黄金の獣の廻り者 (征嵐)
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1

 もはやなんで書いたのか分からない。


 白いコートを身に纏い、フードを外した彼女の左目には、十字線(レティクル)じみた模様が浮かび上がっていた。

 

 呼気が空気を白く染め、敵に見つかるのを避ける為か、口元をマスクで隠した彼女の名前は──シモ·ヘイヘ。

 勿論本名ではない。その名を持つ男は、何年も前に死んでいる。だが、しかし、彼女は、白い死神の才能を受け継いでいた。

 

 彼女の持つ超ロングモデルのライフルの銃口は既に私の胸に押し当てられている。この状況で彼女が外すことなんてないだろう。辺り一面はすでに彼女の手中であることを示す銀世界。踵を返して逃げようと、背中を撃たれるビジョンしか見えない。

 

 「お前も廻り者なんだろう? ほら、才能を見せてみろ!!」

 

 彼女が叫ぶ。私の腰に着けた携帯端末は完全に沈黙し、普段であれば未来予知にも近い支援をしてくれる"彼女"の援護は期待できず、ここが目の前の彼女の世界である以上、"偉人の杜"からの増援は無いものと思っていい。そもそも、シモヘイヘ相手に並の増援など無意味。ライフルで穴だらけにされて終わりだ。故に、自力で対処しなくてはならない。ノイマンからのオーダーは1つだけ。"仲間にするから穏便に"。だが戦いを挑んできた以上、穏便には済むまい。よって次善。殺さずに無力化しなくてはならない。

 

 「生憎と、私の攻撃手段は殺傷力が高くてね···まぁ、そういう訳だ。死んでくれるな、死神。」

 「何を···ッッッ!?」

 「卿は撃ち合いがお好みなのだろう? 仲間になれと勧誘に来た身だ。卿の好みに合わせても、彼女は怒らんだろうさ。」

 

 

 我は輝きに焼かれる者。 届かぬ星を追い続ける者。

 

 

 届かぬ故に其は尊く、尊いが故に離れたくない。

 

 

 追おう。追い続けようどこまでも──我は、御身の胸で焼かれたい。

 

 

 逃げ場なき炎の世界。この荘厳なる者を燃やし尽くす──。

 

 

 焦熱世界(Muspellzheimr)·激痛の剣(Laevateinn)

 

 

 ──白銀の世界は、灼熱に飲まれた。しかし、私のいる地点と彼女のいる地点だけは、炎が犯さぬ絶対領域。世界もろとも焼き尽くすのは楽だが──それではつまらぬ。さぁ白い死神よ。その絶技で以て、この私に追い縋ってみせろ!!

 

 私の背後には、私の体躯など遥かに超えるサイズの列車砲が控え、彼女に照準を合わせている。

 

 「さぁ、どうする? 何メートル離れて撃ち合う? 卿が決めたまえ。今や世界の支配権は私にあるが──何度も言うように、私は勧誘に来たのだ。卿に合わせても──」

 「──罰は当たらない、か。く、くくく···300メートルだ。私が離れよう。」

 「あぁ、離れる前に1つだけ···血沸くかね?」

 「あぁ···肉踊るとも!!」

 

 彼女が離れて行く。100メートル···150メートル···200メートル···300メートルに達した瞬間、確かに目で追っていた筈の彼女の姿が掻き消える。窪みに伏せたか、塹壕に飛び込んだか。本来なら、列車砲に対して有効な行動ではない。雪の窪みだろうと、木の板で補強された塹壕であろうと、土嚢の積まれた掩蔽壕であろうと、列車砲が直撃すれば中の兵士もろとも均される。だが、今は違う。彼女を殺す訳にはいかない以上、闇雲に撃つのは得策ではない。ならば何故極大火砲·狩猟の魔王(デア·フライシュッツェ·ザミエル)などという特級の聖遺物を出したのかと問われれば、答えはこうだ。ただ一言、"興が乗った"と。

 

 

 side シモ·ヘイヘ

 

 私が"完全な廻り者"、つまり、輪廻返りが解けなくなってから数日のことだった。私の元に、その男がやってきたのは。才能を何に使うでもなく、ただ退屈極まる日々を過ごしていたら、唐突に目の前にその男が表れたのだ。一人の少女──確か彼は"アインシュタイン"と呼んでいた──を従えて。困惑する私に、彼は「偉人格を集めた組織を作っているのだが、卿にも参加して頂きたい。無論報酬は出るし、休暇もある。」なんて言ってのけた。流石に意味が分からなかったので、「何を言ってるんだ、お前は。」と言ってしまったのだが──それを聞き咎めたのは、彼ではなくアインシュタインだった。「ちょっと、何なのよ、その口の聞き方は。この方を誰だと」云々。どうにも彼女とは馬が合わないらしく、そこから先は売り言葉に買い言葉。気付けば私の世界(フィールド)で戦う流れになっていた。

 

 後悔しているかと問われれば、間髪入れずに頷くだろう。一目見た時点で「私が傅く側(弱者)だ。」と悟らせるほどの覇気を纏う相手に、何が悲しくて一対一の戦いを挑まねばならないのか。アインシュタインさえいなければ、彼の勧誘には即座に跪いて応じたというのに。

 

 ──後悔に浸る暇はない。"勧誘に来た"という言葉を信じて身を隠したが、至近弾でも吹き飛んでしまうような窪み身を伏せただけでは全く安心できない。何しろ相手は列車砲だ。一発撃てば次弾までには時間があるだろうが···その一発を撃たせる方法を考えねば。

 

 side out

 

 

 「ほう。」

 

 カシャン!! と、遠くで微かに音がした、と、そう知覚した時には、すでに服の肩に氷の弾丸が触れていた。だが、氷の弾丸と私の体では、優先度は私にある。不死身(エインフェリア)であり、幾百万の魂を内包する私には、そして、私の命を刈ろうとする弾丸をすら愛する私には、その殺意は届かない。 パァン!! と、音を立てて弾丸が弾ける。服に付いた破片を払い、背後の列車砲へ命令を下す。先程まで彼女のいた位置を凪ぎ払えと。

 

 「Feuer.」

 

 轟音。擬音では到底表せない程の轟音と共に、炎の砲弾が射ち出される。相手も超一流のスナイパーだ。射撃後に同じ位置に留まるような愚は犯すまい。

 

