魔弾の王 ~再臨~ (塾長ほむほむ)
しおりを挟む

プロローグ
プロローグ


自分の名前を見てピンときた方はお久しぶりです!きてない方は初めまして!

塾長ほむほむ と 申します。

拙い作品ではありますが、なんとか完結まで行けるようにのんびりやっていきます!
よろしくお願いします!


僅か18歳にして、ジスタート王国とブリューヌ王国の王となった『ティグルヴルムド』の治世が始まって40年・・・・・・ティグルを慕っていた戦姫達や王妃殿下もひとり、ふたりと去っていき、王の座とあの黒弓を義理の息子である『ヴァレリー』に譲ってからさらに10年が経過しティグル自身にも一陣の風になるときがせまっていた。

 

 

 

「・・ティグル様」

 

 

聞きなれた侍女・・・ティッタの涙混じりの声が聞こえる。視界が年老いたティグルの思うようにはいかないため見えないが、おそらく泣かせてしまっているのだろう。

 

ここはブリューヌの王都ニースでもジスタートの王都シレジアでもない。

 

 

 

ーーーブリューヌの片田舎アルサスである。さらに言うならば「ティグルヴルムド」初代王の生家だ。

王の座を譲った後、それぞれの地にいる実の子供たちの反対を押し切りティッタとふたりだけでこの小さな屋敷で暮らしている。残念ながらティグルを慕っていた伴侶たちはもうここにいるティッタしかいない。

 

それがティグルがここに戻ってきた大きな理由である。暮らし始めた当初はまだ身体も動けていたため狩りをしていたが、ここ二年前から床に臥せることが多くなっていた。

 

そのため物思いにふけることが多くなりいつしかティグルは自分の行ってきた治世が正しかったかのかどうか走馬灯のように振り返っていく中で、自然と自らが王になる前の短くも長かった2年間に想いを馳せていく。

 

 

 

「ティ・・・・ッタ・・・・」

 

 

ティグルは天井を見つめたままそばにいるであろう伴侶の名前を呼んだ。もう自分に残された時間がわずかであることを覚悟したのかもしれなかった。

 

「はい、ティグル様」

 

あふれる涙をこらえ両手で細くなったティグルの左手を重ねてけなげに返事をする侍女。それを聞き最後の力をしわがれた声で言の葉に注ぐ。

 

「・・・ティ・・・ッタ・・・・・・・ほんとうに・・長い間、私・・を支えてくれてありがとう。感謝している。」

 

「ティグル様逝かないでください・・・」

 

「・・・すまない・・思えばティッタにはずっとつらい思いをさせてきた・・もちろんエレンやみんなと婚姻を結び家族を築けたこと後悔はしていない。この国の未来ももう大丈夫だろうと思う。・・でもティッタとは子供をなすことができなかったことが心残りなんだ・・。」

 

ティッタは言葉を発さず白の混じった栗色の髪の毛を左右に振りながら両手の力を若干強くする。

 

「・・・それだけではない・・・・・私が・・いや俺がエレンに捕虜にされてから、王となるまでの2年間はやはり何物にも代えられない思い出であり若干の心残りも正直ある。」

 

「ええ・・・。」

 

 

「だから・・・もしまた目覚めることができたなら・・・あの日のティッタに起こしてほしいなと思って・・・」

 

 

ティグルはなんとか笑おうとして、むせた。ティッタは手を一度はなし膝の上に置いていた白い布でティグルの口元の赤い線を消していく。そして再び両手をそえる。

 

 

「だから・・・なんといえばいいのか・・・・もしあの日からやり直せたならいろいろと運命が変わっていたかもしれないし・・ティッタと家族をなすことが・・・できたかも・・・」

 

もう一度咳き込み、赤いものを口から吐き出すことこそこらえたが、声の張りが一段と弱くなったようにティッタには感じられた。

 

「・・・ティッタ・・・もう夜だし俺は・・寝るよ・・・もう・・・ティッタに無理やり起こされることもないだろう・・・。向こうでエレンたちが待っているだろうし・・・」

 

 

「嫌です!ティグル様!!!寝てはダメっ!!!」

 

もう限界だった。ティッタはあらん限りの声と両手に込めた力でティグルを現世につなぎとめようとする。

 

 

「嫌っ!嫌っ! お願い!!わたしを・・・わたしをひとりにしないでくださいティグル様っ!!」

 

 

その声がほんのわずかティグルに力を与えたのか、天井をみていた顔がティッタのほうに向けられた。精一杯の笑顔を浮かべて何かを喋ろうとしている様子にあわててティッタはその補助をするように両手の位置を変え一言一句漏らさないようにする。

 

「・・・そのお願いはちょっと聞けないかな・・・だからティッタに約束する。・・・」

 

「・・・やく・・そく?」

 

「・・ああ・・もしも次に俺が目を覚ますときは・・一番最初にティッタに・・・おはようって言うよ・・・それじゃ・・ダメか?」

 

「・・・あ・・・・・・・それで・・・かまいませんから・・・だから・・・・」

 

 

ーーーーティッタは・・・逝かないでとはもう口に出せなかった。微笑こそ浮かべているもののティグルの身体が冷えてきており瞳の光もなくなっているのがわかったから。

 

 

「・・・・ありがとう・・・・ティッタ・・・・あい・・し・・・」

 

 

その最後の言葉の続きを言おうとしてティグルの口は動こうとしたが、声はもうなかった。「愛してる」 と言おうとしたのだろうとティッタは思ったが、

 

 

笑顔はそのままにティグルの両目が静かに閉ざされた。もう目覚めない眠りへと誘われていった。

 

 

 

「え?・・・ティグル様・・・ティグル様・・・・いやぁああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

それに気づいたティッタは最愛の男の亡骸をもう一度抱きながら全身を震わせて大声で泣きだしたのだった。




改訂は常に意識しながらやりますのですごくスローペースです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章
1話


「・・・・・・ル様・・・・・・グル様」

 

 

 

 

 

遠いどこかから懐かしい声が聞こえる。だが自分のことではないのだろうと決め、窓の外が明るいとかそういった事には気づかないことにした。

 

そもそも自分は愛する伴侶に看取られて死んだのだから。

というかまだ、眠い。

 

 

「ティグル様!」

 

やはり自分の事を呼んでいるのだろうか。

身体を揺さぶられているかのような感覚がある。

仕方なく声だけで反応することにする。

 

 

「・・・・・・もう少し・・・・・・あとほんの少しだけ」

 

「もう少しっていつまでですか?」

 

 

どこか遠い昔にこんなやりとりをしたような気がする。だが気がするだけであろう。

自分はもう・・・・・・

 

 

 

「今日は政務の予定もないし・・・・・・昼まで・・・・・・」

 

 

 

「いいかげんに起きてください!」

 

 

毛布を剥ぎ取られベッドから肩を掴まれて乱暴に身体を起こされる。

 

仕方なく開かないはずだった目をあけると、よくよく見知った『少女』の怒りをたぎらせた顔が間近にあった。

 

 

怒った表情を見せてはいるがいまいち迫力のない童顔。栗色の髪の毛はツインテール。小柄な身体を包んでいるのは黒の長袖と白いエプロンという侍女のそれだ。

 

 

「ああ・・・・・・・ティッタおは・・・!?」

 

 

眠気が突然覚醒した声で俺はひとつ年下の侍女の名前を呼んだ。

 

ーーーおかしい!おかしい!おかしい!おかしい!

 

 

俺が最期に見たティッタは栗色のなかに白髪がたくさん入ったこういうと失礼だが老婆だったはずだ!

 

それに俺だって身体が病魔に犯されていたはずなのに妙に軽い。

まるで若返ったかのように。

そんな、混乱状態の俺に対してティッタは俺の肩から手を離して言った。

 

「兵士のひとたちはとっくに用意を終えて、ティグル様をお待ちしていますよ!」

 

 

 

俺は混乱しながらも彼女の言葉を頭のなかで何度か繰り返した。

 

ーーーどういうことなんだ?目の前のティッタは50年近く前の・・・・・・若々しい姿だ。それは間違いない。わからないことだらけにすぎる。兵士達が待っているとも彼女は言った。 考えられないことがいま俺に起こっているらしい。だが、俺にはひとつ目の前の彼女に対してかなえなければならない『約束』がある。

 

 

そして俺はそれを、実行するために離れようとするティッタに後ろから抱きついた。もう離さないようにという気持ちを込めながら。

 

 

「ティ・・・ティグル様!?」

 

「・・・『おはよう』ティッタ。」

 

「ティ・・・・ティグル様・・・」

 

 

 

ーーーどれくらいそうしていただろうか?

不意に顔を真っ赤にしたティッタが俺の腕から逃げ出すとたたまれた服を俺にさしだした。彼女の足元には、水がたっぷりと入った小さな桶がおかれている。

どういう状況かは飲み込みきれないが俺は『いつも』そうして身の回りの世話をしてくれていた彼女に言葉をかけた。

 

「ありがとう。いつもながら用意がいいな。」

 

「・・あ、え・・・えっと・・・こうなるんじゃないかなと思っていましたから。あたしはお食事の準備をしてきます。お顔を洗ってこれを着たらおいでくださいな。」

 

真っ赤にした顔をおさめて、ティッタは明るく笑って一礼すると、スカートをひるがえして小走りに部屋を去る。

 

部屋に残された俺はとりあえず顔を洗い完全に意識を覚醒させると桶に入った水に若き頃の顔が写っていた事に衝撃を受けながらも渡された服にきっちり着替えて部屋をでる。

 

 

「全くいったいなにがどうなっているんだ?・・・さっきの若々しいティッタの話からしても・・・まさかとは思うが・・・」

 

俺はまさかの考えを内に秘めて食堂に直接向かわず廊下のつきあたりにある小さな部屋へと小走りに向かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

「やっぱりあったか・・・・・・。」

 

俺はなんとなく覚えのあった部屋の中にはいると立派な装飾を施された鏡と台があり一張の弓が立て掛けられていた。

忘れようにも忘れられないような気がした。

弦はしっかりとはられていて、すぐにでも戦や狩りに使えるだろう。

 

この弓の特徴を例えるなら 鈍い黒だろう。

狩人だったヴォルン家の家宝であり『前の俺』を玉座へと導いてくれた相棒のハズだ。前の俺の時は2代目の王に即位した『ヴァレリー』に譲り渡しているため本来はここにあるはずはないのだが。

 

ハズだというのはまだその他の記憶などはぼんやりとしたものでしかなくあまり覚えていないということ。先ほどのティッタとの『約束』に関しては完璧に覚えているのだが・・・ とにかく俺はこの弓を持って行かなければならないハズだ。

 

 

俺の父さんはこの相棒について生前こう言っていたのを覚えている。

 

『お前が真にこの弓を必要とした時のみ使え。それ以外では用いてはならぬ。』

 

俺は立てかけられている黒弓の前に立つと姿勢を正して呼吸を整え、胸の前で握り拳をつくって横に引く動きをとる。

これも忘れるハズのない代々のヴォルン家先祖に対する礼だ。

 

それからもう一度視線を送ってから黒弓を手に取って静かに廊下に出るとティッタの待つ食堂へと向かった。

 

 

食堂に到着すると、甘くて香ばしい匂いがする。

前の俺が王になる前と晩年によくおせわになっていた素朴なテーブルに、ハムを入れた卵焼きとライ麦のパン、ミルク、茸のスープがならんでいる。

テーブルのそばにはティッタが控えていたが俺の手にある黒弓をみてこう言った。

 

 

「ティグル様それはウルス様が生前言っていた弓ですか?」

 

「ああ、今度の戦では持っていくつもりだ。」

 

「・・・そうですか。ティグル様お食事を済ませてください。いつもみたいにスープだけとか駄目ですよ!」

 

前の俺の時もそうだが、ティッタはこと食事に関しては本当に厳しい。実際玉座を譲ってアルサスに戻った時にも厳しい口調で叱られたものだ。

なのでここは素直に全てを平らげる事にした。というよりまさかまたティッタの作った料理が食べられるなんて思ってもいなかったから・・・・。

 

 

「いただきます!」

 

 

俺は黒弓を倒さないように隣の椅子に立てかけてから別の椅子に座りゆっくりと味わう様に食べ始めた。

 

先ほどのティッタとの会話で本当はあまり時間がないのだろうが流れ作業の様に食べることは今の俺にはできそうになかった。

 

ティッタは、俺が一気に味わうまでもなく食べてしまうと思っていたのか。

少しだけほっとしていた表情を見せていた。

 

 

「ごちそうさま」

 

言葉と同時に立ち上がると手にナプキンやブラシやらを用意したティッタが歩いてきた。

 

 

「あとが残るのでちゃんと拭いてくださいな。」

 

そういいながら俺の口元を拭いブラシを持った手で俺の赤い髪を丁寧にすいてくれた。おまけに襟もティッタとしては曲がっていた様で全てを整えてくれた。

そこまで得意そうに身支度を行ってくれていたティッタの表情がふと曇る。

幸いにしてその理由が今の俺にはわかる。ここはこの後の流れの記憶を思い出す作業も考えて先手を打つことにした。

 

「・・・ティッタ」

 

「・・はい」

 

「・・・俺が戦に行くことに不安があるのか?」

 

 

予想通りティッタの顔がみるみるうちに暗くなる。前の俺も・・・いや今の俺もティッタの事を愛している。年下の妹のような存在ではなく恋人として。だがいまはまだ面と向かって告げるわけには行かない。

今のティッタにそれを、伝えれば二人で神殿に逃げましょうとでも言われそうだ。

それにやはりいまのティッタの表情でこの時間が『ディナント平原の会戦』直前であることが確定した。

 

ならば俺はこの会戦から逃げるわけにはいかない。

 

 

そんなことを考える俺にティッタは弱々しく言った。

 

 

「どうしてティグル様が戦へでなければならないんですか?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

毎日更新はまず無理(笑)



その言葉を聞いて俺は頭をかきながら苦笑いを浮かべる。

若い頃のティッタはわかりきっている事を言って俺や周囲の人間を困らせるところがあった。 もちろんそんな部分も含めて俺はティッタを好ましく思っている。

だから少しだけ意地の悪い言葉を付け加える。

 

「国王陛下の召集だ。 ブリューヌ王国の伯爵ヴォルン家の当主としては当然だろう。 むろんティッタが王妃だというなら俺は行かなくてもいいかもしれないが・・・・。」

 

「あ・・う・・で、でもうちは兵士を百人そろえるのもやっとなぐらいですし・・・」

 

これについては思い出すまでもないことだが、このアルサスは王都ニースより遠く離れた片田舎で、小さい上に森や山が多く、収入が少ない。

 

前の俺の時はエレンをはじめみんないい印象をアルサスに持ってくれていたようだったが、とくにオルガがアルサスに『視察』と称して通いつめていたようだった。元々騎馬の民出身だし自然が好きだったこともあったのだろう。

 

それにこのときの俺自身の生活も、貴族というくくりの中では豪奢、豪勢といったものからはほど遠い。俺は全く気にしていないが、

 

「それに、敵はジスタート王国だって聞きました。だったらティグル様はここにいるべきじゃないですか。このアルサスから山ひとつ越えればジスタートなんですから」

 

「そうは言うが、ここは『ど』がつくほどの片田舎だからな。ジスタートだってこんなところには攻めよせて来ないさ。」

 

俺は心のなかで『俺の知っているエレンならそんなことはしないさ』と付け加える。

 

 

ここまでの流れで間違いなく今は『ディナント平原の会戦』前と断言できる。

 

いまだにどうして『俺自身』がここにいるのか皆目検討がつかないが、もしかしたらここに、いるティッタのように『あの短くも長かった2年間』を俺と過ごしたみんなにまた会えるかもしれない。そう考えると身体が高揚しはじめてる自分に気づいた。

 

 

「そ、それに・・・・・・ティグル様の弓だって、馬鹿にされているじゃないですか。」

 

俺は黒弓に視線を一瞬向けてから、内心の高揚を見せないようにティッタに答える。

 

「武勲をたてるのは無理だろうな。」

 

 

「武勲なんてどうでもいいです!」

 

そう大声をあげ、俺の胸に顔をうずめるティッタ。俺の身を案じてくれる『想い人』の身体をそっと抱き締める。

 

「お願いですから・・どうか無事に帰ってきてください。」

 

「・・・・そのお願いは必ず聞くから心配するなティッタ。それに今度の戦では、俺の部隊は多分後方に配置されるハズだ。安全な場所さ。『何かあっても』、まあなんとかするさ。」

 

ティッタの目からこぼれかけた涙を指で拭ってやると、はいとティッタはうなずいてくれた。

 

そのあとまた以前にも、やったようなティッタと俺らしいやりとりをしたあと俺はもう一度ティッタのぬくもりを求めて抱き締めた。栗色の髪からかすかに甘い匂いが香って俺の『アレ』が危なくなったのは秘密だ。

もっと長くしてしまうと大変なことになりそうだったので俺はティッタの身体をそっと離した。

 

「留守を頼むよ、ティッタ」

 

ティッタはごしごしと袖で涙を拭い極上の笑顔を浮かべた。

「おまかせください。ティグル様もお気をつけて。」

 

 

その言葉と共に俺は相棒たる黒弓と弓矢の入った矢筒を持ち外へと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

「しかし・・・・若に抱擁されるなんて何年ぶりでしょうなぁ。」

 

 

ーーー革鎧を着て俺の隣で馬をゆっくりと進める小柄な老人がそばにいる古参の兵士達に聞こえるように言った。

 

「いやぁ・・・領主様のあのような姿はじめて見ましたわ。戦は3年ぶりですが、幸先がいいってもんですわ。」

 

 

「それならば・・・・戦のたびに若にはわしに熱い抱擁をしてもらうことにしましょうや。ティッタに嫉妬されないようにこの抱擁は戦の勝利を祈願するものであるとでもいっておけばばっちりでさ。」

 

 

「・・・もうその話は勘弁してもらえないか。」

 

 

俺の側仕えであるバートランと古参の兵士達がもう何度も出発前の俺の行動をまぜっ返して盛り上がっている中で俺は馬上にて自分の行動を思い返し肩をすくめていた。

 

ーーー俺が屋敷を出ると、兵士たちはすでに整列して待っていた。そこに・・『前の俺』のときに『聖窟宮(サングロエル)』にて刺客から俺を庇い壮絶な死をとげた側仕えのバートランがいたのだ。

 

一気にその光景を思い出してしまった俺は思わず泣きながら彼に抱きついてしまう。

 

それがいけなかった。今のバートラン達にとっては、この行動は奇異だったに違いない。だが、彼らはそれを好意的に受け入れてくれた。結果的に士気は問題なくなったのだが。恥ずかしいにも程がある。

 

ティッタやアルサスの女性達に見られなかったことといくつかの記憶が俺に戻ってきて先ほどより幾分冷静になれたことが救いだ。

 

ーーー今回の戦の原因は、ブリューヌとジスタートの国境線となっている川が大雨で増水し、氾濫したことにある。

 

俺が王になったあとに治水対策を施して事なきを得てはいるが、今はそうはなっていない。

当然、ブリューヌ、ジスタート双方ともに『そちらの治水対策に問題があった』と言い張って譲らず、今回の出征となったハズだ。

 

 

 

「敵軍およそ5000に対してこっちは25000以上か。心躍る話じゃのう、まったく」

 

俺の隣で皮肉を吐き捨てたのは先ほど合流したマスハス卿・・・・『マスハス=ローダント』伯爵である。父さんの古くからの友人で、俺とティッタにとっては恩人でもある。俺が父さんのあとを継いだ時にもなにくれともなく世話をやいてくれた人であり、『前の俺』が王になった時も見届けてくれた騎士だ。

 

「王子殿下の初陣だから、という話は本当なのですか?」

 

馬を並べて進ませながら、当たり障りのないところからマスハス卿に尋ねる。

さすがにバートランの時の失敗は犯さない。

 

「事実じゃろうな。国王陛下が王子殿下を溺愛されているのは、誰もが知っておる。」

 

ずんぐりとした体躯を鉄の甲冑で包み、マスハス卿は不機嫌そうな顔をして言った。

 

「今度の戦は、国家の命運をかけた一大事というほどのものではない。そういう意味では、殿下・・・・『レグナス王子』の初陣を飾るには・・・・経験を積んでいただくにはちょうどいいかもしれんがな。」

 

ーーーおそらくマスハス卿は愛する『息子』の初陣を華々しく飾ってやりたい。そのための必勝の策として国王が王国直属の騎士団だけでなく、ディナント平原周辺の貴族たちにも出兵を命じたと考えているのだろう。

 

 

ーーーそれについてはひとつの事実以外は正しい事を『俺は』知っている。

 

『レグナス王子』が『息子』ではなく『レギン』という『娘』であるということを。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話

それをおくびにも出さずに俺はマスハス卿をなぐさめるように肩を叩きながら言った。

 

ーーーむろんそれだけではないが。

 

 

 

 

 

「敵より多くの兵を揃えるのは戦の常道です。それに、『レグナス王子』はいずれ国王となられる御方。

陛下のなさりようは間違ってないと思います。」

 

 

 

 

「そうじゃな、わしらのような小貴族は『後方』でおとなしくしておればいい。勝てる戦と踏んで、ここぞとばかりに武勲を求め、前衛をつとめたがる者の多いことよ・・・・そういえばティグル。・・・・・・『戦姫(せんき)』を知っておるか?」

 

 

 

ーーーマスハス卿の思い出したように聞かれた言葉に俺は内心で高揚と悦を全力で押さえ込まなければならなかった。

 

 

『俺』が知らないハズがない。むしろこれから戦うであろう『戦姫』の性格や得意なものから苦手なもの、はては食事の好みまで全てを知り尽くしている自負すらある。

 

 

また『エレン』に会える。今の俺のように『記憶』があるわけではないだろうが彼女とまた共に過ごせるかもしれない・・・それを考えるだけで目の前のことを忘れてしまいそうにすらなる。

 

 

俺は声を上ずらせないように淡々と返した。

 

 

 

「・・・・ジスタートの7戦姫のことですか?」

 

 

 

 

「そう、それよ。敵の指揮官は、その戦姫のひとりらしいぞ。・・・21歳という年齢からくる、威厳と経験から様々な戦場をくぐり抜けて常勝無敗。剣士としても2色の『双剣』を駆使して舞う姫のように戦う姿から『煌炎の朧姫(ファルプラム)』や『刃の舞姫(コルテイーサ)』などと呼ばれ・・・・むっ?どうしたティグル?」

 

 

 

ーーーエレンじゃ・・ない?

