美少女に"格闘戦"をしかけるのは合法である (くきゅる)
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第一話 シャロン・クーベルという少年

"不退転のシャロン"

 

 その名が広まったのは、二年前のDSAA。

 当時だった無名のシャロン・クーベルは、初出場にして本戦進出及び入賞を成し遂げた。

 翌年も同様に入賞を果たす。

 DSAA魔法競技戦においては、性差による有利不利は無いに等しい。

 魔力の親和性の高さ故に、女性選手が多い魔法競技戦においては珍しい男性選手、しかも美形というのも相まって一躍その手の界隈では有名となった。

 

 鬼のような形相で直撃をもろともせずに突き進む様は、正に不退転と呼ぶに相応しい。

 

 時折、"キエエェェェイ!!!"という奇声のような雄叫びも相手を畏怖させる所以となっていたりいなかったり。

 

 

 そんな彼は名門St.ヒルデ魔法学院の中等科一年生。

 家柄も良く、銀糸のように美しい髪と切れ長の目が特徴的な美少年。

 いつも窓の外を憂いた表情でぼんやり眺めている姿は、半端なく様になっている。

 当然、異性からモテるのだが、それも断り続けるという。

 

 

 "てめーはどこの少女漫画の主人公だよ"

 

 

 クラスの男子達の嫉妬も、当の本人は露知らず。

 

 だって────

 

 

 

 

 

 

 

(あー俺も実技の方に混ざりてぇな。美少女の汗と石鹸の匂いを嗅ぎながら、くんずほぐれつ……はぁはぁ……!)

 

 

 

 ──四六時中、見た目麗しい少女との絡み合いを妄想しているむっつりド変態であるからだ。

 

 彼にとっては、純粋な異性との付き合いは興味がない。

 プラトニックな関係には微塵も興奮しないからだ。

 それに、特定の一人を選べというのもシャロンにとっては酷だった。

 

 とにかく、自分の性に正直な少年なのだ。

 

 

 そも、シャロンが格闘技、それもわざわざDSAAの魔法競技に参加したのは己の欲を満たす為だ。

 余程、露骨な触り方でなければ接触も許される。

 しかも、ミッドはレベルの高い美少女達がこれまた際どいバリアジャケットで参加しているのだ。

 それ目当ての観客も多い。

 選考会やノービスクラスの予選は男子もちらほらいるが、エリートクラスは殆どが女子である。

 

 ──男とやるのは萎えるが、シード枠に入ればハーレム状態じゃないか。

 成熟の早かった幼き日のシャロンはこう考え、すぐに実行に移した。

 

 いやいや、無茶だし無理だろ。

 

 普通の人はこう考えるかもしれないが、シャロンの熱意はそんなものじゃなかった。

 加えて、神は二物を与えないというが、恵まれた容姿以外にも魔法と強靭な肉体を彼に与えていた。

 

 ──才能ある者が、並々ならぬ情熱をもって努力した結果。

 

 

 あらゆる射砲撃も真っ向からぶち破って接近戦をしかける規格外インファイターが完成した。

 ……いや、してしまったのだ。

 

 糞迷惑な話である。

 

 

 

 ~~♪ ~~♪

 

 

 外の実技授業を堪能していたら、ちょうど終了を告げるチャイムが鳴った。

 

 

「はぁ」

 

 

 ──(ちょうどいいところだったのに)

 

 と、溜息を吐いてみせる。

 その仕草を目で追っていた女子なんかは、胸をときめかせていた。

 年頃の女子が、気になる美男子を目で追う。

 

 

 正に青春の様相。

 外面だけ見れば。

 

 世の中、知らない方が幸せなこともあるのだ。

 

 

 そして、休憩時間となった。

 少し前に進級したばかりで、周りは新しい友人と語らったりして過ごしている。

 

 シャロン少年はというと、デバイスを起動して魔法戦技の試合を観戦し始めた。

 

 

「さすが、(雷帝。古代ベルカの由緒正しき乳の威力は)何時見ても凄まじいな」

 

 

 ヴィクトーリア・ダールグリュン。

 かの雷帝の血を引いている、これまたDSAAの強豪選手。

 いわゆる典型的なお嬢様なのだが、その豊満な肉体は鎧越しでも誤魔化しきれない。

 

 シャロンも対戦したことがあり、戦績は一勝一敗。

 タフネスさは互角であることから、彼女との試合は泥試合になった。

 フルラウンドを使った取っ組み合いは、シャロンの望む所だ。

 

 心の底から。

 

 

「今年も存分に楽しませてもらうとしよう(その豊満な肉体を)」

 

 

 フッと不敵に笑って見せる。

 

 単なる下卑た笑みなのに、シャロンの無駄に整った容姿がそれっぽくしてしまう。

 

 

 ──そこに近づく一人の少女が。

 

 

「あの、シャロン選手……だよね? それ、こないだのヴィクトーリア選手の試合……」

 

 

「……そうだけど」

 

 

 ──(やっべー今超笑ってたけど見られてないよね?)

 

 

 不意打ちだった。

 まさか話しかけてくるとは思ってなかったシャロンは、内心焦りながらも冷静に答える。

 

 

「知ってると思うけど改めて! ユミナ・アンクレイヴです! 私、格闘技者のファンで……えっと、握手とかってしてもらってもいいかな?」

 

 

 えへへ、と照れている彼女はシャロンのクラスの委員長である。

 紺色の髪とポニーテールに、他者への思いやりや気配りを欠かさないクラスの中心人物の一人。

 

 

「どうぞ」

 

 

 観戦者側なのが惜しい。

 シャロンがそう思えるほど、魅力的な少女であった。

 

 

「……クラスメイトなのに、何だか変な感じだね? 手を洗うのが勿体ないなー、なんて!」

 

 

「言ってくれれば、握手くらいいつでも」

 

 

 ──(めっちゃ柔らかくてすべすべ。今日は手洗わないようにしよ)

 

 

 

 冗談で笑って見せるユミナだったが、対するシャロンの内心はマジであった。

 真顔なのが普通に気持ち悪い。

 

 

 

「ふーん……やっぱり、ヴィクトーリア選手とはライバルって感じなのかな?」

 

 

「そうだな。まだ二度しか戦えてないけど、彼女との試合は心が躍るよ」

 

 

 これは本心である。

 重ねて言うが、本心である。

 

 ユミナと一緒になって画面を見ると、対戦相手がヴィクトーリアにバインドを仕掛ける

 

 複数の拘束具が四肢に──胸に食い込む。

 

 

「これは……」

 

 

 真剣な表情で記録映像を眺めるシャロンは、外面だけはライバルの試合の行く末を見守る格闘技者。

 拘束具の締め上げが最高潮に達した時、思わずシャロンも目を見開く。

 

 

(えっっっろいなぁ……)

 

 

 実際は、切磋琢磨しているライバルを身体で興奮している変態野郎なのだから救えない。

 

 

(シャロン選手、いつもは興味なさそうに外見てるけど、試合を見てる顏はとっても真剣。これが、一流の格闘技者の面構えなんだなぁ……!)

 

 

 まごうことなき、変態の面構えである。

 勝手に感動されているともしらないで、瞳孔は興奮で開きっぱなしである。

 

 多分、本音を伝えると彼女は卒倒しかねない。

 それで済むならいいが、きっともう純粋に格闘技者を見れなくなるかもしれない。

 

 それくらいの爆弾だった。

 さすがは不退転のシャロン、天晴れである。

 

 そして、画面のヴィクトーリアは拘束具を解いて相手をKOダウンに追い込んだ。

 

 

「相手選手にはもう少し頑張ってもらいたかったな」

 

 

「はは、さすがに手厳しいね。でも、真っ向からあの雷帝に突っ込めるのはシャロン君くらいだと思うけど」

 

 

「鍛え方と気合が足りないんじゃないか? あれくらい、男なら余裕だ」

 

 

 台詞だけ聞けば、いっちょまえの漢だ。

 

 しかも、それをやってのけるのだから言葉の重みが違う。

 

 

「凄いなぁ!」

 

 

「別に」

 

 

 単純に欲望につき従っているだけなのだから。

 

 普通の人間からすれば、わざわざ試合に出なくても、それこそアダルトな記録映像で十分満足なのだろう。

 しかし、シャロンの性癖は並じゃない。

 露骨なものには興奮しないのだ。

 

 ──曰く、真剣勝負の最中、相手の意図せぬ所で勝手に想像を巡らすのが最高に興奮するのだと。

 こちらを倒そうとしてくる相手を見て沸いてくる罪悪感もまた、興奮のスパイスなのだと。

 ギャップが良いのだ。 

 

 決してルール違反はしないし日常で犯罪行為には手を出さない所は褒められるというべきか。

 

 

「それじゃあ、また! 今年のDSAAも応援してるよ!」

 

 

「ありがとう。頑張るよ」

 

 

 次の授業が始まる。

 

 教科書を並べながら、ふとシャロンは気づいた。

 

 

 

 

 

(あんな可愛くて良い娘に、応援されながらというのも……フフ)

 

 

 

 ──今日もミッドは平和である。



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第二話 "不退転の神髄"





 春。

 始まりの季節。

 ちょうどいい温かさと、そよぐ風が心地いい今日この頃。

 授業も終わり、傾きかけた日を浴びながら優雅に渡り廊下を通るシャロン。

 

 彼の外見はかっこいい。

 とりあえず同性でも、十人中八人はそう肯定するだろう。

 

 無表情でぼんやり中庭を眺めて歩いているだけなのに、その一コマさえ画になってしまう。

 するとシャロン背後から、ぱたぱたと走ってくる音が。

 

 ふり返り様にトンっと、肩がぶつかる。

 

 

「あ、ごめんなさい!」

 

「もー、ヴィヴィオ気を付けなよー?」

 

「失礼しましたー!」

 

 

「……走ると危ないぞ」

 

"気を付けまーす!"

 

 

 

 そう言って去って行ったのは、三人組の少女。

 ぱっと見ただけでも分かる美少女だった。

 初等科の制服を着ていたので、シャロンの後輩なのは確かだろう。

 

 そして過ぎて行った少女の内、ヴィヴィオと呼ばれた金髪の少女が思い出したように切り出した。 

 

 

「そういえば、さっきぶつかった人って……」

 

「うん、咄嗟だったけどもしかして……?」

 

 

 ショートヘアの元気はつらつ八重歯ちゃんが同調する。

 

 

「シャロン先輩だったと思う!」

 

 

 加えて、お嬢様っぽい上品なツインテ少女も。

 

 そう、シャロンは学院でも少しは名の知れた生徒だ。

 魔法戦技や格闘技者に興味のない者でも、あの見た目と成績の良さで印象に残っている生徒も多い。

 気品と憂鬱げな表情から話しかけられない生徒も多いが、根強いファンも存在しているくらいだ。

 それは、下級生の間にも広がりつつある。

 

 

「うぅ~、そそっかしい子って思われちゃったかも~!」

 

「あはは、余所見してるからだよー!」

 

「今度会ったら、ちゃんと謝ってお話聞きたいねー!」

 

 

 女子が三人揃うと姦しいというが、天真爛漫な彼女らを見て不快感を示す者は少なかろう。

 

 現にヴィヴィオとぶつかったシャロンも、当たった部分を摩りながら──

 

 

 

 

(すげぇ良い匂いしたな。三人とも遠慮せずぶつかってくれればよかったのに。匂いついてるといいな)

 

 

 ──めっちゃ名残惜しそうに、真顔で三人娘の残り香を堪能していた。

 

 物思いに耽る時の彼は、深窓の令嬢ならぬ深窓の令息を彷彿とさせる。

 どこか影を落としたその様は、女生徒の心をつかんで止まない。

 

 最も、シャロンがそんな仕草を見せる時は、しょうもない妄想に浸っているだけなのだが。

 

 しかも匂いが勿体ないと言わんばかりに、わざわざ肺活量を魔力で強化して余す事なく吸い上げている。

 それでだけでなく、魔力強化を維持したまま呼吸を止めた。

 フローラルな香りを逃したくないという、悍ましい執念が感じられる。

 何度でもいうが、ここまでずっと真顔である。

 数分後、ゆっくりと吐き出した。 

 

 

「春は良い香りだな」

 

 

 一連の出来事を考えれば、これ程気持ち悪い台詞はない。

 

 すっかり気を良くしながら、シャロンは身体を鍛えるためにジムへ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャロンがジムを出た頃には、街灯がつき始めていた。

 もう、真っ暗である。

 

 なんだかんだ根は真面目なので、日課の筋トレは事情がない限りは欠かしたことがない。

 欲望のための努力は惜しまないし、惜しむつもりはない。

 それがシャロンのポリシーであった。

 学校での成績も良く、余所見が多いところも難しい年頃だからと先生のうけも悪くない。

 

 性癖さえ歪んでなければ、完璧イケメン主人公と言っても過言ではなかった。

 実は神はニ物以上与えたように見せて、他のあらゆる美点を打ち消す欠点を与える事で調整しているのかもしれない。

  

 

「む、あれは?」

 

 

 湾岸沿いの夜道を歩いていると、前方でなにやら剣呑な雰囲気が漂ってきた。

 雰囲気というよりも、複数の人間が魔法行使したような気配だ。

 感覚の鋭いシャロンには、すぐにこれが魔導師による何らかの諍いであると分かった。

 物騒ではあるが、様子見で少し近づくことにした。

 

 

"このバカッたれがッ!!!"

 

 

 女性の声。

 感覚の鋭いシャロンには、すぐにこの声の主が美人であることが分かってしまった。

 

 たまには美人も悪くない。

 

 とりあえず、己の欲望に従って直行することにした。

 

 

「──弱さは罪です。弱い力では何も守れない」

 

 

 どうやら、決着は着いてしまったらしい。

 ショートのボーイッシュな女性が倒れ、碧銀の美少女がその場を去ろうとしていた。

 殴り合いなら是非、観戦したかったと内心思っていたシャロン。

 両者甲乙つけがたい美人・美少女であることから、どちらへ向かうか迷ったが、さすがに負傷した女性を放置する方がまずかろうと女性の方に近寄った。

 一応、追えるようにサーチャーを飛ばしておくのは忘れない。

 

 欲望の前に、人として最低限度の良心が残っていたことに安堵すべきだろう。

 

 

「お怪我は大丈夫ですか?」

 

 

「……あぁ……いつつ! 一応、大丈夫だ。ちょっと連絡したいから、デバイスを取ってくれるか?」

 

 

「どうぞ」

 

 

「サンキューな……ところでお前は?」

 

 

「通りすがりの中学生です。シャロンと言います」

 

 

「そうか。巻き込んじまってごめんな……」

 

 

「いえ、そんな……(むしろ、巻き込んでくれると嬉しいです)一応、事情を聴かせてもらっても?」

 

 

 僅かばかりに残された理性が、事情を聴けとシャロンを促した。

 

 この女性はノーヴェ・ナカジマという人物らしく、ストライクアーツの有段者で指導者資格も持っているらしい。こちらもジム帰りだったようだ。

 そして、その道中に先の美少女……通り魔に襲われたらしい。

 ノーヴェはデバイスで誰かに電話をかけ、先の人物の確保しておくよう頼んでいた。

 

 

「ベンチまで運びますよ」

 

 

「いや、自力で……ッ!?」

 

 

「無茶しない方がいいですよ。自分は鍛えてますし余裕です」

 

 

「そ、それじゃあ、頼むよ」

 

 

 もし、これがブッサイクでいやらしい顔つきをしていたなら、初対面でこんなことは絶対に許さないだろう。

 この徹底的な無表情と、イケてるフェイスが状況も味方して無理を押し通した。

 内心ガッツポーズを決めまくりながら、あくまでも興奮を表に出さずに背中とふとももに手を回す。

 

 

(どこの誰だかしらないけど、ありがとう通り魔さん! 本当にありがとう……!)

 

 

 ついでに、通り魔に感謝しながらノーヴェをベンチに降ろした。

 平気ぶっていても、顏を赤らめてそっぽをむくノーヴェをシャロンは見逃さない。

 この時の喜びは、都市本戦進出の百倍以上だと彼は思った。

 というより、都市本戦進出なんてユミルとの握手以下だった。

 ぶっちゃけシャロンの今の実力なら、シード枠に入れなくても確実にエリートまで進出できるのだから。

 男やるのは嫌だが、序盤の雑魚くらい秒殺できてしまうからそれほど問題ない。 

 

 閑話休題。

 

 シャロンは強欲である。

 二頭兎が走っているなら、片方づつ確実に両方仕留めにいく主義だ。

 

 つまり、何が言いたいかというと。

 

 

「俺は、さっきの通り魔を追います。サーチャーは飛ばしているので」

 

 

「なッ!? ばか! 相手は手負いだが、通り魔だぞ! 子供の出る幕じゃねぇ!」

 

 

「でも、さっきの娘も子供でしたけど」

 

 

「屁理屈だ!」

 

 

 シャロンには見えていた。

 鋭すぎる感覚以下略により、彼女が変身魔法を使っているのが分かった。

 二度美味しいじゃねぇかこの野郎と、内心歓喜しているのは内緒である。

 

 

「……彼女のこと、ほっとけなかったので」

 

 

 これは、正当な理由で"手合せ"ができるではないか。

 狙いを澄ましたかのように、見知らぬ第三者を誤解させるには十二分な台詞が飛び出した。

 

 その言葉を聞いて、ノーヴェははっとする。

 聞いていたのだろう、通り魔の思いつめたような語りを。

 だからこそ、自分も管理局には通報せずに事情を聴こうとしたのだから。

 よく見ればこのシャロンという少年、鍛えているというだけあって身体つきは中々のものだった。

 

 

「(もしかすると、発信機に気づいて逃げられる可能性もあるしここは……)分かった。ただし! 危なくなったら、すぐにその場から離れること! いいな?」

 

 

 月夜に照らされたシャロンの姿は、歴戦の強者のように錯覚する。

 ああは言ったが、多分こいつなら何とかしてしまうだろう。

 そんな確信めいた予感をノーヴェは持っていた。

 

 

 

 

「はい(イヤホーゥ! こんなチャンスはめったにないぜ! イヤホーゥ!)」

 

 

 

 了承を得て、少しだけ口角を上げる。

 その一言に込めた最低すぎる心の叫びは、そのまま重みとなってノーヴェに伝わった。

 生半可な覚悟じゃないんだと。

 

 

「(こいつなら……)分かったら、さっさと行け。ったく、ほんとは褒められたことじゃないんだけどな」

 

 

 言い終わる前にシャロンは地をかけていた。

 ちなみに、後半はもう聞いていない。

 最初の三文字くらいには、ロケットダッシュを決めていた。

 肉体強化に特化したシャロンの俊足は、一瞬油断すればもう追うことはできない。

 

 気づいた時には、風圧を残してノーヴェの目の前から消えていた。

 

 

「あいつ、ほんと何者なんだよ……まぁ、信じて待つしかねぇか」

 

 

 苦笑しながらも、不思議な少年に後を託して彼女は脱力した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、大義名分を得て"兎"を追うシャロン。

 枷から解き放たれた獣が如く、夜の道を全力疾走していた。

 両手足が霞んで見える程の速さで、サーチャーの反応を追いかけていく。

 どうも手負いのせいか、例の通り魔はゆっくりと歩行しているらしい。

 

 ものの数分もしない内に、対象を目視できる距離まで追いすがった。

 

 

「待て!」

 

 

「……ッ!? ……あなたは、さっきの」

 

 

 肩で息をしているようだが、追手に気付くと即座に臨戦態勢をとった。

 凛とした顔立ちと碧銀の髪がこの上なく美しい。

 

 

(もう美しい以上の言葉はいらんな……芸術品の類じゃないかこの娘は!)

 

 

 彼女を称えるのに、語彙は必要ない。

 それくらいのものだった。

 

 

(しかしながら、どこかで……)

 

 

 対する通り魔の方も、シャロンを値踏みしていた。

 少なくとも、並の使い手じゃないのだろうと。

 強者を求める己にとっては、むしろ都合の良い展開だと。

 

 しかし、よく相手を観察して気づくことがあった。

 

 

(……あれ、この方は)

 

 

 通り魔の方は気づいてしまった。

 

 そう、追手ことシャロン・クーベルは自分のクラスメイトであると。

 

 ──自身はSt.ヒルデ魔法学院中等科一年で彼と同じクラスのアインハルト・ストラトスだから。

 

 

 

「俺は中等科の学生、シャロンだ。お前は?」

 

 

「……カイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・イングヴァルト。覇王を名乗らせてもらっています」

 

 

 

 幸いなことに、シャロンは自身の正体に気付いていないらしい。

 悟られないように、ほっと溜息を吐いた。

 

 

「覇王? 大昔の、あの実在したかも不明なシュトゥラの王様?(なんだこの娘、頭おかしいのか?)」

 

 

 お前にだけは言われたくない選手権があるなら、シャロンは間違いなく優勝できるだろう。

 そして、実在しないと貶されてむっとするアインハルト。

 確かに覇王については諸説あり、そもそも実在したかも怪しいという意見もあるくらいだ。

 

 

「……覇王は実在しています。今ここに、実在していますから」

 

 

 アインハルトは、記憶を受け継いだ自身こそが覇王の証明なのだからそれは誤りだと主張する。

 

 相手が本物の記憶継承者である事を知らないシャロンはというと、追ってきておいて何だが普通に引き始めていた。

 

 

(なんか、マジで拗らせてるな……大丈夫かこの娘……?)

 

 

 ──ちょっとやばそうだけど、まぁ可愛いからいいや

 と、すぐに開き直ったが。

 

 

 末期の変態糞野郎に本気で心配されてるとも知らず、アインハルトは身構える。

 

 

「デバイスを。私はいつでも平気です」

 

 

 追ってきたということは、そういうことだろうと予測した。

 

 

 ──だが、何を思ったのかシャロンは突然脱ぎ始めた。

 

 

 

「なっ……え、ちょっと!?」

 

 

 目の前で服を脱ぎ始めた男に対して、困惑し赤面するアインハルト。

 

 

 

 

「──セットアップ完了だ。よし、来い!」

 

 

 

 

 お構いなしに上半身だけ裸になると手を思いっきり叩き、受け止めるかのようにどっしり腰を落として構えた。一見、ふざけているようにも見えるが、これがシャロンの最強の構えなのだ。

 バリアジャケットはロスが多く、そんなものを構築するくらいなら内部の補助にリソースを回した方が良い。

 そんなぶっ飛んだ結論に至り、このスタイルは"不退転"の代名詞となっている。

 

 ──本当の理由は、バリアジャケット越しより直で触れ合う……もとい組合いたいからだが。 

 

 しかも、今回は別にデバイスを使っていない。

 ただただ、半裸になっただけの変態である。

 

 DSAA界隈には疎いアインハルトはそんな事知らず、冷静さを取り戻すと目の前の非常識な男を非難する。

 

 

 

「ふ、ふざけているんですか! は、は、早く、服を着てください!!」

 

 

「ふざけてなんてない。これが俺の本気だ」

 

 

 

 動じないシャロンを見て、アインハルトもこの男が本気なのだと悟る。

 全てをさらけ出してみれば、鍛え抜かれた筋肉が露わになっている。

 とりあえず、生粋の武闘家というのは分かった。

 

 "いやいや、それでもこの男は普通じゃない!"

 

攻めるべきか、逃げるべきか決めかねるアインハルト。

 

 第三者の意見は逃げる一択だと思うのだが、この状況で彼女に冷静な判断を求める方が酷だ。

 

 

 

「──俺は攻めないし、魔力も使わん。女子の……それも、殆ど倒れる寸前の相手をいたぶる趣味はない」

 

 

 

 変態の癖に、変な所で硬派である。

 変態故なのかもしれないが。

 

 しかし、幾ら倒れる寸前とはいえアインハルトも何発かは叩き込める余力がある。

 魔力の有無は、性差や体格の有利不利を簡単に覆すのは言うまでもない。

 下手すれば、重傷を負うかもしれないのに。

 

 

「かかってこい、自称覇王! どうせ、お前の軽そうな拳なんて俺には効かん!」

 

 

 この時、シャロンは幾らかたかをくくっていた。

 ただでさえ頭が弱そうなのに、こんだけボロボロなら大した打撃は撃てないだろうと。

 

 ここまで言われたら、アインハルトとて引き下がるわけにはいかない。

 

 

「──本当によろしいのですね?」

 

 

「くどい!」

 

 

「では──参ります!」

 

 

 踏み込む前、アインハルトはシャロンというクラスメイトについて思案する。

 

 彼はクラス内外問わずその名を耳にするが、教室ではデバイスを弄っているか、ぼんやりと外を眺めているだけの一見孤立した少年だった。

 周りと距離を置いているというか、どこか冷めているような様子が印象的だった。

 

 しかし、今はどうだ。

 目を見開き、堂々たる中腰でこっちを真っ直ぐに見つめている。

 あの、Stヒルデ魔法学院中等科一年のシャロン・クーベルとは似ても似つかない。

 

 一体、この少年は何者なのだろう。

 

 シャロンに対する興味も含めて、この一撃で見極めよう。

 

 

「はあぁぁ!!」

 

 

「オッフッ!?」

 

 

 ボディにクリーンヒットする。

 当然、生身なのでそのダメージは計り知れない。

 見ているだけでも痛そうだ。

 シャロンの足元がぐらつく。

 

 

(やべぇ、普通に吐きそう……でも)

 

 

 だが、倒れない!

 鍛えた肉体に支えられたのもあるが、殆ど気合だけで立っている。

 

 

 

(超興奮してきたぜ……!)

 

 

 

 そして、アインハルトの必死の表情と苦痛を糧にして更に力強く構えた。

 真正の変態のみに成せる業である。

 アドレナリン大爆発のシャロンを止められる者はもういない。

 

 

「おら……どうしたぁ! ぜんっぜん! これっぽっちも効かねぇぞ……!」

 

 

「ッ!?」

 

 

 アインハルトは驚愕する。

 

 魔力を乗せた一撃は、間違いなく手応えはあったのだ。

 大の大人も一発KOさせる一撃を、この少年は笑いながら挑発してくる始末だ。

 

 一撃で意識が飛ぶというのは、それが耐えられない苦痛であるから身体が自己防衛として行っているからだ。

 それに逆らうことが、どれほどの事か。

 

 途端にシャロンの姿が大きく見えてきた。

 

 

「はぁ……はぁ……早く! はぁ! 今度はもっとぉ! キマりそうなのを頼むぞ!」

 

 

 恐ろしい、

 なんなのだ、この少年は。

 

 得体の知れなさに怯むが、アインハルトとて覇王の誇りを踏みにじるわけにはいかない。

 

 

「負けません!」

 

 

 

 交互の拳が、煌めく魔力の残滓を撒き散らしながらシャロンの胸に腹に直撃する。

 

 

(い、意識が飛びそうで飛ばないこの、ぎりっぎりの感じ……たまらねぇぜ……!)

 

 

 

 生死すら分けそうな極限状態の中で、最高のエクスタシーを感じる変態と。

 

 

 

(うそ……なんで……まだ、倒れないのですか……!?)

 

 

 

 その超人染みたタフネスと覚悟が本物なのだと心底感服し、畏怖するアインハルト。

 

 

 

(一体何が彼をここまで……!?)

 

 

 

 ──そんな彼女に、誰が"脳内麻薬でラリってるだけです"と伝えられるだろうか。

 

 いい加減、撃つ側も辛くなってきた頃。

 

 

 

「シャロン……さん。私も限界なので……次……この一撃で……あなたを、倒します!」

 

 

 

「あぁ……かかって……こいやぁ!」

 

 

 アインハルトが再び構える。

 拳がより低く、より強い力を生み出すための溜めに入る。

 碧色の魔力が螺旋を描くように渦巻き始めた。

 

 これが、最強にして最後の一撃。

 

 

 

「覇王───断空拳!」

 

 

「ッ!!!」

 

 

 

 鋼の肉体と覇王最強の拳がぶつかり合う。

 まるで車両が突っ込んだかのような轟音。

 

 ──やったか

 

 揺れる視界が晴れるとそこには──

 

 

 

 

 

 

「────良い拳……だった……ぜ?」

 

 

「そん……な────」

 

 

 

 

 そこにあったのは、最後まで苦悶の表情一つ浮かべなかったシャロンがいた。

 

 

(私は……この人の笑みさえ……崩せなかった……ッ!)

 

 

 その悔しささえ噛み締める間もなく、アインハルトは倒れ込んだ。

 

 

 

 

「……ナイス……エクスタシィ……ッ!」

 

 

 

 笑みは笑みでも、興奮の絶頂を極めたシャロンの笑みは恍惚と呼ばれるものだった。

 

 本気で挑んできた相手に、最低の賛辞をサムズアップで送るとシャロンも膝から崩れ落ちる。

 

 

 

(お前の拳……ばっちり、キマったぜ……?)

 

 

 

 

 "不退転"シャロン・クーベルVS"カイザーアーツ正統"アインハルト・ストラトス

 

 

 激しい死闘の末、試合は引き分けとなったが────

 

 

 

 

「あへあへぇ……ふへへぇ……!」

 

 

 そんなうわ言を残して、涎を垂らしながら幸せそうに気絶したシャロン。

 

 

 

 ──勝負に関しては、シャロンの完勝であった。



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第三話 己の"信念"

 

 

 ──此処は何処か。

 

 上手く働かない頭と、自身の身体を包む柔らかい感触。

 暖かくて、まるで母親に抱かれているかのような気分、

 

 

(ここ……は……?)

 

 

 意識が戻ってきて、もぞもぞと手足を動かすシャロン。

 寝ぼけた頭ながらも、今まで自分はベッドで寝ていたのだという事は分かった。

 

 

 

(なんか、とっても、甘い匂いが……)

 

 

 

 あとは間違いなく、自宅ではないことも。

 

 しかも、大好物の香まで漂ってくるのだから天国の可能性まである。

 もしや、夢の続きなのかもしれない。

 

 

 

(意識はあるけど……まぁ、狸寝入りしとくか)

 

 

 

 夢でも天国でも何でもいいが、居心地が最高なので現状維持を優先した。

 

 魔力強化で全力全開の呼吸をキめながら。

 

 

 

(はああぁぁぁ……!!! い、今なら空を飛べるかもしれん……!!!)

 

 

 

 

 残念ながら、シャロンに飛行の適性はないから空は飛べない。

 ただし頭なら常時ぶっ飛んでいるので、とうの昔に大気圏外だが。

 

 真顔で目を閉じながら、薬物中毒者のように大気を堪能していると、おもむろにカッと目を見開いた。

 

 

 ──この匂いは、美少女の生活臭だけではない。あと、一人分にしては布団の中が暖かすぎると

 

 そっと身体を反らして、熱源の方に身体を向ける。

 

 

 

 「すぅ……すぅ……」

 

 

 穏やかな寝息を立てるアインハルトが居た。

 

 

 シャロン、過呼吸を続けながらも暫し硬直する。

 何せ相手は、うちのクラスのアインハルト・ストラトスだったからだ。

 全く接点はないし、そもそも彼女自身シャロンと同じように人付き合いする方ではないから。

 

 そして考える。

 

 

 

 

(知らないうちに一線超えたか?)

 

 

 

 言うまでもなく、超えていない。

 

 さすがにそれはないかと、ぶっ飛んだ頭で記憶を辿った。

 

 ──自分は確か、通り魔と遭遇して……

 

 

 

(そうだ、とても美しい美少女でエクスタシィを感じてから、それで……ッ!?)

 

 

 

 頭痛が痛いみたいな表現だが、この際どうでもいい。

 とにかく、自分は興奮の絶頂を迎えてぶっ倒れたのだと。

 

 ──じゃあどうして、クラスメイトのベリープリティが隣で寝ているのか

 

 シャロンは、その姿をよく見て思い至った。

 

 

 

 

 

(よく分からないが、やったぜ。とりあえず身体密着させとくか)

 

 

  

 普通に考えれば通り魔の正体とアインハルトが結びついて驚く展開だが、不退転に常識は通用しない。

 

 ボディタッチとまではいかない、密着距離までそれとなく身体を寄せる。

 彼女が目を覚ますと、まずシャロンが目に入るくらいの距離に。

 この行くところまでは行かないチキンさが、社会的地位をギリギリの所で保っているのだ。

 アウトに近いグレーゾーン攻めて興奮を求めるという、シャロンの単なる性癖とも言えるが。

 

 閑話休題。

 

 その後はあくまで自然体を装って狸寝入りを続ける。

 

 不自然な過呼吸はもうしない。

 出来るだけ省エネモードで、そうなのだと気付かれないように楽しむのだ。

 

 きっと、彼女が目を覚ましたら二重に驚くことだろう。

 

 

 ──惜しむらくは、彼女の慌てふためき赤面する姿が見れなことだ

 

 

 だがその生殺し感もまた一興じゃないかと、気持ち悪すぎる割り切り方をしてこの状況を楽しんでいた。

 

 

 ──ここに至るまでの過程? なんだそれは。興奮できるモノなのか

 

 良くも悪くも素直で真っ直ぐなシャロンは、常識を置き去りにして更なるエクスタシィに興じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……ここは?」

 

 

 数分後、アインハルトも目を覚ます。

 シャロンと同じ……というのは失礼だが、同じようにぼんやりした頭で記憶を辿る。

 確か、自分はノーヴェとクラスメイトのシャロンという少年に敗れたのだと。

 思い出したら悔しくなったが、彼女の頭もはっきりしてきた。

 

 そして見知らぬ天井であるのを確認すると、ふと横を向いた。

 

 

 

 

 ──変態がいた。

 

 ではなく、クラスメイトで昨日敗北を喫した相手であるシャロンが居た。

 

 

 

「ふえぇっ!?」

 

 

 当然ながら、隣の変態は息を気づかれない程度に潜めながら現在進行形で興奮している。

 

 だがアインハルトは気づかないし、変態のプロもそれに気づかせない。

 試合ではパワースタイルを通り越した脳筋っぷりを発揮するが、こういう時は技巧派なのだ。

 

 

「……おきて、ますか?」

 

 

 恐る恐る、声をかけるアインハルト。

 起きているどころか脳内は覚醒しまくっているが、無論シャロンは返事をしない。

 

 彼の狸根入りは完璧だった。

 昨日よだれ垂らしながらアへ顔晒して失神した奴とは思えない、眠れる森の王子様並の寝顔である。 

 

 そんな事は知らないアインハルトは、寝ていると判断してそっと顔を近づけた。

 昨夜の猛り狂う武人のような顔と比べて、そのギャップに目を見開く。

 

 

「綺麗な顔……ッ!?」

 

 

 率直な感想が口から洩れて赤面する。 

 

 ──もしこれで起きていたら

 

 恥ずかしすぎるIFが過るも、そんな心配はないかとほっと溜息を吐く。

 万が一もないだろうが、誰かに聞かれでもしたら顔も合わせられないなと。

 

 

 

 

 

 ──(おっほぉ!)

 

 

 大変、大変気の毒であるが、シャロンは起きているしばっちり聞いている。

 顔にアインハルトの吐息がかかった時なんか、絶頂で再び失神しそうな気さえしていた。 

 

 されど、ここで悲劇は終わらない。

 

 

 

「……シャロンさん。初めまして、アインハルトと申します。えっと、昨日はその、一方的に殴りかかってごめんなさい。

 今度は──ちゃんとした試合を是非」

 

 

 

 

 すっかり油断しきっていた、乙女のストラトスちゃん。

 普段は物静かで、多くを語らない彼女だが、状況がその口を饒舌にさせていた。

 

 繊細だが上品なその声が、言葉が、生暖かい吐息と共にシャロンにかかる。

 

 

 ──(ッッッ!?!?!?)

 

 

 ピクリ。

 人前でのポーカーフェイスを極めたムッツリニストと言えど、今のは効いた。

 

 

「あっ!?」

 

 

 咄嗟にシャロンから離れて身構えるアインハルト。

 

 

 ──(この不退転の狸寝入りを崩すとはやるな……!)

 

 

「ううん……」

 

 

 内心冷や汗をかきながら、それっぽい寝言と共に反対側を向いた。

 今のは無意識ですよアピールである。

 

 

「……ね、寝言、ですよね? そ、そうですよね?」

 

 

 しきりに寝ていると思い……いや、信じたい相手に確認するアインハルト。

 普段あまり人と話す機会がない分、独り言が多くなってしまうのは悲しい性である。

 それが原因で墓穴は掘るし。

 

 

 

 ──(でも、俺はそんなストラトスでも興奮できるぞ)

 

 

 

 変態には最低なフォローを送られるし。

 顔が見えないのをいいことに、察したような顔で小さく頷くシャロン。

 最高にうざい。

 

 "そもそも、てめぇもぼっちに等しいじゃねぇか"

 

 もしこの場にシャロンの同級生が居たら、恐らくそんな突っ込みが飛んでくるだろう。

 

 だが、変態とは孤高な存在なのだ。

 言われたところで、シャロンは全く動じないし気にしない。

 不退転である。

 

 

「おーい、起きてるかー? 入るぞー」

 

 

「は、はい!」

 

 

 

 この家の家主かどうかは知らないが、そろそろ至福の時間は終わりそう──

 

 ──なのだが、シャロンは起こされるまでは粘る。

 

 

 

「お前も起きろ! もう朝だぞー!」

 

 

 

 部屋に入ってきたのは、昨日であったノーヴェという女性。

 彼女にゆさゆさされたので起き上がるシャロン。

 

 

「……ここは?」

 

 

 さも寝起きだと言わんばかりの、ふてぶてしい表情。

 

 "お前、同じ台詞さっき言ってたやんけ"

 

 白々しいにも程があるが、やはりプロなので平然と嘘を吐けてしまう。

 

 

「やっと起きたかー」

 

 

「あ、あの! どうして、その、私達同じベッドで……」

 

 

 真っ先に質問したのはアインハルト。

 恥ずかしさから、落ち着きもなくもじもじしている。

 

 ノーヴェは、その質問にバツが悪そうに頭を掻いて答える。

 

 

 

「それは、わりぃ! 倒れてたお前らを運んだはいいが部屋が足りなくてなぁー。けど、ガキ同士ならなんも起こんねーだろ?」

 

 

 

 ちょっと後半は意地悪っぽく茶化していた。

 

 

 ──もう起こってしまったし、なんならファーストコンタクトの時点で事案は発生していた。

 

 乙女だけど耳年増なストラトスちゃんは、その"何か"を想像して俯く。

 

 そこは安心してほしい。

 シャロンはそのニッチな変態性から、強引に婦女子に襲いかかったりはしない。

 試合は別だが。

 

 

「それよりも、ここってノーヴェさんの家なんですか?」

 

 

「お前は全く動じねぇのな……って言っても、ここは私の姉貴ん家だよ」

 

 

「おはよう。二人とも目が覚めたみたいね」

 

 

「朝ごはんだよー!」

 

 

 ノーヴェ以外にも、二人の美人さんが入ってきた。

 シャロンの目が見開かれる。

 

 

(とても、えろい)

 

 

 シャロンの語彙は消失した。

 自宅というプライベート空間故か、ナイスバディを無防備な恰好で晒している。

 空気の美人・美少女成分濃度が一気に跳ね上がったのを全身で感じ、シャロンは心の中でフィーバーしていた。

 

 

「私はティアナ・ランスター。二人の荷物から素性は調べさせてもらったわ」

 

 

「私がスバル・ナカジマ。ここの家の主で、ノーヴェのお姉ちゃんです!」

 

 

 要約すると、昨夜ノーヴェが連絡をとっていた女性とその友人ということらしかった。

 両名とも局員であり、シャロンやアインハルトのことも全て調べ済みらしい。

 アインハルト曰く、覇王の記憶を受け継いでいて強さを証明したかったのだと。

 その為に、聖王のクローンやら冥王イクスヴェリアなどの古代ベルカに血を連ねる者達を狙っていたという。

 聖王のクローンや冥王達と繋がりのあるノーヴェ達も思う所があるようだった。

 

 

 ──ちなみにシャロンはというと、露わになった四肢を覗くばかりで全く聞いていない。

 

 古代の王様の因縁だとか、強さの証明だとか、クソ程どうでもいいからだ。 

 

 

 

(総合的なスタイルは、スバルさんの方が上か? アスリートのような引き締まった肉体がたまらんな)

 

 

 顎を手でさすりながら、女性陣の肉体の一人批評会を行っていた。

 何も聞いちゃいないのに、とても聞き入っているように見えるから性質が悪い。 

 

 すると、矛先はシャロンに向き始めた。

 

 

 

「──シャロン、でいいよな? お前が一番無茶しすぎだっての! 私ですら、未だに全身がいてーんだぞ! ぱっと見怪我はなかったが、一応検査してもらうからな」

 

 

「……無茶? まぁ少し失神しましたけど、別に大したことありませんでしたが」

 

 

 

 むしろ、気持ち良すぎて絶頂してたとは口が裂けても言えない。

 

 だが、その言い方だとアインハルトの拳が大したことなかったという意味になる。

 シャロンは聞いていなかったので知らないが、ちゃんと汲んでやればこんな無粋な言葉は出ない。

 

 案の定、アインハルトは良い気はしなかったようだ。

 

 

 

「……それはつまり、私が取るに足らない程弱かったと?」

 

 

 アインハルトはシャロンのことを強者だと認めはしたが、己が大したことないと切り捨てられるのは納得できなかった。

 

 

 一方、シャロンは困惑している。

 

 自分は至って真面目に回答したつもりだったのに。

 やはり、覇王を自称するだけあって難しい子なのかもしれない。

 ぼっちみたいだし。

 

 どうも、何かしら上手いことを言わないとこの場を治められないのは分かった。

 

 ──なので、シャロンは適当にそれっぽいことをでっちあげることに決めた。

 

 

 変態以前にどうしようもない屑野郎だ。

 

 

 

 

「拳の強い弱い、か。下らないな」

 

 

「なっ!?」

 

 

 

 剣呑な空気が流れだす。

 これで下手なこと言うと、気まずいじゃ澄まない。

 だからシャロンは必死で二の句を考える。

 

 

 

「ストラトス、お前は俺が弱いと断じたら弱いと判断するのか?」

 

 

「それは……」

 

 

「自分でさえ疑っちまうくらいなら、実際そうなんだろうな」

 

 

 

 何とかアインハルトを黙らせることに成功したシャロン。

 

 ──あともう一息だ。

 決め顔を忘れずに、畳み掛ける。

 

 

 

「俺も格闘技をやっているが、何時だって己の中に曲げない"信念"を持ち続けてきた」

 

 

 シャロンの"信念"

 美少女ファイターの攻撃を真っ向から受け切り、肉体同士のぶつかり合いで興奮を極めるという意志。

 それは最後の最後まで、どんな攻撃でも笑いながら快感と興奮に変えて前進し続ける境地に達していた。

 

 余談だが、高まり過ぎると奇声という名の雄叫びを発して突っ込んでくるので、一部の選手のトラウマになっているのはここだけの話。

 

 そんな信念、スクラップにでもして処分してくれた方が全国の婦女子の為になるのだが、それも今は置いておこう。

 

 

「試合に負けることも、それで弱点を思い知らされることなんてしょっちゅうだ。だけど、俺は俺が信じるモノを絶対に見限らない。この"信念"こそが、俺の強さであり最強の証明だから」

 

 

 

 変態の癖になんて良い事を言うのだろう。

 

 ちなみに要約すれば、

 どんなにフルボッコにされても試合でエクスタシるのは絶対にやめないよ! それが自分の売りだし生きがいだからね!

 

 っという感じである。

 さっさと捨てて引退してほしいところだ。

 

 

 さりとて、シャロン渾身の表情と名演技は彼の変態性を知らない三人を騙すには十分すぎた。

 アインハルトは言葉には出さないが感銘を受けたように、己の胸に手をあてて打ち震えていた。

 

 

「さすが、"不退転"の異名を持つトップアスリート様だな」

 

 

「うんうん! 私にも伝わったよ!」

 

 

「……そうね。私も、自分の弾丸には誇りを持ってるし」

 

 

 

 各々がシャロンのでっち上げたそれっぽい言葉を噛み締め、うんうん頷いていた。

 

 ナカジマ姉妹も格闘技を修めているし、ティアナも今は亡き兄より受け継いだランスターの弾丸に誇りを持っている。

 故に、共感できてしまう。

 己の才能不足を嘆き、何度も挫けそうになったが、結局は己の信ずるモノがここまで導いてくれたから。

 

 昨日の惨敗で挫けそうになったアインハルトにしても、そのように語るシャロンの瞳の奥から炎のような熱い思いを垣間見た気がして、己の至らなさを痛感した。

 

 ──覇王の拳は最強なのだと、まず自分が信じないでどうするのだと

 

 

「参りました。あなたは本当に強いのですね」

 

 

「……あぁうん、そうだな」

 

 

 

 予想外の反応の良さに、逆に申し訳なくなってきたシャロン。

 

 

 

「そういえば、先程おっしゃっていた"不退転"というのは?」

 

 

「あぁこいつなー。DSAAのU19で二年連続都市本戦進出してる、若手のトップアスリートなんだよ。男ってだけでも珍しい上に、力押しを超えたスタイルで付いた渾名が"不退転"。相手の攻撃を正面から受けきって突き進む、後退を知らない怒涛のインファイター」

 

 

「トップアスリートというのは……凄まじいのですね」

 

 

「まぁ、こいつが特別なだけでもあるがなー」

 

 

 

 流れが、シャロン上げになってきた。

 

 アインハルトの見る目が変わり、そんな視線を罪悪感を感じながらも興奮の材料に変えるシャロン。

 

 

 

 ──(何だかよく分からない罪悪感が、また気持ちいい……!)

 

 

 

 ──(今度立ち会う時は、あなたに私の……覇王の強さを届けて見せます!)

 

 

 

 若き覇王の継承者は、目の前の武の先達に憧憬と闘志を燃やすのであった。

 

 

 

 

 ────片や、憧憬を受けた若きトップアスリートは、その思いをオカズにエクスタシっていた。



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第四話 食い違う互いの人物像

 あれからシャロンとアインハルトは湾岸第六警防所に出頭して、事情聴取と厳重注意を受けて解放された。

 その後、一番懸念されていたシャロンのメディカルチェックの結果だが、全く無問題だった。

 魔力の乗った攻撃を生身で受けた負傷はそれなりにあったようだが、シャロンの肉体が失神中に修復してしまったらしい。

 ある意味、レアスキルと言っても過言ではない再生能力に医者は脱帽していた。

 ただ、主治医が野郎だったのでシャロンは終始不機嫌であった。

 

 そして今は、二人とも仲良く座ってノーヴェを待っている。

 

 特に会話の無い間が続いたが、アインハルトが沈黙を破る。

 

 

 

「……シャロンさん」

 

 

「何だ」

 

 

 

 綺麗な看護師さんや患者さんを物色していたシャロン。

 アインハルト成分は十二分に堪能したので、今は箸休め中なのだ。

 絡むならもうちょいあとにしてくれ、とか思っている。

 一度、某教導官殿に頭冷やしてもらった方が良い。 

 

 

 

「あなたはどうして強くなろうとしたんですか?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 ──お前のような美少女と肉体言語を通して語り合いたいからだ。

 

 今まで誰もそんな事は聞いてこなかった。

 両親にも戦績を褒められこそすれ、特に理由は聞かれなかった。

 

 聞かれたとしても、絶対に言えないけど。

 

 

「そうだな」

 

 

 ──まぁ、何か適当に言っとけば勝手に納得するでしょ。痛い子だし

 

 シャロンの方針が決まり、またそれっぽくでっちあげる。

 

 

「俺は昔から欲求不満というか、とにかく誰かに力をぶつけたかった。鍛錬に鍛錬を重ねて力を武に変え、"最高の相手"が集うDSAAU19の舞台に飛び込んだ。一応、それ以外の大会にも出たりはするがな」

 

 

 なるべく嘘にならないよう、オブラートに包みながらありのままの自分を話す。

 

 

「そんな改まって聞かれる程、大した動機じゃない。全ては純然たる我欲だ。ただ、"最高の相手"とぶつかりあいたいという、利己的な理由さ」

 

 

 

 己の興奮と快楽のために戦い、決して他者を考慮しない孤高の変態戦士。

 ライバルとして交流のある者もいるが、互いを高め合うだとかそういう感情は一切ない。

 

 ただただ、己のみを鍛え上げて組み伏せる。

 相手もこちらを痛めつけてくるなら尚良し。

 

 ──うーん、字面だけ見ればそこはかとなくかっこよく見える。

 

 

「我欲……」

 

 

 

「お前だって、結局は己のために武技を修めたんだろう?」

 

 

 

 アインハルトは顔を歪ませる。

 シャロンにも話した通り、彼女はクラウスの悲願を果たす為にこの拳を振るっている。

 間違っても、自分が戦って楽しいだとか強くなるのが楽しいだとかではない。

 自身が受け継いだ記憶の中の最強の拳を身に着け、クラウスが最強であったのだと証明するため。

 覇王の拳はオリヴィエを救えるまでに至ったのだというのを思い知らせたかったから。

 

 だからこそ、シャロンには少し失望した。

 単なる趣味や遊びの範疇は超えているし、その精神は尊敬しているが、やはり自分とは違う。

 単に戦いを楽しみたいだけのシャロンとは、違う人種なのだと。

 勝手な心情だが、どうしてもそう思わざるおえなかった。

 

 

 

「私は、そうじゃありません。お話した通り、今は亡きクラウスの記憶を引き継いでいます。その悲願を果たすために……私は強くなって証明しなくてはならないから!」

 

 

 

 ──しかし前提条件が間違っていて、シャロンはアインハルトのことを自称覇王継承者の痛い子だと思い込んでいたのだが。

 

 

(え、ただの痛い子じゃなかったのか?)

