東方魂恋録 The Second Existed (狼々)
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プロローグ
Sora has come to.


どうも、狼々です!

初めましての方は、初めてなのにありがとうございます!
前作をご覧の方へ、待たせたな!
約半年の間、ずっと二期の構想を練り続けました。

書き溜めこそないものの、ストーリーに関してはバッチリです。
一期よりも、わくわくした展開になるとは思います。

さて、初見さんの方々へ。
あらすじにも書いています通り、この話から見ていただいて全然問題はありません。
ただ、私が説明を忘れていて、いつの間にか知らない要素が! という時は教えていただけると助かります。
次話で、それとなく解説を入れていきますので。

長くはなりましたが、それでは、本編どうぞ!


 あれから、どれほどの時はすれ違っただろうか。

 

 幻想郷を襲った、幻獣達とそれらを使役するアイデアライズの三人。

 彼らから幻想郷を守りきった、あの日から。

 最後に馴染み深い刀を手に取り、そして以来、握ることがなくなった、あの日から。

 

 ――ちょうど二年、だろうか。

 幻想入りと同じ高校の制服で、外の世界に帰還したのは。

 

 俺の「英雄譚」が始まった幻想入りの日も、こんな桜舞う季節だったか。

 テストの結果を嫉妬され、少し陰口や皮肉を言われただけで内心怒りを覚えていたのが、何とも懐かしく思える。

 それと同時に、まだまだ子供だった自分に、笑いを漏らしつつ呆れていた。

 

「社会復帰、ねぇ」

 

 幻想入りを果たした当初は、確かに俺は高校生、新藤(しんどう) (そら)をやっていた。

 しかしながらそれは当時の話で、幻想郷で数年、さらに外の世界に戻って二年が経った今、俺はれっきとした二十代なわけだ。

 

 高校は二年生で幻想入りしたので、取り敢えず三年の勉強はしていないわけで。

 大変、の一言に尽きた。この言葉以外が不要に思えてくる。

 新しい内容に加え、幻想郷にいた数年のブランクを取り戻さなければならなかったのだ。

 刀の代わりに持ったペンの感覚は、本当に久しかったのを強く覚えている。

 

 今は外の世界に帰ってから二年が経った春。

 今年は大学を受験する予定だが、二年で仕上げるというのも中々ハードな話だ。

 だが、いつまでも先送りにするわけにいかない。

 

 俺は小学生――六歳の頃。

 親に駅で捨てられ、親戚に引き取られた。

 あまり親戚の方々に迷惑をかけるわけにもいかず、勉強に勉強を重ね、学業特待生として高校に入学したのだ。

 

 早いところ職に就き、自立しなければならない。

 一人暮らしはしているものの、今でも変わらず金銭的な援助はしてもらっている状況なので、長くこれを続けるわけにもいかず。

 あと一年、もう一年と勉強を悠々としている時間はないわけだ。

 

「……買い物行くか」

 

 自炊はできるが、昼はコンビニで軽く済ませるのが一番。

 そう考えて、週に三回はこの食生活を送っているのだが、大丈夫、だよな?

 調理時間を考慮すると、どうしても時間が惜しいと思ってしまう自分がいる。

 

 黒主体の春物の服装を簡単に整え、扉を開けた。

 快晴中の快晴。隠しきれない肌に刺さる陽の暑さは、初春とはまるで思えない。

 温暖化などの影響は、幻想郷には一切なかったっけか。

 

 懐かしみ、数歩を歩いたその時。

 

「引きこもりってわけじゃなさそうね。勉強お疲れ様」

「……はい?」

 

 どこかで聞き覚えのある声。

 女性独特の高い声に、大人の余裕が混ざった声。

 裏に隠されたものが沢山ありそうな、不思議な声。

 

「……(ゆかり)、か?」

「あら、覚えてくれてたのね。私、喜んじゃうわ」

 

 大量の目が垣間見える、空間の裂け目――「スキマ」から上半身を出した彼女、八雲(やくも) 紫。

『境界を操る程度の能力』を持つ彼女独自の出現方法。

 突如として空間に現れ、悠々と、それが当たり前であるかのように話していた。

 

「久しいな! また会えて嬉しいよ」

「えぇ、私もよ。ただ、今はそんな場合じゃないわ」

 

 彼女の顔には、笑みという(たぐい)の表情が欠片も存在しなかった。

 真剣な眼差しで俺を正面から見つめる姿は、重苦しいの一言だ。

 

()()()()()()()()わ。現在進行系で、ね」

「行くぞ。連れていけ」

 

 正直、幾許(いくばく)かの予想はついていた。

 俺は外の世界に帰還してから今に至るまで、一回たりとも幻想郷の住人と顔を合わせていない。

 この世界に戻る時にも紫から、幻想郷に関して一切の口外を禁止された。

 と同時に、今後それを破らないと約束もしている。

 

 では、何故、どうして今になって「スキマ妖怪」である彼女と対談する機会が巡ったのか。

 それは、幻想郷の危機に他ならないだろう。

 幻獣との戦闘で功績を残し、『英雄』と称えられた俺を個人で呼び出すのにも納得がいく。

 

「本当に助かるわ。じゃあ、()()()繋げるわね」

「――はぁ?」

 

 真上、という言葉に疑問を感じたその瞬間。

 

 コンクリートの地面がスキマへと変化。

 紫の境界を上からくぐり抜け――遥か上空で、自分の体の自由落下が始まった。




ありがとうございました!

今回は短めですが、次回からはこれの倍くらいの長さになります。
プロローグ、物語の導入ということで、短くなりました。
これで次回の投稿まで間が空くのもどうかと思いますので、後日、次話を上げます。

一期を見ていない方を考慮して、多少設定に関してが説明的になりました。
この話でも、これからの話でもそうなるでしょうが、ご了承ください。

二期のタイトルなのですが、サブタイがThe Second Existed――存在した二番目、ということで。
一期ではなかった、様々な『二番目』が登場するので、このサブタイにしました。
次回から、早速本格的に書きます。戦闘もありますよ!

ではでは!


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第一章 二代目
風切(かざきり)


どうも、狼々です!

二話目です。
早速、戦闘の要素が入ります。

一期の作品、私の処女作なんですよ。
描写の仕方が、それはもうひどいひどい。
今でこそ少しマシになったものの……ねぇ。

章分けなのですが、章だけ、第○章と書きたいと思います。
以前は第○話まで付けていましたが、さすがにあれはなかった。
見る分にはいいけど、毎回確認しないといけないし、時々間違うし。
間違うのは自分のせいだけど。

感想が、思ってたより多かった。一話目で七件って……至上の喜び。
すげぇ嬉しい。ありがとうございます!

では、本編どうぞ!


「はぁぁぁああ!?」

「パラシュートなしのスカイダイビング、気分はどう、天?」

「良いわけねぇだろ! このままだと死ぬぞ、俺!」

 

 全身にかかる風圧は、肌を叩く。

 そよ風程度ではなく、これはもう「叩く」の範囲だ。

 風を切る音しか聞こえず、口を開くと空気をねじ込まれる。

 

 着々と近付く白雲。

 それを越えた先は、言うまでもなく地面一つ。

 雲を突き抜ける分はいいとして、地を突き抜けるのはいくら俺でも無理がある。

 

「霊力で飛べばいいじゃない」

「二年も使ってない以上、昔取った杵柄(きねづか)と言えるかどうか!」

 

 一応、霊力による飛行は学習及び習得済み。

 しかしながら、現実世界で使う機会などあるはずもなく。

 そもそも、現場を見られたら何と言えばいいのやら。

 追求されることを怖れた俺は、結局今の今まで一度も飛翔することはなかったのだ。

 

「やってみなきゃわからないわ。それとほら、これ無しじゃ『英雄』らしくないわよ」

 

 ようやく笑顔が戻った紫が、スキマから取り出したもの。

 柄は赤、青、黄の三色で色分けされている。

 対し刀身は、鞘と同じく、覗いた奥さえも閉じ込めてしまいそうな黒。

 漆黒の上から、淡桃の波が鮮やかに走っていた。

 

「またこれを握る時がきたとはな。妖刀 神憑(かみがかり)――じゃなくて、信刀(しんとう) 夜桜(よざくら)だったか」

 

 俺が英雄として、ずっと側を歩いてくれた刀だった。

 最後の最後で、連戦による消耗が許容限界に達し、折れてしまったのだが。

 柄をそのままに、新しい刃が付いた。折れる前の名が神憑、後の今持っている方の名が夜桜だ。

 

「幻想郷の未来、また貴方に救ってもらうわよ、英雄 新藤 天!」

「当たり前だ!」

 

 飛行の要領で、落下にさらにスピードを乗せて急降下。

 音の領域の扉を前にして、白霧を思い切り突き抜けた先に見えたものは。

 

 黒々しい色の雷を発生させる黒霧を纏った、獣。

 それは確かに異端の、禍々しい、『幻獣』に他ならなかった。

 

 貪欲に蠢くオーラを纏った、同じく冥い紫色の毛を持ったイタチ。

 その目は血走ってるというよりも、赤色で塗り潰されたようだ。

 ヤツの正体がどんなものか、それは一目で判断はできない。

 が、揺るがない事実は、確実に人里の方向へ向かっているということ。

 ならば、俺の為すべきことは一つだ。

 

「さぁて、二回も幻想郷に来たこと、後悔させてやるよッ!」

 

 不敵に笑いながら、刀を全力で振り抜き、一閃。

 

 二年も流れていなかった血が、ドクドクと体中を駆け巡る感覚。

 絶対に捉えてみせるという姿勢と意志、それらが懐かしい。

 渾身の一太刀は、正に閃光の如く、亜音速を乗せて獣へと振り下ろされた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 悪夢が、蘇ったのだという。

 抗うべく、私は二振りの刀を携え、現場へ急行する。

 

 勿論、一人ではない。幻獣に一人で対抗するなど、命を投げ出すに等しいのだから。

 

「もうすぐ着くわ。魔理沙(まりさ)妖夢(ようむ)、準備をしててちょうだい」

 

 私達の先頭で飛行するのは、博麗(はくれい) 霊夢(れいむ)

 幻想郷の異変を解決するときには、大抵彼女は動く。

 それだけに戦闘の腕は確かなもので、長い歴史を持つ現代博麗は伊達ではないらしい。

 

 今回、対幻獣メンバーは少ない。

 私、霊夢と魔理沙の三人だけなのだから。

 いつしかの戦いでは、さらにもう三人加わっていたものなのだが。

 

 二年越しの襲来ということで、防衛に割り当てる人数を多くした模様。

 その中で、刀を用いた接近戦を得意とする私、圧倒的な火力で押す魔理沙が選ばれたというわけだ。

 

 そして、悪夢の権化は視界に入る。

 と同時に、私と二人は不思議を覚えた。

 

 どうして、既に戦闘が始まっているのか、と。

 一人で背の低い四足歩行の幻獣を、日本刀を振り回して相手をしている。

 私にはすぐに見当がついた。だが、確信が持てない。

 本当に、この背中は彼のものなのだろうか。

 二度と会えないと、遠い過去に諦めた姿ではなかっただろうか。

 

「全く、何であいつがいるのよ……全速力で向かうわよ。死なれちゃ困るわ!」

 

 それだけ告げて、加速する赤白の巫女。

 目に捉えられた彼女の顔は、明らかに笑みが浮かんでいた。

 

「本当だよ。この状況じゃ、素直に喜べないけどね!」

 

 箒に載った魔法少女も、不敵な笑みを見せてから飛んでいった。

 私だって、負けていられない。

 彼を――天君を一番始めに迎えに行くのは、私でありたい。

 

 ほんの僅かだけ微笑んで、すぐに。

 空気を切り裂く音が聞こえるほどに、加速。

 魔理沙も、そして霊夢さえもあっという間に抜き去った。

 

 ようやく会える。

 そう思った矢先、英雄の刀が大きく弾かれ、隙ができた。

 私はそれを視認した瞬間に、両の刀を引き抜いた。

 

 絶好の機会だと言わんばかりに、幻獣は英雄へと爪で凪ごうとする。

 彼自身では、もう防ぎきれない。このままだと、お腹に大きな傷ができることだろう。

 ――()()()()()()()、の話ではあるが。

 

 いつの日か、私をこんな風に救ってくれた場面を思い出す。

 今のこの状況と、酷く似ている。

 恩返しをするように、彼を切り裂くはずだった鉤爪に、思い切り刀を当てて弾き返した。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 放った一太刀は、獣の右前足を容赦なく切り飛ばした。

 摂理に従ってバランスが崩れ、派手に横転する。

 

 

 

 ――()()()()()

 大きな体は揺れ、肩から転倒しようとした瞬間に。

 つい先程切断した右前足は、黒煙を静かに巻き上げた後に()()()()()()

 

「やっぱり、か」

 

 幻獣は実体を持っているが、持っていない。

 攻撃が当たらないわけではない。が、部位に損傷があってもすぐに再生される。

 こういう風に、自身のオーラを圧縮し、再錬成する。

 

 ダメージは通るが、それによる動きの退化は見込みがない。

 その事実が俺に牙を向いたのは、なにも今に始まった話ではない。

 以前、幻獣の一つ「フェンリル」と戦った時だって、再生に苦戦した。

 

 何が苦労するかというと、隙ができないところだ。

 詰める前に再生されるので、迂闊に飛び込むと再生した箇所の攻撃が返される。

 基本的に、ラッシュを生むには弾く他に方法がない。

 

 現在、一対一。正直な話、()()()()()()()()()()()

 今の俺が、「ブランクがない全盛期の俺」だとしてもソロで勝利することは不可能だ。

 少なくとも、相打ちが限界だろう。

 

 しかし、それは俺が全盛期だったらの話。

 隣には、()()()相棒も、()()()相棒もいないのだから。

 

「せめて、(しおり)がいてくれたらなぁ……」

 

 最高の相棒である彼女の能力には、何度も救いの手を差し伸べられた。

 むしろ、俺の刀を用いた戦闘は彼女ありきと言っても過言ではなかった。

 技が、彼女なしではできないものばかりなのだから。

 

 ないものねだりをしても、仕方がない。

 紫の前で大きな啖呵を切ったはいいものの、「再生しない」という極小の希望が打ち砕かれた今、できることは時間稼ぎだ。

 仲間の応援を待って、人数で押し切る。これが一番現実的な作戦だろうか。

 

 幻獣の一撃は、俺達の一撃と比にならないくらいに重く、殺傷力もある。

 ならば、攻撃と回避を交互に行うヒット・アンド・アウェイがベスト。

 そう判断し、一気に距離を詰める。

 

 鋭刃を振っては退く。

 連続しているとさすがに気付いたのか、空けた距離を瞬時に詰めてきた。

 落ち着いて確実に受け流し、後退。

 

 今度こそ距離が開いた、その時。

 目前の獣が、俺ではなく、空間を切り裂いた。

 勿論、爪はそこまで長いわけではないので、空を切る。

 

「いっつ……!」

 

 予期しない小さな電撃が左頬に走り、反射的に手で抑えた。

 次に、右手の甲、そして左足。

 三回も続いた小電流に、驚くしかなかった。

 

 見ると、その箇所には鋭い切り傷。

 しかしながら、出血量も痛みも不相応に小さい。

 痛みや出血が殆ど無いとはいえ、物理的な攻撃は仕掛けられていない。

 では、何故。

 

「……鎌鼬(かまいたち)、か」

 

 俺がほんの少し呟くと、目の前の鼬は呼応するように、口角をつり上げた。

 

 妖怪の怪異が、不可視となって俺を斬りつける。

 その存在の威圧は大きい。

 迂闊に近寄れず、退いても逆に遠距離から鎌鼬で不意打ちされる。

 全距離対応(オールレンジ)の攻撃手段を見せられると、動く体も動かない。

 

 次第に傷口からの出血量は多くなり、痛みも強くなってきた。

 決着をつけるのは、不可能であることに変わりはない。

 結局のところ、作戦変更はしたくてもできないのだ。

 

 以前に増して警戒を強めながら、切っては下がる。

 時折飛んでくる空気の刃を可能な限り刀で弾いて、距離を取る。

 

 やがて、じわじわとにじり寄る疲労が影響してきた。

 斬撃にキレがなくなり、刻まれる鎌鼬の跡は増える一方。

 対してこちらは、決定打になりえるものもなし。

 

 ついに、積み込まれたものは、一気に崩れ去る。

 最初こそ拮抗に見えた透明な鍔迫り合いは、大きく動きを見せた。

 

 刀を振りかざし、幻獣を捉え、下ろした直後。

 勢いが弱くなったことを好機と悟られたかのように、鎌鼬は刀を弾く。

 弾かれた勢いを殺す力も入らず、無抵抗に、そして無残に体が後方へとぐらついた。

 

「しまっ――!」

 

 今度こそ、大打撃を受ける。

 直感が全力で警鐘を打ち鳴らそうとも、もう遅い。

 

 鉤爪が、俺の腹をしっかりと捉える。

 

 

 

 ――その瞬間。その直前に。

 

 腹を思い切り破くはずだった爪は、不思議にも引き戻された。

 鼬も驚いたような顔を見せ、俺から少し横へと視線が逸れる。

 その先にいたのは。

 

 刀を納め、堂々と佇むのは。

 

「久しぶりですね、天君。助けに来ました。随分、手ひどくやられてるじゃないですか」

 

 俺が一番会いたかった恋人の――魂魄(こんぱく) 妖夢の姿だった。




ありがとうございました!

私、学生です。ご存知の方が多いでしょうが。
私のいるクラスはまだいませんが、インフルエンザが流行っています。
皆さんも、病気には気を付けてくださいね。

さて、ここまでで書いておいた分が尽きました。早い。
次話を投稿するのが、もしかしたら一ヶ月以上空くかもしれません。
できるだけ早くに出したいとは思っているのですが……いつになるのか。

ではでは!

追記:2月06日

初見さんの方には、わからない要素は当然あるでしょう。
実際、リベレーションやアンリミテッドなど、詳しい説明をしていないものもあります。

ですが、大丈夫です。
不明瞭なところは、順を追って後に解説が入ると思っていただいて大丈夫です。


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短期決戦

どうも、狼々です!

遅れて申し訳ない。
その分、少し文字数多くなってるから許して。

というのも、被お気に入りユーザーが100人を突破したんですね。
それを記念して、短編を一つ上げようということで。
その内容のアンケートも取って、それを書いてました。
結構な文字数でね……という言い訳。
気をつけまする。

では、本編どうぞ!


 彼女は、疾風の如く現れた。

 銀色に輝く髪を美しく鳴らし、頼もしい笑顔で、俺の前へ。

 

「むしろ、ここまで耐えたんだ。褒めてほしいくらいだな」

「限界そうですね。少し休んで――と、言いたいですが、そうもいかなそうです」

 

 されど、眼前の狂気の権化はこれ以上待ってはくれないようだ。

 妖夢を敵だと認識した瞬間に、目を光らせる。

 

「ふむ、その傷、鎌鼬ですか。なるほど」

「あ、危ないっ!」

 

 俺の傷を一瞥して、呟く彼女へと、鎌鼬は(おの)が爪を振りかざす。

 咄嗟に叫んで、身代わりになってでも彼女を守ろうと、体を突き上げようとした。

 が、足は細かく震えるのみで、肝心の体はちっとも動かない。

 

「大丈夫ですよ、天君」

 

 優しく微笑んだ妖夢は、すぐに獣の方へ向き直る。

 その時には既に、風の刃は亜音速で空気を切り裂いていた。

 時空が歪んでいるかのように、あるいは、硝子(ガラス)を通して光が屈折するかのように、透明に。

 

 そして、俺はまず確信した。

 

 

 

 ――間に合わない。彼女の抜刀よりも先に、斬られる、と。

 

 透明斬が、陶器の肌を切り裂くのが速い。

 どう考えようとも、間に合うはずがない距離。

 

 それを、それを。

 

 妖夢は、()()()一刀両断してみせた。

 以前ならば、届くことさえ決してなかったであろう楼観剣(ろうかんけん)

 現在、俺の眼前にいる彼女は――師匠は。

 

 またさらに、彼女自身の限界を超えたのだと。

 高き壁を、高き記録を、険しい山を、跳躍し、塗り替えたのだと。

 そう、言うのだろうか。

 

「……遅い。何もかもが、遅すぎる」

 

 彼女は、短く吐き捨てた。

 対して俺はというと、目を見開くことしかできない。

 追いつきかけた師範の背中が、遠ざかってしまった。

 

 しかも、ただ遠ざかっただけではない。

 圧倒的な差を、距離を生んでいた。

 

「そこっ! 『霊符 夢想封印』!」

 

 上空からの叫び声。

 雄叫びにも似たスペルカードの宣言後、数多(あまた)の光弾が交錯し、幻獣へと向かっていく。

 突然の出来事に対応しきれない鼬には当然、全弾命中。

 呻き声を上げて煙の中を立つ姿は、非常に攻撃的だった。

 

「妖夢、話すのは後よ。先にコイツを何とかするの」

 

 赤白の巫女は、霊夢は、何事もないように淡々と言った。

 少し俺へ目を配らせたのは、彼女なりの優しさだろうか。

 とはいえ、油断できない状況下であることには変わりはない。

 霊夢の言っていることに、一切の虚偽もなし。

 

「わかりました……でも、勢いが良すぎる彼女も、考えものですよ」

「そらっ、『恋符 マスタースパーク』!」

 

 どこまでも響きそうな、またしても、スペルカードの宣言。

 認知した瞬間、俺達の前には極太のレーザーが走っていた。

 駆ける光弾――もとい光線が鼬も、鼬の周りで渦巻くオーラさえもあっという間に飲み込む。

 

 先程よりも一際大きい悲鳴は、夢想封印を上回る威力であることを瞭然に示した。

 

「こういうデカい(まと)には、やっぱりパワーが一番効くよ」

「そう言って、毎度暴れられるこっちの身にもなってほしいわ」

 

 霊夢が呆れてから、獣はついに倒れた。

 しかし、消滅しない。

 幻獣は紫の「瘴気」を纏っていて、幻獣自身も瘴気の塊のようなものだ。

 部位、もしくは全身。形を保てない程のダメージを受けると、瘴気は霧散する。

 

 もう一度言おう。消滅していない。

 まだ、瘴気は霧と化していない。

 つまるところ、鼬はまだ存在している。

 

「そろそろ来ます。用意を」

 

 妖夢の一声で、霊夢と魔理沙が会話を止めて、幻獣へ向き直る。

 

「俺も、もう大丈夫だ」

「じゃあ、妖夢と天は陽動しつつ攻撃して。私と霊夢が後ろから援護する」

 

 さすが、と言うべきだろうか。

 魔理沙はたった今到着したばかりだというのに、戦況を十二分に理解している。

 やはり力押しだけが、頭にあるわけではないか。

 

「……一応聞いとく。妖夢、栞を中に入れてるか?」

 

 栞は魂だ。実体を持つ人物ではない。

 その代わりに、依代となる人間や妖怪を自在に移って変えられる。

 基本俺の中にいたのだが、栞は幻想郷に残ったまま。現実世界に連れてきてはいない。

 

「残念ですが。だって、まさか貴方がいるだなんて思わなかったものですから」

「ま、そうだよな」

 

 少しとはいえ可能性が残っている以上、聞かない理由はなかった。

 芽生えた僅かの希望が潰えた今、できることは限られてくる。

 

 ――その時。

 

「ごめんなさいね、少し遅れたわ。お望みのもの、連れてきたわ」

 

 つい数刻前にも見た紫の裂け目から、スキマ妖怪が現れた。

 目の前に来たかと思うと、ウインクだけを送ってすぐに去っていく。

 

 お望みのもの。

 この状況で最上級に対抗できるもの。

 

 ――自分の中に、充足感が一気に湧き上がっていく。

 沸々と滾る白の霊力は、遥か遠くにも感じられる二年前のそれと、全く同じだった。

 自分の魂が、どっぷりと飲み込まれる感覚。

 海底へと沈んでいく、極限の集中状態へと誘われる感覚。

 興奮と沈黙を兼ねた、常識を覆せそうな自信と確信。

 

 実際、何度も不可能を可能にした、『英雄』の半身とも呼べる存在は。

 

「やっほ~、天! 久しぶりだね、嬉しいよ! って、結構ボロボロだねぇ」

「栞、再会を喜びたいのは山々だが、少しまずい状況だ。手を貸してくれ」

「おっけー、相棒」

 

 命さえ天秤にかけているこの戦闘。

 にもかかわらず、軽快に笑みすら溢れてくる。

 使命を、希望を、あらゆる物を背負ってなお。

 

 固く閉ざされた、南京錠付きの鉄鎖に縛られている鉄扉。

 遥か遠くに消え去ったはずの鍵を取り出し、鍵穴へ。

 

「――リベレーション!」

 

 錠は外れ、鎖は引きちぎれる。鈍い音を立てて、扉は開け放たれる。

 刹那、俺の中から栞の分の霊力が溢れ出た。

 

 解放(リベレーション)。そしてその上位に位置する無限(アンリミテッド)

 これら二つは、栞の霊力を引き出し、自分の霊力と一体化させること。

 それにより、全体的な身体能力の向上が起こる。

 

 アンリミテッドは、霊力を過剰に体中へと行き渡らせた状態。

 当然、四肢や臓器にも相応の反動があるので、滅多には使えない。

 一番最後の戦い、不知火戦では、永琳お墨付きの錠剤でダメージを抑えきった。

 ただ、そもそもその薬が手元にない上、いくら抑えるとしても時間の制限がある。

 永琳曰く、「十秒戦いが長引けば、俺は死んでいた」とのこと。

 

 勿論、それを今使うわけにはいかない。

 いざとなれば。使わざるを得ない状況になれば、別の話だが。

 

「あ~、やっぱこの感覚だな」

「……いつ見ても、この天には圧巻の一言ね」

 

 霊夢から称賛の言葉をもらうが、正直今の俺に制御できるかどうかはわからない。

 暴走はないにしろ、力を完全に引き出すのは不可能だ。

 

「私が合わせます。全力でどうぞ」

「おーけー!」

 

 膝を曲げ、伸ばした瞬間だった。

 先程とは比べ物にならないスピードで、疾走できた。

 音と並走するほどの速さだが、それに妖夢もついてくる。

 さすが、としか言いようがない。

 

 しかし、鎌鼬は俺達の疾走を目で捉えていた。

 瞬く間に黒い鉤爪が空を裂き、透明な刃が走っている進行方向へ。

 計算されたような、獣の直感による偏差射撃。

 

 それを確認してすぐに、妖夢とアイコンタクトをとった。

 言葉を発しているようでは、間に合わない。

 

紫電一閃(モーメント・エクレール)!」

 

 納刀された夜桜に、紫の閃光が迸る。

 栞の持つもの。それは、火・水・雷それぞれの神々の霊力だ。

 その霊力の一部を三つのどれかへ変換し、具現化させることができる。

 

