えっ!?二度目の転生は真剣恋ですの! (鶏肉&人参)
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一話

 川神学園2―Sの一角で、竜野識(たつのしき)は進路希望調査のプリントと見つめ合っていた。

 幾らプリントを睨もうと白紙は白紙だった。教室に視線を這わすも、周りのクラスメート達は既に書き終えたのか自習をしている様子だった。

 川神学園のSクラスは所謂エリートたちの集まり。家業を継ぐ、有名大学に行くなどの明確な将来のビジョンをきちんと持っているのだろう。そのような生徒ならば進路希望調査のプリントなどものの五分終わるだろう。羨ましい。明確な進路希望があるのが羨ましいのでは無い。胸を張って書ける進路が有るのが羨ましいのだ。

 識にも希望進路は有る。しかしそれを書けば担任からの呼び出し説教コースは免れないだろう。ただ、うちの担任なら本音で書いても流してくれるかもしれない。そんな雰囲気を垂れ流していた。

 識は第一志望から第三志望まですべてを“高等遊民”と堂々とした文字で書いた。そして、そのプリントはホームルームの終わりに、他の進路希望調査に混じって担任のもとに届けられた。

 

 放課後の進路指導室から識が気だるげな雰囲気を漂わせ出てきた。

「思ったより時間がかかったな……」

 ため息をつくと、識はつぶやいた。呼び出されても二、三の小言で済むと思っていたのが大いに外れたためだ。クラスの担任――宇佐美巨人は生徒の自主性に任せる放任主義者だと読んでいたが、思いのほか真面目な教師だったようだ。

 識は恨みがましい視線を、すでに閉まっている進路指導室の扉にぶつける。

 空しい。生産性のない自分の行動に再びため息が出る。同じクラスの連中が見たらどうなることか。大抵のやつが見下した視線で笑うだろう。能力もあるが、それに比例するように選民思想を持っている連中だからだ。

「どうしたんじゃ?こんなとこで」

 着物姿の少女が識に話しかけてきた。識のクラスメート不死川心(ふしかわこころ)だった。識が見ても分かる上質な着物を着こなし、整った顔立ちと相まって高嶺の花という言葉にピッタリな美少女だった。ただし、喋らなければ。不死川もS組の例にもれず選民思想をもっており、ナチュラルに見下してくるところがあった。同じクラスの識に対してはまだましだが、ほかのクラスの連中をどう思っていることやら。

「宇佐美先生に相談があって」

「あのヒゲにか?」

 不死川は渋い顔を浮かべる。自分のクラスの担任を、全くと言っていいほど信用していない様子だった。

「うん。進路のことでちょっとね。不死川さんはどうしたの?」

 部活動などに所属していない不死川が放課後に残っているのはかなり珍しいことだった。

 というか、意味もなく放課後に残る奴はSクラスには一人もいないだろうと断言できる。

「此方は有望な新入生がいないか見ていたのじゃ」

「誰か御眼鏡に適う子はいた?」

「剣聖の娘が入学したという噂を聞いての。黛家は中々の家柄、此方が付き合ってあげてもいいのじゃ」

「凄い子が入学したね」

「そうじゃろ」

 不死川が自慢げに胸を張る。

(凄いのは不死川さんじゃなくて黛さんなのでは?)識の頭に言葉が浮かび上がるもおくびにも出さない。

「他にも凄い子が見つかるといいね」

「うむ。では此方はもう行くのじゃ、また明日の」

 そう言うと不死川は足早に去っていった。そんな不死川を一瞥すると識も帰路に就いた。

 

 竜野識は転生者だった。それも今回が二度目の。

 一度目の転生は中世から近世程度の文明レベルを持った世界だった。最初の世界と違ってモンスターと魔法がある世界だった。

 識の住んでいた村にも魔法の使い手はいたが、数えるほどしかおらず、“メラ” “ホイミ”が使える程度だった。

 モンスターにしても村の近くに強い奴はおらず、いっかくウサギとかいう、角の生えたウサギのようなのがいた位だった。

 村での生活は畑を耕し、野山で食べれる山菜や野草を採取する毎日だった。

 識は最初こそ詰まらない生活だと思っていたが、次第にそんな人生も悪くないと感じるようになっていった。時間のある時は釣りに出かけることもできたし、田舎でのスローライフと思えば悪くない生活だった。

 しかしスローライフも識が十六歳の誕生日に終わりを告げた。

 世界各地でモンスターが凶暴化し、識の村でも被害が出た。その時の戦いで識は竜の騎士の宿命に目覚めてしまった。幸いなことに竜の紋章に蓄積された経験で戦闘面に不安は無くなった。しかし同時に悪いことも見えるようになってしまった。この時代、自分以外に闇の大神官を討ち取れる人物はいないということが。

 それからの識の人生は急斜面からから転げ落ちるようなものだった。

 村を飛び出してから大神官の呼び出した破壊神と相打ちになるまでわずか半年。識の二度目の人生は十七歳を迎える前に幕を閉じた。

 

 親不孝通りは川神市の中でも治安の悪い場所に当たる。表通りにはいないような人種も当たり前のように闊歩し、喧嘩なども日常茶飯事のように起こっていた。その気になれば禁止されている薬物なども、比較的容易に手に入れることができるだろう。

 そんな、一般人が嫌厭するような場所に識の住処があった。築三十五年のマンションで、風呂トイレ付で一万五千円という格安の物件だった。もとは二万円の物件だったが、去年に住民の一部が心霊現象に会ったと騒ぎ、逃げ出すよことが複数回起こった。噂が広がり、人が入らなくなったため今の値段まで下がった。

 もちろん川神学園は学生用の寮をちゃんと用意していた。風呂、トイレ、キッチン共用で寮母さんがいるという、昔ながらの下宿先といったスタイルだった。

 識は好みに合わない学生寮に見切りをつけ、今のマンションに転がり込むことになった。一番の懸念事項だった家賃は治安が良くないため安く、治安の悪さは識にとって大したデメリットにならないので即決した。

「よう、兄ちゃん。俺らちょっと困ってんのよ。金貸してくんない?」

 男の集団が識の方に寄ってきた。先頭にいる男は赤と金をメインにド派手に染め上げられた髪、顔には複数のピアスがついていた。ピアスは耳だけでなく唇、鼻、目蓋と見ているこっちが痛くなりそうなレベルだった。

「大人しく渡した方が身のためだぜ。兄貴は地元で狂犬って恐れられた伝説のヤンキーなんだからな!」

 取り巻きとおぼしき連中の一人が馬鹿でかい声で識を威圧してきた。ほかの連中も識のことを見下した目で見つめ、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。

 明らかに識のことを格下だと思い込み、歩く財布程度にしか思っていない様子だった。

「…………」

 識は無言でチンピラ達を避け、通り過ぎようとした。

「テメー!しかとするとはいい度胸じゃねえか!あん!」

「死にてーのか?おうおうおう!」

 識の態度に沸点の低い不良たちがいきり立つ。

「どうやら痛い目を見ないと分からないみたいだな」

 リーダー格の男が拳を振り上げ、識に殴りかかってきた。その拳には鈍く光る金属の塊――メリケンサックが装着されていた。

「出たー!兄貴の殺人パンチ!」

「調子こいた連中を何人も血の海に沈めてきた兄貴の十八番よ!」

 取り巻きが騒ぐ中、識はその拳を冷めた目で見つめていた。大振りでよけやすい、ただのテレフォンパンチだった。

 バキィィ!

 識の左頬に音を立てて命中した。

「おいおいおい。ヤベーんじゃないの?」

「顔面粉砕しちゃった?しちゃった?」

 無抵抗に殴られた識をみて取り巻きがはやし立てる。

「まあ、殺人パンチって言うだけの威力は有ったんじゃないか?俺には無意味だけど」

 拳は識にとどいてはいなかった。拳と識の間、光輝く気流のようなものが攻撃を完全に遮っていた。

 識は痛みで顔をしかめる不良を殴り飛ばす。識に何時までも不良と至近距離でいちゃつく趣味はないのだ。残りの取り巻き立ちを片付けるのも、ものの数秒で終わった。通行の邪魔にならないように不良達を道の端にけり転がした。

「うわ、識に喧嘩売るとか馬鹿じゃないの」

 識が立ち去ろうとすると、一人の少女が近寄ってきた。腰下まで伸ばしたツインテールが特徴的な美少女――板垣天使(いたがきえんじぇる)だった。

 識のマンションの近くに兄妹で住んでおり、気が向いたら遊ぶゲーム仲間だった。

「地元云々言ってたから新参者かもな」

「へー。まあ、ウチとしては臨時収入が入ってうれしいけど」

 天使は倒れた不良の財布から当たり前のように金を抜き取っていた。

「ほどほどにな。じゃあな」

「ちょっと待てって。ゲーセン行こうぜ」

「今から?」

「そうだよ」

 既に歩き始めている天使を、識は苦笑しながらも追いかけた。




ルビの表示修正(20180128)


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二話

 多馬大橋――近隣の住民からは変態の橋と不名誉な俗称で呼ばれる橋だ。露出狂など目をそむけたくなるような性癖の連中が多数出没する場所だった。

 普通は近寄りたくない場所だが、川神学園に通うものの中には通学路の一部になって居る者もいた。識も通学路の一部になっていたが別段思うところは無かった。もし実害が有れば排除するだろうが、今さら近くに露出狂などが出た程度で動じるような精神は持ち合わせていなかった。

「おい、聞いたか?」

 識が橋を歩いていると話しかけてくる学生がいた。彼の名前は源忠勝、気性が荒く目つきや口調も悪いため周囲から不良扱いされている人物だった。識と同じ孤児院出身でクラスは違うが今でも交流が続いている程度には仲が良かった。

「何よ?」

「先週の金曜日、親不孝通りで喧嘩があったらしい。お前の家の近くでな」

「あの辺で喧嘩なんてよくあることだろ」

 識も住み始めた当初は驚いたりしていたが、あまりに頻度が多いので慣れてしまうのにそう時間はかからなかった。識を傷つけられる存在がいなかったのも大きな一因だったが。

「まあな。でも今回のはヤバい奴が関わってるみたいでな」

 忠勝は真剣な表情で語り始めた。

「ヤバい奴?」

「ああ、違うところから流れてきた狂犬って奴だ。地元では何人も病院送りにした札付きの悪だ。メリケンサックで顔の形が変わるほどどつき回す凶悪な奴らしい」

「なるほど、関わり合いになりたくない人種だな」

(メリケンサックねえ……そういえば俺に襲い掛かってきた奴も装備してたな。不良の間では割とポピュラーなのか?)

