ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ (島田イスケ)
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プロローグ
海峡


まだ名のない海峡を、三隻の船がさまよっていた。1520年、南米のことだ。そこは恐ろしい海だった。波がうねり狂っていた。風は突き刺すように冷たく、轟々と吹き付けて、小舟と呼ぶのがふさわしいその船団を翻弄していた。

 

当然ながら帆船である。どれも全長三十メートル。コロンブスの航海から三十年も経っていない。航海技術は未発達で、船は外洋の遠征に耐えられるようなものではなかった。

 

そして、嵐の海を抜けて進むにも……にもかかわらず、その三隻はそこにいた。国を出てもう一年になっていた。その海峡の入江を見つけ、入り込み、何週間も過ぎていた。決して長い海峡と言えない。にもかかわらず、抜け出せない。最初は五隻いたのだった。しかし一隻は難破して、また一隻は逃げてしまった。

 

無理もないのだ。それは無謀な挑戦と言えた。正気であるなら誰も行かないであろう海にその者達は挑んでいた。これは神に逆らうに等しい。バベルの塔を建てるのと同じ罪を犯している。

 

彼らは世界が丸いことを証明しようとしているのだった。

 

許されるはずのないことだった。彼らはまさに神の怒りに触れているかのように見えた。荒れ狂う風が船を進ませまいと、唸りを上げて吹きすさぶ。波は巨大な獣のように船めがけて襲いかかる。船はグラグラと大きく揺れた。いつ帆柱を水に倒して転覆してもおかしくなかった。柄杓(ひしゃく)を持った無数の手が波の下にあるかのように、水しぶきがなだれ込んだ。

 

行かせはしない。この海峡を通しはしない。神がそう叫んでいるようだった。人間どもよ、この世界は平たいものと思っていろ。それがお前達の()なのだからと、風に嘲笑う声が混じっているかのようだった。身の程知らずめ、どうしても刃向かうのなら沈めるのみだ。

 

そこはそんな海峡だった。船体はメリメリ軋み、舷がよじれた。板の隙間がこじ開けられて水が噴き込んだ。帆柱はヘシ折れそうになってたわんだ。綱という綱はちぎれそうに引っ張られて弦のような音を鳴らした。帆はバタバタと暴れて剥がれ飛びそうだった。

 

甲板は暴れ馬の背中のようだ。流れ込む水がすべてを攫おうとする。その中に、舵輪を掴んで立っている男がいた。舵はまるで言うことを聞かない。氷のようなしぶきが身に叩きつける。しかし男は時化(しけ)に向かい、舳先の向こうで荒れる波を見据えて舵輪をまわそうとしていた。彼は固く信じていた。海峡を抜けた先にはまだ知らない海があると。水はそこで落ちてはいない。東に通じているのだと。

 

西へ行けば、東に着くのだ。世界は丸い。証拠なら、おれはもう掴んでいるぞと彼は海に向かい叫んだ。あれだ、あれがそうなのだと空の一点を指差した。夜空に白く、一滴のミルクをこぼしたように、ボンヤリと見える小さな星雲。それこそが、世界が丸い証拠だった。この南の果ての海で、それは天高くそこにあった。夜の間、常に見上げるところにかかり、水平線に決して沈むことはない。

 

それは南極の星雲だった。北の空に北極星があるように、あれはこの南の空でほとんど止まったようにしてほんの小さくしか巡らない。答えてみろ、あれはなんだ。おれが南の半球にやって来たのでないなら、なぜあんなものが見える。世界が平たいのであれば、なぜこんなことが起きる。太陽も月も今ではおれの北を巡っているのはなぜだ。

 

これが証拠だ! 彼は叫んだ。おれは敗けない。必ずここを抜けてやるぞ。行く手に何が待ち受けようと、おれは必ず越えてみせる。この世界をダンゴに丸めて転がしてやるんだ。それを遂げない限りは死なん。

 

絶対にだ! 彼は叫んだ。名はフェルナン・デ・マガリャンイス。それはポルトガル語での読みだ。スペイン語ならマガリャーネス。英語式に呼ぶなら、マゼラン。

 

世界の地図を丸めて西と東をつないだ男である。このとき彼が突き破った海峡が、大西洋から太平洋に抜ける唯一の道だった。今では彼の名を付けて、〈マゼラン海峡〉と呼ばれている。はるかに技術の進んだその後の船にとっても、通過は極めて困難という世界有数の海の難所だ。

 

そしてまた、このときに指が差した星の雲にも、彼の名前が付くことになった。

 

〈大マゼラン〉――その南極の星雲は、今はそう呼ばれている。



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第1章 グーニーバード
遭遇


その相手に遭遇したとき、古代進は〈がんもどき〉の操縦席でウトウトと舟を漕いでいた。七四式軽輸送機、その通称をがんもどき。宇宙は暗く、眩しく光る太陽と長く伸びる天の河の他、窓に見えるものはない。今いる場所は火星と木星の間だが、どちらの星も遠く離れて点にしか見えず、指で探すのも難しい。アステロイドの石ころはオートパイロットがよけてくれ、後ろの荷台も今はカラというのであれば、トラック輸送パイロットの仕事など寝ること以外に何があるのか。

 

そこに突然、その宇宙艇は現れた。レーダーが接近警報を鳴らしたときには、〈がんもどき〉のすぐ横をかすめるように飛び抜けていた。波動エンジンのものらしい赤い炎が前へ遠のいていく。だが警報はまだ鳴っている。近づくものがまだあるってことだ。古代はレーダーに目を走らせた。後方から三つの機影。それぞれに不明機を表す《UNKNOWN》の文字。アンノウン? 味方でないなら、敵だ。

 

ガミラス。

 

「冗談だろ? こんな――」

 

何もない宙域に? 古代は(うめ)いた。がんもどき乗りになって五年。軍属とは言え、戦闘になど一度も参加したことはない。ずっと宇宙を飛びながら、ガミラスになど一億キロにも近づいたことすらない。だいたいやつらは冥王星から遊星を投げてくるばかりで、自身はあまり〈近海〉に入って来ようともしないはずじゃなかったか? 準惑星の陰に隠れて待ち構え、地球の船が二ヶ月もかけて行ったところを襲うのだろうに。

 

しかし今、それがまっすぐこちらに突っ込んでくる! 何かするような余裕はなかった。一秒後にはこの〈がんもどき〉は燃える火の玉になっている。それが古代にはわかってしまった。どうか苦しまず死ねますように――もうそれしか考えられない。

 

が、三機のガミラス機は、猛スピードで〈がんもどき〉を追い抜いてそのまま先に行ってしまった。最初の艇を追うようにして去っていくが、エンジンには小さな炎が見えるだけ。

 

「なんだ?」

 

自分が生きていることが、信じられない思いだった。古代は言った。「あれ、ガミラスじゃないのか?」

 

「今ノ三機ハすてるすカト思ワレマス」

 

と相棒が言った。真っ赤に塗られた樽みたいなロボット、名はアナライザー。〈がんもどき〉ならどの機にもセットになっているやつだ。つまり、機体と同様に、25年も経ってるポンコツ。「最初ノ船ヲ追ッテイタノジャナイデショウカ」

 

「追っていたあ? なんでガミラスがガミラスを――」

 

正面の窓に、遠ざかっていく小さな光がまだ見える。そう言えば動きがちょっと変な気もする。四つの光る点のうちひとつが他と違うので見分けるのは簡単だ。確かにそれが逃げ惑うのを、後の三つが追うような感じ。

 

だが――と思う。逃げているのはワープ能力を備えた波動エンジン艇だ。後ろに吐き出す炎を見ればそれがわかる。地球の船ではありえない。

 

地球人のものじゃないなら、ガミラスということじゃないのか? 味方の船をなぜ味方が追いかけるのか――考えていると、そのステルスのうちひとつの光点がかき消えた。同時にレーダーの画面でも、その〈不明機〉の反応が消える。

 

「ぎゃっ!」叫んだ。「ひとつこっちへ来るぞ!」

 

まずステルスというものは、レーダーに真正面に対したときに最も〈見えにくく〉なる。だからさっきは近づかれるまでレーダーに映らなかったのだ。それが再び〈見えなく〉なったということは、こちらを見咎め標的と定めたものに他ならない。ガミラスの戦闘機が向かってくるのだ!

 

「めーでー! めーでー!」アナライザーが叫んだ。「古代サン、脱出シマショウ!」

 

「黙ってろ! メーデーなんか誰が聞いているもんか!」

 

古代はコンソールに取り付いた。スロットルを全開にする。しかし老朽輸送機のエンジンは、なかなか吹きを上げようとしない。

 

「コノ機ニハ武装ガアリマセン!」

 

「黙ってろと言ってるんだ!」

 

古代は叫んだ。目は正面を見据えていた。敵は〈見えない〉戦闘機。だが来るのは下っ端だろう。隊長機からあのカモネギを仕留めてこいと命じられ、『チョロいマトです』と応えたのに違いない――そう思った。こちらに武器がないのを知ってやがるから、完全にナメてかかっているかもしれん。ふざけるなと考えた。もしそういうつもりなら、おれが目にモノ見せてやる――真正面から向き合うのならこれはまさにチキンゲーム。ならば先にひるんだ方が敗けになるものと決まってる。

 

ガミラス機が撃ってきた。曳光性のあるビームが、宇宙の闇を切り裂くのが見える。その銃声を古代は聞いた。空気のない宇宙ではビームの音など聞こえないと訳知り顔で言う者がいる。しかし、もちろん聞こえるものだ。だが慌てるな、落ち着け――自分に言い聞かせた。互いに動くもの同士、そうそう当たるものじゃない。その昔、地球で戦闘飛行機が生まれたときからの空戦の基本だ。銃による撃ち合いなんて、相手の眼の色までがわかるくらいまで近づかなけりゃ――。

 

見えた。ガミラスの戦闘機。突っ込んでくるその機体の、コクピットのパイロット。そいつと目が合ったと思った瞬間に、古代は機を閃かせた。鉄棒の逆上がり気味に機体を振って、ビームの必殺の火線を逃れる。

 

そのまま宙を一回転。ガミラス機は背後に飛び抜けていった。

 

「ワーッ!」アナライザーが浮いて回る。無茶な機動で人工重力が切れたようだ。

 

「つかまってろ!」

 

古代は叫んで、操縦桿をひねった。〈がんもどき〉が旋回して向きを変える。

 

「古代サン、ドウスルンデス!」

 

「この先に機雷原があるはずだな?」

 

「アリマス。ケド――」

 

「そこへ行くぞ!」

 

「エーッ!」

 

航路沿いには地球の船を護るため、宇宙機雷が敷設されてる。むろんまんべんなくでなく、数千万キロおきにまとめて置かれるわけだが、現代の宇宙船なら一時間毎に抜ける間隔だ。レーダーマップの片隅に最寄りのエリアが映っていた。このオンボロ〈がんもどき〉でもたどり着けない距離ではない。

 

いや、たどり着けるだろうか? 着いたところで、そこは――いいや、考えるな。生き延びるのに集中しろ。ガミラス機が旋回して追ってくる。もうステルスも何もあったものではない。レーダーには敵を表す《BANDIT》の文字が丸映りだ。ボロ輸送機のコンピュータも、攻撃を受けたからにはそれをバンデット――〈敵〉であると認識していた。

 

「めーでー! めーでー! 敵ニ遭遇。追撃ヲ受ケテイル!」

 

アナライザーがまた叫ぶ。その声は超光速通信によって瞬時に火星に届くはずだが、届いたところでなんになるのか。今、古代がいる位置から、火星は四千万キロ彼方――これは地球と月との間の百倍以上という距離だ。

 

救けなんか来るわけがない。古代は機をジグザグに飛ばした。相手は追いすがってくる。ビームの曳光。機の動きによって流れて、宇宙に扇模様を描く。一瞬のレーザー・ショーだ。

 

と、警報が鳴り響く。コンソールに赤いランプがいくつも灯った。

 

「古代サン、機雷デス!」とアナライザー。つまり機雷の警告なのだ。「コノママ進ムト――」

 

「わかってる!」

 

古代は速度を緩めずに、〈がんもどき〉を突っ込ませた。

 

「機雷、古代サン、機雷!」『嫌い』と言ってるように聞こえる。「当タッタラ木ッ端微塵デス!」

 

「わかってるって言ってんだろう!」

 

あるわあるわの機雷の大群。まさに魚にでもなって、大発生したクラゲの群れに飛び込むようなものだった。それも、猛スピードで。ウニのような丸いトゲの固まりで、当たっただけで機体がブチ壊れそうだが、むろん当たれば弾け飛ぶのだ。しかし入ってしまったら、もうその中を進むしかない。

 

「古代サン、速度緩メテ!」

 

「っせーんだよ!」

 

右に左に機体を振って古代は機雷をすり抜ける。アナライザーが頭も手足も胴体からスッポ抜かせてバラバラになって――このロボットはときどきこうなる――悲鳴を上げて操縦席を飛び回る。ガミラス機はビームを放って追いかけてきたが、とうとう機雷のひとつに当たって爆発した。

 

振り向けば宇宙にオレンジ色の火球が広がっている。

 

「やったぞ!」

 

「モ……モウめろめろデス……ワタシノ腰、腰ハドコ……」

 

「待ってろ、いま機雷原を――」

 

出ようとしたときだった。不意にビームが飛んできて、目の前の機雷を貫いた。爆発。機雷が弾け飛ぶ。

 

「え?」

 

驚くヒマもなかった。〈がんもどき〉のまわりの機雷が、次々に撃ち抜かれて吹っ飛び出した。周囲が炎に包まれる。

 

「これは――」

 

ビームが来た方を見た。二機のガミラス戦闘機。三機いたうちの残りふたつが、機雷原の外からこちらを狙っていたのだ。

 

「わわわ」

 

慌てて機をめぐらせる。しかし向きを変えた先の機雷がまた消し飛ばされた。

 

「こいつら――」

 

古代は呻いて、二機のガミラス機がいる方を見た。8の字を描いて互いにユッタリとまわりつつ、突っつくように〈がんもどき〉に撃ってくる。自分達は決して機雷原の中には潜り込まないようす。

 

「おれをこっから出さないつもりか?」

 

慄然とした。周囲は機雷。動いていればいずれどれかに接触し、動かなければビームに殺られるということになる。機雷原をもし抜け出ても、そのときは二機で襲われて八つ裂きか。

 

となれば、道はひとつしかない。古代は操縦桿を押した。〈がんもどき〉の機首が下を――宇宙に上も下もないが、古代から見た上下ならば存在する――のめり込んで向いた。

 

「古代サン! 機雷原ノ奥ニ入ッテイク気デスカ!」

 

「しょうがないだろ! 向こう側から抜け出すしかないだろうが!」

 

「デスガ――」

 

とアナライザー。古代にもわかっていた。ガミラスの一機がクルリと向きを変え、その場を離れ去るのがレーダーに映っている。あれは去っていくんじゃない。こちらの考えを読み取って、先回りして待ち受けようという気なのだ。

 

どうする、と思った。望みと言えば、やつらもそうそう時間をかけてはられないだろうということくらいか。戦闘機の宿命として、やつらの航続距離は短い。それは地球の戦闘機とたいして変わらないはずだった。三十分も全開飛行を続けたら、もう帰れはしないはず。燃料切らしてこんなところを漂っていたら、地球の船に見つけられて拿捕される――それはやつらもわかるはずだ。あの船追ってここまでやって来たのなら、エネルギーは底を尽いてる――。

 

そこで思った。あの船は一体どうなったんだ? あれを追ってた二機が二機ともこっちにまわってきたってことは――。

 

殺られたのか。そもそもどんな船だというんだ……しかし考えるゆとりはなかった。機雷をかいくぐって進む。もう少しで抜けられる――。

 

最後の機雷をすり抜けて、〈がんもどき〉は星空に出た。だがガミラス機が来るのが見える。反対からももう一機。

 

挟み撃ちだ。

 

ちくしょう、と思った。いっそもう一度、機雷の中に潜り込むか。こいつらは中へ追ってこないだろう。いや、どうだろうか。こいつら、やはり、かなりあせってるんじゃないのか? あの船を追ってここへ来た。それなりに重要な指令を受けてきたのだろう。そこにおれが出くわした。こいつらには不測の事態。この蚊トンボを早く片付けないことには任務に支障をきたしてしまう。どころか、一機殺られてしまった。下手すれば地球の船に捕まって――なんて考えてるんじゃないのか? よりにもよってあんなオンボロ、すぐに消し飛ばしてやる――と、そんな考えでいるかもしれん。今度の二機はさっきのやつと違って無駄ダマを撃ってはこない。まっすぐこちらに進んでくる。

 

それならば――と思った。古代は機をターンさせた。

 

「古代サン! マタ機雷ヘ突ッ込ムノデスカ!」

 

「いや」と言った。「見てろ」

 

操縦桿から手を離して指をほぐした。チャンスは一瞬だろう、と思う。やつらに射撃の腕があるなら、撃つのは引き付けてからだろう。最期におれの顔を見やがれ。

 

今、と思った瞬間に、古代は機をひるがえさせた。ガミラス機が二機とも撃った。火線が交錯。そのまま、勢いあまったように、二機のステルスは正面からぶつかり合って四散した。

 

「ヤッタ! 古代サン、ヤリマシタ!」

 

アナライザーがまだバラバラの状態で手足を振って、あちこちのランプをピカピカさせた。

 

「うわー」と古代。我ながら、「嘘みたい……」

 

もう敵はいなかった。宇宙は凪いだ星の海。それ以外は何もない。

 

いや、「待て。さっきの船はどうした」

 

「ハ? 船ト言イマスト?」

 

「ほら、追われていたやつだよ!」

 

「オオ、ソウダ。忘レテマシタ」ロボットが忘れるな。「エエト、タブン、アノ辺カナ。望遠デ見テミマショウ」

 

カメラが向けられる。モニター画面に奇妙な宇宙艇が映った。

 

エンジンが止まり、煙を吹いてる。やはりガミラスの戦闘機に殺られてしまったのだろう。

 

「あーりゃ、まあ」古代は言った。「アナライザー、なんだかわかるか」

 

「ワタシガ持ツでーたノ中ニハアリマセンネ。がみらすノドノ船ニモ似テイマセン」

 

「て言うより、なんか軍用じゃない気がするけど」

 

戦闘用には見えなかった。飛行機で言えば何かビジネスジェットというか、帆を付けたらヨットというか。どうもそんな印象を受けた。〈がんもどき〉のように荷物を運ぶものとも違う。何人かで宇宙を優雅に旅するための船、という――。

 

「シカシ、次元潜航能力ヲ持ッテイルヨウデスネ。ソウ思ワレル特徴ガアリマス」

 

「次元潜航? 潜宙艇なの?」

 

ふーん、と思った。そう言えば、ちょっと水鳥みたいにも見えるか。カワセミなどの、水に潜って魚を捕らえる鳥のような感じに見える。ガミラスと言えばサメかウツボか深海魚か、潜宙艦でなくたって、オコゼかアンコウ、ばかでっかいヒトデかという形態ばかりのはずなのに。

 

とにかくこの船、やはり軍用じゃなさそうだが、「それでレーダーに映らなかったんだな」

 

「がみらすノ網ヲクグッテ外カラ太陽系ニ入ッテ来タ。シカシ結局見ツカッタ。トイウトコロカモシレマセン」

 

「ふうん」

 

と言ったとき、ピーピーピーと警報が鳴った。

 

「わっ、今度はなんだ」

 

またガミラスか、と思ったが、どうやら違う。

 

「火星カラ通信デス。れーざー送信デ、文章ノミ」

 

「はん? レーザー?」

 

レーザー通信は名前の通り、レーザー光線で信号を送る通信手段だ。ピンポイントで相手めがけて送れるので、敵などに傍受されにくいとされる。また、たとえされるにしても、敵が遠くにいるのなら傍受に時間がかかるとされる。古代が今いるのは火星から光の速さで二分ほどのところ。レーザーは光速で進むので、敵が二倍の距離にいるなら届くのに倍の四分かかるわけだ。そしてそんなに届かないよう光の強さを調節すれば、傍受のリスクをかなり減らせる――ということになっている。

 

超光速での交信はできない、かなりかったるい方法だ。だからおおむね内容も、メールのような文章のやり取りになるのが普通ではある。

 

「なんて言ってんだ?」

 

アナライザーがトレイを開けた。受信文が画面に出る。

 

《貴機のメーデー受信した。無事か? 状況を知らせよ》

 

「なんだこの野郎」古代は言った。「ガミラスに追われながらメールなんて打ってられると思ってんのか?」

 

「ソウ返信シマスカ?」

 

「いや」と言った。「どう応えたらいい?」

 

「ソウデスネ」

 

アナライザーが文を考え画面に出した。古代は頷いて言った。

 

「それでいいんじゃないの」

 

返信を送る。やはりレーザー。

 

「これ、返事が来るまでに、五分くらいかかるんだろうな」

 

「ドウシマショウ」

 

望遠カメラの画像を見た。古代は言った。

 

「この船んとこへ行ってみるか」



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次元潜航艇

ちょうどその破壊された次元潜航艇(とおぼしきもの)の残骸が浮かぶ場所に着いたところでまた着信があった。

 

《その艇の乗組員の生死を調べよ》

 

「おい」と言った。「冗談だろ?」

 

「冗談デハナイト思イマス」

 

「ガ、ガ、ガ、ガミラス人って、どんな格好してんだよ」

 

「ワタシノでーたニハアリマセン」

 

当たり前だ。地球はこれまで、敵を知るため、ガミラスの兵をなんとか捕虜にしようと試みてきた。しかしひとりも生け捕りはおろか、死体のひとつも手に入れられずいるという。なんと言っても最大の理由は、準惑星の陰に隠れて太陽系内部にはなかなか来ないその戦術だ。さっきのステルス機にしても、機が殺られればパイロットは瞬時に焼かれる仕組みになっているらしい。ガミラスには、どうやら兵士の投降や脱出を許さぬ非情さがあるらしいのだ。コクピットの搭乗員はチラリと見えた。目が合った気もしたけれど、それは〈気がした〉というだけで、顔は黒いヘルメットで覆われていた。大きさは地球人と同じらしいと言われるが、どんな姿格好なのか誰も知る者はいないのである。

 

「で、でっかいザリガニだったらどうするんだ。でなきゃ、タコとか。イソギンチャクとか。おれ、ナマコだけはやだよう」

 

古代進は神奈川県の三浦半島で生まれ育った。海の近くで、ナマコがいた。で、うっかり、はだしでそれを踏んでしまったことがあるのだ。おぞましい。あれだけは、死ぬまで忘れられないだろう。

 

「ソンナコト言ッタッテ」

 

「アナライザー、お前、分析ロボットだろ。なか調べに行って来い」

 

「命令ナラ行キマスガ」

 

「そうだ、行け。ナマコだったら触るなよ。エンガチョだからな」

 

「ワタシモアマリなまこミタイナモノハ好キジャアリマセンガ」

 

「ロボットが何を言ってやがる。あれはなあ、切ったのを食べるぶんにはうまいんだ」

 

なんかメーターをクルクルさせた。

 

「なんだよ」

 

「イエ、古代サン……何カ信号ヲ出スモノガアリマス」

 

「ん?」

 

「ホラアレ」

 

指差すものを見た。宇宙に何か点滅する光がある。

 

アナライザーがカメラを向けた。望遠。画面にそれが映る。

 

ラグビーボールのような楕円の球体だった。中に人影のようなもの。

 

「脱出かぷせるジャナイデショウカ」

 

「脱出カプセル? ガミラスが脱出なんて聞いたことないぞ」

 

「イエ、ソモソモ、がみらすトハ限リマセンヨ。別ノ異星人カモシレマセン」

 

「うーん」と言った。ちょっと考えてから、「やっぱりナマコじゃないのか?」

 

「トニカク、アレヲ調ベテミマショウ。生キテイルカモシレマセン」

 

〈がんもどき〉で近づいていった。どうやらそれは、やはり脱出カプセルらしい。大きな透明の窓があり、人間ほどの大きさの、人間のようなものがいるのが見える。

 

しかし、

 

「これ――」古代は言った。「人間じゃないのか?」

 

カプセルの中にいたものは、まるっきり地球人の若い女としか見えなかった。



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干上がった海

西暦2199年。地球は赤茶けた星になっていた。大気圏突入のブラックアウトを切り抜けると、眼下にかつては海だった赤い大地が広がっている。古代には一年ぶりの地球だった。去年にはまだなんとか泥の海が残っていた。ニュース映像で知ってはいたが、自分の眼でこうして見ると、あまりの光景に慄然とする思いだった。古代はアナライザーに言った。

 

「遊星が落ちたからって、なんで海が干上がるんだ?」

 

「オ答エシマス」とアナライザー。「簡単ナ説明ト詳シイ説明ノドチラヲオ望ミニナラレマスカ?」

 

「いい。知りたくて聞いたんじゃない」

 

「ソウデスカ」

 

正確には『干上がってる』というよりも、『北と南に集まって氷になって固まっている』と呼ぶのが正しいくらいのことは知っている。南北それぞれ45度。北は日本の北海道、南はオーストラリアのタスマニア島――の辺りより高緯度に水が寄せ集まって、そこで分厚く凍っているのだ。極地では氷の厚みは最大三十キロメートルになっていると聞くけれど、エベレストが宇宙からとんがっては見えないように遠くからは目でわからない。空気は乾燥しきっていてごく薄い雲しか出来ず、雨や雪が降ることはない。氷は泥が凍ったもので白くもないから、今の地球は全体が赤い乾いた玉。

 

とまあ、それが〈簡単な説明〉だ。その氷さえ解かせられれば海は元に戻るという。そこまでは聞いてわかるにしても、その先は……〈詳しい説明〉とやらいうのは、とても普通の人間の手には負えない。なんで水が南北に寄せ集まったりするのやら、古代にはまるでチンプンカンプンだった。

 

生物が死に絶えたのも塩害と大地が冷えたせいという。しかし、とは言え放射能汚染だ。これをなんとかしないことには、海を戻しようもない。せめて遊星が止められたなら……。

 

そんなところが古代の聞いている話だった。遊星爆弾そのものは、冥王星が回る辺りの空間にいくらでもあるただの岩だ。〈爆弾〉でもなんでもない。人を滅ぼしたいのなら、大昔に恐竜を絶滅させたといわれるようなデカいのをひとつ落とせばいいわけだが、ガミラスもそこまでの力はないのだろう。直径二十か三十メートルくらいの岩を投げつけるのがせいぜいのようだ。

 

その代わり、やつらは的確にそれを使った。地球には、かつての原子力発電で生まれた廃棄物が大量にあった。21世紀、人口が百億を超えたあたりで石油の枯渇が始まると、脱原発などとは言っていられなくなり人はウランが尽きるまで核による発電を続けた。エネルギー問題がどうにか一応の解決を見たのは22世紀も半ば頃になってからだ。後には廃炉を必要とする一千基の原子炉が残り、膨大な放射性廃棄物が地中に埋めたままになった。そんなものは宇宙に上げて金星にでも投げ捨てられるようになってもきていたが、打ち上げの失敗で物質が空に撒き散らされるおそれがわずかでもある以上それをやるわけにいかなかった。

 

ガミラスの遊星はそこを狙った。二十メートルの大岩がプルトニウムの埋蔵地にクレーターを開け、十万年間地上を汚す見えない悪魔を解き放った。チェルノブイリをはるかに超えるその毒に草木は枯れて動物達は死に絶えた。

 

今、人類は地下に逃れてなんとか助けた犬や猫を飼いながら絶滅のときを待っている。

 

「滅亡まであと一年か――その数字って本当なのか?」

 

「アクマデモ悲観的ナ予想デスヨ」

 

「けどさあ、まだ十億人も生きてることは生きてるんだろ。『あと一年、あと二年』って五年前から言いながらなかなか絶滅しねえじゃん」

 

「滅亡シテホシイノデスカ?」

 

「そういうわけじゃないけどさ」

 

「マズ、〈滅亡ノ日〉トイウノハ、人類ノ最後ノヒトリガ死ヌ時トイウ意味デハアリマセン。女性ノスベテガ子供ヲ産メナイ体ニナルカ、産ンダトシテモスベテノ子供ガ放射能障害デ幼イウチニ死ヌコトニナル日、トイウ意味デス。最後ノ大人ガ死ヌノハ十年先ノコトデス」

 

「うん」

 

「ヤハリソロソロアト一年デハナイカト言ワレルヨウデス。存続ノ望ミガ絶タレルマデニ……」

 

「ふうん」と言った。まるで実感がわかない。

 

「古代サン、ナントカシタイト思ワナイノデスカ!」

 

「ここでおれとお前が話してどうにかなるってもんじゃないだろ」

 

「ソレハソウデスガ……」

 

「女が子を産まなけりゃ、か。確かにそういうもんなんだよな」

 

「今年ハツイニ出生率ガ0.01ニマデ落チタソウデス。奇形デ生マレルオソレモアリ、産ンデモ放射能ノ混ザッタ水ヲ飲マセルコトニナルトイウノデ、女性達ハミンナ妊娠ヲ拒ンデイルトカ」

 

「そうか」と言った。「そりゃそうだよな」

 

もう一年、子が生まれてさえいない……そういう意味なら、〈人類滅亡の日〉というのはもう来ちまってるんじゃないのか? 女が子供を産むに産めないのなら――古代は思った。考えは、すぐに荷台に置いた〈積荷〉に向かうことになる。収容したあの脱出カプセルだ。中の〈女〉は死んでいた。潜航艇から最後に脱出したものの、Gに背骨を折られたらしい。心臓が止まっていたのを蘇生を試みてはみたものの無駄だった。

 

あの女はなんなのだろう? 手に何やら楕円球のカプセル様のものを持っていた。楕円の脱出カプセルの中にまた小さな楕円カプセル。古代は見て、鳥のタマゴを連想した。カプセルは透明で中が覗いて見えたのだが、真ん中に丸いものが入っていたのだ。古代には、それがタマゴの黄身に思えた――色が黄色いというのではない。その中で何かがうごめいているようであったのだ。小さなヒナの心臓が脈を打っているような。

 

あるいは、人間の赤ん坊が――バカな、と思う。そんな考えにとらわれるのは、〈彼女〉がそのカプセルを両手で胸に抱えていたからだろう。これだけはどうしても守らねばならない。たとえ自分の命に代えても――その一心でいたかのように古代には見えた。

 

しかしタマゴなどではない。それは鉛のように重く、〈黄身〉の動きも心臓の鼓動というよりは何か高速で回転するモーターの唸りのようだった。あれはなんなんだ、と思う。ことによるとマイクロ・ブラックホールとか、そういうシロモノではないのか。

 

でなけりゃ、どうして、それを持ってそのまますぐ地球に向かえなどと言われるのか――そして地球に着いてみれば戦闘機に迎えられ、なんとモールス信号なんかで《ついて来い》と言われる始末。今も四機の〈コスモタイガー〉戦闘機が、二機ずつ分かれて古代の左右を〈がんもどき〉の遅い速度に合わせてユラユラ蛇行しながら飛んでいる。

 

いや、違うな。ああして糸を縫い合うようにしてるのは、何か警戒しているのだ。ガミラスが地球に直に来たなんて例は一度もないというのに。まあ、無人偵察機などはしょっちゅう飛ばしてくるらしいから、それを墜とす気なのかもしれんが、それにしても――。

 

〈タイガー〉か……弧を描いて空を舞う戦闘機を眺めて思った。おれだって、元は戦闘機乗り候補生だった。世が世なら――いや、考えるのは無駄か。元は候補生と言っても、あんなの、あの新鋭機に乗るトップガンとは雲泥だろう。

 

そうだ、望んだわけじゃない。軍に入ると〈適性有り〉のハンコを押されてパイロットコースに放り込まれた。ガミラスとの開戦から一年というときだった。地球政府は当時、戦闘機パイロットの大幅増員を行っていた。戦闘機乗りはすぐに死ぬ。強烈なGに耐えながら機を操れる人間は育てるのに何年もかかり、大量に養成せねばあっという間に足りなくなると考えられたからだ。つまるところは消耗品。戦闘機と言ったところで、実は対艦攻撃機。対艦ミサイルを腹に抱いて敵の船に突っ込んでいく、カミカゼ同然の鉄砲玉だ。古代と一緒にコースに組まれた者のうち、半分はすぐ脱落した。古代はほぼ最後の最後まで残ったものの、特攻部隊に配属寸前、幸か不幸か選抜に洩れた。結局のところ実戦用の機体を与えられたのは死にたがっているとしか思えないような連中ばかりだった。

 

それもやはり、準惑星の陰から出ないガミラス艦を叩くには宇宙戦闘機しかないという幕僚達の考えゆえだ。あのころ選ばれていった者は、ひとりも生きてないだろう。

そして自分は、今こうして、〈がんもどき〉を飛ばしている。あの〈タイガー〉のパイロットは、おれをどう見ているのかな。グッと近づいてきたかと思うと、クルリと回ってまた遠ざかる。尾翼に大きく《隼》と漢字一文字のマーキングがあった。

 

九八式戦〈コスモタイガー〉――あれは対艦攻撃機じゃない。純粋に対戦闘機の格闘性能を追求した艦艇護衛要撃機だ。チカチカとモールス信号を送ってきた。

 

アナライザーが言う。「方位270」

 

「あいよ」

 

一行は、かつて南西諸島海溝と呼ばれた海底の崖であったところの岩壁に沿って飛んでいた。日本の沖縄と台湾の間だ。みかんの皮をいったん剥いて重ね合わせたような地球の地殻。そのひとつのフィリピン海プレートというのが沖縄の下に潜り込もうとし、切り立つ崖を作っている。そこに突っ込むようにして、〈タイガー〉の一機がフッと見えなくなった。

 

「え?」

 

と思ったらまた出てきた。いや、出てきたはいいのだが。

 

「なんだ? 地面から飛び出したように見えたけど」

 

その〈タイガー〉はクルクルとビルの回転ドアのように機体をロールさせながら古代の後ろにまわり込んだ。翼端をこちらにぶつけんばかりにして追い越していく。モールス信号をチカチカチカ。

 

「ドウモ崖ニ裂ケ目ガアルヨウデスネ。《そこに入れ》ト言ッテイマス。《自分が今やったようにやってみせろ》ト」

 

「こんの野郎……」古代は言った。「おーおー、やってやろーじゃねーか」

 

「古代サン、無茶ハヨシタ方ガ……」

 

「うるせえ! ナメられて黙ってられるか!」

 

とにかく、基地の入口が、擬装されて崖にあるということだろう。知らない者が一発で入れるものとも思えないが、やれと言うならやるしかない。

 

「見てろよ」

 

と言った。大気圏内飛行用の翼のフラップをいっぱいに下げ、〈がんもどき〉の速度を落す。崖に亀裂があるのが見えた。

 

「あれだな」

 

「ワーッ!」

 

突っ込んだ。左右はゴツゴツした岩だ。古代はその谷間を抜ける。

 

「ワーッ、ワーッ、古代サーン!」

 

あった。基地の入口らしき矩形の穴が。その手前に野球場の照明塔のようなものがあり、縦横に灯るランプが並ぶのが見える。基地への侵入角度を示す標識だろう。

が、やはり、ちょっと一度では入れそうにない。古代は上を飛び越した。

 

さっき〈タイガー〉が出たとおぼしきところからまた空に飛び上がる。フラップを戻し、スロットルを開けた。

 

「古代サーン、アソコニマタ入ルンデスカア」

 

「だってしょうがねえだろう」

 

機をめぐらせて、もう一度崖に向かったときだった。『待て!』といきなり、無線に入ってきた声があった。

 

「え?」

 

そしてアナライザーが、「古代サン、上空ニ何カ!」

 

見えた。何かが降ってくるのを。それは――。

 

「ミサイル?」

 

アナライザーがカメラを向けた。望遠で捉える。どうやら、大型のミサイルらしい。まるでソフトクリームのように先がドリル状になっていた。

 

それが向かうのはさっき古代が入り損ねた基地がある辺りだった。そして、〈ドリルミサイル〉とでも呼ぶべきそれは、まっすぐ地に突き立った。

 

古代はア然。十数秒のち、巨大な炎がそこに膨れ上がるのが見えた。



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無人戦闘機

「キュキューッ!」

 

アナライザーがひっくり返ってバラバラになった。爆発の電磁波をモロに食らったのだろう。〈がんもどき〉の計器類も異常をきたした。機がグラつき、墜落していきそうになる。

 

きりもみに降下。地面に激突寸前でどうにか体勢を取り戻した。

 

「な、なんだよ、今の……」

 

計器が正常に戻っていくのを確かめながら古代は言った。輪切りになったアナライザーがお掃除ロボットのように互いに床を這い回って自分の分身を探しながら、「地中ノ要塞ヲ攻撃スルみさいるデハナイデショウカ……」

 

そこに無線。『逃げろ! 敵に狙われてるぞ!』

 

「え?」

 

『上だ!』

 

とまた無線が言った。同時にビームが上から垂直に落ちてきて、〈がんもどき〉の機体をかすめる。

 

「わっ」

 

古代は上を見た。黒い機体がいくつも降るように落ちてくる。

 

『〈アルファー・ワン〉より〈ブラヴォー〉! そいつらはドローンだ! 〈オスカー〉を護り抜け!』

 

また無線の声が叫ぶ。さっきからの同じ声だ。〈タイガー〉隊のうちの一機ではなさそうだった。

 

ガミラス機が〈がんもどき〉に群がってくる。サッと通り過ぎたと思うと急旋回してまた向かってくる。殺られる、と思った瞬間、その敵に、上から突っ込んできた銀色の機がブチ当たった。

 

ふたつもろともに墜ちていく。なんだ?と思った。今のが無線で叫んでいた声の主か? まるで自分から体当たりしたように見えたが――。

 

だがそれよりも、ガミラス機だ。やけに小さいように見えた。そして、速い。あんなふうに動いたら、中の人間はたまらないはず――。

 

いや、『ドローン』と言っていたな。無人機? 人が乗る機では不可能な動きで目標を襲う飛行機型ロボットか!

 

冗談じゃない。そんなもんに狙われたら! そして気づいた。こいつらは、このおれだけを狙っている! 護衛の〈タイガー〉には目もくれず、〈がんもどき〉だけ墜とすようプログラムされてきているのだ!

 

とてつもなく速い機体が古代を襲い飛び抜けては、ブーメラン旋回してまた戻ってくる。どうやら四機いたものが、一機なくなり残り三機。

 

古代はひたすら機体を旋回させるしかなかった。〈タイガー〉らが無人機どもを追い墜とそうとしてるのがわかるが、速い動きについていけずにいるらしい。

 

一体なんなんだ、こいつらは! どうしておれだけを狙う! 救いと言えば、こちらに対して敵が速過ぎることくらいか。一瞬に飛び越してしまうため、なかなか狙いをつけられずにいるようだ。だからなんとか一度離せば――。

 

〈タイガー〉の一機がそれに気づいたようだ。グッと大きくインメルマンターン。無人機の後ろに着けてミサイルを放った。命中。敵は墜ちていく。

 

無人機の残りは二機! 古代は急降下をかけた。ここは大気圏内だ。バカ正直にビュンビュン向かってくる相手なら使える手がある。

 

「アナライザー!」叫んだ。「おれが『フラップ』と言ったらフラップを下げろ!」

 

「エッ、チョット待ッテクダサイ。ワタシ右手ガドコニアルノカ……」

 

「こらあっ!」

 

高度を落として水平飛行。無人機が誘いに乗った。

 

「フラップ!」

 

間に合った。アナライザーの操作によって機体がフワリと浮き上がる。後をついてきた無人機は失速して地面にブチ当たった。

 

「やった!」

 

が、そこに最後の一機が真正面から向かってくる。

 

もうダメだ、と思ったときにそいつはビームに撃ち抜かれた。爆発四散。

 

墜としたのは《隼》のマーキングをした〈タイガー〉のようだった。どうやら最後の一機となった敵を殺るのはそう難しくなかったとみえる。

 

古代は深く息をついた。

 

またチカチカとモールスが来る。そんな手段で通信する意味ももう今更なさそうに思うが。

 

アナライザーが言った。「『ついて来い』ト言ッテイマス」



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屋久島

元は島であったらしいものが点々と続く。沖縄から奄美、トカラ列島のかつては海であった場所。あらためて古代は四機の〈タイガー〉に囲まれ飛行を続けた。あれからずっと北へ向かっているのだが、

 

「もうそろそろ燃料がないぜ」古代は言った。「〈タイガー〉のやつらも知ってるはずなんだけど……」

 

「忘レラレテルカモシレマセンヨ」

 

「うん……けどあいつらもきっと事情は同じだろう」

 

むしろこの〈がんもどき〉より燃料の残りは少ないかもしれないな、と思った。大気圏内、それも低空は空気抵抗が大きいため、宇宙よりはるかに多くの燃料を食う。まして戦闘機は大食いだ。さっきの空戦でだいぶ使ったに違いない。もうそろそろ九州というとこまで来たが、あとどれだけ飛べるものか。

 

空中給油なんて真似も、〈タイガー〉ならともかくとして、この〈がんもどき〉にはできない。まあ、〈タイガー〉にせよ〈がんもどき〉にせよ、垂直離着できるのだから、どこにでも好きに降りはできるのだが……しかし垂直着陸というのが、また盛大に燃料を食う。一度降りたらお互い二度と飛び立てないに違いない。

 

その着陸ができるリミットも迫っていた。せいぜい九州の中ほどまでしか飛べないだろう。

 

どうする気かなと思っていると、〈タイガー〉の一機が編隊を離脱した。どうやらかつて離島であったものに向かっているらしい――しかし、かなり大きな〈島〉だ。それにやけに高い山がそびえている。

 

「屋久島デスネ。キット昔ノ飛行場ニ降リルンデショウ」

 

「ふうん。今は枯れ木の山か……」

 

つぶやいた。地上の生き物が死に絶えたのは、放射能より塩害と寒冷化のせいが大きいと聞いている。海が干上がったことにより、元は陸であった土地まで塩が広がり地面を覆い尽くしたのだ。あの山などは頂上まで塩にまみれてしまっているに違いない。標高二千メートルのかつての洋上アルプスも、今はもう苔も生えはしないのだ。

 

〈タイガー〉はその屋久島に降りていく。なるほど、あれだけ大きな島なら飛行場のひとつくらい……と思ったが、残り三機はそこで大きく向きを変え、西の方角へ進路を取った。古代にも《ついて来い》と告げてくる。

 

なんだ?と思った。まさか今から中国へ行こうというのじゃないだろう。そんな燃料があるわけがない。その先に地下都市の入口でもあるのだろうか。

 

何もない地の上を二百キロ近く飛ばされた。いよいよ燃料が底を尽く。

 

と、レーダーに金属反応。行く手にかなり大きなものがあるのが映った。

 

基地か? いや、こんなにわかりやすくあったら、ガミラスにすぐ狙われてしまうはずだ。さっきの基地もレーダーには映らなかった。じゃあ、こいつはなんだろう。行く手に目をこらしてみた。赤茶けた地面の上に何かある――。

 

「なんだ?」

 

と古代は言った。ギザギザとした古い城のようなもの。古代の――って、自分の名じゃなく――遺跡か? しかし、かつて陸であったように見えないが。それにこの金属反応――。

 

だがすぐわかった。船だ。かなりデカい船。宇宙船じゃなく、水に浮く、海をかき分ける鉄の桶だ。どうやらそれは、沈没船の残骸だった。甲板に砲がズラズラ並んでいる。そして、城のような艦橋。

 

超ド級戦艦と呼ばれたたぐいの軍艦だった。海に沈んでいたそれが、乾きヒビ割れた大地に赤錆びた(むくろ)をさらしているのだ。

 

「〈大和〉デスネ。第二次大戦中ノ日本ノ戦艦デス」

 

「へえ。どこと戦争したの」

 

「マズ中国。次ニそ連トもんごるデス。〈そ連〉トイウノハチョット説明ガ必要デスガ、ソノ後ニ……」

 

「あーもういい」

 

聞いたおれがバカだったと思ったところにまたモールス信号。

 

《着陸スル》

 

〈タイガー〉が着陸脚を出していた。降りていくのはどうやら沈没船のところ。

 

「え? え? え?」

 

なんであんな場所に? アッケにとられていると、《隼》マーキングの〈タイガー〉が古代を後ろからせっついてきた。早く降りろというのだろう。

 

まず一機の〈タイガー〉が垂直降下で砂を巻き上げ沈没船から百メートルばかりに降りた。

 

どうやら続くしかない。古代は垂直降下に入った。

 

戦艦〈大和〉。その艦橋構造物。ヘシ折れて曲がったマスト。煙突が後ろに傾いでいるのはどうも元からであるようだが、それらを窓の外に見る。海の底で何かいろいろこびりついたらしきものが、ひからびてへばりついている。古代はそれらを間近に見上げるところに降りた。

 

《回収物とデータを持って降りろ》

 

とモールスで指示された。回収物とは例のカプセル、データとはあの潜航艇を撮った映像などなどだろうが、機体のフライトレコードを含むすべてのデータはアナライザーにコピーされて保存されてる。だからこの相棒を連れて行けばいい。古代は宇宙服を着て外に出た。また一機の〈タイガー〉が〈がんもどき〉のすぐ近くに着陸している。二機ともキャノピーは閉じたまま。

 

残り一機はまだ空にいた。もう燃料もないはずなのに、上空を見張るように旋回している。

 

モールス信号。《歩け。機体から離れろ》

 

言う通りにした。まるで身代金の受け渡しだな、と思う。10メートルほど歩いたところで止まれと言われた。

 

《両手を挙げろ》

 

「おい、いいかげんにしろよ!」怒鳴った。「おれが何をしたっていうんだ!」

 

〈タイガー〉のキャノピーが開いた。尾翼に《隼》のマーキングがあるやつだ。パイロットが姿を見せたと思ったら、拳銃を抜いて撃ってきた。BANG! 古代の足下の土が弾ける。

 

「わっ」

 

と古代とアナライザー。てんでたまらずに両手を挙げた。

 

《隼》機のパイロットが降りてくる。顔は黒いバイザーで見えない。古代の方にやってきた。手に拳銃を持ったままだ。

 

そして突きつけてきて言った。「この船を見たからにはお前を帰すわけにはいかない」



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沈没船

最後の〈タイガー〉が降りてくる。その轟音でしばらく話のしようもない。パイロットは古代に銃口を向けたままずっと動かずにいた。別の〈タイガー〉のキャノピーが開き、パイロットが姿を出した。しかしそいつは降りることなく高みから古代に拳銃を向けてくる。

 

「え、えーと……」古代は手を挙げたまま、「『船』って、この沈没船?」

 

応えない。

 

「そっちが連れてきたんだろうが! 見せておいてそれはないだろ!」

 

「沖縄基地が殺られたからだ!」機上から銃を向けてきている男が言った。「それもお前がつけられたからだ! それがわかってんのか!」

 

「やめろ」と《隼》機の男。「こいつが悪いんじゃない」

 

「ですが隊長はこいつのために!」

 

「やめろと言ったんだ!」

 

叫んだ。ヘルメットのバイザーを開けて。だから声は直接響いた。別に五分や十分で危険な量の放射線を浴びるというものでもない――そもそも、雑草やゴキブリまでも死に絶えたのは寒冷砂漠化と塩害のためで、放射能はその次だ――しかし、あまり普通にはできないことであるはずだった。男はそのまま古代に向かう。

 

「あんたが古代か。その〈がんもどき〉でガミラス三機墜としたって?」

 

古代は気圧(けお)されるものを感じた。拳銃よりその男が体全体で放つ威圧感。がんもどき乗りとトップガンの決定的な格の違い。襟の記章は階級が自分と同じなのを示していた。だがそんなもの意味をなさない。虎にちなんだ黒と黄色のタイガー・スーツ。胸のワッペンに艦載機乗りの錨マーク。

 

ようやく言った。「さっきので四機だ」

 

肩をすくめた。「あと一機でエースかい。ネギしょったカモにしちゃたいしたもんだ。だが黙ってろ。殺すとは言わん。ついてきてもらう」

 

他の二機からもパイロットが降りてきて、古代のボディチェックをした。ケースに入れたカプセルを確認。古代とアナライザーを小突くように全員で歩き出す。

 

向かうのはやはり沈没戦艦だ。近くで見ると長い長い赤錆の壁。本体はほとんど地にうずまって、横にいくらか傾いてもいる。吹く風に妙な唸りを発しているのは、あちらこちらに開いた穴が笛の役目をするからだろう。

 

そしてプシューというような音。これはおそらく放射能防護扉が開く音だ。

 

「え?」

 

古代は目を見張った。赤錆の固まりと思えた舷の一部が開いて、扉をそこに見せたのだ。明らかに、気圧の差で外の放射能を含んだ空気が中に吹き込むのを防ぐ造りのものだった。すぐ奥に第二の扉がある。中には放射能防護服――それもどうやら、耐スペース・デブリ仕様の宇宙船外作業服のようなものを着たふたりの人間。どちらも手にサブマシンガンを持っていた。

 

《隼》機の男がアゴをしゃくるようにヘルメットの頭を振る。自分達は中に入る気はないらしい。

 

古代とアナライザーが入ると外の扉が閉められた。そして内側の扉が開く。



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傾いた床

「君が古代か。よくこいつを届けてくれた」

 

古代を迎えた男が言った。迷路のような通路を抜けて銃を構えた者らに送られ、着いたところは大きな厨房のような部屋だった。大きな釜にオーブンに、麺を打つような台――しかし、どうやら違うだろう。それらはみな科学の実験装置であり、立ち働く者達はコックではなく白衣の科学技師らしかった。目の前に立つその男も、白地に青の宇宙海軍服の上に白衣を羽織り込んでいる。

 

表情は暗く、目に疲労の色が濃い。例のカプセルを見て言った。「しかし、やはり一個だけなんだな。まあわかっていたことだが……」

 

そこで急に、古代の視線に気づいたように口をつぐんだ。「こいつを分析にまわせ」と、傍らにいた男に押しやる。

 

「とにかく、ご苦労だった。疲れただろうが、今はシャワーを使わせてやるわけにもいかん。この通り床が傾いてるのでね」

 

言葉の意味がよくわからない。いや、よくわかるのだが、なんで床が傾いてるんだ?

 

「ここについてだが、質問するな。床の傾きも含めてだ。君は何も知らん方がいい」

 

「はい」

 

と応えるしかなかった。実際、古代は疲れていた。いろいろなことがあり過ぎた。しかし目の前の男を見ると、あまりに疲れきってるようすでそのまま倒れて死んでしまうのではないかと心配になるほどだった。この沈没船は一体なんだ? 何があなたをそんなに疲れさせているのだ? 聞きたい気持ちはもちろんあったが、聞いて知ったらおれもこの人みたいになってしまうのかもと思うと怖い――軍の機密がどうとかいうのより先に。

 

それにしても、と思うのは、この相手が白衣の下に着ているものだ。軍服は軍服でも、宇宙艦艇乗り用の船内服を男は着ていた。船外服を上に素早く着ることができて中でモコつかないという機能優先のものであり、白地の胸にセーラーカラーを図案化した識別コード付きとあって見た目はほぼスポーツウェア。水兵服が男が街で着るものじゃないのは大昔からの伝統と言えるが、コードの色が青いのは技術系の士官か兵員ということだろう。白衣で肩の記章は見えない。いずれにしても地上勤務の人間が着るものではないはずだが……。

 

「悪いが、君をすぐここから出すわけにいかん。数日間は留め置かれることになろう。それにおそらく、かなり質問を受けるはずだ。だがとりあえず、少し休んで……」

 

あなたの方こそ少しお休みを取られてはどうか、とほとんど言いかけたとき、扉を開けて部屋に入ってきた者がいた。

 

「真田君。君に用があって来た」

 

割れ鐘のような声、という言葉がある。割れた鐘がどんな音を鳴らすのか古代は聞いたことがないが、その形容がふさわしい声があるとすればまさしく、今の声がそれだった。その男の姿を見て、古代はこれだけいろいろあった一日の中でもこれが一番ではないかというほど驚いた。軍の制帽にモール付きのピーコート。白い髭で顔を覆った老人が、杖を突いて立っていたのだ。引きずってはいるものの力強い足取りで古代達の方に来る。

 

「艦長。なぜこちらへ」

 

白衣の男が言った。そう言えば名乗らなかったがサナダという名前なのか。

 

老人が言う。「さっきの沖縄で、この船に乗るはずだった人員が大勢死んでしまったのだ。わたしの副官も死んだ。そこで君にこの船の副長になってもらいたい」

 

「は? いえ、しかし……」

 

真田と呼ばれた男は泡食った表情になった。話の内容だけでなく、たぶんそれを聞いてはいけない古代の前で何を言うのかという顔だ。

 

「わたしは技術士官ですよ。軍人と言っても――」

 

「君以外にいないのだ! それからお前だ。ちょっと顔を見せてみろ」

 

古代のアゴを掴んできた。グイと前を向けさせられる。

 

「輸送機でガミラス三機墜としたそうだな」

 

「四機です」

 

「フン。逃げまわってるうち、向こうの方で勝手に墜ちただけだろうが。まあいい。ちょうど、そういうやつが欲しかったんだ。お前に航空隊を任せる」

 

「せ……」と言った。「戦闘機に乗れと?」

 

「航空隊の隊長になれと言っとるんだ!」

 

「ハア?」

 

「〈ゼロ〉に乗る者が死んだのでな。代わりに貴様にやってもらう」

 

「え、いえ、あの」

 

真田も言った。「艦長。わたしにはあれを調べる仕事が……」

 

「もうそんな時間はないな。それより、君は少し寝ろ。この船を十二時間以内に発進させる――君にはそのとき起きていてもらわなければならんのだ」

 

「いえ、しかし。あれをいったん船に組み込んでしまっては……」

 

「同じものを作る望みは絶たれる、か? 君の心労の種が消えていいではないか。寝ろ!」

 

言い捨てて去っていく。古代はただアッケにとられて見送った。傍らで、例のカプセルを持たされたやたらにガタイのいい男がオロオロしている。古代はそれを眺めるうち、これまでロクにものを考える余裕のなかった頭の中で何かがつながり出すのをおぼえた。

 

「そのカプセル……」

 

「知ろうとするな」真田が言った。「まだ出て行けるかもしれん」

 

本当にすぐに寝なけりゃ死ぬかもしれないくらいに疲れたようすのくせに、まだ古代をできることなら外に出してやろうと考えているらしい。だがどうなんだろう。航空隊の隊長だって? 〈ゼロ〉に乗る者が死んだから? 〈ゼロ〉って……。

 

不意に記憶に甦った光景があった。あの銀色の戦闘機。あのとき、〈がんもどき〉を救けるために自分からガミラス無人機に突っ込んでいった、あれは戦闘機〈コスモゼロ〉? 〈オスカー〉――おれのことだろう――を護れと無線で叫び続けていた、あれに乗っていたのが航空隊の隊長?

 

タイガー乗りのやつらは言った。沖縄基地が殺られたからだ。それもお前がつけられたからだ。やめろ、こいつが悪いんじゃない。ですが隊長はこいつのために――。

 

「沖縄基地が殺られた……おれがつけられたから?」

 

古代は言った。脳裏にあの巨大な炎が甦る。自分を迎え入れるため、開いていたあの入口。あの奥にはどれだけの人が――。

 

「それじゃ……あの基地が吹っ飛んだのは……」

 

「気にするな」

 

真田が言った。

 

「君のせいではない」



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第2章 発進
雑踏


西暦2192年。古代進はその日、横浜の街にいた。あちこちで多くの人が叫んでいた。

 

「侵略者ガミラスとの戦いに加わる者を求めている! いま志願すれば戦闘機パイロットでもなんでも好きに志望できるぞ!」

 

と叫ぶ軍の募集。しかし多くの人々は、目もくれずに通り過ぎていた。中には『志望できるってだけだろ』と言い捨てていく者もいる。パイロットなど『なりたい』と言えばなれるものではないのは誰でもわかることだった。

 

一方、反戦の旗を振る者。

 

「人類が宇宙艦隊を持ったことが侵略者を呼んだのです! 武器を捨てればガミラスは去りまーす!」

 

狂気の主張以外の何物でも有り得なかった。やはり普通の人々は、顔をそむけて通り過ぎる。

 

さらにまた、道行く人を捕まえて小冊子を渡そうとする一群もいた。

 

「ガミラスの遊星で地球人類は滅びますが、神を信じる者だけは高い世界に甦ります。この聖なる活動にあなたも参加しませんか?」

 

信じる者が救われた(ためし)はもちろんないのだった。ガミラスが太陽系の果てに現れてから一年。まだ多くの人々は、この戦争に深い関心を寄せていなかった。ある意味ではそれは正常であるのかもしれなかった。何しろ、ひどいのになると、こんなことを叫ぶ者までいたのである。

 

「騙されるなーっ! 政府は嘘をついているーっ! 宇宙人などいるわけがなーいっ! すべては人を地下に押し込めようとする政府の陰謀だーっ!」

 

世界各地で地下都市建設が始まっていた。しかしやはり多くの人は、本当にそこに住まねばならなくなるとは信じられない気持ちでいた。不安げに空を見上げながらも、異星人が本気で地球人類を絶滅させようとしているという話にまだ実感を持てず、まさか自分の頭には落ちてこないのではないか――それとも、自分が行かずとも、誰かがなんとかしてくれるのではないか。ガミラスなどいずれは石を投げるのに飽きてどこかへ去ってくれるのじゃないか――そんな考えを捨てられずにいるようだった。

 

遊星が落ちる落ちると言われながらも冥王星と地球は遠い。一月(ひとつき)ほど前最初の遊星が届いたが、落ちたのは海の上だった。それから砂漠。山の中……死者も世界でまだ百人いるかどうかだ。学者はいつか狙いが正確になるかもしれないなどと言う。そりゃあ学者はそう言うだろう。

 

人々は駅を出て、横浜の街や港に繰り出していく。古代はひとりポケットに手を突っ込んで、雑踏の流れに身を任せていた。このとき古代は高校生。数日前に帰省して今日また軍に(おもむ)いていった兄の古代守のことを考えていた。

 

「お父さんお母さん、行ってまいります」そう言って兄は出て行った。それから、「進、父さんと母さんをよろしくな」と。

 

あれが軍人てもんなのかな、と思った。まるで別人を見るようで、あれが兄貴の守とはちょっと信じられない気がした。戦争へ行くってことは、戦場で死ぬかもしれないということだろうに。それも宇宙で。タマに当たるか爆発で吹き飛ばされるか、真空の宇宙空間に投げ出され息ができずに死ぬのかもしれない。不気味なエイリアンに襲われて血を吸われて死ぬなんてこともまるきりないとは言えまい。家族や地球、人類を護るためなら怖くないというものなのか。

 

案外そんなものかもしれない。しかし、ガミラス――やはり、いまひとつピンとこない。異星人の地球侵略なんてもの、やはり何かの冗談なのと違うのか。そんなもので死んだらただのバカじゃないのか。

 

そう思っていた。と、群集がざわめいた。誰もが急に空を見上げる。

 

「ああっ!」

 

人々が叫び出す。古代も見た。空に小さく光り輝くものがあった。それは煙を吹きながら、みるみるこちらに向かってくるようだった。

 

ここのところのニュースで連日、繰り返し映像で見ているものと同じだった。

 

「ガミラスの遊星だーっ!」

 

誰かが叫ぶ。街は悲鳴に包まれた。人々が思い思いの方向にてんでバラバラに逃げ惑い出す。しかしどこに逃げるというのか。この横浜に落ちるのならば――。

 

違った。それは煙の尾を引いて、街の上を過ぎていった。北から来て、南の方へ。その方角には――。

 

まさか、と古代は思った。また海にでも落ちるんじゃないのか。そうだろう。だってあれだけ大きな海に突き出てるだけの小さな半島――。

 

まず最初に光が見えた。次に地響きが街を揺るがした。音はだいぶ後になってからやってきた。南の空が赤く変わっていく光景を古代はただ茫然と見た。

 

それが日本に落ちた最初の遊星爆弾だった。



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個室

どうしておれはまだ生きてるんだろう。

 

古代は思った。本当は、おれはあのとき三浦の家で親と一緒に死んでいるはずなのかもしれない。ただフラフラと横浜を歩いていたため助かったのだ。でもそれを『助かった』と言えるのか。死ななかっただけじゃないのか。

 

行く場所がなく軍に入った。戦闘機のコースに入れられ、このまま死ぬのだろうなと思った。宇宙戦闘機のパイロットが長く生きられるはずがない。これがそういう戦争なのは、すぐに理解できることだ。

 

それでもいいや、と思っていたら整列中に、古代お前は前に出ろ。ハイと叫んで進み出ると補給部隊に配属とくる。あのときズラリと並んでいた他の候補生達のおれを見る眼が忘れられない。成績では自分はかなり上であったはずなのに。

 

あのときの訓練仲間はみんな死んでしまっただろう。おれだけがポンコツロボットを供にして、ずっと今日まで〈がんもどき〉を飛ばしていた。その結果が……その結果が……。

 

基地を燃やしたあの炎。無人機に突っ込んだ〈コスモゼロ〉。

 

気にするな、君のせいではない――あの真田という男は言った。

 

そうだろう。そうなのだろうさ。おれのせいじゃあねえよ。なあ。すべてはあの得体の知れぬカプセルのためだ。おれはただ、それを運んだだけに過ぎない。責任なんか、別にひとつも……。

 

いいや、違う。そもそもおれが、おれなんかが生きているからいけないんじゃないか! 落ちこぼれのがんもどきパイロットひとりのために、一体どれだけ死んだというんだ? おれはこんなことのために今日まで生き延びてきたというのか?

 

今は話をする相棒もいない。アナライザーは『こんなセコハンでも役に立たなくはないだろう』と言われて連れていかれてしまった。

 

そして自分は、

 

『今は貴様にかまっているヒマはない』

 

そう言われて今の小部屋に押し込まれ、外から鍵を掛けられてしまった。渡されたのは少しばかりの携帯食と、電気炊飯器みたいな蓋付き便器。

 

士官用の個室のようだが、ずいぶんと狭い部屋だった。壁から引き出す式のベッドと机。壁に埋め込みのテレビがある。後は棚があるだけだ。ベッドは体が浮くのを防ぐベルト付き。ドアは完全密閉式で、気圧差で開かなくなった場合の非常弁が付いている。空調ダクトにものものしい注意書き――これはまさしく宇宙戦闘艦艇の船室以外の何物でもない。

 

なんなんだこれは。あの沈没船は張りぼてで、内側に宇宙船があったのか。それも、かなりデカいのが。しかし何もこう床まで傾けなくていいんじゃないのか? わざわざこんなことをするのに、一体ぜんたいどんなわけが。

 

便器を手に考えてしまった。わからん。床を傾けたら、そりゃあトイレも使えないよな。ここで働いてる連中、みんなこいつで用を足しているのかしらん。

 

――と、不意にテレビが勝手に点いた。今まで何をしたところでまったく起動しなかったのだが、

 

『緊急ニュースを申し上げます』

 

映ったのはニュース・スタジオ。キャスターが言った。

 

『国連及び日本政府より、市民の皆様に重要なお知らせです。本日、地球防衛軍は侵略者ガミラスとの最終決戦兵器として宇宙戦艦〈ヤマト〉を発進させると発表しました。詳細については――』

 

「はん?」と古代は言った。「やまと?」



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第一艦橋

宇宙戦艦〈ヤマト〉――その第一艦橋では、艦橋勤務のクルー達が発進準備の手を止めて、メインスクリーンに映る放送を見上げていた。同じものが艦内じゅうにいま流されているはずだ。

 

操舵長の島大介が言った。「やはりこっそり発進というわけにはいかなかったな」

 

「当然だろ」砲雷長の南部康雄が応える。「ここまで状況が絶望的じゃね。『座して死を待ちましょう』とは市民に言えないじゃない」

 

「だからって、コスモクリーナーのことまで公表するのかな」航海長の太田健二郎が言った。「この船の行き先をガミラスに教えるようなものだけど……」

 

「でも、言うしかないんでしょうね」通信長の相原儀一が言う。「地下の有線放送と言っても、言えば必ずガミラスに伝わることになる。イスカンダルへ行くと知ったら敵はその先で待ち構える。でもどうせ、やつらはとっくに知ってるはずというんなら……」

 

「民衆をなだめるのが優先てことね」船務長の森雪が言った。「『放射能は必ず除去できます』と。でも、本当にそう考えているのかしら」

 

「まずないでしょう」戦術長の新見薫が言った。「〈ヤマト〉に次ぐワープ船の建造を地球政府があきらめているはずがありません」

 

太田が言う。「けど、例の〈コア〉っての、イスカンダルは一個しか送ってこなかったんだろう」

 

「ああ。でもわかってたことさ」と島。水に浮く船でパイロットと言えば水先案内人であり、操舵士はただ舵を動かすだけの人間だが、宇宙船でのそれは飛行機の機長に近い。航海士の太田はナビゲーターであり、この島の方が実質的な航海の長だ。「それでも見本が一個あるなら、調べてそれと同じものを作る望みがないわけじゃない――」

 

「ただし、その調べる時間ももうなくなった」と南部が言う。砲雷士の役は説明するまでもあるまい。

 

「とは言っても――」と森が言う。船務士とは船の運航管理役だ。艦橋ではレーダーなどのオペレート業務をすることになる。「そんなの、元々たいして期待はしていなかったんでしょう。〈ヤマト〉はどうせ、明日あさってにも出航しなきゃいけなかったんだし。二日や三日つついたくらいで何かわかるようなものなら、イスカンダルに教わらなくても地球で作ってるんじゃない?」

 

「そういうことなんだよな」と相原。通信士とはこれまた説明の必要はなかろう。「でもだからって、ワープ船を自力で建造する望みを地球が捨てるはずがない。波動エンジンの作り方だけはわかったんだ。足りないのが〈コア〉だけとなれば、なんとかあと一年のうちにそれを作ろうと考える」

 

太田が言う。「そうすれば、エリートだけが逃げることができるから」

 

島が言う。「それだ」

 

「例の〈サーシャの船〉というのも、回収に動いているはずです」と新見。宇宙艦艇で戦術士とは情報の分析役だが、彼女はこの二十代ばかりの若い艦橋クルーの中でも最年少だ。「それに何より、この〈ヤマト〉が〈スタンレー〉を叩いたら、ガミラス艦の捕獲が可能になるかもしれません」

 

森が言う。「『しれません』、でしょう? 実のところ、それってどうなの」

 

太田が言う。「とにかくこれまで、残骸さえまともに手に入れられなかったんだからね。もし生きてるガミラス艦を捕獲できたら、それはそのままエリートの逃亡船になるんだし」

 

南部が言う。「まあともかく、生きてるにせよ死んでるにせよ、ガミラスの船を調べられれば、地球が〈コア〉を作る望みも高くなるっていうことだ。するとやっぱり政府が〈ヤマト〉に望んでるのは、イスカンダルへ行くよりも冥王星を叩き潰すことなのかな」

 

島が言う。「おれは〈スタンレー〉に行くのは反対だ」

 

「現実的になれよ」と南部。

 

「そっちこそ。エリートだけが地球を逃げてどうするんだ。だいたいいくら波動砲でも、星を丸ごと壊せるほど冥王星に近づけない算定なんだろ。地球の船でそこまで行ったものはないんだし。みんな途中で殺られてるんだ」

 

「だからそこは、君の操艦技術でさ」

 

「軽く言うな!」

 

「まあまあまあ」と森。「無理なようなら〈スタンレー〉は迂回する計画でしょう。地球政府もできることなら人類全部救けたいはずよ」

 

太田が言う。「人類を……か。ぼくらにほんとにそんなことができるんだろうか」

 

相原が言う。「できますよ。太田さんが道を間違えなければね」

 

「ちぇっ」とまた太田が言った。それで一同がちょっと笑った。



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艦長室

沖田十三は宇宙戦艦〈ヤマト〉艦長室で、画面に映る無数の顔と向き合わされていた。〈彼ら〉は沖田はそっちのけで、自分達の議論に夢中になっている。

 

『だから〈コア〉を輸送機でそのまま運ばせるべきではなかったのだ!』

 

『それがいちばん早かったのだから仕方があるまい。今更それを言ってどうする』

 

『「早かった」だと! 結局、〈コア〉を調べる時間はなくなってしまったではないか。これでは急いだ意味がない!』

 

『いや、元々イスカンダルの使者が生きて着いていた場合、我らに〈コア〉を調べさせてくれたとは思えん。逃亡船を造らせてくれるつもりはないようだからな』

 

『だから最初の申し出で……』

 

『それを言うな』

 

『やはり〈七四式〉なんかで直接持って来さすのでなく、火星へ行かせ……』

 

『いいや。やつらは基地を爆撃するだけでなく、同時に〈七四式〉も襲ったという。短時間に二重の手を打ってきたのだ。もっと時間を与えていたら、どれだけ多くの手を出されていたかわからん』

 

『フン。沖縄基地を殺られた責任逃れのつもりか』

 

『タラレバを言ってどうなるという話をしてるんだ! 〈サーシャの船〉が追われた時点で、我々に時間などはなくなっていたのだ。〈ヤマト〉に〈コア〉が届いただけでも良しとするべきではないのか!』

 

沖田に発言権はない。怒鳴り合う者達の声を、座って聞かされるままだ。

 

『この()に及んでこんな会議は不毛だとは思わんのか!』

 

『きのうまでとは状況が違う!』

 

『いいや、同じだ! どのみち〈コア〉を二日や三日調べたところでどうなるわけもなかったのだからな!』

 

『それは貴様の思い込みだろう!』

 

『貴様こそなんの根拠があって!』

 

『まあ待て! こうなったからにはだな、わたしが前から言ってる案を採ってみてはどうなのかな。つまり、〈ヤマト〉の波動砲で冥王星を吹き飛ばしてから、イスカンダルに行くのでなく地球に戻ってこさせるのだ。そして〈ヤマト〉を手本にしてワープ船の増船を(はか)る――』

 

『フン。たった半年くらいでそれができると思ってるのか』

 

『それに〈ヤマト〉一隻で冥王星を叩くのは無理だ。たとえ波動砲でもな。仮に星は吹き飛ばせても、その後、艦隊に取り巻かれ〈ヤマト〉は沈められてしまうよ』

 

『しかしそれではなんのために波動砲を積ませたかわからん』

 

『それでも〈ヤマト〉を戻すことはできん。「エリートだけが逃げようとしてる」と民衆に叫ばせるだけだ。実際そうだったから、ああして床を傾けたまま船を造っていたのだからな』

 

『その通りだ。やはり〈ヤマト〉はイスカンダルに向かわすしかない……』

 

『しかしそれは非現実的だ!』

 

『だからそれをこの期に及んで言ってどうすると言ってるんだ!』

 

『どうだろう。こうなったら何日か船の発進を遅らせて、〈コア〉をじっくり調べるというのは……』



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機関室

「間違いなくあと数時間で敵が来るものと思われる。ここは艦長の言われるように、すぐに〈ヤマト〉を発進させる以外にない」

 

と技師長である真田志郎は言った。あの後にいくばくかの睡眠を取って、多少は体を回復させている。

 

宇宙戦艦〈ヤマト〉機関室。真田は機関長の徳川彦左衛門ほか、多くの者達を前にしていた。横でカメラを回している技術部門の人間もいる。全員が放射能防護服を着込んでいた。

 

真田がいま手にしているのは、古代進が運んできたカプセル。しかし今では、古代進がタマゴの黄身のように思った内部の丸い物体が赤い光を発している。

 

「〈コア〉に〈火〉を入れた」真田が言った。「もうこいつを止めることはできない」

 

徳川が言う。「これが波動エネルギーの源だというわけだな」

 

「はい。一度〈火〉を点けたら、(すみ)やかに炉に納めなければならない。そして釜の口を閉じたら、二度と取り出すことはできない。この物体を(じか)に見るのはこれが最後です」

 

彼らのすぐ前にある船のメインエンジンは、まるで巨大な原子炉を横倒しにしたようなものだった。あるいは、大昔の蒸気機関車を何倍にもしたような……真田はその中に入り、銀行の大金庫のような扉を開けてカプセルを納めるべきところに入れた。そのようすをカメラを持つ技術部員が動画に収める。また、真田の防護服にも、頭の横にカメラが取り付けられてピントや絞りを動かしていた。

 

技術者や機関員らが、モニター画面でその作業を見届ける。後ろで数名の保安部員がサブマシンガンをいつでも撃てるように手にして全員を見張っていた。もし万が一この中に狂信的宗教の信者が(まぎ)れ込んでいて、地球人類を滅ぼせば自分は神の(もと)に行ける、などと考えていたりするならば、今がその目的を遂げるチャンスなのだ。真田の手からカプセルをひったくればいい。それで地球は太陽系ごとこの宇宙から消滅する。

 

あるいは、保安部員の中に、ガミラスのスパイがいるかもしれない。もしくは、当の真田自身が精神に異常をきたして――万が一どころか、兆にひとつの可能性まで考慮して準備を重ねたうえで、全員がこの場に(のぞ)んでいた。

 

ゆえに、作業が果たされるのを確かに画面で見届けて、真田が庫から出てきたときは一同がホッと肩を下ろした。放射能防護服越しでもそれがよくわかるほどだった。保安部員らも構えた銃の銃口を下ろす。

 

「さて、エンジンが力を出すまで六時間はかかると見られる。敵の心配は他に任せるとして、我々が取り組むべきは出力を上げていけるかどうかだ。莫大な外部電力を必要とするわけだが……」



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暴動

『新たなニュースです』

 

テレビ画面の中でキャスターが告げた。古代は携帯食セットの中にあったガムをモグモグと噛みながら、ベッドの上に転がって足を投げ出し画面を見ていた。さっきから報道される内容は冗談としか思えない。

 

『〈ヤマト〉発進のために必要なワット数の電気を供給する件について、政府は今後八時間の大掛かりな計画停電を行うことを発表しました。これは日本のみならず世界規模で行われるもので、具体的には地下都市内のモノレール・路面電車などの運行停止、農場で栽培中の植物への太陽灯照射の停止、野球・サッカー場などの照明の停止、自動車充電スタンドなどへの電力供給の停止などがこれに当たります。これは市民生活への影響を考慮して順次行うものとされ、二時間から四時間かけて完了する予定です。帰宅困難が見込まれる方は、すぐ近くの交通機関をご利用ください。また、在宅中の方は、外出をお控えください。決してパニックを起こさないよう冷静な対応をお願いします――』

 

「な、なんで?」と言った。「なんで船たった一隻動かすのにそんな話になるわけなの……?」

 

ニュースで言ってる〈ヤマト〉ってえのおれが今いるコレなんだろ! イヤだ! こんなとこにいるのはイヤだ! おれをこっから出してくれえ! パニックを起こして叫び出したい気持ちもしたが、心は不思議に冷静だった。と言うより、ここまで来ると、ただアッケにとられるだけだ。

 

冷静な対応ねえ……どうなんだろうかな、と思う。ニュースの画面では早速真っ暗にさせられたらしい競輪場の観客が『バカ野郎ーっ!』と叫んでいた。

 

そんなのだけならいいのだろうが、暴動が……と思うと案の定始まっているようだった。怒り狂った群集が街にあふれ出している。食料を求める暴動ならば古代もニュースでよく見ていたが、今日のはやや違うようだ。

 

『宇宙戦艦だとーっ! まだそんなもの造ってるのかーっ!』『降伏すれば滅亡だけは免れるはずだーっ!』

 

反戦の集団だった。古代が地上で基礎訓練を受けてた頃にも、軍の施設を連日取り巻いていたものだが、今や完全に暴徒の群れと化してるようだ。

 

火炎瓶に投石。弓を引いてる者までいる。平和主義的なところなどもはやカケラも見出(みいだ)せない。(にわ)か装甲車に仕立てたトラックで地球防衛軍司令部に突撃をかけようとしている。

 

軍も力で対抗する以外ない。テレビ画面の中に繰り広げられるのはまさに地獄の光景だった。

 

今からでも降伏すれば命だけは取られぬのでは――市民の中にそう考える者が出るのは当然のことではあった。政府を倒せばガミラスと交渉の余地が生まれるはずだ――扇動する者達は、そう叫んで衆を煽っているらしい。

 

たとえ奴隷になってでも生きるべきだと叫ぶ者達。だがようすを見る限り、もし命が助かっても次は奴隷を解放せよとガミラスに向かって叫びそうだった。ガミラスは地球人を奴隷にするため来たのではないかと考える者は多くいるが、大方(おおかた)の学者はこれを否定しているという。たとえば、ロボットのアナライザー。あれは人間の奴隷である。文句を言わずに(言うやつもいるが)よく働いて、メシを食わせなくていい。ガミラスにもロボット作れるだろうのに、なんでえらい苦労をかけて地球人を奴隷にしなきゃいけないのか。

 

降伏は無意味。ガミラスは地球人を絶滅させに太陽系に来たのであり、講和は有り得ないだろう――それが現実の推論だった。地球がどれだけ呼びかけて侵略の意図をたずねても、やつらは決して答えない。ただ降伏か滅亡か、どちらかだけを選べと告げて、降伏すればどんな処遇が待つのかの説明さえしないのだ。

 

これはかつて地球において異教徒や異民族を滅ぼそうと本気でやった者達と同じだ――歴史学者らはそう言った。ガミラスはホロコーストをやりに来たのだと。

 

その考えを認めぬ者らが、いま津波となっている。火炎瓶が割れて炎が燃え広がり、催涙弾の煙が上がる。銃の発砲らしき光も画面に見えた。

 

『ここであらためまして再び、〈ヤマト計画〉について説明させていただきます』

 

とキャスター。〈再び〉どころかもう何回もされてる話がまた始まるようだった。

 

『政府の発表によりますと、防衛軍では波動エンジンの搭載を想定した宇宙軍艦の建造を数年前より極秘に進めていたとのことです。同サイズのガミラス艦にも勝ち()るものを目指して開発していたものが完成を見たとのことで、名称〈ヤマト〉を与えたうえでただちに発進させる決定が(くだ)りました。もはや一刻の猶予もならない地球の現状を打開すべく、起死回生の決意のもとにこの計画に臨むとのことです』

 

「はあ……」と古代は言った。「そうですか」

 

『そうです。なお、船に搭載される波動エンジンの開発には、外宇宙のある星からの技術供与がなされたとのことです。その星にガミラスの(るい)が及ぶおそれもあるため、ここでその位置などを明かすことはできませんが、仮の名称を〈イスカンダル〉――これは古代インドにおいて〈アレキサンダー大王〉を指す言葉で、つまり〈天竺(てんじく)を目指す〉という意味合いだそうですが、計画では〈ヤマト〉をそのイスカンダルに旅立たせることになります。かさねて申し上げますが、ここでそのイスカンダルの位置座標や地球からの距離といった情報を明かすことはできません。しかし〈ヤマト〉には光の速さを超えて宇宙を航行する能力があり、それを用いれば一年以内に往復できる距離にある、とだけ説明されています。計画では九ヶ月での帰還を目指すとのことです。イスカンダルには放射能を除去するなんらかの装置があるとのことで、仮にこれを〈コスモクリーナー〉と呼びますが、これを持ち帰ることができればいま我々の生存を脅かしている地下都市内の生活・農業用水などをただちに浄化、同時に地表のあらゆる放射性物質を数年間で無害にできるとのことです。その原理や詳細はまだ不明だそうですが、いずれにしてもこれが人類が生き延びる最後のチャンスであるならば選択の余地はないものと政府は声明を発しました。〈ヤマト〉はじき発進の秒読み段階に入ります』

 

チクタク、チクタク……同じ話を何度聞いてもまるきり理解できなかった。これ、悪い冗談だよねえ。そうだよねえ。しかしなんだか、部屋がブルブル震え出してきたようだ。〈イスカンダル〉? 〈コスモクリーナー〉? おれ、夢でも見てるんちゃうか。夢ってなんかさ、見てる間は変にリアルに思えたりするよな。後から思い出してみると、支離滅裂なものなのに。

 

『波動エンジンの始動には莫大な外部電力が必要です。市民の皆様、どうか冷静にこの事態を受け入れるよう……』

 

うーん、と思った。やっぱりこれがいちばんよくわからないな。なんでそんなにたくさん電気が要るんだろう。



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天竺を目指す

再び〈ヤマト〉第一艦橋。島大介以下のクルーが、同じ放送を見やっている。

 

「〈イスカンダル〉っていうのはやっぱり言っちまったな。それがどこを指すのかはガミラスにはお見通しかもしれないのに」

 

「けど、今のでも言ったよね、『累が及ぶかもしれない』と。実のところどうなんだろう」

 

「ありゃあ本当の狙いは別さ。民衆に十四万光年も遠くにあるって教えたくないんだ。イスカンダルはガミラスにしてもおいそれと手出しはできない相手なんだろうってのが推測だ。でなきゃ地球に手を差し伸べられないだろう」

 

「だから少なくとも、ガミラスはイスカンダルの手前では〈ヤマト〉を待ち伏せできないだろうと」

 

「一応そういう見込みの元に計画立てているわけですよね」

 

「イスカンダルは〈天竺〉か。荒廃の地を救うため、(きょう)を求めて十四万八千里……まるっきり西遊記だよな。あれは本当は何里だったっけ」

 

「とにかく地球は一周が四万キロしかありません」

 

「マゼランまでの距離だって怪しいもんなんじゃないのか? 航海長、ちゃんと〈海〉を見てくれよな」

 

「ぼくは正直、真田技師長が副長になってくれるってのがうれしい。このドタン場でそれだけが唯一の救いだと思うよ」

 

「同感。しかし兼任なのかな」

 

「なんじゃないの? あの南雲(なぐも)二佐がまんま副長で行くんだったら、とてもとても……」

 

「まるっきり軍司令部のお目付け役だったもんね」

 

「死者の悪口を言うのは良くないですよ。特に縁起が」

 

「そうでした。けどさあ、あれって下士官の顔すらまともに覚えてなかっただろ。ここの斜めの床を踏まずに沖縄基地に入り浸っているからだ」

 

「だから悪口は良くないって……」

 

「もしかして沖田艦長、真田さんを副長に上げるために――」

 

「え? いやあ、それはない。〈コア〉が一緒に破壊されるおそれだってあったんだから」

 

「あ、そうか。けど、〈コア〉と一緒と言えば、例のパイロット。操舵長、彼を知ってるって言ってましたね」

 

「古代か? 訓練生のとき一緒だったよ」

 

「じゃあ島さんと同じクチ?」

 

「そうだな。あの頃、戦闘機乗りになりかけて、途中で抜かれた人間は、何かの理由ですぐ死なすのは惜しいとされたやつってことだ」

 

「おお、言うねえ」

 

「本当なんだからしょうがないだろ」

 

「じゃ、なんでそれが、〈がんもどき〉なんか飛ばしていたの?」

 

「おれに聞くなよ」

 

「その彼のせいで沖縄基地が……」

 

「よせよ」

 

「だって……」

 

「よせって」

 

「でもよ。これじゃ、人は(はかり)に載せられたようなものじゃない。〈コア〉を取るか基地を取るかの選択で、〈コア〉が取られたのよ。そうでしょう? 何を犠牲にしたとしてもカプセルをここに届けなきゃならなかったから、あの基地は……」

 

「森! それ以上言うな!」

 

「何よ、本当のことでしょう! いいわ、彼のことはいい。けど一体、今日の地球のザマはなんなの? あたし達、なんのために戦ってきたの? 食料求めて暴動起こす人がいるのはわかるわ。けど、どう見ても今日のあれは違うじゃない! 一日くらい野球が見れないからってそれがなんなのよ!」

 

「森! たとえ本当でも言っていいことじゃない!」

 

「どうして? どうしてずっと命懸けで戦ってきた人間より、荷物運びのパイロットが大切なの? あたし達は死んでいい存在なわけ? だから船を動かす電気も、頭を下げて分けてもらわなきゃならないの? あたし達、人類を救いに行くのよね? なのに、どうして――」

 

後は言葉にならなかった。全員が黙り込んだ艦橋に森の泣き声が続いていた。



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来襲

「コー・フク! コー・フク! コー・フク! コー・フク!」

 

「コー・フク! コー・フク! コー・フク! コー・フク!」

 

降伏降伏と叫ぶ暴徒がまわりを囲む地球防衛軍司令部。鎮圧は続いているが人の津波が治まる気配はなさそうだった。《NO MORE WAR》の札を掲げて後から後から湧いて押し寄せてくる。

 

「〈ヤマト〉なる船の発進をやめよーっ! いつまで無駄な抵抗を続けるーっ!」

 

「絶滅が確定してからでは遅ーいっ! 女が子を産めるうちに降伏をーっ!」

 

てんでんに声を()らしてわめきたてる。この者達は狂人に他ならないが、子を持つ親が何割か含まれているに違いなかった。このままではあと一年で自分の子が白血病に侵される。自分より自分の子が先に死ぬ。それが確実であるという事実が彼らを狂わせるのだ。ゆえに、この者達に理を説くのは無駄だった。それどころか、降伏すればガミラスは青い地球を返してくれる。なぜなら〈彼ら〉は本当はいい宇宙人なのだから、悪いようにするはずがない、などいう考えさえ信じ込むようになっている。

 

しかし狂える者らの叫びは、中にいる者達にはまったく届いていなかった。より深い地下に置かれたぶ厚い扉の奥の防衛指揮所では、部屋の中央のプロジェクターが映し出す地球と月の立体映像に人の視線が集まっていた。十人からのオペレーターが忙しく手を動かしている。

 

ひとりが言った。「望遠で捉えました。映像出します」

 

ウインドウが開いて平面映像を出した。十字型のガミラス艦が宇宙にある。脚の足りないヒトデといった外観だ。

 

「四百メートル級の空母です」とオペレーター。

 

「信じ(がた)いな。たった一隻でやって来たのか」

 

「こんなデカブツが、それも単艦……」

 

「無人機以外がここまで地球に近づいた例はありません」

 

「ガミラスと言えど短時間に易々と船を動かせはしないということではないでしょうか。〈ヤマト〉破壊にすぐ差し向けられるのがこのヒトデだけだったのかも……」

 

「その後は地球の船に捕まるか、沈められるのも覚悟と言うのか?」

 

「これだけデカい空母です。捕獲は難しいとは思いますが」

 

「とにかく、そうまでして〈ヤマト〉を沈めようとする……あの仮説はやはり正しかったのだろうか……」

 

並ぶ者達がガヤガヤと言う。うちひとりがオペレーターに尋ねた。「迎撃はできんのか?」

 

「月基地からスクランブルが出ています。しかし(かな)うものか……」

 

拿捕(だほ)など考えなくていい。今は〈ヤマト〉を無事に出すのが先決だ。〈ヤマト〉はまだ動けないのか?」

 

「急がせてはいるようですが……」



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始動準備

「真田副長兼技師長。アナタノ仕事ヲ増ヤス代ワリニワタシヲ助手ニ付ケルトノ艦長ノオ言葉デス。ドウゾヨロシクオ願イシマス」

 

機関室にいる真田の元にアナライザーがやって来て言った。真田はこのポンコツを上から下まで眺めてから、

 

「お前、あの古代進についてきたやつか?」

 

「ソウデス」

 

「ふうん……まあよろしく頼む」

 

「ドントオ任セアレ」

 

「さて」

 

と人間のクルー達に向き直る。今は誰もが通常の船内服に作業用のヘルメットという姿だ。真田も頭にヘルメットを被っている。

 

「どうやら回転も上がってきたが、最終的な始動は火薬で行う。手順はみんな理解していると思うが」

 

徳川が言う。「ドカンとやってブルンと始動とは、まるで昔のプロペラ飛行機のエンジンだな」

 

「原始的ですが他に方法がなかったもので……使う火薬の量はケタ違いですがね。危険な作業でもありますので落ち着いて、慌てず正確に行ってください。特にこの床がこの床ですから、薬筒がどう転がるかわかりません。一発で掛かってくれればいいのですが……」

 

一同が前にしているのは戦車か何かの大砲の機関部のようなものだった。〈ような〉、ではなく、ほぼ大砲そのものなのだ。巨大な懐中電灯に電池を入れるようにして、一升瓶ほどもある真鍮製の火薬がギッシリ詰まった筒――見た目はまさしくバカでかい拳銃用の薬莢だ――を挿し込んで、尾栓を閉じておいてから横に付いたコードを引く。

 

するとドカーン! 予備回転を充分に与えた波動エンジンに対してそれを行えば、これを(はず)みに巨大な船を浮かせるだけのパワーを出して動き始めるというものである。何かしくじればケガ人や死者すら出しかねないのはもちろん、この大砲もどきを壊してエンジン始動が(かな)わなくなるおそれもあるかなりリスキーなシロモノだった。だがこの他にエンジンを始動させる適当な方法がないのであれば、それが適当な方法なのだ。

 

「しかし何度も試行せねばならないかもしれん。繰り返すほど事故が起こる率も高まるので、作業はまわりに気をつけながら行ってくれ」

 

「はい!」

 

と全員が言った。エンジン始動の準備にかかる。藪助治という機関員が、架台に並んだ真鍮の筒のひとつを両手に持った。重さ5キロはあるだろうそのシロモノを抱えて運ぶ。ただ足下に落としたくらいで暴発するようなものではないが、だからと言って手にして気持ちのいいものでなどあるわけなかった。

 

一発目をエンジン始動接続器に装填。これで一応始動準備が整った。真田は計器に眼を向ける。回転数の目盛りはまだ低いところを指していて、ジワジワとしか柱を上げようとしていない。



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仮説

「真田副長、及び徳川機関長はエンジンから手が離せない。よって今のメンバーで、近づきつつある敵からの防御に臨むことにする」

 

〈ヤマト〉第一艦橋で沖田は言った。先ほどからの艦橋クルーが立ち上がって彼に向かい、胸に手を当てる敬礼をする。「はい!」

 

「情報では敵は一隻であるという。だが(あなど)るな。大型の空母だ。ガミラス艦がここまで地球に近づいたことは前例がない。やつらにしても一隻で地球の船百隻に勝てると思ってないだろう。それを押して来るのには、よほどの理由があるわけだ。このタイミングでというからには、目的はこの〈ヤマト〉を発進前に破壊すること以外には考えられん」

 

「そこまで〈ヤマト〉に脅威を感じるということは――」新見が言った。「例の仮説はやはり正しいということでしょうか」

 

「『ガミラスは地球に波動砲があるのを既に知っている。そしてやつらはその完成を恐れている。なぜならやつらは同じものを造ることができないからだ』というやつだな。あるいはそうなのかもしれん」沖田は言った。「十年前に地球がやった実験がガミラスを呼んだのではないか、と……」

 

 

 

   *

 

 

 

『「ガミラスは地球人が波動技術をものにするのを恐れていて、それで攻めてきたのではないか」という話はかなり以前から一部に言われていたことではあるんですね』

 

とテレビが音声を発しているが、古代は毛布を頭から被りベッドに丸くなっていた。これ以上こんなの見てたら気が狂う。特になんだかややこしそうな話はイヤだ、と思えばこうするしかない。テレビを消してやりたくても、電源スイッチ自体がないのだ。きっとこのためリモコンを持っていかれているのだろう。

 

『そう――波動理論については、かなり前から発見され研究されていたわけです。宇宙船の床に使われる人工重力にしても、タイムラグなしの長距離通信を可能にする技術にしてもその産物(さんぶつ)なわけですからね。この技術が進んだら光より速く進む船が出来、外宇宙に乗り出していけると期待されてきました。同時に軍事的応用が当然のように考えられ、星をも吹き飛ばせる爆弾か大砲のようなものが造れるだろうと言われました』

 

聞きたくない聞きたくない。もう勘弁してください。

 

『むろん軍事利用と言っても、この場合、もしも巨大な隕石が地球に落ちてこようとしたときそれを防ぐ目的で研究されていたわけです――そんな兵器は造ってもさすがに他の使い道はないと考えられましたので。十年ほど前に予備的な実験が行われ、一応の成果を上げました。しかし隕石破壊砲や超光速宇宙船が本当に出来上がるのは何十年も先であろうとも言われました』

 

おれはこの一日で十年老けちまったよう。あしたまでに老衰で死ぬよう。

 

『そこにガミラスの出現です。彼らの船が波動エンジンを備えているのは明白でした。そしていきなり遊星をぶつけてくるような手に出ましたが、彼ら自身は決して近くへ寄ってこようとはしない……これはまるで蛇が怖くて遠くから石を投げつける子供です。そこでひとつの仮説が立つことになりました。彼らは彼らの船のエンジンを地球人に調べさすまいとして、そうしているのではないか。ガミラス艦のエンジンを地球が手にして調べたならば、波動技術の開発が一気に進むことになる。もし地球が波動エンジンを持ったなら、自分達より強い船を造ると考えているのではないか……』

 

わかったからもうCM行ってくれよう。

 

『ガミラスに波動技術があるのなら、〈波動砲〉とでもいうようなもので地球を一瞬に吹き飛ばすこともできるはずです。エネルギーの源である〈コア〉とでも呼ぶべきものを爆弾にして、地球に投げつけてもいい。それで粉微塵です。そうしないのは、それができないからではないか。地球人に造れるかもしれないものが、ガミラスには何かの理由でまったく造れないのじゃないか……』

 

別にそんなにグダグダとしゃべらなくてもいいじゃないかあ。

 

『かなり首をひねるような仮定ですが、そうとでも考えなければ辻褄(つじつま)が合わない。つまり彼らガミラスは地球人が外宇宙へ出るのを恐れ、そうなる前に絶滅させにやって来たことになるのです』



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巡航ミサイル

「そうだ」と沖田は言った。「ゆえに降伏は無意味。やつらは地球人類を最後のひとりまで殺す気でいる」

 

相原が叫ぶ。「司令部より通信です。『敵空母は月軌道に到達。スクランブルの戦闘機隊と交戦に入った』とのこと!」

 

「メインに映します」森が正面の大スクリーンに状況を出す。「敵も艦載機を出して迎え撃っている模様!」

 

宇宙空間で無数の戦闘機同士の闘いが始まったらしかった。対艦ミサイルを抱いて空母に攻撃をかけようとする地球側と、それを(はば)もうとするガミラス。スクリーンには色分けされた指標が乱れ動いている。

 

沖田が言う。「四百メートル級の空母ともなれば、対艦ミサイルの一発や二発当たったところでビクともすまい。こちら側の船は出んのか」

 

また森が、「向かわせてはいるようですが、砲の射程に入るまではまだ距離が……」

 

「波動エンジンを持たない船じゃ、ガミラスには追いつけないんだ」太田が自分の3Dパネルを見ながら言う。マトリックス画面に地球の船の動きが表示されている。「そもそもスピードが違う……」

 

「船の強さは、結局は積むエンジンで決まる」島はただ拳を握りしめている。今、操舵手の彼にできることは何もない。「エンジンに力があれば、それだけ船の足を速くすることができる。装甲を厚くして、強い武器を積むこともできる……」

 

「大艦巨砲主義の復活」南部が対空火器のチェックをしながら言う。「敵が三十キロの距離からこちらを狙える船を持つなら、こっちは四十キロまで届くデカい大砲を船に載せよう――戦艦〈大和〉が出来たときには時代遅れになってた思想が、宇宙時代の今にまた有効になった……」

 

「空母一隻で仕掛けてきたのは、あるいはそれが理由かも」新見が自分の前の画面に敵空母のデータを出して見ながら、「艦載機を繰り出せば、母艦は〈ヤマト〉の射程に入ることなく攻撃をかけることができる。まともにやったら地球人に(かな)わぬ可能性を考慮して、あえて小型の艦艇を何隻も出すのは避けた……」

 

相原が、「けどそんなの、こっちも戦闘機を出すのはわかりそうなもんじゃないか?」

 

「そうですね。ならばどうして……」

 

と新見が言いかけたとき、

 

「待って!」森が叫んだ。「空母がミサイルを発射しました!」

 

「ミサイル?」

 

全員がメインスクリーンを見た。状況を示すマップに新たな無数の指標。ガミラス艦から放たれたものが地球に向かっているとわかる。

 

「数は120! 巡航ミサイルと思われます!」

 

沖田が言う。「目標はこの〈ヤマト〉か」

 

「と思います。でもこの距離なら、迎撃が……」新見が言いかけ、それから急に気づいたように、「ああ! ダメよ!」

 

「どうした?」

 

「迎撃できない! 沖縄基地がまだあれば、このミサイルは地球に届く前に全部墜としてもらえたはずでした。でも――」

 

そこで言葉を失くした。だが説明の必要などない。誰もがもう理解していた。巡航ミサイルの攻撃から〈ヤマト〉を護れたはずの基地はもう存在しない。

 

太田が言った。「やつら、それを計算の上で――」

 

「司令部から通信です」相原が言う。「『〈ヤマト〉はまだか』と言っていますが――」

 

沖田は言った。「『待て』と伝えろ」

 

 

 

   *

 

 

 

地球防衛軍司令部も、手をこまねいているだけではなかった。迎撃可能な各基地から宇宙へミサイルが射ち出される。しかし、そもそも〈ヤマト〉を造り〈ヤマト〉を護るために存在していた沖縄基地と違い、できることには限界があった。

 

「三分の二をなんとか撃破に成功しました」オペレーターが告げる。「しかしまだ39基が〈ヤマト〉に向けて進んでいます」

 

「予想される弾道です」と別のオペレーター。「ミサイルは二手に分かれ、東西から〈ヤマト〉に対して挟み撃ちをかけるようです。さらに一波と二波になり、第一波の22基が間もなく〈ヤマト〉に到達します。〈ヤマト〉から百キロ程度の地点で高度を落とし、地表スレスレにまで降下。そのまま超低空を〈ヤマト〉めがけて飛んでいくと思われます。こうなると地球の丸みのために、〈ヤマト〉からは地平線の陰に隠れて、直接狙って落とすことができません。第一波の〈ヤマト〉到達まで六百秒!」

 

訂正。やはり、手をこまねいているだけだった。

 

「〈ヤマト〉はまだ動けんのか!」



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起動

「補助エンジンで船体を起こす。総員配置に就け!」

 

〈ヤマト〉艦橋で沖田が叫ぶ。傾いている床と壁がガタガタ震え出していた。艦底後尾の二基のサブエンジンが、唸りを上げて始動のための予備回転を強めているのだ。それだけで船は前へと進もうとし、後ろの土を吹き散らす。船の舷腹(げんぷく)を覆っていた赤錆の板が軋みを上げて、ところどころに一枚また一枚と剥がれて下に落ちてゆく。そしてギャンギャンと音高く金属の震える()を響かせるのだ。揺れる大地に亀裂が広がっていく。沈没船がなおも地中に潜ろうとでもするかのように、土を押しやる舳先(へさき)が前へのめっていった。

 

艦橋からも赤い錆とも土くれとも、海の生物の成れの果てともつかないものが落ちてゆく。かろうじて壁にへばりついていた梯子(はしご)やパイプの(たぐい)が、(つた)が剥がれるように曲がりながら離れて落ちる。甲板をなんとか()いていた木々も、爪楊枝(つまようじ)をブチ撒けたようにバラバラと崩れ出していた。

 

「補助エンジン始動準備よし!」

 

機関室で徳川機関長が叫ぶ。その声はマイクを通して艦橋の沖田に届けられるとともに、傍目(はため)にはまるで脳波でも測るかのようなメーターのランプの色を変えさせるのだ。

 

「了解!」沖田は言った。「補助エンジン、始動!」

 

「補助エンジン始動!」徳川がレバーを引いた。

 

その時、地面が割れた。艦首を覆っていた鉄屑が爆発するかのような勢いで弾け飛び、内にいた刃物のような鈍色(にびいろ)巨魁(きょかい)を浮き上がらせた。まさに斧のような(いかり)が、その両側に付いている。

 

巨大な船が、かつて沈んだ軍艦を(まゆ)をかむるようにして地にうずまっていたのだった。いまヒナ鳥がみずからのタマゴの殻を破るように、隠された(うち)の姿を覗かせてゆく。かさぶたのような廃物が、まだ横に(かし)いだままの甲板を雪崩を打って滑っていった。

 

何よりも、艦橋だ。もともと原型をとどめていたのが不思議なものであるだけに、かなりの部分、実はそれらしく作り上げた張りぼてであったのかもしれない。ビルの建設工事用足場のようなものがガラガラと崩れ、現代の戦闘艦にふさわしく多角形にザク斬りされたフォルムの城をそこに出した。間違いなくそれは22世紀末の地球で最も進んだ宇宙軍艦だけが持つものだった。

 

あるいは、たとえ載せたくても、波動エンジンを積まない船には決して搭載が許されぬか、他にあまりに多くのものをあきらめねばならないか――それがまだ、モウモウと上がる土煙(つちけむり)と赤錆の板と、それに何より土に埋もれて大部分、姿を見せない宇宙船の上に(かし)いで突き立っている。船はオモチャのゼンマイ自動車が穴にはまってしまったようにジタバタ暴れもがいている。エンジンが後ろに土を吹き飛ばし、艦橋よりも高く空へ巻き上がらすのだ。

 

「噴射を止めろ! これでは眼が見えなくなるぞ」沖田は叫んだ。「傾斜復元。船体起こせ!」

 

「船体起こします!」島が復唱。レバーを握った。

 

巨体を揺らしつつ、船がゆっくり姿勢を取り戻し出す。ただ背をまっすぐにするだけだが、それは意外に容易(たやす)いことではなさそうだった。まだ身に多くまといついている残骸が、ガリガリとあちらこちらで船をこする。船とまわりの土との間に出来る隙間に落ち込んで、そこで動きを邪魔するのだ。

 

「巡航ミサイル、低空飛行に入りました!」森が叫んだ。「レーダーから消えます!」

 

消えた。22のミサイルが。大気圏突入後、ほぼ半数ずつに分かれてそれぞれ横に広がりつつ、〈ヤマト〉を目指していたものが。スクリーンにもう指標はひとつもない。

 

だが、見えないだけなのだ。今、〈ヤマト〉は真下に棲む22本の歯を持つサメにガブリと食われようとしている。それらはまだ地平線の下。地球の丸みの陰にあって、直接見ることもできない。あと一分で姿を現し、その十秒後ドカーンだ。

 

南部が歯を食いしばる。「船が起きなきゃ砲が撃てない――」

 

いや、もちろん〈ヤマト〉のすべての砲台は、宇宙空間で強い横Gを受けながらでも支障なく動くように造られている。だから船が傾こうが寝ていようが別に発砲できないということはない。だが問題は別にあった。ミサイルを近距離で迎撃しようとするならば、連射砲や対空ビームの(たぐい)で弾幕を張り、(じか)に狙って当てるしかない。だが〈ヤマト〉の対空砲は、多くが船の真横より上を向くように作られている。艦底部にあるものは今は土の中なのだから、まったく使うことができない。

 

船が(かし)いでいる側はいい。しかしその反対側は、この状態で、地表スレスレを来るものを狙うことができないのだ。ほとんど船の設計上の欠陥に等しい話であるが、しかし今更、それを言ってどうなるというものでもなかった。

 

〈ヤマト〉はガクガクと揺れている。元々このような起こし方は予定にないことだった。メインエンジンがまだ外部の電力供給を受けている。だから今は空に浮かび上がるわけにいかないのだ。

 

そうでなければ、補助エンジンだけで充分、離昇(りしょう)が可能だというのに――。

 

「ミサイルが地平線に現れると予想されるまであと十秒!」森が叫んだ。「九、八、七……」

 

「起きろ!」と島。

 

「六、五、四……」

 

「頼む!」と南部。

 

「三、二……」

 

そのとき島が叫んだ。「傾斜復元完了!」

 

「一……」

 

南部も叫ぶ。「全対空砲! 各個に目標を捕捉!」

 

「ゼロ」

 

「てーっ!」

 

次の瞬間、轟音が響いた。もしこのとき高い空の上にいて、この光景を見ることができれば、そのとき〈ヤマト〉を中心にまるで自転車の車輪スポークのような放射状に広がる光が目に映ったことだろう。あるいは、もし遠い地平から望遠鏡で覗いていれば、連射ビームの照り返しと冷却剤の煙とで〈ヤマト〉の艦橋が妖しくライトアップされたように感じられたかもしれない。そして〈ヤマト〉の内部では、パルスビームの反動とガトリングモーターの回転で壁がビリビリ震えていた。各射撃手の眼にすれば、地平線に光のシャワーをブチ撒けているようなものだった。

 

壮烈な弾幕に、ガミラスの巡航ミサイルは一基また一基と弾頭を射抜かれ地に墜ちていった。五秒ばかりの斉射の後、〈ヤマト〉に届いたミサイルはついにただの一発もなかった。

 

静寂が戻る。赤い地平に見えるのは、遠く、東の方角に、屋久島の宮之浦岳(みやのうらだけ)がひとつだけ。

 

戦艦〈大和〉が沈んだ場所からおよそ二百キロの距離にある二千メートルのその山は、海が干上がったぶんだけ高くその威容をそびやかせている。〈ヤマト〉からは充分にその(いただ)きを見ることができた。

 

森が言う。「すぐ第二波が来ます。数は17」

 

「はっ、何度来たって同じさ」南部が言った。「この〈ヤマト〉の対空防御能力なら――」

 

「待ってください。今データの解析が出ました!」新見が言った。「次に来るのは――」

 

メインスクリーンに()が表示。ミサイルはミサイルらしいが、まるでソフトクリームのように先がねじれた形状をしている。

 

新見は叫んだ。「ドリルミサイル! 沖縄基地を殺ったやつです!」



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巡航ドリルミサイル

正確に言うと、それは〈第二波〉ではなかった。〈ヤマト〉を狙うミサイルは、一波も二波もすべて同時に発射されていたのである。

 

120のミサイルのうち、100基が通常の巡航ミサイル。残り20が地中をドリルで掘り進むタイプのものだった。〈巡航ドリルミサイル〉とでも呼ぶべきそれは通常のミサイルよりはるかに重く、速度が遅く、宇宙にいる間に迎撃されやすい。実は〈第一波〉の通常ミサイルはわざと撃ち墜とされることでドリルタイプのミサイルを地上へ送り届けるための犠牲の役を(にな)っていたのだ。

 

その犠牲は報われた。20のドリルミサイルのうち、17基が無事大気圏内に入り、かつて海底であった地面の上スレスレを縫うように一点に向けて進んでいた。再び東西に分かれて並び、全周からサメの(あご)で喰いつくように〈ヤマト〉に襲いかからんとして。

 

その姿は、やはりまた、地球の丸みの陰にあって今の〈ヤマト〉には見えずレーダーにも映らずにいた。

 

 

 

   *

 

 

 

「次に来るのは、地平線の上には決して姿を出さないと思います」〈ヤマト〉第一艦橋で、新見が恐怖の表情で言った。「その手前で地に潜って、そこからここまで掘り進んでくるものと――」

 

「冗談だろ」南部が言った。「それじゃ狙いようがない……」

 

「沖縄基地はこいつに殺られたんですよ!」

 

森が、「何か迎撃法はないの?」

 

「無理だよ!」と南部。「高角砲に実体弾を込めて撃っても、10キロ上まで届いちまって落ちてくるのに時間がかかる。すぐ終端(しゅうたん)速度に達して、風に流されちまうから、弾道の予測なんてしようがない。三分後にてんでデタラメなところに落ちるだけだ! 第一、砲弾が上向いちまって信管が働かない!」

 

「落ち着け!」沖田が言った。「時間がかかるのは敵も同じだろう。新見君、ドリルはどの程度の速度で来るのだ」

 

「わかりません。データがありませんので……確かにそんなに速いはずがないとは思いますが……せいぜい人が走る速さくらいではないでしょうか」

 

「だろうな。まあ十分くらいは時間があるということだ。その間になんとか手を打つしかない」

 

島が言う。「いざとなれば、ケーブルを切って飛び立つのもできなくはありませんが……」

 

「メインエンジンの始動前にそれはできん」

 

「それはそうです。しかし――」

 

そうなのだった。〈ヤマト〉はまだ、外部からの電力供給を受けている。船内で必要な電力ならば、補助エンジンが今は生み出してくれている。だが外宇宙へ行くための肝心の波動エンジンがまだ動かせていないのだ。いま飛ぶことは、できるのはできる。だがその後は、消し飛んでしまうこの場所の代わりに世界中から電気を集めるステーションを再びどこかに一から造り上げねばならず、姿をさらしてしまった船をそれまでヨタヨタ浮かせ続けねばならなくなってしまうのだ。

 

〈ヤマト〉は重い。同じ大きさの他の船よりはるかに厚い装甲と、はるかに強力な武装を備え、人が他の動物より大きな脳を持つように電子機器を山と積んでいるのだから。おまけに長期航行のための野菜農場などというものまで抱え込んでいる。

 

〈ヤマト〉はすべてが波動エンジンありきで設計されていた。ゆえにそれがないのなら、《ボクを蹴って》と背中に貼ったただの浮き砲台だ。

 

太田が言った。「十分以内にエンジンを始動させる他にない……」

 

「他に手はなさそうだな」と沖田は言った。



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接続

「わかりました。すぐエンジンを(つな)ぎます」

 

真田は画面の沖田に応えた。徳川も横で同じ話を聞いていた。

 

「あと十分以内でか」

 

「厳しいですが、状況がそうであるならここはやるしかありません」

 

エンジンに向き直る。アナライザーが火薬の真鍮薬筒にへのへのもへじやコックさんを落書きしているところだった。

 

「諸君、聞いてくれ。エンジン始動を早めなければならなくなった。十分以内にメインエンジンを回さねばならん」

 

「オウ! 野郎ドモ、ココガ気合ノ入レ時ダゾ!」

 

とアナライザー。どうも真田の助手という地位を与えられたせいか、古代といた時より威勢がいいようだ。

 

「全員位置に就け!」

 

徳川の号令で、「はい!」と叫んで機関員がそれぞれに散る。メーターの並ぶパネルを睨む者。クレーンでも動かすような台座席に登る者。〈大砲〉とでも呼ぶしかないエンジン始動接続器のコードを引くのは藪の役目だった。全員、ヘルメットと共に、耳を保護するイヤープロテクターを当てている。

 

「アナライザー、装填を手伝ってやれ。まず一発での始動は無理だ」

 

「アイサア!」

 

とアナライザーは、自分の頭の上にあるトサカのような放熱板にイヤープロテクターをあてがうと――このロボットにそんなものが必要なわけはないのだが――藪の元に走っていった。

 

そして真田は、艦橋から送られてくる情報を見張る役となる。17基のミサイルがついに地に潜ったことを地震計が示していた。位置や速度は、それから概算するしかない。

 

「時速40キロ前後か……〈ヤマト〉まで何分だ?」

 

「メインエンジン・チェック完了、エネルギー充填百パーセント!」「回路よし、始動シリンダー準備よし!」「主動力線、コンタクト! メインエネルギー、スイッチオン!」

 

機関員らが叫ぶ。メインエンジンが唸りを増した。

 

「補助出力100……200……」

 

徳川により、メーターの目盛りが読み上げられる。その数字が上がるごとに、機関室内の振動が強くなっていくのがわかった。

 

「600……900……1200……」

 

「撃発コード、安全装置解除」藪がレバーをひねって言った。〈大砲〉のコードを掴む。

 

「2500……3000。波動エンジン回路、接続!」

 

「接続!」

 

コードが引かれた。途端、すさまじい爆音が機関室に鳴り渡った。〈砲〉の尾栓がガクンと飛び出してくる。

 

――が、同時に、すべての音も振動も()んだ。エンストを起こしたクルマそのものだった。メーターの針がどれもこれも瞬時に落ちて、ランプが消えていってしまう。

 

波動エンジン始動接続――その一回目の試行はやはり失敗だった。

 

「気を落すな!」真田が叫んだ。「わかっていたことだ。チャンスはまだ何回もある。すぐ二回目にかかれ!」

 

「はい!」

 

同じ手順があちこちでまたガチャガチャと始められた。真田は状況に目を落とす。〈ドリルミサイル〉は明らかに〈ヤマト〉への輪をせばめていた。

 

「どうかね」と徳川が聞いた。

 

「おそらく……あと二回が限度……」

 

だが何よりも、アナライザーと藪だった。藪が機械のハンドルを回すと、煙を吹く真鍮の筒が排出される。それはやたらと騒々しい楽器のような音を立て、ガラガラと床を転がるのだ。素手で触れば火傷(やけど)するのは間違いない。

 

「ワワワワワ」

 

とか言いながら、アナライザーが次発を手渡す。装填。

 

「接続器準備完了!」

 

「了解。補助動力スタート!」

 

またエンジンが唸り出した。「補助出力100……200……」

 

そして3000。

 

「波動エンジン回路、接続!」

 

ドカン! だが、二回目の試行も失敗だった。

 

(くじ)けるな! 続けて行け!」

 

――と、そのとき艦橋からの森の声が、全員の耳当ての中の通信機に入ってきた。

 

『〈ドリルミサイル〉が速度を増しました! なんらかのブースターを(もち)いたようです。〈ヤマト〉到達まであと二分!』

 

「ひっ」と藪が、急に喉が詰まったような声を出した。動きが止まり、そしてガタガタと震え出す。「そんな……も、もうダメだ……」

 

「おい、しっかりしろ!」

 

徳川が叫んだ。しかし藪は、どうやら排筒ハンドルもまともに回せなくなってしまった。それどころか斜めの床に立ってることもできなくなりそうに見える。

 

「藪! 気をしっかり持て!」

 

「アナライザー!」

 

真田も叫ぶ。アナライザーは三発目の薬筒を抱えていたが、それを下ろしてハンドルに手を伸ばそうとする。しかし藪は、どうにかそれを掴み直した。震えながらもしがみつくようにしてハンドルを回す。

 

薬筒がガシャンと落ちた。

 

「ワタシガ入レマス」

 

「た……頼む……」

 

排筒ハンドルはそのまま次発装填ハンドルとなる。藪は一度握ったそれに手がくっついてしまったようになってるらしい。〈接続器〉――もちろんそれが〈大砲〉の正しい呼び名であるのだけれど、しかしどうも――の受け皿にアナライザーが薬筒を入れた。藪は震える手でハンドルを回転させる。

 

三度(みたび)の手順が開始。徳川が数字を読み上げる。

 

「補助出力100……200……」

 

同時に森の声が聞こえる。

 

『ミサイル、あと千メートルにまで到達……』

 

「600……900……」

 

『九百……八百……』

 

そして、「3000。波動エンジン接続!」

 

「うわあああっ!」

 

藪が叫びつつコードを引いた。

 

轟音。しかしエンジンはまたガックンといった感じに動きを止めた。

 

静寂が機関室を包み込む。一同の顔に絶望が広がった。

 

エンジンが止まったのは艦橋でもわかったらしい。真田が見る画面の中でドリルミサイルは〈ヤマト〉まで四百メートルに迫っているが、その数字を読み上げるはずの森の声もなかった。

 

「そんな……」

 

藪がつぶやいた。へたり込んで床に手を着く。

 

その手が小さくブルブル震え出していた。

 

「え?」

 

と彼はまたつぶやいた。そのブルブルは身の震えではなかったのだ。彼を震わせるのは床の振動だった。そしてそれはみるみる高まってくる。

 

波動エンジンが始動していた。最初は低く、だんだんと高く、やがて獣が威嚇の叫びを上げるように、鋭い笛のような響きを立てて巨大なシャフトがエンジン内で回り出すのが外からでもはっきり知ることができた。薄暗かった機関室が、次々と(とも)るランプに明るく照らし出されていく。

 

「う……動いた……」藪は言った。「動いたぞ!」

 

 

 

   *

 

 

 

「う、動いた! 動いたぞ!」

 

同じ言葉を艦橋で叫んだのは島だった。彼の前の計器板でも、今まで眠っていたランプがいくつも光り出していた。

 

だが喜ぶヒマなどない。「ミサイル、百メートルまで到達!」と、間の三百と二百を飛ばした森が叫んだのだ。

 

沖田が言った。「宇宙戦艦〈ヤマト〉、発進!」

 

次の瞬間、かつて〈坊ノ岬沖〉と呼ばれた海の底であった地に巨大な火柱が噴き上がった。



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離昇

『いま映像が入りました! 皆様、おわかりになれますでしょうか。これです。これが〈ヤマト〉です! 噴煙から姿を出したこの船。これが、宇宙戦艦〈ヤマト〉であるということです! あの爆発を受けながらまったく無傷のように見えます。これが人類が救われる最後の希望なのでしょうか!』

 

アナウンサーが机からもう少しで前に転がり落ちそうになって叫んでいる。古代はそれをテレビで見ながら、今度こそ完全に自分は気が狂ったのかと思った。一体全体なんやねんなあのドカーンちゅう騒ぎは。それからなんや()()の悪いエレベーターに乗ってるような気がするで。と、思っていたらテレビが映し出したのがこれだ。ひょっとするとこの部屋、何かドッキリ仕掛けのドタバタハウスなんとちゃうのか。

 

こんな今どき子供向けのアニメでもようやらないようなこと、大のおとながマジメな顔してやってんのか。おれはその主人公にだけはなりたくないな。ハハハ……戦争ごっこもたいがいにしたらええのんちゃうかい。

 

そうは思うが、体が震える。いや、床が揺れてるのだが、そればかりでもなさそうだった。むろん、武者震いなんかじゃない。それだってことは絶対にない。だいたい、人類救済だとか、地球を元の青い星にとか、そういうのにはまったくこれまでついていけなかったのだ。そりゃあ、思うよ。なんとかしたい。なんとかしなけりゃいけないだろうと。でもそのなんとかをやるひとりに自分がなどと考えると、途方に暮れてしまうのだ。

 

この船に乗ってるやつら、全員が、本気で自分が人類と地球を救おうと考えているわけだろうか。そうなんだろなあ、うん……やっぱり。冗談じゃないよ。それならボクは、この船にいるべき人間じゃありません。輸送機飛ばしのただのトラック(うん)ちゃんですから。

 

そうか。あの艦長というヒゲのおっさんは言ったな。おれを、航空隊の隊長って……あれはひょっとして、ひとりしかいないがんもどき隊の隊長ってことかな。そうだよなあ。こんな船でも運送屋くらい要るだろうしな。そう言やただ逃げるのがうまけりゃいいみたいなこと言ってたもんな。

 

でもヤだ。がんもどき乗りなんて、そうでなくてももっとでっかい輸送機乗りに小突かれるのに、この船にはきっと特攻野郎Aチームなカミカゼ部隊があるに違いない。そんなやつらがおれを見たなら一体どんなイジメを食うか。

 

ましてやこいつで何ヶ月も旅するなんて冗談じゃないことですよ。ええと、なんて言いましたっけ。〈イスカンダル〉? そこに何かを取りに行くと。ははははは……なんかおかしな宗教で全員頭がクルクル回ってるんじゃないのか。

 

そうでなければ、と古代は思った。わざわざ船をこんな昔の軍艦まんまの形にしたりはしないんじゃないかな。だいたいなんだ、〈やまと〉ってえのは?

 

『ええ、戦艦〈大和〉と申しますのは、本来が250年前に海に沈んだ軍艦であるということです。政府は波動エンジン船の建造にあたり、この残骸をカモフラージュに活用することにしました。これはエンジン始動に莫大な電力が必要なことから地球以外で発進させるのは考えられず、といって地下深くからでは外に出せないことから生まれた苦肉の策ということです。なお建造にあたりまして、ビームの砲身などは擬装したものを夜間に取り付けたものの、それ以外は沈没船を内側から、皮一枚残すように……』

 

「ははは」古代は力なく笑った。「絶対にバカだ」



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反応

古代同様、多くの地球の一般市民もこの報道にア然としていた。過熱していたのは軍や政府関係者と、マスコミだけといっていい。むしろ彼らがアツくなるほど、大衆は冷めてしまったようだった。〈ヤマト〉? 〈イスカンダル〉? 〈コスモクリーナー〉? そのおかげで計画停電? 何をギャンギャンわめいてるのだ。オレが心配しているのは、あした食べるための米をどこで手に入れるかということなのに……そう思っていたところに出たのがその映像だった。17基のミサイルの爆発による巨大な黒い煙の中から、現れた突拍子(とっぴょうし)もない形の軍艦。それは昔の沈没船が脱皮したものであるという。

 

話についてこいというのがどだい無理な話だった。軍人どもはとうとうホントに頭がおかしくなっちまったな。国が敗れるというのはこういうことなんだな……多くの人はそう考えた。もういいや。あすは競輪でもやりに行こう。パンがなければケーキを食べればいいじゃあないか。

 

十億人と少しになった地球人類の多くはやはり、降伏すればガミラスは命は救けてくれるなどとはまるで期待していなかった。この一件も、なんとか女に子を産ませようとする政治家どもが、またバカなこと始めたか――そんなふうにしか受け止めなかった。男より女の方が敗け(いくさ)に強いという。しかし今の地球には、それはあてはまらなかった。

 

日毎(ひごと)に濃度を高めていくと言われる水の放射能。しかしコップをながめても、それは眼ではわからない。ただ噂が聞こえるだけだ。どこの誰の頭の毛が抜け落ちた。誰の子供が奇形で生まれた。どこかの家がまた心中で全員死んだ。何も猫まで殺さなくてもよさそうなのに……。

 

西暦2199年。それが地球の地下都市だった。乾坤一擲(けんこんいってき)起死回生(きしかいせい)。そんな言葉に(おど)る者などイカレた右翼団体の(たぐい)か、とにかく自分が120まで生きられるなら他はどうでもいいとわめく頑固じいさんくらいなものだ。

 

そこへ今のあれである。ねえ見ましたか。例のナントカ。困りますよね、畑に光を当てないなんて……自然のものと違うのに、そんなことして大丈夫かしら……。

 

船務長の森雪が聞いたらイスカンダルなんか行くのはやめてこのクルーだけの星を探そうと言うかもしれないような会話が、されてしまうのが現実だった。そして一方、一部の者はすぐさま言い出し始めていた。〈コスモクリーナー〉? 騙されるな。あの船は、あいつらだけで地球を逃げる気に違いないぞ……。

 

むろん、強硬な降伏論者が考えを変えるはずもない。公開された映像は暴動に火を注ぐだけだった。引き返させろ。いや、ガミラスにくれてやれ。〈彼ら〉は実は地球を恐れているだって? はっ、バカらしい。だったらなおさら、絶対服従の(あかし)として、そのナントカ計画を放棄すればいいだろう――。

 

さてところで、このように多くの反応があるなか、しかしたった一点だけ、誰もがほぼ一致する見解を持ったことも忘れず付け加えておかねばならないだろう。それはこのようなものだった。

 

いずれにしても船のたった一隻で、何をどうできると言うんだ……。



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離脱

〈ヤマト〉の波動エンジンは、重い船体を軽々と宇宙空間に押し上げていった。特にGが掛かることもなく、(ゆる)やかに脱出速度にまで達する。22世紀末の現代では当たり前のことでもあるが、二百年前のロケット科学者が見れば目を見張る光景だろう。それにしてもその上昇はスムーズだった。この船が十年前にもしあれば、ガミラスが来るより前に原発の廃棄物を何も心配することなしに宇宙に捨てられていたかもしれない。それは言っても(せん)のないことではあるが……それに干上がって凍った海と塩害はどうにもなるものではない。

 

「よし、わたしと機関長はいったん艦橋に上がる。アナライザー、お前はここに残れ」

 

機関室で真田がそう言っていた。するとアナライザーが、

 

「オット副長、コイツニさいんシテッテクダサイ」

 

言って金色の筒を掲げた。へのへのもへじのまわりに藪と機関員達が名前を書き入れている。

 

エンジン始動に成功させた真鍮薬筒だった。真田は苦笑してペンを取った。むろん徳川も名前を入れる。

 

エレベーターで艦橋へ。かつての戦艦〈大和〉は艦底から艦橋の頂上までが48メートルであったというが、それはほぼそのままに宇宙戦艦〈ヤマト〉に受け継がれていた。艦橋の最上部に艦長室。そのすぐ下が第一艦橋。ケージは第一艦橋で行き止まりになっている。なぜなら、上まで通そうとすると、艦長室の上にエレベーターの機械室を(もう)けなければならないからだ。そのため、機械は艦長室の後ろに置いて、艦長室と下の階はゴンドラで繋ぐ仕組みになっていた。

 

「来たか」

 

と沖田が言った。徳川はサッと自分の席に向かうが、真田はその場で立ち止まった。若い者らが彼を笑顔で振り返る。しかしもちろん、真田は先ほど自分のことを彼らがどう話していたかなどは知るよしもない。

 

「挨拶はいい。すぐ席に着け」

 

「え、あ、はい……」

 

そうなのだった。古代進から〈コア〉を受け取ったあの後、真田はすぐに寝てしまって、起きると機関室に直行したのだ。そうせねばならなかったしそうしろとも言われた。副長としてここに来るのはこれが初めて。本来なら艦橋に立つ人員ではない。

 

真田はそれをコロリと忘れていたのだった。無理もないことと自分でも思った。技師長としてはこの艦橋は馴染みの場所で、島や南部を始めとするクルー達とも見知って付き合ってきたのだから。そしてこの数時間、エンジン始動にかまけるあまり、技師長としてこの者達と付き合うのと副長として対するのでは話がまるで違うのに思い至るヒマがなかったのだ。

 

それに急に気づかされた。これはまったくの不意打ちだった。戸惑いながら席に座る。副長席の機器の操作は問題ない。ひょっとすると本来就くべきはずだった人間よりも知ってるくらいだ。それが自分が代理に指名された理由のひとつでもあろうが――。

 

しかし、戸惑っているヒマさえ今はないらしい。メインスクリーンに脚の足りないヒトデ空母が映っている。

 

沖田が言った。「真田君。あれが我々の当面の敵だ」

 

「あの、わたしはどうすれば……」

 

「まあとりあえず君は見ていろ」

 

「あ、はい……」

 

と応える。クルー達を見渡すが誰も気にしたふうもない。真田はやむなく自分の計器の状況データに眼を落とした。ガミラス艦との距離。速度。今〈ヤマト〉にかかるG。地球の重力とその影響。などなどと言った情報がバーやカーソル、スケールで示され、マルバツ三角にW字(ウイスキー)マーク、四角に矢印といった指標がクルクル動き回っている。そしてそれぞれに文字や数字がわかる者にはわかるように付け足され、その持つ意味を表示するのだ。

 

クラクラとした。何かわからないのではない。わかる。なのに、わからないのだ。わからなければわかりませんと正直に沖田に言えもしたかもしれない。だが真田には、画面のデータがすべてラクに読み取れた。地球の重力がこう来てるから船はこう進むだろう。ガミラス艦と言えども宇宙をまっすぐは進めない。コンパスに鉛筆を付けたように必ず弧を描くのだ。それも三次曲線を。つまりこう来てこうなるから、こうなっちゃってこうだろう――わけない。別になんでもない。このくらいは初歩の初歩だ。というのはわかるのだが、そこから先がいけなかった。副長ならそれでその後どうすればいいと思うのかね、真田君?

