ZOIDS alternative STORYS (滝上)
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デザイア・デザート 第一話

 金属生命体の住まう星、惑星Zi。

 西方大陸戦争に端を発する、ヘリック共和国とガイロス帝国、そしてネオゼネバス帝国による大規模な戦乱――後に『第二次大陸間戦争』と呼ばれる戦いが事実上の終結を迎え、数十年が経過していた。

 長引く戦乱の影響から、三大国家の支配力は減少。『ZOITEC社』を始めとする東方大陸の民間企業や西方大陸の武装勢力が台頭し、未だ平和とは程遠い時代。

 これは、そんな時代を生きる人々と、彼らと共に在る金属生命体――ゾイドの物語だ。

 

 

 赤道直下の熱風が乾いた砂を巻き上げる、西エウロペ大陸の砂漠地帯――グレイラスト。一機の輸送用ゾイド――白い強固な装甲に身を包んだ昆虫型ゾイド『グスタフ』が、砂煙を引き連れて全速力で疾走していた。後ろに連結されているトレーラーには貨物を搭載しておらず、ほぼ最高速度に近いスピードでの走行だった。

「すまねえな坊主! どうやら厄介な奴に捕捉されちまったらしい!」

 操縦桿を握る壮年の男性――このグスタフの主である運び屋の男性は、後部座席に座っているであろう同乗者に声を掛けた。経由地で拾った、ヒッチハイクをしていた少年だ。

「……あれ、レブラプターですよね!?」

 後部席から声を上げたのは、アッシュグレイの跳ねた髪が特徴的な、十代半ばほどの少年だった。キャノピー越しに後方を覗きながら、グスタフを追いかけてくる赤い機影を視認する。

 リオン・ユーノス。彼は今、ある人物を探して西エウロペを旅している最中だった。

「ああ、ありゃスリーパーゾイドだな。テリトリーに入らなきゃ実害は無いんだが……!」

 彼らの乗るグスタフを追い回すのは、手足に鋭い爪を持つ二足歩行の赤い小型ゾイド。ガイロス帝国製のヴェロキラプトル型ゾイド『レブラプター』だ。

「スリーパー……無人機って事か」

 かつての戦争時に、両軍が実用化した無人操縦ゾイドの総称が『スリーパー』である。多くの場合はあらかじめ設定されたパターンに沿って行動し、一定の範囲内に入った味方の識別信号を出していないゾイドを自動的に迎撃するようになっている。

 戦争後期にはネオゼネバス帝国の勃興と共に、無人機の主流はスリーパーから『キメラブロックス』へと移行した。しかし戦場が西方大陸から暗黒大陸や中央大陸に移った後も、残された大量のスリーパーゾイドは多くが未だ回収されず、社会問題と化している。

 彼らは運悪く、そう言った未回収スリーパーゾイドのテリトリーに入ってしまったのだ。

『……しかし疑問があります。当時の主戦場は北エウロペであり、現在地の西エウロペにガイロス帝国軍のスリーパーゾイドが配備されている事は考えづらいのでは』

 運び屋の男性とリオンとは別の、無機質な女性の声。それは、リオンが手にしているタブレット端末から発せられていた。

「実際に居るんだから言っても仕方ないよ、パル! それより、何とか振り切る方法は無いか!?」

『レブラプターの最高速度は時速二百十キロメートルです。長期の整備を受けていないスリーパーゾイドである事を考慮に入れても、時速百三十キロメートルで移動中の我々が逃げ切る事は不可能と考えられます』

 パルと呼ばれたリオンのタブレット――厳密には、そこにインストールされている疑似人格プログラムは、現状を淡々と解説してみせた。

(そういう風に作ったの僕だから仕方ないけど、もうちょっと言い方考えてくれ……)

 リオンは心中で、パルのプログラムを組み立てた時の自分に対して悪態をつく。

「なあに。レブラプターの一体くらい、いざとなりゃ体当たりして止めてやるさ」

『無謀です。グスタフの運動性能では、レブラプターに体当たりを行う事は困難です』

 一人気を吐く運び屋の男性だが、直後にパルがバッサリと切り捨てる。

「じゃ、どうしろって言うんだよ」

「……何とか足を止めずに逃げ続けるしか無さそうですね。救難信号は出してますし、あと十キロも進めばガーデルに着……っ!!」

 リオンの言葉を遮って、轟音と衝撃がグスタフのコクピットを襲った。ついに、レブラプターに追いつかれたのだ。

『マスター』

「いっつ……舌噛んだ」

 二度、三度とグスタフが揺れる。レブラプターはグスタフに並走しながら、背部に装備された一対の鎌状装備『カウンターサイズ』を叩きつけているようだ。

「くそっ、小さい割に何つうパワーだ……!」

 輸送用のみならず、戦闘用ゾイドの括りで見ても屈指の重装甲を誇るグスタフではあるが、レブラプターの攻撃力も並の十メートル級小型ゾイドを遥かに超えている。ロールアウト当時、実験的に導入された西方大陸の古代遺跡に由来する『オーガノイドシステム』により、出力と凶暴性が増大しているためだ。

 カウンターサイズの一撃が、遂にグスタフの装甲を切り裂いた。

「踏ん張れ、グスタフ!」

 運び屋の男が、操縦桿を握る手に力を込めた。呼応するかのように、彼の相棒たるグスタフは装甲を裂かれながらも、走り続ける。

 だが、それにも限界があった。切り裂かれた装甲に再びカウンターサイズが突き立てられ、内部機関に到達する。激しい火花が散り、駆動部を損傷したグスタフの速度が見る見るうちに落ちていった。

「……まずいな。坊主、グスタフが止まったらキャノピーを開ける。お前さんは降りて走れ」

 レブラプターの狙いはグスタフだから、仕留めきるまでに逃げられる――運び屋の男性は、リオンに告げる。

「っ、あなたはどうするんですか!?」

「こいつを放って逃げ出すわけにもいかんだろうが」

 そう言って、運び屋の男性は愛機のコンソールを軽く叩いた。

「でも……」

『マスター、彼の提案はマスターの生存率が最も高くなる行動です。私は脱出を推奨します』

 プログラム故に情に流される事のないパルの判断を聞いて、それでもリオンは納得出来ない。

「……っ」

「いいか、開けるぞ……!!」

 グスタフが停止する。

 運び屋の男性がキャノピーを開く操作をする……その瞬間だった。

 

『そこのグスタフ、少しだけそのまま動かないで!!』

 

 通信機から聞こえてきたのは、鋭い印象の女性の声。

 直後、一筋の閃光がグスタフを掠め、トドメを刺さんと両腕の爪を振りかざしていたレブラプターに突き刺さる。

「な、何だぁ!?」

 運び屋の男性が困惑する中、レブラプターはその機体をぐらりと揺らし、そのまま地面に倒れ伏した。

『救難信号を受信したの。……間に合って良かった』

 再び、通信機から聞こえる女性の声。運び屋の男性が、グスタフのコンソールを操作して映像をオンにする。

 モニターに映し出されたのは、彼らと同じくゾイドのコクピットに座っているであろう人物の姿だった。リオンとさほど変わらないであろう年頃の、空色の髪を二つに括って肩から前に垂らした少女だ。

「ああ、助かった……ありがとう」

『グスタフが損傷してるみたいだけど、動けそうなの?』

「具合を見てみんとわからんが……、そこまでひどい傷じゃなさそうだ」

『わかった。そっちに行くから、少し待ってて』

 程なくして、先ほどの閃光が飛んできた方角から一機のゾイドが姿を見せた。彼らを襲っていたレブラプターとほぼ同じサイズの、白と黒のモノトーンに彩られたヴェロキラプトル型ゾイド。曲面主体の装甲を持つレブラプターとは違い、全体的に直線的な印象を受ける機体だ。

「……スナイプマスターだ」

『一部の武装形状に差異あり。改造機と思われます』

 リオンの呟きを、パルが補足する。

 ヘリック共和国製ヴェロキラプトル型ゾイド『スナイプマスター』は、レブラプターの対抗機種として運用されていた同国の主力機『ガンスナイパー』の後継機である。中央大陸本土への実戦配備直後に、ネオゼネバス帝国の前身である『鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)』の侵攻が開始された結果、多数の機体が失われたというゾイドだ。

 リオンの目は、砂漠を走るスナイプマスターの姿を食い入るように見つめていた。

 

 

 スナイプマスターが合流し、乗り手の少女と運び屋の男性が何やら話し込んでいる中。リオンはグスタフのコクピットから降りて、横付けされたスナイプマスターを見上げていた。

「……すごい、本物を見るのは初めてだけど、しかも改造機だなんて」

 目を引くのは、背部に装着された一対の翼状の装備だった。下部は刃状になっており格闘戦用の武装と思われるが、同軸上にはビーム砲と思しき砲身も存在している。

 原型機であれば背中にあるスナイパーシートは存在せず、スコープは尾部のスナイパーライフル根本に移設されているようだ。

「一人乗り用の改造と、武装の追加……って所かな? あ、よく見たら腹部にも火器が」

「……私のゾイド、そんなに気になる?」

「うぇっ!?」

 夢中でスナイプマスターを観察していたリオンは、背後から声を掛けられて思わず飛び上がった。振り返ると、迷彩柄のジャケットとカーゴパンツを身に着けた空色の髪の少女――このスナイプマスターに乗っていた少女が、苦笑いを浮かべている。

「す、すみません。ジロジロ見ちゃって」

「別に構わないわ。私はラシェル・アトリア、ラシェルで良いわ。君は?」

「あ、はい。リオン・ユーノスといいます」

 差し出された少女――ラシェルの手を握る。少女らしい柔らかさと同時に、ゾイド乗りとしての強さを感じさせる――そんな手だった。

「よろしくね、リオン。で、こっちが『リゲル』。このスナイプマスターの名前よ」

 名前を呼ばれたスナイプマスター―――リゲルが、ギシリと首をこちらに向けた。巨大な――小型ゾイドとはいえ、頭までの高さは五メートルを優に超える――機影に見下ろされ、リオンは思わず後退ってしまった。

 同時に、ラシェルとリゲルの間に確かな絆が存在する事を感じる。

「名前を付けてるんですね」

「うん。……といっても、私が付けた名前じゃないんだけどね。この子、もとは野良ゾイドだったから」

「野良ゾイド……」

 戦闘によって大破したり、乗り手を失うなどで遺棄された後に野生化したゾイド、それが野良ゾイドだ。彼らは自身の生存のために他のゾイドや街を襲撃する事も多く、スリーパーゾイド同様に社会問題ともなっている。

 そこまで考えて、リオンはスリーパーレブラプターから助けてもらった礼をしていない事に気付いた。

「遅くなりましたけど、助けてくれてありがとうございました」

「……あはは、一応仕事だから、あんまりお礼言われる筋合いはないんだけどね」

 対するラシェルは、少しばかりむず痒そうな表情で頬を搔いている。

「仕事、ですか?」

「そう。『クロスウェザー・セキュリティ』って知ってる?」

 その名前には、リオンも聞き覚えがあった。確か、南エウロペの共和国系都市『ニューヘリックシティ』に本社を置く新興の民間警備会社(PMSC)だ。辺境地域の警備や、スリーパーゾイドや野良ゾイドの撤去を請け負っていると聞く。

「私はそこに雇われてて、この辺一帯のスリーパーゾイド駆除を依頼されてる、ってわけ」

 リオンは自分と同年代と思しき少女が、PMSCに雇われているという事に驚く。

「……珍しい、かな?」

 そして、どうやらその驚きは表情に出てしまったらしい。

「あっ、いえ……その」

「まあ、実際珍しいと思うわよ。クロスウェザーにも、私と同年代のゾイド乗りは居ないし」

 それよりも、と言って、今度はラシェルがリオンに疑問を向ける。

「リオンこそ、こんな所で何をしていたの? 言っちゃなんだけど、この辺は観光地って場所でもないわよ」

 西エウロペは砂漠と荒地が広がり、住む人の少ない土地と言われていた場所だ。今でこそ、ヘリック共和国の西方大陸派遣軍遺跡調査隊によって調査が進み、リオン達が向かっていた『ガーデル』のように都市も出来ているが、それでも僻地である事に変わりは無い。

「……人を捜しているんです。僕の……父親を」

 

 

 グスタフの応急処置を終え、運び屋の男性とリオン、そして同乗させてもらったラシェルは一路、ガーデルへと向かっていた。リゲルはグスタフのトレーラーに搭載された状態である。

「僕の父は、十年前に失踪しました」

 リオン・ユーノスは、中央大陸の地方都市に暮らすゾイド研究家夫妻の間に生まれた子供だった。物心ついた頃から両親の研究所で過ごしてきた彼の元から父親が姿を消したのが、十年前。リオンが五歳の時だ。

「そして去年、母が亡くなったんです。僕を育てるために、無理してたのが祟ったみたいで」

「……ごめん、何だか悪い事聞いちゃったわね」

 身の上話を聞いていたラシェルが、ばつの悪そうな表情を浮かべて視線を逸らした。運び屋の男性も、『父親を探している』という以上の事情をリオンから聞くのは初めてだったのだろう。口を挟む事無く、グスタフを走らせる事に専念している。

「いえ。……ところが半年前に、父の同僚だったという人から連絡があって。西エウロペで父らしき人を見かけたって言うんです」

「それで捜しに来ちゃった、って事?」

「はい。母が遺してくれたお金があったので、居ても立ってもいられなくなって、つい」

 話しているリオン自身、無謀な事をしているという自覚はあった。幼い頃に姿を消した父親の記憶は、あやふやにしか残っていない。心の何処かでは、既に亡くなったものだと考えてすらいた。

