠も意味がなく、轟音を轟かせるそれは──すなわちデストロイヤー。

 その破壊の限りを尽くす化け物が、俺達を襲う。

 だがそれは、まだ早い!

 俺は女神に助けを求め、次の一手を繰り出した。

 

『今だアクアッ、頼むッ!』

 

 アクアは任せなさいとばかりに力強く頷き、そして──

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』ッ!!」

 

 ──周囲に複数の魔法陣が女神の周りに浮かび、それは白い光の玉となって彼女の手に収束される。

 アクアは大きく振りかぶると、それを撃ち出した!

 加速し、一直線に光の玉は進み、デストロイヤーとぶつかる。

 魔力結界が発動し一瞬せめぎ合うが──硝子(ガラス)が割れるかのようなそんな甲高い音が鳴り、粉々に砕け散る。

 

「やった!」

 

「おおおおお! 流石はアクアちゃんだぜ!」

 

「アクア様万歳!」

 

 冒険者達が喜んでいるが、せっかく作ってくれた好機を逃す訳でにはいかない。

 アクアがサムズアップしながら、

 

「カズマ! 次の指示を出しなさい! すぐに結界が修復されるわ!」

 

『解った! ウィズ、めぐみん。爆裂魔法の準備を! タイミングはそれぞれに任せる!』

 

「解りました、カズマさん! ……『我の望みは其の破壊。汝に破滅を、汝に絶望を、そして汝に祝福を施さん。嗚呼、世界を滅する其の禁句は──』

 

 ウィズが魔法の詠唱を始めるなか、俺はガチガチに固まっている仲間を見る。

 戦闘になれば解けると思っていたが、そんな簡単に上手くはいかないか。

 俺は俯いているめぐみんの目をしゃがみこんで下から覗き込んだ。

 

「おい、めぐみん」

 

「私がやらなきゃ……私がやらなきゃ。私がやらな──……カズマ……?」

 

 瞼には綺麗な雫が溜まっている。

 俺はそれを優しく取り除きながら、励ましの言葉を頼りになる仲間に贈った。

 

「めぐみん。お前の爆裂魔法は凄い。それは仲間の俺が、一番よく知っている。だから爆裂ソムリエの俺が断言しよう。大丈夫だ、お前だったらアイツを木っ端微塵に爆裂できる!」

 

「でででで、でも! もし失敗したら……?」

 

「その時はその時だ。まぁ俺を信じて撃ってみろ。絶対に成功するから」

 

 そう笑いかけてやれば、めぐみんは力がいい具体に抜けたのか、笑い返してくれた。

 

 そして──なんと俺を力強く抱きしめてくる。

 

「「「!?」」」

 

 近くにいた冒険者と当事者の俺が突然の行動に目を剥いて絶句する中、抱擁を終えためぐみんはデストロイヤーに身体を向け、爆裂魔法の詠唱を始めた。

 アンデッドに身を堕としながらも心は人間のままだと告げる経営が常に下に傾いている不死王(ウィズ)と。

 爆裂魔法をこよなく愛し、その為なら茨の道を歩き続けられる爆裂娘(めぐみん)

 その二人が放つ爆裂魔法は──最強。

 先に詠唱を始めていたウィズを追い越さんとばかりに高速詠唱するめぐみん。

 そして────。

 

「「『エクスプロージョン』ッッ!!!」」

 

 ────同じタイミングで放たれた人類最強魔法は、超大物賞金首を爆裂する為に襲いかかった!

 

 

 §

 

 

 ──足を破壊することに成功した。

 自分の足を破壊された機動要塞はその役割を果たす事ができなくなり、とんでもない地響き、轟音を平原中に響き渡らせながら底部を地面に着けて、慣性の法則に従ってそのまま地を滑る。

 そしてそのままダクネスとアクアが立っている所にまで進み、このままでは二人が危険……!

 だが幸いにも、二人の目と鼻の先に要塞は停止し、そのまま動きを止めた。

 めぐみんの爆裂魔法では完全には爆砕できなかったのか、こちら側では足の破片が降り冒険者を襲い、彼らは悲鳴を上げる。

 あちら側からではウィズを褒め称える言葉が聞こえてくるから、彼女は爆裂しきったらしい。

 

「ウィズは凄いですね。私の二倍……いや、三倍は威力がありましたよ」

 

「……? どうした、らしくないな。てっきり、『カズマ、もう一度私に機会を! ウィズには負けませんから!』とか言うのかと思ったんだが」

 

「失礼な。今回の私の任務は足を破壊する事であってウィズと爆裂魔法の威力を競う事ではありません。ですから、私としてこれで満足です」

 

 心の底からそう言っているのだろう。

 めぐみんはやり切った表情を浮かべていた。

 これで立っていたなら凄くかっこいいのだが……地面に倒れ伏しているとなんだが色々と台無しである。

 俺はめぐみんを背負い、そのままアクアとダクネスのいる所まで移動した。

 ウィズも反対側から合流し、作戦に参加した戦士全員が集まる。

 お疲れと言いながら……、俺は改めて、機動要塞の巨体を仰ぎ見る。

 おお……! と感嘆の声を上げる冒険者達。既に勝ちを確信しているのか、彼らは笑みを浮かべていた。

 やったか!? みたいなフラグを作る馬鹿はいないようで、話が通じてとても助かる。

 このまま動かなければベストだが、それでもなんとかしないと困るだろう。

 

「よし、一旦街に戻って作戦会議だ。それじゃあお前ら……──」

 

 行くぞ、と声をかけようとした時だ。

 それは本当に唐突に。

 

『この機体は、機能を停止しました。チッ、これだからあの馬鹿は困るんですよね。えっ、これ録音中? じゃあカットお願いしますね。こほん。取り敢えず、搭乗員の人達は至急退避してください。繰り返します……』

 

 途中、変な言葉が聞こえたりしたが、そのアナウンスは延々と同じ言葉を繰り返した。

 録音中と言っていたから、多分再生されるようになっているのだろう。

 めぐみんが不安そうに、

 

「あああ、あのカズマ!? これってもしかしてもしかすると……!」

 

「あぁ。どうやら戦闘はまだ続くらしい」

 

 

 §

 

 

 アナウンスの声を聞きながら、俺達は現在緊急の作戦会議を開いていた。

 リーンが焦ったように口を開き、

 

「ねぇカズマ。これって、かなりヤバいんじゃないの!?此処にいたら危険なんじゃ……!?」

 

 うん、知ってる。ていうか、言わなくてもそんな事は全員が察知している。

 

「私が考えるに、このままではボンッと爆発すると思うのですが。多分、退避命令を下すその理由は、排熱と、デストロイヤーの機動エネルギー消費ができなくなったからだと思われます。魔法使いのリーンだったら分かると思いますが、言い換えればこれは、身体に溜まりに溜まった魔力が内側から爆発するようなものです」

 

 ただでさえ怖がっているリーンをさらにいたぶるかのように、めぐみんは淡々とそう、客観的に事実を言った。

 ヒイッ! とか細い悲鳴をあげるリーンに同情しながら俺は、次の作戦を考える。

 一番の問題は、この巨体が爆発したらどれだけの被害が出るか分からないところだ。

 そして次に、何時爆発するか。

 そもそも俺達は動力源すら知らないのだから、何もできそうにはない。

 できる事といえば、逃走しかない訳で。

 ……だがそれは、多分ダクネスが許さないだろう。

 独りになったとしても、聖騎士は矜恃にかけて爆発するその最後まで両手剣を地面に刺すに違いない。

 俺は指揮官だ。

 故に、死者は出したくない。ここは土下座でもなんでもしてダクネスを説得するしか……!

 

「あぁ、私のお店が!」

 

 ウィズが悲嘆にくれた表情で泣き叫んだ。

 うぐっ……、良心がかなり痛むが仕方がない。

 そう、これは仕方がない事なのだ。

 勇敢と無謀とを履き違えてはならないと、俺のネット友達が言っていた。

 だから俺は、その忠告に従おう。

 俺は拡張器に口を近づけ、

 

『今から、指示を出す。残念だが作戦はしっ……──』

 

 ぱいだと告げようとした、その時。

 ある一人の冒険者が、ぽつりと呟いた。

 

「俺は戦うぞ。戦わないと、あの人達に申し訳が立たない!」

 

 おい馬鹿止めろ。

 それはお前の私情だろうが。周りの人間を巻き込むんじゃない。

 そう告げようと思い口を開いたが、それに呼応するように冒険者達は……、

 

「俺も行くぜ。俺達は仲間で、同士だろう? 独りで行こうとするなよな」

 

「もちろん、俺もだ。何でレベル五十にもなってこの街にいるのか、今思い出したよ。ありがとな」

 

「何時もお世話になってるんだ、今行かなかったら最悪だろうが!」

 

「……俺も行こう。俺も、愛する妻がいるからな」

 

 宿の主人の気持ちは分かる。

 が、それ以外の理由がイマイチ分からない。

 共通の人について何やら言っているみたいだが……。

 ダストが片手でハンマーを振り回しながら、

 

「カズマ、俺達は行くぜ。例えそれが命令違反でもな! これは俺達の使命なんだよ」

 

 そうニカッと笑いかけてくる。

 昨日からダストのキャラの変わりようが凄いだとか、いや勝算はあるのかとか、お前らが言ってる人は誰なんだとか問い詰めたいが、彼らを引き止めるのは野暮ってものだろう。

 シンと皆が俺の言葉を待つ。

 聞こえてくるのは……、

 

『この機体は、機能を停止しました。チッ、これだからあのバカは困るんですよね。えっ、これ録音中? じゃあカットお願いしますね。コホン。取り敢えず、搭乗員の人達は至急退避してください。繰り返します……』

 

 ──俺は拡張器を片手に持ち、背負っているめぐみんを落とさないように注意を払いながら大声を出した。

 

『今から、最後の指示を出す! この指示に強制力は一切ない! 逃げ出したい奴は逃げて構わないし、此処に残るのも自由だ。その人達は今から去ってくれ』

 

 ──誰も逃げ出さなかった。

 

『今から俺達は機動要塞デストロイヤー、その内部に突入する! 中には戦闘型のゴーレムがうようよいるだろうから、ハンマーで粉砕にしてやれ。なんでも噂だと、研究者がいるらしいからソイツをとっちめろ! もしいないなら、怪しいものを探せ! 分かったか!?』

 

「「「おおおおお!!!」」」

 

 冒険者達が自分の得物を高く掲げるなか、〈アーチャー〉職の人達が前座とばかりにフック付きロープの付いた矢をデストロイヤーに向け放った。

  〈アーチャー〉職には『狙撃』というスキルがある。

 それは、矢の飛距離を格段に上げ、かつ命中精度を上げる優れものだ。

 俺も所持しているが、貧弱〈冒険者〉の為本職には到底かなわないだろう。

 スキルによって強化された矢はデストロイヤーの甲板部分に上手く引っかかり、ロープを引っ張るとピンと張り詰めた。

 

『突撃ー!』

 

 俺の合図で、勇者達はロープを伝い凄まじい勢いで登っていく。

 鎧を着てるのになんでだとか、よくそんな体力持つなとか色々と指摘したいが、今の彼らには理屈は通じないのだろう。

 アクアやウィズもそれに追随するのだから、何も言えなくなる。

 指揮官の俺が、此処にいては意味がない。

 

「ダクネス、お前はここで待機だ。めぐみんを護ってくれると助かる」

 

「ん、分かった。気をつけろよ、カズマ」

 

 俺は背負っているめぐみんを引き渡そうとして……それができなかった。

 というのも、どこにそんな力があるのかめぐみんが離れようとしないからだ。

 

「私も行きます」

 

「おまっ、今はそんな我儘を言っている場合じゃ……!」

 

「行かせてください」

 

「けど、ロープを登る力も体力もお前にはないだろうが」

 

「『ドレインタッチ』を使ってください。そしたら魔力が戻ります。あとは根性です」

 

 めぐみんはそう強く主張した。

 ダクネスが聞き慣れない単語を聞いたのか不思議そうに、

 

「なんだ、そのスキルは?」

 

「魔力の受け渡しができるスキルだよ。でも俺の魔力を渡したら、今度は俺が……」

 

「なら、私のを使ってくれ。私はこの全身鎧では流石に登れないし、取っているスキルもこの場では意味がない。なら、めぐみんの助けになろう」

 

「ありがとうございます、ダクネス!」

 

「あぁもう、分かったよ!」

 

 時間が惜しいのでやけくそ気味に俺は『ドレインタッチ』を発動させた。

 あぁもう、本当にどうなっても知らないぞ!