 

それがわからない。おれはこれではプロの動きに太刀打ちできないアマチュアサッカー選手のようなものじゃないか! いや、違うなと真田は思った。自分は言わば、スパイク屋だ。サッカーを知り、ひとりひとりの選手に合わせてスパイクシューズをカスタムメイドするなんていうことはできても、試合になんかついていけない。いけるわけない。選手でもなんでもありはしないのだから。

 

沖田が言った。「わかるかね? 空母というのに、今あいつは艦載機を出してない」

 

「あ」と言った。真田は、自分がその点にまったく気づいてなかったのに気づいた。「どういうことです? 確か――」

 

「そう。先ほどまで月の戦闘機隊と派手にやり合っていた。だが今どちらもミサイルと燃料を使い果たして引っ込めている状態だ。地球側はもう少しでやつの後ろに巡洋艦隊が網を張る。もう攻撃機は要らん」

 

「は、はあ……」

 

「あれは今、大急ぎで艦載機再発艦作業をしているわけだ。それも今度は、対艦ミサイルを吊るしてな。あいにく〈ヤマト〉の主砲でも、まだあいつを射抜けない。しかも逃げに入ってるから、追いつくのは大変だ。だが〈ヤマト〉がやらなくても、地球艦隊の十字砲火を食うことになる」

 

「はい」

 

と言って画面を見た。なるほど将棋の手のように、沖田の言葉で今まで見えてなかったものが初めて手に取るようにわかる。

 

「だからあれはああやって艦載機を出す時間稼ぎをしているわけだ。巡洋艦隊に手柄をくれてやってもかまわないのだが……」

 

と言ってからニヤリと笑った。

 

「それではちょっとつまらんとは思わんか?」

 

「は?」

 

沖田は言った。「真田君。君にこの艦の副長として最初の意見を求める。艦載機を出される前にあれを殺る手が何かないか?」

 

「あれを?」

 

と言って四本脚のヒトデを見た。400メートル級空母――しかし、〈ヤマト〉が長さ26センチのサンマであるのに対し、相手が直径40センチのお化けヒトデであるというのを忘れてはいけない。総質量は〈ヤマト〉の十倍にもなるだろう。最終的に仕留めるにしても、味方の船に犠牲が出るのは間違いない。艦載機をふたたび出すのを許せばなおのことだ。〈ヤマト〉の主砲で真ん中を射抜けばオダブツにもできるかもだが、ヒトデは穴開きになるのはイヤだと逃げる。簡単には殺れそうにない。

 

となれば――。

 

「波動砲?」

 

「それだ」と言った。「波動砲であれを沈めてみようと思うがどうだ」

 

「え……いや……あれはテストが……」

 

「試射はどのみちせねばなるまい」

 

「しかしこんな地球の近くで……敵に砲の存在を教えてしまうようなものでは……」

 

「何か? 木星の月あたりをひとつふたつ吹き飛ばせばガミラスにわからないとでも思うのか?」

 

「それはもちろん有り得ませんが……」

 

「わしが今ここでやろうと言うのには意味がある」沖田は言った。「地球では日々暴動が起きている。この計画を無謀となじる者もいる。我々が地球を捨てて逃げる気だと言う者までな――そして何より多くの人は、そもそも何も期待しとらん。こんな船一隻で何ができるかと思ってるのだ。我らはこの旅立ちにあたり、地球に残る人々に希望を与えてゆかねばならん」

 

「は、はい」と言った。「しかし、それでも――」

 

「やってみよう、真田君」徳川が言った。「将棋のようにいい手だけ選んで打つというわけにいかんよ。わし達はそういう旅に乗り出すんだ」

 

「それは……」

 

と言いながら、真田は艦橋を見回した。若いクルーらが自分を見ている。ようすを窺ってるのだ、と思った。自分に副長が務まるかどうか。

 

あの南雲二佐ならばどうするだろう、と考えてみた。本来副長になるはずだった男の顔を思い浮かべる。だがそうするまでもなかった。『波動砲はギリギリまで秘匿(ひとく)せよとの軍司令部の厳命だ』とわめきたてるに決まってる。艦長、あなたはそれを無視するのですか――。

 

このおれに対しても、やれ試射をガミラスに知られずにする方法はないかとか、何がなんでも〈コア〉を調べて同じものを作れとか百万回も言った男だ。それも、こちらが寝てるのを起こして。まったくあの男ときたら……いや、いい。今は、自分がその代わりなのだ。

 

「沖縄基地のこともあります……」真田は言った。「〈ヤマト〉のために死ぬ人間をすでに多く出し過ぎました。このままではさらに多数の味方が死ぬことになる。もう秘匿と言えないのなら、ここで犠牲を止めるのがこの〈ヤマト〉のクルーにとっても救いになるかもしれませんが……」

 

「そうか」と沖田は言った。「いい意見だ」

 

そうとしか言わないのは、絶対に正しい答などないからだろう。軍司令部はどんな犠牲を出してでもあのデカブツを生け捕りたいに決まってるのだ。

 

若い者達が真田に笑顔を見せてから自分の仕事に向き直る。彼らの間ですでに話はついていたのだろう。自分は合格したのかとも思ったが、

 

「よし! それでは、これより波動砲最大出力での試射を行う。目標、前方の敵空母。総員発射に備えよ!」

 

沖田が叫ぶ。真田は今度こそ席から飛び上がりかけた。

 

「最大? ちょっと待ってください!」

 

「なんだ」

 

「な、何も最大でなくても! 最小に絞った出力でも、あの程度の船は軽く吹き飛ばすことができます。波動砲はそもそもが冥王星のガミラス基地を星ごと消し飛ばすために〈ヤマト〉に装備されたんですよ!」

 

「その通りだ。だからこそ、その力があるかを知るには最大でなければ意味がないではないか」

 

「いやしかし、しかし、それは――」

 

「『ガミラスは地球に造れる波動砲が造れぬらしい』と仮説にあるな? だからやつらは地球人が波動技術を持つのを恐れて殺しに来たのだと。ならばトコトン、怖がらせてやろうではないか。いま半分ばかりで撃って、〈波動砲とはこの程度か〉とやつらに思わせてしまってどうする」

 

「う……」と言った。「やつらには今から撃つのが最大か最小かわかるわけがない。だからここは最大で撃つと?」

 

「さすがにわかりが早いな。そうだ。つまりこれは、示威(じい)行動を兼ねるのだ。地球人が波動砲を持ったのをガミラスに知らしめる。それには今が最良の機会なのだ! よって最大出力で波動砲を発射する!」



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波動砲

〈波動砲〉――それは数十年前に地球で波動理論が発見されたとき、副産物として提唱された装置だった。本来は外宇宙を超光速で旅するための波動理論。しかしそれは、当然のように軍事研究の対象になった。応用すれば星をも壊せる兵器が造れる――〈そんなの造ってどうするのか〉という疑問を持つ人間は、あまり偉くなることはできない。

 

それにひとつ、有用な使用目的があったのだ。もしも地球に巨大な隕石が落ちるとき、それを事前に破壊する装置になりうるではないか。その昔に恐竜を絶滅させたと言われるような山より大きなシロモノは一億年に一度かもしれない。だが〈丘〉のサイズなら、いつやってきてもおかしくない。それで充分、日本に落ちれば日本は消えてなくなるのだから、あながち杞憂(きゆう)と呼ぶわけにいかない。隕石もそのくらいの大きさになると、核を使ってもどうにもならない――ふたつに割ってもふたつの大きな固まりが地球に落ちるだけなのだ。

 

だからそのとき、完全に粉砕できる装置があれば(うれ)いなしというものだろう。これは〈砲〉と呼んだところでさすがに他の使い道はないだろうと考えられた。むろんテロリストやならずもの(ローグ)国家の手に渡ることがないように気を配らねばならないが、連中にしてもこれは途方もなさ過ぎてやはり手に余るのじゃないか――そう思われたのである。

 

まあ、無理に考えれば、地球の上に巨大なスペース・コロニーのようなものを浮かべるとして、それを撃つという用途くらいか。しかしもっと小さな武器でも穴を開ければ中の人間はみな死ぬのだし、万一そのコロニーが地球に落下するような場合、それを事前に破壊する手段が必要になるはずだ――と言うより、もしも軌道を外れたときに落ちる前に壊せないなら、あまりに巨大な建造物を宇宙に浮かべてはいけない。

 

とにかく、巨大な物体が地球に落ちるのを防ぐ装置――こんな理屈で波動砲の研究は大多数の人々から正当なものと支持された。むろん反対意見もあったが、それらはどれも『それは禁断のメギドの火だ』とか『浮遊物体も大いなる宇宙の自然の一部。人が壊してはいけない』といった気の触れたもので、マトモな人間が相手にすることはなかった。

 

かくして巨費が注ぎ込まれることになった。十年前に予備的な実験が行われ、一応の成果を上げるに至った。そこへガミラスの出現だ。これによって波動砲の研究は、別の目的を持つことになった。

 

準惑星に潜むガミラス。それを根こそぎにできない限り、地球人類に明日はない。何よりも本拠地となる冥王星だ。〈プルート〉と名前のついたこの犬をもしも丸ごと宇宙の塵に変えることができたなら、かつての太平洋戦争におけるミッドウェイの故事のように、一気に地球が有利に立てる。その後はもはや別のグーフィーとかスヌーピーとか、チャーリー・ブラウンだとかいった丸頭の向こうに隠れさせはしない。このままでは人類が滅亡するというときに、星のひとつを壊してはいけないと言う人間がいるならば、それは完全な狂人だろう。

 

宇宙戦艦〈ヤマト〉を建造することは、波動砲搭載艦を建造することだった。波動砲は波動エンジンが生み出す力を(かて)とする。政府の官僚や軍の幕僚には、イスカンダルに()るよりも冥王星を砕くことを〈ヤマト〉に期待する者がいた。その者達の胸にあるのは、一部の者だけが地球を捨てて逃げることにあるのだが……。

 

いずれにせよ、〈ヤマト〉が完成すると同時に波動砲もまた完成した。それは艦首に搭載され、砲口のみが正面に大穴を覗かせている。言わば〈ヤマト〉は船そのものが巨大な大砲なのでもあった。その試射が今、地球の上、まだ決して高くはない軌道で行われようとしている――。



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粉砕

『波動砲発射準備中、エンジンの推進力は失われ、艦内の電力供給も不能となる。よってバッテリーを予備電源に持つ機器以外は機能停止だ。総員、停電に備えよ。三、二、一……』

 

いきなり声がしたかと思うと、古代の部屋の照明がパッと消えて真っ暗になった。テレビも消える。空調のファンさえ止まったようだった。

 

そして、その暗闇の中で、体がフワフワ浮き上がる。人工重力もやはり失われたのだ。

 

「え? え? え?」

 

彼はさておき、

 

「波動エンジン内圧力上げろ。非常弁全閉鎖」

 

「非常弁全閉鎖!」

 

「波動砲への回路開け」

 

「回路開きます!」

 

「波動砲薬室内、圧力上がります!」

 

「全エネルギー波動砲へ。強制注入機作動」

 

「波動砲、安全装置解除」

 

「安全装置解除! セイフティロック・ゼロ。圧力、発射点へ上昇中」

 

「最終セイフティ解除。圧力限界へ!」

 

第一艦橋で声が飛び交っていた。ひとつの操作がされるごとに、船のどこかで丸太のようなシリンダーがスライドする。〈ヤマト〉の後ろで千メートルの大巨人が、エンジンノズルに大木ほどの鍵を差し込みガチャリと回したかのようだった。リボルバーの撃鉄が丸い弾倉を回すように樽のようなピストンが動く。炉で溶かした熱い銅を、巨大な鐘を造る鋳型(いがた)へ流すようにもそれは見えた。

 

実際、その砲口は、大仏にでも突かせるための寺の鐘を横にして、艦首にネジ込んだように見える。象が入るほどのその穴に、ホタルのような点光がどこからともなく集まってきた。砲口の奥に集約されたエネルギーが一種の磁力を持ち、かつては仮想の存在と呼ばれた光より決して遅くはなれないはずの粒子にビーズを作らせそこに引き寄せてるのだ。

 

キュルキュルとした金属が軋み鳴り出す音が、艦内に響き渡ってゆく。ありとあらゆるメーターがレッドゾーンを示していく。徳川が言った。「エネルギー充填、120パーセント」

 

沖田が言う。「波動砲用意。島、操縦を南部に渡せ」

 

「はい。渡します」

 

島が操縦桿を離した。むろん南部に許されるのはヨーやピッチの微調整だけだ。今の〈ヤマト〉は、中で(おもり)を振り回して上下左右に舳先を動かすことしかできない。

 

「受け取ります。ターゲットスコープ・オープン。電影クロスゲージ、明度二十」

 

南部の前に照準器が立ち上がった。ハーフミラーのガラス板に揺れるレティクルが浮かび上がる。

 

「目標速度、四十宇宙ノット」「タキオン粒子出力上昇」

 

太田や徳川が口々に唱える。沖田が言った。「発射十秒前。耐ショック、耐閃光防御」

 

全員が目に、日蝕用サングラスのような黒いアイプロテクターを掛けた。

 

「発射五秒前」南部が言った。「四、三、二、一……」

 

照準の輪はまだユラリユラリと動き、豆をつまめぬ箸のように標的の上をやり過ごしている。だが、それでよかったのだ。南部は最後の一秒に、突き刺すようにマトを捉える(すべ)を心得ていた。スッと動いた輪が敵艦に重なった。

 

「ゼロ、発射!」

 

轟音。船が見えない壁に衝突したような衝撃が襲った。艦橋の窓が白い光でいっぱいになる。

 

〈ヤマト〉の艦首から放たれた光は、長さ百万キロにも及ぶ巨大な白い滝となって宇宙空間を突き進んだ。地球と月の間の距離の三倍ということであるが、数字でその凄まじさを感じ取ることはできないだろう。しかし、まさに月などは呑み込みそうな光だった。それが消え去ったとき、質量にして〈ヤマト〉の十倍もあったはずのガミラス空母の姿はもうどこにもなかった。塵も残さず蒸発してしまったものに違いなかった。

 

しばらく、誰もが茫然としていた。そのあまりの破壊力に恐れ(おのの)いているようだった。やがて照明が点き出して、重力も艦橋内に戻ってくる。

 

「は……ははは」南部が笑って言った。「どうだ、ガミラスめ」

 

アイプロテクターを外して立ち上がる。

 

「やったぞ! これなら〈スタンレー〉ごとやつらを消し飛ばしてやれる。太陽系からあいつらを追い出してやれるんだ!」

 

「南部」

 

と沖田が言った。しかし彼には聞こえていないようだった。

 

「ハハハハハ! どうだ、ざまあ見ろ! 次はこっちが滅亡させてやる番だ! この船で必ず星を見つけ出して滅ぼしてやる!」

 

「南部、敵を(あなど)るな!」

 

沖田は怒鳴った。南部はビクリと身をすくませる。

 

全員が沖田を向いた。沖田は何か考えげに、目から外したアイプロテクターと制帽をもて遊んでいた。それから帽子を被り直して言った。

 

「確かにたいした威力のようだが、〈スタンレー〉で使えるかはなんとも言えん」

 

「いえ、ですが……」

 

「だから敵を侮るなと言っとるんだ。この力を見た以上、やつらは必ず何がなんでも〈ヤマト〉を止めにかかってくるぞ。冥王星に着かれたらおしまいなのはわかりきっとるんだからな」

 

「そんな……しかし、ならどうして……」

 

「同じことだからだよ」沖田は言った。「どうせ警戒されてるんだから、波動砲の威力を見せようと見せまいとなんの違いもなかったのだ。秘匿に意味がないのなら、いま撃った方がいい。もともと敵地にまで行けば百隻で襲ってくるのは変わらんのだし」

 

「そうだ」と真田が言った。「波動砲で撃てる距離まで、冥王星に敵は近づかせてくれない。たとえ星を吹き飛ばしても、その後、ワープに入る間もなく取り囲まれて殺られてしまう。そのように算定されているはずだ」

 

島も言う。「マゼランへの道を急がなきゃならないんだから、遅い艦隊をゾロゾロ連れてくわけにいかない。〈スタンレー〉をやるとしたら、〈ヤマト〉一隻で行くしかないんだ。百隻相手に勝てるわけないだろ?」

 

「そんな……」と南部。「それじゃ、やつらをほっとくんですか? 遊星爆弾を止めないんですか? このまんまガミラスに太陽系を好きにさせとくって言うんですか?」

 

「そうは言わんさ。まあ見ていろ。わしは艦長室に上がる」

 

沖田は言った。それから窓に眼を向けた。まだ地球を離れてもいない。眼下には赤い大地が広がっている。ところどころに遊星の落下で出来たクレーター。

 

沖田は言った。「願わくば、この船出(ふなで)が絶望した人々にひとすじの希望を(とも)すものであってほしいが……」

 

 

 

   *

 

 

 

〈ヤマト〉の時計はグリニッジの時間に合わせられている。その針がちょうど零時になるところだった。カレンダーが示す日付は九月二十日。人類存続が(かな)わなくなるとされる日まであと暫定(ざんてい)365日――このとき、古代はアングリと口を開けてテレビを見ていた。〈ヤマト〉とやらが何やらバカでっかい砲を撃つのを捉えた映像が映っている。重力が戻ってベッドに落ちて、部屋の(あか)りにテレビも点いたと思ったら画面に出たのがそれだったのだ。

 

「な、なんで?」古代は言った。「なんで、昔の軍艦が空飛んで、先っぽから火を吹くわけ……?」



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第3章 初期不具合
縮めて見れば


水金地火木土天海……そして冥王星。すもももももももものうちなら、冥王星も惑星だ。しかしこれらの星々は、決して等間隔に並んでいるわけではない。

 

ここで宇宙のスケールを七百万分の一にしてみよう。するとほぼ、太陽系を地球の日本国土の上に重ねて見ることができる。太陽を七百万分の一にすると直径200メートルの玉。これを東京中心の皇居の上に置いてやるのだ。すると水星は直径70センチの玉となって半径8キロの円を描いて回ることになる。これは都心の十区ばかりをグルリと囲むといったところか。

 

で、次に金星だが、これは直径170センチの玉が水星の倍の16キロを皇居から離れて回る勘定になる。ちょうど東京二十四区がすっぽり入るほどの円だ。

 

そして人類の星、地球。直径2メートルのかつて青かった玉コロが半径20キロの円を回る。埼玉のさいたま市と神奈川の川崎を南北に囲むくらいの円だ。つまり首都圏というところか。

 

次が火星で、1メートルの球が30キロ離れて回る計算――都心勤めの人間にとって、通勤圏とされるほどの円だろう。

 

そしてここからが遠くなる。木星は太陽から110キロ離れる計算。茨城の水戸、栃木の宇都宮、群馬の前橋、山梨の甲府と、各県の中心都市の上空を直径20メートルの球がグルリと渡っていくと考えてさほど大きなズレはない。

 

土星はさらにさらに遠い。軌道は半径200キロだ。福島、新潟、長野、静岡のそれぞれ真ん中を貫いていくほどの円。

 

天王星はそのまた倍の400キロ。岩手・秋田と宮城・山形の県境から、日本海をグーッと回って京都や大阪の辺りに行く。で、それからまた海に出て太平洋を回る感じだ。

 

海王星は700キロ。ちょうど津軽海峡の上をゆくくらいの計算で、島根・広島と四国の真ん中を抜けてまた海の上に出る。

 

番ごとにほぼ倍々と遠のいていくわけである。おわかりだろう。つまり地球を千葉県松戸(まつど)市とするならば、火星はその先の(かしわ)市で、木星は水戸、土星は福島の南相馬(みなみそうま)市、天王星が気仙沼(けせんぬま)ということなのだ。常磐線(じょうばんせん)で言えば、まあ。水星は日暮里(にっぽり)で金星は北千住(きたせんじゅ)だということなのだ。常磐線で言えば、まあ……七百万分の一で見ればそうなる。海王星が津軽海峡なのだから、北海道はカイパーベルトということになる。常磐線で言えば、まあ。冥王星はそこにあった。

 

地球と火星の間などは早ければ一日、火星が遠くにあるときでも四日で渡ってしまう今の宇宙技術をしても、冥王星までは遠い。普通の船で二ヶ月ほどかかるのだ。距離が六十倍なのだから当然だ。イスカンダルへ行かねばならぬ〈ヤマト〉が遅い艦隊を連れて基地を叩きに行ける道理があるわけがなかった。

 

波動エンジンを持つ〈ヤマト〉でも冥王星はまともに進んで一ヶ月だが、しかしそんなもの相手にせずに外宇宙にサッサと出て行くことはできる。〈ヤマト〉にはその力が備わっている。〈ワープ〉と呼ばれる超光速航行法だ。イスカンダルへ急ぐのならば、太陽系でグズグズせずにすぐにもそれを使うべきかもしれないのだが――。



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頭痛の種

「どのみちすぐに太陽系を出るわけにいかん」

 

第一艦橋で沖田が言った。見上げるメインスクリーンには太陽系の惑星の今の配置が図で表されているが、〈ヤマト〉がマゼランへ行くためにワープで出ていくべきはそれらのどの先でもない。〈イスカンダルへの道〉として示されている矢印は、黄道(こうどう)を囲む12の星座のどれとも違う方角へ向けて伸びている。

 

〈南〉だ。かつて、船乗りのマゼランが、吠え狂う海で見上げた方角――しかし沖田は続けて言う。

 

「この〈ヤマト〉は動かしたばかりだ。初期不具合の種がいくらでも(ひそ)んでいるに違いないのだからな。たとえば、これだ。いきなりひとつ頭の痛い報告が来た。波動砲の発射で薬室を破損し、撃てなくなったが、修理にはコスモナイトというレアメタルが必要という。これは木星のガリレオか土星のタイタンでしか採れぬものなのだそうだ。ゆえに入手しなければならんが、火星などに『ありますか』と電報を打つわけにはいかん」

 

〈電報〉とはレーザー通信を指す隠語だ。

 

南部が言う。「やはり最大出力で撃ったのがまずかったのではないでしょうか」

 

「そうだが、あれでよかったのだ。120パーセントだから威力も1.2倍ではなく、過充填をすることで倍にも高めるという話だったのだからな。ところがなんと、それ以上に出てしまった。100パーセントで撃ったのではこうはならなかったのだから、太陽系を出てしまってから120を撃ってしまうとそこで立ち往生することになる。マゼランへの道を半分も行ったところでコスモナイトがなくなったら、どこで手に入れるというんだ?」

 

一同はみな黙って聞いている。

 

「これが結果論なのは百も承知だが、いずれにしてもあのときは最大で撃つべきだったのだ。計画は動き出してしまったのだから、そのときそのときで最善の道を取るしかない。そして今は、できるうちにできる限りのテストをすべきときなのだ」と言って、それから付け加えた。「何しろこの船ときたら、床が傾いとったせいで水まわりがちゃんとしてるかどうかすらまだわからんくらいだからな」

 

というわけだった。これは予定の行動でもあり、特に大きな文句が出るはずもない。〈ヤマト〉は今しばらくは、各種のテストを行う場所を求めて火星から木星へと太陽系を回りながら進むことになる。

 

〈初期不具合〉にはある程度、事前に予想・警告がされているものもある。それらを潰していくだけでも大変な作業となるはずだった。予想外の不具合は、見つけた後で対処する他にない。

 

さて〈ヤマト〉には、存在そのものが不具合とでも呼ぶべきクルーがひとりいた。彼はまったく予定外の人員であり、船のすべてになんの適応もできずにいた。

 

どういうわけかその男が、この船の航空隊の隊長なのだ。



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山本

今の地球の地下都市で、ノックに応えて市民住宅のドアを開けると、思いつめた顔の女が『あなたは神を信じますか? ガミラスは実は人類を救いに来たとは思いませんか?』とよく聞いてくるという。ガミラスは実は神の使い。人類を滅ぼしに来たのは来たが、本当の目的は選ばれた者の魂だけをより高い世界へ連れていくことにある――滅亡がいよいよ間近となれば、そのようなことを(かた)る宗教が生まれ信者を増やすのは当然だった。

 

もとより、〈終末はもうすぐで、自分達の教団だけが人を救える〉などと(とな)えるカルトはいつの世もあったのであり、その教祖がガミラスを『見よ、あれこそワタシが予言してきたものだ』と言えば信じてしまう人間は信じてしまう――それは侵略が始まった直後から起きていたのだが、ここへ来て〈ガミラス教〉に入信する者は急速に増しているという。

 

が、それは別の話だ。ノックとともに、

 

『鍵を解きました。ドアを開けていただけますか』

 

そう言われて古代が地下の市民住宅以下の、まさに寝て一畳な小部屋のドアを開けると、どうにも暗く思いつめた顔の女が立っていた。そして言うのが、

 

「山本(あきら)三尉であります。あなたの僚機を務めさせていただきます」

 

「えーと……」

 

「まずはシャワーを。着替えをお持ちしました」

 

タオルや歯ブラシと一緒に、黒地に赤のコードが入ったパイロットスーツをたたんだものを渡される。古代は襟の記章を見た。

 

「これ、階級が違うんだけど」

 

「いえ。それで間違いありません」

 

ニコリともしない。ご案内しますと言ってサッサと歩いていく。古代はついていくしかなかった。

 

軍艦内の通路はまるで迷路である。それに狭いと決まっている。進んでいくと、白地に赤や緑のコードを付けた船内服のクルー達とすれ違う。互いに道をよけ合いながらでないとすれ違えない。誰もがかなり忙しげな早足だ。手に手にあれこれ道具を持って、連れ合い同士や艦内通話機でやりとりしている。怒鳴り合うような声がそこらじゅうから聞こえてきていた。

 

「なんか騒がしいね」

 

古代が言うと、

 

「火星の陰に入らなければできないテストがたくさんあるものですから。その準備だけでいま大変なところなんです」

 

「ははあ」

 

どうやらほんとに船に乗せられちまったらしい、と思った。それにしても、この宙に浮いてるらしい船の中で、おれってなんか〈浮いて〉ねえか?

 

「こちらです」シャワールームらしきところに着いた。「使い方はわかりますか?」

 

「と思うよ」

 

「一応OKは出ていますが、まだ完全に使える状態かどうかはわからないそうです。ひょっとすると熱湯などが出たりせぬとも限らないので、気を付けて使うようにとのことです」

 

何をどう気を付けるんだ、と言ってやりたい気がしたが、口に出さないことにした。エンジン熱のボイラーで湯をグラグラ沸かしているのを、冷たい水で適温に割って出す仕組みに違いない。それがもしちゃんと働いてくれなければ――。

 

しかし、『いいです遠慮します』などとも言えない。そんなこと言ったら何をされるかと思う。相手はパイロットスーツの肩をモリモリさせた筋肉女だ。古代に渡されたのと同じ黒地に赤のコードが入ったそれは、バイク乗りの革ツナギのようである。あれと同様、相当にスタイルがいい人間でないと似合わない。それに、相当に鍛えてないと。この山本というお姉さんはどちらも百点満点だろうが、

 

代わりに言った。「おれもこれを着ないとダメなの?」

 

「当然です」

 

冗談だろう、と思った。スタイルうんぬんは置くとしよう。古代もかつてはこれを着せられた人間であり、だからこれがどういうものか知っている。一度着るとトイレに行くとき困るのだ。いや、そういう問題じゃなく、

 

「おれ、こんなの着せられたって――」

 

「早くしてください」

 

冷たく(にら)みつけられた。古代はスゴスゴと従った。

 

シャワーを浴びて、あらためて服を確かめてみる。間違いなく戦闘機用のパイロットスーツだ。これは宇宙服であり、着れば外気は遮断される。しかしそれではサウナスーツになってしまうので、裏に細いチューブを織った層が重ねられており、空気を循環させて通気を保つ仕組みになっている。

 

そしてそれが戦闘機のコンピュータと繋がると、あちらこちらで膨らんで体の随所を締めつける。そうすることで体の中で血が(かたよ)るのを抑え、戦闘機動の強いGから操縦者を守るのだ。

 

つまりこれは耐Gスーツなのでもあった。それにしてもこの階級章。

 

おれが本当に戦闘機隊の隊長なのか? そんなバカな――。

 

古代は思わずにいられなかった。



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加藤

「つまり、そこに並んでいるこの止め具が、全部しっかりロックするか確かめなきゃいけないわけだな? そうしないとまた空気を満たしたときに、扉がバンと外に開いちゃうかもしれないと」

 

「そうなんだけど、それにはまず、この油圧が無重力下でちゃんと動くか見なければいけないんだ! それと、真空にしたときに――」

 

〈ヤマト〉艦底の格納庫だ。翼をたたんだ〈タイガー〉が何十機もヒシめいて、段に積み重なっている。

 

「こんなところにだいたいこう無理矢理に詰め込んじまってるんだからな。もしひとつでも正常に働かないものがあったら――」

 

そんな声が飛び交う中、古代は山本の後を追って庫内を抜けていくしかなかった。すると向こうに黒い服の一団が見える。古代達と同じ戦闘機スーツだが、識別コードの色は黄色。

 

「で、このリフトがこう動いて機体を降ろして、アームがギアをひっかけるわけだ。その後はこっちの牽引機が機を引っ張って発艦ゲートに送る。ここまでは地上でできたわけだよな」

 

「そうです。だから宇宙でも問題なくそれができるかどうかというのと、その先ですね。二機三機とちゃんと続けてやれるのかどうか。ゲートの向こうは真空で重力もないわけですから、そこで――」

 

黒服と発艦作業員らしき者達が話している。山本はそれに近づいて言った。

 

「加藤二尉。古代隊長をお連れしました」

 

古代はその『カトウ』と呼ばれた者の顔に見覚えがあった。〈がんもどき〉で地上に降りたときに自分に拳銃を突きつけた男だ。尾翼に《隼》のマーキングをした〈タイガー〉のパイロット。

 

彼は山本に応えなかった。チラリと古代を見たものの、横顔を向けたまま作業員とのやりとりを続ける。

 

山本がまた言った。「二尉。隊長をお連れしましたが」

 

「なんだ」と言った。「おれは忙しい。後にしてくれ」

 

古代はまわりを見た。黒いパイロットスーツの者達がみなソッポを向く。

 

誰も口を利かなかった。騒がしい格納庫の中が、古代の周囲だけ静まった。加藤と呼ばれた男ひとりだけ、作業員と話していたが、その相手も黙ってしまう。

 

それで初めて、加藤は山本に顔を向けた。だが古代には眼もくれない。

 

「ここは〈タイガー〉の格納庫だ。〈ゼロ〉の搭乗員がなんの用だ」

 

「隊長をお連れしましたが」

 

「知らないな。隊長なら、お前がやればいいだろう。おれは別にかまわない」

 

「そういうわけにはいきません」

 

「もちろんだ。しかし、どうすると言うんだ。坂井隊長は亡くなられた」

 

「ですから――」

 

山本が言うのを手を挙げて遮った。

 

「〈がんもどき〉のパイロットがここに紛れ込んでるようだ。連れ出してくれ」

 

作業員に向き直る。

 

「で、続きだが、本来なら発艦は船の前部からやるべきところ、それができなかったので、離着艦ともに後ろの扉でやらなければならなくなったと。その代わりに導入したのがこの装置で、つまり空中給油機のようなアームで機を引っ張り上げる……」

 

「あ、ああ、はい……」

 

作業員が戸惑いげに受け応える。山本はしばらくやりとりを見ていたが、

 

「わかりました。行きましょう」

 

言って(きびす)を返した。古代をうながして歩き出す。

 

むろん、ついて行くしかなかった。古代にも、今のが何かわかっていた。軍においてその階級は絶対だ。古代が一尉で加藤という男が二尉、山本を含むその他大勢が三尉となれば、つまり古代がこの中でなら絶対君主。そういうものと決まっている。決まっているが、現実は、そうと決まっていないのだ。きのうまで古代は一応二尉だった。だががんもどきパイロットが二尉だといってそれがなんだ。戦闘機に乗る人間が(はな)もひっかけるものじゃない。

 

ましてやそれが今日から一尉で隊長だと? トップガンのタイガー乗りの連中がそんなもの受け入れるわけがないではないか。

 

自分はシカトを食らったのだ。それが当然のことなのだ。古代は思った。ホラ見ろだいたいこういうことになるんじゃないかと思ったんだよ。なんとかおれだけこの船を降ろしてもらうっつーわけにはいかんもんかな。あの加藤という男、拳銃を突きつけたときおれに言った。『この船を見たからには帰さない』と。だがもう秘密もへったくれもないんじゃないのか?

 

それにしても、もう格納庫全体が、ほぼ静まってしまっていた。古代と山本が進むのを、役割ごとに色の違うヘルメットとベストを着けた作業員がヒソヒソと何か互いにささやき合いながら眼を向けてくる。

 

なんだ?と思った。別に作業員にまで、()れ物みたいに見られなくてもいいはずでは……考えてると、山本が言った。

 

「ここではどのみち、わたし達のすべき仕事はありません。ここは〈タイガー〉の専用区画で、すべてが主力艦載機である〈タイガー〉を円滑に整備・離着艦させるように造られています。それを阻害するようなものは一切あってはならないわけです。たとえば、他の戦闘機のような」

 

「ははあ」

 

「隊長には〈ゼロ〉に乗っていただきます。今からそこにご案内します」



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コスモゼロ

艦底部の〈タイガー〉専用デッキと比べて、はるかに狭い格納庫。二機並んで置かれているのは、銀色に光る戦闘機だった。主翼も尾翼もたたみ込んで、もはや折りたたみの傘をすぼめたようになってる機体が、カタパルトへ送るためのリフトに固定されている。狭い庫内はその二機だけで一杯だ。

 

「これがわたしと隊長が搭乗する機です」山本が言う。「九九式支援艦上戦闘機。数年前から試作型が〈コスモゼロ〉と呼ばれていたものが、つい最近制式採用されました」

 

「へえ」と言った。「〈コスモナインティナイン〉じゃダメなの?」

 

応えず、「この機体は〈タイガー〉と違い、艦の後方上部にある発進台を用いて離着艦します。旧戦艦〈大和〉では観測機のカタパルトがあった場所です」

 

「せんかんやまと」

 

「はい。その形に合わせて船を設計しなければならない事情があったために、このようなやり方を取らなければならなかったと聞いております」

 

「だからなんで……」

 

「〈ゼロ〉と〈タイガー〉では機体の性格が大きく異なります。〈タイガー〉は基本的に船を護るための戦闘機で数を多く必要としますが、〈ゼロ〉は攻撃を(むね)とするため最小限でいいわけです。〈ヤマト〉の任務はイスカンダルへ行くことですので、防御が優先されるわけです」

 

「そういうことを聞いてんじゃないけど」古代は〈ゼロ〉と呼ばれた機体を(なが)めた。どことなくエビやシャコかヤゴの(たぐい)に翼を生やしたように見える。「つまり、これって、攻撃機だよね。戦闘機じゃないよね」

 

「戦闘攻撃機ですよ」

 

「まだ〈タイガー〉の方がいい」

 

「隊長はこちらに乗ると決まってるんです」

 

「それだよ」と言った。「さっきの見たでしょう。ああなると思ったよ。おれが隊長になれるわけないじゃないっすか」

 

「わたしに敬語を使う必要はありません」

 

「だって、おれなんかがんもどきだし」

 

「今は航空隊長です」

 

「だからさ……」

 

「艦長がお決めになられたことです」

 

「艦長が決めた? ってなんなんだあの艦長は。艦長が死ねと言ったら君は死ぬのか」

 

「もちろんです」

 

「いや……」詰まった。「あのさ」

 

「なんでしょう」

 

黙って次の言葉を待ってる。古代は困った。少し考えてようやく言った。

 

「この船の航空隊長って、いちばん最初にカミカゼ特攻させられる役って意味じゃないよね?」

 

「なんですかそれは」

 

「だってこの船、気味が悪くて……本当にあの沈没船まんまな形してるわけ?」

 

「そうですが」

 

「おかしいでしょ。それってさ、水に浮くための形だよね。宇宙を飛ぶ形じゃないよね」

 

「そう言われると困りますが」

 

「言われないと困らないの? 君らおかしいよ、やっぱり。まるで玉砕覚悟っていう感じ……ほんとはこの〈ヤマト〉って、船ごとどっかへ特攻かけるための船じゃないんだろうね」

 

「イスカンダルへ行くための船です」

 

「ははは」笑った。「冗談だろう」

 

「冗談ではありません」

 

「だってまさか、そんなこと、本気で考えてるなんて――」

 

「古代一尉」と言った。「発言にはお気を付けになられるべきと思います。今はわたしがいるだけだからいいですが、他の者の眼があるときに不用意なことは言わない方が」

 

「おれは本来この船に乗る人間じゃないんだよ」

 

「理解しております。ですから申し上げたまでです」

 

古代は黙った。山本も口をつぐんでいた。しばらくの間沈黙が流れた。

 

古代は首を振り、それから言った。「おれはこんなもん乗れない」

 

「あなたは腕がいいはずです」

 

「そういう問題じゃない。わかってるはずだ」

 

「いいえ。あなたも軍人ならば戦うべきです」

 

「ほんとの隊長みたいにか」

 

「どういう意味かわかりませんが」

 

「おれが言うのは、『これにほんとに乗るはずだった人間みたいに』ってことだ。あのとき、おれを護るために、無人機に突っ込んだ……」

 

「坂井一尉は、〈コア〉を護るためにそうしたのです。あなたのためではありません」

 

「同じことだ! おれにもあれをやれって言うのか!」

 

「そんなつもりはありませんが」

 

「ははは」笑った。「やっぱり、カミカゼ特攻機じゃないか。冗談じゃない。おれはイヤだ」

 

「古代一尉……」

 

「やめろ! おれはそんなんじゃない!」

 

「あなたの他にいないんです」

 

「なんでだよ! タイガー乗りがいくらでもいるだろ!」

 

「そういう問題ではありません。わかってるはずです」

 

「わかるかよ! どうしておれってことになるんだ!」

 

「ですからその……」と言ってまごつく。ちょっと詰まったようだった。

 

「ほら見ろ。ほんとの隊長が死んだからだろう。なんでおれが代わりなんだよ」

 

「艦長がお決めに……」言いかけて〈まずい〉と思った顔になる。

 

「ほうら見ろ」とまた言った。「やっぱり思ってるんだな? おれのせいでほんとの隊長が死んだんだと。だからおれにも死ねって言うつもりなんだ」

 

「そんなことは……」

 

「そうだ」と言った。「あの下にいたやつら……」

 

「古代一尉。あれはあなたのせいなどでは……」

 

「みんな思ってる。そうなんだな? この船のクルーみんながみんな。隊長だけじゃない、沖縄の基地で千人が死んだのはおれのせいだって。おれがあんなカプセルを拾ってこなければ……」

 

「違います! 誰もそんなこと思ってません!」

 

「いや、思ってる! 思ってるんだ! そうでなきゃ――」

 

「古代一尉!」

 

「やめろ! ごまかそうとするな!」

 

「あの〈コア〉には地球の運命がかかっていたんです!」

 

「それがなんだ! 知ったことか! おれになんの関係がある!」

 

「地球のためだったんです! 人類を救うためにああしたんです!」

 

「同じことだろうが! これならおれはあのとき死んだ方がよかった!」

 

「そんなこと言わないでください!」

 

山本は叫んだ。もはや悲鳴だった。涙をこぼし、顔を覆ってうつむいてしまった。

 

「お願いだから」首を振りながらつぶやいた。「あなたにそう言われてしまったら、死んだ人達が哀し過ぎる……」

 

「その……」

 

と古代は言った。しかし後が続かなかった。嗚咽(おえつ)を漏らす山本にかける言葉もなく、ただ庫内を見渡した。しかし銀色の戦闘機しかない。

 

泣き声がいくらかおさまったところで言った。「あの艦長は何を考えてるんだ。おれが〈タイガー〉のパイロットから認められるわけがないってわからなかったのか」

 

「わたしにはわかりません」

 

「それに、これだ。とにかくこんなの、おれに乗れるわけがない」

 

「いいえ」と言った。「一尉には、まずこの機体のシミュレーターによる訓練を受けてもらいます」

 

「はあ」と言った。「シミュレーターね」

 

また思った。ほんとにあのヒゲの艦長とかいうの、何を考えているんだか……。



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沖田は何を考えている

「沖田は何を考えとるのだ!」

 

地球防衛軍司令部。会議室ではテーブルを囲む幕僚達が怒鳴り声を上げていた。

 

「いきなり波動砲を使うとは! 切り札を最初に敵にさらしてどうするというんだ!」

 

「それにあの空母! 生け捕りにできるチャンスだったというのに。波動砲で吹き飛ばしてしまったのでは残骸も残らん!」

 

「試射をするにも別のやり方があったろうに! 木星の夜の面にでも撃つとか――」

 

「それは二時間で〈朝〉になるだけだ」

 

「そういう問題ではない! 冥王星まで秘匿すべきだったのだ!」

 

「どうかな。それはただ秘匿のための秘匿にしかならなかったとは思うが」

 

「別の問題もある! あのせいで、火星の徹底抗戦派がまたわめき出したのだ。〈メ二号作戦〉をやろうとな。『〈ヤマト〉を囲んで二ヶ月かけて冥王星まで艦隊で行く。波動砲が届く距離まで必ず〈ヤマト〉を護ってみせる。その後〈ヤマト〉がワープするまで持ちこたえればいいのだろう』と――まったく、信じられん話だ。冥王星は確かに消し飛ばせるかもしれんよ。だが今ある地球の船はみんな沈んでしまうではないか。またガミラスがやって来たとき誰が地球を護るというのだ」

 

「その通り。〈メ二号〉は問題外だ。冥王星をやろうとしたら、〈ヤマト〉だけで行かすしかない」

 

「そういう話になってしまうということをなぜ早くによく考えてみなかったのだ! 波動砲の完成ばかり気をかまけていたからだろう。戦闘機に護らせればいいなどと精神論で考えるから――」

 

「今更それを言ったところで始まるまい」

 

――と、「まあ待て。今は、沖田が何を考えているかの話だ。沖縄基地で何十人かのクルーが死んでしまったな。その中に副長の南雲と航空隊長の坂井が含まれているのがわかった」

 

「なんだと? 今は副長なしか」「いや待て。死亡した分は、発進前になんとか補充したはずではないか。沖田に請われて急ぎかき集めたのではなかったか?」

 

「そうだ。だが沖田の要請の中に、代わりの副長と〈ゼロ〉のパイロットがなかった」

 

「どういうことだ。副長なしにあれだけ大きな船が運用できるのか」

 

「いや、それなんだが、副長についてはわからなくもないのだ。〈ヤマト〉のすべてを知る人間など確保しようがないのだからな。沖田の補佐には軍人としてのスキル以前に、あの船の中を迷わず歩けて主な乗員の顔と名前を知ってることが必要になる。そんな人間どこにもいるわけないのだから代わりを手配しようがない」

 

「理屈を言えばそうかもしれんが……」

 

「おおかたこの島か南部というのを副長にして、副操舵長か副砲雷長を引き上げたというところだろう。それをこちらに黙っていたということだ。それも気にかかることではあるが、それ以上に〈ゼロ〉のパイロットだ。この代わりを言ってこなかったのがわからん」

 

「〈タイガー〉のパイロットがいるだろう。代わりに乗せればいいではないか」

 

「そういうわけにはいかんのだよ。たとえばテレビのリモコンひとつとってみろ。機種を変えたら、ボタンの位置はぜんぜん変わってしまうではないか。ましてやあのボタンを全部使ってみたことがあるかね。だが戦闘機パイロットは、その機体が持つあらゆる機能を完璧に使いこなせねばいかん。それも、目をつむってな。そこまで〈タイガー〉に習熟した人間を〈ゼロ〉に慣れ直させるのは、一ヶ月やそこらでできることではないのだ」

 

「ふうむ。〈ゼロ〉のパイロットなら代わりの手配もできたはずだな」

 

「そうだ。なのに沖田は要請もしてこなかった」

 

「それはどういうことなのだ?」

 

「わからんからおかしいと言っているんだ。だが『何を考えてるか』と通信で聞くわけにもいくまい。敵もそうだが、火星の徹底抗戦派などに聞かれたらどうする」

 

幕僚達は議論を続ける。しかし、〈ヤマト〉が飛び立った今、沖田が何を考えていようと彼らにはどうすることもできないのである。ゆえに会議は不毛だった。テーブルには、大型プロジェクターによる宇宙の立体映像の他、各自のコンピュータ端末器や電子メモパッド、紙の資料といったものが広げられている。その中に、沖縄で死んだ人員の代わりに〈ヤマト〉に急遽補充された数十名のデータがあった。

 

五十音順に並んだリストの末尾に、機関員の藪助治の名前が記されていた。



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ワープテスト・ブリーフィング

「ではこれより、ワープテスト実施についての注意事項の確認をする」

 

〈ヤマト〉第二艦橋。大スクリーンを背に真田が言った。第一艦橋の下に置かれたブリーフィング・ルーム――作戦などの指示や説明を、必要な者を集めて行う部屋だ。航海部員の島・太田・森以下のクルーと、真田の本来の部下である技術部員、そして徳川以下の機関室員が主に集められていた。

 

中に藪の姿もあった。彼は不安げな表情で真田の言葉を聞いている。

 

「〈ワープ〉、すなわち空間歪曲航法とでも呼ぶべきこれは、地球の船ではこの〈ヤマト〉が始めて持つものであり、ゆえにこれから行うテストがあらゆる点で最初の試みということになる。航海の成否を分ける最も重要なテストであるので、各員が互いの仕事の重要性を理解し合い力を合わせて事に臨んでもらいたい」

 

「はい!」

 

全員が声を合わせて力強く返事した。藪ひとりがギョッとして、息を詰まらせたようになった。

 

「では各員の役割だが、まず島操舵長。君は……」

 

スクリーンに映し出される()を元に難解な説明がなされていく。全員が熱心に聞いている。その中で藪ひとりだけ途方に暮れているようだった。

 

「ワープの原理は、宇宙空間を一枚の紙のようなものと考えてそれを折り曲げ、重ね合わせて穴を開ければ間の空間を通ることなく近道をすることができるというものだ。これを二次元の紙でなく三次元の宇宙空間でやるわけだが、失敗すればまさに紙のように宇宙を引き裂いてしまうことになるかもしれない。また、こちらに穴を開けても、目的地である反対側に出られずに超空間に永遠に閉じ込められるといった失敗も考えられる。また、宇宙空間に小型のブラックホールを現出(げんしゅつ)させるということだから、この〈ヤマト〉がその力で潰れてしまうということも……」

 

藪の顔がひきつった。ちょっとこの人、普通の顔してとんでもないことサラサラと話していたりしはしないか? と、そんなふうに感じている表情だった。他の者は真剣な顔で聞いているが、真田の言葉に特に疑問を感じているようすはない。

 

「それから徳川機関長、ひとつ留意していただきたい点があります。『〈ワープ・波動砲・またワープ〉と連続して行うことはできるか』という問題です。もしこれができるようだと、冥王星の前にワープして星ごと基地を吹き飛ばし、すぐサッサとマゼランへ向かえるようになるわけですが」

 

「わかっているが、あまり期待しないでほしい。それをやったら機関がもたないと思うよ」

 

「わたしも同意見ですが、それぞれの間にどの程度の間隔を開ける必要があるかを知るのも重要ですのでお願いします」

 

「了解した」

 

「では次に――」

 

と言って真田は藪に眼を向けた。

 

「藪一等機関士。そうか、君は直前に補充になったクルーだったな」

 

「はい」

 

「エンジン始動の際はよくやってくれた。今回の君の役割は万一の際の消火作業だな。訓練もなしに取り組ませることになってしまって申し訳ない。またあのロボットに君のためのマニュアルを読ませて補助に付けよう。頑張ってくれ――機関長、彼のことはお願いします」

 

「うむ」

 

言って徳川は藪の肩に手を置いた。(うなず)いてみせる。

 

「大丈夫だ。みんなが付いてる」

 

「はい……」

 

「うん」と真田も頷いた。「ブリーフィングは以上だな。では、わたしは艦長に呼ばれているので」



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沖田の思惑

艦長室のゴンドラは第二艦橋まで通じているが、むろん誰もが使用が許されるものではない。しかし今、沖田から真田は乗るように指示されていた。艦長室へ昇っていくと沖田は言った。

 

「古代の件だ。タイガー隊からいきなりシカトを喰らっとるらしい」

 

「はあ」と言った。そんなこと、こっちもいきなり言われても困る。「どうされるおつもりですか」

 

「どうもせんよ。わかってたことだ。ほっておく」

 

「それは」と言った。「しかし――」

 

「フフフ。あの南雲なら、きっとこう言っただろうな。『なんであれ艦長がお決めになられたことをクルーが無視するとはけしからん。これはゆゆしき事態ですぞ。古代も古代だ。士官ならばひとつの隊を任されたのなら』とかなんとか……」

 

「補佐役としては、わたしもそう言うべきなのかもしれません。ですが……」

 

「いいのだ。()り抜きの戦闘機乗りが、古代のようながんもどきを上に迎えるわけがない。ましてやあいつのために本当の隊長が死んだのではな」

 

「それに、古代自身もです」真田は言った。「本来なるべきはずの人員が死んだからお前が代わりの副長だの隊長だのと言われてうれしい人間がいると思いますか。わたしのことは置くとしても……」

 

「君の他に代わりはいないよ」

 

「かもしれません。ですがわたしや古代だけでなく、かなり下の補充員でもいきなりの任命に戸惑っている者がいるのをつい先ほど知りました。発進のときはわたしは睡眠を取り戻すのとエンジン始動で一杯で、他人のことまで思い至りませんでしたが……」

 

「そうだったな。君が仮眠を取ってる間に補充員を手配した。しかし副長は君と決め、その代替は考えなかった」

 

「まあわたしはいいでしょう。しかし、古代はどうなのです? 〈ゼロ〉のパイロットならば代わりがいたのでは?」

 

「坂井が最も上だったから隊長にしたのに、それより下を代わりにしてどうするのだ?」

 

「そ、それを言うのでしたら誰であれ古代よりは上なのでは?」

 

「『お前は代わりだ』と言われて喜ばないのは誰でも同じだろう」

 

「それはそうです。しかし、いくらなんでも古代……」

 

「それだよ」と沖田は言った。「古代は疫病神(やくびょうがみ)だ」

 

「は?」

 

「沖縄基地だ。この船に乗る誰でもが、あれが古代のせいではないと知っている。だがそれでも、古代のせいでああなったのだ。軍司令部は古代が後をつけられるおそれがあると知ったうえで〈コア〉をまっすぐに運ばせた。〈コア〉と基地を(はかり)にかけて〈コア〉の方を選んだのだ。あのカプセルは何を犠牲にしたとしてもこの〈ヤマト〉に届けられねばならなかった。結果として大勢が死んだ。この船のクルー達にとって、(こころざし)を共にする仲間をな」

 

「ええ……」

 

「古代のせいで死んだのだよ。この〈ヤマト〉のクルー誰もが、沖縄基地の人員に支えられてやってきた。泣いて、笑って、送り出してくれた者達があそこにいたのだ。『君らの帰りを待っている』と言ってくれた者達だ。それが古代のために死んだ。古代が悪いのではないのに、古代のせいで死んだのだ。そのジレンマをどう解決する。古代を恨まずいられないのに、古代を恨めないのなら……」

 

「疫病神……」真田は言った。「古代進は疫病神だ、ということになる……」

 

「そうだ。しかしその古代を船から降ろすわけにはいかん。大勢の者が死んだのに、あいつはひとりのうのうと荷物運び屋に戻るというのは、この船のクルーらにとって納得のいくことだと思うか」

 

「それで戦闘機パイロットに? しかし、航空隊長というのは……航空隊は損耗が最も高くなると予想される部署ではありませんか?」

 

「いや、だからこそなのだよ。どうせ疫病神なのなら、それを利用することだ。かわいそうだが古代には、この〈ヤマト〉の疫病神になってもらう」

 

「それは……」

 

「むごいことだがな」と言った。「今この艦内はあまりに空気が重過ぎる。ただでさえ地球人類の存続などというデカ過ぎるものを背負(しょ)い込まされてるのに、出発前のあの騒ぎだ。真田君。わしは〈スタンレー〉を叩かん限り、マゼランへの旅には出られんと考えている。それも、波動砲を使わずにだ」

 

「は?」

 

「この〈ヤマト〉一隻だけで、波動砲を使わずに、冥王星のガミラス基地を見つけ出して叩き潰す。わしはそう言っとるんだ。こんな旅がうまくいくはずがない――誰もがそう考える。今はまだでも、銀河を出て何ヶ月も過ぎるうち、精神的に堪えられなくなる者が多く出るだろう。そのとき心を支えるものがあるとすればひとつだけ――この〈ヤマト〉なら必ず目的を果たせる、地球は〈ヤマト〉を必ず待ってくれているという自信だけだ。まだこの船には、それがない。そう、希望だ。クルーに希望を与えるには、不可能と思えることに挑戦しやってのけるしかないのだ」

 

「そ、それは……」真田は言った。「ですが、相手は百隻を超えるガミラス艦隊……」

 

「いいや、そうはならんよ。もうじきわしが、なぜ地球を出てすぐに波動砲を撃ったのかわかる」

 

「あの試射には別の理由があったとおっしゃる?」

 

「そう。それも、全出力でなければならなかった理由がな。だがそれを君に言うのはまだ早いだろう。古代を航空隊長にした理由もだ。ただ、今の〈ヤマト〉には、あのような疫病神も必要だとだけ言っておく。古代なら〈スタンレー〉攻略までに〈ゼロ〉を使えるようになるだろう。腕はいいはずだからな」

 

「腕はいいが闘争心に欠けるため補給部隊にまわされたパイロットですよ」

 

「ほう」と言って顔を上げた。「さすがだな。もうそこまで調べたのか」

 

「いいえ。彼のことは個人的にちょっと知っていたもので」

 

「そうか。わしはそこまで知らなかった」

 

「艦長は古代進を知っていたために〈ゼロ〉に乗せようとしていたのではなかったのですか」

 

「いいや」と沖田は言った。「わしはあいつの眼を見ただけだ。わしに向かって四機墜としたと言ったときのな」



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シミュレーター

クルマに詳しい人間ならば、前輪駆動と後輪駆動ではコーナーの曲がり方が違うのを知っているだろう。普通に道を走るぶんにはどちらでも別に変わりのないことだが、もしあなたが峠を攻める走り屋なら、あなたのマシンが限界域でどんな挙動を示すのかを体で覚えておかねばならない。

 

あるいはクルマにニトロ・チャージャーなどといったものが装備されているとしよう。しかしあなたがそれを知らず、知ったとしてもそのスイッチがどこにあるかもわからず、わかったとしてもどの程度の効果があって使いどころがいつなのかまるで理解していないなら、それはただの重しでしかない。一万台のマシンがあれば一万通りにカスタマイズされていて、特性はそれぞれに違うのだから、ドライバーの腕が良ければその性能を一度で引き出せるということはない。その個体なりの限界を見極め、あらゆる機能を使いこなして初めてベストの結果を出すことができるのであり、その0.01秒が()り合いでの勝負を決する――宇宙戦闘機も同じことだ。古代が〈ゼロ〉で戦うには、まずはシミュレーターにより機体のすべてを頭と体で覚え込まねばならなかった。

 

『ようこそ〈コスモゼロ・ファイター・シミュレーター・システム〉へ。古代進一尉、本機は貴官の本機による〈コスモゼロ〉操縦の教習資格を認めました。教習課程に入る前に、まず機体の概要と、〈ヤマト計画〉における役割について説明します』

 

〈ゼロ〉のコクピットを模したシミュレーターの中、これから宇宙のヴァーチャル映像を映し出すのだろうキャノピー型スクリーンの古代から見た正面に、文字が流れて表れると同時に音声アナウンスがそう告げた。ヘルメットを被りシートにベルトで体をきつく縛り付けた古代は早くもげんなり声で、

 

「それ飛ばしてくんねえの」

 

『質問の意味不明。九九式艦上支援戦闘機宇宙戦艦ヤマト搭載隊指揮官用特別仕様。機体全長……』

 

ズラズラと細かなデータが示されていく。全長、全高、重心、前後の重量配分、乾燥重量、全備重量、エンジン型式、ノズル形状、出力、翼の形状、取り付け位置、面積、角度、翼断面、各動翼と制御方法、兵装、火器管制、航法、通信、情報収集能力……。

 

このシミュレーターでただの飾りのものがひとつ。脱出装置のレバーだ。それが活きて動くものなら、ポンと飛び出して終わりにしたいと古代は心底考えた。このアーケードゲーム筐体(きょうたい)がもたらす地獄を考えただけで、体が2Gか3Gくらいの重力を受けて重くなっていく気がする。こいつはただグラグラと揺れるだけの遊園地アトラクションとは違う。人工重力装置によって、12Gの力で中の人間を振り回す恐怖の絶叫マシンなのだ。

 

『宇宙戦艦〈ヤマト〉には、支援戦闘機〈ゼロ〉と要撃戦闘機〈タイガー〉の二種の戦闘機が搭載されます。両者の違いは多岐に渡りますが、最大の相違はエンジンとノズル形状です。〈ゼロ〉が大型の単発エンジンに円形ノズルであるのに対し、〈タイガー〉は二基のエンジンを並列に配して上下偏向の二次元ノズルを備えています。これによって〈ゼロ〉が機体の軸を中心に回転するロール性能に優れるのに対し、〈タイガー〉は機首を上下に動かすピッチの運動性に(まさ)る機体となりました。よってこれらを活かすのならば、〈ゼロ〉が螺旋(らせん)を切るような飛び方で速度を殺さず敵の攻撃を(かわ)しながら一撃離脱をかけるのに対し、〈タイガー〉はその旋回性能を活かしてヒラヒラと宙を舞うような飛び方を心がけるのが適切ということになります。基本的に〈ゼロ〉は速度重視の攻撃型戦闘機、〈タイガー〉は格闘重視の防衛型戦闘機と呼ぶことができるでしょう――』

 

「眠いんだけど」

 

『〈ゼロ〉と〈タイガー〉は互いが互いを護り合う関係にありますが、〈ゼロ〉は迎撃戦闘においてはタイガー隊を後方で支え、対地・対艦作戦では先頭に立ってタイガー隊に援護させつつ敵に向かうことになると考えてよいでしょう。ゆえに隊長とその僚は、〈ヤマト計画〉においては〈ゼロ〉に搭乗します』

 

「よくわからん……」

 

『説明を繰り返しますか?』

 

「やめてくれ」と言った。「早く終わらせよう」

 

『それではまず、飛行前点検の説明から――』

 

「ううう」

 

(うめ)いた。人間は翼を持たない。その人間が宙を飛ぶには、煩雑(はんざつ)な手続を必要とする。古代が〈ゼロ〉を己の翼とするのには、かなり長い時間がかかりそうだった。



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消防服

「着るだけでもかなり時間かかるなあ」

 

藪が言うと、アナライザーが、

 

「八百度ノ熱ニモ耐エル超耐熱宇宙服デスカラネ。本来ハ水星ヤ金星ノ環境デ着ルタメノモノデス」

 

「それを消防服に改造したのか」

 

藪はほとんどメカゴリラか着ぐるみロボット人間とでもいったものと化していた。アナライザーに手伝ってもらって、やっと一回、機関室内の火災対策用として作られた消防服を着たところだ。全身ピカピカの銀色で、目を守るためのバイザーもミラーコートされているため顔はまったく外からは見えない。

 

「〈万一の際の消火〉っていうけど、ほんとに万が一のときになったら、この服だって気休めにしかならないんじゃないの?」

 

「ソレハ火災ノ規模ニヨリマス」

 

「でなけりゃ、他はみんなアッという間に死んでく中でおれひとりだけこいつのおかげで蒸し焼きだとか……」

 

「ソンナ事モナイトハ言エナイデショウ」

 

「ちぇっ」

 

と言った。頭の部分を取り外すのにも苦労する。ヘルメットをやっと脱いで藪は深く息をついた。

 

「おれ、自信ないよこんなの」

 

「何ヲ言ッテルンデスカ。最初カラ自信ノアル人ナンテイマセン」

 

「そうかなあ。ワープに失敗すれば宇宙が裂けるとか、永遠に閉じ込められるとか言いながら、誰もぜんぜん心配してないみたいだけど」

 

「ソレハ、心配シテモ始マラナイカラデス」

 

「かもしれないけど」

 

ヘルメットを手にとって、その銀色の表面に、丸みのために魚眼で覗いたように映る自分の顔をじっと見る。

 

「おれ、こんなのやっぱり無理だよ」

 

「実際ニ火災ガ起キル心配ハゴク少ナイハズデスヨ。軍艦ナラドンナ船ニモ必ズ危険ハアルモノデス」

 

「にしても、この船ムチャクチャじゃないか。イスカンダルまで十四万八千なんて……一体なんだよ、〈光年〉って。千光年ずつ往復三百回くらいワープだなんて言われてもさ。つまりこいつを三百回着ろってことだろ」

 

「ジキ慣レルト思イマスヨ」

 

「軽く言いやがって……その三百回のうち一回でも失敗したらすべては終わりなんじゃないか。『万にひとつの失敗も許されない』なんて簡単に言うけどさ、言葉の意味ほんとに考えて言ってんのかな」

 

「ソノタメニコノ備エモシテイルノデハアリマセンカ?」

 

「この服か? 万一の事故がやっぱりあるんじゃないか? 三百回もワープするなら……」

 

「一万分ノ一ノ事故ガ三百回ノわーぷノウチニ起コル確率ハ三十三分ノ一デスネ」

 

「その計算はおかしい」

 

「イエ、正シイ計算デス。正確ニハ33.3333……」(※)

 

「そういうことを言ってんじゃなく……いや、そういうことなんだよな。ここで火事が起きなくても、どこかで何かの事故が起きて丸ポシャるかもしれないんだ。こんな綱渡りの旅に人類の運命を懸けるなんておかしいよ」

 

「シカシコレシカナイノデスカラ」

 

「ホントにそうか? プランBとかCとか何か、別に立てようがあるんじゃないか?」

 

「タトエバ、ドンナ?」

 

「知らないけどさ」藪は言った。「偉い人間が『オレを信じてついて来れば必ず成功する』とか言って大失敗で終わったことなんかいくらでもあるじゃないか。うまく行くと思っていればうまく行くと思うのなんて絶対に変だ。『宝くじは買わなきゃ当たらない』とか言って、買ったらもう当たった気でいる人間とまるで同じだろ。戦争やりたがる人間なんてみんなそうだ。プルトニウムで地球が汚染されたのだってガミラスのせいばかりじゃないのに、なんでおれがこんなもの……」

 

「アナタハチョット、コノ前マデワタシノ相棒ダッタ人ニ似テマスネ」

 

「なんだよそれ」

 

「イイエ。トニカク、マズハ自分ノヤルベキコトヲヤルベキダト思イマス」

 

「うん……」と言ってまわりを見る。「宇宙には上も下もないはずなのにここは船底(ふなぞこ)なんだよな」

 

藪は天井を見上げた。

 

「軍艦なら危険はあるって? そりゃ艦橋にでもいれば、死に方も自分で決められるだろうけどさ――」

 

 

 

 

・アナライザーの計算は間違っています。正しい答は〈感想〉ページの4月8日投稿分をご覧ください。

・でもその前に、ご自分でお解きになられてみてはいかが?



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ヒマなふたり

艦内のどこもかしこもテストのために忙しくクルーが立ち働いている今の〈ヤマト〉の中にあって、逆に第一艦橋はガランと静まり返っていた。就いているのはただのふたりで、他の席は空いている。電子機器の唸る音や空調の音、それに何やらパリポリと鳴る小さな音しかしない。

 

「島・太田・森・徳川に真田副長の五人はワープテストの準備。新見さんは各種テストの結果入力で大忙しと。艦橋員で今ヒマなのは南部さんくらい?」

 

ふたりのうち片方である相原が言うと、

 

「そんなことはないですよお」

 

スナック菓子をつまみつつ、ぶ厚いファイルに眼鏡をかけた顔をくっつけそうにして読んでいた南部が応えた。と、それから「うわちっ」と叫んで身を跳ね起こす。熱い飲み物を口に含み過ぎたらしい。ストロー付きのカップを顔をしかめて見てから、

 

「木星行ったら主砲や魚雷をドカドカ撃ちまくるんだから。木星の重力でビームがどう曲がるか見なきゃなんないし。対空砲もあらためてテストし直さないとね。今から準備しておかないと」

 

「ふうん。波動砲は?」

 

「やらない。コスモナイトが手に入るならおれとしてはしたいんだけど、艦長がダメと言っているんでね」

 

「へえ。なんで?」

 

「それは『地球で撃ったのが最大だ』と敵に教えるようなもんだからさ。木星で100パーセントで撃ったりしてみろよ。明らかに威力が小さいということになりゃ……」

 

「ああなるほど。100か120のどちらかしかないんだよね」

 

「そう。単純に二割引き増しじゃなくて、100だと威力は半分のはずなんだけどね。艦長にそう言われたらあらためて撃てない」

 

「そうか……じゃ、あれは? 〈ワープ・波動砲・またワープ〉と連続してできるなら〈スタンレー〉を一撃離脱できるってやつ」

 

「それも無理そうだなあ。基地の位置がわかるなら100で狙い撃てるんだけど、わからないから120で全部焼くしかないんだし……」

 

白夜(びゃくや)の圏にあるはずだって話でしょ」

 

「それが広いんだからなあ……って、ちょっと待て。おれよりそっちの方がヒマなんじゃないのか?」

 

「そんなことはないですよ」

 

「本当か?」

 

「本当本当。火星の陰に入るのは〈ヤマト〉の姿を見えにくくするっていうのもあるけど、通信機器なんてのは太陽の影響受けるから。今のうちにやるべきことをやっとかないと」

 

「ふうん」

 

と言った。元より、ふたりがここに居るのは、第一艦橋に誰ひとり士官が就いていないわけにはいかないという理由による。南部にしても本当ならばテストのために今は艦内を駆けずり回っていたいのであり、相原もそれは同じであることをわからぬはずもないのだった。

 

「それにどうも……」相原は言った。「さっきから妙な通信傍受(ぼうじゅ)してるんだよね。火星の動きが慌ただしいみたいでさ。この近くに艦隊を呼び集めようとしているような……」

 

「なんだ?」と南部は言った。「艦隊って、味方のか?」



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火星軍部

火星は小さな天体だ。直径は地球の半分、重力は三分の一しかない。人間が長期に渡って暮らそうとすれば、宇宙船の内部同様、人工重力が加えられた環境が必要だ。いま現在、火星植民地に住む人々は地球と同様やはり地下に潜っているが、それはガミラスの侵略があるばかりではない。太陽からの距離に加えて希薄な大気のために温室効果も得られず、星は低温でどうせ外などロクに歩けはしないからだ。空気と1G重力のある地中のトンネルの中に()もるしかないのである。

 

それでも現在、その火星に数千万が生きるのは、豊富な鉱物資源と共に、地球の月にはない水が氷の形で多量に存在するからである。鉄もアルミもウランも石油も地球に埋まっていたものは、21世紀中に全部採り尽くされてしまった。代替エネルギーについては地熱がなんとか解決させて、今も地下都市の生命線となってはいる。が、鉱物については別だ。宇宙船の造船は多くが水と金属資源が豊富な火星で行われており、厚い大気と強い重力を持つ地球よりはるかに運用が容易でもあるため、防衛艦隊の拠点もここに置かれていた。

 

ガミラスの出現以前から、人は宇宙資源を求めてたびたび激しく軍事衝突を起こしてきた。それも、主に火星資源をめぐって。それが宇宙艦隊を作り、火星植民地をまるで竹の地下茎のような地中に張られた網としてきた。それが皮肉にもガミラスへの抵抗手段を人類にもたらすことになったのだ。

 

火星がなければガミラスは遊星などというまだろっこしい手は使わずに大艦隊で一気に地球に攻め込んできて、核の雨を降らせていたに違いない。人類には地下に逃げるヒマなどまったくなかったかもしれない――このように言うと、狂信的降伏論者や〈ガミラス教〉の信者達は猛反発する。そんなことはない、人類が宇宙艦隊を持たなければ、ガミラスはそもそも来はしなかったのだ、人が兵器を捨て去ればガミラスは去ってくれるのだ、とか。神は人に信じる時間を与えてくれているのです、だからガミラスを信じれば、あなたも神に選ばれて高い世界にゆけるのです、とか。

 

滅亡のときが迫る中、このようなカルトに引き込まれる者が増えてしまうのはしかたのないことかもしれない。しかしこれは地球に限った現象だ。火星植民地の中ではその種のカルトは広まらなかった。なぜなら、きわめて厄介な別の狂信的思想が幅をきかせていたからである。

 

そう、軍事信仰だ。実際のところ、地球の兵器はガミラスにそう劣っているわけではない。ただ相手は船の動力に波動エンジンを使えるという、それだけだ。小型の戦闘機などは互角かそれ以上なのだから、何十年か持ちこたえて波動技術を確立させることができれば、ガミラスよりもずっと強力な船さえ造れて太陽系からやつらを追い払えるに違いない――宇宙戦艦〈ヤマト〉にしてもこの考えのもとに造られたわけではあるが、火星ではこのように叫ぶ者達が地球よりもはるかに多く存在し、住民の過半を占めていたのである。

 

火星に長く住んでいると人は〈火星人〉になる。〈地球人〉とまったく同じ考え方はできなくなる。〈火星人〉らにはこれまで地球を護ってきたという自負があり、資源のない地球を養ってやっているという考えさえ持っている。ゆえに地球の政府が何をするにしても、『我らを置いて勝手に事を運ぶな』と言ってくるのが常だった。

 

特に宇宙の、それも軍事についてはだ。

 

〈ヤマト計画〉に関しても、火星に黙ってすべてを行うわけにはむろんいかなかった。船を地球で造ることには火星軍部も同意せざるを得なかったが、しかしひとつ、地球とほとんど合意のできていない問題が残されていた。

 

火星軍部はガミラスとの徹底抗戦を主張する派が牛耳っており、〈メ二号〉と呼ばれる彼らの作戦を〈ヤマト計画〉に組み込む考えを地球に(ゆず)るつもりはまったくない、ということである。



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メ二号作戦

「メインスクリーンに状況を出します」

 

森の操作で、レーダーの像をグラフィック化した()がスクリーンに映し出される。弧を描いて集まってくるいくつもの指標。それぞれに、船の名前と級別コードが示されている。そして一画に火星を表す大きな円があり、ふたつの衛星、フォボスとダイモスの軌道も線で示されていた。画面中央にあるのは〈ヤマト〉だ。

 

第一艦橋。ワープテストの準備どころではなくなって、艦長以下の艦橋クルー全員が今は席に着いている。

 

「戦艦、空母、巡洋艦……戦闘機も出しています。〈ヤマト〉の前をふさぐつもりのようですね」

 

太田が言うと、新見が、

 

「つまり、〈ヤマト〉が火星の陰に入りたがっているのを知っていて、それを邪魔するつもりなんだわ」

 

島が言う。「まさかとは思ったがなあ。これが味方のやることか……」

 

艦橋の窓に、戦闘機の四機編隊が向かってくるのが見えた。〈ヤマト〉の前で二機ずつ左右に分かれて横をすり抜けていく。そして、さらにその後からも続いてまた四機の編隊。

 

相原が言った。「火星から入電です。『停船せよ』」

 

「『バカめ』と言ってやれ」沖田が言った。「これだから火星なんかにうっかり電報も打てんのだ。コスモナイトがないなんて知ったら、連中、なんて言ってくるか」

 

「『それをやるから一緒に火星の人間を乗せろ』でしょうね」真田は言った。「冥王星まで」

 

「そうだ。これではガニメデも無理と思った方がいいな。タイタンで(じか)に採るしかないか……島、まずは転進だ。ヨー角右20。ピッチこのまま」

 

「はい」

 

島が操縦桿を操った。〈ヤマト〉が右に向きを変える。星の光が窓を左に流れていく。なかには船の光と(おぼ)しきものもあった。

 

「〈メ二号作戦〉なんてあきらめたと思ってたのに……」

 

島が言うと、横から南部が、

 

「波動砲の力を見たらね。またやりたくもなるんじゃないの」

 

「南部、お前もやりたいんじゃないのか」

 

「まさか。二ヶ月かけてまで……」

 

「おしゃべりはやめろ」沖田が言った。「火星の狙いはわかっとる。君らの言う通り、〈メ二号〉だ。〈ヤマト〉と共に冥王星まで火星のほぼ全艦で行く。ガミラスが迎え撃ってきたら、波動砲の射程距離まで〈ヤマト〉を護り、その後〈ヤマト〉がワープするまで持ちこたえる。それで全艦玉砕という特攻作戦だ。そうまでして火星軍部は冥王星を消し飛ばしたい……」

 

「信じられないほどにバカげた作戦です」新見が言った。「防衛圏を出た途端に、敵は全艦で地球にワープし、核の雨を降らせるに違いありません。人類はあと一年や十年と言わずその日に絶滅するだけなのに……」

 

「そうだ」と徳川が言った。「その論理で一度は火星を納得させたはずだった。だが論理に溺れると、人は目先の(わら)を掴んで離さない……」

 

「じゃあ」と森が言った。「その話をここでもう一度言ってやっても無駄ってこと? 〈スタンレー〉まで二ヶ月言い続けても?」

 

「だろうな」

 

「そんな! 女が子を産めなくなるまであと一年しかないのよ! 九ヶ月でマゼランから帰ってこれるかもわからないのに、太陽系で二ヶ月潰してどうするのよ! その間にどれだけ子供が放射能の水を飲むと思ってるの!」

 

「それは女の理屈なんだよ」太田が言った。「バカな政治家や官僚は、冥王星が吹っ飛べば若い女が子を産むようになると思い込んでるんだ。〈来年〉なんて考えてない。今年の出生率が上がれば自分の手柄なんだから」

 

「産むわけないでしょ、今の地球で! 汚染を除去しない限りダメなのよ!」

 

「ぼくに言うなよ。〈火星人〉にしてみたら、冥王星を迂回して〈ヤマト〉が外宇宙に出るのは〈ヤマト〉が逃げるってことなんだから。徹底抗戦派にしてみたらこれはどうしても許せないのさ」

 

「あなたも〈スタンレー〉をやりたいわけ?」

 

「何言ってんの。ぼくが島さんと同じく迂回派なのは船務長もよく知ってるでしょ」

 

「それは……」

 

「もういいだろう森君。そういうことだ」真田が言った。「とにかく、火星は〈メ二号〉をやめる気はない。ここはサッサと退散すべきじゃないでしょうか。我々がいなくなれば、〈火星人〉も少しは頭を冷やすかもしれません」

 

「その通り。と言いたいところだが……」沖田が言った。「どうやらなかなかそうはさせてくれなさそうだぞ」

 

「は?」

 

と真田が言うと、沖田は、

 

「新見君、八時上方から向かってくる駆逐艦の群れがあるな。あいつをちょっと調べてくれんか」

 

「はい」新見がパネルに指を走らせた。それからハッとした顔で、「艦長、これは……!」

 

「そうだ。やはりな」沖田は言った。「〈ガミラス捕獲艦隊〉だ」



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ガミラス捕獲艦隊

ガミラスの出現以来、地球はひたすら敵異星人の捕虜を捕ろうと努めてきた。

 

できれば、船を丸ごとだ。理由のひとつは、むろん、敵を知るためである。〈ガミラス〉とはなんなのか。どこから来たのか。背後にどれだけの勢力を持つのか。なぜ太陽系に現れ、地球人類を滅ぼそうとするのか。

 

兵をひとり捕まえたくらいでは、何もわかりはしないだろう。どうにでも嘘をつくかもしれない。ふたり捕まえればふたりとも、五人捕まえれば五人とも、同じ嘘をつかないとさえ限らないのだ。ことによると全員が、地球の海は塩でなく砂糖水で出来てるものと考えて、地球人類を皆殺しにして星全体をひとつの焼酎(しょうちゅう)工場にでも変えに来たと答えるかもしれないではないか。捕まったらそう言えと指示されていないと言い切ることはできない。

 

地球人でも男と女は決して本当にわかり合うことはないともいう。それが異星人ともなれば、その心理は地球人にはまったく理解できないものが必ずあるのは疑いない。七進法で数をかぞえるかもしれないし、脳に巣くった寄生虫に操られた生物かもしれない。結局何も知り得ないということも、多分に有り得る話だった。

 

ゆえに何より、ガミラス艦を捕らえたい本当の理由は別だった。その動力である波動エンジンだ。なんとしてでも地球政府はこれを手に入れたかったのである。

 

波動エンジン――その元となる波動技術を、地球はガミラス出現以前に一応かたちづくってはいた。だが研究は基礎段階で、到底、ワープを可能にするエンジンなどは試作にも至らずにいた。出来るのは二十年も三十年も先のことと言われていたのだ。

 

ガミラスはそこに現れた。彼らの船は明らかに波動エンジンを積んでおり、こちらの船とは比べ物にならないほどの動力性能を発揮して、地球防衛軍を圧倒した。

 

が、しかし、それだけだった。『波動技術を持つ』ということ以外では、敵の科学は地球とたいして違わぬらしい。地球から火星へ一日で行ける現在の宇宙技術を(もっ)てすれば、護りに徹している限りなんとか対抗できなくもない。

 

ならば、こちらが波動技術を完全にものにできたなら、ガミラスに勝てるのではないか? やつらを太陽系から追い払い、二度と来る気にさせないようにできるのではなかろうか。それどころかワープ船を造り上げ、こちらがやつらの本拠星系を見つけ出し叩くことさえできるのではないか――〈波動砲〉という、未だ持たざる兵器を以て。

 

地球政府はそう考えた。が、どうやらガミラスも、同じことを考えていると思えるフシが窺えた。やつらは波動エンジンを備えた船を持っているのに一気に地球を攻めてこない。むしろこちらが追えば逃げる。なぜか? それはあいつらが、船が拿捕されるのを恐れているからではないか。船が地球の手に渡れば波動エンジンが調べられる。三十年かかるとされる研究が一気に五年に縮められる。ガミラスは地球が波動技術を持つのを恐れ、人類がワープで外宇宙へ出る前に滅ぼすために来たのではないか。だから、たった一隻でも自分達の船を渡すわけにはいかぬと考えているのではないか――。

 

地球人類は地球の資源を21世紀中に使い果たした。そして火星や月の資源も23世紀にはなくなるものとされている。それまでに波動技術をものにすれば、当然のこと地球人は資源を求めて太陽系を出ることになる。

 

ガミラスはそれを察知した。そしてどうやら、ことによると、地球人が外宇宙へ出る船には彼らには造ることのできない巨大な砲が積まれるかもしれないことも……。

 

ガミラスはだから襲ってきたのであり、だから船を拿捕させまいと必死なのだという仮説が立てられた。この仮説に、『まあ辻褄は合うと思うが一体なんでやつらには波動砲が造れないのか』と反論する者は多い。多いが、しかし『敵の科学も地球とたいして変わらないのだろう』と応える他にない。科学が格段に上ならば、地球を恐れることもないのだ。

 

むしろ波動エンジン以外で地球の方が優れるならば──波動技術の確立に政府は力を注ぎ込んだ。だが研究は進まない。なんとかしてガミラスの船を捕まえその一助(いちじょ)にしたい。何か手はないものか。

 

ガミラスの船を捕まえろ――実はこれには、表向きとは別に裏の真意があった。もしも生きたワープ船を一隻と言わず二隻三隻と捕まえることができたなら、それはそのまま一部の者が地球を逃げる逃亡船になり得るのだ。

 

とにかく、拿捕だ。捕まえろ。大型戦艦や空母と言わない。駆逐艦の一隻でいい。ガミラス艦を生け捕るのだ。そのためのだけの艦隊を作ろう。そのためだけの船を造り、そのためだけの兵器を載せ、そのためだけの訓練をした兵士を乗せる。それによって艦隊を組ませ、ガミラス艦を取り囲むのだ。

 

〈ガミラス捕獲艦隊〉はそうした思惑(おもわく)のもとに生まれた。未だ一隻の敵艦も捕らえていない艦隊だが、しかしそもそもこれまでに実戦に投入される機会がなかったのだ。その使命ゆえに最高の装備を備え、過酷な訓練を積み重ねた地球防衛軍随一の特務艦隊。その群れが、今〈ヤマト〉を彼らの狩猟解禁の初の獲物とすべく飛びかからんとしていた。



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ゲーム開始

「ガミラス艦を生け捕るための艦隊がこの〈ヤマト〉を捕まえようとしている? 〈メ二号〉をやるために?」南部が言った。「冗談だろ?」

 

だがもちろん、冗談ではない。メインスクリーンに〈ヤマト〉に向かって進んでくる五つの指標が映っている。駆逐艦五隻によって構成された高速の艦隊。ガミラス艦を捕らえることのみを目的に特化された船の速度は、波動エンジンを持つ〈ヤマト〉にも劣らない。加減速と小回りでは〈ヤマト〉をはるかに凌駕(りょうが)するそれらが、宇宙に五弁の花を咲かせたような航跡を描いて散開した。

 

「今なら主砲で沈められます。けど――」

 

新見が言うと、沖田が、

 

「当たり前だ。味方を撃つわけにいくか」

 

南部が言う。「しかし、どうするんです! 捕まったら〈メ二号〉を強要されることになる!」

 

迫ってくる小型の味方――これは大艦巨砲主義の盲点を突く状況と言えた。〈ヤマト〉の主砲は小さな敵の射程外から相手の装甲を貫ける。そのように設計されたのだ。だから本来、駆逐艦の五隻やそこら、まだ遠くにいるうちに穴開きのオカリナ笛にしてしまえばいい。しまえばいいが、しかしそれができないとなると?

 

「落ち着け! 勝手が違うのは、やつらにしても同じことだ。あの艦隊は、本来もっと小さな船を生け捕ることを目的にしている。この〈ヤマト〉やこの前の空母のような大物を捕らえるのは想定にないのだ。本当ならばデカい砲を積んだ相手に向かうようなことはない――」

 

だがその五隻が、〈ヤマト〉を囲み込もうとしている。明らかに〈ヤマト〉には自分達を撃てないと見たうえでの行動だった。そして彼らも、〈ヤマト〉乗員を殺すつもりなどはない。ただ相手を生かしたまま捕らえようとする者達と、こちらもそれを殺すことなく逃げなければならない〈ヤマト〉。互いに生死はかからぬが、しかし身に背負うものすべてを懸けたといえるゲームがいま始まったのだった。

 

「通信を入電! レーザー通信です」相原が叫んだ。「『停船せよ。さもなくば実力で止めるのみ』」

 

「ふむ」と沖田。「そうか」

 

「返信しますか?」

 

「そうだな。『来てみろ』とでも打ってやれ」それから言った。「島、このまま全速だ!」

 

「はい!」

 

「やつらは速い。だがチーターのような短距離選手だ。この〈ヤマト〉の全速にいつまでもはついてこれん。まずは逃げの一手で行く」

 

「艦長」と徳川が、「サブは慣らしを終えたものを積んどるが、メインエンジンにはまだ負担をかけられんぞ」

 

「わかっている。出せる範囲でやってくれ」

 

沖田は言って、新見を向いた。

 

「問題は、しかしわしもそこまでしか知らんということだ。新見君、あれに関する情報はあるか」

 

「いいえ……あの艦隊については軍内部でも機密が多く……おっしゃる通りそう長く息が続かないのは確かですが、その詳細も明らかではありません。ガミラス捕獲にどんな手を使うのかも……」

 

そこで森が叫んだ。「艦隊が何か撃ち出しました!」

 

メインスクリーンに映像が出る。五隻の駆逐艦すべてが、それぞれの前方に向けて何か発射したらしい動きが線で表されていた。

 

「魚雷です! 連続して射っています。その数二十!」

 

一隻が四本ずつ射った勘定だ。宇宙空間を二十本の航跡がわずかに広がりながら駆ける。しかしどうやら、〈ヤマト〉を狙って射ったのではないようだ。

 

「なんだ? 前へ追い抜いてくぞ」

 

太田が言った。その通りだった。〈ヤマト〉の後方から放たれた二十本の宇宙魚雷はどれも進路を曲げるでもなくただ前へと抜けていき、そして〈ヤマト〉のはるか前方で次々に爆発した――いや、『爆発』と言うよりも、

 

「花火?」南部がキョトンとした顔で言った。

 

無理もなかった。それはまったく、打ち上げ花火を上でなく前に見たような光景だった。二十本の魚雷がただヒュルルルと前に進んでいったと思うと、パンパンと球状に光る点を広がらせたのだ。

 

次から次にそれが二十。まったく夏の夜に見上げる打ち上げ花火そのものだった。それが〈ヤマト〉の進む先に展開される。

 

「なんだありゃあ」島もアッケにとられて言った。

 

「新見君、あれはなんだかわかるか」

 

沖田が言うが、新見も、

 

「さあ……」

 

そのときだった。真田が叫んだ。

 

「待て! あの中に突っ込んじゃダメだ! 島、あれを回避しろ!」

 

全員が真田を向いた。真田は言った。

 

「あれはおそらく、〈反重力感応器〉だ」



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反重力感応器

〈反重力感応器〉――名前を聞くとかなり珍妙な印象だが、つまるところは小型の人工重力発生装置である。

 

宇宙船の床に使われる人工重力。天井で逆さにすればこれすなわち反重力というわけで、このふたつが同じものであることは22世紀末の今には誰でも理科で習うことだ。

 

人工重力制御技術は超光速通信と同じく波動理論の研究の過程で生まれた。さらにはこの技術の応用により亜光速のビームをそれが発射されるのと同時に探知し、ときには()けることすら可能にしたわけだが、それらの理屈はとても中学の理科くらいで説明できることではない。

 

高校の理科くらいでも説明できぬが、とにかく、ある物体を人工的に重くするのが人工重力であるのなら、同じ力を逆に使って〈軽く〉するのが反重力なのである。高校の理科で説明できないのならいつどの理科で誰もが習うのか、などと考えてはいけない。

 

幼稚園児も反重力遊戯施設で遊ぶ時代に誰がそんなこと気にするものか。とにかく、物体を〈軽く〉する。何に対してか、と言えば、それは宇宙に対してだ。たとえば、宇宙をスポンジの上に敷いた黒いゴムシートのようなものであると考えてみよう。ゴムシートにリンゴを置けば、当然その部分はくぼむ。ビー玉を一個、そこに向かって転がすと、ビー玉はくぼみに沿ってリンゴのまわりを回ることになる。もしシートがツルツルで抵抗がまったくないとするならば、ビー玉は止まることなくいつまでもリンゴのまわりを回り続ける。これがすなわち星の公転運動だ。

 

ではもしここに反重力装置を使い、ビー玉を〈軽く〉できたらどうだろう。ビー玉はリンゴの重力を逃れてどこかに転がっていくことになる。簡単な理屈だろう。学者は何やら小難しい論を並べてどうこう言うが、そんなの誰も聞いてられないだろう。

 

さて、それでは宇宙船ならどうか? これも、二次元の平面である水の海に浮かぶ船を考えてみればいい。船がヨットであるならば、〈軽く〉なればなるほどに水から浮いて速く進むことができるが、スクリュープロペラで進む船では、軽くなっても喜んでばかりいられない。浮けば浮くほど、スクリューも水から出てしまうのだから。やがてまったく水を掻けなくなってしまって、船はその場にピタリと止まることになる。

 

そうだ。それと同じ理屈が働くのだ。うん、それと同じ理屈が働く。真田が見破った通りだった。〈ヤマト〉の前に広がった無数の小物体は〈反重力感応器〉――宇宙を行く船に取り付きそれを〈軽く〉することで推進力を失わせる摩訶不思議とも言うべきような無力化兵器だったのである。



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速度低下

「無理です! とてもよけきれない!」

 

島が叫んだ。〈ヤマト〉はほとんど減速できずに小物体が撒き散らされた宙域へと突っ込んでいく。レーダーには無数の点。まるで全力で泳ぐイルカが、漂う海洋生物の群れにぶつかったようなものだった。(かわ)せるわけがない。〈ヤマト〉はほとんど曲がることもかなわずに、雲をなす無力化兵器のただなかに入り込んでいくしかなかった。

 

反重力感応器――それは実際、一種のクラゲか、または北極の海に棲むクリオネとやらいう生物に似ていた。だいたいあれはイカが逆立ちしているような感じだから、つまりイカに似ているとも言える――あれらのように透明でなく、金属製のロボットイカという見た目だが。

 

触手のようなアンテナ――つまりそれが〈感応器〉なのだが――をクルクルと回すようすはやはり生物じみていた。そのアンテナで早速にも〈ヤマト〉の存在を感じ取り、近くにいた何十匹かが動き出す。まさしくイカが漁船の光を求めるように、〈ヤマト〉のいる方向を〈上〉とみなして(みずか)らの体を〈軽く〉することによって。

 

一匹動けば次々と連鎖的に〈感応〉し、やがてすべてが〈ヤマト〉めがけて群がるのだ。

 

すぐ何匹かが〈ヤマト〉の舷に取り付いた。まさにホタルイカのように青い光を(またた)かせ、アンテナをクルクル回して仲間を呼ぶ。

 

「〈ヤマト〉の速度が落ち始めました!」太田が叫ぶ。「80宇宙ノットから79、78……」

 

「機関長!」

 

島が叫ぶと、徳川が、

 

「出力は最大だ! なのに推力が落ちていく!」

 

「〈ヤマト〉が〈軽く〉なっている?」南部が言った。「軽くなればなるほど遅くなるなんて……」

 

「そうだ。普通と逆なんだ」真田が言った。「もちろん、ワープもできなくなる……三次元の宇宙から四次元方向に〈浮いた〉状態にさせられて、最後には宙吊りで身動きが取れなくなる……」

 

「そんな!」森が言った。「そんな兵器を相手にどうすりゃいいっていうの?」

 

宇宙にまた花火のショーが展開されつつあった。今度は打ち上げスターマインではない。〈ヤマト〉に向けて流れ集まる渦を巻いた青い瞬きだ。舷に、甲板に、船底に、次から次に機械のイカが貼り付いて船を電飾させていく。〈ヤマト〉は青い光に覆われつつあった。

 

太田が叫んだ。「速度30宇宙ノットに低下!」

 

そして、五隻の宇宙駆逐艦だ。今や〈ヤマト〉の周囲をグルグルまわり動いている。弱ったクジラをいたぶるサメのようだった。もしそれらの艦尾に紐でもついていれば、もはや無力化兵器などなくても〈ヤマト〉はギュウギュウに縛り上げられているかもしれない。

 

「これじゃもう撃ちたくても砲は撃てない……」南部が言った。「ここまで近づかれたんじゃあ……」

 

その通りだった。〈ヤマト〉の主砲副砲は、敵がある程度遠くにいてこそ力を発揮する。亜光速のビームが二秒で届く辺りの船を見定めて、その船が二秒後にいるはずの位置を狙って砲を撃つ。二秒ではとても回避できないから敵は『うわー、やられたー』となるのだ。しかし近くに寄られたのでは、相手の動きに砲塔の旋回と砲身の上げ下げが追いつくはずがない!

 

ガミラス捕獲艦隊。まさに精鋭だった。友軍ではある自分達を〈ヤマト〉が撃ちはしないとは踏んでいる。だからと言ってそれに甘えることはない。〈ヤマト〉の周囲をてんでバラバラにまわり動くのは、取り押さえるためばかりではない。万が一にも主砲でブチ抜かさせないための防御の行動なのだ。

 

〈ヤマト〉はもはや全体を無力化兵器にビッシリ覆いつくされていた。艦橋にも砲塔にもイカ型機械が貼り付いている。船の速度はみるみる落ちる。エンジンノズルは咆哮を上げて炎を後ろに送っているのに、前へ進む力はない。完全に船の動きが止められるまでもういくらもなさそうだった。



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〈あさぎり〉

「〈ヤマト〉の速度、10宇宙ノットにまで低下」

 

〈ガミラス捕獲艦隊〉旗艦、〈あさぎり〉の艦橋で、オペレーターが状況を伝える。艦長の永倉真(ながくらまこと)は「そうか」と言って頷いた。だがその横で機関長が、

 

「こちらのエンジンも限界です。もう全速は五分と維持できません」

 

「あんな大型艦とやるのは想定していなかったからな」永倉は言った。「〈ヤマト〉か……おかげでいい訓練にもなってくれたが……」

 

「ええ。今日に得られたデータは実戦で必ず役に立つはずです」

 

「それも獲物を捕まえてこそだ。最後まで気を抜くな」

 

永倉はスクリーンに映る〈ヤマト〉を見た。今や青い光に覆われ、クリスマスの聖夜飾りのようになっている。だが、

 

「相手はあの〈機略(きりゃく)の沖田〉だ。『どんな状況に置かれようと絶望せず、抜け出す道を必ず見つける』と呼ばれる男……」

 

「これでもまだ何かしてくると思うのですか?」

 

「それを知りたいんだよ」と言った。「このゲームが本当の訓練になるかどうかはこれからだ。追いつめられたネズミがどう動くのか……こちらも第二第三の捕獲兵器を出さねばならなくなるかもしれない。しかし……」

 

「〈生け捕り〉とはいかなくなります」

 

「そうだ。この艦隊が第一に確保すべきは敵の波動エンジンだからな。『敵兵など捕えずに殺してしまえ』というのが流儀(りゅうぎ)だ。だが味方相手ではそんなことをやるわけにいかん。やるつもりもないしな。〈ヤマト〉には――」

 

そのときだった。オペレーターが叫んだ。「〈ふゆかぜ〉から入電です! 『攻撃を受けた。操舵不能』!」

 

「何?」

 

スクリーンを見やる。獲物である〈ヤマト〉を中心とした状況図。四番艦〈ふゆかぜ〉がまるで何かにつまずいてでんぐり返ったような動きを見せていた。宇宙で船がそうなるなどということは、彗星にでも当たらぬ限り有り得ぬことだ。

 

「砲が使えるはずがない。ミサイルでも射ったのか?」

 

「そんな反応はどこにも……ミサイルでも近過ぎるはずです。あっ、待ってください。次は〈しらゆき〉が!」

 

見えた。二番艦〈しらゆき〉が、何かに蹴り飛ばされたように宙で船体をつんのめらすのを。爆発はない。砲で撃たれた気配もなければ、穴が開いて抜け出た空気が冬に人が吐く息のように白く見えることもない。ただ(はじ)かれて舵を失い、陸に上げられた魚のようにピチピチとむなしく跳ね回るだけだ。

 

四番艦〈ふゆかぜ〉、二番艦〈しらゆき〉。敵を無力化するために造られた二隻の特務駆逐艦が、あっという間に逆に無力化されてしまったのだった。

 

「なんだ? 一体どうなってる?」

 

永倉は言った。つい今しがた自分が言った言葉を思い返していた。どんな状況に置かれようと絶望せず、抜け出す道を必ず見つけると呼ばれる男――。

 

「機略の沖田……」茫然としてつぶやいた。「一体何をしたというんだ?」



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機略

「次の目標は敵の三番艦だ! (あせ)らずに狙え!」

 

沖田が叫んだ。それは主砲が使えぬ距離に相手が肉迫しているがゆえに取れる戦術だった。そして相手がグルグルと〈ヤマト〉の周囲をまわり動いているがゆえに。その動きにタイミングを合わせられれば、カウンターを喰らわせられる。

 

三隻目の獲物はまだ、自分達に〈ヤマト〉が何をしているか気づいていなかった。主砲の火線を(のが)れつつ仲間同士がニアミスを起こさぬように計算された動きをまだ続けており、それが〈ヤマト〉に読まれることを考えてはいなかったのだ。

 

いや、たとえ読まれたとして、〈ヤマト〉に何ができるというのか――普通ならばそう思う。戦艦など砲が撃てねばデカいだけ。かつて地球の海上で大艦巨砲主義が(やぶ)れた理由は今も消えたわけではない。その大きさゆえの優位も、〈軽く〉することでチャラにできる自分達には本当の敵になりえない――敵を討ち取るのではなく無力化するのを目的とする特務艦隊の思想では、それが常識となるのだった。

 

沖田はそれを見逃さなかった。この状況でも冷静さを失わず、相手の心を読むことにずっと集中していたのだ。そして〈ヤマト〉の動力が封じられかけた今こそが反撃のチャンスと見極めたのだった。

 

「今だ! 右回頭、同時にロケットアンカー点火!」

 

もはや進む力はないが、代わりに〈軽く〉なったがために横Gを受けることなく船の向きを変えられる〈ヤマト〉。島は野球のバットでも振るかのごとくに船体を右にスイングさせた。それに引かれて艦首から長く伸ばされていた鎖が鞭のように宙を走る。その先にある巨大な(いかり)はそのあまりの重さゆえイカが数匹付いたくらいではほとんど〈軽く〉なることもなく、しかも最初の目標に一撃喰らわせた時点で反重力発生装置も叩き壊されていた。劣化ウランの固まりに超合金の皮を被せたそれは完全に元の重さを取り戻し、ひとつひとつがこれまた重い鎖の輪を何百も従え、途轍もない総重量を鋭く(とが)る鉤の先端にかけていた。

 

〈ヤマト〉の旋回でそれが振られ動くと同時に、錨の軸に装備されたロケットモーターに火が入り、宇宙空間を薙ぎ払う大鎌となって真空を駆ける。そして狙い(たが)わずに、駆逐艦隊の三番艦のエンジンノズルを打ち砕いた。

 

相手艦はまさしく尻を蹴飛ばされた(てい)となって宙を舞う。

 

眼には眼を。推進力を奪う敵には同じく船の推進装置を破壊する攻撃を――これがこの状況で沖田が出した答だった。五隻の駆逐艦のうち三隻を同胞である地球人類の乗員をひとりも殺すことなしに、瞬くうちに戦闘不能に追いやることに成功したのだ。〈ロケットアンカー〉――本来、武器ではあり得ない船の繋留器具を使って。まさに信じられないほどの機略の才と言うしかなかった。

 

『イカリだ! イカリにやられた!』『なんてやつだ! 船が動かない!』

 

慌てふためいた交信を相原が拾って艦橋に流す。

 

「さすがに気づいたな」沖田が言った。「残りは二隻か。もうイカリの手は喰うまい。さてどうするかだが……」

 

「推進力は完全になくなりました」太田が言った。「宙ぶらりんです。火星の重力にも捕まらず、ここに〈浮かされた〉まま……」

 

「そうか」と言った。「相原。あちらの旗艦にひとつ電信を打ってやれ。文面は……そうだな、『まだやるか、これ以上は死人が出るぞ』だ」



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返信

「〈ヤマト〉から入電です」

 

〈あさぎり〉艦橋。オペレーターが告げた。

 

「『まだやるか。これ以上は死人が出るぞ』です」

 

「ふむ」

 

と永倉は言った。スクリーンには望遠で捉えた〈ヤマト〉の映像が映っている。反重力兵器に覆われてもはや動きを止めた船体。その艦首から片側の錨の鎖が伸びている。こちらも残り二隻とは言え、続けようと思うなら他に手がないわけではない。だが――。

 

「確かに死人は出せんな」

 

と言った。永倉のその言葉を待っていたように、艦橋の中の誰もが息をついた。

 

「状況を終了する。反重力感応器を解除しろ。〈ヤマト〉に電信を打て。『お見事でした。ここは敗けを認めましょう』と」

 

言いながら、口が笑いの形に歪むのを抑えることができなかった。実のところ、こうなることを自分は望んでいたのではないかと思った。内心望んでいた通りの結果で終わるのならば、それに尽きることなどあるか。

 

命令だから〈ヤマト〉を捕まえようとした。それに手を抜く気などなかった。が、実はその後で、〈ヤマト〉を逃がすつもりでいたのだ。懲罰を受ける覚悟のうえで――部下にもそれは話してあった。

 

当然だろう。〈ヤマト〉を軍部に渡したら、〈メ二号作戦〉ということになる。そんな狂った作戦を実行させるわけにはいかない。

 

永倉は部下達の顔を見渡した。誰もが親や妻子を持ち、放射能の混じった水を地球で飲ませてしまっている。ゆえに気も狂わんばかりの思いで、なんとかせねばと思っているのだ。それも、一日も早く。

 

希望が〈ヤマト〉だけならば、狂気と知れた作戦に巻き込ませるわけにはいかない。とは言え、その一方で、磨いた腕を試してみたい考えもあった。自分が持つ艦隊が、実戦に()いてガミラス艦を果たして捕らえ得るのかどうか。訓練ではわからぬ何かを〈ヤマト〉と機略で知られる一佐は示してくれるのではないか――。

 

期待は見事に叶えられたと言うべきだろう。元より、この艦隊は〈ヤマト〉のような大型艦を捕らえることを想定しない。ゆえに勝ち敗けは問題ではない。百の訓練に(まさ)るものをこの一度のゲームで相手は与えてくれたのであり、これは必ず単なるデータ以上のものとなって後の実戦の役に立つ。そのためにもこれ以上の対戦を続けてせっかくの経験を積んだ部下を死なせるわけにはいかない――。

 

そして、理由は他にもあった。これは今後の士気に関わることなのだ。

 

自分が部下として預かる艦隊員の誰もがあの〈ヤマト〉には、己の兄や弟や、親しい者が乗り込んでいるかもしれぬと考えている。あれにはオレの友が乗って、〈イスカンダル〉とやらへはオレを救うためにも行こうとしているかもしれないのだと。

 

誰もがそう考える。そう考えずいられる者などただのひとりもいるはずがないし、本当に身内が〈ヤマト〉に乗っている者も何人かいるだろう。互いにそれは極秘であり、今は調べようもないが。

 

なのに、どうして今ここで部下に〈ヤマト〉の乗員を殺せと言えるか。〈ヤマト〉に砲を撃ったなら、撃たせた砲手の心は傷つき、兵として使えぬようになってしまうかもしれない。他の者にも影響し、士気の大きな低下を招きかねないのだ。

 

いや、『かねない』どころではない。間違いなくそうなるだろう。前線に(おもむ)く前からこの艦隊は前線に行けない艦隊になってしまうではないか。

 

事情は〈ヤマト〉の沖田も同じはずだった。ここで殺しをしたならば必ず旅に影響する。『まだやるか』と問うてくるのはだから沖田の永倉への目配せなのに違いないのだ。『互いに特務指揮官同士、部下の精神衛生により気を配らねばならぬ身だろう。どうする、士気を落としていいのか』という――。

 

永倉にはそれがわかった。どうするもこうするもない。この敗北は自分には願ったり叶ったりでさえあるのだから。

 

〈ヤマト〉を逃がせば懲罰は必至。しかし、この結果ならどうだ。残る二隻もエンジンはすでに限界であり、どのみちもはや無理は利かない。〈ヤマト〉の乗員を殺すわけにもいかず、戦艦相手に殺し合いではそもそも勝ち目はないと判断したと言えば、上に申し開きもできる。〈ヤマト〉が去っていってしまえば、頭のネジが飛んでいる会議室のヘボ将棋指しどもも〈メ二号〉の誤りをあらためて認めることになるだろう――。

 

「通信長」永倉は言った。「あらためて〈ヤマト〉に電信だ。『必ずの帰還を祈る』と」

 

「はい」

 

その後は、もう(こら)えきれなかった。クックッと声を出して笑い出したが、それは副長も同じだった。それは艦橋に広がって、やがて全員が声を上げて笑っていた。

 

 

 

   *

 

 

 

シミュレーターから古代はヨロヨロと這い出した。人工のGに振り回されて体はもうフラフラだった。

 

足なんか関節がふたつくらい増えた気がする。まるで立っていられずに、へたり込んでうずくまった。

 

「五分休憩です」と山本が告げる。

 

「うにゃあ」

 

「その後はランニングマシンによる走り込みと筋力トレーニングをしていただきます。それからまた休憩をはさんでシミュレーター」

 

「うにゃにゃあ」

 

「それから……」

 

「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃっ!」

 

「いえ、火星と木星行きが取りやめになったとお伝えしようと思ったのです。代わりに小惑星の陰を渡りながら土星に向かうそうです」

 

「うにゃにゃあ……」なんとか口が利けるようになってから、「なんかあったの?」

 

「いいえ」とだけ山本は言った。



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第4章 疫病神
強者の責務


22世紀末の地球で、日本は経済力において他国を大きく引き離す最強国となっていた。それは日本の不幸でもあった。経済の強さは軍事力の強さとなり、ガミラスとの戦いにおいて常に先頭に立たねばならないことを意味したからである。

 

そうなった最大の要因は、この世紀の中頃に日本が生んだ画期的な地熱発電システムにある。石油も石炭もウランも枯渇(こかつ)し、それに代わるエネルギーもない――風力や太陽光で得られる電気などしょせん雀の涙というのが二百年かけて証明されてしまった状況で、日本が開発に成功した、穴さえ掘ればほとんどどこでも効率的に低コストの発電ができ、水や立地も多くを必要としないという新システムはまさに人類の福音(ふくいん)となった。さらに日本はこれで発電するだけでなく、地下に広大な空間を造り地熱で得た電気で米や野菜を育て、さらには牛やニワトリを成育するようになったのである。

 

これによって日本はかつての食糧自給ができない国ではなくなった。逆に世界を飢餓から救い、国の力を強くして、地球のリーダー国家としての地位を確固にしていったのだ。

 

そしてまた、これがガミラスとの戦争で人類に延命の機会を与えることになった。地下に農場や牧場を造る技術は、地下深くに街を造って放射能を逃れるための役に立つ。水が刻々と汚染されていくのはどうにもならなかったが、日本の技術で人類は即時の滅亡を免れたのだ。

 

結果、〈ヤマト計画〉も、国連主導の体裁(ていさい)を一応とってはいるものの、実質的にほとんど日本が執り行うことになった。クルーが全員日本人となった理由もそれである。いや、ちょっと待て。だからって、別に全員日本人でなくてもいいんじゃないかと思われる向きもおありになるかもしれない。すべての人類を救う旅にどうして日本人だけが、と……。

 

そ、それは、確かに、まあ、なんと言うか、ええと、あの、その、おっしゃる通りと申しますか、実にもっともな疑問であります。ハイ、まったくそのような疑問を持つのが当然のことでありまして、そのう……イヤハヤ、大変に心苦しい限りではございますが、それについてはどうかひとつ胸にお収めになられまして、心の広い皆々様のお許しとご理解を願う所存でございますです。とにかく全員日本人と決まったものは決まったのだ。

 

リーダーとして地球人類を救う責務を負わされてしまった日本。そして重過ぎるその使命をただ一隻で背負わされてしまった〈ヤマト〉。クルーひとりひとりの肩にそれは重くのしかかる。

 

ことになったわけではあるが……。



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左舷展望室

「ではこれより、あらためて〈ヤマト計画〉について説明する」

 

船務長の森は言った。宇宙戦艦〈ヤマト〉の両の舷腹に、ラグビーボールをふたつに切って貼り付けたように張り出している展望室。ラグビーボールの縫い目のように横一列に窓が並んで外を眺めることができる。普段はクルーのレクリエーション・ルームとして使われる左右ふたつのうち左の側に、クルーがいま数十人、特に集められていた。

 

赤青緑の識別コードで色分けされた船内服。正しく言えば、火器と機関の要員が燕脂(えんじ)、航海要員がオリーブグリーン、技術要員がネイビーブルーで、森自身がその長となる生活・保安・医療関係の要員はカーキベージュ――あるいはマスタードイエローとでも呼ぶべき黄土色だ。さらに通信・情報関係がグレーで、艦橋では相原と新見がこれにあたる。

 

この五色を基本として、他にいくつか特殊部員用のコードがある。たとえば、そこにいる古代だ。ひとりだけ黒いパイロット服に、燕脂でもなんでもない真っ赤のコード。

 

森は燕脂コードの中に、ワープテスト・ブリーフィングの際に見かけた藪という機関科員の姿も見つけた。いま目の前に並ぶのは、全員が〈ヤマト〉出航直前に沖縄基地の爆発で死んだクルーの代わりに急遽(きゅうきょ)乗せられた補充員だ。

 

ひと通りの顔を見渡して森は思った。正規のクルー以上にこの者達の今の思いは複雑だろう。覚悟を決めるヒマもなく、来いと言われていきなりこんな途轍もない使命を持った船に乗せられてしまったのだ。家族に別れを言うこともできず、カバンひとつに荷物を詰めて。

 

人選にはそれなりの配慮もされたはずではあるが、しかし中には兵舎で犬か小鳥でも飼っていたのを置き捨てた者がいるかもしれない。あるいは、鉢植えの植物でも――禁じられた行為であるが、目の前にあるひとつの命を救うことで自分が救われようとして、そうした行為に走る兵士は多いものと聞いていた。

 

すでに腹をくくったようすの顔もあれば、不安げに窓外の宇宙を見る者もいる。だがしかし――と森は思った。色とりどりの一群の中でも一際(ひときわ)目立つ黒の戦闘機パイロットスーツ。古代進航空隊長。階級は一尉で、自分と同じ。補充になったクルーの中で最も(くらい)が上であるのに、シャキッとしたところがない。だらしなく背を丸めて椅子に座り、ボンヤリとあらぬ方向をただ見ている。戦闘機の訓練で疲れているらしいのはわかるが――。

 

「ある程度の話はおのおの聞いていると思うが、まだよく理解ができないでいる者が多いのではないかと思う。そこで本艦の任務について、補充された諸君に説明する場を(もう)けた。この〈ヤマト〉がなぜ造られ、これからどこを目指すのか、だ。きっかけは一年ほど前、地球から十数万光年の距離にある大マゼラン星雲のある星から密使が来たことだった」

 

森は背後のスクリーンに次々に図や写真を映しながら話し始めた。地球がある天の河銀河と、すぐ隣に寄り添うにあるマゼラン銀河。そこまでの距離――。

 

「詳細はまだ不明の点もあるが、仮にその星を〈イスカンダル〉と呼ぶ。イスカンダルの使者は言った。地球に手を貸したいが、できることは多くない。ガミラスとの仲立ちなどはしてやれないし、代わりに戦ってやるなどはなおできない。我々にも事情があって、できるのは放射能を除去する装置を提供することだけだ、と」

 

古代以外の全員が小さく頷いた。〈事情とはどんな事情か〉と疑うような顔はなく、誰もが〈そんなものだろうな〉という表情だ。

 

「この装置を仮に〈コスモクリーナー〉と呼ぶが、ナノマシンの一種であるとだけ説明されている。自己増殖する極小のロボットがプルトニウムを〈食べ〉て無害な物質に変える。これが地上を覆い尽くしてくれるので、人間がセッセと除染しなくていいというわけだ。しかし、これにも条件がついた」

 

そこまで言って、森はひとつ()を置いた。古代以外の一同が自分の話をよく聞いているのを見定めてから、

 

「提供自体は無償で行われるのだが、イスカンダルが持ってきてくれるわけではない。地球人が(みずか)ら取りに行かなければならないというのだ。十四万八千光年という距離を旅してだ。そんなことは現在の地球の技術では不可能なのにも関わらずだ。しかし使者は続けて言った。地球人は波動技術を半ば手にしているだろう。もう少しで波動エンジンが造れるはずだ。完成すれば超光速航行が可能になるのであり、その手伝いならしてやれる、と」

 

ひとりが手を挙げて言った。「質問してよろしいでしょうか」

 

「なんだ」

 

「非常に奇妙な話のように思えます。放射能除去装置の作り方は教えないが、波動エンジンの作り方は教えてくれるというのですか」

 

「そうだ。確かに変なのだが、どうも本当に必要なものは自分の力で手にしろということらしい。それができない者に援助はしないということなのだ。そして波動エンジンにしても、無条件の技術供与は得られなかった。地球はなんとかエンジンの製造はできたのだが、その動力源となるこの――」映像を出して、「〈コア〉の精製はできなかった」

 

言いながら、それを運んできた当人である古代を見る。自分に関係した話には何か反応を示すかと思った。だが古代はトロンとした目のままで、話をまともに聞いているのかさえわからない。

 

「〈イスカンダル〉はこれを地球に渡すうえで条件をつけた。『超光速航行船の完成を確認したうえでひとつだけ』だ。正しくは八割方出来上がればよしとするものだったが、とにかくこれは絶対条件だった。特に、波動エンジンの〈コア〉を納める炉が出来上がるのを見なければ渡さない、と」

 

ここでまた言葉を切って、一同の顔を眺め渡した。古代以外のほぼ全員が不審そうな表情になる。

 

「これについては、理由を説明してもらえた。〈コア〉はそのまま爆弾になりうる。冥王星に投げつければ、ガミラス基地は星ごと消滅してしまうほどのものだ。それどころか、そこにブラックホールが出来て太陽系は丸ごと呑まれてしまうのだそうだが、イスカンダルにしてみれば地球人がそれをやらない保障はどこにもないということらしい。たとえば、太陽系をブラックホールにしておいて、ごく一部の者だけが船で逃げ、どこか他所(よそ)の星系へ行こうと考えはしないか、と」

 

「ああ……」納得が広がった。

 

「イスカンダルは〈コア〉を爆弾として使うことは許さない。炉にいったん納めてしまえば〈コア〉は安全に制御され、20世紀半ばに造られた初期の原子炉のように重大な事故を起こすおそれはなくなるそうだ。仮に船が沈むことになったとしても……またそれで、〈コア〉をくれるのがひとつだけ、という理由も(おの)ずとわかるだろう。ふたつ手にすれば地球人はひとつを爆弾にするかもしれないからだ。また、ひとつをマゼランへ行く船に使い、もうひとつを逃亡船に使うとか、ひとつを調べて同じものをなんとか作ろうとするかもしれない……いや、必ずするだろう。だが決してイスカンダルは甘くないようなのだ。放射能除去装置を受け取るための船造りは手伝ってくれるが、それ以上は断じてしない」

 

森が話しているうちに、一同が息を呑み、目を見張る顔になっていった。〈イスカンダル〉だのなんだのかんだの、怪しげな話と思っていたものが、どうもそうでもないらしい――そう考えるようになってきているようすだ。これが確かな話なら、コスモクリーナーの話も本当ということになり、自分達は地球を救う船に乗り組んだことになる――その事実を確かめようと、隣同士で顔を見せ合い、頷きを交わし始めた。この話は本当なんだな。オレは夢を見ているんじゃないんだなと、互いに眼で語り合う。あまりに話がうま過ぎるなら信用できない。だが、これはそうではない。自分達が試されているという話なのなら、いいだろう。必ずやってのけてやろう――そんな決意を互いの瞳に見出(みいだ)そうとしているようすだ。

 

これなら大丈夫だろう――そう思って、森はしばらく一同をそのままにしておくことにした。まだ何人かは不安げにしている。あまりの話に(おのの)いてしまったような顔もある。だが当然だ。誰だって、こんな話に平然としていられるはずは――と、思いながら見渡して、しかし森はただひとりなんの反応も示さぬ者がいるのに気づいて眉をひそめた。

 

古代進。このがんもどきパイロットだけは、何も考えてないように無表情なままだった。



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塩の柱

藪は足が震えるのを止められなかった。いよいよ途轍もない船に乗せられてしまったのだという実感が襲ってくる。

 

イスカンダルは地球人を信用などしていない。だから条件を出してくる――言われてみれば当然のことだが、それにいちいち従ってたら、塩の柱にされはしないか。これではまるで地球人類はイスカンダルの実験生物ではないか。さて皆さん、ひとつおもしろい実験をしましょう。ここに地球という星があります。知的生命が存在するので、絶滅寸前に追い込んで、どうなるかを見てみましょう。これこれこういう条件で生き延びる道を与えてやったら、この〈地球星人〉はどうするでしょうか?

 

「波動エンジンの作り方を教えるから船一隻で放射能除去装置を取りに来い――無茶と思える言い渡しにもそれなりの理由があるとわかるだろう。地球はどうこう言える立場になかった。ゆえに単独でマゼラン星雲へ行く船としてこの〈ヤマト〉は造られた」

 

船務長の森と名乗る女は続けて言った。なるほど、という気はする。無茶な話に一応の説明がついたようにも思われる。しかし、やっぱり、話が無茶であることになんの変わりもないではないか。ほとんど達成不能なまでに過酷な条件を突きつけられてしまったことがわかってるのか?

 

藪にはこの女士官がそうであるとは見えなかった。やらなければならないのだからやらなければならない。やってみなければわからぬものはやってみなければわからんだろう――こんな論理でただ実行あるのみと考えているようにしか見えない。そんな人間が事が失敗に終わったときにまともに責任を取れた(ためし)が果たしてどれだけあるというのか。

 

「さてここで、ひとつの疑問が浮かび上がる。ガミラスが人類を滅ぼしたいのなら、なぜ〈コア〉を爆弾にして太陽系をブラックホールに変えてしまわないのかという点だ。それで簡単に片がつくのだから、最初にそうしないのはおかしい」

 

確かにそうだな、と思った。言うことのひとつひとつはまったく間違っていないのだ。

 

「これは謎だが、説はいくつか立てられている。うち最も有力なのは、太陽系から数光年の範囲にあるごく近い星系に彼らの母星か殖民地があり、やれば影響を逃れられないというものだ。ガミラスは地球人が外宇宙へ出るのを恐れ、そうなる前に殺しに来たと考えられることからも、これは見込みが高いとされる。しかし近くにそんな星があるのなら二百年も前に何かを探知していていいはずで、そこに疑問は残るのだが……」

 

と、ほら、まったくおっしゃる通り。地球外知性探知というのは20世紀の昔からずっと飽きずに行われてきた。近くの星系に電波を出すような文明があれば、いくらなんでもわからぬわけない。

 

「さらにまた、ガミラスは我々の太陽系に利用価値を見つけている――たとえば、地球への移住などを考えているのではないかという説もある。ひとつの可能性ではあるが、これはかなり疑わしい。地球の資源は21世紀に採り尽くされてしまっていて、めぼしいものは何も残ってないからだ。23世紀には火星もまた資源が尽きると見られており、そうなる前に外宇宙へ出て行こうとしていた矢先にガミラスが来たくらいだからな。そんなところに移住してどうする。まあ、元が海だった場所には塩と一緒にマグネシウム――つまり、ニガリが多量にあって、それを採るため海を干上がらせたのではないかなどと言う学者もいるようだが」

 

移住説については否定。しかしこれでは何もわかってないと言うのと同じだ。

 

「とにかく、地球人類は滅ぼしたいが太陽系を消滅はできぬなんらかの理由があるとしか考えられない。もしガミラスの母星を見つけるようなことになれば、それも明らかになるかもしれぬが、今のところこの疑問は脇に置いておくしかない」

 

だったら言うなという気もする。

 

「いずれにしても、〈ヤマト〉の最優先任務はマゼランから放射能除去装置を持ち帰ることだ。交戦はできる限り避け、一日も早い帰還を目指す。一日早く帰りつけばそれだけ多くの人を救えることを第一に考えなければならない。こうしている間にも地球で人が飲む水の放射能濃度は高まっているのだ。人類の存続がこの計画のみにかかっているのを肝に銘じ、任務に取り組んでもらいたい。以上だ」

 

言って森は敬礼した。全員が立ち上がって答礼する。藪も軍隊生活の中で条件反射のようになってしまった動きで起立し胸に拳を当てながらも、この女の言うことは本当に正しいのだろうかという疑問がぬぐえなかった。

 

言ってることは正しい。むろん正しいのだが、正論が常に正しいものか? この先の航海に何が待ち受けているかまったくわからないではないか。

 

ひとりだけ、全員が起立した後に慌てて立って敬礼した者がいた。黒地に赤のパイロットスーツの戦闘機乗りだ。なんであんなのがここに混じっているんだろう、とちょっと思ったが、どうせすぐ死ぬ人間はあれでいいのかなとも思った。けれど、自分はどうなんだ。

 

機関員など船にとっては部品と同じだ。タマの一発撃つわけでなく、船が沈めばネジと一緒にさようなら――イヤだ。そんなのはイヤだと思う。せめて納得のいく死に方がしたい。

 

展望室の窓に眼をやり考えた。あの女はいま言ったよな。ガミラスが〈コア〉を爆弾として使わぬ理由は不明だと……なら、気を変えて太陽系をブラックホールにしちまうことも有り得るんじゃないか? 〈ヤマト〉がたとえ戻っても、もう地球は消滅してることもないとは言えないのでは?