 雷を帯電させ、自分の体を刺激させた。

 纏った電撃に後押しされるがまま、風の刃を()()()()

 避けるでも、幻獣を狙うでもなく、その攻撃を早い段階で処理しておく。

 

 誰が見ても、抜刀さえ困難な長さの大太刀。

 それを、視認すら容易ではない速度で、抜き去ると同時に風を正確に捉え、打ち砕いた。

 殆ど全盛期から衰えない――本物の閃光とも思えるような、神速の抜刀術。

 

「頼んだ、妖夢!」

「はいっ!」

 

 後ろから追ってきた彼女が、前へ。

 縫うような滑らかな交代。殆どタイムラグは起きていないはずだ。

 互いが意図を汲み取り合った結果の産物。

 そうでなければ、交代の隙はこれほど小さくはならない。

 

 さすがの幻獣も、不意を突かれたように対処が遅れた。

 妖夢と獣の間合いは、約十数メートル。

 鎌鼬を発生させることは、十二分に可能な間合いだ。

 

 

 ――()()()()()()()()()()、の話ではあるが。

 

 鎌鼬が前足を振るよりも、妖夢の詰めが明らかに速かった。

 俺とのスタートもそこそこ速かったのだが、比較にならない。

 そこから倍近い速度は……出ているだろうか。

 

「『人鬼 未来永劫斬』」

 

 彼女は、鈴の声でスペルカードを宣言した。

 刀が鞘から顔を出したのを最後に……俺は、斬撃を目にも留められなかった。

 剣が空気を分断する音さえも置き去りに、鎌鼬へ容赦なく降り注がれる数多(あまた)の斬撃は。

 

 怪物が叫び声を上げる暇すら作らなかった。

 それを傍観している俺――いや、霊夢達も含め、俺達は圧倒される。

 剣の軌道を追うどころか、斬撃の本数さえも数えられない。

 

 僅か数秒で終わった絶技が、数十秒にも思えた。

 彼女が納刀した時には、既に鎌鼬の四肢が綺麗に切断されていた。

 

 支えを失い、倒れるのを忘れた胴体がようやく地面に打ち付けられる。

 俯瞰する妖夢が再び剣を取り、とどめを刺そうとした時。

 

「……っ!? 妖夢、下がれ!」

 

 状況を理解するよりも先に、口が動いた。

 妖夢は俺の警告を疑うことなく、直ぐ様後ろへ跳んだ。

 突発的な衝動を声に出した直後、鎌鼬の胴体周辺が黒く爆発した。

 いや、厳密には爆発ではなく、霊力の暴発に似ているだろうか。

 幻獣で言うところの瘴気が、突然過剰に循環し始めた結果だ。

 

「助かりました。あの言葉がなかったらどうなってたかと思うと、ゾッとします」

 

 一旦下がり、こちらまで戻ってきた妖夢。

 あと少し遅かったら、二度とこの声を聞くことがなかったかもしれない。

 そう考えると、腕と脚が恐怖で震えそうな気がした。

 

「……残念だけど、まだ続きそうね」

 

 幻獣は――立っていた。

 黒く巻き上がる煙から、確かに、四足で。

 むしろ、纏われた瘴気の量が増えている。

 霊力と同じ原理と考えると、瘴気も量に比例して全体的な能力は向上する。

 平たく言って、先程の鎌鼬よりもさらに強くなっている、ということ。

 

「さて、どうすればいいか」

 

 こうして比較的穏やかに声を出せるのが、いつまで続くのか。

 それも正直なところ、時間の問題だろう。

 

 こちら側の人数は四人。

 対して、向こうは強化が行われた状態だ。

 あまり決着を長引かせるのは、得策とは言えない。

 

 短期決戦を狙うしかないだろう。

 しかし、どうすればいいのだろうか。

 

 魔理沙のマスタースパークのような大技が決まるには、かなりの隙が必要。

 半端な技だと、ダメージに期待はできない。

 

「……よし。魔理沙と霊夢は、俺が合図したら一番の大技を頼む」

「わかったわ」

「りょーかい、ってね」

「妖夢にはそのための隙を作ってもらう。俺が妖夢を援護する」

 

 あの瘴気の量から察するに、先程からさらに強くなっているに違いない。

 いくら妖夢とはいえ、大きな隙を作るほどの攻撃はできないだろう。

 できたとして、それがいつになるのかわからない。

 短期決戦を目的としている以上、長引く可能性がある時点で採用が難しい。

 なにせ、作戦を変更するにしても、それまでの時間は結局意味がないことになってしまうのだから。

 

「行くぞ、妖夢」

「はい。では、お願いしますね」

 

 二人で同時に飛び出した。

 今までと同じように、斬撃を飛ばされた。

 だが、感じられる瘴気からわかる。威力・殺傷力・()()()や速さが、確実に向上している。

 

 最早、鎌鼬は透明などではない。

 渦巻く紫色の瘴気に害され、蠢く空気が完全に斬撃を目に見えて形作っていた。

 

 妖夢の方へ飛んでくる斬撃を、必要最低限に弾く。

 俺を信じきっている彼女は、その間に刀を引き抜く動作すら見せようとしない。

 守るように約十メートルまで詰めて、護衛をやめ、()()()()()()()()()()()

 

 それを察知した怪物が、俺の対処をしようとした。

 が、その直前に妖夢が初めて刀へ手を置いた。

 俺よりも、彼女の方が幻獣にとっては脅威の存在だ。

 鎌鼬にとってまず優先して倒すべき順位は、俺ではなく彼女。

 

 裏に回った俺よりも先に、正面から斬りかかろうとする妖夢の対処を行ったようだ。

 

 

 ここまで、狙い通り。

 

 

 俺は刀を抜いて、かなり低めの位置で――()()()()()()

 当然、妖夢の対処に向かう鎌鼬には、俺が何をしたのか見えていないし、斬撃が当たったわけでもない。

 

 妖夢だけに、俺の行動が見える。

 鎌鼬には、俺の行動は見えない。

 

 それを察知したらしく、彼女は詰めた間を再び空けた。

 本当ならば、この場面では詰められる時に詰めるべきだ。

 だが、彼女は俺の動作を見て考えを読み取ったらしい。

 

 そして、空けた間をまた詰めた。それも、彼女が全力で。

 正直、これだけでは意味のわからない、無駄な一手。

 さすがの幻獣も、反射的に後ろへ跳躍した。

 

 

 

 ――鎌鼬の後ろ脚二本が、宙へと舞う。

 

 着地寸前に起きた、起きるはずのない出来事。

 咄嗟のことにバランスを崩し、思い切り地面へと倒れ込んだ鎌鼬。

 

 俺が一体、低い位置の空気を斬って何をしたのか。

 それは斬撃、もとい()()

 霊力を刀に乗せたまま、空間に()()()()のだ。

 霊力製の夜桜のレプリカが、そのまま幻獣の脚を切断した、ということ。

 刃の形をそのまま象っているので、切れ味も殆ど変わらない。

 

 鎌鼬が飛ぶ斬撃なら、残撃は文字通り、()()斬撃。

 

「今だ、妖夢!」

「『人鬼 未来永劫斬』!」

 

 鮮やかな、絶技。

 それは魔物を喰らい、叩き切る。

 残りの二本の前脚、小柄な体躯を一瞬で切り刻んで、技を終えた。

 

「よしっ、煉獄業火(れんごくごうか)(ひらめき)!」

 

 妖夢と入れ替わるように、動けない幻獣へと距離を詰める。

 抜刀し、構えた夜桜が纏っていた色は、栞の能力の火そのものを体現していた。

 赤く燃え盛る刃は、鎌鼬の首元を刈り取った。

 

 そして、爆発。

 霊力を過剰に送ると、それなりの反動がある。アンリミテッドの代償だ。

 その状態から、さらに限界以上の霊力を一気に流し込むと、耐えられずに爆発する。

 刀から霊力を伝え、捉えた対象の中で爆発させた。

 

 頭が吹き飛んで尚、煙にならない鎌鼬。

 このままだといずれ頭も脚も再生し、元通り。

 完璧に動けない今が、最大の隙であることは言うまでもない。

 全力で後方へ跳び、技に巻き込まれない範囲に入って叫ぶ。

 

「霊夢、魔理沙、今だぁぁあああ!」

「『神霊 夢想封印 瞬』!」

「『魔砲 ファイナルマスタースパーク』!」

 

 合図と共に、最大火力の二人の技が炸裂。

 大量の御札と極太のレーザーが、瞬く間に世界を揺らし、鎌鼬をまるごと飲み込んだ。




ありがとうございました!

処女作の書き方見てると、恥ずかしくてたまらない。

前よりも書き方がマシにはなった……と信じたいなあ(白目)

短編の話を前書きにしましたが、近いうちに上げようとは思ってます。
その「近いうち」がいつになるかはわかりませんが、よければそちらも見てくださいな。

ではでは!


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The Second of ”Hero”.

どうも、狼々です!

お久しぶりです。
まあ……お久しぶりです(白目)

一ヶ月どころか、二ヶ月遅れてしまいました。
申し訳ない、の一言に尽きます。
ちょっと長く6000字、そして、一期終了時にもらった支援絵を後書きに貼りますので、許して。

では、本編どうぞ!


 ――吹き飛んだ。

 

 轟音を、砂埃を、激動を巻き起こして、幻獣をレーザーが飲み込む。

 それはほんの数秒で終わりを迎え、辺りに静寂が駆けつけた。

 

 ……悲鳴もなしに、幻獣は消え去っていた。

 跡形もなく、消し飛んだ。

 

「……あぁ」

 

 力を無くして地に座り込んだ俺の口から出たのは、感嘆だった。

 

 今までの対幻獣戦、対アイデアライズ戦、全てに苦戦を強いられた。

 命さえも捧げ、全力をたった一撃に乗せたことさえあった。

 

 鎌鼬戦では、過去一番に楽な戦いと言っても過言ではないだろう。

 俺の傷も、比較的浅いものなのだから。

 

 ――問題なのは、それが()()()()()()()()()()、ということだ。

 以前の皆の実力を、完全に把握しているわけではない。

 だが、少なくとも皆は、以前の倍は強くなっている。

 特に妖夢は、日々の鍛錬を怠っていないためか、二倍では足りない数字だろう。

 

 結果だけ見れば、史上最高の快勝。

 全てを考慮すると、先行きが不安な僅差での勝利。

 唯一わかったことは、幻獣は確実に、格段に強くなっているということ。

 

「お疲れ様でした、天君」

「お疲れ、天。さすがは私の相棒」

「……ありがと」

 

 妖夢に手を差し出され、立ち上がる。

 だが、まだ足に力は入らず、そのまま妖夢に倒れ込んだ。

 

「うっそだろ、おい……」

「よく頑張りましたね、天君。取り敢えず、永琳のところへ行きましょう。まずは、傷をどうにかしないと」

 

 妖夢は俺の頭を撫でながら、囁いた。

 ……やはり、俺の妖夢(ししょう)には敵わない。

 もたれながら、改めて思う。

 

「あらあら、戦いが終わってすぐイチャついていますわよ霊夢さん」

「おほほ、仲がよろしいことですわね魔理沙さん」

「か、からかわないでください! 私はただ、天君が心配なんです!」

 

 子供らしい言い訳は、他でもない二年前の彼女と同じ。

 いくら時が経っても、妖夢が妖夢であることに変わりはないらしい。

 不思議なものだ。これだけでも、笑えてくるのだから。

 

「ほら、さっさと行きますよ」

 

 俺の右肩を持ちながら、ふらふらと空を飛ぶ。

 それを見かねたらしい二人も、俺の左肩と後ろ襟を引っ張り始めた。

 ……なんだこの体勢。しかもちょっと苦しいんだが。

 

 

 

 竹林を空中を通ることでショートカットして、永遠亭に直行。

 その荘厳な佇まいの建物も、いつの日かと変わっていない。

 

 ドアを開けて、来客を知らせるベルが鳴った。

 だが、医者は待てど暮らせど来ない。

 このベルは一体何のためについているのか、甚だ疑問である。

 

 既に通い慣れた一室へ向かい、ドアを開く。

 部屋の中には、カルテを眺める痩身な女性医師がいた。

 

「……帰って頂戴」

「おいおい、ひでぇなその対応。二年ぶりだろ? まあ仲良くしようや」

「私は貴方を何度診察したと思ってるのよ。これ以上忙しくなりたくないの」

 

 八意(やごころ) 永琳(えいりん)

 彼女の持つ能力、『あらゆる薬を作る程度の能力』をフルに活かした医療術は、目を見張るものがある。

 間違いなく、この幻想郷中で最高で、最悪の医者だ。

 俺が何度も負傷するのが悪いのだが、その度に新薬の実験台にされたものだ。

 失敗こそ、ただの一度もなかったものの、こちらとしては恐怖しかない。

 

「師匠、持ってきましたよ――って、天さんじゃないですか!」

 

 薬を取ってくるように言われたのか、一匹の兎が薬を両手に持って入ってきた。

 兎と言っても、二足歩行だし、永琳に同じく痩身だ。

 

 鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバ。

 永琳の助手にあたる存在で、弾幕ごっこの腕も中々だと聞く。

 名医の助手という立ち位置故に、永琳と共に何度も救われた。

 

「よう鈴仙。久しいな」

「そ、それはそうですが、その傷――」

「はい、この軟膏を塗っときなさい。それと、暫くは傷が開くような真似はしないこと」

 

 小壺の形をしたプラスチック容器を永琳から手渡される。

 中を開けると、白濁色の一般的な軟膏だった。

 見た目としては普通の医薬品でも、効果は()()()()だったりする。

 実際に、それほど外の世界と変わらない錠剤が、驚きの効果を持っていたこともあった。

 

「なあ。幻獣が来たことって、もうどれくらい広まってるんだ?」

「さあね。でも、あの記者のことだから、もう人里全体に知れ渡ってるかもしれないわね」

 

 これを、一種の幸と見るか不幸と見るか。

 一般人の恐怖を煽らないように、秘密にすべき。

 突然のアクシデントに備えて、存在は公開すべき。

 

 全てを考慮した上では、後者が無難だと言える。

 

「はい、治療終了。もう帰れ」

「おいおい、薬渡すだけで帰れとは、こりゃまた手酷いじゃないですかええ?」

「この場で治さないといけないほどの致命傷じゃないもの」

「常連に向かってその態度、心が痛まないかい?」

「常連だからムカつくのよ。病院はしょっちゅう来るとこじゃないの。ほら、行った行った」

 

 半ば追い出されるように、永遠亭を去る。

 去ると言えど、結局自力で移動は難しいので、皆に運んでもらうのだが。

 ……やっぱ体勢が苦しい。

 

 

 

 空の遥か彼方にあるのは、宇宙ではない。

 細かく言えば、幻想郷では、宇宙の前に白玉楼(はくぎょくろう)がある。

 

『白玉楼中の人となる』という言葉があるように、そのまま、死した者が彷徨う場所だ。

 そうは言えど、死んだ者の魂がふよふよと浮遊しているだけの場所。

 妖夢の隣にも半霊という白い魂が浮いているが、こちらは妖夢の半身だ。

 結局のところは、骸骨や幽霊などのホラー的存在はない。

 

 ――いや、こいつがいたか。

 

「あら、お帰りなさい」

 

 水色の浴衣を左前に着た彼女は、白玉楼で茶を穏やかに飲んで俺達を出迎える。

 

 西行寺(さいぎょうじ) 幽々子(ゆゆこ)

『死を操る程度の能力』を持ち合わせた、亡霊。

 亡霊の名からわかるように、彼女は既に亡くなっている。

 

 妖夢を庭師兼従者に持った、この白玉楼の主。

 彼女の能力を理由に、この白玉楼の魂の管理を任されているらしいが、特に今までそんな動きを見たことはただの一度もない。

 要するに、何もしていない。

 

「おうおうおう、随分と優雅なことだな」

「お帰り、天。女の子三人に囲まれて、両手に花ってやつかしら? 私も入れたら、両手両足に花ね?」

「浮気は許しませんから」

 

 おかしいかな、何もしていない俺が妖夢に怒られている。

 理不尽極まりない、とは正にこのことだろうか。

 

「妖夢、昼食作ってきて頂戴。翔を手伝ってあげて」

「は~い……えっ?」

「翔がねえ――翔!?」

 

 俺の友人、相模(さがみ) (かける)

 二年前、俺と同時ではないが幻想入りを果たし、共に幻獣と戦ってきた。

 今思うと、『英雄』の片割れとして、彼が幻想郷(ここ)に来ていないわけがないか。

 

「何で翔をこっちに寄越してくれなかったんだよ」

「仕方ないじゃない。翔がここに来たの、つい数分前よ?」

 

 察するに、紫がサボったか。

 元々、紫は夜行性らしいので、俺を呼んだだけで手一杯だったのだろうか。

 幻想郷の危機に、呑気なものだ。

 

 妖夢は台所へ、霊夢と魔理沙は一言だけ挨拶をして、白玉楼を発った。

 静かに時が流れる中で、この場にいるのは俺と幽々子の二人。

 

「……本当に、お疲れ様。お帰りなさい」

「ああ、ただいま。今回の幻獣には、大分苦戦したよ」

「ブランクがある中、よく頑張った方よ」

 

 相変わらずお茶をすすりながら、彼女は告げる。

 服を脱いで軟膏を塗りながら、考えた。

 

 幻獣が、何の理由もなしに現れるはずがない。

 様子からして、自意識を持って暴れているわけではない。

 以前と同様、瘴気で使役されているのだろう。鎌鼬のオーラを見れば一目瞭然だ。

 二年前は、アイデアライズがそうやって幻獣を操っていた。

 

 間違いなく言えること。

 それは、また幻獣とは別に、()()()()()()()()()ということだ。

 

「体力も随分落ちているようね」

「御陰様でな。最近、体動かしてないからな~」

「あっ、そうだった! 天、ちょっと見ててよ」

 

 今まで静かだった栞が声を上げて、俺に呼びかけた。

 会話を切り上げてすぐに、俺の中で霊力の充足感が消えてなくなる。

 

 消えた霊力の持ち主は――栞は、ピンク色の髪をした幼い少女は、俺の目の前に立っていた。

 俺の記憶では、栞が現実に現れることは一度もなかった。

 霊力の部屋を俺の中で作って、その中での対面はあった。

 だが、こうして本当の意味で面と向かって話すのは、案外初めてだったりする。

 

「マジか。出られるようになったのか」

「そそ。どーよ、この可愛さ!」

 

 両手を上げて、目の前で一回転。

 白いワンピースがひらひらと揺れる彼女の姿は、確かに可愛らしい。

 

「はいはい、可愛い可愛い」

「うっわ何そのあしらい方。ひっどいな~、乙女に向かってその口調は」

「そうだよ、天。すっごく可愛いよ、栞ちゃん」

 

 男にしては高い、中性的な聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り向くと、やはりそこには、翔が立っている。

 料理を作り終え、運んでいる最中のようだ。

 

「ほら! やっぱモテる翔とモテない天は違うねぇ」

「うるさい。妖夢以外の女にモテても仕方ねえの」

「うわ~、一途だねホント」

「……やめてください。聞いてる私が恥ずかしいですから」

 

 嬉しいような、恥ずかしいような表情で、翔に続いて料理を運んでくる妖夢。

 しかし、俺が言っていることも事実。

 今のところ、妖夢以外に興味なんてないし、別れるような理由もない。

 

 そう考えながら、簡単に食事の準備を進めていた。

 

 

 

 昼食を食べ終わった後、幸いにも取材が来ることはなかった。

 あのブン屋も、さすがに気を遣ってくれたらしい。

 

 二年ぶりに入る自室は、そのままの状態だった。

 箪笥(たんす)、机など、何もかもが、二年前とそのまま。

 懐かしい雰囲気に浸りながら、俺と妖夢は畳の上でくっついていた。

 

「……貴方にもう一度会えるなんて、夢みたいです」

「本当だよ。もう会えないと思ってたもんな」

 

 現実世界に戻ることを選んだ俺が、妖夢をそのまま連れて帰るわけにもいかない。

 必然的に、妖夢とは一生会えなくなる――はずだった。

 

「まさか、別れたことになんて、なってないですよね?」

「なってるわけないだろ。ほら、これ見てみろ」

 

 徐に、自分の首から下げていたネックレスを外して、妖夢に見せる。

 まだ幻想郷にいた頃に、二人でお揃いのネックレスを買ったのだ。

 それをずっと、外出する時は肌身離さず付けていた。

 

「まだ、付けてくれていたんですね」

「お互い様だろ。ほれ」

 

 今度は、妖夢にかかっているペンダントを持ち上げた。

 決して特別なデザインでもない銀のリングのついたネックレスだが、俺達にとっては何物にも代えがたい代物だ。

 確か、妖夢に当たるはずだった敵の攻撃を、ネックレスのリングが弾いたこともあったか。

 

「当たり前じゃないですか。何十年も、何百年も付けているつもりでしたよ?」

「そりゃ嬉しいことで」

「……複雑です。天君に会えて嬉しいんですが、それは幻獣が現れたから。幻想郷が危ない時が、私の望む時間みたいに感じてしまいます」

 

 本来、俺と妖夢は会わない――いや、()()()()()()()()()()のだ。

 俺が二度目の幻想入りを果たすこと。それは、他でもない幻想郷の危機が迫っている時なのだから。

 

「夕食のお買い物、行ってきますね。安静にしていてください」

 

 妖夢は立ち上がって、部屋を出ていった。

 戸を閉める彼女の顔は、一瞬で見てわかるほどに、沈んでいた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「これで、お終い? そんなはず、ないでしょ?」

 

 暗闇の中で呟く。

 

「全く、舐められちゃ困るなぁ」

 

 暗闇の中で、呟く。

 

「……まだまだ、これからだってのに」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「お~、あやつ、鎌鼬を倒しおったぞ。名は何と言ったかえ?」

「新藤 天、と」

「さすがは、栞を連れているだけはあるのう。妾は嬉しいぞ」

 

 彼女の体躯に似合わない喋り方だ、と思う。

 どこからどう見ても、幼い女だ。

 なのに、この話し方。もう慣れているのだが。

 

「それに、あの剣士も強いじゃないかえ? 名は?」

「魂魄 妖夢、と。ただ、彼女が強いのは彼女の存在だけが理由ではありませんよ」

「……? どういうことかの?」

「連携ですよ。鎌鼬の両足が切れた時、新藤の意志を魂魄は汲み取っていました」

 

 言葉を交わさずに、あれだけの連携。

 二年間、新藤は不在だったらしいが、本当にそうなのかと疑いたくなる。

 

「ほえ~、相当にお互いを信頼しておるんじゃなあ。まあ、妾の敵ではないがのう」

 

 この言葉には、私は首を縦に振らざるを得ない。

 事実、あの二人が今の二倍……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうから。

 

「会う時が楽しみじゃ……のう、栞や。にしても……あやつはどこじゃ? そろそろ、妾も限界なのじゃが」

「恐らく、死んでいますよ」

「そうなのか? どうも、そんな気がせんのじゃがなあ」

 

 ……死んだはずだ。

 生きているなど、信じられない。

 

 そして、彼女が依存しきっているこの状況は、何とかならないものか。

 あいつと関わる度に、嫌な予感がしてならない。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 ――油断していた。

 

 妖夢達が夕食を作っている最中のことだ。

 肌を刺す痛みと寒気が、霊力を伝って全身へ巡った。

 

「行ってくる、幽々子」

「待ちなさい。貴方、傷は――」

「何のために俺が来たのか、わからねえだろ」

 

 夜桜を手に取って、背中にかける。

 毒々しい緊張感のような、名状しがたい、吐き気のような感覚。

 明らかに、瘴気だった。

 

 これを感じることは、どんな状況を示唆しているのか。

 ――()()()()()()ことに、他ならない。

 

 初めてのことだ。

 一日に、二度も幻獣が襲来してくるなど。

 少なくとも、一ヶ月は間が開いていたというのに。

 

「行きますよ、天君。大分遅れていますから。無理はしないでくださいね」

「そうそう。無理したら、足引っ張るだけだからねえ」

 

 妖夢も翔も、俺を止めようとはしない。

 止めても無駄であることが、既にわかっているからだろう。

 ありがたい、の一言に尽きる。

 

 毒気のある瘴気を辿りながら、途中で霊夢達と合流して、現場へと飛んで急行する。

 妖夢も言っていた通り、異例の出現のため、対処が遅れている。

 全速力で向かい、もうそろそろで到着だろうというところで、突如。

 

 ()()()()()()、消えた。

 

「……天君」

「ああ、消えたな」

「どういうことだと思う?」

 

 翔の質問に、答えかねた。

 正しくは、自分の出した答えに疑問を抱いた故に、答えられなかった。

 

 気配がなくなったということは、()()()()()()()、ということ以外に考えられない。

 ただ、本当にそんなことがありえるのだろうか?

 俺達が来る前に、幻獣が倒される、などということが。

 

 紫色の残滓が空へ舞い上がる中、人影があった。

 ――()()()()()()、人影が。

 

「おい、大丈夫か!」

 

 大声で駆け寄って、人影の元へ着地した。

 

「ああ、貴方が新藤 天さんですか。どうも、こんにちは。いや、もうこんばんは、ですかね?」

 

 呑気で丁寧な口調で、紫色の瞳の彼は非現実的な現実を告げた。

 

 

 

「幻獣なら、()()()()倒しておきましたよ?」

 

 

 

 すぐに、号外の記事が人里へと出回った。

 幻獣討伐から、数分も経たずに発行された、その記事は。

 

『二代目の英雄、現る!?』、と大きな見出しを貼り付けていた。




ありがとうございました!

Heroは英雄、ということで、そのまま二代目の英雄、ですね。タイトルは。

私、敵の視点をちょこっとだけ入れる節がありまして。
途中二つ、それっぽいのがありましたよね? あれです。
一期の方では、アイデアライズの一つだけだったんですがねぇ。

さてこちら、前書きに書いてあった、支援絵です!→
【挿絵表示】


栞ちゃんだ! 満面の笑みが光るね! 彼女らしいいいいい。
可愛く仕上げてもらえて、私も嬉しいですよ。

こちら、腐れテンパ様から頂きました。
本当にありがとうございます!
ちゃんと、公開の許可も頂いておりますので、ご安心を。

何か挿絵とか、支援絵が来たらこのように載せていくつもりです。
送っていただけて、公開の許可まで取れれば、ですけど。
もし送る時は、ツイッターのDMとかハメのメッセージにどうぞ。

ではでは!


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成瀬という男

どうも、狼々です!

いや~、遅くなった()
夏休みなのにお盆が学校とか、それマ?
取り敢えず、これで一章は終了かな。
ちょっと短いけども、いいでしょ、多分(´・ω・`)

そしてお知らせ。支援絵を頂きました!
詳しいことや絵そのものは、後書きの方に載せますね。
では、本編どうぞ!


