顔だしNGのアイドルA (jro)
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趣味が歌投稿の女子大生です

 

薄暗い部屋の中、耳にヘッドフォンをして流れてくる音楽に身を任せながら一心不乱に歌っていく。

 

私はこの狭い部屋の中で一人で歌っているこの瞬間が大好きだ。

 

バラード系にポップ系、アップテンポな曲にスローテンポな曲。情熱的な歌もあれば悲しい恋愛の歌。どんな歌でもその歌を歌っている間だけはその歌の中に入ってけるような気がするから。

 

目を閉じて歌いあげる。

今歌っている曲はあるアニメのワンシーンで歌われた曲でスローテンポの悲しい歌。病弱だった少女が最後の場面で恋人だった少年に思いを伝えて死んでしまうのだ。

アニメを実際に見て、その曲が流れるところも見た。そのおかげで歌っている最中にそのシーンが頭から離れず、何度も声が震えてしまった。ところどころつまりもしたが私は最後まで歌い上げる。

 

最後のワンフレーズを歌い、アウトロが流れる。そこまで来たらもう限界だ涙がボロボロこぼれて止まらない。マイクにしゃっくりの音や鼻をすする音が入ってしまうがもはや気にしてはいられない。

 

アウトロを聞き終え、マイクのスイッチを切る。

ふーっと体にたまった熱を吐き出しながら余韻に浸る。

 

 

ひとしきり落ち着くまでボーっとした後、私は今録音した私の歌を動画サイトにアップロードした。

 

 

「これで終わり。・・・早く学校に行く準備しないと」

 

 

部屋に散らかっているコードやマイクを片付け、服を着替える。本日はジーパンに白のシャツ、それに薄いベージュのジャケット。着替えたら洗面所に行って顔を一度洗い、薄いメイクを施す。

 

自分のことにあまり頓着しない私だが、さすがに目をはらした状態で外を歩きたくはない。

 

メイクも終わり、髪に手を伸ばす。黒く長い髪は無造作に伸ばされており、目元が若干隠れてしまうほど。最低限の癖毛だけ直し、準備は完了。

 

いつもの学校用のバッグを肩にかけ、いざ学校へ。

 

 

 

 

私、浅間 凪 21歳。 大学生しながら趣味で歌を歌っています。

 

 

 

 

 

大学までは最寄りの駅から歩いて15分ぐらいのところ。今日の講義は昼過ぎからなので電車の中も空いていて簡単に座ることができた。

 

電車から降りて大学がさほど遠くはないとはいえなんといっても真夏日。駅そばのコンビニでミネラルウォーターを購入。それを口に含み、日陰を選びながら何とか大学へ。道中に私と同じ時間の講義を受講している生徒たちとすれ違ったりもしたがみんな私が近くを通るとどうしてだがチラッと見た後にすぐ目をそらしてしまう。

 

目をそらされてしまう理由はやっぱりあれなんだろうな。わかってはいるのだがやっぱり目をそらされるというのは少し傷ついてしまう。

 

 

少しブルーになりながらも学校へと到着し、講義を受ける。今日の講義は自由席で仲の良い人同士が隣り合って授業を受けているがあいにくながら私の周りは切り取られたかのように空席になっている。

 

 

べ、別に友達がいないわけじゃない。今日はとっている講義が合わなかっただけ。

誰に言うまでもなく心の中でそう吐き捨てるも虚しさしか残らない。

 

本日の授業は5限まで。家に帰る頃にはもう暗くなっているだろう。

 

全ての授業を一人で受け終え、ひとりぼっちで帰宅。靴を脱ぎ、カバンをその場に落とし、ジャケットを放り投げ、リビングにあるPCに電源を入れる。

 

家に帰ってきてこういう風にいい加減にできるのは一人暮らしの特権だろう。家の中で歌っても怒られることは無い。まぁ周りのことを気にせずに大声で歌ってご近所に迷惑のはダメだから歌うときは仕事などで家にいない昼間などにしている。

 

 

PCに電源を入れ真っ先に開くのはメッセージボックス。これは動画投稿サイトに付属している機能の一つで動画の投稿者に視聴者から個人的にメッセージを送れるという機能だ。[アマギ]という私のハンドルネームのボックスを見ると、新しく投稿した動画のメッセージがいくつか届いていた。

 

届いたメッセージ読みながら下へスクロールしていく。いつも通り投稿を始めたあたりから私を応援してくれている人からのメッセージ、新しく見てくれた人たちからも応援や要望のメールもちらほらと送られてくる。

 

 

私が歌の投稿を始めたのは別に有名になりたいからではない。

 

 

歌を歌うことが好きだから。だけど人前で歌うのは恥ずかしい。なら顔を隠して歌を歌えばいい。

 

そう思っていた時に出会ったのがこのサイトだった。

 

顔や体をさらす必要もなく、誰かの前に出ることもなく、ただ自分の歌を歌って聞いてもらうだけ。

 

このサイトを見つけた瞬間。すぐにアカウントを作成し、動画を作った。それが一年前の話。

 

投稿するペースも早くない上に何か歌の中でアレンジしているわけでもない。ただ其れでも聞いてくれる人がいる。それだけで私は続けることができた。

 

「今回も良かったよ!」「やっぱ泣けるよねぇこのシーン・・・」「思いが伝わってきて貰い泣きしちゃった!」

「相変わらずちゃんと元ネタを見てから歌うその姿勢に感服します」「泣きました!今度はこの作品とかお願いしたいです!」

 

いろんなメッセージを読んでいく中で私はある一通のメッセージの前で止まった。

 

ハンドルネームが346プロダクションという名前。

 

芸能界やアイドル業界にあまり詳しくない私でも知っている346プロダクションという名前。勝手に使っているのならすぐに運営から削除されそうな名前だが・・・

 

私はカーソルをそのメッセージを開き、中身を覗くとそこには

 

 

「アイドルになってみませんか?」

 

 

そう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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こうして彼は動き出した

346プロダクションなる者からメッセージをもらってからはや1ヶ月。私はなぜか346プロダクションの前にいる。

 

 

 

 

メッセージをもらった直後私はそのメールを真に受けることもなく流していたのだが、そのメールは一日置きに毎日のように流れてくるもんだからいい加減に不審に思えてくる。運営にも問い合わせてみたが対応は無し。警察に話してみようかとも思ったがさすがに警察に相談しづらい内容。

まぁ、もちろん私には相談できる友人はいなかったので仕方なく無視する日々が続いていた。

 

 

そして本日もPCを開きメッセージボックスを見るとやはり346プロダクション(仮)からメッセージが来ていた。

 

内容はいつもと変わらず「アイドルになってみませんか」という短文が一番上に来ている。が、本日はその下にもう少し文章があるようだ。

 

ゆっくりと下にスクロールしていく。するとそこには

 

「346プロダクション 武内 TEL ***-****-****  一度こちらまでお電話いただけると助かります」

 

名前と電話番号まで書かれていた。これが本当かどうかはわからない。だけど普通に考えれば偽物なんだろうなと思う。この電話番号にかけた瞬間、個人情報が抜き取られて転売・・・なんてことも普通に考えられる。

今まで私は送られてきたメッセージに対して返信を全くしていなかったので逆にあちらから接触するための情報を提示してきたと考えれば自然なのかな?

 

 

だけどもどうにも気になる。

 

こういったことが初めてだからわからないけれど数日無視されれば諦めるものなのではないだろうか。ここまで執着される理由は何なのだろう。

所詮趣味で歌を投稿しているだけの素人だ。加えて顔を出したこともないし生放送?というものをしてファンと話したこともない。

 

つまりこの武内(仮)さんは私の顔を見たこともないしどういう人物かもわからないのにアイドルになってみないかと仰っているのだ。

 

 

そんなことを一人で考えているうちに私の手はケータイへと延びており、メッセージに書かれている番号・・・ではなく346プロダクション本社へと掛けていた。

 

念には念を。私はそんなに安易にホイホイ信じる女ではない。それに346プロダクションに確認をとればはっきりすることだ。なんで最初にそうしなかったんだろう。

 

まぁそんなこと今更考えても仕方ないということで携帯に耳を当てる。1コール、2コールしないうちに女性が電話に出た。

 

 

『お電話ありがとうございます。こちら346プロダクション受付でございます』

 

「あ、すみません。えっ・・・と[アマギ]と申しますがそちらのプロダクションに武内さんという方はいらっしゃるでしょうか?」

 

『武内ですね。少々お待ちくださいませ』

 

 

やはり大手の受付、対応も丁寧だ。そういえば武内さんって名前だけで聞いちゃったけど分かるようなものなのだろうか?

 

 

『お待たせいたしました。アイドル部門の武内でよろしかったでしょうか?』

 

「あー、はい。その武内さんです」

 

『失礼ですがもう一度お名前をうかがってもよろしいでしょうか?』

 

「?えっと、名前は[アマギ]です」

 

『アマギ様ですね。おつなぎしますので少々お待ちくださいませ』

 

 

受付嬢の声がフェードアウトし、また保留音が流れる。アポ取らなくてもつなげてくれるんだなー、じゃなくてアイドル事業部に武内さんという方がいらっしゃるということはもしかすると今までのメッセージは本物になるということではないだろうか。

 

まぁ、まだ本人が送ったという聞いたわけではないから分からないが。もし本物だったところでキチンと「アイドルにはならない」と伝えれば済む話だし。偽物ならこれからも無視し続ければいいだけ。焦ることは何もない。

 

またケータイから流れてくる独特の保留音を聞きながら待つ。

急な電話ではあるし少し待つことなるかなーっと思いベッドにもたれかかると、予想とは裏腹に早くつながったようで渋い男の人の声が聞こえた。

 

 

『お待たせいたしました。アイドル部門の武内です』

 

「いえ、こちらこそ急にすみません。えっと、最近346プロダクションの武内さんという方から毎日メッセ・・・メールが届くのでその確認にお電話させていただいたのですが」

 

『はい。確かに私が送らせていただいております』

 

 

私がまくしたてるようにそう説明するとあっさりとその答えは返ってきた。

 

こんな渋い男の人が?本当に私の歌を聞いて?

ありがとうございます?迷惑ですからやめてください?なんて返せばいいのかわからなくなり言葉が詰まってしまう。

 

そんな私を知ってか知らずか武内さんは話をつづけた。

 

 

『初めて[アマギ]さんの歌を聴かせていただいたときに思ったのです。貴方はアイドルになるべきだと。なって輝ける存在だと。そう思えるほどあなたの歌は素晴らしかったです』

 

 

真剣な声音で。それが世界の真理であるかのように彼は告げる。

というよりかなり積極的じゃなかろうか?初めて話した女性にこんなことを言う男性がほかにいるだろうか。

私の浅い交友範囲の中でも初めてのタイプで少し顔が熱くなってしまう。

 

 

「で、でも私と武内さんはお会いしたこともないですよね?会ったこともないのにアイドルになれるかなんて・・・それに」

 

『では一度お会いしませんか?もし場所を指定していただければ其方に向かいます』

 

「えっ!?あ、会うんですか?」

 

『もしよろしければですが。・・・私は一度[アマギ]さんに会ってみたいです』

 

 

そこまで話して私は頭が真っ白になった。

もともとコミュ障(自称)だった私。電話といえ一対一で話したことも少ない私が同性ではなく異性と話し、かつぐいぐいこられ私のCPUはオーバーヒートしてしまった。

 

そのあとはとんとん拍子に会う日時と時間、場所が決められた。場所は家の付近であまり会いたくなかったため少し遠いが346プロダクションの事務所にさせてもらった。

 

 

電話を切り。カレンダーを確認。私はとりあえず通販で服を買うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

その日も夜遅くまで残業をしていた日だった。

 

新企画であるシンデレラプロジェクトを発表したことにより多くの応募があり、毎日残業して履歴書に目を通し、選考する。

女の子の輝く夢を叶えるためのプロジェクトということで発表したプロジェクトだが、幼稚園にも通っていないほど幼い子や80歳以上の高齢の方からも応募が来るため選考に非常に時間がかかってしまっていた。

デスクの上に置かれた蓋の開いたエナジードリンクがここ最近のハードさをより感じられる。

 

まずは目の前にあるこの履歴書の束を捌いてから次は書類選考に合格した人の為にメールを送り、オーディションの準備など・・・まだまだ仕事は終わる気配はない。

 

千川さんも手伝ってはくれているが日に日にやつれていっているのが分かる位には疲労がたまっているだろう。

本日も時計の針は12の数字を回りそうな時間だ。

 

私は千川さんに声をかけるために自分のデスクから立ち上がり、千川さんのデスクへと足を進める。

 

 

「千川さん、もうこんな時間ですしそろそろ・・・千川さん?」

 

 

千川さんの後ろまで行き声をかけるが反応がない。もしや疲れすぎて眠ってしまっているのかもしれない。

そう思い彼女の横まで移動すると、彼女の耳にイヤホンが挿さっていることに気づいた。ヒーリングソングでも聞いているのだろうか?昨日も残業だったのに昨日より生き生きしているような気がする。

 

少しためらったが彼女の肩をゆすり声をかけた。

 

 

「千川さん。もう12時を回りますし本日はそろそろ・・・」

 

「うひゃぁ!プ、プロデューサーさん!」

 

「すみません、驚かせるつもりはなかったのですが・・・」

 

 

よっぽど聞いていた音楽に集中していたのだろう。普段は驚かない千川さんがここまで驚かれるなんて。

外れたイヤホンからうっすらとバラードのような音楽と綺麗な歌声が聞こえてくる。

 

声の感じからして女性の方だろうか

 

聞いたこともないような曲だったがなぜだか無性に気になってしまった私は千川さんに許可をとることも忘れてイヤホンの片方を手に取っていた。

 

 

「この歌は・・・」

 

「あ、聞いてみますか?私も最近聞き始めたんですけど凄い人気の歌い手さんなんですよ」

 

「歌い・・・手?」

 

 

歌手ならわかるのだが歌い手というのはいったいどういったものだろう?

 

 

「えっと、簡単に言うとネットに自分が歌った歌を投稿している人?でしょうか。私も比奈ちゃんに教えてもらって聞き始めたのであまり詳しいことはわからないんですけれど。はい、聞いてみてください」

 

 

そういってもう片方のイヤホンを差し出してくる。私はそれを受け取り、両耳へとつけた。

 

そこから先は世界が変わっていた。

 

 

初めて聞いた歌詞のはずなのに実際に自分がこの場面にいるような錯覚にさえ陥るほど心に響く歌声。

 

そして本当に目の前で歌っているかのように思うほどの臨場感。

 

まるで一つの物語を目の前の女性が読み聞かせてくれているかのような、一緒にその場にいてその感情を共有しているかのような。

 

時折声が震えて居たり、嗚咽がはいる度に目頭が熱くなってくる。

 

どうして私は泣いている彼女を抱きしめ、慰めることができないのか。

 

もはや自分が何を思っているのかもわからない。それは歌っている彼女なのか。物語の中の彼女なのか。それでも何かをせずにはいられなかった。

 

ただどうしようもないほどに自分の中の枯れた感情がよみがえったかのような

 

あぁ、この人はどれだけの思いを込めて歌っているのか。どんな顔で歌っているのか。

 

そして、ふと顔も名前も知らない彼女が、ステージの上で大勢のファンの前でその歌を披露し、ファンを笑顔にさせている。そんな光景がまぶたの裏に浮かんだ。

 

 

歌が終わる。アウトロを聞き終わり、私はイヤホンを千川さんへと手渡した。

 

 

「どうでした?凄く心にきませんか?私もはじ「千川さん」えっと、どうしました?」

 

 

思わず千川さんの話を遮ってしまうほど私は熱くなっていた。彼女の歌に魅了されたというならばそうなのでしょう。ですがこの感情はそれ以上に彼女をアイドルにできないかという気持ちでいっぱいになっていた。

 

全てはあの光景を現実にするため。

 

 

「今歌っていた人は名前は・・・」

 

「ハンドルネームでしたら[アマギ]さんですね」

 

 

ハンドルネーム・・・まぁ、ネットに動画を投稿しているとのことですから本名ではないとは思っていましたがどうやって接触したものか。

 

 

「あ、もしかしてプロデューサーもはまっちゃいました?もしよろしければサイト教えましょうか?」

 

「っ!お願いします!」

 

 

私は千川さんに教えてもらったサイトを検索するべく、あれから直ぐに自分のデスクへと戻った。

直ぐにPCを起動しサイト名を入力。アカウントをさっそく作り[アマギ]と入力し動画を検索。

 

とりあえず動画の検索まではできたもののどうやって話しかけたらいいのだろうか。動画にコメントを書いたところで見られる可能性は低い。出来れば[アマギ]さんに直接送れるような機能が・・・

 

それを探し、ようやく見つけたのはメッセージボックスなる機能。

 

これでどうやら個人あてにメッセージが送ることができるらしい。

 

私はすぐさまそれをクリックし、宛先を[アマギ]さんに指定。さて文章を書こうとしたところで固まった。

 

 

(一体何と書けば彼女はアイドルに興味を持ってくれるのでしょうか)

 

 

いきなりメールで何を言われても荒唐無稽すぎて無視させるのが落ちだということはわかっている。だが、ここで諦める選択肢はない。

 

PCの前で一人、唸り続けること20分。私は結局いつも通りのやり方で行くことにした。短くはあるが一文打ち込んだ。

 

 

『アイドルになってみませんか』

 

 

これしか知らないともいえるが、これは私の本心だ。貴方にアイドルになってほしい。この気持ちが彼女に届けばもしかすれば・・・。

 

そんな淡い期待と共に送信を押そうとしてふと気づいた。

 

 

(送信者の名前が・・・)

 

 

そう、メッセージボックスの機能は基本的なメールの機能と一緒だが名前のところにはハンドルネームが登録される。つまり、今回『アイドルになってみませんか』という文が[武内]というハンドルネームの人物から送られるということだ。

 

 

(これはまずい)

 

 

[武内]なる人物からそんなメールを送られてもただの迷惑メールとしか認知されないだろう。それではだめだ。

何か別の名前を考えなくては。

 

彼女に見られて少しでも本物だと思ってもらえるような名前は・・・

 

そうして私は閃いた。

 

私はすぐさま自分のアカウントページへと飛び、そこで名前を変更。変更した名前で同じ文章を打ち、[アマギ]さんへと送信を完了した。

 

 

[346プロダクション]

 

 

私が働く芸能事務所の名前である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




武内プロデューサー(壊)


1/13 誤字修正 アサギ→アマギ

1/13 誤字修正 恒例→高齢 専攻→選考

1/14 誤字修正 新規格→新企画

1/14 誤字修正 アサギ→アマギ

指摘してくださった方感謝です



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誕生したNGアイドル

346プロダクション前に立つ私。

 

結局服装は通販で買った薄い色のワンピースにカーディガンというシンプルかつ無難な選択。髪はアイロンで整えてきたものの、目は出したくないため前髪は伸ばしたままにしてきた。

一応、大企業にお邪魔させていただくので軽くメイクは施してはいるものの周りの視線が嫌というほど刺さっているのがわかる。

 

何か変なところでもあるのかしら、という不安感に苛まれながら女性にしては大きい体を小さく丸めるように中に入る。

 

 

「うわ・・・」

 

 

思わず声が漏れてしまうぐらい豪勢なエントランス。あまりこういう場所に来たことがないのもあるが、照明が少し強くて目がちかちかする。

 

もともとここは私なんかが来るはずのない世界だ。

 

よくよく見ると眼鏡をかけている女の子・・・高校生ぐらいの子が歩いている。私はアイドルについて詳しく知らないので良くはわからないのだが彼女はもしかしなくても346プロダクションのアイドルなのだろう。

 

うん・・・とてもまぶしい。

 

ずっとエントランスで立っていても仕方がない。とりあえず受付の人に話しかければいいらしいからそうしよう。

 

エントランスホールの中央にあるカウンターまで進む。とりあえずは無い愛想を出来る限りよくしなければ・・・。下手すればすぐに企業のブラックリストに入れられてしまうというではないか。

 

普段は動かさない頬をモミモミ。よし、これなら愛想のない私でも少しはましだろう。というわけでいざ

 

 

「おはようございます。今よろしいですか?」

 

「・・・・・・・・」

 

 

勇気を出して声をかけてみたは良いものの受付の女性からの反応がない。

 

気づいていないわけではなさそうだ。こちらを凝視しているし・・・もしかして声が小さくて聞き取れなかったのだろうか。

確かに普段から歌以外では声を出さないし、大企業のエントランスということもあるのかもしれない。

 

仕方がない、二回もするのは恥ずかしいがもう一度声をかけるしかなさそうだ。

 

 

「あ、あの?」

 

「はっ、ハイッ!ほ、本日はどういったご用件でっ、しょうか!」

 

 

今度はちゃんと反応してくれたが忙しかったのだろうか。ところどころ詰まっているし、かなり焦っているように見える。

まぁ、今は朝で一番忙しい時間帯だろうからかな。時間にもまだ少し余裕があるし落ち着くまで私は時間を空けた方がいいかもしれない。

 

 

「お忙しいようですのでまた後で来ますね」

 

「ええっ!?ちょ、ちょっとお待ちくださいっ!えっと!だ、大丈夫ですぅっ!」

 

 

一度時間をおこうと思い踵を返すと背中越しに受付嬢が急に痛そうな声を出した。さすがに驚いて振り返ると、何故だか先程とは別の受付が私の前に立っていた。

 

その受付の女性は受付のデスクを回り込み、私の近くまでくるとゆっくりと頭を下げた。

 

 

「申し訳ありません。同僚が大変ご迷惑をおかけしました。本日はどういったご用件でしょうか?」

 

「あぁ、よかったんですか?お忙しいようであればまた時間を改めますが・・・」

 

「いえいえ、お客様のご用事が第一ですので何なりとお申し付けくださいませ」

 

 

おお、この人はずいぶんと落ち着いているな。もしかしてベテランさんなのだろうか。穏やかそうな笑みで話しやすそうな人だ。

まぁ、できることならデスクから出てこないでほしかったかな。急に受付が立ち上がって頭を下げたから周りの社員の人からチラチラと見られているのがわかる。

 

デスクの裏側で足を抑えて転がっている先ほどの受付の子が先程から視界に入り非常に気になるが気にしてはいけないのだろう。

 

ここにいるといつまでも視線にさらされる、用件を伝えて早めに立ち去ろう。

 

 

「えっと本日武内さんと会う約束をしているんですけれど」

 

「武内プロデューサーと?・・・そういえば」

 

 

そういうと急にデスクまで戻りタブレットに何かを入力しだした。

 

それにしても武内さんはプロデューサーさんだったのか。まぁプロデューサーがどんなお仕事かわかっていないけれどそれなりに凄い立場の人なんだろう。テレビでもよく聞くし。

 

 

「お待たせいたしました。アマギ様ですね。予定されている部屋は武内プロデューサーのオフィスとなっておりますがそちらまで誰か案内をお付けしましょうか?」

 

 

確かにここに来たのは初めてでオフィスまでの行き方はわからないがまだ時間もあるしカフェもあるそうなのでそこで少しゆっくりしていきたい。

 

だからオフィスの行き方だけ聞こうとした矢先だった。

 

 

「その必要はありません」

 

 

此方に歩いてくる大きな影。

 

その声を聴いて分かった。

 

あの男の人は武内さんなんだと。

 

そして近づいて来るにつれ私は知った。

 

彼と私は似ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

武内さんの登場後、私は連れられゆっくりすることも迷うこともなく武内さんのオフィスに到着。

 

とりあえずソファーへと誘導され淹れてもらったコーヒーを飲みながら向かいあう。

個室に入れたことで少し落ち着き、ゆっくり顔を観察してみるとやはり思う。

 

三白眼の据えた目つきにあまり変わらない表情。そして私ですら少し見上げてしまう体躯。

 

私と一緒に歩いている時もアイドルであろう女の子たちからチラチラと視線を向けられていたことから言い方は悪いが怖がられているんだろう。

 

うんうん、その気持ちは十分にわかる。私も初めて顔を見たときは少しばかり硬直してしまったものだ。

似ていると知った今では同じ境遇にいる仲間みたいな認識しかないが。

 

じっと見つめていると武内さんもさすがに私の視線に気づいたようで首の裏側に手を回しすこし落ち着かない様子。

 

 

「すみません、やはり驚かせてしまいましたか」

 

「え?あぁ、そういうわけではないですよ。なんだか私と似ていると思ってしまって、つい・・・」

 

 

一瞬何の事だか分からなかったが武内さんが申し訳なさそうに視線をそらしているのを見て合点がいった。

 

この人は私が武内さんの顔に驚いて怖がっているとでも思ったのだろう。あぁ、まったく良く分かりますよその気持ち。

 

 

「似ている・・・でしょうか」

 