 

 

 本気で驚いていた。

 なんなら、瞳もカラーコンタクトだと思っていたからだ。

 シャロンもなりきりにしてはやたらレベルが高いとは思っていたが、まさか本物だとは思っていなかった。

 

 今更、そんなの聞いていませんでしたは通りそうにない。

 それで拳の一発もらっても嬉しい気もするが、あまり得策ではないだろう。

 

 しかも、アインハルトは気づいていないようだがノーヴェもすぐ傍で聞いている。

 

 ──とりあえず、辻褄を合わせよう。

 

 

 

「……変わらないんじゃないか。その記憶が本物だとして、お前はその覇王様じゃないし、勝手に追体験させられているだけ。寧ろ、被害者じゃないのか?」

 

 

「ッ!」

 

 

「お前はその誰にも理解されない苦しみを、やるせない思いを解消したいから、ぶつけようとしてるんだろ? 俺の行き場のない"欲求"と何が違うんだ? 通り魔として、迷惑かけてる分俺より性質が悪いぞ」

 

 

 

 ──これまでの出来事を覗いてきた、見た誰もが同じことを思うだろう。

 

 

 "お前が言うな"

 

 全次元世界お前に言われたくない選手権で連覇を狙えるレベルだ。

 しかも言っていることが本当に正論なので、性質が悪いどころじゃない。

 

 

 ──(論破してやったぜ)

 

 

 顔には出さないが、咄嗟の返しでド正論を突きつけることができて内心気持ち良くなっているシャロン。 

 

 

 

「ち、ちが、います……ただ、わたしは……クラウスの……ッ!」

 

 

「クラウス、クラウスって、そいつも当時の国も王様も何もかも無くなったんだぞ。それにあくまで、お前はお前でしかない。どうにかして折り合いをつけるべきだろう」

 

 

「そんなの……私には……」

 

 

 

 アインハルトの頬からじんわり熱い雫が流れだす。

 まだ十二歳の子供に、それも普通じゃない境遇の子に容赦なく現実を突き付けて泣かした。

 シャロンは、こういう場面においては相手のことを考えて遠慮はしない。

 

 今も"加虐心を煽られるなぁ"、とか"美少女の涙ってどんな味がするんだろう?"くらいしか考えてない。

 最低の糞野郎だ。

 

 しかし、表面上は紳士っぽく振る舞う。

 すっと、ハンカチを取り出してアインハルトに差し出す。

 

 

 

「泣くな。泣くくらいなら、最初から格闘技なんてやめちまえ。俺はそんな優しい奴じゃないから、慰めなんて期待するなよ」

 

 

 

「ごめんなさい……お借りします……」

 

 

 シャロンからハンカチを借ると、思わず毀れ出た涙を拭う。

 

 ──計画通り。

 実際は行き当たりばったりだが、アインハルトの涙を拭いたハンカチを受け取り心の中でほくそ笑む。

 

 洗わず永久保存しようとか下衆いことを考えていると、見かねたノーヴェが割って入ってきた。

 手には缶ジュースを持っており、まだ気づいていないアインハルトの頬にぴとっと当てる。

 

 

「ひゃっ!?」

 

 

「隙だらけだぜ、覇王様?」

 

 

 

 ──(今度俺もやろう)

 あわてふためくアインハルトが可愛かったのが悪い。

 

 じっと見ていると、シャロンにも缶ジュースを差し出した。

 

 

「そんな見なくても、お前のも買ってあるよ」

 

 

「……いただきます」

 

 

 

 別にそういうつもりじゃないし、自分にもぴとって頬に当ててほしかっただけである。

 

 

 

「それはそうと、シャーローン? お前は少し言葉を選べ」

 

 

「大分、頭捻って考えたんですけど」

 

 

「男なら言い訳すんな! とりあえず、言い過ぎだ。謝っとけ」

 

 

 ──これでも話聞いてなかったなりに頑張ったというのに、人の苦労も知らないで。

 心の中で抗議しつつも、一応謝罪はしておく。

 

 

「悪かったな。言い過ぎた」

 

「……いえ、身勝手なのは私ですから。シャロンさんは悪くありません」

 

 

 しかしまぁ、折角の"逸材"であるアインハルトが引退するのはシャロンとしても惜しい。

 彼女とのちゃんとした試合はまだ済んでいないし、もっともっとぶつかり合いたい。

 何とかフォローを入れてやろうと思ったが、その前にノーヴェが出た。

 

 

「アインハルト。お前の拳を受け止めてくれるやつはちゃんといる」

 

 

「……本当に?」

 

 

「あぁ。今日の放課後は空いてるか? あと、シャロンお前もだ」

 

 

 ──会わせたい奴がいる。

 

 とのことだが、どうもアインハルトが満足する相手がいるらしい。

 気にならないでもないが、正直美少女以外に興味はない。

 もし男なら、アインハルトを盗られた気がして余計見たくない。

 

 それとなく断ろうと思ったが……。

 

 

 

 

「高町 ヴィヴィオ。お前が会いたがってた聖王オリヴィエの血を引く……ただの元気で真っ直ぐな女の子だ」

 

 

「──俺は何時でも空いてますよ。お前も来い、ストラトス」

 

 

 

 

 シャロン流、秘儀・掌返し。

 

 かの聖王オリヴィエの血を引く女の子なんて、食いつかない筈がない。

 呼ばれたのはシャロンじゃないが、速攻で返答してアインハルトを促す。

 

 有無を言わせぬ圧力がそこにはあった。

 

 

「……ッ!? は、はい!」

 

 

「うっし! なら、決まりだな! 場所押さえておかねーと」

 

 

 その言葉に、瞳に、突き動かされるように返事をしたアインハルト。

 シャロンにかなりきつい言葉をかけられたし、直球な物言いは心の傷を抉るように苦しめた。

 言っていることは正論で、言い返す言葉もない。

 

 ──それでも差し伸べられたハンカチから、不器用な優しさは伝わった。

 

 追い詰めているように見せて、実はアインハルトを思ってのことだったのだ。

 武に込められた"信念"を語り、今もこうして迷っている自身に手を差し伸べてくれたのだと。

 

 

 ──(私は、あれだけの事を言われてもまだ諦めたくありません。これが私の譲れないモノだから……!)

 

 

 まぁ、例によって全部思い違いなのだが、やはり知らないでいられるならその方が幸せだ。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 約束の時間が来た。

 向かうのは、区民センターだ。

 そこのカフェテリア。

 

 シャロンが荷物を纏め終わると、アインハルトが机の前で待っていた。

 

 

「準備はできましたか?」

 

 

「あぁ。行こうか」

 

 

「はい」

 

 

 

 教室内では、かなり珍しい組み合わせである。

 

 "二人は付き合っているのか"

 

 そんなざわめくクラスメイトの心中をよそに、二人は並んで校舎を歩く。

 ひそひそと道行く生徒達に噂をされるも、特に気にした様子はない。

 自分たちが噂されているとは微塵も思っていないからだ。

 

 ──シャロン、アインハルト両名は、自分達の整い過ぎた容姿に自覚がないのだ。

 

 閑話休題。

 

 

 特に会話もないまま、十数分歩いたところで目的地に着く。

 

 

「おーい! こっちだ、こっち!」

 

 

 ノーヴェの声がした方を見ると、テラス席には大勢のレディースが。

 大きいのから小さいのまで、数多のニーズに答えた美女美少女が待ち構えていた。

 一人男性と見まがう人もいたが、シャロンの鋭い感覚の前にはモロバレだ。

 

 ──あぁ、本当に来てよかった。

 

 

「あれ、シャロン先輩ですか!?」

 

 

「うそ!」

 

 

「なんでー!?」

 

 

 何故か、昨日見かけた三人娘の姿も。

 ぱたぱたとシャロンの元に駆け寄ってくる。

 

 

「昨日は、ごめんなさい!」

 

 

「あのあの! 不退転のシャロン先輩ですよね? 握手してくださーい!」

 

 

「あ、私はサイン欲しいかも……」

 

 

 小動物のように愛らしい三人がシャロンの手を取り群がる。

 昨日の比にならない配合美少女成分により、意識がトリップしかける。

 こんな熱烈でダイレクトな歓待は、さすがのシャロンも受けたことはない。

 

 真顔のまま硬直する。

 

 

「馬鹿、お前らシャロンが困ってるだろ! つーか、本命はこいつじゃなくてだな……」

 

 

「あ、す、すいません!」

 

 

 ノーヴェが注意しなかったら、どうなっていたことか。

 彼女等に悪気はないが、アインハルトがかなり出辛そうにしていた。 

 

 

「皆さん、初めまして。ベルカ古流武術、アインハルト・ストラトスです」

 

 

「初めまして! ミッド式のストライクアーツをやってます。高町ヴィヴィオです」

 

 

 アインハルトとヴィヴィオが握手をする。

 

 すると、今度はアインハルトがトリップし始めた。

 記憶に焼きついたオリヴィエの生き写しとまでは言わないが、その紅と翡の瞳は間違いなく聖王女のもの。

 いざ、本物を目の当たりにすると複雑な気持ちになっていた。

 

 じっとヴィヴィオを見つめながら、手を握り続けるアインハルト。

 

 

 

 

 

 ──(こいつもしや、そっち系? いや、それもまた良い。許す)

 

 

 

 許すも何も、お前は何様だ。

 そもそも、割って入るな。

 

 シャロンという少年は、百合もいけてしまう口だった。

 あの思いつめたように熱い眼差しを向けているのは、一目惚れしたからに違いない。

 その気があるなら手伝ってやろうとも思っていた。

 ただ、強引に夜の格闘戦に持ち込もうとしたら止めてやろうとも。

 

 "幾らスキンシップを取りたくても、無理矢理はご法度"

 

 全く見当違いな妄想を繰り広げていると、ヴィヴィオも困惑したように顔をひきつらせていたので早速止めることにした。

 

 

「ストラトス、高町が困っているぞ」

 

 

「ああ、失礼しました」

 

 

「よし! 挨拶も済んだし、お互い手合せでもした方が手っ取り早いだろ。そろそろ移動するぞ!」

 

 

 平然とトリップから戻ってきた。

 オンオフの切り替えの早さに、シャロンも舌を巻いた。

 

 "ストラトス、かなりやり手なのでは?"

 

 実は同族かもしれないという淡い期待を寄せて、アインハルトの肩に手を乗せる。

 

 

 

「高町を見てどう思った?」

 

 

「とても綺麗で、真っ直ぐな子だなと。……だからこそ、私の"思い"をぶつけていいのか正直迷いました」

 

 

 

 アインハルト言う"思い"とは、当然クラウスの記憶から得た気持ちなのだが。

 

 頭が大気圏外まで飛んでいるシャロンの頭は、盛大に誤解した。

 

 

 

 

 ──(やはり、一目惚れか)

 

 

 誰かを好きになるという気持ちは分からないが、シャロンも異性に対して"思い"をぶつけたい気持ちは痛いほど分かる。

 

 ──ここでいう、"思い"というのは欲望のことであるのは言うまでもない。

 

 しかも、同性でノーマルの可能性が高いヴィヴィオに"思い"……それも本命をぶつけるのは極めて難しい。

 迂闊にアドバイスはできないと思い、とりあえず無難な言葉を口にする。

 

 

 

「あまり深く考えるな。その"思い"を、まずは拳に乗せて撃ってみればいい」

 

 

「……はい! 頑張ってみます!」

 

 

 

 一方のストラトスも、シャロンという少年を盛大に誤認していた。

 

 生粋の武人であるからこそ、飾り気のある言葉はかけずに本質だけ伝えようとしているのだと。

 何だかんだ、こうして気遣ってくれているのは彼も優しい人間なのだろうと。

 

 

 ──この両者の食い違いがどのような結果を生むのかは、まだ誰にも分からない。

 

 



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第五話 グラップラーシャロン

 ノーヴェが押さえていたというスポーツコート内に移動したシャロン等一行。

 

 気を遣ってヴィヴィオとアインハルトを二人きっきりにしたので、その他レディースのプロフィールを確認するシャロン。

 教会の執事を務める双子を含め、ナカジマ家の姉妹は七名。

 しかもまだいるというのだから、驚きだ。

 

 

 ──そして

 

 

「リオ・ウェズリーと言います! 実家が道場で春光拳を修行してます!」

 

 

「コロナ・ティミルです! 一応、ヴィヴィオと一緒にミッド式のストライクアーツをやってます!」

 

 

 後輩三名も格闘技者らしい。

 純粋な格闘技特化はヴィヴィオだけのようだが、とりあえず素質だけは素晴らしいとシャロンは思った。

 色々な意味で。

 

 

「シャロン・クーベル。知ってると思うが、我流に近いグラップラーだ。よろしく」

 

 

 クールに口数は少なく纏める。

 シャロンはイケメンオーラをこれでもかというくらい醸し出していた。

 格闘技者以前に年頃の女の子でもあるリオとコロナは、そのイケメンっぷりに目を輝かせていた。

 

 ──ちなみに狙っているわけではなく、今回は素である。

 

 黙っていれば本物のイケメンなのだ。

 黙ってさえいれば。

 

 

「シャロンさんは普段どんなトレーニングをしてるんですか!」

 

 

 と、リオが。

 

 

 

「基礎鍛錬。とにかく身体に負荷をかけまくる。あとは、ひたすら練習試合とか」

 

 

 

 シャロンが扱うのは打撃ではなく投げと関節技。

 タックルも行うにあたって、とにかく技術以前に身体が丈夫でなければならない。

 だからまず、自宅やジムなど場所を問わずめちゃくちゃ身体を鍛えた。

 ミッド式の純格闘技となると打撃主体になるので、動画や資料を読み込んで投げや関節技等を学ぶ。

 自分に合ったものを、あらゆる流派から見繕って習得していく。

 野郎のトレーナーなんか真っ平ごめんだったのだから、ほぼほぼ我流と言って差し支えない。

 鍛錬の合間に入れる練習試合が唯一の癒しであった。

 

 ──普通に黙っていれば幾らでも女の子は寄ってくるのに、自分の欲望の為に血の滲むような努力をしたのだ。

 

 この絶え間ない努力に関して言えば、少なからず誇りのようなものを持っているシャロン。

 

 

 

「うーん、意外と普通というか……地味? なんか、ちょっとがっかりかも~」

 

 

 

 

 そして、数少ないシャロンの美点をバッサリと切り捨てるリオ。

 

 

 

 

 ──(八重歯圧し折ってやろうか)

 

 存外失礼なことを言われて珍しく青筋を立てるシャロン。

 悪戯っ子のようなあざと可愛いさにあてられ、すぐに機嫌は直るのだが。

 

 

 

「ちょ、ちょっと、リオ~!?」

 

 

「だって、シャロン先輩なら辺境の次元世界で山籠もり~! とか、素手で猛獣を仕留めてそうじゃない?」

 

 

「確かにそうだけど……」

 

 

 

 

 ──(そんなわけねぇだろ。どこの蛮族だ)

 

 シャロンが突っ込みに回るなんて、珍しいなんてものじゃない。

 相手が美少女なら命懸けでも構わないが、何が楽しくて山籠もりや猛獣相手に命張らないといけないのか。

 

 実はU15の選手にそんな美少女がいたりするのだが、それはもう少し先の話。

 

 

 

「あのな。強くなるのに、特別な訓練なんていらないんだよ。特に俺みたいな突っ込むしか能のない奴にとってはな。確実で基礎的な鍛錬を地獄もかくやと言わんばかりに繰り返す。これで十分だ」

 

 

 

 おかしい。

 シャロン・クーベルという少年が普通の格闘技者に見える。

 "へぇ~!"と一同の関心を集めるシャロン。

 

 すると、前方を歩いていたアインハルトがこちらに首を向ける。

 

 

「あの、シャロンさん。もし良かったら、あなたとも手合せをお願いしたいのですが」

 

 

 

 

 ──(本命の前で余計な気を回してんじゃねぇよ……)

 

 余計を通り越して、全く見当違いな気を回しているのはシャロンである。

 

 アインハルトが、ヴィヴィオに熱っぽい視線を送っていたと勘違いしているシャロン。

 彼女は獲物であると同時に、自分と同じ異端者であると思い込んで妙な親近感を覚えていた。

 

 

「シャロン、いいか?」

 

 

 ノーヴェが尋ねる。

 アインハルトと仕合うことに関して言えば、吝かではないが。

 

 

「……ストラトスと高町のスパーを見てから考えます。とりあえず、俺じゃなく目の前の相手に集中してくれ」

 

 

「ッ! 分かりました」

 

 

「そうだな。じゃあ、二人とも着替えてこい。シャロンも一応な?」

 

 

 

 己の意図に気付いたのかは分からないが、アインハルトは気合が入っているようだし大丈夫だろう。

 シャロンも考えるとは言ったので、更衣室に荷物をぶち込んでスポーツウェアを着こむ。

 

 

 

「お待たせしました」

 

 

「お待たせで~す!」

 

 

 

 制服とはうって変わって身軽になった二人。

 ヴィヴィオのは少し柄の入った遊びのあるタイプだが、アインハルトのはもろ学校指定のものに見える。

 これだけでも、二人の性格が分かるというものだ。

 

 

「シャロン。お前は二人をどう見る?」

 

 

「……身体は中々良いと思います」

 

 

 

 二人の恋路(?)を応援するとか抜かしていたが、目線はしっかりと露わになった四肢を見据えている。

 ヴィヴィオが構えながらキュッキュッと跳ねる度に覗かせる魅惑的なウェストを見て、これはアインハルトが惚れても無理はないと勝手に納得していた。

 アインハルトも肩口からスポーツブラの紐を覗かせていて、そこはかとなく煽情的である。

 

 

 ──(スパッツの食い込みに対して、上のルーズさが対比となっていて両者素晴らしいな。しかも、高町の方はブラどころか下着も着ていない。第二次性徴気前の女子なら当たり前なのかもしれないが、その若さならではの特権とでも言うべきだな。俺が同級生なら、実技の授業ずっとチラ見していただろう)

 

 

 

 長々と気持ち悪い独白をするシャロン。

 これが、"身体は中々良い"に込められた思いである。

 誰がどう見ても、ドン引きするレベルだ。

 

 

 

「ヴィヴィオは私が連れ添って鍛えてるからな。アインハルトの方は身をもって知ったし。まぁ私が聞きたかったのは、二人の試合展開についてなんだけど……」

 

 

「試合展開ですか。俺は高町の技量を知らないので何ともですけど……ところで、その、高町はノーマルな方なんでしょうか?」

 

 

 

 それとなく、ヴィヴィオがアインハルトを受け止められるかを確認するシャロン。

 

 

 

「ノーマル? あぁ、特に普通の打撃主体の格闘技者だよ。変な癖はないと思うが」

 

 

 少しぼかしたのもあって、話の流的にも格闘技者としてのスタイルを問われたのだと誤解する。

 これ以上は聞きようもないし、諦めて観戦することにした。

 

 

 

「んじゃ、スパーリング4分1ラウンド。射撃もバインドもなしの格闘オンリーな」

 

 

 

 "レディ……ゴー!"

 

 

 戦いの火蓋が切って降ろされた。

 

 最初に動き出したのはヴィヴィオ。

 低い姿勢から懐に入り込んで、右拳を突き上げる。

 何でもないようにアインハルトはそれを防ぎながら、勢いを逃がすように後退。

 

 ──そして、ヴィヴィオの突き出されたお尻とめくれた上着が素肌を見せた瞬間をサーチャーで記録するシャロン。

 

 その後、ヴィヴィオが数発打ち込むも、ガードされて決定打には至らず。

 愚直なまでに真っ直ぐな拳を、アインハルトは評価しつつもやはり落胆を禁じ得なかった。

 

 

 ──(きっと、相当な努力を積まれてきたのでしょう)

 

 

 何度もヴィヴィオは拳を連打し、蹴りを繰り出すも容易く往なされてしまう。

 

 

 ──(真っ直ぐなのは心も。だからこそ……私の"思い"はこの子にぶつけられない)

 

 

 対するアインハルトは表情を曇らせながら、大振りのアッパーを身を屈めることで回避する。

 

 先ほどからベストショットを撮りまくっているシャロンを尻目に、ヴィヴィオの腹部に掌底を当ててダウンを奪う。拳をふるうまでもなく、相手を掌底で敗北においやれるくらいの実力差があったのだ。

 それは、怪我をさせたくないというアインハルトの思いやりでもあるのだが。

 

 ヴィヴィオも、最後の一瞬シャロンの方に気が散っていたのを見過ごさなかった。

 

 

「……お手合わせ、ありがとうございました」

 

 

「あ、あの! 私、もしかして弱すぎましたか……?」

 

 

「いえ、趣味の遊びの範囲内であれば十分過ぎる程に」

 

 

 言うまでもなくヴィヴィオがストライクアーツにかける思いは本物だ。

 それだけに、ショックも大きかった。

 場の空気がどんよりし始めたが、ヴィヴィオは折れずにリベンジマッチを申し込む。

 ノーヴェの計らいで今度はちゃんとした練習試合をすることになった。

 

 しかし、あまり興味ないとばかりにアインハルトはシャロンに向き直った。

 

 

「私と相手をしてくださいますか?」

 

 

 シャロン、考える。

 

 どうもアインハルトはヴィヴィオの技を受けて失望しているようだった。

 初見の相手に対する様子見で、技を受けてみることはシャロンもよくある。

 

 いや、技を受けるのは普通おかしいがここは置いておく。

 

 つまり、初手のやり取りでアインハルトは察してしまったのだと。

 表情を崩すことなく、易々と往なしてしまったのだから実力差は素人目でも分かってしまう。

 

 

 

 ──(一目惚れしたはいいが、身体の相性はあまりよくなかったパターンか……分かるぞストラトス)

 

 全然違うし、シャロンに分かられても気持ち悪いだけだからやめてほしい。

 

 

 格闘技が得意という前評判で、その実弱弱しい打撃だったり、あっさりKOしたりする相手は幾ら美少女でもげんなりする時がある。

 シャロンとて、美少女なら誰でもいいというわけではない。

 相手をしてくれるなら何度でも引き受けるが、やはり自分と同じくらいの土俵で戦ってくれる相手が望ましいのだ。

 それ以外にも、拳には撃ち手の思いが乗る。

 アインハルトはきっと、ヴィヴィオの純真さを汚すのに罪悪感を覚えてしまったのも理由の一つだろうと推測した。

 

 

 ──(甘いぞ、ストラトス……その罪悪感すら興奮に変えられればお前だって……)

 

 

 変態に最低な同情までされたアインハルト。

 ヴィヴィオを本当に汚していたのは、シャロンの欲望である。

 

 

 

「……分かった。やろう、ストラトス」

 

 

 

 同情から、アインハルトとのスパーを引き受けるシャロン。

 

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 そして、自分の時よりもやる気のアインハルトを見て余計落ち込むヴィヴィオ。

 さすがに彼女が可哀そうというのもあり、今日はこの一試合で最後となった。

 

 

「先輩頑張れ~!」

 

 

「応援してま~す!」

 

 

「ア、アインハルトさんも、頑張ってください!」

 

 

 それでも負かされた相手を応援するのだから、健気な少女である。

 不退転と謳われるシャロンをアインハルトが倒せば少しは浮かばれる、という打算もなくはないのだが。

 

 ここまでの一連の流れを見た第三者も、きっとシャロンをぶん殴ってぼこぼこにしてほしいと思っていることだろう。

 

 頑張れ、アインハルト。

 負けるな、アインハルト。

 

 

 

「ストラトス。残念だったとは思うが、高町は良い子だと思うぞ」

 

 

「……それは、分かっているつもりです。だからこそ、私の"思い"をぶつけるわけにはいきません」

 

 

「なら、俺にぶつけてみるといい」

 

 

 普段なら遠慮せずに上は脱ぐのだが、今は変に遠慮しているので着たままである。

 

 腰を落として構えをとるシャロンと、その姿勢を見て開幕の突進を警戒するアインハルト。

 

 

 "レディ……ゴー!"

 

 

 再び、火蓋が切って落とされた。

 

 スタートと同時に力強く踏み込んだのは、構えを取っていたシャロン。

 数mあった距離は一瞬で0に縮まる。

 健康的でひきしまった太腿に組み付こうとするシャロン。

 さっきの流れから、今回は邪な思いは抱かずに真剣にやっていると皆思う事だろう。

 

 

 

 

 

 

 甘い。

 

 

 

 

 ──(ジューシーなとこ頂くぜェ!!!)

 

 

 

 多少遠慮しようとも、本質は変わらない。

 例え相手が自分と同じ異端児であろうと、獲物であるなら食らうまで。

 

 

 

 ──(速い……! けど、負けません!)

 

 

 

 ここまでの瞬発力は予想していなかったが、アインハルトもまだ見切れる範疇であった。

 組み付こうとした足を下げることで、シャロンの両の腕が空ぶらせる。

 ギラついたシャロンの瞳に臆することなく、軸足を起点に顔面ストレートをお見舞いする。

 

 

 ──(これで少しは……ッ!?)

 

 

 魔力強化に加えて、完全にバランスを崩した状態での顔面ストレートである。

 普通は昏倒ないし、少なくともダウンは奪える筈だった。

 

 

 

 ──普通は。

 

 言わなくても分かると思うが、相手は生粋の武人……ではなく変態である。

 

 

 拳がめり込んだ状態で口元を歪ませていた。

 

 

 

 ──(FOOOOooooooo!!!!!!)

 

 

 シャロンのボルテージは最高潮。

 

 その高まりを力に変えて、素早く顔面にめり込んだ拳を腕ごとつかみ、更に胸倉も捉えると勢いよく反転する。

 

 まだ成長途中であろう、胸の膨らみの感触を背で味わいつつ投げ飛ばす。

 

 シャロンの背負い投げが綺麗に決まった。

 

 

「そこまで! 勝者、シャロン!」

 

 

『おおー!!!』

 

 

 ギャラリーが沸く。

 

 振り返ってみれば、試合は一瞬のできごとだった。

 一番大きな敗因は、シャロンのタフネスっぷりに驚いて硬直したあたりか。

 あの程度で驚いているようでは、変態の相手は務まらない。

 そう思わされる試合だった。

 

 

「はぁはぁ……いや、中々楽しませてもらったよストラトス」

 

 

 一体、ナニを楽しんだのか。

 

 

「……完敗です」

 

 

 頼む、負けないでくれアインハルト。

 

 

 

 一方、試合を見ていたギャラリーは。

 

 

「あ、あれで、体勢崩さない所かカウンターで投げるとか、嘘だろ!?」

 

 

「ねぇノーヴェ……あれって本当にカウンターなの……?」

 

 

「確かに、ヴィヴィオの言う通り……」

 

 

「普通に直撃してましたよね……」

 

 

「あれ、一発で意識飛ぶと思うんだけど」

 

 

「あはは、私も体力には自信あるけど、ちょっと真似できないかな……」

 

 

 

 実際に"不退転"を目の当たりにして、畏怖というよりもはや引き気味であった。

 

 どこに一発KOモノの直撃を食らって、笑いながら投げ返す変態がいるのだろうか。

 次元世界広しと言えど、シャロンくらいなものだろう。

 

 

 

 視点は二人に戻る。

 何が起こったのか分からないというようなアインハルトに、シャロンは手を伸ばす。

 

 

「少しは満足したか?」

 

 

「……はい。改めて、己の未熟を恥じるばかりです」

 

 

「そうか」

 

 

 またしても完膚無きにまで敗北したというのに、妙な充足感を得られたアインハルト。

 覇王流が最強であると知らしめるどころか、その一端すら示すことができなかった。

 されど、自分の視野の狭さを改めて知る事ができた。

 

 ──敗北は糧となる、とは誰が言った言葉か。

 

 そんなアインハルトは、遥か高みにいるシャロンを見上げてこう言った。

 

 

「──また、お相手お願いできますか?」

 

 

「──分かった」

 

 

 ──今度はもっと強くなれ。あと、高町ともう一度向き合ってやれとも付け加えて。

 

 

 

 何だかとても良い話風になっているが、結局シャロンは一人で思い違いをして、挙句彼女等の身体を堪能していただけなのでそこはゆめゆめお忘れなきよう。

 



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第六話 わざわざ格闘技をやるとか正気か?




 放課後。

 

 

「──というわけで、お願いします!」

 

 

「はぁ」

 

 

 どういう訳か。

 

 それは数時間前に遡る。

 

 

 いつものようにぼんやり外を眺めてぼーっとしたり、対戦記録を見て色々と思考を捗らせている昼休み。

 すると、珍しくメールの着信を知らせる音が鳴る。

 連絡先を知っている人間はかなり限られているので、誰かと確認したらヴィヴィオであった。

 

 内容はこうである。

 

 

 "シャロン先輩、こんにちは! ヴィヴィオです。来週のアインハルトさんとの再戦で相談があるのですが、もしよかったら今日の放課後とかって空いてませんか?"

 

 

 アインハルトとヴィヴィオの再戦。

 本格的な練習試合形式で、ノーヴェが泣きの一本をアインハルトに取りつけた形だ。

 シャロンは顎をさすりながら、珍しく普通に考えた。

 

 

 ──(まぁ、ちゃんと向き合うように促したのは俺だし)

 

 

 他人の因縁とか事情だとかは基本知ったことではないシャロンだが、多少なりともアインハルト等に関心が沸いたのもあり、協力することにした。

 無論、大部分が打算的な下心なのは言うまでもない。

 

 

 "分かった。普段は鈍らないように身体鍛えてるだけだし、大会前じゃなければ何時でも構わない"

 

 

 素で頼れる先輩感を出しながらの返信。

 くどいようだが、変態性が抜ければただのイケメン主人公なのだ。

 

 すぐに着信が入る。

 

 

 "ありがとうございます! それじゃあ、放課後中庭のベンチで待ち合わせでどうですか?"

 

 

 デートの待ち合わせみたいな感じだが、そういうのには興味がないのでシャロンは特に何も思わない。

 現に、今まで何人も告白してきた女子を泣かせているし。

 こんな変態に惚れてしまい、挙句振られたなんて真実を知ってしまったら、もう立ち直れないだろう。

 とことん、人を辱めるのに特化した変態である。

 

 

 ──"了解"っと。

 

 

 そんなこんなで今に至る。

 

 ヴィヴィオは再戦するにあたり、自分なりに考えて特訓を開始したはいいものの、アインハルトとの実力差や今度は絶対に負けられないという思いから、こうして相談するに至ったのだという。

 ノーヴェもずっとは見てくれないし、何よりアインハルトを圧倒し、DSAAの一流格闘技者としてのシャロンを見込んでの事だ。

 本当は第一印象もあまり良くなさそうだし、何より出会って日が浅い内から馴れ馴れしいかなと遠慮もあったようだが、背に腹は代えられないというやつである。

 

 シャロンからしてみれば、美少女との絡みが生き甲斐みたいなとこがあるので、無問題というか寧ろウェルカムなのだが。

 

 とはいえ、シャロンにしても少し難しい相談でもあった。 

 

 

 

「大体分かったが、俺がアドバイスできることって特にないな」

 

 

 何故なら、シャロンは古流武術に疎いどころか打撃すらあまり使わないグラップラーである。

 硬い相手を崩すために使うこともあるが、大体は相手に殴らせてからその隙を突いて一気に掴みかかるスタイルだからだ。

 ミッド式の格闘技で言っても、ヴィヴィオ等後輩組の方がよほど上手い。

 

 頼みの綱のシャロンにあっさり匙を投げられ、面食らうヴィヴィオ。

 

 

「そ、そこを何とか……!」

 

 

「と言ってもなぁ」

 

 

 シャロン、再び真面目に思考する。

 マルチタスクを使用して、九割を妄想に、残り一割を与えられそうなアドバイスの作成にあてる。

 

 

「お前、アインハルトの強めの振りを何発か耐えられるか?」

 

 

 断空拳、と言わずとも大振りを受けて耐えられるなら話は変わってくる。

 

 

「む、無理です、ごめんなさい……」

 

 

 が、ヴィヴィオには流石にシャロンの真似はできないし、誰もがしてほしくないだろう。

 天真爛漫な太陽の化身ようなヴィヴィオが、試合中殴られて笑いながらカウンターする様なんかほんと見たくない。

 

 

「無理か。まぁ、見た感じあまり丈夫そうには見えないし」

 

 

「うぅ……」

 

 

 これは事実である。

 

 そも、魔力による強化で性差はないと言ったが、厳密には違う。

 幾ら女性の方が親和性が高くて強化の効率が良いと言っても、元の身体が丈夫でなければ強化の恩恵は薄くなる。

 十代の未成熟な子供であれば女性の選手が多いものの、年齢制限無しとなってくると逆に男性選手との差が埋まり、男女別に分かれていることが多くなる。

 魔法戦技は一緒くたにされがちだが、格闘戦技オンリーだとどうしてもそうなってくるのだ。

 

 だから、シャロンは大人になっても男女混合の魔法戦技に絞っていくつもりだ。

 もしくは、自分で道場でも立ち上げようかと考えているのだが、女子限定というのも下心見え透いているし、悩み中だったりなかったり。

 

 閑話休題。

 

 

「高町、ちょっとお前の成績と身体測定値を見せてほしい」

 

 

「あ、はい! どうぞ! あと、私のことはヴィヴィオって下の名前で呼んでください! コロナやリオも下の名前で呼んでほしいって」

 

 

「分かったよ」

 

 

 理由は省くが、もちろん下の名前云々で照れるような男ではない。

 

 黙々とクリスが表示する成績を見ていく。

 

 前学年のものだが、殆どの主要教科を満点近い成績を収めている。

 実技の方も二桁前半を維持しているあたり、同学年では間違いなく超優秀。

 格闘技者という枠組みでさえ見なければ。

 

 資質をざっと見ても、学者だったり結界魔導師としての適性が見え隠れしているのが分かった。

 間違えても前線で身体を張るフロントアタッカーだったり、純格闘技者としての資質は低い。

 

 

「俺よりも総合成績は優秀みたいだな。学生レベルなら文句無しだとは思うが……気づいてはいるよな?」

 

 

 

ヴィヴィオの表情が僅かに曇る。

 

 

 

「……格闘技にはあまり向いてないってことですよね?」

 

 

 

「その通り。正確には向いてないというより、他の才能がずば抜けてると言った方がいいな。学者や結界魔導師……いや、総合魔導師の方がまだ楽に強くなれるだろう。まともな思考をしてれば、まず格闘技者なんて目指さないな。寧ろ、こんだけ他の分野で才能持っててわざわざ格闘技やるとか正気か?」

 

 

 

 母親の胎内に正気を捨ててきたと思われる、まともという概念から一番遠い変態に指摘されたヴィヴィオ。

 悔しくて血涙流してもおかしくないレベルの屈辱だが、さすがに変態性以外は一流の男。

 文句なしのド正論だった。

 

 極端に例えるならシャロンはゴリラ。

 対するヴィヴィオは人間である。

 ゴリラであるシャロンは暴れるしか脳がないが、人間であるヴィヴィオは非力だがやろうと思えば何でもできる。

 

 にも関わらず、ゴリラにタイマンを挑む人間がいるだろうか?

 いや、いない。

 余程頭のネジが飛んでいなければ。

 

 さすがにこれだけ言われると、ヴィヴィオも俯いて今にも泣きだしそうになるが、そんな顔された所でシャロンをゾクゾクさせるだけである。

 勿論、悪い意味だ。

 

 

 

「──まぁ、お前の気持ちは分かるよ。どうしても、"譲れないモノ"ってのはあるからな。俺だって才能がなかったところで、諦めたりはしなかったろうし」

 

 

 

 たとえ今のような先天的な肉体の才や、魔法・魔力の才がなかろうともシャロンは諦めなかっただろう。

 美少女との合法的なスキンシップを。

 

 一瞬、ぽかんとしてからまたいつものように顔を綻ばせる。

 

 

「──はい! 私の格闘技(ストライクアーツ)にかける思いだけは、アインハルトさん……それにシャロンさんにだって負けません!」

 

 

 散々貶しておいて、一気に持ち上げる。

 正しくイケメンのやり口である。

 

 だが、まだまだこんなものは序の口だと思い知れ。

 

 

 

「となると、やっぱ勝ちたいよなぁ……アインハルトに」

 

 

 

 ──ヴィヴィオがアインハルトに負けたくないという気持ちは本物だが、やはり心の中では惨敗した記憶が鮮明に焼き付いており、気持ちではもう何度も負けていた。

 

 彼女の本音を掘り起こした言葉と、爽やかなのに闘志を焚き付けるような声色と笑み。

 

 

 

「勝ちたい……勝ちたいです! 私! アインハルトさんに!」

 

 

 

 目の前のイケメンが、完全にヴィヴィオをその気にさせた。 

 得体の知れぬ昂揚感が彼女の全身を駆け抜け、そのまま勝利への渇望へと導いた。

 

 いや、誰だお前。

 

 

 

「絶対に勝たせる、なんて無責任は言わないがな」

 

 

「もー、そこは絶対に勝たせるって言ってくださいよ~!」

 

 

 ──HAHAHAHA!

 

 

 

 やり取りが王道な青春過ぎてついていけない。

 ほんと誰なんだこのイケメンは。

 

 

 

 

「それじゃ、移動するか────特訓しやすそうな、人気の少ないところに」

 

 

「はい! 先輩!」

 

 

 

 

 ──一瞬爽やか笑顔の奥に、何かヤバいものが混じっていた。

 

 ヴィヴィオはもうシャロンの虜である。

 恋は盲目というが、それに近い現象が起きていた。

 

 やはりいつものイケメンの皮を被った変態……いや、ヤバい奴であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、広い!?」

 

 

「中々、良い場所だろ」

 

 

 

 ヴィヴィオを誘拐もとい、連れてきたのは何を隠そうシャロンの自宅である。

 ミッド郊外ではあるが学院とも近く、海沿いで穏やかな時間が流れるクーベル邸。

 コンクリートで埋め立てられた敷地は無機質だが、バーベーキューでもスポーツでも何だって出来る。

 しかもプライベートだから、邪魔も入らず好きなだけ使える。

 

 

 

「素敵なお家ですね~!」

 

 

「両親様々だ」

 

 

「えへへ~、あとでコロナとリオに自慢しちゃお~!」

 

 

 

 実際、羨ましがられるのは間違いない──のだが。

 

 余談になるが、ヴィヴィオとの待ち合わせから二人で下校するまでの一連の流れは人目にばっちり映っている。

 ファンクラブも存在するシャロンと、それに釣り合うような後輩の美少女。

 

 翌日から噂になって暫く困ることになるのだが、それは別の話。

 

 

 ──まぁ、そんなのどうでもよくなるくらいの衝撃を味わうはめになるので、本当に些末事だ。

 

 

 

 

 

「じゃあ早速……」

 

 

「特訓ですね!」

 

 

 

 スポーツウェアに着替えて、やる気十分とぴょこぴょこ跳ねるヴィヴィオ。

 

 

 

 

 

 

「──いや、ボディチェックからだ」

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

 だが、残念。

 もうここは、シャロンの領域(ゾーン)

 一度入り込めば決して逃れられない、永遠の迷宮(ラビリンス)

 

 出鼻をくじかれたヴィヴィオの素っ頓狂な顔にも目をくれず、シャロンはいたって真顔である。

 

 

 

「──今から、ヴィヴィオの身体を直接触って調べる」

 

 

 

 

 直球過ぎる。

 キャッチャーも受け止めきれない剛速球だった。

 

 

 

 

「え、ええぇぇぇ!? あ、あのあの、そ、それってどういう!?」

 

 

 

「文字通りの意味だが」

 

 

 

 

 ヴィヴィオは混乱していた。

 特訓と称して自宅に連れ込んだ先輩が、自分の身体を直接触って調べるという。

 

 邪推するなという方が無理な話である。

 

 ──ヴィヴィオの盲目な夢が覚めた瞬間だった。

 

 

 

 

「だ、だ、だめですだめです! い、い、いくら先輩でも、それはだめです!」

 

 

 

 

 目の焦点も合わないヴィヴィオは、手をぐわんぐわん振り回しながら尻もちをついて後ずさっていた。

 

 シャロン、それに対して真顔で近づいて手を伸ばす。

 

 下手なホラーよりずっと怖い。

 

 ──シャロンの手がヴィヴィオの腕を捉える。

 

 

 

 

 

「せ、せんぱ────い?」

 

 

 

 

 

 ──思わず目を瞑ったが、襲われたような感覚はない。

 

 恐る恐る目を開けると、ヴィヴィオの腕を優しく握っていた。

 

 もみもみ。 もみもみ。

 

 無心で、無言で、感触を確かめるようにもみしだいていくシャロン。

 

 

 

「ふむ、悪くない。丈夫じゃないし、筋力量もさほど多くないが、柔らかくてしなやか。持久力も十分」

 

 

「あれ……?」

 

 

 

 ──思っていた展開と違う。

 

 てっきり、全身剥かれて襲われでもするのかと思っていた。

 

 

 

 

「だから、言っただろう。ボディチェックをするって。こういうのは直接触らないと分からない事も多いんだ」

 

 

「あ、そうなんですか……」

 

 

 

 

 ヴィヴィオ、自分の不埒な想像が逆に恥ずかしくなる。

 シャロンは真顔で平然としているし、あの先輩がそんな事する筈がない。

 よくよく考えてみれば分かる事だったと。

 

 

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 

 

「そんな謝らなくていい。言葉足らずだったのは俺の方だった」

 

 

 

 ぺこぺこ頭を下げるヴィヴィオと、やれやれ顔で溜息を吐くシャロン。

 その実、大興奮でもみまくっているのだが、一欠けらも表情には出さない。 

 

 ──(すべすべ、もちもち、つるつる)

 

 マッサージ機もかくやと言うような指使いで、その白い柔肌に指を沈める。

 

 ──(微量の汗と石鹸が混ざり合ったような甘酸っぱく、フェチズムを掻き立てる香り。しっとりとしていて、異国のMOCHIとかいう食べ物のように柔らかい。人をだめにするクッションとやらも、きっとこんな感じなんだろうな……! こんなのに全身包まれたら、ダメになるどころか昇天してしまう……!)

 

 

 もう既にダメを通り越しているから、君には関係ないよ。

 

 

 

 

「じゃあ、次は脚」

 

 

「は、はい!」

 

 

 

 勢いに呑まれて、さらっと脚を差し出すヴィヴィオ。

 そして、もみもみと柔らかい感触を堪能……もといチェックするシャロン。

 

 

 ──(脚は別に調べなくても良かったんだけど……フフ)

 

 

 言うまでもないが、ここまで計算通りであった。

 

 太腿から足先まで、文字通り舐めるように綿密にチェックするシャロン。

 もう舐めている姿がだぶって見えるが、あくまでいやらしく触っているだけだった。

 

 ボディチェックだからセーフである。

 

 

 

「お疲れ様。もういいぞ」

 

 

「あ、ありがとうございました……」

 

 

 

 お礼を言うのは逆だが、誰も突っ込む人間は居なかった。

 

 堪能し終わると、一度咳払いをしてからヴィヴィオの前で腕を組む。

 

 

 

「結論から言うと、お前の肉体じゃアインハルトとまともに撃ちあうのは無理だ。諦めろ」

 

 

 

 先に結論だけあっさり述べる。

 

 

 

「えぇ!?」

 

 

「まぁ最後まで聞け。でもその分お前の身体は、長時間にわたって相手の拳を避け続けることに特化している。だがこれだけじゃ足りない───がッ!」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 話の途中で、空気を裂く鋭い一閃。

 

 反射的(・・・)に、ヴィヴィオは後ろに下がった。

 

 

 

 

「──その目があるなら合格だ。まだ身体が追いついていないが、良い目をしている」

 

 

「目……ですか?」

 

 

「さっき俺は格闘技者になるなんて正気じゃないとは言ったが、才能が無いとは言ってないしな」

 

 

 

 他の才能が突き抜けているだけで、この目と身体を活かせば十分に戦えるだけの資質は備えてある。

 

 モノにするには、シャロンよりも険しい道のりになるが確かに才能はあるのだ。

 

 

 

「~~~ッ!!!」

 

 

 

 散々、周りからも遠まわしに向いていないとは言われてきた。

 ノーヴェは肯定してくれるが、身内びいきというか、彼女は否定的な言葉は決して吐こうとしない。

 

 ──だからこそ、先達であり遥か上の強者であるシャロンから認められたのがこの上なく嬉しかった。

 

 声にもならない歓喜が胸の中で踊り狂う。

 

 この男、変態だが腐っても一流の格闘技者であり飴と鞭の使い分けも上手い。

 選手と指導者、どっちの才能も持ち合わせている傑物である。

 

 

 

「さあ、特訓の時間だぞ」

 

 

「あ、そうでした!」

 

 

「おいおい、元々こっちがメインだろう?」

 

 

「えへへ、褒められたのが嬉しくてつい忘れちゃいました」

 

 

 

 "こいつめー!"

 

 "ごめんなさーい!"

 

 ──HAHAHAHA!

 

 

 そんな会話が続きそうなくらい、至って健全な先輩後輩の景色である。

 

 

 ──だが、飴と鞭の使い分けが上手いと言いつつも、シャロンにしてみればここまで全部飴みたいなものだ。

 

 真面目に指導するなんて柄でもないことやらされた分、きっちり"鞭"で元を取るのがシャロン流。

 

 

 

 

「防護設定は十分だな?」

 

 

 

「ばっちりですど……ッ!?」

 

 

 

 

 ヴィヴィオ、シャロンから流れ出る不穏な気配に戦慄する。

 

 何かまたヤバいモノが出ていると。

 

 そう、本能が警告していた。

 

 

 

 

「あまり打撃は得意じゃないが……まぁ、速度と力だけはあるからな」

 

 

「は、はい……あの、もしかしてなんですが……?」

 

 

 

 

 ヴィヴィオの顔が引きつる。

 

 

 

 

「────避けられるようになるまで、俺と特訓だ」

 

 

 

 

 シャロンの笑顔が、鬼のように歪んで見える。 

 

 

 

 

「ク、クリスッ!? ぜ、全力で防御してええぇぇぇッ!?!?」

 

 

 

 

 

 ──HAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!!

 

 

 

 クーベル邸に愉快な笑い声が響き渡る。

 

 この地獄のような訓練が一週間続いた結果、ヴィヴィオは凄まじい成長を遂げた。

 

 

 

 

 ──何か悟りを開いたような顔をしていた。

 

 

 ──というより、あれは死の淵から這い上がってきた顔だった。

 

 

 以上が、ヴィヴィオを見た知人友人の談である。



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第七話 楽園への誘い

 

「はぁ……はぁ……初めまして、ヴィヴィオさん────」

 

 

 かくして、アインハルトとヴィヴィオの再戦は果たされた。

 

 結果的に言えばヴィヴィオの負けなのだが、シャロンとの"秘密の特訓"のお蔭でかなり善戦することができた。

 

 当初、シャロンと共に消えては目のハイライトを消して帰ってくるヴィヴィオを周りは心配して、何かしらの事件を疑ったのだが、リオコロナ等をクーベル邸に招くことによってそれは解消された。

 その際、ヴィヴィオの母親二人も相当心配していたりいなかったり。

 尚、今まで誰ともつるむ様子が見られなかったシャロンに対する噂は、これを機に大きく広がることになる。

 

 

 

「どうだ。指導と呼べる程ではないが、ヴィヴィオは強くなっただろ?」

 

 

「はい……なんというか、別人みたいになってました……」

 

 

「あぁ。我ながら一週間前と同じ人間とは思えない」

 

 

 

 アインハルトの言う別人とは、ヴィヴィオの悟りを開いたような表情のことであり、大してシャロンは実力の急成長について話している。

 微妙に噛みあっていないが、シャロンは彼女の仕上がりに色んな意味で満足して笑っていた。

 

 余談だが、当初リオやコロナもシャロンの"指導"を受けたがっていたが、ヴィヴィオの特訓内容を見て顔をひきつらせながらついていったことに全力で後悔していた。

 

 "このやり方はお前らにはあまり意味がない"

 

 というシャロンの言葉を受けた時の、九死に一生を得たような表情が印象的だった。

 

 

 

「とにかく殴り続けることで、その反骨精神を存分に高めたからな。幾ら脆くても、痛みに慣れれば倒れる前に反撃も撃ちやすくなる。それに、よく避けるようになってただろ?」

 

 

「そ、そんなことをしていたんですか……」

 

 

「……あたしも止めようとしたんだけど、逆にヴィヴィオに止められたんだ」

 

 

 

 "だいじょうぶだよ、のーう゛ぇ……これは、あいんはるとさんにかつためにひつようなことだから……"

 

 呂律も上手く回らないほどボロ雑巾のようになりながらも、不屈の精神で最後まで食らいついたヴィヴィオ。

 日に日に弱りながらも特訓を続けるヴィヴィオは、もはや何か弱みを握られていてもおかしくない程だった。

 一応、実は結んで成果が出たのだから結果オーライと言えなくはない。

 

 すると、アインハルトにおぶられているヴィヴィオが"うぅ"と覚醒の兆しを見せた。 

 

 

 

「────はッ!? ごめんなさい、すぐ立ちますッ!?」

 

 

 

 目の焦点が合ってなくて何か怖い。

 

 

 

「ヴィ、ヴィヴィオさん!?」

 

 

「……あれ、拳が飛んでこない?」 

 

 

「ヴィヴィオ、しっかりしろー!」

 

 

 

 パブロフの犬が如く、覚醒と同時に立ち上がり構えようとするヴィヴィオ。

 ぼろかすにやられているので力は入らない筈だが、それでも本気で構えようとしている。

 

 己の調教の成果を知り、曲がりなりにも指導者としてもやっていけると確信したシャロン。

 

 これ以上、被害者が出る前にどうか挫折してくれることを祈るほかない。

 

 

 

「はははは!」

 

 

「笑いごとじゃねぇ!?」

 

 

「すいません! 意識失っても、すぐにリカバリーできるよう躾けたら……ふふ!」

 

 

 

 人前でシャロンが笑うのは、とても珍しい。

 そのせいかは知らないが、笑いの壺が常人とかけ離れていた。

 

 ただのサイコパスにしか見えない。

 

 

 

「次こいつ等に何か教える時は、ぜったい! ぜったい、あたしを通してからにしろ! いいな!」

 

 

 

 言われなくても、内密に特訓を申し出ることは絶対にしないとコロナとリオは心に誓っていた。

 アインハルトは少し興味深そうにしていたが。

 

 

 普段はとてもクールで、寡黙なイケメンだと思われていた少年シャロン。

 交流のある者は、その見えざる内側に武に対する灼熱のモノがあるのも知っていた。

 そんな者達でさえも、シャロンの"武"に対する熱意は尋常じゃないのだと再認識させられた。

 

 スパルタ教育という言葉があるが、あれは異世界の古代の某国で行われていた指導方針が由来である。

 本国の人口の大半が奴隷ということもあり、それを束ねられるだけの武力を必要とした。

 故に究極軍事国家としてその名が知れ渡り、昨今の"スパルタ教育"という言葉が普及したのである。

 

 別にスパルタの話は今はどうでもよくて。

 

 かくしてシャロンの不退転伝説に新たなページが刻まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 あれからまた暫く経った。

 新緑もすっかり深まり、春真っ盛り。

 

 シャロンから解放されたヴィヴィオは次第にいつもの天真爛漫なヴィヴィオに戻っていった。

 間違っても目からハイライトは消えていない。

 

 周囲が本気で安心したのは言うまでもないだろう。

 

 

 

「……ていうかー」

 

 

 ──今日も試験だよー! 大変だよー!