「……倒、した……?」

「ええ。僕が、一人で。案外、手応えありませんでしたね」

 

目前にいる紫色の瞳を持った男は、簡単に言った。

見た目から推測するに、(よわい)は俺と同じか、それ以下。

 

とてもではないが、彼の言葉を信じることはできなかった。

たった一人で、幻獣を排除することなど、不可能に近い。

現実味を帯びない真実は、彼の口からいとも容易く語られる。

 

「取り敢えず、人里に報告に行きましょう、新藤さん」

「え、あ、あぁ」

 

彼は戸惑う俺を置き去りにするように、途轍もない速度で人里へと飛び立った。

なんとか追いつこうと加速を続けながら飛行したが、ついに追いつかないまま人里に到着。

ほぼ全速力だった俺に対して、彼はまだ、涼しげな顔をして幻獣討伐の報告を行っていた。

 

人里の皆から、わっと歓声が湧き上がる。

それに笑顔で答える男に、不思議と形容し難い不快感を感じずにはいられなかった。

 

そして、群衆の中から、零れ落ちた。

 

――()()()()()()、と。

 

「いやあ、そんな……そうだ、新藤さん。貴方の噂はかねてからお聞きしていますよ? お強いんでしょう?」

「……だったら、どうした?」

「僕と、一戦交えませんか?」

 

その一言が、群衆の導火線に火をつけた。

盛り上がる会場と、人々で取り囲まれた円形の闘技場が自然に作られる。

 

「本気で言っているのか? お前、()()()()()()()()()?」

 

あり得ない、と思った理由の一つとして、この男が全くもって武装していないことにある。

ロクな武器も持たず、幻獣を完全に討伐できるとは思えない。

妖夢や咲夜の刀やナイフはわかりやすいが、霊夢や魔理沙の御札やミニ八卦炉といった、アイテムに近いものも武器の一種だろう。

だが、彼に武器の類のものは何一つ見つからない。

 

「ああ、大丈夫ですよ。――錬成」

 

彼は小さく呟いてから、右手に雷が集まった。

雷というよりも、紫色の霊力が激しくぶつかり合ってできた静電気が弾けているのだろうか。

彼の霊力が螺旋状に強く結びついた後、突如剣の形に凝縮し始める。

 

彼の右手には、紛うことなき一本の剣が収められていた。

単に、霊力が集まっただけではない。

本来は不可能だとされていた、霊力の物質化。

原因不明ながらも、俺の刀、夜桜を形作ったときと同じ原理だ。

それを、意図的に行ったというのか。

 

「じゃ、寸止めでいいですよね?」

「手加減するつもりはないぞ」

「ええ、問題ありません。僕が手加減できますから」

 

俺は高圧的に言ったつもりだったが、涼しい顔のまま返される。

その返答に、心のどこかで苛ついていることを否定できなかった。

 

観客に囲まれる中、互いに各々の構えを取った。

 

「いつでも来い」

「では、いきますね」

 

彼は確かに、笑顔で答えた。

その直後、紫の瞳が、鋭い覇気を纏ったが最後。

 

彼の姿は、既に俺の視界から消えていた。

 

「はい、おしまいです」

「は……?」

 

後ろから、声がした。

ゆっくり振り返ると、彼が歪んだ笑顔で俺の肩に剣を構えていた。

背後を取るような時間なんて、なかったはずだ。

反応すら、できなかった。

その事実を、受け入れることは簡単にはいかなかった。

ただ、大きな歓声が、俺を泥沼の現実へと引き戻すまでは。

 

「ん~、手加減したつもりなんですけどね――おっ、貴方、強そうですね。僕と、やってみません?」

 

俺には既に興味はないように、宙に指を彷徨(さまよ)わせる。

そうやって、指で指し示した先は、妖夢がいた。

 

「私は剣を道楽に使ったり、己の実力をひけらかすような愚か者ではありませんので」

「いいじゃないですか、一戦くらい。訓練の一環、ということで」

「しつこいですよ。私はやらないと――」

「弟子がこんなにあっさりと負けちゃって、苛立ってるんですか?」

 

彼の言葉に、妖夢の表情が明らかに歪む。

怒りで満ちた顔を一瞬だけ見せて、すぐに表情は消えた。

 

「ええそうですね。愛弟子をこうも雑に扱われると、正直腹が立ちます。手加減ができそうにありませんので、身を引くことをおすすめしますが」

「だから、さっき言ったじゃないですか。僕が手加減できる、って」

 

男は、絶えず口をつく。

冷静になってから、さらに実感が湧いてくる。

俺はあいつの動きを目で追うことすらできず、一瞬で敗北したのだと。

 

剣技の程こそ、ほぼ見ていないのでわからない。

が、今の動きから考えるに、相当な強さであることは間違いない。

――それこそ、俺を遥かに超えてしまう程に。

 

「……少しです。一回で終わりにしますよ」

「さっすが、話がわかるお嬢さんですねえ。で、そっちの短刀は抜かないんですか?」

「必要ありません。御託はいいですから、早く始めてください」

 

戦場に立っている妖夢は、明らかに不機嫌そうだった。

俺が負けたことへか、俺への対応か、はたまた別の違うものか、両方か、全部か。

とにかく、尋常ではない嫌悪感を表していることはすぐに見て取れる。

 

「では。……アンリーシュ」

 

確かに、彼は呟いた。

アンリーシュ――unleash、だろうか。

意味は……()()()()

同義語には、liberateが入るのかもしれない。

 

頭に過った瞬間、爆発が起きた。

否、爆発が起きたという()()

 

凄まじい量の霊力が、竜巻の如く巻き上がる。

局地的な台風が訪れたのか、そう感じる程に風が吹き荒れている。

妖夢は驚きこそしていないものの、警戒の色を初めて見せた。

 

リベレーション、解放。アンリーシュ、解放する。

意味合いとしては――正に、俺のそれと酷似どころか同類。

戦闘の実力は、圧倒的とも言える程差を開けて俺が劣っている。

 

で、あれば……俺は一体、何なのだろうか。

そう考えると、俺の成り代わりともなれる彼に、冷や汗をかかずにいられなかった。

 

彼が地面を蹴って進んだのは、音が伝わる前だった。

当然俺の目で追えるはずもなく、一瞬で視界から消えてしまう。

砂埃と轟音と爆風が巻き上がり始めた頃には、両者は既に剣は鍔迫り合いを始めていた。

 

妖夢はあの速度に反応して、剣の通るコースを予測して間に入れたらしい。

繰り広げられる現実離れした激戦に、圧倒されるばかり。

必然的にオーディエンスが湧き上がる中、男は未だに笑顔を見せている。

 

「さっすが。今のを耐えますか? 普通」

「貴方も、やはり口だけではないようですね」

 

男は退いて、間合いを詰めてを繰り返す。

妖夢は防戦一方で、攻めようとはしない。

多少なりとも、妖夢になら突けるだけの隙はあるように思えるのだが。

 

三十秒くらいその時間が続いてから、男は攻撃をやめた。

 

「やり返されないと、僕も面白くないんですけど」

「手加減できると言ったはずです。私がその気になれば、すぐに終わると思いますよ」

「へぇ。すごいじゃないですか、じゃあやってみてくださいよ」

「そうですか。では」

 

妖夢は、駆けた。

風神の疾風に背中を押されるような速さで、男の背後に回り込む。

男の後ろを完全にとった、と確信したときだった。

 

尋常ではない反応速度で、彼は振り返る。

男の肩の上で止まるはずだった楼観剣は、錬成された剣に阻まれた。

 

「意外と根に持つタイプなんですね。僕と同じような動きで終わらせようとするだなんて」

「お返しですよ。ですがはっきり言って、止められるとは思いませんでしたが」

「そりゃどうも!」

 

剣を弾いた勢いを縦への回転にそのまま乗せて、男はバックハンドの不意打ちを仕掛けた。

彼が霊力錬成で生み出した武器は、刀ではなく剣だ。

日本刀でいう峰に当たる部位が、西洋の剣では存在しない。いわゆる、諸刃というやつだ。

 

峰打ちという技術もあるが、このワンマッチにおいてそれは殆ど無意味だ。

刃よりも抑えたダメージを与えることが目的の峰打ちは、寸止めだと関係ない。故に、わざわざ峰打ちである必要がない。

さらに、防御手段が一切ない背中を自ら進んで見せる、それは自殺行為に等しい。

つまるところ、バックハンドでの攻撃自体がひどく愚策である、と言ってもいい。

 

ただ、それは通常時に限った話である。

峰打ちを含むバックハンド自体があまり使われない技なので、対応が遅れやすい。

不意を突いたバックハンドなら、背中へ反撃される確率を最小限に抑えられる。

寸止めすれば勝ちのこのルール上、ガードを崩すよりも不意を突く方が確実なのだ。

 

思いもよらない一撃に、妖夢は――驚くことはなかった。

表情を一切変えず、剣を楼観剣で流した。

 

ただ、それだけではない。

まるで刀を鞘から抜くように、楼観剣を男の剣に沿って押し出している。

やがて武器同士の衝突は終わった。

 

妖夢が男の攻撃を受け流した。瞬間、誰もがそう認知した。

が、それだけでは終わらない。彼女は終わらせはしなかったのだ。

 

接触が終わった直後、男の剣は当然、横に流された。

 

 

 

――否、そのまま()()()()()()()

対する妖夢は、楼観剣を彼の剣に滑らせた勢いのまま、()()

 

完全に受け流すのではなく、ギリギリ当たらない程度に軌道を僅かにズラし、そのままコンパクトな攻撃へと移ったのだ。

彼女は一つのアクトに防御だけでなく、攻防を両立させていた。

 

完璧な不意打ち。不意打ち返し。余裕を保っていた男の顔にも驚き一色が浮かんでいた。

燕返しという下からすくい上げるような剣技もあるが、どう考えても間に合わない。

避けるにしても、重心は剣を振り下ろすために前に残っているのでそれも不可能。

 

男の体勢が安定したときには、既に桜観剣が男の喉元の前で止まっていた。

 

「……さっすがぁ」

「終了です。私達はこれで失礼しますから」

 

歓声が鳴り始める前に、刀を収めた妖夢は静かに俺の元へやってくる。

 

「後で、話がありますからね。行きますよ」

「……ああ。わかった」

「待ってくださいよ。特に、新藤さん」

 

男は俺を名指しで呼び止めて、振り返ったのを確認した後に告げる。

 

「僕は成瀬(なるせ) 白夜(びゃくや)です。自己紹介が遅れて申し訳ない、新藤さん」

「そうか、覚えとくよ。あと、俺の名前知ってんなら天で構わない」

「わかりました、新藤さん」

「……そうかよ」

 

別に、今となっては気にしていることでもない。

幻想入りをしてからというもの、『神童(しんどう)』とはかけ離れた生活をしていたからだろうか。

それとも、幼かった精神が成長したからだろうか。

白夜のわざとらしい言葉が、(かん)(さわ)ることはなかった。

 

 

 

「で、どうだったの?」

「はい。幻獣は一人で――成瀬 白夜という方によって討伐されました」

 

夕食を終えて、妖夢は幽々子と紫に報告をしていた。

この二人が並んでいる光景も、随分と久しぶりに拝むものだ。

鮮やかな月光を授かる彼女達の表情は、それとは対照的に難しい顔をしていた。

 

「彼の要望で、私と天君が寸止めを条件に手合わせをすることになりました。結果は、天君が敗北、私が勝利です」

「天が、負けたの?」

「ああ。それも一瞬だった」

「俺にも見えなかったよ。目にも留まらぬ、ってのはああいうのを言うんだろうねえ」

 

いつもなら笑っているであろう翔も、考え込んだ表情を前に出した。

ただ、それ以上に妖夢は険しい顔をしている。

 

「私は……あの方は、十分に気を付けるべきだと思います」

「どうして?」

「私が剣で受け止めなかったら――恐らく、()()()()()()()()

 

皆一様に驚きと疑いの色を見せるが、それほど不思議なことでもない。

アンリーシュ、と呟いた後の突進。バックハンドでの不意打ち。

どちらも、途中で止めることを想定した威力や体勢ではなかった。

どうやら翔も、それには気付いているようで。

 

「ま、薄々わかってたけどやっぱそうなのね。幻獣を相手にしてたから敵じゃないと思うけど、これから先、連携とか取れるのかな」

「さあな。ただ、ヤツに連携は要らないのかもな」

 

今日の一対一の積極的な申し込みを見る限り、自信は持ち合わせているのだろう。

事実、その結果がこれだ。

 

「考えてたって仕方ないわ。今日はお疲れだろうし、早めに寝なさい。天と翔も、急に戻ってきてもらっちゃって本当に申し訳ないわ」

「だいじょーぶ、こっちの方が何かと楽しいし」

「俺はまあ、別に。妖夢にも会えたし」

「あら、ずっと会いたかったアピールかしら?」

「天君、こういうところありますからね~。私が恥ずかしいですよ……」

「よっしゃ、今日は五人で寝よ~!」

 

――騒ぎ始める縁側が、俺にはどこか羨ましくも思えた。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

「それで、何なのかしら?」

「私からお尋ねしたいことがありまして」

「聞いてるわよ、だから個別に来てあげてるんじゃない。その内容を聞いてるのよ」

 

私は三人とは別に、紫様と二人で話すようにお願いした。

三人が眠ったのを確認済みなので、誰かが来ることはない。

今回、どうしても気になったことがあったのだ。

忘れたように、暗闇の中を桜の花びらが落ち始める。地面に着いたとき、自然と私の口は開いた。

 

 

 

「……天君の能力、()()()()()()()()()()()()?」

「…………」

 

今までは、疑うことすらしなかった。

彼自身のセンスもあってか、剣技の上達には目を見張るものがあった。

ただ、今日の戦闘といい、成瀬君との一対一といい、おかしい。そう感じた。

 

たった一年、されど一年。そうとは言うものの、一年であれほど実力が落ちるとは思えない。

少なくとも、あの一対一が一瞬で終わり、目で追えないというのも、以前ならばなかったはずだ。

反応できなくとも、気付くことはできたはず。

 

彼の努力で勝ち取ってきた勝利は、確かに彼のものだ。

同時に、修行と戦闘で得た技術と経験も彼のものだ。

私達の応援が遅かったとはいえ、あれほど傷つくものだろうか。

幻獣が強敵であることに間違いはないが、防御に徹すればダメージを重ねることはないはず。

僅か一年の間で、命がけで培ってきたものの大半が崩れたとも考えにくい。

 

「答えてください。彼の能力は、『努力が実りをもたらす程度の能力』なんですか? それとも、そもそも能力を持っていない? はたまた――()()()()()()()()()んですか?」

 

そうして、彼女は目を細めて、こう言った。

 

「……さあ、どうでしょうね」




ありがとうございました!

さて、支援絵を、頂きました、それも二枚!


【挿絵表示】



【挿絵表示】


はい、妖夢ちゃんと栞ちゃんです。
まーあれっすね、支援絵って送ってくれるもんなんすね。正直驚いたもん(´・ω・`)

こちらの二枚、羅雲様に送っていただきました!
可愛いお二方を笑顔で描いてくださり、ありがとうございました!
……なんか、こういう言い方すると私がお願いして描かせたみたいだね()

他に支援絵を頂けたら、許可を取り次第後書きに載せていこうかと思います。
送る際は、ツイッターのDMかハーメルンで私宛てのメッセージに載せてください。

更新はこの通り遅いですが、更新のときにツイッターに告知しています。
タイミング知りたい方は、下のIDからどうぞ。狼々@ハーメルン、ってツイッターでユーザー検索で出るとは思うけど。
あ、趣味垢含めてるんで、普通のことつぶやきますし、リプライもしますよ~。

→@rourou00726

ちょっと長くてごめんね、もうちとだけ。
天君の能力、『努力』なのかそうじゃないのか。
今は皆様のご想像に、おまかせしますね(*´ω`*)

ではでは!


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潜む影

お久しぶりです、狼々です。
一年と八ヶ月。長かったですね。


受験の結果云々に関しては、活動報告に記してあるので、見てください。
簡潔に申し上げると、国立に合格し、その大学に進学する予定です。

随分とお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
一人暮らしが始まり、その準備がまだあるため、暫くは不定期の更新となります。

今後とも、よろしくお願いします。


「はぐらかさないでください」

「真実よ。()()()()()のよ」

 

どういうことだろうか。

わからない。その言葉が誠ならば、誤魔化しではなく、未知。

つまり、紫様ですら正確には判断しかねる、ということ。

 

「……本当にわからない。あの子は背負いすぎた。多くの運命、自身の命を天秤にかけた戦闘。だからこそ、能力が歪んでいる」

「わかりません。私には、貴方の言っていることさえ」

「事実、さっきの天は鈍って――いえ、弱体化してた。『努力』の能力のせいなのか、別の能力か。ないでしょうけど、能力自体が消えたのか」

 

朧気に言葉を残した紫様は、音もなくひび割れた境界へとのめり込んだ。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

――廻り、廻り。

その才は受け継がれることなく焼き焦げるはずである。

 

唯一、花弁を舞い散らせた選ばれし者。

()の者のみが、定められし円環を脱し、永久に溶けける記憶を呼び覚ます。

傑出した才を以て、劣悪かつ非道たる能を制し、失われし魂魄は現世へと顕現する。

絶対的であったはずの趨勢(すうせい)さえも容易に覆すことだろう。

たとえ相手が、一騎当千の(つわもの)であれども。

 

(しか)く既に亡き者の霊魂が、記憶が、才幹が、本来の循環系を逸脱するのだ。

 

「……わからないわ」

 

私は本を机に置いて、天井を仰ぐ。

 

背表紙が空白。かつてこのような本があっただろうか。

記憶を辿っても、そんなものはあるはずがない。

この図書室に置かれた記録すらない。

 

では、この無題名の本は何なのだろうか。

そう思って手に取ったが、最初のページにこれだけ。後は大量の白紙のページのみという異質極まりない構成。

乱調・落丁どころの騒ぎではない。お世辞にも本とは言い難い出来だ。

今まで何百年かけて、数えきれない程の本を読んできたが、こんなことは初めてだ。

 

「パチュリー様、ご夕食の準備ができました」

「わかったわ、すぐ行く」

 

魔力で浮かせた本を棚へ戻し、図書室の電気を消した。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

皆が起きる前に、庭に出て刀を振る。

習慣を蘇らせるのも、実に一年ぶりというわけだ。

 

「随分と体が軽そうだね」

「わかるか? 昨日とはだいぶ違うよな」

 

この体の持ち主でない栞がわかるくらいだ。

刀の重みは抜け落ちたように、体は羽根が生えたかのように軽い。

思うように動かなかった手足も、比べ物にならないほど動いてしまう。

 

「どうしてだろうね」

「さあな。ただ、ブランクとかで説明できると思うか?」

「一日で治るんだったら、そりゃブランクじゃなくてただのド忘れだと思うけどね~」

「違いない」

 

ここまでの変わりよう、説明がつかない。

体調が悪かったわけでもあるまいし、仮にそうだとしても暴論だ。

何もない、偶然にしては差が大きすぎる。

さすがに全盛期に完全に元通りとはいかないものの、その八割の動きは出せているはずだ。

 

「おはようございます。早速こうとは、私も頭が下がりますよ」

「師匠が弟子に頭下げるたあ、こりゃまたおかしなもので」

「まあ、貴方の努力に心から敬服してるのは本当ですから、間違いはありませんよ」

「どうした?」

「は、はい?」

「いや、昨夜は眠れなかったのかな、って」

 

寝不足なのか、少し表情に疲れが見える。

起床からあまり時間が経っていないとはいえ、以前の妖夢ならこんなことはなかった。

修行に集中できるよう、疲労を翌日に繰り越さない。

彼女の性格を考えれば考えるほど、寝不足の状態が不思議でならない。

 

「い、いえ、そうではなくて。紫様に呼び出されて、少しお話を」

「俺には聞かされてないぞ。何かまずい動きでもあったのか?」

 

幻獣に動きがあるのならば、妖夢だけの問題ではない。

あえて縁が個別に呼び出したのか、それともその時間に都合がよかったのが妖夢なのか。

秘密裏に行われた会合に、秘匿性のある情報が交わされたのか。

その存在自体が知れた以上、内容を隠すことはできない。

 

「……今は、言えません」

「は、はあ?」

「ですが、少なくとも危険な状況ではありませんから」

「はいはい、わかったよ」

 

必要がない情報なら、仕入れても仕方がない。

気にならないと言えば嘘になるが、知らなくてもいいなら追求することもない。

妖夢が言えないと言うのならば、それなりの理由があることに間違いはないだろう。

 

「時間も時間ですし、二人を起こして朝食にしましょう」

「ああ。妖夢はあいつら起こしたら、今の内に休んどけ。倒れられても困る」

「……すみません、そうさせて頂きます」

 

妖夢が建物へと消えた、その瞬間だった。

 

――鈴が、鳴った。たった一度きり、反響して。

静かながらも、確かに、弱々しく。

俺は思わず音のする方を向いた。

 

が、そこに広がっているのはひらひらと落ちる桜の花弁の大群だけだった。

 

 

 

昼の修行が終わり、陽が落ちる時間。

俺と妖夢で買い出しを終えて、人里を離れようとしたとき。

 

「おお、英雄様じゃないですか、こんにちは。いや、もうこんばんはなんですかね?」

「……何の用だよ、成瀬」

 

どこかで聞いたような声。わざとらしい敬語。

それもそのはず、昨日記憶に嫌というほど鮮明に焼き付いたのだから。

 

「白夜でいいんですよ、新藤さん」

「そっちが天って呼んだら考えてやる。で、何だよ。こっちは買い物終わったから帰るところなんだが」

「いやあ、昨日の続き、しませんか?」

 

続き、というと、この状況下で指すものは一つだけだろう。

もっとも、彼と俺との間にある接点はそれくらいしかない。

 

「俺には興味ないんじゃなかったのか?」

「まあ、そこのお嬢さんに比べたら。ただ、再戦の余地くらいは与えてもいいかなって。ほら、勘が鈍ってるって言い訳されたくもないですし」

「言い訳するつもりもないし、リベンジマッチを組む必要もない」

「わかりましたよ。ただ、いつかまた、やりましょうね?」

「わかったわかった、俺達はもう行くからな」

 

半ばいい加減に会話を切り上げて、白玉楼へ戻る。

その途中に、妖夢に尋ねられた。

 

「よかったんですか? あのままで」

「人前で自分から刀を抜けってか。あんな風に言われて」

「ご、ごめんなさい。そうではなくて」

「怒ってるわけじゃない。そもそも、俺達は本来、人に刀を構えるために修行しているわけじゃないんだ。意味がない」

 

俺が修行をしている理由こそ、幻獣の討伐。

幻想郷に陰る何かを無力化することにある。ただ、それだけ。

 

奴の得体が知れないのは事実だが、敵でないこともまた事実。

曲がりなりにも刀を背負う者として、訳もなく刀を振るわけにもいかない。

刀を抜いたところで、仲間同士でやり合っても意味はなし。

これ以上騒ぎが大きくなる前に、人里を抜け出してしまうのが最適解だろう。

 

「なんだか、かっこいいですね」

「そうか?」

「ええ。てっきり、勝つまで挑み続けるのかと」

「負けず嫌いと馬鹿は違うからな」

「でも、このまま済むでしょうか?」

「と、言うと?」

「彼が貴方を挑発し続けるのではないか、と」

 

挑発したところで、何になるというのだろうか。

上手いこと乗せた後、何がある。

――何もない。

 

「いや、それもないだろ」

「……それならいいのですが」

 

俺は彼女の口から出かかった言葉を引き出そうとして、思いとどまる。

どうしてそこまで心配するのか、と。

 

 

 

夜が明け、一年越しに幻想郷の朝を迎えた。

昨夜、俺の部屋に妖夢は来たものの、あまりベタベタと甘えなくなっていた。

 

それに加え、一緒の部屋で寝ようともしなかった。

なんだか寂しいような、大人びたことに感心したような。

それとも、俺が気疲れしていないか配慮した結果なのだろうか。

 

「おはよう、我が英雄よ」

「おはよう、栞。お前と朝を迎えるのも久しいな」

「そんな意味深に言わなくてもいいのにい」

「そんな意味深に捉えなくてもいいのにい」

「何してるんですか貴方達は……」

 

隣の布団で起きていた妖夢に呆れられてしまった。

栞のせいだ。俺には何も原因はない。以上。

 

「ねえ。剣を振ってみなよ」

「そうだな。栞も実体化できるようになったらしいし、丁度いい的になるな」

「やだあ! あたしやだ!」

「天君、栞ちゃんには優しくしてあげましょうね」

「俺に冷たくなったのかな? それとも栞に肩入れし始めたのかな?」

 

どちらにせよ、妖夢の対応が手厳しいことに間違いはない。

 

「ええ。私、栞ちゃんが大好きですから」

「天と私どっちの方がって言われたら?」

「天君ですね」

「ひどい、迷いもなく! 裏切り者! 半分幽霊のくせに!」

「お前に関しては半分どころじゃないけどな」

 

いや、あれは幽霊なのか?

それとも、幽霊を超越しているのか?