 手っ取り早く作業を終わらせた俺とめぐみんは、ダクネスに一旦別れを告げてからロープを登り始める。

 思ったよりも距離が多いし、疲れるな。

 数分後、ようやく登りきった俺はゼェハァと息を荒らげてめぐみんを待っていた。

 置いていくことも視野に入れたが、流石にそれはよろしくないだろう。

 

「ゼェ……ハァ……」

 

「ほらっ、しっかりと掴まってろよ!」

 

「ありがとう……ござい……ハァ……ます……」

 

 俺以上に息を荒らげながらも登りきっためぐみんを背負い、俺はデストロイヤー内部に突入する。

 そしてそこにあったのは……!

 

「死ねっ、このゴーレムがッ!」

 

「オラオラァ!」

 

「研究者を探せ!」

 

 数多くのゴーレムの残骸だった。

 冒険者達は現れた敵に見境なくハンマーを振り回し、ゴーレムを粉砕していく。

 此処は本来なら駆け出したの街。

 その街の冒険者が蹂躙するのは異常だが、まぁ良しとしようか。

 彼らが思う存分に暴れられているのには、〈アークプリースト〉であるアクアの存在が大きいに違いない。

 どんな重傷を負っても、すぐに『ヒール』の上位回復スキル『セイクリッド・ヒール』で傷が治り、戦線に復帰できるのだ。

 それはさながら、無限の兵団といっても差し支えない。

 俺とめぐみんがその光景にドン引きしていると、奥から大量の悲鳴が木霊した。

 そちらに目を向けると、そこには三体の超大型ゴーレムが冒険者達を屠っているではないか。

 一昔前のロボットを思わせる、無骨で無駄に大きい、四角く角張った人型ゴーレム。

 ウィズが上級魔法の『インフェルノ』を繰り出しているが、このゴーレムにも魔力結界が施されているのか灼熱の炎は火の手を上げるだけだ。

 アレは一体なんなんだと首を傾げていると、天井から唐突に。

 

『えー、この放送を流すって事は、余程のピンチなんでしょうか? 全く、もうちょっとゴーレムを強く設計すればよかったのに……。まぁそれはいっか。こほん。デストロイゴーレム、起動!』

 

 なるほど、機動要塞のゴーレムだから、デストロイゴーレムか……。

 何その安直な名前!

 しかし戦闘能力はかなり高くあるように作られているようで、覚醒している冒険者達をバッタバッタとなぎ倒していった。

 魔法使いのエキスパートであるウィズが使えないなら、残る手は物理攻撃しかない訳だが……ゴーレムのクセに無駄に機動力があり、振られるハンマーをいとも容易く避け切っている。

 そして俺は、一体のゴーレムと目が合った。

 ソイツは素早い動きで俺とめぐみんに向かってくる。

 アクアが『セイクリッド・ヒール』を倒れた冒険者に掛けながら焦ったように、

 

「カズマ、なんとかして! このままじゃ全滅もあり得るわ!」

 

「そんな事を言われても! えぇっと、どうすれば……!?」

 

 ゴーレムの弱点といえば、それはなんだ?

 魔法も効かない、物理攻撃も見た感じ効かなそうだし……どうすればいい?

 と、背負っているめぐみんが天啓を得たのか、早口気味に口を開いた。

 

「カズマ、『スティール』ですッ! あのゴーレムはあくまでも機械にすぎません。何かしらのパーツを失えば動きを止めるでしょう! でもすぐに手をはな……──」

 

「『スティール』ッ!」

 

 何かめぐみんが言いかけていたが、俺はそれを遮って空いている左手でスキルを発動させた。

 スキルはどうやら無事に発動したようで、ゴーレムは動きを止める。

 そして俺の左手には、収穫したゴーレムの頭が……。

 めぐみんナイス、と感謝の言葉を告げようとした瞬間、俺の左手はゴーレムの頭を持ちきれずに重力に従って地面に急降下した。

 

「ちょっ、きゃっ!」

 

 めぐみんがドサリと床に落ちるが、今は手を離した事に謝っている余裕はない。

 俺の左手を下敷きにしているゴーレムの頭が、ざまぁと言っている気がする。

 

「ぎゃー! 手が、手がああああ!」

 

 なんとか左手を救出しようするが、これがもの凄く重い。

 蹴ったり殴ったりしたが、魔力金属で造られたその表面には一切傷がつかないし、微塵も動きはしなかった。

 高ステータスを誇るアクアがおりゃああ! と蹴り、俺を助けてくれる。

 

「アクア様、ありがとうございます!」

 

「それはいいんだけど……もうちょっと後先の事を考えなさいな」

 

「そうですよカズマ。私の言葉を最後まで聞かないから、そうなるのです」

 

 反論できない。

 意気消沈する俺を慰めるかのように、アクア様が『ヒール』を掛けてくれる。曰く、一応の処置だそうな。

 めぐみんが手を差し出し、俺はその華奢な手を掴んで立ち上がる中、戦況はどうだと目を向けると──戦況は一変していた。

 先程までは冒険者達が超大型ゴーレムから逃げていたのに、今は勇猛果敢に襲いかかっている。

 心做しか、動きが何時もより早くなっているような……。

 おおかたアクアの支援スキルだろう。回復スキルを掛けると同時に掛けたのだろうか。

 

「おら、死ね! この木偶の坊が!」

 

「おぉ、身体が軽い! 流石はアクア様!」

 

「「「アクア様最高!」」」

 

 アクア様コールがデストロイヤー内部にて大きく響く中……士気が急上昇した冒険者達に敵はいない。

 強化された冒険者達によってあっさりと倒されたデストロイゴーレム達は最期に呻き声を機械音で出しながらドサリと地に伏した。

 おおおおお!!! と勝利の雄叫びを上げる駆け出し冒険者達。

 デストロイゴーレムは戦闘型ゴーレムのリーダー的立ち位置だったのだろう。導く者が消えた瞬間、彼らはすぐに逃亡を開始した。

 ……AIでも仕組まれているのだろうか。

 そんな哀れなゴーレムたちを──冒険者達は嬉々として破壊していく。

 これではどちらが侵略者か分かったものではない。

 同じ事を思っているだろう仲間がドン引きしながらも、

 

「と、取り敢えず奥に行きましょうか。多分、ラスボスがいる筈です」

 

「そ、そうだな。……な、なぁめぐみん、俺達は正義だよな?」

 

「……。……も、もちろんそうですよ!」

 

 俺たちは言い聞かせるように何度も首を縦に振った後、先行するアクアやウィズ達の背中を追いかけた。

 

 

 ──そして、俺達はとある扉の前に立っていた。

 多分、この扉の向こうには国を裏切った大罪人が俺たちを待ち構えているだろう。

 つまり、最後の戦いが待ち構えているのだ。

 俺はウィズに向かって。

 

「魔法で扉ごと壊してくれ」

 

「解りました! ……『灼熱の業火を、其に! その身体全てを、燃やし尽くそう!』 ──『インフェルノ』ッ!

 

 焔が広がり、扉を溶かす。

 俺は大きな声を出して、

 

「突撃!」

 

「「「おおおおお!!!」」」

 

 

 §

 

 

 部屋の中に入った俺は、ラスボスと対面──するようなことはなかった。

 何故なら部屋の最奥には、白骨化した人の骨があったからだ。

 多分この人は、お姉さんが言っていたデストロイヤーを乗っ取り国を裏切った研究者だろう。

 だけど、二人分あるのは何故だ?

 なんとも言えない雰囲気になるなか、アクアが前に出てふむふむと何やら頷き。

 

「二人とも、既に成仏しているわ。アンデッド化どころか、未練の欠片も残さずにスッキリと」

 

 聖職者が祈りを捧げる中、俺はその言葉を脳内で反芻していた。

 成仏? スッキリと?

 

「あの、そんな事って起こるんですか? いえもちろん、アクアを疑うわけじゃありませんが……。これは多分……──」

 

「二人で悲しく死んでいった、みたいな感じじゃないのか?」

 

 めぐみんと俺が疑問の声を上げ、それもそうだなと冒険者達はざわつき始める。

 と、アクアが何かを見つけたようだ。

 それは、机の上に乱雑に置かれた一冊の手記。

 多分それには、何故こうなったかの経緯が書かれている筈だ。

 昔の言葉なんて普通なら読めないが、今読もうとしているのは女神だ。

 女神アクアはこほんと咳払いしてから、静かに読み始める。

 

「〇月〇日。この世界に生まれてから、最高の日々を送っている。まぁもちろん、あの御方のお陰なんだけどね。これからは毎日、感謝の気持ちをあの御方に伝えようと思う。……まぁ、それは置いといて、なんと! ノイズのお偉いさんがわざわざ俺を訪ねて国家企画に誘ってきた。なんでも、超大型のゴーレムを作るらしい。ふっ、とうとう俺の時代が来たか。取り敢えず、その国に行ってみようと思う」

 

 ──それは、男の人生だった。

 

「〇月〇日。今日話を聞いてきたんだけど……、無理だろ! まず予算が少なすぎ! 舐めてんのか! 辞退する旨を伝えると、『もし逃げるなら、分かってるな?』と剣を首筋に当てられた。此処は魔道技術大国じゃないのかよ! 普通そこは魔法だろ! ……上司を拝み倒したり禿げた国王に土下座したりしたけど、無理だった。どうしよう、俺、どうしよう!?」

 

 ──全員の視線が白骨化した骨に向けられる。

 

「〇月〇日。どうしよう、設計図の提出期限が今日までなんですけど! うーん、これ、俺の人生終わったな。やっぱり調子に乗って『俺が世界一の科学者だ!』とか言うんじゃなかったな。一本の線も書かれていない白紙を眺めていると、俺の大嫌いな蜘蛛が出現した。思わず、悲鳴をあげながら手で叩き潰しちゃったよ。うわぁ、気持ち悪い! 用紙には蜘蛛の痕が残っていて……、どうしよう、こんな上質な紙、弁償とかできないよ!? だって、ヤケ酒に全財産スったからな! ……まぁいいや、このまま出そう。取り敢えず出せばいいんだよ」