 

 

 そんな少女の嘆きが、どこからか聞こえてくる。

 

 この時期はどこも定期試験をやっている。

 シャロン等が通うSt.ヒルデ魔法学院もその例に漏らさない。 

 

 鍛錬か妄想しか行っていないシャロンの成績はやばいと思われるかもしれないが、その逆である。

 校内ランキングに張り出される程度には、筆記の方も卒がない。

 実技の、特に魔法体術に関する成績にいたってはぶっちぎりでトップである。

 

 

 ──(旧暦以前におけるアニミズムの存在を示唆する遺品の名称……? 知るかボケ)

 

 

 ただ、覚えないといけない文系暗記科目は少し苦手だったりするシャロン。

 理由は、覚えるのが面倒だから。

 しかも名門校仕様なのか、無駄に難易度が高い問題が混じっていたりする。

 意地悪問題に溜息を吐きながら適当に記入して終了時刻まで伏して待つ。

 

 その後、全ての試験が終了してさて帰ろうかという最中。

 

 

「シャロンさん」

 

 

 ちょっと困り顔のアインハルトが近寄ってくる。

 何か相談したい風なのが伝わってくるが、シャロン的にはむしろもっと困らせたい欲にかられる。

 

 

「どうした」

 

 

「いえ、その実は……」

 

 

 アインハルトが持ってきたのは、ノーヴェからの合宿の誘いだった。

 無人世界のカルナージ、そこにある通称ホテルアルピーノとか呼ばれる邸宅であった。

 

 人が普通に住んでるなら、無人世界じゃなくね?っと思うかもしれないが突くのは野暮である。

 

 とにかくそこで、訓練合宿なるものをやるらしい。

 AAからオーバーSランク魔導師の模擬訓練を見学できたり、大自然に囲まれた特設訓練場に豪華な宿泊施設を無料で使わせてもらえるという。

 しかも、三泊四日。

 

 断る要素が見当たらないというか、どうしてアインハルトは悩んでいるのかシャロンには分からなかった。

 

 

 

「あとでメールが届くみたいなんですけど、シャロンさんにもお誘いが来ていました。どうしますか?」

 

 

「興味はあるが、お前はどうするんだ?」

 

 

「私は正直迷っていたのですが、ノーヴェさんに押し切られてしまいまして……」

 

 

 

 用件ならまとめてメールで連絡すれば良かったと思うが、アインハルトの遠慮気味で押しに弱そうな性格を考えると確かに直接話した方が来てくれそうだ。

 その辺、ノーヴェという人間はアインハルトのことをよく見ていた。

 さすが、後輩組のコーチというだけはある。

 

 アインハルト自身も興味がないというわけじゃないが、半ば旅行のような合宿に現を抜かしてよいのだろうかと不安のようなものもあるのだろう。

 しかも、初対面に近い大勢の人達に囲まれながら、三泊四日過ごすというのは遠慮するのも無理はない。

 

 シャロンはそんなの関係なく行く気まんまん────なのだが。

 

 

 

「テスト明けの休みなんだよな。そういえば、俺は用事があったような……」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 用事なんて一切ないが、嘘を吐く。

 アインハルトの目は点になり、間抜けな口が開いたままになっている。

 

 

 

 

「ま、そういうわけだ。お前だけで行って来い」

 

 

 

 

 "楽しんで来いよ"とだけ告げると、鞄を持って帰ろうとするシャロン。

 

 アインハルト的には、シャロンも行くならまぁ良いかなと納得しようとしていたのに、これではその決心もご破算である。

 流れ的に、そういうお約束ではないのか。

 

 

 

 

「え……え? ちょ、ちょっと待ってください!?」

 

 

 

 

 ガシッとシャロンの腕を掴むアインハルト。

 心なしか、十二歳の子供の力とは思えない握力を感じたがシャロンは気にしない。

 

 どころか、掴まれた瞬間気持ちよくなっていた。

 

 

 

 

「何だ? 今から鍛錬の時間なのだが」

 

 

「た、鍛錬なら何時でも出来るじゃないですか!?」

 

 

「何時でもできるから、毎日欠かさずやってるんだろう」

 

 

「…………」

 

 

「じゃあ、帰るぞ」

 

 

「ま、待ってください!?」

 

 

 

 

 声をかけてから、アインハルトは考える。

 何かシャロンを引き留める材料を探そうにも、用事があるのなら引きとめるもなにもない。

 

 

 

 

「そんなに外せない用事なのですか……?」

 

 

 

 

 最終的にアインハルトがとった手段は、泣き落としであった。

 クラス中に注目されているが、本人は必死なので気づいていない。

 上目使いで腕をひっぱるアインハルトの姿は、年頃の男子にとっては理想のシチュエーションだろう。

 シャロン本人より、それを見ていたクラスメイトの方が胸をきゅんきゅんさせていた。

 

 当人は自身とそれを取り巻く状況に気づきながら、更なる高次元の悦に浸っていた。

 一般人とは格の違う変態なのである。

 

 

 

「いや、ぶっちゃけ外せるんだけど」

 

 

 

 

 シャロン、内心ほくそ笑みながら隙をちらつかせる。

 

 

 

 

「ほ、ほんとですか!? じゃあ、一緒に行きましょう!」

 

 

 

 

 ぱぁっと分かりやすく明るくなったアインハルト。

 

 なんだか犬みたいで可愛いなぁ、と保護欲ではなく加虐心をそそられるシャロン。

 

 

 

 

「まぁ、わざわざ行かなくてもいいかな」

 

 

「じゃ、じゃあ、やっぱり私も断って……」

 

 

「でもお前は直接誘われて、返事しちゃったわけだろ?」

 

 

「…………」

 

 

「断ったら、ヴィヴィオのやつがっかりするだろうなぁ」

 

 

「そ、それは、卑怯ですよ!」

 

 

 

 

 実際はヴィヴィオには内緒にしているのでそんなことにはならないが、今更断り辛いのは事実だった。

 

 このくらいで勘弁してやろうかとシャロンが考えていると、アインハルトに予期せぬ助け舟が現れた。

 

 

 

 

「よく分かんないけど、アインハルトさん困ってるみたいだしあんまり意地悪しちゃだめだよ~」

 

 

 

 

 声の主に振り向く二人。

 

 

 

 

「……ユミナ、さん?」

 

 

 

 ユミナ・アングレイヴ。

 皆に愛される、シャロン等のクラス委員長。

 彼女は格闘技こそやっていないものの、格闘技者の熱烈なファンである。

 そのよしみでシャロンとは交流があった。

 

 まさかの介入に、今度はシャロンが驚かされる。

 

 

 

 

「誤解だ」

 

 

「でも、アインハルトさんなんか泣きそうだったし」

 

 

「な、泣きませんよ!?」

 

 

 

 アインハルトを庇いにきたのかと思えば、どこか茶化したような態度のユミナ。

 ならばと、シャロンも乗っかることにした。

 

 

 

「あー、それは悪い事をした。悪気はなかったんだが、まさか泣く程だったとはな……」

 

 

「クラス委員長として、クラスメイトが泣いているのは見逃せないからね~」

 

 

「だから、泣いてませんよ!?」

 

 

 

 

 助け舟かと思ったら、アインハルトにとってはただの敵艦であった。

 悪戯っぽく笑っているのを見ると、やはりわざとやっているようだった。

 

 "もういいです"と、アインハルトはすっかり拗ねてしまう。

 それを"可愛い"と見惚れる二人。

 

 

 からかい上手のユミナさんは、意外とシャロンとの相性も良いのかもしれない。

 

 

 

「悪かったよ、ストラトス。俺もほんとは行くつもりだったんだ」

 

 

 

「……ほんとですか?」

 

 

 

「あぁ。だから、許してくれ」

 

 

 

「……じゃあ、一つお願いを聞いてくれたら許します」

 

 

 

 

 アインハルトって、こんなにピュアな娘だったかと疑問に思うシャロン。

 彼の中のアインハルト像は、少なくとも同性のヴィヴィオに一目ぼれしちゃうくらいには特殊な娘だと思い込んでいた。

 まぁ、どれだけ痛い子だろうが特殊な娘だろうが、可愛ければ構わないシャロンには関係ないが。

 

 

 

「今度から私のことは名前で呼んでください。なんだか、ヴィヴィオさん達よりも距離を感じます!」

 

 

「え? うん、まぁいいけど」

 

 

 

 なんだろう。

 ラブコメの波動を感じる。

 

 そして、それにすかさず食らいつくユミナ。

 

 

 

「あ、もしかして、例の後輩ちゃん達のことかな? シャロンくんって、意外とプレイボーイなんだ~! このこの~!」

 

 

「否定はしない」

 

 

「否定しないんですか!?」

 

 

「きゃ~!」

 

 

「違います! シャロンさんとは、格闘技が関係していまし……って、もう聞いてください!!」

 

 

 

 流れに身を任せるように適当に返事をするシャロンと、それに伴い加速的に飛躍していく誤解。

 後々、アインハルトの必死な弁明とユミナのネタばらしにより、一応は収拾したが、クラスメイトの二人に対する印象は大きく変わった。

 

 元々、寡黙で近寄りがたい空気を出していたシャロンは意外と冗談を言えるんだとか、同様に物静かなアインハルトも本当はおちゃめで可愛らしい一面もあるんだなとか。

 

 あまり馴染めていなかった二人がクラスに馴染む切っ掛けとなった。

 

 

 

「で、では! お先に失礼します!」

 

 

「またね~!」

 

 

「じゃあな」

 

 

 

 教室に残ったのはユミナとシャロンの二人だけだった。

 

 

 

「俺も帰るよ」

 

 

 

 かなり長居してしまったと改めて帰ろうとするシャロン。

 

 すると、今度はユミナから思いもしない一言が飛んでくる。

 

 

 

「……シャロン君はやっぱり優しいんだね」

 

 

「は?」

 

 

 

 取り繕うまでもなく、本心からの"は?"だった。

 

 何かを勘違いしているユミナは、"私は分かってるよ"とばかりにニコニコしていた。

 

 

 

「アインハルトさん、ずっと思いつめたような顔だったし、皆も話しかけずらかったんだよね。それはシャロン君もなんだけど、シャロン君のとはまた違う感じ」

 

 

 

 確かにアインハルトは自身の境遇について、ずっと思い悩んでいたる節があった。

 それは今も変わらないのだが、シャロンとの出会いで決定的に変わった。

 

 

 

「シャロン君の場合は、選手同士の交流があるのも知ってるし、初対面の時も普通に話してくれたよね。でも、アインハルトさんはそうじゃなかった……」

 

 

 

 シャロンが感情を込めて接したのは、ユミナという美少女だったからなのだが。

 

 アインハルトは自分の記憶の事でいっぱいいっぱいで、周りと距離を取るような態度をしがちだった。

 ユミナは委員長としても、彼女のことを酷く気に病んでいたらしい。

 

 

 

「だからさっきみたいに話せて、私もクラスの皆も凄く嬉しかったんだ!」

 

 

「それがどうして、俺への礼に繋がる?」

 

 

 

 ご機嫌な様子で、ニコニコするユミナ。

 

 

 

「ふふ、素直じゃないな~! シャロン君は拒絶するタイプではないけど、積極的に誰かの輪に入ったり喋ったりしないでしょー? ……気を遣ってくれてたんだよね」

 

 

「…………」

 

 

 

 

 全く気を遣った覚えもなければ、美人や美少女以外は積極的に拒絶するタイプである。

 あらぬ誤解を受けているのは薄々感づいてはいたが、どうしたらそんな結論に至るのか皆目見当がつかなかった。

 

 困惑して沈黙するシャロンの様子も、照れ隠しの一環だと思っているようだった。

 

 

 

 

「案外、シャロン君のこと好きだったりするかもよ~?」

 

 

「いや、それはない」

 

 

「そこは即答なんだ……」

 

 

 

 

 "だって、アインハルトってノーマルじゃなさそうだし……"

 

 というのは、本人の名誉を気遣って口には出さなかった。

 こういう時だけ本当に要らない気を遣うのがシャロンである。

 

 お互いが勘違いワールドを展開しているので、場は混沌を極めた。

 

 

 

「それに好意を向けられても、正直困る。……なんというか、やり辛くなるから」

 

 

 

 やり辛いというのは、合法的なセクハラである。

 字面が矛盾しているが、そこも今は置いておいてほしい。

 

 罪悪感を興奮に転換するシャロンも、振った相手に絡むというのは中々やり辛くなる。

 振られた本人も辛いだろうし、シャロン的には戦友くらいの関係が丁度良かったりする。

 

 そんな発言を聞いて、また勘違いを重ねるユミナ。

 

 

 

「シャロン君は誠実で、優しくて……そういう性格だからこそ、格闘技も真っ直ぐなんだね」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 素で聞き返すシャロン。

 

 確かに自分の欲望に誠実だからこそ、不退転と呼ばれるまでに真っ直ぐ突っ込む格闘技をしてきた。

 

 悲しいかな、ユミナが想像するシャロン像とは真逆であった。

 

 

 

 

「なーんか、皆の知らない一面を見ちゃった気分! じゃあ、私も帰るね~! また!」

 

 

 

 嵐のように過ぎ去っていったユミナ。

 

 

 

 

「……帰るか」

 

 

 

 

 一人残されたシャロンも、あとを追うように教室から出て行った。

 

 



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第八話 楽園前の洗礼

 学年最初の定期試験も終わって肩の荷を降ろし、返ってくる結果に一喜一憂する学生達。

 中等科になって一層難易度が上がったStヒルデ魔法学院中等科一年のシャロンも、返ってきた答案を見ながらまずまずだなと頷いていた。

 平均すると、おおよそ九割。

 暗記系がやや落ちるものの、体操実技は文句なしの一位であり、評価はオールA。

 つまるところ、優等生である。

 もっとも、総合成績ではアインハルトがやはり上を行くのだが。

 シャロン的には、いつも通りの点数をコンスタンスに取れればそれで満足だった。

 

 最高成績を取ったところで、美少女と合法的にスキンシップは図れないのである。

 

 

「よし、んじゃ行くぞ~!」

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

 そして今、シャロンアインハルト両名はノーヴェと待ち合わせて一緒に高町家へ向かっている。

 適当に歩いていると、高町という表札が見えた。

 家の前に着くと、ノーヴェが呼び鈴を押す。

 "はーい"という可愛らしい声とともに、ぱたぱたと駆けてくる音が。

 

 

「アインハルトさんとシャロンさん!?」

 

 

 

 "と、ノーヴェ"と小さく付け加えて出迎えてくれたのは、我らが太陽の化身、ヴィヴィオである。

 

 

 

「異世界での訓練合宿とのことでノーヴェさんにお誘い頂きました」

 

 

「アインハルトと同じく」

 

 

 

 "私はおまけか!"と愚痴るノーヴェを無視して、ヴィヴィオは目を一等星の如く輝かせて顔を綻ばせていた。

 

 

 

「同行させていただいてもよろしいでしょうか……?」

 

 

 

 照れながら上目使いで尋ねるアインハルト。

 

 かわいい。

 

 言い終わるや否や、ヴィヴィオはガシっとアインハルトの手を掴んでぶんぶん振りだす。

 

 

 

「はいッッ! もー全力で大歓迎ですーッ! あ、シャロンさんもですよッ!」

 

 

 

 少し前、拷問のような特訓をさせられた相手に対しても全力全開シェイクハンドで歓迎するヴィヴィオ。

 全てを許し、受け入れるのが神だと言うのなら、ヴィヴィオも神の一柱と言えよう。 

 更にその後ろから、パツキンの美人さんがひょっこり顔を出す。

 

 

 

「ほらヴィヴィオ、上がってもらって」

 

 

「あ! うん!」

 

 

 

 "さぁ、こちらへ!"と、シャロンとアインハルトの手を引いてずんずん家の中に引っ張ってゆく。

 どうも二人の参加はサプライズだったようで、金髪の美人さんとノーヴェはその喜び様に微笑んでいた。

 

 

「はじめまして。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。アインハルトと……シャロン、だよね?」

 

 

「はじめまして。アインハルト・ストラトスです」

 

 

「シャロン・クーベルです。よろしくお願いします」

 

 

 金髪の美人……フェイトが自分の名前を呼ぶ前の微妙な間と表情が、ちょっと気になったシャロン。

 何か至らぬ所があったのかと思い返すも、特に変なことはしてない筈だった。

 

 ──まぁ、既にしちまっているからこそなのだが。

 

 連れられた先には、残りの後輩二人と栗色のポニテ美人が待ち構えていた。

 

 

「アインハルトさん!」

 

「シャロン先輩!」

 

「二人ともいらっしゃい~!」

 

 

 ニコニコとご機嫌さんなポニテ美人がアインハルトシャロンの元へ寄って来る。

 

 

「はじめまして、ヴィヴィオの母の高町なのはです!」

 

 

 栗色のポニテ美人もとい、なのはがずずいとアインハルトの前に出る。

 

 

「アインハルトちゃんは、古流武術を凄い練度で修めてるんだよね? 凄いねぇ!」

 

「は、はい……」

 

 

 そして、今度はシャロンの前に。

 しかも、アインハルトと違って何か珍獣を観察するような目つきである。

 

 

「シャロン君は特にヴィヴィオがお世話になったみたいで……」

 

「いえ、別に大したことはしてないですし」

 

 

 十歳の女の子を問答無用で一週間ふるぼっこにしておいて、どこが大したことないのだろう。

 下手しなくても、被害者が訴えれば豚箱行は確定である。

 

 あと、砲撃魔王とも称えられる高町なのはが"お世話になったみたい"と言うと、何故か別の意味に聞こえてくるが気のせいではないと思う。

 

 

「てっきり、もっとやんちゃな見た目を想像してたから驚いちゃった」

 

「はぁ」

 

 

 なのはの頭の中には、目つきの悪い如何にもな不良が浮かんでいた。

 地球の一昔前の漫画に出てきそうな格好である。

 

 

「んも~、ママったら先輩の前であんまり変なこと言わないでよ~!」

 

「だって~!」

 

 

 似た者同士というか、シャロンから見ても母娘というよりは姉妹のように感じられた。

 美人美少女好きのシャロンは当然、戦技教導官高町なのはの噂は耳にしていたが、見た目以上に少女という言葉が似合いそうな人だと思った。

 

 

「でもヴィヴィオがあんまりぼろぼろになって帰ってくるものだから、私達かなり心配してたんだよ~! 二人ともまだ若いんだから、あんまり無茶なことしちゃだめだよ?」

 

「はーい」

 

 

 キャッキャウフフ。

 仲睦ましい母娘の光景。

 

 シャロンも"気を付けます"と続けば、丸く収まる筈なのだが……。

 

 

 

 ──(え、あれって無茶に入るの?)

 

 常人と感覚に大きなズレが生じているシャロン少年。

 鍛錬とは、己が強くなるためのものであり、ならば極限の内容を究極の覚悟をもって臨まなければならない。

 真の強さは、そこらのジム通い程度で安売りされているものではないのだ。

 だからこそ限界まで肉体をいじめ抜いて、死ぬ寸前まで追い詰める。

 シャロンにとっては、強くあることにそれだけの価値があった。

 

 故に、ヴィヴィオとの特訓もシャロン的には児戯に等しい。

 

 

 

「あれは無茶とは言わないでしょう」

 

 

 

 素直な感想が口から洩れた。

 ともかくそれは、鶴の一声とも呼べるものだった。

 明らかに反省して終わる流だったが、シーンと部屋が静まり返る。

 

 ──(……デジャブだ)

 

 やらかしたと思った時にはもう遅い。

 今回は話を聞いていたのに、また同じパターンかと辟易するシャロン。 

 

 後輩の母親二人の身体を品定めするのに使っていたリソースを引っ張り、状況を打破せんと思考する。

 

 

 

「……ヴィヴィオ、お前はアインハルトに勝ちたかったよな?」

 

「は、はい、そうですが」

 

 

 

 キリっとヴィヴィオを睨みつける。

 

 

 

「あの日の自身を見下した態度を、自分の"信念"を貶められた屈辱を、許せなかったよな?」

 

「え、えーと、はい?」

 

 

 

 別にそこまで思っていなかったが、シャロンの眼光が有無を言わさず肯定させた。

 

 

「わ、私、そんな酷い態度とってましたか!?」

 

 

 

 あの日に関しては、シャロンに負けず劣らず失礼だったアインハルト。

 あたふたしながら思い出そうとしている彼女は一旦無視する。

 

 

 

「人にはどうしても譲れないモノがあります」

 

 

 

 シャロン、イケメン熱血漢モードで目に火を灯す。

 

 

 

「確かに、身体の弱いヴィヴィオがアレを続ければ身体を壊すでしょう。もしかしたら、選手生命すらも怪しかったかもしれない……けど、あの時はヴィヴィオの譲れない瞬間でした」

 

 

 

 身振り手振りを交えながら、演劇俳優の様に芝居がかった台詞を吐く。

 

 

 

「俺の武に対する"信念"は、人生において何よりも価値があります! 最高の大舞台で、最高の相手と取っ組み合いたい! 心の底から、狂おしい程の渇望が沸いて出るんです! 無茶の一言で一蹴されるような、やっすいモノじゃないんですよ!」

 

 

 

 シャロンという狂気の変態が生れ落ちて十数年。

 彼の人生は、内から湧き出る欲望との闘いであった。

 己のどうしようもない特殊な欲を満たすには、幼き日から地獄を見る他なかった。

 トップクラスの美少女と取っ組み合う為なら、身体がどれだけ壊れても良い。

 むしろ、美少女と取っ組み合いの末に壊れるなら、ある意味本望である。

 狂ったように身体を苛め抜くシャロンを両親も心配したが、似たような事を語ると、諦めたようにシャロンを見守るようになった。

 

 ──一体、何がシャロン・クーベルという少年を終わらぬ被虐の道へ進ませるのか。

 

 

 

 

 答えは、"性欲"である。 

 

 

 

「ヴィヴィオの格闘技は芯があって真っ直ぐだ。その拳を受け続けてきた、俺だからこそ分かります。強弱はさておき……とても気持ちのいい拳でした」

 

 

 

 まだまだ拙い拳ではあったが、ヴィヴィオの美少女性やどんなに嬲る……いや、愛の鞭を振るっても折れない心はシャロンを存分に満足させ、気持ちよくさせた。

 

 文字通りの意味で、気持ちのいい拳だったという意味だ。

 

 

 

「別に考えなしに身体を壊しても良いと言ってるんじゃありません。俺が言う無茶は、無意味なことに考えなしで身体を捧げることです。それは馬鹿がやることだ」

 

 

 

 産まれてこの方無茶鹿してない馬鹿はお前だと、誰か突っ込んでくれ。

 

 

 

「つまりは、ここぞという瞬間を見極めろということです」

 

 

 

 迫真の表情と台詞回しや振る舞いは、どうあがいてもイケメンだった。

 勘違いイケメンワールドが完全に決まっていた。

 

 

 

「……まぁ、そういう事なので無茶じゃないと言いました。若輩が生言ってすいません」

 

 

 

 熱が入り過ぎたとばかりに、頬を掻きながら普通の少年に戻る。

 

 正統派熱血イケメン主人公、ここに在り。

 ガワだけ見ればパーフェクトを通り越している。

 ガワだけ見れば。

 

 そして、ガワだけしか見れない周りの人間には、そういう風に見えていた。

 

 

 

 高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは過ぎし日を思い出す。

 十年以上前から始まった、数奇な運命や数多くの戦いを。

 最初は友達や世界を救うために、身の丈に合わぬやんちゃをし続けたものだった。

 きっと、その無茶がなければこうして娘や友人等と笑いあうことはできなかったのは事実。

 

 しかし、未熟だったなのははその無茶をやめなかった。

 

 ここぞという瞬間を見誤り、自分はまだまだ大丈夫と思い続けた結果、取り返しのつかない悲劇が待っていた。

 

 永遠に魔法が使えなくなるかもしれない絶望や、友人知人等の悲痛の表情。

 なのはに関わる誰もが思い出したくもない程、苦痛と悲哀に満ちた時代だった。

 

 もう誰にも同じ後悔をさせたくないから、なのはは無茶に対して一層厳しくなっているつもりだったが……。

 

 

 

 

「……そこまで言われちゃうと、あんまり怒るに怒れない、かな」

 

 

「そう、だね」

 

 

 

 

 なのはとフェイトは顔を見合わせながら苦笑すると、ヴィヴィオとシャロンの頭を撫でた。

 目を細めるヴィヴィオと──

 

 

 

 

 

 ──(……Oh Yeah!)

 

 

 

 後輩の美人な母親に頭を撫でられて興奮するシャロン。

 

 

 

 ──(次! 次、生まれ変わったら俺絶対この人達の子供になる! うおぉー! 今こそ譲れぬ瞬間! ここでくたばっても良い! 不退転の覚悟を見せるぞ!)

 

 

 

 後輩の美人な母親二人の子供になりたいと、シャロンのぶっ飛んだ本能が叫んでいた。

 

 やはりガワだけの男。

 不退転のド変態である。

 

 俯き加減のシャロンを見て、照れている所は子供っぽいなと少し安心するなのはとフェイト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──違う。

 

 二人の子供として合法的に甘える妄想をしているだけだ。

 

 もし神様がいて、輪廻転生というシステムがあるのなら、どうかその輪からシャロンだけは外して欲しいと切に願わざるおえない。 

 

 

 

「シャロン先輩!」

 

 

「せんぱ~い!」

 

 

「シャロン先輩……!」

 

 

 

 後輩等は目を輝かせている。

 "この特訓はお前たちには意味がない"と言ったのは、単にその時じゃなかったから。

 しかし、絶対に負けられない譲れない瞬間が訪れた時は、リオやコロナもそれくらいやる覚悟が必要なのだと。

 

 

「やはり、シャロンさんにはかないません」

 

 

 アインハルトは感銘を受け過ぎて、一周回って冷静だった。

 

 

「ったく、私よりコーチ向いてるんじゃねぇのか……」

 

 

 そして、少しいじけるノーヴェ。

 

 皆が思い思いのイケメン主人公像をシャロンに見出す中──

 

 

 

 

 

 

 ──(高町シャロン……フフ)

 

 

 クソのような妄想で悦に浸るシャロンが居た。

 

 こうして、高町家にもシャロンの不退転伝説が知れ渡るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次元空港まで車で揺られながら楽しげに移動するシャロン。

 車の最後部にノーヴェ・アインハルト・シャロンと並んでいる。

 シャロンは最近、美人美少女の匂いに慣れ過ぎているのを思い出し、その有難みに改めて感謝する意味も込めて、この密室空間の特濃の香を肺いっぱいに吸い込んでいた。

 

 安定の気持ち悪さだった。

 

 

「アインハルトさん! シャロン先輩!」

 

 

 ひょこっとヴィヴィオが顔を出す。

 

 

「四日間、よろしくお願いしますね!」

 

 

 随分と浮き足立っている様子だった。

 

 

「はい、軽い手合せの機会があればぜひ」

 

「……無茶にならん程度に扱いてやろう」

 

 

 無茶じゃない、の言い訳を長々しく語った後なのでシャロンは大きく出ることができない。

 身から出た錆というか、これ以上汚されたヴィヴィオを見なくて済みそうなのは幸いである。

 

 シャロンの言葉にリオとコロナも反応する。

 

 

「私も! 私も!」

 

「ここぞという瞬間を見極めて、ですよね!」

 

 

 極意を教わったと言わんばかりに、コロナは良い顔をしていた。

 

 

「私もお願いします。あの時のスパーじゃ、不完全燃焼だったので」

 

 

 静かに闘志を燃やすアインハルト。

 

 

「……強い奴とやりたいってんなら、当然あたしとも付き合ってくれるんだろうな?」

 

 

 "ノーヴェも!?"と、騒ぎ経つ車内。

 彼女も彼女なりにシャロンの影響を受け、指導者という立場じゃなく、一格闘技者として戦ってみたくなったらしい。

 

 

「シャロン君は"不退転"って呼ばれる程強いんだよね! 私もすっごく興味あるなぁ!」

 

「なのは、相変わらずなんだから……」

 

 

 高町ヴィヴィオの母親以前に、一戦技教導官として、なのははシャロンという少年の実力に非常に関心を持っていた。

 元々の下馬評の高さに加えて、あの揺るぎない武人の"信念"について語る様を見せられては猶更だ。

 呆れるフェイトも、シャロンという少年に興味津々だった。

 

 シャロン、変態の癖に大人気である。

 

 

 

「誰だろうと、俺は退きません。不退転の名にかけて」

 

 

 そんなぎざっぽい決め台詞も、シャロンが言うと様になるのだった。

 

 

 

 

 ──歴史に名を刻みそうな変態を乗せた車両は、美人美少女が集う楽園へと向かってゆく。

 

 

 次はどんな変態ワールドが展開されるのか。

 

 今はまだ誰も分からない。

 

 



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第九話 お前を殺す

ヒ○ロ・ユイ


 次元港にてスバルやティアナと落ち合い、臨行次元船で揺られること四時間。

 そこそこの長時間移動ではあるが、シャロンは美少女達の寝顔を拝むためにずっと起きていた。

 たまにトイレへ行く振りをしながら、それとなく覗き込んでいたのは皆には内緒である。

 

 そんなこんなで到着したのは、無人世界カルナージ。

 

 年中を通して温暖な気候と、豊かな大自然に囲まれた休養所として有名である。

 最低限の施設と極僅かな人々が暮らす、"ほぼ"無人世界だ。

 

 この四日間、シャロン等がお世話になるのはアルピーノ邸。

 

 

「凄まじいな」

 

 

 都心に屋敷を構えるシャロンをして、この一言。

 

 土地の価格だとか色々比べる部分は難しいが、それでも見渡す限りアルピーノ家所有の土地なのだから末恐ろしい。

 そして何よりも、美人美少女の楽園である。

 

 

「みんな、いらっしゃーい!」

 

 

 アルピーノ"母娘"が、シャロン一行を出迎える。

 そう、"姉妹"じゃなく"母娘"である。

 

 

「みんなで来てくれて嬉しいわー! 食事もいっぱい用意したから、ゆっくりしてってね」

 

 

 おっとり口調で、ぽわぽわとしたオーラを纏っているのは当主メガーヌ・アルピーノ。

 身体の半分が優しさで、もう半分が愛情で出来ているような人だ。

 来世の転生先候補だな、とシャロンは思った。

 

 度し難い。

 

 

「ルーちゃん!」

 

 

「ルールー! 久しぶり~!」

 

 

「うん! ヴィヴィオ、コロナ!」

 

 

 清楚で上品な見た目とはうらはらに、元気溌剌な女の子で、メガーヌの娘ルーテシア・アルピーノ。

 シャロン等学生組より少し年上だが、その垣根を感じさせないフランクさもまた魅力だろう。

 モニター越しでしか会っていないというリオも、今はにへら顔で頬を赤らめ頭を撫でられていた。

 ペットを飼いなれてそうな巧みな撫で方と褒め方に、動物に生まれ変わった場合の飼い主候補にしようとシャロンは思った。

 

 頼むから、お前だけは今生で終わってくれ。

 

 

「あ! ルールー、こちらがメールでも話した……」

 

 

「アインハルト・ストラトスです」

 

 

「シャロン・クーベルです」

 

 

 ──(ちなみに、あなたは来世が畜生だった場合の飼い主候補です)

 

 そんな事を考えながら、アインハルト同様ぺこりと頭を下げる。

 

 

「ルーテシア・アルピーノです。ここの住人で、ヴィヴィオの友達14歳」

 

 

「ルーちゃん、歴史とかも詳しいし、なんでもできるんですよ~!」

 

 

「えっへん!」

 

 

 両腰に手を据え、胸をはるルーテシア。

 

 ついでに、このルーテシア・アルピーノという少女。

 10歳の頃には推定魔導師ランクオーバーSと目されており、レアな召喚魔法や建築やデバイス設計まで、あらゆる方面に明る過ぎる才女であった。

 優秀レベルでは、シャロンとは桁が違う。

 まぁ、比べる事自体おこがましいというか失礼に当たりそうな気もするが。

 

 

「あれ、エリオとキャロはまだでしたか?」

 

 

 スバルが唐突にそんな事を聞く。

 シャロンはエリオとキャロなる人物は知らないが、名前の語感からエリオの方は男だと確信した。

 

 この美人美少女の楽園に混じった異物。

 どうにかしなければ。

 

 などと物騒な事を考えているが、真なる異常者は自身が異常であることに気付かないのだ。

 どう考えても、異物と形容するならシャロン・クーベルの方である。

 

 

「あぁ、二人は今ねぇ……」

 

 

 事情を知っているメガーヌが話そうとした直後。

 

 

「おつかれさまでーす!」

 

 

 薪を抱えた赤髪のさわやかイケメンボーイと、白い小竜を連れたちっちゃめで桃色の美少女が駆けてくる。

 

 

「エリオ、キャロ♪」

 

 

 フェイトが弾んだ声で二人の名前を呼ぶ。

 シャロンは少年の方がエリオで、少女の方がキャロだなとすぐに悟った。

 兄妹ではなさそうだが、とにかくシャロン的にはエリオの方が気がかりだった。

 

 なにせ、正真正銘の爽やかイケてるボーイだったのだから。

 

 

 ──(楽園にアダムは二人といらん)

 

 

 異世界神話をなぞったよく分からない例えを用いて、敵愾心を燃やすシャロン。

 

 癪ではあるが、安心してほしい。

 ガワだけなら、シャロンは負けず劣らずだしベクトルは被っていないのだから。

 

 "わーお、エリオまた背が伸びてるー!" "そうですか?" "私も1.5センチ伸びましたー!"

 

 などと、自分を差し置いてキャッキャウフフをするエリオを、真顔の眼光で射殺すシャロン。

 完全にサイコキラーのソレである。

 

 

「アインハルト、シャロン、紹介するね」

 

 

「あ、はい」

 

 

「…………」

 

 

 シャロンの心境を知らないフェイトは、嬉しそうにエリオとキャロに向かい合わせる。

 

 ──そして、禁忌を口にした。

 

 

 

「ふたりとも私の家族!」

 

 

「キャロ・ル・ルシエと、飛竜のフリードです」

 

 

「エリオ・モ────」

 

 

 

 

「は?」

 

 

 ──(なんだァ? てめェ……)

 

 シャロン、エリオが紹介し終わる前にキレる。

 しかも心の殺意がダイレクトに漏れ出てしまった。

 

 ヴィヴィオが"フェイトママ"と言っていたから、てっきりなのはとレズカップルだと思い込んでいたシャロン。

 ミッドチルダにおいて、同性婚は普通のことである。

 自分の来世の母になってくれるかもしれないレズ夫婦には既に息子がいて、美少女の妹がキャロも含めていいなら二人もいることになる。

 不退転の怒りは、シャロンを修羅と化した。

 

 だが、すぐに冷静さを取り戻す。

 

 フェイトは"うん?"と小首を傾げ、遮られたエリオも苦笑しながら困っているようだった。

 これはまずいと、咳払いをして一瞬で取り繕う。

 

 

 

「いえ、ごめんなさい。ちょっと、フェイトさんの家族構成に困惑してしまいまして。キャロさんと、フリードに……エリオさん、ですよね?」

 

 

 

 エリオの名前を呼ぶ時だけ、得も言われぬ圧力があった。

 

 

 

「ご、ごめんね! 紛らわしくって!」

 

 

「僕の方も気にしてないし、大丈夫だよ!」

 

 

 

 ちゃんとした構成を聞くと、どうもヴィヴィオの保護責任者としての母親はなのはだけで、フェイトはあくまで後見人であるらしい。

 そして、エリオとキャロの保護責任者がフェイトということらしいが。

 

 ──(結局、同じじゃねぇか!)

 

 "この泥棒猫!"と、内心で威嚇しているがお門違いなので無視して構わないだろう。

 

 

 

「聞きづらいことをお聞きしたみたいで、大変ご迷惑をおかけしました」

 

 

「ううん、ほんと大丈夫だから! ね、キャロ、エリオ?」

 

 

「はい!」

 

 

「僕も、全然!」

 

 

 

 血は繋がらずとも仲睦ましい家族の光景に、シャロンは気づかれないようにギリギリ奥歯を擦り合わせていた。

 

 シャロンとて、実の両親が嫌いだとかそういった感情は一切ない。

 むしろ、こんな自分を愛し育ててくれた肉親に関しては他の人々と同じように大切に思っている。

 

 ──だが、これとそれとは話が別だった。

 

 

「よろしくね、シャロン! ……実は、このオフトレのメンバーは昔所属してた部隊の実動メンバーなんだけど男は僕一人だけだったし、同性のシャロンがきてくれて嬉しかったんだ。歳も近いし、僕とは普通に話してくれると嬉しいかな」

 

 

「…………」

 

 

 エリオ、絶賛大炎上中の火災現場にガソリンタンクをぶち込んだ。

 

 何気ないハーレム部隊に所属していたという情報が、シャロンの心を傷つけた。

 

 

 

「……エリオ、でいいのか?」

 

「うん! ありがとう、シャロン!」

 

 

 

 シャロン、長年培ってきた根性とポーカーフェイスで何とか堪えた。

 偉いぞ、シャロン。

 

 

「あー! エリオ君だけずるい! シャロン、私もキャロって! ね?」

 

 

 キャロも歳の近い男の友人というのが少ないのか、エリオに乗っかってきた。

 

 

「アァ、キャロモヨロシク」

 

「よろしくねー!」

 

 

 荒みきった心が声と表情にまで表れているが、普段のクールな風貌から周囲には勘付かれなかった。

 

 "きゅくるー!"とフリードがシャロンの肩に乗る。

 小動物特有の無邪気で無垢な愛らしさが、唯一の癒しだった。

 

 

「うんうん! 皆仲良くなったみたいで良かった!」

 

 

 フェイトは親として、自分の子供達の交友関係が広がった事を自分事のように喜んでいた。

 知らない方がいいことも云々。

 

 

「エリオ」

 

 

「何?」

 

 

「機会があったら、手合せをお願いしたい」

 

 

「あ、うん! こちらこそ、是非!」

 

 

「俺も少しは武に自信がある。エリオに及ぶかは分からないが──まぁ、不退転の名にかけて後悔はさせない」

 

 

 イケメン同士ががっしりと握手を交わす。

 幾分かシャロンの握力と気迫が強すぎる気がしたが、エリオはそれを本物の強者故と勘違いした。

 男の友情というやつを知らないエリオは、これがそうなのだろうと内心心躍らせていた。

 

 ──(不退転の名にかけて、お前を殺す)

 

 握手にはそんな意図が込められていたりするが、やはりこれも知らぬが云々。

 シャロンが男相手にこれ程本気になったのは、エリオが初めてであった。

 

 タイプの違うイケメン二人の熱い友情、傍から見れば画になる光景だ。

 

 

 ──そんな光景を、すっかり忘れ去られていたガリューという召喚獣もじっと見ていた。

 

 彼が何を言わんとしていたのかは、神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、お昼前に大人のみんなはトレーニングでしょ。子供たちはどこに遊びに行く?」

 

 

「やっぱりまずは川遊びかなと……お嬢も来るだろ?」

 

 

「うん!」

 

 

 メンバーの顔合わせが終わり、ついに始まった春の合宿。

 管理局所属の大人組はトレーニングに向かい、子供等は遊ぶという流れになっていた。

 

 

「あー、でもシャロンは向こうの方がいいか?」

 

 

 シャロンという人物を少しは理解(本当は微塵もしていないが)しているつもりのノーヴェ。

 武に対してストイック過ぎるシャロンは、大人組の訓練に混ざった方がいいのではないか。

 恐らくこの少年なら問題なく着いていていけるだろうと、気を遣って提案した。

 

 

「私は全然構わないよー! むしろ、大歓迎!」

 

 

 主導のなのはは、来る者拒まず。

 というより、職業柄みずから訓練に参加したいという者は大歓迎だった。

 

 

「そうですね……」

 

 

 シャロン、川遊びと訓練のメリットとデメリットを天秤にかける。

 

 訓練に参加する場合、大人の美人さんに美少女のキャロ等と汗まみれになりながら鍛えることが可能。

 鍛錬自体は望むところだし、こんなお得な特典がついてくるなら行かない手はない。

 

 

「シャロンと一緒に汗を流せるなら、僕も嬉しいな!」

 

 

 と、エリオが一言。

 

 最大のデメリットがこれである。

 何が楽しくて、目の敵にしている美少年と汗を流さないといけないのか。

 しかも、エリオは並走して交友を深める気まんまんだった。

 

 

「だったら、私も……!」

 

 

 そして、アインハルトも続こうとする。

 

 

「……俺も子供らしく川遊びでもしてますよ」

 

 

 メリットに対して、デメリットがでかすぎるから拒否一択だった。

 

 

「そっかー、残念」

 

「じゃあ、また後でねシャロン!」

 

「よし、決まりだな! アインハルトもこっちに来るよな?」

 

「はい……」

 

 

 結果、予定通りのメンバーで訓練が行われ、シャロンアインハルトを加えた子供組がノーヴェを引率として川遊びに向かうことになった。

 

 ほぼ選択肢はなかったが、川遊びに参加することにはメリットしかない。

 

 だってそりゃ──

 

 

「水着に着替えたら、ロッジ裏に集合だ!」

 

『はーい!』

 

「み、水着!?」

 

 

 ──美少女達の水着を堪能しながら、合法的にキャッキャウフフできるから。

 もう、アドの塊である。

 川遊びこそ、シャロンが望み焦がれた楽園であった。

 何故か狼狽えているアインハルトは水着を用意していないらしく、"それなら"とわきわき指を動かすルーテシアに連行されていった。

 

 後輩組とアインハルト、ルーテシアが更衣室に入る中、シャロンとノーヴェだけは残っていた。

 

 

「なんだ、お前。もしかして、水着もってないとか?」

 

 

「そういうノーヴェさんこそ、水着に着替えないんです?」

 

 

 暗に、"はよ着替えて柔肌見せろや"と催促するが、ノーヴェは気づかず頬を赤らめて答える。

 

 

「あ、あたしは、下に着てるから脱ぐだけでいーんだよ……」

 

「意外と、遊ぶの楽しみにしてたんですね」

 

「う、うるせー! お前も着替えるか、ないなら借りてこい!」

 

 

 "一応水着着てるけど、服脱ぐからこっち見んなよ!"と、上着を脱いで鞄にしまうノーヴェをばっちり肉眼で収めながら、シャロンはデバイスを取り出した。

 

 

「セットアップ」

 

「え、ちょ、おま、何して!?」

 

 

 シャロンのバリアジャケットは、上半身半裸で膝にかかる程度の短パンのみである。

 簡易的な構造のため、少し弄れば水着仕様に早変わり。

 

 "パァン!"と手を叩くと、同時に衣服が弾け飛んだ。

 

 正確には魔法で収納されているだけなので、実際に破けたわけじゃない。

 

 

「準備できましたよ」

 

「いやいやいや、それでいいのかお前!? それ、バリアジャケットだし魔力食うだろ!?」

 

「これ、かなり燃費いいんですよ。それにほら、俺は魔力量多いから問題ないです。着替えの手間も省けるし、いいこと尽くめです」

 

「……なら、いいか」

 

 

 驚かされるのにもいい加減慣れてきたノーヴェは、適当に割り切って接することを覚えた。

 

 

「にしてもだ──」

 

 

 すると突然、何を思ったのかノーヴェはシャロンの頭をわしゃわしゃと撫で始めた。

 

 

 ──(What!?)

 

 

 予想だにしないご褒美に、シャロンは硬直する。

 なのはとは違う撫で方だが、この犬を撫でるかのようなざっくりとした感じもまた堪らないと評価。

 

 

 

「──また気を遣わせちまったな」

 

「はい?」

 

 

 

 唐突だが、本日の勘違いワールド炸裂である。

 

 

 

 

「お前、アイツ等に気を遣って訓練断ったんだろ?」

 

 

 

 "アイツ等"とは、ヴィヴィオを筆頭とした後輩組である。

 彼女等は当然、シャロンやアインハルト等との川遊びを期待していたが、シャロンが訓練に参加することでアインハルトもそっちに流れてしまうと肩を落としていた。

 

 だが、エリオが居たことでシャロンは訓練に参加する気は一切なくなっていた。

 

 アインハルトが自分も訓練に参加すると言ったタイミングで断った為、そういう風に誤解したのである。

 

 運は完全にシャロンの味方であった。

 

 

 

「……気のせいですよ。行きましょう」

 

 

「はは、照れんなって! このこの!」

 

 

 

 照れてるんじゃなくて、気持ちよくなって俯いていたのだ。

 ノーヴェにツンツンされながら、ロッジ裏へと向かう。

 

 

 美人美少女の楽園だと思っていたのに、最凶の刺客が紛れ込んでいたりと想定外のことはあったが、シャロン的には概ね順調な訓練合宿の滑り出しであった。

 

 

 

 

 ──(美少女の水着を楽しみ、更に同じ水の中で一体になることで更なるエクスタシィを……!)