 識は薄々察しつつも表情には出さず聞き続けた。

「そうだな。だが本題はこっからだ。そいつらが倒されて道の端に転がさられていた。遠くから見た奴の話だと一瞬で終わったらしい。やった奴はまだ誰か分かってないから気をつけとけよ。それだけの実力を持った奴がまだ近くにいるかもしれねえからな」

 忠勝は識に忠告した。厳つい見た目で分かりにくいが、識を心配する様子が見え隠れしていた。

「ありがとな」

「知り合いが襲われたら寝覚めが悪いからな。それと、後から聞いた話だが金銭も強奪されていたらしい。まとまった金を持ち歩くときは特に気をつけろよ」

「分かった。まあ、ヤバそうだったら速効で逃げるし」

 話を聞く限りそのヤバい奴はほぼ確実に識だった。天ちゃんがやった所業も合わさってはいたが。

 話がひと段落した忠勝は河川敷を見ていた。視線の先には体操着姿で元気にタイヤを引っ張る少女がいた。

 

 ホームルームの時間、識は顔をしかめた。Fクラスがいつも以上に騒いでいたからだ。時折鞭の音も聞こえるが一向に収まる気配はない。耳を傾けると中々愉快な話が聞こえてきた。

「今日はやけに隣のサルどもが騒がしいな」

 不死川は不快な表情を隠そうともせず言い捨てる。

「留学生が来たらしいよ」

 識は不死川の方を向く。不機嫌な表情も様になっているあたり、美形は得だとつくづく思う。

「そうなのか?それにしても騒ぎすぎじゃの。品性の欠片もない」

「ドイツから金髪の美人さんが来たらしい。しかも馬?に乗って」

 識は隣のクラスから聞こえてくる雑音から留学生の情報を拾い上げた。

「馬?」

 不死川は可愛らしく首を傾げた。

「うん。実物見てないから信じきれないけどそう言ってる」

「もしかしてあの雑音から拾っておるのか?」

「耳はいい方なんだ。おっ、決闘するみたい。留学生と川神さんが」

「それは誠か!竜野!」

 横から割って入ってきた同級生は九鬼英雄。世界に名だたる九鬼財閥の御曹司で、顔も整っていて頭もいい完璧超人だった。川神一子に惚れているらしく、度々好意を寄せる所が目撃されていた。

「ああ、今グランドに向かってるよ」

「一子殿を応援せねば!行くぞ、あずみ」

「お供します英雄様」

 九鬼が慌ただしく出ていき、すぐ後ろにメイドが付き添っていた。

 忍足あずみ――九鬼英雄の専属メイドで、護衛を兼ねて同じクラスに学生として通っている。一流のメイドで戦闘力もそこそこあり、一般人がちょっと引くレベルの忠誠心を持ち合わせている人だ。主人としては是が非でも欲しいレベルの人材だろう。

「識は見に行くのか?」

 不死川が識に尋ねる。

「行こうかな。一緒に冷やかしに行く?」

「付き合ってやってもよいぞ、此方もちょっとだけ興味があるのじゃ」

 不死川は少し嬉しそうな表情で言った。

 識は不死川と一緒にグランドに向かう。他のクラスの連中も決闘を聞きつけたのか、授業中にも関わらず廊下には少なくない人影があった。

 グランドに出ると既にかなりの人数が集まっており、ぱっと見、二~三クラス程度の人数は居そうだった。先に飛び出ていった九鬼は一番見やすそうな場所にしっかりと陣取っていた。流石としか言いようがなかった。

「何処でみる?」

 識は手頃な場所を探しながら言った。

「葵君の隣が開いておるぞ」

 同級生の元へ向かう不死川に、識も続いた。

「あなた達も観戦しに来たんですか?珍しいですね」

 葵冬馬――学年一の成績、容姿端麗な見た目から女子生徒にファンが多数存在する。

 ファンからはイケメン四天王(エレガンティッククワットロ)とかなんとか呼ばれているらしい。

 たいてい同じクラスの井上と榊原と一緒にいる。

 榊原小雪はアルビノの美少女でスタイルも抜群だが少々不思議ちゃんだった。ちょくちょく不死川のことをからかっているのを見かける。

「ちょっと興味があった。後、小遣いを稼ぎにな」

「留学生に興味がわいたからの」

 Sクラスの連中は基本的に自分を高めることを優先する傾向にある。実際Sクラスの連中はほとんどが教室に残っていた。

「お前も賭けるのか?」

 識が声をかける前に同級生の禿が話しかけてきた。井上準――ロリコン以外非の打ち所がない高スペックな人物だ。頭はストレスとかではなく榊原に剃られたらしい。

「ああ、胴元は風間?」

「そうだ。賭けるんだった早めに行っとけよ」

 そう言って風間の方を指さす。そこには多数の生徒に営業を仕掛け、動き回る胴元の姿があった。

「おう」

 識は人混みを器用にすり抜け風間のもとに向かった。ウォーミングアップをしている選手の動きを見て、識は既に留学生に賭けることを決めていた。

 

 結論から言えば留学生――クリスティアーネ・フリードリヒが勝った。二人の実力は互いの武器込みで留学生の方が上だった。上といってもそれほど離れているわけではなく、川神さんにも勝ち目はそこそこある程度の差だった。ただしハンデを背負っていなければだ。何を思ったのかトレーニング用の重りを付けたまま戦ったのだ。今グラウンドの真ん中で川神は、重りを外して本気の実力を見せるとかなんとかのたまっているが、学園長に窘められていた。

「戻ってるのがやけに遅いと思ったら、重りに気づいて外すかどうかギリギリまで見てたのか」

 井上は感心したような表情をしていた。

「ああ。どちらにしても留学生に賭けるつもりだったが、賭ける金額が変わるだろ」

 重りを外さないままウォーミングアップを終えて、待機するのを見たときは、識は思わず心の中でガッツポーズをしたほどだった。これも風間が試合開始のギリギリまで受け付けていてくれたおかげだった。

「抜け目ない奴じゃの」

 不死川はジト目で識を見てきた。

「稼げるとこで稼いどかないときついのよ。苦学生だから」

 識は笑いながら冗談めかして言った。実際は奨学金があるためそれほど苦しいわけではない。遊ぶ金も割のいいバイトを、時間のある時にちょこちょこやっているためそれほど困っていない。そういうのは大抵が肉体労働だが、識にとっては準備運動にもならないレベルだった。

「大変じゃの庶民は」

 不死川は心配そうに言う。

 セリフはナチュラルに見下してる感じがあるが同級生を心配しているのだろう、たぶん。

「そうだね」

 識は軽く聞き流す。

(今晩はちょっと豪華にするかな)

 識の意識は夕食に向いていた。




誤字、空白修正(20180131)


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三話

 識は黒板の前に立つ留学生を、ぼけーっと眺めていた。

 Fクラスに留学生が来てから数日後、後を追うようにしてSクラスにも留学生が来た。Fクラスの留学生と一緒に来るはずだったが諸事情で遅れて到着した。

「マルギッテ・エーベルバッハです。よろしくしなさい」

 腰まで届く長髪の赤毛で、片目に眼帯を付け凛々しい顔立ちだった。立ち姿も完璧で折れ目のついた軍服をビシッと着こなしていた。

(なんで軍服来てんだ?軍人かよ!お国のために訓練しとけよ)

 識は心の中で突っ込みを入れた。その間も簡単な自己紹介と質疑応答は進んでいく。

(本物の軍人なんだろうな、本人もそういってるし)

 何より留学生の立ち振る舞いが軍人を肯定していた。ただ立っているだけだが隙が無い。しかも視線から察するに、教室にいる人の戦闘力を押し量っているようだった。

 これでもしコスプレ好きの一般人だったら、識は噴き出す自信がある。

 エーベルバッハは一通り自己紹介が終わると忍足と言葉を交わしていた。旧知の間柄なのか猟犬とか嬢王蜂とか二つ名だかコードネームだか分らん言葉が飛び交っていた。

「あずみ、久しぶりに手合わせしませんか?」

 エーベルバッハから刺すような闘気が放たれる。

「他の奴を当たれ。そんな気分じゃねえ」

 忍足とエーベルバッハの視線が交わり、数秒の緊張を経てエーベルバッハの方が引いた。

「腕に自信のあるものはいないのですか」

 エーベルバッハが教室を見回す。しかし誰一人として視線を合わそうとしなかった。

「留学生が決闘をご希望だとさ、誰か相手をしてあげる人いないの?川神学園を見せてやるみたいな感じでさ」

 宇佐美教諭が助け舟を出すも、誰一人として名のり出なかった。同級生達は先ほどの闘気を浴びて魂で理解してしまった、勝てないと。

(榊原や井上なら勝負の形になると思うんだけどな)

 識は無意識に視線を動かしてしまうというミスを犯した。運の悪いことにエーベルバッハと視線が合ってしまった。すぐに外すもエーベルバッハはまだ識の方を見ていた。

「担任、彼を指名したいのですが」

 エーベルバッハは真っすぐと識の方を指さした。

「竜野相手してやってくれないかな。おじさん助かるんだけど」

「お断りします」

 宇佐美教諭が誘ってくるも、識はノータイムで返事を返した。

「留学生相手に頑張るって内申にいいと思うよ。おじさんなら凄い加点しちゃうなあ」

「…………」

(内申に加点はグラッとくる)

 近い将来まとまって休む可能性の高い識にとって、内申は喉から手が出るほど欲しかった。識の予想通りに進み高等遊民に成れたとしても、高校卒業の学歴ぐらいは欲しかった。

「いいですよ」

 識はワッペンを机の上に置いた。エーベルバッハが識のワッペンの上に自分のワッペンを重ね、決闘が受理された。

 

 識はグラウンドのど真ん中に佇んでいた。周りを見物の生徒に取り囲まれ、気分は上野動物園のパンダだ。新たな留学生が物珍しいのか、はたまたSクラス所属の生徒が決闘するのが珍しいのか、前回の留学生の時より確実に見物人が多かった。

「二人とも準備はいいネ」

 審判は川神学園の体育教師であるルー教諭が務めていた。川神院の師範代で恐ろしいほどの戦闘能力を持っており、前世に比べて弱体化した識ではほぼ勝ち目がない程の使い手だった。