 

 ──こめかみを引くつかせためぐみんが爆裂魔法の詠唱を始め、俺が慌てて止める中、アクアは尚も続ける。

 

「〇月〇日。ヤバい、あの設計図が通っちゃったよ! なんでだよ、こんちくしょう! それ、蜘蛛の気持ち悪い汁ですよとか言える度胸なんてチキンの俺にはありませーん! 部下のウザい女が『なんでクモにしたんですか?』 って聞いてきたけど、『クモが最強だから』って答えちゃったよ。それを真に受けるあの女に罪悪感を感じるのは初めてだ。……あっ、でも俺、所長に昇進するらしい。ひゃっほう! 今日は女を抱こう!」

 

 ──俺が白骨化した骨を蹴飛ばそうとすると、めぐみんが慌てて止めてくる。アクアは真剣な表情のまま、さらに言葉を重ねた。

 

「〇月〇日。女を抱くのもそろそろ飽きてきたな。っていうか、どんどん形になっていくんだけどさ、俺いらなかったんじゃない? まぁどうでもいいや。今日の夕飯は最上級の肉にしよう! ……あっ、その前に動力源を考えないとな。給料貰えないからな。正直、完成しても動かないと思うけど、アレだ、超レア鉱石のコロナタイトがあれば動くかもな。そう言っておこう。無理だと思うけね」

 

 ──………。

 

「〇月〇日。どうしよう、持ってきちゃったよ! なんでも明日は機動テストをするらしい。馬鹿か。動く訳ないじゃん! とうとう俺の人生も幕引きか。あっという間だったなぁ。よしっ、今日は最後の晩餐だ。思いっきり飲もう! 中枢部分にあるコロナタイトを見ながら飯を食べていると、あのウザい女が絡んできた。……なんでも話があるらしい。まぁ最後くらい聞いてやるかと真面目に聞くと、なんと、俺の事が好きなんだとか! えっ、マジかよ! ……何時も絡んで来たのは、照れ隠しらしい。本物のツンデレ初めて見た! だったら俺も悪い気はしないし美人だからな、ついオーケーしちゃった! あと、俺が何もしていないのは知ってるらしい。つまり彼女は、明日の今頃には俺が牢屋の中にいると知っている訳だ。それなのに告白するなんて……。これが人の愛かぁ! 一日しか一緒に過ごせないけど、楽しく過ごそう! とうとう俺もリア充だぜ!」

 

 ──殺意が湧いてくる。というか、ウィズがめちゃくちゃ怖いです。やはり、恋人が欲しいとか思うのだろうか。

 

「〇月〇日。目が覚めたら、酷い揺れだった。どうやら、機動したらしい。えっ、なんでだろう? 記憶にあるのは、彼女と一発ヤッた後、一緒にコロナタイトの前で土下座して……遊び半分で彼女が『インフェルノ』をしたくらいかな……。あっ、それじゃん! おぉ、遅延性かよ! ……その後、彼女ともう一発ヤッた」

 

 ──アクアが俺たちの殺意が気になってしょうがないのか、ビクビクと震えている。安心しろ、お前には向けてないから。

 

「〇月〇日。状況を把握した。そして俺達の人生は終わった。多分これは、暴走だな。一応は俺も科学者だからそれくらいは分かる。……どうしよう、俺達、国家転覆罪で死刑だよ!? 絶対指名手配されているって! 多分、彼女にも掛かっているに違いない。クソッ、せめて『テレポート』で逃げてくれ! ……えっ、一緒に愛の逃避行をしようって? それはいい考えだ! 俺はお前のことを愛しているぜ、マイハニー!」

 

 と、そこで最後なのか、アクアが困ったように。

 

「……お、終わり」

 

「「「舐めんな!」」」

 

 アクア以外が、見事全員ハモった。

 

 

 §

 

 

「よしっ、俺以外は退避だ。全員で行ってもしょうがないしな」

 

 コロナタイトがある場所は、手記曰くデストロイヤーの中枢部分。

 これ以上は危険だと判断し、俺は退避命令を出した。

 冒険者達は不満そうにしながらも、指揮官の指示に従いぞろぞろと隊列を組んで脱出口に行く。

 だけど中には、指示に従わない奴もいて。

 俺はため息を吐きながら──めぐみん、アクア、ウィズを半眼になって見た。

 

「お前ら、人の話聞いてる?」

 

「聞いていますよ? けど、仲間を置いて逃げるだなんて、できる筈がないじゃないですか!」

 

「そうよ! ……それに私は女神としての役割があるしね」

 

「私も微力ながらお手伝いします」

 

 ぶわっと涙が出そうになるが、我慢、ここは我慢だ。

 後悔はないのかと目で問うと、頼もしい仲間達は力強く頷く。

 俺たちはそのまま、デストロイヤーの中枢部分に向かった。

 

 

 ──コロナタイト。

 

 それが何かはイマイチ分からないが、ハッキリしてるのは、それがデストロイヤーの動力源である事。

 そしてその超希少な鉱石は攻められた時の最後の砦なのか、鉄格子に守られていた。

 攻撃魔法を使って鉄格子を破壊しようにも、余波でコロナタイトが爆発したら意味がない。物理攻撃も似たようなものだ。

 コロナタイトは赤い光を放ち続けていて、試しに手を鉄格子越しに翳すと。

 

「熱っ! 『フリーズ』!」

 

 直に触れていないのにこの惨状だ。

 ウィズが『ブリザード』を使うと、数秒は冷まされたがすぐに赤々と燃え始めてしまう。

 そして心做しか、それは時間が経過するにつれ大きくなっているような気が……。

 

「マズいですね、このままだとめぐみんが先程外で言ったようにボンッてなりますよ。どうしましょうか……!?」

 

 そう悩むウィズを見て、俺が思う事はただ一つ。

 

 無理。

 

 いや、冗談でも嘘でもなくこれ以上は無理だ。

 上級魔法でも数秒しか冷ますことができないなんて、それはもう無理だ。

 めぐみんに目を向けると、知能が高い紅魔族でも同じ結論に達したのか弱々しく首を振るだけ。

 なら最後はもちろん決まっている。

 神頼みしかあるまい!

 

「あの、アクア様。ここは、封印とかってできたりしませんか? ほろ、よくあるだろ? RPGとかで……」

 

「カズマ、それはあくまで創作の中での事よ。此処が天界だったらできなくもないけどね」

 

「ですよねー」

 

 そうガクッと首を下げていると、ウィズがおずおずと……。

 

「あの……でしたら『テレポート』はどうでしょうか?」

 

「あぁ、その手があったか! 流石はウィズ!」

 

「い、いえそれでも私が転送先に登録しているのはアクセルと王都と、世界最大の迷宮(ダンジョン)だけでして……。あと、魔力が……」

 

 魔力に関しては問題ない。

 めぐみんが魔力を俺経由で渡す中、俺は転送先を考える。

 だったら、その迷宮にすればいいのでは……?

 

「カズマ、恐らくウィズが言っている迷宮はあそこでしょう。世界最大の迷宮なんて、そこしかありませんから。で、そこは一種の観光名所になっていましてですね、沢山の人がいるわけですよ」

 

「……なるほど、じゃあどこに転送するんだ?」

 

 俺の質問に、うぐっと言葉を詰まらせるウィズ。

 俺達三人がおろおろする中、紅魔族は言った。

 

「だったら『ランダムテレポート』はどうですか? 何処に転送されるか全くもって分からないですが……」

 

 もし人が密集しているところにコロナタイトが飛ばされたらどうなるんだよ!

 めぐみんも分かっているのか、泣きそうな表情だ。

 赤々と輝くコロナタイトは、とうとう白く輝き始めた。

 これはアレだ、もう少しで爆発しようとしている!

  『ランダムテレポート』?

 残された手がそれしかないのなら、それに賭けるしかないだろうが……!

 

「ウィズ、頼む!」

 

「で、ですがカズマさん!」

 

「いいかウィズ、世界は無駄に広いんだ! なら人が住んでいる場所より、無人の場所の方が多い筈だ! 安心しろ、全責任は指揮官の俺が持つ! 何せ俺は、かなり運がいいからな!」

 

「だったら私も力になるわ! 『ブレッシング』!」

 

 俺とアクアの言葉に、ウィズは頷き声高に詠唱を始め……。

 

「『ランダムテレポート』ッッ!!!」

 

 

 §

 

 

 コロナタイトを『ランダムテレポート』させた俺達は、転送先が近くじゃない事を祈りながら、デストロイヤーから脱出した。

 甲板に立つ俺達はそのまま、ロープを降って地面に降り立つ。

 俺たちの無事を見た冒険者達が歓声をあげ、勝利の雄叫びを上げる中、ダクネスがぽつりと呟く。

 

「私の、敵を嗅ぎつける嗅覚が香ばしい危険の香りを嗅ぎとっている。お前たち、気をつけろ! まだ終わっていないぞ!」

 

 敵を嗅ぎつける嗅覚も何も、どうしたらデストロイヤーが動くんだ。

 デストロイヤーのコアであるコロナタイトはウィズが飛ばしたし、動力源がないのだから動ける筈がない。

 と、俺のそんな思考を読んだかのように。

 

『あー、あー、はじめまして。俺の名前は……うーん、えっと……なんだっけ? まぁなんでもいいや。取り敢えず、ラスボスって名乗るよ。これを聞いてるって事は、コロナタイトをなんとかしたんだろう! いや、正直に言うわ、アンタら凄すぎ! 』

 

 唐突に、男性の声のアナウンスが流れた。

 多分この放送を告げている奴は、研究者だろう。

 俺たちが呆然と立つ中、更に放送は流れた。

 

『うん、俺と彼女もさ、ここまで来たら素直に倒されようと思った訳だよ。けどさ、それだと面白くないじゃん? やっぱり人生、楽しまないとね! ……という訳で、コロナタイトが活動を停止したら、別の動力源を起動させるねー! あっ、だけど安心して。デストロイヤーは動かないよ? ただ爆発するだけ。ヒントをあげると、相殺したらどうかな? 安心して、爆発の威力は少なめにしておくから! それじゃあ、最期に……さようなら!』

 

 ……。

 うん、つまり、アレだ。

 どうやら、まだ戦いは続くらしい。

 だがまぁ、ヒントをくれたんだ。

 多分奴は、相殺できるならしてみろ! と思いながらその助言をくれたのだろう。

 無理もない。

 そんな手段、人類が持ってるとは思えないしな。

 だけど残念だ。

 こっちには、めぐみんとウィズがいる。

 本来ならウィズだが──ここは爆裂娘の出番だろう。

 適材適所ってものだ。

 

「めぐみん、いけるな?」

 

「もちろんです! と言いたいのですが魔力が足りません。先程ウィズに渡してしまいましたし……」

 

 そう悲しそうに目を伏せるめぐみんに、アクアが横から。

 

「だったらあたしのを使うといいわ!」

 

 あれだけスキルを使っても底が尽きないなんて、なんていう総魔力量。

  『ドレインタッチ』を使おうとすると、ウィズが。

 

「あの、スキルを使うんでしたら皮膚の薄い部分かつ、心臓部に近い場所がいいですよ!」

 

 その言葉に、ヒィッと怯えるアクアとめぐみん。

 俺がこの非常事態にセクハラをするのではないかと、危惧しているらしい。

 失礼にもほどがある。

 俺は手をワキワキさせてから、両手で──背中、ではなく首根っこをガシッと掴んだ。

 

「おぉ、なんか今日のカズマは凄いですね! いつもこれくらいだと助かるのですが」

 

「えっ、そうなのめぐみん? 私はこういった非常時でしかカズマと冒険できないから知らないのよね」

 

「何時もの私達は、生きているのが不思議なくらい危険な立ち回りをしていまして」

 

「仲間を募集したら?」

 

「それができたら苦労しませんよ」

 

 ……。

 怒鳴りたい衝動を我慢し、俺はアクアの魔力をめぐみんに渡す事だけに専念した。

 そして、十分な魔力がめぐみんに渡され。

 魔法使いは杖を構え、詠唱を開始する──。

 

『黒より黒く闇より暗き漆黒に我が深紅の混淆を望みたもう。我は破壊者、我は破壊の化身。我が希望は其の破壊。ただそれだけ。命じる! 其に破壊の鉄槌を────!』 ──、いきますよ、『エクスプロージョン』ッッ!!!

