攻略組兼鍛治職人の物語 (やなぎのまい)
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01:始まりの街

 

 

 

 

 

アインクラッド第50階層。主街区アルゲートから少しある小さな村。ダンジョン入り口の近くというのもあり、そこそこ活気のあるこの村の一角にその小屋はあった。江戸時代の農民の家を彷彿とさせる縁側を備えた小屋、あとから付け足されたかのようによこにくっ付いた鍛冶場。轟々と燃える炉の前に座る男がいた。目の前で燃え上がる炎のような赤毛、膨大な熱気によるものなのか、衣装は紋様の刻まれた赤色の射籠手に右手首に巻かれた同じく赤色の布のみという出で立ちだ。

 

十分に焼けた、淡く輝きを放つインゴットを炉から慎重に取り出す。そこそこ高難易度のクエストのクリア報酬である鍛治ハンマーを手に取ると、反対側の手でメニューウィンドウを開き、スキルの設定を行う。作成する武器は片手直剣。メニューウィンドウを閉じると赤毛の少年は片膝をつき、目を閉じた。

 

精神を研ぎ澄ます。

 

自分でもわかる、剣という属性に深く潜り込んだような感覚。そのタイミングでハンマーを振り上げ、一振入魂の心意気で光を放つ金属を叩く。

 

本来、鍛治スキルを使用するにあったて、ここまでのことをする必要はない。実際、リファレンスヘルプの項目にも【製作する武器の種類と、使用する金属のランクに応じた回数インゴットを叩くことによって】という記述しかないのだから。つまり、叩く行為さえ行えば良いというこのシステムだが、そんなもの彼のプライドが許さなかった。

全身黒色の装備に身を包んだ友人曰く「叩くリズムと気合いが結果を左右するらしい」とのこと。

 

カーンッ!と一等力を入れて最後の一振りを終える。最後の槌音がに挽いたその瞬間、輝きを放っていたインゴットがより一層その光を増した。

輝きを放ちながらその鉄塊は形を変え、前後に薄く伸び、鍔と思わしき部分が盛り上がっていく。

青白い光のエフェクトが散ると、金床の上には刃が黒色の銀色主体のロングソードが鎮座していた。

赤毛の少年はゆっくりとその剣を持ち上げる。

システムウィンドウを開き、スキルスロットに鍛治などの創作系のスキルを持つものなら必ず保有しているといっても過言ではない〈鑑定〉スキルを選択する。

 

武器の銘や性能、パラメーターなどの文字列がウィンドウ上に踊る。

 

「これもダメだな」

 

そう言って少年は剣をストレージにしまった。

 

「そういえば、この後キリトとダンジョンにいくんだったかな」

 

そう呟くと、鍛冶場の炉に背を向け生活スペースである母屋へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

ーーー製作者 シロウーーー

 

ウィンドウの最後尾にその名前があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

|VRMMORPG《仮想大規模オンラインロールプレイングゲーム》 〈ソードアートオンライン〉

 

頭から顔まですっぽりと覆う流線型の次世代型ハード、〈ナーヴギア〉。その内側には無数の信号素子が埋め込まれ、それらの発する多重電界によって脳そのものを機械と直接接続させるというものだ。それらが与えるのは「五感にアクセスすることができる」となどといった新しい可能性。仮想現実(バーチャル・リアリティ)という完全なる新たな世界を生み出した。完全な別世界に潜ることから完全(フル)ダイブとも呼ばれたそれは、数多のゲーマーを魅了した。しかし、悲しいかな。その先進的すぎすシステムゆえに肝心なソフトリリースはパッとしないものが続いた。せっかくの仮想現実でできることといえば、立体的なタワーパズル、知育や環境系のタイトルばかり。

そんな中、満を持して発表されたのがVRMMORPGという世界初のゲームジャンルを冠し、確立させた〈ソードアート・オンライン〉だったというわけだ。

 

その発表に世界中の人々が熱狂した。

 

ゲームの舞台は、百にも及ぶ階層を持った巨大な浮遊上。

草原や森、街や村にダンジョンまでを兼ね備えたその層を、プレイヤー達は武器一つを頼りに駆け抜け、上層へ通づる道を探し、強力な守護モンスターを倒してひたすら城の頂上を目指すというものだった。ファンタジーでは必須だと思われた〈魔法〉の要素が排除され、代わりに〈剣技(ソードスキル)〉という名のいわば必殺技が無限に近い数設定されているのだとか。

