旧き神話から新しき神話へ (うにゃりん)
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プロローグ

 時は大戦。ルールなんてものが存在せず、神々が唯一の神を決めるために争いを繰り広げる時代。

 彼らは戦う。無限に、無情に、無意味に。永遠に等しいその争いは多くの種族を巻き込み、終わりのない時を過ごしていた。

 そんな時代に、無力で逃げることしかできない、ちっぽけな少年がいた。

 

 彼の名前はリク。

 

 リクは幼い頃に両親を失い、一人で生きていくことを強いられた。

 リクは思う。こんなクソッタレな世界、生き延びて何になるのかと。

 それは皆が思っていること。

 その問いに答えられる者はいない。

 

 それを考えさせないようにしたのは、他ならぬリク自身。

 

 皆を生かし、自分も生き残るため。その一心で集落をまとめあげ、策を弄し、今日まで文字通り必死に生きてきた。

 その代償は、心。

 最小限の犠牲で乗り切るために、時には冷徹に指示を出す必要がある。

 自分を偽り必要なことと割り切り、そうして屍の山を築き上げること四十八人。リクの心は段々と壊れていった。

 

 そんな中、彼は一つの希望と出会う。

 彼女の名前はシュヴィ。

 リクがそう名付けた、機凱種の少女だ。

 

 少女は思う。リクの『心』が知りたいと。

 少女は問う。なんで『心』を閉じるのかと。

 

 機凱種は心がない機械。本当に心がないかはともかく、ただ知りたいがゆえに質問する。それがリクの一番触れて欲しくない場所だと分からず。

 出会いは最悪だった。

 リクは答える。そうでもしないと生きていけないからと。

 彼らの生きる世界は狂っていた。

 正しく。正常に。理不尽に不条理だった。

 

 赤く灼けた空、碧い黒灰が積もる大地、それが地平線の彼方まで続く光景。シュヴィからすれば人間が生きているのが異常なほどの、死んだ世界。

 そんな世界だから。彼が壊れてしまうのに時間はいらなかった。

 

 “永遠”に続く大戦。

 比喩ではない。大戦がいつ始まったのか、もはやそれさえわからないのだから。

 

 そして。

 少女は答える。大戦の目的と、終結の条件を。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 子供の頃、世界はもっと単純だと思っていた。

 勝てない勝負はなく、努力は報われるもので、全ては可能だと。

 

 いつからだったか、本当にいるはずと信じてからは疑うことはしなかった。

 正気を疑われようが、見えるものは仕方ない。

 終始顔に不敵な笑みを浮かべた少年───シュヴィも信じると言ってくれた、ゲームの神に軽口で語りかける。

 

 

「なぁ……なんで、勝てねぇんだろうな……」

 

 

 今まで一度として答えることのなかった少年にあえて問う。その行為に意味など無い。けれど少年にはそうする他いられなかった。

 これは過去の記憶。一七九人の同胞が命以外の全てを棄て、シュヴィを喪って得たものは勝利でも、ましてや引き分けですら無い。少年に残されたのは僅かばかりの、世界の平和。

 

 

「今度こそ勝てると思った……シュヴィと二人、皆となら勝てると思ったんだ」

 

 

 見る者が居れば、遂に気が触れたとしか思えない様子で、少年は虚空へと天を仰ぐ。

 対面に座る少年───ゲームの神は応えない。今までと同じくただ笑みを消して、顔を伏せたような気がした。

 

 そして時は流れ、大戦末期。

 少年はそこから立ち上がり、劣勢を立て直した。シュヴィの願いに応えるように、託された遺志を果たすように。あまつさえ自分自身の手によって大戦を終わらせる。機凱種や天翼種、命ある多くの者の犠牲と引き換えに。

 

 

「……何、が、ステイル・メイトだクソが……これの──何処が引き分けだ───ッ」

 

 

 その光景は数少ない、記録に残されている史実。遠い彼方から広がった光が紅い天も碧い地も白く染め上げ、天地の境を奪った。音もなく広がった光が止むと、一拍置いて空を舞う灰が宙に留まり、戦火は揺らめきを忘れ、あらゆる物は停止していた。

 全ての生物、種族は無理解のままそれを眺めた。抵抗不可能、絶対的な命令に、森羅万象が呼応して世界が作り替えられていく様を。

 

 ゲームの神はそれを引き分け(ステイル・メイト)と讃えた。

 不毛で無為でくだらない、永き永き戦争を終わらせた事実。その偉業は、しかし少年にとって戦争と同じくらいどうしようもない程くだらないもので。

 愛した者を喪った事実を、死なせてしまった己の不甲斐なさを、少年はただ呪うばかりだった。

 

 

「なぁシュヴィ、何が足りなかった、んだろう……なぁ」

 

「なぁシュヴィ、もし俺とおまえ、二人で一人だったら、さ……」

 

 

 そんなもしもに意味は無いけど。募る後悔は肥大化し、朽ちた理想へと変わっていく。それでも少年は、思わずにはいられなかった。

 

 

 ────ああ。次こそ勝ちたいなシュヴィ、おまえと、二人で。

 

 

 そうして意識が消えゆく中、対面でそれを見送るのはやっぱりゲームの神様で。少年が最後に放ったのは子供の頃から変わらない、ただ一つの願いだった。

 

 

「───なぁ、またゲームしようぜ……今度こそ、勝ってみせるから、さ……」

 

 

 その神は何かを堪えるような神妙な面持ちでこちらを見ると、体を翻し。

 帽子に隠れて顔の全体像こそ見えないものの、その口元だけは笑うよう、笑顔を浮かべ。

聖杯(スーニアスター)』に手をかざし、そして───

 

 

 

 

 

 

 

「待っているよ」

 

 

 

 

 

 

 

 そう一言────…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ら……空!」

 

 

 

「……ん……?」

 

 

 

 不意に隣から聞こえた声によって、意識が覚醒する。

 ここはいったいどこだろうか。

 そもそも自分は死んだはずではなかったのか。

 

 

「どうかしたのか?さっきからぼーっとして」

 

 

 声のする方を見ると、顔も知らない男がいた。

 背丈は自分より一メートルは離れていそうだ。

 だが目視する限りでは、身長は自分とさほど変わらないくらいではないか。

 

 

「もしかして緊張してるのか?全く、そんなんじゃ()()()この先が心配だぞ」

 

 

 父さん、この男はそう言った。

 自分に肉親は存在しない、いや、もういない。物心付いた時には、そういうものだと理解していた。

 子供の頃、リクの故郷は機凱種によって壊滅させられてしまい、そこで生き長らえたのがリクただ一人である。

 しかし今は、そんな思い出を懐かしむことより、この状況を整理するのが先だろう。

 自らのことを自分の父親と言った彼なら、何か知っているはずだ。

 

 

「なぁ……ッ!」

 

 

 声を発したことで、初めて自分の異常性に気がつく。奇妙な、異様なほど幼い声質。

 突然の事態に驚愕して、呆然としてると、自分の体が目に入ってくる。

 いつも見慣れたものとは程遠い、小さな手や腕。その姿は、明らかに成人した男性のそれではない。目の前にいるこの男との身長差だってそうだ。

 体が縮んでいるのか?いや、あの声質からして子供に戻ったと言う方が近いだろう。

 

 さらに周囲を見渡し、窓があることを確認すると、外へと視線を移す。

 そこにあったのは灰が飛び交う汚れた空気などではなく、青く澄み渡った綺麗な色の空。そして、何十メートルもの高さでそびえ立つ巨大な建物。

 どれも自分が生きてきた中で一度も見たとこのないような景色だ。

 

 いや、果たしてこの状態を、まだ生きていると表現して良いものか。

 

 

「……い……おい!」

 

「……ッ!!」

 

「ほんとに大丈夫か?というか、何か聞こうとしてなかった?」

 

 

 声に気づいて、視線を先程の男に戻す。

 動揺の余り、自分でも気づかぬ程周りが見えていなかった。

 そう思うと頭が冷え、だんだんと冷静になっていく。

 一度深呼吸をして心を落ち着かせる。そして普段のようなポーカーフェイスで、いつもと変わらぬ口調で、重要なことから確認していく。

 

 

「えっと、ここはどこだ?」

 

「お前どうしたよ。もしかして寝ぼけてるのか?」

 

「いや大丈夫、それよりどうなんだ?」

 

「ん?ここはお前の部屋だよ。お前やっぱ寝ぼけてるだろ」

 

 

 俺の部屋、そう言われて辺りを見回してみても、おおよそ見たことすらないような場所だ。

 茶化すように巫山戯た答え方をしているが、この男の発言に嘘はないようにみえる。

 だがこの際そんな悠長にはしていられない。

 真偽を問うにしても、今の段階ではあまりにも情報が少なすぎるのだ。

 今はこの言葉を信じるしか他にないだろう。

 

 

「じゃぁ外は、大戦は今どうなってるんだ?」

 

「大戦……?もしかして、戦争のこと言ってるのか。日本で戦争なんてしばらくしてないぞ。てかそんな言葉どこで覚えたんだよ」

 

 

 一瞬、この男が何を言ってるのか本気で分からなかった。

 戦争、なんだそれは。自分達がやってきたのは大戦じゃなかったのか。

 大戦と聞いた時、彼はそんな物知らないと疑問を浮かべていた。

 それに気になるのは“日本”という言葉。

 文脈から察するにどこかの地名なのだろうが、聞いたことがない。

 本当にここはあの世界の未来の姿なのだろうか。

 

 

 ……いや、違う。

 

 

 考え方がそもそも間違っているのかもしれない。

 異常なほどの思考によって、脳が焼き切れそうな勢いで頭痛が襲ってくるが、気にも止めない。

 

 それは今思えば警告だったのだろう。

 考えてはいけないと、気づいてはいけないと言っているように。

 

 それでもなお思考を重ねた。

 

 けして触れてはいけない、自分自身の心の内へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここはまさか別の世界なのか……?』

 

 

 

 程なくして、一つの結論に至る。

 そして分かってしまえば、頭の中を黒い()()()が蝕む。

 

 それが何なのか、リクには分からない。靄がかかったように、徐々に思考を支配していく。

 過去への断罪か、現実(いま)への厳罰か。

 ふと、誰かが言うのが聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 何人も死ねと命じ。

 自分自身までもペテンにかけて。

 敗者の分際で。

 何故お前が。

 

 お前に

 

()()()()()()なんて

 

 

「……っぁぁ!!」

 

 

 それが誰の声か、それとも自分の内心か。

 どちらでもいいが、裂けそうな喉で叫ぶ。

 だが一度入ってきたものはそう簡単に消えてなくならない。

 

 

 

 

 

 ただ生きて、生き延びて、何になるんだ。

 

 

 

『……煩い』

 

 

 

 何も成しえない、何も守れない、何も持ち得ないお前に一体、何ができる。

 

 

 

 

『余計なお世話だ』

 

 

 

 

 命を持ったまま、平和な場所でのうのうと、本当に良いと思ってるのか?

 

 

 

 

 

『……黙れよ』

 

 

 

 

 

 ましてやシュヴィを失ったお前に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙れぇぇぇええ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遂に完全に諦めてうなだれる。

 シュヴィも側にいない、ゲームももう終わった。

 なら、もう強がる必要はないだろう。

 

 

「────」

 

 

 父親が何か言っているようだが、リクの耳にはもう届かない。

 

 何を勘違いしてたか。ああそうだ、認めるよ。俺はまた負けたんだ。

 こんな平和そのものの世界、自分には似合わない。 

 生きてる資格も、意味も、価値も、今となっては必要ないのだから。

 

 

 

 結局一度も勝つことが出来ない人生───もう疲れた。

 シュヴィは死んで……大戦も終わったことだ……いいだろ。

 

 

 そしてもう一度しっかりと、かける。

 

 

 

 

 

 ────、──カチリ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぃ……にぃ!」

 

「……ん?」

 

「にぃ、大丈夫?」

 

「……あぁ悪ぃ悪ぃ。 ちょっと昔のこと思い出してた」

 

「昔って?」

 

「いやなに、白に出会う前のことだよ」

 

「……」

 

「おい白、いくら興味ないからって、自分から聞いといて無視は流石に酷くないか。兄ちゃん泣いちゃうぞ?」

 

 

 そんな会話を残し、ネットゲームに興じる。

 空は一旦手を止めて物思いにふける。

 

 

 

 

 

『あれからもう十年以上経つのか……』

 

 

 記憶を掘り起こしていた空だったが、その顔を少し曇らせる。

 いつ振り替えっても、どれだけ後悔しても変えようのない過去。

 もっとこうすれば良かった、なぜこうしなかった。

 少し前の自分は毎日のようにそんなことを考えては悔やんでいた。

 

 

『それでも今は、白のおかげで多少変われた……のかな』

 

 

 ちらりと妹を一瞥すると、視線に気づいた白が振り替えってきたので笑って誤魔化す。

 白は不思議そうに首を傾げてたが、しばらくすると特に気にせずゲームへ意識を戻した。

 

 

「にぃ、サボってないで、集中して」

 

「はいはいちょっと待ってな」

 

『今のこの生活も悪くない、か……』

 

 

 妹───白。十一歳・不登校・友達無し・いじめられっ子・対人恐怖症・ゲーム廃人。

 転校したその日以来、家の外で着たことはない小学校のセーラー服を着用した、真っ白い髪の少女。

 

 兄───空。現十八歳・無職・童貞・ゲーム廃人。

 典型的引きこもりを思わせるジーパンTシャツ、ボサボサの黒い髪の青年。

 精神年齢およそ三十六歳であり、別世界、もしくは前世とも呼べる記憶を保持している。

 

 

 この二人こそまさしくゲーム内で噂される最強の存在。

『空と白』、即ち『  』(くうはく)というゲーマーの都市伝説。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『都市伝説』。

 世に囁かれる星の数にも届くそれらは、一種の『願望』であり、『希望』であり、『夢』でしかない。

 世界は混沌で、理不尽で。

 目的も答えもないのに多くの者はそれを要求する。

 出来ないことを棚に上げて出来ることを欲し。

 意味の無いことに意味を見出そうと間違った努力の方向へと進む。

 そんな自分に酔いしれ心酔し、その行為に価値を付けた結果生まれたのが『都市伝説』。

 

 その意味に気づけた退屈してる者達に、少しだけ願いを叶えてあげる手伝いをする。果たして都市伝説は本当に迷信なのか、信用も信頼性もないどこから現れたかも不明な情報源を探さず断じるのは正しいのか。

 その行為を再確認させるために、間違っているならそう気づかせるように。

 こんな書き出しで、はじめてみようと思う。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()』と。

 

 

 

 

 

 




処女作です。
小説書くことにあまり慣れてないから設定ガバガバなとこあるかもしれませんが、お付き合いよろしくお願いします!


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第壱話 終わりと始まり


原作沿いだと、どこが必要でどこが必要ないか判断が難しいですね。
文字数はだいたいこのくらいが基準で統一するつもりです。
なので原作にある部分が増えればその分長くなると思います。



 

 

 

 

 

「……ぁー……死ぬ死ぬ……あ、死んだ……ちょっと……早くリザってくれ……」

 

「……足でマウス……二つ、は、無理あった……」

 

「そう思うなら早く頼む……つか今何時?」

 

「……えと……まだ、夜中の八時……」

 

「何日の?」

 

「……ニートに、関係……ある、の?」

 

「あるだろっ! ネトゲのイベントの開催日とかランク大会とかっ!」

 

 

 とっくに昇った太陽が遮光カーテンから落とす光だけがぼんやり照らす部屋。

 その部屋の中でパソコンにかじりつき、視線も合わさず会話する二人。

 片やもう仕事すら可能ないい大人、片やまだ中学生にすら達していないうら若き子供

 本来こんな時間こんな場所にいるなど、社会的にも問題しかないのだが、二人はあえてそこに触れるように言う。

 

 

「……にぃ、就職……しないの?」

 

「……おまえこそ今日も学校、いかねぇだろ?」

 

「……」

 

「……」

 

 

 その言葉を最後に、二人の間には沈黙が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───テロンッ。

 

 

「……にぃ、メール」

 

「四画面四キャラ操作してる兄ちゃんに何を要求してるか知らんが、そんな余裕ねえっ。

 つうかどーせ広告メールだろほっとけ」

 

「……友達……から、かも?」

 

「……誰の?」

 

「……にぃ、の」

 

「はは、白、冗談でもやめてくれ。にぃちゃん泣いちゃうぞ」

 

「……しろの……って、言わない、理由……察して……欲しい」

 

 

 兄───空。

 繰り返すが、十八歳・無職・童貞・ゲーム廃人。

 自慢ではないが、()()()では彼女はおろか、友達すらいない己に届くメール候補に「友人」などというカテゴリーはあろうはずもない。

 そしてそれは白にも似たことが言えるため、その説は却下される。

 

 

「……うぅ……めんど、くさい」

 

 

 だがそう言いながらも、完全に無視出来るとまだ決まっていないため、我慢するように無理矢理体を動かす白。

 その異常な記憶力を発揮して、メールをあっさり発掘する。

 

 

「……音はテロン……3番メインアドレスの着信音……これ、かな?」

 

 

 【新着一件───件名:『  』達へ】

 

 

「………?」

 

 

 こく、と小首を傾げる妹。

『  』、即ち「空と白(ふたり)」に届くメールはさして珍しくはない。

 対戦依頼、取材依頼、挑発的な挑戦状、etc……いくらでもある。

 そのほとんどが無視しても問題ないものばかりなので、確認しても空に伝えることなく定位置に戻るのが通例、のはずだったのだが。

 

 

「……にぃ、これ……」

 

「セーブよし、ドロップ確認よし……えっとなんだ……うん?なんだこれ」

 

 

 間違いなく、確実にセーブされたのを確認して、五日ぶりに画面を閉じる。

 白に呼びかけられてパソコンからメーラーにアクセスすると、兄もそのメールの特殊性に気づく。

 その内容に半ば無意識の中訝しげにポツリと呟いた。

 

 

「……何で『  』が()()だって知ってんだ」

 

 

 確かに、ネット上で空白複数人説は存在するものの、あくまで仮説にすぎず、確信を持って言えるほど根拠のあるものではないので特に騒ぐ者はいなかった。

 だが問題だったのはその件名ではなく、本文に書かれた部分だった。

 本文にはURLと共に、添えるように一言だけ。

 

 

【魅了されたよ、君ら兄妹、()()()()()()()()()()()と感じたことはないかい?】

 

 

「……なんだこれ」

 

「……」

 

 

 少し、いや、かなり不気味な文面。

 そして見たことのないURL。

 URLの末尾に「.JP」などの国を表す文字列はない。

 特定のページスクリプト、つまりゲームへの直通アドレスで見かけるURL。

 

 

「……どう、する?」

 

 

 あまり興味はなさそうに、妹が問う。

 それに対し、空は熟考する。

 もちろんタチの悪い嫌がらせという可能性は充分にありえる。というか、むしろその可能性が一番高いだろう。

 だが万が一というものもある。

 正体を知られてるかもというのもあるがこの文面に関してのみ言えば、問題なのは別口にあった。

 今まで一度として空白の、いや自分の記憶に踏み込んできた者はいなかったし、誰かにそれを教えたこともない。

 それもそのはずで、普通大戦などの単語を言われたところで頭のおかしい人にしか見られない。

 目を背けたくなるが、確固として自分に残る現実として存在している。

 それがわかると、知っているというにも捉えられる文面に、そんなあるはずもない期待にほんの僅かながら試すように。

 

 

「まぁ、ブラフだとしてもノッてみるのも一興か……」

 

 

 そう判断し、URLをクリックする。

 しかし現れたのは至ってシンプルな、オンラインチェスの盤面。

 空が軽く失望混じりにふっと息を吐くと、隣で見てた白が完全に興味を無くした目で一言。

 

 

「……ふぁふ……おやす、み……」

 

「待てって、『  』あての挑戦状だぞ。相手が高度なチェスプログラムとかだったら俺一人じゃ手に負えないって」

 

「……いまさら……チェスとか……」

 

「いや気持ちはわかるけどさ、『  』に負けは認められない、だろ?」

 

「……うぅぅ……わかった」

 

 

 だがゲームの挑戦と聞いては、逃げるような真似をするわけにいかない。

 そうしてチェスを打ち始めた白は、手番を重ねていく。

 

 チェスは『二人零和有限確定完全情報ゲーム』である。

 運が介在する余地がないこのゲームは、原理上明確な必勝法がある。

 ただし十の百二十乗。無量大数以上の局面すべて把握出来ればの話だ。

 

 

『…チェスなんて…ただの……マルバツゲーム』

 

 

 そう、実際白はグランドマスターを破ったプログラム相手に、先手後手入れ替えて二十連勝している。白にとってチェスなど、今更ゲームにすらならない。

 だが、今回ばかりはそうはいかないようだ。

 

 

「……!……味方の、退路を絶った……?」

 

 

 驚愕に突然動きを止める。

 五分の四は閉じられていた目を見開き、画面を凝視する。

 空はその打ち方に違和感を覚える。どこかで見たことのあるその打ち方に思考を持ってかれるのを振り払って、気にしないように白を諭す。

 

 

「待て白」

 

「……にぃ?」

 

「プログラムは、常に最善の手を打つ。

 だが、こいつはあえて悪手で誘ってる、人間だ。それを相手プログラムのミスと判断したお前のミスだ」

 

「……うぅ」

 

 

 確かにチェスの技量において、いやほとんどのゲームにおいて。

 (いもうと)(あに)を圧倒的に上回る技量を誇る。

 スペックの差と一言でくくってしまえばそれまでだが、そう言いたくなるほどの力を持っているのだ。

 その姿はまさしく天才ゲーマーの名にふさわしいもの。だからこそチェスで白が負けることなど万に一つもない。

 だがこと駆け引き、読み合い、揺さぶりあいなど“相手の感情”という不確定要素には疎く、その分野に関してだけ言えば常人より上手い程度。

 それを見抜くことにかけては、空は白を大きく上回る力を発揮する。文字通り常人離れして、上手かった。

 

 

「落ち着け、白が技量で負けるはずない。揺さぶり、誘いは俺が読む。空と白、二人で空白だ。

 『  』(おれら)に勝てる奴がいるか、見せて貰おうじゃねぇか」

 

 

 故にこそ『空白』。自分の力を過信することなく、互いの得意分野で手を取り合う。二人で一人のプレイヤー。だからこその無敗。

 これこそが『  』(くうはく)という都市伝説の真実。何年も続く姿で、最強のゲーマーの正体。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『チェックメイト ユー・アー・ウィナー』

 

 

 

 

 

「「はぁあああぁぁああ~~~……」」

 

 

 長い沈黙の後、大きく息を吐く二人。それは呼吸さえ忘れるほどの勝負だったことを語る。

 

 

「すごい……こんな苦戦……ひさし、ぶり。相手……ほんとに、人間?」

 

「ああ、誘いにノらなかった時の長考、仕掛けた罠の不発の時の僅かな動揺。プログラムじゃないことは確かだ。案外グランドマスターかもな」

 

「……どんな、人だろ」

 

 

 グランドマスターを完封したプログラムを、完封した妹が、対戦相手に興味を抱く。

 それは空も同じだった。だがそれ以上に、対戦中に感じた違和感が妙に引っかかって、頭から離れなかった。

 

 あの打ち筋、戦術はどこか見覚えがあるものだ。

 駆け引きを駆使する手はプログラムでは再現できない領域にあるため、覚えがあるとするならそれは過去の対戦相手ということになる。

 自分は確かに相手を知っている、それだけは確信したが、どうにも思い出せない。

 白が苦戦するほどの勝負ができる相手、自分では到底届かない領域にいる人物なんて、忘れるはずもない。

 しかしどれほど考えても、そんな人物に心当たりがなかった。

 

 

 

 

 

 そんな二人を他所に、程なくして再び。

 

 ───テロンッ

 

 というメールの着信音が響いた。

 

 

「今の対戦相手じゃねぇの?ほら、開けてみろよ」

 

「……うん、うん」

 

 

 勝負の熱が抜けず、嬉しさを隠しきれない様子の二人。

 しかし届いたメールにはただ一言、こう書かれていた。

 

 

【突く所がエグいね、一体どんな思考してるんだい。それほどまでの腕前、()()()()()()()()()()()()()()?】

 

 

 そのたった一文で、ついさっきまで楽しそうにしてた二人から表情が消える。

 二人の脳裏をよぎるのは、文面通りと言える記憶の数々。

 

 高すぎる知能により疎まれ、妬まれ、僻まれ、居場所なんてなくいじめられ。その見た目も相まって気味悪がられ、兄以外に一緒にいられる人物がいなかった白。

 自分の心に思考が上手く機能できないまま体だけは成長して、同年代の相手は精神的に見れば自分より幼い者ばかりなため接し方が掴めず、この世界に順応できなかった空。

 自分達を理解しようとする物好きもなく、関わることすら回避しようとする世間。

 そんな思い出すだけで腹が立つ過去。

 

 

『大きなお世話様どうも。なにもんだ、テメェ』

 

 

 知ったような口を利くメールの送り主に、半ば八つ当たるよう強めに問いかける。

 それを送るのを見計らったようなタイミングで、ほぼ即座に返信がくる。

 いや、返信と呼べるのかわからない、答えになっていない文面が届く。

 

 

【けして良くは感じてないはずだ。君達はその世界をどう思う?楽しいかい?生きやすいかい?】

 

 

「……どう思うか、だって?」

 

 

 文面を読んだ空がボソッとこぼす。

 相手が誰かまだわからないが、こんな奴に改めて聞かれるまでもない。

 ルールも目的も不明瞭な中、七十億ものプレイヤーが好き勝手に手番を動かす。

 勝ちすぎても負けすぎてもペナルティ。

 世界が変わろうと、どこにいても知性がある者達のすることは同じ。

 ましてやこちらは皆等しく人間なのに、それでも絶えぬ争い。

 勝利条件はわからず逃げるしかない世界。

 こんなもの以前と何も変わらない、人生(クソゲー)

 

 

【単純なゲームで()()()()()()()()があったら───】

 

 

 再度届いたメールに二人は顔を見合わせ、目配せして確認する。

 そこにあるのは憧れ、期待、そしてそれらとは全く異なる忌々しげな顔。

 

 

【よいかい?目的も、ルールも明確な、()()()()()があったら、どう思うかな?】

 

 

 完全な無表情になると、その文について想像する。

 今の世界には不満しかないが、別の世界へと逃げ続けるようではやってることは変わらない。

 それにもし仮に行ったとして、そこが今より良いという保証もない。それはこれまでの経験で十分痛感した。

 空はキーボードに手を置くと、最初に届いたメールの文面をなぞらえるように皮肉混じりに返す。

 

 

『ああ、そんな世界があるなら、俺達は生まれる世界を間違えたわけだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【

   見

   せ

   て

   ご

   ら

   ん

    。

     】

 

 

 そう返信が返ってくると、空は顔をこわばらせる。

 白も頭にハテナを浮かべて、そのメールを一心に見つめる。

 

 

『どういう意味だ』

 

 

 流れるような手つきでキーボードを打ち込み、すぐさま返事を送信する。

 そこには怒りや驚愕とは違う、焦りの表情が伺えた。

 

 

 

 

 

 ───その刹那。

 

 

 

 

 

 パソコンの画面に微かなノイズが走り、次第に広がっていく。

 部屋中の電子機器と呼べるもの全てが侵食され、ノイズへと画面を変える。

 ウイルスと呼ぶにはあまりに急速すぎるスピードで部屋の景観を一転させたその現象。だが唯一メールが表示されていたその画面だけは残され、動き始めた。

 部屋全体にも、ノイズが走り始める。

 

 

『君達はまさしく、生まれる世界を間違えた』

 

 

「なっ!?」

 

「……ひっ」

 

 

 スピーカーではなく、間違いなくその唯一の画面から『()()』が返ってきて、自分達へ話しかける。

 画面からは白い腕が生えて、導くようにその中へと引き込んでいく。

 

 

『僕が生まれ直させてあげよう───君達が生まれるべきだった世界にっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が急激に明るくなる。

 もう長い間外に出てなかったせいか、自然の光に目が追いつかない。

 だが目以外は機能してるので状況は理解出来る。強く吹く風とこの浮遊感、そしてようやく慣れてきた目を見開くとそれが想像通りだったとわかる。

 

 

「なん……なんだこれぇえええっ!」

 

 

 

 視界の果てで空を飛ぶドラゴン。

 地平線の向こうの山々の奥に見える巨大なチェスのコマ。

 何処かのゲームに登場しそうな、ファンタジーの中の景色。

 まだ目が正常に機能していないと信じたくなる数々に呆気にとられる。

 どう考えても自分が知る『地球』のそれではない。

 いやむしろ本当に地球じゃないのかもしれない。

 どことなく既視感がある、この光景。

 

 

「っていやいやマズいだろ、どうすんだこの状況ッ!」

 

 

 だがそんな呑気に思考している場合ではない。自分達が落下の最中にいると思い出すのに数秒。

 驚愕や動揺と、それ以上の焦りに脳が加速し状況を整理しようと動く。

 必死に自分を落ち着かせようとする空と対照的に、テンション高めにとびきり笑顔で呼ぶ声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ようこそ、僕の世界ヘッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何がそんな嬉しいのかと問いたくなる笑みを振りかざし、同じく落下しながら『少年』は叫ぶ。

 

 

「ここが君達が夢見る理想郷【盤上の世界・ディスボード】ッ!」

 

 

 空に遅れてようやく状況を把握した白。普段あまり開かれない目を、本日何度目かという具合に見開くと、その目尻にうっすら涙を浮かべて兄を強く抱き止める。

 

 

「……あ、あ、あなた……誰っ」

 

「僕?僕はテト、あそこに住んでる。“()()”?」

 

 

 こんなわけのわからない状況で、その上わけのわからない相手に会話する余裕なんてないのだが、それでも精一杯今の心情をそのまま伝えてヤケクソ気味に叫ぶ白。

 だが少年は一切態度を変えることなく、こちらのそんな対応を面白がる感覚で楽しそうに笑った。

 

 

「────ッ!!」

 

 

 その顔に、姿に、空は言葉を失う。

 間違えるはずない。自分のよく知る、その神様。

 かつていた、自分の過ごしていた世界に存在した、ゲームの神様。

 だがそんなのは今は知ったことじゃない。

 

 

「ってそれよりオイ、コレどうすんだよッ!地面が迫って───うぉおおおお、白ぉッ!」

 

「……っ」

 

「この世界は『十の盟約』によって全てが成り立っている」

 

 

 

【一つ】この世界におけるあらゆる殺傷、戦争、略奪を禁ずる。

【二つ】争いは全てゲームによる勝敗で解決するものとする。

【三つ】ゲームには、相互が対等と判断したものを賭けて行われる。

【四つ】“三”に反しない限り、ゲーム内容、賭けるものは一切を問わない。

【五つ】ゲーム内容は、挑まれた方が決定権を有する。

【六つ】“盟約に誓って”行われた賭けは、絶対遵守される。

【七つ】集団における争いは、全権代理者をたてるものとする。

【八つ】ゲーム中の不正発覚は、敗北とみなす。

【九つ】以上をもって神の名のもと絶対不変のルールとする。

 

 

 

 そこまで聞き、眼前に迫ってきている地面を目に叫ぶ。

 

 

「だからそんなこと言ってる場合か!もう地面が……」

 

「にぃ……」

 

 

 白の手を抱き込むように、意味が有るのかはわからないが、自分を下にする。

 空の胸の中で今にも消えそうな声で白がつぶやく。

 そしてついに地面にぶつかるというところで、二人の体は急停止した。

 小さなクレーターを作り、ゆっくりと地面に着地する。

 そんな二人に、神を名乗る少年は、楽しげに告げる。

 

 

「そして【十】みんななかよくプレイしましょう」

 

 

 そう告げると、どこかへと消えてしまう。

 

 

「また会えることを期待してるよ。きっと……そう遠くないうちに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだったんだありゃ……?」

 

 

 

 そう思いながら立ち上がると、見慣れない光景に唖然とする。

 空に島、龍、地平線の山々の向こうに巨大なチェスのコマ。

 つまり、落ちてくるとき見えた変な世界の景色。

 何処か懐かしい、その景色。

 地球ではないだろう、世界。

 

 ここに来るまでに感じていた違和感が、パズルのピースのようにハマっていく。

 あの神様、『テト』と名乗る少年。

 

 

「おい……嘘、だろ……」

 

 

 掠れたような声で呟くと、靄がかかったように思考を阻んでいく。

 久しく忘れていた、感じていなかった、自分が自分でなくなっていくようなこの感覚。

 憑き物のように自分を取り巻き、蝕んでいく()()をあえて無視する。

 この後のことはまだ分からないが、今はまだ倒れるわけにはいかない。その信念が、空を突き動かす。

 既に聞こえなくなったテトの声がしていた方向へ視線を向けると、一言だけポツリとこぼす。

 

 

 

 「……ふざ……けるな…………」

 

 

 

 怒気を含んだ言葉は誰に聞かせるわけでもなく、消え入る。むしろそれは、自分に向けられたものだろうか。

 思考が散漫になっていき、自分の状態も分からなくなる。

 それでも一つだけ確かなこと。

 間違えるはずもない。だってそれは。

 

 今自分達がいるこの場所、この世界は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(リク)が……元、いた…世界……』

 

 

 

 

 




感想待ってます!


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第弐話 再来と再開


前回の伏線わかった人いるのかな?
その辺のことは後々回収してくつもりです。



 

 

 

 

 

 ────昔々の、更に大昔。

 神々は唯一神の座を巡り、その眷属・被造物達と共に争った。

 永く凄惨な戦いは、空と海と大地、星そのものの死によって唐突にその幕を閉じた。

 そして唯一神の座が決まったことで、その争いにも終止符が打たれた。

 最後まで戦乱に関与せず、傍観を貫いた神。その名は『テト』。かつて遊戯の神と呼ばれた存在だった。

 

 

 『腕力と暴力と武力と死力の限りを尽くし、屍の塔を築く、知性ありしモノを自称する汝ら、答えよ。

 己と()()()()()()()()の差異を』

 

 

 崩壊した世界に、如何なる弁明も無意味。

 聞く耳を持たない者、呆れて笑う者、怒り狂う者。様々な反応を見せるそれらを一蹴し、テトは告げた。

 

 

 『この天地における一切の殺傷・略奪を禁ずる』

 

 

 言葉はそのまま『盟約』となり絶対不変として、多くの者を縛り制限する、この世界のルールとなった。

 そして唯一神としての役目を果たし、世界に向けて言い放った。

 

 

 『知性ありしモノと主張する『十六種族(イクシード)』達よ。

 理力と知力と才力と資力の限りを尽くし。

 知恵の塔を築きあげ、汝ら自らの知性を証明せよ』っと!」

 

 

「なるほど。それで、『十の盟約』によって全てがゲームで決められる世界になったと」

 

「そうだ。ところで……なんとか、ズボン1枚くらい残していってもらうわけには」

 

 

 そう言って、空達に懇願するほぼ全裸の男、否、“元”盗賊達。

 

 

「『十の盟約』その六、“盟約に誓って”行われた賭けは絶対遵守される。

 俺らは命を含めたこの体全てを賭ける代わりに、お前らは持ち物全てを賭けた」

 

 

 数分前、落下してすぐに動こうとしていた空達を、待っていましたと言わんばかりに盗賊が襲ってきた。

 といっても、やったことといえばゲームを仕掛け、それに無理矢理応じさせただけだが。

 取るに足らないような相手と判断すると、空達は逆に吹っ掛けて勝利し、盗賊達の身ぐるみを剥いだ。

 

 もはやどちらが盗賊と呼ぶべきかわからない、この惨状。

 

 

「それは、そうですが……こんな格好でここに放り出されては……」

 

 

 救いを求めてなおも言い続ける盗賊。

 だがもはや興味すら失せたのか、空達は盗賊に目もくれずその場を後にする。

 

 

「確認もできたし、行くぞ白」

 

「……ん」

 

「ま、待て小僧!せめて1発殴らせろぉぉぉ」

 

 

 

 必死になって叫ぶ盗賊だが、この二人に慈悲はなかった。先に仕掛けてしまったのが運の尽きだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、盗賊でも殺傷・略奪の類はできないんだな」

 

「たぶん……したくても、できない」

 

 

 先ほどの盗賊達、ゲームに応じるよう恐喝や脅しをしてきても、奪い取るような行為はしてこなかった。

 

 

『十の盟約』その一、この世界におけるあらゆる殺傷、戦争、略奪の類を禁ずる

『十の盟約』その二、争いは全てゲームによる勝敗で解決するものとする

 

 

 

「つまり、全てがゲーム次第ってわけか……」

 

「これから、どうするの?」

 

 

  空は一切顔色を変えず、手に入れた情報をスマホにまとめていく。

 白も無表情に、しかしどことなく楽しげに、空へ聞いてくる。

 盗賊とのゲームによって、この世界の必要最低限の情報と、身を隠す服を得られた。

 

 

「まぁ流石にこんな荒地じゃ何もできんしな。地味に行くしかないさ」

 

「ん……」

 

 

 表情を柔らかくして、白の頭を軽く撫でる。

 先程までのどこか思い詰めた顔はなくなり、吹っ切れたように明るく振る舞う。

 

 

 

『そうだよな、今は悩んでも仕方ない……』

 

 

 

「うっし、行くか」

 

「了解」

 

 

 その言葉を最後に、二人は無言になって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近くの物陰に誰かいたとは、露ほども知らずに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーシア大陸、エルキア王国。赤道を南におき、北東へと広がる大陸、その最西端の小さな国のまた小さな都市、首都エルキア。

 かつて大戦時においては、大陸の半分をもその領土としていた国。だがそれもあくまで昔の話で、今や見る影もない。

 他国とのゲームに負けに負け、さらに負け続けて最後の都であるこの都市を残すのみとなった小国。

 もっと正確に、きつい表現で言ってしまえばその国は───

 

 

 

 人類種最後の国。

 

 

 

 

「……ねぇ、早くしてくれない?」

 

「や、やかましいですわね。今考えてるんですのよっ」

 

「いくら考えても手は変わらないわ」

 

 

 とある酒場で、昼間っから呑んだくれている観衆達がゲーム中の少女達を煽るよう下品にはやし立てる。

 赤毛の少女の表情はカードをじっと見つめ、軽く涙目になりながら唸っていた。

 相手であろう黒髪の少女は無表情に、周囲を気にするわけでもゲームにのめり込むわけでもなく、作業を進めるように淡々と勝負を催促する。

 遠目からでは詳しいことはわからなかったが、随分盛り上がっている様子だった。

 

 

 

 

 

 その勝負を覗きこむ、白。その隣で、同じくテーブルを挟んでゲームをする空と、別の男。

 

 

「『次期国王選定』ギャンブル大会?」

 

 

 空の疑問に、相手のヒゲを生やした中年の男が答えた。

 

 

「おうよ。前国王崩御の際の遺言でな」

 

『次期国王は余の血縁からでなく“人類最強のギャンブラー”に戴冠させよ』

 

 

「……ふぅ、ん……」

 

「へぇ、国王までゲームで決めるのか」

 

 

 白は感心そうに、空は面白そうに笑う。

 新しい玩具を見つけた子供みたいに自然な態度。それはこの場所を、この世界を心から楽しむ、どこにでもいる普通の兄妹の姿だった。

 なおも相手の男は、ビンのキャップを上乗せしながら説明する。

 

 

「赤毛のほうは“ステファニー・ドーラ”──前国王の孫娘なんだが、その遺言もあって王位も継げず、ああやってギャンブル大会に出てるわけ」

 

「ステファニー・()()()……?」

 

 

 聞き覚えのある名前の登場に、空は言葉を詰まらせた。

 ドーラという姓は、かつて自分がここにいた時の物であり、また家族が使っていた物のはずである。

 

 王族がドーラ姓なら、建国に携わった人物がドーラということになるだろう。つまり終戦後の人類をまとめあげ、ここまで導いたのは全て───

 

 

『いや……そうか……そうだよな。()()()

 

 

 昔を懐かしむように、心の中で家族を想う。

 

 空の想像通り、あの娘、ステファニー・ドーラは建国より続く由緒ある家系の持ち主。

 そしてコロン───コローネ・ドーラの遠い子孫にあたる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな姿が見る影もなくなるのは、もう少し先のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝負は何事もなく進み、そんな空を他所に先ほどの男がにやりと笑う。

 

 

「それより良いのかい、兄ちゃん?他人の勝負なんて気にしてて

 ほれ、フルハウスだ。悪ぃな」

 

 

 さっと手札をオープンする男。

 表情に出さないよう気をつけつつも、勝利を確信してその先の目当てのものを想像して下卑た笑みがこぼれる。

 男の声にはっと意識を戻した空は、最初から興味がなかったかのように、たった今思い出したかのように特に気概なく応じる。

 

 

「え?あー、うん、すまん、そうだったな」

 

 

 無造作に手札を開くと、それに驚いた男の目が見開く。

 想像外の手札。余所見しながらでは到底無理な、いや狙って出すことすらほぼ不可能な本来有り得ない手札に、一瞬言葉すら失う。

 

 

「ロ、()()()()()()()()()()()()()()だぁッ!?

 て、てめぇ、イカサマしやがったな!65万分の1の確率だぞっ!」

 

「今日がたまたまその65万回目のアタリ日だったんだろ。じゃ、約束通り“賭けた”もの頂こっか?」

 

「────くそっ」

 

 

 椅子を引いて立ち上がる空。

 なおも追いすがる男だったが、やがて諦めたのか口を閉じる。

 舌打ちをして財布、そして巾着を差し出した。

 

 

「『十の盟約』その六、賭けは絶対遵守される──だったな」

 

「あんた、一体何者だよ……」

 

「別に……ただの、()()()()だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『十の盟約』その八、ゲーム中の不正発覚は、敗北と見なす。

 つまりバレなければいい、という確認が取れた空は早くもそのルールを理解しようとしてる。

 明らかなイカサマを使われようと、それを証明出来なければルール上問題ないわけだ。

 そして思考を次へとシフトし、カウンターに向かうとドサッと巾着と財布を開く。

 その中から1枚だけ差し出し、空はおもむろに問いかける。

 

 

「なあ。これで二人一部屋、ベッドは一つで良い。何泊できるよ?」

 

「……一泊食事つきだな」

 

 

 その言葉に無感情に、無表情に、全てを見透かした冷めた視線を送る。

 相手は気づいてない様子で、変わらず仕事を続けてるため、わざと強めに突っかかる。

 

 

「五徹した後で久しぶりに死ぬほど歩かされてもうヘトヘトなんだよねぇ〜『本当は何泊か』さっさと教えてくれない?」

 

「……なに?」

 

「貨幣価値がわからない田舎もんと踏んでぼったくろうとするのは勝手だけどさ、嘘つくなら視線と声のトーンに気をつけたほうがいいよ」

 

「……ちっ。二泊だよ」

 

「ほらま〜た嘘つく……言っとくぞ、嘘をつく相手は慎重に選べ」

 

 

 ヘラヘラとした態度から一変、とても冷淡に、相手を見下すように交渉をする。

 その言葉は自分に向けられた言葉だったのか、心に突き刺さっていくが無視して。

 手を差し出して鍵を受け取る。

 

 

「ほい、4泊ごっそさん」

 

「三階にあがって一番奥、左の部屋だ。はぁ……名前は?」

 

「ん〜……空白でいいよ」

 

 

 不機嫌そうに宿帳を取り出すマスターを一瞥すると、勝ち誇ってふんっと鼻で笑う。

 受け取った鍵を手でくるくる回しながら、その場を後にした。

 テーブルへ戻ると、勝負で盛り上がっているテーブルを眺める妹の背中をぽんと叩いて、部屋へ誘う。

 

 

「4泊取り付けたぞ、たぶんしばらくはこの金で困ること……何してんだ?」

 

 

 途中で言葉を止め、白の視線を見やる。

 その先には、コロンの子孫であるステ……なんとか言う、ヒゲの男が言ってた赤毛の少女。

 先ほどから続けている、ポーカーの光景だった。

 

 

「……あのひと、負ける」

 

「そりゃそうだろ。相手みたいに、ポーカーフェイスって言葉をしら───イカサマか?」

 

「間違い、ない。でも……方法がわからない」

 

 

 相手側の少女の手札を確認し、妹の言った言葉の真意に気づく。

 なるほどあの余裕な表情は勝つ自信があるからではなく、勝ち以外ありえないから来るものらしい。

 親指の爪を軽く噛んで歯噛みする白。それと対照的に呑気に思考していた空は、落ち着いた様子で辺りをキョロキョロと見回しそれらしき人影を探す。

 

 

「ふむ……やっぱりか。白、あんまり常識に囚われるな。ほれあそこ……わかるな?」

 

「ん……あっ」

 

 

 空の指差した先にいる人物へ視線を向けると、深くフードを被った者が勝負を眺めていた。

 目を凝らして確認すると、尖った耳が特徴的なファンタジー特有のその容姿。森精種(エルフ)

 白もようやく理解に至るも、初めて見る姿に僅かにテンションを上げる。

 気持ちが高ぶったことも相まって、普段なら絶対に言わないことを空へぶつけてしまう。

 

 

「……にぃ、アレに、勝てる?」

 

「……」

 

 

 しかし質問に答える素振りを見せず、空は三階へ歩き出す。

 わざわざ言うまでもなく答えは決まっている。それはどんな場所でもどんな条件でも、同じ。そのことに白もすぐさま気づいて謝る。

 

 

「……愚問、だった」

 

 

 そう、『  』に()()はあり得ない。

 

 

 ふと空は足を止めてテーブルへ振り向く。

 視線の先には、必死に勝とうと涙目のステファニーの姿が。

 

 

『……やっぱ、似てるよな』

 

 

 そんな彼女を見ていると、どうにも昔のことを思い出してしまう。

 その容姿に酷似した、ある人物の姿。

 自らを姉と自称し自分のことを本当の弟のようにしたってくれた女性。

 

 

 

 

 

『───リク、少し休もう?後はお姉ちゃんが引き受けるから』

 

『───もう家族を失いたくないの。無茶は、しないで……』

 

 

 

 

 

『……っ』

 

 

 唐突にその顔が記憶の底からフラッシュバックする。

 だがそこにあるのは、どれも泣きそうにして心配する光景ばかり。

 無理して笑顔を作り上げ、他人を思いやることをさせてしまったと思い出すだけで、自然と気持ちが込み上げてくる。

 

 

『ほんと、迷惑ばっかかけたよな……』

 

 

 彼女とすれ違う最中、掘り起こされた記憶の姿とダブったからか、ただの気まぐれか。

 白には空が何を思ったか気づく余地もないまま、耳元でボソッと呟く。

 

 

「おたく、イカサマされてるよ?」

 

「────へ?」

 

 

 赤い髪とは対比的に、青い瞳を丸くしてきょとんとする少女。

 黒髪の少女はそんな自分達のやり取りを訝しげに見つめるも、注意する素振りなどなく依然として無表情を貫く。

 そう言うだけ言ってその場を後にする自分達の背中を見送る少女達の視線を感じながら、だがあえてそれ以上何も言わず、振り返らず部屋へ向かった。

 

 

「……で、勝負でいいの?」

 

「っ……も、モチのロンですわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に入り、鍵をかけてようやくフードを取る。

 Tシャツ一枚にジーンズ、スニーカーだけの、ボサボサの黒髪の空。

 純白でくせっ毛の長い髪に隠れた、赤い瞳にセーラー服の白。

 運動などろくにしてない二人に炎天下を長時間歩かせるなど、無理強いもいいとこだ。

 その疲れが体中に襲って来たせいか、もやがかかったように思考が散漫になり始める。

 

 

「……考えてみたら当たり前か。五日徹夜した後いきなりコレだもんな……」

 

「………すぅ……」

 

「毛布くらいかけろっていつも言ってんだろ……風邪引くぞ」

 

「……ん」

 

 

 白は空の腕へとしがみついて、早くも寝息を立て始める。そんな微笑ましい態度も、本当に疲れてる今だけはやめてほしいと切に願う。

 白の頭を軽く撫でると、これからどうするか、二人の今後について考える。

 スマホをいじりながら、ふと疑問に思ったことを投げかける。

 

 

「……なぁ。異世界に投げ出された主人公達は何で、()()()()()に戻ろうとしたんだ?」

 

 

 こういった異世界漂流ものの作品で、自分の意思とは関係なく無理矢理呼び出された者ならば、最初に考えるであろうこと。

 すぐさまその世界に順応できるはずもなく、まず元いた世界へ帰る方法を模索するのがいわゆる王道なのだが。

 

 もうこの世にいない両親。

 社会()受け入れられない妹。

 社会()受け入れられない自分。

 狭い空間内にしか居場所のない()()

 

 

 

 

 

 

 返答はない。寝ているというのもあるかもしれないが、それは無視ではなく言わずもがな、ということ。

 二人の中で結論などとっくに出ている。

 

 まあどの道どう考えようと同じことだ。そもそもあそこは“自分のいるべき場所(世界)”ではない。

 

 張り詰めた糸が一気に緩んだことで、抑えていたモノが頭に重くのしかかる。

 

 目を閉じると、脳裏によぎるのは───“破壊”が飛び交う世界。

 何の悪意も疑問すら思わず“破壊”を行う神々と、それからただ逃げることしか出来ない弱者達。

 『自分の世界』を踏みにじり、壊し、侵した光が縦横無尽に駆け巡る光景。

 戦略を立て戦術を賭しても死ぬまで逃れられぬ、いや死ぬことすら許されない世界。

 口は血を。鼻は焼けた人を。耳は深淵な静寂を、肌は皮膚を焦がすような熱気を。そして目は、変わり果てた世界を。

 自分の五感全てが正常に機能しているのかすら疑わしくなる。

 ただ一度の勝利すら叶わぬ、理不尽で不条理で。

 控えめに言ってもクソみたいな───自分の記憶(過去)

 

 いっそ忘れてしまった方がどれだけ楽なことか。しかし自分の心が、感情が、それを許すまいと体を蝕む。

 

 

『俺には……あれがお似合いだったってことか』

 

 

 今となっては清々しいようで、なんとも胸糞悪く思う。

 違う世界、新しい場所で、新たな人生を送るという選択肢もあったのかもしれない。

 何もかもなかったように、全てリセットできれば異なる今があっただろう。

 

 だがそこに大切な人は含まれていない。

 白やシュヴィ、あるいはコロンなど自分を支え続けてくれた人たちがいない人生に、価値なんてない。

 

 

『こんなこと今更考えても仕方ないのにな……』

 

 

 やはり自分は、昔から何一つ変われてなどいないのだろう。

 悔やんで、悔やんで、悔やんで、悔やみ続けて。次は、次こそはと願って足掻いた結果、何も成すことはできなかった。

 周りを変えようとして、自分も変わろうとしたことも、結局全て無駄だったのか。その答えは、もはや誰にもわからない。

 再び空は目を開くと、心を閉ざすように天を仰ぐ。

 

 

「今度会ったらいろいろ説明してもらうぞ……神様よぉ」

 

 

 その呟きは誰の耳にも届くことはない。

 ここで4泊したその後、どうしたものだろうか。

 いろいろ考えてはみたが、結論が出るより早く、睡魔が空の思考を絶ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地平線の彼方。

 そびえ立つ山脈すらその土台程度に思わせる、遠近感を失う巨大なチェスのコマ。

 そのキングの頂で、縁に腰掛け足をばたつかせる、一人の少年がいた。

 

 

「あはは、役者は揃ったみたいだね」

 

 

 天より高いコマの上から、遥か遠くを眺めて少年は呟く。

 

 

「あんまり待たせないでね『  』(くうはく)さん。それと───さんもね」

 

 

 口元を不敵に歪めて、神様は笑った。

 

 

「そろそろ我慢の限界なんだよ〜。あんまり待たせると、遊びに行っちゃうよ?」

 

 

 

 

 




まだ序盤だし難しいけど、なるべくオリジナル展開はもっと増やしていきたいと思ってます。
あんまり原作と同じ内容ばっかりというわけにもいかないですしね。
感想待ってます!


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第参話 夜明けと幕開け


評価が貰えて嬉しい今日この頃。
まだまだ駆け出しなので文章も拙いですが、頑張っていきたいです。



 

 

 

 

 

「……どういう、ことですの?」

 

「……」

 

 

 少女の質問に対して、空はひたすら沈黙を貫く。

 いや、視界にすら入ってないのか。ピクリとも反応を示さない。

 

 部屋で寝ていた空と白。

 そこへ響いた、突然のノック音。気怠げに空が起き上がり出迎える。

 そこには昼間酒場にいた少女───ステファニー・ドーラが身ぐるみを剥がされ、ショーツ1枚の姿で佇んでいた。

 大方、ギャンブルで負けたことにより衣服を奪われて。路頭に迷い、宛もないので仕方なくここへ来た、といったとこだろう。

 こんなことなら、下手にアドバイスなどするべきじゃなかったなぁ。と、物思いにふけっていた数分前。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 

 

 

 

 

 白が先程からずっと、睨みつけているのだ。

 

 

 

 

 

 いや、ステファニーを、ではない。

 残念なことに、白にさへも彼女は無視されている。

 というよりも、『眼中にないから帰れ』といった殺気に近い圧力が放たれている。

 人としての本能からか、瞬時にそれを感じ取ったステファニーは押し黙るしかなく。憂さ晴らしのように空へ質問をぶつけることしかできなかった。

 

 さて、そんな白はというと。

 目線の先にあるのは兄の瞳。

 彼女が入って来るまでは、まだ半分寝ぼけた状態だったのだが。その姿を見た途端に目を見開き、空へと詰め寄った。

 

 半ギレに近い白。涙目のステファニー。そして、そんな状況を作り出したにも関わらず理解ができていない空。

 異様な光景が広がる、この部屋に。

 どうにかしろよ空。と、つっこめる者はいないのであった。

 

 

「えっと……し、白……?あっいや、白さん?怒って…ます……?」

 

「むぅ……にぃ、有罪(ギルティ)

 

「いや俺が何したってんだよ……」

 

「ちょ、ちょっと!私を置いて勝手に話を進めないでもらえますっ!」

 

 

 声に気づき振り向く。

 空達は誰だこいつ? といった表情で首を傾げる。しばらくして、たった今思い出したようにポカンとすると、頬をポリポリと掻いた。

 

 

「まだ……いたの?」

 

「あーすまん、今日はもう帰っていいぞ。今絶賛取り込み中なんでな」

 

「いや、私まだ何もしてないですわよ!?はいそうですかと帰れるわけないじゃないですの!」

 

「うっせーな、わかったからさっさと要件を言え」

 

 

 涙目の少女に更に追い討ちをかける。なんという理不尽だろう。

 しかもこれが悪意のないものだから、より一層タチが悪い。

 若干キレ気味な心を落ち着かせるように、ステファニーは口を開く。

 

 

「昼間、すれ違いざまに言いましたわよね。『イカサマされてる』って」

 

「……やっぱり……負けた?」

 

「そ、そうですわ。それよりなぜイカサマとわかってて内容を教えてくれなかったんですの。それをバラせば勝てましたのにっ!」

 

「ふむ……【十の盟約】その八、ゲーム中の不正発覚は、敗北とみなす、か」

 

「おかげで敗北!国王選定から外れ何もかも終わりですわ」

 

 

 立ち上がって叫ぶステファニーに、空が耳をふさぐ。

 ボロボロと涙をこぼし、慰めの言葉の一つでもかけてやるべきものだろう。

 だが、そこは元ひきこもりとニートの二人。そんな経験、生まれてこのかた一度もない。方法など知ったことじゃない。

 とはいっても、そんな彼女に同情してやるほど、この二人は甘くない。

 

 

「つまり、負けて悔しいから、八つ当たり?」

 

 

 オブラートに包む気などない言葉に、図星を突かれたステファニーの歯が軋む。

 だが空は構わず、わざと下卑た目でその体を眺め回す。

 その顔には、人が変わったような嫌味な笑顔を浮かべて。

 そして、相手の逆鱗に触れる言葉を、慎重に選んで話を進める。

 

 

「なるほど。あの程度のイカサマも見破れず、身包み剥がされた挙句八つ当たりか。全く話にならん」

 

「なんですって!」

 

「しかも子どもに図星を突かれていちいち怒りを顔にだす。単純、沸点が低い、感情抑制もできない上に、リスクを恐れる保身的思考。ハッキリ言って“()()”。これが愚王の血筋なら、負けが込むのも当然だなぁ」

 

 

 知能の低い動物を哀れ見るような目で、見下すようにその顔を覗かせると、ステファニーの肩が震えだす。

 その表情は、明らかにキレていた。

 

 

 

「………撤回……しなさい」

 

「撤回?はは、なんで?」

 

「私はともかく、御爺様まで愚弄するのは許せませんわっ!今すぐ撤回しなさい!」

 

「怒るってことはまた図星か?さすがは愚王の孫娘」

 

「黙って聞いてればあなた───!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、ゲームをしよう」

 

 

「……え、あ、はぁ?」

 

 

 いきなりの誘いに戸惑う。だが警戒心むき出しで空の言葉を聞く。

 

 

「なに、難しく考えることはない。ただのジャンケンだ。

 ただし───俺はパーしか出さない。

 俺がパー以外の手を出したら、俺の負けだ」

 

 

「…………」

 

 

 

 パー以外を出したら負け?