『私は無謀であると進言しました』

 リオンの持つタブレット端末から、パルの無機質な声。

「……目撃情報があったのが、これから向かうガーデルの近くです。準備に半年掛かっちゃったから、もう居ないかも知れません。でも、せめて何か手がかりだけでも掴めれば」

「そっか。……何だか他人事じゃないなぁ」

 ぽつりと、ラシェルが呟いた。

「え?」

「私も、父親居ないから。……まあ、私の場合は単に両親が離婚してたってだけだけど」

「……それで、民間警備会社で仕事を?」

 リオンが聞き返すと、ラシェルは苦笑して首を横に振る。

「違う違う。そっちの事情は……色々あってね。話すと長くなるから」

「そう、ですか」

「ところでリオン、ガーデルに着いた後の当てはあるの?」

 聞かれて、リオンは今後の予定について考えを巡らす。

「とりあえず、何処かで宿を取って……父を捜します。交易所とか、人の出入りがある所を」

『ガーデルは中規模の城塞都市です。交易所や宿場などを重点的に当たれば、人の出入りは掴めると推察します』

「うん。……上手くいけば、ね」

 パルの補足に相槌を打つリオンも、正直な所可能性は低いと感じていた。目撃情報は半年前、父親本人なのかも定かではない。

 それでもリオンは、何もせずには居られなかったのだ。

「坊主、嬢ちゃん。もうすぐガーデルに着くぞ」

 二人の会話が切れるタイミングを見計らってか、運び屋の男性が声を掛ける。前に向き直ったリオンの目に、砂漠のど真ん中に聳える城壁が映し出された。

「あれが、城塞都市ガーデル……」

『西方大陸戦争後にヘリック共和国軍が発見した、古代の城塞遺跡を利用している都市です』

 パルが解説する通り、グレイラストのほぼ中央に位置する城塞都市『ガーデル』は古代遺跡を利用して発展している都市である。かつては共和国軍遺跡調査隊の拠点として、そして現在は産出される希少金属の交易拠点として、西エウロペにおける数少ない都市となっていた。

 

 

 城門をくぐりガーデルへと足を踏み入れた一行は、運び屋や行商人が集まる駐機場でグスタフの荷台からリゲルを降ろしていた。

「ここまで乗せてくれて、ありがとうございました」

「おう。坊主、親父さんが見つかるといいな」

 運び屋の男性は、依頼された荷物を運ぶためにガーデルをすぐに発たなければならなかった。リオンは彼と固く握手し、別れの挨拶を済ませる。

「嬢ちゃんも、ありがとうな。本当に助かったよ」

「おじさんこそ、帰りの道中も気を付けてね」

「ああ。じゃあな」

 ラシェルとも別れを告げ、運び屋の男性は荷物を受け取るために交易所へと向かって行った。

「よし、じゃ行きましょうか」

「……えっ、僕ですか?」

 運び屋の男性を見送った直後、ラシェルの発した言葉にリオンは数秒遅れて反応する。

「他に誰がいるのよ」

『私がおりますが』

「パルちょっと黙って。行くって何処へ?」

「宿よ、宿。私達の泊まってる所、まだ空き部屋があったはずだから」

 手続きしたら、まずは入出管理事務所に行ってみましょうか……と言いながら、ラシェルはさっさと歩きだしてしまう。

「あ、あの、ラシェルさん。もしかして、手伝ってくれるんですか?」

「もしかしなくても、そのつもり。こういうの、放っておけない性分なのよ」

 駐機場から五分も歩かない所に、ラシェルが泊まっている宿があった。やや古風な印象の小さな建物だが、入ってみると意外にも設備はしっかりしているようだ。

「えーっと、確かこの辺に空き部屋があったはず……」

 ただし受付に人はおらず、いくつか据え付けられた端末を操作して部屋を選び、料金を払うシステムになっているらしい。手慣れた様子で端末を弄るラシェルを、リオンはぼうっと眺めていた。

「――ラシェルさん、戻られましたか?」

 不意に奥から、ラシェルを呼ぶ女性の声が聞こえた。

 リオンが声のした方に視線を向けると、そこにはグレーのスカートスーツを身に着け、艶のある黒髪をきっちりと切り揃えた、知的な印象の女性が立っている。

「あ、アズサ。ただいま」

 呼ばれたラシェルは軽く手を振り、リオンに「ちょっと待ってて」と言ってアズサと呼ばれた女性のもとへ向かう。

「はいこれ、今回のログデータ。一応、エリア内で確認されたスリーパーは粗方駆除出来たと思う」

「わかりましたわ。本社と当局に連絡して、回収に向かってもらいます」

 会話を聞くに、どうやらアズサという女性はラシェルの仕事仲間であるようだ。

「……ところでラシェルさん、そちらの方は?」

「うん。最後に仕留めたレブラプターに襲われてたグスタフに乗ってた子」

 ちょいちょい、と手招きされ、リオンは二人の近くに歩み寄った。

「初めまして、『クロスウェザー・セキュリティ』のアズサ・ミナヅキと申しますわ」

「あ、はい。リオン・ユーノスです」

 差し出された名刺には、『クロスウェザー・セキュリティ 秘書室 アズサ・ミナヅキ』と印字されていた。確認しているリオンの横で、ラシェルがリオンの父親捜しについてアズサに話している。

「まあ、そうだったんですの……」

「何だか放っておけなくなっちゃって。手伝える範囲で協力しようと思ってね」

「ラシェルさんらしいですわね。ですが、本業をおろそかにされては困りますわ」

「……そりゃもちろん。そういうわけだから、リオン」

 ラシェルがこちらに向き直る。

「部屋を取ったら、入出管理事務所へ行くわよ」

 

 

 ガーデルの入出管理事務所は、ラシェルがリゲルを置いている駐機場に隣接していた。午後の少しばかり遅い時間帯だったが、窓口はまだ開いている。

「……なるほど、この人物を探していると」

「はい。半年前に、このあたりで目撃されているんです」

「半年前というと、管理簿だけでもかなりの量になるな……」

 応対してくれた初老の管理官が書庫から運んできた大量のファイルに、リオンは思わず目を見開いた。

「そ、そんなにあるんですか!?」

「記録に残っているだけだがね。今日はもう事務所を閉めなくてはならないから、また後日来なさい。部屋を貸してあげるから、そこで調べるといい」

 管理簿を全て調べようとすれば、丸一日仕事になってしまうだろう。リオンは管理官の言う通り、明日の朝に改めて事務所を訪ねる事にした。

「……早速気の遠くなる作業ですね」

「仕方ないわ。ところで、君のタブレット……パルだっけ? それで検索とか出来ないの?」

 事務所を出て歩きながら、ラシェルはリオンの持つタブレット端末に目を向けて聞いた。

『当地では入出管理記録を独立したデータベースに記録しています。端末に直接接続出来れば検索も可能ですが、個人情報保護の観点から許可はされないものと推察します』

「ああ、それもそっか」

「一応、ネットワーク上の情報は出来る限り洗ってみたんです。パルを使ったり、探偵を雇ったりして……」

 しかし結局のところ、リオンが父親の足取りを掴む事は出来なかった。だからこそ、こうして直接ガーデルまでやってきたのだ。

「で、どうする? 管理事務所は明日改めて行くとして、今日は……」

 ラシェルが今後の予定を問い掛けた、その瞬間だった。

 激しい揺れと轟音が、二人を――いや、周囲一帯を襲う。

「じ、地震!?」

『いえ、違います。ゾイドの駆動音を感知、サーボモーターの種別はビガザウロ、ゴルドス系統のものと思われます』

 パルの言う『ビガザウロ』そして『ゴルドス』とは、どちらもヘリック共和国製の三十メートル級大型ゾイドの名称だ。

「無人のゾイドが暴走した! 早く逃げろ!」

 通り向かいから、数名が叫びながら走ってくる。

 ゾイド通行用の広い道路を、土煙を巻き上げて走る巨体が見える。リオンはその機影を見て、息を呑んだ。

「……ビガザウロでもゴルドスでもない!」

 同一のフレームを使用しているが、ビガザウロ特有の長い首も、ゴルドスの背鰭も持たない代わりに、頭部には巨大な『耳』と『牙』、そして長い『鼻』を有する機体。

「マンモスじゃないか! 何でそんな珍しいゾイドが!?」

『共和国軍が遺跡発掘作業用重機として用いていた機体が、当地に払い下げられたものと推察されます』

 ヘリック共和国製ゾイド『マンモス』。その名の通りマンモス型の巨大ゾイドであり、ビガザウロやゴルドス同様に第一次中央大陸戦争の初期に開発された古い機体であるが、強大なパワーを活かした土木作業用重機として、現在でもごく少数が運用されている。

「リオン! 見惚れてないで行くわよ!!」

 巨体を揺らして突進するマンモスに見入っていたリオンは、ラシェルに腕を引かれて我に返った。

「は、はい!」

 ラシェルはリオンの手を引いたまま、駐機場に走る。

「どうするんですか、ラシェルさん!?」

「リゲルのスナイパーライフルには、スリーパー駆除用の電磁パルス弾を積んでる!」

 ガーデルへの道中で、スリーパーレブラプターを仕留めた武器だ。暴走しているのが無人のゾイドならば、効果はあるだろう。

「それでマンモスを止めるんですね!」

 駐機場に辿り着き、ラシェルはリゲルのコクピットに滑り込む。それを見届けて、リオンはさらに先、安全な場所へ避難しようと踵を返す。

 しかしその直後、轟音と共にゲートを吹き飛ばし、マンモスが駐機場に突っ込んできた。

「うわぁ!!」

 長大な鼻を振り回し、駐機されているゾイドを弾き飛ばしながらマンモスが進む。ゲートの残骸や飛ばされたゾイドにリオンが潰されなかったのは、幸運だったと言う他ない。

 リゲルもまた、辛うじてマンモスの突進を躱す事には成功していた。もし、あの巨体をまともにぶつけられていたら、只では済まない損傷を被っていた所だ。

「……けど、これじゃ」

『距離が近すぎます。スナイプマスターが狙撃を行うには、距離を取る必要があります』

 駐機場内にマンモスが飛び込んできたため、リゲル――スナイプマスターが狙撃体勢を取る事が出来ない。電磁パルス弾が装填されているであろう『AZ144mmスナイパーライフル』はスナイプマスターの『尻尾』であり、銃口はその先端。撃つためには、目標に背を向ける必要があるのだ。

 リゲルは背部に装着されたブレード状の追加装備を左右に展開し、マンモスを牽制する。だが、なりふり構わず暴れまわるマンモスに対し、有効な打撃を与える事が出来ないでいた。

「パワーが違い過ぎるんだ。正面からぶつかったら、リゲルの方が危ない……!」

 十メートル級の小型ゾイドであるスナイプマスターに対して、マンモスは巨大ゾイドだ。おまけにパワーだけなら、かの共和国最強と謳われた恐竜型ゾイド『ゴジュラス』にも匹敵する。

「どうすれば……」

 その時、リオンの視界にあるものが飛び込んで来た。マンモスに弾き飛ばされた、駐機されていたと思しきゾイド。衝撃でコクピットは開いているが、機体そのものに目立った損傷はない。

「……ベアファイター。もしかして、こいつなら……!」

 ブラウンとカーキの重装甲に身を包む、熊型のゾイド。ヘリック共和国製中型ゾイド『ベアファイター』だった。

 ゾイド研究者だった両親の間に生まれたリオンが自他ともに認める『ゾイドマニア』になったのは、ある種自明の理と言えた。だからこそレブラプターやスナイプマスターについても知っているし、マンモスという数の少ないゾイドもすぐに判別出来た。

 そして、ベアファイター。研究用の個体として両親の研究所に置かれていた機体に、リオンは何度か乗ったことがある。

 運命じみたものを感じずにはいられない。

「……よし!」

 意を決して、リオンはベアファイターのもとへ向かう。

『無謀です。マスターの操縦技術では、足手まといになりかねません』

「わかってる! ……それでも、やらなきゃ」

『では、私をコンソールに接続してください。操縦をサポートします』

「……頼んだよ、パル」

 操縦席に座り、パルの入ったタブレットをコンソールの端子に繋ぐ。そして操縦桿を握りしめ、キャノピーを閉じる。

『操縦システムへのアクセス完了。姿勢制御、及び火器管制を受け持ちます』

「うん。……よし、行くよ!!」

 リオンの声に呼応するかのように、ベアファイターの咆哮が響き渡った。

 



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デザイア・デザート 第二話

「これはちょっと、ヤバいかも……!」

 何度目かとなるマンモスの突撃を躱して、ラシェル・アトリアは呻く。

 当初は暴走したというマンモスが駐機場に到達する前、市内のゾイド用交通路に居る間に電磁パルス弾で狙撃して、停止させるつもりだった。ところがどういうわけか、マンモスは途中で進行方向を逸れて、一直線に駐機場へと向かってきたのだ。

「この!」

 振り回されるマンモスの『鼻』――それ自体が強力な作業用アームとして用いられる――を、飛び退って避ける。小型ゾイドなら数機まとめて吹き飛ばせる攻撃であり、スナイプマスターのリゲルがまともに食らえば一撃で終わりだ。

 対スリーパー用の電磁パルス弾を撃ち込むためには、何とかして距離を取る必要があった。スナイプマスターの狙撃モードは、相手に背を向ける危険と隣合わせだからだ。

「……こいつ、完全に私達をターゲットにしてる……!」

 どういう経緯で暴走に至ったのか、それは全くの不明だが、マンモスは明らかにリゲルを敵と認識し、攻撃を仕掛けて来ている。無人故か火器を使ってこないのが不幸中の幸いと言えたが、それはこちらとて同じ事だ。周囲に無用な被害を出しかねない。腹部の追加装備『AZ20mmマシンガン』も、背部装備『ソードライフル』のビーム砲も、ここでは使えない。

「駐機場の外に出たら、こいつは間違いなく追ってくる。そうなったら……」

 ラシェルの脳裏に嫌な想像が浮かぶ。せめて近隣住民の避難が終わるまで、マンモスを駐機場に引き付けておかなければ。

「もう少し踏ん張って、リゲル!!」

 叫びに呼応して、リゲルが一声吼える。

 突っ込んでくるマンモスを横っ飛びに回避し、ソードライフルを展開する。側面に回り込んで、脚部を狙って斬り付ける。

「うっ!?」

 だが、マンモスはラシェルの予想を遥かに超えるスピードで回頭し、リゲルの攻撃を止めた。頭部の『牙』――格闘用装備『ビームタスク』に、ソードライフルを受け止められる。

 そのまま押し込まれる――前に、ラシェルはリゲルを後ろに飛ばせた。力比べで、巨大ゾイドに勝てるわけがない。

 そして、マンモスもその隙を見逃さなかった。

 ビームタスクを閃かせ、着地直後のリゲルに突撃する。

「――っ!!」

 息を呑むラシェル。着地の衝撃と脚部への負担で、リゲルの反応が僅かに遅れる。

(駄目、避けられ――!!)