わずか千人という数に限定して募集されたβテストプレイヤー。応募用のページが設置された瞬間にサーバーがダウンするという話はもはや伝説だ。応募人数は千人という枠をはるかに超える十万人。

 

そんな中、商店街の家電屋さんに展示してあったテレビに流れていたCMに触発されて、たまたま思いつきで応募した俺が受かったのは奇跡以外の何者でもないだろう。

 

どうせだから楽しみなさいよ、という友人。ただでさえ食費が凄いこの我が家にくる人々にお願いし、抑えた食費から浮いたお金でナーヴギアや設置環境を揃えた。さらに、ベータテスターはその後の正式版パッケージの優先購入権もついてくるのだと。至れつくせりだなと思ったのは言うまでも無い。

自分に剣術の指導をしてくれる金髪碧眼の少女の稽古をいつもより早めに開始し早めに終了してもらったり、大量の食材が必要となる買い出しを黒髪ツインテールの少女と紫色のロングの少女の二人にお願いしたりなど、隙間の時間でソードアート・オンラインという鉄の城、仮想現実を満喫していた。

 

そして今日、二〇二二年十一月六日、日曜日。午後一時に〈ソードアート・オンライン〉の正式サービスが開始された。

 

夕食の仕込みで数十分遅れてのログインとなったが、第一階層の主街区である始まりの街はすでに活気に包まれていた。今日はみんな用事で帰ってくるのは遅い、二時間後くらいに戻れば間に合う、と自分に言い聞かせながら始まりの街の石畳を踏んだ。少し歩くと、街の中心である噴水公園にたどり着いた。噴水の周りに溜まった水の水面をのぞきこむ。かっこよくセットされた白髪、筋肉のついた褐色の体、ニヒルな口元。そこには、よく家で料理勝負をするあいつ(アーチャー)によく似た青年が写っていた。

 

「さて、これからどうしようかね」

 

ついつい口調もあいつのようになってしまったことに心の中で吹き出した。その時、ふと向けた俺の視線の先にひとりの少女がいた。あたりをキョロキョロと見回すその姿。どうしたのだろうか?そう思ったのと少女に声をかけたのは同時だった。

 

「一体どうしたのかね?」

 

「えっと、あなたは?」

 

「ああすまない、自己紹介が遅れた。私はシロウというものだ。そう言う君こそどうしたんだ?さっきからせわしなくあたりを見回して」

 

少女の肩がビクッと震えた。

 

「いやその、こういうの初めてで…………どうしたいいのかわからなくて…………」

 

なるほど。察するに、仮想現実自体が初めてと行ったところだろうか。しかし、ここで「私が案内しましょうか」なんて言ったら、それはナンパみたいになってしまうのではないか?そんなふうに考えてしまう俺とどうしたものかとアワアワしている少女。しばらく続いた沈黙を破ったのは意外にも少女の方だった。

 

「あ、あの!あなたはこういうのに慣れてるんですか?」

 

「まぁな。一応βテストプレイヤーだったg」

 

「よ、よろしければ色々と教えて頂けないでしょうか!?」

 

俺が経験者だということを伝えようとした言葉を、少女が深々としたお辞儀とともに発せられた言葉に遮られた。

 

「ああ、構わない」

 

「本当ですか!よかった〜私こういうの初めてで……あ、私の名前は篠ざじゃなかった、リズベットです。リズって呼んで………あ」

 

「いや、そっちが君の素なのだろう。私もかたっ苦しいのは苦手でね」

 

ようやく本調子に戻ってきたのだろうか、電子的とはいえに作られた表情であるためこう言った言い方があってるかわからないが、その笑みも自然なものになってきているように思えた。

 

「そう……じゃあ、改めてよろしくね、シロウ!」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

そう言って、握手を交わす。

 

まず、自分に似合う武器を選ぶためにβテスト時代によく通っていた路地裏の武器屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 



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02:『これは、ゲームであって遊びではない』1

 

 

 

 

 

「えいっ!」

 

トゲトゲのついたメイスを振り回すピンクの髪が印象的な少女。やはり、初心者に最初からソードスキルは難しかったか、とそんなことを考える。

 