 

 

 

 

ジスタート王国はひとりの『王』と7人の『戦姫』によって構成されている。王国の中に7つの公国がありそれぞれを『戦姫』と呼ばれる女性が治めている。

 

 

俺の覚えている限りではあるが、『ライトメリッツ』をエレン、『オルミュッツ』をミラ、『ポリーシャ』をソフィー、『ルヴーシュ』をリーザ、『ブレスト』をオルガ、『オステローデ』をヴァレンティナ、そして『レグニーツァ』をサーシャが治めていたハズだ。

 

 

それぞれが一騎当千の実力者であり、異名を持って呼ばれている。

 

 

マスハス卿の言った『刃の舞姫(コルテイーサ)』、『煌炎の朧姫(ファルプラム)』の異名は『エレン』のことではない。

 

 

 

たしか、俺の記憶では・・・・

 

 

「・・・いえ、なんでもありませんそれよりその戦姫は、なんという名前なのですか?」

 

 

『たしか、『アレクサンドラ=アルシャーヴィン』といったの。たぐいまれな美貌の持ち主で一見すると少年のようにも、見えるという話があるほどでな。」

 

 

 

そこからマスハス卿とどういうやりとりをしたか正直覚えていない。

 

『前の俺』時の『アレクサンドラ=アルシャーヴィン』こと『サーシャ』とは何処かに行く途中で、エレンの勧めもあって『レグニーツァ』に立ち寄った際に1度面と向かって話したことがあったハズだ。

 

 

 

長い間病にかかっていた事もあってか儚げな女性だったと記憶している。

たしか、リーザと過ごしていた前後辺りの時期に亡くなってしまったとエレンから聞いた気がする。

 

 

今も彼女が病を抱えているとするとそのリスクを抱えた状態でわざわざ『ライトメリッツ』のエレンを差し置いてこちらに向かっている事になる。

 

俺の記憶が全てであるとはもちろん言えないが、『オルミュッツ』のミラが対応しに来てもおかしくはないハズなのに。

 

 

 

ジスタート側に何かしらの事情があるのか。あるいは『エレン』になにかがあったのか。

 

 

 

ーーー何か、いやな予感がする。

 

あの時とはまた違った意味合いでではあるが。

 

 

そんな俺の不安をよそに俺とマスハス卿の軍勢は数日後にディナントに到着した。

 

 

 

『レギン』・・・・・『レグナス王子』のことも気にはなるが、今の俺にはどうしようもなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話

いくつもの悲鳴、断末魔の叫び、馬蹄の轟きと剣戟のひびきが俺の耳を蹂躙している。

 

 

俺はなるべく目立たないように友軍の死体の山からゆっくりと這い出してきた。もちろん黒弓と持てる限りの弓矢と矢筒も一緒にだ。

 

ちなみに黒弓で1度普通の弓矢を手近な死体に試射してみたが問題はなさそうだ。

 

 

俺は『自分のやるべきこと』をやるために『あの時』と同じように『ジスタート軍』が夜明けと共に後衛に背後から奇襲をかけてくると予測をたてて、同時に軍から離れ『敗残兵』として単独行動をとれるように仕向けた。

 

 

ーーーこの会戦が始まった頃の『前の俺』では到底考えつかないしそのような非情とも思える決断は出来ないだろうが、曲がりなりにも『今の俺』には記憶に不確実な部分があるにせよ60年近くの『指揮官や為政者としての経験』がある。

 

 

ーーー必要とあらば俺は迷わず実行するだろう。

 

 

 

ーーー思い出すまでもないことだが、『ザイアン=テナルディエ』らとの弓と剣をめぐる些事。

 

 

後に『決定的な』対立をすることになるであろう人物のためにいかに同じ旗印を仰ぐ『ブリューヌ貴族』とて、全力を尽くすつもりは全くない。

 

 

もちろんこの行動をとるために『不自然に』ならない程度にディナント到着前に根回しは行っている。

 

 

といってもマスハス卿に俺が『不在』のさなかに『不測の事態』が発生した場合にアルサス全軍をマスハス卿の指揮下に置いて貰うように依頼したこと。もちろん逆の場合も同様とすること。

側仕えのバートランにはマスハス卿の指揮下で全力を尽くすようにと厳命してきたことくらいだ。

 

 

『今の立場』の俺ではこれが限界だし『レグナス王子』に近寄ろうにも現状ではやはりどうにもならない。ならばとそう考えた。

 

 

あとはタイミングを見計らい『偶然』を装ってまんまと単独行動をとることに成功したのだった。

 

やはり『ジスタート』軍は俺の予想した通りの行動をとってきた。

 

仮に指揮官が『エレン』じゃないとしても『戦姫』である以上今回の状況ならばこの作戦をとるだろうと確信めいたものがあったがまずは予定通りだ。

 

とはいえ俺がいる周囲には見渡す限りの死体の山。草は血で染まり大地を埋め尽くさんばかりの人間の死体が転がっていた。

 

 

アルサスの兵士たちはマスハス卿に任せてある。全員無事にとは行かないかもしれないが、浮き足立った味方に押し潰されて全滅させられるよりよほどいい。

 

 

「・・・・なれるものではないが吐いてもいられないな。」

 

俺は太陽の位置から方角をたしかめる。

 

 

「あっちが西か。」

 

 

今俺がいる場所からは東に向かえばジスタート。西に向かえばブリューヌだ。

おそらくジスタート軍による追撃戦がはじまっているハズだ。となれば西に向かえばジスタート軍の『指揮官』または重要人物を発見できるだろう。

 

馬を準備できなかったのは正直仕方がないが身体にさしたる怪我はない。

 

ゆっくりと西に歩きだした俺は、視界の端に動くものを発見し足をとめた。

 

 

ーーーどうやらジスタート軍と思われる一騎の騎士が剣を振りかざしてこちらに向かって掛けてくる。

どうやら知っている顔ではないようだ。

 

 

俺は黒弓を構え、矢筒から矢を1本引き抜いた。

騎士は地面の死体を馬蹄で蹴り飛ばし迫ってくる。

 

 

 

「まだブリューヌの生き残りがいたか。その首もらった!」

 

俺は無造作に矢を放つ。距離としては30アルシンあるかどうか。

 

 

鈍い音がしたときには、騎士の喉に俺の矢が刺さっていた。そのまま騎士の身体は地面に倒れる。

 

 

ちなみに馬はなぜか都合よく俺の前に止まっていた。普通ならばそのまま彼方へと走り去ってしまうものなのだが。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話

「よくわからないが幸運だな。ありがたく使わせてもらおう。」

 

そう言って俺は馬に跨がり移動を開始する。

 

途中4人ほどのジスタート軍の騎士を葬りさったところで馬の手綱を引く。

 

「敵か?」

 

 

およそ300アルシンほど先だろうか先ほど葬りさった騎士と同じ甲冑を着込んだ騎士の一団と捕虜とおぼしき姿が見える。

 

「7人・・・いや、捕虜らしき人物も加えれば8人か?」

 

 

 

自惚れるつもりはないが、俺は生まれつき目がいい。

狩りによってさらに鍛えこまれ300アルシン程度までなら人間の顔を見分けることも不可能ではない。

 

 

矢筒の中身をたしかめると残りは4本だ。

 

 

弓には自信があるが、一矢で2人を射たおすことはできない。『黒弓の真の力』を使えばできなくはないだろうがそんなことをするつもりはない。

 

 

先ほどの騎士達のように犠牲を厭わずにあの人数で容赦なく斬りかかってこられたら馬があってもどうしようもない。

 

俺はなおも騎士達を観察する。先頭の騎士を目にしたときマスハス卿の言っていたことに間違いがなかったことを悟った。

 

「やっぱり『エレン』じゃないのか・・・・。」

 

 

俺は『エレン』ではなかったことに若干の悲哀を覚えたがそれも一瞬のことで『彼女』に見惚れてしまった。

 

 

黒髪は肩にかかるくらいで切りそろえており、細面だが、黒を基調とした軍装にエレンよりも細いであろう身体を包んでいる。太腿の辺りにある2本のベルトがまた眩しく見える。ほっそりとした腰にちらりと見える『双剣』の『竜具』も何度か見た覚えのあるものだ。使い手は違っていたが。

 

 

なによりも彼女の持つ『黒色の瞳』から発するエネルギーが『前の俺』が知っているものと明らかに違う。

もしかすると病にはかかっていないのかもしれない。

俺は我にかえり冷徹に思考する。

 

 

ーーーさて、どうするか?

 

 

捕虜と思われる人物は厚手のマントを身体全体に羽織っていて正直ブリューヌ人かどうかもわからない。とりあえずこの人物については考えないことにする。

 

となると客観的に見てとれる手段は2つ

『投降』か『戦姫の戦意を奪う』かだ。

 

 

ーーー状況としてブリューヌ軍大敗はもはや疑うべくもない。追撃戦が行われているくらいなのだから。

 

 

マスハス卿やバートラン、アルサスの兵士たちが生き延びる確率を上げるためにも俺がとる手段は後者しかない。

 

 

「ある意味で久しぶりだが・・やってやるさ。」

 

俺は馬から降りて、矢を1本引き抜くと弓につがえながら久しぶりに神の名を唱えた。

 

 

「風と嵐の女神エリスよ・・・・・・。」

 

 

きりりと弦のきしむ音が鼓膜をくすぐると同時に矢をある場所を目掛けて放った。

 

戦姫のそばにいた騎士の馬、その頭部に深く突き刺さる。馬が横転して騎士が投げ出されたと認識する前に俺は2本目を放つ。こちらも見事に別の騎士の馬の眉間に突き刺さる。

 

 

「よし。」

 

 

2人の護衛を倒したことで、ようやく戦姫への道ができた。

 

黒髪の戦姫に矢を届かせる隙間を、作ることができた。

 

 

「ここからだな。」

 

 

俺は矢筒に手を伸ばす。淀みはないハズだ!

 

 

ーーー他の騎士達が彼女を守ろうとしても無駄だ。ごくわずかの時間だが俺にとってそれだけあれば充分だ。

 

 

この状況で彼女がとる行動は、馬首に身を伏せるか、落馬するか、あるいは『エレン』のように助走なしで馬ごと飛んでこちらとの距離を詰めるかだ。

 

たとえできたとしても、跳躍から着地、そして矢から隠れるまでに隙ができる。

 

 

そこで俺は戦姫を見据えた途端に、猛烈な歓喜と寒気に襲われた。

 

笑ったのだ。あの時の『エレン』の様にあきらかに自分をみて楽しそうに。

 

 

「・・・・面白い!」

 

 

俺もまた笑いながら残りの矢を2本とも抜き取る。1本を口にくわえ、もう1本を黒弓につがえた。

 

しかしというかある意味予想がついたというか『彼女』も『エレン』と同じように馬に乗ったまま遥か高く飛んだのだ倒れた部下たちの上を。

 

だが、それは織り込み済みだ。『前の俺』は動揺したかもしれないがそこに俺は第3矢を放つ。

 

それは戦姫の馬の眉間に突き刺さる。これであとは彼女は落馬するしかない。そう考えた時だった。

 

 

なんと、彼女はその馬を踏み台にして2本の双剣を抜き放ち鳥が羽ばたくようにこちらに跳躍したのだ。

 

 

「・・・・・嘘だろう?」

 

 

俺はそう口にしながらも最後の矢をつがえる。

 

彼女と俺の距離はまだある。しかも彼女は空中にいる、今矢を放てば命中する確率は高い。だが、俺は彼女の『戦意』を奪いたいだけで殺傷する気はない。

 

その躊躇いが狙いを甘くしてしまったか、最後の4本目に至っては・・・・信じられないが・・・・『彼女』の足場にされてさらなる跳躍を許してしまったのだ。

 

 

ーーーはっきりと言おう彼女は『エレン』以上だと。

 

 

 

矢は尽きた。彼女ももう10秒もせずに空中から俺の前に立つだろう。近くに馬はいたが今更跨がって逃走するつもりももはやなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話

「・・・完敗だな。」

 

 

俺は弓を軽く握りしめて、両足に少し『遊びができる』くらい脱力しつつ笑顔を浮かべてまっすぐ立つ。

 

 

見苦しいふるまいというよりは全力を尽くし敗れたのだから『多分なんとかなるさ。』の楽観論でいられてることが笑顔の原因かもしれない。

 

 

 

やがて彼女は着地をし炎をまとっている金色の刀身を俺に突きつけた。

 

 

『悪いんだけど・・・・弓を捨ててもらえないかな?』

 

 

俺は仕方なく言われたとおりに弓をゆっくりと地面におき、空になった矢筒を彼女に見せてからそれも置く。

 

戦姫は満足そうにうなずいて『エレン』とはまた違った魅力的な笑顔で言った。

 

 

 

『とんでもない技量(うで)だね!』

 

 

ーーーそれが俺に向けられた言葉であるとすぐにわかった俺は笑顔のままで返した。

 

 

『その射った矢を空中で『足場』にして更に飛翔する女の子に言われてもむず痒いだけだけどな。』

 

 

ーーー俺の返しに更にいたずらっぽい笑みを深くして彼女の口が動いていく。

 

 

 

 

『僕は『アレクサンドラ=アルシャーヴィン』。君は?』

 

 

『・・・『ティグルヴルムド=ヴォルン』だ。』

 

 

『貴族なの?爵位は?』

 

 

ブリューヌやジスタートを含めた諸国では爵位名がそのまま『姓』となることが一般的だ。わずかな例外をのぞいて貴族以外が姓を持つことはない。

 

『伯爵だ』

 

そう、俺が答えると彼女の笑顔はますます嬉しそうなものになる。戦場であることを忘れてしまいそうだ。

 

『よし!それじゃあヴォルン伯爵!』

 

 

双剣を鞘に治めアレクサンドラ・・いやサーシャは明るく告げた。

 

 

ーーーまさか・・・・

 

 

 

 

『君はいまから僕の『捕虜(もの)』だよ。』

 

 

 

まさか同じ台詞を違う女性から宣言されるとは思っていなかった俺があっけにとられていると、彼女の護衛たちがようやく追いついてきた。

 

その中のひとりに兜を被っていない人物がいた。その人物をみた俺はまたしても悦を噛み殺さなければならなかった。

 

 

頭の右側でむすんで流している、艶のない金色の髪。見つめられると背中から冷や汗がでてしまいそうな無機質な蒼い双眸。

 

 

長身ながら均整のとれた、すらりとした体つき。

そして今は見えていないが、この身体つきに反して豊満な胸を備えていることも『俺』は知っている。

 

 

ーーー『リム』こと『リムアリーシャ』だ。

 

 

リム達は俺をとりかこみ剣や槍を突きつけたがサーシャが、手をふると、苦々しげな反応を示しながらも武器を引いた。

 

 

『リムアリーシャ、悪いんだけどここにいる馬に僕の捕虜である彼と一緒に乗ってもらえないかな?』

 

 

 

そういってなぜか、いまだに俺のそばから動こうとしない馬に視線を送ってサーシャはリムに言うと、

 

リムは黙ってうなずき馬に跨がると、俺を見下ろして、冷たい声を発した。声が怒りを帯びているのは『前の俺』の時と同様に今回も俺に落馬させられたのだろう。

 

 

 

 

『早く乗りなさい』

 

 

 

ーーーなぜ、リムがサーシャのそばにいるのか検討がつかないが俺は地面に置いた黒弓と矢筒を指さして聞いた。

 

 

『弓と矢筒を拾っていいか?大事なものなんだが。』

 

それに答えたのは新しい馬に捕虜らしき人物とともに跨がったサーシャだった。

 

 

『もちろんさ!でも黒弓は僕が預からせて貰うけれど。』

 

俺は黒弓と空になった矢筒を拾いサーシャに黒弓を渡すと馬上から手をのばしているリムを支えにして後ろに乗る。

 

もちろん振り落とされないように何気なく『腰』に手を回した。

 

いきなりリムは頭を反動をつけて右にふる。

すると彼女の纏められた髪が俺の目に入る。

 

『ぐっ・・・・何をするんだ』

 

 

前にも同じようなことがあったような気がしたが、目をおさえて俺はリムに抗議する。

だが、やっぱり嬉しかった。

また彼女は『腰』部分が非常に敏感であったことを今更ながらに思い出していた。

 

 

『リムアリーシャ・・・・一応彼は『エレン』じゃなくて『僕』の捕虜だからね。もう少し優しくしてあげてほしいかな。』

 

 

『・・・・・・御意』

 

その声にはあきらかに不満がにじみでていたが、リムは従った。

 

 

『これ以上妙な動きを見せたなら、アレクサンドラ様の命令であっても即座に振り落として馬蹄で踏み砕くので、そのつもりで。』

 

 

俺はため息をついたものの胸中に広がる『いやな予感』が拭えない。

 

この場に『エレン』がいないにも関わらず『リム』がいること。サーシャの後ろに乗っている『捕虜』の視線が妙に俺に向けられていること。他にも俺自身のことなど不安は尽きない。

 

 

ーーーだがまあなんとかなるさ

 

 

 

 

サーシャは騎士達をふりかえって意気揚々と告げた。

 

 

『なんともあっけない戦だったけど、ブリューヌの捕虜を2人も得られたし『エレン』にもいい報告ができそうだね。

ーーーでは、撤収する!』

 

 

ーーーこうして俺は『エレオノーラ=ヴィルターリア』ではなく『アレクサンドラ=アルシャーヴィン』の捕虜としてジスタートへ向かうことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話

ーーー『すまないエレン遅くなった!!!!』

 

 

 

緑を基調とした麻織りの服に若干の砂ぼこりと大きな声で息を切らせたティグルがアルサスの屋敷の一室のドアを乱暴に開ける。

 

 

 

ーーーその室内には簡単な調度品と決して大きくはないベッドそこにすやすやと寝ているくすんだ赤い髪と紅玉の瞳をもつ、小さな幼児とその幼児の隣に身体を横たえて白銀の長い髪を三つ編み状に束ね青を基調としたゆったりした服をまとった『エレン』と呼ばれた女性が顔をティグルの方に向けて人差し指を口の前にたてて彼ををたしなめている姿があった。

 

 

 

ーーー『しーー・・・・静かにしないか『ティグル』今『ヴェーテ』がようやく眠ったところなんだ。』

 

 

 

ーーー『す、すまない『エレン』・・・』

 

 

 

そう言ってティグルはすまなそうに部屋に入りドアを優しく閉めてエレンの隣に腰を落ち着ける。

 

 

ーーー『まぁ、構わないぞ。あと10日もすればシレジアに向かうのだからな。『レギン』にもお前と逢瀬を過ごす時間は必要だからな。バタバタしてしまうのもやむなしだ。』

 

 

 

ーーー『そう言ってもらえると助かる。』

 

 

 

ティグルとエレンの間で眠っている幼児こそ2人の間に産まれた子で名前を『ヴェーチェル』と言った。ティグルにはエレンを含め『愛妾』という名目で8人の大事な女性がいるのだが、その8人で1番最初に授かった子供が『ヴェーチェル』だった。

 

 

 

 

 

ーーー『ティグル・・・ヴェーテも寝ているし今なら・・・』

 

 

そう言ってエレンがゆっくりと身体を起こしティグルに顔を向ける。

 

頬を赤らめて口づけをねだるように。そしてそれを理解できないほどティグルはエレンと時間を無為に過ごしてなどいない。

 

 

ーーー『エレン・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーこれは夢か?しかも『前の俺』の?