「えぇ良く分かります。私もよく目が合った時に避けられてしまいますから・・・。あんまり目つきが良くないのは分かってはいるんですが・・・」

 

 

目つきが悪いせいで道端で目が合ってもすぐにそらされ、クラスメイトとは目が合った後に走り去られ、何かの列に並んでいれば何かとんでもないものを見たかのような顔をされて列を譲られる始末。

 

そのせいで私は自分の目を隠すようになったし、話すことも少ないものだから笑おうとすると頬がこわばってしまうようになった。

 

武内さんにも私と似たようなことがあったのだろう。私よりも高い身長でかつ人を殺せそうなほど鋭い目つき。武内さんの苦労は一度や二度じゃなかったはず。

 

 

「そ、そうでしょうか?綺麗な瞳だと思いますが・・・」

 

「お世辞はいいですよ。切れ長の上に釣り目だから怖がられちゃうんですよね」

 

「そう・・・ですか・・・」

 

「先日も学校で・・・」

 

 

武内さんがあまりにも聞き上手なのか私は自身の経験談をいろいろ話してしまっていた。

 

やはり自分と似ている人と話すと自分がため込んでいたものを話せて良い。愚痴っぽい話もしてしまったがすっきりできた気がする。

 

長々と話してしまい流石にのどが渇いた。コーヒーを飲もうとテーブルのカップに手を伸ばし、それを口に近づけたところでカップの中が空になっていたことに気づいた。

 

コーヒーが飲みたいが、武内さんに言えばいいのか。いやでも淹れてくれというのは失礼じゃないだろうか。

どうしたものかと空になったカップの底を眺めていると不意に背後から声がかかった。

 

 

「なくなっちゃいましたか?すぐに淹れますね」

 

 

驚いて振り返るとそこには緑色の制服を着た三つ編みを肩から下げた女性がニコニコとした笑顔で立っていた。

 

っていうよりいつからいたのだろう、私がはいってきたときにはいなかったと記憶しているのだが。

 

 

「彼女はここの事務員で私のサポートをしていただいておりまして。・・・アマギさんが話している間に入ってきたのですが」

 

「そ、そうです・・・か」

 

 

本当に久しぶりのお喋りに夢中になりすぎていたらしい。まさか人がはいってくることにも気づかないとわ・・・うあ、思ったより恥ずかしい。

 

っていうか話すのに夢中になりすぎて自己紹介をしていないことに今気が付いた。冷静になってぞっとする。

私は自己紹介すらせずにひたすら自分のことを話し続けていたのか。順序が逆だろ、これは死ねる。

 

 

「お二人ともすみません。自己紹介がまだでしたね。私はアマギという名前で歌わせていただいているものです」

 

 

私が頭を下げながらそう言うと武内さんも背筋を伸ばし、千川さんもその武内さんに寄り添うようにして立った。

 

 

「いえいえ、本日はお越しいただいてありがとうございます。私はアイドルのプロデューサーをしている武内と申します。こちらはアシスタントの千川さんです」

 

 

よろしくお願いします。とお互いに頭を下げ、武内さんが差し出してくれた名刺を受け取る。

 

本当にプロデューサーなんだと思いながら、シンデレラプロジェクトという所に目が行く。とりあえず名刺をすぐに左上側に置く。ガバガバマナーだが許してほしい。

 

先程は恥ずかしさから直ぐに視線をそらしてしまいよく見ていなかったが、アシスタントの千川さんは非常にきれいな人だった。

このレベルでアシスタントってアイドルだったらどれほどのレベルが求められるのか。アイドルは顔だけじゃないと聞くけれども結局は顔だと思っている私からしたら恐怖でしかない。

 

視線を武内さんに戻すと、先ほどまでの困った表情から人を今にも殺しそうなほど真剣な表情をしていた。

 

 

「それで本日お越しいただいた理由は電話でもお話した通りですが、もう一つ。一度考えていただきたいお話があります」

 

「それは・・・いったい?」

 

 

武内さんが背後の千川さんから何やら紙を一枚受け取ったかと思うと、それをテーブルの上に置き私の方へと滑らせる。

 

それを手に取ると、そこにははっきりとシンデレラプロジェクトと書かれていた。

 

 

「これは・・・」

 

「私はアマギさんに自分の企画したプロジェクトであるシンデレラプロジェクトに参加してほしいと考えています」

 

「シンデレラプロジェクトというのは個性的なアイドルの発掘・育成を目標としたアイドルプロジェクトです」

 

 

まずシンデレラプロジェクトのことを良く分かっていなかった私に、千川さんが説明してくれた。

 

まぁ、そういった話はされるだろうなというのはわかっていた。むしろそちらからしていただけるのであれば話は早い。

 

 

「再度に申し上げます。アマギさん・・・アイドルに「なれません」・・・理由をお聞かせ願えませんか?」

 

 

武内さんがここまで薦めてくれるのは素直にうれしい。だがそれでもアイドルになるということはそれすなわち世間様に顔を出し、ファンの皆さんに笑顔を与えなければならない存在になるということ。

 

憧れはなくないですが、私に笑顔を与えることは不可能でしょう。よって

 

 

「私にはアイドルの皆さんみたいに笑顔を与えることはできないでしょう。普通に生活していても怖がらせてしまうのですから。武内さんも私の容姿を見て少なからず驚いたのでは?」

 

「っ!そんなことはっ!」

 

「気を使っていただく必要はありません。自分でもわかっていることですから。それにもし、もしですよ。私がアイドルになったとして初めてのライブをさせてもらった時、私を見ても皆私を見てくれず視線が合えばそらされてしまう。・・・それが怖いんです」

 

 

全てはこれに尽きるだろう。慣れたこととはいえ視線をそらされるとかなり傷つく。一度一度ならまだしも大勢いる中で誰も目を合わせてくれないというのはどれほどのモノだろうか。

 

私の告白を聞き、武内さんは俯いて沈黙してしまった。

 

もうこれ以上は私がここにいる理由はないだろう。

 

 

「私がアイドルになれるとすれば・・・顔出しNGのアイドルでしょうね」

 

 

そう私がつぶやいた瞬間、俯いていた武内さんが急に顔を上げた。そして、私の手を両手で優しく握った。

 

 

「それです!顔出しNGのアイドル・・・私はいいと思います!なってみませんか、貴方だけのアイドルに」

 

 

男らしい手で手を握られ、真剣な瞳で見つめられ、そんなことを言われてしまえばまた私は。

 

 

「は、い」

 

 

そう答えた私はこの時とても間抜けな顔をしていただろう。

 

そして私がそう答えたことにより状況は一気に加速。アイドルになるにあたって様々な資料に目を通し、契約書にサインをし、いつのまにやらアイドルになる事が決定していた。

 

目まぐるしく状況が動き、ほとんどのことを曖昧にしか覚えていない私だが、ずっと武内さんに寄り添っていた千川さんがとてもいい笑顔で武内さんのことを見ていたことだけははっきりと覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回少し疲れた

主人公がチョロく見えてきたあなたは正常

 1/14 相変わらず誤字が多く申し訳りません
 1/14 サブタイトルを修正


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人前で歌ってみた

私がアイドルになると決めてから早一日。アレからいろいろなところに顔見せやら書類作成やら方針会議やら連れまわされ、帰ってきたのは結局夜中。

 

家に入り直ぐにベッドへバタンキューそのまま熟睡してしまったようで服が昨日のままだ。とりあえず服を着替えねば、と立ち上がり床に投げ捨てられていた封筒を手に取る。中にはシンデレラプロジェクトの資料や、私のこれからのアイドル活動に関する資料が入っている。

 

それを見てようやく実感する。

 

 

「あぁ、私・・・アイドルになったんだ」

 

 

全く実感がわかない。というより「なった」というより「なってしまった」という感情しかわかない。

 

これからどうするのか顔を出さないアイドルなんてどうやって活動していけばいいのか。

今は武内プロデューサーの『私に任せてください』という言葉を信じるしかない訳なのだが・・・。

 

 

「あっ大学」

 

 

慌ててケータイを開き時間を見ると、既に11時。本日1時間目からあった講義は終わっており二時間目も間に合いそうにない。

残るは3時間目だけだがさすがに今日はもう行く気になれなかったため自主休講を選択。

 

服を着替え、顔と歯を洗い、トーストとハム、レタスを挟んだサンドイッチを摘まみながらテーブルに資料を広げる。

 

とりあえず目に通しておくべきなのは『浅間 凪』というアイドルはどのように活動していくかということ。

 

アイドルネームに関しては[アマギ]とは違う『ナギサ』という名前で行くことになった。相変わらず本名を入れ替えただけではあるが、これは仕方ない。

私と武内Pの名づけのセンスの無さが招いた結果だ。『ナギサ』もちひろさんが言った名前だし。

 

其れとアイドルになるにあたって二人の呼び方も変えることにした。一応これからは一緒に活動していくわけなので、それに伴った呼び方にすることにした。

 

そして[アマギ]に関しても投稿は止めないことにした。

これは私が武内Pにお願いしたことで、[アマギ]を応援してくださっている人に申し訳ないと思ったからだ。

 

[アマギ]と『ナギサ』は別人。それが私と武内Pが下した決断である。

 

 

[アマギ]はこれからも活動していくのに対して『ナギサ』の活動はとりあえずトレーニングから始めていくようだ。

 

とりあえず毎週日曜日を丸1日使いレッスンや打ち合わせをするということになった。

 

本来ならもっとレッスンを重ねた方がいいのだろうが徐々にということらしい。

 

初めは一日に纏めてほしいといった私のワガママを聞いてくれた武内Pには感謝しかない。

ここから346プロダクションまでは地味に遠いので毎日通うのは流石に厳しい。寮は他のアイドルと顔を合わせてしまうことになるので論外。近くに部屋を借りればいいのではとも思ったが大学が通いにくくなるので結局こういう形で落ち着いた。

 

ちなみに日曜日にレッスンに行くときは極力顔を隠しながら行く所存である。怖がらせる怖がらせない以前に私は顔出しNGアイドル。同じ事務所のアイドルから顔バレしてしまう可能性もなくはないのだ。リスクは最小限にする必要がある。

 

とりあえず本日は学校も休講したから取りあえずアイドルについて研究するべく動画サイトを検索することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

日高舞や765プロオールスターズ。高垣楓等いろいろなアイドルのライブやらバラエティやらを見て一週間を過ごし、日曜日を迎えた。

初めてのレッスンなので武内Pも見学してくれるらしい。

 

朝早くに起き家を出て346プロダクションに到着。エントランスホールには武内Pが先に待っていてくれ、スムーズにレッスンルームへ。

 

深めの帽子にサングラス、そしてマスクをつけ完璧な不審者スタイルだったのだが、武内Pは私が中に入ると同時に気づいた。道中にどうしてわかったのか聞いてみると『ナギサさんが私のアイドルだからです』と言われた。プロデューサーってすごい。

 

 

レッスンルームに入ると中にはちひろさんのほかにもう一人ジャージの女性がいた。

長身でキリッとした目つきから厳しそうな印象を受ける女性だ。

 

 

「おはようございます!ってどうしたんですかその恰好!?」

 

「一応事務所内でも顔を隠さなければと思いまして」

 

「隠すって・・・それはもう不審者じゃ」

 

 

言いたいことはわかります。だけど急に顔を見られてはいけないなんて思うとなんだが難しいんですよ。どこまで隠せばいいのかわからないし。

 

武内Pもちひろさんと全く同じ意見なのか困った顔で首の裏側を掻いていた。

 

 

「帽子とマスクはいいと思いますがサングラスは・・・」

 

 

あろうことか武内Pはサングラスを否定してきました。これを外してどうやって私の目を隠せばいいというんだ。

まさか私と同じ思いを抱いていた武内Pに否定されるとはこれは裏切りとしか思えない。

 

私がサングラス越しに武内Pに非難の視線を送っていると先ほどのジャージの女性が私の肩をたたいた。

 

 

「まぁそう責めてやるな。私はトレーナーの青木麗だ。君はナギサだな。今日は君のレッスンを担当する事になっている、よろしく頼むよ」

 

 

言動からもわかるがかなり男前な女性のようだ。「よろしくお願いします」と頭を下げるととりあえず早く着替えて来いとの御達し。

更衣室はレッスンルームの外にあるらしく、あたりに注意を払って素早くジャージに着替え髪をポニテにし、素早くレッスンルームへと帰還。その動きまさに忍者が如く。

 

帰ってくるともう武内Pとちひろさんが隅っこに寄っていて、麗さんが大きい鏡の前で帰ってきた私に手招きしていた。

 

もうレッスンを始めるようだ。

私は少し駆け足で、麗さんの元まで向かった。

 

 

「ほう、なるほどな」

 

「どうしました?」

 

 

近づいていく私の顔を見て何かを察したのか武内Pにチラッと視線をやった麗さん。私も武内Pに視線を送ってみるが武内Pは麗さんに一回頷いただけ。

 

なんだがそれだけで通じ合っているような気がする。これがプロデューサーとトレーナーの関係なのだろうか。

 

 

「いや、なんでもない。それではレッスンを始めていくが。まず初めに聞きたい。ナギサ、お前が一番自信があるといえるものは何だ」

 

「自信がある・・・ものですか?」

 

「べつにダンスとか笑顔とかアイドルに関するものだけじゃなくても何でもいい。例えばスポーツとか絵を描くとかでもな」

 

 

自信があるもの・・・と言われて、真っ先に思いついたものは歌だった。

 

歌が好きで好きで、私が今まで生きてきた中で熱中できたものがあるとしたらそれは歌だけだろう。

だが、自信があると言われればそれはわからない。

自信がないとは言わない。動画内でではあるが私を応援してくれる人が少なからずいる。それが少しの自信につながっていることは確かだ。

だがそれ以上に自信になるものが私にはある。それは

 

 

「目つきの悪さですね」

 

 

私がそういった瞬間、大きい鏡に武内Pが目をそらすのがちらりと見えた。

おい、あなたもそれは同じだろう。こちらを見なさいこちらを。

 

 

「あー、それ以外で頼む」

 

「愛想のなさ」「それ以外で」「髪の長さ?」「他」「身長」「・・・他に何かないのか」「んー・・・」

 

「ナギサさんは歌がお得意ですよね!」

 

 

私が言ったことをことごとく却下され他に何があるかと悩んでいると、ちひろさんがおもむろにそう言った。

それに見事に食いついたのは麗さん「ほう?」と小さくつぶやくと部屋の隅に歩いていき、そこにあったCDプレイヤーを鏡の前に持ってきた。

 

 

「歌に自信があるとは大きく出たな。私も多くの歌を聴いてきたからな、自信があるというなら楽しませてもらおう」

 

「自信があるとは言っていないんですが・・・」

 

「うるさい。とりあえず一曲歌ってみろ、曲は『お願い!シンデレラ』でいいだろう。しばらく聞いていていいから頭に入れておけ、歌詞もあるから必要なら使え」

 

 

CDを流しながら麗さんから手渡しでもらった歌詞を見ながら口ずさむ。実を言うと私この曲を何度か聞いたことがあった。

346プロダクションのCMやらこの前見ていた動画でやらいろいろなところで耳にしている分、すんなりリズムや歌詞は頭に入ってきた。

 

これなら問題なく歌えそう。

 

数回軽く発声練習もかねて声を出し、準備はできた。のだが・・・

 

人前で歌うのなんていつ以来か。ただ歌に集中すればいいと考えれば楽なのに見られていると考えると急に意識がそれてしまう。

 

できれば何時も歌っている状況と同じにしたい。目を閉じ、自分がここに一人でいることを想像し少しはましな状態にはなったがまだまだ本調子には程遠い。武内Pと麗さんが話しているわずかな音で気持ちが切れてしまう。

 

 

「なんだ、もう歌えるのか?」

 

 

私が目を閉じながら歌っていたことに気づいたのか、今まで武内Pと話していた麗さんが戻ってきた。

 

 

「なんとか歌うだけなら・・・聞いたことがありましたから」

 

「なるほどな。まぁ、今完璧に歌う必要はないし一回歌ってみろ」

 

 

CDからメロディが流れる。急に始まったものだから気持ちの準備ができていない。集中しなければ。

取り合えずいつもの状況に近づけるために目は閉じて一人でいることを強くイメージする。

 

メロディーに合わせ歌い始め、曲から意識をそらさないように必死にイメージを固めながら歌っていく。

 

何とか歌のパートを歌い切り、あとはアウトロのみ。歌い切った私を待っていたのはいつもの余韻ではなく疲労感だけだった。

ゆっくりと目を開けると目の前の鏡に疲れた顔をした自分が映っていた。

 

 

「初めてにしてはなかなかいいじゃないか。目をつぶって歌っていたのは癖かなにかか? まぁ様になっていたがな」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

息を整え、軽く滲んだ汗をぬぐいながら麗さんにそう返す。

取りあえず何か飲みたい。いつも以上にのどを使った気がする。

 

水を取りに行こうとした時、ちょうど武内Pが私にペットボトルの水を持ってきてくれていた。

 

 

「ありがとうございます武内P」

 

「あの・・・今日はどこか調子が悪いのですか?」

 

 

水を渡すと同時にそんなことを聞かれた。困ったような、心配してくれているかのような表情でわたしを見ていた。

 

武内Pは私の歌を聞いてスカウトしてくれた。だからいつもと違う感じで歌っていた私の状態に気づいていたのかもしれない。

 

 

「そう・・・見えましたか?」

 

「ハッキリと解ったわけではありませんが・・・歌っている最中少し苦しそうに見えました」

 

 

武内Pにはすべて見透かされているのかもしれない。私が彼のアイドルだからだろうか。本当に私のことをよく見ていてくれている。

 

 

「実は・・・」

 

 

私は歌っている間に感じたことをすべて話すことにした。

 

普段とは感覚がまるで違ったこと。イメージがいつものように固まらず集中できなかったこと。そして歌っていても気持ちよくなかったこと。それを武内Pと麗さんは真剣に聞いていてくれた。

 

 

「確かに普段と違う環境でパフォーマンスをしてうまくいかないことはよくあるが・・・どうやらそれだけではなさそうだな」

 

「暗い場所で一人で歌える場所・・・それならサウンドブースを借りましょう」

 

「サウンドブース・・・ですか?」

 

「はい、防音機能が備わっていて普段CDなど楽曲をレコーディングするときに使われている部屋です。今の時間ならまだ使われていないでしょうし・・・千川さん」

 

「はい、たった今1室確保できました」

 

 

おおう、ちひろさん仕事が早すぎではないですか。

武内Pがサウンドブースという言葉を口にした瞬間にPADに何か打ち込んでましたし、流石アシスタントですね。

 

取りあえずサウンドブースというところでもう一度歌うみたいだ。武内Pと麗さんの話を聞くに確かにその場所であればいつも通りに歌えるかもしれない。

 

私は簡単に着替え、3人につれられるままサウンドブースへ。どうやら武内P達はコントロールルームというところで私のことを見ているらしいがこちらからだと薄暗く良く見えない。

 

 

『ではナギサさん。曲は同じで、準備ができたら合図をお願いします』

 

 

武内Pのその言葉を聴いて、ゆっくりと深呼吸。耳にヘッドフォンをはめ、そしてコントロールルームに見えるように片手をあげ、合図を送る。

照明を弱くしてもらい、自分の中心にして部屋が薄暗くなる。

 

私が手を挙げてから少し間を空けて曲が始まる。

 

暗さ、空気、周りの状態、すべてが完璧とはいかない。だがそれでも今なら十分歌える。

 

 

さぁイメージしよう、思い描くのは大勢のファンの前で歌い、みんなに笑顔を与え、声援を受け取る。

 

一人のアイドルだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっとこれから立て込みますので投稿が遅れますすみません

1/15 相変わらず誤字が減りませんすみません


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アイドル生活は思ったより早く進む

前回初めて歌ってからというものの、ここ最近レッスンをしに来てはサウンドブースに放り込まれ歌をずっと歌っている。

基本的にはカバーであり、今までのアイドルが歌った歌を一通り歌わされている。色々な曲を歌うことができて自分的には嬉しいのだが、アイドル的にはどうなのだろう?一度武内Pに聞いてみたことがあるのだが、真顔で『ナギサさんは今はこれでいいんです』と返された

 

取りあえず言われた通り歌っては録音、歌っては録音を繰り返し、私のカバー曲はもはや片手で足りないほどになっている。

 

なぜこんなことになっているのかというと今西さんという方のお陰らしい。武内Pが私の音源を会議に持ち込んだところ、その今西さんが私の曲を絶賛してくれたらしく、私のカバーソングを346プロダクションのCMやラジオ等のBGMとして流してくれるように計らってくれたらしい。

 

それを聞いたときに私は深夜とかあまり聞かれない時間帯に流されるのかと思っていたがそれは大間違いで、ゴールデンタイムや346が関わっている番組の合間にも入れてくれたらしい。

初めて家でテレビを見ていたら唐突に自分の歌声が聞こえてきた時、まさかという衝撃と予想外という驚きに口に含んでいた水を危うく噴射するところだった。

 

初めて自分の声がテレビから流れると思うと投稿している動画を見られるよりも何倍も緊張感があった。ここ最近自分の歌が流れるたびに体がビクッ!と反応してしまうのは最早癖になりつつあった。

 

そして今日も今日とていつも通りサウンドブースで歌を歌っていると、武内Pに一度オフィスルームに来てくれとお達しがあった。

ここ最近武内Pとはサウンドブースでしか話していなかったためオフィスルームに来るのは久し振りだ。

 

 

「急に御呼び立てしてすみません」

 

「いえ、別にいつも通りレッスンしていたので・・・。武内Pは先ほどまで会議だったと記憶していますが、そちらで何か?」

 

 

先程まで武内Pが出ていた会議はシンデレラガールズに関するものだ。私も一応そのメンバーに入っているのだが聞いていた話では残りのメンバーの動向についての話だったと記憶している。

私がその話にかかわる理由は少ないと思うのだが

 

「えぇ・・・実は」

 

 

それに武内Pもなんだか変だ。いつものようにずっと真顔でいるわけではなく困惑しているような、しかし少しうれしいようなけれども不安があるようなそんな表情をコロコロと変え、簡潔に言って少し気持ち悪い。

 

しかし、武内Pがダメならそのパートナー(自称)たる私がしっかりしなければ、さぁどんとこい!