 期待通りに回避していたようで、次は右側から太ももを撃たれた。列車砲の特性状、即座に照準を90°近く変更できないのだが──甘い。聖遺物『極大火砲·狩猟の魔王』の攻撃方法が、ただの射撃だけと思って貰っては困る。

 

 右手を掲げ──振り下ろす。命令に従って、列車砲は()()()()()()()()、先程射撃された位置に火柱を立てた。──おっと、このままではいずれ殺してしまうか。いかんな、"彼女"に怒られてしまう。では──幕引きと行こうか。

 

 

 side シモ·ヘイヘ

 

 なんだ、今のは!? 確かに肩口を撃ち抜いた筈の弾丸は、彼の肩で砕け散ったように見えた。鉛ではなく氷の弾丸とはいえ、貫通力や硬度は普通の弾丸に引けを取らない。あの列車砲といい、不死の才能を持つ偉人か。

 

 彼を回り込むように移動していたとき、先程まで自分がいた位置が完全に焦土と化すのが見え、回りは灼熱の世界だというのに背筋が凍った。

 

 頭を撃ち抜くのも何故か気が引けて、次弾は右足を狙った。だが、全く効いている様子はない。位置取りとしては彼の真横だから、列車砲がこちらを向くにはまだ時間がある。今のうちに後ろに回り込んでおこう。

 

 ──甘かった。移動を終えた時には、またさっきまでいた位置に火柱が上がっていた。それは彼が私の世界を塗り潰した時点である程度予測できていた。ここは最早彼の手中として理解していた。だが──今起きている現象は、なんだ? 彼は虚空に向けて拳打を放ち、そして──世界が割れていく。脳が理解を放棄し、私の世界が完全に壊された──否、終焉を迎えた事で、風景が切り替わっていく。白銀の雪も、紅蓮の焔も、全てが消えていく刹那、『ミズガルズ·ヴォルスング·サガ』と、彼が詠うのが聞こえた気がした。

 

 

 side out

 

 

 「貴方は──何者なんだ。」

 「卿と同じ廻り者だとも。シモ·ヘイヘ。」

 

 双方無傷のまま、彼女の世界に引きずり込まれる前にいた、小さな公園で向かい合って立っていた。隣ではアインシュタインが心配そうにこちらを見ているので、問題ないという事を示す──こともせず、ヘイヘの方に歩み寄る。右手を差し出し、なるべく穏やかな表情を作って問いかける。

 

 「さて──シモ·ヘイヘ。私の勝ちだが···共に来てくれるね?」

 「···。」

 

 彼女は無言のまま私の前に跪き、私の手を取った。

 

 「この身を、どうか貴方の為に。」

 

 

 side シモ·ヘイヘ

 

 彼の所属する組織"偉人の杜"のアジトに連れて来られた私は、それなりに歓迎された。彼と一戦交えた──と、言うよりは一方的に遊ばれただけだったが、それでも、彼に銃口を向けたことは、並み居る偉人たち、特にアインシュタインやノイマンといった女性陣の顰蹙を買ったらしい。が、まぁ仲間になったことや、彼の「ノイマン、卿も初対面の時には私を試すような事をしただろう? あまり新人を虐めてやるな。」という一言で鎮火した。

 

 「ノイマン、彼は──誰なんだ? 彼の才能は、世界を作り変えるものなのか? 或いは、世界を壊す──」

 「彼の才能の、その全貌は私にも分からん。名前から推察できる才能とはかけ離れた、強大な力を持っていることは知っているがな。」

 「そうだ、彼の名前は?」

 

 私が聞いたとき、呆れ顔を見せたのはアインシュタインだった。馬鹿にしたような目の中には、意外にも私への軽蔑や敵意は僅かにしか見えない。それも彼に銃口を向けたことによるものだろう。彼女を支配するのは、ただ彼への崇拝にも近い敬意。

 

 「それを聞かないでここまで来たの? 彼の名前は──」

 

 彼女の言葉に被せるように、アインシュタインの頭に白い手袋で包まれた手が置かれる。腕を隠す黒い軍服を辿って行くと、予想通り、黄金の双貌と目が合った。

 

 「自己紹介くらい、自分でさせてくれ、アインシュタイン。私はラインハルト·ハイドリヒ。その廻り者だ。」

 

 

 

 ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼

 

 

 PERSON vol.01

 

 ラインハルト·ハイドリヒ

 

 所属:偉人の杜

 年齢:??

 前世:ラインハルト·ハイドリヒ(?)

 

 "偉人の杜"において新人の勧誘を率先して行う人物の一人。

 

 纏う雰囲気からか、どんな相手からも尊敬され、畏怖され、憧れられ、惚れられ、と、好意的な印象を持たれる。が、『こいつは強い。だから戦え!!』という流れになることも多い為、勧誘から戦闘に発展するケースも多い。

 

 相手が確固たる自己を築いていないなら、即座にその足元に身を投げ出してしまうケースすらある。ヘイヘの場合は、自分の世界に相手を引きずり込んでしまうほどに確立した自己を持っていた為、逆にアインシュタインに見咎められた。

 

 〔才能〕

 

 ???

 

 




 続かないと思ってくれて構わない。


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2

 side ノイマン

 

 

 「それでハイドリヒ卿、次はどちらへ?」

 

 彼がアインシュタインを呼んだので、私はそう問うた。彼がアインを呼ぶときは、外出するとき以外にない。便利な輸送車扱いだが、彼の役に立てるならそれで十分だろう。羨ましいことこの上ない。私の才能『予測演算』と『電子の王』が彼の役に立つことがないか──私にも、貴方に貢献できることはないか、と、そういう意味を込めて行き先を尋ねる。

 

 「ノイマン。そう畏まる必要は無いと言っているだろう? 卿がこの偉人の杜のリーダーなのだから。それで質問の答えだが···監禁されている少女たちを、助けに行こうと思っているよ。」

 

 被監禁者の救助。偉人の杜の行動理念にも沿う、大義ある行いだ。彼らしいといえば彼らしい。だが、私がこの"杜"のリーダーというのは···確かに、私は創設時からここに居るが、それは彼も同じこと。より統率力のある彼にこそ相応しい役の筈なのだが、彼に「神にも届く先見性を持ち、冷静に現状を見据えられる卿にこそ、組織の長は相応しいよ。」とまで言われてしまえば、それを固辞する方が失礼になってしまう。本当に···狡い人だ。──おっと、あまり思考の海に沈んでいる暇はなかった。

