なので一話一話が非常に短いです。
番外編なので、本編を読んでいないと分からないことがあると思いますので注意です。
後、不定期更新です。
食事というものは生きる上でとても大切なことだ。
どんな生物も古来からの風習ともいえる。
そんな食事をより深く、味わえるように人間は料理というものを見出した。
そしてこれはあくまで持論だ。
料理というものは、作る側がただ満足するためのものではない。
その料理を食べて貰う側のことを想いながら、愛情を込めて作るものだと思う。
そうすることで初めて、お互いが満足できるのだ。
故に私……鈴仙・優曇華院・イナバは料理をするのだ。
感情を出す事が上手くできないため、せめて料理という形で恩返しをするために。
さぁ、今日はどんな料理をつくろうか。
小鳥がさえずる清々しい朝。
自分は自らの聖域……台所に立つ。
お気に入りのエプロンを装備し、調理中は邪魔になる長い髪の毛をまとめ上げ、袖をまくって手を洗う。
愛用の調理器具たちの状態をきめ細かくチェックして、ようやく準備完了だ。
今からつくるのは、朝ご飯だ。
既に何度もつくっているとはいえ、気を抜かないために頭の中で調理法を復唱しながら調理を始める……
まずは味噌汁。
具材の豆腐をさいの目に、長ねぎを小口切りに切っていく。
乾燥したわかめは水に浸けて戻してから、水気をきっておく。
次に、鍋に鰹節と昆布のだし汁と用意した具材たちを入れ煮立たせる。
鰹節と昆布のだし汁は、鍋に水と昆布を入れ、弱火で沸騰寸前までじっくり温めてから昆布を取り出し、鰹節を入れ、鰹節が自然に鍋の底まで沈むのをまってから火を止める。
そしてアクを取り出し、その汁を濾し布か何かで濾せば完成だ。
だし汁と具材を入れた鍋が沸騰し始めたら、一度火を止め、お玉などを使って丁重に味噌を溶き入れ、沸騰しないように気をつけながら再び火をつける。
そして沸騰直前になったら火を止め、小口切りした長ねぎを最後に加えて味噌汁は完成だ。
お次は魚の塩焼き。
今回使う魚は秋刀魚だ。
まず下準備として、頭と尻尾を切り落とし、背中に包丁の切れ込みを入れた秋刀魚に塩を振って、数時間冷凍しておく必要がある。
そうした秋刀魚からは、水分が染み出すので清潔な紙などで拭き取る。
次に水分を取った秋刀魚をフライパンに入れ、蓋をして中火で蒸していく。
秋刀魚が充分に蒸されたら、一度秋刀魚をひっくり返してもう一度蒸していく。
両面に焼き目がついたら、お皿に乗せて完成だ。
最後にほうれん草と卵の炒め物。
最初にほうれん草を細かく切っていく。
そして卵を溶きほぐし、みりんを少し加えてかき混ぜる。
フライパンに油とバターを入れて、ほうれん草を炒めていく。
ある程度炒めたら、溶きほぐした卵を加え、半熟状になるまで再び炒めていく。
そして最後に醤油を少し入れて完成だ。
後はご飯と納豆を用意して、今日の朝食は完成した。
さて……皆んなを起こしに行かなくては。
いただきます。
そんな小さな合唱が食卓に響く。
「あら、イナバ? 魚にソースかけるの?」
「いや、この前ソースついた魚食ったら意外と上手くてさ……」
「ふーん、私はどんな味付けでも、鈴仙のなら美味しく感じるわよ」
と、仰る姫様。
嬉しいこと言ってくれるじゃないですか姫様。
「……あら、味噌汁の味付け変えたかしら?」
(あ、わかります師匠? この間慧音さんに教えてもらっただし汁を使ってみたんですけど……もしかして美味しくないですか?)
「え、あ、違うわよ? とっても美味しいわウドンゲ」
なら良かったです。
やはり料理というのはとても素晴らしい文化だ。
こうして食べる人、つくった人全員が自然と笑顔になれる。
だから私は料理をつくる。
さぁ、お昼は何をつくろうか。
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ピリ辛肉じゃが
「お料理、教えてください!」
今日は珍しいお客さんが来たと思いきや、これまた珍しい事を言ってきた。
「私、何でもしますから! だから私に美味しいお料理をどうかご教授ください!」
などと言いながら、永遠亭の玄関の前で綺麗な九十度のお辞儀をしているのは、最近この幻想郷にやってきた『東風谷早苗』という少女。
彼女は妖怪の山に自身が住まう神社ごと引っ越してきて、一時期大騒ぎになってしまい、霊夢ちゃんや魔理沙ちゃんが妖怪の山に突撃するという事件が起きた。
その際の宴に、料理を作ってくれとお呼ばれされたので、一応彼女とは面識はあるが……
(えっと、早苗ちゃん?)
「はい、何でしょうか師匠!」
おっと、どうやら既に彼女の中で自分は既に師匠になっている模様。
(その前に、どういう経緯でその考えに至ったのか教えてもらえると……)
流石に悟り妖怪のように相手の心を読んだり、霊夢ちゃんのように超直勘も自分にはないため、彼女の心情が分からない。
故に理由を知りたいのだ。
「経緯ですか? 経緯を言えば正式に弟子として認めてくれるんですね! 分かりました、洗いざらい喋ります!」
……何というか、マイペースというか、我が道を進むといった少女だ。
「そう、あれは私が幻想郷にやってきてすぐ、霊夢さんにボコボコにされ強制的に参加させられた宴会でのことでした」
(なにこれ、凄く美味しい……!)
強制的とはいえ参加したからにはこの宴会は楽しもう、私はそう決めた。
だから用意された宴会料理を口に入れたのだが、予想外の刺激が私の舌で駆け巡った。
幻想郷に来る前は、神様が見えるだけの普通の学生だった私だが、一応女として料理はそれなりに嗜んでいた。
当然プロまでとは言わないが、それなりの自信もあった。
『いやー、早苗の作るご飯はいつも美味しいね。あ、神奈子それ私のきんぴらごぼう』
『早い者勝ちだ諏訪子よ。早苗もいつもすまないな、私達の食事まで用意してくれて』
と、このように我が家の神様達にも好評だった。
それ故、私の料理の腕はこれ以上上げなくてもやっていける、さっきまではそう思っていた……
しかし私は理解してしまった、上には上がいると。
そしてそれを気付かせたのは、今しがた口に入れた宴会料理だった。
「よっ、楽しんでるか緑巫女」
私が衝撃を受けていると、背後から声をかけられた。
「貴女は……えっと、確か霧雨さん?」
「おいおい堅苦しいな、魔理沙で良いぜ。私もお前の事名前で呼ぶから……えっと、なんだっけ名前?」
「あ、早苗です……東風谷早苗」
「早苗な……で、楽しんでるか?」
随分とコミュ力が高い人だと感じた。
「えぇまぁ……それで、何か御用ですか?」
「別に用って程でも無いけどな、ただ見かけたから声を掛けただけだぜ」
見かけたから声を掛けた……どうやら魔理沙さんのコミュ力はカンスト済みのようだ。
「そうだな……なら特別にこの魔理沙様が、新参者に
なんだろう、後輩の面倒をみる部活動の先輩というイメージが脳裏をよぎった。
しかし聞きたいことか……突然そう言われても思いつかないものだ。
「……えと、じゃあこのお料理は誰が作ったんですか?」
もっと他になかったのか、その時は何故かそれしか思い付かなかった。
「あー料理? 変な事聞くんだなお前……まぁいいや、作ったのは確か……ほれ、あそこにいる兎だ」
魔理沙さんが指差した方向に目を向ける。
するとそこには……
「な、なんてあざとい格好を……!?」
一見すると、外の世界の女子高生のようなブレザー型の制服。
しかしそれだけでなく、頭頂部にはウサ耳、お尻には真っ白なウサ尻尾が付いているではないか。
あざとい、実にあざとい……が、滅茶苦茶可愛いなあの格好。
「魔理沙さん魔理沙さん、なんですかあの人、制服に兎のコスプレとかあざとすぎますよ! けど結構いけますね、私制服コスプレに何か付け足すのは邪道かと思ってましたが、あの人を見てたら考えが変わりそうですどうしましょう」
「……すまん、お前が何を言ってるのか全く理解できなかった。まぁあれだ、気になるなら声かけてみろよ。見た目は無愛想だが、良い奴だぜ」
多分この時の私は安心感を感じていたのかもしれない。
ここ幻想郷は私のいた
時代も人も何もかもが違う、私の常識とは違う、これから上手くやっていけるのか。
そんな不安が頭の片隅にある中、私のいた世界にあるような服装をしていたウサ耳の少女は、私の不安感を少しだけ和らげてくれた。
「あ、あの……!」
やはり初めて会う人に声を掛けるのは緊張してしまうものだ。
しかし勇気を出して、背中を向けている兎の少女に声を掛ける。
私の声に気付くと、少女はゆっくりと振り返り、その真っ赤な瞳で私を見つめる。
『何か御用ですか?』
彼女は私をしばらく見つめると、懐からメモ帳とペンらしきものを取り出し筆談をしてきた。
(む、無表情で無口とか……キャラ立ち過ぎじゃない!?)