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おにぎり

「島操舵長! ちょっとよろしいですか!」

 

キンキン声をいきなり身に浴びたとき、島は右手におにぎり、左手にお茶のカップを手にして、さあこれから一服しようと狭い通路を歩いているところだった。向かうのは船の右舷の展望室だ。

 

と、そこへ、左舷の方から現れたのが森雪だ。なんだかえらく怖い顔してこちらにズンズン向かってくる。宇宙船のパイロットなら、この状況で自分の体という船をどう操るべきだろうか。A:止まって相手を待つ。B:右か左によける。C:バックで後ろに下がる。

 

島はCを選択することにした。

 

「なんだなんだなんだなんだ。ワープの話なら後にしてくんない」

 

階級は同じであっても実質的な〈航海班長〉である島は、同じ航海組である森よりも立場としては上になる。といって運行管理のことで頭が上がるわけもない。森が自分を『操舵長』なんて呼ぶときはロクなことがないと知っていた。180度回頭してここは逃げるかと考える。明日のために今日の屈辱に耐えるのだ。それが男だ。

 

「運行のことじゃありません」

 

「じゃあなおさら後にしろ」

 

「航空隊長のことです」

 

「コークータイ?」足を止めた。「なんでそれをおれに聞くんだ」

 

「航空隊長。古代一尉。昔、知り合いだったんでしょ?」

 

「ああ、まあね」

 

「どうしてあれが航空隊長なわけなの」

 

「ええと」

 

と言って、手のおにぎりとお茶を見た。そのどちらにも別に答は書いてない。

 

「だからなんでおれに聞くの?」

 

「それは」

 

と言ってから、森はようやく自分が(たず)ねる相手を間違えてるのに気づいたらしい顔になった。

 

「つまり……」

 

「古代のことなら、決めたのは艦長だ。艦長か副長に聞いてくれ」

 

「それはそうなんだけど……」

 

「なんだよ。代わりに聞けってんなら、ヤだぞ。じゃあ、おれは休憩するとこなんで、後でな」

 

「ちょっと待って」

 

「なんだよもう。少しくらい休ませてくれたっていいだろう」

 

「ねえ」と言った。「どうしてあれが航空隊長なの?」

 

「ハア? 知らんつったろう。同じ話をまた繰り返すのか?」

 

「そうじゃなくって」戸惑いげに首を振った。「艦長がどうしてあの彼を選んだのかわからなくって。島さん、彼を知ってるんでしょう。何か思い当たることないの?」

 

どうやら呼び方が『島さん』になった。

 

「うーん」と言った。「古代ねえ」

 

「いつか言っていたでしょう。彼は『死なすには惜しいとされた人間だ』って。島さんと同じで……」

 

「ああ、言ったな。言ったけれど……」

 

「って、それってどういうことなの?」

 

「うーん」とまた言い、島はおにぎりとお茶を見やった。「それは……」



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右舷展望室

「古代のことで覚えてることと言えば、おれとはどうもいろんなところが真逆だな、と思ったことかな」

 

畳の上に胡座(あぐら)をかいて座り込み、島はおにぎりを頬張って言った。〈ヤマト〉右舷の展望室だ。床は全面畳張りとなっている。

 

〈ヤマト〉の左右の展望室のうち、右舷側が畳部屋となっているのは、地球の〈ヤマト計画〉関係者でもごく限られた者しか知らない。別に機密というわけでなくわざわざ人に言わないだけだが、日本人の乗る船に畳の広間があって何が悪いだろう。前後におよそ20メートル、横10メートルの楕円の床に茣蓙(ござ)のシートを無理に敷き詰めたようになっていて、およそ百畳の広さがある。柔道などの道場として使う部屋でもあるのだが、普段はクルーの憩いの間で、今も片隅で将棋盤に向かい合ってるようなのがいる。壁に貼られた時間決めの予定表に航空隊のかるた取りがあるのを見つけ、島は忘れずにおくことにした。

 

森が言う。「島さんと逆?」

 

「そう……たとえば、おれには十歳下の弟がいるの知ってるだろう」

 

「うん」

 

「古代にはかなり年上の兄貴がいるって話だった」

 

「ちょっと待って。そんな話が聞きたいんじゃないのよ。あたしは――」

 

「まあ、聞けよ。おれが軍に入ったのは弟のためみたいなもんだ。まだあいつがちっちゃな頃にガミラスが来ちまったからな。〈家族のためにおれが戦わなけりゃ〉と思った」

 

「ふうん」

 

「古代の兄貴はガミラスが来る前から軍人だった。宇宙船に乗りたくて軍に入っていたクチだな。そこに戦争突入だ。古代の家は神奈川県の三浦にあった」

 

「三浦? って、それじゃあ……」

 

「そう。遊星の最初の被爆地とも言える場所だ。古代はたまたま町を出ていて助かったが、親と住む家をそれで失くした。古代はおれとは逆なんだ。行くところがなくて軍に入ったんだよ」

 

「そう……けど、そんな人間はいくらでも……」

 

「いるだろうな。当時に軍が戦闘機パイロットを大量に増やそうとしていなければ、古代みたいなのは志願しても士官コースなんか入れない。おれも最初あいつを見たときは〈なんでこんなやつが〉と思った。死にたがりみたいな候補生はいくらでもいたけど、おれもあいつもそれとは違っていたからな。でも、違うと言ってもまるで正反対だった」

 

考える顔で茶を飲んで、

 

「そうは言ってもうまく説明できないんだが、結局、長男と次男の違いなのかもしれん。〈死にたがり〉の群れから抜かれた人間の中でも、古代のやつは異質だった。元々ああいう人間はすぐ途中で脱落していなくなってるはずなんだ。けれどあの古代ってのは、なんだか妙に得体の知れない強さみたいなものを持ってた。ふだんはダラッとしているし、トップを取るとか人類を救うなんてことはまるで考えてなさそうなのに、戦闘機に乗ると敗けない。しかしちょっと大きな船に乗せてみると居眠りする」

 

「ちょっとお……」

 

「古代がなんでがんもどきになっていたのか知らないが、万事がそんな調子だったせいかもしれないな。けどおれは、あいつが武器なしの輸送機でガミラス墜として〈コア〉を〈ヤマト〉に持ってきたって聞いたときには、あの古代なら有り得るような気がしたよ。あいつはどこか、状況が絶望的になるほどに冷静に生き延びる道を探すようなところがある。昔、見ていて思ったんだ。ちょうど――」

 

「何よ。それじゃまるで……」

 

「ああ。そういうことかな、という気はする。けどそんなの聞けないだろう」

 

「彼のために沖縄基地が殺られたのよ。それに、本当の隊長だって……」

 

「やめろ」と言った。「それは言うなと前も言ったはずだ」

 

「けど……だって、事実に変わりはないじゃないの。じゃあどうして、彼はその時その場にいたの。〈サーシャの船〉が襲われたとき、乗っていたのが〈七四式〉なんかじゃなくて戦闘機なら、サーシャさんは生きて地球に来れたんじゃないの? 彼がそんなに腕がいいんなら!」

 

「戦闘機じゃ地球どころか火星までだって燃料がもたん」

 

「そういう問題じゃないでしょう」

 

「いや、そういう問題だ。戦闘機なら結局〈コア〉は破壊されてた」

 

「あたしが言うのはどうして彼がその場にいたかっていうことよ!」

 

「偶然だろう。そうとしか考えられん」

 

「本当にそう? 誰かが仕組んだってことはないんでしょうね。サーシャさんが生きて着いていたならば、地球人に〈コア〉を調べさせてはくれなかったと言われてるんでしょ? どうしても逃亡船を造りたいか、冥王星を吹き飛ばしたい人間ならば、〈コア〉を横取りしようとか――」

 

「バカバカしい。いくらなんでもそれは想像のふくらまし過ぎだ。だいたい古代がどうしてそれに関わるんだよ」

 

「だって彼はいつか役に立つと思って生かされた人間なんでしょう?」

 

「おれと同じにね。そんなに深い意味はない。そのポイントにこだわるな」

 

「でも今、彼は異質だって……」

 

「だからそれにこだわるなと言ってるんだ。古代を〈七四式〉に乗せればガミラスを墜とせるなんて誰にわかるんだよ。結末さえ意外なら辻褄はどうでもいいとするようなテレビドラマじゃあるまいし。陰謀があったとは思えないな。あんなことは仕組んで仕組めるようなものじゃない」

 

「彼がその場に居合わせたのは偶然だった? 運命のいたずらだって言うの?」

 

「そうだ」

 

「彼のおかげで地球は救われるって言うのね。沖縄基地や坂井隊長、サーシャさんを犠牲にして……」

 

「だからそういうものの捉え方はやめろ。古代は何も悪くない」

 

「でも、どうしてあんなのが……あれはまるで、生きるのをあきらめちゃってただダラダラと死ぬのを待ってる今の地球人まんまじゃないの。競輪やドッグレース場に入り浸って、野球だってどっちが勝つか賭けに行ってるだけみたいな……そんな人間達の方が、命を懸けて戦ってきたあたし達より大切なんて……」

 

「だからそういう考え方はやめてくれ。たとえ思っても口にするな」

 

「だって、納得いかないのよ。あんな古代みたいなのがパッと現れて地球人類を救うなんて」

 

「少なくとも、あいつは軍で輸送任務をこなしてた。後方支援があったから前線が戦ってこれたんだ」

 

「それはわかってる……わかってるけど」

 

「わかってるならいいだろ」

 

言って、島はお茶のカップを取った。それを口に運ぼうとしてふと人の気配を感じる。

 

顔を上げると、グレー服の新見が菓子か何かの包みを手にして、近くに立ってこちらを見ていた。どうも話を聞かれたらしい。いつからそこにいたんだろうと思ったが、新見はサッとごまかす素振りで去っていく。呼び止めるわけにもいかない。

 

うーん、と思っていると、

 

「わかったわ」と森が言った。「島操舵長は事があのように運んだのは偶然だった、誰も仕組める者はなく、古代進がその場にいたのは神の(はか)らいに他ならないって言うわけね」

 

また『操舵長』だ。今度は何を言い出す気だと身構えながら、「ああ、まあね」

 

「本当におっしゃる通りですわね。あんなところに貨物輸送機でガミラスを墜とせるパイロットを置いておける者がいるとしたら神だけよ。古代進はずっと前から神に生かされてきたんだわ。きっと神に愛されてるのよ。その彼が乗ってるんですもの。この航海はきっと成功するでしょうね……でも、クルーひとりひとりの命についてはどうかしら。〈コア〉が〈ヤマト〉に届くためにどれだけ死んでもよかったのなら、コスモクリーナーを地球に持ち帰るためにどれだけ死んでもいいことになる。あたしは船務士ですもの、古代を取るか百人のクルーの命を取るかとなれば古代進を取らねばならなくなるんでしょうね」

 

言って立ち上がる。だからそういうものの考え方はよせ、と言うヒマもなく、森はスタスタと去っていった。

 

とんだ休憩だ、と思いながら島は残ったおにぎりを口に放り込んだ。まともな米と海苔で作ったおにぎりなどじきに食えなくなる。今後は合成されたでんぷんを米の形に固めたものに、水槽に光を当てて育てた藻を平らにした〈海苔もどき〉を巻いて食べることになるのだ。

 

今のが最後かもしれなかったんだけどな、と考えながら、島は森が言い捨てていった言葉を思い浮かべてみた。

 

古代のために地球人類が救われる。多くの命を犠牲にして――それがたとえある意味では事実としても、その立場を喜ぶ者がどこにいると思ってるんだ。三浦半島に遊星が落ちたのも神の(おぼ)し召しとでも言うのか。古代進が神に愛されてるだって?

 

「バカな」と言った。「それを言うなら、疫病神に見込まれてる、だろ」



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白い眼

「あれが例の航空隊長?」

 

「補給部隊で荷物運んでたっていうじゃん」

 

「そんなのがなんで隊長に」

 

「あれのせいで沖縄基地が……」

 

「やめろよ、そういうこと言うの」

 

「だって本当のことだろう」

 

「腕はいいって話だけど」

 

「〈がんもどき〉でガミラス墜としたって話でしょ。ホントかどうかわかりゃしない」

 

「一機は本当みたいだよ」

 

「じゃあ、そんなに腕がいいならどうして今まで荷物なんか運んでたんだよ」

 

「もう地球はどうせおしまいだとでも思っていたんじゃないの? いるんだよね、そういう何もかもあきらめちゃってる人間」

 

歩けばまわりでヒソヒソ声が聞こえてくる。自分がこの艦内で有名であると知るのにそう時間はかからなかった。古代が食堂へ入っていくと、にぎやかな話し声がピタリと止まり、誰もが互いをつっつき合ってこちらに眼を向けるのだ。トレイを手にして空いてる席を探して着くと、途端に同じテーブルの者が急いで食べ物をかき込んで席を立って行ってしまう。そしてその後、そのテーブルに来る者はいない。

 

シンと静まった食堂で食事を済ます。古代が出ると後ろで話し声が戻るのだ。

 

エレベーターに乗る。すると先客が脇に退()く。こちらが見ると眼をそらし、見ないでいるとジッと横目にこっちを窺ってるのがわかる。次の階で扉が開くと、待ってた客が古代に気づいて乗るのをやめる。

 

エレベーターに乗るのはやめよう、と思った。黒いパイロット服が目立つのがよくないのかと思い、筋力トレーニング用のジャージ服で歩くようにしてみたが、まったくなんの効果もなかった。クルーのほぼ全員から疫病神と認識されてしまったのなら、何をしたところで無駄だ。

 

〈ヤマト〉の中で古代は孤立していた。山本以外に古代と口を利く者はなく、山本にしてもああしろこうしろと命じるだけ。古代の方が(くらい)が上でも立場は逆なのだから、ただ従う他になく、あの女が何を考えてるのかまるでわからない。

 

他のクルーから直接にイジメやイビリを喰うことはなかった。無視されるだけだ。嫌がらせや聞こえよがしの悪口もない。ただヒソヒソとささやきを交わす声が聞こえるだけ。黒いパイロット服に刺さる白い視線を感じるだけ。

 

トレーニングルームに戻ってランニングマシンに乗る。こいつでこれから10キロ分を走らねばならない。それから器械トレーニングを経て〈ゼロ〉のシミュレーター。終わればまたランニング。ひたすらその繰り返し。

 

いいさ、と思った。船の通路で白い眼浴びているよりは。〈ヤマト〉はまだ最初のワープテストとやらもできずに準備に追われているらしい。火星の陰に入れなかったために遅れを出しているのだ。おかげでまだこのトレーニングルームを使う者はなく、自分ひとりがランニングマシンの上を走っている。それは己がこの船の異端である証明だった。

 

そのおれがなんで戦闘機隊の隊長なんだ? その疑問が頭の中を渦巻いていた。こんな立場さえ押し付けられなきゃ、周囲の見方もかなり変わっていただろうに。

 

少なくとも、ここまで疫病神扱いされはしなかったはずだ。おれひとりのために沖縄で基地の千人が死んだという。それは事実なのだろう。けれども一体、おれになんの責任がある。

 

そうだ、それが悪いのだ。おれに責任があるのなら、おれを責めることができる。だが、責任がないのだから、おれを責めようがない。それでもおれがいたために千人死んだ事実が変わらないのなら、考えるしかない。あの古代は疫病神だと。

 

その男がどうして航空隊長なのだ――誰だってそう思うに決まってる。〈コスモゼロ〉に乗れるならまだしも、これから操縦覚えるだと? そんなのでこれから船を護っていけるというのか。

 

腕は悪くないらしい。武装のないオンボロ輸送機でガミラス戦闘機を四機も墜とした――その話が、かえって反感を買うことになる。話が本当か怪しいものだ。どうせよくあるホラだろう。パイロットが墜としていない敵を墜としたと吹かすのはどこでもあることなんだろ、と。まして三機を一度に墜としたなんて、そんな話が信じられるか――。

 

誰だってそう思うに決まってる。いや、仮に事実としても、そんなに腕がいいのならどうして今まで戦わなかった。このオレ達が命がけで戦い、訓練に明け暮れて、沖縄基地の者達も地球人類を救うため〈ヤマト計画〉に身を捧げていたときに、戦闘機を操る腕がありながらずっと荷物を運んでただと? そんなやつが〈コア〉を見つけて地球に届けたというだけでどうして英雄になるというんだ。

 

誰だってそう思うに決まってる。英雄――そうだ、この〈ヤマト〉とかいうトンデモ船の航空隊長に任命されるということは、後で英雄と扱われるということなのだ。それも船が帰り着いたあかつきには、地球人類を滅亡から救ったヒーローということに……。

 

誰だってそう思うに決まってる。だから、誰もが白い眼をしておれを見る。船の正規のクルーとして今も忙しく働いている者らにとって、おれみたいなまだ何もできないでいるハンパもんが英雄なんて許せるわけがないではないか。

 

あの白ヒゲの艦長はそんなことがわからないのか? そうでなくてもおれに航空隊長なんか勤まるわけがないじゃないか。よしんば〈ゼロ〉に乗れるようになったとしてもだ。

 

一体何を考えてる。おれはこの船にいていい人間ですらない。人類を救うだなんてことに関わるような(うつわ)じゃないんだ。

 

そういうのは、と思った。そういうのは、どこかの海戦で死んだ兄貴みたいな人間の務めだ。おれの兄貴こそ英雄だった。おれはあんなふうにはなれない――。



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メ号作戦

『沖田さん! ぼくはイヤです! 撤退はできません!』

 

無線の声はそう叫んでいた。一年前の太陽系外縁部での戦いだ。沖田はマイクを掴んで言った。

 

「古代! わかってくれ。ここは退()くんだ。必ず次の機会はある!」

 

〈メ号作戦〉――準惑星の敵を攻撃する作戦は失敗し、残っているのは二隻のみだった。沖田の乗る旗艦〈きりしま〉と、無線の相手、古代守の〈ゆきかぜ〉と。今やまわりの宇宙空間にいるのは敵の船ばかりだ。

 

ミサイル突撃艦〈ゆきかぜ〉。それはガミラス冥王星基地を見つけ出し、核ミサイルで攻撃すべく造られた船の一隻だった。冥王星のどこにあるかもわからぬ基地。遊星の投擲(とうてき)装置と、百を超えるガミラス艦の補給をまかなうための港。それを発見し、粉砕する――それができるのは核だけとして、〈メ号作戦〉は決行された。

 

地球上での人類同士の戦いで、核は決して使ってならない兵器であるのは論を待たない。しかし事が宇宙なら別だ。地球上で核を忌避(きひ)すべき理由はみっつ。ひとつは厄介な放射能の問題。ふたつめは一般市民を無差別に大量殺戮することで、そして本当の理由であるみっつめは敵に一発喰らわせたなら百発のお返しを喰らうおそれがあることだが、準惑星の侵略者に使うのにそのいずれも関係なかった。

 

まず放射能についてだが、太陽という天体がそもそもひとつの巨大な水爆であるのは誰でも理科で習うことだ。地球においては厚い大気が放射線を遮ってくれるが、他の星は五十億年毎日浴びに浴びてきている。冥王星で今更ひとつ核をピカドンとやったところで何も変わるところはない。

 

そして、無差別殺戮問題。冥王星に〈一般市民〉などいない。ひとり残らず人類抹殺するためにいる虐殺要員なのだから、殺して何が悪いのか。

 

地球はやつらに万発の遊星爆弾を落とされている。それに対して一発を仕返しに射つだけなのだ。この()に及んでまだ『戦争反対』とか『核兵器反対』と叫ぶ一部の団体や個人は、『異星人の侵略者に使うのがやがて人類自身に対して核を使うのを正当化する』などと泣いて叫んでいたが、狂気の主張に耳を貸してはいられなかった。〈波動砲〉など、当時はまだ夢のまた夢。ガミラスを叩く手段は核しかない――そのときはそう思われていたのだ。

 

かくして〈いそかぜ型〉と呼ばれるミサイル艦が造られた。そのベースとなっているのはガミラス捕獲艦隊と同じく、短時間だけガミラス艦をも凌駕(りょうが)する速度で進める高速駆逐艦であり、沖田の戦艦〈きりしま〉は、その主砲で艦隊を護り、突撃艦の全速が維持できる距離まで冥王星に近づかす役を(にな)わされていた。〈メ号作戦〉。それはカミカゼ同然の特攻作戦だった。

 

この時点で、女が子を産めなくなるまで二年。地下都市の放射能汚染を食い止める最後の期待がこの作戦に懸けられていた。

 

出航にあたり、沖田は古代守を含む船の艦長らと水盃(みずさかずき)を交し合った。生まれてくる子供のために。今いる幼い子供のために。人々が飲める水を守るのだ。この作戦は必ず成功させねばならない。諸君、次に会うときは、祝杯を交し合うときだ――。

 

しかし、それは失敗に終わった。〈ゆきかぜ〉から古代の声が入電した。

 

『ぼくは行きます! ミサイルを射たずに帰るわけにいきません! それでは死んだ仲間達に申し訳ができない!』

 

「やめろ古代! 一隻だけで何ができると思っているのだ。今は生きることを考えるんだ!」

 

群がる敵艦。その中に〈ゆきかぜ〉は突っ込んでいった。

 

「古代!」

 

叫んだ。それも(むな)しかった。ピラニアの群れに投げ込まれた動物のように、〈ゆきかぜ〉はありとあらゆる方向から敵の攻撃を受けて沈んだ。

 

沖田の眼はその向こうに小さな星を捉えていた。プルート。冥府の王の名を付けられた人類最後の審判の星。同じ神の名は、やはり滅亡をもたらす物質、プルトニウムにも由来する。

 

「悪魔め……」

 

今、沖田は〈ヤマト〉艦長室でその記憶を呼び起こしていた。

 

「必ず、あの仇は取ってやるぞ……」

 

あの戦いから沖田が生還できたのは、ひとえに〈きりしま〉が、火力だけならガミラスに(まさ)る船であったからだ。〈きりしま〉の砲は強力だった。ガミラスがたとえ十隻で追ってきても、沈められる前に三、四隻は道連れにしてやれたろう。敵はそれを知っていたに違いない。逃げる沖田を追わず黙って行かせたのだ。

 

地球人類の滅亡はすでに決しているのである。ガミラスにはもう〈きりしま〉を無理に沈める必要はなかった――だからもし、古代守が命令を聞いてくれたなら、〈ゆきかぜ〉の一隻くらい護ってやれたはずだった。

 

地球の船は波動エンジンを持つガミラスに(かな)わない。だがそれでも、速度だけなら速い船、砲だけなら強い船を造ることは可能だった。ゆえに小型の戦闘機ならガミラスを上まわる性能も持つが、ふたつを備える大きな船は造れない。やれば装甲があまりに薄くなってしまうか、その性能を引き出すための電子機器を積めなくなるかだ。これでは護りに徹する他なく、準惑星の基地を叩くような作戦には出られない――あの〈メ号作戦〉が、それを証明してしまった。

 

〈きりしま〉は死ぬ気で行けば三隻道連れにしてやれる。一対一ならガミラスのどんな船にも敗けないと言える船ではあった。だが、〈敗けない〉というだけだ。船の足が遅いため、向かってくる敵とだけしか戦えない――これでは真に〈勝てる船〉と呼ぶことはできない。地球には、ガミラスに攻撃を仕掛けられる船はこれまでなかったのだ。

 

だが今、ここに〈ヤマト〉がある。イスカンダルよりもたらされた波動エンジン。その下にある二基の補助エンジンは、基本的には〈ゆきかぜ〉などの高速駆逐艦が搭載するのと同じものだ。小型ながらに莫大な推力を持ち、メインエンジンと組み合わすことでガミラス艦よりはるかに速い戦闘速度で〈ヤマト〉を進ますことができる。テスト結果はとりあえず良好。

 

とは言え、やはり全速は、そう長くは維持できないが――駆逐艦と違うのは補助エンジンが焼きついてもメインエンジン一基で進めることであるが、船が重いぶんだけ遅く、ガミラスに劣る速度になってしまう。

 

そして、主砲。〈ヤマト〉には、〈きりしま〉よりもさらに威力を高められた強力な砲が装備された。ガミラスのどんな船の装甲も、相手の砲が届かぬ距離からブチ抜くことができるはずだ。

 

さらに船の全体を厚い装甲で(よろ)いつけ、最高の電子機器で制御して、最新鋭の戦闘機隊を腹に抱えたこの〈ヤマト〉なら、今の太陽系にいるガミラスのどんな船にも敗けはしない。戦艦なら数隻を、巡洋艦なら十隻を、駆逐艦なら一度に最大三十隻をも相手にして戦えるだろう。

 

ただ、同時に、それが限界でもあるのだが……。〈ヤマト〉の強さは主砲の火力と補助エンジンの推力にあるが、ガミラス艦を十隻ばかり倒したところで補助エンジンが焼きついて、力を失うことになるのは明白なのだった。そして主砲の砲身もやはり、その辺りで過熱して撃てなくなってしまうと推定がされている。試射はまだだが、この点で大きな期待はするだけ無駄だ。

 

〈ヤマト〉は十のガミラスに勝てる。だが、それが限界だ。目の前に百の敵がいるならば〈ヤマト〉一隻で向かうは暴挙。ただ装甲が厚いだけの無力な船となったところを、残り九十の敵に囲まれ(なぶ)り殺しになるのは目に見えている。

 

船がどんなに強力であろうと、一隻のみでは反攻兵器にならないのだった。ゆえに〈ヤマト〉は戦うための船としない。イスカンダルへ行くための船とし、すべての装備は船を護るためのものとして、交戦は可能な限り避けねばならない。

 

もちろんそうだ。あらためて念を押すまでもなく、そんなことは理解している。

 

だが――と思った。冥王星。〈スタンレー〉だけは話が別だ。

 

なんとしても、あの星にあるガミラス基地。遊星の投擲装置だけは、太陽系を出る前に叩き潰してゆかねばならない。

 

この〈ヤマト〉一隻で。それも、波動砲なしに。

 

沖田は窓から艦首を見た。三つ〈ひ〉の字の〈フェアリーダー〉――旧戦艦〈大和〉ではタグボートに()かせるときに鎖を掛ける(かぎ)だったもの――に囲まれた艦首甲板には、髑髏(どくろ)のレリーフが刻まれて宇宙を睨み上げている。その下には巨大な砲が今も口を開けてるはずだが、〈スタンレー〉攻略にはなんの役にも立たないだろう。くだらんものを積んだものだと沖田は最初から思っていた。

 

波動砲など欠陥兵器だ。ワープした後すぐには撃てず、撃った後にはしばらくワープができなくなるという弱点を持っている。それでは〈ヤマト〉を護る艦隊なしに使いようがないではないか。

 

〈スタンレー〉にはガミラス艦が百隻いるのだ。〈ヤマト〉が行けばその百隻がワッと出てくるに決まっている。そこで星を撃てばどうなる? ワープができずに逃げられなくなった船で、百隻相手に戦わなければならなくなるのだ。十隻殺ったところでおしまいになるとわかってるのに。

 

そうだ。だから、波動砲は使わない。使う使わないの問題でなく、使いものにまるでならんから使わないのだ。まあ理由は他にもあるが……。古代守よ、お前の仇を取る方法は、超兵器などなくとも必ずわしが考えてやると沖田は思った。あのとき、わしは逃げたんじゃない。あの星を必ず討つため退かねばならなかっただけだ。

 

古代守よ、わしはあのとき、必ずまた来ると誓っていた。その通りに戻ってきたぞ。今ここまでやって来たぞ。お前と、あのとき盃を交わした者らの仇を討ちにやって来たぞ。もう少しだ。あと少しだけ待ってくれ。

 

しかし――と思う。あの古代守に弟がいたとは……その(すすむ)が自分のもとに〈コア〉のカプセルを届けてくるとは……その弟に兄と同じ特攻同然の任務を与えて決死の地へ送るだけでなく、船の疫病神などという辛い役を負わせなければならなくなるとは……。

 

「すまんな」

 

とひとりつぶやいた。それにしても、なんという運命の導きだろう。〈サーシャの船〉と遭遇したのも、古代進の兄を死なせた〈メ号作戦〉の帰りだった。打ちひしがれたクルーの乗る〈きりしま〉の前に、その宇宙艇は現れた。星の海を行く航行物は洗練すればするほどに海洋生物に形態が似るものらしい。ガミラスのそれはカンブリア紀の怪生物のようなのばかりだが、〈サーシャの船〉は美しかった。空から波間に突っ込んで魚を捕らえる海鳥に似ていた。一種の次元潜航艇――まさに、外宇宙から星系の中にダイブするように造られたらしいその船は、敵でないことを示すように〈きりしま〉の前をクルクルと舞った。

 

そのときに、この〈ヤマト計画〉が始まったのだ。



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サーシャ

「技師長、お忙しいところ申し訳ありませんが……」

 

副技師長の斉藤(はじめ)が艦内通話機も使わずに自分を探してきたと思うと、ずいぶんと遠慮がちに声をかけてきた。「なんだ」と真田が(たず)ねると、

 

「例のご遺体の処置が出来ました。で、報告を」

 

ヒソヒソと耳打ち声で告げてくる。真田はハッとさせられた。

 

「わかった。すぐに行く」

 

時計を見る。もうあれから何十時間経ったというのだ? 時計でなく、カレンダーが必要な時間だ。人類の恩人のことだというのに、こんなにかかってしまったとは。

 

急ぎ足にラボに向かった。奥の最高機密室。網膜スキャンのロックで施錠されたドアを開ける。その向こうの室内は、零度近くにまで冷やされていた。

 

台の上に、胸で手を組み寝かされている一体の死人。古代進が見つけ届けてきた脱出カプセルの〈女〉だった。

 

「サーシャさん……」

 

立ちすくんだ。〈彼女〉は薄く死に化粧が(ほどこ)され、ただ眠っているだけのような顔をしてそこにいた。

 

遺体の処置をした者達が、気遣(きづか)わしげに真田を見ている。「すまんな」とだけ言って、それ以上は言葉にできずに頷いてみせた。

 

エンバーミングに時間がかかるのはむろん当然のことではあった。いったん凍ってしまった遺体を(いた)めぬように解凍し、洗浄して顔を整え化粧を施したのだ。その作業を任せっぱなしで自分が彼女を忘れていたというのが信じられない気がした。なぜこれほど大切な人を忘れてなどいられたのかと。

 

台に近づく。手を合わせる他に何もできることがない。真田はそんな自分を恥じた。遺体の処置の仕方など科学者なのに知らないと言えど、せめて何かひとつくらいできることがあったはずだ。あのとき、〈ノアの方舟〉で、おれに必ず〈コア〉を持って戻ってくると約束してくれたあなたに、どうしておれは……副長の責を負わされたなどというのが言い訳になるか。

 

「許してください」

 

真田は言った。それはあのとき、彼女が言った言葉だった。罪のない動物までも滅ぼそうとするガミラスに対して何もできないわたし達を許してください――〈イスカンダル人〉である彼女が、一度だけ、おれに向かってだけ言った謝罪の言葉だ。それをこんな形で返すことになるとは。

 

そうだ。おれは約束を果たした。あなたが戻ってくるまでに、この〈ヤマト〉を完成させた。あなたが心配したような逃亡船など造らせなかった。この船は今、人類と、あの動物達を救うため、こうして星の海にいる。だから、せめて、それで許してくれと言いたい。しかし――。

 

ひょっとして、おれがあなたを死なせたようなものなのか。ならば、おれはこうやってあなたに手を合わせる資格すらもない……。

 

真田はしばらく彼女を見てから外に出た。遺体の処置にあたった数名の技術員が、並んで真田を待っていた。そうだ。この者達は、彼女のためだけでなくおれのために何十時間もかかる繊細な仕事をしてくれたのだ。その労に応えなければならなかった。

 

「ありがとう。よくやってくれた」真田は言った。「わかっていると思うが、この遺体はまた冷凍してイスカンダルに届けねばならない。イスカンダルの人間は、地球を決して信用しているわけではない。『〈コア〉をもらえばもう用済みとして彼女を殺し解剖したのではないか』と疑われても仕方がないのだ。この遺体の存在については他のクルーには厳重に秘匿することにする。冷凍前にCTスキャンにかけるなどといったことも断じて許さん。それが人類の恩人へのせめてもの礼儀だ」

 

「はい。承知しております」ひとりが言い、全員が胸に手を当てる敬礼をした。

 

「わたしは少し自室で休む。何かあったら呼んでくれ」

 

言ってラボを後にした。士官用の個室に入るともう(こら)えきれなかった。崩れるように膝を折って真田は泣いた。



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〈ノアの方舟〉

「本来ならばこの建造中の船が逃亡船にならないことを見定めなければならないのですが、今の地球の現状を見ればそうは言っていられません。波動エンジンの〈コア〉を納める炉の完成を見た時点で良しとします」

 

と〈彼女〉は真田に言った。半年前。四月だった。この地下都市でも植えた桜がどうにか花を咲かせるようになった頃だ。

 

〈ヤマト〉はまだ形も出来ていなかった。常識的には有り得ないような建造計画ゆえに、上から――つまり、砲台や艦橋から先に取り付けてゆかねばならない。むろん船体のブロックも別に製作中ではあるが、それを繋ぎ合わせるのはかなり後のことになる。

 

こんな工法を可能にしたのは何より反重力ジャッキだろう。普通の造船ではクレーンがやることを、逆さまの機械で〈上に吊り下げる〉のだ。

 

船の建造は、もう何年も前から行われていたという。海が干上がりきってはおらず、地がドロドロだった頃に、まっぷたつで転がっていた〈大和〉の残骸を反重力で〈軽く〉して起こし、繋ぎ合わせて元からそうであったように偽装したのだ。しかしそもそも一体なんでそんな手間のかかることをというのは、聞いてはいけない話らしい。

 

「あの役人や政治家達を見ていては、イスカンダルが地球人を信用できないのも当然だと思います」

 

と真田は言った。〈彼女〉のもとには、絶えず、政府の高官や議員が日参していた。その全員が信じられないほどに愚かで無能であり、貴重な時間を無駄に費やすことにのみとめどもなく優秀だった。

 

《小娘ひとりどうにでもオレが懐柔(かいじゅう)してみせるわ》と黒々と墨で書いた顔でニタニタとやってくる。五分もすると青ざめて、一滴一滴がラッキョウほどもある脂汗をボトボト垂らして震え出す。十分後には頭を火山に変えてギャアギャア怒鳴り散らして暴れ、十五分後に掴みかかって〈彼女〉を犯す殺すと(わめ)き、二十分後に這いつくばって土下座するのだ。お願いですからどうか〈コア〉をワタシにください決してそれを爆弾にも逃亡船にも使いません――。

 

その同じ人間が、翌日ケロリとした顔でまたやってくるのだった。やあやあどうもきのうはみっともない真似をさらしてしまいましたな。しかし、今日はああはいきませんよ。地球が必ず爆弾など造らないとちゃんとご理解いただけましょう。ですから〈コア〉を百個ください。百個ですよ。今すぐに!

 

「このザマでは〈コア〉を納める炉の完成を見届けたうえで一個だけ、となってしまうのも仕方ない」

 

と真田は言った。あのバカどもは、地下都市の市民に対してもどうしようもない愚昧(ぐまい)ぶりをさらしている。最近ついに施行(しこう)された〈中絶禁止法〉がいい例だ。

 

〈メ号作戦〉の敗退後、世の女達はとうとう子を産まなくなった。生まれても放射能に苦しんで死ぬだけならばお腹にいる今のうちに――わずかな妊婦もそう考えるに決まってるのに、愚かにも法で中絶を禁じれば子を産むしかなくなると権力者どもは考えたのだ。

 

その結果がどうなったのか――むろん、女らは首を吊りモノレールに身を投げて(みずか)らの体ごと腹の中の子を殺し、医者は警察に捕まる覚悟で堕胎手術を行うようになっただけだった。そうした医師を見つけられぬか、自殺もできなかった女は、やがて泣きながら、生まれたばかりの我が子の首に手をかけることになるだろう。

 

「しかしわからないことがあります。地球は今後何十年かのうちに〈コア〉を自力で造れる見込みがあると思います。その時間がもしも与えられたら、ですが……ですからもし、教えていただけるのが波動エンジンでなく放射能除去装置の作り方ならば、それを使って水を浄化し、滅亡を(まぬが)れながらガミラスを退(しりぞ)ける道を探っていけると思うのです。なぜそうしてはくださらないのです?」

 

「それもひとつの選択でした」と〈彼女〉――サーシャは応えた。「わたしも実は、できればそうしたかった……ですが、できませんでした。その理由をあなたに言うこともできません」

 

「なぜ?」

 

と真田は言った。これまでに何度もした質問だった。コスモクリーナーはナノマシンであるという。それだけは真田も聞いている。自己増殖する極小のロボット。最初はスプーン一杯でも、億兆倍に増えるのだ。ならそんなもの、小瓶に詰めて、地球に来るとき持ってきてくれればよかったではないか。どうしてそうしなかったのだ。

 

そう思わずにいられなかった。いや、もちろん、サンゴ虫のように働くマシンそのものは極小でも、制御する巨大な装置が必要といったことはあるかもしれない。あるいは、ナノマシンと言っても自分で増えるものではなく、無数の〈虫〉を造りバラ撒くサンゴ塚のような機械が要るとか――しかし彼女は、細かな問いに答えてくれない。何を聞いても、『教えられない』のひとことだった。

 

これではラチが明かない。だから、

 

「実は、やってくる連中の秘書などに何度も言ってみたのです。〈コア〉でなくコスモクリーナーをもらえるように交渉してみてはどうか、と。すると誰もが口を揃えて『それだけは絶対にダメだ』と言う」

 

「フフフ」笑った。「そうでしょうね」

 

「いや、しかし……」

 

「とにかく、言えないのです。ですがイスカンダルに着けば(おの)ずと明らかになるでしょう」

 

と言った。彼女は地球人に合わせて〈イスカンダル〉のコードネームを使っていた。

 

「いずれにしても〈コア〉はいったん炉に納めると安全に制御され、あらためてそれを取り出し爆弾とすることなどもできなくなります。船がたとえ沈むことになったとしても、(すみ)やかに自動停止し、暴走などは起こしません」

 

それが地球で20世紀に造られたような初期の原子炉と違うところだ。

 

「それはわかります」

 

「また、わたしはあなたがたが〈コア〉を使って例の〈波動砲〉というのを造ることについてもどうこう言いません。それを(もち)いて準惑星を吹き飛ばす件にもです。もし、その星が軌道を外れて地球に衝突するとしたら、あなたがたはどうにかしてそれを止めねばならないでしょう。それと同じだと考えるからです」

 

「それもわかります」

 

と言った。真田はもともと、波動技術を大砲として使う研究をしていた学者のひとりだった。

 

ガミラスが来る前からだ。むろんその頃は隕石や巨大落下物破壊装置とだけ考えて、兵器としてはいくらなんでも使い物になるものか、としか思っていなかったのだが――。

 

しかし人類が滅亡の瀬戸際にある今、『星ひとつを破壊してはいけない』などと正義(づら)して言える者は、それは人の皮を被った悪魔以外のなんでもない。地下都市では一億もの子供達が、犬や猫を抱きながら、ボクは、アタシは、一体あと何年生きられるのと彼らの親に聞いているのだ。

 

彼らの前で同じセリフを平気で言えて、〈ヤマト〉の帰還が一日遅れて百万人の子が死のうと構うものかと叫ぶ人間は狂っている。だが驚くべきことに、今の士官学校で成績だけはとにかくいいのはそんな者達ばかりだとか。

 

真田は言った。「イスカンダルが認めないのは、あくまでもこの太陽系をブラックホールに変えてしまうことだけだと――」

 

「そうです。そもそもこの地球は、あなたがた人類だけのものではないでしょう。一部の者が逃げるために、せっかく保護して〈ノアの方舟〉という施設に置いた動物達を(みずか)らの手で殺すのですか。そんなことに手は貸せません。真田さん、わたしがこの星にいる間に、必ず一度〈ノアの方舟〉を見せてください」

 

〈ノアの方舟〉とはもちろん、多種多様の野生動物を地下に保護している施設だ。世界じゅうに何百とあるそのひとつに彼女を連れて行く役に、彼女自身が真田を指名した。真田は技師長として〈ヤマト〉に乗ることがすでに決まっていた関係から、計画の初期段階からほぼすべてに関わらなければならなかった。当然、炉の完成を見なければならない彼女と毎日顔を突き合わせていた。

 

最初は異星人と言われてもまるで信じられなかったものだ。彼女はまったく地球人としか見えなかった。日本人にも見えなかったし、どの人種に似てるかとなるとなんとも言いようがないのだが――。

 

真田は彼女とふたりだけの、〈ノアの方舟〉へ向かう途中のクルマで聞いた。

 

「ひとつ気がかりなことがあります。ガミラスがあなたがたの〈コア〉と同じものを持つのなら、爆弾にして地球に投げはしないかと……今までやらなかったからと言って、今後も必ずやらないとは言えないでしょう。もしも〈彼ら〉が気を変えたら――」

 

「その心配はありません」

 

「いや、しかし――」

 

「大丈夫です。それは決して有り得ません。不安に思うのはわかりますが、これもイスカンダルに着けば理由がわかるでしょう。やはり今、わたしの口からそれを言うわけにいきませんが」

 

そう言われてはそれ以上聞けない。横顔を気にしながら運転を続けた。〈ノアの方舟〉で真田は彼女と半日を過ごした。鹿に狐に熊、馬、猿……兎やリスといったものから、鶴やフクロウといった鳥。さらには蛇やトカゲといった(たぐい)まで、彼女はすべてを目に焼き付けようとするかのように施設を歩いた。

 

そうして言った。「罪のない動物までも滅ぼそうとするガミラスに対して何もできないわたし達を許してください。地球の時間で半年後、わたしは必ず〈コア〉を持って戻ってきます」

 

真田は言った。「約束します。それまでに必ず船を完成させます。決してあれを逃亡船になどさせません」



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無用の長物

『〈ヤマト〉は逃げたのです! 決して帰ってなど来ません!』

 

と、ノイズ混じりのテレビ画面に映る者が叫んでいる。地球の地下都市のテレビ放送は、今のところ〈ヤマト〉艦内でも見ることができる。日本に限らず世界のどこのものでもだ。ここ数日、報道は〈ヤマト〉のことで持ちきりではある。あるニュースが街頭演説を映していた。

 

『〈イスカンダル〉? 〈コスモクリーナー〉? バカバカしい。全部デタラメに決まっています! そんな話を信じることができますか? よしんば事実だとしても、一隻だけで行くなど有り得ないでしょう! 必ず船団を組むはず、そうではありませんか? 〈ヤマト〉は逃亡船なのです! エリートだけが逃げたのです!』

 

別のニュース。

 

『一体なんですかあの船は。〈波動砲〉? あんなもの、トリック映像に決まっています! ガミラスが地球近くにまで来たことなど一度もないのに、なぜ都合よく現れたのでしょう。ホラ、おわかりですね。あんなの全部ウソッパチなんだ。〈ヤマト〉など存在しないに決まっている!』

 

なんと、いないことにされてしまった。また別のニュース。

 

『あまりに荒唐無稽(こうとうむけい)な話でついていけませんよね。リアリティのカケラもない。ワタシはこの〈ヤマト〉の件には裏があると睨んでいます。陰に潜んでこの世界を操っている闇の勢力があるんです。その者達は侵略者ガミラスと密約を交わしていて、地球人類を奴隷として売る代わりに自分達だけ宇宙の支配者の仲間入りをしようとしている。ノストラダムスの予言にある〈1999〉やマヤの予言の〈2012〉が実は今年を()していたのが最近の研究でわかったのですが、この陰謀を企んでいるのは……』

 

陰謀論まで飛び出してきました。こういうことを言う(やから)はいつの世にもいるものです。では別のニュース。

 

『これは元軍事アナリストであるワタシの経験による推測ですが、〈ヤマト〉の波動砲には冥王星を丸ごと破壊するだけの力があるわけです。問題は迎え撃ってくる百の艦隊にどう立ち向かうかですが、当然これにも地球防衛軍は充分な策を講じているというのが元軍事アナリストであるワタシの経験から言えます。で元軍事アナリストとしてワタシがこれを経験からどう見るかと申しますと、元軍事アナリストとしては、〈ヤマト〉の波動砲には冥王星を破壊するだけの力があって、ですから波動砲で冥王星を破壊できるのではないかと元軍事アナリストとしてワタシは経験から考えるわけです。問題は百の艦隊とどう戦うかですが、元軍事アナリストであるワタシの見解としては、百の艦隊とどう戦うかということになるのです。ワタシの元軍事アナリストの経験から言ってもこれはかなり難しいと言えるのではないかと元軍事アナリストとして言えるのではないかと経験から言えるわけでして、ワタシの元軍事アナリストの経験から言うと……』

 

〈ヤマト〉大食堂。クルーが数人集まって、あきれ顔でテレビを見ている。

 

「ロクなニュースがないねえ」

 

「まあこんなもんだろうとは思うけど」

 

「でもやっぱりあれかなあ。地球を出てすぐ波動砲を撃ったじゃん。あれでおかしな人間はおかしなふうに反応してるんだ。ほんとに普通の一般市民はどう見てんだろ」

 

「期待半分、アテにしてないのが半分ていうところじゃないの。まだいいよ。波動砲で空母一撃にするまでは、まるきり無反応だったらしいから」

 

「その波動砲の話にしても、あまり信じられてはいない」

 

「当然でしょうね」

 

「元々は、木星辺りで試射の予定だったんだよね。その場合、市民はまるきり何も知ることがないか、ニュースで見ても関心持たない」

 

「そりゃそうよ。地上へ出ていけるなら、安物の望遠鏡でもはっきり見えるくらいの痕が何日も木星に残るはずなんだけど、出てけないんじゃあ。政府が言うのが本当かどうか確かめようがないってことでしょ」

 

「だからそうはさせないために、艦長はあそこで砲を撃った? それで信頼は得られなくても、少なくとも関心は持たれた?」

 

「一般市民に対してはそうね」

 

「けれども火星の徹底抗戦派までがおかげでまた狂っちまったぜ。それでテストが大遅れだ。小惑星の陰から陰へ。木星ではなく土星へ向かいましょうとくる。おまけにタイタンでコスモナイトの採掘か……」

 

「だいぶ日程に響くよな。本来ならば木星ですべてのテストを終えて、サッサとワープで太陽系を出て行くべきなんだから」

 

「でもどうなの? 〈スタンレー〉を叩かずに行けば、やっぱり〈ヤマト〉は逃げたと言われるんじゃないの?」

 

「それはある。民衆が関心持ってないならともかく、今はそうじゃないんだからな。『波動砲は冥王星を消し飛ばすため〈ヤマト〉に積まれた。ならやることやっていけ。そうしないのはおかしい』ってなことになるぜ、きっと」

 

「でも現実、無理だろう。〈スタンレー〉に近づくこともできないんじゃ」

 

「幕僚達は、この〈ヤマト〉を波動砲を撃つための船として造ったんだよね。でもその実、何も考えていなかった。冥王星にどう近づいて、撃った後どう逃げるかなんてことは……」

 

「『造ってしまえばきっとなんとかなるだろう』と。まるで昔の日本海軍そのまんま。戦艦〈大和〉を46センチ砲搭載艦として造ったはいいけど、出来たその日にこんなもんなんの役にも立たないと気づいたという」

 

「冥王星を撃つ以外で、波動砲ってなんの役に立つの?」

 

「さあ? なくていい砲を積んじゃったってことになるのかな」

 

「そんなもんをよりによって発進早々見せびらかしちゃった。このテレビはきっとガミラスも見てるんだぜ。艦長は何を考えてるのかな」

 

「艦長が何を考えてるかと言えば……」

 

とひとりが言ったところに、食堂に黒いパイロットスーツの男が入ってきた。航空隊長、古代進一尉である。

 

全員が目配せし合って黙り込んだ。一心にテレビを見ているフリをする。

 

画面の中でキャスターが、

 

『防衛軍では〈ヤマト〉の今後の日程について、極秘事項で明かせないとしています。太陽系を出る前に冥王星を攻略するかにつきましても一切コメントできないとのことで、今後の展開が注目されます』 

 

応えてコメンテーターが、

 

『いささか奇妙な気はしますね。機密なのはわかるのですが、あれだけ宣伝するかのように撃ち放ったものを、今更何も言えないというのも……波動砲などという兵器は、ガミラス基地を冥王星ごと吹き飛ばす以外の役に立つとは思えませんが』

 

『ワタシもそう思います。それ以外の装備理由をまったく考えることができない。冥王星を撃つのでなければ、何をどう考えても無用の長物(ちょうぶつ)なのですからね。やはり〈ヤマト〉は太陽系を出る前に、ガミラス基地を吹き飛ばしていく計画なのではないでしょうか』

 

『〈ヤマト〉にはそれだけの能力があると?』

 

『敵が百隻いようとも、長い射程を持っているか、〈ヤマト〉が速ければ逃げられるわけですからね。それは有り得ると思いますよ』

 

『軍はそこまで考えて〈ヤマト〉を造った……』

 

『そう考えるべきとワタシは思います』

 

『ありがとうございました。さて一方で、「冥王星を守れ」という運動も世界各地で起きているようです。「冥王星を準惑星から惑星に戻せ」と主張する人々はこの二百年()えることなくいたわけですが、その彼らがあちこちで「〈ヤマト〉の波動砲反対」を叫び、抗議運動を起こしました。番組では次にこれを取り上げます。どうかチャンネルはそのままにして……』

 

噂の航空隊長は、軽い食事を手早く終えると立ち上がった。テレビの前の集団の方に眼を向けてくる。

 

一同はCMに集中するフリをした。古代一尉はトレイを返却口に置いてすぐに食堂を出ていく。

 

会話が再開した。「艦長が何を考えてるかと言えば、あれだけど……」

 

「不気味だよね」

 

「うん。言っちゃ悪いけど、存在自体が」

 

「〈スタンレー〉をもしやるとしたら航空隊も出すことになるんだろ。あれが本当に隊長やるのか?」

 

「まさか。〈ゼロ〉なんてすぐ飛ばせるもんじゃないだろ」

 

「けど、本当なら十日(とおか)かそこらで太陽系を出るはずなのに、このぶんだと倍はかかるぜ。艦長、まるであの一尉が〈ゼロ〉で飛べるようになるのを待ってるみたいじゃないか」

 

「いや、それでも、二十日(はつか)やそこらで……」



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計器パネル

「なんとか飛べるようになりましたね」

 

と山本が言う。古代は「まあな」と頷いた。

 

「飛ぶだけなら、基本はみんな同じだから……問題はこっから先だ」

 

シミュレーターの中にいた。前と左右の計器パネルをうんざりした思いで見る。まだ半分も自分のものにしていない。

 

飛ぶだけなら、基本は同じ。たとえばヒョイと飛び立って、地上にいる戦車か何かを狙い撃つ。そんなことはテレビゲームのシミュレーターで操縦を覚えた小学生にでもできる――Gに耐えることができるならだが。昔の勘が戻ってきて、まあなんとかあぶくを吹かずにこいつを操れるようにはなった。だが――と思う。0.1秒でも速く、1センチでも小さく旋回し、正確にロールを決めて敵と渡り合うなどというのは……。

 

スキージャンプの選手が1センチでも遠く跳ぼうとするように。フィギュアスケートの選手が華麗な舞を踊るようにだ。速く。速く。それができねば、戦闘では生き残れまい。

 

今の自分は、その(いき)にはほど遠い。

 

パネルに並ぶ無数の計器とスイッチを古代は見た。〈ゼロ〉と〈タイガー〉ではレイアウトがまったく違う――当然のことだ。ひとつのミスが命取りになる戦闘で、今から〈ゼロ〉に乗り換えたがるタイガー乗りがいるわけがない。目をつぶってもあらゆる装備を操れるほど〈タイガー〉に慣れたパイロットが、10Gがかかる旋回中にいつものボタンについ手を伸ばして、それが〈ゼロ〉ではてんで別のものだったら? その瞬間にあの世行きだ。

 

タイガー乗りが〈ゼロ〉に乗るには転換訓練に何ヶ月もかかってしまう。この自分なら、一応は、すぐにも乗れるようになるという理屈はわかる。わかるのだが、乗れるというだけではないか。『飛ばせる』というのと『闘える』というのはまるきり違う。

 

今のおれはとても闘える状態にない。〈ゼロ〉を扱いきれないというだけじゃない。腕が(おとろ)えてしまっているのがはっきりわかる。

 

「タイガー隊はどんな訓練してるんだ?」

 

言ってみてから、バカな質問したなと思った。こんな漠然とした質問に応えようがあるわけがない。なのに聞いてしまうのが、自分がまだダメな証拠だ。

 

しかし、いいんだ忘れてくれと言いかけたときに山本は言った。

 

「今の時間なら、道場でかるたを取ってるはずです」

 

「ふうん」意外な言葉だった。「かるたか。昔やらされたな……」

 

「今もやっていたのではありませんか? 〈七四式〉の中に自作の札がひと組あったと(うかが)いました」

 

ちぇっ、調べたやつがいるのか、と思った。そう言えば、あの脱出カプセルの〈女〉はどうなったんだろう。

 

「まあな。アナライザーに()ませてやってた」計器をいじりながら言う。「ヒマつぶしさ。他にやることもなかったからね」

 

「いいえ」と山本は言った。「それなら、これもできるはずです」



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かるた

「加藤二尉。ちょっといいかな」

 

と島が近づいて言うと、航空隊中隊長の加藤三郎は怪訝(けげん)な顔をした。

 

「いいですが、操舵長がなんの用です?」

 

「かるた取りの予定を見たんだ。できたらおれも入れてくれないかと思って」

 

「ああ、そうか。操舵長も元は戦闘機候補でしたね。いいですが、そんなヒマがあるんですか?」

 

「いいや。けど、ワープテストの前に集中を高めておきたいんだ」

 

「なるほど。そういうことでしたら歓迎します」

 

ちょうど道場に行くところだったと言った。ついていく。畳敷きの右舷展望室にはすでに、戦闘機パイロットが集まっていた。全員がストレッチの運動をしたり、座禅を組んだりしている。

 

百人一首のかな文字だけの取り札が大量に用意されていた。これからこの畳の()で、タイガー乗りのパイロット達が子供のようにかるた取りを行おうとしているのだ。島はそれに参加しようというのである。

 

面子(めんつ)を見回して言った。「古代はいないんだな」

 

「ええまあ……操舵長の相手はおれということでよろしいですか」

 

「悪いな。だいぶやってないから腕は落ちてると思うが」

 

「いえ、光栄です。そう言えば、今のウチの隊長と同期でおられたとか」

 

「まあね」

 

「操舵長は今や〈ヤマト〉のパイロットだ。強かったんでしょう、かるたも。ウチの隊長はどうでしたか」

 

気になるものの言い方だった。島は身構えながら言った。「強かったよ」

 

「そうですか」と言った。「かなり強かった?」

 

「あいつは強かった。誰も(かな)わなかった」

 

「そうですか。わかりました」

 

と加藤は言った。こっちはなんだかよくわからない。加藤は部屋の隅の方へ行ったと思うと、何か手にして戻ってきた。

 

「実はちょっと変わった札があるんです。これでやってみましょうか」

 

差し出してきた。島は受け取って確かめてみた。しかし、そのシロモノは――。

 

「なんだこりゃあ?」

 

厚紙をカッターナイフか何かで切って、〈(しも)()〉を手書きで記した手製の取り札だった。ずいぶんと汚れすり切れている。それはこれでもやってやれないことはないだろうとは思うが、

 

「古代一尉のものですよ。あの〈がんもどき〉の中にあった」

 

「なんだと?」

 

「まあこれなら、輸送機の狭い機内でもひとりでできるでしょうからね。ガミラス三機墜としたってのも、あながちフカシじゃないかもですね」

 

「そんな……」と言った。一枚一枚、札を確かめてみる。「あいつ、これを続けていたのか」

 

「操舵長も、やっぱりほんとは戦闘機乗りなんじゃないんですか? 今は目つきが違いますよ」

 

「どうかな。確かに今だけは、ちょっと戻りたい気もするが」

 

畳に座り、差し出された札を並べる。島は言った。

 

「ワープにはタイミングが重要だと言うんでね……」



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ワープテスト

「ようやく準備が整った。これよりワープテストを行う」

 

沖田が言った。第一艦橋のクルーは全員席に着いている。

 

超光速航法〈ワープ〉。往復二十九万六千光年の宇宙航海を成し遂げる最も重要な要素であり、マゼランまで行けるも行けぬもこのテストがうまくいくかにかかっている。ゆえに準備は万全を期さねばならなかった。船が傾いて地上にあり、しかし外から目で見てチェックすることさえできないでいた各部がちゃんと間違いなく造られており、真空の無重力下で正常に機能するかを見定めなければ、ワープテストなど行えるものではない。なのに、火星の陰で予定していた多くのテストができなくなってしまったために、すでに大きな遅れを出してしまったのである。

 

今から行うテストのすべてに、旅の成否がかかっている。クルーの誰もがそれを理解し、固唾(かたず)を飲む思いでいるはずだった。島は操縦席に座り、百人一首の読み札を一枚一枚めくっていた。探していた一首を見つける。天智天皇の『秋の田の』だ。

 

ブリーフィングで真田に言われた。ワープにおいては、タイミングが鍵となる。時間の波と空間のひずみ。五線譜に音符を刻み込むようにそれが重なるポイントを見つける。その瞬間に正確にタイミングを合わせてワープのスイッチを入れるのだ。もしそれに失敗すれば、この時空を引き裂くか、この〈ヤマト〉が超空間に呑み込まれ永遠に出て来れぬことになるだろう――。

 

タイミングが重要だ。同じことは、戦闘機乗りの訓練を受けていた頃も教官に言われた。訓練生をひとまとめにしてかるた取りをやらされたときだ。

 

かるた取り? なぜそんなことを、と(いぶか)しむ自分達に教官は言った。遊びではない。早く取れ。早く、速くだ。百枚の札を覚え込め。たとえば二首の歌がある。『秋の田の』と『秋風に』。詠み手の声が〈あきのた〉ならばこちらの札を、〈あきかぜ〉ならばこちらを取るのだ。だがそこまで詠まれてから手を出しているようでは遅い。

 

こう言われた時点でかなりクラクラときた。なのに教官はその先を言った。『秋の田』ならば〈あき・の〉の時点、『秋風』ならば〈あき・か〉の時点で札に手が伸びねばならない。だがそれですら遅いのだ。〈あき〉と詠まれた時点で札に手を伸ばし、次が〈の〉なのか〈か〉なのかを聞いて押さえろ。しかしそれですらまだ遅い。

 

こう言われてもはやアングリ口を開けるしかない自分達に教官は言った。『聞いてから押さえる』のでなく、『聞くと同時に押さえる』のだ。それをやるには、〈あき〉と詠まれた時点で次が〈の〉なのか〈か〉なのかがわかっていなければならない。そこまで速く体が動くようになれ。これはそのための訓練だ。

 

冗談だろう、と誰もが思った。そんなことできるわけがない。だが、ひとり、やってのけた者がいた。古代だ。あいつは、誰よりも速く手を伸ばし、〈あきの〉と〈あきか〉を聞き分けて三字目が詠まれると同時に確かにそれを押さえた。あいつにどうしてそんなことができるのか、誰にも理由はわからなかった。

 

あの古代が、まだかるたをやっていた……けれども、こんな話は森にはとても言えないな、と島は思った。特攻パイロットの中から、死なすに惜しい者を抜く。それがかるた取りなどで判じられ、さして意味なくいいかげんに決められてしまうなんていうのは、今の森は受け入れまい。聞いても言うに決まっている、『そんなことができるならできるで、じゃあどうして戦わなかった』と。

 

森だけでない。他の誰にも。こんなことを話すには、艦内の空気が今は悪過ぎる。誰もが古代を疫病神と見ているのだ。おれの胸にしばらくはしまっておくしかないだろう。加藤も誰にも言わないだろう。

 

あの二尉にも、まるで勝てなかったがな――また思った。古代と加藤。果たしてどちらが速いだろう。やはり古代と同様に、まるで次に詠まれる音が何かが先にわかるかのように札を取っていたけれど。

 

まあいいさ。おれに必要なタイミングは、あれで掴み取れたはずだ。ひとつの歌が詠まれるのに十秒だ。(かみ)の句五秒。下の句四秒。間合いが一秒。

 

ワープの準備が進められていく。波動エンジンが唸りを上げる。森が言った。「ワープまで三十秒」

 

島の目の前。空間を示すグラフが歪んでいく。時間の波を示すポイントが揺れている。そのタイミングを捕まえた。深呼吸して、目を閉じる。

 

森が言った。「二十秒」

 

誰波津(なにわず)に咲くやこの花冬ごもり――」島は、口の中だけで、(とな)えるように序歌(じょか)を詠んだ。「今を春べと咲くやこの花――」

 

「十秒」

 

「秋の田の――」

 

島は詠んだ。百人一首の最初の歌を。九、八、と森が秒を読んでいる。

 

「かりほの(いお)(とま)をあらみ――」

 

七、六、五……。

 

「我がころも手は露に濡れつつ――」

 

三、二、一……。

 

「ワープ」と言った。レバーを入れる。

 

〈ヤマト〉は光の速度を超えた。



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第5章 青い炎
電光掲示板


地下都市に長く暮らしていると、昼と夜がわからなくなる。街はいつでも夜である。地熱発電システムのおかげで灯りにそう困ることはないのだが、それでも暗いものは暗い。多くの人はその暮らしにも順応してしまったが、時間の不規則な仕事に就いていたりすると、生活リズムを保つのにかなり苦労することになる。

 

たとえば、野球場の職員や選手だ。スタジアムを囲む照明。雨の降らない地下都市では屋根をドームにする必要はもちろんなくて、見上げれば灰色の天井がある。それを支える柱と柱の間をモノレールが行き交っているのもスタンドとフェンスの向こうに見える。昼と夜の区別はなく、やっているのがデイゲームなのかナイトゲームなのかよくわからない。

 

今日のはどっちだったっけ、と思いながらその日、ピッチャーの近藤勇人(こんどうゆうと)はベンチに入っていった。すると、「あれを見ろよ」と声をかけてくる者がいる。

 

「なんだ?」

 

見てみた。正面のスタンドだ。電光掲示板に《宇宙戦艦ヤマト、ワープテストに成功》という文がデカデカと表示されている。

 

「なんだありゃあ?」と言った。「〈ヤマト〉って、こないだの停電のあれか? 〈ワープ〉ってなんだ?」

 

「超光速航法だとさ。光より速く進むんだと」

 

「って、どのくらい?」

 

「知らん」

 

「なんとかダルってどのくらいの距離にあるんだ?」

 

「知らないよ。二、三十光年なんじゃないのか? ガミラスもそのくらいだろって言われてるからな」

 

「そうか。やつらは地球人が外宇宙へ出るのを恐れて滅ぼしに来たに違いないって話だからな。それより遠いとは考えにくい……」

 

「そんな話だったよな」

 

「有力説としては、か。光より二十倍速く進めりゃ一年で帰ってこれるのか」

 

「往復だから五十倍くらいでないといけないんじゃないの」

 

「どっちでもいいだろ、そんなのは……けど、本当にそんなことができるのか」

 

「できることはできんじゃないの。ガミラスだってそれで来るんだろうからな」

 

「そりゃそうだろうが……」

 

と言った。ガミラス。その正体も、どこからどうやって来るかも不明。それでも一応、有力とされるいくつかの説は立てられている。状況から見て、やつらは地球人類の外宇宙進出を恐れ、その前に根絶やしにするため来たのは疑いない。ゆえに降伏は無意味だろう。地球人の奴隷化とか、移住というのはあまりにバカげていて考えにくい。もちろん、彼らは地球人を滅ぼしに来たのは来たが、それは肉体だけであって実は魂を救済に――なんていうのも信じちゃいけない。

 

では、どこから来るのかだ。数十光年からせいぜい百光年というのが、大方(おおかた)の学者の推測らしい。地球がある太陽系から半径十光年の宇宙に別の恒星系は十ばかり。しかし半径百光年なら、十の三乗でその千倍、一万の星系がある計算だ。星が一万あるのなら、地球と同程度かそれ以上の科学を持つ文明がひとつくらいあっておかしくないし、テレビ電波か何かを拾って地球人の存在に気づくことも充分有り得る。逆に言えばそれより遠くじゃ、ここに我々がいることにそもそも気づきようがない――。

 

たとえば、アンドロメダ銀河。そんな遠くの百億の星のただひとつを、目の(かたき)にする理由があるか? そもそもそんな遠くから、ここに文明があることを一体どう知るというのだ。それとも千億とか一兆とかいう星を全部征服してるとでもいうのか。けれどもあのガミラスというのは、地球を侵略するのにも遠くから石を投げるしかできないようなやつらだぞ。

 

はっきり言ってあいつらは、波動エンジンがなけりゃたいしたことはない。八年かけて地球ひとつ滅ぼせないのに、銀河を丸ごと征服なんてできるわけがないではないか。

 

ガミラスが遠い星であるわけがない。ガミラスが何千何万光年も遠いというのは、南米人のナントカ氏が日本に住むひとりのスズキさんやタカハシさんを縁もゆかりもないのに目を付け殺しに来るに等しいのだ。そんな話は変だろう……。

 

といった説をよく聞くわけで、それが有力とされている。ガミラスは地球から百光年以内。もしこれが違うなら、根本的に考え方をあらためなければならなくなる、と。

 

〈イスカンダル〉とやらがどこにあるのか政府は発表していないが、同じ理由で百光年以内と見るべきなのだろうと近藤は思った。理屈はわからなくもない。

 

ワープ航法。光を超えて船を進ませる技術か。それが本当だというなら、往復二百光年だろうと旅して地球へ戻ってくることも可能であるのかもしれない。そもそもガミラスがやっていることであるのなら。しかし――。

 

「でもなんだって、あんなのをスクリーンに出してるんだ?」

 

「そりゃあ市民に希望を持たせようってことだろう。なんてったって、元々ここは……」

 

「ああそうか。そうだったよな」

 

忘れかけてた。ここで(たま)を投げる仕事してるのというのに……この球場は、地下都市に暮らす人々に少しでも希望を持たせるためにある。そのはずだった。いつか必ず地上に戻れるときが来ます。それを信じて堪えましょう。この地下でもまだ我々は野球ができる。野球ができるうちは大丈夫なのですと。

 

そうしてここが出来上がって六年が経った。最初のうちはずいぶんと力強い声援を聞いた。しかし今はどうだろう。投げていても聞こえるのはヤジばかりだ。客席はどちらが勝つかの賭博場と化している。

 

もう人々は、絶望しきっているのかもしれない。放射能に汚染された地上にどう戻るというのだ。もはや土を掘り返してどうなるというものじゃないのに。

 

水だ。水が汚染されてる。それが日々進んでいる。まだ大人が飲んですぐどうこうというレベルではないらしい。だが妊婦に飲ませてはいけない域に達しつつある。半年後にはさらに高く、一年後にはさらにさらに高くなって、子が生まれてもさらにその一年後には、これから育つその体に飲ませる水の汚染度は到底あってはならないところまで高くなってしまっているのだ。それを知ってて子を産もうとする女がいるか?

 

無理だ。これでは希望などとても持ちようがない。

 

一年前の〈メ号作戦〉の惨敗後、女達は遂に子を産まなくなった。それどころか妊婦は自殺し、あるいは生まれた子を殺し、男は銃を手に入れて一家心中を図っている。生きたところで十年の苦しみがあるだけならば今のうちに――誰もがそう考える。それが今の地下都市なのだ。

 

《宇宙戦艦ヤマト、ワープテストに成功》――スクリーンのあの文字は、この球場の支配人か誰かが市民を絶望させまいとして映しているものだとわかった。しかしどうなんだ。〈イスカンダル〉、〈コスモクリーナー〉? それも船団で行くならともかく、〈ヤマト〉だかなんだか知らんが船のたった一隻で。

 

得体の知れない、つかみどころのない話だ。とても信用できるような気はしない。

 

それにだいたい、あんなものを映したって、今のこの球場に来る者と言えば――。

 

「〈ワープ〉? 一体なんだそれは。ワンタンかなんか入ったスープのことか」

 

酔っ払いの声がした。ハゲ頭のおっさんが、一升ビン片手にフラフラしてるのが見える。

 

「〈ヤマト〉だとお? んなもん逃げたに決まってんだろーっ!」

 

そんな声も聞こえてくる。この球場にやって来るのは今はそんな人間だけだ。

 

だと言うのに、よくやるよな、と思った。この球場もその〈ヤマト〉とやらのためにこないだ停電喰らったんじゃないか。あの日、ここでもスタンドでは『バカ野郎ーっ!』の大合唱が響いたのに。

 

なのに、〈ヤマト〉に望みを懸ける――まだ希望を捨ててない人間がいるというのだろうか。この自分はどうだろう。こうしてまだ投手として、ボールなんか投げてはいるが。

 

上を仰いで見えるのは、果てなく広がる天井と、支える無数の柱だけだ。これだ。これが人を絶望させる。しかしその向こうに今、遠い宇宙に一隻の船がいるのだろうか。ただ一隻で本気で地球を救おうとして?

 

宇宙戦艦〈ヤマト〉。それが光速を超えたという。

 

「〈ヤマト〉か……」

 

と近藤は言った。今が昼なのか夜なのかすらわからない。なのに自分があの表示をどう受け止めていいかわかるはずがなかった。



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敵圏内

「どうしていいかわからない……」

 

森は頭を抱えて言った。〈ヤマト〉中央作戦室。森が向かう会議用の大卓には、書類の束やコンピュータ端末が広げられるだけ広げて山になっている。両肘を卓に突いて、その山に森は潜っていきそうだった。

 

「どうしたんです?」

 

と、同じ卓の向こう側でコンピュータの端末器を叩いていた新見が言った。

 

「土星行きのことよ。運行計画を立てなきゃいけないわけだけど」

 

「まだ出来ていないんですか?」

 

「だから困っているんじゃない。予定が狂いに狂ってるから、作るたんびに壊れてくのよ。だいたいそもそも土星なんて行くはずなかった星でしょう?」

 

「そうでしたね」

 

「そうでしたのよ。コスモナイトが必要となった。火星やガニメデでの調達もできなくなった。だから直接タイタンへ行って掘るしかない、と。それだけでも頭痛いのに、いろいろ調整が必要になって……」

 

「テストでやっぱりたくさん不備が見つかったんでしょう」

 

「急造艦だものねえ。それもあんなへんてこな造り方ってないわよねえ。だから予想はしていたけれど……」

 

「ははあ」

 

「けど、なんと言ってもヒューマン・ファクターよ。操舵士はワープ前の忙しいときにかるた取りで遊び出すし!」

 

「は?」

 

「そのツケが全部あたしにまわってくるのよ。もうどうしていいんだか……」

 

「はあ……で、土星の件ですけど」

 

「問題はねえ、木星過ぎたらもう敵の圏内だってことなのよ。木星ならば近くに味方がたくさんいるから、主砲の試射でもなんでもできる」

 

「まだそれ、やってないですよね」

 

「うん。今この瞬間みたいに、こうしてまわりに何もないとこ飛んでるぶんには大丈夫。近くに敵がワープしてきても、こっちがワープで逃げてしまえばいいんだから。イタチごっこになるのはわかりきってるから敵も今は手を出してこない」

 

「ええ。と言うより、逃げ場所を選べるこちらが有利です。罠を仕掛けてどうにでも敵を返り討ちにできる」

 

「そう。それがわかっているから敵は来ない。けど土星でしょう――あれだけ大きな星のそばに近づくと、重力の影響でワープできなくなってしまう。ましてやタイタンで石を採ろうとしてるなんて知られたら――」

 

「そうか」と言った。「〈ヤマト〉はまわりを敵に囲まれてしまいますね。タイタンのそばに陣取られて石を採ろうにもできなくなるかも」

 

「だから土星に行くことは、そのときまで敵に悟らせないようにしなけりゃならない。まして石を採るなんて、絶対気づかせちゃあいけない――」

 

「ええと」

 

と言って新見は、自分がしていた作業を止めた。代わりに端末器をカチャカチャやって土星とタイタンのデータを出す。

 

「タイタンは直径約五千キロ。地球の月の1.5倍……全体がオレンジ色の厚いもやに覆われている。降りてしまえば石を採っていることは敵にはわからないんじゃありませんか?」

 

「それだけが唯一の救いよね」と言った。「コスモナイトの採掘がバレたら、間違いなく土星の近くに十隻の敵がワープしてくる」

 

「じゃあどうするんです? 〈ヤマト〉は十隻相手にして戦えるように造ったと言っても、さらに二十三十と来るかもわからないでしょう。どっちにしても石採りどころではなくなってしまう」

 

「それよ。交戦は避けなきゃいけない」

 

「となると……ええと、そうですね。〈ヤマト〉はなるべく土星から遠く離した軌道に浮かべ、星めがけて砲や魚雷の試射でもやってるように見せかける……どのみち試射はやらなきゃいけないことでもあります。で、(ひそ)かに艇を出してコスモナイトを採掘し、敵が来る前に済ませて逃げる――」

 

「そう。それしかないというのはわかってるのよ。けど、密かに艇を出すって、どうやって……」

 

「がんばってください」

 

と言って新見は、自分の仕事に戻ってしまった。

 

「そっちは何やってるの?」

 

「実は今、古代一尉のことを調べています」

 

「ハア?」と言った。「何よそれ」

 

「何って、今後の戦術のために……」

 

「あんなのがなんの役に立つって言うの」

 

「いえでも、〈ゼロ〉のパイロットですし……」

 

「パイロット」

 

「航空隊の隊長ですし」

 

「航空隊の隊長」

 

「これは艦長の決められたことで」

 

「艦長の決められたこと」

 

「いえあの、森さんが彼をどう思っているかはともかく……」

 

「〈がんもどき〉でしょう、あれは!」

 

「ええまあ、そうかもしれませんが……」

 

「なんで?」と言った。「どうして、みんなであれのことを贔屓(ひいき)するの?」

 

「誰も贔屓はしていないと思いますよ。どちらかと言うとむしろ……」

 

「とにかくよ。あいつを調べてどうするって言うの。ねえ。なんかすごいもんでも出てきたわけ」

 

「うーん、経歴からは特に何も……よくわからない人ですね」

 

「あははは。よくわからない」

 

「補給部隊に配属になった理由がひとこと、『闘争心に欠ける』です」

 

「闘争心に欠ける?」

 

「ええ。つまり、戦闘機乗りとするには、ということだと思うんですけど」

 

「致命的じゃん」

 

「やっぱり、誰でもそう思うんですかねえ。でも、なんかそれだけではないような気がするんです。島操舵長も何か知ってるみたいだし、彼を見た何人もの人間が古代進を死なせるのは惜しいと考えたのは確かなはずで……」

 

「とにかく、調べて出てきたのが『闘争心がない』ってだけなの?」

 

「『ない』じゃなくて『欠ける』……ええまあ。それで今、〈七四式〉でガミラスのステルス三機と渡り合ったというときのフライトデータを解析しているんですけど、これがまたややこしくって……」

 

「がんばってください」さっき言われた言葉を返した。「この〈ヤマト〉に、闘争心のない人間は必要ないと思いますけど」



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ソルティドッグ

宇宙軍艦乗りの第一の仕事は決して戦うことではない。その毎日は掃除に始まり掃除に終わる――そう言っても過言ではない。地球人類を救うべく旅立ったこの〈ヤマト〉もまた同じだ。

 

船乗りは英語でセーラー、〈帆を張る者〉という意味だが、別の呼び名をソルティドッグ。〈塩漬け犬〉という意味になる。這うようにして甲板を塩まみれになって洗い、放っておけばすぐに黒ずみ緑青(ろくしょう)を吹く真鍮の手すりを磨く。そうして毎日毎日毎日、毎日毎日毎日と、長きに渡る航海の間、己が乗る船をピカピカに保ち続ける。それが塩漬け犬どもの務めだ。今は山と積まれた仕事にうずまっている士官にしても、航海が軌道に乗れば率先して日々の清掃にあたらなければならなくなる。艦長みずから艦長室を掃除して、第一艦橋も艦橋クルーがほっかむりして掃除するのだ。

 

兵装関係を除いてひと通りのテストを終えた〈ヤマト〉艦内では、早くもその日々が始まっていた。〈タイガー〉の格納庫ではパイロットと整備員の別なく庫内清掃に(はげ)む。床にモップが、右舷展望室の畳にはぞうきんがかけられて、トイレの便器もセッセセッセと人の手により拭かれるのだった。

 

波動エンジンの機関室も、機関員らの仕事の半分は床を掃きモップをかけて、その巨大なエンジンを磨くことにあると言ってよかった。今も総出でその作業が行われていた。機関長の徳川が台に乗ってエンジンを拭くのを、藪は下でモップを持つ手を動かしながら見上げていた。

 

超光速戦艦〈ヤマト〉と言えども、これまで乗ってきた船とそれほど変わりはないのかな、と思う。ただあらゆるスケールや、航海日数が違うだけか。『万一の際の消火』などと言われても、あのロボットが言った通り、そんな訓練そのものはどこの船でもやらされてきた。

 

一心にエンジンを磨く徳川を見ながら、あれが船の機関員の(かがみ)ではあるんだろうなと思った。余計なことは考えず、ただエンジンが支障なく動くようにだけ努める。そのためにはああしてまず磨くことが大切だ、というわけだ。エンジンが汚れていたのでは、油が漏れてもそれがどこから出ているのかわからない。汚れたままにしていればすぐ病気になってしまうのは人も機械もおんなじだ。だからとにかくきれいにしなきゃいけないと。

 

そういう人間は尊敬できる。並みの船ならそれでいいようにも思う。だが、本当にそれでいいのか? 自分の中に汚れた機械油のように漏れ出しねばりついてくる疑問は、拭いてぬぐえるものではなかった。やはり、どうにもおかしいのだ。この航海は並みとは違う。

 

ワープのテストは特に大きな問題もなく成功したという。これで往復二十九万六千光年の旅も望みが得られたという。千光年ずつ一日二回、296回やれば、148日で地球に帰ることができる。それだけならば五ヶ月だ。すでに十日も遅れを出したが、もともと四ヶ月分ほどのロスは計算に入れてある。だからまだまだあせるほどのことはないさ、と。しかし、そもそも、その数字がおかしいのだ。

 

なんだ、『十四万八千』って? 推測ではガミラスは百光年以内だという話じゃなかったか? 八年間ずっとそう聞かされてきた。その理屈に納得もしてきた。なのにいきなり、どうしてなんの説明もなしに桁が四つもハネ上がるんだ。

 

これはスケールが(こと)なり過ぎる。千も万光年も先からガミラスが地球を見つけられるはずがないとされてきた理屈が正しいのなら、イスカンダルも同じはずだ。なんでもサーシャとかいう使いがやって来たという話を聞いた。そのサーシャは、どうやって地球の危機を知ったんだ? イスカンダルにもし途轍もなく遠くを見れる望遠鏡があるとして、それをたまたまマゼランから地球の方に向けるとする。あら、なんだか青い星が、急に赤くなっちゃったわ。どうしたのかしら。まあ、ひどい侵略じゃないの。でも、これって、十四万八千年も前の話なのよねえ。その光がやっと届いて今こうして見てるのよねえ。もう今更どうしようもないわ。

 

そういう話になるはずじゃないか。これまで八年、ニュースや何かで聞いてきた話を元にすればそうなる……いや、けれども、まあいいだろう。イスカンダルにはそれだけの距離を越えて地球の危機を知る手立てがあったわけだ。千光年もいっぺんにワープできる技術があるならそう不思議とも言えないはず。

 

けれども、それならガミラスにも同じことが言えるのでは? ガミラスはそんなに遠いわけがないと言われている。たとえば、もし万が一、やつらが地球への移住でもたくらんでいるとしてみよう。赤い星がいいのなら、他に適当な候補の星が、ガミラスから数光年の範囲にいくらでもあってよさそうなものだ。なんでわざわざ地球人類を殺して海を干上がらせたりしなけりゃならん。なんでわざわざ百隻もの艦隊を送り、けっこうな手間をかけて犠牲を出して、地球と戦争しなけりゃならん。せいぜいロケットくらいしか持たない程度の文明の星なら、楽に侵略もできるだろうに、なんでわざわざこの22世紀末の地球を選ぶ。近くにあると言うならともかく、たとえば他所(よそ)の銀河などから――何億何兆もの星の中から地球を選ぶどんな理由があるというのだ――そう言われてきたのだった。

 

そうだ、確かに、遠くにあるとは考えにくい。理屈で言えばそうなるし、移住説などはバカらしい。だから百光年以内とする説が有力とされてきた。しかしイスカンダルというのがそれだけ遠くにあるのなら、考え方を根本的にあらためなければいけないのじゃないか。

 

地球政府はイスカンダルがどこにあるのか公表しない。大マゼランのどこかだとくらい言っていいはずなのに。

 

できないのだ。民衆に、『ガミラスも遠くにあるとは考えられないのか』と言われてしまうから。これまで有力とされてきた説が崩れてしまうから。

 

ガミラスは地球人が波動技術を持つのを恐れてやって来た、と言われてきた。だから地球がワープ船を造れるようになりさえすれば、パワーバランスは逆転する。むしろこちらが強くなるかも、と言われてきたのだ。

 

ガミラスが遠いということは、その希望的観測とも言える仮定が間違っているのを意味しかねない。〈ヤマト〉に続くワープ船を何十隻と造ってもやはりガミラスに勝てぬかも、とは口が裂けても言えない。だから、イスカンダルがどこにあるのか(おおや)けにできないでいるのだ。

 

そのイスカンダルを信じていいのか。うまく出来た理由を作って『一隻だけで来い』なんて言うが、このまままっすぐ行っていいのか。藪は思った。これではとても、自分は何も考えずただエンジンを磨いていればいいという気になれなかった。



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〈ヤマト〉はもう帰ってくるな

『イスカンダルなど信用できなーい! コスモクリーナーなど要らなーい!』

 

『ワープ反対、波動砲はんたーい!』

 

『〈ヤマト〉はもう帰ってくるなーっ!』

 

『冥王星を壊してはならなーい!』

 

このように叫ぶ人々の群れが地下都市の通りを練り歩くのが、〈ヤマト〉艦内でもまだ見ることのできるテレビ画面に映っている。

 

『世界各地で〈ヤマト計画〉反対のデモが起こっています』マイクを持つリポーターが言った。『ここ日本の関東地区でも、〈ヤマト〉に反対する人々が地球防衛軍司令部を連日取り囲んでいます。彼らの主張は「降伏は無意味と言うのをやめよ。イスカンダルよりガミラスを信じるべきである。すべての軍備を捨て去れば彼らは出ていき青い地球を返してくれる。だからコスモクリーナーは不要」というものです。彼らはまた、波動砲で冥王星を破壊することや宇宙戦艦〈ヤマト〉がワープで外宇宙を航海することにも強い拒否の姿勢を示していて、「それは決して人間には許されない神の(わざ)であり、人類は与えられた太陽系の環境だけを使い守っていかねばならない」と主張を述べています。ゆえに「〈ヤマト計画〉を持ちかけてくるイスカンダルは悪であり、決して頼ってはならないもの」としています』

 

スタジオからキャスターの質問。『そうした動きは、〈ヤマト〉のワープ成功を受けて高まったものとみられますか?』

 

『はい。こうしていましても、「ワープを許すな、〈ヤマト〉はもう帰ってくるな」という叫びがやむことなく聞こえてきます』

 

『どうもありがとうがございました』

 

画面がスタジオに移る。

 

『ええとこれは、どう受け止めるべきなのでしょう。市民のこうした反応は当然のことなのでしょうか』

 

『うーん、一部の人達が過剰に反応しているだけとは思いますが……なんと言っても大多数の人々が〈降伏は無意味〉の論に納得しているわけで、それが変わっているわけではありませんからね。それに何より、ガミラスが去れば青い地球もまた戻るという考えになんの根拠も信憑性もないわけで』

 

『降伏論者は以前から、「ガミラスは実はいい異星人であるに違いなく、降伏すれば放射能も消してもらえる」と主張していたわけですね』

 

『はい。それを多くの人は笑って退(しりぞ)けてきた。そこに〈イスカンダルのコスモクリーナー〉という言葉が出てきたものだから、降伏論者としては反発せずにいられないのだと思います。そしてワープの成功で〈ヤマト〉が帰ってこれる望みが高まった。これが彼らには都合が悪い』

 

『なるほど……ですが一方で、そうでない一般市民の間でも「船一隻だけで来いなどと言うイスカンダルが本当に信じられるのか」といった声が高いようですね』

 

『それも当然の考えでしょう』

 

『ありがとうございました。さて番組では、〈ヤマト計画〉に反対する市民団体のひとつに接触、代表者の話を聞くことができました。そのインタビューをご覧ください』

 

画面が変わる。《正しい太陽系を作る会》と書かれた旗を背にした人物が映った。

 

インタビュアーの質問:〈ヤマト計画〉に反対とのことですが。

 

「当然です。軍事力でなんとかしようという考えが許せません。イスカンダルへコスモクリーナーを取りに行くと言うのなら、非武装の船で行くべきなんですね。なぜ軍艦で行こうなどとするのでしょう。どうしてそんな考えになるのか、ワタシには理解できません」

 

非武装で行けば、ガミラスに殺られるだけではないでしょうか。

 

「そんなことはありません。武器を持つから攻撃を受けるんです。武器のない者は決して敵に襲われることはないんですね。ですから、その方が安全なのです」

 

それと同じことを言って、これまでにピースボートが何百隻も制止を振り切り宇宙へ出て行き、すべてガミラスに嬲り殺しにされていますが……。

 

「いいえ、それも誤解です。日本政府が憲法九条を守らないから、彼らに誤解されるのです。自衛権の行使などというものは、個別的なものであれ集団的なものであれ決して認めてはならないのです。たとえ世界が武器を持っても、日本さえ非武装ならばガミラスは襲ってきませんでした。なのに新造戦艦の名前が〈やまと〉! おまけに、なんですかあの形は! ふざけんのもいいかげんにしろとワタシは言いたい! これだから日本は、宇宙から、あの昭和の戦争の反省がないと思われるのです!」

 

ええと、ガミラスがやって来たのは、日本が250年前の戦争責任を取ってないからとおっしゃるのですか。

 

「そうです。それに疑いの余地はありません。このままではガミラスだけでなく、全宇宙から日本は反省しない国と言われてしまうでしょう。それでいいのですか。ダメでしょう。ガミラスだって本当は地球人と仲良くしたいはずなのです。友好を望まぬ異星人など宇宙にいるわけがないのです。ですからいつか話し合いに必ず持っていけるのですね。我々がすべきは戦うことではない。愛し合うことなのです」

 

ガミラスとですか。

 

「そうです。愛を伝えれば、異星人も必ず地球に愛を返してくれるようになります。冥王星を波動砲で吹き飛ばすなどという行為は、その機会を永遠に葬り去ってしまうことになるのです。波動技術を手にするとすぐ、それを兵器に使おうとする。そんなことでは太陽系を未来へ遺していけません」

 

まずは人類の存続を考えるべきと思いませんか。このままでは一年で女性が子を産めなくなると言われますが。

 

「いいえ、そのような考え方が問題を悪くしたのです。宇宙に軍を送るから、敵がますます攻撃する。波動砲も隕石を防ぐためだと言い訳して、結局それをかつては惑星と呼ばれていた重要な星を壊すのに使う。人類の存続のためならば太陽系の環境を破壊してもいいというのが間違ってはいないでしょうか」

 

ご意見はともかく、この状況ではそれもやむを得ないという声があります。それにどう応えますか。

 

「やむを得ないことなどひとつもありません。隕石だろうと準惑星だろうと、大切な太陽系の一部なのです。ワタシ達はその自然を守ってゆかねばなりません。どんな隕石も決して落ちてきたくて落ちるのではないのですから、武器で壊すのではなくて愛の力で向きを変えさせてやるべきなのです。波動砲など要りません。コスモクリーナーも要りません。この侵略も放射能も、愛があれば変えられます。ガミラスに愛を伝えましょう。彼らと愛し合いましょう。愛こそ解決に至る道。日本が変われば世界が変わり、全宇宙がやがて愛に包まれるのです。ですからワタシ達、愛の戦士である〈正しい太陽系を作る会〉は、宇宙戦艦〈ヤマト〉によるすべての計画に反対します」

 

どうもありがとうございました。インタビューを終わります。



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ヒューマン・ファクター

〈ヤマト〉中央作戦室では、〈土星の衛星タイタンにおけるコスモナイト採掘計画〉がまだ立案できないでいた。森はいよいよ頭を抱え込んでいた。

 

「ええと」と結局、資料を見させられるハメになった新見が言った。「とにかく〈ヤマト〉をタイタンに直接降ろすわけにはいかないんですね」

 

「そう。そんなことしたら、土星だけでなくタイタンの重力の影響でワープできなくなってしまう。ワープで逃げられないと見れば敵は必ず大艦隊を差し向けてきて、〈ヤマト〉は包囲されてしまう」

 

「だから土星と距離を開けて停泊し、砲や魚雷を撃ちまくる。試射のために来たと思えば敵は手を出してこないはず――これはさっきも言いましたね」

 

「そう。本当の目的はコスモナイトを採ることだと気づかせてはいけないのよ。それを知ったらやっぱり敵は襲ってくる。ガミラスには〈ヤマト〉はいつでもワープで逃げていけると思わせておかねばならない」

 

「だからこっそり小型の艇をタイタンに送ると――これもさっき聞きました。で、何が問題なんです?」

 

「問題は切り出した鉱石をどう〈ヤマト〉に運ぶかなの。作業員と機械を積んだら艇はいっぱいいっぱいで、鉱石を積む余裕がないのね」

 

「なら、機械は使い捨てて、帰りは石だけを積んだら?」

 

「情報によると鉱脈は露出してるはずだから、レーザーで切り出すのに大きな機械は必要としない。ただ、問題はもうひとつあって、つまりタイタンの大気なのよ。地球よりも濃い空気の抵抗を振り切って脱出速度まで加速するには、石を積んでだとどうしても……」

 

「ははあ。タイタンって、結構大きい星ですもんね。これだけあると重力もバカにならない。ええと、地球の七分の一ですか……石はどれだけ採らなきゃいけないんですか?」

 

「1G下で2トンぶんほどって言うんだけど」

 

「脱出速度は秒速2.6キロ――大気の抵抗を考えたらなるほどキツイか。もう一艇出すにしても……」

 

――と、そこに、ドアが開いて真田が部屋に入ってきた。

 

「森君、土星のことなんだが」

 

「わっ!」森は飛び跳ねた。「すみません、いま出来るところです」

 

「出前を頼んでるんじゃないぞ。まだだったらちょうどいい。悪いがひとつ追加があるんだ」

 

新見がひとりつぶやいて言った。「出前を頼んでるみたい……」

 

「またですか? なんでしょう」

 

「古代一尉のことだ。彼を一度、〈ゼロ〉に実際に乗せなきゃいかん。土星行きの計画に突っ込んでくれ」

 

「は?」

 

「ただ宇宙を飛ばさせてもしょうがないだろう。タイタンなら大気もあっていいはずだ。古代一尉にあの星の空を飛ばさせる」

 

「ど、どうして?」

 

「『どうして』って、これを(のが)せばもう機会はないからな。太陽系を出る前に〈ゼロ〉に実際に乗さすんだ。これは艦長命令だ」

 

「ヒュ」と言った。「ヒューマン・ファクター……」

 

「なんの話だ?」

 

言って真田は新見に眼を向けた。新見は笑って首を振った。

 

森は言った。「真田副長! 言わせてもらってよろしいですか!」

 

「なんだよ」

 

「どうしてです? どうして沖田艦長は彼を贔屓(ひいき)するんですか!」

 

「別に贔屓はしてないと思うがな。あれはむしろ……」

 

真田はそこで妙な顔して黙り込んだ。森はさらに続けて言った。

 

「どうしてあの古代一尉がこの船の航空隊長なんですか」

 

「それは言えん。とにかくそう決まったんだ。君にはそれでやってもらう」

 

「そんな。答になってません」

 

「とにかく、わたしからは言えん。艦長に直接聞きたまえ」

 

睨み合いのようになった。そこで新見が言った。

 

「あの、あたしからひとつよろしいですか」

 

「なんだ」「何よ」

 

怖い眼のままふたり同時に新見を向いた。新見は凍りつきそうになった。

 

「いえ、あの、そういうことでしたら、ひとつ考えがあるんですが……」



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カレーライス

地球を出てから、もう四度目の金曜だ。金曜日はカレーの日だ。はるか昔の帝国海軍時代から、日本の海を護る船の週末のメニューはカレーと決まっている。出てきたトレイを受け取って、古代はなんだこれはと思った。カレーライスはカレーライスでも、前の三回と明らかに違う。

 

〈ヤマト〉が地球を発った9月20日が金曜で、つまり初日がカレーだった。それから三週間と一日。10月11日の今日が四度目……なのだが、しかしこれはなんだ。席に着き、スプーンで中身をつついて確かめてみた。先週までのカレーライスは普通の米と肉とだったが、これはなんだか見たこともない。米はどうやらでんぷんをコメの形に固めたものだし、肉は魚肉ソーセージのような合成肉の円筒を太鼓切りにしたものだ。そして、同じくマッシュポテトを固め直して太鼓形に切ったような合成ジャガイモ。それに促成栽培のミニにんじんと(おぼ)しきものが入っている。

 

食ってみるにカレーの味がするけれど、ただそれだけのそれだけ料理だ。ずいぶんと味気ないそのシロモノを食べながら、どうやらこれから、金曜日には毎週こいつを食わされることになるらしいな、と思った。相変わらず古代が食事する間、食堂内は静まっている。『〈ヤマト〉はもう帰ってくるな』と叫ぶ声が聞こえてくる。なんだろう、と思ってそちらに眼を向けてみた。壁に張られた百インチの大きなテレビ画面の中で、正しいナントカとプラカードやゼッケンに書いた集団が街を行進してるとわかる。

 

『我々がすべきは戦うことではありませーん。愛し合うことでーす』

 

うわー、と思った。よくあんな恥ずかしいこと、声に出して言えるよな。おれにゃ絶対真似できないわ。

 

テーブル囲んでテレビを見てるクルーのやつらも、よくあんなのが見れるもんだ。そう思いながら食事を終えて、トレイをカウンターに戻しに行く。カレーのような黄土色コード服の船務科員が、調理場でその船内服の前にエプロン着けて作業してるのと眼が合った。まだ二十歳(はたち)にもならないような女の子だ。

 

「ごちそうさま」

 

古代が言うと、彼女はガムでも飲み込んだような顔で頷き返してそれきりだった。

 

ちぇっ、と思いながら食堂を出る。階級だけならあの子なんか、多分この船の中でいちばん下っ端なんだろうけどな。それでもちゃんと仕事している彼女の方が、名ばかり士官のおれなんかより今この船でずっと偉いのに違いない。

 

もちろんそうだ。カレーライスか。日本の海を護る船だなんて言っても日本では、国民みんなが昔から、『護衛艦など帰ってくるな、この税金泥棒が』と言っていたわけなんだろう。今のあの子の眼にはおれも、水と安全はタダだと思う平和ボケ国民のように映るんだろうか。この戦争でもまだわからずに麻薬なんかやりながら『ラブ&ピース』と歌ってるような……。

 

かもな、と思う。おれなんか、そう見られても仕方ないのか――考えながら〈ゼロ〉のシミュレーター室に行くと、部屋の中に人が大勢ズラリと並び立っていた。

 

「古代一尉。貴官にひとつ受けてもらう任務がある」

 

真ん中に立つ女が言った。さっきのあの子と同じカレー色の船内服の肩に一尉の記章。

 

どうも見覚えがあるなと思って、それから気づいた。そうだ、この前、展望室で講釈してた女じゃないか? まずいぞ。あのとき、このナントカが一体何をしゃべってたんだか全然聞いていなかった。

 

女士官は猫がネズミをいたぶるような眼をしてこちらを笑って見てる。今すべきは戦うことだ。戦って戦って戦い抜いて、ひとりでも多く敵を道連れにして死ぬ。それが女だと思っている顔だ。この女とおれが愛し合うことは、まあ絶対にないだろうなと古代は思った。



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任務

「古代一尉。あなたには、コスモナイトの鉱石を〈ゼロ〉で運んでいただきます」

 

〈ヤマト〉第二艦橋で新見が言った。艦長の沖田もブリーフィングに同席している。そして、古代・山本と森の他に、採掘を行う技術科員。

 

「作戦はこうです。土星軌道で砲や魚雷の試射を行い、同時に〈ヤマト〉から二機をタイタンに向けて送り出す。一機は鉱石採掘のための工員と機械を載せた揚陸艇。もう一機が〈コスモゼロ〉です。〈ゼロ〉にはミサイルや爆弾の懸架装置が多数備わっていますから、筒状の形であるなら1G下で最大10トンの物を運ぶことができます」

 

新見は立体ディスプレイに図解を示してみせた。タイタンで石を切り出して、さっき食べたカレーライスの具のような太鼓型に整える。で、二本の大きなソーセージのような容器に納め入れ、〈ゼロ〉の左右の翼の下に吊り下げる。古代の役はそれを〈ヤマト〉に運ぶことだ。

 

「〈ゼロ〉の推力をもってすればなんの問題もないはずなので、備蓄を考え必要量の倍を採掘することにしました。貨物ポッドは工場ですぐ作れるということです」

 

「おう、任しといてくれ」

 

と、採掘チームのリーダーとなる男が言った。斎藤副技師長。古代はその顔を見て、自分が例のカプセルを床の傾いたあの部屋で真田という男に渡したときに、この男が一緒にいて横で見ていたのを思い出した。科学者とか技師とか言うよりまさに鉱石か石油でも採掘するのが仕事の荒くれ技術士といった感じの風貌だ。

 

「どうかしら、航空隊長」森が言った。「荷物運びは確か専門のはずだったわね?」

 

「はい」

 

と古代は応えながら、つっかかるものの言い方する女だな、と思った。おれに対してだけなんだろうか。だろうな。おれが〈がんもどき〉でガミラスのステルス三機を墜とした話を嘘だと決めつけてるんだろう。それが当たり前なのにも違いない。

 

「できると思います」

 

また新見が、「それから山本三尉。あなたには、揚陸艇の操縦をお願いします。問題ありませんね?」

 

「はい」

 

と山本。新見は続けて、

 

「古代一尉は貨物ポッドを降ろしたら、訓練プログラムに沿って〈ゼロ〉を飛ばしてもらいます。その後、採掘場に戻り、ポッドを積んで〈ヤマト〉に帰投。兵装テストが終わる頃には、すべて完了する見込みです」

 

沖田が言う。「いいだろう、それで行く」

 

「ええと、それからもうひとつ」と、また新見が言った。「土星では、この二機以外の有人機は〈ヤマト〉から外に出しません。やはり土星に近づく自体が危険ですので、〈タイガー〉を何機も出して後の収容に手間取るようなことは避けねばなりません。〈ヤマト〉はワープでいつでもすぐに逃げられるようにしておかなければならないのです」



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クレセント・サターン

タイタン。衛星としてはかなり大きなこの星は、土星から120万キロ離れたところをまわっている。土星の〈輪〉の半径が12万キロだから、ちょうどその十倍だ。

 

この星はその昔から、太陽系のすべての天体の中で最も地球に似た星だと言われてきた。その理由の第一は厚い大気があることだ。それだけならば金星も同じだが、金星は熱い。熱過ぎる。摂氏470度の灼熱地獄なのだから、宇宙時代の今でもほとんど降りてもいけない。タイタンは逆に寒いがまあ防寒さえすれば……と言うので似てると呼ばれてきたのだ。

 

その大気は地球と同じくほとんどが窒素。これにメタンが混じっていて、オレンジ色のもやを作って星全体を覆っている。そのため地表はよく見えないが、液体メタンの川が流れていることは天文学者は探査機を送って確かめられる前から知っていた。

 

〈ヤマト〉はその近くにワープ。非番のクルーや手の空いている者達が、展望室の窓に早速群がった。むろんタイタンを見るのではない。この現代に宇宙軍艦乗りをしていても、自分の眼で土星などそうそう見る機会はないのだ。あまり近づくとワープができなくなるためにタイタンの軌道辺りが限度なのが残念だが、それでも10メートルの距離から1メートルの土星の模型を見るのと同じなのだからたいしたものだ。〈ヤマト〉の窓にいま土星は地球からでは決して見れない三日月型となっている。クルー達は喜んでてんでに記念撮影などし始めた。

 

そうできないのが、赤いコードの服を着た兵装関係のクルー達だ。ただちに砲や魚雷のテストに取り掛かる。

 

宇宙空間の船対船の戦いは、基本的に〈大艦巨砲主義〉である。ただひたすらに強力で長い射程の砲を持ち、厚い装甲で船を(よろ)っている方が勝つ。宇宙戦艦〈ヤマト〉はこの考えで、ガミラスのどんな船とも――少なくとも、一対一なら――勝てる船を目指して建造されていた。その主砲が設計通りの力を備えており、相手をちゃんと狙い撃てるものなのか、ようやく確かめるときが来たのだ。

 

大艦巨砲主義――この思想は旧戦艦〈大和〉の時代はまったくナンセンスなものとなっていた。〈大和〉の艦尾にあった二基のカタパルトは、観測機を飛ばすためのものである。『観測機ってなんだ? 何を観測するんだ?』という疑問をお持ちになった方がいるなら説明しよう。撃った砲弾がどこに落ちたか観測するのだ。船から撃たれた46センチ砲弾は、ドーンと飛んで40キロも離れたところに落ちてドカンと炸裂する。しかしそれは地球の丸みの向こうにあって船から見えない。雲があったり霧が出てたりしても見えない。だから飛行機を目標の上にまで飛ばして、『1キロも右にそれたぞーっ、左を狙えーっ』と報告させる。けれども船は絶えず波に揺れているのだ。いつまでやっても当たるわけない。そうこうするうち観測機は敵に撃墜されてしまってハテサテこれからどうしましょう。

 

お分かりだろう。船に大砲を積むよりも、飛行機隊に爆弾持たせて送り出した方がいいのだ。〈大和〉を造った造船技師達は、出来たその日にご満悦の海軍幕僚らに向かって言った。命令だから造ることは造りましたがこの船はなんの役にも立ちません。砲台なんかとっぱらって空母に改装した方がいいんじゃないですか。

 

かつてはそう言われてしまった砲台が、今や宇宙の遠く彼方にいる船を、敵より長い射程を以って直接狙えるビーム砲として宇宙戦艦〈ヤマト〉に載せられ、旋回し砲身を持ち上げる。大艦巨砲主義がここに復権したのだった。むろん亜光速のビームも、120万キロ離れた土星に届く頃にはただの光になっているが、10万キロ先の駆逐艦程度の装甲ならば、フグちょうちんに(もり)を打ち込むようにひと突きにしてやれるのだ。その威力を試すべく、第一艦橋の南部の指示でついに試射が始まった。

 

亜光速の太いビームが三日月形の土星(クレセント・サターン)の夜の面めがけて撃ち込まれる。土星までは今〈ヤマト〉がいるポイントから光速キッカリで四秒だが、この試射にはビームの速度がその何割引なのかを正確に知る意味なども含まれていた。

 

数秒かけて土星の夜に到達したビームがそのガス状の惑星表面に波紋を浮かばす。それは一種の花火を見るような光景だった。

 

そして艦尾カタパルト。今そこに進み出ようとしているのは、ひ弱な複葉の水上観測機などではない。最新鋭戦闘攻撃機〈コスモゼロ〉――ただし今は、まるで水上飛行機のフロートのように、両の翼の下に大きなソーセージを抱え込んでいる。

 

「ロールについてはいくらやっても大丈夫だと思いますが、ピッチは気をつけてください。貨物ポッドが一杯のときに急に機首を上げ下げするとでんぐり返ると思いますよ」

 

「うんわかった、やんないよ」

 

「こいつを吊るから、ミサイルや何かはナシです。ビームガンにはエネルギー入れてますけど」

 

「それも使わないと思うな」

 

「あとはタイタンの大気ですね。抵抗で燃料消費が激しくなると思いますから、それは気をつけてください」

 

「わかった。ありがとう」

 

整備員の説明をひと通り聞いて、古代はヘルメットを被った。

 

「で、お前がついてくんの?」

 

と下を向いて言う。アナライザーが応えて言った。

 

「ソウデス。古代サン、オ懐カシュウ」

 

「ほんとになあ。二週間以上同じ船に乗っていて全然会わなかったな」

 

「古代サンガ飛ブトナッタラ黙ッテハイラレマセン」

 

「ふうん」

 

と言った。この相棒と、今度は〈ゼロ〉でか――やることは、同じ荷物運びでも。

 

アナライザーを後ろに乗せて搭乗する。キャノピーを閉じると、〈ゼロ〉を載せているリフトが動き出した。扉が開いて、機体をカタパルトに進ませる。

 

目の前に〈ヤマト〉の巨大なエンジンノズルと垂直安定板が現れた。古代は後ろを振り向いてみた。ズンズンと響きを立ててビームを撃ちまくる砲台があり、その光の照り返しを艦橋や煙突が受けている。

 

やっぱり、ほんとに、昔の軍艦まんまなんだな、と思った。ガキの頃に横須賀の港で戦艦〈三笠〉ってのを見たけど、あっちの方がデカかったような気がするのはおれが大きくなったせいかな。しかしなんだよ、あの煙突。なんで宇宙船に煙突が……。

 

リフトが止まり、ロックが掛かる衝撃が伝わってきた。〈ゼロ〉の前にはカタパルト。そして宇宙。一面の星。そして土星。そしてタイタン。

 

『〈アルファー・ワン〉。発艦よし』

 

管制員の声がきた。

 

「了解」と言った。「〈アルファー・ワン〉、発艦する」



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揚陸艇

コスモナイト採掘チームを乗せた揚陸艇は、〈ゼロ〉より先に〈ヤマト〉を飛び立っていた。周囲の宇宙空間には、対空砲の試射のための無人標的機が飛び交っている。それにまぎれてタイタンへ降りる作戦なのだ。森は艇の副操縦席でレーダーを見ていたが、画面に古代の機体を示す指標が現れたのを見て窓に眼をやった。〈ヤマト〉から飛び出す〈ゼロ〉が小さく見える。

 

「あれが乗ると〈コスモゼロ〉までがんもどきになったみたいね」

 

両の翼に貨物ポッドを抱えた〈ゼロ〉は、実際とても宇宙戦闘機には見えなかった。もともと〈ゼロ〉はどことなくシャコかエビに翼を生やしたような形の戦闘機だと思っていたが、今やザリガニかヤドカリが宇宙を飛んでるように見える。それがクルリと向きを変え、こちらの方にやってきた。

 

「ほんとになんであれが航空隊長なの?」

 

と森はまた言った。隣の席で揚陸艇を操縦している山本に言ったものではあるが、しかしひとりごとのようなものだ。返事を期待したわけではない。

 

そして山本も応えるには応えたが、「わたしにもわかりません」

 

「本当に? 艦長から聞いてないの?」

 

「何も」

 

「でもあなた、もともとは坂井一尉の僚機だったわけでしょう? あれが隊長でもいいの?」

 

「それはわたしの考えることではありません」

 

「だって……」

 

と言った。タイタンが近づいてくる。その輪郭はモヤモヤしている。気圧で地球の1.5倍、密度で四倍もある大気。それが何百キロメートルもの厚いもやの層を成して地表を覆っているからだ。肉眼ではタイタンはオレンジ色の煙の玉にしか見えない。

 

あれが地球に似た星ねえ、と思う。確かにその大気のために、地面に降りて宇宙服のヘルメットを外してもすぐには死なない唯一の地球外天体であるのだが、メタンの次にたっぷりとアンモニアを含むためにひどい悪臭がするとも言われる。この揚陸艇にしても、後でその匂いを取るのに大いに苦労するはずだ。

 

それを思うと、降りていくのはいい気はしない。太陽系宇宙の鼻つまみ星ではないか。

 

目の前にある画面には、赤外線や電波で捉えた地表のようすが映っている。川や大きな湖があった。ただし、それらがたたえているのは水ではなくて液体メタンだ。温度はマイナス180度。

 

森は山本を見た。操縦桿を手にした顔は真剣そのものだ。ひたすら任務に集中していて、匂いのことなど何も考えてないように見える。いかにも女戦士といったたたずまいで、パイロットスーツの下の二の腕は自分の倍の太さがあるに違いなかった。森はふと、この前の新見の言葉を思い出した。

 

「戦闘機乗りならば、闘争心って大切よね」

 

「なんの話ですか」

 

「闘争心のない人間は戦闘機に乗れないでしょう」

 

これは同じことを言い換えたに過ぎない。山本はチラリとこちらを見てきた。

 

「古代一尉の話ですか」

 

「ええと、まあ、その」

 

「わたしは今の隊長が、闘争心に欠けているとは思いません」

 

「え? いや、でも」

 

そのために補給部隊にまわされたのは事実のはずだ。そう言おうとした。だが山本は言った。

 

「闘争心とは、決して絶望しないことです。腕がなくなれば操縦桿を噛みくわえてでも生き延びようとすることです。それがない人間に、武装のない輸送機でガミラスから逃げ続けることができるとは思いません」

 

「それは、まあ……」

 

「シミュレーターで機をうまく操れても、その人間が勇気があるかわかりません。あれはよく出来たゲームに過ぎず、墜ちても死にはしないのですから。不利な状況で無闇に敵に突っ込むのが闘争心じゃありません。囲まれてもあきらめずに反撃の機会を待つことのできる人間だけが、闘いで生き残れるのだと思います。死中に活を見出すとはそういうことです」

 

「ええと」

 

と言った。返す言葉を見つけられずにいるところに山本が言った。

 

「大気圏に突入します」



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採石場

オレンジ色のもやを抜けるとタイタンの地表が見えてきた。いくつもの湖の間を川が流れる湖水地帯だ。青い頃の地球であれば緑に覆われるところだろうが、タイタンのそれは氷の大地。

 

古代の〈ゼロ〉と揚陸艇は、メタンの湖のほとりに着地した。エンジンの燃焼ガスにわずかに残っている酸素にメタンが反応して青い炎を燃やさせるが、それが周囲に燃え広がることはない。大気中に酸素がまったくないからだ。

 

古代は〈ゼロ〉のキャノピーを開けた。体が軽い。タイタンの重力は地球の七分の一しかない。衛星としてはこれでも大きく、直径は木星のガニメデに次いで二番目だが、コクピットの乗り降りにハシゴを使う必要はない。ヒョイと飛び降りて着地した。

 

アナライザーがその体を頭と胸と腰に分け、内蔵された反重力装置の力でフワフワ漂い出てくる。そうして下に降り立ってまたカチャカチャと合体し、オイッチニと体操するのだ。

 

「アナライザー、お前はそっちのを降ろせ」

 

と言いながら古代は片方の貨物ポッドを外しにかかった。ただの筒だが1G下では重さ百キロはあるだろう。しかしタイタンの重力下では、十数キロの目方(めかた)にしかならない。ひとりでも楽に取り外せる。

 

これにコスモナイトの鉱石を詰めれば重さ2トンになるはずだが、しかしそれもタイタンでは300キロ。採掘チームの男全員で持ち上げればまあなんとかなるはずだった。しかしその後飛び立って5Gの加速で星の重力と大気から脱出しようとするならば、片側10トン、左右合わせて20トンの重さが機体にかかることになる――貨物ポッドは航空機搭載用爆弾を改造したものだし、〈ゼロ〉の懸架装置もそれに耐えるように出来てるのだから別に問題はないはずだが。

 

アナライザーが自分の体をまた上下ふたつに分けた。頭と胸の上半身が宙に浮き、取り外した二本のポッドの先っぽを左右の手にブラ下げる。で、古代が後ろから尻を持って支えるのだ。太くて長い二本のポッドをぶつけないで運ぶには、そうして歩くしかなかった。

 

アナライザーがフワフワと、古代がヨッコラヨッコラと、岩と氷の地面の上を行く後を、アナライザーの下半身が二本の脚をトコトコさせてついてくる。知らない者が(はた)から見たら一体なんの珍道中かと思うだろう。

 

『なあにそれ』

 

ヘルメットの通信機に森の声が入ってきた。揚陸艇の前で採掘チームと共に立っているのが見える。手にカメラを持っていてパチリと撮られてしまった。

 

全員が宇宙服にヘルメット。このタイタンではそれを脱いでもすぐ死ぬことはないと言うが、しかしマイナス180度の低温と酸素を含まない大気。『すぐ死なない』ではなくて、『一分だけ生きていられる』と言うのが正しい。加えてもし吸い込めば、アンモニアの悪臭だ。

 

声も直接響かすことはできるのだが、やはり互いのやりとりは通信機でということになっていた。古代は言った。「山本は?」

 

『機内にいるわ。いつでもすぐ飛び立てるように』

 

頷いた。古代と山本のパイロットスーツは一応宇宙服ではあるが、タイタンの環境に耐えられるほどの性能を持っていない。生命維持の装置は簡易的であり、酸素は十五分しかもたないし温度調節もたいして利かない。この高圧の冷気の中では十五分でやはり体が(こご)えることになるだろう。古代もこのポッドを置いたらすぐ〈ゼロ〉に戻らねばならなかった。

 

「で、これがコスモナイトの鉱床(こうしょう)?」

 

そびえている崖を見上げる。崖、と言うより誰かが山を切り崩した跡のようだ。それも石を四角く切って一個二個と取っていったものとわかる。まるで二百年前から続く古典ゲームの途中画面を見るようだった。古代は言った。「なんか〈テトリス〉みたいだね」

 

『ああ、試掘の跡なのかな』

 

と斉藤が言った。耐スペース・デブリ仕様の船外作業服姿はまるでパワードスーツを着込んだ機動歩兵か戦闘ロボかという感じだ。

 

『ガミラスが来る前にはここに採掘基地を作ろうって話もあったようだけど、危険だからやめようってことになったみたい』

 

「危険? どうして?」

 

『たとえばそこの湖だよ。そこにナミナミしているのは水じゃあなくて液体メタンなんだよね。ガスライターの中にあるのと似たような。で、あの〈水〉を踏んづけた足で基地に入ってごらんなよ。ガスが揮発したところにタバコなんか吸おうとしたら……』

 

『ドカーン』と別の隊員が言った。

 

『このタイタンで酸素ほど危険な物質はないわけさ。酸素がなけりゃメタンも燃えようがないけれど、人間には酸素が要ると。だから到底、危なっかしくていられない』

 

「ははあ」

 

アナライザーが鉱石を調べていたのが言った。「充分ナ含有量デス。スグ作業ニカカリマショウ」

 

「了解。アナライザー、お前は作業を手伝うんだよな」

 

「ソウデス」

 

「じゃあおれは、それが済むまであいつを飛ばせって言われてるから」

 

と、向こうに止めた〈ゼロ〉を指差して言った。もやの(かすみ)で、まるでその色のサングラスを掛けたか、常夜灯を(とも)した部屋にいるかのように何もかもオレンジ色だ。銀色の〈ゼロ〉の機体も今は夕暮れの中にあるように見える。

 

『行ってらっしゃい』森が言った。『大事な機を壊さないようにね』

 

「はい」と応えた。ヤな女だなと思いながら。



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カルトの子

古代の乗った〈ゼロ〉が青い火を吹いて、タイタンのオレンジの空に舞い上がる。眺めて森は、あたしってイヤな女かもしれないな、と考えた。

 

あの古代という男、やはりどう見ても頼りない。こうして作戦に連れ出してみて、あらためてがんもどきだと実感する。でもだからって、あんなこと言わなくたっていいだろうに、どうして言わずにいられなかったのだろう。

 

あの男とわたしは違う。わたしはずっと戦ってきた。人類を救う一心で、子供を救う一心で、だからこうして今の立場も手にしたのだし、それを誇りに思っている。この作戦も計画通りに成功させて、〈ヤマト〉に石を届けねばならない。自分で計画したのだから、その任務の重要さも理解している。

 

波動砲を直しても、冥王星を撃つ役には立たないだろうと言われている。それもわかっているけれど、しかしそれは問題じゃない。航海の先は長いのだ。マゼランまで何があるかわからない。せっかくの超兵器を使えぬままにしておいていいはずがない。

 

だからこうして採掘に立ち会うためにやってきた。しかしあの古代というのは、作業の間ただ〈ゼロ〉に慣れるためだけに飛ぶという。

 

それもまあ、重要と言えば重要なのか。しかし、そんな人間が、なぜ〈ヤマト〉の航空隊を任されたりすると言うのだ。

 

古代進。三浦半島に遊星が落ちた日、親と住む家を失くした男――島はそうわたしに言った。

 

この戦争で、そんな人間はいくらでもいる。自分もまた、あの日、親と住む家を別の形で失くしたのだ。

 

あの男と自分は違う。しかし、どこが違うのだろう。あの親達とわたしは違う。ずっと思ってきた。そのはずだった。しかし、どこが違うのだろう。今の自分は両親と同じことをしてはいないか。

 

あの日、母は包丁を握り、わたしに飛び掛ってきた。わたしのことを悪魔と呼び、もう自分の娘ではないと叫んで。

 

君はマジメ過ぎるのがいけない。よく言われてきた。少しは心に余裕を持てと。しかし両親は言ってきた。お前はマジメさがまるで足りない。そんなことでは楽園に行けない。ワタシ達には人々を救う使命があるのだ。もっとその自覚を持てと。

 

なるほどあの両親は、マジメ過ぎるほどマジメだった。そこを宗教につけ込まれた。『もうすぐ世界は終わる』などという教義で人を(まど)わして、救われたければカネを貢げと(かた)るよくあるカルトの(たぐい)だ。父母はその信者だった。子のわたしが生まれたときにはすでに、教えに洗脳されていた。わたしはカルトの子供としてこの世に生を受けてしまった。

 

三歳で伝道に参加させられた。家から家へ訪ね歩いてニコニコ顔で『宗教に関心はありませんか』と声をかけるのだ。それにひたすら付き合わされる。母は仮面を付けていた。ドアがバタンと閉められるたび、ニコニコ顔の下にある本当の顔を自分に見せた。『あれは救われないね』と毒づき、それからキッとこちらを睨みつけてくる。『そんな顔をするんじゃないの。笑いなさい。母さんみたいに笑うの。あんたがニコニコしないから、子供を虐待してるだなんて変な誤解を受けるんじゃないの。心に悪魔が入ってるのね。あんたみたいな悪い子供は懲らしめなければ』。そう言って頬を張られ、つねられ、頭をガンガン殴りつけられ、腕をぞうきん絞りにされる。それから『行くよ』と歩き出し、次の家のドアの前で母はにっこりピカピカとした笑顔をまた作るのだ。

 

それが日に数十回。毎日毎週毎月毎年、果たして一体何万回繰り返したことだろう。母は確かにマジメだった。カルトの教えを大マジメに信じていて、マジメに伝道に努めていた。十歳を過ぎる頃からわたしが反抗し始めると、『娘に悪魔が取り憑いた』とマジメな顔で言うようになった。

 

ガミラスの侵略が始まったとき、父母が信じる教団の教祖は叫んだという。あれだ、あれこそがわが協会の創始者が予言したものだ。数百年のときを経てついに現実のものとなった。とうとう神が人類を皆殺しに来てくださったのだ、と。

 

父母はそれをマジメに捉え、涙を流して『有り難や』と喜んだ。そうだ、まったく、人に言われる通りだった。マジメ過ぎるということは、いいことでは決してない。心に余裕を持たないと、あの両親のようなことに――。

 

わかっているつもりだが、しかしわかってないのかもしれない。脇目も振らずにやってきたから今の自分があるのだが、どこかで親と同じことをやっているのではないか。

 

父と母はマジメだった。あれで本気で、自分達は世界を救う活動をしてると信じていた。だが一方で了見が狭く、カルトの定めにわずかにでも外れる者は救うに値せぬものとした。

 

今、わたしは〈ヤマト〉に乗った。人類を救う使命を負って。しかし、どこかであの両親と同じ考え方をしている。〈ヤマト計画〉に反対し、地球より冥王星が大事と叫び、ガミラスを神の使いと呼んであがめ、降伏すれば彼らもまた武器を捨て青い地球を返してくれると夢見る者達。あるいは、すべてあきらめて死を待つだけの(せい)()き、麻薬やギャンブルやテレビゲームに溺れきってしまった者達。地球にはそんな手合いが大勢いる。そんな人間達までも、救わなければいけないのか。救われるのは限られた人間だけでいいのじゃないか。

 

ふと、どこかでそう考えている自分に気づく。救われるのは正しい人間だけでいい。〈正しい〉とは、つまり、わたしと同じ人間。

 

マジメな人間ということだ。

 

そこで愕然とするのだった。わたしは一体、なんという恐ろしいことを考えているのか。知らないうちにあんなに呪った両親と同じ道を進もうとしている。気づいて方向修正しても、またいつの間にかのうちに、正しいつもりでまた元の方角へ――。

 

やめよう、と思った。今はこんなことを考えるときではない。石を採って〈ヤマト〉に運ぶ。この任務に集中せねば――とは言っても、いま自分がこの場にいてやることなんてカメラを手に記録を撮影するくらいだが。

 

石を切り出す作業を見守る。コスモナイトの鉱石がみるみる太鼓にされていく。子供の頃に一度見た餅つきの臼を思い出した。正月に近くの神社で町内の餅つき会があったのだ。親に内緒でそれを見に行ったのだった。

 

そのたった一回だけが、子供の頃のたのしかった思い出だ。しかし後で親にバレ、一月の冷たい水風呂に投げ込まれた。異教の祭はすべて悪魔の罠であると教えてきたのに、お前という子はなぜどうして。お前の体から悪魔を追い出すにはこうするしかないのよと。

 

だから、他にはひとつもたのしいことはなかった。どんな遊びも許されなかった。他の子供が幼稚園に通う時間に、ただ毎日、母の伝道に手を引かれた。小学校に入っても遠足など行かせてもらえず、放課後にはまっすぐ家に帰らなければならなかった。友達などいなかった。いつもひとりぼっちだった。

 

あの日、神社で、自分もいつか、まわりにいる人達のように笑って餅をつきたいと思った。臼に手を入れ餅をひっくり返す役でも、出来た餅を切って配る役でもいい。何かの役を果たしたいと思った。

 

ひょっとすると、その結果として〈ヤマト〉船務長という今の自分があるのかもしれない。なのに今、このタイタンで写真を撮る他、特に何もすることがない。森は周囲を見渡した。山があり、湖がある。すべてオレンジ一色(いっしょく)だ。

 

人は地球の青い海、緑の山をまた見たいと言う。しかし自分は、どちらも見たことがない。わたしはこれで地球人と言えるんだろうか。

 

覚えているのは、ただ道に家が並んでいる光景だけだ。門をくぐって、ドアが開いて、人が顔を覗かせる。まず母を見て、次に自分に眼を向けてくる。これは子なのかそれとも子の形をした変な実験生物なのか――その考えが文字として顔にクッキリ浮かんでいるのが自分にとっての一般的な地球人類というものだった。

 

その人類を救わねばならない。軍人として。〈ヤマト〉乗組員として。船務長の責を負う者として。

 

どういうわけかこれが望んだ道だった。父母のようにはなるまいとして、それにはこうあらねばと努めた末にここにいる。しかしどうして人類をわたしは救わねばならないのだ?