 

 「その被監禁者も、廻り者なのですか?」

 「ちょっと、ノイマン──。」

 

 アインが咎める声を上げた。確かに、絶対者の行いにあれこれ疑問を挟むのは間違っている。だが、私には『予測演算』という才能がある。彼の目的を知っていれば、それを達成する一助になれるかもしれない。

 

 「良い。アインシュタイン。ノイマン、答えはイエスだ──そうだな。卿の力も借り受けよう。通信端末の電源を入れておく。何か不都合が生じるようなら、予め知らせてくれたまえ。」

 「──御意に、ハイドリヒ卿。」

 

 歓喜に震える体を抑えつけ、車椅子の上で身体を折って一礼する。彼が困ったように笑う雰囲気を漂わせ──鍵のかかるような音を残して消えた。

 

 

 side out

 

 

 「ありがとう、アインシュタイン。卿はここに残ってくれたまえ。」

 「え? で、ですがハイドリヒ卿···。いえ、ここでお待ちしております。」

 

 アインシュタインは言い募ろうとしたようだが、取り止めて頭を下げた。彼女に背を向け、一件の民家のインターホンを押す。静かな──と言うには些か静かすぎる住宅街の風景に溶けるその家と違って、黒い軍服に派手な金髪という出で立ちだが──まぁ、気にすることもない。数分置いてもう一度押すと、ようやくドアが開いた。

 

 「はい、どな···た、でしょう、か···?」

 

 ドアを開けたのは一人の男性だ。特筆すべき風貌ではないが···どことなく、気分を害しているように見える。時刻としてはもう夕刻。夕食の準備をしていたのであれば不機嫌になるのも無理はない。まぁ、そうでない事は分かっているが。

 

 「宗教の勧誘とかなら──」

 「ふ、ふふふ···いや、失礼。この格好だと、宗教家に見えるのか。」

 「或いはコスプレイヤーか、ですかね···で、なんです?」

 

 同調したような笑いを顔に貼り付けた男に近づき、耳元で囁く。

 

 「卿のお嬢さん方に合わせて頂きたい。」

 「あぁ? ウチに娘なんて···」

 

 いない、と、男が言い切るより早く、彼の顔面に裏拳を飛ばす。顔を弾かれ、胴体をそのままに首を二回転させた男が倒れる。

 

 「ちょっと、アナタ──ッ!?」

 

 家の奥から妻らしき人間が歩み出てくる。当然、彼女は首の捻れた夫の姿と、下手人たる私の姿を見る訳だが──

 

 「まぁ、卿でもいい。絶対に危害は加えないと誓うし、なんなら警察立ち会いの元でもいいのだが、卿のお嬢さん方に会わせて──」

 「お前が──私の娘たちに余計な事を吹き込んだのか!!」

 

 包丁を持って突進してきた女性の膝を蹴り砕く。衝撃で手から離れた包丁を右手で掴み、男の死骸に向けて投げ棄てる。

 

 「···まぁ、場所は知っているから、案内は不要だがね。」

 

 悶絶する女性を避けて家の奥へ進み、地下へ続く階段を降りる。地下室とは言うが、4畳もない小さな空間だ。真っ暗なそこに、確かな気配を感じる。

 

 「二人とも、元気だったか?」

 「ラインハルト様?」

 「ラインハルト様なの?」

 

 返答が二つ。涙に濡れているというのに、掠れきった声。何日何月何年と泣き続けたのだろう。それだけが、自分達に許された行為だと悟って。何もせずただ発狂するよりは良い対応だと言える。お陰で、こうして助けに来れた。

 

 「以前に、卿らには聞いた事があった筈だ。"ここを出る為に、自分の喉を掻けるか"、と。」

 「姉さんはこう答えた筈よ。"ここを出る為に死んでしまっては意味がないわ"と。」

 「えぇ、そうね。でもラインハルト様、貴方は同じ質問を繰り返すような人ではないでしょう?」

 

 二、三度ここを訪れ、二つ、三つ質問をしただけだと言うのに、随分と私のことを理解している。良し良し···──何回か前に勧誘した偉人の口癖が移ってしまったか?

 

 「君たちの両親を殺した。···いや、母親はまだ死んでいないだろうが、帰りに殺すつもりだ。よって、卿らはここを出る必要がある。ここにいても、最早食料も水も与えられないのだから。」

 「ラインハルト様が、あいつらを?」

 「ラインハルト様が、私たちを解放してくれるの?」

 「そうだ。そして···このナイフで喉を切れば、私の所属する組織に入る資格が得られる。」

 「どのナイフですか?」

 「何も見えません···。」

 

 沈黙。そうだった。私と違い、彼女たちには完全な闇を見通すような眼はないのだった。

 

 「失敬、失念していた···。」

 

 指を鳴らす。合図に反応し、私の足元から金色に光る骨の手が現れ──やはり金色のランプを置いて戻っていった。

 

 「あ···。」

 「え···。」

 

 二人が私の顔を見て目を見開いている。ただ監禁されていただけで、拷問や凌辱の類いは受けていなかったのか、二人とも痩せて疲弊こそしていても、服装や体は綺麗なものだった。いや、一般的に見ればかなり汚いし、服もかなりよれているが、強制収容所よりマシだ。

 

 「以前に言ったと思うが···卿らにこの暗闇以外の風景を見せて閉幕、では、些か後味が悪いんだ。私の──」

 「貴方に従います。ね?」

 「えぇ、姉さん。私たちを──貴方のために。」

 

 いきなり跪かれ、流石に面食らう。が、まぁ、穏便にことが済むならそれに越したことはない。私はナイフ──前世を巡り才能を引き出す『輪廻の枝』を渡すと、その場を去った。

 

 

 side ???&???