失礼だとは思った、しかしそう思わずにはいられなかった。
だって制服兎コスに、無表情と無口なんて何処のアニメキャラクターだ。
何故私のいた世界では、現実にこういう人が居なかったのだ。
(まさか幻想郷ではこういう人が沢山いる……? 魔理沙さんとかもいかにも魔女っ子みたいな格好だったし……うん、幻想郷に引っ越してきて正解だったかも)
そこそこアニメキャラクターに愛着を抱く私としては、幻想郷の方が合いそうな気がしてきた。
うん、不安とかもうどうでも良いや。
これから先、
ビバ、幻想郷。
(それにしてもこの人……バニーガールとか似合いそうだなぁ。ちょっと着てみてくれないかな)
せっかく立派な耳と尻尾があるのだ、それをもっと活かしてほしい。
『あの……?』
おっといかん、妄想にふけり過ぎたようだ。
「あ、えっと……ですね、その……あ、貴女のお料理美味しいですよ!」
いけない、テンパり過ぎで出てきた言葉がそれしか出なかった。
『はぁ、それはどうも……?』
あ、そうだ、折角だしこの人に料理を教わろう。
「ということです!」
『……えっとごめん、結局どういうことなの?』
あの宴会の日、彼女がどんな心情で自分に話しかけてきたのかという事は分かった。
しかし何故そこから料理を教わろうという思考に至ったのかの説明がなかったため、一番知りたい事が不明なままだ。
「つまりですね、私師匠ともっと仲良くなりたいってことなんです! 幻想郷でのお友達はまだ霊夢さんと魔理沙さんくらいしかいないので、師匠を記念すべき三人目の友人にしたいんですはい!」
なる……ほど?
要は仲良くなるための第一歩として、料理を教わりにきたという認識で良いのだろうか。
『……まぁ別に良いけど』
「本当ですか! やりました、これで私達ズッ友ですね師匠!」
……不思議な子だ、いやほんとに。
所変わって永遠亭の台所。
「師匠師匠! 料理中もそのウサ耳と尻尾外さないんですね! でも制服とウサコスにさらにエプロン付け足すのは刺激が強すぎますよ! 私を萌え殺す気ですか!?」
(こ、こす……? えっと、とりあえず何かリクエストはある?)
彼女の言動を一々気にしていたらキリがない、なので話を無理矢理にでも進める事にする。
「ふむ……リクエスト……あ、じゃあ肉じゃが! 師匠の美味しい肉じゃがの作り方を教えてください! 私肉じゃが好きなんで!」
(肉じゃがね)
肉じゃがと言っても、肉じゃがにも色々と種類がある。
さて、どんな肉じゃがを彼女に教えるべきか。
(……あれでいくか)
まずは、じゃがいもを綺麗に洗い、包丁もしくはタワシを使って皮を削ぐ。
次に玉ねぎをくし形になるよう縦に割っていく。
ごま油をひいた鍋に火を付け熱を入れていき、均等に切り分けたじゃがいもを入れる。
木べらなどで鍋に入れたじゃがいもを転がすように炒め、じゃがいもに油が馴染んだら玉ねぎも加えて炒める。
次に一口大に切った肉をほぐしながら鍋に加え、強火で炒めていく。
次第に肉の色が変わるので、そのタイミングである調味料を加える。
赤味噌、醤油、一味唐辛子を混ぜたこの調味料が今回のメインとなる。
調味料を混ぜたら、またしばらくの間炒めて、それから水を少し加える。
すると暫くして、アクが出てくるのでそれを除いて弱火にする。
そして酒、砂糖、しょうゆを加えて、煮汁が少なくなるまで煮込む。
じゃがいもが柔らかくなったら終了の合図だ。
中身を器に移して、筋を取って塩茹でをした絹さやを盛り付けて……
ピリ辛肉じゃがの完成だ。
「今日はありがとうございました師匠、まさか辛い肉じゃがあそこ迄美味しいとは思いませんでした!」
ふむ、どうやら少女早苗は満足してくれたようだ。
それならば、此方としても作り甲斐も教え甲斐もあったというもの。
『じゃあ帰りもちゃんと妹紅さんに付いていってね』
「はい! ……あ、そうだ。師匠、もし宜しければこちらを!」
そう言って早苗ちゃんは、来た時から持っていた謎の紙袋を渡してきた。
なんだ、もしかして最初からお礼とか用意していたのかこの少女は。
「私のお古で申し訳ないんですけど……きっと師匠に似合うと思うので差し上げます! それではっ!」
そして自分の返答を待たずに、嵐のように去っていく少女早苗。
……果たして大丈夫なのだろうか。
しかし袋の中身は一体何なのだろうか……?
「ただいま戻りました!」
「おや、お帰り早苗。どこに行ってたんだい?」
妖怪の山の上にある住み慣れた神社に帰宅をすると、我が家の神様達が出迎えてくれた。
「ちょっと師匠……鈴仙さんという方にお料理を教わりに行ってました! 神奈子様、諏訪子様、今日の晩ご飯は一味違いますよ!」
「そ、そうか……そりゃ楽しみだ。……ん? 鈴仙? 鈴仙っていうとあの兎の耳と尻尾を生やした奴のことかい?」
「? そうですけど……」
何故か少し不安そうな顔をする神奈子様に私は疑問を覚える。
「早苗や、あいつに何かされたりしたかい?」
すると突然、神奈子様の隣にいた諏訪子様がそう聞いてきた。
「い、いえ特には……親切な方でしたよ?」
「……そうか、それなら良いんだけど」
なんとも煮え切らない反応をするお二人に、私は逆に問いかけた。
「……何か鈴仙さんに気になることがあるんですか?」
「いや、大したことじゃないんだけど……私らもあの日の宴会で鈴仙とやらに対面したんだが……」
諏訪子様が言葉に詰まる。
「あいつ、私……というか、私の中の『ミシャグジ様』を感じ取るなり、憎悪をぶつけてきたんだ。まぁほんの一瞬だったけどね」
憎悪……?
「うーん、諏訪子様が何か粗相をしたとかなら納得なんですけど、諏訪子様の中のミシャグジ様にですか……というか、さり気無く鈴仙さんそれ凄い事してません? 私にもその能力欲しいんですけど」
諏訪子様の力そのものともいえるミシャグジ様を感じ取るのは私にはまだ出来ないというのに……流石は私の師匠だ、今度料理だけじゃなくてその能力も教えてもらえないものだろうか。
「……まぁ考え過ぎだったのでは? 多分鈴仙さん『蛇』とか嫌いなんですよきっと」
「そう……かな。うん、そういう事にしておこうか。ていうかミシャグジ様を蛇扱いか……」
「なに、大体合ってるじゃないか。ハッハッハッハッ!」
夕焼けの景色に、神奈子様の笑い声が響いた。
(これは……何処かで見たようなそうでもないような……うーん、思い出せない)
早苗ちゃんから受け取った紙袋の中身を取り出したのだが、見た感じ黒色の衣服の様なものだった。
何処かで見た気がする形なのだが、うまく思い出せない。
(……とりあえず一度着てみた方が良いよね)
彼女がこれを自分に意図して渡したのなら、おそらく自分にこの衣服を着て使って欲しいということなのだろう。
ならばそれを無下にすることはできない。
(んっ、やや胸部の部分がキツイけど……とりあえず着れたな)
そして部屋にある姿見で自身の姿を確認してみる。
(……これは随分と扇情的というか)
何となく察しはついていたが、露出度が高すぎる。
肩出しな上、胸も下半分しか隠れてない。
下半身に至っては、股とお尻の部分しか隠れておらず、大腿部分なんて丸出しだ。
(うん、完全に外用のものじゃないよねこれ。じゃあなんだろ……寝間着かな? というか、尻尾を出す様の穴が何故既にあるのだろうか)
今のところ使い方が寝間着くらいしか思いつかないのだが、果たしてその使い方であってるのだろうか。
今度早苗ちゃんに会ったら、具体的な使い所を聞いておかねばならない。
「ねぇウドンゲ、予備の試験管どこにあるか知ら……ない?」
すると部屋に近寄ってきていた師匠が部屋の襖を開け、そう聞いてきた。
そして数秒間、自分を見つめたまま……
「……はぅ」
(し、師匠!?)