 

 

 

 

 

ということはこのあとエレンの情熱的な熱い口づけが・・・・そう期待してしまった俺だったがふと、エレンの顔から色が消えて、いつのまに抜き放ったのか『降魔の斬輝(アリファール』)』が俺の口に突っ込まれた。

 

 

 

 

『ふぇ・・・・?』

 

 

 

あまりに唐突すぎて、言葉がでない。

だが、なんとなく前にも同じようなことがあったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やっと起きましたか。』

 

 

 

そこで俺は『今の現実に』引き戻されたことを察した。

抑揚に欠けた声と共に俺の口からなにかが引き抜かれる。

 

 

剣だ。

 

 

その剣の持ち主は、艶のない金色の髪をした女性・・・・『リムアリーシャ』だった。

 

 

『・・・・珍しい起こし方だな。』

 

 

『このようなやり方で人を起こしたのははじめてです。』

 

 

 

ーーー俺は2回目だけどな・・・・という言葉を飲み込んで挨拶を試みた。

 

 

『・・・・おはよう』

 

 

 

『あと一刻もすれば昼です。』

 

 

俺は頭をかきながら身体を起こし、リムに気になる事をある意味で気を使いながら聞くことにした。

 

 

『えっと・・・・リムアリーシャさんだっけ?・・・・俺・・・・何か寝ながら変なことを言っていなかったか?』

 

 

 

『・・・・別に何も。そんなことよりどんなに呼んでも叫んでも起きてこないと兵達がいうので、自殺でもはかったのかと思えば・・・・。捕虜の身で、どうして熟睡できるのですか。』

 

 

 

 

 

『特技のひとつなんだ。』

 

 

 

『・・・・もうすこし口を慎まれてはいかがですか?いくら『エレオノーラ』様と親しい間柄であるアレクサンドラ様の『捕虜』とはいえ緊張感がなさすぎます。』

 

 

冷ややかな声に怒りが混じるが、何気ないリムの言葉に『エレン』の名前が出てくる。どうやらここにはいるみたいだ。先ほどの夢のせいか。

 

 

ーーー『エレン』に会いたい

 

 

 

というはやる気持ちをおさえて頬をかく。

 

 

『そんなにだらしなく見えるか?』

 

 

『殺意を覚える程度ですが。・・・・さて、ティグルヴルムド=ヴォルン伯爵・・・我らが主『エレオノーラ』様と貴方をここに連れてきた『アレクサンドラ』様が貴方を呼んでおります。ついてきてください。』

 

 

そう言われて俺は急いで革靴をはきリムの後についていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話

俺はかってしったる公宮の廊下をリムの後ろについて、歩いている。

 

俺と一緒に捕虜となった人物とは別の部屋に分けられているため情報を、共有することはできていない。こちらに連れてこられるときにサーシャやリムがブリューヌの捕虜と言っていたので当然ではあるが。

 

エレンやサーシャに会わせてほしいと頼んでみたが聞き入れてもらえなかった。

 

 

『前の俺』のときもエレンは軍を離れて、ジスタート王に戦勝報告をしにいったりしていたハズなので今回もそうなんだろうと予想がつくのだが、この前も感じた事として『エレン』がいるにも関わらずレグニーツァの『サーシャ』が今回の会戦にでできたことがわからない。

 

 

俺の知っている『エレン』なら自ら先頭にたって兵を率いてくるはずなのだが。

 

 

 

『何か考え事ですか?』

 

 

どうやら俺が思案顔をしているのをリムが感じ取ったらしい。まだ、今のリムとはまともに話せるとは思えないが、リムの性格はある程度以上にわかっているつもりなので『不自然』じゃない程度に疑問をぶつけることにした。

 

 

 

『・・・・ああ答えられないなら答えなくてもかまわないからあなたに聞いてもいいだろうか?』

 

 

『・・・・答えられることなら。』

 

 

『・・・・なら、アレクサンドラ様とエレオノーラ様はよく一緒におられるのか?』

 

 

いいなれない言葉につっかからないようにしながら聞くと、前を向いたままのリムの肩に少し力が入ったように見えた。

 

 

 

『・・・そうですね。戦姫同士の間柄ではありますが、私が注意をしないといけないくらい親しい友人と話すようなところがあるように思います。』

 

 

 

『・・・注意をしなければいけないって言うのは公式の場においてもお2人はそういう話し方をしていると?』

 

 

 

『・・・そうではありません。放っておくと夜が更けて、朝を迎えても睡眠も取らずに話続けているという意味ですね。最近は私が『時間を管理』しているくらいです。』

 

 

 

ーーー『時間を管理』か・・・・俺はその言葉が気になりもう少し突っ込んでみる。

 

 

 

『いくら積もる話がたくさんあるとは言っても、たしかに女性が、録な睡眠もとらずにいるのは感心しないな。あなたが心配するのもわかる気がする。もしかして今からのお2人からの呼び出しについてもあなたが『時間を管理』される予定なのか?』

 

 

 

 

 

『半刻程を予定していますが、あとは『エレオノーラ』様の状態次第です。今から向かうのは、訓練場ですので。』

 

 

 

 

『・・・・そうか、答えてくれてありがとう。』

 

 

 

 

 

 

ーーー意外にリムが答えてくれたことに感謝しつつ俺は再び思考にはいる。

 

またしても『嫌な予感』が漂ってくる。

 

リムが『時間を管理』しているだろう相手とは、別の公国の戦姫である『サーシャ』ではなく自国の戦姫である『エレン』だろうことが考えられる。

 

 

 

ーーーここまで得られた情報とこの間の会戦のことを総合的に判断し俺はひとつの『仮説』を立てた。

 

だが、その『仮説』は俺にとっては最悪でしかないためそれを考えないようにすることにした。

 

 

 

 

 

『ここです。』

 

 

 

連れてこられたところは、『前の俺』も連れてこられたことのある屋外の訓練場だった。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話

3、40人ほどの武装した兵士に混じって俺の黒弓を持ったサーシャとあの時と同じ厚手のマントを羽織った捕虜の姿とそして・・・・『前の俺』が最初に愛を交わしあい、夫婦になってくれた少女の姿があった。

 

 

 

ーーー銀色の髪と紅の瞳、『前の俺』が知り合ったばかりの小さくくぼんだへそを出した軍衣的なミニスカート姿ではなく、白を基調とした厚手のゆったりとした服に長いスカート。さらに外套を肩から羽織り『右手に杖』をついてたっており腰には『降魔の斬輝』を帯びている。『杖をついている』こと以外は俺のよく知る『エレン』に相違なかった。

 

 

 

 

 

ーーーようやく会えた・・・でも・・・・やはりそういう事だったのか。

 

 

 

『少しでもおかしな動きをすれば・・・・わかっていますね?』

 

 

 

見せつけるように、リムは自身の腰に差している剣の鞘を鳴らす。

あからさまな敵意ではあったが、俺は目の前のエレンに会えたことと『俺』の知っているエレンとの違いに現実感がわかず、『嫌な予感』が当たってしまっていたこともあってか、まったく気にしていなかった。

 

 

ーーーだが、いつまでも嘆いていても仕方がない。俺の今の状況では『エレン』とは初対面なのだから。

 

 

 

 

 

『・・・・来たか。』

 

 

 

俺とリムに気づいたエレンは、サーシャと共に杖を使いながらゆっくりとこちらに歩いてくる。

 

 

『ご苦労だった。しかし随分時間がかかったな。サーシャがいてくれたからそれほど苦痛ではなかったが。』

 

 

 

『申し訳ございませんエレオノーラ様、アレクサンドラ様、この男がなかなか起きなかったもので。』

 

 

『起きなかったってどういう事だい?』

 

 

リムの言葉に、エレンとサーシャは同時にくびをかしげた。そこでリムが、剣を口にいれてやっと目を覚ましたという話を聞いてエレンは『あの時』のようにうつむいて肩を震わせて忍び笑いをしサーシャはあきれた顔を俺に向けて、

 

 

 

『捕虜の身で熟睡だなんて・・・・さすがの僕も言葉がないなぁ・・・・。』

 

 

『・・・くくっ・・・見かけによらずずいぶんと肝が据わってるようだな。』

 

 

 

『にぶいだけでしょう。』

 

 

ようやく笑いをおさめたエレンが俺に向き直る。なんとなくだが、立っているだけでも辛そうに見える。だが、あくまでも俺はそういうのはおくびにも出さず、エレンを見据える。

 

 

 

『・・・ティグルヴルムド=ヴォルン、だったな。ブリューヌ人にしては長い名前だが、何か由来でもあるのか?』

 

 

 

 

 

 

『先祖の名前をいただいたものだが、公式の場以外では『ティグル』と呼んでもらってかまわない。ヴォルン伯爵と呼ばれるのも個人的には好きじゃないんでね。』

 

 

 

これに最初に反応したのは、エレンではなく微笑をたたえたサーシャだった。

 

 

 

『じゃあ君の事は『ティグル』って呼ばせてもらうね!礼儀の大切さは知っているけれど、ざっくばらんな言葉の方が好きなんだよね僕。というわけで僕の事は『サーシャ』って呼んでくれると嬉しいな!』

 

 

『なっ?ずるいぞサーシャ!なら、『ティグル』私のことも『エレン』でいいぞ!私もこの方がなれているからな!』

 

 

 

 

『久しぶりに』見たエレンの年相応の少女らしい表情とサーシャの年齢よりも幼い印象のある表情に俺は顔が緩むのをおさえるのに必死だった。ここで緩みきってしまえば、リムをはじめとした、兵士達に何をされるかわかったものではないからだが。

 

 

 

『エレオノーラ様、アレクサンドラ様まで・・・・。』

 

 

リムが2人をとがめるような声をあげたが、

 

『ティグルは僕の捕虜だからね。僕がエレンとティグルに許可しているのだから問題ないさ。』

 

 

とサーシャが言えば、

 

 

『そういうことだリム。サーシャがこういっているんだ。このぐらいはいいだろうリム。なんならお前も『ティグル』と呼んでみてはどうだ?』

 

 

 

そう言われたリムは俺を一瞬だけ鋭い目で見やってからエレンに顔を向けた。

 

 

 

『・・・・エレオノーラ様。半刻より短くなっても私は一向にかまわないんですが?』

 

 

 

『う・・・・わかったわかった。』

 

 

エレンは苦笑して手をふると、サーシャがゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話

「まず、この事をはっきりさせてもらうよ。ティグルーーーいや、ヴォルン伯爵。あなたは我が国と貴国の間に結ばれている条約により、捕虜としてあつかわれる。すなわちブリューヌ王国に身代金の要求が届けられてから50日以内に、僕もしくは『エレオノーラ=ヴィルターリア』のもとへ身代金あるいはそれに相当するものが届けられない場合、あなたは条約に従い正式に僕のものとなる。名誉と契約の神ラジガストの名にかけて。それでいいかな?」

 

 

 

似たような言葉を俺は前にも『エレン』から告げられたことがある。今回は『サーシャ』に捕虜にされているため彼女からの確認なのだろう。

 

全然よろしくはないが俺はうなずいた。捕虜あつかいに関する条約は、どの国でも結ばれている。俺も王だったころは各国ごとの条約内容などを『暗記』させられたものだ。

 

 

虐待や屈辱的なあつかい、殺害といった事態を可能な限り避けるため・・・・というのが建前上で本音は、話を効率よく進めるためのルールがあった方がいいというところだ。

 

 

ーーーさて、この後どちらかの口から『身代金』の額が通達されるはずだが、どちらにしても今の状況では身代金が用意できるハズもない。しかも俺の他にもう1人いるのだ。今の俺の自領の蓄えなどもあるハズだがまったく足りないだろう。

 

 

 

 

 

「さて、気になる身代金の額だけど・・・・」

 

 

サーシャの口にした数字を聞いた俺はやはり口を開けて固まった。

 

アルサスからあがる税収の5年分に近い数字だ。いくらブリューヌ人を2人捕虜にしたといってもなお、衝撃だった。

 

 

 

「・・・・減額して・・・・」

 

 

無駄だと知りつつも減額をサーシャに懇願しようとしたその時、

 

 

 

「待ってください。」

 

 

 

 

ーーー俺の耳に『聞き覚え』のある少女の声が聞こえてきた。だが、それはサーシャはおろかエレンでもリムでもなく、厚手のマントを外して飾り気のない女性用の麻の服をまとった碧い瞳とやや不揃いな淡い金色の髪・・・・まさか・・・・まさか・・・・

 

 

ーーー俺はとっさにその『娘』の別名を呼んでしまう。

 

 

 

 

「レ・・・・『レグナス』王子!ど、どうしてあなたがここに!?」

 

 

 

「えっ・・・」

 

 

「えっ・・・」

 

 

「ほぅ・・・お前は『レグナス』と言うのだな。『レギン』ではなく。」

 

 

 

俺に名前を呼ばれ困惑しているレギンとどういう事なのか事態についていけないサーシャ、そしてニヤニヤしながらレギンと俺を見やるエレンというなんとも言えない

空気を作ってしまった俺は頭を抱えたくなってしまった。

 

 

しばらく気まずい空気が支配したが、その空気を壊したのはサーシャだった。

 

 

 

「・・・とりあえずティグルが『レギン』を『レグナス』と呼んだ事は今は無視しようか。とりあえずレギンと呼ばせてもらうけれど、彼と君の身代金を合わせた額を払うあてでもあるのかい?君は名前以外は何も僕達に話してはくれなかった。そんな君に払えるほど安い額ではないはずだけど?」

 

 

「・・・私がブリューヌに戻った際には私財をかき集めてお支払い致します。」

 

 

レグナス・・・・いや、レギンはサーシャから目をそらすことなくはっきりと言いきった。まるで『前の俺』時のレギン『殿下』みたいだ。

 

 

「信用できないね。レギン・・・・君の素性も込みで。ティグルはアルサスの領主ということで、素性もはっきりしているし払えるかどうかはわからないが、アルサスに使者を送ればわかるだろう。だが、君の言うブリューヌの戻る場所は、どこなんだい?エレンから聞いてわかってはいるだろうけれど、君を身代金の支払いが確定する前に、ブリューヌに帰すことはできないんだよ。」

 

 

「それは・・・・。わかっていますが・・・・。」

 

 

ーーーレギンもわかってはいたんだろう。それに自分が、現ブリューヌ王国国王『ファーロン』の娘であり『レグナス』王子でもある事はエレン達には伝えていなかったようだ。『俺』の失言のためにレギンを窮地に置いてしまった。なにか俺に出来ることはないか・・・・。

 

 

ーーー考えて、そもそも『前の俺』が訓練場に連れてこられた理由を思い出す。

これならいけるかもしれない。レギンには怒られてしまうだろうが。

 

 

 

 

 

「・・ひとつ提案があるんだが・・・・。」

 

 

俺はそう言ってエレンとサーシャに向かって提案を述べた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話

ーーー俺の300アルシン前に秀麗な顔だちに、『前の俺』からすると懐かしさをも感じるつややかな黒髪を肩まで伸ばした優男・・・・『ルーリック』が嘲りの笑みを浮かべて弓を構えて立っている。

その10アルシン横に的が置いてある。

 

 

 

俺が出した『提案』は、『ルーリック』が俺に向けて射る矢を弓矢で持って撃ち落とし、そのあと的にあらためて矢を射ることを行い、もしできなければ、身代金が用意できるかどうかに関わらず、無条件で俺が『サーシャ』の物となり部下となること。当然だが『サーシャ』の許可があれば『エレン』をはじめ『ライトメリッツ』のためにも馬車馬のように派遣されるということでもある。できたなら『レギン』の先ほどの言葉を『前向きに検討』する事を条件としたものだった。

 

 

 

当たり前だが、エレンもサーシャも喜色満面の笑みを隠さずに何度となく本当にそんな事をやるのかと聞いてきたし、レギンには涙声で他の手段を考えますからやめてくださいと懇願されたが、確かな勝算があって俺はこの場に立っている。『前の俺』はある戦場にて相手の長弓から放たれた矢を撃ち落とした経験がある。実戦と訓練ではかかる重圧は違うが問題はないハズだ。

 

 

 

ーーー与えられた弓はジスタートの一般的な訓練用のもので『前の俺』の時のような粗末なものを与えられるということはなかった。与えられた矢は4本で、ルーリックも同じ弓で4本の弓矢を持っている。

つまり俺が全ての矢を射尽くした段階で成功させなければならない。

 

 

 

『用意はいいか2人とも?』

 

 

 

エレンの声に俺とルーリックは無言でうなずいた。

 

 

『では・・・・はじめ!』

 

 

 

 

 

俺は矢をつがえルーリックの射るタイミングを待つ。実戦であれば、先に射ることを考えるべきだが今回に限ってはルーリックが射ってこなければ『撃ち落とし』にはならない。

集中力を切らさないようにその時を待つ。

 

 

 

そこから9つ程を数えた時だったろうか、ルーリックがついに第1射を放った。

 

 

ーーー俺は集中力を高め『そこ』を狙う!

 

 

 

 

ーーーバァン!!!!

 

 

 

 

『なっ!?』

 

 

 

俺は撃ち落とした事を確信し、本当に撃ち落とされたルーリックが驚嘆の声をあげて呆然としている間に、第2射を放ち的のまん中に命中させた。俺にとっては実にあっさりだったが勝利条件を満たした。

 

そのままエレン達の方へと向かって歩きだす。リムや、レギンをはじめ周囲の兵士たちも言葉がないようだ。俺からしたらそんなに難しい事をやったつもりはなかったが、やはり一般的な弓使いにとっては唖然とする結果らしい。

 

 

『・・・一応聞くがもう一回やった方がいいか?』

 

 

 

俺はエレンとサーシャのそばまで近づいてからそう聞くと

 

 

 

『・・これで充分だ。これ以上は嫌味にしかならない。』

 

 

銀色の髪を静かに揺らして、エレンは首を横にふる。

 

 

『ねぇエレン・・・・僕・・・・夢でも見てるのかな?』

 

 

『・・・安心しろサーシャ現実だ。』

 

 

サーシャとエレンが何か話していたが、突然俺の胸に飛び込んできた声に意識を持っていかれた。

 

 

『ティグルヴルムド卿!』

 

 

『レグナス王子・・・・』

 

 

『あなたは・・本当に凄い方です。あなたのおかげで少しは前に進めるのかもしれません。でも2度と、飛んできた弓矢を矢で撃ち落とすなんて無茶な真似はしないでください!それと話し方も戦姫の2人にしているようにしてほしいですし、私のことは当面の間『レギン』と呼んでください。『レグナス』の名はあの会戦で捨てたので。』

 

 

 

『・・わ、わかった『レギン』・・これでいいか?』

 

 

『ええ。』

 

 

ーーーレギンも『前の俺』の妻のひとりだった事もあってか、ティッタの時同様に彼女の匂いが俺の『アレ』を急速に高めていく。なんとか離れることはできたが、ふとエレン達を見ると。

 

 

エレンとサーシャがさらに何かを話していたのはわかったがなぜかじゃなくても2人の顔が、どこかの戦姫のように冷たい凍気を帯びているように俺には見えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話

俺がエレンとサーシャに呼び出されたのは、翌日の昼前のことだった。

 

 

昨日は訓練場にいた兵士達から、

 

 

ーーー『信じられん・・・・人間の技なのか?』

 

 

 

ーーー『でたらめだ・・・ブリューヌ人が弓を蔑視しているのはこの技量があるからなのか?』

 

 

 

ーーー『あの300アルシンを飛ばしたルーリック様が・・・・あんな捕虜に負けただと?』

 

 

 

 

 

 

などといった喧騒が巻き起こってしまったこともあり、俺もレギンもすぐに部屋に戻されてしまいそれきりだった。

 

その中でもわざわざ部屋に送ってくれたサーシャの冷えた笑みはルーリックとの1戦よりも正直にいって背筋が凍ったかと思うほどだった。

 

 

リムに先導されて公宮内を歩きながら、俺は困ったように髪をかきまわした。

 

 

『・・・・落ち着かないな。』

 

 

巡回中の兵士、すれ違う侍従や侍女たちも、こちらを好奇や畏怖などがいりまじった奇妙な眼差しを向けてくる。『前の俺』のときも似たようなことをやって同じような目を向けられたことがあったからなんとなくはわかる。ただ、一部の侍女達からの目線が凄い好奇な気がする。

 

 

 

『なぁ、どうして俺はじろじろみられているんだ?』

 

 

このまま無言で歩き続ける事に耐えられそうもなかったためリムにたずねるが、彼女は首を少しひねって横目で俺をみたあと、実にそっけなく感じてしまう口調で答えた。

 

 

『・・・エレオノーラ様とアレクサンドラ様が説明してくださいます。今日はエレオノーラ様の調子がよさそうではありますが執務中でもありますのでお早めに話を終わらせる事をおすすめします。』

 

 

 

 

ーーーまあいいか。こっちも聞きたいことは山ほどある。

 

 

 

 

やがて、リムは俺も見覚えのある扉で足をとめた。

 

 

『エレオノーラ様、アレクサンドラ様。ヴォルン伯爵をお連れしました。』

 

 

扉をノックしながら彼女がいうと、

 

 

 

『入れ』

 

 

とすぐにエレンの答えが返ってくる。リムは扉を押し開き、彼女に続いて中に入った。

 

 

『前の俺』の時の記憶がその瞬間にいくつかよみがえったのを自覚して部屋の中を見る。

 

ーーーたしかここはエレンの執務室だったはずだ。

 