 

 

「ナギサさんのファーストシングルが決まりました」

 

「・・・・・・・・・・・・・はい?」

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

驚きで固まってしまっているナギサさん。それも仕方のないことだろう。この間ようやくレッスンがスタートしてまだそれ程たってもいないのにもうファーストシングルが決まったなど驚いても仕方ないだろう。

 

私自身この話をいただいたときはびっくりして会議中に口を開けて固まってしまった。

 

『ナギサ』というアイドルは346プロダクションの中に一応在籍しており、ホームページから閲覧できるアイドル紹介ページにもきちんとある。名前と年齢、趣味など文字だけで画像は一切ないのだが。

ナギサさんより早くアイドルになった子たちでも自分の曲を持ってない子は何人かいる。私が言うのもなんだが、顔すら見せておらず、知っている人がいるかも怪しいナギサさんに先にファーストシングルを歌わせても良いモノだろうか。

 

 

『なぜ・・・いくらなんでも早すぎるのでは』

 

 

私は会議中にそう質問した。提案されたことはうれしいことなのであまりこういった質問はしたくはなかったのだが聞かずにはいられなかった。

私が返答を待っていると返ってきたのは上層部の方々の愉快そうな笑い声だった。

 

 

『はっはっは。君はシンデレラガールズのほうもあっていろいろ忙しい身だから知らないのも無理はないか』

 

『えっ・・・と』

 

 

つまり何を言いたいのか。私が知らないところで何か起こっているのか、今西部長に視線を送ると、今西部長はニコニコと大変面白そうな顔で笑っていた。

 

  

『実はだね、この前今西君の提案でやっている事があるだろ?それが今回の原因になっているのだよ』

 

『この前の、と言いますとナギサさんのカバーソングを使ったことでしょうか?』

 

『そう、それだ』

 

 

しかし、あれが原因ならますます疑問が深まる。

確かに今西部長の提案通りCMでつかわれていたがそれでも時間はごくわずか。画面の右下に名前のテロップを入れたわけでもなく歌っている人物は完全にわからないようになっていた。

私はこれをきっかけにナギサさんの声だけでも知ってもらう事とメディアに出ることの抵抗感をナギサさんから無くせればという期待から賛成したがソロシングルをいただける程のことはしていないはず。

 

 

『実はだな、あのCMを公開してから事務所にいくつもの問い合わせがあったんだ。CMを歌っていたのは誰ですか?という内容のな』

 

『初めは電話対応だけで済んでいたのだが次第に対応しきれなくなってホームページに名前は明かさず本社のアイドルであるということだけ公表したら今度は『デビューは何時ですか』というメールが殺到してな』

 

『最早彼女が売れるのは確定しているのだよ武内君。ならできるだけ早いうちにデビューさせておきたい』

 

『まさか・・・そんなことが』

 

 

信じられなかった。たったワンフレーズ、サビだけの歌を聞いて人々の心をつかめるようなものなのか。それ以上にこうなることがわかっていたかのように笑っている今西部長に畏敬の念を感じずにはいられなかった。

それにどうして上層部の方々はここまで乗り気になっているのだろうか。普段であれば企画一つ通すのも難しいというのに。

 

 

『実のところもう曲も決まっている』

 

 

困惑する私にさらに爆弾が放り込まれた。早い、何もかもが早い。私が知らない間にどんどんと話が進んでしまっている。

 

 

『もう、ですか?』

 

『あぁ、実のところ彼女に曲を提供したいという人がいてだな。またそこは話を詰めてもらわなければならないのだが、我々はナギサ君さえ良ければもうデビューさせる準備はできている』

 

 

そういわれて会議は終わった。

まるで嵐のような会議だった。私にとってではなくナギサさんにとってだが。さて、これはどう伝えたらいいモノか。と部屋の外で考えていると先ほどまで一緒の会議に出ていた歌手部門の部長さんに『やっぱりナギサ君はうちの部署のほうがいいんじゃないか』等と声をかけられたがそれについては割愛しておく。

 

取り合えず提供していただいた方に連絡を取らなければ。

 

 

 

 

 

 

そうナギサさんに会議の内容最後の部分だけ省いて伝えた。

すると彼女は恐る恐るといった様子で口を開いた。

 

 

「デビュー・・・ですか」

 

 

やはり実感がわかないのだろう。普通ならもっと時間をかけてアイドルの体も心も準備を整えてからデビューするものだ。レッスンを重ね、先輩アイドルに付き添い現場を見て学ぶ。それを繰り返して気持ちを作る。ナギサさんにはそれがない。不安になる気持ちは仕方ない。

 

 

「無理に今直ぐデビューする必要はありませ「やります」・・・んが」

 

 

私がそういうと、彼女はまっすぐと私に視線をぶつけてきた。普段は視線を合わせることすらあまりしないのにこの時だけはナギサさんの意思というものがハッキリと伝わってきた。

 

私はその時初めてナギサさんの本当の気持ちを見た気がする。私が言うのもなんだがナギサさんはかなり流されやすい性格だと思う。

アイドルになるという言葉も本当に嫌ならその場で断るなり始めてからやめるなりするはずだ。しかし彼女は続けている。ただ言われるがままにやっているように見えた。

それが今、彼女は自分の意志でやりたいと言っている。これを応援せずして何がプロデューサーか。

 

 

「本当によろしいのですか?皆さん言っておられましたがナギサさんの気持ち次第だと」

 

 

最後の確認として問いかけた私にジッと視線を逸らすことなくぶつけてくる。これは本気だと折れることにした私はUSBを取り出して彼女に差し出した。

 

 

「これは?」

 

 

私が急に物を差し出したことに困惑して目を丸くしていたが、彼女はゆっくりとそのUSBを受け取った。

 

 

「それはデビューする際の音源になります。こちらに来る前に連絡を取りまして音源を送っていただきました。歌詞もその中に入っています」

 

「この中に・・・」

 

「一度聞いてみますか?」

 

 

私がそういうと彼女は嬉しそうにハイ、と答えUSBを私のPCに差し込んだ。

最近知ったことではあるが彼女は歌の話をしている時はよく笑っているように見える。笑っているというよりは微笑んでいるという表現のほうが正しいのだろうか。ちひろさんに聞いても良く分からないと言っていたがこれは表情が乏しい同士だからこそわかるのだろうか。

 

ファイルの中にある歌詞を開き、プレイヤーで音楽を再生した。

 

リズミカルな音と共にナギサさんが歌う部分のメロディーが流れ始める。

 

ナギサさんも曲を聴きながら歌詞を口ずさんでいる。

 

歌詞を見るに夢を忘れないように大人になっていくようなそんな感じの歌詞だろうか。

 

 

この曲がナギサさんの声で歌われるのが楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






1/19 曲名を修正 感想で知らせてくださった方本当にありがとうございます。そしてご迷惑をおかけしました


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最初の出会い

私のデビューシングルは無事に発売された。まだ発売されてあまり日数がたっていないのでどれぐらい売れたかという正確な数は解っていないそうなのだが、ちひろさん曰くかなり順調に売り上げを伸ばしているらしい。

別に宣伝とかもしたわけではないのだが346プロダクションの力はやはり強く、無名の私の歌を各CDショップの店内の中でも目立つ位置に置いてもらっているらしい。

まぁ歌自体を聞いてもらえるのは素直にうれしいのだが、ひっそりと置いてもらえればよかったのに好待遇が過ぎやしないだろうか。

私なんかの為に頑張ってくれている武内Pには申し訳ないのだがちょっと委縮してしまう。

 

そういえば武内Pなのだが最近会うことができていない。というのもシンデレラプロジェクトのアイドルが見つかったとか何とかで今必死にスカウトに行っているらしい。私が言うのもなんだがあの顔で『アイドルになりませんか』って言われても怪しすぎていずれ警察のお世話になってしまってもおかしくない。

 

まぁそれは置いといても着々とシンデレラプロジェクトのメンバーは集まってきているらしく。もう顔合わせも済ませたメンバーもいるらしい。

私も一応メンバーではあるのだがほかのメンバーの顔は見たことは無いしあちらも知らないだろう。名前だけは武内Pとちひろさんの会話の中から何人か聞いたことはあるだけだ。

 

シンデレラプロジェクトのメンバーがもうすぐそろうということで武内Pも前より忙しそうに動き回っているのを目にする。自分のプロジェクトがようやく始動できるからか目に活気が宿っている気がする。

楽しそうなのは何よりだが体調には気を付けるようにスタミナドリンクを差し入れしておく。

 

本日も武内Pはお眼鏡にかなった女の子を追い回しているのだろうか。私は本日は休日。普段は外出しない私だが本日は近所のCDショップまで足を運んでいた。

 

お目当てはあるアニメのエンディングテーマの曲。

 

前にも言った通り私は『アマギ』の活動も続けている。今日は今度歌う曲を買いに来たのだ。今回のアニメは今期の中でもかなり人気のある作品。それなりに大きいCDショップの店内でもすぐに見つけることができた・・・のだが。

 

 

(・・・取りづらい)

 

 

というのも、私の欲しいCDが私の歌ったシングルの並べられているすぐ横に置かれており、その前で私のCDを手に取りじっと見ている女子高生がいたからである。

長い黒髪で学校の制服に緑色のネクタイ、カバンを肩から下げている。

 

自分と関係ないCDであればあんまり気にならなかっただろうが自分のCDを真剣に見られていると思った以上に気になる。

棚に設置されているヘッドホンを耳につけ、聞いているのはおそらく私の曲だろう。

 

何を考えているのか気になり棚の陰でまごまごしていると、その女の子はCDを一つもって私の横を通り過ぎた。レジのほうから「ありがとうございましたー」と声が聞こえたから買っていってくれたのだろうか。

 

一応買ってくれている人がいるのは知っていただが、こうやって実際に目にすると嬉しいやらありがたいやらで胸がほっこりする。

 

ふぅ、と一息吐き自分のお目当てのCDを買い、本日外でやるべきことは終わった。あとは家に帰ってこの曲を頭に叩き込んで、いつものように歌うだけ。

 

レジの人から商品の入った袋を受け取り、さぁ帰ろうとした時出口にあった765プロのライブポスターに目が止まった。

 

765プロといえば天海春香さんや如月千早さんの他大人気のアイドルばかりのプロダクション。誰かしら毎日テレビで見るし、歌も聞いたことがある。が、こういった全員そろったライブというのは久し振りなんじゃないだろうか。

ライブには実際に行ったことは無いが、ネットで見ているにすごい盛り上がるそうだ。

 

このポスターに写っている天海さん達もみんな笑顔で、アイドルとしてファンを楽しませているんだろうな。

 

 

(まぁ、私には関係のないことか)

 

 

店を出てまっすぐ自分の家へと歩を進める。ポスターの天海さん達の笑顔が私を責めているように感じたのはきっと気のせいだろう。

 

いつも通りの見慣れた道を通って家に帰っていると、唐突に別の道を使って帰りたいことがある。それが今日だった私は普段右に曲がる道を左へ、こういった探検のようなことをしていると知らなかった事が知れたり、普段は気にも留めないようなことがよく見えたりする。

良さげなアクセサリーショップやおしゃれなカフェ、小さな交番。いつもは気づかないような小さな花や小鳥。どれもが新鮮に見える。さしずめ探検MAGICといったところか。

 

ふらふらと歩いていると、よさげな公園を発見した。それなりに広そうで子供たちが遊具で遊んでいてもゆっくりできそうな公園。ベンチの裏側にある大きな木が木陰を作ってくれ、ベンチのあたりは暑い日でも気持ちよく休めそうだ。

 

私は何かに導かれるかのように公園の中へと入り、そのベンチに腰かけた。私が腰かけたそこからは公園中が一望でき、公園に来ていたいろんな人が目に映った。

 

ブランコや砂場で遊んでいる子供たち、それを眺めながら談笑しているママさん達や散歩に来ているおじいさんそして、女子高校生に絡んでいる武内P・・・・・・・武内P!?

 

跳ねるようにしてベンチから立ち上がりバレないように武内Pの近くへ、武内Pから陰になってて話している女の子の顔はわからないけれど少なくとも好意的ではなさそうだ。武内Pが女の子に差し出しているのはおそらく自分の名刺だろうか、ということはあの子がスカウト候補なのだろうか。でもはたから見たら不審者が女子高校生に迫っているようにしか見えない。

って、悠長に観察している暇はない。周りの人もひそひそとしだしてるし、公園の近くに交番あったし・・・。

 

武内Pが捕まる前に止めないと、そう思うと体が考える前に動いていた。

 

 

「武内プッ・・・さん!こんなところで何してるんですか!」

 

「ナギ・・・さん!どうしてここに?」

 

 

一応アイドルということは隠しておくべきかと思いとっさに呼び方を変えたがどうやら武内Pにもそれは伝わってくれたみたいだ。

取りあえず武内Pの肩をグイっと引っ張り顔を寄せる。

 

 

「周りを見てください、警察のお世話になりたくないならとりあえず離れましょう!」

 

「い、いえ。しかし・・・」

 

 

私が必死に武内Pを説得しようとしても頑なに動こうとしない。そんなにこの子に魅力を感じているのか。

 

 

「あんたもこの人と同じプロダクションの人?」

 

 

私と武内Pがヒソヒソと話していると、スカウトされていた女の子が私たちの近くまで来ていた。そこでようやく私は彼女の顔を見ることができた。そして気づいた、この子はさっきCDショップであった子だと。

 

長い黒髪にで、ちょっと吊り目。さっきは横からしか見ていなかったらからはっきりとはわからなかったのだが、正面から見ると控えめに言ってかなりかわいい子だ。武内Pがスカウトする理由もわかる。私もアイドルやらモデルのスカウトだったら声をかけているだろう。

 

「い・・・えぇ、はい。一応・・・そうですね。」

 

「ふーん、何?あんたもアイドルなわけ?只の事務とか受付とかじゃなさそうだけど」

 

「別に・・・事務所で普通に働いているだけですよ」

 

 

彼女を正面に見てようやく落ち着けた私は彼女が私をみて全く動じないことに気づいた。思えば、先ほど武内Pと話していた時も好意的ではなかったものの初めて武内Pと会ったことがある人特有の怯えたり怖がったりということはしていなかったように思える。

 

まっすぐ目を見て話してくる子だ。

 

 

「質問の答えになってないけど・・・まぁいいや。あんたもこの人みたいに私をアイドルにスカウトするつもりなの?」

 

「いえ、私は・・・「アイドルに」武内さんは黙っててください」

 

「まぁいいや、とりあえず私は行くから。」

 

 

そういい踵を返した彼女に頭を下げる。これ以上引き留めると彼女に申し訳ないし、何より周りの視線がそろそろ痛い。あんまりアイドルに乗り気でもないようだし、武内Pにはあきらめてもらおう。

 

 

「今、あなたが夢中になれる何かを持っていますか。」

 

 

いつの間にか私の横にいた武内Pが彼女にそう声を掛けた。いつもの無気力のような瞳ではなく、何らかの力が宿ったその瞳でそういった。後ろを向いている彼女にはその眼力はわからないだろう。だが、武内Pの言葉に思うところがあったのだろう。立ち止まった彼女に畳みかけた。

 

 

「一度ゆっくり話してみませんか。」

 

 

彼女は私達の方へとゆっくりと振り返り、私の方へと指をさした。

 

 

「あんたも来るならいいよ」

 

 

 

 

 

というわけでやってまいりましたのは公園近くにあったお洒落なカフェ。私と武内Pとテーブルをはさみまして彼女・・・渋谷凛さん。

お互いに自己紹介をしたところ渋谷さんは高校一年生でこの近くの高校に通っているらしい。武内Pとの出会いは渋谷さんが警察の人に誤解されたところからだそうで、そこからずっと付きまとっているらしい。

ここ最近忙しそうにしていたのは渋谷さんを追っかけていたからかと思うと何だか恥ずかしくなってきた。

 

其々が頼んだ飲み物が運ばれてきてとりあえず一服。

 

 

「んで、あんたは私のどこを見てスカウトしたの」

 

 

少し落ち着き、さぁ話を始めようとするも私は状況がわからないし武内Pは何を考えているのかわからなく、沈黙が続いていた状況が彼女のその一言で動いた。

 

私から見てみると渋谷さんは十分アイドルになれる魅力があると思う。長い黒髪はきれいだし少しキツイ印象を受けるけれど顔も可愛いし、女子高校生とは思えないほどに落ち着いている。いうなれば765プロの如月千早さんみたいな。

 

さて、武内Pは渋谷さんにどんな答えを返すのだろう。顔?スタイル?声?武内さんはどこにひかれたのだろうか。私も武内Pからスカウトされた身として非常に気になるところだ。

 

私がチラッと武内Pを見ると、まっすぐと渋谷さんを見つめながら口を開いた

 

 

「笑顔です」

 

「「は?」」

 

 

思わず私と渋谷さんの声が重なりお互い顔を見合わせてしまった。

いや、それにしても笑顔とはいったいどこを見て思ったというのか。失礼だとは思うが渋谷さんはあまり笑うような子ではないと思う。もしかして追っかけているうちにそういう一面を見たのかもしれないがそれにしたってそれだけでスカウトするものなのか?

 

渋谷さんも少し困惑しているようで首をかしげている。

 

 

「私、あんたの前で笑ったことあったっけ?」

 

 

うんうん、そこが大事だ。どういう場面で武内Pは渋谷さんの笑顔を見たんだろう。その笑顔と普段のギャップというやつでスカウトを決めたのだろうか。

 

 

「いえ、今はまだ」

 

「はぁ!?」

 

 

思わず口を手でふさぐ。

武内P・・・それはあまりにも無理がないだろうか。笑顔を見たことがないのに渋谷さんの笑顔がスカウト理由って・・・。暗に笑ったところを見てみたいという願望があったりするのだろうか。

 

渋谷さんも呆れたように溜息を吐くと「もういい」と言って立ち上がった。私が待ってもらおうと声をかける前に武内Pが立ち上がった。

 

 

「今、貴方は楽しいですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




凛ちゃんと武内Pの合う場所を変更しています

1/31 誤字修正 
   渋谷さん→彼女 修正しました


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ライブは楽しい

遅れましてすみません。


あの後一言二言話した後その場は解散となった。

 

武内Pに送ってもらいはしたのだが、その帰っている道中でも武内Pは何かを悩んでいるみたいだったので少しは助けになるかと私にしてはいろいろ頑張って話しかけてみた。

それが功を奏したのかはわからないのだが渋谷さんは無事にシンデレラプロジェクトに参加することになったようだ。

 

これでメンバー全員がそろったらしく、本格的にシンデレラプロジェクトが始動し武内Pもそっちにかかりっきりになっているらしい。なので最近は基本的にちひろさんかトレーナーさんが私の専属プロデューサーのようになっている。

 

私もシンデレラプロジェクトのみんなに負けないように、ということで最近はついに『マジックアワー』というラジオにも出演することが決まった。収録はまだ先の話ではあるが今から練習練習ということで普段歌を歌っている時間を少し割いてラジオの勉強もしている。

 

私のアイドル活動は基本的に目ではなくファンの耳に聞かせる活動ばかりになるので今回のラジオはすごい大事なお仕事になるだろう。

 

本日のレッスンは休みのため、家でラジオの勉強をしていた。マジックアワーの流れや各コーナーについてなど、今までの放送を聞きながら自分の中で何を話すかを原稿に纏めておくといいらしい。

 

このコーナーではこんな事話して、このコーナーではこんな感じでーってな感じに原稿に書いていく。『ナギサ』というアイドルは露出がアイドルの中でも極めて少ないため、どれだけの情報を出すかの匙加減も非常に重要なポイントだそうだ。

 

色々なパターンを原稿用紙に書き、一旦休憩とネットサーフィンをしていると机の上に置いておいた携帯電話に一本の着信がはいった。手に取りディスプレイを見ると、そこにはちひろさんの名前。すぐに通話ボタンを押し、ケータイを耳に当てた。

 

 

「もしもし、ナギサです。」

 

『千川です。ナギサさん今大丈夫ですか?』

 

「大丈夫ですよ、ちょうど休憩してたんです。どうされました?」

 

『実は今度シンデレラプロジェクトから3人の娘が城ヶ崎美嘉ちゃんのライブのバックダンサーとしてステージに立つことが決まったんです!』

 

 

いつも以上に興奮しているようで早口で話してくれた。

シンデレラプロジェクトに参加している身ではあるが他の子にあったことはおろか名前すら知らない子もいるのであんまり身内感がないというかなんというか。

まぁ、武内Pの努力が報われたのならそれはそれでいいのかもしれないけれど。

 

「は、はぁ・・・それは、おめでとうございます」

 

『はい、それでなんですけど。今度のライブ、一緒に見に行きませんか?』

 

 

ライブといえばアイドルたちがファンの前でパフォーマンスを披露するあれか。

 

生まれてこの方ライブという物には縁がなかったためどういったものか映像でしか知らないのだが、映像だけでもわかる。あれはアイドルにもファンにも相当体力がないとかなりしんどいだろう。レッスンを重ねてそれなりに体力はついたつもりではあるがそれでも不安が大きい。何より男性ファンに揉みくちゃにされるのが怖い。

 

 

『大丈夫ですよーもうチケットはもらってますし他の子たちにばれないように離してもらってますから!』

 

 

それは確かにありがたいですけれどそうじゃないんですちひろさん。基本的にインドアな私がライブに行ったらどうなるかを心配しているんですよ・・・。

 

 

『それに一度本物のステージを見ておくというのも良い経験になりますよ?』

 

 

ねっ?ねっ?とかわいらしく言ってくるちひろさん。

 

まぁ確かに一度アイドルのライブを実際に見てみたいと思っていたしちょうどいいのかもしれない。同じプロジェクトの子たちも来るらしいし怖いけれどちひろさんも大丈夫だと言っているし問題ないだろう。

 

携帯電話を耳と肩で挟みながらアイドル活動を始めてから買ったスケジュール帳を開く。

 

 

「分かりました、行かせていただきます。日時を教えていただけますか?」

 

『ありがとうございます!えっと、日時はですね・・・』

 

 

ちひろさんの言った日時をスケジュール帳に書き込む。幸か不幸かその日にはちょうど何も予定が入っていないようだ。まぁ何か予定が入っていたとしてもアイドル活動の一環としてこっちを優先させただろうが。

 

 

「当日はどちらに?会場に行けばよいのでしょうか?」

 

『えっとそうですねー。もしよろしければ事務所から一緒に行きませんか?もしバラバラに行って会場で居場所がわからなったら困りますし』

 

「そうですね、当日は先に事務所に行くことにします」

 

『はい!じゃぁ一応Pさんに話は通しておきますね』

 

「あー、お願いします。」

 

 

その後一言二言話して通話を切った。

 

武内Pが目指しているアイドルの魅力というモノを私はそのライブで感じることができるだろうか。

アイドルが作り出すライブの世界がどんなものなのか、気持ちとは裏腹に知りたいという好奇心が抑えられない。

 

チラリとパソコンで開いた城ヶ崎美嘉ちゃんのライブのホームページを見る。

 

彼女のライブ映像は動画でいくつか見た。ギャル風な見た目そのまま明るく楽しそうなパフォーマンスで盛り上がっていた。それが今度は画面越しではなく直に見ることができる。

 

 

どうやら私は思いのほかライブを楽しみにしているらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

というわけでライブ当日になった。

 

私は先日話した通り事務所でちひろさんと待ち合わせ。武内Pと他の娘たちはもう向かっているそうだ。ちひろさんも簡単な事務作業を終わらせてから来るそうでそれまで346カフェで待っている。

普段は人が多いときはあまり利用しないのだが、今日はちょうど人が少なかった。ライブの方に行っているのだろうか。

 

本日はライブだということで軽装で来たが、サングラスは忘れていない。服装も地味系な色で選んできたから大丈夫だろう。チラチラとみられている気もするがそれは無駄に意識するからで思考を別のことに飛ばせばあんまりわからなくなる。

例えば頭にウサギのようにリボンをつけてかわいらしいメイド服を着ているあのウェイトレスさんは今何歳位なんだろうとか考えているうちに時間は過ぎていくものだ。

 

しばらくそうやって時間をつぶしているうちに待ち合わせ時間になったようでいつも通りの事務員の服を着たちひろさんが此方に手を振りながら歩いてくるのが見えた。

 

「おはようございます」と挨拶だけ交わし、ライブ会場へと向かう。タクシーを呼び、会場の最寄まで乗せてもらう中でちひろさんからシンデレラプロジェクトについていろんなことを聞けた。

今回バックダンサーに選ばれた3人組を起点としてそこから複数のグループを順番にデビューさせる予定らしい。

 

思ったよりゆっくりというかなんというか、私はシンデレラプロジェクトとして一気にデビューさせるものと考えていたがそうではないらしい。順を追うというのも大事だとは思うがそれで待たせてしまう子の気持ちはどうなるのだろうか?まぁ、武内Pも考えていないわけじゃないだろう。私が思いつくことぐらい既に想定しているのだろう。

私についてもシンデレラプロジェクトのメンバーには話が通っているらしい。私の事情や活動範囲も話しているらしく、今後一緒に仕事する機会があるかどうかは未知数らしい。まぁ、あったとしてもラジオぐらいだろうか。

 

色々と話を聞いているうちにライブ会場へ、まだ開始から時間に余裕があるとはいえ多くの人たちが集まっている。特に物販の場所では長蛇の列ができていた。私たちは混みあう人の間をすり抜けながらなんとか会場内へ入り、自分たちの席へと向かう。

 

初めてくるライブ会場は始まる前だというのにすでに熱気で満ちており、すこし息苦しく感じるほど。

 

「ナギサさんは初めてですか?こういうアイドルのライブって」

 

物珍しそうに辺りを見渡していた私が面白かったのだろう。ちひろさんがクスクスと小さく笑いながら声をかけてきた。

 

「そうですね・・・アイドルのというよりライブ自体に来るのが初めてで・・・すこし圧倒されます」

 

「そうでしょう?ライブが始まったらもっとすごいですからね!」

 

普段よりもテンション高めなちひろさん。彼女もアイドルにかかわっているだけあってライブが好きなのだろうか。

 

続々と人が集まり、次々と席が埋まっていく。人の流れを見ているとふとある集団が目に留まった。ライブに来るには珍しい女の子の集団だ。身長の低い子から高い子まで年齢層もばらばらで地味に目立つ。

 

私がジッと見ていたところが気になったのだろう。顔を寄せてきたちひろさんはあっと小さくつぶやいた。

 

「シンデレラプロジェクトのみんなですね。」

 

「あの子たちが・・・。」

 

遠目からでも分かるぐらいかわいい子がそろっている。それと同時にあれが武内Pの集めたアイドルの子たちかと興味をそそられる。別に敵対心やらといった特別な気持ちがある訳ではないのだが・・・。

 

楽しそうに話している彼女たちを見ていると、バッと照明が落とされ今まで暗かったステージがライトで照らされる。どうやらライブが始まるようだ。

 

照明が消えた瞬間に今まで騒がしかったホール内がしんと静まり返り、皆一様にステージの上を見ている。それは自分たちの中にある熱狂を抑えているようにも思えた。

 

BGMが流れ出し、ステージの上に今回のライブの主役が登場する。と同時に今まで溜め込んでいた熱狂が一気に爆発する。

 