そのまま背中から床にビタンと倒れた。
「ふむ、どうやら鈴仙の扇情的な姿に興奮を抑えきれなくて、気絶したようね。まだまだ修行が足りないわね永琳」
「お師匠様がまた気絶したウサか、この人でなしぃ!」
いつのまにか近くにいた姫様とてゐは、訳のわからないことを言い始めた。
リクエストの一つで早苗さんのお話でした。
ちなみに本編での早苗さんの出番はない予定です。
このようにこの番外編では、ストーリーの都合上本編にあまり関わらないキャラをメインにしていきたいと思っています。
もしこのキャラをメインにして……などの要望があれば、活動報告にてメッセージを残して頂けると優先して登場させるようにしたいと思います。
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ふわふわ綿あめ
「そういえば一週間後に、人里で夏祭りがあるんですって?」
廊下を掃除していると、通りかかった姫様がそんな事を言ってきた。
『そうですけど……よく知ってましたね姫様』
「妹紅から聞いたのよ、最近知り合った人里の守護者に誘われたんだってさ」
あぁ成る程、そういえば妹紅さんと慧音さん、永夜抄の異変後の宴会で気が合って仲良くなったらしい。
それからというもの、妹紅さんは最近人里までいって慧音さんと食事をしたり、仕事を手伝ったりしてる。
いやはや、友達が自分達しかいないみたいだったから心配してたけど、ようやく妹紅さんにも春が来たというやつだろうか。
『それで、それがどうしたんです?』
「私も行きたい」
……うん、まぁ話の流れ的に何となくそんな事を言うのではないかと予想していたが。
『珍しいですね、姫様が自分から遊びに行きたいと仰るのは』
「何か勘違いしてるようね鈴仙、私は本来アウトドア派よ。幻想郷に来る前地上にいた頃は、よくお爺様の目を盗んで勝手に都に遊びに行ってたりしてたわ」
『そ、そうですか……』
きっとその度に大騒ぎになっていたのではないだろうか。
「ただね、逃亡生活を長く続けてたせいか、篭り癖が付いちゃったのよ……それと永琳の過保護も原因かな」
確かに、師匠のことだから姫様を決して危ない目に合わせまいと外出を極度に控えさせたのだろう。
……本当に不器用で可愛い人間だ。
「鈴仙?」
『……いえ、何でもないですよ』
いけない、少しぼーっとしてしまった。
何だか最近ぼーっとしたり、記憶が飛んだりする事が多い気がするが……気の所為だと思いたい。
『えっと、つまり姫様も夏祭りに行きたいと?』
「そうよ、だから当日はエスコートお願いね鈴仙。私人里までの道すら知らないから」
と、可愛らしくねだる姫様。
うーむ、いつもなら任せてくださいと、容易に言えるのだが……今回はそうはいかない。
『すいません、無理です』
「えっ!?」
断られるとは思っていなかったのか、心底驚く姫様。
「ど、どうして? もしかしてこの前勝手に鈴仙の分のお菓子を食べちゃったこと怒ってるの? だってしょうがないじゃない、貴女の作るお菓子美味しいんだもん!」
あぁ、テーブルの上に置いておいた自分の分のお菓子が消えていたのはそういう事だったのか。
てっきり師匠が犯人かと思っていたが、姫様の可能性もあったか。
『いえ、別に怒ってないですし、理由も別の理由ですよ』
「あ、あら……そうなの」
これがいわゆる自爆したというやつだろう。
まぁ本当にそれくらいの事なら怒りはしない。
『実は慧音さんに頼まれて、今回の夏祭り私は運営側で参加する事になってるんですよ』
「……運営?」
何でも今年は人手が足りないらしく、屋台やら何やらの設営からその運用をする為の資金の管理などを手伝ってほしいとのことだった。
日頃慧音さんには色々とお世話になっているし、断る理由もなかったので請け負ったというわけだ。
『それから出し物も一つ出すように頼まれてるので、残念ながら当日姫様と一緒に祭りを楽しむ時間がないんですよ。あ、それとお祭りは夕方からですが、私は色々と仕事があるので朝には永遠亭を出ますから、お昼と夜は作り置きを師匠と食べててくださいね』
何なら姫様と師匠二人で祭りを楽しんでも良いのではないだろうか。
しかし、あの師匠が祭り事に自分から出向くかと言われると、少し難しいのかもしれない。
「ぐぬぅ……ぬかったわ。鈴仙を餌にすれば永琳も食い付いて、それから色々とさせようかと思ってたのに……」
どうやら姫様は何かを企んでいたご様子。
「……ねぇ鈴仙、出し物出すって言ってたけど、どんなのにするかもう決めたの?」
『え? いえ、それはまだですけど……』
「そう! じゃあ決まったらすぐに私に教えてね、うふふ」
そして何故か上機嫌で去っていく姫様。
一体なんだったのだろうか……
まぁ良いかと気にせず掃除を続けていると、玄関の戸が叩かれた。
「よう、今暇か? 暇だよな? じゃあちょっと手伝ってくれ」
そして戸を開けると、そこに立っていた
『今掃除中なので暇ではないんだけど……というか魔理沙ちゃんよく一人でここまで来れたね』
「なに、そこらへんを暇そうに歩いてた
『乱暴とかしてないよね……?』
悪い子ではないのは確かだが、彼女は何処か歯止めがきいてないというか、ブレーキがない性格をしてる。
故に少々乱暴というか、大雑把というか……
『えっと、それで手伝ってほしいって言ってたけど……』
「おう、今頼れるのはお前しかいないんだ。霊夢とかアリスにも声をかけたんだが、一蹴されちまってな。なに、ちょっと『片付け』を手伝ってほしいだけだぜ」
……片付け?
「よぉ香霖! 助っ人連れてきたぜ!」
「魔理沙……勝手に手伝うとか言いながら、勝手に何処かに行くのは幾ら何でも……助っ人だって?」
魔理沙ちゃんに言われるがままついていくと、魔法の森に連れていかれた。
そしてお世辞にも綺麗とは言えない、何やら怪しい建物の中へと通された。
するとその中には、沢山の
「ああ、一人で寂しく仕分けをしてる可哀想な香霖のために、魔理沙様がこの兎を助っ人として連れてきたぜ。何、礼はいらんぜ、お前と私の仲だからな」
「そもそもそんな事、僕は一言も頼んでないんだが……」
香霖と呼ばれる男性は、やれやれといった様子で立ち上がる。
「初めましてかな、僕は『森近霖之助』、ここ『香霖堂』の店主だ。できるなら、良き付き合いができる事を祈るよ」
そしてゆったりとした、落ち着いた声で自己紹介をしてきた。
成る程、店主というとここは雑貨屋か何かだったのか。
店の外にも内にもよく分からないガラクタが沢山あるという事は、相当広い分野を扱っている雑貨屋なのだろう。
ついでに言うと、この人はただの人間ではないようだ。
慧音さんのような、半分人間で半分違うといった感じだ。
とりあえず挨拶をされたからには返すのが礼儀だ。
いつもの調子で、もはや書き慣れた自分の名前を紙に書き綴っていく。
そして名前を名乗ると同時に、右手を突き出して握手を求めた。
「……ああ、君は言葉が話せないのかな。これは配慮が足りなかった、失礼をしたね」
少し面食らったような表情をしてから、すぐさま再起動して自分の握手に応じてくれる森近霖之助。
ふむ……なんというか、幻想郷の住人にしては紳士的というか、何だか柔らかそうな物腰の人だ。
波長も非常に落ち着いてゆったりしている。
「どうか気軽に名前で呼んでくれ、霖之助という名は自分で考えたあだ名のようなものだからね、そっちの方が僕としても嬉しい」
『では私のことも気軽に鈴仙と、私もある人達がくれたお気に入りの名前なので、そう呼んでもらえると嬉しいです』
「……いつまで握手してるんだよ」
と、何故か拗ねたような声色で割り込んでくる魔理沙ちゃん。
「おっとそうだね、女性の手をいつまでも握っていられるのは限られた者だけだからね……どうやら魔理沙が迷惑掛けたようだ、代わりにこの子と腐れ縁の僕から謝っておくよ」
『いえ、彼女の横暴さにはもう慣れてますから』
「お前ら私を何だと思ってるんだぜ?」
何って、思春期真っ只中の家出魔法使いといったところだろう。
『それで、来たからには最後まで付き合うつもりでいるけど……まさか片付けって、この店の片付けってこと?』
「その通りだぜ。ほら、近い内に人里で夏祭りがあるだろ? 良い機会だし、そこで商品の在庫処分も兼ねてこの店のガラクタを商品として売り出そうって事になったんだが……いかんせん二人だけだと片付くものも片付けられなくてな、心優しい魔理沙様がわざわざ暑い中助っ人を探しに行ったんだぜ」
成る程、それで友人の霊夢ちゃんやアリスさんに声をかけたが、断られてしまい自分の所に来たと……
「ああ、魔理沙はこう言ってるが、初見のお客さんに手伝わせるわけにもいかない。だからお茶でも飲んでゆっくりしててくれ」
と、霖之助さんは言うが……さてどうしたものか。
別に手伝うのは全然構わないのだが、相手が望んでいない善意をぶつけるのも、時には失礼になってしまう。
しかしここまで来たからには、何かしないと気が済まないというか……
『……霖之助さん、『ソレ』もこの店の商品ですか?』
「ん? ああそうだよ、『これ』の名前と用途は分かるんだけど、肝心の使い方が分からなくてね。とりあえず商品として出してるものだよ」
ふと視界の端に入ったある物が目に止まった。
……ふむ、これを使えばもしや。
『では霖之助さん、私が手伝ったら報酬としてですね……』
「薬屋さーん、『わたあめ』一つくださいな!」
「「「くださいなー!」」」
ちびっこ達の元気な声が辺りに響く。
『じゃあちゃんと列に並んで順番を守れる子から渡そうかな、それと今日は薬屋さんじゃなくてわたあめ屋さんと呼ぶように』
「「「「はーい!」」」」
子供達の小さな手に握られていたお金を受け取りながら、作り置きしてた綿あめを渡していく。
子供達は物珍しさからか、すぐには口に入れず綿あめを眺めたり触ったりしている。
(思ってたよりも勢いが凄いなぁ……これは祭りが終わる前に、先に材料が無くなる感じかな)
突然だが、自分は今綿あめ屋をしている。
その理由は簡単、霖之助さんのお店に綿あめ機があったからだ。
綿あめなら祭りの出し物として相応しいイメージがあるし、何より材料も作り方も慣れれば簡単だ。
というわけで、霖之助さんのお店の片付けを手伝うのと引き換えに、綿あめ機を頂いた。
少し破損していたが、原動力である電力の問題も含めてうちの
しかし予想外だったのが、思っていたよりも繁盛してるという点だ。
大人子供性別関係なく、先程から自分の屋台には長い列ができている……綿あめはこの幻想郷では普及していないためか、皆物珍しさに惹かれているのだろう。
おかげさまで大忙しだ。
しかし苦労の甲斐あってか、しばらくしてようやく勢いが落ち着いてきた。
ふぅ、と一息ついて疲れをを癒す事に専念する。
(……おや、あれは確か)
ふと、少し離れた場所で起こっている出来事に気が付いた。
無数とも言える子供が、何かを取り囲んではしゃいでいる。
そしてその何かだが、見覚えがある。
まるで空に浮かぶ雲のような……いや、実際に見越し入道と呼ばれる妖怪、『雲山』という名の雲が子供達に群がられている。
あの妖怪は確か、最近人里の近くにできた『命蓮寺』というお寺にいるある妖怪の相棒の見越し入道だったはずだ。
その見越し入道の彼が、どうして主人を連れずこんな所にいて、子供達に好き勝手に遊ばれているのだろうか?