「行けますよ」

「問題ありません」

 エーベルバッハはトンファーを携えていた。

「竜野、武器は使わないのカ?」

 ルー教諭は無手で緊張感の欠片もなく立つ識に声をかける。川神学園には決闘ように刃をつぶした武器が用意されていた。種類も豊富で刀剣類、槍、などのメジャーな武器から大鎌などの際物まで大抵の武器がそろっていた。

「いらないです」

 識はこの決闘で全力を見せるつもりは無く、無手で戦うつもりだった。最も、仮に全力で闘うにしても耐えられる武器が有るとは思えなかったが。

「そうカ。では両者構えテ」

 識は取り合えずボクシングのファイティングポーズっぽい恰好をする。付け焼刃どころか見た目をまねた程度のレベルだが。

「始メ!」

 両者の間に緊張が走るも互いに動かなかった。

「来ないのですか」

「隙を伺ってるからね」

 識はトンファーを構えるマルギッテをジッと観察していた。

「私に隙などないと知りなさい」

 マルギッテが一直線に識に突っ込んでくる。降りぬかれたトンファーは一切のためらいなく識の顔面を狙っていた。

「初手顔面とか殺意高すぎない?」

 識はエーベルバッハの腕の内側を弾き、軌道をそらすとバックステップで距離をとる。カウンターを警戒してか追撃は無かった。

「問題ありません。手加減はしていました」

「おやさしいのな」

「予想以上に使えるようですね」

「そう?」

「では、もう少し本気で行きます。捌いてみなさい」

 手加減というのは本当だったらしい、先ほどより数段速い速度で識に襲い掛かってきた。

 迫りくる攻撃を弾き、いなして対処していく。 

「やりますね」

「そりゃどうも」

 言葉を交わしながらも応酬は続いていた。ほとんどの攻撃を捌けてはいるが、いくつかは間に合わず腕で防御する羽目になった。木製のトンファーとは思えない重い一撃が、識の腕を打ち据える。骨の芯まで痺れるような一撃で、防御をしていては先がないことを理解させられる。

(竜闘気を使わなければこの程度の攻撃でもヤバいな。しかもまだ全力じゃないし)

 識はこの決闘に勝つつもりは元から無かった。内申点は受けた時点でもらえるはずで、勝利しても特に得られるものは無いからだ。このレベルの使い手に勝つには実力の一端をさらさなければならず、識から見れば勝ちに行く方が損をする程だ。

「しかし、先ほどより随分余裕がなくなりましたね」

「流石ですね。年の功ってやつですか」

「トンファーキック!」

 鋭く直線的で鋭利な蹴りが識の腹部を捉えた。上半身の攻防に意識が行っていたため、回避も防御も間に合わなかった。咄嗟に腹筋を固め後ろに自ら飛ぶことで威力を軽減する。

(トンファー関係ないだろ)

 識は内心で悪態をつく。

 追撃を警戒し直ぐに態勢を立て直すもエーベルバッハは一歩も動いていなかった。

「女性に年の話をするのは失礼だと知りなさい」

「すんません」

 識は素直にあやまった。エーベルバッハはSクラスに来るだけあって日本語をほぼ完璧にマスターしていた。それはしっかりと諺の意味も理解できるレベルだった。

「素直でよろしい。褒美に最後は私の全力で葬ってあげましょう」

 眼帯を外したエーベルバッハを赤い気が包み込んでいく。

「えっ⁉」

「学生にしては中々でした。誇りなさい」

 全身に気を巡らせ、先ほどとは比べ物にならない程強化されたエーベルバッハが迫りくる。

「そこまで!勝者エーベルバッハ」

 リー教諭は一瞬で二人の間に入り、気で強化されたエーベルバッハの一撃を片手で苦も無く受け止めた。

 目の前で止められた攻撃を見て、識は安堵のため息をもらした。もう少しで竜闘気を使う羽目になっていたからだ。識は心の中でリー教諭にありったけの称賛を送った。

「私の勝ちですね」

 勝利宣言とともにエーベルバッハが戦闘態勢を解いた。

「そうだね。これからよろしく。川神学園は有意義な日常を約束するよ」

 識は右手をエーベルバッハに差し出す。

 一瞬キョトンとしたエーベルバッハも、直ぐに不敵な表情に戻り識の右手をガッチリと握り返してきた。川神学園流の歓迎が綺麗に終わった瞬間だった。



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四話

「死ねぇ、うりゃああ」

 天使が物騒な叫び声とともに、目の前の男めがけてゴルフクラブを全力でフルスイングした。

「動きが雑になってるぞ」

 目の前の男――釈迦堂刑部は苦も無くゴルフクラブを弾いた。

 釈迦堂は元川神院の師範代で識が勝てないだろう数少ない人物の一人だ。初めて実力の一端を垣間見たときは中学時代とはいえ、一方的にボコボコにされるほどの実力差があった。恐ろしい使い手で、戦闘が好きな野獣のような男だが普段は少し厳ついおっさんだった。

 定職には付いておらず、素質がある板垣家の人たちに武術を教えていた。

 識の実力を知っているため気兼ねなくどつき合える仲だった。今でもほとんど勝てないのが痛いところだが。

「師匠強すぎんよ」

 吹き飛ばされ、草むらに転がった天使が荒い息で愚痴る。今日何度目になるか、かなりの回数転がされていた。

「そら、師匠だからな。ちょい休みな」

 釈迦堂は天使を見て飄々と言った。

 起き上がった天使は息を整えてはいるがもう少し時間がいるのは確実だった。

「識何してんだ?」

 釈迦堂が識に声をかける。

「気の変換?」

 識は右手を胸の高さまで持ち上げ眉間に皺を寄せていた。

「できてねえじゃねーか」

「ちょっとは出来てるだろ」

 識の右手が不自然に光、疎らに放電を繰り返していた。素人目に見ても不完全なのは明らかだった。

「実戦で使えないのは出来てるとは言わねえよ。でも識位の使い手なら出来るんだがな。やっぱ、妙な性質持った気のせいか?」

 識の気――識は竜闘気と呼んでいるが、普通の気に比べて冷気や熱、衝撃などに耐性があった。格上の釈迦堂の炙り肉、雪達磨と言う属性技を防いだ実績があった。その後竜闘気の性質に気づいた釈迦堂に普通にどつかれて負けたが。

「そうだと思いたいな」

 識は変換を止めて右手をプラプラと振った。

(前は魔法力さえあったら簡単に属性攻撃できたのにな。今回の俺が戦士タイプで魔法力が無いのか、そもそもこの世界に魔法力と言う概念が無いのか、たぶん後者だよなあ)

 識は心の中でため息をついた。

「何気にしてんの?」

 復活した天使が近づいてきた。

「ちょっとな」

 識は全然大したことじゃないように言った。心の中では猛烈に気にしているが。

「おっ、復活したのか。もういっちょやるか」

「うちばっかじゃん!次は辰姉だろ。つーかーれーたー」

 天使は口を尖らせて文句を言った。

 三人の視線が河川敷に寝転がる少女に集まった。板垣辰子――百八十センチ近い身長とメリハリのある身体を持った少女がそこにいた。板垣家の次女で家事全般が得意でゆっくりとしたテンポの喋り方と柔らかい雰囲気が特徴だった。趣味は寝ることで普通に接する分には近所の優しいお姉さんといった感じだ。しかし、戦闘力は素質のある板垣家の中でも飛び出ており、パワーだけなら識よりも上だった。

「辰子はのびのび育てる方針なんだよ」

「差別だ差別!識からもなんか言ってやんなよ」

 天使はふくれっ面で文句を言った。

 釈迦堂と天使のやり取りを眺めていた識にパスが回された。

「今日はお開きにします?結構やりましたし」

 識は苦笑しながら言った。識も気の変換を不完全にやり続けていたせいで結構疲労がたまっていた。天使もふざけた言い方だが、その辺の運動部程度ならぶっ倒れる運動量はこなしていた。

「そうするか」

 釈迦堂はあっさりと了承した。

「イエーイ!識、帰る前にゲーセン行こうぜ」

 天使は先ほどの様子とは打って変わってイキイキとし始めた。

「識、最後に一戦やるぞ」

 いい笑顔を浮かべた釈迦堂が闘気をみなぎらせていた。小学生が見たら夢の中に出てきそうな表情だった。

 

 川神駅付近のアーケード街を識と天使は並んで歩いていた。休日も会いまってかなりの人数が集まっており、動く方向が制限されるほどだった。流石、神奈川第二位の平均乗員人数をほこる駅の周辺だけのことは有った。

「いつつ」

 識は顔をしかめながら、自分の頬を撫でた。そこには腫れは引いたがくっきりと痣がのこっており痛々しかった。遊びに行く前だからと言って、手加減するような気づかいは釈迦堂に存在しなかった。

「でもマジすげーな、もう腫れは引いてんじゃん」

 天使は識を見上げながら言った。

「あの野郎おもいっきりぶん殴りやがって。次は絶対倍は殴る」

 識は恨み言を漏らしていたが、その表情はどこか楽しそうだった。

「うわっ、ボコボコにされたのに嬉しそうにしてる……。亜巳姉紹介しようか?」

 亜巳姉こと板垣亜巳は板垣家の長女でSMクラブの女王様だった。人をいたぶるのが趣味で、その手の男たちからはたまらない人物だった。

「紹介も何も、もう何回もあってるは」

 識はすぐさま突っ込みを入れた。面倒見の良い人と思うが識にいたぶられる趣味は無かった。

「でも、亜巳姉識のこと良い身体だって舌なめずりしてたよ」

「嘘⁉」

 突然のカミングアウトに識は真顔になった。

「うん、嘘」

 天使はよほど真顔の識がよほどツボに入ったのか、人目も気にせずケラケラと笑っていた。

「…………」

 識は無言でヘッドロックをかけた。身長差があるためちょっと腕を回すだけで面白いようにかかる。

「痛だだだ」

 “ギブギブ”天使はそう言いながら識の腕をバシバシとたたいた。

 識が外すと乱れた髪を両手で整えていた。

「師匠といいうちの扱いわるくね?」

 識をジト目で見つめてきた。

「気のせいだろ」

「そっか、まあいいや。今日はガンシューからな」

 天使は屈託のない笑顔をうかべた。

 人混みと自動ドアに阻まれているのにゲームセンター独特の喧騒が聞こえ、識のテンションも上がってきた。

 自動ドアをくぐるといきなり音の波が押し寄せ、大音量で二人を歓迎した。

 お目当てのガンシューティングにたどり着くと丁度開いており、天使が手慣れた手付きで識に2Pのコントローラーを渡した。

「俺この台初めてなんだけど」

 識は受け取ったコントローラーをマジマジと見る。

「うちも」

「マジかよ」

「ガンシューなんて似たようなもんだって。それにチュートリアルがあるって」

 天使は筐体金を突っ込む。数回ボタンを押すと仰々しいオープニングとともにチュートリアルが始まった。

「確かに簡単だな」

 操作は非情にシンプルなものだった。敵に狙いをつけてトリガー引いて倒し、残弾が無くなると画面外でトリガーを引いてリロード。初見の人にも優しい仕様だった。

「だろ」

 天使は画面をいまかいまかと食い入るように見つめていた。画面が暗転しステージ一と表示される。

「よっしゃ、死ね」

 天使は物騒な掛け声とともにトリガーを引いた。画面ではゾンビだかモンスターだか分からん異形の敵が、緑色の体液をまき散らしながらどんどん倒れていく。

 識は天使が討ち漏らした敵を的確に打ち抜いていく。

(二人用としてはなかなかいいゲームだな)