俺にあてがわれた部屋と同じ位の広さだが、床に豪奢な絨毯が敷かれ、黄金の燭台、書見台、籐を編んだ椅子も置かれている。

 

エレンの少し斜め後方にある大きな窓の前にいるのは俺の黒弓を大事そうに抱えているサーシャだ。エレンの仕事ぶりを笑顔で見ているようだ。昨日の冷えた笑みではなくて内心ひと安心だ。

どうやらレギンやルーリックはこの場にはおらず、4人で話をするつもりのようだ。

 

 

『もう終わるから少し待て。』

 

 

エレンは執務室の机の前にすわって、書類にペンを走らせている。机の右はしにすでに処理されただろう書類が山のように積まれている。その膨大な量に『前の俺』が王だったころの書類の山を思いだしため息をもらした。

 

 

 

彼女の真後ろにジスタート王国の象徴『黒竜旗(ジルニトラ)』と黒地に銀の剣をあしらった旗、エレン個人の旗が飾られている。その旗の下には、鞘におさめられた『降魔の斬輝(アリファール)』が立て掛けられており瞬時に対応するために、エレンが手をのばせば容易に届く位置にある。

 

彼女の体調が万全ならばという注釈がつくが、

 

 

 

『あっ、エレンそこのところ間違ってるよ。』

 

いつの間にかエレンの後ろから書類に視線を向けていたサーシャから指差しにて書き損じの指摘がはいる。

 

エレンは無言でその部分を確認し、不意に書類を丸めると、手慣れた動作で部屋のすみにあるくずかごへ放る。

俺はなんとなくこの1投が『外れるような』気がしたため先にくずかごへ歩く。

 

 

 

ーーー丸められた紙は俺の予想通りくずかごの縁に当たって床に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話

失敗するとは全く思っていなかったのかエレンは目を丸くして紙を凝視する。

 

 

『前の俺』の時と変わらない素の可愛い表情を見せたエレンに思わず抱き締めてしまいそうになったが、どうにかこらえてうつむいて紙を拾いリムに渡した。

 

 

 

『エレオノーラ様、いつも言っておりますが紙は貴重なのですから、無駄遣いはなさらないでください。』

 

 

 

『気を付ける』

 

とまるで母親に叱られたこどものような顔と声でエレンはぽつりと言った。サーシャに助けを求めるべく視線を向けたが、

 

 

『エレン、今日は体調もいいみたいだしティグルと話すのが楽しみなのは僕もそうだからわかるけど、まずはやるべきことをやろうか。』

 

 

と姉のようにたしなめられエレンは書類の処理に戻りほどなく仕事を終えた。

 

 

 

 

『今日も起こすのに手間取ったのか?』

 

 

『・・いえ。今日は声をかけたときには起きておられました。』

 

 

ーーーリムの返答に俺は苦笑を浮かべ先ほどの部屋でのことを回想する。

実際のところリムの殺気と気配を感じて、飛び起きたのだ。『前の俺』の時と同じように彼女を危険な存在と俺の本能が認識したのだ。

 

『前の俺』の時のうっすらとした記憶だが、後に彼女と俺は『愛妾』の名目で男女の関係をもつが、俺と一緒に『盗み食い』をするまでになるハズだ。

 

 

もちろんどちらの事も言えないので黙っておく。

 

 

『捕虜としての自覚が出てきたのかな?』

 

 

エレンはくすりと笑ってややおぼつかない様子で杖を使いながら椅子から立ち上がろうとする。俺は思わず声をかけてしまう。

 

 

 

『エレン・・・さすがの俺も君が立って話すことが辛いだろう事はわかる。俺としては少しでも長い時間君と話したいんだ。だから座ったままでかまわない。』

 

 

 

 

リムの冷ややかな視線が俺に突き刺さるが、それに気づかないようにして笑みを浮かべたサーシャと急に顔を赤くしながらなおも立ち上がろうとするエレンに向ける。

 

 

『だ、だが・・・・』

 

 

 

『エレン・・・・ティグルがそういうんだからそうしたら?ここは公式の場でもなんでもないし。無理することないって僕は思うけど?』

 

 

 

『・・・・わかったそうさせてもらう。』

 

 

サーシャのひと押しもあってエレンは再び座った。

ややしばらく顔を赤くしていたが落ち着いたのを見計らってエレンが話の口火を切った。

 

 

 

『さて、まずお前に最初に聞きたいことはあの時『レギン』のことを『レグナス王子』と呼んだことについてだ。異国のサーシャや私はおろかリムでさえレグナス『王子』がブリューヌの次代の後継者に近い王族だということは知っている。最初にレギンに私たちが話を聞いたとき『レグナス王子』という言葉は出てこなかった。レギンがレグナス王子本人であるなら王族ということにもなる。レギン本人が私たちに王族であることを言わなかったのは自分の保身もあるからまだ納得できる。だがただの『伯爵』でしかないお前がなぜそのことを知っている?女の服を纏っていたレギンもお前が『レグナス王子』と呼んだことに驚いている様子だった。つまりレギン本人から聞いたわけではないということだ。説明してもらおうかティグル?』

 

 

 

ーーー正直不味すぎるが嘘をでっちあげたところでかえって立場を悪くするだろう。ならば・・・・

 

『前の俺』の記憶と一部の捏造を頭で構築しゆっくりと俺はそれに答えた。

 

 

 

『・・・いまから6年前に行われたブリューヌの狩猟祭にて俺は『レグナス』と名乗った『王子』と面識がある。エレン達も知っているだろうがブリューヌでは弓は蔑視されている。そんな武器を持った俺にレグナス王子が興味をもったというわけだ。とんでいた鳥を射落として火をおこして捌いて、こんがりと塩をふって焼いてな。鳥肉を食べながらレグナス王子は興奮しながらこう言ったんだ『焼きたての、あたたかいものを食べたのははじめてだ』とね。そのときその・・・本人は気づかなかったみたいだし覚えてないようだが、彼の・・・・いや彼女の裸の上半身を偶然に見てしまったから『男』ではなく『女の子』だと知ったんだ。

レグナス王子には『狩猟場でのこと』については秘密にしろと言われたし『レギン』という名前は出てこなかった。だから彼女の顔を見て『レグナス王子』と呼んだんだ。・・・それが理由だが納得してもらえるか?』

 

 

そう言ってからエレンやリムは、そういう経緯なら・・・・と納得してくれたのかうなずいてくれたが・・・・

 

 

 

『・・・・筋は通ってるけど、僕は納得できないなぁ』

 

 

黒髪の戦姫は疑いのまなざしをこちらに向けて言った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話

『・・・納得できないとはどういうことだサーシャ?』

 

 

エレンが俺の言葉に納得できないと言ったサーシャに振り向くと、サーシャは俺の黒弓をもったまま続ける。

 

 

『・・・さっきも言ったけど、筋は通ってるからおおよそについてはティグルは嘘を言っていないとは思うよ。きっと、レギンがレグナス王子であるとは知らずにご飯を一緒に食べたことは間違いないとは思う。レグナス王子から狩猟場でのことを誰にも話さないようにと言い含められた事もその通りだと思う。』

 

 

 

『なら、どこが納得いかないんだ?』

 

 

白銀の髪の毛を触りながらエレンが促す。

 

 

 

『ティグルがレグナス王子の裸の上半身を見てしまった・・・のくだりの部分さ。』

 

 

 

ーーーサーシャの言葉に俺は冷や汗をかかないようにつとめなければならなかった。まさにサーシャの指摘してきた部分こそ、捏造した部分だからだ。そしてサーシャは俺に向けて続けて言った。

 

 

『ティグルはいまいくつだい?』

 

 

『・・・16だ。』

 

 

 

『とすると6年前なら当時10歳だね・・・・レギンの歳は教えてもらってはいないけれど・・・僕の見立てではティグルより『年上』ってことはないと思うんだ。つまり最大で見積もっても同い年か年下となる。エレン・・・・君が10歳くらいのとき、同い年くらいの男の子から裸を見られたりした事はなかったかい?』

 

 

 

 

『・・・リムはもとよりサーシャも知ってるだろうが、私はそのころにはもう傭兵団で剣を振っていたしな。年上の男の方が多かったハズだがもしかしたらいろいろ見られていたのかもしれん。川で水浴びなんかしているときに皆から男みたいな胸だなと言われた事もあったな。まぁ、剣を振るのには『胸もそこまで邪魔』ではなかったしな。リムはどうだ?』

 

 

 

『・・・・そうですね。エレオノーラ様よりは女として男性の『そういった視線』には注意を払ってはいましたね。私は『若干身体の成長』が早かったようで、好きでもない男性に裸を見られるような真似はできませんし。もちろんそういった目で見られないように工夫をしていましたね。』

 

 

 

ーーー『前の俺』も知らなかった幼き日のエレンとリムの女性としてのたしなみの差を聞くことはできたが、サーシャがここから何を言いたいのかが予想できない。

 

 

 

 

『なるほどね。僕もリムアリーシャと同じような感じだね。『性別』を偽る必要もないし。つまりね、6年前の時点でレギンは『女性』でありながら『男性』になりきらなきゃいけなかった。でも身体の成長はごまかせるものじゃない。もし僕やリムアリーシャのように、年相応以上に女性として身体が成長していたらそもそも裸の上半身じゃなくても男性じゃないってわかっちゃうんだから。でも、ティグルは裸の上半身と言った。ということは年相応の成長しかしてないって事だと予想できる。だってレグナス王子は『男性』として生活しているわけだから、そんな性別を偽らなきゃならないレグナス王子が簡単にボロをだすだろうかって僕は思うのさ。それともうひとつ、レギンは当時男性の姿でティグルに接していたんだよね?でもあのときはエレンの好意で女性用の麻の服を着ていたんだよ?ティグルが女性用の服を来た人物をレグナス王子と呼び掛ける事に全く迷いがない点も怪しいといえば、怪しい。だってレグナス王子が女性であることをティグルが知っていることはレギンは知らないハズなんだから。レギンが驚いていた理由もそのあたりにあるんじゃないか・・そう思ったのさ。』

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話

感想やら、ご指摘やらたくさん頂きありがとうございます。

本文は、どんどんいいと思ったら変えていきますのでよろしくお願いいたします。


ーーーまずい・・・・正直サーシャを甘く見ていたのかもしれない。たしかに狩りをしている最中に裸をみてしまうなんて、いま考えれば強引にすぎる。

 

サーシャの矛盾を的確に突いてくる言葉に俺は返す言葉がでてこなかった。

 

これならば、いっそのこと説明の最後に、多少向こう見ずな台詞かもしれないが、『それに・・・一目でわかった。彼女があの日出会った王子なのだと』と感情をもっと前面にだしてもよかったかもしれない。だが、今さら取って付けた様にいうわけにもいかない。

 

 

 

だが、思わぬところから助けの手が入った。

 

 

 

『たしかに言われてみれば、ティグルの言動には不審な点があるようだな。だが、確たる証拠もないんだろう?それにティグルもレギンと同じブリューヌの人間だ。ばれるとわかっていてもジスタートの人間である私たちに全てをばか正直に話すとも思えないだろう。私だって同じ立場に置かれたら、危険を覚悟でばか正直にはなしたりはしないだろうな。そのあたりの事はレギンにあとで、問い詰めるとして・・・・サーシャ・・・まだあるか?』

 

 

 

『・・・エレンがそれでいいのなら、今はこれ以上いうつもりはないよ。ただ、あとでティグルとは2人で話したいとは思うけど。』

 

 

そういって俺を見て片目を1度まばたきさせるサーシャ。

どうやらこのあとサーシャと1対1で話すことになりそうだ。俺は先を考えて小さくため息をついてから再びエレンに視線を向けた。

 

 

『それについては、後で好きにするといい。ティグルはサーシャの捕虜(もの)なのだからな。ティグル・・時間も限られているし次だ。お前は、『魔物』という存在について知っていることはあるか?』

 

 

 

 

 

 

ーーー『魔物』それは人智を超えた異形の存在。『前の俺』のときも奴等は節目節目で俺達に牙を剥いて襲いかかってきた。やつらの正確な数や細かい経緯は覚えていないが、最終的に『やつら』のなかで生き残った『ガヌロン』と熾烈な死闘を繰り広げたのだ。忘れられるハズもない。俺は一瞬考えたが、『先ほど』の事もあるし何よりいままた『やつら』がこの世界にいるのならと考えて『素直に』実体験と王になってから調べて理解した事において覚えていることを話すことにした。

 

 

 

『・・・俺の先祖から伝わる話でいいなら。』

 

 

まさか俺がそう答えると思っていなかったのか、エレンもサーシャもリムも先ほどとはまた空気が変わったことを察した。

 

 

『それでかまわん。話してくれ。』

 

 

 

 

『魔物とは異形の存在。普通の人間にはやつらに抗う術はない。糧となるのみ。だが、人智を超えた武器である『弓』と呼ばれるものを筆頭に、『剣』、『槍』、『杖』、『鞭』、『斧』、『鎌』、『双剣』を持つものの助けを得られればやつらに抗うことができる。・・・・だったはずだ。そのうちの『弓』に当たるものが俺が持っている『黒弓』なんだ。・・・・こんなところだがいいだろうか?』

 

 

 

ーーーもちろんいまの説明だけでは足りない部分が多々あるが、まずはいいだろう。俺の記憶ではまだ、魔物達についてエレン達は『この時期』では当時の俺を含めて認識できていなかったハズだが、こちらではもうやつらが猛威をふるっているのだろうか?

そして多分ここにいるメンバーなら、人智を超えた武器が『竜具』であることに気づくのに時間は必要としないだろう。

 

『ほぅ・・・・奇遇だな。人智を超えた『剣』ならここにあるぞ。』

 

 

『そうだね・・・・『双剣』ならここにあるよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話

エレンとサーシャが自分の『竜具』をそれぞれ手に俺に向けながら言った。

 

俺はわかってはいるが、『今の俺』は『知らないハズ』であるし『魔物』達に関する話を聞くために、なれないながら進める。

 

 

「・・・一応聞くが、その剣と双剣は、常識では考えられない力を発揮するものなのか?」

 

 

「もちろんだ。『竜技(ヴェーダ)』と言ってな。私もサーシャも使える。体力は使うし連発はできんがな。」

 

 

エレンが答えサーシャも無言で頷く。俺はエレンの『銀閃』に視線を向けて言った。

 

 

「・・・・だとするならば、おそらく『魔物』達が出てきたら俺と一緒に戦ってもらうことになるかもしれないな。ひとつ聞かせてくれ。正直に言って、俺は『魔物』と直に相対したことはないんだ。だから、先ほどの先祖から伝わる話までしかわからないんだ。だから2人の経験と情報を教えてもらえないか?」

 

 

それに答えたのはエレンではなくサーシャだった。

 

 

「なら、僕の話を聞いてほしい。」

 

 

俺は頷くと、サーシャが忌々しげに語りだした。

 

 

「今から、4ヶ月程前の事になる。僕の公国の『レグニーツァ』と『ルヴーシュ』で海賊討伐の共同作戦を行ったんだ。作戦は滞りなく進んでいたんだけれど、僕の旗艦になんの前触れもなく『魔物(ヤツ)』が現れたんだ。最初は武器もなく鎧すら身に付けていない麻の服を着こんだ人間の男に見えていた。僕の事を『双剣』と呼んだんだよ。物凄い殺気を帯びた赤い目でね。」

 

 

ーーー『前の俺』はその時サーシャと一緒に戦った『リーザ』と『マトヴェイ』からそれぞれ『トルバラン』と自らを名乗った魔物との戦いの一部始終は聞いていた。エレンや他の皆には内緒で。だが、時期としてはもっとあとにおこる出来事だったハズだと記憶している。

 

 

ーーーどういう事だ?

 

 

「僕がヤツに敵意を向けると、瞬く間に身体がふくれあがって額には角が何本が生えてね。正直泣き出したくなったよ。しかも僕を狙って振り下ろされた腕は船の甲板をあっさりと粉砕して大きな穴を作る始末。まともにやりあえるとは、思えなかったよ。そのあとなんとかヤツに手傷を負わせて、エリザヴェータ・・・ルヴーシュの戦姫が援護に来てくれて『しばらくやりあったところ』でヤツは行方をくらました。・・・と、こんなことがあったからねすぐに『連絡のとれる』戦姫達には魔物についての報告をいれたんだ。」

 

 

 

 

「ジスタート王には報告をしていないのか?」

 

 

「うん。僕を入れた『6人』の戦姫で話し合った結果ね。『魔物』なんていう『武勲詩(ジエスタ)』にすらでてくるかどうかもわからないものを証拠もなく報告できないって事でね。もともと陛下は事を荒立てるのは好まないお方だし、思わぬ混乱を招く可能性もあったからね。実際、連絡がとれなかった『ブレスト』の戦姫はどうかわからないけど『魔物』と直接やりあったのは僕とエリザヴェータだけだったみたいだしね。」

 

 

 

何気なく『オルガ』と思われる『ブレスト』の戦姫の情報も手に入った。彼女は今回もこの世界のどこかを見て回っているのだろう。

今は『魔物』の問題が先だ。

 

 

 

「・・・となると6人の戦姫は人間を襲う『魔物』が存在するという認識は『共有』していると解釈していいんだな?」

 

 

 

「認識の重要の程度に差はあるけれど。そう解釈してくれればいいよ。」

 

 

ーーーサーシャの言葉に俺は安心感を得た。おそらく俺は遅かれ早かれ魔物達と戦うことになるだろう。そしておそらく始まるであろう『ブリューヌの内戦』も絡んでくる。頭のなかを整理するのは重要になりそうだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話

「・・・私が思っていた以上に大事な話がきけてなによりだったな。助かったぞティグル。」

 

 

エレンがそう口を挟むと俺は頭の中の整理をおさめて、

 

 

「いや、こちらこそ貴重な情報だったよ。捕虜の俺にそこまで話してくれるとは思っていなかったし、なにも話が通っていない状況で『魔物』を迎え撃つことになるよりよほどいい。これなら多分『なんとかなるさ』。」

 

 

ーーー俺の言葉にエレンがなにか思うことがあったのか口を開いたままになっているが、サーシャが続ける。

 

 

 

「魔物の話はこれでいいかな?僕にとっても重要な情報を得られたし、聞けてよかったよ。さて、今度は僕からティグルに聞きたいことや話したいことがあるんだけれどエレンいいかな?」

 

 

 

「・・・あ、ああ・・・かまわない。」

 

 

「じゃあ・・・・ティグル・・昨日君を訓練場に呼んだ理由を話そうと思ってね。」

 

 

ーーーサーシャの持つ俺の弓の下から覗く白い太ももに目が引き付けられそうになったとき横から今まで黙っていたリムの冷たい視線を感じたため、俺は慌てて視線をあげた。

 

『前の俺』と変わらず今の俺も『女好き』であることに変わりかはないんだろうかと思いながら、視線に気を付けるようにする。

 

 

「結果的には、俺の方から力試しを提案する形にはなったが、本当は違ったんだろう?」

 

 

「そうさ。リムアリーシャ、僕がティグルを捕虜にして『ライトメリッツ』に連れてきたことについてもう1度不満を唱えた理由を説明してもらえるかな?」

 

 

サーシャに名前を呼ばれ説明を求められたリムは、愛想のない表情と憮然とした色を青い瞳に宿らせて渋々と言った感じで口を開いた。

 

「私をはじめ、将軍や部隊長がエレオノーラ様の名代の立場にあったアレクサンドラ様がヴォルン伯爵を捕虜としたことに不満を表明しました。その理由は、エレオノーラ様は戦姫となられる以前から、幾多の戦場を駆け抜けてきましたが、いままで敵を捕虜にしたことは1度としてなかったのです。」

 

 

 

どこかで聞いたことがあるような話だったが、俺は頭の中で整理して問い返した。

 

 

「・・・・つまりエレンの名代たるサーシャが捕虜を2人も連れてきた。エレンに何らかの心境の変化がありそのような指示を与えた。もしくはそういう心証を周囲に与えて、『ライトメリッツ』を混乱させようとしている・・・・そういう風にとられかねない。・・・か?」

 

 

 

「・・・そういう事です。しかも兵士達の間にくだらない噂が流れたのです。」

 

 

「噂?」

 

 

 

「僕が君に一目惚れしたとか、偵察を送ったエレンが君を気に入って、僕に捕虜として連れてくるように命令したとか、そういう噂だよ。」

 

 

サーシャの言葉に俺はエレンを見る。

 

 

「少し考えれば、そうでないことはわかりそうなものだが、今まで『捕虜』にした事がなかったという事実が独り歩きしたようでな。不満を述べた者達に理由の差異はあれど私も静観するわけにはいかなくなってしまってな。サーシャに事情を聞けば『弓の腕』は尋常ではないというからその腕をリムや皆の前で見せつけてやれば・・・・そういう意図で呼びつけたんだが、予想外の事はあったが結果としてはよかっただろう。正直私もサーシャの慧眼にはおそれいった。」

 

 

エレンの胸の谷間に視線が向きそうになるのを懸命にこらえている俺。エレンに続いたのはサーシャだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話