 

 

 この男は何を言っているのだろうか。自ら自分が不利になる条件で、ゲームを持ち出すなど。

 けれど空の目は真剣で、冗談じゃないだろうことが伺えた。ステファニーは更に警戒を深める。

 

 

「賭けるのは何ですの?」

 

「おまえが勝ったら、おまえの要求を全て呑もう。

 おまえが負けた理由、イカサマの真相を教えてもいいし、愚王を愚王呼ばわりしたことが気に入らないなら、この場で死ねと言うのもありだ」

 

「なっ!?」

 

「……で、俺が勝ったら。逆におまえが、俺の要求を全て呑むわけだ」

 

 

 楽しそうな、だが氷より冷たい表情で平然と言う。

 不気味に笑みを張り付かせ、下品にも、醜悪にも、そして冷酷にも思える口調で、空は続ける。

 

 

「こっちはたかがジャンケンに命を賭けんだ。そっちも貞操とか色々、賭けてもいいだろ?」

 

「……引き分けたら?」

 

「俺はイカサマのヒントだけ教える。そのかわり、些細な願い叶えてくれないかな。手持ちで数日は凌げそうなんだが……ぶっちゃけここで4泊した後、宿も食い物もないんだわ」

 

「つまり、宿を提供しろ、ということですの?」

 

 

 ステファニーの言葉に、空はニッコリと笑顔で応じる。

 なんてことはない。

 しばらくタカらせろと言いたいわけだ。

 

 

「どうする?やめとく〜?

 まぁ、相手のイカサマを今更知った所で、もう王の資格はないわけだし?防戦大好きな人みたいですし、そんなリスク背負う必要ないしな、断っていいよ別に」

 

 

 あからさますぎる挑発。

 分り易すぎるその挑発に、しかしステファニーはあえて乗る。

 

 

「……いいですわ、やりますわよ。【盟約に誓って】」

 

「オッケー、じゃあこっちも……【盟約に誓って】っと」

 

 

 ニヤニヤと、目以外で笑って、空は誓いを立てる。

 だがステファニーの頭の中では、既に猛然と思考を巡らせていた。

 

 

 パーしか出さない?

 そう言われて、ほいほい私がチョキを出すと思ってるのかしら。

 上手く罠にはめたつもりでしょうが、この勝負3分の1の確率で引き分ける。

 回りくどいことをして、結局この男は宿が欲しいだけ。つまり引き分け狙い。

 そしてイカサマも本当はわかってない。

 こんなところが真相じゃないかしら。

 

 私が素直にチョキを出したらグーを出して、『はい予定通り〜バカ正直乙』とでも笑うつもりなんでしょう。

 しかしパーを出せば、ほぼ確実に引き分けられて結局相手の思う壷。

 この男、私が絶対グーを出さないと思ってる。

 唯一、負ける可能性がある手だからっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……とか、考えているんだろうなぁ』

 

 

 ヘラヘラと、しかし的確に相手の思考を読み取っていく。

 別に大したことではない。相手は怒りで行動に身を任せているのだから、考えを理解するのは簡単なことだ。

 その程度のこと、昔からずっとしてきた。

 このまま勝負に勝つことなど造作もない。

 

 だが、コロンの顔が脳裏をよぎる。そのせいか、どうにも無下に扱うことができない。

 情けをかけるつもりはない。むしろ真面目に勝負しなければ失礼だ。心残りがあるとするなら、それは純粋な疑問。

 彼女がこんな簡単に引っかかるだろうか。

 自分が想いを託し、任せた彼女が。そしてそれを受け継いだ子孫が。

 

 少しばかり試してみる。空はそう思って、途端に表情を変える。

 そこに先程までの憎たらしい軽薄な姿はなく。

 冷徹に、ただ冷静に勝利を確信する、薄い笑いだけがあった。

 これでも気づけないようなら、お前には興味はない。そう言わんばかりの表情で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果だけで言えば、勝負は引き分け。

 冷静になったステファニーが、チョキを出し。

 そしてその思考を全て読み切った空が、グーを出したことで、勝負はついた。

 ステファニーは膝を折り、未だ床に手をついている。

 

 超オマケしてギリギリの合格、っといったところだろう。

 最初にグーを出すと決めた段階から手を変えないようなら、用済みと判断して即座に切り捨てるつもりだった。

 だがそこで踏みとどまらず、冷静になって手を変えた。

多少評価を改め直さねばならないだろう。あくまでも多少だが。

 

 

「さてと。これで俺は、命令一つでお前をどうとでも出来るわけだ。

 俺に一生服従と言えば、奴隷のように傅かないといけないわけだし。死ねと言われりゃ、その場で即ゲームオーバーだ」

 

「……ッ!!」

 

 

 返す言葉もない。

 自分のミスで状況を悪くしたと気づけば、時すでに遅し。

 一度止まっていた涙がまた溢れそうになり、文句の一つすら出てこなかった。

 

 

「まぁ落ち着けって。そんなことされたくないだろ?だから俺は命令なんかしない」

 

「……えっ……ほ、本当ですの?」

 

 

 空の言葉に、ステファニーは目を丸くして驚く。

 当然と言えば当然だろう。賭けの対価を払わなくて良いと言われれば、誰だって聞き返したくもなる。

 空が本当にそれだけで済ますわけないのだが。そんなことステファニーは知る由もない。

 

 

「ま、その代わりと言ってはなんだが、いろいろと教えて欲しいのよね。ぶっちゃけ俺ら、この国の置かれてる状況とか何一つ知らないし」

 

「……そ、そんなことでいいんですの?」

 

「他にもあるけど、とりあえずそうしないと何もできんしな」

 

 

 これが空の真の狙い。盟約を盾にした半ば脅しに近い行為によって、命令権を残したままの服従を考えていた。

 これで全て計画通り。と思いきや、ここまで口をつぐみ状況を眺めていた白が、割って入る。

 

 

「……えーと、にぃ?」

 

「どうした妹よ。兄のパーフェクトプランに感動して声も出ないか?こういった物は、残しとくことにこそ価値があるんだぞ」

 

「回りくどい。隷属させてから……八百長で、ゲームすれば、同じことじゃない?」

 

「いやいや何を言う。それじゃそのうち、命令を待つだけで自分から考えることを辞めちまうだろ?ある程度泳がせといた方が面白い」

 

「頭、悪そう……だけど……大丈夫?」

 

 

 どうやら、白のお眼鏡にかなわなかったようだ。

 だがこの娘、腐っても王族。どうにか引き込んでおくべきだろう。

 白への言い訳を考えていると、泣いていたはずのステファニーが立ち上がり、こちらへ睨みを効かせていた。

 

 

「全部聞こえてますわよ!てか妹さん、隷属とか頭悪そうとか、私を何だと思ってるんですのっ!?」

 

「じゃあ……今の状況、理解できてる?」

 

「馬鹿にしてますの!?って、私が馬鹿でしたわね。引き分け=負けって状況を作ったばっかりにこんなことに……」

 

「ほら見ろ、妹よ。最低限のことは理解できてるんだ。多少は頭が回るみたいだぞ」

 

「……ん……小学生みたい、とか……思って……ごめん、ね?」

 

「あなた方、いったいなんなんですのよぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、王宮の浴室。

 マスターを脅すようにして獲得した連泊を、1泊もすることなくチエックアウトした、翌日の朝。

 

 

「……で、何故私は裸にされてシロの髪を洗わされてるんですのッ!」

 

「話を聞いてなかったか?そうしないと白が風呂に入らないからだよ」

 

「……うぅ……にぃ、嫌い」

 

「妹よ、おまえはちゃんとすれば、すげー美人さんなんだから、ちゃんとしろって」

 

「……美人じゃなくて……いい」

 

 

 

「……って、いやそうじゃなくてッ!」

 

 

 

 兄妹らしからぬ会話に、一瞬呆気にとられたステフだが無視して。

 それより、と二人の会話へと割って入る。

 

 

「なんで私、使用人みたいなことさせられてるんですのよ。あなた方の要求、いろいろ教えて欲しいって……」

 

「はー……だから『()()()()』頼んで聞いてんじゃねぇか」

 

「そういう意味だったんですのっ!?うぅ……もう驚くのも疲れましたわ」

 

 

 もはや諦めたかのように俯くステフ。

 そもそも負けた立場なのだから仕方ない。この二人に慈悲はないのだから。

 すると昨日の会話内容を思い出して。ハッと顔を上げ、空のいる方向へと視線を向ける。

 

 

「そういえば言ってましたわよね。この国がどーとか、知らないとかって。ソラ達はまさか人類種じゃないんですの?」

 

「おいおい、ステフはこの姿が獣にでも天使にでも見えるってか?」

 

「悪魔になら充分見えますわよ。いえ、そういうのが言いたいんじゃなくて」

 

 

 そう言われても、異世界や日本などと話しても理解してくれるとは限らないため、迂闊には話せない。

 こういう系のお話では、信じて貰うのがネックになるお約束イベント。

 ステフにその辺の知識がなければ、空と白はおかしなことを言う人、というレッテルを一生貼られてしまうだろう。

 

 余談だが、ここへ来るまでの間にお互いの呼び方が決まった。ステフ呼びは、元が長くてめんどくさいというなんとも身勝手な理由だが。

 

 

「……にぃ……ステフって、馬鹿じゃないっぽいし…良いんじゃ?」

 

「もしかしてシロ、まだ私のこと馬鹿にしてます!? 私これでも、国内最高のアカデミーを首席で卒業してますわよッ!」

 

「サラッとえげつない経歴言ったな。さすが王族ってことかよ。

 まー別にそれなら言ってもいいか。俺ら“()()()()”なのよ。今まで暮らしてたのはここじゃない場所ってわけ。分かるか?」

 

 

 空は悩んだ末に、自分達のここに来るまでの経緯を話す。なんだかんだ言っても、ステフのことはある程度信用しているのだろう。

 最初こそ要領を得ない、といった顔をしていたステフだが、やがて納得したかのように頷いた。

 

 

「あぁ……そういうことでしたのね」

 

「意外だな。もっと驚くもんだと思ってたが」

 

「召喚魔法なども存在していますし、ありえる話ですわ」

 

 

 この世界に召喚魔法がある。つまり自分達はそれによって呼び出されたと、そう言いたいわけだ。

 それを聞くと、何か思うことがあったようで、空は急に真剣な顔になる。

 

 

「……なぁステフ、召喚魔法とか異世界人とかって、頻繁に見るの?」

 

「いえ、私も言葉だけなら知っているってレベルですわ。

 実際に異世界から来た人と会って話すなんて初めてですし、たぶん私じゃなくてもこんな体験したことない人がほとんどだと思いますわ」

 

 

「ふーんそっか」

 

「にぃ……?」

 

 

 空は平然を取り繕って頷いたつもりだったが、変に違和感を持たせてしまう。

 突然の質問にステフは困惑していたが、白は心配そうに兄の様子を伺った。

 空はその言葉を皮切りに顔を俯かせ、そのまま黙り込んでしまう。

 自分を納得させようと、自問自答のように()()と対話する。

 

 

 

 

 

 何故俯く

 

 

 ───信じたかった。もしかしたら、ありえない話じゃないと。

 でも現実はいつだって残酷なもので。

 理不尽で不条理で不合理で。淡い期待など、するだけ無駄だ。

 

 

 期待?今更何を?

 

 

 ───あぁ、少しでも期待したのが間違いだったよ。そうであってほしいと思って。でも本当は、心のどこかで気づいていたのに、見て見ぬふりを続けて。その事実から逃げようとして。

 

 

 こんなことになってすら、まともに現実を視認できないなんて。ほんと、つくづく自分が嫌になる。だってそうだろ。

 

 

 

 

 

 あんな思いは、()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、何なんですのあの兄妹」

 

 

 風呂から上がった後、ステフはぶつくさ言いながらもてなす準備をしていた。

 

 

「お嬢様、お茶ならば私共が」

 

「いえ、このくらいいいんですのよ。むしろこのままいいように使われて、黙っているわけにはいきませんわ」

 

 

 使用人に声を掛けられても、手を止める様子のないステフ。

 妙に気合いが入っているのは、自分自身のプライド故か、それとも───

 

 

「だいたい一度勝ったくらいで良い気になるな、って話ですわ。私をこき使おうったってそうはいきませんわよ」

 

 

 

 現在進行形でこき使われている事実に、ステフは気づかない。

 そもそも頼んでもいないのに勝手に始めたのは彼女であり、空達への八つ当たりはお門違いなのだが。

 

 

「たしかにあの服を着てる姿はグッと来ましたけど……って私は何を考えて!?」

 

 

 そうして一人悶絶しているうちに、準備を終わらせ、部屋へと戻る。

 

 

「これ以上あんな異世界人に利用されてなるものですかっ!

 お待たせ致しましたわ!」

 

 

 ステフは愛想笑いをして扉を開けるが、そこに空達の姿はなく。

 階段を登った先。ベランダに続く扉が開かれ、風にカーテンが揺れていた。

 

 二人はテーブルへと腰掛けていた。

 空は視線を外へ移し、遠くを眺めて物思いにふけって。

 白はそんな兄の足を背もたれに、本を読んでいた。

 先程までの二人とは打って変わって大人しい。

 白は集中しているため当然だが、白を気遣うように、空も一言も発しない。

 ステフが近づくと、それに気づいて空も反応する。

 その表情は、どことなく儚げだった。

 

 

「国王選定戦が行われてるわりには、随分と活気がないな」

 

「これでもエルキアは、人類種(イマニティ)最大の国でしたのよ」

 

「人類種?」

 

「“じんるいしゅ”ですわ」

 

 

 聞き覚えのない単語を聞いた空は、それがなんなのか一瞬戸惑う。

 ステフは持ってきた菓子をテーブルに置くと、目を細めながら説明する。

 

 

「かつて人類種の国は、世界に幾つもあったんですの。でも、御爺様が国王になった時には既にジリ貧で、エルキアを残すのみ。領土を取り戻すには、国盗りギャンブルに挑むしかない状況でしたの」

 

「てことは相手は人類……人類種じゃなかったってことか。人類種以外には今何がいる?」

 

「そうですわね……神が十の盟約を適用した、知性ある種族は全部で十六。それを総称して私達は『十六種族(イクシード)』と読んでいますわ。

 唯一神に敗れた一位の神霊種(オールドデウス)、二位の幻想種(ファンタズマ)、三位の精霊種(エレメンタル)

 魔法が得意で、エルヴン・ガルドを世界一の大国に押し上げた七位の森精種(エルフ)

 

「待て待て、その一位二位ってのはなんだ」

 

 

 空はまたも初耳となる単語を疑問に思う。

 聞いた部分はスマホでメモを取っているので、さすがと言うべきか。

 ステフは空を見て一呼吸置く。

 

 

「位階序列ですわ。魔法適正の高さで決まっているらしいのですけど」

 

「……てことは人類種は十六位(最下位)か」

 

「そう、ですわね……けど仕方ありませんわ。魔法適正値0ですもの」

 

「魔法が使えない、感知すらできない、という訳か」

 

「……ッ!!よく分かりましたわね」

 

「いや別に。ただ人間が魔法なんてもん振りかざすとこが想像できなかっただけだ」

 

 

 人間は魔法を使えないし、使われたことにすら気づけない。

 一方的に、見破れないイカサマを使われては、勝ち目がない。

 

 ───とでも思ってるなら、負けが込むのも当然だろう。

 

 合点が行った様子で深く頷く。

 そこへ、白がちょうど本を読む手を止めた。

 

 

「……にぃ、おぼえた」

 

「お、さすが」

 

「……え?何を、おぼえたんですの?」

 

「なにって、人類語だろ」

 

 

 白の頭を撫で回していると、ステフが呆然と眺めてくる。

 意味がわからない、といった様子のステフに、逆にきょとんとした顔で空はさらっと言ってのける。

 本来ならばステフのような反応が普通だが、この二人に常識は通用しない。

 

 

「にぃは……どう?」

 

「ん?ちょっと貸してみろ……あーえと、たぶんこれなら読めそう」

 

「やっぱ、チート……それ」

 

「暗号解読は白に勝てる数少ないジャンルだしな。まぁ今回は似たような文字を見たことあってな……ステフ、どうした?」

 

 

 唖然と、二人のやり取りを眺めていたステフ。

 信じられない物を見たような目で、声で、顔を引きつらせる。

 

 

「あの……聞き間違いですの?言語を一つ覚えた、って言ったんですの?」

 

「うん、そうだけど?」

 

「……こくっ」

 

「ありえませんわ!こんな短時間で?冗談ですわよね?」

 

「音声言語が一致してるから、簡単。でもにぃ、早すぎ」

 

「言ったろ、偶々似たもん知ってたって。一目見ただけだし、さすがに全部理解できてるわけじゃねぇしな」

 

 

 当たり前のことのように、さらりと言ってのける二人だが。

 言葉が同じ、会話ができる、文字を覚えるだけ。

 これだけ並べると、たしかに簡単そうに見えるだろう。

 しかし。

 

 “誰にも教わらず”それをやるのは、『学習』でなく『解読』だと。

 

 その重大な事実が織り込まれていない。

 そして短時間でやってのけ、誇りもしない。

 もはや己の理解を完全に逸した生き物。

 ステフはそんな二人を見て背中に寒気が奔るのを感じる。

 ひょっとして、とてつもない人達に出会ってしまったのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 書斎に篭り、二人は一晩中調べ物をしていた。

 膨大な数だったが、それ故にわかることも多かった。

 

 

「なぁ、ステフはなんで王様になりたかったんた?」

 

「……」

 

 

 ふと、興味本位で聞いてみる。

 特に気になったわけではない。ぼーっとしてて、偶々口から出た疑問。

 だが、それは失言だったようだ。

 

 何も言わずに押し黙るステフ。

 そんな彼女を見続けていた空だが、やがてその視線を左にずらした。

 

 

「……別に言いたくないなら無理に聞かんぞ」

 

「っ……」

 

 

 ステフは言葉に詰まり、歯を噛み締める。

 手すりを握りしめていた指先までも震え、いつも以上に何かを堪えているように感じた。

 

 だが何かを決意したのか、街の喧騒を哀しそうに眺める。

 そして、ポツリと、言葉を絞り出した。

 

 

「私は………このエルキアを、救いたかった……」

 

「そっか……やっぱお前、あいつの子孫だな」

 

「え、な、何ですって?」

 

「いや、なんでもない。それだけ聞けりゃ満足だ」

 

 

 独り言のつもりだったが、またも口から出てしまっていた。

 幸いステフには聞こえていなかったようで、いつも通りに振る舞う。

 涙まじりのステフの頭を軽く撫でると、大きく伸びをして、頬を叩く。

 そして白も本を閉じ、その場から立ち上がった。

 

 

「うっし!白、どう思う?」

 

「……白は、にぃに……ついてく。約束通り……どこへ、でも」

 

「即答か。こっちは結構覚悟固めるのに」

 

「……嘘……にぃ、たのしそう」

 

 

 白は相変わらず無表情。

 だが、兄にだけ分かる程度の笑顔を浮かべる。

 空もそれに返すよう口元を緩ませて、苦笑する。

 

 

「ははっ、やっぱわかる?さてと、じゃあステフ。お前の爺さんが正しかったと証明しに行くぞ」

 

「……え?」

 

 

 慌ててついて来るステフ。

 その気配を背後に感じながら、ケータイのタスクスケジューラーに項目を増やす。

 

 

『目標』:とりあえず王様になってみる。

 

 

「ちょいと王様になって、領土取り戻して来るか」

 

 

 

 

 やることは多い、“次”は俺の番だ。

 

 

『“次”を、“後”を……任せる』

 

 

 唐突にその言葉を思い出す。

 そういえば昔、そんなことも言ったっけ。

 結局それが最後の別れの言葉となってしまった。

 迷惑ばかりかけて、ものすごく心配させて。今まで自分は何も残してこれなかったんじゃないか。

 

 

 本当に今まですまなかったと思う。そんで。

 

 

『ずっと……ありがとうな』

 

 

 ───あとは任せろ、()()()

 

 

 

 

 




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第肆話 亀裂と綻び


想像以上に書くのに時間かかって、ほんとすいません。
失踪だけは絶対にしないつもりなんで、長い目で温かく見守ってくれると有難いです。



 

 

 

 

 

 夕刻────エルキア王城・大広間。

 国王選定の最終戦が終わったその場所にいる少女を、つめかけた観衆が広間を囲むように埋めて、覗いていた。

 少女の名は、クラミー・ツェル。

 葬式のような黒いベールに黒い服、何処か死人を思わせる無気力な表情で腕を組む、長い黒髪の少女。

 

 

「さてこの者、クラミー・ツェルが選定の戦いを最後まで勝ち抜いたわけであるが……彼女に挑む者はもうおらぬか?」

 

 

 高官らしき衣装に身を包んだ老人が問いかけると、それだけで広間がざわつく。

 だが、そこに彼女へ挑もうと意気込む声はなかった。

 それもそのはず。

 ここまで全戦全勝している彼女に今更勝てる者など、もはやいるはずもない。

 

 

「では、前国王の遺言に従いクラミー・ツェルを、エルキア新国王として戴冠させる。異議のあるものは申し立てよ、さもなくば沈黙をもって之を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「異議ありッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 老人の言葉を遮り響き渡った声に、広間がざわつき、視線が一斉に声の方へと向けられる。

 執事服とドレスに身を包んだ二人組は、観客を掻き分けてずけずけと前に出てきた。

 その男───空は周囲の視線など気に止めない様子で、クラミーと対峙する。

 そして少女───白はスマホを構えて、辺りをキョロキョロと見回す。

 しかし依然としてクラミーは、変わらず無表情を貫く。

 

 

「自分が負けたからといって、今度は使用人を送り込んでくるなんて。ここは子連れで遊びに来ていい場所じゃないわよステファニー・ドーラ」

 

 

 クラミーの言葉にハッとなり、後から付いてきたステフの存在に気付く観客達。

 ステフは押し黙り、俯いてしまう。

 

 

「ええっとクラミー・ツェルつったか。

あん?()()()って……ったく、どういう教育受けたらこんな性格ひん曲がるんだか」

 

「あら、喧嘩売ってるつもり?」

 

「おいおい冗談キツイぜ。んなもん相手にすらならねぇよ」

 

「……どういう意味かしら」

 

「話聞いてなかったか? あんたじゃ力不足って言ってんだよ。脳みそだけじゃなくて耳まで腐ってるのかな?」

 

 

 空気の読めない発言、いや挑発に、クラミーの瞳がわずかに揺れる。

 なんだこの失礼な男は。そう言わんばかりに空を睨みつける。

 ()()()の相手へこの言い草。一見ふざけてるようにしか見えない。

 そのこみ上げてくる苛立ちを、今はただ抑えるだけだった。

 

 まだ何もできてない。

 やっとここまで来れたのに、何も終わっていないのに、全てを台無しにできない。

 フンッと鼻で笑い一蹴されるが、クラミーはギリギリで踏みとどまる。

 

 

「まぁいいわ。それで、勝負するの?」

 

「うっわいいのかよ。冗談で言ったつもりなのに」

 

「……御託はいいから早く決めて」

 

「もしかして怒った?すまんすまん、ここまで沸点が低いと思わなかったんでな」

 

 

 一発くらい殴ってもバチは当たらないのでは?

 

 脳裏によぎる思考、だがそれこそ空の狙いだろう。

 ここで冷静さを欠けば、取り繕った表情も観客の評価も失う。ようは、主導権を握られてしまう。

 そう、それがわかってるからクラミーは動かない。いや、動けないのだ。

 普通に聞いてれば、何気ないただの言い合い。だがその裏にある真意に、ステフを含め観客達は気づかない。

 クラミーが下手に出ると、それを見越した空が先に仕掛けた。

 

 

「全く話にならんぜ。そんなんだから魔法を使ってもあんな低レベルなイカサマしかできないんだよ」

 

 

『イカサマ?』 『いや今魔法って……』

 

 

 再びざわざわと観客達が困惑した表情になり、ついに恐怖を伴ったものに変わる。

 先程まで強気だったクラミーも面食らったように、その場で固まってしまう。

 空は何となく重苦しい空気だなと苦笑いしつつ、周囲を見渡して白に確認を取った。

 

 

「白、いたか?」

 

「一人……」

 

 

 ボソボソと何かを話し合う兄妹。

 その様子を見て、クラミーは眉を顰めた。

 

 空達の世界の水準で十五世紀初頭レベルの人類種にとって、スマホはおろかまともな電子機器などほとんどない。

 スマホを覗き込みこちらを伺うように見る空達は得体の知れない何かに見える。

 クラミーは、僅かに寒気が走るのを感じた。

 ベールで隠れ一層感情を感じられない顔に、奇妙な威圧感を纏って空に歩み寄る。

 

 

「私が魔法を使ったとでも言いたいわけ?」

 

「イカサマって部分は否定しないのね。まぁその話は、そこの協力者に直接聞く方が早いと思うぜ」

 

 

 空は周りに言い聞かせるよう大袈裟に振る舞うと、にやりと笑ってある一点へと視線を移す。

 白はそんな空に合わせて、空が見た方向を指差した。

 その先には顔を隠すようにフードを深く被った女性と、二人に指示されて先回りしてきたステフ。

 

 

「し、失礼致しますわ」

 

 

 飛び出す、二つの耳。ファンタジーの世界でよく見る───エルフのように、長い耳。

 

 

『こ、こいつ森精種じゃねぇか!』 『おいおい…じゃあホントにあいつの言う通り……』

 

 

 ざわつく広間。クラミーは気にする様子もなく、沈黙すること数秒。

 そして無表情のまま、目を閉じて言う。

 

 

「なるほど、適当な森精種と結託して、わたしを人類種の敵に仕立て上げようってわけね」

 

「へー……そういうことにしたいなら一つアドバイス。普通そんなんされりゃ誰だってキレるんだからよ……あんた、さすがに抑えすぎだ」

 

「───っ!」

 

 

 空の忠告にハッとなって、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 今度こそ本当に怒りが爆発したのか、それとも抑えたり隠したりする気もないのか。殺気に近いものを纏った鋭い目で。

 空は疲れたのかため息をついて。

 

 

「はぁ……で、結局どうすんのさ」

 

「……もちろんゲームなら受けてあげるわ。さっさと出て行ったら?森精種の協力者さん。

 そして、イカサマなど介入する余地のない、実力を証明するのに最適なゲームで勝負しましょう」

 

「『十の盟約』その五、ゲーム内容は挑まれたほうが決定権を有する。

 まあ、どうしてここでポーカーを辞退したのかはあえて追及しないでやるよ」

 

 

 クラミーの視線、提案を想定通りとばかりに、空はヘラヘラと笑って返す。

 

 

「勝負は場所を変えましょう。準備ができたら呼びに行くわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実力を証明するのに最適なゲームとやらを、家から持ってくるというクラミー。

 しばらく待っているよう言うと、そのまま城を去った。

 一方、空達も城の中庭で夕日を浴びて待つことにしていた。

 

 するとキョロキョロと。周囲に誰もいないのを確認して、ステフが満を持した様子で、空に問う。

 

 

「じゃ、じゃあ私、魔法を使われてたんですの!?」

 

「……おま、声、でけぇ」

 

 

 何のために場所を移したのかわかっていない様子のステフ。

 だが、自分が負けたイカサマの真実を、ようやく知らされたのだ。

 ましてソレが魔法にようるイカサマだったと知れば、気持ちはわからなくもない。

 

 

「イカサマしてるのは確実だ。酒場であいつを見たが、手札の揃え方が明らかに作為的だった。俺も白もすぐ気づいた」

 

「……しろが、きづいた」

 

「細かいな妹よ……それ言ったら方法気づいたのは俺だぞ」

 

「むぅ……」

 

「はっ、さてはその異世界の道具、魔法を検出できるんですのね。あの森精種、一体どんな魔法を?」

 

 

 どんな魔法を使われたのか。

 期待の眼差しで解答を待つステフに、しかし返された答えは。

 

 

「さぁ?サッパリだ」

 

 

 というあまりに期待外れの解答だった。

 あっけにとられ絶句するステフを他所に、空は淡々と答える。

 

 

「『記憶改竄』とか『伏せ札書き換え』だったら証明しようもない。やれば“必敗”、万に一つも勝ち目もない」

 

「だから、ソレを避けた」

 

「……え?」

 

「いいか、出来る限り簡単に説明するぞ。

 

 まず、この総当たりの国王選定。これが欠陥だらけだ。

 他国が人類種の誰かを国王にしてやると抱き込めば、勝負に介入することが可能。

 しかも相手は魔法を感知出来ない人類種、勝つのは容易い。これで傀儡王の誕生。あとは国を好きにできる。

 誰でも思いつく簡単な方法だ。オーケー?」

 

「え、ええ……理解しましたわ」

 

 

 聞いてくうちに段々顔色が悪くなっていく。それだけ事の重大さに今まで気づいていなかった証拠だろう。

 もし空達がいなかったら。その先を考えてしまい、全身が硬直してゾッとする。

 

 

「さて、森精種はそうして傀儡人形の王を作ろうとしてるわけだが……その程度の発想に思い至るのが、まさか森精種だけと思ってないよな?」

 

「そ、それは……」

 

「他の国も同じ事を考えたはずだ。実行したかはさておき、可能性は高い。

 それを逆手に取って、俺もその一人だと思わせればいい」

 

 

 再び絶句させられるステフ。白は興味ないのかケータイを手で遊ばせ、空が悪戯気に笑う。

 

 

「人類が持ってるはずのない装置を持ちまるでそれが森精種の魔法を破ったように見せた相手に、分かりやすい魔法使えばその瞬間不正を暴かれて失格のリスクを抱え込む」

 

「じゃ、じゃあイカサマなしの対等な勝負に持ち込めるということですのね!」

 

「えっ、いやおま……マジかよ」

 

「……にぃ、これ、ステフ」

 

「あぁ……一瞬忘れてた」

 

「な、なんですのよ、その哀れみの目はっ!」

 

 

 突然の兄妹の態度の急変。肩透かしとばかりに、顔を見上げて表情はどこか上の空。元々興味なさげな白だけでなく、空すらも呆れ返っている。

 

 

「いやなんだ、人は見た目によらないなって」

 

「それ、にぃが……いうの?」

 

「ははっそれもそうか。てかステフだしな」

 

「なっ、なんでなじられるんですの!?」

 

「他の国が介入してくることは想定の範囲内なんだよ。つまり俺みたいな奴が現れることまで織り込み済みと考えるのが自然だろ」

 

 

 敵が森精種だというなら、この状況でも有利に運べるイカサマを用意してるだろう。最も上手く魔法を使える種族、森精種。

 ならば魔法を検出する技術がある他国との勝負を想定に入れ、より複雑で、暴くことの出来ないイカサマ魔法を仕込んだゲームがあるはず。恐らくソレを取りに行ったと考えられる。

 だが、その言葉にステフは表情を曇らせた。

 

 

「そ、そんな……それじゃ余計事態は悪化してるじゃないですの」

 

「あのな、生粋のただの人間である俺らには、『記憶改竄』とか『視覚閲覧』みたいな直接干渉する単純な魔法こそが最大の脅威なんだよ。でもあいつらはそれらが使えない」

 

 

 つまり表面上は対等に見えるゲーム。だが実際には自分達が圧倒的有利な仕込みをしているゲーム。

 しかも察知されない、つまり相手に直接は干渉しないゲームということ。

 確かに絶対的に有利なイカサマは仕込むだろう。

 だがステフが仕掛けられたポーカーのような『必勝』の手ではなくなる。

 そのゲームを持ち出させる為のブラフ。その為のケータイ。

 今のところ、全て上手く行っているはずだ。

 

 

「それでも、こっちが圧倒的不利には変わらないじゃないですの」

 

「いや、原理的に勝てないゲームじゃない。なら」

 

「『  』に、敗北の二文字は……ない。……ん」

 

 

 白が何かに反応して振り向く。

 近づいてくる人影。それがクラミーだと気づくのにかなり時間を要してしまった。

 

 

「……やべぇな、今の会話聞かれてねぇだろうな」

 

 

 白にしか聞こえない声で呟く空に、白が頷く。

 表情は崩さず、大丈夫と言いたげに。

 そして一行はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「単刀直入に聞くわ。あなた達、何処の間者?」

 

 

 想像以上に思い通りに事が運んでいる事実に、内心胸を撫で下ろす空。しかし態度には出さず、ヘラヘラと応じる。

 

 

「あ、はい、実は俺達某国の───って答えるとでも思ってんのか?馬鹿じゃねぇの?」

 

「この国は渡さないわ」

 

「だろうな。森精種どもに渡すつもりなんだろ」

 

「……違う。誰にも渡さない。人類種の国は、人類種のものよ」

 

「ふーん?」

 

「森精種の力を借りるのは、人類の生存圏の確保のため。

 その為にどれだけ複雑な契約を交わしたかあなたには想像もつかないでしょうけど……最低限必要な領土を確保したら森精種とは手を切るわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うーわ……』

 

 

 ベール越しにも伝わる自信に満ちた瞳で空を睨む。

 毅然と言い放つクラミーに内心頭を抱えたくなるのを、如何に空といえど堪えきれなかった。

 本心からの苦笑をこぼして、クラミーの出方を伺う。

 

 

「……あなた達が何処の国の間者であろうと、私に勝つのは不可能よ?」

 

「へぇ、大した自信だな」

 

「ただの事実よ。世界最大国『エルヴン・ガルド』 森精種が有する魔法はどの種族にも破れやしない。正面からやり合えば必敗、例外はないわ」

 

 

 ふむ。確かにあんなデタラメ種族と戦ったら負け以外ありえない。ただしそれは、()()()()()()()()()の話だ。

 この女、一番重要な事を黙殺している。

 互いに強くなる眼光。しかし厳しい視線を和らげ、クラミーは空の目を見て言う。

 

 

「あなたに人類種として、この国を、人類種を思う気持ちが残っているなら、間者なんてやめて勝負を降りて欲しい。けして森精種達の傀儡になんてさせないと誓うわ」

 

「……」

 

 

 空の無言を肯定と受け取ったのか。黒いベールで隠れた表情に悔しそうな色を覗かせて、もはや懇願するように述べていく。

 

 

「魔法も使えない、感知すらできないのが私達、人類種。

 この世界で生き残るには、大国の庇護下で生存権利を手に入れて、その後はあらゆる勝負を破棄し一切を閉ざす。これしかないの、わかるでしょう?」

 

 

 十の盟約に従うなら、ゲーム内容は挑まれた方に決定権がある。

 確かに最強種族の力を借りて一定の領土を手に入れ、全ての勝負を断って鎖国する。効率的で有効な戦略だ。

 何も得ない代わりに何も失わない。悪くない手段だろう。

 

 

 だがその考えは間違っている。そうじゃない。それじゃダメなんだ。

 空の懸念が確信へと変わる。すると、心の奥底から沸き立った()()に驚く。

 表情には出さないでいるものの、内心焦る空は必死に抑え込む。

 そして胸に手を当て、いつも通りに確認。

 大丈夫、今回はちゃんとかかっている。今は我慢するべきだ、ここで言い合っても何か解決するわけでもない。

 こんなものは一般論だし、ステフだって思ってることだ。

 ため息一つ、ふぅと落ち着いたのもつかの間。

 

 カチリと音が鳴る幻聴がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おいおい今さらなに真面目ぶってんだ。お前らしくもねぇ。

 

 

 

 

 

『───うるせぇ。いい加減引っ込んでろ』

 

 

 

 

 

 生きづらいだろ、いつまでそうするつもりだよ。

 

 

 

 

 

『───…………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………ビキ、と。

 

 空の中で何かが音を立てて動く。

 それは僅かな緩みだったが、今の空にはそれだけでもう充分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────気に入らねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────気に入らねぇ」

 

 

 

 

 

 どこまでも無機質な目をして、深いため息を吐く空。その姿にクラミーやステフはもちろん、白ですら動揺する。

 これは本当に空? 今自分の隣に座っているのは、普段一緒にいる自分の兄なの?

 自分を問いただしたくなるほど、今の空から滲み出る圧力は凄まじいものだった。

 

 

「気に入らねぇ。お前も、お前のその考えも、何一つ気に入らねぇ」

 

「に、にぃ……?」

 

 

 淡々と答える空。名前を呼ぶ白だが、空は反応すらしない。

 やはりここにいるのは、明らかに自分が知る『(にぃ)』ではない。

 その異様な雰囲気。いや、違う。自分は知っている。それは初めて会った頃の、空だ。

 

 

「そもそも()()()()()に助けを求めるってのがふざけた話だ。

 お前ら、人類を舐めんじゃねぇ。行くぞ、白」

 

「……ぇ……あっ……」

 

 

 馬車が到着したことで、話を切り上げる空。白も混乱しながらその後ろに付いて行く。

 途中から訳が分からず呆然としてたステフも、ハッとなり意識を戻すと空達を追いかける。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ空」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……馬鹿にしてるのはどっちよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にぃ……だいじょう、ぶ……?」

 

「ん?何が?」

 

「……なんでも、ない」

 

 

 内心胸を撫で下ろす白。そして普段の調子で話を続ける。

 だが空は、先ほどからずっと焦りしか感じていなかった。

 

 

 

 

 

『こんなんじゃ……もっと……』

 

 

 

 

 

 目を閉じてイメージする。

 頭を冷やせ、心を封じろ、想いを閉ざせ。

 ───ガチリ、と。

 重い音をたてて『鍵』を掛ける。これで出来上がりだ。

 いつも通りの、求められる通りの、偽り通りの、鋼の心の、空の完成だ。

 ゆっくりと目を開けると、白に笑いかける。

 

 

「うっし、こっからが正念場だ。やるぞ、白」

 

「了解。任せ、ろ?」

 

「なぜ疑問形。そこは普通に任せてでいいんだよ」

 

 

 遅れてステフが追いついてくる。こけそうな、いや実際に転ぶ姿に苦笑を浮かべる。ふと空は、視界に写ったクラミーのいた城の広間へ続く道をを一瞥する。

 

 大丈夫、今のところ全て上手くできている。なにも問題ない。心配に思うこともないはず。

 言い聞かせるように、無理矢理自分を落ち着かせる。

 白へ視線を戻す。そしてうなずく白を連れて、歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歯車は既に狂い始めていた。

 

 

 

 

 




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第伍話 変わらない物と者

日間ランキング載ったことで内心めっちゃびびってる作者です。
いやランキングの力ってすごいですね、UAとお気に入りが数日で一気に伸びて唖然としましたよ。



 

 

 

 

 広間に戻った一同。

 目にしたのは、ずっと待っていたのだろうか、広間を埋め尽くす大観衆。

 玉座の前に立てられているのは、一対の椅子。そしてだだっ広く用意されていたのは

 

 

「チェス盤……?」

 

 

 戸惑いを隠せない空。

 森精種のイカサマを仕込んだゲーム。様々なゲームの可能性を考慮したが、チェスは想定外だった。

 予想の斜め上を行かれたことに懸念を拭えずにいる。

 だがその光景に、嫌でも思い出してしまう。

 

 この世界 チェス盤 ゲーム

 

 自分の運命を変えた、全ての始まりの記憶。

 どれだけ悔やもうとも、どうにもならない過去。

 

 

『なぁ、シュヴィ……俺、やっぱ未練たらたらだよ……ははっ』

 

 

 脳裏をよぎるのは、ただただ無数の後悔ばかり。

 押し潰されそうな罪悪感と、だがそれ以上の最大の後悔に気付く。

 自分でも呆れ返り、あまりのカッコ悪さに笑いすらこぼれる。

 考えても仕方のない、だがそれでも忘れ去ることはできなかった。

 そんな空の気を知ってか知らずか、クラミーは向かいの椅子に座ると、感情のない声で説明する。

 

 

「そうよ、でもこれはただのチェスじゃない。『コマが意識を持っている』チェスよ。

 命じればコマは動く。ただ命じれば命じたままに」

 

「……なるほど、そう来たか。どうする、白」

 

 

 厄介なゲームを持ち出された。と空は内心、想定しうるイカサマの内容に思いめぐらせ舌打ちする。

 普通のチェスなら、白は確実に勝てる。

 だがそれはあくまで普通のチェスであれば、だ。

 しかも相手は何らかの魔法を仕込み、イカサマをするのふ間違いない。

 

 

「……大丈夫、チェスなら……まけない……」

 

 

 言いながら強気に前へ進み出る白。その視線は常に相手であるクラミーを見据えている。

 だがその前に、と空が確認する。

 

 

「なあ、これ途中で交代してもいいよな?

 悪いがこっちは二人で一人のプレイヤーなんだわ。それに、そっちが一方的に熟知してるゲームのようだしな。内部の隅々まで、だろ?」

 

 

 ケータイを手で弄びながら言う空。その意図をはかるように、クラミーは空の目を覗き込む。

 しばらくして何も読めなかったことに警戒したのか。

 ふんっと鼻で笑い、吐き捨てるように言う。

 

 

「どうぞご自由に」

 

「にぃ、しろが、負ける、と……?」

 

「白、熱くなりすぎ。普通のチェスならお前が負けるなんて万に一つもない」

 

「……ん」

 

 

 当然だとばかりに頷く白。

 それは空の、心からの本心だった。負けるわけがない。

 だがこれは普通じゃない。それはクラミーが言ってる以上に。

 

 

「忘れるな。俺らは二人で一人、二人で『  』だ」

 

「……ごめん、なさい。気を、つける……」

 

「よっし!俺がイカサマを看破して打開策を練るまで、勝ち抜けてくれ」

 

 

 そう言って白の頭を撫で、耳元で囁く。

 こくりと頷く白、ゆっくり勝負の場についた。

 幼い白には若干低い椅子、その上にちょこんと座る。

 

 

「話は終わった?でははじめましょう。先手はそちらで結構」

 

「……」

 

 

 明らかな挑発に、一瞬眉をひそめる。

 チェスを『マルバツゲームと変わらない』と言ってのける白に、それは勝ちを譲ると言っているに等しかった。

 何故なら、チェスは原理的に互いが最善手を打ち続ければ“先手必勝”だからだ。

 後手に回った場合、相手の最低一度のミスを前提ではじめて“引き分け”だ。

 

 

「d2、d4へ」

 

 

 わずかに機嫌を損ねた白の言葉で、勝負は始まった。

 手で動かすものではなく、声で指示を出してコマが勝手に動くチェス盤。

 ルールに従い、初手に限りポーンは二マス前へ進む。

 

 だがクラミーは言った。『コマが意思を持っている』と。

 ただ勝手に動くというわけではあるまい。

 空の思考を他所に、クラミーは静かに呟く。

 

 

「g7、“前へ”」

 

 

 言われた瞬間、指名されたポーンが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()

 

 

「「「はぁ!?」」」

 

「これは“意思を持ったコマ”、そう言ったでしょ?」

 

 

 声を上げる空と、どよめく観衆。

 クラミーは薄く笑みを浮かべて、軽く挑発するよう語る。

 

 

「コマはプレイヤーの『カリスマ』、『指揮力』、『指導力』、『王としての資質』に反映されて動く。王者を決めるのに相応しいゲームだと思わない?」

 

「……ちっ」

 

「ナイト、c3へ」

 

 

 舌打ちする空。だが慌てることなく淡々と、冷静にプレイを続ける白。

 一度ゲームに入り込んだ白に挑発のたぐいは通用しない。

 忘れてはいけない。兄の補助があったとはいえ、白の圧倒的な集中力は、神さえ破ったと。

 

 

 

 

 

 そして事実。

 

 

 

 

 

 反則的なコマ運びを続けるクラミーに対して、動揺すること無く。

 また一切危なげなくコマ運びを続け、そして。

 

 

「クイーン、h5、チェック」

 

「うそ……」

 

 

 そう呟いたのは、空の横で勝負を見守っていたステフ。

 だがそれは城内の誰もが抱いていた感想だろう。

 予測不能に近いコマ運びをするクラミーを、いったいどうすれば追い詰めはじめすら出来るのか。

 騒然とする広間の中。

 神がかりな采配で、常識破りのコマの動きに対応する白。

 これぞ明鏡止水と言わんばかりに、人間離れした冷静さ。

 

 

「す、すごい……ルール無視に近い動きをしているクラミーを圧倒してますわよ」

 

「ああ」

 

 

 しかし空もまた、冷静に状況を見ていた。

 そしてあることを危惧して、表情は徐々に険しいものへと変わっていく。

 

 

 おかしい。いや、ありえない。

 白が常に優位に立った状態でゲームが進むのは想定内だ。むしろ理想的とも言える立ち回りだろう。

 ステフの言葉を借りるなら、ルール無視に近い動きを圧倒している。

 文面だけ見ると、如何に白が強いかを代弁している。

 だが実際には少し違う。

 ルールを無視した動きができるならば、本来追い詰められるはずなのはこちらであり。

 またこちらが攻めようものなら対応してすぐにでも回避が可能で。

 イカサマが露見するリスクを考えても、あまりにも不自然で異常な光景。

 このチェスが開始してから。

 そして白が最初にチェックをしたこの瞬間まで。

 クラミーが優勢になったことはただの一度もない。

 単純な技量というわけでもなく、まるでそうなるよう自分から仕向けているように。

 

 

「f2、f4へ」

 

 

 そしてその危惧はすぐに現実となる。

 次の行動へのために指示した白のコマが、動かない。

 

 

「……ぇ」

 

「……なるほど」

 

 

 ここに来て初めて、白の表情に戸惑いが浮かぶ。

 同じく戸惑うステフらとは対照的に、予想が的中したことに舌打ちする空。

 

 

 つまり、このチェスの鍵。

 カリスマがあればコマがルール無視で動くこと、ではなく。

 その逆、“カリスマが不足すればコマが動かない”ことにこそあるのだ。

 コマが現実の兵士だとすれば、通常まず使えない戦略。

 

 

「捨てゴマは使えない、ってことか……」

 

 

 大局のために、喜んで死ぬ兵士は()()()()()

 徹底した指揮系、命令系、または狂気に等しい士気があって初めて可能な戦術だ。

 白は爪を噛み、初めての長考に入る。

 そう、捨てゴマを封じられると、戦術が大幅に限られてくるのだ。

 だが薄く笑うクラミーの兵士達は、一糸乱れることなく動き続けていく。

 優勢にあった白が追い詰められはじめるのに、そう時間はかからなかった。

 戦況は一気に悪化。

 士気が落ちたコマは更に言うことを聞かなくなり、白はイラつきを募らせはじめる。

 指揮官のイラつきは兵士達に伝播し、悪循環となる。

 こうなってしまっては、もうどうしようもない。

 

 

「っ……白!」

 

 

 空が気づいた時には既に遅く。

 本人も自覚したようで、もはや白に勝ちの目は、消えた。

 妹の頭に手を置き、慰める。

 うつむいた妹の目は、長く白い髪に隠れて見えない。

 薄っすら涙が浮かんでるだろうことは窺えた。

 

 

「…………にぃ……ごめん、なさい」

 

「……」

 

 

 一見すればただのチェス。

 だが正確には、コマは意思を持ち、自分自身で考え動く。

 それは実際の戦争等となんら変わりはない。

 紛れもなく、()()()()()()()()()()()()()()()

 妹にその指揮を任せ。

 死ねと命じさせ。

 勝つために心を殺させ。

 その度に無慈悲に突き放させ。

 たかがゲーム、そう切り捨てるのは簡単だろう。けど。

 

 

『こいつに、こんな選択させて………何してんだ、バカ野郎(リク)ッ!!』

 

 

 もう二度としないと誓ったのに。

 何があっても、守ると約束したのに。

 

 

 

 

 てめぇ()は。

 

 

 てめぇ()は。

 

 

 

 てめぇ(リク)は。

 

 

 

『いつまで同じ過ちを繰り返せば気がすむんだ』

 

 

 

 

「……白、交代だ」

 

「………まけた……よ……ごめん……なさ…い」

 

「大丈夫、まだ負けてねぇ。きつい役割押し付けてごめんな」

 

 

 ぐしぐしと、前髪に隠れて見えない妹の目をこすって、涙を拭う空。

 うつむいた頭から表情は窺えないが、まだ凹んでるのはわかる。

 促されるままに椅子から身を引こうとする妹を、だが空が止める。

 

 

「泣き虫ね。勝負は途中で投げ出すお子様と、ここから巻き返せると思ってる能天気な兄。

 確かにあなた達にも王の資質はあるみたい。愚王の資質だけ「おいクラミー」ど……っ?」

 

 

 クラミーの言葉を無視するように、一心に見つめる。

 突然名前を呼ばれて驚いたクラミー。

 だがそれ以上に、空から感じる、底しれぬ不気味さに冷や汗を浮かべた。

 この冷えた目つきと、威圧感。それはここへ来るまでに感じた、空からの殺気。

 

 

「覚悟は出来てんだろうな。うちの妹を泣かせた代償、高くつくぞ」

 

「……いい加減見栄を張るのはよしたらどう。それとも、この状況でまだ勝つ気でいると?」

 

「悪いが、負け戦は俺の専売特許だ。この程度の状況、今までに比べれば屁でもねぇ」

 

 

 そうだ、思い出せ。記憶の中の自分(あの姿)を。

 弱くて、逃げてばかりの、常に敗者だった過去を。

 薄汚れて、カッコ悪くて、みっともなくて。それでも、勝利のために貪欲な心を。

 条件なら全て揃ってる。

 懸念すべきことも、ここなら気にする必要もない。

 大丈夫、感覚ならさっき確かめたはずだ。

 

 そして空は目を閉じ、胸に手を置くこと数秒。

 すーっと息を吸い込こむ。

 

 

 

「お前らいい加減にしろッ!」

 

 

 

 

 

 隣に座っていた妹はもとより。

 城内広間にいた全ての人間の耳を塞がせ、壁も震わせるような声で叫ぶ。

 

 

 

「敵の策略で仲間が数名やられたってのに、なんだそのざまは。敵が攻めてるのに、ただぼーっとして指示を待つだけ。そのくせ指示しても不満がありゃ御免こうむるだと?何様のつもりだ」

 

 

 

 空の言葉と、有無を言わさぬその威圧感にたじろぐ兵士達。

 その表情に浮かべたのは───疑問、呆れ、そして後悔。

 唖然とする一同を前に、だが空はなおも語気を荒らげて続ける。

 

 

「お前らもわかってるはずだ。いい加減認めろ、俺らに希望なんか残っちゃいねーんだ」

 

 

 気付いてはいた。だが認めれば心が折れる“事実”に兵士達は頭を垂れる。

 それぞれが沈痛な表情を浮かべる中「だから」と。

 

 

「そう、自分達の手で“創る”しかない。

 その為に戦え。

 理由はなんだっていい。家族のため、愛する者のため。もしくは、亡き同胞達のため」

 

 

 そこまで聞くとハッと顔を上げる兵士達。

 戦うと、確かにそう言った空を、そこにいた全ての視線が注視する。

 空は自嘲気味に薄く笑って。

 

 

「敗北を怖がるな。死を恐れるな。手にするのはたった一つの勝利だ。

 もし成し遂げて勝利出来れば、俺ら、最ッ高〜にカッコよく生きたって、胸張って死ねると思わねぇか?」

 

 

 かつて自分に課し、シュヴィと決め、仲間と誓ったルール。

 今のこの状況なら、この言葉を贈るべきであろう。

 

 

「『遺志に誓って(アシエイト)

 意図なく死ぬことはもはや許さん。意味なく泥を啜って生きて、だが意義あってカッコよくくたばる。上等じゃねぇか!この戦い(ゲーム)、絶対に勝つぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 圧巻の演説に、なおも城内は静まり返る。

 だがチェスの盤面からは。

 

 

 

 

 

『ウォオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

 

 

 

 と雄叫びが響き渡った。

 そしてすかさず、ポーンに指示を出す。

 

 

「ポーン7番隊へ通達!前線より敵が侵攻中!待ち構えれば膠着、その間に側面よりやられるぞ。『速攻をかけて背後を取れ!』先手を撃てぇっ!」

 

 

 するとその叫びに呼応するように。

 ポーンが二マス前進、そして敵のポーンの背後を取り、砕いた。

 

 

「なっ……そんな馬鹿な!?」

 

「騎兵2番隊!ポーン7番隊が開けた活路を無駄にするな!道を切り開いた“勇者”達を何としても守れぇ!」

 

 

 狼狽するクラミー。その言葉はこの場にいた観衆の総意を代弁していた。

 そして相手の手番を待たずすかさず、さらに告げる。

 

 

「それからそこの王と女王!つまり俺らだがテメェらさっさと前線へ行け!」

 

 

 チェスの定石ではありえない指示に、観客はおろか、白まで目を見開く。

 いや、そもそもだ。

 

 

「ちょ、ちょっと待って!私の手番よ!」

 

 

 抗議するクラミー。

 そもそもコマは動いている。

 つまりそこに不正はなく、命令は受理されているということだ。

 クラミーの声が届いてないのか、空は特に気にする様子もない。

 大仰な手振りまで交えて、堂に入った演技でなおも叫ぶ。

 

 

「気を抜くでない!戦局は常に動いている、特に相手が動揺してる今しかチャンスはないと思え!」

 

「っ……ポーン5番!敵ナイトを打ち砕きなさい!」

 

 

 対抗して大急ぎで指示を飛ばすクラミー。

 彼女に命令されたポーンが、自軍のナイトに襲いかかる。

 空は妹を片手で抱き、椅子から立ち上がる。腕を振るって叫ぶ。

 

 

「誉れ高き騎士達よ、女王が認め我が授けた騎士の称号は雑兵にやられる程度のものか!女王の名、またその称号に懸けてここで勝手に死ぬことは許さん!敵は雑兵、背後を取るしか能がない!反転し後退、戦線を維持し活路は貴様の剣と盾で切り拓け!」

 

 

 すると襲いかかってきたはずのポーンが、ナイトを取るどころか、その直前で逆に砕け散る。

 

 

「「はあああああぁ!?」」

 

 

 クラミーにとどまらず、ステフをはじめ、城内の誰もがそう叫ぶ。

 しかしその声さえ届かない。

 本当に戦場に身を置いているように、空はなおも叫ぶ。

 

 

「よくぞ堪えた、よくぞ持ち堪えた、誇り高き騎士よ!それでこそ民の剣よ!ポーン3番隊!今こそ好機、敵ビショップを討ち取れ!」

 

 

 勝ちを確信して、詰みにかかるだけとなり叫ぶ空の指示に、忠実に従いコマは動く。

 だがビショップの手前で。

 ポーンが黒く染まる。

 

 

「「「……なっ!?」」」

 

 

 観客が驚愕の声を上げる。それはもう見慣れた光景だった。

 だが、ここへ来てその光景に白が加わった。

 その現象を明確な想定外だと悟らせてしまう顔色に、クラミーは薄く暗い笑みを浮かべる。

 だが───

 

 

「なるほど、さしずめ『洗脳魔法』とでも言ったところか?

 気にする必要はない、そのまま攻め入れ!」

 

 

 いつもと変わらぬ、ヘラヘラとした笑みの空。

 白と違い特に焦る様子もなく指揮を続ける。

 

 

「ふん、わかってるのにまだ勝つ気でいるなんて。負け惜しみのつもり?」

 

「お前こそ勘違いしてないか?今更洗脳ごときで止まる兵士達じゃない。それに洗脳が聞かないやつが一人───いや、正確には二人だが───そこにいるの忘れてないだろうな」

 

 

 なにを、と疑心暗鬼になるクラミー。

 そして疑問は動揺に変わり、焦りとなる。

 敵の洗脳を顧みず、一心に王へと迫るコマが一人。

 

 

「まさか、女王(クイーン)……!