 

オレンジの空に青い点。古代の〈ゼロ〉が地平線に消えるのが見える。ひょっとして、あたしはあの男が羨ましいのかな、と思った。子供の頃は他の子達が羨ましかった。そこらにいる犬や猫が羨ましかった。手を引かれて道を歩かされながら、ずっとそんなものを見ていた。

 

そして空には鳥がいた。鳩や雀が飛んでいた。かつての地球の青い空だけは覚えている。あんなふうに空を飛べたらいいと思った。森は鳥達が羨ましかった。



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鳥になる

古代は〈ゼロ〉を、オレンジ色に霞むタイタンの大気の中を飛ばしていった。〈ゼロ〉の主翼が密度の高い窒素とメタンの空気を掴み、ごく小さな重力のもとで機を高く上昇させる。高く。高く。もやが青みを帯び始め、その向こうに輝く星々を覗かせる。そして土星。弓に矢を掛けたような三日月に輪の――その近くにひときわ明るく輝く点が見えるのはエンケラドゥスか。

 

下降に入った。今はミサイルも何も持たない〈ゼロ〉をタイタンの空で飛ばすのは、まさに鳥の気分だった。子供の頃に三浦の海岸で空を仰ぐと、いつもトンビが空を舞っていたものだ。おれは今、あのトンビになっていると思った。操縦桿を動かすと、補助翼が空気を受けてクルクルと機をロールさせる。〈がんもどき〉では味わえない空を支配する感覚。〈ゼロ〉はまさしく猛禽(もうきん)だった。空を舞い、獲物を見つけ、そして素早く襲いかかる。ただそのために造られた機体だ。

 

それが戦闘攻撃機という乗り物だった。しかし――と思う。おれにこいつで闘うなんてできるんだろうか。こうしてただ、宙を飛ばすぶんにはいい。こいつは最高のシロモノだ。だが、目の前の照準器。各種の火器管制装置。レーダーその他の走査装置。これらを駆使して、敵と闘えと言われても。

 

その相手が、地球人類を滅ぼしに来たエイリアンだと言われても。

 

やつらは三浦の半島を奪い、それどころか海まで涸らし、父さんと母さんを殺したのだ。そして兄貴も、一年ほど前どこかの海戦で死んだらしい。みんなやつらがそうしたのだ。だから憎むべきなのだ。と思えばその通りのはずではあるが、しかしどうにも……。

 

ガミラスか。いぜん、正体はまったく不明。地球人が外宇宙へ出るのを恐れてやって来たなんて話も聞くが、それも本当かはわからない。いつかやつらを追い払える、それどころかきっと逆襲してやれると思いたいだけの人間が、そう言ってるだけじゃないのか。

 

世の中にはガミラスは神の使いだなんて言う者もいる。狂っているとは思うが、しかし、意外と事実に近いことさえ有り得るんじゃないか。地球人類は抹殺すべきものであると、宇宙のあらゆる文明を持つ星の連合から裁定された。だから悪いが滅んでくれと言われたら、どうする。逆らってどうかなるか。

 

こんな話は〈ヤマト〉の中で言ったらそれこそ村八分だろう。あの森とかいう女士官の顔を思い浮かべてみる。地球を救う。子供を救う。その使命にただ一心という顔だ。『ガミラス教徒の言うことがほんとだったらどうします』と特にあんなのに言った日には、吊るし上げ食うに違いない。おれを見る眼が言ってるもんな。戦闘機を操れるなら、なぜ今まで闘わなかった。そんなに命が惜しいのか。いま撃墜されて死ぬか、十年後に放射能で死ぬかのどちらかならば、戦って死ぬべきとは思わないのか。情けない。それでも男なのか、と。

 

命が惜しい――まあ、惜しくないと言えば嘘にもなるだろうが、実のところどうなんだろう。自分でもよくわからなかった。死ぬのはイヤだ。怖いと思う。特にこんなタイタンのようなメタンガスのもやの中で、マイナス180度の硬い氷の固まりになって、未来永劫そのままなんて。ひょっとしたら死体が残り続ける限り、魂だって土星を巡るこの星のように近くをグルグルしているしかないかもしれないじゃないか。それは無間(むけん)地獄だろう。

 

ガミラス人は死ねば瞬時に焼かれてしまう。だから死体が残らない。それは非情なのではなく、情けなのかもしれないと思った。そう言えばあの〈女〉――サーシャとかいう異星人と聞いたが、ガミラス人もことによると地球人と似てるのだろうか。おれはあの〈彼女〉の死体、あっためて運ぶわけにもいくまいと思って貨物キャビンのヒーターは入れず、地球に着いた頃には凍らせてしまっていたが。

 

〈彼女〉は自分の星でもない地球のためにあのカプセルを守って死んだ。そしてこの〈ゼロ〉に本当に乗るはずだった男もまた、同じようにカプセルを守って──同じ状況に置かれたら、おれも同じ行動を取るのか? その物には地球の運命が懸かっている、おれの命と引き換えても守らなければならないと知れば……わからない。まるで想像ができない。

 

タイタンの地表が近づく。機体を水平にして、低空飛行に入った。〈ゼロ〉はタイタンの広大な砂丘地帯に入っていた。

 

砂の丘をひとつ越えると、その向こうにまた砂の丘。それを越えるとまた砂の丘。地球の砂漠と同様に、風紋の刻まれた地が果てしなく続く。

 

タイタンはその昔から、地球に最も似た星だと呼ばれてきた。

 

その通りなのかもしれない。この光景は海が干上がり全土が砂漠と化してしまった今の地球そのものだ。このオレンジのもやにしても、黄砂(こうさ)を吹き上げる中国辺りの空と、おそらく――。

 

そう思ったときだった。〈がんもどき〉よりはるかに優れたレーダーが大きな金属反応を捉えた。

 

なんだろう、と思う。こんなことが前にもあったな。まあ金属反応と言えば、さっきコスモナイトの鉱床に近づいたときにもあったが。

 

それとは違う。これはちょうど――そうだ、あのときだと思った。地球で、あの沈没船の〈大和〉に近づいたときだ。古代は機をめぐらしてみた。上昇させる。視界はもやに隠れて悪く、遠く見通すことはできない。

 

しかし、〈ゼロ〉のレーダーは優秀だった。速やかにデータを解析し、ディスプレイに捉えたものの輪郭を映す。

 

「これは……」と古代は言った。「船だ」



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発見

「船? 宇宙船か?」

 

〈ヤマト〉第一艦橋。相原が古代の通信に応えて言った。

 

『そのようです。沈んだ軍艦じゃないかと』

 

と古代の応答。艦橋にいた者らは顔を見合わせた。

 

「まさか、ガミラスの……」

 

と新見が言う。もし、ガミラスの船だとしたら大変な発見ということになる。その正体を突き止める手掛かりがあるかもしれないし、それ以上に波動エンジンだ。沈んだ船なら内部の〈コア〉は停止しているはずなのだが、イスカンダルと方式が同じだとは限らないし、それを取り出し再び〈火〉を入れられるかもしれない。あるいは、それを調べることで、同じものを地球で造れるようになるかも。となれば――。

 

「まさか、と思うがな」

 

真田が言った。用心深いガミラスが残骸と言えども船を地球人に渡すとは考えられない。だから地球の船だろう――そう考えている表情だった。

 

「とにかく調べるように言え」

 

沖田が言った。相原がマイクに向かい、古代に伝える。

 

しばらくして返事が来た。

 

『地球の船だ。駆逐艦と思われる』

 

やはりな、という空気が流れる。相原が言った。

 

「どうしますか」

 

「まあとにかく、近づいてちょっと調べるように言え」

 

 

 

   *

 

 

 

「了解」

 

と古代は応えた。垂直離着装置を使って〈ゼロ〉を空中にホバリングさせる。地球でやったら燃料消費が莫大になるところだが、タイタンの小さな重力と濃い大気の中ではさほどのことはない。砂に埋もれ、氷に覆われているらしい船に近づく。もやに隠れて、肉眼ではまだよく見えない。

 

だがだんだん見えてきた。間違いなく地球の高速駆逐艦だ。ガミラス艦と比べてみても不恰好で、まるで三浦の堤防で海を覗いてよく見つけたアメフラシやウミウシのよう。無数についたミサイル発射口の蓋がイボイボした感じなのもあのテの生き物みたいに見える。

 

同時に見えたものがあった。船のまわりの砂地だ。最初は風紋かと思ったが、

 

「船のまわりに(わだち)らしきものがあります。タイヤかキャタピラの跡のような……」

 

それに、見えた。人の足跡らしきものが。凍りついた船のまわりの砂に無数に刻まれている。

 

タイタンの環境ではすぐに風と液体メタンの雨で消えてしまうはずのものだ。それが見えるということは、つい最近、人がいた……?

 

『情報を送ってくれ』

 

と通信が来た。古代はカメラやセンサーが捉えたものを送信する。

 

そしてさらに沈没船に近づいた。ごく最近に沈んだ船で、生存者がいたということじゃないのか。もしそうなら、まだ生きている可能性が――。

 

〈ゼロ〉のコンピュータが船の名前を割り出して画面に出した。いそかぜ型ミサイル突撃艦〈ゆきかぜ〉。メ号作戦にて戦没。艦長の名は――。

 

次に画面に表れたものに、古代の意識は凍りついた。

 

《艦長:古代守》。実の兄の名と顔がそこに映し出されていた。



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〈ゆきかぜ〉

「〈ゆきかぜ〉? 古代の船か!」

 

〈ヤマト〉第一艦橋で声を上げたのは真田だった。聞いた太田が「古代?」と言って、怪訝(けげん)な顔で真田を見る。

 

だが、メインスクリーンに画像。戦没船〈ゆきかぜ〉の艦長として〈古代守〉に関するデータが顔写真と共に映し出される。

 

「古代守? 古代の兄貴?」

 

島が言った。それから真田に眼を向けた。真田が言った『古代』とは兄の方を指しているのだと合点はいったようすだった。だがなぜデータも見ないうちから、艦名を聞いただけで艦長の名がわかったんだ? そう(いぶか)しむ表情だった。真田は明らかに動揺している。普段のこの男らしくない。

 

「どういうことだ? 〈ゆきかぜ〉に生存者がいた?」

 

「まさか!」新見が早速にも端末のキーをものすごい速さで叩いて情報を分析しながら言った。「あの船が沈んでもう一年です。その宙域からここまで流れてくるのに半年はかかります。人が生きていられるなんて……」

 

「じゃあ、あの轍はなんだ!」

 

〈ゼロ〉が送ってきた画像を指して言う。凍りついた船の残骸のまわりに無数の、車両や人の足跡らしきもの。

 

「わかりません。でも――」

 

と、そのときだった。沖田が叫んだ。

 

「待て! 相原、古代に伝えろ! すぐそこを離れろと!」

 

そしてさらに、

 

「南部! 試射を中止しろ! 代わりに対空防御用意だ!」

 

 

 

   *

 

 

 

〈ゆきかぜ〉……兄貴の船……そしてそこに生存者が? 古代はなんとか乱れる思考をまとめようとした。しかしできない。できるわけがない。あの凍った船の中にいま兄貴が? しかしそんな――。

 

と、赤外線スキャナーが何かを捉えた。〈ゆきかぜ〉の艦内でエネルギーが高まりつつある。と言うことは――。

 

やはり人が? そう思ったときだった。相原の声が耳に聞こえた。

 

『〈アルファー・ワン〉! そこを離れろ! 繰り返す、すぐそこを離れろ!』

 

「え?」

 

と言った。そのときに見えた。〈ゆきかぜ〉艦橋の脇にある対空ビーム砲台が動くのを。それが狙うのは――。

 

この〈ゼロ〉だ! 咄嗟(とっさ)に操縦桿をひねった。機体がロール。一瞬前にいた場所をビームが切り裂いた。タイタンのもやを照らして強烈に明るく見える。

 

さらにビームが次々と、〈ゼロ〉を追って放たれる。古代は機をひるがえして逃げた。低空へ。砂の丘がある。その向こうへ隠れてしまえばもう狙えはしないはずだ。

 

そして、このタイタンの大気……濃いもやのため、ビームの威力は地球の空などより早く減衰してしまうはずだ。この星ではビームの射程はかなり短い。だからちょっと離れてしまえば――。

 

と、思ったらレーダーがミサイル警報を鳴らしてきた。「ぎゃっ!」と叫んで急いで機を上昇させる。

 

〈ゼロ〉をめがけて飛んできたミサイルが砂地に落ちて爆発した。振り返って見る。〈ゆきかぜ〉のイボイボとしたミサイル発射口の蓋が次々に口を開けていくのが見えた。

 

まさか、あれ、全部でおれを狙う気か? いや、そんなバカなと思った。あれは対空ミサイルではないはずだ。そもそもミサイル艦というのは対地か対艦攻撃用に造られているはずのもので、それが動いているというのはつまり――。

 

思った。目標は〈ヤマト〉か! 次の瞬間、〈ゆきかぜ〉が強い光に包まれた。そして煙。無数の光がタイタンのオレンジ色に霞む空を突き抜け上に昇っていく。白い煙の尾を引いて――。何十基というミサイルが、はるか高くの宇宙にいる〈ヤマト〉めがけて発射されたのだった。



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核ミサイル

「〈ゆきかぜ〉からミサイルです! 目標は本艦!」

 

森に代わってレーダーに取り付いていた船務科員が叫んだ。スクリーンに無数の軌跡が表示され、〈ヤマト〉に向かってくるのがわかる。

 

「迎撃しろ! 一発も撃ちもらすな!」沖田が叫んだ。「あれはおそらく核ミサイルだ!」

 

その瞬間、全員が身を凍らせた。ギョッとした顔で沖田を見る。

 

太田が言った。「か、核?」

 

「そうだ」と沖田。「〈ゆきかぜ〉に積まれていたものであるなら間違いない。あれは核で冥王星を攻撃するための船だった。それをこの船に撃ってきたのだ!」

 

窓にも見えた。こちらに向かってくる無数の光の点が。それが全部核ミサイル――むろん、一発でも当たったら――いや、近くで起爆しただけでも、たとえこの〈ヤマト〉と言えど――。

 

「対空ミサイル! 宇宙魚雷! 迎撃始め!」

 

南部が血相変えて叫んだ。ただちに迎撃行動が始まる。〈ヤマト〉艦橋の後ろに置かれた煙突形のミサイル発射台が上部の口を開け、次々に対空ミサイルを射ち出した。さらに艦底に並んでいる対宇宙魚雷もまた火蓋を開ける。

 

宇宙に矢を放ち合うようなミサイル戦が始まった。〈ヤマト〉を狙う核ミサイルと、それを射抜き落そうとする対空ミサイル。互いに煙の尾を引いて、弧を描く光の軌跡が絡まり合う。

 

敵のミサイルは次々と撃破されていった。途中で墜とされる限り、それらが核の閃光を見せて爆発することはない。ただ宙を飛ぶための燃料を燃やして四散するだけだ。

 

暗い宇宙にひとつふたつと火の玉が上がる。対空ミサイル防御ではすべての核ミサイル弾を撃ち墜とすことはできなかった。次いで〈ヤマト〉艦橋下の対空ビーム砲台群が、残りのミサイルを迎え撃つ。パルスビームの光がシャワーのように宇宙に振り撒かれた。

 

島の操縦で〈ヤマト〉は艦を振り回す。そのさなかにも各砲台の照準器は、手ブレ補正の付いたカメラのレンズのように、向かい来る敵ミサイルを狙い続ける。艦橋のメインスクリーンの中で、ミサイルを表す指標が次々に消え、ついに最後の一個が消えてなくなった。

 

森の代理オペレーターが告げる。「全ミサイル、迎撃に成功」

 

艦橋に安堵の声が広がった。

 

だが、

 

「どういうことだ?」徳川が言った。「沈没船をガミラスが見つけ、罠を仕込んでいたというのはわかるが……」

 

太田が言った。「タイタンにぼくらが来るのを知ってたのか?」

 

「まさか」と新見が言った。「これはやることが場当たり的です。〈ヤマト〉がここに来ると(あらかじ)め知ってれば、ガミラスは大艦隊を差し向けてきたはず。向こうの罠にこちらがたまたま飛び込んでしまったのだと考えるべきでは? 古代一尉が〈ゆきかぜ〉を見つけたものだから……」

 

「またあのがんもどきのせいってことか」南部が言った。「まったく、どこまで疫病神だか……」

 

「いや」と真田が言った。「それは逆だろう。古代が先に見つけなければ、もっと悪いタイミングで核を射たれたかもしれん。そのときは迎撃が間に合わず、〈ヤマト〉は一撃で沈んだかも……」

 

と、そのように古代の名前を真田が口にしているのを、島は訝しむ顔で見ていた。真田はさっき『古代』と言ったが、それは兄の古代守を意味したらしい。だが今度のは弟の進だ。この兄弟と何か因縁でもあるのかと疑っているようすだった。

 

だが確かに、真田が話したこと自体はもっともだった。島は言った。「いずれにしても、ガミラスがタイタンにいたということは……」

 

沖田が言った。「コスモナイトの採掘はバレた、と考えるべきだろうな」

 

相原が言った。「それじゃ、ガミラスの艦隊が……」

 

「そうだ。すぐ、この近くにやって来るぞ! 今にも何十隻という船がここにワープしようとしているに違いない。そうなったらこんな土星のすぐそばで〈ヤマト〉に勝ち目はない! たとえこちらの砲がどんなに強力でもだ!」

 

沖田が言った。そうなのだった。大艦巨砲主義も結局、船がいつでもワープで逃げることができて初めてその力を発揮できる。最も有効な戦術の基本はやはり一撃離脱なのである。土星とタイタンの重力でまったくワープができない状況に追い詰められたら、どんなに強力な砲を持ち厚い装甲で鎧っていても、シャチの群れに襲われたクジラが水の上に出て息をつくことができずに溺れ死ぬように〈ヤマト〉は(なぶ)り殺される。それがわかっていたからこそ、コスモナイトを採りに来たと気づかせぬ作戦を立てたのだ。しかしそのタイタンにガミラスが先にいたとなると――。

 

「ひょっとして――」と新見が言った。「ガミラスも地球に隠れてタイタンで石を採っていたということはないでしょうか。コスモナイトはガミラスにとっても貴重な金属かもしれません。だから――」

 

「有り得るな」と徳川が言った。「と言うことは――」

 

「そんな!」と代理オペレーター。「それじゃ森船務長が!」

 

「そうだ」と真田が言った。「斉藤が……採掘チームが危ない!」



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急行

『〈アルファー・ワン〉! 採掘チームが危険であるおそれが高い。すぐ現場に向かってくれ!』

 

通信器に相原の声。古代はそれに「了解」と応え、〈ゼロ〉を上昇させた。タイタンの厚い大気の中で速度は上げられない。一度宇宙に出る必要がある。

 

『なお、敵の艦隊が間もなく近くへワープしてくるものと見られる! そうなったら〈ヤマト〉は君達を待てない! 繰り返す。〈ヤマト〉は君達を待てない! 急いでくれ!』

 

「了解!」

 

〈ゼロ〉は上昇を続ける。地球の空なら高度30キロにもなれば周囲に星が広がるが、タイタンの大気層は何倍も厚い。星が見えてくるまでに何百キロも昇らねばならない。

 

やがて大気が青みを帯び、そして土星が見えてきた。タイタンの大気上層部だ。古代は機を水平にした。

 

後ろ髪を引かれる思いがなくはなかった。〈ゆきかぜ〉。あれは兄の船――ならばそこには冷たくなった兄の(むくろ)があるのではないか。それとも、そこにガミラスが巣くっていたと言うのなら――。

 

兄貴はどうなったんだ。ガミラスに標本にでもされちまったんじゃないのか。あのままになどしてはおけない――そうは思うが、そう言ってはいられぬこともわかっていた。この〈ゼロ〉には今、対空用のビームガンがあるだけだ。とても〈ゆきかぜ〉の装甲を撃ち抜くほどの力はない。

 

今はそれより、採掘チーム。そして山本とアナライザー……彼らを救けに行かねばならない。それがよくわかっていた。そしてあの、イヤな女だとは思うが、森とか言う船務長。

 

妙なものだ。至急救けに行けと言われて最初に思い浮かんだのがあの女の顔だった。

 

そしてまたひとり、別の女――サーシャ。あの脱出カプセルの中の息絶えていた遺体。収容して蘇生を試みてはみたが無駄だった。実際、ほとんど、どうすることもできなかった。

 

シミュレーターで〈ゼロ〉をどうにか操れるようになってから、ふと考えることがある。あのとき、おれが乗っていたのがあんな〈がんもどき〉などでなく、この〈ゼロ〉のような戦闘機なら、〈彼女〉を救えたのではないか、と――それは考えるだけ無駄だというのもよくわかっていることだ。物事はそんな単純なものでなく、タラレバを言ってどうなるというものでもない。やつらはあのとき、間違いなく、おれをグーニーバードと(あなど)っていた。荷物運びの〈間抜けな鳥〉と。だからその隙も突けたのだ。戦闘機なら楽に勝てたとか、必ず〈彼女〉を救えたというものでもない。

 

だが、と思う。それでも、と思う。おれががんもどきでなけりゃ、本当の航空隊長を死なせることも、沖縄基地の千人という人間を死なせることもなかったのでは? どうしても、古代はそんな考えに(とらわ)れずにいられなかった。

 

森とかいうあの女を救けなければと思うのはそのせいか? サーシャと沖縄を救えなかった代わりに、あの女を救けようと考えてるのか。わからない。思いは眼下に広がっているタイタンの大気のようにモヤモヤとする。しかし、とにかく、今はやらねばやらないことをするだけだ。

 

今のおれはあのときと違う。乗っているのは戦闘攻撃機〈コスモゼロ〉だ。ビームガンだけと言えども武装があり、大推力のエンジンがあり、高度な電子兵装がある。そのレーダーが何か捉えた。〈ゼロ〉の後方、千キロの遠く。何百キロもの高度を飛んでいるためにタイタンの丸みに遮られずに、こちらに向かってくる機影を画面の隅にさらしている。

 

そのスピード。〈ゼロ〉に引けを取らないのなら、ガミラスの戦闘機に違いなかった。数は十機か、それ以上。

 

やつらも今は空気の薄い超高空を飛んでいる。こちらが下へ飛び込めば、一気に詰めてくるだろう。追いつかれる前に採掘チームを救け、再び宇宙へ出るための時間はいくらもありはしない。

 

そうだ、と思った。それから例のなんとかいう金属の鉱石を詰めた貨物ポッド。おれはそいつをこの機体の下に吊って〈ヤマト〉に戻らねばならないはずだが――。

 

そんな時間の余裕があるのか? だが考える余裕自体が今はない。採掘チームのいる地点に近づいている。

 

古代は〈ゼロ〉の機首を下げ、タイタンのもやの中に飛び込んだ。



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襲撃

「作業中止だ! すぐ〈ヤマト〉に帰還する!」

 

採掘チームも相原からの通信を受け取っていた。石を切り出しビヤ樽ほどの太鼓にしていた者達が、採掘道具を放り出して走り出す。

 

攻撃は、それを待っていたかのようにやってきた。山本が揚陸艇を浮かすなり、それが寸前までいた場所で、榴弾と(おぼ)しきものが炸裂したのだ。戦車砲か何かによって撃ち出されたものに違いなかった。

 

そしてすぐまた次の砲撃。〈テトリス〉の画面のような鉱床に当たって爆発する。そしてまた次、また次と、榴弾の雨が採掘チームを襲ってきた。

 

「そこの岩陰に隠れろ!」

 

斉藤は叫んだ。と、森が、駆け出したところで爆風に襲われた。数メートルを飛ばされ地面に倒れる。

 

「船務長!」

 

アナライザーが駆け寄った。森を抱えてドタバタと短い脚で岩陰に走る。

 

「大丈夫デスカ!」

 

『ええ、なんとか……』

 

森は言った。タイタンの小さな重力と、防弾性能も多少は持つ船外服のおかげでさほどダメージばなかったらしい。だが、

 

『ヒーターがやられちゃったみたい……』

 

「なんだと? 見せてみろ」

 

斉藤は言った。森の船外服を調べる。酸素タンクはどうやら無事だが、服を暖めるヒーターが破片を食らっているのがわかった。

 

「まずいな。十分で冷たくなるぞ」

 

タイタンは気温マイナス180度。しかも高圧・高密度だ。地球の上で空気を同じ温度にするより遥かに熱を奪う力が強い。船外作業服にはそれに耐えられるものを着てきたけれど、それはヒーターが働いてこそ。

 

オレンジ色の空を見上げる。山本の揚陸艇が、榴弾を避けて宙を旋回している。

 

そして、攻撃の来る方向。湖の向こう岸だった。装甲車と(おぼ)しき車両が何台かあり、上に付いたランチャーがタマを次々に見舞ってくるのだ。

 

『作業員がふたり殺られました』と報告する者がいる。『後はなんとか……』

 

「ああ」

 

と斉藤は応えて自分の体を見た。耐スペース・デブリ仕様の船外作業服のおかげでどうやらなんともない。

 

もう一度、空を見上げる。敵としてはまず飛んでいる山本の揚陸艇を狙いたいはずだが、それをしないのはできないからに違いない。対空用の火器がないのだ。と言うことは――。

 

「やつら、きっと、おれ達が来たのに最初から気づいてたんだ。それで隠れてようすを窺ってたんだろう。おれ達が気がついたのに気づいていま襲ってきた……」

 

それから、石を切り出した跡のある鉱床を見る。

 

「あれは試掘の跡じゃない。やつら、ここで石を採っていやがったんだ。いま襲ってきてるのもほんとはきっと採掘部隊だ。そうでなければタイミングよく出てこられるわけがないし、対空火器くらい用意してるはず……」

 

その車両が液体メタンの湖に車体を突っ込ませるのが見えた。襲撃前には鏡のようだった湖面に波を立たせてこちらの方へ進んでくる。二台、三台。

 

「水陸両用かよ」

 

斉藤は森を見た。なんとかしないと砲弾を喰らわなくても彼女は死ぬ。武器はない。いや、あるにはあるのだが……。

 

また上を見る。武器は宙に浮いている揚陸艇の中だ。そして操縦する山本にそれらは使えない。

 

となれば、と思った。ここはアンモニア水を噴き出す冷凍火山地帯だ。まわりは岩と氷だらけ。走ればなんとかコスモナイトの崖の向こうに行けるはず。そこであれば揚陸艇が、砲撃を食らうことなく降りられるかも――。

 

「待ってろ!」

 

斉藤は叫んで駆け出した。タイタンの、地球の七分の一の重力の中を、ぴょーんぴょーんと飛び跳ねて進む。ときに2メートルも高く飛び上がり、30メートル程も長く跳びながら、少しでも大気の抵抗を減らすため両手を身にピタリと付けて、体をピンと縦に伸ばす。それはまるでトビウオでも飛んでいるか、ジャンプするスキー選手のように見えた。

 

『斉藤さん!』採掘チームの者らが叫んだ。

 

すかさず、敵が斉藤を狙う。斉藤が跳ぶまわりの宙で次々に榴弾の火が炸裂した。



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ジャンピング

上空では、斉藤の意図を察した山本が揚陸艇の機首をめぐらせていた。下の採掘チームの者らが交わす言葉は通信でこの操縦席にも伝わってくる。森のヒーターが壊れてあと数分のうちに凍死するのもだから山本は理解していた。

 

森を救う方法はひとつだ。船外服の生命維持パックをこの機に積んである予備のものと交換すること。ゆえに斎藤は、砲撃を避けてこの機が降りていける場所まで行こうとしているのだ。

 

それはわかるが、さてどうするのか。敵はこの機めがけても榴弾をドカドカと撃ち放ってくる。鴨に向かって鹿撃ち用の散弾銃を撃つようなものだが、しかし当たればひとたまりもない。

 

迂闊(うかつ)に行けばいいマトだ。砲撃を喰らわずに済む地点を見つけ、降下するのは容易でなかった。

 

グルリと大きくまわるしかない。山本は機をいったん上昇させ、ジグザグに操りながら斉藤の進む先を目指した。

 

湖面を三台のガミラス水陸両用車が浮いて進んでいるのが見える。地球の軍が持つそれに形が似ていなくもないが、やはりデザインは異様であり、亀が小亀を背中に乗せているかのようだ。むろん、小亀のように見えるのは榴弾の砲塔。

 

それが撃ち出すタマが(はじ)け飛ぶ中を、斉藤がジャンプに次ぐジャンプで進む。これがクレー射撃なら散弾銃のいいマトだろうが、対人用ではない砲にはそんな動きを追って狙いをつけることも、榴弾の信管を斉藤の近くで作動させるようにもできはしないらしかった。そしてとうとう、斉藤は、コスモナイトの鉱石が露出する大きな岩山の陰に飛び込んだ。

 

山本は急いでその近くに機を降下させた。グズグズはしていられない。三台の水陸両用車は、今にも湖を渡り切り採掘チームに迫ろうとしている。

 

山本が機体を高さ2メートルばかりの宙にホバリングさせると、斉藤はハイジャンプで開いたドアに飛び込んできた。勢いあまって機体の中をバタバタ転がる。

 

「大丈夫ですか!」

 

『おう!』

 

斉藤は応えて自分の体を見た。耐スペース・デブリ仕様の船外作業服も、さすがにヨレヨレになっている。

 

『ちょいと穴も開いちまった……タイタンでなきゃ死んでるな』

 

それからこの揚陸艇に装備されたビームガトリングガンに取り付いた。機体側面のドアをスライドさせて銃口を外に出す。

 

山本は言った。「それ、扱えるんでしょうね?」

 

『メカニックがメカを使えないと思うのか?』

 

「いいえ! しっかりつかまっててください!」

 

『おおうっ!』

 

言ったが、山本が機をバンクさせると斉藤は外に投げ出されかけた。

 

『わわっ!』



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凍死目前

それは寒いとか冷たいとかいうのでなかった。全身に氷のロープを巻きつけられ、ギリギリときつく縛り上げられていくかのような感覚だった。痛い。ただ、ひたすら痛い。森は寒さが急速に自分を殺そうとしているのを感じていた。

 

ああ、あのときと同じだと思った。子供の頃、あの餅つき会の後で親に水風呂に投げ込まれ、顔を水中に押し込まれて息もできなかったときと。今度も同じだ。息ができない。そのあまりの冷たさに口が凍りつきそうになる。船外服はそれ自体が高い保温機能を持ってはいるのだが、ヒーターが壊れた影響はまず吸うべき酸素に現れていた。

 

船外服のヒーターは、着る人間の体だけでなく、タンク内の純酸素も呼吸に支障がないように暖める役を持っている。それが壊れてしまったために、ヘルメットの中の空気が温度をぐんぐん低めているのだ。あと数分で吸えば肺が凍るほどになってしまうに違いない。

 

バイザーのガラスが曇る。曇り止めなど役に立つはずがなかった。外気温は息を吐けばそれに含まれる二酸化炭素がドライアイスになってしまうほどの温度だ。

 

寒さを感じる時間もあとほんのわずかだろうと思った。ものの一分で体温が下がり、心臓が止まり意識を失う。その一分後に氷の固まりだ。だが、それでも、まあいいか――十年後に放射能で死ぬよりは。どうせ子供を産めない体で、それまでただ生きるだけの(せい)()き続けるよりは。

 

人類を救う。子供を救う。そんなこと、どうせあたしはどうでもよかったんだから。地球に帰りを待つ者なんかどうせいやしないんだから。〈青い地球〉なんて言うのはあたしには見覚えのない他所(よそ)の惑星みたいなもの……。

 

だから、そんなもの構うものか。あたしが死んでも誰かが仕事を引き継ぐだろう。ここで死んでも悔いはない――そう思ってから、いや、どうかなと思い直した。急にあの古代進の顔が(まぶた)に浮かんだのだ。

 

(さげす)みの眼でこちらを見ている。はん、一体なんだよそれは、と。おれをさんざんバカにしといて自分はそれかい。情けない女だ――。

 

悪かったわね、と考えてから、思った。なんで最期にあいつのことなど思い出してしまうんだろう。あのがんもどきパイロットを忌み嫌っていたはずなのに。

 

でも、と思う。あいつに対して、イヤな女だったかな……あたしが死んでも、あいつだけは、ヤな女が死んだと思うだけなのか。それはなんとなくイヤな気がする。

 

妙なものだなと考えた。他の男にどう思われても構わないような気もするのに。

 

どうしてよりによってあんな――そう思う間にも、森が吸う空気はどんどん冷たくなりつつあった。



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青い火焔

山本が機をふたたび鉱床の上に戻したとき、水陸両用車の一台がついに湖を越えた。まさしく亀が甲羅から脚を出すようにキャタピラを現し、陸に這い上がってくる。

 

斉藤がガトリングガンを向けて、ビームの発射ボタンを押した。途端、六連の銃身が回り、身を揺さぶる反動とともに曳光ビームの連射を放った。まるでミシンが打たれるようにビームの針が撃ち出され、地面に縫い目を刻むのだ。氷の地面が高熱により一瞬溶けて、水面に(しずく)を落とした瞬間を捉えた写真を見るような王冠状の輪を作ってまた凍る。その弾痕が並ぶ列が水陸両用車に向かっていった。

 

しかし車両は、まさしく亀の甲羅のような厚い装甲に覆われている。対人用のビームをなんなく(はじ)き返し、硬い氷をキャタピラで踏み砕いて進むのだった――採掘チームが隠れている岩場へと。

 

「ちくしょう、この野郎、止まれ!」

 

斉藤は叫び、ビームを撃ち続けた。湖に着弾して液体メタンを蒸発させ、爆発するかのような勢いで湖面に高い水柱の列を立てる。

 

だがそれだけだ。酸素のないタイタンでは、液体メタンもただの〈水〉だ。一瞬だけ水蒸気爆発を起こしても、またただの雫となって湖に戻るだけ。決して燃えることはない――。

 

と思ったときだった。突然、水陸両用車に火が着き、炎を噴き上げた。小亀のような砲塔を高く飛ばして爆発する。

 

広がる炎は青かった。ガスコンロの火を巨大にしたような青い火柱が湖面を照らし、水底まで映えさせる。空の上から見るそれはオレンジの景色の中に青い巨大な花が咲いたかのようだった。

 

「なんだ?」

 

と斉藤は言った。あくまで技師で科学者であるその眼は今の爆発に奇妙なものを感じていた。

 

「まるで、あのクルマの中で、ガスでも火が点いたみたいな……」

 

だがしかし、次の瞬間に閃いた。そうだ、と思う。さっきあの古代という〈ゼロ〉のパイロットに言った言葉――。

 

「あれは酸素だ」

 

と言った。マイクでそれを聞いた山本が、『え?』と声を発してくる。

 

「あれは酸素の爆発だ! あのクルマの中に酸素があって、メタンの空気と反応したんだ! それにビームが火を着けて――」

 

ああしてドカンということになった――そうとしか思えない。

 

山本の声が返ってきた。『ガミラスは酸素を吸う生き物だと言うことですか!』

 

「他に考えられるか! このタイタンで酸素ほど危険な物質はないってえのに、あんな車両の中に置いてあるなんて――」

 

ガミラス人は酸素を吸う――とりたてて意外と言うほどの話でない。重大な新事実とは言い難い。しかし、そんな程度のことも不明なほどに人類はガミラスのことを知らぬのだった。それがどうやら、確かと思える証拠を今、そこに現している。酸素の炎。タイタンのメタンを燃やして青く湖に映える――。

 

また山本の声がした。『斉藤さん、あれ!』

 

「ああっ!」

 

と言った。斉藤も見た。燃える車両のハッチが開いて、火ダルマになった乗員が転がり出たのだ。

 

青い炎で姿はよくわからない。しかし、その大きさや体の形は地球人とさほど変わらぬようだった。

 

「あれがガミラス……」

 

だが、ゆっくりとそれを見ている余裕はなかった。敵の水陸両用車はまだ二台あるのだ。メタンの湖に浮きながら、前へ向けて進んでいる。砲の狙いを上に変え、揚陸艇に撃ってきた。酸素タンクになどうっかりタマを喰らったら吹っ飛ぶのはこちらも同じだ。

 

「野郎!」

 

斉藤はビームを撃ち返した。ガトリングガンのモーターが回り、曳光ビームのミシン針を敵の車両に見舞わせる。しかし二度目の奇跡は起きてくれなかった。亀型車両がメタンの蒸気に覆われるだけだ。

 

〈ゼロ〉はまだか! そう思った。敵は装甲車輌と言っても〈水〉に浮くよう軽く造られているはずだから、装甲の厚みだってタカが知れてる。戦闘機のビームガンなら楽にブチ抜けるはずだ。だからあいつが戻ってくれば。そうは思うのだが――。

 

「これじゃ下に降りられん……船務長が(こご)えちまうぞ!」

 

言って、斉藤は下を見た。森は凍死寸前のはずだ。あと二分も生きていられまい。生命維持のパックを早く換えないと死ぬ。だがしかし、これではとても――。

 

そう思ったときだった。何やら赤い物体が、採掘チームのいる辺りから宙を昇ってくるのが見えた。

 

斉藤は言った。「なんだ?」



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クレーンゲーム

それはアナライザーだった。腰から下を地面に残し、頭と胸の上半身で、反重力装置の力でゲームセンターのクレーンが景品を掴むように森の体を吊り下げて、上空にいる揚陸艇めがけて飛び上がったのだ。

 

空気より〈軽い〉ものは浮く――重力の法則に反するようで反しない、でもやっぱり反しているのが反重力の法則であり、アナライザーはこのタイタンの大気の中でその力をフルに発揮させたのだった。

 

アナライザーは戦場と化した空中を、榴弾が起こす爆風に煽られながらフワフワと上がる。その速度は人が歩く程度か、せいぜい小走りというところ。

 

当然だった。タイタンの重力は地球の七分の一しかない。だから、〈上に落ちる〉重力加速度も七分の一ということになる。加えて、地球の四倍もある大気の密度。その抵抗ですぐに加速は終端に達してしまい、風船が昇るようにしか上に行くことはできないのだった。

 

ブラ下がっている森はもはや凍死寸前なのか、グッタリとして身動きもしない。

 

「ヤマモっちゃん! あれ、あれ、あれ!」

 

『って、待って。そんな急に――』

 

揚陸艇では斉藤と山本がパニクっていた。アナライザーが森を運んでくるのはいい。しかしそれをどう受け止めればいいと言うのか。

 

ガミラスの水陸両用車は砲をバンバン撃ってくる。その榴弾の信管は撃ち出された後の時間を数えて起爆するものだろう。そのタイマーが千分の一秒単位でピタリと決まり、森らの近くでタマを(はじ)けさせることになれば、彼らは――。

 

アナライザーにもそれはわかっているはずだった。にもかかわらずああして来るのは、それだけ森が死の瀬戸際にあるということに違いない。何もしなければ六十秒で死ぬのなら、一か八かに賭けるしかないのだ。

 

山本にもそれはわかったようだった。しかし、わかったからと言ってどうする? そうそう咄嗟(とっさ)にうまいこと機を操れるものではない。それも、こんな状況で。

 

機を空中でホバリングさせ、アナライザーを待つこともできる。だがそうすれば、間違いなく止まったところを敵に狙い撃たれるだろう。

 

『旋回して近づきます! スリ抜けざまに捕まえてください!』

 

「わかった!」

 

斉藤が叫んで応える。山本はスロットルを開けた。いったん機を遠ざけてから反転し、機体を大きく横に傾け、アナライザーが昇ってくる方に突っ込みをかける。命綱の安全ベルトを腰に繋いだ斉藤が、横のドアからブラ下がるようになって手を伸ばした。

 

空中でアナライザーを捕まえた。このロボットは両の肩から両肘にパイプが伸びて繋がっているのだが、そのパイプの一本を掴む。

 

だが、そのとき、近くで榴弾が炸裂した。揚陸艇がガクンと揺れ、斉藤は宙に投げ出される。

 

「わあっ!」

 

その拍子に、斉藤は、アナライザーの頭を蹴り飛ばしてしまった。ビンの蓋でも取れるように胸から頭がポロリと外れ、どこかに飛んでいってしまう。

 

「わわわっ!」

 

まだ斉藤は命綱で揚陸艇に繋がっている。その手がアナライザーのパイプを掴み、アナライザーの腕が森を抱えている格好だ。

 

しかし頭部を失くしたせいか、アナライザーの胸は機能を無くしたらしい。森の体が抜け落ちそうになっていくが、あらためて抱え直そうとはしない。

 

斉藤は慌てて森の腕を掴んだ。アナライザーの胸部も後ろへすっ飛んでいく。

 

揚陸艇は姿勢を直してグイグイと上昇。その加重が斉藤にかかった。Gと空気抵抗で、森を掴んだ腕を持っていかれそうになる。

 

――と、それが急に消えた。山本が機を失速させたのだ。

 

むろん、それはわざとだった。機を自由落下させて無重力の状態を作り、斉藤が森を機内に引っ張り込めるようにしたのだ。

 

斉藤は森を機の中に投げ入れるようにして、それから自分も這い込んだ。森の背から生命維持パックを外し、予備のものと交換する。

 

「おい、しっかりしろ!」

 

叫んだ。森のヘルメットのバイザーが霜で真っ白になっていたが、ヒーターの作用によってたちまちのうちに晴れていく。だがその下に現れた顔は、叫ぶような形に口を開けたまま動かない。

 

ダメか、と思ったときに森の眼球が動いた。斉藤を見る。それから口が、少しずつ、息を吸おうと動き始めた。

 

「ふう」斉藤も息をついた。それから山本に、「生きてる! 生きてるぞ!」

 

『よかった』と声が返ってきた。それから、『あれを見てください!』

 

「なんだ?」

 

と言ったときだった。轟音とともに何かが視界を横切るのが見えた。古代の〈ゼロ〉だ。敵水陸両用車の一台に襲いかかるとビームガンを撃ち放ち、一撃にそれを爆発炎上させた。続けてもう一台。

 

紅蓮(ぐれん)〉ではなく〈蒼蓮(そうれん)〉とでも呼ぶべきような火柱が昇る。採掘チームが下で歓声を上げるのがマイクを通して伝わってきた。

 

「やっと来たか」斉藤は言った。「(おせ)えんだよ、まったく」



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生き別れ

『戦闘機の群れがこっちへ向かってきてる! すぐ撤収しろ!』

 

通信で古代の声が入ってくる。山本はそれに「了解」と応えて揚陸艇を降下させた。

 

操縦室に斉藤が森を(かつ)いで入ってきた。まだロクに動けぬらしい森を山本の隣に座らせ、シートベルトを締めさせる。

 

山本は言った。「〈ヤマト〉がいつまで我々を待てるかわかりません。仲間を拾ってすぐタイタンを脱出します」

 

「わかった」

 

「2、3メートルの高さでホバリングします。後はジャンプさせてください」

 

「オーケー!」

 

言って斉藤は操縦室を出て行った。

 

揚陸艇が、採掘チームが手を振るところに垂直に降り、彼らが手を伸ばす先の宙に止まる。タイタンの重力下では、誰であれ猫のように飛び上がれる高さだった。

 

「来い!」

 

と斉藤は彼らに叫んだ。だが地上にいる者達は動かない。死んだ二名の遺体を抱えているのだった。

 

『このふたりを!』

 

「生きてるのか!」

 

『いいえ。ですが――』

 

「じゃあ、ダメだ! 生きてる者だけ飛び移れ!」

 

『それじゃこれを!』

 

言ってひとりが(かか)げたのは、コスモナイトの鉱石だった。ビヤ樽ほどの大きさの太鼓形に切り出されている。

 

「わかった。投げろ!」

 

投げてきた。地球だったら人の力で持ち上がるかも疑わしいが、ここは重力が七分の一。だからその石も重さ七分の一……ではあるが、受け止めた斉藤はたまらなかった。イノシシの突進でも食らったようなものである。「うおおっ!」と叫んでひっくり返った。

 

採掘員が次から次に揚陸艇に飛び込んでくる。

 

斉藤は鉱石を抱えて床に転がったまま言った。「これ一個だけか」

 

「貨物ポッド一本分は詰めたんですが……」

 

そのとき耳の通信機に、森の声が入ってきた。『アナライザーは?』

 

「アナライザー?」

 

全員が顔を見合わせた。それから揃って、開いたままのドアから外を覗き見る。

 

何十メートルか先で、地面の上をアナライザーの腰から下の部分だけがドタバタと駆け回っているのが見えた。

 

 

 

   *

 

 

 

 

「アナライザー?」

 

〈ゼロ〉のコクピットで古代は言った。今は古代も機体をホバリングさせている。と、その窓の横にフワフワと急に現れたものがあった。味噌汁碗を伏せたような赤い半球。上にトサカのようなもの。

 

アナライザーの頭部だけが、古代の〈ゼロ〉の横に浮かんでいたのだった。

 

『古代サーン』

 

「あ!」と言った。「お前、何やってんだ!」

 

『ソレガソノ、ナント言イマスカ……』

 

「体はどうしたんだよ体は」

 

『ソレガ、アッチトコッチニナッテ、生キ別レデス……』

 

「こんなときに遊んでんじゃねえ!」怒鳴った。それから、「山本! いいから先に行け! こいつはおれが連れていく!」

 

『わかりました』

 

と返事が返ってきた。オレンジ色のもやの向こうで揚陸艇が動き出すのが見える。

 

「まったく」とまた古代は言って、アナライザーを見た。「お前の体はどこにあるんだ」

 

『腰ハ採掘場ノトコロ。胸ハ今コッチニ向カッテキテマス』

 

「はあ?」

 

目をこらすとなるほど地上でアナライザーの下半身がウロウロしているのが見える。一体全体どんなバカをやらかせばこんなことになるってんだと思いながら、古代は〈ゼロ〉を降下させた。その眼がふと、採掘場に転がっている二本の貨物ポッドに止まる。

 

「おい。石の採掘ってのはできたのか」

 

『エート、確カ、一本分ハ詰メマシタヨ』

 

「一本だけ?」と言ってから、「待て。必要量の倍を採るって話だったな」

 

『ハイ。ソウデシタ』

 

二本のうち一本は詰めた。ならば、〈ヤマト〉がいま必要とする量は確保できたと言うことではないか。

 

古代はレーダー画面を見た。ガミラスの戦闘機群が迫りつつある。貨物ポッドを装着して、飛び上がるだけの時間はあるのか? わからない。死んで置いていかれたらしい採掘員が転がっているのも見える。〈ヤマト〉はおれを待てないと言った。

 

ヘタすれば、おれもあそこにある死体と同じように――砂丘に埋まる〈ゆきかぜ〉の姿が頭に浮かんだ。おれも兄貴と同じように――。

 

だが、ためらう気持ちは消えた。手ブラで〈ヤマト〉には戻れない。やるしかないものはやるしかないのだ。

 

古代は〈ゼロ〉を貨物ポッドの方に向けた。

 

 

 

   *

 

 

 

森はどうにか動かせるようになった手で、揚陸艇の航法装置を探っていた。オペレートのやり方は〈ヤマト〉艦橋のそれとさほど変わらない。レーダーには迫りつつある敵の機影。数は十五。

 

「逃げ切れるの?」

 

「なんとか、とは思いますが……」

 

山本が言った。この揚陸艇は古代が前に乗っていたあのカラ荷の〈がんもどき〉とは違う。はるかに重く、後ろに何人も乗せている。振りまわすのは難しい。ビームガトリングガンは対地攻撃用であり、戦闘機と戦えるようなものではない。

 

そして何より、数は十五だ。〈ヤマト〉の近くにまで行ければ、敵も追っては来れないだろう。問題は、〈ヤマト〉が待ってくれるのかどうか。

 

森は機体のカメラを下に向けてみた。地表はもう、オレンジ色のもやでまったく見ることはできない。

 

センサーを赤外線に変え、最大の望遠にする。マイナス180度の温度で真っ暗な画面に、古代の〈ゼロ〉らしきものがいるのが点となって映った。

 

さらに電子ズームをかける。〈ゼロ〉の姿が大きくなった。粗い像だが、キャノピーが開いているらしいのがわかる。

 

アナライザーを乗せているのだろうと思った。飛び上がってしまえば〈ゼロ〉は、この揚陸艇よりはるかに速い。追いつくのは簡単だろうが――。

 

と思ったときだった。操縦席から古代らしき人影が外に飛び出るのが見えた。え?と思う間もなく揚陸艇の機体がカメラのブレ補正の限界を超える揺れを起こし、その後は何も映らなくなってしまう。

 

急いで拡大率を落とした。小さく〈ゼロ〉の輪郭と、その外に出て動いている人間らしきものが見える。

 

「何してるの?」

 

と言ってから、自分がタイタンに降りる前に古代に言った言葉を思い出した――荷物運びは確か専門のはずだったわね?

 

はっとした。「まさか、ポッドを……無茶よ!」



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貨物ポッド

「これか! 一杯になってるのは!」

 

古代は採掘チームが残した貨物ポッドに取り付いて言った。持ち上げてみようとする。が、ダメだ。ぜんぜんビクとも動こうとしない。

 

「おい、重いぞこれ」

 

「当タリ前デスヨ」

 

アナライザーがまだ頭部だけ、フワフワ漂いながら言った。横で腰部がドタバタその場で足踏みしてるが、その間の胸がない。

 

「ソレ、地球ナラ2とんデスヨ。イクラたいたんジャ七分ノ一デモ、300きろハアリマスカラネ」

 

「持てよ! お前の力なら持ち上がるだろう!」

 

「エート、チョット待ッテクダサイ。今、胸ガ、コッチニ向カッテイマスノデ」

 

「だからなんでそういうことになるんだよ!」

 

見えた。かすむ空気の中を、アナライザーの両手が付いた胸部がフワフワとやって来るところ。

 

戦闘機の群れは見えない。だが、このもやがなければ、もう目に見えていていいのかもしれない。まだエンジンの音らしきものも聞こえないが――。

 

しかしそう時間があるはずがない。とゆーときに、このロボットは! アナライザーはやっと来た胸を腰に載せ、そしてその上に頭を載せて、ようやく一人前になった。手足を動かし、オイッチニと体操をして、相撲取りがシコを踏むようなドスコイとした動作をする。

 

「早くこれを持て!」

 

「ハイハイ。ヨット、ドッコイショ」

 

貨物ポッドを持ち上げた。しかし、持ちはしたものの、ロクに歩けはしないらしい。「オットット」と言ってあっちにヨロヨロし、それからこっちにヨロヨロとする。

 

「おい。しっかり持て」

 

言って古代は貨物ポッドの端を支えた。しかし支えるだけと言っても大変なものだ。たちまち振られてオットットとなる。

 

「古代サーン。フタリジャ無理デスヨー」

 

「うるさい! 〈ヤマト〉にはこれが要るんだろうが!」

 

そうする間にも時間は過ぎる。アナライザーは力はあるがそううまくは歩けない。古代は歩きはなんとかなるがロボットみたいな力はない。ふたりでエッチラオッチラと貨物ポッドを〈ゼロ〉に運んだ。翼の下にくぐらせて、懸架装置の下に持ってくるまでがこれまた大変だ。

 

「もうちょいこっち……行き過ぎだ! 曲がってるぞ。その先を向こうへやれ! わわわ、押すな。傾けるな! そうじゃない。その逆だってのがわかんねえのか!」

 

やっとポッドを装着した。ふうヤレヤレと翼にもたれ込んでから、古代は急に、自分が大変な間違いをしたのに気づいた。

 

「アナライザー!」叫んだ。「お前、何やってんだ! 一本だけになったんだから真ん中に吊るすべきなんだよ! こんな端っこに吊ってどうする!」

 

「ダッテ、古代サンガココニ……」

 

「わああっ!」

 

と言った。ついうっかり、貨物ポッドを〈ゼロ〉の左の主翼の下に取り付けてしまったのだ。

 

それが元々の位置だった。本来ならばこの巨大ソーセージを二本運ぶ計画で、それなら左右の釣り合いが取れる。だがそれが一本だけになったのだ。タイタンではこの重さが300キロ。しかし1Gの加速で2トン、2Gで4トン、4Gならば8トンの加重が機体にかかることになるのだ。それが左に寄って付けられてしまっている。これで左右のバランスがまともに取れるわけがない!

 

「デモ古代サン」とアナライザー。「我々ダケデコレヲ胴体ノ下ニ吊ルスノハ無理デスヨ」

 

「うっ」

 

詰まった。古代はあらためて貨物ポッドに手を触れてみた。大きく太く長くて重い。主翼の下に取り付けるのもかなり大変な作業だった。これを〈ゼロ〉の胴体の真下に吊るそうとするならば、アナライザーとふたりで機の下に潜り、着陸脚の間にこいつをくぐらせて、取付金具の位置も見えない状態でなんとかしなきゃならないだろう――無理だ。到底できっこない。

 

どうする、と思った。重さだけの問題じゃない。タイタンのこの厚い大気だ。このまま飛べば、左側だけが大きな空気の抵抗を受ける。気流が乱れて翼の揚力にも悪い影響を及ぼすことに。

 

どうする、とまた思った。何やら小さく、唸り声のようなものが聞こえてきたように感じる。

 

ガミラスの戦闘機のエンジン音か。もうすぐそこに迫っている?

 

となれば、と思った。もう一本の貨物ポッド――中身はまだカラのものが採掘場に転がっている。古代はそれに眼を向けた。

 

「あれだ!」叫んだ。「あれを反対側に吊るそう! とにかく、空気抵抗だけでも釣り合わすんだ!」

 

言って走った。あのカラのポッドなら、軽いからすぐ取り付けられるはずだ。大気中を高速で飛ぶには、空気抵抗のバランスは重量以上に重要だった。右側にもポッドを吊るせば、後は舵の調整でなんとかいけるかもしれない。

 

「アナライザー! お前はそっちの羽根についてろ!」

 

ホップ・ステップ・ジャンプとばかりに地面を蹴って貨物ポッドが置かれた場所へ。軽い重力の中を跳び、古代はそこに取り付いた。カラのポッドを(かつ)ぎ上げ、〈ゼロ〉の方に戻ろうとする。

 

そのときだった。古代は肩にいきなり強い衝撃を受けた。

 

それは鉄の棒ででも思い切り叩かれたような感覚だった。自分ではなく、担いでいた貨物ポッドに何かの強い力を急に喰らったのだ。それが肩に伝わった――古代はたまらずひっくり返った。

 

古代の手を離れたポッドも下に落ち、ギョワーンといった調子の音を響かせて転がった。金属製の筒だから、構造的にはお寺の鐘のようなものだ。タイタンの大気の中で音が響くのも当たり前――とは言え、穴でも開かなければ、こんなによく音を響かせはしないはずだが……。

 

穴が開いていた。ゴロゴロと転がるポッドにひとつ大きな穴があり、煙を吹いているのが見えた。

 

「古代サン!」

 

とアナライザーの声。

 

振り返って、古代は見た。湖の岸に立つ人影を。その後ろにはまだ青い炎を上げて燃えているガミラス水陸両用車があった。オレンジ色の世界の中で、その炎に照らされて、その人影は半ばシルエットとなって青く縁取(ふちど)られているように見えた。拳銃らしきものを手に持ち、古代の方に向けている。

 

そして撃った。



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出現

「レーダーが敵を捉えました」

 

〈ヤマト〉第一艦橋。森の代理のオペレーターが言った。スクリーンに数隻の敵駆逐艦の指標が出ている。

 

「来たな」と沖田が言った。「まずは足の速い駆逐艦を寄越してきたか。タイタンのまわりに網を張る気だろう」

 

「はい」と新見が言った。「この動きからすると、〈ヤマト〉に近づく気はなさそうです。いま主砲を撃っても(かわ)されるだけかと……」

 

沖田は頷く。いま現在に地球が持つレーダーその他の探知機器には、超光速通信と同じ技術が使われている。宇宙船が出す光や電波を、それが届いたときでなく、相手が出したその瞬間に捉えることができるのだ。同様のものをガミラスも持っているのは疑いがない。

 

亜光速のビームはそれが見えてから()けたところでもう遅いが、敵が撃ったその瞬間にそれを探知し回避行動が開始できる今の宇宙戦においては、ある程度の距離があるなら互いにビームを避け合うことも可能なのだった。船対船の砲撃戦は主砲の射程距離の他、その要素も考慮して行わなければならなくなっている――〈亜光速〉とは光速の何割引きくらいを指して、〈ある程度〉とはどの程度の距離なのか、というのはなかなか一概に言えず、簡単に説明できることではないが。

 

とにかく、遂に敵は来た――この大艦巨砲主義の宇宙で、駆逐艦の五隻や十隻、〈ヤマト〉の敵にはなりえない。ガミラスもそれはわかっているはずだ。にもかかわらず寄越してきたのは、まず遠巻きに網を張ろうという考えなのに違いなかった。〈ヤマト〉を逃げられないようにして、大きな船を待つ気なのだ。

 

駆逐艦は一隻また一隻とタイタンのまわりに出現しつつあった。急に宇宙のある部分に虫眼鏡でも置いたようにその向こうの星座が歪み、次の瞬間、魚が水面から飛び出すように、地球の〈デヴォン期〉と呼ばれる時代の古代魚のような形のガミラス船が現れるのだ。ワープ――空間歪曲航法。宇宙を紙のように曲げ、そこにペンを突き刺すように穴を開けて抜ける方法。そしてその古代魚どもは、現れるなり宇宙に何かを撒き散らし出した。

 

「敵艦隊、爆雷を投下し始めました」

 

と森の代理が言った。スクリーンには無数の点。対艦宇宙爆雷だ。敵駆逐艦それぞれの後ろに、漁船が網を広げたような動きとなって表れている。

 

「まだそう慌てることはない」沖田は言った。「採掘チームはどうしている?」

 

「はい」

 

と言って森の代理がレーダーの情報をスクリーンに出した。

 

「揚陸艇がタイタンの大気圏を離脱しました。敵戦闘機と(おぼ)しきものが十五あり、その宙域に近づいていますが……」

 

「十五機?」と新見が言う。「そんな数の戦闘機に追われたら、揚陸艇なんかとても……」

 

真田が言う。「古代の〈ゼロ〉はどうしているんだ」

 

「反応ありません。さきほど着陸したようですが、それっきり」

 

「着陸した?」太田が言った。「こんなときに? 何考えてんだ。あいつ状況がわかってるのか」

 

相原が艦長席を振り向いて、「通信で呼んでみましょうか」

 

「いや待て」と沖田。「古代は採掘した石を運ぼうとしてるのかもしれん」

 

「あ」

 

と何人かが言って、それから互いに顔を見合わせた。コスモナイトの鉱石は古代が〈ゼロ〉で運ぶことになっている――〈ヤマト〉はもともとタイタンに石を採りに来たと言うのに、誰もがそれをつい失念していたようだ。しかしまさか、状況がこうなったのにまだ石を運ぶ気なのか? みなそのように考えて当惑した表情だった。レーダーには十五の敵戦闘機。

 

森の代理が言った。「この動きからすると、敵は十五とも、揚陸艇を追うつもりはなさそうです。〈ヤマト〉にたどり着かれるまでに追いつけないものとみて、全機がタイタンに降下するものと……」

 

真田が言う。「古代を狙ってか」

 

「それじゃあ――」と新見が言った。「〈ゼロ〉は一機で十五の敵を相手にすることになるの? 貨物ポッドを積んで重い状態で?」

 

「そんな」

 

と島が言った。元戦闘機乗りとして、古代がくぐり抜けねばならなくなる状況の難しさを瞬時に察したらしかった。翼の下に貨物ポッドを吊るした〈ゼロ〉はもはや戦闘機とは呼べない。ネギを背負ったカモ輸送機だ。島はそれを知っていた。いや、それだけではない――。

 

「タイタンじゃ重さ以上に、空気抵抗が足枷になるぞ! 〈ゼロ〉はミサイル持ってるのか!」

 

「いいえ」と新見。「貨物ポッドを運ぶから今日はナシということになって……」

 

「じゃあ――」

 

と島。重い足枷を付けた機体に、ビームガン一挺だけで、十五の敵と渡り合う――そんなことがまだ〈ゼロ〉に慣熟すらしていないと思われる古代にできるのか――そう考えている顔だった。

 

島だけではない。全員が、固唾(かたず)を飲んでスクリーンを見る。

 

だが、〈ヤマト〉には古代ばかりに気を取られている余裕はなかった。周囲には敵ガミラスの駆逐艦が、次から次に現れて爆雷を投下し始めているのだ。

 

〈ヤマト〉の上に被さるように張られていく爆雷の網。〈ヤマト〉がそれに覆われるのはすでに時間の問題だった。



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ガミラス兵

タマは外れた。古代は横に跳んで逃げた。相手は銃を構えながらも、ロクに狙いがつけられないでいるらしかった。発砲に次ぐ発砲。逃げる古代を追って撃ってはくるが、当たらない。

 

その相手――間違いなくガミラスの兵士だ――が持っているのは一種の拳銃なのだろう。もともとよほどの名手でなければ撃って当たるというものではなかろうが、古代がタマを受けないで済んでいるのはそればかりではなさそうだった。

 

ガミラス兵はあの亀型水陸両用車の砲手か運転手。燃える車両から液体メタンの湖水の中に飛び込んで、今ようやく這い上がってきたというところだろう。どうにか身を起こして立って、銃を握る手を伸ばすのもやっとというようすに見える。

 

体は震え、息は乱れ、狙いをつけるどころではないのだ。バンバン撃ってはくるものの、デタラメに乱射しているのに等しい。

 

転がるように逃げながらも、古代はそれに気がついた。だが、気づいたからと言ってどうする? 近づかれたら、いくらなんでも当たるだろう。いつまでも当たらず済むというものでもないだろう。こちらはなんの武器もない。敵は今はヨレヨレでも、じき回復するかもしれない――。

 

いや、考えてる間にも、力を取り戻しつつあるようだ。立っているのもやっというふうに最初は見えたのが、だんだんフラつきかげんが消えて腕もまっすぐ伸ばしつつある。

 

ガミラス兵はひとりだった。ほぼ地球の人間と同じ体つきに見えた。マイナス180度の気温水温はやはりこいつにも、瞬時にアイスキャンディーになってしまう環境なのだろう。宇宙服らしきもので体を覆い、頭にヘルメットを被っているが、顔は――。

 

見えた。遠目によくわからないが、地球人のそれとさほどに変わらなそうな目鼻と口が。色が青っぽいようだが、バイザーに色が付いているのか、肌がそういう色なのか。だがとにかく、顔の造作が見て取れた。怒りの表情をしているように見えるのは気のせいか。

 

なんてことだ、と思った。こいつがガミラス人か。

 

古代は物陰に飛び込んだ。コスモナイトの鉱床の崖。追って放たれた銃弾が岩壁に(はじ)かれる。

 

「ツバクカンサルバ――!」

 

ガミラス兵が何か言った。無理にカタカナにすればこんな感じだ。通信機を通さなくても、タイタンの大気のせいで聞くことはできるが、たとえ録音を持ち帰っても意味を知ることはできないだろう。地球人類はガミラス語との間を繋ぐロゼッタストーンを持っていない。

 

いや、そもそも、ガミラスが言葉を話す生物なのかも知らなかったはずだ。例のサーシャという〈女〉はガミラスについての情報をたとえ知っていたとしても何も教えてくれなかったと聞くし――。

 

それにしても、そいつの声も、地球人の男の声とそれほど変わらなそうだった。たとえ翻訳はできずとも、(ののし)り言葉の(たぐい)だろうとわかる。声に込められた感情も、地球人と変わらない――。

 

これがガミラス。なんてことだ。ほんとに人間そっくりじゃないか。

 

その敵兵が銃を構えたまま歩きだした。〈ガミラス語〉で何か罵り続けているが、声に寒そうな響きもある。おそらく、地球人のそれと同じようなヒーターで宇宙服の内部を温めているのではないかと古代は思った。液体メタンの湖に落ちるのは、ヒーターの暖房能力を超える状況だったのではないか。こいつは危うく凍死するところだったのが、今だんだん体が温まりつつある――。

 

まずいぞ。完全に回復されたら、もうこちらに望みはない。今のうちになんとかしないと。

 

そう思ったときだった。古代が被る戦闘機用ヘルメットのバイザーに、酸素ボンベの残量が残り少ないことを報せるランプが投影された。同時にヒーター熱量低下の警告。

 

まずいぞ、とまた思った。古代が着ているパイロットスーツは〈宇宙服〉にはなっているが、重い生命維持装置を背負う本格的な〈船外活動服〉ではないのだ。緊急用の小さなボンベと簡易型のヒーターしか付いていない。どちらもあと三分ばかり自分を生かしてくれるかどうか。

 

急にゾクリと寒気を覚えた。酸素よりもヒーターが先に力を失いかけているのかもしれない。あのガミラス兵とは逆に、おれの方が(こご)え死にか。

 

どうする、どうすればいいと思った。古代は〈ゼロ〉を振り返ってみた。あそこまで、今なら走っていけるだろう。だが離陸する前に、撃たれるのは間違いない。拳銃弾の一発や二発で壊れるほどに〈ゼロ〉はヤワではないと言っても、キャノピー――コクピットの風防窓でも割られたら、機の操縦ができなくなるかも――。

 

そうなればおしまいだ。古代はまわりを見回した。今いるのは採掘チームがコスモナイトの石を切り出した場所だった。置き捨てられた採掘器具が散らばっている。

 

武器になるものがあるかもしれない。だが、使い方がわからない。敵は古代が丸腰だともう気づいたようだった。もはやデタラメな乱射はせず、こちらを目指して進んでくる。

 

とうとう古代のいる岩陰へ数メートルの位置まで来た。

 

「ツバクカンサルバ!」

 

また叫んだ。『死ね』と言ったのか、『降参しろ』とでもいう意味なのか。

 

どちらだ? と古代は思った。この状況で、こいつがおれを捕虜にしようと考えてるなんてことは有り得るだろうか。考えてみた。その見込みはあるだろう――〈ヤマト〉の秘密、コスモナイトを採りにきた理由――それらをおれから聞き出せれば、殺す以上の手柄になるかもしれない。おれに武器があるならともかく、丸腰と知っているのであれば――。

 

だがもちろん、手なんか挙げて出ようものなら即座に撃ち殺されることも――どうする? 古代はまたまわりを見た。眼に止まったものがあった。大きな瓦かポテトチップスのような湾曲した平たい石が山と積み重なっている。

 

コスモナイトの鉱石だ。貨物ポッドに納めるために石を太鼓に切り出した後に出た切りくずだろう。形や大きさはバラバラだが、雨樋状の湾曲面がその多くに見て取れる。

 

これだ、と思った。古代はその石の山に飛びついた。ガミラス兵が何事か叫びながら銃を撃つ。

 

その銃弾は当たらなかった。古代は(あらかじ)め見定めておいた石のひとつを掴み取った。ちょうど、地球で軍や警察が地下都市の暴動を抑えるときに持たせる盾に形や大きさが似ているような。

 

機動隊などが持つそれは多くが透明な強化樹脂で、薄い造りでさして重いものではない。が、古代がいま掴んだものは分厚い石の塊だった。地球であれば持ち上げることなどできないかもしれない。しかしタイタンは重力が地球の七分の一。だから重さは七分の一だ。古代はそれを胸の高さにまで持ち上げて前にかざした。この二週間の筋トレで鍛え直していた身には、苦になるほどのものではなかった。ガミラス兵がバンバンと古代に撃ってきたけれど、石は見事に盾となって弾丸を(はじ)いた。

 

古代はそのまま、ガミラス兵に突進した。相手は悲鳴のような声を発する。構わず、そのまま体当たり。それから、石を振り上げて、古代は敵に叩きつけた。

 

相手がたまるはずがない。ガミラス兵は銃を落としてよろめいた。

 

古代はすかさず、落ちた拳銃を足で蹴った。相手に先に拾わせないためだ。タイタンの弱い重力のために、オレンジ色の空に高く飛び上がっていく。

 

それから地を蹴り、古代はジャンプ――勢いあまって、体がクルリと宙を舞った。まるでトランポリンででも跳び上がったか、ワイヤーアクションによって撮られた映画のワンシーンのようだった。

 

空中で(みずか)ら蹴り上げた拳銃をキャッチ。古代は着地し、ガミラスの兵士に向けて銃を構えた。

 

「ツラプナターク、カンサス!」

 

敵は叫んだ。形勢が逆転したというのに、(ひる)む気配も見せなかった。

 

それどころか、他にも武器を持っていた。刃渡りが20センチはあろうかというナイフの(たぐい)。それを抜き、古代の方に向かってきた。

 

「ツパルマン!」

 

また叫んだ。今度こそ、『死ね』と言ったのに違いなかった。

 

古代は撃った。弾丸が相手の胸を貫いた。だが突進は止まらない。ガミラス兵はもはや声にはならない叫びをあげて走ってくる。

 

また撃った。二発、三発。タマは確実に命中している。なのに相手は止まらない。刃物を持った手を振るう。(わめ)きながら古代に突き立てようとする。

 

寸前でようやく止まった。地球人と変わらぬ眼で古代を見据えながら、地に倒れる。

 

その身から血と(おぼ)しき赤い液体が流れ広がるのが見えた。それはすぐ凍りついて固まってしまう。

 

古代は震えるばかりだった。死体を前に立ちすくむ。

 

ガミラス兵は倒れたまま手足をビクビクと動かしている。しかしこれは、今にもその身が瞬間冷凍されつつあって、体の組織が凍っていっているからだろう――そう思ったが、身がすくむのは変わらない。今にもバッと飛び上がり、おれに掴みかかってくるのじゃないか――理屈に合わないそんな恐怖に()らわれる。

 

しかしガミラス兵は、すぐにピクリとも動かなくなった。あっという間にほとんど凍りついてしまったに違いなかった。

 

それを見ても古代はまだ体の震えが止まらなかった。あらためて恐怖が襲ってきて、まだ身のすくむ思いがしていた。

 

おれは人を殺したのだ――そう思った。敵とは言え、侵略者と言え、おれを殺そうとしたやつだと言っても、〈人〉を――そんな考えに囚われて、倒れた敵から眼が離せない。

 

それから、手の中の拳銃を見た。明らかに地球のものとは異なるデザイン。

 

おれはこいつで、人を殺した――また思った。無我夢中だったとは言え、相手の方が向かってきて、撃たなければおれが刺されて死んでいたのに違いないのだとは言え――。

 

恐ろしかった。〈罪の意識〉と言うよりも、子供の頃に浜でナマコを踏んづけたときのように単純で生理的な恐怖感だ。ガミラス人なら〈がんもどき〉で前に三人殺している。戦闘機のパイロットを――けれど、あれとこれとは違った。今度は直接、間近に顔を見て殺ったのだ。こいつはおれの眼を見ながら死んだ。

 

おれを呪って死んだのだ。もう動かぬ死体を見てもまだ怖くてたまらない。どうする、凍った関節をバキバキ折りながら立ち上がり、おれに掴みかかってきたら――。

 

そんな気がしてまだ眼が離せない。いや待て、なんだか本当に、何か動き出したみたいな――。

 

みたいな、ではない。凍ったはずの死体が動き出していた。いや、死体そのものではない。宇宙服が中に空気を入れたように急に膨らみ出したのだ。

 

と思うと、突然に、青い炎を吹き上げて爆発的に燃え出した。青い火柱が轟々とオレンジの空に立ち昇る。

 

なんだ、と思った。なんで火が――考えてから、思い出した。ガミラス兵は戦闘で宇宙へなど投げ出されると瞬時に焼かれるようになっているらしいと。おそらくやつらは実は地球を恐れているため、自分達の情報を与えぬためにそうしている。そのため今まで、死体のひとつも手に入れられずいるのだと。

 

だからこれもそうなのだろう。宇宙服になんらかの焼却装置が仕込んであり、兵が死んだのを感知して仕掛けを作動させたのだ。

 

火の勢いは凄まじかった。燃えているのはむしろタイタンの大気中のメタンなのかもしれないが、青い炎が高さ数十メートルにまで昇り、古代の方にも飛び火してきた。パイロットスーツは戦闘機が火に包まれても脱出できるように高い耐火性能を持っているから少々の火はなんでもないが、(まぶ)しさに眼が(くら)む。古代は何歩か後ろにさがった。

 

ガミラス兵はたちまち黒く焦げたと思うと、すぐに白い灰と化す。タイタンの空の下ではそれもオレンジ色に見えた。

 

「古代サン!」

 

アナライザーの声がした。そこでハッと気がついた。轟々と燃える炎の音。だがもうひとつ遠くから、別に唸るような音がする。

 

ガミラスの戦闘機隊だ。十機以上がここを目指して飛んで来ようとしていたのだった。

 

オレンジ色の空を見上げた。(かすみ)の向こうに光る点がいくつか見える。まだ遠い。しかしもう敵がそこまで来ているのだとわかった。

 

そうだ、カラの貨物ポッド! あれをもう一方の翼の下に取り付けなけりゃ――そう思った。だが無理だ! もうそんなことをしている時間はない!

 

「アナライザー!」

 

古代は叫んだ。

 

「〈ゼロ〉に乗れ! 早く!」

 

「今ノ状態デ飛ブノデスカ!」

 

「それしかない!」

 

叫びつつ、〈ゼロ〉に向かってジャンプした。ホップステップジャンプと跳んで機に取り付く。アナライザーが古代のシートの後ろに乗った。

 

ベルトを締めて、キャノピーを閉じる。その窓越しに古代は上を振り仰いだ。ガミラス機は一機一機がもう小さな三角形に見えるところまで近づいている。

 

この〈ゼロ〉であれを振り切れるのか。武器はビームガン一挺だけ。しかしとても使えはすまい。敵の一機に狙いをつけようなどとすれば、たちまち別の敵戦闘機に後ろにつかれるに違いない。せめてミサイルでもあれば――だがどのみち、敵がこれだけ多くては――。

 

レーダーの画面を見た。敵の数は15。

 

勝負になどとてもならない。逃げるだけだ。しかしそれも――考えながら、古代は〈ゼロ〉のエンジンを繋いだ。

 

離陸させる。途端にグラリと横に(かし)いだ。

 

ほとんど横倒しに近い。左に一本だけ吊った貨物ポッドのせいであるのに違いなかった。機の片側が重過ぎるのだ。

 

「古代サン――」

 

とアナライザー。

 

「黙ってろ!」

 

左側のスラスターの噴射を強め、なんとか機体を持ち上げた。水平にする。が、前に進ませようとすると、横に引っ張られるようにして機首がたちまち左にそれる。

 

ちくしょう、と古代は思った。こんな機体でスピードは出せない。まともに飛ばすことすらできない。なのにあの敵どもと渡り合わなきゃならないのか。

 

考えてなどいられなかった。古代はスロットルを開けた。〈ゼロ〉は翼をよろめかせながら、タイタンの空に舞い上がった。



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牽制砲撃

「艦長。各主砲塔、砲撃準備完了しました」と南部が言った。〈ヤマト〉第一艦橋だ。「この距離では命中は難しいですが――」

 

「構わん」と沖田が応える。「まずは牽制でよい。南部、砲撃を始めろ。標的は任せる」

 

「はい」

 

言って南部が、各砲台に指示を飛ばした。

 

「撃ち方始め!」

 

たちまち〈ヤマト〉の甲板に並ぶ砲台が、轟然と火を噴き始めた。遠巻きにする敵艦に向け、続々と太いビームが放たれる。その衝撃に船が震えた。

 

敵はビームを(かわ)せる距離にいるのだから、狙いはあくまで牽制だ。が、そうは言っても各砲台はそれぞれが三連装――つまり、元の戦艦〈大和〉と同様に、ひとつの砲塔にビームの砲身が三本ずつ並ぶ構造となっている。それをわずかずつズラして撃てば、敵はビームを躱しきれずに三本のうち一本が直撃することも有り得る。

 

もちろん、そう理屈通りにうまくはいかない。しかし牽制だからと言って、敵にまったく当てない気など南部も各砲塔のクルー達も持ち合わせていなかった。それどころか、一隻二隻沈めてこそ真の牽制たりうるのだ。砲撃手らはそれぞれが狙う相手の動きを読み、未来位置を見定めて砲を撃ちまくる。そしてとうとう、一発が敵駆逐艦の一隻を仕留めた。

 

それはまったく、魚を(もり)でひと突きにするようなものだった。ビームを喰らった敵艦は、その一撃でまっぷたつにヘシ折れて爆発四散して消えた。

 

たかが小型の駆逐艦――とは言え、〈ヤマト〉の強力な主砲にして始めて為せる(わざ)だった。地球の船がガミラス艦を沈めたのは、これが始めてというわけではない――むろん、この前のヒトデ空母は別に置くとして――しかし、通常の砲撃で、これほど見事に一撃で葬り去ったのは初のことに違いない。

 

「おっしゃあ!」

 

艦橋で南部が快哉(かいさい)を上げた。他の者らも「おお」とどよめく。〈ヤマト〉艦内のそこかしこでも、轟沈(ごうちん)の報にクルーらが沸いているに違いなかった。

 

さらに続けてもう一隻の敵を沈めた。逆にガミラスの船どもはこちらに撃ってもこられない。駆逐艦程度の砲の射程では撃っても届きもしないのだ。ただ爆雷を撒きながら逃げ惑うばかり。

 

「よし! だが調子に乗るな。デカいのが来たらこうはいかんぞ」

 

沖田が言った。そのとき森の代理が告げる。

 

「揚陸艇が本艦に一万キロまで近づきました」

 

スクリーンのレーダー像の片隅に山本が操る機体の指標が出ていた。〈ヤマト〉へのコースに乗って機の進路を合わせつつある。

 

「古代の〈ゼロ〉は」

 

「まだです」

 

「そうか――太田、もう少しタイタンに近づけるか」

 

「これ以上はワープできなくなりますが」

 

「それでも、もう少しだけ近づく。島、ピッチマイナス10だ」

 

「はい。よーそろー」

 

〈ヤマト〉が揚陸艇を迎えるべく舳先を向けた。そのとき、

 

「また敵艦が現れました! 大型です!」

 

森の代理が叫んだ。スクリーンに映像が出る。

 

〈ヤマト〉にも並ぶであろう大型戦艦が、宇宙空間に出現していた。距離はまだ遠いようだが――。

 

「来たか」

 

と沖田が言った。そのとき相原が叫んだ。

 

「〈ゼロ〉からのメーデー受信しました! 戦闘機に追われているとのこと!」



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15対1

「めーでー! めーでー!」アナライザーが叫んでいる。「戦闘機ニ追ワレテイマス!」

 

「無駄だ、やめろ!」

 

古代は叫んだ。思うままにならない機体を必死に操る。機器は警報を鳴らしっぱなしだ。レーダーには群がってくる無数の指標。

 

敵だ。すべてに〈敵〉を表す《BANDIT》の識別コードが付けられている。 

 

オレンジ色のもやを切り裂き、その何機かが突っ込んできた。間違いなく戦闘機だ。翼をクルクル閃かせて宙を舞い、メタンの大気に渦を巻かせる。空に陽炎(かげろう)の帯を描いて、その向こうに霞んで見える三日月形の土星とその輪を揺らめかせた。

 

そしてビームを撃ってくる。さらにミサイルを射ってくる。数機が一度にたった一機の〈ゼロ〉をめがけて放つそれらは、まるでトンボを捕るための捕虫網のように見えた。光の網に絡み捕られたら一巻の終わりだ。

 

「敵ハ15機! めーでー! めーでー!」

 

「黙ってろと言ってるだろう!」

 

いつかの再現。〈イスカンダルの使者〉とかいう〈女〉の船と出くわしたときと――しかし、今度の状況の方が、あれより遥かに不利かもしれない。15対1という戦力差以上に、〈ゼロ〉の状態だ。

 

機首が左へ持っていかれる。片側だけに吊るした貨物ポッドのために、バランスがいちじるしく崩れているのだ。到底、まっすぐになど飛ばせない。

 

最新鋭機〈ゼロ〉と言えども、この状態で敵と闘うなどできるわけがなかった。ましてや、相手はこの数だ。ただひたすらにロールを打って、ミサイルとビームの攻撃を(かわ)すばかり。

 

機が左へ行こうとするなら、その力を利用する――それしかなかった。左へ。左へ。古代は機を横転させる。ガミラスの一機がビームを撃って追いかけてくる。その曳光が機の右をかすめる。

 

エンジン噴射の青い炎が、オレンジの空に乱舞する。敵戦闘機が追い抜いていった。一機躱しても、また次の機が。次の機が。古代は逃げ惑うだけだ。

 

視界が暗くなり始める。Gで血液が脚に集まり、頭に送られなくなりつつあるのだ。

 

このままでは殺られる、と思った。なんとか上に昇らなければ! 大気を抜けて宇宙へ出れば、〈ヤマト〉がいる――対空砲の射程にまでたどり着ければ、敵は追ってこられないはず。

 

だが――と思った。〈ヤマト〉は待ってくれてるのか? コスモナイトをおれが積んでいるからと言って?

 

けれど、それしか望みはないのだ。古代は〈ゼロ〉を上昇させた。しかし左に引っ張られる。操縦桿を持つ手がしびれ始めてきている。

 

このままでは、手の力や眼だけではない。〈ゼロ〉の機体ももたないだろう。貨物ポッドを吊るした左翼が、ロールを打つたびたわむのがわかる。Gと大気の抵抗、それを、片一方だけの翼が受け続けることなど、〈ゼロ〉を設計した者は考えもしなかったに違いない。いつまでこの主翼がもつか?

 

汗が目に入ってきた。それを(ぬぐ)うこともできない。

 

敵が襲いかかってくる。前から後ろから、二機、三機とビームを撃って。

 

古代はそのたび、〈ゼロ〉にロールを打たせるしかできなかった。



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メーデー

アナライザーの救援要請(メーデー)は、揚陸艇の通信機も捉えていた。

 

森は山本の隣にいて、レーダーを見守るしかできない。〈味方機〉を表すたったひとつの《FRIEND》の指標に群がる十五を数える《BANDIT》の指標。

 

見ているのは森だけではない。同じ画面を後ろから、斎藤と採掘員の数名も覗き込んでいた。

 

『めーでー! めーでー! 敵ニ追ワレテイマス!』

 

アナライザーの声が続く。だが、続いているだけだ。救ける手立てなどはない。声は古代とアナライザーがまだ生きてることを示すものでしかなかった。やがてそれが急に途絶える瞬間が来るはずで、それが〈ゼロ〉が敵に墜とされたときとなるのだ。

 

採掘員のひとりが言った。「コスモナイトは積んでるんですか」

 

「おそらく」と山本が言った。「カラ荷なら、もっと速く飛べるはず。〈ゼロ〉の加速力ならばこの敵を振り切るのもできなくないはずなのに、そうしないところを見ると……」

 

「引き返しましょう」

 

「え?」

 

「引き返すんです。〈ゼロ〉を救けなきゃあ――」

 

「いや、それは――」

 

「このまま〈ヤマト〉に帰るわけにいきません」と採掘員は言った。「おれが残って積み込みを手伝うべきだったんだ! そうすりゃきっと〈ゼロ〉はもっと早く飛び立てたのに――」

 

山本は応えず、代わりに森の顔を見た。森は困って斎藤を見た。それからあらためて採掘員達を見る。全員が、ひとりの仲間の言葉にそうだと頷いているようだった。

 

「ちょっと待て」と斎藤が言った。「そんなことすりゃこの機が後になることになる。戦闘機に追われておれ達が墜とされてたぞ」

 

「そうじゃない。おれひとりが残ればよかったと言ってるんです」と採掘員。「〈ヤマト〉にはコスモナイトが必要なんだ! 運べるのは〈ゼロ〉だけなんだから、おれが残るべきだった! 後は置き去りでよかったんです!」

 

「バカ野郎、てめえ自分が何言ってるかわかってんのか!」

 

と斎藤は言った。だが他の採掘員らも、

 

「そうです! おれも残るべきだった!」「このまま船に帰るなんて、死んだ仲間に申し訳が立ちません!」「引き返しましょう、〈ゼロ〉を救けるんです!」

 

口々に叫ぶ。全員が死に取り憑かれたかのようだった。

 

チーム内に死者を出し、その遺体を置いてきてしまったことが、死地を脱した今になって、急に強い自責の思いが彼らを襲う結果になったに違いなかった。死んだ二名は彼らにはただの数字や番号ではない。顔を持ち名前を持ち、必ず地球に帰還して互いの家族を救い合おうと誓い合った同志であり友なのだ。それが己の命惜しさに揚陸艇に飛び乗ってしまった。仲間の遺体もさることながら、何より重要な任務であるはずのコスモナイトの鉱石を〈ゼロ〉に積みもしないまま――。

 

これでは死んだ仲間にすまない。あのふたりは無駄死にになる。そんなことがあってはならない――だからオレ達も敵に突っ込んで死のう、というわけだ。森はどうするべきだったのかと思った。この作戦の責任者は自分だ。とは言えあのときは、わたしは凍死を切り抜けたばかりで、決断を下せる状態になかったが――。

 

ではどうだろう。決めることができたなら――この者らを置き去りにして、〈ゼロ〉にコスモナイトを積ませる? バカな。できるわけがない。作戦が失敗したなら撤収が基本だ。彼らを残せば確実に〈ヤマト〉に石が届くという保証も――。

 

窓の向こう、行く手に〈ヤマト〉。姿がみるみる大きくなる。レーダー画面に着艦誘導のシグナルが出た。

 

『めーでー! めーでー!』

 

アナライザーの声がまだ聞こえている。つい先程、あの星で、自分の命を救ってくれたロボットだ。それが救けを求めている。

 

「ねえ」森は山本に言った。「なんとかならないの?」

 

「無理です。この機では戻っても……」

 

もちろん、わかってはいることだった。採掘員らも「そんな」とは言ったものの、それ以上は主張しない。全員が拳を握り、悔しさに歯噛みしながら、何も言えずにいるようだった。

 

山本は言った。「着艦します。全員、席に着いてください」



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〈タイガー〉を出させろ

「揚陸艇が着艦します」

 

第一艦橋。森の代理オペレーターが告げる。

 

「よし」と沖田が言った。「島、揚陸艇を収容次第、古代の〈ゼロ〉を救出に向かう。南部、対空砲用意だ。射程に入り次第、〈ゼロ〉を狙う敵戦闘機を追い散らせ」

 

「はい」

 

と島と南部が応える。しかし太田が、

 

「すでにタイタンに近づき過ぎています。これ以上は危険ですが……」

 

「わかっているが、古代がコスモナイトを積んでいるとなれば簡単に見離すわけにはいかん」

 

「はい」

 

太田は黙るしかないようだった。レーダーにはまた一隻の大型戦艦。

 

同じ画面に、まだ逃げ惑う古代の〈ゼロ〉が映っている。十五機に囲まれながら敵の火線を()け続けるとは驚異的な腕と呼ぶべきなのか、それともただ幸運なだけか。

 

もとより、宙を飛ぶ戦闘機を撃ち墜とすのは容易(たやす)いことなどではない。飛んでるハエを箸でつまむにも等しいのであり、ただひたすらに逃げる一手の古代に敵が手こずるのも無理ないことではあるのだが、それも機体と古代自身がいつまでもつかだ。どちらもすでに限界を超えているものと考えられた。

 

そして、〈ヤマト〉のまわりに次々と出現するガミラス艦。一方、こちらがワープするにはすでにタイタンに近づき過ぎ、加速度的に危険が増す状況にある。コスモナイトがいかに必要であろうとも、救けられるかどうかもわからぬ古代のためにこれ以上船をタイタンに近づけてよいのか。

 

沖田にもそれはわかっているはずだった。そのときに相原が言った。

 

「航空隊より具申(ぐしん)です。『〈タイガー〉を出させろ』と言っていますが……」

 

「わたしが受ける」と真田が言った。その画面に加藤が映る。真田は聞いた。「どういうことだ」

 

画面の中で加藤が言う。『〈ヤマト〉にはコスモナイトが要るんでしょう。〈タイガー〉を〈ゼロ〉の救出に出させてください』

 

「何を言ってるかわかってるのか。今〈タイガー〉を出したなら、とても収容の時間はないぞ」

 

『わかっています』

 

と加藤。真田は沖田を見た。首を振った。真田は言った。「ダメだ」

 

『後は置き去りになってもいい! 〈ゼロ〉を救けに行かせてくれと言ってるんです!』

 

「ダメだ! コスモナイトのためであろうとそれはできん」

 

『なぜですか!』

 

「なぜだと? だいたい、誰を行かすつもりだ」

 

『こんな任務に部下を遣るわけにいきません。おれが行きます』

 

「ますますダメだ」

 

『ですが!』

 

「ダメだ! 君が行けば部下もみんな君に続くと言い出すだろう。第一、行けば必ず古代を救けられると言うものでも――」

 

言っていた途中だった。沖田が叫んだ。「相原! 古代に石を捨てろと言え!」

 

艦橋が静まった。沖田の声は加藤にも聞こえたのだろう。真田が見る画面の中で、驚きの顔で絶句していた。

 

艦橋クルーも全員が、振り返って沖田を見た。波動砲を直すのにはコスモナイトが必要だ。古代がそれを運んでいる。だから古代を見捨てられないという話だったはずなのに、なぜ――と誰もが問いたげだった。しかし沖田は言った。

 

「相原! 聞こえなかったのか。古代に石のポッドを捨てて身軽になれと告げるんだ!」

 

「は、はい」

 

相原は機器に向き直った。マイクのスイッチを入れて言う。

 

「〈アルファー・ワン〉、荷物を捨てろ。繰り返す。〈アルファー・ワン〉、荷物を捨てろ」

 

応答はない。相原は続けた。

 

「〈アルファー・ワン〉、聞こえるか? ただちに荷物を捨てて身軽に――」

 

言ったときだった。その画面に《通信途絶》の文字が表れた。同時にアナライザーのメーデーも消える。

 

「切れた……」

 

と相原が言った。〈通信途絶〉が意味するのは、〈ゼロ〉が墜ちたということだ――そう考えた顔だった。しかし、メインスクリーンを見上げて表情を変える。

 

状況図にはまだ〈アルファー・ワン〉を示す指標が映っていた。十五の敵に追われながらも攻撃を躱し続けているのが――。

 

相原はあらためてすべての機器を確かめた。それから言った。

 

「古代は通信を切りました」



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ブラックアウト

「古代サン! ナゼ通信ヲ切ルノデスカ!」

 

アナライザーが何か言ってる。言ってるけれど、何言ってるんだ? 意味を考える余裕がない。うるさいとしか思えない。今しがたもヘルメットの中に何かの通信が響いてうるさくてたまらなかったが、あれは何を言ってたんだ? なんだろうが聞いてるゆとりなんかないから切っちまったが、大事なことだったのかどうか。

 

どうでもよかった。とにかく構っていられない。古代はもう頭が働いていなかった。操縦桿を握る腕にも感覚がない。ペダルを踏む足に力も入らない。視界がかすんで前もよく見えない。それでも敵が来るたび機を横転させる。その動きも次第に鈍くなっているのが自分でもわかる。わかるが、どうしようもない。

 

また敵が来る。今度こそ最後か、と思うが、躱した。ビームの曳光がかすめ抜ける。

 

とにかく上だ、と古代は思った。上へ。上へ。宇宙へ出れば、そこに〈ヤマト〉が――いるんだろうか? それを確かめる余裕もない。もう置いていかれちまったんじゃないのか? ならばなぜこんなことしている? もうダメだ。次が来たなら撃たれてしまえ。それでラクに――。

 

なれると思った。だが次の攻撃に、古代は操縦桿を倒していた。もう力が入らぬ腕で、ヘロヘロと。

 

それでも機がロールを打つのは、左に吊った貨物ポッドが〈ゼロ〉のバランスを崩しているのがかえって幸いしているからだ。何もせずとも機体は横に引っ張られ、螺旋を切って横転する。だが同時に、そのGにより、古代の体も遠心装置にかけられたように振り回される。それに逆らう力ももうない。ただ下へ落ちないように、スロットルを最大にして機をズーム上昇させるだけで精一杯だ。

 

だが燃料が残り少ない。エンジンももう焼き切れそうだ。翼はたわみ、胴は軋み、真ん中からヘシ折れかけていそうに思える。〈ゼロ〉の機体のすべてが限界に達しかけていた。そして古代も。

 

視界が暗い。もうほとんど目が見えない。眼だけではない。脳にもロクに血は送られていないだろう――そう思うのは、まだ意識があるってことか。だが最後のその意識も、もう遠のいていきそうだった。

 

前に敵がいるらしい。それが向かってくるらしい。なんとなくそれがわかるが、手に力が入らない。

 

腕が重い。動かない。まるで昔の、操縦桿がワイヤーで舵と繋がっているプロペラ飛行機にでも乗っているかのようだった。

 

宇宙を飛ぶ今どきの機体は、この〈ゼロ〉にしても手首を軽くひねるだけで舵を動かせるはずなのに、ただそれだけの力が出せない。ゴロゴロと転がされる樽の中に閉じ込められて、操縦桿に右手一本でブラ下がっているようなものなのだから……ダメだ、意識が持っていかれる。もうこれ以上――。

 

とてももたない。そう思った。そのときだった。暗い視界に白い光が散るのが見えた。

 

なんだ、と思う。幻覚かな。だがその後に、〈ゼロ〉の翼を叩くような衝撃が来た。それが続く。二度、三度。

 

「古代サン!」アナライザーが言った。「〈やまと〉デス! 〈やまと〉ガ!」



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援護砲撃

〈ヤマト〉は船を横倒しにするようにしてタイタンに舷腹を向け、主砲の先を巡らしていた。轟音と共にその口から、次々と砲弾が撃ち出される。

 

撃っているのは、〈三式弾〉と呼ばれる種類の実体弾だ。無数の小さなタマが詰まった砲弾を撃ち出し、時限信管で炸裂させる。打ち上げ花火のようにタマが球状に広がって、数百メートルの範囲の敵を打ち砕く――〈ヤマト〉はいま宇宙から、それをタイタンに〈打ち下ろして〉いるのだった。

 

狙うのは古代の〈ゼロ〉に群がる敵の戦闘機群。元よりたいして命中率の高い兵器などではなく、一発二発タマが当たれば戦闘機が墜ちるというものでもないが、それでも敵を追い散らすだけの役には立つはずだった。

 

近くで砲弾が炸裂するだけで衝撃はかなりのものだ。古代を追っていた者達は、慌てふためいて逃げ出した。

 

〈ヤマト〉の第一艦橋では、南部がコンソールに取り付いて忙しく手を動かしている。〈ヤマト〉の速度と進行方向。めまぐるしく変化する数字の先を読みながら、古代の〈ゼロ〉に当てることなく敵の動きを予測して、千分の一秒単位で時限信管を調整して各砲台に指示を送る――神業と呼ぶべきほどに高度な数学の才を要求される仕事だが、それをやってのけるところが南部が砲雷長として艦橋にいるゆえんだった。

 

しかしまだ、それだけではない。南部には、他にも気を配らねばならないことがあった。

 

「各砲とも、砲身が焼き付き気味です。あと何発も撃てませんが……」

 

「さんざん試射した後だからな」沖田が言った。「もういいだろう。撃ち方やめ」

 

「撃ち方やめ!」

 

砲塔が沈黙する。そうなのだった。試射でかなりの数を撃ち、次にガミラス駆逐艦を砲撃し、そして今の三式弾――短時間に撃つだけ撃った〈ヤマト〉の砲は今や過熱状態だ。大艦巨砲主義の宇宙で、強力な砲を持つ〈ヤマト〉は無敵に近い存在となりうる。とは言えそれは、砲身がもつ間に過ぎない。ガンガンぶっぱなしていればすぐに砲はオーバーヒート。撃とうにも撃てなくなってしまうのは()に当然のことなのだ。

 

〈ヤマト〉が一度に相手取れるのはせいぜい十隻、たとえ小物の駆逐艦でも三十が限度だろうと推定されていた。それ以上は砲が焼き付き、魚雷やミサイルも底を尽いてしまうだろう、と。

 

このタイタンの周辺に敵が集まりつつあるが、〈ヤマト〉の砲雷はもう役に立たない。各砲ともにあと数発ずつしか撃てず、一隻沈められるかどうかも怪しい。ましてや大型戦艦を二隻三隻相手取るなど――。

 

今はできるわけがない。当然ここはもう逃げる一手以外に残されていないのだ。グズグズすれば敵はどんどん数を増やすに違いなかった。

 

にもかかわらず〈ヤマト〉はタイタンに近づいている。艦橋の窓にはオレンジ色の星が一杯に広がっていた。その厚いもやの中にもう今にも突っ込みそうだ。

 

「古代は無線を切ったままか」

 

沖田が言うのに相原が応える。

 

「呼びかけてはいるんですが……」

 

「それでも上昇はしています」

 

と森の代理が言う。スクリーンには、タイタンの大気圏を脱すべく加速上昇する〈アルファー・ワン〉の指標が表示されていた。だが進路は横にそれ、〈ヤマト〉から離れ去ろうとしている。

 

南部が言う。「何やってんだあいつ?」

 

「おそらく目がよく見えないのではないでしょうか」新見が言った。「あれだけ機体を振り回したら、Gで視力はほとんどなくなってしまうはずです。脳に酸素が送られず、判断力も失われているものと……」

 

「まずいな」と真田。「それで着艦させられるのか」

 

沖田が言う。「とにかく、前に出て誘導するしかあるまい。太田、進路を計算しろ」

 

「はい。ですが、あまり手間取るようだと……」

 

「わかっている」沖田は言った。「古代を置き去りにせねばなるまい」



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突破口

〈ヤマト〉がタイタンに近づいたのは、決して古代を救けるためばかりではなかった。それがこの場を切り抜けるひとつの方法だったからだ。

 

今、タイタンのまわりには、敵の駆逐艦がワープで続々と出現し、〈ヤマト〉を囲い込もうとしている。駆逐艦一隻一隻は怖くはないが、問題はそれが撒いてくる宇宙爆雷だ。無数の爆雷をまさに網の目のように宇宙に張り巡らすことで、〈ヤマト〉を中に封じ込め逃げられなくさせようとしている。そのうえで数隻の戦艦をもって、〈ヤマト〉を嬲り殺す気なのだ。

 

これに対して〈ヤマト〉の主砲はダウン寸前。いかに強力であろうとも、今や戦艦数隻どころか、一隻さえロクに相手にできはしない。

 

だが逃げ道はなくはなかった。駆逐艦による爆雷の網など、短時間にそう広範囲に広げられるわけもない。そこで沖田が選んだのが、一度タイタンに大きく近づき、古代を拾って敵のいない宙を見つけて一気に加速、この場を脱出する道だったのだ。

 

敵は〈ヤマト〉がコスモナイトを採りに来たのはもう知っている。だがそれでも、古代の〈ゼロ〉が石を運ぶ役を(にな)い、そのため大気圏離脱に手こずっているとはまだ気づいていないものと考えられた。古代の飛び方があまりに妙で、十五に追われて墜ちずに済むとは奇跡に等しく、誰にとっても予想外に違いないというのもある――つまりむしろ、古代の方が、自分ではそれと知らずに〈ヤマト〉のための突破口を切り開いていたと言えた。

 

そして沖田が、見逃すことなくそれをただちに利用する手を考え出した――〈機略の男〉と呼ばれる沖田ならではの瞬時の判断と言うべきか。

 

敵が気づいていないなら、古代を救けて石を手にし、同時にこの場を切り抜けるチャンスも得られる見込みがある――〈ヤマト〉が今、〈ゼロ〉を着艦誘導すべく動いているのはそうした理由からだった。

 

だが肝心の古代が今、〈ゼロ〉をまともに操縦できないと言うのでは……今の〈ヤマト〉が古代に与えることのできる時間はほんのわずかだった。手間取るならばこちらがタイタンの大気圏に突っ込んでしまいかねない。そうなったら足を取られて〈ヤマト〉は速度を失ってしまう。加速して逃げるつもりができなくなるのだ。

 

そんなところに真上にでも敵に出現されたなら――そのときこそアウトだった。〈ヤマト〉の主砲副砲は、高い仰角を取ることができない。直上(ちょくじょう)を攻撃できるのは、対空用の煙突ミサイル程度なのだ。大型戦艦の装甲に傷も付けられるものではなかった。

 

〈ヤマト〉はすでに、このタイタンの宙域で危険を冒し過ぎていた。〈ゼロ〉が着艦できなければ、古代とコスモナイトを捨てて離脱する他にない。

 

今、〈ヤマト〉は島の操縦で、〈ゼロ〉の前に出るべく進んでいった。艦橋の窓には緩やかな弧を描くタイタンの輪郭。〈ヤマト〉は大気の上層部ほぼスレスレのところにあり、ともすればオレンジ色の海の上を船が進んでいるように見えた。

 

その〈ヤマト〉に古代は気づいているのかどうか……〈ゼロ〉はヨロヨロと機体を揺らし、横に進路をそらすような動きをやめない。相原の呼びかけにも、古代は無線を切っているままだった。



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限界

息ができない。

 

まるで体が呼吸の仕方を忘れてしまったようだった。どこかで菅がふさがってるか、肺がスイッチを切ってるか――何より酸素を必要とするこのときに、体が深く取り込もうとしてくれない。古代は浅く息をつくのがやっとだった。

 

目が見えない。かすんで計器が読み取れない。自分がどこをどう飛んでいるのかまるでわからない。宇宙だ。それはどうやらわかる。下にタイタン。青い(かすみ)に縁取られたオレンジ色のもやの固まり。その弧を描くもやと宇宙の境界線が窓に傾いて見えている。

 

なんで傾いているんだっけ。そうだ、片方の翼にだけ荷を吊るしているからだ。ガタガタと機の振動が伝わってくる。無理な機動をあまりに長く続けたために、あちらこちらにガタつきを(しょう)じさせているのだろう。あれだけの敵に狙われたのだ。何発かビームのタマも喰らっているに違いないと古代は思った。

 

あらゆる意味で飛んでいるのが不思議と思える。この〈ゼロ〉は今、バラバラに空中分解したとしてもおかしくない。船を出るとき整備員に言われたな。無理に機首を上げ下げすればでんぐりがえると。今のこの機をほんのちょっとズームかダイブさせたならば、間違いなく――。

 

こいつはあと、どれだけもつんだ。機体や翼だけじゃない。燃料は? もう底を尽いてるはずだ。なのに計器を読むこともできない。

 

視界がかすむだけではない。そちらにめぐらそうとしても、頭も目玉も動いてくれない。自分にはもう、それだけの力も残ってないらしい。

 

頭が重い。ぼんやりとして、ものを考えることができない。たぶん、一度うなだれたら、もうそれっきり心臓も止まってしまいそうな気がする。

 

疲れた。おれはこのまんま、眠るようにして死ぬんだろうか。

 

そう思った。そのときだった。窓の向こう、正面に、光るものが現れた。どうにか見える。それとも、ただの幻覚かな。ひょっとすると、天国か何か、迎えの光なんだろうか。

 

「古代サン!」アナライザーが言った。「〈やまと〉デス! 前ニ〈やまと〉ガ!」

 

「やまと?」

 

「発光信号デス! 『誘導スル。着艦セヨ』」

 

古代の視界の中で突然、前方の光が大きな船の形を取った。メインの波動エンジンと、下にふたつの補助エンジン。そして無数の標識灯。

 

〈ヤマト〉だ。さらに、アナライザーが言う信号らしき点滅する光もまた、かすむ視界に見て取れた。

 

「着艦しろ?」古代は言った。「けど――」

 

――と、後ろでエンジンが()き込んだ。〈ゼロ〉の機体がガクンと揺れ、下に落ちていきそうになる。

 

一瞬止まったエンジンはすぐ回転を取り戻した。〈ゼロ〉の機体が持ち上がる。

 

「今ノハナンデス?」とアナライザー。

 

「燃料がないんだ」古代は言った。「もう何分も飛ばないぞ」

 

 

 

  *

   

 

 

〈ヤマト〉艦底にブラ下がったようにある第三艦橋は、艦載機離着艦のための管制塔を兼ねている。今、管制室内には、古代の〈ゼロ〉を着艦させるべくクルーが機器に取り付いていた。後ろで加藤と山本と森、さらに数名の人間が状況を見守っている。

 

オペレーターが言う。「〈アルファー・ワン〉のエンジンが一度止まったようです。おそらく燃料切れではないかと……」

 

「まずいな」と加藤が言った。「なら、あと五分も飛ばん」

 

森が言う。「切れたらどうなるの?」

 

わかりきったことだった。加藤は手振りで、機が墜落するしぐさを見せた。

 

「まだタイタンの重力を脱し切ってないんです。おそらくあの〈ゼロ〉は今、大気圏再突入に耐えられない。突入角度が深過ぎて途中で燃え尽きるか、そうなる前にバラバラになるか……」

 

管制員のひとりが言う。「〈ヤマト〉がここにいられるのも限界だ。どちらにしてもそれがリミット……」

 

「あと五分……」森は言った。「降りられるの?」

 

「わかりません」山本が言う。「隊長次第です」



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エンジンを手でまわしても

またエンジンが咳き込んだ。古代は必死に燃料計に目をこらした。目盛りは《E》を示している。計りに出ないわずかな燃料だけで飛んでいる状態だ。

 

「舵が利かない……」

 

古代は言った。操縦桿をひねってみるが、宇宙空間機動用の姿勢制御ノズルが火を噴く気配はなかった。そこに燃料が送られてないのだ。

 

これでは着艦させようにも、機を〈ヤマト〉の方向に持っていくことすらできない。着艦誘導装置のスイッチを入れた。ヘッドアップディスプレイに十字のサインが出る――らしいが、よく見えない。縦と横の二本の線を中心に合わせ、〈ヤマト〉に近づくことができれば、後は船のクレーンアームが〈ゼロ〉を捕まえてくれるのだが、どうすりゃそこへ持っていける?

 

たとえ近づくことができても、失敗すれば〈ヤマト〉の船体に突っ込むことになるだろう。あの船の装甲は頑丈だ。こいつがちょいとぶつかったくらいじゃほとんど傷もつかないだろうが、こっちは踏んづけられたビールの空き缶みたいにペシャンコということになる。

 

見えた。縦と横の線。どちらも画面の隅っこになってる。ピッチスケールの水平線も傾いている。つまりこの線をまっすぐに直して、縦横の線を〈ヤマト〉に届くまでに真ん中へ持っていけばいいわけだ……って、そんなの、どうやって?

 

操縦桿の上に付いたトリムスイッチを動かしてみるが、進む方向を指し示すベロシティのマークは揺れもしなかった。着艦誘導システムは機体の制御が不能であるとの文を画面に表示させるだけだ。

 

また目眩に襲われた。まるでフライトシミュレーターを生まれて始めて経験したときに戻ったような気分だった。いいかげんフラフラの頭の中の脳ミソが溶けて、耳の穴から流れ出るんじゃないかと思える。

 

コンピュータが機を操ってくれないのならすべてを自分でやるしかない。こういう場合、一体どうすりゃいいんだっけ。わかんないや。忘れちゃった。たぶん、スティックをこうひねり、ペダルをこう踏みゃいいのかな。でも、これはひねり過ぎても、踏み過ぎてもいけないはずだな。どちらにしても体がもうクタクタで、動かそうにも動けないぞ。

 

いかん、また目がぼやけてきた。ディスプレイの線が見えない。代わりにどうやらその向こう、遠くに浮かぶ〈ヤマト〉に焦点が合ってきた。メインエンジンと補助エンジン。もうだいぶ大きく見える。そしてチカチカとまだこちらに信号を送ってきているらしい光もある。

 

ちくしょう、と思った。ここまで来たと言うのに……あとほんのちょっとじゃないか。

 

操縦桿を握る手に力を込める。が、動かない。懸垂か、重いダンベルでも持ち上げようとしてるようだった。力が出ない。入らない。

 

ふと頭に、船務長の森とかいうあの士官の顔が浮かんだ。なんだろう。こんなときになんだって、よりによってあんな女が。

 

情けない男よね、という顔してる。しっかりしなさいよ。荷物運びもできないの。あなたそのためのパイロットでしょ。

 

ちくしょう、とまた思った。見てろよ、あいつ、名前なんて言ったっけ。ユキか。ユキ。漢字でどう――いいや、そんなの。ユキさんよ。おれのことがさぞかし気に入らないんだろう。なんとでも思ってくれていいけどな。

 

ああ、おれはがんもどきだよ。荷物運びで悪かったな。今からその力見せてやる。

 

息を吸うんだ。吸って、吐いて、血に酸素を取り込ませろ。機を飛ばすのは結局それだ。おれの心臓が眼と脳と、そして手足に血を送る。それがこの機体を宙に浮かせるんだ。〈ゼロ〉よ、飛べ。あとほんのちょっとだろうが。

 

お前ならやれる。燃料が無くなったら手でエンジンをまわしてでも、翼を掴んで羽ばたかせてでもおれが飛ばし続けてやる。だから飛ぶんだ、〈ヤマト〉のあの光まで!

 

操縦桿を動かした。しかし機体は向きを変えない。舵がまるで利いていない。もう完全にイカレてしまったか。

 

いや、少しずつ、ジリジリと、機首を動かしたようだった。タイタンの大気上層部のわずかな水素とアセチレンガスの(かすみ)を動翼が掴み、斜めに(かし)いでいた機体をゆっくりと起こしていく。〈ゼロ〉は〈ヤマト〉に、徐々に、徐々にと機首を巡らせ始めた。



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傍観

管制室のスクリーンに、古代の〈ゼロ〉を捉えた映像が映し出されている。真正面から見る〈ゼロ〉は、やはりカニかエビか何かの甲殻類が脚を広げているかのようだ。

 

その身をグラグラと揺らしながら、カメラの方向――つまり、〈ヤマト〉に向かってくる。本来ならば水を噴射することで前に進む生き物が、それができずにヨタヨタと脚を動かしてるようだった。

 

「がんばれ、もう少し、もう少しだ!」

 

着艦作業のオペレーターが言っている。その声は通信を切ったままの古代に届いてないはずだが、それでも彼は言い続けずにいられないようだった。その横で艦橋との連絡員が、

 

「こちら管制室! 船の速度を落とせないのか! ちょっとでいい!」

 

それに対して、艦橋から島の声が、

 

「無理だ! これ以上はこっちが下に落ちちまう!」

 

〈ヤマト〉は今タイタンの大気上層ギリギリにいる――言わば水面スレスレを飛ぶグライダーか人力飛行機のようなものなのだ。少しでも高度を落として濃い大気に触れたなら、つんのめるように速度を落として下に潜っていくだろう。今の島は失速寸前の船を操っているのだった。この状態もあと何分ももちはしない。

 

そして何より、〈ゼロ〉の燃料が尽きるまで果たして一分あるかどうか――それまでに古代が着艦できるかどうか、その瀬戸際と言うわけだった。

 

森はこの管制室にクルーが集まっているのを感じ取っていた。誰もが成り行きを見守っている。決して〈ゼロ〉がコスモナイトを運んでいるからと言うだけではない。あのなんとも得体の知れない古代進という人間が、この〈ヤマト〉に士官として乗り組む資格のある者なのか。それも、沖縄の千人と、本来隊長になるはずだったエースパイロットと引き換えにしても――それを見届けに来ているのだ。誰もがそういう顔をしていた。

 

加藤と山本。その後ろにも、タイガー隊のパイロット達が集まっている。全員がモニタースクリーンの中の〈ゼロ〉を見つめている。声援を送るべきなのか、いっそ墜ちればいいと思うべきなのか、計りかねている表情で。

 

一対十五で逃げ切って、どうやらもう満足に飛ぶこともできないらしいその機体で、今〈ヤマト〉に荷を持って必死に帰り着こうとしているこの古代進という男はなんなのだ――皆がそう考えている。皆、自分と同じように――森は思った。古代進。こいつ、一体なんなのよ、と。

 

ただのがんもどきじゃなかったの? 島と新見に聞かされた言葉の意味がようやくわかりかけてきた気がした。死なすのは惜しいとされた人間――それはただ、『腕がいい』と言うだけの意味かと思っていたが……。

 

違うのか? 古代にはそれ以上のものがあると言うのか? 艦長はそれを見抜いたから古代を航空隊長にした?

 

そんなことがあるだろうか? 人を見る眼のある者には、古代という男が持つ何かが見える? だからこれまで生かされてきた?

 

森は横にいる山本を見た。一心にモニターを見つめている。もう三週も訓練に付き合っているのだから、古代から何かを感じ取っていると言うのか。だから信じているのだろうか。古代ならば鉱石を持って必ず船にたどり着くと。

 

しかし〈ゼロ〉の燃料はもう残ってないらしい。そして機体はコントロールができぬ状態にあるらしい。着艦アームに食いつこうとエビ型の戦闘機がもがいている。その映像がモニターに映る。エンジンの噴射は途切れ途切れ、機の動きはグラグラだ。

 

今や〈タイガー〉のパイロット達全員が、拳を握ってそのようすを見守っていた。彼らは皆、今日まで古代を無視していたと聞いていたが――しかし今は、口に出して言う者がいる。右だ、もう少し右、などと――行き過ぎだ、左だ、そうだ、そのまま突っ込め!

 

「捕まえた!」着艦作業員が叫んだ。「やった! フック接合!」

 

おお、というどよめきが起きた。着陸脚を降ろした〈ゼロ〉が、離着艦台にそのエビの頭のような機首を突っ込ませるようにして接地する。

 

バタバタ跳ねつき落っこちそうになりながらもなんとか踏みとどまった。同時にそのエンジンが、最後っ屁とでもいう感じの音を一発鳴らせて止まる。

 

「やった……」

 

誰かがつぶやく。呆然とした声だった。

 

だがその声だけだった。〈ゼロ〉が着艦を果たしたと言っても、歓声を上げる者はひとりもいない。いま見たものが信じられない、どう受け止めていいのかまだわからない、そんな眼をして誰もが顔を見合わせていた。特に〈タイガー〉のパイロット達が、戸惑いを隠せないようすだった。

 

当然だろう。なんと言ってもこれをやってのけたのが、彼らがまだ隊長と認めていないあの古代進なのだ。

 

そしてエースの集まりであるこの者達が、すぐに古代を見直すとも思えぬが――森は、自分はどうなのだろうと思った。古代という男を認め始めている? いや、まさか。やはりこれ一度のことで――。

 

「〈アルファー・ワン〉、着艦完了! これより収容に移ります!」 

 

着艦作業員が叫んだ。すぐ艦橋から『了解』の返事が返ってくる。

 

さらに沖田の声がした。

 

『艦長より全乗組員へ! これより全速で敵を(かわ)し、タイタンの重力を逃れ次第ただちにワープでこの宙域を脱出する! 総員配置にて備えよ!』



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勝敗を決めるもの

メインとサブの三基のエンジンが唸りを上げ、〈ヤマト〉の巨体をグイグイと加速させ始めた。前方にいま敵はない。まっすぐには進めぬ〈ゼロ〉を救けるべく動いたことが幸いし、船の進路を敵に予測できないものとしていたのだ。タイタンを下に見ながら船の上方を見上げれば、十数隻の駆逐艦が隊列を組んで広がっている。だがこいつらはどれだけいようと恐れるにはあたらない。近寄れば主砲で串刺しにされるだけと知ってそもそも〈ヤマト〉の前にまわり込もうとはして来ない。

 

大型の戦艦や重巡は、皆〈ヤマト〉の後方にいた。舳先を巡らし追ってこようとしているが、ひとたび全力を出し始めた〈ヤマト〉について来られるような大型艦は、少なくとも今の太陽系にいるガミラスの中に存在しない。

 

〈ヤマト〉の強い加速力の秘密は補助エンジンにある。〈補助エンジン〉は名前の通りメインエンジンを補助するものだが、戦闘時にこそ、その力を最大限に発揮するのだ。

 

小型ながらに高出力。ガミラスにない地球ならではの技術によって、全開時には二基合わせてメインエンジン一基のそれを超えるほどの推力を生み出し、三基合わせた圧倒的なパワーを以て重い船を進ませる。

 

離脱に備えて力を温存させていたそれらのノズルがいま咆哮を上げながら炎を後ろに送っている。今の〈ヤマト〉は太陽系で最も速い軍艦であり、敵ガミラスにその力を見せつけながらタイタンを離れつつあった。宇宙空間の船対船の戦闘で勝敗を決めるものは何よりも砲の火力と船の速度だ。高速を以て敵の船に襲いかかり、素早く離脱し次の敵を追える〈ヤマト〉はまぎれもなく無敵と言える船だった。とは言えそれも、加速を生み出すサブエンジンが焼き付くまでの話なのだが――。

 

〈ヤマト〉の最大戦速は決して長くは維持できない。何十隻も次から次に追いかけるには至らないのだ。今この状況においてもやはり、多勢に無勢と呼ぶしかなく、せっかくの推力も逃げるだけの役にしか立たない。

 

しかし、それで構わなかった。タイタンの重力圏を脱出してワープ可能な宙域に〈ヤマト〉を到達させるのに、補助エンジンは充分な力を有していた。沖田の采配でこの窮地を脱した〈ヤマト〉は、追いすがるガミラス艦隊を引き離し、タイタンをみるみる小さくオレンジ色の小さな豆に見るところまで遠ざけると、さらに遠くに土星の輪を見る空間に歪みを作ってその中に消えた。

 

ワープによって別の空間に去ったのである。こうなるともうガミラスに後を追うことはできない。追ってワープしたならば、いずれは火力を取り戻す〈ヤマト〉の主砲の餌食になるのはわかりきったことだからだ。宇宙空間の戦闘を決めるものは砲の火力と船の速度の他に、もうひとつ――それは何より、結局のところ、『逃げるが勝ち』なのである。



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生還して

翼をたたんだ〈ゼロ〉が格納庫に入ってくる。タイタンの大気の中を抜けてきた機体は全体が(すす)けていたが、一見するところでは大きな損傷はなさそうだった。左の翼に大きな貨物ポッドを吊り下げ、その重みで少しそちらに傾いている。

 

狭い庫内にクルーが大勢集まっていた。着艦作業員に救護要員。整備員に万一の際の消防員……それにもちろん、森・斎藤・山本以下のコスモナイト採掘チーム。さらに加藤とタイガー隊のパイロット達。

 

そして真田も、新見を連れて格納庫にやって来ていた。何より〈ゼロ〉のコンピュータとアナライザーが持つデータを回収する目的で。

 

彼らはすでに斎藤から、『ガミラス兵を見た』との報告を受けていた。やつらが酸素を吸うらしいということも……ひょっとしたら古代も何か記録を持ち帰っているかもしれない。そう考えてふたりで降りてきたのだ。

 

「十五対一だぜ。信じられねえ……」

 

誰かがつぶやいた。全員がエビの頭のような〈ゼロ〉の機首の上にあるコクピットのキャノピーを見上げる。中の古代は席にベルトで固定され、ヘルメットの頭をガックリうつむけさせて動かない。

 

「生きてるのか?」

 

とまた誰かが言った。実際、普通の人間ならば、死んでいても不思議はなかった。高いGと無重力の連続でまともに血を送れずにいた心臓が、急に重力が普通に戻ったのにビックリして止まるとか、あるいは脳に大量の血が一気に流れ、頭蓋骨の中が麻婆豆腐になってしまうとか――。

 

軍人として宇宙艦艇に乗る者ならば、誰でも耐G訓練は受ける。その苦しみと危険を知ってる。古代が今くぐり抜けてきたものが、通常の訓練レベルをはるかに超えた世界であるのは、誰もが理解することだった。

 

救護員が機体に手をかけよじ登ろうとしたときだった。〈ゼロ〉のキャノピーが開き、古代が中で頭を上げた。

 

「あー……」ヘルメットを脱いで言って、それから、「腹減ったな……」

 

見守っていた全員が、ムッとした顔になった。

 

古代は気づいてないらしい。ボンヤリした顔でしばらく庫の天井を見上げていたが、ふと視線を横に向け救護員を間近に見た。「わっ」と驚きの声を上げ、それから庫内に人がヒシめいているのに始めて気づいた顔になった。「わわわ」と言ってキョロキョロ見まわす。

 

「な、な、何。何がどうしたの」

 

救護員が言う。「大丈夫ですか」

 

「何が? おれ? ダダダ大丈夫ですよ」

 

「ならいいですが……出られますか?」

 

「出れますかって……ここから? 出れる。出れますよ、もちろん……あれ? あれあれ? なんだこれ。おかしいな。出らんない。何がどうしちゃったんだ」

 

「たぶんベルトが締まったままなんだと思いますが」

 

「ははは」笑った。「わかってる。わかってるって……ベルトがね。この金具を外せばね。ちゃんと出られるんだから……ええと、ちょっと待っててね」

 

「ホントに大丈夫なんですか?」

 

「だいじょぶだって。ただ、ちょいと、こいつが、この……おっ、解けた。解けたぞ! ホラ。ちゃんと、外せましたよ。後はこっから出りゃあいいんで……」

 

「ちょ、ちょっと。あまり無茶はしない方が……」

 

下ではみんなハラハラ顔になっている。古代はゴムの人形がぺったんぺったん動くような手取り足取りでコクピットから這い出してきたが、

 

「わわわわわーっ!」

 

と叫んで機から転がり落ちた。救護員が総出でその身を受け止めて、人間の潰れた山が出来上がる。

 

「医務室に連れていけ!」

 

ストレッチャーに載せられて、古代は庫から運ばれていった。

 

残る者らはアッケにとられてそれを見送る。そこへまた、〈ゼロ〉の中から「フウ、ヤレヤレ」と声が聞こえた。

 

アナライザーだ。みっつに分かれて漂い出てくる。しかしそのフワフワ加減も、普段よりヨロヨロだ。

 

「ワタシモ目ガ回リマシタ。点検ガ必要デス……」

 

「アナライザー!」森が駆け寄った。「ありがとう。命の恩人ね」

 

「イヤア、何。当然ノ事ヲシタマデデス」

 

言いながら森の体に触る。森がニコニコしていると、手はだんだんズレていってそのお尻を撫で始めた。

 

「どこ触ってんのよ!」

 

森はロボットの手を叩いた。

 

「当然ノ事ヲシタマデ……」

 

場の者達がそれで笑った。森も拳を上げたものの、「もう!」と顔をふくれさせつつ手を下ろした。

 

「とにかく、これでコスモナイトも確保できた」

 

真田が言うと、斎藤が「ええ」と言って頷いた。

 

「ふたりの犠牲と引き換えにした石です。無駄にはできません」

 

「そうだな」

 

と言った。採掘員が数人がかりで早速ポッドの取り外し作業に入る。その全員が複雑な思いでいるのが動きや顔の表情から見て取れた。

 

それはそうだろうな、と真田は思った。仲間ふたりの命と取り替えにした鉱石だ。古代が無事に届けたのはいいとしても、単純に喜べるものではあるまい。

 

ふたりが死んだ――それは決して、数字だけの問題ではないはずだった。生き残った者は皆、錯綜する想いにとらわれている。アナライザーが場をなごませていなければ、オイオイと泣き出していても不思議はない。

 

〈運が良かった。まかり間違えば死んでいたのは自分かもしれない〉――そんな考えも一方にはあるだろう。〈自分は死なずに生きて帰って来れた〉との思いは、しかし、〈仲間を死なせておめおめと自分は帰ってきてしまった〉との思いにすり替わる。自室に戻れば、『すまない、次はオレも行くぞ』と写真に向かって語るようになるかもしれない。この〈ヤマト〉は間違いなくそういう船なのだから。オレは死んでも構わない。船が任務を果たして地球に戻れるのなら、と――。

 

真田はまた、貨物ポッドに眼を向けた。今日の任務を最終的に果たしたのは古代だった。やれがんもどき、疫病神と避けられて、艦内の異端児だった古代進。このことは今後どんな意味を持つ? 森などは特に古代を毛嫌いしていたはずなのに、医務室に運ばれてくのを心配げに見送っていたが。

 

とは言っても、これでクルーの古代に対する見方が一変するとも思えない。ヘタをすると艦そのものが敵に殺られかねなかった。やっぱりあいつは疫病神だということにさえなりかねない気もするが――。

 

「なあ」

 

と加藤がアナライザーに言うのが聞こえた。

 

「そのポッドだけど、なんでそんな片側にだけ吊るしてるんだ? 向こう側のは落としたのか」

 

おや、と真田は考えて、すぐ『そうか』と思い直した。加藤はポッドが一本だけになったなんて事情は知らない。

 

それにまた、加藤の疑問がもっともだと言うのもわかった。どうしてこんなバランスの悪い積み方をしている?

 

「イヤア、モトモト一本デスヨ。ツイウッカリソコニ吊ルシチャッタンデ……」

 

「『ついうっかり』って、こんなんじゃまともに飛ばないだろう」

 

「マッタク、ヒドイ乗リ心地デシタ。オカゲデワタシ乗リ物酔イデス」

 

「って、こんな機で敵を振り切ったのか?」

 

「ソウデスガ、何カ?」

 

とそのとき、貨物ポッドが重たげな音を立てて取り外された。その反動で(かし)いでいた〈ゼロ〉の機体が大きく揺れる。

 

場の全員がそれを見た。事の異様さにあらためて気づかされた顔になる。

 

「嘘だろ……」タイガー隊のひとりが言った。「こんなんじゃ、機の性能は半分以下に落ちるはずだ……」

 

またひとりが、「なんでそれで、十五も相手に逃げ切れるんだよ……」

 

真田の横で、新見も目を見張っていた。こんな機体がまともに飛ぶはずがないのは誰でもひとめ見てわかる。なのに古代はこの〈ゼロ〉で、十五の敵に追われながらに生還を果たした?