——いや、とりあえず表情はわかりにくいが、どうやら困っている様子だ。
まずは子供達を引っぺがさなければ……
『助かった、礼を言う』
『いえ、礼には及ばずです』
子供達というハイエナを引っぺがすと、彼からお礼を言われた。
しかし彼は言葉を発せないため、身体の一部である雲を操って空中に文字を書いた。
……何だろう、彼とは親近感を感じる。
いや、感じるのは当たり前かもしれない。
彼は言ってしまえば雲の妖怪、形が不安定な彼には顔こそあれどその表情は人間からしたら無表情にしか見えず、言語すら発することができない。
つまり、自分の境遇と同じという事だ。
『……何だかあなたとは良き友でいられる気がします』
『奇遇だな、俺もだ』
多分彼も普段からコミュニケーションには何かと苦労しているのだろう。
気が付けば自分達はあつい握手を交わしていた。
「……なぁ慧音、あいつら何してんだ?」
「気にするな妹紅、きっと同士に会えたのが嬉しいんだろう」
と、通りすがりの見知った声によるそんな会話が聞こえてきたが、気の所為だろう。
『それで雲山さん、どうしてお一人でここに?』
彼には『雲居一輪』という主人が居たはずだ。
自分が彼女を見かける際には必ず雲山が側にいるものだった。
雲居一輪と雲山は言ってしまえば、二人で一人の妖怪という奴だ。
それが今はどうだ、近くには雲居一輪の姿がない。
『実はな……』
そして彼は静かに語り出した。
——話を簡潔にまとめると、どうやら雲居一輪は今体調を崩してしまい寝込んでいるらしい。
一応命蓮寺の主人的な存在の『聖白蓮』という女性が看病をしているらしいが、自分も彼女を元気づけるために何かできないかと考えていたところ、人里の祭りに気が付いたらしい。
あそこなら彼女を元気づけられる何かがあるかもしれないと、淡い期待を持って人里に近づいたが、そこで例の子供達に見つかるなり急に群がられた……と。
『しかしここの人間達は何処かおかしいのではないか? 俺や君、他にも何人かの妖怪が何食わぬ顔でいるというのに、騒ぐどころか自分から恐れもせず近づいてくるとは』
『えぇまぁ……本当に不思議ですよね』
多分大元の原因は自分かもしれないが……
本来人は妖怪への恐怖を忘れてはいけない……いけないのだが、自分があまりにもこの人里に溶け込んでいるせいで、人々は妖怪に対する認識が麻痺し始めているのは明白だ。
しかし人にも良い人、悪い人がいるように、妖怪にも善悪があるという事を知っておけば大丈夫だと慧音さんは言った。
原因である自分は、その言葉を信じることしかできないが……まぁ仮に何か問題が起きたら、何かしらの責任は取るつもりだ。
『ふむ、事情はわかりました。そういう事でしたらどうぞこれを持って行ってください』
そう言って自分の屋台から綿あめを二つ渡した。
『これは?』
『綿あめ……という菓子です。本来は病人が食べるようなものではないのですが……』
残念ながら今の自分にはこれくらいしかできない。
『しかしそれは……いや、せっかくの善意だ、有り難く受け取るとしよう』
綿あめを二つ、受け取った雲山はフワリと空に浮かび始め、やがて夕暮れの空へと消えていった。
さて、こちらももう一踏ん張りしなくては。
雲居一輪、彼女が自身のことをどう思っているのか、時々気になる時がある。
友愛や親愛を感じているのかもしれないし、恨みや軽蔑の念を抱いているかもしれない。
元々彼女は単なる人間だった。
少なくとも、自身と初めて会った時までは。
かつて自身は人間に害を及ぼす妖怪だった。
気まぐれで人間を襲っては食らう、潰す、捻じ切る。
それは妖怪として当然の原理とも言える。
だから特に悪い事をしていたとは今でも思っていない。
——ある日一人の人間が自身を退治しに来た。
『あんたが例の見越し入道? あんたに一泡吹かせに来たわ!』
その人間の出逢いは今でも鮮明に思い出せる。
それぐらい自身にとっては衝撃的なものだったのだ。
結果的に言ってしまえば、自身はその人間に敗北した。
初めてだった、人間相手に負けたのは。
それ故に、大きなショックを受けたし、その肝が座った人間に対して興味が湧き出てきた。
本来なら負けたものは敗者らしく消え去るべきだった……しかし自身はどうしてもその人間の側にいたくなった、共に生を刻みたくなった。
彼女を守ってあげたくなった。
それが今まで人間を襲う事しかしなかった妖怪が、初めて違う理想を抱いた瞬間だった。
しかしそれが間違いだったと気付いたのは、全てが終わってしまったときだった。
自身が彼女と共に過ごすようになって、明らかに彼女の人生、在り方は変わり始めた。
しかもそれは、悪い方向に……
自身があの時、大人しく消えていれば彼女はもっと違う人生……今よりも幸せな道を歩めていたのかもしれない。
そう考えると、少し辛い。
「雲山? 帰ってきたの?」
——ふと意識が現実に戻った。
気が付けば、彼女の部屋の前にいて、部屋の中からはそんな彼女の声が聞こえてきた。
「お帰り雲山、散歩は楽しかった?」
彼女はいつものように笑顔を浮かべる。
その笑顔が嘘ではない事はわかっているが、どうしても不安が拭いきれない。
「……なに? 何かくれるの? え、何これ、雲山の一部?」
『綿あめ……とかいう菓子らしい。つい先程知り合った者からの頂き物だ』
「へ、へーお菓子なんだこれ……ふふっ、まるで雲みたいなお菓子ね」
一日中安静にしていたお陰か、彼女は今朝よりは顔色が良くなっていた。
「じゃあ遠慮なく……うわ、凄いこれ、口の中で溶けてるみたい」
そんな彼女を見守りながら、自身ももう一つの綿あめを口に入れる……というより取り込むと言ったほうが正確か。
味覚は人間ほどは無いが、大雑把な味ならわかる……この菓子は甘かった。
「ねえ雲山、そう言えば私あなたに言い忘れてたことがあったの。昔は言う暇がなかったし、最近は聖を助ける為にゴタゴタしてたから……だから忘れないうちに言っとくね」
と、突然彼女はそう言ってきた。
「『ありがとう』、こんな私の相棒でいてくれて……あなたは私にとってかけがえのない親友よ」
——彼女が何を言ってるのかわからなかった。
「あなたと過ごしてから、辛いことや悲しいことが沢山あったけど、同時に得られるものも沢山あった……きっとあなたが居なかったら今の私はなかったと思うの、だからありがとう」
…………ああ、なんだ。
真実は至って単純、単に自身が『彼女は今幸せではない』と思い込んでいただけだったようだ。
実際はどうだ、こんなにも美しい笑顔を浮かべる事ができる者が、今幸せでないはずがない。
「ち、ちょっと……何か反応してくれないと恥ずかしいんだけど……?」
——なら自身のやる事はこれからも変わらない。
彼女を見守り続けよう……それが自身の理想なのだから。
「鈴仙、何も言わずにお着替えしましょう」
『……はい? というか姫様何故ここに? 何でそんな両手をわきわきして近づいてくるので?』
「諦めろ鈴仙、もはや逃げ場はない」
『てゐ!? どうしててゐまでここに!?』
突然だが、店番をしてたら突如現れた姫様達に襲われた。
そしてその場で、一瞬で着ていた衣服を剥ぎ取られ、これまた一瞬で別の衣服を着させられた。
は、はやい……早着替えとかそんなレベルじゃなかった。
もはや服だけが別の物にテレポートとして入れ替わったかの如くだった。
「私の能力の応用よ、その気になれば、五分も経たずに人里にいる全ての人達の下着だけを抜き取る事すらできるわ」
頼むからそれだけはしないでもらいたい。
『……というか、何で浴衣?』
ふと自分の体を確認したら、紫色を主体とした浴衣を着ていた。
何故自分にこんなものを着せるのか、姫様の魂胆がわからない。
「魔法の森にいる人形師に頼んで即興で仕立ててもらった特注品よ。さぁ鈴仙、その格好のまま人里の入り口らへんまで急いで! 店番なら私とてゐがやるからさぁはやく!」
と、自分の屋台から追い出される始末だ。
一体何なんだと思いつつも、指示通りの方向に進んでいくと、その理由がすぐにわかった。
「……あ、その……か、輝夜に無理矢理連れてこられて……その」
何故なら、自分と同じように浴衣を着た師匠が恥ずかしそうに顔をうつむかせながら自分を待っていたからだ。
成る程、自分が出し物で何をするのか聞いてきたのも、自分の代わりに店番を予めできるようにし、師匠のもとに行かせる魂胆だったのか。
……やれやれ、こうなった以上姫様の思惑通りに動かなくてはならないではないか。
『……浴衣、似合ってますよ師匠』
「そ、そう? その、あなたも似合ってる……」
顔を真っ赤に染める師匠。
『……では二人で人里をまわりましょうか、もうすぐで花火もあがるらしいですよ』
そんな奥手な師匠の手を引いて、自分達は夜の里を歩き回る。
綿あめって料理って言えるのかなって思ったけど、雲山リクエストされた瞬間『綿あめしかねぇ!』って思いましたはい。
綿あめ、良いですよね……祭りとかにいくと必ず一個は買う作者です。
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とろーりみたらし団子
「鈴仙、れいせーん!」
自分を呼ぶ姫様の声が突然聞こえた。