 識はコントローラーの反応速度をチュートリアルで確かめていた。その結果コントローラーが認識するギリギリの反応速度で操っても、一人では敵の処理が追い付かないことに気づいていた。正しく二人で協力しないとクリアできないゲームなのだ。

 その後も二人は破竹の勢いで敵を倒していく。道中も多数のギミックが仕込まれており、時々ヒヤッとするがそれも含めて爽快感が心地よかった。

「うちにたて突くなんて百年はやい」

 天使はボス戦前のボスのセリフを無情にも飛ばした。

「識は周りの取り巻き頼む」

「了解」

 二人のコンビネーションは初めてのゲームにしてはいい感じでかみ合っており。ボスののライフが目に見えて削れていった。ボス戦も達成感のスパイスになる程度に苦労してクリアした。

「あー、楽しかった」

 天使はボスが捨て台詞を言っているのもお構いなしに、コントローラーを置いてゲームを終わらせた。

「だな」

「次行こっか、プライズは最後な」

「じゃあ、ダンスゲーで」

 識は言い終わらないうちに腕を天使に引っ張られ、ゲームセンターの中を移動する。

 その表情はドキッとするほどの良い笑顔だった。

 二人はダンスゲーを終わらせた後格ゲーなどを冷やかし、締めのクレーンゲームにたどり着いた。

 台を慎重に吟味して一つの台にたどり着いた。積み上げられたお菓子を崩すと言う単純な物なのだが積み方に偏りがあり(おそらく店員が手を抜いて積んだ)狙いさえ外さなかったら一発で行けそうだった。案の定一発で十数個のグミが落ちてくる。

 識と天使はハイタッチを決めた。

 

「最後ぼろかったな」

「それな、でもいいのか?うちがこんなにもらって」

 識のポケットには先ほどの戦利品が二つほど入っていた。ふっちょの中でも気に入ってるソーダ味とコーラ味だ。

「いいって。でも一気に食うなよ、晩飯食えなくなるぞ」

 識はちゃかしたように言う。

「うちはそんな子供じゃねぇ。じゃあまたな」

「ああ」

 二人はいつもの親不孝通り交差点で別れそれぞれの帰路に就いた。

 



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五話

 六月に入り制服の衣替えも終わるころ、Sクラスにはピリピリとした雰囲気が漂っていた。原因は来月にある期末考査だ。川神学園に中間考査は無く期末考査のみの一発勝負だった。Sクラスの条件が“学年で五十番以内”それから外れると例外なく違うクラスに配属される完全実力主義だった。もしも五十番以内に入れなければ次のテストで上がるまで他の生徒から嘲笑の的になる。普段から他のクラスを見下しているため仕方ない部分もあるが、プライドの高いSクラスの生徒が“都落ち”などと後ろ指を刺される心情は想像に難くない。

 基本的にSクラスに配属されるのは成績順だが、中にはSクラスの雰囲気を嫌い(Sクラスの連中は勝負から逃げ出したと見下している)違うクラスを選択する者もいる。そのため五十番以内と多めの設定にされていた。ちなみに今の順位は“一位・葵冬馬”“二位・九鬼英雄”である。一位と二位は入学当時から二人にずっと独占されていた。ちなみに識の順位は三十番前後で二十番台と三十番台を行ったり来たりしていた。

「今日は体育祭取り決めの儀だからチャチャっと書いちゃってね」

 そういって担任がプリントを配った。体育祭取り組みの儀などと仰々しい呼び方をしているが、月末にある体育祭で何をするかのアンケートである。普通のクラスなら少しは悩みそうなものだが、このクラスの生徒は一切悩むそぶりを見せなかった。その証拠にプリントが配られて回収され終わるまで十分とかからなかった。

 

 昼休みになり識は席をたった。昼飯を食べるついでに気分転換するつもりだった。普段は教室で食べているが、あの雰囲気の中にずっといるのもどうかと思ったからだ。Sクラス以外は平和なもので耳に入ってくる会話に期末考査の期の字も無かった。普通の学生は来月の期末考査より月末の体育祭の方が気になるのが心情だ。識も心の中では体育祭が何になるか気になっていた。

(できれば水上体育祭がいいよな。ここの女子可愛い子多いし)

 識も他の思春期の男子と同じく可愛い子には目が行ってしまう年頃だった。三回目の人生とは言えまだまだ枯れるには程遠かった。

「!!」

 識は考え事をしながら歩いていたため、他の生徒にぶつかりそうになる。しかし超人的な反射神経でぶつかる寸前に回避した。相手の方が先に。

「えっ⁉」

「あぶないなあ、ちゃんと前見て歩けよ」

 識の目の前には関わりたくないランキング一位の川神百代がいた。

「すんません」

 識は謝り、足早に立ち去ろうとする。しかし川神百代が進行方向に出てきて遮った。

「お前、確かマルさんと決闘した奴だよな?」

「そのマルさんとやらが俺のクラスのマルギッテさんならそうです」

「あの時全力で戦わなかっただろ?」

 川神百代はじっと識を見つめてくる。まるで識の実力を推し量ろうとするように。

「全力でやりましたよ」

 武器なし竜闘気無しという但し書きがつくが嘘は付いていない。もちろん表情に但し書きのことは一切匂わせない。戦闘好きで戦いに飢えている彼女に実力を知られるのは面倒なことしか起きないのは明らかだった。

「…………」

「…………」

 互いに無言で見つめ合う

「昼飯行っていいかな?」

 沈黙を破ったのは識だった。

「いいぞ。チェー、面白くないな」

 川神百代はボヤキながら道を譲った。

「では」

 識が会釈をしてすれ違う瞬間、巨大な闘気が浴びせられる。僅かに殺気も混じっていた。しかし識は平然と受け流す。

(しまった!)

 識は直ぐに自分のミスに気付いた。一般人なら失禁して気絶するような圧力をあまりにも簡単に受け流してしまったのだ。もしこれを受けたのが戦闘のプロであるエーベルバッハなら直ぐに戦闘態勢に移行するだろう。それより実力が劣る武闘家なら竦んで隙を晒すだろう。しかし識はどちらでもない反応、見方によれば強者に見える反応をしてしまった。

「ほらやっぱり。何か隠しているだろ」

 川神百代は満面の笑みで識を見ていた。

「いいんですか?」

「何が?」

「学校で……」

 識の言葉はそこから続かなかった。

「コラー!百代、学校でなんて物騒な気を出してるノ」

「げっ!ルー師範代」

「ワシもおるぞ。何事かと思い文字通り飛んできたわ」

 学外にいた学園長も一拍遅れて到着した。

「いやちょっと」

 川神百代が言葉に詰まった。

 識は何か言いたげな視線を感じるが綺麗にスルーし食堂に向かう。

「君は確か……宇佐美先生のところノ」

 ルー教諭が識の方を見る。

「そうです。昼飯に行く途中川神先輩に捕まりました。ただそれだけです。飯行っていいですか?」

「そうカ、それはすまなかったネ。行っていいヨ」

 識の日ごろの行いが良いのか、それとも川神先輩の日ごろの行いが悪いのか、ルー先生は識のことを被害者と思っている様子だった。どちらかと言えば後者に偏っている気がするが。

「ちょ!おま、可愛い先輩を見捨てるのか?フォロー位してけよ」

 識は川神先輩を華麗にスルーしてその場を後にした。後ろから騒ぎ声が聞こえるが既に識の頭の中には学食のメニューのことしか頭になかった。

 識は昼休みの後も川神先輩と顔を合わすことは無かった。何時までもつかは分からないが、学園長はキッチリとお灸をすえたようだった。

 

 識は休日の早朝から板垣三姉妹と川原にいた。バーベキューをするためだ。いや薪に鍋をかけて具材を煮るのは炊き出しと言った方が正しかった。何よりバーベキューのメインである肉が無かった。