 

信じられん、と真田も思った。戦闘機の性能はガミラスより地球の方が上であるとも言われている。ましてや〈ゼロ〉は最新鋭機。主に対艦攻撃用で、敵戦闘機とは格闘などするよりも振り切ってサッサと逃げるように造られた機体だ。

 

全速力で上昇すれば、敵がどれだけいようともついて来させず〈ヤマト〉にたどり着けたはずだった。だから沖田はあのとき古代に荷物を捨てろと命令したのだ。

 

古代はそれに応えることはなかったが――あのとき、実はこれほどのハンデを抱えていたと言うのか。

 

貨物ポッドを吊った場所が胴体下の真ん中ならともかくだ。たとえ陸上選手であろうと、重い荷物を片手だけに持ったなら満足には走れない。わかりきった話だった。どうしてこの状態で、十五相手に渡り合えた?

 

「ひでえもんだ。ここなんかベコボコになっちまってるな」

 

整備員が荷を降ろした後の翼を調べながら言った。外板にあちこち歪みが出ているらしい。

 

「こりゃあ、中の骨はガタガタ……翼は全部取っ替えなけりゃいけないでしょうね」

 

加藤が言う。「機体構造の限界を超えて振り回したのか」

 

「そうですね。こいつはきっと、空中分解寸前だったはずですよ。よくたどり着けたもんだ」

 

「翼がそんな具合なら、舵もバカになっていたはずだな」

 

「ええ」

 

と整備員。また〈タイガー〉のパイロット達が顔を見合わせた。

 

「そんな機で着艦したって言うのか……」「一体どんな腕なんだよ?」「体力だって限界超えていたはずだろ?」

 

口々に言う。トップガンパイロットの彼らでさえもまさかと呼ぶのは、一対十五で逃げ切ったことだけではないようだった。舵の利かない機を操って着艦する――その状況のあり得なさを、彼らはその身でよく知っているのだ。

 

宇宙戦闘機は船に近づき着艦アームに取り付けば、後はクレーンが機体を中に引っ張り込んでくれるようになっている。しかしそのドッキングが、針の穴に糸を通すようなものなのだ。小型の練習機でさえそれは難しいのに、〈ゼロ〉など普通の人間にはとても遂げられるものではない。

 

なのに古代は、今日それを、この状況でやったと言うのか――片側だけに荷を吊るしたアンバランスな状態で、舵の利かないガタガタの機体を操り、十五機相手に逃げた後の疲労困憊でいた体で――。

 

タイガー隊員らの驚きは、他の者達に伝わっていった。森も新見も、愕然とさせられたように開いたままのキャノピーを見ている。古代がいたコクピット。

 

「ほんと信じられねえなあ」

 

と、整備員があらためて言った。

 

「タマを一発でも喰らっていたら、こいつはバラバラになってたろうけど、でもどこにも受けてない。あれだけ追い回されたってのに……」

 

「何?」と加藤。「タマを受けてない?」

 

「ええ。見てわかりませんか? (すす)でだいぶ汚れてるけど、ビーム傷は受けてません。機のどこにも、一発もね」

 

一瞬、場がシンとした。庫内の空気が急に無くなったみたいだった。全員、呼吸を忘れた顔で目を丸くして、それから声を揃えて叫んだ。

 

「ええーっ!」



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佐渡先生

目が覚めたとき、感じたのは匂いだった。石鹸や芳香剤の香りに似てるがどこか違う。目を開けると見覚えのない天井があった。古代はベッドに寝かされていた。まわりを白いカーテンが取り囲んでいる。

 

病院みたいだな、と思ってから、まさに病室なのだと気づいた。手を伸ばして横のカーテンをめくってみる。

 

やはり船の医務室だ。匂いは薬の混じったものだ。それに酒。白い軍医服の男が、椅子の上に胡座(あぐら)をかいて座っていて、一升瓶からコップに酒を手酌にして飲んでいる。見事にツルツルのハゲ頭だ。

 

古代を見て言った。「おう、気づいたか」

 

気がついてないかもしれないな。おれ、夢を見てるんちゃうか。「あの……」

 

「どれ、ちょいと診ちゃろうか」

 

立ち上がったが、ひどい短足、そしてガニ股の小男だ。座ってるときとあまり背が変わらない。古代の方にユラユラと酔った足取りでやって来る。

 

「わしゃあこの船の医者で、佐渡酒造ちゅうもんじゃ。専門は動物じゃがな。だが安心せい。人間も豚も似たようなもんじゃ。人も診れるし酒も飲める」

 

コップの酒を飲み干した。まだ片手に一升瓶をブラ下げている。

 

歳は五十かそこらだろうか。どう見てもただの酔っぱらいのおっさんだ。

 

「ええと、なんじゃったかな。そうそう。お前、なんでかつぎ込まれたんじゃっけ」

 

「さあ。おれに聞かれても……」

 

「だらしのないやっちゃのう」

 

古代の頭をつかまえて目玉を覗き込んできた。酒臭い息がかかる。

 

「ふうん、まあ、大丈夫じゃろ。ちょっと一杯飲んでいけ。わしゃ退屈しとったんじゃ」

 

「は?」

 

聞いたが、佐渡という医師は問いに応えず千鳥足で去っていった。コップを手に戻ってくる。

 

「まったく、こんだけデカい船に、看護士ときたら男ばかりだ。ひとりくらい酌してくれる美人看護婦付けてくれていいじゃろとは思わんか?」

 

「ええと……」

 

と言った。宇宙軍艦の救命士や看護士なんて、腕の太い男でなければ勤まらないに決まってはいる。

 

「ほれ」

 

と言って、(から)のコップを渡された。酒が注がれそうになる。

 

「まあ飲め。米から造った酒じゃ。味は悪くもないぞ」

 

「は? いやあの、酒はちょっと……」

 

「なんじゃと? お前、わしの酒が飲めんちゅうのか」

 

「いえその、おれ、パイロットなんで……」

 

「医者のわしがええちゅうとるんじゃからええんじゃ。男が飲めと言われた酒を飲めんでどうする」

 

「はあ」と言った。「米の酒ですって?」

 

「そうじゃ。今日日(きょうび)は貴重品じゃぞ」

 

そりゃそうだろうが、なんでそんなものが宇宙軍艦の医務室にあるのだ。

 

見たところ、一升瓶にはラベルもない。密造酒か何かだろう。が、今の地球で米やブドウから酒を造ること自体――。

 

いま現在、地下都市では多くの人が酒や麻薬に溺れていると聞いている。軍の内部にもはびこっているが、こうも開けっぴろげなおっさんは見たことがなかった。しかも飲むのが、米の酒?

 

今の地球の地下で穫れる作物のうち、放射能汚染度の高いものは燃料用のエタノールに変えられる。木星の衛星や火星の基地で〈酒〉と呼ばれて飲まれているのは、その純度百パーセントの〈火の水〉をサイダーなどで割ったものだ。古代は何度か試してみたが、うまいと感じたことはなく、耽溺する者の気持ちはわからなかった。年代物のウイスキーなどは貴重中の貴重品だし、地下農場は収穫量が第一で作物の味が問われることはない。まして米など完全に食用。酒造りにまわすなんて話は聞いたことがない。

 

第一、今のこの船だって、〈米〉と称して食われているのは成形されたでんぷんじゃないか。

 

なのになんでそんなものが? しかしなんともいい匂いが鼻をくすぐる。これが本当の酒の香りか……。

 

米の酒ってどんな味がするんだ、と思った。酔い心地が違うなんてことがあったりするもんなのか。

 

まさか、という気はしたが、その香りに妙に魅せられるものも感じた。古代はコップを差し出して言った。

 

「じゃあちょっとだけ」



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酒盛り

『ガミラスがなんでーえっ!』

 

酔っぱらいが(わめ)いていると聞いた途端にわかる声が、壁の向こうから伝わってきた。そのとき森は、船内服の袖に腕を通したところだった。右腕にはかつて母親に斬りつけられた古い傷跡が残っている。

 

タイタンで凍死しかけたのだから念のため診てもらえと指示されて、ちょうど検査を終えたところだった。まわりにいるのは女ばかり。

 

宇宙軍艦において女医や女性看護士は、主に女乗組員を診るためにいる。その区画にその声は、仕切りの上を通して天井から響いてくるようだった。

 

『今日のおれは逃げたんじゃねーぞお! 荷物が重くて傾くから戦わねーでやっただけだい! そうよ、こっちが見逃してやったのよ! そこんとこ間違わねえでほしいよな!』

 

と喚く若い声に、『おうっ、そうじゃ! よう言った!』と、歳を食った合いの手が入る。

 

『でなきゃなんでえガミラスくらい。十五機だろうと五十機だろうとチョチョイのチョイとやっつけてやるってもんよお!』

 

森は驚き、声のする方を見た。しかしまわりの者達は、特に気にしたようすもない。ヤレヤレとばかりに首を振るだけだ。

 

「また佐渡先生ね。若い子にすぐお酒を飲ますんだから」「にしてもまた、ずいぶん威勢がいいわねえ」

 

森はアッケにとられていた。状況にも戸惑わされるが、それ以上に聞こえる声だ。酔いどれ声でも間違いない。これはまさしく――。

 

「ねえ、これって、例のあれじゃない? なんとかいうパイロット」看護婦のひとりが同僚に言った。「今日、十何機から逃げ切ったって――」

 

「あ!」と言われた相手が言う。「そうよ! あのがんもどき!」

 

「タマを一発も喰らわなかったってほんとなの?」

 

女達がたちまち(かしま)しくなった。今日の件は艦内じゅうでもう噂になってるらしい。が、すぐに、森の顔を見て黙り込んだ。全員、森が今日の作戦の当事者だと知っているのだ。

 

『まあ見ていてくださいって。だいたいおれはね、〈がんもどき〉でガミラス三機墜とした男なんですからね。いや三機じゃねえ。何機だっけ。忘れちゃった。とにかく次という次は――』

 

古代の声が聞こえてくる。誰もが目をパチパチさせてそれを聞く。酔っぱらいのうわごとだ。真剣に受け取るものじゃないはずなのに、考えずにいられない。皆そういう心境になってしまったようだった。むろん、森も。

 

古代進は〈グーニーバード〉だ。荷物運びの間抜けな鳥だ――誰もがそう思っていた。士官とは名ばかりの、たまたま〈サーシャのカプセル〉を拾ってきただけのボンクラパイロット。そのはずだった。武装のない輸送機で一度に三機のガミラスを墜とした――そんな話はホラに決まっていると誰もが思っていた。

 

今でもだ。みな半信半疑の顔だ。まあ、腕は、そんなに悪くないのかもしれない。けど()り抜きのタイガー乗りの上に立つほどのわけがない。

 

そうだ。でなけりゃ納得がいかない。あの男が〈コア〉を拾ってきたせいで沖縄基地の千人の仲間が死んだのだから。あの男がひとりで千を超える者だと言うのでもなければ納得なんてできるわけない。

 

この〈ヤマト〉のクルーひとりひとりが皆、千にひとりの人材だった。将校から一兵卒まで、厳しい選抜をくぐり抜け、オレが人類を救うのだという強い意思をみなぎらせて訓練に励んできたエリートなのだ。ここにいる医師や看護士もまた同じ。

 

それを支えた沖縄基地の人員も、決して思いも能力も負けるような者達でなかった。古代進がこの〈ヤマト〉の航空隊長と言うのなら、千掛ける千、百万人にひとりのパイロットだとでも言うのでない限り納得などできるわけない。

 

〈ヤマト〉の士官、それも戦闘機パイロットとなれば、地球に帰れば英雄と呼ばれる者になる。がんもどきが英雄なんて納得できるわけがない。

 

だいたい、あれは、地球人類を救う使命を少しはちゃんと考えてるのか? そんなふうにはとても見えないではないか。古代進はこの船にはふさわしくない。異分子だ。だから疫病神であり、災いをもたらす存在なのだ。そうでなければおかしい。だろう。違うのか。

 

違うはずない――はずだった。

 

なのに、その古代進が、酒を食らって今ゲラゲラと笑ってる。声が聞こえる。まるでこの〈ヤマト〉の航空隊長にふさわしい人間であるかのように。

 

まさに英雄と呼ばれて(しか)るべき人間であるかのように。

 

「あの……」

 

と看護婦のひとりが森に聞いてきた。

 

「今日の話ってほんとなんですか? 十何機に追われてタマに当たらなかったって……」

 

「ええと」と言った。応えるしかない。「まあ……」

 

「じゃ、あれは? 輸送機でガミラス三機墜としたって……」

 

「まあ……」

 

「本当に? でもそんなの、どうやって?」

 

「さあ……よくは知らないけど……」

 

古代の声が聞こえてくる。『あんときゃあね、敵がこう来たんですよ。こう! だからおれがね、機をこうして、こうやったら、敵がこういうふうになって……』

 

「あはは」

 

と森は笑った。新見がコンピュータに向かってカチャカチャと古代のデータを解析していた姿を頭に思い浮かべる。

 

解析を要するデータがあるってことは、要するに、その話は事実なわけだ。古代進は〈がんもどき〉でガミラス三機墜としたのだ。子供が大人三人に喧嘩で勝つようなものではないか。

 

一体どうすりゃそんなことができると言うんだ? 事実であるなら途轍もないことのはずなのに、あのとき新見と話しながら、なぜ考えてみなかった?

 

笑うしかない。だが、笑って済ませることでないのもよくわかっていることだった。

 

今日の作戦ではふたりが死んだ。その責任は作戦を立てた自分にある。人がふたり死んだのだ。地球に帰れば親があり子もいるかもしれない者らが。戦争だから。兵士だから。人類を救う使命を負って旅立つ船に乗る者だから。途中で死ぬのも覚悟の上であるのだから死なせていい――そんなことは決してない。顔も名前もよく知らない人間だからあたしにとってどうでもいい――そんなことがあってはならない。

 

誰かにとってはかけがえのない人間を自分が死なせてしまったのだ、と――そう考えなければいけないのだ。これが笑っていられることか。

 

一度はすべてが台無しになるところだった。採掘したコスモナイトを置いてきてしまったのだ。古代が運んでいなければ、今頃笑っていられるものか。

 

もうあいつをがんもどきと呼べない――わたしにはその資格がない。

 

そう思った。なぜこうなってしまったのだろう。どうしてよく考えてみなかったのだろう。島や新見と話したときに――新見は言った、島は何か知っているみたいだと……そうだ、島は何か知ってた。それをわたしにうまく説明できないで困っているようだった。わたしは自分で質問しておきながら、話を聞こうとしなかった。

 

闘争心に欠けるため補給部隊にまわされた男、だがそれだけではないようだ、と新見は言った。古代を見た何人もが『死なすには惜しい男』と考えたのは確かなようだ。だから今後の戦術のために、あの男を知らなければ、と――。

 

新見が〈ヤマト〉の戦術士ならこのわたしは船務士だ。同じく情報オペレーターで、こちらは船のマネージメント業務をすべき人間。古代進という乗組員をある作戦に使うなら、その能力を知っておかねばならない立場。そうではないか? なのにわたしは、採った鉱石を運ばすことを、たかが運搬とナメてかかった。

 

迂闊に過ぎる。その甘さがふたりのクルーを死なせたと言われても仕方がないのではないか?

 

すべてを失敗に終わらせるところだったと言われても仕方がないのではないか?

 

『佐渡先生。コレハ一体何ガアッタノデスカ?』

 

アナライザーの声がした。やはり壁の向こうからだ。

 

『おう、なんじゃ? こいつなら大丈夫じゃ。これこの通り酒も飲めるぞ』

 

『飲マセテドウスルノデスカ。古代一尉ガ起キタラ艦長室ニ出頭サセヨトノ命令ダッタハズデス』

 

『そうじゃったかな。えーじゃないかそんなことは。それよりお前も一杯やらんか』

 

『ハ? ワタシガソンナモノヲドコニ入レルト言ウノデスカ』

 

『そうだッ! アナライダー、お前も飲め!』

 

『ワワワッ、ソンナ、古代サンマデ! チョット、何ヲスルノデスカ!』

 

『ここです、ここ! このキャップを開けてやれば――』

 

『そうか。しっかり押さえつけとけ』

 

『大丈夫です。こいつはね、こうしちゃえば動けませんから』

 

『ワーッ! ワーッ! ソンナモノヲ混ゼタラ! ヤメテ! ヤメテクダサーイ!』

 

『入れたぞ。これでどうなるんじゃ』

 

『さあ、おれも知りません』

 

『ヒック』

 

『お? なんじゃ?』

 

『ヒック』

 

『しゃっくりしてるみたいですね』

 

『ヒック、ヒック……ウ~イ』

 

『大丈夫かな』

 

『ツ……ツ……ツ……ツ……』

 

『壊れちゃいましたかね』

 

『ツ……ツキガ……』

 

『ん?』

 

『ツ……月ガ~出タ出タ~、月ガ~ア出タ~ア』

 

『おお! こりゃおもしろい!』

 

とうとうみんな、聞いてるだけでいられなくなった。立ち上がって男性区画の方へ行く。

 

そこにはもう、すでに人垣が出来ていた。当惑したクルー達が見守る中で、ヨタヨタと踊る赤いロボットを古代とハゲ頭の医師が笑って囃し立てていた。



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エレベーターのアダムとイブ

エレベーターが運ぶのは、森と古代とアナライザー、それに気まずい沈黙だった。まだときおりアナライザーが、「ヒック」という声を出す。

 

「ええと……」と古代。「すみません」

 

「いいえ」

 

と、森は応える他になかった。古代の酔いを醒まさせて第一艦橋に連れてこい、と――どうしてそんな命令をあたしが受けなきゃならないのか。そう言いたい気持ちもあるが言うに言えない。まったくなんで、こんなことになったんだろう。

 

「ヒック」

 

とアナライザー。このロボットがいるせいで、かえって今、この古代という男と自分はふたりだけなのだ、という思いに強く(とら)われるように感じる。この〈ヤマト〉という船の中で男と女が一緒になれば、誰でもたびたび頭をかすめずいられない想いだ。もし今〈ヤマト〉が敵の攻撃を受けて沈み、このエレベーターが脱出ポッドの役を果たして自分とこの相手だけが生き延びるなんてことになったとしたらどうだろう。それはすなわち、自分達が最後の地球人類になるということを意味するが、同時にまた、ことによるとアダムとイブ――。

 

いや、まさか。よりによってこの古代と。これはあくまで、〈ヤマト〉のクルーであるならば誰でもふと考えることに過ぎないのであって、一体何を考えてんのよあたしはハハハまったくねえ。こいつらが出す匂いのせいでちょっと酔っているんじゃないの。

 

「あの!」

 

と言った。きつい言い方になってしまった。古代がビクリとしたようすで身構える。こちらのことはまるっきり、怖い女としか見てない顔だ。

 

「何か?」

 

「いえ……」

 

と言った。言うべきこと、古代に対して言わなきゃならないことがあるはずなのに言葉にならない。喉に出かかっているというのに。

 

とにかく、言いかけたのだから、何か言わなきゃと考えた。「ええと……」

 

「ヒック」

 

そこでエレベーターが止まった。扉が開く。

 

「ええと……」

 

とまた言った。古代は次の言葉を待つ顔を続けている。

 

結局、首を振るしかなかった。「なんでもない」と言って先にケージを出る。

 

艦橋のクルーらが揃ってこちらを振り向いてきた。斎藤と山本の姿もある。真田と何か話しているところだったらしい。

 

古代は艦橋は初めてのはずだ。逃げ道でも探すようにキョロキョロとする。

 

森は艦長室に通じるマイクのスイッチを入れた。

 

「古代一尉を連れてきました」

 

『ご苦労』

 

と返事。ゴンドラが天井から降りてくる。

 

古代は目をパチパチさせてそれを見て、それから指でそれを差し、『?』という顔を森に向けてきた。

 

森は頷く。古代は次に山本を見て、クルーの顔を見渡して、それから観念したようにやっとゴンドラに乗り込んだ。死刑囚がギロチン台に昇るような感じだった。だがそれだけでは動かない。

 

古代は困った顔をして、体操でもするみたいにゴンドラの上でジタバタとした。

 

森は操作ボタンの位置を指で差し示してやった。古代はやっと気づいた顔で、《昇》のボタンを確かめて押した。ゴンドラが動く。

 

「わっ、わっ、わっ」

 

古代はまたジタバタしつつ、艦長室に運ばれていった。

 

「ヒック」

 

とアナライザー。

 

第一艦橋内になんとも妙な空気が残った。一同が顔を見合わせる。全員、『あれが今日のヒーローなのか』という表情だ。

 

徳川が言った。「艦長、あいつになんの話があるんだろうな」

 

「さあ……」と真田。

 

相原が言う。「通信を切ったことですかね」

 

対して新見が、「あのとき、彼は通信で何を言われても受け止められない状態にあったと思われますよ。『命令に(そむ)く』と言うのと、『聞けぬ状況だった』と言うのは話が違うんじゃありませんか? それを命令違反と言うのは……」

 

太田が言う。「それでも、事実は変わらないだろ。古代が命令に反したと言う……」

 

南部が言う。「けど、おかげでコスモナイトも手に入ったんだぜ」

 

「それに、この情報も」島が言った。メインスクリーンを見上げている。

 

森は気づいてスクリーンを見た。映っているものに驚く。

 

「なんですかこれ!」

 

今さっきタイタンで撮られたものとひと目でわかるオレンジ色の光景だった。ふたりの人物が映っている。古代とわかる黒字に赤のパイロットスーツに向かって、もうひとりが銃らしきものを撃ち放っているところ。

 

「アナライザーの〈眼〉が記録していたもんだ」斎藤が言った。「おれ達が離れた後で、実はこんなことがあった……」

 

「これ、ガミラス?」

 

「顔の部分を拡大します」

 

と新見が言った。古代を撃つ相手の顔がアップにされ、コマ送りに映し出される。

 

森は言った。「まるで地球人じゃないの……」

 

「この映像だけではなんとも言えんがな」真田が言った。「これはやつらに捕まって、脳を改造された地球人だなんてこともないとは限らん」

 

「けど、サーシャという人は……」

 

「そう。サーシャは地球人そっくりだった。だからひょっとしてガミラスも、というのは考えないではなかったが……」

 

新見が言う。「それにどうやらおかしな言葉を話しているようです。これがガミラス語ならやはり……」

 

「とにかくだ」と島が言う。「古代のおかげで、この映像も手に入った」

 

「イエ、ワタシノオカゲデス」とアナライザー。「ヒック」

 

これにはみんな笑ってしまった。森も「そうね」と言って笑うと、アナライザーは尻の辺りに手を伸ばしてくる。森はその手をハネ退()けた。

 

「それに、古代はこんなものを持ち帰った」斎藤が透明な袋を取り上げて見せた。ガミラスの拳銃と(おぼ)しきものが入っている。「分析すれば何かわかるかもしれん」

 

「それは……けど、どうやって……」

 

森は目を見張るだけだった。聞きたいのは、その物から何をどう調べる気なのかと言うことではない。古代が一体どうやってそれを手に入れたかだ。

 

しかし聞くまでもないことだった。アナライザーが〈視ていた〉という映像で、その顛末(てんまつ)が再生されてる。だから見てればいいだけだった。古代に撃たれ、死んだ途端に青い炎に焼かれて燃える敵の兵士。

 

「何よこれ……」

 

「嘘みたいな映像ですね」新見が言った。「古代という人は、もしかすると……」

 

「何?」

 

「いえ、だから、これは分析なんかじゃなくて、『ひょっとすると』の話ですけど……」

 

迷っている調子で言った。全員が彼女を向いた。新見は続けて、

 

「なんと言うか、古代進という人は、状況判断能力に優れているのじゃないでしょうか」

 

「じょーきょーはんだんのーりょくう?」

 

一同みんな、あれがか、という顔になる。今さっきのゴンドラのザマなど思い浮かべたに違いない。

 

「いえ。普段の、じゃないですよ。生か死かの局面に置かれたときという意味ですが……瞬時に状況を把握して、目の前の敵より0.1秒早く的確な行動が取れるような、緊急の対応力に天才的な資質を持っているのかも……」

 

太田が言う。「だから武器なしの輸送機でガミラスを墜とし、今日も生きて帰ってきたと言うのか」

 

「だからあくまで、もしかしたらの話です」

 

相原が、「艦長はそれを見抜いたから、古代を航空隊長にした?」

 

「だから、もしかしたらですって。ただ、〈ヤマト〉は決して戦うための船ではないでしょう。イスカンダルへ行くための船です。この〈ヤマト〉の航空隊長に必要なのは……」

 

「艦長はあいつを見たときに『お前みたいなのが欲しかった』と言った」

 

と斎藤が言った。森は、そう言えば古代が任命されたのは技術科のラボでだったと聞いたなと思った。斎藤は真田の副官としてそのとき場に居合わせたのか。

 

「あれはつまり……」

 

新見が言う。「いえ、ですから、艦長のお考えはわかりませんって」

 

「艦長と言えば、今日のことは?」と南部。「『コスモナイトを持っているから古代を救ける』と言ったかと思うと、古代に向かって『コスモナイトを捨てろ』と言い出す」

 

「それはまあ、石以上に古代一尉が必要ということだと思いますが」

 

「今、上に呼んだのは?」と徳川。「古代になんの話があるんだ」

 

「だからそれこそ、あたしにはわかりませんけれど」

 

みんながやいのやいの言う。森はそれには参加しないで、自分のオペレーター席に着いた。留守した間の確認をする。

 

それから、同じく、会話に加わることをせず離れて立ってる者がいるのに気づいた。山本だ。古代を映しているままのスクリーンをじっと見ている。

 

古代と言えば、山本こそ、僚機として命を預け合う関係のはずだ。この一件を一体どう受け止めてるのか……。

 

考えながら山本を見た。表情からは何も読み取ることができない。森は、タイタンに降りるとき山本が言ったことを思い出した。わたしは古代が闘争心に欠けているとは思わない、死中に活を見出すと言うのは――。

 

スクリーンにいま映っている映像。つまり、こういうことだと言うのか? 自分がこの男を見る眼は間違っていなかった、生死を共にするに値すると、そう考えているのだろうか。

 

山本が視線を感じたようにこちらを向いた。森は慌ててコクンと頷き、仕事に戻るフリをした。そうしながら、覗くように山本を見る。

 

今日の一件だけじゃない。この山本は、古代のことをどう考えているんだろう、と思った。山本が女で古代が男。この〈ヤマト〉では、男と女がエレベーターに乗り合わせれば、オレとキミとがアダムとイブ――誰でも必ず考えないでいられない。ましてやこの山本のように、古代のまさに女房役を言いつかった関係なら――。

 

考えないはずがない。それもおそらく、このわたしがさっき古代に対して感じた程度では済まないかも。古代と自分がアダムとイブ――どころか、自分は古代の肋骨で、地球に帰り着いた後には胸の中に戻らなきゃくらいに思っているのかもしれない。

 

そう思った。いつの間にか、スクリーンに映るのは、グルグルまわる〈ゼロ〉のコクピット内部の映像に変わっていた。十五の敵に追われる間、アナライザーのカメラアイが古代の後ろで捉えてたものだが、Gでレンズに狂いが出たのかピントはボケて像に歪みも生じている。

 

宇宙で戦う者として、耐G訓練ならば当然、森も何度も受けている。樽の中に押し込まれ崖を転がり落とされるような体験だ――しかしそれも、古代が今日くぐってきたものに比べれば公園の遊具も同然というのはひと目で知れた。

 

同じ映像を山本が見ている。その目にこれはどう映っているのだろう。森には想像もつかなかった。

 

それに――と思う。当の古代は? あの男は、この艦内で女とふたりきりになっても何も感じないのだろうか。

 

たぶん、そうなんだろうと思った。古代には、自分が人類最後の希望の船に乗っているという自覚はてんでないのだろうから。良くも悪くも、妙な想いに囚われなくて済むわけだ。

 

それはそれで、癪な気もした。このあたしとエレベーターに乗るときくらい、何か感じるのが礼儀ではないか?

 

って、何考えてんだろう。自分で自分をバカじゃないかと思いながら、森は艦長室へ昇るゴンドラのレールを振り返ってみた。

 

今日、古代は艦長の命令に反したと言う。一方で、コスモナイトと敵の情報を持ち帰った。

 

艦長はその古代にどんな話があると言うのか。



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命令違反の件について

ガミラスが来る前は、夜に近くの高台から、よく三浦の海を眺めた。相模湾を囲んで向こうに鎌倉の街。遠くに江ノ島があり、散りばめられた無数の光が海の波を照らしていた。空を見上げれば星があり、宇宙船らしき光が星座を横切る。地上からはそれらの船は星の海を旅しているかのように見えた。兄の守はいつもそれを眼で追っていた。

 

艦長室に上がったとき、なぜかそれを思い出した。大きな窓のせいかもしれない。艦長室は前半分がドーム状の風防窓で、星空の下に立つように外の宇宙を眺める造りになっている。照明は暗く抑えられ、床や机上を照らすものがいくつかあるだけ――それが古代を夜の公園にでも入り込んだような気分にさせたのかもしれなかった。

 

この部屋はまた、どことなく、野外音楽堂か何かの小ステージのようでもあった。風防窓を取り外して、その向こうに扇状に席を配置してやれば――沖田は今、室の中央に置かれた複雑な機械に向かって座り、何事か手を動かしている。その姿は、古代の目に、ピアニストがグランドピアノを弾いているか、ドラム打ちがドラムセットを叩いているかのように見えた。

 

〈ヤマト〉という船そのものが沖田の楽器。沖田は今、ここで宇宙の星々に捧げる曲を(かな)でているか、あるいはまさにこの船の砲や魚雷を楽器とし打ち鳴らせる戦いの交響曲を練り上げている――古代はそんな想いに囚われて立ち止まった。沖田の背に声をかけることができない。そもそも何を言えばいいと言うのか。

 

「古代進、参りました」

 

それだけ言って、起立している以外なかった。艦長室に呼ばれたからには、命令違反の件だろう。弁明するだけ無駄なのだろう。艦橋に上がる途中で、森から話は聞いていた。『荷を捨てろ』との命令を受けたのに、通信を切って飛び続けた。覚えているか。だからおそらくそのことで叱責を受けるに違いない。覚悟した方がいいでしょうね……。

 

そうですか、と言うしかなかった。そんなことが確かにあった記憶はある。しかし実のところ、そのとき故意に命令に背いたという自覚はまったくないのだが――。

 

あのときは、敵の攻撃を躱すのに手一杯だった。他のことなどまるで気にかけていられなかった。そこへ通信が入ってきたが、言われることを理解するため頭を使う余裕がまったくなかったのだ。何かゴチャゴチャ言われているなと思っただけで、聞いてない。これでは命令に従うも従わないもないだろう。構っていたら墜とされると思ったから通信を切った、それだけ――なのだが、軍という組織の中でその言い分は通じまい。

 

森が言った通りに観念するしかないのだろうとわかった。だが一体それがなんだ。大体もともと、航空隊長なんていう柄では全然ないのだから、格下げでもなんでもしてほしいところだ。あの加藤とかいうのを隊長にして、おれは山本の下でいいんじゃないのか。

 

そんなことを考えながら、叱られるのを待っていた。沖田は手を止め、こちらを向いた。髭を揺らして言ったのはしかし意外な言葉だった。

 

「すまんな」

 

そのひとことだった。古代は驚き、「は?」と聞き返すしかなかった。

 

「〈ゆきかぜ〉のことだ。あれは〈メ号作戦〉で沈んだ船だった。わしはお前の兄を連れて帰れなかった」

 

「は? いえ、その……」

 

「お前の兄は男だった。勇敢な男だった。しかし、もう帰って来ない。許してくれ」

 

「はあ」

 

と言った。そんなこと、急に言われてもどう受け取ればいいのやら。命令違反の(とが)めなのと違うのか。

 

「メ号作戦」沖田は言う。「あれは特攻作戦だった。突撃艦に乗る誰もが、命を捨てる覚悟でいた。ガミラスに核を射たずには帰れない。生きて帰る気などない。むしろ生きて帰っては、これまで死んだ仲間達に申し訳ない……皆そう言って敵の中に飛び込んでいった。古代、お前の兄もまた……」

 

「はあ……」

 

「だが本当の理由は違う。お前の兄は、地球の子供達のために行ったのだ。決して無駄に死ぬために敵に向かって行ったのではない」

 

「はあ」

 

と言った。このおっさん、何を言っているのやら。なんだか言い訳並べてるようでもあるがこっちがポイントも掴まぬうちに先回りされても困る。一体全体、何を勝手に言い訳してんだ?

 

「ええと……」

 

「あの作戦は、最後の望みのはずだったのだ。基地を見つけて核を射ち込めるかどうかに、すべてがかかっているはずだった。地球の女が二年で子を産めなくなるか、十年に伸ばすことができるか」

 

「メ号作戦?」古代は言った。「ええ、そう聞いていますが……」

 

「そうだろう。十年あれば、波動エンジンをきっと造れる。ガミラスの船を捕まえて調べられれば、五年で造れるかもしれん――あのときはそう言われていた。それができれば形勢逆転なのだとな。しかし、そんな時間はない。二年で存続不能となるのが、予測されてしまっていたのだ」

 

「ええ」

 

と言った。〈メ号作戦〉のことなんか、わざわざ説明されずとも誰でも知っていることだ。突撃艦に乗る者達は、みな地球の女と子供達のため敵の中に突っ込んで行った。それも誰でも知ってることだ。兄貴もそのひとりだったというのは驚きでもあるけれど、どうせこの戦争は今日戦場で戦って死ぬか放射能で十年後に死ぬかの違いの戦争じゃないか。兄貴がそれで死んだからって、このおっさんにすまんと言われる筋合いはない。

 

はずだと思った。だが違うのか? しかし、あの作戦は――。

 

違う。兄貴が死んだからって、誰が悪いと言うものでもない。そのはずだと古代は思った。兄貴が敵に突っ込んで行ったと言うならこの沖田の言う通り、地球の子供達のために突っ込んで行ったわけじゃないのか。

 

沖田は続ける。「あの作戦に(やぶ)れた後、地球の女は遂にまったく子供を産まなくなってしまった。妊娠している女は自殺し、生まれたばかりの我が子を殺すようになった。お前の兄はそうなることを知っていたのだ。だからそれを防ぐため敵に向かっていったのだ。決してくだらんヒロイズムで命を無駄にしたのではない」

 

「はあ……」

 

「ガミラスに核を射ち込むことができれば、そんな女達を救える。その思いで行ったのだ。地球の女が子を産めるため。今いる子達が生きられるため――〈ゆきかぜ〉に乗る誰もがその思いだった。だから、望みが万にひとつもなかろうとも、撤退はできなかったのだ。それでは死んだ仲間達に済まぬと言って彼らは行った」

 

「はい、まあ、それはわかりますが……」

 

古代は言った。なんだかちょっとウンザリしてきた。やっぱりこのヒゲ、ちょっと頭がおかしいんじゃねえか。

 

もう今どきの軍人は、みんな頭が変になってる。特に〈メ号作戦〉の話になると、関係ないのに『すまん』と誰彼構わずに、『あの作戦にワタシも行っていたならば、必ず、必ず、基地を見つけて核を射ち込んでやったものを……』なんてなことを涙ぐんで言って頭を下げるのが、火星の基地にはいくらでもいる。このおっさんもその手のイカレ軍人のひとりなのと違うのか。おれが突撃艦艦長の弟と知ってネジが飛んだのかな。

 

「その結果があれだ。残骸になってまで敵に利用されるとは……古代よ、地球を〈ゆきかぜ〉のようにはしたくないな」

 

沖田は言った。古代は目をパチパチさせた。一体全体、何を言われているのやら。

 

「え、ええ、まあ……」

 

「この〈ヤマト〉もまた子を救うためにある船だ。今日この船で、コスモナイトをお前が運んでいると知ると、何人もがお前のために命を投げ出そうとした。それもまた、地球にいる億の子供のためなのだ。お前でなくて子を救うためにみんなが死のうとしたのだ」

 

「え、ええ、まあ……」

 

「これはそういう戦争だ。ひとりが死ぬと、他が必ず、オレも死なねば仲間に申し訳ないと言う。そうしてふたり三人と死ねば、オレもオレもと後に続くことになる……だがこの〈ヤマト〉に欠けたクルーの補充は利かん」

 

それは、と思った。ワープが可能で太陽系をまだ出ていない今ならば、一度地球に戻るのもできなくないはずではあった。クルーを補充しコスモナイトを積み直しても、また数日のロスを出すだけ――いや、遅れればそのたびに、何百万もの女が子を産めなくなり、何十万もの白血病にかかる子供を出すことになるが――しかし、本当の問題はそんなことではないのもわかる。この旅は、途中の一時帰還が許されるものではあり得ない。

 

「お前の兄のように」

 

言って沖田は顔を(そむ)けた。しかし一瞬、その目に涙が浮かんだらしいのが古代に見えた。

 

「わしはこの戦争で多くの若い者を死なせた。古代、お前にも死ねと命令せねばならなくなるかもしれん。だがな、勝手を言ってすまん……それまでは、生きていてほしいのだ。わしが死ぬなと言ううちは、生きることを考えてくれ」

 

もう『はい』とか『いいえ』とも応えることができなかった。古代はただ窓の宇宙に眼を向ける沖田の背を見て立っていた。

 

「この船に無駄に死なせていいクルーはひとりもいないのだ。だからあのとき、わしはお前にコスモナイトを捨てろと言った」

 

「はい……」

 

「命令は届かなかったようだがな。だがいい。実戦の場において、命令すれば事が必ずその通り成し遂げられるというものでないのはよくわかっている。思い通りにいくことなどむしろひとつもないのだとな。だから、今日のことは問わん」

 

沖田は言った。

 

「以上だ。退がれ」



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最善と次善、そして決して許されないこと

「つまり艦長は、石のためにクルーが命を投げ出すのを防ごうとして、古代に荷を捨てろと言ったというわけか?」

 

と島が言う。対して新見が、

 

「まあ、かもしれないという話ですが」と応えて言った。「あの状況では、真田副長の制止を聞かずに、加藤二尉や他のタイガーパイロットが飛び出してしまっていたかもしれません。ひとりが出ればきっと何機も続いたでしょう。置き去りになると承知の上で……」

 

「まあな」

 

「艦長はそれを嫌って、古代一尉に荷を捨てろと言ったのではないでしょうか。〈タイガー〉が行けば必ず〈ゼロ〉を救けられたというものではなかったんです。〈ゼロ〉と〈タイガー〉とコスモナイト、全部一度に失うよりは、荷を捨てさせて難を逃れるべきと艦長は判断した――」

 

「〈ゼロ〉はスピード重視の戦闘機だったな」と太田。「あれがカラ荷で全速を出せば、ガミラスの機はついてこれなかったはずだ。古代は楽に敵を振り切り〈ヤマト〉に帰ってくることができた――」

 

「うん」南部が頷いて、「タイガー乗りが救おうとしたのは古代じゃなくてコスモナイトだ。貨物ポッドを捨てたなら、外に飛び出す理由はなくなる」

 

「わかるが、しかしそれだけかな」島が言った。「ひょっとしたら艦長は、古代のために死ぬ人間をあそこで出したくなかったんじゃないか?」

 

相原が、「うん? 何それ」

 

「つまりさ、今、古代のやつは、この船の疫病神になっちまっているだろう。あの状況で〈タイガー〉が救けに行って置き去りになれば、たとえあいつがコスモナイトを持ち帰っても疫病神だ。タイガー乗りは行くなと言われて行ったってのに古代のせいで死んだことになっちまう。またまた古代のせいじゃないのに古代のせい。よくよく船の疫病神……〈ヤマト〉のために必要な石を持って帰ってきたって言うのに……」

 

「そりゃまあ」

 

「艦長はそれを避けようとしたんじゃないのかな」

 

「いや、待った。それは結果論じゃないか?」と徳川。「古代が荷物を捨てていれば、命令に従ったからだと言うのにやはり疫病神だろう。船のために必要な石を持って帰ってこなかった……あいつのために波動砲の修理ができないということになる」

 

「うーん……ですが、それを言うのであれば、どちらに転んだとしても……」

 

「とにかく、あれが指揮官として、あのときできた最善の選択だった――そうじゃありませんか?」と新見。「あの状況で古代が荷を持って帰還するのは、本来望めなかったはずです。コスモナイトの回収は無理と思えばあきらめて次善の策を取るべきで、艦長はそう決断された。けれども古代が命令を遂行不能と見ると、すぐさま別の手を考えた」

 

「そうなるのかな」と太田。

 

「戦場は思い通りに事が運ぶ場所ではありません。状況は急変を重ねるもので、臨機応変に先を読んで対処できねば戦いに勝つことはできない。しかしこれが言うは易くで、並の指揮官なら何もできずに〈ゼロ〉も〈タイガー〉もコスモナイトも失うことになっていたか、〈ヤマト〉そのものが沈んでいたか……」

 

「もしくは、〈ゼロ〉とコスモナイトを見捨ててサッサと逃げていたかだな」徳川が言った。「その場合、地球に一度引き返すことになっていたろうな。しかしそれは……」

 

「決して許されないことだ」真田が言った。「〈ヤマト〉はイスカンダルへ行く船ではなくなってしまう。次はエリートの逃亡船として宇宙へ出ることになる」

 

それで全員が黙り込んだ。そうなのだった。誰もがよく理解していた。この旅に途中の一時帰還は断じて許されないものと考えなければならない。コスモナイトが要るのなら一度地球に戻ればいいことじゃないか、と――そういうわけにはいかないのだ。

 

そしてもちろん、クルーが死んでも補充はできない。古代が死に、タイガー乗りも何人か死ねば、地球に戻って補充しよう――そういうわけにすらいかない。まだ太陽系にいる今でもだ。

 

〈ヤマト〉はそういう旅に出た。一度戻ってクルーとコスモナイトを補充し、地球を再び出るとしたら、そのとき〈ヤマト〉はもはや人類を救う船ではなくなっている。

 

次に宇宙へ出るときの〈ヤマト〉は、人類の存続と地球の自然を戻す計画を打ち捨てて、民を見離しごく一部のエリートだけが太陽系から逃げ出す船に変わっているのだ。これはそういう旅なのだ。イスカンダルを目指すのは、一度きりしか認められない。

 

この艦橋だけでない。今〈ヤマト〉に乗っているクルーの誰もがそれを胸に刻んでいた。だから、途中で何があろうと、コスモクリーナーを手にせぬ限り地球に戻るわけにはいかない。

 

南部が言う。「イスカンダルなんてそもそもアテにならない話と言われてるんだもんな」

 

「そうだ」と真田。「地球政府の要人の中には、サーシャに感謝するどころか、〈コア〉を百個くれなかったと言って恨んでいる者が少なくない――いや、ほとんどがそうだろう。むしろ、そんな者らのせいで一個しかもらえなかったのに……」

 

「『船一隻でマゼランへ』というのがそもそも無茶ですからね」斎藤が言った。「ひょっとして、艦長があの古代というのを航空隊の隊長にしたのは……」

 

「なんです?」と相原。

 

「いや、その」斎藤はたじろいだように、「ちゃんとわかって言ったわけじゃないんだが……」

 

なんだ、という顔に一同がなったとき、ゴンドラが上から降りてきた。古代がひとり乗っている。



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紹介

古代はキツネにつままれたような心境だった。あの白ヒゲの艦長に言われたことが理解できない。

 

そもそもなんでおれを呼びつけたんだろうと思いつつゴンドラを降りると、第一艦橋の面々が、こっちの顔に何かついてるような眼をしてジロジロ見てくる。でなけりゃ、てっきり頭からバリバリ食われちまったもんと思っていたものが、なんで生きて出てきたんだろうとでもいう調子だろうか。

 

「ええと……」

 

と言って見渡した。今の自分の顔にもし文字が書いてあるとすれば、きっと《複雑》とあるのだろう。それを読んでる誰もが複雑な表情だった。ひとりひとりがなんか微妙に違う上、こちらが知らない顔もある。これはかなり複雑だった。どんな顔すればいいんだろうか。

 

「ああ、すまん」

 

と言ってひとり寄ってきた。見覚えもある気がしたが、どこでだったか思い出せない。いや待て、これは――。

 

「わたしが副長の真田だ」

 

と言った。思い出した。「あのときの――」

 

「そうだ。航空隊の隊長というのに、この艦橋は初めてだったな。艦長に何を言われたのかは聞かんが……」

 

「何を言われたの?」と森が言った。「艦長はあなたになんの話だったの?」

 

「え?」

 

と言ってたじろいだ。ちょっと待ってくれ、と思う。

 

真田が森を睨みつけた。当然だろう。この男の方が階級が上で、それが『聞かない』と言ったのだから、下の者が横から『聞かせろ』と言うのは許されることではない。

 

おれにしたって、これじゃあ言うに言えないじゃないか。話せば真田の位を無視することになってしまう。

 

それに大体、他人に聴かせる話じゃないからおれだけ上に呼んだはずなのだから、真田の言うのが正しいはずだ。この女が何を言おうとおれは応えるべきではない。

 

そうは思うが、空気がどんどん複雑微妙難読化していくのが感じられた。真田と森が睨み合う。その直線を底辺とする三角形の頂点にこれは立たされてしまったのだと古代は思った。この状況、どうすりゃええっちゅうまんねん。

 

「まあまあ」

 

とハゲ頭の老人と言っていいような男が、この三角に割って入るようにして言った。さっきの佐渡医師といい、今日はずいぶんハゲに縁のある日のようだ。

 

「わしは機関長の徳川だ。艦長から『言うな』と言われたのだったら聞かないが、差し支えないようなら教えてくれんかね。艦長は君になんの話だったんだ?」

 

伺いを立てるように真田を見る。真田はこの徳川という男に頷いた。こうなると言うしかないようだが、

 

「いやその、別に……『地球を〈ゆきかぜ〉のようにしたくない』とか、そんな話をされただけで……」

 

「ふうん」

 

と真田。しかし森が、

 

「何よ、それだけ? 命令違反を咎められたとか、逆に、今日はよくやったと言われたとか、そんな話じゃなかったの?」

 

「いや、そういうことは特に……」

 

「何よそれ」とまた言った。「やっぱりエコ贔屓(ひいき)じゃないの」

 

「え?」

 

と言った。理不尽だ。別に褒められもしなかったっていま言ったじゃないか――そう言いたいところだったが、森はソッポを向いてしまう。その顔からは、こっちが怒られてほしかったのか褒められてほしかったのかよくわからない。

 

「まあいいだろうそのことは」と真田が言って、「君の兄、〈ゆきかぜ〉艦長古代守三佐のことは、わたしからも悔やみを言わせてもらう――せっかくだから、この機会に艦橋クルーを紹介しよう。ええと、まずは……」

 

白地に緑のコードを付けた艦内服の男を示した。古代をどう見ていいのかわからずにいるような者達の中で、ひとりだけ、ニヤニヤと笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

「操舵長の島大介。君は過去に知っているはずだが……」

 

「島?」

 

と言って相手を見た。その名前には確かに聞き覚えがあった。それに、顔にも――。

 

「覚えているか?」と相手は言った。「同じ船に乗っているのに、全然これまで会わなかったな」

 

「島?」と古代は言った。「お前……生きてたのか」



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第6章 誰のためだと思っているか
外敵


冥王星は小さな星だ。地球からオーストラリア大陸を剥ぎ取って丸めたほどの大きさで、さらにその半分ほどの大きさの連星カロンを従えている。この星から地球めがけて投げられるように最初の遊星群が飛び出したとき、世界中の天文学者は首を(ひね)るばかりだった。

 

そのすべてが地球を狙っているとしか思えぬほどに正確な軌道と、自然には有り得ぬほどのそのスピード。人為的な現象なのは明らかだが、それにしても一体誰が、なんのために。

 

むろん当初は、異星人の侵略などと考える者は少なかった。第一に疑われたのは同じ地球人類によるテロだったが、しかし一体なんのつもりかわからない。

 

宇宙時代になって久しい22世紀末の今でも、人類は冥王星について多くを知っていると言えなかった。その星はあまりに遠く、小さ過ぎた。地球や火星の軌道からでは、光学・電波に関わらず最も大きな望遠鏡でもその細部を見ることはできず、有人船では二ヶ月かかるその距離ゆえにさして探査も行われていなかった。海王星の向こう側にいくらでもあるただの丸い氷に過ぎず、調べたところで特に得るものはないだろう――そう思われていたのである。

 

遊星の出現後、最初に送った高速無人探査機が突然に攻撃されて破壊されるのを同時に送った二機目がカメラに捉え、直後に通信を途絶させたとき、人は初めてそこに〈敵〉がいるとはっきり知ることになった。しかし、まだわからなかった。それは一体何者なのだ。

 

だが実は、しばらく前から、噂は流れていたともいう。冥王星の近辺に宇宙船の群れと(おぼ)しき奇妙な未確認物体の動きがあると――それらはトンデモ陰謀論者のたわごとして片付けられて、誰も気に止めなかったのだが。〈敵〉はこの星が地球から遠いのをいいことに、一年ほどの時間をかけて密かに兵を送り込み、基地を築いていたのだろうか。そして遊星を地球に送るなんらかの装置を造り上げた――それは相当に巨大なはずだが、しかし遠過ぎ、どんな望遠鏡であっても位置を知ることなどはできない――。

 

20世紀末に打ち上げられた最初の宇宙望遠鏡〈ハッブル〉でも、冥王星は18禁ビデオにかけられるモザイクの集まりのようなチラチラにしか見えなかった。二百年で観測技術ははるかに進んだとは言っても、レンズや鏡を磨くのには(おの)ずと限界というものがあり、コンピュータでどれだけ画像を解析しても冥王星のどこに〈敵〉がいるのかを知るには到底いたらない。近寄って(じか)に見るしかないのだが、それも遠くて難しい。最初に殺られた無人探査機のようなのをいくら送り込んだとしても全部二の舞になるのがオチだ。

 

太陽系の各所には有人無人の観測施設や宇宙ステーションの(たぐい)が無数に存在していたのだが、ことごとくが強力な通信妨害によりデータを送ってこれなくなった。天王星の軌道より向こうにあるものはほとんどが破壊され、死者が出るに及んでくると、もはや誤解や行き違いかもしれないという言葉では済まされない。大体それが友好的な存在ならば、一年かけて冥王星にコッソリ基地を造り上げ、石を投げてくるなんて真似をするはずがないではないか。

 

人類は正体不明の〈敵〉の攻撃にさらされたのだ。武力以外の手段では決して解決できないものと考える他はない。

 

しかしもちろん、反発はあった。異星人は友好的に決まっています――そう叫んで制止を聞かずに宇宙へ出て行くピースボートが早速にも何隻も出た。狂人達は誰ひとりむろん帰って来なかったのだが、地上で送る者達が考えを変えた話も聞かない。そして言うのだ、日本政府が憲法九条を守らないからこんなことになるのです、とか。

 

なわけ、ねえだろ! と笑う前に、ひょっとしたらこのイカレた主張にも一面の真実があるかもしれぬと考えなければ、重要なことを見落とすだろう。〈敵〉が地球人類を滅ぼす気でいるのなら、それは我らを恐れているからではないか。そうでなければどうして殺す必要がある?

 

〈敵〉が地球の兵器など問題にならないほどの科学を持っているなら、勝てない。幼稚なSFアニメのごとく、こちらの攻撃はすべてバリヤで弾き返され、逆に相手の超兵器で味方は全滅させられるだろう。それどころか、呪いの電波兵器によってすべての兵が狂い死にさせられる、などということになるかもしれない……。

 

もしも〈敵〉がそれほどのものなら、地球人を恐れたりするはずもない。しかし今、冥王星に潜んでいるのは明らかに違う。実はこっちを怖がってるのが見え見えだ。地球の科学で勝てない敵ではないと見るべきではないか。

 

その考えは、まず半分は正しいものと思われた。〈ガミラス〉というその敵は――その名前は『降伏するときは呼べ』との言葉とともに彼らが名乗ったものだというが――地球人がまったく対抗できないほどの力を持ってはいなかった。が、問題はガミラスもまたそれを知り、それがゆえに準惑星の陰に隠れて決して(みずか)ら地球の近くへ寄ってはこない戦術を取ることだ。地球人は波動エンジンを持たぬがゆえに遠くで戦うことができない。それをいいことに石を投げつけ、地上を放射能で汚して、ジワジワと嬲り殺しにしようとする。

 

八年間の戦いの末に、地球の海は干上がった。正しく言えば北と南の両極に海の水が集まって、そこで分厚く凍ってしまっているわけだが、遊星投擲を止めない限り氷を解かすことはできない。

 

最大の敵は距離なのだ。冥王星は遠過ぎる。言わば〈宙の利〉とでも呼ぶべきものを味方につけたガミラスに、地球はこれまで思うような打つ手を取ることができずにいた。あまりに遠く、星全体がただの点にしか見えないために、基地がどこにあるのかさえも知りようがない。

 

〈メ号作戦〉が失敗したのも、それが大きな要因とされる。冗談のような話だが、しかし笑うに笑えない。近づき、見つけ、それを叩く。冥王星のガミラス基地に対してそれを行える船は、地球に存在しなかった。

 

これまでは――だが今、ここに〈ヤマト〉がある。〈ヤマト〉ならばできるだろうか。あの星に潜む侵略者から太陽系を取り戻すことが?



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トゥ・ビー・オア・ノット・トゥ・ビー

「無理に決まってるだろう」

 

航海部員を代表して島が言った。〈ヤマト〉第二艦橋。主な士官が集まって、部屋中央の立体プロジェクターを囲んでいる。

 

投影されているのはふたつの球だ。大きな玉が冥王星。その半分の小玉がカロン。このふたつが連星として互いをまわり合っている。さらにこのふたつのまわりをごく小さな衛星がかつていくつかまわっていたが、ガミラスによってすべて砕かれ地球に投げる遊星にされてしまって今はもうないという。

 

「〈ヤマト〉はすぐにも太陽系を出るべきです。〈スタンレー〉の攻略には反対です」

 

プロジェクターの像をはさんで、航海部員と戦闘部員が向き合うようになっていた。古代も会議に参加はしている。その横には加藤がいるが、古代のことは無視したままで挨拶すらしてこない。

 

島は続ける。「〈ヤマト〉の任務は敵と戦うことでなく、イスカンダルからコスモクリーナーを持ち帰ることであるはずです。一日も早く戻らなければならないのに、日程からもう二週間も遅れている。これ以上の遅れを出すべきではありません」

 

「けどな」と南部が言う。「日程なんて、一方的に政府が組んで押し付けてきただけのもんだろ。マゼランまで何があるかわからないのに、日程だから何日までにどこまで行こうなんて言うのは……」

 

「そんなつもりで言ってるんじゃない」

 

とまた島が言う。会議はおおむね、このふたりの言い争いに終始するかたちになっていた。言わば〈航海班長〉である島と、〈戦闘班長〉である南部。古代などはまったく口を挟む余地もない。

 

「『九ヶ月で戻らなければ』とおれが言うのは、決してそれが日程だからなんかじゃない。子供の命を救うため旅を急ごうと言ってるんだ!」

 

「そうです」森が発言した。船の運航管理部員としてここは日程優先らしい。「『人類滅亡まで一年』と言うのは、『すべての子供が白血病に侵されることになるまでが一年』という意味でもあるのを忘れてはいけません。放射能はまず幼い子供から先に命を奪っていきます。この〈ヤマト〉が十三ヶ月で戻っても、今いる地球の人々はほとんど生きてはいるでしょう。しかし幼い子供はみんな、体が癌に蝕まれ、余命わずかとなっています。その後にコスモクリーナーで水を浄化しても遅いのです。我々は手遅れにならないうちに帰還せねばなりません」

 

南部が言う。「そんなことはわかっているよ」

 

「わかってるって、何をどうわかってるんだ」と太田が口を出した。「まさか『一年』と言うのなら、364日で帰ればいいなんて言うんじゃないでしょうね。〈ヤマト〉が一日遅れるごとに、地球の子供が何十万と死んでくことになるんですよ。我が子の体が白血病にやられていく親の気持ちを考えたら……」

 

「だから、それはわかってるって。しかし〈スタンレー〉となると話は別だろう。あの星だけは叩かずに太陽系を出て行くわけにはいかないんじゃないか?」

 

島が言う。「叩くって、どう叩くんだ。波動砲はやっぱり使えないんだろ」

 

「まあ、それはそうなんだけど」

 

「じゃあ、話にならないじゃないか。波動砲一発で星を飛ばせるって言うんなら、おれも反対なんかしないよ。でも、それができないなら、ダメと言うしかないだろ?」

 

戦闘組は押され気味のようだった。古代は沖田と真田を見たが、ふたりはずっと黙ったままだ。

 

この会議は、まだすべてを決めるものではないらしい。各自の意見を聞くための場だが、このぶんだと航海組の主張が通って〈スタンレー〉――冥王星行きはナシとなるのだろうか。

 

また森が、「今から遊星を止めたところで、〈滅亡の日〉までの期限が一日でも伸びるわけではありません。水の汚染は食い止めようがないのです。たとえ〈ヤマト〉が日程通り九ヶ月、いえ、半年で帰ったとしても、多くの子供に放射能の後遺症が残るでしょう。一日早く帰ればそれだけ健康被害も減らせるのです。間違っても十一ヶ月や、364日で帰ればいいなどと考えることがあってはならない――」

 

古代が見てると、森は発言しながらなぜかこちらを向いてくる――ような気がした。しかしまさかな、気のせいだろうと思い直す。それとももしや、おれが話をちゃんと聞いているかどうか疑ってでもいるんだろうか。前科があるだけに『かもなあ』と思う。

 

『人類滅亡まで一年』。なるほど、そう言われると、だったら364日で帰ればいいのかと考えてしまいそうな気になる。しかし、

 

「だから、そんな考え方はしてないって言ってんだろ」南部が言った。「おれだって地球に親がいるんだから、放射能の水なんか飲ませておきたくはないよ。けれどそれも〈ヤマト〉が戻ってきたときに人類が存続してればの話だろう。もしもやつらが気を変えたらどうするんだ」

 

「そうです」

 

と新見が言った。戦術士である彼女は当然戦闘組だ。どうやら南部の援護射撃が始まるらしい。

 

「『ガミラスは実は地球を恐れ、人類が外宇宙に出る前に滅ぼしに来たのではないか』という仮説はおおむね正しいものと考えられますが……」

 

「まあな」と太田。

 

「〈ヤマト〉がワープに成功したのは、とりあえず地球人が外宇宙航行技術を持ったことを意味します。これは〈ガミラス〉にしてみれば、ウカウカしてはいられない状況になったと見るべきでしょう。第二第三のワープ船を造られる前に、地球人類を早く根絶やしにしなければならない――敵がそう考えるのは、充分にあり得る話なのです」

 

誰も何も言わない。新見は続ける。

 

「これまで敵の地球への攻撃は遊星投擲に限定され、滅多に船で近づくことはありませんでした。これは船が拿捕されたり、残骸が調べられて地球人が波動技術の開発を進ませるのを防ぐためであったのでしょう。しかし、ここで〈ヤマト〉が太陽系を出て行ったらどうですか。自軍に多大な損害が出るのを覚悟で、地球に対して総攻撃をかけるおそれは少なくないと考えます」

 

島を始めとする航海組が難しい顔になる。新見の話は、彼らも決して初めて聞くものではないらしい。

 

だが全員でもないようだ。隅の方で声が上がった。「総攻撃?」

 

「はい。防戦一方ならば、地球はガミラスと互角以上の勝負をすることもできました。ゆえにこれまで戦ってこれたし、〈ガミラス〉も無理に攻めては来なかったのですが、今までがそうだったから今後も同じという保証はありません。敵が本気で攻めてきたとき持ちこたえられるかはなんとも言えず、また、敵がイスカンダルの〈コア〉と同じようなものを持つならば、それを爆弾にして太陽系ごと地球を消滅させようとすることすらないと言えません」

 

「ちょっと待ってくれ。それについては、例のサーシャが……」

 

「ええ。サーシャは『その心配はない』と言ったとされています。しかし〈彼女〉はなぜそう言えるか理由を説明しなかったとも聞きますし、いずれにしても完全にアテにしていい話ではありません」

 

「問題はだ」南部が言った。「〈ヤマト〉が帰ってきたときに、もう人類が滅ぼされてしまっていたらどうするかという話なんだ。そのときには『一年』も『九ヶ月』もありゃしないだろう。手遅れになるならないという心配は、〈スタンレー〉を叩いてからしてもいいんじゃないか?」

 

「しかし……」

 

と島が言う。だがそれ以上、言葉を続けられないようだった。そこへ新見が、

 

「さらに別の懸念があります」と言った。「ガミラスが増援を送って来ない保証もないということです。敵の船は今は百隻。しかしこれが二百になったらどうでしょう。今の倍で攻め込まれたら、地球艦隊が太刀打ちできるとは思えません」

 

「いや、けどね」太田が言う。「そんなことを言ってたら、いつまでも外へ出ていけないじゃないか。やはりぼく達がするべきなのは、そんな心配よりもイスカンダルへ行けるかどうかで……」

 

「だが不安にならないのか」南部が言う。「『戻ったときに果たして地球はちゃんとあるか』と案じながら旅はできないだろう。〈スタンレー〉を叩いていけば、後顧(こうこ)(うれ)いを断つことになる」

 

「そうです」と新見。「これまで地球が押されていたのは、何より敵に冥王星があったからです。冥王星がなければ敵は総攻撃をかけようにもかけられず、また外から新たに倍の艦隊を送ってくることもできない。と、そのように分析されています。〈スタンレー〉さえ潰してしまえば、今後はまた別の準惑星などに基地を建設させるようなこともない。ゆえに〈ヤマト〉は安心してイスカンダルへの旅に出て行けるのです」

 

「しかしだな、現実にどうすると言うんだ」島が言った。「もう一度言わせてもらうが、無理だろう。この〈ヤマト〉一隻だけで、波動砲を使わずに、百の敵とどう戦うと言うんだ。基地の位置がどこにあるかもわからないんだろ」

 

新見が言った。「それなんですが……」



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基地は白夜に在り

「あらためて()に注目してください」

 

新見は言って、立体画像を指し示した。

 

「これが冥王星です。直径2300キロ。地球の月の三分の二ほどの大きさで、248年かけて太陽系をまわっています。いま現在、〈冥王星型天体〉に分類される準惑星は何百も見つかっていますが、敵が特にこの星を基地の置き場所に選んだのは、彼らにとってこれが遊星の投擲に最も適した天体だったからなのでしょう。三十年後に海王星の内側に入るほどに太陽に近く、大きさなども手頃だった――他の星では遠過ぎるか、小さ過ぎるといった理由だと思われます。海王星のトリトンなどは地球人類に気づかれずに基地を造れはしなかったでしょうし、彼らにとって海王星の重力がワープの邪魔になるはずです。後はせいぜいマケマケが使えるかというところでしょうが、しかしこの星はあらゆる点で冥王星に劣るものと考えられます」

 

古代は聞いてて眠くなってくるのを感じた。

 

「ガミラス基地の位置は不明なのですが、それでもまったく絞り込みができてないわけではありません。ここに示した円内のどこかにあると推察されます」

 

冥王星の立体画像に線が引かれた。〈南極点〉の意味らしい《S》と描かれた点を中心に半径500、直径1000キロほどの円。星全体で直径2300だから、アニメ美少女の目玉をくり抜き置いてみたなら黒目はこんな感じかな、と思えるほどの凸面となる。絞り込んだと言えば言えるのかもしれないが……。

 

比較として、日本列島の図が重ねられた。日本の本州が端から端まで1000キロちょっと。青森から山口までを時計の針とするような円の中を探せということになる。

 

これは到底、『範囲を(せば)めた』と言えるようなものではない。それにしても、どうしてこの円内と言えるのか。

 

「〈基地は白夜に在り〉か」と島が言った。「話はわからなくもないが……」

 

古代はそれで思い出した。ガミラス基地は冥王星の白夜圏の中だろう――誰かがそんなふうに言うのは聞いたことがなくもない。つまり、これがそうだと言うのか。

 

「はい」と新見。「冥王星の自転軸は120度も傾いています。天王星が約90度で〈横倒しの星〉と呼ばれるのはよく知られますが、冥王星はそれよりもっと傾いて、北と南が逆転までしてるんですね。冥王星は磁場の北極が南にあって、南極が北にあるのです。地球は傾きが23度ですが、おかげで夏は陽が長く、冬は短いことになる。そして北極や南極では、夏は太陽が半年沈まず、冬はずっと夜のまま――冥王星はこれがひどく極端なのです」

 

図が変わった。自転軸の傾きと公転周期を、地球と冥王星とで比較するものらしい。両星の極圏の違いが特に示されている。

 

「おわかりでしょうか。120度も軸が傾いている星が250年かけてまわるため、夏と冬が入れ替わるのに124年もかかる。その間、極圏では白夜か極夜(きょくや)がずっとずっと続くのですが、その地域が星全体の半分以上を占めてしまう――つまり今、冥王星の〈夏〉であり〈昼〉である広大な区域はもうずっと何十年も地球と太陽を向いたままで、反対側はずっと逆を向いたままであるわけです。そしてこれが今後何十年もに渡ってずっとそのまんま」

 

「ははあ」

 

と何人かが言った。白夜が星の大半を占めて、ずっと百年以上も続く――ずいぶんと途方もない話だが、なるほど、図で説明されると、誰もが頷くしかないようだった。

 

「この十年、冥王星は南半球がずっと白夜の〈夏〉でした。そして今後何十年もそれが変わることはなく、北半球に〈春〉が来るのは五十年も先のことです。それまでずっと地球と太陽をまったく向きもしない所に基地を造るとは考えにくく、また、それでは遊星を飛ばしようもありません。〈夜〉の面に光るものが多くあればいくらなんでもこれまでの偵察で何か見つけているはずですので、北半球は有り得ぬと言えます。赤道付近の可能性も低く、遊星の軌道計算などからも、基地は高緯度であろうとの分析結果が出ています。この〈南半球の極を中心とした直径千キロ〉はそれらを踏まえて出したもので、現状ではこれが精一杯の推定です」

 

「やはり話にならん」島が言った。「そりゃあ、こんな星ならば、基地は白夜にあると思うよ。しかし敵がその裏をかいていたらどうするんだ。実は赤道辺りなんてことがまったくないとは言えないんじゃないか?」

 

「それは否定はできませんが、自転周期が150時間もあるのを考えると、低緯度に基地を置くとはやはり考えにくいものがあります。冥王星は一日が地球の六日以上あって、昼が三日続いた後に夜が三日という調子なんですね。やはり赤道付近と言うのはちょっと……」

 

「別にその分析を疑っているわけじゃない。だがこれじゃあたいして範囲を絞り込んだと言えないだろう。基地の位置がわからないなら、やはり日程を優先すべきだ」

 

「地球のことを考えないのか」南部が言った。「遊星爆弾を止めなけりゃ、海はずっと干上がったままだ。塩害の問題もある。放射能を除去したって自然なんか戻りゃしないぞ」

 

「そっちこそ! 今は何よりコスモクリーナーを持ち帰るのが先決だろうが! まずは子供を救うのを第一に考えるべきなんだ。子を救うのが人類全体を救い、動植物や自然を救うことになる!」

 

「だが遊星を止めさえすれば極の氷が解かせるんだ。おれ達が帰る頃には青い海だけは元に戻って――」

 

「それは〈ヤマト〉の務めじゃあない!」

 

「まあ待て」と真田が言った。「各自の意見はそのへんにしておいてくれ。今は〈スタンレー〉をやるとしたらどうするかの話だ」

 

新見をうながす。確かに話は敵をどう攻めるかを彼女が説明するところに移っていたはずだった。新見はまた冥王星の立体図を向いた。

 

「見つけて即これを叩く。そして素早く離脱する。〈サーチ・アンド・デストロイ〉・アンド・〈ヒット・アンド・ウェイ〉の戦法で行くしかないと思われます。航空隊の〈タイガー〉と〈ゼロ〉各機に核ミサイルを持たせ、白夜の範囲を分散して敵基地を捜索。〈ヤマト〉は後方でこれを援護します。基地を見つけたならば即座に核攻撃し、戦闘機隊を回収して宙域を離脱。後はワープで逃げるだけです」

 

しばらくの間、誰も口を利かなかった。第二艦橋を沈黙が覆った。

 

「それって……」と、ようやくのように太田が言った。「まるきり、〈メ号作戦〉じゃないか」

 

「そうですね」と新見。「一年前に失敗した作戦で〈いそかぜ〉型突撃艦が負った任務を今度は戦闘機で行い、戦艦隊がやった護衛を今度は〈ヤマト〉一隻で行うわけですが……これはまさしく〈メ号作戦〉そのままと言えます」

 

「冗談じゃない」島が言った。「一度失敗したものをなんでもう一度やる。正気とは思えんな。そんな作戦に賛成できるか」



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小展望室

艦橋の裏、第二艦橋作戦室の通路を挟んだ反対に、〈ヤマト〉は小さな展望室を備えている。四半球のドーム窓から後方を眺めるその小部屋を、会議の後で古代は見つけてひとりで入った。

 

暗黒の空に散りばめられた星の光。見えるものはそれだけだ。天の河が帯となって流れている。探してみれば大マゼラン星雲とやらも〈南天〉の空に肉眼で見つけることもできるはずだが、しかし、〈南〉はどっちだろうなと思った。

 

〈南〉もしくは〈南天〉と言うのはもちろん地球の南半球で見える宇宙ということだが、この窓は今そもそもどの方角を向いているのか。天の河を指でたどればおおいぬ座のシリウスが見つかる。そこからりゅうこつ座のカノープスを探す。このふたつが太陽系で見える最も明るい星で、その先にボンヤリと小さな雲のようにあるのが、この〈ヤマト〉という船が目指す大マゼラン星雲。天の河銀河のまわりを二十億年かけてまわるという子供銀河――。

 

しかしそいつは、今この窓から見えるのか? これが〈北天〉に面しているなら、日本からは決して見えないのと同じく見えない。マゼランが〈天の南極〉近くにあるのは宇宙船に乗る者ならば常識だ。だいたい、そもそも、その昔にマゼランという船乗りが南の海で見上げていたからその名が付いているんだろうから、とにかく〈南〉を向いているなら探せるはずと思うのだが……。

 

パイロットとして五年も宇宙にいるのだから星の見方を知ってはいるのに、どうやら機器に頼るクセが付いてしまっているようだった。何かガイドになるものはないかと古代は部屋を見回した。

 

窓枠に何やら装置のパネルを見つける。しかしまったく使い方がわからない。適当にいじっていると急にフワリと体が浮く感覚があった。あれれ、と思う間もなく靴が床を離れる。

 

「わわわ」

 

と言った。どうもこの部屋、床の人工重力を消せるようになってたらしい。そのスイッチを知らずに入れてしまったのだ。

 

そのまま上へ。星空へ飛び上がっていくような、それとも頭から落ちていくような感覚。無重力など別に珍しい体験でもないが、そのまま窓を突き抜けて宇宙へ投げ出されそうな気がして、古代は軽い恐怖をおぼえた。

 

ガラスに当たる。その瞬間、心臓が止まる思いがした。この窓がパリンと割れたりしたらどうする?

 

しかし、もちろんそんなヤワな造りのはずもなかった。古代の体は透明な壁にハネ返された。そうしてフワフワ宙を漂う。手足をバタつかせてみるが、空気を掻いて泳ぎ進むというわけにもいかない。

 

だがそのうち床か壁に行き着くはずだ。それまでこうして星を眺めているしかないか――と思ったときだった。「きゃっ」という叫び声を背中に聞いた。クルーがひとり、今この部屋に入ってきて、中が無重力であるのに驚いたらしい。

 

空中でも身をよじることはできる。振り向いた。女がひとり、髪を振りつつこちらに飛んでくるところだった。

 

もう少しでぶつかりそうになりながら、ギリギリのところですれ違う。顔と顔とが一瞬だけ近づいて、その相手と眼が合った。見知った顔――船務長の森雪だ。

 

手を伸ばしてくる。気がついて、古代はその手を掴もうとした。しかし妙な回転がついてしまっていて(くう)を切る。

 

森は右手左手とこちらに向かって手を出してくる。古代は慌ててその手を捕まえようとする。やっと互いに手を握り合った。古代は森に引っ張られるようにして、ドームの天井にぶつかり止まった。

 

森と顔を見合わせる。外の宇宙がよく見えるよう、展望室の照明は暗く抑えられていた。見開いたふたつの瞳に自分の顔が映り込んでいるのが見えた。

 

森は古代にしがみつくように手を握ったままだった。それにハッと気づいたらしく、慌て気味に手を離す。

 

古代は手を引っ込めた。しかしふたりで宙に浮いているままだ。森はドームのガラス面を手で押して、髪をなびかせ降りていった。

 

古代は続く。床に着地したところでまた眼が合った。しかしなんだか、その目が吊り上がっているようだ。森はフワフワ広がる髪を押さえながら、「な、なんで……」と声を出した。

 

「なんで重力切ってるのよ!」

 

「いや、それが……」

 

「戻すわよ、いいわね!」

 

「うん」

 

森は装置に取り付いて、パネルを指で操作した。人工重力が戻るとともに、森の髪もパラリと垂れるが、彼女は気にした表情で頭に手をやっている。

 

窓に映る自分を見て髪を直した。元より宇宙軍艦乗りは、女と言えども決してそう長くは髪を伸ばさない。理由のひとつは言うまでもなく船外服のヘルメットを素早く被れるようにするためだ。この彼女もピンでまとめる必要などないギリギリの長さにしているようだが、もうひとつは今このように、いつなんどき無重力の状態に置かれないとも限らないから――そのときに髪を長くしていたらとても容易(たやす)いことでは済まない。古代は笑ってしまったが、そこでキッと睨まれた。

 

「えーと、その……ごめんなさい。おれ、出てくから、後はどうぞ」

 

「別にいいけど」肩をすくめた。それから古代の方を向いた。「あの……」

 

「はい?」

 

「その……タイタンのこと。どうもありがとう」

 

「は? ええと、何かしましたっけ」

 

「コスモナイトよ。あなたが運んでくれなければ、いろんなことが無駄になってた」

 

「ああ、まあ、それが任務だから」

 

「そうだけど……もしかしたら冥王星……」

 

また窓の外を見る。古代はかなり逃げ出したかった。この女はどうも苦手だ。まったく間の悪いところで出くわしたもんだと思う。

 

「まさかとは思うんだけどね、あんな作戦……でも、もしやるとなったら……」

 

この女とこの部屋に一緒にいるよりいいかもなあ。「まあ、任務だから」と古代は言った。

 

しかし考えてみた。冥王星攻略作戦。航空隊の〈ゼロ〉と〈タイガー〉が核を抱いてあの星の白夜の圏を手分けして基地を探して攻撃する? とても正気とは思えない。そんな作戦が成功するのか。いや、うまくいったとしても――。

 

森は言った。「成功しても、航空隊の損耗は避けられない。あなただって死ぬことになるかも……」

 

「そりゃまあ」

 

じっと見られた。ほんとになんなのかと思う。これは戦争なのだから、行けと言われりゃイヤとは言えない、とでも言うつもりなのか。そんなことはわかっているが、こんな女に『立派に死んでこい』なんてこと言われたくない。しかしとは言え、この彼女、作戦には反対なんじゃなかったのか。

 

「あたし、あの作戦は、無茶だとは思うんだけど……」

 

「はあ」

 

「それでも、冥王星をこのままにして太陽系を出てっていいと思っているわけじゃあないの。ガミラス基地は叩けるのならやはり叩いていくべきだし……」

 

「はあ」

 

「あたしがそう思うのは、ひとつには〈ガミラス教〉の問題よ。地球では今、ガミラスを神の使いとする宗教が勢力を増しているでしょう。テロや暴動を起こしたり、勧誘に乗らない家に放火したりと、どんどん危険な存在になっていってる。〈ヤマト〉が戻り着く頃にはどんなことになっているか……」

 

「はあ」

 

「これ以上信者を増やすべきじゃない。カルトの害を抑えるためなら、多少遅れを出すことになっても〈スタンレー〉は潰していくべきだと思う」

 

と森は言う。「はあ、ええと」と古代は応えた。ただハアハアと相槌を打ってるだけじゃいけないんだろうなと思い、何か言わねばと考えたけど、しかしまったく返す言葉が見つからない。

 

結局言った。「うん」

 

「いえ、あの」

 

と森は言った。急に慌てて取り繕うような調子になって、

 

「誤解しないでほしいんだけど、あたしは別にだからって、航空隊に『死ね』と言ってるわけじゃなくて……」

 

「そうですか」と言った。してないけどな、そんな誤解。「わかりました」

 

「いや、だから、そうじゃなくて」

 

「わかってるから大丈夫」

 

「わかってない! だからあの、その……」

 

森は言って口ごもった。しかし一体、この人は何をテンパッてんだ?

 

「ごめんなさい……」

 

「はあ」と言った。「それじゃ、おれは行きますから。後はごゆっくり」

 

「え? あ、うん」

 

エリート女士官なんてこれだからホント一緒にいたくねえよ。これ以上わけのわからないこと言われないうちに逃げ出そう。そう思って古代は小展望室を飛び出した。それから首を振って言った。「なんだったんだ、ありゃ」



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カルトの問題

「何やってんのよ、あたし……」

 

展望室にひとり残され、森はつぶやいて言った。無重力で舞い上がってしまったせいか、古代相手に〈舞い上がって〉しまったようだ。しかし一体、あいつに対して何をパニクることがあるのか。

 

本当はあんなことを言おうとしたのじゃないはずだった。しかし口をついて出たのは、ガミラス教の話だった。あんな話をいきなりされたら誰だって、めんくらうに決まってる。古代が返答に困っていたのは顔を見てわかったのに、切り替えできずに突っ走っていってしまった。あのままいったら最後はなんて古代に言っていたのだろう。

 

変な女だと思われたろうか。それが気になる。あの男にどう思われても別にかまいはしないはず。なのに気になるのはどういうわけか。会議の間もあれが敵に向かうかと思うとずっと気になってしかたなかったが――。

 

冥王星攻略作戦。もし実施されるとなれば、あの古代が隊長として〈ゼロ〉に乗り、何が待ち受けるか知れない敵地に赴くことになるのだ。作戦の成否が古代進という男ひとりにかかると言っても過言ではない。

 

いや――と思った。事はそんなものではない。地球人類の運命すべてだ。何もかもあの男ひとりの肩にかかってしまう。

 

だからあいつが気になるのか。失敗すれば航空隊は全滅だ。〈ヤマト〉もまた沈められるか、遊星基地をそのままに航空隊なしでマゼランに向かうことになるか。

 

あるいは一度地球に戻り、人類を救うための船でなくひと握りのエリートが逃げる船として宇宙へ再び出ることになるか。

 

古代進という男、それがわかっているのだろうか。会議の間、ただアッケにとられたように話を聞いていただけだったが。

 

それも無理はないと思う。あの作戦はやはり無茶だ。艦長は何を思ってあんな作戦を立てさせたのか。ここは島の言う通り、危険は冒さずマゼランに向かい、日程の遅れを取り戻すことを第一に考えるべきではないのか。

 

地球ではまず何よりも子供達が死に瀕している。〈ヤマト〉は子を救うための船なのだから。

 

もちろんそれはそうなのだが、しかし、と思う。太陽系をこのままに〈ヤマト〉は外に出ていいのか。できるものならまた数日の遅れを出しても〈スタンレー〉を叩いていくべきではないのか。

 

それが会議の間じゅう、森が考えていたことだった。地下都市ではガミラス教の信者が数を増やしている。〈ヤマト〉が帰り着く頃には、カルトがどこまで広がっているかわからない――その思いがずっと頭をグルグルまわり動いていたのだ。

 

この小部屋に宇宙を眺めに入ってきたのも、そもそもこんな考えで気が高ぶってしまっていて、少し冷静になろうと思ったからだった。それが気が落ち着くどころか、古代進――あのやっぱり疫病神のような男にぶつかってしまったせいで、すっかり頭に血が上ってしまったのだ。

 

それで何か話さなければいけないと思った。いつの間にかカルトの話をまくしたてていたわけだが、本当に言いたいのは別のことであるはずだった。しかし今、あらためてひとりになって考えてみると、それがなんだかわからない。先ほど自分は古代に対して何を言いたかったのだろう。

 

窓外の星を眺めて、今度こそ気を静めて考えてみようと思った。だが思考は乱れるばかりだ。〈スタンレー〉。叩くべきか避けるべきか。最後に決めるのは艦長であり、自分はそれに従うしかないわけだが、沖田艦長はあの古代を航空隊長にするのも決めた。

 

なぜ古代を? タイタンでは確かに思わぬ働きを見せた。島はあの男には得体の知れぬ強さがあると言っていた。艦長は古代が持つ何かをひと目で見抜いたと言うのか。〈ヤマト〉に必要なものとして――。

 

〈スタンレー〉を攻めるとなれば、その古代が〈コスモゼロ〉であの悪魔の星へ行く。そうだ。だからどうしても、わたしも何か彼に言うべきことがあると思ったのだ。ガミラス教のことなんかじゃなく。

 

いや、そもそも、悩んでいたのはカルトの問題じゃなかったのか? それがどうして、古代に何が言いたかったかという話になってしまうのか。やはりどうかしてると思った。今、地球の地下都市では、ガミラスを神の使いとする宗教が蔓延している。〈スタンレー〉を迂回して〈ヤマト〉が太陽系を出れば、カルトはますます信者を増やしていくことになる。

 

それはつまり、わたしのように狂った親に育てられる子を出すことだ。何百万という数で。

 

そう思ったとき、森は叫び出しそうになった。ダメだ、と思う。絶対にそんなことがあってはいけない。あんな大人の犠牲になる子を出してはいけない。そう誓ったわたしが今ここにいて、敵を前にしているのに。

 

やはりガミラスは叩くべきだ。できるのならば戦うべきだ。たとえそのため、日程をまた数日遅らすことになろうとも。

 

この〈ヤマト〉は子を救う船なのだから。そのため宇宙にいるのだからだ。そうだ、と森は思った。自分はそういう考えであるはずなのだ。



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三浦半島に遊星が落ちた日

「ユキ! ユキ! あれを見なさい! あれを見ればあなたも考えが変わるはずよ!」

 

母がテレビの画面を指して叫ぶのを、森雪は最初は聞こえぬフリして取り合わなかった。2192年。三浦半島に日本で最初の遊星が落ちた日だ。雪はこのとき高校生で、勉強机に向かっていた。こんな家なんとしても出てやるんだ。しかし男を捕まえて部屋に転がり込むなんていうのはごめんだ。となると道はそう選べない。士官学校の試験にパスして寮に入るぐらいしか……何しろ親があんなでは、学費は自分でどうにかするしかないのだから。

 

「遂に来たのよ!」母は叫んだ。「ほら見なさい! あたしが言ってた通りになった! 見ればあなたもわかるはずよ!」

 

バカらしい。雪は無視して数学の式を解くのを続けていた。普段ならばすぐあきらめて声をかけてこなくなるが、しかしこの日は違っていた。両親はドアをブチ破りそうな勢いで部屋の中に飛び込んできた。

 

「ちょっと! 入るなって言ってるでしょ!」

 

「また勉強!」母が言った。「あんたって子は! そんなのは無駄だと言うのがなぜわからないの!」

 

父も言う。「どうしてお前はそうなんだ! そんなことをしていたら、本当に楽園への道は閉ざされてしまうぞ。地獄で焼かれてもいいのか!」

 

「ああはいはい」

 

と雪は言った。こんな親にまともな返事をしても無駄だ。どうせまたすぐ『お前には悪魔が乗り移っている』だとか(わめ)くのだろう。これが毎度のことなのだから、イカレた親は持ちたくない。せめて男に産んでくれていたならば、勉強なんかしなくてもサッサと家を飛び出して仕事と住み()を見つけられていただろうに。

 

「とにかくすぐテレビを見るんだ!」父が言った。「今日という今日はお前にもわかる。遂に終わりのときが来たんだ! 神が人を滅ぼしに来てくださった!」

 

「ふうん」ヤレヤレと首を振った。「よかったね」

 

「そうよ! この日を何百年待ったことか!」

 

「ああもう」

 

嘆息した。今年、何歳なのよ、母さん。と思っても言ってはいけない。両親が信じ込んでるタリラリラン教団は明治だか元禄(げんろく)だか神武(じんむ)の頃から日本にあって、世界の終わりはもうすぐだ来年には終わるかもしれないいいや今年か再来年か、しかし三年も先ではないと去年もおととしも言ったけど今度こそは間違いないと毎年毎年言い続けてきた。何百年もの間ずっと。アラホラサッサな信者達は、それは大変だどうしましょう。カネです、お金を集めるのです。稼いで稼いで、稼いだものは、みんな教団に納めるのです。そして伝道に努めましょう。あなたの友や隣人を、みな信者にいたしましょう。そして持ち金残らず、いいや、尻の毛一本残らずカネに換えさせて教団に献じさすのです。あなたがそうしたときにだけ、神はあなたをお選びになられ、やがて来る滅びのときにあなたの魂をすくい取り楽園に運んでくださるのです。

 

「だからあんたも早く来なさい! 見れば今度こそわかるんだから!」

 

と母が言う。娘として生まれてこのかた、この親がマトモだった瞬間をただの一秒も見たことがないが、それにしても妙だった。盆と正月とクリスマスと七五三とハロウィンと七夕と、ブラジルはリオのカーニバルがいっぺんに――それら〈異教〉の祭はすべて、教団が悪魔の罠と呼んで戒律で禁じているが――やって来たように浮かれている。

 

父母は今にも首がギギギと一回転しそうだった。ふたりでドタバタと駆け回り、壁を駆け上がって天井を走り向こう側を駆け下りてグルグルグルグルとヴァーティカルにまわり出しそうな勢いだった。雪は両腕を押さえられとうとう椅子から引っ剥がされた。テレビのある居間へ引きずられる。

 

「なんなのよもう」

 

そして見た。神奈川県の三浦半島に遊星が落ちたというニュース。

 

「ほらね! 言った通りでしょ! 教えは正しかったのよ!」

 

「そうだ! 遂にときが来たんだ!」

 

父と母は手を取り合って、オイオイと泣いて感動を表した。雪は戦慄する思いで、テレビの画面と両親とを見比べた。

 

「どうだ! これが神の罰だ! 死ね! みんな死んでしまえ!」

 

「そうよ! 信じない者は、みな地獄へ落ちるのよ! 愚か者はみんな永遠に焼かれるがいいわ!」

 

父と母は叫び続ける。人が人でなくなる瞬間と呼ぶものがあるなら、たぶんこれがそれだろう。両親はもう人間でなかった。そこにいるのは鬼だった。二匹の鬼は、ザマアミロザマアミロとゲラゲラ笑って言い続けた。どうだ、これが終わりじゃないぞ。これは始まりにすぎんのだ。この遊星がすぐここにも落ちるのだ。我らを笑った者達は、神が地獄へ落としてくださる。我ら神を信じる者のみ、楽園へと行けるのだ――。

 

「ユキ!」叫んだ。「どうだ、これでわかったろう。今すぐ悔い改めろ! 救われるにはそれしかないんだ!」

 

「そうよ! 今なら間に合うかもしれないわ! これまでの(あやま)ちを認めなさい!」

 

雪は言った。「過ち? 何言ってんの?」

 

「何言ってるだと! これを見てもまだわからんのか!」

 

父が指し示すテレビの()をあらためて雪は見た。映っているのはまさに地獄の光景だった。無数の死体が転がっていた。手足がちぎれ、ねじ曲がり、折り重なって山となり、血が池となり広がっていた。ジグゾーパズルのピースをブチまけたようだった。煙を上げて燃えていた。その中をまだ生きている者達が、這いつくばって動いていた。服は焼かれ、皮は剥がれ、腹から腸をはみ出させ、もはや人の形などとどめぬものになりながら。テレビでは叫び声は聞こえない。匂いもしない。死んだ者らが最後に何を感じたか、まだ生きている者達がどんな苦しみの中にいるのか、()を見ていても想像できない。

 

しかし、これと似たものをどこかで見たことがあった。父と母は画面を見て満足げに頷いている。涙を流して微笑んでいる。この光景が本当に美しいものに見えているのだ。むろんそうに違いなかった。カルトに呑まれた人間は、他人の痛み苦しみなどに共感する心は持たない。だから、この地獄図をニンマリと笑みを浮かべて見ていられる。

 

思い出した。そこに映し出されているのは、このふたりが何十年も毎日毎日配り歩いた小冊子に描いてある絵と同じだった。やがて来る滅びの日。神がすべての人間を殺しに来てくださる日。このふたりはずっとそれを待っていた。このふたりには、これこそ神が存在し、()きものである証明なのだ。

 

「なんと素晴らしい」父は言った。「人が死んでる、人が死んでる、人が死んでる、死んでるぞ! もがいてる! 泣き(わめ)いてる! 無駄だ! どうせ死ぬんだからな! こいつらはきっと救われないぞ! いい気味だ! いつまでも苦しんでいろ!」

 

「ユキ! これでわかるでしょう!」母も言った。「ここに映っているのはみんな、地獄へ行くやつらなのよ! あんたもこうなっていいの? 救われたいと思わないの? これを見ても心が動かされないとしたらあんたはもう人間じゃないわ!」

 

雪は言った。「いいかげんにしてよ」

 

「な……」と母。「なんですって?」

 

「『いいかげんにして』って言ったの。あたしに構うのはやめて」

 

「お前……」

 

「もう堪えられない。こんな家にはいられない。あたしもう、こっから出ていく」

 

「何言ってんのよあんた。バカなこと言うんじゃないわよ。若い娘がひとりでどうするって言うの」

 

「それは……」

 

と言って言葉に詰まった。確かにそれに困るから、今日まで家を出るに出られなかったのだ。しかし雪はテレビの画面に眼を向けて、そこに答があるのを見つけた。

 

「ここに行くわよ。ボランティアが必要でしょう。あたしにも何かできることがあるはずよ」

 

言いながら、しかしどんなものだろうと思った。現地は外の人間が足を踏み入れられるような状況なのか。軍や警察に途中で止められることはないのか。

 

が、構うものかと思った。この地へ人を救けに行こうとする者は大勢いるはずだ。それに合流できるだろう。後はそれから考えればいい。

 

「バカかお前は。一体何を考えてる!」父が言った。「許さん! 絶対に許さんぞ! そんなことしたらそれこそ楽園に行けなくなるのがわからんのか!」

 

「そうよ、バカ言ってんじゃないわよ!」母も言った。「あんたがいま言ったことは、教えに(そむ)くことなのよ!」

 

その通りだった。両親の信じる宗教は、慈善の(たぐい)に関わることを戒律で厳しく禁じていた。そこらの店のレジにある募金箱に小銭を入れるのも許さない。そして言うのだ。世界のどこかで苦しむ人がいると聞いたら、手を差し伸べたくなるかもしれません。しかしそれは悪魔の罠です。人はどうせすぐ滅びて正しい者だけ甦るのだから、いま苦しむ人間は見捨てて構わないのです。つまり、それこそ本当の優しさ。募金するお金があるなら全部教団に献金しなさい。人はそれでのみ救われるのだから。

 

神はあなたを試されているのがわかりますね。偽りの善に惑わされてはいけません。ましてや――。

 

「あんた、人に血をあげようとか思ってんじゃないでしょうね!」母は言った。「それだけはダメよ、ダメなのよ!」

 

「そうだ!」と父も叫んだ。「こんなところ行ったらお前、献血しろと言われるに決まってるじゃないか! そんなことになっていいのか! 献血だぞ! 献血だぞ!」

 

「そうよ、献血よ! 献血よ!」

 

ふたりして献血献血と叫び出した。父母の宗教は戒律で輸血を禁じてもいるのだった。あまりに厳しく禁じるので、〈敬虔な〉信者はこの親どものように、異常なまでの拒否反応を示すようになっていく。自分の子供が大ケガしても、医者に向かって輸血なしで手術しろと迫るのだ。

 

世の人々はこんな話がニュースになると驚き呆れ、なんでそんな変な教えがあるのかと首を(ひね)って言うのだが、むろん雪はそのカラクリを知っていた。

 

「ユキ、死ぬやつは死んでいいんだ!」父は叫んだ。「救けるのは間違いなんだ! 今そこでもがいているのは神を信じなかったやつらなんだから、ほっときゃいいんだ! ほっておけ! 救けるのは神に対する裏切りなんだぞ!」

 

「そうよ、まして輸血なんて! 恐ろしい! 神がお許しになるわけがないのよ!」

 

つまり、こういうわけなのだ。〈輸血禁止〉の戒律は人から血をもらうのを禁じるためにあるのではない。他者に血を分け与えるのを禁じるための策略なのだ。人が死にかけていても構うな。救けようとするな。そんなヒマがあるのなら、一円でも多く稼いで教団に貢ぎ、一冊でも多く冊子を配れ――この理屈で成り立っている宗教では、当然、自分や自分の子がケガしても他人の血をもらってはならないものとしなければならない。

 

でないと教義が矛盾するのだ。だから言う。あなたの子供がいま死ぬとしても、それは神に召されるときが来たということなのです。なのにどうして、その権利を放棄するのです? 輸血によって生き延びさすのは、神を裏切ることであるのがわかりますね。あなたの子は地獄に行くしかなくなるのです。むろん決断をしたあなたも、もう楽園に行けません。だから献血もしちゃいけません。

 

というわけなのだ。これで信者は人が苦しむのを見てもほっておけるようになる。人間の心を失くして鬼になるのだ。教団の狙いはそこにあった。雪の両親はもうどのみち人の血を体に流していなかった。

 

この人でない者達に今日まで育てられてきた。愛情を感じたことなど一度もなかった。それも今日でおしまいだ。今日を境に、この夫婦は今まで曲がりなりにも顔に貼り付けていた人の仮面を剥ぎ取るだろう。どうだよく見ろワタシ達が正しかった、世の終わりがやって来た、今から神を信じたとしても遅いのだぞと道を叫んでまわるだろう。だからわたしは、この家にはいられない。この町にはもう住めない。どうせ出ていくしかないのだ。

 

「どいてよ」と言った。

 

「輸血する気ね」母は言った。「死ぬべき者を輸血で生かす気なんだね。そんなことは許さない。あんたはよくても、あたし達まで楽園に行けなくなってしまう。あたしには、あんたを正しく育てる義務があったんだ。なのにそれを果たさなかったことになってしまう」

 

「『どいて』って言ってるでしょう」

 

「ユキ、なぜだ」父も言った。「なぜお前は、そんなにも歪んだ考えを持てるんだ。父さん達が人を救うためだけにこうして生きてきたというのに、お前は自分のことばかり……お前のせいで父さん達が協会でどれだけ肩身の狭い思いをしたか……お前は自分さえ良ければいいのか!」

 

「あはははは」笑うしかなかった。

 

「何がおかしい!」

 

「悪魔よ」母が言った。「やっぱり……ああ、なんてこと……この子には悪魔が取り憑いてるのよ。そうでなきゃ――」

 

「そうか」と父。「そうなのか。そうなんだな? そうなんだな?」

 

「うん、まあ、そういうことにしといていいから」雪は言った。「お願いだからそこをどいてよ。楽園でもどこでもふたりで行けばいいでしょ?」

 

「お前というやつわあっ!」父が怒鳴った。

 

「悪魔あ――っ!」母も絶叫した。「こいつを、こいつをこの家から出しちゃいけない! 殺すのよ! こいつは殺さなければダメよ!」

 

掴みかかってきた。雪は慌てて廊下に逃げた。しかし狭い家の中だ。ドタバタ追いかけ合いになった。そのうち母が包丁を持ち出してきた。

 

振りかざす。雪は隅に追い詰められた。

 

「悪魔めえ」母は言った。狂った顔にニタニタ笑いを浮かべていた。

 

「悪魔めえ」父も言った。逃すまいと手を広げている。

 

飛び掛かってきた。



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良くない状態

「悪魔め」

 

と沖田が言った。第二艦橋。会議の後、今は沖田と真田だけが残っている。冥王星の立体画像はまだ映し出されたままだ。

 

「見ていろ、決して貴様らに地球を奪わせはしない……」

 

「艦長」と真田が言った。「やはりこの星を攻略するおつもりですか」

 

「そうだ。避けてゆくことはできん。基地を潰していかなければ、やはり人類に明日はない。たとえコスモクリーナーを持ち帰ってもだ。我々が戻る頃には人は残らず殺されてるよ」

 

「かもしれませんが……」首を振った。「しかし、この作戦は……」

 

「〈メ号作戦〉そのままか。そうだ。あえて、勝つ見込みのない作戦を立てさせた」

 

「どういうことです? 冥王星にはガミラス艦が百隻いる。〈ヤマト〉が行けば、その百隻がワッと出てくるに決まっている――この作戦は、それをまったく考慮に入れていないとしか思えません」

 

「いや。その点は問題にならん」

 

「は? いえ、しかし……」

 

「〈ヤマト〉が行く頃、船はいない。しかし必ず、別の罠をやつらは張っているはずだ。それをどう切り抜けるか……この戦いはそこで決まる」

 

「ええと」と言った。「なぜそんなことが言えるのです? いや、それはともかくとして、罠とはどんな?」

 

「それはわしにもわからんよ。わかるようなら罠にならんじゃないか。だがある。必ず、地球の船がワープ能力を持ったとき、外宇宙に出ていかせぬために仕掛けているものが……やつらは決して地球人類を見くびっておらん。だから遠いこの準惑星に基地を構えねばならなかったのだ。そして白夜の圏内に造るしかないとなれば、決して攻撃させないための備えが必要になる」

 

「だから罠があるとおっしゃる? 敵は地球がいつか〈ヤマト〉のような船を造って、基地を叩きに来るかもしれぬと考えていたと?」

 

「そうだ。当然のことだろう」

 

「それは……しかし、だと言うなら、その罠とはまさにこの〈ヤマト〉を一撃に沈めるようなものということになりませんか?」

 

「当然だろうな」

 

「そしてまた、それが何かはわからない。そう考えていると言うのに、迂回せず敵に向かうとおっしゃるのですか」

 

「そうだ」と言った。「作戦など立てようがあるまい。波動砲が使えぬ以上、航空隊を送って基地を探させて、核で攻撃するしかないのだ。それ以外は考えるだけ無駄だ」

 

「そんな……いえ、それならそれで、なぜ先ほどの会議で何もおっしゃらなかったのです? この〈ヤマト〉が沈んだら……」

 

「そう。何もかもおしまいだ」

 

「それがわかっているのでしたら……」

 

「そうだな。〈ヤマト〉は戦うための船ではない。イスカンダルに行くための船だ。しかし君こそ、それがどういうことであるのかわかっているか」

 

「何を質問なさっているのかわかりませんが」

 

「人だ。人の問題だよ。さっきの会議、君は見ていてどう思ったかね」

 

「それは」

 

と言った。応えようにも、考えをまとめるまでにしばらく時間を必要とした。しかし沖田は黙って待つ顔だった。真田は言葉を選んで言った。

 

「あれは良くない状態です。航海部員は日程しか頭になく、戦闘部員は戦うことしか考えていない。この〈ヤマト〉が沈んだらすべて終わりであることを誰もが忘れているようだ。地球人類を救うという思いは同じであるはずなのに……」

 

「そうだな。互いに互いのことを『非現実的』となじっている。このままではどちらを取ってもうまくいかんよ。〈スタンレー〉を叩くことも、イスカンダルに向かうことも」

 

「ですから、あそこで艦長が何か……」

 

「いいや。これはわしが上から押さえつけてどうなるというものではないよ。君の言う通り、人々を救う思いはみな一緒なのだからな。こういうときは下に対して決して『ダメ』と言ってはいかん。ヒトラーと同じ間違いを犯すことになる」

 

「だから何もおっしゃらなかった? しかし、ではどうするのです?」

 

「どうもせんよ。わかってたことだ。ほっておく」

 

「いえしかし、それは……」

 

「フフフ」笑った。「確か、前にも同じことを君に言ったな。あれは古代のことだったか」

 

「はあ……しかし、それもお聞きしたいことです。また古代のことですが……」

 

「ほう。なんだ」

 

「その前にまず伺います。〈スタンレー〉に行くとなれば、航空隊の損耗は避けられないでしょう。基地を叩き潰せたとしても、〈ゼロ〉と〈タイガー〉をすべて失ったらどうするのです? 一度戻って戦闘機とパイロットを補充しますか?」

 

「フム」と言った。「いや、できんな。その場合は航空隊なしでマゼランへ向かうことになる」

 

「でしょう。我々はそうせざるを得ない。にもかかわらず、古代は部下をまったくまとめられていません。あの古代に隊を任せて〈スタンレー〉に送るのですか」

 

ニヤリとした。「心配だな」

 

「艦長、これは笑い事では……」

 

「そうだな。地球の運命が、あいつにかかっていることになる。あのまったくどこの馬の骨なのかもわからんようなパイロットに……しかし、腕がいいことはこないだ証明されたろう」

 

「腕の良し悪しの問題ではありません。古代に隊が率いれるかどうかです」

 

「心配だ」とまた言った。「しかしなるようになるさ」

 

「艦長……」

 

「冗談だよ。古代なら心配要らん」沖田は言った。「やつの闘争心はただ眠っているだけだ」



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重い足取り

冗談じゃねえ、夢なら覚めてほしいよなあ……古代はそう考えながら、重い足取りで航空隊の区画に向かっていた。展望室に宇宙を眺めに入ったのも、そもそも区画に戻るのが気が進まなかったからだ。会議が終わると加藤は仮にも上官である自分を置いてサッサと行ってしまったし、戻ったところで部下であるはずの者達と口を利くこともできない。

 

なのに、どうやらおれ達で、冥王星の基地を見つけに行くことになるかもしれないぞ、とは。一体どんな顔をしてそんなことを言えばいいのか。

 

なんとかして逃げてえなあ……そう思った。あの艦長はこのおれを逃走心の固まりとでも思っているわけだよなあ。だって逃げるのがうまいやつが欲しいとか言ってたじゃないか。本当に、おれなんか使ってどうする気なんだ。

 

タイタン以来、航空隊のパイロット達や船の他のクルー達が自分を見る眼は変わった。変わったが、しかし異分子を見る眼であるのに変わりはない。むしろ前より悪くなった気さえする。

 

以前は露骨に疫病神を見る眼だった。この〈ヤマト〉という船に乗る資格のないがんもどきを見る目つきだった。なんかわけのわからんやつが〈コスモゼロ〉のパイロットだとよ。あんなの役に立つのかね。艦長は一体何を考えてんだ――そういう眼で見られていた。

 

それがどうだ。タイタンだ。古代自身は、ただただ必死で敵から逃げていただけで、何をしたというつもりもなかった。コスモナイトを自分が運んでいるために多くのクルーがヤキモキしているかもなんて、逃げながら考えている余裕なんかあるわけがない。

 

よりにもよってあのがんもどきが……終わってみれば〈ゼロ〉には敵のタマ一発当たっていなかったとなって、誰もが驚愕したという。こっちだってビックリだ。ちょっとなかなかないことをやったようだなと思ってから、周囲が自分を見る眼に気づいた。

 

最初は、これまでがこれまでだから、何も変わってないのかと思った。しかし違った。まわりの者らは、化け物でも見るかのようにこちらを見るようになったのだ。

 

そうだ、そうなるに決まっていた。円周率を何千桁も覚えたり、大食い大会でラーメンを何十杯も食うようなやつ。あるいは百階建てビルの外壁を素手で登ったりするようなやつ――その同類とみなされたのだ。確かに人とは思えぬほどの芸を持つやつなのかもしれない。でもそんなの、気味が悪い。やっぱり得体の知れないやつは腕がどんなにいいと言っても信用できない――。

 

それが人間というものだろう。この〈ヤマト〉の乗組員は選び抜かれたエリート集団。対して、おれはがんもどきだ。会社で言えば一流大出のバリバリキャリア族の中に、バイトの高卒あんちゃんてとこだ。ちょっとばかり特技があれば大きな顔ができるというもんじゃない。

 

だが何よりも、タイガー乗りだ。タイガー隊のパイロット達のおれを見てくる目つきが違う。隊長としておれを信頼していいか疑っている眼になった。

 

当然だろう。連中にすれば自分の命がかかっている。戦闘機乗りは船の盾だ。敵のただなかに突っ込んで、イザとなれば体当たり。ミサイルを自分が受けて船を護る。敵と刺し違える覚悟のない人間を、戦闘機には乗せられない。

 

〈タイガー〉のパイロットは華形(はながた)だ。咲いた花なら散るのは覚悟だ。生きて地球に帰るなどむしろ望んでないだろう。訓練で鍛えられてそうなっている。だからそういう顔をしている。

 

ひとり残らずだ。しかし、だからと言ったところで、別に無駄に死にたいと思っているわけではない。

 

ゆえに何よりも隊長だ。自分の命を預けられるやつなのか。こいつが『死ね』と言うなら死ねるやつなのか――それを確かめようとする。階級が上であるから従うとか、腕が良ければ見込まれるとかいう単純なものではありえない。

 

おれは〈タイガー〉のパイロット達に、戦って死ねと言うことができるか。自分自身が船を護って死ねるかどうかもわからないのに。

 

だから途方に暮れていた。おれなんかが隊長で信頼されるわけがない。あのヒゲの艦長はそんなことがわからないのか?

 

この前に艦長室で言われたこともよくわからない。一体おれに何を望んでいると言うんだ。

 

さっきのあの女にしても……森雪だっけ。なんだありゃあ。〈スタンレー〉をこのままにすればガミラス教徒が増えるからとか――他に心配することねえのか? さぞかし成績優秀で細かいことにも気がまわるんだろうけど、人の気なんか全然わかりゃしないんだろうな。

 

ああ気が重い。荷が重い。地球の運命なんか背負って前線に出ていくやつの気が知れねえよ。ましてやこんなマンガみたいな戦艦で、冥王星をブッ潰してマゼランか。

 

冥王星は〈スタンレー〉……隠語の意味はわからなくもないことだけど、一体誰がそう名付けたのやら。

 

やはり正気とも思えない。宗教に逃げ込むやつがいるのもわかるよ。あの森とかいう女も、少しは弱い人間の気持ちをわかってやれるようになったらどうかね。あんまりマジメに考えないでさ。

 

おれなんか何も信じるものも、救いになるものもない……そんなことを考えながら、古代は通路を歩いていった。



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麻雀

『信じる者は救われるのです。何も心配は要りません』

 

ヒラヒラした(ころも)をまとった女が語る姿がテレビに映っている。しかし映像は乱れがちだ。天王星の軌道辺りまでくると、ガミラスの通信妨害によりテレビ放送などの受信も難しくなる。藪は機関室員仲間と共に、麻雀卓を囲みながら画面に眼を向けていた。映っているのは、〈テレザート星のテレサ〉とかいう異星人のお告げを受けたと称する宗教の教祖だ。

 

卓を囲むひとりが言った。「なんだ? またガミラス教か。くだらねえ」

 

「こんなもん信じるやつの気が知れねえな」

 

と別のひとりが応じる。テレビやラジオが流す音に、『ガミラスは神の使いだと信じよう』と語る声が混じり出したのはいつからだろう。最近はそのテのカルトに放送局が乗っ取られたようになっているらしい。多くの人はそれと気づけばテレビを消すかチャンネルを変えるが、

 

「けどやっぱり地球じゃ信者が増えてんだろうな」

 

とまたひとりが言った。それを受けて「そりゃそうでしょう」と応える者が、

 

「おれの姉貴がダンナと一緒にガミラス教に入信しちゃって、子供連れて出家(しゅっけ)だよ。今頃どうしているんだか」

 

「おやまあ」

 

「やっぱあれだよな。このままだと親の自分達よりも我が子が先に放射能で死ぬ。その現実に堪えられなくて……その心理にカルトがつけ込むわけだ。子が死んでも魂が高い所で甦ると言われたら、その教えにすがりつく」

 

「そうか。気持ちはわかるよな」

 

藪はテレビの画面を見た。天女の羽衣といった感じの服をヒラヒラさせた〈テレサの預言者〉とかいう女。けれども顔は、その辺にいくらでもいそうなおばちゃんだ。短足メタボで鳥の巣パーマ。恍惚とした表情でなんか言った。

 

『ワタシはメーテル』メーテルという顔じゃないなあ。日本語で話してるからたぶん日本人だろうし。『若者にしか見えない、時の流れの中を旅する女……』

 

一同がしばし黙り込み、見てはいけないものを見てしまった顔で首を振った。

 

「やっぱ、これを信じるやつの気が知れねえ」

 

「宗教なんてこんなもんだ」

 

「そうだけどさ」

 

今、地球の地下都市では〈ガミラス教〉と呼ばれる宗教が広がっている。その信者は年々増えて、生き延びている人口の一割にも達するものとされていた。この〈ヤマト〉が出発した時点でだ。

 

ただし、ひとつの宗教ではない。『ガミラスによって地球人類は滅びるが我が教団に入る者だけ救われる』とするカルト集団が多くあり、信者を奪い合っている。これを総して〈ガミラス教〉と呼んでいるのだ。あるカルトはガミラスを神の使いとし、人は死んだら魂のみが高い世界へ行くと言う。別のカルトはガミラスを悪い宇宙人とするのだが、善い宇宙人――たとえば〈テレザート星のテレサ〉のようなのが別にいて、テレサに任命された〈メーテル〉である自分だけが人を宇宙列車に乗せて約束の星へ連れて行けるのだとかなんとか言う。おばちゃんのチリチリパーマはどうも『鳥の巣』と言うよりも、海苔巻き型の帽子でも頭に被っているような奇妙な形にセットされていた。これはどういう趣味なのだろうか。

 

主張がバラバラなのだから、彼らは互いに対立し、殺し合いまで起きている。日に〈万〉の単位でだ。施設に火を放ち合い、十人が棒を振るってひとりを襲う。別の教えを信じる者は悪魔に憑かれた者なのだ。許せば自分が救われなくなる。だから殺すしかないのだと叫んで。

 

きのうまで親しかった隣人が、もう人には見えなくなる。政府も悪魔と通じている。だから殺せ。殺せ。殺せ。他には何も信用するな。

 

どうせ多くの人が死ぬ。あと数年ですべて死ぬのだ。だから今、百や二百を殺したところで何も変わるところはない。これは神のためなのだ。それが人類のためなのだ。だから殺すのをためらうな。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

 

そう叫んで彼らは互いに殺し合い、とばっちりで関係のない人間までが死ぬことになる。いや、関係ない者などいないのだ。カルトから見ればすべてが敵だ。二百年前に〈オウム〉と名乗る集団が自分ら以外すべてを敵とみなして殺していいものと考えたように、彼らは殺す。政府のビルにテロを仕掛け、市民の街を暴動で荒らす。後にはただ、麻雀牌をかき混ぜたように、無数の死体が転がるのだ。

 

『神の言葉を信じましょう。〈ヤマト〉なんてものはいません。あれは政府の嘘なのです。騙されてはいけません』

 

〈メーテル〉に代わって画面に現れた男がそう言った。これもガミラス教だろう。

 

『神はお告げになられたのです。ガミラスにより地球人類は滅ぼされると。あらゆる抵抗は無駄なのです。なのに〈ヤマト〉。〈波動砲〉。そんなものにすがってどうするのですか。ガミラスに立ち向かうのは、神に刃向かうも同じこと。そうです。勝てはしないのです。政府を信じてはいけません。宇宙戦艦〈ヤマト〉など、存在すらしないのですよ。すべて人々を惑わす嘘です。神はそうワタシにお告げになりました』

 

「やれやれ」と、卓を囲むひとりが言った。「おれ達、いないことにされちまった」

 

『あなたを救えるのは本当の神が認めたワタシだけです』テレビの中の教祖は続ける。『神は人類を試されています。(けが)れた者を滅ぼした後で、ガミラスは真の姿を現し、選ばれた者を導いてくれるのです。こうしている今もワタシには神の声が聞こえます。〈ヤマト〉などいない、〈ヤマト〉などいない、〈ヤマト〉などいない……ああ、そうです。これほど確かなことが他にあるでしょうか?』

 

「あるでしょうか、って言われもなあ」とまたひとりが言う。「なんでそんなにおれ達がいないことにしたいんだよ」

 

「そりゃ、困るもん、こいつらは。人が滅亡しないで済んだら予言が外れたとなるんだからな」

 

「そうだけどさあ」

 

「カルト集団はどれもみんな、〈ヤマト〉なんてそもそもいないと言ってるか、いるとしてもガミラスに(かな)うわけないと言ってるかだね。『救えるのは自分とこの教えだけ』と(うた)っている以上、〈ヤマト〉がガミラスに勝ってはまずい」

 

「ましてやイスカンダルの話がほんとだったりしてはいけない。コスモクリーナーで放射能が除去されたら、『神の声を聞きました』と言ってた立場がなくなるからね。だからすべては政府の嘘としなけりゃならない」

 

「それはわかるんだけどさあ」

 

「『〈ヤマト〉なんて存在しない』。それがいちばん都合がいいんだ。やつらの〈神〉は、やつらが聞きたいことだけ耳にささやいてくれる。だから今のこいつには、たぶん本当に聞こえるんだろうよ、『〈ヤマト〉なんかいない』って」

 

「わかるけど……」薮は言った。補充員である自分はまだ、この旅について理解できてないところがある。「カルト信者でなくっても、この船の実在を疑っている市民が結構いるわけでしょ。でなきゃ、たとえいるとしてもエリートの逃亡船だろう、とか……」

 

「そりゃそうだ。大体もともとそうなんだから」

 

とひとりが言い、また別の者が、

 

「ワープに波動砲、イスカンダルにコスモクリーナー……雲を掴むような話と思うよ。こうして乗っていたってそうなんだからな。〈ヤマト〉をほんとに見たこともない地球の人に『信じて待て』と言うのが無理さ」

 

「ええ」と藪は頷いてから、「人は『〈ヤマト〉は帰る』と言うより、『〈ヤマト〉なんていない』と言うのを信じる……でも、それで大丈夫なの? そんなのでこの船が戻るまで地球はもつのかな」

 

「それなんだよな」

 

とひとりが、牌を手にして見ながら言った。

 

「『滅亡まで一年』という期限はあくまで、水の汚染の進行を元にした推算だ。カルトのテロがそれを縮めるおそれは計算に入れてない」

 

「それじゃあ……」

 

「ああ。はっきり言って、一年ではたぶん間に合わない。それどころか、日程通り九ヶ月で戻ったとしても手遅れになっているかもしれない」

 

とまたひとりが言って、またまた別の者が、

 

「だからとにかく、『一日でも早く帰ろうと努めなければ』と、航海組のクルーは言っているわけさ」

 

薮は言った。「あの島っていう……」

 

「そう、あれだ。まったくあの操舵長が言ってる通りなんだけどね」

 

手元の牌の並びを見たが、麻雀にまるで集中できなかった。藪は思い巡らしてみた。『滅亡まであと一年』。この〈ヤマト〉は、そう告げられて宇宙に出た。けれどもその数字はひとつの目安に過ぎない。十三ヶ月で戻ったとしても、人の多くはまだ生きている。ただ、生きている子供達に、余命宣告せねばならないというだけだ。君達は誰ひとりとして、大人になることはできない。あと数年で癌に体を食われて死ぬと、言わねばならないというだけだ。だから十三ヶ月ではいけない。一年以内に戻らねばならない。

 

いや、もっと早くにだ。日程通りに九ヶ月で戻るならば、いま生きている子供達の多くは成長できるという。十ヶ月ではしかしその半分に下がる。十一ヶ月でさらにその半分に落ちる。〈ヤマト〉が一日遅れるごとに、一万十万二十万、最後には日に百万人の子が(やまい)に侵されていくのだ。

 

しかしそれも目安に過ぎない。地下都市の水の放射能は、日々濃度を増している。それは飲み水ばかりではない。農業用水。畜産用水。いや、もはや地球では、草を育てて家畜に食わせ肉やタマゴを取るなんてことはもうできないという。それをやったら人の絶滅を早めるのだ。

 

地球に残る人々の身に、放射能が日々蓄積されつつある。特に、何よりも子供達だ。〈ヤマト〉がたとえ九ヶ月で地球に戻り、彼らをみな救けたとしても、それは命だけのことだ。誰もが障害を抱えながら生きることになるだろう。おそらくせいぜい四十か、五十歳の命だろう。

 

ではどうする。急ぐしかない。急げ。急げ。一日でも、一分一秒でも早くだ。コスモクリーナーを持って戻る。〈ヤマト〉にできるのはそれだけだ。だから急がねばならない。滅亡まであと一年。ならそれまでに戻ればいい――決してそんな話ではない。日程では九ヶ月。ならばそれを守ればいい――そんな話ですらない。

 

そんな数字は目安なのだ。水の汚染と子の命。ただそれだけを基準とし、それ以外の不確定要素はまったく考慮に入れていない。それ以上に伸びることは有り得ぬが、縮む方にはいくらでも縮まる。極端な話、ガミラスが明日、波動砲と同じものを造り出し、それで地球を撃つことだってないと言い切ることはできない。

 

〈ヤマト〉の旅がたとえ成功したとしても、手遅れである場合も有り得る。だから航海組のクルーは先を急がなければと言う。どんなに早く帰ろうと早過ぎるということはない。

 

確かに言う通りなのだ、あの島とかいう男の……機関室にもたびたび現れ、徳川のおやじさんとやいのやいのと言い合ってるが。

 

急げ。地球は〈ヤマト〉の帰りを待っている。しかし果たしてどうなのだろう。本当に人は〈ヤマト〉を待っているのか。

 

テレビを見れば、ときにどこかの学校が画面に映ることがある。子供達がカメラに向かい、せーので声を揃えて言う。『〈ヤマト〉の皆さん、ボク達は、皆さんの帰りを待っています。コスモクリーナーを持って必ず地球に戻ってきてください』。しかしこいつは、大人が言わせているだけだ。本当は誰に向かって言わせているかまったく知れたものじゃない。

 

〈ヤマト〉を待てと政府は言う。しかし信じられるだろうか。誰がアテにするだろう。待つも待たぬも、〈ヤマト〉など、そもそも本当にいるのかどうか。

 

まずそこから疑わしい、ということになると、どう応えればいいと言うのか。しかし実在を疑う声は大きくなっていくだろう。〈ヤマト〉なんかいないんだろ。そうなんだろ。いいかげんに本当のことを言えと市民は言い出すだろう。

 

それが人間というものなのだ。人は人を信じない。神を(かた)る者を信じる。そして今やガミラスが神だ。

 

神は人を滅ぼすものだ。滅ぼしてから救うものだ。だから神はガミラスと信じる者は救われる。その教えを広めよう。邪魔するものは打ち倒そう。

 

これは聖なる戦いだ。我らの神だけ救いの神だ。他のいわゆる〈ガミラス教〉と呼ばれるカルトの者らは殺せ。『〈ヤマト〉は帰る』などと言う政府を信じるやつらも殺せ。隣りの家に火をつけろ。その隣りにも火をつけろ。

 

地下都市では雨は降らない。強い風が吹くこともない。だから市民住宅は紙のパネルで出来ている。あくまで仮りの住まいのはずのものなのだ。火をつければあっという間に燃えてしまう。

 

地球ではカルトの火が燃えている。〈ヤマト〉がワープし波動砲を撃つことが、その炎に油を注ぐ結果を生んだ。カルトを信じる者らにとって、〈ヤマト〉は決して帰ってきてはならない船だ。その〈ヤマト〉が太陽系を出たときに、地下の人々はどうなるだろう。

 

子供達は? 〈ヤマト〉は子供を救う船だ。だからそのために宇宙にいるのに、日程からすでに大きく遅れている。

 

滅亡まであと一年。そんなものは目安という。日程では九ヶ月。それすらアテにならないという。〈ヤマト〉が戻ってきたときに、地球の子供が生きる望みが残されている保証などは何もない。

 

それでいいのか? 何か手を打つべきじゃないのか? とにかく急げ。ただ遅れを取り戻せ。航海部員はそれだけ言う。他にできることはないと。

 

そうなのだろうかと藪は思った。この計画そのものに無理があるのではないか。コスモクリーナーで放射能除去。なるほどそれができると言うなら確かに結構なことではあるが、まずは子供を救えと言うなら何か他に現実的なプランが考えられないのか。

 

たとえば――。



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ジャンケン

「たとえば、〈ヤマト〉でイスカンダルへ行くのではなく、ガミラス艦を何隻か捕獲。それを元にワープ船の量産を図るという考えがありました」

 

と新見が言った。航空隊のシミュレーター管理室だ。〈ゼロ〉と〈タイガー〉のシミュレーターが並ぶ部屋に隣接し、パイロット達の訓練を見守り、指示が出せるようになっている。今も数名のタイガー乗りが〈機〉を操っているさまが、いくつもの立体画面に映されていた。部屋にいるのは新見の他に、加藤と南部、山本と、さらに数名の航空隊員。南部は〈ゼロ〉と〈タイガー〉の模型を手にして遊んでいる。

 

それはほっといて、加藤が言う。「で、どっか他の星系に逃げようとしたわけですか。でも『ガミラスを捕獲する』って、〈ヤマト〉一隻でどうやる気だったんですか? それにワープ船の量産なんて、半年かそこらでできるんですか」

 

「そう。現実的なようで、まるでダメな案でした。やはり〈ヤマト〉はイスカンダルへ行く船として、〈ガミラス捕獲艦隊〉は別に作って運用せねばならなかった」

 

南部が「行くぞ、合体だ!」と言って、〈ゼロ〉と〈タイガー〉の模型をふたつくっつけ合わせた。「ガシャッ、ガシャーン! 〈ゼロ〉と〈タイガー〉がひとつになるとき、無敵ロボット〈ゼロタイガー〉に変形するのだ。ジャジャジャーン!」

 

一同が黙って南部を(にら)んだ。山本が口をニッコリとほころばせ、けれども目に殺気を込めて南部に言った。「ひとつ、〈ゼロ〉のシミュレーターを試してみますか、一尉?」

 

「いや、いい」と言った。「ごめん、なんの話だっけ」

 

「〈スタンレー〉攻略です」と新見。「イスカンダルからコスモクリーナーを持ち帰る。それがまさに雲に手を伸ばすような話であっても、人類を救う道は他にありません。より現実的な選択肢、などというものは考えられない」

 

一同が頷いた。

 

「しかし一方、冥王星をこのままにすれば、やはり人類に明日はない。あと一年や十年と言わず、数ヶ月で〈滅亡の日〉が来るでしょう。おそらく〈ヤマト〉の出航が、その期限を縮めてしまった」

 

航空隊員のひとりが言う。「たとえ〈ヤマト〉が九ヶ月で戻っても滅亡を防げない……」

 

「そう考えるべきです」と新見。「まず、ガミラスの脅威がある。これまで敵は地球をじっくり嬲り殺しにする手で来たが、今後は一気に殲滅する手でかかってくる見込みが強い。そうなったとき地球に勝ち目は薄いというのがひとつ。もうひとつは、人類自身が内に抱える問題です。気がかりなのはガミラス教徒や降伏論者、陰謀論者によるテロ……」

 

「その心配を除くには、〈スタンレー〉をやるしかないと言うんですね。それにはおれ達が基地を見つける以外ない……」

 

「そうです」

 

と言った。今この部屋の中にいるのは、航空隊の中でも主だった者達だ。まず〈タイガー〉のパイロット。〈ヤマト〉には32機の〈タイガー〉戦闘機が格納される。4機ひと組の八つの編隊。それぞれ〈ブラヴォー〉〈チャーリー〉〈デルタ〉〈エコー〉……といった具合に呼ばれるチームの小隊長ら。そして彼らを裏で支える後方支援組の者達。

 

新見の言葉に互いに頷き合いながらも、みな表情は固かった。突きつけられた任務の重さと難しさに(おのの)いているようだった。

 