 

 

 今までも何度か話した事はあった。この闇の外、幼い頃に何度か見た世界のこと。ジャンプしても届かない、高い天井(そら)。バケツよりも沢山水を湛えた『海』。ここより空気の澄んだ外の世界でも一際空気の綺麗な『森』。姉さんと二人で、いや、ラインハルト様と三人で巡れたら、どんなに楽しいだろうか。

 

 妹と一緒に外の世界に思いを馳せ、眩いばかりの太陽を想って泣くのにも飽きてきたころだった。彼はいきなりここに現れ、自分のお陰で外に出られるとして、卿らは私の下に来てくれるか? とか、 ここから出られるなら、首を掻き切る決意はあるか? とか、益体のないことばかり話して帰っていく。勿論、鍵が閉まっているこの地下室でそんな事はありえない。

 

 

 姉さんと二人で幻聴を聞いているのだと思っていた。でも、今日、その疑念は払拭された。

 

 私の見た男の人といえば、私たちを地下室に閉じ込めたあの男と、昔何回か話した近所のお兄さんくらい。その私のイメージとはかけ離れた、およそ妄想することすら出来ない程に整った顔が、ランプで照らし出されたとき、二人揃って絶句してしまった。

 

 

 そして、今。私達の目の前には小ぶりのナイフが二振り置かれている。

 

 それで喉を裂くことに、躊躇いはない。ここを出て彼の下に行く。その為になら。

 

 

 「喉を裂くくらい、何てことないわ。」

 「えぇ、姉さん。一緒に、あの人の所へ──。」

 

 

 それでもやっぱり怖かったから、姉さんと手を繋いで、

 

 首に当たる刃の冷たさに負けそうになったから、妹と手を繋いで、

 

 

 

 私たちは、首を掻き切った。 ────そして、翼を手に入れた。

 

 

 side out

 

 

 「お帰りなさい、ハイドリヒ卿。」

 「アインシュタインか。待たせたな。ここに来るのも今日で終わり。登録座標から消しても構わん。ご苦労だった。」

 

 アインシュタインが深々と頭を下げたとき、バキバキバキ!! と、背後から凄まじい音がした。アインシュタインが私を庇おうと前に出るのを静止し、口元を歪めながら音のした方向を見る。あの姉妹が、互いに腕を回して腰を抱き、もう片方の手を翼に変えて空を舞っていた。

 

 「すごいわね、姉さん!!」

 「えぇ、ラインハルト様には感謝しないと──ラインハルト様!!」

 「え? どこ?」

 

 遥か上空から、凄まじい速度で急降下してくる二人を見て、アインシュタインがその目に敵意を宿す。が、その腕を掴んで引き留めると、彼女も漸く理解してくれた。

 

 「あの二人が、今回の目的ですか?」

 「そう。空に憧れ、空を手にした偉人の、その廻り者だよ。」

 「まさか、彼女たちは──?」

 「ライト兄弟──いや、ライト姉妹だよ。」

 

 私の胸に文字通り飛び込んできた二人を、私はしっかりと受け止めた。

 




 やりたい事は終わったんだよなぁ···


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3

 本気でやりたいことは終わったから誰か花弁×Dies書いて(はぁと)


 ──気がつくと、首から花弁が舞っていた。

 

 ──不思議と、才能を得たのだと分かった。

 

 ──以前の自分が思い出せないが、些細なことだと思った。

 

 ──自分はこれから、『ラインハルト·ハイドリヒ』として生きていくのだから。

 

 

 ◇

 

 

 ──予想外だった。

 

 ──そんなモノを与えた記憶も、そんなモノを作り出した記憶もない。

 

 ──そもそも、その才能はそんな才能ではない。

 

 だが──面白い。

 

 

 ◇

 

 

 「──私が気付かないとは、卿の才能は暗殺か、或いは隠行か? そのどちらでも無いように思えてならないが。」

 「──いやいや、俺も気付かれるとは思っていなかった。少なくとも、こちらから話し掛けるまで、俺は、君たちにとってただの偶像だからね。」

 

 玉座に掛けたまま、黄金の獣は薄ら笑いを浮かべる。玉座の真後ろで、獣の爪牙たる少女たちが居れば、不敬と断じられ首を落とすであろう位置で、黒ずくめの男は、穴の空いた顔で愉快げに笑う。

 

 「俺は、アラン。アラン·スミシー。」

 「私は──ラインハルト·トリスタン·オイゲン·ハイドリヒ。」

 

 心地よく、黄金の獣は言葉を紡ぐ。頭を痛ませていた既知感は、なぜか感じない。知っているのに忘れているのか、或いは、本当に知らない会話なのか。どちらにせよ──心地いい。

 

 「卿は──廻り者ではあるまい?」

 「あぁ。俺はユーザーじゃくて、クリエイターの側だからね。」

 

 輪廻の枝で首を掻き、命を懸けて才能を得た廻り者が問う。返す男は何者でもなく、何も気負わない。

 

 「何故、こんモノを作り出した?」

 「望まれたからだよ。君たちはいつも、口を開けた雛鳥のように欲しがるばかりだ。」

 

 カランビットナイフのような輪廻の枝。それの柄に開いた輪に指を通して、黄金の獣は退屈そうに弄ぶ。

 

 「そうか。では重ねて問おう。何故、この場に姿を表した? 卿は作り手であって、セールスではなかろう? アフターケアに来たわけでもあるまい。」

 「なに。作った覚え、与えた覚えの無いモノを持つ者がいたからね。様子を見に来たのさ。それが功名か単なるバグか、見極めるために。」

 

 弄んでいた輪廻の枝を、纏う黒い軍服の懐に仕舞い込むと、ラインハルトは長い金髪を靡かせて立ち上がった。

 

 「結果を聞いておこう。」

 「あぁ。君は──」

 

 

 

 「消すべきバグだ。それ以上でも以下でもない。」

 

 

 

 「今頃気づいたようだぞ、カール。」

 

 

 

 

 「なんたる蒙昧、なんたる無知か。物差しの尺度を疑ってはいたが、そこまで矮小とは。あぁ許されよ、獣殿。その相手では、貴方の渇きは癒せない。」

 

 

 

 

 顔のない男は笑みを消し。

 

 黄金の獣は変わらず嗤い。

 

 そして、水銀の蛇は失望する。

 

 

 「やはり、第二のスワスチカは必要か。それに私の分身も。この世界では、女神に捧ぐに値する宝石は生まれ落ちない。この結論も最早何度目か──。」

 

 

 



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4

 誰かdies×花弁書いて(はぁと)


 "罪人軍"旧アジト 洞穴

 

 

 「げ。」

 

 中性的な整った容貌と、黒い軍服。それだけでも目を引く彼は、その瞳に鉤十字を映し出し、同じ意匠の腕章を着けていた。少女のように高い声で。だが少女ならばすべきではない表情で、出すべきではない声を上げた。

 

 「む。」

 