 咄嗟に耐衝撃姿勢を取る。……だが、恐れていた痛みは訪れない。

「えっ……?」

 代わりに、ラシェルの目に飛び込んで来た光景。

 それはマンモスとリゲルの間に割り込んで来た、ブラウンとカーキの重装甲に身を包んだ熊型ゾイド――ベアファイターが、マンモスの突進を押しとどめている姿だった。

『大丈夫ですか、ラシェルさん!?』

 呆気に取られるラシェルの耳に、さらに信じ難い音声が届く。まだ幼さの残る、少年の声。通信機から聞こえてくるその声の発信元は、目の前のベアファイターだ。

「……り、リオン!? それに乗ってるの!?」

 間違いない。今日、つい先ほどまで行動を共にしていた少年――リオン・ユーノスの声。

『はい! ……ら、ラシェルさんすいません! 離れて!!』

 上ずったリオンの声に、我に返ったラシェルは急ぎリゲルを動かす。

 中型ゾイドとしては力自慢のベアファイターだが、流石にマンモスを真っ向から押さえ続けるのは難しい。リゲルが離れるのと同時に、ベアファイターもマンモスを押さえていた両腕をずらし、受け流す形で側面に回る。

『ラシェルさん! 僕達があいつを押さえます、その隙に電磁パルス弾を!』

 勢いあまって駐機場の壁面に突っ込んだマンモスから目を切らさず、ラシェルはリオンに返答する。

「……危なくなったらすぐ逃げて。約束して!」

 リオンを巻き込みたくはないが、現状として取れる手段が存在しない。リゲルだけではマンモスを止められないが、ベアファイターのパワーなら、先ほどのように一時的だがマンモスを押さえ込む事が出来る。

 己の不甲斐なさを悔やみながらも、この場を収めるためにラシェルは決断した。

『……はい!!』

 

 

 壁に突っ込んだマンモスが、瓦礫をまき散らしながら反転する。

「……大丈夫、やれる」

 リオンは飛び出しそうになる心臓を飲み込んで、マンモスを凝視する。怖かろうが何だろうが、目を逸らしたら終わりだ。狭い駐機場では、一瞬で距離を詰められる。

『来ます』

 パルの冷静な声が、今は有難い。

 マンモスはベアファイターを認識したようだった。先ほどまで執拗に追っていたはずのリゲルを無視し、リオンに向かって突撃してくる。

「――!!」

 ビームタスクの直撃は、避けねばならない。まともに食らえば、ベアファイターでも耐えられないだろう。

『四足歩行モードに移行します』

 ベアファイターの姿勢が、直立の二足歩行から腕を地に着けた四つ足へと変わる。強靭な腕を活かした格闘戦用の二足歩行モードと、高速走行と射撃時の安定性を重視した四足歩行モードを自在に切り替える、ベアファイター特有の機能だ。

 姿勢を低くしたベアファイターが、突撃するマンモスの下方に潜り込む。振りかざされる鼻を潜り抜け、丁度頭の真下あたりに。

『今です』

「ぁあああぁぁっ!!」

 その瞬間、リオンはベアファイターを立ち上がらせた。マンモスの顎下に、強烈な頭突きをかます。凄まじい衝撃がリオンの乗る頭部コクピットを襲うが、強化素材のキャノピーは軋みこそすれ、砕ける事は無かった。

 マンモスの機体が、僅かに浮き上がる。

 立ち上がったベアファイターが、両腕でマンモスの前脚付け根を掴み、持ち上げる。こうなれば、ビームタスクはベアファイターに届かない。持ち上げられた前脚を振り回し、マンモスが暴れる。後ろ脚は地面に着いているとはいえ、マンモスの超重量を支え続けるのはベアファイターでも困難だ。

 だが、時間は充分に稼げたはず。

「――ラシェルさん!!」

 リオンが叫んだ次の瞬間、一筋の閃光がマンモスの頭に突き刺さった。駐機場の中心を挟んだ反対側で、リゲルがこちらに背を向けて立っている。尾部スナイパーライフルの銃口からは、微かに硝煙が立ち込めていた。

『電磁パルス弾、着弾確認』

 暴れていたマンモスの機体から、急速に力が失われていくのをリオンは感じた。

『後脚関節の負荷が危険域。マスター、後退を』

 そしてパルに指摘され、同時にベアファイターも限界が近い事を悟る。

「……ごめんよ、無茶させて」

 コンソールをひと撫でして、リオンはマンモスに潰されぬよう気を付けながら、ベアファイターを下がらせた。一拍置いて、地響きと共にマンモスの巨体が倒れ伏せる。

「……」

『リオン、無事!?』

 通信機から、上ずった様子でラシェルの声が聞こえている。

「……ふ、うぅ……」

だが極度の緊張と、そこから解放された脱力感に支配されていたリオンはそれに答える事が出来ないまま、大きく息を吐き――そのまま疲労に身を任せ、意識を手放していた。

 

 

 数時間後、無事に意識を取り戻したリオンはラシェルと共に、城塞都市『ガーデル』の保安官事務所へ招かれていた。

「保安官のゴダールだ。私が不在の時に、こんな事が起こってしまって申し訳ない」

 立派な髭を蓄えた、がっちりした体格の壮年男性――ゴダールは、入室したリオンとラシェルを見るなり立ち上がって、深く腰を折った。

「君達のおかげで、人的被害は殆ど発生しなかった……ありがとう」

「い、いえ。そんな……」

 恐縮するリオンだが、隣のラシェルが安心したように小さく息を吐いた事に気付く。

「……ああ、すまない。ミス・ラシェルとは顔を合わせているが、君とは初対面だったね」

 しかしそれについて考える前に、顔を上げたゴダールが手を差し出していた。慌てて、リオンは握手に応じる。

「初めまして、リオン・ユーノスです」

「……! この度は本当に感謝する。リオン君、と呼んでいいかな?」

「あ、はい」

 そしてゴダールから事情を聞かれたリオンは、父親を捜している事とこのガーデル近辺で目撃情報があったという事を話す。

「そうか……。私の方でも、何かわかったらすぐに教えよう。ああ、それからあのベアファイターだが、ここに居る間は君が自由に使ってくれて構わない」

 ゴダールの申し出に、リオンは面食らった。マンモスを止める時に乗ったベアファイターが、元々はゴダールの愛機だったという事も含めて。

「今は別の機体に乗っているからね。たまに動かしてやってはいたんだが……、あいつもじっとしているばかりでは気が滅入るだろう。それに、この辺で行動するならゾイドがあった方が何かと好都合だ」

 確かに来る途中でスリーパーゾイドに襲われたわけだし、それでなくとも街の周囲は荒涼とした砂漠地帯だ。生身で歩き回るのはいささか厳しいだろう。

 リオンは思わずラシェルにも視線を向けるが、「もらっといたら?」と言わんばかりの澄ました表情。

「……ありがとうございます、ゴダールさん」

 結局、リオンはゴダールの厚意を素直に受け取る事にした。

「ミス・ラシェルにも、追って何かお礼を」

「礼は要りませんよ、こっちは。仕事ですから」

「む、そうか?」

「ちゃんと、会社の方から請求させてもらいますから」

「……ははは、お手柔らかに頼むよ」

 

 

 ゴダール保安官との面会を終えて宿に戻る頃には、すっかり日も暮れていた。リオンは先ほど取った部屋に入るなり、そのままベッドに倒れこむ。

「……はー」

 大きく息を吐く。

(何というか……濃い一日だった)

 ヒッチハイクで乗せてもらったグスタフがスリーパーゾイドに襲われ。

 PMSC『クロスウェザー・セキュリティ』に雇われているという少女とスナイプマスターに助けられ。

 そしてゾイドの暴走事件に出くわし、あまつさえ自分がベアファイターに乗って戦う。

「はは。昨日の自分に言っても絶対信じないよ、こんなの」

 大変な目には遭ったが、良い事もあった。ラシェル・アトリアやゴダール保安官といった協力者も得られたし、現地での足としてベアファイターを借りる事も出来た。

(……けど、まだ父さんの情報を掴めたわけじゃない)

 微妙に浮足立つ思考を、戒める。実際の所、未だスタートラインにすら立っていないような状態なのだから。

 とにかく当初の予定通り、明日になったら入出管理事務所に行って記録を調べよう……と考えていると、部屋の扉がノックされた。

「リオン、起きてるかしら?」

 扉越しに聞こえてきたのは、ラシェルの声。リオンは慌ててベッドから跳ね起きて、扉を開ける。

「ラシェルさん」

「良かった、起きてたわね。晩御飯、まだでしょ?」

 ラシェルは迷彩柄のジャケットとカーゴパンツを脱いで、深緑色のシャツにハーフパンツというラフな格好で立っていた。はいこれ、と手に提げられていた紙袋を渡される。

「あ、ありがとうございます……」

「どういたしまして。じゃ、また明日……」

「あの!」

 食事を渡して踵を返そうとしたラシェルを、リオンは思わず呼び止めた。

「なに?」

「よ、良かったら……一緒に食べませんか?」

 きょとん、と目を丸くしていたラシェルだが、少しして。

「……ん、お誘いありがと。お邪魔するね」

 くすりと笑みを浮かべて、リオンの部屋に入る。

 宿の室内にはベッドの他、二人掛けのテーブルが用意されていた。リオンは椅子を引いてラシェルを座らせて、自分も対面に腰掛ける。

「そう言えば、私もちゃんとお礼言ってなかったわね。ありがとうリオン」

「いえ、そんな大した事じゃ」

「……いきなりゾイドに乗って割り込んでくるのは、充分に大した事だと思うわよ私は」

 感謝半分、呆れ半分というのがラシェルの心情だろうか。少しばかり目を細めた悪戯っぽい表情で見つめられ、リオンは若干気まずくなる。

「……あはは」

「でも、助かったのは本当。……ただ、ゾイド戦って本当に危険だから。ベアファイター借りたからって、無茶したら駄目よ?」

「肝に銘じておきます」

「よろしい」

 ふと、リオンは気になっていた事をラシェルに問い掛ける。

「……あの時、リゲルの武器を使わなかったのは」

 リゲルにはスナイパーライフルだけでなく、原型機には無い追加武装が施されている。腹部のマシンガンと、背部装備――ソードライフルと言うらしい――のビーム砲だ。

 それらを使えば、リゲルだけでもマンモスを止められたのではないか?

 今になって、リオンはそう思ったのだ。

「流れ弾が市街地に被弾するのを避けるため……ですか?」

 ゴダールから『人的被害は殆ど無かった』と聞かされた時、ラシェルは大きく安堵していたように見えた。

「良く見てるのね。……君の言う通りよ」

 リオンの問いに答えて、ラシェルは首を縦に振る。

「……私個人の感情問題もあるけれど、一番大きいのは私が『仕事』でここに居るって事。スリーパー駆除のために派遣されている私が、街に被害を出すわけにはいかないでしょ?」

 言われてみれば、その通りだった。

「壊れた家や建物は直せるけど、死んじゃった人は元に戻らない」

 どこか遠くを見るように、自分自身に言い聞かせるような口調で、ラシェルは言う。

「……まあ、私の事はいいじゃない。私としては、何でリオンがベアファイター操縦出来るのかを聞きたいんだけど?」

「え? えーっと、それはですね」

 これ以上突っ込んで聞くのは、あまりよろしくないのかも知れない。ラシェルの態度からそう感じ、リオンは変えられた話題に乗っかる。

「両親の研究所に、研究用の機体として置かれていたんです。何度か動かした事があって、それで操縦方法は知ってまして」

「なるほど、ね」

 実際にはパルのサポートあっての事だが、当のパルが入ったタブレットは充電中だ。

「……でも、正直無我夢中でした。もう一度やれって言われても出来るかどうか」

「そんなもんよ。ていうか、それが正常」

 戦争中ならともかくね、とラシェルが付け加える。

「……あの、ラシェルさん。本当に失礼な事聞くようで申し訳ないんですけど」

「ん?」

「実際、お幾つなんですか?」

 見た目からはリオンと同年代にしか見えないが、妙に達観したような言動をする印象がある。PMSCに雇われている事といい、面倒見の良さといい、実は案外年長者なのではないか……と考えていたリオンだったが、