あるいは、怨念から生まれた悪霊かだな。

もしそうだとしたら、随分と中途半端な怨恨なことだろう。

 

「ふふっ。じゃあ、そろそろ朝食を作りに行きましょうか」

「――ああ、その前に」

「そうだね……その前に」

 

部屋に置いてある刀を取った。

刀身を(あらわ)にし、刃先を喉元へ向けた。

 

「あんた、誰だよ」

「馬鹿さね、こんなんで騙されるのは鼠くらいさ」

「えっと、はい?」

 

妖夢は。いや、()()()()()()()は。

あたかもそれが当然のように、困惑してみせた。

 

刀身に霊力を巡らせ、直後、爆発。

一見、周囲に影響はないように見える。

が、霊力の類を感じ取れる者ならば、肌にチリつくくらいの感覚はあるだろう。

 

ものの十秒で、部屋の襖が弾けるように開いた。

 

「どうしましたか!?」

「……とまあ、こういうこった、ニセモノさん」

 

廊下を相当な速度で走ってきたのは、紛れもない、本物の妖夢。

彼女は己が腰に二刀を添えて、鋭い剣気を放っていた。

 

「なるほど、私ですか。幻術、あるいは变化(へんげ)ですか? しかし、出来がひどいにも過ぎますが」

「……まあ、これくらいは見破ってもらわないと、こちらとしても困るところではあるけれども」

 

容赦なく、首を掻っ切った。

夜を吸い込んだ色の羽は、目前の喉笛を滑らかに一閃。

 

「あ~あ、ひどいじゃないか。生身の人間なら、死んでたよ」

「死なない、か」

 

体すらぐらつくことなく、何者かは()()()()みせた。

切り口は入っているのだが、そこからは深紅の液ではなく、葡萄染(えびぞめ)色の霧が吹き出している。

見ているだけで、過去の災禍を思い出す。忌々しい。

 

「瘴気か。だったら尚の事、見逃せないな」

「残念。君達に捕まるほど、こちらも甘くはない」

 

話を終えたとほぼ同時、妖夢が飛び出した。

 

目にも留まらぬ、とはこのことだろう。

白い霊力の尾を引いて、獲物に猛進する姿は、残像すら残さない。

間合いを詰めるというよりも、間合いを()()()()()。まるで瞬間移動だ。

 

それ以上に速く抜き取られた楼観剣。

しかし、空を切る。

確かにそこにいたはずの偽妖夢は、未来でも見たのだろうか。剣の軌道から正確に逃げ、中庭へと走り去った。

 

「中庭から飛んで逃げるつもりだ! ここで逃がすわけにはいかない!」

「ちっ、私が行きます! 次は、当てます!」

 

偽妖夢が飛び立とうとした、次の瞬間。

数多の霊弾が飛来、偽妖夢を捉えた。

 

無慈悲な鉄槌。塵すら残さないという強い殺気が霊弾越しに伝わってくる。

それが誰のものか、すぐに見当がついた。

顔を知る俺と妖夢でさえ、激しい戦慄を憶えた。

 

「逃がすはず、ないじゃない。せめて、桜木の養分になって散りなさい」

 

彼女は――幽々子は、扇子で優雅に口元を隠して、そう吐き捨てた。

細められた目には、芯のある意思が感じられる。

彼女は、軽蔑を(あらわ)にした双眸(そうぼう)で土煙を中庭上空から眺めていた。

 

数十秒が経ってようやく、土の(もや)が晴れた。

幽々子が捉えた敵の姿は、跡形もなかった。

文字通りに塵芥と化したか、あるいは。

 

「……逃げられた、わね」

 

先程までの彼女とは別人のように、幽々子は独特の丸い雰囲気を漂わせて地へ降りてきた。

 

「そう、でしょうか? 私には、幽々子様に消し飛ばされたようにしか」

「俺にもそう見えた。あの密度の弾幕を避けるなんて、不可能だろ」

「だと、いいけれどね。まあ、多分生きてるでしょうけど」

「喉を切られて死なない時点で、『生きてる』ってのがまず怪しいところだがな」

 

生身の人間なら死んでいた。

奴の声色が、いつの日かに耳の奥底で張り付いた、嫌な雰囲気を引き剥がしているような気がした。

悪寒が駆ける。焦りに追い立てられた。

俺はアレに、いつか立ち向かわなければならないのだ。

そう思うと、実力の差に打ちひしがれそうだった。

 

あの妖夢でさえ、捉えきれない。

あの幽々子でさえ、仕留めきれない。

無論、俺の攻撃など、赤子の手を捻るように流されるに決まっている。

一分にも満たない戦闘で、これほどまでに、自分の不甲斐なさを覚えることになるとは思わなかった。

 

「……天君、大丈夫です。相手も、私達に接触しないといけないほど、焦っているに違いありませんから」

 

妖夢の慰めに、言葉も出ない。

 

「悪い、逃がした」

「仕方がないわ。三人ともそうだもの」

 

二人が屋敷へと戻っていく。

遅れてやってきた翔が、何が何だかわからない、という顔をしていた。

妖夢と幽々子が彼を制止し、背中を押して室内へと消えていった。

 

――何者なのだろうか。

味方、とは到底思えない。

声や見た目は、妖夢と瓜二つだった。変装というよりも、複製というべきか。

それほどに完成度は高く、似通っていた。

 

何よりも、あの声色だ。

妖夢の声と、確かに同じだったように思える。

悔しいというべきか、声だけでは判別は不可能と投げ出すほどに。

 

だが、何かが……耳の内で根を張っている。

彼女の鈴音ですら隠しきれない、犀利(さいり)な――

 

「貴方が気にしても、何にもなりませんよ」

「よう、む……」

 

こちらを心配したのか、彼女はいつの間にか俺の隣にまで戻っていた。

 

正直に、恐怖を感じた。

今、目前に佇む妖夢は、間違いなく本物。

生死を共にし、かけがえのない思い出を共有した、最も大切な人の一人。

 

「私が、本物ですよ。なんならここで、魂魄に伝わる技を、お見せしてもいいですよ?」

 

彼女は冗談交じりにそう言った。

もとより、妖夢を疑うつもりは露ほどもない。

 

「いや、気にかけてくれた優しさでわかるよ」

「迷ったら斬りかかってくださいね。本物なら絶対当たりませんから」

「ははっ、そりゃいいな」

 

それだけ、目指す壁は遠く、厚いということか。

追いつくとまでは言わない。

今は一歩でも、その領域に近づく。

 

ただ。

耳にこびりつく(さび)を取り去ったと。

そう断言することは、俺にはできなかった。




ありがとうございました。

ここまで待ってくれた方へ、感謝を述べたいと思います。
恐らく数人いるかどうかといったところでしょう。
またここからやり直して、頑張っていきます。

今まで待っていただき、ありがとうございました。


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栞の名を知る童女

投稿する、といいながら4日ほど経ちました。

忘れてました。


「では、どうぞ」

「……シッ!」

 

 鋭く息を吐き、気合いを刀に乗せる愛弟子。

 瞬く間に詰められた距離に怖気付くことなく、斬撃をさばく。

 

 一度、二度、三度と代わり映えのない景色が続く。

 幾度も火花が散り、勢いが鈍ってゆく。

 

「やはり、遠慮していますね」

「んなことはない! こちとら全力ですよ!」

「いいえ。貴方は心のどこかで、私を斬ることを恐れている。そんな意味のない自信など捨てなさい。私は弟子に斬られるほど甘くはない」

 

 そう声をかけると、襲いかかる技は鋭く、重くなる。

 体重を全力でかける弟子の様子に迷いはなく、もう甘さはなくなったようだった。

 しかしながら、依然として彼の刀が状況を一転させることはなし。

 

 繰り返すこと十と数分。

 握力が限界にきたのか、刀に覇気がない。

 彼の額や頬には、玉の汗が見え始めていた。

 ここらが潮時だろう。

 

 刀が交わった瞬間、軽く弾きあげた。

 夜桜は彼の手からこぼれ、庭へと力なく落ちる。

 握力がない上に汗で滑るため、彼から刀を取り上げるのは容易だった。

 

「ここまで、ですね」

「……あ〜! どうにもダメだ」

「何事も下積みですよ。刀を取る以前の問題です。十分しか戦えない剣士など、前代未聞です」

「まあまあ、そんなこと言わずに」

「私は弟子を甘やかすつもりはありません。弱音を吐く暇があるのなら、剣を振りなさい」

 

 自分で言葉にしつつ、心が痛む。

 そもそも、彼がこの世界の命運を背負う義務も責任もない。

 逃げ出すことも自由、戦うも自由のはずだ。

 

 私の行動が横暴だ、と言われればそれまで。

 しかし彼が立ち向かう未来を選んだ以上、私は彼に厳しく当たるだけだ。

 それが私自身──師匠としての義務であり、責任である。これだけは間違いない。

 

「……悪い。続けよう」

 

 私を見つめ返す彼の双眸。さらに心が乱される。

 顔色が悪い。当然だ。

 

 極度の疲労。全身に張り詰める緊張感。

 自身が英雄であるという重責と、彼に成り代わる成瀬 白夜の存在。

 唯一性を失いつつある彼の席が脅かされる今、彼の居場所がなくなりつつある。

 勿論、本当に幻想郷に居場所がなくなるわけではない。

 ただ彼にとって『英雄』の座席は彼だけのものであり、少なからず()()()である部分もあるに違いない。

 

 精神も不安定な中、私は彼を応援どころか追い詰めようとしている。

 その選択は紛れもなく私のものであり、自分の行いが正しいのか不安にもなる。

 慰めの言葉を送ろうとして、咽頭の奥へと無理矢理に押し戻す。

 

「そうです、立ちなさい。刀を交えなければ、取り返せないものも、持っているものをこぼすこともある。それが嫌ならば、立ちなさい」

 

 フラつく両足で彼は何とか立った。

 夜桜を正眼に構えるものの、隙だらけの姿勢。

 そこらの一般人ですら、今の彼を叩き斬るのは造作もないだろう。

 

 私がほんの一瞬、彼の刀をもう一度弾こうと、前傾姿勢を取ったとき。

 彼の周りを多量の白煙が包んでいた。

 温かく、朧げに空へと消えるそれは、彼の霊力だ。

 もう絞りきったはずの霊力が溢れ出している。

 

「それ以上はまずい!」

 

 叫んだのは、翔君だった。

 霊力とは、文字通りに自分の魂の力。

 言うまでもなく有限であり、霊力を放出するということは、自分の魂を削ることと同義。

 必要以上にそれが漏れ出す状況が危険であることは、想像に難くない。

 

「大丈夫。あんまり舐められちゃ困るよ」

 

 口にしたのは、意外にも栞ちゃんだった。

 先程まで静かだった彼女が、突然に発した言葉だった。

 

「さっきまで、栞ちゃんの力を借りていなかったのですか?」

「いいや、借りまくってたとも」

「そう、貸しまくってたとも。正真正銘、これは天のものさ」

 

 ありえない。彼の様子を見るに、こんな霊力はどこにも残っていないはずだ。

 体力を温存して、手を抜いていたとも考えにくい。

 では、この力はどこから湧いているのだろうか。

 

 徐々に彼の両目に生気が宿る。

 構えに隙がなくなった頃には、彼の身に纏う雰囲気は、むしろ稽古前よりも鋭くなっている。

 あいも変わらず、その滾る力の出どころは不明。

 私は困惑せずにはいられなかった。

 

「本当に、貴方には驚かされてばかりだ」

「俺も驚いてるよ。自分の師匠が想像以上にスパルタでさ」

「それを言われると困ります」

 

 彼の踏み込む一歩は、想定外のものだった。

 速い。先程までとは動きが違う。

 眼を見張るほどの速度でこちらへと向かってくる。

 真正面で対峙していただけに、ノビがすさまじい。

 けれども、私が捉えられないほどのスピードではない。

 

 刀を合わせ、競り合いが始まる。

 爆弾が作動したような衝撃波。耳を引き裂くような金属音。

 全てが桁違いだった。

 

 どれだけの潜在能力を秘めていたのか。

 それも、無自覚ながらに。

 彼が杜撰(ずさん)な性格ではないことがわかっているだけに、不思議でたまらない。

 最前線で戦っていたときに勝らずとも劣らず、といった具合だ。

 

 心を折るようで申し訳がないが、これも師である役目。

 迷うことなく、彼の刀を大きく吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 今日の修行は終了。

 天君達を白玉楼においていき、人里へと降りて買い物中。

 店々を回りながら、今日のことを振り返っていた。

 

 やはり、どう考えてもおかしい。

 天君との対峙が終わった後、翔君とも手合わせをした。

 彼はというと、予想通り、体力・技術共に低下していた。

 

 それを思えば、やはり天君の体力は常識はずれだ。

 あの回復力は人間では到底ありえない上に、あろうことか勢いが増すなど。

 体があたたまった、とでも言うのか。

 

 ──これも、能力の恩恵なのだろうか。

 彼の底知れぬ体力気力迫力、そして信念。

 宿った能力は『努力』ではない、紫様にもわからないなにか。

 当然この先、休みなく戦う上で、避けては通れない問題だ。

 問題とはいかないまでも、いずれ真実と対面する時がやってくる。

 

 考えをまとめようとした頃には、既に買い物も終わっていた。

 こうして晴天を飛んでいても、心と頭が晴れることはない。

 

 いや、恐らく私が悩んでいることはそれではない。

 考え事をして、一部の村人の内緒話(ないしょばなし)を聞かないフリをしていた、自分の姿勢に自信が持てていないだけだ。

 私にはどうすることもできない故に、割り切ってしまうしかない。

 

「おかえり、待ってたぞ。お疲れ」

「あ……」

 

 ふと気がつくと、私の眼下には白玉楼が広がっていた。

 稽古が終わって疲労困憊しているかと思ったが、出迎えるほどの気力は残っていたみたいだ。

 

「ありがとうございます。すぐに夕食を作りますからね」

「そんなに急がなくてもいいさ。それより、俺は今から永琳のところに──」

 

 天君が口にしたのはそこまでだった。

 不穏な気配が湧いて出た。幻獣とは違う、別のなにか。

 心底掴みづらい、弱々しい影が差した。

 

「一応、行ってみるか」

「そうするのがいいでしょう。何もないなら、それに越したことはありません」

「ないな。俺だけじゃなく、妖夢も感じたんだろ?」

 

 ただ一人の勘違いで済むのならよかったが、二人も違和感を覚えている。

 少し、心の準備をする必要がありそうだ。

 

 

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 俺と妖夢、栞の二人で、様子見へ。

 翔の判断も速やかで、半数を屋敷に残し、残りが確認へ。

 離脱できるようなら離脱を試むように、とのことだ。

 

 俺達以外に応援は見えないため、誰かが異変に気付かない限りは二人で戦うことになる。

 ならば、戦線離脱を優先するのが妥当な選択と言える。

 それが向かうは人里離れた森の奥なのだから、被害が大きくなる可能性は低く、なおさらだ。

 

 細心の注意を払いつつ、着地。

 辺りを見渡そうにも、夕刻を告げる空から差し込む光は少ない。

 さらには、雑木林とも思える木の本数。

 木陰が連続しており、お世辞にも見通しが良いとは言えない。間違いない。

 

「誘われてますね」

「だろうな」

 

 こんな森の奥で、さらに感じる気配は緩く止まっている。

 一歩も動くつもりがないようだ。

 

「人……なんでしょうかね」

「多分。この大きさの幻獣は絶対いないね。私も探してるんだけど、他に手がかりもなさそう」

 

 総出で警戒網を敷くも、栞の言う通り、気配はこの弱々しいものただ一つ。

 なるべく音を立てないよう、忍び足で気配へ近寄る。

 

 あと十メートルほどの位置で、気配が消えた。

 それを察知したらしい妖夢を、面食らった様子だった。

 

「一旦引き返すぞ。静かに戻って──」

「その必要はない」

「は──」

 

 後ろから俺の言葉を遮ったのは、覚えのない声の持ち主だった。しかも、相当に若い。

 若いというよりも、幼いという表現が適切だろうか。

 思わず振り返ると、妖夢の他にいたのは、年端も行かぬ少女だった。

 

「む、お主が新藤という者か。実物は思いの外若いな」

「いや、君に言われたくはないし。それより、迷子なのかい? 人里まで送っていくよ」

 

 あどけなさが全面に出た容姿とは似つかわしくない、古風な話し方だ。

 幻想郷は外の世界よりも文化は遅れているが、喋り方もそうなのだろうか。

 少なくとも、俺が以前いた頃にそういう言葉遣いをしていた人は見たことがない。

 

「たわけ。妾が呼んだのじゃ。なぜ妾が赤子同然の扱いを受けにゃならんのだ」

 

 呼んだ。俺達を、この小娘が。

 あまりに突飛な通告だったが、刀に手をかけるくらいはできた。

 

「……何の用だ」

「時雨、という名に聞き覚えがあるじゃろ。どこにおる」

 

 今、この少女は何を言ったのだろうか。

 時雨という人名に覚えはないか、という質問。

 俺の警戒心は最高潮に達し、脳内で警鐘が鳴り止まない。

 

「いるもなにも、もう死んだ」

「ほう、そいつはお主が斬り伏せたのか?」

「そうだと言ったら、どうする」

「そうか。ならば、()ね」

 

 小さな体躯は、俺の視界から消えた。文字通りに。

 臨戦態勢は取れていた。見逃すはずもない。

 そもそも、真正面で捉えた相手を見失うなど──

 

「右じゃ、ウスノロ」

 

 衝撃。理解が追いつかないまま、左へ体が吹き飛んだ。

 すぐに背中から巨木に激突し、肺の中の空気が無理矢理に押し出された。

 

 妖夢が驚いたのも一瞬で、少女の方へ詰め寄った。

 しかしそこでも、少女の姿は砂埃すら起こさずに消えてしまう。

 瞬く間に少女が現れ、同時に妖夢の体躯は吹き飛ばされた。

 俺と同じく木にぶつかって、土の上でうずくまっている。

 

「あ、ぐっ……!」

 

 見た限りは蹴りを入れられたようだった。

 自分で体感してもわからず、謎の衝撃に吹き飛ばされた感覚。

 妖夢を心配しようにも、自分の体が先に悲鳴を上げていて、大きく声を発することすらままならない。

 

「どうして……いや、でも……」

「あ、あぁ……?」

 

 胸部に鈍痛が走る最中、栞の消え入りそうな声に途切れ途切れながらに反応した。

 

「やはり時雨は──どうしようかの」

 

 対する少女は何事もないように、溜め息混じりに呟いた。

 苦痛に侵された体を懸命に起こし、再び柄に手を添えたときだった。

 

「天、そいつ殺さないで」

「は? 手加減とかしても意味ないし、第一そんな余裕は──」

「いいから!」

「おお、そうじゃったな。そっちは楽しくやっておるかの、栞?」

 

 矮小な少女は、彼女が知るはずのない者の名を口にした。

 栞の名を知る童女は、不敵な笑みを浮かべて、こちらを見据えていた。




一人暮らしにも慣れてきました。
意外と自炊とかもできました。

投稿の頻度はどうなるかわかりません。


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雷落ち、希望堕つ。

遅れてすみませんでした。
大学始まってすぐに世の中大変なことになり、色々しなければいけないことが増えました。

一人暮らしにも慣れてきましたが、なかなか時間がとれないことも事実。
時間作って書いていきますので、これからもよろしくお願いします。


 眼前に立つ少女は、敵か、味方か。

 その迷いが俺の中で膨張した瞬間だった。

 

「私は……信じたくないけど」

「信じる信じないではない。これが事実じゃ、お主と袂を分かつつもりはなかったが、その男は時雨の命を絶ったというのでな」

「お前、時雨が何をしたかわかっているのか?」

「もちろん。しかし、それは時雨が悪だの正義だのという問題ではない。親しい者を眠らせたならば、相応の報復を執り行う。それが人道に反するとしても、一感情として自然ではないかの?」

 

 どうやら、彼女を敵味方で分けることは困難を極めるらしい。

 一番適切なのは、『時雨の味方』という区分だろう。

 だがこの場限りでは──間違いなく敵だ。

 

「それで、お前は誰なんだよ」

「妾に聞くよりも、栞に聞いた方が早い。のう?」

「彼女は……朱里(あかり)は、私の()だよ」

 

 栞の姉。名は朱里。

 信じられない。なぜ栞の姉が今の時代を生きている。

 栞は生霊となり、刀の使用者と共存していたから現在も存在しているわけだ。

 生身の人間が自然の摂理に従って何百年も生きられるはずがない。

 

「そういうことじゃ。たとえお主が栞の依り代(よりしろ)であろうと、妾は殺すぞ」

 

 ひどく冷たい目をしていた。栞の血が混ざっていることを疑問に思うほどに。

 彼女にとって、時雨がどれほど大事な人物だったのか。

 それを明瞭に示す眼差しだった。

 

「……盲目的だな。ヤツが真っ当な人間とは到底思えないが」

「たわけ。時雨の為すことなど、極論妾にとってはどうでもよい。幻想郷(ここ)がどうなろうともな」

「じゃあどうして、時雨を探してた? 何がどうなっても、アンタには関係ないはずだが」

「簡単じゃ。生にしがみつくのは、お主らと同様、妾もである」

 

 朱里の言うことが本当ならば、やはり彼女が生きているのは異常なことだ。

 なにかしら延命の手段を時雨が持っていた、ということが予測できる限り。

 そしてこの瞬間、俺の本来の目的も、たった今達成されたわけだ。

 

 地に伏していた妖夢が起き上がり、刀を抜いた。

 俺が会話の内に稼いだ時間で、妖夢は距離を詰め、刃が肌をなぞるまであと一秒もない。

 朱里も音で攻撃を察知したものの、もう避ける時間もない。

 背中から一閃すれば、致命傷を免れる理想的な鎮圧ができるだろう。

 

 ──そう予想していた俺が馬鹿だったのかもしれない。

 朱里が妖夢の接近に驚いた瞬間に、またも彼女は霧のように消えた。

 動きが速すぎる。時が止まったとしか思えない。

 ちょうど咲夜が、時間を停止させて移動しているような感覚だ。

 

 だが、妖夢はそれすらも想定していたらしい。

 刀を振り終えてすぐに右へと飛んだ。

 まもなくして妖夢の顔の左を朱里の蹴りが凪いだ。

 

「ほう、お主はできるのう」

「一応、彼の師匠なもので」

「妾は新藤にしか興味はない。お主が手を引くならば、妾も引くことを約束しよう」

「彼を置いていけと? 冗談じゃない」

「これほどの手練を殺めるのも存外惜しいが、仕方あるまい」

 

 呟いて、彼女は()()()()()

 かなりの速度で妖夢に襲いかかっているが、見えないわけではない。

 妖夢は自らに向かう蹴り・殴りの全てをいなしていた。

 剣術だけでなく、体術すら高練度で会得しているとは、俺でさえ初めて知った。

 

「ふむ。武術も中々じゃな。もっと惜しいのう」

「疲弊したようには見えませんが、動きが見えてますよ」

「妾もアレはできる限り使いたくないんじゃ。()()()()()()からの」

 

 拳を交わし合う最中、朱里の視線は当然ながら妖夢に釘付け。

 仕掛けるなら今しかない。

 しかし先程の妖夢の奇襲失敗を見るに、接近しても無意味だ。

 ならば、俺が取れる行動は一つ。

 

 木に背をつけながら、立ち上がることなく刀を勢いよく抜いた。

 その軌跡は形を残しつつ、白く輝いて朱里へと急接近した。

 

 飛ばす斬撃。霊力を刀にまとわせ、弾幕の要領で飛ばす、俺の唯一の遠距離攻撃。

 弾幕を構成する霊弾とは異なり、抜刀が必要な代わりに、霊弾よりも鋭利で素早い攻撃が可能となる。

 正に、この状況に最適な攻撃手段だと言える。

 

 狙いは足元。まず動きを止めなければ勝ち目はない。

 群生する草の上を這うように進む白の斬撃は、朱里の肌に食い込んだ。

 半月は留まることを知らず、さらに通る先の木を根本から両断し、空へと消えていった。

 

 この際、彼女の両足に関してはどうしようもなかった。

 支えを失った木々は倒れ、遮断されていた夕焼けの赤色光がその場に灯る。

 

「使いたくない、と言ったばかりじゃろうに」

 

 幼気を孕む声は、眼前で響いた。

 現実を否定する余裕もなく、全力で右に飛んだ。

 

 刹那、俺が背中を預けていた木が大きく軋る。

 同時に木の折れる独特の嫌な音を響かせながら、裂けた断面を見せて幹が折れる。

 倒れた側の幹には、黄褐色の中身が円筒形に見えた。

 

 ──たったの一蹴で、大木を蹴り倒したというのか。

 

「よく避けたな」

「まだ死ぬわけにはいかないもんでね」

「やめてよお姉ちゃん!」

 

 ついに栞が声を荒げた。

 本人でも心の整理がついていないだろうに。

 だがこれによる結果がどういったものになるか、俺には予想がついた。

 

「栞の頼みとはいえ、聞く気になれんな。新藤以外はどうでもよい、裏を返せば新藤だけは逃さぬ。無理な相談じゃ」

 

 返された答えは想像通りのものだった。

 彼女の発言が全て真実であるという前提の上で、言葉を辿る限り、彼女は第三勢力に位置する。

 幻獣側でも、幻想郷側でもない。

 

 幻獣殲滅と幻想郷の平和維持が目的である以上、第三勢力(かのじょ)を敵に回す必要は全くない。

 この敵対は完全に無意味で、なるべく避けたいものだった。

 

「……俺が犠牲になれば、何もしないと約束できるのか? そんな保証どこにもないだろ」

「立場をわきまえろ。狩られる側が要求できると? とはいえ、まあ案ずるな。先述の通り、お主以外がどうなろうと妾は知らぬし興味もない。危害を加えるつもりも、お主らに加担するつもりも毛頭ないな」

 

 そこまで言って、妖夢が戦線復帰。

 一閃という言葉を体現させたような、瞬き一回が死を呼ぶ速度の斬撃。

 そんな高度な技にもかかわらず、今度は消えるまでもなくかわされてしまった。

 彼女が紛うことなき強敵であることを再確認させられた瞬間だった。

 

「確かに速いが、追えぬほどではないな」

「……天君。貴方がどう思おうと勝手ですが、それを周りが許すかどうかは別問題ですよ」

「ああ、わかってる。そんなつもりはない」

「戦力どうこうの話でないことを今更言わねばわからないとは思っていません」

「自己犠牲、か。それもよい。手間が省ける。こうしてはいるが身の上、妾も時間が惜しい。ただし、お主らにとって最善かどうかは別じゃろうな」

 

 これは本来避けられたはずの戦闘だ。

 ここで妖夢を消耗させるよりも、ずっといい解決法なのかもしれない。

 頭で考えていても、いざ命を投げ打つとなると、すんなりと心の整理はいかないものだ。

 ほんの一瞬、返答を渋ったその時だった。

 

 夕焼けがなくなっていたことに気がついた。

 はっとなり空を見上げると、そこからは暖色の一切が消え失せていた。

 広がるは黒雲、陽の光を断ち切る分厚い黒雲。

 いつから。いつから、曇っていた? 