 彼の隣には、長身痩躯の男が佇んでいる。右手に持った──いや、右手そのものである重機関銃が、洞穴に入り込む光を受けて鈍く輝く。彼もまた、隣で玉座に腰掛けている彼のように、不快げな声を漏らす。

 

 二人の視線は同じく、洞穴の入り口に佇む者を見据えていた。

 

 「どうやら、あまり歓迎されていないらしい。お久しぶりですね、閣下。それに"空の魔王"ハンス·ウルリッヒ·ルーデル大佐。」

 「"黄金の獣"···!!」

 「ゲシュタポ長官殿が、このような場所においでとは。いったい何の御用ですかな?」

 「旧友の顔を見に来たまでだ。卿らと事を構えに来た、というのも、それはそれで面白いがね。」

 

 ナチスドイツの総首領、"掌握者"アドルフ·ヒトラー。ドイツ空軍最高のパイロットと名高い、"空の魔王"ハンス·ウルリッヒ·ルーデル。そして、ナチスドイツ秘密警察ゲシュタポ長官にして、彼の死がドイツの敗北を決定付けたとまで言われる、"黄金の獣"ラインハルト·トリスタン·オイゲン·ハイドリヒ。

 

 ナチスドイツを知る者で、知らぬ者はいない三傑が、集結した──集結してしまった。

 

 「はははは···それで、世界制服でもしようってのかい?」

 

 ヒトラーが心底楽しげに、心底の嫌悪感や恐怖を押し込めて笑顔を見せる。ルーデルはただ無言のまま、ラインハルトを見つめていた。

 

 「閣下が未だその夢を諦めていなかったとは、驚きですね。」

 

 傲岸な──いや、獰猛な笑顔を崩さないまま、ラインハルトが心にもない驚きを口にする。

 

 「冗談だよ。今の僕に──僕たちに、もはやその想いはない。」

 「ほう?」

 「僕たちはね──ただ、"死を想って"いるのさ。僕たち罪人が──この世界に居てはならない僕たちが、どうやって最期を迎えるべきか、とね。」

 「ラインハルト。」

 

 ラインハルトがヒトラーの言葉に返すより早く、沈黙を保っていたルーデルが口を開く。黄金の獣の言葉を遮ったのは、後にも先にも二人だけ──彼の親友とも言うべき、未だ見ぬ既知の旧友を含めて三人だけだ。

 

 「奴はどうした? お前の下に居たはずだが。」

 「彼なら、そちらと合流したはずだが? そうですね、閣下?」

 

 "空の魔王"ルーデルと比肩して語られる、鋼の英雄。ラインハルトの総軍の一部と化していた彼は、いまは手中にいない。

 

 「ヴィットマン大尉なら、確かにこちらに居る。呼び出そうか?」

 「いえ、結構です閣下。いまは、まだ早い。」

 「じゃあ、君は一体誰を指して"旧友"と言ったんだ?」

 

 ヒトラーも、ルーデルも。ラインハルトのことを『旧友』とは認識していなかった。それはラインハルトの方も同じだろうが。

 

 「それは──あぁ、来たか。」

 「来たか、じゃねぇよ···待ち草臥れたぜ、ラインハルト。」

 「壮健そうで何よりだ──」

 

 形容するのなら、それは、"影"だろうか。奥行きのない霧じみた『なにか』から滲み出るように、その男は現れた。

 

 彼こそは、全ての廻り者の中で屈指の──否、"武"の才能の頂点であり極致、森羅万象を闘気で支配する才能、『万象儀』を開花させた者。名は──

 

 「──項羽」

 

 




 黒円卓を花弁世界にぶちこんでみたssを書いてみた。ぶっ壊れたからボツ。

 ハイドリヒ卿の能力を持った不完全な廻り者(灰都ヒロイン)ssを書いてみた。いる? いらんな(自己完結)

 練炭をぶちこんでみたssはもはや花弁である必要がなさそうなのでボツ。

 マキナ卿ssは割りと善き。ただキャラを動かしにくいのでボツに。

 ところでベアトリスって素敵な女性だよね!! ってことで戒メインのベアトリスヒロインssを書いてみた。やはり花弁要素が消えたのでボツ。

 ところでマリィってry やはり花弁要素がry

 ところで螢ってry


 誰かdies×花弁書いて(懇願)


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ほんへ
1


 だーれも書いてくれないみたいだから書いた。

 ···はい。まさかの本編です。いやーいつまで続くんだろうなー()


 異様なほど大きく、丸い月。

 つい声が漏れてしまいそうに近い、満月。

 辺りが普段の倍は明るく照らし出されると、自然、日付の変わりそうな時間帯でも気が高ぶる。遅めの散歩や、敢えて遠回りしての帰路に出る者も少なくないだろう。

 

 駅前の塾二つをハシゴした少年、扇寺東耶もその一人だった。彼は疲労感と無力感に覆われながら、時折空を見上げつつ、家までの最短ルートを迂回して歩いていた。

 近所の川の上を通る高架、その下を通りかかったとき、彼の足が止まる。

 高架下は、煌々と照らされた辺りと反比例するように、その闇を濃くしている。その闇の奥で、神経を逆撫でする湿った音がする。打撲とも刺突とも違う、ダイレクトに生命の根幹へ不快感と根元的な恐怖を叩き込む音──咀嚼音が。

 

 「え···?」

 

 東耶が漏らした声は、捕食者には届いていないようだ。途絶えることなく、肉を裂き骨を噛み砕く、食事の音が聞こえている。よほど大きな獲物を食っているのだろう、辺りに撒き散らされた血痕は、どう見ても人間一人分以上はあった。

 

 だが、この都会のど真ん中に、そんな動物が居るものか? 最低でも鹿くらいのサイズがなくては、こんな無残な血の撒き散らし方をして死ぬことはないだろう。そして鹿をこの出血量で殺せる動物と言えば。

 

 「熊、とか?」

 

 それこそ、この都会のど真ん中に? という話だ。深夜とはいえ車通りはあるし──と、東耶はそこまで考えて、少し離れたところで停車している一台の車が目に入った。高架の太い柱の陰に停まった、特徴的な、見間違えようのない車。子供に人気のあの車。上にランプが付いている、タクシーじゃない方の車。···というか、パトカーである。

 

 だが、パトカーといえば白黒のボディに赤いランプが目印だ。

 

 断じて、ボディまで赤ではない。

 

 「···っ!?」

 

 パトカーが血塗れになっていて、中は無人。飛び散った大量の──人間一人では足りない血液。謎の捕食者。

 

 Q,そいつは、何を喰っている?