「まぁ、僕としては戦後の処理が一段落したらティグルを『レグニーツァ』に連れていこうと思ってるんだ。いくらレグニーツァの役人の皆が優秀であっても、いつまでも公国を戦姫不在のままにはしておけないからね。もちろんレギンの提案は『前向き』に検討はさせてもらうけれど、ティグルはあくまで、僕の捕虜だからね。レグニーツァに一緒に来てもらうことに支障はないハズだよ。レギンはライトメリッツに残ることになるけれど・・・エレンやリムアリーシャがいるから安心してほしい。もしなにかあったならまたレグニーツァから向かえばいいんだからね。」

 

 

 

ーーーはっきりいってそれは困る。俺の記憶が確かならそう遠くないうちに『ブリューヌの内戦』がはじまる。そのとき、エレンに・・・・

そこまで考えて今の現状をもう1度整理した。そして聞かなければならないことをあらためて認識したのだ。もしかしたらリムあたりに殴られる可能性もある。だが、ここではっきりさせておかなければならないのも事実だった。

 

 

 

「それはたしかにその通りだ。だが、それはそれとして俺もエレンに聞きたいことがある。」

 

 

 

「・・・ほぅ?私にか?答えられる事なら答えてやろう。」

 

 

 

「・・・言いにくいんだが、エレン・・君はなにか『病気』もしくは長期的な『怪我』を抱えていたりするのか?」

 

 

 

 

そのときサーシャ以外 の2人の様子が多少ではあるが変わったのを感じた。

エレンはまだ余裕の表情を見せているが、リムはあからさまに怒りというか落ち込んでいるというか、不安定な表情を浮かべる。

 

 

「・・・・どうしてそう思う?」

 

 

「ひとつはあからさまに足を引きずっていること。それに立っているときに杖をついている君の様子を確認していたが、かなり辛そうにしていたこと。ふたつ目としては、今回の会戦は、本来なら君が出征するはずだったんじゃないか?リムアリーシャさんの話や君の佇まい、在り方を見る限りだがそれに特別戦闘が苦手ということもなさそうだ。病気ないし怪我があって長期間の出征が出来ない。そこで、公私に渡って仲がよく距離もそこまで離れていないレグニーツァのサーシャに代理を依頼した・・・違うか?」

 

 

ーーー俺の言葉にエレンはサーシャとリムに視線を送ってから、答えた。

 

 

「・・・今からする話は私とリムとサーシャにしか話していないことだ。もしサーシャの捕虜であるお前が聞いてしまったなら、ブリューヌに戻ることは万が一にもなくなるぞ?レギンにも当然話されては困る。それが嫌ならこれ以上は聞かないことをおすすめするが?」

 

 

ーーー俺に迷う選択肢は『いろいろな意味』でなかった。

 

 

 

「わかった。それでかまわない。もしその話次第ではレグニーツァに向かうのを考えさせてもらうかもしれないからな。」

 

 

サーシャの視線に一瞬冷たさが宿ったが、すぐに戻ったようだった。

 

 

「・・面白いやつだな・・いいだろう話してやる。お前の想像通り・・・私はある『病』に犯されている。その症状として『体力の低下』と『両足の機能の低下』が見られている。どちらも全盛期だった頃にくらべれば半分以下といったところだな。」

 

 

ーーー俺は自分の感じていた嫌な予感がここまで的確に当たっていたことを呪った。そして、真っ暗になりそうだった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話

「どうしたティグル?顔色が悪いぞ?たかだか数日の付き合いの仲でそこまでお前が深刻になることもあるまい?・・・・まぁ、お前がブリューヌに帰る確率は著しく低くなったがな。」

 

 

 

俺が見る限りエレンの表情に悲壮感はない。もちろんまだ、捕虜でしかない俺の前だからなのかもしれないが、その分リムの表情は暗い。

だが、俺は真っ白になりそうな自分を叱咤しエレンを見る。

 

「・・・すまない・・・全盛期の半分といったが具体的に聞きたい。エレンが戦場で戦姫として指揮を取ることが出来るのはどれくらいの時間だ?」

 

 

 

「・・・そうだな。状況にもよるが1日最大限にやれても3刻といったところだな。竜技の使用を行えばさらに短くなる。まぁ、そんな有り様だからな。『ライトメリッツ』や『ジスタート』に敵国が攻めよせて来ただとか、『ジスタート王』の命令じゃない限りは、戦場に立つのは避けたいところだな。」

 

 

「なら、今回の会戦では君は『ジスタート王』に命令されたわけではないのか?」

 

 

エレンの言葉に俺は矢継ぎ早に質問を重ねるとサーシャが答えた。

 

 

「今回の会戦については『ジスタート王』にエレンから情報を得た僕が進言して、ジスタート王からお墨付きをもらってきたのさ。兵はライトメリッツのものだけどね。」

 

 

「なるほどな・・・・。」

 

 

ーーーやはり今のエレンを『ブリューヌの内乱』に巻き込むことはできない。となると、なにか別の手を考えなければならない。

 

 

ーーーどうする?

 

 

 

「さて、ティグル・・・僕の話を続けてもいいかな?」

 

 

「・・・ああ、サーシャ口を挟んですまなかった。」

 

 

 

「いいよ。・・・そもそもあの会戦はひどいものだったよ。こっちはエレンが用意してくれた5000で援軍のあてもない。敵は5倍の25000。僕はリムアリーシャ達とたくさんの策を話し合いながら用意したんだ。正直厳しい戦いになると覚悟したのに、蓋をあけたら半日で終わってしまったんだ。」

 

 

ーーーたしか、こんなやりとりを『前の俺』はエレンとした覚えがある。俺は少し考えてから返した。

 

 

 

「俺がブリューヌの指揮官だったら半日でこちらが勝っていたかもしれない。そう思えば楽に勝てたのならよかったんじゃないか?」

 

 

「へぇ・・・面白い事を言うねティグル・・・今度試させてもらおうかな?・・・おっと、話を戻すよ。まあ、僕としても楽に勝てるに越したことはないよ。エレンから借りている兵だしね。でも、最初の策だけで瓦解、潰走はないよ。」

 

 

サーシャは心からがっかりした、エレンは苦笑、リムは若干不満そうな表情をそれぞれ浮かべている。前の俺も今の俺も今回のサーシャが取った作戦を身をもって理解しているが、確認をとってみることにした。

 

 

「最初の策というのは、士気が比較的高い前衛と士気がそうでもない後衛にわかれていた『ブリューヌ軍(俺たち)』を5000の兵をふたつにわけてひとつで前衛の注意を引き付けておいて、残りのひとつで夜明けに背後から奇襲してきたやつのことだろう?」

 

 

「ふふっ・・・凄いねティグル気づいたんだ。そうだよ。正確には4000で前衛の注意を引き付けて、残りの1000で背後から奇襲したんだけど予想以上にもろくて突破、分断までできちゃって、おまけに『レグナス王子』が戦死したっていう声がどこからか出てくる始末・・・とそうこうしているうちにレギンを捕虜にしちゃって。もう拍子抜けだよ。」

 

 

ーーー前の俺の時も似たようなことを『エレン』が言っていたのでサーシャの抱いた失望になんとなく理解できる部分があり俺は小さくうなずいた。

 

 

 

「そんなときに、君に会ったんだ。」

 

 

黒い瞳が、『あの時の笑顔』をたたえて俺を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話

「300アルシン程の距離から正確に矢を放ってきたのもすごいけど、味方がことごとく死ぬか逃げ散っているというあの状況で、自棄になるわけでもなく戦意を失わず、冷静に僕を『戦闘不能』にしようとしていたことにおどろかされたんだ。本当にね。」

 

その台詞のあとリムがため息をつく。

 

 

「別の公国の戦姫の方ではありますが、言わせてもらいます。単騎で飛びだしていかれるような真似はなさらないでください。万が一があったときにエレオノーラ様やレグニーツァの方々に申し訳がたちませんので。」

 

 

「でもさ、リムアリーシャ・・・あのときは誰かが危険を承知でティグルに接近しなければ、僕たちは全滅していたかもしれないんだよ?たまたま矢が4本しかなかったからよかっただけでね。」

 

 

 

「おっしゃる通りですが、それはアレクサンドラ様の役目ではありません。」

 

 

サーシャとリムが舌戦をしているのをみてエレンは困ったように眉をさげて、俺に助けをもとめてくる。俺は少し考えてからエレンに任せろという笑みを浮かべて言った。

 

 

「敵側にいた俺から一般論として言わせてもらうと今回に限って言えば残念だが、サーシャ以外が俺の方に来ていたら立場は逆転していたと思う。ただ、あくまでこれは結果としての話にすぎない。本来なら指揮官自らが危険を犯すことは避けるべきでもあると思う。だが、あのときは誰が向かってこようと、俺のやることは変わらない。サーシャだけを狙って射った。あの場から動かなかったとしても、矢を届かせる事は可能だったからな。だから結果は変わらない。俺の完敗さ。」

 

 

「ずいぶん素直に負けをみとめるんだね。」

 

 

「・・・あのときも言ったけど、飛んでくる矢を『足場』にして跳躍する人間なんて、初めて見たよ。勇者や英雄と呼ばれる人物の昔話にも出てこないんじゃないかって思うけどな。」

 

 

「リムアリーシャが受けた矢を見て、なんとなく狙いはわかったからね。思った通りに飛んできてくれてよかったよ。」

 

 

ーーーやっぱりエレンが評価する人物だ。普通なら勝ち誇ってもおかしくはないハズだったが、サーシャは俺の黒弓をなぜか愛おしそうに腕に抱き抱える。

 

 

 

「だからね・・・君を殺すのは惜しいと思ったんだ。ジスタート・・・いやこの世界をくまなく探したってティグル程の弓の技量をもった人間はいないと思ったから。」

 

 

「そう、評されると悪い気はしないな。ありがとうサーシャ。」

 

 

そこで、俺とサーシャがお互いに息をついたところでエレンが喉がかわいたなとつぶやき、リムが執務机の脇に置かれている水差しから陶製のコップに人数分水を注ぎさしだしてくれたのだが、俺に対してはやはり冷たい視線も共についてきた。

 

 

そしてサーシャが次に俺に対して言うだろう台詞がなんとなく想像がついたが、彼女が俺の黒弓をもったまま一息に水を飲みほしてあらためてこちらに向き直るのを待つ。

 

 

「・・・というわけだからさティグル・・・身代金なんていらないから僕に仕えないか?」

 

 

 

ーーーまさか、ここでも以前のエレンと同じ内容の言葉をかけてもらえるとは・・・・俺はどこか懐かしさを覚えながらサーシャを見つめる。

 

 

「ブリューヌと同じ伯爵位をもって遇しよう。爵位に応じて俸給も与えるし、領土はあげられないけど、今後の働きしだいって事にしてさ。海の幸もあるし、ブリューヌ人だからといって戦での勲功に差をつけることもないよ。」

 

 

「・・サーシャ本気なのか?」

 

 

「アレクサンドラ様それは・・・・。」

 

 

俺が黙っているとエレンとサーシャがそれぞれなにかを言おうとするが、今の俺は「サーシャ」の捕虜である。サーシャはふたりの言葉よりも俺の返答を待っているようだ。

 

『前の俺』はブリューヌというよりは『アルサス』への愛ゆえにエレンの誘いを即決で断った。

 

 

だが、今回は・・・・



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23話

「その答は・・・サーシャと二人だけで話したときに伝えるということじゃだめか?」

 

 

俺はこの場での即答を避けるためそうサーシャに言った。

といっても現状では俺のとるべき選択肢は思い付く限りではひとつしかない。『前の俺』のときにはにべもなく拒絶することができたが、今回はそうはいかない。それは痛いほどわかっている。だが、この場で即答することは『エレン』の前でだけは避けたかった。

 

 

サーシャの顔にはさしたる変化はない。一瞬エレンとリムに視線を送ってから笑顔で言った。

 

 

 

「いいよ。あとで聞かせてもらうとしようか。」

 

 

「ありがとう。」

 

 

「さて、この場では僕からは以上なんだけど・・・エレンにひとつ提案があるんだ・・・ティグルに行動の自由を与えてあげて欲しいところなんだけどどうかな?責任は僕がとるからさ。」

 

サーシャはそう言ってエレンに向き直ると少し考える素振りを見せてから、答えた。

 

 

「別に構わんぞ。レギンにも同様の処置をとろうかなとは思っていたんだ。病気になられても困るからな。ティグルについてはサーシャの責任において公宮内での監視つきならば歩き回ることを許そう。ただし、レギンとの会話はこちらの許可なしには許さないこと、公宮を囲む城壁に近づいたら『脱走』と見なすこと。それでいいだろう?」

 

「まぁ、それが妥当なところだね。」

 

 

ーーー俺から提案しようとしていた事と聞こうとしていた事のふたつがあっという間に2人の戦姫の間で決まってしまった。レギンとも話をしなければと思っていたので、監視つきであっても非常に助かる。

だが、聞かずにはいられず、口を挟んだ。

 

 

「・・・なぁ、本当にいいのか?たしかに俺から2人に提案をしようとは思ってはいたが・・・そんなにあっさりと・・・。」

 

 

「大丈夫さ。僕はティグルがそこまで愚かではないって信じているからね。それに黒弓は僕が預かっておくし、いざとなればレギンを人質に取ることも辞さないし。」

 

 

「まぁ、そういう事だ。他にはなにかあるか?」

 

 

エレンが俺にそう言ってきたので、予定とは違うがふたつ質問をすることにした。前者は現状把握、後者は・・・『前の俺』知識からだ。

 

 

「だいたいは、わかってはいるが確認のために聞かせてもらう。レギンと話したいときはエレンかサーシャかリムアリーシャさんの誰かがいれば許可されるのか?」

 

 

「・・・それについてはこの部屋でのみとさせてもらう。なので、前日までに時間などの要望を言ってもらい、私かリムのどちらかがいるときのみ許可とさせてもらう。サーシャは一応この公宮では客人扱いなので除外だな。」

 

 

「・・・・なるほど。わかった。あともうひとつ聞かせてくれ。君は『竜』を飼っていたりするか?」

 

 

俺の2つ目の質問にエレンは目を丸くして面白いといった表情を浮かべて答えた。

 

 

「・・・ずいぶんと唐突だな。まぁ、いいだろう。たしかに私は『竜』を飼っている。飛竜(ヴィーフル)という種類でな。今はここにはいないが、お前もそのうち見ることになるだろう。その時はこう呼んでやるといい・・『ヴェーテ』とな。」

 

 

ーーー今エレンは何といった?

 

 

 

「・・・・すまない。聞き逃したみたいだ、もう1度言ってもらえないか?」

 

 

 

「聞きづらかったか?ならばもう1度言ってやろう。『ヴェーテ』だ。」

 

 

 

ーーーその名前は『前の俺』と『エレン』の息子の名前の愛称だった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24話

「・・・『ヴェーテ』かいい名前だな。」

 

 

「お前もそう思うだろう?だが、リム達にはなぜか不評でな。今更名前を変えるつもりもないしいいんだが。」

 

 

エレンは俺という賛同者が出来たことが嬉しかったのかニコニコと年相応の笑顔をみせる。それに比べると、リムが難しい顔をしていた。

 

 

「・・・エレオノーラ様から名前について相談されましたので私は『ルーニエ』という名前を推したのですが・・・」

 

 

「僕は『ヴェーテ』って、名前いいと思うけど・・・たしか古代のジスタート語で風を意味する言葉だったよね?風のイメージが強いエレンの飼ってる竜に名付けるにはピッタリだと思うよ。」

 

 

 

ーーー俺はサーシャの言葉に若干のひっかかりを覚えたが、この場では気にしないことにした。

 

 

「サーシャもそう思うだろう?まぁ、それはいいとして。ティグル聞きたいことは以上か?」

 

 

俺は首を縦にふる。とりあえず自分とレギンの状況は把握出来たし、レギンとの話し合いについては向こうからの要望が出てからで十分だろう。『前の俺』の時と同じように、ここにいる間閉じ込められっぱなしではないというのはありがたい。

 

 

「そうか。では部屋に戻るといい。私はサーシャと少し話をするからリムに部屋まで送ってもらえ。」

 

 

「ティグル、そういうことだから夕食後に僕が君の部屋まで行くよ。それじゃああとでね。」

 

 

2人の戦姫に見送られて執務室を出ると、リムもついてきた。

来たときとは違い、俺の右隣に位置して歩き出すリム。

 

 

「ああ、部屋まで送ってくれるんだっけ?」

 

 

「ええ。他の者に任せても構わないんですが、歩きがてら貴方にいくつか教えて欲しいことがあるので、部屋までお送りします。」

 

 

「そうか。答えられる範囲でなら答えるよ。」

 

 

「では、・・・なぜアレクサンドラ様の提案を即決で了承しなかったのですか?」

 

 

 

「・・・今は言えない。ただ、サーシャは真剣だった。俺にはそう思えたし、あの提案はまっとうなものだったよ。だから、考える時間が欲しかったからとしか答えられない。」

 

 

 

ーーー疑問の色をにじませた青い瞳を俺に向けるリム。俺は真剣な表情で返した。

 

 

「なるほど・・・では、次に貴方はどうして今回の会戦において『エレオノーラ』様に出征の命令が出たはずだと考えられたのですか?」

 

 

「・・・このライトメリッツとアルサスはヴォージュ山脈を挟んで隣接している。そもそもの会戦の原因となった状況と事を荒立てるのを好まないジスタート王の性格などを考えれば1番近いエレンに任せるのが無難だとおもうが。」

 

 

 

「そうですか・・・・では最後です。エレオノーラ様の『病』の話を聞くかどうかの時・・・貴方は全く迷うことなく聞く事を選択された。貴方はブリューヌの人間・・・国に帰れないかもしれないという脅しを受けても貴方は聞く事を選択した。なぜですか?貴方は捕虜、貴方にとってエレオノーラ様は敵のはずです。」

 

 

リムの顔に疑問というより困惑の色が浮かんでいる。

 

 

「すまない、それにはうまく答えられる自信がないな。俺なりの策略があるという風に考えてもらえたら、気が楽にはなる。」

 

 

ーーー本当の事をいうわけにはいかない俺はしどろもどろにならないようにいまのリムが納得できるようにつとめて答えていく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25話

「・・ヴォルン伯爵・・・貴方は不思議なひとですね。捕虜という立場であるはずなのに物怖じしないというか。・・明らかに貴方は隠していることがたくさんあるはずなのに、なぜか信用したくなってしまう誠実さがある。もちろん手心など加えようとは思いませんし、アレクサンドラ様とエレオノーラ様が認めたとはいえ捕虜である貴方に公宮内での自由を与えた事に思うことはありますが、貴方の賢明な行動に期待します。」

 

 

ーーーこれは少しはリムに信用してもらえたということなのか?表情から困惑の色は消えたようだ。俺の方に少しも視線は向けていないけれど。

 

 

「あぁ、善処するよ。そうだ、無理だったら答えなくていいから聞かせてくれないか?」

 

 

俺は答えてもらえない可能性があるのを承知でリムに問うことにした。リムはここではじめて俺に視線を向けてくれた。

 

 

「・・・なんですか?」

 

 

「エレン・・・いや、エレオノーラ様はいつから病気になったんだ?」

 

 

 

ーーー今の俺にとっても前の俺にとってもエレンは最愛の女性だ。たとえ今はすれちがっていてもだ。

 

 

「・・・ブリューヌのことでしたら無言を貫こうと思っていましたが、事情を知った今の貴方なら話してもいいでしょう。くれぐれも内密にしてください。」

 

 

ーーーどうやら教えてもらえるようだ。俺は表情に笑みを浮かべないようにうなずいてリムの続きを促す。

 

 

「・・・ちょうど2年ほど前になるでしょうか・・・エレオノーラ様が戦姫になられてすぐの事でした。軍事演習中に突然意識を失って倒れられて、3日3晩目覚めることなく眠り続けられました。4日目の朝になって無事にエレオノーラ様は目をさまされたのですが・・・。」

 

 

ーーーそこで言葉を切ったリムはもう1度周囲を見渡して俺たち以外に人がいないことを確認する、もうすぐ俺の部屋も近いからか周囲には俺たち2人しかいない。

 

 

「・・・実は記憶が混濁していたみたいで、詳しくはお話できませんが私の知らない言葉や出来事を『私』が知っているかのような口振りで話されたり・・・急に泣き出してしまったり、それも3日程で収まったのですが・・・それからですね、お身体の調子が現在の様になったのは・・・。」

 

 

俺は冷静にリムの言葉を頭の中で整理していく。そして、『竜(ヴェーテ)』の一件。前の俺の時はリムが提案した、『ルーニエ』だったハズだった。だが不思議な事と疑うには足りない。何かが繋がりそうなのだが、まだ確信がもてない。

 

 

ーーー『戦姫(ヴァナディーズ)』は、『竜具(ヴィラルト)』によって選ばれる。ジスタート王が決める事でも戦姫候補が立候補してなれるわけでもない。それは、『ジスタート王』であった俺も知っている事だ。つまり『降魔の斬輝(アリファール)』は、病に掛かってしまっていても『エレン』を戦姫として見ているということでもある。

 

 

「・・・貴重な話をありがとうリムア・・・・」

 