 

 その異変に、妖夢も朱里も、栞も気がついた。

 どうして、と口にする前に雲のある一点がさらに肥大化し、厚くなった。

 何かが起こる。おかしなことが。直感の域を出ないが、ただの自然現象でないことは見て明らかだった。

 

 二重の意味で暗雲立ち込める中、天に轟く雷鳴。

 雨粒すら置き去りに、先に咆哮が聞こえた。それも二つ。

 一つは、水のカーテンを下ろすより早く地上へと降りた落雷の。

 一つは──全身が黒色の、巨大な獣の。

 

 驚くということすら遅れた。

 絶句。あまりにも理解し難く、理解したくない状況が脳をパンクさせた。

 そしてようやっと自身の思考が戻されたときは。

 

 眼前の妖怪が再び唸り、その巨体に雷が命中したときだった。

 全身を眩く発光させている。皮肉なことに雷を纏う姿がこの場の唯一の光であり、最大の絶望だった。

 

「──退くぞぉぉおお!」

 

 考える余裕はなかった。

 予見できるはずもなく突然に構成された三つ巴。

 一度この場を去るべきだ。少なくとも、朱里を相手にしながら俺と妖夢の二人で捌ける相手じゃない。

 

 朱里一人ですら手に負えないというのに、構っている余裕などあるはずもない。

 鋭い眼光。人ふたり分はあろう巨躯。落雷を帯びる異常生物。

 一瞬見ただけでわかる。朱里を含め、今まで俺達が戦ってきたどの相手よりも、圧倒的に強い。

 格が違う、というのは正にこのことだろう。それが瞬き一回で理解できてしまう絶望に浸った暇すら惜しむほどに全力で撤退にかかる。

 

 俺と妖夢はすぐさま上空へ飛んだ。

 強烈な光に追いつかれぬよう、脱兎のごとく。

 森の中にも外にも朱里の姿が見えない。彼女も危機的状況に瀕して離脱を選択したのだろう。

 

 彼女をみすみす逃すことになってしまったのは残念だが、そんなことも言っていられない。

 俺達にできることは、とにかく可及的速やかに距離を取ることだった。

 振り返ることなく一面を覆う黒雲の下を飛翔した。

 

 百メートルは離れたというところで、獣の咆哮が空気を揺るがしたのを感じた。

 これほどの距離で鳴き声が聞こえるという事実がまた恐ろしさを増幅させた。

 

 そして、()()()()()()

 

「は──?」

 

 間違いない。脅威が去った。

 先程まで肌をチリつかせるほどの威圧感が完全に空気に溶けてなくなっていたのだ。

 そして徐々に徐々に、空を張り巡っていた厚い黒雲が欠片も残さず霧散していく。

 非現実的な超常現象に、俺と妖夢はただ驚くことしかできず、ついにはその場に留まって浮遊に移っていた。

 

「これ、は……」

 

 呟いてすぐに、四人目の声がその場に現れた。

 

「あんた達、大丈夫!?」

 

 こちらを心配する声は、血相を変えて飛んできた霊夢のものだった。

 後続してレミリア、咲夜、魔理沙の三人がやってくる。

 対幻獣メンバーの一部が対処に飛んできたようだ。

 

「ああ、問題ないが……色々と整理が追いつかない」

「無理もないよ、情報過多が過ぎる。あまりに突飛なことが起きすぎてるもん」

「……不甲斐ないわね。もう少し早くに未来視できていればよかったのだけれど」

 

 応援が駆けつけ、正直ほっとしていた。

 だが、それも束の間の安息だった。

 

 先程の猛獣ほどではないが、嫌な気配が空気を電波した。

 邪気を孕んだ悪しきオーラ。紛うことなき幻獣の気配。

 しかし、その一つの大きさはかなり小さかった。

 

 そう安心する暇もなく、再び絶望が俺の精神を蝕んだ。

 じわじわと彼方で増え続けるか細い気配。その数が()()()()()()()()()のだ。

 十や二十程度では到底及ばない、数えるのすら億劫になるほど途方も無い数。少なくとも百は上回るに違いない。

 

「出番ね。魔理沙、ここは任せるわ。私は迎撃組にも声をかけてくる」

「ああ、そうした方がいいだろうな。この人数じゃ、いや討伐組が全員揃っても足りないかもしれないから。足止めは引き受けるわ」

 

 栞含め、俺達六人がそのまま前進、霊夢が来た道を引き返す。

 しばらく飛行を続けると、波となって押し寄せる邪悪の粒が目視できた。

 

 齢十に満たぬ子供ほどの背低(せびく)の鬼。

 その体は見るに堪えないほど痩せ細っており、歩いているのが不思議なくらいだ。

 

「餓鬼、ですね」

 

 妖夢が口にした妖怪の名は、餓鬼。

 常に何かに飢えた存在であり、飢える対象は様々だが、その何かを渇望して人々を襲う妖怪だ。

 渇求(かっきゅう)の大群は森を進軍、少しずつだが確かに人里へと向かっている。

 感じた通り、一個体の脅威はそこまでではないが、波となって押し寄せるとなれば話は別だ。

 ここで食い止められなければ、村が呑まれる。

 

 意を決して刀を抜いて、急降下。

 勢いそのままに、先陣を切る鬼の頭を両断。

 軍勢を一瞥し、言い放つ。絶望に支配される前に、心を支えるためにも。

 

「悪いな。こっから先は通すわけにいかないんだ」




だいたいの構想は決まってるので、あとは書くだけです。
そう考えると、他作品よりは目に見えない歩みがあるのでしょうか。

次回がいつになるのかも不明ですが、どなたかの作品更新のついで程度にでも楽しみに待っていただけると幸いです。


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鬼を切るに時は要らず

最近書くペースが上がった気がします。

書いてたら少し長くなったので、二話に分けました。
すると、なんと一話にするにはちょっと短い長さに。お許しください。

帯に短しなんとやら、ってやつですかね。


 斬った。

 斬って斬って、もうどれだけの時間が過ぎただろうか。

 

 頭を斬り飛ばし、胴体を二つに両断し、心の臓を貫いた。

 何体の餓鬼を処理したか、途中から数えるのも忘れた。

 

「──マスタースパークッ!」

 

 超極太のレーザーが地面ごと抉り取りながら直進、軌道上の鬼は跡形もなく消え失せた。

 この五人の中で、最も火力の高い魔理沙の攻撃。

 範囲も広く、今回の戦闘において間違いなく主軸となる人物だ。

 

 そう、その主軸の攻撃はこれで計()()なのだ。

 三度地面を削り、三度餓鬼を飲み込んだ。それも一度に二桁は下らないほどの大きさであるレーザーで。

 

 俺達が最初に見た餓鬼の分は既に狩りきったはずだ。

 命尽きた餓鬼は煙となって空に消えるため、とどめを刺し逃しているわけでもない。

 確実に処理し、数は減っているはずなのだが。

 

「ほんっとこいつら、どんだけいるんだよ!?」

 

 ついにうちの大砲が叫んだ。

 本人が最も事の重大さに気付いているようだ。

 彼女自身、自分の攻撃が主力であることを理解しているだけに、この理不尽な状況に声を上げずにはいられなかったようだ。

 

「神鎗 スピア・ザ・グングニル」

 

 レミリアが槍を投げる。

 薔薇色の槍が地面スレスレで地と平行に、目にも留まらぬ速度で敵を複数穿つ。

 勢いそのままに、後続の餓鬼を貫き、貫き、次々と串刺しにしながら空に吸い込まれた。

 

「なん、だと……!」

 

 俺は無意識に呟いていた。

 レミリアの投げた槍は、貫いた餓鬼を伴って空に軌道をズラしたのだ。

 槍に串状に刺さっている餓鬼の数は、どう見ても両手で収まる数じゃない。

 

 それはつまり、この先には槍に刺さっているだけの餓鬼の()以上の数が存在する。

 一層──横一列に並ぶ餓鬼はおおよそ二十ほどだろうか。

 単純計算で、これからまだ()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

「雨を斬るに三十年、空気を斬るに五十年」

 

 かすかに聞こえたのは、妖夢の声だった。

 抜刀の構えを取り、目を瞑って集中している様子だった。

 

 感覚だが、俺が今まで見たこともない大技を妖夢が出すだろうとわかった。

 彼女はここが戦場であることを忘れさせるほど落ち着いていた。

 無防備状態である彼女に襲いかかる餓鬼を払いながら、時間を稼ぐ。

 

「時を斬るに二百年。先は遠い。ならば──」

 

 体が傾いた。

 すぐ、音もなく刀の柄を持つ手が動いた。

 しかし、それだけだ。抜いたわけではない。

 

 ……いや、抜いたのか? 

 ありえない。人の目では到底追いつかない速度だ。

 それに金属音どころかそよ風の音すら聞こえず、風の感触すら伝わっていない。

 

「──鬼を斬るなど時は不要。せめて一陣の風に散れ」

 

 そう言い終わって、一斉に数多の鬼が哭いた。

 体が完全に上下に切断され、哭いたのだ。

 それは一層の鬼共に留まらず、さらに奥二層ほどまでの鬼が哭いた。

 

 紫色の血潮と体だったものは煙となって消えた。

 格が違うとはこういうことなのか。

 

 俺が一年前、最後に妖夢を見たときとは別人のようだ。

 鍛錬を続けているため、以前よりも強くなっているとわかっていたが、まさかこれほどまでに成長していたとは。

 当時の彼女も十分強かったが、比べ物にならないほどに今の妖夢が強すぎる。

 五十を超える鬼をたった一閃で断つ異常な光景に、この場の全員が驚愕に溺れた。

 

 知性を持たずただ前に進むだけの能無しも、さすがに足を止めていた。

 俺達はこの好機を逃すことなく前へ詰める。

 

「奇術 『エターナルミーク』」

「魔符『ミルキーウェイ』」

「神術『吸血鬼幻想』」

 

 チャンスを掴む目は彼女達も持っていたようだ。展開の速さと範囲の広さを重視したスペルカードの突進。

 うろたえた餓鬼には当然対応不可能。その多くが弾幕の海に飲まれていった。

 

 近接戦闘型である俺と妖夢は三人の弾幕の間を抜け、敵への追撃を試みた。

 そのとき、鬼が慌てて撤退の姿勢を取ったのだ。

 

 こちらへ背中を向けて逃げる鬼の一匹に照準を定め、刀を手に取る。

 

紫電一閃(モーメント・エクレール)──ッ」

 

 踏み切った第一歩、急激に距離は縮まり、紫の雷を迸らせた居合は敵を切り裂く。

 そのはずだったのだ。

 

 俺の中で一番展開が速い技が、()()()()()()()

 ノビは十分だった。距離の目測が狂ったわけでもない。

 弾き出した答えは一つ。()()()()()()()。それ以外にない。

 

 俺の失敗を見て、フォローに入ったのはレミリアだった。

 スペルカードの詠唱を惜しみ、出したのは通常弾。

 しかしその速さは今まで俺が見たどの弾幕と比較しても、最速であることに間違いはない。

 彼女を中心に前方へ白い円形の弾と火の玉状の弾が蝙蝠(こうもり)と共に現れて出た。

 

 効果抜群の不意打ちは、鬼全員の足を釘付けにした。

 撤退を遅延させた今が畳み掛ける最後の好機に違いない。

 

「──夢想封印」

 

 数々の大きな有色弾が、鬼を真上から容赦なく押しつぶした。

 逃走経路と軍団の両方を塞ぎ、あれほど溢れ返った鬼は一匹と残っていなかった。

 夢想封印。このスペルカードは間違いない。

 

「霊夢!」

「どうやら、間に合ったようね」

 

 尻尾を巻くことすら許されなかった鬼達は一点に固まっていたため、霊夢の一撃がこの戦いに終止符を打った。

 

 霊夢に続いて翔や早苗が来てくれたものの、残念ながら今回は出番がなかった。

 とはいえ、こちらに余裕があったわけでは決してなかったので難しい話ではある。

 こちら側が受け身であり、戦線も若干だが押されていた。

 あのまま戦闘が長引いたと考えると、彼らの力を借りる未来が容易に想像できる。

 

 だが、申し訳ない気持ちからか早苗がお祓い棒──後で本人に尋ねたところ、大麻(おおぬさ)という名前らしい──を振っていた。

 遠目で見たら可愛らしいのかもしれないが、事情を知る俺達にはどことなく馬鹿っぽいというか、アホっぽく見えてしまう。もちろん口にはしないが。

 そんな光景が見られるほどこの場全員の緊張は緩んでいた。

 

「ともかく、皆お疲れ様。今日はゆっくり休んでちょうだい。後のことは私がやっておくから。これ以上何もないとは限らないから、油断だけはしないように」

 

 霊夢の一声で、この場は解散になった。

 

「天君、先程は守ってくださりありがとうございました」

「いや、全然。それより、やっぱり妖夢はすごいな」

「大したことではありませんよ。大きすぎる隙が理由で中々使い所のない技です。やはり、貴方を信じてよかった」

 

 これだけの大技を見舞ったにもかかわらず、謙虚な性格は変わらず。

 いつかこの高みを覗く日が、どれだけ遠くのことか。そもそも来ない確率の方が高そうだ。

 

「レミリア、助かったよ」

「ええ。少し嫌な未来が見えたからなんとかなっただけよ」

 

 未来視が可能なレミリアには何度も助けられている。

 これがきっかけで窮地を脱したときもあり、今回といい頭が上がらない。

 

 彼女と話している途中、ある一人が俺に手まねきしているのが見えた。

 周囲を気にしているのか、辺りに目を配らせながら、自分からこちらへ向かってくることはない。

 

「新藤 天様」

 

 俺の名前をフルネームで呼んだのは、レミリアの付きメイドである咲夜だった。

 一時期レミリアの館に住まわせてもらっていたこともあり、堅苦しい呼び方に戻る必要はないと伝える前に彼女が先に続きを話す。

 

「パチュリー様より言伝を預かりました。図書館を訪れるように、と」

「パチュリーがか? 珍しいな」

「なんでも、興味深い本があるとか」

「急ぎなのか?」

「そう預かった覚えはありませんが、私に預けたというのは恐らくそういうことかと」

 

 物静かな本の虫が客を招き入れること自体、耳を疑うレベルだ。

 彼女の性格上、いくら彼女が本好きとはいえ誰かに本を勧めるタイプではない。

 

 それも、形に残る本を可及的速やかに──本人の意志は定かではないが──見せようとするのは、多少引っかかる。

 加えて、なぜ俺なのかという疑問も浮かんだ。

 

「悪い、妖夢──」

「……それと、図書室に向かう途中、誰にも見られないようにと」

 

 妖夢に一足先に白玉楼へ戻るよう断ろうとしたとき、咲夜が追加で情報を落とす。

 他の一切に聞かれないように、耳元でささやいて。

 

「お嬢様にも、できるだけ内密にするよう言い付かっております」

 

 ますます不思議だ。

 屋敷の当主であり、親友のレミリアにさえ秘密にしているというのか。

 なぜそのように極秘で俺を呼び出すのか、思い当たる節が全くないだけに不思議でならない。

 

「どうかしましたか?」

「ああいや──買いたい物があったのを忘れてたんだ。先に戻ってご飯作っといてくれないか?」

「それは構いませんが……買い物なら私もお付き合いしますよ」

「大丈夫。重いわけじゃないし、すぐ済ませられるから。幽々子が駄々こねる前に作ってあげてくれ」

「だ、駄々をこねるまではしないと思いますが、わかりました。急ぐ必要はありませんから、終わり次第帰ってくださいね」

 

 妖夢達と別れ、誰からも視線が向けられていないことを確認し、一旦人目の少ない森へ。

 そのまま森から抜けることなく、空を飛ばずに紅魔館へ徒歩で回り道。

 こうすれば、俺を目撃される可能性を最小限に抑えられる。

 

 周り込んだだけに少々時間がかかったが、無事紅魔館に到着。

 予めパチュリーが鍵を開けていたのか、玄関から堂々と侵入できた。

 誰とも会いませんように、と心の中で祈りながら忍び足で図書室へ。

 祈りが通じたようで、隠密侵入は成功。図書室の扉を開けるに至った。

 

 中に入ってしばらく歩いて、ようやく声が聞こえた。

 

「両手を挙げて止まりなさい。振り向かないで」




お疲れ様でした。

次の話はもう完全に書ききっているので、早く上がると予想されます。
まあ、それもこれも別作品の進行次第ではあるのですが。

ありがとうございました。


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花弁

出してないことに気づきませんでした。
二期は恋愛ではなく、ストーリー中心で進めていきます。
ないわけじゃないですけどね。


 声が聞こえたのは後ろからだった。

 目視こそしていないが、声の主はパチュリーだ。

 素直に従って抵抗の意思がないことを示し、しばし待つ。

 何色かの光が後ろで焚かれているが、一体何をしているのか俺にはさっぱりだ。

 

「……違うようね。もういいわよ」

「なんだったんだよ、全く」

「悪いとは思ってるわ。でも仕方ないでしょ、()がいるんだから」

 

 振り返って、ようやく面と向かった会話が始まった。

 目で見て確認したが、パチュリーに間違いない。

 それはいいとして、彼女は今「狐」と口にしたのか? 

 

「なんだよ、狐って」

「貴方が一番よく知っているはず。他人の皮を被った人を化かす狐と戦闘した、と聞いたのだけれど」

「ん? ──あぁ、そういうこと」

 

 俺が偽物の妖夢と戦ったことを、彼女はもう既に知っているわけだ。情報が早いことこの上ない。

 他人に化ける狐のような存在がいると発覚した以上、そいつが本人とは限らないわけで。それはもちろん俺も例外ではない。

 咲夜が話しかけたところから狐が入れ替わっているとすると、ここに立つ俺が本物でない場合もありえる。

 さっきの光は、恐らく魔法を使った探知だろう。

 

「ここへ来るまでに、人目はあった?」

「見られないよう善処はした。探知に引っかからないように霊力を消して盗み見たりしてない限りは大丈夫なはずだ」

「そう。ならさっそく本題に入るわ。この本を読んでみてちょうだい」

 

 本棚から一冊の古びた本を器用に呼び寄せる。映画の中での出来事のようで、実に魔法使いらしい。

 彼女の手に吸い込まれた本に表題はない。その割に分厚く、最早本という分類になるのか怪しいものだが。

 これほどの厚さだと、辞書かそれこそ魔導書の(たぐい)と言われた方がまだ納得できそうだ。

 

「なんだよそれ」

「いいから。中を見たらきっと驚くわ」

 

 言われるがままに中を開く。

 

『──廻り、廻り。

 その才は受け継がれることなく焼き焦げるはずである。

 

 唯一、花弁を舞い散らせた選ばれし者。

 ()の者のみが、定められし円環を脱し、永久に溶けける記憶を呼び覚ます。

 傑出した才を以て、劣悪かつ非道たる能を制し、失われし魂魄は現世へと顕現する。

 絶対的であったはずの趨勢(すうせい)さえも容易に覆すことだろう。

 たとえ相手が、一騎当千の(つわもの)であれども。

 

 (しか)く既に亡き者の霊魂が、記憶が、才幹が、本来の循環系を逸脱するのだ』

 

『鉄の意志を持つ者こそ相応し。

 英霊は決意強き者を選び、英魂は運命に従う。

 (すなわ)ち、兵が兵たらしめるのは運命(ゆえ)であり、決して偶然などではなし』

 

「……なんだこれ」

 

 変というか、言い回しが少々古臭い。

 文の一部で古語が用いられており、本の劣化具合を合わせて考慮しても、少なくとも最近刷られたものではないことは確かだ。

 

 いや、刷られるというと語弊があるか。

 本ではあるが、フォントを用いた機械的な文字で印刷されているのではなく、毛筆を用いた直筆で書かれている。

 となると、複製は難しいのでごく限られた数しか存在しない。複製どころか、この世に一冊だけの可能性すら捨てきれない。

 この図書館もかなりの規模だが、ここに収められた図書は魔術書の類がほとんどを占めている。

 パチュリーが気まぐれで仕入れたにしては不自然だ。

 

「どう思うかしら」

「どうって……世界には色んな本があるんだな、としか」

「まだ二ページしか読んでないでしょう? 続き、読んでみなさい」

 

 促され、めくる。

 しかし広がったのは、白紙の見開きページのみ。

 思わず怪訝な顔をして引き続きページを繰るも、またも白紙のページが続く。

 さらに一枚、もう一枚とめくっていくが、変わらず白、白、白。

 

 文字が書かれていたのは最初の二ページだけで、後は全て白紙のままだった。

 この厚みだと、全部でおおよそ五百ページほどあるだろうか。五百ページが白紙の本など、世界に一つもないに決まっている。

 現に該当する本が目の前にあることが信じられないくらいだ。

 

「なあ。落丁ひどくないか?」

「きっと日本酒飲みながら作ったのね。それと、鉄の意志を~って始まる二ページ目、あったでしょう?」

「ああ」

「それ、私が最初に見たときはまっさらの白紙だったから」

「はあ?」

 

 夢か幻とでも言うのか。それとも自然に文字が浮き出たとでも言うのか。

 魔法が存在する幻想郷とはいえ、勝手に加筆する魔法など聞いたことがない上に誰が何のために仕掛ける魔法だろうか。

 墨で書かれた文字も乾ききっている。ページの劣化も考慮すると、書かれた時期と紙ができた時期は一致していると見て問題ないだろう。

 そうなると、後から加筆されたということ自体がありえない話だ。

 

「見落としたんだろ。ページいっぱいあるし、何枚か一気にめくったとか」

「最初の見開き二ページよ? 左は文字、右はもう白紙だったのよ。それこそないわ」

「……確かに」

「魔法の痕跡もなかった。でも文字が増えてるのは間違いない。奇妙でしょう?」

 

 奇妙というか、不気味というか。もしかすると、見てはいけないものを見ているのだろうか。

 呪われているだとか、呪術関連などの心配と恐怖で寒気を感じてしまう。

 説明がつかないことが多すぎて、何から突っ込むべきか判断もつかない。

 

「この本に何かあったらまた知らせる。絶対に口外しないことね」

「待て。そもそも、なぜ俺なんだ? それこそレミリアとか、共有すべき人物がいるはずだろ」

 

 俺に紅魔館に訪れるよう伝えた咲夜には情報共有を済ませているはずだ。

 しかし、彼女の言葉が真実ならばレミリアはこのことを知らない。

 幻想郷が揺らぐ今、この本が何かの鍵を握る可能性──俺には微塵も感じられないが、なきにしもあらずといったところだ。

 

「貴方が戻ってすぐ、この本を見つけたわ。もちろんこんな本を収めた記憶はない。気付いたら棚の中にあったのよ。貴方が再び幻想入りしたタイミングでね。これは偶然かしら?」

「さあな」

「でしょうね。貴方が知るはずない」

「たまたまってことはまあ、少し考えにくいかもな」

 

 ここまで都合良く重なると、偶然と片付けるにはほんの少し惜しい。

 何か他に理由がある線で考えるのが自然だろう。こじつけと言ってしまえばそれまでだが。

 そもそも、このような不気味な本に自然不自然を呈すること自体がナンセンスな気もするが。

 

「それに貴方は目立つ。今後、英雄と言われるほどの人物に化けるとも考えにくい」

「だから俺に情報を提供した、と」

「ええ。でも妖夢に化けた経験がある以上、不用意に情報をばらまくつもりはないわ。たとえそれが幻想郷の住人だろうと、紅魔館の主であろうとね」

「賢明だな」

 

 以前よりも間隔が狭い幻獣の連続襲来。

 姿を自在に変えられる上に不死身と思われる謎の人物。

 現れてすぐに消えた超常現象と圧倒的強さを示す幻獣。

 湧いては湧いてを繰り返すほどに数が揃った餓鬼。

 俺の最速の技を避けた餓鬼。

 そして、勝手にページが増える妙に分厚い本。

 

「頭がパンクしそうだ。謎が多すぎる」

「環境が激変しているわ。以前までとは訳が違うことを肝に銘じることね」

「それで、この本以外に用はないのか?」

「ない」

「そうか。あまり長く席を外すと疑われるから、そろそろ戻るぞ」

 

 来た道を戻り、ドアノブに手をかけたときだった。

 

「ああ、ちょっと待って。それともう一つ、成瀬って男がいるでしょう。あいつ、気をつけた方が身のためよ」

「理解してるつもりだが、一応理由を聞いとく」

「考えてもみなさい。一回目の幻獣は自分一人で退けたにもかかわらず、今回はノータッチ。不自然じゃないかしら」

「到着に間に合わなかった可能性は?」

「逆に聞くけど、貴方がここに来るまでにかかった時間はどのくらい?」

「少し時間かかったから、大体二十分前後くらいかな」

「となると、幻獣の反応が消えてから貴方がこちらに向かうまでに十分以上は確実にあったはずよ。一度目は誰よりも早く幻獣の対処にあたった。でも今回は戦闘が終わってから十分経っても姿を見せない。今回は数が多くて戦闘が長引いていたようだから、なおさら遅いのよ」

 

 言われてみれば確かにそうだ。

 今回の戦闘で成瀬を見た覚えはない。霊夢が連れてきた増援として参加もしていなかった。

 あまり言いたくはないが、彼は戦力として十分すぎる能力を持っている。

 

 彼は今回の戦闘にいち早く向かうべきだった。

 それらを考慮すると、彼の行動は不自然にも程がある。

 

「貴方は、あの新参者をどう見るかしら?」

「どうとも思わないが、怪しくは見えるな」

「第二の英雄、なんてもてはやされているらしいけれど、初代英雄の立場であるとしてはどうなのかしら」

「さあな。俺は自分が英雄だという自覚と責任を持っているつもりだが、肩書きに自惚れるつもりはないし、欲しいと思うこともない」

「はっきり言っておくわ。あんな奴は英雄と呼ばれるべきじゃない。それなら、対幻獣の(かしら)を務める霊夢が呼ばれた方がまだ納得がいく。素性も意図もろくにわからない人間を放っておくと、後で必ず自分の首を絞めることになるわよ。それがたとえ偶然だとしてもね」

 

 あの物静かなパチュリーがここまで多弁になって警告している。

 その事実は深刻であり、このまま訪れる未来は望ましくないということを暗示しているのだろう。

 少なくとも、不安要素を放置しておくことが危険であるのは事実だ。

 

「わかった。最大限、気をつけておくよ」

「ならいいわ。引き止めて悪かったわね」

「いや、礼を言うよ。多分俺は、まだ色々なことに自覚が足りてなかったんだと思う」

「……らしくないことした。早く戻りなさいな」

 

 頷いてから、ノブをひねった。

 白玉楼に戻りながら、今日のことを整理する。

 図書館で得た情報の全ては他言無用。それを含めずとも、整理すべき情報は山ほどある。

 

 それに、パチュリーに気を遣わせてしまったようだ。

 図書室での出来事を忘れないよう、心に刻みながら空を飛んだ。

 

 ふと重要なことを思い出し、永遠亭へ急行。

 妖夢達に怪しまれないためにも、すぐに用を済ませなければならない。

 ほんの数分で永遠亭へとたどり着き、門を開いて医者のもとへ。

 

「悪い永琳、急にすまない」

「謝罪しながら入室する患者は初めてよ」

 

 目的の人物――永琳は黙々と試験管を動かしていた。

 実験と製薬に明け暮れる毎日。彼女と彼女の薬に救われる人間は多い。

 

「ほんとごめん。アンリミテッドの抑制薬、残ってないか?」

 

 アンリミテッド。リベレーションの先を覗く、能力の開放。 

 名の通り、制限をなくした自己強化だ。リミッター解除、というのが一番わかりやすいか。

 自身の限界を超えた力を無理に引き出すため、発動後の安全は保障できない。

 正真正銘、最後の切り札というわけだ。

 

 そんな切り札を切りたくはないが、諸刃の剣は出番があるから剣でいられるというもの。

 そこで永琳が作ってくれたのが、体の限界を引き上げる薬だった。

 自身に投薬することで、アンリミテッドの影響を限りなくゼロに近いところまで抑えてくれる。

 

「一つだけあるわよ。去年の余りが。使用期限は大丈夫だと思うけれど、話は別ね」

 