「休日に呼び出して悪かったね」

 亜巳は識にねぎらいの言葉をかけた。

「いえ、暇でしたし」

「そうそう、気にすることないって。識も美女に囲まれて役得じゃん」

 天使はおにぎりを頬張りながら言った。識が差し入れとして持ってきた奴だ。

 確かに三人とも美女美少女と言って差し支えなかったが何か釈然としない。

 識は三人を順に見て(主に胸元)天使の所で残念そうな表情を浮かべた。

「今あからさまにウチに喧嘩売った!」

「ほら、騒いで無いで食べな。識も女性の胸元を無遠慮に見るんじゃないよ」

「すんません」

「お鍋煮えてきたよー」

 辰子は緩い口調で言ってきた。胸を見られたのも気づいているのかいないのか。気づいていたとしても笑って許してくれそうな雰囲気があった。

 しだいに鍋から出汁のきいたいい匂いが漂ってくる。

 鍋に視線を移すと野菜もいい感じで煮えてるのが見てとれた。

「おっ!旨そうな匂いじゃん」

 釈迦堂は鍋が出来たころを見計らったかのように表れた。

「いくら師匠でもあげないかんね」

「けち臭いこと言うなよ。ほら肉持ってきたぞ」

「師匠大好き。食べてってよ」

 天使は一瞬で掌を返した。

 釈迦堂は苦笑しながら辰子に肉を渡すとその場にしゃがみこんだ。

「識、昨日百代にちょっかいをかけられただろ」

「ええ、でもよく気づきましたね」

「若干殺気も混じってたしな。一瞬実力バレしたのかと思ったぞ」

「まだばれてませんよ。川神先輩も灰色だと思ってるはずです。黒よりでしょうけど」

「あっ、それダメだわ。あいつ戦闘に関しては我慢とかあんまりしないんだわ。だから、またちょっかいを出してくるぞ」

「マジですか……」

 識はうんざりと言った表情でため息をつく。

「マジマジ、昔師匠だった俺が言うんだもん」

 釈迦堂はどこか楽しそうに言った。

「ちゃんと躾といてくださいよ」

「無理無理、あいつの性だよ」

 そう言うと釈迦堂は鍋に視線を移した。肉の色が変わり、動物性たんぱく質の食欲をそそる香りが漂っていた。

 鍋に手を出す寸前、識と釈迦堂は同時に振り返った。

「釈迦堂さん飯食う前にお客さんの相手してくださいよ」

「俺、金髪のおっさんなんか呼んでないんだけどな」

 二人の視線の先には執事服を着こなした長身の男が立っていた。

 



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六話

加筆修正しました。
最後に500字程度。


「嘆かわしいな。お前ほどの男がこんな場所で何をしている」

 執事服の男――ヒューム・ヘルシングが呆れたように言った。

「なんのようだ?これから可愛い弟子たちと飯なんだわ」

「弟子か…………まあまあなのもいるようだな」

 ヒュームの視線が釈迦堂以外に移る。動く視線が識の前で止まり推し量るように見据えていた。

(この金髪のおっさんがヒューム・ヘルシングか、実際に見ると相当ヤバいな…………今の釈迦堂さんより強い?流石学園長のライバルと言われるだけの人物だな)

 識はヒュームの実力を肌で感じ取っていた。ただ立っているだけなのに押しつぶされそうな威圧感があった。正確な実力は量り切れないが少なくとも今の識では手も足も出ない高みにいることは間違いなかった。

「まあいい、この地に将来九鬼財閥の重要な方々が住む予定があってな、お前みたいな野獣が街をうろうろしていては危ないだろ。川神院に戻るつもりもないようだし職の世話をしてやる。九鬼財閥とかどうだ?優良企業だぞ」

「なるほど、お前らみたいにスーツきて定時に出勤か……、はん」

 釈迦堂は鼻で笑い飛ばした

「就職する気は無いようだな。なら川神らしく腕ずくだ。俺が勝ったら大人しく就職しろ」

「俺が勝ったら、俺やこいつらには干渉するなよ」

 釈迦堂が識たちを指さす。

「勝てたらな」

 ヒュームはよほど自分の腕に自信があるのか直ぐに了承した。

「お前ら、危ねえから下がってろ」

 直後釈迦堂の闘気が膨れ上がり、ヒュームに殴りかかる。恐ろしいまでの破壊力を秘めた拳は腕でガードされるも、そのままヒュームを茂みの奥へと吹き飛ばした。

 肉体同士がぶつかったとは思えない衝撃が大気を震わし、川原にいた虫たちが一斉に逃げ出した。

「ヒャッハー!やっぱり師匠は化物だぜ!」

 天使が識の後ろから歓声を上げた。

「なるほど、川神院に居たころとは比べ物にならない程強いな。てっきり才能を腐らせていると思っていたのだが」

 ヒュームは茂みの中から何事もなかったかのように出てきた。見た感じ身体の動きに不自然な点は無く、重心もブレずにしっかりとしていた。

「流石に強いな。だが昔川神院で見た時ほどじゃねえわな」

 釈迦堂が獣のような笑みを浮かべる。威圧感が半端なかった。気の弱い人なら見ただけで取り乱して泣き出しそうなレベルだった。

(野獣とか言われても仕方ないレベルですよ。それにしてもあの一撃で無傷――いやダメージは入っているのか?)

 識はヒュームの実力に素直に感嘆する。先ほどの一撃、識でも防ぐことはできる。但しそれは普段から釈迦堂と一緒に修行をしてどつき合っているからだ。初見で防ぐことはできないとは言わないがなかなか難しいことだった。しかも防げたとしてもそれなりのダメージは覚悟するレベルの攻撃だ。

「ふふ……、ハンデに一発撃たせてやったのだが要らなかったな」

 ヒュームは不敵な笑みを浮かべていた。

「要らないちゃ要らないな、どっちにしろ倒されるのはてめぇだからな!行けよ!リング!」

 釈迦堂がチャクラム状の気を打ち出す。恐ろしいほどの高密度の気で練られたそれは、気を扱える武術家でも生半可な者なら一撃で死に至らしめるほどの威力を誇っていた。壁越えの武術家相手でも練度によっては気の防御の上から手足を落とすぐらいは簡単にできる釈迦堂オリジナルの技だった。

「吠えるだけは有るな。俺でもまともに食らえば痛そうだ」

 ヒュームは釈迦堂を相手取りながら、死角から飛来するリングの側面を打ち抜くという離れ業をやってのける。リングはその形状故に側面への攻撃には脆かった。しかし釈迦堂刑部――元川神院の師範代を相手取りながらそれを実際に行える者がどれほどいるだろうか。少なくとも現役を引退した川神鉄心、修行を怠っている川神百代ではなしえないだろう。

「そうかい。じゃあ、食らっときな!」

 釈迦堂は再びリングを展開いた。宙に浮くリングが釈迦堂を的確に援護する。

「こしゃくな!」

 二人は再び激しくぶつかり合った。

「識今どうなってんだ?師匠は勝ってんのか?」

 天使が識に尋ねた。すでに二人の戦いは壁越えの物でなければまともに見ることもできないレベルになっていた。既に天使と亜巳は動きを追えなくなっており、辰子でも気を抜けば危ない状態だった。

「今のところ五分。でもこのままだと釈迦堂さんが先に力尽きる」

 識は二人の戦いを観察し、技量ではヒュームの方が勝っていると結論付けた。

「マジかよ!」

 釈迦堂は技量の差をリングと言う手数で補ってはいるものの、気を纏うだけではなく放出して操作までしていた。対してヒュームは気の消費を必要最低限に抑えており、全力疾走状態の釈迦堂と比べるとどちらが先に力尽きるかは明白だった。

「くっそ!技がキレまくってやがる。前より強くなってんじゃねーか」

「誇るがいい。本気を出した俺とここまで戦えるなんて鉄心以来だぞ。まだ鉄心には及ばんがな」

 互いに有効打が有るものの、ヒュームが余裕そうな表情でいるのに対し、釈迦堂の息は若干乱れていた。

「まったく嫌になるね。上の連中は先を行ってるし、下からは追い上げてくる奴がいる」

 識は釈迦堂の視線が一瞬こっちを見たような気がした。

「でもまあ、今回で頂がどれくらいか見当がついたわ」

 押されていてなお釈迦堂は笑みを浮かべた。それは頂がけっして手が届かない場所ではないと確信したような表情だった。

「…………、俺も何かと忙しい。決着をつけてやる」

「奇遇だな。こっちも飯前だから早めに片付けたかったんだわ!」

「川神流・無双正拳突き!」

「ジェノサイドチェーンソー!」

 釈迦堂の拳とヒュームの足が交差し互いに吹き飛んだ。血しぶきが舞い砂煙が巻き起こる。

 先に立ち上がったのはヒュームの方だった。流石に無傷ではなかった。左足から血を流し、胸の下を押さえて苦痛に顔を歪ませていた。

「まさかリングとやらをノーモーションで発動できるとは。俺としたことが不覚を取った」

 釈迦堂は互いの必殺技がぶつかる寸前、回避のできない距離でヒュームの軸足にリングを打ち出した。無双正拳突きとリング、一切の防御行動を捨てた超攻撃的な釈迦堂らしい選択だった。

「くっそ……化物が……」

 釈迦堂は地に倒れ伏せた状態で悪態をつく。喋るたびにヒューヒューと息が漏れ、胸が激しく動いていた。

 辛うじて立ち上がったものの、満身創痍と言うのが相応しい状態だった。

「大抵の奴が俺から見たら赤子に等しいがお前は違ったようだな」

 もはや構えることが精一杯の釈迦堂にヒュームの蹴りが直撃した。普段のヒュームからは考えられないようなキレのない蹴りだったが、今の釈迦堂を倒すのには十分だった。

「ちくしょう……」

 釈迦堂が再び地に倒れ伏せた。意識を失ったのかピクリとも動かず、起き上がることは無かった。

「師匠が負けるとかマジありえねえ……」

 天使が呆然とした表情で呟いた。

 亜美が辰子の本気を出させるそぶりをするも、

「止めておけ、いくら才能が有っても磨き足りない状態では何もできん。何よりその男が動かない時点で察しろ」

 ヒュームにタイミングを潰された。

「…………」

 識は何も言い返せなかった。なにより戦闘をしなくても済みそうなことに安堵してしまっていた。ヒュームは足が負傷し肋骨が折れた状態ですら識より格上であった。

「お前は学校に行っているようだしまあいい、後の奴はまとめて面倒見てやる」

 ヒュームは識たちのことをお構いなしで話を進めていった。

「げぇ!うちも働くのかよ」

 天使が悲鳴を上げた。

(ここでヒューム・ヘルシング喧嘩を売っとくか?経験値としては悪くない。何より上から目線が気に食わないしな)

 識は理屈をこねて戦う理由を探した。まるで心の靄を振り払うように。ヒュームのことが気に食わないのは確かだった。しかし、心の奥底では戦闘を回避して安心した自分が許せなかったのだ。

「…………」

 識は無言で一歩踏み出すと、刺すような闘気をヒュームに向けた。

「いい闘気だ」

 ヒュームは嬉しそうな笑みを浮かべた。

「…………」

 識は拳を握りしめ構えた。前傾姿勢になり足の筋肉が極限まで収縮し軋みを上げた。まるで獲物に飛びかかる寸前の肉食獣だった。

「俺も忙しいんだがな」

 ヒュームは言葉とは裏腹に臨戦態勢にはいった。

「ウォォ!!」

 識は雄叫びを上げヒュームに飛びかかった。

 竜闘気を全開にした識の拳がヒュームの蹴りとぶつかり大気を震わせた。

 

「悪くない動きだった及第点をやろう」

 ヒュームは増えた傷をさすりながら嬉しそうにしていた。

 識の動きは悪くなかった。しかし僅か三手で決着がついた。最初の激突で押し込まれ、二手目で態勢が崩されると三手目で積みだった。しかし最後の一手、勝ち筋が無いと悟った識は防御や回避を捨てヒュームに一撃を入れることだけに専念した。竜闘気を身体から放出して無理やりヒュームの顔面を殴れる態勢に持って行ったのだ。

「…………」

 識は腹を抱ええて地面にうずくまっていた。その表情は苦痛をごまかす為に歯を食いしばり強張っている。識は経験から、猛烈に痛いが傷自体はそれほどまでではないと理解していた。しかし痛いものは痛いのだ。ヒュームの体調が万全で、蹴りの威力が落ちていなかったら、あばら粉砕コースは確実だっただろう。

「近いうちに活躍する機会があるだろう。研鑽を怠るなよ」

 ヒュームは識にとって衝撃的な発言をするとその場から消え去った。




活動報告に現時点での強さの設定を書きました。気になる人はよろしく!