 

 ──刹那。

 

 機動要塞デストロイヤー〕爆発と『エクスプロージョン』の爆裂がぶつかりあった────!

 

 

 §

 

 

 いくらめぐみんに魔力を渡したとしても、デストロイヤーを破壊する事は不可能だ。

 あくまでも目的は爆発の相殺だから、粉砕しなくても大丈夫な訳だが……なんと、めぐみんはそれを成功させたのだ。

 めぐみん曰く、「アクアの魔力の濃度が濃かったのが原因でしょうね。あとは、爆発に爆裂が加わり、威力が増大したのかと……」……らしい。

 いや、威力が増大しちゃ駄目じゃんと思ったが……、上手くいったからよしとしよう。

 兎も角、デストロイヤー迎撃戦から数日が経過し、今日はその報酬金が授与される事になっている。

 その金は作戦に参加した全ての人に渡され、協力してくれた街の住民にも配られるという太っ腹だ。

 だから今日の冒険者ギルド内は異様な熱気に包まれ、今か今かとその時を人々は待ち侘びている。

 俺とめぐみんは既に先の戦いで大金を手にしているのでかなり余裕があり、冷静だ。

 また余談だがアクアは受け取らないらしい。曰く、「私は女神として当然の行動をしただけよ」との事。

 この時ほど、女神を崇めた時はない。

 仕事が終わり街に戻ってきたクリスがちびちびとジュースを飲みながら、

 

「いやー、まさかあたしがいない間にそんな事があっただなんて。キミ達は凄いね!」

 

「ありがとうクリス。まぁ俺は指示しか出していないけどな」

 

「何を言ってるんですか! カズマがいなかったら私達は負けていましたよ!」

 

 そんな風に和気藹々と話していると、俺はダクネスについて考えていた。

 ここ最近、ダクネスは冒険者ギルドどころか、アクセルにもいない。なんでも、貴族としての仕事があるのだとか。

 気になった俺がダスティネス家を尋ねると、ダクネスの親父さんにそう言われた。

 別れる寸前、親父さんに「私たちダスティネス家は君を守る。英雄を見捨てたりはしない」と言われたが、アレはなんだったのだろう。

 と、考えに耽っていると出入り口の方で冒険者達がざわついている事に気がついた。

 何かあったのだろうか?

 そちらに視線を向け、様子を見ていると……突然そちらにいた冒険者達何やら慌てたように姿勢を取る。

 

 ──それはまるで、君主に忠誠を誓う姿で。

 

 そしてその波は俺達が座っているところにまで伝わり、その原因を知る事が可能になる。

 そしてそこにいたのは──アイリスだった。彼女の数歩後ろにはクレアとレインさんもいる。

 なるほど、これはきっと王族直々に報酬金をくれるんだろう。

 

「おおっ、凄いな。おいめぐみん、これはもしかして、パーティーもお願いできるんじゃないか?」

 

「……いえ、それにしては様子がおかしいと思います」

 

「あたしもそう思うな。ちょっと、ううん……、かなりおかしいよ」

 

 ふむ、言われてみれば確かにおかしいな。

 三人とも表情は石のように固いし、雰囲気もそれに比例するように重たい。

 無遠慮に眺めていると、アイリスが気がついたのかこちらに振り向き、目が合った。友達は一瞬嬉しそうな顔になるも、すぐに表情を引き締める。

 

「いました。クレア、レイン、行きますよ」

 

「「畏まりました」」

 

 主は従者を連れ、俺達に近づいてくる。

 そして、ある地点で止まった。

 まるでそこが境界線のように。

 

「なぁ、おい、どうなってるんだ?」

 

「私だって知りたいですよ……!」

 

「あわわわわ……!」

 

 動揺する俺達を完全に無視し、クレアが一歩前に出て俺を真っ直ぐに見つめる。

 何故だろう。

 何故だろう、クレアと話すのは初めてじゃないはずなのに、背中に冷や汗が流れるのは。

 何故だろう、レインさんが悲しそうな目を向けてくるのは。

 何故だろう、俺の友達が──アイリスが、あなたは知らない人ですとばかりに冷たい目で俺を見るのは。

 本能が聞くなと警報を鳴らす。

 今すぐ逃げろと告げてくるが、俺はそれをなんとか理性で堪え──。

 

 遂に、その言葉がクレアの口から放たれた。

 

「冒険者、サトウカズマ! 貴殿には現在、王族が所有する別荘にコロナタイトを意図的に送り破壊した罪で、国家転覆罪が掛けられている! 私達と共に来てもらおうか!」

 



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二人の旅路に幸福を! 大罪人

 

 国家転覆罪。

 それは国民が国をめちゃくちゃにしようと画策し、実際に行動に移すことだ。例えば、人類の敵である魔王軍と秘密裏に手を結ぼうものならその罪は情状酌量の余地などなく成立するだろう。あるいは、王城に侵入し、宝物庫にある武器やら防具やらを盗む場合も当てはまる。

 更にいえば、この世界では平民と貴族とのあいだにそれはもう身分の違いがあり、政治の実態は半ば絶対王政に近い国が多い。

 王様が「よしっ、お前死ね!」とでも言えば裁判などやらずに即死刑なんてことはザラにある事ではないか……。

 まぁそうはいっても普通の人はそんなことを企もうとは思わない。幸いにもこの国──ベルゼルグの政治はかなり理が通っているし、王族も民から信仰を得ている。まぁ、貴族は例外だがそれはどの世界でもそうなのだろう。

 そんな国家に叛逆しようなどと、普通の人は思わないし、実際に行動に移せる人は限られてくるのではないだろうか。

 だがそれは普通の人であって、普通じゃない人には当てはまらない。

 そして何故か、俺は今──国から追われていた。

 

「これだから異世界は嫌なんだよ! 俺、何も悪い事していないのに! 頑張っていたのに! ……いや、今は悪い事をしているけれども!」

 

 森の中を疾走しながらそう強く叫ぶ。

 背後からは多数の敵がいる。『敵感知』が反応しているのだから、少なくとも彼らは俺を殺そうとしている筈だ。刹那、俺の横から鉄製の矢が飛来し俺の頬を掠める。

 涙目になりながら毒を吐いていると、それを律儀に拾う少女。顔だけを振り向かせ、お互いフード越しに目が合う。

 

「あのっ、カズマさん急いでください! このままでは兵士達に捕まってしまいます! それとあなたの頑張りは私が知っていますから……!」

 

「でもさ、こんなのってないだろ!?」

 

「うっ……と、兎も角逃げましょう! 少なくとも国外に出れば、追手はこれ以上来れない筈ですから」

 

 そう言った少女は走ることに専念する為か前を見据え、足を動かす速度を上げる。

 俺からしたらたまったものじゃない。

 いくら数多くの戦果を挙げた俺とはいえ、エリートである王族に追いつくのは無理ってものだ。

 出し惜しみなんてしてられないので『逃走』スキルをフルに使う。それでも距離を縮めることはできない現実が……。

 いやもう、チートにもほどがある。

 というか、徐々に彼我の距離が離れている気がするのだが……。

 流石というべきか、少女は俺の気配が消えかけていることに気づき、慌てて駆け戻ってくる。

 そして、外見上は華奢な腕で俺をお姫様抱っこするではないか。あかん、普通なら逆なのに……!

 

「飛ばしますよ!」

 

「えっ? ……ぎゃあああああ────! 」

 

 まだ余力を残していたのか、少女──アイリスはググッと足に力を込めるとさらに加速した。

 俺はめまぐるしく変わる緑の景色をぼんやりと眺めながら、現状について考えをめぐらす。

 頭脳明晰で頼りになる紅魔族の仲間もいない。

 本物の女神様もいない。

 なんだかんだ常識人の貴族様もいない。

 先輩の盗賊もいない。

 あまりにも代償が多すぎる。

 もちろん、この選択をしたのは俺とアイリスだ。

 だから後悔は一切ない。

 ないが──もうちょっと後先を考えれば良かったのかも……。

 俺の名前は佐藤和真。

 魔王軍幹部首無し騎士(デュラハン)──ベルディア、災厄の機動要塞──機動要塞デストロイヤーを屠った冒険者だ。

 そしてそんな英雄の俺は現在。

 一つの罪で国から追われていた。

 

 その罪状は──国家転覆罪。

 

 

 具体的には──第一王女誘拐だ。

 

 

 §

 

 

「冒険者、サトウカズマ! 貴殿には現在、王族が所有する別荘にコロナタイトを意図的に送り破壊した罪で、国家転覆罪がかけられている! 私達と共に来てもらおうか!」

 

  アクセルの冒険者ギルドに、そんな声が大きく響き渡った。

 声の主はこの国──四大貴族の一家であるシンフォニア家の主、クレア。

 頭の中に何度もその言葉が反芻し、室内にいた多くの冒険者やギルド職員は呆然と立ち尽くすしかない。

 もちろん、それには俺も含まれている。

 僅か数メートル先に立っているのは、クリアと、レインさんと──そして俺の友達でもあり、だがそれ以前にこの国の第一王女であるアイリス。

 三人とも顔に表情はなく、この上ない真顔で……その内面を推し量ることはできそうになかった。

 静寂が場を支配する中、先に我に返ったのは受け付けのお姉さんだった。

 ギルド職員だからか、有事の際に慣れているのだろう。だが顔には困惑の色が多大に含まれており、膝がガタガタと笑っている。立っているのもやっとだろうに……。

 

「あの……シンフォニア卿、それはどういう意味ですか? カズマさんが国家転覆罪……?」

 

 おっかなびっくりという風にお姉さんが訊ねると、クレアは表情を崩さぬまま淡々と答える。

 

「ふむ、無理もない。貴殿、名は?」

 

「……ル、ルナと申します」

 

「それではルナ……いや、この場にいる全ての者達に説明しよう!」

 

 高らかに叫び、クレアは机の上に乗りやや芝居がかった様子で俺を鋭く指した。普段ならお姉さんがそれに文句を告げる場面だが、この状況ではそれは無理ってものだ。

 