『はいはい、なんですか?』
「お菓子がきれちゃってるわよ、一つも無いんだけど」
『え、おかしいですね。ちゃんとこの前買い足して……』
……いや、思い出した。
確かに自分はお菓子の備蓄用を買い足した、しかしここ最近永遠亭は妙に来客が多くなっている……特に天魔さんや鬼神さん。
それで菓子類をお出しする頻度が増した為、必然的に備蓄の減りも早くなるというわけだ。
そして気が付けば、備蓄は跡形も無く消え去った、つまりそういうことだ。
『……ちょうど今から人里に行くつもりだったので、何か買ってきますよ』
何か自分で作るのもありだが、実は自分はあまり菓子類は得意ではない。
それならば、人里の菓子屋で買った方が楽だし美味しい。
「本当? じゃあそうね……私あれ食べたい、この前妹紅と食べに行った団子屋のみたらし団子」
ふむ、みたらし団子か……確かに人里のある団子屋さんのみたらし団子は絶品だ。
姫様が食べたがるのも無理はない。
「あ、どうせなら、今度からお月見用のお団子は団子屋さんのを買わない?」
『む、確かにお団子屋さんのものの方が美味しいかもしれませんが、折角イナバ達が一生懸命につくったお団子だって負けてないですよ』
「ふふ、冗談よ冗談。じゃあ気を付けて行ってきてね」
はい、行ってきますね姫様。
いつもの仕事を終わらせ、早速例のお団子屋さんへと向かう。
今の時間帯なら多少は空いてるはずだし、早い所買って帰ろう。
(……あれ、何か騒がしい?)
団子屋さんが見えてきたというところで、店の中から何やら騒めき声がするのに気が付いた。
何事かと思い、少し駆け足で店に近づく。
『すいません、何かあったんですか?』
「あ、薬屋さん。実は……」
店の前にいた人にそう訊ねてみると、その人は視線を店の中へと向けた。
そこには、団子屋の店主が床に座り込んで、右腕を押さえながら何かに悶えている姿があった。
それを店に客として来ていたであろう人々が、心配そうに見ている。
「実はさっき店主が、客に団子を出そうとして足を滑らせたらしくてね。派手に転んだうえ、腕を机の角に思い切りぶつけちまったんだ」
成る程、それは一大事だ。
おそらく店主が悶えているのはその痛みによるものだろう。
そして、すぐさま店主に駆け寄った。
『大丈夫ですか?』
「く、薬屋さんか……情けねぇとこ見られちまったな……あいてて!」
痛みが激しいのだろう、必死に腕を押さえて堪えている姿は痛々しかった。
『すいません、痛いでしょうけど少し触らせてもらいます』
細心の注意を払って、店主の触診をする。
右腕以外には特に目立った外傷はない。
しかし右腕は素人目でも見てもわかるくらい、異常が起こっている。
大きく晴れ上がり、出血をしている。
触ると明らかに骨の形が崩れているのがわかる。
『これ完全に折れてますね』
「……くそぅ、やっぱりそうかい」
悔しそうに言う店主。
それもそうだろう、この団子屋の店主として、団子を作るための腕が片方とはいえ使えなくなってしまえば、それは営業問題に関わる。
『とりあえず応急処置しますね、そのまま力を抜いていてください』
こんな事もあろうかと、常に応急処置用の道具は持ち歩いている。
『今日は娘さんは居ないのですか?』
確かこの団子屋には店主の娘さんも一緒に働いていた筈なのだが、店内には見当たらない。
「あぁ……ちと体調を崩していてな、念の為今日は休ませてるんだ」
『そうですか、では今日のところは営業をお休みした方が良いですね』
店主は当然として、娘さんもダメなら当然お店は回らない。
どうやっても営業を続けるのは無理だろう。
「そうですよねぇ……というわけだみんな、すまないが今日のところはもう閉店だ」
店主がそう言うと、店の中にいたお客は渋々といった様子で帰っていく。
まぁ仕方のない事だ。
残念だが、姫様の頼まれごとも果たせそうにない。
『とりあえず応急処置はしときました、また明日来るので、必要なものはその時に持って来ますね。今日のところは安静に、あまりにも痛みが酷いようなら痛み止め飲んでくださいね』
「あぁ、本当にすまないな薬屋さん。若い頃からあんたの売る薬には助かってるよ。特に二日酔いに効くやつとかな」
さて、どうしたものかと考えながら店を立ち去ろうとする。
何か代わりの菓子を買わねばならないのだが、一体何を……
「たのもー! みたらし団子とやらを沢山我にくれ!」
……すると突然店の入り口が豪快に開かれ、そんな元気で威勢の良い注文が辺りに反響した。
灰色がかかった髪に、白装束のような服装。
頭には烏帽子をかぶったその少女は、渾身の笑顔で店の入り口に仁王立ちしていた。
「……む? 人が全く居らぬが……もしや貸し切りというやつか? もしや我が来るのを見越して既に準備を!?」
『えっと、あの……?』
何やら変な勘違いをし始めている少女に話しかけてみる。
「む、そこな兎の格好を模した奇妙な娘、もしやこの団子屋の店員というやつか? ならば早く我にみたらし団子なるものをあるだけ持ってくるのだ! なに、金なら心配ない。ここ数ヶ月の間『太子様』からのお小遣いをずっと貯めてきたのだ」
『いや、そうじゃなくて……』
少女の変な勘違いは加速していく。
早い所止めなければ後々大変なことになりそうな予感がした。
というか話を聞こうとしないなこの少女。
「あっと、お嬢ちゃん? 俺はこの店の店主なんだが……悪いな、今日のところはもう店終いなんだ。また後日来てくれないか?」
「……はぇ?」
と、ここで店主からの助け舟。
事情を少女に説明してくれた。
しかしそれを聞いた少女は、変な声を出して固まってしまった。
「み、店終い……? ということはなんだ、今日はもうみたらし団子を食べれないという事か……?」
「そうなるな……本当にすまんな嬢ちゃん」
そして再起動した少女は、静かに膝から崩れ落ちた。
「そんなぁ……人里で美味いと評判のみたらし団子なるものを食すため、毎日毎日、大変な思いをしてお手伝いをしてお小遣いを稼ぎ、沢山食べられるように朝と昼の飯を抜いてきてお腹と背中がくっつきそうだというのに……食べれないだと」
『いや、ご飯はちゃんと食べなよ』
そして少女はすすり泣くように、静かに泣き出した。
その姿があまりにも可哀想で、悲壮感が溢れ出していた。
どうやら、余程ここのみたらし団子を楽しみにしていたらしい。
店主もその少女の様子に、困った表情をしている。
(……しょうがないか)
ここで見て見ぬ振りして帰るのは気が引けてしまった。
『店主さん、材料と調理場お借りしても?』
「え? なんでまた……いや、薬屋さんあんたもしかして」
『そのもしかして、ですよ』
先ずは、ボウルに作り置きしてあった団子粉を入れ、水を調整しながら少しずつ投入していく。
程よい弾力性が出るまでそれを手でこねていく。
これで団子はできた。
最も、簡単な自分の知っているレシピによる作り方なので、店主が作る本場のものとは違うだろうが、そこは仕方ない。
一応レシピはお店の企業秘密でもあるだろうし、自分がその秘伝のレシピを知る事は許されないだろう。
次に肝心のみたらし作りだ。
小鍋に醤油と砂糖をそれぞれ大さじ二回入れ、弱火で少し煮詰める。
そして水でといた片栗粉を入れ、火を止めよく混ぜ合わす。
こうしてできたみたらしを、団子にかけるのではなく、みたらしを団子で包んでいく。
包み終わった団子は、沸騰させた鍋の中に入れて茹でていく。
すると次第に団子が浮き上がってくるので、それをざるか何かにあげて完成だ。
『はい、みたらし団子お待ち』
「おぉ待ち侘びたぞ! では早速……ん? 娘よ、肝心のみたらしをかけ忘れているぞ」
『それはどうですかね、先ずは一口食べてみてください』
自分の言葉に、疑問を持ちながらも少女は団子を一つかじった。
「……ぬ、美味い! これはもしや団子の中にみたらしが入っているのか!?」
そして少女はそれっきり無言で団子を平らげていく。
「いやはや、みたらしって団子の中に入れるのもありなんだな。今度それ真似してもいいかい薬屋さん?」
『どうぞお好きに』
……この通り店主の代わりにみたらし団子を作って少女に出したわけだが、残念ながら自分の作るみたらし団子は少女の食べたかった本来のみたらし団子ではない。
しかしあの状況ではそれしか手がなかったわけなので、そこは妥協してほしいと思いながら作っていたのだが、想像以上に少女が美味しそうに食べてくれるので、何とも言えない気持ちになった。
「……ふぅ、ご馳走さま。大変美味であったぞ娘、この『物部布都』、今日食べたみたらし団子の味は一生忘れない事にした! では金はここに置いておくゆえ、我はこれにて失礼する!」
そうして少女は、『今度は太子様も誘おう!』と言いながら元気よく去って行った。
……さて、自分も帰るとするか。
「お帰りなさい鈴仙、お団子は買えた?」
『ただいまです姫様、えっと……私の手作りなら買えましたはい』
「え? 手作りを買ったってどういう事?」
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半熟玉子のお粥
「お姉えええさあああああん! 大変なんだよぉ、助けておくれええええ!」
(何事!?)