20180222(加筆修正)


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七話

 放課後の進路指導室で識と宇佐美教諭は対面していた。

「宇佐美先生、明日から体調が悪くなって休みます」

「急だな。休むって何時までよ?」

 宇佐美教諭は質の悪い冗談と受け取らず、識の話に耳を傾けてくれた。一般的な学校の教員なら怪訝な顔の一つもしそうだが、良くも悪くも川神学園に一般的な常識はあまりなかった。 

「来学期までは学校に来れないです。七夕辺り(期末考査)には一度体調が回復すると思います」

「その言葉聞いて一安心。でもSクラスから外れるかもよ」

 宇佐美教諭は少し心配そうな表情をする。識の成績は学年で言えば上位だがSクラスの中では決していい方ではない。テスト前にそれだけ休めば今までの貯金があったとしてもSクラスから外れる可能性は十分にあった。

「承知の上です。この数か月に人生賭けてますから」

 識は今まで見せたことのない真剣な表情だった。

 ヒューム・ヘルシングと邂逅した直後、識は有ると予想される大会に備えて行動し始めていた。既にアパートには山籠もりをする準備が整えられており、学校から帰宅すると直ぐにでも出発する予定だった。

 既に前前世の話で記憶もだいぶ薄れては来てはいるが、九鬼財閥が主催した大会には莫大な賞金が掛けられているはずだった。K-1で数千万円の賞金、格闘技の大会の中には百万ドル(日本円で約一億一千万円)ものもあるのだ、天下の九鬼財閥主催の大会でそれらを下回るとは考え難い。文字通り一生遊べる大金が手に入る可能性が高いのだ。すなわち、

 “高等遊民に成れる!”

「…………決意は固いみたいね。家庭訪問とかは上手いこと言いくるめておくから安心しといて。これで貸し借り無しね」

「恩に切ります」

 識は宇佐美教諭に深々と頭を下げた。

 

 識は巨大な登山用のバックパック(容量六十リットル)を背負って樹海の入り口に立っていた。中身は主に食料と水だった。

 識は樹海の前で物思いにふけっていた。

(始まりは確か……九鬼の姉ちゃんがミスドだかなんだか言う、そこそこ有名な格闘家をテレビで瞬殺して開催を宣言するんだったよな)

 普段の識なら余計なことを考えずに直ぐに樹海に入っていたはずだ。識は柄にもなく緊張していた。それは本人が緊張と認識しない程度だが、心の隅にしっかりとあった。

 識は前世、前前世をふくめて山籠もりなどと言う本格的な修行は経験していない。最初の人生はごく普通の一般人で格闘技の経験も殆んどなかった。二度目の人生は竜の紋章に刻まれた戦いの遺伝子(代々の竜の騎士の戦闘経験)が有ったため問題にならなかった。

「山籠もりか……昔みた漫画の主人公みたいなことしてるな……」

 識は周りが聞き取れない程度の小声で呟いた。呟いて認識した、自分の声が少し震えているのを。

(柄にも無く緊張しているのか……)

 識は心の中で自嘲気味に言った。

 識は目を閉じ一度深呼吸すると、

「突撃!」

 大声で叫び樹海に飛び込んでいった。

 

 鬱蒼と茂る広葉樹林の奥深く、地元の猟師でもまず訪れないであろう場所に識はいた。舗装の舗の字もないようなむき出しの地面の上で目を瞑り座禅を組んでいた。ひたすら自分の中にある力の流れを感じ取り、気の属性変換を模索していた。

(…………)

 “ぐぅ”

 識は腹の虫で座禅を中断することを決める。食事は武術家……いやそれ以外の人にとっても最も重要なことの一つだ。

 開始から数時間は立っており辺りは闇に包まれていた。街中の夜とは違い人口の光が一切ない本当の夜。光源は月明かりと星のみで、数メートル先すら未知の領域と成っていた。

(初日から上手くいくとは思っていなかったが……全然だめだな)

 識は持ち込んだサンドイッチを齧りながら眉を潜めた。いつも通り気の属性変換が上手くいかなかったからだ。

(こんな時は師が欲しいと切実に思うな。できればアバン先生みたい人が……。うろ覚えだけど修行法真似てみるか?こんな場所じゃないとできないし)

 識はサンドイッチの最後の一欠けらを水で流し込むと立ち上がった。荷物を巻き添えにならない場所に避難させると傍にある木に拳を叩き込む。大人の胴回りほどもある樹木は叩き込まれた場所が木っ端みじんに砕け散り上下に分断されると音を立てて崩れ落ちた。

「やっぱり地面とか岩の方がいいかな。手ごたえが無さすぎる」

 識は木こりが聞いたら目を見開くようなセリフを呟くと再び動き始めた。ただひたすら自分の肉体を疲弊させるために。

 人間は無茶苦茶疲れると一番楽な動作をしようとする。つまり一番自然な動きで無駄が無い動作だ。勇者ダイは無駄な動きを排除するだけで最初は切れなかった大岩を叩き切った。識もそれに倣って無駄を排除しようとしているのだ。基礎能力は問題なく、きっかけが有ればできると識は考えていた。

 

 見事に生い茂っていた樹海の一角は無残にも岩盤がむき出しとなっていた。識はできるだけ周囲の被害を抑えるつもりで範囲は一軒家程度に収まった。しかしその範囲内は月面のクレーターよりはましかな?というレベルの破壊跡だった。たとえ一軒家程度の範囲とは言え、環境保護団体が見たら騒ぎだすのは確実だった。いや、個人が徒手空拳で引き起こしたと知ると一周回って黙るかもしれないが。

「はぁはぁ……ダメかぁ……」

 識は荒い息遣いで地面に仰向けに倒れこんでいた。視線を動かし自分の手を見るも、そこには漏電したような光景が広がるだけだった。

 立ち上がるのも億劫になるほど気と体力を消費しても普段より若干ましかな?という程度だった。

「あかん、今日はもうあかん」

 識は身体を引きずりながら荷物の場所にまでたどり着くと、一気にペットボトルの水を空にした。疲れた身体に水分が染み渡る心地良い感覚に身を委ねた。

「うまいなぁ」

 識は水分を補給して一息つくと、用意していた寝袋にくるまりそのまま意識を手放した。明日は少しでも前進すると信じて。

 

 識は久しく感じたことのない痛みとともに目覚めた。盛大な筋肉痛だった。ここ数年は味わったことのない感覚だった。普通筋肉痛は限界を超えて筋繊維が切れることによって感じる。しかし識は持ち前の身体能力の高さのせいで筋繊維が切れるまでいかなかったのだ。正確に言うと、釈迦堂と殴り合った後は筋肉痛が起こることもあるが、どつかれた痛みの方が圧倒的に大きくて気づいていなかった。

(……痛い)

 目覚めた識は無言でほほ笑んでいた。はたから見ると危ない人に見えなくもない。しかしそれにも理由があった、超回復が起こるからだ。トレーニングで筋肉は切れた後より強靭になって再生する……つまり以前より強くなれるのだ。識にとって筋肉痛の痛みとは強くなる実感だった。

 この後食料が無くなるまでの約一週間、識はひたすら同じことを繰り返した。

 座禅を組み、寝る前には気と体力を使い果たす、普通なら苦痛に感じる生活を淡々とこなしていった。

 識は食料補充と情報収集のために樹海から出ると、早速お目当ての情報が舞い込んできた。

 “川神武闘大会・優勝賞金十億円”

 



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八話

 識は街中で川神武闘大会の告知を見た瞬間歓喜に震えていた。周りに人がいなければ喜びのあまり叫び、ガッツポーズを取っていたかもしれない程に。

(来た‼直ぐに帰らないと)

 今の時代何を調べるにしてもインターネットが手頃で便利すぎた。九鬼のホームページを見れば申し込み方法など懇切丁寧に書き記されているだろう。

(電車、バス……遅すぎる)

 待ち時間や乗り換えの手間を考えると自分で移動した方が明らかに速かった。

 識は地面を蹴るとただ一度の跳躍で間近にあった建物の屋根に飛び乗った。十メートル以上の高さが有っても、識にとっては階段の段差と変わりなかった。そのまま次の着地地点を見つけるとまるでバッタのように飛び跳ねて移動していった。

 マンションにたどり着くと転がり込むようにして部屋に入り込み、パソコンの電源を入れた。起動するまでの待ち時間でやれることを済ますとパソコンの前に腰を下ろした。

 九鬼のホームページに一通り目を通し、見つけた動画を再生する。

(派手なデモンストレーションだな)

 動画を見終わった識の正直な感想だった。世間では有名な格闘家であるミスマを生放送で倒す。それも二十そこそこの財閥の令嬢が一瞬でとなるとインパクトは凄いだろう。何も知らない一般人の明日の話題は決定したようなものだった。

(ミスマか…………格闘王を名乗るくせに弱すぎるな。一般的な格闘家はこんなものなのか?揚羽さんが手加減していなければ首から上が吹き飛んでたな)

 ミスマとの戦闘で圧倒的な強者に映った九鬼揚羽だが、実は実力の半分どころかほとんど出してないと知れ渡れば世間はどんな反応をするだろうか。

(まあいい。早速申し込んでおくか)