 

 

 

 

 ──最悪のド変態を加えるはめになった訓練合宿は、まだまだ始まったばかりだった。 



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第十話 川遊び

第十話 川遊び

 

 

 川遊び組の着替えが終わり、ロッジ裏に集合した頃。

 各々が自分らしさを表現した水着を披露していると、後輩組三人がシャロンの肉体に食いついた。

 

 

「うわー、先輩の身体すごっ!」

 

「貫録ありますねぇー!」

 

「わー……!」

 

 

 六パックに割れた腹筋に、逞しい胸板。

 鍛え抜かれた肉体美に加えて、あちこちに見受けられる古傷が、歴戦の格闘家としてのシャロンを物語っていた。

 本人は基礎鍛錬というが、それでも膨大な筋トレと、岩石砕き等の一部常軌を逸した内容を熟している上、試合では例によって不退転するのだからそりゃそうなるだろう。

 本当の意味で、この古傷は全てシャロンの勲章であった。

 

 

「おぉ~! 凄く硬い!」

 

「ちょ、リオ!?」

 

 

 興味津々といった感じのリオは、早速シャロンの割れた腹筋をつんつん突いていた。

 平然を装っているが、言うまでもなくシャロンは高まっている。

 

 

「そんなに珍しいものでもないと思うが」

 

 

 いや、シャロンのような変態は珍しいどころじゃないと思うが。

 

 

「いえ、私も男性の格闘家を何人も見てきましたが、ここまで磨かかれた方は見た事ありません」

 

「なんだよ、その古傷。お前本当に中学生か……?」

 

 

 相変わらず、ノーヴェとアインハルトの好感度はアホみたいに高い。

 自分のガワの魅力に自覚がないシャロンだからこそ、ナチュラルなイケメンオーラを醸し出せている部分もあるかもしれない。 

 

 

「そういうアインハルトも、随分大胆な水着じゃないか。似合ってるぞ」

 

 

 ほら、こういう所である。

 

 寡黙で自己主張しない彼女にしては珍しい、黒を基調としたビキニタイプの水着。

 しかも、布同士を結んでいるような形態故、ふとした事で解けて隠された神秘が露わになりそうな危うさがまたそそられる。

 などと、内心で考えているのはこんな調子なのに。

 

 案の定というか、様式美のようにアインハルトは顔を真っ赤にしていた。

 

 

「こ、これは、ルーテシアさんが選んでくださったものなので……!」

 

「うんうん、やっぱり私のセンスに狂い無し! 良かったねー、アインハルト!」

 

「アインハルトさん、顔真っ赤~!」

 

「先輩! 私のはどうですか!」

 

「うぅ~、私も学校指定のじゃなくて、ちゃんと買えば良かったかな~」

 

 

 シャロンが一言放っただけで、美少女達が様々なリアクションを返してくれる。

 勘違いを繰り返した末の人物像とイケメンな容姿によって、今日もシャロンの世界は美少女で彩られていた。

 

 羨ま死ね。

 

 閑話休題。

 

 

「皆、似合ってるよ。コロナも、素の可愛さが洗練されてるんじゃないか」

 

「私も褒めてくださいよー!」

 

「はいはい」

 

 

 十歳児が身につけるにはこれまたハードルが高いというかなんというか。

 コロナやリオが程よく小学生をやっている気がする。

 ヴィヴィオのはアインハルトと同じビキニだが、こちらはピンク主体で胸の中心に大きなリボンをあしらえたデザインになっている。

 水泳用に髪もツインテールになっており、普段とは違うあざと可愛さがそこにはあった。

 

 アインハルトとヴィヴィオを並べると、そのコントラストの見事さで次元断層の一つや二つ起こるのではないかと、馬鹿なことを考えるシャロン。 

 

 

「えへへ~、ありがとうございます~!」

 

 

 ヴィヴィオも時間をかけて選び抜いた珠玉の水着を褒められて満更でもなさそうだった。

 

 ここまで普通の主人公を演じているシャロンだが、頭は大気中のビショウジョニウムの急上昇によりオーバーヒート寸前である。

 意味が分からないかもしれないが、恐らく誰も分からないと思うのであまり気にしないでほしい。

 

 

 ──(アインハルトとヴィヴィオのコンビネーションによるシナジーはエクスペクテンシーをオーバーしているが、更にその一組のアンチテーゼとして成り立っているのがリオとコロナだ。これは素晴らしい。真面目でお上品なコロナの学校指定……いわゆるスク水は、彼女だからこそ素の清楚さと小学生特有の愛らしさを倍々ゲームの如く上昇させている。リオはこれもう今の年齢でしか着れないようなヒラヒラのワンピースを選んでいるのがポイント高い。リオとコロナは自分の年齢を最大限に活かす水着を、そしてアインハルトとヴィヴィオは幼さを残しつつアクセントとしての大人っぽい水着を選んでいる。互いの組の中でもまた違う方向性の可愛らしさを持っており、誰が優れているとか劣っているとかもはやそういう次元の話ではない。更に、アインハルトの水着を選び抜いたと同時に、自らも一流のコーデで着飾るルーテシアさんもまた素晴らしいという表現では…………)

 

 

 先ほどまで挙げたシャロンの内心はほんの一端。

 それを少し掻い摘んだだけ。

 少ない言葉数だったのは、思考のリソースを殆ど分析に使っていたから。

 本当のシャロンの内心は、このように言葉の濁流で混沌としている。

 現在進行形で、世界中で最も無駄なマルチタスクを熟しているシャロン。

 気持ち悪さの倍々ゲームである。

 

 

「お、川が見えてきたな」

 

「あたしいっちばーん!」

 

「あーリオずるーい!」

 

 

 そんなシャロン事情も露知らず、美少女達は無邪気な笑顔で我先にと川へ飛び込んでいく。

 少し後ろから眺めるシャロンは、極めて芸術性の高いこの一枚を収めるのに必死だった。

 

 

「ノーヴェさん、できれば私は練習を……」

 

「まぁ、準備運動だと思って遊んでやれよ」

 

「ですが……」

 

 

 煮え切らない態度のアインハルト。

 後輩組と打ち解けつつはあるが、やはりまだ距離があるようだった。

 そこで、ノーヴェがシャロンに念話を送る。

 

 

『シャロン、お前アインハルトを川へ投げ込んじまえ』

 

『え!? いいんですか!?』

 

 

 ──(そんな役得があっていいんですか!?)

 

 という意味での返事だが、無茶振りに困っていると誤解したノーヴェ。

 

 

『あぁ、私が許可する! 思いっきりやれ!』

 

 

 "魔力量は豊富だし、あいつなら大丈夫だろう"と、意外と容赦がない。

 実際、魔導師は本能的に危険を察知すると魔力強化が働くので、川へ投げ込まれるくらいで怪我はしないのだが、別にそんな心配はシャロンはしていない。

 

 ──(今まで試合中にはだけた相手とやる機会はあったが、まさか水着の美少女を合法的に投げられる機会がくるなんて思いもよらなかったぜ……俺が格闘技を始めたのも、全てはこの日の為だったに違いない!)

 

 いまだ恥ずかしそうに水着を手で押さえているアインハルトを視界に捉え、どのような角度で、手法で投げ飛ばそうかと目を見開いて考える。

 

 ──(チャンスは一度切り。となると、安定のアレでいくか?)

 

 人を川に投げ飛ばすの安定の手法なんてあったもんじゃないが、シャロンは大真面目だ。

 

 ここまで僅かコンマ数秒。

 シャロン、ついに動き出す。

 

 

 

「アインハルト」

 

「シャロンさん? ちょうど良かった。私と一緒に組手でも……」

 

「──すまん」

 

 

 シャロン、アインハルトの肩に手を回し、膝裏を蹴りあげて宙に浮かせる。

 一瞬のことで何が起きたのかもわからないアインハルトを、そのままナイスキャッチ。

 

 

「……え?」

 

「恨むならノーヴェさんを恨んでくれ。俺だって、本意じゃないんだ」

 

 

 史上最低の大嘘吐きがここにいた。

 さらっとノーヴェに命令されたという建前を使って、無理やりやらされたことにしようとしていた。

 

 

「飛ぶぞ、アインハルト!」

 

 

 "ちょっと、え? あの、どういう事ですか!? 降ろしてください!?"と抵抗するも、超怒涛の展開はそんな彼女の抗議すら受け付けない。

 シャロンは前のめりになり、アインハルトを抱えたまま疾走。

 勢いがついたところで、両腕をフルスイングしてアインハルトを投げ飛ばした。

 

 

 

「きゃあぁぁ!?」

 

 

 

 ──春真っ盛りの大自然の中、美少女が宙を舞う。

 

 

 狙い通り、アインハルトは後輩組がはしゃいでいる隣くらいに着水する。

 ド派手な水しぶきがあがり、"天然シャワー!"と後輩組が能天気そうなコメントをする。

 

 

 ──(虹さえ霞む美しさ……そして、素晴らしい抱き心地であった)

 

 

 密着した時に弾けたフローラルな香りと、指が簡単に食い込んだもちもちの白肌の感触はしっかりと脳裏に焼き付いている。

 アインハルトがこちらを睨んでいる気がしたが、それもまた気持ち良しとシャロン。

 すぐに後輩組に捕まって、水泳に参加させられていた。

 

 

「シャロン、お前は行かねぇのか?」

 

「もうちょっと見学してから混ざりますよ」

 

 

 正直、シャロンも川の中に入るのを少し躊躇っていた。

 確かに同じ水中で一体化できるのは魅力的だが、それはそれで折角の"聖域"をシャロンという不純物で汚してしまうからだった。

 まぁ、不純物という観点で見れば、世界全体でも有数な不純物だと思われるが。

 

 そんなこんなで、もう少し"聖域"としての純度を高めてから入水する事に決めたシャロン。

 美少女が泳ぐ姿をサーチャー越しでまじまじと眺めていた。

 

 

「にしても、皆よく泳ぎますね。特にヴィヴィオ達の持久力は中々目をはります」

 

「まぁな。あいつらはなんだかんだ週二くらいか? プールで遊びながらトレーニングしてたからな」

 

 

 それでヴィヴィオは、しなやかで持久力のある筋肉が仕上がっていたのかと納得するシャロン。

 ボディチェックの時は堪能させていただきましたと、ノーヴェに感謝の念を送っていた。

 

 そして、ふと思った。

 

 

「週二でプールですか」

 

「そうだよ」

 

「市営プール?」

 

「あぁ」

 

 

 ──(俺が知らない間に週二でプールだと……!?)

 

 水中での訓練が有用なのは確かだが、そんなものは自然の激流の中に身体を埋めて行っていたシャロン。

 そもそも、市営プールは老若男女集う場所。

 そんな中で興奮の極致に至れる筈はなく、寧ろ感覚の鋭いシャロンは野郎と一緒に入る時点でマイナスだった。

 

 ──(だが、この後輩組と一緒なら+にはるのでは?)

 

 今度、機会があれば誘ってもらおうと決心した。

 

 

「……シャロンさん」

 

 

 また暫くすると、かなり疲弊したアインハルトが川から上がってきた。

 

 

「お疲れさん。水の中はまた違った感覚だろう?」

 

「はい……体力には自信があったのですが」

 

 

 ノーヴェが暖かいカップを渡すと、ふーふーしながら口につけるアインハルト。

 

 

「別に水中と陸上に向いている筋肉の質がまるで別物という話でもない。水中での動作に影響が出やすい、膝や肩、関節の柔らかさが重要になってくるだけで、それはストレッチを日頃からしていれば解消される」

 

「さすが、詳しいなシャロン」

 

「一応、アスリートなので」

 

 

 一流の格闘技者でアスリートなのは、彼が超ド変態だとしても変わらぬ事実だった。

 

 そして"聖域"の質もそろそろ極まっただろうと、シャロンは腰を上げて準備運動を始めた。

 

 

「じゃあ交代だ」

 

 

 身体がほぐれたのを確かめると、川の中へ勢いよく飛び込んだ。

 まだまだ元気いっぱいの後輩組に混ざり、アインハルトと同様に岸まで競争したり、素潜り対決をしたり、普段の訓練では得られない興奮を存分に味わうシャロン。

 

 ──(美少女成分が沁みだした清い川の中に溶け込み一体となる……あぁ母なる安らぎとは正にこのことか。全身を包むのは単なる水ではなく、美少女そのもの。俺は今、世界と一つになろうとしている……!)

 

 変態が世界との融合を果たそうとしてトリップしている最中、ノーヴェが一声かける。

 

 

「よーし、ヴィヴィオ、リオ、コロナ! ちょっと、"水斬り"見せてくれよ!」

 

 

 そう言うと、後輩組が"はーい"と元気よく返事をして何やら構えを取り出した。

 

 

「水斬り?」

 

「まぁ、見てなって」

 

 

 正気に戻ったシャロンも一度川から上がって、アインハルトと横並びで"水斬り"とやらの見せてもらうことになった。

 

 

「いきますっ!」

 

 

 まずはヴィヴィオが一突き。

 数mの水柱が上がり、衝撃で水面がめくれあがる。

 リオとコロナもそれに続き、似たり寄ったりの水柱を上げた。

 

 

「アインハルトとシャロンも格闘技強いんでしょ? 二人とも試してみたら?」

 

 

 ルーテシアがシャロン等を促す。

 

 

「──はい」

 

「俺は投げ主体なのでパスします」

 

 

 一見、子供の頃によくやった水遊びに見えるが、その実打撃のチェックができる合理的な遊びだった。

 水という空気抵抗よりも重い障害物が纏わりつくことで、普段の雑な拳の使い方が如実に現れるからだ。

 そういうわけで、"ではお言葉に甘えて"と、アインハルトだけが入水する。

 

 

 

「いきます」

 

 

 

 水中は初体験のアインハルト。

 彼女なりに導き出した理論で構えて、溜めた拳を解き放つ。

 

 

 

「はぁッ!」

 

 

 

 水中で一閃。

 

 後輩達よりも派手な水柱が上がった。

 

 

 

「すごーい!」

 

「水柱、5mくらいあがりましたよ!」

 

 

 

 だが、初速の速さ故か、撃ち抜く瞬間には勢いが死んであまり前進はしなかった。

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 本人も予想と違ったのが、素っ頓狂な顔で落ちてくる水飛沫に打たれていた。

 

 

「お前のはちょっと初速が速すぎるんだな」

 

 

 ノーヴェがお手本を見せると入水して、腰まで浸かる程度の所で構えをとる。

 "初めはゆるっと脱力して、途中はゆっくり……"と、解説を交えながら水を蹴ってみせた。

 拳打と蹴りでは勝手が違うかもしれないが、理論自体は一緒である。

 

 

「んで、この一連の流れを素早く行う……とッ!」

 

 

 ノーヴェの本気蹴り。

 

 アインハルトと同じくらいの水柱に加えて、倍以上の距離の水面が割れた。

 

 

「こうなるわけだ」

 

 

 得意げな顔をするノーヴェ。

 さすがストライクアーツ有段者権指導資格を持っているだけあり、コーチングもテクニックもかなりのものだった。

 シャロンでは理論を教えることはできても、いざ実践して見せるということはできない。

 

 

「シャロン先輩のも見てみたいですー!」

 

 

 すると、シャロンの教え子第一号のヴィヴィオが一言。

 

 

「俺は、技術だけならお前達にずっと劣るんだが……」

 

「けどお前、打撃は使わなくはないんだろ? いいから、やってみろって!」

 

「私もDSAA強豪選手の腕前、気になってたりするんだよねー。ここのオーナー権限で命令です! シャロン、水斬りやってみせて!」

 

 

 曲がりなりにも教え子にせがまれ、寄宿先のオーナーに命令されては仕方ない。

 

 

「……分かりました。とにかく、水を"斬って割れば"いいんですよね」

 

「細かい打撃方法は任せるよ。とにかく、打ってみてくれ」

 

 

 真打登場とばかりに盛り上がるギャラリー。

 引くに引けない流れだと、腹を括るシャロン。

 

 ──(……ここまで盛り上がられると、下手なもんは見せられないよなぁ)

 

 シャロンは理論では分かっていても、細かい技量までは追いついていない。

 そもそもが力押しが売りであるからして、多少パワーロスが生じようが、圧倒的な力で押し通してきた男だ。

 力isパワーを地で行ってきたシャロンにとって、この水斬りという遊びは苦手分野だった。

 

 ──(しかし、あれだ。特に打撃の仕方に指定はないもんなぁ)

 

 オーナーや引率者からのパワハラを受けたからには、多少の意趣返しも許されるだろうと口元を歪ませる。

 

 

「じゃ、"水斬り"やらせてもらいますよ」

 

 

 まずは足腰を曲げて低くし、押さえつけられたバネのように力を溜める。

 魔力の循環を活性化し、コンディションを整えると、最高のタイミングで地面を蹴った。

 

 

 

 

「フンッ!!!」

 

 

 

 

 ──春真っ盛りの大自然の中、イケメンが宙を舞う

 

 

 

 お前水斬りするんじゃねぇのかよと思われるかもしれないが、まぁ待ってほしい。

 

 ギャラリーが呆気にとられる中、シャロンは数mの飛翔と同時に半回転して打撃の構えを取った。

 そこから空中に魔法で足場を作り、筋肉で膨れ上がり魔力で強化した両の脚で、再び水面へと直下ダイブする。

 

 

 

 

「いくぞォッ!!!」

 

 

 

 ──シャロン、全身のウェイトが乗った最高の一撃を水面に叩きつける

 

 

 結果。

 

 

 

 

"えええぇぇ!?!?"

 

 

 

 不退転本気の一撃は、文字通り水を割り、水柱の域を超えた軽い津波が起こるレベルの衝撃であった。

 打撃チェックの概念が崩れるが、細かく指示しなかったのが悪いと屁理屈をこねるシャロン。

 ギャラリーは皆、波に飲まれて周囲は大参事であった。

 

 

「水、割れたでしょう?」

 

 

 したり顔で、浮かび上がってきたギャラリーに言い放つシャロン。

 

 

「割れたでしょう、じゃねぇ!? 危うく溺れるかと思ったわ!?」

 

「ぷはー! あははは、シャロン先輩やっぱすごーい!」

 

「は、はひー……」

 

「ほ、ほんものの津波もあんなかんじなのかな……」

 

「……呆れた。男の子ってみんなこうなのかしら」

 

 

 後輩組やルーテシアは、呆れつつもシャロンのサプライズアタックを楽しんでいたようだった。

 そして、説教をしたノーヴェは、二度とシャロンには無茶な振りはしないことを心に誓う。

 何をしでかすか分からない所が、変態の怖い所である。

 

 

「……酷い目にあいました」

 

 

 一番近くにいたアインハルトが最も被害を被っていた。

 げんなりした表情から、心的疲労の程が伺える。

 無理やり川遊びに連行されたかと思えば、変態に投げ飛ばされ、挙句にこれだ。

 

 ──だが、悲劇はこれで終わらない

 

 

 

「あれ、アインハルトさん……?」

 

 

 

 ヴィヴィオが何かに気づき、声をかける。

 

 

 

「なんですか、ヴィヴィオさん」

 

 

「いえその……」

 

 

 

 ちょっと言い辛そうにしている。

 何を躊躇っているのか、疑問に思うアインハルト。

 

 周りもヴィヴィオの声で、彼女の方へ向く。

 

 ──そして、気付いてしまった

 

 

 

 

「……上の水着が」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 目線を下げると、そこには産まれた頃と変わらぬありのままの姿があった。

 ささやかな膨らみと、その中央にある桜色まで──再度言うが、ありのままの姿がそこにはあった。

 

 

 

「~~~~ッ!?!?!?」

 

 

 

 すぐに手を覆い隠すアインハルト。

 相当恥ずかしいが、同性になら見られても致命傷ではない。

 

 ──問題はがあるのは、この場でただ一人の異性

 

 

 

「……見ましたか?」

 

「…………」

 

 

 

 ──不退転の変態、シャロン・クーベル少年であった。

 

 シャロンは問いかけに対して、顔をそらして無言の返答をした。

 

 それが意味するのは、まぁ"ばっちり拝ませてもらいました"という事なのだが。

 

 

 

「見たんですね!?」

 

 

 

 本当は今すぐシャロンに飛びかかって問いただしたいところだったが、生憎と両腕は胸を隠すので手一杯である。

 

 すると、シャロンは何を思ったのかアインハルトの方へ向き直り、真っ直ぐに彼女を見据えてこう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

「──見た」

 

 

 

 

 

 

 

 こいつ、何真顔でラッキースケベ宣言をしているのだろう。

 

 "おぉ~!"とリオとルーテシアが、その男気溢れるドストレートな返答に感嘆していた。

 

 

 

「え……あの……えっと……」

 

 

  

 まさか正直に"見た"と言われるとは思いもよらず、逆にどう返していいか困惑するアインハルト。

 

 ──しかしこの時、実を言うと困惑していたのはアインハルトだけではなかった

 

 

 

 

 ──(まじッべーわ……まじッべーよ……本物の桜なんて見た事ないのに、本物以上のもの拝ませてもらっちゃったけど、それどころじゃねぇぞこれ)

 

 

 ハイパーラッキースケベイベントにシャロンの脳内の九割が桜色で染まったが、残り一割の緊急事態に対処するための部分は冷静に現実を受け止めていた。

 嵌めを外し過ぎて同級生の水着を吹き飛ばしたなんて噂が広まれば、シャロンの社会的地位が死にかねない。

 実際はそこまでにならないかもしれないが、しどろみどろに誤魔化しては不退転の名が泣くと。

 

 そう考えて、博打に出たのだ。

 

 

 ──(不退転は、退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!)

 

 

 いや、省みて悔い改めるべきだろう。

 

 

 シャロンはぷかぷかと浮かんでいる黒い水着に気が付くと素早く手に取り、アインハルトの元へ近づく。

 堂々と向かってくるシャロンに、身の危険とまではいかないが、恥ずかしさで僅かに後ずさりをするアインハルト。

 けれど、相手が殆ど全裸の美少女だからって、シャロンは手加減するような男ではない。

 傍から見れば、自棄を起こして襲いかかろうとしているようにしか見えないが、そこまで理性を欠いてもいなかった。

 

 

 

 

 

「──俺は言い訳しない。本当に一瞬だったが、見てしまったのは事実だ。そして、何も思わなかったと言えば嘘になる。許してくれとは言わないが、嵌めを外し過ぎたことは心から謝罪する」

 

 

 

 

 一瞬どころか、誰よりも早く気づいて凝視していたのでこれも大嘘なのだが一先ずおいておこう。

 

 

 

 

「本当にすまなかった。怪我と違って、治療すれば何とかなるものじゃないからな……もし償えることがあるなら、何でも言ってほしい」

 

 

 

 勢いに身を任せて罪を暴露して謝罪する。

 なんと潔い様だろう。

 このまま切腹でもして詫びてほしいくらいだ。

 

 "水着は見つけてきたぞ"と、アインハルトの肩に水着をかけるシャロン。

 

 

 

「……ありがとうございます。それと……取り乱してすいませんでした」

 

 

「全部、俺が悪いんだ。気にしないでくれ」

 

 

 

 あまりにも冷静過ぎる対応に、アインハルトの熱も次第に引いて落ち着きを取り戻しつつあった。

 加害者と被害者が和解したことにより、周囲の張りつめた空気も緩まってきた。

 "シャロンに水斬りやらせたあたしも悪かったよ""私も同罪ね"と、ノーヴェとルーテシアも謝罪したことで、これにてアインハルトのぽろり事件は大団円となった。

 

 

 

「にしても、まさか見たって言い切るとは思わなかったわー」

 

「シャロン先輩、男前~!」

 

「あはは……」

 

「確かに……」

 

 

 

 ラッキースケベを通して、加害者のくせに何故か株が上がったシャロン。

 

 元々築き上げてきたイケメン像が後押ししたのもあるが、あそこまで表情に出さずに淡々と罪を認めて真摯に謝罪をできる人間は滅多にいないだろう。

 

 

 

 ──(露骨なヌードは好まないが、偶然に偶然が重なって生じた奇跡の光景というのは中々に……フフ)

 

 

 

 澄ました貌を一枚引っぺがせば、最低な変態野郎の面が拝めるのに、その一枚のガードが堅すぎて誰も本性を見抜けない。

 

 

 

 ──春のぽかぽか陽気にあてられ、今日も変態はご機嫌さんであった。



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第十一話 "シャロンさん"

 水斬り騒動も一段落し、色んな意味で疲れ果てた川遊び組はロッジに帰還。

 そこで待っていたのは、山盛りの肉や野菜……つまるところ、バーベキューである。

 育ち盛りは食べ盛り。

 ヴィヴィオ等に限らず、シャロンもその例外ではなかった。

 着替えもそこそこに、支度を済ませてテーブルに着く。

 

 

「じゃあ、今日の良き日に感謝を込めて」

 

 

 "いただきます"と、異世界発祥の食前の祈りを済ませて手をつける。

 美人美少女に囲まれながら、空腹をスパイスに最高のバーベキュー。

 プライスレスな優雅なランチ──

 

 

 

 

「美味しいね、シャロン」

 

「……そうだな」

 

 

 

 

 

 ──にはならなかった。

 

 具体的には、周りが気を利かせて同性のシャロンとエリオを固めたのである。

 "俺の最高のランチを返せ"と、普段と変わらぬ仏頂面に殺意を込めてエリオを睨むが、返ってくるのは真正の爽やかイケメンスマイルだった。

 しかも、自棄食いするシャロンと同じペースで平然と食うのだから、腹が立つったらありゃしない。

 

 

 

「そろそろ無くなりそうだし、追加分焼いてくるね」

「それなら、俺が」

「ううん、シャロンは待っててよ!」

「…………」

 

 

 

 これで席を離れる理由がなくなってしまう。

 

 ──(余計な世話焼いてんじゃねぇ殺すぞ)

 

 育ちが良い筈のシャロンだが、中身は品性の欠片もない暴言と憎悪がひしめき合っていた。 

 最も構われたくない相手から甲斐甲斐しく世話をされるシャロン。

 後半はもう諦めて、話に相槌を打ちながら肉を咀嚼する機械となっていた。

 

 

 

「オニクオイシイ」

 

 

「そう言ってくれると、焼いてきた甲斐があるかな」

 

「シャロンって凄く大人びて見えるけど、今は何だか子供っぽく見えて可愛い!」

 

「大人びてっていうか、生意気って感じだけどね~」

 

 

 

 世話を焼くイケメンと、死んだ表情で世話を焼かれるイケメン。

 ちょっと意外な一面があるのだと、女性陣に誤解されながら微笑ましく見守られる二人。 

 シャロンが腹を十二分まで満たした頃には、皆午後のティータイムを楽しんでいた。

 その間、エリオへの報復を目論んでいたシャロンは、おもむろに席を立つ。

 向かったのは、なのはが居る場所。

 

 

 

「なのはさん」

 

 

 

 相変わらず美しく、叱る時はきっと愛の射砲撃がびしばしとんでくるんだろうなぁ等と、クソな妄想を垂れ流しながらシャロンはなのはに声をかけた。

 

 

 

「どうしたのかな?」

 

「少し相談がありまして」

 

 

 

 ──(エリオをフルボッコにするためのな)

 

 内に秘めたドス黒いモノを悟られないよう隠しながら、"実はかくかくしかじかで"と、こっそりなのはに耳打ちするシャロン。

 

 

 

「うん! そういうことなら任せて!」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 

 建前はばっちりなので、耳打ちされたなのはも納得どころか、むしろ喜んで賛同してくれた。

  

 

 ──(計画通り)

 

 

 誰も見ていないのをいいことに、振り向きざまに悪そうなキメ顔をして食器の片づけ作業に入るシャロン。

 

 

 

 ──(俺が楽園でただ一人のアダムとなる)

 

 

 

 異世界神話をなぞって、意味の分からぬ例えを用いる頭のおかしい変態。

 そんなに楽園のアダムになりたいのなら、早く天に召されてはいかがだろうか。

 

 

 

 

 

 

 シャロンは自分の作業を終えると、軽くアップをしてから大人組に合流する。

 

 

「あれ、シャロン?」

 

 

 "訓練に参加するの?"と、どことなく嬉しそうに尋ねるエリオ。

 午後は模擬戦の後に、ウォールアクトやシューティングなど各々のスキルアップを図るメニューとなっている。

 シャロンがなのはに頼んでねじ込んでもらったのは前半の模擬戦。

 元六課の分隊ごとに行う予定であったが、これもまた一興とのことで軽く承諾された。

 

 

「そういう訳で、本気でいかせてもらおう」

 

 

「こっちこそ、望む所だよ! お互い、悔いの残らないよう全力でやろう!」

 

 

 今回のシャロンの"本気"は、DSAAで見せるような己の性欲を満たす為の"本気"とは違う。

 相手を徹底的に叩きのめすための"本気"である。

 同じ"本気"なのには変わりないが、今のシャロンは文字通りの意味で"本気"なのだ。

 誰にも見せたことのない本当の"不退転"がここに顕現する。

 

 

「ストラーダ!」

 

 

 互いにデバイスを起動して戦闘モードに移行。

 エリオは白いジャケットを纏い、両手には槍状に変化したストラーダを持つ。

 幼い日から魔法の訓練を重ね、大人顔負けの場数を踏んできたエリオにもさすがの貫録があった。

 

 

 

「──セットアップ」

 

 

 

 対するシャロンは、いつものようにただの半裸──ではなかった。

 

 

 

「シャロン先輩!?」

 

「シャロンさん!?」

 

「うそぉッ!?」

 

 

 

 模擬戦の噂を聞きつけ、訓練に参加していない後輩組プラスアルファも試合を見に来ていた。

 

 

 

「──さぁ、始めよう」

 

 

 

 

 別に後輩組に限らず、その場で見ていた誰もが驚愕していた。

 

 

 

"大人モード!?"

 

 

 

 と。

 半裸には変わりないが、風貌が全く異なっていた。

 そう、大人モードの使用である。

 実はシャロン、この魔法をDSAA公式試合では一度も使ったことがない。

 別に使えなかっただとか、動作が安定しないだとかではない。

 というか、肉体に直接作用するような魔法は得意分野である。

 

 では、何故か。

 

 

 ──(大人モードはいわば、魔法で編んだ偽りの肉体。偽りの肉体がいくら強靭であろうと、ソレははたして本当に俺なのだろうか? 俺ではない何かが交わったところで、俺は本当に興奮できるのだろうか? 断じて否だ)

 

 

 とのことである。 

 

 

 

「俺はこの魔法が好きじゃない。だが、"普段の試合"じゃないなら話は別だ。エリオには"同じ男"として負けたくないし、歴戦の猛者相手なら少しでも背伸びをしないと難しそうだからな」

 

 

「あはは、それは少し買い被り過ぎだとは思うけど……シャロンの本気は伝わったよ」

 

 

 

 エリオも涼しい顔をしているが、内心では戦慄していた。

 

 大人モードとは、肉体年齢の未熟さを補う為の魔法の俗称である。

 逆に年齢を下げて、最盛期の自分に戻す魔法だってある。

 

 閑話休題。

 

 シャロンが先取りしたのは二十手前の完全に仕上がった頃の自分の肉体。

 長年の鍛錬や試合でついた古傷はそのままに、もう一回り膨れ上がった筋肉と百八十を軽く超えた身長。

 油断も隙もなさそうな表情と、相手を捉えて逃がさない切れ長の瞳

 "こいつを倒すためなら縛りすら捨て去っても良い"という、不退転の覚悟の表れだった。

 

 こころなしか、髪も若干伸びて逆立っている気がする。

 畏敬の念を込めて、"シャロンさん"と呼ばせてもらおう。

 

 

 そしてほんの少し遡り、観戦している後輩組はというと。

  

 

 

「……凄いですね、シャロンさん」

 

「なんか、私達が使ってるのと全然違うような……」

 

「先輩も大人モード使えたんだ~!」

 

「あれ、でも試合じゃ一度もみたことない気が……」

 

 

 

 この合宿参加者の中で最もシャロンと接している彼女等だが、やはり彼の大人モードの衝撃は大きかったらしい。

 

 

 

「あたしもアイツの試合の記録映像は見たことあるけど、確かに今まで一回も使ってないな」

 

 

 

 何故、使わないのか。

 その疑問に答えるように、先ほどのシャロンの台詞が流れる。

 "あまり好まないから、普段の試合では使わない"

 そして、年齢の先取りを"背伸び"と言った。

 ストイックを通り越した縛りに、皆一様に恐れ戦く。

 

 まぁ実際は、ストイックとは正反対の己の欲に忠実なだけの獣なのだが。

 今回も私怨と私情が混ざったが故の大人モードの解放。

 

 知らぬが云々。

 

 

 

「ただ勝ちたい、というだけではないのでしょうね。シャロンさんは」

 

 

 

 と、アインハルトがまず誤解する。

 確かに勝ち負けなんて気にしていないが、そもそも試合自体がシャロンの欲望を満たすための建前に過ぎない。

 

 

 

「アイツは、自分が鍛えてきた肉体と技に誇りを持ってるんじゃねぇかな。そういう選手も少なからずいるしな。公式試合じゃ、ありのまま等身大の自分で臨みたい……そんなところか?」

 

 

 

 "ま、推測だけどな"と、こちらも盛大に誤解しているノーヴェ。

 魔法で変化させた肉体だと、本当に接触できた気がしないからである。

 本気でそう思って使わないでいる選手に失礼だから、はやいとこ訂正してほしいところだが。

 

 知らぬが云々。

 

 

 

「うー、大人モードはやっぱり良くないのかなー」

 

「そんな事はないさ。広義で言えば、魔力強化も大人モードも変わりはしない。ただ、人それぞれってことだよ。それにお前は使わないと、身体持たねーぞ?」

 

「ていうか、先輩の場合使わなくても身体凄いし」

 

「凄いもんね~」

 

 

 

 ご最もな話だ。

 シャロンの肉体には天性の才能が宿されていて、それを存分に開花させるだけの鍛錬を絶えず行っていた。

 あとは年齢が追いつけば、彼の肉体……つまり、"シャロンさん"が完成するのである。

 しかもそれは、魔法での急ごしらえの肉体なんかの比じゃない。

 

 

「なんか、エリオが華奢に見えるわね。実際、女装とか似合いそうだし」

 

「お嬢、それ絶対アイツ等の前で言うなよ」

 

 

 エリオ、完全"シャロンさん"の当て馬となっていた。

 

 

 

 視点は再びエリオとシャロンさんに戻る。

 

 

 

「エリオは後半の訓練も残ってるから、3回ダウン判定が入るか、KOで負け。いい?」

 

「はい!」

 

「分かりました」

 

 

 

 ステージは魔法で組まれたビル街の中。

 範囲はある程度縮小されているが、それでも身を隠すことが出来たり、実戦に近い仕様だった。

 

 

「それじゃあ、いくよー!」

 

 

 両者、セットアップを終えて定位置についたのを確認して、試合までのカウントが始まる。

 カウントが5から始まり、1まで切った時。

 

 "Fight"

 

 試合のゴングが鳴った。

 

 

 

「──潰す」

 

「ッ!?」

 

 

 

 開幕、速攻仕掛けるのはシャロンさん。

 刹那の時間を切り取らないと見えないようなロケットダッシュで、エリオに突っ込む。

 そのままビルごと巻き込み、凄まじい破壊音を轟かせる。

 

 

 

「逃げたか」

 

 

 

 だが、手応えがなかった。

 煙と埃で視界が悪い中、シャロンさんは外した事も想定内だと言わんばかりに手を後ろに回す。

 

 

 

「うおおぉぉぉ!!!」

 

 

 

 エリオが雄叫びを上げながら斬りかかる。

 

 

 

「読めてる」

 

「うそ!?」

 

 

 

 回していた手は槍の軌道上ジャストであり、刃になっている部分を素手で掴んでみせた。

 化け物じみた感知と肉体が成せる業である。

 

 

 

「飛べ!」

 

 

 

 アインハルトにも似たような言葉を向けたが、エリオのには優しさの"や"の字もない。

 今のシャロンさんは情け容赦のない修羅だ。

 掴んだ槍ごとエリオを屋外に投げ飛ばす。

 

 

 

「どうした、こんなものじゃないだろう?」

 

 

 

 さすがは、シャロンさん。

 もはや試合上で行う不退転スタイルという名の縛りがない今、その力は圧倒的であった。

 

 ──(その綺麗な面、どうなるか見物だな)

 

 そして、考えていることはこの屑っぷり。

 二重の意味でシャロンさんは凄いのだ。

 

 

 

「まだまだぁッ!!!」

 

 

 

 負けじと、ダウン判定を取られることなく体勢を立て直すエリオ。

 

 

 

「甘い」

 

 

 

 だが、エリオは熟練の槍捌きでシャロンさんに果敢に攻めかかるも、片腕で往なされている。

 これではどっちが歴戦の猛者なのか分からない。

 

 すると、エリオの挙動が変化する。

 

 槍でシャロンのガードを固めたところで、右腕を下げた。

 そして右拳に高密度の魔力を収束させ、更に魔力変換資質・雷により、それは超高電圧の雷撃と化す。

 師の一人である、烈火の騎士シグナムより盗んだ技。

 

 

 

「紫電ッ!!」

 

 

 されど、その一撃は見てくれを真似ただけのものにはあらず。

 

 

「一閃ッ!!!」

 

 

 試合で例えるなら、相手を倒しきるためのフィニッシュブロー級。

 ガードの上からでもダメージを貫通させる、エリオの必殺技の一つだ。

 受けに徹しているシャロンさんには避けられない。

 "これでダウンは奪える筈!"と、エリオも己の勝ち……少なくともダウンを確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ほう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──しかし、エリオは相手をはかり間違えていた。

 

 ただ圧倒的に勝つことだけを目的としたシャロンさんに接近戦を挑んで、簡単にダウンを奪えると思ったのなら、浅はかにも程がある。

 

 

 

「なぁッ!?」

 

 

 

 先ほどから驚いてばかりのエリオ。

 それも仕方ない。

 

 

 

 

「俺に"格闘戦"をしかけるとは、良い度胸だ」

 

 

 

 

 なんと、槍を即座に振り払ったシャロンさんはエリオの拳を受け止めていた。

 シュウと、鎮火したような音と白い煙をあげている。

 結果的に言えば、ダメージは皆無だった。

 

 

 

 

「後悔しろ、槍使い」

 

 

 

 

 必殺の一撃を受け止めたシャロンさんが再び攻勢に出る。

 

 

 

 

「これが、本物の拳!」

 

 

 

「ス、ストラーダ……ッ!?」

 

 

 

 エリオが咄嗟に張ったシールドすら容易く突き破り、拳がめり込んだ。

 

 ちなみに補足しておくが、シャロンさんは投げ技主体のグラップラーではなく、格闘戦が強い武人である。

 シャロンは殴らせてカウンター投げを狙う変態だが、シャロンさんとは一切関係ない。

 

 

「かはッ!?」

 

 

 めり込んだ拳がエリオの身体を浮かせ、空気を強制的に吐き出させる。

 常人なら即気を失ってもおかしくない一撃だったが、そこは元六課のフォワードメンバー。

 数歩後ずさりして、耐えきって見せた。

 

 

 

「まだ立つか」

 

 

 

 シャロンさんは、生粋の武人。

 こと戦いにおいて、容赦はない。

 逃げる間もなく近づいて、エリオの胸倉を掴む。

 

 

 

「歯を食いしばれ」

 

 

 

 それだけ言うと、ありったけの力を込めて建物へ向かって投げ飛ばした。

 技もへったくれもあったもんじゃないが、使われた力が力だけに、飛んでいったエリオは建物を数棟貫通していった。

 一棟抜く度に痛ましい破壊音が響き、観戦者達をびくつかせた。

 

 システムスキャンによる判定は、エリオのKO負け。

 

 目をぐるぐる回して気を失っていた。

 

 

 

「ウオオォォォォッ!!!!!」

 

 

 

 シャロンさん、勝利の大咆哮。

 

 エース局員魔導師に胸を借りるというふうになっていたのに、蓋を開けてみればこれである。

 相手があのシャロンさんなので、しょうがないといえばしょうがないかもしれないが。

 だって、あのシャロンさんだし。

 どこぞの変態とは違うのだ。

 

 

 

「しょ、勝者、シャロン君!」

 

 

 

 なのはが思い出したかのように勝敗を下し、心配性のフェイトが真っ先にエリオの元へ飛んで行った。

 正直、元六課メンバーはエリオに分があると踏んでおり、あってもダウンによる判定負けくらいを予想していたが、まさかあっさりKOダウンするとは思っていなかった。

 

 

 

「エ、エリオ大丈夫!? どこも怪我してない!?」

 

 

「フェイトさん……僕は大丈夫ですから……降ろしてください……」

 

 

「う、うん、分かったけど、どこか痛むならすぐ言ってね?」

 

 

 

 一応、防護フィールドを抜くことはなかったようで、エリオに怪我はなかった。

 ていうか、フェイトに抱えられて心配されるエリオを見てシャロンの方が心に重傷を負っていた。

 

 

 ──(あの野郎ォォォッ!!!!!! なんで勝ったのに、こんな思いをッ!!!!!)

 

 

 大人モードを解除して、シャロンはうなだれていた。

 試合に勝って、勝負に負ける。

 いつぞやのアインハルトとの試合(?)とは、逆の結末となってしまった。

 因果応報。

 やはり、悪い事は天から罰せられるのである。

 

 

「二人ともお疲れ様ー! ちょっと驚いたけど、怪我もなかったし、凄く良い試合だったよ!」

 

「まさか、エリオがあそこまでやられるなんて……」

 

「ごめん、私自分の目で見たけど信じられないわ」

 

 

 スバルとティアナも信じられないとばかりに、目を手で覆っていた。

 エリオはAAランクの若手のエース魔導師。

 まだまだ伸び白も十分残している、天才の一人。

 そのエリオをもってして、大人モードのシャロンさんには遊ばれるように投げ飛ばされてKO。

 この光景を信じろという方が難しいが、先の試合は記録映像として残されている。

 揺るがない事実だった。

 

 

 ──(こんなに悔しいのは産まれて初めてだ……ッ!)

 

 

 尚、圧倒された筈のエリオよりも、シャロンの方が百倍悔しがっている。

 心の中は敗北感でいっぱいだった。

 

 

 ──(……はッ!? 良い事を思いついたぞ!)

 

 

 どうせ碌でもないことだが、なにか妙案を思いついた様子のシャロン。

 

 その場で、仰向けになって倒れた。

 

 

 

「シャロン!?」

 

 

 

 倒れたシャロンを見て誰かが叫んだ。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 目を閉じ、苦しそうな演技をするシャロン。

 それを見て、"あの姿は負担が大きいのだ"と周囲は誤解した。

 

 そっと、シャロンの身体が抱き起された。

 

 

 

「……あぁ」

 

 

 

 ──(ふはははは! 策士とは正に俺のこと!)

 

 内心でゲラゲラ笑いながら、ポーカーフェイスを崩さず応える。

 

 そして、そっと目を開けた。   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──大丈夫?」

 

 

 

 

 

 

 

 中性的な声。

 ボーイッシュな女の子と曲解できなくはないが、残念現実は美少年エリオ・モンディアルだった。

 

 

 

 

 

 

 

「──はい、大丈夫です。ご心配をおかけしました」

 

 

 

 

 

 

シャロンの心が砕ける音がした。

 

 

 

 

 

 

「なんで敬語? とにかく、良かったよ。僕の完敗だね……またいつか、リベンジさせてほしいな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 生涯の完全敗北は、後にも先にもこの一戦だけだったと老いたシャロン・クーベルは語るが、それはここだけの話である。



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第十二話 一転攻勢

 エリオとの模擬戦で圧勝したシャロンだが、勝負の方は完敗を喫して心が折れてしまった。

 一応、美人な大人組に労われてロッジまで運ばれたのだが、その時はもう興奮できる精神状態ではなかった。

 "それだけの代償が伴う魔法だったのか"と勘違いされているが、言うまでもなく精神的なショックが原因なのでその辺に転がしておくのが最適解である。

 どうせ暫くすれば、ゴキブリ以上のバイタリティをもって蘇るのだから。

 ロッジ内のソファで仰向けになり、天井で回るファンを仰いだ。

 

 

「……エリオには勝てない」

 

 

 遺伝子レベルで、"勝てない"と思い知らされたシャロン。

 今回は色んな要素が絡んだ結果だと思われるが、それでもトラウマになるには十分過ぎた。

 ステゴロはおろか、シャロンさんに対して近距離での真っ向勝負で勝てる同世代なんてまずいない。

 実際、真正面からエリオを圧倒してみせた。

 初見なのはお互い様なので、状況も五分だった。

 

 なのに惨敗とは、変態が背負った宿命というか、業というか、なんというか。

 

 

「お疲れ様~、シャロン君!」

 

 

 おっとりとして、間延びした声がシャロンを労う。

 

 

「……メガーヌさん」

 

「本当にびっくりしたわ~! 凄く強いのねぇ~!」

 

 

 "これ、良かったら飲んで"と、差し出されたフルーツジュースを起き上がって受け取るシャロン。

 冷たい甘味が喉を通ると、沈みきった心はどこへやら。

 

 

「ありがとうございます」

 

「いいえ~」

 

「そういえば、ヴィヴィオ達はどうしてるんですか?」

 

「ふふ、あの子達ならシャロン君に触発されたみたいで、練習しに行ったわよ。皆、ほんと元気ね~」

 

 

 "そうですか"と素っ気なく返して、残りのジュースを胃に全部流し込んだ。

 メガーヌがディスプレイを展開すると、各地の様子が映し出される。

 魔力補助無しで壁をロープでつたい、的に向かって高速射砲撃を即座に繰り出す。

 一線級の局員が行う訓練を、わざわざ休暇に行うというのは誰でもできることではない。

 いや、一線級の局員だからこそ、オフで鍛えているというべきか。

 

 

「なるほど、これが強さの秘訣ですか。頭が下がります」

 

「あらあら、シャロン君だって普段からあれくらい鍛えてるんじゃないの?」

 

「俺のはフィジカルだけですよ。あそこまで多方面に負荷をかけるようなトレーニングはしてませんから」

 

 

 見れば、エリオも重りを背負って救助隊のトレーニングのようなメニューを悠々とこなしている。

 手加減なしでぶん殴られ投げ飛ばされた筈なのに、シャロンに負けないリカバリーの早さであった。

 

 

「……エリオ、やりますね。俺とは違って、多彩な技能を持っています」

 

「彼、器用だものね~。でも、一芸に特化して極めるのも凄いことよ?」

 

「一芸、と呼べる程のものじゃありません。ただ身体を普通に鍛えて、自分が使いたい技をかじっただけです。打撃に関しては、力任せな所が大きいですし」

 

「謙遜しすぎも良くないわ。ああみえて、エリオ君すっごく悔しがってたんだから」

 

「……俺も悔しかったですよ。なんか負けた気がして」

 

 

 まごうことなきシャロンの本心だった。

 "やっぱり男の子は負けず嫌いなのね"と、メガーヌは心の中で微笑む。

 

 

「にしても、どんな鍛錬をしたらあんな身体になるのか興味があるのだけど……」

 

「普段のメニューですか」

 

 

 "そうですねぇ"と、シャロンは鍛錬内容を思い返す。

 才能があったとはいえ、その力と肉体が一朝一夕に身につき仕上がることはない。

 シャロンの数年間の鍛錬は、それだけ苛烈を極めていた。 

 

 

「基本的にはジム通いです。別に特別なものはありません」

 

「へぇ、そうなの~?」

 

 

 "意外と普通なのねぇ"と、いつぞやのリオと同じような感想を述べるメガーヌ。

 

 

「そうですよ。他には週一くらいで、岩石を浮かせて身体に落とし続けたり、激流の中でひたすら耐えたりですかね。強くなるのに、特別な鍛錬はいらないんです。"普通"を絶えず継続していくことが大事なんです」

 

「週一でやってるメニューは、ちょっと普通じゃないわねぇ」

 

 

 至極真っ当な意見だが、シャロンの内面を知る者からすれば胡散臭さが尋常じゃないだろう。

 されど、目的の為には努力を惜しまない姿勢は、変態であろうと見習うべきだ。 

 

 

「懐かしいわね~。私もシャロン君くらいの頃は、ライバルと切磋琢磨したものだわ」

 

「メガーヌさんが言うと、ほんのちょっと前くらいの話に聞こえますね」

 

「まぁ! お世辞がうまいんだから~!」

 

 

 メガーヌさんもDSAA強豪選手だったなら、もし過去にタイムスリップしても安心して公式試合で不退転出来ると訳の分からない妄想をするシャロン。魔法戦技に造詣が深くておっとり癒し系のメガーヌとシャロンの相性はかなり良いらしく、選手あるある等の話で会話も弾む。

 さりげに若かりし頃のメガーヌを初めとした美少女選手達の写真を拝む事ができて、エリオ戦で折られた心は完全復活を遂げた。   

 

 

「ちわーす! メガーヌさんいるー?」

 

「あら、セインいらっしゃい」

 

 

 シャロンとメガーヌが談笑していると、青髪のセインと呼ばれた修道女の恰好をした少女がロッジ入ってくる。

 ノックもなしで普通に入ってくるものだから、余程親しい人物なのだろうとシャロンは推測した。

 

 

「はいこれ、教会からの新鮮野菜とたまごの差し入れ!」

 

「いつもありがとね~!」

 

 

 修道服、教会、シャロンが導き出した結論は聖王教会の修道女(シスター)。

 ただの宗教組織と侮ることなかれ。

 聖王教会は管理局とも大きな繋がりがあり、慈善活動団体を初め、スポンサーにその名を聞く事も多い。

 正式な騎士階級ともなれば、管理局の尉官にも相当するとかなんとか。

 

 ちなみに、聖王教会の女性職員のレベルはかなり高いので、シャロンも学院に所属している修道女をよく目で追っている。将来、女騎士狙いで騎士資格取得も悪くないのではと思案したことは一度や二度じゃない。

 

 閑話休題。

 

 

「えっと、その方は……」

 

「おっと、噂の不退転の子だな! あたしは、聖王教会のシスターでセインだ! よろしくなー!」

 

「とっても良い子なのよ~」

 

 

 メガーヌ基準だと、大抵の子は良い子扱いだろうという突っ込みはおいといて、"随分とフランクな美少女だな"というのがシャロンの第一印象。

 こころなしかヴィヴィオと声が似ている気がしたが、性格は容姿は全く違うようなので関係ないだろう。

 

 

「セインはいいの? みんなと遊んでこなくて」

 

「いやぁ、あたしは教会から差し入れにきただけだから……」

 

「そんな堅いこと言っちゃって、ほんとは遊びたいくせにー」

 

「そ、それはそうなんだけど!」

 

 

 つんつんとセインを突くメガーヌの姿は、ルーテシアと重なる。

 やはり母娘なのだなと、納得するシャロン。

 

 

「俺が言うのもおかしい気がしますが、せっかく遠いとこからきたんですし少しは休んでいってもいいのでは」

 

「そ、そうかー?」

 

「うんうん、ちょっとだけなら大丈夫よ~」

 

 

 セインは結構チョロいらしく、二人の甘言にあっさり乗せられた。

 "じゃあ、アイツ等に温泉サプライズでも仕掛けてから帰るかー!"と、何かやらかす気まんまんであったが、面白そうだったのでシャロンは聞かなかった事にして黙認することにした。

 

 ──(温泉か……これは一つ確認しないといけないな)

 

 面白ついでに、一つ尋ねることにした。

 

 

「……その温泉というのは」

 

「なんか掘ったら出てきちゃったから、ロッジに作っちゃったの!」

 

 

 "設計とか全部ルーテシアがやったのよ~!"と、親ばかっぷりを発揮するメガーヌ。

 

 

「でも、男女に別れてないから、悪いんだけど男の子二人は待っててもらえるかしら?」

 

「そういう事なら」

 

 

 ちょうどその事を聞こうと思っていたので、質問の手間が省けた。

 温泉は男女別ではないらしい。混浴というわけでもないようだが。

 しかし、シャロンの変態としての勘が何かを告げていた。

 

 

 ──(俺には分かる。この展開、ワンチャンあるぞ)

 

 

 それは傍から見ればワンチャンじゃなくて、ただのアクシデントなのだが、とにかく変態の第六感は悲しいかなよく当たるのだ。

 

 

「メガーヌさん、食材しまったり夕食の仕込みとか色々やることあるでしょう。手伝いますよ」

 

「あら、ほんと? じゃあ、私もお言葉に甘えちゃおうかしらね~。セインにも頼んでいいかしら?」

 

「あいよー!」

 

 

 舞い降りた予感に心を躍らせながら、食材が詰まった籠を運ぶシャロン。

 

 ──今宵、他人を巻き込む変態の変態による変態の為のイベントが起ころうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方になると、なのはとフェイトを除いた大人組と自主練をしていた後輩組プラスアルファがロッジに戻ってくる。

 汗と石鹸が交じり合ったような魅惑の香にトリップしかけたが、"お疲れ!"とエリオの一声で一気に現実に引き戻されたシャロン。

 

 

「さて、皆さんお楽しみはまだまだこれから! 女の子は、天然温泉大浴場に集合ね~!」

 

 

 "天然温泉!"と、はしゃぐ美少女達を見送り残されたのは野郎二人。

 

 

「女の子達長いし、夕食の準備の手伝いでもしようか?」

 

「それなら俺が大方やっておいた。仕込みはばっちりだし、料理は後でセインさんがやるとかなんとか」

 

「そっか。なら食器並べくらいは、僕がやるよ」

 

「任せる」

 

 

 表情は変わらないが、シャロンはとくに嫌がる様子もなくエリオと会話する。

 シャロンの事をよく知る者が見れば分かる筈だ。

 何かがおかしい、と。

 

 エリオが人数分の椅子やコップ等を並べ終え、シャロンはフリードと戯れていた頃。

 

 

「ただいま~!」

 

「すっかり遅くなっちゃった!」

 

 

 最後まで残っていたなのはとフェイトもロッジに帰還。

 汗だくで、緩めたジャージの隙間から立ち昇る蒸気に目ざとく反応したシャロンは、谷間をバレない程度にガン見しながらタオルと飲み物を運んだ。

 

 

「お疲れ様です。良かったらこれを……」

 

「ありがとう!」

 

「ありがとね。皆はもうお風呂かな?」

 

「ですね」

 

 

 すると、温泉の方から凄まじい音が鳴り響く。

 明らかに魔法を使わないとでないような音と振動だが、"セインの仕業ね~"と当主であるメガーヌは呑気そうに笑っていた。

 "あの子も来てたんだね""もう、セインったら"と、なのはとフェイトも些末事のように扱っている。

 昼間言っていた温泉サプライズに違いないと確信したシャロンは、後で詳細を聞いておこうと思った。

 

 

「それはそうと、私達が入ってたら夕食遅くなっちゃうよね」

 

「僕らはあとでも大丈夫ですよ。ねぇ、シャロン?」

 

「……えぇ、まぁ」

 

 

 エリオと二人で温泉なんて死んでもごめんだし、背中を流そうとしてきた日には自分を殺しきれる自信がないシャロンは危機感を覚えた。

 

 

 ──(どういうことだ……俺の第六感は何かが起こると告げているのに……!)