 

 「···?」

 

 その問の答えに辿り着くのに、何秒も掛からない。だが、その答えに辿り着くより早く、東耶は違和感を覚えた。

 

 静寂。

 

 先ほどまであれほど嫌悪感を想起させた水音が、いまはぴったりと途絶えていた。残るのは空の大穴のごとき満月に相応しい、静かな夜の帳のみ。

 

 そのいっそ気味が悪い無音を破る足音が聞こえ、東耶は咄嗟に柱の陰に身を隠した。

 

 (捕食者か!? ···足音が複数ある、不味いな。逃げられるか?)

 

 河原の石を踏み締める、複数の足音。それは、人間の歩行に伴うそれと近く──加えて、複数の人間の話し声まで聞こえてきた。

 

 (人? ···助かった。)

 

 複数の人間の接近に、捕食者が気づいたのだろう。相手が複数と知り、そいつも逃げ──待て待て。それはおかしい。

 

 (警察だって複数人で行動してるはず。それも拳銃だけとはいえ武装してる···それを喰っておいて、なんで逃げる? 僕の勘違いか? ···そうだよな、警官が食われるとか、そもそも人間を食う動物なんて──)

 

 パトカーの陰から、東耶が塾の帰りに何度か見たことのある三人組が顔を出す。東耶が必死に理論武装という名の現実逃避をする間にも、三人組は血塗れのパトカーに近付き、写真を撮って騒いでいる。そこそこ距離のある東耶のところまで、ヤバイだの事件だのと聞こえるくらいの大声で。あれだけ騒がれたら、動物もビビって逃げるだろう。

 

 東耶が願望混じりにそう結論し、踵を返したときだった。

 

 咀嚼音。

 

 背後から聞こえたそれに、咄嗟に振り返り──悲鳴を上げて食い散らかされる、三人組が見えた。

 

 「な、ぁ······!?」

 

 驚愕のあまり、喉が悲鳴を放棄する。

 

 人を、()()()()()()()

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 「──彼に相違ないな、ノイマン。」

 

 全面を無数の液晶ディスプレイが多い尽くす、だだっ広い空間。そこかしこに落書きが散見される、殺風景な場所。そこに、聞くだけで頭を垂れるほどの威厳と、即座にその身を捧げたくなるほどの愛が籠った声が響く。敵意の一欠片も、誇示の響きの一片もないのに、視線を吸い寄せる声が。

 

 「は。相違ございません、ハイドリヒ卿。」

 

 返すのは、車椅子に掛けたまま、片手を胸に当て頭を垂れる異形の少女。異形とは言ったものの、その容貌は非常に整っており、幼く小さな体が成熟すれば、いや、10台前半であろう今既に、魔性の輝きを持っていた。では何が彼女を人外と見做させるのかと言えば、頭部。流れるような銀髪を裂いて生える、二本の角だ。左側のそれには、小さなディスプレイが取り付けられている。

 

 彼女の他にも何人かが、ディスプレイが積まれ、普通より三段高い場所に据えられた玉座に、そこに座る男に跪いていた。

 

 髪と同じ、黄金の玉座。背もたれに奇怪な──ルーン文字と呼ばれる紋様が刻まれたそれは、ノイマンが掛ける普通の車椅子とは違い、なんの美術的見識が無くとも感動を呼ぶ、見事としか言い様のない威容を持っていた。

 

 しかし、そこに座す男が放つ覇気は、椅子がもつ無機質なそれとは比較にならないほどの熱気を、生気を、そして威圧感を持っている。なみの人間であれば、即座に自死を選びかねないほどに。ただ傅き服従を示す彼女たちは、ある種の異常とすら言えた。

 

 「ハイドリヒ卿、私は──反対です。」

 

 その異常から、さらなる異常が生まれる。

 

 ノイマンが発した、ただの一言。だがその一言は、絶対者への反駁。首が飛ぶか、心臓だけが体外に飛び出るか。そうなっても不思議はない態度に、彼女に並んで跪づく者の数名が殺気と呼んで差し支えない怒気を発する。残る者も殆どが、微動だにしなかった服従の姿勢を僅かに揺るがせた。

 

 「良い。──故を聞こう、ノイマン。」

 

 その殺気を一言で抑え、黄金の男が玉座に背を預けて問う。頬杖をついた口元は、微かに愉悦に歪んでいる。それに気付くのは、直接問われた──顔を上げることを許可されたノイマン一人。その事実に喜びを覚え、それを抑え込んで彼女は答える。

 

 「確かに彼──扇寺東耶は()の弟ではありますが、彼が廻り者かどうか、その資格があるかどうかは未知。不確定要素のために、御身を危険に晒すわけにはいきません。」

 

 絶対者への異。黄金の視線に射抜かれ、つい伏せそうになる、透けるような銀色の瞳を固定する。

 

 「未知、か。···素晴らしいことだ。」

 

 ノイマンはその呟きを聞き取れず、謝罪と共に慈悲を乞おうと口を開く。だがそれよりも、黄金の獣が嗤う方が早い。

 

 「私があの程度の相手に遅れを取ることなどありはしない。それに···未知とは、誰も知らないからこそ未知なのだよ、ノイマン。」

 「···は。」

 

 要領を得ない、詩のような答え。彼がこの手のことを口にしたとき、その意はどうあっても覆らないことを、ノイマンは経験的に知っていた。

 

 そもそも、絶対者の意を覆そうとすることが誤りだと、ノイマンは重ねて自分に言い聞かせ、頭を垂れる。

 

 「申し訳ございませんでした、ハイドリヒ卿。なんなりと罰を。そして、その意のために我が身をお使いください。」

 「良い、許そう。──では、出立する。」

 

 金の瞳が動き、右側のディスプレイの殆どを使って写し出される映像を見る。ちょうど、黒髪黒目の少年が、灰髪灰目の少女に、食人鬼の魔手から助け出されるところだった。

 

 「城は出さん。アイン、任せる。」

 「はっ。」

 

 隠しきれない歓喜を浮かべた、銀髪の女性が歩み出る。跪づき続けていた疲労を感じさせない軽やかな足取りで玉座の下まで進むと、立ったまま頭を下げた。

 

 金の長髪を靡かせ、黒い軍服を翻しながら、そこまで男が歩き──鍵のかかるような音を立てて、二人の姿が掻き消えた。

 