「貴殿ら、冒険者の諸君があの災厄の化身……機動要塞デストロイヤーと戦い、勝利を収めたことは我々も知っている。あのままヤツが破壊のかぎりを尽くしていたら、この国は甚大なる被害を被り、また進路上には王都があった。貴殿らの武勇を我々は尊敬している。……だが、問題はここからだ。調査によると、サトウカズマ、貴様は『ランダムテレポート』を指示したそうだな。その理由も知っている。……テレポート先には人が密集している場所にしか登録していなかったそうだな」

 

 まさかと思いつつ、俺は訊ねる。いやいや、それは流石に……

 

「おい、もしかしてコロナタイトは王族の別荘に転移し爆発したのか?」

 

「あぁそうだ。だが何、我々も貴殿を捕まえようなどとは思いもしない。いや、しなかった。何せ、貴殿らこの街の冒険者は、国を救った英雄だからな。……まぁ、多少は賠償金を求めるが、報酬金から補填できるからそこは安心して欲しい」

 

 だったらなんで国家転覆罪で捕まらないといけないんだ。

 頭が混乱し上手く思考ができない。

 唖然としている俺の横では、頼りになる紅魔族が我を取り戻したのかマントをバサッと翻しながら立ち上がる。

 目が紅くなっているのは顔を見ずともそこそこ長い付き合いなので解ってしまう。

 紅魔族の習性を知っている全員がズサりと後ずさる中、めぐみんは残っているであろう理性を掻き集め低い声で言った。

 

「……だったら何故、カズマを国家転覆罪などという謂れのない罪で捕まえるのですか? 矛盾がありすぎですよ」

 

「最後まで話を聞くのを私は望もう。……そう、確かにそこの魔法使いの言う通り、それでは捕まえようなどとは思わないし、何より動機がない。つまり、先程言ったコロナタイトを意図的に望んだ場所に転移させるのは不可能だ。……だが、一つだけ問題がある」

 

「……問題ですか?」

 

「そうだとも。サトウカズマ、貴殿はなんでも不死王(リッチー)しか使うことができない『ドレインタッチ』を使えるそうだな。あぁ、その事は既に我々は知っているから誤魔化す必要はないぞ。さて、本題だ……貴様、それを何処で手に入れた?」

 

 と、ここでクレアはレインさんに目配せをして、あるものを出させる。

 それは、俺が何度かお世話になっている嘘を見抜く魔道具。嘘をついたらベルが鳴るその魔道具が、俺には死神が持つ鎌に見えてしょうがなかった。

 クソっ……何が『私達と共に来てもらおうか!』だ。俺を捕まえる気満々じゃないか!

 ……けれど何も焦る必要はない。

 なんの為に、ウィズ魔道具店であのような茶番をしたと思っている。それは、教えて貰った……ではなく教えさせたという事実を作る為だ。

 だから大丈夫の筈──……いや、ちょっと待てよ?

 クレアは今なんて言った? 『それを何処で手に入れた?』と、俺の聞き間違いでなければ彼女はそのように言った。

 何処でと聞かれたら、ウィズ魔道具店でとしか答えるしかない。

 もちろん、あの茶番劇を告げれば俺の無実は証明される。無論、何らかの罪には問われようが軽い罪だろう。……だが、次に危険な立ち位置になるのは不死王のウィズだ。

 ヤバい、これはヤバい……! 過去最大規模にヤバい!

 脳が警戒音をガンガンと鳴らし続ける。

 あぁもう、これはもう黙るしかないじゃないか。だって、めぐみんの静止を聞かずに教えてもらったのは俺なのだから。

 

「……」

 

「答えられないようだな。なに、別にそれでも構わん。黙秘権は適応されるのだから。兎も角、そういう訳だから、一旦我々と共に来てもらおう。貴様の問われている罪は──国家転覆罪。魔王軍の手の者である可能性が高い貴様を我々は一時捕らえる」

 

 冷徹な表情でそう告げたシンフォニア卿は、魔道具を戻させ……どこから取り出したのか手錠を持って近づいてくる。

 室内は不気味なほどに静寂に包まれていて、誰も言葉を発しない。

 いや、違った。此処には爆裂娘がいる。

 

「『黒より黒き闇より深き漆黒に……──』」

 

「ちょっ、落ち着いてめぐみん!」

 

 めぐみんが爆裂魔法の詠唱を始めようとして、クリスが慌てて止める中、とうとう俺の両手にはガチャっと音を立てながら分厚い手錠が掛けられる。

 クレアとレインさんと目を合わせてマジ? と尋ねても、彼女達は何も答えなかった。無機質な瞳がふっと逸らされる。

 しかし、アイリスは違った。

 クレアと入れ替わるようにして俺に近づき、見る者を凍らせる絶対零度の目付きで見てきた。それに俺は初めて恐怖を抱く。

 

「アイリス、こんなの嘘だよな? 俺がそんな大それた事なんてできないのは知ってるだろ?」

 

 無様にもほどがある俺を、アイリスはただ眺める。

 語る事など何もないのか、ただ黙って見返すだけだけ──ではなかった。

 王女は俊敏な動きで急接近してきたと思ったら、小さな口を開く。けれど、音が生じない。完全なる無音だ。

 

『カズマ様、今は取り敢えず私達と共に来てください。でないと、貴方の身が危険ですから。……それと、ごめんなさい』

 

「……!」

 

  『読唇術』が発動し、アイリスが言った事を理解したその瞬間……気づけば、俺の頬は勢いよくぶたれていた。

 幼い少女のものとは思えないほどに威力があるそれをなんの抵抗をする事もなく喰らった俺は、勢いのまま後ろに倒れ、派手な音を立てながらテーブルとぶつかる。

 テーブルの上に乗っていた皿が床に落ち、硝子(ガラス)が割れる音が盛大に響く中……

 

「大嫌いです、あなたなんて」

 

 アイリスはそう言葉を残して俺の元から離れて行った。一瞬の出来事に何も反応出来ずに居ると……これまた入れ替わるようにしてシンフォニア卿が近づいてくる。

 

「それでは、只今を持って冒険者サトウカズマの身柄を正式に拘束する。我々と共に王都に来てもらおう」

 

 こうして俺は、国を救った英雄から一転──犯罪者の汚名を着せられることになるのだった。

 

 

 §

 

 

「『テレポート』」

 

 レインさんが転移魔法を唱え──転移したのは木々が生い茂る森の中だった。

 少なくとも、王都付近ではない。

 森なんてものはなかった筈だし……なにより、あのバカでかい王城が見えないのだ。

 だが代わりにというべきか……目の前にはそこそこ大きい屋敷が建っている。

 これは一体どういう事なのだろう。

 先程アイリスが秘密裏に口パクで教えてくれた『貴方の身が危険です』……その発言と関係があるのだろうか?

 頭を懸命に働かせていると、クレアが近づき俺の手錠に鍵を差し込んで解除した。

 俺は思わず、懐疑的な目を彼女に向ける。

 

「なぁ、外していいのか? というか、ここ何処? ……えっ、何? もしかして俺、此処で死ぬの?」

 

「少し黙ってろ」

 

 何この人、怖っ!

 チビりそうになっていると、クレアは再びレインさんの『テレポート』で何処かに消えてしまった。

 流石は大魔法使いである。多大な魔力を使う『テレポート』を二回連続で使えるとは……。

 

「カズマ様、話は中でしましょう。外は寒いですし……」

 

 どうやら、話は此処ではなく屋敷の中でしたいらしい。

 仕方がないかと思い溜息を吐きながら一歩踏み出した時、後ろから服の袖が掴まれた。

 この場に残っているのは、俺と、アイリスしかいない。

 長い間見つめ合っていると……不意に女の子は頭を深く下げた。

 

「申し訳ございませんでした、カズマ様。あのような態度を取ってしまい……私達は友達なのに……!」

 

「あぁうん……正直泣きたくなったし、今も痛いけど……でも、理由があったんだろ? だから大丈夫だ。──まぁ取り敢えず、久しぶり、アイリス」

 

「……! はい、お久しぶりです、カズマ様!」

 

 

 ──屋敷に入り案内されたのは、そこそこ大きいリビングだった。

 ピカピカに磨かれているキッチンや高級そうなソファーに冷蔵庫など、生活に必要なものは揃っているようだ。

 ……これ、総額幾らくらいするんだろ。

 ビクビクしながらソファーに座ると……思わず意識が昇天しそうになった。間違いない。これは王城にあった物と同じくらいに優れている。

 押せば返す、とはこのようなことをいうのだろう。身体はソファーに沈むが、かといってそのままではないこの弾圧……これが本物のリッチか……!

 危うく寝そうになるが、ここは我慢だ。

 何も説明されていない中熟睡するほど、俺の肝は据わっていない。

 レインさんとアイリスが対面のソファーに深く腰掛け、屋敷内は異様なほど静まり返る。

 最初に口を開いたのは、俺……ではなく第一王女の教育係兼護衛の貴族だった。

 何時もの影の薄さはどこへやら、恩師は背筋をピンと伸ばし真っ直ぐに俺のことを見つめ……やがて立ち上がったのかと思うと深くお辞儀をする。

 

「この度は申し訳ございません、サトウカズマ様。貴方様には大変不愉快な思いをさせてしまい、なんと謝罪すれば……」

 

「す、ストップレインさん! えぇと、それより説明お願いできますか? 国家転覆罪とか急に言われたかと思えば、こうして何処ぞの屋敷に連れてこられて……しまいには手錠も解かれるし……何がなんだが」

 

「はい、それでは説明させていただきます。アイリス様、私めが説明してよろしいでしょうか?」

 

「構いません。カズマ様に解りやすいようにお願いしますね?」

 

「もちろんでございます」

 

 俺は瞬きせず、レインさんの顔を凝視する。何時もならその豊満な丘を見るであろう俺の目は、この時ばかりは真剣そのものに変化した。

 彼女は一度軽く頷いてから、

 

「まずですが、端的に述べますと……カズマ様、貴方には謂れのない国家転覆罪が掛けられています」

 

「……その理由はなんですか?」

 

 そう尋ねるとレインさんは気まずそうに目を逸らした。それはもう凄まじいほどにである。

 なんだろう、ものすごく嫌な予感がする。というか、それしかない。

 そうこれは、俺が初めて死に天界でアクアを連れていこうと馬鹿な考えをした時のような……

 

「えぇとですね……なんて言いますか……他貴族の嫉妬が主です」

 

 ……。

 ……今なんて?