 

 

 ここにきて、焦るシャロン。

 

 

 ──しかし、真に遺憾ながら運命はシャロンの味方をしたようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──なら、みんなで入るのはどうかな?」

 

 

 

 なのはが、冗談とも本気とも取れぬ爆弾を投下した。

 いつもにこやかなので、真意はまるで掴めない。

 

 だが、シャロンの目がカッと見開いた。

 

 

 

 ──(来たか!)

 

 

 

 完全に変態の波動を感じ取ったシャロンに対し、思春期真っ盛りのエリオは激しく反応する。

 

 

 

「え、ええぇぇ!? さ、さすがに、それはちょっとまずいですよ!? そ、それにフェイトさんだって!」

 

 

 

 ちらっと、フェイトの方を向くエリオとシャロン。

 

 

 

「私は平気だよ? 最後に一緒に入ったのも、海鳴市の銭湯以来だよね……久しぶりだし一緒に入りたいなぁ」

 

 

 

 "シャロンもまだ子供だし大丈夫だよ"と、フェイトは特殊な出自故の世間ズレでシャロンにとってファインプレーをかました。

 十二歳はもう親と風呂に入る年齢からは外れてるし、まして後輩の母親と一緒だなんて普通は考え辛いが、その辺の感覚がやや鈍いのがなのはとフェイト。

 女性陣は混浴に満更でもないらしく、エリオは冷や汗をかく。

 

 

 

「いや、それはその……そうだ、シャロン! シャロンもそう思うよね!?」

 

 

 

 唯一の同性であり、理解者であろうシャロンに同意を求めるエリオ。

 

 だが、残念だったな。

 

 

 

「別に俺は、お二方がよろしいのであれば構いませんが」

 

 

「シャロン!?」

 

 

 

 まさかの裏切りに、エリオは面食らう。

 普通じゃないと自覚してはいるが、己の欲望のために気付かない振りをするド畜生でド変態のシャロンも除外され、ここでまともな感覚を持ち合わせているのはエリオだけなのだ。

 

 

 

「じゃあ、一緒に入ろうか♪」

 

「うん♪」

 

 

「えぇ!?」

 

 

 

 "ま、待ってください!"と尚も縋ろうとするエリオだが、無情にも"着替えとか準備してくるね!"と去っていくなのはとフェイト。

 茫然と立ち尽くすエリオを、シャロンはとても良い笑顔で見つめていた。

 

 

「まぁ聞け、エリオ。さすがに女の子しかいない中で、汗だくでいるのはいただけないだろう。そういうの、キャロも意外と気にすると思うぞ」

 

「キャ、キャロは関係ないでしょ!」

 

 

 キャロの名前を出されて分かりやすく反応するエリオ。

 シャロンは当然スルーして話を続ける。

 

 

「そんなに恥ずかしがることはない。タオルも巻くし、浴場も広いだろうから気にするほどのことじゃないだろ。それとも、ジロジロ見るつもりか?」

 

 

 さすが、次元世界お前が言うな選手権を連覇している男。

 自分が一番やるつもりなのに、棚上げしてよくぞ言えたものだ。

 

 

「そ、そんなことするわけないよ!?」

 

「なら、問題ないだろ。ほら、準備しに行くぞ」

 

「えぇ!? ちょ、ちょっと待ってよ!?」

 

 

 強引に話を纏めて、混浴を成立させたシャロン。

 通常なら、自分となのはとフェイトだけで楽しみたいところだったが、話の流れ的にそれは叶わない。

 それでもシャロン的にはプラスであるし、なによりエリオにしてやった分でプラス百万点くらいの価値があった。

 

 

 ──(フハハハハハハ!!! 思春期特有の羞恥心に苦しむがいいエリオ!!! 精々、羞恥すら興奮に変換できない己の未熟さを悔いることだな!!!)

 

 

 

 "リベンジ成功だ"と内心で高笑いが止まらないシャロンだが、エリオは別に負けていない。

 人として終わっているシャロンと比べて、エリオの方がよほど高潔で立派なのだから。

 

 だから強く生きてくれ、エリオ・モンディアル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 湯上りの女性陣とすれ違い、温泉に向かうシャロン一行。

 "なんだ、混浴かぁ?"とノーヴェに冷やかされたり、"私もエリオ君と入りたかったな"と羨ましそうにするキャロだったり、川遊びのことを思い出して赤面するアインハルトだったり、多種多様な反応を見届けて浴場入りした。

 羞恥すら己の興奮の糧とするシャロンは、迷う事無く全裸になって腰にタオルを巻いた。

 "僕がおかしいのかな……?"と、自分を見失いつつあるエリオも渋々服を脱いでタオルを巻く。

 

 

「凄いな。うちの大浴場の比じゃない」

 

「……だね」

 

 

 "かっぽーん"と、どこからともなく聞こえてきそうな大浴場。

 かなり本格的な造りになっており、滝湯まで完備されていた。

 この状況に適応どころか、余裕ですらあるシャロンは素直に感心していた。

 

 

「すごいお風呂だねぇ~!」

 

「ほんと! エリオ、シャロン、背中流してあげるからおいで!」

 

「はい」

 

「……なんで、シャロンはそんなに堂々としていられるの」

 

 

 

 シャロンは一見平然としているが、大人の色気マシマシのなのはとフェイトと対面して、内心では祭りもかくやと言わんばかりにフィーバーしまくっていた。

 

 

 ──(フォオオオォォオオオウ! フオオォオオフォオオウウ!)

 

 

 肉体と精神を切り離して興奮するという、常人離れした絶技をやってのけるシャロン。

 その内なる奇声は、どこかで聞いたことがあるような小動物の鳴き声に似ている気がするが、きっときのせいだ。

 シャロンに愛くるしさは皆無なのだから。

 

 

 ──(高町シャロンになれば毎日のように女神が背中を流してくれ、おはようからおやすみまで面倒を見てくれるというのか! しかも、出来が良くて優しい美妹(びもうと)付! 結婚というのにあまり気は進まないが、これは真面目に婿養子になるのも検討するしかないな……)

 

 

 頼むから生涯独り身を貫いて、その遺伝子を後世まで残さないでくれ。

 

 "痒い所はないかな?"と、なのはにちゃっかり頭まで洗ってもらいながら、シャロンは大気圏外までぶっ飛んだ頭でクソな妄想をしていた。

 当然、ヴィヴィオも断る権利があるのだが、そんな事を考慮する変態ではない。

 そして"もし両親に不幸な事故が起きたら、絶対に何が何でも引き取ってもらおう"と、決意を固めるシャロンの横では、"僕は何をしているんだろう"と、エリオが壊れたように自問自答を繰り返していた。

 

 

 ──(不退転にやられっぱなしという文字はないのだ、フハハハハハ!!!)

 

 

「なのはさん、よろしければ背中を流しますよ」

 

「はーい、お願いします♪」

 

 

 歳の離れた弟か、もしくは息子がいたらこんな感じなのかなぁと想像して微笑むなのは。

 

 

 ──(プロポーション完璧過ぎるよなのはさん……さすが教導隊のエースオブエースだよなのはさん……はぁはぁ、肌はすべすべ滑らかだし女神過ぎるよなのはさん……あなたの射砲撃なら食らって死んでも悔いはないです……!)

 

 

 それはぜひ、この興奮度マックスで恍惚とした表情と気持ち悪すぎる心境を見てから想像していただきたい。 

 どれだけ出来が悪くはねっかえりだろうと、この変態を息子か弟にするよりは万倍マシだと思われる。

 

 

「シャロン君みたいなお兄ちゃんがいたら、ヴィヴィオも喜ぶだろうなぁ」

 

「どうでしょう。彼女はしっかり者ですし、居ても居なくても変わらない気がしますが」

 

「ヴィヴィオ、ああ見えて子供っぽいところもあるから、居たらきっと毎日甘えてくると思うよ~?」

 

「それは可愛いですね。ヴィヴィオみたいな妹なら、俺も大歓迎ですよ」

 

「ふふ、じゃあうちの子になってみる?」

 

「はは、喜んで」

 

 

 冗談っぽく返しているが、目と顔がマジだった。

 

 

 ──(妹とのスキンシップは合法である)

 

 

 黙れ。

 今こうしてこの場にいる事自体、非合法だ。

 どこの世界に後輩の女の子の母親と風呂でいちゃつける人間がいようか。

 一切ぶれない声色と、天が間違って与えた容姿とキングオブポーカーフェイスのお蔭で成り立った奇跡である。

 

 

「エリオに背中流されてると、なんだか昔を思い出すなぁ」

 

「そ、そそそ、そう、ですね……!」

 

「そんなに照れなくてもいいのに……」

 

 

 シャロンの隣には、素で無茶振りをしてエリオを精神的、社会的に殺そうとしているフェイトが。

 これの何が恐ろしいかと聞かれれば、100%純粋な善意と親心によるところだろう。

 保護責任者とはいえ、フェイトは少し歳の離れたお姉さんのようなものだと思ってきたエリオ。

 14歳になって、余計異性として意識するようになったのに加え、フェイトの事をよく知っているから無碍には出来ない。

 

 その後は、美少女と美人の成分がよく染み出た温泉で最高のエクスタシーを感じつつ、恥ずかしさに耐えきれず別の湯に避難したエリオのお蔭でなのはとフェイトを独り占めしたりと、やりたい放題だったシャロン。

 

 

 

「最高の温泉でした」

 

「気持ち良かった~!」

 

「今度はキャロも入れて皆で入りたいね」

 

「……それはほんとに勘弁して下さい」

 

 

 

 全身に活力が漲り、艶々しているシャロンと精神力を全て使い果たしたかのようにげっそりとするエリオ。

 

 

 

 ──(やはり、世界は俺を中心に回っているに違いない)

 

 

 

 強ち、自惚れとも言い切れぬから性質が悪い。

 

 

 

 超濃密度なイベント目白押しであったが、驚くべきことにまだ合宿は初日。

 ハチャメチャな訓練合宿は、まだまだ続くのであった。



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第十三話 天衣無縫の構え






 約一名を除いて温泉を堪能しきった合宿参加者達。

 セインの手料理に舌鼓を打ち、その後はリビングで楽しく談笑。

 

 

「みんな、ちょっと聞いてくれるか。明日の練習会のことなんだが」

 

 

 ノーヴェがエアディスプレイを立ち上げて、注目を集めた。

 画面には、赤組と青組に別けられた陣営に合宿参加者達の名前が割り振られている。

 シャロンは赤組に振り分けられていた。

 

 

「まず、ルール説明からな」 

 

 

 恒例行事の練習会だが、今回はシャロン等の新メンバーもいるので改めて説明するらしい。

 DSAA公式試合でも使われるタグを用いて、LIFEポイントの管理。

 LIFEはポジションによって異なり、前線で身体を張るフロントアタッカーなら3000、逆に後衛でサポートに徹するフルバックは2500となっている。

 シャロンは当然、フロントアタッカーだ。

 

 

「あれ、ノーヴェが入ってない?」

 

 

 チーム表を見てノーヴェが含まれていない事に気付いたヴィヴィオが疑問を投げかける。

 

 

「あー、それなんだがな。人数が奇数で、各々の戦力を考えたらあたしを抜くのが一番ちょうどいいと思ったんだよ。引率のあたしよりも、シャロンやアインハルトにこういう経験は積ませてやりたいし」

 

「えー! ノーヴェも出ようよー!」

 

「そんなこと言われてもな……」

 

 

 この人数なら、一人の差でも試合への影響は少なくないだろう。

 若く才気あふれる子供達の成長を促すため辞退したノーヴェだが、ヴィヴィオ達にせがまれて困っているようだった。

 

 

 ──(ふむ、アインハルトか俺がいなければ問題なかったわけだ)

 

 

 シャロンとしてもノーヴェに辞退させてしまったという負い目がなくはないし、一人でも多くの美人美少女が参加するのに越したことはないと考えている。

 なので、ここはシャロンも乗っかることにした。

 

 

「ノーヴェさん、やっぱりあなたも参加すべきです」

 

「あーもう! お前もか! だから、あたしは引率だから問題ないって……」

 

「出たくないわけじゃないんですよね?」

 

「そりゃまぁ、あたしだって出れるんだったら出たいけど……」

 

「そうですか。言質は取りましたよ」

 

 

 ノーヴェも試合には出たかったらしい。

 出場意志を確認すると、シャロンは自分のデバイスを使って表示されているチーム表を勝手に編集し始めた。

 

 

「ちょ、お前勝手に!?」

 

「シャロンさん、これは……」

 

「えーと……?」

 

 

 動揺するのも無理はない。

 シャロンが新しく編成したチーム表は、ノーヴェを含めた人数差上等の組み合わせだったのだから。

 ノーヴェとヴィヴィオを赤組に入れて、代わりにシャロンを青組に転向させる。

 ちなみにシャロンは動く必要なかったのだが、エリオと戦うのがいやだったからちゃっかり変えたのだった。

 

 

「まぁ、これで釣りあいが取れるでしょう」

 

 

 つまりは、アインハルトとヴィヴィオ合わせても一人で十分抑えられるということだ。

 随分と挑発的な物言いに、さすがの二人もむっとした顔をする。

 

 

「個人戦とチーム戦は違うんだぞ。戦術次第で、戦力差も簡単に覆ったりもするしだなぁ!」

 

「それも織り込み済みで、釣りあいが取れると言ったんです。俺はそこそこ強いですから」

 

 

 自分で自分を強いと胸を張って言える人間がどれだけいるだろうか。

 大半は自惚れだと嘲笑されるだろうが、シャロンは実際ここにいる全員の前で力を示してみせた。

 

 

「納得していただけませんか?」

 

 

 本人的にも二人を馬鹿にしているわけではなく、冷静に各々の力量を判断しただけだった。

 こういうところは素で世間ズレしていると言わざるおえない。

 

 

「うん、私はいいと思うよ。バランスが悪かったら、二回目と三回目で調整すればいいんじゃないかな」

 

「私も悪くない編成だと思うわ。けど、LIFEポイントは少し調整した方がいいわね」

 

 

 なのはとメガーヌは概ね賛成のようだった。

 

 

「それでノーヴェが参加できるなら、私もそれで……」

 

「……分かりました」

 

 

 渋々といった感じだが、アインハルトとヴィヴィオも了承する。

 

 

「不服なら、ぜひその思いを拳に乗せてぶつけてくれ。強い感情のこもった拳は、常識外の力を発揮するというものだ」

 

 

 かのジェイル・スカリエッティと同等か、それ以上にも思える欲望を備えたシャロン。

 常識外のタフネスは、単に肉体能力が優れているからというだけではない。

 このクソメンタルこそ、最強の肉体を十二分に活かしているのだ。

 

 

「それとも、負けるのが怖いか?」

 

 

 あまりやる気のない拳では絶頂できないシャロンは、"さぁさぁ!"と煽っていく。

 ここまで言われて何も言い返せないような二人ではない。

 

 

「アインハルトさん! 先輩を倒しましょう! 二人で!」

 

「えぇ! ヴィヴィオさんとなら、必ずやれます!」

 

「いや、練習会でのマッチは絶えず変化していくんだが……」

 

 

 "ふぁいとですっ!""はい!"と、一致団結して闘志を燃やす二人にノーヴェの声は届かない。

 闘志の余熱はリオやコロナにも伝播し、それを良きかなと見つめる大人達。

 予測不能な大乱闘が幕を上げようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 合宿二日目。

 大自然の清涼な空気と、小鳥の囀りが何とも心地よい朝。

 昨晩、就寝前に後輩組の部屋へ戯れに向かったものの"作戦会議中なので先輩は入っちゃダメです!"と門前払いをくらい、そのダメージを引きずっているシャロン。

 ついでに味方チームのリオまで加わっていたことから、彼女の友情>シャロンの図式も垣間見えた。

 それも地味にダメージソースとなっている。

 ここまで計算してやっていたなら大したものだし、そうじゃないにしろシャロン打倒作戦は彼女等の知らないところで少なからず効果を上げていた。

 

 

 

 ──(いやよく考えてみれば、ツンツンな後輩というのもまた一興じゃないか。俺としたことが、混浴イベントで高まり過ぎて感覚を鈍らせていたようだ)

 

 

 

 訂正。

 やはり、シャロンを元気にさせただけだった。

 少し色づいた朝日を眺めながら、溢れ出した妄想が下卑た笑みとなって表に出る。

 もっとも、見てくれだけはいいので例によって画になってはいるのだが。

 

 

「シャロン、早いね。もう起きてたんだ」

 

「先輩、おはようございます~!」

 

 

 と、声をかけてきたのはネグリジェ姿のルーテシアとひらひら短パンが可愛いコロナだった。

 

 

 ──(大人っぽいというかませているというか、水着よりも煽情的な印象を与えるルーテシアは言うまでもなく百点だが、尋常じゃないローライズで美脚をこれでもかと晒すコロナも文句無しの百点だ。しかも、コロナの清楚で上品なお嬢様というイメージとのギャップで更に捗るな)

 

 

 変態スカウターはマルチタスクで常時フル稼働中である。

 

 

「おはよう。コロナとルーテシア……さん」

 

「あはは、呼び辛かったらルーテシアでもルー子でもルールーでも、好きな呼び方でいいよ」

 

「えっと……じゃあ親しみを込めてルールー子で」

 

「語呂悪いから、どっちかにして」

 

「ルーテシア」

 

「親しみはどこにいったの……」

 

 

 漫才みたいなやり取りだが、思考のソースを割きすぎてシャロンが素でボケただけである。

 それが切っ掛けでルーテシアとシャロンの距離感を縮めることになったので、結果オーライだったと言えるが。

 

 

「ねぇ、シャロンって今日は大人モード使うの?」

 

 

 "ていうか、ずっと使えるの?"と、尋ねるルーテシア。

 

 

「あぁ、問題なく。ただ……そうだな」

 

 ──(使えることには使えるが、悩ましいところだ。しかし、相手はヴィヴィオやアインハルトだけじゃないからな。片づけ終わったら、他のメンバーもお触りしにいかねばならないし……)

 

 

 お触り。

 突っ込みたい気持ちを持つ者は多かろうが、一応"合法"ということで大目に見てほしい。

 

 閑話休題。 

 

 今回はいつもの狭く遮蔽物のない試合形式のものとは違う。

 あのビル群を掻い潜り、見晴の良い場所を陣取るであろうセンターガード(※以降、各ポジションはCGのように省略)のティアナを攻めるのも、今の子供サイズでは少し骨が折れるかもしれない。

 フェイトに至っては空戦魔導師であるので、尚の事使わざるえない状況だった。

 

 

「……使わせてもらおう。今回も手を抜けない、というのは言い方悪いが形振り構ってられそうにない」

 

 

 フェイクの肉体を纏うのは不本意だが、これだけの美人美少女と存分にプレイできるならお釣りがくるだろうと内心シャロンは思っていた。

 

 

「うんうん。シャロンには、責任とって覇王聖王コンビを抑えてもらわないといけないからね。ついでに、コロナも潰してもらおうかしら~?」

 

「任せろ」

 

 

 コロナどころか、あわよくば全員お触りするつもりのシャロン。

 

 

「つ、潰されないもん!」

 

「いや、潰す」

 

 

 想像以上にマジなトーンのシャロンがヴィヴィオとの"特訓"を想起させ、コロナは"ひっ"と小さな悲鳴を上げて青くなる。

 

 

「シャロン、目が怖い。というか、全体的に怖い」

 

「普通の顔だと思うが」

 

「鏡、貸してあげようか?」

 

「遠慮しておく」

 

 

 "そろそろ、朝食の時間だ"と、ロッジに引き返す三人。

 熱り立つシャロンから溢れ出る殺気(欲望)を感じ取り、心底味方で良かったと安堵するルーテシアと、どうか酷い事にはなりませんようにと天に祈るコロナ。

 

 どうなるかは、神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 「────あとはみなさん、正々堂々頑張りましょう!」

 

 

 "はーい!"とノーヴェの宣誓に返事をすると、いよいよ合宿名物の練習会の開始だ。

 各々がセットアップの掛け声と共にバリアジャケットを纏う。

 一瞬、服が弾けて露わになるシルエットを見逃さなかったシャロンもシャロンさんに変身完了。

 そしてチーム毎に所定の位置で待機する。

 

 

「シャロン、私が最初にウィングロードで空中に道を作るからそれを使って!」

 

「ウィングロード?」

 

「そう! ノーヴェも名前は違うけど、同じように道を作る筈だからそれも利用して!」

 

「はぁ」

 

 

 スバルがそう言うも、全く想像がつかなかった。

 とにかく、空中戦も容易になるのは確かか。

 

 

 ──(いや待て。なら、別に大人モードにならなくても……)

 

 

 そう思ったが、今更やっぱり大人モード解除しますと言える程シャロンさんは図々しくなれなかった。

 

 

『それではみんな元気に……試合開始!!!』

 

 

 ジャアアァァァン!!!と、異世界のものと思われる特大ゴングをガリューが鳴らして試合開始。

 始まったからにはやるしかないと切り替え、シャロンさんはスバルのウィングロードに便乗して敵陣地に突貫する。

 止められる者など誰もいないとばかりに馬鹿正直に最短距離を往くと、待ち構えていたかのように大人ヴィヴィオとアインハルトと接敵する。

 

 

 ──(こいつぁすげぇな……なんてモノ……持ってやがる……!)

 

 

 いつ見ても圧巻のダイナマイトボディに高まるシャロンさん。

 "出ている部分"を目を見開き観察していると、何を勘違いしたのか後ずさる二人。

 

 

 ──(この殺気……やっぱり、本気なんだ先輩)

 

 ──(……弱気になってはいけない! 私とヴィヴィオさんで必ず押し通して見せる!)

 

 

 知らぬが云々。

 

 数秒の沈黙の後、最初に動きだしたのはヴィヴィオだった。

 

 

「一閃必中! ディバイン・バスターッ!!!」

 

 

 そう、魔法戦技は格闘技や近接武技のみがものを言うわけではない。

 ヴィヴィオは母親直伝の高速砲を編むと、聖王家特有の七色の魔力光を迸らせながらシャロンさん目がけて魔法を放った。

 魔力弾より応用が利かない高速砲だが、その分速さと威力は折り紙つき。

 回避する気もなさそうなシャロンさんにそのまま直撃する。

 ヴィヴィオも内心"やった!"と飛び跳ねそうになるが、自分が今相手にしている人物を思い出すとすぐに気を引き締めた。

 

 

「アインハルトさん!」

 

「任せてください!」

 

 

 追い打ちをアインハルトに任せて、ヴィヴィオは援護の為の魔力弾を生成する。

 

 

「シャロンさん、覚悟してください!」

 

「お前がな」

 

「ッ!?」

 

 

 DAMAGE 0

 ↓

 LIFE 3500

 

 シャロンさんはバリアジャケットを纏ってはいないが、肉体が既に鎧として完成している。

 加えて、高速砲が直撃する前にフィールドタイプのバリアを展開していた。

 本来ならバリアを張らずとも平気なくらいだが、DSAA公式のダメージ判定は競技向けになっており、当人の防御力以外に当たり方によってもダメージ判定が大きく変わる。

 選手が限界を超えて立ち上がらないようにする安全装置の役割も果たしているが、このルールがシャロンにとって足枷になっていた。

 

 閑話休題。

 

 そういうわけで、バリアを展開したシャロンさんの被ダメージは0。

 そして、隙も0だった。

 

 

「こんな砲撃でLIFEを削りたくなくてな。ほら、お返しだ!」

 

 

 ヴィヴィオの射砲撃なら興奮の糧になりえるが、どうせ格闘技者の直撃を受けるなら打撃の方が望ましいというアレな理由だ。 

 シャロンさんは拳を受け止めて、そのままぐいっと引き寄せた。

 すると、アインハルトも負けじと空いた手に魔力を込める。

 

 

「はぁッ!!」

 

「ッ!」

 

 

 近くなったシャロンさんの顔面にカウンターの掌打を見舞う。

 以前のスパーでの反省を活かし、着地と同時にハイキックも叩き込んで腕を振りほどいた。

 

 DAMAGE 200+300

 ↓

 LIFE 3000

 

 ──(いくらなんでも、堅すぎます……ッ!)

 

 分かっていたとはいえ、そう嘆かずにはいられないアインハルト。

 これでも楽しむために力を多少緩めていると知ったら、どんな顔をするだろうか。

 

 

「いいぞッ! もっとこいッ!!」

 

「くッ! はああぁぁぁッ!!!」

 

 

 攻めているのはアインハルトなのに、拳を防がれる度に逆に追い詰められているような気さえしてくる。

 良い感じに高まってきたシャロンさんの凶悪そうな笑みが、プレッシャーとなって圧し掛かる。

 

 ──(あれは……ヴィヴィオさん!)

 

 苦戦していると、シャロンさんの背後に魔力弾を携えたヴィヴィオの姿を捉えたアインハルト。

 

 

「シュートッ!」

 

 

 魔力弾と近接格闘の合わせ技はシンプル故に強力。

 両方を完全に防ぎきるのは困難な上、不意を突いて挟撃に持ち込めた。

 アインハルトもこれが好機と、断空拳の構えをとる。

 

 

「リボルバースパイクッ!!!」

 

「覇王……断空拳ッ!!!」

 

 

 虹と碧銀の閃光がシャロンさんに迫る。

 

 

 ──(これでッ!)

 

 ──(倒しますッ!)

 

 

 相手は化け物じみた力を持つ不退転シャロンさん。

 勝利を確信するなんて出来ないことは二人とも身に染みている。

 だが、これで必ず決めると腹は括っていた。

 

 

「…………」

 

 

 シャロンさんは冷や汗一つかかずに、ただ黙ってその場に立ち尽くしていた。

 諦めたかのようにも思えるが、シャロンさんにそれはない。

 

 そして、最速の魔力弾が着弾する寸前──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──自然体な姿勢から一変。四発の魔力弾を即座に弾き飛ばした。

 

 

 更にそこから爆発的に魔力を練り上げ、身体への伝達と思考の速度を極限まで加速させる。

 アインハルトとヴィヴィオが止まって見えるような領域まで踏み込むと、まず碧銀の拳を再び捕まえ、僅かに遅れて到達する後頭部への蹴りも受け止めた。

 

 

 

「キエエェェェイッ!!!!!」

 

 

 

 獣すら畏怖してしまうような奇声にも等しい雄叫びと共に、迫ってきた勢いそのままにビルへ向かって二人を投げ飛ばした。

 

 

 

「アハ、ハ、アハハ、アハハハハハハッ!!!!!!」

 

 

 

 快楽を引き起こす脳内物質がドバドバ溢れ、狂ったように笑うシャロンさん。

 

 

 

「ちょーーーーー気持ちいいィッ!!!」 

 

 

 

 傍から見れば戦闘狂のソレだが、美少女の鬼気迫る挟撃を捌いたことで性的に興奮しているだけである。

 狂っているのは間違いないが。

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、観戦しているメガーヌとセインはというと。

 

 

 

「……アイツ、別人とかじゃないよな?」

 

「……まぁ、普段物静かな分、試合で熱くなっちゃう子はいるからねぇ」

 

 

 

 それでも度は超えていると内心メガーヌも思っていたが、それよりも驚くべきはその技量である。

 エリオとの試合を見た上で更に驚くことになるとは思わなかった。

 

 

 

「なんか一瞬消えたかと思ったら、二人が投げ飛ばされてたんだけど……」

 

「私も殆ど見えなかったけど、思考と身体を極限まで強化すれば可能かもしれないわね」

 

 

 

 しかし、あくまでそれは理論上。

 実際には努力の問題以前に、肉体資質的な才能が大前提となってくる。

 魔力で強化できるとはいえ、肉体への負担も考えればその上限も青天井じゃない事は素人でも分かる。 

 よしんば才能に恵まれていたとしても、それは激しい苦痛を伴う行為故、とてつもない精神力も要求される。

 

 莫大な努力と才能と精神力。

 

 この三つの要素を合わせて、はじめて可能性が見えてくるというレベルだ。

 

 

 

「それに、あの脱力姿勢からの一転攻勢。まるで、"天衣無縫の構え"ね」

 

「てんいむほー?」

 

「遠い異世界発祥の深奥……それこそ、ルーフェン伝統武術と同じくらい古い流派のね。自然体で全神経を研ぎ澄まして、多方の同時攻撃さえも刹那で見切って捌く守りの構え。しかも、相手からはどんな反撃に転じてくるか悟らせない……けど、体現するのは困難を極めるどころじゃないわ」

 

「うん、あたしも聞いてて訳わかんないし」

 

 

 

 物心ついた頃から複数の妄想と現実に対応するための思考を同時に熟し続け、先天的な肉体の才と、果てなき欲望を精神力に変えた結果、知らぬ間に武の深奥に辿り着いていたシャロン。

 

 うーん、もはやノーコメントだ。

 

 

 

 

「どれだけ苛烈な鍛錬……いえ、何が彼をそこまで駆り立てたのかしら」

 

 

 

 

 ノーコメント。

 ノーコメントである。

 

 "鍛錬内容も謙遜してたのかしら"というが、言えばさらなり。知らぬが云々。

  

 波乱の幕開けとなった練習会の行方や如何に。

 

 

 

 



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第十四話 最強の変態

ヴィヴィオ(FA)

 

DAMAGE 1200

 

 

LIFE 1300

 

 

アインハルト(FA)

 

DAMAGE 1000

 

 

LIFE 1500

 

 

「いたた……」

 

「……ヴィヴィオさん、無事ですか」

 

「な、なんとか……」

 

 

 シャロンさんの人間離れした絶技で投げ飛ばされたヴィヴィオとアインハルト。

 直前にバリアを張ったお蔭で何とか持ちこたえたが、LIFEを半分も失ってしまった。

 対するシャロンさんはアインハルトが二撃加えたものの、LIFE3000とまだまだ健在。

 

 

「……先輩、強いですね」

 

「えぇ、強すぎです」

 

 

 昨夜の二人相手でも問題ないと豪語していた姿が過る。

 悔しいが、現実はシャロンの言っていた通りだった。

 それどころか、自分達が何人束になっても敵わないような気さえした。

 

 

「ほら、どしたァッ!!! もっと、来いよォッ!!!」

 

 

 獰猛な獣のような笑みを浮かべ、己の武を誇示するかのように膨大な魔力を滾らせていた。

 絶対強者が放つオーラが、二人の心を激しく揺さぶり圧し折ろうとする。

 LIFEも心許なく、絶体絶命と言って差し支えない。

 しかし、ヴィヴィオは両手で頬をバシッと叩き気合を入れ直して立ち上がった。

 

 

「まだ、諦めません!」

 

 

「……ヴィヴィオさん」

 

 

 "特訓"という名の地獄を乗り越えたヴィヴィオに植え付けられたのは、なにもトラウマだけではない。

 追い詰められ、満身創痍な状態からでも折れずに立ち向かう反骨心。

 勝ちたい相手がいて、勝ちたい瞬間がある。

 そんな時に目を背けて屈している暇なんかないと教えてくれたのはシャロンだった。

 

 

 ──(シャロン先輩は、多分私達のことを試してるんだ)

 

 

 普段以上に荒ぶっているのは、きっとその所為なのだと考えたヴィヴィオ。

 

 

 ──(あなたの挑戦、受けて立ちます!)

 

 

 同様の考えに至ったアインハルトも、凛とした表情で立ちあがった。

 

 

 ──(FOOoooo~~~!!! 大人モードがどうとか気にしていた自分が馬鹿らしい!!! さぁ、今度は俺を殴って気持ちよくしてくれ!!!)

 

 

 もうシャロンだかシャロンさんだか知らないが、二人の熱意を踏みにじってドブに棄てるかのように内心であらぶっている変態。

 心が折れていないのを確認すると再びニヤリと顔を歪め、全力で打ち込みに来いと言わんばかりに両腕を豪快に広げる。

 そこからは、"割と良い勝負"になっていた。

 碧銀と金色の挟撃にシャロンさんが苦戦している……わけではなく、ギリギリの対応をする事で拳や蹴りをわざと掠めさせているからだ。

 

 

「いいじゃァないかッ! よく動くッ!!」

 

「くぅッ!!」

 

「はあぁッ!!」

 

 

 実際、二人の連携も巧みなもので、そこはかとなく覇王と聖王の因縁があるようにも思えてくる。

 しかし、シャロンという少年は、他者の努力や才能を真っ向から叩き潰す真の天才──いや、天災である。

 速かろうか、強かろうが、あらゆる打撃を刹那で見切って味わい尽くす変態でもあった。

 そして、とどめを刺し切らないよう注意しながら、たまにカウンターで投げ返したりすること数分。

 

 

『シャロン、スバルさんが一時離脱したから、ノーヴェが攻めてきてるの! なのはさんが足止めしてくれてるけど、なんとか加勢に来てもらえないかしら?』

 

『無茶を言うじゃないかァ、ルーテシア! こちとら、覇王と聖王で手一杯だってのに』

 

『うーそ! ちょっと加減してるでしょ。二人を試すのも程々にして、助けにきなさい!』

 

『……了解』

 

 

 冷や水をぶっかけられ、鎮火させられたシャロンはばつが悪そうに念話を切った。

 さすがに、青組の参謀の目は誤魔化せなかったらしい。

 もっともシャロンが変態プレイに興じているという認識ではなく、あくまで分析するのが楽しくて受けに徹しているという解釈である。

 というのも、比較的身近な人間であるなのはも職業柄よくやっている事だからだ。

 つくづく悪運の強い変態である。

 

 

 ──(そろそろ、頃合いか。まだ遊び足りないが……まぁ、次はノーヴェさんの身体を楽しませてもらうとしようか。フフ)

 

 

 心の中で下卑た笑みを浮かべて、息の上がったヴィヴィオとアインハルトと向かい合う。

 

 

「よくぞ折れずにここまで戦ったな。花丸評価をやろう」

 

「……まだ、まだぁッ!」

 

 

 残存LIFEの値以上に消耗している筈のヴィヴィオ。

 それでも動きを鈍らせるどころか、むしろ増したくらいの勢いでシャロンさんに食らいついた。

 

 

「ヴィヴィオ、お前には格闘技をやるなんて正気じゃないと言ったが──」

 

「ッ!?」

 

「ヴィヴィオさんッ!!!」

 

 

 拳を躱して両肩を掴むと、腹部に強烈な膝蹴りを見舞う。

 

 

「う……ッ!?」

 

 

DAMAFE 1000

 

 ↓

 

LIFE 300

 

 

 LIFEが僅かに残ったことに少し驚いた様子のシャロンさん。

 

 

「──あぁ、やっぱり才能あるよヴィヴィオには」

 

 

 膝蹴りで削りきれると思ったが、ヴィヴィオは魔力防御を固めていたのだ。

 肉体や技術の完成度以上に、ヴィヴィオの人並み外れた精神力を体感して素直な賞賛を贈った。

 

 

(特訓からかなり成長したようで、俺は嬉しいぞヴィヴィオ。心が折れずに最後まで立ち向かってくるのは、こちらの興奮……もといやる気を維持する上でなくてはならない要素だ。もう少し粘れるようになれば、美少女サンドバックの資格も取れるだろう。頑張れ、ヴィヴィオ!)

 

 

 贈られたのは、心からの最低な賛辞であった。

 ある意味、罵られる以上の侮辱ではなかろうか。

 

 シャロンとしては自分と同等以上に苛烈な相手を望むが、満足な攻撃をしてこない相手であっても、最後の最後まで闘志を滾らせ立ち上がる相手であれば十分に満足できるのだ。

 ちなみに、ヴィクトーリア・ダールグリュンはシャロンの理想の相手の一人だったりする。

 

 閑話休題

 

 首の皮一枚繋がったとはいえ、窮地を脱したわけではない。

 アインハルトに手を出される前にヴィヴィオの背面に回り込むと、両脇を腕で挟んでがっしりホールドする。

 金髪のポニーテールが肩にかかると、濃密な美少女特有の香りが鼻孔をくすぐり、さらに甘酸っぱい汗が肉体の生々しさを強調させ、シャロンを興奮度を極致にまで押し上げた。

 

 

 ──(やばい! 達する! 達する!) 

 

 

 しかけたのはシャロンさんだが、ヴィヴィオよりも先に意識を飛ばしかけていた。

 そして大人ヴィヴィオの自己主張が激し過ぎる胸を、シャロンの腕が窮屈そうに圧迫しており、正面から見るとかなり際どい絵面となっている。

 

 

 ──(や、やるじゃァないか、ヴィヴィオォッ!!! まさか、こんな隠し玉でカウンターをしかけてくるとは……いや、実に素晴らしいッ!!! なんかもう、とても良いぞッ!!! 柔らかいッ!!!)

 

 

 極上の感触に語彙力すら消し飛んでいた。

 背面で顔が隠れているのをいいことに、イケメンでもカバーしきれない程の気色悪いニヤケ面を晒すシャロンさん。

 間違いなくシャロンさんがやっていい顔じゃない。

 軽く放送事故である。

 幸いというか、やはり悪運が強いというか、サーチャーもその瞬間は捉えていなかったが。

 

 

「フィニッシュだ!」

 

 

 そう言い放つと、10メートル以上の高度からくるっと宙返りして飛び降りた。

 意味深に聞こえるが、とどめを刺すという意味である。

 誤解無きように。

 

 

 ──(ウオオォーッ!!! キマるぞーッ!!! 確実にキマっちまうぞォッ!!!)

 

 

 常時キマっているので、今更じゃなかろうか。

 ノーカードでヴィヴィオ諸共直下ダイブするあたり、相当頭がおかしい。

 

 

「う……へ? な、なに!? なんですか、これ!?」

 

 

 可哀そうに。

 飛ばしかけていた意識を、運悪く取り戻してしまったヴィヴィオ。

 あと何秒か遅かったら、楽に逝けたものを。

 

 

「アハハハハハッ!!!」

 

「ひゃああああッ!?!?!?」

 

 

 数秒後、凄まじい衝撃音を鳴り響かせて地面に激突。

 怪我防止用のセーフティが施されているとはいえ、10歳の少女を死人が出てもおかしくない高度から地面へ叩き込むなんて、鬼畜生でもなければ出来る事じゃない。

 もしくは、超弩級の大変態か。

 

 

 ヴィヴィオ(FA)

 

DAMAGE 1300

 

 ↓

 

LIFE 0 撃墜

 

 

 シャロン(FA)

 

DAMAGE 200

 

 ↓

 

LIFE 2200

 

 

 判定は1300だが、明らかに数値以上のダメージを負ったであろうヴィヴィオ。

 クリスの補助もあり怪我はなさそうだが、目をぐるぐる回して痙攣していた。

 

 

「……ふぅ。いやはや、こんな高度からのダイブはさすがに初体験だ。中々、スリリングだったなヴィヴィオ……ヴィヴィオ?」

 

 

 シャロンさんはまともに障壁すら張ってなかったのに、何故か体内の魔力強化のみで凌ぎ切っていた。

 マジモンの化け物である。

 あれをスリリングだったと同意できる人間なんてこの世界でも限られているし、そもそも当のヴィヴィオは三途の川を渡りかけているので物理的に返事が出来ない。

 

 

『……もしもし、シャロン君。えっとその……ヴィヴィオは大丈夫、だよね……?』

 

 

 ヴィヴィオとは敵チームであるにも関わらず、即座にシャロンに心配の念話を飛ばしてくるなのは。

 やはり敵味方以前に、高町ヴィヴィオの母親という事なのだろう。

 

 

『セーフティは抜いてないので大丈夫でしょう。ほら、なんかぴくぴく痙攣してるし生きてますよ』

 

『それ、多分大丈夫じゃないよね!?』

 

『いや、大丈夫ですって。ダメージの痛みはそのまま反映されますが、実際の負傷は一定でカットされるのは知ってるでしょう? 試合中、ショックで倒れて痙攣する選手なんてたくさん見てきましたし』

 

 

 心情的に、痙攣して倒れている少女を見て"あぁ大丈夫だな"と言い切れるのはさすがにおかしい。 

 といっても、実際に怪我はしてないのだから言い返せないのがもどかしい。

 

 

『色々言いたいことはあるけど……あーもう、今は試合に集中します! アインハルトちゃんもこっちに来てるみたいなの! シャロン君はもう動けるかな?』

 

『まだまだ余裕ですよ。残存LIFEも余裕があります』

 

『じゃあ、ノーヴェの相手をお願い! アインハルトちゃんは私が引き受けるから!』

 

『了解』

 

 

 再び念話を切ると、シャロンさんは跳躍して建物の屋上に上がる。

 情け容赦がないのは向こうも同じなようで、ヴィヴィオと共にシャロンが落ちたのを把握すると、すぐさまアインハルトに追撃を出させたようだった。

 しかし、誤算だったのはシャロンさんのリカバリーの早さだろう。

 

 

「あそこか」

 

 

 魔力弾が飛び交い、人影三つが激しく動いているのを視認した。

 エースオブエースの高町なのはでも、縛りのある練習会においてFA二人を同時に往なすのは難しいようだった。

 まぁ、容易く往なしてみせた変態はここにいるが、これで一概にシャロンの方が戦闘能力に長けているとかいう話ではない。

 

 閑話休題。

 

 大人モードでトップギアのシャロンさんの跳躍は、一蹴りで数十メートルの距離をゆく。

 

 

「オラァッ!!!」

 

 

 弾幕を無視して三人を分断するように突進をかます。

 ダンプカーを彷彿とさせる勢いで、すれすれで回避したノーヴェが冷や汗を流す。

 

 

「うげぇッ!? シャロンかッ!?」

 

「人を化け物みたいに。ヴィヴィオはきっちり落としたし、アインハルトも軽く削ったので、次はノーヴェさんです」

 

「……オッケー、上等だ。姉貴はお前らの試合が気になって集中切らしてたみたいだし、こっちも不完全燃焼なんだ。本気でいかせてもらうぜ」

 

「スバルさん……まぁ、いいです。ノーヴェさんともしてみたかったので」

 

 

 何をしてみたかったのかと聞かれても、ただの試合である。

 邪推しないよう気を付けてほしい。

 

 

「ジェットエッジッ!」

 

 

 先手、動き出したのはノーヴェだった。

 足場を自在に引き伸ばしては、両足のローラーで宙を踊るように滑走する。

 

 

「魔法戦技ならではですね。正に、変幻自在ってかんじでしょうか」

 

「ったく、お前も集中できてないようなら、目ェ覚まさせてやるよッ!!」

 

 

 ノーヴェは限定ながらも空戦可能な陸戦魔導師でもある。

 対して、シャロンさんは陸戦オンリー。

 視界に見える360度が足場となるノーヴェと、基本的な行動可能範囲が目下の建物の屋上だけのシャロンさんとどっちが有利かは言うまでもない。

 しかも、いくらシャロンさんの跳躍が凄まじかろうと、あくまで直線的な動きしかできないのだ。空中に疑似的な足場を作るにしても、差はそう埋まらないだろう。

 

 

「いっけえぇぇッ!!!」

 

 

 背後からの蹴り。

 シャロンさんは例の脱力姿勢のまま目を瞑り、全神経を集中させて着弾位置を正確に見切って防ぐ。

 

 

「……なるほど、そうきましたか」

 

 

 してやられたと、多方面から迫りくる猛攻を防いでいく(・・・・・)シャロンさん。

 

 

「お前とは正面からやりあっても勝てそうになかったからな! 悪く思うな……よッ!!!」

 

「さすが、ノーヴェさん。対策練るのも早いですね」

 

 

DAMAGE 100 50 50 40 160

 

 ↓

 

LIFE 1800

 

 

 防いだと言っても、まともなシールドすら張れていなければ多少のダメージ判定が出る。

 3ケタに届くか届かないかのダメージだが、塵も積もればなんとやら。

 攻撃は見切っているのに、掴めないのがもどかしい思いのシャロンさん。

 

 

「芸が細かい……着弾箇所にパリングを付与ですか」

 

 

 最強のタフネスと反射神経を誇るシャロンさんに対して、真っ向勝負は分が悪いどころじゃない。

 そこでノーヴェが行ったのは、文字通り地の利と機動力を活かした完全なるヒット&ウェイ戦法。 

 更にパリングと呼ばれる異なる魔力を弾く効果のある魔法を付与することで、一瞬であればシャロンさんでさえ足を掴む事が困難になっている。

 言うのは易いが、ノーヴェの繊細な魔法行使と身体運用だからこそ出来た芸当だ。

 

 

「もう一発ッ!!!」

 

「…………」

 

 

DAMAGE 100

 

 

LIFE 1700

 

 

 あれだけ余裕のあったLIFEも今や1700。

 

 

 ──(……焦らしプレイは嫌いじゃないが、俺もそろそろぶっ放したくなってきたなぁ)

 

 

 ヴィヴィオと空中ダイブをキメて発散させた性の高まりが、ノーヴェの焦らし……もといヒット&ウェイで再び蓄積され頂点に達しつつあった。

 

 もう爆発寸前である。

 

 

 

「うおりゃああぁぁッ!!!」

 

 

 

 今度は頭上。

 直撃すれば、無事では済まなさそうだが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──小賢しい」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 シャロンさんは見切ったのにも関わらず、防御姿勢を取らなかった。

 

 

 

 

「う、嘘だろ……ッ!?」

 

 

 

 

DAMAGE 500

 

 ↓

 

LIFE 1200

 

 

 

 しかし、直撃したのは脳天ではなく肩。

 

 

 

「──捕まえた」

 

 

 

 ニヤリと不敵に笑うシャロンさん。

 魔力で弾かれるのなら、いっそノーガードで受け止めてしまえばいい。

 そんな思いで僅かに身体を反らして、着弾位置をずらしたのである。

 そして脚を引き抜こうにも、肩と首でがっちり挟み込まれて、無様に宙吊りになるノーヴェ。

 

 

 

「は、離せ、このヤローッ!」

 

 

「もう逃がしませんよ」

 

 

 

 人間離れというか、ゴリラすら軽く凌駕する膂力で抑え込んだ脚を、片手で持ちあげた。

 すると大人モードというのもあって、掴んだ腕を頭上まで持ってくると丁度目の前に股倉がやってくる。

 

 

 

 ──(これはやばいなぁ……あぁ、やばいぞ、やばい。やばいです)

 

 

 

 爆発した欲望が一周回って落ち着いてゆく。

 何がやばいって、スク水と大差ない股下の浅さ故、太腿から股関節までの柔肌が露わとなっているのだ。

 貞操観念の乱れというかなんというか、よくもまぁこんな際どいデザインを思いついたものである。

 

 

 

「くっそ、まったくふりほどけねぇ!?」

 

 

「…………」

 

 

 

 ノーヴェがじたばたして暴れるも、無心で股倉を見続けるシャロンさん。

 時間にして数秒間だが、彼はこの為だけに余剰魔力を費やして思考を何十倍も加速させているので、実質数分間も拝んでいたことになる。

 魔力制限がかかっているにも関わらず、がんがん使い込んでいた。

 余剰というか、戦闘で使った魔力よりも多い。

 馬鹿の極み変態である。

 

 

 

「……ッ!? いいところでッ!」

 

 

 

 魔力弾が飛来し、トリップしていたシャロンさんも現実に帰還。

 

 

 

「……っと、ナイスタイミングだティアナ!」

 

 

 

 放り出されて、ようやく変態の魔の手から解放されたノーヴェ。

 シャロンさんは目を細めて射手を睨みつける。

 どうやらアインハルトがなのはを抑えていたお蔭で、ティアナの最大射砲支援が完成したらしい。

 

 

 アインハルト(FA)

 

LIFE 0 撃墜

 

 

 橙の光が戦場一体を覆い尽くし、青組全体が退避を強いられる。

 状況はあまり芳しくはないように思える。

 

 

『青組一同、少し早いけど作戦を実行します!』

 

『『『『『了解!』』』』』

 

 

「……は?」

 

 

 ルーテシアはそれでも臨機応変に、チームに指示を送る。

 シャロンさん以外の全員が動きを変えた。

 

 

『ルーテシア、作戦ってなんだ?』

 

『あ、シャロンに伝えるの忘れてた! えっとね、今から2ON1で確実に速攻で狙った相手を潰す作戦にシフトしたから、よろしく! スバルさんと二人でノーヴェを潰してね』

 

『勘弁してくれ……了解』

 

 

 はぁ、と溜息を吐いて念話を切るシャロンさん。

 この二人は相性がいいのか悪いのか、なんとも言えない間柄に思える。

 

 

「お待たせ、シャロン! さぁ、今度こそ本気で行くよー!」

 

「余所見厳禁ですよ」

 

「ごめんごめん!」

 

 

 さらっとスバルを咎めるが、史上最低の余所見をしていたのは誰だったか。

 第n回お前がいうな選手権以下略。

 

 

 ──(この戦い、そろそろ終わりだな。それも、一瞬の幕引きだ)

 

 

 シャロンさんの純粋な武人としての勘がそう告げる。

 

 

「リカバリー発動」

 

 

LIFE 1700→2200

 

 

 医療系の魔法も得意なシャロンさんは、試合を引き延ばす為によく自己修復を施す。

 医者として合法的に云々な道を考えたかは不明だが、とにかく即席とはいえそこそこのLIFEを取り返すことができた。

 

 

「やりますよ、スバルさん」

 

「オッケー!」

 

 

 

 

 

 ──その後、うまいことルーテシアの作戦は嵌って、ノーヴェや赤組主力のフェイトを撃墜する事に成功。

 しかし、そのルーテシアとリオも、キャロとコロナの策に嵌って撃墜。策士策に溺れるとはよくいったものだ。

 そこからなのはがキャロを撃墜し、コロナを捕縛。

 

 そして、迎えた最終局面。

 

 

 

 

『マルチレイドで、ティアナのブレイカーを相殺します!』

 

 

 

 

 ついになのはから、最終兵器解禁の号令がかかった。

 数の面では圧倒的に優勢だが、ブレイカーなら逆転すらありえる。

 どのみちブレイカー同士がぶつかれば、とんでもない余波が生じるのだ。

 退避命令も同時にくだるが、逃げ場なんてないのに無茶振りではなかろうか。

 

 

「……行動不能な人はどうするんだろう」

 

「だ、大丈夫! セーフティと脱落者用の防護フィールド二重にかかるから! それより、早く離脱を……って間に合わない!?」

 

「…………」

 

 

 シャロンさんは暫し考え、ティアナを叩けて最大限にこの試合を楽しんで終わらせる方法を導き出す。

 

 

「こうなったら、シャロンだけでも……って、シャロンどこ行くの!? そっちは、危ないって!?」

 

 

 レスキュー魂に燃えるスバルの制止で、振り返るシャロンさん。

 その顔はこれから死地に赴く顔……というよりは、ワクワクが止まらないといった表情だった。

 

 怪訝そうなスバルに、シャロンさんは告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ちょっと、ブレイカーに挟まれてきます」

 

 

 

 

 

 普通に意味が分からない。

 頭がおかしいのか。

 いうもさらなり。

 

 

 

 

「え……えぇ!? 何言ってるの!? はやく戻ってきて! シャローン!!!」

 

 

 

 

 スバルの叫びは、彼の変態には届かない。

 

 練習会も、いよいよクライマックスを迎えていた。

 

 

 

 ──to be continued



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第××話 不退転のシャーロ

"不退転のシャーロ"

 

 その名が広まったのは、二年前のDSAA。

 当時だった無名のシャーロ・クーベルは、初出場にして本戦進出及び入賞を成し遂げた。

 翌年も同様に入賞を果たす。

 齢にして十を少し超えた程度の少女が成したと言えば、上出来を通り越して偉業の域である。

 加えて、銀糸を思わせる美しい長髪に、人形のように緻密に整った容姿。

 期待の大型新人に、魔法戦技界隈は大いに沸いた。

 

 

 そんな彼女は、名門St.ヒルデ魔法学院の中等科の一年生。

 

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

 

 文武両道で容姿端麗且つ家柄良しな彼女は、同性さえも魅了してしまうパーペキ美少女であった。

 

 

 当然、モテる。

 モテて、モテて、モテまくりである。

 学院のお上品で奥手なシャイボーイだろうと、胸の高鳴りを抑えきれなくなる程の魔性の美少女なのだ。

 しかし、相手がどれだけイケメン御曹司であっても、彼女が首を縦に振ることはなかった。

 罪な少女である。

 

 いつも憂鬱げに溜息を吐きながら窓の外を眺めるのが彼女の日課だ。

 深窓の令嬢、という言葉があるがシャーロの為に作られた言葉に違いない。

 

 まぁ、というのも────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──(あー私も実技の方に混ざりたいなぁ……美少女の汗と石鹸の匂いを嗅ぎながら、くんずほぐれつ……はぁはぁ……!)