 くっ、ポーン部隊、防壁を築け!!」

 

 

 王と女王は、空と白自身。プレイヤー本人に直接干渉できないため、相手の魔法を気にする必要がない。

 クラミーの指示でポーンが王を守ろうと動くも、時すでに遅く。

 他の兵士達が開いた活路を駆け抜け、敵王を討ち取る女王の動きを止めれる者は、そこにはいなかった。

 

 

 

 

 

「遅い!これで、“チェックメイト”だ!」

 

 

 

 

 

 ───パリンっと。

 砕け散った黒いキングが崩れていく。

 その光景を、城内の誰もが、クラミーでさえ呆然と眺める。勝負は一瞬だった。

 

 勝利し、椅子を立つ空と白。

 盛大なため息ひとつ。

 白と軽くハイタッチを交わして、空は遠い目をする。

 かつての自分たちの世界を。

 遥か遠くに見るように目を細める。

 

 

「こと争い、殺し合うことにかけちゃ、あんたらよりよほど熟練者なのよ。それがゲームで留まる。良い世界だよなぁ、ここ……」

 

 

「こ、この勝負『  』(くうはく)の勝ちとする」

 

 

 

 

 




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第陸話 愚者と弱者

原作10巻表紙公開!!地精種っ娘良いですね〜今までのキャラ達とはまた違った可愛さがあって。
早く読みたすぎて若干テンションがおかしな方向になってます。



 

 

 

 

『…………なんとか勝てた、か』

 

 

 クラミーを破っての勝利に周囲が歓喜する最中。空の内心は、今にも壊れそうなほど疲弊していた。

 それもそのはず。

 この世界に来てから。いや、()()()から今に至るまで。

 もちろん、無意識や無理矢理に出てくることは何度かあった。

 ここ最近は特にそのことが顕著であった、が。

 自らの意志で枷を外したのは、今回が初めてだった。

 久しく感じてなかった感覚。

 身体は麻痺したように正常に機能しない。

 意識は一点にのみ集中される。

 脳は擦り切れ、息も切れた。

 周囲にそれを悟らせないのはさすがと言うべきだろう。

 

 

『……ほんと、ままならない…よなぁ……』

 

 

 こんな状態、昔なら数時間経てば全快する程度のもの。だが今はすぐにでもベッドに横たわりたい気分だった。

 免疫力の低下もそうだが、これはそれ以前の問題。

 

 

『ちゃんとケジメは付けろ、ってか……ははっ、全く……』

 

 

 吐き気がする。己に対する狂おしいほどの憎悪が、喉を灼いた。

 目を閉じれば、瞼に焼き付いたように浮かび上がる、いつもの景色。

 赤く灼けた空、碧い黒灰が積もる大地、それが地平線の彼方まで続く光景。

 何処か諦めに近い感情を覚えながら。

 もういつぶりかもわからない、長らく忘れていた呪文を唱える。

 もう一度、しっかりと。

 

 

 

 

 

 ────ガチャンッ、と。

 

 

 

 

 

 普段より数倍重たく鍵をかけた音に、目を開けた。

 もう間違えることはない。

 何度も繰り返す真似はしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やれるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、やれるさ───“テメェ”なら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もはや聞き慣れた問答を頭の片隅へ寄せる。

 今更こんなことに構ってられない。

 ならばいつまで続ける気だ? と、問う声が聴こえた気がした。

 聞かれるまでもない。そんなの、とうの昔から決まっている。

 

 

『いつまで、か…………()()()()()、だよ』

 

 

 この生き方を変えれるとは思えないし、変えようとも思わない。

 

 

 自分のことは自分が一番よくわかっている、という言葉を何処かのお偉いさんが言ったそうだが。

 んなもん知るか、と一蹴してやろう。

 それができりゃ人間そう苦労はしない。

 悩んで、悔やんで、泣いて。

 失敗に失敗を重ねて、何が間違っていたのか、何が正しかったのかを模索する。

 そうした負の遺産の上に今の自分がある。

 幸せだった過去には戻ることはできない。いや、それを求め縋っているようではダメなのだろう。

 欲しかった選択肢は常に、『共に死ぬ』か『共に生きる』のどちらか。

 ならば『一人生き続ける』という選択をされた自分は、遺してきた者のため生きる。

 それが最低限の恩義で、礼儀だ。

 

 

 

 

 だからこそ今も尚探している。

 

 

 

 

 

 自分自身の、生きる意味を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すごい……」

 

 

 圧倒的、鮮やかすぎる勝利劇。

 城全体が震えるほどの歓喜の中、そう呟いたのはステフだった。歓声を上げる観衆達は、ことの真相を理解してないだろう。

 だがステフだけは理解していた。

 空達の戦術、セリフの全てがわかったという意味ではない。

 彼らの言う世界とやらがどのようなのか、知る由もないのだから。

 だがあの人、クラミーが強力なバックアップを受けており。

 今繰り広げられた勝負はそのイカサマ魔法が仕込まれたゲームであり、それを正面から挑み破ってみせた事実だけは理解していた。

 

 間接的とはいえ、世界最大の国であるエルヴン・ガルドに真っ正面から打ち勝ったことを意味して。魔法を駆使する種族に、ただの人間が勝利してみせたということ。

 それはステフが知る史実上、一度としてない例のない快挙。

 

 

「………本当に、人間なんですの?」

 

 

 畏怖、恐怖さえ芽生えさせ、そう呟かせた。

 湧き上がる城内に反して、敗北したクラミーはうつむいたまま沈黙する。

 それを一瞥することもなく、颯爽とテーブルを離れた。

 ステフの元に歩み寄ってきた兄妹を、一瞬どう対応していいかわからなかった。

 魔法という絶対的なイカサマを使う敵を正面から下し、勝利に喜ぶ様子すらない。

 

 

 

 

 

 “『  』(くうはく)に敗北はない”

 

 

 

 

 

 それを証明するように、勝利して当然という佇まいの二人。

 そんなステフの葛藤などつゆ知らず、空は気楽に言う。

 

 

「これでいいだろ?」

 

「……ぇ?」

 

「おまえの爺さん───前王が愚王だった、と言われずに済むだろ。なんの後ろ盾もない、人類最強の『  』(おれら)が王になれば、賢王だったことになる」

 

「……これで、エルキア……滅びない、よかった、ね……ステフ」

 

 

 言葉に迷って、悩んで。

 自分が彼らにされたことを考えてもみたが、その全てを補っても余りある結果。

 今はただ、目から零れた雫に従って、素直に口にすることにした。

 

 

「ありがとう……本当に、感謝しますわ……ぁっ」

 

 

 若干嗚咽が混じり、聞き苦しくなる。

 ステフの頭を、背伸びしてぽんぽん、と撫でる白。

 更に涙が溢れるのを、ステフは抑えることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城内が未だ歓喜に見舞われる最中。

 ぽつりとこぼれたクラミーの呟きは、歓声にかき消された。

 

 

「こんな……はず、じゃ……」

 

 

 何がいけなかった。

 どこで読み違えた。

 振り返っても出てくるのは幾つもの後悔。

 自分を貫いた結果失ったものは多く、それにより得られたのは敗北の二文字。

 フィーの助力というバックアップがあったにもかかわらず、あの兄妹には届くことすらできなかった。

 ミスも誘発した。あと一歩のとこまで追い詰めもした。それでも感じてしまう自分との圧倒的な実力差。

 どんなイカサマを使ったか見当もつかない。それを差し引いても、己の未熟さ、不甲斐なさを痛感する。

 彼らの結果だけ振り返れば、文句を挟む余地もない勝利。 誰の目にも疑いようのない、人類の王としての希望まで魅せつけての勝利。

 

 それにひきかえどうだ。

 高圧的な指揮、イカサマの露見、森精種との繋がり。

 どれをとっても自分に優れた点は何一つない。

 人類種を想った行動で、人類種の国民を不安にさせる。皮肉なもんだ。この国のためなんて、どの口が言う。

 今までしてきたことが全て無駄だったようで。自分の積み上げてきたものは無意味に思えて。誰からも望まれない私には、それをわかってくれる相手さえいない。

 

 

 “どうして私だけ”と、何度そう思ったことか。

 

 

 いつも笑うのは見知らぬ誰かで。

 幸せになるのも自分以外。

 間違ってると主張するのは自分しかいなくて。

 それを否定するのはその他大勢。

 踏まれて貶されて怨まれて諭されて罵られて憎まれて。何度も挫けそうになって、それでも最後は勝つためと自分を押し殺したのに、一体いつまで耐えなければいけない。

 

 それともまだ足りないというのか。

 辛い現実を目の当たりにしてなお来るかもわからない希望を信じて待ち続けろ、と。全く残酷なことを強いるものだ。

 まだまだやれることもあるかもしれない、けど。

 もはやそんなのどうでもいい。

 あれだけ頑張って努力してきたのに無駄に終わったんだから、今更何ができるって言うんだ。

 

 気づくと歓声に沸く城内が、空がクラミーに歩み寄ったことで波を打って静まる。

 最初こそ憎悪をこめた目でキッと空を睨むクラミーだが、力無く床にへたっと座り込む。

 

 

「……何よ、笑いにでも来たの?」

 

 

 自嘲気味に笑うその瞳からは光が消える。

 もはや何を言われたところでどうも思わない。けど今は、一人にして欲しい気分だった。

 全身から魂が抜けたように呆然とする。

 そんな彼女を、頭に手を乗せて軽く抱き締める空。

 一瞬何をされてるかわからなかったクラミーだったが、意識を戻していくにつれてみるみるうちに顔を赤くさせる。

 

 

「ちょっ……え……な!?」

 

 

 突然のことに驚き、動揺を隠せないクラミー。

 数秒前まで感じていた憤りなど忘れて恥ずかしがるその様子は、普段のクールな面持ちとは相反する年相応の少女の姿だった。

 

 

「い、いきなり何するの!」

 

 

 彼女自身、それが精一杯絞り出した言葉だったのだろう。

 だが言葉とは裏腹に突き放そうとしないあたり、どこか受け入れてる節がある。

 何より空の温もりはあたたかくて心地が良かった。

 

 

「よく頑張ったな、クラミー」

 

「な、にを……」

 

 

 何で今更名前なんて呼ぶ。

 頑張っただって?あんたに私の何がわかる。

 あれほど敵対視してたのに、どうしていきなり優しくする。

 私は同情なんてして欲しいわけじゃない。

 なのに───

 

 

「……なん、で……とまん、ないの……」

 

 

 次第に視界がぼやける。

 気がつけば、涙が滲み出て頬を伝っていく。

 ぽたぽたと次から次へ流れるのをクラミーは抑えることができなかった。

 当然空が自身のしてきたことを知る筈もない。

 にもかかわらず、その努力を認めてくれたことがクラミーはたまらなく嬉しかった。

 

 

「もう無理すんな。お前は充分よくやったさ」

 

 

 空は敵。そうわかってても我慢できない想い。

 望まれないことをして、ただの自己満足にしかならないんじゃないかって。

 ずっとずっと悩んでいた。迷っていた。

 そんな自分を救ってくれる言葉、何度も欲してやまなかった、その一言を待っていた。

 

 今までのことはなにも無駄じゃなかったと。無意味なはずがないと。

 

 

 

 “よくやった”の、その一言。

 

 

 

 たったそれだけのことで、たったその一言だけで、クラミーの内側にあったボロボロの堤防が決壊する。

 壊れ、破れ、溜め込んでいたものが一気に外へと噴き出す。

 それは封じ込めたつもりで、しかし欠片も消すことのできずにいた激情の吹き溜まり。

 

 

「うぁあああああぁぁぁぁあああん」

 

 

 感情が制御できない。

 一度爆発したそれは堰を切ったように溢れ出し、仮面をかぶった臆病者の顔を涙で盛大に汚していく。

 大粒の涙を零して、大口を開けて泣きわめくクラミーに、誰もが唖然とする。

 その泣き声だけが、静かな広間に響いた。

 

 

「頑張った…頑張ったのよ。必死で色々、人類の、ために……絶対、負け…られない、って。なのに……ひっぐ、か、勝てなかった」

 

「あぁ、そうだな。頑張ったな」

 

「あんたらの、せい、で……全部……もう、この国は……た、他国に……えっぐ」

 

「大丈夫だ、俺らはんなことしないしさせない。

 安心しろって言っても信じてはくれないだろうけど……約束はするよ。もう誰も死なせない」

 

「……ほん、とに……?」

 

「おう、任せろ」

 

 

 そこまで言いきると、抱き締める力をより強める。

 クラミーの泣き言を聞く空の相槌は優しい。

 理由はわからない。そう思いたいだけなのかもしれない。

 だが、クラミーが今、そのわけのわからない温もりに救われたような気になっていたのは事実だった。

 滂沱と涙を流し、クラミーは空の胸の中で泣き続ける。

 みっともない。情けない。けど今は、今だけは、この温もりをずっと感じていたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は負けない」

 

「おう、リベンジならいつでも待ってるぞ」

 

「っ……ぜ、絶対よ!今度こそ勝つんだから!」

 

 

 ばかぁ、あほぉと喚くクラミー。

 赤く腫らした目を擦りながら、最後まで喚き続けて逃げるように立ち去った。

 

 

「これで良かったのかな」

 

「……にぃ」

 

「ん、どうした妹よ。兄が構ってくれなくて寂しかったか?……すまん冗談だからそのジト目やめてくれ」

 

 

 空を見る白の目は冷たい。もちろん冗談を言われたことや、その内容は一切関係ない。

 考えていたのは全く別のこと。

 空とクラミーの会話の内容に、ここにいる観衆全員の思考がもっていかれる中、白は見逃さなかった。

 白の観察眼を侮ることなかれ。

 立ち去り際にクラミーが()()()()()()()のを、白だけが気づいていた。

 

 

「……にぃ、有罪(ギルティ)

 

「またそれか……俺が何したよ」

 

「自覚、ない…の?」

 

「おいやめろ、本当になんかしでかしたみたいな言い方するな!?」

 

「じゃあさっきの、素でやってたの……?」

 

「あー……あれか、敵だったクラミーを慰めたのが不味かったと?いやあのまま放っとくわけにもいかなくてな」

 

「……やっぱ、気づいて、ない」

 

 

 本当に自覚がないらしい。末恐ろしいものだ。

 そんな二人の心情とは異なり、クラミーが去ったことで城内は再び喝采に包まれた。

 大広間は割れんばかりに歓声に包まれ、王冠を手に持つ高官の老人の歩みを進ませる。

 

 

「それでは、空様でしたな」

 

「ん、え、ああ」

 

「あなた様を、エルキア新国王として宜しいですかな」

 

「ダメだ」

 

 

 高官の存在を完全に忘れていた空。

 だが、その言葉に空はきっぱりと告げる。そして妹を抱き寄せて、笑って言う。

 

 

「俺らは二人揃って『空白』だ。国王は俺ら二人だ」

 

 

 それはチェス戦の最中も口にしていた言葉。

 観衆は更に声を高め、新たな王と小さな女王の誕生を祝う。しかし

 

 

「残念ですが、それは出来ません」

 

「……え?は?え、なんで?」

 

「十の盟約で『全権代理者』をたてるよう決められております。二人には出来ませぬ」

 

 

 高官の言葉に、歓声がピタリと止む。

 ざわつく広間、顔を見合わせる空と白。困った様子で考え込み、頭を掻いて、眉を寄せて言う。

 

 

「……はぁ。えーと、じゃあ、どっちか決めろってか。白、頼めるか?」

 

「………ぇ」

 

「いや俺こういうの性にあわないからさ。特に人前に立つのは……ちょっと、な」

 

「白も、同じ。押し付け、るの……にぃずるい」

 

「別にそんなつもりじゃなかったんだが……あくまで建前上だ、頼む」

 

「……だめ、にぃ、王さま……やって、絶対」

 

 

 感情の希薄な妹の瞳に、明確な戦意が宿っていた。

 きっ、と兄を睨んで宣戦布告する白。その視線を受けた空もまた表情を変える。

 

 

「はぁ……やっぱ俺がやるのか。たくなんで王は一人じゃなきゃいけないんだ……ん?」

 

 

 ふと沸き起こった疑問に、手を止める。

 違和感を払拭すべく、ケータイを取り出して、メモした『十の盟約』を改めて見直しながら空は言う。

 

 

「『十の盟約』その七、集団における争いは、全権代理者をたてるものとする……」

 

 

 それは集団、すなわち国、種族間の争いは代表者を決めて行えというルール。

 噛み締めるように、吟味するようにそう口にした空は、読み直し口にした言葉と、思い至ったことに矛盾がなきのを確かめる。

 

 

「何処にも『一人』って、明言されてなくね?」

 

「……ぁ」

 

 

 遅れて白も気づいたらしく、口を開けたまま目をぱちぱちと瞬かせる。

 さきほどまでの兄妹の殺気立つ雰囲気に圧倒されて口を開けなかった観衆も、ようやく何が起きてたかを理解してざわつく。

 かくして、人騒がせな兄妹によるなんとも締まらない結果で戴冠式は幕を閉じた。

 もし空が違和感に気づかず、あのままことが進んでいたらどうなっていたか。その先を知るものはこの場に誰もいないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、本当にコレでいいんですの?」

 

「いいんだよ。古来より、王が豪華絢爛な衣装に身を包んだのは、往々にして、内面の浅ましさを隠す為だったり、自分を肥大にして見せる為の自己満足だろ。それに言ったろ、性にあわないって」

 

「……と、いう……屁理屈……」

 

「まあぶっちゃけ、この格好が一番落ち着くってだけなんだがな」

 

 

 エルキア首都────城前大広場。

 城のベランダを出ると、ヴェネチアのサンマルコ広場を彷彿させる広大な広場がある。

 今、その広場を埋め尽くすように居並ぶ無数の人々がいた。

 新しき王の言葉を聞こうと、広場から伸びる道路まで何万、何十万の人で埋め尽くされていた。

 それは愚王と言われた先代国王への失望の表れ。絶望の淵に立たされる人類種が一縷の希望にすがる表れ。エルフの間者を、魔法を正面からねじ伏せたという兄妹にそれを見出す表れ。

 全人類の、期待のこもった視線が集中する城のベランダに歩み出る二つの人影。

 

 空は、女性用の王冠を無理矢理ねじ曲げ腕章のように腕に巻きつけ。

 白もまた、男性用の冠で長い髪を束ね前髪をあげている。

 あまりにラフすぎる格好に呆然とする国民を前に、空が声を張り上げることで演説が始める。

 

 

「あー……んっ、んぅーっ。えー、敬愛する国民、いや、人類種同胞諸君、御機嫌よう。こうして見ると、壮観な光景だな。

 

 さて、戴冠の言葉の前に、この場に就いた俺から率直に一つ質問させてもらおう。

 ここにいるおよそ全人類、これだけの人数が揃っていながら、この国はなぜ今の惨状に甘んじている?全くもって情けない」

 

 

 唖然とする大観衆を前に、だが空はなおも語気を荒げる。

 眼は赤く染まり、瞳孔は縦に割れ、圧倒的なカリスマが溢れ出た。

 拡声器の付いたベランダの手すりの、だがそれを必要ないと思わせる毅然とした声で力強く叫ぶ。

 

 

「かつて、古の神々の大戦において多くの種族が争う中、人類はその身一つで戦い抜いた。そのためにどれほどの犠牲を伴ったか諸君らには想像もできない話だろう。だが、そうして国家を守り生き残ったからこそ、今の俺らがいる。この国がある。その功績を、諸君らは何一つ理解してない。

 先人たちの苦労を、努力を、覚悟を、今まさに終わらせようとしている事実に恥ずかしく思わんのか」

 

 

 大仰に手を振り乱して、ずっと言いたくて我慢していたことを吐き出すように、感情を叩きつけるように空は吠える。

 その唐突な物言いに聴衆は戸惑う。そこを包む落胆、絶望、不安などの感情。

 それを、ため息混じりに眺め回して、おそらくこの場にいる全員の総意であろう思いを代弁する。

 一転、声を落として、温度のない声で。

 

 

「『前国王が失敗したせいだ』。そう思うのは結構。確かにそれもあるだろうし、そのことは大いに賛同する。ならばなんだ、諸君らの我々に対するその目は。一体何に期待する。

 皆は言う、誰がいけないんだ。皆は言う、誰の責任だ。皆は言う、誰を吊し上げればいいんだ。皆は言う、誰かどうにかしてくれ。

 そう思ってるやつらは考えを改め、そして肝に銘じろ。

 

 この世界に、希望なんてない」

 

 

 高圧的な、冷えた視線で見下すように眺める空。半分口癖のように、絶望の淵に立たされた身だからこそ希望を語る。

 聴衆の誰もが、互いに顔を見合わせた。更なる不安が伝播していくのを待って、聴衆の思いをさらに先回りして追い討ちをかける。

 

 

「誰も自分たちがやるんだとは言わない。結局のとこ誰も彼も他人任せなんだ。

 此度の王は今までとは違う、そう思うのは結構。だが此度の王なら何とかしてくれる、そんな甘えはいらない。もう誰も助けてなどくれない。わかるだろ?

 諸君らは我々に期待も信頼もするな。我々も諸君らにはなにも期待しないし、しようとも思わん」

 

 

 突如の罵倒に近い、いや罵倒そのものの宣言を畳みかけ、未来への希望をもって集まった民衆どもは首を垂れる。

 

 

「失望したか?軽蔑したか?

 

 ならば共に戦え。

 

 見据えた勝利という僅かな可能性に貪欲に喰らいつけ。何があっても諦めるな、妥協など以ての外だ。諸君らには知性がある。知恵がある。技術がある。己の牙が折れてないなら動け、立ち上がるのは今しかない」

 

 

 誰かがハッと何かに気づき、それまで死んだような目だった者達の瞳に明確な意志が宿る。

 そこには既に、数分前までの誰かに縋る目をした弱々しい姿はない。

 その様子に空、妹と目を見合わせる。

 こくり、と妹が楽しそうな微笑で小さく頷いたのを確認して、最後の演説を贈る。

 大きく腕を掲げ、ワクワクした子供のように純粋な、だが百戦錬磨の策士にして戦士のように不遜な、天真爛漫にして傲慢な笑みを湛えて、新しき『人類種の王』は言う。

 

 

「我らは『弱者』だ。『弱者』のまま、『弱者』らしく、『強者』を討て。今までもそうだったように、これからもそうであるように。

 今日まで生き残った、生きる価値無き世界で、それでも生き残った。それ以上に理由なんて必要ない。『弱者』が無知で無力で無意味なんてことは絶対にない。

 為すべきことを為せ。他ならぬ自分自身の為に、守りたいものを守る為に、その力を奮え」

 

 

 

 

 

 我と我が妹は、ここに二〇五代エルキア国王、女王として戴冠したことを宣言する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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第漆話 挑む者と挑まれる者


もっと早く投稿できるようになりたい。


 

 

 

 

 

 戴冠式から早数日。

 城の一角に位置する王の寝室の、一体何人一緒に寝る気なのかという広いベッドに突っ伏す新エルキア国王。

 その王───空の手にあるのは一冊の本。

 電気が発明されていないエルキアで部屋を照らすのは、ほの暗いロウソクのシャンデリアと月明かりのみ。

 夜の闇の中、そんな淡い光が照らす本の題は【十六種族の生態】。

 その一ページに目を留め空は物思いに耽る。

 本にはこう書かれていた。

 

 

 天翼種:かつての大戦の折、神々の尖兵として創られた空を駆ける戦闘種族。

『十の盟約』以後、その戦闘能力は事実上封じられたものの、その長大な寿命と高い魔法適性を生かし、天空を漂う巨大な幻想種『アヴァント・ヘイム』の背中に、文字通りの天空都市を建造し、そこを領土とし、国盗りギャンブルには参加していない。

 だが、長大な寿命からか、強い知識欲を有し、世界中の種族から『知識』、つまり本を集める為にのみゲームを行っている。

 

 

 空、いやリクにとって因縁のような種族、天翼種。

 最強の神、戦神アルトシュによって具現化した死の象徴。大戦時に、その力で殺戮の限りを尽くし、その余波だけで集落一つ消し飛ばした、文字通りの強者(バケモノ)

 それが戦うことをやめた途端、知識を欲しだしたと。

 全く、わかりやすくて結構なことだ。今まで何も考えずただ暴れてただけと言ってるようなものにしか聞こえない。

 特に意味もなく蹂躙し、自分達の大切なものを奪っていったと。本当に巫山戯た話だ。

 

 

『まあ……デタラメなのは分かりきったことだよな……』

 

 

 軽く自嘲気味にこぼす空の目は全くと言っていいほど笑っていない。それはここ最近あまり休めていなかった為に、頭の整理ができていなかったからか。

 睡眠不足は今に始まったことじゃないが、それに加え度重なる王の仕事により、内心はかなり疲労困憊だった。

 

 空と白が王になってからというもの、国は以前に比べ活気に満ちていた。

 二十一世紀初頭の人類が有する知識、数学・化学・天文学・物理学・工学に医学、歴史書から戦術書に至るまで。

 あらゆるジャンルの専門書を駆使し、問題を抜本改革する方法を矢継ぎ早に提案していく。

 その王の姿に、たった四時間の会議が終わる頃には、大臣達をして『人類史最高の賢王』と囁かれるまでになっていた。

 二人からすれば当たり前のものですらこの世界には存在しないことが多く、提案すればするだけその評価はみるみる上がっていく。

 そんないつぶりかも分からない仕事っぷりに完全に集中の糸が途切れたのか、しばらく休むとステフに伝えて部屋に篭ったのを皮切りに、ゲームと読書三昧で今へと至る。

 

 

「……それ、つぎ、の……えもの?」

 

 

 眠そうな目をこすりながら、白が問いかける。

 ただ昔を思い出していただけだが、妹には標的を定めていたように見えたらしい。

 

 

「ん?あぁ、こいつら仲間に引き込めそうだろ?」

 

 

 その一言に、白は本をじっくりと眺め、楽しそうに笑う。

 だが、空は対照的に唇を軽く噛み、頭の中が黒く濁っていくのを感じる。

 時間にしてごくわずか、それでも脳裏を過る自分本来の感情が吹き出そうとするのを理解しながらも、感じることしかできなかった。

 その理由も正体ももう分かりきってる。だってそうだろう?

 

 

()()、なんてどの口がいうんだか』

 

 

 かつて自らが壊し、捨てたもの。ましてやあんな連中をまだ同じプレイヤーとして見ているなんて自分でも笑えてくる。

 皆で取り決めたルール、【『敵』なんていない】。それに従うなら、なるほど理にかなっている。

 だが自分の気持ちは?本心は?過去に縛られて望まないように進んでも良いのだろうか?

 そんな自問自答を繰り返しても、やはりびくともしない。

 いや、本当は答えなんて最初から分かっている。

 それを認めたくない自分、別の答えを探す想いがまだ残っているというだけの話だ。

 いつまでも振り返るばかりでは駄目なのだろう。そう理解してても、この想いはとどまるところを知らない。

 

 と、そんな内心を知ってか知らずか。二人の元へ忍び寄る人影が一つ。

 

 

「あはははは、中々楽しいことになってるみたいだね」

 

 

 コツ、コツ、と挨拶もなしに堂々と歩いて入ってくる少年。その顔に空と白は見覚えがあった。

 見紛うはずもない、あの時パソコンから手を伸ばして二人を、この世界に連れ込んだ

 

 

「……よお、神様」

 

「あれ、もしかして今お取り込み中だった?」

 

「いや大丈夫だ。えっと……」

 

「そういや名乗ってなかったかな。

『テト』……それが僕の名前。よろしく『  』(くうはく)さん」

 

 

 たはは、と頭をかいて少年───テトは言う。

 その立ち振る舞い、容姿に思うことがある空だが、今はぐっとこらえている。

 それを悟られないよう、普段のようなヘラヘラとした態度で不敵に言う。

 

 

「お望みどおりにいったか?

 たまたま一番近くにあった街が、たまたま人類の最後の国で、たまたま国王決定戦を行ってた……なんて。まさか偶然なんて野暮なこと、言わないよな?」

 

 

 これまでの自分達の行動、その全てが仕組まれたものとは言わなくとも、方向性を決めて誘導させたのは紛れもなく必然で。

 それを行ったのはここに呼び出したテト以外ありえない。

 核心をついたその発言に、だがそれを理解してもらうことまで計算していた、そう言わんばかりにテトは気分よく笑う。どこまでもお見通しというオーラを放ちながら、空の目を真っ直ぐに見つめて言う。

 

 

「あはは……でも勘違いしないで、僕は特定の種族に肩入れはしない主義だから。ただまあ、今回はちょっと、私情が入ったことは認めてもいいかな」

 

 

 テトはふてくされたように、退屈そうに床を蹴って、言う。

 

 

「僕の言葉覚えてるかなぁ……“全てがゲームで決まる世界”って」

 

「……なるほど。唯一神の座さえ、ゲームで決まるってことか」

 

「正解!わざわざ【十六種族】に設定したの、そのためだったのさ」

 

 

 ふと、空の頭の中で全てがつながる。

 十六種族、地平線の向こうのチェス盤、あそこに住んでるという神。

 チェスの片側の持ちゴマは十六個。つまり。

 

 

「全種族を制覇するのが、おまえ───つまり『神への挑戦権』か」

 

「いいねーその頭の回転。異世界から来たばかりとは思えない順応性だよ」

 

「……そりゃどーも」

 

「その通り。なのにせっかく『神の座を賭けて』勝負できると思ったら、もう何千年も暇で暇でしょうがないんだよね。でも君達ならきっと、僕への挑戦権を獲得しに来る、と踏んでね。がっかりさせた?」

 

「いいや、むしろ人類を救え、とかご高尚な理由じゃなくて安心したくらいだ。それで、今日はそんなこと言いにわざわざ来た、って訳じゃないだろ」

 

「うん、礼を言おうと来たんだよ。

 君達が───人類種が間接的とは言えエルヴン・ガルドを下したことで、君達の目論見通り世界は疑心暗鬼に陥った。

 

 東部連合は君達が見せた『ケータイ』が気になるみたいで、どこの国の差し金か気になって夜も眠れないみたい。どうしてかなぁ?

 同じく好奇心の塊であるアヴァント・ヘイムは、エルヴン・ガルドを破った技術に興味津々みたいだよ。当のエルヴン・ガルドも、自分達を負かした技術を有する国の特定を急いでる。

 正面からイカサマ無しで突破されたと知れたら……はは、君達を解剖しかねないね彼らなら」

 

 

 部屋をぐるっと一周するよう歩きながら、ご丁寧に情報提供してくれるテト。その顔に不敵な笑みを浮かべて、少しオーバー気味に両手を広げる。

 まだ興奮冷めやまないといった様子に、だが空は訝しげな表情で言う。

 

 

「特定の種族に肩入れしない、じゃなかったのか?」

 

「うん、だから、コレはお礼だよ。退屈だったこの世界に、熱を取り戻してくれたお礼に情報提供をする。

 コレが最初で最後だから、有意義に生かしてね」

 

 

 そう笑って、振り返ること無く一歩、後ろに下がるテト。

 

 

「それじゃ、そろそろ帰るよ。バイバイ!」

 

 

 そして空気に溶け込むように、テトは消える。

 その場に重苦しい雰囲気を残して。

 だがそんなもの知ったこっちゃないと一蹴し、顔を見合わせて笑い合う空と白。

 

 

「……また、ゲーム……したい」

 

「ああ、おもしれー神様だな」

 

 

 そして二人はまた本の世界へ、とその時部屋の扉を蹴り破る勢いで開け、王の寝室に乗り込むステフ。

 

 

「そそそソラ!シロ!い、今のって!」

 

「あん?聞いてたのか……てか落ち着けって」

 

「……ステフ、きもい……」

 

 

 狂乱の体でわめき散らすステフに対して、理不尽にドン引きする兄妹。

 だがステフはそれどころではない。

 頭を抱えて、自分に追いつかない思考に目を回し、体を震わせる。

 今まで部屋にいたのは唯一神───『テト』なのだ。

 気まぐれ一つで世界を消し、作りなおす権限さえ持ってるモノなのだ。

 それに加えてエルヴン・ガルドや東部連合といった大国に狙われてるという事実。

 どう考えたって正気でいられるはずがない。

 が、溜息をついて興味なさげに空が言う。

 

 

「何も心配いらねぇって。それより、仕事の方は大丈夫なのか?」

 

「えっ……ええ、そっちは問題ないですわ」

 

「ならいいだろ、しばらく休むつったんだからあんま騒がしくしないでくれ。こちとらさすがに寝不足なんだ」

 

 

 その言葉に、困惑しながらもステフは渋々部屋を後にした。

 再び部屋に訪れる沈黙。ひゅーと、冷たい風が吹き抜ける。

 苦笑いを浮かべ、またしても自嘲気味に笑いながら空は言う。

 

 

「はは、なんか気が抜けちまったな。ゲームでもするか」

 

「たい……せん?」

 

「妹よ、気持ちは分かるがやめてくれ、さすがに寝れなくなる」

 

 

 そしてDSPを開く。この世界に持ち込んだ大量のゲーム。だがそれは全て、文字通り極めたゲームばかりである。

 それでも、退屈しのぎくらいにはなるだろうと思い。

 二人共迷わず、食い入るようにゲームへと意識を移し、無言のまま集中する姿は。

 あらゆるゲームランキングに不倒の記録を打ち立て一位を総ナメにしたゲーマー。その本来の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて次は……と、おい白?」

 

「…………すぅ……」

 

「さすがに疲れたか……って、もう夜かよ」

 

 

 あれから数時間。

 特に誰かが訪ねてくるわけでもなく、ゲームにかぶりつく二人は寝ることもせず。

 休憩と称しては違うゲームをプレイして、気づけばもう外も暗くなり街も静かになっていた。

 それでもまだ気力を残す空は疲れた様子を見せないが、白はそうではなかったらしく、すでに意識は夢の中。

 兄の右腕をつかんだまま、よだれを垂らして熟睡する妹。

 それはなんとも安心しきり、羨ましくもイン・ザ・ドリームの様相に呈していた。

 

 

「そうか、考えてみたら、この世界、殺傷・略奪は出来ないんだっけ……」

 

 

 つまり本来警戒すべきことは、この世界では必要ないということ。

 それを理解してか、いや間違いなく理解してのことだろう。

 この世界に順応し、気持ちのよさそうな顔で眠る妹に空は苦笑する。

 

 

「やっぱ頭の出来では敵わないよなぁ……つか毛布くらいかけろって……」

 

 

 しかし白からの反応はない。

 ピクリともしない様子に完全に眠ったことを確認して、目を閉じ深く溜息をつく。

 再び目を開けるとその瞳を大きく揺らす。

 天を仰ぎ、他人と会話するように自然と、ポツリとこぼす。

 

 

「あっという間……いや、短いようで長かったな」

 

 

 当然その言葉に返事をするモノなどいない。

 しんと静まる部屋で、それを特に気にする様子もなく空は一人続ける。

 

 

「むしろ遅すぎるくらいか……」

 

 

 “アッチの世界”にいた時、心残りだったこと。

 もう二度とこんなことありえない。あるはずがないと思ういた。

 いつかこんな日が来て欲しいという希望はあった。

 だがそれもただの願望で、自分を縛る鎖でしかなかった。

 混乱と驚愕、毎日そのいたちごっこで気を休めることもままならない。

 そんな日々と決別しても、離れることはなかった数々の後悔。

 これ以上失敗を重ねることはできない。

 けれど、迷いは無い。

 恐いとは思わない。怖いとは感じない。

 誰かを失う事の方が、もっとずっと恐ろしい。

 無力だった過去に戻る訳にはいかない。もう二度と失えないのだ。

 

 

「なんつーか、自分でも笑えてくるよな……ははっ」

 

 

 口や態度では平然を装っていたものの、蓋を開ければ歪でしかなく。

 その不完全さ故にいらぬ見栄を張って、強くあろうとした。

 失敗ばかりで、勝てたのも偶然の要素が大きい。

 それがわかっていながらも、心はいつも過去に縛られたまま。そんな己の滑稽さを空は自嘲した。

 無茶は当たり前、無理も承知。

 それでも、できるのかと聞かれれば答えはノーだ。

 

 最善とは言えないまでも最尤の手を。

 死と手を繋いで歩いてきた頭が、瞬時に複数の戦略を組み上げる。

 最低限の手で最大限の情報を引き出し、たった一手で状況を利用し尽くす。

 危険と理解した綱渡りもなんら疑問に思うことなく平気でやってのける。

 何が必要だ、どうすれば正しい、どこを切り捨てる、まだ足りない、それらの葛藤全てが血流のように全身を巡る。

 集中し、自分を偽り、強がり。五感全てを行使して、目の前の難敵をやり過ごす。

 

 昔からやってきたことのはずなのに、今になってそれがどれほどのモノか思い知る。

 緊張、その一言では表しきれないほどの重圧が思考を拒む。身体が硬直されていく。

 やはり自分には、まだ。

 

 

「ダサいなあ俺……何がしたいんだか……」

 

 

 なに、難しく考える必要なんてなかったんだ。

 元々人に褒められるような立派な生き方はしてこなかった。ならわざわざ強がる必要なんてない。

 逃げてるだけ、そう片付けてしまうこともできる。

 もうこの際どっちでも構わない。

 自分らしく、本来の素のままの姿で、薄汚く、見苦しく。

 今までもそうだったように、これからもそうであるように。

 

 故に───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだいんだろ?()()

 

 

 

 

 

 今だけは、己を偽るのはやめることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、バレてた?」

 

「とぼけんな、俺が知ってるのわかってて黙ってたろ」

 

「そこまでお見通しとは、さすがだね」

 

「んで、何が目的だ?」

 

 

 怒気を軽く含んだ声で、問いただす空。

 その放たれる雰囲気をテトは特に気にする様子もなく、部屋の空気が重苦しくなるもニコリと笑ったまま動じない。

 釈然としないことに若干の苛立ちを覚えながら、空は立ち上がりテトへと迫る。

 

 

「まさか暇だからようもないのに覗いてた、なんて野暮なこと言わないよな」

 

「うーん、まあ暇だったのはほんとだよ。長いこと神様でいると、やることもなくなっちゃってね」

 

 

 あははと頬を掻きながら額に軽く冷や汗を浮かべる。

 あくまでもテトは傍観主義を貫くつもりらしく、こちらの質問に対して欲しい答えを言わない。

 あの様子からして、早々言うつもりなどないのだろう。

 いつだってそうだ。神は気まぐれで、俺らがどうしようが特に行動を起こすわけでもない。

 必死こいてる俺らを遠くから眺めて。

 それを嘲笑うかのように、いや、文字通りにその口に綺麗な弧を描いて。

 一体何がそんなに面白いのかと思うほど楽しげに笑う。

 その姿に、もはや怒りなどとっくに通り越して自分自身ですらどう思ってるのかわからない。

 こんな醜態晒してるのに頭は冷え切って、思考はクリアになる。

 

 あのバケモノ連中は好きになんてなれない。だがこいつは違う。

 何度も相手をしてきたし、その度に負かされてきた。

 こいつのことは分かりきってる。なんて言い切ることはできないが、それでも欠片くらいは考えを読み取れる。

 怒りをぶつけるなら今じゃない。

 この神───テトはむしろ味方と思え。

 激情に駆られるな。だが感情は吐き出せ。

 決してテトを上に見ず対話するんだ。

 

 

「お前とは一度しっかりと話をつけたいと思ってたんだ。まさかこんなに早くできるとは思ってなかったけどな」

 

「嬉しいこと言ってくれるね。でもどうしてまた二人きりを選んだんだい?」

 

「その答えはお前が一番よくわかってるんじゃないか?なあ、“()()()()()()”」

 

「…………ふふっ、あっはははは」

 

 

 先程より声を強めて言う空。

 言葉を発すると同時に、その身に纏う雰囲気が変わる。

 軽く殺気が漏れてしまったことを感じ取ったテトが乾いた笑い声を上げた。

 しばらくして、何か企むような悪戯な笑みを浮かべながら、こちらの目を真っ直ぐ見据えて告げた。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、答え合わせといこうか…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他ならぬ君のためにも、ね」

 

 

 

 

 




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第捌話 理想と現実


伏線回収の回にしようとしたら伏線を張っていたこの現実。
どこを伏線として使う予定なのかも忘れそうになるし、むやみやたらに伏線作るのやめるべきかな。



 

 

 

 

 

 天地を裂き、星を殺した悠久の大戦。

 世界の絶対支配権『唯一神の座』を巡った争いは、不戦勝で唯一神の座についた神───テトにより終焉を迎えた。

 テトにより『十の盟約』が制定された世界。

 武力を禁じ、一切の諍いをゲームで決することが定められた盤上の世界。

 そんな世界で唯一神、テトが普段何をしているか。

 ほぼ全知全能の神、唯一神の私生活。

 

 

 ───唯一神は灰と化していた。

 

 

 

 

 

「……待て待て待て」

 

「……?どうかしたかい?」

 

「なんでおまえの私生活の話になってんだ。別に興味ねぇよ!」

 

「酷い!?これでもけっこう恥ずかしいのに」

 

「真剣な顔で何話すかと思えば、はぁ……」

 

 

 期待外れといった表情でため息を吐く空。

 突然テトの雰囲気が変わったかと思えば、この始末。本当にこいつは何がしたいのやら。

 さきほどの話は全て聞いてたし頭に入っているが、テトを思いやる様子は微塵もない。

 存在自体が規格化のバケモノをどうしてわざわざ心配する必要があるのか。そんな暇があれば自分の安全の確保に使う。

 

 当の本人であるテトはしゃがみこんでぶつぶつと何かを呟いていた。

 適当にあしらわれたのがよほどショックだったらしい。

 こんな豆腐メンタルが神様やってるなんて、この世界は大丈夫なのだろうか。

 

 

「いや、この世界より狂ってるもんなんてないか、ははっ……」

 

 

 改めて世界の不条理さを理解させられ、苦笑いの空。

 案外神様も人間とそんなに変わらないのかもしれない。

 そんな空の発した声すら耳に入っていなかったようで、未だにテトは落ち込み不貞腐れていた。

 空は頭を掻き、呆れたように再びため息一つ。

 

 

「あー、もう聞いてやるから、早く戻ってこい」

 

「ふふっ……どうせ……」

 

「めんどくせえなっ!いいから話せよ」

 

 

 渋々といった感じだったが、どうにかテトは話を続けた。

 

 

「…………で、話は少し戻るよ」

 

 

 

 

 

 前述の通り、唯一神が制定した『十の盟約』で、全てがゲームで決するようになった。

 だがいかに唯一の神と名乗ってみても、独り遠くを眺めていては、退屈する。

 まして“元・遊戯の神”なら尚のこと、ゲームをしたくなるのは、当然だろう。

 そこで適当に世界をぶらつき、遊んでは帰る。それがテトの日常だった。

 

 特に目的があるわけでもなく様々な世界を視てきたけど、どれも壮観だった。

 科学が発達した世界もあれば、魔法の発達した世界もあり。

 戦争の絶えない日々を過ごす世界がある一方、平和そのものの世界も存在して。

 人間が暮らす世界、獣がはびこる世界、妖精、吸血鬼、天使や悪魔に至るまで。

 世界広しと言うけれども、蓋を開ければそんな生易しいモノじゃない。

 それはもう退屈なんてしないほどに輝きに満ち溢れていた。

 

 そんな日々の最中、偶々視ていた世界でとある噂を耳にした。

 曰く───無敵。

 曰く───二八〇を超えるゲームのオンラインランキングで、不倒の記録を打ち立てた。

 曰く───グランドマスターすら破ったチェスプログラムを完封した。

 曰く───常軌を逸したプレイスタイルであり手を読むことが出来ない。

 曰く───ツールアシスト、チートコードを使っても負かされた。

 インターネット上で、まことしやかに囁かれる『  』(くうはく)というゲーマーの噂。

 

 少し興味を持ったからね、更に探りを入れてみた。

 コンシューマーゲームやパソコンゲーム、ソーシャルゲームのネットランキングで1位を取っているのなら、そのゲーマーのアカウントは当然存在しているはず。

 存在しているなら、実績を閲覧することも当然出来るはず。

 けどそんな者本当にいるのか、と鼻で笑って調べれば驚きだよ。

 何故なら『  』(くうはく)名義のユーザーは間違いなくどのゲーム機、どのSNSにも確かにアカウントとして存在している。

 また誰でもその実績を閲覧出来るそこに並ぶのは、文字通り無数と表現されるべき数のトロフィーと、ただひとつの黒星もない対戦成績であるから。

 そんな姿に魅せられた。すぐにでも戦ってみたいと思った。

 

 でも、結果は惨敗。ミスを誘発させることはできたけど、出し抜くとまではいかなかった。

 遊戯の神である自分にとって、はじめての敗北。それが悔しくて悔しくてたまらなくて。それで君達をこっちの世界に呼んだ。

 

 

「次は“こっちのルール”で勝つ為に、ね。だからぶっちゃけ、この世界がどーとか、わりと本気でどうでもいいんだよ。僕は僕個人の勝負を楽しみたいから。

 僕が欲しかったのはただ一つ。僕の心を熱くするプレイヤーの存在だけさ」

 

「……なんつーか、自由というかお気楽というか」

 

 

 子供っぽい。それが素直な感想だった。元々ゲームするために呼び出したとは聞いてたことだが、それにしたってそこへ至るまでが残念すぎる。子供というより、むしろガキの発想に近い。神とは一体誰を指しているのやら。

 終始引き攣った笑みを顔に浮かべ話を聞き終える。

 だが会話が止まることはなく、再び空が口を開く。

 

 

「そんで、続きは?」

 

「ん、これで全部のつもりだけど。お気に召さなかった?」

 

「何分かりきったことを。そもそもおまえの話、間違っちゃいないんだろうが正しくもねーだろ。隠す気もない口振りのくせにしらばっくれやがって」

 

 

 指を立てて空は続ける。

 

 

「まず特に目的もなくってとこ、ゲームすることよりおまえは探すことを第一に置いてただろ」

 

「………」

 

 

 ぴくり、と。人の目には感知するのも困難な、だが空には十分すぎる反応を示すテト。

 

 

「偶々視ていたってのはまぁ本当だろう、だが俺らとゲームして気が変わったのか、その勝敗に関係なく俺らをこの世界に呼ぶと決めた。

 

 元々異世界にいるプレイヤーをこっちへ呼ぶつもりで、そのために世界を視て回っていた。ゲーム中の揺さぶりも、自分を理解してもらうためにわざと仕掛けた。違うか?」

 

「……あっはははは。いやぁーそこまでバレてるとは思ってなかったよ。君の思った通り君達が、いや君が呼ばれたのは偶然じゃなく必然。ちゃんと意味があってのことだったんだ」

 

 

 不敵に問いかける空に、テトは気持ちよく大笑いして不敵に返した。

 その僅かな機微を見逃さず、少しずつ、だが確実に必要であるだろう情報を引き出す。

 似た相手にはかつて何度も対等に戦った、その謎の自信が空の眼に輝きを灯す。懐かしさに浸る事もなく、ただ目の前の敵へと詰め寄る。

 

 

「なあテト、笑ってていいの?おまえ、一度俺らに負けてんの忘れてね?」

 

「ふふ、たった一度勝てたくらいでずいぶん余裕そうだね。そんなんじゃまた足元すくわれるよ」

 

「はっ、負け惜しみか」

 

「いや?ただの事実さ。なんせ君達ならともかく、君自身は僕に一度だって勝てたことはない。そうだろ、()()()

 

 

 テトが放ったその一言で、部屋の空気が一変する。リク、確かにそう言った。聞き間違えるはずがない。

 これまでのあっけらかんとした様子から、刺すような威圧感になるテト。その姿や纏う雰囲気に一瞬呑まれそうになる空だが、なおも表情は一切変えることなく、反応一つ見せやしない。それらと呼応するかのように、お互いを見つめ合う眼光はより強くなった。

 だがそれが思い通りの反応でなかったためか、テトは顔に手を当て首を傾げながらぶつくさと唸り始めた。

 

 

「うーん、やっぱあんまり驚かないんだね」

 

 

 自分は今どんな顔をしてるのだろうか。

 怒りや憎しみといった感情は特にない。それは今更改まって言ったところで仕方の無いことで、そもそもこいつ相手にそれをぶつけたところでお門違いもいいとこだ。

 だからなのかは分からないが、無表情でいることは多かった。弱い自分、惨めな心の内をさらけ出せる場所が減り、これまで以上に感情を表に出さなくなった。

 テト曰く“やっぱ”ということは、おそらくある程度予想はしていた反応なのだろう。驚きはしない、これで全て繋がった。つまり───

 

 

「なるほど、そういうことか」

 

「……気づかれちゃったかな」

 

「いや、送られてきたメールの文章、あれ自体はわかっていたさ」

 

 

 この世界へと呼び出す直前の、テトが送ってきたメールの数々。

 

 

 最初に送られた

【魅了されたよ、君ら兄妹、生まれる世界を間違えたと感じたことはないかい?】

 

 ゲーム終了後にきた

【突く所がエグいね、一体どんな思考してるんだい。それほどまでの腕前、さぞ世界が生きにくくないかい?】

 

 その次の

【けして良くは感じてないはずだ。君達はその世界をどう思う?楽しいかい?生きやすいかい?】

 

 そのまた次の

【単純なゲームで全てが決まる世界があったら───】

 

 そして

【よいかい?目的も、ルールも明確な、盤上の世界があったら、どう思うかな?】

 

 

 初めは読みづらい、というか変な文章だなと思う程度だった。ところどころ誤字に見えなくもない言葉が続いてるが、偶然か送り主の性格故のものだと考えてた。

 しかし最後に届いたメール

 

 【

   見

   せ

   て

   ご

   ら

   ん

    。

     】

 

 

「どう考えてもおかしいだろ?普通のメール文でわざわざ縦横変えるなんて」

 

 

 しかも、最後に送られた文章は行間を一列ズラして持ってきている。まるでそこに合わせて読めと言わんばかりに。

 つまりこのメールこそ本当に読むべきポイント。それも全てのメールを繋げることでまた読む必要があるだろう。

 各メールの文章を平仮名表記に直し、頭文字から順に並べると

 

 

 『

  みりょうされたよ

  つくところが

  けしてよくは

  たんじゅんな

  よいかい?

   み

   せ

   て

   ご

   ら

   ん

    。

          』

 

 

 初めから句点のとこまで読み進めれば

 

 

「『見つけたよリク、真意魅せてごらん。』ってな。まさかあれがそのまま答えだったとは」

 

「えーっ!?なんだ、もうそんなすぐ解けちゃってたのか。そりゃ確かに難しくしたつもりはなかったけど」

 

「だから俺もすぐ返信しただろ。『どういう意味だ』って」

 

 

 最初はテトを問いただそうかとも思っていたが、そんな気も失せた。つまりこいつは俺の返信をあえて無視したのではなく、そのままの意味で捉えてしまった。

 ようするに、気づいてなかっただけなんて。誰が考えるか。

 自分のことは隠すくせに相手の意を汲み取れないとは。深く考えすぎた自分が馬鹿みたいで、もはや怒りも通り越して呆れてくる。

 

 

「まあいいさ。変に別の意図があるとか思い込んでたけど、結局おまえの目的はそこにあったんだろ?」

 

「………」

 

「黙るってことは図星か」

 

「……はぁ、わかったよ。バレたものは仕方ないし素直に負けを認める。それで、何が聞きたい?」

 

 

 テトはため息をつくと、諦めたように両手を挙げて降参といった風にする。さすがにこれだけボロを出しては言い逃れはできないと踏んだのだろう。無論、空がそれを許すとは思えないが。

 張り詰めていた緊張の糸が一気に緩み、その場に座る空。

 終始空とテトは対等に話していたが、腐っても相手は神。しかも情報を引き出させるために空が問いただすような形をしていた。そんな状態で襲って来るテトからの重圧は通常とは比較にならないだろう。

 だが会話を止めるわけにもいかないので、空はなんとか声を絞り出してテトの問いに応じる。

 

 

「いや、俺はおまえの目的が知りたかっただけだし、もう充分聞かせてもらったさ」

 

「そうかい……なら僕からも聞かせてくれ、今のこの世界のこと。君の本心が知りたい」

 

「俺の、本心……」

 

 

 生きる目的も、意味も見失った心で、ただがむしゃらに逃げ続けた日々。幽霊達と、シュヴィと、文字通り命を賭して終わらせた大戦。それによって生まれ変わった、この世界。

 あの時命を落とした俺は、そこでその役目を終えたと思っていた。だからその先のことは、生き延びた者達にこそふさわしい。それを今更どうこう言える資格も居場所も、俺にはない。

 けれども、こんな俺にもまだ生きてることが許されるのなら、そうさせてくれた世界も悪くなかったと思える。

 

 

「いい世界になったな……ほんとに………」

 

 

 あんな『大戦(じごく)』を。戦火に灼けて、絶望に沈む『大戦(せかい)』を相手にして挑んで、足掻いて、藻掻いて。

 今度こそ、誰も犠牲にせず済むゲームで全て決まる世界。もう誰も死なないし、死なせない。

 そんな荒唐無稽な、聞けば誰もが鼻で嗤い一笑したであろう、そんなご都合主義。

 それが実際に実現する日が来るとは夢にも思わなかった。

 俺がやってきたことは間違ってなかったんだと、こうなって良かったと、そう思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう問いかける誰かの声は、だが正面から響いた気がした。

 加速し続けていく思考の中、どう答えればいいか、何が正しいのか、やはりわからない。

 だがそれでも自分の本能が断じた。こうするしかなかったから、と。

 

 根拠など、ありはしない。

 延々と無限に敗北を重ね、負けて負けて負け続けてひたすら殺されて喪って、世界と引き分けて、誰にもなしえなかったことをやってみせた。

 永遠に続く大戦を終わらせた、世界を救った、『十の盟約』のきっかけを作った。

 たとえ間違った方法なのだとしても、その方法しか知らなかったのだから。

 

 

 

 

 

『───でも、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 嗚呼、また今更なことを。何度だって言ってやる───()()()、だ。

 本当は全部解っている。だが解らないとしておかなければならない事実に、空はただ頭を振る。

 

 そうさ、解りきったことだ。どれほど結果を出そうと、言い訳がましく語ろうと、(てめぇ)は“()()()()()()

 手を伸ばしても、失ったものは戻って来ない。その意味に気付かずに。いや、気付かないフリを続けて。

 自分自身をペテンにかけて、シュヴィの想いをダシにして。無限の犠牲を出し続ける戦争を、終わらせる為の最後の犠牲にして。

 そうやって、ずっと言い訳をしてきた己に殺意すら生じる。

 

 世界なんて本当はどうだって良い。終結しようと、今この瞬間まで続いていようと、特に何とも思わない。

 ただ気に入らなかった、それだけだったのだ。ただ好きに生きることを選んだ、それだけだったのだ。

 

 

 俺は、ただ単に笑顔が見たかった。

 

 傍でずっと笑っていて欲しかった。

 

 

 それが『大戦の終結』という壮大な手段に至った。

 世界など知るかと全てから逃げ出しては、笑ってくれないから。

 犠牲ゼロで変えてみせると、そんな『定石』の向こう側を、愚かにも程があるような夢を、変えようと二人でした決意を。しかし、それら全てを忘れたように、目的もなくただ生きるだけの今は、果たしてどうだと言う。

 

 

「……ふざけてんのか?」

 

「………?」

 

 

 ずっと言い聞かせてきた。今にも壊れそうな心の『鍵』を押し殺してきた。何を勘違いしてやがる。

 いい加減認めるしかない。たとえ納得できなくても理解するしかない。無駄な希望は更なる絶望を招くことは一番よく知ってるだろう。

 この期に及んでまだ、赦してもらおうなど。自分のしてきた事実を正当化しようなど、どれだけ虫のいい話をすれば気が済む。どこまで堕ちる気だクズ野郎。

 

 

 嫌いだ。

 

 

 ───誰もが尊敬の目で見る、みんなが頼りにしている(リク)も。

 

 

 ───ふとした瞬間に弱い方へ、楽な方へと逃げ出してしまう()も。

 

 

 ……嫌いだ。

 

 

 

 

 

 『()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ありがとう、シュヴィ。こんな俺を愛してくれて。でもおまえの好きでいてくれた(リク)はもうここにはいない。

 変えてみせると、変わってみせると言いながら、(おまえ)に何ができた。何もできないじゃないか。

 仲間を救うことも。自分を抑えることも。自立することすら。

 何も……何も………。

 

 いつまで自分のしてきた事実から目を背ける。甘ったれるな。

 自分なんて大っ嫌いだ。

 

 ()()()()()()()()()

 

 俺には、前を向くべき理由がある。

 

 

「……すまん、何でもない」

 

「ふふ、どうやら心の整理はついたようだね」

 

「全部お見通しかよ、ったく………その、なんだ。ありがとなテト」

 

「どういたしまして。それでこそ君達を探した甲斐があったってもんだ」

 

 

 ああ、テトには感謝している。それこそ言葉に言い表せないくらいに。

『十の盟約』を作ってくれたことや、この世界を変えてくれたことだって、本当はすごく嬉しかった。だがそれ以上に、この世界にまた呼んでくれたこと。

 

 もう二度とあるはずはなかった、そう思っていた。

 光を失った目で、半ば義務感のようなもので生きてくだけの日々。そんな日常が意味を持つようになった。誰かの為でなく、自分の意志が生きたいと思えるようになった。()()()()()()()()

 だからこそ、それに応えねばならない。

 テトが見たがっている景色を自分も見てみたいし、見せてやりたい。それが今、俺に残されたやるべきこと、やりたいことだから。

 

 

「今度こそ勝ってみせるさ。今の俺には途方もない話だけどよ」

 

「あっはは。そこはまあ、これからに期待ってことで」

 

 

 あの姿の自分は、今の自分よりもずっと強い。なぜなら『  』(くうはく)が投げ出したルール無き世界(げんじつ)というゲームに挑み、そして引き分け(ステイル・メイト)したのだから。

 それが最後は苦し紛れの泥仕合だったとはいえ、元よりステイル・メイトとはそんなものだから。

 ステイル・メイトもパーペチュアル・チェックも、ほぼ必敗の劣勢から、それでも諦めず一矢報いることそのものだから。

 でも、それでも。弱い今のままではそこにすら到達出来ない。一人ではまた同じことを繰り返してしまう。

 だからこそ二人で一人。空と白、二人で『  』(くうはく)。俺では無理だとしても、俺達でならどこまでだって行ける。

 

 

「なあテト、やっぱり質問というか確認いいか」

 

「うん、なんだい?」

 

「俺は知ってる、ってことでいいんだな」

 

 

 たっぷり数十秒、考えるような仕草をしながら部屋を歩いて一周するテト。そして空の正面に向き合い、声を低くして軽く挑発するように答えた。

 

 

「……迂闊だったよ。でもさすがにそれには答えられないかな。

 どうしてもっていうなら、僕は待ってるから」

 

「はっ……あくまでも報酬が欲しけりゃゲームで決着をつけろってか」

 

「そゆこと、それじゃ僕はそろそろ行くよ。もうじき夜も明けそうだしね」

 

 

 お話出来て楽しかったよ、と。笑ってそう告げたのを最後に、テトは去っていった。

 二人の間にはもはや別れの挨拶など必要なかった。それはまた遠くないうちに会えることを信じているから。絶対に追いついてみせると、自らの元へ辿り着くはずだと、互いに願っているから。

 

 だから言うべき言葉、返すべき答えも決まっている。もうテトの影も形も見えないが、その言葉だけは届くとなぜか確信がある。

 それを思いながら不敵で不遜で、負けず嫌いな笑みを浮かべて告げた。

 

 

「さぁて───ゲームを()()()()

 

 

 

 

 




オリジナル要素ってどうなんですかね。
原作沿いにすればするほどこの作品の更新速度は上がると思うけど、あまりにも原作通りすぎることはしたくないんですよね。いいから早く更新しろって言われたら考えるけど。
まあどっちにしろ元々遅いという事実は変わらないんですけどね。
感想待ってます!