「年齢(とし)? 十六だけど」

 あっさりと、ほぼ同年代――僅かひとつだけ年上だが――である事を認められる。

「はいこれクロスウェザーの社員証」

「……まじですか」

 手渡されたIDカードにも、はっきりと『十六歳』を証明する生年月日が明記されていた。

「老けて見えるとでも言いたいのかしら君は」

「……滅相もございません……」

「聞きたい事はわかるわよ。なんでこの年齢で、PMSCなんかに身を置いてるのか」

「いっ、いえ。それは」

 それを聞くのは、ラシェルのかなり深い部分にまで関わる事になるのではないか。そう感じたリオンは思わず躊躇するが、当のラシェルはどこ吹く風だ。

「……何で君の方が動揺するかな」

 まあでも、実際話すと長くなるし……と言いながら、ラシェルは空になった紙袋を持って立ち上がった。気が付けば、用意された夕食は既に両者のお腹に収まっている。

「そんなに面白いわけじゃないけど、機会があったら話してあげるわ」

「は、はい」

「じゃあねリオン、おやすみなさい」

 扉越しに手を振って、ラシェルは自分の部屋に戻って行ったようだ。

「……なんて言うか、不思議な人だな」

 結局の所、どうしてラシェルが自分に肩入れしてくれるのか……具体的な理由は聞けないままだった。本人曰く『こういうのを放っておけない』らしいが、それが何故なのかは、わからない。

 だが、不思議と悪い気分ではなかった。

「さて、シャワー浴びて歯磨いて……寝よっか」

 

 

 明朝。身支度と軽い朝食を済ませ、リオンは入出管理事務所を訪れた。昨日同様に、初老の管理官が出迎える。

「この部屋を使いなさい。鍵は置いていくから、出る時はちゃんと掛けて行ってくれよ」

 駄目元でデータベースの方を調べさせてもらえないか聞いたリオンだったが、やはり返事は『不可』だった。大量に積まれたファイルを前に、気合を入れ直す。

 

「……よし、やるか!」

 

 数時間後、積まれたファイルのおおよそ三分の一を確認し終えたリオンは机に突っ伏し、長い溜息を吐いていた。

「……あー、思ったより大変だこれ……」

 記録を読むだけという単純作業ではあるのだが、だからこそ長時間に及べば苦痛ともなる。何より、集中力が削がれるというのが問題だった。

(この調子だと見落としもありそうだしなぁ……)

 とはいえ、他に方法もない。

『マスター。現在の作業効率では、全資料を確認し終えるのに概算で十一時間を要します』

 ケースに付属するスタンドで机に立てかけられているタブレットから、相変わらずの無機質なパルの声。戦闘中には有難かったその平淡さも、今は全くもって有難くない。

「……じゃあ手伝ってくれよ」

『残念ながら、私には紙媒体の資料を精査する機能がありません』

「知ってるよ、僕が作ったんだから」

 と、無意味な会話の応酬を続けてしまう。

「……待てよ、タブのカメラで撮影して精査させれば」

『お言葉ですがマスター、資料全てのページを撮影する手間をお考え下さい』

 そりゃそうだ。

『……マスターの疲労を考慮しますと、全資料を一度に精査する事は合理的ではないと判断します』

「そうだね。……よし、今日はここまでだ」

 何となく、エレメントスクール時代の長期休暇に出された課題の事を思い出す。一気に全部終わらせようとしたリオンを窘め、午前中に少しずつ進めるように教えてくれたのは、在りし日の母親だった。

 部屋の鍵を管理官に返し、リオンは管理事務所を出る。

「……さて、これからどうしようか」

 巡らせたリオンの視界に、駐機場が飛び込んで来た。昨日の戦いの場となった駐機場だ。暴走し、電磁パルス弾で停止させられたマンモスは、未だそこに横たわっている。停められていたゾイド達は、交通路に用意された仮設駐機スペースに移動していた。

「そう言えば、何でマンモスは暴走したんだ……?」

 昨日の時点では、それについてゴダール保安官の口からは触れられていない。わかっているのは、あのマンモスがパルの推察通り作業用重機として用いられていた事、暴走時は無人だった事。それくらいだ。

 自分も関わった事件であるため、気になったリオンは現場である駐機場へと足を向け――ようとした所で、ある女性に呼び止められた。

「リオンさん。駐機場は今、立ち入り禁止ですわ」

 振り返った先に居たのは、グレーのスーツを身に纏った二十代ほどの女性。昨日、ラシェルに連れて来られた宿で名刺をもらった、彼女の仕事仲間だ。

「ミナヅキさん」

「アズサで構いませんわ」

 クロスウェザーの秘書室所属という女性、アズサ・ミナヅキは、上品な笑みを浮かべてリオンに一礼した。

「あの、アズサさんはどうしてここに?」

「マンモスの調査です。無人ゾイドの暴走ともなると、クロスウェザーの業務ともあながち無関係とは言えませんから」

 聞くところによれば、現在は調査を終えてマンモスを移動させようと作業中らしい。駐機場が立ち入り禁止になっているのは、そのためのようだ。

「……気になりますの?」

「はい。僕も無関係ではありませんし」

「そうですわね……。現時点で判明している情報のみではありますが、お教えしますわ」

 そう言って、アズサは暴走したマンモスについての情報を語り始めた。

「ゴダール保安官が確認した所、マンモスのコクピットには無人制御装置が接続されていた……との事ですわ」

「無人制御装置……それって、スリーパーゾイド用の?」

 リオンの言葉に、アズサは頷く。

 スリーパーゾイドは、無人制御装置をコクピットに搭載している事が多い。これはゾイドのコンバットシステムに接続され、パイロットの代わりにゾイドを制御するものだ。

 ラシェルが使用している『電磁パルス弾』は、ゾイド本体ではなくこの無人制御装置を強電磁波で破壊する事で、スリーパーゾイドのコンバットシステムを停止(フリーズ)させる装備だという。そこから推察しても、マンモスがスリーパー用の制御装置を積んでいた事に間違いはないのだろう。

「……だとすると、誰かが人為的に暴走させた……って事ですか?」

 作業用として用いられていたはずのマンモスが、スリーパーゾイドの制御装置を積んでいるはずがない。何者かが制御回路を接続し、意図的に暴走させた可能性がある。

「ええ、私も同じ意見ですわ。この一件には、何か裏があるようです」

 もしかすると、道中でパルが言っていた『西エウロペにスリーパーゾイドが存在する』という事象と何か関係があるのかも知れない。ただの思い付きでしかないが、リオンはその旨をアズサに伝える。

「……ガーデル周辺にスリーパーゾイドが出没するようになったのは、半年ほど前からだと聞いています。確かに、何かの関係があるのかも知れませんわね」

「半年前……?」

 何気ない単語が、リオンの意識に引っ掛かった。

 半年前。それは丁度、ここガーデルでリオンの父親らしき人物が目撃されたのと同じ時期だ。

「リオンさん、どうなさいましたの?」

 偶然、と片付けて良いのだろうか。リオンの父は、ゾイド研究者だ。彼は失踪する前、何の研究をしていた?

「――パル、研究所(うち)のデータベースに繋げるか?」

『ネットワークを介して接続します。検索事項を』

「十年前の記録。父さんが失踪前に研究していた内容を知りたい」

 無関係であれば、それでいい。無関係であってほしい。

 期待すればするほど、染みが広がるように疑念が強くなっていく。

『……該当事項なし。記録が消去されていると思われます』

「検索範囲を広げて。研究記録じゃなくても構わない」

『……該当すると思しき文書記録、一件』

 それは、ごく私的な記録の一部だった。恐らく日記か何かだろう。研究記録のデータを消す――あるいは消される――時に、見過ごされたのか。

『単純なプログラムに従って動くスリーパーでは駄目だ。ザバットのような遠隔操作式は、操作から反応までのタイムラグ問題を解決出来ない。キメラはある意味理想だが、結局の所制御用有人機を帯同させる必要がある。それでは駄目なのだ』

 ――読み進めてはいけない。リオンの理性が、脳内でけたたましい警報を鳴らす。

『戦闘ゾイドの完全なる無人制御。それが完成すれば、この惑星の戦いは新たなステージに到達するだろう。そのためにも――』

「……っ!!」

 震える手を無理矢理動かして、タブレットのケースを閉じて画面を隠す。

『マスター、急に画面を隠されては困ります』

「……ごめん」

 こんな時でも、パルはどこまでも平淡だった。我に返ったリオンは、大きく息を吐いてパルに謝る。

「大丈夫ですの、リオンさん? 震えていますわ」

 心配そうな表情で、アズサがリオンの肩に手を置いた。

「すみません、アズサさん。……大丈夫です」

 偶然では、ないのかも知れない。

「……アズサさんと、それからラシェルさんに相談したい事があります。時間を頂けませんか」

「承知しましたわ。では、宿に戻りましょう」

「はい。……ところで、ラシェルさんは今どこに?」

 そう言えば、当のラシェルの姿を見ていない。マンモスの一件は、ラシェルも当事者に当たるはずなのだが。

 リオンの問いに、アズサはくすりと笑って答える。

「……入れ違いになった、ようですわね」

 そうして視線を向けた先を、リオンも釣られて眺めると。

「……何で早々に居なくなってるのよ」

 憮然とした表情を浮かべた空色の髪の少女が、入出管理事務所の方角から歩いてくるのが見えた。

「えっ、あの……すみません?」

 どうやら怒っているらしい――という事だけは理解したリオンは、謝りつつも疑問形。

「無駄足だったじゃない、折角手伝ってあげようと思ったのに」

「張り切っておりましたわね、ラシェルさん。リオンさんを手伝うと仰って」

「あーもう、アズサうるさい!」

 どうやらラシェルはマンモスの調査もそこそこに、リオンの記録精査を手伝おうと入出管理事務所に向かったらしい。ところが当のリオンが早めに切り上げて事務所を出てしまったため、見事に入れ違った――という事のようだ。

「……ま、いいわ。何か気付いた事があるんでしょ?」

「はい。……マンモスの暴走とスリーパーゾイドの出没に、僕の父が関わっている可能性があります」

 

 

「……そうか、わかった。実用化の目途が立っただけでも、今は良しとしよう」

 ガーデルの保安官事務所の一室で、立派な髭を蓄えた壮年の男性――保安官のゴダールは、通信機越しに誰かと会話を交わしていた。

「クロスウェザーの二人については、今後も監視を続けてくれ。……ああ、そうだ。必要ならばこちらで対処するが、今はまだ泳がせておいて構わん。こちらからは以上だ」

 通信機のスイッチを切り、ゴダールは椅子に深く身を預ける。

「……リオン・ユーノス、か」

 旧友の面影を残す少年を思い返し、ひとつ息を吐く。

「皮肉なものだな……ガレンよ」

 リオン・ユーノスは、父親――ガレン・ユーノスが『ここ』に居る事を、まだ知らない。出来得ることならばこのまま知らずにいてくれれば良いのだが、父親に似た聡明さを感じさせる少年だった。遠からず、真相に辿り着くのではないかという予感がある。

「……そうなれば、私は彼を手にかけねばならんな」



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デザイア・デザート 第三話

『ガイサック一機沈黙。残数六機、尚も接近』

 リオン・ユーノスの座るベアファイターのコクピットには、先ほどから警報音(アラート)と共にパルの平淡な戦況分析が響いていた。

「近付かれる前に全部仕留められる!?」

『砂嵐の影響で、電磁キャノンの弾道補正が必要。六機全ての駆逐は不可能です』

 言う間にも、ベアファイターの背部に装備された『二連装電磁キャノン砲』が唸り、砂嵐の中を蠢く小型のヘリック共和国製蠍型ゾイド『ガイサック』の群れに砲弾を叩き込む。しかし金属成分を多分に含んだ砂嵐のせいで照準がままならず、パルによる弾道補正が入って三発目にようやく直撃、という有様だった。

『敵機残数、五機です』

「そのまま撃ち続けて。……ラシェルさん、そっちは!?」

 淡々と戦況を伝え続けるパルに返答し、リオンは続いて通信機に向かって叫ぶ。

『あと二機!』

 雑音混じりに、端的な返答が聞こえた。ガイサックが迫ってくるのと反対方向、ベアファイターの背中側で、ラシェル・アトリアとスナイプマスター『リゲル』もまた戦っている。

 この砂嵐では、スナイプマスターが得意とする狙撃も不可能だった。故に、リゲルは接近する敵……レブラプターの群れの真っただ中に飛び込んでの格闘戦を余儀なくされている。

(元々、スナイプマスターは対レブラプターの格闘戦を想定して開発されたゾイド。それに、ラシェルさんのリゲルには追加装備のソードライフルもある……!)