 

 ◇

 

 

 

 

 (人が人を食べてる。うん、間違いない。···通報して逃げるか。今なら()も三つあるし)

 

 そんな、異常なほど冷静な思考が、東耶の脳裏に浮かぶ。即座の逃走に出なかった理由は、東耶自身にも分からない。恐怖に竦んだ、それだけではない気がする。驚愕、でもない。興奮、近い。けれど、もっと別の──

 

 「──嫉妬。アレを見て妬める奴は、才を掴めるよ。」

 

 背後から聞いたことのある、前兆の全くなかった声がして、東耶は驚愕と共に振り向いた。

 

 「灰都、さん?」

 「よっ、さっきぶり。」

 

 軽薄に片手を上げて応じる、灰髪灰目の少女。見えていない訳がない惨状を前に、整った容貌には笑みしか浮かんでいない。

 

 「おーおー、やってるやってる。ノイマンの予測通り···あれ? ノイマン? のいまーん···集合掛かったのかな。行きたかった···」

 

 血溜まりで食事に勤しむ人影を見て感心を、携帯電話を振って困惑と落胆を。ころころと端正な顔立ちを動かし、いつもと変わらず振る舞う灰都。

 

 灰都=ルオ=ブフェット。東耶と同じクラスの高校生だ。一見して分かる荷物は竹刀袋と携帯電話だけで、パーカーの下には年相応の華奢な身体が包まれている。だが侮るなかれ。彼女は剣道特待生として入学し、圧倒的な強さでその剣道部を瞬く間に廃部に追い込んだ──らしい。

 

 だが、拳銃で武装した警官も喰ったであろう食人鬼相手に、剣道が強いだけの女子高生がどうこうできる訳もない。東耶はそう判断し、無造作に食事場へ歩き出す灰都の腕を掴む。

 

 「灰都さん、逃げましょう。アレは──」

 「ん? なに、心配してくれんの? ダイジョブダイジョブ!」

 

 ぐっ、と、サムズアップする灰都。

 訳がわからない顔をする東耶。

 

 そして──

 

 「おや、お久しぶりですね。灰都さん。」

 

 それに気付き、にこやかに笑う──口元に、その服に、腕に、掛けられたナプキンに、手にした鉈に、べったりと血液と内臓と肉片と体液を、獲物の残骸を、食事の残りという意味での残飯を飛び散らせた、食人鬼。

 

 「ちょっとばかしやり過ぎたな、フィッシュ。」

 

 表面上はにこやかに殺気を撒き散らす食人鬼と、本当になんの気負いもなく接する灰都。

 

 東耶の目から見ればどちらも異常だったが、より嫌悪感を掻き立てるのは前者で、より恐怖を掻き立てるのは、へらへらと笑い続ける灰都だった。

 

 「やり過ぎた、ですか。私は才能に従っているだけなのですが···」

 

 才能に、従う。

 

 意味が通じない言葉に首を捻るのは東耶一人。灰都は肩を竦めて苦笑するだけだ。

 

 「悪いものがあるとすれば···()()()()()でしょうかね。とはいえ感謝していますよ、貴女には。」

 

 食人鬼──フィッシュがそう言って笑う。灰都はその笑顔を見て少し眉をひそめ、続く言葉を待った。

 

 「感謝のしるしに──貴方たちを、料理して差し上げます。」

 

 獰猛に。肉食獣のように。フィッシュに対しては、どちらも比喩でもなんでもない文字通りの形容となってしまう笑みを浮かべて、食人鬼が鉈を振りかぶる。殺気というには野性的すぎる空気を撒き散らして、フィッシュが灰都を見据え──その視線を浴びてなお、灰色の瞳は苦笑を湛えたままだ。

 

 「ま、いいけどさ。コイツは部外者だし、放っとけよ?」

 「ふむ────」

 

 灰都が東耶を指して言うと、フィッシュも一考する姿勢を取る。

 

 (い、意外と交渉の余地が······え?)

 

 瞬き一つ。

 

 東耶がコンマ以下数秒だけ目を離した食人鬼の薄ら笑い。それが、東耶の肩に手をかけて迫っていた。

 

 振り上がる鉈。月光を反射させる死が袈裟斬りに振り下ろされ──

 

 

 「···おや?」

 

 

 地面を抉って終わる。

 

 フィッシュは二つの餌が顎から逃げた事実を知覚し、落胆のため息をついた。

 

 

 

 



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2

 「ぷぷぷ、分かりやすい奴。こりゃノイマンの予測も要らなかったかな。」

 「これは夢か幻覚か随分ファンタジックな幻覚じゃないか疲れすぎだぞというか幻覚の中で大して接点のない灰都さんに助けられるなんて何がどうなってるんだ潜在意識か···」

 

 フィッシュから距離を取り──と言っても柱の反対側に回っただけだが──一息つく二人。

 灰都はへらへらした笑いを崩さず、東耶は現実からの逃避を始めている。警官数人と野次馬三人を喰らった異常者の存在を、その残飯が産み出した血と臓物の池を、その鮮烈な色と臭気の全てを『幻覚』の一言で済ませようとする東耶に、灰都は苦笑を向けた。

 

 「確かに信じられないのは分かるけどさ。···けど、東耶にとっちゃ、この光景は現実の方が良いだろ? なんせ──」

 

 思わせ振りに言葉を切った灰都に、東耶は伏せていた視線を当てる。

 

 灰都は、もう軽薄な笑いを浮かべていなかった。代わりにその整った容貌を満たす──獰猛な笑み。フィッシュのそれが肉食獣のものならば、彼女のそれは猛禽類のもの。研ぎ澄まされた、一方的な狩人が放つ覇気を纏う、笑顔。

 

 

 「──()()()()()()()()()なんだから。」

 

 

 東耶の思考に空白が生まれる。

 才能。

 東耶が幼い頃から渇望していたもの。それを得るチャンス?