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第玖話 獲物と標的


今回からまた原作の内容に移ります。



 

 

 

 

 

 RPGで開かない扉に出くわした時、こう思ったことはないだろうか。

 魔法が使えるならこんな扉ぶち抜けばいいのに、と。

 しかし出来ない、何故か。

 それが『ルール』だからだ。

 

 ゲームと現実は違う。

 まるで区別がついてないとでも言いたげに、そう語る人がいる。だがそれでは何が違うのかを、彼らは考えたことがあるのだろうか。

 現実かそうでないか、おそらくこの程度だろう。

 ではスポーツは現実かゲームか、大いに議論したいがそれには及ばない。

 ゲームと現実の違い、それは根本的に一つ。すなわち『ルールの絶対性』だ。

 

 先ほどの話もルールを無視して現実的に考えるなら、扉など遠慮せずぶち抜いて進めばいい。世界が危機的状況にあり、どこぞ行方不明の鍵が必要な扉で、鍵があれば中を私物化していいなら、器物破損で訴えられても勝てそうなものだ。

 逆に魔王すら倒しうる魔法で壊せない魔法なら、扉でなく壁を壊せばいい。むしろ常軌を逸した堅牢さを誇るその扉を盾に魔王に挑むのも手だろう。

 岩に刺さった伝説の剣も、抜かずに岩の方を砕けばいい。

 しかしそうしない、何故か。

 

 ()()()()()()()()()()()だ。

 

 そう、ルールとは『最終目標(エンディング)』を満たす過程を面白くするため設定される。

 将棋なら王を仕留め、サッカーならゴールをより多く決め、RPGならラスボスを倒す。そういった設定された『最終目標(エンディング)』に、ルール無視で到達しては面白くないのだ。

 故にゲームにおけるルールとは、『共有される絶対性』を有する。

 

 さあ、では想像してみよう。

 あなたが将棋をしていると、突然相手が自分の都合でデタラメにコマを動かし、王を取ってもいないのになにやら「勝った」とドヤ顔されるさまを。

 ……いかがだろう。グーの一つも見舞いたくなったのではないだろうか。

 だが、みんながそんな風にプレイしているゲームであれば?そう、これこれ『現実』である。

 

 ゲームと現実は違う、まさしくその通りである。得意げにそう語る人にはこう答えたい。

 一緒にするな、と。

 だがそんなのは知ったことではないと、現実をゲームと決めつけて挑んだ彼は、そんな世界に何を感じたか。それは誰にも、他ならぬ彼自身にも分からないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 23インチワイド、パソコンディスプレイ、八つ。そこが世界の全てだった。

 人々は言う、世界は無限に広がったと。

 だが彼らは想う、世界は極限まで狭まったと。

 クリック一つで届けられる、生活に必要な全て。それらを包んでいた空箱が本来の広さを奪った手狭な部屋。ディスプレイが放つ無機質に明滅する光が照らすそこが、そのモニターの奥が、『彼ら』の世界。その全てだった。

 

 どんなゲームにおいても“無敗”を飾り続けた兄妹(ふたり)は、モニターの奥の小さな世界においては半ば都市伝説とまでなった。

 彼らが属する『小さな世界(ゲーム界隈)』では、彼らはゲームの中と同じくまさに英雄だった。

 だが一度視線を動かせば、そこにあるのはいつもと同じ。無機質で、静かで、狭い。社会の不要物の隔絶された狭い世界。

 自分に英雄など似合わない、眼下に広がるモノこそが自分の居場所だ。そんな思考がいつも自分をゲームから現実へと引き戻す。

 そして青年は、いつも湧き上がる違和感に身を委ねる。

 ()()()()()()()()()()()()()()、という未視感(ジャメヴ)

 そうして彼は更に想う。根拠はなく、ただ漠然と、そう想う。

 

 “本当にここが、自分のいるべき場所(せかい)なのか”と。

 

 過去と現在、虚構と現実。

 その全ての記憶が混濁していき、曖昧になっていく認識が、世界から実感を奪い去る。そんな中、唐突に思い出すのはいつものこと。

 

 

「………()()()()()()

 

 

 そしてあらゆる“夢”がそうであるように。

 いつ終わったかも定かでないまま、彼の意識は覚醒する───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ二人とも、国王のお仕事の時間ですわよ」

 

 

 おもむろにカーテンを開けたことで、突如部屋の中に光が広がる。

 その部屋は城壁のお陰で朝日がささない。メイド達のいる外郭から近い為、給仕の問題はない。城の方の厨房からも近く、緑も適度にあり人通りは少ない。

 しかも木造の小屋だと指摘されたにもかかわらず、『通気性、吸湿性、気温調節性、耐震性、耐風性、全てに優れる、ヒキコモリにとってはまさに城だ』と逆に意気込み、夢のマイホームと言って本来あるべき王の寝室から姿を消した。

 そんなあまりの暴君っぷりに言葉も失い、とうとう許せずこうして直接乗り込んだというわけだ。

 

 さて、話を戻すようだが。そんな黄金立地を選ぶ際に抜かりはなく、例外など有り得ない。

 だから当然予期してなかった日の光に驚き、目を焼かれるような痛みによって二人は目覚めた。目を擦りながら、手早くスマホを開き確認する。

 事前に朝日はささないと断じたのならば、絶対にささない。そう、朝日は。

 

 

「……まだ深夜36時」

 

「どんな単位ですのっ!?」

 

 

 現在の時刻は昼。しかもステフが無理矢理起こしに来るまで起きる気配すらなかった。

 そんな二人の周囲は、最低限の寝るスペースを残して散らかっている。それこそ誰がどう見ても自堕落な生活を送っていると分かるほどに。

 日がな部屋から出ず、ゲームと読書に明け暮れる。これが『人類種(イマニティ)』最後の国エルキアの王と女王。空と白、一組の兄妹。

 

 

「ソラッ!私と“勝負”なさいッ!!」

 

 

 ついに堪忍袋の緒が切れた様子で手の中のトランプを握りこみ、きっと空を睨みつけて言い放つステフ。

 その暴君達に、今日こそ天罰を下すために。だが───

 

 

「………ほう?」

 

 

 “勝負”の一言に反応し、すっと感情を消し目を鋭くする空。その瞬間的な変化は、何度も見たステフをして身震いさせる。

 スイッチ一つで心の奥まで見透かされ、何をしようと手のひらの上の出来事に終わらされる。そんな錯覚さえ与える、機械の如き冷静。

 だが戦王の如き不遜な勝負師の顔に化ける。

 

 

「それはこの俺にゲームを挑む、ということか」

 

「え、ええ、そ、その通りですわ」

 

「……『十の盟約』……その五、ゲーム内容……挑まれた、ほうが決定権……有する……本気?」

 

 

 暗記した盟約文を、白がつぶやく。

 それは神が定めたこの世界の、絶対遵守の盟約。

 如何なる理由をもってしても破れない、絶対的不変の法則(ルール)

 心理的優位を維持すべくそう言う兄妹に、ステフは用意してあった台詞を切り出す。

 

 

「あ、あーら、人類最強のゲーマー様が私如きに、得意分野以外では、お、応じないと?」

 

 

 対策として必死に考えて、練習してきたであろう台詞を、しかし若干上ずった声で読み上げるステフ。

 その様子に苦笑して、不敵に空が笑う。

 

 

「なるほど、ちょっとは駆け引きを準備して来たか。『賭けるもの』はなんだ?」

 

「私が勝てば

 ソラには、ニートを辞めてもらいますわっ!」

 

 

 ビッシィ────ッ!

 ……と、指さし言い放ったステフに、しかし静寂だけが応える。

 

 

「あ、あれ……?」

 

 

『なるほどそう来たか』、『痛いところをついてくるな』。

 そういう反応を期待してたステフに、だが一切動じることなく部屋が静まり返る。

 どう要約しようとも、『仕事をして欲しい』という意味にしか受け止められない内容に、空はわけがわからなくなり頭をかく。

 

 たしかに普段の行いは悪いし、全面的に信頼されてるわけじゃないという自覚もあるが、さすがの空でも頼まれれば断ったりしない。

 だから一言そう言ってくれさえすれば、別にわざわざ盟約などで強制しなくとも仕事くらいやったというのに。それとも他の意図があるのか。

 その疑念は更なる困惑へと繋がり、言葉の裏を読もうとする思考を加速させる。が、勝てば何も問題ないという事実に気づいたら、考えるのも馬鹿らしくなった。

 

 

「まあそうだよな。いいぜ、好きなゲームを選ばせてやる」

 

「勝負は、『ブラック・ジャック』ですわっ!」

 

「……はぁぁああ……」

 

「……ふぅ……」

 

「え、あれ?なんですのっ!?勝算がある勝負ですわよっ!?」

 

 

 意味の異なる声を出す兄妹。

 まともな勝負ならば暇つぶしくらいにはなるだろうと思っていたが、相手がステフではやはりその望みは薄い。

 ため息しかつかない空と、もはや興味すら失せたらしい白。

 そのどちらの意味も汲めずステフは狼狽する。

 

 

「ディーラーは私、ソラはプレイヤー!これならソラはイカサマ出来ませんし、しても私がバラしてかてますわっ!

 純粋な運の勝負なら、実力は関係ないじゃないですよ」

 

「いや、おまえがそれでいいならいいんだけどよ」

 

「ば、馬鹿にして……み、見てなさいなっ!【盟約に誓って(アッシェンテ)】」

 

「はいはい……【盟約に誓って(アッシェンテ)】……と」

 

 

 完全に勝った気でいる空に、だがステフは落ち着けと内心つぶやく。

 そう、落ち着け。これは“勝機”だと。内心ニヤリと、口元を歪めて吠える。

 純粋な運の勝負?そんなものする気など、さらさらありはしない。忙しい中、徹夜で練習してきたイカサマで勝つつもりに決まっている。

 カードシャッフルはディーラーが行う。ならばそのシャッフルを“見た目には不正なく”札を並べれば、勝てるのだ。

 札のすり替えはなく、証明することもできない。

 

『十の盟約』その八、ゲーム中の不正発覚は敗北とみなす。

 つまり、発覚しなければ使ってもいいということ。

 

 だがステフは知らない。

 そこまでしてもなお、その条件で空に勝つことは不可能だなどと───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未だ眠そうに顔を上げた空が見つめる先には、テーブルを囲むおっさん3人の姿。

 半ば無意識でゲームをしていたので危うく忘れるところだったが、空達は今、空と白、そして三人の大貴族で全財産を賭けたポーカーをしていた。

 

 

「……オッサン三人の裸とか誰得だよ……もう終わりにしね?」

 

 

 そう、三人はたった今空と白に全財産を巻き上げられ、元貴族に成り果てた。

 全財産とは、文字通り爵位・土地・資産・利権は言うに及ばず、妻や子供、家族まで。

 その全てを、たった二時間で絞り尽くされた三人。残すはもはやパンツのみだった。

 

 

「ば、馬鹿な……それでは我々には何も残らんではないかっ!」

 

「ここ、こんな横暴が許されるかっ!」

 

「負けを取り返さなければ服さえないのだぞっ!ふざけるなっ!」

 

「……勝負にノッたのはそっちだし、誰もここまでやるつもりなかったのに、勝手に家族や服まで賭け皿に載せたのもそっちだろ……」

 

 

 なおも抗議をする貴族。いや、元貴族三人が、空の目に身をすくませる。

 だがそれらをあくび混じりに聞き流して、空が言う。

 

 

「あと付け加えるとさ、三人で組んでイカサマまでしてんの見逃してやってんだ。感謝してくれよ」

 

「……フル、ハウス……おし、まい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、いくらなんでも鬼畜すぎますわ……」

 

「あっちが勝手に賭けたんだろ。妻や子供を賭け皿に載せる奴こそどうかしてる」

 

 

 異世界から持ち込んだ知識で、立て続けに国の立て直しを図る空達。

 だがこの世界に来てまだ日が浅い空達に、不慣れな文化によるミスは大失敗を招く。

 それを回避するため、政策の指示だけを行い実行は各大臣に任せる。その橋渡しを、王族として教育を受けているステフに任せることにしていた。

 もちろん、大規模な農業・工業改革に利権問題はつきものである。

 貴族の反乱、ギルドの結託。そういう面倒くさい物こそ適任だろうと思い、ステフと大臣達に任せた。それでもゴネる奴がいたら自分達のところに連れて来い、と付け加えて。

 

 

「だから言ってんだろ、こんぐらい頼まれりゃやるって」

 

「そのやり方がヤクザなんですのよっ!今までせっかく抑えてましたのに……」

 

 

 ステフ曰く、提示した農業改革は貴族の多数が最初から反対していたそうだ。オルガ家とビルド家はドーラの家名が通用するから、協力して根回しして貰っていた。

 王家直轄地で大規模実験をして得たデータから、こちらの派閥の大貴族たちに利権を流して。

 それを餌に日和った中小諸侯たちの寄親を少しずつ切り崩していった。その最後に残ったのが、先ほどの三人だった。

 だが、そんな具体的な内容には興味ないとばかりに遮り、自らの額に手を当ててこぼす。

 

 

「あのなぁ、それができない奴が出たら呼べって意味だ察しろよ」

 

「なっ……私の頑張りは無視ですのっ!?」

 

「こんぐらい大丈夫と信じて任せたんだ。出来て当然。まあよくやった方じゃねぇの」

 

 

 適当すぎる空の対応に、ぶつぶつと文句を言いつつも内心では喜びを隠しきれないステフ。

 なんだかんだ彼女もまだ18歳の女の子。自分が信頼されてると、必要に思われてると分かれば嬉しくもなる。

 だがそんな内心を知ってか知らずか、白は顔を強ばらせた。無意識なのだが、微量に、極僅かに、ほんの少しだけだが、なんとなーく気に入らない。

 ステフのそのやり取りというか、軽く頬を染めているこの状況に、謎の焦燥に駆られ思う。

 

 ステフちょろすぎ、と。

 

 わかっている、所詮ステフだ。押しに弱いしちょっと優しくされるだけで勘違いしてしまうようなアホの子だ。自慢の(にぃ)がかっこいいのは認めるが、それでも()()()()()()()()()()()

 

 

「……今日一日、ステフ犬……」

 

「へっ?な、なんですの?」

 

「あー……白、もしかしなくても今朝のゲームの要求か?」

 

 

 白の一言により、ステフに首輪と、犬のような耳と尻尾がつけられる。その首輪から繋がったリードを握りしめ、笑顔で頷くと諦めたように空はため息を付く。

 

 

「まあ別に何でもいいけどよ、もうちょっとマシな要求なかったのかよ」

 

「………あの、ちょっと、いい加減失礼すぎませんの?」

 

「……ステフ、お手……」

 

 白が手を差し出してそう言うと、ぺたりと前足、もとい右手を白の手にのせるステフ。

 

『十の盟約』その六、盟約に誓った賭けは絶対遵守される。

 

 完全な主従関係が確立してしまった今、白の命令にステフが逆らえるはずもなく。

 若干涙目で悔しそうに叫ぶも、その声は二人に届くことはなかった。そんなステフの抗議の声を他所に、ケータイを取り出す空。

 

 大臣達の報告書から、アプリでグラフ化した国のデータを改めて見る。どうやら指示した改革案は概ね問題なく導入出来そうだった。

 確保出来た酪農面積に幾分不満はあるが、機能すれば人口の推移には釣りあう。

 同時に雇用問題も多少回復する。それらを確認し、タスクスケジューラーを起動すると『農業改革』『工業改革』『金融改革』などの項目に、完了とチェックを入れていく。

 

 

「……けどまあ、所詮は一時しのぎだよな……」

 

 

 いくら異世界の知識を駆使しようが、根本的に資源も国土も足りない。

 農業改革が結果を出し始めるのにも半年は要する。

 あまりに行き過ぎた未来技術(オーバーテクノロジー)をやるにも、そもそもその原材料が国内にはない。

 

 

「やっぱ───“領土を返してもらう”しかない、か」

 

 

 それはつまり、いよいよ国境線を取り返す為、動くということ。

 目を閉じて、長考するように黙りこむ空。脳裏をよぎるのは、大戦の記憶。そして今日まで攻勢に出られずにいる理由。

 問題は山積み。どこを攻めたものか、どうやって攻めたものか、そしてどのように接するか。

十六種族(イクシード)】位階序列十六位(さいかい)である人類種には、特殊な能力も魔法もない。

『超常的な力』を駆使する他種族とゲームで争い勝とうとするなら、敵の情報がなければゲームにすらならない。

 その意味と、この国の惨状に頭を抱えてると、白に命令されて“伏せ”をしているステフが目に映る。

 瞬間的にある種族の姿が脳内再生される。今のステフと酷似したその容姿を思うと、顔を緩める。

 

 

「白、動物好きだよな」

 

「……うん……?」

 

 

 突然の呼びかけに一瞬呆気にとられる白。空の言葉の真意が理解できないのか、首を傾げて黙りこむ。

 だがその返事で決心が固まった空。

 

 

「……うっし、それじゃ標的は東部連合、狙うは獣人種(ワービースト)だ」

 

 

十六種族(イクシード)】位階序列・十四位『獣人種(ワービースト)

 世界第三位の大国『東部連合』を最大の領土とする種族である。

 情報が少なく、極めて優れた身体能力と五感。

 心さえ読むという第六感と呼ばれる感覚を有する、()()()()()()

 

 

「人間の女の子とほぼ変わらない容姿で、獣耳と尻尾、あと肉球とヒゲくらいまではある。そんな今のステフみたいな獣耳っ子がわんさかいる種族、どうだ?」

 

「……にぃ、ちょー、ぐっじょぶ」

 

 

 刀を抜き放つようにケータイを取り出し、タスクスケジューラーを起動。

『獣耳っ子王朝・征服なう』と入力する。

 今後どうしていくか、その決意に思いを馳せながら、空は苦笑して───笑った。

 

 

 

 

 




前半は原作2巻の冒頭より引用させてもらいました。伏線のためにも使いたかったので。
しばらくは特に大きな展開もないし、原作とほぼ同じ内容をなぞると思います。
まあ多少変えないといけない部分もあるし全く同じになるとは言えないけど(今回の獣人種に攻める理由とか、そのうち補足するんで・・・)
感想待ってます!


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第拾話 理由と目的


アニメ通りにして簡単に纏めるつもりだったけど、気づいたら要所要所にオリジナル要素挟んでたという。



 

 

 

 

 

「ちょ、な、何を言い出すんですのっ!国内すら安定してないですのにっ!」

 

 

 いきなり世界第三位の大国にケンカを売ると言い出した“乱心の王”に、焦りを隠しきれないステフ。

たしかに領土不足なのは否めないし、いずれはどこかの国へ攻め入る必要があったのも事実。だがそれにしたって初めの国に東部連合を選ぶなど、それに加え選んだ理由もどうかしてるとしか思えない。

 

 

「…………でも……情報……」

 

「そーなんだよなぁ……突破口はあるにはある、が……」

 

 

 再び黙り込んだ空と白に、再び訪れる沈黙。だが、暴走されたらされたで困るのだが。

 この沈黙は沈黙で、ステフにはつらい。

 

 

「あ、あー空、今朝のブラックジャック、どうして私が負けたのか教えて───」

 

 

 沈黙に堪えかね話題を振るステフ。だが返事は返ってこない。

 振り返るとそこにいるべきはずの二人の姿は、何処にもなく。先ほどまで白が手に持っていたはずのリードは手すりに括りつけられており。

 

 

「え?あれ、放……置、ですの?」

 

 

 くすくすと聞こえる笑い声の中、ひゅーと、冷たい風が吹き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、し……」

 

「食糧不足でも工夫してやってるが……やっぱ備蓄はもう心許ないようだな」

 

 

 エルキア中央通りから、入り組んだ路地を抜けた場所にある喫茶店で、本片手に空と白はドーナツとお茶を頬張っていた。

 中央通りから外れた広場に並んでいた出店。

 だがその出店には本来の活気は感じられず、やはり売り手達の表情に余裕はなかった。

 それが今のエルキアの状況を物語っていると言えた。

 データを見るに、空達の元の世界なら暴動・略奪が起きている状況である。

 

 

「どうだった白、そっちは」

 

「……ん。やっぱり……収穫、なし……」

 

「やっぱそうか。ったく、どうなってんだ。おかしいんじゃねぇのこの国」

 

「おか、しい、のは───

 あなた方の神経ですわよぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!

 

 

 そう叫んで現れたのは、ぜぇはぁと肩で息をするステフ(犬)。

 まさか彼女も思いもしなかっただろう。首輪つけて犬の格好させて放置した理由が嫌がらせでもイジメでもなく、ド忘れだなんて。

 涙目で懇願するように空の足にすがる姿はまさしく、主人に構ってもらおうとするペットの図そのもの。

 

 

「……ステフ、ゆるせ。……お座り」

 

「うん、まあ、白も悪気はなかったんだ許せ」

 

「お座りさせられての『許せ』に誠意を見いだせって、一種の暴力ですわよねっ!?」

 

 

 犬のように『おすわり』させられ、ステフは今日この日ほど強く、暴力を禁じた唯一神(テト)を呪ったことはなかった。

 相手の了承無しには馬鹿にされても反撃すら出来ないなど、理不尽極まりない。

 そのあまりの形相に圧され、空が話を切り出す。

 

 

「わ、わかったわかった今朝のゲームな……『カードカウンティング』だ」

 

「カード……え、なんですの?」

 

「カードカウンティング。簡単に言えばカードを数値化して数えることだ。例えば、2〜6なら1、十点札ならマイナス1、7〜9はゼロって数えるんだよ」

 

「……?それで何がわかるんですの?」

 

「次に出るカードがわかる」

 

「……はい?」

 

 

 いまいち要領をえない様子のステフだったが、その言葉で意味を一瞬で理解し、素っ頓狂な声で目を丸くする。

 想像だにしない事で言葉がまともに出て来ない。それは魔法の類だろうか、と疑う思いはあるものの、一文字一文字が途切れて音になり、それが言葉になっていかない。

 

 

「場に出されたカードから、残りの札の山に残ってるカードを予測して、次に出るだろう札の確率を数学的に割り出すんだ。次の札がわかってれば、負けることはないだろ?」

 

「は、はぁ〜……」

 

 

 ステフにとって『数学』をゲームに使うこと自体が目からうろこだったのか。それによって負かされ現在『お座り』させられている現状も忘れ、ただ感心する。

 理解できた限りを書きとめようと、メモ帳を取り出すが。

 筆を走らせながらふと、どうにか言葉を絞り出し、慌てて口を開く。

 

 

「ちょ、待ちなさいなっ!それつまりイカサマじゃないですのっ!?」

 

「賢くプレイするのがイカサマならチェスで相手の次の手を読むのもイカサマか?」

 

「そ、それは……」

 

 

 その指摘も虚しく、空に涼しい顔で即座に反論されてしまう。

 だが無知とは恐ろしいもので。空達の元の世界でも、カードカウンティングはイカサマと分類されていたのだが。

 そこには触れず、空が言う。

 

 

「イカサマってのはお前がやってた作為的なシャッフルトラッキングだろ」

 

「き、気づいてたんですのっ!?」

 

「俺が白に仕掛けて何度も見破られた手だ。おかげでカウントもしやすかったよ」

 

 

 苦笑して、気づかないとでも思ったか、という顔の空。

『おすわり』から自然と『伏せ』に姿勢を移し、地に突っ伏すステフ。

 イカサマを見破られ、しかもそれを逆手に取られた。

『十の盟約』に従えば、ただイカサマを指摘すれば済んだのに。それを利用されて負かされたことに、伏せの姿勢のままステフは床を涙で濡らす。

 だが椅子に座りなおし読書に戻った空が、シリアスに、言う。

 

 

「この世に、()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

 

 存在、しない?

 いやそんなはずはない。空達がどれほど強かろうと、天才的な頭脳を持っていようと、本当に純粋な運勝負なら。

 純粋な運勝負なら勝率は常に5対5、実力は関係ない。

 そう思っていたのに、感覚的にはあまりにズレた意見にステフが眉をひそめる。

 

 

「ルール、前提、賭けるもの、心理状態、能力値、タイミング、調子……そういう無数の“見えない変数”で、ゲームの勝敗ははじめる前には終わっている。偶然なんてない」

 

 

 偶然とは、見えない変数がもたらす予測できない必然の別名に過ぎない。

 

 

「例えばそうだな……伏せられたトランプの札から『スペードのエース』を引く確率は?」

 

「……え、それは52分の1ですわよね」

 

「普通に考えたらな。だが、箱から出した新品のトランプの下から一枚目なら?

 新品のトランプの初期配置はある程度決まってる。つまり、ジョーカー抜きで箱から出して伏せたまま、一番下の一枚を配ったなら“確実に”スペードのエースだ」

 

「え、で、でも……」

 

「そう、箱から出した新品のトランプと俺は言ってない。つまり、知らなかっただろ?」

 

 

 それは、と反論しようとするステフ。

 だがそこがポイントだと、空は続ける。

 

 

「そこだよ。知ってれば『1.92%』が『100%』に変わる。知らない奴は運が悪かったと愚痴を垂れ、知ってる奴は必然的に勝ちをもぎ取っていくってわけだ」

 

 

 そこまで話すと空は言葉を止め、目を閉じて熟考する。

 今までの負け続けた理由、勝てた理由、それから───と、だがその思考を振り払うかのように頭を掻く。今問題なのはそこではない。

 苦虫をかみつぶしたような顔で、舌打ちして再び続ける。

 

 

「わかるか?つまりそれがゲームに勝つコツで。おまえがブラックジャックで俺に負けた理由で。ついでに言うなら人類種が負けまくってきた理由で───

 

 

 

 

 俺らが『詰んでる』理由でもある」

 

 

 たとえば東部連合を攻めるとしよう。だが獣人種についてわかってる数少ない情報は、敵が第六感を使うことのみ。

十六種族(イクシード)】位階序列十六位(さいかい)である人類種には、特殊な能力も魔法もない。

 つまり『超常的な力』を駆使する他種族とゲームで争い勝とうとするなら、せめて敵の情報がなければゲームにすらならない。

 なのに人類種が持っている他種族の情報はあまりにも少ない。当然知られては不利になるのだから、各種族が秘匿しているのだろう。だがそれにしたって少なすぎるのだ。

 加えて、街には図書館も本屋もないときた。

 

 こちらは相手のゲーム内容がわからない。だが仕掛けられる側は、自分達の特性を把握仕切っている。

 つまり初期状態で見えてる、“見えない変数”がまるで違う。

 事前情報なしでこちらから挑めば、必敗。

 ステフが空に負けたのと全く同じ理由で、必ず負ける。

 

 

「だからどう攻めるべきか、穴が見つからないで一ヶ月も経ってんだよ」

 

 

 そこまで聞いてステフは、即位してから一ヶ月間の空達の行動に気づく。

 部屋にこもってただ遊んでるだけと思っていたが、それは大きな間違いだった。

 無論ゲームをしている時はその見解で合っている。だがそれ以外の時間、読書をしていた時はこの世界の情報を集めていた、ということになる。

 二人は国のことを何も考えていなかったわけではない。

 他種族に対抗するための知恵を、知識を、突破口を、必死になって絞りだそうとしていた。

 ずっとずっと、この国が他国にゲームで勝つための方法を模索していた。

 

 そんなことすら知らなかった。その事実にステフは自分の配慮の足りなさを痛感する。

 だがそれでも攻勢に出た祖父の行為を、否定する空の言葉だけは我慢ならない。

 反論せずにはいられないステフが、苦しげに言う。

 

 

「そ、それでも何もしなきゃはじまらないじゃないですの!」

 

 

 だが空が特に感慨なくこぼした言葉は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのな……()()()()()()()()()()()()()なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステフに地に伏せさせるに等しいほどの重圧をもって響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

人類種(おれら)は、そんくらい追い詰められてんの。忘れんな」

 

 

 一瞬。

 本当に一瞬だが、空の顔に表れた苛立ちがステフを凍りつかせた。

 あまりに普段、その素振りを見せないから忘れがちになる事実だが。

 人類種という三百万の命、その全てがこの兄妹の肩に乗っている。

 森精種に間接的とはいえ勝利した、紛うことなき人類種最強のゲーマー。その二人が『詰んでいる』と口にする。

 その意味、その重さに、ようやくステフの理解が及び、立っていられないほどの重圧を感じる。

 

 自分たちの一手で、()()()()()()()()()

 そんな重圧を背負ったら。そう考え、ステフが息をのむ。

 その気づかいなど知ってか知らずか、ぐぐーっと伸びをしてタスクスケジューラーを弄る空。

 そう平然としていられるのは、どういう神経か。ステフには薄ら寒いものをすら感じた。

 

 

「ったく、どうしたもんか……なんだ?なんで急に夜……に、なっ!?」

 

 

 突然さした影に、瞬時にして周囲が夜に包まれる。

 空が視線を動かして目を丸くする。白すら、いつもの半眼を丸めて咥えていたドーナツを落とす。

 真上にずらした視線の先にさきほどまでの青空はなく、地殻をえぐり取ったような巨大な岩盤が漂っていた。

 驚いているのは空と白だけで、道行く誰も関心すらない様子だった。

 なるほど、つまりあれは───

 

 

「あれは、『アヴァント・ヘイム』───幻想種(ファンタズマ)の一体ですわ」

 

 

 それは偶然だったか。

 呆然と見上げて考えていた空達に、初めて見るものだと気づいたステフが説明したそれは、奇しくも空の思考を代弁したものだった。

 幻想種『アヴァント・ヘイム』を見送って、もう何度も読んだ書物に書かれていた内容を思い出す。

 

十六種族(イクシード)】位階序列六位『天翼種(フリューゲル)』。

 かつての大戦において神に創られた、神を殺す為の尖兵。戦闘種族。

『十の盟約』以後、その戦闘能力は事実上封じられた。だが永遠に等しい寿命、高い魔法適性を有し、文字通りの天空都市を唯一の領土とする。

 その為国境線を賭けた『国盗りギャンブル』は行っていないが、強い知識欲から世界中の種族から知識、つまり本を集めるため、個人的にゲームを行っている個体が多い。

 

 賭けられるものが限られている人類種にとって、空達が有する『異世界の知識』を餌に釣ることが出来る数少ない相手。

 正直空としてはやりたくない相手ではあるものの、国のためを思うと味方につけるのが得策で。

 この世界に来て真っ先に目をつけた種族でもある。

 他国と渡り合うための情報、即ち“天翼種の知識”はどうしても欲しい。

 だがこの世界の人類種に、飛行技術は存在していない。『天空都市(アヴァント・ヘイム)』に乗り込む手段も、連絡を取る手段もない。

 かと言って、空達の『異世界の知識』を公にして、飛びつかせるのもNG。

 

 

「天翼種とコンタクト取れねぇもんかなぁ……」

 

 

 そう悩み呟く空に、「え?」とステフ。

 

 

「天翼種に何か用でしたら、近くに一人いますわよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───なん、だって?」

 

「いるというか、まあ……居座ってる、といいますか」

 

 

 いや、待て待てと叫ぶ空。

 

 

「城内、国中の本をひっくり返したけどそんな情報なかったぞ!?」

 

「でしょうね、エルキアからめぼしい本を根こそぎ奪ったの、まさしく天翼種(かのじょ)ですもの」

 

「……く、詳しく、聞かせてくれ」

 

「えっと……五年前、国内最大の図書館だった『国立エルキア大図書館』に天翼種が一体現れて、図書館ごと全蔵書を巻き上げたん……ですのよ」

 

 

 ……な〜るほど♪

 エルキアに情報が少ないわけだぁ、そら納得だ〜わ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「てめぇら知識を賭け皿に載せるとかいよいよ頭大丈夫か!?人類唯一の武器だぞッ!?」

 

 

 そんな今更すぎる情報に、軽くめまいを覚える。

 知識。即ち“情報”がなければ、他国と渡りあえない。

 それを賭けるなど、戦いで言えば盾と剣を両方投げつけるようなものであり、控えめに言って『アホの所業』である。

 空の悲痛な叫び声に、通行人さえ立ち止まる中、その声を向けられたステフはしどろもどろに。

 

 

「かか、賭けたのはお祖父様ですもの。な、なにかふ、深い考えが……」

 

「『要求した対価』はなんだッ!?」

 

「え、ええとえと、か勝てば『その天翼種が味方になる』だったと聞いてますわ!」

 

 

 なるほど、人類以上の知識を持つ者を取り込もうとした。

 それはまさに空がしようとしていることであり、悪くない条件だ。そこら辺をきちんと理解して先王が行っていたことには少々驚いたが、早かれ遅かれどのみちしていたことだ。

 そう、悪くない。悪いのは───

 

 

「それで負けて知識を奪われてることだよぉぉおッ!?」

 

 

 頭をかきむしって、空がステフを指さし叫ぶ。

 

 

「どうすりゃ知識根こそぎ持ってかれんだ!写本を残すとかしなかったのか!?」

 

「……そ、それは、その……予算の都合で……」

 

「予算!?予算が何の関係───」

 

「……にぃ……エルキア……製紙、技術……と、識字……率」

 

「───え、あ、そ、そっか」

 

 

 意味がわからない空に、白が呟く。

 現代日本にいた身としては信じられないことだが、十五世紀ヨーロッパの識字率は10%を切っていたという。

 エルキアもその程度だとはデータで知っていた。

 その上、紙の大量生産技術もないのでは、写本を作るにも莫大な予算が、ということだろう。

 

 

「……ステフ、後で人類語に翻訳したメモ渡すから、最優先で取りかかれ」

 

「あ、はい……なんのメモですの?」

 

「“大量製紙”と“活版印刷”の設計図だ」

 

「……にぃ……また、チート」

 

「悪いが白、コレはむしろないのがおかしいんだ」

 

 

 半眼でむすっと批難する白を他所に、新たなタスクをケータイに入力して深くため息つく。

 なるほど、あれだけの個人蔵書を持っていたステフは、本当に教育が行き届いている身だったらしい。

 だが、ゲームで全てが決まるこの世界で。

 

 

「読み書きもできないでどうやってゲームする気だよ。人類ヤル気あんの?」

 

「六ヶ国語だか十八ヶ国語出来るソラ達が異常なんですのよ!」

 

「ふざけんな!外国とゲームやるなら六ヶ国語は最低限必修だよッ!ならステフ、せめて二ヶ国語くらいは出来るんだろうな?」

 

「うっ……い、人類語しかできませんわよ!そもそも習ったりしませんわ!」

 

「いやおまえなら独学でいけるだろ」

 

「それなんて信頼ですの!?無茶言わないでくださいな!」

 

 

 ステフなら、ではなくコロンの子孫なら、という意味での言葉だったがさすがに通じなかったらしい。なら多少教えてやる、とでかかった言葉をすんでのところでぐっとこらえた。

 皮肉を言われ遠回しに馬鹿にされてると勘違いしてわめくステフを軽くあしらって、未だ遠くに見える『アヴァント・ヘイム』を眺める。

 はぁ、はぁ、と一通り言いたいことを良い終えた空。

 

 

「ま、まあいい。ステフ」

 

「は、はい?」

 

「たしか文献によると、天翼種が行うゲームは伝統的に一つだけ、だったよな」

 

 

 そう、天翼種に関しては、ゲーム内容は割れていた。

 故に、あくまで確認までに問う空に、ステフが頷く。

 

 

「なら、次のタスク、やっと確定したな」

 

 

 指を滑らせてスケジューラーに入力する。

 これでかねてからの目的はようやく果たせそうだ。

 

 

「善は急げだ、今からいけば夜には戻ってこれるだろ。ステフ、馬車を手配しろ」

 

「え、はい?」

 

「えー『人類種の知識を返して貰う』っと……いや、たぶんこれもいけるか、『天翼種を一人、手に入れる』……こんなもんか」

 

 

 そう言って、ケータイに入力した目標(タスク)を再度確認する空。

 たったさっき、ステフが『勝利不可能』と言った種族を。位階序列六位の()()()()()()を。

 あまりに気楽に手に入れると口にした空の背中を、呆然と眺めるステフ。

 しかしステフは知らない。いや、知る由もない。

 空の入力したタスクには、さらにもう一つ先があったのだ。

 

 

 

 

 

 ───『借りを返させてもらう』。

 

 

 

 

 

 その場に固まって動けずにいるステフをよそに、空は白と手をつないで歩き出した。

 己の過去を清算するために。

 

 

 

 

 




この話書きながらしりとり回の内容考えてたんですが、超健全空間って必要ですか?空ならともかくリクですけど、どうなんでしょう?
というか殺戮天使のことで頭がいっぱいで、そこまで思考が追いついてないという。
感想待ってます!


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第拾壱話 大敵と不敵

ついに天翼種のあの娘が登場しますね(ゲス顔)



 

 

 

 

 馬車に揺られること一時間ほど。

 エルキア都心からは少し離れた郊外、学舎と学寮と思しき敷地を抜けた先。

 そこに『国内エルキア大図書館』はあった。

 馬車を降りて、見上げた空の口をついて出たのは一言。

 

 

「……でっか……」

 

 

 第一印象は、ワシントンDCのアメリカ議会図書館。

 蔵書数一億冊を誇る、空達の元の世界最大の図書館だが、外観は勝るとも劣らない。

 エルキア王城に匹敵する優美かつ豪華な外観である。

 少し、今の人類種を再評価したくなる程度には素晴らしい図書館。

 素晴らしい図書館ではある、が。

 

 

「……それをあっさり……奪われ、てる件……」

 

「う、うぅ……」

 

 

 さらっと、リードを握った白の一言に、言葉なくただ頭を垂れるステフ(犬)。

 反論しようにも、事実であるため文句の一つも出てこない。

 むしろ自分でも思っていることだからか、考えれば考えるほど肯定しか出来なくなる。

 せめて空達に一矢報いたいのか、語気も荒く叫ぶ。

 

 

「そ、それよりっ!質問があるんですけど!」

 

「おう、なんだステフ」

 

「さっき、よくわからない他種族と戦うのはマズイと言ったじゃないですの。序列六位の天翼種(フリューゲル)なんて化け物とは、こんな無策に勝負してもいいんですのっ!?」

 

 

 ……もっともな疑問に思えるだろうか?

 だがあえて言おう。やはりこいつはステフだ、と。

 

 

「……いいんだよ」

 

「え?な、何ですの」

 

「あのな……しりとりで勝つのに、知識量とか関係ないから」

 

「え?」

 

「ま、いいから行くぞ」

 

 

 巨大な入り口の扉を開けて、図書館に踏み込む一同。

 そこには壁のみならず、重力に逆らって天井すら本棚にうめつくされた空間。

 無数の淡い光が空中に漂い、数十メートルはあるだろう聳えるような本棚。

 それらで構成された迷宮のように、幻想的な空間だった。

 

 

「すげ……すまん、ちょっと謝る。人類やるじゃん」

 

「……うん……」

 

 

 ここにある蔵書数を、想像するだけで空はめまいを覚え白さえ感動した。

 これだけの量の本を集めるのは、並大抵ではない。

 元の世界ですら、コレほどの蔵書数を抱えた図書館はそうないだろう。

 だがステフは申し訳なさそうに、言いづらそうな顔で。

 

 

「えー……残念ですけど、コレ、人類種(エルキア)が集めたものじゃないですわ」

 

「……はい?」

 

「乗っ取られたあと、ここまで増えたんだと思いますわ。その……学生時代来た時は、この百分の一も本棚がなかったですもの」

 

「……一瞬でも見直して損したよ」

 

 

 まあ、でも考えてみたら当たり前のことだった。

 重力に逆らい天井に立つ本棚を、人類種が作れるはずもない。

 気を取り直し本で整然と整えられた図書館を歩いていると、突然光がさした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに()()はいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 直視することすら躊躇う、圧倒的な存在感をまとい、頭上には幾何学的な模様を描き廻る光輪。

 空力的に人を浮かせるには小さすぎる、淡く輝く羽を腰から生やした少女。

 長く流れるような髪は、風のない屋内にありながらもなびき、そのつどプリズムのように光を反射させ虹のように見せた。

 薄く開かれた眼に直視された瞬間、空はこの世界に戻ってはじめて『死』を感じた。

 視線に込められた、質量を帯びたような殺気。

 神々しいまでに美しい姿も、一撫でで絶命すると確信させる。

 逃げようが命乞いしようが、その一切が無意味と告げていた。

 

 神に創られた、神を殲滅し殲くす為の兵器。

 感情の乏しい白さえ、身をすくめて空の腕を掴む。

 ステフに至っては、床に座り込み歯を震わせなんとか泣き出すのを堪えていた。

 畏怖さえ覚えさせるソレは、空達の近くの書棚の上。

 音も重量感も感じさせることなく、降り立った。

 

 その姿を空は知っていた。

 大戦時、常に天翼種の中心に位置した存在。最強の神、戦神アルトシュの下で多くの天翼種を従え、鼓舞していた張本人。

 天翼種『最初番個体』。

 

 

「キミら、うちの図書館に何の用にゃ?」

 

 

 

 

 ───アズリール。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……語尾、にゃ……?」

 

「妹よ、たぶん突っ込んじゃいけないとこだぞそれ」

 

 

 隣でステフが気絶したのを横目に、脱力した空達は辛うじて、そう口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、えーと、まず自己紹介した方がいいかな。俺は」

 

「エルキアの新王と女王、じゃないにゃ?」

 

「……おや、話が早い」

 

「人類種達の新聞も一応読んでるからにゃ〜それくらい当然にゃ♪」

 

 

 幻想的な光と本体が織りなす、芸術のような図書館の一角。

 ステフは未だ気絶から立ち直らず、仕方ないので近くの床に転がす。

 お茶とお菓子が出され、テーブルを囲む空と白。そして天翼種の少女、アズリール。

 気を取り直し、なんとかペースを戻そうと先手を切った空。

 しかしアズリールに先回りされてしまい、言葉に詰まる。

 それを察したのかただ何となくか、仕切りなおした感じでおほんとアズリールが咳払い一つ。

 

 

「それで、キミら二人はどんな用件で来たにゃ?うちも暇じゃないから、ふざけた内容なら断るにゃ〜♪」

 

「……率直に行こう。この図書館をくれ」

 

 

 諦めて切り出すと、一瞬の沈黙がその場を包む。

 空の言葉に、ティーカップを持ち上げたアズリール。まさに女神を思わせる、その温和な翡翠色の瞳が僅かに閉じられ、鋭く空を捉えた。

 

 

「それは、()()()()()()()()()()()()()、と?」

 

「ああ、その通りだ」

 

「にゃは……でもこの図書館はうちが集めた本で埋め尽くされてるにゃ。知識をなにより尊ぶうちら天翼種にとって、その知識が詰まっている本、ひいてはそれが収められている書庫は命と等価と言えるほどのものにゃ〜───

 

 うちに()()()()()と申すからには、そっちは何を賭けるにゃ?」

 

 

 そう言ってお茶を口に含み、瞬間的に殺気が膨らむ。

 気絶してるはずのステフから、「ひぅ」とか細い声まであがる。

 しかし空、これに一歩も引くことなく、物の見事に動じない。

 それがただ“僅かな敵意”を示したにすぎないと理解するのに、時間はそうかからなかった。

 

 これまで幾度となく窮地に追い込まれ、死線を乗り越えてきた空にはこんなもの、危機感を覚えることすら必要ない。

 自分はもっと大きな敵意を知っている。

 もっと強く、鋭い殺気を体感している。

 この程度に臆していたら、あの世界は生きていけない。

 その経験が、実績が、空の言葉や行動に隙を見せまいと歯止めをかけ、思考をクリアにさせる。

 相手が挑発していると分かっているので、それに易々と乗るわけにはいかない。

 だからこそ平然と、いつもと同じように、普段通りの態度で淡々と告げる。

 

 

「『異世界の書』、計四万冊以上」

 

「ぶふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」

 

「……きた、ない……」

 

「ああ……くそっ、タオル持ってくりゃ良かった」

 

「そ、それより、よ、よんまん……ほほ、本当なのかにゃ!?」

 

 

 盛大にお茶を吹き出し、せっかくの威厳が崩壊するアズリール。

 挙動不審にこちらへにじり寄って来るその態度に、若干の目眩を感じた空であった。

 タブPCを取り出し説明しようとすると、目を見開いて穴が空く勢いでアズリールはそれを凝視する。

 

 

「これ何にゃ?」

 

「この中に電子情報、ってわかるかな。四万冊分の『異世界の書』が入ってる」

 

「にゃ……っ!?」

 

「クイズゲームの勉強用に持ってたもんだが。百科事典、医学書に哲学書、科学に数学。俺らの元いた世界の、人の知りうる全ての、かなりの割合が入ってる」

 

 

 そう説明し一旦止めると、疑念の目を向けてアズリールが問う。

 

 

「……んー、キミは()()()()()()だと、言うつもりにゃ?」

 

「あ?えーと……まあそうなるのかな」

 

「嘘だにゃ」

 

 

 ドクン、と。一瞬、破裂してしまうのではと思うほど、空の心臓の鼓動が急激に早まる。

 かなり曖昧に返事したとはいえ、表情や仕草などに気を抜いたつもりは毛頭ない。

 そもそも異世界から来たことは事実だから、気づかれるはずもない。

 それを嘘だと断じる。まさかとは思うが、既にバレてしまってるのか。

 

 

「確かに、異世界からの召喚魔法とかは森精種共が得意にゃ。でも異界から生物を召喚するなら、この世界につなぎ止めておくための膨大な力が必要にゃ〜、異世界人なんてたとえ神霊種の力でも不可能にゃ」

 

「…………」

 

 

 いや、確かに言いたいことは理解できる。だがさすがに拍子抜けにも程がある。

 アズリールの指摘は出身、という部分ではなく異世界、を指したものだったのだろう。

 それを一人勝手に勘違いして内心焦っていたなんて、間抜けと言わずなんと言うか。

 

 

「……ステフ、いつまでもタヌキ寝入りしてないでちょっと答えて貰おう」

 

「う、うぅ……ば、バレてたんですの……?」

 

「話が随分違うじゃねぇか。異世界人は別に珍しくないんじゃなかったのか?」

 

「そ、そんな魔法の高位知識ないですもの……え、異世界人ってありえないんですの?」

 

 

 ……もう、ステフの話を基準にするのは止めることにしよう。

 そう決意した空、タブPCを目の前で操作して、書棚アプリを呼び出す。

 そして、電子書籍の一冊を開く。

 

 

「よく分かんねぇけど論より証拠だ、こいつを見ろ、読めるかどうか」

 

「何言ってるにゃ〜七〇〇以上の言語とその知識に通ずるうちに……うちの知らない言語、知らない世界の……百科事典……知識がこここんな、薄い板によよ……四万にゃは、にゃははは〜♪」

 

「で、どうよ。賭けの条件として」

 

 

 少し悩む素振りを見せながら、アズリールはさらりと答える。

 この一冊だけ人造言語で書かれたでっち上げという可能性もある。

 このタブPCの中の知識が全て事実だと証明しない限り。

 

 

「ま〜キミらが異世界の住人だと証明できるなら、だけどにゃ」

 

 

 当然、こうなる。だが。

 

 

「まあ、これだけじゃ足りないか。正直に言うが元の世界の人類の個体差すらよく把握してないから、こっちの奴らとの差異なんかなおのことサッパリだぞ」

 

「ならボディチェックするしかないにゃ」

 

「ふむ……場所による」

 

「性感帯にゃ」

 

「……ちなみに拒否権は?」

 

「嫌ならとっとと帰るにゃ♪」

 

「よしちょっと待ってろ……あの白さんどうしましょうか」

 

「……にぃ、グッド……ラック」

 

「なるほど兄ちゃんに死ねと申します?」

 

「諦め、て……」

 

 

 思わず逃げそうになる空に、しかし待ったがかかる。

 だが患者の体を診る医者のように、一切の他意なく淡々とアズリールは言う。

 

 

「この世界の生物は例外なく体内に精霊を、微量だけど宿してるにゃ。その有無、端的に言うと神経集中箇所を確認すれば、その種類を検知出来るけどにゃ?」

 

「くぅ……じゃ、じゃあ、下を脱がすのは禁止だ!それと、俺がマズイと思ったらすぐにでも止めてもらうからな!」

 

「にゃは〜、お易い御用にゃ♪」

 

 

 折衷案として空が条件を提示する。

 その後空は“乳首”を触られ、一人内心ホッとしてたのだが。

 その絵面に終始ステフと白がみつめる冷たい半眼を、空は冷や汗をかいて耐えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 服装を正して椅子に戻りおほんと、興奮していた顔を取り繕ろう。

 

 

「じゃあまず、勝手に程度の低い人類種(イマニティ)如きと同列視して名乗りもしなかった非礼、悪かったにゃ。うちはアズリール、よきにはからえにゃ♪」

 

 

 アズリールと名乗った天翼種の少女が、軽く一礼して手を振ってくる。

 知ってるんだけどな、と空は思いつつ乾いた笑みを浮かべた。

 

 

「……ステフ」

 

「あ、はい。なんですの?」

 

「……人類種の地位、いったいどんだけ低いの?」

 

「……控えめに言って、最低ですわね」

 

「ていうか、『言葉を喋る特技がある猿』程度の認識だにゃ♪普通の人類種には興味ないにゃ〜」

 

 

 一切の悪意なく、いい笑顔でそう言うアズリール。

 それまでのフレンドリーな態度で勘違いしそうになるが、やはりこいつも天翼種。

 自分達をひとまとめに下等生物として、何の疑問もなく、何の悪意もなく見下している。

 だからこいつらとは相容れないと思ってしまうのかもしれない。

 空は苛立ちを抑えるように握りこんだ手をしまい、平然を取り繕って疑問で答える。

 

 

「と、いうことは、俺らは人類種じゃないわけ?」

 

「いや、えっとだにゃ〜……キミらの体からは、一切の精霊が感じられないにゃ。つまり、キミらはこの世界に於いては『生命』とすら定義されないけど、構造上は確かに人類種ってことになるにゃ」

 

 

 精霊、という部分に一瞬反応する空。

 今この体に記憶が移されてるということは、同時に精霊も保有しているのではと危惧していたが、どうやらいらぬ心配だったようだ。

 だが実は、どっちにしろさして問題はなかった。

 かつてリクが幽霊として暗躍してた際、森精種随一のキレ者、シンク・二ルヴァレンと接触する為に致死量寸前の黒灰を飲み、体表に塗った。

 霊骸は体内外、全ての精霊を乱し、侵食、破壊する。

 わざと霊骸汚染されて体を乱し、識別不可能とまでなった精霊は、如何に優れた術者にもわかるものではない。

 故に空が精霊を宿してるとしても、アズリールがそれを感じることはなかったのだが、当の本人ですらその事実は知らないのであった。

 

 

「……じゃ、なに……?」

 

「“未知”だにゃ」

 

 

 話をよく理解できずそう呟いた白。

 それに答えるように瞳を爛々と輝かせて、アズリールはケラケラと話す。

 

 

「うちの知ってる程度以下の知識しかない猿なら話は別だったけど、それが異世界人だなんて、これは調べがいがあるにゃ〜!」

 

「まあ、いいけど、異世界人だって証明出来たってことでいいのか?」

 

「おっと、そうだったにゃ。じゃあゲームするって話だったけど、もちろん受けるにゃ〜、賭けるのは……何だったかにゃ?」

 

「……話聞いてなかったのか?」

 

 

 と、一瞬のラグをおいて返ってきた反応。

 思わずその場にいた空と白だけでなく、ステフすらずっこける。

 半眼で黙り込む空に、慌ててアズリールが言う。

 

 

「ご、ごめんにゃ……賭けるのは、『うちの全て』でどうにゃ!?」

 

「はいっ!?」

 

 

 図書館をよこせ、というだけの話からの飛躍にステフが声を上げる。

 空まで内心「………え、マジ?」と思う。

 図書館にある全てをよこせ、と要求して、天翼種本人まで頂く算段だったのだが。

 だが何やら予想以上の収穫が得られそうなので、黙って見ていることにした。

 

 

「た、足りないかにゃ。こうなったら国を丸ごと賭けれるようみんなに言って来て……」

 

「いや、そこまでする必要はない。俺が要求するのは“アズリール一人の全権”だ」

 

「え……そ、そんなもんでいいにゃっ!?」

 

 

 飛びつくように眼を輝かせてアズリールが迫る。

 

 

「勿論受けるにゃ!あ、あとうちが勝利したら時々でいいからお茶しに来て欲しいにゃ〜、もっと異世界のこと知りたいにゃ♪」

 

「まるでもう勝ったかのような言い分だな」

 

「にゃは、当然うちが勝つにゃ」

 

 

 なるほど、確実に勝てるから別に何を賭けてもいい、と。

 にっこりと微笑むアズリールに、空も笑って応じる。

 

 

「そ。じゃ、俺らが勝ったら、こっちも追加要求するが、いいな?」

 

「にゃはは〜どうせ無理だろうけど、好きにするといいにゃ」

 

 

 さて、想像以上にでかい穴があいた。

 そう、世界を獲る為のなかなかにでかい穴が。

 薄く笑う空の笑みに気づいていたのは、だが白だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲームを行う場所、図書館の中央へ移動する一同。

 いかにもファンタジックな図書館の、本棚の迷路を抜けて歩く。

 道中、ふと疑問に思っていたことを空が口にする。

 

 

「なあ、なんでこの図書館を乗っ取ったんだ?たかが人類種の知識だろ?」

 

「ん〜うちの故郷、アヴァント・ヘイムは幻想種の背中にあるにゃ。食事を必要としないし、半永久を生きる天翼種(うちら)にとって、領土は本来どうでもいいものにゃ。でも何千年も知識集めをしてると、さすがに本を収納する場所に困るって問題になってにゃ」

 

「………はあ」

 

「そこで“本の重複をなくそう”っていう法案が十八翼議会(せいふ)で持ち上がったのにゃ」

 

 

 アズリールの口にした『十八翼議会』。

 確か八人の代表者と一人の全権代理者からなる、天翼種の『政府機関』だ。

 

 

「知識の共有っていう、相互に本を貸し借りすることを義務とする法案にゃ。なのにみんな猛然と反論して、議会は5:3で否決!法案は通らなかったにゃぁ……」

 

 

 ぐぐっと拳を握り熱く語り出すアズリール。

 不服そうに肩を落とし、しかも、と続ける。

 

 

「それを良いことに、みんな誰もうちに本を貸してくれなくなったにゃ〜……だから自分も本を持とうと飛び出したのにゃ」

 

「人類種の知識と知恵の中枢が、そんな理由で奪われたのか……」

 

「だ〜ってみんな酷いにゃ!そんくらい自分で調べろとか少しは本を集めて来いとか〜、何でみんな冷たいにゃ?全く……あ、ついたにゃ♪」

 

 

 図書館の中央。

 本棚に円周状に囲まれた、大きな円状のスペース。

 中央の円テーブルには複雑な幾何学模様が描かれ、一対の椅子が向かい合っていた。

 

 

「勝負の方法は知ってると思うけど『しりとり』……ただし、これを使うにゃ」

 

 

 円テーブルの上に、そっと手をかざすアズリール。

 テーブル上の幾何学模様が光を放ち、収束するように中心へ。

 無数の魔法陣が浮かび、対面する2つの椅子の前に、宙に浮いた水晶を出現させる。

 

 

「……これは?」

 

「『具象化しりとり』用のゲーム装置だにゃ」

 

 

 ほらほら早く座るにゃ、と急かす。

 促されるままに空が座り、アズリールがその対面に座る。

 

 

「天翼種は“戦闘種族”。通常のゲームは苦手で、加えて言えば興味もないにゃ」

 

「『十の盟約』があるのに?」

 

「いやあちまちましたゲームをしていると、どうしても『さっさとこいつの首を切り落としてしまえば早いのにまどろっこしいにゃぁ』と思って……こんな面倒なルール作ったあの小賢しいガキいつかファッ。おっと失礼♪」

 

「「「やだ、この“種”怖い」」」

 

 

 懐かしく楽しい思い出を振り返るように、爽やかな笑顔を浮かべて。

 にゃはは〜と可愛げに笑うアズリールに、顔をひきつらせる三人。

 ステフなんかは無意識に、自分の首をかばう。

 だがそれが本来、正しい反応。こんな化け物、『十の盟約』が無ければ目を合わせるどころかそれこそ、出会うだけでゲームオーバーだ。

 

 

「だけど天翼種同士でも諍いはあるにゃ~、その際使われるゲームがこれにゃ」

 

 

 宙に浮かぶ水晶に触れるアズリール。

 ルールは単純。言葉の語尾を頭につく言葉で繋げ、交互に言い合う。

『既出の言葉を口にする』『三十秒答えない』『継続不能』のいずれかで負け。

 本当にただの、しりとり。

 

 

「“知識の勝る者が勝つ”。知識収集を生業とする私達の解決法だにゃ♪」

 

「……ふむ、言葉は何語でもいいのか?」

 

「勿論、ただし実在しないもの、架空のもの、イメージがないものは具現化出来ないにゃ。デタラメな言葉や現象を口にしても“無効回答”になるから、注意にゃ」

 

「『継続不能』ってのは?」

 

「具象化しりとりだから、口にしたものが『その場にあれば消え』、『なければ出現する』。そういうルールでしりとりを行えばどうなるか……わかるにゃぁ?」

 

 

 ……なるほど。

 ゴリラと口にすればゴリラが現れるわけだ。

 予想していた通りとはいえ、なんとも面白そうなゲームだ。

 

 

「ちなみに俺が『女』って言ったら?」

 

うち(プレイヤー)以外の女性が消えることになるにゃ」

 

「世界の女全員が消えるわけじゃないのか」

 

「その点は大丈夫にゃ。言葉が具現化した、もしくは消滅した架空空間に一時的に移動するだけにゃ」

 

 

 だけ、の割には凄まじいことしているように思えるが。

 苦笑して、ともあれ、とアズリールが言う。

 

 

「プレイヤーに直接干渉して続行不能にすることは出来ないにゃ」

 

「プレイヤーに、だな?」

 

「にゃは」

 

「じゃあ白、こっちゃ来い来い」

 

 

 ちょこちょこ、ぽすっと、定位置。空の膝の上に座る白。

 その行為になんら疑問を抱かず、にっこりと、それこそ天使を思わせる笑顔でアズリールは構える。

 

 

「俺らはいつも通り二人でやる」

 

「もちろん、無力な猿の身で、死なない程度に楽しませてもらうにゃ♪」

 

「……へっ!?ちょ、え、死ぬんですの!?」

 

「ゲーム中に起こった事は現実には反映されない。終了すれば元通りにゃ♪」

 

「いや、冷静に考えたら私、この場にいる必要なくないですの!?一方的に危ないだけ───」

 

 

 やっと理解した様子のステフ、狼狽して叫ぶ。

 だがステフは眼中にないらしく、アズリールは隣に浮く水晶に手をかざす。

 それに倣うように空と白も、自分の隣の水晶に手をかざし、応じる。

 

 

「それじゃ」

 

「ああ───ゲームをはじめよう」

 

「……かかって、くるの……」

 

「話を聞きなさいなああああああああああっ!」

 

「……ステフ、おす、わり……」

 

「ぎゃ〜逃げられなくさせられたぁッ!もういやですわぁああ〜ッ!」

 

 

 盟約が働き、ステフは忠犬らしくぺたりとおすわりさせられる。

 魔法陣が広がり、円状の空間を覆い尽くすように広がる。

 おそらく、この瞬間元の世界からは隔絶された別の空間に移動したのだろう。

 即ち、ゲームがはじまったことを意味した。

 

 

 

 

 




わからない人のために説明すると、今回出た天翼種は原作5巻に登場するアズリール先輩、自称ジブリールの姉。
映画にも少しだけ登場しましたし、何ならアニメ最終話のラストにイラストだけは出てました。

ジブリールは出ません。アズリール出したかったんだ、許せ。
感想待ってます!