大きな歓声とともにサイリウムが至る所から出現しライブ会場を染めていく。それはまるで暗闇の中で光る星みたいでここだけ日常から切り離された別の世界のような気がして。

 

あぁ、ライブが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

結果だけ言うとライブはとても楽しかった。

初めは城ケ崎美嘉ちゃんの歌に耳を傾けていたのだがそれ以上にその周りの歓声が耳に入ってきて途中からは私もちひろさんと一緒に夢中でサイリウムを振っていた。

 

シンデレラプロジェクトの子だというバックダンサーの三人組の子たちも素人目ではあるがみんなステージの上で輝いていた。特に驚いたのはあのステージの上にこの前公園で会ったあの子がいたことだ。アレからまだそれほど時間がたっていないのにもうデビューしているなんてそれだけの才能があるのか。なんにしても今日はすごかったと言うほかない。

 

ライブからの帰り私はタクシーを呼ばず歩いて帰ることにした。会場でちひろさんとわかれ、一人家までの道を歩く。

 

火照った体を冷ましたいのと同時に今日のライブの余韻を味わっていたかったのだ。

 

いつの間にか私もライブの一つになっていて、自分のキャラも何もかも忘れて盛り上がってしまった。この感覚をファン達は味わいたいからこうやってライブに集まるのだろう。

 

ライブで盛り上がりたい人、歌に聞きほれたい人、アイドルと触れ合いたい人。いろんなファンがいてその数だけアイドルがいる。ファンが求めている空間をアイドルは自分の個性をもって、魅力をもって作り出すのだ。そして

 

ステージ上だけでなく、あのライブ会場全体が別世界な空間を作り出す事ができるアイドルは、嫌でも私とは違う存在であることを認識させられた気がした。

 

最近よく思うことがある。私はアイドルであっていいのだろうかということ。

まだまだ活躍もしていない小娘が言うことではないかもしれないが、アイドルの子たち、アイドルを目指している子たちを見ていると思ってしまう。

 

元々アイドルになる気がなく流れでなってしまった私と、自分の夢の為に努力を続けその夢をつかみ取ろうとしている女の子たち。

 

渋谷さんも私と同じ経緯でアイドルになったはずなのに今日のステージでは自分の居場所はここだとでも言わんばかりに楽しそうにパフォーマンスをしていた。

 

 

後ろめたさ・・・これが私の今の気持ちを表すのにふさわしい言葉だろう。

 

 

少し冷たくなってきた風に私はようやく冷めてきた自分の体を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




3/12 誤字修正 今の←伊万

たまっていた誤字報告確認させていただきまして、修正をさせていただきました。毎回のことながらお手間をおかけしましてすみません。続きを書いていくうえで誤字等あるとは思いますがこれからもどうぞよろしくお願いいたします。

上記でも誤字がありました。
舞じ→毎回 

面目次第もございません。許してください('_')


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うまくいかない日は

城ヶ崎美嘉ちゃんのライブが終わった後、あのライブでバックダンサーとして踊ったシンデレラプロジェクトの3人の子たちが正式にグループとしてデビューすることが決まったらしい。グループ名は『ニュージェネレーションズ』で島村卯月ちゃんと本田未央ちゃんと渋谷凛ちゃんの三人組らしい。

あのライブが決まってからとんとん拍子に進んでいることからこのグループは武内Pも考えていたのだろう。

そしてニュージェネレーションズの他にもう一グループ『ラブライカ』というグループもデビューが決まったらしく、メンバーはロシア人のアナスタシアちゃんと新田美波ちゃんによるペアユニットらしい。二人とも面識がなく顔は分からないのだが新田美波ちゃんは大学生でシンデレラプロジェクトの中でもお姉さん的立場にいるらしくアナスタシアちゃんはその風貌も合わさって凄い神秘的な女の子だそうだ。

 

二組ともデビューシングルがもう決まっているらしく初ステージまでもうすぐといったところまで来ているらしい。そのためトレーナーさんたちも忙しいらしくそちらについていることが多く、ここ最近は私一人で歌うようになったがそれについて別段何か思うところがるというわけではない。忙しい方に人が集まるのは当然のことで仕方のないことだ。

 

それに時折ちひろさんもトレーナーさんも顔を出してくれ、シンデレラプロジェクトの状況や私の歌を聞いてくれる。

 

今日も今日とていつも通りのレッスンルームで一人歌を歌う。今歌っているのは『お願い!シンデレラ』だ。私が初めてレッスンしたときに歌った歌であり初めて世に出た歌でもある。

前回歌った時はそれの一部をBGMとして流したが今回はこの歌をカバーしてソロシングルとして売り出すらしい。一度歌った歌なのでレッスンですることはそう多くはない。通して歌ってそれを録音して聞いて悪かったところをメモしてまた歌ってを繰り返して精度を上げていくだけだ。歌の雰囲気や歌詞を覚える必要がないので一人でもできる。

 

また一回歌い終わり録音した歌を聞きメモを取る。

ふと部屋の時計に目をやるともう12の数字に針が乗っていた。ここにきてレッスンを始めたのが10時ごろなのでかれこれ2時間ほど歌っていたことになる。それなのにあまりレッスンをした気にならない。歌っている最中にいろいろと考えてしまうのがダメなのだろうか。

 

アイドルとしてあんな風にステージを盛り上げられるような歌を歌わなければと何度も何度も他のアイドルのライブ映像を見直して自分なりに研究して今日はレッスンしている。歌っている間も呼吸の取り方からフレーズの切り方までとことん色々なことに意識を向けた。だが、この2時間で納得する歌を歌うことはできなかった。

 

私は他の子たちと違ってステージの上でファンを笑顔や動きで魅了し熱狂させることはできない。だからこそ私は唯一の武器である歌だけで妥協することは許されないのだ。ファーストシングルの発表でこんな私にもファンがいてくれている事は少なくとも分かった。なら私はそのファンにガッカリされないように、アイドルである『ナギサ』のファンで良かったと思ってくれるような歌を歌わなければいけない。

それが他のアイドル達のようにライブで熱狂させることができない私のファンになってくれた人への精一杯返せるモノだと思う。

 

そのクオリティに近づけるために歌っているはずが今日は悪くなる一方だ。これまで歌ってきた中でどんな曲でも歌い続けて曲に没頭していき良くなっていくことはあったが悪くなっていくのは初めてだ。こういった時にどうすればいいのか・・・。

 

レッスンルームの壁にもたれかかりながら考えること数分取りあえずお昼ということもあり休憩をはさむことにした。一旦レッスンルームに散らばった私物を片付け簡単に清掃する。一通りきれいにした後荷物を詰めたカバンをもち、外用の暗い色の眼鏡を掛けレッスンルームを後にする。

お昼はいつも買ったおにぎりや総菜パンで済ませるのだが今日はいつもより早く目が覚めたから自分でお弁当を作ってみた。

 

取りあえずどこで食べようか、346プロダクション内をうろつく。人が多いところは避け、できるだけ人気がないところを探す。しばらくぶらぶらとさまよっていると建物の外に大きな木とそれを囲うようにしているベンチが目に入った。大きな木陰のお陰でベンチが日陰の中に入っていて中々快適そうな場所だ。

幸いにもあたりに人はいない。私はベンチに腰掛け、カバンの中からお弁当を取り出した。

 

本日のメニューは定番の卵焼きにほうれん草のおひたしときんぴらごぼう、メインはピーマンの肉詰め。それとおにぎりが二つ。久し振りに作ったにしてはいい出来だと思う。

 

さて早速食べようとおにぎりに手をやった時、ふいに背後から女の子の話す声が聞こえてきた。

 

 

「うわー、事務所内にこんなところがあったんですね!」

 

「へぇー、こんな大きな木があったなんて知らなかったなー。しぶりん知ってた?」

 

「ううん、それにしても落ち着けそうな場所って・・・あれ?」

 

 

無意識のうちにお弁当をかたずけ、立ち去る準備を着々と整えていた私だが立ち上がる暇もなく発見されてしまった。いや、別に見つかっちゃいけないとか日常でそんな縛りをしている訳ではないのだが体が無意識のうちに反応してしまっている。

どうしようか思考を巡らせているうちにいつの間にか女の子のうちの一人が近づいてきていた。

 

 

「ねぇ・・・あんたあの時の人だよね。」

 

 

座っていた私を上から見下ろすように話しかけてきたのは渋谷凛ちゃんだった。今日は青色のジャージを着ている。今日はレッスン日だったのだろうか。

それにしてもあの日以来私に会っていないのに覚えていてくれて少しうれしく思う反面今は深い色の眼鏡もかけているのに渋谷凛ちゃんは私を私だと分かって話しかけてきている事に驚きを隠せない。

 

 

「お、お久しぶりです?」

 

「本当にね。事務員だって言ってたのに探しても見つからないし、プロデューサーに聞いてもはぐらかされるしで気になってたんだ。」

 

 

そりゃそうだ。事務員じゃない上に普段から人にあまり見られないように行動しているからそう簡単に見つけることはできなかったはずだ。今日もいつもなら事務所の外で食べるかレッスンルームの中で食べるかしているはずだったからこうして渋谷凛ちゃんと出会うこともなかったはずだ。

 

 

「急に歩いて行ったと思ったらそのお姉さんしぶりんの知り合いなの?」

 

 

渋谷凛ちゃんと一緒にいたであろう二人も私の正面にきてようやく全員の顔を見ることができた。

一人はショートヘアーの女の子で元気で活発そうな印象を受ける女の子でもう一人は逆に長い髪で笑った笑顔がとてもかわいい・・・ってどこかで見たと思ったらこの二人城ヶ崎美嘉ちゃんのライブでバックダンサーしてた子たちで、デビューも近い・・・

 

 

「ニュージェネレーションズ・・・?」

 

 

私がそう小さくつぶやくと、渋谷凛ちゃん以外の二人が不思議そうな顔でわたしを見返してきた。彼女たちの反応を見て私は口走ったことに気が付いた。

 

 

「あれ?もう私たちがデビューするって知ってるんですか?」

 

「発表はまだじゃなかったっけ?」

 

 

確かに彼女たちと関わりが深いわけでもなく346プロダクション内で立場が高いわけでもない私がまだ発表前のことについて知っているなんておかしい。ましてや彼女たちの中で私はまだ渋谷凛ちゃんの知り合いという認識しかないのだ。

 

私がどう説明しようと内心で慌てていると冷静に渋谷凛ちゃんが言った。

 

 

「ほら、この人武内Pと仲良いみたいだし。それで聞いてても可笑しくないでしょ」

 

「へぇー、そうなんだー・・・ってじゃぁしぶりんがずっと探してた武内Pにスカウトされたときにいたなんかすごい女の人ってこの人のこと?」

 

 

なんかすごいって・・・あの時渋谷凛ちゃんに私はどんな風に見られていたんだろう。とても気になるけれど聞いたら立ち直れなくなりそうだから触れないでおこう。っていうより、渋谷凛ちゃんは思っていたより真剣に私のことを探してくれていたようでなんだか申し訳ない。こんなことなら連絡先を交換しておくべきだったかと思うがそれももう後の祭りだ。それよりも

 

 

「確かになんだか凛ちゃんが言うこともわかります・・・。」

 

 

先程からジーっと私の顔を見てくるこの子が怖い。純粋さを詰め込んだかのような目でそんなまじまじと凝視されると日陰に生きてきた私は溶けてしまう。

 

 

「あ、そうだ。グループ名知ってるなら名前も知ってるかもしれないけど一応紹介しとくね。こっちのオレンジのパーカーが本田未央、それでピンクのジャージの方が島村卯月」

 

 

渋谷凛ちゃんの紹介で二人が「はじめまして」と口をそろえて言う。周りにいるのが年上ばかりだからか一応しっかりしているようだ。

私も座ったままではあるが挨拶を返すために出来るだけ笑顔を心がけ、口を開いた。

 

 

「初めまして、私は浅間凪っていうんです。よろしくお願いしますね」

 

 

様式というかなんというか挨拶をすると無意識にお辞儀をしてしまうのが日本人の性質のようで私は座ったまま小さく頭を下げた。

挨拶した後、簡単に三人について質問してみると皆高校生なのだが年齢的には島村卯月ちゃんが一番年上らしい。とても意外だ。

 

出会ったのもここにきてからで、それまでは全くの他人だったらしい。渋谷凛ちゃんは前回私が遭遇した通りの状況だが、島村卯月ちゃんは一度シンデレラプロジェクトのオーディションに落ちたらしく、そのあとに武内Pに見つけてもらったそうだ。『ニュージェネレーションズ』という名前もこの三人で決めたグループ名ではなく仮で武内Pが付けたグループ名をそのまま使っているらしい。

 

ニュージェネレーションといえば意味は新しい時代か、武内Pもなかなか挑戦的なグループ名をつけたものだ。

 

 

「そういえば普段あんたはここでお昼食べてるの?」

 

 

渋谷凛ちゃんにそう言われて私は本来ここに来た目的を思い出した。よくよく見ればそれなりに時間もたってしまっている。あまり休憩しすぎるのもダメだろう。

 

 

「毎日ここで食べているわけじゃないですよ。今日はたまたまです。」

 

 

私がそう言うと島村卯月ちゃんが私が一度カバン中に戻したお弁当に気づいたようだ。

 

 

「あっ、お弁当なんですね!手作りなんですか?」

 

 

私はカバンの中のお弁当を取り出し、もう一度広げた。私がお弁当を広げると上からそれを覗き込むようにしていた三人が「おー」と声をそろえていった。

 

 

「へー、結構料理とかするんだ。」

 

「そんなにしないですよ。今日はたまたま早く目が覚めたので、久し振りに作り出したら思いのほか没頭してしまって・・・。」

 

「うわっ、このピーマンの肉詰めすごいおいしい!」

 

「未央ちゃん!?」

 

 

いつの間にやら本田未央ちゃんにピーマンをつままれていたようだ。お弁当にあったはずのピーマンの肉詰めが一つ消えている。もぐもぐとおいしそうに口を動かす本田未央ちゃんは実に幸せそうだ。

 

 

「す、すみません浅間さん!」

 

 

慌てて島村卯月さんが謝ってくるが、食べられたことについては気にしていない。それよりももぐもぐと口を動かしている本田未央ちゃんをうらやましそうな目で見ている二人のほうが気になる。恐らくレッスン後でみんなお腹が空いているのだろう。

私のように歌っているだけでもそこそこ空腹は感じるものだが、この娘たちは歌うだけでなくダンスのレッスンもしているだろうから私よりも消費しているだろう。

そう思った私はお弁当を二人に差し出した。

 

 

「別に良いですよ。あ、もしよろしければお二人もお一つどうです?」

 

「・・・いいの?」

 

「はい」

 

「そ、それじゃぁ・・・」

 

 

恐る恐るといった様子で二人は卵焼きをつまむと、そのまま口に運んだ。もぐもぐと口を動かす二人を見ている時間が少し緊張したりする。料理する人ならわかるんじゃないだろうか。

私は卵焼きは砂糖派なので甘めに作っているのだがそれは口に合っただろうか。

 

 

「この卵焼きすごくおいしいです!」

 

「うん、少し甘くておいしい」

 

 

どうやら口には合ったようでホッと一息。とついでに体を少し持ち上げて島村卯月ちゃんの頬についていた食べカスをティッシュで払う。

どうやら頬についていたことに気づいていなかったようで、私が払うと顔を真っ赤にしてわたわたし始めた。

 

未央ちゃんがつまみ食いしたときは慌てたり、食べていた時は幸せそうな顔をしていたり私が口元を拭ったら恥ずかしそうに頬を染めたり、何とも感情表現が豊かな子だこと。見ていてとても心がほんわかする。

 

 

「すす、すみません!」

 

「いいえ、お口に合ったようなら何よりです。」

 

 

私がそんな島村卯月さんを見てほんわかしていると、ぐぅ~と気の抜けた音が聞こえた。

 

 

「うぅー、ちょっと摘まんじゃったせいでよけいにお腹すいちゃったよー。」

 

「そうだね。そろそろ私達も食べないと次に遅れちゃう」

 

「あわわ、急がないと!」

 

 

「またね!」「ありがとうございました!」と本田未央ちゃんと島村卯月ちゃんはこちらに手を振りながら駆け足で去っていった。

渋谷凛ちゃんも歩き出した瞬間、何かを思い出したかのように私の方へと振り返った。

 

 

「またここに来たらあんたに会える?」

 

「そう・・・ですね。」

 

「そう、それじゃぁまたね。」

 

 

歯切れの悪い返答をした私に渋谷凛ちゃんは少し視線を落とした後小さく私に微笑んだ。

初めて会った時には見ることのできなかった笑顔。ライブ会場で初めて見た笑顔とはまた違っていたが、それは確かに人を惹きつけるだけの魅力を持った、少なくともたった今私を魅了した笑顔だった。

 

武内Pが言っていた笑顔とはこれのことだったのだろうか。武内Pはあの時から渋谷凛ちゃんのこの笑顔を見出していたのだろうか。そうならやはり武内Pは才能があるのだろう。アイドルの才能を見抜く能力が。

 

完全に見えなくなった渋谷凛ちゃんの背中。彼女たちは良いアイドルになるだろう。アイドル素人な私でもわかるぐらい彼女たちは魅力的だった。少し接するだけでもうファンになってしまった。

 

さて、私も早く食べないと。と思った時だった。

 

 

「あの娘たちと仲がいいんだねぇ。『ナギサ君』。」

 

 

ふいに聞こえた男の人の声、完全に気を抜いていた私は突然聞こえた私のアイドル名にビクッと大げさに体を跳ねさせた。

346内でも私の名前は知っている人は多くても私の名前と顔を両方知っている人は少ない。それは武内Pが私の素顔や事情を上層部を含めた重要な会議でしか話していなく、事務所内でも私に話しかけてくる人は私も知っているごくわずかの人だけだった。そのため私の知らない人が接触してくることなく、それ故に今回の衝撃は大きかった。

 

 

「すまない、驚かせてしまったかな?」

 

「い、いえ。」

 

 

振り返った先にいたのは渋い細身の男性だった。若すぎることもなく、老けすぎているわけでもなくイイ感じのチョイ悪おっさんのような感じの人だ。

その男性はニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべたまま自然に私の横に腰を掛けた。

 

 

「僕は君のことを知っているけど君は僕のことを知らないだろうからね。簡単に自己紹介しようかな。」

 

 

そういうと胸ポケットに手を入れ中から名刺を取り出し私に差し出した。

私は差し出された名刺を受け取り、確認し小さく目を見開いた。

 

その名刺はこの人の名前であろう4文字の上に、『歌手部門 部長』とそう書かれていた。

 

 

「僕はこの346プロダクション歌手部門部長の江崎というんだ。君と少し話がしたくてね」

 

 

彼・・・江崎部長はそういうと眼鏡越しの私の目を見て小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご飯食べてる最中に急に先生とかに話しかけられて結局食べれないとかよくあるよね。


感想で頂いたので掲示板については活動報告にて書かせていただきます。教えてくださったあーき様、ありがとうございました。


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新しい道

「私と・・・ですか?」

 

 

私が江崎部長にそう尋ねると彼は私の横に腰を掛けたまま小さくうなずいた。

 

 

「前に君の歌を聞かせてもらったことがあってね・・・あれだよ、お願いシンデレラ。あの歌を聞いてから君のファンになってしまってね。あぁ、この前発売された君のファーストシングルもきちんと買わせてもらったよ、やっぱり君は──────」

 

 

江崎部長が言った『お願い!シンデレラ』という言葉でようやくこの人と私のつながりが少しは読めてきた。おそらく私が初めてレコードした歌。武内プロデューサーはこの歌を会議で資料として使ったといっていたし。江崎部長は歌部門の纏め役、あの会議にもいたのだろう。

 

話していて興が乗ったのか急に私の歌についてすごい褒めてくれたのだが、さすがに長すぎてほとんど聞き流してしまった。ファンになってくれたのは普通にうれしいことだし江崎部長が私のことを評価してくれるのはありがたいことでそれだけで頑張って練習した甲斐があるというものだ。こういう風に自分の歌を聴いてくれた人の意見を実際に聞いたことがなかったから少し感動してしまう。

 

 

「まぁ、私が君のファンだということは置いといてだ。君は歌が好きかい?」

 

 

楽しそうに話していた江崎さんが急に自分の話を止めると、そう質問してきた。

 

 

「もちろんです。歌を歌っている時が一番楽しいです。」

 

 

聞かれた瞬間に反射的に答えていた。そして答えた自分に対して何の疑問もなかった。

そして私がそう返した瞬間、江崎さんの笑顔がより深まったような気がした。

 

 

「具体的にはあるかい?」

 

「歌っているとき、夢中になれるんです。その曲にも歌詞にもその歌に込められた物語にも」

 

 

なんでそんなことを聞かれているのかわからないが、私は素直に自分の思っていることを伝えた。自分でも青臭いことを言っているのは分かっている。けれど江崎さんは私の答えを聞いてただ小さく頷くだけだった。

 

次に彼が口にした言葉を聞いたとき、私は直ぐに答えることができなかった。

 

 

「じゃぁ、もう一つ質問だ。今してるアイドル活動は楽しい?」

 

 

楽しい

 

そう私は答えなければいけないはずなのにどうしても口がそう動くことを拒んでしまう。

決して楽しくないことはないはずなのだ。歌を歌って、ファンに喜んでもらう。まだ大きく活動していないが楽しいはずなのだ。だが心からアイドルが楽しいと言えないのはどうしてだろう。

 

そんな私の心の内を知ってか知らずかいつまでも答えない私に江崎部長は質問を続けた。

 

 

「・・・もしかしてアイドル活動は楽しくないのかい?」

 

「そんなことはっ!」

 

「じゃあ楽しいかい?」

 

「・・・言いたくありません」

 

 

私がそういうと、江崎部長はふーむと顎の下に手をやった。

『言いたくない』という言葉はさすがに予想外だったのだろう。すこし困惑して言う様子だ。

 

別に『楽しい』と言ったら世界が終わるとか壮大なことは一切ない。黙秘するような内容でも、私が今後不利になるようなことでもない。でも、それでも言いたくなかった。

 

 

「あぁ、怒らせるつもりはなかったんだ。すまない」

 

「いえ、別に怒っては・・・」

 

 

あぁ、どうやら知らず知らずのうちに顔が強張っていたらしい。少し深呼吸をし、体を落ち着ける。

気持ちを落ち着けるため、江崎部長から視線を外した私は江崎部長が『なるほど』と小さく呟いた事に気が付かなかった。

 

 

「君は自分の目がコンプレックスだって聞いたけど・・・私はキレイだと思うよ。」

 

「お世辞は良いです・・・そういってきた人は今までにもいましたけど結局目を合わせると目を彷徨わせる人ばかりでしたから。」

 

 

結局のこの人は何を話しに来たのだろうか。先ほどから私に質問したり落とし文句のようなことを言ったり。部長というからにはそれなりに忙しい立場の人のはずがこんな無駄に時間を使うはずがない。そう思った私は江崎部長に体ごと向き直った。

 

この時の私はまだ冷静になり切れていなかったのだろう。今まであったモヤモヤとした感情が余計に思考を圧迫していた。

 

 

「失礼ですが結局私にどういったご用件なんですか?先ほどから話しているとナンパされているように感じるのですが」

 

 

今思えば私はなんでこんなことを言ったのだろうかと酷く反省するだろう。江崎部長はただ話していただけなのに失礼極まりない。だが、私の言葉を聞いた江崎部長は私のことを怒るわけでもなく私を見ていた。

ただひたすらに私の様子を観察しているような。そんな瞳だ。

 

 

「んー、ナンパかぁ・・・。そうだね、ある意味私は君をナンパしにきたのかな?」

 

「は?」

 

 

今までは少しおどけた様子で話していた江崎部長だったが、急に真剣な表情を私に向けてきた。そして次の瞬間私は本当の意味で思考が止まった。

 

 

 

「うん。君がもしよければなんだが、私の部門にきて歌手になってみる気はないかな?」

 

 

 

彼が何を言っているのか一瞬分からなかった。

だって歌手になるということは、貴方の部門に行くということはつまり・・・。

 

 

「それは・・・」

 

「うん、君にはアイドルをやめてもらうことになるかな。」

 

「っ!」

 

 

実際に言葉にされるとその言葉が甘い誘惑のように私を揺さぶってくる。いや、止めたいわけでは決してない。だが、今のこの感情から解放されるためにはそれが一番いいということも理解できていた。

 

自然に頭が下がっていく。視界が暗くなる。ただ頭が痛い。

 

江崎部長の提案は非常に魅力的なものだろう。歌が大好きな一般人の私にとって歌手になるということ、それはある種私の到達点と言えるだろう。

 

そんな私に江崎部長は追い打ちをかけるかのように続けた。

 

 

「君の事情は把握している・・・それならと思ってね。君の歌は此方でもとても魅力的だし、歌手の世界なら顔の露出は気にしなくてもいい。・・・アイドルとして活動を続けるよりは君にとっても良いと思うんだ」

 

 

彼の言うことはすべて正しかった。

私も考えていたことではあった。ただ、それを認めたくないからという理由で考えないようにしていただけだ。

 

なんだろうかこの気持ちは、なんだろうかこの罪悪感は。私のしていることは間違っていると、まさに今糾弾されているかのような。

 

私はゆっくりと顔を上げた。

 

 

「・・・私も・・・そう、思います。」

 

 

あぁ、今私はどんな顔をしているのだろう。

顔を上げ、江崎部長の顔を見る。その瞳の中に映った私の顔は今までにないほどひどく歪んでいた。

笑っているような、泣いているような。自分でも何と言ったらいいか分からないぐらい歪んでいた。

 

 

「・・・返事は何時でも構わないよ。君にも色々思うところがあるだろうからね。早いに越したことは無いがゆっくり考えるといい。」

 

 

江崎部長が去った後、私はお昼ご飯を食べるためにここに来ていたことを思い出したのだがどうにも食欲がわかず、少し摘まんだだけで片付けた。

結果として江崎部長との遭遇は私にとって大きな衝撃的な出来事になった。

 

示されたのは別の道。

 

アイドルの道を降り、歌手としての道を歩む。それかこれまで通りアイドルとして歩き続けるか。それを選ぶだけだ。

本心としてはもう決まっていることだ。だが、それと自分の思いが重なるかはまた別の話。

 

アイドルとは世の女の子たちの憧れの存在。そんなアイドルにただ流されてなってしまった私。他のアイドルのように笑顔を見せることはせずライブをすることも恐らくない。ただ一人の空間で歌だけ歌っている私。

傍から見れば私はアイドルとは言えないだろう。それどころかアイドルという存在を馬鹿にした存在だ。

 

それでも、そんな私がアイドルになり。それでもアイドルで在りたいと少しでも思うことは間違っているのだろうか。

 

驕っていたんだろうか。

アイドルという存在になれたことで思いあがっていたのかもしれない。そんなことできるはずがないとわかっていても、レッスンやラジオの勉強。そういった小さな事を重ねていく事が、その時間がとても楽しかったなどと誰に言えよう。

アイドルとしての活動ではなくその前段階。それでも私は夢を見ることができたのだ。

自分はアイドルだと。自分はアイドルなんだと思い込み、その夢のような時間におぼれていた。

 

あの人が私にアイドルになってみないかと言われたとき、抱いてしまったのだろう。

 

こんな私でもアイドルになれるんだって。

 

私にそう言ったあの人は私の何を見てアイドルの道を示してくれたのだろう。それが知りたい。どんな小さな理由でも私がアイドルで在れるようそがあるのなら私は知りたい。

 

だから聞いてもいいですか?