無理もなかった。2機の〈ゼロ〉と32機の〈タイガー〉、ただそれだけの戦闘機で、冥王星全体の二割にも及ぶ白夜の圏を基地を探して飛ばねばならない。各機体の性能ならば不可能ではないと言え、しかしそこには敵がいるのだ。戦闘機に代表される小型宇宙艇の性能では、地球のものはガミラスのそれを上回るとされている。まして〈ゼロ〉と〈タイガー〉は最新鋭の超高性能機。しかし、ものには限度があろうというものだ。

 

会敵(かいてき)したらどう戦えと言う気なんだ? 相手は戦闘機だけでも千や二千じゃきかないでしょう。おれ達にひとり当たり百も二百機も相手にしろと言う気ですか」

 

「それに、対空火器に艦艇……〈タイガー〉じゃデカブツ相手に刃が立ちませんよ」

 

「て言うか、敵とぶつかったら基地を探すどころじゃないでしょう。基地を攻めるための艦隊にできなかったようなことを、戦闘機でやれなんて……」

 

隊員らが口々に言う。しばらくして、加藤が言った。

 

「〈タイガー〉は要撃機です。船を護るための戦闘機だ。このような作戦に向いているとは言えない」

 

もっともな言い分だった。この作戦は失敗した〈メ号作戦〉そのままだ。冥王星を攻めることのみを考えて編成された特務艦隊。その力をもってしても、ガミラス基地を落とせなかった。なのに、それと同じことを、はるかに劣る戦力でやれと言うのは無茶な話だ。

 

「何千という敵の迎撃を切り抜けて、ラスボスを見つけ核攻撃? テレビゲームみたいなことを要求されても困ります。命が惜しくて言うんじゃない。地球を救うためならば、死ぬとわかっている作戦でもおれは行くが……」

 

加藤の言葉に全員が頷く。まさに戦闘機乗りの目だった。命を惜しむ者などいない。生きて地球に帰れるとそもそも思ってすらいない。船を護って死ぬ覚悟、地球のために散る覚悟だ。それを固めきっている。彼らはまさにサムライであり、万の敵を見せたところで決して(ひる)みはしないだろう。むしろそんな状況を切り抜けた者が選ばれた。この戦争で戦闘機に乗るのはロシアン・ルーレットだと知っており、銃を自分のこめかみに当て平気で引き金を引くことができる。そうしてまた生き延びれば、むしろチェッと舌を打つのだ。

 

〈ヤマト〉を護るタイガー乗りはそうでなければならなかった。しかし、だからと言ったところで、この作戦は話が違う。

 

「〈ヤマト〉はもう何があっても一時帰還はできないんでしょう。替えが利くならおれ達は死んでいいですよ。しかし補充ができないのなら、ここで全員死ぬわけにはいきません」

 

と加藤。南部も「うん」と頷いた。

 

新見は言う。「艦長は、敵の数は心配するなと言っておられます。我々が〈スタンレー〉に行くときそこに敵はいない。いても、たとえば戦闘機なら、せいぜい百機というところだと」

 

「なぜそんなことが言えるんです?」

 

「わかりません。まだ教えるわけにいかないということなので……それでもわたしとしては、艦長のその考えに基づいて作戦を立てねばなりませんでしたが」

 

「ふうん」と言った。「百機ね」

 

考えているようだった。34対100。それが本当なら、ひとりが3機殺ればいい――単純に計算すればそうなるが、実際にそう簡単に事が運ぶはずがなかった。まず4機にまんべんなく12機ずつ向かってくるわけではあるまい。しかしそれは置くとして、こちらが先に1機殺られてしまったらどうする。それで3対12――ひとりが4機相手にしなければならなくなる計算だ。2機殺られたらひとりが6機。3機殺られたらひとりで12機。

 

「ねえ新見さん。おれとジャンケンしてくれませんか」

 

加藤が言った。新見は「は?」と聞き返したが、加藤が拳を出しているのを見てジャンケンポンと手を出した。加藤がパーで新見がチョキ。

 

「そちらの勝ちです。勝つ確率は2分の1だ。でももう一度続けて勝つのは4分の1。三連続は8分の1。四連続は16分の1。五回連続して勝つ確率は32分の1となる」

 

「ええまあ」

 

「戦闘機乗りが五機墜とせばなぜエースと呼ばれるか。これはつまり命を張った丁半バクチに連続して五回勝ったということなんです。テレビゲームで五を墜とすのは簡単ですよ。五百だろうと、五千だろうと、網でトンボ採るのと同じだ。だが実戦はわけが違う。自分の命を賭けなきゃならない。しかも、この作戦には、地球人類の運命がすべてかかっているという」

 

新見は応えなかった。加藤は言った。

 

「なのに、話があやふやだ。ダブルエース・トリプルエースの集まりならばひとりが3機墜とすのは楽勝だろうという考えで作戦を立てられては困ります。トリプルエースと言ったって、誰も決して一度に15機相手に勝ったわけじゃないんだ。1対1なら我々は敵に敗ける気はしませんよ。けれどもいくらおれ達が腕利き揃いで、〈タイガー〉の性能がいいからと言って、ひとりが一度にみっつの敵と渡り合えるというわけでは――」

 

と、そこにドアを開け、部屋に入ってきた者がいた。一同がそちらを向いて、何か急に変なものでも飲み込んだような顔になった。

 

「何?」

 

とその男は言う。黒いパイロットスーツに赤の識別コードをつけた男。古代だった。この管理室が大勢の者で一杯になっているのに驚いたらしい顔だった。しかもなんだかみんながみんな妙な眼で自分を見るのにたじろいだようす。

 

航空隊長古代進。この場にいちばんいなければならないはずの身でありながら、先ほどの会議の後でフラリとどこかに行ってしまって姿を見せないでいた男。それがこのタイミングで、またフラリと現れたのだ。武装のないオンボロ貨物機で3機のガミラス戦闘機を墜とした男。足枷付きの〈コスモゼロ〉で15に追われて逃げ切った男。

 

その男が、この場からまたどうやら逃げ出したそうな顔して言った。「どうかした?」

 

「いいえ」と山本が、一同の顔を見てから言った。「なんでもありません」



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老いた者から

「事は一対一だとか、十対一とかいうことじゃないだろう」

 

と島が言う。〈ヤマト〉中央航法室だ。

 

「百対一の話だというのをみんな忘れてないか? 冥王星にはガミラス艦が百隻いて、〈ヤマト〉が行けばワッと出てくるに決まってる。何度も言ってることじゃないか。みんな何を期待してんだ。おれが船をうまく操りゃ、その百隻と渡り合えるとでも思ってんのか」

 

「まあねえ」

 

と太田が応える。3Dのマトリックス画に映される〈南天〉の図に線をあれこれと引いていた。航海組ではすでに太陽系を出る航路の選定にかかっている。

 

「戦うより〈南〉に向かうのを考えるべき。ぼくもそうは思うけど……」

 

「なんだよ」

 

と言った。大マゼランは〈南〉にある――地球から見ればの話だが、太陽系を出てマゼランへ進路を取ることを航海部員はいつからか〈南へ向かう〉と呼ぶようになった。地球で北極点に立ち、真上を見上げてあるのがポラリス――北極星だ。対して夜の南極で、空の高くを見上げて探すとボンヤリと小さな雲のようにあるのがマゼラン――〈ヤマト〉が行くべき星の雲は、〈南の宇宙〉にあるのだった。

 

大マゼラン星雲は、〈天の南極〉の星雲だ。ゆえに、ひとたびその方角に進路を向けて太陽系を出たならば、振り返っても決して地球の北半球は見れなくなる。もしも百万光年先から母なる地球がはっきり見える望遠鏡があったとしても、それを覗いて見えるのは半月型の南半球だ。地球の南が夏なら太り、冬には少し痩せるけれど、真ん中の弦に半分食われてあるのは南極大陸。そのようにしか見えはしない。コスモクリーナーを持って戻らない限り、決して北半球を――そこにある日本列島を――また目にすることはない。

 

だから〈赤道を越える〉とも、誰からともなく言い始めた。北半球を故郷とし家族を残す者にとって、太陽系を出ることはまさに赤道を越えること。そのように言っておかしくはない。

 

イスカンダルへ行くのなら、早く〈南〉へ向かうべき。なのに〈ヤマト〉は地球の〈黄道(こうどう)〉――惑星が並んでまわる面上にいて、西へ東へさまよっている。まだ〈赤道を越え〉られない――航海組のクルーにとって、これは到底我慢のならない話だった。

 

「だいたいな、〈ヤマト〉は敵に十対一で勝てるように造ったなんて言うけどな」と島はまた言った。「タイタンではどうだったよ。駆逐艦を二隻ばかりそりゃ確かに沈めはしたよ。けれどもそれが精一杯だったじゃないか。敵がやって来る前に試射で砲が過熱してたと。でもそれだけじゃないだろう。駆逐艦どもは〈ヤマト〉に近づけば命がないのをわかってたから遠くから爆雷を撒いてきた。そうして網を張られた後は、もう手出しできなかった。だから二隻を殺っておしまいだったんだ」

 

「うん、確かに」

 

「敵はバカじゃない。テレビゲームの標的みたいに闇雲に向かってくるだけならば、百隻いたってまあ怖くはないだろうさ。だがタイタンで敵は駆逐艦隊に爆雷の網を張らせておいて、〈ヤマト〉を閉じ込めて戦艦が有利に戦える状況を作ろうとした。もしあのまま戦ってたら、主砲がまだ撃てたとしても〈ヤマト〉は殺られちまってたんだ」

 

「そうだろうけど」

 

「タイタンでは網をくぐってなんとか逃げることができた。けど次は〈スタンレー〉だぞ。どうする、太田。百の敵に囲まれても、お前なら逃げ道を見つけられるか」

 

「それを言われるときついけど……」

 

と太田が言う。タイタンで敵の包囲網を抜ける道を見つけたのは沖田だが、それに従って脱出路を計算したのはこの航海長だった。だがあのときは、敵にしても、〈ヤマト〉を完全に取り囲むほどの余裕は元々なかった。

 

けれども次は敵の本拠地。最初から張り巡らされた防衛網に(みずか)ら飛び込めと言われたら。

 

航海士として、その船頭はやりかねるというのがやはり内心のところだろう。まして〈ヤマト〉は戦うための船ではない。イスカンダルからコスモクリーナーを持ち帰るための船なのだ。その任務を優先し、〈赤道を越え〉て〈南に向か〉う。太陽系を出るための航路算出。今はそれに努めるのが彼の仕事のはずだった。しかし太田は言った。

 

「ぼくの父さん、帰る頃にはたぶん死んでると思います」

 

「え?」

 

「癌でね。やっぱり、放射能のせいですよ。あと半年か、一年かという話ですけど。でも進行が早まったら……」

 

「いや……」

 

「だからまあ、死ぬのはしょうがないとしても、なんとかね。コスモクリーナーを持ち帰って、『やったぞ』と親父に言ってやりたいんだけど。死ぬ前に、人類が滅亡を免れるのを見せてやりたいんですが……」

 

「なんだよ」と言った。「なら、それこそ、早く行かなきゃいけないじゃないか。早く戻れば親の死に目に間に合うかもしれないんだろ? 『おれはやった』と言ってやれるかもしれないんだろ? ならそう思えよ!」

 

「わかってますけど」

 

「だったらさ」

 

「でも、だからこそ、〈スタンレー〉をこのままにして赤道越えていいのかと思って……もし遊星が止められたら、親父の癌の進行も少しは……」

 

「おい、いいか。いま遊星を止めたところで、地下都市の水の汚染を止めることにはならないんだぞ。お前の親が飲む水の汚染はどんどん濃くなっていくんだ。体にはそれがどんどん溜まっていくんだ。お前の母親の体にもだ! だからただ一日も早くコスモクリーナーを持ち帰って……」

 

「わかってます。わかってますけど」

 

「わかってるならなんだよ。おれがわかんねえよ」

 

「だから、希望の話ですよ。もし遊星が止められたら、もしガミラスを追い出せたら、親父はそれを希望にして〈ヤマト〉を待てるんじゃないかって。そうすりゃ、癌の進行も少しは……」

 

「それは……」

 

と言った。〈ヤマト〉は何よりまず子供を救うためマゼランへの旅に出た。一日遅れれば十万人の子供が死に、百万人の女が子を産めなくなると言って出た。だから旅を急がなければいけないのだと……だが、地球で先に倒れて死んでいくのはまず年老いた者からだ。コスモクリーナーを持ち帰り水を浄化したとしてもそれはあまり変わらない。高齢者は数年のうちに大半が死ぬことになる。

 

太田だけのことではない。クルーの中に、〈ヤマト〉が帰る頃には親は死んでいるかもと宣告されている者は多くいるだろう。たとえどれだけ急ごうと、この点に関して望みはほとんどないのだ。

 

「わかりませんけどね。どっちにしても、親父は半年の命かもしれない。〈スタンレー〉の攻略なんて、とても〈ヤマト〉一隻でできることとも思えないし。タイタンと違うのは……」

 

と、太田は太陽系の図を見て言った。星にはそれぞれ重力の強さを示す表示が添えられている。

 

宇宙空間に天体があれば、それが持つ重力がまわりの空間を歪ませて目に見えない〈場〉を作る。見えはしないが、たとえて言えば、アリジゴクの巣のような万物を引き込む重力の罠だ。近づくものは星に落ちるか、その天体の衛星となってまわりをまわることになる。

 

船がその中でワープしようとするのは、斜面に斜めの穴を開け潜り込もうとするようなものだ。それではまともにワープできずに間違ったところに行ってしまうか、悪くすれば星を破壊してしまったり、船が超空間に閉じ込められて永遠に出られなくなくことになるかもしれないと言う。

 

まあとにかく、星の近くでワープはできない。そう言われているものは、やってはいけないことなのだった。

 

太田は立体画面を見ていた。ワープすることのできないエリアが、各天体のそれぞれを線で囲んで示されている。

 

タイタンで状況を困難にしたのは、ひとつにこの問題があった。まず土星が極めて大きなワープ不能域を作っていて、タイタンがそれに重なる空間にまた別の重力の罠を張っていたのだ。タイタンが地球の月の1.5倍の直径を持つかなり大きな星だったのが、あの戦闘で〈ヤマト〉の離脱を難しくした。

 

これに対し、冥王星。直径はタイタンの半分以下。質量は十分の一しかない。ゆえに、もし攻めるとなれば、この前とは違うのは――。

 

「星に近づくことでワープできなくなる心配はあまりしなくていい、と言うのがまずひとつですね。衛星カロンもさらに小さな星なわけだし」

 

と太田は言った。〈スタンレー〉攻略戦。航海部員として戦いには反対の立場を取りながらも、まったく頭になかったわけではないらしい。

 

「やるとしたら一撃離脱なわけでしょう。基地を見つけて打撃を与えサッサと逃げる。航空隊を収容するまで敵の攻撃を(かわ)せりゃいいんだ。船が百隻いるからと言って、全部相手にすることはない。ぼく達はただ遊星を止めさえすれば……」

 

「まあな」

 

と島は言った。太田の言葉を考えてみる。タイタンと違い、今度は補助エンジンを温存する必要はない。エンジンが焼き付く限界まで〈ヤマト〉を振り回してやれるのだ。太田が敵の攻撃をくぐり抜ける道を見つけ、自分が船を操縦する。ラリーのカーレースのように。

 

サーチエンドデストロイ・アンド・ヒットエンドランと新見は言った。敵の殲滅はしなくていいのだ。基地を見つけて一撃を与えるのにさえ成功すれば、後は地球の防衛軍が反攻に転じることができる。地球の地下の人々は希望を持って〈ヤマト〉の帰りを待てるだろう。まさしく後顧の憂いが絶てるというもの――。

 

「しかしだな。何度も言うが、そううまくいくと思うか?」島は言った。「おれにはとても、これは勝てるとは思えないね」



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アキレス腱を探される

「おれだって、きっと勝てると思っているわけじゃないよ」

 

南部が言った。まだ航空隊のシミュレーター管理室だ。〈ヤマト〉の模型を手にしていじりまわしているが、オモチャじゃないので砲塔は回るようには出来ていない。波動砲の砲口部分に指を突っ込む。

 

「波動砲がやっぱり無理となった時点でこれはダメかもと思ったもんな。〈スタンレー〉に敵は百隻。どう考えても勝てっこない。なのに艦長は、おれ達が行く頃には敵はそこにいないと言う。いてもほんの数隻だと……」

 

古代は山本に連れられて〈ゼロ〉のシミュレーターに入ってしまい、残ってるのはさっきからいる人間だけだ。

 

加藤は話を聞きながら、モニター画面に眼を向けた。古代の〈アルファー・ワン〉と山本の〈アルファー・ツー〉。二台の〈ゼロ〉のシミュレーターが訓練課程を始めようとしている。

 

古代進。この〈隊長〉は、とりあえず〈ゼロ〉を乗りこなした。誰しもそれは認めなければならないだろう。けれども次の段階はどうだ。二機・四機の味方とともに編隊行動が取れるのか。できないのなら、どんなに腕が良かろうと隊長の役は任せられない。

 

が、しかしどうだろう。できるできないと言う以前に、指揮官としてあまりに頼りない感じだが。このパイロットはがんもどきだ。グーニーバード、荷物運びの間抜けな鳥だ。やはりあらためてそう思う。宙を器用に飛びはできても、敵と闘える人間だとは……。

 

しかし沖田艦長は、顔をひと目見ただけで古代を隊長にしたという。一体――。

 

「どんな根拠があって、艦長は敵はいないなんて言うんだ?」南部が言った。「いてもほんの数隻だと言うのなら、それは決して戦えない数じゃないだろうが……」

 

聞いて加藤は考えてみた。〈ヤマト〉は十と戦える。同じ大きさの戦艦なら三隻と――確かにそう言われている。〈タイガー〉もまた、一機が三機と闘えなくはないだろう。敵がそれだけであるという艦長の言葉が本当ならば、勝ち目がないわけではない。

 

だが、数だけのことだろうか。一対三であろうとも一対十であろうとも、数の不利をひっくり返して勝った(いくさ)は古来いくらもあるだろう。勝つか敗けるか。分けるのは、結局のところ指揮官だ。指揮官がダメであるなら戦いに敗け、優れていれば勝利が得られる。歴史は常にそれを繰り返してきたのであり、ガミラスとのこの戦争でもまた変わることはない。

 

沖田十三、機略の男。この〈ヤマト〉の艦長は、ガミラスとの戦闘で幾度も不利を(くつがえ)し味方を勝利に導いてきた。しかしその沖田でも、冥王星は落とせなかった。なのにどうして、その沖田が、失敗した同じ作戦をやろうというのか。

 

これはまったく、ダメな指揮官のやることだ。ダメな後方指揮官がダメな現場指揮官の背中を押して、ただ信じよと精神論のみの言葉を部下に怒鳴り、敵に万歳突撃をかける。それが死中に活を見た例などひとつもあるわけがない。すべて無駄な玉砕に終わった。

 

〈機略の沖田〉もヤキがまわった? 古代のような男を使おうとするのを見ると、そう思ってしまいそうな気になるが。

 

しかしそれでも、古代はよくいる学校の成績だけは良かったような〈今日から士官〉とは違う。『ひとりの部下も決して無駄に死なせない』などとおっしゃる新米隊長さんは、必ず顔に《だってそれだとオレのキャリアに傷が付くことになるからな》と書いてるものだ。ひとり死んだらもうどうでもよくなって、『みんなオレと一緒に死のう』と叫んで敵に突っ込もうとする――しかし軍のお偉方に好まれるのは、おおむねそんなタイプだったりするのだ。坂井一尉の代わりなど本部に要請していたら、どんなカミカゼ隊長が来たかわかったものではなかった。

 

それに比べたら、少なくともマシ? そうかもしれない。そして確かに、何か得体の知れないものを持ってる。あの古代が隊長としてもし頼りになるのであれば――。

 

勝てる。そういうことになる。沖田艦長の見込みが確かであるのなら。艦長が古代の中に見たものを、自分もまた見出して信じられるのならば。そのとき部下も全員が古代についていけるだろう。

 

「『〈ヤマト〉は十と戦える』と言うけれど、それは条件のいいときだ」南部が言った。「もしも敵がテレビのチャンバラものみたいに一度に一隻が一隻ずつ、デタラメに砲撃ちながら突っ込んでくるだけなら、これは〈ヤマト〉の敵じゃないよ。砲は千発も撃てるんだから、一発ずつ千隻ぶっ飛ばしてやればいい――でもそんなことあるわけないから一隻殺るのに百発撃たなきゃいけないだろうっていう想定なんだからね。何より敵はバカじゃない。まともにやれば百対一でも敗けるのは必ず計算するはずだから、不利をカバーする戦術を練るに決まってる」

 

「そう。タイタンがそうでした」

 

新見が言った。

 

「バレーボールの試合みたいなもんですね。選手の背が高いとかの、ちょっとした差で大きな有利不利が出て、強い方がバシバシ大量得点する。しかしそれが(くつがえ)ると、去年はすごく弱かったチームが前回の敵に雪辱を果たす。地球とガミラスの関係はこれと同じです。ゆえに〈ヤマト〉は勝てるけれども、だからと言って油断はできない。僅差(きんさ)で有利なだけなのだから、敵は必ずアキレス腱を探しにかかる」

 

「それを見つかるとおしまいなわけか」航空隊員のひとりが言った。「沖田艦長はこれまでに不利をハネ退ける戦術をいくつも編み出してきた。今度は敵が〈ヤマト〉に対して同じことをしようとする……」

 

「そう。だからそのためにも、本来ならば交戦はやはり避けねばなりません。たとえ勝っても、戦うたびに、〈ヤマト〉のデータを敵に与えることになってしまいますから。けれど……」

 

「〈スタンレー〉については別か」加藤は言った。「冥王星だけは叩かなければ、やはり人類の未来はないから。しかし……」

 

しかしだ。それだけではないように思う。交戦は避けなければならないという。戦うための船でないからというだけでなく、戦えば戦うほどにデータをさらし、己の首を絞めるからと。しかし、決してそうはいくまい。〈ヤマト〉はいずれ、どうしても戦わなければならなくなる。そのときは必ず来ると考えるべきだ。

 

冥王星をいま避けるのは簡単だ。航空隊の損耗も出すことなく済むだろう。しかしどうする。イザというとき、それで果たして戦えるのか。

 

いいや、と思った。今がイザというときだろう。今このときに戦わず、〈ヤマト〉が今後の戦いに勝ってゆけるとは思えない。

 

やらねばならないときはやらねばならないのだ。問題は、まさに〈ヤマト〉のアキレス腱なのではないかと思えるのが、自分達を率いるはずの航空隊長古代進一尉であるということだが……。



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トリトン

HUD――ヘッド・アップ・ディスプレイの向こうに湾曲した地平。遠くに青い海王星が浮かんでいるのが大きく見える。

 

古代は〈ゼロ〉でその衛星トリトンの上を〈飛んで〉いた。むろん現実のそれではなく、シミュレーターが作り出す仮想のゲーム空間だ。しかしコクピットの〈窓〉に映る映像は本物と目で区別がつかず、機を操るごとに体にのしかかるGも人工重力によって完璧に再現される。〈視界〉に広がる(すす)けた大地。それはまさしく実際の天体のそれと変わらない。

 

トリトン――この星がヴァーチャル訓練の舞台に選ばれたのは、ガミラス基地の攻略を見据えてのことであるという。冥王星についてのデータは(とぼ)しく、いま現在の白夜圏を精査したものは存在しない。ゆえにシミュレートしようがない。

 

そこで、代わりにトリトンだ。この星はいくつかの点で冥王星と環境が似ている。まず大きさだ。冥王星が直径2300キロなのに対して、トリトンは2700キロ。少しばかり大きいだけ。

 

次に太陽からの距離。歪んだ楕円軌道を持つ冥王星は、三十年後に海王星より太陽系の内側に入る。そのため今はやはり少し遠いだけで、感覚的にほとんど変わらぬ距離にあると言うわけだった。

 

よって、太陽から届く光の量も同じ。今、古代が〈窓〉に見るトリトンに注ぐ太陽の光は、明るくないが暗くもない。地球で満月の夜に見る月光の百倍ほどであると言う。冥王星の白夜圏もとにかく丸みと明るさだけはこれと似ているはずだった。

 

ガミラス基地は冥王星の白夜に在る。だからそれを探せと言う。そしてまた、トリトンも、永い白夜の圏を広く持つ星なのだと言う。〈ゼロ〉の行く手に巨大な黒い噴煙が見える。トリトン名物の間欠泉だ。大地の氷が永い白夜の太陽光を受けて割れ、液体窒素の水煙を10キロの高さに吹き上がらせる。そして再び凍りつき、個体窒素の黒い雪となって降るのだ。

 

古代の〈ゼロ〉――〈アルファー・ワン〉はその中をくぐる。僚機を務める山本の機体〈アルファー・ツー〉がついてくる。二台並んだシミュレーターはこれをひとつの訓練として、同じ仮想空間の中に二機を描いていた。

 

トリトンの仮想の空に再現される海王星はかなり大きな円に眺めることができる。タイタンで見た土星よりそれは遥かに大きかった。海王星それ自体の直径は土星の半分くらいだが、距離がぐっと近いからだ。

 

海王星とトリトンの間は35万キロで、海王星はその直径が5万キロ。つまり今の古代の目には、5メートルの大玉を35メートル離れた場所から見るのと同じなのだった。

 

冥王星はどうだろう。カロンという連星がかなり大きく見えるはずだが、しかしあれよりは小さいだろうか。古代は視線を空から正面に向け直した。レーダーマップにトリトンの地表。古代の機体の斜め後ろにつけてくる山本機の指標がある。《A2》――〈アルファー・ツー〉を示す記号と合わせて《FRIEND》の文字。

 

フレンド。味方機を表すコードだ。

 

仮想とは言え、それが後からついてくる。僚機として自分の背中を護る任を負わされて――今は古代が敵の基地を探して地表を見ながら飛び、山本は敵の迎撃を警戒し周囲に気を配りつつ飛ぶ、その訓練となっている。エンジン音や細かな振動までも再現された〈機内〉にいる限りこれは現実としか思えず、古代は背中に山本の視線を感じるような気さえした。

 

山本のシミュレーターにも、こちらの機がわずかな動きも正確に描き映されているのだろう。山本はおれを見ながら飛んでいる。HUDの中の指標として眼で追いかけて、決して位置をズラさないよう機を操りながら。

 

それが僚機と言うものだ。しかし古代は落ち着かない気分だった。背中に視線を感じて飛ぶというのがなんとも居心地が悪い。

 

山本に護られながら飛ぶのは、同時に、山本の命を自分が預かることだ。トリトンの上を飛ぶのは、それだけで、すでにかなりの技倆を要するミッションだった。〈ゼロ〉は今、地上わずかに数百メートルの低空を時速五千キロ――地球で言えばマッハ5にもなる速度で飛んでいる。秒速なら1.5キロ。乗る人間の体感としてはまさに地面スレスレと呼ぶべきもので、実際、わずかに手元が狂えば即激突と言うことになる。

 

当然、自分に合わせて飛ぶ山本もまた墜落だ。ただ訓練の性質上、高度を上げるのは許されず、速度を落とすこともできない。

 

けれども〈ゼロ〉の翼はトリトンのあるかなしかの薄い大気を受けて機を高く上げようとする。星の重力を脱する速度をすでに超えている機体は、トリトンの丸みに沿って飛ぼうなどとはしてくれない。そのためひたすら舵を取り、前のめりに機首を下げつつ飛ばねばならない。

 

気を抜いたらそれでおしまい。フリーハンドで正確な円を描けとでも言われるような飛行だった。加えて、ひどく視界が悪い。白夜に黒い雪が舞う。窓に叩きつけてくる。翼にもそれが付着して、機の制御を奪おうとする。

 

トリトン。いずれ砕け散り、海王星の〈輪〉になるだろうとされる星。シミュレーターはどこまでもそれを細密に再現している。冥王星の白夜もまた、これに似た地獄であろう。同じように雪が舞っているかもしれない。黒い雪か、青い雪か、血の色をした赤かもしれない。

 

そこへおれが行くと言うのか。おれでいいのかと古代は思った。レーダーに映る山本機の指標を見る。《A2 FRIEND》。しかし、本当に味方だろうか。

 

山本か、と古代は思った。おれのことをどう見てるのかよくわからない女だ。今は仮想だからいい。しかし実際に飛んだとき、本当におれを護ってくれるのか。

 

山本は自機の後ろについてくる。もし、おれなどは航空隊の隊長にふさわしくないものとして、亡き者にしてしまった方が後のためだと考えたなら、照準の輪におれが乗るこの機を捉えて、引き金を――。

 

引く。それでおしまいだ。古来、無能な上官は、部下の手により戦場でそうして始末されてきた。山本がそれをしない保証があるか。

 

山本は違うとしても、加藤はどうだ。航空隊の他の者らは。隊長がおれではダメだと皆が考えているならば、冥王星に行くにあたってまず背中を撃っていこうという話になって不思議はないのじゃないか。

 

山本の機が後ろにいる。それは自分が隊長として試されていることでもあった。落ち着かないのはだからそのせいでもあった。山本は今、照準におれを定めているのじゃないか。おれを撃つための訓練を今しているのではないのか。

 

それでもいいさ、という気もした。戦闘機隊を率いるなんて柄でも器でもないのは、おれが自分でよく知っている。人類の運命を懸けた戦いでそれをわざわざ思い知らされて死ぬよりは、そうなる前に引導を渡してもらった方がいい。

 

だからその方が気が楽だ、と古代は思った。いっそこれが現実で、いま味方に後ろから撃たれて死んでしまえたらいいのに、と。



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エースの条件

「隊長機を正面から撃て?」

 

加藤は言った。シミュレーターの管理室。モニターには古代と山本の飛行をシミュレートしたリアルタイムの映像が映し出されている。〈アルファー・ワン〉と〈アルファー・ツー〉。トリトンの仮想の空を飛び続ける二機の〈ゼロ〉。

 

「そうです」と新見が言った。「このヴァーチャル訓練は後でガミラスの戦闘機と会敵するようプログラムが組まれているわけですね。これを変更し、いま隣りで訓練しているタイガー隊と闘ってもらう。で、〈タイガー〉のパイロットらにひとつ指令を与えるのです。『〈アルファー・ワン〉と真正面に撃ち合え』と」

 

「それはいいが、どんな意味があるんです?」

 

加藤は言った。これは仮想のシミュレーションだ。テレビゲームと同じであり、何があっても本当に機が墜落するわけではない。しかしパイロットが気絶して、医務室に(かつ)ぎ込まれるなんてこともないとは言えない。並みの人間をいきなり乗せたら死んで不思議はないほどの強烈なGにさらされるのだ。

 

一秒間に1キロも進む宇宙戦闘機同士に真正面で撃ち合いをさせる〈ヘッド・オン〉――ボクシングで言えばクロスカウンターパンチというところだろうが、本気でやらせてヘタをすれば熟練したパイロットでもひどいダメージを受けるだろう。人間が耐える限界を超えた衝撃が一瞬にかかるおそれは充分にあった。それを承知でやれと言うのか?

 

「これを見てください」

 

新見は言って、モニターに3Dの映像を出した。何やら一機の宇宙艇が宇宙空間を行くようすが表されている。

 

戦闘機のものではなかった。七四式軽輸送機。〈がんもどき〉と呼ばれる醜いアヒルの子だ。

 

「古代一尉が〈サーシャの船〉を追うガミラスと遭遇したときのデータを解析したものです」

 

「ふうん」

 

と言った。そんなものが存在するとは初耳だったが、しかし驚くことでもない。古代についてきたあのロボットが記録していて当然なのは加藤にもわかることだった。それを新見が分析したというわけか。

 

それよりも意外なのは、

 

「あの話、やはり本当だったのか?」

 

加藤は言った。航空隊の隊員達も顔を見合わせてモニターを覗く。彼らの誰もが、まさかという思いでいるようだった。

 

当然だろう。パイロットが墜としていない敵を墜としたとホラを吹くのは当たり前にある話だ。誰も古代がガミラスを一度に三機墜としたなんていう話を信じてなどいなかった。どうせ偶然、〈サーシャの船〉の残骸を見つけただけだろと思っていたのだ。ましてそのとき乗っていたのが武装のないオンボロ貨物機? 一体どうすりゃ、そんなことが可能と言うのだ。

 

「まあ確かに、フラップなんて古い手で一機殺ったのは見たが……」

 

とひとりが言った。あの沖縄の空でのことだ。古代は無人戦闘機を一機失速させて墜とした。それは確かにおれも見たなと加藤は思って頷いた。

 

古代はこれまで全部で四機を墜としたという。あと一機でエースだという。すでにそれだけで驚異的だ。互角の機体が1対1でやり合えば、勝つ確率は2分の1。二機墜とすのは4分の1。三機墜とすのは8分の1で、四機墜としてエースまであと一機に迫る確率は16分の1となる。

 

けれどもそれは、敵と互角である場合だ。乗る機体の性能がこちらの方が上であるなら、当然勝つ確率は上がる。アニメを見過ぎテレビゲームをやり過ぎたそこらのガキが『五機墜としてエース』と聞けば、なんでタッタそれだけの数でと言うだろう。戦闘機の性能が地球の方が上であるなら、勝って当たり前じゃないか。十機二十機百機二百機墜とせて当たり前じゃないか。ウン、ボクに、ちょっと〈ゼロ〉なり〈タイガー〉なりに乗させてくれたら、たちまち千でも一万機でもガミラスやっつけられるんじゃないかな、と。エースというのは十万くらい墜として初めて名乗るもんじゃないすかねん、と。

 

なわけ、ねーだろ。ヲタクなど社会にとって有害なだけでなんの役にも立たんのだから、〈ヤマト〉が戻ってくる前にひとり残らず死んでいやがれ。〈タイガー〉や〈ゼロ〉が強いにしても、あくまで1対1の話だ。かつて飛行機がプロペラで地球の空を飛んだ時代、〈零〉と呼ばれた戦闘機があった。1対1なら敵の方がたとえ新型でも敗けないなどと言われたが、二機相手だとカラキシだった。当たり前だ。そういうものだ。ひとつ間違えば墜とされる。ゲームのようにボタンひとつでそれをなかったことにはできない。命はひとつしかないのだ。だから、殺られたらおしまいだ。

 

腕がいいというだけではダメだ。場数を踏んで闘いに生き残る(すべ)を身に付ける。それができた者だけが、五機目を墜としてエースと呼ばれるようになるのだ。

 

最初の一機は戦闘機の性能で偶然勝てもするだろう。二機目でようやく落ち着いて敵を狙えるようになる。三機目を殺ったところでこれをずっと続けていればいつか自分は死ぬことになるとあらためて思う。四機目でそれがたまらなくおもしろくなるが、しかし五機目……。

 

この〈ヤマト〉の航空隊の者達は、全員がそれを乗り越えてここにいる。多くの仲間が五機目を殺れず死んでいったのを見ている。ゆえに誰もがよく知っていた。一対三で敵と闘うなどはまともな作戦じゃないと。

 

新見が言ったバレーボールの話と同じだ。なるほど選手の背が高ければ試合において有利だろうが、だからと言って五人の敵にふたりで向かうチームがあるか?

 

しかし、古代――この男は、経験など何もないのに死地を三度くぐり抜けた。いずれも決して本来なら生き延びられるはずのない状況を。ここに並ぶトップガンでもまさかと思う状況を。

 

四機墜としてエースまではあと一機。しかしこれが事実なら、この〈四機〉は四十にも、ことによると四百にも相当するものかもしれない。

 

その証拠となるものが、いま見られるというのである。戦闘機に乗る者が、身を乗り出さずいられるわけがなかった。全員がモニター画面を注視する。

 

「最初のポイントはここです」新見が言った。「敵は三機のうちまず一機だけを〈七四式〉に差し向けました。この時点では明らかに敵は古代を軽んじています。真正面から古代に向けて敵は突っ込み――」

 

そこで黙った。古代が敵の攻撃を躱す瞬間を再現した映像が流れる。並ぶ者達が息を止めて見守った。

 

ひとりが言った。「今の動きは――」

 

「はい」と新見。「これはいわゆる、〈クルビット機動〉です」



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クルビット

〈クルビット〉とは機体を鉄棒の逆上がりか、サッカーのオーバーヘッドキックのように(ひらめ)かせ、一瞬に宙返りをする技を言う。真正面からビームを撃ちつつ向かってくる敵の攻撃を躱すには、確かに有効な手かもしれない。しかし、

 

「冗談だろ」加藤は言った。「〈がんもどき〉でクルビットなんてできるわけない」

 

皆が頷く。クルビットはよほどの高機動戦闘機でなければできないはずの芸当だ。貨物機がやったなんて話は前代未聞だろう。

 

「ですが、これは……」

 

新見は言って、()をもう一度再生させた。立体モニター画面の中で、古代のオンボロ〈がんもどき〉がヒラリとばかりに〈バク転〉し、敵戦闘機の攻撃を後ろにやり過ごしている。フライトデータを解析してこうなったのは確かなのだ。

 

再生が続く。古代がまず一機を倒し、残る二機に追撃されて、それを互いにぶつけさせて撃破するのを、エースと呼ばれる者達が首をひねりながら見た。ひねり過ぎて頭がクルリと一回転してしまう者がもう少しで出そうだった。こんなものが事実とはとても信じることができない。捏造(ねつぞう)したものじゃないのかと疑うのが当然だろう。新見の解析映像は、それほどまでに常識離れしたものだった。

 

しかしもちろん、捏造ではあり得ない。パイロットらはみな首を傾げながらも、この映像を本物と認めざるを得ないようだった。アニメ超人の動きはしょせんリアリティを持ち得ないが、軽業師の曲芸に人は目を見張るしかない。これがまがいものならば、〈ヤマト〉のエースパイロット達に見破れないわけがなかった。

 

しかし、彼らトップガンでも、まさかと思うほどの技倆――古代の腕が、たんに〈腕がいい〉というレベルを超えたものであるのは認める他にない。けれどもそれは、伝え聞いていたことを確認しただけに過ぎない。問題はその先だ。どんなに腕がいいと言っても……。

 

「しかし、こいつは闘えるのか?」加藤は言った。「四機墜としたと言ったところで、今までは逃げまわっていただけだろう。敵をビームで狙い撃ったわけじゃない。逃げるのがうまいだけでは――」

 

戦闘機のパイロットにも、航空隊の隊長にもなれない。自分が難癖つけているのはわかっている。だがそれでも、見極めねばならないのだ。〈スタンレー〉に乗り込んで敵の基地を叩くには、隊長ががんもどきであってはならない。そこに人類の運命が懸かり、マゼランへの航海の成否が懸かるのであれば、古代に自分と部下達の命を預けるわけにはいかない……。

 

「ですからそれを試してみようと言うのです」新見は言った。「このトリトンのシミュレーションで、正面から〈タイガー〉を古代にぶつけたらどうなるか――彼なら〈ゼロ〉でもクルビットができるでしょうか?」



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会敵

二機の〈ゼロ〉は地を這うような低空飛行を続けていた。高度計と速度計、方位計に眼を配りつつ、黒い雪の舞うトリトンの空をひたすら進み続ける。緊張を()いられながらも単調なフライトだ。これに耐えるのもまた訓練――とは言え、あまりに何もないと、いっそ地面に突っ込んでゲームオーバーにしたくなる。これはあくまで仮想の空で、やってることはゲームと同じなのだから。

 

しかし、レーダーに山本機。これがついてくるのだから、好きなようにクルクルと宙を舞うことは許されない。もうこれだけで隊長なんてごめんだと思う。レーダーマップに古代はミッションエリアを呼び出してみた。基地を探して飛ぶべき範囲はまだタップリ残っている。

 

これが現実の作戦なら、敵になど決して会いたくないとこだろう。しかしそろそろ、出してくれないもんなのかな。どうせまさにゲームのように、そんなシナリオが組んであるのだろうから……。

 

こんなことを考えてはいけないのだろうが、考えずにいられない。妙なものだ。タイタンではまったく闘うどころではなく、逃げまわるしかなかったのに、こうしてたとえ仮想であろうと〈ゼロ〉のコクピットに収まると、敵を求めてしまっている。あのとき感じた恐怖も今はどこへやら。

 

これで今ふたたび目の前に十五の敵を出されたら、今日は勝つぞと飛び込んでさえ行くのだろうか。これは仮想だ。シミュレーションだ。ゲームと同じなのだから……山本に背を任せておいて、おれは攻撃に専念する。まず最初の獲物はお前だ。次にお前だ、お前だと、次から次に敵を撃墜。今日いちにちでトリプルエース……バカらしい。かつての候補生時代にそんな真似をやらかそうとしたならば、まず僚機を墜とされて孤立無援になったところをズタズタにされておしまいだろう。そして教官に吊るしを喰らい、貴様のせいで味方が全滅だ片腕立て伏せ左右五十回ずつと怒鳴られる。できない限りメシ抜きだ!

 

いかに〈ゼロ〉が今は完全武装でも、多勢を相手に勝てるわけない。なのにこの訓練か……冥王星で、仮想でなく、本気でこれをやれと言うのか? とても正気とは思えないが……。

 

そんなことを考えていたときだった。レーダーがエリアの隅に何か捉えて警報を出した。四機からなる〈不明機〉の編隊。

 

味方でないのなら、敵だ。

 

「来たな」

 

と言った。さてどうする。避けられるものであるなら避けるべきだが――。

 

無理か、と思った。敵はまっすぐこちらに向かってくる。すでに見つけられたものと考えなければならない。

 

また警報が鳴った。レーダーが、敵が何か発射したのを捉えていた。四機がそれぞれ二発ずつ、こちらめがけて射ってきたもの――長距離ミサイルに違いない。

 

なんだこんなもの、と思う。長距離だろうと短距離だろうと、宇宙戦闘機に対するにはさして有効な武器とはならない。自機をステルスの(みの)で隠し、誘導装置を攪乱(かくらん)する。そして迷子のミサイルをどこかにやってしまえばいい。

 

戦闘機の闘いは、かつて機銃の撃ち合いからミサイルの射ち合いに移行した。プロペラからジェットに変わったときの話だ。しかし今ではそれも変わり、再び〈ガン〉の時代になった。空中戦の勝敗は亜光速のビーム射撃によって決まる。

 

照準に捉えられたら助からない。銃弾よりミサイルより速い粒子の熱線に貫かれて機は墜ちるのだ。だからいかに敵のマトになるのを躱し、こちらが先に射止めるかの勝負だ。

 

ミサイルが向かってくる。しかしビームで狙い落とした。落としたが、敵もそれは承知で射ってきたようだった。古代と山本がミサイルを相手にしている間に距離を詰めてくる。四機が二機ずつに分かれ、それぞれ古代と山本を狙っているようだった。

 

しかし、と思った。こいつらは――。

 

古代の眼は一瞬にすれ違った〈敵〉の機体を見逃さなかった。このトリトンの仮想の空で、満月ほどの明るさの太陽光に照らされたもの。それはガミラスの機ではなかった。

 

『〈タイガー〉?』

 

山本の声が無線に入ってきた。そうだ。向かってきた四機はどれも、同じく〈ヤマト〉に搭載される地球の戦闘機〈タイガー〉だった。



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瞬速逆転360度

「〈アルファー・ワン、ツー〉、聞こえますか? これより〈タイガー〉四機との模擬空戦をしていただきます」

 

シミュレーターの管理室で管制員がマイクに向かって告げるのを、加藤はモニターを見守りながら聞いていた。トリトンの空に海王星とその輪が浮かぶ。黒い雪を吐くヒビ割れた大地。飛び交う六機の戦闘機は、その中ではただの点だ。

 

「〈ゼロ〉と〈タイガー〉の性能は総合的には互角ですが、戦闘機同士の格闘戦では〈タイガー〉の方に()があります」

 

新見が言った。部屋の中にいる者達が頷いて聞く。〈ゼロ〉と〈タイガー〉がやり合うと聞いて、広くもない管理室に人がゾロゾロ押しかけてきていた。食い入るように皆モニターを覗き込み、南部なども空戦のことなどよく知らないだろうに眼鏡をかけ直している。

 

「〈タイガー〉は敵戦闘機の攻撃から船を護るために造られた機種で、そのため〈ヤマト〉に多く積まれている。対して〈ゼロ〉は本来が、対艦ミサイルを抱いて敵の船を襲うための戦闘機です。突っ込みは利くが軽やかな動きはできない……」

 

南部が言う。「要するに、クルビットとかいう動きはできない?」

 

「はい。無理にやろうとすれば、機体がヘシ折れるかもしれない。シミュレーターには機体構造の限界もプログラムされているのですから、この模擬戦は〈ゼロ〉の空中分解という形で終わるかも」

 

「そうなったら、中の人間もタダじゃ済まないんじゃないか」

 

「ええ」と言った。「死にはしないにしても」

 

「それでもやるのか?」

 

南部は言って、加藤に眼を向けてきた。古代に〈ゼロ〉の限界を超えさせ、しかし、機体は壊すなという。矛盾した要求だ。〈ゼロ〉はどこかエビに似たような戦闘機だが、エビは背を反らさせれば折れる。それを承知でやらそうとし、しかし当人に伝えはしない。

 

加藤は南部と眼が合ったが、すぐにその視線をそらした。モニターを見る。〈ゼロ〉と〈タイガー〉。これはもう、ゲームであってゲームでない。ヴァーチャルゆえに可能となる真剣勝負と呼ぶべきものだ。だが、それでもやらすしかない。危険だからやめようなどと言っていては、闘いに勝つパイロットは生まれない。

 

今の古代は、どんなに腕が良くてもダメだ。指揮官とは認められない。あれを隊長に戴いて〈スタンレー〉に飛び込んで行けば、皆殺しになって終わる。

 

〈コスモゼロ〉は航空隊を指揮するための機体として〈ヤマト〉に積まれた戦闘機だ。〈ヤマト〉を護るタイガー隊を後ろで護る戦闘機であり、〈ヤマト〉が攻撃に出るときは先頭に立ってタイガー隊に護らせながら敵に突っ込みをかけるように造られている。だから隊長が乗るのであり、しかし本来の隊長は死んだ。

 

その代わりは、単に腕の良し悪しで決めるものではあり得ない。自分が〈ゼロ〉に乗るわけにもいかない以上、古代にさせるしかないのだが――。

 

「今は二対四」新見が言った。「まずは〈アルファー・ワン〉と〈ツー〉にそれぞれ二機ずつ喰らいつかせるものと思わせ、タイミングを見計らって山本機に向かううちの一機に古代を襲わせます。古代はひとりで三機の〈タイガー〉を相手にせねばならなくなる」

 

南部が言う。「〈タイガー〉三機……」

 

「ええ。前に〈七四式〉でガミラス三機とやったときは、敵は『相手はオンボロ輸送機だ』とナメていました。タイタンでは十五機に追われましたが、別に腕のいい敵でもなかった。ビームが当たらなかったのは、〈ゼロ〉がポッドを片積みしてヨタヨタ飛んでいたのがむしろ幸いして、狙いがそれてくれたことがあったようです。しかしそこに気づくような腕や経験を持つパイロットがいなかった――」

 

「古代は今まで腕のいい敵を相手にしてない?」

 

「そう。だからこそ、逃げの一手でなんとかやってくることもできた。しかし今度は違います。空戦性能は〈タイガー〉の方が〈ゼロ〉よりも上。敵は三機で、全員がトリプルエースパイロット。トップガン三人相手に古代がひとりで勝てるものか――」

 

前の三回に負けず劣らず、それ以上に不利な状況かもしれないということだった。違いはこれまでは戦おうにも武器がないか機が闘える状態になく、ただひたすら逃げまわるしかなかったのに対し、今は自由に〈ゼロ〉の機首をめぐらしてビームの引き金を引けることだが、容易(たやす)く餌食になるようなタイガー乗りは〈ヤマト〉にいない。

 

「正面からぶつかり合えば、〈ゼロ〉は〈タイガー〉に勝てません」新見は言った。「もし勝とうとするならば、〈ゼロ〉に限界を超える機動をさせるしかない。〈瞬速逆転360度〉とでも言いましょうか。古代が〈ゼロ〉でクルビットをやってのけられたなら――」

 

〈タイガー〉三機を相手に勝つかもしれない、というわけだ。それが試される瞬間が、いま訪れようとしていた。部屋にいる全員が、固唾(かたず)を飲んでモニターに見入った。



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ヘッド・オン

レーダーに映る〈タイガー〉の指標が《UNKNOWN》から《BANDIT》に変わる。〈不明機〉から〈敵機〉。〈ゼロ〉のコンピュータは迫ってくる四機を〈敵〉と判断したわけだった。〈バンデット・ワン〉と〈ツー〉が自分の機、〈スリー〉と〈フォー〉が山本を狙い定めるのがレーダー画面の中の動きに表される――しかし、二対四で〈タイガー〉とやれ? いくら訓練だと言っても、なぜいきなりそんなこと命じられねばならないんだ?

 

勝てるわけがないじゃないか! 古代は思った。敵は〈タイガー〉。船を護る戦闘機。格闘戦では〈ゼロ〉より上で、パイロットは百戦錬磨。あの四機を動かしてるのは、コンピュータのわけはなかろう。実戦経験を重ねた腕利き中の腕利きどもだ。いつかの無人戦闘機のような速度と機動性だけが頼りのロボット三等パイロットとはわけが違う!

 

コンピュータはどこまで行ってもコンピュータだ。このシミュレーターのようなものを本物と寸分違わず動かすようなことはできても、戦闘機を人間よりも上手(うま)く飛ばすなんてことはできない――二足歩行ロボットが二百年かけても未だにアナライザーのようにヨタヨタとしか動けないのと同じ理屈で、手足を自在に動かすようなことに関して機械は人に及ばない。22世紀末の今に至ってまだそうなのであり、これは決して永久に変わらないかもしれないとさえ言われている。

 

このヴァーチャル対戦ゲームでいま敵として向かってくるのは、機の翼をまさに己の手足とする者達だ。〈ゼロ〉をやっと飛ばせるようになったばかりのおれに、どうして(かな)うわけがある?

 

逃げるしかない――そう思った。格闘になれば殺られる。それはわかりきってるのだから、逃げの一手でいくしかない。スピードはこちらの方が上なのだから、エンジンを全開にして振り切れば敵はついて来られない――。

 

が、問題があると気づいた。このトリトンの重力だ。地球のたった12分の1。脱出速度はとうに超えているのだから、これ以上に速度を出せばアッという間に上昇して宇宙空間に出てしまう。しかし、この訓練ではそれは禁じられているのだ。

 

高度を上げれば敵の対空砲火を受ける。その想定の訓練であり、だから敵に出会っても低空で闘えとの指示が出されていた。破ればたちまちゲームオーバー。この状況でも、当然、それは変わるわけが――。

 

案の定だった。ちょっと高く昇っただけで、レーダーが警報を鳴らしてくる。これ以上は敵のレーダーに引っかかる、だから高度を下げろと告げる。

 

流星のような光がいくつも空を交差するのが見えた。敵の対空ビーム砲火だ。

 

古代は〈ゼロ〉を降下させた。たちまちヒビ割れた地面が近づく。墜落寸前に機首を上げ、上昇。水平が保てない。速度計とピッチスケールの数字がみるみるハネ上がり、目盛りが下に流れていく。

 

また警報が鳴った。無理だ。トリトンの丸みに沿って、〈ゼロ〉を高速で飛ばすなど――この星の空ではとても〈タイガー〉から逃げられない。

 

噴煙に突っ込んだ。液体窒素の間欠泉が黒いみぞれとなって翼にからみつき、キャノピーを覆って視界を閉ざす。ロールを打ってその中から抜け出したとき、古代は、自分が二機でなく三機の〈タイガー〉に取り巻かれているのに気づいた。

 

二機が巧みに噴煙を避けて〈ゼロ〉を後ろから追い詰めて、真正面からまた一機――山本に対していたはずの〈バンデット・フォー〉が突っ込んでくる。

 

ヘッド・オンだ。パルスビームの曳光が、自分めがけて放たれるのを古代は見た。

 

操縦桿を咄嗟(とっさ)に引いた。機首を持ち上げ、〈ゼロ〉はすんでにビームを躱す。

 

が、しかし、そこまでだった。無理な機動に〈ゼロ〉の機体はでんぐり返ったようになり、宙をクルリとひるがえる。その後は(はじ)かれたベーゴマのように、まるでデタラメな動きで宙を転げまわった。

 

機体が強度の限界を超えてヘシ折れ、まっぷたつとなってトリトンの大地に墜ちる。そこに積もった黒い雪を吹き払って爆発し、赤い炎を立ち上らせた。



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アマチュア

息を止めてモニターに見入っていた者達が、肩を下ろして緊張を解いた。加藤は仕切りの向こうを覗いた。隣の部屋では、救護員が古代のシミュレーターに駆け寄っている。

 

棺桶の蓋のようなハッチが開くと、黒地に赤のパイロットスーツにヘルメットを被った古代が首をうなだれていた。救護員がベルトを外すと、前に倒れ伏しそうになる。顔は見えぬが、バイザーの中では白目を剥いているかもしれない。

 

救護員らは数人がかりでそんな古代を引っ張り出すと、ストレッチャーに載せて運び出していった。

 

新見が席から伸び上がってそれを見ながら、「大丈夫ですかね」

 

「さあね」

 

と言った。古代機の隣りのシミュレーターから山本が出て、ヘルメットを取り、睨むような目でこちらを見る。それから部屋を出ていくが、古代を追って医務室に向かったものらしかった。

 

四台の〈タイガー〉用機もシミュレーションを終える。

 

新見が機器をカチャカチャと操作し、今の訓練を映像にした。古代の〈ゼロ〉がクルリと一回転したが、その後、姿勢を戻せずに機を暴れさせ空中分解に至るようすがコマ送りに描かれる。

 

「一瞬、うまくやったように見えたのですが……」

 

「まあ、こんなことになるんじゃないかと思いましたがね」

 

加藤は言った。言ったが、しかし内心では、穏やかでない気持ちだった。まさか古代が、一瞬でも、〈ゼロ〉でクルビットをやってのけるとは思っていなかったのだ。しかし確かに、たとえ仮想のヴァーチャル訓練であろうとも、機の限界を超える機動を古代は〈ゼロ〉にやらせてみせた。

 

だが、と思う。

 

「腕がいいというのは認める」加藤は言った。「しかし、あれはアマチュアです。どんなに腕が良くてもプロに勝てはしない」

 

「それは、どういう……」

 

「新見さん、さっき、バレーボールの話をしましたね。おれはボクシングの話をしましょう。プロボクサーなら、1ラウンド2ラウンドと残りの時間を計算しつつ相手とどう闘っていくか探りながら試合をします。しかし古代はどうですか。リングの中を逃げまわり、相手の隙を見つけてクロスカウンター。それ一発で勝ってしまうという具合だ。天才だからそれができる、とも言えるかもしれませんが、どう考えてもプロじゃない。〈スタンレー〉にこんなやり方で行けば敗けます」

 

「それは……」

 

「腕はいい。しかしアマチュアはアマチュアだ。あれをプロに鍛える時間はないわけでしょう。〈ヤマト〉はあと何日も太陽系にはいられない。〈ヤマト〉が一日遅れるごとに十万人の子供が死に、百万人の女が子供を産めなくなるのだから……あの一尉がプロになるのを待ってはいられないでしょう」

 

「けど」と南部が言った。「〈スタンレー〉をこのままで行けば……」



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第7章 誰のためでもいいじゃないか
九ヶ月は早過ぎる


「〈スタンレー〉をこのままで行けば、〈ヤマト〉が帰ってくる頃には人は滅ぼされてるかもしれない。それを考えてみないのか? 青い海だけ戻しても魚なんか還らないし、地にタンポポしか生えないんだぞ!」

 

「そんな心配をしてもしょうがないだろう! 〈ヤマト〉の任務は一日も早くコスモクリーナーを持ち帰ることだ。子供を救って初めて自然も戻せるんだ。すぐ赤道を越えるべきだ!」

 

「何が〈赤道を越える〉だ! そんな言葉に酔っ払う前に現実を見ろ。後顧の憂いを断ってこそ外宇宙に出ていけるってもんだろうが!」

 

「そっちこそ何が〈後顧の憂い〉だ! クルーが死んでも補充できない船で言うことじゃないだろう!」

 

クルーが数人、通路の真ん中で(いさか)っている。人員管理要員としては本来見過ごすべきではない状況だ。しかし森は、横目に見て通り過ぎた。冥王星を攻めるか否かで戦闘部員と航海部員がぶつかり合うのは前からあったことではあるが、ここへ来て激しさを増している。とてもいちいち構っていられず、また治めようもないところまできてしまっているように見えた。

 

「だいたい、ちゃんと問題がどこにあるかわかってんのか? 首相の石崎(いしざき)なんか〈ヤマト〉が飛んで365日目に地球人類全部が死んで、最後のひとりが自分になるからそれに間に合やいいとでも思ってるようにしか見えないぞ」

 

「まあ、あれはな。何をどう見てもそうだけどさ」

 

「だろ?」

 

「いや、そうだけど、そんな話を持ち出さなくていいだろう」

 

……やっぱり間に入らなくてよかった。戦闘組と航海組。どちらも想いは一緒であるはずではあった。子供を救い、人類を救う。そして地球の自然を戻す。違っているのは、そのために冥王星に行くか行かぬか、それだけだ。

 

彼らは皆、わたしが持たないものを持っているのだろうな、と思った。親があり、兄弟があり、友人がいて、結婚して子供を持っているかもしれない。犬や猫を飼っていて、それが仔犬や仔猫を産むのを楽しみにしているのかもしれない。子供の頃に家族旅行や学校の遠足で行った場所の写真を持ち、あの自然を戻さなければと強く考えているのかもしれない。

 

わたしには、そうしたものは何もない。持っているのは士官としてのキャリアだけだと森は思った。軍に入って懸命に努め、気がついたらこの〈ヤマト〉の船務長の任を負うことになっていた。船の運行管理役のリーダーだ。けれどもどうして、このわたしなのだろう。地球に家族も友もなく、故郷もなければ守るもの、愛するものを何も持っていないと言うのに。

 

このわたしにも、『帰りを待つ』と言ってくれた者達がいた。けれどもそれはみな沖縄の基地にいて、あの日、ミサイルに殺られてしまった。

 

だからもう何もない。残っているのは肩に付いた一尉の階級章だけだ。

 

部下には遅れを取り戻そう、一日も早く帰って人を救おう、そのため船の屋台骨になるのが自分ら船務科員の務めと言ってはいるものの、自分自身はただ己のキャリアを守る、そのためだけに働いているのではないかという気がしてならない。日程に遅れることなく〈ヤマト〉を帰らすことができれば上に評価され、遅れたならば一日ごとにペナルティが加えられる。だからわたしの人事評定、業務成績、それともなんだ、一般企業じゃなんと言うのか知らないが、とにかくただ減点法で採点される自分の成績表の点を落とさないためだけの理由で、船の遅れを取り戻さねばならないのだ、とか……。

 

まさか、バカらしい。地球のバリキャリ女には、男社会に染まったあげくに本気で心の芯の底まで腐った価値観を持つに至った者も結構いるのだろうが、わたしはそんなところまで狂ってはいないつもりだと森は思った。島にしても太田にしても、ただ地球の政府から押し付けられた日程だから、それを守って九ヶ月で帰ろうなどと愚かなことは考えていない。一緒にいればよくわかる。急がなければならないことを、彼らは胸に深く刻みつけているのだ。

 

なのにわたしはどうだろう。彼ら以上に肝に命じなければいけない立場だと言うのに。

 

いや、もちろん、頭ではよく理解している。〈ヤマト〉が一日遅れるごとに十万人の子供が白血病に侵され、百万人の女が子を産めなくなり、一千万の老人達が倒れるのだと――だから364日と言わず、九ヶ月で戻らねばならない。目標だのノルマだのという話とはまったく違う。しかし心が、だからってなぜあたしがこんな役しなきゃいけないのと言っている。

 

人類滅亡。それが何よ。あたしはむしろそれを望んで子供時代を送ってきたんじゃないの、と。そうだ。ずっと願ってきた。両親はガミラスが来る前から言っていた。滅亡の日は近いのだ。もうすぐそこまで来ているのだと――それを聞くたび思ったのだ。だったら早く来てよ、と。今すぐ世界を終わらせて、このあたしの苦しみを終わりにしてくれればいい。親達の言う〈神〉が本当にいるのなら、どうしてそうしてくれないのかと。

 

地球の自然に関しても、両親はなんの関心も持たなかった。教団では草木も花も動物達も、意味のない無駄な命だと教えていた。この世はどうせ焼き尽くされてしまうのだから、環境の保全などは無駄なことです。ペットを飼ったり花を育てたりするような間違ったことにカネや時間を使ってはなりません。それらはすべて悪魔の罠です。あなたの子供がそんなことに関心を持つようならば、懲らしめなければなりません。神は子供を鞭で打てと教えています。手ぬるいことではいけません。許してくれと泣き叫んでも手を止めてはいけません。それも悪魔の罠だからです。あなたが楽園に行ける者なら、あなたの子から悪魔を追い出すためにどれだけ打てばいいか自然にわかるものです。つまり、迷いがあるうちは、懲らしめが足りないということです。わかるようになるまで子を打ちなさい。

 

古傷がうずいた。あの日、母に包丁で刺し殺されかけたときの傷だ。刃を振るいながら母は叫んだ。手加減したのが間違いだった、懲らしめが足りなかったから、あんたの体から悪魔を追い出せなかったのよ。でも今度は容赦しない。今わかったわ、あたしが楽園に行くためには、あんたという悪魔を倒さねばならないと! 悪魔め! 悪魔め! その体から出ていくがいい!

 

それでどうなったかと言えば、よくある話だ。母は自分で自分の体を刺して病院行きになってしまった。こちらも腕に何針も縫うケガをしたが、大事に至ることはなかった。母にしてもたいしたことはなかったくせにおおげさに騒ぎ、輸血だけはしないでくれと医者や看護士に泣きすがった。

 

事が警察沙汰になると、教団は父母を即座に追放した。その後、ふたりがどうなったのか自分は知らない。娘を置いて蒸発し、どこかへ行方不明のままだ。

 

『子を想わぬ親などひとりもいない』とは、テレビドラマでよく聞くセリフだ。バカらしい。子を想うカルトの親などひとりもいるか。あの親達は『人を救う』と言いながら、己のことしか頭になかった。地球から人も草木も動物もすべて滅び去るのを望み、自分らだけが助かろうとした。そのためになら実の娘も平気で神に捧げられた。

 

いつの間にか、あの親のために、わたしもこの世が終わるのを望むようになっていた。そうだ、滅んでしまえばいい。人類など地球ごと。自然もそこに生きるものもまとめて消えてなくなればいい――そう願って本当に地表はその通りになってしまった。今の地球はわたしが子供の頃にずっと願っていたそのままだ。ガミラスはわたしの夢を叶えてくれた。

 

次はわたしが神に代わって救われる者を選ぶ番だ。〈ヤマト〉に乗って船務長の任に就いているのだから、まさしくそれができる立場ということだろう。〈ヤマト〉が地球に九ヶ月で戻れるか、縮めて八ヶ月になるか、それとも果たして十三ヶ月かかってしまうか、わたしの働き次第だから。

 

いいんじゃないのか。十三ヶ月かかったとしても――森は思った。どうせわたしは地球に友はいないのだから。けれどもこの〈ヤマト〉に乗るのはみんなわたしの仲間なのだ。わたしと同じマジメな人間。女もたくさん乗ってるのだから、地球を〈浄化〉しこの〈ヤマト〉のクルーによる新しい人類社会を作ればいい。次の地球に生まれるのは、わたし達の子供だけで……。

 

違う、と思った。まただ。わたしはなんという恐ろしいことを考えているのか。心の奥で本当にそんなことを望んでいるのか? まさか、そんなはずがない。これから先の十年間に人がバタバタ死んでいくのを横目に見ながら自分達だけ子を育てると? そんなことが平気でできるつもりなのか?

 

もしそうならば、それこそわたしはあの親どもと変わらない。この〈ヤマト〉のクルーでいる資格はない――そうだ。わかっているからこそ、周囲に言っているんじゃないか。一日でも早くコスモクリーナーを持ち帰り、人を救わなければ、と。それ以外の余計なことを考えるヒマはないはずだ、と。

 

それなのに、また古傷がうずくのだった。お前には悪魔が取り憑いていると叫んだ母の顔が甦る。

 

ひょっとすると、あのとき母は正しいことを言っていたのじゃないか――思いながら船務科の室に入ると、

 

「こいつ、絶対、変なものに憑かれてるよな」

 

コンピュータに向かって何かやっていた部下が、隣りの者に言うのが聞こえた。

 

ドキリとした。わたしのことを言ってるのかと一瞬思ってしまったけれど、ようすを見るに違うらしい。「どうしたの?」と聞いてみると、

 

「いえ何、おっぱい都知事ですよ。またいつもの『〈ヤマト〉よ、十一ヶ月で戻れ』」

 

「ううう」

 

(うめ)いた。聞くんじゃなかった。原口(はらぐち)かよ……。〈おっぱいナチ〉の異名を取るキモヲタ東京都知事の顔を部下が見ている画面に認めて、なるほどこりゃあ脳におかしな虫が巣くってるに違いないわと考えた。自分の席に着いてから、しかしあれに比べたらわたしはマシかなあと思う。地下東京の現知事・原口裕太郎(ゆうたろう)は〈ヤマト〉出航以来ずっと、『政府がワタシの意見を聞かずに勝手に決めた九ヶ月の日程など守る必要はまったくない。〈ヤマト〉は十一ヶ月で帰還すべきである』との持論を公然と述べていた。

 

なぜか。人はあと三百何十日で最後のひとりが死ぬと言うが(註:この知事は〈滅亡の日〉の意味を完全に誤解しており、説明には耳を貸さない。ヲタクの魔窟と化した都庁で人がうっかり正しい意味を口にすると、テロリストと疑われてとても怖い思いをするとか)、オタクは選民であるがゆえに死ぬのは最後の最後となる。アニメをバカにする者は十ヶ月目くらいに皆バタバタと死ぬであろうがそれでいい、という考えで、〈ヤマト〉が十一ヶ月で戻ればちょうどオタクだけ生き残り、自分が夢見るおっぱいとロボットだけの理想社会が出来上がると信じているのだ。だから『市民よ、助かりたくばオタクになれ』というのが彼の政治的主張なのだった。

 

むろん東京都政など〈ヤマト〉船務科の知ったことではないが、

 

「首相にしてもこいつにしても……」部下のひとりが額を押さえて、「ホント信じらんねえ。なんでこんなのが選ばれんだか……」

 

「そりゃあここまで社会がガタガタになっちまったっていうことだろ」と別のひとりが言う。「地下じゃマトモな人間はもう選挙なんか行かないのさ。行くのは変なやつだから、変なやつに票が集まる。もともとそういうもんなのが、ここへ来て……」

 

「わかるけどさあ」

 

「まあね」

 

と森は言った。それから思った。人類社会は柱がグラついてしまっている。この〈ヤマト〉ではわたしが柱だ。この都知事と五十歩百歩……いいえ、そんな、大丈夫よね。いくらなんでもこの五十の差は大きい。わたしは決して十一や十三ヶ月で戻るなど本気でやろうとすることはない。

 

そうだ、鬼でも悪魔でもない。わたしは大丈夫、狂ってなんか……しかしまた古傷がうずいた。傷跡の残る右腕をさする。

 

指を動かしながら思った。大丈夫よ、大丈夫……。



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診断

「大丈夫だと言っとるだろう。ただ古傷が痛むだけだ」

 

艦橋天辺の艦長室。体の前をはだけさせて沖田は言った。佐渡酒造先生が聴診器をその腹に当ててトントンとやっている。

 

「何を言うちょる。やっぱり一度、ちゃんと診た方がええ。医務室へ行こう。な、艦長」

 

「太陽系を出ないうちは、そうも言っていられんよ」

 

「じゃあサッサと出りゃええじゃろが」

 

「それもできんな。まだ今は……」

 

言って窓に眼を向けた。艦長室の風防窓に星の宇宙が広がっている。沖田の眼は天の河の流れをたどっているようだった。〈南の海〉にひときわ明るく銀河系中心部の星の集まる領域があり、さらにたどれば南十字星。少し離れてふたつの星雲、大マゼランと小マゼランが眺められる。地球では南極大陸にでも立つか、ニュージーランドか、南米でもかなり南の方に行かねばよく見ることのできない宇宙だ。

 

地球人類を救うなら、一刻の猶予すらもない。今すぐにでもこの方向に船の針路を取らねばならない。沖田もそれをよく知っているはずだった。

 

大マゼランは〈南〉にあるのに、〈ヤマト〉はただ黄道をまわる。グルグルと。艦長である沖田が命じているからだ。

 

「冥王星か」佐渡は言った。「やはり、やる気でいるんじゃな」

 

「そうだな、あれは避けては行けんよ」

 

「しかしどうするつもりなんじゃ? その眼は何か恐ろしいことを考えとるようじゃが……」

 

「フン」と言った。「この〈ヤマト〉一隻だけで、人類と地球を救わねばならんのだ。鬼にもなるさ」

 

「それも体あってじゃろうが。あんたの体はもう無茶に耐えられはせん。この佐渡酒造、浴びるほどに飲んでおっても眼はくもっちゃおりませんぞ。あんたの体は宇宙放射線病にやられとる。進行は思ったより早いかもしれん」

 

「そうか。はっきり言ってくれて助かるよ」

 

「艦長……」

 

「どのみちそう長くはないさ。そろそろ動き出すはずだからな」

 

「何がじゃね?」

 

応えなかった。ニヤリとした。佐渡の言う〈何か恐ろしいことを考えて〉いる表情とは、今まさに沖田が見せたものであるかもしれなかった。人類を滅亡から救うためなら、鬼でも悪魔にでもなると腹を据えた者。そのような人間にして初めてできる表情だ。佐渡はなおも言葉を続けようとしたが、そこでピーピーと音が鳴った。

 

携帯艦内通話機だ。ボタンを押して「なんじゃ?」と言った。

 

応える声が、『急患です。航空隊の古代一尉が、訓練中の事故で失神して担ぎ込まれました』

 

「ああ、わかった。すぐに行く」

 

「古代?」と沖田。

 

「フン、そうじゃ。またあいつか。若さにまかせて無茶な訓練やりおったんじゃろ。戦闘機に乗るやつはそれでいいのかもしれんがな」

 

「そうだな。若ければ無茶も利くか……」杖を突いて立ち上がった。「すまんな。あんたにはいろいろと面倒をかける」

 

「そう思うならちっとは自分で医務室に来い」

 

佐渡はゴンドラで降りていった。沖田はそれを見送って言った。

 

「考えとくよ」



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社会の中心で愛を叫ぶけもの

「考えてもみてください」

 

と新見が言った。

 

「たとえば、ゲームでありますよね。20世紀の太平洋戦争で一度沈んだ戦艦〈大和〉が実は海底で改造受けて、ドドーンと浮上するんです。キャラメル食べて三百メートルになってたりして、これが沖縄、硫黄島、サイパン、ミッドウェイ、ハワイと敵を蹴散らして進む。で、パナマ運河を抜けてワシントンを砲撃して、あの戦争を日本の勝ちにして終わる。それで口だけ『我々は愛し合うべきだった』だとか言って反戦のフリ」

 

「まあ」

 

と加藤は頷いた。ゲームであれなんであれ、この二百五十年、そのテのものは日本国内で絶えず作られ、〈愛国的〉な者達に消費され続けてきた。そこで〈敵〉とみなされるアメリカ国内の白人至上主義者だって南北戦争で南軍が勝つ小説を三百年間読みふけってきたのだから、取り上げてこんなものやめろと言うのも大人げない話だが、

 

「そのテのゲームをやってみたことがありますか? 〈大和改〉には最初〈震電(しんでん)〉という戦闘機が十機搭載されてるんです。その十機だけでサイパンを攻めて、『ヤッター、もう〈B-29〉で日本に爆弾落とさせはしないぞ』なんて言うんですね」

 

「うん」と南部が、そんなゲームが好きそうな顔で頷いた。

 

「けれどその〈震電〉は、十機中七、八機が撃墜される。〈大和改〉に補充はない。なのになぜか次の珊瑚海戦では二十機に増えているんです。それでアメリカ空母艦隊と戦って、また十四、五機墜とされる」

 

「ははは」とシミュレーターのオペレートをしている隊員が笑った。まだ同じ管理室だ。「で、次のミッドウェイでは三十機になってるわけですね。先に進めば進むほどに増えていく」

 

「そう。ハワイで四十パナマで五十。で最後のワシントンでは百機の〈ジェット震電〉が〈大和改〉からビュンビュン飛び立つことになる」

 

座を囲んでいる全員がヤレヤレとばかり首を振った。

 

「まったく」と南部が笑って、「あの原口が都知事やってるくらいだもんな」

 

「〈ぐっちゃん〉と言えば――」とまたオペレーター。「さっき船務科が来て話して行きましたよ。今度はぐっちゃん、『〈ノアの方舟〉や種子バンクなんか要らない』って言い出したとか。『生物は地球に人間だけでいい』」

 

「え?」南部は眼鏡の奥の目をパチパチさせた。「まさか。いくらあのバカでも、そんな――」

 

「それが言うには、『アジの開きでも揚げナスでも機械で合成できるようにすればいいことだから』って。『都民の生活に支障はない』と。東京モンは生き物を皿に乗ったものしか知らない――」

 

「アハハハハハ!」

 

室内が爆笑に湧いた。それから皆、深く深くため息をついた。

 

「原口なんかまだいいよ。ただのおっぱい星人だもんな。石崎なんて一体どんな恐ろしいことを考えてるか……」

 

南部が言うと、皆が頷く。加藤も「ええ」と言って思った。現日本国首相の石崎。あれは〈社会の中心で愛を叫ぶけもの〉だ。あと三百数十日で自分を最後のひとりとして全人類が死ぬことになるが、〈ヤマト〉はただそのときにさえ間に合えばいいと考えている。自分さえ助かるならばあっという間に自然は回復、陸には森が、海にはサンゴが、ライオンもサメも草食生物として蘇り、地球は生き物の楽園となって、ただ一年で人口が百億になると本気で信じ夢見ているのだ。そのすべてが自分のおかげで〈愛〉と呼ぶべきものであり、シャレは一切通用しない。ひとつ態度を間違えただけの忠臣も処刑する。

 

支持率はわずか3パーセント。にもかかわらず地下社会に君臨するのは、老人票があるためと言う。〈ヤマト〉がたとえ戻っても老いた者に明日はない。放射能の障害で数年のうちにみな死ぬのだ。その現実を受け入れられぬ者達が、独裁者にすがりつく。石崎を信じるならば生きられるとなんの根拠もなく思うのだ。そして、一部の若い者も……。

 

現宰相・石崎和昭(かずあき)はガミラス侵略以前から、大言壮語(たいげんそうご)で人を惑わし大プロジェクトを動かしては、破綻させ巨額の負債を他に押し付けて自分はバックレてきた男だ。だが戦乱で世が荒れると、そんな人間が政権を握る。冥王星を〈ヤマト〉が叩くことなく行けば、人は希望をいよいよ失くして石崎や原口のような政治家が力を強めていくことに……。

 

加藤は言った。「〈ヤマト〉が地球に戻るとき石崎などが基盤を強固にしていたら、コスモクリーナーは〈人類浄化装置〉として使われるに違いない、なんて話もありますね。汚染除去は日本人と白人が飲む水だけで、他のアジアや黒人などには渡されない、とか……」

 

「ええ」と新見が頷いて、「まあ、一部の反日思想家が言ってるだけのことですが……」

 

しかし日本が世界のリーダー国家の現在、権力者の中には本気で〈浄化〉を夢想する者もいるはずだった。それも、かなりの割合でだ。〈愛〉の呼び名で正当化され、実行されることになるかも。

 

新見は続けて、「石崎などは確かにやりかねませんからね。特に〈ヤマト〉が十一ヶ月で帰るようなことになれば、日本人以外の者を生かす男とは思えない……」

 

そうだ、と思った。石崎。あれは殺すだろう。これが愛だと叫びながら殺すだろう。せっかく十億に減った人口。もっと減らして自分の理想に(かな)う者だけ残そうと、独裁者なら必ず今の地球の中で考える。出航前の〈ヤマト〉にやって来たこともある男の顔を思い浮かべて、加藤は慄然とするのをおぼえた。〈ヤマト〉が十一ヶ月で戻れば、あれは必ず九億九千万人を殺す……。

 

そのときおれは、その最悪の〈解決〉に加担したことになってしまう――冗談じゃない、と加藤は思った。〈ヤマト〉は荒れた世の人々を救けるために宇宙の天竺に(きょう)を取りに行く船であるはずなのだ。子供を救う船なのだ。決して、決して、独裁者の野望の船にしてはいけない。

 

それにはやはり航空隊が、〈スタンレー〉に行かねばならぬことになるが――。

 

「まあとにかく」と新見は言う。「話を最初に戻しますが、あたしが何を言いたいかというとですね、戦術士として、決してバカなゲームみたいな考え方はしていないということです。損耗してもなかったことになるばかりか、むしろ数が増えてくなんて変な話があるんだったら、戦闘部員の仕切り役は仕事がラクでいいでしょうね。けれどもこの〈ヤマト〉には人員の補充はありません」

 

「やはり――」と加藤は言った。「〈スタンレー〉でたとえ勝っても、一度戻って出直すわけにいかないんですか」

 

「はい。途中の一時帰還は〈ヤマト〉がエリートの逃亡船になるのを意味する。その原則は、たとえ遊星投擲を止めたとしても変わりません。〈ヤマト〉が一日遅れるごとに子供が十万も死ぬことになる事実も忘れてはいけません。航空隊が全滅すれば〈ヤマト〉は船を護る機なしで〈南〉への旅に出なければならない」

 

32機の〈コスモタイガー〉。一機たりとも無駄に墜とさせるわけにはいかない。もちろんそうなのではあるが、

 

「そうは言ってもな……」

 

加藤は新見と南部の顔を見て思った。古代。本来ここにいて、このふたりと顔付き合わせなければならないのはおれではなくてあいつなのに、指揮官どころかてんでアマチュアときてやがる。あれをプロに鍛えるために時間をかけたら人類は滅ぶ。それもはっきりしてしまった。となると、一体どうすりゃいいのか。

 

「航空隊のパイロットは墜とされれば終わりです。脱出しても救助は難しいでしょうが……」

 

新見は航空隊員達の顔を窺うように言った。全員が『まあね』という表情で頷く。

 

「しかし〈ヤマト〉の艦内もです。戦闘になれば死者も出る。その補充ができないのも問題ですが、それ以上に厄介なのがケガ人を多く出すことです。すぐ治るケガならいい。ですが何ヶ月も動けなくなってしまう者がおそらくどうしても出てきます。しかしこの〈ヤマト〉では、港に寄って負傷者を降ろすことはできない」

 

「そう」と南部が言った。「だからと言って船の外に放り出すわけにいかないよな」

 

「ええ。〈死人が出る〉よりも〈ケガ人が増える〉ことの方がこの航海では支障となる。動けぬ者が二百にも三百人にもなってしまい、その看護に多くの人手を取られるようになってしまうと、船の誰もが身体的精神的に疲弊することになるでしょう。そこを敵に突かれたら〈ヤマト〉はおしまいです」

 

「ふむ」と加藤は言った。「そうなるのを防ぐためにも、交戦は基本的にやはり避けなければならないという……」

 

「そう。だから間違っても、ゲームの主人公みたいな士官が艦橋の真ん中辺りに立って、敵を見ては戦おう戦おうと言うようなことがあってはならない。この〈ヤマト〉の戦闘指揮を取る者は、それがわかっていなければならないわけです」

 

「ふうん、無茶はいけない、か」加藤は言った。「クルーには死ぬよりもケガされる方が困るから……」

 

しかし、何よりまず古代だ。〈ヤマト〉は明日にも太陽系を出なければならない。冥王星も迂回できない。となれば、古代を今日(きょう)一日(いちにち)でプロにしなければならないという話になってしまうが……。



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ディンギー

「あんまり無茶な訓練はやめてほしいもんだよな」古代は言った。「ムチウチなんかで済めばまだしも、死んだらどうしてくれるんだ」

 

「なんじゃこのくらい。若いもんがだらしない」佐渡先生が機器に表される診断結果を見ながら言う。「この戦争で医者をやっとりゃあわかるわ。お前さんは脚がちぎれても這って戦う男じゃよ。眼に闘志が(みなぎ)っておるわ」

 

「はあ」と言った。「おれが?」

 

「人に言われんか?」

 

「全然」

 

「そうか? わしゃあ酔うとっても眼に狂いはないつもりじゃがな」

 

どうせ誰にでも同じことを言ってるんだろうと思った。佐渡は酒瓶を取り出して言った。

 

「どうじゃ、一杯やってかんか」

 

「お言葉に甘えます」

 

コップを渡され、酒が()がれようとしたときだった。上から黒い手が伸びてきて、一升瓶の口を押さえた。佐渡の手から取り上げる。

 

山本だった。佐渡に言う。

 

「隊長にいま酒を飲ませるのはやめてください」

 

「なんじゃなんじゃ。たまに女が出てきたと思ったら、酌するどころかわしから酒を取り上げるのか」

 

手を伸ばしたが山本が高く上げたので届かない。それでも椅子から背を伸ばして、

 

「ええか! 酔っ払ってもやれるもんはやれるし、酔っとらんでもやれんもんはやれん。これが男の真実じゃ、わかるか!」

 

「わかりません、女ですから」山本は言った。「先生にはわたしが酌して差し上げます」

 

古代の手からコップを取り上げ佐渡に渡した。トクトクと(そそ)ぐ。

 

体にピッタリした服を着たスタイル抜群の女が酌する図だったが、古代の見るところ色気などはカケラもなかった。まさしく、ただ機械的に、ホラ飲めよとばかりに()いだだけなのだ。瓶を掴んだ手は手袋を嵌めたまま。まっすぐ立って相手を上から見下ろしたまま。

 

佐渡先生はかなり複雑な表情で手にしたコップを眺めやり、しょうがなさそうに口に運んだ。

 

「おいしいですか?」

 

「どうかな」

 

「隊長ですが、すぐ訓練に戻れますか?」

 

「まあな。問題ないじゃろう」

 

山本は古代を見た。今の古代は検査用の寝巻きみたいな格好だ。それでベッドに腰掛けてる。山本は黒地に赤のパイロットスーツで見下ろしてくる。

 

古代は言った。「ちょっとくらい休ませてくれ」

 

「いいでしょう。五分です。その後シャワーを浴びてまた服を着てください」

 

「ううう」

 

「ま、頑張りな」と言って佐渡医師は出て行った。

 

「おれさ、ここでひと眠りしていけるかと思ったんだけど」

 

山本は応えない。古代がベッドに寝転がっても、直立不動の姿勢でいる。

 

がんもどきになる前には、おれもこんなふうだったのかなと、古代はかつての候補生時代を思い出して考えた。訓練で鍛えに鍛えられ、心の芯までヤキを入れられる。お前達は地球人類を護るための剣であり盾だ。そう体に叩き込まれた。ミサイルを抱いて敵に突っ込み、体当たりをしても倒せ。敵が母艦を襲ってきたら、身を挺してそれを止めろ。それがこの戦争で、戦闘機に乗る者の務めだ――おれ達は、そう言われるたびハイと叫んだ。みんな目つきをギラギラさせてた。

 

佐渡先生か。あの医者は今、おれの眼には闘志が漲ってると言った。まさかな、と思う。それはあの頃、死んでいった仲間達にふさわしい言葉だ。今そこでおれを見ている山本のような者にふさわしい言葉だ。おれみたいながんもどきに闘志なんかあるわけがない。

 

山本を見る。もう自分の命など捨てたという眼をしている。女であることも捨てたのだろう。顔に化粧っけなどはなく、髪に櫛も入れていない。それどころか、邪魔になるところだけいいかげんに自分でハサミで切っただけなんじゃないかという髪だ。男だったらヒゲモジャのタワシ星人になってしまうかもしれないところ、女であるから救われてる感じ。

 

その前髪に半ば隠れた眼でもって、さっき酒瓶を取り上げたときおれを冷ややかに睨みつけた。むろん、ちょっとでも酒が入った状態であんな訓練をまたやったなら、それこそ脳の血管が(はじ)けてあの世行きになるかもしれない。それを知ってて飲もうとするおれも確かにおれなんだろう。しかしだ、こんなの、酒でも飲まずにやってられるかという気分にならないか。この女は違うのか。

 

違うんだろうな、と思った。おれなんかとはまるっきり、鍛え方が違うんだろう。やっぱりおれを、その眼でどう見てるんだろうか。こんな男が隊長で自分がその僚機だなんてあってたまるかと思ってやしないのか。

 

「なあ」と言った。「君もちょっとは休んだらどうなの」

 

それから今の自分のセリフが、妙な意味に取られかねないことに気づいてハッとした。

 

「いや、その、おれはこっちに寄れと言ったわけじゃなくて、その……」

 

「わかっています。お気遣いなく」

 

「そんなところにそうしてられるとこっちの気が休まらないんだよ」

 

「すみません」

 

「だったら……」

 

と言った。しかし先が続かなかった。言えば言うほど、自分がダメになってく気がする。

 

山本が言った。「太陽系を出たならば、休めるかもしれません。そうしたら、酒も飲めるかも」

 

「ふうん」と言った。「赤道か」

 

島を始めとする航海部員が、太陽系を出ることを〈南に向かう〉とか〈赤道を越える〉とか言っているのは古代も耳に聞いていた。古代にしても宇宙輸送機をずっと飛ばしていた人間だ。隠語の意味はすぐにわかった。

 

〈天の赤道〉。目には見えぬが、天体図上の境界としてそれは確かに存在する。人間が宇宙という山へ登る稜線とも呼べるものだ。特に静止衛星などは地球の〈天の赤道上〉に置かねば用を為さなかったし、ガミラスの侵略前に地球と宇宙を行き来していたスペースエレベーターの軌道ステーションも〈GEO(ジオ)〉――赤道上の静止衛星軌道にあって、地球の自転に合わせて宙を巡っていた。

 

宇宙船のパイロットがもし赤道も知らなかったら燃料切らして永遠に宇宙をさ迷うことになる。星は眼で見えるからまっすぐ目指して飛べば着くというものではないのだ。軽トラ運ちゃんパイロットでもパイロットはパイロットだから、古代は島達航海要員が使う隠語の理屈がわかった。

 

マゼランは〈天の南極〉にあるために、地球の北半球を出た船がそこに向かうならその旅立ちはまさに〈赤道を越える〉こと。太陽系を出ることは、太陽系を出ることは、正しくは〈黄道を越える〉と呼ぶべきなのだろうが、しかし――と思う。子供の頃に兄と見た三浦の海を想い浮かべた。〈ディンギー〉という小舟に帆を張っただけの小さなヨットを借りて共に乗り、沖へ帆走した日のことを。あの日、古代は手に持たせてもらったロープに強い空気の力を感じた。風をはらんで帆は膨らみ、舟を大きく傾かせ、波がうねる水の上を滑るように進ませ始めた。あのとき、潮風を身に受けて、古代は空を飛んでいるかのように感じた。

 

相模湾を南に向かう。海は光り輝いていた。水平線に囲まれて、地球が丸いことを知った。マストの先に太陽を見上げる。兄はその方向へ小舟を走らせていった。

 

南へと。あの太陽が巡る線が黄道で、赤道があの水平のずっと向こうにあるのなら――その先にあるのは宇宙だ。そう思った。緯線を越えて南へ行く。30、20、10度と南へ。太陽が遂に頭上を越えて、後ろに仰ぎ見るようになる。それが黄道を越えるときだ。それでも南へ。ひたすら南へ。北緯5、4、3、2、1……。

 

遂に赤道を越えたとき、そこに宇宙があるだろう。北半球では決して見れない夜空がそこにあるだろう。天の河銀河の中心部と、南十字星があり、大マゼランと小マゼランのふたつの星雲があるだろう。波に揺られてそれを見上げる。後は舟の帆を翼に変えて、ニューギニアの山脈を越え、その小さな星雲が大きく見えるようになるまで星の海を進んで行けば――。

 

そうだ。太陽系を出る。マゼランという雲を目指す。それを意味する合言葉は、〈赤道を越える〉でなければならない。〈黄道〉では南へ行く感じがしない。

 

「今は休んではいられません」山本が言った。「〈ヤマト〉が一日遅れるごとに人が大勢死ぬのですから。〈滅亡の日〉など本当はとうの昔に過ぎていて、急がなければ今いる人を救けられる望みが消えていくのですから。それを思えばゆっくりなどできないはずです」

 

「まあな」

 

と言った。特にここ数日は、クルーが石崎首相だの原口都知事だのの話でいがみ合っているのも知ってる。なんとかしないとあんなやつらが力をつけて、とかなんとか――誰もおれには政治の話なんか振ってこないから、付き合わされず済んでいるけど、

 

「だったらサッサと〈赤道〉でもなんでも越えてマゼランへ向かえばいいじゃないか」

 

「冥王星については別です。あの星だけは叩かなければ、地球に未来はありません」

 

「まあな」とまた言った。「そうかもしれないけど」

 

しかし思った。山本は自分の頭で考えて今の言葉を言ったのかどうか――役者がセリフを言うように、いや、それどころか、アニメの声優が()に合わせて台本の文字を読むようにして、決まった文句を決まった調子で声にしているだけなんじゃないのか。頭では何も考えていないから、どんなことでも歌を詠むように言えてしまえる。常人なら恥ずかしくてとても口にできないことでも、プロに徹して恥に思わず恥ずかしい声を作ってアフレコできるし、どんな勇ましいことでも言える。『ワタシは戦う』と。どうせ録音スタジオを出たら、頭にあるのは次の仕事だけなのだから……。

 

銃を取って戦場に行けばタマに当たって自分が死ぬかも、とは決して考えない。アニメやゲームのキャラクターはそういうものだ。プロデューサーから『キミは絶対に死なないからネ』と保証されてる者だけが言えるセリフを平然と叩く。それで自分が正しいのだから、逆らう者は許さないと叫び立てる。なるほど石崎や原口というのは、安易な造りの幼稚なアニメを卒業できずに大人になった者なのだろう。それで自分はプロのつもりで、確かにそれがプロなのだろう。そこにいる山本も間違いなくプロだった。だが対するにおれはどうだ。とても最後まで生かしてもらえるキャラと自分で思えない。

 

古代は医務室の天井を見上げ、それからまわりを見回した。このとんでもない船の中で、どうしておれがメインキャラ? こんなの、プロが商業制作するドラマでは、あり得ないとしか思えない。この〈ヤマト〉の中にいて、おれがプロの航空隊隊長になどなれるわけがない。

 

ベッドに寝転がったまま、また真上を見上げて思った。この上には艦橋があって、そのてっぺんに艦長室。あの艦長はほんとに何を考えて、おれを隊長なんかにしたんだ。まさか今日一日で、おれをプロにできるとか考えているわけじゃあるまい。一体どういうつもりなんだか……。

 

このベッドも今は仕切りで囲まれてるが、敵と戦うことになればこんなものはとっぱらわれる。そう造られているのがわかる。何十ものベッドはたちまちケガ人で埋まり、床にまで転がって、寝かす場所などどこにもないのにそれでも運ばれてくるのかもしれない。医務室じゅうが血で染まり、(うめ)き声に満たされて、母や我が子や恋人の名を呼ぶ声が響き渡る。なかには腕のちぎれた者や、(はらわた)を飛び出させた者や、目を失くして黒い眼窩に血を(あふ)れさせた者が――。

 

戦争で軍艦が戦うとはそういうことだろう。あの佐渡という医者も、そういう光景を見てきたのだろう。それで少しおかしくなってしまっているのかもしれない。でなきゃやってられないのかも。あの先生は、おれは脚がちぎれても這って戦う男だなんて言っていたが……。

 

冗談じゃない。あの言葉が本当か試すことになるのはごめんだ。今の医療技術であれば、たとえ手足を失くしてもサイボーグ義手や義足で特に不自由は感じずに生活できるようになるとも聞くが。

 

この〈ヤマト〉の医務室もそのテの設備は充実していることだろう。よほどのことがない限り、大ケガしても一、二ヶ月で動けるようになるのだろうが。

 

山本を見る。バイク乗りのツナギのようなパイロットスーツ。体の線も(あらわ)だが、女らしさは微塵もない。手袋を取ったところも見たことがない。首から下は、女の形をした機械人形なのではないかという気さえする。髪に隠れている方の目は、サイボーグ義眼なんじゃないかとさえ思う。

 

それが口を開いて言った。「先ほどは申し訳ありませんでした」

 

「は? なんだよ」

 

「あの訓練です。わたしを狙っていたうちの一機が向きを変え、隊長に攻撃を仕掛けるのを、わたしは止められませんでした」

 

「ハン」と言った。「あれはどうせ最初から、あいつらそういう気だったんだろ」

 

「だとしたらなおさらです。わたしには隊長を護る義務があります」

 

「やめとけよ。早死にするだけだ」

 

「隊長はあのときもそうおっしゃられました」

 

「ん?」と言った。身に覚えのない話だ。「ええと、いつだ? おれは別にそんなこと――」

 

「すみません」少しうろたえた調子で言った。「今のは、〈坂井隊長は〉という意味です。〈七四式〉を護って(じゅん)じられたとき、わたしには『ついて来るな』と言われました。わたしはあのとき命令に従い、高いところから見ているしかありませんでした」

 

「ふうん」

 

あのときの光景が、頭の中に蘇った。〈がんもどき〉を救けるために、ガミラスの無人戦闘機に突っ込んだ銀色の戦闘機。この〈ヤマト〉で〈アルファー・ワン〉と呼ばれるはずだった本来の〈ゼロ〉。

 

山本は言う。「あのとき、坂井一尉はドローンを追って急降下されました。後で機体を起こせずに地面に墜落することになると承知の上でです。〈ゼロ〉の降下制限速度を超えるダイブでした。あの速度では照準を付ける(ひま)もなく一瞬で(まと)を通り越してしまう。ですから、あのとき坂井一尉は、敵に突っ込むしかなかった――」

 

90度の衝撃降下か。それは古代にも想像はできた。ガタガタと機体は揺れて、空中分解寸前となる。ビームの照準も定まらず、舵ももはや言うことは聞かない。それでもひたすら敵を見据え、体当たりを喰らわせる――。

 

あれは執念の特攻だった。それ以外に方法がなかった。そういうことなのだろう。本当の〈アルファー・ワン〉はそうまでしておれを護った。いや、おれでなく、護ったのはあくまであのカプセルだが……。

 

今はおれが〈アルファー・ワン〉だ。冗談じゃない。どうしてこんな。

 

「本当はあれはわたしがやるべきでした」山本は言った。「もう二度と、隊長機を失うことはさせません。あなたはわたしが護ります」

 

五分ですよ、と言い置いて出ていく。後ろ姿を見送って、古代は泣きたい気分だった。

 

飲みそこねた酒を思う。飲みたい、と痛切に思った。山本が最後に言った言葉は、本当は坂井じゃなくてこのおれがあのとき死ぬべきだったんだ、という意味としか思えない。

 

今はおれが〈アルファー・ワン〉。イヤだ。絶対にイヤだと思った。せめて酒でも飲ませてほしい。

 

――と、そこへ看護士が何やら薬とコップを持ってやってきた。「どうも」と言って受け取った。薬の方は栄養剤か何かだろうが、問題はコップだ。古代は中身が酒であるのを期待した。あの先生がこっそり差し入れてくれたものだと。

 

むろんそんなわけがなかった。ただの水で薬を飲んだ。



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拳銃

「わちっ!」

 

真田はコーヒーをこぼして叫んだ。同時にカップを握り潰す――マグネシウム材の保温カップだが、真田の〈手〉には紙コップと同じだった。飛び散ったコーヒーが手にかかって湯気を立てるが、熱さを感じることはない。床に落ちた液体と潰してしまったカップを情けない顔で見るばかりだ。

 

「またやっちまった……感覚がないとこれだから困る」

 

「どうしたんです?」と斎藤が言う。

 

「冷たいもんだと思って飲んだら熱かったんだよ。おれの手は温度を感じないからな」

 

アナライザーがやって来て言った。「大丈夫デスカ」

 

「まあな」

 

「ワタシガ掃除シマス。副長ハオ仕事ヲ続ケテクダサイ」

 

「ああ、すまん」

 

言って真田は自分の手を見た。なんともなく指は動く。しかし何も感じはしない。

 

サイボーグの義手なのだ。片手一本の話ではない。子供の頃に事故で失い、真田は両手両足が四本とも機械だった。生活に大きな支障はないが、両肘と両膝から先はまったく感覚がない。目をつぶると自分が一匹のイモ虫として宙に浮かんでるような気がする。

 

そしてまた、妙にしびれるような痒いような錯覚を常に覚えていて、気づくと手を掻いていたり、何か近くにあるものをガンガン蹴りつけていたりする。何も感じないがゆえに自覚するのが難しく、どうかすると今のマグ・マグカップのように何かをひねり潰したり、踏み壊していたりするのだ。そんなとき、自分でない別の何かが体の中に棲んでいて、手足を操っているように感じて、言いようのない気味の悪さをおぼえるのだった。

 

斎藤が言った。「技師長と腕相撲はできませんね」

 

「君に言われてもな」

 

と返した。斎藤ならば手を機械になどしなくても、その太い指で大抵のものは握り潰すだろう。真田は自分の部下である筋肉モリモリの男を見た。

 

斎藤始。この男は学者で技師には違いないが、〈宇宙冒険家〉とでも呼ぶのが本当はふさわしい人間だ。火星の火山をよじ登り、エウロパの氷の下の海に潜る。ガミラスとの戦争前から十数年、学術調査目的でそんな仕事を重ねてきた男なのだ。

 

が、斎藤に限らない。このラボでいま白衣を着込み、試験管を振ってる者らは、みな地球で〈ノアの方舟〉に保護するために象や熊やライオンや、サメだろうと大蛇だろうと捕まえていたような連中ばかりだ。この〈ヤマト〉は外宇宙探険船でもあるために、科学部員として乗り組む者は屈強な猛者(もさ)であることが求められた。船外服を着て並べば、誰もが空間騎兵隊か何かと間違うだろう。

 

〈ノアの方舟〉の動物達を地上に還し、種子バンクの植物もまた地上に芽吹かせる。〈ヤマト〉に乗る科学者はそれを第一の目的として、各機関から派遣されているのだった。ゆえに全員、命知らずの冒険野郎。〈ヤマト〉の〈調査・分析班〉に腕の細い女などはひとりもいない。

 

「で、これですが――」

 

と斎藤が言った。彼が取り上げて見せたのは、タイタンで古代進が持ち帰ったガミラス兵の拳銃だった。

 

「まずはひと通りの分析が出来ました」

 

「何かわかったのか」

 

「これ自体からは特に何も。地球のものと比べても別に進んではいませんね。威力に発射可能回数、命中精度に耐久性能、安全性など検分はさせたんですが」

 

「ふむ。〈安全性〉というのはつまり、暴発の防止機構が充分かといったことだな」

 

「そうです。この銃はあらゆる点で、〈粗悪〉と呼ぶしかないでしょう。地球の軍の基準にはまったく届きませんね」

 

「それは――」

 

と言った。粗悪? 安全性も低い? それを危険と隣り合わせの宇宙で兵に持たせる? まさか。地球人の常識では考えがたい話だった。機械の腕を組みながら、真田はいま自分が潰したマグカップに眼をやった。姉の顔が記憶の中から浮かび上がり、自分を見つめてくるのを覚え、急いで想いを振り払う。暴発のおそれがわずかでもある銃など、自分は決して持ってはいけない人間とよく知っているだけに、斎藤の分析結果は意外だった。

 

武器は危険なものである。ゆえに安全でなければならない――変なことを言ってるようだがしかし本当の話である。たとえば、昔ながらのC4プラスチック爆薬。そのままでは粘土のような固まりで、薪と一緒に火にくべても薪のように燃えるだけ。電気雷管を挿し込んで適切な電流を通したときに初めてドカンと爆発する――必要なとき必要なだけの威力を発揮するけれど、そうでないときはサヤに納めたナイフのように安全に保管し持ち運べるということが、武器には常に求められるものなのだ。

 

〈波動砲〉を始めとする〈ヤマト〉のすべての武器も(しか)り。今、〈ヤマト〉には何十基もの核ミサイルが冥王星を叩くべく〈ゼロ〉と〈タイガー〉戦闘機に懸架されるのを待っているが、それらがミスや誤作動で勝手にピカッといくなどという事態はまず有り得ない。核物質に自然に〈火〉が点く確率は、猿にワープロを打たせたときにシェイクスピアが書き上がる確率ほどに低いのだ。

 

あるいは、《起こり得ることは起こり得る》という文を書き出す率と――確かにそれには違いないが、現実にはまず考えられない。タイタンで〈ゆきかぜ〉から発射され〈ヤマト〉を狙ったものもそうであったのだが、地球の核ミサイルはすべて何重もの安全装置で厳重に暴発が防がれている。〈ゼロ〉や〈タイガー〉と共に飛び発ち、共に撃墜されたとしても、決して核は起爆しない。機体から発射され、目標に当たったときだけ原子の力を解放する――その途中で敵に墜とされたとしてもやはりピカリとはいかないのだ。

 

核に限らず、〈ヤマト〉に積まれるあらゆる爆薬、燃料ともに、容易(たやす)く火が点き誘爆を起こすようなものはない。すべて安全・信頼性を充分に考慮した上で選ばれている。むろん、拳銃に至るまでだ。

 

それに対して、ガミラスの拳銃――真田はまとめあげられた報告書に眼を通してみた。分析結果は、すべての部品が材質も悪く精度も低く、ただ量産性ばかり優先した造りであるのが窺えると推論がされている。地球の軍ならこんなものは採用しない――。

 

「ふうん。どういうことだ?」真田は言った。「敵を見くびるものではないぞ。こっちの方が上だと思いたいだけで相手に低い点を付けるようでは困るのだが……」

 

「それでもこの銃を見る限り、質は低いと思いますね。下級兵士に持たせるのは安物なのか、こんなものしか造れないのか、それはわかりませんが……」

 

「ふうむ」

 

と言った。一兵士が持つ拳銃は、敵の国力や用兵思想を推し量るひとつのものさしになるのは間違いない。ガミラスの科学は船の動力に波動エンジンを使える以外、多くの点で地球に劣るのではないか、とずっと言われてきた。それにはそう思いたい地球人が多くいて、敵を過小評価しようとしてきた実態もやはりあるのだが――。

 

かつて日本がサムライの時代に、欧米人を〈蛮人〉などと呼んでいたのと同じだ。鉄砲や時計を見ても鼻で笑い、『なんだこんなもの、我が国の職人ならばたちまちもっといいものを作ってみせるに違いないわ』と言って(あなど)ることをやめない。ちょっと科学が進んでいたって野蛮人は野蛮人だ。だからこっちが波動エンジンさえ造れれば――。

 

やつらに勝てる。そう言われてきた。そうとでも思わなければとてもやってこれなかった事情もある。実際、決して太刀打ちができないほどの敵でもなく、なんとか戦ってこれたのだが。

 

そこに来てこの拳銃。造りが粗悪で地球の軍制式品にまるで劣るなどという。

 

「わからんな。この一挺のみですべてを判断するわけにもいかんし」

 

「それはもちろん、その通りです。ですがもうひとつ、この銃からやつらの指紋とか、遺伝子のようなものが採れないかという話がありましたが……」

 

「それだ」と言った。「何か出たか」

 

「はい。ガミラス人の遺伝子と(おぼ)しきものの採取に成功しました」と斎藤は言った。「それによると、やつらはおそらく地球人と(しゅ)的にもかなりよく似た生物です」



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「NO」と言える地球

『人間以外の生物は地球に不要なんですよ』

 

コンピュータの画面の中でひとりの男が話している。地下東京都知事・原口裕太郎の談話だ。

 

『どうして今の地下都市に、犬や猫を飼う市民がいるんでしょうね。ペットが欲しけりゃアニマルロボット買えばいいことなのにさ。この猫型ロボットのドラちゃん見てごらんなさいよ。ホーラホラホラ動きがこんなに本物そっくり。呼べばちゃーんと「ニャア」とお返事してくれる。ほんとの猫がいつもこんなことしてくれます? ボクのドラちゃんはエサ要らないし、トイレの世話もしなくていいし、ネズミを捕る機能だってイヤなら〈NO〉を選択だってできるんだよ。要らないときはスイッチ切ってしまっとけるのに、なんで「生きた本物じゃないとダメ」なんて人がいるんですかねえ。わかんないよねえドラちゃん。ドラちゃんはずっと仔猫のまんま。ずっとボクだけを見てくれる。だから生きたのなんかよりずっとずっとかわいいのにねえ……』

 

〈ヤマト〉通信室。動画を見ていた通信科員が「絶対こいつ、頭に変な虫がいるよな」とつぶやいた。しかし横で頷き返す別の科員が見ている画面には、

 

『ガミラスは我ら地球人類とよく似ているに決まっています! だから必ず、互いに理解し合えるのです! 世の中には「もしも彼らが脳に寄生する生物だったりしたらどうする。ガミラスがパラサイトなら、他の生物を脳に取り憑いて操れるかどうかでしか見ないものと考えるべきだ」などと言う者がいます。「地球人が彼らの寄生に適さぬときに生かしておくかの選択は〈NO〉しか有り得ぬだろうから、話し合いなどしようもない」とかなんとか――くだらん! そんなこと有り得ない! ワタシはそんな考えにこそ「NO」と言います! ガミラスとは必ず愛し合えるのです! かつて日本のサムライは諸外国と話し合いをしようとせず、愛の宗教であるキリスト教を弾圧しましたが――』

 

こんなことをいきまく者が映っている。〈ヤマト〉に対して一方的に主張を送りつけてくる政治結社の(たぐい)の動画だ。言ってることはバラバラでもその結論は都知事と同じで、『〈ヤマト〉よ、十一ヶ月で帰れ』。どうやら人は頭の中に虫が涌くと、〈ヤマト〉に期限ギリギリまで宇宙にいてほしくなるらしい。

 

困ったことに政治家・思想家・宗教家は今やそんなのばっかりだ。『話し合いで解決を』だの『理解を得られるように努力を』だのと口にするけれど、彼らの〈理解を深め合う〉とは自身の思想を一方的に他に押し付けることであり、他者を非難し脅しをかけることに他ならないようだった。もっとも、しかしこんな話は別にいま始まったことでもなかろうが。

 

が、なかにはより直截的に、〈ヤマト〉にこんなメッセージを送ってくる者もいた。

 

『〈ヤマト〉に告ぐ! 波動砲で冥王星を撃つのをやめよ! さもなければ貴様ら船の乗組員の家族を見つけて全員殺す! 脅しだと思うな!』

 

覆面をした男達が銃を手にして叫ぶ姿が画面の中に映っている。特に過激な団体が送りつけてきた動画らしい。

 

「なんなのこれ?」

 

森は言った。通信科を訪ねたところ、相原が『これを』と言って見せてくれたのがその動画だったのだ。

 

相原は言う。「こういうのが、地球から大量に来るんだ。しかも日に日に増えてるね」

 

「って、どのくらい?」

 

「数えてなんかいられるもんか。だいたい、送ってくるもんのうち、ここでキャッチしてるのは1パーセントもないんじゃないかな。日に百万も送ってくるうち、千個くらいがどうにかこうにか〈ヤマト〉に届く」

 

「へえ」

 

「日本語ばっかりじゃないよ」

 

と言って相原は、(かたわ)らの通信科員をうながした。その科員が機器を操作すると、次から次に何ヶ国語もの文書が出てくる。

 

「これは中国語、ロシア語、英語、アラビア語、スペイン、ベンガル、マレー、朝鮮、スワヒリ語ときてこれはセルビア=クロアチア語。それからこれは南米のなんとかいう少数民族の言葉らしいんだけど、なんだろうね。〈ヤマト〉のメイン・コンピュータでも訳せない……」

 

「内容は」

 

「どれも同じさ。『冥王星を壊すな』とか『もう帰ってくるな』とか『十一ヶ月で』とか。わかんないのは『〈ヤマト〉なんて存在しないと知ってるぞ』ってのが結構あるんだけど、誰に送信してるつもりなんだろう」

 

「ううう」

 

「それからいま見せたのみたいに、『乗組員の家族を見つけて殺してやる』なんてのがある」

 

「どうするの?」

 

「どうするって? どうしようもないだろう。こういうのが必ず出るのはどうせ予想されてたんだ。クルーの身元は厳重に秘匿されているわけだし」

 

「それに」と通信科員のひとりが言った。「クルーの家族は政府から警護されているはずです。それを信じるしかないでしょうね」

 

「ならいいけど……」

 

森は言った。家族。どうせ自分には関係のない話だと思いながら。

 

「でも、家族を殺すなんて脅迫、まさか本気で実行なんて……」

 

「いや、まさかとは思わない方がいい」と相原。「地球ではテロや暴動が多発してるんだし。『〈ヤマト計画〉反対』なんて叫んで自爆テロするようなやつが世界じゅうにいて、毎日何万て犠牲が出てる。もしもクルーの誰かの家が狂ったやつに知れたりしたら――」

 

「〈もし〉じゃなく、すでに何件も事件が起きているようですよ」と通信科員。「『あの家の子が軍に入ってる。もしかしたら〈ヤマト〉の乗組員かも』なんて思い込みで関係ない家を囲み、火を放って丸ごと焼き殺すなんてことが……地下の市民住宅なんてダンボールの長屋みたいなもんでしょう。あっという間に五軒十軒燃え広がって犠牲者多数、やって来た消防隊員にも暴力ふるう、なんて……」

 

「そうだ」と相原。「そんなやつらがいま地球で〈平和主義者〉を名乗ってるんだ」

 

また機器が操作され、〈ヤマト〉に送られてきたものらしい動画が画面に映し出される。テロの現場らしかった。紙で出来た地下都市の市民住宅が何十棟と燃えていて、それを背にして立つ者らがいる。

 

顔にはやはり覆面していた。そして叫ぶ。日本語ではない。()には《原語:フランス語》との表示があって、機械が訳した日本語の字幕が付いていた。

 

《ヤマトに告げる! 波動砲などという兵器を持って外宇宙へ出るのをやめよ! 貴様らのしていることは正義ではない! 地球人が生き延びるためなら他の星を破壊してもよいなどとする考えは決して認めてはならない! それが宇宙の真理であり宇宙の愛だ! 我らは愛のために戦う! ヤマトよ! 貴様らが企みをやめない限り、我らは愛の活動を続けるだろう! これは破壊ではない! 宇宙の愛と平和を守る神聖な行動なのだ!》

 

男はやはり、銃を手に持ち振りかざしていた。映像ではよくわからないが、おそらく〈AK〉と総称される自動小銃の一種だろう。250年前のロシア――当時はソ連と呼ばれた国で、カラシニコフという名の男が造ったライフル。世界各地でコピーされ改良とも改悪ともつかないものが重ねられ、今では最初の1947年型とまるで別物と化しているが、それでも燃える炎を背に黒く浮かぶシルエットは、〈AK〉のものに間違いなかった。この250年間に、ガミラスとの戦争などよりはるかに多くの地球人を殺してきた人類史上最悪の〈小さな大量破壊兵器〉。その男の背後には、まさにその〈AK〉を連射している最中らしい者達の影も映っている。

 

地球のどこかで、〈ヤマト〉に『NO』を叫ぶ狂徒の集団が虐殺を行っているのだ。それを(みずか)ら録画して送りつけてきたものに違いなかった。

 

燃える家から逃げ出してくる人々に銃弾の雨が浴びせられる。女子供の別もなかった。悲鳴を上げて泣き叫ぶひとりの男がカメラの前に連れて来られる。数人がかりで上着が剥ぎ取られ、シャツの袖が引きちぎられた。

 

〈AK〉を持った覆面男が叫んだ。字幕に、《ヤマトの乗組員どもよ! よく見ろ! これが貴様らのしようとしていることに対する我々の答えだ!》

 

袖を裂かれた男の腕が台に乗せられ押さえつけられた。フランス語で『やめてくれ』と訴えている。だが男らが聞くわけもない。大きな斧を持った男が画面の中に入ってきた。顔にはやはり覆面をしている。

 

「まさか……」

 

と森は言った。こんなときに、なぜかふと、子供の頃に神社で見た餅つきのことを思い出した。

 

「この先は見ない方がいい」

 

相原が動画再生のスキップボタンに指をかけた。押せば三十秒ばかり飛ばし再生がされるらしい。

 

「飛ばすよ」

 

押した。しかしその後に流れた映像は充分過ぎるほどに凄惨だった。血にまみれてのたうつ男。片腕は肘から先がなくなっていた。覆面男が切り落とした腕をカメラに見せつけてから、燃えている家に向かって放り投げた。これでその手はグリルローストされてしまい、腕のいい医者でも繋げなくなるだろう。

 

《どうだ、ヤマト!》

 

覆面男は叫んだ。もがいている男を指して、

 

《こいつは「子供を救うためなら波動砲で冥王星を壊すのもやむを得ない」などと言っていた男だ! 我らはこれからこういうやつらの腕を片っ端から斬り落としてやる! わかったら波動砲などという兵器を捨てろ! イスカンダルなどという悪の星へ行くのはやめろ! 大量破壊兵器による平和など有り得ないとわからぬやつに宇宙の愛を教えるには、もうこうするしかないのだ! わかったら我ら愛の戦士の言うことを聞け!》

 

「な……」と森は言った。「何よ、これ……」

 

男は続ける。《わかっているぞ、貴様らはどうせ日本人だろう! どうせ日本人だけが生き延びる気でいるんだろう! そうはさせん! 警告を無視して冥王星を撃ったら、日本人をみな殺してやる! 女も子供もひとり残らず殺してやるぞ! それで貴様らは根絶やしだ! 脅しと思うな、我々は必ず実行する!》

 

「これがいま地球の地下で起きてることさ」相原が言った。「さすがにここまでひどいのはまだごく一部だろうけど、今後拡大するかもね。地球全体でこんなのが増えるようだと、もう……」



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難局

「人類は自滅する?」

 

と藪は言った。機関室ではまだ麻雀の卓が囲まれ、さっきからの勝負が続けられていた。このゲームは始まるとなかなか終わるものではない。

 

「そう」と面子(めんつ)のひとりが言う。「地球じゃ頭のイカレたやつらがみんな、おれ達に『冥王星を撃つな』と言って暴れてる。これがどんどん増えるようだと、〈ヤマト〉が帰る頃までなんて、とてもとても……」

 

「もたない」とまたひとりが言う。「かもしれないって話だけどな」

 

藪は言った。「『かもしれない』って言ったって、そんなやつらまでいたんじゃ……」

 

さっきはガミラス教問題を伝えていたテレビが今は過激派問題を論じている。〈ヤマト計画〉を支持する者の腕をぶった斬り、〈ヤマト〉のクルーの家族を見つけて殺してやる、日本人をひとり残らず殺してやると叫ぶようなテロリスト。その巻き添えで殺され、ケガをし、家を焼かれる無関係な人々……。

 

これを受けて叫んでいる者がいる。『なぜですか! なぜ〈ヤマト計画〉なんてものを続けるんです! やめてください! やめてください! 〈ヤマト〉なんて船を造るからこんなことになるんですよね! だったらやめなきゃいけないでしょうが! イスカンダルへは武器のない船で行くべきなんです。そうでしょう! 武器がなければ、絶対に、襲われたりしないんでーす!』

 

麻雀卓を囲んでいる全員がヤレヤレとばかり首を振った。いちばんタチが悪い狂人は、案外こんなやつかもしれない。むしろまとめて両腕斬ってやった方が、たぶん少しはマトモになっていいんじゃないかと藪も思った。

 

「イカレたことを(わめ)いてんのはマイノリティだよ」ひとりが言った。「属するミームがメチャメチャだから、これまでマトモな多数から相手にされてこなかったやつらさ。自分のミームが絶対に正しいもんだと思っているし、『迫害されてきた』って妄想ふくらましてるから、この機会に他の人間みんな死ねばいいとするんだ。地球に生き残るのは、自分達だけでいい……」

 

「そう。都知事の原口なんか、いちばんわかりやすいよな。ヲタクはヲタクだけが生き延びようと考えるし、コミュニストはコミュニストだけ、キリスト教原理主義者は原理主義者だけ、ユダヤ人やクルド人や朝鮮人は自分達だけ、アフリカのナントカ族はナントカ族だけ、なんて具合……歴史上の紛争なんて、みんなそんなふうにして、隣りに住んでいるやつらとやってきてるわけじゃんか。どこでもみんな自分達こそ神に選ばれた(たみ)と考えてるんだから。殺すよ、そりゃ。今の地球の状況じゃ」

 

「それが人間……」

 

「そういうことだ」

 

「でも」と言った。「今の地球でいちばん強いのと言ったら、日本……」

 

「そうだ。おまけに、首相があの石崎だろ。あいつが日本人以外絶対救うわけないのは、誰が見たってわかるよな。白人も女は生かして男は殺す。それがあの野郎の〈愛〉だ。日本人でも自分を支持しなかった97パー全部を殺す……」

 

「外国人にもそれがわかるから、世界中が日本人を殺そうとする……」

 

「まあその前に、石崎は暗殺されると思うけど。でも似たような政治家はいっくらでもいるだろうし。官僚は自分の身を守る以外何も考えやしないだろうし」

 

「そんな」とまた言った。「なら、このままじゃまずいじゃないか! 何か手を打たないと」

 

「そうだけどなあ。そうは言っても……」

 

とひとりが言う。また別の者が、

 

「おれ達は機関員だぜ。エンジンを回す以外にできることはないだろう」

 

藪は言った。「いや、おれ達がと言うんじゃなくて……」

 

「政府か? まったく無策ってことはないだろうけど……」

 

またテレビに眼が向けられる。『冥王星を壊すなーっ! 波動砲を使ってはならなーいっ!』などと叫ぶデモのようすが映っている。

 

「けど、何をやったところで焼け石に水なんじゃないか? そもそも役所に何が期待できるってえの。やつらがまともな仕事をしたことなんかただの一度も歴史にあるか?」

 

「けどさ」と藪はまた言った。「『波動砲を撃つな』も何も、どうせ撃てやしないんでしょ? なら、それを公表すれば……」

 

狂った者らも少しはおとなしくなるのでは? そう思った。〈スタンレー〉攻略に波動砲は使えない。それは〈ヤマト〉内部ではもはや周知の事実だった。まして自分は機関員。波動エンジンに触れているため、ワープの後はしばらく波動砲が撃てず、また撃った後、ワープができるようになるまでかなりの時間を要することは日々の勤めからもう理解ができていた。撃つも撃たないもなく、冥王星はどうせ撃てない。現実として不可能なのだ。

 

〈ヤマト計画〉の反対者はイスカンダルへ行く計画自体より、波動砲で冥王星を吹き飛ばすことに対して『NO』を叫んでいるのだろう。ならば、それができぬと知れば、少なくとも人類が自滅するなどという事態は避けられるのではないか。

 

テレビがまた言っている。『冥王星には固有の生命があるかもしれないんですよ! それでも星を撃つのですか! あの星の氷の下には液体の形で水があることが、ガミラスの侵略前の探査で判明しているんです。ならばそこに命があるかもしれません! なのに星を粉砕してしまったら、我々はその生物と出会うチャンスを永遠に失くしてしまうことになります。それでいいのですか!』

 

「ははは」

 

とみんなが笑った。実は今から十数年前、2015年の〈ニュー・ホライズンズ計画〉以来170年ぶりかと言われる冥王星探査があって、あの星の氷の下に水の海が見つかったというニュースが世を騒がせていたのだった。(かね)てより木星の衛星エウロパや、土星のエンケラドゥスが氷の下に海がある星とされていたが、冥王星はその仲間だと言うのである。一体なぜあんな場所で水が液体でいられるのか。ひょっとしてそこに生命があるのでは? さらに詳しい調査をせねば――と、言われていたところにガミラスが現れて、その話は棚上げになってしまっている。

 

しかし、

 

「いるんだなあ、人間の子の命より、冥王星にいるかどうかもわからない命の方が大切ってやつが」

 

「そりゃそうだよ。あの〈ぐっちゃん〉もそのクチなわけじゃん。『冥王星を〈準惑星〉から〈惑星〉に戻す』と言って票集めたんだから」

 

「あはは! 確かに、星を壊したらなんにもならない。けど東京都議会が冥王星を惑星と決めたら〈惑星〉って、それが天文学か?」

 

「東京都でだけ惑星なのかな」

 

「いやあ、ヲタクは、あれが神だと思うんだよ」

 

「冥王星の生物なんて、いたとしてもミジンコじゃないのか」

 

「それもあれだよ。極限環境微生物マニアって言うのかな。クマムシとかプラナリアみたいなもんが好きと言うか……キモヲタはそういう変な生き物にシンパシー感じるんじゃない?」

 

麻雀をそっちのけにして機関員らが口々に言う。こんな調子だからゲームが長引くのだ。藪は彼らに「だからさ」と言った。

 

「波動砲は撃てないことを公表すりゃいいんじゃないの?  冥王星が吹き飛ばされはしないとなれば、変なやつらが騒ぐのも少しは抑えられるんじゃない?」

 

「え?」

 

とひとりが言って、それから、皆で顔を見合わせた。全員で藪をマジマジと見る。藪は自分が言ったことにみな頷いてくれるのかと思った。

 

しかし違った。「それはダメだ」とひとりが言って、その言葉に全員が頷く。誰の顔にも、《お前、まだ、そんなこともわかっていなかったのか》と書いてあった。

 

むろん全員、藪が後から急に入れられた補充員だと知っている。

 

ひとりが言う。「いいか? そんなことしたら、ガミラスに〈ヤマト〉の弱点教えるようなもんじゃないか。地球が知ればガミラスも知る。波動砲は欠陥兵器と敵に教えてどうするんだよ」

 

「あ」と言った。

 

「そうなったら〈ヤマト〉も地球もおしまいなんだよ。むしろ敵には、冥王星を〈ヤマト〉が撃つ気でいるものと思わせといた方がいいんだ」

 

「そうか」と言った。言うしかなかった。

 

「地球政府も(あらかじ)め、冥王星に波動砲は使えぬものと見越している。でも試射やワープテストの結果は伝えていないから、詳細について何も知らない。知らせてはならないことになっている。だから市民に公表しようにも、具体的なものがない」

 

「そうか……」

 

「きっと、政府じゃ、テストの結果問題なく撃てるということになって、〈ヤマト〉が星を吹っ飛ばすのを期待してるに違いないよ。エリートさえ助かりゃいいって考えでいるに決まってんだし」

 

「そうか」と繰り返すしかない。「もともと波動砲は、冥王星を撃つためだけに〈ヤマト〉に積んだものなんだから……」

 

「そういうこと。それが後から『欠陥兵器で使えません』じゃ、官僚どもは立場がない。やつらにしたらたとえ死んでも自分のキャリアが大事なんだから」

 

「それに」とまたひとりが言った。「大多数のマトモな市民は、『冥王星は吹き飛ばすべき』と考えているってことも忘れちゃいけない。当たり前だろ。みんな子供を救いたいし、犬や猫も救いたいし、〈ノアの方舟〉の動物も救けたいと思ってるんだ。〈ヤマト〉が船一隻で、百とまともにやり合えるとは思わない。だからここは波動砲でやるしかないと考える。『撃っちゃいけない』なんて言うのは脳を虫に食われているやつだけさ。もしも市民が波動砲は使えないと知ったら、それこそ……」

 

「絶望だ」と三人目。「人は完全に希望を失う。正気の者はみんな首を吊るだろうな。後に残るのは狂ったやつだけ……」

 

「そんな」

 

と言った。しかしわかった。確かにそうなる。他の成り行きは有り得ない。波動砲が撃てないことが世に知られたら、その瞬間に人類は終わりだ。

 