庭で洗濯物を干していたら、以前鬼神さんによって開通した地底に続く穴から、猫耳少女が奇声を上げながら飛び出してきた。
「お願いだよ! お姉さんしか頼れないんだ!」
『いや、というかどちら様で?』
生憎だが、猫耳を生やした知り合いは一人だけしかいない。
しかしまてよ……この波長何処かで。
「あれ、あたいのことお忘れ? あ、この姿では初めましてだったかなお姉さん」
……思い出した、確かお燐と言う名の猫妖怪だ。
以前会った時はずっと猫形態だったので、一瞬気付かなかった。
「どうだい、人型のあたいもキュートだろう? ……って、そうじゃくて大変なんだよ!」
『どうどう落ち着いて、何が大変なの?』
テンションは元から高い妖怪だが、些か様子がおかしかった。
「えっと、どこから話せば良いのかな!? 兎に角あたいと一緒に来て、道すがら訳を話すからさ!」
『あ、ちょっと、洗濯物がまだ……!』
しかしお燐ちゃんにグイグイと引っ張られ、文字通り地の底へ引きずり込まれた。
(いつのまにか整備されてるし、この穴)
鬼神さんがこの穴を開けて以来、鬼神さんは必ずこの穴から遊びに来るようになった。
そして穴の中を自分は詳しく見た事がなかったので知らなかったが、中は木材を使用されて舗装されているし、灯りもともっていて普通にちょっとしたトンネルになっていた。
一体誰がこんな事を……
「いやー便利だねこの通り道、この前鬼達が徹夜で作業してたから気になって覗いてみたらなんと、お姉さんの家に繋がってるときた。お陰で直ぐにお姉さんの所に来れたよ」
『あぁ、成る程……』
多分鬼神さんが他の鬼達に命じて作らせたのだろう。
というか大丈夫なのだろうか。
トンネルのせいで地盤が緩んで崩壊とかしないよねこれ……
『それでお燐ちゃん、そろそろ訳を……』
「あぁそうだった! 単刀直入いうとね、あたいのご主人様を助けて欲しいんだ」
ご主人様……それはこの前話していた覚り妖怪の主人の事だろう。
確かこいしちゃんの姉妖怪だったか。
「名前は『古明地さとり』。あたいの唯一無二のご主人なんだ……」
『ふむ、それで助けて欲しいというのは?』
何か只事ではないかとが起きたのは、お燐ちゃんの様子からして明らかだろう。
しかし何が起こったのかある程度知っておかねば、対策の立てようがない。
「そ、それがね……部屋に行ったらさとり様が……『倒れてたの』」
お燐ちゃんの証言はこうだ。
朝、主人の部屋に行くと、いつもはノックの音に反応する主人の声がなく、気になって部屋に入った。
すると主人は、予想に反して部屋の中にいたそうだ。
……白目を向いて、床に倒れ伏している主人が。
そして何度も呼び掛けても、揺さぶっても、ビンタしても目を覚まさないので、とりあえず自分を頼って来たらしい。
「さとり様! お医者さんつれてきましたよ!」
『別に私は医者じゃないんだけど……』
どちらかというと医者は師匠だろう。
しかしまぁ、頼られたからには持ちうる全てを使って助けるつもりだ。
そんな事を思いながら、お燐ちゃんの案内で地底の立派な屋敷の中へ入り、例の主人の部屋へと乗り込んだ。
するとそこには……
「うっ、うっ……さとり様ぁ。死んじゃったよー!」
何やら大きな黒翼を持つ少女と、沢山のありとあらゆる種類の動物達が、白布を顔に被せられてベッドに寝かされている人型を取り囲んで涙を流しているという、何とも声を掛けにくい状況だった。
『……流石に死者蘇生は、無理かなぁ』
「さ、さとり様ぁぁぁぁぁぁ!?」
サーッと顔を青くして、主人の亡骸に飛びつくお燐ちゃん。
「だからあたい言ったじゃないですか! 流石に三ヶ月徹夜は妖怪でもキツいって!」
『何それこわい』
主にそれを実行する精神が。
「……ぐふっ」
あ、今なんか聞こえた。
多分お燐ちゃんの渾身の圧迫プレスにより、生じたものだ。
というか待って、よく見たら生命反応は普通にしている。
『お燐ちゃんストップ、それ以上お燐ちゃんの腕がご主人の身体にめり込んだら色々とマズイから、トドメになっちゃうから』
「過労ね、というか大過労って言っていいくらい酷い状態よ。むしろこのまま逝った方が幸せだろうっていうくらいに」
あの後、病人……病妖を抱えて師匠のところへ連れて行った。
しばらくして、師匠からそんな宣告がされた。
「そ、そんなに酷いのかい……?」
「えぇ、普通の人間なら手遅れだったでしょうけど、妖怪なのが幸い……いえ、不幸にもって言うべきかしら」
ふむ、人間で例えるなら、死ぬ程の苦痛なのに死ねないといったところか。
妖怪なのに人間程しか力がない妖怪、それなのに人間のようには死ねない。
それは結構な苦痛だろう。
「うぅ、ちゃんと休憩というか、寝ろって何回も言ったのに……さとり様のバカぁ」
「とりあえず暫くは安静にしとくことね……まぁ、こんな状態に自分からなるような奴に休めなんて言っても無駄でしょうけどね」
何でも、古明地さとりは地底での仕事を全て一人で担っているらしい。
彼女のペット達も、毎日仕事に明け暮れる主人の事を思って声を掛けたり、手伝おうとするのだが、肝心の主人がそれを拒否するらしい。
どういう考えでそうしているのかは、本人しか知らないだろう。
「はぁ……こいし様が今のようになってから、さとり様も変わっちゃったなぁ」
そう呟いて、しょんぼりとした顔で病室を出て行くお燐ちゃん。
(ふむ、やはり何か事情が……)
いつからだろう。
自分を大切にしなくなったのは。
いや、思い返すまでもなく、あれは昨日の事のように覚えている。
たった一人の家族、妹がその心を閉ざしてしまった日からだ。
仕方ないと言えば、仕方ないのかもしれない。
ただ心が読めるというだけで、私達は常に迫害され続けてきた。
私は何とか心の均衡を保っていられたが、妹の方はその優しさ故に、その心に大きな傷ができてしまった。
そして間も無く、妹は『壊れた』。
それ以来私は自分を責め続けた。
この最悪の事態を免れる方法はあった筈だ。
私の力不足で妹を壊してしまった。
——そうやって、意味のない罵倒を他でもない自分自身に向け続けた。
何でそんな事をし続けたのかは自分でもわからない。
もしかしたら、私も妹のように壊れてしまいたかったのかもしれない。
そうすれば、楽になれる。
妹と同じになれる。
そんな事を心の何処かで考えていたのかもしれない。
けれどダメだった。
私の心はいつもギリギリの所で耐えてしまう。
私は妹みたいにはなれなかった。
嗚呼、私はなんてダメな姉なのだろうか。
「……はっ! もしかして寝ちゃったかしら!?」
一気に意識が覚醒した。
そして仕事中意識が消えた事をすぐに思い出す。
「えっと、何処まで終わらせたっけ……というか此処は何処?」
冷静になって頭を動かすと、次第に周りの状況が入ってきた。
明らかにここは自室ではないし、自身の家ですらない場所だ。
意識を失っている間、何処かへ運び込まれたのだろうか。
『おや、目が覚めました?』
「え? ……え、誰ですか!? というかいつからそこに……」
辺りを見回たそうと、首を回旋させると人影が見えた。
その人影は、何とも奇妙な兎だった。
「え、何で『読めない』の……?」
その雰囲気も奇妙だが、一番奇妙な点があった。
覚り妖怪である私が、『読めない』のだ。
この兎の少女からは、心の声が全く聞こえないのだ。
「……あ、そっか。これきっと人形か何かなのね。それにしても最近の人形はやけにリアルね」
その気になれば虫の思考すら読める私が心を読めないとなれば、それは生物ではなく無機物という可能性が高い。
だからきっと人形さんなのだろう。
『いえ、人形ではありませんが……』
「……ですよね」
軽く現実逃避してしまったが、これは紛れもなく現実で、目の前の兎少女はちゃんと生きている。
それくらい、余りにも驚いたのだ。
というかメチャクチャ緊張する。
基本的に私は話し下手な妖怪だ。
だから先に相手の心を読んでから、話をするのが普通だった。
しかしこうして心が読めない相手が目の前にいて、会話をするとなると私の緊張度はとうに限界を超えそうだ。