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第拾弐話 宿敵と強敵

お待たせいたしました、ようやく具象化しりとり開幕です。
どうにか1話で纏めようとした結果かなり文字数が増えてしまい、おそらく過去最長です。
ではどうぞ、ツッコミどころ満載だと思いますが。



 

 

 

 

「さて、それじゃ先攻は譲ってやるにゃ。好きな言葉を言うにゃ♪」

 

「ふむ。そうだなぁ……じゃぁ手始めに……『水……いや、『精霊回廊』」

 

 

 ケータイをいじって、空が水晶に手を乗せて口にする。

 人間には感知出来ない、だが魔法を使える全ての種族のその源が消滅する。

 白は心配するように、その言葉に疑問を抱く。

 

 空が初めに言おうとした言葉は、『水爆』。異世界の知識で知り得る限りの最強の攻撃。それを初手に使う意味は即ち、自爆同然の相打ち狙い。

 だが空はそんな白の手をしっかりと握りしめ、落ち着かせる。

 

 ただの天翼種相手であれば、それでも良かっただろう。こちらが一手目に自爆しようと、それを全力で阻止しに来るのは目に見えてる。だがアズリールの表情を見て、その考えを改めた。

 まぁ所詮、()()()()()()()ではこの化け物に傷一つ付けられなかっただろうが。

 

 

「これはまた、いきなりだにゃ〜」

 

「魔法が使えちゃ、どんなイカサマされるか分かったもんじゃないしな。それともなに、不都合?」

 

 

 へらへらと笑って言う空の顔に、白が危惧するような色はなかった。

 安堵する白。そしてアズリールは、少し落ち着かない様子でそわそわする。

 

 

「にゃぁ……多少は動きづらいけど、しりとりでは必要ないにゃ。ま、ちょっと……落ち着かないにゃ」

 

「ああ……ケータイの電波が立たなくなった時みたいな感覚か」

 

「ケータイってなんにゃっ!?さっきの薄い箱と関係がっ!?」

 

「近い近い顔近いっ!俺に勝ったら教えてやるよ」

 

「……にぃ、この人」

 

「ああ、なんか一周回って面白く思えて来たな。ってアズリール早く次」

 

「はっ!そ、そうにゃ。じゃあ無難に『馬』で」

 

 

 瞬間、部屋に一匹の馬が出現する。

 ブルルル……と至近距離で唇を鳴らされ、ステフはずさっと下がる。

 だが特に気にせず、空も続ける。

 

 

「なら『魔法』っと」

 

 

 アズリールは意味がわからなかったのか疑問符を浮かべる。

 必要のない行為に思えるだろうか?だが人類種の空達にとっては、不可欠な言葉。

 即ち、ゲーム開始前からこの架空空間に魔法でイカサマを施されてた可能性。

 その場合感知すら出来ないこちらの勝ちの目は、低いどころの話ではなくなる。

 

 

「ずいぶんと慎重だにゃ〜……ん〜もう、うちもわざわざそこまでそこまでしないにゃ」

 

「まあ一応、な」

 

「……にゃは、面白いこと考えるにゃ〜。でもあんまりうちを飽きさせないでくれにゃ?『牛』」

 

「安心しろ、飽きさせはしないさ。『始祖鳥』」

 

「にゃ〜なら、うちを楽しませろにゃ!『兎』」

 

「ほう、それがいつまで続くかな。『ギフチョウ』」

 

 

 間髪をおかず、互いに言葉を返してく。

 しかしアズリールの顔が一瞬、笑顔のまま固まる。

 

 

「……にぃ、マニアック……すぎ……」

 

「い、いいだろ他に思いつかなかったんだから」

 

 

 振り返る白にたじろぐ空。

 そのまま目配せするように、二人は回答者の役目を交代した。

 

 

「ぐぬぬ……『ウグイス』」

 

「じゃあ……『水牛』で」

 

「にゃっ!?『ウォンバット』」

 

「……『闘牛』……にぃ、どうした?」

 

「白、逆におまえはなんで牛ばっかだ」

 

「ちょ、ちょっと空!白!こいつら、どとどうするんですのぉぉぉ!?」

 

 

 ふと声がした方を見ると、今まで召喚した生物に追い回されるステフ。

 しかも悲しいことに、牛と水牛と闘牛は別物のイメージだったらしい。

 3頭の牛に囲まれ涙目になるステフに、もはや軽く同情すら覚える。

 

 

「もういやですわぁああ!!」

 

「んーもううるさいにゃ〜『有象無象』っと」

 

 

 ステフを追い回していた生物達が消滅する。

 し、死ぬかと思いましたわ、と言いながら倒れ込み肩で息をするステフ。

 しかしそれを口にしたということは何を意味するか、アズリールはその時気がついていなかった。

 

 

「……逃げ、た……?」

 

「にゃっ!?ま、待つにゃ!今のはちょっと黙らせようと────」

 

「言い訳がましいぞ。別にルール決めて始めたわけじゃないんだ、諦めろ」

 

「にゃあぁぁ〜〜〜〜〜ッ!!」

 

 

 えっ、とわけがわからず首を傾げるステフ。

 空達とアズリールの間で交わされた、動物縛り。ゲームの勝敗とは全く関係ないが、お互いの知識量と勝負強さを推し量るには十分だった。

 しかしアズリールは逃げる形で、それも無意識で別の言葉を選んでしまった。ゲームを続けていく上でこれ以上の屈辱はないだろう。

 だがそんなこと知らないステフは、突っ込むように叫ぶ。

 

 

「どうでもいいけど、なんで私が巻き込まれないとならないんですのよ!」

 

「すまんすまん……んじゃ『海』っと、どうだ?」

 

 

 突然、燦々と太陽が照らすリゾートビーチのような場所へと景色が変わる。

 美しい白い砂と複雑な岩、ブルーを超えて瑠璃色にすら見える輝くような砂浜。

 元の世界で気に入った景色。行ったことはないためあくまで写真で知ったものだが。

 

 

「うぅ……まあ付き合ってやるにゃ。『水着』」

 

 

 瞬間具現化した言葉に、全員が水着姿になる。

 なる、が。

 

 

「アズリール、おまえここから水着だけ残して服を消す言葉の難しさがわからんのか」

 

「にゃっ!?ダメだったかにゃ!?」

 

 

 そう、水着は確かにみんな着用した。

 服の下に、だが。

 水着を着るイメージは、イコール着替えるイメージではない。当然今まさに着ている服は消えず、そのままの状態で残る。

 

 

「あ、あなたがたねぇっ!ふざけないで真面目にやろうって気はないんですのっ!?」

 

「落ち着けって、心配しなくともおまえが思うようなことにはならねぇよ。『逆光』」

 

 

 抗議するステフを軽くあしらって、空は続ける。

 もちろん本人達にふざけてる気は全くないのだが、彼らの普通はステフに当てはまらなかったようだ。

 アズリールもまた、真剣な眼差しでステフを凝視する。しかし頭の中は、どう遊んでやろうかというものばかり。こちらは完全にふざける気しかないらしい。

 すると何かに気付いたアズリールが、あっと気の抜けた声を出すと。

 

 

「つまり水着が残ればいいにゃ?『上着』でどうにゃ」

 

 

 瞬間、言葉が具現化し、その場に存在するものを消す。

 即ち、全員の下着を含めた服が消滅し、その更に下に着用していた水着のみが残る。

 

 

「よーしアズリールッ!今度は合格だぞっ!」

 

「……アズリール、オメガ、ぐっじょぶ」

 

「あ、あなた方何がしたいんですのよ……」

 

 

 呆れたようにステフがそう呟いた。

 親指を立ててこの状況を絶賛する兄妹に、軽く目眩を覚える。

 アズリールを倒す算段でもあるのかと、期待した自分が馬鹿だったとばかりに頭を抱える。

 

 

「何って、海といえば水着だろ?ほれ今はこの状況を楽しめって」

 

「……ポロリしても、逆光……問題、ない」

 

「そんな心配してませんわよっ! あああもう!」

 

 

 ステフの叫びを他所に、ゲームは進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、更に数時間の時が流れる。

 そこは既に言葉では言い表せない空間だった。

 ジャングルのような原生林の中に、モアイとピラミッドが立ち並ぶ。

 その中央には、テンガロンハットをかぶってカレーをむさぼる空と、その膝の上で猫耳とマフラーをつけてお菓子をむさぼる白。

 そして、椅子の上で腹を抱えてはしゃぐアズリール。

 

 

「んじゃ〜次は『バッファロー』にゃ」

 

 

 アズリールによってブモォーと鼻息を荒くして現れると、すぐさまステフに向かって突進していく。

 泣き叫びながら逃げ回るステフを眺めるアズリールは、まさに面白い玩具を見つけた子供のような笑顔で楽しんでいた。

 

 

「あんましステフのこといじめてやるなって。『落とし穴』」

 

 

 はあ、とため息をついて、空は先ほどからもう何度目かもわからないフォローを入れる。

 地面にぽっかりできた大きな落とし穴へ、バッファローが吸い込まれるように落ちてゆく。

 だが空の注意など全く聞いてない様子でアズリール。

 

 

「だってあれ、期待通りの反応するから面白いにゃ♪『薙刀』」

 

「フォローするこっちの身にもなれっつの、てか刃物はさすがに洒落にならん。『大破』」

 

 

 にゃはは〜ときちんと話を聞いてるのか疑いたくなる笑顔で、ステフへ向けて薙刀を投下するのを、空が壊し阻止する。

 アズリールがステフを狙うのは、特に理由があるわけでもなく、ただの暇つぶしでしかない。

 いや狙うという表現なぞ、烏滸がましい。

 そこにいたから。

 要はその程度の認識しかないのだ、天翼種にとって自分たち人類種は。

 

 

「嫌ならわざと負けてもいいにゃ〜?でもどうせ退屈だし、何日でも、何ヶ月でも付き合ってもらうにゃ♪」

 

 

 そう、さわやかに言ったアズリール。

 しかし本当にそうするつもりだとわかる、底冷えするような言葉に、絶望以外の何も汲み取れなかったステフ。

 もちろん今の言葉だって、アズリールにとっては挑発したつもりですらないだろう。

 ただの事実を、思いの馳せを淡々と述べたにすぎない。

 それを十分に理解しているからこそ、空は内心舌打ちをする。

 

 こんな奴らでも大戦時は死んでほしくないと思った。

 人間を滅ぼすものでさえ、誰であろうとそうであってほしいと願った。

 しかし結果的にそれは叶わなかった。他ならぬ自分自身がそうさせてしまった。

 そんな昔のことと断じてしまうのは簡単だが、それでも空は今でも考えている。

 だからもう同じことは繰り返さない。そこに迷いはない。そのためにすべきことがある。

 空は挑発的な態度で、だが変わらずのんきに答える。

 

 

「悪いが俺らそんなに暇じゃねぇんだ、使い手のない道具にいつまでも付き合う気はねぇよ」

 

 

 その一言にピクリと、反応するアズリール。

 

 

「……もしかして、喧嘩売ってるつもりにゃ?」

 

 

 かかった、と内心空がほくそ笑む。

 

 

「喧嘩って言葉もっかい辞書で調べてこい。喧嘩ってのは、同レベルの奴がやるもんだぞ」

 

「へぇ……自覚があるのは感心にゃ」

 

 

 そう呟くアズリールの目には、初対面の時向けられた殺気があった。

 アズリールがその気になればいつだって空達を『続行不能』に出来る。

 そうしてないのは、ひとえに遊び。軽い気まぐれであり、知識を得るためでしかないのだ。

 だが空はそんなアズリールをなおも嘲笑うように。

 

 

()()ってのは、力の有る無しじゃない。何もできないってことだろ。例えば───

 戦うしか能がないのに暴力を禁止されちゃったやつらとかさ?それはさぞ楽しい永遠とお察しするよ」

 

「……そんなに戦いたいなら別に、応えてあげてもいいにゃ?『発火』」

 

 

 そして水晶に手をかざして、超然と空達に言い放つ。

 瞬間、空達が囲うテーブルの周辺が火の海へと変わる。

 当然アズリールはそんなもの気にもとめないレベルだが。

 

 

「人類種じゃこの程度でも致命傷になりうるにゃ?」

 

「……にぃ」

 

「くっ……俺から離れるなよ白」

 

「異世界人と言っても所詮人類種。猿知恵じゃ、うちには勝てないにゃ〜」

 

 

 空が見たアズリールの顔。そこにあったのは友好的なものではなく、知識上の天翼種。アズリールはその態度とは裏腹に空達を信用も評価も一切していなかった。

 興味深い本に対して抱く程度の感情と同等であり、つまり好奇心にすぎない。

 だがアズリールの天真爛漫な笑みをじっと観察し、その表情の裏に気付くと空は失望混じりに呟く。

 

 

「アズリール、おまえは何にそんな怯えてる」

 

「うちが……怯えてる?」

 

 

 突然向けられた言葉に、アズリールが顔をしかめる。

 たかが人類種が何を言いだすかと思えば。

 アズリールには分からない。

 それを説明するように、空は納得がいったのか口元を振るわせつつ語りかける。

 

 

「なるほど、だからいつまでたっても変わってねぇんだよ鳥頭」

 

「にゃはは〜キミら、うちの何がわかるってのかにゃ?」

 

「いんや何もわからねぇよ。何も理解出来んし、する気もない。けど正直見てられないから、教えてやるよ」

 

 

 何を、と疑問符を浮かべるアズリールは知らない。

 自分が何と戦っていたのか。

 自分が誰を相手にしていたのか。

 目の前にいるこの男がどういう存在なのか。

 

 

「すまん、行くぞ白っ!」

 

「……ん、わかっ、た……」

 

 

 空は白の手をより強く握りしめ、走り出す。

 

 

 

 

 

「さぁて、ラストの大博打だ。『()()』」

 

 

 

 

 

 瞬間、視界が暗転する。

 空がイメージしたもの。それは元の世界にいた時のものではなく、遠い記憶。

 6000年以上前の古の大戦のとある廃墟。

 シュヴィと共に訪れた、壊滅した森精種の廃都。

 木を編んだ独特な建物は軒並み崩れ、醜く焼け焦げた痕が今も残っていたが、その廃墟は色鮮やかな草花に覆い隠され、さながら雅な庭園のよう。

 だがそれは、あくまで廃墟の中の話。

 

 

「たとえ天翼種でも、この嵐は応えるだろ?」

 

 

 言葉を叫ぶ直前、なぜ空達が走り出したのか。

 アズリールと距離を取ったのか、その答えがこの事態。

 降灰量の増えた黒灰が互いに反応しあい、碧い光の渦となる現象。通称“死の嵐”。

 これに遭遇すれば、どう対処しても灰に含まれた霊骸が防護服すら貫通して汚染される。

 空のイメージによって二人は廃墟内に身を潜めたが、距離が離れているアズリールはその外。もろに死の嵐が直撃した。

 

 

「くっ……『黒灰(こくはい)』」

 

 

 すかさずアズリールは対処にあたる。だがそこまでは想定の範囲内だった空。

 

 

「……『(いくさ)』っ」

 

 

 その言葉で具現化されるのは、森精種同盟と地精種同盟の艦隊。

 そのイメージは、アルトシュ陣営を包囲展開し睨み合っていた連合艦隊が互いの切り札である『虚空第零加護(アーカ・シ・アンセ)』と『髄爆(ずいばく)』を警戒した膠着状態。全勢力の全面衝突、最終決戦の直前。

 そして空はあえて、アルトシュ陣営をイメージしていない。

 イメージなど不要。何せ天翼種はこの場にただ一人、いるのだから。

 

 敵は森精種と地精種の全戦力なのに対し、その矛先はアズリールのみへと向けられる。魔法を封じられた上に、守ってくれる味方も存在しない。

 このまま時間が経過すれば、アズリールがやられることは明白。

 

 

「たしかに、これをまともに受ければうちもただじゃすまないにゃ。けど」

 

 

 だがなおも無駄なことを続ける空達をあざ笑うようにアズリール。

 森精種と地精種。自分一人ではさすがに脅威となりうるが、それだけでは足りない。

 すぐにでも攻撃を開始させるには、あと一種族が必要不可欠。引き金がこの場にはいないことを、空は失念していた。

 撃つまでに時間を与えてしまえば、やることは一つ。

 

 

「殺られる前に殺るだけにゃ!『最終番個体(さいしゅうばんこたい)』」

 

 

 ゾクッと。

 空は心臓を掴まれたような錯覚に陥る。

 

 状況は把握不能、だがそれは想定以上の最悪な状況だということだ。

 疑問に優先順位を設定───何が起きた、何が起きてる、何が起きる、以上だ。

 まずは心の『鍵』を確認。……大丈夫。意味不明でもかかってる、辛うじて。

 ならこの状況を一秒、いや万分の一秒でも速く把握しろ。じゃないと何をされても、詰む。

 最悪と告げる内心を抑え付け空は苦虫を噛み潰したような顔でそれを見る。

 

 

「おやぁ?ここはどちらでしょう?」

 

 

 天翼種───最終番個体『ジブリール』。

 

 

 

 

 

 違う。

 違う、違う違う違う混乱してる思考が空転して噴出する疑問が待て待て、落ち着け!

 焦りに内心毒づく。今は悩んでる場合じゃない。

 

 ふぅ、と息を吐いて落ち着かせようと自分に言い聞かせる。

 そして、全て予定調和だったように不遜、不敵、余裕に満ちた顔をする空。

 そこから誰が察することが出来るだろう。

 今まさに、心臓が破裂する勢いで脈打ち、思考を総動員させているなどと。

 

 

「っ……ジブちゃん、あいつらにゃ!」

 

「アズリール先輩?それと、人類種ですか……?」

 

 

 アズリールがまんまと罠にかかったと見るや、即座に言葉を紡ぐ。

 

 

「『忌敵(いみがたき)』」

 

 

 ただ言うだけでは意味が無い、その言葉はジブリールがこちらを認識しなければ使えなかった。

 瞬間、言葉の対象となったジブリールが、この場から消え去る。

 その起きた事実に、アズリールは驚きを隠せない。

 が、何かを企むよう笑い、意趣返しのように。

 

 

「にゃは……『強敵(きょうてき)』」

 

 

 眼前に迫る森精種と地精種を、その一言で消し去る。

 狙いが不発に終わるも、それでも諦めない表情で勝利を得ようともがく。

 それに続けて、空。

 

 

「『機械(きかい)』」

 

 

 現れたのは、実に四八〇七機の機凱種。

 それは膠着状態から攻撃の引き金になり、さらに星を穿つ一撃を模倣するため投入された全機。

 アルトシュを殺したその力の全てが来る。

 そこまでの理解に至ったアズリール。だがそう易々と倒される気はない。

 

 

「『生贄(いけにえ)』」

 

 

 機凱種の在り方。大戦時の行動があったからこそ出たその言葉で、五機を残した機凱種が消滅。

 そう五機は残った。だがたったそれだけがなんだと言うのか。単独では大した威力も出せない故に、囲まれるという心配もない。

 神に創られ、神を殺す為創られた戦闘種族。天翼種をその程度でどうにかできると思えたなら、まさしく白痴の極み。

 

 

「……満足かにゃ?そうやってせいぜい、無駄な足掻きを続けるにゃ」

 

 

 何を出そうとアズリールには効かない。それどころか何をしようにもそもそも消されてしまう。

 意地を張り、知恵を巡らせ、工夫を凝らし、死力を尽くしてなお足りない。

 人類種が天翼種に勝つことなど、できない。

 人が天に届く道理などなく、それは覆らぬ不変のルールだと。

 それを再認識した空達がどんな表情をしてるのか、アズリールが目を凝らすとそこに絶望にまみれた顔はなく。

 

 

「いや、これで充分だ」

 

 

 絶望的状況など何処吹く風か、不敵に笑う空。

 この具象化しりとり。基本的には普通のしりとりとルールは変わらないが、敗北に関するものでただ一点。即ち、『言葉の語尾に“ん”を付けてはならない』という縛りは存在しない。だが“ん”の言い合いになっては知識量的にこちらが不利。

 それは空が保有する知識の中でもトップクラスの、自爆にもならない本当の切り札。彼女を倒すならこれだと初めから決めていた。

 

 意識を逸らし相手を少しずつ誘導しながら、空は待っていた。この状況が揃うことを。この言葉が来ることを。

 

 

 人類種には特殊な能力も魔法もない。

 だからこそ知識を武器に戦っていける。

 何ももって生まれぬ故に、何者にもなれる、最弱の種族。

 

 天翼種と人類種との間に立ちはだかる、絶望的なまでの性能差。果てしなく高い壁。

 だが、無限ではないその壁を。

 

 今、最弱の種(じんるい)が超える。

 

 

 

 

 

 ────借りるぞシュヴィ、()()()()()!!

 

 

 

 

 

「【典開(レーゼン)】───『偽典・焉龍哮(エンダーポクリフェン)』───ッ」

 

 

 

 

 

 突如、空の手元へ光が集束していく。それは星の形を変える程の力。

 【十六種族(イクシード)】位階序列十位『機凱種(エクスマキナ)』。その特殊な性質で受けた攻撃を秒未満で解析し、即座に同党の武装を設計する。

 龍精種(ドラゴニア)の王にあたる『焉龍』アランレイヴが自己崩壊を代償にして放つ咆哮、『崩哮(ファークライ)』。この力はそれを模倣・再現した攻撃であり、シュヴィが有した最大火力。

 碧い爆光が地殻を抉り取り瞬間的に蒸発、赤く気化した大地に小規模な地殻津波を引き起こし、数千度に達する超高熱の土砂を瞬時に成層圏まで届かせる。

 たとえ再現元の龍精種であろうと、直撃を受ければ無事では済まない一撃。

 忘れてはならないその一撃は、あの天翼種(ジブリール)にさえ防護魔法を展開させたのだと。

 

 

 ────その至近距離からの全力投射。魔法も使えないその状態で耐えられるなら耐えてみろよ天翼種。

 

 

 集束した光。精霊はただ一点、アズリールへと向けられる。

 天翼種の本能が、叫んでいた。

 その“力”、全てを焼き尽くす光の嵐が襲って来る。

 砲口から噴かれた迫り来る光にアズリールは眼を剥き、そしてそれは背後からも感じる。

 振り向けばそこには空と同じ、いや本来の構えを取ってこちらを狙う機凱種。そう、先ほど残った機凱種達。

 

 

(───囲まれた───そんなわけが───今度は避けれな───)

 

 

 精霊回廊を失い魔法を封じられた彼女に、それを防ぐ手立てはもはや残っておらず。

 また死の嵐をくらった体では、その攻撃を耐えることは不可能。

 もはやアズリールに、勝利への道は残されていなかった。

 

 信じられないと言わんばかりに驚くアズリールだが、それも無理もない。

 序列が絶対的なものであるこの世界で。

 戦いが禁じられ、ゲームで全てが決まるこの世界で。

 序列で十も己を下回る“人類種を相手”に、よもや殺されるなど。

 そんな微塵も、考えてすらいなかったことを受け止められるはずがない。

 

 驚愕するアズリールに『偽典・焉龍哮(エンダーポクリフェン)』が直撃する。

 だがその事実を認めようとしないアズリールは最後まで諦めず、抵抗しようともがく。それはただの悪足掻きにしかならないものの、そうさせるのは彼女の天翼種としての矜恃故にだろう。

 そして程なくして光に妬かれ、その意識を白く染めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……死にましたわ」

 

「おう。もしかしなくても発火と死の嵐か」

 

「いいですの!?もう一度言いますわね!?死にましたわ!死ぬかと思いましたわ、ではなく死にましたわっ!大事なことなので三回も言いましたわぁっ!?」

 

「でも生きてる。『死ななきゃ安い(しなやす)』って言葉が格ゲーにはあってだな?」

 

「だから、死んだんですのよッ!!」

 

 

 もう我慢の限界だった。

 今という今こそこの男にあらん限りの怒りを解き放つ時が来た。

 空の胸ぐらをつかむ勢いで迫ってステフが口を開くと同時、空が言う。

 

 

「けど、ステフがいなきゃ、負けてた」

 

「え……」

 

 

 誰かが引き起こされる現象を引きつけなければ。

 アズリールが言ったように、空と白は容易く継続不能に追いやられた。

 

 

「そしてそのおかげで、アズリールが手に入った。人類種を救う一役をおまえが担った」

 

「……え……あ……」

 

「ありがとな、ステフ。キツイ役回りばっかでスマン」

 

 

 ぽんぽんと頭を撫でる空に、一瞬前までの噴火直前の火山のごとき怒りが、霧散していく。

 怒りとは違う理由で顔を赤くし、うつむき指をからめる。

 

 

「え……あ、うん、え、ええ……そ、そう、ですわね」

 

 

 そうごにょごにょとまくしたて、表情を緩めるステフに、白。

 

 

「……にぃ……王様……から、こましに……転職?」

 

「失敬な。ステフが特別扱いやすいんだよ」

 

「聞こえてますわよぉおおおおお!ああああああ〜もおおおやっぱり貴方嫌いですわぁぁあ大っキライですわぁっ!」

 

 

 ステフは神を呪った。

 唯一神よ、何故暴力を禁止したのですか、と。

 今ここに、命をなげうってでも殴りたい男がいます、と。

 

 

「……負けたにゃ」

 

 

 そう言ってこうべを垂れるのは、さっきまでの惨状が嘘のような。

 ゲーム開始と同じ図書館の中央に佇むアズリール。

 空は自分達がそうして来たように、手を差し伸べて笑う。

 

 

「ほれ、倒れたらさっさと立てよ。次があるだろ?」

 

 

 一拍。奈落より深い絶望の眼で、空と白を見やる。

 思い出すまでもない。この感情は、アルトシュ、主を討たれた時と同じ、紛うことなき『恐怖』だった。

 そう、あの時も。全てを突破され、全てを読まれ、全てをかいくぐられた末、主は討たれた。

 何故我々は敗れた。何故我々は生き残った。何故我々は生きている。

 ……まるで理解出来ない。

 そして今まさに負けた理由も。《答》は未だ見つからない。

 たかが人類種に敗北したなど。

 

 

「なんで負けたかわからないって顔だな」

 

「っ……」

 

 

 今まさに考えていたことを指摘され、苦悩に顔を歪める。

 その気になれば人類種などいつでも殺せると、そう高を括っていたはずなのに。その時には既に手遅れで、逆に追い込まれていることにすら気づけなかった。

 そもそもそうさせなかったのは、自らの心が、天翼種としての本能が、終わらせるにはまだ惜しいと押さえつけていたからに他ならない。

 

 

「途中で気付いて、ヒントは与えたつもりだが。そこから何も学ばないのは、おまえの怠慢だぞ」

 

 

 だがそう悩んでるのを他所に、あいつらは数度言葉を交わして、表情を見てそこに行き着いたらしい。

 人類種にわかって、自分にはわからない。

 それがアズリールにはたまらなく痛く突き刺さる。

 どれほど知識を集めても、その疑問だけはいつまでたっても解決することがない。何が間違ってるのかも何が正しいのかもわからないまま、ただ《答》だけを求め続けた。

 なんなのだ。どういうことなのだ。まるで意味がわからない。

 

 

「一回勝ったくらいで調子に乗るなにゃ!……うちが怯えてる!?知ったような口聞いて。人類種にうちの何がわかるにゃ!!」

 

 

 懇願するように叫ぶアズリールの声、はじめて吐露した本音は、濡れて感じられた。

 頼むから誰か教えてくれ、と。

 自分達は何のために生きるのか。

 何のために生き延びて。

 何を探して生きて。

 何を見つければ生きたことになるのか、教えてくれ、と。

 主を失い負けた自分には一生分からない《答》を探した。

 

 

「アズリール。別にな、()()()()()()()()()()()()んだぞ?」

 

 

 えっ、と気の抜けた声を出すアズリール。

 理解とはただ知識を記憶して増やすことではない。

 実践して、身を打って、骨まで沁みてようやく、生じるものだ。

 アズリールが理解し得なかった『未知』。それは『可能性』だったのだろう。不可能を、可能足らしめる性質。

 強者故に。けして失敗せぬ故に。けして負けぬ故に、理解能わぬもの。

 

 

「『不完全』であるからこそ、『可能性』がある」

 

 

 不完全性。それは完全であろうとするということ。

 不完全故に、未知を、未来を、希望を掴もうとする。

 でもそれは理解したりするものじゃなくて、自分で動いて何かして初めてわかる。

 何もせずにただ存在する知識を理解することしかしなかったアズリールが、終始気付けなかった《答》。

 理解しようとして、いつまでも理解できなかったもの。

 自分はとんだ勘違いをしていたらしい。

 

 

「にゃは、にゃははは……くっだらない、理解っちゃえばなんてくだらない話にゃ」

 

 

 ようやくアズリールの中で全てが繋がり、笑みがこぼれた。

 顔を伏せて、もはや笑うしかない。

 

 

「……やっと……わかった?」

 

「……うん、本当にその通りだったにゃ。うちはただ怯えてたのにゃ」

 

 

 負けたことがない故に、初めて負けた時から徹底して恐れた、未知。

 敗北した時点で、不完全性を手にしていた。

 なのに完全を求め、完全であろうとしたから初めての『敗北』、初めての『挫折』に耐えることができなかった。

 完全と思っていたからわからないものに負けた。ただそれだけのことなのに。

 これが笑わずにいられようか。

 六千年探した答えが、『答えなどない』と来た。

 

 

「数千年探したものが『振り出しに戻れ』とは……しかもそれを会って間もない人類種に教えられるとは、参るにゃ。永遠を生きるのも疲れるにゃ」

 

 

 出来ないことに理由を付ける必要などない。

 そう、そこからどうしていくのか。それを自分で考える。

 自分で探して、自分なりの答えを見つける。それが彼らの答え。

 それが出来る、そうわかっただけで十分。

 

 

「と、言うわけでアズリール、盟約に従い今日からお前の全ては俺らのものだ」

 

 

 そう言う空に、アズリールはようやく賭けの対価を思い出す。

 だから、と続けるよう空。

 パンっと、音が響いた。

 

 

「俺らとゲームをしようぜ」

 

 

 手を叩いて、笑顔で空が言った。

 

 

「俺らをこの世界に呼んだテト。“神様”に挑むんだ」

 

 

 それは果てしなく、気が遠くなるゲームだろう。

 本当にあるかも疑わしくなる勝機を探し出す。ゴールの見えぬ荒野を彷徨うように、何処へ向かっているかも、自分が今何処にいるのかさえもわからなくなる。

 きっと、楽しいことばかりではない。

 今までと同じように。いやもしかすると今まで以上に、辛い日々になるかもしれない。

 だが今までと決定的に違う、明確な答えが用意されたゲームだ。

 そこにどうたどり着くのか。

 どう挑むのか。

 少なくともこれまでとは劇的に変わる。

 永遠に、退屈させないゲームだ。

 

 

「この世界、もっともっと面白くしてやるよ。ついて来れるか?アズリール」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃは……にゃははは、にゃははははははははははッ!!」

 

 

 心から六千年ぶりに。いや、もしかしたらはじめて、本心から笑った。

 笑いすぎて、涙さえ零しながら顔をあげる。

 頬を伝った滴を拭って、アズリールはただ遠く天を仰いだ。

 

 ───アルトシュ様。うちの新たな主、見つかったにゃ。

 

 言葉には出さず心の中でその事実を反響させる。神霊種から一転、天翼種である自分のこれから仕える者が人類種となる。客観的に見れば異常に思えるが、しかし今の気分はそれほど悪くない。

 空から差し伸べられた手を取って、アズリールが見せたのは。

 

 

「これからよろしくにゃ、空ちゃん、白ちゃん」

 

「おう、頼りにしてるぞ。なぁ白?」

 

「……ん、よろしく……」

 

 

 心から楽しそうな、ただただ純粋な笑顔だった。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか。
最後に『偽典・焉龍哮(エンダーポクリフェン)』撃たせることはずっと決めてました。

一応補足として威力の解説。
東京に撃ったイメージ
焉龍哮:クレーターになる
天撃:海になる
虚空第零加護:日本海も太平洋と表記される
髄爆:北京にビーチが出来る
(原作者、榎宮さんより)

後半二つとか頭おかしいですね。当たればジブリールどころか神霊種すら倒せるらしいです、当たるかどうかは別として。

ゲーム後の会話けっこう無理矢理詰めたんで許してくだぁせぇ……。
感想待ってます!


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第拾参話 羨望と希望

アズにゃんの口調ほんと難しい。こんな早く出したの間違いだったかな。
まあ可愛いから許す。
それと具象化しりとりについて感想でいくつか疑問点を指摘されたので、前話の文章を少し補足改訂しました。



 

 

 

 

十六種族(イクシード)】位階序列十四位『獣人種(ワービースト)』の国。東部連合。

 その身体的特徴の差異から無数の部族が存在し、長年その部族ごとに内戦状態にあった。

 統一性のない小国の島々だったが、突如“巫女”と呼ばれる者の登場によってわずか半世紀足らずで平定、併合されていき、世界第三位の巨大海洋国家となった。

 しかしアズリールと同じ天翼種が、単独とはいえ挑んだ結果、負けたと報告を受けたらしい。

 森精種達───エルヴン・ガルドでさえ、過去五十年東部連合に四回挑み、いずれも敗北している。

 

 東部連合はゲームの対価として『ゲーム内容の記憶消去』を要求する。

 

 優れた五感を有する種族がゲーム内容を記憶から消してまで隠匿し、挑んでくる相手に事前情報を全く与えない。その一切が不明なのだ。

 記録や資料がなければ探りを入れることも対策を練ることも出来ず、ゲーム開始後にその場で状況を把握、理解して挑むことを余儀なくされる。

 対して挑まれる側の東部連合は完全に熟知した、自分達に圧倒的有利なゲームで迎え撃つ。

 そんなただでさえ初期状態の“見えない変数”の差が歴然で、魔法も身体能力もチートな高位種族が勝てないときた。

 

 世界最大国に太刀打ち出来るという事実。下位種族が勝負を仕掛けたところで、結果など火を見るより明らかだろう。

 しかしそれではいずれ誰も勝負してこようとはしなくなる。当然だ。

 心を読めると豪語する獣人種が使う正体不明ゲーム、負けても大した痛手にならないような大国で尚且つ正体を暴ける自信のあるような者達でもない限り利益が得られないのは目に見えてる。たとえまぐれで一度くらい勝てたとしても、その後目をつけられるため何をされるかたまったものではない。

 だが実際には半世紀で世界第三位の大国へとのし上がっている。いたのだ、そんな無謀な勝負を繰り返した種族が。

 

 

「なるほど、馬鹿かこの国は」

 

「ちょっ、失礼ですわねっ!」

 

「ああそうかなら訂正する、馬鹿か先王は」

 

「余計に酷いですわよっ!なんなんですのさっきからっ!」

 

 

 この国、つまりエルキアはここ十年東部連合に対し国家戦をこちらから八回も仕掛け、その全てで敗北を喫している。

 種族が、国家が、持ちうる全ての智と策を張り巡らせて行うのが『国家総力戦』。それが対国家戦、『国盗りギャンブル』。

 エルヴン・ガルドすら挑んで四回負けてる相手に、国土の半分を賭けて八回も仕掛ける。無策ではないにしろ無謀としか言えない突撃で、結果国土の半分が奪われてる事実をどう庇えと言うのだろうか。

 何より本来ならエルキアは今の倍の国土があった。内政に苦しむ現状にとってそのことは重くのしかかる。

 ましてやそれを行ったのは、ステフが正しいと信じた常識的な人格者のはずだ。国民に愚王と罵られているものの、無意味にそんなことをするような本物の愚か者とは違う。さすがにそのくらいはもうわかっているつもりだったが、これに関しては理解出来なかった。

 

 

「うちが知ってるのはこのくらいかにゃ〜、あんまりめぼしい情報がなくてごめんにゃ」

 

 

 如何にもバツが悪そうに謝るアズリール。もちろんこれらの情報だって決して無駄なのは何一つないし、今の人類種では知り得なかった有益な情報ばかりだ。

 だが空達が最も欲していた、東部連合が行ったゲームの内容やそれに関する情報が手に入らなかった。獣人種攻略のための突破口は未だ掴めない。

 アズリールは己の不甲斐なさを恥じた。知識を尊ぶ種族と豪語してるにも関わらず、肝心な時にわからずじまいで役に立たないとあっては申し訳が立たない。

 

 空達が己の新たな主となって、アズリールはあらん限りの知識を披露した。

 特にもったいぶったりもせず、少しでも必要と感じたり空達が知らないであろうと思った情報は開示した。だが実際には、情報は圧倒的に不足している。

 アズリール自身、これまで獣人種など興味なかった為か、知識不足を感じたことはないし集めようともしなかった。それを差し引いても、この事態は想定外だ。

 こちら側から仕掛けるには穴が見つからない、いや()()()()()のだ。

 

 

「……アズリール、東部連合のゲームの記録、あるにはあるよな?」

 

 

 図書館を一瞥してそう問いかけると、アズリールは苦い顔をしながら頷いた。

 あると言ってもどの種族がいつ何を賭けてどちらが勝利したという結果しかなく、それまでの過程や背景はわからない。

 歯ぎしりして僅かに俯くが、空達はそれらが揃ってれば充分だと言い、動き始める。

 

 

「あ、あのー……な、何する気ですの?」

 

 

 ステフは手を挙げて質問するが、それはアズリールも思ったことのようで、二人とも未だ要領を得ないといったふうに首を傾げる。

 たしかにこの国には情報が圧倒的に少ない。そしてアズリールからの情報も決定打には足り得ない。しかしそれが諦めていい理由にはならない。今わかっていることから調べ推測し事実へと至ることは出来るし、それこそ普段からしてきた自分達のやり方である。

 一人おいてけぼりを食らってただポカンとこちらを見つめるステフを軽くあしらうように、空は本棚の山へ向かう。

 

 

「なに、ちょっとした調べ物だよ」

 

 

 そう言って本棚の中へ消えていく空を、白はもちろんアズリールも急いで追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アズリール、次のくれ」

 

 

 脱力した身体をだらしなく椅子に寄りかからせ、本をぼうっと眺めながら空はそう呟いた。

 

 あれから数日が経過した。空は相変わらず一切手を休める気配がないが、一方で空の膝の上で、本に埋もれ寝息をたてる白。その横では気絶するように床に倒れるステフ。

 だが無理もないだろう。

 昼間叩き起こされ仕事をこなし、街を歩き回りアズリールとのゲーム(具象化しりとり)。そこまでしてなお、寝る間も惜しんで読書三昧。今は睡眠を必要としないアズリールのみが唯一、空につきっきりで手伝いをこなしていた。

 

 

「……ん……あれ、ソラ?まだ起きてたんですの?」

 

 

 目を覚ましたステフが目をこすりながら体を起こすと、視界に入ってきたのは寝る前と変わらず本に向き合う姿の空だった。

 特にこちらを確認することもなく返事すらしない空に疑問を抱く。まあ、集中してる様子だし単に周りの声が聞こえてないだけだろう。そう高を括るが、時計を見て現在の時刻を知るとステフはみるみるうちに青ざめた顔になる。

 

 

「そ、ソラ、まさかずっと寝ないで作業してたんですの!?」

 

 

 大声を上げるとようやく空も気づいたのか振り返り、何当然のこと聞いてんだ?と言わんばかりの顔をしながらきょとんと首を傾げる。

 だいたいまだ始めて“たった5徹”しかしてないのに、そんなに驚くことなのだろうか。最低でもあと数日は起きてられるというのに。いや、起きていなければならないのに。

 ステフが何やらガヤガヤと騒いでいる様子だが、本のページを捲り地図をにらむのを止めず、上の空気味に答える。

 

 

「あーステフ、起きたんならなんか簡単な飯でも頼むわ」

 

「話聞いてましたの!?寝てくださいと言ってるんですのよッ!!」

 

「叫ぶなよ、頭に響く……」

 

 

 その後も心配そうに喚くステフを諭すと、文句を言いながらもしぶしぶ部屋を去った。

 それを見かねたアズリールは本を渡しつつ横から提案する。

 

 

「空ちゃん、うちが言うのも変かもしれないけど、さすがに休憩はした方がいいんじゃないかにゃ?」

 

「……大丈夫だよ、限界が来ても最悪ぶっ倒れるだけで死ぬことはない」

 

「何か理由でもあるにゃ?今の空ちゃん、焦ってるようにしか見えないにゃ」

 

「……」

 

 

 焦ってる。傍から見たら今の空はそう映るらしい。

 そんなつもりはない、と思い自分の状態を確認する。なるほどたしかにこの疲労感や脱力感、空腹感といったものは平常時とは程遠い。普通の者からしたら理由がなければここまで出来ず、たとえあったとしてもはっきり言って()()

 さすがの空も、本を読み漁る前はずっと起きてる気などまるでなかった。だが今はそんなこと言ってられない。そう思わせるだけの事実に気がついてしまったのだから。

 

 

「獣人種以外にも倒すべき種族は存在するにゃ。今のままだとキツいなら、なにも拘ることないのににゃ〜……あっ、べ、別にやり方を否定してるつもりじゃないにゃ」

 

「落ち着けって、言いたいことはわかる」

 

 

 アズリールの言う通り、獣人種を手に入れる意図は特にないのに、空は東部連合へ攻め入ることを拘っている。

 もちろんいつかは戦わねばならぬ相手ではあるものの、生半可な気持ちで挑めばまず間違いなく返り討ちにあうことは確実。

 攻略しやすい国や種族がないわけではないが、それらと比べれば東部連合は難しい方であろう。

 そんな尤もな疑問に、けど、と付け足すように空は言う。

 

 

「難しいってだけで投げ出すようじゃ、ゲーマー失格だろ?」

 

「にゃはは〜、そういうことならうちは手伝うだけにゃ♪」

 

 

 そう、別にどこだっていいのだ。世界制覇のための足掛かりを作るならどこだって。東部連合はたまたま選ばれたにすぎない。

 だが今となっては、もう引き返せないというプライドが自らを突き動かす。それに加え、人類種が失ったものを知ってしまったから。奪われたものは自分達の手で奪い返すしかない。

 と、思考を巡らせる空に、変わらずあっけらかんとアズリールが呟く。

 

 

「空ちゃん。質問のついでにもう一つ、聞いてもいいかにゃ?」

 

「ん、え?突然なんだ?」

 

「この世界の知識、空ちゃん達はどうやって調べたにゃ?」

 

 

 虚をつかれた空が、思考を中断させてアズリールを見る。

 アズリールが聞きたいのはおそらく、具象化しりとりで発した言葉の詳細だろう。

 それっぽい言葉かあるいは異世界の知識から言葉を選んだのか、その言葉がこの世界でどういった意味を成すのか理解してて使ったのか、理解してるなら何処から知ったのか。それらは当然出てくる疑問だ。

 

 こう言っては何だが、現存するエルキアの書物で得られる知識はこの世界の一般常識程度でしかない。ましてや大戦時の情報などほぼないに等しいはず。

 ならば情報源が必ずある、そう考えるしかない。

 

 だがその真実を事細かに説明することを、空は躊躇う。話して自分の秘密を知ってもらえば、幾ばくか今より気が楽にはなるだろう。それほど空の抱えてるものは大きい。

 でも、それでも。空にはその一歩が踏み出せない。

 アズリールがまだ信用出来ないだとか信じてもらえないという心配はない。それはここ数日共に過ごしただけで充分理解した。それらの葛藤が空の心を取り巻く。

 

 

「もしかして言いづらいことにゃ?」

 

「……すまんな。今はまだ、それは言えない」

 

 

 そんな曖昧な言葉で濁してしまうのも、頼りたいと思ってしまう心の弱さからだろう。

 

 

「いつかは話してくれるならいいにゃ。うちはちゃんと待てる女だから……なぁんてにゃ♪」

 

 

 空の目を見て、アズリールは直感的に良くないものを感じ取った。この話題を今は振ってはいけない。それが理解できてしまった。

 聞きたいことは山ほどあるが、空の行動を妨げるようなことは出来ない。表面上は対等な関係でも、アズリールはあくまで従者。最初こそ接し方に戸惑っていたが、今は命じられるがままといった感じだ。

 今の自分にできることはないと、もう何回目かの結論に達したところで、諦めて全身の力を抜く。

 

 アズリールは良くも悪くも天翼種の中では特に、他の種族への興味を示さない。

 人類種への評価は今まで通りだし、身近にいるステフに対しても少しぞんざいな扱いをする。だが出会ったばかりの傲慢な態度とは対照的に、空達の言葉を尊重するようになった。

 性格が変わったわけではないものの、確実に良い方向へと動こうとしている。にこにこと、無邪気に笑う笑顔は以前の思惑混じりのそれではない。今のこの関係は、アズリールにとって案外、気に入ってるのかもしれない。

 

 

「ま、そのうちステフが飯作ってくるだろうし、そしたら少し休むか」

 

 

 空が少し疲れたように笑う。アズリールもそれ以上は追求するべきでないと思い、口を噤んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後ところ変わって、いまやステフの寝室となった王の寝室。そこにステフ、空、白、アズリールの四人が揃っていた。

 どこか言いづらそうに、しかし意を決したような顔つきで鍵を見せるステフ。

 

 それは死期を悟った祖父からステフが譲り受けた、この国の希望。『いつか、心から人類種(エルキア)を任せられると信じた者に、それを渡しておくれ』と言付かって、普段から肌身離さず持ち歩いてる鍵。いまでも鮮明に記憶に残る、全ての説明を終える。

 未だに何処の鍵かはわからないが、それでも、少しでも二人の役に立てばと、おずおずとその鍵を渡した。

 鍵を受け取った空と白は、顔を見合わせてため息一つ。

 

 

「なあ、これもっと早く渡して欲しかったんだけど」

 

「ステフのくせに……」

 

 

 これである。この二人に渡すべきかなどと考えてた自分が馬鹿らしく思えてくる。だが本当に、無駄ではなかったとすぐに知ることとなる。

 そこからの二人は早かった。ステフが二年以上気にしていた謎を、ただの暇つぶしのように、あまりに気楽に、あまりにもあっさりと。先王が必死に考えたであろう仕掛けを、さらりと解いてしまった。

 ゴゴゴゴゴゴ、と。動き終わった本棚の向こうに登場した鍵つきの扉に、ステフから貰った鍵をさして回すと、上品な金具が軋む音と共に扉が開かれる。

 

 そこは、窓もない書斎だった。

 

 本で埋められた木製の本棚と、情趣を漂わせる小物。長い間、誰にも触れられてこなかったのがわかる、埃のかぶった机と椅子。先ほどの大掛かりな仕掛けの音が完全に消え、辺りに静寂が訪れる。

 その書斎から皆感じたであろう()()()()()()が、気楽に入ってはいけないと感じさせ、誰の足をも止めさせた。

 喉を鳴らし空が緩慢に書斎の扉をくぐると、中央の書斎机の、開かれていた本に目を留める。埃のかぶって読めないそのページを、一度だけ撫でる。

 

 

『人類種の最期の王ならぬ───再起の王の為、是を遺す』

 

 

 現れた文は、言葉なく立ち尽くすには充分すぎる、力強い字で書き出された文章。

 

 

『我は、賢王に非ず』

 

 

 愚王と罵られた男の、生涯に渡り他国と行った無数の勝負。

 東部連合との八度に渡る勝負も含めた、無謀に挑み、儚く負け、その手の内を暴くことに徹した男の全て。

 

 

『むしろ稀代の愚王として名を遺すだろう。だが我は、我ではない再起の王の為、筆を執り記す。願わくば我の浅薄で惨めな足掻きが、次なる王の力と成らんことを信じて』

 

 

 今のままでは遠からず人類が自滅すること。自分の行為がそれを早めること。それらを承知の上で、負けるのを前提に攻勢に出ることを決意し。

 愚者を演じきり、東部連合をはじめとする他国の記録。稀代の愚王と蔑まれた男の、文字通り命懸けの綱渡りだったであろう生き様が、そこにはあった。

 

 自国民からも他国からも愚者と罵られ、愚者を演じ続けて、その手の内を暴くことに徹する。その心の内にいかほどの覚悟と、再起の王を信じて止まぬ、人類種への信頼があったのか。

 彼は賭けたのだ。

 序列最下位の人類から他種族を圧倒する者が現れるという、限りなくゼロに等しい、だがゼロではない可能性を信じて。

 名誉、名声、誇り。積み上げた恥と敗北の、己の生涯を必勝の一撃を託すために賭けたのだ。

 

 

「……あいつの血族はどうしてこう……お人好しすぎだろ」

 

 

 空が感慨深くボソッと呟く。さいわいにも聞かれていなかったようで、その言葉を拾う者はいなかった。

 

 

「なあ白」

 

「……ん?」

 

「エルキアの元領土、絶対に取り返すぞ」

 

「ん、もちろん」

 

 

 ケータイを取り出してタスクスケジューラーを起動させる。

 指を滑らせて入力するは、迷うことなくこの一文である。

 

 

『目標・東部連合を飲み込む』

 

 

 そして流れるように二言目には、ついでにと書き出しステフの意を酌んで一言。

 

 

『ついでに、()()()()()()()

 

 

 

 

 




言い訳はしない。言いたいことがあるとするなら、世の中には夏休みというものが存在するらしいこと。私も欲しかった。
感想待ってます!