 

 

「いつものレッスンルームにいないと思ったらこんなところでどうしたんですか?ナギサさん。」

 

 

武内さん。

 

フラフラとレッスンルームへの道をさまよいながら歩いていた私にちょうどその方向から歩いてきた武内さん。どうやらちょっと前までシンデレラプロジェクトの子たちと仕事だったようでいつもはビシッと着こなしていたスーツが少しよれている。

 

忙しいだろうにそれでも私を気にかけてくれる。そんな武内さんに表情が少し緩む。

 

 

「すみません。今日は気分転換に外でお昼を食べていたんです。」

 

「そうなんですか。・・・何かあったんですか?」

 

「いえ・・・ただ思うように歌えなかったので」

 

「どこか体調が?」

 

 

少し焦ったように聞いてくる武内さん。やはり彼はとても優しい。こんな私のことも心配してくれる。私よりもよっぽど忙しい立場にいてストレスも非にならないだろうに。

 

そんな武内さんに私は心配させないようにと努めて笑顔を心掛けた。

 

 

「いえ、そういうわけではないですよ。歌い続けている内に自分が何を歌ってるのか良く分からなくなっちゃって。すみません。」

 

「ナギサさんが大丈夫ならいいんですが・・・もし体に違和感があったらすぐに言ってください。無理が一番ダメですから」

 

「・・・はい、そうしますね。」

 

 

武内さんとレッスンルームへと向かう。

武内さんはシンデレラプロジェクトのプロデューサー。そして私は一応そのメンバーに含まれるアイドル。二人で歩いている時に自然とシンデレラプロジェクトの話題になるのは至極当然のことだった。

 

 

「そういえば、千川さんから伺いました。この前のライブに来ていただいたと。」

 

「はい、初めてのライブでしたがとても楽しませてもらいました。」

 

 

私がそういうと武内さんは酷く安堵した様子だった。私がそういった場に出歩くことがないことは知っているはずなので心配してくれたのだろう。加えてシンデレラプロジェクトの初めてのライブともいえるライブだったので武内さんも心配していたのだろう。

 

だがその心配は杞憂。杞憂ですよ武内さん。あのライブは大成功ともいえる出来だっただろう。

しかし武内さんが私に聞きたいのはライブの出来栄えじゃないだろう。そんなもの私が言わなくても近くで見ていた武内さんが一番わかっているはずだ。武内さんが私に聞きたいのは

 

 

「シンデレラプロジェクトの皆さんはどうでしたか?」

 

 

そう、私と同じプロジェクトに所属してるアイドルについてだろう。私というアイドルが島村卯月ちゃんたちのような王道のアイドルのライブを見てどう思ったか。

それを聞かれたときに私が思い出したのはあの高揚感と焦燥感とが一体になった気持ちの悪い感覚だった。

馬鹿正直にそういうわけにもいかず、何か返さなければと考えるも何も浮かばない。

 

 

「ナギサさん・・・?」

 

急に黙り込んだ私を見て武内さんがまた心配そうな顔でこちらを見下ろしている。

 

あぁ、すみません。別に気分が悪くなったとかじゃあないんです。ただ、少し羨ましくなってしまったというか。なんというか。

 

ライブの後から今の今まで考えてきたことがある。

ニュージェネレーションズを含め、他のシンデレラプロジェクトのメンバーは皆それぞれアイドルになれるだけの何かを持っていて、それを十分に輝かせる力がある。だからあのライブであの三人は初めてながらにしてあれだけ輝くことができたのだと。そして他のメンバーたちも己の何かを存分に輝かせアイドルとして大成していくのだろうと。

 

そしてそんなアイドル達を見極め集めたのは武内さんだ。武内さんの目から見て光るものがあったからこそこのプロジェクトのメンバーに選ばれている。

 

 

「そういえば武内さんはシンデレラプロジェクトのアイドルを全員実際に会ってスカウトを決めたんですよね?」

 

「?そう・・・ですね。例外はありますが私が実際にお話ししてスカウトさせていただいています。」

 

「実際に会って・・・話して・・・武内さんがスカウトを決める理由って皆何かあるんですか?」

 

 

そう質問した私に武内さんは私の目を見て、はっきりと答えた。

 

 

「もちろんです。皆さん其々に個性があり、アイドルとして輝けるだけの───」

 

 

今までにないほど饒舌に語っていく武内さん。渋谷さんはどうとか新田さんはこうとか。武内さんがどれだけ真剣に私たちを見ているかが良く分かる。

 

私の知らない子もそういった何かを聞いているだけで不思議とその子のことを応援したくなるような、いやいずれ応援することになるのだろう。武内さんが選んだ子たちだ大成しないわけがない。

 

だけどそれなら───それなら私は?」

 

 

無意識に呟いてしまった事にひどく後悔した。思わずとっさに口を覆う。

聞いてしまえば少しは安心できるかもしれない。なのに聞くのが怖いと思う私がいる。それと同時に武内さんの口から聞く子たちがとても羨ましく、妬ましく感じてしまう私に吐き気を覚える。

 

 

何様だ。

 

 

幸いにも私のつぶやきは武内さんには聞かれなかったらしいが突然口を覆った私を不思議そうに見ていた。

 

 

「あの・・・どうか「そういえば、ライブはどうって話でしたね」えっ、は、はい」

 

 

急な話の展開に困惑している武内さんをしり目に私は淡々と言葉を紡いでいく。

 

 

「皆初めてとは思えないぐらい生き生きと踊っていて、ファンを楽しませようと全力で頑張りながらも自分たちも楽しんでいるのが見ていてもわかって・・・」

 

 

口にするたびに自分との違いを自覚させられていく。

これは何かの罰か。口を開くたびに頭が痛くなる。まるで大勢の人から糾弾されているかのような。

 

 

「踊っている姿を見ているだけで盛り上がって・・・声一つでライブが一つになっていくのがわかって・・・」

 

「ナギサさん?」

 

 

あぁ、ごめんなさい武内さん。貴方の言葉を否定するわけではないの。でも、私はこの言葉のことをどうしても好きになれなかったの。

 

 

「とても・・・良い・・・え、がおだった、とおも・・い」

 

 

「ナギサさんっ!?」

 

 

そう言い残し、私はその場を離れた。今の顔を合わせて居たくなかったから。遠くに離れるように普段動かさない腕と足を必死に動かした。

 

私は武内さんから離れるように走っていった(逃げていった)

 




Q.どうしてこうなった。

A.興が乗ったんです、すみません。


※掲示板について

書いてほしいという方が多かったので今後何処かに一話儲けようかと考えているのですが、私の知識不足のまま低レベルなものを書き皆様のお目を汚すのもどうかと思いましたので一度他の作品や実際に掲示板を拝見させて頂き、充分に勉強したうえで書かせていただきたいと思います。

また、毎回のごとく亀更新ではありますがお付き合いいただけると幸いです。


誤字修正 竹内→武内
     江崎部長→彼






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時間は大事

この後の展開をいろいろ考えていたら遅くなりました。ごめんなさいでした。


武内さんの前から逃げたあの日から私は武内さんとは極力出会わないようにしていた。基本的に電話やメールでの対応。レッスンの為に事務所に来たときはコソコソといつも以上に警戒した。

幸いにもこれまでも事務所内では周りに警戒して人通りが少ない道を選んで歩いていたので遠目に武内さんを見かけることはあっても私が見つかることは無かった。

 

武内さんは非常に目立つ。社内では比較的見つけやすい彼から逃げることは難しくなかった。

 

別に武内さんのことが苦手になったとかそういうことではない。ただ、なんといえばいいのか。喧嘩してしまった友人と顔を合わせづらい感じか。勝手に私が思っているだけなのだが。

 

まぁ、しばらくの間こういったことをしていれば嫌でもちひろさんには気づかれてしまう。

彼女から話を聞くとどうやら武内さんも今の私との現状をどうしていいかわからないらしくちひろさんに頼んでいたらしい。

 

これは私自身の問題だ。武内さんに迷惑をかけるつもりはない、いや、もう迷惑はかけているのか。だとしたらどれだけ度し難いんだ私は。

 

あれから武内さんと会わずにしばらく過ごして何か自分の中で解決できたかといえば進展はない。むしろ前よりもひどく、ずっとみんなが輝いて見える。

 

なんていうのだろうか、隣の芝は青い?まぁ、そんな感じだろう。

 

『ナギサ』というアイドルが持っていないものをたくさん持っているあの子たちに酷く劣等感を抱いてしまうのだ。

 

別に仕事がないわけではない。基本的には歌だが、CMソングを歌うだけでなく少しずつラジオにも出ている。非常にありがたいことだ。非常にありがたいことなのだがそれが余計に私を揺さぶってくる。

 

 

そして本日、ちひろさんに連れられて武内さんのプロデューサー室へ。

 

 

 

「・・・おはようございます、ナギサさん。」

 

 

「おはようございます。」

 

 

 

中に入ると武内さんが迎えてくれた。いつも通りのように見えるがやはり少し動きがぎこちない。私になんて気を使わなくてもいいのに・・・という言葉を心の中で思いながらも私も平静を心掛ける。

 

促されるままにソファーへと腰かけ、ちひろさんが出してくれたコーヒーに視線を落とし両手で覆うようにして持つ。

掌で温かさを感じているうちに武内さんも正面のソファーに腰を掛けた。

 

しかしいつまでたっても武内さんが話を始めない。チラリと上目で見てみると長くなってきた前髪の隙間から何かを話そうとして口ごもっている武内さんが見えた。

 

沈黙している間がとても気まずい。それを見かねたちひろさんがふいに武内さんの横に座った。

 

 

 

「ナギサさん、最近何かありました?」

 

 

「何か・・・ですか?」

 

 

「ここ最近、プロデューサーさんを避けているようでしたので」

 

 

 

眉を下げて心配そうに聞いてくる。

確かに今回一番板挟みにあっているのはちひろさんなんだろう。全く関係無いのに心配をかけてしまって心苦しいばかりだ。

 

 

 

「もしかしてプロデューサーさんに何か言われた・・・とか?」

 

 

 

そうちひろさんが言った瞬間、ビクッと肩を震わした。私と同じようにちひろさんの隣で居心地悪そうに体を小さくしている武内さん。

それを見て私の心の中にも罪悪感が募っていく。

 

 

 

「そういうわけではありません。ただ、これは自分の問題で・・・武内さんは、関係ありません。」

 

 

「その問題を話していただくことはできませんか?」

 

 

 

今まで沈黙していた武内さんが不意に口を開いた。

 

 

 

「すみません。少しまだ自分の中で整理ができてないので・・・」

 

 

「話していただけるだけでも少しは変わるかもしれませんし」

 

 

「でも・・・」

 

 

「何か私に問題があるのでしたら言っていただければ気を付けますし、何か事務所内に不便があればできる限り改善させていただきます。ですから」

 

 

 

私に相談してはいただけませんか?

 

暗にそう言ったであろう武内さんの表情は真剣そのものだった。

あぁ、そうでした。そうでしたね。武内さんはこういう人でしたね。彼自身にそういった気がなくとも、渋谷凛ちゃんの時を見ていれば自ずとわかること。

 

彼も私も諦めが悪い・・・いえ、私に関してはズルズル引きずっているだけでしょうか。

 

 

 

「・・・今は待ってください。恥かしい話ですけど自分がどう思っているかもわかっていないんです。ですから、自分なりの答えが出たら。相談・・・させてもらってもいいですか?」

 

 

 

私がそう言うと、武内さんは小さくうなずいた。

 

 

「ナギサさん・・・これは一つの提案なんですが。・・・今度のCMソングの収録が終わり次第、しばらくお休みをとってはどうでしょうか?」

 

 

「それは・・・」

 

 

「深い意味があるわけではありません。ここ最近仕事も重なってきてますし、次の仕事が終わり次第休みを取っていただきじっくり考えてみてはどうですか?日程調整はこちらで済ませておきますので」

 

 

「それは確かにありがたいですが・・・まともに活動してもいないのにお休みなんて頂いてしまっていいんでしょうか?」

 

 

「何か不安や悩みがあり、それが活動に影響するのであれば一度休むことも大事です。私が悩みを解決できることが一番良いんですが無暗に詮索しない方がいいだろうと思いまして。」

 

 

「それなら・・・お言葉に甘えてもいいでしょうか?」

 

 

そこからはトントン拍子に話が進んだ。前もって休暇を進める為に武内さんは用意をしていたらしい。

大まかな内容としては私が次の仕事を終えてから休養を取るということ。そして次の仕事はまた武内さんと話してその時に武内さんが良いと判断したら活動を再開させてくれるらしい。レッスンも普段通りの予定ではあるが参加不参加もこちらに任せてもらえるそうだ。

 

何とも優遇されすぎているような内容だがアイドルをやっているみんなもこんな感じのお休みを頂いているのだろうか。アイドルってすごい。

 

ともあれ私は武内さんのくれたこの時間ではっきりさせないといけないのだろう。できるだけ早急に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

休養を取ってもらうということをナギサさんに話した。久し振りに話した彼女は俯きがちではあったが、少しは落ち着いた様子だった。

 

 

 

「では、ゆっくり休んでください。」

 

 

「今度ご飯でも行きましょうね。」

 

 

「はい。・・・楽しみにしてます。」

 

 

 

私は彼女が出ていった後、ソファーの背もたれに深くもたれかかり大きく息を吐いた。普段通りに話すだけのはずなのにひどく緊張した。理由はわかっている。ここ最近の態度の変化だ。ナギサさんに避けられていたのは嫌でもわかっていた。

 

自分のことを避けている相手と話すことがひどく緊張するものであるということはよくあることだ。それが異性であればなおさらである。

 

 

 

「お疲れ様です。やっぱり、ナギサさんの御休みを取るのは簡単ではなかったみたいですね?」

 

 

 

私の空になったカップに千川さんが温かいコーヒーを注ぎなおしてくれた。

 

 

 

「そう・・・ですね。私の想像以上にナギサさんの影響力は強いみたいです」

 

 

 

先程話していた時にはナギサさんには嘘をついたが千川さんの言う通り今回、ナギサさんの休日を用意するために各方面を駆けずり回った。ナギサさんを指名して仕事を持ってきてくれる企業の皆様や元々あったラジオのお仕事。これらの仕事を調整するのもかなり苦労をしたのだがそれ以上に苦労したのは会議においてその旨を伝えた際に少なくない反対の声があったからだ。

 

346プロダクションという企業としてみればナギサさんは休ませたくはないというのは当たり前の考えだろう。今売れ始めている彼女をもっと押せという声が非常に多かった。

 

だが私はその声を制して今回の件を通した。結果として周りには睨まれることにはなったがそれ以上に今回の休養は価値のあるものだと思う。

 

元々ナギサさんをアイドルの道に誘ったのは他でもない私だ。ナギサさんはアイドル活動を始めてからというもののどこか焦っているように思えた。レッスン中の彼女の様子を麗さんやちひろさんから聞いても普通ではない。

まるで作業のように、コンピューターのように悪かった部分を修正していく。

休憩時間中もひたすらに自分の歌を聞きこんでおり、何もしないのはお昼の時だけらしい。

 

 

 

「ナギサさんの悩みっていったい何でしょうね・・・」

 

 

 

先程までナギサさんが座っていた場所に座った千川さんがそうつぶやいた。

 

 

 

「・・・これは先日聞いた話なのですが。江崎部長・・・歌手部門の部長の方がナギサさんに接触したそうなんです。」

 

 

「えぇっ!」

 

 

私がそういうと、千川さんは目を大きく見開いて体を乗り出してきた。

驚くのも仕方がない。私も初めて聞いたときは千川さんと同じように腰を浮かせてしまった。その話をしに来たのが江崎部長本人だった為にあの時の衝撃は計り知れなかった。

 

 

 

「プロデューサーさん・・・それって」

 

 

「はい、ナギサさんに歌手への転向を勧めたとのことでした。」

 

 

 

江崎部長は唐突に私のプロデューサー室までやってきたかと思えば、ナギサさんへ歌手部門に来ないかと誘ったこと、そしてその話の中でナギサさんが思っていたことを堂々と言ってきた。

本来ならばそういった他部門所属に干渉、勧誘するのは346プロダクション内ではやってはいけないこととして暗黙の了解があった。

それを堂々と破った挙句、私に言ってきたということはそれだけ江崎部長が本気ということに他ならない。

 

今回の件に関しては間違いなくタブーなのだが、江崎部長には346内でも小さくない権力がある。

 

 

 

「プロデューサーさん・・・もしナギサさんが、えっと・・・その」

 

 

「ナギサさんが歌手になりたいというのであれば私は止めるつもりはありません。」

 

 

「ど、どうしてですかっ!?」

 

 

 

私個人の願いとしては初めから変わっていない。ナギサさんにはアイドルを続けてもらいたい。しかし、江崎部長から先のことを告げられたのはあのナギサさんが走り去っていったあの後のことだった。

部屋でずっと考えていた私は江崎部長のその話を聞いて、あの時のナギサさんの反応が結びついたのだ。

 

笑顔に対して過剰に反応するのは自分がファンの人に顔を見せることができないから。何度も何度も繰り返して練習するのは自分には歌しかないと思っているから。そして初めてのライブでアイドルを見た時のキラキラ輝いているアイドルたちを見て余計に焦りが生まれたのだろう。

 

自分はああはなれない。だからこそ、歌だけは。そう思っていた彼女に江崎部長の勧誘。揺れ動いているのだろう。

 

 

 

「私は・・・ナギサさんにアイドルとして輝いてほしいと思っていますし、その力も十分にあると思っています。」

 

 

 

あの歌を初めて聞いたときから。その思いは一切変わってはいない。しかし

 

 

 

「ナギサさんが心からアイドルではなく歌手になりたいというのであれば、私は・・・」

 

 

 

応援する。背中を押す。色々といい方はあるだろう。しかし、どれも今の私の心境とはほど遠いものだった。

もやもやとした気持ちを隠すこともできず眉が寄っていくのがわかる。

 

そんな私の気持ちを察してくれたのか千川さんは私の手に手を重ねた。

 

 

 

「信じましょう・・・大丈夫です。ナギサさんもアイドルを続けたいはずですよ。なんたって、アイドルは全女の子のあこがれなんですから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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凛視点 

346プロダクションの中にはさまざまな施設があり、346プロダクションに所属する多くの歌手やアイドル、俳優、女優たちがレッスンする為のレッスンルームやトレーニングルーム、レコーディングルーム等。所属する個人が使用するための施設もあれば、進行しているプロジェクトが使用する大きな部屋もいくつかある。プロジェクトはアイドル部門や歌手部門。様々な部門のプロジェクトが各々専用の部屋を持っている。

プロジェクトルームではそのプロジェクトの仲間たちで交友を深めたり、担当のプロデューサーからそのプロジェクトの進展や仕事などの説明を受ける等重要な部屋で在ったりするのだが、所属する子たちにとってはプロジェクトの仲間と時間を共有できる空間であり、各々自分の好きなものを持ち込んでプロジェクトルームを華やかにしたり、仲間同士で共有していたりすることが多く、プロジェクトごとに個性が出ている。

 

その数あるプロジェクトルームの中のアイドル部門のプロジェクトルームに彼女はいた。

 

そのプロジェクトルームはあまりものが多くなく、質素なプロジェクトルームだった。大きなテーブルと、それを囲うようにしておかれたソファー。彼女はそのソファーに腰掛け、自前のイヤホンを耳に着けていた。

 

彼女はイヤホンから流れる音楽に身をゆだねていたが、そこはプロジェクトルーム。彼女以外にもそのプロジェクトに所属する子たちが部屋にはいた。

 

 

 

「しぶりん何聞いてるのー?」

 

 

 

ソファーに座っていた彼女、渋谷凛を後ろから覗き込むようにして顔を近づけてきたのは同じプロジェクトのメンバーで同じユニットとして活動をしている未央だった。

未央は私の返事を待たずに私の右耳のイヤホンを取り、自分の耳へと着けた。

 

 

 

「ちょっと、未央!」

 

 

「まぁまぁいいじゃん・・・ってこの歌ナギサさんの歌じゃん!」

 

 

イヤホンを私から奪い取った未央は、耳に着けてから直ぐに聞いていた曲が誰だったのかを言い当てた。まぁ別に聞いていた曲が未央にバレるぐらいなら構わないのだが、未央の声が思いのほか大きくプロジェクトルームにいたほかのメンバーにまで聞こえてしまったようで、みんなの視線が私に集中しているのがわかる。

 

良くも悪くもシンデレラプロジェクトにおいてナギサさんは非常に話題のアイドルだった。

 

私たちより少し前に活動を開始したアイドルなのだがデビューするにあたってのライブをやっていないらしく、突然に姿を現したアイドルだったそうだ。姿を現したといっても本人の写真は一切なく、事務所のホームページのプロフィールにも名前はあったのだが基本的なプロフィールだけで写真は一切なかった。

 

そんな謎に包まれているアイドルだが、ひっそりとデビューをしたのにもかかわらず彼女の人気は確実に出てきている。

デビューして直ぐにCDをだしたり、大きな企業のCMのCMソングを歌ったりと新人アイドルとは思えないような活躍を見せている。

彼女がどんなアイドルかだけでなく素顔すら公表していないのにアイドルとして活躍している彼女に一部からは純粋な好奇心やら嫉妬心やら良く分からない感情がシンデレラプロジェクトでは発生していた。

 

 

 

「凛ちゃんナギサさんの歌聞いてるんですか?いいですよね!私もCD買っちゃいました!」

 

 

 

未央の後ろから歩み寄ってきたのは未央と同じく同じユニットの卯月だ。卯月ともナギサさんについて話すが、卯月は純粋にナギサさんのファンのようで『いずれお会いして話してみたいです!』とよくいっている。

 

 

 

「私も買ったよ!なんかこうーあれだよね!えーっと、そうロックだよね!」

 

 

「至上の旋律。我が魂を震わすに相応しい音色っ!」

 

 

「なんというか・・・引き込まれちゃいますよね」

 