 大会への申し込みはホームページから簡単にできた。出場するにあたって事細かに書かれてはいるが要約すると、

 ・年齢性別不問

 ・武器の使用可

 ・優勝賞金十億円賞

 この三つだった。

(一つ目はまあ、そうだろうな。九鬼は埋もれた人材を探したいみたいだし。二つ目は俺の全力に耐えられる武器なんてあるのか?真魔剛竜剣さえ有ればな…………)

 識はかつての相棒ともいえる剣に思いを馳せる。前世で苦楽を共にした掛け替えのない愛剣だった。識はどんなピンチでも真魔剛竜剣さえ有れば切り開いていけると信じていた。

(三つ目は優勝者以外にも賞金は出るのか……俺には関係ないな)

 識は優勝以外眼中になかった。力及ばず結果的に優勝できない可能性は有るだろう。だが最初から負けた時の予定を考えるのは識的には無しだった。

 識はパソコンを閉じると立ち上がった。直ぐに樹海に戻って鍛え上げるためだ。今までは心のどこかに迷いがあった。遠い昔の薄れた記憶、本当にイベントは起こるのか?賞金額は十分なのか?小さい頃はずっと引っかかっていた。孤児院時代は忠勝や一子以外にまともに話した記憶が無かった。それもそうだろう、自由時間のほとんどを自己鍛錬費やす変わり者だったのだから。小学生なら近づきたく無く思うのは当たり前だ。識だって前前世の小学校でそんな奴がいたら距離を置いたと思う。むしろ偏見を持たず接してくれた二人は凄いと思っていた。だからこそ数少ない交流の時に識の心は揺れていた。不確かな未来のためより二人との交流にもっと時間を割いた方がいいのではないかと。しかし識は行動を変えなかった。生き方を変えれない頑固な大人の一人だと自分で認識しておきながらも。

(俺はどこまでいける……)

 今の識には一切の迷いが無かった。有るのは在りし日(全盛期)の自分にどれだけ近づけるかだけだった。

 

 七月になり鬱陶しかった梅雨も明け、最高気温も三十度前後という夏真っ盛りの時期に差し掛かってきた。そろそろ熱中症がニュースをにぎわすだろう。社会人も学生も気温と戦いながら活動していた。もちろん識もその一人で期末考査のために久しぶりに学校に向かっていた。期末考査の前にテスト勉強どころか一切の勉学をしないという、Sクラスなら正気を疑うような行動をとっているにも関わらず一切気にしたそぶりは無かった。それでも識の足取りは重かった。

(俺に何が足りない……どうすれば……)

 識の思考はずっと同じことを自問自答していた。しかし、明確な答えは未だに出ていなかった。

 極限まで身体を疲弊させても、時間を忘れて瞑想しても進歩は微々たるもので、未だに属性変換は不完全なままだった。

 しかし、精神面では成果を上げていた。長期間樹海に身を置くことで以前にあった底知れぬ殺気を取り戻しつつある。日本野生動物の雄である熊ですら今の識には一切近づこうとしなかった。いや熊どころか識が拠点にしている周囲には一切の野生動物がいなかった。

 野生動物だからこそ敏感に感じ取ってしまうのだ、識の力が自分たちを容易く屠れることを。

(…………)

 識はSクラスに着いた後も思考の海に沈んでおり、自分の席で一切喋らず座っているだけだった。

「ずっと休んでいたのに随分余裕そうだね」

 識の態度が気に食わなかったのか、クラスメイトの一人が話しかけてきた。

(…………)

「だんまりかい?君がSクラスから消えるのは勝手だけど、あんまり無様な点数を取らないでくれよ。Sクラスの品格が落ちる」

 口調を聞いただけで見下しているのが分かる嫌なしゃべり方だった。残念なことに彼は野生動物に比べて鈍感だった。

 彼はマウントポジションを取ったつもりで意気揚々と喋っている。しかし、クラスの何人かは識の様子がいつもと違うことに気づき始めた。

「若、あれ止めた方がよくないか?」

「なんか、嫌な感じがするー」

 感が良い者たちが止めようとするも少し遅かった。

「だいたい君は…………」

 それ以上クラスメイトの言葉が続くことは無かった。識の漏れ出した殺気に当てられたからだ。識にとって不快感を表して程度の認識だった。しかし、命のやり取りをしたことのない一般人には少々濃すぎた。クラスメイトの顔色は蒼白に変わり、ガタガタと震えだした。

「すまんな竜野。ちゃんと言い聞かせておくからここは我の顔に免じて矛を収めてくれないか?」

 場を収めるため委員長である九鬼が間に入ってきた。

「危ないです!英雄様!」

 忍足が声を荒げる。

「ああ」

 識は九鬼に一言呟くと再び思考の海に沈んでいった。

 その後今までの緊張感が嘘のように期末考査が淡々と進んでいった。

 

 放課後、識は無意識のうちに河原へと足を運んでいた。

(明日もテストなのに何やってんだろ……)

「識じゃん!久しぶり」

「天ちゃんか」

「どうした?なんか元気ないけど。まあいいや、ウチの新技ちょっと見てよ」

 識はいつも通りのペースである天使を見て少し癒された。

「いいよ」

「いくぜ!炙り肉」

 掛け声とともに天使の腕が紅蓮の炎に包まれた。

「…………」

 識は目の前の光景に唖然となった。

「どうよ!最近師匠から教わったんだ。かっこいいだろ。今は無理だけどそのうちゴルフクラブに纏わり付かせようかなって」

「…………」

「どうした?さっきから無言だけど」

「ちょっと自分の不器用さに嫌気が差してた」

「ああ!そういえば識ってこないだ失敗してたっけ?まだできないの?」

「ああ」

「面倒なことせずにそのまま変換すればいいじゃん」

「面倒なこと?」

「うん。変換の変換なんてなんでしてんの?」

「えっ……まさか、そういうことなのか⁉」

 識の中で一つの答えにたどり着いた。馴染みがありすぎて疑問にも思わなかったが、もし竜闘気が気を無意識のうちに変換していたとしたら辻妻が合う。目の前の天使で言えば炎から雷に変換しようとするのと同義だ。成功するはずがない。

 識は直ぐに答え合わせを行った。

「こんな簡単に……」

 識の右手には綺麗に変換された電気が纏わりついていた。

 今までできなかったのが嘘のようにあっさりと成功した。変換後の竜闘気も分類上は気に含まれる。そのため不完全ながらも変換が行えてしまったのだ。

 識は変換をやめた後も自分の手をずっと見ていた。

「やったじゃん」

 天使は嬉しそうに言った。

「ありがとう!」

 識は感激のあまり天使に抱き着いた。このまま踊りだしたい気分だった。

「うわ!」

 天使が驚きの悲鳴を上げた。

「最高だ!」

「分かったから離せよ!」

 天使は識の腕の中でじたばたと暴れる。

「すまんすまん」

 識は天使を直ぐに解放した。いきなり抱き着かれた恥ずかしさ故か、天使の顔にはうっすらと赤みがさしていた。

「たく、晩飯は識のおごりな」

 天使はそっぽを向きながら言った。

「お安い御用さ」

 識は満面の笑みで頷いた。



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九話

 天使との一件以来識は絶好調だった。体内でほんの僅かに狂いながらも噛み合ってしまっていた歯車が正常に動き出したのだ、調子が良くなるのは必然だった。

「やっぱり武器は無理だったか」

 識はぼやくように呟いた。手の中には刀身が燃え尽き、束だけとなった日本刀の慣れの果てが有った。折れず曲がらず、切れ味と頑強さが売りの日本刀でも識の全力には耐えきれなかった。もしこれが天下五剣クラスならまた違った結果が出たかもしれないが、今の識には入手する伝手もコネも無かった。

「でも間に合った。魔法剣……いや魔法拳か」

 識は満足そうに自分の拳を見た。竜闘気で強化された拳に雷属性の気を圧縮し纏わりつかせていた。

 識がその状態で拳を地面に叩きつけると地面がクレーター状に消し飛んだ。巻き上がった粉塵が収まり惨状が露になると識は満足そうに頷いた。

(くっ……)

 識は拳から伝わる痛みに顔を顰める。

(全力で打つのはやめた方がいいか……)

 本来気の使い手が一度に使用できる気の総量は決まっている。限界まで鍛え上げたとしても自身の肉体に悪影響が無い範囲に留まる。しかし識は闘気と魔力の同時使用を実現したギガブレイクの応用で不可能を可能とした。限界まで気を使用した上からさらに追加で雷属性の気を纏ったのだ。その威力は全力でも無いにかかわらず、今までの識では実現不可能な威力を誇っていた。

 識の修行は一つの区切りを迎え、後は武道大会までコンディションを整えるのみとなった。

 

川神武道大会予選日、まだ本戦ではないのにもかかわらず、会場の周辺は人でごった返していた。参加選手の関係者――付き添いなどがいるためだ。特にテレビで見るような有名な格闘家は一目見ようとサポーター達も来ており人口密度を上げていた。

 九鬼の会場スタッフが有能なのか、人数の割には混雑も起こらず、識は会場まであっさりと入れた。

 識は受付でどちらの予選方法を選択するか尋ねられた。

 一つはバトルロワイヤル方式、もう一つは測定方式だった。

 前者は複数の参加者が入り乱れて戦う方法で、立ち回りなどが要求される。

 後者は身体能力を量り上位が本戦出場という非常にシンプルな方法だった。

 識は迷わず後者を選んだ。深い意味は無い。ただ単にすぐ終わりそうな方を選んだだけだった。

 識は受付を終えると奥に通された。そこには識と同じように測定方式を選んだ選手が待機していた。

(いろんな人がいるな。まるで格闘家のファッションショーだ)

 識は始まるまでの暇つぶしに辺りを観察していた。見るだけで何の格闘技をしているか分かった。九鬼が世界に呼び掛けたため、空手、相撲、レスリング、ボクシング、ムエタイなど様々な格闘家達がそろっていた。中には明らかに異質な、堅気からは程遠い連中も混じっていた。

識はというとジャージにランニングシューズという出で立ちなのでこの中では逆に浮いていた。現在殺気も出していないので、完全に朝練途中の学生としか見えなかった。時折識の方をチラチラ見る者もいるが、本人は全く気にしていなかった。

 