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第拾肆話 邂逅と別離


詰め込みすぎた感は否めない。



 

 

 

 

 

「よっ、来たぜ爺さん?」

 

「ようこそ、エルキア国王・空殿、女王・白殿」

 

 

 エルキアの国境付近、国境線の内側であるエルキア領土内にそびえ立つ壮厳な塔。エルキアの元王城を改築した、東部連合の『在エルキア大使館』。

 そこから現れたのは初老の白髪、狼のような獣耳に太い尾、袴姿の獣人種。

 入り口の階段を四人の高さまで下りて、深く頭を下げる。

 

 

「お初にお目にかかります、東部連合・在エルキア次席大使───初瀬いのです」

 

 

 かしこまった様子で自己紹介をするいの。全てを見透かすような眼で、こちらが言わんとしてた用件を先回りし、開かれた巨大な建物の扉の中へと一同を促す。

 空も話が早くて助かると、お互い目をぎらつかせながら、しかし表面上は友好的にその場をやり過ごす。

 

 空から見たいのの第一印象としては、ごく普通の獣人種。隠しきれず僅かに漏れる殺気を除けば、特別注意しておかねばならないほど身構える必要はない。白とアズリールも同じことを思ったようで、警戒を解いて扉へ進んだ。

 だがステフは、これから始まるであろうことを考えて、一瞬息を呑む。相手は獣人種。噂通り心が読めると主張するような周到さに、警戒しない方がどうかしてる。

 一向にその場から動こうとしないステフを見かねた空が頭にポンと手を乗せ、落ち着けと意識を引き戻させる。

 

 

「大丈夫だ、だからそんな心配すんなって」

 

「でも……ッ!」

 

「ほら早く行くぞ」

 

 

 ステフの抗議も虚しく、空は聞く耳を持たない様子でそのまま先に行ってしまった。だがかろうじてステフは気づけた。空の握り締めていた拳が僅かに震えていたことを。

 空だって緊張する心を抑えている。無論それは白も同じだろう。アズリールはさすがに違うだろうが、それでも皆普段のように振る舞うことで平常心を保とうとしてるのだ。ここで自分だけ取り乱すなんてみっともない真似はできない。

 そう思うと一瞬だけ口元が緩む。そして両手で頬を軽く叩くと、気持ちを引き締め空達を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中に入り、エントランスを抜け、エレベーターに乗り込む。

 八十まであるボタンのうち六十を押して、エレベーターが上昇しだす。

 

 

「へっ!?な、なんですのこれ、床が動いてるんですのっ!?」

 

 

 驚いているステフ一人を無視して、いのが言う。

 

 

「しかし、出来ればお次からは正規の手続きを踏んで来ていただけますかな」

 

 

 指摘したのは、今朝のやり取りについて。

 図書館のベランダにいた空を眺めていたら突然、身振りで『今から行く』というアクロバットな方法でアポをとったこと。拒む理由もないので頷いたが、エルキアに対して過剰に敵対する者がいることを失念していた。事前通達が間に合わず、無礼な態度を取らせてしまうのは、獣人種側としても不本意だ。

 

 

「よく言いますわね。東部連合が正規の手続きに応じたことないじゃないですの!」

 

 

 そう皮肉げなステフの言葉がよほど意外だったのか、わかりやすく驚いた顔をするいの。だが思い当たる節があるため、反論する余地はないだろう。

 ステフの思考を読み、そこに嘘がないことを確認すると、ため息をついて額に手をやる。

 

 

「……申し訳ありません。おそらく下で勝手に処理されているのでしょう。論外の対応です、そのような礼に失した指示をした者、また関係者を洗い出し厳格に処罰致します。どうかご容赦を」

 

「大国が聞いて呆れるにゃ〜、まあ所詮は雑種(イヌ)だにゃ」

 

 

 怒りと恥に満ちた表情で謝罪を見せる。どうやら本当に知らなかったらしいが、それをわざわざ拾い上げて皮肉るアズリールに、いのが僅かに眼光を鋭くする。

 

 

「なんだったかにゃ〜空ちゃん達の本にあった言葉……あっそうそう、『目くそ鼻くそを笑う』ってにゃ♪」

 

「言い得て妙、全く同感ですな。ならば空に漂って本に埋もれているだけの骨董品は、さしずめ耳くそですかな?」

 

「にゃは、せいぜい足りない知能で、獣らしく地に這いつくばったまま無意味に見下してればいいにゃ」

 

「はっはっは、流石はハゲザルとつるんでる欠陥兵器は言うことが違いますなぁ」

 

「にゃはは〜」

 

「はっはっは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アズリール、言い過ぎだ」

 

「ッ!?……ご、ごめんにゃ」

 

 

 お互い全く笑顔を崩さず、ピリピリと音すらたてそうだったエレベーターの空気が、空の一言でさらに重苦しいものへと変わる。

 誰にも何も言わせないと、自分ではない何かが言葉を紡ぐ。

 主からの命令とあって、アズリールはすぐさま口を閉じる。いや、たとえ十の盟約による拘束力がなかったとしても従っただろう。アズリールを見て、憎悪にも似た視線を彼女へぶつける。

 この言葉の意味も、発した理由も空自身わからない。だが何故か許しておけないと思ってしまった。苛立ちが、空を襲っていた。

 

 

「にぃ、平気……?」

 

「っ……すまん、気にしないでくれ」

 

 

 六十階へ到着し、空はいち早くエレベーターから抜けようと歩き出した。目の前にあるのは、客間と思しき広間。

 その足取りは半ば重く感じるが、それも気にならない。白が心配そうに見つめていたが、その横を通り過ぎる。

 呼びかけようと手を伸ばすも、その手は空を切り、結果的に見送るだけとなってしまった。

 その伸ばした手を自身に引き寄せる。空の背中は凄く震えていて、酷く怯えていて。

 あんな姿を、いつか見たことがあった。

 

 

「にぃ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……では、初瀬いづなをお呼びしますので、少々お待ちください」

 

 

 一礼して奥へ去っていくいのを見送る。

 きょろきょろと部屋を見渡す。大理石や、一目で希少資源とわかるものまで作られた部屋。革のソファーに、中にはスプリングまで。

 だが空が探してたのは、そんなものではない。

 

 

「空ちゃん、さっきはごめんにゃ」

 

「よせって。俺が悪いんだ、無理に止めることなかったのに」

 

「ん〜ところで、どうやって獣人種と連絡取ったのか、聞いていいにゃ?」

 

「……アズリール、そこはむしろ察してくれよ」

 

「にゃっ、やっぱりうちが悪いのかにゃ!?」

 

 

 空は理解した。

 アズリールは天翼種としてなら別格で、文句なしに優秀。だが従者としては、どこか抜けてる部分がふとした瞬間にぼろを出してしまうと。

 

 

「………ほれ」

 

 

 一言だけ呟いてから唇に人差し指をあてて、ケータイを取り出す。光学ズームに更に高解像度化アプリまでかませ、限界拡大で録画した動画。映っていたのは、かろうじて老人だとわかる輪郭のみ。

 つまり空に見えていたのは、自分を見ているらしき人影にすぎない。全てわかってるふうを装って接触したのは、つまるところただのブラフ。

 興味深そうに動画に食い入り、考えこむアズリール。そこへ空と白から更なる疑問が追い打ちをかける。

 

 

「……にぃ、あれ」

 

「ああ、わかってる」

 

「……空ちゃん、“アレ”を知ってるにゃ?」

 

 

 アズリールが指差した先には、テレビ。

 そう、まさしく空が探していたもの。空達が知るものとは形がだいぶ違うが、どう見てもテレビだった。

 自分の持つ知識と先王の書籍からでは確証がなかったが、これで裏付けも取れた。

 よほど気になったのか、質問するか悩んでる様子のアズリールに、不敵な笑みを送って。

 

 

「あとで話す。獣人種は耳がいい。どうせ聞かれてるだろうし……なぁ爺さん?」

 

「……お待たせ致しました。東部連合・在エルキア大使───初瀬いづな、でございます」

 

 

 ガチャリとドアを開けて戻ってくる。

 いのに紹介され、扉をくぐって現れたのは、黒目黒髪のボブヘアーにフェネックのように大きく長い獣耳と尻尾。そして大きなリボンを腰につけた和服の少女。いや、どう見ても年齢一桁台の幼女がいた。

 

 

「か───」

 

 『キング・クリムゾンッ!』

 

 

 

「……ぷにぷに……ふわふわ……さわさわ……ふふふふふ……」

 

 

 立場を忘れて可愛いと思わずステフがこぼすより早く。

 ステフはもちろん、アズリールや空でさえ呆気にとられて、一瞬反応が遅れてしまう。

 

 

「……白ー、ちょっと落ち着けー」

 

 

 一体いつ移動したのか、白はとっくに少女の頭、尻尾を的確に撫で回していた。

 半ば諦めたようにため息をつく空を尻目に、上機嫌になっていく白へ、獣人種の少女───いづながコロコロと可愛らしい声で応じた。

 

 

「なに気安くさわってやがる、です」

 

「……うん?」

 

「……かわい、さ……まいなす……五十、ポイン」

 

「おー、よしよし」

 

 

 各々につぶやいて、白がずさっと距離を取る。涙目なのを慰めていると、間髪入れずに。

 

 

「なに勝手にやめてんだ、です。はやく続けろや、です」

 

 

 撫でられたい猫のように、目を閉じ気味に、首を差し出すいづな。

 そもそもこの世界では、他人の嫌がることは出来ないのだ。つまり撫でることが出来た時点で、それはいづなが許可していたということになる。

 仕草と表情が不一致だが、早々に理解する空。

 

 

「……あー。語尾に“です”ってつければ丁寧語になるわけじゃないぞ」

 

「……っ!?そーなのか、ですっ!?」

 

「……お気になさらず。孫はまだ人類語が苦手で。それと────おいゴラ、こっちが礼儀正しくしてりゃチョーシくれてんじゃねぇぞクソが。なにカワイイ孫を薄汚ねぇ手でさわってんだハゲザル、死なすゾ────と言われる行動は控えていただきたい」

 

「爺さん、おまえもおまえで少し落ち着け……」

 

「はて、何のことか理解しかねますな」

 

 

 礼儀正しい笑顔を再び保ついのに、空が半眼でこぼす。

 許可を得たということもあってかより一層撫で回す白に、いづなも気持ち良さそうに口元を緩ませる。そんな二人の微笑ましいやり取りは、見てる分には和むのでむしろ推奨したいくらいなのだが、いのの怒りを隠すような表情が止めさせろと訴えてくる。

 もちろん、取り繕う様子すらないあの豹変っぷりを見て、白が気付いていないわけがない。ここが外交の場だとわかっていて、それでも撫で回すことを選んだのだ。

 

 机を挟んだ対面に、空といのが座る。そこでようやく場の空気に流されていたステフとアズリールが我に返り、慌てて空の隣に座る。

 

 

「じゃあ、そろそろ始めてもいいか?」

 

「……そう思うならあれを止めてもらえますか」

 

 

 再びこめかみを引きつらせるいの。やはりあのまま放置しておくわけにもいかないかと、諦めて空が折れる。

 白を呼び戻すと、不服そうにしながら席に着いた。対面側にも、恍惚の表情で天井を眺めるいづなが既にいた。

 

 

「……では改めて()()()()の要件、伺っても宜しいですかな?」

 

 

 いい加減、笑顔を保つのも限界を来しつつあるいの。もういっそ何もかも爽やかに忘れて叩きだしてやろうか考えていた、瞬間。不覚にも背筋に悪寒が走るのを感じる。

 

 ふっと一息ついて、眼光を鋭くさせた空。そこに一瞬前までの、ふざけた、おちゃらけた男はいなかった。

 そこにいたのは、底知れない熱を瞳に宿した、だが固く心を閉ざした紛れも無い───『一種族の王』だった。

 

 

「俺の要件は単純だ───初瀬いの」

 

 

 そう、空が憂い顔を浮かべて、真剣な眼差しで言う。

 

 

「俺らの領土、返してもらおうか」

 

「……空殿、“元”領土の間違いですぞ。それは対国家ゲームで東部連合に挑むという解釈で、よろしいのですかな?」

 

 

 いのが返答すると、わかりやすく肩をすくめる空。そこから見て取れるのは、呆れ、嘲笑、落胆の顔。

 

 

「なら言い直すぞ。()()()()()、そのために勝負に応じろ」

 

 

 空が意味深に笑って言う言葉に、いのはただ無表情に徹する以外になかった。

 獣人種を人類種が助ける?我が物顔で見下して、何様のつもりなのだろうか。

 額に手を当てて、何かに堪えるように声を絞り出すいの。

 

 

「おいサル。ふざけに来たならマジで帰───」

 

「爺さん、立場わかってないのはあんたの方だぜ?なんせこのままじゃ東部連合は────破滅する」

 

 

 ぴくり、と。空には充分すぎる反応を示すいの。その目は真っ直ぐ空を見据える。

 そう言う空の瞳孔、心音、血流音に至るまで、その一切が目の前の男は、確実な確信を持ってそう言ってると告げていた。

 だが何故、どうして。考えれば考えるほど疑問に蝕まれる。

 

 

「わかんないよなあ。なんせあんたらは、嘘を見抜けるだけで、心は読めないんだから」

 

 

 その言葉でいのも、呆けていたいづなすらも顔色を変え、目を見開く。

 まさか先王なのか。唯一、記憶を消さずに東部連合がゲームを行い、大陸領土を奪った相手。

 だが奴には誰にも伝えないことを条件とした、心を読めないことも明かしていない。

 

 いや、違う。問題はそこではない。

 いのの思考がそこに行き着くのを待っていたように、空が不敵に笑って言う。

 

 

「そう、『生涯誰にも伝えない』という先王の盟約に、死後までは含まれない。俺らは知っているぞ。思考も、特性も、行うゲームの内容すらもな」

 

 

 いのは平静を取り繕う中、血の気が引いていくのを感じた。

 この男が今述べたことの真偽は調べればわかることだが、違うのだ。重要なのはわざわざそれを馬鹿正直に話してきたこと。そして初めに告げた、「助けてやる」の一言。

 さぁ、いよいよ本題にと、空。

 

 

「あんたらは俺の記憶を消したい。俺らは領土が欲しい。けどそれじゃ、どうしても釣り合いがとれない。

 仮にここで俺が他国にこの情報を売ると脅しても、あんたらは知らぬ存ぜぬで逃げることもできる」

 

 

 だからと、いのの思考を先回りするように、獲物を追い詰めるように、付け加えて。

 

 

「そちらに賭けてもらうのは、『大陸にある東部連合の全て』。それに対してこちらが提供する賭け金は、人類種の全て────『()()()()』だ」

 

 

 そう、空が口にした瞬間。空の目の前に、光で出来たように輝く光るコマが出現した。

 それは神に挑むための条件である全十六個のコマの一つ。全種族制覇に必要な、『人類種(イマニティ)のコマ』。

 その場の誰も、長い時を生きるアズリールでさえ目にしたことのない、『キング』のコマだった。

 

 当然、『種のコマ』を賭けて行われたゲームの前例は、ただの一度としてない。

 種の全権利、種の全てを賭けるということは即ち、万に一つも負ければ待っているのは、滅亡の二文字。

 

 

「しょ、正気───ふごっ!?」

 

 

 ようやく事態を理解したらしいステフが、正気ですの、と叫ぼうとするのを、すかさずアズリールが口を塞いで押さえつける。

 

 

「言っただろ、助けてやるって。逃げるなよ?獣人種」

 

 

 これは、どういうことだろうか。

 必勝のゲームを有する東部連合に主導権を握り、勝負を強要するこの状況は。

 だが完全に的を射てる発言の数々はこちらに意見する余裕すら与えなかった。

 結果的に追い詰めているのに、空達が言うのは一貫して『助けてやる』のみ。舐められたものだ。

 

 

「よろしいのですかな。挑まれたのはこちら。その上で種のコマなど賭けて、破滅するのは───エルキア(人類種)なのでは?」

 

 

 辛うじて平静を取り戻し、内心の焦りと怒り揺るがぬ事実で応戦する。

 

 

「爺さん、俺がどうやってあんたと図書館から意思疎通を行ったか。本当に思考が読めるなら素直に驚くべきだったんだよ。

 俺らがこの世界の人類じゃないってことに、さ」

 

 

 かつての世界において、二八〇を超えるゲームにおいて無敗を飾り、都市伝説とまでなったゲーマー。

 その無数の噂の中にある一節。

 ()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()と。

 

 反射的にそれが嘘であることを、いのは断じようとした。

 だが空の如何なる動作、音にも、嘘を示す反応はない。

 

 

「ま、こんなゲーム、あんたの独断で応じられると思ってないから。本国に確認でも取って、勝負の日程を改めて知らせてくれ。

 言うまでもなく人類種全員に観戦権がある。あとこっちは四人で挑む」

 

「ハゲザルのくせに……ケンカふっかけてきやがった、です?」

 

 

 対面に座り傍観してたいづなが、鋭い目で睨む。

 その目にこもっていたのは、何かを背負い『敵』を見定めるもの。臨戦態勢のケモノの目。

 

 

「ケンカ?ただのゲームだよ。それと……ちゃんと名前で呼ぼうな?」

 

 

 ぶわっと、威圧的な目に身震いするいづな。

 明確な“殺気”は、小さな獣人種の少女を黙らせるには充分すぎた。

 

 

「っ……空、負けねぇぞ、です」

 

 

 歯噛みしながら、絞り出すように言ったいづなに、表情を柔らかくする空。

 空が立ち上がり、倣うように全員があわてて続く。

 ひらひらと手を振って立ち去る兄妹の後を追うように、口を塞いだまま暴れるステフを持ち上げたアズリールが続く。

 

 

「────」

 

 

 去り際にいのの耳元で何かを囁く空。

 客間を出た四人を、初瀬いのと初瀬いづなはただ見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、な、なんてことをしてくれたんですのよぉぉおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 城に戻るや否や、そう叫ぶステフに耳を塞ぐ空。

 

 

「あ、あなた、自分が何をしたかわかってるんですの!?負けたらどう責任を───」

 

「責任?負けたら終わりだ。責任も何もないだろ」

 

 

 ステフはただ、ゾッとうすら寒いモノが背筋に走った。今度こそ言葉を失う。

 恐怖すら覚え、逃げたくすらなる泣きそうな顔でステフが零す。

 

 

「ひ、人の、人の命を、なんだと思ってるんですの……」

 

 

 だが今までと明確に違う、闘志とはまた別の何かを目に宿した空が笑う。

 

 

「落ち着けよステフ……()()()()()()()()?」

 

 

 その一言に、ステフの疑惑は確信に変わる。

 この男、いやこの兄妹は、ただ遊んでいるだけ。人類種も東部連合も本当は眼中にすらない。

 この世界自体がただのゲームだと思ってる。

 

 

「……空ちゃんは、頭が柔らかすぎるにゃ」

 

「この世界の連中の頭が固いんだよ」

 

 

 今も昔もな、と付け加えようとしてやめる。

 無視して話を進める三人に、ステフは自分がおかしいと錯覚すら覚える。

 ひとしきり話して満足したのか、ふらふらと視線を戻し曖昧に答える。

 

 

「ステフ、真面目に答えるなら、誰も死なねえよ。言ったろ、ゲームだって───」

 

「にぃ……ッ!?」

 

 

 突如生気が抜けたように、床に倒れ込む空。

 いち早く反応した白が空の体を起こすと、気づく。他の者ではわからないだろう、小さな変化。普段に比べて目の下のクマが濃いことを。

 

 

「……にぃ、最後に寝たの……いつ?」

 

 

 恐る恐る尋ねる。

 その答えはおそらく、自分の予想した通り。

 間違っていてほしい、そうでないでほしい、だってもしそうなら自分は───

 

 

「あー……たしかマイホームにいた時、ステフに叩き起されたのが最後だ」

 

 

 ああ、()()()()

 何日か徹夜してるとはわかっていたが、これほどまでとは。

 ステフとアズリールが驚愕で固まる中、唯一白が言葉を絞り出す。

 

 

「……にぃ……寝て、て……」

 

「……いや、今のうちにやれることはやっておきたい」

 

「……大丈、夫……急がなくても、すぐには、来ない。だから……」

 

「……そう、だな……じゃあ休んで待ってればいいか」

 

 

 本当ならばまた図書館の本を読みふけっていたい所だが。

 白がここまで切羽詰まったような顔をしているのに、その言葉を無下に扱うわけにはいかないだろう。

 そうして空は安らかに寝息を立て始めた。

 

 空の言葉の意味を理解できたのは、白のみ。

 白は思う、このままでいいのか。

 頭を横に振ると、目を閉じて決意を固める。震えそうな体を奮い立たせ、泣きそうな顔を拭って発する。

 

 

「……アズリール……頼み、聞いて……」

 

 

 

 

 

 それから数日後、ほどなくしてエルキア中に様々な噂が、どこからか立ち所に広まった。

 曰く、国王が『人類種のコマ』を賭けたと。

 曰く、国王こそ他国の間者ではないかと。

 

 曰く、国王が突然“シロ”なる正体不明の人物を呼び続け茫然自失になったと。

 

 

 

 

 




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第拾伍話 白とシュヴィ


シリアスが上手く書けない。
書き始めは順調なのに途中から迷走しだして、最終的には一周まわって「あれ悪くない…?」とか妄言吐いちゃうくらいに書けない。



 

 

 

 

 

 まぶたが重い。

 寝たまま泣いていたのか、酷く乾いた目が開くことを拒否するように重い。

 いや、果たしてそれは乾いてるせいだろうか。

 想像したくもない、考えたくもない()()()()を思い出して。

 まぶたを開いて瞳に映る光景を確認しろと、現実から目を背けるなと、頭の中でそう訴えているように感じた。

 

 白が消えた。

 

 城内の誰に問うても、その存在を知る者はいなかった。白を証明する根拠が、なにもない。

 考えられる可能性は三つ。

『なんらかの力が白の“存在”をこの世から消した』か。

『自分が、ついに“狂った”』か。

『あるいははじめから狂っていて、“今正気に戻った”』か。

 そのどれが正解なのか、きっとわかっている。この状況は、何処か似ていた。

 

 どうしてあの時、倒れてしまったのか。もしあの時そうしていなければ、何かが変わっていたかもしれないのに。

 白が消えてしまった原因が、もしかしたら自分に対する免罪符だとしたら、戦わないといけないという強迫観念に押し潰されそうだったからだとしたら。

 そうだとしたら、空はあの時の自分の発言を、想いをしっかりと白に言えなかった自分自身を、一生恨む事になるだろう。

 

 どうして、あの時。

 

 

 

 

 

『───、寝てて』

 

 

 

 

 

 この手を伸ばせなかったんだろう。

 

 

 

 

 

『……そう、だな……じゃあ、今日は回復に専念するか』

 

 

 

 

 

 あの日の事を、今も夢に見る。

 大切な人を一瞬にして奪ったあの日を、忘れたことなんて一度たりともない。

 ズキリと、瞳が痛む。

 まただ。

 また俺は。

 ()()()を。

 

 約束したんだ、もう二度と離さないと。

 誓ったんだ、自分が守ると。

 また間に合わないのか。

 また失ってしまうのか。

 俺は、あいつを……白を……しろ、を……?

 

 

 あ……れ………?

 

 

 ……俺が……まもりたかった、のは……

 

 

 

 

 

 白?それとも………“シュヴィ”……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どう、ですの?」

 

 

 王の寝室の扉の前で、ステフがアズリールに尋ねる。

 だがアズリールもまた、ため息をついて頭を振る。

 

 

「なにも。うちの入室も拒まれて、取り付く島もない状態だにゃ」

 

「まだ、荒れてるん、ですの?」

 

「にゃあ……“シロ”ってひとしきり叫んだら、あとはもう知っての通り……そっちはどうにゃ?」

 

「手当り次第に聞いてみましたわ。けど、みな答えは同じで───」

 

「シロとかいうのに心当たりはない、とにゃ」

 

 

 再度ため息をつく。

 状況そのものがまるで意味不明だったが、それ以上に()()()姿()の空、見るのは初めてだった。

 不意に熱くなったり、高圧的な態度をとることは何度かあった。だがここまで感情的な行動は、出会ってから一度も見たことがない。

 扉越しにも伝わる叫び声。床や壁に物がぶつかる音。

 現実を、自分を、全てを受け入れられない少年の悲鳴が部屋から響く。

 

 ステフは何も言えない。

 人類種三百万の命運と選択を委ねられた導き手。祖父である前国王の意思を背負っている空に、下手な声掛けはできない。

 どんな荒唐無稽な行動も、全て人類を思っての行動だとわかってるからこそ、怖いのだ。空の心が完全に折れ、失ってしまうことが。

 

 アズリールは何も言わない。

 ずっと探し続けた《答》。それを気づかせてくれた空には、主従関係であること以前に感謝の気持ちがある。空が困っているなら助けたい、手伝いたいと思うが、今の自分は無力だ。

 天翼種である故に、人類種の心の機微を理解しきれるほどの複雑な感情を有していない。わかりきったことなのに、今はそれが酷くもどかしい。

 

 

「ど、どうすればいいんですのよっ!」

 

「……整理して考えてみるにゃ」

 

 

 アズリールが自分を落ち着かせるように言う。

 順当に考えれば、空の記憶が書き換えられたことになる。つまり、空が負けたことを意味する。

 人類種の全権利を賭けた、東部連合との勝負を控えたこのタイミングで、空が行動不能になることをもっとも望んでいるのは、他ならぬ東部連合だろう。

 正式な勝負の前に、秘密裏に挑んだ。それが自然ではある。

 だが、東部連合に仕掛けられた勝負なら、受ける理由が思いつかない。

 

『十の盟約』その五、ゲーム内容は挑まれたほうが決定権を有する。

 

 そこには当然、“ゲームを受けるか否か”も含まれるわけで。この状況を作り出すだけの賭けが成立したとは考え難い。

 

 

「……な、なんとかならないんですのっ!?ソラ、このままじゃもたないですわよっ」

 

 

 扉の向こうから聞こえる声は、ステフを叫ばせるに足るものだった。

 空の精神が崩壊一歩手前にあるのは明白。あるいは、もうとっくに壊れているのかもしれない。

 黙って待ち続けるしかないステフとアズリールは扉の外で立ち尽くす。

 数分ほどしただろうか。空の声が途切れる。

 

 

「空ちゃん。そのままでいいから聞いてくれにゃ」

 

 

 もう無理だ。限界だ。

 自分に言い聞かせるように、アズリールは腹をくくる。

 本来なら交わされた盟約内容をつきとめ、それを無効化すべく動くべきだろう。

 だがそんな悠長なことをしていたら、その前に空が壊れる。これ以上、本当に無意味で無価値な生物に成り下がってしまうのだけは避けなければならない。

 

 

「うちと【盟約に誓って】ゲームして、負けてもらえるかにゃ?」

 

「それって……」

 

「“シロに関する全ての記憶の封印”を要求するにゃ」

 

 

 いつもの穏やかな気持ち笑みの片鱗すらない、切羽詰まった顔のアズリールに、ステフは目を剥く。

 のらりくらりとしていて普段から何を考えているのかわからないアズリールだが、ことこの時に限ってはその心の内が痛いほどよくわかった。

 

 

「………」

 

 

 返事は、ない。

 それが答えを出せないでいるのか、聞こえないほど追い詰められているのか、アズリールにはわからない。

 少しでも選択をミスすれば、取り返しのつかないことになる。

 これではダメだったかと、別の策を考えようとしたその時。扉の下からすーっと、薄い板が差し出される。

 空の所有するタブレットPC。立ち上がっているのは、将棋アプリ。負けようと思えば、確実に負けることが出来るゲーム。

 

 

「……【()約に(ッシェ)……誓っ()……()】……」

 

「ありがとにゃ、空ちゃん……【盟約に誓って(アッシェンテ)】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々な記憶が、頭の中を行き来する。駆け巡り、その脳が揺さぶられる感覚がする。

 何もかもがグチャグチャに、かき混ぜられていくような感覚が襲う。

 過去の映像が何度も何度も再生され、巻き戻され、繰り返し脳裏に表れる。

 呼吸は乱れ、大量の汗が出る。

 冷たい何かが肺を縛っているような感覚。

 息が苦しくて、目元が霞んでいく。気付けば、部屋は荒れていた。

 置かれていたテーブルは倒れ、積み上げられた本が辺り全体に散らばっている。

 頭に上っていた血が一気に冷え込んでいった。

 冷静になった思考が、心が、問いかける。

 

 

 ───気が済んだか?

 

 

 

 

 

 ああ、済むわけがないだろう。

 

 

 

 

 

 声が、出ない。

 言葉を失うというのは、こんな時に使うのかもしれない。乾いた笑みだけが、溢れる。

 

 ここに来て。

 この盤上の世界(ディスボード)に来て。

 俺は一体何をした?

 今まで散々、何をしてきた?

 

 勝つためと、白のためと言い訳して。わかった気になって。白の気持ちなど何一つ理解しないで。

 初めから白のことなんて見ていなくて。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だなんて。

 

 白の手を離さないことで、離してしまったシュヴィを繋ぎ止めた気になっていた。

 自分の瞳に映る白ではなくシュヴィを見ていて、そこに白はいない。

 自分の中にいた白という存在が消えていく。それが途轍もなく怖かった。

 

 久しぶりに感じた、『独り』という感覚。

 いつからか、白と一緒にいる事が当たり前になってきていた。

 かつての記憶と遜色ない程に、大切なものへとなりつつあった。

 ようやく自分は変われて、前を向けているんだと、そう感じていた。

 

 

 ───もう十分だろ?

 

 

 

 

 

 ああ、十分だとも、クソ野郎。

 

 

 

 

 

 思考がそうじゃないと、そう言っているようで。

 それは紛い物で、勘違いだと、そう示唆されているようで。

 白を失ってしまうことではなく、同じ事を繰り返すのが怖かった。そんな自分を心底軽蔑する。

 

 もしアズリールとの勝負に負ければ、白のことは忘れられる。白がいなければ、もう過去に縋ることもなくなるだろう。

 白のことを忘れれば、楽になるのだろうか。

 シュヴィを思い出して、辛くなるんだ。シュヴィと重ねてしまうくらいだ。白なんてむしろいない方が、そう思考が語る。

 

 

『ぽんっ』

 

 

 タブレットから音がする。純粋な、規定通りの将棋。ここで金を取らせれば、それだけで負ける。

 たったそれだけで、あっさりと負けて、全てが封じられる。白と過ごした、記憶の全てが。

 

 

 ───お前が愛したのは、シュヴィだろ?

 

 

 ああそうさ。俺が必要としていたのは白じゃない。白が大切だった理由も、守りたかった理由も、全部白とは関係ない。

 そうだ、この手を取れ。そうすれば俺は───

 

 

『にぃ……しろ、ひとりにしないで』

 

 

聞こえてきたもう一つの幻聴に伸ばした手を止める空。困ったような、泣きそうな、心配そうにこちらを見つめる顔が思い浮かぶ。

 

 

「できるわけ、ねぇだろ……」

 

 

 幻影の輪郭が歪む。空が手を払うと霞のように消えた。代わりに溢れるのは、白と過ごした思い出。

 今まで支えてくれたこと。今まで助けてくれたこと。今まで側にい続けてくれたこと。どうして、忘れていたのだろう。

 違うだろ。そこにいたのは、シュヴィじゃない。俺はいったいどこ見ている。

 

 逃げてんじゃねえ。

 

 眼をそらすな。

 

 ちゃんと向き合え。

 

 白は兄妹で。家族で。かけがえのない存在。それ以上に理由なんて、いらない。前を向こうとしなくたっていい。惨めでも、みっともなくても、白がいてくれれば、それでいい。

 

 

 ()()()()()

 

 

 白の記憶が、言葉が、脳裏をよぎった。

 同時に空は、考えるより先に手が動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと扉が開かれる。

 扉の前で、タブレットPCを通してゲームを行っていたアズリールとステフは視線を上げた。

 中から現れた人影は、苦しそうな顔で胸を押さえ、息を切らし身体中から汗が溢れていた。

 何故勝つのかと聞きたかったアズリールも、それを見て言葉を失う。だがその姿は紛れもなく空だった。

 

 

「あ、えっと……ソ、ソラ……大丈夫、ですの?」

 

「ああ……白は、いる……」

 

 

 震えるような声を絞り出すステフに、弱々しく頷く空。

 どうにかしようと無理矢理出した提案。それが拒まれた今、もはやアズリールに言えることはない。

 俯き黙り込むアズリールをよそに、だが空は口を開く。

 

 

「アズ、リール……この部屋……魔法の、反応……」

 

「……調べてみるにゃ」

 

「ひ、なん……ですのっ」

 

 

 アズリールが羽を広げ、その瞳を大きく見開く。

 魔法を一切感知出来ないはずの空やステフも、地に伏せそうになる圧力が生じる。

 頭上の光輪が激しく回転し、部屋が揺れるような錯覚すら引き起こす。

 アズリールは部屋の一角を指さす。認識を阻害する力場が展開されているらしく、それを感知できても認識は不可能だと言う。

 

 

「考えろ……この状況は、俺がするつもりだったことだろ……」

 

 

 まさか自分が味わうことになるとは、さすがに予想外だったが。

 実際空が取り乱したのは、個人的な理由からであり、過去のトラウマが呼び起こされたことが原因だ。

 だが白は違う。()()()()()()を、白が受けたらどうなっていたことやら。そう考えるだけでゾッとする。

 

 (リク)がシュヴィに依存していたのと同じように、白も()に依存している。常に一緒にいなければならないほど深刻に。

 勝つために必要なこととはいえ、なんてことをさせようとしていたのか。

 白ならばすぐに気づいてくれる。そんな身勝手な願望を押し付けて、本当に周りが見えてなかったらしい。

 

 

「白は、どうした……白なら、“俺ならどうした”と考えた」

 

 

 だが今ならわかる。

 もう白を見ているようで何も見てなかった、あの時とは違う。

 空の脈拍が、思考が、壁にかかる時計の動きを止めるまでに加速していく。

 そして気づく。

 小さな箱に入った、漢数字の刻まれた、表と裏で白と黒のコマ。

 一方別の箱には、エルフ数字の刻まれた、同じようなコマ。

 その全てが空の中で一本の糸に繋がる。ルールは、おそらく───

 

 

「記憶か存在をコマに分割して、奪い合うゲーム、か……」

 

 

 空の呟きに反応したのはアズリール、そして一拍の間を置いてステフ。

 

 

「え、でも空ちゃん……」

 

「そんなルール、しょ、正気ですのッ!?」

 

 

 そう、空の推測が正しければ、疑う余地なく狂気の沙汰なゲーム。

 空が【参】と刻まれたコマを手に、見えていないだけでそこにある盤を睨む。

 コレはおそらく、存在ないし記憶を三十二個に分割した奪い合いオセロ。

 今も見えず、認識出来ない対局。途中経過も、開始すら知らないその盤上。

 白がわざと負け、そして兄に勝ってもらおうと打っただろう手。

 

 その全てを読み切り、たった三手で逆転する。

 

 白にしか出来ないと、勝手に決めつけていた。自分の分野ではないと、白ならばやってくれると、そう思っていた。

 白が空に出来ると信じて託したのに、自分が白を信じないでどうする。

 そして空が手を振り下ろすと、認識出来なかったオセロ盤が姿を現し、パタパタと黒い盤上を白く染めていく。

 すると虚空から何かが勝手に黒いコマを置く。

 

 空は【弐】と書かれたコマを手に取る。

 躊躇うことなく指した空の二手目によって、さらに裏返ったコマが盤面の過半近くを一気に白く染めあげる。

 ぼんやりと、対戦相手と白の姿が見え始めることに、アズリールもステフも目を見開く。空は力が抜けて倒れそうになるのを必死に堪える。

 空のケータイから、そして人類種、アズリールの記憶から消えた白が仕組んだゲーム。

 そこから読み取れる、残された三つのコマの意味。

 

【参】───ゲームに勝つ方法。

【弐】───兄に対する絶対的信頼。

 そして【壱】は───

 

 

「……俺、個人の全て……」

 

 

 これらが、白という人物を構成する、己自身以上の要素の正体。

 なぜそう言い切れるのか、答えは簡単だ。

 それはかつて、自分が求めたものなのだから。

 

 求めて、手を伸ばして、一度はそこに届いて、そして失ったもの。

 二度と手に入らないと勝手に諦め、受け入れることに怯えて失望した。きっとそれは白も同じ。そう確信してる。

 白く染まりつつある盤面に、ゆらゆらと不安そうに、黒いコマが置かれる。

 

 

「……さぁ、白……」

 

 

 そしてそれを待ってますいたように。

 

 

「……帰って、来い───っ!」

 

 

 

 

 




タイトルでシュヴィが登場すると思ったそこの貴方、期待させて申し訳ない。
感想待ってます!


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第拾陸話 思い違いとすれ違い


いい加減この二ヶ月毎更新をどうにかしたいのに、忙しくてどうにもならない悲しみ。



 

 

 

 

 

 遠い日の記憶が呼び起こされる。

 それは三歳の時。

 少女は新しい父とやらと、その連れ子である自分より七つ上の『少年』に出会った。

 

 大人達の会話に、的確に相づちをうち、年の割に少し大人びた表情を浮かべる少年。

 だが皆が少女に向けるものを、誰に対しても同じように向けるその少年に。

 即ち、虚ろで無機質な表情を仮面で隠した少年に。

 少女は長らく閉ざしていた口を、開いた。

 

 

「……ほん、と……“空っぽ”……」

 

 

(そら)』と名乗った少年が、少女のこぼした言葉に目を見開いた。そして誰も視線を合わせたがらない、少女の赤い瞳をじっと覗き込む。

 一瞬。ほんの一瞬だが今にも泣きそうな、涙をこらえる表情をしたと思えば、何かを確かめるように沈黙して。

 

 少女は生まれて初めて見る“色”が少年の顔に宿ったのを覚えている。

 その色に込められた意味を、当時の彼女には理解出来ようもなかったが。

 少年は、『空』は言った。

 

 

「なぁ、ゲームできるか?」

 

 

 どうして。

 この時もっとちゃんと考えて答えなかったのか。

 この質問の答えが違ったのなら、何もかもが大きく異なっていたかもしれないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白にとって、空はどういう存在か。

 周囲から畏怖され、現実から拒絶され、親にすら半ば見捨てられた白を空は否定しなかった。

 何を考えてるのかわからないと言われる白を、理解しようとした。

 天才と称し、頭の出来が違うと諦めるだけの者と違い、追いつこうと、そして追い抜こうと努力した。

 白にとって、それらは全て堪らなく嬉しかった。

 

 空のことを想うと、何かがこみ上げ胸が熱くなるのを感じたが、それが何かを白は知らない。だがここにいていいのだと、認められたことを理解するだけで、自然と笑みがこぼれる。

 空を信用している、信頼している。傍にいるだけで安心できる。ずっと一緒にいて、それだけは決して変わらないだろう。

 白の一番の理解者。

 それが空だ。

 

 

 

 

 

 一方で空にとって、白はどういう存在だろうか。

 白の空に対する気持ちは揺るがないが、空の白に対する気持ちは?

 信用しているだろう。

 信頼もきっとしているだろう。

 だがそれで満たされてるようにはとても思えない。

 

 空は時折、ズレて世界を見る。遠くを眺め、手を伸ばすかのように、届かない景色を想う。触れるだけで壊れてしまいそうな、苦しそうな表情を浮かべる。

 その儚げな瞳には何も映らない。

 

 現実も。

 

 白でさえも。

 

 二人揃って『  』(くうはく)。その言葉を疑い始めたのは、はたしていつからだったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白がミスしたら兄が取り返す。

 兄がミスしたら白がカバーする。

 ずっとそうして戦ってきたはずなのに、今じゃそれがどこか懐かしく感じる。

 獣人種に会いに行った日兄が暫くもう寝てないと聞いた瞬間、胸が張り裂けそうだった。

 徹夜続きなことではない。兄に無茶をさせてしまってる不甲斐ない自分が、情けなかった。

 

 いのの耳元で囁いた言葉も、アズリールとのゲーム展開も、テトに言ったリクという単語も。

 何も、知らなかった。何も、分かっていなかった。兄はわかっているのに、白だけはわからなかった。

 

 兄は核心をつく質問をすると、取り繕ったように「なんでもない、大丈夫だ」と笑って誤魔化す。白を心配してあえて言わないでいるのだろうが、そのことが白には酷くもどかしかった。

 

 おそらく、兄は知っている。()()()()()()()を。

 元の世界にいた頃、白はこんな世界があることすら知らなかった。それは兄も同じかもしれないが、白が知り得ない情報源がどこかにあったのは確かだ。その内容がこの世界のものと気づいた時は正直驚いたが、特別疑問は感じなかった。

 

 なぜ知っているのかまではわからない。テトと何らかの連絡手段によって繋がっていたかもしれないし、白と出会う前のことをたまに口に出していたので、そこで何かあったかもしれない。

 だが兄がそれを言う気がないというのに、無理矢理聞きだすのは良くない、きっと話してくれる。そう思っていた。

 

 それは自分たちが兄妹だから?

 共に戦うパートナーだから?

 自惚れもいい所だ。

 結局自分は、逃げていただけじゃないか。

 ずっと願望を押し付けていただけで、そんなものを信頼などと呼んで満足感に浸っていた自分は、どれほど醜い姿だったろうか。

 

 

 

 

 

 この世界に来てからというもの、兄に頼りっぱなしだ。本来自分の役割である分野もほとんど兄にやらせてしまっている。

 そうすれば負けることは無い。二人でいれば、絶対に勝てるから。

 だから甘えてきた。兄もそれを許容していた。最後に自分から前に出たのは、国王選定戦の時だろう。いや、それだって勝てたのはほとんど兄のおかげだ。

 兄は凄い。兄は強い。本人はそんなことないと否定するが、白の先を行くのは常に兄だ。

 

 今回だって兄に任せてしまえば、事が上手く運ぶだろう。それはとても心地よいものだから。

 だって、失敗するのは怖い。兄が離れてしまうのではないかと思うから。

 わかってる、兄がそんなことするはずないと。だがそもそも兄は一人でも十分勝てる。ミスをすると、自分が余計なことをしたと感じてしまう。それに加えてあの目だ。時折見せる、白を見ていないあの目が、自分を必要としていないように思えて怖い。

 

 

「……だから……何も、しない……の?」

 

 

 喉の奥が震える。胃袋が締め上げられる感触。肌が粟立つような身震いが全身に伝染し、立ち尽くす白の息が鋭く荒くなる。

 馬鹿なこと考えていると、自分でもそう思っている。

 自分の思考が、脳が、積み重なるように問いを投げ、答えを出すことを求めてくる。

 

 

 ───余計なことじゃないか?

 

 

 ───また兄に迷惑をかけるのか?

 

 

 ───さっきも言ったろう。兄に任せればいいではないか?

 

 

 ああ、そうだろう。正論だ。何も間違っていない。

 だけど、それがどうだと言う。

 

 誰がやるべきとか、どっちの方が上手くやれるとか、そんなもの()()()()()()()()

 

 自分だけ楽できるなんて許せない。もう守られるだけでいたくない。辛い時、自分が傍にいることを理解して欲しくて。

 我儘だろうか。傲慢だろうか。

 危ない橋だとはわかっている。けれど、その危ない橋を一人で渡れないようなら、きっといつまで経っても後悔だらけの人生になりそうで。

 やらなくちゃいけないんだと、このままでいるのだけは絶対に嫌だと、そう思う。

 

 全てが終わったら、兄は自分を叱るだろうか。無茶しすぎだと、優しく諭すだろうか。

 けどもし自分の意図を理解してくれるなら。

 

 

「“よく頑張った”って……褒めて、くれるかな」

 

 

 そして願わくば、これからも自分を頼って欲しい。

 もう頼りっぱなしでいたくない。自分が足でまといになりたくない。白にも背負わせて欲しい。

 二人揃って『  』(くうはく)と、胸を張ってまた言えるようになりたい。

 そしたら────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────『十二日・夕』

 

 

 それは、獣人種と別れた後、空が寝て暫く経った王座の間。

 

 

「来た、ね……」

 

「……いきなり呼び出したのはそっちでしょうに。それで?私もまだあまり状況が掴めてないのだけど」

 

 

 そう言うのは、アズリールに連れてこられたクラミー。

 そして隣には同じように連れてこられた、森精種らしい長い耳が髪から覗く、森精種の少女。

 

 

「……説明は、する。だから……ゲーム、しよ?」

 

 

 

 

 

 ────『十二日・夜』

 

 

「獣人種を相手に種のコマを賭けてゲーム……狂ってる」

 

「……それで?」

 

「ええ、ゲームは受けさせてもらうわ。もちろん、こっちが挑む形で構わない」

 

 

 予定通りに事が運んで安堵する白。それでは早速、とゲーム内容を提示し説明すると、アズリールは首を横に振る。

 

 

「白ちゃん、さすがにそんな大掛かりなのはうちでも難しいにゃ」

 

 

 申し訳なさそうに、そして少し恥じるように言う。だがそれも予想済みだったのか、クラミーの隣にいる森精種の少女を一瞥して白。

 

 

「……あの森精種と……一緒に、なら?」

 

「……天翼種と、合作ですかぁ?丁重にお断りするのですよ〜」

 

「奇遇だにゃ。うちだって真っ平御免にゃ〜♪」

 

「じゃあ……ゲーム、しなくて、いいの?」

 

 

 そう、にべもなく返す白に、だがクラミーが森精種の少女に言う。

 

 

「……協力してくれるって言ったわよね」

 

「もちろんなのですよーでもこの悪魔と合作は……うぅ……わかったのですよぅ」

 

 

 

 

 

 ────『十三日・朝』

 

 

 アズリールの具象化しりとりの『核』を手に、森精種の少女がこぼす。

 

 

「こんな精霊回廊を壊すようなぁ、爆弾的精霊の使い方、頭おかしいのですよぉ」

 

「精霊回廊の原潮流を汲み上げてるだけのものを爆弾と誤認しちゃう雑魚には、ちょっと難しすぎたかにゃぁ」

 

「……ほんとに、仲悪いんだ」

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

 

 喧嘩する二人に呆れていると、クラミーから声がかけられる。

 

 

「ゲームするのは貴方だけなの?あの男は?」

 

 

 クラミーが言う男とは、空のことだろう。

 空は現在ベッドの上で眠っている。クラミーはそれが納得いかなかった。

 

 そもそも、ゲーム以前に会話などの進行役は空で、白は率先して前に出てくるようなタイプではない。

 その白がわざわざ呼びつけ、あまつさえクラミー達を相手取ろうとしている。おそらく形式的には『  』(くうはく)として勝負を受けるものの、実際には白一人ということになる。

 

 それはまるで、お前ごとき一人で充分だ(空が出るまでもない)と言われてるようで。

 

 国王選定戦のチェスで一時は白を追い詰めたというのに、舐められたものだ。

 だがもちろん、白がそんなことを考えてるはずもない。舐めてかかったら危険な相手であることなんて、先の戦いで嫌という程思い知らされた。

 白が戦おうとする理由はもっと別のもの。

 

 

「………わた……さない」

 

「……何?」

 

「……にぃの……記憶は、誰にも……わたさない」

 

 

 白にすら教えてくれない、兄が持つ知識、思い、想い。それらの詰まった記憶。

 それはいけない。それを渡してしまうことだけは、絶対にしたくない。

 それを一番最初に聞くのは、白だ。

 

 

 

 

 

 ────『十三日・昼』

 

 

「……じゃあ、ルールの確認」

 

 

 テーブルを挟んで椅子に座って向かい合うクラミーと、自分の背後のステフ、アズリール。そしてクラミーの背後の森精種の少女に白が言う。

 

 

 ・ゲームは『自分を構成する概念』を、三十二個に分割した“オセロ”。

 ・コマには番号が刻まれ、一に近いほど重要。

 ・重要度の設定は、ゲームの魔法に従い、自分自身の深層心理における優先順位に反映。どのコマが何を司るか自分でもわからない。

 ・勝者は自分の全てを取り戻し、敗者は一切戻らない。

 ・パス権はない。

 ・物理的な“継続不可能”は、代打ち。

 ・勝者は相手に二つ要求できるものとする。

 

 

「……どうする?」

 

 

 顔色一つ変えず、淡々と言う白に、一同の視線が集まる。

 正気とは思えないゲームを設定した白。

 その少女を前に、何とか平静を保ってクラミーは思考する。

 

 一見すると対等なルール。故にこそ、クラミーはそれを疑うしかない。

 真っ先に思い浮かぶのは、代打ちを化すルール。設定した意図は理解できるが、ならばなぜ空を起こさないのか。

 何かルールに抜け穴を用意してるのか。あるいは、とクラミーが相方の少女に視線を向ける。だが少女は首を横に振り、不可能と断ずる。

 ゲームの術式を編んだ森精種の少女本人が、ゲームに仕込みをすることは出来なかったと言う。逆にアズリールが仕込みを行うのもあり得ないと。

 

 

「……いいわ」

 

 

 ならば、と。クラミーと森精種の少女が手を軽く上に翳す。

 それに倣うように、ステフとアズリール。

 そして眠っている空の手に自分の手を伸ばし、重ね。いつも通り、二人でと主張するように、白。

 

 

「【盟約に誓って(アッシェンテ)】!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が明るい。感覚が徐々に戻っていく。

 急な光に目を擦れば、そこにはよく見知った存在が。空の顔が映っている。

 ゲームは終了し、無事に勝つことができた。

 そう理解するのに、時間はいらなかった。

 空は疲れ切った、それでいて嬉しそうな表情を浮かべている。だがそれもつかの間、すぐさま口元が歪む。

 

 

 ───きっと、心配かけたな。

 

 

 兄の為を思っていたはずなのに、結局は自分の自己満足。そんな身勝手な行動で兄を振り回してしまった。

 白自身の力でゲームを進め、兄の手を借りて勝てた。

 だが、そこに達成感も歓喜も無い。

 

 近づく空を感じ、そしてこちらに迫る距離まで来た空を見ると、白は何処か心の中で安堵した。

 これから叱られるのは明白だ。それがどれほどつらい言葉でも、ちゃんとまた向き合うことができるんだと、そう思った。

 

 

 だが───

 

 

 

 

 

「ごめん、ごめんよ……白……っ!」

 

 

 空は自分を責めるようそう言いながら、優しく白を抱きしめた。

 

 

「……え?」

 

 

 白は一瞬、自分が今何をされてるのか。何を言われてるのか分からなかった。

 顔の横には、嗚咽を漏らす空。

 謝罪を重ねるにつれて抱きしめる力が、だんだんと強くなっていく。

 

 

「俺がしっかりしていれば……もっと早く気づいてれば……」

 

 

 なんで。

 

 全部白がやったことなのに。

 

 なのにどうして、にぃが責任を感じてる。

 

 

 

「ま、待って……にぃ……怒って、ないの?」

 

 

 

 空のことを突き放すように離れさせる。

 白に無理矢理振り払われて驚くも、空は優しく白の頭を撫でながら、儚げな笑みを浮かべる。

 

 

 

「本来なら俺がやらなきゃいけない事だったのに、ごめんな」

 

 

 

 空のその言葉に、白はただ呆然とするしかなかった。

 どうして、にぃが謝る。

 勝手に行動したのは白なのに。

 非があるのは白で、にぃは何も悪くないのに。

 

 

 ───悪いのは全部、白なのに。

 

 

 兄のかける言葉一つ一つが、先送りにしてきたツケを払わされてるように感じる。

 言葉を紡ぐ度に、その思いは強くなる。

 

 

「もっと白のこと、ちゃんと見ていたら……」

 

 

 

 

 違う。そうじゃないんだ。

 白が言って欲しいのは、そんな言葉じゃなくて。

 

 

 もう、限界だった。今の不甲斐ない自分を肯定されることが。誰よりも頑張ってる空を、他ならぬ空自身が否定してしまうことが。

 それは自分のこれまでしてきたことが不必要で、無価値だったと理解させるかのように。

 

 白の想いの全てを、認めてくれていないように感じた。

 

 

 

「白……本当に……」

 

 

 

 ───パァンッ!!

 

 

 

 部屋全体が静まり返り、乾いた音が響き渡る。

 その場にいた誰もが信じられないものを見るかのような目で、音のした方を注視する。

 そこには手を振り抜き、怒りに震える体を荒い呼吸で押さえつけ、彼女自身の激情を体現した刺すような目線を空に向ける白の姿が。

 

 

「……馬鹿に、しないで」

 

 

 目からとめどなく涙を流しながら白は叫ぶ。

 

 

「白の、にぃを想う……気持ちをッ!馬鹿にしないでッ!!」

 

 

 空は目を見開き、そんなふうにいきなり言い放った白を見た。

 ずっと、この想いは打ち明けないつもりだった。言わなくとも分かってるはずだと、勝手に決めつけていた。

 それは出会ってからこれまでで初めて、白が表した明確な拒絶だった。

 

 

「……全部、にぃの所為……?白は、にぃが悪いなんて、思ってないっ……!」

 

 

 ずっと隠していた、空への想い。兄妹なのだからと、一歩下がって見ていたあの頃。

 けれど、兄妹ならきっと、その想いを打ち明けるべきだったのだと、今になって思う。

 

 

「……にぃ、白はいつまで、()()()()()()()()()()()()()()……なの?」

 

「っ……」

 

 

 空のその言い方は、まるで。

 自分がいなければ白は何も出来ない、と。そう言っているみたいで。

 白に頼らず自分で何とかしようとすることこそが、まさに白の弱さを言外に語っていた。

 

 ここにきて空は漸く、自分がしてきた事の意味を思い知った。

 白のことが心配だった。ただそれだけの理由で放っていた言葉全てが、今までずっと白を追い詰めていた。

 そんな素振りは全く感じられなくて。

 気づかなかった自分に、怒りを感じる。

 

 白のことを見ていなかったという自覚はある。もう目を逸らさないと自分に誓った。現実(いま)を見ようと、幻想(かこ)と一旦決別した。

 それなのにまだ、()()()()()()()()()

 きっと白だけじゃない。ステフとアズリールにも迷惑をかけた。仲間であるはずなのに、白が消えた時、ずっと空の為に行動していたのに、そんな彼女らの存在を、空は蔑ろにしていたのだ。

 

 

「……ごめん」

 

 

 依然変わらない言葉が、無意識に口から出る。

 これが、この謝罪の一言が、白を傷付ける。そう分かってるはずなのに、空はただ謝ることしか出来ない。

 

 

「謝ら、ないでって……言ってるでしょッ!!」

 

 

 感情が爆発する。

 穏やかで、理性的な白が。これまで怒ったりすることがなかったわけではないが、それでも感情的になって枷が外れることは一度もなかった白の心の内が晒される。

 行き場のない悲しみが、胸を引き裂かんばかりに膨れ上がっていく。

 

 

「なんで、そうやって一人で抱え込むの……」

 

 

 何が言いたいのか分からない。

 何を言ってるのか分からない。

 悲しいのか、苦しいのか、悔しいのか、哀しいのか、怒りたいのか。そんな簡単な問いにさえ答えられない。

 

 こんなつもりは無かった。

 白の行動が原因でこうなるかもしれないことも理解してた、はずなのに。

 いや、きっとまだ慢心していたのだろう。

 そんなことあるはずないと自分に言い聞かせて、自分に都合のいい結果が得られると思いたかっただけだ。

 

 あぁ、どうして、白はこんなにも────

 

 

 

 

 弱いのだろう。

 

 

 

 

 




原作との相違点。

空と白の関係
原作:相互依存。
今作:共依存。

空→白
原作:憧れ。
今作:過保護。

白→空
原作:親愛。
今作:劣等感。

だいたい合ってるはず。
感想待ってます!