 

 

「・・・リムでかまいません。特に気にする必要はないはずなのですが、貴方にリムアリーシャ『さん』と呼ばれるのは何故か心理的に落ち着かないので。」

 

「なら、俺のことも『ヴォルン伯爵』じゃなくて『ティグル』でかまわない。」

 

 

俺は即座にそう返したが、リムは更なるスピードで言葉を重ねてきた。

 

 

「それはダメです。と言っても貴方は頑固そうですし、今後は『ティグルヴルムド卿』と呼ばせて頂きます。さて、部屋に着いたようですね。」

 

 

 

 

「・・・・わかったよリム。これでいいか?」

 

 

「はい。では、ティグルヴルムド卿私はこれで。」

 

 

「ああ、ありがとう。」

 

 

ーーーリムと別れた後俺はあてがわれた部屋に入りベッドの上で頭の中を整理していく。

時間はあっという間に過ぎ去っていき、夕食を所定の場所で済ませた俺は部屋である人物が来るのを待っていた。

 

 

ーーーそして『この人物』との『長い時間に渡る話』が今後の俺自身の行動を決めることになろうとは思ってもいなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26話

ーーーあの日から20日ほどがすぎた。

 

俺はサーシャの『部下』としてライトメリッツで過ごしていた。表向きは、『ブリューヌ』の動きを探る斥候としてのものだ。何かあればすでにレグニーツァに戻っているサーシャと連携してすぐに動きだせるようにだった。

 

 

事実上は捕虜に近いものだが、問題はない。ルーリックや一部の兵士たちと『遊び』の賭け事に興じたり、厨房の人間から頼まれた動物などの解体を手伝ったり、条件付きではあるが、弓の訓練をしたり、レギンと話したり、エレンの前でリムと『弓以外』の武器を使った模擬戦を行ったりといったものでおおよそこんな調子でライトメリッツでの生活にすっかりなじんでいった。

 

 

 

俺はいま、訓練を終えて近くの井戸に向かおうとしているところだ。

 

俺をはじめ兵士たちはみな、訓練を終えるとそこで簡単に身体をながす。

公宮内にも兵士たちのための浴場はあるにはあるのだが、使用時間が決まっている上に、自分たちで水を運んで、沸かさなければならない。しかも女性兵士たちが行列を作っていることもあり待っている間に使用時間が迫ってきてしまう。

 

そのため、井戸はよく使われているのだ。井戸が見えてきたところで、俺は足をとめた。

やはり訓練を終えた2、30人ほどの兵士たちが井戸の回りに集まっていた。

 

 

俺は彼らに見つからないように、足を進める方向を変えた。ルーリックや一部の兵士たちとはそれなりに打ち解けて遊んだり、賭け事などをしている俺ではあるが、すべての兵士たちと仲良くやれているわけでもない。

 

彼らの中には俺がエレンやリムたちと話している場面を見て露骨に嫌な視線を向けてくる者も当然いた。

いま水浴びしているのはどちらかといえばそうした連中だ。

 

 

 

ーーーだがそれも含めてライトメリッツでの生活を楽しんでいることに間違いはないのだが、あの日のサーシャから言われていることがある。

 

 

ーーー「ティグル・・・・まずは『エレン』から信頼を勝ち取るんだ。」

 

 

 

エレンから信頼を勝ち取るといっても具体的にどう動けばいいのか正直わからない。

『前の俺』の時とは置かれている状況が違うからだ。

 

エレンは基本的に執務室か自室にいることが多い。今の体調ではそれも仕方がないというのはわかる。しかもリムや女性兵士や侍女たちのうち誰かかれか常にそばにいるため前のときのようにエレン自身が単独で行動することが極めて少ない。つまり『エレン』と『2人きり』になれないのだ。

2人きりで話ができれば、もう少し突っ込んだ話も可能ではあるのだが・・・・残された時間も決して多くはないことは俺が1番わかっている。

 

建物の角を曲がり、目立たない小道に入る。

この先に、別の井戸がある。公宮内を散策している時に見つけたものだ。小道のあたりには背の低い木が繁っているせいか、毎回この付近を通る度に身体を寒気が抜けるが今日はなぜかそのようなものを感じる事なく歩いていく。

そろそろ井戸かと思ったとき、どこかで聞いたような『ざあ』と水を流す音が聞こえた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27話

「先客がいるのか?」

 

 

ーーー『前の俺』の時にもあったような気がしたが、俺は井戸の方へと歩いていき、思わず『彼女』を抱き締めてしまいそうになった自分を律した。

 

ーーーそこには、エレンが一糸まとわぬ姿で水浴びをしていた。『前の俺の時』と変わらぬ抜群の肢体をみせたまま。その足元には杖と緑青色をしたゴツゴツとした外観の物体、おそらく彼女のいう『ヴェーテ』だろうものが見える。

 

 

「ん?・・ティグルか。」

 

俺の気配を察して振り返ったエレンは、あのときと同じように恥じらう事もなく、身体を隠そうともせず小さく笑った。戦姫としての矜持がそうさせているのだろう。

 

 

余談だが『前の俺の時』の俺が王となった時の『初夜』では布団の中で顔を真っ赤にして恥じらいを見せてくれた事もあった。

 

俺はいきなりのことに身体の一部をのぞいて動けなくなりまじまじとエレンの肢体を見つめていた。

銀色の髪は妖艶な模様をえがいて白い肌に張りつき、前の俺が何度も揉みしだいた乳房は水を弾き、少しだけ余裕のある腰からやわらかな丸みをおびた尻へのラインは扇情的にすぎる。

水が一筋、首筋から胸元をつたい、谷間に流れてゆく。

 

 

「・・・ティグル・・・そんなに物欲しそうな表情と身体で見つめられると、流石に恥ずかしくなってくるのだが。」

 

 

頬がほんのりと染まり困ったようなエレンの声に俺はようやく我に返り、慌てて彼女に背を向けた。心臓が激しい鼓動をたててる。

 

 

「す、すまない。誰かいるのはわかっていたんだがまさか・・・・」

 

 

ーーーそこで俺の記憶がたしかに甦る。できればもう少しだけはやくしてほしかったと思いながら、

 

 

「・・・もしかして、ここは女性専用なのか?」

 

「まぁ、そんなところだな。執務室や私の部屋に近いのでよく使っていたら、兵士たちが私に遠慮してここには近づかなくなってな。それを知ったリムや侍女たちも使うようになり、いつの間にか女性専用になったんだ。これはサーシャにも教えていなかったからお前が知らないのも無理はない。」

 

 

「本当に、ごめん。次からは気を付ける。」

 

「まぁ、私は構わないがリムがいたら間違いなく悲鳴をあげて井戸の影に隠れるだろうからな。そうなるとさすがのサーシャや私でも擁護できないからな。ところで、お前も身体を流しに来たんだろう?今は私しかいないし今回は特別だ。背を向けてないで、来たらどうだ?」

 

俺は前の俺の時と同じようなやりとりを思い出す。しかも今は数少ないエレンが単独行動をとっているチャンスだ。少しだけ余裕ができた俺は意を決して言葉をしぼりだしながら振りかえる。

 

「一応聞くが、ジスタートでは、男女が一緒に水浴びをするのはふつうなのか?」

 

「おかしくないのは6、7歳ぐらいまでだろうな。私は10歳まで大人の男たちと一緒に水浴びをしていたがな。」

 

 

あきらかにおもしろがっている声。ならばこちらも勢いをつける。俺はそのままエレンの隣にしゃがみこむ。一応なるべく見ないようにしてだが、

 

 

「さっきも言ったが、恥ずかしくないわけではないぞ。だが私は『戦姫』だ。この公宮に・・・・ライトメリッツに住む者たちの主としてその立場にふさわしいふるまいをするようにこころがけている。だ、だから不意打ちで裸を見られて呼吸が止まるほど恥ずかしかったとしてもだな・・・・。」

 

 

俺は幾分冷静にエレンに視線を送った。もちろん彼女の肢体も素晴らしいが、以前の『前の俺』がエレン本人から聞いたようにエレンが水をかぶるペースがやけに早いことに気づいた。やはり言葉ほど堂々としているわけじゃない事に俺は笑みを浮かべた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28話

「エレンは、ひとりなのか?見張りとか護衛は?」

 

「今ははずしてもらっている。私の体調を慮ってほぼ四六時中はりつかれているんでな。正直息がつまる。だから水浴びと就寝時とその・・・化粧室に行くときだけはな・・・。」

 

 

俺が先ほどより動揺を抑えてエレンを見ながら話していたのに気づいたのか、こちらを向いてくるエレン。おそらく俺が本当に遠慮なしに隣にくるとは思ってなかったんだろう。

 

「流石にそれはむぼ・・・・ん?」

 

 

いつの間にか俺の足元に何かが身を寄せてくる。体長は4チェートほどのずんぐりとした幼竜だ。

 

 

「『ヴェーテ』・・・?」

 

俺はエレンからヴェーテの方へと視線を移す。体格はトカゲに似ているが、頭部に生えた2本の角と、身体のほとんどを覆っているごつごつした緑青色の鱗、背中でぱたぱたと揺れている蝙蝠に似た翼が違う生き物であることを証明している。どことなく好意的にこちらを見上げてくれているような気がする。

 

 

「・・・・たしかに以前私の飼っている竜の名前が『ヴェーテ』であることはお前にも告げてはいるが・・・妙にヴェーテがなついている様に見えるな。」

 

ーーー元来竜は知能が高く、幼い竜でもかなり正確に人間の顔の識別ができるという。

『前の俺』は『ルーニエ』をはじめ何頭か見ては来ていたが、いまの俺はおそらく『2頭目』ということになるのだろう。

 

「ティグル・・・私のいない間にヴェーテに会ったことがあったのか?」

 

 

「いや、今日がはじめてだ。」

 

エレンが裸のまま不思議そうな顔で俺に問いかけてくるがなるべく気にしないような素振りで答えて、俺は『ヴェーテ』を抱っこした。なぜかは自分でもわからないが、ヴェーテは抵抗することもなく、むしろ自然体のままにおとなしくなっていた。

 

 

「・・・珍しいな『ヴェーテ』が私以外の初めて見た人間に抵抗することなく抱っこされるなんて・・・・。」

 

 

 

「そうなのか?」

 

 

「ああ、今でこそなれた人間にはさわられても抵抗したりはしないが、初めて見た人間には基本的にさわられそうになっても嫌がるんだがな。」

 

 

ーーー俺はそれを聞いてほんの少しだけあり得ないことを考えついてしまったが口にはださなかった。しばらくしてエレンがまた問いかけてきた。

 

 

「お前は竜を見るのは何度目だ?」

 

 

「・・・2回目だな。2年前に狩りをしていた山奥で見たことがあるよ。6、70チェートはあったかな・・・多分地竜(スロー)だったと思うけど。」

 

「・・・ティグルは運がいいな。私はいままで『ヴェーテ』以外の竜を見たことはないんだ。」

 

 

いつの間にかエレンは裸ではなく最低限の短衣を身にまとっていた。これはこれで何かがかきたてられてしまいそうになるが、先ほどよりはマシだろう。

 

 

俺はヴェーテを撫でてみようとして手をさらに伸ばすと、ヴェーテはやはり逃げることなく撫でられるままになっていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29話

展開が早すぎるとか言われてますがまぁ、イインデス(笑)


「1頭目はその地竜とやらか。そいつはどうした?」

 

「襲われて、逃げながら戦ってなんとか倒したよ。あのときは死ぬかと本気で思ったよ。」

 

ーーーいうまでもないことだが竜の戦闘能力は他の獣とは比較にならない。

大地を踏み鳴らし、木々を薙ぎ倒し突き進んでくる巨大な地竜に俺は何度も死を覚悟したものだ。

 

 

「竜と戦って勝つとはたいしたものだ。・・・ところで、そいつの鱗は何色だった?」

 

その台詞で俺はまた記憶が甦る。

『前の俺』の時にエレンが教えてくれたことだが、ジスタート王国では『ヴェーテ』のような幼い竜と黒い鱗を持つ竜は殺してはならないと定められている。竜たちは、諸国の神話に出てくる竜の眷属なのだ。ジスタートに棲息している竜ならば、ジスタートの神話に出てくる黒竜ジルニトラの眷属というわけだ。

だからジスタートに近い者として保護をする・・・・そんな話だったハズだ。

 

「黄土色だったが・・・たしかジスタートでは竜について決め事があったんだったか?詳しくはしらないが。」

 

「・・・ああ。黄土色だったならいいんだ。しかし、竜を倒してもティグルは認めてもらえなかったのか?」

 

「死体を見せられなかったからな。一部を切り取るなんて不可能だったし、俺も疲れていた。そのあと土砂崩れが起こって流された。」

 

「・・・戦姫たる私がそばにいたら正当に評価するのに。」

 

エレンの台詞に何かを感じながら俺はヴェーテをエレンの方に戻るように促すと、理解をしてくれたのか風竜は短衣姿のエレンの腕のなかにおさまった。

 

ーーー俺としてはこのチャンスでエレンとなんの思惑もなしに2人で話していたい気持ちが強かった。だが、サーシャの言葉とこの後に確実に起こるだろう事、いままで得られた情報や前の俺の知識などが頭を巡る。あまりエレンを試すようなことは口にしたくなかったが俺は決断した。

俺は空を見上げながらエレンに向かってある言葉を口にした。

 

 

「『ヴェーチェル』・・・この言葉に覚えはあるか?」

 

「えっ?・・ああ知っているに決まっている。『ヴェーテ』の名前・・・まて、どうしてお前が・・・。」

 

「この間サーシャが言っていたのは正確には違うだろう。『ヴェーチェル』こそが古い時代のジスタート語で風を意味する。違うかエレン?」

 

俺はそこでエレンへと視線を向ける。

 

彼女のヴェーテを抱く肩がわずかだが、震えていた。水浴びをして寒気があるからではなさそうだ。エレンは1度記憶が混濁したことがあるとリムが言っていた。もしかするとそれが『今の俺』が置かれている状況に似ているのではないか・・・この数日で俺が考えた荒唐無稽な推測・・・いや願いだったかもしれなかった。

 

「『ヴェーテ』はある人間の夫婦の間に生まれた子供の『愛称』だ。・・・もちろんエレンがそういう事は関係ないというのならこの話は忘れてくれ。」

 

「・・・私は夢を見ているのか?その話を私が忘れたいわけがないだろう『ティグル』!!・・・そうだ、『ヴェーチェル』はお前と私の未来の子供の名前だ!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30話

ーーーあのあとエレンは『前の俺』ですら見ることのなかった大きな声と嗚咽で膝をついて泣き出してしまった。

俺はすぐに抱き寄せて胸を貸して『ヴェーテ』と共にしばらくそうしていたのだが、そこに厚手の布や石鹸を入れた桶を持った短衣姿のリムが現れて、怒号と悲鳴を持って桶を投げつけられたという一幕があった。

 

リムの声で異変に気づき泣き止んでくれたエレンの嘆願もあってリムの誤解をといた俺は食事を終えた現在エレンと『ヴェーテ』2人と1頭だけでエレンの私室にいた。

リムはもちろんルーリック(長髪のまま)も異論をエレンにしたが、エレンの『お願い』で皆を説き伏せて何かあった時は『ヴェーテ』をリムに伝令がわりに送ることを条件としたのだった。

 

彼女の私室に俺が入るなりすぐにエレンは杖を放って瞳を潤ませながら抱きついてきて再び泣き出してしまった。俺はエレンの気のすむまでまずはそのままでいようと考えて彼女の肩を抱き締めた。

まさかまたこうやってエレンに触れる事ができるなんて考えてもいなかったのだ。俺は涙こそ必死で抑えたが、しばらくしてエレンから何気なく『覚えのある熱い視線』を向けながらささやくように名前を呼ばれた瞬間俺は唇を重ねる事を我慢しなかった。もうおさえられなかったのだ。今のエレンが『俺のよく知っているエレン』だとわかってしまったから。エレンもまた特に抵抗しなかったことも俺の行動に拍車をかけた。

 

俺達はどちらからともなく1度抱擁をとき、エレンのベッドにあった毛布を2枚ほど取りだしベッドを背もたれがわりにして俺が後ろからエレンをエレンがヴェーテをそれぞれ抱き締める形をとり2枚の毛布を使い熱を失わないようにする体勢をとった。

 

 

ーーーどれくらいそうしていただろうか?

 

俺はエレンとヴェーテが寒さを感じていないかが気になってしまい口を開いた。

 

 

「エレン寒くないか?」

 

「・・・大丈夫だ。どうやらヴェーテもいつの間にか眠ってしまったようだ。すまないなティグル、今日の私は泣き続ける事しか出来ない少女でしかなかったな。」

 

「俺だってリムに桶を投げつけられなかったらきっと一緒に泣いていたさ。それに『今のエレン』とは知り合ってそれほど時間は経っていないのにあのエレンの仕草を見て我慢できなくなって俺から唇を重ねたんだ。」

 

 

「・・『昔の私』が唇を重ねて欲しいときにする仕草を覚えてくれていたのだな。うれしい・・私だけじゃなかったのだな・・。」

 

 

エレンはそう言ってさらに身体を俺に寄せてくる。このまま時間が止まってしまえばいいのにと考えてしまうほど幸福を感じた。具体的に言うと、『前の俺達』が初めて身体も心も通わせあった夜明けのひとときに匹敵するだろう。だが、このままずっとこうしているわけにもいかない。今の現状ではエレンと2人だけで腹を割って話せる時間は今夜を置いて他にないかもしれない。

 

「エレン聞いてくれ・・・いまから君といろいろと話さなければならないことがある。このままの体勢で構わないから時間をもらえないか?」

 

俺が言うとエレンは身体の向きと顔を少しこちらに向けてからこう言った。

 

「当たり前だ『あの時』から私はお前のものでもあるのだからな・・だがそうだな。『100』まで数えないか?そうしたら、お前が聞きたいという話をはじめてやろう。」

 

「・・・『川に行く』必要はない気がするが・・そうだな。じゃあいこうか。」

 

そう俺がエレンの言葉に『前の記憶』でもって返答し数えはじめる前に俺はエレンの両肩に手を置いて唇を奪う。エレンは目を丸くしたあと、俺の唇が離れるのを待ってから彼女の反撃を受け入れた。

そうしてお互いが堪能してから小さな声を合わせて、いち、に、さん、と数えはじめたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31話

ーーーあれから短くはない『100』を2人で数え終わって俺達はようやく『ひとごこち』がつき落ち着いた。そのお陰もあってか毛布の中は熱を失うどころか、ほんのりと汗を掻いているくらい暖かい状態だ。

毛布の中ではヴェーテを起こさないようにしながらエレンが俺の手を自分の腰に回させて動かないようにしている。

 

「エレン・・・『前の記憶』はどれくらいあるんだ?」

 

「そうだな・・・残念ながら全てではないな。ヴェーテが産まれてから私が死ぬまでの記憶や私が築いてきた人間関係についてはほぼ鮮明に覚えている。ティグルとの出会いや大まかな戦の流れもおおむね問題はないが、細部の動きや戦の結果、話していたことなどはかなり曖昧だな。もちろん『魔物』の事もだ。サーシャやお前から聞いて少し思い出したかなというところだな。ティグルはどうなんだ?」

 

「俺も似たようなものだ。『ディナント平原の会戦』前にいろいろと思い出したばかりでなんとも言えないな。だが、その場面場面でフッと記憶が戻ることがあるから悲観はしてないさ。まさかエレンじゃなくてサーシャに捕虜にされるとは思わなかったけどな。」

 

「健康なサーシャは強いだろう?『前の私』とリュドミラを2人まとめて子供あつかいしたのだからな。私としてもサーシャが病気じゃないということは嬉しい誤算だよ。」

 

そう言いながらエレンの手の力が少し強くなったのを俺は感じた。

 

 

「・・・・たしかに驚いたよ。はっきりいって人間じゃないとさえ思えたからね。」

 

 

「そうだろうな。しかしお前は『こちら』に来てからまだ日が浅かったのだな。私は『記憶』を得てから2年近くたったが、私以外にこの『記憶』を共有できる人間はライトメリッツにはいなかったんだ。だから最初は本当に辛かった。リムはもとよりソフィーにすら怪訝な顔をされてしまったからな。時間と共に『今の私』と『前の私』を擦り合わせていってようやくだからな。その点ティグルは凄いぞ。」

 

 

「・・・俺の場合はすぐに『ディナント平原の会戦』があったし、『前の俺』が死んだときに看取ってくれた『ティッタとの約束』を叶えようという想いが強くてさ。そこまで悲観的に考えている余裕もなかったからだな。」

 

 

「・・・もしかして私達8人の中でティグルと最後まで寄り添えたのは『ティッタ』だけか?」

 

 

「・・・ああ。ティッタには辛い想いをさせてしまったと思っている。だから『今の俺』ははやくティッタに会いたいというのも本音なんだ。今のティッタは『記憶』があるわけじゃないようだし、マスハス卿やレギンもそうなんだと思われる。おそらく、ミラやリーザ、オルガ、・・・ヴァレンティナもないだろうな。」

 