リズベットことリズを連れ立ってやってきたβテスト時代から懇意にしている武器商人のところへ行った。そこでいろいろ武器を持ってもらい、動機はなんでもいいが自分の使いたいものを使うといい、とアドバイスをした。しばらくしてリズベットが持ってきたのは、初期武器の種類の一つであるメイス。確かに、なんとなく彼女にあっている気がする。

 

武器が決まったら、早速敵を倒してみようということになり、始まりの街からフィールドへとその足を向けた。

 

そこで、冒頭に戻る。

 

俺が考え事をしている間もリズベットはメイスをしっちゃかめっちゃか振り回していたようで、肩で息をしている。リズベットの相手をしている青色のイノシシのダメージ表示を見れば、赤色になっているところは一寸たりともなかった。ブモ、とイノシシが鼻息をしているのが、リズベットを鼻で笑っているかのようだった。

 

「リズ、そうやたらめったら振り回してもダメだ。重要なのは初動のモーションだ」

 

「いっつー……あーいーつー」

 

リズにもイノシシの顔が笑っているように取れたのだろうか、頰をヒクヒクさせながらメイスを杖代わりにして立ち上がった。

 

「技はでないし、なんで当たんないのよー」

 

「それは君がソードスキルを発動できていないかつ当てられていないからだよ」

 

こちらを見ながら、口を尖らせ文句をぶーたれるリズベットに俺はやれやれと言った雰囲気をかもし出しながら答える。

 

全く当たらない攻撃を振り続けるそれをひらりひらりと躱すイノシシに毎度のように突進攻撃をお見舞いされ、リズベットのHPバーは半分ほどが赤く染まっていた。

 

そろそろいけるか?

 

「それに、動くのは当たり前だ。彼らだって生きているのだからな。さっき君はソードスキルが出せないと言ったな。そうだな、コツと言ってはなんだが。アニメで勇者が剣を構えて必殺技の名前を叫ぶだろう?それをやってみるといい」

 

「ふーん」

 

イマイチ納得してないようだが、先人の知恵だし、とぼやきながらリズベットはメイスを軽く振った。

 

「行くわよー!」

 

メイスを中段にかまえる。

 

「スーパー、アターック!」

 

そう叫ぶと、リズベットの持つメイスが青白く輝き、孤の形に同じく青色の軌跡を描きながら見事、青いイノシシの脳天に命中させた。

 

その一撃は、満タンだった青いイノシシのHPバーを一瞬で削り取った。

 

ピギィ、と声を上げながら青いエフェクトを散らすイノシシを呆けた顔で眺めているリズベットに声をかける。

 

「初討伐おめでとう、いやなに素晴らしい一撃だったな」

 

「ほんとにできちゃった……」

 

「肝心なのは最初のタメだよ。君が必殺技を叫んだ際、少し体の動きを止めていただろう?それによってソードスキルの初動モーションをシステムが感知して君のメイスを導いたのだよ」

 

「へぇ……」

 

「ちなみに、今のこいつは他のゲームではスライム並みの弱さだからな」

 

「え?てっきり中ボスクラスかと思ってたんだけど」

 

辺りを見渡す二人。

周りには俺たちと同じように、パーティーを組んだり、ソロでいたり、狩りをするプレイヤーであふれており、見当たるところにモンスターは沸いていなかった。

 

「そろそろこの辺も手が回ってきたか」

 

「そうねー。いやーにしてもさ、ここがゲームの中だなんてにわかに信じられないわよねー」

 

「そうだな。そんな体験をも可能にするというナーヴギアがそれほど次世代的だったということだろう」

 

顔を固定したまま、目線だけを視界の隅に向ける。現実世界での時刻を示す時計はそろそろみんなが帰ってくる時刻を指していた。

 

「そろそろ、解散するとしよう。夕飯の仕込みをしないといけないのでね」

 

「あ、ちょっと待って。このゲームでもフレンド機能とかってあるの?」

 

「無論だ」

 

「なら、登録!しようよ。色々教えてもらったお礼ってことで」

 

「ああ、構わんよ」

 

結局、フレンド機能もよくわかってなかったリズベットにメニューウィンドウの使い方を教えながらフレンド登録を終える。なんの文字もなかったフレンドの枠に始めて文字が加わった。

 

「これでよし!」

 

「そうだな。では、ここで解散というわけで」

 

「じゃ私も〜。また今度!」

 

「ああ」

 