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第拾漆話 和解と共闘


更新遅いですね、ほんとに。何日ぶりだろう。
まあでも年明け前に投稿できて良かった。誰得シリアスもこれでようやく一段落かなぁ。



 

 

 

 

 

 白のことを、ずっと強い子だと思っていた。けれどそんなことはなくて。我慢を強いていただけで。

 そこにいたのは、年相応の涙を流す十一歳の少女だった。

 白の痛みがどれほどのものかは、空には分からない。分かってやれるなんて無責任な事は今更言えない。

 

 空の目に自分が映っていないと気付いた時、白は何を思っただろうか。

 自分の存在じゃ、空を振り向かせることができないと知った時、どんな感情を抱いただろうか。

 不安だった筈なのに、心配をかけまいと気丈に振る舞う白に、何をしてやれただろうか。

 こうなることを、事前に防ぐことは出来たはずなのに。本当に、何がいけなかったのだろう。どうするのが正しかったのだろう。

 

 依然として二人の空気は重たい。白のすすり泣く声だけが、部屋全体に響き渡る。

 俯き黙り込む二人をよそに、だがおずおずと口を開いたのは以外にもステフだった。

 

 

「あ、あの……よ、よくわからないんでけど……」

 

 

 深く考えて出た言葉ではない。そもそもステフは二人の過去についてはほとんど知らないし、何か口を挟めるような立場ではない。

 ただこの二人が。出会ってからこれまでずっと仲の良い兄妹だった彼等が喧嘩している姿など、見たくない。そんな一心で口にしたことだった。

 

 

「ソラもシロも、お互いのこと大切に思ってるんですのよね?その、自分を犠牲にしてでも守りたいくらい」

 

 

 ステフの発言に、空はか細くああと答える。そして白もまた、無言のまま小さく頷いた。

 それを確認したステフは、だったら、と続ける。

 

 

「お互いを信じてるのは凄いですけど、言葉にしないと伝わらないことだってあるんですのよ?」

 

 

 空と白は、二人で一人のプレイヤー。

 その根底にあるのは信頼関係。言葉を交わさずとも理解できる、意図を汲み取れる、ずっとそう感じていた。

 だがそうではなかった。二人とも本当に大事な想いだけは心の奥にしまっていた。

 

 もちろん言いたくないことだってある。だがそれとは別に、言わずとも分かることをわざわざ口に出すのは気恥しい。けどそれは単なる我儘で、本当は腹を割って話しをするべきなのだと、そう思う。

 

 白の言葉に顔を俯かせていた空が、掠れそうな声でぽつぽつと、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

 

 

「……俺は、さ。白が思ってるより、ずっと弱いから。弱いなりに、勝つためにいつも、足掻いてたんだよ」

 

「ううん。にぃは、強いよ」

 

「強くなんてないさ。本当は臆病で泣き虫で、一人じゃ何もできない」

 

 

 それでも白の前ではどうにか強くあろうと、弱さを見せまいと己を偽って、必死に手を伸ばしてきた。

 そうでもしないと、ふとした瞬間に壊れてしまいそうだから。いや、もうとっくに壊れてるのかもしれない。

 自分は平気だって見栄を張ることで、自分や自分が招いてしまう失敗から目を背けている時が、一番心地よい時間だったから。

 

 

「……それは、白も同じ」

 

 

 白だって、とっくの昔に壊れてる。

 出会って間もない頃に見せたすり減った心は、きっと未だに回復してない。

 一緒に過ごした時間の中で多少ましにはなった。だからこそ、お互いがお互いを傷付けまいとしていた。

 

 ずっと感じていた、違和感。近すぎるようで、触れることの叶わない距離感。そんな目に見えないわだかまりが積み重なった結果が、今のこの状況なのだろう。

 

 

「白は俺の事……嫌いになったか?」

 

「っ……そんなことないッ!!ずっとずっと、大好きだよ……」

 

 

 即答する白。

 こんな質問するまでもなく、答えなど分かりきってたはずなのに。今はどうしても、聞かずにはいられなかった。

 当然でも、当たり前でも、白の口から言ってもらうことで安心したい。自分から言うことはできないくせに、答えて欲しい。

 

 傲慢なのは分かっている。ずっと何もかも不十分だったから、誤魔化して、強がって。でもきっとそれは、弱い自分が許せないとかじゃなくて。

 

 

「白の前くらいは、かっこつけたかったからさ」

 

 

 その想いだけは、紛れもない本心で。

 シュヴィの面影など関係なしに、白を見て、感じて、自分を受け入れた時に出てきた本音だった。

 

 

「きっとまた、見失っちゃうかもしれない。それでも、白の傍にいてもいいのかな」

 

「白が……ダメ、って……言うと思う?」

 

「……ははっ……違いねぇ」

 

 

 白はこんなにも慕ってくれているのに、その気持ちを当たり前のものと軽く見ていた。自分が白をどう思ってるかなんて不確かなものに縋って、悩んで、それでも変わらない。

 ほんの少し前に覚悟を決めたはずなのに、それだって勝手に変わった気になっていただけ。この先だってそうかもしれない。

 それなのに。白は変わろうとしてくれる。

 この世界に来て変わってしまった空を、それよりずっと前から変われないでいた兄を、大丈夫だよって、受け入れてくれている。

 

 

「……しろは……役に、立ちたかった」

 

「白は充分すぎるくらい、俺の支えだよ」

 

「……たくさん、迷惑かけた」

 

「でも、それ以上に助けられたのも事実だ」

 

 

 もう、不安に思わせたくない。心配なんてしなくて良い。

 信用も信頼も、期待も希望も願望も、夢も幻想も全部今はどうだっていい。白がそんなもの必要としてないことも分かってる。

 

 

「本当に、ありがとうな。俺のためにずっと」

 

 

 ありがとう。その一言だけを欲していた。

 空の心を少しでも軽くできればと自分を犠牲に危険な賭けに出た。白に必要なのは守ってくれる存在なんかじゃなくて、むしろ白自身が守る立場にいたいとさえ願った。それを分かってあげられなかったのは、空の落ち度だろう。

 

 今更こうやって理解したところで空はまだ変わらない。変わることができない。今すぐどうこうできるほど空は強くない。

 だから今すぐでなくともいい。どれだけ遅くなってもいい。兄妹なのだから、何度だってやり直せる。そう気付かせてくれたのは白だから。

 

 

「……ごめん、なさい……ごめん……な、さい」

 

「ああ。ありがとうな、白」

 

 

 そう諭すように言う空に。だがぎゅっと空の胸に顔を埋めたまま、抱きつく手に力を込めて。

 緊張の糸が切れて襲ってきた猛烈な疲れに眠ってしまうまで、ひたすらに泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。エルキア王城・片隅の小さな会議室。

 そこに空と白、ステフとアズリール、クラミーと森精種のフィールがいた。

 白は嬉しそうに、空は苦笑いを浮かべ、そしてクラミーは不機嫌そうに。

 

 

「白……頼むからもう少し離れてくれ、喋りづらい」

 

「……ん……だ、め」

 

 

 今朝からもう何度目かというくらいの問答をする空。だが返ってくるのは、予想通り変わらない答え。

 白は一瞬だけ考える素振りを見せるも、妖艶な笑みを浮かべてばっさりと断ずる。その仕草に動揺しそうになるのを、空は視線を逸らして誤魔化す。

 

 昨日、散々泣き疲れてそのまま泥のように寝た二人も、今やその様子はない。ないのだが。今まで空に対してどこかよそよそしかった白は、自分の本音をさらけ出したことで遠慮がなくなってしまった。

 良く言えば素直に、悪く言えば我儘に()()()()

 そのこと自体は嬉しい。嬉しいはずなのだが。

 

 

「……帰っていい?」

 

「おい待てって……もしかして、放置されてたことまだ根に持ってるのか?」

 

「そうね。ついでに現在進行形で放置されてることも気にしてほしいのだけど」

 

 

 誰が先に言うか窺っていた様子の言葉を、クラミーがため息混じりに口にする。

 彼女の言わんとしてることはわかる。立場が逆だったなら空も同じことを考えていたであろう。そう思うと、なんだか申し訳なくなって視線をあさっての方向に逸らす。

 

 

 昨日、白が眠ってしまった後でようやく存在に気づいてもらえたクラミー。否、力なく椅子に頽れるクラミーの姿をした抜け殻は、空の要求により意識を取り戻した。

 

 

 ・要求その一。互いの奪い合った全ての記憶の定着と、奪い合った全ての返還。

 

 

 そして意識が戻るのと同時に、クラミーの怒りがその場で爆発する。だがそんな状態の彼女へ特に謝るでもなく次の要求を淡々と述べると、空も白同様に眠ってしまった。

 実際ゲームに勝ったのは空達で、文句を言われるお門違いなのだが。それでも多少なりとも罪悪感を抱いてるのは空が持つ良心だろう。

 

 

「はぁ……もう、なんでこんなのと共闘しなくちゃいけないのよ」

 

「あん?お前が負けたからだろ」

 

「う、うるさい!わかってるわよっ!」

 

 

 ・要求その二。森精種の少女───フィールの記憶を改竄する権利。

 

 

 一つ目の要求は、記憶を託すことで盟約を使わずにクラミーを味方につけるため。そして二つ目は、フィールに“二重スパイ”をしてもらうため。

 それらは東部連語に勝つのはもちろんのこと、この先エルヴン・ガルドを切り崩すことを見据えての予防線だ。

 

 

「でだ、白はクラミーの記憶である程度意思疎通してるが、俺はからっきしだからな。自己紹介頼む」

 

「……なるほど。なら私の前に“フィー”を紹介しなきゃ説明できないわね」

 

「はぁい、フィール・ニルヴァレンなのですよ」

 

 

 クラミーがちらりと目配せした方にいる、フィーと呼ばれた森精種の少女。

 柔らかそうなふわふわのカールが掛かった金髪から森精種の象徴でもある長い耳を覗かせる、見た目十代中盤程の少女が、気の抜けるような声で自己紹介する。

 

 

「そこの悪魔以外はぁ、気楽にフィーって呼んでほしいのですよ〜」

 

 

 お日様のような笑顔とはこのことか。ふわふわした柔らかい雰囲気のフィールに、しかし悪魔呼ばわりされたアズリールがにゃ?と首を傾げて言う。

 

 

「なんで()()()()()()()()の名前をわざわざ憶えなきゃいけないにゃ?」

 

 

 言ってることがよくわからない、と。元々呼ぶ気などないのにと挑発する。いや、本人に挑発してるつもりはないのだろう。

 それが“本当に理解できない”と素で言ってることに気づいたフィーは、それまでしていた笑顔が若干ひきつる。

 

 自分より弱いと思っている存在は興味すら示さない、それが天翼種。それでも大戦時ならば物珍しさで近づくこともあり、多少は会話も通じただろう。だがそれも昔の話。

 森精種であるフィーではアズリールとの喧嘩の土俵に立つことすらない。本気で相対したとなれば、喧嘩などと生易しいものではなくなるが。

 

 

「フィー。お前がアズリールを敵視してるのは天翼種だからか?」

 

 

 それを見かねて、空が助け舟を出す。

 フィーは少しだけ考える素振りを見せると、思い出を語るように話し出す。

 

 

「大戦末期は、森精種と地精種と天翼種。大きく分けるとこの3つの陣営が争っていましてぇ〜特に天翼種には、何名も犠牲になったと聞いてるのですよぉ」

 

「ついでに、その頃天翼種を指揮していたのがうちだにゃ♪」

 

「なるほどそれが原因か……」

 

 

 大戦末期と言ってももう6000年以上前の話だ。にもかかわらず、その因縁が根強く残っているのはさすがと言えよう。そう簡単に忘れられるものではない。

 斯く言う空だっておそらく───いや。

 

 

「……まあ許してやれなんて簡単には言えないが、せめて東部連合との戦いが終わるまでは忘れてくれ」

 

「ん〜、まあそのくらいは我慢してあげるのですよ〜」

 

「アズリールも、いくら興味がないからって最低限の礼儀は尽くせ」

 

「空ちゃんがそう言うなら……」

 

 

 二人とも納得いかない様子だが、状況をわきまえたのだろう。

 アズリールは『  』(くうはく)の従者で、フィーはクラミーの親友だ。お互い自分から迷惑をかけるようなことをする気はない。にこにこと黒い笑顔で笑い合う二人を無視して、クラミーが語りだした。

 自分の生い立ち。フィーとの関係。そしてフィーの立場。

 クラミーが奴隷だったのは正直驚いたが、本人が気にしてないのに騒ぎ立てるのはお門違いだろう。

 

 

「にしてもニルヴァレン家ねぇ」

 

「はぁい?何がですかぁ?」

 

「粘着質で、恨みは何十代かけてもはらすんだろ?できれば敵に回したくない相手だよ」

 

「わたしはぁ、クラミーさえ傷つけなければぁ、全力でお手伝いするのですよぉ?」

 

 

 なるほど、クラミーの為なら故郷を敵に回しても構わないと。

 大戦時の幽霊の話は語り継がれてるだろうと高を括っていたが、フィーがこの様子ならば万が一事実が露見したとしても問題ない。まあそれ以前にそんな事態にはならないだろうが、と内心思う空。

 

 

「クラミーは目を離すと、すぐこっそり泣いてるからぁ、側にいたいのですよぉ」

 

「な、泣いてないわっ!泣いたことすらないわっ!」

 

「いや、国王選定戦で負けた時、俺に介抱されて泣きじゃくって────」

 

「ああああ違う、違うのよッ!?」

 

 

 サワサワとクラミーを撫でながら言うフィーに反論しようとするクラミー。だが空に指摘されたことに頭を抱える。

 そして飽きる様子もなく撫で続けるフィー。嫌そうに、だがその手を振り払う様子はなくクラミーは声を荒らげていた。それを眺め空は思う。

 

(難しく考えすぎ……なのかな、やっぱ)

 

 相手が誰だとか昔がどうだとか、そんな意味の無い物差しで他人を測ろうとしてしまうのは悪い癖だ。

 この世界とは一生切っても切れない縁なのだとしても、それは今持ち出すべきことではない。

 そう、張り詰めた糸が緩むように、空はフィーに倣うように白を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルキア王城───蔵書室。

 日が沈みはじめ、部屋を照らすのは揺らめくろうそくの火と、空のタブPCだけ。

 いつにも増して真剣なことが伺える、集中しきった顔の二人。

 

 あの後すぐに別れ、だが用事を一つ忘れていたと戻ってきたクラミーは立ち止まる。

 室内には無数の紙が散らかされ、中には潰されたり、×印をつけられたものもある。

 黒板に書き殴られる記号の羅列も、空が引く無数の線も。それが何なのか、クラミーには理解できない。

 だが見当はつく。一つ深呼吸してから、クラミーが部屋に立ち入る。

 

 

「これが、東部連合を破る戦略?」

 

「ん、悪いが白には話しかけないでくれ……って、話かけても気付かないかな」

 

 

 そのやりとりに気付いてもいないのか。

 白は瞬きすらせず、まるで機械のように無数の数式を黒板に刻んでいく。

 

 

「そう。白に話があって戻ってきたけど、また今度にするべきかしら」

 

「白に?……ってああ、記憶を共有してんのか」

 

「ええそうよ。出来れば二人きりで話したかったのだけど」

 

 

 今は無理そうなら仕方ない。そう思ってきびすを返そうとするクラミーを空の声が止める。

 空は作業中の白の肩を軽く叩き、意識を無理矢理引き戻させた。そして白と離れるわけにはいかないとご丁寧に耳栓まで用意し、終わったら呼んでくれと一人作業に戻る。

 

 

「……クラミー?」

 

「少し、腹を割って話がしたくてね。特に空のことについて」

 

 

 きょとんとする白に対してクラミーが出した話題は、空のことだった。

 

 白の頭の中は、クラミーが想像してる以上によく分からなかった。膨大な情報で整理など到底できず、必要な記憶を覗くだけでも一々頭を抱えなければならない。

 だがその中でも一際強く印象付けられていたのは、空との思い出だ。

 

 

「貴方達が二人で一人なのは知ってる。けどどうして空をそこまで信頼できるのか分からなかった」

 

 

 空は不気味だ。

 自分を偽り、何かを隠し、そのくせ白に対してだけは何よりも優先して過干渉。やけに達観してるかと思えば、酷く感情的になることもある。

 全く信用できないというわけでは無いが、元はと言えば今回のオセロはそれが原因で始まったことだろうに。

 

 不完全に完璧で、何考えてるか分からなくて。白が自分の存在意義を見失ってしまうくらい怖いはずなのに、それでも背中を預けられる。その根拠が、白の記憶をある程度見た限りでは見つからない。

 

 

「あなたを突き動かしてるのは、なに?」

 

「それは……だ、だって……」

 

 

 そう質問するクラミーに、だが空にちらっと視線を向けて、少し照れながら白は言う。

 

 

「……白は……にぃの、こと……大好きだから」

 

 

 改めて言葉にするとさすがに恥ずかしいのか、顔を真っ赤にする白。ここに至ってクラミーは、ようやく見落としていた事実に気が付いた。

 互いの存在を賭けたオセロゲーム。結局奪えなかった三つのコマ。己の存在以上に重要だった三つの要素。

 それらが司っていたものが、これだということか。

 

(……なるほど。記憶しか見てないから、()()()()()()()()()()()……ってわけね)

 

 クラミーが終始分からなかった、いや空ですらゲームが終了してなお、読み違えていたことに気付けない【弐】のコマの意味。

 

 

【弐】兄への想い。

 

 

 信頼などという言葉では測れない。ずっと心の奥底に秘められていたであろう気持ちを垣間見た気がして、クラミーは思わず笑みがこぼれる。

 

 

「今の言葉、そこの耳栓してる男に聞かせてやりたいわね」

 

「うる、さい……っ!」

 

 

 クラミーは顔を赤くしてる白に満足気に笑って、踵を返す。

 

 

「別にいいんじゃない?私は応援してあげるから」

 

「よけい、な……おせわっ!」

 

 

 去り際、多くの事がクラミーの脳裏をよぎった。だがそれはあえて語らない。

 ただ一言、振り返って言い残す。

 

 

「頑張りなさいよ。東部連合との勝負(ゲーム)も、空との勝負(恋愛)も」

 

 

 返ってきた言葉は憮然と、だが力強く。

 

 

「……当然」

 

 

 その言葉に目を閉じて、クラミーはエルキア城をあとにした。

 

 

 

 

 




オマケ(本編で書きたかった小話)

ステフ「えっアズリールさん今何歳ですの?」
アズ「にゃ?2万超えてからは数えてないにゃ」
ステフ「むしろそこまでは数えてたんですのね」
※正確には2万6千歳

感想待ってます!


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第拾捌話 無能と阿呆


受験も無事に終わり一段落したので、どうにか投稿。今後は多少ペース上がるかな?
あとタイトルは別に作者の本心ではないです(言い訳)。実際みんな優秀ですからね。



 

 

 

 

 エルキア王城───謁見の間。

 王座の上で脱力して溶けるように身を預けているのは人類種の王、二人。

 

 

「なぁ、いい加減にしろよ東部連合、マジでいつゲーム日を通達してくんの?」

 

「……たい、くつ……」

 

 

 クラミー達との一連のやりとりから、かれこれ二週間が経過した。せっかく引き締めた気も、これだけ待たされるといい加減緩むというものだ。

 そんな空達を普段なら戒める立場のステフも、さすがに言葉が尽きてきた。

 不安そうなステフの脳裏に、ふと一つの可能性が過ぎる。

 

 

「も、もしかして忘れられてるとか。届いてないとか……じゃないですの?」

 

 

 今まで送った書簡がことごとく届いていなかった件を思い出して言うステフ。

 それを聞くと、溶けていた空が身を起こして、これ以上ない程に顔から感情と言える類の物が消えていく。

 

 

「……ほー?だとしたらさすがに見過ごせねぇなぁ?」

 

「空ちゃん、ちょっといいかにゃ」

 

 

 空の怒りが一周まわって冷めていくのとほぼ同時に、アズリールが虚空から姿を現す。

 その手の中の筒に目をとめて、空と白がばっと身を起こした。

 

 

「お、アズリール!それもしかして───」

 

「にゃはは〜東部連合からのゲーム承諾とその日取りについての書簡だにゃ」

 

 

 にっこりと笑ってアズリールは続けた。

 どうやら東部連合とゲームをさせまいとエルキア王城の中で封殺されていたらしい。見つけたのはお手柄だが、それを恫喝してまきあげたのは『十の盟約』に抵触しないのだろうか。

 いやその前に、この書簡を自分に渡していないのは略奪なのでは?そう現実逃避ぎみになる空に、だがステフが頭を抱えて言う。

 

 

「……気付くべきでしたわ……人類種の命運が掛かってるんですもの……ソラ達に対して『虚偽報告をしない』と盟約を交わしていない政府の誰かが、ゲームで“手渡す権利”を巻き上げれば───」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()、ってことか。こんなとこばっか随分小賢しいじゃねぇか……その頭もっと国のために使ってくれよ」

 

「今はソラが人類種の敵ですもの、遺憾なく発揮してるんじゃないですの?」

 

 

 言い得て妙だな、と乾いた笑みがこぼれる。だがその笑みも、書簡の中を確認するとさらに引きつった。

 勝負の指定日は27日。それは同時に今日の日付を意味していた。

 

 

「27日夕方から……って、半日もねぇじゃねぇか!全員急いで支度しろっ!」

 

「わ、わかりま───」

 

「にゃは、いつでも準備出来てるにゃ♪」

 

「……しろ……準備、ばん、たん……」

 

「その兄、空もいつでも準備オールクリアだっ!おいステフお前だけだぞ急げ」

 

 

 すっくと立ち上がっただけで“準備完了”と言ってのける空達に、焦るステフ。

 国家公式戦なのに着替えもしないのかと騒ぐステフへ、“お前はなにを言ってるんだ”という顔で見つめる三人の目が突き刺さる。これが自分達の正装だと言わんばかりに。

 

 

「……わ、分かりましたわよ……もう、このまま行きますわよっ!」

 

 

 異常者の集団の中では正常な者こそ異常呼ばわりされるのは常なのか。

 ソラ達に常識を求めたのが間違ってた。一人そう落胆するステフに向き直る空。

 

 

「じゃあステフ、城の正面に馬車を用意させろ」

 

「あ、空ちゃん、うちの空間転移なら大使館まで今すぐ行けるけど───」

 

「試してみたいが却下だ。ド正門から、堂々と出る」

 

「えっ……ぼ、暴動の最中ですわよっ!?」

 

「だからこそさ。何のために暴動起こさせたと思ってんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルキア首都郊外、国境線ギリギリの位置にそびえ立つ巨大なビル。

 東部連合・在エルキア大使館。

 馬車から降りた空達を、いのが出迎えた。

 

 

「……お待ちしておりました」

 

「よお爺さん、答えは出たか?」

 

 

 顔を合わせるやそんなことを尋ねる空。だが警戒した様子でいのが言葉少なに『では、こちらへ』とだけ応対する。

 先導されて大使館の中を歩く空達の前を行くいのに、言葉はない。返答がないということは、つまりまだ分からないのだろう。

 

 この前はもうちょっと皮肉飛ばしてたのに、と呆れる空。

 空の言ってる意味が理解できないのか、何の話だと首を傾げるステフ。

 ここを訪れるのは二回目なのに、見るもの全てに興味があるのか涎を垂らすような顔で忙しなく周囲を見回すアズリール。

 対比的に小さくあくびを噛んでケータイを弄る白。

 四人が通されたのは、先日と同じ応接間。

 

 

「……では、ゲーム開始時刻まで今しばらく、ここでお待ちを」

 

「あいよ。観客もちゃーんと通してくれよ?」

 

 

 いのが無言のまま一礼して立ち去ると、空は迷わずソファーに横になる。するとステフがそのことで、と尋ねてきた。

 

 

「民衆に暴動を起こさせたって言ってたけど、どういうことですの?」

 

「あーそれな、大衆の()()()()だ」

 

「え……?」

 

「“俺らならきっと勝てる”なんて甘えた信頼はいらねぇんだよ。俺らが八百長で負けないかどうか、血眼になって観戦してくれる連中が必要なのさ。それが結果的に東部連合のあからさまなチート対策になる。

 疑惑の目以上に信頼できる監視はねぇだろ」

 

 

 にっこりと笑う空。

 そして横になった空のお腹の上で迷わず丸くなって目を閉じる白は、ものの数秒で気持ちよさそうに寝息を立て始める。

 

 

「んじゃ、アズリール、俺も時間になったら起こしてくれ」

 

「了解にゃ♪」

 

 

 白に倣うように眠る空。

 数時間後には、全人類の命運を決める勝負が始まる。

 

 

「ほんと、どういう神経してるんですの……」

 

「一緒に休んだらどうにゃ?空ちゃんの書物によれば、人類種の脳は起きてからの数時間が最も性能を発揮するように出来てるそうにゃ?」

 

「こんな状況で寝られる鋼の心臓があれば、そうしたいですわね」

 

「確かに。空ちゃん達が()()()()()()()()()()()と考えれば、状況は厳しそうだにゃ〜」

 

「……っ!」

 

 

 その一言に、ステフの顔が引きつる。よく考えればこれは異様な光景ではないか。

 あれだけ頑なに寝ることを拒否し続け読書に没頭していたソラが、ゲーム直前に策謀するより体力回復を優先させるなど。

 

 

「この勝負、空ちゃん達をして最大性能の発揮を前提としているにゃ。うちも本気で挑む必要がありそうにゃぁ……」

 

 

 アズリールの無機質な眼に、ステフは凍り付く。態度や表情、仕草に至るまで、そんな些細なことでは気付かせないくらいにソラ達は張り詰めていた。

 その事実に気付いてしまえば最後。ステフはゲーム開始までの数時間、トイレと応接室を往復して過ごすことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ゲーム開始時刻。

 

 いのに案内され、一同が通されたのは大使館の中のワンフロア。

 巨大なビルの一階を丸ごと使ったのでは、と思わせるほど広大な四角い広間。壁を埋めるような巨大スクリーン一枚、それが四面に張られたフロアだった。

 そこには、人類の命運を決めるゲームを観戦に来た数百、いや千人に届くのではと思わせる人類種が詰め掛け、疑惑に満ちた眼差しを舞台に向けている。

 

 正面スクリーン前の舞台には、黒い箱。そして五つの椅子が据えられていた。無言でその椅子の一つに正座して待つのは、対戦相手の少女。

 東部連合在エルキア大使・初瀬いづな。

 

 いのに促され、いづなの隣に座る空。順に右へ白、アズリール、ステフが続く。

 着席を確認したいのがいづなの傍らに立ち、手にした書類を読み上げる。

 

 

「では、これより“盟約内容の確認”をはじめます」

 

 

 東部連合大陸代表者、初瀬いづな。

 エルキア国王二名とその従者二名。空、白、ステフ、アズリール。計五名、一対四で東部連合指定のゲームを執り行う。

 

 賭け金。

 ・東部連合『ルーシア大陸に保有する全て』

 ・エルキア王国『種のコマ』

 

 また東部連合が勝利した場合、慣例として“ゲーム内容に関する一切の記憶の忘却”を要求。この要求は全プレイヤー、観戦者を含めた全人類種が含まれるものとする。

 ルール説明はゲーム開始後となる。

 

 

「本当に、宜しいですかな?」

 

 

 メチャクチャな話だった。

 どんなゲームかは賭けた後知らされる?こんな明らかに狂った内容を説明しといて“宜しいですか?”宜しいわけがない。それが観衆全員の思うとこだった。

 だが、それに対してあまりにも気楽に空は『()()()()()()』と一蹴した。

 ただし二つだけ、と付け加えて。

 

 

「俺らが棄権しても、消えるのは“今日のゲームの記憶のみ”だ。不可能ゲー吹っかけて俺らの記憶だけ奪おうって期待は、今のうちに捨てとけ」

 

 

 そしてなおも、いのの目を覗きこむように言う。

 

 

「そして二つ目。“ゲーム中の不正発覚は、敗北と見なす”───『十の盟約』の大前提、そっちが忘れてさえいなければ、何も問題はない」

 

 

 そうあまりに容易く、東部連合が仕込んだであろう罠の一つを切り捨てる空。

 傍目には無謀極まる行動。だが己の敗北など一片も考慮していない様子に観客が、いのといづなが、それぞれ異なる理由で顔をしかめる。

 

 

「……では、同意したとみなし、盟約の宣言を願います」

 

「【盟約に誓って(アッシェンテ)】」

 

「【盟約に誓って(アッシェンテ)】、です」

 

 

 アズリールは迷わず、ステフはためらいがちに、空と白はお互い顔を一瞥してから。

『十の盟約』に従い、相互に誓いの言葉を口にした。

 

 

「……では、はじめさせて頂きます」

 

 

 いのが呟いて黒い箱を操作する。おそらく電源を入れたのだろう。壁を覆う巨大スクリーンに、光が映し出される。

 今まさに人類という種そのものと、世界第三位の大国の大陸領土全てを賭けたゲームが始まる。

 緊張、疑惑、絶望。無数の感情が渦巻きつつも、千に届く観衆が詰めかけた広間は、しかし水底のように静まり返っていた。

 白の隣で、スクリーンを眺めながら空が言う。

 

 

「白、全部終わったら話すよ。これまでの事。俺自身の事……」

 

「……にぃ、それ死亡フラグ」

 

「ははっ悪い悪い。勝とうな」

 

「……うん」

 

 

 ぎゅっとお互いの手を強く握り合って、椅子に背中を預け。そして。

 スクリーンは黒く染まり、空達の意識はスクリーンの中に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 没入していく意識の中、しかし空は冷静に思考を巡らす。

 ゲーム内容は、事前に想定していた通りの『電子ゲーム』。先王が『異世界で行われる』と書いたそれは、意識を仮想空間へと没入させる仮想(ヴァーチャル)現実(リアリティ)───所謂VRのことだった。

 

 そして行われるのは『撃ち合いゲーム』。FPSと称せば日本にもよくあるゲームジャンルの一つだが、VRによる撃ち合いとなれば少し話が変わってくる。

 通常ゲーム内でアクションをとる場合、ボタン一つでシステムが自動的に機能してくれる。そこに自分の意識が介入する余地はなく、システムは組み込まれたプログラムを忠実に遂行する。

 だが現実は不確定要素が大きく関わる。

 

 例えば照準、発砲、装填といった基本動作。これら一つとっても、理想よりだいぶ制限されることになるに違いない。

 体力が減れば動きは鈍るし、精神の乱れはそれだけで銃口がぶれる。常に最善手を打ち続けるにはそれ相応の集中力を維持しなければならないだろう。

 

 どの程度現実を再現しているとか、どこまでを手動で行うかなど、感触を確かめてみるまでこれらはあくまで予想でしかない。

 だが獣人種の特性と、やつらが行うであろうイカサマ、そして観衆の目がある『公開戦』であることを踏まえれば、根本的なゲーム内容が変わることはまずない。なぜならそれ以外のジャンルは必勝とはなり得ないから。

 想定すべきはサバゲーのようなアウトドアのものに近いと見て間違いないはずだ。

 当然挑む側のエルキアにとって分が悪い勝負になる。

 しかし────とそこでロードが終わり、空は思考を強制終了される。そして出現したフィールドに目を見開くこととなるのだった。

 

 

「────────嘘、だろ」

 

「………────」

 

 

 組み立てられた世界は空達を驚愕させるには充分すぎた。

 無数のルール、無数のフィールドを想定し無数の戦略を用意していた。

 だがこのフィールドだけは、まったく、予想すらしてなかった。

 

 

「……すまん、ステフ、アズリール」

 

「え、はい?」

 

「にゃっ!?だ、大丈夫にゃ聞いて、る……にゃ?」

 

 

 ステフとアズリールは戸惑いを隠せないでいた。目の前に広がる見知らぬ景色もそうだが、何より空と白の狼狽える姿がそうさせるのだろう。

 出会った頃と違って最近はこの兄妹が感情的になることを多々目にする。だが今の二人はそれとは異なる、明確な恐怖心が見て取れた。

 

 何をそんなに怯えて、この景色はどんな場所で、どういった意味が込められているのか、ステフとアズリールには分からない。何せそれは空達が頑なに話そうとしなかった内容だから。

 

 そこは間違いない。空達にとっては見慣れた、二度と見たくないと思った、愛しくも憎き、トラウマが詰め込まれた場所。

 

 見紛うはずもない───()()()()()だった。

 

 

「こればっかりは無理だ。すまん、人類種は終わりだ」

 

「ガクガクブルブル」

 

「は……ど、どういうことですの!?あんな啖呵切っといて───」

 

「白が戦えない。それと俺もちょっと想像以上にダメージきてるから役に立たないかも」

 

 

 苦しそうに胸を抑えて膝をつく空と、蹲って頭を抱え震える白。その姿が、言葉が、冗談などではないということを雄弁に語っていた。

 

 

『驚かれましたかな?ようこそ、ゲームの中の世界へ。今回はこの架空フィールドでゲームを行───』

 

「……待て」

 

『───はい?』

 

「確認させろ。ここは()()()()()()()()()()()()、なのか?」

 

『その通りですが、何か?』

 

 

 ナレーション、もといいのの声が響き渡る。それを元に看板を見回して空は冷静に確認する。

 乱立する無数のガラス張りのビルに、アスファルトとコンクリートで構築された世界。確かに東京都心の街並みによく似ている。だが点在する看板の文字は明らかに日本語ではないし、あちこちに鳥居が建てられ気持ち自然が多い。なるほど、よくよく見れば空が知る東京とは微妙に違っていた。

 

 

「つまりここはあんたらが想像して作った人工的な仮想空間だと?」

 

『ええ、御理解が早いですな』

 

脅かすんじゃねぇ!!糞がっ、怨むぞ爺さん」

 

『……何をそこまでお怒りになっているのか……このステージにご不満が?』

 

「不満どころじゃねぇっつの。白なんて虫の息同然だぞ」

 

『それは大変失礼致しました。何せ東部連合の若者に昨今人気の高いSFステージでして、満足いただけると思ってたのですがな』

 

 

 そうだ、落ち着いて考えれば至極当たり前なことじゃないか。この世界はリアルで言う所のファンタジー世界だ。元の世界で思い描いたままのエルフや獣人がいる世界だ。

 それが逆になっただけのこと。こいつらにとっては『現代の地球』のような世界こそ空想の産物。俺が初めて東京を目にした時と同じ感想を抱いても何ら不思議なことは無い。

 

 

「……ガクガクブルブル」

 

 

 トラウマに触れすぎたのか。いのの声さえ聞こえていなかったらしい白は依然として瀕死状態だった。

 どうにか落ち着きを取り戻した空は優しく白を抱きしめると、諭すようにゆっくりと事実を述べた。ここはゲームの中で、外ではちゃんと手を繋いでいて、不安に思うことはないと。

 すると白は若干目が虚ろながらも、気を取り直して立ち上がった。

 

 

「おし、時間取らせたな爺さん。始めてくれ」

 

『……おほん、それではまず、オープニングムービーを』

 

 

 いのの言葉を合図に、フィールドの上空に向こうで見たものと同じ巨大なスクリーンが映し出される。

 

 

『あなたは───モテモテだった』

 

 

 ……オープニングムービー開幕で早くもクソゲー認定しそうになる空。だがゲーマーとしてのプライドが、辛うじて沈黙を保たせた。

 

 

『世界中の女の子にモテにモテて追いかけられる日々のあなた。しかしそんなあなたの心中には、ただ一人と決めている想い人がいるのであった』

 

 

 巫山戯たナレーションとともに映し出されるのは、いづなが可愛く華やかな衣装を着せられた映像。そして大量の獣人種の少女達に追われ、抱きつかれるプレイヤーらしき者の姿が流れる。

 

 

『しかしそんなあなたもあまりに多くの誘惑が続けば、その想いもブレてしまう。多くの誘惑をかいくぐって、あなたは想い人に『愛』を届けられるのか!?』

 

 

 リビン・オア・デッドシリーズ番外

   ラブ・オア・ラベッド2

     〜恋の弾丸あの子に届け〜

 

 

 ───オープニングが、終わった。というか終わっていた。

 何かを堪えるように頭を抱えている空に、無言のまま兄の手を握る白。興味無さげに首を傾げるアズリールの隣で、ステフは意味が分からなかったのかきょとんと呆ける。

 自分の国と人類の命運のかかった大事なゲームにしては、随分とぶっ飛んだモノを用意してきたもんだ。

 

 

『皆さま、足元の箱をご覧ください』

 

 

 言われて一同が足元を見ると、いつの間にか小さな箱が置かれていた。中にあるのはデフォルメされたような、玩具と見紛うほど奇妙な形をした銃。そしてハート形の謎の物体。

 

 

『そちらの銃で、追ってくるNPC達を撃って頂きます』

 

 

 いのが説明を始めると、先程オープニングムービーが流れていたスクリーンの映像が切り替わる。映像内のプレイヤーはいのの言葉に呼応するように銃で狙撃し、ハート形の物体でNPCを爆撃した。

 

 

『時に撃ち、時に爆破し、メロメロにして頂きます』

 

「なるほど、これボムだったか」

 

『メロメロにされた女の子は皆様に愛の力を託して消えます。“めろめろガン”から放たれるのは「らぶパワー」つまり皆様の「愛の力」です』

 

「めろめろガン……?」

 

「……ださぃ」

 

『一方、皆様の誰かがいづなに撃たれますと、いづなの「愛の奴隷」になります』

 

「あのさ……寝返るって言おうぜ?」

 

『世界中の女の子が振り向く中、想い人だけは振り向いてくれない。その愛の力を伝えてメロメロにするのが、このゲームの目的となる───以上、説明書より』

 

 

 つまり片っ端から女の子を振って廻ると。プレイヤーがモテモテな状態で、いづなは空達四人が全員想い人。空達はいづなを単独狙い。

 イラつく設定だが、ようは撃破やゾンビ行為を可愛く言い換えただけだ。銃撃戦や一対四という構図は当初の予定通り。概ね問題ないと言える。

 

 

「ルールを確認 したい、いくつか質問するぞ爺さん」

 

 

 

 一、『(めろガン)』を撃つとエネルギー(らぶぱパワー)を消費する。

 

 二、『NPC』を一人撃破する毎にエネルギーは全回復出来る。

 

 三、『NPC』はエネルギーに惹かれ襲い、触れられるとエネルギーが減る。

 

 四、エネルギーが尽きると『NPC』は寄って来なくなるが、事実上戦闘不能になる。

 

 五、いづなに撃たれると操作不能になる。

 

 六、いづなに撃たれ敵化した味方は、味方に撃ってもらうことで元に戻せる。

 

 七、六の手段でエネルギー切れも回復出来る。

 

 八、ステータスは魔法が使えないだけで全て現実での身体能力を反映している。

 

 

 大まかに振り分ければこんなところか。他には銃は最大十六発や、ボムの所持と使用は無制限など。そういう細かな部分はその都度追って聞くべきだろう。

 具体的なルールの内容を把握し、空は脳内で戦術を組み立てる。そして真っ先に浮かぶ懸念事項といえば、即ち。

 

 

「えーと……ステフ、さっきのルール説明、理解出来たか」

 

「ふ、甘く見ないでほしいですわね。()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 清々しいまでに誇らしげに胸を張るステフに、再び頭を抱えたくなる空。確かに簡単な設定とは言い難いし、FPSというジャンル自体聞くのが初めてなステフにとっては完全に理解の範疇を超えているだろう。

 

 ……いや違う。何を失念していたのか。同じくゲームが初めてで、尚且つステフと凡そ同レベルの阿呆がいるではないか。

 

 

「あ、アズリール。お前はどうだ、分かるか?」

 

「にゃはは〜うちが分かるとでも!?」

 

「こういう時くらいは期待を裏切って欲しかったよッ!!」

 

 

 空と白はもちろんのこと、おそらくステフも運動能力は皆無だろう。対して相手はいづな。ことこのゲームに関して言えば、その強さは火を見るより明らか。

 こちらの勝ち筋としてアズリールに動いてもらうことは必須条件。にもかかわらずこの理解度は控えめに言って絶望的だ。

 

 

「はぁ……もう移動しながら説明してやるから」

 

 

 そう吐き捨てて走り出した空と白を追いかける形で、ステフとアズリールもようやく行動を開始する。

 懸念、焦燥、策謀。様々な思惑がプレイヤー達の間で錯綜していく中、ゲームは幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 




ゲームの設定は一部変更してますが、基本的には原作と同じです。全十六発とかはアニメから。もっと撃ってるようにも見えるけど。
感想待ってます!


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第拾玖話 優勢と劣勢


ごめんなさい調子乗りました早くなるかもとか嘘ですねはい。きっちり2ヶ月経過してるし。
今回空が若干チートじみてるけど、まああの大戦を生き延びたわけだし動きが普通じゃなくてもおかしくないよね。



 

 

 

 

 

 ゲームの開始が告げられると、観戦席から返ってきた反応は多種多様。銃撃戦というジャンルに絶望する者。そのバカゲーっぷりに呆れる者。

 そしてここにも、油断のない気配で落ち着き払った少女が一人。

 

(……フィー、見えてる?)

 

(はぁい、感度良好、クラミーのお目々、ばっちり頂いてるのですよぉ)

 

 人類種のクラミーと違い建物内に入ることができないフィーは視界を共有した上で思念会話。エルヴン・ガルドで生まれたクラミーは身に染みていることだが、他の種族からしたらたまったもんじゃないだろう。

 するとぴくりと、魔法の気配に反応したいのが視線を動かす。そして気づく。“他種族の監視”という存在に。

 

 今回行われるゲームで盟約の条項に盛り込まれているのは、プレイヤー及び人類種の記憶のみ。クラミーが内通している森精種と何らかの魔法によって情報を共有してるのだとしたら、このゲームの全てがエルヴン・ガルドに知られていることになる。

 自分達が圧倒的不利という状況を理解した上で、打てる手は事前に打つ。先王のような無鉄砲とは違った。本気で獣人種に勝つつもりで、そのための策を講じているのがわかる。

 

(この男……どこまで用意周到なのだ……ッ!)

 

 これで東部連合はあからさま過ぎる不正は出来ない。

 ゲームはまだいい。これまで秘匿してきた内容を知られることは痛手だが、それでも致命傷には程遠い。何故ならこのゲームにおいて獣人種が負けることはないのだから。

 だが、イカサマの正体までエルヴン・ガルドにバレたら。どうにでも対策を取られ、今度こそ東部連合は終わる。

『わかりやすいチートしてみろ。テメェらのゲームのイカサマまでバレるぞ』。

 椅子の上で目を閉じる男の薄い笑みが、そう語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 架空の東京を、ビルの合間を縫うように駆ける一同。群がって来る獣耳のNPC達を巧みに回避し撃破しながら、空は未だゲームを理解しきれない二人に教えを説いていた。

 

 

「今のがヘッドショットだ。当たれば一撃必殺、偽装工作もしづらいし上に“討ち取った”という分かりやすい報告になる。だがこれはなるべく狙うな」

 

「えっ、でもソラは先程からずっとそれで仕留めてますわよね?」

 

「俺のはゲーマーとしての癖だから気にすんな。初心者には的が小さくて狙うのが難しいし、そもそもこんな技術必要ないからな」

 

 

 従来の実弾を使ったガンゲーと違い、用いられる銃から発射されるのはエネルギー弾。着弾した位置が急所である必要はないため、基本的には胴体狙いがセオリーと言える。

 ならばなぜ空はわざわざ説明したのか。その答えこそ、このゲームの肝となる『跳弾』と『部位破壊』にある。

 

 

「よし白、銃の性能報告」

 

「……全部、おおまか……単位は、メートル……で」

 

 

 と言い添えてから、すーと白が空気を吸って。

 

 

「弾速毎秒三〇〇、射程約四〇〇、風重力影響無し、直進性、跳弾性能あり、限界跳弾回数は射程に比例して無限、跳弾角度は入射角度に比例で、単純────」

 

 

 と、一気にまくし立て、はぁ、と息を吐いて一言。

 

 

「……つか……れ、た……」

 

 

 計測よりも喋るのが、という様子の妹の頭を、空がわしゃわしゃ撫でる。だが全くもって意味がわからなかったのか、ぽかんとしたままステフとアズリールの表情が固まった。さすがに二人には難しすぎただろうか。

 

 

「あーすまんすまん、今のはただの確認。要は何か遮る物があると弾が跳ね返ってくることだ、覚えとけ」

 

 

 それともう一つ、と空が銃を狙い定め撃つ。

 マズルフラッシュ。そして爆音を伴って飛翔した桃色の弾丸がNPCのスカートにかすり、NPCは消えずに小さなハートを散らせてスカートだけが消し飛ぶ。

 二人の、いや白を含めた三人の冷たい視線を背中に感じながらも、空は気にせず続け様に上着、靴と照準を合わせ消してゆく。

 

 

「こうやって、身に付けた服や装飾品だけに着弾すると当たったモノは消えるが当たり判定はかからない」

 

 

 最も警戒しなければならないのが、この『部位破壊』。空とて気づいたのは偶然だった。NPCが消えるのと服が消えるのに、一瞬のラグがあること。その僅かな違和感を神経質なゲーマーの目が察知したのだ。

 胴体を狙うという行為は、服が密集している場所を撃つことに他ならない。ただ狙撃し合うだけなら単純に相手を撃ち抜くか襲いくる弾丸を回避するしかないが、部位破壊が可能となればそこに新たな選択肢が考えられる。

 

 すなわち、防御。このゲームでは着ている服を叩き付けることで()()()()()

 

 着弾時に弾が消えるか跳ね返るかの判定は、おそらく当たったモノが身に付けられるかどうかだろう。盾に使えるかの判定は服なら脱衣時、装飾品ならそのままといったところか。だからこそ、素肌を晒している頭部や手脚は着弾したかの判断が分かりやすい。

 いづなが撃たれたふりをして不意打ち、なんて古典的な罠を仕掛ける可能性もあるから念の為に話したが、二人の理解度を考慮するなら言う必要もなかったかもしれない。

 

 

「アズリール、設定されてる身体能力はどんなもん?」

 

「魔法が使えない、ってのは“うち自身”の否定みたいなもんにゃ。たぶん物理的な限界ギリギリなんじゃないかにゃぁ……」

 

「てことは今のアズリールにならいづなは互角に渡り合えるってわけだな」

 

 

 想定内の設定とはいえ余裕がなくなったことに内心焦る空。いや、余裕など東部連合に挑むと決めた時から感じていないが。

 アズリールは『あんなのと互角……』と嘆いてる様子だが、いくら天翼種が馬鹿げた性能であろうと魔法が一切使えない状態では格段にパフォーマンスが落ちる。この仮想空間という状況下に限った話なら獣人種は他のどの種族をも圧倒し得るのだ。なぜなら獣人種には『血壊』がある。

 

『血壊』────物理限界に届く身体能力を有する獣人種の、その中でも更に一部の者だけが使える力。使用時は瞬間的には物理限界をすら突破する。

 獣人種だけに許された、他種族を食らうための武器。その唯一無二の武器を、自分達のテリトリーで使えないはずがない。

 

 

「まあ、()()()()で勝てると思っててくれるならやりようはいくらでもある」

 

 

 空の口元にうっすらと笑みがこぼれる。

 彼等は自分達の得意分野である『身体能力にもの言わせた戦闘』を行う舞台に引き込んだつもりなのだろう。だから彼等は気づかない。いや、気づけるはずもない。このゲームなら、万に一つも此方に負けはないことを。

 

 

「用意はいいな?」

 

「……しろ……ばっちり……」

 

「わ、私あまり自信が無いのですけど……」

 

「落ち着けステフ。お前ならやれるさ」

 

「まーなんとなーくだけど、了解したにゃ♪」

 

「よしっ、なら手筈通り頼むぞ」

 

 

 不安の残る返事だが、心配には及ばない。これまでそうだったように、これからもそうであるように。人類種は人類種らしく、弱者なのだから弱者らしく、いつも通りに。

 さあ、そろそろ始めよう。

 

 

 

 “獣狩り”だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空達から数百メートル離れたビルの八階。小さな窓が一つあるだけの倉庫に、いづなは身を潜めていた。

 敵は四人、自分は一人だ。それが不利とは思わないし、加えて最も警戒していた天翼種がゲームの理解に乏しいのは嬉しい誤算と言える。

 

 油断はしない。だが自信はある。元より負けるつもりなど毛頭ないし、ゲーム内容を考えれば圧倒的に此方に分がある。だからこそ、焦らずまずは敵の戦力分析に徹していたいづな。

 そのいづなの視界がふと、桃色の閃光によって染まる。一瞬遅れて轟音と衝撃が訪れたことにより、その正体が空の手から投げられた『ボム』だと理解する。だがこのボムは今までとどこか違うように感じた。

 空達がボムを使う姿は数回ほど目撃したが、それはあくまで威力や範囲を確認するためでしかない。しかし今の一撃はいづなが息を潜めるビルを揺らした。

 

 まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ありえない。そんなはずはない。頭では分かっていても、湧き上がる感情がその事実を受け入れることを拒絶する。

 ゲームが開始してから今の今まで、いづなは空達から距離を取り観察に徹していたのだ。後をつけてくる様子はなかったし、呼吸以外は物音を立てないよう努めた。たとえ獣人種の五感があっても特定は不可能なはず。

 

 

(この足音は────空、です)

 

 

 だがそこから目を逸らすわけにはいかない。いづなは警戒レベルを僅かに引き上げる。遠くに聞こえる乱れた呼吸と床を蹴るような足音が、このビル内を徘徊するNPCから空が逃げているのが分かる。だが近づいてくる足音はあまりにゆっくりで拙く、とても脅威とは思えなかった。

 いや空だけではない。白もステフも、人類種など戦力としてみてすらない。

 どんな卓越したゲームの腕があろうが人類種の反応速度ではいづなに近づくことも、近づかれるのを察知することさえ不可能。それにどのみちこれで終わりだ。

 

 獣人種の五感をフル稼働させ、倉庫外のフロアを駆ける視界に入らない空へと引き金を引く。

 爆音と閃光を散らせて銃口から飛び出した弾丸は、正確無比に、僅かに開け放たれた扉の隙間を縫って飛翔。壁に当たりハートを散らせながら跳弾して、確実に空の額を射貫かんと迫る。

 空には見えない場所からの、偏差まで織り込んだ跳弾を利用した曲芸射撃。万に一つも外すことはなく、着弾は逃れられない。

 ───そう思っていた。

 

 

(……どうなってん、ですッ!?)

 

 

 毎秒三〇〇メートルの亜音速で撃ち出される弾丸を正面に捉えると、空は体を大きく仰け反らせやり過ごす。いづなが不可能と判断した回避を空は見事に成功させた。

 でもどうやって。そもそも人類種には、たとえ目が追い付いたとしてもそこからの回避行動が間に合わない。まさか偶然かと、念の為に再度空へ銃口を向ける。

 二度の跳弾を経て放たれた弾丸は、今度は空の胸元へ。だがなおも空はそれに反応し、真横に跳ぶことで危機を脱する。多少動きが大袈裟すぎる気はするものの再び成し遂げた完璧な回避に、いづなはこれまでの認識を改める。

 

 人類種の身体能力は高くない。それはシステムが、視てから動き出したら避けられないと証明しているため間違いない。つまり空は、()()()()()()()()。予備動作は弾が視界に入る前から既に始まっている。此方が狙いを定める間はあんなにも非力そうだったくせに、ひとたび発砲すれば身に纏う気配はまさしく歴戦の猛者そのもの。

 無論、何度も撃ち続け弾幕を張ればいつかは当たるだろう。だが近づいてくる空の不気味な笑みが、得体の知れない恐怖を抱かせる。故にリスクを冒してでも直接戦闘で仕留めるべきと判断。部屋を飛び出し時間をかけず速攻でかたをつけにかかる。

 いづなを見た空は反撃に出る様子もなく、むしろ予定通りであるかのように一目散に来た道を引き返した。階段を駆け下りる空の背中は明らかに丸腰。そんな隙だらけの相手をいづなが見逃すはずもなく、跳弾を駆使して狙撃する。だがこれも軽快なステップで全て躱してしまう。

 まるで後ろに目でも付いてるんじゃないかと錯覚させるノールックモーション。なるほどやはり回避に関して言えば一級品だ。できれば今ので倒したかったが、わざわざ自分から撤退してくれたのに追いかける必要もない。冷静になった思考がいづなをその場から去らせ、次の拠点を探すために動き出させる。

 

 だから気づけなかったのだろう。

 このゲームが始まって、初めていづなは敵に背を向けた。それは奇しくも先程空に対して隙と思った状況と同じであった。

 

 

「よし白、行ってこい!」

 

「……了、解……」

 

「な……ッ!?」

 

 

 それは一瞬の出来事だった。いづなが空達に背中を見せたほんの数秒。その数秒で、いづなの元には視界を覆うほどの弾丸の嵐が訪れた。いづながそれらを避けられたのは獣人種の身体能力があったからこそ。もしあと一瞬、一秒でも反応が遅れていたら、降り注ぐ弾丸に全身を撃ち抜かれていただろう。だがそれもつかの間、白は次の攻撃の狙いを定める。

 着地する位置を予測し放たれる追撃。再び回避を余儀なくされたいづなは、反射的に跳んだ。砕けるような力で床を蹴ると、逃走用の別階段を目指すべくそのまま曲がり角を駆使して白の視界から外れる。だが白はそれすら読んでいたのか、壁に跳弾させることで避けられた弾丸をいづなの進行方向に転換する。

 

 見えない場所から追尾するかの如く次々と降り注ぐ弾丸。相手は白。いづなが最も警戒していなかったプレイヤーだ。だというのになんだこの射撃精度は。どうにか反撃に出たいが、白の悪魔的な偏差射撃が銃を構えるだけの隙を与えてくれない。しかも同時にNPCを倒すものだからエネルギー補充も万全。逃げ道が徐々に塞がれ、ぞくりと背筋に悪寒が走る。

 どうにか駆け足のまま階段を跳び上がり、扉を蹴破って屋上に逃げようとする。だがそこにはタイミングを見計らったように移動してくる人物が二人。

 

 

「ちょっ、アズリールさん待っ……ひゃっ!?」

 

「作戦通り。流石は白ちゃんってとこかにゃ?」

 

(───嵌められた、です!?)

 

 

 驚愕に喘ぐいづな。前から来るのはアズリールと、アズリールに抱えられたステフ。これはまずい。屋上へ行くのは危険すぎる。けれど後ろからは白が迫るというのにビル内へ戻るという選択肢は実質的にない。ならば、ここまで来たらやれることは一つ。隙を見てこの二人のようにビルからビルへ移動するしかない。

 現状最もヤバい相手は天翼種であるアズリールだ。討ち取れるならそれが一番理想的だが、時間がかかりすぎるしその前に白が追い付くから難しいだろう。この場合狙ってくる弾を迎撃するだけでも上出来と言える。なにより一番の悪手は、逃げることばかりに気を取られて何も対策をしないこと。そして背中を見せることだ。いづなは屋上に出るや否や、迷わずアズリール達のいる方へ正面から突っ込む。

 

 アズリールが銃を構えるといづなはボムを投げつける。これは目くらまし。迎撃しても爆発に紛れて逃走を許してしまう。即座に断じると、アズリールは爆発の範囲外ギリギリまであえて避けに行く。その間にいづなは跳躍。ボムの爆発による爆風を利用して屋上を横断する。

 いづなに脱出のタイミングがあるとするならここしかない、最適と言える瞬間。だがそれ故にリスクも大きかった。足場のない空中へ、アズリールとステフが左右から狙う。いかに獣人種の身体能力があろうが、空は、飛べない。回避行動が大きく制限される中、たった数回のアクションでこの二人の集中砲火を捌かなければならない。

 

 爆音に隠れて微かに聞こえた発砲音はステフから二発。連射というには些か少ないが、ゲーム自体初めてなステフの限界を考えれば今はこれでもギリギリなのだろう。なぜならステフは愚直なまでにいづなしか見ていない。やって来るのは当てるために全神経を集中させた二発。だがいづなは体を捻り、目視で避ける。

 遅れてアズリールからは四発。ステフより弾数は多いが、初撃を最小限の動きで避けられたおかげでいづなの余力は十分。次も避けられる、そんな確信があった。

 そして真っ先に飛んできた一,二発目は、だがいづなに向けられてはおらず。いづなの服の隙間を縫うようにかすめ、通りすぎる。この弾は避ける必要はない。いやむしろ、避けようとしてはいけない。動いたら当たってしまうと気づくと、慣性の法則に従って動く体を無理矢理引っこ抜いて止めた。元々軌道上になかった弾丸は、そのままいづなを素通りし空を切る。

 だが────

 

 

(もう避けられねぇ、ですっ!!)

 

 

 本来動けるはずだった体に急ブレーキをかけた結果、当然力は逃げてしまう。今のいづなに、アズリールの三,四発目を避ける術はない。

 咄嗟にいづなは腕を大きく振り上げた。軌道上にひるがえった振袖の袂にアズリールの弾丸が鋭く突き刺さり、消し飛ばす。

 弾丸ごとハートを散らせて消えるそれは、事前に聞かされていた通りの防御。だがそれは既に想定済み。そしていづなには他にもまだ誤算があった。この場でいづなを狙撃していたのは白、ステフ、アズリール()()()()()()ことに。

 

 

(ここまでが、計画通りだとしたら、です!?)

 

 

 ばっ、と顔を下ろせば、いづなが今まさに脱出したビルの入口付近から空が銃口を向けているのが見えた。白の攻撃から始まる一連の流れは、全てこの三点同時攻撃に収束される。

 空が囮として登場し、また攻撃もせず引き返したのも、いち早くビルの下に陣取るため。そして屋上から脱出を図るいづなを真下から狙撃するためだった。

 

 空から放たれる弾数、およそ五発。反撃、不可能。回避、不可能。ならばもう一度防御をと二枚目の振袖を犠牲にするが、いかんせん数が多い。ゆえにいづなは体勢を崩したまま、両足の靴を脱ぎ捨て弾丸にぶつける。

 満身創痍。盾代わりにするための服もほとんど残ってない。それでも()()()()()()()()()()凌ぎ切り、隣のビルへ降り立つ。そのまま即座に跳ね起き、本物の四足獣さながらに駆け去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……仕留め……はぁ……そこね……た……」

 

「白のせいじゃないですわよ。取り逃したのは私達ですし」

 

「そうそう、誰かさんの弾はあっさり避けられてたし、あれはもう仕方ないにゃ〜」

 

「あの……なんで私なじられたんですの………」

 

「気のせいじゃないかにゃ♪」

 

 

 まだ爆煙が立ちこめる屋上で、白は激しく呼吸を乱していた。いくら精密機械のように動き、コンピューターも真っ青な演算を行おうとも、その身は僅か十一歳のただの少女だ。まして向こうでは兄妹揃ってヒキコモリ。現実のステータスがそのまま反映されるこのゲームにおいて、白の体力は壊滅的にない。

 打って変わって屋上までアズリールに抱えられて来たステフと、存在自体がチートじみたアズリールはまだ余裕があるといった様子だ。だからこそ自分達が仕留められなかったことはよほどショックだったのだろう。二人の表情は、口から出た言葉に反して随分と険しかった。

 

 

「でも空ちゃん、あいつ逃がして良かったにゃ?うちなら白ちゃん一人抱えても十分追いつけるのに」

 

「……なら逆に聞くが、いづなが血壊をしてきたらお前一人で勝てるのか?」

 

「うぐっ、そ、それは……」

 

「言ったろ、()()()()()()()()()()()()んだよ」

 

 

 そう答えるのは、下からいづなを狙撃していた空。戦闘を終えたアズリールが、白とステフを抱えて空が待つビルの一階、入口付近まで運んできた。

 ゲーム開始前、空がアズリールに話したのは“一対一で戦うな”というもの。白が体力を切らした今いづなを追いかけたところで、白はまともな戦力になり得ない。だがそんな此方の事情を知らないいづなは、追い詰められれば容赦なく血壊を使うだろう。すると誰一人としていづなを相手にできるものはいなくなる。

 

 そう、大衆の目には空達が圧倒的に優位に立ってるように映ったことだろう。 だがその実、空達はいづなに接近された時点で“詰む”のだ。

 彼等は自分達の勝利を微塵も疑ってないし、人類種ごときに後れを取るとも考えてない。故に切り札を切るのは本格的に危険を感じた時のみ。逆にピンチでもない限りは素の力だけで戦うことを選ぶ。それは彼等なりの、東部連合という世界三位の国に所属する者としてのプライド。そしてそこにしか、人類種の付け入れる隙はない。

 

 

「まあ第一目標は達成できたし、ひとまず移動するぞ。アズリール、白を休ませる為にそのまま抱えといて────ッ!!」

 

 

 ────パァン。

 

 

 空が最後に目にしたのは、最悪を告げる弾丸だった。

 

 

 

 

 




見事な死亡フラグ回収、詳細は次回。
次こそはきっと早く更新してみせますわ……。
感想待ってます!