 

 

 

 

 

 ──四六時中、見た目麗しい少女との絡み合いを妄想しているむっつりド変態であるからだ。

 

 

 別にレズというわけではない。

 ただ、男性よりも女性……それも美少女の方が性的興奮を覚えるというだけだ。

 つまるところ、両刀使いである。

 

 じゃあ女性からの告白は受けるのか。

 そう、実際彼女は後輩先輩問わずラブレターを受け取った事がある。

 けれど、シャーロは丁重にお断りしていた。

 

 プラトニックなお付き合いで満足できない以上に、自分のパーペキ美少女像を維持したいというクソしょうもない理由で自制しているのである。

 

 同性からの告白に対し、涙を流しながら抱擁して"ごめんなさい、ごめんなさい"と何度も謝り続けたのは、シャーロの聖女っぷり明らかにした逸話としてあまりにも有名である。

 

 

 

 

 ──(ちょ、超好みなのに……ほんとは今すぐ抱きしめてベッドインしたいくらいなのに……く、くやしい……くやしいけど断らなきゃ私のイメージが……! あぁでもこの子の身体柔らかいし良い匂い過ぎやばい達する達する達する)

 

 

 

 

 とんでもない性女である。

 

 そも、シャーロが格闘技、それもわざわざDSAAの魔法競技に参加したのは己の欲を満たす為だ。

 余程、露骨な触り方でなければ接触も許される。

 しかも、ミッドはレベルの高い美少女達がこれまた際どいバリアジャケットで参加しているのだ。

 それ目当ての観客も多い。

 選考会やノービスクラスの予選は微妙な男子もちらほらいるが、エリートクラスは殆どが女子である。

 

 

 ──ここでなら、私のイメージを保ちつつお触りし放題!

 

 

 成熟の早かった幼き日のシャーロはこう考え、すぐに実行に移した。

 

 

 "いやいや、無茶だし無理だろ"

 

 

 普通の人はこう考えるかもしれないが、シャーロの熱意はそんなものじゃなかった。

 加えて、神は二物を与えないというが、恵まれた容姿以外にも魔法と強靭な肉体を彼女に与えていた。

 

 

 

 ──才能ある者が、並々ならぬ情熱をもって努力した結果。

 

 

 

 あらゆる射砲撃も真っ向からぶち破って接近戦をしかける規格外インファイターが完成した。

 

 ……いや、してしまったのだ。

 

 

 

 クソ迷惑な話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──セットアップ完了。さぁ、来なさい!」

 

 

「ふ、ふざけているんですか! は、は、早く、服を着てください!!」

 

 

「ふざけてなんかないわ。これが一番動きやすいもの。スポブラだし、私達同性だから恥ずかしがらなくてもいいでしょう?

 

 

「~~~~ッ!!!」

 

 

 

 色々と端折るが、なんやかんやあって自称覇王の美少女と組みあうチャンスを得たシャーロ。

 自称覇王──アインハルト・ストラトスを分からせるべく、彼女は今しがた上着を脱いでスポーツ用のブラとパンツだけになったのだ。

 

 何を言ってるか分からないかもしれないが、神様でも理解しがたい状況であるので、あまり気にしないでほしい。

 

 

 

「──私は攻めない。好きに撃ち込んだらいいわ」

 

 

「……それは、私に対する挑発なのでしょうか」

 

 

「えぇ、そう捉えてもらって結構。あなたの軽くて歪んだ拳なんて、これっぽっちも効かないから」

 

 

「ッ!!!」

 

 

 

 自らサンドバックを志願する性女。

 

 予告通り、アインハルトの拳を生身で受け止め続けていた。

 

 

 

「そ……んな……」

 

 

「はぁ……はぁ……なんだ……なかなか、良い……拳……じゃない……ッ!」

 

 

 

 アインハルトがノックダウンしたのを確認すると、シャーロもアへ顔晒してぶっ倒れた。

 

 以上。

 お終い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──(食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べ……)

 

 

 

 以上が、アインハルトと同じベッドで寝ている事に気付いたシャーロの反応である。

 

 反応でした。

 終わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、アインハルト。あなたはヴィヴィオについてどう思う?」

 

 

 

 

 藪から何とか。

 

 

 

 

「えっと、思いやりがあって強くて優しい子だな、とは」

 

 

「そう。あなたの記憶の中のオリヴィエと比べたら?」

 

 

 

 めっちゃぐいぐい質問する性女。

 

 

 

「……別人、とも言い切れないような……すいません、よく分かりません」

 

「ううん、気にしないで。ただ、昔の覇王様と聖王様は相思相愛だったのかな、なんて」

 

「こ、恋……ッ!? ……わ、分かりません!」

 

 

 

 ダウト。

 はぐらかし方が下手くそ可愛いハルにゃん。

 

 その反応をおかずに、脳内でヴィヴィオ×アインハルトを堪能するシャーロでした。

 終わり。

 

 

 

 



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第十五話 それぞれの方向性と限界突破





 ──(もってくれよ、我が肉体ッ! そして、我が魂ッ!)

 

 

 

 謎のSLB挟まれてきます宣言をしてから、着弾地点に向かって一直線に走りだしたシャロンさん。

 全次元世界を探しても、最上級の収束砲の相殺に割って入ろうとする人間はいないだろう。

 なんなんだ、ほんと。

 

 

 

 ──(未だ嘗て体感したことのない濃密な魔力の翻弄……こんなのに巻き込まれたら、俺の身体はどうなってしまうんだ……ッ!?)

 

 

 

 まぁ、なんとかなるんじゃないでしょうか。

 知りませんけど。

 

 

 

 ──(さ、さすがに、興奮を禁じ得ない! そして、特大の収束砲に挟まれて生還することで、俺の肉体は更に強くなることだろう!)

 

 

 

 最強の肉体。

 そう、別に収束砲に挟まれたら興奮の新境地に至れるからだとか、そういう理由だけじゃないのだ。

 年々……いや、日を重ねるごとにより強くなっていったシャロンの肉体。

 もう数年もすれば、変身せずともシャロンさんの肉体に追いつくことだろう。

 全ては、公式試合を心ゆくまで堪能するため。

 より長く試合を楽しむための最強の肉体が必要なのだシャロンには。

 とってつけたような建前に聞こえるかもしれないが、これは本当である。

 

 

 ──(外部魔力転換出力を極限まで引き上げる! 全てを受け止めて見せるぞ俺はッ!!!)

 

 

 なんと勇ましい。

 シャロンさんが今やろうとしているのは、魔法を魔力として吸収してしまおうというものだ。

 恐らく初等科の生徒でも冗談として言うことはあっても、本気で実行する者はおるまい。

 頭がおかしいというのは言うまでもないが、改めて言わせてもらおう。

 キチガイであると。

 

 どれくらいやばいかというと、常人なら魔力のオーバーフローでリンカーコアにどんな影響が出てもおかしくないレベルだ。

 

 ちなみに現状のシャロンの魔力量は推定"AAA~"であり、これで成長途中というのだから、将来はどんな化け物になるか想像すらできない。

 だが、どれだけ将来性があろうと現段階ではAAA程度なのは揺るがぬ事実。

 いくらシャロンさんでも、魔法の衝撃を受け止めつつ、二つの巨大収束砲を吸収するには明らかにキャパが不足している。

 

 

 

 ──(腹は括った。さぁ、来いッ!!!)

 

 

 

 が、数値を常識外のフィジカルとメンタルで超えていくがこの男だ。

 その手の学者が見れば、驚愕のあまり卒倒するのではなかろうか。

 

 

 

 

 

 

『スターライト────』

 

 

 

 

 そして、互いの収束砲は発射直前。

 大気中から集められた魔力が二方向に吸い寄せられてゆき、巨大な光の球体を成す。

 

 

 

 

『ブレイカーーーーッ!!!』

 

 

 

 

 

 遂に放たれた、両者の巨大収束砲。

 極大の破壊を伴う閃光がフィールド全体を駆け抜ける。

 離脱者、生存者問わず、桃色と橙色は全てを包みこみ等しく死──もとい、即脱落級のダメージを与えていく。

  

 言わずもがな、それはシャロンさんにとっても例外じゃない。

 

 

 

 

 

 ──(キタアアアァァァァァッ!!!!!!!)

 

 

 

 

 

「ウオオオォォォアアアアァァァァァッッッ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 これは断末魔なのか、雄叫びなのか。

 

 

 

 

 ──(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬいや死なな……やっぱ死ぬ! でも死ぬほど痛気持ちいい! あー死にそう達しそう内側からなんかでそう。内臓というか、なにかがでそう。きもちわるい……けどそれが気持ちいい! なんだこれ! うおおぉぉおれすげぇ! たえてる! おれつええぇぇ! きもちちい! はきそう! きもちわるい! でもそれがいい! ばぐばぐ! くるいそう! あはは! みてるかヴぃヴぃおーはーるにゃん! ひかりがいっぱいおほしさま! うおーおれおれおれすぎる! ────────)

 

 

 

 

 多分、前者だ。

 なまじ身体が丈夫過ぎるせいで、気を失うこともできないまま、本当の意味でトリップしかけているシャロンさん。

 転換された膨大という言葉を通り越した魔力が、だばだばと全身から頭へと駆け上がり、脳内物質を洪水のように溢れさせていた。

 とめどなく湧いてくる感情に対し、言語化が追いついていない始末。

 

 

 

 

 ──(……狂気の沙汰ほど気持ちがいい……ッ!!!)

  

 

 

 

 理性を取り戻して一言目の感想がソレなら、やはり問題なかったのだろう。

 

 永遠にも等しい一瞬刹那の時間が終わり、次第に周囲の状況も明らかになってゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これ、なんて最終戦争?」

 

 

 

 と、セインの一言。

 

 

 

「……それよりも、シャロン君は大丈夫なのかしら」

 

 

 

 と、メガーヌも一言。

 

 "俺が最終戦争を止めるぜ!"と言わんばかりに突っ込んだシャロンさんに対し、二人とも顔をひきつらせていた。

 

 

 

「とりあえず、あいつを真っ先に回収して休ませた方が良いんじゃない?」

 

 

「そうねぇ。じゃあ、みんなの状況を……ッ!?」

 

 

「奥様、どうかした?」

 

 

「……生きてる」

 

 

「え?」

 

 

「シャロン君、まだ"生存"してるわ」

 

 

「は……え? 嘘でしょ?」

 

 

 

 完全に死人扱い──試合上での判定の話だが──のシャロンさん。

 

 当たり前だ。

 どこの世界に収束砲同士の衝突に巻き込まれて生き残れるやつがいるんだって話だ。

 まぁ、いたんだけども。

 

 メガーヌが映し出すディスプレイには、ぷすぷすと黒煙を昇らせながら肩で息をするシャロンさんが映っていた。

 

 

 シャロン・クーベル

 

 DAMAGE 2050

 

  ↓

 

 LIFE 150

 

 

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

 

 

 絶句である。

 

 

 ここで、両チームの状況を確認してみよう。

 

 青組、なのは・エリオ・スバルは、SLB─PSを防ぎきれず撃墜及び戦闘不能。

 赤組、ノーヴェが撃墜されるも、コロナとティアナは首の皮一枚繋いでいた。

 つまり、青組の残りメンバーはシャロンさん。

 赤組はコロナとティアナとなった。

 

 LIFE100以下の者は行動不能扱いとなり、他者の回復が施されない限りは戦闘行動は行えない。

 シャロンさんの余力はほぼないのもあり、実質残り一人である。

 

 

 

「……どうして、直撃食らって立ってるの?」

 

 

「魔法を魔力に転換して吸収してたのは間違いないみたいだけど……過剰過ぎる魔力が内側で暴走するはず……本当にどうなってるのかしら。考えられるとすれば、絶え間ない超速の肉体再生……これも現実的ではないのだけれど……」

 

 

 

 メガーヌのご推測道理。

 内側から破壊されるという発狂しかねない苦痛に耐えながら、肉体を壊れた傍から再生させ続けていたのである。

 肉体的才能以上に、その執念が恐ろしい。

 執念というか、そもそも苦痛を快楽に変えてしまう人種なので、この言い方も正確ではなさそうだ。

 

 なんなんだ、ほんと。

 いい加減にしろ。

  

 

 

 

 

 

 

 

 ──(……残りは、コロナとティアナさんか。うまい具合、残ってくれたな)

 

 

 

 赤組二名の首の皮が辛うじて繋がっているのは、シャロンさんが緩衝剤としての役割を果たしたのが大きい。

 

 

 

 ──(いやはや、さすがに無茶が過ぎたかと思ったら、なんとかなるもんだ。ぶっ壊せばぶっ壊す程、我が肉体が強靭になっていっていくのは知ってたが、これは想像以上の効果が得られたみたいだ)

 

 

 

 と、不敵に笑うシャロンさん。

 純粋に己の武力の向上で笑うというのは、何気に超レアシーンである。

 それもその筈。

 

 

 

「滾る……滾るぞォッ!!!」

 

 

 

 多少、外部へ逃がしたものの、二つの収束砲の魔力を吸収しきったシャロンさんの熱量は計り知れない。

 苦手な射砲撃の魔法でさえ、今なら雑に飛ばすだけでも局員顔負けのモノを何発も放ててしまう。 

 恐ろしいのが、これが単に一過性の強化ではないというところだ。

 極限状態までリンカーコアと肉体を甚振った結果、シャロンさんの魔力量はSランクの大台に突入しようとしていた。

 加えて、再生能力の向上している。

 

 早いとこ、誰かこの男を止めてくれ。

 

 

 

「素晴らしい! 最高の気分だ! この力で今年こそは、あのワールドチャンプを……」

 

 

 

 因縁の相手を口にしていると、ティアナの魔力弾が飛来する。

 

 

 

「……っと、いけない。まだ試合(おたのしみ)中だった」

 

 

 

 目視することなく回避すると、赤組両名の位置を見据える。

 

 

 

「あははははは、今行きますよ! 首洗って待っててください!」

 

 

 

 試合の判定上では、ほぼ死に体であるのにも関わらずこの余裕。

 なのはが魔王で、フェイトが死神と評されるなら、シャロンは何と例えよう。

 言葉が見つからない。

 

 強いて例えるなら、変態大魔神だろうか。

 

 

 

 

 

 一方、こちら赤組残存勢力はというと。

 ティアナは苦虫を百匹くらい口に放り込まれた表情で、未だ健在どころかパワーアップしたかのようなシャロンさんを睨んでいた。

 

 

 

「……コロナ、魔法は使えそう?」

 

「な、なんとか~!」

 

「残りはシャロンだけだけど、正直一番残ってほしくないやつが残ったわね……」

 

「ていうか、収束砲が直撃してたのに何で生きてるんでしょう……」

 

「……考えないようにしましょう」

 

「……そうですね」

 

 

 

 さすが、頭脳派二名。

 シャロンを常識では測れない存在だと即座に認識した模様。

 場合によっては、思考放棄も必要なのだ。

 

 

 

「ぎりぎりってとこだけど、一応最後まで足掻いてみましょう! 悪いんだけど、コロナは囮になってくれるかしら? 作戦があるんだけど……」

 

 

「任せてください!」

 

 

 

 そういってコロナに耳打ちをするティアナ。

 

 大魔神VSティアナ&コロナの最後の決戦の行く末や如何に。

 

 

 

 

 

 

「んー、何か企んでいるようだが」

 

 

 

 目視でティアナとコロナを捉えたシャロンさんは、即座に二人の挙動の違和感に気付く。

 プレイスタイルは脳筋だが、頭の出来は相当よろしいのだ。

 

 

 

「ま、正面からねじ伏せるか」

 

 

 

 結局、脳筋プレイでごり押すからあまり関係ないが。

 

 そしてまず正面に立ちはだかったのは、巨大ゴーレムゴライアスに搭乗したコロナ。

 事前の作戦通り、囮としてシャロンさんを抑えるつもりらしい。

 

 

 

「ティアナさんの所へは、行かせません!」

 

 

「へぇ、まさかコロナが立ちはだかるとは思わなかった……捻りつぶしてやるよ」

 

 

「……ッ!!!」

 

 

 

 元々、シャロンに対して尊敬以上に畏れを抱いていたコロナ。

 今だって、痛い思いをする前に逃げ出したい気持ちであったが……。

 

 

 

「ゴライアスッ!!!」

 

 

 

 その恐怖を噛み殺して、シャロンさんへ立ち向かった。

 心境の変化の原因は、ヴィヴィオやアインハルトの雄姿によるものか。

 なんにせよ、及び腰になられては退屈だと懸念していたシャロンさんも、これは嬉しい誤算だった。

 

 

 

「あぁ、いいぞコロナ。よく向かってこれた」

 

 

 

 

 素直な称賛を送ると、迫りくるゴライアスの巨腕を拳で迎え撃つ。

 結果は言うまでもなく、ゴライアスの粉砕である。

 

 いやだって、シャロンさんがゴーレム如きに敗れるわけないの分かるでしょ?

 

 

 

 

「きゃああああ!!!」

 

 

 

 

 衝撃に呑まれたコロナは悲鳴を上げながら、容赦なく地面に叩きつけられる。

 

 

 

 

「その勇気は買ってやるが、もう少し戦技に幅を持たせて火力にも磨きをかけることだな」

 

 

 

 コロナ 

 

 LIFE130→0 撃墜

 

 

 

 ──(触れるまでもなく落ちてしまったのは、残念でならない……が)

 

 

 

 コロナの即撃墜を残念がりつつ、砂埃がカモフラージュとなって見えない筈の魔力弾を全てシールドで防ぐ。

 彼女が身を犠牲にして生み出した好機は、訪れる前に存在しなかったようだ。

 

 視界が晴れると、デバイスを構えているティアナが姿を現した。

 

 

 

「さすがに分かりますって。取れる手段なんて、容易く想像できます」

 

 

 

 その後、何発か魔力弾が飛んでくるものの、防ぐまでもなく回避して詰め寄る。

 

 

 

 

 

 

「これで────」

 

 

 

 

 

 

 ティアナの目前まで達したシャロンさん。

 

 

 

 

 

 

「────終わりだ」

 

 

 

 

 

 が、そのまま目前のティアナを無視して突っ走った。

 すると、映っていたティアナの姿は霧散して消失する。

 その正体は、幻術魔法だ。

 

 

 

 

「うそ、どうして……!?」

 

 

「いや、直前まで気づかなかったんですけどね」

 

 

 

 幻術のさらに背後の物陰に隠れていた本物のティアナに詰め寄るシャロンさん。

 本命の魔力弾を発射寸前でキャンセルされ、代わりに生成した魔力刃で応戦するも、白兵戦でシャロンさんに勝てる者は存在しない。多分。

 

 

 

「顔見た瞬間、なんか違うなと……"本物"目の前にしたら、やっぱり"高まる"ものですから」

 

 

「どんな、勘、してるの……よッ!」

 

 

 

 まさか、長年の性的興奮の中で培ってきた直感で見分けましたとは言えないし言わない。

 

 赤子の手を捻るかのように、刃を捌いてティアナの胸倉を掴むとグイッと引き寄せる。

 

 

 

「ッ!」

 

 

「捕まえた」

 

 

 

 ──(やはり、本物は表情も匂いも何もかもが違う。芸術だなこれは。あと、"張り"具合も素晴らしい!)

 

 

 

 なんの"張り"が素晴らしいのか、というのも野暮なのでこれも言わない。

 

 

 

「大丈夫、一撃で意識を飛ばすんでそんなに痛くないと思いますよ。多分」

 

 

「ちょっと小突くだけでいいんじゃ……って、まってまってまって!」

 

 

「はい、待たない」

 

 

 

 掴んだ胸倉を乱暴にアスファルト目がけて叩きつける。

 "ぐぅ!?"と、明らかに大丈夫じゃなさそうな声を出すが、シャロンさんは特に動じない。

 無駄にシステムを把握している分、セーフティの減算値を計算して、ヴィヴィオやコロナ、ティアナが無事であることは確信しているからだ。

 

 

 ティアナ

 

 LIFE110 → 0 撃墜

 

 

 

 最後に立っていたのは、シャロンさんのみ。

 

 

 

「とても有意義な時間だった……しかも、あと二戦も楽しめるとはな」

 

 

 

 もっとも、シャロンさんと対峙した面々にはそんな体力残ってなかったりするが。

 

 かくして、波瀾万丈の練習会第一戦はこうして幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、予定通り練習会は三度行われ、マッチアップ相手や組み合わせ自体を変えたりで、皆十分以上に魔法戦を満喫していた。

 もちろん一番楽しんでいたのは、シャロンである。

 

 

 

「あ~う~……」

 

「ううっ腕が上がらない……」

 

「起きられないー……」

 

「動けません……」

 

 

 

 特に後輩組が肉体の限界以上に身体を酷使したせいで、一度ベッドに倒れ込んでからは動けなくなってしまっていた。

 

 

 

「限界を超えてはりきりすぎるからよー」

 

「いや、限界は超えるものだろう?」

 

「シャロンは黙ってて」

 

 

 

 後輩の手前、余裕ぶってはいるもののルーテシアもシャロンとの戦闘が響いていたりする。

 本当の意味で余力がありあまっているシャロンをジト目で睨むも、当の本人はまったく気付いていない。

 というより、ようやく念願の女子部屋に入れてその事でいっぱいいっぱいなのだ。

 無理もない。

 

 

 

 ──(楽園の中の楽園だなぁ、ここは。改めてこうもまじまじと彼女等の寝間着を見ると、何か達するものがある……これはなかなか……)

 

 

 

「……なんで、シャロン先輩は平気なんですか~!」

 

 

「いや、全然平気じゃないが」

 

 

「まったまたー!」

 

 

「ほんとだ。結構やばい」

 

 

 

 シャロンなりに気を遣っているのかと周囲は誤解したが、当然両者の会話は一切噛み合っていない。

 

 

 

「はぁい、みんなー! 栄養補給の甘いドリンクだよー!」

 

 

 

 なのはとメガーヌの差し入れと同時に、話題はDSAAインターミドル・チャンピオンシップに移る。

 若かりし頃の武勇をメガーヌが語り、上位選手の試合記録を映して後輩組は憧れの大舞台に夢を膨らませる。

 アインハルトもアインハルトで、己の未熟さや視野の狭さを恥じると共に、インターミドルで覇王流の強さを証明したいと望んだ。

 

 

 

「シャロン君含めて、上位選手って本当に強いよねぇ」

 

「そのままプロになる子も多いんです!」

 

「先輩もプロになるんですかー?」

 

「……さぁ、どうだろうな。俺は俺に相応しい仕事が出来れば、なんだって構わない」

 

「かっこい~!」

 

「そんな事言って、ほんとは何も考えてないだけでしょ」

 

 

 

 進路について常々考えてはいたが、シャロンが頭を抱える数少ない案件の一つである。

 色々と悩んだ結果、"なるようになるさ"と"この一瞬刹那の快楽に溺れていたい"という楽観視と欲望が合致して、お茶を濁して現状維持するスタンスを取っている。

 

 完璧なイケメン男子と思いきや、意外とダメなところもあったりするのだ。

 

 性癖については何も言うな。

 

 

 

「それよりも」

 

「あ、話変えた」

 

「やかましい。アインハルト、お前も出場するならクラス3以上のデバイスが必要になってくるが、もってるのか?」

 

「…………」

 

 

 

 強引に話題の矛先をアインハルトに転換するシャロン。

 結構、せこい。

 

 

 

「……もって、ないです」

 

 

 

 水をぶっかけられたかのように、シュンとなるアインハルト。

 ルーテシアが相変わらず非難がましい目で見てくるが、シャロンはスルーする。

 

 

 

「デバイスなんて、最低限の基準満たしてればなんでもいいんじゃないのか。それこそ、パーツだけ適当に揃えて組んでしまえば……」

 

 

「シャ~ロ~ン~? それ、私に喧嘩売ってるのかしら~?」

 

 

 

 才女ルールーは、デバイスマイスターでもある。

 一流シェフの前で、料理なんて腹に入れば一緒! と言っているようなものだ。 

 

 

 

「まてまて、どうしてそうなる。第一、格闘技者にとってデバイスは最低限の防護機能があれば、それで十分だろうが」

 

「それもそうだけど、やっぱり個人にあった機体をちゃんと見繕ってあげるべきでしょ! 上位選手はオリジナルデバイス持ってる子が多いし!」

 

「俺は市販の既成品にパーツ組み込んでアレンジしただけだが、結果を残しているぞ」

 

「うぐ……それを言うのは、卑怯じゃないかしら!」

 

「知るか」

 

 

 

 "仲良しねぇ~♪"と、なぜかメガーヌは嬉しそうに微笑んでいる。

 

 実際のところ、シャロンの言い分は間違っていない。

 なんせ、武器を形成する必要がないのなら、保護機能さえ搭載していれば十分なのである。

 しかも、オーダーメイドで通常の型から外れた物を注文するとなると、一体どれだけふんだくられるか分かったもんじゃない。

 ヴィヴィオのセイクリッドハートはなのは等のコネで融通利かせたようだが、それでも相応の値が張った筈だ。

 コロナのブランゼルはルーテシアがアマチュアの試作という体で無償提供したようだが、これは例外中の例外。

 その点、シャロンは自らの肉体の強さもあり、普段使いのデバイスを競技用に簡素な改造を施した物なので安く仕上がっている。

 しかも、丈夫で壊れにくく、メンテナンスも自分でできてしまう程楽だ。

 

 

 閑話休題。

 

 

 ルーテシア、シャロン共に、デバイス制作と魔法戦技の造詣に詳しい者同士白熱した議論を続けていた。

 議論の発端となったアインハルトでさえ、"あの、私の事ならお気になさらず"と止めに入るが聞く耳持たず。

 

 何気にくだらない妄想抜きにして、真面目に語り合った異性はルーテシアが初めてだったりする。

 

 

 

「と・に・か・く! アインハルトのデバイスは私に任せなさい!」

 

「……まぁ、専用デバイスの方が有利なのは間違いないが、お前エンシェントベルカ仕様のデバイスなんて組めるのかよ」

 

「ふっふっふ~! 私の人脈を甘く見てもらっちゃ困りますねぇ~。私の一番古い親友とその保護者さんってば、次元世界にその名も高い、バリッバリにエンシェントベルカな大家族!」

 

「というと、もしや八神司令か?」

 

「ご名答~!」

 

 

 

 八神はやて。

 かのJS事件解決の立役者の一人であり、とある一級ロストロギアの所有者でもあるらしい。

 過去の因縁でなにかと批判されることも少なくないが、その人柄や容姿の良さ、なによりも魔導書による広域型魔導師としての能力が高く評価されているのも事実。

 最近は、雑誌インタビューなどによるメディアへの露出も増えている。 

 

 当然シャロンも有名な美女局員として、チェック済みである。

 

 

 

「で、手伝ってもらうと?」

 

「いや、そこは丸投げしちゃおうかと」

 

「お前……」

 

「だって、さすがの私でも、エンシェントベルカ仕様のデバイスなんて組んだ事無いし!」

 

 

 

 なぜだろう。

 こうしてシャロンが普通の会話しているだけで、違和感を覚えるのは。

 

 なにはともあれ、アインハルトのデバイス問題は解決した。

 

 

 

「あ、シャロン先輩!」

 

「今度はヴィヴィオか。どうした」

 

「えっと、インターミドルの話なんですけど……」

 

 

 

 ヴィヴィオが聞きたかったのは、ずばり自分達はどの程度のものなのかということ。

 確かに、気にはなるだろう。

 同世代では負けなしの彼女等といえど、世界中の十代が集うインターミドルでは井の中の蛙に等しい。

 だからこそ本物の強者であり、上位選手であるシャロンの目から見た自分達を知りたがっていた。

 

 

 

「そうか、気になるか」

 

「気になります!」

 

「まーす!」

 

「ます~!」

 

「あの、私も!」

 

 

 

 

 ──(美少女のレベルであれば、文句なしで上位選手確定なんだがなぁ……そうか、真面目な見解を述べなければならないか……面倒だな)

 

 

 

 

 面倒、というのは述べるのがかったるいという意味ではない。

 

 というのも……。

 

 

 

 

 ──(年齢とか知り合いだとか、何もかも差し引いて見た彼女等はあまりに未熟過ぎて、大して評価できん)

 

 

 

 そう。

 素直な感心や称賛も、全て贔屓目によるところが大きいのだ。

 

 

 

「……やや辛口評価と、辛口評価。どっちが良いか選んでくれ」

 

「先輩! 甘口はないの!」

 

「それだと何の参考にもならないと思うが、それでもよければ」

 

「うぅ……」

 

「シャロン、お前の思った通りの印象を語ってやれ。あたしの主観よりも、ずっと役に立つ」

 

 

 

 ノーヴェの一言で、難色を示していた後輩組も納得する。

 

 

 

「辛口でお願いします……」

 

「私も……」

 

「お願いします」

 

「分かった」

 

 

 

 ──(本当は、真面目に語る柄でもないんだがなぁ……あー、妄想の海に溺れてたい。それか、後輩達のベッドで一緒に寝たい)

 

 

 

 良かった、いつものシャロンが少し戻ってきた。

 

 

 

「じゃー、まずヴィヴィオ」

 

「オッス!」

 

 

 

 ──(かわいい)

 

 

 かわいい。

 

 

 

「お前とは特訓もしたし、打たれ弱さや精神力も少しはマシになったとは思う」

 

「えへへ~、ありがとうございます!」

 

「で、結論言わせてもらうと────」

 

 

 

 シャロンに褒められて照れくさそうに笑うヴィヴィオ。

 周りも少し羨ましそうにしているが、笑っていられるのも今のうちだ。

 

 

 

 

「──予選の前半で即敗退だろうな」

 

「え……」

 

「評価が不服か?」

 

「いや、そういうわけじゃ……」

 

「意地悪だったな」

 

 

 

 慢心。

 それは誰にでも持ちうる感情である。

 

 特に、才気溢れる未だ世界を知らない子供達なら尚更に。

 

 

 

「もう少しいけると思ったかもしれんが、甘すぎる。そもそも、U19は年齢差が顕著だ。何年も研鑽を重ねてきた連中に敵うとでも? 馬鹿言っちゃいけない。勝ちたいのはな、お前らだけじゃないんだ」

 

 

 

 この男、こんな事言っておいて別段勝ちたい気持ちもないのだから性質が悪過ぎる。

 

 

 

「後輩三人、これはお前ら全員に共通してるから他人事だと思わないよう」

 

「は、はい……」

 

「き、きびしいよぅ~……!」

 

 

 

 スパルタの者、シャロン。

 後輩といえど、容赦はしない。

 

 

 

「といっても、ヴィヴィオにはそんなに言う事ないんだがな」

 

「そんな~! 何か、アドバイス下さいよ~!」

 

「勝ちたいだけなら、今すぐ格闘技やめて純粋な魔導師になることを勧めよう」

 

「そ、それ以外で!」

 

「動体視力を磨きつつ、膨大な反復練習による反射神経を身体に覚え込ませろ。あとは、筋力ももっとつけた方が良い。強打者じゃないにしろ、今のままじゃヒット時のリターンが薄すぎる。ヴィヴィオは典型的な器用貧乏だ。一般人なら十分だが、選手として活躍するにはあまりにも中途半端に尽きる。特化した武器よりも、まずは全体的に水準以上の能力を身につけるべきだ。今まで以上に」

 

 

 

 なんだよ。

 けっこう言う事、あるじゃねぇか。

 

 

 

「と、思うのですが、どうでしょうノーヴェ師匠?」

 

「お前まで師匠呼ばわりするな! ……それはともかく、あたしも似たような意見だよ」

 

「あ、ありがとうございました! 頑張ります!」

 

「じゃあ、次コロナ」

 

「お願いします!」

 

 

 

 ──(ゴーレム操作なんて門外漢だぞ……もう酷評しかできないが……)

 

 

 

「ヴィヴィオ以上に格闘技向いてないのはお前だよ。言わなくても、分かってるとは思うが」

 

 

「……はい」

 

 

「格闘技をやる上でのアドバンテージは皆無どころか、マイナスなところしかない。純粋な格闘技者としての道は、諦めた方が良い」

 

 

「…………」

 

 

 

 

 辛口どころか、絶望しかない評価に皆閉口する他なかった。

 

 

 

 ──(俺が悪いのか?)

 

 

 

 

 そりゃ、そうでしょうよ。

 

 

 

 

「早まるな、早まらないでくれ頼むから! 別にやめろって言うわけじゃない! 格闘技の心得がある事自体はプラスだ! ……ゴーレム操作との組み合わせも悪くないしな。が、中途半端だ。ゴーレムも、今日相手したみた感じだとまだまだ脆すぎる。本番の創成時間のリスクの割に、あまり効果は期待できんぞあれじゃ」

 

 

「脆い、ですか?」

 

 

「あぁ。アインハルトやリオあたりなら、そこまで苦労せずに破壊できると思う。動きは緩慢で、図体も大きいから良い的だ。そもそも、完全なゴーレムを創るのに固執するのが視野を狭めているんじゃないか。コロナは機転が利くし、誰よりも応用の幅が広がるスキルを持ってる。鍛えるなら、格闘技ではなくそっちをメインに伸ばせ」

 

 

「……わ、分かりました!」

 

 

「はい次、リオ」

 

 

「お、お願いしますー!」

 

 

 

 なんだかんだ、面倒見が良いのか悪いのか。

 己の欲望本意な態度を見せつつも、悪人には成りきれないのがシャロンという少年だった。

 

 

 

「魔法戦技者としての資質は十分。身体的な才能もアインハルトに匹敵するものがあるよ」

 

「ほんとですか!」

 

「資質はな。あー、確か異世界のことわざに……宝のなんとやらって言葉があったような……」

 

 

 とある異界のことわざを用いようとしたが、うろ覚えのシャロン。 

 

 

「……それって、宝の持ち腐れじゃないかな」

 

 

 心当たりのあったなのはが、おずおずと発言する。

 

 

 

「それですね。地球の言葉でしたか」

 

 

 

 余談だが、なのはにフェイト、はやてといった有名人の故郷とあって、管理外世界であるにも関わらず地球の文化や言葉はこのミッドチルダにも普及していたりする。

 

 

 

 

「ちなみに、意味は……」

 

「言わなくても、分かりますー!」

 

「なら、話は早い。才能にモノ言わせて、魔力運用も何もかも雑だ。磨けば光るのは間違いないが、磨かなければ路傍の石ころと同じだよ。春光拳にしてもそうだ。素人目でも、巧くないのは何となく分かる。ヴィヴィオやコロナと違って、才能と目指しているスタイルが噛み合ってんだから、ノーヴェさんに師事してこれまで以上に地力を底上げしていけ」

 

「うぅ~! 悔しいけど、がんばります~!」

 

「じゃあ、最後にアインハルト」

 

「……はい!」

 

 

 

 それっぽい言葉を見繕うのにも、限度がある。

 複雑な事情やスキルを抱えるアインハルトへの言葉選びは、誰よりも面倒と言わざるえなかった。

 

 

 

「言うまでもなく、後輩三人よりは頭一つ抜けてるよ。年齢差加味してもな。悪くない動きだし、インターミドルでもそこそこ活躍できるんじゃないか。あくまで、上位選手には届かない程度のその他大勢ってとこだがな」

 

「…………」

 

 

 

 ──(俺がなんか言う度に空気重くなるの、まじでやめてもらえないだろうか)

 

 

 

「アインハルトは巧い方だし、力や他の能力も水準以上にはある。けど、そのレベル帯の選手は沢山いる。なんなら、まだ魔力親和性の低い同世代男子だってそこそこいるくらいだ。……忌々しいことにな」

 

 

 

 同世代ではないものの、シャロンはとある因縁の男子選手を一瞬思い浮かべた。

 だが、なんでもない素振りで話を続けるシャロン。

 

 

 

「そもそも、アドバイザーじゃないから上手い事は言えないが……土台はしっかりしているお前には、色んな相手と実際に戦っていくのが良さそうに見えるな。これからの鍛錬を、魔法戦技向けにシフトすれば化けるだろうよ」

 

 

 

 "らしくないことをするのは疲れる"と、締めくくる。

 

 

 

「コーチに向いてるかはともかく、アドバイザーには向いてるよお前」

 

「そりゃどうも」

 

 

 

 具体的な鍛錬の内容なんかは、ノーヴェが指示していくことで話はまとまった。

 それぞれが目指すべき方向性や克服すべき欠点、突き付けられた現実に思い悩みながらも、四人の少女は輝かしい未来を見据えて前を向く。

 

 

 

「リオ、コロナ、アインハルトさん!」

 

「四人で絶対!」

 

「夢の舞台へ!」

 

「……はい!」

 

「ちょっとー! 今年は私も出場するんだけどー!」

 

「おー! じゃあ、ルールーも入れて五人で!」

 

「シャロン先輩も忘れちゃだめだよ~」

 

「あ、そうだった! 先輩も、一緒に頑張りましょうねー!」

 

「……あぁ」

 

 

 

 

 ──(なんつー、クソメンタル)

 

 

 

 お前ほどじゃない。

 さりとて、あれだけの酷評を受けて逆に闘志を燃やせるのは間違いなく強みだ。

 

 

 

 ──(……なら、伝えてもいいか。本当はこれ以上、変な空気にしたくないところだが……)

 

 

 

 

「アインハルト、お前に一つ言い忘れてたことがあった」

 

 

 

 シャロンは、あえて言わなかった事を伝えるべく呼び止める。

 

 

 

「はい、なんでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────俺は、アインハルト・ストラトスという人間が好きだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その瞬間、ロッジの時は凍りついた。

 

 

 

 



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第十六話 お前は誰だ?