後から来た自分と違い、元からいる船のクルーは〈ヤマト計画〉が抱える問題をよく理解しているのだとわかった。麻雀打ちが麻雀を知り、ルールや点数計算から、囲む面子の手の内を読み取る(すべ)を身に付けるように……今日や昨日にゲームを覚えた初心者が太刀打ちできるものではない。

 

しかし、と思う。それでどうする。この難局を乗り越えて、役を作ってアガれる策は何かあるのか。

 

なければどうなると藪は思った。人類が自滅の道を突き進み、〈ヤマト〉がたとえ戻ったとしても手遅れで、存続の望みが絶たれてしまっていたら? それではすべてが無駄ということになってしまう。

 

麻雀卓を囲む面子を見回した。誰もがオレは機関員だ、与えられた仕事をやる他、何も考えるべきでない――そんなふうに考えているように見える。ようにしか見えない。彼らが優秀な人材であり、己の仕事の重要さを知ったうえでそのように構えているのもわかるのだが。

 

しかしそれでいいのだろうか、と藪は思わずいられなかった。これが他の船ならともかく、〈ヤマト〉は地球の最後の希望なのだろう。〈ヤマト〉がダメならすべてが終わり――なのに何も考えなくていいのか。打つべき手を皆が考えるべきではないのか。

 

自分の手元の牌を見る。このゲームに地球のすべてが懸っているとしたならば、何がなんでも勝たなければならないはずだ。『オレはやるべきことはやった、それで敗けでもオレのせいじゃない』と言うのは、この勝負では許されない。許されていいはずがない。

 

何か手があるはずだろう、と藪は思った。イスカンダルに望みを懸けるだけでない。他に人類が生き延びる道が。たとえば――。



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人類延命計画

「たとえば、人間の精子や卵子を冷凍保存しておいて、後で人工授精させよう、なんて言ってる学者がいる」

 

と島が言う。太田が「うん」と頷きながらも、

 

「けど、その話どうなんだろう。実現の見込みあるのかな」

 

「さあねえ。『まず無理だろ』ってのが大方の考えらしいが……だいたい、それって牛か馬にでも人の子を産まそうって話なんだろ? 人間の女の腹はもう使えなくなってんだから……」

 

赤ん坊の代理母には動物を使うしかないというわけだ。人類存続のためにはそれしかないということになればそれしかなくなってしまうのかもしれない。しかしどうやらその方法は、技術的にも実現の見込みは低いらしい。とりあえず犬に猫の子を産まそうとして失敗したりしているとか。

 

「そうなるともうひとつ、〈ヤマト〉の女性クルーが人類の〈イブ〉となり、何百人かの子供を産んでそこから殖やしていこう、なんて考えもあるけど」

 

とまた島が言う。太田はやはり頷きながらも、

 

「そうなると、後の人類は日本人だけということになる」

 

「まあな。しかしどうなんだろうな。みんな白人と黒人の男に持ってかれちゃって、日本の男は誰も父親になれないかもだぞ」

 

「あはは」

 

と太田は笑った。それから少しマジメな顔で、

 

「けど、ほんとにどうなんでしょうね。どの国でも女にだけ飲ませる水を確保したりはしてるわけでしょ?」

 

「ああ」

 

と島は言った。太田が言うのはつまりこうだ。まだ汚染のされてない水を溜めておき、子供が産める若い女を選別して、彼女らだけの飲み水とする。それによって〈ヤマト〉の帰還がたとえ半年遅れても、一部の女が子を産めるようにする――。

 

どの地下都市でもそうしたことは行われているはずだった。そうでなくても金持ちは大きな樽を買い込んで自分や子のための水を確保しようとするし、これを妬む人間は樽を割ったり穴を開けてやろうとする。すると金持ちも銃で武装した警備を雇い、近づく者を威嚇する――水を巡って殺し合いさえ起きているというのが今の地球の現状だ。人類存続のためならば、子供を産める女を選別するのもやむを得ぬかもしれない。とは言え――。

 

「それで生き延びられると思うか?」島は言った。「火星なんかは水の汚染の問題はないから、エリートの疎開(そかい)先になっている。でもあの星は地球と違って、食糧がロクに生産できない。地球がダメなら火星が先にみんな餓えて死ぬことになるんだ。なのに〈火星人〉どもは現実を見ようとしない――肉も野菜もスーパーで買い込みゃいいもんと思っていやがる」

 

だから〈メ二号作戦〉という狂気の作戦もやろうとした。ガミラスに勝ちさえすればプルトニウムの半減期も急に突然二十日(はつか)くらいになってくれて、『ああ良かった。二、三年で復興だ』なんて言えるに違いない、そう考えてしまっているのだ。ゆえに徹底抗戦あるのみ。イスカンダルのコスモクリーナーも別に要らないとがなりたてる。

 

火星ではやはり地上にプルトニウムが撒き散らされたが、地下の氷を解かして水にしているために放射能の問題はない。けれども地熱発電が地球と違ってできないために食糧生産が充分にできず、数千万しか生きられない。それも地球がダメになれば、先に餓えることになるのだ。

 

しかし〈火星人〉達にそう言っても聞こうとしない。代わりに、我らはまだまだやれる、ガミラスに勝ちさえすればいいことなのだと怒鳴るばかりだ。

 

そのセリフが言えたのは、〈メ号作戦〉で敗ける前の日までだったのだが――〈ゆきかぜ〉が沈んだときに人類は『あと二年』の余命宣告を受けたのだ。いずれ食べ物がなくなったときに、彼らも間違いに気づくだろう。地球でも水と食べ物を取り合って殺し合いが増すだろう。口減らしに老人を殺し、異なる人種や宗教に分かれて人を殺し合う。白人対黒人が、イスラム対キリスト教が、そして日本とそれ以外の国々とが、憎み合って互いの子を殺そうとする。

 

そうなるのは(あらかじ)め予想されたことでもあった。そしてどうやら、遂に始まったようでもある。

 

太田は言った。「〈ヤマト〉が地球に十一ヶ月で戻るようなことになれば、女子供はみんな死んでいるかもしれない……」

 

「だろ? そうでなくてもだ、千や一万ばかりの人でひとつの星をどうにかできるわけがない。地球の自然を還すのだって同じだよ。氷を解かして海を戻し、かぶった塩を取り除き、〈ノアの方舟〉の動物がまた生きられるようにするには何億人が何十年もかけてやるより他にないんだ。それができなきゃ、結局、人はおしまいさ。滅亡を食い止めるには、やはり女と子供達を億の単位で救うしかない」

 

「そうね」と太田は言った。「なのに石崎みたいなのは自分さえ助かれば一年後には地上は命が溢れるものと思っているし、その独裁者を信じてすがる者がいる。地球の社会はガタガタで、この機会に自分らだけ助かろうとする集団ばかり……」

 

「そうだ」

 

と島は言った。干上がった海の〈大和〉で見た地球の光景を思い浮かべる。あの残骸の甲板からは、屋久島の宮之浦岳を見ることができた。塩をかぶった枯れ木の山へ行ってみたこともある。あそこの森は、どう頑張っても元に戻すに百年かかることだろう。

 

だが現日本国首相の石崎という男は、自分が助かりさえすれば一年であの屋久島も元通り。一度は枯れた樹齢千年の屋久杉も千と一歳の大木としてまた葉を付けて、柿だろうとアボカドだろうと実を付けると信じ込んでる。そうしてあの島を囲む海も何もせずとも元に戻り、一度は死んだイルカやクジラが『あ、ボクは、今までどうしていたのかな』とか言いながら生き返って、自分のために曲芸を見せてくれると無邪気に思ってしまっているのだ。これに対して『総理、正気になってください』などと言う者は、〈愛〉のわからぬ人間として吊るし首にされてしまう。

 

それだけならばただのイカレたひとりの狂人。厄介なのは、この男の歪んだ〈愛〉にすがる者達がいることだ。石崎を信じていればたとえ死んでもきっと生き返らせてくれる。気がついたら石崎総理にお姫様抱っこされていて、『あ、ワタシは、今までどうしていたのでしょう』なんて言うことになるのだとどういうわけか思い込むのだ。

 

これはすでに一種のカルト信仰だった。石崎に(つか)える者だけ生き返り、そうでない者は死んだまま。それでいいものという考えを本気で持ってしまった者に、もはや道理は通じない。彼らは叫ぶ。どうして〈ノアの方舟〉や種子バンクなんてものが要る。動物はみんな殺してしまえ。(たね)は全部燃やしてしまえ。石崎総理の〈愛〉で繋がるものだけが命だ。それ以外は後の地球に生きてはならない。すべて絶やさねばならないのだ、と。

 

狂ってる、と島は思った。そんな狂人が今後増えるに決まっているのだ。だから急がなければならない。

 

「〈人類延命計画〉なんて全部ダメに決まってんだろ。〈ヤマト〉が早く帰る以外にできることはないんだよ。あと三百何日なんて猶予があるわけないんだからな。十一ヶ月でなんか戻ったら、絶対に、ただのひとりも生きちゃいないさ。殺し合って自滅してるに決まってる」

 

「わかるけど――」

 

と太田は言った。やはり病気の親のことが頭を離れぬようだった。

 

太田の前の3D画面には冥王星の立体像が果物のメロンほどの大きさで映し出されていた。膨大な量の情報がその球体を取り巻いている。何百という無数の線が星にマスクメロンのような刻み目を入れ、カゴに置いて網を被せて紐をかけたように。航海士の眼で太田はそのひとつひとつを解きほぐしているらしかった。登山家が地図の等高線を追って登攀ルートを探るように、ゴルフのキャディがホールの起伏を読み取ろうとするように。

 

冥王星でもし戦うことになれば、航海士の海を見る眼が必要になる。太田はそれを自覚して、〈ヤマト〉がどう立ち回るべきか検討しているのだろう。それも病気の父親に希望を与えるためなのだろう。それは島にもわかるのだが――。

 

「それで何がわかるんだ? 〈スタンレー攻略ルート〉なんてもんでも見つかったりなんかするのか? 〈ナントカ山道〉とかいうやつが」

 

まさかなあ、と思いながら聞いてみた。太田に及ばないにしても、宇宙海図の見方はもちろん知っている。しかし結局、星などどれも宇宙に浮かぶボールとしか見えないが。

 

「〈ココダ山道〉ですか。そんなのはあるわけないけど……」太田は言った。「とにかく、大きさと重力ですよね。それで何もかも変わってくる」

 

「まあな」

 

と言った。たとえば、土星の衛星で言えば、よく知られるのがタイタンとエンケラドゥス。だがタイタンは直径が5000キロと大きいのに比べ、エンケラドスは10分の1の500キロ――スイカとスモモほどに違う。エンケラドゥスには重力なんかほとんどないから、コスモナイトの貨物ポッドを古代は片手で持ち上げて遠く投げ飛ばしただろう。

 

当然、船の戦い方も、まるきり違うものになる。冥王星はエンケラドゥスとタイタンのほぼ中間の直径2300キロ。つまり〈メロン〉のサイズなわけだが――。

 

太田は言う。「敵はタイタンで爆雷を駆逐艦に撒かせたけど、冥王星であの手は使えないでしょう。きっと今度は最初からデカイやつをぶつけてくる」

 

「かもな」

 

と言った。冥王星に敵は百隻。うち半分が小物として、それを出してくることはすまい。小型の艦は〈ヤマト〉に対してせいぜい爆雷を撒くくらいしかできず、冥王星ではそれも無効。

 

〈ヤマト〉は駆逐艦ならば一度に三十を相手にできるとされているが、それは条件が対等のときだ。もしも相手が闇雲にただ突っ込んでくるようならば、五十だろうが六十だろうが軽く沈めてやれてしまう。敵がそんなバカでないのは明らかだから、冥王星では〈ヤマト〉の主砲をもってしても簡単には殺れないような大型艦十隻ほどで迎え撃ってくると想定すべき――。

 

そのくらいは別に戦術の専門家でなくてもわかることだった。島は言った。

 

「『冥王星に敵は百隻』とは言っても、実際にはそんなに多くと戦わなくていいって言うのか?」

 

「そう」と太田。「〈ヤマト〉はもともと大型艦との闘いを得意とするはずです。だからとにかくデカブツとの立ち回りを考えればいい」

 

「簡単に言うけどなあ」

 

「しかも、無理に相手を沈める必要はないわけでしょう。航空隊が基地を潰すまでの間、持ちこたえればいいんだから。〈ヤマト〉自体は戦わないで逃げてられればいいんですよ」

 

「だからそう簡単に言うが……」

 

「そこでこの冥王星の大きさですよ」

 

太田が3Dマトリクスの()を切り替えた。星の一部が拡大されて中華鍋を伏せたような像になり、メダカほどの大きさの〈ヤマト〉が上を進むようすが表される。

 

「冥王星は小さいから、丸みが強くなりますね。大昔の人間がどうして地球は丸いと知ったか知ってるでしょう。水平線に船が行くと、船体からマストへと沈むように見えなくなる――」

 

「ああ」

 

と言った。船と言えば帆船で、帆が遠くからよく見えるほど大きかった時代の話だ。『そう見えるのは世界が丸いからだ』と言って、船乗りは新天地に乗り出していった。

 

「だからそれと同じですよ。地平線に隠れてしまえば、敵は〈ヤマト〉を狙い撃てない。冥王星の丸みを使って、敵のビームから逃げるんです」

 

「うーん」

 

「エンジンにあまり無理をかけずに済むし、主砲の過熱も抑えられる。これで〈ヤマト〉はかなり有利に戦えるんじゃないかと……」

 

「うーん」

 

「この戦法はタイタンくらい大きな星だと難しいし、逆に小さ過ぎてもできない。冥王星の大きさなら有効だと思うんですが……」

 

「うーん」と言った。「星の丸みが生む死角。それを使って敵の砲火を避ける、か……」

 

考えてみる。航海士の太田らしいアイデアとは言えるだろう。〈ヤマト〉の艦橋クルーに選ばれただけに、太田は優秀な人材だ。これも決して使えない策と言うこともなかろうが。

 

「そんなにうまくいくのか?」島は言った。「敵がお前の考えを見越して、対策を取っているってこともあるんじゃないか? そうしたらどうする」

 

「まあ確かに……でも、〈対策〉って、たとえばどんな?」

 

「『どんな』と言われても困るけどな」



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敵の備え

冥王星には必ず罠が張られている。しかしその罠とはどんな――。

 

艦長室で沖田はひとり考えていた。真田にもさっき言ったことだ。〈スタンレー〉には必ず罠があるはずだが、どんなものかはわからない。わかるようなら罠にならない、と。そうだ。敵はバカではない。地球人が基地を見つけて核で攻撃しようとするのはわかりきっているのだから、必ずそれを防ぐための策を幾重にも講じる。地球の軍はあの星に今まで近づけもしなかった。

 

だがこの〈ヤマト〉は、と沖田は思った。この〈ヤマト〉なら行けるだろう。そもそも、ワープでひとっ飛びだ。波動砲は撃てなくなるが、懐に飛び込むだけなら雑作もない。

 

後は星の丸みを使い、敵が来たら地平線の向こうへ逃げつつ反撃していけばよい。冥王星サイズの星は、砲の威力と船の速度で敵に(まさ)る〈ヤマト〉には有利な戦場とも言える。星に取り付きさえできたら、そこから先は一方的に敵をバシバシぶっ叩いてやれるのだ。

 

やつらが〈ヤマト〉の装甲も貫くほどに強力なビーム砲台を百基も備えて星全体を要塞化しているなどというのは有り得ない。ガミラスがそんなことができるほどの敵なら、地球など八年前にひとたまりもなく丸焼きにされているだろう。やつらに無尽の兵力などない。さして力を持たぬがゆえにあんな遠くの小さな星に基地を建て、穴に隠れてそこから石を投げてくるのだ。一年前に逃げたわしの〈きりしま〉を追ってくるさえできなかった。

 

これまでの八年間の戦いが、このわしが身代わりに死なせた者らの犠牲が教えてくれている。ガミラスは決して対抗できないほどの敵ではないと。だからその懐に入り込めさえしたら――。

 

同じことは一年前の〈メ号作戦〉のときにも言われた。〈きりしま〉が冥王星の地に触れるほどのところにさえ行ければと。だがあのときも沖田は思った。同じことは敵も考えているはずだと――星の丸みを利用して地平線の陰に隠れようとするモグラがいるのなら、その死角を無くすためのなんらかの手を敵は打つ……。

 

それだ、と思った。冥王星にガミラスの罠があるならそういうものだ。〈きりしま〉ではそもそも星のそばにも行けず、先にどんな罠があるのか知ることすらできなかったが、しかし――。

 

冥王星。そこに潜む敵、ガミラス。やつらにはどうしても、地球人類を絶滅させねばならぬ理由があるのだろう。百隻ばかりの船では地球を攻めるに足らず、八年間の膠着(こうちゃく)が続く。その間に地球の水はジワジワと放射能に侵されていった。

 

やつらには一気に地球を攻めることも、新たに百の援軍を母星から送ってくることもできない。できるならばやってるだろう。ゆえにやつらはいま持つもので準惑星を護っているしかないのだ。

 

そうして地球の女達が、子を産めなくなるのを待つ。だからこそ、必ず罠があるだろう。いつか地球がこの〈ヤマト〉のような船を造り上げ、やって来るかもしれないときの備えとして、迎え撃つための罠が。

 

そこで〈ヤマト〉が沈むとき、人類存続の望みも絶たれる。そのときやつらはどうするのだろう。高らかに笑って正体を現し、地球人を殺しに来た理由を明かしもするのだろうか。冥土の土産にするがよいとでも言って。

 

沖田は古代が持ち帰った映像を画面に出してあらためて見た。タイタンで古代を襲うガミラス兵士。その姿は見る限り、地球人と変わらない。

 

こいつらはなんなのだ――あらためてそう思わずにいられなかった。一体なぜやって来たのか。なぜ我々を滅ぼそうとするのか。波動技術を完成した形で持つ一方で、それ以外ではなぜ地球に劣るのか。

 

そしてまた、と沖田は思った。どうしてこれほど地球人と似ているのか――。



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インテリジェント・デザイン

「これが採取に成功したガミラス人の遺伝子データです。詳しい分析はこれからですが、それでもちょっと見ただけでも、地球人とよく似ているのがわかります」

 

と生物学を専門とする部員が言う。しかし真田は〈データ〉とやらを見せられても、

 

「そうなのか?」

 

とまずは聞くしかなかった。生物学や遺伝子学は専門外だ。横で斎藤も《オレだってチンプンカンプンですよ》という顔してる。

 

〈遺伝子データ〉なるものは門外漢の真田にはまるで楽譜のように見えた。それもオーケストラによる交響曲の、ジャカジャカジャーンというようなやつだ。見方を知らない人間にはまったくもって何がなんだかわからない。こっちがガミラス、こっちが地球。似てるでしょうと言われても。

 

「まず、似ているのはこの部分です」と生物学員。「地球生物のDNAが四つの塩基から成る二重螺旋構造をしているのはご存知かと思いますが――」

 

「まあな」

 

「ガミラス人の遺伝子も基本構造は同じでした。染色体の数や長さは違いますが……」

 

言って参照の表を出す。染色体の数はヒトが46。アリが2本で犬が78だと言う。しかしザリガニが200とあった。全部繋いだ長さもマチマチで、数が多ければ偉いとか長ければ進化してるというものでもないらしいのがわかる。

 

「地球の学者に何も教えずこれを見せても、異星生物の遺伝子だと気づく者はいないでしょうね。しかし〈ヒト〉だと思う者もいないでしょう。チンパンジーとヒトの遺伝子は99パーセントまでそっくりだと言われますが、その点ではまるで似ても似つきませんから」

 

「ふうん」

 

と真田は言った。なるほどおれなど、ヒトとヒトデの遺伝子を並べて見せられたとしてもまるでサッパリ見分けはつかないだろうと思う。ついでにショパンのピアノ曲とバッハのヴァイオリン曲の譜面を並べて見せられたって絶対にどっちがどっちかわからないと自信を持って断言できる。それと同じで、人と猿が99まで似てると言われても、どこがどうそっくりなのかてんでわからん。地球人とガミラスでも、どこが似ていてどこが違うと説明されてもまるきり理解できないのは疑いなかった。

 

しかし、それとはまた別に、思い当たることがあった。

 

「確か、同じようなことを、サーシャの遺伝子の話でも聞いたように思うが」

 

一年前に聞いた話が、ずいぶん昔のように思える。サーシャはかつて沖田の〈きりしま〉の前に現れたとき、まず厳重に隔離され入念な検査を受けたと真田は聞いたことがあった。理由のひとつは地球の細菌によって彼女が死んだり、逆に彼女が持ち込む菌で地球人がやられるのを防ぐためだが、その過程で血液や遺伝子のサンプルを採られ、体もCTスキャナーなどで調べられているのだ。結果として出た答が、やはり、『地球人と遺伝子レベルで似ているが違う』。

 

というような話だった。細かなことは真田はやはり聞いてもよくわからなかったが。

 

「そうですね。サーシャ――イスカンダル人とも似てはいるようですが」

 

「まさか……」と言った。「ガミラスとイスカンダルが同一のETということはないだろうな」

 

「え? いやあ、それもないと思いますが」

 

言って部員はサーシャのデータを画面に出した。やはり真田にはそれが地球やガミラスとどこが似ていてどこが違うかまるでわからない。

 

しかし、前から考えていたことではあった。サーシャはとにかく外見は地球の女そっくりだった。ならばガミラスも地球人と似ていることが有り得るのでは、と――それどころか、イスカンダルとガミラスが同じものだということさえ、ひょっとしたらあるかもしれない……。

 

真田はそう考えていた。サーシャはどうしてイスカンダルが地球人類の危機を知り、自分が遣いとして来たか聞いても教えてくれなかった。『ワタシからは教えられない。しかしイスカンダルへ着けばわかるだろう』とだけ言って――。

 

ガミラスについても同様だ。多くのことを知っていたに違いないのに教えてくれない。『教えるのをワタシは禁じられている』と言われてしまえばそれまでで、やはりすべては『イスカンダルに着けば』と言う。『それはあなたがた地球人が、自分で行って眼で見て知らねばならないのです』と……。

 

しかしそんな話になるのは、イスカンダルとガミラスがどこかで繋がっているということにならないか。遠く離れた星雲から地球を見つけたのだから、ガミラスだってどこにあるのか知ってるはずだ。やつらがなぜ地球を狙うかも知っている――。

 

波動エンジンの技術は渡すがコスモクリーナーは渡さない。欲しくば取りに来いと言う。この話がそもそも変だ。しかも許すのは一隻だけで、ワープ船を複数は決して造らせないようにする。これでは地球は〈試されてる〉と言うよりも、〈運命をもてあそばれてる〉と言うのが正しくなってしまう。

 

これは決して博愛の星のやることではない。地球人を救ける気など実はまったくないのじゃないか……そんな疑いさえ持ってしまいそうになる。

 

ゆえに真田はただ信じるしかなかった。イスカンダルでなく、サーシャをだ。あのとき、〈ノアの方舟〉で、地球人類だけでなく動物達も救うために戻ってくると約束し、命懸けでそれを果たしてくれた彼女。彼女がすべてを知った上で、なおも己の命を懸ける価値があると考えたなら。

 

それは信じるに値する。とにかく、おれ個人としては――そう考えるしかなかった。彼女のためにもおれはイスカンダルへ行き、答を眼にしなければならない。

 

が、まずは当面のことだ。地球。ガミラスとイスカンダル。どれも〈星人〉の遺伝子構造は基本的に同じだと? ゲノムの長さや染色体の数は違うが、みっつとも、DNAの二重螺旋?

 

「部分的には、チンパンジーとヒト以上に似ていると言えるところまでありますね。サーシャの遺伝子を調べたときにも言われたことですが、人を〈ホモ・サピエンス〉として猿やその他の類人猿と分ける部分に関して言えば、このみっつはほぼ同一と言っていいくらいに似てます」

 

と生物学員は言った。真田は斎藤に眼を向けてみた。この男も学者と言っても機械屋であって、遺伝子なんてオレにはてんでわかりませんよという顔をしているが、

 

「確かにそんな話は聞いていたけれど、イスカンダルに続いてまたガミラスも、我々と同じく〈ホモ・サピエンス〉か……」

 

「そんな」と真田は言った。「みっつとも違っているのにそこは同じ? そんなことが有り得るのか?」

 

「偶然には有り得ませんね」と生物学員は言った。「でも、偶然じゃないとしたら?」

 

「どういうことだ?」

 

「ですからまあ、何かの意思が働いているんじゃないかということです。キリスト教では言うでしょう、『神は自分に似せて人間を造った』と――ならばガミラスやイスカンダルもそうだってことはないですかね?」

 

「それって――」真田は言った。「〈インテリジェント・デザイン〉とかいう話か?」

 

肩をすくめた。「まあ、ほんとはそういうの、おれは否定しなきゃいけない立場ですけどね」

 

「創造論が実は正しいと?」

 

「銀河系の生命に関する限り、ということですが……」

 

と生物学員は言った。〈インテリジェント・デザイン論〉とは、創造論と進化論の〈折衷論〉とでも呼ぶべきものだ。19世紀にダーウィンが『人は猿から進化した』と唱えたとき、キリスト教会は猛反発した。そして22世紀末の今でも、頑として進化論を認めていない。聖書には『神がすべてを創造した』と書いてあるから進化論は間違いとし、恐竜の化石を見てもこんなもの異教徒が作って埋めたまやかしだと言って聞かない。我らは決して悪魔の嘘に騙されないゾと未だに言い張っている。

 

しかしキリスト教徒と言っても、日曜日に必ず教会に行く人間ばかりじゃない。むしろ普通の一般人は普段は進化論で生きて、クリスマスや結婚式や葬式の日にだけ創造論者になる。そんなコウモリ信者にお薦めなものとして考えられたのがインテリジェント・デザイン論。この世界は確かに神が造ったが、生物は菌から始めて人の形になるように徐々に進化させていった。そしてとうとう、猿に神の姿を似せた〈アダム〉を産ませた。人は人になるように神に設計されていたのだ、という考え方だ。聖書はやはり正しかった。これですべてが疑問の余地なく説明できるワケなのです――。

 

こういう考えの者達が、世界のすべては神が白人キリスト教徒のためだけに用意したものと唱えて自然を破壊し小国から資源を奪い、代わりに武器と麻薬を与えた。自分が良ければそれでいい。隣りの国や地球の裏や人間以外の生物はどうなろうと構わない。だって神は〈息子〉のオレだけを愛しているはずなのだから――などと言って恥じないのがインテリジェント・デザイン論者だ。そして異教徒に対しては、この地上から抹殺あるのみ。ちょっと考えればどれだけ都合のいい理屈かわかりそうなものなのだが、

 

「生物進化に謎が多いのも事実です。何より最初の生命が地球でどう生まれたのかがわかっていない。『実は宇宙から来たのかも』という考えも決してバカにできませんよね。特にもしエウロパやタイタンなどに生命がいたら、どこか宇宙の同じ場所から太陽系にやって来た同じ〈(たね)〉から生まれたのかも、と……昔から、けっこうマジメにそう言われてきてるんですから」

 

「まあな」

 

「『生命誕生の奇跡は一度だけでいい。百億年前にどこかで生まれ、宇宙に広がりさえすれば』というやつです。真空にも耐えられて何億年も死なない微生物はいくらでもある。そいつらには十万や二十万光年なんてなんでもない。眠ったまま宇宙を旅して、海のある星に着いて初めて目を覚まし、分裂して自分を殖やす……」

 

「それが地球とイスカンダルでほぼ同時に起きたと言うのか。さらにガミラスでも……」

 

真田が言うと、斎藤も、

 

「マゼラン星雲は天の河銀河のまわりを二十億年かけて回っている。つまり二十億年あれば、この三十万光年くらいの範囲に〈種〉が広がるには充分てことだな。地球もガミラスもイスカンダルも同じ〈種〉から進化した、と」

 

「ですから、仮の話ですよ。こんな話は〈オッカムの剃刀(かみそり)〉だというのはよくわかってます。でももし、最初の命の種に、〈ヒト〉の姿になるように進化するプログラムが(あらかじ)め書き込まれていたとしたら……」

 

「サーシャとガミラス人が地球人そっくりである理由が説明できる、か。なるほどSFアニメにでも出てきそうな話だな」と真田は言った。「科学者は安易な仮説に飛びつくべきじゃない」

 

「はい。もちろんそうです」

 

「その考えはつまり神がこの世に在るということだろう。イスカンダルとガミラスの他、この銀河にまだいくらでも〈ホモ・サピエンス〉がいるということになるかもしれん。それが神が百億年前に計画したこととするなら、目的はなんだ? 〈星人〉同士で殺し合いでもさせようと言うのか?」

 

「さあ、それは……」

 

「ガミラスとの戦いに勝っても、また別の宇宙人が地球に攻めてきたりするのか。そんなことになってほしくないものだがな」

 

と言った。神か、と思う。科学者がそんなものを信じるようになってしまったらおしまいだ。キリスト教では神が人を(つく)ったとされる。神に似せて。だから宇宙で我々だけが神に愛されているのだと。

 

しかしどうだ。宇宙に同じ〈ホモ・サピエンス〉がいくつもいるとしたら――キリスト教徒はかつては白人だけが〈人間〉であるとして、ユダヤ教徒やイスラム教徒を殺戮し黒人や黄色人種を奴隷にしてきた。原理主義者は今でもそれをやろうとしている。ヒトラーがそうであったように――百万種の〈神に似ている〉異星人と出会っても、彼らはなおも言うのだろうか。地球の白人だけが神に選ばれた民であると。だって聖書にそう(しる)されているのだからと……。

 

そうして、銀河の覇権をめぐり異星人種と殺し合うのか。元は同じ〈種〉から生まれた兄弟なのかもしれないのに、肌の色が違うとか、思想が異なるとかの理由で――何より、他にも〈神の子〉がいるのが許せないからと。神が他の〈人種〉を愛することがあってはならない。だから宇宙から抹殺せねばならないのだと。

 

そういうことを言う者は必ず出てくるだろう。それが地球人類だ。ヒトラーがかつて支持され、今も崇拝されるように、〈神の名〉により人は侵略を正当化する。なるほどガミラスが地球人を恐れたとしても当然だ。イスカンダルは何を知っている? サーシャが自分の眼で見ろと言っていたのは、もしかするとそんな……考えてから、真田はいいやと首を振った。今はこんなことに悩むときじゃない。ともかく、行けば、コスモクリーナーをくれると言うのだ。真実もそこで教えてくれると言うのだ。ならばおれは行くしかない。サーシャの想いに応えるためにも。

 

なのに〈ヤマト〉は、太陽系を出られない。〈スタンレー〉を攻めることも迂回もできず、黄道面を回っている。地球の社会はガタガタで、誰も〈ヤマト〉を信じていない。

 

おれは何を信じるべきか? 真田は思った。機械の腕の一本を見る。指は動くが感じない。人の手によく似せられた作り物だ。

 

あの事故で、おれは手足を失った。しかしもっと大切なものも……。

 

どうすればいいんだろうな、姉さん、と思った。おれは神を憎んでいるのかもしれない。それに、科学もだ。この手足がおれは憎くてたまらないのに、外して捨てるわけにもいかない。隕石やスペースコロニーの落下から人を救う道だと信じて波動砲の研究者になった挙句(あげく)が今このザマだ。おれは自分がしたことの許しが欲しいだけなのに。

 

サーシャはイスカンダルに着けば、何もかもがわかると言った。しかしどうだろう。〈答〉というのが恐ろしいもので、〈ヤマト〉と地球人類が新たな敵と次から次に戦わされるようなものなら。

 

まさかな、と思った。そんなことだけは、願い下げにしたいものだが……。



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希望の砦

『〈ヤマト〉が冥王星を撃ち、外宇宙へ出て行けば、必ず次の侵略者を太陽系に呼ぶことになります! 誰がそれを望むでしょう!』

 

地球の地下では、人の集まるところどこでも、そんな演説が響いていた。降伏論者は相変わらず、『ガミラスはいい宇宙人だから〈ヤマト計画〉をやめさせましょう。波動砲を捨てて投降すれば彼らは必ず青い地球を返してくれます』と叫んでいる。

 

この主張にどうやら新しく加わったのが、『波動砲があればガミラスに勝てるかもしれないが、必ずその後にもっと強い宇宙人がやってくる』という論であるわけだった。それを倒すとさらに強い宇宙人。それも倒すとより強力な宇宙人。いつまでやってもキリがないことになるでしょう。しかし武器を持たなければ、どんな敵も来ないのです。だって宇宙に悪い宇宙人なんか、決して一種もいるはずないじゃありませんか。

 

インテリゲンチャの頭の中はどうデザインされているのか……しかしもちろん、相変わらず、道行く人は足を止めずに前を通り過ぎていた。地下に生きる大多数のマトモな市民は、この種の利口バカさん達の狂気の思想に頭をやられたりしない。これについては七年前に横浜で古代進が見た情景と今も大きく変わりはなかった。

 

違いと言えば、その足取りと、人々が顔に浮かべる表情だ。みな絶望に打ちひしがれ、明日に食べる食料をただ求めてさまよっている。あるいは、今日に得たカネを、今日のうちに遣ってしまおうと賭博場を巡る。今日はどこの競輪場で誰が走るのだったかな、とか、どこの野球場で誰が投げるのだったかな、などと思いながら……。

 

地球の地下にはどの街にもその中心に野球場。それは元々、人々の〈希望の砦〉として建てられたものだった。この地下でも我々はまだ野球ができる。だから希望がまだあるのだと、グラウンドに政治家が立って市民に言った。別の地下都市から来たチームを迎え、オレ達の街のみんなもがんばっている、だからこの街も敗けるなと叫んで試合が行われる。スタンドを埋める観客は、敵味方の別なく声援を送ったのだ。

 

しかしそれも海が干上がり、地上の命が死に絶えるまでのことだった。北と南に集まって凍りついてしまった海と、陸のすべてを覆い尽くしてしまった塩……だが、しかしこれだけならば、遊星さえ止められれば元に戻すこともできると言う。何もせずとも百年後には海が戻り、雑草やムカデくらいは勝手に息を吹き返すとも言われている。が、加えてプルトニウムだ。こればかりは十万年。それがジワジワ地下の水を侵しており、人の子供を殺そうとしている。

 

人々はもう希望など失っていた。野球場も今は賭博場と化し、客が選手に浴びせるのは声援でなくヤジとなっている。さらに球場の周りでは狂信者が演説を打っているとなると、マトモな市民は迂闊に近づくこともできない。

 

来ても足早に過ぎるだけだ。降伏論者やガミラス教徒と決して眼を合わさぬように……とにかく今の地下都市で〈愛〉を叫ぶ人間は、何をするかわからない。恐怖の民兵集団と化しているのであるからして、うっかり言葉など交わしひとつ間違った応えをしたら、斧で腕をぶった斬られるか顎を砕かれ舌を引っこ抜かれてもおかしくないのだ。腕ならたとえ斬られてもサイボーグ義手が付くだろうが、機械の口では味を感じることはできない。

 

あるいは捕まり閉じ込められて、変なクスリを飲まされたうえ洗脳ビデオを見せられるとか……ゆえに、もはや球場にいるのはカルト集団も相手にしないような浮浪者同然の者ばかりとなっていた。雨の降らない地下都市ではホームレスでも凍え死ぬことはない。住居をテロで焼かれてしまい客席に住み着いている者もいる。さらにベンチで猫を飼い一升瓶で酒を飲んでるハゲ頭のおっさんまでいる始末だ。

 

正面の大スクリーンには、このあいだの《ワープ成功》に続いて今は《ヤマトが土星で敵戦艦を四隻撃沈せしめた》などというニュースが映し出されているが、誰もそんなもの見はしない。見たとしても、

 

「バカバカしい。あんなの嘘に決まってるよな」

 

そう言われておしまいだ。応える者がいたとしても、

 

「そうそう。仮に殺ったとしても、駆逐艦二隻くらいがせいぜいじゃねえの? こっちの砲がどんだけ強いっつったって、実戦てのはそうそううまくいくもんじゃねえよ」

 

「だいたいなんで土星なんか行ったんだ?」

 

といった話になるのがオチだった。そうしてふたり、スタンドで話し込んでいる連れ合いがいる。

 

「〈ヤマト〉なんかほんとにいるのか、まずそこから怪しいんだよな」

 

「そうだそうだ。いるなら早く波動砲とかいうやつで、冥王星吹っ飛ばしゃあいいじゃねえか。だってんなもん何をどう考えたって、ただそのために積んであるとしか思えねえじゃんよ」

 

「そうだよなあ」

 

「それを撃たねえって話はおかしいよ。冥王星を撃たないってのは〈ヤマト〉がいないっていうことだ。〈イスカンダル〉とか〈コスモクリーナー〉とか、ぜんぶ嘘。他に考えようがねえよな」

 

「うん」

 

と言って頷き合う。このふたりはおかしなことを言ってるわけでは決してない。こう考えるのが当然で、ごく正常な反応なのだ。

 

そして市民の大半が、このふたりと同じ考えを持っていた。政府は〈ヤマト〉がいると言う。しかしそもそも、それが事実か疑わしい。〈ヤマト〉がいるなら証拠を見せろ。イスカンダルからコスモクリーナーというのを持ち帰れる証拠を見せろ――政府や軍の施設には、まだ理性を持っている市民の声が寄せられている。その多くは子を抱える親達だ。犬や猫を飼う人々だ。多くの市民がガイガーカウンターを持ち歩き、それでなんでも測ってから口に入れている状況で、政府がもしも『人の命や動物よりも冥王星が大切だ。波動砲は星を撃つため〈ヤマト〉に積んだものではない』などと言ったら、それこそ暴動が起きるだろう。『ふざけるな、サッサと敵を消し飛ばせ!』。いま生きている十億のうち九億人がそう叫んで暴れ出すに違いない。

 

何より、〈ヤマト〉の波動砲。冥王星を撃つのでなければ、他に何を撃つためにあるの? 素朴な疑問もまた市民から湧いている。そんなの他にどう考えても使い道はなさそうじゃん。冥王星を撃つんでなけりゃ、一体何を想定して造って船に積んだと言うのさ。

 

ちょっと考えればそういう話になるはずで、そう思わぬ者がいたらそいつは頭がおかしいのである。〈ヤマト〉がちゃんと実在し、コスモクリーナーの話も事実であるなら、証拠を見せろと人は言う。冥王星が吹き飛べば、なるほどすべては本当だったと誰もが納得するだろう。

 

「それを何グズグズしてんだ。早くやることやれってんだバカ野郎!」

 

と、ふたりのうち片方がグラウンドに向かって(わめ)いた。これではまるで選手に向かってヤジを飛ばしているようだ。

 

「おい」

 

と横から口を挟む三人目の者がいた。

 

「あんまり大きな声出すな。そんな話が外に聞こえたら……」

 

「わっ」

 

ふたりは身をすくませた。フェンスの向こうで反戦団体が『波動砲は決して使ってはならない兵器。冥王星を撃つのをやめよ』と叫んでいる。あの中にAKライフルの一挺くらい持っているのがいても全然おかしくない。今の話を聞かれたら、金網越しにバリバリ撃ち込んでくるだろう。やつらは人の命などなんとも思っていないのだから。

 

「助かるのは選民である我々だけだ!」

 

そう叫ぶ声がする。今の地球に『冥王星を撃つな』と叫ぶカルトはいくらでもあるが、そのすべては自分と仲間だけ生き延びて、他の九億九千万人は滅びる未来を夢見ているのだ。銃で人を殺すのは平和のための反戦活動。〈愛〉なのだからやっていい。

 

「それにしてもどうなんだろうな」

 

声をひそめてひとりが言った。

 

「石崎なんかはやっぱり言ってるんだろう。『決して〈ヤマト〉に冥王星は撃たせない』って」

 

「それがなんだよ」とひとりが応える。「〈ヤマト計画〉ってのは国連の計画なんだろ。地球防衛軍自体が各国の連合軍だぜ、一応は。いくら日本が今は世界のリーダーつっても、日本の首相に決定権があるわけじゃねえ」

 

「そうなの? なんか石崎って、自分が計画の立案者みたいな顔してんじゃん」

 

「いやいや。あいつは〈やまと〉っていう名前の船が〈宇宙スペイン〉を蹴散らして最後はカミカゼ特攻するのを空想しているだけでしょ。だいたいすべてを決めているのはイスカンダルの使者ってことになるんだろ? イスカンダルが言うことに地球は逆らえないんだろうが」

 

「あ、そうか。じゃあ待てよ。もしもイスカンダルが『冥王星を撃つな』と言えば……」

 

「〈ヤマト〉は波動砲を使っちゃいけないことになる……」

 

「そんなことを言うやつもいるな」

 

「まさか、そういう話なのか?」

 

「さあて」と三人目が言った。「政府は何も言わないけど……」

 

三人は黙り込んだ。政府――国連と地球防衛軍は、〈ヤマト計画〉について何も明らかにしない。〈ヤマト〉に地球を出てすぐに波動砲を撃たせながら、冥王星をやる気なのかどうかすら……それがテロや暴動を生み、カルト信者をより狂った行動に走らせているにもかかわらずだ。リーダー国の日本を見れば内閣首相や首都の知事までイカレポンチ。独裁者が政権を握ってしまっているのはどこの国も同じことだ。これでは何も明確なことが言えなくて当然と言えば言えるかもしれないが……。

 

それでも〈ヤマト計画〉の中心にいるのはイスカンダルの使者に認められた者であるはずだ。地下の人々を今日まで生きさせ、〈ノアの方舟〉なども維持して、まだ希望を失わない……この野球場だって、元はと言えばそんな者らが造ったものであるはずだった。今はこのザマとは言っても、まだ試合を続けている。

 

〈希望の砦〉であるがゆえに……『野球ができるうちは人は滅びていない』と言うだけは言っている。いつまでもつかだいぶ怪しい状況だが。

 

〈ヤマト〉が一発、敵の基地をやっつければ、人は希望を取り戻せもするはずだ。波動砲があるのなら、事は簡単なはずではないか。なのにどうして、政府は口を閉ざすのだ? 波動砲があるのに撃てない。そんな事情があるとでも言うのか?

 

「どうなんだろうな」とひとりが言う。「冥王星が吹き飛んだら、そこで叫んでいるやつらはどうする? 狂ったやつらがいよいよ狂って手がつけられなくなるんじゃないか?」

 

「まあそうだろうが、でもなあ」

 

降伏論者は『降伏すればガミラスは青い地球を返してくれる。だが波動砲を使ったら、永遠にその機会が失われる』と言っている。今もそのフェンスの向こうで叫んでいる。マトモな頭の持ち主ならばバカバカしくて聞けないような主張だが、彼らは本気でそうと信じ込んでいるのだ。なのに〈ヤマト〉が波動砲を撃ったなら、狂人達はさてどうする?

 

相手は血に飢えた殺人教徒。それが百万、一千万人。どうなるかなど、誰にもわかるわけがない。遠くでタタタとミシンを打つような音がするのは、今どこかで〈AK〉をぶっぱなしてるのがいるのだろうか。

 

『かくなるうえは最終手段だ!』

 

叫ぶ声が聞こえてきた。同時にダダッと音がして、まさに〈AK〉がフルオートで街の天井めがけて撃たれたのが見える。

 

『我々は銃を取る! 〈ヤマト〉などという船で、波動砲などという兵器で、すべてを解決できるなどと思う者を殺して殺して殺しまくる! そうしなければならないのだ!』

 

『おーっ!』

 

拳を振り上げ衆が叫び応えていた。球場の中の三人は、目をひん剥いてそれを見た。銃を連射する者は叫んだ。

 

『恐れることはない! 石崎総理のために死ぬ者は、緑の地球に必ず生き返るのだ! 死は一時(いっとき)だけのものだ! だから死のう! 戦って死のう! 総理の〈愛〉を受け入れぬ者を、ひとり残らず殺して死のう! 種子バンクに火を放とう! 〈ノアの方舟〉の動物を一匹残らず殺してやろう! そんなものを生かしてはならん!』

 

『おおーっ!』

 

興奮した者達がフェンスをバンバン叩いたり、支柱を揺すったりし始めた。中の三人は震え上がった。

 

「やっべえ……〈石崎の(しもべ)〉かよ」

 

「なんで死んでも生き返れると思うんだ?」

 

なぜか首相の石崎和昭を(あが)める者は、たとえ死んでも地球に海が戻るとき自分も総理が生き返らせてくれるのだと信じることで知られている。だから死を恐れずにどんなことでも平気でやるのだ。〈独裁〉とは元々そういうものであり、今の地球で独裁者にすがろうとすればなおさらそういう考え方になって不思議はないのかもしれない。

 

だが常人にはやはりまったく理解できない光景だった。三人はフェンスの向こうの狂宴を席の陰から見守った。

 

「まずいよ。ほんとに、これは内戦になるんじゃないか?」

 

「かもなあ。やっぱり、そういうのって、こういうふうに始まるんだろうから……」

 

ここだけじゃない。世界中のありとあらゆる地下都市が、血と炎のカマドと化す。それが始まる瞬間までもはや秒読みの段階に見えた。チクタク、チクタク……。

 

いや、内戦など、もうとっくに始まっているのかもしれなかった。問題は、いつそれが激化するかだ。火がどこまで燃え広がるかだ。人類はすでに滅亡の瀬戸際にいる。滅亡まであと一年とも言われている。

 

しかしそのリミットは縮める方にはいくらでも縮めることができるのだ。たとえばもしも種子バンクのすべての種が焼かれたら? 人類は何を食って生きると言うのだ。動物も。一年どころか、ひと月だって生きられるはずがあるものか。

 

人は食料を取り合って殺し合うことになるだろう。希望の砦を奪われたとき、人は(すみ)やかに滅び去るのだ。チクタク、チクタク……秒を読む時計の針は狂っていた。目盛りをいくつも飛ばしながら、〈ゼロ・アワー〉を目指して確実に進んでいる。〈滅亡の日〉まで本当はあと何日なのか、もう誰にもわからない。

 

――と、球場内がざわめき出した。あちらこちらで、「おい、見ろ」などと言う声が聞こえる。

 

さっきからの三人も見た。正面の大スクリーンだ。《ヤマト、土星で圧勝》の表示が消えて、新たなニュースが表れている。

 

こう出ていた。

 

《地球防衛軍はヤマトの波動砲には冥王星を粉砕する能力があると発表。太陽系を出る前に敵を殲滅すると宣言》



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冥王星破壊宣言

軍が〈ヤマト〉は波動砲で冥王星を撃つと発表――そのニュースは、〈ヤマト〉艦内でもクルーがたちまち見ることになった。敵の通信妨害で乱れがちな像ながらも、食堂のテレビなどに映し出される。その場にいた者達が席を立って群がった。

 

画面の中でキャスターが告げる。

 

『――繰り返し、市民の皆様に緊急のお知らせです。地球防衛軍は先ほど、宇宙戦艦〈ヤマト〉は数日中に波動砲で冥王星を攻撃すると発表しました』

 

「おいおい」

 

と誰かが言う。しかしキャスター、

 

『これは〈ヤマト計画〉の一部であり、波動砲はそもそもがガミラス基地を冥王星ごと破壊するため〈ヤマト〉に搭載されたものだと軍は説明しています。予想された威力があまりに大きいために試射を秘密裏に行うのが不可能であったこと。所定の威力が確認され敵を殲滅できると明らかになったこと。また、〈ヤマト〉がワープでき、速やかに敵に近づき星を砲撃できることも確かめられ、これに対して敵がいかなる防御手段も講じる余地がないと考えられること。これらの点を考慮するにもはや機密の必要も有用性も無しとして軍は予定を公表したと述べています』

 

「ちょっと待ってよお」

 

とクルー。だがキャスターは続けて言う。

 

『また、軍はこの発表で、これは国連の決定でありどのように反対されても冥王星の破壊はやめない考えを明らかにしました。作戦を事前に公表するのは〈ヤマト計画〉についてあらためて市民の理解を求めるためであり、テロリストの脅迫には決して屈さず交渉にも応じぬことを知らしめるためであるとのことです。これは現在、世界各地で多発している武装集団の蜂起に対する牽制の意図があるようですが……』

 

画面には民家を襲って手当たり次第に火を放ち、男の腕をぶった斬り女の顔の皮を剥ぎ、逃げる子供や犬猫を〈AK〉で撃って遊ぶ民兵の姿が、残虐な部分にボカシを入れつつ映し出された。《ヤマト計画をやめない限り我々はこれを続けるぞ》と書かれた幕が張られている。

 

「そりゃあ……」とクルーのひとりが言った。「テロに対して無策ってわけにいかないのはわかるが……」

 

「ああ」と他の者が頷く。「でも、だからってなんで……」

 

キャスターは続ける。

 

『また、軍はこの発表で、テロが激化増大するのは〈ヤマト計画〉が市民から充分な信頼を得ていないのが大きな要因と考えられると述べました。宇宙戦艦〈ヤマト〉が確かに存在し、決して一部に言われるような逃亡船などでなく、人類と地球の生物を救うため放射能除去装置を持ち帰る船であることの理解を得るには、冥王星を波動砲で破壊する以外ない。事後でなく事前に作戦を(おおやけ)にし、戦果を眼にして初めて救済計画を信じてもらえると判断したということです。〈ヤマト〉は明日にも冥王星を砲撃するものと見られ……』

 

「待ってくれよな」とまた誰かが言った。「そりゃ、話はわからなくもないけれど……」

 

「一体誰がこんなこと決めたの?」と別のひとりが言う。「軍のトップは波動砲が撃てるかどうかわからないと知ってたはずでしょ?」

 

「そのはずだよ。〈ワープ・波動砲・またワープ〉と連続してできないなら撃ちようがない。できる見込みはかなり低いと元から見積もられてたんだから」

 

「だいたい、撃てるもんならとっくに撃って今頃〈南〉へ向かってるっての。まだおれ達がここにいるってことは……」

 

「そうだ。砲は撃てないってことだ。軍のトップにそれがわからないわけがない」

 

「じゃあどうして? なんなのよ今の発表は! どうしても波動砲を使おうとするなら、方法はひとつしかないわけでしょう!」

 

「そうだよ。ワープなしの通常航行で〈スタンレー〉に行くしかない。でもやったら、百の敵艦に必ず出迎えられてしまう。なんとか星を飛ばしたとしても、その後で〈ヤマト〉は玉砕……」

 

「軍はそれをやれと言ってるわけ?」

 

「そうなのかなあ」

 

「『そうなのかな』じゃないでしょう!」

 

「おれに言うなよ」

 

「だいたい、ちょっと考えてみてよ! 波動砲にはもうひとつ、大きな弱点があるじゃないの! 発射準備中の数分間、船がまったくの無防備になってしまうと言う……」

 

「それだ。どうする? 絶対に〈スタンレー〉なんか撃てっこないぞ」

 

「あたしが聞いてるのよ!」

 

「だから、おれだって知らないよ!」

 

艦内の至るところでクルーがこのように言い合った。波動砲は欠陥兵器で冥王星に使えない。それはもはやクルーの誰もがよく知るところとなっている。やるとしたなら航空隊に核を持たせて送り出し、彼らが基地を探す間、〈ヤマト〉は敵の船と戦う。百隻全部と戦えるわけないのだから、主砲とエンジンが焼き付くまでに基地を落とせるかの勝負――これについては全員の了解事項になっていたのだ。航海要員はこの考えを無謀と呼んで迂回を主張。戦闘員はそれでも行くしかないと言って決戦を唱えてきた。しかしもちろん、波動砲が撃てるのならば行ってサッサとぶっぱなすのに異を唱える変なクルーはただのひとりもいないのである。

 

にもかかわらず軍のトップは地下の市民に冥王星を吹き飛ばすと勝手に宣言してしまった。しかし無理に撃とうとすれば、〈ヤマト〉は確実に沈められる。

 

そこかしこで口々に、クルー達が『どうするんだ』と叫び出した。波動砲には、ワープと砲の発射とを連続してできないことに加えてもうひとつ大きな弱点がある。発射準備中の数分間、船を無防備にしてしまうことだ。エンジンが推進力を失って、主砲副砲はもちろんのこと対空火器まで使用不能に(おちい)ってしまう。そのとき〈ヤマト〉はカモネギ船だ。どうする。そこに、タイタンでやられたみたいに核ミサイルでも撃ち込まれたら。

 

「そうだ、どうする、そんなことになったとしたら! てゆーか、絶対、敵はやるに決まっているぞ!」艦内のあちらこちらでクルーが言った。「やつら、絶対、砲の弱点に気づいている! 地球で空母撃ったとき、きっとどこかでカメラで撮ってたに違いないんだ。映像を解析されたらそのくらいすぐわかるに決まってる! それでなくたって……」

 

「そうよ!」と応える者がいる。「〈スタンレー〉に〈ヤマト〉が艦首向けたなら、敵は星を撃たせまいとして猛然と襲ってくるに決まってるじゃないの。応戦できない〈ヤマト〉が耐えられるわけがない……」

 

そうだ。どう転んでも波動砲は使えない――正しくは波動砲が欠陥兵器と言うよりも、護衛なしの一隻だけで〈ヤマト〉が行くしかないことが冥王星を撃てなくしているのだが、とにかくできないものはできない。軍が市民に何を言おうが、この道理は引っ込まないのだ。

 

けれどもこれは、〈ヤマト〉のクルーしか知らないことだ。地球の市民は、それを知るよしもない。

 

テレビには、元から街をデモしていたのだろう〈ヤマト計画〉反対集団が、早速にも怒り狂って暴動を起こしたようすが映し出された。モノレールや路面電車が銃撃を受け、火炎瓶や爆弾の(たぐい)を投げ込まれる。爆発炎上するそれらから、火ダルマの人が転がり落ちるのだ。

 

『「どのように反対されても」だとおーっ! これでもか!』テロリストが叫んでいた。『〈ヤマト〉よ! 軍や国連でなく我らの言うことを聞け! 今すぐガミラスに投降するのだ! そうしなければ貴様らが帰ってくるまでに日本人はひとり残らず死ぬと思え! 冥王星をもしも撃ったら日本人は全部殺す! 女も子供も全部殺す! 必ずだ! それでもやると言うのであれば、見ろ!』

 

〈AK〉の連射を受けてボウリングのピンのように人が倒れる光景が映る。ストライクだ。

 

「うわー」と〈ヤマト〉艦内でクルーが言う。「どうすんだよ、一体……」

 

「迂回よ、迂回すべきなのよ。だからずっと言ってるでしょう!」航海要員のひとりが言った。「どうせ〈ヤマト〉に〈スタンレー〉は越えられない。わかっているはずでしょう? 〈ココダ山道〉を行くのは無謀よ。〈スタンレー〉は迂回してすぐ〈南〉へ向かうべきなの!」

 

「しかしだな」と戦闘要員。「事がこうなったところで敵を避けたら、それこそ〈ヤマト〉は逃げたもんと思われちまうぜ。でなきゃ、やっぱり〈ヤマト〉など元から存在しないんだ、なんてことになっちまう……そうなったらどうする。結局テロリストの思うツボだろうが」

 

「じゃあどうするの。上が発表したんだからって、波動砲を撃つ気なの? それこそ〈ココダの道〉でしょうが!」

 

「そうは言わないよ。だから、やっぱり航空隊で……」

 

「だからそれが〈ココダ〉と言ってるんじゃないの! 戦闘機隊を送り出して、基地を叩けなかったらどうする? パイロット達を見捨てて〈ヤマト〉だけワープで逃げることになるのよ。そんなんで旅が続けられると思う? いいえ、無理よ。できっこない。それにどのみち、コスモクリーナーを持ち帰っても人類は自滅しちゃってる。だから〈スタンレー〉を越えるのはやめて迂回するべきなのよ!」

 

「いや、迂回はテロに屈するのと同じだ! それをやったらもう人類に希望はない! 〈スタンレー〉を越えてでなければ〈南〉へ行くことはできない!」

 

「だからどう敵と戦うつもりなのよ! 勝てるもんならあたしだって『迂回』なんて言わないわよ!」

 

「それは、その……」

 

「ほら、なんにも考えなんかないんじゃない。それが無謀だと言ってるのよ。艦長は何を考えてるの?」

 

「は? なんだよ急に。話を変えるな」

 

「急な話じゃないでしょう。前から言ってることじゃないの。この〈ヤマト〉がいつまでも太陽系を出ないからこんなことになるんだし……〈スタンレー〉に行くなら行くで航空隊長があれって何よ。あのがんもどきが隊長で敵の基地が落とせると思うの?」

 

「腕はいいみたいじゃないか」

 

「そういう問題じゃないでしょう! あの一尉さんが隊長で指揮ができるの? できるようになるまでずっとここにいるの?」

 

「まさか。そうはいかないだろうが……」

 

「そうでしょ? ほんとに、艦長は何を考えてるの? だいたい、発進早々に波動砲なんか撃つから、市民が過剰に反応するようなことになったのよ!」

 

「そりゃあ、まあ……」

 

「そうでしょう。なのにその後はグズグズと……〈スタンレー〉に行くにしても迂回にしても、早くしなけりゃいけないのに、いつまでもここにいるから事が悪化するんじゃないの。艦長は一体何を待ってるわけ?」

 

「さあ、それは……」

 

「まさか、これを待っていた、なんて言うんじゃないでしょうね?」と航海要員は言った。「〈機略の沖田〉のことだから、こうなるのがわかっていた。すべて計算のうちだったとか……」

 

「いや、まさか。そんなことはないと思うが……」



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沖田の裁量

「そうだ。おそらく、こういうことになるだろうと思っていた」

 

第一艦橋で沖田は言う。報せを聞いて集まってきた艦橋クルー達の前にゴンドラで降りてくるなりそう言い放ったのだった。

 

「だから何も問題はない。すべてわしの狙い通りに進んでいる」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」真田が言った。副長という立場を忘れてしまったように、「まさか、波動砲を使う気ですか? しかしあれは――」

 

「使わんよ。あれは使えん。だから使わない。それはわかりきった話だ」

 

「ですが、今のニュースですと……」

 

「それは軍と国連が勝手に民衆に言っただけだろう。この〈ヤマト〉に向かって直接『使え』と言ってきたわけではない。まあ、たとえ言われたとしても使えんものは使えないがな」

 

「ではもし、軍から正式に『撃て』と命令が来たとしたら?」

 

「拒否するよ、わしの裁量でな。だからそう言っとるじゃないか」

 

こともなげに言う。本当に、事態がこう進むのを予見していたように見えた。クルーは皆アッケにとられて沖田の顔を見るしかない。

 

「う、撃てないものは撃てない……」真田が言う。「遂行不能な命令は遂行不能……そういうことですか」

 

「そうだ。しかし相原よ。もし万が一地球から『撃て』と命令が来たとしても、間違っても本当のことを応えるんじゃないぞ。『ハイわかりました撃ちます』と打つのだ」

 

「は?」と相原。「は、はい……」

 

「しかしそれでは本当に命令違反になるのでは?」

 

と南部が言った。撃てるものなら冥王星をやっぱり吹き飛ばしたいらしい。沖田がそれを可能にする機略を編み出してくれるのではとちょっと期待もしたような顔だ。

 

しかし沖田は応えて言った。「フン、実戦は命令すればその通りになるものでないさ。要するに勝てばいいのだ。この〈ヤマト〉でガミラスにな」

 

「今の作戦に変更はないと?」新見が言う。「あれのままでやるんですか?」

 

新見が沖田に言われるままに立てた作戦。しかしそれは、名付けるならば〈出たとこ勝負作戦〉とでも呼ぶべきものだ。冥王星に何が待ち受けるかは不明。だからとにかく航空隊に核を持たせて送った後は、送った後で考えよう。

 

さすがに無謀ではないか、と考えている顔だった。作戦は作戦通りになどいかない。どうせ臨機応変になるというのはもちろん沖田の言う通りにしても……相手にするのは敵の本拠地冥王星。これまで幾多の艦隊が近づくことも(かな)わずに、散っていったところなのだ。

 

そこへ沖田は〈ヤマト〉一隻、波動砲なしで向かおうと言う。地球からは『波動砲を撃て』と半ば直接言われたようなものなのに。

 

「そうだ。地球がなぜあのような発表をしたか考えてみるがいい。軍司令部はたとえ嘘でもああ言わねばならなかったのだ」

 

沖田は言って、部下の顔を見渡した。真田に徳川、島、南部、太田、相原、森、新見……みな優秀な()り抜きの士官だ。それぞれの分野のエキスパートであり、島以下には特に若さを求めての人選になった。〈ヤマト〉のクルーを束ねる者は若い人間でなければならない。〈ヤマト〉が帰還したのちの、地球の未来を切り拓いていく者なのだから。

 

「地球は〈ヤマト〉が冥王星を撃てないことを(しか)とは知らん。〈ワープ・波動砲・またワープ〉と連続してできないのなら砲撃は不可で、できる望みが低いことは一部の者は知っているが、我々はテストの結果を地球に伝えてないからな」

 

「はい」

 

と相原が頷いた。たとえば《トロ・トロ・トロ》などと電信を打って、それが『冥王星砲撃可能と確認せり』という意味だとしておけば、地球は何も(あせ)ることなくあの星が宇宙の塵と消えるのを待てばいいことになる。しかし〈ヤマト計画〉では、その方法は採らなかった。波動砲とワープをテストし、連続使用が可能とわかれば、冥王星を吹き飛ばしてからマゼランに向かう。しかしそれがダメなようなら、冥王星は置いてすぐ太陽系を出る。テストの結果を地球に伝えることはしない。

 

冥王星は地球から望遠鏡で見えるのだから、消えてなくなればすぐわかる。トロトロなどと打たなくていいのだ。

 

波動砲とワープを連続させるのはまず無理と、軍や国連の内部では一部の者が知っていた。しかしテスト結果を見ねば、本当のところはわからない。もし砲撃が可能であれば撃ってくれと、出航前に〈ヤマト〉は軍から重ね重ね言われていたのだ。

 

当然だろう。冥王星に生物でも確認されているならともかく、今の地球の状況で悠長なことは言ってられない。地下都市では日に日に水の放射能汚染が深まっている。人々はコップにガイガーカウンターを当て、数値が徐々に増えていくのを見ているのだ。

 

なのにそれを飲まねばならない。男達は妻に飲ませ、子がいるならば子に飲ませ、年老いた親にも飲ませ、何もわからぬ犬や猫にも、鉢の花にも与えねばならない。水を摂らずに生き物は生きていけないのだから……。

 

どこに希望があるだろう。遊星投擲を今更止めても、水の汚染は止まらない。放射能を除去できるのは、〈ヤマト〉が持ち帰るとされるコスモクリーナーだけだと言うが……。

 

「〈スタンレー〉を叩かずに〈ヤマト〉が外へ出て行ったとき、人は希望を持てると思うか。無理だな。人は、〈ヤマト〉は逃げたに決まっていると言うだろう。そんな船はそもそも実在すらしない、そうに決まっているとさえ言うだろう。多くの(たみ)がガミラス教のもとに走る。それを止めることはできん」

 

沖田は言って森を見た。森がカルトの家に育ち、この戦いに身を投じたのも両親との確執からだと知っている顔だった。そして森が、地球人類を救う使命に疑問を感じていることも……生きるのをあきらめている無気力な人々。麻薬やギャンブル、テレビゲームに(うつつ)を抜かし、ガミラス教の誘いに乗って易々(やすやす)と洗脳される、そんな地下都市の人間達を救ってどうする。そんな価値があるのかと思わずいられないことを……森にとって本当の敵は人類の中の狂信者であり、〈ヤマト〉は逃げたか()もしないかだと言って死を待つ以外には何もしない者達なのだと。

 

「軍も国連もそれを知っている。冥王星を潰さなければ、やはり人類は滅びるのだ。だから言わねばならなくなる。『〈ヤマト〉は居る。逃げはしない。必ず地球に戻ってくる』とな。しかし民衆の理解を得るには、証拠を見せなくてはならん」

 

「証拠……」と真田。

 

「そう。ひとつしかないだろう? 冥王星だ。あれを消し飛ばしたら、誰も〈ヤマト〉などいないとか、逃げたなどと言う者はない。単純にして強力な証拠だ。波動砲の力が本物であるのなら、〈ヤマト計画〉はイカサマでなく、イスカンダルの話も期待できることになる」

 

徳川が言う。「確かにそうはなるだろうが、しかし……」

 

「そうだ。波動砲は使えない。にもかかわらず、あの発表をせねばならない。地球はそこまで切羽(せっぱ)詰った状況にあるのだ。人類が存続できるかはこの一年がヤマであり、〈ヤマト〉は帰還に日程通り行けたとしても九ヶ月――しかし〈一年〉と言う数字は、水の汚染を基準にした目安に過ぎん」

 

太田が言う。「本当の期限はもっと短い……」

 

「そうだ。今のままならば、地球はあと半年もたん。水の汚染を待つまでもなく人類は自滅する。人間同士の不和によってだ。地下の人々は絶望している。もう地上には戻れぬものと思っている。それが滅亡を早めるのだ。市民に希望を与えるには、〈ヤマト〉の力を見せねばならん。波動砲で冥王星を吹き飛ばす。それを見せねばならぬところまで、地下都市社会は来てしまっているのだ。だから軍は、今日のあの発表をした……そうだ。わしは事態がこう進むだろうと知っていた」

 

「波動砲を使わなければ、地下の市民に〈ヤマト〉の力を見せられない……」新見が言う。「それでは滅亡まで半年……それを〈一年〉に戻すには、〈スタンレー〉を撃つしかない。だから無理にでも撃てと……」

 

「そうだ」と沖田。「軍は〈ヤマト〉にそう言うしかなくなるのだ」

 

「〈ヤマト〉に直接言えないから、代わりにあの発表をしたと?」

 

新見の言葉に沖田が頷く。そこで相原が、

 

「待ってください。地球の地下には波動砲を使うのに反対する者がいます。その勢力がテロを起こし、内戦に発展しようとしている。なのに〈スタンレー〉を撃てば……」

 

「テロの激化を招く。その通りだ。しかし政府と言うものは、テロに決して屈さぬ姿勢を見せねばならぬものでもある。だからやはり、それがどんな結果を招くか知っていても、冥王星を吹き飛ばすと衆に言わねばならんのだ」

 

「艦長はそれも……?」

 

「そうだ。わしは見通していた――いや、わしが、そうなるように仕組んだのだ。事がこのようになるのを狙って、あのとき空母に波動砲を撃ったのだからな」

 

「え?」

 

と南部が言った。地球を出てすぐ行われた試射。いかに超大型とは言え、空母一隻沈めるのにエネルギー充填120パーセントの全出力。あのとき、沖田は、敵に対する示威(じい)を兼ねるものだと言った。地球人類が波動砲を持ったのをガミラスに知らしめるためである、と。しかし本当は――。

 

「それじゃ……まさか、『示威』と言うのは……」

 

「そうだ。敵だけではない。地球に残る人々にも、この〈ヤマト〉に波動砲があるのを見せるために撃ったのだ。だからあのとき言ったろう。これは市民に希望を与えるためでもあると。波動砲が冥王星を撃つためだけの武器というのは誰でもわかる。こんな兵器は他に用があるはずないのだ。わしは地下の人々がそれに気づくようにした」

 

「え?」と今度は新見が言った。「でも、波動砲は……」

 

「致命的な欠陥があり、本来の用に使えない。その通りだ。試射はそれを確かめるだけになるとわかっていたが、承知のうえでやったのだ。わしは地球の地下都市市民に、〈ヤマト〉は冥王星を吹き飛ばしたのち外宇宙へ出ていくものと思わせようと考えた――それが発進してすぐに、波動砲を撃った理由だ」

 

「そんな。実際には撃てないとわかっているものを、撃てると見せかけようとしたとおっしゃるんですか?」

 

「そうだ」

 

「なぜ? 降伏論者のテロが激化して、内戦になるのも知っててやったと言うんですか? これでは人は半年もたずに自滅するのに……」

 

「いいや」と沖田は言った。「そうはならん」

 

「は? ですが――」

 

「そうはならんよ。テロリストどもは『冥王星を撃つな』と言って人を殺してるんだろう。だが〈ヤマト〉で〈スタンレー〉は撃てんのだ。波動砲を使わずにガミラス基地だけを叩けば、狂信徒は主張することがなくなる。その後から『〈ヤマト〉を待つよりやはりガミラスに降伏しよう』などと言って、誰が耳を貸すと思う?」

 

「う……」

 

とまた新見が言った。敵を撃滅した後でその敵に降伏しようと唱えて聞く者がいるか。

 

「テロはグズグズになって終わり、内戦も回避される、と……?」

 

「そうだ。わしはそう見ている」

 

「待ってください。しかし、なぜです!」と、今度は島が言った。「なぜ、撃てない波動砲を撃てるように見せかけなけりゃならないんです! 〈ヤマト〉が早く太陽系を出ていれば、軍はあんな発表をしようとしてもできなかったはずです。〈ヤマト〉一隻で〈スタンレー〉と、波動砲なしでどう戦うと言うんですか! 勝てる見込みがあるんですか? 必ず勝てる保証でもあると言うなら別ですが、でなきゃこんなバクチみたいなことはするべきじゃないでしょう!」

 

「島」と真田が言った。「ちょっと言葉が過ぎるぞ。艦長に対してそんな口は――」

 

「いや」と沖田。「いい。機関長、あんたはどう思うかね」

 

「ふむ」と徳川が言った。「言わせてもらうが、島の意見に賛成だな。波動砲が使えるのなら、〈スタンレー〉に行くことに誰も反対などしない。しかしこの〈ヤマト〉が沈めば、地球人類も終わりとなるのだ。艦長、それがわかっていてなおも戦うと言うのかね」

 

「そうだ」

 

「それは無謀ではないのか? この〈ヤマト〉は戦う船ではないはずだ。そもそも最初の計画からして、波動砲が使えぬのなら〈スタンレー〉は迂回してすぐマゼランへ行くことになっていたのだし……」

 

「ああ。しかし今では軍が〈ヤマト〉は敵を叩くと言ってしまった。ここで迂回したならば、人々はもう今度こそ、決して〈ヤマト〉を信じなくなる。イスカンダルの話など元々全部嘘だったのだと言うだろう。そのときこそ人類の終わりだ。たとえ半年で戻ったとしても間に合わん。そもそもすでに一年前から女は子供を産まなくなっているのだからな。その意味ではとっくに絶滅しているのだよ。人が勝利を信じなくなった日こそが〈滅亡の日〉だ」

 

「ですが……」と島。

 

「いいや、そんなことにはさせん」沖田は言った。「もともと、道はひとつしかないのだ。それが〈ココダの山道〉でもな。この〈ヤマト〉一隻で、波動砲を使わずに、〈スタンレー〉を叩き潰す。できぬなら人が滅ぶと言うのであれば、たとえ無茶でもやらねばならん。〈ヤマト〉が沈めばすべてが終わる。わかっていても、イチかバチかに賭けねばならん。島よ、お前の言う通りだ。これはバクチ作戦だ。しかしそれでも、これはやらねばならんのだ」

 

「そんな……」

 

と島が言った。他の者はみんな黙り込んでいた。沖田の気迫に呑まれたように棒立ちになっている。

 

「島よ」と沖田はまた言った。「確かに、無理であるのなら、〈スタンレー〉は迂回すると言うのが最初の計画だったな」

 

「はい」

 

「しかしそもそも、どうしてそんな話になっていたと言うのだ? 今や地球は女を選別し始めている。エリート達は1パーセントの女だけに飲ませる水を確保しようと考えている。それで〈ヤマト〉が十三ヶ月で戻ったとしても、百万くらいは子供を産める女が残っているかもしれない。だがそれでどうなると言うのだ? 滅亡を止める役に立つのか?」

 

「それは……」

 

と言った。太田を見る。沖田の言葉は、さっき自分で太田に言った島の考えそのままだった。そうだ。わかっていたのだった。人類滅亡を食い止めるには、子供達を〈千万〉から〈億〉の単位で救わねばならない。太田だけでない。誰に対しても島はそう言い続けてきたのだ。

 

十万単位。百万単位。そんなものでは足りないのだ。塩にまみれた地に緑を戻すのは、人がやらねばならぬのだから。何十年もかけて取り組まなくてはならないのだから。その仕事を託すのは、未来の者になるのだから。

 

コスモクリーナーは放射能を除去するだけ。鳥や魚や草花を地上に戻せなければ、やはりすべて滅びるだろう。人だけほんの少しばかり救けたところでなんになる。

 

確かに〈ヤマト〉は戦うための船ではない。波動砲が使えぬならば冥王星は迂回して、イスカンダルから一日でも早く戻るように努める――それが元々の計画であり、億の子を救う道なのだ、と島は言い続けてきた。ガミラスや冥王星の問題は〈ヤマト〉本来の任務ではない。他の者が別に考えればいいことだと。

 

しかし、沖田の言う通りだった。地球の政治家や官僚は、エリートだけが逃げようとか、子を産む女を選別しようとか、そんなことばかりすぐ考える。やれば結果がどうなるか、それで人類の存続が成るか、ちゃんと考えてなどいない。

 

すべてがその場しのぎなのだ。今日の発表にしてみても、テロに屈さぬ姿勢を見せぬためが理由でもあるのだろう。けれども先を見越したうえで、あれをやったわけではない。どうせ太平洋戦争当時の日本軍大本営と同じだ。〈ヤマト〉が玉砕した後で、どいつもこいつも言うことになる、『いやいやワタシは反対したんですけどね』などと――。

 

エリートなどと言うのはしょせんそういうものだ。そうだ。沖田の言う通りだった。最初から、道はただのひとつしかない。

 

この〈ヤマト〉一隻で、波動砲を使わずに、冥王星のガミラス基地を見つけ出して殲滅する。それが唯一の道ならば、無茶も無謀もありはしない。そこに進むしかないのだ。

 

「か、艦長のおっしゃることはわかりますが……」島は言った。「しかし、どうすると言うんです。〈スタンレー〉に一隻で行って、〈ヤマト〉が勝てると思うんですか?」

 

「ふむ。そうだな」

 

沖田は言った。

 

「今のままでは勝てんな」



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ココダ山道

今のまま、〈スタンレー〉に行けば敗ける。だが、どうすれば――。

 

考えながら、加藤は〈タイガー〉を〈操って〉いた。〈飛んで〉いるのはトリトンの空。先ほど古代進〈隊長〉にやらせたのと同じ仮想のシミュレーションだ。訓練メニューは、白夜の圏の中にある敵の基地を探すこと。

 

発見したら、核ミサイルをブチかます。ただそれだけできればいい。敵に一撃与えるだけで、地球の地下の人々は決して〈ヤマト〉などいるものかとか、逃げたに決まっているなどと言わなくなるだろう。テロや内戦も抑えられ、ガミラス教の信者も減らせる。後は防衛艦隊が、〈ヤマト〉が帰るその日まで地球を護ってくれるはず。

 

だからとにかく行かねばならないと、さっき南部と新見は言った。地球人類を救うには、イスカンダルからコスモクリーナーを持ち帰るだけでは足りない。太陽系を出る前に、どうしても〈スタンレー〉を叩かねばならない。それも〈ヤマト〉で――〈ヤマト〉一隻の力によって。

 

他の船ではダメなのだ。必ず〈ヤマト〉がやるのでなければ、滅亡は防げない。人は自滅するだろう。(みずか)らの愚かさによって滅ぶのだ。

 

人類は今、そこまでの瀬戸際に立っている――仮想の空に機を飛ばしつつ、加藤は思いをめぐらせた。救えるのはおれ達だけか。我ら〈ヤマト〉の航空隊――冥王星の白夜を飛んで基地を探し攻撃するのは、おれ達戦闘機乗りの役目となったのだから。

 

シミュレーターの設定も、今はこの〈タイガー〉は腹に一基の核ミサイルを抱いてることになっている。二機の〈ゼロ〉と32機の〈タイガー〉のうち、どれか一機でも基地を見つけて核攻撃に成功すれば、ミッションは達成だ。基地の最も重要な施設はおそらく地下深くにあって、核でも破壊はできないものと推測されているのだが……。

 

だが、それで構わない。この作戦で重要なのは、〈ヤマト〉がちゃんと宇宙にあって、決して逃げずに戻る船であることを地下の人々に示すことなのだから。基地に一撃を与えたら、隊を集めて〈ヤマト〉に戻り外宇宙へ出る。〈タイガー〉はもともと船を護るための戦闘機だ。パイロットらが生きて帰還し〈ヤマト〉が戦場を離脱して、初めて作戦成功と言える。

 

地下の人々は思うかもしれない。波動砲があるのならどうしてそれを使わないのかと――だがそれは問題ではない。政府はなんとでも言うだろう。冥王星には生物がいるらしいので壊すわけにいかない、とでも。最後に勝つのが地球ならばそれでいい。それが戦争というものだ。

 

しかし、今のままではとても――これは敗けると加藤は思った。勝ち目がない。まず〈ヤマト〉が百の敵と戦えるかが問題だ。とても(かな)わぬと見たならば、すべての〈タイガー〉と〈ゼロ〉を見捨てて船だけワープで逃げなければならないことにもなるだろう。基地攻略にたとえ成功したとしてもおれ達はみな置き去りと言うことになるが……。

 

それはどうするつもりなのだ? 機略の沖田艦長のことだから、何か秘策でもあると言うのか。新見に聞いた話からはそのようにも思えるが……〈スタンレー〉に航空隊が行くときに、迎え撃つ敵戦闘機は百がせいぜい。三倍の数に勝てればいいと艦長は言ったという。〈ゼロ〉と〈タイガー〉の性能ならば、それほど無茶な要求では……。

 

ないかもしれない。まあ、それは置くとしてだ――シミュレーターの〈キャノピー窓〉に映る像を眺めやる。液体窒素の噴煙が上がり、個体窒素の雪が舞う地獄の空――本当の敵はむしろこれだ。

 

太陽系外縁部。宇宙時代の今にあっても未だほとんど有人探査もされていない魔の領域。やつらはここに蜘蛛のように巣を張った。なのにそこにおれは飛び込んでいかねばならない。

 

勝てる、という気がしない。これは〈ココダの山道〉じゃないのかと加藤は思わずいられなかった。スタンレーの山脈にある敵の基地へと続く道。しかしまともな地図もなく行けば罠が待ち受ける――それが〈ココダ〉だ。かつて日本が世界を相手にした戦争で最初に玉砕した地の名前を、迂回を主張するクルーは冥王星の符牒(ふちょう)にした。スタンレーは南への壁。ココダの道を行くのは無謀――それは確かにその通りだと頷かないわけにはいかない。

 

地平に大きく青い海王星が昇る。この訓練で〈飛んで〉いるのはトリトンの空だ。どうせヴァーチャルなのだから冥王星を〈飛ぶ〉べきなのに、データがないからシミュレートできない。だから代わりにトリトンの空……。

 

これは〈ココダ〉と言うしかあるまい。〈ヤマト〉が戦う船ならば、これでもまあいいだろう。たとえ敗けるとわかっていてもやらねばならない作戦もあろう。〈メ号作戦〉がそうだった。かつての〈リ号〉――ポートモレスビー攻略も、あるいはそうだったのかもしれない。しかしそれと同じことを、イスカンダルへ行く船であるこの〈ヤマト〉でやると言うのは……。

 

やはりおかしいと言わねばなるまい。〈タイガー〉は船を護る戦闘機であり、そもそもこちらから敵を攻めるような任務には向いてないのだ。

 

加藤はレーダーマップを見た。トリトンの地表。今はこれを、冥王星と思って飛べと言われている。

 

直径千キロの白夜の圏――その面積は、北海道のおよそ八倍の広さになる。それを32の〈タイガー〉が四機ずつ、八つに分かれて基地を探すわけだから、つまり一隊が北海道まるごと一個の範囲を受け持つということだ。少しでも高く飛んだらたちまち対空ビームを喰らうだろうから、嘗めるように低空を――。

 

そしてもちろん、戦闘機が迎え撃ってくるのもまた疑いない。仮に基地を見つけ攻撃に成功しても、果たして何機生き残れるか。

 

捜索範囲をせめて半分にできたなら――そう思わずにいられなかった。いま要求されているのは〈タイガー〉の能力で成し遂げられることとはとても思えない。

 

これでは勝てる気がしない。今のまま、敵の中に飛び込んでいけば隊は全滅で終わるだろう。

 

だが、本当の理由は別だと思った。古代進、あのわけのわからん男だ。それでなくても行けると思えぬ敵地なのに、なんであんなのが隊長なのか。

 

あれが指揮官じゃ勝てるものも勝てない。逆に、あいつが頼りになるなら、勝ち目も見えてきそうな気もするのだが――。

 

そこがよくわからなかった。この〈ヤマト〉の戦闘機隊を率いる者は、鬼神でなければならないだろう。それはたんに腕がいいとか、士官として優秀ということではない。闘いに強いというのは別の何かだ。いかなる不利な状況であってもこいつについていけば勝てる、オレ達は決して敗けないのだと、隊の誰もにそう思わせるエースの中のエースでなければ、この〈ヤマト〉の航空隊は任せられない。

 

〈ヤマト〉の旅には人類の存続が懸かっている。船を護る戦闘機なしでは、クルーはとても航海を続けられると思えぬだろう。戦闘機隊の隊長は、言わば船の護り神だ。こいつがいれば大丈夫だ、オレ達は地球を救えるのだとタイガー隊員が思うなら、クルーの誰もがそう思う。

 

〈ヤマト〉において航空隊の隊長は〈ゼロ〉に搭乗することになる。ゆえに〈ゼロ〉に乗る者は、闘いに強くなければならない。いかなる敵に相見舞えてもねじ伏せて、勝利をもぎ取り船を護り抜く者だ。それでこそエースと言うものだ。しかし古代はどうだろう。はっきり違うと言えるのならば事は簡単でもあるが、そこがどうもわからないのだ。あれじゃダメだという思いがある一方で、何か底知れぬものを持っているように感じるところが――。

 

つまるところは勝てばいいのだ。〈ヤマト〉が勝って地球に戻れるのであれば、おれの命など惜しいとも思わん。あのときも言った。タイタンで、〈ヤマト〉にはコスモナイトが要るのだろうと。ならば命などくれてやる。〈ゼロ〉を救けに行かせろと。

 

しかし古代という男は、『荷を捨てろ』の命令をハネのけ結果的にすべてを救った。あれがなければ、ひょっとするともう〈ヤマト〉は――。

 

どうなっていたろうか。おれは真田副長の制止を振って〈タイガー〉で出ていき、部下が何機もそれに続く。結局〈ゼロ〉を救けられずに置き去りになる運命となり、〈ヤマト〉は波動砲の修理もできず〈スタンレー〉を迂回してマゼランに向かうことになるか、地球に戻って今度は逃亡船として旅立つことになっているか。

 

どちらにしても人類は終わりだ。古代がそれを防いだのなら、やつはとにかく一度は地球人類を救ったと言うことになる。

 

いや、一度だけじゃない。最初は〈サーシャのカプセル〉を〈ヤマト〉に届けることによって――。

 

あのとき確かに、フラップなんて古い手で敵の無人戦闘機を墜落させるところを見た。だからこれで四機だと言った。前に三機墜としてるから、あと一機でエースだと。

 

そんな話はてんで信じちゃいなかったが、しかし見せられたあのデータ。やはりそのとき、古代は人類を救っている。あいつがそこにいなければ、もう滅亡は決しているのだ。

 

古代は〈ゼロ〉でクルビットをやってのけた。とにかく、やってのけるだけは――もし完全に成功していれば、ひょっとすると〈ゼロ〉で〈タイガー〉三機を相手に、渡り合って勝つことすら――。

 

まさか。あれはアマチュアだ。真の歴戦のプロには勝てない。はずだ。そう思う。〈スタンレー〉にはプロの迎撃戦闘機隊が待ち構えているだろう。今の古代を隊長にして乗り込んでいって勝てるとは――。

 

とても思えない。だがそれでも、あの男には何かがある気がしてならない。闘いで隊を勝利に導くものが。航海で船を護り通すものが。〈ゼロ〉に乗る者に必要なのが結局それであると言うなら――。

 

しかし、どうする。艦長の眼が正しいとしても、やはり今のままの古代に隊を任せてついていける気がしないが……。

 

答の見つからぬまま、訓練を終えてシミュレーターを出た。周囲が何やらザワついているのを感じる。

 

そばにいた者に聞いてみた。「何かあったのか?」

 

「軍が地下の市民に発表したんですよ。『〈ヤマト〉は波動砲で冥王星を撃ってから、イスカンダルに向かう』って」

 

「なんだと?」

 

シミュレーター室を出る。艦内は動揺したようすのクルーにあふれていた。

 

加藤を見て道を開ける。皆、黒いパイロット服は戦闘機乗りと知っている。イザと言うとき外に飛び出し敵と戦って真っ先に死ぬ。しかし全機墜ちたとき船はやっぱり終わりになると誰もが知る存在だ。この状況の急変に戦闘機隊はどうするのかと、誰もがみな考えたようだった。

 

戦闘機隊はどうするか? そんなものはこっちが知りたい。地球防衛軍が〈ヤマト〉は冥王星を撃つと市民に発表した?

 

「それは暗に艦長に波動砲を使えと言ってきたってことか?」

 

タイガー隊の部屋でもやはり、パイロット達がテレビを見ていた。画面はさっきから繰り返し、そのニュースを伝えているらしい。加藤の問いに隊員のひとりが、

 

「でしょうね。砲は使えないはずですけど……」

 

「戦術科はなんて言ってるんだ」

 

「まだ何も」

 

「じゃあ……」と言った。「隊長は?」

 

「は? 隊長って?」

 

一同が加藤を見た。タイガー隊の隊長と言えばそれはあなたではないか、という顔で。

 

加藤は言った。「だから、いるだろう。もうひとり」



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イスカンダルになる男

「そりゃあたしはこの船の戦術長ですけれど……」

 

〈ヤマト〉中央作戦室で新見が言った。

 

「でも別に、〈戦闘班長〉ってわけじゃありませんからね。あたしの仕事は情報分析が主であって」

 

「知ってるよ」

 

と相原が応える。このふたりの船内服の識別色は共にグレー。通信と情報関係を示すコードだ。

 

先ほどの艦橋でのやり取りの後で、グレー同士で話し合おうとやって来たところだった。沖田艦長は島の問いに『今のままでは勝てない』と応えると、真田を連れてゴンドラでサッサと上に引っ込んでしまった。あれはどういうつもりなのか。沖田と真田は今頃どんな話をしてると言うのか――それも気にかかるところだが、

 

「ぼくらとしては、まず何よりも情報だよ。地球の本部は〈ヤマト〉が冥王星を撃てるもんと本気で考えちゃってるのかどうか」

 

「正式な命令は来てるんですか?」

 

「いや」と言った。「こっちから尋ねるわけにもいかないだろうし」

 

「本部と言えば藤堂(とうどう)長官……〈ヤマト〉に命令を下せるのはあの人しかいないわけよね。長官の認可がない命令を〈ヤマト〉が聞く必要はない。もちろん軍でもなんでもない一個人や団体が『藤堂でなくオレの言うことを聞け』と通信を送ってきても、一切無視して構わない」

 

「当たり前だよ」

 

「うん……けれど、その当たり前がわかっていない者が地球にたくさんいる。やっぱり、『冥王星を撃て』と言うのは本部の意向じゃないのか……」

 

「うーん」と相原。「藤堂長官はこの件には絡んでいない? 下のやつが勝手にやったことなのか?」

 

「じゃないか、と思いますね。本部の幕僚の中には、〈ヤマト〉が石崎首相とか、原口都知事の言うこと聞いて十一ヶ月や364日でわざと帰ろうとするんじゃないかと疑ってるのがいるわけでしょう。他にも『星を撃つな』と言う脅しがすごく多いわけで……」

 

「藤堂長官以外の誰も〈ヤマト〉に命令を下せない。だからこんな手を使ったのか。あの発表がどんな事態を引き起こすかちゃんと考えてなかったと。冥王星がただ吹き飛べばそれでいい……」

 

「たぶん、そういうことでしょう。一部の参謀の独断専行ですよ、これは。だからと言って長官としては否定もできない。『波動砲はおそらく欠陥兵器です』とは、口が裂けても言えないでしょうから」

 

「うーん。参謀達はそれを計算に入れていた……」

 

「〈ココダ山道〉か」

 

新見はコンピュータの端末器に地球に海があった頃の太平洋の図を出した。日本から南に下って赤道を越えた辺りを拡大する。ニューギニア、ニューブリテン、ガダルカナルといった島々。

 

「あの発表をした者は、きっと〈ヤマト〉が玉砕すればこの戦争は勝ちだと思ってるんでしょう。〈玉砕〉って、もともとそういう意味で使われた言葉だし……」

 

機器を操作し、古い白黒の写真を出した。《辻政信(つじまさのぶ)》と記された軍人の肖像。

 

()を見せると相原が言った。「なんだいこりゃ」

 

「太平洋戦争中の日本の一参謀ですよ。独断専行で有名な人です。この男ひとりの無謀で日本人が三百万人死んだと言っても過言じゃない」

 

「はん?」

 

「あたし達は冥王星を〈スタンレー〉と呼んでますよね。その大元を作ったのがこの人なんです。ニューブリテン島ラバウル基地の言わば〈戦闘班長〉で、ニューギニアとガダルカナルに補給なしで兵を送り十万人を餓死させた」

 

「もっとだろ」

 

「そう、もっと」新見は言った。「細かい数字はいいでしょう。肝心なのは、実のところ、すべてがみんなこの高級将校ひとりの独断だったことです。ミッドウェイで敗けた後でどうして日本はまだ勝てると思って戦争を続けたか――なぜかと言えばこの人が主役だったからなんですよ。太平洋戦争って、大本営は大和国(やまとのくに)の戦闘班長辻政信を〈主役〉とする冒険ロマン物語のつもりでいたわけ。〈MI作戦〉が惨敗で終わった後の話ですけど」

 

「ええと……何を言ってるかよくわからないんだけど」

 

「まあ……あんまりこういう見方であの戦争を見る人間もいないでしょうけど……」

 

言って画面を見直した。いかにも育ちの良さそうな、当時の基準では美男子と呼ばれたものに違いない顔がそこにある。軍服の胸と帽子をゴテゴテと飾り、まるでベルサイユ宮殿の近衛(このえ)隊長という風情(ふぜい)だ。辻政信――どことなく、字面(じづら)も誰かと似ていなくもないような。

 

まあ、それはともかくとして、

 

「昔の日本が太平洋をどうして日本の海にできると思ったかと言えばそもそも、欧米人は腰抜けだと思い込んでたんですよね。あいつら臆病者だから、一万人も殺してやればたまらず降伏するだろう、とそういう考えでいた」

 

「うん」

 

「その考えは最初のうちは間違ってもいなかった。日本兵百万人を殺すため二百万の犠牲を出さねばならぬと見たらアメリカは、日本に譲歩せざるを得ない――けれどもその前提は、ミッドウェイで(くつがえ)された。ヘタすれば一年で日本の国は滅んでしまう――そこからこの辻と言う男の話が始まるわけ。辻君、君がラバウルで戦闘部隊の指揮を取れ。もう我々はアメ公を五千人は殺したはずだ。だからあと五千でやつらは降伏するのだ。君が残りの五千を殺るのだ」

 

「ははは」

 

「細かい数字はともかくとして」と新見は言う。「バカですよね。狂ってる。でも当時の軍人は、もう勝利の条件が変わっているのを認めることができなかった。原爆が落ちた後でも叫んでいた。『アメリカ人を九千九百九十人もう殺しているんだぞ。あと十人で勝ちなんだぞ。勝利を目前になぜやめる!』って」

 

「でも――」と相原。「そのときに、日本人は三百万人死んでいた」

 

「そう。それでも徹底抗戦派は、それがなんだと言い張った。たとえ千発原爆が落ちて、天皇以外全員死んだとしても、とにかく目標一万人目の敵を殺りさえすればいい。途端にやつらは全面降伏、この戦争は日本の勝ちで終わるのだ、とね。学校の試験でいい点取ってた人間ほどこの論理を信じ込んでいたという……」

 

「チェスや将棋ならそうだよね」

 

「そうですね。同じ考えでいたんでしょうね。辻と言うのは陸軍きっての秀才だったみたいです。受けていたほんとの指令は防衛線を護ること。でも命令を捏造(ねつぞう)して、『何がなんでも敵を攻めよ、それが陛下の御意志だ』と言った。ラバウル基地の上官はみんな、こいつの方が学校の成績が良かったからという理由でまったく逆らえなかったそうです。すぐ自分らを飛び越して上に行くとわかっている人材だから……」

 

「ふうん」

 

と相原は、画面に映る男の資料を見ながら言った。その階級はソロモン戦の時点で中佐。

 

「ただ成績がいいだけで、一中佐でありながらあっという間にラバウルの〈司令官代行〉か……」

 

「この〈キャリア〉のやることを誰も咎められなくなった」新見は言った。「人を見ず試験の点で人事を決めて、命令無視して勝手なことをやる者をそれと知りつつ取り立てる。結果としてどんなことになろうとも決して咎めず誰も責任を取りはしない――別に当時の軍に限る話じゃないでしょう。エリート社会なんていつでもそんなもんですよ。上の言うことは聞かないくせに下に対しては『ダメだダメだ』。よくいますよね、そういう人」

 

「あはは」

 

「ケチな男だったのよ。南の島で戦闘より餓えで兵が死んだのは、みんなこいつのせいなのよ。ケチだから偵察も補給もなしで千人くらい兵を送る。それが殺られると二千人送り、また殺られると四千送る――まあ、それはこいつよりもっと上の参謀達が悪いことでもあるんだけど……でもこの辻という男は、少人数と銃剣だけで敵に突っ込む戦法を好んだ」

 

「ふうん」と言った。「疫病神か」

 

「神ですね。こいつ、戦後は国会議員になってます。もし戦争に勝ってたら、首相も夢じゃなかったんじゃないですかね。日本が世界を征服したとき、この男が全人類を恐怖で支配するはずだった。昭和のキング・アレキサンダー……」

 

新見は首を振って言った。

 

「辻政信は〈イスカンダル〉になるはずだった」

 

アレキサンダー。かつて世界を制覇して、インドまでその勢力を伸ばした男。古代インド語で『イスカンダル』とは〈侵略者〉の代名詞に他ならない。

 

相原が、「だから大切にされていた? 軍学校をトップで卒業したときに、そうなるのが決まってたのか。だからこいつの嘘と知りつつ、上の大佐とか少将とかがダメとわかっている作戦に兵を率いて飛び込んでった?」

 

「結果、三百万が死に、戦後も人が餓えて死んだ。そう、全部こいつのせいです。軍がこいつを〈イスカンダル〉にするためだけに国が焼かれてしまったような……辻政信という男の資料を読むと、なんかそんな気がしますね。辻のデタラメで防衛線が破られたのに、むしろ〈勝った〉とすることで事実をごまかしてしまった。辻が何をやらかしても、上の者達はかばい続けた。だって〈昭和のイスカンダル〉のキャリアにはどんな汚点もあってはならないのだから……」

 

相原の見る画面には、あばらを浮かせた日本兵の死体の山が映っている。

 

「辻がラバウルを(ほう)って逃げると軍のトップは言ったんですね。確かに辻は無謀を重ねて十万ばかりの兵を死なせはしたかもしれない。だがその代わり、アメリカ兵をなんと千人も殺したのだ。わずか十万に対して千だ! なんという偉大な戦果だ! アメリカ兵をひとり殺すためならば百が死んでも無駄ではない。辻の戦術は実に見事だ。これから辻を見習おう。我が方にはまだ百もの島がある。そのそれぞれに一万の兵士。だから合わせて百万人が万歳を叫びながら腹を切れば、白人どもは恐れ(おのの)いて降伏するに決まっているぞ! この戦法を〈玉砕〉と呼ぼう。もう勝ったも同然だ! 辻君、よくぞ、この日本を救ってくれた!」

 

と、新見は両手を広げて言った。相原は苦笑するばかりでもう何も応えなかった。

 

「エリートなんてこんなもん。元はと言えば真珠湾で、令に反して第三次攻撃を行わなかった提督を不問にしたとき間違いが始まってるんですよね。聞かん坊のとっちゃん小僧をむしろかわいがっちゃうような、そんな組織はメチャメチャになるに決まってるじゃないですか。太平洋戦争ってほんとは勝てたはずの戦いだったのに、幼稚なキャリア貴族のせいで敗けた……」

 

「うーん」

 

と相原は頬杖ついて聞いていたが、

 

「今の地球の参謀もそれと同じだって言うのか。けどさ、それを言うなら沖田艦長だけど」

 

「そうなんですよね。さっきのはちょっと……この船って大丈夫なのかなあ」

 

「『大丈夫』も何も、現にもう船の中はメチャメチャだよ。航海組と戦闘組は対立してる。このままだと本当に誰かが勝手なことをして……」

 

「うーん」

 

「『命令違反を咎めない』と言えばあれだよ。こないだの。通信を切った古代を沖田艦長は不問にした」

 

「その話を蒸し返すんですか? あれはまたワケが違うと思いますよ」

 

「そうだけども、軍て組織はそう言って済ましていいもんじゃないでしょ。沖田艦長は今ぼくに、命令が来ても嘘の返事をしろなんて言ってる――これって、辻という男の独断専行まんまじゃないのか?」

 

「うーん。おまけに言ったのが、『今のままでは勝てない』か……」

 

「ホントにどういうつもりなんだ?」

 

「さあ……けど、『古代を処罰する』と言っても何をどうするんです? 航空隊長から降ろすの? あの人、かえって喜びそうな気がするけど」

 

「それはまあ……今の立場をイヤがってんの見え見えだよね」

 

「罰にならないじゃないですか。それに古代を咎めるなら、元々の責任者である森さんとか、〈タイガー〉を出させろと言った加藤とかも罰さなきゃいけなくなってたと思いますよ」

 

「そりゃまあ……けどそんなこと言ってウヤムヤにするのがいちばん良くないんじゃないの? ちゃんと査問にかけたうえでの不問ならばともかくさ。でもあのとき艦長は古代だけ呼びつけて内緒の話をしてたよね。森さんはあれを『エコ贔屓(ひいき)』だと言った……確かに、沖田艦長が古代をかわいがってるように(はた)目に見えなくもないぜ。軍という組織の中でこれはまずいんじゃないの?」

 

「それは……確かにそうかもしれない……だからこんなに船の中が今バラバラになってるのか……」

 

「なんだかなあ」相原は言った。「なんて言うか、沖田艦長……」

 

「なんですか?」

 

「まるであの古代を使って、わざと艦内を揺さぶってるような気がしないか? だいたい、元からあんなのを航空隊の隊長にするっていうのがおかしいよね?」

 

「ええまあ」

 

「古代は疫病神だ」相原は言った。「あんなのが〈ゼロ〉のパイロットじゃ勝てない……」

 

「それは……まあでも、下にやたらとダメダメと言う人間じゃなさそうだけど……」

 

「そういう問題じゃないだろう。士官なんて上と下の板挟みなくらいの方がいいのかもだよ。でもものには限度があるでしょ。下にまったく何も言えないようなんじゃ、どうしようもないじゃないか。みんながみんな苦しい思いでずっと戦っていたときに、あいつはひとりノホホンと危険のないとこにいたんだぜ。そんなやつが指揮官で、誰がついていくんだよ」

 

「そうですよねえ。そういう話になるに決まってますよねえ。なのにどうして……」

 

と新見は言ってから、急に気がついたように、

 

「ってゆーか、あの人、今どこで何しているの? しばらく前に姿を見たきりだけど」

 

「ん?」と相原は言った。「そう言やそうだな。あいつが話の中心みたいなもんなのに」



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筋トレマシン

古代は〈ヤマト〉艦内トレーニング室で、器械に挟まれもがき苦しんでいた。宇宙軍艦の艦内では筋肉トレーニングにバーベルやダンベルのような器具は用いない。そんなもの床に転がしてたら、何かのときに危なくてどうしようもないではないか。筋トレは床に固定された器械を使い、油圧仕掛けのバーを押したり引っ張ったりすることになる。

 

それにしても、今の古代はまるで地震で崩れた家に閉じ込められた人間が、柱や梁に挟まれ潰されかけていて、なんとか抜け出そうとしてジタバタしているかのようだった。あるいは、機械のタコにでも捕まり食われかけているか……強力なバーの力で手足をがんじがらめにされてる。

 

「も……もういいだろ……おれもうダメ……」

 

「まだまだ」と山本が言う。「あと五十回です」

 

山本は古代の隣りの同じ器械で、古代と同じ運動をしている。古代がヒイヒイ言ってるメニューをなんなくこなしているようだった。絶対こんなの女じゃねえとあらためて思う。

 

山本はただ前を見て運動を続けている。一体どうしてそんな顔してられるんだと古代は思った。かつての訓練生時代、他の候補生に対していつも感じていたのと同じ疑問だ。

 

厳しい訓練に耐え抜いて、パイロットに選ばれたならエリートだ。地球を護る英雄として戦闘機を与えられる――だがそうしてどうなると言うんだ? この戦争で宇宙戦闘機のパイロットが長く生きられるわけがない。一回一回の出撃がロシアン・ルーレットじゃないか。レンコン弾倉の六つの穴にタマ一発。カチッ、カチッと引き金を引き、五回無事なら君はエースだ。しかし六回目でズドン……。

 

そのときは必ずやってくる。腕が良ければいつまでも死なずに済むというものでは有り得ない。

 

それが戦闘機パイロットだ。この戦争で誰よりも生き延びられる確率が低い。この〈ヤマト〉の航空隊なんてそれこそだろう。任務を果たして船が地球に戻れたとして、そのとき何人生きているやら。

 

訓練は、だから死ぬためにするようなものだ。そう考えたら、とてもやってられないと思う。かつておれが脱落したのも、教官にそこを見抜かれたからじゃないのか。

 

敵と刺し違えて死ぬ覚悟がない者を戦闘機には乗せられないと……あの頃、まわりの訓練生は、みな死にたがりとしか思えなかった。この戦争は、どうせ生きるか死ぬかなのだ。人類を皆殺しに来る敵と闘って今すぐ死ぬか、十数年後に放射能で死ぬか。その違いしかないのだ。ならば今、戦闘機のパイロットに選ばれるのは幸運だ。地球を護る最も尊い使命のために死ぬことができる。その立場が与えられたのだから……なのにどうして命を惜しむ? これ以上に誇りのある死があるか?

 

そう言われればその通りな気もしたものだった。しかし死ぬのはイヤだと言うのは、理屈でどうにかなるものじゃない。特に筋トレ、走り込みなどさせられるとなおのこと思う。どうせ死ぬのになぜこんな苦しい思いをしなけりゃいけないのか、と。

 

むしろ考えはしないのか。死にたくない、生きたい、と。筋トレマシンのバーを掴んで押したり引いたりするたびに、何がなんでも生きたいと思わなければ力なんて出ないんじゃないか。ランニングで一歩一歩の足など踏めはしないんじゃないか。

 

少なくとも、おれはそうだと古代は思った。また山本を横目に見る。グイグイと力を込めてマシンのバーを動かしているが、何を考えているものか。

 

たぶん何も考えてはいないんじゃないかな、と思った。『何も』ではなく、余計なことは考えず心を無にしてトレーニングに集中しているように見える。そうできるのがプロのトップガン・パイロットであって、できないおれはアマチュアってことか……なんてことを考えるのもやはり雑念なのだろう。にもかかわらず、おれの方が隊長とは。

 

山本はおれを隊長と呼ぶ。さっきはあの医務室で、二度と隊長機を失うことはさせないと言った。あなたはわたしが護る、と――。

 

本当の隊長は、敵に突っ込んで死んでいる。だが山本は、あれは自分がやるべきだったとも言った。だから次には、おれを護って自分が敵に突っ込んで死ぬとでも言うのか。

 

冗談じゃない。そんなこと言われてこっちがいい気分になるとでも思ってるのか。

 

自分が死ぬのもイヤだがしかし、おれのために人が死んだと聞かされるのに比べたら……そうだ。だったら死ぬ方がずっとマシだと古代は思った。あんな思いはもうたくさんだ。おれが死ぬ方がいい。敵に突っ込んで、その後は――。

 

誰かが隊長をやればいいんだ。加藤でも、山本でも、誰だっていいだろう。おれが隊長なんて話が元々おかしいのだから。

 

ましてやおれが〈ゼロ〉に乗り冥王星で戦うなんて――とてもできると思えない。タイタンではおれはひとりで飛ぶだけだった。だからひたすら逃げればよかった。しかし今度はワケが違う。

 

〈コスモゼロ〉は隊を指揮するための戦闘機。だからそれに乗る者は、指揮官としてのスキルが必要になる。

 

だが、それこそ、おれにないものじゃあないか。船を護って戦ったことも、敵の中に突っ込んだこともないおれに、どうして歴戦のパイロットどもを率いることができると言うんだ?

 

ほんとに、あの艦長は、何を考えてるんだろう……結局、また、何度繰り返したか知れない同じ思いにたどりつく。自分が指揮官なんだから、指揮官のなんたるかをわかっているはずだろうに、なんでおれなんか選ぶんだ。

 

なるほど、確かに、おれは四機の敵を墜とした。しかしあのヒゲは会った途端に、逃げてるうちに相手が勝手に墜ちただけだろうと言った。あのときはちょっとムッときたが、考えてみればその通りだった。

 

本当の戦いなどはまるで知らない。仲間と命を預け合い、編隊を組んだことすらない。誰かの指揮下で戦場を飛んだことなどありゃしないから、自分が部下を指揮するたってどうすりゃいいかわかるわけない。

 

これでどうしておれが指揮官? アニメの()がどう動くかも知らないやつにアニメの監督させるようなもんじゃないのか? あの艦長は逃げるのがうまけりゃいいみたいなことをおれに言ったが……。

 

あれはどういうつもりなんだ。おれが隊長で冥王星に向かって行って、勝てると本気で思ってるのか。

 

タイタンで見た沈没艦。あのとき〈ゼロ〉のコンピュータが出したデータが思い浮かんだ。艦名〈ゆきかぜ〉。〈メ号作戦〉にて戦没。

 

艦長名は古代守。

 

兄さん。

 

おれの兄貴は冥王星を叩きに行って死んだのか。沖田艦長はそのときに生きて帰って来たわけだ。生半可なことで勝てる相手じゃないのは誰より知ってるはずじゃないのか。

 

兄貴にできなかったことを、どうしておれが……一体全体、あのヒゲはおれに何を期待してんだ? 『地球を〈ゆきかぜ〉のようにしたくない』とかなんとか、わけのわからないこと言って……。

 

わからない。とにかく自分に、〈ゼロ〉に乗る資格があると思えない。

 

どうするんだ、こんなんで……〈ヤマト〉が敗ければ地球はおしまいなんだろうに。誰かがなんとかしなければ、人は絶望のうちに死ぬ。十年かけてジワジワとだ。誰かがそれを止めなきゃいけない。

 

〈ヤマト〉ならば、ひょっとして、冥王星に勝てるのか。基地の位置がわかるなら。それをやり遂げる者がいるなら。

 

ああ、確かに、できるのなら、誰かがやるべきだと思う。けれど、おれが? 一隊員としてならまだしも、決死隊の隊長として?

 

おれには無理だ。とてもできない。できるかもとも思えない。

 

筋トレマシンのバーハンドル。これももう動かない。手に力が入らない。

 

なんだこんなもん。タイタンで追われたときに比べたら――と自分でも思うが、無理なのは無理だ。古代は架にかけられたキリストみたいになって動くのをやめた。山本はチラリと眼を向けただけで運動を続ける。

 

「ねえ」と言った。

 

「なんですか」

 

「いや、別に」

 

「あと36回です」

 

「代わりにやっといてくれ」

 

ついでに隊長も、と思う。古代はすべてに降参して首をガックリ垂れた。そのときだった。

 

「ウチの隊長はいるか!」

 

声がした。トレーニング室の中に響き渡る。ドアを開けて入ってくるなりそう言った男が、筋トレマシンが並ぶ間をツカツカとやって来るのが古代が下を向いていてもわかった。

 

今、この室内では古代と山本の他にも数人、クルーが体を動かしていた。誰もが手を止め、声の主を向いたようだが、古代は気にしなかった。疲れて顔を上げる気もしない。

 

足音が近づく。どうやら何かの隊の者が、隊長さんを探しにここに来たらしい。けれどもおれの前は通り過ぎて行くだろう。おれの場合はおれを隊長と呼ぶのは山本だけで、それは隣りにいるからな。だから〈隊長〉とかいうのは、おれでない別の誰かだとわかるわけだ。以上証明終わり。

 

そう考えてそのままでいたら、すぐ前に人が立ち止まる気配を感じた。なんだろう、と思って古代は、まず右に眼を向けてみた。次に左を向いてみた。人が通り過ぎていったようすはない。

 

それで初めて重い頭を上げて前を向いた。黒地に黄のパイロットスーツ。タイガー隊の戦闘機乗りとひと目でわかる男がそこに立っていた。さらに視線を上げていくと、加藤の顔がそこにあり自分を見下ろしてるのと眼が合う。

 

「隊長、ちょっとよろしいですか」

 

「ええと……」

 

古代は背後を振り向いてみた。ひょっとすると加藤が隊長と呼んでいるおれが知らない人間が航空隊の中にいて、そいつが今この後ろに立ってるのかなと思ったのだ。しかし壁があるだけだった。

 

すると、と思う。まさかなあ。おれのことじゃないよなあと考えながら仕方なく聞いた。

 

「『隊長』って?」



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愚痴

「提督か」沖田は言った。「あのとき、後ろを振り向いて、わしはそこに顔を見たよ。率いる船のすべてを失くして何が艦隊の提督だ、と嘲笑(あざわら)っていた。あれは魔女だ。魔女がわしを笑っていた……」

 

艦長室だ。真田は言った。「艦長……」

 

「君は知っているかね。冥王星を〈スタンレー〉と最初に呼んだのはあの古代守だった」

 

「いえ……そうだったのですか」

 

「そうだ。どうやら、あいつが子供の頃に読んだ本の題から取ったらしい。五千メートル上がらぬはずの複葉機でジャヤの(いただき)を越えようとしたパイロットの本とか言ったな。リンドバーグの大西洋横断より何年か前の話とか」

 

「その本なら知っています。あいつは何度も読み返していたようでした」

 

「そうか。あいつが何を言い出したのか最初はわけがわからなかったよ」

 

「無理ないでしょう。ココダは〈知られざる戦場〉です。時代が平成になる頃には、よほどの戦記マニアでなければ知らない話になっていたようです。まして我々22世紀の人間が……」

 

「まあそうだが……古代のやつもその本がなければ知らなかったのだろうな」

 

「そうでしょう。スタンレーの山越えは、日本人にはなかったことにしたい戦いだったのかもしれません。カミカゼ特攻を批判するフリして美化する映画は戦後百年間に腐るほど作られて、『日本はアジアに謝れ』と言う人間と『南京(ナンキン)やシンガポールの虐殺はなかった』と言う人間の両方がニコニコしながら映画館を出たそうですが……」

 

「〈ココダの戦い〉なんてものには誰も眼もくれないか」沖田は言った。「古代守は三浦半島で生まれ育ったと聞いたな。三浦と言っても湘南でなく、もっと南のマグロ漁港と大根畑に囲まれたところと言っていた。そんなところで魚なんか釣りながら、海の向こうの富士山を飛行機で越える空想をしていたのか」

 

「かもしれません。そういうやつでした」真田は言った。「あいつは言ってましたから。いつか銀河の渦をこの眼で見るんだと。飛行機で富士を上から見るように……」

 

「あいつらしいな。こうも言ったぞ。冥王星は〈スタンレー〉と」

 

「〈ココダ〉……あるいは、〈ジャヤの頂〉という意味ですか。魔女が待ち受けるところだと? 確かに、あいつなら言いそうですが」

 

「そうだ。行くのは愚か者だという意味だ。しかしあいつはこうも言った。男にはたとえ敗けるとわかっていても戦わねばならないときがある、と……」

 

「ですが艦長、しかしそれは……」

 

「辻政信の理屈だ、とでも言うのか。わかっているよ、そんなことは。辻政信か――そんな男は、ニューギニアを逃げる船から海に蹴り落とすべきだったのだ。ただそれだけでガダルカナルで無駄に兵を死なさず済んだし、沖縄が戦場になることも、焼夷弾と原爆で街が焼かれることもなかった。日本は〈エメラルドの首飾り〉を日本のものとしていたのかもしれんのに」

 

「歴史にタラレバは禁物です。それはかえって軍部の増長をあおっていたと思いますが」

 

「そうだろうな。第二第三の辻政信を生み出して1999年あたりに全面核戦争か。人類は21世紀を見ずに滅んでいたかもしれん……だがな、わしが考えるのはもうひとりの男のことだ。スタンレーの山を越え、敵の基地までもう少しに迫った男……」

 

「ええと」と言った。「堀井(ほりい)ですか」

 

「それだ。そいつは、まさに鬼神だったらしい。直前に『引き返せ』との命令が出なければ、それを聞きさえしなければ攻略を見事果たしていたのじゃないか。あのとき、わしは古代と共に〈ジャヤ〉に行くべきだったのじゃないか。なのにわしは堀井と同じ決断をしてしまったのじゃないか……」

 

「艦長……」

 

「わしはこの一年間、それを思わぬ日はない。魔女の笑いを忘れぬ日はない。たとえ敗けるとわかっていてもわしはあのとき……」

 

「ですが……」

 

「わかっているよ。これは愚痴だ。すまんな、こんな話を聞かせて……今度はそんなわけにはいかん。この〈ヤマト〉はイスカンダルに行かなければならんのだ。そして帰ってこなければいかん。今は敗けると知りながら敵に挑むわけにはいかん」

 

沖田は艦首の三つ〈ひ〉の字のフェアリーダーを眺め下ろしているようだった。旧戦艦〈大和〉のそれは他の船に曳航してもらうときに鎖をかけるための鈎だが、この〈ヤマト〉のそれは寝かせ折り曲げた十字架だ。(おもて)髑髏(どくろ)の模様が刻みつけてある。

 

フェアリーダー。『船を正しい方向に導け』との願いを込めて〈ヤマト〉艦首に飾られたもの。真田もそれに眼をやってから、

 

「ならいいですが、しかし先ほど……」

 

「うん、言ったな。『今のままでは勝てない』と。だから行かんよ、安心したまえ」

 

「は?」と言った。「しかし艦長、さっき『行く』とも……」

 

「だから、勝てるようになったら行くさ。そういう意味だ、簡単だろう。わしは無謀なことはせん」

 

「ええと……ですが艦長、そうおっしゃいますが……」

 

「何が不安なのだ」

 

「古代です」真田は言った。「弟の方です。こんなことはあまり言いたくありませんが、あれが〈ゼロ〉のパイロットでは、勝てるものも勝てなくなるとしか思えませんが……」

 

「タイタンではうまいことやったじゃないか」

 

「そんなのが勝てる理由になりますか? 失礼ですが言わせていただきます、艦長。艦長はことあいつに関しては、まともな判断ができなくなっているとしかわたしには思えません」

 

「かもしれんなあ」

 

「艦長!」

 

「まあ、いいじゃないか。君こそ人のいいところをなるべく見るようにしたらどうだ。古代進がそんなに悪い人間か? キャリアがあってもどうしようもない人間を君もさんざん見てきてるだろ。それと比べてどうなんだ」

 

「比べていいとか悪いとか……」

 

「だいたい、他のどんなやつならガミラス相手に勝てると言うのだ。教えてくれれば、考えてやらんこともないぞ」

 

「そ、それを……それを言われると困りますが……」

 

「そうだろう。だからあいつでいいんだよ。古代なら今日のうちにも闘争心を目覚めさせるさ。もうじきだろ」

 

「闘争心の問題ですか?」

 

「わしはそう思っとる。あいつに足りんのはそれだけだ」

 

「そうですか? 他にもいろいろ足りないような気がしますが」

 

「まあな。だが肝心なのはそこだよ。兄貴に比べて随分と出来の悪い弟だが……それでもあの(すすむ)と言うのは、兄の(まもる)を超えるかもしれんぞ」

 

「そう願いたいものです」

 

「そうだ。それに、君もな――真田君」

 

「は?」と言った。

 

「忘れたのかね? わしが必要な人材として認めたのは古代進だけではないぞ。君だ。古代を航空隊長にしたとき、一緒に君を副官に任命したではないか」

 

「ええまあ……」

 

「それも、すべてはこのためだ」沖田は言った。「真田君、君ならば〈スタンレーの魔女〉に勝てると見込んでわしは副長に選んだのだ」



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指揮官ならば

古代はこれまでこの〈ヤマト〉航空隊の隊長と認められていなかった。

 

特に航空隊員からは。タイガー隊の隊長である加藤が古代を無視し続け、口を利いていないのだから、その下にいる者達が誰も隊長と呼ぶはずがない。それでそのまま来たものが、急に『今からやっぱりあなたが隊長』なんて言ってもどうにもなるか。

 

トレーニング室から古代は運動服のまま、航空隊の部屋まで連れて来られてきて、黒地に黄色のパイロットスーツの隊員達と向き合わされた。首にはタオル。手にはスポーツドリンクのボトル。

 

その格好のまま言った。「えーと、その、なんだって言うの?」

 

パイロットらが一斉に、『ダメだこりゃ』という顔をした。

 

加藤が言う。「軍司令部が地球の市民に、『〈ヤマト〉が波動砲を撃つ』という発表をしたんです。冥王星を吹き飛ばし、それから太陽系を出る、と」

 

「ええと……」と言った。「それ、『できない』って言ってなかったっけ」

 

「できませんよ」

 

「できるようになったの?」

 

「できません」

 

首を傾げた。一体全体何がなんだか、古代にはサッパリわけがわからなかった。それに今まで自分のことをシカトしていた〈部下〉達が、急に《隊長なんだろう。ならばなんとかしろよ》という顔で見る。これもまったく理解できない。

 

「ごめん。事情が呑み込めないんだけど、それでおれにどうしろって言うの?」

 

「それは……」

 

と加藤。パイロットらもみんな戸惑い顔になった。

 

どうやら誰よりも加藤自身が、おれをここまで引っ張ってきながら何をさせるという考えもなかったらしいなと古代は思った。トレーニング室からこの部屋まで歩いてくる途中でも、船のクルーがみな動揺しているらしいようすが窺えたが……『〈ヤマト〉が波動砲を撃つ』との発表があっただって? それ、そんなに大変なことなのか。

 

古代にはよくわからなかった。戦闘要員と航海要員が対立して、冥王星を〈スタンレー〉と呼んで行く行かないと揉めていたのは知っていたが、自分には関係のない話のような気がしていた。いや、関係なくないのか。あの森という女が言ったな。〈スタンレー〉へ行くとなれば、航空隊が基地を探す任務に就くことになる。それはあなたに死ねと言うのと同じ……。

 

と言うのは一応わかってもいたが、古代にとっては自分が隊長だというのが何より問題だったのであり、『なんでおれが』という気持ちしか持てずにいたのだ。古代進よ、お前だって軍人であり、パイロットだ。戦闘機が操れるなら、戦いに行け。骨は拾ってやれないが、人類の存続のためだ。死んでこい。

 

と言われたら、イヤでもハイと応えるしかない。だからそれはあきらめるけど、『指揮を取れ』ってのは話が別だ。まして自分を認めるどころか、シカトしている部下達の……と、思っていたのがここへ来て急に風向きが変わったようだが、なぜだか話が見えないのではどうしていいかわからない。

 

それは対する隊員達もみな同じなようだった。このおれを見て、やっぱりこれが隊長なんて有り得ないとあらためて思ってるのも見え見えだが、その一方でひょっとしてもしかするともしかするんじゃないかななどと考え始めているようないないようないないような。

 

どうにも難しい空気だった。一同の眼が、だんだん加藤の方に集まる。考えあってこいつを連れてきたんならその考えを見せてください、とでも言いたげな顔をして。

 

「隊長」と加藤は言った。「もし〈ヤマト〉が〈スタンレー〉で波動砲を使うとなれば、おれ達航空隊員がどうなるかはわかってますか」

 

「いや。知らないけど」

 

としか応えようがない。隊員達の視線が突き刺さってくる。

 

「そうですか。おれ達は地球を出る前に、軍や政府の偉い人達の訓令をさんざん受けてきました」

 

「うん……」

 

「この〈ヤマト〉は元々は、エリートが逃げるための船です。ダイヤに金塊、ゴッホの絵なんかザクザク積んで、(たみ)を見捨てて行く船のね。宇宙でカネがなんの役に立つと思うのだか知りませんがね、毎日キャビアやシャンパンや葉巻をやって旅するつもりだったみたいですよ。おれ達はそんな連中を護って死ぬためのパイロットでした。イスカンダルへ行くことになったが、任務そのものは変わらない。おれ達は船を護って死ぬためにいる」

 

「いや……」

 

「ですがそれはいいでしょう。人類のためならば、おれの命など惜しくはない。ですが政治家や役人は、人類の存続なんか考えてません。やつらは自分のことだけです。イスカンダルより冥王星を叩くことを〈ヤマト〉に対して期待している。〈スタンレー〉に〈ヤマト〉が行けば、百の船に迎え撃たれる。おれ達タイガー乗りの役目は、その敵から〈ヤマト〉を護って死ぬことになった――」

 

「え? いや、でも……」

 

「バカげてるでしょう。できることかできないことか、考えてから言えと言いたい。けれど政府のお偉方は、何も考えてなかったんです。波動砲が完成すれば冥王星が撃てるはずだ。ワープ船が〈ヤマト〉一隻しか造れないなら、搭載機隊に護らせよう。その後はイスカンダルへ行かすもよし、一度戻して逃亡船にするもよし……うまくいったら自分の手柄、失敗したら沖田のせい。でなけりゃ、戦闘機乗り達の根性が足りなかったせいであって、決して自分らに落ち度はない、とね。まるっきり昔の日本の皇国(こうこく)軍と同じですよ。とにかく撃墜王の諸君、死んでも船を護り抜いてくれたまえ。すべては君らの頑張りに懸かっていると言ってもいいのだ」

 

「ああ……」

 

と言った。それ以上に何も言うことができなかった。古代は加藤から眼を移し、パイロットらを見渡した。一応は自分の部下である者達。

 

加藤は続ける。「〈スタンレー〉で波動砲を撃ったなら、〈ゼロ〉も〈タイガー〉も全機がカミカゼ特攻機にならねばならなくなるでしょう。〈ヤマト〉がワープできるようになるまで船を護って闘い続け、タマが尽きたら敵に突っ込む。それでどれだけ敵さんを道連れにできるかわかりませんけどね――まあ、無理です。〈ヤマト〉は確実に沈みますよ。おれもあなたも死んでおしまい。地球人類も絶滅確定」

 

「まあ……」と言った。ようやく、ほんの少しだけ、話が見えてきた気がしてきた。「それは……」

 

「わかるでしょう。今の地球の要人に、マトモなやつはいないんです。大なり小なり頭がおかしくなっちまってる。奇跡は願えば起きるもんと信じるようになっちまってる。きっとおれ達が死んだとき、女神様かなんかが出てきて言うと思ってるんでしょう、『必要なのはこちらの金のコスモクリーナーですか? それともこっちの銀のコスモクリーナーですか? 〈ヤマト〉の犠牲に(むく)いるために、両方みなさんに上げましょう』とか――」

 

「ああ……」と言った。「だろうね」

 

笑えない冗談だった。しかし加藤の言う通りなのだ。それが古代にもよくわかった。

 

地球人類の社会がもうガタガタなのは、古代も知らぬわけではない。火星へ行けば徹底抗戦派の軍人が〈十億玉砕〉を叫んでいる。彼らは〈メ二号作戦〉とやらで、奇跡が起こせると本気で夢見ていたと言う。

 

狂っているのは、しかし地球の軍人も同じ。みんな奇跡を当て込んでいる――スロットマシンでジャックポットが出せると信じて、遣っちゃいけないカネを最後の一円までつぎ込むように。どうせ市民の税金だ。遣った分は他人の負債。獲った分はオレのもの……元々そんな人間でなきゃ、権力なんて求めはしない。今の政府要人が何を考えているかなど、気づいてみればバカバカしいほど簡単だった。

 

お偉方はいま奇跡を信じているのだ。だから〈ヤマト〉が波動砲を撃つなどと市民に発表してしまった――そういうことだと古代にもわかった。〈ヤマト〉に積んだ波動砲。今になって『撃てません』では自分達の立場がない。だから撃つ。撃ってくれる。〈ヤマト〉が撃てばきっと奇跡が起きるだろう。どんな奇跡か知らないけれど、それでボク達、正しかったということになってくれるだろう。コスモクリーナーなんかなくても、放射能が消えて自然が戻るのだ。やった、地球は救われたぞ! さらば〈ヤマト〉よ、ありがとう! 地球のために死ねてさぞかし本望だろう。ボクらは決して君達の尊い犠牲を忘れないよ。だから成仏(じょうぶつ)してくれよな!