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第弐拾話 後悔と挑戦


難産でした。
いやいやほんとマジで。
感想来ないし妙にモチベ上がらないし。
というわけでみなさん感想ください(乞食)



 

 

 

 

 

「………ぇ?」

 

 

 唐突に聞こえた着弾音。

 音が消えていくのに比例してゆっくりと膝から崩れ落ちる空に、その場にいた白達は皆一様に言葉を失う。

 画面越しに見ていた観衆は、空が完全に動きを止めるとようやく事態の深刻さに気づく。

 空はエルキア陣営の所謂リーダー的存在。

 その空が撃たれること。それは即ち、此方の精神的支柱を一つ失うことに他ならない。

 

 

「……アズリール、上……っ!」

 

 

 このタイミングをいづなが見逃すものか。再度攻撃を仕掛けるに決まってる。

 予想を確信と断言し、上空に向かって白が投げたボムを、アズリールが撃ち抜く。

 

 炸裂する閃光。

 だが先程体力を使ってしまった白は迎撃するまでの余力は残っておらず、自分の力で動けたのはそれまで。

 抱えてくれているアズリールに体を全て預けると、白の脳は驚異的な加速を見せる。

 

 

 

(……集中……しな、きゃ……やられるッ!)

 

 

 

 動けなくともやれることはまだある。

 どうする事が最適か、自分の役目を理解している白は、作戦を練ることに徹する。

 だが焦りが緊張を生み、思考を鈍らせる。

 いづなが戻ってこれたのはなぜ、冷静になるのが早かったのはどうして。そうした今気にするべきではない疑問が次々と頭に浮かび、考えがまとまらない。

 

 逆にアズリールはと言えば、此方もあまり好調とは言い難かった。

 彼女に白のような精密射撃はできない。

 そもそも戦闘において武器など使ったためしがない。

 故に直感と弾数頼りの直線的すぎる戦法を取ってしまう。

 指示されれば指示された通りに撃つことはできてるものの、白が何も言わない時は自分の感覚に縋るように四方八方へと乱射を続ける。

 

 

 頭脳派の白と感覚派のアズリール。全く異なる戦闘スタイルの二人だが、お互いが自らの役目を全うすれば、いづなに対しても充分効果的な戦術だった。

 

 

 射撃可能時間まで織り込んだいづなの行動パターンを瞬時に計算すると、指示を受けたアズリールは白を抱えたまま連射する。

 白のリアルタイム演算。

 アズリールの身体能力。

 単純な方法であるからこそ、いづなは対応することができない。

 それに、アズリールに古の大戦を過ごした経験があるのも大きい。元々神殺しの兵器だった彼女の戦闘センスは高く、直感も他とは比べ物にならないほど洗練されていた。

 

 確かにいづなはこれまで何度もこのゲームをプレイしてきただろうし、ゲームの特性は誰より熟知してると言える。

 だがこと、戦いというジャンルにおいて、アズリールが踏んできた場数はいづなのそれとはまるで違う。

 

 

 くぐってきた修羅場の数も。

 強敵や格上と殺り合った実績も。

 

 

 その事実を物語るように、ボムの爆風で見え隠れしていたいづなの影が少しづつ遠のいていくのが見て取れた。

 相手に攻撃の手番を回さない見事な連携。

 だがそこまでの力を発揮して尚、いづなを討ち取るまでには至れない。

 

 

 

(時間がない……早く、にぃ……)

 

 

 

 タイムリミットが迫る。

 いづなに撃たれた空は未だ地面に倒れたまま。ピクリとも動かず、言葉すら発しない。

 

 

 ───弾が命中してからきっちり十五秒の操作不能状態。

 

 

 意識は持ったままだし攻撃もしてこないが、立場上は敵のこの時間。今ならまだ間に合う。

 どうにか隙をついて撃ち返すことができれば、空が敵化するのを未然に防げる。

 

 そう、十五秒。そのごくわずかな時間が運命を分ける。

 愛の奴隷状態は機能が完全に停止し、自分をコントロールできない。空が攻撃に参加しない今でなければ、取り返すのは非常に厳しくなる。

 

 

 

「白ちゃん、あと3秒!」

 

「っ……」

 

 

 タイムリミットが迫る。

 いづなを討伐するどころか退けることすら叶わないこの状況。此方が気を抜けばその一瞬を好機と捉え、すぐさまいづなは攻戦に打って出るだろう。

 もはや一刻の猶予も許されない。

 早急に空を取り戻さないと不味いが、いづながいる以上、弾丸一発の狙撃時間ですら惜しい。

 

 どうする。このまま空を失うことだけは絶対にあってはならない。だがまともな対策らしい対策も浮かんでいないのに空を撃てば、実質的にアズリールを捨てることと同義。

 空を救うにしても、そこから逃げることまで考えなければ意味ない。操作不能状態の空と体力の少ない白だけではいづなの狙撃を逃げ切るなどほぼ不可能。

 空を救い、いづなに撃たれることなくアズリールと脱出する方法。

 何か手は無いのか、文字通り必死になって頭を回す白。苛立ちにも似た感情が募る。戦力不足が否めない今の状況、もはや悠長な事は言ってられない。

 

 

「……ステフ、撃って……ッ!」

 

「えっ……はっ、はい!」

 

 

 ギリッと歯ぎしりし、その名を口にする。

 正直頼りたくなかった。

 空が撃たれてから状況を理解できず立ち往生していたステフが、白の命令口調によってようやく動き出す。未だ混乱する頭を無理矢理働かせ、銃を突き出し空目掛けて引き金を引く。

 

 

 周囲の音や視界が悪いせいで着弾したかの確認ができない。

 どうか間に合ってくれ。当たっていてくれ。

 そんな白のほんの些細な願いに、だが現実はあまりにも無慈悲に絶望の二文字を突き付ける。

 

 

 

 ────そこにいたのは、光のない目で白に銃口を向ける空の姿。

 

 

 

 

「アズリールッ!!」

 

 

 

 白の声にアズリールが即座に反応すると十メートルの距離を一歩で踏み抜き、ステフを抱える。そして続く二歩目には五十メートル先まで一気に踏み出し、低層ビルの屋上へと跳躍した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いづなから逃げることおよそ五〇〇メートル。屋上から屋上へ、そして地上へと降り立ったため既にいづなの姿は見えない。周囲を見回し敵がいないことを確認すると、アズリールは白とステフを下ろす。

 

 依然白の焦りは拭えない。結局いづなを仕留めることは叶わず、加えて空もいづなの手に渡ってしまった。

 ステフとアズリールは、見た事もない白の表情にどうしたらいいのかと不安が募るばかり。

 

 ここから先どう戦うのだろうか。敵の位置は、周囲の状況は、事前に準備していた策は、それとも次の作戦が────と思考していると、アズリールの背後から一つの影が真っ直ぐ此方へ飛来した。

 この一発こそが、後に戦況を変える大きなきっかけとなることを彼らはまだ知らない。

 再び向けられた最悪を告げる弾丸は、誰の目にも留まらず、次第に恐怖となって降り注ぐ。

 

 

 

 ────パァン。

 

 

 

 ほんの数分前にも聞いた着弾音。それが今度は撃った人影すら見せることなく鳴り響く。振り返ると視界に入ってきたのは、その場に倒れ込むアズリール。

 ステフは、そんな光景に驚愕していた。

 身体能力が頭一つ抜けてるアズリールが。

 誰より戦闘に慣れていて、常に警戒を怠らなかったアズリールが。こうもあっさり狙撃を許し、避ける素振りすら見せず意識を失っている。

 

 

「い、今、何が起きたんですの!?」

 

 

 ステフの声に、白は漸く我に返る。

 自分の判断が甘かったせいで、今の状況が出来上がってしまっていた事に。

 今の狙撃、撃ったのは間違いなくだ。

 長距離射撃は空の得意とする技術の一つ。遠方から音もなく飛来した弾丸は狙われてることを察知すらさせず敵を射抜く。

 

 空にとって()()()()()()()()()()()()()、相手の居場所さえ分かれば難なく当ててくるに決まっている。

 

 だが、気付いた時にはもう遅い。

 アズリールは既に撃たれた。

 そして空の狙撃が、一発で終わるはずない。

 広い視野でフィールド全体を見通し、数百メートルの距離をものともしない空の魔弾が、間髪容れず白とステフを襲う。

 此方の手が届かない場所からの集中砲火。分が悪いどころの話じゃない。地の利は完全に彼処にある。

 

 

「っ……ステフ、走って」

 

「えっ、で、でも……い、いいんですの?」

 

 

 振り返ったままステフが確認する。

 ここでアズリールを失うのは明らかな失策。そんなの当然白だって分かってる。空同様に今すぐ取り返さないと味方に戻すのは困難になる事も。

 だがあの時とは状況が違う。それも、あの時以上に最悪な形で。

 

 その光景は、死そのもの。

 白が指示した次の瞬間、二人の眼前には想像を絶するほど大量の弾丸が迫っていた。

 警戒の薄い着地時の隙を突き、最初の一発で反応を遅らせ、残ったエネルギーを限界まで絞り出していく。

 今の空には、ただ遠くにいる白達を攻撃する事だけ、ただ、自らの持てる力を出し切る事だけ考え、ひたすらに集中力を高めていく。

 

 その硝煙弾雨に、ステフは唖然とした。

 なんだ、あの異様な数は。なんだ、その見た事の無い暴力的な狙撃は。

 漸くステフは、自分のしようとしていた事の浅はかさを痛感する。なぜ白が撤退の指示を出したのか。その理由を、意味を。

 

 アズリールを放置していいのかだって?

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 けど、だからといって何ができる。この弾幕を前にまだ戦力云々なんて悠長な事言ってたら、それこそ取り返しがつかなくなる。

 今は私情を挟んではいられない。アズリールにかまう事はマイナスだと、白は無意識に判断したのかもしれない。

 最悪の場合、全滅。

 

 

「……いそ……い、でっ」

 

 

 白が言葉と同時に、ボムを握り締めた右手を全力で振り抜く。

 直後に銃弾とぶつかり、炸裂。発生した閃光が空の視界を奪い、追撃の手を一時的に遅らせる。

 ステフは我に返り、その隙を突いて脱出。白と共にその場を離れるべく走り出した。

 

 その際ダメ押しとばかりにアズリールを撃った白だったが、抱えて走る体力も無い二人にはそれ以上どうすることもできず、結果本当に放置する形になってしまう。

 ただし復活までの十五秒とそこから更に逃げるための時間まで考慮すれば、その後アズリールがどちら側に付いたかは容易に想像できた。

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……シロ、この状況……かなり不味くないですの……?」

 

「……わか、ってる……ッ!!」

 

 

 

 空の攻撃の手が届かない屋内を目指し、廃ビルへと向かった二人。ここなら狙撃される心配はもうないが、それも単なる一時しのぎ。

 走ってばかりで体力の消耗が激しい白達に対して、敵は切り札を残したいづなと、ほぼ無傷の空とアズリール。

 

 ステフの危惧した通り、状況は絶望的。

 

 これで寝返ったのが空だけならまだ対抗方法はいくらでも考えられた。

 例えば、アズリールをいづなにぶつけて、足止めしている間に白が空を取り戻すとか。勿論アズリールは奪われるだろうし白が空に勝てるとは言い切れないが、十分現実味のある作戦だ。

 

 だがその願いは叶わない。

 アズリールはやられた。敵は三人。

 三対一にしたって、相手が悪すぎる。

 

 

「……負け……っ!ちが……」

 

 

 即ち、敗北。思わず口をついて出たのを、白が慌てて否定する。状況を鑑みれば真っ先にその考えへ行き着くのは自明の理だった。

 どうする。アズリールだけでも取り戻しに行くか?だがいづなや空が来たら?否、そもそも勝てるのか?

 

 

「……しろ、が……やら……やらな、きゃ……」

 

 

 今にも消えてしまいそうな、銃もボムも地面に置き、力が抜けたように俯き座り込んで白は途端にそう発した。

 悲しくはない。だから、泣いたりしない。これくらいの逆境、泣くものか。

 その瞳に浮かぶ涙を、ぐっとこらえる。

 勝算が全くないわけじゃない。まだ戦える。

 白がやるしかないんだ。

 

 挫けそうな心を奮い立たせ、白は立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………シロ。相手がもし二人なら、シロなら勝てますわよね?」

 

 

 ────その白の決意を、ステフはよしとしない。

 

 

 白は色褪せた視界の中、確かにその姿を目に入れる。

 その少女は、白と同じように、いや白よりずっと覚悟を持って。

 半ば挫けそうになった心をこれ以上折らせまいと、安心させるように白の正面から、決意に満ちた表情を見せつけた。

 

 白はそんなステフの言動に目を見開き、そのあまりにも突拍子のない言葉でぐちゃぐちゃになった思考を全て持ってかれる。

 

 いいや、本当はわかっている。ステフが思いつく程度のアイデア、白が理解できないはずないのだから。

 一瞬、何を言っているのか分からなくなるほどに、その一言は残酷だった。

 

 

「っ……だ、だめ……!?」

 

 

 だってその考えは作戦考案段階で切り捨てた。

 忘れていたのではない。何せ、あの時とは状況がまるで違う。

 指示を出して撃たせるだけならともかく、それをさせれば自ら死にに行くようなもの。特攻どころか自殺行為もいいとこだ。

 

 それが分からないほどステフは愚かではない。

 白が意図して自分を頭数から外したことも、今の一言だけで察した。

 なのに。

 ステフの表情は真剣そのものだったが、やがてすぐに笑みを零す。

 

 

「私でも時間稼ぎくらいにはなる。それに、そんな顔したシロを一人で行かせるわけにはいかないですわ」

 

 

 自らの思いの丈を、心の底からの気持ちを、言葉にして伝えたような、そんな声。

 いくら取り繕ったところで、寸前まで出かかった涙をなかったことにはできない。白の拳は強く握り締められていて、それでいて震えていた。

 ステフは、分かっていた。

 白だって三人を相手にするのは怖い。

 怯えてるのだ。負けることに、自分のせいで勝てなくなることに。

 

 

「……」

 

 

 けれどこれ以上誰かを失うのはもっと怖い。

 優しく語りかけるステフの姿が、何かに縛られて生きていた、かつての兄と重なる。

 もう独りは嫌だ。

 もう誰も失いたくない。

 自分のせいで誰かが傷付くくらいなら、自ら進んで犠牲になろう。

 それだけで、命を張るには充分な理由だった。

 

 だから白一人が頑張れば済むだけのこと。ステフが危険を冒す必要なんてない。

 そう、思っていたのに。

 

 

「ここで膝を抱えて縮こまっても何も解決しないですもの。なら、私は立ち向かいたい」

 

 

 その揺るぎない言葉の数々に、白は何も言えない。ただ困惑した表情で、彼女の言葉を聞き続ける。

 白はステフの考えを理解している。理解しているからこそ、気付いてしまった。

 ステフももう、後には引けないのだと。

 

 

「アズリールさんの相手、私にさせてくださいですわ」

 

 

 故にその言葉を、止めることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────夜の街中を、一人の少女が走る。

 

 

 薄暗い道、進む内に次第とNPCの気配は肌で感じられるほどに増える。途中に蔓延るNPC達を躱し、その隙間を縫うように走る。多数の時は撃ち抜く。

 何かを求めて。何かを成す為に。

 暗がりで先が見えない。未知の恐怖がステフを襲う。怖くないと言えば嘘になるだろう。だが構いはしない。この足を、止めたくない。

 

 

「……シロがやらないと、いけない……でしたわね」

 

 

 白の言葉を、音にする。

 彼女が何故あそこまで独りで頑張るのか、ステフには分からない。

 ゲームをしていれば、強くなりたいと思うのは誰しも共通の欲望である。ゲームでなくとも大抵の者は、自分の手で何かを成したいと願う。

 

 だが白のそれは、そんなよくある望みとは少し違う気がした。

 もっと必死で、切実な理由があるような。

 

 

 

(……泣きそう、でしたわね)

 

 

 

 脳裏に浮かぶ、独りで戦うことを決意した白の表情。あの悲痛に満ちた顔が頭から離れてくれない。

 その拳を、強く握り締める。悔しそうに、その怒りをどうしようもなく鎮める。けれど、収まってくれなくて。

 

 ────ずっと、後悔していたのだ。

 

 初めて二人に会ってから、頼りっぱなしだった事を。あの時から、白は空に少なからず劣等感を抱いていたのだろう。けどそれは、ステフも同じだったのだ。

 アズリールとのしりとりの時も、クラミーとのチェスの時もそうだ。ゲームは二人に任せ、自分は敵を引き付けるだけ。クラミーの時は、何も出来ずに眺めることしか出来なくて。

 募るのは後悔ばかり、助けてもらっていたのは自分ばかり。

 

 自分は空と白に、何かしてやれただろうか、と。

 

 思い出す。ここに至るまで、自分はあの二人に何度も救われて来た事を。クラミーを倒し、国王になり、内政を安定させ、図書館を取り戻し、アズリールを引き込み、東部連合のゲーム内容を暴き、獣人種に喧嘩をふっかけ、勝負の場を与えてくれた。

 自分はここまで何度も、彼らに甘えてきた。

 

 

 何度も、何度も。

 

 

 

(きっとシロもこんな気持ちだったんですわね)

 

 

 

 自分よりも年下の少女に、つらい決断をさせてしまった。そんな意識に苛まれそうで。何も出来なかった自分を呪うばかりになりそうで。

 もし間違えれば、此方は全滅していたかもしれない。そう思うと、空が奪われてしまった時の事を思い出して。

 

 頼られる可能性もなかった悔しさが。

 頼られることなく安心してしまった不甲斐なさが。

 戦力にすら見られない自分自身がどうしようもないほど情けなかった。

 

 

 

 ────いつからだろう。

 

 

 

 エルキアの為、人類種の為と躍起になって奮闘していた自分が、こんなにも他人任せになったのは。

 

 

 

 

 空と白に全て頼りきりの、酷く惨めな人間になったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその現状を、“まぁいいか”なんて思うようになったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「NPCが騒がしいと思って来てみれば、なるほどキミかにゃ」

 

「っ……」

 

 

 ステフは咄嗟に振り返る。

 まだ辺りは暗く声の主の表情は伺えない。ゆっくりと此方へ近づくその影に背筋が凍りつき、気が付けばステフはその足を動かしていた。

 瞬間、ステフが先程までいた場所に何かが飛んで来た。急速な突風が頬をかすめ取り、思わず体勢が崩れる。

 月光に照らされ、目を見開けばそこには、見覚えがあり過ぎる姿が現れていた。

 

 

 翡翠色の髪、青と金の鮮やかなオッドアイ。種族の特徴とも言える一対の大きな翼と、幾何学模様を描き回る光輪。

 その身体はまさしく、御伽噺にでも出てくる天使そのもの。

 

 

 白と別れてからずっと探していた、いづなの手に渡った元仲間。

 

 

 

 

「……探しましたわ。アズリールさん」

 

 

 

 彼女の性格からして、一目散にいづなの元へ向かうとは考え難い。おそらくまだ近くにいると狙いを絞ってみればこれだ。

 けどまさかこれほど早く見つけられるとは。そう思いながら、銃を握る両手が強張る。

 

 

 そして次の瞬間、アズリールがステフへと牙を剥く。

 

 

 

「へぇ、うちと殺るつもりにゃ?」

 

 

 

 アズリールの言葉に殺気が帯びる。

 ステフが一筋の汗を流して、僅かに後退る。人類種の血に残る本能が絶叫していた。

 武器を捨てろ。泣いて、喚いて、命乞いしろ。

 目の前にいるモノは────『死』だ、と。

 

 位階序列第六位・天翼種。

『十の盟約』以前ならば、相対することが即ち破滅を意味した、雲上の存在。

 死ぬ、死んでしまう。確実に近付いている死の感覚に、脳が侵されてしまいそうだ。

 けれど。

 

 

「え、えぇ、そ、その通りですわ」

 

 

 ステフは思い出す。

 自分が何をしようとしていたのか。何の為にここまで来たのか。

 一見すると無謀すぎる対決。白ですら初めは止めた戦い。しかし無駄ではないその戦いに、胸が熱くなるのを感じる。

 

 もう誰かに頼ってばかりじゃない。

 空や白の為に。

 今こそ、力になるんだ。

 

 

「怪我しても知らないにゃ♪」

 

 

 にっこりと、だがゴミを見るような眼で、アズリールが微笑む。

 片や天翼種。

 片や人類種。

 本来交わることのなかった二種が、惚れる(やる)惚れられる(やられる)か。

 

 

 

 ───LOVEorLOVEDを賭けて交錯する───

 

 

 

 

 




やめて!アズリールの身体能力でめろめろガンを解き放たれたら、十の盟約でゲームと繋がってるステフの存在まで奪われちゃう!
お願い、負けないでステフ!あんたが今ここで倒れたら、国や御爺様との約束はどうなっちゃうの?白はまだ残ってる。ここを耐えれば、獣人種に勝てるんだから!
次回、「ステフ死す」。デュエルスタンバイ!



あ、感想本当に待ってます。


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第弐拾壱話 戦略と力

途中まで書いてたのが1回消えて心折れかけてたけどどうにか気合いで書きました。
待ってくれてた人達には申し訳ない。今回ちょっと文字数少なめです。



 

 

 

 

《観戦フロア》

 

 

 

 

 

(……無事アズリールと会えたみたいだけど。どう見る、フィー?)

 

 

 

 クラミーはここに来て一人で攻勢に打って出たステフの意義を汲もうと、相方のフィーに意見を求める。

 流れは今、完全にいづなの元にある。この劣勢をひっくり返すにはなりふり構っていられないというのも頷けるが。

 フィーは少しばかり逡巡をみせた後、生徒を諭す先生のように、共有した視界から見た自身の見解を述べる。

 

 

(ん〜、作戦としては理にかなってると思いますけどぉ、勝率って意味ならかなり無謀なのですよぉ)

 

(ええそうね、私も概ね同じ意見よ。正直、あの子が天翼種に敵うとは思えない)

 

(どうでしょう。案外本当にただの時間稼ぎなのでは?)

 

 

 フィーの言葉に同意しながら、ステフのことを思い浮かべる。このゲームが始まってからの、彼女の行動を。

 動きは鈍臭いし、武器の扱い方一つまともに出来やしない。おまけに空が撃たれた時はただ呆然とつっ立ってるだけ。

 お世辞にも運動が得意とは言えないだろう。

 なのに。

 

 

 

 ステフは本気だ。

 本気であの化け物(アズリール)を相手取ろうとしてる。

 

 

 

 白の記憶を持つクラミーだから、ステフが白をどう思ってるか俯瞰的に見ることができたし、その抱く感情も痛いほど理解できた。

 戦力に扱われない。

 そんなの、悔しくないはずがない。

 

 彼女に天翼種と渡り合う力などない。実力はきっとこのメンバーの中じゃ一番劣る。

 けれど、ステフの表情に恐怖や諦めの色は見られない。むしろそこにあるのは真剣さそのものだった。

 

 

「……殺る気満々って顔しちゃって」

 

 

 モニターに映るステフを見て、不意に口から零れる。

 否定的なその言葉と裏腹に、クラミーの口元は綺麗な弧を描いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

《ゲーム内》

 

 

 弾丸が、路地裏を走るステフのこめかみをかすめて奥へ飛んでいく。避けたなどと油断は出来ない。

 足を止めたら殺られる。走れ。

 ボムを煙幕代わりに地面へ叩きつけ、その間に移動する。

 

 

「はっ、はっ……走り続けるのって、やっぱキツいですわね……はぁ……」

 

 

 巧い────分かっていたが、ステフは改めて見て実感し、そして確信する。

 ゲーム開始時とは比べ物にならないほど、アズリールの射撃精度が明らかに上がっているという事実を。

 

 お互い初めてのFPS、スタートは同じ。片やステフなんて未だに当てるだけで精一杯だというのに。こんなところでも、改めて種族の性能差を感じさせられる。

 けれどそれを言い訳に逃げるようでは、空に怒られてしまう。ないものねだりをしても仕方がない。外してくれるなんて期待はとっくに捨てた。

 

 技術も身体能力も経験の差も、あくまで配られたカードの一つにすぎない。

 多少の戦力差なら努力次第でいくらでも埋められる。

 そう教えてくれたのは他ならぬあの二人だ。

 

 

 

「……戻って、きた……大丈夫、ゆっくりだけど追いかけてきてますわ」

 

 

 決戦の場は、白と別れた廃ビル。

 コンクリート剥き出しで、外からでも中が丸見えな荒々しい壁。崩れ落ちた瓦礫の山。強い力を加えれば抜け落ちそうな床。そして戦いの邪魔になるNPCはいない。

 必要なものは全て揃っている。何よりこれだけの悪条件、ステフはもとよりアズリールも動きにくくてしょうがないはず。

 

 

「あとは私の立ち回り次第、ですわね……」

 

 

 今のアズリールはまだ攻撃も単調だし走って追いかけて来ないが、それは此方が逃げに徹していたから。

 おかげでビルまで誘い込むことに成功したとはいえ、力を温存してることには変わりない。

 

 アズリールの表情は真剣とは程遠い。明らかにステフが逃げ惑う様をみて楽しんでいた。

 完全に舐められてる。

 

 

 そんなの、()()()()()()()()()

 

 

 弱いのは事実だ。今更それを否定するつもりもない。だがせいぜい油断してくれればいい。白達のため、エルキアが勝つためだったらそんなものいくらでもくれてやる。

 

 

 ────ゴォォウッ。

 

 

 室内で轟いた爆音に、とっさに資材の後ろに隠れ、息を潜める。入口付近に目を移すと、ドアを蹴破ったアズリールが爆煙を切り裂いて向かってきていた。

 

 

「来た……っ」

 

 

 ステフは手始めに、アズリール目掛けてボムを投げ込む。アズリールはすぐさまそれを察知。即座に迎撃すると、再び爆煙を生む。

 

 炸裂したボムが閃光と爆音を上げる中、爆発に紛れて二発の銃弾がアズリールを襲う。

 当然回避するかに思えたが、アズリールは後ろに下がるどころか飛んで来る方向に迷わず突っ込んだ。

 

 迫り来る弾丸には目もくれず、爆煙の先に向かって弾を撃ち込もうと銃口を構えるステフを捉える。そしてついに当たるかという直前、アズリールは体を捻り二発の弾の間を縫うように目視で避けた。

 

 

(弾を見て突っ込むとか、やっぱ頭おかしいですわね……)

 

 

 驚愕に喘ぐ。いづなといい空といい、戦闘慣れしてる者の考えは理解に苦しむ。どうしてそんな発想が出てくるんだ。

 

 混乱しつつも、しかしステフの思考と感覚は動き続ける。場所が割れた以上、もうここに留まる必要も意味もない。即座に断じるとその場にボムを投げ捨て、一階を後にする。

 

 階段に逃げ込み、そのまま駆け上がるステフ。勿論ボムの準備は怠らない。

 

 

「アズリールさんは、と……いえ、さすがにもう追って来てますわね」

 

 

 背後にアズリールの気配を感じ、咄嗟に階段下までボムを落とす。すると直後に四発もの銃弾が飛んで来た。そのうちの一発がボムへ直撃し、周囲を巻き込んで爆発する。

 

 もし今ボムを使っていなかったら。その先を考えてしまい、血の気が引くのを感じる。

 

 幸い階段内は狭く、爆煙が充満して此方の姿を隠してくれるため、それ以上の追撃はなさそうだった。流石のアズリールも未だ上ってこない。安易に踏み込むのは危険だと、本能で察したのだろう。

 その隙にステフは二階に飛び込む。三階に続く階段を探すと、先程同様にまた隠れる。

 

 

「けどこのままじゃ、ジリ貧になるだけですわ……」

 

 

 アズリール相手に、同じ手がそう何度も通用するとは思えない。

 二階へ上がってきたアズリールは続けざまに二発、三発とある程度あたりをつけて撃ち込む。射出された弾は瓦礫に当たり、跳弾。四方八方へと飛び交い、フロア全体を駆け巡る。

 

 やはり対応するのが早い。ステフは位置がバレることを覚悟でボムを投げると、すぐさま階段を上る。

 

 

 

 

 

 

 

「近づくな、とでも言いたげだにゃぁ……」

 

 

 遠ざかる背中を眺めながらそう呟く。別に不満なわけじゃないが、逃げられてばかりいても味気ない。

 少し遊ぶか。そう思い足に力を入れると、アズリールは階段まで一歩で踏み抜く。その速さは衝撃で床にあった瓦礫までも飛び散るほどに。

 

 階段を上るとステフへ肉薄する。その際またボムが飛んで来るが、横に動いただけのアズリールの顔をかすめ、下に落ちる。

 

 

「ま、まず……ッ」

 

 

 ステフの目視しうる範囲内にアズリールの姿が映る。

 直感が警告する。

 文字通り、一瞬と呼んですら生温い刹那の判断に、引き金を絞る。だが────

 

 

「狙いが甘いにゃ♪」

 

 

 その弾丸は正確に、狙いすましたアズリールの銃弾に迎撃される。

 放たれた発砲音は二発。一発目はステフの弾丸を迎撃するため。そして二発目こそ本命。

 

 再度閃くアズリールの銃口。だがステフ、今度は銃口に向かって左足を突き出す。ハートを散らし、左足の靴が砕け、銃弾と一緒に消滅する。

 

 

(発射されたら絶対に回避できないッ!撃たせちゃダメですわッ!!)

 

 

 ボムを地面に叩きつけるように投げ、爆発する前にステフは後ろへ跳ぶ。

 階段内で、至近距離のボム。その意味を瞬時に理解して、アズリールは地面に付くより早くボムを処理する。

 閃光と爆音が上がる。

 

 想定より早い爆発。僅かにステフが巻き込まれて上着を一枚失う。

 

 

(くっ……こんなの、いったいどうすればいいんですのよ……ッ!!)

 

 

 急いで三階に逃げる。

 いよいよ本当にジリ貧だ。

 

 ステフはひたすら足を動かし、思考を続ける。ボムで煙幕を作りながら、脇目も振らず次の階段だけを目指して。

 

 遅れて追いかけてきたアズリールが発砲する。視界を遮られて尚、彼女に躊躇うような素振りは無い。

 続く第二射で、ステフを捉える。運がいいのか悪いのか、弾の軌道上にギリギリ入ったことで服の一部が消失する。

 

 

(走れ……とにかく今は、絶対に……)

 

 

 追いつかれるな。そう自分に言い聞かせて足を前に進ませる。背後からもの凄い威圧感が追いかけてくるのを感じながら。

 体感したことで改めて実感出来る。自分が今相手をしているのは、勝負を挑むなどと思う事すらおこがましい、絶対的で絶望的な強者なのだと。

 

 

(彼女に()()?ハハッ、馬鹿じゃないですの……)

 

 

 白と別れて数十分が経過したこともあり、ステフの心は不安で押し潰されそうだった。

 アズリールは強すぎる。自分なんかじゃ到底勝てるわけがない。

 けど、別に構わない。アズリールの狙いが自分にあるのなら、今はそれでいい。敵を一人引き付ければ、それだけ白を危険な目に遭わさずに済むのだから。

 

 

(って、冷静になるんですのよステファニー・ドーラ!まだ負けたわけじゃないですわ……ッ!!)

 

 

 消極的な思考を振り払い、状況を分析する。

 今の自分がアズリールより優れている点。そんなものないに等しいだろう。だがこの時に限って言えば、自分の方が勝るものは確かにあった。

 加えて彼女は今、完全に油断している。

 大丈夫。

 あと少しの辛抱だ。

 チャンスは一度……ステフは胸中でそう呟いて、四階へ到達する。

 そこは見通しの良い大広間だった。

 がらりと閑散としたその広間の最奥には、次へと続く階段。だが────

 

 

「……へぇ、オニゴッコはもう終わりにゃ?」

 

 

 

 階段正面。そこにステフは悠然と佇む。

 

 

 

「流石に驚いたにゃ〜、まかさうちが仕留め損ねるなんて……」

 

 

 アズリールが、そのステフへ向かって悠長に歩み寄っていく。

 

 

「まぁいろいろしてたみたいだけど、雑魚にしては意外と楽しませてもらったにゃ」

 

 

 アズリールがおかしそうに、肩を震わせる。

 そんな仕草に、しかしステフは此方の狙いを悟らせないよう素っ気なく返す。

 

 

「悪かったですわね。こっちにも簡単には負けられない理由があるんですのよ」

 

「ふぅん……んじゃまぁ、くたばれにゃ♪」

 

 

 

 最後にそう言って、アズリールはステフに向かって構えた。

 対するステフも武器を両手に構え、一呼吸。アズリールから視線を逸らさず、その一挙手一投足に目を光らせる。

 

 奇しくもそれはステフがアズリールに啖呵切った、あの時と同じシチュエーション。

 

 ただ唯一違うのは、ステフに逃げる素振りがないこと。やり過ごそうなんて弱気な姿勢はなく、むしろその瞳にはここで討つという気概が見て取れた。

 そしてアズリールが撃ったと同時に、ステフも動いた。

 

 

「っ……」

 

 

 飛んできたボムに面食らうアズリール。だがそれも一瞬のこと。冷静に対処すると、轟音と共に爆発が視界を遮る。

 続け様に爆煙に向けて発砲するが、特に反応はない。

 

 また逃げたか。そう落胆するアズリールだったが、ステフはあろうことか爆煙を切り裂き、アズリール目掛け突撃してきた。

 

 再び面食らうアズリール。即座に迎撃しようと銃を構えるが、ここに来て彼女に誤算が一つ。

 これまで後先考えずに銃を撃ち続けたことで、アズリールの残弾が────ラブパワーが、先程の発砲で途切れたのだ。

 

 さらに言えばステフは、まるでそうなるのが初めから分かっていたかのように平然と、アズリールの懐まで潜り込んだ。

 

 

 

(まさか……最初からこれを!?)

 

 

 

 弾切れ。ステフがアズリールを追い詰めるために狙ったのは、その一点のみである。

 

 NPCのいない廃ビルを選んだのも、この状況を作り出すため。銃よりボムを多用したのも、攻撃より回避を優先したのも、自分の弱さで本来の目的をカモフラージュするため。

 

 全ては、アズリールを斃すため。

 

 

 

(この距離なら、いける……ッ!!)

 

 

 

 いくら天翼種といえどここから避ける手段など存在せず、またこの距離なら万に一つもステフが外すことはない。

 

 ステフもアズリールも、画面越しに観戦していた観衆ですら、その事実を理解していた。

 もはや誰の目にも今どちらが優勢なのか。どちらが討たれ、どちらが勝ちうるのかなど一目瞭然だった。

 

 故に獲った、と。そう信じて疑わないステフにも一つだけ、実は誤算があった。

 

 

 それはアズリールの────天翼種のことを甘く見すぎていたこと。

 

 

 別に警戒してなかったわけではないだろう。故に策を巡らせ、油断せずここまで来たのだから。それでも天翼種という種族を相手にするには、些か理解が足りていなかった。

 

 

 

「……っぐ」

 

 

 

 攻撃するために武器は必須。このゲームでの大前提。ただしそれは敵を仕留めるならばだ。迫り来る相手の対処方法は、討つだけが全てではない。

 特に今回のように明確な種族の性能差がある場合、追い詰められてもなおアズリールの取れる選択肢は多い。

 

 ステフが予測できないのも無理な話だろう。

 アズリールが武器を捨て、()()()()()()()()など。

 

 

「いや〜危ない危ない、流石に負けるわけにはいかないから、にゃぁッ!」

 

 

 ステフの努力はたしかにアズリールを追い詰めた。だがアズリールの────天翼種の身体能力はその努力を嘲笑うかのように、一撃で状況をひっくり返す。

 振るわれた拳は、ただそれだけでステフをビルの壁まで吹き飛ばしてしまった。

 

 引き金を引く間もない圧倒的な力。喉元へ届くはずだった切っ先が敵を貫くことはなく、一緒にしてその光景を絶望へと塗り替えた。

 

 

 

 

 




冷静に考えて武器を持たない方が強いとか頭おかしいんだよなぁ。天翼種と殴り合いの喧嘩とか、冗談でも笑えない。
あとこれゲーム内でなきゃ死んでるという。腹パン1発で骨折どころか粉砕するのに、人間が敵うわけ……。
ほんとどうすんのステフ???(考えてない)

あ、次の投稿はなるべく早く出来るよう頑張ります(震え声)
感想待ってます。


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第弍拾弍話 誤算と意地

更新サボってました。言い訳はしません。
楽しみに待っていた方には本当に申し訳ない。

久々すぎて内容覚えてないと思われるので軽くあらすじ載せときます。


獣人種戦開始
 ↓
エルキア側4人vsいづな
 ↓
撤退後、空(リク)撃たれる
 ↓
空の狙撃でアズリール撃たれる
 ↓
白と別れる。ステフvsアズリール
 ↓
アズリール弾切れ、ステフぶっ飛ばされ気絶中

エルキア側:白、ステフ
東部連合側:いづな、空、アズリール




(っ……ぁ……)

 

 

 

 決着は一瞬だった。目の前まで迫っていたはずのアズリールの姿が遠のき、視界からも消えた。いったい何が。そんな疑問を持つ間もなく、ぶつかった壁との衝撃とそれ以上の腹部への痛みがステフを襲う。そこで初めてステフは自分が殴られ吹き飛ばされたのだと理解した。

 

 ステフは、死んでもおかしくないのに生きていた。

 

 肋骨の多くは砕けた。両腕も壁に激突した衝撃で折れている。身体は崩れたビルの瓦礫が突き刺さり、既にあちこち傷だらけだ。

 頭にはたんこぶにも似た打撲の痕があり、軽い脳震盪をおこしている。

 

 どうして動ける。どうして生きている。朦朧とする意識の中、その疑問だけが頭にこびりついて離れない。

 

 死んでもおかしくない。

 むしろステフのような育ちの良いお嬢様が死なないわけがない。

 

 しかしステフは生きていた。

 

 ここがゲームの中だから。

 

 外傷は目で見て分かるレベルのものばかり。文字通り()()()()()()怪我を負っているが、それでも死ぬことだけはない。

 

 ゲームシステムが作動すれば、数分もしないうちに怪我は治るだろう。故に彼女は生きていた。死ぬことを許されず、全力を賭して尚戦うために生かされていた。

 

 

 

(───あー…………痛い)

 

 

 

 どれほど時間が過ぎただろう。

 数秒か、数分か。気付いてないだけで数十分が経過したかもしれない。

 

 頭がぐらつく。考えが纏まらない。

 

 たった一撃でこの威力。それも体勢が不十分な上、咄嗟に振るわれた拳による一撃でだ。とはいえこれこそアズリールには過去の日常でしかない光景。

 彼女達が生きた時代を、ステフは知らない。大戦があったという事実とその知識はあるものの、思考や感情なんて以ての外。当然その片鱗に触れることすら未知の領域。

 そしていざ対峙して分かったのは、彼女が如何に理解の及ばない存在かということだった。

 

 平然と敵を殺せる力。そしてその力を何の躊躇もなく振りかざせる存在が、脅威が、アズリールの本性。それを理解など、したつもりでしかなかった。

 いくら肉体が回復しようと受けた痛みや殺気。脳裏に焼き付いた恐怖の二文字は、ステフの心を否が応にも蝕んでいく。

 

 

 ────雑魚にしては意外と楽しませてもらったにゃ。

 

 

 アズリールにはそれが分かっていたのだろう。何気なく放ったであろう僅かな言葉は、紛れもなく彼女の本心。あの一言がこの状況を悠然と物語っていた。

 言葉通り楽しんでるだけのアズリールに、必死になって戦う自分。その姿はどれほど滑稽に映っただろうか。一時追い詰めたのだって、アズリールの気まぐれと運が良かっただけにすぎない。

 

 勝てるはずがなかった。相手はアズリールで、天翼種で。

 土台からして違う。

 一矢報いることすら叶わない。

 

 打ち砕かれたささやかな自信。見せつけられた圧倒的な実力差。そして絶望的なまでの恐怖。齢十八の少女にとってはとうに心を壊してもおかしくない、あまりにも残酷で絶望的な現実であった。

 

 

「────そうやってまた、諦めて全部押し付けるんですの」

 

 

 口をついで出た言葉に、ステフは己の胸ぐらを掴んで歯の根を噛みしめる。

 敵が強大なのに対しどうしようもないくらい非力で。頼るべき味方はおらず、起死回生となるはずだった策はあっさり破られてしまった。

 

 また、そんな状況を言い訳にして、見て見ぬふりをしようとした。

 

 

 ────しろ、が……やら……やらな、きゃ……。

 

 

 砕け散ったはずのなにかが、ステフの心の中で叫んでいる。

 

 

「バカですわね、私。……いえ、()()()()()()

 

 

 不意に頭を過ぎった兄妹の顔。あの二人に追いつきたくて、少しでも役に立ちたくてここに来たはずなのに。それがたかだか数十分の時間稼ぎでどうして胸を張ることができる。

 白は感謝するだろう。空もよくやったと褒めてくれるかもしれない。けど求めていたのはそんな上っ面だけの言葉だろうか。

 

 弱音を吐くのは、慰めて励まして欲しいからのくせに。

 

 言い知れない何かが胸の奥から滲み、何処からか沸き上がってくる恐ろしい何かに身体が震えた。

 国民が見てるこの戦いで、誰よりも人類種の現状に絶望してる者達の前でこれ以上醜態を晒そうものなら、たとえゲームに勝利しても、きっとステフは耐えられない。

 壁に付いたその手が、段々と握り拳を作る。強く、強く握り締める。聞き入れる余裕もなくて軽く流した空の気遣いが、厭に鮮明に浮かぶ。

 

 

 ────落ち着けステフ。お前ならやれるさ。

 

 

 普段はあんな言葉絶対に言ってくれないのに。今更なはずなのに、空の声が酷く頭の中に響いた。それはいつまでも反響して、鳴り止まなかった。

 気づけばアズリールの元に向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 戦闘を終えた広間の端で、アズリールは窓から身を乗り出す。何処へ移動するでもなく、光の伴わない瞳でただその光景を眺める彼女。飛び交う光と激しい轟音は、どこか懐かしさを彷彿とさせる。

 

 大戦終結以降そのなりを潜めていたが、やはり彼女も天翼種。ゲームとはいえ久方ぶりな戦場の空気に当てられたのだろう。

 だが、ビル内の静寂を割く背後の気配に気付くと、呆れながら頭だけ振り返る。崩れ落ちた瓦礫の陰から玩具が戻ってきたのを確認すると、アズリールは深く、心底嫌そうな顔でため息を吐いた。

 

 

「んー、まだ勝つ気でいるのかにゃ」

 

 

 何しに此処へ────。

 そんな問い、考えるまでもない。必死な形相から、自分を探していたのは明白。何故かなんて決まってる。だが、これから彼女の口から告げられるであろう言葉の全てが、今はただどうでもよかった。初めから大した期待などしていなかったけれど。

 しかしステフにとっては、そんなこと知ったことではなかった。アズリールに再び挑むという行為は、彼女にとって恐怖の対象でしかない。

 ゾワリと背筋を這う何とも言えない感覚。胸を叩き、ステフは大きく息を吸い込む。一度止めて目をつむり、それから息を吐きながら目を開く。前を向けば正面、欠伸するアズリールがステフを見下ろしている。

 

 

「いえまさか。この期に及んでまだ勝てると思うほど私、頭のネジは飛んでませんわ」

 

「そんなこと言って口元、()()()()()()()にゃ?まぁ別にど〜でもいいけどにゃ。うちはそろそろ戻らないとって思ってたところだし〜?」

 

 

 アズリールはいたって冷静だった。今回の戦闘による自分の過失と、残っている敵の数、自分のこれからのこと。そしてステフという個人に対する興味。

 口調と顔つきこそ冗談まじりを装っているが、ステフに向くアズリールの視線を見ればそれが本心から出た言葉なのは明らかだった。主であるいづなへの忠義を思い出したのか、そこにステフと戦う選択肢はない。

 

 息を吐ききり、窓枠に足をかける。

 

 

「でもアズリールさん、戻って何するつもりですの?」

 

 

 ピクっと反応し一瞬、動きが止まるアズリール。再び振り返った彼女の顔は呆れた様子で、本当に何を言ってるかわからないようだった。

 

 故にステフは1つの事実を突きつける。敵に寝返ってからのアズリールは明らかに格下のステフと戦い、しかし倒しきることはできず、エネルギーも切れた。有り体に言ってそれは────

 

 

「今のアズリールさん、()()()()ですわよね」

 

「────は?」

 

 

 地雷だった。

 ステフも当然、それは分かっていた。けれど、こうでもしなければステフは戦いの土俵にすら上がれない。

 

 アズリールがステフと対峙する理由は、興味からだ。

 弱いのは知っている。震えているのも見て分かる。格付けは戦う前から済んでいた。それでも挑むと言うのなら、お前には一体何ができるのか。そんな好奇心にも似たような感情がステフを負うアズリールの心境だった。

 

 だからこそ気に入らない。

 

 戦う気のないくせに、勝てないなんて分かりきってるだろうに。

 なのにどうして、こんなにも心を掻き乱されるのだろう。

 

 

「よく聞こえなかったにゃ……うちが、なんだって?」

 

「ぁ……」

 

 

 それはまさしく“死”そのものだった。

 常人であれば死ぬ。常人でなくとも死ぬ。下位種族では到底耐えられない。これを前にして獣人種や人類種に違いなど些末なものだ。

 

 抱いていた幻想。昂っていた熱が引いていく感覚。恐怖が再演する。

 

 

「死にたいならそう言うにゃ」

 

 

 アズリールを逃がさない。口で言うのは簡単で、1度はできたからと慢心していた。こんな自分にもまだできることがあるんだと。

 

 それが如何に傲慢な考えだったか。できると信じて疑わなかったさっきまでの自分をステフは恨む。

 口だけに笑みを浮かべ、目元は笑っていないその表情が今は何よりも恐ろしい。これを相手に何度も挑発する勇気を、ステフは持ち合わせていなかった。

 

 ────声が出ない。

 

 空も白も、いづなもこれを相手に戦い、果ては勝ってすらいる。

 私には、覚悟が足りていなかった。

 そう思わざるを得ないくらいにステフは無力さを感じていた。

 怖い。

 怖くてたまらない。

 先程から手の震えが止まらない。手で押さえても恐怖と緊張で言うことを聞いてくれない。アズリールが手を出さないのが、こちらのことを見透かしているようだった。

 数秒の沈黙。決して長くはないその時間に、しかしアズリールはため息をまた一つ吐いた。それは呆れからか、怒りからか。

 

 

「ほら、なんとか言ったらどうにゃ?」

 

 

 瓦礫を一掴みして、投げる。避けることも出来ず飛んでくる悪意の塊が酷く痛い。やはり無理だったのだろうか。そんな後ろ向きな考えばかりが頭から離れてくれない。

 

 これはきっと罰だ。今まで、何もしてこなかった自分への。

 思えばいつも口だけだった。強くもないのに勝てると意気込んで、そのくせ文句だけは一人前。国の命運がかかったこんな大事な時ですら、数分で覚悟も揺らいでしまう。

 

 反応しないステフを面白くないと感じたのか、やがてアズリールも攻撃をやめる。此方に冷ややかな目線を送るものの、そこから立ち去ることはしなかった。

 

 

「っ……はぁ、はぁ」

 

 

 アズリールの言葉は高圧的で、殺意が高くて、けれど本当に殺されることはなく。そのことにほっとしてる自分がいて。

 心底、自分の弱さが嫌いになる。

 

 白のためだと理由を付けても、アズリールを前にするのはやっぱり怖くて。そう気づいてしまえば、何も喋ることができなくなって。自分の性根は、結局何も変わっていない。

 

 そんな自分が、()()()だった。

 

 アズリールから視線を落とし、自分の手のひらを見る。汚れを知らない、綺麗で真っ直ぐな手だ。

 ここがステフにとって分水嶺なのだろう。

 嫌だ。

 怖いのは嫌だ。

 泣きわめいて諦めるのなんて、もう何度もしてきた。けどそれ以上に、ここで諦めてしまうのはもっと嫌だ。

 だからこそ変わると決めたんじゃないか。

 

 ステフの瞳孔が開き、揺れる瞳を遠くのアズリールに向ける。瞬間、体中から湧き上がる恐怖の感情が再びステフの心を抉る。

 ここで逃げるのは今までの自分だ。

 

 思い浮かべるは、無謀だった自分。大した実力もないくせに何度も空達へ挑み、そのたびに返り討ちにされる姿。

 ゲームなら恐怖など感じない。ではこの状況、いったい何が違うという。空も言っていたではないか。ここはゲームの中だと。

 

 改めて自分を見直し罵倒する。

 油断するな、警戒しろ、安易に勝てるなどと思い上がるな。

 自分は弱い。本来なら守られるだけの立場で、天翼種相手に驕れるな。相手は強い。空達に比べれば弱くとも、自分より強い。

 

 強い、がそれだけだ。

 

 

「────ッ!!」

 

「言いましたよね。負けらんないんですのよ!」

 

 

 撃ってきたステフに目を見開くアズリール。とはいえそこは天翼種。予想外ではあるが反応が遅れることはない。

 もとより身体能力は限界値。迎撃ができずとも避けさえすればどうということはない。

 

 

(けどこの数。残弾が惜しくないのかにゃ?)

 

 

 銃口が光りアズリールに向けられる。明らかに攻撃に対する躊躇いが消えた。近づこうとするとその前に発砲して阻止しようとする。

 

 

「そんなんで当たると思ってんのかにゃ?何でそこまで必死になるにゃ」

 

「…………そんなの、()()ですわよ」

 

 

 空達に巻き込まれたからとか前国王の孫娘だからとか、そんなもの関係ない。

 ここに立っているということは、自分にもこの国のために戦う意思があるということ。

 

 これっきりでいい。もう一度、力を振り絞れ。もう二度と大切な人を失くさないために。仲間を救うために。

 不格好でいい。強がりで構わない。だから、今だけは笑え。

 

 

「はあああ!」

 

「────っ!」

 

 

 今度はステフが叫び、アズリールの元へ直接ボムを投げつける。

 いづなを迎え撃った時と同じだ。

 攻撃と予測を繰り返して常に先手を取る。主導権は握らせない。

 全てをぶつけろ。

 空から学んだ駆け引き。

 白から学んだ戦術。

 二人から学んだ全ての経験。

 

 撃つたびに、投げるたびに送られる電気信号で脳が擦り切れそうなほど痛い。

 かつてないほど回る頭。その判断力と処理速度は先程のアズリールの反応にも匹敵する。アズリールは広間を走り回り、その攻撃をひたすら避け続ける。

 

 

「当たらないのがまだ分からないかにゃ!!」

 

 

 弾幕をかいくぐるアズリール。ステフも銃口を向けるがアズリールの拳が振るわれるのが一歩早い。

 

 

「ぐぅ……まだ、まだぁ!」

 

 

 鳩尾をえぐる衝撃がステフを襲う。全身に走る激痛に、だがステフの脳は無理矢理起き上がるよう命令を下す。

 システムによる回復を待ってる時間などない。

 こんな痛みはただの錯覚。

 怪我をしたように見えるのは全て幻覚。

 頭を回せ。

 動きを止めるな。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 残弾が残ってないアズリールの決着は、相手を気絶させ行動不能にするのみ。彼女に冷静になられたら、その時点で全て水の泡。

 今の自分では届かないなら、さらに一歩先へと踏み込め。

 

 

「届けえええ!」

 

 

 撃つのをやめることなく、アズリールにさらに詰め寄る。

 アズリールも負けじと隙を見ては反撃するが、痛みも恐怖も関係ないとばかりにステフは立ち上がり攻める。

 そしてついにアズリールの服が消える。

 

 

「やばっ……」

 

 

 咄嗟に距離をとろうと体をステフの正面に向けたまま倒れるように後ろへ跳ぶ。

 ここにきての逃げの一手。それを引き出せたのはアズリールを弾切れにさせた戦術と、反撃にも屈しなかったステフの精神力の賜物だろう。

 だがまだ足りない。

 そもそもアズリールが本気で逃げようとしたらステフにそれを止める手立てはない。

 

 だからこれは賭けだ。

 

 アズリールがまだ油断しているか、はたまた何もできず蹴散らされるか。けれどそこに不安はない。

 故にステフは引き金を引いた。

 エネルギーを使い切り、残弾全てをぶつける。

 

 

「ぁあああああああああああ────っ!」

 

「なっ!?」

 

 

 今までの状態から『ステフは安全策を取り、深追いはしてこない』と判断していたアズリールは、完全に意表を突かれた形となった。

 だがアズリールに焦りはない。

 なにせここは左右も広く、障害物となり得る瓦礫の多いビル内。

 なんの捻りもなく突貫してくる銃弾など、目を瞑ってでも避けられる。

 アズリールは悠然と身を翻し。

 

 

「はぁ……もう終わらせるにゃ」

 

 

 投げやりに拳を構える。

 物理限界に迫る天翼種の全力が、ステフを真っ直ぐ襲う。

 これでステフは今度こそ、完全に心を叩き折られるだろう。

 そうして弾を全て避けた先にいるステフへ手を伸ばすが。

 

 

「くぅ───ッ!」

 

 

 顔を狙ったアズリールの攻撃。

 だがステフの身体がほんの僅かに横に流れ、アズリールの放った攻撃はステフの頬を鋭く掠めて過ぎる。

 

 

「にゃっ!?」

 

 

 この時、一瞬だがアズリールはステフのことを舐めていた。舐めてしまった。

 先程の攻撃でエネルギーは尽きただろうことは明白で。たとえ1発や2発分残っていたとしても撃つ余裕を与えない。

 

 そんな打算から逃げなかったことを、後悔することになるとも知らず。

 ステフはその突貫の勢いのままアズリールへ体当たりすると共にしがみつき、二人はもつれ合うよう派手にバウンドしながら転がっていく。

 

 

 途端、二人を支えていた床が崩れ落ちる。

 

 

 重力に従うように落下していく二人。その眼前に広がるのは積み上がった瓦礫の山と、添えられた無数のボム。

 二人が落ちるピンポイントで、事前に仕掛けておかねばありえない場所に、アズリールにとっての()()は待ち受けていた。

 

 

(不発弾!?そんな、いつから……)

 

 

 いつから。それを考えた時、アズリールの脳裏をよぎるのはこのビルに来た時のこと。

 誘い込まれたのは自分で、敵が選んだ舞台。

 いつから。

 そんなもの、()()()()だ。

 

 上の階層に誘導したのも、ボムの多発で視界を悪くしたのも、罠を仕掛けるために他ならない。

 おそらくこれは保険。

 真上から落ちる保証もない策など愚策としか言いようがない。本命は自分が弾切れになった時を狙うあの瞬間だったはずだ。

 

 ()()()()()

 

 思考を巡らせた刹那の時間。周りの景色がゆっくり進むと幻視するほどに加速したアズリールの脳内が示したのは、“死”の一文字。

 咄嗟に羽を打って避けようとするアズリール。

 だが羽はただ虚しく空を切る。

 

 

(飛べない!?なんで────あっ)

 

 

 アズリールにとって2つ目の誤算。

 それは戦いに身を投じすぎたことにより、ここがゲームの中だと瞬間的に抜け落ちていたこと。

 

 普段となんら変わらぬ動作で飛ぼうとした結果、体勢は立て直せず、迫りくるは夥しい数の爆弾(絶望)

 反撃、不可能。回避、不可能。

 ならば────と直撃だけは阻止するべく身をよじるアズリールだが。

 

 

「どこ、いくんですの」

 

 

 ────ゾワリ、と。

 背後から溢れる濃厚な死の香り。

 

 床が崩れたことにより落ちるのは、アズリールだけにとどまらない。自然落下に身を任せ後を追うステフ。

 アズリールが弱いと切り捨てた彼女はそこで、笑っていた。

 

 

「逃げないでくださいよ?」

 

 

 眼前のボムと背後のステフ。自らの失態や迫る敗北に対する感情でアズリールの脳はパニック寸前だった。

 床に落ちる直前、ステフがアズリールの身体を抱きしめ、押さえつける。

 反射的に身を翻し、ステフを踏み台に使うが。

 

 爆発。

 

 大量のボムが互いに誘発することで連鎖的に爆発。建物の階層をぶち抜く大爆発を起こす。

 モニターで様子を見ていた観衆にとっては、二人の姿を確認できないもどかしさばかりが積もる。

 何が起きた。

 画面はどうなってる。

 決着はとうなった。

 不安と、ほんのわずかな期待が入り交じったざわめきの後、観衆の目に飛び込んできたのは一人の女性に抱きつく()使()の姿。

 

 

「にゃ〜、キミってばもう、い・け・ず〜ッ!散々うちのこと振り回してくれちゃって〜〜〜〜〜────んでもッ!!そこが────んいいッッ!!」

 

 

 ハートマークに変わった眼差しで、殺意の抜けた柔らかな笑みで。いつもと変わらない、爛々と目を輝かせた表情をしたアズリールの姿。

 観戦フロアの熱が高まる。

 歓声と、怒号にも似た叫び声。

 

 勝敗は決した。

 

 

 【天翼種】アズリール vs【人類種】ステファニー・ドーラ

 

 勝者:ステファニー・ドーラ

 

 

 

 

 

 

 




獣人種戦これが書きたくて始めたまである。長かったね。
でも実際原作のステフとアズリールが戦ったら秒でステフやられます。
死ぬ威力のグーパン何回もされて立ち上がる今作ステフが頭おかしいだけです。

感想待ってます。


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