 

 

上から李衣菜、蘭子、智絵里。蘭子は相変わらず何言ってんのか良く分からないけど褒めているのだけはわかった。

概ねプロジェクトのみんなからはナギサさんの歌は人気らしく、各々自分が気に入っているフレーズやメロディーを話し合っている。

 

そんな中で一人だけ眉をひそめている少女がいた。それは私の正面のソファーに座っていた猫耳アイドルだった。

 

うーんうーんと顎に指を当てながら考え込むみく。自分の口から言っていた通りみくもナギサさんの歌は気に入っているようだが何か納得できない様子。

 

 

 

「確かに歌はうまいし、みくもナギサチャンの歌は好きなんだけど・・・。」

 

 

「だけど・・・何か気になることでもあるの?」

 

 

「ナギサチャンって本当にアイドル?って・・・思っちゃうにゃ」

 

 

 

それはみくだけじゃなくほとんど全員が心の内に思っていたことだろう。

346のアイドルとして活動しているはずなのに顔は出さず、アイドルが本来しているであろう仕事はほとんどしていない。それは本当にアイドルなのか?と思った人は少なくないはずだ。

 

シンデレラプロジェクトの中でも真面目なみくはそこが引っかかるのだろう。

 

 

 

「そう、そうにゃ!顔出してないアイドルなんてアイドルって言えないと思うにゃ!」

 

 

「確かにー!アイドルって言われるより歌手って方がピッタリくるよねー。」

 

 

 

そう声高に主張するみくに賛同する未央。ナギサさんの話になると毎回のようにこう言った話が出てくる。そして共感できるもの同士でひたすら語りだすのだ。だがその話し合いの中にナギサさんを中傷するような内容はなく、ひたすらに疑問だけが飛び交っている。本日もそんな話し合いをしている二人を見て私は小さくため息をつき、視線を卯月に向けた。

 

 

 

「卯月はどう思う?」

 

 

 

「私ですか?私は凄いなぁって思います!お顔は分からなくてもお歌を聴くだけで応援したくなっちゃいますよね!いつか一緒のステージに立ってみたいです!」

 

 

 

「そっか」と私が告げると、いつものようなまぶしい笑顔で「はいっ!」と返す卯月。あぁ、やっぱり卯月はすごいなぁと思いながらも実際に一緒のステージに立つことを想像して少し胸が高鳴る。ステージに立った彼女が一体どんなパフォーマンスをしてくれるのか、そんなライブを1ファンとしても見てみたい。

 

 

そんな事を考えていると、イヤホンから流れる曲が変わった。その歌はスローテンポの悲しい歌。病弱な少女の悲しい恋心が綴られた歌詞。歌っている人は女性でその歌声はところどころ声を震わせ、今にも泣いてしまいそうなほどにこの歌に対する想いが聞いているだけで伝わってくる。

 

最後のフレーズを歌い切り、アウトロが流れている最中も小さなしゃっくりや鼻をすする音が聞こえてくる。そして一番最後に「あ、りがどう、ござっ、ました」と涙声で言ってその歌は終わった。

 

聞き終えた私はその余韻に浸っていると、イヤホンをつけていない方の耳からぐすっぐすっと小さな泣き声。ハッとして泣き声の方へと振り向くといつの間にか私のイヤホンのもう片方を耳に着けていた卯月がぽろぽろと涙をこぼしていた。

 

 

 

「う、卯月!?」

 

 

「うぅ・・・すごく、すごくいい歌ですね・・・なんだが聞いているうちに・・・涙が、ぽろぽろ出てきちゃって・・・ぐすっ」

 

 

 

自前のハンカチで目元をぬぐう卯月。涙をぬぐい終えると、いつも通りの笑顔を私に見せた。

 

 

 

「なんだか凄い引き込まれちゃって・・・思わず泣いちゃいました。」

 

 

「分かる。私も初めて聞いたときはウルッとしちゃったし。歌詞もメロディーも良いんだけどそれを泣きながら訴えかけてくる感じが・・・もう、ね」

 

 

「そうですよね!もう、感極まっちゃって!」

 

 

 

私も初めて聞いたときは卯月のようになってしまったのを覚えている。聞き終えた後にその場でボーっとしばらくの間涙を流したまま呆然としていた。

ずっと固まったまま動かなかったからかお父さんに真剣に心配されるほどだった。

 

偶然彼女を見つけたのはある動画サイトを見ていた時だった。

 

その日は一日中暇だったから最近有名な歌手やアイドルの歌を聞いていた。そしてまた一曲聞き終えた時、関連動画の枠に彼女の動画があったのだ。次に聞く曲も決まっていなかったのでその動画を再生したのだ。

 

見つけたのは本当に偶然だったのだがあれ以来私は彼女のファンになっている。

 

 

 

「ところで、この歌どなたが歌っているんですか?」

 

 

「あぁ、この人歌手じゃないから。アマギっていうんだけどネットに歌を上げてる人だからたぶん卯月は知らないと思う」

 

 

「えぇ!プロの方じゃないんですか!それにネットってことはアマギさんは歌い手という方なんでしょうか?」

 

 

「うん、多分そうだと思う。」

 

 

 

私自身歌い手という人たちについてあまり詳しいわけじゃない。最初だって卯月と同じようにアマギはプロの歌手だと思ってた。必死でCDやらライブ映像やら探したけれど見つからなくて、ようやく歌い手という言葉を知ったぐらいだった。

 

アマギ以外の歌い手の歌も聞いたがどの人もうまいとは思ったがアマギほどの感動を味わう人はいなかった。

 

まぁ、それ以降アマギが曲を投稿する度に聞くようにしていたのだがここアイドルの活動を始めてから時間があまりとれずに聞いていなかった。

 

 

卯月もアマギの曲を聞いていたく気に入ったようで、「他の曲はないんですか!」と興奮している。せかされるようにしてケータイの画面をスライドさせていくと、見たことのない動画が欄にあった。

 

 

 

「ちょっとまって・・・ってあれ?新しい動画がある。」

 

 

 

どうやらアニメソングらしいその歌。その曲名を検索してみると、最近やっているアニメのEDテーマであることが分かった。

 

 

 

「新しい曲ですか?早く聞いてみましょう!」

 

 

 

卯月に急かされるままに再生ボタンを押した。

動画が再生され、イヤホンからイントロが流れ始める。そして聞こえてくるアマギの歌声。アニメの内容に沿っているであろう歌詞を丁寧に歌い上げていく。

 

強弱やビブラートを利かせたりフレーズの切り方や息づきどれも丁寧でとても聞きやすい。声も通っていてやっぱり歌が上手だということが再認識させられる。

 

だけど、その歌を聞いている私には違和感がどんどん募っていった。

 

 

 

「やっぱり上手ですねアマギさん!私もこれだけ上手に歌えたらなぁ・・・ってあれ?凛ちゃん?どうかしたんですか?」

 

 

「卯月はさ、今の歌聞いて何か思わなかった?」

 

 

「えーっと・・・ごめんなさい。凄い上手だった事しかわからないです。」

 

 

 

「そっか」と卯月に返し私はスマホを操作し、アマギに当ててメッセージを送る。アマギの新曲を聞くたびに1ファンとしてメッセージを送っていた。いつもは純粋に曲の感想を書いていたのだが、この曲に関してはそれ以上に聞きたいことがあった。

 

メッセージを送信し終え、スマホをカバンにしまう。そして未だに先ほど私が聞いたことに関して難しい顔をしている卯月へと顔を向けた。

 

 

 

「さっきの歌さ・・・確かに上手だった。うん、プロって言われても分からないぐらい上手だったと思う。だけど・・・」

 

 

「だけど?」

 

 

「アマギはそういう歌い方じゃなかったんだよ。ただ自分の好きなように歌って感じたことをそのまま表現して。感動する歌だったら泣いて、楽しそうな歌だったら凄い元気よく歌ったり。だけどこの歌はただ・・・うまく言えないけど、上手いだけなんだよ。これはアマギじゃない。それに─────「皆さんそろっていますか。」

 

 

 

私が言葉を続けようとした時、プロジェクトルームの部屋のドアが開いた。

 

 

 

「「「「「「「プロデューサー!(さん)」」」」」」」

 

 

「先日も話しましたが本田さん、渋谷さん、島村さんの『ニュージェネレーションズ』と新田さんとアナスタシアさんの『ラブライカ』のデビューイベントであるミニライブの詳細が決まりました。つきましては────」

 

 

 

プロデューサーが私たちのライブについての説明をしているが全く耳に入ってこず。私は全く別のことを考えていた。

それは先ほど聞いていたアマギの歌のこと。ずっと気になって仕方がなかった。

 

プロデューサーが一通りの説明を終えみんなに何か質問があるかと聞いている時、みくが手を挙げて聞いた。

 

 

 

「Pちゃん!ナギサさんってどういったアイドルなの?顔とかも出してないしそもそもレッスンしてる姿すら見かけない。それなのにデビューしてるなんてなんかずるいにゃ!」

 

 

「そ、それは・・・。すみません、個人情報ですので私の口からお伝えすることはできません。」

 

 

「それはナギサさん自身が隠してるってことなの?」

 

 

「・・・・・・・すみません。」

 

 

 

みくが質問した内容。そしてプロデューサーがその質問に対して口ごもったこと。それを聞いて私はふとあることを思い出した。

 

 

それはあの日会って以降ずっと引っかかっていた『浅間 凪』のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




咲さんとかみほさんとかのお話も書いてみたいと思う今日この頃


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暑い夏の日に

お休みをいただいてからというモノ私は家から出ていない。俗にいう引きこもりという奴だろうか。なるほどこれは悪くない。好きな時間に起きて好きな時間にご飯を食べ好きなことをして好きな時間に寝る。

 

ダメだこれはダメになる。

 

休みをもらって数日で気づいたことこのままでは本当に私は終わってしまう。問題は山積みだ、だけども考えたくもない。

やらなければいけないとは分かってはいるのにやりたくないと遠ざけてしまう。

 

今日も今日とて私はベットからズルズルとはい出し、いつものサイトを開いた。

久し振りにサイトを開いたので私の知らない歌や動画が上がっていた。現実を逃避するように新しい動画をあさることに没頭していた。

 

昔からそうだった。何か逃げたい事があるときはこのサイトを利用していた。他の人の歌を聞いて新しい曲を知ったり、その人のファンになったり。そして歌うのだ、嫌だ、したくない、逃げたいという思いを込めて自分の気持ちをぶちまけるように歌っていた。そして歌い終わった後は決まって何か気分がスッキリしていた。

 

 

「あぁ、歌えば何かわかるかもしれない」

 

 

しばらく動画を漁り続けていた私はいつもの衝動にかられた。そしてすぐ行動に移した、機材を用意し歌いたい歌の音源を探しヘッドホンをつけた。

 

今日歌うのは最近のアニメの曲だ。いつものようにその曲に身をゆだねるようにして歌う。自分の心情を吐き出すように。

 

途中までは気持ちよく歌えていた。だけれども歌っている中でどうしても違和感が拭えなかった。

 

この息継ぎの仕方では音が残っちゃう 今のはもうちょっと伸ばした方がよかった 抑揚をもっとつけないと 音程をもっと正確に 声を震わせるな テンポが速い そこのフレーズはもっとハッキリ

 

歌いながらもいろんなところが気になる。歌に集中できない。私は途中で歌うのをやめた。

 

録音を止め、一度再生してみる。前ならこんなことはしなかった。だけどもう自分の歌を確認しないと怖くて仕方がなかった。

 

聞こえてくるのは普段通りの私の声、だけれども足りない。あらゆる技術が足りていない。ここはこうしたほうが、そこはこうやった方がという思いがどんどん湧き出てくる。

 

結局最後まで聞き終えることなくその録音データは削除した

 

こんな歌ではだめだ、満足してもらえない。もっともっと練習しないと。

 

それからひたすらに録音を繰り返す。歌詞を印刷してそこにペンで修正を加えながら何時間もかけて完璧な歌を作り上げる。

何度も何度も時間を忘れるほどに歌い続けた。そして日が傾きかけてきたころ、ようやく納得できる歌を完成させることができた。それをいつも通りに投稿しようやく一息つく。

 

今まで続いていた集中力が切れ、どっと体が重くなる。流石に長時間歌っていたからか疲れていながらも空腹感に苛まれる。

ベッドに横になりたくなる衝動を抑えて立ち上がり、フラフラとした足取りで冷蔵庫へ。そして中をのぞいて驚愕した。

 

 

「なにも・・・ない。」

 

 

中に入っていたのは飲み物ばかりで食べられそうなものはお弁当に詰める冷凍食品や少しだけ残った野菜ぐらいだった。さすがにお腹が空いているとはいえこれではまともなものは作れない。

 

仕方ない。と立ち上がり服を着替える。財布だけ手にし外へ出る。私の家からスーパーまでは若干距離がある。自転車で行くことも考えたが自転車の前まで行き自転車の鍵を持ってくることを忘れ結局歩いていく事にした。

 

外は日が傾き、オレンジ色に染まっているというのに空気が異様に熱気をまとっていた。

一歩一歩歩くたびに顔がほてっていくのがわかる。もう夏も終わりに近づいているというのに未だ真夏日のような気温。

 

外へ出てからスーパーへと歩いているはずなのだが頭がボーっとして今自分がどのあたりを歩いているのかわからない。

夕方でこれだけ暑いのなら真昼はどれほどなんだろうとボーっとする頭で意味もなく考える。

 

ニュースで見たが今日も何人も熱中症患者が病院に運ばれたらしい。最近の気温では熱中症は朝昼夜関係ないらしい。

そういえばそのニュースでも外でも家でも水分補給を大切にと注意を呼び掛けていたような気がする。

あぁ、何もない冷蔵庫にも水分はあったのに。家を出るときに確認すればよかった。

 

後悔してももう遅く、とりあえず近くに自動販売機でもあればとあたりを見渡すが視界がゆがんで自動販売機がどこにあるのかわからない。頭もボーっとするし視界が揺れる。

 

あぁ、まずい。と思った時にはもう遅い。視界が白く染まっていく。そして不意に訪れる浮遊感と虚脱感。体から力が抜けていきスローモーションのように膝から崩れ落ちていく。

 

目の前に地面が近づいてきた。

あぁ、痛そうだな。と他人事のように考えていると不意に体がガクンと揺さぶられるのと同時に腹部に圧迫感。

 

 

「お─!───か!?」

 

 

誰かが耳元で叫んでいる気がするがハッキリと聞き取れない。少なくともその誰かに支えられているのは分かる。

 

あぁ、ごめんなさい顔も知らない誰かさん。足に力も入っていないから重いでしょうに。

 

 

「──っ!────ごめんなっ!」

 

 

唯一ハッキリと聞こえたその声とともにまた今度は上に浮き上がるような浮遊感を感じる。不意に抱えあげられたようで、うっすらと目を開けるとぼやけていながら私を抱えている人が眼鏡を掛けていることだけは分かった。

 

視線ををずらすと世界が90度傾いてみえた。どうやら私は横向きに抱えられている、いやお姫様抱っこというモノををされているらしい。

 

あまり揺らさないようとか早く涼しい場所にとかいろいろ気を使ってくれているのが朦朧としながらも分かる。

 

初めての御姫様抱っこ。

それはドキドキするとかうぶな反応をするわけでもなくただひたすらに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。



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同じだからこそ

 

 

「あっついなぁ・・・」

 

 

額に滲む汗をハンカチで拭いながら沈みゆく夕陽をにらむ。

もう日が暮れるころだというのに全然涼しくならない近頃に地球温暖化かな?と間の抜けたようなことを考えながら事務所への帰り道、車を走らせていた。

 

社内は冷房をきかせているというのに車窓から差し込んでくる日光が体から水分を奪っていく。

 

 

「げっ・・・」

 

 

赤信号に引っ掛かり、いいタイミングだとカバンからペットボトルを取り出すと、その中身がもうないことに気が付いた。このタイミングで飲み物がないのはかなり厳しい。事務所まではそれほど距離は離れていないがここで無理をする理由もない。それに仕事柄水分管理には事務所で強く注意を払うように呼び掛けているのにそんな自分が倒れては本末転倒だろう。

 

事務所に帰りながら車を走らせ、その道中で見つけた自動販売機の近くに車を停め、自動販売機で水を購入。車内に戻り直ぐに口をつけた。ふぅーと一息つき、さてもう少しと車を走らせようとした時だった。視界の先、ふらふらと不自然な歩き方をする人影が目に入った。

 

ゆっくり、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるその姿は言い方は悪いがまるでゾンビのようだった。

青白い顔に生気を感じられない目。服装も簡素なもので近くを通るまで女性だとわからなかったがなぜか目を離すことができなかった。そしてその女性が車のそばを通り過ぎようとした瞬間。俺はすぐさま車内から飛び出した。

 

 

「おい!大丈夫か!」

 

 

不意に崩れ落ちた女性を何とか抱える。気を失っているのか呼びかけても反応がない。そのうえ体が熱いのに全く汗をかいていない。医者ではないのだが都合上こういった症状にはそれなりに知識があった。

 

 

「熱中症だな・・・とりあえずは横になれる場所を探さないと」

 

 

対処法も分かっているが如何せんここは外。辺りにも日陰になりそうな場所はない。幸いにも水分は自動販売機があるからどうにかなるがとりあえずは涼しい場所に移すのが先か。

 

 

「よしっ!今から動かすぞ、ごめんなっ!」

 

 

意識のない彼女の膝裏に手を入れ抱え上げる。女性にしては大きい体躯にすこし体がふらついた。抱えた状態で何とか車のオートドアを操作し、中のシートに寝かせた。冷房を強くし、自動販売機でスポーツドリンクを購入。

それを寝かせた彼女の傍に置きケータイを開く。とりあえず事務所に電話か、と思いコールしようとした俺の裾を寝かせたばかりの彼女が引っ張った。

 

 

「っ!大丈夫か!意識はしっかりしてるか?」

 

 

そう聞くと薄く目を開きながら数度頷いた。まだ意識がはっきりしないのか目線がふらついているがそれでも涼しいところに入ったことで先ほどよりは回復しているらしい。

俺はスポーツドリンクのキャップを開け、彼女の口に差し出した。

 

 

「とりあえず寝ながらでも飲めるか?」

 

 

又数度頷き差し出したスポーツドリンクに口をつけた。勢いをつけすぎないようにゆっくりゆっくりと傾けていく。コクコクとのどの動きを見て俺は一つ息を吐いた。

 

飲み物を飲めるようになれば後は休んでいれば直に体調も良くなるだろう。とはいえとりあえずは病院。

 

 

「とりあえず病院行くからな。気分悪くなったらまた───」

 

 

そう言い車を走らせようと前を向くと又後ろから裾を引っ張られた。

 

 

「安心してくれ、すぐに病院に・・・」

 

 

意識がはっきりしなくて不安なのだろうと思い努めて笑顔で振り返ると寝ころびながらもうっすらと目を開け、何かを訴えるような、いや俺を威圧するようなそんな鋭い視線を俺に向けていた。

 

 

 

「や、やっぱりまだ「行か・・・ない、で」・・・え?」

 

「びょ・・・いん・・・に、は」

 

 

何とかといった様子で紡がれた言葉。病院に行ってほしくないらしい。何か事情があるのかもしれない。まだ意識は朦朧としているのだろう視線は定まってはいなかったがその必死さだけは伝わってきた。でも倒れるほどの熱中症だ。病院に行った方がいいと説得を試みるもついには辛いだろうにのそりと上半身を起き上がらせ「お願いします」と頭を下げられてはもうどうしようもない。

何とかもう一度横になってもらうと彼女は安堵したように目を閉じ、すぅすぅと寝息を立て始めた。

 

そんな彼女を見ながらまた、大きく息を吐いた。事務所に連れていく事はできないし、かといって家はわからない。病院に行くのが一番いいんだろうけどそれは嫌らしい。とりあえず事務所につくのは遅くなりそうだと、事務所にメールを入れておく。

 

同僚にどやされるのが頭に浮かびながらふと寝ている彼女へと振り返る。

 

先程までの死に体だったときは自分も焦っていてそれほど気にすることは無かったが、落ち着いて寝顔を見てみると鋭く整った容姿が嫌でも目に入る。先ほど目を見た時はその鋭さゆえに少し気圧されてしまったが目を閉じていると印象がガラッと変わる。

 

美人なのは間違いない。俺自身仕事の都合上色々な女の子と接するからそれなりに見る目はあると思うけどその中でも今まで見たことないような魅力を持っており、例えるなら孤高の狼のような印象を受けた。

寝ている女性をじろじろ見るのは良くないと分かってはいるもののじっと見つめて想像してしまう。もし彼女がうちのアイドルだったらということを。

 

考えだしてしまうと止まらなくなっていた。どう売り出していくのか、だれとユニットを組ませるのか。衣装は?振り付けは?ぽんぽんとアイディアが浮かんでくる。ワクワクしてしまうのは仕事上仕方のないことなのかもなと一人苦笑を浮かべる。

 

そんなとりとめのないことを考えているうちにゆっくりと彼女が目を覚ました。日が落ち、ようやく暑さが和らいできた頃だった。

 

目を覚ました彼女はゆっくりと体を持ち上げあたりを数度見渡した後、彼女を見ていた俺に顔を向けた。

 

 

「目が覚めたか?体はもういいのか?」

 

 

そう尋ねると今まで朦朧としていた表情が状況を理解できたのか途端にキリッと引き締まった。あぁ、こうしてみるとやはり狼のような鋭さがうかがえる。俺の見立ては間違っていなかったと変に誇らしくなる。

 

 

「す、みません。本当にご迷惑を・・・」

 

 

意識は朦朧としていながらもどういう状況だったかは覚えているらしく本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

「いいっていいって、それより良くなったみたいで良かったよ」

 

「はい・・・おかげさまで」

 

 

顔色もだいぶ良くなっているし、本当に体調は良くなったみたいだ。そのことにすこしホッとする。

 

 

「さて、せっかくだから家まで送るよ。本当は病院に行ってほしいんだけど・・・」

 

「それは・・・」

 

「あー、別に無理に言わなくてもそれで構わないよ。」

 

「・・・本当にご迷惑をおかけ・・・」

 

 

と、不自然に切られた言葉に気になり振り返ると視線が車のスピーカーのほうへと向いていた。流れていたのは聞きなれた765プロの『READY!!』だった。今では相当有名になったこの曲。普段仕事でも耳にするがやっぱり実際にラジオやテレビで流れているのを聞くと今でも自然と頬が緩む。彼女も聞いたことがあるから気になっただけかと思っていたが、『READY!!』を車内のスピーカーから聞く彼女はどこかおかしかった。

 

必至というかなんというか目を見開いて何か強い思い入れがあるのか分からなかったがそんな表情の彼女に思わず聞いてしまった。そしてそれは確かに小さな打算を含んでいた。

 

 

「READY!!が好きなのか?それともアイドルに興味があったり・・・」

 

「っ!」

 

 

『アイドル』

その言葉を口にした瞬間の彼女は顕著だった。ビクッと体を震わせ、視線をそらした。

 

やってしまった。

 

そんなつもりはなかったのだがなんだかむくむくと湧き上がってくる罪悪感。アイドルに関して思い入れが強いのかそこのところは良く分からないがとりあえずこの気まずい空気を何とかしようと口を開く

 

 

「あー、そういえばお互い自己紹介してないよな。俺は赤羽根っていうんだ。君は?」

 

「・・・浅間、凪です」

 

「浅間さんだね。俺のことは好きに呼んでくれていいから」

 

「は、い」

 

 

話をそらして少し落ち着いたかなと思えばまだスピーカーから流れる曲が気になるようでチラチラと視線を送っているのがミラー越しに見える。

 

それから少しずつ話を聞いているうちに彼女はアイドルに反応を示していることが分かった。そしてそれが好意的なものか否定的なものかわからなかったけれど俺はなぜか話すべきだと、そう思った。

 

 

「実は俺、アイドルのプロデューサーなんだ。もしよかったら・・・」

 

 

失敗した。

何の脈絡も証拠もなく唐突に自分が『アイドルのプロデューサー』なんて言ってまともに信じてもらえるはずがない。上に捉え方によって女性をだます手口のような切り出し方で早速後悔した。とりあえず弁明しようと慌てて後ろを振りむくと、少し驚いたような表情の浅間さんがこちらをじっと見ていた。

 

 

「そう、なんですか」

 

「あっ、あぁ。端くれみたいなものだけどね」

 

 

ただ純粋に驚いたような表情の彼女は俺がプロデューサーということにひどく興味を持ったようだった。

シートから背中を離しこちらに顔を近づけてくる。鋭い視線がさらに鋭さを増す。怒っているようにもにらんでいるようにも見える知らなければ思わずそらしてしまうような視線も今の浅間さんを見ていると何か別の意味を含んでるように思えた。