こんな時、女性よりも早く言ってしまうのは如何なものか、なんて思ってしまい、リズベットを、見送ってから俺もログアウトしようと思い、ウィンドウの装備欄を見る振りをして待つ。

 

しばらくしてもログアウトする気配のないリズベット。

 

「どうかしたか?」

 

「ない、ないのよ!」

 

メニューウィンドウが開いたままだというのにこちらにずいっとよってくるリズベット。

 

「だから、なにがないのかと」

 

「ログアウトのボタン!」

 

「は?」

 

そんなバカな。遮られた言葉、ログアウトのボタンがないなんてあり得るはずがない。

ありえないことだと思いながら、装備欄を閉じ、システムメニューの欄を開き、下へとスクロールしていく。

正常なら一番下に『log out』の文字が踊っているはずだ。はたしてそこには、

 

 

 

なにも書かれていなかった。

 

 

 

「ど、どういうことだ?」

 

「やっぱないでしょ?」

 

「ああ」

 

どういうことだろうか。

 

おかしい、ログインした時にメニューウィンドウを調べた時にはちゃんとそこにあった。もう一回上からゆっくりと一つづつ確認していく。しかし

 

「ない、な」

 

「大丈夫なの?」

 

視線を上げると不安げな表情を浮かべるリズベットの顔があった。

 

「大丈夫だろう。今日が運営初日というのもあるしな、ある種のバグか何かだろう」

 

「そ、そうよね」

 

「今頃運営にはGMコールが殺到していることだろう。時期にアナウンスがあるはずだ。それまで待つとしよう」

 

「そんな悠長に構えてていいの?仕込みがあるじゃなかったの?」

 

しまった。

 

そうだ、そうだ。もうすぐみんなが帰ってきてしまう。みんなに協力してもらったおかげでソードアートオンラインがプレイできましたという、感謝の念を込めて今日の夕食は豪華にするって言ってたんだった。まずい。特にセイバー、遠坂と桜には特別なデザートも用意する手はずになっていた。

 

「ま、まぁ。大丈夫だろう、うん」

 

「なんかすごい動揺してない?」

 

「してない」

 

「そーおぉ?あっ!そうだ、シロウあなた、ログアウトの方法他に知ってたりしないの?」

 

「そうだな…………」

 

呟きながら考える。この仮想世界(アインクラッド)から離脱し、現実世界の自分の部屋に戻るには、メインウィンドウを開き、ログアウトボタンに触れ、表示される確認ダイアログのイエスボタンを押すだけだ。それだけであるがゆえに

 

「いや、知らないな」

 

「え!?」

 

背筋に冷水を流されたかのような感触が二人を襲う。

 

「ないな。自発的にこの世界から離脱するにはメニューを操作する以外にはない」

 

「そんな!じゃあこの世界に閉じ込められたってこと!?」

 

戻れ!ログアウト!脱出!と飛び跳ねながら叫ぶリズベットを尻目周囲を見渡す。周りでも異変に気付いたのか、どうやら狩どころでらなくなったようだ。

 

「なに心配するな。運営も対応するだろうし、最悪、異変に気付いたご家族にナーヴギアをひっぺがしてもらうか、電源を落として貰えばいい。先ほども行ったが私の家には同居人がいるが、君は?」

 

「私も大丈夫、母さんがそろそろ帰ってくると思うから」

 

「そうか」

 

お互い、落ち着いたのか同時にため息をこぼす。

 

「でもアンタ、夕飯の仕込みの話さっきしたら青ざめてたけどこんなところで悠長に待ってていいのかしら?」

 

「いや、なんとか……ならない?」

 

その後、不安を紛らわせるためにソードスキルの発動の復習をしようというわけでしばらく時間を潰した二人。

 

しかし、一度生まれてしまった正体不明の不安感はずっと二人の体にまとわりついたままだった。

 

「ねぇー」

 

不安感を抑え切ることができなくなったリズベットが声をかけようとしたその時

 

 

 

リンゴーン、リンゴーン

 

 

 

鐘の音色にも、一種の警告音にも聞こえる音が大ボリュームで第一階層の全てに響き渡り、驚きのあまり肩を震わせる。

 

「な……っ」

 

「今度はなんなのよ!?」

 