 だから、大丈夫。

 敵の得意とする領分での戦闘に、不安が無いわけではない。しかしリオンは、すでに何度も頭の中で繰り返した理屈で自分を納得させる。事実、十機近くいたはずのレブラプターは残り二機まで減っていた。というかそもそも、ラシェルの心配をしている場合ではない。

『残数四機。間もなく接敵します』

 パルの報告が、リオンの意識を引きずり戻す。

「火器管制はそのまま任せるよ、撃てそうなときに撃って!」

『承知しました、マスター』

 砂嵐で不明瞭な視界の中でも、既にガイサックの姿をはっきりと視認出来る距離にまで縮まっていた。サンドブラウンの機体色に赤いキャノピー、八本の節足と一対の鋏、そしてビーム砲を備えた尻尾を持つ十メートル級の蠍型ゾイド。

 それが四機、いや、電磁キャノンの直撃を受けて一機が弾け飛び、残りの三機が節足を忙しなく動かし、ベアファイターに群がる。

 至近距離、格闘戦になる。リオンはベアファイターを立ち上がらせ、格闘戦用の二足歩行モードに移行させた。

「うおぉっ!」

 正面のガイサックに、前脚の爪を叩きつける。だが、ガイサックはリオンの予想を超える速度で旋回し、振り下ろされたベアファイターの爪は空を切った。

「くっ、速い!?」

 こと砂漠地帯において、ガイサックの性能には侮りがたいものがある。蠍型ゾイドという『種』そのものの適応性は勿論の事、『八本足』は高い安定性に加え、接地圧が分散される事で、砂地という崩れやすい足場でも運動性が損なわれない。

 機種としては中央大陸戦争初期から存在する古いゾイドであり、性能自体も第二次大陸間戦争期の新型はおろか、旧大戦中期以降に開発された同クラスのゾイドにも劣る。しかし西方大陸戦争時にはガイロス帝国の大型高速戦闘ゾイド『セイバータイガー』を撃破した記録が存在する事からもわかるように、砂漠でのガイサックは今なお脅威と言えた。

 純粋な機体性能だけで比べれば、敵のガイサックが五機だろうが六機だろうがベアファイターが負ける事はまず、あり得ないだろう。だが、ベアファイターの得意とするフィールドは山岳や寒冷地だ。砂漠での戦闘は、本分ではない。

『後方警戒』

 パルの警告が発せられた直後、リオンを大きな衝撃が襲う。最初の一機、爪を躱された機体に気を取られていた隙に後ろに回り込んでいた別のガイサックが、ベアファイターに体当たりを仕掛けたのだ。

「うぁっ……!!」

 体格と機体重量ではガイサックを上回るベアファイターだが、砂地での安定性はガイサックに及ばない。崩れる砂に脚を取られ、倒れ伏す。

『姿勢制御を優先します』

 機体を立て直そうとするが、その間にもガイサックは容赦なくベアファイターを襲う。

「くそっ……、踏ん張ってくれ、ベアファイター!」

 群がるガイサックを振り飛ばし、ベアファイターが立ち上がった。敵陣からの集中砲火にも耐えうるベアファイターの重装甲相手では、ガイサックの武装は有効打になり得ない。

(接地圧が逃げるなら……、合わせればいい!)

「パル! 二足歩行モードでのバランサー補正!」

『数値計測完了。オートバランサーを再設定します』

 足元の砂が再び崩れる。……だが、今度はそれに脚を取られる事も無く、ベアファイターの両足はしっかりと砂を踏みしめていた。

 左から、一機のガイサックが両腕の鋏を振りかざして飛び掛かってくる。リオンは直立状態のベアファイターを、思い切り右に傾けた。普通なら、バランスを崩して転倒するような操縦だ。

 しかし、コンバットシステムを介して接続されたパルのオートバランサー補正により、ベアファイターはギリギリで踏み止まり――その勢いすら利用して反転する。

「ぐぅ……っ!」

 強烈な遠心力に、リオンの意識が一瞬、飛びかけた。視界が揺れる。胃の中身を根こそぎ吐き出しそうになるが、歯を食いしばって堪えた。

 突撃を躱され、勢い余って通り過ぎようとしていたガイサックの背後から、爪の一撃を叩き込む。

 小型ゾイドの中では豊富な武装を備えるガイサックだが、それは装甲の薄さという弱点にも繋がっていた。無防備な後方から、反転運動の勢いを乗せたベアファイターの一撃をまともに食らったガイサックは、呆気なく沈黙する。

『二時方向、敵機』

 急激な回転運動によって揺れる視界の中、リオンは反射的にベアファイターを四足歩行モードに切り替えた。パルが敵機を捕捉しているのなら、背中の電磁キャノンを撃ってくれるはずだ。

 前脚が砂を踏みしめ、二時の方向に向き直った直後。ベアファイターのキャノン砲が唸りを上げ、電磁加速された砲弾がガイサックを襲う。この近距離ならば、弾道補正も必要ない。

(うまく当たってくれよ!)

 極力、致命弾は避けたかった。状況が状況とは言え、ゾイドの命を無闇に奪う事には躊躇いがある。幸いにも、放たれた二発の砲弾はそれぞれガイサックの頭部と左半身に命中した。損傷は甚大だろうが、生命核……ゾイドコアは無事なはずだ。

 リオンはその結果に安堵する。だが、その一瞬が隙となった。

『直下警戒』

「――なっ!?」

 警告の意味が、理解出来なかった。直下、すなわち『足元』の砂が割れる。そこからガイサックの鋏が飛び出し、無防備なベアファイターの腹部に突き刺さった。

「っぐ、あ……!!」

 下方から突き上げられる衝撃に、リオンの息が詰まる。

(そうか、砂に潜って……!!)

 ガイサックを相手にするならば、警戒しておくべきだった。

 砂漠地帯ならば、ガイサックは自身で砂に潜る事が出来るゾイドだ。リオンが二機のガイサックを撃破する間に、残った一機は地中を進み、通常であれば迎撃が不可能な足元からの攻撃を敢行したのだ。

「……まだだぁっ!!」

 しかしベアファイターに限って言えば――本来の用途とは明らかに異なるとはいえ――、真下への攻撃方法が存在していた。二足歩行モード時の牽制用装備である『六連装ミサイルランチャー』は腹部に存在し、そして四足歩行モードの状態ならば、真下にも撃てる。

 ガイサックは、未だ半身を砂に埋めたままだ。浅いとはいえ、両の鋏は腹部に食い込まされた状態。まともに振り払う事は難しい。

 リオンは躊躇なく、六連装ミサイルランチャーのトリガーを引く。放たれた六発の小型ミサイルがガイサックに突き刺さり、半拍の間を置いてベアファイターの直下で猛烈な爆発が起こった。

 爆風が、ベアファイターの機体を木の葉のように吹き上げる。殆どひっくり返るような勢いで、背中から地面に叩きつけられた。

「ぐぅっ!!」

 それでもベアファイターに大した損傷が見受けられないのは、流石は突撃戦用重装甲ゾイドといった所か。あるいは、砂がクッションの役割を果たしたのかも知れないが。

『ガイサック、全機が沈黙しました』

「……はぁー」

 こんな時でもパルはいつも通り平淡で、リオンは思わず溜息を漏らした。とはいえ天地がひっくり返ったままのコクピットで、だんだんと物理的に頭に血が上ってきたので、ベアファイターを起き上がらせる。

「そうだ、ラシェルさんは」

『お陰様で無事よ。……ったく、無茶苦茶な戦い方をするわね君は』

 繋ぎっぱなしだった通信機から、相変わらず雑音混じりではあるが落ち着いた様子のラシェルの声が聞こえてきた。どうやら、あちらも終わったようだ。

「……よかったです。ところで、これからどうしましょうか」

『そうね。この砂嵐じゃ、ガーデルに帰るのも危ないし……あそこに避難しましょうか』

 いつの間にか隣に立っていた、ラシェルの乗るスナイプマスター『リゲル』が視線で示した先には、放棄されたと思しき基地施設があった。

 

 

 遡る事数時間前。リオンは十年前に失踪した父親が、ゾイドの無人制御技術に関する研究をしていたと思われる事、そしてガーデル近辺で目撃されたという時期が、同じくガーデル周辺にスリーパーゾイドが出没するようになった半年前で一致するという事をラシェルとアズサに話した。

「だったらいっそ、この辺のスリーパー自体を調べてみる? 何か手がかりが掴めるかも知れないわよ」

 そしてこの提案に乗る形で、リオンはラシェルと共にガーデルの北西部、新たにスリーパーが出没したというエリアに向かう事となった。

 が、折悪しく砂嵐に遭遇した上にガイサック、レブラプターという多数のスリーパーゾイドに囲まれた結果、何とか切り抜けて基地施設跡に逃げ込んだ……というのが今の状況である。

「……スリーパーを調べるどころの騒ぎじゃありませんでしたね」

 砂嵐を凌げる格納庫にベアファイターとリゲルを搬入して、リオンはようやく一息ついた。コクピットから降りてベアファイターを見てみれば、あちこち砂まみれになっている。電磁キャノン砲も弾切れ間近だ。細かい傷も多い。ガーデルに戻ったらきちんと整備しなくてはならないだろう。

 リゲルも同じような状態なのか、ラシェルが頭を抱えていた。

「あー、またアズサに怒られる……」

「どういう事ですか?」

「整備や補給もタダじゃないのよ。電磁パルス弾はともかく、二十ミリの方はだいぶ使っちゃったからなぁ……」

 どうやら情報収集の他、整備や補給の手配をアズサが一手に引き受けているようで、ラシェルはそういった部分での経費削減をアズサから要請されているようだった。

 とはいえ、リオンが昨日今日と話した限りでは、アズサ・ミナヅキは物腰柔らかな、知的ではあるがおっとりした印象の女性だった。あまり怒っている姿が想像出来ない。

 ラシェルにそう伝えたところ、

「……そうね。知らない方が良いと思う」

 と言われたので、アズサを怒らせる事はしないようにと決めるリオンであった。

「砂嵐、いつ頃収まるでしょうか」

「さあ。私が前に居たゲイルシティだと、長い時は丸一日吹いてた事もあった」

 ゲイルシティという地名は、リオンも知っている。南エウロペ大陸の西部、ジオレイ平野に位置する都市だ。

 名目上はヘリック共和国の都市である西エウロペのガーデルとは違い、ゲイルシティはどこの国家にも属していない独立都市だった。その理由は、ジオレイ平野で発見された金属イオン成分を豊富に含んだ流体金属の存在にある。ゾイドの動力源を含めた新たな資源となり得るこの流体金属の採掘と保護のため、三大国家――共和国と、ガイロス及びネオゼネバス両帝国はジオレイ平野一帯を不干渉地帯と定めたのだ。

 あらゆる国家の保護と制約を受けないという、極めて特殊な地域と化したジオレイ平野、そしてゲイルシティは、それ故多くの傭兵や賞金稼ぎと言ったフリーランスのゾイド乗りが拠点としている場所となっている。

「……ラシェルさん、ゲイルシティに居た事があるんですか」

「うん。クロスウェザーに雇われる前までは、そこで賞金稼ぎをやってた」

 三年くらいかな、と事もなげに言うラシェルだったが、年齢を逆算したリオンはパルの入ったタブレットを落っことしそうになった。

 ラシェルは現在、十六歳だ。仮にクロスウェザー・セキュリティに雇われたのが直近だったとしても、三年前は十三歳という事になる。

 そんな頃から、賞金稼ぎとして生きてきたと言うのか。

「……気になるよね、やっぱり。砂嵐も収まりそうにないし……昨夜の約束通り、話してあげる」

 あんまり面白い話でもないけど。

 そう言うと、ラシェルは目を閉じて話し始めた。

 

 

 

 事の発端は、七年前。私が九歳の時だった。

 当時、私は母親と二人で南エウロペの地方都市で暮らしていた。父親は……前にも話したけど、私が物心つく頃には離婚してて、正直よく覚えてない。

 その地方都市で、『アルテミス』のテロ事件が起こった。

 アルテミスは、リオンも知ってるわよね? 『エウロペの真なる独立』を掲げて活動している武装組織。まあ、実態はどうも違うみたいなんだけど、それは置いといて。

 私と母さんは、それに巻き込まれた。武装勢力が立て籠もった施設で、人質にされた。

 ……で、何を思ったか。私は見張りの男から銃を奪い取って、そいつを撃ち殺した。

 最近になって、ようやくまともに思い出せるようになってきたの。確かあの時、見張りの男が面白半分で人質に銃を向けていて、引き金を引くふりをして怯えさせて、喜んでた。

 銃口が母さんに向けられて、私は母さんが殺される……と思った。そうしたら、身体が勝手に動いてた。向こうも、まさか九歳の子供がそんな事するなんて思わなかったんでしょうね。今思い返しても、恐ろしいほどに『上手くいった』。

 そのあとすぐに、私達は軍の人達に救出された。犠牲者は無し。私の行為も正当防衛として処理されたんだけど、周囲はそう思わなかった。

 近所でもそうだし、エレメントスクールでもそう。……でも一番堪えたのは、母さん。

 私が撃った時、母さんが私を見る目が、同じだった。直前に、銃口を人質に向けて回るあの男に向ける目と。私に怯えてた。

 否応なしに、私は自分が『人殺し』だって認識させられた。

 そんな生活が嫌になって、発作的に飛び出した。何処でも良い、誰も私の事を知らない場所へ行きたかった。

 ……まあ、十歳にもなってない子供がそんな事してどうなるかは、想像が付くわよね。死ななかったのは本当に運が良かったって、今になって思う。

 リゲルに出会ったのは、その時。前に話したわよね、リゲルが元々は野良ゾイドだったって。彷徨って、行き着いた先の遺跡で出会った。最初は襲われて死ぬのかと思ったけど……。

 でも、死ななかった。リゲルは私を見て襲ってくる事も無く、コクピットを開いてくれた。乗れ、って言われた気がして、私はリゲルに乗り込んだ。

 遠くに行きたいっていう、私の願いを汲んでくれたのかな。人じゃないから恩人とは呼べないけど、リゲルがいなかったら私は野垂れ死にしてたか、売られるかしてたと思う。

 リゲルを除くと、恩人と呼べる人が三人いる。

 そのすぐ後に出会ったのが、私の師匠……に当たるのかな。コマンドウルフに乗ったフリーのゾイド乗り。名前も知らないし、今どこで何してるのかも知らないんだけど……、私はその人にゾイドの操縦と、戦い方を教わった。これが三人いるうちの、一人目の恩人。

 彼に連れられて、私はゲイルシティに辿り着いた。年齢が年齢だったから、最初はその人を手伝う形で賞金稼ぎの仕事を始めた。私が十三歳になって、一人でも仕事をこなせるようになると、その人は何処かに行ってしまった。それ以来、会った事は無いわ。

 しばらくそのままゲイルシティで賞金稼ぎを続けていたんだけど、それは結局『人殺しの自分』を肯定するための手段でしかなかった。転機になったのは、割とつい最近の事で……ゲイルシティ近くの軍事施設跡が、『アルテミス』に占拠された事件があったでしょ? それに関わった時。