「皆さん長らくお待たせしました。只今より予選を始めます」

 メイド姿の女性が出てくると、マイクを通して透き通った声が会場内に広がった。今まで思い思いに待機していた選手たちの視線を一斉に浴びるも動じた様子は無かった。

(おっ、可愛いな。九鬼の従者部隊は顔面偏差値の試験があるって噂は本当だったのか?忍足さんも年齢はさておき美人だし)

 識は本人に聞かれた殴られても文句は言えない失礼なことを思い浮かべる。実際受付にいた人やすれ違った従者部隊の面々は美形ぞろいだった。

「審査は簡単です。目標物を攻撃してもらいます。もちろん殴っても蹴っても体当たりでも構いませんよ」

「要はパンチングマシーンだろ。俺はそういうの得意なんだ」

 参加者の一人が声を上げると、続くようにして声が上がっていった。

「ねーちゃん。御託はいいからさっさと始めてくれよ」

 明らかに柄の悪そうな男が声上げた。

「皆さん、あちらに注目してください」

 メイドは会場の一角に腕を向けた。幕で覆われていたその場所が、メイドのセリフに合わせて取り払われ姿を現した。

「なんだありゃあ」

 会場の何所かで呟かれたセリフは選手たちの総意と言っても過言ではなかった。

中から現れたのは金属の塊だった。断じてパンチングマシーンなどという生易しいものではなかった。これならまだ車の衝突実験に使われるコンクリート壁やアルミハニカムの方が可愛げがあるだろう。

「さあ誰からでもいいですよ」

 メイドは唖然としている参加者に笑顔で進めた。

「ふざけてんのか!拳が潰れるだろうが!」

 空手家と思わしき人物が怒鳴り散らす。

「ふざけてませんよ。ちゃんと同意書にサインしましたよね?それにこの程度で怪我をするなら鍛錬不足なのでは?」

 大会に参加するにあたって、参加者は怪我や死亡など一切追求しないことを課せられる。真の強者を求めて武器の使用まで許可しているのだから当たり前と言えば当たり前のことだった。

「雑魚はどいてろや」

なおも文句を言っている空手家を押しのけ一人の男が現れた。

空手家を人睨みで黙らすと、目標物の前まで悠然と歩いて行った。赤銅色にやけた筋骨隆々の肉体は見ただけで鍛え上げられているのが分かった。

「この裏ムエタイの破壊神とよばれた俺がトップで通過よ」

“きゃおらぁぁぁぁ”

男は奇声を発し目標物を蹴り上げた。

「どうだ?新記録出しちまったか?」

「測定不能です」

「強すぎるのも考え物だな」

 メイドの返答に自尊心を満足させたのか鷹揚にうなずいていた。

「いえ。弱すぎて測定不能です」

「はっ⁉」

「次の方どうぞ。どんどんきちゃって下さい」

「おい!ちょっと待て!壊れてんじゃねえのか!」

 結果が不服なのか自称裏ムエタイの破壊神が喚き立てる。

「質問いい?」

識がメイドに向かって言う。

「はい。どうぞ」

「それ壊しちゃって測定結果が出なかったらどうなるの?ああ、壊すっていうのは測定器が云々じゃなくて破壊するってことね」

 識は目標物を指さす。

「破壊できるものならどうぞ。もしできれば本戦出場確定です。九鬼が開発した特殊合金で制作されてますので主力戦車の主砲にも耐えますけど」

「分かった」

 識は近くにあるコンビニに行くような気軽さで目標物の前まで行った。

「おい!お前人の…………」

 ガゴン!

 識が目標物を殴り飛ばすと生身の肉体が発する音とは思えないような音が発生した。衝撃も凄まじく会場全体を揺らすほどだった。

 戦車の主砲にも耐えるはずの特殊合金は、拳の形に拉げ亀裂が走るという無残な姿をさらしていた。

「嘘……」

 メイドが目を見開き呟いた。

「言うだけは有るよ。まあまあ頑丈だった。また本戦で」

 識は言いたいことだけ言うとその場を後にした。

 残されたのは壊れた目標物と呆然自失となった参加者達だけだった。



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十話

 川神市のホテルの一室、フランク・フリードリヒ中将の関係者が集まっていた。高級そうな室内は既に隅々までチェックされており、盗聴の可能性を残さないという徹底ぶりだった。

「クリスを含め出場した全員が本戦に進めるとは私も鼻が高いよ」

 フリードリヒ中将は満足そうに頷いていた。

「は!ありがとうございます」

 マルギッテが代表して受け答えをする。その後ろには猟犬部隊が整列しており、その一糸乱れぬ態勢は称賛すら覚えるほど美しかった。

 コジマ・ロルバッハ――百四十二センチ金髪紫眼。細身で美人というよりは可愛いというのが似合う可憐な容姿だった。しかし戦闘になると小柄な身長からは想像できないような攻撃力を発揮し敵を震え上がらせた。先天性による怪力を生かして戦闘では先陣を切って戦うスタイルだ。

 リザ・ブリンガー――百六十六センチ銀髪金眼。スタイル抜群で、モデルとしても生きていけそうな見た目だった。ハナがよく利き、それは文字通り匂いに敏感なだけでなく自分の危機などを敏感に察知することもできる。普段は諜報活動と偵察任務担当だが、戦闘もダガーなどを駆使して完璧にこなす。敵からは“欧州ニンジャ”“西洋ニンジャ”と呼ばれ恐れられていた。

 テルマ・ミュラー――全身鎧に包まれた防衛戦の達人で、防御力は想像を絶するものがあり、テロリストが扱う携帯火器程度ではビクともしない頑強さを誇る。百九十センチを超える巨体を生かして他の隊員を守る。

 フィーネ・ベルクマン――灰色に近い銀髪で冷たい印象を受けるタイプの美人で合理主義者。普段は指揮担当だが剣術の腕も並大抵のものでは無く幾人もの敵を屠ってきた。

 ジークルーン・コールシュライバー――ピンクブロンドの碧眼で百八十三センチという

 恵まれた体格を持っている。初見の人物は威圧を感じるかもしれないが美しい容姿をしているのは間違いなかった。治療専門で、どうすれば早く治るか見分ける能力を持っている。今回の武道大会には未参加だ。

「今は非公式の場だ、楽にしてくれて構わんよ。それにその方がクリスも喜ぶ」

 フリードリヒ中将は真顔で親馬鹿全開の発言をする。しかし周りも慣れたもので直ぐに雰囲気ががらりと変わる。先ほどまでの雰囲気が戦闘前のブリーフィングとしたら今は家族団らんのお茶会といったところだ。

「マルさん達もこっちに来て一緒に食べよう」

 クリスは美味しそうなお茶うけに目を輝かせていた。

 マルギッテ達がクリスの周りに集まってくつろぎ始める。その様子はまるで家族――年の離れた姉妹のようだった。

 

 本戦当日、識は充実した選手控室でソファーに腰を下ろしていた。例年までの川神武道大会と違い、九鬼が大量の資金を投入した結果、控室は高級ホテルのラウンジのような場所に変わっていた。

 無料のドリンクや軽食が用意されており、控室にいるメイドに声をかければ直ぐに持ってきてくれた。

 そんな至れり尽くせりの状況で識は顔を顰めていた。原因は同じ控室で納豆の宣伝をしている女のせいだった。

(松永燕……もう完成しているのか?……平蜘蛛が……)

 平蜘蛛――天才松永信久が九鬼の莫大な財力をつぎ込んで作った超兵器。素の戦闘力なら同じ武道四天王である九鬼揚羽に劣るであろう松永燕が、川神百代を打倒するために用意した最強の武器だ。

「どうしたの?難しい顔して~」

 辰子が識に飲み物を手渡すと隣に腰かけた。川神武道大会に板垣家も参加していたが予選を突破できたのは辰子ただ一人だった。

「強そうな人がいるなって」

 識は礼を言って飲み物に口につける。口に含むと爽やかな茶葉の香りが鼻孔を擽った。きっと自分なら買わないようなお高い茶葉なんだろうと思う。

「そうなの?私そういうの今一分からないから」

 辰子は気持ちよさそうにソファーに身体を沈み込ませる。この後試合が無かったらそのまま寝てしまいそうな様子だった。

「うん。結構ヤバい奴がいる。強さを感じ取るのは……慣れかな?」

 識はある程度相手の力量が分かるが言葉にして説明することはできなかった。何時の間にか身についていた技能で慣れというしかなかった。

「選手の皆さん時間が来ましたので順番に入場してください」

 従者部隊の人間が選手を誘導し始めた。

 識と辰子も誘導に従い控室を後にした。

 

「全選手入場!」

 試合会場にメイドの声が響き渡る。

「本場の騎士道精神を見せてやる!レイピアの扱いなら任せろ!遠い異国からの留学生クリスティアーネ・フリードリヒだ‼」

「職業は特殊部隊隊員!可憐な見た目から繰り出される脅威の怪力!コジマ・ロルバッハだ‼」

「職業は特殊部隊隊員!ヨーロッパニンジャは本場を超えてしまった⁉リザ・ブリンガーだ‼」

「職業は特殊部隊隊員!防衛戦の達人、驚異の防御力!テルマ・ミュラーだ‼」

「職業は特殊部隊副長!指揮官が戦えないと誰が決めた!鋭い剣術が敵を切り裂く!フィーネ・ベルクマンだ‼」

「職業は特殊部隊隊長!隊長が強いのは当たり前!トンファーの達人!マルギッテ・エーベルバッハだ‼」

「伝説の傭兵集団曹一族が今ベールを脱ぐ!史文恭だ‼」

「若くして梁山泊の天暗星を襲名した豪傑!楊志だ‼」

「デカさは強さ!全米格闘王が殴り込みだ!カラカル・ゲイルだ‼」

「南米の雄!太陽の子の異名を持つ武術の達人!メッシだ‼」

「忍者は諜報だけじゃない!戦闘もお手の物!鉢屋壱助だ‼」

「智勇を兼ねそろえた出世街道を進む英傑!天神館の総大将石田三郎だ‼」

「速さは強さ!スピードクイーンの橘天衣だ‼」

「納豆が強さの秘訣⁉どんな武器でも扱って見せる!武道四天王松永燕だ‼」

「強さの秘訣は眠ること⁉怪力無双板垣辰子だ‼」

「優勝以外興味なし!有言実行なるか!川神学園所属竜野識だ‼」

 選び抜かれた十六名の選手が続々と舞台に上がっていき、会場の熱気は最高潮に上がっていった。



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