取り敢えず落ち着こう、そう声をかけようとリズベットの方を向いた。

見れば、リズベットの体を鮮やかなブルーの光の柱が包んでいたからだ。俺の視界も青色に染まっていることからこちらも同様の状況に置かれているのだろう。

最初こそ焦ったものの、この現象には覚えがあった。βテスト時代に何度も体験した場所移動の時に発生する〈転移〉のエフェクトだ。しかし、今は発生条件であるポータルもアイテムである結晶も使用していない。コマンドも使用していないこと、現在の状況から考えて運営側による強制転移の線が濃厚だろう。

体を包む光がひときわ大きく脈打ち、視界に映る景色を強制的に切り替える。先ほどまで広がっていたモンスターの闊歩する草原ではなく、何度も目にした始まりの街の石畳が目に入った。さらに、リズベットと出会った場所でもある噴水があることから、ここは中央広場だろう。

なにが起こっているのかさっぱりだった。目を見開いてボーっとするリズベットが隣にいることを確認し、ホッとしたのもつかの間。情報収集のため周囲を見回す。目算にして一万人以上、色とりどりの装備、鈍く輝く武器、間違いなくそこにはSAOプレイヤーが一同に集合していた。

不満を爆発させ、怒鳴り立てるプレイヤーたち。そのとき、自然とよく響く声が聞こえた。

 

「あ…………上を見ろ!!」

 

俺は弾かれたように上を見上げた。

 

百メートル上空、第二階層の底を真紅の市松模様が染め上げていく。

天井を埋め尽くす真紅のパターン模様、その中心部分だどろりと垂れてくると、それは地面に落下せず空中で形を形成した。

 

出現したのは身長二十メートルはあろうかという、真紅のフード付きローブを纏った巨大な人の姿だった。そのローブに俺は見覚えがあった。あれは、βテスト時代に、男性のGMが必ず纏っていたものだ。しかし、βテスト時代の時のものと今現在空中に鎮座するそれは大きな違いがあった。空中にいる人の姿をした何か。そのフードの中には、本来あるべき人の顔が存在していなかったのだ。

ざわざわと不安の声が波のように広がっていく。すると、その声を抑えるかのようにフードの右袖が動いた。

 

そして

 

『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ』

 

そう、ローブをまとった何かが言った。

しかし、プレイヤーたちの困惑はさらに大きくなることになる。

 

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

(な、なんでだ!?)

 

知らないはずもない。弱小であったアーガスという会社を持ち上げた天才ゲームデザイナーであり、量子物理学者。このSAOの生みの親で、ナーヴギアそのものの基礎設計をてがけた者だからだ。

 

(そんな天才という名がふさわしい彼がどうしてこんなことを)

 

『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う。しかしこれはゲームの不具合ではない。繰り返す、これはゲームの不具合ではなく、〈ソードアート・オンライン〉本来の仕様である』

 

「仕様……?」

 

そんな言葉が勝手に口から溢れる。

 

『諸君はこの城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトはできない…………そして、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止、あるいは解除もあり得ない。もしもそれが試みられた場合ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

まるで時を止められたかのようだった。彼は今何と言った?脳を破壊する、それはつまりこの場にいる人間を条件次第によっては殺すということだ。

 

「ねぇシロウ。あんな奴の言ってることなんて嘘よね?そうなんでしょ?殺すなんて、たかがげーむよ、そんなことあり得ないわよね?」

 

乾いた笑いを浮かべながら俺に問いかけるリズベット。

 

ナーヴギアのシステム。どうやってこのシステムに五感を入力しているのかそれを思い出すと同時に一つの結論にたどり着いた。

 

「いや、できる。原理的には………………そうか、ナーヴギア(これ)は電子レンジと一緒なのか」

 

あの男をイメージした口調っも崩れ、素に戻りわなわなと口を震わせながら呟く

 

原理としてはまさに電子レンジと同じだ。高出力を出すためのバッテリーだって搭載されている。

 

「そんな」

 

リズベットの絶望が声に乗って流されていく。

そんな俺らの言葉なんてものをまるで気にしていないかのように茅場晶彦の言葉は続く。具体的な説明に続き、ご丁寧に現実世界の状況も教えてくれた。

 

『残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界から永久退場している』

 

その言葉が示すこと、すでに二百十三の人間が死んだ、ということ。みんなが同様に装着しているであろうナーヴギアによって。

 

どさりと音を立ててリズベットが石畳に座り込んでしまった。

 

「うそ、こんなの嘘よ」

 

そんな中、俺は真紅のローブを睨みつけることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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