 そこで死にかけて、直前に出会った私と同い年のトレジャーハンターに助けられた。これが二人目の恩人。

 三人目は、そいつの恋人で……その戦闘で壊れたリゲルを、今の形に治してくれた子。そう言えばリオンには言ってなかったわね。リゲルは元々ガンスナイパーで、ボロボロだったリゲルのゾイドコアを、スナイプマスターのボディに移植したの。

 結局、その時の戦いがあって、その二人に出会った事で、私はようやく人殺しの自分に折り合いをつける事が出来たんだと思う。飛び出したきり音信不通だった母さんとも、話せるようになったしね。

 私は確かに人を殺した。でもそれは、母さんを守りたかったから。正当化するつもりも、誇るつもりもないけれど、今はそれで充分。

 

 

 

「で、リゲルの修理が終わってゲイルシティに戻ったら、アズサにスカウトされたってわけ。実戦経験のあるゾイド乗りを探してる、ってね」

 これで話はおしまい、と結んで、ラシェルは言葉を切った。

「……そう、だったんですね」

 ラシェル自身が言うように、過去には折り合いがついているのだろう。穏やかな語り口ではあったが、リオンには想像も出来ないような内容に言葉を失う。

「あー……、あんまり重く捉えないでね?」

 むしろリオンの受け止め方に、ラシェルの方が若干狼狽する始末だった。

「不幸自慢をしたいわけじゃないから。私は私で、リオンはリオン。それだけの事よ」

 そのような割り切りが出来るようになるまでに、どれほどの経験があったのだろうか。きっと語られた過去には、多くの端折られた部分があるのだろう。リオンはそれを想像し……頭を振って、思考を止める。

「……はい」

 ラシェルの過去は、ラシェルのものだ。リオンがそれを想像したところで、彼女の気持ちになれるわけではない。それは結局、『ラシェルの過去を想像した自分』の気持ちでしかない。都合の良い二次創作みたいなものだ。

「……砂嵐、収まりませんね」

「そうね。そろそろ陽も落ちるし、ここで夜を明かすしかないかしら」

 そう言って、ラシェルは身に着けていた迷彩柄のジャケットをおもむろに脱ぎ始めた。

「ちょっ、ラシェルさん!?」

「ん? ああ、ちゃんと下に着てるから大丈夫」

 ジャケットの下からは、昨夜に宿の部屋で見たのと同じ深緑色のシャツが現れた。とはいえ先ほどまでの戦闘のせいか、汗に濡れたシャツは身体に張り付き、ラシェルの上半身のラインをはっきりと見せている状態だった。

 リオンも健全な十五歳の少年である。身近な少女の無防備な姿に、いけないと思いつつも視線は釘付けになってしまう。

 一方でラシェルは――ある意味でリオンにとっては災難だが――、十歳かそこらの年齢から賞金稼ぎ見習いとして生きてきた少女である。こういうシチュエーションに、酷く無頓着な一面があった。

 野戦用のブーツも脱ぎ、さらにはカーゴパンツまで下ろす――スパッツを穿いているので下着は露わになっていないが――ラシェルから、リオンは赤面しつつも目を離せない。

 そして――上下を脱ぎ終えたラシェルはようやく、リオンの視線に気付いた。

「……あ」

 両者の視線が交錯する。僅か数秒……しかしリオンにとっては、永遠にも思えた沈黙の後。

「すっ……すみませんでしたーっ!!」

「えっ、ちょ……リオン!? どこ行くのよ!?」

 身体ごと視線を真後ろに向けたかと思えば、そのまま脱兎のごとく駆け出していったリオンを、ラシェルは呆然と見送る。

「……トイレにでも行きたかったのかしら」

 原因が自分にあるとは露知らず、ラシェルは呑気に首を傾げるのだった。

 

 

「……はあ、何やってんだろ僕は……」

 思わず逃げるように……というか逃げてきてしまったリオンは、冷静になると同時に頭を抱えていた。よくよく考えてみれば、ラシェルに対しても失礼な話である。ちゃんと戻って謝らなければならない。

 だが、それはともかくとして。

「ここ、何処だ」

 格納庫の奥の方へと走ってきたわけだが、気付いたら何やら巨大な扉の前に立っていた。横を見てみると、開閉操作用と思われるパネルには赤いランプが灯っている。どうやら設備はまだ生きているらしい。

「……中に何かあるのか? パル、頼んだ」

 パネルの外部接続端子に、ケーブルを介してタブレットを繋ぐ。特に複雑なシステムではないようで、パルはものの十数秒で解析を終えた。

『マスター、扉を開けますか?』

「うん、頼む」

 巨大な扉が、軋みながら左右に開いてゆく。

「……!!」

 開いた扉の先に、何かがあった。巨大な影だ。スナイプマスターやベアファイターよりも遥かに大きい。昨日戦ったマンモスすらも超える大きさの何かが、屹立している。

「パル、明かりを点けられる?」

『照明を点灯します』

 扉が開ききるのと同時に、中の照明が一斉に点灯した。

「これ……、嘘だろ……!?」

 光に照らされて、巨大な影の正体が露わになる。

 全高二十メートルを優に超える、直立二足歩行の恐竜型ゾイドだった。脚部の膝下部分だけで、スナイプマスターに匹敵する大きさである。見上げると、リオンの目に入ってきたのは鋭い三本の爪を持った強靭な腕。そして、並のゾイドならば一撃で噛み砕いてしまうであろう牙を備えた、巨大な頭部。さらにその上には、自身の全高に匹敵するという冗談みたいな長さを誇る二門の砲塔が見える。

 足元から見上げているリオンからは見えないが、恐らく背部には恐竜型ゾイドとしては珍しい『背鰭』が存在しているはずだった。

「……リオン! 何かあったの!?」

 扉が開く音を聞きつけたのか。背後から足音と共に、ラシェルの声が聞こえてくる。

 しかしリオンは、目の前の巨竜から目を離せずにいた。

「何、これ……」

 駆け付けたラシェルも、言葉を失う。

 両者とも、巨竜の機種名は知識として知っていた。だが現物を見るのは初めてで、その巨大さに圧倒されるばかりだった。

「……ゴジュラスMk-Ⅱ(マークツー)。しかも限定型……!!」

 ヘリック共和国製巨大ゾイド、『ゴジュラス』。中央大陸に生息するというティラノサウルス型野生体の変種――背鰭を持ち、直立二足歩行姿勢を取る――をベースに開発された機体である。既に共和国軍では耐用年数に限界をきたし、ほぼ全ての機体が退役している古いゾイドでもある。しかしその名は後継機『ゴジュラスギガ』に引き継がれている事からもわかるように、ヘリック共和国の象徴ともいえるゾイド……それがゴジュラスだ。

 リオン達の眼前に佇むのは、その強化型。中央大陸戦争時に改修されたMk-Ⅱ装備の中でもごく初期の機体のみに存在する、サンドブラウンカラーの通称『限定型』と呼ばれるものだった。

「あのロイ・ジー・トーマスが大氷原の戦いで乗った機種ですよ! 殆どのゴジュラスはMk-Ⅱ量産型、今は『ゴジュラスガナー』ですけど、まだ残ってたなんて……!!」

「ちょ、ちょっとリオン、落ち着きなさい」

 ゾイドマニアの血が騒いだのか、早口でまくし立てるリオンをラシェルが宥める。

「……何でそんなのが、エウロペの外れにあるのかしら」

『詳細な経緯は不明ですが、ヘリック共和国軍によって持ち込まれたものである事は間違いありません』

 ラシェルの疑問に答えたのは、パルの平淡な声だった。

「実験か、秘匿か……そんな所?」

『恐らくは』

「なるほどね。……リオン、気になるんなら乗ってみたら?」

 相変わらず無邪気な表情でゴジュラスを見上げているリオンに、ラシェルはからかうように声を掛けた。

「えっ……いや、流石に無理ですよ!?」

「どうして?」

「だって……ゴジュラスですよ。気性が荒いので有名で、自分が認めた乗り手しか受け入れてくれないって言いますし」

 それ故に、『ゴジュラス乗り』は共和国軍においては『レオマスター』と共に尊敬される存在だった。

「……それに僕は、ゾイド乗りじゃありませんから。中途半端な気持ちで乗っても、ゴジュラスは受け入れてくれないと思います」

「そっか。……まあ、私もリゲル以外のゾイドに乗る気は無いしね」

「きっといつか、このゴジュラスにも相応しい乗り手が現れます。リゲルにとっての、ラシェルさんみたいに」

 ラシェルの過去話を聞いていなかったら、こうは思わなかっただろう。それだけでも、あの話を聞いた価値はあったのかも知れない。

 ふと気が付けば、いつの間にか砂嵐は過ぎ去っていたようだ。しかし同時に、太陽もすっかり落ちてしまっている。結局、ここで夜を明かす事は避けられなさそうだった。

「一応、アズサに連絡だけ入れておくわ。砂嵐が収まったなら、ガーデルと通信できるでしょうし」

「はい、お願いします」

 ……数分後、ラシェルは青い顔をして戻ってきた。アズサに怒られたのだと察したリオンは改めて、アズサを怒らせないようにしよう……と心に誓うのだった。

 



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デザイア・デザート 第四話

『マスター。先ほど当地のシステムに接続した際に、幾つか興味深いデータを発見しました』

 ラシェルが報告から戻ってきたタイミングで、リオンの持つタブレットからパルが声を発した。

「興味深いデータ?」

 平淡かつ簡潔な言葉を好むパルにしては、珍しく婉曲的な表現である。リオンは鸚鵡返しに、パルに聞きなおす。

『はい。恐らく戦争時に、当地で研究されていた古代由来の技術であると思われます』

 西方大陸戦争は、『オーガノイド戦争』と言う別名で呼ばれる事がある。これは当時、ヘリック共和国とガイロス帝国両軍が揃って実用化を目論んだ『オーガノイドシステム』に由来する名称であり、エウロペ各地に存在する古代遺跡から発掘された技術と言われている。

 結果的に、オーガノイドシステム搭載型ゾイドは人の手によって制御しきれず、『ライガーゼロ』等の完全野生体ゾイドが主流となった事もあって、歴史の闇に埋もれていく存在となった。しかしシステムの応用により、絶滅寸前であった幾つかの種はゾイドコアの分裂、成長を促進され数を増やすなど、必ずしも全てが闇に葬られた技術というわけではない。

 リオンとラシェルが砂嵐から避難したこの基地跡は、ゴジュラスが秘匿されていた事から考えるに共和国軍の基地だったと思われる。城塞都市『ガーデル』やこの基地跡がある西エウロペには、数多くの古代遺跡が眠っていると言われていた。

 ここで、オーガノイドシステムのような古代技術を研究していたという事なのだろうか。

「……古代技術、ね」

 ぽつりと、ラシェルが呟いた。

「どうしたんですか、ラシェルさん?」

「そういうのに詳しい知り合いがいるけど、ここじゃ連絡取れないわね。とりあえず、どんなデータが残ってたのか見てみましょうか」

 ラシェルの人脈も気になる所ではあるが、今は彼女の言う通り、パルが見つけたデータを確認するのが先決だ。

「そうですね。パル、そのデータを表示出来るか?」

『プロジェクターモードで投影します。マスター、端末の背面を壁に向けてください』

 リオンは指示通り、タブレットの背面を格納庫の壁に向ける。端末に搭載されたプロジェクター機能により、映像が格納庫の壁に投影された。

「……これって、ゾイドコアの催眠コントロールの研究データ?」

『はい』

 表示されたデータの専門的な部分は、リオンにも理解出来ない。だが、大まかな内容はある程度把握する事が出来た。

 これはゾイドコアの認識機能を外部から操作し、一種の催眠暗示状態を作り出す実験と、その研究に関する記録だ。

「催眠コントロール?」

「単純なものなら、アイアンコングに搭載されている『疑似環境コンピュータ』というのがあります。……でも、ここでの研究はその比じゃない」

 ラシェルの疑問に、リオンが答える。

 旧ゼネバス帝国製万能大型ゾイド『アイアンコング』は、おとなしいゴリラ型野生体を用いて開発されたゾイドだった。この原種を安定して戦闘に参加させるため、ゾイドコアに『疑似環境コンピュータ』を直結し、現実認識を操作して常に原産地に居るものと錯覚させる……すなわち『夢を見ている』状態とすることで、ポテンシャルを安定させるという方法が取られている。

「……特定の条件付けをした催眠暗示状態にする事で、無人のゾイドを高い精度でコントロール出来るようになる。機械的に操縦を代行しているスリーパーよりも個体単位の戦闘力が上がる上に、やろうと思えば集団戦闘だってさせられる。しかもキメラみたいに暴走する事も無いから、有人制御機も不要……」

 パルが表示するデータを読み進めるにつれ、リオンの表情が険しいものに変わってゆく。

「……父さんは、これを研究してたっていうの?」

 父の私的記録に残されていたあの文章と、共通する面があまりにも多い。

『可能性は極めて高いものと思われます』

 仮に名付けられたコードネームは『オーガノイド・スレイヴ』。西エウロペの古代遺跡から発見された古代技術の断片から再現が試みられ……そして研究が打ち切られたのか、記録は途中で途絶えていた。

「……つまりリオンのお父さんは、この無人制御技術を求めてここに来ていた可能性があるって事ね」

 十年前、失踪する直前にリオンの父が研究していたのは、ゾイドの無人制御技術だった。既存のスリーパーや遠隔操縦、キメラとは異なる、それらの抱える問題点を解決可能な、全く新しい無人制御技術。