 

 

「もしかして、アイドルに興味があるのか?」

 

「いっ、いえ!そういう・・・わけでは・・・ない・・・こともないんですけど」

 

「そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。浅間さんだって美人なんだから立派なアイドルになれるよ」

 

「びっ、びじ!?私が、そんな・・・」

 

「そんな否定しなくてもいいじゃないか。それで?アイドルになってみたいとか思わない?」

 

 

話していると彼女が見た目に反して可愛く見えてきた。クール系の美人でそれを鋭い目つきが助長しておりその体躯と合わさって冷たい印象を見せる彼女だけど、その中身はひどく純粋で初々しい。1プロデューサーとしていろいろな女の子を見てきた分恐らく間違ってないだろう。

そのころにはもう俺の頭の中には彼女をアイドルにしたいという思いが大きくなっていた。浅間さんが「アイドルになりたい」と言えばその時点でもう事務所に連れて行っただろう。しかし彼女は小さく口を開いた。

 

 

「あの・・・例えば、なんですけど。」

 

「うん?」

 

「顔を・・・いえ、なにかコンプレックスがあって、それがアイドルに向いていないような子がいたら赤羽根さんはプロデューサーとしてどうしますか?」

 

 

それはひどく小さな声だった。

 

 

「コンプレックスかぁ・・・やっぱり一概には何とも言えないけどコンプレックスじゃなくてアイドルになりたいかそうじゃないかが大事なんだと思うよ」

 

「なりたいか・・・ですか?」

 

「うん。コンプレックスっていうぐらいだからやっぱりその子にはアイドルを続けることがつらいことなのかもしれない。だけどその子がアイドルとしてキラキラしたいって思うなら俺はプロデューサーとしてその子を支え続けるし、コンプレックスをどうにかしたいなら全力でサポートする。大事なのはやっぱり気持ちだよ。そして多分俺以外のプロデューサーも同じ気持ちなんじゃないかな。」

 

「気持ち・・・」

 

 

顎に手をやり何か考え込むような仕草をした浅間さんはじっと考え込んでいた。浅間さんには浅間さんの悩みがありそれは恐らく身近な人には相談できなかったんだろう。そういう性格なのか環境なのか定かではないけれど今のこのわずかな時間が恐らく彼女の道に関わるのだと直感で感じた。

 

 

「なら何か別の道があって、だれが見てもそっちに進んだ方がいいのにアイドルになりたいと願うことは間違っているのでしょうか?」

 

「それも同じだ。そっちに進みたい気持ちかアイドルになりたい気持ちか。どっちをとるかはその子しだいだ。」

 

「そちらに進む方が期待されていたとしても?」

 

「ああ」

 

「ステージに、立つことが・・・難しくても?」

 

「ああ」

 

「うじうじ、して。めんどくさい、私でも・・・・なれるでしょうか」

 

「もちろんさ」

 

 

あえて彼女の方は見なかった。後部座席からヒックヒックと小さく聞こえる。

ただ熱中症だった彼女を見つけただけなのになんだか大げさなことになってしまったと思いながらも苦笑いを浮かべながらも、温かい気持ちで胸がいっぱいになる。

 

 

「わた、しのことを。ぷろでゅーさーは、みていて、くれるでしょうか。」

 

 

涙ながらに告げられるその言葉に俺は自信をもって答えた。

 

 

「もちろんだ!なんたってプロデューサーなんだから!」

 

 

しばらく泣き止むことのなかった浅間さんにティッシュを渡しながらこれからのことについて考える。浅間さんの売り出し方や悩みの解決。涙を流すほどのことだよっぽどなんだろう。だけど俺にもプロデューサーとして意地がある。さぁ、これから忙しくなるぞーと手を上にあげ背筋を伸ばした。

 

765プロは今や業界でもかなり有名になっている。新人アイドルを売り出すならやはりそれなりに注目されるだろうからその辺も擦り合わせていかないと。考えることは山積みだが何より浅間さんがどんな彼女になるのかワクワクして仕方がない。

 

浅間さんも落ち着いてきたころにようやく俺は浅間さんのほうに顔を向けた。

 

 

「それじゃぁ一緒に頑張っていこうか。」

 

「えっ?」

 

「・・・えっ?」

 

 

車内に漂う沈黙

 

思わず真顔になる。今まで泣いていたはずの浅間さんも小さく目を見開いて同じく間抜けな顔をしているであろう俺と顔を見合わせた。

 

いやいやいや、まてまてまて流れ的にこのままうちのアイドルになるって感じじゃなかった!?

 

そんな内心の動揺を隠しながら聞いた。

 

 

「え、えっと・・・浅間さんはアイドルに・・・」

 

「は、はい」

 

「あー、うん・・・なら、俺にプロデュースさせてほしい・・・なんて」

 

「赤羽根さんに・・・?」

 

 

不思議そうに尋ねてくる浅間さん。あれ?俺プロデューサーだって伝えたよな。あれ?もしかして伝えてなかったっけ?だとすると今までの話って一体っ!?

しばらく不思議そうな顔をしていた浅間さんも少し考えた後何かに気づいたのかポンッと手を打った後少し申し訳なさそうに口を開いた。

 

 

「もしかして・・・私はスカウトしていただいているのでしょうか?」

 

「んんっ!そうだね、俺は浅間さんを輝かせたい・・・ダメ、かな?」

 

 

そう言った瞬間。浅間さんが俺から視線をサッとそらした。勢いあまってというべきか思わずすごい恥ずかしいセリフを口走ってしまった気がするがもう遅い。俺の顔も熱くなってくるのがわかる。

 

 

「私なんかにそんなことを言ってもらえるのはすごく、うれしいです。」

 

「ならっ」

 

「でも、赤羽根さんにプロデュースしていただくことはできません」

 

 

視線をそらしながらも真剣な声音で紡がれた言葉はそんな言葉だった。思わず顔の熱も引いていく。

浅間さんの顔を見るとそこには何かを決意したような、見つけたような顔をしていた。

 

 

「どうして?」

 

「赤羽根さんの御誘いは勿論うれしいです。でも先に私にこの世界を教えてくれた方が・・・プロデューサーがいるんです。」

 

 

そう浅間さんの口から聞いて納得したと思うのと同時に嫉妬した。彼女をプロデュースできるプロデューサーに。

 

 

「私はプロデューサーの期待に・・・いえ、只傍で見ていてほしいんです。私というアイドルを」

 

 

あぁ、これはダメだ。

 

俺は俺の手で強力なライバルを誕生させてしまったようだ。感覚でわかる、彼女は大成する。なんせ俺が見込んだアイドルだ。

この手で高みに行かせてあげることができないのは残念だがこんな彼女が見込んだプロデューサーだ。彼女をトップアイドルに導いてくれるだろう。

 

 

「そう、か」

 

「はい」

 

「・・・ふられちゃったな」

 

「あ、あのっ!誘っていただいたのは本当に、うれ、しくて!光栄に・・・」

 

 

そんな俺の意地悪な言葉に反応して慌てる姿を見てクスクスと笑みがこぼれる。チラリと時計を見るともう大分遅い時間だ。これは小鳥さんに怒られるなと思いながらシートベルトを締めた。

 

 

「冗談だよ。さて、そろそろ行こう。家はどの辺?」

 

「あっ、えっと。」

 

 

浅間さんに場所を聞き車を走らせる。思ったより遠くなく数分で着いた。

家の前まで着き、浅間さんが降りようとシートベルトを外した時ハッと不意に思いついた。

 

 

「浅間さん。もしよかったらサインくれないかな。」

 

「サイン・・・ですか?」

 

「うん。だめかな?」

 

「私なんかでよければ・・・書き方・・・わかんないですけど」

 

「好きに書いてくれていいよ」

 

 

謙遜した様子の彼女にジャケットのポケットからボールペンと愛用しているスケジュール帳のメモ欄を開いて渡した。

受け取った浅間さんはしばらく手帳とにらめっこした後恐る恐るといった様子でボールペンを走らせ始めた。

 

 

「でき、ました。」

 

 

そう言って帰ってきたスケジュール帳には筆記体で丁寧にAMAGI NAGISAとそう書かれていた。

 

 

「あまぎ・・・なぎさ?」

 

「はい。私のサインです。アイドルとしての私の」

 

「そっか」

 

 

良く分からなかったけれどこの名前は浅間さんにとって大事な名前なんだろう。意味は彼女が活躍すれば自ずとわかるだろう。

スケジュール帳を閉じジャケットに戻す。そして同時に自分の名刺を取り出して裏に連絡先を書く。そしてそれを車から降り窓の外にいる浅間さんにお返しとばかりに手渡した。

 

 

「浅間さん。もし何かあったらこの番号に。」

 

「えっ、でも」

 

「受け取ってくれ。もし君が今のプロデューサーに不満があれば遠慮なく連絡してくれ」

 

「っ!・・・・・・はいっ!今日は本当にありがとうございました!」

 

 

一瞬驚いたような後の彼女の表情は今日見てきた中で一番魅力的だった。

 

車で遠ざかっていく俺にずっと頭を下げ続けて見送った浅間さんの姿が見えなくなったところで俺は思わず事務所に電話を掛けた。

今日あったこの感動を。生まれてくるであろう新星を。その始まりに関わったことを。誰かに話したくて仕方なかったのだ

 

 

 

 

 




駐車違反については優しい世界ということで

運転中電話についてはハンズフリーしてたということでゆるしてつかぁさい


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一歩前へ

あの日以来、結局凪には会えていない。

 

 

会えると言っていたあの木陰の下にも凪はいなかった。

事務所内をそれとなく探してみたこともあったけど見つかることは無く、知り合いの子達に聞いてみてもいい情報は得られなかった。でも凪がここを出入りしていたというのは確かのようだった。

 

どこにいるのかは分からない。けれど凪はいい意味でも悪い意味でも目立つ。それっぽい女の子は見たことがあるって人は346内でもかなり多かった。そして質問を繰り返すうちに私は驚くべきことを知った。

 

〇〇でみた、○○辺りですれ違った。確かに346内にいるはずなのに。聞いた人全員が凪について名前すらも知ってはいなかった。

 

 

どういうこと、凪は事務員じゃないの?

 

 

凪のことを知ろうとすれば知ろうとするほど分からなくなっていく。初めて会ったときからなんか変だとは思ってし事務所で働いているって話もそのまま真に受けたわけではなかったけど。プロデューサーの近くにはいるんだと思ってた。けれどアイドルを始めてからもその姿が一向に見えてこない。

 

あの時、連絡先を交換してなかったのをひどく後悔している。

 

なんで私がまだ数度しか会ったことのない凪に執着しているのか。それは多分彼女という存在にわずかながらでも惹かれたからだろう。惹かれたといっても恋愛とかの感情じゃない。只なんというか、凪のほうが年上なのになんだかそんな気がしないような、前から私の傍にいてくれたような気がしていた。

 

 

そして私は今プロデューサーの部屋に一人で向かっていた。

 

なんで思いつかなかったのか凪はプロデューサーと仲がよさそうだった。なら凪について聞くならプロデューサーに聞くのが一番早かったのにそれを忘れていたというか気づかなかったというべきか。

 

 

「プロデューサーいる?」

 

 

目的の部屋に到着しコンコンとノックをする。中から「はい」といつも聞きなれた渋い声が返ってくる。

「はいるよ」と言いながら中に入るといつものデスクに座りながら作業をしているプロデューサーの姿があった。

 

 

「渋谷さん、どうされました?何か・・・問題でも?」

 

 

私の姿を確認すると作業をやめ、応接用のソファーへと誘導してくれる。時期が時期だし忙しいだろうに邪険にせず対応してくれる。相変わらず顔は不愛想だけれどこういった気づかいは素直にうれしい。

 

対面に座ったプロデューサーに「聞きたいことがあるんだどさ」と切り出した。突然切り出したことに少し驚いた表情をするプロデューサーに畳みかけるように告げる。

 

 

「凪って、いまどうしてるの?」

 

「それは・・・」

 

 

そう聞いた瞬間、プロデューサーが普段するような困った顔をしたのを見逃さなかった。

 

 

「やっぱり何か知ってるんだ。」

 

「・・・そういえば渋谷さんは一度会っていましたね」

 

「うん。アレからここにきて一回だけ会えたけどそれ以来会えてない。っていうか346の人に聞いても誰も素性を知らないってどういう事?名前すら知らない人ばっかだし」

 

「・・・なぎっ、さんについて私からあまり詳しいことを話すことはできません。仕事上彼女が望んでいないことですので。いずれ時が来たら紹介する予定だったのですが・・・」

 

「・・・ふーん」

 

 

違和感のあるつまり方をしながらもそう答えた。プロデューサーの感じを見るに言葉を選んでいるようだった。嘘をついているわけでもなさそうだし。

 

 

「なぎ・・・さんとなにかあったのですか?」

 

「別に・・・何かあったとかそういうわけじゃないけど」

 

 

不思議そうに聞いてくるプロデューサーに少し顔をそらしながら答える。

確かにまだ2回しか会ったことのないだろう人のことを聞いてくるなんてプロデューサーも不思議に思ってるんだろうけど。私も良く分かってないし馬鹿正直に会いたいからなんて恥ずいし・・・。

 

 

「そ、それより!前々から気になってたんだけど凪とプロデューサーの関係ってなに?」

 

「そ、それは・・・」

 

「初めて会ったときは結構気安い感じだったと思ったら346内では全然一緒にいる姿見かけないし。それに・・・」

 

 

それにと言葉を続けようとしたタイミングでデスクに置かれている電話が鳴った。プロデューサーが「すみません」と言い電話を取る。

何だか勢いが削がれ、ソファーに大きく沈み込む。盗み聞くつもりはないが、小さく聞き耳を立てていると内容はいまいちわからなけれどちょこちょこ単語が聞こえてくる。

話している相手はちひろさんのようで、結構慌てているらしい。プロデューサーも困惑しながら落ち着かせようとしている。

 

『トレーニングルーム』『今すぐに』とか聞こえてくるけど誰かのレッスンかな?でもレッスンだけならあのちひろさんがそんなに慌てるとは思えない。

 

何だか大変そうだしさすがに邪魔かなと部屋から出ようと立ち上がったタイミングだった。

 

 

ガシャン

 

 

思わず振り返るとプロデューサーが思わず受話器を取り落とした音だった。そして今まで電話越しだった声が部屋に響き渡る。落とした拍子にスピーカーがオンになったらしい。「大丈夫?」と声を掛けようと近づいた瞬間、そのスピーカーから聞こえてくる声に思わず固まってしまった。

 

 

『武内プロデューサー聞こえていますか。私です、ナギサです。』

 

 

その声を聴いた瞬間。凪だと、思った。だけど告げられた『ナギサ』という名前。ハッと気づいた。どうして気づかなかったんだろうと思うほど簡単なことだ。

 

同じ事務所でも顔を知られていないアイドル『ナギサ』。それと確かに事務所内にはいるのに名前が知られていない『凪』。

 

この二人が同一人物だとしても違和感がない。

 

プロデューサーが慌ててスピーカーをオフにしようとするが、それを私が飛び込んで阻止した。

 

 

『あの話の後数日間悩み、ずっと私はどうすればいいか考えてきました。』

 

 

なにかをしゃべろうとするプロデューサーの口を封じて次の言葉が紡がれるのを待つ。心臓がドクドクとうるさいぐらいに鳴っている。

 

やはりこの声を聴くと思う。耳にスッと入ってくるその声を聴いているとひどく落ち着く。

まだ凪と会ってそれほど長くは経っていない。けれどもその声が耳から離れない。魅了された・・・その表現が正しいのかもしれない。

 

 

『アイドルとしての私。歌手としての私。どちらの方が多くの人が求める私になれるのかと』

 

 

ゆっくり、ゆっくりとかみしめるように言葉は紡がれていく。それはプロデューサーに話すというより自己確認のようだった

 

 

『もともとアイドルが向いていないのは重々承知で飛び込んだつもりでした。・・・ですが実際になってみて自分がアイドルとしていかに覚悟が足りていないのかを理解させられました。』

 

 

『アイドルはステージ上で輝く、星のような存在です。そしてその輝きは多くの人を魅了し笑顔にする。他の子たちはそのステージで自分を存分に輝かせていました。ファンから見られることによって笑顔を届け、ファンを魅せることで幸せにする。そんな関係。』

 

 

凪の独白が続く。言葉の端々から伝わってくるのは自己嫌悪やどうしようもなく燻ぶってしまった憧れ。自分では到底たどり着くことができないという諦念の気持ちが伝わってくる。

 

 

『私はどれだけ自称しても本当の意味でアイドルになることはできなかった。ちっぽけな私はスタートラインに立つことすらできない。私は偽物にしかなれなかったんです』

 

 

プロデューサーの動悸が激しくなり、顔が青ざめていく。それは違うと、今にも言いたそうなのにそれを口にしない。いや、できない。

 

プロデューサーと凪の関係。ここまで聞けば私でもわかる。私、私たちよりも先に出会いプロデュースを始めたアイドルとプロデューサー。

出会いがどんなのだったかは分からないけど、『凪』はプロデューサーと出会って『ナギサ』になった。そしてそのデビューは想像以上にうまくいった。いや、いきすぎてしまった。

 

『ナギサ』のデビュー時期は私たちと比べてもそれほど離れているわけではない。デビューしてすぐにプロデューサーはシンデレラプロジェクトにかかりきりになってしまった。そして一人になった。

 

頼りにすべきプロデューサーはおらず、その特異性から相談できる人もおらず。凪は一人でずっと悩み続けてきたのだろう。

 

そんな環境に追い込んだのは間違いなくプロデューサーだ。もしプロデューサーが傍にいれば凪の口から『自分は偽物』なんて言葉が出ることは無かったかもしれない。だからこそ言えない。

 

 

『ですが、ある人に出会って話して・・・私は決めたんです。はい。だから・・・待ってます。是非、聞きに来てください。私の歌。待ってますから。』

 

 

そう言って電話は切れた。

私はプロデューサーの口をふさいでいた手をゆっくりとはなす。受話器を戻したプロデューサの顔色は真っ青だった。

 

 

「プロデューサー・・・」

 

「分かっていた・・・なんて口が裂けても言えません。確かにナギサさんにはデビューしてからプロデューサーとしてプロデュースすることはほとんどありませんでした。」

 

 

懺悔するように紡がれる言葉。私には二人の間にあるなにかはわからない。だけれど私がプロデューサーに何かを言う事なんてできなかった。

プロデューサーが凪に関われなくなった要因はシンデレラプロジェクトだ。

 

 

「私は・・・甘えていたのでしょう。ナギサ・・・いえ、凪さんに。普段のレッスンや様子からも凪さんなら大丈夫だと。そう思い込んでいたのでしょう。一人の新人アイドルであることを忘れて。私にプロデュースさせてほしいと言ったのにも関わらずっ!」

 

 

その姿を見て私は初めてプロデューサーが感情をあらわにしているのを見た。普段から感情を表に出さないような人だったからこそ余計にプロデューサーが本気で悔やんでいることだけはわかった。だからこそ、こんなところでうだうだとしている暇はない。凪が、待っているといったんだ。

 

うなだれたままのプロデューサーの背中を思いっきりひっぱたく。自分でも驚くほど力を込めてぶん殴った。

 

 

「渋谷さん・・・」

 

「うだうだするのは後。凪が待ってるんだよ。」

 

 

私がそう言うとゆっくりと顔を上げ、歩き始める。顔色はまだ悪いが目には決意の光がともっている。大丈夫ではなさそうだけど大丈夫そうだ。たぶん。

 

歩き始めたプロデューサーに続くようにして歩く私にプロデューサーは困った顔で振り向いた。

 

 

「すみません・・・えっと、渋谷さんは・・・・。」

 

「・・・無理に聞いたのは悪かったけどここまで知っちゃったら最後まで知りたい。部屋には入らないから私も連れてって。いや、連れてってくれなくてもついてくから。」

 

 

そこまで言うと、プロデューサーは諦めたように一つ息を吐いて無言で歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もっとほのぼのしたものを書いてみたいと思う。

今度ポケモンとかかいてみたい

関係ないですけれどヨルシカさんの『パレード』聞きながら書いてました。

※誤字毎度毎度申し訳ないです。報告したくださる方本当にありがとうございます。

※7/5 一部添削


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ここから0から

麗さんが私に連絡をくれた。ナギサさんが来たと。

 

事務所にふらっと現れたナギサさんを麗さんがいち早く確保。そして彼女がトレーニングルームを使いたいというのでそのまま使用許可をだして放り込んだらしい。

 

麗さんもナギサさんとは面識があり事情も把握しているからこそ私に連絡を入れてくれたのだろう。プロデューサーさんに連絡を入れるかどうか迷ったがすぐに入れることはせず私は麗さんにお礼を言い直ぐに部屋を出た。

 

駆け足でトレーニングルームまで行き、その扉の前。開くだけなのになぜかその開けるだけができない。プロデューサーさんになにも言わずに来てしまったはいいもののなんて顔をして会えばいいのだろう。始めの言葉は?話題は?いろんな娘と関わってきたけれどここまで会うのが憂鬱になることは初めてだった。

 

勿論ナギサさんのことを嫌っているわけではない。一緒にライブに行った仲だしこれからアイドルとしてもっと活躍していくだろうし、私もそれを応援している。

 

只事情が事情だけに立ち止まってしまう。

トレーニングルームの前であーうーと右往左往しているとゆっくりとその扉が開いた。

 

 

「ちひろさん・・・扉の前で何してるんですか?」

 

 

おどおどしていた私をよそに眉を少し下げた困ったような表情でナギサさんは扉の開いた隙間から顔をのぞかせ私を見ていた。

 

 

「き、気づいていたんですか!」

 

「そりゃ見えなくてもあれだけうーうー唸ってれば分かりますよ。とりあえず中どうぞ」

 

「は、はいっ!」

 

 

ナギサさんに促されるようにして中に入る。

 

中はまだ何も触られていない状態で隅にナギサさんの荷物が置かれているだけ。そして私を招き入れた彼女の姿を視認したとき、私は思わず声を上げた。

 

 

「ナ、ナギサさんっ!その髪、それに服も!どうしたんですか!?」

 

 

私が見た彼女の姿は最後に会ったあの日よりも確かに変わっていた。

 

目元を隠すようにのばしていた前髪をパッツリと切り自分がコンプレックスだと言っていた目を惜しげもなく晒し、今までパッとしない地味なような服装であった彼女がお嬢様のような白いロングワンピースを身にまとっている。

 

今までの彼女はこんな格好などしなかっただろう。自分を見せるような、いや魅せるようなそんな恰好は好んではいなかった。今まで隠していた瞳もその鋭さの中に確かな温かさを映している。

 

驚いた顔をする私とは対象に彼女はまた少し頬を緩め、眉を下げながら指先でワンピースをつまんで持ち上げた。

 

 

「やっぱり・・・似合いませんか?」

 

「そんなことないです!むしろ似合いすぎてっ!あのっ、えっと、なんて言ったらいいのかわかんないんですけどとにかくすごいです!」

 

 

ふふ、昔気に入って買っちゃった服なんです。と少し頬を染め照れた様子で言うナギサさん。

 

外見はすごいクールなナギサさんのそんな様子に思わず内心で身もだえると、ある違和感が私を襲った。

 

 

(ナギサさんってこんな雰囲気でしたっけ!?)