 棚の奥から引き出された袋をこちらに投げる永琳。

 取って中を確認すると、なんてことのない赤白のカプセルが一錠。

 よくもまあ、二度と使わないかもしれない薬の場所を覚えて保管していたものだ。

 

「何が別なんだ?」

「免疫って言えばわかるかしら。貴方は既に二度、その薬を投与してる。三度目までは効くでしょうけど、四度目は効かない可能性があるわ」

「そうか。一応だが、四錠目を作れたりは……?」

「簡単に言わないでよ。人の限界を高めるなんて、一種の麻薬に近いのよ。高価、貴方の体がもたない、もっても効果が保証できない」

 

 永琳の腕をもってしても、この薬の生産は現実的でないらしい。

 麻薬に飲まれるのが先か、それとも幻獣に喰われるのが先か。そう考えると恐ろしい。

 提示された三重苦を押し切ってまで薬を受け取る気も起きない。

 

 終始手を動かす彼女も忙しそうであるため、用件だけを済ませて別れた。

 全速力で飛ばしたからか、白玉楼に戻ってから三人に遅い理由を問い詰められることもなかった。

 

 料理の支度。食事中。食事の片付け。

 その最中ずっと、永琳から受け取った薬のことを考えていた。

 現に夜の自主練を行う今も、そのことについて考えを巡らせている。

 

「相当気になってるみたいだね、薬のこと」

 

 俺の異変に気付いたのは、最も身近な栞だった。

 隠すつもりではなかったが、特段打ち明ける必要性がなかったため口にもしていない。

 しかしながら、共に戦ってきた相棒には筒抜けだったようだ。

 

「ああ。この一錠だけじゃ心もとない――いや、()()()()()()()

 

 切り札と言えば聞こえは良いが、相手との実力差を一時的に埋める()()()()

 本来の力ではあるが、正当な力ではない。

 であれば、この一度限り許された抗いをいつ行使するかという問題が発生する。

 

 現在判明している限りでも、黒い獣と朱里。

 強大な敵は二つもいるというのに、対抗できるのは一度のみ。

 片方、もしくは両方をアンリミテッドを使わずに制圧する必要がある。

 先のことを考慮すると、薬を温存するのが理想的だというのに。

 

「うん。だから、君は強くならなくちゃいけないんだ」

「……でも、限界はある」

 

 人の成長なんて、妖怪の教えを以てしてもたかが知れている。

 幻獣襲来の間隔は短くなっており、修行に割ける時間も少ないと考えられる。

 強くなる、と軽々しく言えることではないことは確かだ。

 

「使うなら、あの黒い方かな。朱里にアンリミテッドで手加減なんて、そんな器用なことできるわけがない」

 

 蛇口を捻ることとは訳が違う。

 開いたら開きっぱなし、下方に調節はできない。

 

「……そのことなんだけどさ」

 

 栞が口を開いた。

 声が硬い。妙に静かだ。トーンも落ちている。

 察するに、少なくとも良いことを告げるわけではない。

 

「朱里のことは、諦めるべきだと思う」




ありがとうございました。
来週のテストの数がヤバいんだが助けて。


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明日の平穏を知らぬ今日

夏休みに入って福岡に帰りました。
PCでゲームしてたら、今度はパッドでゲームが難しくなってました。


 諦めるとは、つまるところ。

 

「見放せってのかよ」

「そうだね、そうなるかな」

 

 栞は静かに同意した。

 彼女の中で、既にその「諦め」がついていることをひしひしと感じさせる言葉だった。

 

「俺に、お前の姉を殺せってのか?」

「酷なお願いかもしれない。でも、間違っても天が死ぬようなことはあっちゃならない。君は幻想郷の希望なんだ。君の有り無しで運命が変わる、私はそう確信してるよ」

「そんなことを聞きたいんじゃない」

 

 俺の慰めの言葉を望んでいるわけではない。

 価値、俺が生きていることの影響、そんなものは枠外の話に過ぎない。

 

「わかってるでしょ。お姉ちゃんの生死は、最悪どっちでもいいってこと」

「…………」

 

 否定の一言でも出せたらよかったのだが、そうにもいかなかった。

 第三勢力である彼女を、幻想郷に仇なす存在であると現状では断定できない。

 曰く、「幻想郷の存続はどうでもいい」と。俺への復習を原動力としていて、時雨の野望にも興味を示していない様子だった。

 

 全ての発言が真実とは限らない。

 だがもし事実と食い違いがないならば、幻想郷を守るという目標において直接的な壁とはなりえない。

 つまり、彼女の存在自体はさして驚異ではない。

 換言すれば、わざわざ朱里を殺す必要も生かす必要もなく、どちらに転ぼうが死人こそ増えど幻想郷に影響は少ないということだ。

 

「それでも、見捨てるわけにはいかないだろ」

「この際だから言っとくよ。その優しさは素晴らしいと思うし、大切にすべきだとも思う。けど一歩でも間違えれば大きな隙になって自分自身を殺しえる」

 

 俺は何も言えなかった。それが俺を擁護する故の発言だから。

 自分の姉と俺を天秤にかけた上での、姉の犠牲を選んだ発言だから。

 無論、一番辛いのは栞に他ならない。

 心に傷を負いながら捻り出した警告に対して、無責任に反対するような真似はできなかった。

 

「生かすか殺すかは君に任せる。だけど、天を失うことが一番の不利益であり避けるべき未来であることは肝に銘じるべきだよ。先に言うけど、謙遜や遠慮は無意味だからね」

「……わかった。でも可能なら、救ってみせる」

 

 結論は、虚数の彼方に存在する確率を追い求める非現実は捨てるべきだということだった。

 俺の中で、朱里の救出が不可能でないならば、合理性を無視し、現実的でなくとも遂行するべきだと考えていた。

 だが彼女の妹である栞が(はかり)にかけた以上、それがどんな考えだろうと尊重すべきだ。

 よって現状、朱里を殺める路線で進むということだ。

 

 

 

 ──翌朝の目覚めは悪かった。

 納得いかない現実を受け入れる覚悟は形は違えど何度もしてきたつもりだ。

 だが、ここまで残酷で合理的な選択を迫られたことはなかった。

 

 以前にルーティンと化した時間外訓練を、剣を握ることすら億劫に感じた。

 しかし、妖夢監修の訓練は身が入った。

 責任を背負う以前に自身の腕を磨かなければ意味がないと思うと、自然と必死になれた。

 

 だからこそ、妖夢の心に気付くことはできなかった。

 

「天君」

 

 鍛錬が終わって、妖夢から声をかけられた。

 考えてこそいないものの、頭に靄がかかったままであることに変わりはない。

 どうした、という返事は混濁と困惑が一緒くたになっていた。

 

「今夜、少しお話しませんか?」

「……悪い。今はちょっと」

「栞ちゃんとも話しておきたいことがあるんです。確約はできませんが、天君の力になれるかもしれません。お節介だと思って聞くだけでも」

 

 この時改めて、妖夢には敵わないと思った。

 幻想郷に再来してからというもの、妖夢は俺の心を読んでいるのではないかと思うときがある。

 相談する前に悩みを聞いてくれる。悩み人にとっては、この上なく希望の存在であり天使にも思えるだろう。

 

 だが、それは妖夢が俺を常に気にかけてくれている故のことだ。

 意図せず彼女の心配をかけていたことを後悔すると同時に、この問題が俺一人だけのものではないとようやく理解できた。

 

 

 

 夕食が終わって、自室で待っていた。

 入室の断りが聞こえ、どうぞと促す。

 役者は揃った。後は口を開くだけ。

 流れる静寂とは裏腹に、心が妙にざわついていた。

 

「朱里は──昨日戦った女の子は、私の姉。天は制圧にとどめようとしてくれた。でも、私が殺すべきだって提案したんだ」

 

 均衡を破ったのは意外にも栞だった。

 本来は俺が先導しなければならないはずだったのに、情けない。

 

「そうですか」

 

 妖夢が口にしたのはそれだけだった。

 どちらに味方するわけでもなく、あくまでも全体を俯瞰する立場を保っていた。

 

「天君の気持ちはわかりました。じゃあ、栞ちゃんはどうなんですか?」

「私? いや、私は──」

「介入する感情を優先なんてしてはいけない。正論ではありますが、それよりも前に、栞ちゃんはどうしたいと思ってるんですか?」

 

 結論を急がない。話が迷わないように。

 妖夢は諭すように栞へ語りかける。

 

「私は……助けたい。当然だよ」

「そうでしょうね」

 

 優しく相槌を打つ。

 単純なやり取りの中に、太陽に似た眩しさを感じる。

 徐に目を閉じ、受け身になってくれる妖夢は慈愛に満ちていた。

 

「では、それでいいではありませんか」

「間違ってるよ。この際だからはっきり言う。相手は格段に強くなってる。手加減なんて自殺行為だ」

「ええ。でも、()()()()()

 

 自信がこもった一言だった。

 笑顔を崩すことはなく、柔らかに答えてみせたのだ。

 

「姉の命を断つ。悲惨なことには違いありません。助けられる命ならば助ける。その過程で二人が危なくなったら、師として私が守ります。守ってみせます」

 

 何事も心配するな、と目が静かに言っていた。

 強固たる芯を持った言葉が、これほどまでに優しい表情から紡がれるものなのか。

 不思議な感覚に包まれた上で、彼女の言葉を心から信頼できた。

 

「今回みたいに皆がいなくとも、私はいます。そもそも、天君が彼女に匹敵する力を持っているとは思いません」

「厳しい現実ですね……」

「ええ。ですから、万が一の場合は()()()()()()()()()

 

 明確な意志はまだ消え去らない。

 この言葉も例外ではなく、確固たる信念の顕れだった。

 

「特に貴方達には負担が大きい、二人に任せること自体が。ならば、私が黄泉へ送るべきです」

転嫁(てんか)しろってことかよ」

「悪く言えばそうです。ですが、確実性に欠けることも考慮すると私が適任かと。貴方達は何も深慮(しんりょ)はせず、彼女を救うことだけを考えて剣を取るべきだ」

 

 妖夢の言葉は正しい。

 実行できるほどの力がないと断言された以上、俺が担うべきではない役であることは確かだ。

 そこに保険という余裕が介在する余地はない。

 彼女が総合的に判断した上で発言したのであれば、俺や栞が口を挟むことにあまり意味はない。

 

「わかった。生殺の判断は任せることにするよ」

「お任せください。では、栞ちゃんには悪いのですが、次は二人の話をさせてください」

「はいよ~、私のことは気にせずどうぞ気が済むまで」

 

 正面で正座を組んでいた妖夢は、隣に移って頭を預ける。

 わずかな重みを肩に感じつつ、耳を傾ける。

 

「私は天君が好きです」

「知ってる。俺もだ」

 

 そこで会話が終わった。

 何の話がしたかったんだ、と切り出す前に話は再開した。

 

「ですが……本当に良いのでしょうか」

「どういうことだよ」

 

 話に脈絡がない。

 そも、恋愛に良し悪しはほぼ存在しない。

 当人間の価値観による問題であり、他人に迷惑がかからないのであればそれは共通して「良」だろう。

 

 俺の見立てでは、俺と妖夢の間に特別な壁があると感じた覚えはない。

 強いて言うのであれば、空白の一年間が該当するくらいだが、互いの情報が欠落しているため何とも言い難い。

 

「天君は人間。私は半分は人間ではありますが、半分は妖怪なんです」

「それがどうしたんだ?」

 

 妖夢は、はぁっと重くも軽くもあるため息をつく。

 吐息に込められたのは唖然か。それとも羨望か。

 

「簡単に言いますね」

「簡単だからな」

「……わからないのですか。私はもう五十年は生きています」

「らしいな」

 

 俺が結界の外へ帰る前の話だ。

 妖夢が若く見えると形容できない程度に年齢を積んでいることは本人から聞いた覚えがあった。

 深刻な雰囲気に飲まれることもなく、それほど驚く話でもない。

 

 確かに女性として気にする問題かもしれない。

 が、妖怪と人間の寿命はかなりの差があり、その辺りの基準も違うはずだ。

 犬猫と同じように、妖夢の年齢は「()()()()()十五、六」であり、それ以上でもそれ以下でもないはずだ。

 有り体に言えば、妖夢が何を悩んでいるのか察することができない。

 

「恐らく、私は天君の最期を看取ることになると思います」

「遠回しのプロポーズか?」

「……それは多分、私にとっては最も幸福で、最も辛い選択になってしまうのでしょうね」

 

 ここまで会話が進んで、ようやく理解した。

 妖夢は早くに命尽きる俺を問題視しているのだ。

 いや、少し違うか。二人の間にそびえる膨大な時間の壁を憂えていると言うのが正しいか。

 

 必然、妖夢は未亡人となる。

 愛する者に先立たれ、孤独感に何百年と付きまとわれる。

 

「理解しているつもりです。そんなのは随分先のことで、同時に先のことを心配している場合ではないということも」

 

 幻想郷の存亡がかかっている以上、将来は保証されたものではない。

 悲痛を予測する未来すら、存在しないかもしれない。

 冷たく言えば私的感情。多くの命が乗っている幻想郷を救う上で、その感情は邪魔でしかない。

 

 その圧迫されすぎた現実が、妖夢を追い込んでいたのだ。

 冷酷で無形な先の時代が訪れる。こと妖夢にとっては、幻想郷が救済されようとされまいと、闇ある未来の訪れが確定してしまっているのだ。

 

 俺は妖夢を誤解していた。

 彼女は一年という僅かな期間で、身体的にも精神的にも大幅に成長していると思っていた。

 しかしながら、成長したとはいえ、俺が思っているほど大きなものではなかったのだ。

 

 かくいう俺は、今に精一杯で先のことを考えている余裕はなかった。

 だからこそ、彼女の精神に耐え難い苦痛が潜んでいることに気づけなかった。

 

「種族差は覆せません。どうしようもないと、仕方がないとわかっていながら……恐怖を抑えきれない」

「そうだな」

 

 そこまで聞いてようやく、妖夢の肩を抱くことができた。

 しばらく頷くことしかできず、重苦しい沈黙が流れる。

 どんな言葉をかけるのが正解なのかわからなかった。

 

「とりあえずまあ、勝手に俺を殺すなよな」

「ですが、いつかその時は来ます」

「そんなの遠い未来の話だ。何もなければ数十年は問題ない」

 

 嘘だった。何もないということは、幻想郷が脅威を退けるということ。

 つまり、この世界に俺は不必要になるということに他ならない。

 そうなれば、人間の寿命と言わず、平和が訪れ次第で妖夢との生活は終わる。

 ちょうど一年前のように、元の世界へと帰還する。

 

 あくまで俺は幻想郷にとっての異分子だ。

 どれだけ称えられようと、どれだけ好かれようと、無用の存在であれば。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 本来の世界線をたどるならば、俺や翔といったアウトサイダーは計算外。

 

 その事実を告げられるほど、俺は冷徹になれなかった。

 

「そんな先のこと考えるより、今を生きよう。難しいなら、異変のことも考えなくていい。俺達だけのことなんだから」

 

 妖夢は沈黙を貫いている。納得していないようだ。

 俯いたまま、様々な感情が混ざった複雑な表情をしていた。

 故に彼女は、俺の提案に同意をすることも、否定することもなかった。

 

「明日は休みにしよう。そんで、二人だけでデートしよう」

 

 二人で過ごす時間が足りていないことは確かだ。

 妖夢と再会してから、デートをしたことはなかった。

 幻獣との連戦に続く連戦が俺達に一息つかせる暇すら与えてくれなかった。

 

「……はい、お願いします」

 

 一瞬の迷いの後に優しく溢れた微笑みが愛おしくてたまらない。

 

 今度はきっちりと了解の返事を得た。

 休む時間はないと拒否されないかと懸念していたが、どうやら杞憂だったらしい。

 ろくにまともな言葉もかけてやれなかった分、明日の行動が妖夢の心情を大きく変えるかもしれない。

 良い意味でも、悪い意味でも。

 

 静かな夜だった。肩に女性を任せるには最適な夜だ。

 だが、夜が明けた後のことを考えると、心臓が圧迫される。

 

 明日の平穏が確約されていない現実は、こうも人を不安にさせるものなのか。

 戦争を経験した兵士はこんな気分だったのだろうかと想像する。

 恐怖が背中を撫でる明日を、忘れることにした。




ありがとうございました。

次は恋愛を出していく予定です。
今作ではまだ一回も取り入れていませんでしたし。


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甘味と涙の移ろい

お待たせいたしました。
それでいて申し訳ないのですが、かなり短めです。
字数でいうとギリ3000字届いてないくらいです。
デート回なのにね。


 白玉楼庭に蔓延する空気は冷たかった。

 澄んだ気体を取り込んで、頭以外も冷やす。

 

 冷静になって、今一度考えてみる。

 妖夢との生活は何物にも変え難く、失うことは想像したくもない。

 数十年、俺と時間の経過を共にした後、彼女の世界に俺はいなくなる。

 

 逆の立場で思い描くが、心が苦しくてたまらない。

 この窮屈感を取り除くには、俺はどうするべきなのだろうか。

 

「悩み事かしら」

 

 俺の後ろから声をかけたのは幽々子だった。

 表情すら見えていない上での言葉。

 周囲から見て、それほど悩んでいるように見えるのだろうか。

 

「まあな」

「積もる話もあるわ。貴方が帰ってきて、私も話したかったことは山ほどある……でもね」

 

 幽々子は隣に立って、深呼吸する。

 この清涼な空気に、彼女は何を思うのだろうか。

 逆説の先につながる言の葉に、俺は妙な緊張を感じた。

 

「今、貴方を必要としている人も同じくらいいる。特に妖夢はそう。二度と姿を現すはずのない貴方を想って、毎日剣を振って忘れようとしてた。貴方が何を考え込んでいるのかはわからない。でも、今日くらいは妖夢だけを見てあげてちょうだい」

 

 思わず乾いた笑いが出た。

 妖夢のことで思案して、妖夢のことを最優先しろときた。

 曰く、俺の考えることはわからない。

 けれども、どうにもそれが嘘のように思えたのだ。

 

「そうだな……なあ。幽々子って、今どれくらい生きてるんだ?」

「あらら、乙女に対して気軽にできる質問じゃないと思うけどね」

 

 軽口を言う彼女の顔は雲がかかっていた。

 

「軽く千年は生きてるわ」

「……長いな」

「長いで済めばいいけどね。これだけ生きてると、自分が今生きてるか死んでるかも怪しくなってくるというもの。長く生きるというのも限度があるから、おすすめはできないかも」

 

 幽々子は意識してか、一本の桜の木を見ながら言った。

 春になっても蕾すらつくることなく、芯である大木と枝のみが置き去りにされた桜の木。

 他の桜は既に花弁を散らしているというのに、その大木は未来永劫そのままであるかのようにそびえ立っていた。

 

 長く生きるというのは、ああいう木のことをいうのだろうか。

 

「ありがとう。なんとなくだけど、すっきりした気がする」

「よかった。不意打ちされて死なないくらいにまで、今日は羽を伸ばしてきなさい」

 

 結局白玉楼の主は、俺の悩みを聞くことなく屋敷へと戻った。

 対する俺は、彼女に投影された魂魄を感じ取ることができなかった。

 

 あの桜を見て、一体彼女は何を感じたのだろう。

 哀愁。いや、喪失だろうか。

 肌に触れた春雪のように、難なく空気へ溶けてしまった。

 

「お待たせしました」

 

 ほうっと白くならない息を吐いたところで、支度を終えた妖夢が笑顔で姿を現す。

 妖夢の声を受けて、行こうかと口にした瞬間だった。

 

 彼女の笑顔に陰りが差していたような気がした。

 なんとなく、先程の幽々子のものと似通ったものが見えたのだ。

 

 それからは、何を言うでもなく手を繋いで人里へ降りる。

 朝ということもあり、大通りでも人は比較的少ない。

 数こそ少ないものの、行き交う人々のほぼ全員が俺に挨拶を投げかけてくれる。

 二人でゆったりというわけではないが、悪いことではない。

 

 通りかかった甘味処の暖簾(のれん)を分ける。

 団子を四つ注文し、軽い朝食をとることとした。

 

「前にもこうして、甘味処(かんみどころ)に入りましたよね」

「ああ、そうだな。ちなみに甘味処じゃなくて『あまみしょ』って読むんだぜ?」

「もう、恥ずかしいのでやめてください」

 

 以前に別の甘味処を訪れたときに、妖夢が甘味処の読み方がわからずに「あまみしょ」と読んでいたことを思い出した。

 ふと当時と現在を比べると、なんだか彼女は大人びている気がした。

 今のように隣にいると猫みたいに甘えてくることもあった。

 今は口元を隠して笑っていて、まさに日本の誇る眉目秀麗(びもくしゅうれい)な大和撫子といった具合だ。

 桜が似合うな静けさも素敵だが、どことなく距離が開いてしまった気がしてならない。

 この感覚がメロウな錯覚であることを願うばかりだ。

 

 団子が運ばれてくるのにそう時間はかからなかった。

 手を合わせた後すぐに、黒蜜のかかった一本を妖夢の口元へと運んだ。

 

「私にですか?」

「当然。ほい、あ~ん」

「……うう。あ、あ~ん」

 

 恥ながら控えめに食べてくれた。

 健気な狐に餌付けしているような、変な気分になってしまう。

 

 口に転がしたと思えば、妖夢は一心に甘味を噛みしめる。

 揺れる瞳は想像を絶する美しさを造形していた。

 それほど嬉しかったのだろうかと、こちらも嬉しくなっていたところだった。

 

 彼女の両頬に雫が伝っていることに気が付いた。

 慟哭ほど大きくはない声で。心の臓を撫でる声で涙を流していた。

 

「まさか、泣くほど嬉しかったのか?」

「つら、かったっ。もう、こんなことは、二度とないってっ……!」

 

 途端に胸が締め付けられる。

 愛おしいという感情と申し訳ないという感情が錯綜し、思考が当てもなく漂う。

 ほんの一瞬、息でさえ止まるほどの圧迫感に拘束された。

 

 彼女にとって、俺のいない時間がどれだけ退屈で無機質なものであるかを知った。

 幻想郷に俺という存在がいないというのは、すなわち平和の証であり、言うまでもない理想だ。

 提唱される理想は、彼女にはモノクロに過ぎなかった。

 

 優しく露を指ですくい取る。

 

 彼女が震える声で求めるものは、命の保障もない、滅亡の危機をくぐり抜けた先にある幕間(まくあい)なのだ。

 己の願望と忌避すべき催涙的事実が表裏一体であることの罪悪感と困惑。

 こうあるべきという欠乏感と白黒の現実のギャップに押しつぶされ続けた結果がこれだ。

 さぞ苦しかっただろう。

 

「ありがとうな、泣いてくれて」

 

 彼女を腕に収めたときに、思わず口が動いた。いや、動いてしまったと言うべきか。

 丈の長い悲壮感に包容の言葉を並べるなど、感情の爆発を助長させるようなものだ。

 だが、彼女は想像よりも大人だった。

 両目に涙をためながらも、慟哭を形とすることはなかった。

 

「……迷惑だと思ったんです。皆が大変な中、私だけわがままになんてなれなかった」

 

 彼女の責任感と思い込みによる災いだった。

 真面目で純粋な性格を考えると、簡単に納得がいく。

 勝手な同調圧力を抱え込むあたりも、ある意味で彼女らしいと言える。

 

 だとすれば、俺が真っ先にかけるべき言葉は一つだ。

 そうして紡ぐ言葉は、恐らく二年前の俺によるものだろう。

 

 迷った。彼女のほしい言葉は明確だ。

 だが、それを口にすることを一瞬躊躇した。

 錆びついたナイフで胸を突かれた感覚が走った。

 逡巡の挙げ句に、俺が実際に発したのは何の思いやりも脈絡もない要望だった。

 

「俺にも食べさせてよ」

 

 妖夢はその一瞬だけ悲しみを忘れたようだった。

 困惑と清涼の混ざった複雑な顔をしている。

 もっとマシな台詞くらい言えないものかと自嘲してしまうところのこと。

 

 俺がやったように、串団子を口にもってきてくれた。

 未だ彼女の目に浮かぶ涙が眩しい。

 柔らかな笑顔を見る限り、俺の選んだ選択肢は少なくとも間違いではなかったらしい。

 

 口に転がる団子はほのかに甘かった。

 霞がかった甘味が優しかった。

 

「……うん、美味しい」

 

 俺が何の気なしに告げてすぐに、また妖夢は泣き出した。

 しかしながら、表情は幸福でいっぱいに包容されているように見えた。




ありがとうございました。

今後デート回を入れるかどうかはわかりません。
恋愛作品を謳っておきながらそんなことは多分ないと思うので、ほぼほぼ入れるとは想いますが、一応は未定ということで。


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彼女の死生観は生故に狂っていた

あけましておめでとうございます。

色々あって、投稿遅くなって本当に申し訳ない。
今回もデートにしようかと思いましたが、物語進めようと思います。


 甘味処、本屋、寺などとデートにうってつけの場所から、かけ離れた場所まで。

 幻想郷をツアーして回った。

 妖夢は文句の一つすら言わず、過ごす時をじっくりと味わっているようだった。

 

 やれ前の店にない甘味だとか。

 やれ見たこともない古書や指南書が並べてあるだとか。

 やれ土着神なる存在がいる神社もあるだとか。

 

 おおよそロマンティックでないことも、二人でいるというだけで景色が変わるもので、不思議だ。

 

 歩き疲れて、間食時を狙ってまた甘味処へ。

 今日で三箇所目だが、他でもない妖夢の希望だ。

 なかなかどうして、現代でも幻想郷でも女性は誰しも甘いものに目がないのだろうか。

 かくいう俺も、和菓子巡りを満喫していた。

 

 外で傘の下、わらび餅を四つ頼んで時を過ごす。

 妖夢がお手洗いへと赴く間に、注文は赤い長椅子へと到着。

 二つのうち一つを口につけたところで、思わぬ客がやってきた。

 

「一つ頂くぞ」

 

 一方的に告げられ、皿の上から餅が一ついなくなった。

 非常識な人物の顔を拝んでやろうと、笠の下を覗き込んだ。

 その者はひどく小柄だったが、座している俺が見下すほどの丈ではない。

 

「ふむ、中々に美味じゃ。特に柔らかさが舌に良く馴染む」

「……あんまりふざけんなよ」

 

 彼女の態度にいらついていたこともあるが、もうそんな気分ではない。

 

 ──目前に立っているのは、顔を隠した朱里だった。

 

「まあ待て。ここで騒ぎを大きくするのは互いに不本意だ。違うか?」

「話が別だ。一体何がしたい?」

「いやなに。色恋の最中に挟むことではないと遠慮したのじゃ、餅の一つや二つくらい許せ」

「そうじゃない。お前は、何しに、ここへ来たと言っているんだ」

 