「だとしたら、何で十年もかかったのかしら? おまけに、わざわざ家族の前から姿を消すような真似をして……」

 ラシェルの発した疑問に、リオンも顔を上げる。

「……何か、良くない事に巻き込まれたって事ですか?」

「決めつけるのは早計だけど……その可能性は高そうね」

 もし、父が何かに巻き込まれているのだとすれば。家族に危険が及ぶ事を避けるために、姿を消したという事も考えられる。

「ガーデルに戻ったら、もう一度改めてお父さんの事を教えて。アズサの方からも、色々調べてもらうように頼むから」

「……わかりました」

「それに……今日戦ったスリーパーの動きがおかしかったのも、これで説明が付くわ」

 これは、リオンも感じていた事だった。戦闘中は無我夢中だったために違和感を覚える事もなかったが、後から思い返してみると、スリーパーにしてはおかしな点があった。

「確かにそうですね。……僕の戦ったガイサックも、複数機での連携や砂に潜っての奇襲をしてきました」

「普通のスリーパーゾイドなら、そこまで高度な戦闘行動は取らない。『オーガノイド・スレイヴ』ってのが搭載されてたって見るのが妥当ね」

「……まさか、あの暴走したマンモスにも?」

「かも知れない。いずれにせよ、ガーデルに戻ってから調べましょう」

 少しずつ、この地で起こっている『何か』の輪郭がはっきりと見えてきた。その何かに、自分の父親が関わっている可能性が極めて高い。

「……ラシェルさん」

「大丈夫」

 不安が口をついて出る。それを遮るように、ラシェルの手がリオンの両手を握っていた。

「私とアズサは、ガーデル周辺のスリーパーゾイドを駆除するためにここに来たの。そのためには、今このガーデルで起こっている何かを解決する必要がある」

「は、はい」

「それがきっと、君のお父さんの行方を掴む事にも繋がるわ。だから不安かも知れないけど、今は目の前の問題に集中しましょ?」

 ゆっくりと言い聞かせるようなラシェルの言葉に、不思議とリオンの不安が和らいでいった。

「……わかりました。ところで、目の前の問題って?」

 先ほどの話だとすれば、当面はガーデルに戻ってからの事となる。父ガレン・ユーノスについて調べるにしても、暴走したマンモスにオーガノイド・スレイヴが搭載されていたのか調べるにしても、だ。

 リオンの問いに対して、ラシェルは悪戯っぽく笑って答える。

「寝袋がひとつしかないって問題」

「……あっ」

 夜明けまではまだ時間がある。ガーデルまでさほど離れていないとはいえ、夜の砂漠を突っ切るのは危険だった。リオンのベアファイターも、ラシェルのスナイプマスター『リゲル』も、先の戦闘で消耗している状態では尚の事だ。

 そのために、ここで一夜を明かす必要があるのだが。

『マスター、何故野営用の装備を置いてきたのですか』

「……まさか帰れなくなるとは思わなかったのでつい」

 リオンは寝袋含む野営用の装備を、ベアファイターに積み忘れていた。そのため、ここにあるのはラシェルの持ってきた寝袋がひとつだけ。

「ぼ、僕はベアファイターのコクピットで寝ますから」

「駄目。ただでさえ慣れてないんだから、それじゃ疲れが取れないわよ」

「でも、格納庫の中とは言っても結構冷えますし……」

「私の寝袋、二人用だから一緒に入れるけど?」

「……」

 リオンの理性が試される夜となった。

 

 

 翌日。日の出と共に基地跡を発ったリオンとラシェルの二人は道中で野良ゾイドやスリーパーに出くわす事も無く、無事にガーデルへと帰り着いた。

「……という訳だから、詳しく調べてほしいの。頼める、アズサ?」

 報告もそこそこに、ラシェルはリオンの父についての調査と、クロスウェザー・セキュリティが回収したスリーパーゾイドに『オーガノイド・スレイヴ』が搭載されていたか否かの確認をアズサに要請した。

「承知致しましたわ。クロスウェザーが導入している通信機器のメーカーが、リオンさんのお父様が勤めていた研究所と関わりがあったようですので、そこから探ります」

「お願いね」

 拠点代わりとしている宿の一室に持ち込んだ通信機を操作し、アズサは各所に連絡を取り始める。それを見届けて、ラシェルはリオンを連れて宿を出た。

「どこに行くんですか?」

「オーガノイド・スレイヴについて、『そういうのに詳しい知り合い』に聞いてみるのよ。長距離通信になるから、公営の通信ブースを借りに行くわよ」

 戦争中に各国の軍が使用していた通信網は、現在は民間にも開放されていた。データ通信ならば無線ネットワークを介してこの西方大陸から中央大陸や暗黒大陸ともやり取りが可能となっているが、リアルタイムの音声通信となると相応の設備が必要になる。

 幸い、ここガーデルはかつてヘリック共和国軍の遺跡調査隊が拠点としていたため、軍用の通信設備がそのまま残されていた。現在は公営の通信ブースとして、簡単な申請をすれば一般人も利用出来るようになっている。

「昨日言っていた、古代技術関連に詳しい方ですね」

「そう。……ついでに言うと、私の三人目の恩人でもあるわ」

 これも昨日、ラシェルから聞いた話の中に出てきた単語だった。彼女の愛機リゲルを現在のスナイプマスター改へと修理した人物であり、同じく『二人目の恩人』と言っていた人物の恋人……らしい。

 話している間に、通信ブースに到着した。朝の時間帯という事もあって他の利用者はおらず、すんなりと申請が通って二人は中へ入る。

「何処と通信をするんですか?」

「トローヤ」

 何気なく聞いたリオンだったが、返ってきたラシェルの答えに目が点になった。

「……トローヤって、テュルク大陸にあるっていう……」

「良く知ってるわね。まさしくそのトローヤよ」

 トローヤとはテュルク大陸に存在する、ガイロス帝国発祥の地と言われている古代都市だ。

 テュルク大陸はニクス大陸の東に隣接している大陸である。かつては双方が陸続きとなっておりまとめて『暗黒大陸』と呼ばれていたが、俗に言う『惑星Zi大異変』の影響でニクスから分断され、全土が廃墟と化したと言われている。

「そう言えば、少し前にテュルク上空で二体の未確認飛行ゾイドが目撃されたっていう噂がありましたけど……」

 ふと、リオンは西エウロペに来る前に聞いた噂話を思い出した。

「白と黒の竜型ゾイドってやつ?」

「はい、それです」

「あー……、多分それの片割れの白い方に、今回話す相手が乗ってるわね」

 などと話している間に、通信が繋がって画面に映像が表示される。

『はい、こちらトローヤのイリアスです……って、あら? 珍しいですね、ラシェルがこっちに連絡なんて』

 画面に映ったのは、ラシェルと同年代かやや年下に見える少女だった。肩に掛からないあたりで切り揃えられた銀色の髪と、空のように澄んだ青い瞳が特徴的な少女である。

「急にごめんね。ちょっと古代技術絡みの件で、イリアスの力を借りたくて」

『頼られるのは嬉しいですよ。その前に、そちらの方は?』

 イリアスと言うらしい銀髪の少女が、画面越しにリオンへと視線を向ける。

「は、初めまして。リオン・ユーノスと言います」

『はい。私はイリアス、と申します。どうぞお見知りおきを』

 銀髪の少女が、モニターの中で優雅に一礼する。上流階級の人間がやるような、洗練された動作だった。

『では改めて……。私は何をすれば良いですか、ラシェル?』

「……西エウロペで研究されていた、オーガノイド・スレイヴっていう技術について。何か知ってたら教えて欲しいの」

『オーガノイド・スレイヴ……ですか』

「リオンが言うには、ゾイドコアを催眠コントロールして操る技術って事だけど……」

『……オーガノイド技術から派生した、ゾイドコアへの干渉実験の副産物ですね。確か、近しい技術が大異変直後のリーバンテ島戦役で使われていたはずです』

「……リーバンテ島戦役?」

 聞き慣れない単語に、ラシェルは首を傾げた。しかしリオンは、その単語が何を意味するのかを知っている。

「ドスゴドスやクリムゾンホーンが実戦投入されたという、あの戦いですか!?」

 大異変直後、惑星Ziは全土に強力な磁気嵐が吹き荒れる環境となり、通常のゾイドは動く事すらままならない状態に置かれていた時期があった。

 リオンの言う『ドスゴドス』や『クリムゾンホーン』はこの磁気嵐環境下での活動を可能にした局地対応機であり、前者はアロサウルス型のヘリック共和国製小型ゾイド『ゴドス』の後継機。後者はガイロス帝国によって運用された、スティラコサウルス型の旧ゼネバス帝国製大型ゾイド『レッドホーン』をベースに改造されたゾイドである。両者共に磁気嵐をエネルギーに変換する特殊なシステムを搭載し、従来型ゾイドを上回る性能を得た機体だった。

 それらの技術的な礎となったのは、第一次大陸間戦争末期に開発されたヘリック共和国の超巨大ティラノサウルス型決戦ゾイド『キングゴジュラス』に使用されていた惑星『地球』由来のオーバーテクノロジーであり、リーバンテ島戦役はそれらを巡る戦いでもあった。

 結局の所は磁気嵐が収束した結果、これら磁気嵐対応型ゾイドは逆に歩く事すらままならない無用の長物と化した。ドスゴドスの設計や技術はゴドスにフィードバックされ、さらにガンスナイパー開発の礎となったが、クリムゾンホーンの方は完全に忘れ去られた機体となっている。

 そしてリーバンテ島戦役で用いられたテクノロジーは地球由来の物だけではなく、旧ガイロス帝国宮殿の地下に眠っていた古代ゾイド人時代の技術もまた、用いられていたという。

『良く御存知ですね、リオン君。クリムゾンホーンの護衛機として投入されたジークドーベルに搭載されていた無人制御システムが、オーガノイド・スレイヴに近いものではないかと思われます』

「……よくわかんないけど、無人制御技術である事に間違いはないわけね」

『ええ。西エウロペでの共和国による研究は、途中で打ち切られたと思いますけれど』

 最大の要因は、ネオゼネバス帝国による中央大陸への侵攻だ。端的に言ってしまえば『それどころではなくなった』結果、エウロペの古代遺跡は未だに多くが手つかずのまま残っている。ここ十年でようやく、ガイロス帝国の民間財団『古き風の音』による発掘が本格化してきた所だった。

『ところでラシェル。あなた今、西エウロペに居るって事ですか?』

「……今更な話ね、そうだけど」

『では、一応伝えておきますね。財団から入った情報ですけれど、武装組織「アルテミス」の構成員として手配されている人物が、西エウロペに潜伏しているという事です』

 モニター越しにイリアスが口にした単語を聞いて、ラシェルの表情が強張った。

「……アルテミス」

 その名は、リオンも昨日ラシェルから聞いている。西方大陸各地でテロを起こしている武装組織であり、ラシェルがゾイド乗りとして生きる事となった直接の元凶ともいえる組織である。

「わざわざそれを私に伝えるって事は」

『ええ。ゾイドの無人制御技術……アルテミスのような武装組織が欲しがると思いませんか?』

「……ありがと、イリアス。参考になった」

『詳細なデータは、後程まとめてラシェルの端末に送ります。……気を付けて』

「うん。またね」

 短い挨拶を交わし、イリアスとの通信が終わる。

「ラシェルさん……?」

 恐る恐る、リオンはラシェルの顔色を窺った。アルテミスという単語が出てから、何処か彼女の言葉が固い。

「……ん、大丈夫。次行くわよ、リオン」

 しかしリオンの心配を察してか、ラシェルは努めて明るい声で言った。

「は、はい!」

 次に二人が向かった先は、保安官事務所だった。リオンは一昨日に起こったマンモスの暴走事件以来の訪問となる。道すがら、リオンはラシェルに問い掛けた。

「……イリアスさんの言うように、アルテミスが今回の件に関わっているんでしょうか」

「可能性は高い……わね。昨日話した、ジオレイ平野の施設占拠事件……覚えてる?」

 ラシェルが先ほど通信していたイリアスや、彼女の恋人というトレジャーハンターと出会う切っ掛けとなった事件だ。

「あの時にも、アルテミスは占拠された施設で研究されていたゾイドコアへの干渉技術を目的としていたの。公式には発表されていないけど」

「前例がある……って事ですか」

 当事者であるラシェルが言う事なので、恐らくは事実なのだろう。リオンは背筋が冷たくなるのを感じた。

「……そうね、アルテミスか」

 そんな中、ラシェルはぽつりと呟き……そして、立ち止まる。

「ラシェルさん?」

「……リオン、良く聞いて」

 遅れて立ち止り、ラシェルに向き直ったリオンを、鋭い視線が射抜いた。直接自分に向けられるのは初めての、それは死線を潜り抜けた、ゾイド乗りの目だった。

「もし私達の考えている通り、アルテミスがこの一件に関わっているなら……。君はこれ以上、関わらない方が良いと思う」



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デザイア・デザート 第五話

お久しぶりです(小声


「……回収されたスリーパーゾイドの制御装置から、詳細不明のプログラムが発見されたそうですわ。ラシェルさんの言う通り、『オーガノイド・スレイヴ』が使用されていたと見て間違いはなさそうです」