 

 

今まで見てきた私のナギサさん像は一見クールでありながらその経験から自分をあまり見せたがらず、基本的に誰と話すときでもこんな風に頬を緩めたり気を緩めたりすることはしない人だった。

 

そういった仕草もそうだが隠さなくなった目元や衣服がなお彼女の印象を塗り替えていく。

 

 

「えっと、どうかされましたか?」

 

「い、いえ。だいじょうぶです。」

 

 

突然顔を近づけられたからだろう。思わず挙動不審になってしまった。そしてそんな私を見てナギサさんは何かを察したように顔を曇らせた。

 

そうだ、ナギサさんがいかに前とは違うとは言えまだ問題は何も解決してはいない。

彼女がアイドルとして居続けてくれるのか、歌手の道へと進むのか。彼女がここに来たということはその答えを見つけたのだろう。

 

 

「あの、ナギサさん今日は・・・」

 

「はい。今日プロデューサーに話すつもりです。」

 

 

そう言ったナギサさんは私の目をしっかりと見据えていた。もう覚悟も何もかも終わってあとは前に進むだけ。その目を見て不意にスランプに陥ったアイドルたちが立ち直ったときも同じような目をしていたのを思い出した。

 

 

あぁ、いいなぁ

 

 

私は職業柄そういう場面に出くわすことがそれなりにある。もちろんそのまま折れてしまう娘も多い中、立ち上がった娘のなんと眩いことか。そしてその決定的な場面にいつも立ち会うことができない自分を恨めしく思う。そしてその娘を変えたであろう出来事に感謝する。

 

 

「それならどうしてここに?プロデューサーのところにはまだですよね?」

 

 

だからこそわざわざトレーニングルームに来た理由が分からなかった。

荷物も小さなカバンを一つだけ。今からレッスンするようには見えない。大きなミラーがあるだけで運び込まない限り特に目立ったものはない。

 

ナギサさんは私に背を向け、何かを確かめるようにゆっくりと歩き出した。

 

 

「色々考えたんです。それで色々伝えたいことができたんです。」

 

「私のこと。今までのこと。これからのこと。」

 

「でも私は話すことが得意ではないですし、武内プロデューサーもコミュニケーションが苦手でしょう?」

 

 

クスクスと笑いながら話し続ける。

 

 

「だから私は私の一番自信のあるやり方で伝えようと思うんです。今の私を。そしてこれからの私を。」

 

 

そう言い私の方へと振り返ったナギサさんは『いい笑顔』をしていた。

 

 

その話を聞いたとき私は不思議と納得していた。彼女はそれだけ本気でプロデューサーさんに何かを伝えようとしている。

 

 

「それでは今からプロデューサーさんに?」

 

「はい。一応電話しようと思っていたんです。けれど」

 

 

そう区切ると今度は扉の方へと向かって歩を進め、そしてドアノブに触れたところで彼女は少しはにかんで告げた。

 

 

「ケータイを忘れてしまって、だから今からプロデューサーの部屋まで行こうかと」

 

「ちょぉーっとまってくださいっ!私が内線で掛けますからナギサさんは部屋から出ないでください!」

 

「でも、そうしないと伝えられませんし。」

 

「私が内線で掛けますから!今のナギサさんを自由に歩き回らせるわけにはいかないんですっ!」

 

 

えぇっ!と驚いた様子の彼女の腕を引っ張ってドアから離す。そしてすぐに部屋の内線の受話器を取りプロデューサーさんの部屋番をコールする。

 

未だに納得できていない様子のナギサさんだが、彼女が今の自分がどんな格好をしているのか正確に把握できていないのは間違いない。

これまでは地味目な服装を心掛け、彼女自身も目立つようなことをしなかったからあまり他の娘たちにも認識されずに済んでいるが、もし今のバージョンアップしたナギサさんが見つかるようなことがあればきっと騒ぎになる。タダでさえややこしい立場なのにそんなことをさせるわけにはいかない。

 

電話を掛け、数コールもしないうちにつながった。

 

 

『はい、武内ですが』

 

「プロデューサーさん!詳しいことは後でお話ししますので今はあのトレーニングルームに、今すぐに来れませんか?」

 

『と、突然どうなさったんですか!?』

 

「・・・ナギサさんが来てるんです」

 

『っっ!』

 

 

電話に出たプロデューサーさんに捲し立てるように言うと、思わずプロデューサーさんが息を呑んだのがわかった。私が続けようとした時、いつの間にか私の真後ろまで近づいてきていたナギサさんがそっと受話器を抑えていた私の手に手を重ねると自然な動作で私から受話器を取り、自分の耳に当てた。そして小さく深呼吸をすると「もしもし」と話し出した。

 

 

「武内プロデューサーですか?私ですナギサです」

 

 

そう話し出した彼女はわずかに頬が上がっていた。

 

 

そこから紡がれたのは彼女の苦悩の結晶。

 

アイドルになって彼女がずっと背負い続けてきた、いや私たちが背負わせてしまったもの。そして彼女が思い描いてきたアイドルとしての形。

 

プロデューサーさんに向けて話しているはずなのにそれは一人の独白のようで、一つ一つ彼女が抱えていたものを氷解させるように話していく。

 

アイドルという存在と自分の認識の差。意識の乖離。それを身をもって知ってしまったのだと彼女は語った。

 

そしてその話を聞いているうちに私はハッと思い至ってしまった。

 

 

もしかして、あの時私が安易にライブに連れて行ったのが原因なのかと

 

 

思い出せばあのライブからだった。

でもライブでのナギサさんは私が出会って初めて見た彼女が歌っている以外でのはしゃいでいる瞬間だった。間違いなくあの場は楽しんでくれていたと思う。だけれどあのライブがナギサさんに重荷を背負わせる要因になってしまったのかもしれない。

 

顔が青ざめていくのがわかる。私は気分転換と彼女にアイドルの魅力を知ってもらおうと誘ったライブが結果として彼女を苦しめてしまったのかと

 

今更自分がしてしまったことに頭が真っ白になる。思わず電話している彼女の方へと目を向けると、もう受話器を置くところだった。

 

 

「あ、あの・・・」

 

「ふぅ、ありがとうございますちひろさん。無事に伝えることができました・・・」

 

「い、いえ」

 

 

少し満足げな様子のナギサさんを直視できず、視線をそらしてしまう。本当にライブが原因かは分からない。だけれどもしかしたらという不安が私の心を重くする。

 

サポートしなくてはいけないはずなのにサポートするはずの人間が苦しめていたなんて考えたくもなかった。

 

それでも聞かなくちゃならない。もしそうなら私は今すぐに彼女に謝らないといけない。

私は声を震わせながら口をおずおずと開いた。

 

 

「ナギサさん・・・もしかして、もしかしてですけど・・・私がライブに誘っちゃった事が、ナギサさんを・・・苦しめてしまったんでしょうか?」

 

視線が下がっていく。

目頭が熱くなって、視界がゆがんでくる。恐怖と情けなさが同時に押し寄せてきて胸が苦しくて仕方なかった。

 

 

「気分転換できればと・・・アイドルの魅力を知ってくれればと・・・でも、もし苦しめていたのなら私はっ!「ありがとうございます」・・・え?」

 

 

ナギサさんのそんな言葉に思わず顔を上げた。

視線の先のナギサさんは先ほどの僅かに微笑んだのまま、私をまっすぐに見つめていた。

 

 

「えっ、あ、ありが、とうって・・・?」

 

「私、あのライブに連れて行ってくれたちひろさんには本当に感謝しているんです。確かにあのライブで自分がどれだけダメなのかっていう事は嫌でも理解させられました。でも、あの一瞬は。あのライブの一時は本当に楽しかったんです。自分でも驚くぐらい盛り上がっちゃって、こんなに心が熱くなれるモノがあるって知れて。本当に、本当に楽しかったんです。私もあの場所に立ちたいと思うくらいに。」

 

 

だから

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

そう言ってナギサさんは私の目から零れ落ちそうになっていた涙をポケットから取り出したハンカチでそっと拭ってくれた。

 

もう何を言っていいのかわからないくらいに感極まってしまった私にナギサさんは、それにと続けた。

 

 

「もうそろそろ武内プロデューサーも来ちゃいますから。」

 

 

そう言うのとほぼ同じタイミングでコンコンと控えめな音が扉から鳴った。私は慌てて涙をぬぐい精いっぱいナギサさんにもう大丈夫という意味を込めて笑いかけた。

 

そしてノックから逡巡、ゆっくりと開かれた扉の先から顔を青ざめさせたプロデューサーさんがはいってきた。

 

 

「な、ナギサさん」

 

「はい。武内プロデューサー。」

 

 

二人は見つめあった状態で静止する。

ナギサさんは柔らかい雰囲気のままに、プロデューサーさんは今から断罪される罪人のように、まるで対照的な二人。そんな二人の久し振りの会話はごく穏やかに始まった。

 

ナギサさんは今にも自殺しそうなほど思いつめた様子のプロデューサーさんの姿に困ったような嬉しそうなそんな複雑な表情を浮かべていた。

 

そしてそんな不思議な空気の中。先に口を開いたのはプロデューサーさんだった。

 

 

「色々・・・聞きたいことはあります。話したいこともあります・・・。ですが、まずはこれだけは言わせてください。」

 

 

そう重々しく切り出したプロデューサーさんは泣きそうなほど歪んだ顔をしながらゆっくりと後頭部をナギサさんに向けた。

 

 

「私はナギサさんの担当プロデューサーでありながら、プロデューサーとして何一つ支えてあげることができませんでした。」

 

「シンデレラプロジェクトの忙しさを言い訳に、ナギサさんとかかわる時間が減り、そしてこうなってしまうまで貴女の悩みに、苦しみに気づくことができず。」

 

「私を信じてアイドルになっていただいたのにも関わらず、ただ私がナギサさんに思い描いた理想を押し付けるだけでずっと苦しませてしまいました。」

 

 

本当にすみませんでした。と、ただただプロデューサーさんは頭を上げることなく、罪を懺悔するかのように紡いでいく。

 

 

「謝らないでください。もともと私自身の問題です。こうなってしまったのも私がうじうじしていたから・・・」

 

「ナギサさんは悪くありません!私がプロデューサとしてもっと!」

 

「いえ、結局私はアイドルとして活躍するのは難しかったのでしょう」

 

 

その言葉を聞いてプロデューサーさんは唇をくやしそうに噛みしめた。それは後悔からか無力感からか。

ナギサさんは本当にアイドルをやめてしまうかもしれない。そんな思いが胸中を締める。

 

でも、だからと続けたナギサさんの表情は今までよりもずっと晴れやかだった。

 

 

 

 

「私は武内プロデューサーが思うようなアイドルにはなれません」

 

 

 

 

ナギサさんがはっきりと告げた。アイドルにはなれない、と。

息を呑んだプロデューサーさんと視線を交差させながらナギサさんは続けて口を開いた。

 

 

「ずっとわかっていたことです。私はアイドルとして活躍する娘たちのように応援してくれる人全員の為に歌うことはできません。今までだってずっと自分の為に歌ってきたんです。歌いたいから、聞いてほしいから。私は結局自分自身の為にしか歌えない。」

 

「見てくれる人応援してくれている人全員を思い、全員に笑顔を与え、一緒にライブを作り上げていく。私がステージに立っても同じことは思えない。応援してくれていても、ファンだといっても顔も知らない、名前も知らない人の為にすぐに恐怖を覚えてしまう私が、私の歌を聞いてもらう事なんてできないでしょう。」

 

 

それはナギサさんの心からの想いなんだろう。真剣にアイドルについて考え、真剣にファンについて考えているからこそ出てくる言葉だ。

 

ただ自分がステージに立ちたいや有名になりたいとかそんな俗的な願いではなく。ただ純粋にアイドルとしてライブに来てくれたファンと楽しむことができるのかというファンのことを一番に考えているからこそ出てくる言葉だ。

 

ここまで考えていたからこそナギサさんは『私はアイドルにはなれない』と言ったのだろう。本物を見てしまったからこそその想いは加速した。

 

ファン全員のためにパフォーマンスをする。それは簡単そうに見えて限りなく難しいことだ。誰でも自分と直接関係のない人間に何かをするってことは難しい。それこそアイドルならできて当たり前のことかもしれないがそれがナギサさんにとっては致命的に難しかった。

 

表情を曇らせながら聞いていたプロデューサーにナギサさんは不意に歩み寄った。

そして、その胸にそっと手を置き体を寄せた。

 

突然のその行動に固まるプロデューサーさんをよそにナギサさんは目を閉じ、体をゆだねるようにして続けた。

 

 

「だから・・・だから私は武内さんだけでいいです。貴方の為に・・・歌います。」

 

「えぇ!?」

 

 

ナギサさんがくっついていたのはほんの数秒の事。そっと体を離し、満足げな表情で一歩二歩後ろへ跳ねるようにして距離をとった。

 

 

「こう言うと怒られてしまうかもしれませんが、私はまだ全員の為になんてことはできません。だから今はプロデューサーの為だけに貴方だけのアイドルとして歌っていこうと思います。」

 

「そ、それでは」

 

「はい。それで、いつか私をあのステージの上に立たせてください武内プロデューサー」

 

 

そう言った彼女は今日一番の笑顔で。出会う前の歌を聞いてプロデューサーさんが望んだ彼女の笑顔だった。

 

 

数秒間呆けた後、再起動を果たしたプロデューサーさんが聞いたことは活動を続けていくということでいいのかという事だった。プロデューサーさんは真面目だから今回のことについて重く受け止め、二度と同じ間違いはしないようにするだろうがそれでも犯したことは無くならない。続けることが彼女の本心であるか、それが一番重要だった。

 

そう聞いた彼女は一瞬の迷いもなく「貴方が、いえ貴方しか考えられません。」と返した。それに対して「今度は決して間違えません。貴方はトップアイドルにして見せます」と漢らしく告げるプロデューサーさん。

 

 

って今まで黙ってましたけどナギサさんなんだかプロデューサーさんに近くありません!?

いえ、まぁこの空気に水を差すようなことはしませんけれど・・・結果としてすごくいい結果にまとまったんですけれど釈然としないような・・・。

 

私が一人で悶々としている間にナギサさんはまたプロデューサーさんに近寄っていた。

 

 

「それで、武内プロデューサー、歌を・・・聞いてもらいたいんです」

 

「歌・・・ですか?」

 

「はい。『私の歌』・・・私が初めて誰かのためを思って歌う『これからの歌』を聞いてほしいんです。」

 

 

CDとか持ってきてないのでアカペラになるんですけれど精一杯歌います。と気合を入れるナギサさん。

 

この格好もアイドルっぽいかなって思ってしたんですよ?と言うナギサさんにそう言われてようやく普段と全く違うナギサさんの恰好を視認して固まるプロデューサーさん。

 

そして、『それでは聞いてください』というナギサさんの声と共に奏でられる透き通るようなナギサさんの歌声を背に私はトレーニングルームの外に出た。この歌は私がまだ聞いちゃいけないものだと思ったから。聞きたいという気持ちはあるがそれは後々に取っておこう。そう思った。

 

そしてなぜかわずかに開いた扉を開け外へ出た瞬間、傍に膝を抱えて座る私の良く知る少女がそこにはいた。

 

 

「凛ちゃん!?」

 

「ちひろさんは知ってたんだね」

 

 

何が、とは言わなかった。もう気づいてるんだろう。

凛ちゃんがナギサさん・・・いや凪さんについて並々ならぬ感情を抱いていることはプロデューサーさんから聞いていた。

話したいことや聞きたいことがあるだろうに、その気持ちを押し殺して今の話を聞き続けていたのだろう。

 

 

「ごめんなさい・・・ナギサさんについて話せなくて。」

 

「ううん、私も勝手についてきちゃったし。盗み聞きしたことについてはこんど凪と一緒にステージに立った時に謝るよ。」

 

「それって・・・」

 

 

膝に顔をうずめていた凛ちゃんは、それに、とすくっと立ち上がりまっすぐに今まさにナギサさんが歌っているだろうトレーニングルームを見つめた。そして

 

 

「ファン一号はプロデューサーに譲るけど。ファン二号は私だから」

 

 

といい笑顔でつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやく一区切りといった感じで書き上げることができました。

ここまで相変わらずの誤字、ブレブレな設定、へたくそな文章、長い期間が開いたこともあったりながらもお付き合いしてくださった皆様には本当に感謝しかありません。

一区切りということではありますが、ここからの主人公の活躍も書いていきますのでお付き合いいただける方はぜひ暇つぶしにでもなれば幸いです!


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はじめてのまねーじゃぁ

私の決意を新たに武内プロデューサーに伝えてからそう数日もたたぬうちに私がアイドル部門から歌手部門へと移籍する話は白紙になった。

 

部署を変わるという話は私と江崎部長の問題だと思っていたのだがどうやら346内で結構な問題になっていたようで、私がアイドルを目指すことを決めて直ぐ今西さんが対応してくれたらしい。

 

私が知らないうちにいろいろな人がこの話に関わっていたらしく全て終わった後にこの話を聞いたときには少々面食らってしまった。

 

後日江崎部長が私のところまで直接いらっしゃって軽い謝罪と共に「残念だ」という言葉をこぼしていったことが胸のしこりのように気にしてしまうのは一度でも迷ってしまったからなのだろう。もう迷うことは無い、自分の決めた道を進むだけだが、それでもあの時手を取っていればと考えないことは無い。

それでも私は私なりのアイドルを目指すと決めた。

 

そして本日、私はついにアイドルとして一歩を踏み出す。

場所は会議室、今は私と武内プロデューサーの二人だけだ。

 

「ゔぁーちゃるあいどる・・・ですか?」

 

「はい・・・もともとナギサさんが活動を始められてから計画していたのですが、ネット上が活動の中心となることは幾分初めてですので環境等の準備に時間がかかりまして。」

 

 

話を聞く分に自分の姿とは別の仮想のアバターを投映して見てくれているファンと交流をする。そういった企画。

武内プロデューサー曰く、私が大勢の前に出ることに抵抗感があるのは自分に自信がないことと少なからず不安を覚えているからであり、こういった活動で多くのファンとかかわりを持つことでその抵抗感をなくしていきたい。という意図を持っているらしい。

 

 

「実際にライブを始めてからの企画は歌や質問や只の雑談等検討中ではありますが、基本的にはナギサさんのやりたいもので進めていこうと思っています」

 

「お話は分かりました。元々無理を言ってご迷惑をかけているのは私なので私なりに頑張らせていただきます。ですが・・・」

 

「・・・何か気になるところでもあったのでしょうか?」

 

「えっと、純粋な疑問なのですが。活動中は常に生放送ということですよね?それなら・・・」

 

コンコン

 

 

あまりにも人手が足りないのではないか、そう続けようとした私の言葉を区切るようにして会議室のドアがノックされた。

少し驚きながらも武内プロデューサーを見ると彼は私の内心を察しているかのように力強く頷くと、「はいってください」と促した。

 

 

「しっ、失礼しまっ!」

 

 

緊張しているのが声だけでわかる。勢いよく噛みながらも会議室に入ってきたのは私と同じぐらいかそれより若い女の子だった。

 

女性の中で見ても間違いなく小さいと言える身長にお世辞にも恵まれているとは言えないそのボディライン。

服さえそれっぽく見せたら小学生だと言われてもおかしくないだろうに着られている感満載のスーツが若干大人っぽさをを醸し出していた。

 

じーっと見られているのがこそばゆいのだろう。ドアの前でワタワタと恥ずかしがる様は非常にかわいらしい。

 

思わず見つめ続けていると、武内プロデューサーは一つコホンと小さく咳ばらいをし、少女を傍へ呼び寄せた。

 

 

「紹介します。彼女は田山(あお)。アイドル部門の企画アシスタントを担当している方です。」

 

「は、初めましっ、て!まだ!入社2年目の若輩者ですがっ!頑張りましゅっ!」

 

 

はい?と思わず口に出してしまった私は悪くないと思う。ヒィッという悲鳴を聞いて思わずやってしまったと後悔するも時すでに遅し、ガタガタと震え涙目になりながら武内プロデューサーの背中に引っ込んでしまった。

 

武内プロデューサーの肩越しにこちらをうかがってくる様はどこからどう見ても初めての場所に連れてこられて怖がっている娘とお父さんにしか見えない。

それでもこちらをチラチラと覗いてくる様は小動物。そう、自分の愛想のなさと子の顔のせいで怖がらせてしまっているとわかっているのにも関わらず湧き上がってくる感情。

 

これは、そう、萌えだ。

 

今までネット上でよく目にはする者の理解できなかった感情。その答えがここにある。

 

ずっと眺めていられるがそういえば先ほど彼女は自己紹介で面白いことを言っていた。なんだったか。そう、アイドル部門のお手伝いをしていて、入社2年目・・・入社2年目ぇっ!」

 

 

「はい。田山さんは一昨年アイドル部門に入られた方で、昨年私の下についてもらったことがありまして。」

 

「えっ、いや、あの・・・。すみません、失礼ですがおいくつ・・・なんでしょうか?」

 

 

突然の私の質問に武内プロデューサーは困った表情をしたが、その後ろからおずおずと顔を出した田山さんが肩越しに応えてくれた。

 

 

「こ、今年で24に・・・」

 

 

その言葉を聞いて私は今度こそ言葉を失った。

まさかこんなにかわいらしい女の子が私より年上?そういう個性を持ったアイドルの娘とかじゃなくて?というよりアシスタント?個性が強烈すぎてアイドルやった方がいいと思うんです。

 

呆然としている私をよそに武内プロデューサーは話を続けた。

 

 

「田山さんは様々な企画のアシスタントの経験がありますので彼女をナギサさん専属としてサポートしていていただこうと思いまして。」

 

「専属・・・ですか?」

 

「はい。具体的に言いますとマネージャーのような形になります。」

 

 

マネージャーですか・・・。と小さく零し改めて田山さんを見るがその小さなお姿は庇護欲こそ掻き立てられるが間違っても私の為に何かしてもらおうという気はさらさら起きてこない。

少なからず武内プロデューサーが私の為に選んでくれた方なのだからやはり仕事をする能力は高いのだろう。もちろんアイドル活動が一人ではできないことは承知だし、武内プロデューサーが常に傍にいられないことも分かっている。でも・・・だからといって・・・。

 

 

「ひぃ!」

 

「ナ、ナギサさん・・・突然のことですし、納得いただけないかもしれませんが・・・あまり、その・・・」

 

 

そう言われて私は思わず考え込んでしまっていたことに気づいた。そして思考の中に沈んでいた意識が浮上してくる。すると真っ先に視界に飛び込んできたのは先ほどよりも怯えてしまった田山さんと少しひきつったような表情の武内プロデューサーが目に映った。

 

 

「しょ、初対面だし、未熟者ですし、私のことが気に入らないのは、重々・・・なんですがっ!わた、わたしなりに頑張りますので!どうか・・・どうか、よろしくお願いしますうぅぅぅぅ」

 

 

泣き出した田山さんを見て私は自分が何をしてしまったのか把握した。自分のことは良く分かっていたはずなのに最近こうあからさまにされることがなかったから忘れていた。武内プロデューサーはやはり困ったような顔をしていただけだったが、田山さんは初対面だし私も気づかないうちに怖がらせてしまったのだろう。

 

とりあえず何とか落ち着かせて私が怖くないってことを伝えなければ。

 

そうパニックになりながらも考えた私は何を血迷ったか自分の手を泣きじゃくる田山さんへと伸ばしていた。

 

そして彼女の小さな頭をゆっくりと撫でながらなんとか頭の中に浮かんだ言葉を絞り出した。

 

 

「え、っと。あの、別に気に入らなかったとかそういうわけではなく、て。むしろ、一緒に活動できる人が増えるのは心強いと言いますか、私も人づきあいがうまいわけではないので・・・えと、どうしたらいいか・・・。あの、武内さん・・・」

 

 

撫で続けながら必死に説明していると何とか少しずつ落ち着いてきたはいいものの。ここから先どうしたらいいのかわからなくなった私。武内さんに視線助けを求めるも何故か何か温かい眼差しをこちらに向けているだけ。

そんな表情したことありましたっけ、と言わんばかりの珍しい表情。武内さんの中にどんな感情が生まれているのか分からないが助ける気がないのか助けを求めていることに気づいていないのか・・・

 

そこから田山さんが泣き止んだのはしばらくたってからだった。

 

涙と鼻水で汚れてしまった顔を私のハンカチで拭いてあげ、緊張していた時に握り締めてしまったスーツの皺を軽く伸ばし、泣いたことで赤くなってしまった目元を軽くファンデーションで隠し、撫でてしまった時にすこしぐちゃっとなってしまった髪を櫛で整えてようやくいち段落。

 

そこまでしてすっかり元に戻った田山さんを見て私はなんだか達成感を覚え、彼女に小さく「ありがとうございます」と言ってもらった時には胸の奥から言葉に表せないような温かい気持ちがこみあげてきた。

 

いち段落したのを確認して、武内プロデューサーがコホンと一つ咳払いをした。

 

 

「えー、話が脱線しましたが、田山さんには先ほど伝えた通りナギサさんのマネージャーとして行動してもらいます。ネット上での活動に関しましても一通り伝えてありますので分からないことがあっても問題ないと思いますが、もし何かありましたら私の方に連絡していただければすぐ駆け付けます。」

 

 

分かりました。と返す私に武内プロデューサーは満足そうにうなずくと、座っていた椅子から不意に立ち上がった。

 

突然私たちを置いて歩き出した武内プロデューサーに驚く私と目の前にいた壁が急になくなって驚く田山さんをよそに武内さんはドアを開けこちらを振り返って言った。

 

 

「それでは後はお二人で親睦を深めてください。邪魔者な私はお先にプロデューサールームに戻りますので」

 

 

と言い残して出ていった武内プロデューサー。

 

気を、使ったのか?武内プロデューサーにしてはやっていることがなんだか古いドラマに出てくる主人公の友人キャラみたいな・・・っていう事よりも先ほど泣かせた加害者と泣かせられた被害者の間には深刻な溝が、溝がぁ!

 

という私の心の叫びをよそに部屋のドアがゆっくりとしまった。

 

 

 

 




サブタイトルを考えることが一番嫌いです。。。


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