「────俺は、アインハルト・ストラトスという人間が好きだ」

 

 

 

『え?』

 

 

 

 

 時が再び流れだした直後、開口一番発した言葉は皆揃って間の抜けたものだった。

 

 "好きだ"

 

 人への好意を表す、たった三文字。

 だが、文字として起こすのは簡単でも口で紡ぐのは難しい言葉だ。

 

 それを堂々と言ってのけるシャロンの勇ましさ、正しく不退転に相応しい。

 

 

 

 

「こ、これって、もしかしなくても!?」

 

「アインハルトさんへの!?」

 

「愛の告白ですか!?」

 

「ひゅー! やるじゃない、シャロン!」

 

 

 

 

 色恋沙汰に興味津々なお年頃の後輩組やルーテシア達。

 もう、祭りだと言わんばかりに目を輝かせてはやし立てている。

 

 

 

 

「う、うわ~! シャロン君って、ほんと凄いというか大胆というか……」

 

「ば、ばか、お前! こういうのは、もうちょっと場の考えてだなぁ……!」

 

 

 

 

 なぜか、なのはとノーヴェの方が初心な反応を見せている。

 二人はいい大人なのだが、その手の経験は皆無なのでしょうがない。 

 優しい目で見守ろう。

 

 

 

 

「あらあら、うふふ♪ 青春ねぇ~」

 

 

 

 

 さすが、子持ちの既婚者は余裕がある。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 そして、アインハルトは余裕どころか生気すら感じられない。

 一人だけ時の凍結から復帰できていないようだった。

 

 

 

 

「アインハルト」

 

 

「…………」

 

 

 

 

 返事がない。

 あたかも屍のようだ

 

 

 

 

「アインハルト・ストラトス!」

 

 

「…………」

 

 

 

 やはり返事がない。

 本当に死んでしまったのかもしれない。

 

 

 

「ハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルド!」

 

 

「……ッ!?」

 

 

 

 

 ──そんな訳はなく、普通に生きている。

 フルネームでシャロンが呼んだところで、ようやく反応を示した。

 

 

 

 

「な、ななな、なんでしょう、シャロンさん!?」

 

 

「話の続きなんだが」

 

 

「は、話、ど、どど、どういった内容でしたっけ!?」

 

 

「いや、さっき俺が好きだといった真意について色々と……」

 

 

「え、あ、はい、そ、そそ、そうでしたね! す、すいません! ちょっと、その、と、唐突過ぎて、す、少しばかり、ど、動揺してしまい、ました!」

 

 

 

 

 どう見ても"ちょっと"のレベルではないし、確実に話は聞こえていただろう。

 言うまでもなかろうが、アインハルトもまた色恋に疎い乙女の一人であった。

 

 

 

 

「ひゅー! シャロンがまた好きって言った!」

 

 

「アインハルトさん、お返事は!?」

 

 

「アインハルトさーん!」

 

 

「どうなんですか!?」

 

 

 

 

 飢えた獣の如き後輩とルーテシアにもみくちゃにされる二人。

 余計なこと口走ったかと後悔し始めたシャロンだが、"あ、でも、もみくちゃにされるのは凄く嬉しい"と、数瞬後には内心でニヤケ面を晒していた。

 とはいえ、いつまでも混乱させたままにしておくのもまずいので、一呼吸入れたシャロンが群がる後輩の頭を軽く押しのける。

 

 

 

 

「まぁ、少し落ち着いて俺の話を聞け! ……先に言わせてもらうが、俺はだな────」

 

 

 

 

 ──"別に、異性として愛の告白をしたわけじゃない"と、言おうとした直後。

 

 

 

 

「あ、あの、シャロンさん!」

 

「……って、なんだアインハルト!?」

 

 

   

 

 ──(真っ赤なアインハルトもそれはそれで可愛らしいが、さすがにそろそろ喋らせてほしい)

 

 

 

 

 切実に。

 なんて言える筈もなく、冷静さを未だ取り戻せていないアインハルトが勢いのまま続ける。

 

 

 

 

「わ、私も、シャ、シャ、シャロンさんの事は好き……ですよ!」

 

 

 

 

 大胆に言い切った。

 発端となったシャロンが少し申し訳なくなるレベルで、見事に大衆の前で"好き"だと言い切った。

 

 

 

「おぉ~!」

 

「これって、つまり両想い!?」

 

 

 

 ──(いや、違う。勘弁してくれ)

 

 

 

 違うようだ。 

 この流れでお付き合いする事になってしまったらどうしようかと、シャロンは本気で頭を悩ませていた。

 普通の男子なら狂喜乱舞するだろうが、この少年は例外なのだ。

 しかし、その心配も無用らしい。

 

 

 

「……ただ、その、異性として、となると私もあまりよく分からなくて……で、でも! 間違いなく、同じ格闘技者としてはシャロンさんの事をお慕いしております! だ、だから!」

 

 

 

 ──(ありがとう、アインハルト。もうこれ以上、何も言うな)

 

 

 

 

 この流れ、誰がどう見たって行く末は予想できる。

   

 

 

 

 

「こ、これからもお友達として! よ、よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 アインハルトがそう言ってペコリと頭を下げると、周囲がシーンと静まり返る。

 羞恥を押し殺して返事した彼女は、俯いたまま頬を赤らめつつ、冷める気配のない熱を持て余して何とも言えぬ表情をしていた。 

 外野からすれば、告白したシャロンが綺麗にフラれたように見えただろう。

 まぁ、事実としてはそうなのだが。

 

 

 

 

 

「──シャロン、何か言う事あるんじゃないかしら?」

 

 

 

 

 と、ルーテシアが慰めるようにシャロンの肩に手を置く。

 微妙に癪に障る顔をしているのが憎らしい。

 

 

 

 

 ──(あるよ。あったよ。寧ろ、俺の方が言う事沢山あったよ)

 

 

 

 

 今となっては全てが手遅れだが。

 

 数多の女生徒に告白され、その悉くを振り払ってきた罪深き少年シャロン。

 そんな彼が初めてフラれた瞬間であった。

 もはや、誰も救われない状況である。

 

 

 

 

 ──(……ほんとにフラれて良かった。それだけはマジで)

 

 

 

 

 美少女にフラれて喜ぶ少年も恐らくシャロンくらいなものだろう。

 しかし、問題……というよりは、心労の種はまだ残っている。

 

 

 

 

 ──(もうこのまま大人しく告白して撃沈したって事にした方が、お互いの為になりそうな気がしてきた)

 

 

 

 

 全てを投げ出したい衝動に駆られるも、"いやいや、俺は不退転だぞ。不退転のシャロンだ。投げ出してなるものか"と、半ば自棄糞気味に開き直ってアインハルトと向き合う。

 

 

 

 

「アインハルト」

 

 

「は、はいッ!?」

 

 

 

 

 シャロンの表情からは一切動揺は伺えないが、内心ではとても気まずそうにしていた。

 

 

 

 

「あの、あれだ。さっき言おうとして、言いそびれたんだけどな」

 

 

 

 

 視線を逸らして、頬をかきながら答える。

 

 

 

 

 

 

 

「別に異性として告白したわけじゃないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、暫しの沈黙が訪れた後。

 

 

 

 

『え』

 

 

 

 

 再びロッジ内の時が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、事情を説明すると周囲から"紛らわしい(わ)(です)!"とブーイングを散々浴びせられたシャロン。

 謝りつつも、初体験の美女美少女からの罵声も悪くないなと悦に浸っていた。

 シャロンは、殴られても罵られてもプラスに変換してしまう無敵の人だった。

 

 閑話休題。

 

 

 

「俺の言い方が悪かった。本当にすまない」

 

 

 

「い、いえ、わ、私の方こそ早とちりしてしまって、す、すいませんでした!」 

 

 

 

 表情が変わらな過ぎて、申し訳なさの"も"の字も感じられないのは置いておこう。

  

 

 

「改めて言わせてもらう。俺はアインハルト・ストラトスという人間が好きだ」

 

 

 

「は、はい! あ、ありがとうございます」

 

 

 

 相変わらず面と向かって言われると照れてしまうアインハルトだが、シャロンの雰囲気から、からかっているわけではないのは理解した。

 "単に好意を伝えたいわけじゃなさそうです"と、深呼吸してシャロンの二の句を待つ。

 

 

 

 

「──だからこそ、だ。俺としては、覇王の意志を継ぐという心意気は捨ててほしい、と思っている」

 

 

 

 

 "覇王の意志を継ぐな"

 シャロンから発せられた真っ直ぐな言葉が、アインハルトの心を穿った。

 

 

 

 

「……それは、どういう意味でしょうか」

 

 

 

 

 彼の王の悲願を果たす事。

 それがアインハルトという少女にとっての存在意義であり、譲れない信念のようなものであった。

 シャロンもそれは知っている筈なのに、その上で志を捨てろと言う。

 はいそうですね、と簡単に頷ける話ではない。

 

 

 

「初めてお前と会った後、色々話をしたよな。覚えてるか?」

 

 

 

 そう言われて、シャロンとの出会いを思い出す。

 ストリートファイトをしていたら偶然出会い、半裸のまま魔力強化もせずに覇王の拳を受け止めた少年。

 なぜか同じベッドで寝かせられたり等、振り返っていく内に、ふと今と同じような事をシャロンから言われたのを思い出した。

 

 

 

「……そういえば、同じような事を役所で話しましたね」

 

 

 

「その通り。あの時は有耶無耶になったが、今回はちゃんとお前の言葉を聞きたい」

 

 

 

 シャロンもシャロンで、あの時は話の辻褄合わせで適当に言い放っただけだった。

 どうして今になってこんな事を言おうと思ったのか、自分で言っておいて不思議な心地を味わっていた。

 

 

 

──(単なる知り合い……以上に思い入れが深くなっていたらしい)

 

 

 

 それはアインハルトのみならず、ヴィヴィオ等後輩も含む。

 友達らしい友達もいないシャロンにとって、こんなにも長く深く関わった相手は彼女等だけだった。

 性的な目でしか見ていないと思ったが、どうも自分にも真人間のような部分があったらしいと自嘲気味に内心で笑うシャロン。

 

 

 

「馬鹿がつく程真面目で、照れ屋で意地っ張りで、おまけにかなりの負けず嫌い。平和な国に産まれた、普通に学校に通う女の子。それが俺の知ってるアインハルト・ストラトスだ」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「クラウスとかいう昔の王様は、もうこの世にいない。言うまでもなく、俺の知ってる女の子とは別人だ」

 

 

 

 過去の亡霊に憑かれて、遥か遠く昔の慟哭に囚われ続ける。

 思えば、どうしてこうも悲劇的なのだろうか。

 

 

 

「はっきり言わせてもらう。自分の子孫を苦しめてまで未練を晴らそうとする王なんぞ、クソ食らえだ。そんなモノのために、自分を見失って拳を振るい続ける姿を俺は見たくない」

 

 

 

 これは主観的な問題であるし、何よりデリケート過ぎるので誰も直接言わなかった事だ。

 そんなのはシャロンだって百も承知。

 実際に記憶継承したわけじゃない部外者だからとか、その手の葛藤の一切合切を振り払い、思いの丈をぶつけたのである。

 ただの他人なら、ここまではしない。

 

 

 

 

「──お前は誰だ?」

 

 

 

 

 お前というのは誰だ。

 どういう人物なのか。

 名前、性格、容姿。

 Who are you

 

 

 問われたアインハルト自身、この当たり前な質問に上手く答えが纏まらなかった。

 口に出すべき言葉が見当たらない。

 

 

 

 

「私は……」

 

 

 

 

 物心ついてからというもの、継承した記憶と自分を混同して何度も訳もなく涙を流した。

 苦しくて、悔しくて、悲しくて、切なくて。

 名状し難い感情を薙ぎ払わんと、苛烈を極めた鍛錬に身をやつしてきた。 

 そして、強くなればなるほどクラウスの無念が溶け込み蝕んでくる。

 理解者もなく、最近まではシャロンと同様に知り合いらしい知り合いも居なかった。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 ──私は一体、誰なんでしょうか

 

 

 気づかないふりをしてきた心にぽっかり空いた穴が立ちふさがる。

 

 

 一度覗きこめばそのまま吸い込まれて何もかも消え入りそうな…………────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──アインハルトさんは、アインハルトさんです!」

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 沈黙を破ったのはヴィヴィオであった。

 人一倍他者に共感し、手を差し伸べられる優しい少女。

 その分、当人以上に傷つく事もあるのに、彼女はそれをやめようとしない。

 

 

 

 

「格闘技が凄く強くて、かっこよくて、優しくて、私たちの大好きな先輩です!」

 

 

 

「ヴィヴィオさん……」

 

 

 

 

 "似ている"

 クラウスの記憶の中を彩る、あの鮮烈な少女の姿とヴィヴィオが被って見えた。 

 健気で儚い、手を伸ばせど届かなかったあの少女に。

 

 

 そして、続くようにコロナとリオがアインハルトの手を握る。

 

 

 

 

「その通りです! アインハルトさん!」

 

 

 

「胸を張ってください!」

 

 

 

 

 後輩達だけではない。

 ここにいる者達は皆、アインハルトの背を押すように微笑み頷いていてみせた。

 

 

 

 

「──さぁ、アインハルト。お前はどこの誰で、何を成したい?」

 

 

 

 

 継承した記憶。

 積み重ねてきた鍛錬。

 涙を流し続けた日々。

 

 

 どこまでが自分自身を構成しているのか、今まで生きてきたのは本当に自分だったのか。

 

 今考えても、やはりはっきりとは分からない。

 

 

 けれど──

 

 

 

 

 

「──私は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……覇王流継承者、ハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルド。この拳が最強である事を証明するために、戦い続けます!」

 

 

 

 

 ──例え植え付けられたモノだったしても、心に決めた"信念"を貫き、その先を見たいと思った。

 

 

 

 

「それは、お前自身(・・・・)の意志か?」

 

 

「はい。……ですが、その、お恥ずかしながら、漠然とした理由なのは事実です」

 

 

 

 

 自分とは無関係の過ぎ去った記憶と一蹴できれば、これまでの人生はどれだけ楽だったろうか。

 どうして、こんなに辛く苦しいモノを自分に託したのか。

 アインハルトが彼の王を恨まなかったと言えば嘘になる。

 

 

 

 

「……けど! シャロンさんやヴィヴィオさん達と出会って、こうして今日の合宿を通して確かに思えたんです!」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「私が継承したこの力を完成させて、そしてその先を見てみたいと! 他ならぬ私自身が!」

 

 

 

 

 アインハルトがここまでポジティブに熱く語るのは珍しい、というより初めてだった。

 慣れない言動に不備はなかったかと、少し不安げにシャロンの反応を伺っている。 

 

 

 

「そうか」

 

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 一方、シャロンは黙って聞いていた。

 それはもう、気持ち悪いくらい真剣な眼差しを向けながら。

 まるで別人……いや、別人であった。

 

 

 

 

 

「なら良い。野暮な事言って悪かった。……けど、その覚悟を押し通したいなら、もっともっと強くなれ」

 

 

 

 

 ──(そして、俺を満足するまで昇天させてくれ)

 

 

 

 

 

 訂正、間違いなくシャロン・クーベル当人であった。

 

 そんな心の声など露知らず、アインハルトは目の前のガワだけイケメンに認められて顔を明るくさせる。

 

 

 

 

 

「……必ず!」

 

 

「私達も!」

 

 

「がんばりまーす!」

 

 

「そうしてくれ。正直、今のままじゃ公式試合では楽しめそうにない」

 

 

「せ、先輩それはぶっちゃけ過ぎ~~!!!」

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、一時はどうなるかと思われた告白騒動も一件落着である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、合宿三日目の早朝。

 今日は大人組も午前は休息を取って、ゆっくり過ごす予定となっている。

 そしてシャロンはというと、己の習慣となっている早朝鍛錬に励んでいた。

 

 

 

「──……365……366……」

 

 

 

 両の腕だけで全身を支え、足を宙に浮かせている。

 腕力は言わずもがな、強靭な体幹等、様々な筋力を要求される難易度の高い腕立て伏せである。

 

 

 

「678……679……」

 

 

 

 もっとも、魔力を持った人間ならぶっちゃけ誰でもできる。

 

 

 

「988……989……」

 

 

 

 まぁ、シャロンの場合は当然のように魔力強化は使っていないのだが。

 魔導師のフィジカルトレーニングにしろ、魔力を使わないのは常識中の常識である。

 

 閑話休題。

 

 

 

 

「999……1000っと……こんなもんか」

 

 

 

 

 本人は標準的だと思っているが、十二歳でやるには比較的頭のおかしいメニューをこなし切ったシャロン。 

 すると、足音が聞こえてきたので、そちらの方を向く。

 

 

 

 

「あ、シャロンさんおはようございます」

 

 

「ん、おはようアインハルト」

 

 

 

 

 足音の主はアインハルトであった。

 

 

 

 

「鍛錬ですか」

 

 

「今終わったところだ」

 

 

「そうですか」

 

 

「あぁ」

 

 

 

 

 会話終了。

 別にアインハルトとて用があったわけでもなく、話題があるわけでもない。

 

 

 

 

 ──(な、何を話せば良いのでしょう……昨日の事もあって、な、尚更話しにくいです……)

 

 

 

 

 シャロンは返事をしたきり、アインハルトと向き合ったまま何も言ってこない。

 

 

 

 

 ──(この合宿、普段はあまりお目にかかれない私服が拝めるのは素晴らしいな。なんてことないシャツと短パン、このラフさにはえも言われぬモノがある。加えて、この絶妙な沈黙と気まずさで戸惑う表情も良い。真面目だから、必死に話題を考えてますって顔が良い)

 

 

 

 

 こんな事を考えているので、何か言う訳がなかった。

 

 

 

 

「そ、そういえば、今日は八神司令とデバイスの相談をするんでしたよね!」

 

 

 

 

 よね! と言われても、相談するのはアインハルトであってシャロンには関係がない。

 

 

 

 

「そうだな」

 

 

「あ、えっと、その、ど、どんなのになるんでしょうか……なんて」

 

 

「全く想像だに出来ない」

 

 

「で、ですよね」

 

 

 

 ──(ポンコツになるアインハルトも可愛いらしい)

 

 

 

 可愛い子を困らせたい、意地悪したいと思う心理は男子らしいといえばらしい。

 シャロンのはどこか生々しさがあって、普通に気持ち悪いが。 

 

 

 

「……皆の起床時間までには時間あるな」

 

 

 

 おもむろに背伸びをしながら、そんな事を口走るシャロン。

 

 

 

「折角だし、軽く手合せでもしないかアインハルト?」

 

 

 

 ──(さて、昨日の今日で少しは"味"に変化が出たかどうか……はたして)

 

 

 

 気を遣ったかのように見せかけて、まぁろくでもない動機である。

 シャロンの内心も知らず、水を得た魚のように顔を明るくさせるアインハルト。

 

 

 

「はい! 是非!」

 

 

 

 

 その後二人は、皆が呼びに来るまで延々と組み合っていたとかなんとか。

 

 

 

 ──自然豊かなカルナージの片隅。

 

 深まった春に吹いた風が、人知れず木の葉をさらっていった。



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第十七話 俺をサンドバッグだと思って、さぁ!

「────どうでしょうか、シャロンさん」

 

 

「いや、どうでしょうかと言われても」

 

 

 

 合宿から二週間程。

 各々、インターミドルに向けての特訓が本格的にスタートし始めた頃。

 そもそもアインハルトは参加資格の規定を満たしたデバイスをもっていないという事で、八神はやてに制作を依頼したのだが、その完成品を明日受け取りに行くらしい。

 シャロンには全く関係ない話だが、アインハルトが一緒に八神邸に向かわないかと誘ってきたのだった。

 

 

 

「部外者が、そんなお偉いさんの所へ押しかけても良いのか?」

 

 

「それは……その、今更な気もするのですが。えっと、ノーヴェさんからは許可をもらってます」

 

 

「まぁ、確かに合宿の面子も凄まじかったしな」

 

 

 

 許可を得ているなら、特に物申す事はない。

 まぁ、着いていくかどうかは別にして。

 

 

 

「ていうか、何で俺を誘うんだ」

 

 

「いえ、特に理由はないのですが……強いて言えば、ヴィヴィオさん達は特訓で忙しそうでしたので。もしかして、シャロンさんもご予定が?」

 

 

「これといった用事はないが」

 

 

「でしたら!」

 

 

「一応、俺も選手としての鍛錬はあるんだけどな」

 

 

「あ……」

 

 

 

 こんな度し難い変態ではあるが、ストイックに勝利を目指している(と周囲からは思われている)一流アスリートの一人。

 アインハルトとしても、大事な時期に全くシャロンの利にならない私用に巻き込むのは気が引けた。 

 ただ、ほぼ初対面のお偉方の元へ赴くのに、シャロンが居てくれた方が安心できると考えたそれだけの事。

 別に、無理に頼む必要もなかったのだ。

 しゅんとする姿が叱られた子犬みたいで可愛らしいと、シャロン他遠目で見ていたクラスメイトは暖かい視線をおくっていた。

 

 

 

「そういう訳で、断らせてもらってもいいか」

 

 

「は、はい……身勝手な真似をして、申し訳ありませんでした……」

 

 

 

 しかしこの少年、暖かい視線を送った上で、真顔でそのまま断った。

 

 

 

 ──(本当に、可愛い子は苛めたくなるなぁ)

 

 

 

 アフターケアなんて温情は存在しない。

 無駄に整いまくったイケメンフェイスの下でそんな事を思いながら、自然に荷物を持って背を向けようとしていた。

 一般男子生徒なら、超弩級の美少女たるアインハルトのお誘いを拒否なんてありえない。

 よしんば用事をちらつかせて困らせたとしても、本気でそのままスルーするだろうか。

 

 残念ながら、シャロンという少年は平然と実行する。 

 

 

 

 ──(素直に着いて行っても良かったが、あの来てくれる前提の表情を見ると、やっぱり裏切りたくなってしまった……許せ、アインハルト)

 

 

 

 ド畜生の所業である。

 周りの"え、マジで?"という視線も気にせず、教室を出て行こうとしたその時。

 

 

 

「いや、ちょっと待とうよシャロン君!?」

 

 

 

 クラス委員長のユミナが、茫然とするクラスメイトを代表してシャロンを止めた。

 一同、ユミナのファインプレーに内心でグッジョブサインを送るも、この程度で止められる程シャロンは甘くない。

 

 

 

「委員長も何か用事があるのか?」

 

 

「いやいやいや! え? 本気で言ってるの?」

 

 

「よく分からんが、用事がないなら帰っていいか」

 

 

 

 絶句するユミナに、ぴくりとも表情筋を動かそうともしないシャロン。

 これが、不退転の真髄である。

 

 

 

「アインハルトさん見て! 何か言う事あるでしょ!」

 

 

 

 ちらりと見やると、そこにはめちゃくちゃ落ち込んでいるアインハルトの姿があった。

 普通に断られてしまった事以上に、シャロンの都合を無視してしまった不甲斐なさによる自己嫌悪に陥っていた。

 "私はダメな子です……"というオーラがひしひしと伝わってくる。

 生来の真面目さに起因した、アインハルトの欠点の一つだ。

 

 

 

「……え、あ、あの! 私が、どうかしましたか……?」

 

 

 

 そして白羽の矢が立っている事に気が付き、慌てふためくアインハルト。

 

 

 

「で、どうなのシャロン君?」

 

 

 

 "シャロン君の考えはお見通しです"とでも言わんばかりに、ジト目で見つめてくるユミナ。

 "そんな目で見られるのも悪くない"と悦に浸りながら、シャロンはやれやれ顔でアインハルトの方へ向かい直す。

 

 

 

 ──(委員長のジト目に免じて、付き合う事にしよう)

 

 

 

「分かった。俺も行くよ、アインハルト」

 

 

「ふふ、最初からそのつもりだったくせに」

 

 

「……まったく、委員長には適わないな」

 

 

 

 最初からそのつもりなんて本気で無かったのに、会話が噛み合ってしまった。

 周りも、"なんだ、ただのお茶目さんか"と納得していた。

 

 

 

「ほ、本当に、よろしいのですか」

 

 

「まぁな。この俺が、一日くらいで鈍るとでも?」 

 

 

「……そうですか。そうですよね。じゃあ、これからは素直に付き合ってくれると嬉しいです」

 

 

「ついこの間、泣き落とししてきた人間がよく言う」

 

 

「な、泣いてません! ……けど、その節は取り乱してすいませんでした。考えてみれば、からかわれていたとはいえ、随分と失礼な物言いを……」

 

 

「そこは律儀に謝るのか」

 

 

 

 "この二人、実はもう付き合ってるんじゃないか"説の真実味に拍車をかけるやり取りである。

 かくして、アインハルトとシャロンは八神邸へと向かう事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、シャロン一行やってきたのは、ミッドチルダ南部沿岸道。

 同行者はアインハルトとノーヴェ、そしてノーヴェの姉であるチンク。

 相変わらず、美少女を侍らせるのが得意な少年だった。

 

 

 ──(この辺りは遊泳可能なビーチも多いし、もう少し時期が遅ければ水着の美少女や美女も拝めたかもしれないな……砂場でのトレーニングと称して、潜り込むのも有りか?)

 

 

 トレーニングは勝手だが、ぜひとも出禁になってもらいたいものである。

 

 

「あー、さすがにちょっと早く着きすぎたかな」

 

「遅刻しては失礼だからな。少しゆっくりすればいいさ」

 

 

 ナカジマ姉妹の言うとおり、待ち合わせの時間まで20分以上空いていた。

 シャロン達は時間つぶしがてら周囲を散策しつつ、近くにあったドーナツ屋台で手土産を購入する。

 すると、ぼんやりと沿岸を眺めていたアインハルトが何かに気付く。

 

 

「あれは」

 

「どうした、アインハルト」

 

「いえ、その、あそこの方に……」

 

 

 釣られて、シャロンも彼女の目線の先を追う。

 

 

「あぁ、なるほど」

 

「二人とも、何か面白いものでもあったか?」

 

「面白い、というわけではないのですが……」

 

 

 チンクも同様に二人の視線の先を追った。

 

 

「ストライクアーツの練習をしてるのか? かなり出来る子かな」

 

「恐らくは」

 

「俺もそう思いますよ」

 

 

 三人の視線の先に居たのは、一見中性的にも見えるショートヘアの少女だった。

 丸太に巻いたミットに向けて、キレの良い拳と蹴りを叩きこんでいる。

 シャロンと同じく亜流の型ではあるが、練度の高さは一目見ただけでも分かる。

 ちなみに、彼女もまたアインハルトやヴィヴィオ等に匹敵する美少女だった。

 シャロンの無駄にハイスペックな変態級の審美眼にかかれば、十m以上離れていようが即座に見抜ける。

 

 

 ──(スバルさんみたいな、いかにも体育系っぽい中性的な美少女もやはり良い。魔法戦技あるあるだが、わざわざ髪を短くする意味はあまりないから、意外とそういう子は希少。それにあの打ち込み方とキレの良さ、格闘技への情熱と直向きさを感じずにはいられない! あぁ、実に気になるなぁ!)

 

 

 ちなみに、魔法戦技においても髪を露骨に掴むようなラフプレーは禁止されている。

 未知なる有望な美少女を前に、手を出せないのが歯痒くてたまらないシャロン。

 すると、謎の美少女はミットから大きく距離を取って構え始めた。

 

 

「目標に対して、あんな遠くから構えた……?」

 

「ほう」

 

 

 シャロンは、肌をこそばゆく撫でるような魔力の流を感じた。

 魔法の発現の気配とまではいかないが、大気中の魔素が吸い寄せられるように少女に流れてゆく。

 これから何が起こるのか。

 具体的な事は分からないが、とにかくシャロンの扁桃体の奥まで刺激する何かが起ころうとしていた。

 

 

「アインハルト、見逃すなよ」

 

「シャ、シャロンさん? ……ッ!?」

 

 

 それは、一瞬だった。

 縮地とでも言うべき文字通りの俊足で、木製のミットを綺麗に圧し折った。

 鍛錬用に相応の強度を誇っている筈だが、華奢に見える少女の細い脚は確かにミットを両断したのだ。

 断面は刃物で斬られたかのように平で、魔力を軽く込めたとしてもこんな折れ方は普通しない。

 

 

「…………ッ!!!!!」

 

 

 そんな光景を目の当たりにして、シャロンは息を呑んで心臓を高鳴らせた。

 

 

 ──(破壊力だけ見れば、あの雷帝にも通じるぞ……! 並の相手なら、正しく一撃必倒! いや、脚だけでなく拳までご丁寧に重いときた。こりゃいい! タフネスもあって、俺と組み続けられるなら、文句無しのベストパートナーだろう! 俺が言うのも烏滸がましいが、十年に一度の才能と言っても過言じゃない!)

 

 

 無論、シャロンはアインハルトをはじめ、ヴィヴィオ等後輩達の事もかっている。

 だが、彼自身が好む戦い方を考えると、正面から強烈な一撃を見舞ってくるインファイターの少女に軍配が上がる。

  

 

 ──(欲しいなぁこれは……もう行くしかない。行かない選択肢はないだろうこれは)

 

 

 こんな絶好の機会をみすみす見逃せる程、シャロンは辛抱強くない。

 たとえ邪魔が入ろうとも、あらゆる手を尽くしてコンタクトを取る気まんまんである。

 

 

「おい、お前らなにやってんだー……って、ありゃミウラじゃねーか」

 

「ッ!? ノーヴェさん、お知り合いなのですか!?」

 

「お、おう、そうだけど、どうしたお前そんなに息荒げて?」

 

 

 平静を保っているつもりだったが、目が普段の2割増しで見開かれていて、息も同じくらい荒かった。 

 一呼吸入れて平静を装い直すと、改めてノーヴェに尋ねる。

 

 

「……失礼。彼女とは、お知り合いなのでしょうか」

 

「なんかお前、えらくミウラに食いつくな。もしかして、惚れたか?」

 

「はい。今すぐ話したいくらいには」

 

 

 ノーヴェはからかうように言うが、シャロンは本気と書いてマジの男である。 

 真顔で即答されては、困惑する他ない。

 

 

「え、あ、そ、そうか。じゃあ、話に行ってくるか?」

 

「行ってきます」

 

「けど、練習の邪魔はしないように……って、もういねぇし」

 

 

 シャロンもまた縮地でも使ったのかと見紛う程、超高速で少女の元まで向かっていた。

 試合以外で、ここまで感情を露わにしてがっつくのも珍しい。

 それほどまでに惹かれるものがあったのかと、ノーヴェは改めてミウラを遠目で見つめる。

 とはいえ、ぱっと見で分かる筈もなく、当の本人のみぞ知るものなのだろうと納得する事にした。

 

 

「アインハルト、お前も行くか?」

 

「……いえ、私は別に」

 

 

 少しツンとした口調で素っ気なく返すアインハルト。

 付き合いもそれなりに長くなったノーヴェも、その態度の変化には勘付いた。

 

 

「もしかして、やきもちか~?」

 

「なッ!?」

 

 

 まさかの不意打ちに、アインハルトの頬に鮮やかな紅がさす。

 異性としては意識していないが、確かにあまりの食いつきに嫉妬に似た感情を覚えたのは事実だった。

 半ば図星を突かれた事で、不覚にもそれらしい反応を身体がとっさにとってしまった。

 

 

「ち、違います! ぜんぜん、そういうのじゃないです!」

 

「まぁ、今まではお前らにべったりだったもんなぁ~」

 

「も、もう! からかわないでください! あ、時間も良さそうですし、そろそろ行きましょう!」

 

 

 そう言って有耶無耶にすると、アインハルトはノーヴェの手を引いてスタスタと歩きだす。

 

 

「いや、シャロンはどうするんだ」

 

「そっとしておいてあげましょう。元々は私達だけの予定でしたし、シャロンさんにも無理して着いて来てもらってたので……」

 

 

 アインハルトなりの気遣いを悟ったノーヴェも、仕方ないと腰に手をやり溜息を吐く。

 

 

「……ま、そういう事なら、好きにさせてやるか」

 

「はい」

 

 

 これくらい我が儘とも言えないくらいだし、たまにはシャロンの希望を叶えてやりたい。

 そんな思いが二人の胸中にあったのだが、あの少女……ミウラを少しでも思う気持ちがあるのなら、間違いなく止めるべきだった。

 スイッチの入ったシャロンが挨拶程度で終わるわけがない。

 そんな事は知る由もなく、アインハルト達は八神邸へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ、まだまだ上手くいかないなぁ……」

 

 

 一方、シャロンにターゲッティングされた少女ミウラは、己の技術の拙さに一しきり落ち込んでいる最中であった。

 とりあえず、ミットを壊した事を謝らなければ等と考えていると、そこに突如不審者……もといシャロン・クーベルが急接近してきた。

 

 

「あの、そこの君! 少し、よろしいだろうか!」

 

「え……え!? わ、私ですか!? は、はい、なんでしょう!」

 

 

 ミウラが振り返った先には、息を荒げる銀髪のイケメン偉丈夫がいた。

 乙女ゲームにありそうなシチュエーションもかくやである。

 しかし、色恋の花より格闘技に関心のあるミウラは、まず服越しでも分かる佇まいと身体つきに目がいった。

 

 

 "この人……凄くできる、気がする!"

 

 

 まだまだ格闘技者としては初心者のミウラだが、それでも隠しきれないシャロンの圧には何か感じるものがあったらしい。

 シャロンは、息を整えて咳払いをして答える。

 

 

「失礼。俺は、シャロン・クーベル。St,ヒルデ学院中等科一年で、ノーヴェさんの知り合いなんだが……」

 

 

 シャロンがそう名乗ると、ミウラも心当たりがあるのか、どこか納得したように手を打った。

 

 

「あ、ノーヴェさんの! ということは、ヴィヴィオさんともお知り合いなんでしょうか!」

 

「あぁ、親しくさせてもらっているよ。申し訳ないが、君の名前も伺っても良いだろうか」

 

「ご、ごめんなさい! ミウラ・リナルディです! ボクも中等科一年なので、同い年ですね!」

 

「ッ!?」

 

 

 ここでシャロン、二度目だか三度目だか知らないが、またもや戦慄が走る。

 

 

 ──(ボクッ娘!? こんなにも自然に使える使い手がいたのか!?)

 

 

 シャロン少年の性癖は拗れているので、あざと過ぎる属性は好まない傾向にある。

 特に、ボクッ娘で属性を無理に盛ろうとしている女性は、見た目が良くても敬遠する程だ。

 しかし、ミウラの"ボク"からは違和感を感じられなかった。

 自分を可愛く見せたいだとか、そういう下心も全く感じられない。

 

 

 ──(よもや、ここまでとは……! )

 

 

 感動に打ち震えていると、ミウラが不思議そうにしているのに気づいて、またまた平静を装う。

 お得意の鋼のポーカーフェイスである。

 

 

「すまない、考え事をしてしまった。それじゃあ、ヴィヴィオの共通の知り合いという事か」

 

「あぁ、いえ! そういう訳じゃないのですが、ヴィヴィオさんはボクの兄弟子に当たる方なんです」

 

「兄弟子? ノーヴェさんのか?」

 

「ノーヴェさんじゃなくて、ザフィーラさんです! とっても、強いんですよ~!」

 

「……ふむ」

 

 

 師匠を心の底から敬愛するミウラは、自分事のように胸を張って自慢する。

 一方、シャロンは脳内でザフィーラと検索にかけていたが、全くHITしない。

 名前からして男性だろうし、極力関わらないようにしようと心の中で決めた。

 なんともまぁ、両者の凄まじい温度差である。

 

 

「実は、さっきの練習を見させてもらってな。それで、つい気になって声をかけてしまった」

 

「そ、そうなんですか!? うぅ~、ごめんなさい、お見苦しいものをお見せしてしまって……」

 

 

 ミウラは気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。

 だが、シャロンは何を思ったのか、ミウラの肩にがしっと両腕を置いた。

 自分が何をされているのが瞬時に理解出来なかったミウラは、きょとんとした顔で頭に疑問符を浮かべている。

 真摯に真っ直ぐ見つめてくるシャロンと、両肩の感触から、ミウラは初めて己の身に起きている事を理解した。

 

 

「え!? シャ、シャロンさん!?」

 

「見苦しいなどと、謙遜し過ぎだ! あれは素晴らしい一撃だったぞ! 収束魔法にも迫る勢いだった! あれでもまだ、本気じゃないのだろう? あぁ、分かるとも。君を見てれば簡単に分かる事だ!」

 

 

 初対面の異性に対して、ここまで自然に触れる事ができる人間も大概なものだ。

 スイッチが入ったシャロンは言いたいことを一気にまくしたて、ミウラの肩をゆさゆさと揺らす。

 

 

「あ、え、あの、そのぉ……」

 

 

 困惑半分、褒められて嬉しさ半分といった心境のミウラ。

 

 

「え、えへへ、あ、ありがとうございます!」

 

 

 けれど最終的には、褒められて嬉しい方の気持ちが勝ったらしい。 

 というのも、それはミウラは基本的に自己評価が低い少女だったのも起因する。

 師匠は贔屓目で見ているだろうという思いもあり、見ず知らずのシャロンの称賛は、ミウラにとっては大変新鮮で心地の良いものだったからだ。

 

 

「おっと、また我を忘れていた……。とにかく、もっと自信を持つと良い」

 

「は、はい、善処します!」

 

「なら、まずは敬語でも外してみたらどうだ。同い年だろう?」

 

「え、あ、はい! そうしま……じゃなくて、そう、するね! えっと、シャロン、君。ふふ、何だか変な感じがするなぁ」

 

 

 アインハルトと同じく、ミウラも誰に対しても敬語を使う癖がある。

 ミウラは、普段とは違う自分の言動にはにかみながらも、使ってみると意外と悪くないと感じていた。

 

 

 ──(その反応とギャップは、凄く来るなぁ……いやぁ、物は試しで言ってみるもんだな)

 

 

 糞野郎の本懐、ここに極まれり。

 シャロンは、年の近い者の敬語率が高いのが気になり、なんとなく流れに乗って提案してみただけである。

 たまにアインハルトが君付けで敬語を外した姿を妄想するが、それも悪くなさそう等と考えながら。

 

 

「シャ、シャロン君も、格闘技やってるの?」

 

「え? あ、うん」

 

 

 照れながら、必死にタメ語で話そうとするミウラの姿に不覚にもときめき、シャロンの口調まで崩れていた。

 変態がアホみたいな口調になっても誰も得をしないので、勘弁してほしいところではある。

 

 

「……あー、あぁ、そうだ。密着した間合からの投げ技主体だから、珍しい部類かもしれない」

 

「投げ技って、かなりの練度が必要だって、聞いて事あるよ! 凄いなぁ~!」

 

 

 まぁ確かにシャロンは投げに関しては技術面も一流だが、基本的には物理で殴った方が強いタイプだ。

 本来なら膂力に物言わせて殴ったり、投げ飛ばせば手っ取り早いのに、その心情から敢えて無駄に技術を磨いてきた少年である。

  

 

「そうでもない。不器用だから、一般的な格闘技術はからっきしだ」

 

「え~、全然そうは見えないけどなぁ~」

 

 

 冗談ではなく、本当にからっきしである。

 卓越した技術も何もかも上から叩き潰す力を持っているが、投げ以外に関しては少しかじった程度でしかない。

 なにはともあれ、良い感じの雰囲気になったところで、シャロンは気を見計らって本命を成就させる決心をした。

 

 

 

「────で、ミウラ。少し、お願いがあるんだが」

 

 

 

 詐欺か何かの手口のように、伏し目気味且つ大胆に"お願い"をぶっこむシャロン。

 顔が良さを存分に活かした、シンプルにして最善の手なのかもしれない。 

 

 

 

「え、何かな? ボクに出来る事なら、何でも言って!」

 

 

 

 そんなタイミングや手口とは関係なく、純真無垢なミウラはすんなりそれに応じた。

 同い年の親しい友達が出来た(と、本人は既に思っている)事で舞い上がっていたのもあり、ミウラはとてもご機嫌な様子だった。

  

 

 

 ──(うわ、チョロ! チョロ過ぎるぞ、ミウラ!)

 

 

 

 そう、ミウラはチョロかった。

 少年とはいえ、初対面の男に容易く心を許してしまうくらいにはチョロかった。

 自分からしかけておいてなんだが、ミウラが将来を少しばかり不安に思うシャロンであった。

 

 

 

 ──(まぁ、この場に限ってはこのチョロさにつけ込ませてもらうわけだが)

 

 

 

 控え目に言っても、ド畜生である。

 そうとも知らず、ミウラはばっちこいと言わんばかりに目を輝かせていた。 

 

 

 

「頼みと言っても、そう大した事じゃない」

 

 

 

 そう言って、シャロンは徐に上着を脱ぎ始め、衣服をふぁさっとなびかせ投げ捨てた。

  

 

 

「────へ?」

 

 

 

 あまりの自然な脱衣に、ミウラは数瞬遅れて間の抜けた声を発した。

 一方、シャロンは僅かに口角を上げながら、両腕を広げる。

 それは言うなれば、相手の全力を受け入れる不退転の象徴のような構えであった。

 

 

 

「ミウラ、お前の全力の蹴りを俺に叩きこんでほしい」

 

 

 

 頭がおかしい。

 誰がどう考えても、気が狂っているとしか言いようがない。

 言いようがないのに、完璧な肉体美と顔面が織りなすシャロンの恰好は芸術そのものだった。 

 

 

 

「あの、あ、あの……あの!」

 

 

 さすがのミウラも、これには否が応にも反応してしまう。

 

 

「ん、どうした?」

 

 

 どうしたじゃない。

 

 

「な、なんで、脱いだの!? そ、それに、け、蹴ってほしいってどういうこと!?」

 

 

 至極当然の疑問である。

 赤面して慌てふためくミウラの反応を堪能しながら、シャロンは嬉々として答える。

 

 

「これが俺のスタイルだからな。それに、あんなの見せられたら、不退転を名乗る者としては試したくなるだろう? 俺をサンドバッグだと思って、さぁ!」

 

「な、なに言ってるのか全然分かんないよ!?」

 

 

 シャロンが意味不明なのは今に始まった事じゃない。

 すると、何か合点いったようにシャロンはポンと掌を握り拳で叩いた。

 

 

「あぁ、そうか。俺の"強度"が不安なんだな」

 

「そういう事でもないよ!?」

 

 

 勝手に納得したシャロンは周囲を見回し、ちょうどいい木製ミットをもう一本見つけて近寄った。

 不備がないかを触って確認すると、ミウラの方へ振り返る。

 

 

 

「──少し、見ててくれるか」

 

 

 

 その野性的というか好戦的な瞳に、思わずミウラは唾を飲み込んだ。

 

 

「な、何を……?」

 

 

 シャロンは拳を軽く握る動作を数回して、魔力を右腕に収束させていく。

 適度に力の高まりを感じ取ると、ゆったりとした動作で構えを取る。

 

 

 

「これを────」

 

 

 

 構えにしてはあまりにも緩慢でおざなりである。

 そののろさを保ったまま、シャロンは拳をミットに近づけていく。 

 顔の横まで差し掛かり、どう見ても腕が伸びきってまともな拳が打てるようには思えない。

 しかしその直後、ミウラに目を疑う光景が飛び込んできた。

 

 

 

「──こうだ」

 

 

 

 シャロンの平坦な声と同時に、構えた拳は弾丸のように打ち込まれる。

 そして型もへったくれもないシャロンの横殴りは、凄まじい風切り音と衝撃を轟かせ、容易くミットを貫き吹き飛ばした。、 

 吹き飛ばされたミットの断面は、ミウラが圧し折ったものとは比べ物にならないくらい、荒々しさを通り越してズタズタになっていた。

 まさに、圧倒的なまでの暴力が成せる業である。

 

 

「うそ……」

 

 

 この光景を目の当たりにしたミウラは、信じられないとに口を手で覆っていた。 

 シャロンは挑戦的な笑みを浮かべながら、唖然とするミウラに向き直る。

 

 

「俺の身体は魔力親和性が非常に高いようでな。軽く魔力を通しただけでも、バリアジャケット以上の鎧になるんだ。これで、大丈夫だと分かったろう?」

 

「…………」

 

 

 今、ミウラの中のシャロンの認識は大きく変化しつつあった。

 最初は、優しく情熱的な同い年の男の子。

 格闘技という共通の項もあって、共に励み合う良き友人になれそうだと。

 

 

 けれど。

 

 

 "違った、かな。多分、シャロン君は──"

 

 

 

「──うん、分かったよ」

 

 

 

 のほほんとした雰囲気とはうって変わり、ミウラは身体を強張らせつつも、深呼吸をして構えを取った。

 

 

 

「さぁ、来い!」

 

 

 

 それを見たシャロンは、嬉しそうに、本当に嬉しそうに、顔を綻ばせながら魔力を纏う。

 

 

 

「スターセイバー、お願い」

 

『了解』

 

 

 

 ミウラも自身のデバイスを脚部に部分展開し、周囲の魔力を掻き集め一点に収束させていく。

 

 

 

「あはは、ほんとどうしてこんな事になっちゃったんだろ」

 

 

「何か言ったか!」

 

 

「何でもないよ!」

 

 

 

 別にミウラは、戦闘狂の類ではない。

 彼女自身、どうしてこうも容易くシャロンに乗せられてしまったのかは、よく分かっていなかった。

 けれど、直感的には理解出来ていた。

 

 

 "あの瞬間、シャロン君を見た時、すっごく胸が高鳴った!"

 

 

 そう、ミウラもまたシャロン(の外面の姿)に魅せられたのだ。

 単に見た目が良いだけではなく、シャロンが力を振るう時、ある種の人間を惹きつける何かを宿していた。

 カリスマと言っても良いだろう。

 全身から苛烈を極めた武神の如き圧を迸(ほとばし)らせ、その目は遥か先の見果てぬ境地を捉えているかの様な……そんな印象をミウラは受け取っていた。

 

 

 

 ──(はよう! はよう更なる高みへ導いてくれ、さぁはよう!)

 

 

 

 まぁ、それはあくまでミウラの主観であり、本人の内面はまた別物である。

 その苛烈さの矛先も性欲満たす為だと知られれば、ミウラや周囲の者達はどんな反応をするだろう。

 唯一合致しているのは、シャロンの目指している先が未知数な点か。

 マジで、どこを目指しているんだシャロン少年。

 

 

 

「抜剣ッ!」 

 

 

 

 そうとも知らず、ミウラは澄んだ良い表情をして地を蹴った。

 

 

 

"──シャロン君は、きっと、ボクの目標の一つだ"

 

 

 

 あぁ、悲しいかな。

 また純真無垢な少女の心を奪ってしまったシャロン。

 最も、シャロンを目標にしている選手は少なくないので、今更な話ではあるが。

 

 

 

 ──(ははは、凄まじい収束! SLBとはまた異なる、一点集中の蹴り! 俺の知らない未知の体験が、まだまだ転がっている! これだから、魔法戦技はやめられない!)