俺はそう言ったあと、エレンの手に少し力を加える。これからは『俺』もいるから『記憶の事』で苦しむなという気持ちを込めて。

 

 

「・・・そうだな。サーシャについても私には『記憶』を取り戻している様には見えないからな。当分は私とティグルだけの秘中の秘ということにしておこう。だが、ティグル・・・これからどうするつもりなんだ?」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32話

「本来であれば、『アルサス』に『テナルディエ』侯爵が攻め寄せて来た報告を受けたなら、すぐに『エレン』に兵を貸してもらって行きたいところだが、今の名目上の『エレン』と俺との関係でそれは難しいだろう?」

 

「・・・たしかに不自然だな。もともとお前はサーシャの捕虜だ。しかも今はサーシャの部下だ。もしどうしてもアルサスに遠征するならレグニーツァの兵士でなければ言い訳にすらならないな。『前の時』でも私達がアルサスに到着したのはかなりギリギリだった。名目的にも時間的にも厳しくなるな。」

 

「いまはレギン・・・いや『レグナス王子』もいるから。その点をうまく利用できれば・・名目としてはなんとかできるだろう。あまりレギンを戦場に連れ出したくはないが『前の』時とは与えられた条件や状況が違うからね。」

 

俺がそう言うと、エレンはなぜか頬を膨らませながらこちらを見て言った。

 

「なるほどな。状況や条件が違っているというのはわかるが、私の誘いは迷わずに断っておいてサーシャの誘いにはあっさりうなずいた点はいささか傷ついたぞ。今だから言えるがな。」

 

「す、すまないエレン。でもその分サーシャも協力してくれるはずだ。今のエレンをブリューヌの内乱に連れていくわけにもいかないし、リムだって反対するだろう。」

 

「・・それでも私は行く・・と言いたいところだが、この身体ではかえってティグルに迷惑をかけるだろうな。だが、このままなにもしないのは私が耐えられない。だからライトメリッツから兵を『1000』と『リム』をお前に貸してやる。おそらくサーシャも兵を連れては来るだろうがな。」

 

俺はエレンの言葉に驚きを隠せず、問い返した。

 

「・・・いいのか?」

 

「かまわん。どのみちリムは私の命令であれば聞く。サーシャも『おそらく』来るのだろうから、サーシャの副官とすれば兵士達も問題はなかろう。私は『レグニーツァ』と『ライトメリッツ』の2国を統治することになるだろうな。」

 

「・・・ありがとうエレン。」

 

「それよりティグル・・今の想定がそのまま出来て、『アルサス』を解放できたとしてだ・・・後々にブリューヌのなんといったか忘れたが、なんとか公爵絡みで『あいつ』とやりあう事になるんだろう?大丈夫なのか私抜きで?」

 

ーーーここでエレンが言った『あいつ』とは・・・ジスタートの公国のひとつ『オルミュッツ』を統治する戦姫『リュドミラ=ルリエ』の事だ。

『前の俺』が『テナルディエ公爵』と対立した際に、先祖の代から続く『つきあい』の義理から俺達に兵を向けたことがあった。それを切り抜けたあとは俺にとってのよき『同盟者』となり何度も助けてもらった。

その後俺がジスタートの王になる前に想いを打ち明けられ恋人となった人物だ。当たり前だが、現在は俺はともかくミラは俺の存在を知らない。

 

 

「・・正直俺はまだそこまで考えてはいないが、『サーシャ』がそれなりの手を打ってくれているハズだ。」

 

「・・・随分とサーシャを信頼しているようだが、お前はサーシャから何を言われたんだ?」

 

「・・サーシャからは『エレン』の信頼を勝ち取れとしか言われていないんだ。具体的な策はなにも言われてないよ。」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33話

マイペース大事!


「ティグル・・・いや、サーシャなら問題はないだろうが・・・」

 

エレンが呆れた様な諦めた様な顔をして俺に視線を向ける。腕はもちろんそのままだ。

 

「エレンが言いたいことはわかるよ。俺も最初は戸惑ったからね正直。でも、今の状況を冷静に考えれば俺のとるべき手段は『サーシャ』の部下になることしかなかったんだ。その上で、サーシャは『エレン』の信頼を勝ち取れって『命令』してきたんだ。だからきっと大丈夫さ。」

 

 

「だが、ティグル・・・もし万が一私が『前の記憶』を持っていなかったらどうするつもりだったんだ?」

 

「そのときは、サーシャの名前を前面に出しつつ弓矢での勝負をエレンに挑んで俺が勝ったら兵を貸してもらう条件をのませていただろうな。」

 

「・・・なるほど。ん?『ヴェーテ』どうした?」

 

エレンが言うと、ヴェーテが毛布の中から出てきて俺達を見てからドアの方へと向かっていく。そのまま口でドアを開けてゆっくりと出たあと、律儀にドアを閉めてどこかへと行ってしまった。

その間俺達はその場から動くことはせずただ、見守っていた。

そんなヴェーテの様子を見ているうちに俺の記憶がまた少しよみがえった。記憶よりも少し早い気もしたがおそらく今夜ある出来事があるハズだと。

 

「エレン・・・本当の意味で今『2人』になれたけど、俺はなんとなくすぐにリムかルーリックに呼ばれるような気がするんだ。」

 

「・・・たしかティグルの側仕えの老人・・バートランだったか。その人物がここに来ると?だが、いささか早いんじゃないか。」

 

「・・・『前の記憶』ではまだ30日位は猶予があったと思う。だが、ブリューヌの内乱の兆しがあれば『早まった』っておかしくはない。『前の記憶』の通りに歴史が流れていくのならいいがそうとは限らないだろう?事実、『サーシャ』と『リーザ』が『魔物』に遭遇した時期がかなりずれている。考慮はしておくべきだと思う。」

 

「たしかにそうだが・・・『あの時』もこんな真夜中だったな。私がベッドで仮眠していた時にリムがドアをノックし・・・」

 

ーーーコンコン

 

エレンの言葉で歴史が動いた・・・そんなわけではないだろうが、タイミングがよすぎる。

エレンは一瞬俺を見てうなずいてからドアの方へ声をかけた。

 

「誰だ?」

 

「・・リムアリーシャです。エレオノーラ様ご歓談中失礼します。急を要する案件のため彼を介さず直接お部屋に来たことをお許しください。」

 

「・・・本当であればいまさっき部屋を出ていった『ヴェーテ』を介してほしかったがまぁいい。用件はなんだリム?」

 

エレンはそう言ってから名残惜しそうに、俺から離れて毛布1枚を身に纏いながら立ち上がる。俺もベッドに身体を移して毛布を巻き直す。

 

「エレオノーラ様・・・まだそちらに『ティグルヴルムド卿』はおられますか?」

 

俺はうなずいてエレンに答えてもらう事にする。

 

「ああ、ティグルならここにいるぞ。」

 

 

「・・・『ティグルヴルムド卿』の従者と思われる人物がこの公宮に侵入してきたようです。現在ルーリックをはじめとする『ティグルヴルムド卿』に比較的好意的な兵達が彼を拘束し『ティグルヴルムド卿』を探している様です。どう対応しますか?」

 

ーーーそのリムの言葉に俺は2度目のブリューヌの内乱が始まろうとしている事を悟った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34話

しばらくして簡単に服装を整えた俺とエレンはリムと合流し訓練場へと向かった。

 

薄暗い場所の一角に数人の兵士達に囲まれて、1人の老人が座り込んでいるのが見えた。だが、まだ俺は言葉を発しない。

 

「ずいぶん騒がしいと思えば・・・こんな夜更けにどうしたんだお前達?」

 

エレンは杖をつきながらルーリックや兵士達に言葉をかけると、皆一斉にその場に膝を着いた。この場合は、エレンやリムに、見つからないように『俺』とバートランを引き合わせようとしてくれていた事を見つかってしまった恐怖とこれからどうなるのかという不安が彼らにはあるのだろう。

エレンは『寛容』ではあるが、決して甘くはないからだ。

 

そして今の俺も立場が少し違う。手放しでバートランと無事を確かめ合い感情のままに脱走というわけにもいかない。

 

エレンは松明を持っている兵士に立ち上がるように命令し、座り込んでいる老人を照らすようにたたせるとやはりというかその人物の顔を俺はよく知っていた。

 

俺はバートランの前に駆け寄って手をとる。

 

「若っ!若っ!よくご無事で!」

 

「お前こそ。本当によかった。マスハス卿は生きのびられたか?ティッタはどうしてる?」

 

俺は幾分冷静に顔中をグシャグシャにしたバートランのしわだらけの手を握りしめて、語りかけた。が、後ろからエレンの声が聞こえた。

 

「ティグル・・・再会の挨拶のところ悪いが・・・その老人から話を聞きたい。おそらくお前が尋問するのが適任だろう。事と次第によってはここにいる兵士達と一緒に投獄しなければならないのでな。」

 

「ああ、ありがとうエレン。」

 

「わ・・・若・・尋問ってどういう・・・」

 

「バートラン・・・聞きたいことは山ほどあるが、先に言っておく。俺は今はここにいない『戦姫アレクサンドラ=アルシャーヴィン』様の部下という立場にいる。だから名目上だが、お前がジスタートの公宮に忍び込もうとした理由を問い詰めなくちゃならないんだ。話せるか?」

 

ここでバートランが現れた理由が『前の俺』の時と同じならばそれほど難しくはないが、もしも違うとなると本当に投獄しなければならなくなる。

 

「若、それが、話どころじゃねえんです。『テナルディエ公爵』の軍勢がアルサスに向かっておるんです。数は4000だと・・・・。」

 

兵数が若干多い気がするがどうやら大筋の流れは変わっていないようだった。

 

「・・・・。」

 

俺は2回目とはいえやはりテナルディエ公爵の

動きに関して理解に苦しむ。たしかに『ザイアン』とは仲が悪いが、いくらなんでもそれだけで兵を動かせるハズもない。私情で国土を荒らすなど国王が許さない。だが、レギン・・・・レグナス王子を失った形になっている傷心のブリューヌ王が彼らを止められるハズもない。

 

「わしにはようわかりませんが・・・・。」

 

枯れ木のような腕で涙をぬぐい、喘ぐように言いながら、バートランは懐から1通の手紙をとりだした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35話

「マスハス卿から、手紙を預かっとります。実は、ここまでの地図と馬を用意してくださったのはマスハス卿で・・・・。」

 

バートランから手紙を受け取った俺は、エレンを一瞥しうなずいてくれたのを確認してから目を通す。

手紙の内容は、身代金を用意できなかったことの謝罪からはじまり、アルサスが現状は平穏であること、派遣された兵士達が全員怪我はあれど無事に帰還できたこと。ティッタが毎夜神殿に祈りを捧げていることなどが書かれていた。

 

ーーーティッタ・・・・。

 

俺はティッタを思うと目頭と身体が熱くなったが、冷静に続きの文を読む。

 

だいたい想像はついていたが、テナルディエ公爵が4000もの兵をさしむけてアルサスを焼き払い、領民たちを自領に連れ去るかムオジネルに売り払うつもりでいること。

さらに、ガヌロン公爵も先んじて兵をアルサスに動かそうとしていることも書かれていた。

 

マスハス卿自身はガヌロンを抑えることで精一杯なので、どうにかしてジスタートを脱出して戻って来て欲しいという頼みで手紙は終わっていた。

 

ーーー予想はしていたがやはりタイミングが早すぎる。サーシャに連絡をしてライトメリッツに到着するまでに間に合うか・・・・。

 

 

「ティグル・・・手紙にはなんと書かれていたんだ?まぁ、お前の顔と手を見れば予想はつくが・・・。」

 

エレンの言葉に俺は冷静さを取り戻しマスハス卿からの手紙の内容を話した。

 

「それがたしかだという証拠は?」

 

「ない。だが・・・町が焼かれてからでは遅いということはわかっている。だからエレンの方からレグニーツァのサーシャに連絡をいれてもらいたい。それまで勝手な行動はレギン共々慎むようにつとめる。必ず」

 

エレンはすぐには答えない。『前の俺』であったなら強引にでも突破しようとしただろう。だが今の俺は『サーシャ』の部下である。バートランはがっかりするのかもしれないが、冷静に判断すればサーシャの到着をここで待つしかない。そう考えての言葉だったのだが、エレンは何かを考えるようにうつむいてから顔を俺に向けて言った。

 

「わかった。サーシャへの連絡は私が手紙をしたためてからすぐに早馬をとばす。5日もあれば届くだろう。だが、いいのかティグル急がなくても?」

 

「・・・エレン?」

 

エレンの言っている言葉の意味はわかる。今からエレンから兵を借りてアルサスに向かえればサーシャがレグニーツァの兵を連れて駆けつけるのを待つよりも時間を短縮できる。先ほど2人で話していたときにも言っていたことだ。

だが、エレンを連れていくワケには・・・いや、あるじゃないか。この場でエレンから兵を借りていく方法がというかエレン自身が言っていた。

 

「エレン・・・もし許されるならでいい。たのみがある。」

 

俺は『あの時』と同じようにエレンに頭をさげた。

 

「兵を貸してくれ。サーシャが合流するまででかまわない。」

 

膝をついていたルーリックやリム達の呼吸が一瞬止まったように思えた。

 

今回は捕虜ではなく『戦姫の部下』としての言葉だった。また、先ほど『エレン』には話を通している。ここでの俺の言葉は形式的なものでもあった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36話

「貸せというか。かまわん。だが、サーシャの方に『貸し』はつけておくからな。リム、戦だ!『黒竜旗(ジルニトラ)』を掲げよ!」

 

エレンの号令からの展開は早かった。

エレンとリムとの間に若干の口論はあったが、『サーシャの部下』からの要請を断るわけにはいかないというエレンの言葉にリムが折れる形になる。またリムとライトメリッツの兵士1000が俺に従軍する形になった。敵の4分の1しかないが、わかりきっている事情がある。

 

ひとつは速さを優先したこと。本当ならばサーシャの到着を待ちたいが思い出した『前の記憶』からくる俺の本心としてエレンに借りを作ってでもアルサスを・・・ティッタのもとに駆けつけたい思いがある。また、大軍であれば動きがどうしてもにぶくなる。

武器や食料もそれだけ必要になるし、時間もかかる。

ましてや『今回』もこの兵達には、山道が1本しかないヴォージュ山脈を越えてもらわなくてはならない。

とはいえ数が少なくてはどうしようもない。

そういった事情も考慮しての数字が1000なのだ。ほとんど騎兵だけで構成され、馬は3000近くの数が用意される手筈だ。替え馬を多く用意して、行軍距離を稼ぐ狙いがあるからだ。

『前の記憶』があるとはいえエレンには感謝しかない。

 

また、エレンの命令で従軍してくれるリムの名目上は『サーシャ』の副官ということで落ち着いた。

 

その戦の準備をしている間に俺は自室にて、サーシャに捕虜にされたときの格好・・・革の鎧に革の籠手、革のすね当てにマント。

手には普通の弓、腰には矢筒といったあの『黒い弓』以外は同じものだが準備を終える。

 

リムから準備を終えたら執務室に来るように言われているためそのまま執務室に向かう。

執務室の扉をノックするとほぼ全身を甲冑でかためたリムが応対してくれた。そのまま執務室に入ると、同じような甲冑で身をかためたレギンと鎧の上から青地のマントを羽織り、腰に手をあてて胸を張るエレンの姿があった。

 

ーーーやっぱりエレンは綺麗だ・・・。

 

 

「ティグル・・・お前の用意はすんだのか?」

 

「みての通りだ。レギンには話は通したのか?」

 

俺は内心エレンにみとれていたのを隠すようにして質問に答え、質問を返す。それに答えたのは俺に1番近い場所にたっていたレギンだった。

 

「ティグルヴルムド卿・・・事情はエレオノーラ様から先ほど聞きました。正直貴方がアレクサンドラ様の部下になられていたことを知ったときは衝撃を受けました。ですが、私は貴方の助けになりたい。そのためならば『レグナス』の名をもう1度名乗り戦場へいく事にためらいなどありません。」

 

「レギン・・名目上とはいえ君を戦場に担ぎ出す事になって本当にすまない。だが、君の事は俺ができる限り守るように配慮する。」

 

「ティグルヴルムド卿・・・・。」

 

レギンが笑みを浮かべたところでいつの間にか俺のそばに移動してきていたエレンとリムが口を開く。

 

「さて、ティグルどうやら襟が曲がっているようだな。」

 

「そうですね。髪も、もう少し撫で付けた方がよろしいかと。」

 

 

「ティグルヴルムド卿!私の櫛を使ってください!」

 

エレンの手が俺の首筋のあたりをさわり、リムとレギンが髪に触れる。

3方向からせまられて、俺は声も出せず3人の匂いで『アレ』がまずい状態になってしまっているのを悟られないようにしている間に俺の身だしなみは整えさせられていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37話

忘れられても仕方ないですかね(笑)
遅れましたが、2話連続❗相変わらず進んでませんが❗


ライトメリッツを1000の兵で出陣してから17、8日あまりが過ぎた。

アルサスまでもうあと1日程というところまでやってきている。もうすぐティッタに会える。そんな思いを抱きつつもこのあとに待ち構えている『ザイアン=テナルディエ』との戦のことも頭にある。リムやレギン達と軍議を重ねて考えうる作戦と戦場を進言してある。

リムとレギンは俺の言葉に驚きの声色と表情を浮かべていたが気づかないふりをしたのは内緒だ。俺の『経験値』は決して安くないと自負している。過信は禁物だが。

 

そんな俺は今リムとレギン・・・そして薄汚れたローブに身を包み、フードを目深にかぶり一介の侍女には『不釣り合いな剣』と見覚えのある『黒い弓』を所持しており、フードからのぞいている白銀の髪のライトメリッツの侍女『エレノア』を名乗る少女の4人で司令官用幕舎にいた。数日前から挙動不審で『杖』をついた侍女がいると報告はあがっていたためリムとレギンに調査を依頼した結果が今の状況である。

 

ーーーというかこの少女の正体は前の記憶から振り返ることもなく『ライトメリッツ』に残っていたはずの『エレン』であった。

 

リムの目が厳しいというより呆れの色を携えて言った。

 

「エレオノーラ様・・・あなたが大人しくライトメリッツに残られるとは思ってはいませんでしたが・・・あえて聞きましょう一体どういうつもりなのですか?」

 

「・・・ティグルに『黒弓』を届けに来ただけだ。あの時サーシャから預かっていて必要と感じたら渡すようにと言われていたのでな。」

 

「そうですか。では今までまるで身を隠すようにしておられたことの理由は?」

 

「そ・・・それは・・・・・。」

 

エレンがリムに問い詰められ顔を青くしていく。エレンが俺に黒弓を渡し忘れるなんてそんなミスをおかすハズがないことはこの場にいる誰もがわかっている。

となれば、その事を名目にこちらについてきて俺と一緒に戦いたいんだろうなと感じる。

たしかに俺も本心はエレンと一緒に戦いたいと思っている。だが、エレン本人も言っていた通り戦争に耐える体力面が問題だ。いくら、本陣に待機し直接戦闘に参加しないとしても戦争状態にある緊張感や疲労はついて回る。

それにエレンもわかってはいるハズだ。だが、俺はやっぱり嬉しさが上回ってしまっているためなのか別の疑問点で口を挟んだ。

 

「・・・エレンが着いてきてしまったのはもう仕方ないとしても・・サーシャやライトメリッツの方はどう対処してくれたんだ?」

 

「・・・ライトメリッツの方はルーリックに一任してきた。手紙は私が大急ぎでしたためて早馬で送っている。だから大丈夫だと思うぞ。文官達もいるからな。」

 

自信満々に俺の疑問に答えるエレンをますます冷ややかな視線で言葉をぶつけるリムとそれを苦笑いで見るレギン。俺は頭をかきながら今のエレンにやってもらわなければならない約束と役目を考えて伝えるために再び口を開く。

 

「リム・・とりあえず今はその辺で、こうなってしまったならしょうがないさ。エレン・・わかっているだろうが本来なら君を最前線に出すわけにはいかない。」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38話

若干の修正やらなんやら入れました❗
精神的要因とリアルTIME事情が噛み合わないとこんなに更新できないのか・・・・(戦慄)


「・・・わかっている。私の事は私が1番理解しているからな。」

 

 

「だが、いま俺についてきている兵士達は元々はエレンから借りている兵士だ。名目上はどうあれ君が後ろに控えてくれているだけでも兵士達の士気があがるだろう。総指揮官たるレギンを守りながら・・・という条件はつくが、共に戦ってもらえないか?」

 

「ティ・・ティグルヴルムド卿なにを言って・・・・」

 

俺の言葉にリムが反論の言葉を俺に向けようとする。リムからすれば当然だ。おそらく俺がエレンに共に戦おうなどと言葉をかけるとは思わなかったんだろう。

しかし、エレンの性格や行動指針を考えれば無理やりライトメリッツに帰らせたりするよりも『役割』を与えて居場所をある程度把握できるようにした方がいいと思っている。戦場に来てしまった以上はどこにいても少なからず疲弊してしまうのだから。

 