 口ぶりから察するに、彼女は俺達を尾行していたのだろう。

 俺が一人になるのを見計らって出てきたというのか。

 尾行の存在は微塵も感知できなかった上に、朱里をよく理解する栞からも何も伝えられていない。

 栞は現在進行形で沈黙を貫いている。

 

「気が早いのう。まあいい、聞け」

 

 招かれざる無礼な客は悠長に俺の隣へ腰掛けた。

 対する俺はというと、状況の変遷についていける自信すらなかった。

 二日前に敵として相まみえた人物が、俺の隣で茶菓子を口に運んでいるのだ。

 ここに刀がなかったから冷静でいられるものの、あったらと考えると状況は一変していたかもしれない。

 

「お主は世界を守りたい。妾はお主を殺したい」

「随分はっきりとした物言いだな」

「事実じゃ。この場を戦場にしていないだけに過ぎん。妾も本望ではない。お主も死屍累々を見たいわけではなかろう。そこで折衷案を提示しようと思っての」

 

 口に含んだ餅が喉を越した。

 依然と表情を変えないまま、さも当然の在り方であるように言う。

 

「一対一で(ころしあ)おうじゃないか。それが最も速く、わかりやすい」

 

 それでも藁の奥に見える瞳は揺らがない。

 明確な敵意が歩を進める群衆を置いていき、届く。

 張り詰めた緊張感が時間の氷結を錯覚させるが、つつがなく再生される日常の風景がそれを許さない。

 

「まさかこの期に及んで衝突を避けられるとは思うまい」

「……だろうな」

「その言葉は前発言への納得か? それとも交渉への返辞か?」

「両方だ」

 

 当然、交渉への納得はしていない。

 だがそうだ、俺は予期せぬ脅威を恐れている。

 戦闘が終わった後に、消耗した後を狙われないとも限らない。

 

 疲労の末に待つ未来が漁夫の利の体現など。

 そうなれば、本格的に勝ちの目はなくなる。

 致命的なリードブローを受け、その後は容易に想像ができる。

 

 ならば、互いに万全な一騎打ちの方がまだ勝機はある。

 それがたとえどれほど薄く、糸のように細くとも。

 

「そうか。物分りがいいようで楽だ。今日の深夜、()()()で待つ」

 

 用件が済んだようで、朱里は立ち去ろうと席を立つ。

 一方的に言葉を投げて、本当にそれだけだったようだ。

 

「待ってよ」

 

 当然黙っているはずがない。

 栞は最後の最後で、朱里の歩みを止めてみせた。

 

「お姉ちゃんは……それでいいの?」

「良い悪いの問題ではない。円滑な妥協を選んだだけじゃ」

「復讐って……そんなに大事なものなの?」

 

 心からの声だった。

 これまで朱里の反応を見る限り、時雨を殺したことに激怒しているわけではない。

 そこまで執心するものなのか、という純粋な疑問の現れだった。

 

「さあな。ありていに言って、かつて見たこともなかった主を唾棄するのは難しい」

「だったら──!」

「なぜ、などと言うな。……妾にもわからぬのだから」

 

 人々の喧騒に紛れて去る彼女は振り返ることもない。

 影すらも残さず消えた後に、なくなった一つの餅だけが彼女だったものを肯定する。

 張り詰めた空気は既に霧散しており、頬に伝う冷や汗の一粒を初めて知覚した。

 

 息を吐こうとした瞬間。

 

「お待たせしました。もう届いていましたか」

 

 妖夢が濡れた手を乾かしながら戻ってきた。

 提供された餅を口に運ぶ。

 

「……どうかしましたか?」

「あ?」

「いえ。あまりじっと見られると、緊張すると言いますか」

「……ああ、悪い」

 

 我を失い、気付けば妖夢を見つめていた。

 ただ、唯一考えていたとするならば。

 

 ──恐らく、残存する死生観が崩れかけている。

 

 

 

 

 それから後、妖夢との時間を楽しむことはできなかった。

 楽しもうと自覚させる度に、逆に不安になるのだ。

 彼女の笑う姿をもう見ることがないかもしれないと。

 

 身寄りのない恐怖は深夜までまとわりついていた。

 隣で静かに眠る少女を横目に、部屋を出る。

 

 夜の静寂を壊さぬよう、星を背中に空を飛ぶ。

 十分と経たずに森へ到着した。

 

「本当に来るとは、呆れた男よ」

 

 彼女は音もなく影から姿を現した。

 ……影から、ねえ。

 

「自分の有利な場所に飛び込むのも、なかなかどうして馬鹿なことだよな」

「ほう、わかっているのならばなぜ来たのかえ?」

「希望があったからな」

 

 実力差を埋めるに足る希望が見えたのだ。

 

「お前、能力持ちだろ」

「どうしてそう思う?」

()さ」

 

 彼女は暗い森の中で、自分の体を透過させたり瞬間移動していた。

 その間には共通して、暗い場所での貫通だったり、影がある場所から影がある場所への移動であった。

 影に関する能力を持っていると考えるのが自然だろう。

 

「おおよそ、影を泳ぐ程度の能力──とか、そんなあたりか?」

「ほう、ほうほうほうほう」

 

 彼女の笑みが月光に照らされた。

 軽い笑い声は宵闇を(こわ)さず、されど虚構にもあらず。

 

「だがまあ、一つ気にかかるものがある」

「なんじゃ。許す、言うてみろ」

「お前は能力を持たない()()なんだ」

 

 これは栞の過去にも関係がある。

 姉妹である栞と朱里。その二人は神々の能力を持つ依代とされた。

 栞は火や水の操作に関する能力を得たが、朱里は権限の享受が叶わなかったのだ。

 

 となれば、彼女が能力を持つことはありえない。

 風すら起こさずに空間移動など、できるわけがない。

 これらが意味することは、一つの仮説。

 

「新しく手に入れたんだろう」

 

 後天性のギフト。偶発的な才覚。

 可能性としてありえるのかは不明だ。だが、それを否定できる材料を持ち合わせていない。

 程度の能力が判明すれば、何かしらの対策を立てられる希望もあるというものだ。

 

「残念じゃな」

 

 目を見開いた。彼女の姿はない。先刻までの影は綺麗さっぱり消えていた。

 まばたきすらしていない。彼女から目を離したはずは──

 

「──ッ!」

 

 姿勢を低くして、頭部を下げる。

 まもなくして、彼女の蹴りが左から右へ。頭頂の髪数本を切り裂いた。

 

 急いで距離をとってから、あることに気付く。

 俺がもといた場所に、影などどこにもない。

 月光注ぐ地面に、闇など存在しないのだ。

 

「はずれじゃ」

「そりゃ困るな」

「ほざけ。これがお主の言う『希望』だとするならば、お主はとんでもない阿呆じゃ」

「かもな」

 

 当然、明確な情報が欲しい故の戯言に近い。

 走り書きの物語であれば都合が良かった、というだけだ。

 逆に言えば、「都合が良い」でとどまるほどの誤差でしかない。

 

 もし仮に、彼女が跡を濁す鳥であるならば。

 仮に、彼女に人間としての暖かさが残っているのならば──。

 

「悪いが、俺が()けるビジョンは見えない」

「こりゃまた大きく出たものじゃ」

「助言しておこう。あまり俺を舐めない方がいい」

「肝に銘じておこう」

 

 会話の終わりを合図に、腰に据えた刀を抜いた。

 それとほぼ同時に接近。下からすくい上げる形で振り抜く。

 

 やはり斬撃は空を切る。

 頭部を襲う反撃の蹴りは、間一髪のところで避けた。

 こちらへ差し出された足を狙う。絶好の機会を逃すわけにはいかない。

 手を切り返したが、彼女は地に足着けずに後方へ退いた。

 

 彼女も浮遊ができる。考えてみれば、できない確率の方が低いだろう。

 初見の技術が希望を遠ざけた。

 空中での支えが利く武術。攻略がさらに困難になることは確実だ。

 

 右の足裏に霊力を集中させ、踏み抜く。

 突発的な加速は彼女にも予想外だったようだ。

 切り返した手をそのままに、右手足を斬る。

 

 思い切り振り抜いたが、彼女の左足はそれを許さない。

 刀と足が接触した途端、空気を、木々を、月光を揺らがす。

 地震を思わせる鈍く響く音圧と空気振動は凄まじく、それらがぶつかったとは想像できない。

 ずしりと伝わる重みに両手首は耐えられず、腕ごと弾かれた。

 

「シッ!」

 

 朱里は小さな隙を逃さない。空中で旋回し、今度は右足かかとから襲う。

 自分の体に全力で鞭を打ち、弾かれたままに右回転。

 可能な限り高速で回転し、右へと薙ぎ上げる。

 

 蹴りが見舞われる前に、刀が足を捉えた。

 刃の入りが脛骨(けいこつ)に阻まれない分、ふくらはぎからの方が傷を与えられる。

 入った。そう確信したのは甘かった。

 

 刀は水を斬るように足を通過する。手応えなどあったものではない。

 反発なしに虚空を掴む感覚が気持ち悪くて仕方がない。

 それだけでは終わらない。蹴りの姿勢は続けられ、まもなく体側(たいそく)に衝撃が伝う。

 

 うめき声すら押し込んで、受け身をとることに集中する。

 体ごと吹き飛ばされたが、受け身の甲斐があり、木に衝突することはなかった。

 危うく致命傷をもらうところだったと自覚し、背筋が凍る。

 

「どうじゃ、一方的に(なぶ)られる気分は」

 

 言葉を返す余裕はとうに消え去った。

 この状況は恐ろしくまずい。

 あちらは攻撃を好きに当てられるが、こちらの攻めが届くことはない。

 あの様子だと腕や足に当たる際に貫通するため、攻撃を流すことも不可能だろう。

 彼女の言葉は、こちらが劣勢であるという現実をそのまま映し出していた。

 

「わかった。朱里は霊体化と実体化を繰り返してるんだ」

 

 今まで口をつぐんでいた栞が解を出す。

 

「貫通する場所を霊体化して、通りきったら実体化。これしか考えられない」

 

 盲点だった。朱里と栞の境遇は同じなのだから、霊体化と実体化ができる。

 傷を負う場所を消す。霊体のままだと俺の体に貫通するため、それを防ぐために実体化。

 栞が霊体と実体を高速で行き来した姿は見たことがない。

 栞にもできないほどの高等技術を戦闘の最中に、しかも細部に限定してやってのけているというのか。

 

「おう、そうじゃ」

「もったいぶらないんだな」

「渋ったとて、お主に何ができる?」

 

 彼女の言葉はやはり正しい。

 この原理がわかったところで、突破口が見えたわけではない。

 

「どれ、油断とはいかに愚かかを教えてやろう」

 

 声が聞こえたのは後方からだった。

 正真正銘、素の力での移動。神出鬼没というわけではない。

 超高速で若干の跡が引く残像。気を抜いた覚えはなかったが、彼女にとってはチャンスだったらしい。

 

 振り向くと同時に、左腕を上げて頭を守る。

 見るより先に行動に移したのが功を奏し、後出しながらも腕が割って入った。

 これまでの蹴りを見るに頭を、さらに左足で捉える傾向にあった。

 

 完璧な予測だったが、無意味だった。

 腕で受ける瞬間に、不気味な感覚が全身をなぞる。

 勢いそのままに、蹴りは腕へと抵抗なくのめり込む。

 

 今度こそ不意を突かれた俺にそれ以上の防御手段など存在するわけがない。

 確かな衝撃は脳を揺らし、遠くの地面へ全身が叩き込まれる。

 数度のバウンドを経て大木へ背中から激突。

 過剰な痛覚の訴えと同時に、意識が明確な影を残さなくなる。

 

「どうじゃ。無駄なんじゃよ。いくらお主が足掻こうがな」

 

 開いた口が言葉を発することはない。

 肺にあった空気を余りなく吐き出すのみ。

 混濁する思考は徐々にまとまるにつれて、重い状況の理解が強制される。

 

「攻撃も防御も……些事ってか」

「ほう、口が利けるか。首を折るつもりで蹴ったのじゃが」

 

 彼女の透過はなにも、守りにとどまらないらしい。

 防がれる場所を貫通させれば、実質ノーガードというわけだ。

 機転の利かせ方に心底驚かされる。

 

「なあ栞」

「何?」

「朱里に何かしら変化がなかったか?」

「……言われてみれば。いや、確実にあるね」

 

 難攻不落の要塞。全てを貫く矛。

 二つを兼ね備えた彼女を攻略する糸口はここにあった。

 

 ──いや、正確には()()()と言うべきか。




ありがとうございました。

天君が難攻不落、最強の矛である彼女にどう立ち向かうのか。
お楽しみにしていただけると嬉しいです。


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孤月・飛鷹

ようやく大学の最終課題が終わってほくほくです。


「無駄口を叩く余裕があるのかえ?」

 

 彼女の移動は目に留まることがない。

 声は後ろから訪れる。

 

 体を後ろへ倒しながら、勢いをのせて刀を向かわせる。

 ささやかながらの抵抗は簡単に破られる。

 刀は捉えず、蹴りは体側へと吸い込まれ、彼女の攻撃だけが正当化された。

 

「ぐっ……!」

 

 力任せに飛ばされたが、空中で受け身をとって減速。

 鈍い痛みが伝わるものの、まだ許容範囲だ。

 代償なくして今できる対抗策はない。

 

「シッ!」

「なっ──」

 

 動きを止めて最初に見た光景は、目前で彼女が足を振り抜く姿勢だった。

 かつても十分すぎるほど速かったが、これほど接近が速かったことはなかった。

 意表を突かれるまま、蹴りは見事に胴をえぐる。

 

 肋骨が折れる嫌な音が耳に張り付いたまま、再び体は空中へ投げ出される。

 肺の空気が押し出される感覚が止まないうちに、さらに衝撃が走る。

 重力加速に従いながら、地面へと叩き込まれた。

 全身が痛みに支配される。意識がはっきりしている分、たちが悪い。

 

「ようやくまともに入ったか」

 

 叫び声すら上げることができない。

 這いつくばる体にむちを打ち、立ち上がろうとするも上体が起き上がらない。

 なんとかいなしていたのでよかったものの、ついに大きな一撃が入る。

 なんとか拮抗させていた状況が悪い方へと動き出す。

 

「せめてもの情けだ、遺言は聞こう」

「ぐ、うっ……!」

「声も出せぬか。仕方あるまい」

「天、早く立って!」

「借りるぞ」

 

 彼女は付近に落ちた夜桜を拾う。

 栞の叫び声が何度も聞こえるが、立ち上がることはかなわない。

 歩み寄る音が警鐘となるも、最後まで体を起こすことはできなかった。

 

「さらばだ。弱くはなかったぞ」

 

 首元へと的確に刀は下りる。

 されど、体は動かず。

 

 

 

 

 鋭く刀が弾かれた。

 夜桜は彼女の手から離れ、再び地面に身を横たえた。

 

 そうして、来るはずのない救世主が現れたのだ。

 

「──当然。私が鍛えてますから」

 

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 

「よう、む……」

「凄まじい音がしたと思って来てみれば。もう少しで危ないところでしたね」

「お主か。また面倒な」

「今まで本気で刀を抜く理由はなかったのですが、致し方ありません。今しがた個人的に戦う理由ができました」

 

 厳しい声をもらしながら、よろめきを交えて彼は立つ。

 どういった風にやられたのかは見ていない。剣士の轟音が聞こえて飛んできただけだ。

 目立った外傷はない。しかし彼が地に伏したまま動かなくなるほどだ、内部での損傷が激しいのだろう。

 

 対して向こうは傷一つ負っておらず、焦った素振りもない。

 大きな音を聞いてから可及的速やかに向かったため、決して戦闘は長引いていたわけではなさそうだ。

 となると、一瞬で勝負がつくほど強力な技がある可能性が高いわけだ。

 

「動かない方がいい。内部的は傷ならなおさら」

「でも……もうそんなこと言ってられない」

 

 ほとんど意志で立っているようなものだった。

 創傷がないだけまだマシというものか。

 

 ともかく、彼に無茶はさせられない。

 そのために私がいるのだから。

 

 応援は望めるものでないと思った方がよいだろう。

 いくら大きな音とはいえ、合流までに幾許(いくばく)かの時間はかかる。

 それを待つ時間を稼ぎたいところだが、天君の傷を引きずらせるのは好ましくない。

 瞬間火力が高い相手に長期戦を挑むのも不利だ。

 

「──と、ごちゃごちゃ考えてみましたが。実を言うと相当頭にきています」

「悪いが怒りを買った覚えはないのう」

「自覚がなくても構いません──気が収まるまで斬るだけだ」

 

 数丈ほどはある間合いを一歩で詰める。

 驚いた様子が垣間見えたが、それだけだった。

 

 何をするわけでもない相手を一閃。

 しかし剣は滑らかに飲み込まれた。

 手応えがないことに驚くより先に、次の一閃を叩き込む。

 またしてもすり抜ける。反発の代わりに伝う不気味な感触を置き去りにして、刀を振るい続ける。

 

 余計なことは考えず、ひたすらに斬り続ける。

 五回目ほどで彼女はその場を離れた。

 

「おいおい、狂戦士ってにも程があるじゃろうに」

「なるほど。彼がしようとしていたことがなんとなくですがわかりました」

 

 彼女がなぜ退いたのか。攻撃を無力化できる(すべ)があるというのに。

 簡単な話、攻撃を受けると都合が悪いのは彼女とて同じということだ。

 対峙してすぐにわかる。()()()()()()()()()()

 

 たった二回だけ攻撃をいなしてわかる程度だ。一回における霊力の消費量は大きいのだろう。

 考えてみれば、私が駆けつけたときには既に霊力が弱まっていた気もする。

 以前相まみえた際よりも、霊力が枯渇に近付いていることは感じられた。

 

 攻撃が通らない相手に持久戦。分が悪いにも程があるが、彼がしゃかりきになって戦うとは考えにくい。

 唯一の突破口として採用せざるを得なかったのだろうか。

 

「私は手数で勝負できるので、楽に決着をつけられそうですね」

「言いおる。新藤よりも手を焼くことは確かじゃが、妾は短期決戦が苦手とは言った覚えがない」

 

 彼女が不敵な笑みを浮かべると、すぐにその表情は姿ごと消え去った。

 気の移動を察知し、素早く視界に彼女を入れる。

 既に蹴りの動作に入っていることを見届け、刀の応戦では遅すぎると悟った。

 

 体を後方へ反らし、最低限の動きで躱した。

 すかさず次の蹴りが来る。そう確信した上で後方へ大きく飛んだ。

 退いた場所から感じる風圧が、一撃の重さをひしひしと感じさせた。

 

 思惑通り、勢いを絶やすことなく再度距離を最速で詰めてくる。

 体勢が前傾になっていることを確認し、地に足が着いた瞬間、逆に前へ飛び込んだ。

 反応はできても対応ができない速度で互いの距離は埋まっていく。

 地を蹴ったのと刃が通ったのは、ほぼ同時に思えた。

 

「ぐっ……!」

 

 かなり深い一撃。もしこれが人間相手だったならば、胴が二つに切断されていることだろう。

 彼女も苦しくうめき声を上げているが、いまいち感触が悪い。少し大袈裟に言えば、空気を切っているのと大差ない。

 

「次同じようなことになれば、確実に死にますよ」

「それが……どうした」

 

 流血もない。ただ不可視の傷を痛そうに押さえるのみ。

 様子を見る限り、私の一言に間違いはないだろう。

 

 張り詰める空気。音を鳴らす荒い呼吸。

 一撃が命取りとなる状況。緊張が走る。

 

 天君が前に出る気配もない。邪魔をしないためか、やはり傷が深いのか、はたまたその両方か。

 何かを察した彼女は、踏み込む。

 現状有利なのは私であることに変わりない。傷をいたわるよりも先に決着をつけなければ勝ち目がないとわかったのだろう。

 

 

 

 ──夜闇の緊迫を破ったのは私でも彼女でも、彼でもなし。

 森の奥から漂う白い冷気だった。

 肌寒いという言葉では足りない。氷点下を割っているのかと錯覚してしまうほどだ。

 

 異変に気付いた彼女は、源である背後を確認。

 

「まずいッ──!」

 

 その一言とほぼ同時に、氷の針が彼女の体を貫通して私めがけて飛んできた。

 

「がっ!」

 

 まさか間に人を差し込んだ攻撃など避けられるはずがない。

 そもそも攻撃だと認識できなかった。

 左肩に刺さったそれを見る。

 

 円錐形の氷。氷柱(つらら)という言葉が最もふさわしいだろうか。

 私の腕ほどの太さで、空気すら凍らせて飛来してきていたのだ。

 状況が飲み込めないが、少なくとも好転したわけではないことは確かだ。

 

「おい妖夢、大丈夫か!」

「いえ、問題ありません──?」

 

 駆け寄ってきた天君に返事を送るが、語尾が上がる。

 疑問は二つ。

 

 一つ、彼女が上げた危険の声と、こちらを見る視線。明らかに予定されたものではないこと。

 一つ、刺さったはずの氷柱がみるみるうちに蒸発していく。ひんやりした感覚と明確な痛覚を残しながら形が空気に溶けていく。

 

「天、妖夢ちゃん。すごくまずい。霊力が、大きすぎる」

 

 栞ちゃんの一言は、重いものだった。

 木々の隙間から押し寄せる霊力は、もはや霊力ではない。

 霊力であることは確かだが、霊力という言葉で片付けられない。もっと強大な何か。

 神聖な雰囲気が、心を(すく)う感覚。

 

 そう、これを形容するならば──畏怖。

 

 自然の極地。ただの森がそう感じさせた正体がこちらへ寄ってくる。

 軽い音で土を踏みながら現した姿は、華奢な体躯。水色の麒麟だった。

 首は長くない、まさに中国聖獣の麒麟。

 

「ォォォオオオ──!」

 

 幻獣は夜闇をさらに凍えさせる。

 甲高く気高き咆哮と共に、何もない空間から氷柱が形成されていく。

 麒麟は高く跳躍し、帯びた無数の氷柱を空から放出した。

 

「妖夢!」

 

 炎の一閃。天君が凪いだ刀は熱を宿していた。

 弧に沿って走り火が飛ぶ。たちまちに氷塊は蒸発し、周囲は(いぶ)される。

 

 朱里は相殺の術がないのか、回避に徹していた。

 透明化も織り交ぜるが、全てには使わない。いや、使うことができない。

 降ってくる氷柱の数が多すぎる。さらに私との戦いで消耗しているため、あと数秒ももたないだろう。

 

 そう思案してすぐに、物理法則がねじ曲がる。

 自由落下に従っていただけの氷塊は、まるで意志を持ったように途中で進路を変えた。

 死角から襲う氷柱に透明化で対応していたが、まもなくして一本が刺さる。

 

 それを認識したのか、氷柱を朱里に集中させた。

 体を反らさせたことを読んだ上で氷柱を向け、確実に当てた。

 腕に刺さった氷は勢いを殺すことなく、朱里の体ごと動かしてみせる。

 やがて木を背にして衝突。氷柱が釘の役割を果たし、動きを完全に封じられた。

 

「お姉ちゃん!」

「……妖夢。想像以上にまずいぞ」

「確かに、不自然でもありますね」

 

 かつての幻獣はこれほど賢くはなかったはずだ。

 だがこの怪物は違う。

 天君に攻撃が通用しないことを確認し、標的を変更。

 氷柱を死角へ誘導し、能力発動を強制。体格の小さい彼女の腕を的確に狙い、木に(はりつけ)にする。

 戦術とも言える動きを、動物的思考をもつ幻獣にできるはずがない。

 

 地に降り立った麒麟はこちらを見据えている。

 間違いない、この幻獣には知性が備わっている。

 でなければ説明がつかない。戦法も、今こうして様子を見るという静の動きにも。

 

「……天」

「なんだ」

「馬鹿なことを言うって自覚してる。でも一度だけのわがままだから──」

「妖夢。三十秒、あいつの相手を頼めるか」

「足止めなら」

「……ありがとう、二人とも」

 

 栞ちゃんの言葉を待たずに天君は決定を下した。

 

 行動開始。彼が朱里のもとへと走る。

 阻止するように氷柱が飛んでくるが、間に入って弾き落とす。

 

 弾き続けても埒が明かない。さっきのように方向を曲げられたら防ぐにも限界がある。

 麒麟に圧をかけつつ、囮役に徹するほうが確実だ。

 

 接近し、本体に刀を振りかざす。

 四足歩行とは思えないほど軽快な足取りでかわされるが、目的は所詮陽動。

 注目を浴び続けるため、回避に重きを置きつつ、隙を見て攻撃の意志を見せる。

 

 完璧に麒麟の意識がこちらへ集中したことを確信し、彼らと逆方向へ移動。

 またしても上空から氷柱が降ってくるが、数が少ない。

 回避と刀を利用した弾きでかいくぐり終えて、前進しようとして気がついた。

 

 足が動かない。足元を見ると、麒麟からこちらまでの地面が凍っていた。

 刀で氷を弾くタイミングで凍らされたのか。

 足首から下が固定されている。刀で削ろうにも、氷柱とは比べ物にならないほど硬すぎて破片すら散ることがない。

 

 はっとなり、麒麟を急いで視界に入れた。

 しかし、時既に遅し。私が見たのは、私を踏み潰そうと前足を落としていたところだった。

 すぐに刀を間に挟む。刀で片方の足は抑えられるが、もう片方はどうにもできない。

 

 腕にのしかかる強大な力。体躯に似合わない力量に刀が手から滑り落ちそうになる。

 しかし、それよりも先にもう片方の足が私へと届くだろう。

 

 

 

 凄まじい打撃音。空気を揺らし、地面を揺らしているのが氷越しでも伝わってきた。

 まもなく麒麟は体勢を崩し、前足が襲ってくることはなし。

 刀にかかる馬鹿力もふっと消える。

 

「──弧月・飛鷹」

 

 私を救ったのは、彼の()()だった。

 

「なるほど、こりゃいい」

 

 的確に頭を捉えた一撃。彼は溢れんばかりに紫の霊力をまとい、笑みを浮かべていた。




ありがとうございます。

かなりハイペースですが、どこで次回の持ち越しをしようかと考えたところ、新技出たあたりが良いかと思い、かなり詰め込みました。

次回、少し戻った天君視点から始めようと思います。


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紫色の一蹴

おまたせしました。

競馬場に少し行くつもりだったんですが、少しじゃなかったです。


 無作為にばら撒かれる氷柱の間を縫いながら、最短距離を通って彼女のもとへとたどり着いた。

 

 降ってくるものよりも一回りほど大きい氷柱は彼女の右腕をえぐり、さらに奥の木の幹まで到達。

 かなりえぐい光景だが、流血は見られない。

 代わりに、彼女の姿そのものが消えかかっていた。

 半透明な小さい体躯が向こうの樹皮を映している。

 

「おい、大丈夫か!」

 