今までも心が読めない相手と対峙した事は何度かあったが、その時は相手の表情だとか、仕草などを読み取って対応していたが、今回はそうはいかないようだ。
なにせ喋らない、無表情、心読めないの三拍子だ。
ハードルが高すぎる。
『気分はどうですか?』
「え、えっと……最高です?」
『嘘はいけませんよ』
「……すいませんでした」
こんな感じで、目の前兎少女に話を聞くこと数分。
ようやく状況を飲み込めた。
「そうでしたか……ペット達には心配をかけたようですね」
『えぇ、なので古明地さとりさん。暫く此処に入院しましょう』
「はい…………はい?」
今入院という単語が目に入ったのだが。
「え、入院って……そんな訳にもいきませんよ。私には仕事が……というか此処病院なんですか?」
『違いますけど入院しましょう。仕事に関してなら、お燐ちゃんを筆頭に貴女のペット達が暫くやってくれると言ってましたよ』
「い、いやしかしですね」
自分の仕事をペット達に押し付けるのは……少し嫌だ。
唯一というわけではないが、自分ができる事を他者にやらせてしまったら、自身の存在意義がわからなくなるのだ……それがどうしようもなく怖い。
『大丈夫ですよ』
「へ?」
彼女は、まるで『私の心』を見透かしたように言った。
『少なくとも、貴女の『家族』は他でもない貴女の事を必要としてますよ。それだけの理由では物足りないですか?』
「…………いえ、充分でしたね」
不思議だ。
彼女のたった一言で、私の心からスッと重りが抜けたように感じた。
『決まりですね。では早速お昼にしましょうか』
そして彼女は側に置いてあったお盆を手に取って、私に手渡した。
先程からいい匂いがしてるとは思っていたが、既に準備済みとは……
「これは……」
『一言で言うなら、お粥……ですね。半熟玉子やネギをふんだんに使った』
成る程、病人には食べやすい代物だ。
最近はロクにご飯を食べていなかったので、その匂いを嗅ぐだけで食欲は一気に爆発した。
「お世話になりました」
結局あれから二週間ほど入院してしまった。
しかしお陰様で、体調どころか肩こり腰痛など、その他諸々も良くなった。
「もーさとり様、二度と無茶はしないでくださいよ!」
「分かってるわよ、それよりありがとうねお燐。私がいない間に色々とやってもらって」
「えぇ、すごく頑張ったんですからね。今度からはもっともっとあたい達に頼っても良いんですから」
「……そうね、一人で頑張ってもまた余計な心配をかけちゃうだけだもの」
今回の件で充分に身に染みた。
正直な感想だが、ペット達がそこまで私の事を思ってくれているとは……心を読める私でも、どうやら読めない事もあるらしい。
「さ、早く帰りましょう! 実はですね、今珍しくこいし様が帰ってきてるんですよ!」
「こいしが……? そう、なら急ぎましょうか」
久しぶりに、家族全員で過ごせそうだ。
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オムライス
「あら、貴女は確か……」
『おや、そういう貴女こそ確か……』
彼女との出会いは人里の商店だった。
互いに買い物用の籠を手に、視線を交わす。
「永遠亭の兎さん?」
『紅魔館のメイドさん?』
最初はお互いの名前すらろくに把握していなかった。
「貴女も……買い出しかしら?」
『えぇ、今日はお野菜が安いのでまとめ買いでもしようかと』
しかし不思議と彼女との会話は弾んでいく。
「それでね、お嬢様ったら嫌いな野菜を『味付けがイマイチだ』とか言って残そうとするの。酷いと思わない?」
『そうですね、うちの姫様も似たようなことを最近してくるんですけど、困ったものですよね』
それは出会う回数を重ねる度に、段々と強くなっていく。
気が付けば、ちょっとした悩みを愚痴れる程、彼女とは仲良くなった。
「昨日またお嬢様に言われたわ。『咲夜、お前今年分の有休がまだ残ってるぞ。たまには仕事のことなぞ忘れて羽を伸ばせ』って」
『良いことを言う主人じゃないですか。それのどこが悩みなので? というか有休制度あるんだ』
「お嬢様は形から入るお方なので……何故か紅魔館の従業員全員、妖精メイドまで有休があります。悩みというのは、有休を使わなくてはならないということです」
私の言葉に首をかしげる彼女。
流石に言葉足らずだっただろうか。
「えっと……つまりですね、『休み』と言われても、何をしていれば良いのか分からないというか……」
『……あぁ、成る程』
どうやら理解してくれたようだ。
「……今までの私の有休はですね、大体自室のベッドで横になっているか、パチュリー様の本を借りて読むかなんですけど……其の場凌ぎの暇つぶしにしかなりませんし、落ち着かないんです。こんな事してるなら仕事でもしたら良いのではないかって」
多分、私という人間には『趣味』というものが無いのだと思う。
だから休みの時に何時も暇を持て余し、仕事という唯一の役割に逃げようとするのだ。
「だから何度もお嬢様に休みなんていりませんって……言ってるんですけど、聞き入れてくださらなくて」
『ふむ、それはマズイかもしれない。良い咲夜ちゃん、人間は適度に息抜きをしないと、長生きできない生き物なんだよ。そのままだと、早死にしちゃうかもよ?』
死ぬ……
その言葉に少しだけ恐怖を感じる。
私は人間で、愛すべき主人は吸血鬼。
必然的に共にいられる時間は限られるし、出来るだけ一緒に生きられる時間を増やしたい。
「けど、どうしたら……」
『大丈夫、私に良い考えがある』
「お嬢様、有休の件ですが、さっそく明日から使わせてはもらえないでしょうか」
「ん? あ、あぁ構わんぞ。しかし珍しいな咲夜、お前から休みをくれなどと言うのはこれが初めてではないか? そろそろ毎度のことのように、私から休めと命令しなくてはいけない頃合いかと思っていたところだ」
夕食が終わり、食後のデザートを楽しむ我が主人にそう告げた。
「えぇ、そろそろ主人の手を煩わせるのもどうかと思っていましたので、たまには自分からと……それと、休みをもらうにあたって、紅魔館の外に出てもよろしいですか?」
「別にそれくらい構わん。お前の休みはお前の好きなように使え、咲夜」
「ありがとうございます、お嬢様」
許可はもらった。
後は準備をしなくては。
「……ふぅむ、あの咲夜が自ら休みを……何かあるな。どれ、少し運命を覗き見して…………いや、やめておくか。それは無粋な行いだ」
身嗜みは整えた。
荷物は持った。
忘れ物もなし。
仕事の引き継ぎも終わらせてある。
後は出発するだけだ。
「おや、咲夜さん。おはようございます。こんな朝早くからどうしたので……なんですその荷物は、もしかして家出? 家出ですか!?」
「違うわよおバカ。少し出掛けてくるだけよ……戻るのは明日になるから、あなたはしっかり見張ってなさいよ」
「それは勿論ですが……な、何だかよくわかりませんが、気を付けて行ってください」
「えぇ、行ってくるわ」
門番と一言二言交わしつつ、地を駆け出し空を飛ぶ。
下の湖には、妖精が何匹か戯れている姿が。
そして地平線からは、太陽の光が漏れ始めていた。
少し肌寒さを感じつつも、目的地へ向かう。
そして十分程、空の旅は一度終わる。
降り立つのは、迷いの竹林。
「……あれね」
竹林の入り口であろう場所に一つの人影が。
あれが彼女の言っていた案内人だろう。
「……おぉ来たか、紅魔館のめいど。話は鈴仙ちゃんから聞いてるよ」
「えぇ、今日はよろしくお願いします。前に来た時はお嬢様の力があったから迷わなかったけど、私だけじゃきっと無理だろうから」
「あぁ、私もこの場所を把握するのにはそれなりに時間がかかったもんだ。気にすることはないさ……荷物持とうか?」
「あら、紳士的なのね」
藤原妹紅、話によると不老不死の人間らしいが……
「なに、サービスだよ。とは言ってもこの案内もボランティアみたいなものだけど」
「そうですか、ではお願いしますね」
————その不老不死が少し羨ましい、なんて言ったらきっと傷付けてしまうだろう。
私はもう、誰も傷付けたくない。