それにここ数日に思い出した事だが、『前の俺の記憶』で、アルサス到着早々に俺の屋敷のバルコニーで『黒い弓』を持っていたティッタがザイアンに乱暴されそうになっていた場面に遭遇した。発見した俺が駆けつけて事なきを得たハズだ。

だが、今回は『黒い弓』はこちらにあるし状況が違うしティッタがいまどこにいるのかわからない。まずは住人を救助しながら俺の屋敷を目指すことに変わりはないのだが。

その時に少なからずエレンに助けてもらってもいる。エレンを必要以上に疲弊させたくはないが、何が起こるかわからないのだから来てしまったのならば可能な限り協力してもらうべきだ。

 

「リムもわかっているだろうが・・・兵数が向こうよりこちらが圧倒的に少ないんだ。言い方は悪いが、兵を遊ばせておけるほどこちらに余裕はないんだ。『個人』の事情を考慮するにも限度がある。そういったことを理解した上でエレンはここにいると思っている。だから一軍の将として宛にさせてもらいたんだ。」

 

「ほぅ・・・ティグルよく言った。もしお前までが私に『さっさとライトメリッツに戻れ』などと言ってきたらどうしようかと思っていたが・・・そういう役割があるならば私は黙ってレギンを死守する役目をまっとうしてやるぞ。」

 

 

「頼む」

 

「・・・はぁ・・・エレオノーラ様・・・この戦が終わったら強制的にベッドに縛りつけてでも長期の休養をとってもらいますからね。」

 

「・・わかったわかった。」

 

俺の正論にリムも最後にはエレンの参戦を承諾してくれたようだ。言葉の後半部分は聞かなかったことにしたが、

 

「えっと・・・ティグルヴルムド卿・・・それでは私はエレオノーラ様と一緒に本陣にいればいいのでしょうか?」

 

とこれはそれまで静かに状況を見守っていたレギンである。もちろん戦場のため、レグナス皇子仕様となっている。

また、軍旗に関してはジスタート王国の『黒竜旗(ジルニトラ)』しかないため現在は『黒竜旗』のみを掲げている。アルサスに到着した際に俺の屋敷にあるハズの『紅馬旗』も回収し掲げる予定だ。

 

「・・・いえ、アルサスに入ってから俺の屋敷に到着するまでは危険を承知ではありますが俺と共に行動してもらう予定でいます。」

 

「という事は『レギン』のいや、『レグナス皇子』の守護者として私もついていけるワケだな。」

 

「ああ。ただ、戦場の流れ次第では予定を変更して俺やリムと別行動をとってもらう場合もあるからその時エレンには『レグナス皇子』を優先してもらうよ。」

 

「わかった。ではティグル・・・これをお前に渡しておく。」

 

そういってエレンがどこか嬉しそうな笑顔で『黒い弓』を俺に差し出してくる。

俺はそれを受け取りながら怪訝な表情を意識してエレンに問う。本当は聞くまでもないことだが、何も知らないリムとレギンに配慮してだ。

 

「・・・・いいのかこれを俺に返してしまって?」

 

「元々サーシャも了承していたことだ問題ないだろう。今更お前が私達を裏切るなどありえないからな。」

 

「・・・・ありがとうエレン」

 

俺は黒弓をいつも通り背負う。するとリムが俺をみてこう言った。

 

「ティグルヴルムド卿・・明日にはアルサスに到着できるでしょう。まもなく戻ってくるであろう斥候からは私が話を聞いて明日の出発の時にお伝えしますのでそろそろおやすみになっては?」

 

『前の俺』であれば現状のアルサスについての情報は少しでも早く得たいという気持ちからリムの言葉をやんわりことわって起きていただろう。だが、さまざまな経験をしているハズの俺にはまだ気持ちに余裕もある。

ここはありがたくそれを受ける事にした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39話

ついに復活❗
火事場のクソ力❗


翌朝、リムから放っていた斥候の報告を受けた。

 

幸いなことに、ザイアン率いる『テナルディエ』の軍勢はアルサスより5日ほどの場所にてなんらかの理由により『足止め』を喰らっているということだった。

 

『前回』よりも兵数が多いからなのか別の要因があったのかはわからないが。これは俺にとっても嬉しい誤算だった。やつらより先にアルサスに到着することができたためやや遅れ気味だったアルサスの住民達への避難誘導を俺が指揮できること、ティッタに『前の俺』の時のような怖い思いをさせずにすんだこともそうだし、エレンやレギンに余計な負担を負わせる事なくすむからだ。

 

 

ーー労せずして屋敷に着いた俺を出迎えたのはやっぱりティッタだった。

 

 

「信じてた・・・・信じていました。きっと帰ってきてくださると・・・・ティグル様・・。」

 

 

「心配かけたな・・・だけどもう大丈夫だ。」

 

 

 

俺の姿を見るなり涙を浮かべて抱きついてきたティッタと2人だけの世界に入っていてもよかったのだが、俺の後ろにいる3人の女傑達の視線を感じて名残惜しく離れた。

 

まず最初に俺が手をつけた事は、ティッタとバートランに命じて、セレスタの町の有力者や村の長にマスハス卿が手紙に書いてくれていた指示をあらためて『俺の名前』でもって徹底させるように厳命することだった。

 

 

これによりセレスタの町からは普段の彼らでは考えられない速度でひとがいなくなっていっている。

 

もともとアルサスで暮らしている人々の戦に対する危機感はうすい。

 

恥ずかしい話だが、アルサスは主要な街道が通っておらず山や森がいたるところにあるような場所だ。軍隊が通ることはほとんどなく兵士でもなければ戦に馴染みがない。

 

また彼らが見る貴族といっても父さんかマスハス卿くらいのものであり非道な行いをするテナルディエ家についてもあまり知らない。そのためこれくらい強い厳命をしなくては『テナルディエの軍勢』がアルサスに向かっているという事態を深刻に受け止めてくれないのだ。

 

 

次は、『テナルディエ』軍との戦についての軍議である。『前回』とは違い俺の屋敷は荒らされていないためアルサスの領内の地図を応接室兼食堂となっているあの木のテーブルに拡げて、俺、エレン、リム、レギンでそれぞれ椅子に座って話し合う事にした。また、若干エレン達を見て怯えていたティッタに対してエレン達に簡単な自己紹介をしてもらったあと5人分の『葡萄酒(ヴイノー)』をティッタに準備させて全員に行き渡ったところで最初に口を開いたのはリムだった。

 

 

「こちらの数は1000ですが、100ほど『レグナス皇子』と共に町の守備に残すので、戦えるのは900となります。一方今朝も伝えましたが、斥候の報告によれば敵は4000あまり・・・多少減ったとしてもこちらの4倍近くはいると見ていいでしょう。」

 

「たしか、敵がいるのがアルサスから5日ほどの地点だったな。ティグル奴等を討つとしたらどこがいい?」

 

 

『前の俺』を知っているエレンがどこか嬉しそうにこちらを見る。

 

俺はエレンを見ずに地図の一点を指差して言った。

 

「モルザイム平原しかないだろうな。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40話

仕事休みの日で家に引きこもってないと書けませんな❗


そして『凍漣の雪姫』は俺にとって名作の予感しかしない(笑)


「あ、あのティグルヴルムド卿よろしいですか?」

 

「レギン?どうかしたのか?」

 

おずおずと左手をあげながら発言したレギンに俺が言葉を向けると、エレン、リムも意識と視線を向ける。ティッタは葡萄酒を置いたあと自分の分を持って部屋を出ようとしたため俺の隣に座るように『命令』して座らせたため大人しくしている。理由は俺がティッタのそばにいたいからだとは言えないが。

 

 

「は、はい・・こちらに進軍しているのが『テナルディエ公爵の軍勢』なんですよね?『レグナス王子(私)』の名を全面に押し出せば戦は回避できるのではと考えたものですから。」

 

 

ーー実をいえばこの考えも頭になかったわけではなかった。

『前の俺』がレギンと合流したのはブリューヌの内乱の最中に起きたムオジネルの軍勢による『オルメア会戦』の時だった。このときもレギンの名を全面に押し出すことが出来ぬままに苦しい戦いを強いられた。色々と理由はあるが

 

実は王女であり、事情があっていままで王子として生きてきた。それを明かしても人々の動揺を抑えられるだけのものを『そのときのレギン』は持っていなかったというのが大きな理由だった。

 

もちろん内乱が終わりファーロン王亡きあとブリューヌの玉座に座った彼女の力はすごかったが。

 

『いまのレギン』は政治や軍事における非凡な能力やなんらかの実績などはないただの少女であることは言うまでもない。

ただ、現段階においてわずかな可能性だがレギンの名を全面に押し出すことができる方法はある。だがそのための『カード』が今の俺達にはない。その『カード』を得るまでは『無謀』な手段はとれないのだ。

 

 

「レギン・・・残念だがそれは難しいと思う。マスハス卿が俺にくれた手紙にはこう書かれていた・・・ブリューヌの国内で『レグナス王子』は『ディナント平原の会戦』により戦死したとされていると。だから今回の会戦では『アルサスの領主』とされている『俺』が全面に立たなければならないんだ。ただでさえジスタート軍を国内に呼び込む形をとった俺が戦死したとされている『レグナス王子』によく似た人物を擁立する・・・ブリューヌから叛逆者の烙印を押されるだろう。」

 

 

ーー『前の俺の記憶』からいずれにしても『叛逆者』として扱われる事にはなるハズなのであまり気にしてはいないがこの場で言うつもりはなかった。

 

 

「・・・叛逆者ってそんな!」

 

「・・・残念だがティグルの言うとおりだ。」

 

顔を青くしたレギンの言葉に被せるようにエレンも続く。おそらく『前の俺』の時にも似たような手段をとろうとして『見通しが甘かった』と突きつけられてしまった事があったから若干口調がそっけないと俺は思いながらも続けた。

 

 

「だからレギンこの戦いは避けることはできないと思ってほしい。ここを勝つことができればレギンにあらためて力を貸してもらう場面が見えてくるかもしれないから。」

 

「・・・わかりました。では軍議の続きを。」

 

 

俺はひとつうなずくと地図に右手と視線を向ける。

 

 

「テナルディエ軍の総司令官はおそらく『ザイアン』だろう。俺がアルサスに戻っていることも、ジスタート軍を連れてきていることもまだわかってはいないだろうが戦後の事や奴らのアルサスへの進軍ルートなどを考えてもモルザイム平原がいいと思う。もちろん『使者』をたててモルザイム平原におびき寄せる形をとることになるだろうな。」

 

アルサスではめずらしく、モルザイム平原は起伏のゆるやかな丘がある程度で周囲に山や森がない。典型的ブリューヌの軍が得意とする戦法に適した場所でもある。

 

 

「いいだろう。そこで奴等を討つ!」

 

 

エレンは椅子に座ったまま明快に宣言した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41話

原作崩壊タグとご都合主義 タグ 発動❗


「私とティグルで400を率いる。リム、お前に残りを任せる。隙を見て喰らいついてやれ。何か提案はあるか?」

 

 

「ロープが・・・エレオノーラ様?今なんとおっしゃいました?」

 

 

リムが何かをいいかけたあとエレンの方を鬼気迫る表情でみやる。

あまりにも的を射ていた采配に聞いている俺も聞き流しそうになった。エレンが『本来の体調』であるならばだが。

 

「・・・ちっリムめ・・・気づいたか・・・。」

 

 

「エレオノーラ様・・・まさかとは思いますが、ティグルヴルムド卿と共に兵を率いて戦場にでるつもりではありませんよね?エレオノーラ様はティグルヴルムド卿の要請により『レグナス王子』を死守するためにここにいらっしゃるはずですが・・・。」

 

「・・・兵を100ここに置いていくのならば私がいなくてもいいだろう。」

 

リムの理詰めの正論に旗色悪げに抵抗するエレン。心情的にはエレンを助けたいが、リムの言うことはもっともであり反論は難しいだろう。

 

それに『万が一』俺達がテナルディエ軍に敗れた場合エレンが『レグナス王子』と『ティッタ』のそばにいてくれれば『サーシャ』の援軍到着まで生き残ってくれる可能性もあがる。戦場では常に起こりうる状況を考えて行動しなくてはならないからだ。

 

とはいえそもそも俺は負ける気はないが。こうなると俺の意見がこの場を収める事になる。エレンとリムの口論を聞きながらも思考する。

 

現状で兵を率いる『指揮官』の役割ができるのは、俺、エレン、リムの3人だけ。

 

他に指揮官ができそうな人物となると・・『バートラン』は俺の側仕えであるし、今の『レグナス王子』には難しい。『ティッタ』はそもそも戦場すらしらない。マスハス卿ならば可能だが今この場にはいない。俺の考えている『作戦』を実行するならばどうしてもあと一人兵を率いる能力のある人物が欲しい。

 

『エレン』を『レグナス王子』と一緒に俺と行動させるか・・・・

 

 

 

俺がそんなことを考えていると玄関の扉が開けられて頭を下げた兵士が入ってきた。エレンとリムは口論を中断しティッタとレギンは身体を少しこわばらせている。

 

 

「軍議中失礼いたします!」

 

この人物は当たり前だが、ライトメリッツの兵士だ。本来はエレンかリムが用件を聞くべきなのだが2人とも俺に応対させるつもりのようでこの場の最高責任者という立場の俺に視線を送ってきた。俺はうなずくと入ってきた兵士に話しかける。

 

「大丈夫だ。ところでどうしたんだ?」

 

「はっ!・・・『白銀の疾風(シルヴヴアイン)』と名乗る傭兵団の代表2人がアルサスの領主に面会をしたいと来ております。」

 

 

「・・は?」

 

まさかの兵士の言葉に『前の時の記憶』がある俺とエレンの間の抜けた声が重なると同時にリムが信じられないという表情を浮かべて更なる爆弾を投下した。

 

「・・・『白銀の疾風(シルヴヴァイン)』の代表2人・・・まさか団長と副団長・・・義父上と義母上がアルサスに来られたのですか?」

 

 

ーーーその爆弾にエレンが即座に反応する。

 

「リム・・・何を言っている?『白銀の疾風』は私達がライトメリッツに行くときには解散したはずだろう!」

 

だが、リムは訝しげな表情を浮かべたあと何かを理解したような表情を浮かべて言った。

 

「エレオノーラ様・・・どうやらまだ記憶の混濁があったようですね。いいでしょうティグルヴルムド卿の前ですがお教えしましょう。私達の『義父上』こと『白銀の疾風』団長『ヴィッサリオン』様はご健在ですよ?」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42話

書けるときは書きます!

『凍漣の雪姫』はやはりたまらんね!


「ヴィッサリオンが・・・生きているのか・・・本当に・・・」

 

エレンはリムの言葉を受けて衝撃を受けているようだ。エレンが心配ではあるがとりあえず俺は『前の記憶』にあることを知らないふりをしてリムに問いかけた。

 

 

「リム。その『白銀の疾風(シルヴヴァイン)』って傭兵団を知っているみたいだが、俺ははじめて聞くがどういう傭兵団なんだ?信用できるのか?」

 

「客観的に言えばそうですね・・・『報酬』と『雇用主』の要求が釣り合っていると判断されれば一般的な傭兵団よりも親身に仕事をしてくれます。まして義娘である私と『エレオノーラ』様がいればなお強固な信頼を得ることも可能かと。」

 

後半の言葉は完全に私的な物になっているがどうやら話を聞いてみたほうがよさそうだと判断した俺は兵士に言った。

 

「・・・・それじゃあその代表の話を聞きたいから連れてきてくれ。」

 

「はっ!失礼します。」

 

 

俺の言葉で兵士が家を出ていったのを確認したあとティッタの肩に手を添えて言った。

 

 

「ティッタ・・・・お茶をあと2人分追加で準備してもらえるか?」

 

 

「はっ・・はい!」

 

ティッタが慌てて立ち上がりお茶の準備をしに台所へと向かう。それを確認してからというわけではないだろうがレギンが言った。

 

「ティグルヴルムド卿・・・私はいったん別室に行った方がよさそうですね。」

 

「ああ、そうだな。あとでティッタを向かわせるからとりあえず俺の部屋で待機しててくれ。多分長くなると思う。」

 

「わかりました。ではエレオノーラ様、リムアリーシャさん私はいったん失礼します。」

 

 

「あ、ああ。」

 

「わかりました。」

 

レギンの声でようやく気を取り直したらしいエレンと普段通りのリムが返事をしたところでレギンが席を外した。

 

俺はまだ『記憶の齟齬』に困惑している様子のエレンと家族に会えるからだろうが少しだけ表情を綻ばせているリムに声をかけることにした。

おそらくこのあとの流れ次第ではあまり効果はないだろうと思いながらだったが。

 

 

「エレン、リム。なにがあっても君達は『ライトメリッツ』の戦姫とその副官だ。今回の彼らは『アルサスの領主』である俺に会いに来ている。それぞれ色々思うところはあるだろうが決して取り乱さないでほしい。」

 

「わ、わかっている!」

 

「もちろんです。」

 

 

ーーー程なくして先ほどの兵士が戻ってきて言った。

 

 

「失礼いたします!『白銀の疾風(シルヴヴァイン)』の代表の方々をお連れいたしました。」

 

 

「じゃあ入ってもらってくれ。」

 

 

そうして兵士に促されてこの家に入ってきたのは2人の男女だった。

 

まず女性のほうに俺は見覚え・・・正確には『前の俺の記憶』からだ。

 

艶やかな黒髪は腰あたりほどはあるだろう。左目を隠すように流れている。かなり鍛えられているのに女性らしさも兼ね備えている。

そして印象的なのは『隼』の模様が縫い込まれた黒い服だ。当たり前だが武器はもっていない。俺が『覚えている』限りよりは年齢を重ねているからかわからないが瞳が優しくなっているような気がした。おそらくは30手前くらいかと思われる。自信はないが。

 

一方男性のほうだが、年齢は40前半あたりに見える。中肉中背身につけている服は『隼』の模様が縫い込まれているということ以外は普通の平服だ。左頬の白い傷跡が目立つが穏やかな笑みが印象的だ。

 

 

そして、エレンが男性の姿を見て今にも抱きついて泣き出しそうな様子とリムの女性に注ぐ視線と様子からやはり『彼ら』が『白銀の疾風』の団長と副団長であると納得したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43話

マイペースだが進まなさすぎて飽きられる(笑)


ーーー「・・・・ティグル・・・エレンさんとリムアリーシャさんを寝室に寝かせてきた。」

 

 

 

抑揚のあまりない声でそういいながらドアを開けて近づいてきた少女は、テーブルの上を片付けているティグルに向かってそう言った。

 

 

年は19、20に届こうかというあたり、肩ほどまで伸びた薄紅色の髪と艶のない黒真珠を思わせる大きな瞳。顔の輪郭も成長と共に整って美しい。

少しだけ無表情でぼんやりとした印象はあるが愛嬌もある。

 

 

ーーー「・・・ああ。『オルガ』すまないありがとう。」

 

 

ーーー「ティグル・・・・わたしも手伝う。」

 

 

ーーー「いや、俺だけで大丈夫だ。それに珍しく酒に呑まれていたエレン達の話し相手になってくれていただろう?椅子に座って休んでていいよ。」

 

 

ティグルはオルガを気遣いそう言ったのだが当の彼女は椅子に座らず自然な動きでテーブルを布巾でふきはじめた。

 

 

ーーー「大丈夫。その代わり片付けが終わったら話したいことがあるからわたしの部屋に来てほしい。」

 

 

 

ーーー「かまわない。なら片付けを終わらせるか。」

 

 

ティグルがそう言うと2人は無言でテーブルや台所、使った食器などを分担して綺麗にしていく。

 

本来ならばこういったことは『王』であるティグルや『戦姫』であるオルガではなくティッタのような侍女に当たる人間がやるのだが、『視察』という名目で王宮から外出しており今この場にはティグル、エレン、リム、オルガの4人しかおらずそのうちの2人はすでに酔いつぶれて眠ってしまっているため自分たちで行わなければならないのだ。

 

なお、愛妾達のうちエレン、リム、ソフィー、ミラは既にティグルとの間に子供を設けており今回のように子供を連れていけない場合もある。

 

その場合は基本的にシレジアに子供達を預ける形をとりティッタとなぜか生まれてきた子供達にこどごとく好かれているリーザに世話を任せているためこの場にはいない。

 

 

 

 

片付けを終えた2人はオルガにあてがわれている部屋に入るなり座りこんだベッドから毛布を持ち出した少女がそれをティグルに渡して言った。

 

 

 

ーーー「『あのとき』のようにわたしを後ろから抱きしめてほしい。話はそれから。」

 

 

ーーー「・・・わかった。」

 

オルガが何を求めているのかをなんとなく察したティグルもベッドに座り成長した少女の後ろに回り込んで密着して毛布を自分達にかける。

 

 

ーーー「オルガ・・・これでいいか?」

 

そうティグルが訪ねるとオルガは無言で毛布の中でティグルの両手を自らの太腿とへその前にそれぞれ廻させた。

 

 

 

しばらく2人はそのまま熱を求めるような形で黙ったままだった。

ティグルが何度か話しかけようとしたがたくみにオルガがお尻の位置をティグルの下腹部に擦り合わせるかのような動きをして黙らせようとしてくるのだ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。