 返事はない。うつむいたままの頭、髪一本すら揺れることはない。

 この場にとどまるのはまずいと判断し、強引ながらに氷柱を引き抜いて捨てる。

 

「しっかりしろ!」

「お姉ちゃん、意識を戻して!」

「……あぁ、お主は──」

「よかった、まだ息はあった!」

 

 体を揺らし、ようやくかすかな声が返ってきた。

 消え入る声。色の足りない体。意識は戻ったものの、状態が芳しくないことは誰が見てもわかるくらいに衰弱していた。

 

「お前のもつ霊力が底をつきかけている。本当に霊力がなくなったら死ぬぞ」

「……摂理じゃ。警告が必要なほど無知ではない」

「時間が惜しい。単刀直入に言うぞ。俺に命を預けるんだ」

 

 一瞬だけ意外な顔をしていたが、疲労感を全身で漂わせながら嘲笑が飛ぶ。

 想像はしていたが、交渉の色は良くない。

 

「馬鹿を言え。こんな残滓(ざんし)とも言えぬ死に損ないが、妾よりも軟弱な(わらべ)に加勢したとて戦況は変わらぬ」

 

 気力をなくした声で出された答えは諦めだった。

 彼女の意見は至極真っ当なものだ。

 

「……そもそも、お主は正気か? 一刻前まで殺し合っていた相手に命を預けろと。気でも違えたか?」

 

 確かに彼女の存在はか細くなっている。

 しかし、栞と同じく朱里を俺の中に取り入れれば、あるいは。否。

 

「それを言われると痛いな。だが、これだけは()()()言える。お前がいれば、()()()()()()()()

 

 我ながら愚かである。そんな保証はどこにもなく、ただ自らの直感に従っただけの細い糸に過ぎない。

 しかしながら、微細な希望は強靭なものであると。根拠なき意志だけが俺をそうさせていた。

 今できることは、限られた時間で真摯に言葉を連ねるのみ。

 

「一回だけでいい。力を貸してくれ。俺も栞も、別にお前に死んでほしいと思ってるわけじゃないんだ」

「……しかし」

「お姉ちゃん。天は大丈夫」

 

 栞の言葉で初めて彼女が揺らいだ。俺が紡いだどの言葉よりも、単純かつ掴みどころのない言葉で。

 十秒ほど経った頃、次第に薄くなっていく体は完全に霧散した。

 淡く光る球体が空中に。腕にかかる命の重みはふっと消えた。

 

 だがそれは絶望への足がかりではなく、戦場に巻き起こる旋風の予兆だった。

 湧き上がる充足感。感覚が鋭敏になり、肌に刺さる冷感が強くなる。

 同時に、体全体から紫色の清純な霊力が溢れ出す。

 

「……一度きりだ。それ以上は関わらぬ」

「お前、すげぇよ。これなら勝てる」

「久しぶり、お姉ちゃん」

 

 栞の『大丈夫』という単語にどれほどの想いが込められていたのかは推測がかなわない。

 されど彼女の優しい語調は。言葉以外の意思伝達は。朱里を動かす原動力に足るものだと俺でも実感できるほどだった。

 

()里なのに()なんだな」

「たわけ、駄弁る暇などあるまい」

 

 触れる空気の温度がいっそう下がったと感じてまもなく、地を伝って氷が進行していた。

 向かう先は妖夢の足元。しかし彼女は自身を襲う無数の氷柱を弾くのに手一杯であり、下に意識が向いていないようだ。

 走る氷は妖夢の足を掴んだ。彼女が認識する頃には、既にその場に釘付けとなっていた。

 

「リベレーション!」

 

 妖夢に迫る麒麟を見るやいなや、俺は彼女らの間に割り込もうと走り出す。

 

 一歩を強く踏み込んだは良いものの、間に合うかどうか怪しい距離だ。

 ましてや落ちた刀を取りにいく時間などあるはずもない。

 迷えばそれこそ足が遅くなる。丸腰で割って入る以外に選択肢はない。

 

 ──足に力を入れてすぐに驚くことになった。

 朱里のものであろう能力の恩恵だろう。

 三十尺を優に超える距離を、たった一歩で駆けていた。

 

 気がつくと麒麟が目の前にいるのだ。

 目測を誤ったが、嬉しい誤算だった。

 間に合うか否かの瀬戸際は錯覚だった。

 

 突進の勢いを殺すことなく、右足で宙に弧を描く。

 空気を切り裂く音は、もはや蹴りというよりもそれこそ刀を振るう音に近い。

 頭を的確に捉える。頭蓋を粉砕する気概で振り抜いた。

 

「──弧月・飛鷹」

 

 俺が走ったと同じほどの距離を麒麟が吹き飛んだ。

 己が体で数本もの大木を轟音と共にへし折る(さま)に、我ながら笑みを浮かべながら驚いた。

 

「なるほど、こりゃいい」

「敵の妾が言うのもなんだが、妾の能力じゃぞ」

 

 走ってからというもの、堰を切ったように溢れ出す霊力。

 内に秘めるのも煩わしいほどだ。

 彼女の霊力は尽きかけていたため、この紫色の霊力は他ならぬ彼女のポテンシャルということになる。

 朱里に同じく、敵ながらあっぱれとしか言いようがない。

 

「悪い妖夢、少し遅れた。怪我は?」

「大丈夫ですが、その……天君。今の蹴りとその力は」

「紳士協定というか同盟というかまあ」

「この場限りの休戦じゃ。勘違いするでないぞ」

「……ってことだ。妖夢には悪いが、早いとこ決着をつけよう」

 

 幻獣にも脳震盪はあるらしい。

 未だによろめく四足を地に立てていないようだった。

 明確な好機。畳み掛けるなら今だ。

 

 リベレーション状態であることも相まって、やはり追撃への一歩は大きい。

 一見すると浅い踏み込みだが、一般人には決して再現できないほどの速度と距離を誇っていた。

 遠距離を詰める箭疾歩(せんしっぽ)と短距離を素早く詰める縮地。二種の歩法を同時にはたらかせているような、驚愕の体験だった。

 

 風を押しのけ、麒麟までを一歩で迫ると、したたかに夜桜を抜く。抜刀にかかる速度も極めて短い。

 居合である紫電一閃(モーメント・エクレール)と遜色ない速度で刀は空間を切り裂いていた。

 

 麒麟の皮膚を裂く寸前、何かがひび割れたような音がした。

 直後、これまでよりもさらに数段鋭い肌の痛み、鈍い金属音と衝撃が伝わってくる。

 見ると、刀が体に当たる周囲数センチの部分がダイヤモンドのように角ばって硬化しており、刃が先に進むのを防いでいた。

 

「──ふっ!」

 

 気合を入れ、霊力を両の腕に集中させる。

 手首に跳ね返る重みを無視し、ただ刃を通すという意志を貫く。

 同じくひび割れた音が何度もするが、一向に刀は先へと進まない。

 

 相手が倒れているとはいえ、これ以上隙を晒すわけにはいかない。

 危機回避のため、一旦後ろの妖夢のもとまで下がった。

 

「硬質化ってレベルじゃないな、あの硬さは」

「……あれも氷なんでしょうか」

「多分。氷の密度を極端に上げて、かつ面積も限りなく小さくしてあるからだろうね」

 

 正確には、氷に含まれる空気の量が少なくなり、氷の密度が上がって硬くなっているのだろう。

 さらに肌に刺さった痛み。覚えがある。間違いなく気温の低下によるものだ。低温であるほど氷の硬度は上昇するため、氷がさらに硬化する。

 氷は氷でも、極端に低温な純氷というわけだ。

 その純氷が一点に集中するため、局部的な防御に優れる鋼鉄と化したということだろうか。

 

「だが砕いた音はした。手応えもあったはずだ」

 

 あのひび割れの音が氷の鎧を砕く音だとすれば、数回は鉄壁を突破していることになる。

 しかしながら、幻獣に傷が入ったようには見えない。

 

「内から新しく氷を作って押し出していたように感じたが」

「それ、本当か?」

「うむ。層というより、一枚に厚みがあるといった具合じゃった。砕いた氷こそ消えておるがの」

 

 自分の能力であるためか、朱里は氷の状態をより的確に捉えていたようだ。

 ろくな対抗策が出ないまま、麒麟は体勢を整え終えていた。

 

「ともかくだ、しゃんとせい。息をつく暇などないぞ」

 

 (いなな)きは遠くへ飛ぶ。高き声と同じ速度の突進。

 火をつけた夜桜は麒麟の両前足を受け止めてみせた。

 黒き煙が上がり肉の焦げる嫌な音がするが、目に見える限り焼けた跡すら残らない。

 

 素早く横に回った妖夢が腹を斬りつけるが、纏う氷が刃を通さない。

 麒麟の意識が妖夢へ揺れた瞬間を見逃さず、手に込めていた力をふっと逃がす。

 前脚は俺の体側をかすめ、灯火の消えた刀は麒麟の横をなぞりながら進んでいく。

 

「ふっ!」

 

 幻獣をはさんで妖夢の向かいへ。刀は炎の息吹を取り戻した。

 麒麟を飲み込まんとするほどに丸々猛々しく燃え盛る。

 熱気を帯びた蒸気が際限なく湧き上がりながら、氷の層を次々に溶かしていく。

 

 一秒もしないうちにその時はやってきた。

 

「通った──!」

 

 厚い氷の束を全て溶かし、炎刀は幻獣の皮膚を焦がした。

 初めて剣がまともに通る。逃す手はない。紫の出力を高め、さらに大きく振り切る。

 

 

 ──時が止まった。

 いや、相対的な速さに圧倒的な壁があった。

 

 俺が刀をほんの数センチ動かすよりも、幻獣が()()()()方が断然早かったのだ。

 文字通りに、煙に巻くことが。

 

 蒸気は足を早めて湧き上がる。

 噴出する気体は一寸先も見えない霧となった。

 刀の先に感触は伝わらない。もう既に麒麟がそこにいないことは明らかだった。

 

 異常を察知した妖夢はすぐに二刀を横に薙ぐ。

 音を置いていった一閃は白い闇を一気に払った。

 感触で認知した事実は目でも突きつけられる。二人で挟んでいたところに麒麟はおらず、一つ後ろへ飛んだ先へと退避していた。

 

「天君。まずいです」

「ああそうだな。このまま持久戦になったらますます勝ち目が──」

「それもそうですが、貴方の火が攻撃に転用できないことの方がよっぽどですよ」

 

 妖夢の一言は、戦況に差す怪しい雲行きを浮き彫りにした。

 氷を溶かした蒸気で攻撃が通らないのならば、火の能力は攻めでは死んだも同然。

 解決策は火の能力をそもそも使わないことくらいだ。焔を上げる前提の案など思いつかない。

 

 長期戦を覚悟するべきか。幸いか、防御の炎は邪魔されないことが判明している。

 もう一度同じ手順を踏んで二人で攻撃して、強行で氷を割るしか──

 

「天君!」

 

 必死な形相で声を上げる彼女が思考の世界から俺を引き戻す。

 目がまともな視界を取り戻したときには、既に無数の氷柱が降り注いでいた。

 

 刀に火が灯る。一気に最大出力。

 空気をも焦がすつもりで炎を上げるが、間に合わない。

 すぐそこまで氷柱が近づいてきていた。

 

「ぐぅっ……!」

 

 なんとか手近の氷は溶かすことに成功したものの、刀から遠い脇腹あたりの一本が捌ききれない。

 あまりの冷たさに傷から出血もない。

 しかしながら、鋭い痛みと温度に反して焼けるような傷の感覚が負傷の事実を突きつける。

 

「たった二人。突破口はない。……お主はどうする」

「……どうする、か」

 

 朱里が残酷な難題を提示したが、俺はすぐに答えられなかった。

 荒ぶりかけた息を沈め、体側に刺さった氷柱を抜き捨てた。

 失血が怖いが、重りを埋め込んだまま動くなど冗談じゃない。

 

 地面に氷が転がったのを見た瞬間だった。

 

「──これだ。妖夢。さっきのもう一回やるぞ」

「ですが、怪我は──」

「大丈夫だ。それより早めにかたをつけないと、本当に動けなくなりそうだ」

 

 アドレナリンが無理に体を突き動かすが、それが切れると勝ち目がなくなる。

 失血死を待つよりもよっぽどいい。

 

「いくぞ……ゴー!」

 

 掛け声に合わせて一斉に動き出す。やや妖夢に先行してもらいながら左右へと展開する。

 分かれた俺達に対し、麒麟はどちらを狙うか一瞬迷った後に、先を進む妖夢へと狙いを定めたようだ。

 

 妖夢が蹄の押印、氷の嵐を軽い身のこなしで避けている間に、タイミングを見計らう。

 側方へと位置を取った彼女を見て、反対位置から挟み込む。

 ほぼ同時に刀を振りかぶるが、的確に鋼鉄の鎧が生成される。

 

 俺は氷に突きを入れ、一点集中で刀を埋め込んだ。

 即座に手を離し、脚に紫を纏う。

 

「孤月・飛鷹!」

 

 二箇所の同時攻撃を仕掛けたため、一枚の防御力は薄くなっているはずだ。

 体を捻りながら、蹴りの威力を最大限にした一撃を叩き込む。

 氷ではなく、()()()()()()()()()()

 

 思い切り振り切った脚が柄を捉えると、力が一点に集まっているため、硬直していた刃が氷を割いて進み始める。

 難攻不落の氷の要塞は、正面からの一点集中で破られた。

 

 ものの一秒も経たずに麒麟の空虚な肉へと触れる。

 無機質な手応えの終わりを悟り、今度は赤の霊力を脚へ。

 

「燃えろぉぉぉおおお!」

 

 脚へ、刀へ、そして麒麟へ。

 炎の霊力が伝播し、幻獣を無防備な内側から燃やし尽くす。

 

 麒麟から上がった短く金切り声は反撃の狼煙だった。

 散々投げられていた氷柱は一箇所に集まり、やがて一本の巨大な氷柱へ。

 その大きさは俺の体躯を優に超えてなお肥大し続ける。

 窮余の一策。まさに(けん)(こん)(いっ)(てき)。直撃すれば死は免れないだろう。

 

 だが、ここで退くわけにはいかない。防御壁を初めて突破した今こそが、最初で最後の好機。

 命の危機を察知し、さらに炎の勢いを加速させる。

 が、どれだけ霊力を送ろうとも氷の膨張は止まらない。

 

「ぁぁぁああああ──!」

 

 持ち合わせた霊力の全てを絞り出す。

 

 そうして起こったのは、大規模な水蒸気爆発だった。




ありがとうございました。

ちなみにですが、僕のお気に入りはナリタタイシンです。


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悪意なき疑念

お久しぶりです、半年あきましたね。(白目)
とはいえこの話は既に数ヶ月前に書き上がっていて、他の作品が書き終わってないから足並みをそろえるって感じで上げるの控えてました。
なかなか書き上がらないし、年内には上げたいと思ってたので上げます。

兎にも角にも、爆発で吹き飛んだ彼ら彼女らに敬礼を。


 熱を帯びた突風は体を安々と吹き飛ばす。

 妖夢は体勢を立て直し、受け身をとった。しかし、蹴りで崩れた姿勢のまま飛ばされた俺はそれがかなわない。

 勢いを殺さず背が巨木に激突する寸前、何に支えられた感覚が激痛に取って代わる。

 

 (まぶた)に貼り付く熱が収まってすぐにわかった。

 

「……サンキュー、朱里」

「中にいる妾がどうなるかわからなかっただけじゃ。勘違いするでない」

 

 朱里が実体化し、俺を抱えていた。

 妖夢の姿はここから見えず、声も聞こえない。

 麒麟があの爆発で生きながらえていることはないだろう。現に巨大な霊力は消え失せている。

 しかし受け身を取っていたとはいえ、すぐ近くにいた妖夢が心配だ。

 直ちに立とうとするも、足に力が入らない。

 

 完全にガス欠だった。霊力はほとんど残っていない。

 霊力も体力も底をつきかけているというのに、朱里が霊力を奪って外へ出ている。

 地面に横たわることしかできない俺に待っていたのは、夜桜を奪った朱里だった。

 (わらべ)にはどうにも似つかない長刀が、違和感を隠さずに俺の首元を捉える。

 

「今この瞬間、誰も止める者はおらぬ。誰も見ておらぬ。お主は動けぬ。栞よ、止めるならばお主ごと斬る」

「こりゃまた大胆だな」

「殺す前に問おう。なぜこの世界に固執する。あの女のためか? それとも他の仲間のためか? お主にとってのこの世界は異端で、この世界にとってのお主は異分子。互いに邪魔でしかなかろうに」

「もう他人事じゃないんでね。俺がここで戦う運命にあるから従うだけだ」

「……解せぬな。その数奇な運命は自らの命を賭すに値するのか?」

「言ったとおりだ。もう他人事じゃない。仲間が自由のために命を賭けるなら俺も同じだよ」

 

 彼女らは自由のために戦っている。

 邪悪で不遜な侵略者を退けるために戦っている。

 彼女達が命を賭けると言うならば、俺も同じく命を張って幻想郷の存続に貢献する。

 

 二年も前に決めたことだ。

 自身の決意に疑問を持ったことも、諦めたこともない。

 

「でははっきりと言おう。妾が全ての幻獣を動かしている。つまりれっきとした敵じゃ」

 

 数秒の沈黙が流れる。

 こちらを見透かそうとする朱里の視線だけを感じる。

 

「違うね」

 

 そう断言したのは栞だった。

 

「自ら言っているのだぞ」

「嘘だってことだよ。仮に本当だとしたら不自然だよ」

「どこが」

「さっきの戦闘でお姉ちゃんは死にそうだった。自作自演にしては度が過ぎてる」

「そうでなければ現実味がないだろう。騙す以上、嘘だと悟られないよう努めるのが当然じゃろう」

 

 栞の意見はもっともだが、彼女のさじ加減で結果が変わる以上、平行線をたどることになる。

 疲弊した脳を回転させ、彼女の矛盾を突きつける。

 真偽は定かではないが、栞が嘘だと言い張るならば俺もそれを支持するべきだ。

 そうして一つの(ほころ)びが見つかった。

 

「最初の幻獣──雷を落とす黒い幻獣を退かせた意味がわからない」

「妾が逃げる時間を稼いだと錯覚させるためじゃ」

「ますますわからないな。俺達に戦わせた方がもっと長く時間を稼げるだろ。俺だったらそうするね」

「万が一でも倒されてはかなわんからのう。こちらとて戦力は限られておる」

「俺達はすぐに撤退の判断をした。大声で皆に呼びかけたのが聞こえたはずだ。なら背中を襲うだけでいい。リスクを恐れた理由にはならない」

 

 値踏みするような目。心意を覗こうとする目を正面から受け止める。

 とはいえ、時間を稼ぐにも限度がある。

 

 朱里が自ら剣を下ろす以外に最善なのは、妖夢がこの場へ飛んでくること。

 別々に吹き飛んだためか、彼女がやってくる気配はおろか、声や足音すら届かない。まだ意識が戻っていないのだろうか。一刻も早く安否を確かめなければ。

 

 ──そうして聞こえたのは、乾いた拍手だった。

 一人分のささやかな、毎秒一拍の音が妙に落ち着いている。

 森の奥から現れたのは、想定外の人物だった。

 

「素晴らしい戦いでした。たった二人で討伐してしまうなんて。……あぁ、僕が言うと嫌味に聞こえるかもしれませんが、純粋に敬意を表した言葉ですよ」

「……成瀬」

 

 悪意など介在しない顔だ。非常に穏やかなだけに、逆に神経が逆なでされている気分になる。

 今更何をしにと声をかける前に、成瀬が釘を刺す。

 

「あまり喋らない方がいい、傷が広がりますから。それと、彼はうちの戦力だ。殺さないでおいてくれると助かるのですが」

「妾の知ったことではない。そも、面識もないお主の頼みを聞く義理などあるまい」

「だと思った」

 

 彼の勧善懲悪を遂行すべく、虚空から紫の薙刀(なぎなた)が手中に現れた。

 さも自信あり気に登場したのは、以前に覚えのある西洋の剣ではない。

 

「驚いたって顔ですね。武器なんて、なんだっていいんですよ。首を()ねるか、心の臓を突くか。重要なのはそこじゃない」

 

 にじり寄る彼は手加減を知らない、もといするつもりもないのだろう。

 咄嗟に掴んだのは、あまりにも細く幼い腕だった。

 

 訳がわからないという顔をされようがこちらの知ったことではない。

 今この場を穏便に収めるために。できることの方が少ないのだ、迷うだけの選択肢すらあったものではない。

 目での訴えを怪訝そうに受け取った彼女は、納得いかない顔のまま空気に形を溶かしていく。

 やがて境界の全てが消え去り、全身が息を吹き返す感覚。

 奔流の赴くままに剣を取り、立ち上がる。

 

「悪いね。彼女はうちの戦力だ。殺さないでおいてくれると助かる」

 

 場に一時の静寂が吹くが、我ながら苦笑いしか浮かばない。

 

「……今度はこっちが驚くことになるとは思わなかった」

「お返しできたようでなによりだよ」

「君と彼女の関係がどういったものなのか、ある程度は理解していますよ。あえてわかりきった忠告をしますが、危険すぎる」

 

 彼の言わんとすることはわからないでもない。というよりも、彼の言い分の方が幻想郷側から見て筋が通っているのだ。

 わざわざ危険分子を内包させることはない。言葉にせずとも容易(たやす)く理解できる。

 

「わかってる。だから、もし()()なったら──俺がやる」

 

 風切の音が聞こえる。木々のざわめきがはっきりと聞こえる。

 彼は数秒流れた沈黙の末に、結論を述べる。

 

「無理です。貴方が彼女よりも常に強くありつづける保証はありません」

「そうか。なら前回の続きといこう。俺が勝ったら朱里は生かす。負けたら、ってことでいいだろ。俺もちょうどリベンジしたかったとこだ」

 

 刀越しに成瀬を見据える。

 あくまで試合。()()()ではない。

 彼は悠長に、余裕綽々といった様子で薙刀を向けもしない。

 

「リベンジとはご挨拶な。勝負にもなってなかったでしょ」

「さあ、今回はどうだろうな。そっちからどうぞ」

「そう。じゃ遠慮なく」

 

 構えすら取らなかった姿勢から急速に距離が縮む。

 瞬きすら許さない奇襲に反応するのがやっとだった。

 しかし、意識が介入することなく右足が動いた。

 長柄の側面を的確に捉え、負傷なし。さらに軌道は何もない空間へと逸れる。

 

 さすがの成瀬も、成功を確信した急襲に失敗したためか、驚嘆の表情を隠せていない。

 しかし、わずか瞬き一回分ほどで体勢を立て直しはじめていた。

 十分だ。背中の刀が彼の喉元手前で止まるまでに、瞬き一回分の時間もかからなかった。

 

「……こりゃ失礼。まさか勘を取り戻していたとは思いませんでした」

「どうも。一勝一敗、もういいだろ。訓練でもなく仲間内で刀を合わせるなんて、馬鹿げてる」

 

 言いたいことを吐き捨てて、刀を鞘へ。

 こんなことをしている場合じゃない。早く妖夢を探さなければ。

 足が動く前に、成瀬が奇妙なことを口にした。

 

「おかしいとは思わないんですか?」

「何が」

「幻獣がどこから来るのか。それを予測できないのか。事前に止めることはできないのか」

「だから、何が言いたい」

 

 彼の言葉に悪意は存在しないように思える。

 が、どうにも信用に欠けるというか、信用する価値を見いだせない。

 争いの種を撒いているだけに感じるものの、彼も一応は幻想郷側のはずだ。

 

 ならば、彼の捨て台詞にも相応の意味があるのだろうか。

 

「考えられることは一つ。内通者。裏切り者。密告者。これらの(たぐい)の奴がいるってことです。もしこれが本当なら、説明がつくと思いませんか?」

 

 何を言うのかと思えば、と一蹴する気も失せたのではない。

 彼の発言に多少なりとも、説得力を感じてしまっていた。

 

「それもただのスパイじゃない。幻想郷の住人。あの()(くも)(ゆかり)(はく)(れい)(れい)()を欺ける人物。結界の存在を無視できるなんて、外の世界の住人にはそうそうできることじゃない。特異な力を持つ人間か、悪魔か、妖怪か、あるいは神か」

 

 共に戦う仲間が、裏の顔を持っている。

 そんなことはないと頭ごなしに否定はできるが、仮定の世界で話を進めるのであれば、可能性はある。

 可能性を否定しきれないと曖昧に濁すほど単純な問題ではない。できる人間は限られている。

 

 それだけに、決定的な違和感を気のせいだと目を背けることができない。

 

「なんにせよ、信用のしすぎは破滅を導きますよ。共闘した仲間を信頼するなとは言いませんが」

「……考えとくよ」

「それはよかった。僕も調査中です。貴方に話したのは、外の世界から来た損得勘定のない純人間だからです。あまりこのことは不用意に外へ漏らさないよう。もちろん、貴方が最も信頼を寄せる彼女にもね」

 

 足を先に動かしたのは、俺ではなく成瀬だった。

 木々や葉を踏みつける音が遠ざかり、それと入れ違いになるようにこちらへ寄ってくる足音と声がした。

 

「天く~ん、大丈夫ですか~!」

 

 ああ、大丈夫だ。そう口にする前に体から力と充足感が抜けた。

 目前に朱里が立っている。もう自重を支えるだけの力が足に残っておらず、膝から崩れ落ちた。

 

「気をつけろと釘を刺されたばかりじゃろうに」

 

 呆れた声をそっと囁かれ、文句が続くこともなく俺の体を支えようとしている。

 右腕に幼い体がすっぽりと収まっている様子は、支えるというより肩から引き寄せるといった具合だ。

 

「おもっ……おい。なぜこんなにも重い。鍛えてるのではないのか?」

 

 前言撤回。文句たらたらだった。

 

「うるせー。脂肪より筋肉の方が重いんだから、鍛えてるからこそ重いんだ」

「元人間が言うのもなんじゃが、霊体になれないのは不便じゃのう」

「よかった! 早く永遠亭に……ええぇ~」

 

 再会と無事を喜ぶ妖夢だったが、すぐに訳がわからないと顔に文字が浮かぶ。

 疑問に思うのも仕方がないが、俺としても説明し難い。

 首が飛んでいても不思議ではないはずだが、なぜ運命を回避できたのか自分ですらわからない。

 

 怪訝な面持ちを崩さないまま、妖夢はもう片方から俺を支える。

 ゆるりと空へ浮上し、向かうは永遠亭。

 永琳の小言くらいは覚悟して、常識知らずな時間の来院を許してもらうとしよう。




最近原神に復帰。見事にハマってます。ちょうど更新止まって少ししたあたりから。
神里綾華雷電将軍タルタリヤ胡桃アルベドエウルアと、最近のガチャはほぼ全部引いてます。
助けて。


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