 

 「灰都さ──」

 「──おや、そこにおいででしたか。」

 

 東耶が詰問するより早く、感情の薄い声が届く。

 その声に含まれているはずだった感情をすべて食欲に置換した、食人鬼の声が。

 

 「百聞は一見に如かず。見てな東耶──」

 

 灰都は竹刀袋のポケットを漁り、手のひらより少し大きい程度の刃物を取り出す。

 全体的に湾曲したデザインで、グリップに輪のついた、カランビットナイフに近いそれ。

 彼女はその刃を徐に白い首筋へと当て──一息に、その腕を引いた。

 

 「──っっっ!?」

 

 噴き上がる血飛沫の色と臭い。

 致死の一閃を最後に脱力しきった体。

 冷たくなっていくその温度。

 

 「灰都さん!? 灰都さん!!」

 

 喉を血管も気道もいっしょくたに切り裂いたのだ。落命は確実。せめてその命を長らえさせるのが救いかも分からぬまま、東耶は灰都の喉を圧迫した。

 その手を濡らす、熱い血潮が。弱い鼓動が。止まり、止ま──?

 

 「血が、出てない?」

 

 大口を開けた喉の傷から、呼気と共に漏れる──というより、流れ出す、赤い、赤い、()()

 困惑し硬直する東耶。

 意識を失ったまま、東耶の腕に抱かれて首から花弁を散らす灰都。

 そして、その二人を纏めて、前言通りに料理しようと大鉈を振り上げる食人鬼がいて。

 

 「しまっ──!?」

 

 東耶が振り返るタイミングでは、もう間に合わない。

 銀色が煌めき、一太刀で二人を切り裂く。

 

 

 

 その処断の刃の軌道に、腕が掲げられる。

 咄嗟に灰都を庇うように覆い被さった東耶には見えない位置で、彼の脇を通って伸びた細腕が指の二本で大鉈を止めた。 

 

 「灰都、さん···?」

 

 たたらを踏んで下がる食人鬼を捨て置き、灰都は口元を歪めながら立ち上がる。その動きは遅々としているが、寝た姿勢からの一連の所作には隙というものがまるで無かった。

 

 「これが輪廻返りだよ、東耶──『首刈り』『腹削ぎ』。」

 

 灰都が首を傾げて振り返りながら、両手に何処からともなく刀を喚び出した。

 その不穏な銘に似合いの、人の骨じみた業物を、二振り。

 

 「宮本武蔵玄信──推して参る。」

 

 白と黒。

 対の妖刀の切っ先を食人鬼へ向けた据え、稀代の剣豪を名乗る少女が笑う。

 

 

 「···なんちゃって!」

 

 

 「···は?」

 「···はい?」

 

 決め台詞を吐いた五秒後、灰都は軽薄な笑顔を浮かべて刀を下ろした。

 東耶とフィッシュ、その両方が異口同音に困惑を漏らす。

 

 「や、この流れで私の才能とか見せつけて東耶を勧誘···ってつもりだったんだけどね。ちょっと状況が変わった。」

 

 照れ混じりに頭を掻きながら、黒く染まっている長髪を揺らす灰都。

 その視線はフィッシュではなく、その後ろに据えられており、フィッシュが困惑しつつ振り向く。

 瞬間。

 鍵のかかるような金属音と共に、フィッシュの十歩ほど後ろ、誰も居なかったはずの場所へと、一組の男女が現れた。

 

 「っっ!?」

 「なんっ!?」

 

 どちらも面識はない、銀髪の女と金髪の男。

 前者は、率直に美人という評価が浮かぶだろう。パンツに包まれた細い脚も、鋭く眇められた銀色の双眸も、全てのパーツが見事に調和している。胸が平···無···小さ···人並みより少し残念なことも、人によっては美点と思えるだろう。

 だが、後者──男の方は、一言で言って()()だった。

 190センチはあろうかという長身も、背中まで伸ばされた見事な金髪も、その色に同じ双眸も、適度に鍛えられ引き締まった筋肉を包む黒い軍服も、その全てが単一で膨大な存在感を放っている。そして、その全てを統合しても上回るであろう存在感と覇気を、男自身が放っていた。

 

 「──?」

 「っぁ──!?」

 

 東耶が疑問を、フィッシュが疑問と恐怖を覚える。

 二人が抱いた疑問は、自分の視界に由来するものだ。なんせ、今まで呆然と見つめていた男が、急に視界から消えたのだから。

 数瞬を置いて、東耶が気づく。

 消えたのではなく、自分が視線を反らした──否、跪き、頭を垂れているのだと。

 男が放つ覇気か、あるいは存在感、圧迫感。生命体として上位の者に、存在として上位のモノに、二人は自然と恭順の姿勢を示していた。距離のある東耶が跪き、近いフィッシュが土下座し叩頭するという違いはあるが。

 

 「──お手を煩わせて申し訳ありません、ハイドリヒ卿。」

 「っ!?」

 

 東耶とフィッシュの間、未だ立っていた灰都が自分の意思で跪き、普段の振る舞いからは想像もつかない慇懃さで謝罪を口にした。

 

 「構わんよ。アルバート=フィッシュの廻り者はこちらで処分する。卿は──東耶と言ったか。友人に説明なり勧誘なりをするがいい。」

 「はっ。」

 「ハイドリヒ卿···ゲシュタポの···?」

 

 東耶は、灰都が男を指して呼んだ名前を知っていた。

 ラインハルト=トリスタン=オイゲン=ハイドリヒ。ナチスドイツの秘密警察、悪名高きゲシュタポの長。かのヒトラーすら彼を恐れたという、黄金の獣。

 だが──だが、言ってしまえばその程度の人間だ。最期は連合軍による暗殺だとか。殺せば死ぬ人間であり、東耶と同じ人間だ。

 なのに何故、体の震えが止まらない。

 どうして、折れた膝が、垂れた頭が、畏怖し恐怖し感嘆し恭順する心が、何故思い通りにならない。

 

 「如何にも、私はラインハルト=ハイドリヒ中将だ。尤も、この階級は過去のものだがね。」

 

 苦笑、なのだろうか。

 口元を伺うことはできないが、声には笑みの要素が含まれていた。

 

 「ハイドリヒ卿、罪人の処罰など──」

 「アイン。東耶も知る通り私はゲシュタポの長官だ。咎人を裁くのも職務のうち、それに──アレでは私を害せんよ。」

 

 東耶は頭を垂れたまま、叫び出しそうな自分を懸命に制した。

 かなり鍛えられてはいるが、見た限り非武装で、あの大鉈を振るう殺人鬼に相対するなど愚の骨頂ではないか。

 

 ──そう、なるだろう。普通は。

 

 東耶は疑問も恐怖も、その一切を感じていない。

 心中を埋めるのは、ただ一つの暖かな情動──安堵。

 

 勝った。

 

 東耶はそう信じ切っていた。

 

 



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