 

 

 

 言葉だけ見れば、それはもう志の高そうなアスリートなのだから救えない。

 シャロンの目前に、低姿勢で突っ込んできたミウラが迫る。

 やる気に満ちたその目と表情を見て、身体をゾクゾクと打ち振るわせていた。

 

 

 

「はああぁぁぁッ!!!」

 

 

 

 そして、鮮烈な煌めきを纏った脚が、シャロンの腹部を穿つ。

 

 

 

「ごっふぁああ!?」

 

 

 

 走馬灯のようにシャロンの時間は緩やかに流れ出した。

 蹴りに上乗せされた魔力が文字通りの刃となり、シャロンの肉の鎧を貫通して衝撃を通す感覚。

 強打による鈍い痛みの後に訪れたのは、腹を裂かれたかのような鋭い痛み。

 

 

 

 ──(あっはぁ……これは、さすがに効くなぁ……! あぁ、まずい……想定を上回り過ぎて、魔力強化が全然足りてなかったみたいだ)

 

 

 

 非殺傷設定のセーフティは働いているが、それでも常人なら卒倒ものの衝撃であった。

 

 

 

 ──(しかし、逆に良かったかもしれないなぁ……久しぶりに飛べそうだ)

 

 

 

 この変態にとっては、寧ろ喜ばしい事だったようだが。

 

 

 

 ──(よくもまぁ、そんな華奢で可愛らしい身体と顔で、これだけの蹴りを打ち込んできたものだ……その精神性も高く評価しよう……それじゃあ、そろそろ……)

 

 

 

 僅か一秒にも満たない間、シャロンは全身全霊でミウラの蹴りを堪能していた。

 敢えて痛みをより鮮明にするべく、神経を研ぎ澄ましてまで。

 限界を迎えた所で、衝撃に身を委ねて脱力し、何故かリラックスした状態で吹き飛ばされていった。

 普通に頭がおかしい。

 

 

 

「はぁ……はぁ……はッ!? シャ、シャロン君、大丈夫!?」

 

 

 

 正気に戻ったミウラは、魔力の衝撃と共に吹き飛ばされたシャロンを追いかける。

 シャロンは砂浜の上で転がっていた。

 とても清らかな表情で、見ようよっては仏さんに見えなくもない。 

 上半身裸の綺麗な仏さんである。

 

 

 

「わー! わー! ど、どうしよ!? またボクやっちゃったあぁぁ!?」

 

 

 

 確かに、あれだけ派手に吹き飛べばやってしまったかもと思うのも無理はない。

 

 

 

「お、起きて! 起きて、シャロン君!? スターセイバー、い、急いで、救急車呼んで!?」

 

 

『落ち着いて下さいマスター。彼は無事です』

 

 

「え、ホント!?」

 

 

 

 すると、シャロンの身体がぴくりと動き出し"ちゃ、ちゃんと、生きてた! よ、良かった~!"とミウラは安堵する。

 

 

「……おはよう、ミウラ」

 

 

 そう言うと、まるで心地よい寝起きのように、シャロンは背伸びをしていた。

 

 

「ご、ごめんなさい! ボク、まだあんまり加減できなくて!」

 

「いや、気にする必要はない。打撃と斬撃が調和した、素晴らしい一撃だった。こちらこそ、得難い体験をありがとうミウラ」

 

「え……ど、どういたしまして? それより、身体は大丈夫?」

 

「全く問題ないな」

 

 

 既にシャロンはリカバリーを終えて、ピンピンしていた。

 合宿での練習会を通して、確実に人外みを増したシャロン。

 冷静になったミウラも、己の全力を受けて平然としている姿を見て、内心で戦々恐々としていた。

 

 

「すごいなぁ……」

 

「何がだ?」

 

 

 お前だよ。

 

 

「もう、シャロン君に決まってるよ!」

 

「そ、そうか。けど、俺からしてみればミウラの方が十分凄いと思うが」

 

「むぅ~! シャロン君の方が、よっぽどだよ~!」

 

「いや、それは……」

 

 

 そう言ってツンと口を尖らせ、むくれるミウラ。

 シャロンは困った顔をしながら、かけるべき言葉を模索していると、ミウラは一変しておかしそうに笑った。

 

 

「ふふ、今のシャロン君さっきとは別人みたい。変なの~」

 

「そんなに変か?」

 

「変だよ~」

 

 

 平常時のシャロンのダウナーっぷりと比べれば、確かに別人だろう。

 

 

「……あ」

 

「どうしたの、シャロン君」

 

 

 シャロンは思い出したように、気不味く破壊したミットを指差した。

 ミウラもそれを見て"あっ!"と、察したようだった。

 

 

「すまない、勢いでやってしまった。……これはもう修復不可能だな。責任持って、俺が新しいのを見繕おう」

 

 

 余談だが、シャロンには沢山のスポンサー契約の話が届いている。

 競技関連のジムや企業のみならず、モデル業界からのオファーまであった。

 断ってはいるものの、名刺以外にも優待券や贈答品がちょくちょく送られてくる。

 その中に、使っていない魔力吸収性に優れたサンドバッグがあったのを思い出し、ミウラに譲ろうと考えていた。 

 

 

「そんな、いいよ別に! いつもの事だし、師匠達には私が説明するから!」

 

「……じゃあまずは、その師匠達に謝罪をしないとな。俺も行こう」

 

「うん! 紹介するね!」

 

 

 正直、シャロン的には気が引けたが、嬉しそうなミウラの手前、嫌な顔は見せられなかった。

 この後、八神家の面々との出会いでまた色々とあったりなかったりするのだが、それはまた別の話。 

 

 

 

 

 



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第十八話 波瀾万丈のインターミドル開幕





 

 ヴィヴィオ達のインターミドルへ向けた特訓が始まり早一月。

 あれから各々の長所を伸ばす鍛錬の他、基礎魔力を伸ばす為の負荷バンドを身に着けた生活を続けていた。

 

 

 

「────いっちばーんッ!!!」

 

「────負けないッ!!!」

 

 

 

 最初は歩くのもしんどそうにしていた彼女達だが、今では負荷最大で両手両足にバンドを付けた状態でも、こうして元気よく走り回れるまでになっていた。

 もっとも、疲労抜きのスロージョグであるので、ノーヴェは良い顔をしていなかったが。

 

 

 

「にしても後輩達は、よくここまで成長したもんだなぁ。今年の新人は粒ぞろいだ」

  

「えぇ、本当に……皆さん、合宿の頃よりも見違えるようです」

 

「他人事みたいに言ってるが、お前もだからな?」

 

「え、あ、ほ、ほんとですか! ありがとうございます……」

 

 

 

 しれっと混ざっているシャロンは、いつものようにアインハルトと甘ったるいやり取りをしていた。

 美少女に囲まれるのは満更でもないというのもあるが、今朝の練習に参加したのは、ヴィヴィオ達の選考会前日だからである。

 当日も応援(という名目で参加選手達を舐めるように鑑賞し)に行くつもりだが、一応先輩として一声かけてやろうと思った次第であった。

 

 

 

「分かってると思うが、個人戦だからチームメンバー同士で争う事もある。それは大丈夫だな?」

 

「はい!」

 

「スポーツだから当たり前だけど、勝っても負けても恨みっこなし!」

 

「正々堂々、良い試合にします!」

 

 

 

 意気込みと覚悟は十分と判断したノーヴェは、ヴィヴィオ達の参加ブロックを発表していく。

 

 

 

「まず、リオが予選五組。ヴィヴィオ、予選四組」

 

 

「リオお嬢様の五組には、"砲撃番長(バスター・ヘッド)"ハリー・トライベッカ選手がいらっしゃいます」

 

 

 

 教会本部のシスターたるディードが、そう補足する。

 彼女はリオのスペシャルトレーナーとして、一月もの間特訓に付き合っていた。

 

 

 

「番長か……あの人は、強いぞ。完全な我流であそこまで昇り詰めるのも大概だが、特に凄まじいのが常識外のタフネスだ。絶体絶命な状況でも、一気に盤上をひっくり返すだけのポテンシャルを秘めている」

 

 

 

 更にシャロンが補足するが、一番常識外なのはこの男である。

 

 

 

「それでも、負けませんよ……!」

 

 

 

 実際にハリーと会っているリオは、あの時のオーラを思い出し武者震いをする。

 

 

 

「ヴィヴィオの予選四組には、ミカヤちゃんがいるな」

 

「ミカヤさん! スパーでもお世話になったけど、いよいよライバルだ!」

 

「彼女の強さは、その身をもって味わっただろうし、俺から言う事はないな」

 

 

 

 ミカヤ・シェベル。

 僅か十八という齢で、抜刀術天瞳流師範代にまで上り詰めた才女。

 彼女は道場を構えており、とある事情でインファイターとのスパーを好んで引き受けていた。

 アインハルトやヴィヴィオ達は言わずもがな、シャロンも和装の年上美女相手という事で、空いている時間によく斬られにいっていた。

 

 

 ──(ミカヤさんとは、試合じゃ当たった事はないが……まぁ普段からスパーが出来る相手なら、どうでもいいな)

 

 

 美少女や美女との試合自体を目的としているシャロンは、もう練習の組み合いだけで十分満足していた。

 一方、ミカヤはシャロンも打倒すべき好敵手として密かに闘志を燃やしていたわけだが、彼女にとっては知らぬが仏の事実である。

  

 

 

「──で、だ。アインハルトとコロナは、同じ予選一組」

 

「あ……」

 

「それって……」

 

「地区予選から同門対決か。まぁ、こういう事もあるだろうな」

 

 

 

 十分可能性はあったとはいえ、地区予選での同門対決発生に聊(いささ)か動揺した様子の二人。

 

 

 

「ゼッケン離れてるからノービスクラスでぶつかる事はねーよ。当たるとすれば、エリートクラスに勝ち上がってからだな」

 

 

 

 どちらにせよ、勝ち上がっていけば両者がぶつかるのは必然。

 すると、少し険しい表情をしていたコロナがアインハルトの方を向く。

 同時に、表情を一変させて穏やかな笑顔で言った。

 

 

 

「私、アインハルトさんが相手でも頑張りますよ! 負けません!」

 

「こちらこそです!」

 

 

 

 二人は頷き合い、良い試合になるよう競い合う事を誓った。

 周りの人間からすれば、お互いに覚悟をもって臨んでいるようにも見えるだろう。

 

 

 

「……まぁ、そうだよな」

 

「シャロン先輩、どうかしましたか?」

 

「いや、なんでもない」

 

 

 

 しかし、シャロンには何となく分かっていた。

 コロナの心の根底にあるモノを。

 ちらりと流し目で彼女の表情が僅かに曇った瞬間を捉えて、シャロンは確信した。

 

 

 

 ──(何もしなくても大丈夫な気はするが……試合に影響しそうなら、それとなく話してみるか)

 

 

 

 この男、基本的に己の欲に忠実な糞野郎であり、運と容姿に救われているだけである。

 されど、日頃の人間観察(視姦)の賜物か、妙に鋭い洞察力を持っていたりもする。

 加えて、最近発露するようになったお節介癖。

 どんなにアレな人間でも、一つか二つは良いところがあるのだ。

 これがあるから、"なのに憎めない男"として踏みとどまれているのかもしれない。

 

 

 

「あと、予選一組には一昨年の優勝者がトップシードにいる」

 

 

 

 シャロンが思考に耽っている間に発せられた"一昨年の優勝者"という言葉。 

この言葉に一番反応したのは、シャロンだった。

 

 

 

「ジークリンデ・エレミア……」

 

「あぁ。シャロンはよく知ってるかもしれないが、出場辞退を除いて不敗を誇る生粋のエリートファイターだな」

 

 

 

 シャロンにとっては、知っているどころではなかった。

 

 

 

 ──(忘れもしない、去年の都市本戦。ジークリンデ・エレミアめ、本当につまらない真似をしてくれた。ミカヤさんだって、それは本望じゃなかったろうに。お蔭様で、この俺も……)

 

 

 

 シャロンの回想を無視して、ノーヴェは続ける。

 

 

 

「コロナとアインハルト、どっちか勝ち抜けるにせよ、こいつを倒さなきゃ都市本戦には勝ち上がれねぇ。結局、どこも激戦区なのには変わらないが、皆悔いの残らないよう気合入れてけよ!」

 

 

『はいッ!』

 

 

 

 "チームナカジマー! ファイトー!"と一致団結して燃える後輩達やアインハルトをよそに、シャロンは尚も鉄仮面の下で燻った感情を消化しようと努めていた。

 

 

 

 ──(……まぁ思う所はあるが、なにはともあれ今年も出場してくれたんだ。勝ち進めば確実に当たる)

 

 

 

 ちょうどシャロンの心の踏ん切りがついたあたりで、ヴィヴィオが思い出したように声をかけた。

 

 

 

「そういえば、先輩の予選ブロックはどうなってるんですか?」

 

「あ、私も気になるー!」

 

「教えてくださーい!」

 

 

「……おっと、そうだったな。俺もお前らに合わせようと思って、まだ開封してなかったんだ」

 

 

 

 "シャロン・クーベル様"と丁寧に金文字で刺繍が施された手紙を取り出すと、魔法で封を焼き切る。

 まず出てきたのは、シード枠進呈の証書。

 残りの一枚は、シャロンを含めた全シード枠の上位選手の振り分けが書かれたシードリストである。

 

 

 

「予選七組の……は、第二シード枠?」

 

「シード枠~!」

 

「じゃあ、先輩と当たるとしたら都市本戦……!」

 

「頑張らないとですね!」

 

「はい!」

 

 

 

 ──(嫌な予感がする……)

 

 

 

 ヴィヴィオ達が思い思いの感想や称賛を送る中、またしてもシャロンは大きなショックを受けていた。

 シャロンの参加ブロックは、本人が言った通り予選七組の第二シード枠だ。

 基本的には昨年度の都市本戦の出場者を筆頭に、過去に入賞歴のある選手達が三人づつ各組に割り当てられる。

 枠の数字に差はないが、一応は優秀な戦績順に組内で一、二、三と別けられていた。

 そしてシャロンが腑に落ちなかったのは、去年準決勝まで進んだのにも関わらず第二枠と判断された点だ。

 

  

 

「へぇ、シャロンの組の第一シードも男子選手じゃねぇか」

 

「あ、ほんとだ!」

 

「この人って、確か……」

 

 

 

 

 共通で配られているシードリストを見れば、第一枠は誰なのか分かる。

 けれどそれを見るまでもなく、ノーヴェが先走って言った"男子選手"というワードと、去年の己よりも成績が上位と思われる選手名を組み合わせれば、シャロンには何となく予想がついてしまう。

  

 

 

「────オルス・リーヴ。去年、決勝まで勝ち上がった選手だな」

 

 

 

 "オルス・リーヴ"

 その名前が出た途端、シャロンの全身をぶわっと不快な悪寒が這い上がってきた。

 

 

 

「フ○ック」

 

 

 

 ○ァック。

 あらゆる建前とポーカーフェイスをぶち破る、究極のスラングがシャロンの口から飛び出した。 

 

 

 

「先輩、何か言いました?」

 

「いや、なんでもないです」

 

「……どうして敬語?」

 

 

 

 リオが不思議そうに首を傾げたが、幸いにもちゃんと聞き取れた者はいなかったようだった。

 だが、シャロンはそんな事で安堵できる程、心穏やかではなかった。

 

 

 

 ──(頼む、夢であってくれ、頼む頼む頼む頼む頼む)

 

 

 

 シャロンは無駄だと知りつつも、自己暗示のように念じながら手元のシードリストを一応確認する。

 

 

 "────予選七組 第一枠オルス・リーヴ 第二枠シャロン・クーベル 第三枠──"

 

 

 

「…………」

 

 

 

 シャロンは無言でシードリストを二つ折りにして閉じた。

 そんなシャロンの心境を知らないヴィヴィオは、無邪気に言う。

 

 

 

「これって、オルス選手とシャロン先輩が初戦を勝ち上がったら……プライムマッチが発生しますよね!」

 

 

 

 シード選手同士等がぶつかる場合、プライムマッチとして変則的な試合が組まれる場合がある。

 地区予選は来週からスタートし、エリートクラス二回戦までが行われる。

 もし、二人が二回戦で当たる場合は、翌々週の祝日のプライムマッチに組み込まれる事になっていた。

 

 

 

「おぉ~! 男子選手同士のプライムマッチ!」

 

「滅多に無いよね~!」

 

 

 

 シャロンとしてはふざけんなという心境だったが、外野からすれば最高に熱いカードに見えるだろう。

 事実、エリートクラスまで上がってくる男子選手自体、かなり少ない。

 魔法戦技に限って言えば、多くの十代男子は別の連盟が主催する男女別の大会に参加する事が多いからというのもある。

 とにかく、二人の衝突はほぼ避けられない事態だった。

 余程の番狂わせがなければ、シード枠選手が一回戦敗退なんてありえないのだから。

 

 

 

「先輩、絶対勝ってくださいね!」

 

 

 

 ヴィヴィオが天真爛漫な笑顔でシャロンにエールを送る。

 その笑みが、シャロンのやさぐれた心を僅かに癒す。

 

 

 

「……あぁ」

 

 

 

 ──(もう二度と出ようと思えないくらいボコにするしかねぇ)

 

 

 

 シャロンは煮え切らない生返事をしつつ、因縁の対オルス・リーヴ戦への決心を固めた。

 かくして、選考会前日はあっという間に過ぎて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第27回インターミドルチャンピオンシップミッドチルダ地区選考会第一会場。

 シード枠を持たない一般選手達を審査する会場……の一つ。

 第一会場でさえこれだけ選手が集まっており、魔法戦競技の人気っぷりを伺わせるのには十二分だろう。

 各々の選手が夢や希望を抱え、様々な表情を浮かべながら、会場入りしていく。

 

 

 

「すごい人ー!」

 

「これ全部、参加選手なんだよね」

 

「すごい! すごーい!」

 

 

 

 その中には当然、ヴィヴィオ等チームナカジマの面々もいる。

 

 

 

「ふむ、今年もよい選手が揃っているようだな」

 

 

 

 お前は帰れ。

 

 

 

「選手は参加セレモニーがあるから整列しろよー」

 

「私達は席の方にいるからねー」

 

 

 

 ノーヴェは相変わらず落ち着きのない教え子達に声をかけて、ディエチと共に観戦者席に向かう。

 参加選手とはいえ選考会では部外者であるシャロンもまた、後輩達の試合は遠目で見届ける他ない。

 故に、席に向かう前に一言放った。

 

 

 

「まぁ、前哨戦だと思って楽しんでこい」 

 

 

 

 それだけ言うと、ヴィヴィオ等に背を向けて席へと向かっていった。 

 

 

 

「が、頑張りまーす!」

 

「先輩、ちゃんと見てて下さーい!」

 

「くぅ~、燃えてきたぁ……!」

 

 

 

 振り向かずに手だけ上げて去ってゆく姿は、同性でも憧れるモノがあるくらい様になっている。

 シャロンに気付いた何人かの選手の熱い視線を受けながらも、意に介さないように黙々と歩いてゆく。

 意に介してない、というよりは単に本人が気づいてないのもあるけれど。

 

 

 

 ──(……さて、先輩として最低限の応援はした事だし観戦席で物色を再開しよう)

 

 

 

 まぁ、中身はどうしようもなくアレなのはいつもの事だった。

 そしてシャロンが階段を上って席に着く頃には、セレモニーが始まろうとしていた。

 

 

 

「あぁ、第一会場の挨拶はエルス選手か」

 

 

 

 整列した選手達の先頭でマイクを握っているのは、シャロンも知っている昨年度のベスト10選手だった。 

 

 

 

『年に一度のインターミドル、皆さん練習の成果を十分出して────』

 

 

 

 ショートツインテールに、きっちり五分に別けられた前髪。

 キリっとした目つきに、飾り気のないシンプルな眼鏡。

 加えて、挨拶の内容もドがつく程の真面目っぷり。

 名実ともに委員長な彼女の名前はエルス=タスミン。

 少し癖はあるが、優秀な結界魔導師であり美少女でもある。

 

 

 

 ──(結界魔導師の戦い方……特に鎖系の拘束魔法は物凄くエロいし、エルス選手には期待大だな。バリアジャケット損傷であられもない姿になった相手に、ガンガン鎖を食いこませていってほしい)

 

 

 

 全次元世界の結界魔導師に怒られろ。

 

 閑話休題。

 

 シャロンが遠見の魔法で一通り選手の容姿(レベル)を確認し終える頃、セレモニーは終了していよいよ選考会が始まろうとしていた。

 開始と同時に客席もそれなりに湧くが、如何せんそこは地区予選の組み分けを決める選考会。

 中央には複数のリングが用意されており、全ての試合を万遍なく見るのは難しい。

 その代わりと言ってはなんだが、申し訳程度に試合の一部をピックアップで映し出す大型モニターが上部に設置されている。 

 前哨戦の扱いとしては、妥当なのかもしれない。

 しかし、中には思わず目を張るような試合が繰り広げられる事もある。

 その中には、シャロンがよく知る後輩達の姿もあった。

 試合の結果自体には無関心を決め込むつもりだったシャロンも、思いがけず目線が釘付けになっていた。

 

 

 

「……本当にやるじゃないか」

 

 

 

 自然と称賛の言葉もこぼれ出る。

 こんな光景を見せられれば、無理もない。

 エリートクラス常連の選手相手に、危なげなく勝ちをもぎ取っていく若き少女達の姿。

 武器の差、身体の差、経験の差、ベテラン選手に比べてあらゆる"差"がある筈なのに、それをものともしていない。末恐ろしい話だ。なんせ、彼女等が本格的に特訓を始めたのはつい2・3か月前なのだから。

 

 

 

「あら、シャロン選手かしら?」

 

 

 

 突如、手すりにもたれかかって観戦していたシャロンの背後で、凛とした声が彼の名を呼んだ。

 

 

 

「……あなたは」

 

 

 

 シャロンが振り返った先には、見知った金髪の美女が軽く髪をかき上げながら佇んでいた。

 

 

 

「まぁ、一年も見ないうちにまた随分と成長したようね……」

 

 

 

 "男の子だし、成長期だものね"と感慨深そうに頷く金髪美女。

 無論、ただ体格の事だけではなく、選手としての力量も含めて言っている。

 

 

 

「ありがとうございます、でいいんでしょうか? お久しぶりですね、ヴィクトーリア選手」

 

 

 

 ヴィクトーリア・ダールグリュン。

 言わずと知れたインターミドルの都市本戦常連であり、シャロンと同等以上の人気を博する選手でもある。

 抜群のプロポーションと目鼻立ちの整った美貌もだが、それ以上に彼女の戦闘スタイルたる雷帝式が見る者を圧巻させるのが人気の理由だろう。

 

 

 

「それ、呼びにくいでしょう。私の事はヴィクターでいいわ」

 

「なら、俺の事もシャロンと呼び捨ててもらえれば……にしても、ヴィクターさんもまた成長されたようですね」

 

 

 

 そう言うシャロンの目線は、顔より下に下がっていっている。

 

 

 

 ──(試合映像よりも胸囲が増してるな。俺の目は誤魔化せない)

 

 

 

 シャロンの推測通り、ヴィクトーリアも今年で十七歳という事で成長するとこはしているのだが、この男の目が普段の三割増しくらい見開いているのはやはり気持ち悪い。

 

 

 

「ふふ、当然でしょう。今年はシャロン、あなたにも負けませんからね!」

 

「楽しみにしてますよ。なにせ、俺の中では大会で一・二を争う選手ですから」

 

「あなたにそこまで評価されてただなんて、お世辞でも嬉しいわ」

 

「いえいえ、お世辞だなんてとんでもない……!」

 

 

 

 プライドの高いヴィクトーリアは手放しで喜んだりはしないが、それでもシャロンの言葉に口元を僅かに緩ませていた。

 なにせ、彼女にとってもシャロンは最高のライバルの一人。

 俄然、気合が入るというものだった。

 

 

 

 ──(お世辞でもなんでもなく、あなたのボディとタフさはインターミドルトップクラスだと思ってます)

 

 

 

 まぁシャロンにとっては、最も体付きが良くて楽しめる相手という意味なのだが。

 知らぬがなんとか。

 

 

 

「ところで、あなたはどうしてここに? もしかして、品定めかしら」

 

「……まぁそれもあるんですけど、知り合いの子達の晴れ舞台でしてね。一応、応援しようかと」

 

 

 

 "どうも不要だったみたいですが"と付け加えるシャロン。

 

 

 

「ヴィクターさんはどうなんですか?」

 

「私はあの子……いえ、ジークに会いにきたの」

 

「ジーク……ジークリンデ・エレミア選手ですか」

 

「えぇ、そうよ。……あなたにとっては、あまり印象が良くないかもしれないけれど」

 

 

 

 ジークリンデ・エレミア。

 一昨年のインターミドルチャンピオンとして、昨年度は都市本戦にシード枠で出場していた選手だ。

 初戦から圧倒的な強さで対戦相手であったミカヤを文字通り粉砕──したのだが、これが原因で彼女は三回戦進出を辞退。

 その事を知ったシャロンは、それはもう失望した。

 何故なら、シャロンが一番試合をしたかった相手がジークリンデだったから。

 それでもヴィクトーリアを下して準決勝まで進んだシャロンだったが、ここで更なる不運が降りかかる。

 先に行われたもう片方のブロックで決勝へ勝ち進んできたのが、なんとオルス・リーヴという男子選手だったのだ。

 この時、シャロンは思った。

 

 

 "もう準決勝がゴールでいい……"

 

 

 と。

 明らかに動きの精彩さに欠けたシャロンは、準決勝でロングレンジ主体の相手選手に判定負け。

 決勝ではその選手がオルス・リーヴを破り、第二十六回インターミドルミッド中央の本戦覇者となった。

 

 

 

「……確かに、良くはないですね」 

 

「私が言うのもなんだけれど、その、あの子の事はあまり恨まないであげてくれるかしら。ちょっと不器用だけど、とても優しくて良い子なのよジークは」

 

 

 

 "だからこそ、相手に共感し過ぎて自分まで傷つけちゃうのだけれど"と、我が子を思う親のように悩ましげに溜息を吐くヴィクトーリア。 

 

 

 

「もう恨んではいませんよ。結局、今年も出場してくれたみたいですし水に流します」

 

 

 

 シャロン自身、思う所はあっても恨む程の相手ではなかった。

 何より、ヴィクトーリアのおかんっぷりを見た事で、毒気は完全に抜かれてしまっていた。

 

 

 

「ありがとう。……それと、一応聞くけれど、あなたは会場でジークの事見てないわよね?」

 

「えぇ、見てないですけど……連絡すればいいんじゃないですか?」

 

「あの子、通信できるような端末持ってないのよ」

 

「え」

 

 

 

 物にあまり頓着しないシャロンですら通信端末機能の付いたデバイスを持っている。

 というより、昨今の情報化社会においてもっていない方が稀有だ。

 

 

 

「修行って言って半年くらいは行方不明になるし!」

 

「行方不明? 大丈夫なんですかそれ」

 

「……それでよく行き倒れになってるわ」

 

「えぇ……」

 

 

 

 世界戦覇者ジークリンデとはどんな人物なのか、蓋を開けばシャロンがドン引きするレベルの放蕩生活をおくっている少女であった。

 主食兼好物はジャンクフードで、もらったパンのみみや釣った魚を喜んで食したり、果ては道端の草さえも食べるとかいうとんでもない逸話の持ち主である。

 

 

 ──(ジークリンデ・エレミア……もしかして相当ヤバい奴なのでは?)

 

 

 ヤバい度合で言えば、シャロンもジークリンデも大差ない。

 要するに、お前が言うな。

 

 

 

「あ、いたわ! あの最前列の通路側!」

 

「え、どこですか?」

 

 

 

 ヴィクトーリアはジークリンデを見つけたようで、シャロンも彼女が指差した場所を凝視する。

 そこには、黒いジャージにフードまで被った怪しい人影があった。

 

 

 

「えっと、あの人ですか?」

 

「えぇ、そうよ」

 

「いやいや、確かに怪しさは抜群ですけど、さすがに本人だと分からないでしょう」

 

「いいえ、間違いないわ。だってあの子、いっつも同じジャージ着てるもの」

 

「嘘でしょ……」

 

 

 

 食費ですら困っているのに、衣服に回すだけのお金がないのは自明の理。

 シャロンをして、ドン引きさせる残念美少女ジークリンデ。

 あっぱれである。

 

 

 

「じゃあ、私は行くわね」

 

 

 

 そう言って、手を振り去ろうとするヴィクトーリア。

 

 

 

「あ、待ってください!」

 

 

 

 しかし、何かをふと思いついたシャロンがそれを止める。

 

 

 

「何かしら?」

 

「ちょっと彼女に声かけるの待ってもらってもいいですか」

 

「どうして?」

 

「いえ、少しやりたい事を思いつきまして──」

 

 

 

 かくかくしかじか。

 シャロンは思いついた悪巧みをヴィクトーリアに伝える。 

 

 

 

「──そうね。ジークったら、あれだけ言っても全然連絡してくれなかったし、そう考えると丁度いいわ。ちょっと驚かせてあげましょうか」

 

「ふふ、じゃあ行ってきますね」

 

 

 

 嬉しそうにシャロンはにやりとほくそ笑む。

 今まさに、史上最強の変態と十代女子最強の残念美少女が邂逅しようとしていた。

 



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第十九話 不退転と絶対覇者

 ──シャクシャク

 

 ──シャクシャクシャクシャク

 

 

 小気味良いポップコーンの咀嚼音が会場の喧騒に混じって聞こえてくる。

 音の発生源は、観戦者席の最前列の一角。

 黒いジャージにフードまで被った謎の人物から。

 

 

「…………」

 

 

 周りは相応の熱気で沸いているのにも関わらず、無言でポップコーンを咀嚼し続ける様は酷く不審である。

 そんな不審者の正体は、一昨年のインターミドル世界戦覇者ジークリンデ・エレミア。

 目立つのが嫌いなのでこのような装いをしているのだが、傍から見れば余計に目立っているというのは突っ込まないであげてほしい。 

 

 

「──すいません、隣良いですか」

 

 

 そんな彼女の前に、一人の少年が現れた。

 身長こそ、そこそこであるが、衣服越しでも分かる体格の良さ。

 そしてなにより、見る者を惹きつける整い過ぎた顔立ち。

 言うまでもなく、我らがシャロン・クーベルである。

 

 

「……ぇ、あ、はぃ……どうぞ……」

 

 

 独特のイントネーションで、反射的に小声で呟くように答える。

 突然こんな事を言われて困惑したのもあるが、ジークリンデは元々かなりの人見知りであった。

  

 

 ──(……ぅぅ、なんでわざわざウチのとなりなん……)

 

 

 ジークリンデは心の中でそう文句を垂れるが、口に出す勇気はなかった。

 他にも空席はあったので、御尤もな意見ではある。

 

 

「ん、どうかされましたか?」

 

「……ぁ、な、なんでもない! ……です……」

 

 

 態度に出てしまっていたのかと、慌てて否定するジークリンデ。

 そして、ばれない程度に顔を傾けてシャロンを見る。

 瞬間、隣に座った少年の正体を悟った。

 

 

 ──(……! こ、この子、確かシャロン・クーベルっていう選手……!)

 

 

 ジークリンデもまたシャロンの事を知っていた。

 それはシャロンが有名であるから、というよりも昨年度の件でヴィクトーリアに謝罪をしに行った時に聞いて印象に残った名だからだ。

 ヴィクトーリア曰く、"私以上にあなたとの試合を楽しみにしていた子がいた"と。

 後に視たシャロンの準決勝とヴィクトーリアとの試合映像を比較しても、明らかに動きに差が出ていた。

 確かに当人の心の持ち用であり、ジークリンデ自身は全く悪くないが、優しい彼女はそれでも気負ってしまっていたのだった。

 

 

 ──(……うん。ちゃんと、この子にも謝らんとな!)

 

  

 こうしてわざわざ隣に座ったのも、何か言いたい事があるからに違いないとジークリンデは確信した。

 故に、今度は勇気を振り絞って声を発する。

 

 

「あ、あの……!」

 

「──ところで、あなたも競技選手なのでしょうか?」

 

「えッ!?……あ、えっと、はい……そうです、けど……」

 

 

 だが、何か言う前にシャロンに遮られる。

 結局、そのまま流されて問いに返答するだけに留まってしまった。

 間が悪いとジークリンデは思ったが、当のシャロンは確信犯である。

 めちゃくちゃ性質が悪い。  

 

 

 ──(あれ、ていうかウチの事、気付いてないんかな?)

 

 

 ジークリンデはまたもや困惑した。

 てっきり当てつけかと思われた一連の行動が、実は勘違いだったかもしれないという事に。

 まぁ、全くそんな事はないのだが。

 

 

「やっぱりそうでしたか。という事はシード選手ですよね。実は、俺もなんですよ」

 

「へ、へぇ! き、奇遇ですねぇ!」

 

 

 ──(いやいやいや、知っとるよ! ウチ全然、知っとるよ! えぇ、本気で気づいてないん!?)

 

 

 お互い白々しいにも程があるが、シャロンはジークリンデと違って動揺一つ見せないので、事情を知らない者からすれば本当に気づいていないように見えるだろう。

 

 

「今年も有望な選手が多そうで、かなり盛り上がりそうですね」

 

「うん……じゃなくて! は、はい、ウチ……私も、そう思います!」

 

「大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫、です!」

 

 

 大丈夫ではない。

 シャロンの鬼つよメンタルを前にしては、さすがの世界戦覇者ジークリンデも成す術なく弄ばれるしかなかった。

 しかし、鬼畜のメンタリストシャロンは攻撃の手を緩めない。

 追い打ちをかけるように続けて言う。

 

 

「……強い選手が出てくれるのは嬉しいですが、やっぱり俺が一番戦いたいのはジークリンデ選手ですね」

 

「ッ!?」

 

 

 おっと、これは酷い。

 知っている上で、本人を前によくそんな台詞が出てきたものだ。

 まさかの大胆過ぎる言葉に、ジークリンデの内心は照れ臭さと罪悪感がごった返していた。

 だが、まだシャロンのバトルフェイズは終了していないぜ。

 

 

「──圧倒的なまでの強さと、冷たくも気高く美しい立姿。正直、思い出すだけでも焦がれます」

 

「~~~ッ!?!?」

 

 

 シャロンの綺麗な顔を少し歪ませて溜息を吐かせれば、物思いに耽る貴公子の一枚画の完成である。

 それに破壊力抜群の口説き文句を付け足せば、落とせない女性などいるだろうか。いやいない。

 

 

 ──(こ、こここ、これって、も、もしかして、ウ、ウチのこと……~~~ッ!?!?)

 

 

 世界戦覇者といえど、いまだ十六の少女に過ぎないジークリンデ。

 夢見がちな少女の願望をそのまま実現したかのようなシチュエーションに、思考回路はショート寸前。

 ハートは万華鏡になるし、そのまま恋の行方を占い始めてもおかしくない。

 

 

 ──(フフ……さすがのジークリンデ・エレミアも、これだけ褒めちぎれば照れ臭くもなるだろう)

 

 

 尚、当のシャロンは天然のクソ誑(たら)し野郎なので、ちょっと臭い台詞を言ってやったくらいにしか思っていない。

 いつか刺されろ。

 

 

「──今年こそ、お目にかかりたいものです。彼女の為だけに、この一年鍛え上げてきたのですから」

 

「ぁ……ゃ、ちょ、ま、ほ……ほんとにまってぇゃ……」

 

 

 ──(も、もう限界や~~!!! だ、誰か、ウチを殺してぇ~~~!!!!!)

 

 

 ジークリンデが、恥ずかしさのあまり死すら願い始めた頃。

 赤面した顔を隠すために深く被っていた彼女のフードが、何者かに勢いよく取り払われる。

 

 

「ふぇ?」

 

 

 振り返った先に居たのは、何故かジークリンデと同じように顔を真っ赤にして震えているヴィクトーリア。

 

 

「そ、そこまでです! シャロン! さ、さすがに、場所と台詞を考えなさい!」

 

「え、え、ヴィ、ヴィクター!?」

 

「あれ、なんでヴィクターさんまで赤面してるんですか?」

 

「あ、あれ、二人とも、もしかして気づいてたん!?」

 

「な、なんでもなにもありません! あ、あのような軽率な言葉、い、いけませんわ! 絶対に!」

 

「……そんな酷い事言いましたっけ?」

 

「な、なぁ、説明してやぁ~!」

 

「あ、あなたという人は……! と、とにかく、慎みなさい!」

 

「も~~!!! ウチの事、無視せんといてやぁ~~~!!!」

 

 

 混沌、ここに極まれり。

 ジークリンデの悲痛の叫びを上げた事で、ようやく場は収まった。

 その後、ネタバラシをして改めて自己紹介をする流れとなった。

 

 

「改めまして、シャロン・クーベルです。お会い出来て光栄です」

 

「……ジークリンデ・エレミア」

 

「あー、やっぱりまだ怒ってます?」

 

「……むぅー」

 

 

 ジークリンデは、子供っぽくむくれてそっぽを向く。

 扱いかねたシャロンは、助けを求めるようにヴィクトーリアに目線をおくる。

 助けを求められたヴィクトーリアは、やれやれと言わんばかりに溜息を吐く。

 

 

「ジーク、いい加減機嫌を直しなさい」

 

「だ、だってぇ~! ウチ、あ、あんな事、い、言われて、めっちゃ恥ずかしかったんよ~!!!」

 

「あんな事って……言っときますけど、ほとんど本音ですからね」

 

「~~~ッ!!! またゆうた~~ッ!!!

 

「シャロンもいい加減、自重なさい!」

 

 

 シャロンの言葉に嘘偽りはないが、ある意味偽りだらけである。

 なんなんだほんと。

 

 

「はぁ……ジークリンデ選手」

 

 

 シャロンが真摯な態度で、彼女の名を呼ぶ。

 真面目に話し合おうとする姿勢が伝わったのか、ジークリンデもむくれっ面を直して俯きがちながらもシャロンの方へ向いた。

 

 

「ジーク」

 

「はい?」

 

「……だから、ジークでええよ……嫌じゃなかったら」

 

「あぁ、ならジークさんで」

 

 

 コホン、とシャロンは一度咳払いをして言う。

 

 

「ジークさん、俺はあなたのこと恨んだりはしてません。むしろ、気負わせてしまってたら申し訳ないです」

 

「ッ!? ……ウ、ウチのこと、恨んでないん?」

 

「まったく、と言えば嘘になるかもしれませんが……少なくとも、今は気にしてません」

 

 

 "だから"と続けて、シャロンは言う。

   

 

「──今年こそ、一緒に戦いましょう。この大舞台で」

 

 

 シャロンは優しく微笑みながら、すっとジークリンデに手を伸ばす。

 その姿のなんと清涼で、儚く、眩い事か。

 

 

 ──(衆人環視の中、ジークさんが関節技決めながら、ジークさんに関節技を決めたい! そうしたい!)

 

 

 こんな事を心の内では考えているのに、本当にどうして外面だけはこんなに良いのだろうか。

 もしも心を読める者がシャロンの姿を見れば、そのギャップに卒倒してもおかしくない。

 あまりにも変態を極めている。

 

 

「……ん」

 

 

 そんな事は知る由もないジークリンデは、頬が赤らんだ顔をそらしながら握手に応じる。 

 一方のシャロンは神経を集中させて、ジークリンデの手の感触を全力で確かめる。 

 

 

 ──(ふむ、あれだけの戦闘を繰り広げているのに、掌は大きな起伏もなく、滑らかで触り心地がよい。というより、普通の少女と変わらないんじゃなかろうか。気を付けてどうにかなるレベルを超えてるだろ。ある程度ケアしてる俺ですら、こんなにゴツゴツしてるのに……このギャップ素晴らし過ぎないか? 容姿から手先に至るまで完全に美少女のソレなのに、一度スイッチが入ると殺戮マシーンと化す……素晴らしい。いや素晴ら────)

 

 

 優しい笑みを張りつけたまま、刹那の間に加速させた思考でジークリンデの手の感想をまとめるシャロン。

 シャロンが何も言わないので手を解くタイミングが分からず、暫くしておずおずとジークリンデは言う。

 

 

「……も、もう、ええかな」

 

「あぁ、すいません。ついうっかり」

 

 

 色々あったが、両者間の蟠りが解けた事にヴィクトーリアも満足げな表情を浮かべてる。

 ジークリンデの方からも言いたい事があるようで、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「あのな、しゃろ……じゃなかった! シャロン、くん!」

 

「えっと、好きに呼んでもらって構いませんよ」

 

「じゃ、じゃあ、"しゃろ"……って呼んでもええかな……?」

 

「あ、あぁ、はいどうぞ」

 

 

 思わぬ申し出に、シャロンは若干困惑しつつも了承する。

 ジークリンデは人見知りであるが、人に渾名をつけて呼ぼうとする癖がある。

 それがぽろっと出てしまうのは、彼女のお茶目なところだったり。

 

 

「……ウチもほんとはしゃろに謝りたかったんよ。だから、ウチからもちゃんと謝らせてほしい。去年は途中で投げ出してしもうて、ほんまごめんなさい! 今年はちゃんと最後まで頑張る! だから……その……!」

 

 

 ジークリンデは必死に言葉と紡いで、シャロンに謝り誠意を示そうとしていた。

 けれど、上手く纏まらない。

 中々締められなくて決まりの悪そうにしているジークリンデを見かねて、シャロンも言う。

 

 

「──去年は、結局俺も決勝まで上がれなかったですし関係ないですよ。……まぁでも、ここはお互い様、という事にしときましょうか?」

 

 

シャロンなりの気遣いに、ジークリンデは少し目を見開き、そしてうっすら笑って答えた。

 

 

「ふふ、ならお互い様やね」

 

 

 この男、口の回し方は笑けてくるくらい上手い。

 そんなこんなで、無事に蟠(わだか)まりを解消してジークリンデと親交を深めたシャロン。

 結果的に、二人の美少女に挟まれているのだから、本当に世界はシャロン中心に回っているといってもいい。

 

 

「おぉ~? なんだなんだ、へんてこお嬢様にシャロンじゃねぇか」

 

 

 更にそこへ、新たな美少女達が加わった。

 ちょい悪っぽい風貌の三人組と、そのリーダー。 

 

 

「ポンコツ不良娘! どうして、あなたがここに!」

 

 

 露骨に嫌そうな顔をするヴィクトーリア。

 

 

「あれ、お前らって今年は選考会からだったか?」

 

「違うわよッ! シードリストも見てないの!? わたしは6組の第一枠ッ!」

 

「……俺は7組の第二枠ですよ、番長」

 

「そうだったか~?」

 

 

 "砲撃番長(バスター・ヘッド)"ハリー・トライベッカ。

 シャロン以上に我が道を究めた戦闘スタイルであり、気合と根性で予想のつかない無茶をやらかしつつも、最終的に勝ちをもぎ取るエリートファイター。

 ハリーも男女問わず人気選手だが、どちらかというと女性の方に根強い人気があるらしい。

 

 

「こちとら、お前らの事眼中ねーから見落としてたかもしれねぇなァ?」

 

 

 そう言うと、片目を瞑って挑発するように肩を竦めるハリー。

 その手の挑発には一切動じないシャロンは別として、純然たるプライドの塊であるお嬢様(ヴィクトーリア)はこめかみに青筋が立っている。

 剣呑な雰囲気を漂わせながら、すっと立ち上がって言う。

 

 

「あなたこそ、今年は地区予選で落ちてくれると助かるわ。ていうか、負けちゃって? あなたと戦うの面倒臭いから!」

 

 

「なんだとてめー!?」

 

 

 まさに、売り言葉に買い言葉。

 両方が両方を見下しつつもライバル視しているもんだから、二人はいよいよ顔を突出し合い火花を散らす。

 

 

「あー、ヴィクター、番長……」

 

「もうちょい大人になれないんですか……」

 

 

 目立つのが嫌いなジークリンデはフードを被って狼狽え、シャロンはやれやれと溜息を吐く。

 誰も収拾をつけられる気配がないので、仕方なくシャロンが割って入る。

 

 

「あの、一応ここ公共の場所なのでモラルを────」

 

 

 シャロンが二人を仲裁しようとした、ちょうどその時。

 

 

 ──ガキンッ!

 

 

『ッ!?』

 

 

 突如として虚空から現れた鎖が喧嘩をしていた両名のみならず、シャロンまでも拘束する。

 

 

「なんですか! 都市本戦常連の上位選手がリング外でケンカなんて!」

 

 

 シャロン達が振り返った先には、生真面目そうな眼鏡の美少女──エルス・タスミンがいた。

 ついでに彼等を現在進行形で縛り上げているこの鎖も、彼女が使った魔法によるものである。

 

 

「会場には選手のご家族もいらっしゃるんですよ!」

 

「あの、俺はケンカしてなくて……」

 

「言い訳は結構! インターミドルがガラの悪い子達ばかりの大会だと思われたらどうします! それに──」

 

「……理不尽過ぎる」

 

「何か言いましたか!」

 

「いえ」

 

 

 くどくど、ぐちぐち。

 延々と続くエルスの説教に辟易し始めるヴィクトーリアとハリー。

 

 

 ──(まぁこういうプレイだと思えば悪くない。むしろ楽しくなってきた。もっときつくしてほしい)

 

 

 一方シャロンは、美少女にお説教されながら美少女と公共の場で一緒に拘束されるという状況を楽しんでいた。

 あまりにも上級者過ぎる。 

 頭がおかしい。

 

 

「……そやけど、リング外での魔法使用も良くないと思うんよ」

 

 

 場が混沌を極めた頃、しぶしぶといった具合に、ジークリンデが小さく手を上げてエルスに進言する。

 

 

「ッ!? あ、ああ、チャ、チャンピオンッ!?!?」

 

「……うぅ」

 

 

 エルスがジークリンデに気付いて大声を上げた事で、観客のみならずリングの選手達の注目までも集める。

 チャンピオンを探す声がわんさか聞こえはじめ、恥ずかしさからジークリンデはポップコーンの容器で顔を隠そうとしていた。

 

 

「ほんとだ! 二階席のあそこ!」

 

「あれ、シャロン先輩もいる! ていうか、上位選手がそろい踏み!」

 

「せんぱーい! 私達の試合見てくれてましたかー!」

 

 

 しかし、そんなもので隠し切れるわけもなく、シャロン共々すっかり晒し上げられてしまう。

 シャロンが地上を見下ろせば、よく見知った後輩達がこちらに手を振っている。

 

 

 ──(こんな姿を後輩に晒してしまうなんて……くっころッ!!!)

 

 

 "くっころ"などと、心にもないことを心の中で思うシャロン。

 彼の世界はどこまでも自由なのだ。

 

 

「ま、騒ぎになるのもめんどくせーから、そろそろ退散すっか!」

 

「まったくよ! あなたと会うと、どうしてこうグダグダになるのかしら」

 

 

 そう言って、ヴィクトーリアとハリーは何でもないかのように鎖を強引に引きちぎる。

 "そんな簡単に!?"と、エルスは嘆くが二人の知った事ではない。

 

 

「エルス選手」

 

「な、なんですか!」

 

「加減しなくても、俺になら全力でバインドかけてくれても良かったんですよ?」

 

「あなたは何の話をしてるんですか!? ていうか、これでも割と本気なんですけど!?」

 

「……そうですか」

 

「なんでそんなにがっかり……って、鎖が弾け飛んだ!? ちょ、ちょっと、ほんとにどうなってるんですか!?」

 

 

 筋肉は全てを解決してくれる。

 どこかの誰かが言ったような言わなかったような台詞を思い浮かべながら、シャロンも容易く鎖を突破した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギャラリーが大盛り上がりの中、シャロンはのんびり背伸びをしていると、ふとジークリンデが地上に向けてピースサインをしているのに気付く。 

 

  

「何か気になるものでも?」

 

「あ、えぇとな! ちょっと、気になる子を見かけて」

 

 

 そう言ったジークリンデの視線の先には、またもや見知った顔があった。

 

 

「……あそこの碧銀の少女の事ですか」

 

「あぁ、うんその子!」

 

 

 ジークリンデは笑顔で答える。

 

 

 ──(……おかしい)

 

 

 しかし、シャロンはこの反応に訝しむ。

 何故なら、ジークリンデはかなりの人見知りで、見ず知らずの相手に笑顔でアピールする筈がないからだ。

 シャロンはその不可解な行動の理由を、イカれた頭をフル回転させて考える。

 

 

 ──(う~む、なるほどな。つまり、導き出される答えは……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 答えは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──(一目惚れか)

 

 

 またそれかよ。

 

 ちなみに、シャロンはこう考えた。

 あの含みのありそうな熱の籠った視線と表情は、己に向けてこられた乙女達のものに近しいと。

 ミッドチルダにおいて、同性愛はそれほど珍しいものでもない。

 まして、武の道に命を懸けて切磋琢磨する者同士だと、同性でも惹かれあってそういう関係になる可能性も低くはない。

 

 

 ──(だが、そうなるとヴィヴィオとアインハルトを含めた三角関係になりうるぞ) 

 

 

 ならねぇよ。

 

 シャロンはしっかり覚えていた。

 アインハルトもまた、ヴィヴィオにお熱であったという事を。

 もしこの推測が正しければ(正しくはないが)、泥沼の三角関係の完成である。

 シャロンはいやに神妙な面持ちで、ジークリンデの肩にポンと手をおいた。

 

 

「ジークさん」

 

「な、なんや、急に?」

 

「……彼女の心は既に囚われていますよ」

 

 

 ──(ヴィヴィオに、な)

 

 

 野暮なのは嫌いなので、含みのある言葉でシャロンは言った。

 ジークリンデも意表を突かれたように顔を驚かせると、シャロンに恐る恐る尋ねる。 

 

 

「……あの子は、しゃろの知り合いなん?」

 

「そうですね。クラスメイトです。……旧い血筋の子で、その隣の金髪虹彩異色の子とも浅からぬ関係ですね」

 

 

 "これでなんとなく分かるだろう?"とばかりに、シャロンはジークに目線で訴える。

 そして、ジークリンデは確信した。

 

 

 ──(やっぱり、ウチと同じ古代ベルカの……それに囚われてるって事はつまり……)

 

 

 ジークリンデは僅かに顔を曇らせる。

 彼女にも先祖の記憶に苛まれ、荒んでいた時期があったから。

 そんな昔の自分自身に、アインハルトの姿が少し重なって見えたのだ。

 

 

「ウチにも気持ちは分かるよ。でも、そんな事で人生を犠牲にするのは悲し過ぎる……だから、あの子ともお話してみたいかなって」

 

「え、いや、本気ですか?」

 

「うん、本気も本気!」

 

 

 この時、シャロンは驚愕していた。

 普段顔に出ないのにも関わらず、小さく開かれたままの口が塞がらない程に。

 

 

 ──(ジークさんにとって、諦めたら人生犠牲にしてしまう程の相手だったのかアインハルトは!? それくらい衝撃的な相手だったのか!?)

 

 

 言うまでもないが、話は一切噛み合っていない。

 お互いにそんな事は知る由もなく、会話は進む。

 

 

「あの子にも思う所はあるやろうし、まずは予選でぶつかってから! それから、聞いてみたいと思う」

 

「…………」

 

 

 シャロンは無言でジークリンデの真剣な顔を見つめていた。

 

 

 ──(マジやべーよ、ジークさん……なんかもう具体的なアプローチ考えてるし……俺はどうすればいいんだ)

 

 

 シャロンは、この恋路を応援していいものか本気で悩んでいた。

 アインハルトもヴィヴィオも、大事なクラスメイトと後輩である。

 しかしまた、付き合いの浅いジークリンデに対しても、彼女の並々ならぬ決意に水を差すような事はできそうになかった。

 悩みに悩み抜いた末、シャロンは告げるべき言葉を絞り出す。

 

 

「……確かに、彼女の心は今も囚われているでしょう。けど、人間は少しづつ変わるものです。少なくとも、俺が出会ったころよりは変わったと思いますよ。その変化が、プラスに働くかまでは分かりませんが……」

 

 

 ──(どちらかを応援するなんて無理だ……でも、ジークさんの勝率が0じゃない事だけでも伝えておこう)

 

 

 シャロンはそんな意図を込めながら、ジークリンデを生暖かい目で見つめる。

 対して、ジークリンデは笑顔で答えた。

 

 

「うん、なら安心や! きっと、分かり合える!」

 

 

 あまりに眩い彼女の笑顔は、シャロンを再び戦慄させる。

 

 

 ──(いや可能性は限りなく低いのには変わらないのに、めちゃくちゃ強気だなこの人!? さすがチャンピオン……己が勝利を疑ってないと見た)

 

 

 恐ろしい曲解能力である。

 閑話休題。

 続けて、ジークリンデは言う。

 

 

「それに、しゃろは普段から付いててくれてるんやろ? あの子の事、ちゃんと見ててあげてな」 

 

 

 この言葉の意味するところは、要するにシャロンはジークリンデにとってのヴィクトーリアという意味だ。

 保護者、という感じでもないが、頼りになる優しい友人が傍にいるなら誤った道に進んでも止めてくれると。

 そんな意図を込めて、ジークリンデは言った。

 言ったのだが……。

 

 

 ──(それはつまり、変な虫が付かないように見張っておけと……確かに、アインハルトはかなりの美少女だ。遠巻きに男子が視線を送っているのも知っている。言い寄ってくる相手も出てきそうだが……)

 

 

 シャロンはまたまた悩む。

 アインハルトの恋人ならまだしも、ただのクラスメイトが過多に干渉するのはいかがなものかと。

 精々、起きた事を報告するくらいしかできそうにない。

 

 

「やれるだけの事はやってみますが……正直、"そうなった場合"何ができるのか分かりません。そもそも口を出す資格があるのかは分かりませんが」

 

 

 とはいえ、無碍に断ることも出来なかった。

 ジークリンデの笑顔が、有無を言わさぬ無言の圧力に思えたからだ。

 

 

「あぁ、ごめんな! 急に言われてもしゃろも困るよなぁ……複雑な問題やし」

 

 

 "うーん、じゃあ──"と、ジークリンデは続ける。

 

 

「──どうにもならんくなったら、ウチに相談して! 今は近くに住んどるし、連絡も取れるようにする!」

 

 

 そう言い終えると、"ヴィクターにあとで頼まんとなぁ"と小さく呟く。 

 

 

 ──(もうこれ、完全に俺が協力者になる流れじゃねぇか)

 

 

 完全に外堀を埋められたとシャロンは思った。

 さすがに勘弁してほしい。

 心に重圧を受けながらも、シャロンは答える。

 

 

「はい、わかりました」

 

 

 見事な二つ返事だった。

 

 

 ──(もうどうにでもなれ)

 

 

 ここまでくれば、ヤケクソ精神である。

 

 

「うん、色々とありがとうな、しゃろ! ほな、また今度! ウチ、ヴィクター追っかけに行くから!」

 

 

 "またな~!"と、笑顔で手を振り去っていくジークリンデはシャロンと対照的であった。

 

 

 ──(……まぁ、何も起きなきゃ問題ないか)

 

 

 と、シャロンは前向きに考え切り替えることにした。

 既に選考会も終わりに近づき、めぼしい試合もなさそうなのが分かると、ジークの後を追うように出口へ向かって歩いていく。

 といっても、帰るわけではなく試合を終えた後輩やアインハルトと合流しにいくだけである。

 

 

「……今から、どんな顔してあいつらに会えばいいんだ。気が重い」

 

 

 なんてぼやくが、勝手に気を重くさせたのは他ならぬシャロン自身である。

 自業自得というか、なんというか。

 頭は良いのに、頭がおかしいという矛盾を秘めた少年。

 それがシャロンであった。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 一方、地上でシャロン達を見ていたアインハルトはというと。

 

 

 

 ──(チャンピオンとシャロンさんは知り合い、なんでしょうか? 選手同士にしては、距離が近いような……私の方を見ているのも気になります)

 

 

 

 どうも、シャロンとジークリンデのやりとりが気になるようであった。

 それがシャロンへの好意からくる嫉妬なのか、単なる興味本位なのか。

 真相はアインハルト自身にも分からぬままだった。



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