本当は常に持ち歩いている
「じゃあ行こうか……って、なんか顔色悪いが大丈夫か?」
「……えぇ、大丈夫です。気にしないで」
深呼吸して息を整える。
すると少しだけ気持ちが楽になった気がした。
「まぁ良いか、いざとなったら到着先に薬師がいる。体調の不調の一つや二つ、すぐに無くなるさ」
そして彼女の案内のもと、竹林を進んでいく。
しかし周りの景色は全く変化がなく、本当に進めているのか少し不安になる。
「そういえば、今日は何の用で永遠亭に?」
「あら、聞いてないの?」
「まぁな、聞く必要はないと思ってたんだが、気が変わったって奴だ」
「別に大したことじゃないわ。単に、友達の家に『お泊り』をしに行くだけよ」
玄関の叩く音がした。
どうやら来たようだ。
『いらっしゃい、咲夜ちゃん』
「えぇ、しばらくお世話になるわ」
彼女……十六夜咲夜は休暇の過ごし方がわからないと言った。
そんな彼女に何をしてあげたら良いのか。
答えは至ってシンプルだ。
休暇というものを、身を以て味わってもらえば良い。
『というわけで早速、人里にでも遊びに行こうか』
「突然ね」
その為に、一泊二日で咲夜ちゃんには永遠亭にお泊まりをしてもらうことにした。
半日だけでは教えることも教えきれないし、自分が紅魔館に出向くのも少し違うため、その決断をした。
『お昼までは人里で時間を潰して、午後からは幻想郷をあちこち回ってみよう。きっと何か面白いことがあるよ』
「大丈夫かしら……もしかしたら通りすがりの巫女に襲われるという可能性も」
『何でみんな霊夢ちゃんの事を通り魔みたいに扱うの?』
実際に近くで見たことはないのだが、霊夢ちゃんの異変解決はいつもそんな感じらしい。
……いや、よく考えたら自分が異変起こした時も関係のない知り合いが何人か彼女の被害に遭っていたか。
恐るべし博麗の巫女。
『さぁ、早く行こう。時間は有限だよ』
「わかったから、手を離して。子供じゃないんだから……」
朝ごはんはしっかりと食べ、エネルギーは充電された筈だ。
いざ行かん。
「…………」
「永琳、今貴女の顔すっごい嫉妬顔よ」
「……やっぱり若い子の方が良いのかしら」
「あ、自分が若くないって一応認めてるの……あだだだだだ! 頭蓋骨が砕けちゃうわ永琳! アイアンクローはやめて、マジでやめて!」
『さて、楽しかった?』
「えぇまぁそれなりに。成る程、休暇ってただ遊ぶだけでも良いのね」
それなりに濃い一日だったが、語るとなると長くなるので今は省くとしよう。
今優先すべきは夕飯の支度だ。
思っていたよりも帰宅するのが遅くなってしまったため、下準備の時間が足りなくなってしまった。
台所に立ち、さてメニューはどうするかと考えていると、咲夜ちゃんがいつのまにか横に立っていた。
「手伝うわ」
『ん? いやいや、お客さんにそんな事はさせられないから別に大丈夫……』
「あら、私は休暇の過ごし方の一つとして、『友達とご飯を作る』というのをやってみたいだけなのですが……それでもダメですか?」
『……オネガイシマス』
そんな事をそんな顔で言われては、了承するしかないではないか。
「メニューは? 決まってる?」
『ん、今日は咲夜ちゃんもいるし、たまには洋食系でもと……卵が結構沢山あるから、オムライスにしようかなって』
「良いわね、お嬢様もオムライス好きだから、私もよく作るわ」
ならば決まりだ。
先ずは固めに炊いたご飯を用意しておく。
玉ねぎを微塵切り、鳥のモモ肉を賽の目に切っていく。
フライパンにオリーブオイルを入れ、強火でモモ肉と玉ねぎを炒めていく。
ある程度炒めたら、コンソメと塩胡椒、そしてケチャップを加える。
ケチャップを全体に馴染ませたら、そこにご飯を加え、さらに馴染ませていく。
これでライスは完成だ。
次に玉子。
出来るだけ半熟状に焼いていき、最後にフライパンの端で丸めるように集めていき、天地をひっくり返す。
閉じ口を上に持っていけば、完璧だ。
「ソース、できたわよ」
『ありがとう。後は副菜を何品か……』
何気にこうして誰かと一緒に料理をしたのは初めて……ではないが、二人でやるとこんなにも楽とは。
夕飯をご馳走になった後、あっという間に消灯の時間になった。
私の隣には、私と同じように布団で横になっている彼女の姿がボンヤリと。
別々に寝ても良いと言われたが、たまには誰かと一緒に寝るのも悪くないと思い、遠慮しといた。
その話をしていたら、何故か八意永琳に物凄い目力で睨まれたが、スルーした。
「……ねぇ、もう寝た?」
何気なしにそう言ってみた。
「あ、寝てるなら寝てるで良いから。そもそも貴女喋らないから、大人しく私の独り言聞いてくれないかしら?」
まだ眠気が来ないため、暇つぶしに今日の感想を口に出してみよう。
「……今日はありがとう。こんな私の為に付き合ってくれて、思っていたよりも楽しかったわ」
脳裏に浮かぶのは今日の出来事。
紅魔館の中では味わえないような刺激的な体験の数々だった。
「私ね、今までこうやって友達と遊んだりする事が無かったから、とても新鮮な体験だったわ」
そして私の脳裏は気が付けば過去の記憶が浮かび始めていく。
————私は名前もない、ただの孤児だった。
親の顔も名前も知らない。
生きる意味も価値も分からない。
そんな子供だった。
だからだろう、俗に言う悪い大人達に私は利用された。
いや、されるしかなかった。
言われるがままにナイフを持ち、言われるがままにナイフを振り下ろす。
簡単に言えば、使い捨ての殺し屋だったのだろう。
そこには楽しみも、何もなかった。
今思えばとても悍ましく、取り返しのつかない事をしていたと自覚できる。
もはや身体的にも精神的にも擦り切れた私は、呆気なく捨てられた。
そして気が付けば、レミリアお嬢様に拾われ、今はメイドとして生きている。
「……私ね、昔は悪い子どもだった。今は反省してるけど、時々夢で言われるの。私が殺してきた人間達に、『許さない』って」
そして私は余計な事を口に出す。
こんな事は言うつもりはなかったのだが、何故か出てしまった。
「私はそれを聞き続けることしかできなくて、ベッドの上で震えることしかできなくて……でも当たり前よね。これが報いってやつなんだから」
私は毎日恐怖に震える。
またあの夢を見るのではないかと、震える。
「————私って、このまま生きていて良いのかな」
そしてそんな弱音が私を支配する。
もう何度も自らの喉にナイフを突きつけた。
しかしまだ生きたいという我儘な自分がいる。
生にしがみつく自分がいる。
本当にどうしようもない人間だ……
嗚呼、やはり私は死ぬべきなのだろうか…………
「奇遇だな、私も昔取り返しのつかない事をしたんだ」
「え……?」
声がした。
初めて聞く声だった。
「死にたいなら死ねば良い。私はそれを止める資格なんてないからね……けどさ、迷うくらいなら迷い続ければ良いさ。この先どうすれば良いかなんて、今考えたって仕方ないことだ。あぁ、私もどれくらい悩んでいるかな。もう気が遠くなる程だったかな」
「……あなたは?」
声は隣からする。
必然的に、声の主は彼女ということになるが……何故か私は思わず誰かと訊ねてしまった。
「だからさ、焦らなくて良いんだよ。私は多分もうどうしようもないけど、咲夜ちゃんはまだチャンスがあると思うよ、うん…………もう寝る時間だ、お休み。今日はきっと良き夢が見られますように」
その言葉に、私の意識は突然薄れ始めていく。
「……おはよう、鈴仙」
『おはよう、咲夜ちゃん』
眼が覚めると、着替えを始めている彼女が目に入った。
「……なんか、久しぶりによく寝れた気がするわ」
『それは良かった』
……なんだろう。
寝る前に何かあったような気がするが、何も思いだせない。
けど、ある気持ちは覚えている。
だからちゃんと口に出しておこう。
「ねぇ……また泊まりに来ても良いかしら?」
『もちろん、いつでもどうぞ』
嗚呼、休暇とはこんなにも素晴らしいものだったとは。
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