 

「あの、もう一回お願いします」

 

「……他貴族の嫉妬です。あるいは、逆恨みといいますか……」

 

 レインさんを見た。目を逸らされた。

 アイリスを見た。目を逸らされた。

 俺は思わず、芸術といっても遜色ない壮大な絵が描かれた天井を仰ぎみる。

 そこにいたのは、一人の女神。多分、これはエリス様だろう。流石は国教、知名度が高い事である。

 幸運を司る女神の周りには、青髪の女性──多分、アクアだろう。水の女神が先輩という話は、意外にも周知の事実のようだ──がいる。

 その周りに沢山の見目麗しい女神が居る中、反対に居るのは魔王軍と思わしき怪物達。ゴブリンや初心者殺しはもちろんのこと、首無し騎士(デュラハン)不死王(リッチー)、ラスボスである魔王が盛大に表現されている。

 天井にこの絵を描いたのが誰かは知らないが、きっと首が曲がってしまっただろう。覚えていないが、地球でも世界史にそんな人がいた気がするのだ。

 じっくりとその芸術を堪能した俺は、顔を元の位置に戻した。

 そこには、未だ気まずそうな表情を浮かべている恩師と……涙目になっている友人の姿がある。

 そんな彼女たちに向かって俺は一言。

 今思っていることを盛大にぶちまけた。

 

「舐めてんのか」

 

「「すみません、本当にすみません!」」

 

 平民が貴族と王族を謝らせるとは、それこそ教科書に載りそうな出来事である。

 俺は長く、そして重いため息を数秒ほど吐いた。

 レインさんから聞かされた内容を整理しよう。

 俺に国家転覆罪が掛けられているのは、やはり間違いないらしい。シンフォニア卿が冒険者ギルドで仰っていたように、その内容は『王族が所有する別荘の破壊』か。

 だがそれは聞くに、恐らく表の理由だ。

 

「つまり何、俺の成し遂げた功績を他の貴族達はあまりよろしくないと思ったわけか?」

 

「はい、そうです。──順を追って説明しましょう。まずこれは確認ですが、カズマ様があげた武勲は『魔王軍幹部、首無し騎士の討伐』『機動要塞デストロイヤーの破壊』です。もっとも、最終的にトドメをさしたのは仲間であるめぐみん様ですが、彼女は貴方の指揮下で実行しました。ここまでで間違いはありませんよね?」

 

「あぁ、そうだな。うわっ、こうやって言われると背中が痒いというか……うん、変な感じだなぁ。街の奴らは俺のことをロリコンだとかハーレム野郎とか言ってくるから、違和感が半端ない」

 

「…………」

 

  『ロリコン』の単語が出た瞬間、レインさんは一瞬不審者の目で俺を見てきて、隣に座っている子供を守る仕草をする。

 庇護されている子供はその意味が分からないのか、首をコテンと傾げるだけだ。

 可愛いなぁと思うあたり、存外にも俺はロリコンの気質があるかも……いや、違う。俺は単に子供が好きなだけだ。

 その筈だ。

 なんとも言えない雰囲気になる中、俺はこほんと咳払いをして、話を進めてくれと目で催促する。

 幸いにもレインさんは意図を汲んでくれて、目付きを少しだけ柔らかくしながら説明を再開するのだった。

 

「兎も角、カズマ様は人類に多大な貢献を致しました。それは疑いようのない事実です。魔王軍幹部の際は私達が目撃しておりますし、デストロイヤーの際はその場にいた多くの冒険者達が証人となります」

 

「いやぁ、それほどでも……──」

 

「ですが、それを不審に思ったのが貴族です。こういっては大変失礼ですが、たかが〈冒険者〉がそのような偉業を達成できるでしょうか?」

 

「いやでも、レインさんも言ったでしょ? 俺はあくまでも指揮をしただけですって」

 

「……まぁここまでは、疑問に思うこそすれ貴方の並外れた能力だと納得できます。今年のキャベツの収穫の際にも、大層ご活躍したそうですしね」

 

 ……さっきから凄い褒められているのに、全くもって嬉しくない。というのも、レインさんが無表情で淡々と告げてくるからだ。

 アイリスに助けを求めようにも、口パクで『レインも我慢していますから、お許しください』といった内容のものが送られてくる。

 ……本当にそうなのだろうか?

 

「ですがクレア様が仰ったように、貴方が本来なら不死王しか取得できない『ドレインタッチ』を使っているのも事実。さらにいえば、首無し騎士を道連れにしてお亡くなりになったのにも関わらずこうして生き返っています。嘘を見抜く魔道具も万能ではないので……」

 

「あぁ、なるほど。うん、確かに言われてみれば魔王軍の手の者と思っても仕方がないか……」

 

 そりゃ、他の貴族様も疑うだろう。

 なんだったら俺だって疑う。

 と軽く現実逃避していると、今まで黙っていたアイリスがとても言いずらそうに小さな口を開く。

 

「それと、カズマ様の経歴です。国の総力を持って調べましたが、あなたの出身国であるニホンなどという国はこの世界に存在していませんでした」

 

「おい、そんなこと言ったらミツルギや他の勇者候補はどうなんだよ! アイツらも同じ……──」

 

「……それが、彼らは『トウキョウ』とか、『サイタマ』とか、『ホッカイドウ』と答えていまして……この世界には確かにそのような国があるのです。特にトウキョウは大国なのです」

 

 アイリスの言葉に俺は驚愕せざるを得ない。

 ……よくよく考えてみれば、クレアはあの時『出身地は何処だ?』と尋ねてきたような気が……。いやでも、普通ここは和の心をもって故郷である「日本」をだな……。

 というか、明らかにそれは転生者のせいだろう。彼らは自分が産まれた県にちなんで、その名をつけたに違いない。

 ヤバい、完全に詰んだ。

 クソっ、あの時めぐみんに適材適所と言って爆裂魔法を撃たせるんじゃ……いやでも、ウィズはアンデッドだからアクアの神聖な魔力を渡せなかった気が……いやいやでも、それこそ俺がやったようにアクアから俺、俺からウィズに魔力を繋げば良かったのでは……。

 頭を抱えながら現実逃避していると、演技をやめたレインさんがお茶を注いでくれる。

 彼女の目には同情の色が過敏に含まれていた。

 俺は恐怖のあまりガタガタ震えるコップを懸命に口に運び……

 

「何これ、凄く美味しいんですけど!」

 

「それは良かったです。このお茶はお茶の聖地であるシズオカから取り寄せているものでして、かなり高価なんですよ」

 

「へぇ、そうなんですか。……あの、さっきから気になっていたんですけど、この屋敷はなんですか?」

 

 いやもう、それでも予想はある程度はついているのだが。

 俺の質問に答えたのは、王族だった。

 

「此処ですか? 王族が所有する別荘ですが……」

 

「えっ、いやでもそれは俺が転移させたコロナタイトの所為で爆破したんじゃ?」

 

「はい、それはそうなんですが……。その、他にも沢山別荘はありまして……此処はその一つです」

 

「なぁアイリス。それだけあるのなら一つや二つくらいなくなってもいいと思うんだよ」

 

「……私もそれは議会で告げたんですが……論点が違うと言われました」

 

 悔しそうにアイリスは首を横にふるふると振った。

 ふむ、中々にこの国の貴族というのは話が通じない奴らばかりのようだ。まぁ、脳筋が多いから仕方がないかもしれない。

 というか、なんでこの身を呈して国を救ったのに謂れのない罪で捕まらないといけないんだ。……なんでもこの世界では「国家転覆罪」に問われた場合、大半は死刑判決を言い渡されるらしい。

 いくら王族のアイリスと四大貴族の二柱が俺の無罪を主張していようとも、精々が禁固刑止まりだろう。

 そこまで考え、俺は違和感を感じた。

 自惚れではないが、俺にはかなりの後ろ盾がある。

 ダクティネス家やシンフォニア家、そして王女であるアイリスがいるのだ。更には聴衆からの支持もそこそこある俺に対してあのような強硬策に出るとは、そんなの無謀じゃないか?

 俺だったらそのようなことはしない。どうしてもソイツを殺したいのなら「国家転覆罪」なんて回りくどいことはせずに「暗殺」する。貴族なのだ、暗殺者を雇うことなんてすぐにできるだろうし、自慢ではないが俺はめっぽう弱い。モンスター戦よりは対人戦向きのスキル構成な俺だが、それでもプロには勝てないだろう。

 となると、何かしら理由があるのか?

 

「レインさん、俺を国家転覆罪で処刑しようとしている貴族はどれくらいいるんですか?」

 

「そうですね……およそこの国の貴族、その三分の二でしょうか。そしてその筆頭には、四大貴族のうちの二柱であるマルクス家とシーア家がおります」

 

「……他には……?」

 

「あとは殆どが中貴族です。反対に小貴族はカズマさんを擁護しております」

 

「大貴族はどうなっているんですか?」

 

「それが大貴族は現在国王様と一緒に魔王軍と戦っておりまして……。ご存知の通り、王族や貴族は強い人が多いのです。大貴族は昔から続いている一家も多いですから、それに比例して戦争に出兵しております」

 

 なるほど……。

 この国の国王と第一皇子、さらには大貴族が魔王軍との戦いに出向いている訳か。アイリスは王族といってもまだ幼く、その実権はないに等しいだろう。

 顎に手を当てて打開策を考えるが、そんな都合良く出る筈がない。

 もういっそのこと、めぐみんの爆裂魔法で王城を粉々にしようか……と無鉄砲な案を出したところで、白スーツがまだ帰っていないことに気づく。

 

「クレアは何処に行っているんですか?」

 

「クレア様ならアクセルに戻ってめぐみん様やアクア様など、カズマ様のお仲間に説明しているところです。他の街に噂が広まるのは時間の問題ですから、せめて彼女達の誤解は解かなくてはなりません」

 

「……めぐみんが爆裂魔法を撃たないことを切に願います」

 

「うぐっ……そう、ですね。本当になんてお詫びを申し上げればよいか……」

 

「あれ? でもクレアはどうやって此処に戻ってくるんですか? 『テレポート』を使えるのって、レインさんだけですよね?」

 

「あぁ、それでしたら簡単です。明日の早朝、迎えに行く手筈になっています。私は一日につき二回しか『テレポート』が使用できなくて……本当に申し訳ございません」

 

 そう何度も深く頭を下げる恩師を見て、俺は慌てて止めさせる。多分俺があんな風に強引でこの別荘に転移させたのは、俺が敵陣営に捕まるのを防ぐ為だろう。

 ならば感謝するのが道理だし、助けてくれている彼女達を責めるのはお門違いだ。

 それよりも、どうしたら良いかを考えなければならない。

 

「あの、なんとか助かる道はないんですか? 俺の罪の理由は、魔王軍の手の者だと疑われているからなんですよね? それを払拭できればいいんじゃ……?」

 

 俺の確認に、今度はアイリスがレインさんの代わりに答えた。その美貌を歪めながら、ぽつぽつと告げる。

 

「……現状、カズマ様が助かる方法はゼロに等しいです。先程も言いましたが嘘を見抜く魔道具は万能ではありませんから、例え反応しなくても、彼らは様々な卑劣な手を使ってあなたを罠に嵌めようとするでしょう」

 

「だったら、アイリスの親父さん……国王陛下が俺の事を無罪だと言えばいけるんじゃないか?」

 

「それも残念ながら無理です。私がカズマ様と懇意の仲なのは周知の事実となっています。お父様が告げても、私という賄賂を使ったとしか思われないでしょう。──本当に、危険だったのです。あと少しでも私達が間に合っていなかったらカズマ様は今頃……」

 

「死んでいたってことか?」

 

「……はい……」

 

 まだ十二歳の少女にはその言葉の重みに耐えられないのだろう、泣きそうな顔になりながら頷いた。罪悪感が湧いてくるが、仕方がないんだと無理矢理割り切る。

 でも今の言葉で、違和感はますます大きくなった。

 アイリスの言葉や、今のやり取りを黙って眺めていたレインさんの表情から俺は「暗殺」されていた可能性が高い。

 マルクス家とシーア家とやらが扇動しているようだが、奴らもまた一枚岩ではないことか?