 リオンとラシェルが基地跡で一夜を明かし、ガーデルに帰ってきた日の夜。

 ラシェル達『クロスウェザー・セキュリティ』がガーデルでの拠点代わりにしている宿の一室で、アズサは回収したスリーパーゾイドの分析結果をラシェルに伝えていた。

「プログラムの解析は?」

「現時点では、まだ。ですが、恐らくは本社の設備でないと……」

 古代ゾイド人時代の技術であるという『オーガノイド・スレイヴ』は、ラシェル達からすれば未知の存在だった。相応の設備が無ければ、解析すらままならない可能性もある。

「そう。……じゃ、直接根城を叩いた方が早そうね」

 ラシェルはアズサの端末を操作して、あるデータを呼び出した。

「……スリーパーゾイドの出現記録と、回収したレコーダーのデータから、ガーデル近辺のスリーパーは『ここ』から放たれている可能性が高い」

 地図上に示された地点は、城塞都市ガーデルから北方十キロメートルほどの場所。砂漠地帯グレイラストの一地点であり、データ上では何もないはずの場所だった。

「明日、ここに行ってみるわ」

「ら、ラシェルさん。それは幾ら何でも危険ですわ!」

「危険は百も承知よ。……アズサにも言ったでしょ? 今回の一件に『アルテミス』が関わっている可能性が高いって」

 西方大陸で活動する武装組織『アルテミス』がオーガノイド・スレイヴの実験を行っている可能性が極めて高いという情報を、ラシェルはトローヤに住む知人であるイリアスとの会話で得ていた。

「保安官事務所には昨日行ってきたけど、アルテミスの構成員が潜伏しているっていう情報はまだ入っていないみたいだった」

「それに関しては明日、正式に私の方からゴダール保安官に情報を共有しますわ。行動を起こすのは、それからでも遅くはないのでは……」

「……早く終わらせないと、大変な事になる気がする」

 ラシェルが過去にアルテミスの起こしたテロに巻き込まれたという事は、アズサも知っていた。それが切っ掛けとなり、愛機リゲルと出会ってゾイド乗りとして生きてきたという事も。

「それに、この先にリオンを巻き込むわけにはいかない」

「ラシェルさん……」

 成り行きから協力を約束した、父親を捜す少年の事もある。

「リオンのお父さんを探すにしたって、アルテミスが関わっているんじゃ危険すぎるわ。せめてそこだけでも、安全を確保してからじゃないと……」

「……よろしいですか、ラシェルさん?」

 苦々しい表情で言葉を続けるラシェルを、アズサが遮った。

「何故、そこまでリオンさんを気にされておりますの?」

「……えっ?」

 アズサの問いかけに、ラシェルは間の抜けた声を返した。

「何故って、それは……放っておけなかったからで」

「ラシェルさんがお優しい方である事は、重々承知しておりますわ。何故、リオンさんを放っておけないと感じましたの?」

「……」

 はぐらかそうとするラシェルだったが、アズサはそれを許さない。にっこりと笑みを浮かべつつ、目の奥は全く笑っていなかった。

 数分に渡る沈黙の末。

「……すっごく馬鹿らしい理由だけど、笑わないでよ?」

 絞り出すように、ラシェルは答えを口にした。

「初めて会った時。リオンがリゲルを見ていた時の目に、惹かれたんだと思う」

 グスタフを襲っていたスリーパーレブラプターを駆除し、ラシェルがリオンと初めて対面した時。彼はとても純粋な目で、リゲルを見上げていた。

 ゾイドが好きなのだと、ラシェルはすぐに理解した。半ば自暴自棄な形でゾイド乗りとなった自分とは違う、憧れと敬意の籠った目。

 曇らせたくないと思った。

「だから、力になってあげたかった」

 リゲルに――そして自分に向けられる憧れを、裏切りたくなかった。

「……それが理由よ。だからリオンを巻き込みたくないし、傷付けたくない」

 

 

 ラシェルが自身の心情を、アズサに吐露しているのと同じ頃。

(……どうして今更、関わるなだなんて)

 同じ宿の別室で、リオンはベッドに寝転んだまま、ラシェルに言われた言葉を頭の中で繰り返していた。

(――「これ以上、関わらない方が良いと思う」――)

 あの後、リオンは保安官事務所に向かったラシェルと別れ、そのまま宿に戻ってきていた。

 理屈の上では、ラシェルの言い分も理解できる。スリーパーゾイド出現の裏にいるのが『アルテミス』――テロ活動をも辞さない武装組織となれば、ゾイド乗りでもないリオンが関わる事は確かに危険だ。

(でも……)

 だからと言って、このままじっとしていて良いのだろうか。

 ラシェルはあの時――砂嵐に巻き込まれ、基地跡で一夜を明かした時に言っていた。自分達はガーデル周辺のスリーパーゾイドを駆除するために、ここに来ている。そして、それがきっとリオンの父親を見つける事にも繋がる、と。

 それはつまり、ラシェルがアルテミスと一戦交える可能性があるという事だ。

(もし、それでラシェルさんが傷付いたりしたら。……死んだり、したら)

 果たして自分は、平静でいられるだろうか。

(……無理だ。多分、後悔する)

 想像しただけで、底冷えのするような寒気が襲った。

 だが、一体自分に何が出来るというのだろうか。

(ゾイド乗りでもない僕が、ラシェルさんの助けになれるのか?)

 そもそも当のラシェルに拒まれているというのに、何をどうしろと言うのか。結局、リオンの思考は最初に戻り、堂々巡りを続ける。

 いつしか空が白みはじめ、窓からは朝の陽射しが照り付けていた。

「……あー、もう!」

 どれだけ考え続けても、答えが見つかりそうにない。リオンは堂々巡りの思考を無理矢理断ち切るように叫んで、ベッドから飛び起きた。

 と同時に、部屋の扉が控えめにノックされる。

「……はい?」

 扉を開けると、そこにはスーツ姿の知的な印象の女性――アズサ・ミナヅキが立っていた。

「おはようございます、リオンさん。早朝に申し訳ありませんわ」

「あ、いえ。どうしたんですか?」

「こちらで調べておりました、リオンさんのお父様に関する情報をお伝えしに参りました」

 呆気に取られながらも、リオンはアズサを招き入れる。早朝だと言うのに、アズサは身なりを整えスーツをきっちりと着込んだ状態。対するリオンは寝巻きのまま、実際には一睡もしていないが起き抜けのような格好である。

「す、すみません。寝起きで……」

「いいえ、構いませんわ」

 テーブルを挟んで、リオンはアズサの対面に座る。

「……って、あれ? アズサさん、良いんですか?」

「良い、とは?」

「昨日、ラシェルさんから『これ以上関わらない方が良い』って言われたんですけど……」

「はい。ですが、これはリオンさんに伝えておくべき情報だと思いましたので。それに、ラシェルさんからは『伝えるな』とも言われておりませんわ」

 にこやかな表情を崩さず、アズサはしれっと言ってのけた。

「……そ、そうですか」

「まず、お父様がゾイドの無人制御技術に関する研究を行っていた事に関しては、間違いなく事実であると思われますわ」

 リオンの父――ガレン・ユーノスの研究所からは、彼が失踪前に行っていた研究記録を含む殆どのデータが消されている状態だった。しかし、関係していた企業や研究機関に残っていた通信記録などを遡った結果、研究内容――ゾイドの無人制御技術を研究していた事が事実であると判明した。

「お父様に直接研究を依頼された人物、もしくは組織が存在しているようですが、そこまでは詳しく辿れませんでしたわ」

「……誰かに頼まれて、研究していたって事ですか?」

「そうですわ。研究を進めるに当たって、多額の資金援助が行われていた事も判明しました。……お父様の失踪後も、リオンさんのお母様が亡くなられるまで援助は続いております」

 父親の失踪後、母も同じく研究職であったとはいえ、女手一つでリオンを育てられた理由がこの『資金援助』だったのだろうか。

「その援助は、どこから?」

「民間財団の『古き風の音』ですわ」

 古代遺物の発掘・保護を目的として、ガイロス帝国の資産家によって設立された民間財団である。

「……その財団が、父さんに研究の依頼を?」

「現時点では、確定情報ではありません。調査を継続しておりますわ」

 父が研究していたと思われる『オーガノイド・スレイヴ』は、元を辿ればオーガノイドシステムのような古代由来の技術である。ならば、古代遺物に関わる財団の『古き風の音』が研究を依頼していたとしても不思議ではない。

「以上が、現在までの調査結果になります」

 アズサは話した内容をまとめた書類束を、リオンに渡す。

「……ここからは、お父様の件とは関係ない話になりますが」

 そして、前置きと共に切り出した。

「ラシェルさんは先ほど、この地点に向かいました」

 印刷した地図を取り出し、場所を示す。昨夜の話し合いにおいて、ガーデル周辺のスリーパーゾイドがここから放たれている可能性が高いという見解で一致した、北方の一地点である。

「仮にこの地点が、私達の見解通り『敵』の拠点であるならば……。ラシェルさん一人では、手に余る可能性もありますわ」

「……ラシェルさんでも、ですか」

 ラシェルの腕前は、出会って数日のリオンも良く知っている。

「無理に、とは申しませんわ。ですが、お願いです。ラシェルさんに力を貸して頂けないでしょうか」

 立ち上がり頭を下げるアズサを、リオンは慌てて制止した。

「ちょ、ちょっと待って下さい! さっきも言いましたけど、僕はラシェルさんにこれ以上関わるなって……!」

「……承知の上ですわ、リオンさん。ラシェルさんは、決してリオンさんを疎んでいるわけではありませんわ」

 むしろ、ラシェルはリオンを巻き込まないため、傷付けないために拒絶した。それはリオンにも理解出来る。

「ですが、私はラシェルさんにも傷付いて欲しくありません。……それは、リオンさんも同じなのではないですか? 彼女がリオンさんを傷つけたくないと思うのと、同じように」

 言われて、ストンと腑に落ちた。

 ラシェルの本心、その奥までしっかり理解出来ているわけではない。しかし出会って数日とはいえ、彼女がどういう人間なのか……それはリオンにも見えている。

 突き詰めて考えれば、単純な事だ。

「そしてリオンさんには、そうするだけの力がありますわ」

 これも事実だった。力量の問題を抜きにして、あるか無いかだけで言えば。

 今のリオンは、ラシェルに力を貸す事が出来る。

「後は、リオンさんのお気持ち次第ですわ」

 今一度、アズサはリオンに頭を下げた。そして席を立ち、リオンの部屋を後にする。

「……後は、僕の気持ち次第……」

 

 

 リオンへの情報提供を終えたアズサは、拠点としている宿を出て保安官事務所へ向かった。オーガノイド・スレイヴ、及びアルテミス構成員の潜伏情報を、ゴダール保安官と共有するためである。

「……情報は把握しました。市内の警備体制を強化しますが、市民の不安を煽る恐れがありますな。情報の公開は控える事とします」

「承知致しましたわ」

 朝からの訪問にも関わらず、ゴダールは自身の執務室にアズサを通し、自ら資料に目を通した。

「それと、こちらを」

 ゴダールが資料の確認を終えたのを見て、アズサは別の地図情報を渡す。既にラシェルが調査に向かっている、スリーパーゾイドの出現地点と思われる場所の地図だ。

「確かに西方大陸戦争当時、ここ西エウロペは主戦場にならなかった。何者かがスリーパーゾイドを人為的に送り込んでいるというのは、考えられる話ですな」

 渡された地図を一瞥し、ゴダールは顎に手を当てて唸る。

「しかし、推定に基づいた情報では……。応援を要請する事は難しいでしょうな」

「ラシェルさんが確定情報を入手出来れば……」

「いずれにせよ、今はまだ動けません。……ところで」

 資料を一度脇にまとめ、ゴダールは執務机を挟み、対面に立っているアズサに目を向けた。

「この情報を、他に知っているのは?」

「現時点では、私とラシェルさんのみですわ。ですが、それが何か……」

 訝し気に聞き返すアズサを他所に、ゴダールは執務机の引き出しから何かを取り出し、アズサに向ける。

「ゴダール保安か……きゃっ!?」

 プシュッという軽い噴射音と共に、白い煙がアズサの顔に吹き付けられる。思わず顔を背けるアズサだったが、煙を吸い込んだ次の瞬間には意識が朦朧となっていた。

「あ……」

 アズサの身体が、執務室の床に崩れるように倒れこんだ。ゴダールが執務机の呼び出し端末を操作すると、すぐに扉が開いて数名の男が入室する。

「……彼女を地下施設に運んでくれ」

 ゴダールの指示を受け、男達は意識を失ったアズサを抱えて執務室を出る。

「さて、ラシェル嬢は仮設拠点に向かった……か」

 今の段階でゴダールの言う仮設拠点――オーガノイド・スレイヴ実験機の基地の情報は、まだ外部に漏れていない。アズサ・ミナヅキを確保し、そして拠点に向かったというラシェル・アトリアを排除出来れば、実験を止める者は居なくなるはずだった。

「不確定要素がある、とすれば……」

 ゴダールの脳裏に、先日出会った少年の姿が浮かぶ。もう一度、執務机の呼び出し端末を操作した。

「……リオン・ユーノス少年の監視を強化してくれ。動きがあった場合、随時報告を」

 

 

 身支度を整え、洗面所で顔を洗ってきたリオンを出迎えたのは、パルの無機質な声だった。

『マスターの生命を第一に考えるならば、ラシェル嬢の助言に従うべきであると進言します』

「ん、僕もそう思うよ」

 答えながらも、リオンは準備の手を止めようとしない。

「でも決めた。やっぱりラシェルさんを放っておけない」

『私にマスターを止める権限はありません。それがマスターの意志ならば、従います』

 パルの言葉に感情の揺れは存在しない。どれほど人間的な受け答えが出来ようとも、プログラムでしかないパルに感情と呼べるものは存在しないからだ。

 それは、生みの親たるリオン自身が一番よく理解している。

「……おまえは止めてくれないんだね」

 理解していてなお、聞いた。

『マスターがそれを望むならば』

「それじゃ……仕方無いな」

 野営道具や非常食を入れたザックを背負い、サイドテーブルに置いておいたタブレット端末を掴む。

「多分、というか絶対、危ないことになると思う。付き合ってくれるかい、パル?」

『勿論です』

 簡潔な返答が、今はとても心強かった。



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