 そう……例えばマルクス家はまだ穏便派で裁判をやるよう訴えているが、シーア家は問答無用で殺すべきだと主張しているとか。

 疑問は尽きない。

 いや、こうしてアイリスが俺を匿っている時点で彼女達にも危害が及ぶ可能性があるのでは?

 

「な、なぁアイリス達は大丈夫なのか?」

 

「……? と言いますと?」

 

「いやほら、議会は一応、俺のことを大罪人の候補にまでしたんだろ? そんな俺を守って大丈夫なのかなって思ったんだが……」

 

「あぁ、そのことですか。大丈夫ですよ。仮に攻撃してきても私達は無事です。私達は強いですし、それに……」

 

「それに?」

 

 と間抜けた声を出す俺に対してアイリスは今日初めての笑顔を見せてくれる。

 

「──私達は友達ですから!」

 



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朝の騒動

 

 冤罪、というものがある。

 罪がないのに疑われたり、罰を受けたりする事だ。

 日本でも冤罪のあとは尽きない。

 近年少しは緩和しているようだが……それでも中々減らないのが実状だ。

 この世界に来る前、学生兼引き籠もり兼ニートの身分だった俺は、何も一日中ゲームをしていた訳ではない。

 ……ま、まぁ大半はネトゲか惰眠を貪っていたけれども、それでも気が向いた時は社会についてネット記事を漁っていたりした。

 政治、国際、スポーツ、芸能など、もとより知能がそこそこ高い俺は──それは冒険者カードのステータスに如実に表れている──様々なことを学習していったものだ。

 だったら学校行けよ! という突っ込みが出るだろうが、一度学校を休むと中々に行きずらい。

 この気持ちは、きっと誰もが共感してくれるだろう。

 兎も角俺はある日、ある記事をたまたま見つけ、それを拝読した。

 それは、冤罪についての記事だった。

 ある男性Aさんが謂れのない罪によって無期懲役の罪に課せられたが、実は無実だったことが明らかになったのだ。

 彼は二十歳の時に捕まり、勝利を獲得した時は八十一歳の時。つまり、六十一年の時間を無駄に過ごしてしまった訳だ。

 当然世間はそれを良しとしなかった。

 警察の怠慢だと責め、彼には莫大な謝礼金が贈られたという。しかしそれでも、国民の非難の声はやまなかった。

 俺はそれを薄暗い自室の部屋で読んだ時、うわぁ可愛そうに……という同情しか湧かなかった。

 いやだって、仕方がないだろう。

 俺は俺、彼は彼で別の人間なのだ。

 人生の道が違うのだから、共感などできる筈もないし、だからそれ故に同情しかできない。

 けれどまぁ、自分がそうなったら嫌だなぁ……と思ったことは鮮明に覚えている。

 男性Aさんのように、冤罪だと証明するのには多大な時間を必要とする。

 だからこそ彼は自分の人生を支払うことで「大罪人」の烙印を消そうとしたのだろう。

 と他人事に考えていたのだが……──もしそれが自分に降り掛かったらどうしようか。

 そんなの決まっている。

 

 無理ゲー。

 

 クソゲー。

 

 そのような感想が思わず浮かぶのは、必然だろう。

 

 

 §

 

 

 朝、目が覚めた。

 瞼を開けるとそこにあるのは、知らない天井。寝やすいようにという気配りか、満天の夜空が描かれている。

 昨日まで泊まっていた主人の宿屋ではない。

 じゃあ此処は何処だろうと思案したところで、すぐに答えは出た。

 正解は、王族が所有する別荘の一つだ。

 俺の為に用意された、二階にある小部屋で睡眠を取ったのだ。……そうはいっても、王族専用の為に馬鹿みたいにでかいのだが。

 嘆息しながらむくりと起き上がると、視界の右端には金色の髪の毛が目に留まる。

 それを辿るとそこには、幼い……けれど整ったパーツで構成された女の子の寝顔があった。

 ……。

 いやなんで……?

 ……あぁそうだ。

 昨日は女の子──アイリスが気を遣ってゲームに誘ってくれたんだっけ……。盛り上がって寝落ちしてしまったのだろう。

 ……えぇと確か、俺が王城にいた際教えたチェスをやっていた気がする。

 チェスはゲーム理論では、二人零和有限確定完全情報ゲームに分類される。

 理論上では「完全な先読み」が可能であり、双方のプレイヤーが最善手を打ち続ければ先手必勝……もしくは引き分けになるというものだ。

 つまり、「運に左右されない」ということ。

 例としては、チェッカー、将棋、五目並べ、オセロなどが挙げられるだろう。

 運に左右されない故に、プレイヤー間の実力の差がモロに出るゲームでもある。

 さて、そんなチェスを遊んでいた俺とアイリスなのだが……当たり前だが最初は──つまりは王城にいた際だ──俺の圧勝が続いた。

 この世界で最も普及しているあの悪魔のボードゲームでは俺の連敗が続いていたが、流石にルールが明確にあるのなら自分より歳下には負けやしない。

 というかそもそも、あれはゲームとはいえないと思う。

 ……けれどどうやら、俺は慢心していたらしい。

 久し振りに対局した俺は、最初こそ俺が勝っていたのだがそれでも正直ぎりぎりであり……五戦目になると僅差で負けてしまった。

 あの時のアイリスの顔は、とても嬉しそうで……俺は思わず笑みを零してしまった。

 国家転覆罪が掛けられているのに呑気なもんだと自分でも思うが、そんな簡単に状況は好転しないし、プロゲーマーならではの矜持がある。いや、プロゲーマーというのは言ってみたかっただけだが。

 今度は俺から六戦目を申し込み、友達は満面の笑みで即答。

 今度は勝ってやる! ──……と意気込んだのはいいものの負け、その後も連敗。

 流石におかしいぞと思った俺は、このゲームのゲーム理論を思い出し……唖然したものだ。

 上記に述べた通り、チェスは二人零和有限確定完全情報ゲームだ。

 七回連続で負けてから俺はこれを思い出し、ある結論に至る。

 

 アイリスは既に俺より強いのだ。

 

 でもなんでだろう。

 確かにあの時からはかなりの月が経っているが、それでも俺はこのゲームを何年も前からやってきたのだ。

 それなのに負けるなんて、少々……いやかなり腑に落ちない。

 そう訊ねるとアイリスはこう言った。

 

「実は私、カズマ様が城を立ち去った後も練習してたんです。クレアやレインに相手をしてもらいました! あなただったらどうするのかを想像しながらです! ……カズマ様が仰ったように、大抵の努力は実るんですね!」

 

 その時俺は、涙腺が崩壊したものだ。

 いやだって、そうだろう?

 ここまで純粋な女性を、俺は見たことがない。

 いやまぁ、アイリスはまだ思春期に入っていないからなんとも言えないが。

 もしこれで昨日のように「大嫌いです、あなたなんて」と言われようものなら俺は、立ち上がれる気が微塵もしない。

 あの時の彼女の仮面は、たとえ意図して作られたものだとしてもとても恐ろしかった。

 というかぶっちゃけ、これまでの戦ってきたどんなモンスターよりも恐怖を抱いた。

 もし次あんなことを言われたら俺は、自殺するかもしれない。

 とそのようなことを考えていると、不意に扉がゆっくりと開かれ、そこにはクレアが息を荒くしながら立っていた。半歩下がって後ろには、レインさんもいる。

 俺達が寝ている間に、『テレポート』でレインさんがクレアを迎えに行ったのだろう。

 クレアの表情が真剣そのものなのに対して、レインさんは眠たげに小さく欠伸を漏らしている。

 部屋に取り付けられた時計式魔道具をみると、朝の六時を少し過ぎたところだった。

 そりゃあ確かに眠いよなぁ。

 俺だってこの時間は何時もなら寝ているし……と恩師に同情したところで、あぁそっかと気づく。

 どうやら俺は無意識下で緊張していたらしい。

 もし友達がいなかったらと思うと、心底ぞっとする。

 季節は真冬とあってか、太陽はまだ出ていない。とても寒い。風邪を引いていないのは奇跡だろう。俺は毛布をアイリスに掛け、暖を取らせた。

 漆黒に覆われた朝空を眺めていると、クレアが用心深く辺りを見回しながら、

 

「おいサトウカズマ! アイリス様は、アイリス様はいらっしゃるか!? お部屋にいらっしゃらなかったのだが!」

 

「落ち着いてくださいクレア様……頭に響きますので」

 

「レイン、貴殿は何を言っている! 私達はアイリス様の護衛だぞ、これに慌てずして、何が護衛か!」

 

「そう言われましても……眠いですし……それに答えは予想できますし……」

 

 騒々しい二人に呆れたところで、そうかと一人合点する。

 俺はクレア達の方……つまり扉側で寝落ちしていたが、アイリスはベランダ側の方で寝息を立てている。

 あちら側からでは彼女が見れないのだろう。

 ふかふかもふもふの毛布をぽんぽんと叩きながら、俺は答えることにした。

 

「アイリスだったら、此処で寝ているから安心しろよ。っていうか朝からうるさいぞ。もうちょっと静かにしてくれないか?」

 

「そうか、それなら良かった。私はてっきり、アイリス様が何者かによって連れ去られたのかと……──いや違う!」

 

「いやいや、何が違うんだよ? 俺今から二度寝したいから、さっさと出ていってくれると助かります」

 

「なんで貴様の部屋にアイリス様がいらっしゃるのだ!」

 

「なんでってそりゃあ、一緒に寝たからだな」

 

 レインさんがほらやっぱりという表情を浮かべる中、白スーツは目を大きく見開き、

 

「……!? 今……なんっ、……一緒に寝た!?」

 

 彼女は酷く動揺する。 あわあわと口を半開きにし、心なしか焦点も合っていないようだ。

 なんだろう、絶対に何か勘違いしているな。

 それを他所に俺は、眠気を堪えるのに苦労していた。見れば何時の間にか、レインさんは立ったまま半睡している。

 あのままでは転んで怪我するのも時間の問題だろう。眠っている人を見ると、こちらも眠くなってきた。

 ……あぁ、眠い。

 ヤバい、ベッドが高級すぎていくらでも寝れそうだ。

 よくよく考えてみれば、俺の罪はそう簡単に覆らないらしいし、だったら悩むだけ無駄かもしれない。

 いっそのこと、開き直って惰眠を謳歌しよう。

 いざ夢の世界へ今行かん……と朦朧したところで、クレアが俺の両肩をガシッと強く握ってくる。

 刹那、俺は無理やり覚醒させられた。

 

「痛い痛い痛い! ちょっ、お前力入れ過ぎだから!」

 

「貴様! あ、アイリス様と……ね、寝ただと!? も、もしかして既に一線を超えたのかそうなのか!? ロリマとかクズマとか巷で有名な貴様が、けれどヘタレでチキンな貴様が……!?」

 

「おい、ちょっと待て。その話詳しく」

 

「えぇい、しらばっかくれるな! 嗚呼アイリス様……私の生き甲斐、象徴……──」

 

 うわぁ、とどん引きする俺なのだが……まさかここまで酷いとは思わなかった。

  白スーツは陶酔しきっただらしのない顔に歪め、「アイリス様は……アイリス様……」とぶつぶつ呪詛のように呟き続ける。

 これが俗にいうヤンデレなのか?

 というか思うんだが、この国の貴族はマトモな奴が少なすぎる。

 何処ぞのドMクルセイダーや目の前にいる本物のロリコン(アイリス限定)とか……あれっ、俺の知り合い貴族でまともな人って、レインさんとダクネスの親父さんだけなのでは?

 やっぱりアレだ、世の中は権力と金で回っているんだなぁ。

 俺を捕まえる前に、この犯罪者予備軍の女を捕まえた方がいと思います。

 半眼になりながらそのようなことを考えていると、女の子が小さく身動ぎしながらうっすらと瞼を開ける。

 寝ぼけ眼をごしごしと可愛らしく拭い、微笑を浮かべた。

 

「ふわぁ……おはようございます皆様」

 

 

 

 

 ──騒々しい朝を迎えた俺達は、一階のリビングで朝食を取ることに。

 流石は王族専用の別荘とあってか、巨大冷蔵庫にはありとあらゆる食材が陳列していた。

 中にはキャビアやトリュフ、フォアグラといった世界三大珍味も普通にあるのだから恐ろしい。

 王城で居候していた時は身分の差があるから一緒に食べれなかったからなぁ。

 アイリスが座っていた周りにはクレアとレインさんががっしりと座り護衛していたし、俺はそんな彼女達を遠目から眺めながら食べていたものだった。

 だから何気に、俺とアイリスが一緒に飯を共にするのは初めてだったりする。彼女がアクセルに来た時は非常事態だった為カウントしない。

 とそのようなことを考えながら出された料理を口に運ぶが……あまり美味しくない。

 いやなに、別に不味い訳ではない。

 ただその……アレだ、舌が違和感を訴えてくるのだ。

 平民の俺では、このような高級料理は口に合わないのだろう。

 あぁ……たった一日食べていないとはいえ、唐揚げ定食が懐かしく感じるなぁ。

 そんな俺を見かねてか、俺の対面に椅子に腰掛け、子供とは思えないほどに上品にフォークを動かしていたアイリスが、

 

「カズマ様、お身体の調子が悪いのですか?」

 

「いや、そうじゃないんだけど……。味に慣れないというか……」

 

 せっかく出されのに文句を言うのは失礼だとは自分でも思うが、感じたことをそのまま告げた。

 すると俺の斜め左に座り、アイリスの隣になれたのが余程嬉しいのか顔をだらしないものにしているクレアがその表情のまま……

 

「ふっ、やはり貴様は平民だな。一生を真面目に働いてやっとこの食にありつけるかどうかというものなのだぞ? 精々貴様の貧相な舌で味わうんだな」

 

 ……我慢だ。

 イラッ、とするがここは我慢するのだ。

 そう、俺は大人なのだ。

 いちいち子供の言うことに腹を立てたりはしない。

 青筋を浮かべそうになるのを理性で抑えながら、俺はある事が気になり訊ねる。

 

「そんなに高いのか。ちなみにどれくらい?」

 

「そうだな……私も詳しくは分からないが……」

 

「おい」

 

「レインの家の財産と同じくらいだろう」

 

 その衝撃的な言葉に俺は、マジでと思わず横に座るレインさんに視線を送る。

 彼女は涙目になりながら、「クレア様!?」と文句を言い……元凶の白スーツは同僚を傷つけたことに気づかないのかはてと首を傾げるばかりだ。

 流石は王に仕える四大貴族のうちの名家。

 ヒエラルキーは無意識でも発動しているらしい。

 というか、レインさんが不憫でしょうがないのだが。

 アイリスはもとより、クレアはクレアで世間知らずのお嬢様だからなぁ。

 きっとレインさんは大変苦労している違いない。

 ……今度何かして労わろう。

 そのようなことを話しながらも、俺はフォークやナイフを駆使して高級料理を口にするのだが……やっぱり駄目だ。

 数ヶ月前なら兎も角として、舌が完全にこの世界特有の材料の味を覚えてしまっている。

 おまけに、食べても食べても腹が膨れない。

 作ってくれた恩師には申し訳ないが、ここは追加で何か作るとしよう。

 

「すみません、冷蔵庫にある食材使っていいですか?」

 

「……? えぇはい、それは構いませんけど……何かお作りになるのですか?」

 

 それに答えようとして、先に食べ終わっていたアイリスが目を爛々と輝かせる。

 どうやら彼女のお腹もぺこぺこのようだ。

 思い返せば首無し騎士(デュラハン)討伐の前、唐揚げを沢山頬張っていたっけ。

 俺はわざとらしく咳払いを一つして。

 

「アイリスも何か食べるか?」

 

「はい、食べたいです!」

 

「なら『料理』スキルを所持している俺が存分に振る舞おう!」

 

「わぁっ! とても楽しみです! あっ、そうだ。私もお手伝いしますねっ」

 

「おっ、それは助かるな。よし、ならまずは手を洗うんだ。衛生管理は重要だからな」

 

 アイリスはそれにぱあっと喜びの色に染め上げた。そのまま彼女は台所に突入する。

 俺は苦笑いしながら追いかけようとして……王女様にそんなことが許されるのかと疑問に思った。

 不安に駆られレインさんを見ると、彼女は大丈夫ですとばかりに頷いてくれた。それでもくれぐれ怪我をさせないように言われたが、そんな事を俺がさせる筈もない。

 だが、ここには過保護の憎き白スーツがいる。反対されるかなぁとそちらに目を向けると、クレアはうとうとと寝ていた。

 改めて見れば、中々の美女といえるだろう。貴族特有の金髪は光を反射しているし、鎧の上からでも分かるその巨乳。ダクネスと同じくらい、といえばその凄さが伝わると思う。

 ダクネスは着痩せする体質だから、普段は中々その山を拝めないのだ。

 ありがたやありがたや……!

 ひたすらに桃源郷を眺めていると、レインさんは何か勘違いしたのか、

 

「クレア様、ここ最近はお疲れですから。一応建前としては、シンフォニア家がカズマ様のお身柄を預かっていることになっています。あと少ししたらまた、私とクレア様は王都に戻り議会をしなくてはなりません」

 

「うん? アイリスはどうするんですか?」

 

「アイリス様は此処でお留守番ですね。いくら王族でも、実権はゼロに等しいですから……それに万が一が起こったらいけないので」

 

「……本当に、ご迷惑をお掛けします」

 

「そんな! 貴方様を助けるのは当たり前のことです。アイリス様をはじめとして、私達は貴方を尊敬しているのですから。それはもちろん、クレア様もですよ」

 

「ほほぅ……誰が誰を尊敬しているって?」

 

「それはクレア様がカズマ様のことを……──」

 

 割り込んで来た声に顔を向ければそこには、クレアが目を覚ましていた。

 何時の間にか席から立ち、後ろからレインさんの頭をガシッと掴み、力を入れ続けている。

 どうやら恩師が告げたことは正しいようだ。だってその証拠に、クレアの頬が若干赤いんだもの。

 

「痛い! 痛いですクレア様!?」

 

「レイン。私が言いたいこと……分かるな?」

 

「分かります、分かりますから! 手を離してください! カズマ様、助けてもらっていいですか!?」

 

 そう助けを求められても困る。

 俺はレインさんの助けを求める視線からふいっと目を逸らし、わざとらしく口笛を吹く。

 刹那、彼女の顔が絶望に染まった。

 そんなレインさんをクレアは高笑いしながら粛清している。

 とここで、奥から。

 

「カズマ様、お手洗い終わりました! 早速作りましょう! 早く来てください!」

 

 俺はこれに乗じて椅子から立ち上がり、レインさんに軽く謝ってからさっさと逃げる事にした。

 何時もだったらからかうところだが、自分から死地に行くような、そんな愚考なことはしないのだ。

 台所に行くと、そこにはアイリスが頬を膨らませて俺を待っていた。

 

「遅いです!」

 

「悪い。さてそれじゃあ何を……──」

 

 と献立を考えていると、リビングからは。

 

『クレア様、鳴っちゃいけない音が!』

 

 あちらは盛り上がっているらしい。

 アイリスは部下の悲鳴を聞いて顔を青ざめてから、

 

「あ、あのカズマ様! 何やら悲鳴が聞こえるのですが! 特にレインの悲鳴が!」

 

「いや気にするな、アイリス。あれはスキンシップだから、当人達が問題なければいいんだよ。いいか? 世の中には踏み入れちゃいけない線があるんだ」

 

「そ、そうなのですか……? なら、仕方ありませんね。それじゃあカズマ様、ご教示お願いします!」

 

「よし、今から作るものは……──」

 

「作るものは?」

 

おにぎりだ 」

 

「そ、それは一体……!?」

 

 賑やかな朝が過ぎていくのであった。

 

 

 



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王女様の願い

 

 俺が王族の屋敷に匿われてから、およそ二週間ばかりの月日が経った。

 今日も今日とて、クレアやレインさんは王都に赴き俺の無実を訴えてくれている。本当、なんてお礼を言ったら良いものか……。

 けれども議会は全然、これっぽっちも話が前に進んでいないらしい。

 マルクス家とシーア家の当主と、その腰巾着(こしぎんちゃく)である中貴族は俺の罪を主張しているそうな。

 反対にダスティネス家とシンフォニア家、そして小貴族は俺の無実を訴えてくれている。

 国王陛下や第一王子は魔王軍との戦いでまだ忙しいそうで、王都には中々戻ってこれないらしいそうな。うん、どこからどうみても時間稼ぎですね、分かります。

 流石に二週間も屋内にいるというのは、ニート気質の俺でも中々に辛いものがある。

 これでパソコンや漫画など、ニート必需品のものがあるのならいくらでも惰性の日々を心置きなく謳歌できるのだが、残念な事にそんなものはこの世界にはない。

 気分転換に外に出たいと訴えのだが、お前は馬鹿かという目で見られただけだった。つまりは、外出は不可能だ。

 ……いや俺だって馬鹿じゃないから分かってはいるのだ。

 いくら四大貴族の一柱であるシンフォニア家が保護しているといっても、暗殺される可能性は十二分にあるのだからここは大人しく過ごさなくてはならない場面だろう。

 俺はこの上なく恵まれているのだ。

 普通なら裁判になっている筈なのだから。俺が拘置所にいる間に、殺すタイミングはいくらでもある。

 そう頭では分かってはいるのだが、身体は否応なく疼くものだ。貧乏ゆすりが止まらない。

 これはそう、例えるならば。

 部活めんどくさい! と普段言っていた人が最後の大会を終え引退したら部活やりたい! と思うことと一緒なのかもしれない。

 いや、そんな経験はないんですけどね。

 ふわぁと欠伸を漏らしながら一階に降りると、リビングには既にアイリスがいて何やら本を読んでいた。

 気難しい表情を浮かべているので、相当に難しい内容が書かれているのだろう。ソファーに深く腰掛け、ぱらぱらと(ページ)を捲る様子はとても絵になっていて、俺は惹き付けられた。

 少々引け目を感じつつも、挨拶をする事に。

 

「おはよー。今日も一段と寒いな」

 

「カズマ様、今はお昼の時間帯です