 

それが〈偉い〉人間てものか。兵隊などは自分の盾で死んで当然、まして戦闘機パイロットなど――古代は自分の前に立つ者達を見た。タイガー乗りのトップガンなら、皆、これまでに多くの死を見てきたはずだ。特攻同然のカミカゼ部隊を援護する任を負って飛び、要人を乗せた船の護衛で身を盾にさせられてきた。おれはがんもどきだったから、そんな世界と無縁だったが……。

 

古代は思った。兵士であって兵士でない。おれはがんもどきだった。部下を持たない名ばかり士官の荷物運びで、軍にいながらずっと適当にやってきた。いずれ自分も放射能で死ぬとわかってもいたけれど、あまり考えないようにしていた。ひょっとしたら誰かがなんとかしてくれるかもしれないのだし、などとぼんやり考えていて。上では〈偉い〉人間が、ものをしっかり考えているんだろうから……。

 

その間、この者達は命を懸けて戦ってきたのだ。本当に偉い人間はこいつらだ。なのにどうだ。おれ自身が〈偉い〉人間になってしまった。地球に降りたあのときに――〈サーシャのカプセル〉を運んできたという理由でおれ自身が〈最重要人物〉になってしまい、タイガー隊員が代わりにタマを受けてでも、本当の隊長のように敵に体当たりかけてでもおれを護らねばならないようにしてしまった。そうして、おれの目の前で、沖縄の基地が吹き飛んだ。

 

それも〈偉い〉人間達が、カプセルと千の命を(はかり)にかけてカプセルの方を選んだからだ。

 

古代は自分の〈部下〉であるひとりひとりの顔を見た。この中に、あのとき〈タイガー〉のキャノピーを開けておれに拳銃を向けながら、『皆が死んだのはお前のせいだ』と叫んだ者がいるはずだ。ヘルメットのバイザーで顔など見えはしなかったが……。

 

それはこの中の誰だろう。別に突き止めたくもないが……どうせ全員、考えは同じなのだろうし。

 

そして、今も考えている。おれを見て、なんでこんなのが隊長なのかと。

 

しかしそれはこっちが聞きたい。なんでおれがこの者達より〈偉い〉人間ということになるんだ。おれなんか何をどう考えたって、シカトを受けて当然の身なのに……。

 

「隊長、どうするんです」加藤が言った。「あなたが指揮官だと言うなら、どうすべきか考えてください。くだらんエリートの盾になっておれ達全員犬死にするか。それとも他に考えがあるか?」



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船務士としては

「『何か考えがあるか』って言われても……」

 

と森は言った。横で太田も難しい顔をしている。島が畳に胡座(あぐら)をかいて、ふたりの顔を交互に見る。〈ヤマト〉右舷の展望室だ。

 

艦橋ではこの三人が航海要員。あの沖田との話の後で、どうするかまず自分らで話し合おうということになってこの部屋に降りてきたところだった。

 

クルー達の憩いの場、及び柔道などの道場として使われるこの畳敷きの広間は、長径20に短径10メートルばかりの楕円形だ。ほぼ百畳の広さの床にいぐさのマットを張って日本間ふうにしつらえてある。

 

楕円の和室なんて変だという意見がもしあるならばおっしゃる通り。でもそのように造っちゃったものはしょうがない。森達三人は艦首側のいちばん端に陣取っていた。

 

「あたしはできるものならば、〈スタンレー〉は叩いていくべきと思っていたわ。〈ヤマト〉が地球に戻るまでに、ガミラス教徒がどれだけ増えるかわからないし……」

 

「うん」

 

と、森が言うのに島は頷く。それから太田を向いて、

 

「で、太田も心情としては〈スタンレー〉に行きたいわけだな。病気の親に希望を与えたいから……」

 

「まあね」と太田。

 

「気持ちはわかるが、しかし……」

 

と島は言った。森も太田も自分と同じく絶対的な迂回派だと思っていたのに裏切られたとでも言いたげだ。

 

「勝てるなら、の話だろう。何度も言うけど、波動砲で殺っちまえるならおれだって日程日程と言う気はないよ。けどさっき艦長が最後に言った言葉はなんだよ。『今のままでは勝てない』って……勝てないとわかってるのに行ってどうするんだよ」

 

「あれは、なんと言うか……」太田が言った。「時期を待っているとか何か、そういうことだと思うけど」

 

「時期? 時期って一体なんだ。一日遅れれば子供がどれだけ死ぬことになるか、わかって時期とかなんとか言うのか? だいたい船が太陽系でまだグズグズしてるから、人類社会がテンパることになったんじゃないのか? なのにこのうえ何を待つって……」

 

「まあまあまあ」

 

「『まーまー』じゃない。太田が病気の親のために敵の首を獲りたいってのはおれにもわからなくないよ。だがなあ森。ガミラス教徒を増やさぬために〈スタンレー〉に行こうってのはおれにはどうもな。それ、〈ヤマト〉がやらなくちゃならないことか?」

 

「それは……だからあたしも勝てないものを無理に行こうと言った覚えは一度もないけど……」

 

「そうだろ? ガミラス教徒なんて、おれ達がイスカンダルから帰りさえすりゃみんな目が覚めるんじゃないのか?」

 

「そんな単純なことではないわ。このままカルトをほっておいたら、どんなひどいことになるか……」

 

さっき相原に見せられた映像を思い浮かべて森は言った。〈ヤマト〉を支持する人間の腕を斧でぶった斬る狂信者。あんなものが今後ますますエスカレートするだろうことを考えたなら――そうだ、決して親との確執ばかりでものを言っているわけではない。冥王星を叩いて行くのは、〈ヤマト〉が数日早く帰る以上に人々を救うことになる。この考えは間違ってはないはずだった。

 

だが島は言う。「とにかく、〈ヤマト〉のクルーとして考えることじゃないだろう。君は船務科員だ。そのリーダーなんだろう。船の運航をまず第一に考えるのが務めなんじゃないのか?」

 

「操舵長に言われなくてもわかってます」

 

「そうか? けどなあ、〈スタンレー〉で戦って、たとえ〈ヤマト〉が勝ったとしてもだ。そのときクルーが百人死んで、三百人がケガするようなことになったらどうする。その後、船をどうしてくかは君の仕事になるんだろうが」

 

「それは……」

 

と言った。確かにそんなことになれば、船務科員はキリキリ舞いすることになる。

 

〈ヤマト〉の乗員は1100人。本家〈大和〉乗組員3300の三分の一だが、このサイズの宇宙軍艦としてはこれでも多めの人数と言える。後の補充ができないことを考えればもっと乗せたいくらいだったが、居住スペースや食料の供給、水や空気のリサイクル能力などの限界から今の数字にまとまった。

 

そこからもし死傷者が400人も出てしまったら? 残り700人の中から多くをケガ人の看護に当てねばならなくなるだろう。そしてケガ人が動けるようになるまでの間、〈ヤマト〉は残りの人数で動かさなければならなくなる。つまり半分の550で。

 

その者達にかかる負担――半数で船を動かすと言うだけでも大変なのに、その人数で船を修理し、血に汚れた艦内を掃除し……クルーの誰ひとりとして、満足に休める者はいないことになるだろう。一週間もそれが続いて皆が疲れ切ったところで敵に襲われでもしたら――。

 

冥王星で勝ったとしても、〈ヤマト〉はそこで沈むことになりかねない。つまり、たとえ勝てるとしても、何百人もの死傷者が出るのが予想されるなら戦うのに反対すべきであると言うのが船務科員の立場だった。戦闘の後始末にいちばん苦労させられるのが自分達でもあることだし……。

 

〈ヤマト〉は決して戦うための船ではない。イスカンダルに行くための船だ。船務科員は他の誰よりそれをよく知っておかねばならないのだった。

 

あらためて島に言われるまでもない。森はもちろんわかっていた。決して無理を押してまで遊星を止めに行くべきと考えているわけではない。

 

どちらかと言えば、島以上に日程優先という考え方だった。先を急がねばならないのは、島のように子供を救うためではない。それが自分の仕事だからだ。九ヶ月で戻れと言うのが定められた日程だからだ。

 

運行管理要員としては、決して間違った考えじゃなかろう。目標を与えられたらそれを達成すべく努める。とりあえずは己の役目をまっとうするのを第一にして何が悪い。

 

森は政府の〈ヤマト〉を送り出した者達は、なんだかんだ言っても人類と地球のことをちゃんと考えているものだと信じていた。わたしは両親とは違う。ガミラスが神の使いで人を滅ぼしに来てくれたが、自分達だけ助かるなんておかしな教えを信じたりしない――自分で選んだ正しい〈教え〉に自分は従っているのだと、心のどこかでいつも考えていたように思う。

 

旅に遅れが出るのであれば〈スタンレー〉は迂回する。死傷者が多く出ると予想されるなら戦闘は避ける。船務科員としてはこれが当然の考え方だ。ましてや勝てるかどうかさえわからないと言うのであれば――。

 

ならば日程を守るべき。船務士としての自分はそう判断してきたし、これまではそう言ってきた。

 

なのにそれが、今になって――なぜか急に、古代進の姿が頭に思い浮かんだ。三浦半島に生まれ育って、あの日に親と住む家を失くしてずっと迷子でいるような顔した男。

 

どういうことだ。あの男なら、きっと敵を倒してくれる――そんな期待でも自分はしているのだろうか。まさかあ。やっぱりあんなボンクラ――。

 

艦橋裏の展望室でさっきあいつと出くわしたときのことを思い出して考える。今日はずいぶん一日が長いような気がするが、あれはほんの三、四時間前だ。一体どうしてあんな男にわたしはあんなこと言ったのだろう。まるで弁解するみたいな口の利き方して……。

 

「けどね」と言った。「船務科としては、クルーのメンタルに気を配る必要もあるのよ。〈スタンレー〉をこのままで行けば、この先〈ヤマト〉が旅する間、地球は大丈夫なのかと悩むクルーが大勢出ることでしょう。それを考えたら、後顧の憂いは断つに越したことはない……」

 

「とにかくだな」島は言った。「何よりも艦長だよ。『今のままでは勝てない』って言うのはつまり、『今のままでなければ勝てる』ってことなのか? 今は何がいけなくて、どうすりゃ勝てるようになるんだ」

 

「それは……」と太田。「なんだろうね」

 

「『なんだろね』って、〈ヤマト〉が百隻相手に勝てないのはわかりきっているだろうが。主砲とエンジンが焼き付いたら後は殺られるだけなんじゃ、どうしようもないぞ。太田は『デカいの何隻か相手にするだけならば』なんて言うけど、どっちにしても……」

 

「ん?」と森は言った。「どういうこと?」

 

「つまりだな」島は説明した。「太田の考え通りに行けば、少しは勝ち目も上がるだろうけど……」

 

「ははあ」

 

と言った。冥王星の丸みを使って地平線が作る死角を盾に敵と渡り合う戦法。島と太田のコンビネーションがうまく働くようであるなら確かにいくらか有利に戦えるのかもしれない。さらに太田が考えるように、敵が大型艦十隻程度しか出してこないと言うのなら――。

 

「でも、そんなにうまく行くの?」

 

「どうかな。おれは、そんなに甘くないと思うぜ」島は言った。「とにかく、おれは今のままじゃ、〈スタンレー〉行きに賛成する気になれない。『行くしかない』と言われても、勝ち目がないんじゃしょうがないだろ。それに問題は、敵の数だけの問題じゃない。航空隊が基地を見つけられるかどうか――」

 

――と、そのときだった。楕円形の展望室の、三人が今いる艦首側とは反対である後方端の入口から、ドヤドヤとクルーが大勢入り込んでくるのが見えた。そのほとんどが黒地に黄色のパイロットスーツ。

 

タイガー隊の戦闘機乗りだ。柔道着のようなのを着た姿も混じっている。

 

島が言った。「なんだ、ありゃあ……」



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楕円の道場

「なんだ、こりゃあ……」古代は言った。「屋形船か?」

 

中に入って見渡して、出たのがその感想だった。左舷側の展望室は、前に入ったことがある。だが右側が畳敷きになってるなんて、今の今まで知らなかったことだった。何しろ〈ヤマト〉の艦内なんて、誰にも詳しく案内をしてもらったことなどない。山本は訓練でシゴくばかりで、用のない場所を教えてくれることはなかった。

 

今、古代は柔道着を身につけ帯を締めている。この服を投げつけられて『着ろ』と言われ、タイガー隊に連れられやって来たのだから半ば予想はした光景だが……しかし艦内に畳部屋とは。

 

日本人が造る基地にはたいてい畳の道場はある。だが大型戦艦と言えど、船の中に設けられているのなんてこれが唯一じゃないかと思った。それにしても見た印象は、やはり道場と言うよりも屋形船かお座敷列車。

 

本来は道場でなくクルーの団欒の場なのだともわかる。今もあちこちに数人ずつ座り込んでたむろしていた者達がいる。古代はあきれ半分に眺めて、向こうの端に見知った顔がいるのに気づいた。島と森と、そしてもうひとりなんとかいうのが三人で、何事だという顔をしてこちらを見ている。

 

その三人だけじゃない。室内にいた者みんながみんな驚きの眼を向けてくる。そりゃ殺気立ったのがいきなりガヤガヤ入ってきたら驚くのが当然だろう。

 

その先客をタイガー乗りらが押し退けるようにして、古代は部屋の真ん中へと(うなが)された。誰もが気迫に押されたように、抗議することもなく立ち上がってどきながら、一体何が始まるんだという顔をして古代を見てくる。

 

いや、部屋の中だけじゃない。外にもだ――楕円の広間は外周を窓でグルリと囲まれていた。展望室なのだから船の外向きに窓があるのは当然だが、内側向きにも窓がズラリと並んでいる。

 

中で試合をするようなとき、そこから人が見物できるようにしてあるのだろう。その内窓が、今まさにその目的に使われようとしているのだ。

 

部屋の外に今ゾロゾロとクルーが集まっているのがわかった。何も関係ないはずの者らが、興味シンシンというようすで窓にピッタリへばりつき、押し合いながらこちらを覗き込んでいる。

 

航空隊が何事か始めたらしいという噂がたちまち広まったのに違いなかった。島や森もタイガー隊に追い出された(のち)、すぐ他と一緒になって窓に張り付いたのが見える。

 

なんだなんだ、とまた思った。タイガー隊の者達も、あきれたようにギャラリーを見やる。彼らにしても見物人が群がるなんて予想外のことなのだろう。ただひとり、加藤だけが泰然として畳の上に立っていた。古代と同じく道着姿。

 

一体これから、ここで何をしようと言うんだ? 古代は思った。どうやら加藤と柔道でも取っ組まされるようだが、しかし……。

 

加藤の道着。いかにも使い古した感じだ。対してこちらはさらさらの新品。訓練生の時代に柔道もやらされたが、もう何年も稽古なんかしていない。

 

加藤がどの程度の強さなのかは知らない。だがどうであれ、おれが勝てるわけないだろう。一方的にやられるだけに決まってる――そう考えて、古代は山本に眼を向けた。加藤が何をする気なのか山本なら察しがつくか、と思ったが、しかし首を振ってくる。《わたしにもわかりません》という表情。

 

そう言えば、とまた思った。いつだったか山本は、タイガー隊が道場でかるた取りをやってるなんて話をしていたことがあったな。あのとき言ってた〈道場〉ってのがここなわけか……まさか本当に畳の道場だったとは。と言うことは、もしかして――。

 

ひょっとすると、かるた取り? いや、まさか。この状況でそれはあるまい。加藤がその気だったとしても、これではギャラリーが許さんのじゃないか。そんな見た目に地味な勝負……内窓からこちらを期待ワクワクと見ているクルーを眺めて思った。たちまち膨れてどう見ても百人以上になっている。

 

〈ヤマト〉クルーの一割が集まってきてしまっているのだ。ひょっとしたら宇宙の中で船が右にちょっと傾いているかもしれない。

 

これはやはり、と古代は思った。この百人の前でもっておれをギタギタに叩きのめし、(さら)し者にする気なんだ。他に考えようがあるか。

 

そうだよなあ。おれなんかが隊長なんておかしいとみんながみんな思ってる。こうなるのが遅かったくらいのものかもしれない。おれをボコボコにしたうえで、言う気なんだろ。『艦長やっぱりこんなのが指揮官なんて有り得ません。こいつは外すか、山本の下にしてください』と。

 

その方がいいかもしれないな、と古代は思った。だいたい何しろおれなんて、このまま戦場に出て行ったら、ここにいるタイガー乗りの誰かに背中を撃たれかねない。それに比べりゃ今フクロにされた方が……。

 

マシなんだ、とそう思った。タイガー乗りらが部屋を出て、古代と加藤だけ残される。山本も気がかりそうに振り返りながら出て行った。

 

楕円の道場にふたりだけ。これから何をやるにせよ、審判を勤める者はない……と言うことはつまり、と思った。ルール無用のデスマッチか。喧嘩試合でおれを潰そうという――。

 

古代はなぜか、体が軽くなるような感覚を覚えた。



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重力が衰えるとき

「一体何をやろうってわけ?」

 

と太田が言った。楕円形の展望室を内窓(うちまど)越しに見る廊下。森が島と太田と三人でいるのは艦首側のほぼ端だった。これから何が始まるにせよ、それを見るのに特等席とは言い難い。まわりはもう狭いところに集まってきたクルーでギュウギュウ。

 

「さあ。おれに聞かれてもな」と島。

 

「な、何をやるにしてもウチに断りもなくいきなり……」

 

と森は言った。『ウチ』と言うのはもちろん船務科のことだ。クルーのリラクゼーションの場である右舷展望室を道場として使うには、事前に船務科に申請して予約を取らねばならない決まりだ。なのにそれを、こともあろうに船務長の自分を追い出し勝手に事を運ぶとは。

 

森としては後でキッチリ落とし前をつけねばならないところだったが、

 

「だから、おれに言うなって。航空隊のやつに言えよ」

 

「航空隊って、つまり誰よ。あの古代に言えって言うの?」

 

「スジとしてはそうなるな」

 

「けどあれって、どう見ても……」

 

「うーん」

 

と島。窓の向こう、畳の上で古代はオロオロするばかり。下の者らに着ろと言われて道着を着込みここまで引っ張ってこられたのがひと目でわかる状況だ。これが古代の考えでなく、加藤の主導で行われているというのも見てわかる。だから言うなら加藤にということになるが、スジとしては古代に言って古代に加藤を自分の元に引っ張ってこさせなければならない。しかしあれはどう見ても……。

 

「ねえ」と太田が言った。「なんか体が軽くなった気がしない?」

 

「え?」

 

と言った。そこで気づいた。確かに妙に体が軽い。まるで高速で降りるエレベーターにでも乗ったような感じだ。『軽い』どころか、まるで体が半分の重さにでもなったような。

 

いや、と森はさらに思った。『半分』どころじゃない。もっと――。

 

「間違いない。確かにそうだ」太田が言う。「展望室の人工重力を弱めてるんだ。その影響でこの廊下も――」

 

重力が弱まっている? だから体が軽く感じる? そんなバカなと森は思った。いやもちろん、可能なことだが……。

 

つい数時間前に艦橋裏の小展望室で、あの古代が宙に浮かんでいたのと同じだ。〈ヤマト〉両舷の大展望室は、どちらも床の重力を調節できるようになっている。

 

今、あの中は重力がない? いや、古代も加藤も畳の上に立っていた。古代は『なんだなんだ』とばかりにまわりを見回してるが、足が離れて宙に浮き上がるようすはない。

 

床の重力は完全に切られてはいない。おそらく展望室内は今、Gが地球の四分の一か、それ以下にまで弱く調節されているのだ。

 

と言うことは、どういうことだ? 森は思った。そのときに島が言った。

 

「これは……まさか、〈エイス・G・ゲーム〉か!」



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エイス・G・ゲーム

加藤はその場で垂直に跳んだ。畳の床を軽く蹴っただけなのに、身は軽々と宙に上がり、伸ばした手が展望室の天井に付く。道着の裾をひらめかせてすぐ下に降り立った。猫のように軽やかに見える。

 

当然だった。古代は今、この広間の重力が極めて低いレベルまで抑えらえれているのを感じ取っていた。体が軽い。プールの水に浸かっているかのように脚に負担を感じない。1Gの重力の(もと)で体を支えるように作られた骨や筋肉にとって、数分の一のGというのはないも同然のものなのだ。

 

「今この部屋の重力レベルは〈eighth(エイス)〉、つまり8分の1Gです」

 

加藤が言った。古代は外の宇宙に向いて並んでいる窓を見て、つまりあの小展望室と同じなのだろうと思った。舷から半分張り出しているこの部屋では、人工重力を他と離して調節することが可能なのだ――で、今は八分の一だと?

 

反対側に眼を向けた。内窓にはクルーが押すな押すなとばかり数を増やしてこちらを見ている。

 

広さ百畳にもなるだろう楕円形の檻状空間。道場として充分な広さがあるのはわかるが、しかし、これで何をするんだ? 重力を弱めたうえでする勝負とは――。

 

「隊長、ひとつ、今からおれと勝負をしてもらいましょう」加藤が言った。「おれが勝ったら、今後、階級がどうあろうと、航空隊はおれの指揮で動くものとさせてもらいます。隊長もおれの指示に従ってください」

 

「え?」と言った。「うん、まあ、別に構わないけど」

 

なんだそんなの、むしろこっちの望むとこじゃん――そんな軽い気持ちだった。だいたいおれは隊長とか指揮官とかイヤだしできるわけないんだもん。勝ち敗けに関係なくそうしてくれよ――そう言いたいくらいだった。

 

しかし加藤は首を振った。(さげす)むようにこちらを見て、

 

「良かないでしょう。そういうのは困るんですよ。自分で言ってなんですがね。じゃああなたは、おれが今『死ね』と言ったらすぐに死んでくれるんですか?」

 

「え? いや、待って。そんなことは……」

 

「やはり困るな、それではね。この〈ヤマト〉は軍艦で、今は戦争なんですから。指揮する者に『死ね』と言われたら、ちゃんと死んでくれなきゃいけない」

 

「そ、そりゃそうだろうけど……」

 

「ほんとにがんもどきだよな、あんた」加藤は言った。「じゃあこうしましょう。この勝負でおれが勝ったら、命令で、あなたに『死ね』と言うことにします」

 

「ちょっと待て!」

 

待たなかった。畳を蹴って加藤は飛び掛ってきて、古代の身を背負い投げた。弱められた重力のために、古代は宙高くに身を舞わされて天井に叩きつけられる。こういうゲームを想定した造りになっているものか、部屋の照明は金網によって守られていた。

 

古代は床に落ちて転がる。八分の一の重力とは言え、衝撃は決して弱くはなかった。

 

加藤はその場でヒョイヒョイと跳ねる。まるで子供がバネ付き靴で遊んでいるような具合だった。倒れている古代をよそに、自分だけ低重力に身を慣らそうとしているのか。

 

「おっと、ルールを言うのを忘れた」と言った。「互いに相手を投げるなり蹴るなりして飛ばし合い、この楕円の端っこの壁に身を叩きつけさせた方が勝ちです。単純でしょ? ただし手足が着くのはセーフ。背中が着いて初めて〈一本〉です。艦首側に隊長の背中が着いたらおれの勝ち。後ろの壁におれが着いたら隊長の勝ち。じゃあ行きますよ」

 

「何?」

 

問いには応えなかった。加藤は(おど)り掛ってきた。

 

古代の道着の帯を掴んで、カバンでも手に取るように持ち上げる。今はお互い、体重はせいぜい10キロほどしかない。ゆえに可能な(わざ)だった。陸上競技のハンマー投げのように古代を振り回し、遠心力を与えて宙に投げ飛ばす。

 

古代は一気に何メートルも飛ばされた。外と内とに窓が並ぶ楕円形の室内には、前と後方の二箇所にだけ狭い壁の面がある。つまり、そこに背が着いたら敗け? この楕円の道場をサッカーコートのように使い、両端の壁をゴールにして互いの体をボールのようにぶつけさせるゲームだと? そんな――。

 

投げられた古代が落ちたのは、艦首側の壁までほんの一畳という場所だった。弱い重力の中を加藤が飛ぶようにして迫り、古代めがけて蹴りを放ってくる。

 

『敗けたら死を命じる』だって? 本気なのか? 古代は思った。だが加藤の身のこなしには、なんの迷いもないように見えた。喰らった蹴りに古代はまた宙を舞った。



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ゲームの(ことわり)

「〈エイス・G・ゲーム〉? 何よそれ?」森は言った。「こんなムチャクチャな競技があるの?」

 

島が応えて、「いや、まさか、ほんとにやるやつがいるとは思わなかったが……」

 

「男って一体どこでこういうことを思いつくのよ!」

 

横で太田が、「それより、マジか? 『勝ったら指揮を自分が』とか、『敗けたら死ね』とか……」

 

「ここは軍よ! そんな勝手が認められるわけないでしょう!」

 

「理屈を言えばそうだろうけど」

 

じゃあなぜ、と言いたげな顔で、太田が窓の向こうを見やる。道場内では蹴られた古代が、もういきなり壁に手を着かされている。しかし加藤のルールでは、背中が着かねば勝負あったとならないのか。柔道で言う〈合わせ技〉のようなものもなく、ただひたすら一本勝負。

 

それも、審判無しなのだから、ちょっとこすった程度ではやはり無効なのだろう。思い切り強く相手を叩きつけさせて初めて勝敗が決まるものと考えられる――途轍もなく荒っぽいゲームだ。

 

太田の言葉に、森もそう言えば変だと思った。規律を第一とする軍において、こんな〈喧嘩〉は許されはしない。決着がどうなろうとも妙な取り決めなど無効だ。理屈を言えばそうだ。加藤もまた軍人であり、タイガー隊を任される中隊長。それがわからぬはずがない。なのにどうしてこんな真似を?

 

「どういうこと? 何か考えがあるってわけなの?」

 

「いや、そんな。ぼくに聞かれても」

 

と太田が言う。そこに島が、

 

「『こんなの軍では認められない』って言うのも理屈だが……」

 

「何よ」

 

「いや、軍では、死ねと言われりゃ死ななきゃならないのも理屈だぜ。ましてあいつらは戦闘機乗りだ。イザと言うとき船を護る盾にならなきゃいけないやつら……船務科員なんかとそもそもものの考え方が……」

 

「じゃあ、あれ、本気だって言うの?」

 

「いや、まさか、とは思うが……」

 

窓の向こうでは転がって逃げる古代を加藤が追いかけている。死ねと言われたのなら死ね? 森はふと、自分もいつかどこかで誰かにそんなことを言ったことがある気がした。いつかじゃない。今日の今日だ。誰かじゃなく、あの古代に。艦橋裏の小展望室で言った。誤解しないで。あたしは別にあなたに死ねと言ってるわけじゃ……。

 

いや、もちろん、あれとこれとは全然違う。だが古代と加藤のふたり。そして戦闘機乗り達……彼らは他のどの部署よりも、死ねと言われて死ぬことになる率の高い立場なのだ。加藤はそれを承知のうえでこの〈ヤマト〉に乗っている。

 

だが古代は? どうなのだろうと森は思った。加藤はそれなりの考えがあってこんなことをやっている? だから見守るしかないのか?

 

しかし古代はすぐにもやられてしまいそうに見える。『壁に体を叩きつけられたら敗け』のルールでは、すぐにも勝負がついてしまいそうに思えるが……。

 

〈エイス・G・ゲーム〉。八分の一の重力の中で繰り広げられる格闘は、まるで空飛ぶ生き物同士の空中戦のようだった。古代が壁を駆け上がり、クルリと身を(ひるがえ)して加藤の突きを(かわ)すのが見えた。

 

え、と思う。古代はブレイクダンスのような動きで床を転がって起き上がる。森はいつか見せられたビデオ映像を思い出した。タイタンで古代がガミラス兵士に出くわし、相手を倒して生き延びた記録。

 

あのときに新見が言った。ひょっとすると古代進は、生きるか死ぬかの局面になると天才的な状況判断能力を発揮するようになるのじゃないか、と――いや、同じようなことを、それより前に島からも――。

 

そうだ、と思った。古代は元々、武装のない貨物機でガミラスの戦闘機を墜とした男としてこの〈ヤマト〉と自分の前に現れたのだ。最初はまったくそんな話は信じる気がしなかったが――。

 

加藤は古代に『敗けたら死ね』と言い放った。古代はそれを真に受けてるのか? それはどうかわからないが、とにかく今の局面は古代にとって生きるか死ぬかの状況と言えることになるのじゃないか。

 

あのタイタンも、重力は七分の一の世界だった。古代は宙を舞う動きで敵の銃を奪い取った。鳥が獲物を捕らえるように。

 

今の古代も、まるで一羽の鳥のような動きを見せ始めている。新見の言う古代の状況判断能力というのは、空中格闘戦のような場合に最も力を見せるものなのではないか? 森は思った。空間認識の能力に桁外れの才能を持ち、重力の(くびき)を逃れたときに戦闘で生き残るための力を発揮する男。それが古代?

 

今、廊下で内窓に取り付く者達が、道着姿のふたりの動きを食い入るように見始めていた。楕円形のリングを二羽の鳥が舞う。ゲームの行方はもうわかりそうになかった。



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ドッグファイト

畳を蹴って古代が飛ぶと、加藤が追って組みついてきた。宙で手足が絡まり合う。乾燥機内の布のようにふたりで上になり下になりつつ床へ。

 

そしてゴム(まり)が跳ねるようにまた宙に飛び上がった。加藤が古代の腕を掴んで背中を取ろうと身を(ひね)る。古代はそうはさせるかと、加藤の道着の襟を捕まえ足を払った。

 

そうする間にもふたりで宙を回転し、上下左右に飛びまわる。楕円形の広間のどちらが艦首方向で、どちらが後ろか古代にはわからなくなりそうだった。

 

古代は天井を足で駆け、それから体を猫のようによじって畳に着地した。重力が八分の一の世界ではそんな動きも可能だった。これはなんて勝負だ、と思う。前後の壁に相手の体を叩きつけた方が勝ち? しかし手足が着いた程度じゃ無効だから、サッカーでゴールキーパーがやるようなガードが効くということになる。

 

そうでなければもうとっくにおれの敗けで決まっていた。けれども違う。こいつはそう簡単に勝負がつくというものじゃない。気を抜いたらやられるが、力に大きな差がなければ滅多なことでは決着しない。

 

精神力の勝負だ。『敗けてたまるか』という思いが強い方が最後に勝つ。犬と犬とが相手を追いかけ噛み合うように――。

 

ドッグファイトだ。これはそういうゲームなのだ。そしてまさしく空中戦――加藤が高く飛び上がり、天井に一瞬張り付いたようになってから古代めがけてドロップしてくる。古代は躱して内窓が並ぶ壁を横向きに駆けた。その向こうで対決を見守る者達が、ワッと驚きてんでに身を()()らす。

 

何しろ重力が弱いため、畳の上を普通に走ることができない。どうしてもトランポリンの上で闘うような具合になってくる。壁を駆け上がり、天井を蹴って、踊るように宙を舞う。そういう動きができねば、やられる――それが重力八分の一のゲームなのだと古代にはわかった。

 

加藤が(はず)むボールのように古代に対し迫ってくる。蹴りが上から来たと思うと手刀が下から襲ってくる。どの方向からどう攻撃が来るのかまったく予測がつかない。

 

アクロバティックな動きに翻弄されながら、古代は必死にこのゲームに勝つ道を探した。敗けるものか、という感情がこみ上げてくる。敗けたならば命令を聞けとか、死ねとかいうのはどうでもいい。

 

敗けることが気に食わない。それだけはおれは絶対に我慢できない。加藤が誰であろうともこの際なんの関係もあるか。

 

空中で古代は加藤と掴み合った。互いに柔道技を掛け合い、上と下とを入れ替わらせて転げ合う。

 

投げては掴み、蹴っては殴り、突いては払って張り飛ばし合った。そうしてふたり、八分の一のG空間を駆け巡る。古代はもはや闘争心の固まりだった。空を駆けて敵と闘う戦闘機以外の何物でもなかった。



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闘鶏

「そうか」と島が言った。「わかったぞ、加藤の考えが」

 

「え?」と太田。「『考え』って言うと、どのあたりの……」

 

「だからあれさ。『おれが勝ったら指揮はおれ』とか、『敗けたら死ね』とかいうやつだ。あれはやっぱり本気じゃないんだ」

 

森は言った。「そりゃあそうよ。だって軍では……」

 

「いや、そうだけど、おれが言うのはそれと違うんだ。見てればわかるよ」

 

自信ありげな口ぶりだった。森は(いぶか)しみながらも、「へえ」と言って頷いた。島のようすはいつもと違う。まるで別人のように見える。闘争心を刺激された猫か何かの動物のような。

 

そうだ、と思った。元は島も古代と同じく戦闘機乗り候補として訓練を受けた身なのだから、こんなの見れば血が騒いで当然だろう。古代が候補を外されたのは『闘争心に欠ける』というのが理由と聞くが、島の場合はまた別だ。

 

死なすのは惜しい人間だから。そのように判断されて生かされたトップ1パーセントの中のひとり。それが島だ。補給部隊にまわされてさらに落ちこぼれ、とうとう軽トラ運ちゃんにまでなった古代とはモノが違う。今この〈ヤマト〉の操舵長として航海組のクルーを仕切る立場にあるのも、競争を勝ち抜いてきた結果なのだから、闘争心で他人に引けを取るようなことがあるはずがない。

 

とは言っても、それは〈ヤマト〉のクルーの誰でも同じだった。何しろこういう船だけに、乗り組んでるのは血の気の多い人間ばかりだ。喧嘩もどきの騒ぎがあると聞きつければ、すぐこうやって集まってガヤを作るのがその証拠。内窓に取り付いている者達は皆、『すげえすっげえオレこんなの見るの初めて』などと言って喜んでいる。

 

それも当然であるだろう。〈エイス・G・ゲーム〉か。まったく、ワイヤーアクションのカンフー映画か、テレビゲームの格闘ものをナマで見ているかのようだった。古代と加藤が楕円形の空間を縦横無尽に駆け巡る。組んではほぐれ、互いの身を投げ飛ばし合い、宙を飛び交うその姿はまさに二体の天狗だった。こんなものは他所(よそ)ではそうそうお目にかかれるはずがない。思いがけず立ち会うことのできた者らがヤンヤと叫ぶのは道理だった。

 

しかし――と思う。〈観客〉どもの目を奪うのは、何より古代の闘いぶりであるようだった。『あっ、危ない!』とか『そうだ、行け!』などと送られる声も、明らかに古代寄りであるとわかる。決して古代が優勢というわけではない。むしろ押され気味であり、もう少しで敗けて終わりというピンチは古代の側に連続している。だがそのたびに驚くような身のこなしで古代は加藤の攻めを躱し、ときに相手をもう一歩で敗けに追い込むチャンスを掴んでみせるのだ。いつしか森も、古代に対して声援を送るようになっていた。

 

あれが本当に闘争心に欠けると言われた男なのか? とても信じられなかった。いや、普段を見る限りでは、相変わらず気合いだの根性だのといったものはまるで持ち合わせなさそうなのだが、窓の向こうにいま見る古代はまったくの別人だ。

 

野次馬達が血を沸かせて叫ぶのも、古代が見せる闘志に反応するからだろう。でなければ場がこのように盛り上がるはずがない。

 

数日前まで疫病神と()けられて、白眼視を受けてきた古代。今も決して信頼を得ているとは言い(がた)い。しかしそれでも、クルー達の古代を見る眼は確実に変わっているようだった。この対決を見守る眼にも、それがはっきりと表れている。加藤は最初に無茶な宣告を突きつけたが、まさか本気で言った通りにする気なのか? 古代はどうするつもりなのだ? 最初はすぐにもやられてしまいそうに見えたが、今はもうわからない。ひょっとして逆転勝利と言うことも――古代が勝ったらどうなるのか何も決まってなかったようだが、もしも勝ったら? 逆に加藤が『死ね』と言われることになるのか?

 

 ういう興味も決してなくはないのだろう。だいたい、自分や島や太田と同じく展望室から追い出された人間は特に、今の加藤のやり方にかなり反感を持っていた。仮にも上官に対して何を。何から何まで無茶過ぎはしないか、などと……それがゆえにここでは古代を贔屓目(ひいきめ)に見る空気が元からあったのだ。

 

けれども違う。それだけではない。ここで誰もが本当に見定めようとしているのは、古代が真にこの船の航空隊長にふさわしいかだ。

 

戦闘機隊の隊長と言えば船の護り神であり、地球へ帰れば英雄と呼ばれることになる男。冥王星で戦うとなれば航空隊が出ることは、クルーの誰にでもわかる。〈ゼロ〉のパイロットががんもどきではとても勝てるものとは思えず、イスカンダルにも当然行けない。

 

タイタンまでは、誰もがそう思っていた。古代が非武装の輸送機でガミラスを墜としたなどという話を信じる者はいなかった。しかし今は変わっている。誰もが古代を『ひょっとしたら』という眼で見始めている。

 

古代進が頼りになるなら、不可能を可能に変える男なら、〈スタンレー〉の攻略にもマゼランへの旅にも希望が持てることになるからだ。地球と地球で待つ人々を救えることになるからだ。この勝負がどう着いて、古代と加藤がどうなるか、だから見届けなければならない。

 

そう考えて、森はつまりこれが加藤の狙いなのだろうかと思った。この一件は間違いなく、艦内じゅうにすぐさま話が知れ渡る。古代から闘志を引き出し隊長として役立つ男に仕上げると同時に、航空隊は〈スタンレー〉で戦うことに(ひる)みはしないという姿勢を他のクルー達に示す。地球政府の突然の発表に艦内が動揺している中で、まだ指揮官と呼べない古代に代わって加藤が取るべき行動として選んだのがこれ――。

 

と言うことなのか? 島も同じ考えなのかと思って森は元は戦闘機に乗るはずだった男を見た。島はニヤニヤ笑いながら窓の向こうのゲームを見ている。

 

そうだとしても、と森は思った。勝負が着いたら加藤は一体どうする気なのか。宣言通り古代に自決を強要するつもりなのか? それにもし自分の方が敗けになったら?

 

島はそこまで見極めたうえで加藤の考えを『わかった』と言うのか? どうなのだろうと森は思った。わたしには、どっちが勝っても引っ込みがつかなくなるとしか思えない。船務科長――クルーのマネージャーとして自分が割って入るにしてもこんなものどうすりゃいいかわからないが……。



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ゲームの結末

古代はもう限界だった。いや、限界など超えていた。

 

肺と心臓がもうオレ達は耐えられないと叫んでいる。走ろうにも足はもつれ、眼はかすんでよく見えず、腕を振ろうにも上がらない。重力が8分の1Gしかないにもかかわらずだ。ゼイゼイと息をつき、ヨタヨタと歩いて加藤と掴み合う。もう蹴り足も上がらないし、跳んだり壁を駆け上がることもできない。

 

それは加藤も同じであるようだった。こちらの胸ぐらを掴みはしても、投げ技をかけたり足を払って転ばしたりなんてことはできないらしい。その体力が残ってないのだ。古代を睨みつけながら、ヒイハアと荒い呼吸をしている。

 

「ひい……ふう……」

 

「ぜえ……はあ……」

 

古代と加藤は、楕円道場の真ん中で、組み合ったままとうとう動きを止めてしまった。互いに肩で息をして、ひたすら呼吸を整えに努める。

 

「なんだ……」と加藤が言った。「だらしねえな、隊長さんよ……もう息が上がったわけかい……」

 

「そ……」と古代。「そっちこそ……おれを敗かして隊の指揮を取るんだろ……なら、も少し頑張ったらどうだ……」

 

「言うじゃねえか……まだ、四機しか墜としていないがんもどきが……」

 

「はん……あんとき、もうちょっとで、〈がんもどき〉でエースになってやったのによ……」

 

ニヤリとした。「そうかい……おれが邪魔をしたって?」

 

「そうさ……」笑い返した。「おかげで、〈五機目〉がパーだ……」

 

「ほざいてろ」

 

言って加藤は、古代を背負い投げようとした。しかし、8分の1Gなのに、その途中で潰れてしまった。折り重なって畳に倒れる。

 

それきりだった。古代はもう動けなかった。重力八分の一どころか、八倍の重さになったみたいに体が持ち上がらない。加藤もどうやら同じようすで、ズルズルと畳を這って古代の下から抜け出したものの、それ以上は動かなくなった。

 

ふたりで荒く息をつく。しばらくすると加藤の呼吸に笑い声が混ざり始めた。

 

古代はゼイゼイ言いながら、加藤の方に眼を向けてみた。加藤は畳に突っ伏して、顔をこちらに見せないままに笑っている。その向こう、楕円の壁にズラリ並んでいる内窓は満員電車を外から見るような具合になっていて、アッケにとられた大勢のクルーがそんな加藤と古代を見ていた。

 

 

 

   *

 

 

 

「な? こうなると思ったんだ」島が言った。「あんな激しい運動を長く続けられるもんかって。ボクシングみたいに三分やって一分休んでとやるんでなきゃ無理さ」

 

「ははあ」と太田。

 

「だから、加藤はわかってたんだよ。このルールじゃ勝負なんかつかなくて、ふたりとも息が上がっておしまいになるに決まってるとね。『勝った方が指揮権を』とか、『敗けたら死ね』とか言うのはだから本気じゃなかった」

 

「そうか」「なるほど」

 

と、横で聞いてたクルー達も頷いた。

 

彼らもまた軍人だ。下の者が上官をイビるのはどこでもある話にしても、今の加藤のやり方はちょっと行き過ぎじゃないのかという思いがやはりあったのだろう。本当に命を取るなどできるわけがないにしても、引っ込みがつかなくなったらどうする気なのだとの思いも……しかしなんのことはない。決着つかずに終わるのを見越したうえのことと言うなら、ただの見物人としては『なんだ』と言うだけのこと。

 

なのかも知れぬが、森としては黙ってなどいられなかった。

 

「何よそれ、人騒がせな……今、一体、どういうときだと思ってるのよ!」

 

「今がこういうときだから、加藤はあれをやったんだと思うがな」

 

「そういう問題じゃないでしょう! とにかく、船務科になんの断りもなく……」

 

言ったが、島は、『船務科の問題はオレの知ったことじゃないな』という顔をするだけだった。

 

森は忌々しい思いで展望室の中を見た。航空隊の隊員達が中に入って古代と加藤を囲んでいる。最初から加藤の考えを知っていたか、島同様に途中で気がついたかなのだろう。この勝負はこれで引き分けというわけだ。古代ひとりがまだ事情が呑み込めてない顔でなんだかキョロキョロしている。

 

森はギリギリと歯噛みした。何もかもが(しゃく)にさわる。だいたい、あの古代のやつが士官のくせに頼りないからこういうことになるんだと思った。なんでたびたびあいつのためにあたしが気を揉むことになるのか。

 

古代が並の人間ならば、あっという間に加藤にやられておしまいになっていたはずだ。その場合はすべてがまずい方向に転がり落ちているわけで、加藤が島の言うようにすべて承知でやったのならば、これが極めて危険な賭けであるのもよくわかっていたことになる。そうだ。わかっていたのだろう。でなければ今、あんな顔で笑ってはいまい。

 

加藤はそれでいいかもしれない。だが、船務長の自分としては、いいことなんかひとつもなかった。

 

ヒューマン・ファクター。またこれだ。何かあったらそのツケを代わりに払わされることになるのが船務科員であり、その長である自分なのだから。今日はこれで済んだからいいじゃないかという考え方は、決して森の立場ではしていいわけがないのだった。

 

「ううううう。なんなのよもう、勝手なことをやりたいように……」

 

森は唸った。島と太田が、怖々とした表情で身を引いた。

 

「みんな一体どういう気なのよ! 熱血マンガの実写映画化でもしてる気なんじゃないでしょうね!」



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第8章 みんなその気でいればいい
フェアリーダー


「一体どうしてこんな話になったのかなあ。これじゃ全然元の計画と違うじゃん……」

 

第一艦橋。窓から艦首を眺めれば、『あれは一体なんのためにあるのか』と聞かれて困る三つ〈ひ〉の字孔。視力検査のランドルト(かん)のようにも見えるそれを見ながら南部が言った。C字型の環の切れ目は揃って上を向いてるが、眼鏡がなければ南部の目ではよく見えない。

 

「まあだいたい、波動砲が使えないのがいけないんだけど……」

 

「悪かったな、力になれんで」

 

徳川が言った。正規のクルーとして今この艦橋にいるのはこのふたりだけだ。他の席は代理の者が埋めている。波動砲が撃てぬ理由は元を正せばエンジンにあるが、だからと言って、

 

「いえ別に、機関長が悪いなんて全然思ってませんけど」

 

「できることなら〈スタンレー〉を吹き飛ばしたいんだろ」

 

「そりゃそうですよ。それがいちばんいいに決まってるじゃないですか」

 

「まあな。そりゃあ確かにそうだ。できるならばわしだって撃てるようにしたかったよ……だがなあ南部」

 

「なんですか?」

 

「もし仮りに、の話だぞ。冥王星にもしも生物がいたらどうする」

 

「ははは」笑った。「やめてくださいよ」

 

「わしはマジメなつもりだがな。もしあの星の海の中にクラゲか何かいたとして、波動砲が使用できるものとしよう。そして撃つか撃たぬかは、南部、お前が決めていいことにする……そしたらどうする。星を撃つか」

 

「やめましょうよ、そういう話は」

 

「いいや、わしはしておきたいな。地球に十億の人がいて、〈ノアの方舟〉の生物もいる。それに対して〈スタンレー〉は、いたとしてもせいぜいクラゲだ。地球の命と冥王星のたかがクラゲと、救うとしたらどちらを選ぶ」

 

「その質問はずるいですよ」

 

「答えたくないか? 答など決まりきっていそうだがな」

 

「ええ。そんなの決まってます」

 

「なのに口では言いたくない」

 

「どうするかはっきり言えとおっしゃるんですか」

 

「いいや、それはやめておこう。わしはむしろお前さんが言えないんで安心したよ」

 

「は? 何を……」

 

「南部」と言った。「ちょっと聞くけど、クラゲでなく、ミジンコかゾウリムシだったらどうだ。そのときはなんとも思わず平気で撃つか?」

 

「あはは。そんときゃそうでしょうね」

 

「ま、そんなもんだろな。どうせ人間、牛や豚を食って生きるもんなんだ。ハエや細菌を殺しながら――だから別に、それで悪くもないだろうよ。じゃあもうひとつどうだ。冥王星にクラゲがいるが、百匹ばかり捕まえて保護してやれることにする。その後でなら星を撃てるか?」

 

「機関長! そんな話はやめましょう!」

 

「わかった。無理に返答は聞かん」

 

「一体何が言いたいんですか」

 

「この船だよ。あの舳先の三つ〈ひ〉の字だ。あれが一体なんのためにああしてあるか知ってるだろう。ただの飾りだ。それ以外、なんの意味もありはしない」

 

「ええまあ……」

 

「それでも開けた。水上船が他の船に曳かせるときに鎖をかける鈎穴を――宇宙船ではそんなもの用がないにもかかわらずだ。この船を設計した人間が図面に描き込んだのだ。本当は〈やまと〉なんて名前の船は造りたくないと言いながら……なのにあえて、戦艦〈大和〉まんまの形にデザインした」

 

「そう聞いてますが」

 

「そうか。わしは本人に会った。話を聞かせてもらったよ。戦艦〈大和〉は、元々は、子供の夢をかなえる船であるべきはずだったのだと。自分はそう信じていると……」

 

正規の人員の代理としてそれぞれの席に就く者らが、窓の向こうに眼をやった。艦橋から望む〈ヤマト〉はまさしく船だ。星の海をゆく船だ。宇宙航行船としてはなんの意味もない波避け壁と、水上船が他の船に引っ張ってもらうための鈎穴を模した〈ひ〉の字孔。あれがあるため、〈ヤマト〉の形は傍目には余計にバカバカしく映る。まるで給食用スプーンにすら見える。にもかかわらずどうしてそれがあるかと言えば、

 

「あれって、ここに立つ人間の眼につくようにしてるんですね」島の代わりにいま席にいる操舵士が言った。「人類を……子供を救う船であるのを忘れることがないように……」

 

「そう。それだけで付いている。ほんとは自分も乗りたかったと言っていたよ。旧〈大和〉が造られた昭和初めの日本では、ずいぶん多くの少年向け冒険小説が書かれたそうだ。わしも読んだわけじゃないが、『敵中横断三百里』とか、『海底軍艦』なんて言うのが」

 

「ははは」と、新見の代わりの戦術士が言った。「それがこのぼくらの旅の〈原作〉っていうわけですね。だったらこれは、『敵中横断二九六千光年』だ」

 

「そうだな。そのテの本はほとんどが、東南アジアの国々で日本の若者が活躍するものだったと言う。当時のアジアは全域が、イギリスやフランスやらの植民地支配を受けていた。日本の中学くらいの子は胸躍らせて読んだのだ。日本人の主人公がアジアの国の独立を助けて悪の帝国と戦う話を……」

 

「ですが……」と森の代理。「それって、軍国主義の……」

 

「もちろんそうだ。だがそれまで、東洋人が欧米人から牛馬(ぎゅうば)のような扱いを受けていたのは事実なのだ。日本が最初に奴隷支配をハネ退けた国であるのも確かなのだ。白人達はキリスト教の神の名の(もと)に世界支配を正当化していた。有色人種が逆らえばそれは神への反逆とみなした。だから容赦なく弾圧し、彼らの建てた要塞の中で何万という民が首を吊るされていた。ただ見せしめのためだけにいいかげんにひったられてな」

 

相原に代わる通信士が、「それも元はと言えば、マゼラン……」

 

「そう。皮肉なものだがな。わしらはその名前が付いた星雲に行かなければならん。マゼランはマレー人の奴隷を旅に連れていた。南の島で彼の言葉が通じたときに〈西〉と〈東〉が繋がった。そこまでは間違いなくマゼランの手柄だ。マゼランは、マレーに着いたらその奴隷を自由にしてやると言っていたが……」

 

そこで徳川は言葉を切った。太田に代わる航海士が後を継いで、

 

「その前にマクタン島。約束は果たされなかった……そして続いて白人が来た。スタンレーの山脈も、オーエン・スタンレーという男に〈発見〉された……」

 

「そうだ」と徳川が言った。「マゼラン星雲また(しか)り。ま、よかろうよ。名前なしでも困るだろうしな――日本人はマゼランに代わって約束を果たすはずだったのだ。フィリピンやマレーの民を奴隷支配から解放する。兵として船に乗り込んだ若者達は、少なくともそう信じていた。アジア圏の独立を助けて戦う冒険ロマン物語――少年の日に読んだ本の主人公に自分達がなった気で、舳先の向こうの海を見たのだ」

 

「だからぼくらもそうあれと……」と船務士。艦首フェアリーダーを見ながら、「〈やまと〉という名前の船はそうあらねばならないからと、だからわざわざこの形に造り上げて、あれを艦首に取り付けた……」

 

「そうだ。ここに立つ者は、あれを見るたびそのことを思い出さねばならんのだ。昭和の子供と同じ思いを胸に刻みつけねばならん。わかるな、南部」

 

「ええ。それはもちろんですが……」

 

「けど」と通信士が言った。「地球に戻って『あれはなんだ』と人に聞かれたとしても、説明には困るでしょうねえ。あれじゃあんまり、でっかいレモンを絞って汁を垂らすみたい……」

 

これには一同が笑った。徳川もハゲ頭をつるりと撫でる。

 

「そうじゃなあ。しかし〈大東亜共栄圏〉なんてものの本音がどうあれ、太平洋がマゼランに奪われた海だったのは確かなんだよな。若者達はマゼランから海を取り返すために戦地に行った。マレーにもだ。その半島の先にあるシンガポールを目指してだ。シンガポールは島全体が砦だった。東洋人など薄汚いネズミとしか考えない白イタチの砦だった。日本人はだからネズミを代表して、紳士気取りのイギリスイタチを倒すために行ったのだ。それだけは事実だ」

 

「欧米人は自分達がしてきたことを棚上げして、日本人を黄色い猿と呼んでいた」と操舵士。「太平洋を猿なんかの海にすることがあってはならん、と。山に登って柿取って、全部こっちに差し出せ、と……それでこっちが抵抗して青い実なんか投げつけたら、カニのハサミと蜂の針と栗のイガで攻撃かけて臼で潰す……」

 

「そうして全部ワタシが悪いことでしたもうしませんと言わされた……まあな、確かに、当時の日本は思慮が足りなかったのだろう。本当に正しいことをやるのにはな……結局はマゼランと同じことをしてしまった。約束を代わりに果たすはずの地に送ってはいけない男を送った。なんと言ったかな、あの参謀は……」

 

戦術士が、「辻政信?」

 

「それか。わからなくもないな。シンガポールの華僑など、同じアジアの人間を白人に売る奴隷商以外のなんでもなかったのだろう。マレー人の中にさえ、甘い汁を吸っている奴隷(がしら)のようなのが大勢のさばっていたのだろう。だからそれと知れた者を捕らえて粛清しろという話になるのは当然だったのかもしれん……だがやり方が悪過ぎた。なのにそこにナントカを送った。何をしでかすか知れないとわかっていたはずの男を……」

 

もう誰も口を挟む者はなかった。徳川は窓の向こうの船の舳先に眼をやった。〈ヤマト〉の艦首は、帆船時代の大砲をそこに置くよう造られてでもいるかのように見えなくもない。

 

あるいはそこから、縄で縛った人間を蹴り落とすためにあるようにも……軍艦とはそういうものだ。そういうものになりうるものだ。乗る人間の心次第で。

 

〈ヤマト〉の艦首は、だからこそ、あえてそのように造形された。そこで人間の体を潰し、絞った血を垂れ流す場であるかのようにデザインされた。人類を救う運命を負った〈ヤマト〉という船にはむしろそのような装飾も必要と考えられたからだ。

 

〈ヤマト〉の艦首フェアリーダーは、寝かせ折り曲げた十字架だ。蝶の羽型の一枚板の端を折って舳先の上に据え付けたようになっている。それは艦長の沖田に逆らう乗組員を殺してその血を前に垂らす処刑台なのである。正面の〈ひ〉の字孔はそのための穴という意味があり、台には大きく髑髏の模様が刻まれている。

 

だがもちろん、これはあくまで飾りである。乗組員の命を護り死を遠ざけるための魔除け、というのが本当の意図で、左右に開いた鈎穴はまさしく船の〈フェアリーダー〉。『船を正しい方向に導くもの』との意味がかけられてある。すべては神の加護を願い、航海を成功させて人類を――まず何よりも子供を救う船であれという祈りを込めたものなのだ。〈ヤマト〉を護り導く神は決して優しいだけのものではならない。それは鬼神でなければならず、乗組員にはその神に身を捧げる覚悟がなければならない。

 

しかし、あくまでも飾りだった。本気で誰かを処刑して生贄(いけにえ)にする考えなわけではない。艦首がこのようにデザインされた真の狙いは宇宙に出る者達にロマンを与えることにあった。

 

この航海は決して優等生的な使命感で達せられるものではなかろう。乗組員に天の河とマゼランを繋ぐ旅を遂げさせ、船を地球に帰らすものがあるとするならそれはロマンだ。燃えるような冒険のロマンだ。設計した者達がそう信じていたがゆえに、〈ヤマト〉は艦首にかなりマンガ的とも言えるこのような装飾を持つに至った。

 

〈ヤマト〉の艦首フェアリーダーは、艦橋に立って窓から臨み見て初めてそれが十字架とわかるようになっている。

 

「シンガポールの砦に立って、白人の旗を降ろして代わりに日の丸を掲げたとき、若者達はマレーの人々に向かって叫んだのだろう。海の向こうのジャワやフィリピンにも向かって叫んだのだろう。この旗の下に君らは自由だ。もう白人の奴隷じゃないと……それをひとりの人間がブチ壊しにしてしまった。シンガポールがなんのための砦だったか、白人達は都合よくきれいサッパリ忘れて言った。あんなことができるだなんて日本人というのは悪魔だ、人じゃない――あいつらに譲歩なんかしてはいけない。いかなる犠牲を払おうと叩きのめさなければいけない。たとえやつらの街を焼こうと、新型爆弾を落としても、と……やはり間違った戦争ではあったのだろうよ。たとえ戦いの中であっても、人はどこかで愛し合う道を探るべきだったのだ。なのにそれをフイにした」

 

徳川は言い、それから南部に眼を向けた。

 

「南部、お前、波動砲で空母を撃ったときに言ったな。『ガミラスの母星を見つけて撃ってやる』と……あれ、本気で言ったのか」

 

「え?」と南部。「それはその……」

 

「まあいいさ。聞かんよ。やつらが一体なんなのか、何もわかっとらんのだしな。場合によっちゃ四の五の言わずに撃つしかなくなるかもしれん……だがな、わしは、できることならそんなことになってほしくないと願うよ」

 

「はあ……」

 

と南部。返す言葉がまったく見つからないようだった。徳川が黙り込んだので、誰も口を利かなくなった。シンと静まった室内にただ各種の電子機器や空調装置の唸りが満ちる。やがて森の代わりとしてコンソールに向かっていた船務士がポツリと言った。

 

「気のせいかな」

 

「ん?」と操舵士。

 

「いや……なんかさっきから、冥王星のまわりで重力場の揺らぎがやたらと起きてるような気がするんだけど……」

 

「冥王星で?」と戦術士。「何それ。ガミラスがなんか動いてるってこと?」

 

「うん。どうやら……」

 

と言った。冥王星には当然ながら常に地球の偵察機が多く送られ、今も軍と〈ヤマト〉に情報を伝えてきている。そのすべては無人機だ。有人の偵察機を送るには冥王星はあまりに遠く、往復だけで何ヶ月もかかるうえに、搭乗員が生きて帰れる望みはゼロに等しい。ゆえに小型のステルス無人機を送る方法が採られている。

 

だがそれでも、近づけばやはり見つかって仕留められるし、冥王星のまわりには強力な通信妨害があるために得た情報を地球に届けることができない。それがために一億キロ――つまり、金星が太陽のまわりを回るのと同じ――ほどの距離を取って各種の機器を向けるしかできず、それでは思わしい成果を得られずにいるという。

 

船務士が見ているのは、そんな無人偵察機が送ってくるデータであるようだった。続いて通信士も、

 

「こっちも普段より多くやつらの交信拾ってるような……」

 

「え?」と航海士が言った。「どういうこと?」



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革命

「どういうことだよ。なんでこんな……」

 

眼下に広がる光景に、敷井晴彦(しきいはるひこ)はただ唸るばかりだった。恐怖に震える思いなのは、このタッドポールに乗り合わす仲間の誰もが同じだろう。人の力ではどうにもならないものが今、窓の外で繰り広げられているのだった。

 

反重力航空機タッドポールは、地下都市内の天井の下を飛ぶように造られた乗り物だ。形はカエルになる前の、脚の生えたオタマジャクシというところ。〈タッドポール〉とはまさに英語でオタマジャクシの意味であり、昔からあるヘリコプターがローターでなく反重力で宙に浮くようになったものと言っておおむね間違いはない。これが地下都市の空間を、柱の間を抜けて飛んでいく姿も、田んぼの稲の間を縫って泳ぐカエルの幼生のようだった。

 

反重力で浮き上がり、オタマジャクシの脚のように左右に付いた推進器で空気を掻いて前に進む。〈ノーター〉と呼ばれるこの推進器は、家電の羽根無し扇風機を大きくしたようなものだ。

 

かつてガミラスが来る前には、地上の空も大型のタッドポールが反重力飛行船として人や貨物を運んでいた。しかし今、敷井が乗っているのは地下都市内用に改造された軍用機だ。敷井晴彦は軍人であり、今キャビンに並んで向かい合っているのは同じ対テロ戦術部隊の仲間達。

 

手にはビーム・カービン銃。頭にヘルメットを被り、防弾ベストを着込んでいる。だがそんなもの、気休めにしかなりはしない。

 

みな己の運命に想いを馳せているらしかった。人類滅亡まであと一年足らずと言う。けれどもそれは子が生きられなくなるまでの期限という意味であり、大人が死ぬのは五年十年先のことと言われている。けれど自分は。オレ達は、あとどれだけ生きられるだろう。

 

赤い炎と黒い煙。見えるのはそればかりだった。柱と柱の間のどこでも、紙の家が燃やされているのだ。街の中心に近づくにつれ、火は激しくなっていくようだった。

 

そして、人だ。見下ろせばまるで津波のようだった。あらゆるものを押し流すような人の波。それが街の中心へと向かっている。

 

今の地球で暴動は日常のものと化している。しかしこれは別格だった。敷井はいま窓の外にあるほどの騒乱は見たことがなかった。(たけ)り狂う群衆が街を壊してまわっている。家に押し入り、人を引きずり、油をかけて火をつけるのだ。

 

「こりゃあもう暴動なんてもんじゃねえ……」

 

と仲間のひとりが言った。しかし応える者はない。

 

敷井も何も言う気はしなかった。だがわかっていた。その仲間の言う通りだと。下で起きていることは、もう〈暴動〉などという言葉で呼ぶのはなまぬるい。

 

暴徒が人を殺している。殺して殺して殺しまくっている。それが街じゅうで行われている。その状態を指す言葉はもう〈暴動〉では足りない。いま起きているのは〈虐殺〉だ。そう呼ぶしかないものだ。

 

タッドポールは虐殺の上を飛んでいた。窓から下を見下ろせば、人が殺され、女が犯され、子が嬲られて叫んでいた。通りは血にまみれていた。死体がゴロゴロ転がっていた。赤い炎に照らされて、黒い煙に隠される。ノーターの出す音に消されて、地上の声はこの機内には聞こえない。しかし怒号と悲鳴とが響き渡っているはずだった。

 

市民が襲われるところをひとつ見たからと言って、止めに降りることなどできない。暴徒の中にはこの機に向かって『降りてこい』と怒鳴っている者がいるようだった。火炎瓶を投げつけてくる者や、AKライフルを連射してくる者もいる。むろんそんなもの、どちらもそうそう当たるようなものではないが、もしもこの機が速度を落とし、地に降りようとなどしたら――。

 

火炎瓶やライフル弾程度なら、ちょっと当たったとしてもこの機は飛び続けられるだろう。しかしもし万が一、民兵化した暴徒の中にロケットランチャーかビーム狙撃銃でも持っている者がいて、一発喰らいでもしたら……この機体は反重力の〈軽さ〉を失い地に墜落。乗っている人員は血に狂った千人の鬼に群がられてビーム・カービンのエネルギーが尽きるまで撃ちまくらねばならないことになるだろう。救けを呼んでも誰も来てくれはすまい。

 

街は戦場となっていた。ガミラスとの戦争とは別の戦闘が始まったのだ。敷井の乗るタッドポールはその中心を目指していた。

 

遠くで別のタッドポールが火に包まれて墜ちるのが見えた。この機体も狙撃の(マト)になるのを避けてジグザグ動き、中はグラグラ揺すぶられる。目的地にたとえたどり着いたとしてもそこにあるのは地獄だろう。民兵の群れに囲まれて、ひたすら銃を撃ちまくることに変わりはないはずだ。

 

一体どうしてこんなことになるんだと思った。ガミラスと戦って死ぬならともかく、同じ地球の人間同士でなぜ殺し合わなきゃならない。この惨事にどんな意味があると言うんだ。

 

そう思った。まるでその問いに応えるように、どこからか声が聞こえてきた。タッドポールのノーターの音は、ヘリコプターのローターが出す音に比べれば小さい。機外の普通の音声は聞こえなくても、スピーカーで拡声された音であるなら聞き取ることはできなくはない。

 

聞こえるのは何者かの演説だった。衆を煽って虐殺に走らせている者達が、声を()らして叫んでいるのだ。それはこう言っていた。

 

『恐れるなーっ! 進めーっ! これは革命だーっ!』

 

 

 

   *

 

 

 

「これは革命だ! 政府を倒して民衆の手で宇宙に愛をもたらすための闘いなのだ! もはや直接行動しかない! 進め! 恐れるな! 邪魔するものは実力をもって排除しろ! 人類を滅ぼすものはガミラスに(あら)ず! 本当の敵は目の前にいる!」

 

地下都市空間に声が響き渡っている。いくつものスピーカーから同時に発せられる音が天井や柱に反響し、こだまを呼んで返らせていた。人は耳でそれを聞くのではなく、全身を包み込まれるように音を感じ取っていた。家が焼かれ崩れる音と、煙の匂い。それらがひとりひとりの者に頭で考えることをやめさせ、ただ『群れに従え』とだけ命じるのだ。地下空間を満たす声は、恐れるな進めと叫んでいた。これは革命だ。革命なのだ。

 

「そうだ! これは革命だ! 人々よ立て! 立ち上がれ! 今このときに犠牲を(いと)うな! すべては正義の実現のためだ!」

 

言語明瞭意味不明瞭。しかし、それで構わなかった。要するに()さが晴らせればそれでいいのだ。ただひたすらに目の前にあるものを壊し、焼く。人がいれば追いかけて殺す。女ならば犯して殺す。それが正義だ。革命なのだ。何もためらうことはない。罪を恐れることはない。正義のためには当然の犠牲で、それが宇宙に愛と平和をもたらすための道なのだから――。

 

群れに加わる者達の耳に、演説は殺せ殺せと聞こえていた。あれは敵だと誰かが叫べば、それは敵だ。敵は殺さなければならない。人がいればそれは敵だ。逃げるやつがいれば敵だ。命乞いをするやつがいる。子や老人をかばおうとするやつがいる。そういうやつらは最も許してはならない敵だ。だから殺せ。殺せ。殺せ。

 

「〈ヤマト〉を行かせてはならない!」声は続けて叫んでいた。「冥王星を撃たせてはならない! 今ならまだ止められるのだ! すべてが手遅れになる前に、我らの手で〈ヤマト〉を止めよう!」



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野球ができなくなることは

「なんで革命起こしたら、〈ヤマト〉が止まることになるんだよ!」

 

近藤勇人は大声で言った。怒鳴らないとまわりの騒音にかき消され、すぐ横にいる相手の耳にもロクに聞こえはしないのだ。地下都市内の野球場。近藤はそのスタンドにいた。チームのマークを額に入れたバッティング用ヘルメットを被っていたが、こんなもの、銃で撃たれたら頭を守れるものじゃあるまい。

 

上を(あお)げばビームの曳光が飛び交っている。球場内はそこらじゅう、カービン銃やサブマシンガンを持った兵士が駆けまわっている。装甲車もブチ抜きそうなバカでかいビーム狙撃銃やグレネードランチャーを肩に(かつ)いだ者もいた。

 

むろん試合どころではない。球場は軍に徴発されていた。グラウンドはタッドポールの離着陸場と化していて、今も数機のオタマジャクシ型反重力機が人を乗せたり降ろしたりしている。浮くだけならば反重力の作用によるのでごく静かな乗り物だが、ノーターとやらで進むときの騒音を真下で聞くと鼓膜が破れそうだった。それがまた、機体からビームガトリングガンを突き出してバリバリ撃ちまくっているのだ。

 

今、球場は〈C〉の字型の土手に丸く囲まれている。どの地下都市でも野球場は事態がこのようになったとき市民を護る砦となるよう造られており、そのシステムが作動したのだ。街の天井から大量の土砂を降らせて全体の一部を残して丸く囲ませ、銃弾などが中に飛び込むのを防ぐ壁とする。椅子が並ぶスタンドはいま救護所となっていて、近藤やチームの選手もまた、虐殺から逃げてきた市民に混じってそこにいるしかなかった。

 

暴徒に家を焼かれるか、家族を殺されたらしい者達が泣く声に、ケガ人の(うめ)き声。はぐれた親や子を探す者らの呼び声が周囲を満たしている。

 

そして、これは革命だ政府を倒せ〈ヤマト〉を止めろと叫ぶ者どもの演説が、反響して聞こえてくる。正義のためにはどんな犠牲もやむを得ないことなのだ。今このときに我らと共に立たない者は敵なのだ。だから殺して構わない。ひいてはそれが全宇宙に愛をもたらすのだから、と。

 

〈ヤマト〉に波動砲を撃たせるな。イスカンダルに行かせるな。それは大きな間違いだと言ってもわからぬ者どもに神の罰を(くだ)すのだ。

 

『ガミラスこそ正義である!』声はそう叫んでいた。『彼らは決して敵ではない! 愚かな地球人類に宇宙の愛を教えに来てくれたのだ! ワタシは最初から真意に気づき、ずっと叫んできたというのに、愚かな者らは耳を貸そうとしなかった! あまつさえ〈ヤマト〉などという船を造り、波動砲などという兵器を載せて、冥王星を撃とうとしている! 冥王星を壊してはいけない! そのときこそ人類の終わりだ! なぜガミラスの宇宙の愛を人はわかろうとしないのか!』

 

『そうだーっ!』と叫ぶ声がどこからか聞こえる。暴徒の一部が演説に応えて雄叫び上げているのだろう。

 

この球場の中にも変な人間がいくらか混じっているようだった。〈暴徒〉と言うのとはちょっと違うが、彼らと思想を同じくする狂ったおっさんやおばちゃんの(たぐい)だ。手近な者に誰彼構わず土下座して、地に額をこすりつけて頼むのだった。

 

「お願い、〈ヤマト〉を行かせないで。冥王星を撃ってはダメなの。どうかどうか、あの船にやめるように説得して」

 

「あのねおばちゃん、そんなことボクに言ってどうすんの」

 

「いいえ、どうかお願いです。この通りです。この通りですから」

 

「いいかげんにしろよな」

 

おばちゃんは追い払われても別の者に土下座する。近藤は嘆息してそれを眺めた。

 

なるほどな、という気はする。あのおばちゃんは頼む相手を選んでいないが、近藤はこの八年間、似たような懇願人種の訪問をさんざん受けてきた。今の地球で多少なりとも〈有名人〉とされる者なら当然のことだ。野球のプロ選手をしていてしかもピッチャーともなれば、ガミラス教徒や降伏論者に目を付けられぬはずもなかった。しょっちゅう変なのがやって来て、『アナタが叫べば多くの人がきっと話を聞くはず』と言う。ファンに向かって言ってくれ。ガミラスに降伏しよう、そうすれば、彼らは必ず青い地球を返してくれるのだ、とか。

 

『いいえボクにはそんな影響力ないですよ』なんて言っても許してくれず、何日も朝から晩までつきまとわれる。『降伏は無意味でしょう』と言えばそんなことありませんと泣いてすがりついてくるのだ。そのうち何をされるやらわからないから本当に怖い。歌手だの映画俳優だのがこのテの(やから)に暴行を受けたり、殺されたり拉致して洗脳されかけたりといった事件はこの数年間、世界じゅうで何万件と起きてもいる。

 

女が子を産めるうちに降伏を――狂信者はずっとそう言ってきた。最初のうちはプラカードを振り、道を行進するだけだった。しかし五年六年と経ち、存続の望みが絶たれるまでにあと三年あと二年とカウントダウンされるにつれて、過激な行動を取るようになった。今の彼らはもはや完全なテロ集団だ。麻薬で最後の理性も失くし、自分の親でも子供でも平気で殺し強姦できるようになっている。

 

そして行動は完全にデタラメ――今そこで土下座しているおばちゃんも、自分の前にいる相手が〈ヤマト〉を止める力を持った人物と本気で思い込んでるのだろう。街を荒らしている者達も、その行為が〈ヤマト〉の阻止に繋がると信じ込んで疑っていない。

 

〈ヤマト〉の発進で降伏論者は完全に狂った。ワープに成功したことがさらに恐慌を煽り立てた。そして今日、政府は市民に発表した。〈ヤマト〉は明日にも波動砲で冥王星を破壊する。これは決定事項だと。

 

『そんなことはさせるな!』演説の声がする。『なんとしても波動砲を撃たれる前に政府を倒し〈ヤマト〉を止めなければいけない! 急げ! 迷っているヒマはない!』

 

その声に応えるように銃声が響く。悲鳴が聞こえる。爆発が起きて、火柱が街の天井を()くのが見える。

 

『革命だーっ!』

 

叫び声がする。そうだ! 革命だ! 革命だ! 街は絶叫に包まれていた。まるで滝の(とどろ)きのように、人の雄叫びが轟々(ごうごう)という唸りになって地下都市を震わせている。

 

『降伏だーっ! それにはもう今日しかなーい! 明日になったらもうすべてが遅いのだーっ!』

 

『おおーっ!』

 

という(とき)の声。暴徒を駆り立てているものが、今日の政府発表であるのは明らかだった。

 

〈ヤマト〉は明日にも波動砲を撃つと言う。冥王星を消されたら、ガミラスに降伏する道はなくなる。そうなったら青い地球はもう返らない――彼らの論理ではそうなるのだった。ならばどうする。今日だ。もう今日しかない。今日のうちに革命を遂げ、政府を倒して我らが政権を握るのだ。〈ヤマト〉に帰還命令を出し、ガミラスに降伏宣言しよう。それですべて救われるのだ!

 

「何が革命だよ」近藤の近くで誰かが話しているのが聞こえた。「もしやつらが防衛軍の長官か誰かを殺して〈ヤマト〉に『帰れ』と言ったとして、〈ヤマト〉がそれを聞くと思うか?」

 

「んなわけないよな」

 

「そうさ。無視するに決まってる。そんなものを〈ヤマト〉が〈正当な命令〉と取るわけないさ。〈テロリストの要求〉とみなして拒否か黙殺じゃないか?」

 

見ると、話しているのはこの球場の職員だった。賭博場と化したスタンドを掃除し、グラウンドを整備していた作業員だ。今日の今日まで、毎日毎日……たいした給料出るわけでもないだろうによくやるよなと、近藤は見て思っていたものだったが、その男は悔しげに今の球場を見やっていた。

 

スタンドは血にまみれ、グラウンドの芝はブルドーザーと重機ロボットに踏み荒らされている。飛べなくなったタッドポールが隅にどけられ残骸の山を作っている。正面の大スクリーンも流れ弾を受け、像の表示ができなくなっている箇所がいくつも出来ていた。

 

近藤は思った。これでは野球ができない――いや、もちろん、そんなことを考えている場合ではないのだが、しかし重要なことだ。この球場が出来たとき、人はなんと言ったのか。我々はこの地下でも野球ができる。野球ができるうちは大丈夫なのだと言ったのじゃなかったか?

 

野球場で野球ができるということは、社会が機能していること。それで初めて人が人としていられる。今は敗けでもいつか勝てる。そう考えて明日に希望を持つことができる。野球ができるということが、人類がまだ滅んでいない証拠だったはずだった。

 

〈滅亡の日〉まで一年弱――けれども言われるその数字は女が子供を産めなくなるまでというだけの期限であって、実は死線はとっくの昔に過ぎていると言う者もいる。もう一年も前から誰も子を作ろうなどとしてないからだ。子供を産んで育てることができないのなら、もう人類は滅んでいる。後は死を待つだけなのだ。

 

降伏論者はだから叫んだ。もう降伏するしかない。女が子供を産めるうちに降伏をと。けれど多くの人々はずっと『まだだ』と言ってきた。まだ大丈夫、滅んでいない。だって野球ができるじゃないかと。野球ができるうちは敗けていないのだ。戦争とはそういうものだ。人が団結できる証拠。前線で戦う兵を支えられる証拠なのだ。降伏はどうせ無意味なのだから、決してあきらめてはいけない。

 

そう言われてきた。そこで話しているあの職員も、だからずっとこの施設を整備し続けてきたのだろうか。野球場が野球場としてあることが、人がいつかガミラスに勝てる証拠だと信じて――どの地下都市の野球場にも、同じ考えを持つ人間がいるのだろうか。

 

やはりそうなのだろうと思った。他の街へ試合に行けば、どの球場にも地を(なら)し席を(みが)いていた者達がいたように思う。しかし今、地球のどの地下都市も、状況は似たようなものだろう。テロリストが街を燃やし、野球場は軍の砦と化している。

 

これではもう野球ができない。社会が機能を失ったのだ。

 

「どうなるんだ、これから……」また誰かの声がした。「これはもう〈テロ〉と言うより〈内戦〉だろう。こんな状況が続いたら……」

 

「おしまいだ」応える声がした。「今日が〈滅亡の日〉だ」



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滅亡確定

〈滅亡の日〉とは人類の最後のひとりが死ぬ日という意味ではない。存続不能が確定する時点を指してそう呼ぶのだ。一般には女が子供を産めなくなる日がそうであると言われている。

 

しかし違うかもしれない。ひょっとすると今日がその日ということになるんじゃないかと敷井は思った。瀬戸際なんてとっくの昔に越えているのだ。後はいつ確定するかだ。だからそれが、いきなり今日だということになったところでおかしくはない。

 

どのみち、いつがその日かなどと後で議論する歴史家はいない。だからどうでもいいことだが……おれの命もどうせ長くはもたないだろう。ビーム・カービンの照準越しに、催涙弾の煙でかすむ街を眺めた。そこかしこで銃が撃たれる光が見える。

 

街の中心は戦場だった。道という道は封鎖され、バリケードと有刺鉄線が張り巡らされ、〈天井〉から降らせた土砂が壁を作っている。タッドポールでその上を越え、銃撃の噴水の中をくぐって地に降り立てば、ポップコーン鍋にでも飛び込んだかのようだった。フルオートで弾き出される銃弾がそこらじゅうのビルの壁にミシン穴を縫い開けている。男が道を雄叫び上げて走ってくる。手に二本の筒を持ち、胴に何本も巻きつけて――。

 

それはもちろん導火線をバチバチさせた爆弾だ。自爆男はたちまちビームをいくつも受けて倒れながら、それでも「ガミラス万歳」と叫んで筒を投げる。

 

ドカーン――爆発の破片と共に血が振りまかれ、男の頭が玉のように飛び転がるのだ。

 

敷井は戦慄した。拡声器が『市民に告げる! 武器を置いて立ち去りなさい! 〈ヤマト〉が君らに従って作戦を変更することはありません!』と叫んでいるが、聞く耳持つ相手かどうか見ればわかるというものだ。後から後から自爆男が飛び出してくる。〈AK〉の掩護射撃を受けながら……。

 

これを迎え撃てと言うのが、敷井にいま課せれらた任務だった。次から次に仲間が倒れて運ばれていく。爆弾の破片にやられる者もいる。民兵どもは上を飛び交うタッドポールに向けても銃を撃ち放っている。小石がバラバラ降ってくるのは、地下都市の天井がタマを喰らって砕かれた破片だ。

 

バリケードから頭を出せば、狙撃銃で狙い撃たれる。しかし応戦しなければ、自爆男がやってくる。どちらにしても命はないのだ。今日を生き延びたとしても、この状況が続くならば、おれは死ぬ。長くてほんの数日のことだ。

 

『ガミラスばんざーいっ!』

 

また声がして、爆発が起きた。降伏論者なら『革命万歳』と叫ぶだろう。しかし『ガミラス万歳』と言うのは――。

 

「いいか、あいつらはガミラス教徒だ」と、敷井が配置に就いたときに元からいた兵士が言った。「でなきゃそもそも、自爆なんてやり方はしない。やつら、ガミラスは神の使いと本気で信じてやがるんだ。今ここで爆死すれば神に選ばれて天国かどこかへ行けると思ってる。だから平気で体に爆弾くくりつけて走れるんだ」

 

「なんだよそれ……」

 

言ったが、しかし理屈はわかった。『冥王星を〈惑星〉に戻せーっ!』。自爆男はそう叫んで向かってくる。ガミラス信仰のなかでも特に、冥王星を神聖視する党派の教団なのだろう。彼らにとって冥王星は神の星だ。恐れ多くも人はそれを〈準惑星〉などとした。だから神はお怒りになり、ついにガミラスを遣わしたのだ。ゆえにこれは神の罰だ。それがわからず、あまつさえ、波動砲で吹き飛ばすなど、

 

『許さあーんっ!』

 

そう叫んで、またひとりが爆死した。敷井は「ははは」と笑うしかなかった。泣き笑いになってるだろう。こんな悪い冗談があるか。

 

敵は死ぬのを恐れていない。神の(もと)にこれで行けると信じるならば、死を恐れる理由がない。だから平気でドカンといってしまえるやつらが、凄い形相(ぎょうそう)で向かってくるのだ。

 

そうすることで〈ヤマト〉が止められるどうかなど、もはやどうでもいいのだろう。神のために死ぬことが目的になってしまっている。とにかく自分の魂が救われればそれでいいという考えしか頭にないのだ。そうなった者に説得は効かない。

 

「撃て! 撃ちまくれ! 近づかせるな! ここを通すな! 護り抜くんだ!」

 

誰かが叫ぶ。そうだ。そうするしかない。敷井は銃を構えて撃った。

 

生き延びるにはそれしかない――しかし思った。おれは生き延びられるだろうか。この戦いはいつまで続く? 狂信との闘いに、終わりなんてものがあるのか?

 

今、狂った者達は、冥王星を〈ヤマト〉が撃つのを止めるために向かってくる。しかし無駄な試みだ。ここで何がどうなろうと宇宙に影響しないのだから――〈ヤマト〉は所期の計画通り、ガミラスを打ち倒して太陽系を出ていくだろう。そうなったとき、どうする。民兵どもはあきらめて武器を下ろすのか?

 

いいや、やめない。そんなことは有り得ない。もうやつらは歯止めを失くした。冥王星が吹き飛ぶことで、最後の理性も失うだろう。この殺戮はいつまでも続く。降伏論者は革命を唱え、ガミラス教徒は〈神〉を信じて暴れ続ける。革命万歳。ガミラス万歳。やつらがそう叫ぶごとに、人が虐殺されるのだ。

 

人が絶滅するときまで……存続不能の確定日まで、まだ少しは余裕があると見られてきた。〈ヤマト〉が地球を出たときにあと一年あると言われた。だからそれまでにあの船が戻れば、人は生き延びられるだろうと。それが最後の望みと言われた。

 

だがもうダメだ。状況が変わった。今の地球で内戦が起き、続いたならば人類はもたない。ほんの三か四ヶ月で存続不能となるだろう。〈ヤマト〉がどう急いでもその日までに帰れないなら、放射能除去はできても無意味になる。最後の大人が死ぬまでの日をいくらか伸ばすだけになる。

 

と言うことは、要するに、いま絶滅が確定したのだ。内戦勃発――この時点こそ、〈滅亡の日〉となるのじゃないか?

 

そうだ、と敷井は思った。人はまだ生きてはいる。だが存続の望みは絶えた。

 

人類はいま滅亡したのだ。



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降霊会

『どうするのです、トードー! これでは今日が人類滅亡の日となってしまいます!』

 

日本の地下東京に置かれる地球防衛軍司令部。司令長官である藤堂平八郎は、会議室で多くの顔と向き合っていた。円卓に世界各国の首脳が並ぶ。どれもが立体映像であり、当人は自分の国で同じような席に就きカメラに向けて話しているのだ。発言は機械が逐次翻訳し、藤堂の耳には日本語で届く。

 

『世界じゅうの地下都市が内戦状態に突入しました。あの発表が出た途端です。これでは〈ヤマト〉が戻る前に人類は存続不能になります』

 

『つまり今日が〈滅亡の日〉です。あんな発表をしたからではないのですか。トードー、あなたにはこうなることがわからなかったのですか』

 

口々に立体画像が咎めだてる。死者の霊に取り巻かれ、『恨めしや』と言われているかのようだなと藤堂は思った。発言はみな、ワタシ達はいま死んだと言っているかのように聞こえる。ならばそう言えばいいのに、彼らの言葉を機械が訳すと妙に難しい日本語になるのだ。

 

そうだ。彼らは亡霊なのだ。たぶん、ここにいる自分もまた、死んだことに気づいていない霊魂なのかもしれないと思った。今日、人類が絶滅したのであれば、すべての人が生きながら死者となったわけだから……。

 

目の前に並ぶ幻影が生きて見えぬのも当然だ。自分の姿も彼らの眼には呼び出した霊であるのだろう。だからこれは降霊会だ。死者が互いに呼び合って、オレ達はなぜ死んだのだと問い合っているのだ。

 

そうなる日まであと一年あったはずではなかったのか。それがなぜ、いきなり今日ということになるのだ、と。

 

藤堂は言った。「この事態はどのみち避けられなかったのです。あの発表をしようとしまいと、遅かれ早かれこうなった。それが今日になったというのに過ぎません。人にはもともと時間がなく、〈ヤマト〉が戻ってくるまでに滅亡となるのは決していました」

 

『待ってください。それはどういうことですか』ひとりが発言した。『〈ヤマト計画〉は最初から無意味だったと言うのですか? ならばどうして推し進めたのです。イスカンダルより他の道に賭けるべきではなかったのですか?』

 

「他の道とはどんな道です? 〈ヤマト〉をエリートの逃亡船とする道ですか。それで人が存続できると思われますか」

 

『いや、それは……』

 

「逃亡はイスカンダルより()のない賭けと言うべきです。人類が救われる望みはコスモクリーナーひとつだけです。〈ヤマト〉が旅をやり遂げる一縷(いちる)の望みに賭けるしかありませんでした」

 

別の代表が、『こうなったのは、〈ヤマト〉に波動砲を積んだのが原因だとは思いませんか。狂信徒は「冥王星を撃つな」と叫んで民兵化しているわけです。この内戦を引き起こしたのは〈ヤマト〉ではなく波動砲では?』

 

「確かにそうかもしれません。計画では、波動砲の存在は秘匿すべきとしていました。ガミラスに対してはもちろん、地球人類に対しても……」

 

『なのに撃った。それも、地球を出てすぐに……なぜです? あれがなければ、テロがここまで激化することもなかったはずです』

 

「そうなのですが、ひとつジレンマがありました。どこかで試射はせねばならなかったのです。どのみち秘匿は不可能でした」

 

『だからと言って、発進早々いきなりやらなくていいでしょう。オキタという人物は何を考えているのです』

 

「それも通信で聞くわけには……」

 

『それでは話になりません。〈ヤマト〉がまだ太陽系にいるうちに、対処する手はないのですか。そもそもオキタを艦長にしたのが人選ミスだったのでは?』

 

『あの男は〈メ号作戦〉で逃げた男だ』と別の代表。『そうでしょう? あのときあの提督は、最後に残ったもう一隻とともに突撃するべきだった――そういう声もあると聞きます。そうしていれば勝っていたかもしれんのに、と……その責任を問うことなくあなたは彼を艦長に選んだ』

 

「では、わたしを罷免(ひめん)しますか」藤堂は言った。「それで責任が取れるのならばいいでしょう。なんなら腹を切ってもいい。それで人類が救われるなら……しかし、〈ヤマト〉は送り出してしまいました。天王星軌道を越えた今となっては、交信もまともに繋がりません。帰還命令は出したくてももう出せない」

 

『狂信者らはそれすら知らない』とまた別の代表が言った。『〈ヤマト〉に「帰れ」と言えると思っているわけです。そんな者達のために人が殺されている……しかしどうすると言うのですか。〈ヤマト〉を信じるだけであると? オキタならば四ヶ月でコスモクリーナーを持ち帰れるとでも言うのですか』

 

「それは無理な望みでしょう。〈サーシャの船〉でも往復に半年かかっているのですから。〈ヤマト〉がそれより早く戻るのは明らかに不可能です」

 

『では人類は絶滅です。今日が〈滅亡の日〉となりました。わたし達は残る市民に、あなた達はもう死んだと告げなければなりません』

 

「最初から、時間はそれだけしかなかったのです」藤堂は言った。「仮りに、〈ヤマト〉が冥王星を叩かずに太陽系を出ればどうなるか――人々は〈ヤマト〉は逃げたと考えて、狂信の道に走るでしょう。結局は人が虐殺される――絶望が人を殺すのです。地球を出たとき、オキタは知っていたはずです。人にはもう一年という時間などはないことを。九ヶ月で戻ったとしても遅いことを。そして、どう急いでもそれより早く帰れぬことを……おそらく、本当の〈滅亡の日〉は、とっくの昔に過ぎていることをです」

 

代表者達は沈黙した。しばらくしてひとりが言った。

 

『そのうえであえて行ったと?』

 

「はい」と藤堂は言った。「わたし達はまだ生きています」

 

『一応はそうです。命がまだあることはある』

 

「沖田は地球を出ていく前に言いました。自分はまだ生きている。生きている限り絶望はしない。最後のひとりになったとしても絶望はしない、と」

 

『だからオキタを信じると言うのですか? 絶望しない男だから艦長にしたと? あなたが信じているのだから、わたし達にもオキタを信じろと言うのですか?』

 

「あの男はどんな危機に際しても、抜け出す道を必ず見つける男です。わたしにはそうとしか言えません」

 

『だからこの状況も変えてくれると考えている? しかしどうすると言うのですか。〈ヤマト〉がいかに強かろうと、一隻で冥王星とは戦えない。波動砲があってもなくても――と、そのようにわたし達は聞いていますが、オキタならやれると? どうやって?』

 

「わかりません」藤堂は言った。「沖田次第です」



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呪われた男

すべては古代次第だ、と沖田は艦長室で考えていた。指揮官として古代が戦闘機隊を率い、冥王星に向かえるか。そこにすべてが懸かっている。航海の成否も、人類の明日も。

 

ダメなら、すべて滅ぶだけだ。どうせ〈ヤマト〉は沈むだろう。その後のことは、考えるだけ無駄なことだ。

 

〈ヤマト〉が沈めば、みな終わり。人は神でもガミラスでもなく、この自分を呪って死んでいくことになるのかもしれない。沖田十三が敗けたから人は消えねばならないのだと――しかし一体、これまでに、わしはどれだけ多くの者をわしのために死なせただろう。みんなわしをあの世で呪っているのだろうか。

 

そうかもしれない。死んだ者はひとりとしてわしを許してくれぬのかもしれん。みんな地球と人類を頼むと言って死んでいった。あなたのために死ぬことが地球のために死ぬことだと言って宇宙に散っていった。それを言われるわしの気持ちを考えてくれず……。

 

それでも彼らの魂は、どこかでわしを呪っている。沖田よ、我らは、お前を生かすために死んだ。だからお前が滅亡から人を救わず死ぬのを決して許しはしない、と。

 

だがこの旅を果たし、青い地球を取り戻したとしても、この沖田が自分のために多くの者を死なせた事実は変わらぬだろう。いま地球の地下都市では、狂信徒が人を殺していると言う。それも結局、わしがやらせているのかもしれない。その誰もが、わしを許してはくれないのだ。

 

死んだ者は生き返りはしないのだから……引き出しから写真を取り出し眺めやった。自分と共に三人で写っているのは妻と息子だ。どちらも死んだ。取り戻せるならわしはなんでもするだろう。人類さえ売るかもしれない。わしにとっては、このふたりこそ明日だった。元々このふたりのために、地球を救うはずだったのだから。

 

わしはどうしたらいいんだ、と思った。お前達のいない地球が、わしになんの意味があるのか――まるで子供の泣き言だと知りながら、そう問わずにいられなかった。教えてくれ、誰か。わしはどうして、こんなことをしているのか。

 

ついこの前に、そこに立たせた若者の顔を思い出す。古代進。わしが死なせた古代守の弟だ。あのときにわしはあいつにすまないと言った。お前にも、死ねと言わねばならなくなるかもしれないと言った。

 

あいつのように多くの若者を死なせておいて、なぜわしは生きてるのだろう。わしはまだ生きている、生きている限り絶望はしない、そう言わねばならないのだろう。わしがそう言うたびに、また若い者達が身代わりとなって死んでいく。それがわかっていると言うのに。

 

我が息子さえ、身の盾にして死なせてしまった。もう己の血は絶えた。帰ったところで迎えてくれる者はいない。

 

なのに、なぜわしなのだ――そう思った。無論、(みずか)ら選んだ道だ。誰に強制されたのでもない。わしが行くと自分で言ってこの船に乗った。それなのに、今更なぜと自分に問うのもおかしな話ではあるが……。

 

しかし、古代……あいつはどうだ。この前そこに立たせたときも、『なぜですか』という顔だった。なぜこのおれがパイロット、しかも隊長なんですか――文字で黒々とそう書いてあるのがまるで読めるようだった。おれはあなたと違います。人類を救う人間じゃない。なのにどうしてあなたの(めい)を受けねばならないのですか。

 

あなたに従い、兄貴は死んだ。どうして兄は死んだんですか。どうして連れて帰ってくれなかったんですか。おれの兄貴を死なせておいて、どうしてあなたはそうやってオメオメ生きてるんですか。

 

クッキリとそう書いてあるように見えた。当惑して突っ立っているだけでもそう見える。

 

それがわしにかけられた呪いだ。すまん、とただ言うしかなかった。わけを知ったら、それこそわしを恨むようになるだろう。なぜどうしておれなのだ。他の者ではいけないのかと泣いて叫ぶかもしれん。だがお前しかいないのだ、すまんと思った。お前のような男が来るのをわしが待っていたからだ。そうだ、ずっと待っていた。もっと早くに出てきていたら、わしがこの〈ヤマト〉に乗らずに済んだろう。叶わぬ望みとあきらめていたあのときに、まさかお前が、よりにもよって古代守の弟が、あんな形でわしの前に現れるとは。

 

〈スタンレー〉の戦いでは、古代、お前が(かなめ)となろう。人はもう滅亡した。今でも一年後でもなく、お前の兄が死んだ日に絶滅など決していた。人類が明日という日を取り戻せるか、託せるのはお前だけだ。死ぬな。そう願うしかない。

 

お前が死ぬとき、人は終わる。だから生きろ。生き続けろ。わしはそう言われてきた。誰を犠牲にしたとしても、お前は生きて帰ってこいと。自分にもそう言い聞かせてきた。絶望するな。決してだ。最後のひとりになったとしても絶望するな。お前に自問は許されない。どうして部下を死なせておいて、わしだけオメオメ生きるかなどと……お前は決して許されない。すまんと言っても何もすまない。そうと知っても絶望するな。

 

お前は呪われているのだから……古代よ、すまん。わしは誰より、お前に対してすまないと言わなければならなくなるかもしれん――沖田は思った。すまないが、古代、お前もまた呪われたのだ。

 

そうだ、ひと目見たときわかった。お前がわしと同じ呪いを受けた人間だと言うのが……だからすまぬが、付き合ってもらう。〈スタンレー〉で闘ってもらう。人類の明日を見つけ、それを拾い、船に持ち帰ってもらう。

 

そのために、やるべきことはすべてやった。機は熟しているはずだ。後は敵がどう出るかだが――しかし待つしかないだろうなと、窓の星々を眺めて沖田は考えていた。今日のうちにも敵は動く。そのはずなのだ。今はただ、報せを待ってここにじっとしていることだ。他にできることはない。落ち着かない気分だが――。

 

インターカムに眼をやって、まだ動きはないのかと聞きたくなる誘惑にかられる。まるでお前が生まれるのを待っていたときのようだなと、写真の中の息子に笑うしかなかった。まだかまだかと言ったところで、事が早まるわけでもないのに。

 

しかしどうなのだろう。〈スタンレー〉に行けるかどうかも、敵がどう出るかで決まる。将棋やチェスと同じことだ。敵がわしの読みの通りに動かないなら、すべては無駄に――。

 

そう思ったときだった。インターカムのアラームが鳴った。液晶パネルに発信元の相原の名前。

 

ボタンを押して言った。「どうした」

 

『冥王星に動きがあれば報告せよとのことでしたが……』

 

「うむ」

 

『どうやらかなり活発な動きがあるように思われます。しばらく前から敵の交信が増え、船が発進しているようです。それもどんどん慌ただしくなっているような』

 

「わかった」と言った。「すぐに行く」



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逃げる者達

真田が第二艦橋に上がると、他の第一艦橋クルーは上の階を代理に任せてすでにそこに集まっていた。沖田だけ艦長室にいるらしく、ゴンドラの表示がトップを示している。一同でメインスクリーンを見やった。

 

映っているのはレーダー像だが、中心にあるのは冥王星。そのまわりに、宇宙船を示す指標が数十個。

 

「駆逐艦に軽巡洋艦か。割と小さな船ばかりだな」島が()を見ながら言った。「これがなんなんだ? 確かにかなり、普段より多く出ているみたいだけど」

 

「『なんだ』じゃあないでしょう」と新見が言う。「普段はパトロールを二、三隻出してるだけです。こういうのはちょっと見たことありません」

 

「戦闘艦だけじゃありません」森が一隻一隻のデータを細かく見ながら言う。「補給艦や輸送艦らしきものが続々飛び立っています。これはどういうこと?」

 

『冥王星にガミラス艦は百隻』と言うが、それは戦闘艦だけの数字だ。これといった武装を持たない非戦闘艦が他に大小何百もある。駆逐艦や軽巡洋艦に護られるようにして、大型小型のそうした船が星を飛び立ちワープでどこかへ消えていく。無人偵察機のレーダーがそれを捉えて〈ヤマト〉に送ってきているのだった。

 

相原が言う。「通信の傍受を見直してみると、何日か前から徐々に動きは出ていたようです。タイタンでぼくらを逃がしたせいかと思ってたんですが、今日になってそれが増え、さらにこの数時間でものすごい量になっている……こんなのはかつて一度もなかったことです」

 

通信を傍受してると言っても、ガミラスが何を話しているかはわからない。それでも多少の分析はできるはずだった。真田は言った。「どんな内容かわかるか」

 

「さあ……ひたすら、あっちへ行けこっちへ行けと他とやり合ってるだけみたいですが……」

 

「ただの管制通信か……しばらく前から船を出そう船を出そうとしていたのが、ここへ来てワッと出て来た……」

 

「ふむ」と徳川。「なんのつもりだろう。これではまるで、総出で逃げようとしているようだが」

 

その言葉に、一同、額にデコピンでもパチンと喰らったようになった。「え?」と言ったり、目をぱちぱちさせたりする。

 

それから言った。まず太田が、「確かに、この動きはまるで……」

 

次に南部が、「いや、まさか。やつらがそんな……」

 

島も言う。「ガミラスが逃げるなんてことがあるかよ。まして、自分から基地を捨てるなんて」

 

それに対してまた太田が、「でも、これは、確かにそう見えますよ。みんな急いで星から逃げ出そうとしているような」

 

「いや、しかし……」

 

と島が言う。真田は思った。そうだ。そんな話があるか。ガミラスが(みずか)ら基地を捨てて逃げる。そんなことは考えられない。やつらに限って有り得ぬ話だ。

 

この八年間、やつらはずっと、ガミラス語には『逃げる』という意の単語がないような戦い方をしてきた。やつらの船に乗員の脱出設備はないらしい。それどころか各自の服に発火装置が付いていて、逃げれば焼け死に灰になるようになってるらしい。自分達の情報をひとつも地球に渡さぬためという推測がされている。

 

やつらは地球を恐れているのだ。恐れるからこそ地球人が外宇宙に出る前に皆殺しに来たのであり、ゆえに兵士が捕虜になるのが許されぬようになってるのだ。そうとしか考えられないと言われてきた。

 

ガミラス兵は、『死ぬまで戦え』と彼らの上から命じられてる。地球人を太陽系から決して出すなと言われているのだ。しかし〈ヤマト〉が造られた。明日にも系外へ出ようとしている。なのにやつらがここで逃げる? この〈ヤマト〉を止めようとせずに? そんなバカな。有り得ない。それでは一体、この八年の戦争はなんだったのだということになる。

 

新見が言った。「『〈スタンレー〉に動き』と聞いてわたしが最初に考えたのは、彼らが一気に地球に対して総攻撃に出たのじゃないかということでした」

 

「ああ」

 

と言った。なるほど、先ほどの会議でも、新見はそんなことを言った……なんだかずいぶん前のことのような気がするが、しかしあれから半日しか経っていない。〈ヤマト〉が外へ出ていったら、やつらとしてはもうウカウカとしていられない。犠牲を厭わず全艦で地球に突っ込んで、玉砕してでも地球人を根絶やしにしようとするかもしれない、と――確かにその考えの方が、ガミラスらしいように思える。たとえ〈ヤマト〉がコスモクリーナーを持って戻っても、人類がみな死んでいれば無駄なことだ。それでやつらは目的を果たせるではないか。

 

「ですが、この動きはどうも、それとは違うようですね。徳川機関長の言われるように、基地を捨てて総員で逃げ出そうとしているような……」

 

「おかしいじゃないか」南部が言った。「〈スタンレー〉にいま近づけば、基地の位置もわかると思うぜ。そうなりゃこっちのもんだから、〈ヤマト〉でちょっと偵察して、地球に情報送ればいい。〈メ号作戦〉をもう一度やっても楽勝だろう。後は任せておれ達はサッサとマゼラン行けばいいってことになるけど……」

 

「そう。そうですよね。ガミラスにそれがわからないわけありません。〈ヤマト〉がまだいる今のうちにどうしてこんな動きをするのか……」

 

森が言った。「人類抹殺をあきらめた?」

 

「まさか! それこそ有り得ないことです」

 

と新見が言う。真田は思った。なぜ有り得ないと言えるのか。我らはそもそもガミラスのことを何も知らぬではないか――しかしまあ、それを言っても始まるまい。ガミラスが人類根絶をあきらめるなど、やはり決してないことと思える。事実はすでに絶滅してるも同然なのだ。まだ女が子を産むこともできなくないというだけだ。〈ヤマト〉が戻らねば残らず死ぬ。だから事実上滅亡している。ここまでやっておきながら、侵略をやめて戦わず逃げる? 戦闘艦が百隻あれば、〈ヤマト〉に敗けるわけがないのはわかるはずなのに。

 

それはやはり、およそ考えられぬことだ。しかし今、スクリーンに映っているのは敵が逃げる光景だった。何十という船の航跡。次から次に空間を歪ませワープでどこかへ消え去るのも、無人偵察機はセンサーで波動を捉えてデータを送ってきている。

 

「そうだ、やつらは逃げ出している」

 

声がした。一同の後ろ、上方からだ。ゴンドラで沖田が降りてくるところだった。

 

そして言った。「無論、こうなるに決まっているさ。奴らが逃げねばならなくなるようわしが仕向けたのだからな」



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波動砲を撃った理由

沖田はクルーを見渡した。その向こうのスクリーンには、ガミラスの船団が冥王星から逃げる状況が映されている。

 

「地球を出てすぐ、わしは波動砲を撃たせた。それはみんな覚えているな」

 

「ええ、もちろん……」

 

と真田が言う。当然だろう、あんなこと、誰も忘れるはずがない。しかし今は、細かなことまで全員にすべてを思い出してもらわなければならないときだ。沖田は一度頷いてから、

 

「あのときわしは、なぜそうするか本当の理由を話さなかった。しかしこのためだったのだ。波動砲は、あのとき撃たねばならなかった。それも全出力でだ。すべては〈スタンレー〉の敵を逃げさせるためだった」

 

一同はア然とした表情だ。艦長は一体何を考えている……そんな声は、そこかしこから聞こえていたものだった。なんでいくらデカブツと言っても、たかだか空母一隻相手に波動砲を使うのか。それも全出力で。それも発進早々に地球のそばで……艦内でクルーが噂していたし、テレビのニュースで解説者がくだらぬことを語っていた。そのおかげでタイタンでコスモナイトを採らねばならなくなってしまったし、船は危険にさらされた。火星の徹底抗戦派が〈メ二号作戦〉をやろうと言い出し、日程に大きな遅れを出すことになった。そして地球の狂信者を刺激する結果を生んで、遂に内戦を勃発させた。すべてはあの一撃のせいだ。こういうことになると言うのが、艦長はわからなかったのか、と。

 

いいや、すべて計画のうちだ。わしはこのときを待っていたのだと沖田は思った。今こそ、なぜ波動砲を撃ったのか真の理由を話すときだ。

 

「ガミラスは地球人類を恐れている。だから太陽系に来た。だから我らを殺そうとしているのだと言われてきたな。その仮説が正しいとして、やつらは一体、地球の何をそんなに恐れているのだと思う? 『人類を皆殺しにせねばならぬ』とやつらに考えさせているのは、具体的に一体なんだ?」

 

「それは」と真田が言った。無論、答は決まっていた。「波動砲……」

 

「そうだ、真田君。君が何より知ってるだろう。人類はかなり前から波動砲が造れるだろうと言ってきた。十年前に基礎的実験を行った。ガミラスを呼ぶ結果を生んだのは、その実験だったのではないかと言われているな。地球人類は波動技術をまだ持たないが、もう少しで波動砲付きワープ船を建造できるところにあった。一方、ガミラスはワープ船を持っているが、なぜか波動砲がない。これがやつらに脅威を感じさせたのだろうと、そう考えられてきた」

 

これはさんざん、繰り返して言ってきたのと同じ話だ。ガミラスが恐れているのは何より地球が造れるだろう波動砲。なぜかやつらは、同じものが造れない――ならばなるほど、恐れるのも当然だろうが、

 

「やつらは地球に波動砲が造れそうだと知っていた。だが完成したときに、それがどれほどのものになるか知っていたとは思えない。威力がやつらの予想を超えるかそうでないか、予測しようもないのだな。富士山ほどの隕石を破壊するのがせいぜいなのか、木星すらも消し飛ばすのか、それすらわからん。撃ってみなければわからない――造っている地球人の開発者でもそんな調子だったのだから、ガミラスに予測できるわけがなかった」

 

「ええ……」

 

と言って真田が頷く。そうだろう。二十世紀の昔に原子爆弾を造った当時の科学者も、試さなければ原爆がどの程度の威力があるかわからなかった。ひょっとして宇宙がまるごとなくなることもあるのじゃないかと言いながら、実験の起爆ボタンを押したのだ。波動砲が実際どれだけの威力があるか、造った人間のひとりである真田も知らないでいた。なのにガミラスが知るわけがない。

 

その真田が言う。「造れぬとは言え、ガミラスは波動砲のなんたるかは知ってるのでしょう。それでもやつらは、地球を見くびっているかもしれない。地球人にできたとしても、せいぜい小惑星ひとつ壊すのがせいぜいだろうなどと(あなど)っているのではないかという推論もありました」

 

「そうだろう。それどころか、やつらは〈ヤマト〉の艦首を見ても、考えるに違いない――あの大げさな穴は飾りじゃないか、とな。波動砲はまだ完成してないかもしれないぞ、コケ脅しに乗ってたまるか――地球人ならそう考える。人はそういう生き物なのだ。そしてどうやらこの点で、ガミラスは地球人とそう変わりはないらしい。やつらは地球を恐れる一方、どこかで侮ってもいるのだ」

 

「侮っている……」南部が言った。「恐れるどころか、侮っている? 波動砲はきっとたいしたことはない。やつらはそう考えてもいた?」

 

「そうだ。当然のことだろう。だからあのとき、わしは敵に見せつけるなら、全出力でなければならぬと言ったのだ。それに南部よ、撃つのは一度だけとも言ったな。後から半分で撃ったりしたら、最初に撃ったのが最大だとやつらに教えることになってしまう。それでは困る。やつらには、波動砲をどこまでも恐れさせねばならないのだと」

 

「はい」と南部。眼鏡の奥の眼を驚きに見張っている。

 

「しかしだ。やつらにわからぬはずのことがもうひとつある」沖田は言った。「波動砲で冥王星は撃てないことだ。やつらがそれを知るはずがない」

 

さらに眼が大きくなった。南部だけでなく、全員のだ。沖田には皆が自分の狙いを理解し始めているとわかった。

 

「〈ワープ・波動砲・またワープ〉と、〈ヤマト〉は連続してできない。だがガミラスにどうしてそれがわかると言うのだ? 徳川君や真田君でも、実際にテストしないとわからなかったことなのだぞ。波動砲を造れもしない敵が知りようもないではないか」

 

「それは……」

 

と徳川。波動砲とワープを続けてやれないことは、最初からある程度は推測されていた。しかし試してみないことには、具体的なことは知れない。もしも結果が良好ならば、冥王星を撃てる希望さえあったのだ。生憎(あいにく)やはり、そうはいかなかったわけだが、しかし、どうしてガミラスにそれがわかる?

 

「そうだ。やつらにわかるわけがないのだよ。まあ、考えているかもしれんな。連続してやるなどできるはずないと――しかし本当のところはわからん。ましてワープと砲術の間に、どの程度の時間を開ける必要があるかなど、推測すらしようがない。ゆえにやつらは、最悪の想定のもとに行動するしかなくなる。〈ヤマト〉はワープしてすぐに波動砲をぶっぱなし、またすぐワープで消え去れる――たとえ『まさか』と思っても、そう仮定するしかないのだ」

 

「敵は〈ヤマト〉の性能がどんなものであるかを知らない……」新見が言った。「波動砲の威力の最大がどこにあって、射程の長さがどの程度かも……知っているのは、冥王星を一撃に吹き飛ばすだけの力があること。ただそれだけ……」

 

「そうだ。わしはそのために、地球で波動砲を撃った。冥王星に〈ヤマト〉が来たらおしまいだと敵に思わせたかったのだ。それにはあのタイミングが最も効果的だろう」

 

「だから、空母一隻に対して最大出力?」

 

「そうだ。危険な賭けであり、弊害が大きいこともわかっていたが、しかしやらねばならなかった」

 

言って、沖田はスクリーンを見た。冥王星から逃げ出していくガミラスの群れ。ついに動いた。このためだ。やつらにこうさせるため、波動砲を撃ったのだ。リスクの大きな賭けだった。しかし勝ったと沖田は思った。もっともこれは、第一段階に過ぎないが。

 

太田が言う。「やつらは波動砲が怖くて、いま星から逃げてるのか……」

 

「撃てないのにな」南部が言う。「本当は撃てない。なのにやつらはそれを知らない。〈ヤマト〉が来ればみんな一発で吹っ飛ばされる。そう思ったら逃げるしかない……」

 

今や艦橋クルーの誰もが、わしの狙いを理解したらしいなと沖田は思った。そうだろう。気づいてみれば簡単な話だ。敵の身になって考える――それだけの話なのだから。

 

夜道で出くわした男から拳銃を突きつけられたら人は逃げるか手を上げる。『どうせオモチャじゃないのか』と思ったとしてもそうするものだ。〈ヤマト〉に波動砲があり冥王星を消し飛ばす威力があると知るならば、ガミラスに逃げる以外の何ができるか。

 

「〈ヤマト〉は明日にも冥王星に達するだろうところにいるのだ。当然、やつらは今日のうちになんとか逃げようと考える」

 

沖田は言った。口元がほころぶのを感じていた。『明日』どころか、今でもだ。今すぐ〈ヤマト〉はワープして、冥王星の前に行こうと思えば行ける。やつらはそれも知っている。と言うことは――。

 

「あはは、こりゃいい!」相原が言った。笑いながら、「やつら、いま交信で逃げろ逃げろと言い合ってるのか! 〈ヤマト〉がすぐにもやってくるかもしれないから――」

 

それが合図になった。全員が吹き出し、声を上げて笑い始めた。

 

「なんてことなの。戦わずに勝ち?」森が言った。「あはははは! こんなことって――」

 

「信じられん」真田も笑う。「艦長、あなたという人は――」

 

沖田はしばらく笑わせておいた。みんな涙目になっていた。当然だろう。誰も決して、おかしくて笑っているだけではない。この八年の苦闘の年月。それを想って泣きながらに笑っているのだ。絶望的な戦いだった。多くの味方が死んでいった。地球の海は涸れ果てて、人は地下に追いやられた。

 

こうして〈ヤマト〉に乗り込んで、人類を必ず救うと誓い合っても、不安で一杯だったろう。こんな船一隻でマゼランまで行けるのか。戻っても地球は持ちこたえているか。ガミラスという正体不明の巨大な敵に果たして勝てるものなのか。

 

〈ヤマト〉だけが最後の希望。この旅が失敗ならば人類は終わる――その重荷に誰もが押し潰されそうだった。なのにそれが、こんな形であっけなく勝って終わってしまったのだ。〈ヤマト〉は戦うことすらなしに、侵略者に勝ってしまった。ただ竹光(たけみつ)を一回振っただけのことでだ。

 

これでは一体、今までの犠牲はなんであったのかとすら思うだろう。だからみんな笑っている。すべてがタチのあまりに悪い冗談に思え、泣くに泣けずに笑っているのだ。

 

無論、一方、痛快な思いもあるはずだった。ガミラスどもは怯えて逃げる。〈ヤマト〉が怖い、怖いよおと震えちぢこまりながら。不様(ぶざま)なようすが目に浮かぶようでもあった。オモチャの大砲に怯えて逃げる敵の群れを眺めて悦に入る機会など、そうそうあるものではない。

 

「諸君、そろそろ笑いをやめて聞いてもらおう」沖田は言った。「波動砲は欠陥兵器で〈スタンレー〉の攻略には使えない。だが百の艦隊を追い散らす役には立ったのだ。わしはそれを最大限に利用した」

 

「はい」全員が頷いた。

 

「しかしまだ、完全な勝利をおさめたわけではない。兜の緒をここで締めなければならん。すべての敵があの星から逃げ出すはずもないのだからな」

 

「はい」とまた全員が言う。もう誰も笑ってはいない。

 

「敵は〈ヤマト〉と戦うために最小限の兵力は残す。いま星から遠ざけているのは、どうせ〈ヤマト〉を迎え討つのにさして役には立たない分の戦力だとみるべきだ。小型の軽巡、駆逐艦は、〈ヤマト〉の主砲が健在なうちは近寄ることもできはしない。なら、とりあえず避難させる――やつらが船を逃がしているのは、そういう考えもあるに違いない」

 

太田が言う。「大型の戦艦や重巡は残す?」

 

「そうだ。敵は大型艦のみで〈ヤマト〉を迎える気でいるのだ。やはり〈ワープ・波動砲・またワープ〉などできないはずと踏んではいて、余分な兵を逃がすのは万が一のためなのだ。そしてまた、あの星に我々をおびき寄せる罠でもある――基地に百の船がいては〈ヤマト〉が近づけないことを、やつらの方も知っているのだ。だからわざと十隻にして、『来るなら来い』と呼んでいる」

 

「〈ヤマト〉は一度に十隻程度としか戦えない……」と徳川が言う。「敵もそれを知っていると?」

 

「当然だろう。そのくらいの見積もりは立てるさ。主砲と補助エンジンが焼きついた後の〈ヤマト〉はただの標的艦だ。駆逐艦や軽巡にさえ殺られてしまう。〈ヤマト〉を弱らせておいたところで、一度逃がした九十の船を呼び戻し、思うがままに嬲り殺す。そして地球の人々に見せつける気でいるのだろう。お前達の最後の希望の船とやらはこうしてやった。もうお前らに子は作れない。後にはただ最後のひとりが死ぬまでの十年間があるだけだ、とな」

 

「それじゃあ、やはり波動砲は撃てない……」南部が言った。「撃てば九十が戻ってきて、ワープで逃げることのできない〈ヤマト〉は囲まれてしまうから……そういうことですか」

 

「そうだ。〈スタンレー〉攻略に際し、波動砲は使わない。これは決定事項であると考えてくれ」

 

「はい……」

 

と南部は頷いた。宇宙の戦いは〈逃げるが勝ち〉だ。〈ヤマト〉はいつでもワープで逃げられるようにしておかなければならなかった。特に敵が百隻もいて、護衛を持てない〈ヤマト〉を囲もう囲もうと機会を狙う状況のもとでは――それがこの太陽系外縁部だ。ここでは〈ヤマト〉の波動砲は使えない。この原則は鉄則であると言うより他にない。外宇宙に出てしまえば話は変わってくるかもしれぬが、とにかく今のところは撃てない。もともと誰もが理解していたことだけに、南部だけでなくみな頷くしかなさそうだった。

 

「艦長は、〈ヤマト〉が行くとき〈スタンレー〉に敵はいないとおっしゃいました」新見が言った。「船が十隻、戦闘機が百機程度であるだろうと――だからわたしはそれに基づき作戦を詰めました。すべてこれを見越していたわけですか」

 

「そうだ。このため波動砲を撃った。波動砲の力を見れば、やつらは恐れ(おのの)くと同時に、何がなんでも〈ヤマト〉を止めようと考える。しかしやつらにそんな手立てもまたないはずのものだった。何せ〈ヤマト〉は強力だ。宇宙の戦いは〈逃げるが勝ち〉だ。ガミラス艦を五隻沈めてワープで逃げて、五隻沈めてワープで逃げて、と二十回繰り返したら、たとえ百隻いたとしてもやつら全滅してしまう。わかっているから今ここには寄ってきもしない。やつらとしてはタイタンだけが〈ヤマト〉を止めるチャンスだったのだ。なのにあそこで取り逃がした」

 

「だからもう、〈スタンレー〉でやるしかない――敵の方でも、これは決戦?」

 

「そういうことだな」と言った。「やつらは〈ヤマト〉を外宇宙に出したくない。迂回されては困るのだ。我々としても迂回はできん。ここで〈スタンレー〉を避けたら、地球に残る人々はますます〈ヤマト〉は逃げたと考えることだろう。いいや、そもそも最初から()もしなかったと言うだろう。絶望して狂信に走り、内戦を激化させることになる。これはすでに滅亡が確定したも同じなのだ」

 

「今日が〈人類滅亡の日〉……」相原が言う。「地下の人々は、すでにそう言い始めているようです。そのような声が〈ヤマト〉にも届いています」

 

「だろうな。しかしそうはさせん。今日に絶滅したのであれば、明日に生き返らせるのだ。地下の人々が希望を持てば、内戦の火も鎮まるだろう。それには〈ヤマト〉でガミラスを叩く。たとえそこに罠があるとわかっていても、我々は〈スタンレー〉に挑むしかないのだ」

 

沖田はそこで言葉を切った。全員が黙りこくっていた。それから次第に、皆が島に眼を向けるようになる。これまで主な士官の中で、冥王星で戦うことに最も反対していた男だ。そして誰もが、島の考えを理解はしていた。敵が百隻もいるのなら戦いようがないではないか。帰還が一日遅れるごとに、地球で百万千万と死ぬなら先を急ぐべきではないか――すべてもっともな言い分だった。〈ヤマト〉が沈めば地球はおしまいと言うのであれば、賭けに(のぞ)むべきではない。

 

しかし、それらはここにきてすべて崩れたと言えるだろう。島は全員の顔を見て、それから沖田に向き直った。

 

そして言った。「わかりました。行きましょう、〈スタンレー〉に」



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東経140度線

「前から気になっとったんじゃが――」と佐渡先生が医務室で言った。「この船は、なんやみんなが『すたんれーすたんれー』と言いよるな。今日はなんだか特にうるさいんちゃうか? 一体〈スタンレー〉ちゅうのはなんじゃい。スタンプラリーみたいなもんか」

 

「冥王星ノコトデス」とアナライザー。「乗組員ノ隠語デスカラ、コノ船ノ中ダケデシカ通ジマセンガ」

 

「わしに通じとらんじゃろうが。冥王星ならメーオーセーと言やあいいじゃろ。なんで気取って変な言葉を作らなきゃあいかんのじゃ」

 

「ソレガ隠語トイウモノデスカラ。〈すたんれー〉ノ方ガ(クチ)デ言イヤスイトイウノモアルノデショウ」

 

「納得いかんな。大体なんで冥王星がスタンプラリーになるんじゃ。立ち寄って記念にハンコついていこうちゅうことかい」

 

「ソレハデスネ、話セバ長クナルノデスガ……」

 

「まあ飲みながら聞くとするわ」

 

佐渡先生は酒をコップに手酌で注いでグビリとやった。アナライザーは説明した。〈スタンレー〉の隠語の元は太平洋の南の島ニューギニアの山脈である。まだ地球が青い頃の世界地図を広げて見れば、日本の千葉県房総半島のほぼ先っぽのところから、線が一本、南へ伸びて描かれているのがわかる。東経140度線だ。それをずっとたどっていくと、赤道を越えたところにあるのがニューギニア島。

 

そのすぐ南にオーストラリアがあるために、まるで小島のように感じる。メルカトル図法の地図では、日本の方が大きく描かれてもしまう。だが実際は、もはや〈小大陸〉とも言える非常に大きな島である。面積はグリーンランド島に次いで世界二番目。日本列島をすっぽりくるむ豆の莢ほどの広さがあるのだ。

 

さて、〈ヤマト〉の目的地マゼラン星雲は〈南〉にある。地球がどれだけグルグルと自転公転しようとも、〈天の南極〉にあるために南極大陸の真上の空に在り続けるのだ。日本人がマゼラン星雲に向かうのは、東経140度線の延長を南へ南へ南へ南へ南へ南へ南へと〈南極〉目指してただひたすら宇宙をゆくことだと言える。ゆえに、〈ヤマト〉の航海要員は、イスカンダルへ向かうべく太陽系を出ることを『赤道を越える』などと言う。

 

東経140度の線をたどって真南へ――まだ青い頃の地球の海を船で進んでそれをやれば、赤道を越えたところでぶつかるのがニューギニア島だ。南極を目指す日本人にとってこの小大陸は、東西に三千キロもの長さに伸びて行く手を阻む〈赤道の壁〉なのである。

 

横に長いだけではない。縦にも高い。この熱帯の小大陸は、言わば〈洋上ヒマラヤ〉である。日本の屋久島は標高二千メートルの宮之浦岳がそびえるために〈洋上アルプス〉と呼ばれるが、ここはそんなものでは済まない。標高5030メートルの〈ジャヤの(いただき)〉を筆頭として、四千メートルを越える山が西から東へズラズラと並ぶ。端から端までずっとそんな調子であり、尾根の鞍部(あんぶ)においてすらその海抜は二千メートル。全体の平均が三千メートル――それがニューギニア、スタンレーの山並であるのだ。

 

冥王星を〈ヤマト〉クルーが〈スタンレー〉と呼ぶ第一の理由はごく単純なものだ。この地理的な要素である。日本人の船乗りにとってニューギニアは〈赤道の壁〉。もしも迂回ができぬのならば、ジャングルを切り開いて地に丸太のコロを並べ、船をその上に乗り上げさせて、そして舳先のフェアリーダーに鎖を掛けて乗組員が総出でええいこらよと引いて、山脈の尾根を越させなければならない。もしも谷間を抜けぬのならば、この山脈の最高峰、〈スタンレーの魔女〉と呼ばれる〈ジャヤ〉の頂上を越さねばならない。

 

そうするしかないのであれば、そうするしかないのである。たとえ無理でも無謀でも南極へ行かねば国が滅びるのなら、そうするしかないのである。そして〈ヤマト〉は、何がなんでも〈天の南極〉へ行かねばならない。太陽系を出るにあたって迂回できない敵がいるなら、倒していかねばならないのだ。それは宇宙の赤道にそびえる〈ジャヤ〉だ。〈ヤマト〉に乗る者達は、それを征服せねばならない。

 

ニューギニア島スタンレー山脈最高峰、東経140度線のすぐ西に位置するジャヤ山。かつてその山は〈魔女〉と呼ばれた。登りつこうとする者を退(しりぞ)け、直上(ちょくじょう)の陽光を受けて輝き下界を見下ろしていた。登攀をあきらめ下山する者達は、振り返って雪の斜面に嘲笑(あざわら)う女の顔を見たと言う。風の中にせせら笑う声の響きを聞いたと言う。山は冷たくそびえ立ち、男達を笑っていた。人間どもめ。お前らを寄せ付けなどするものか。それが身のほどと知るがいい――冷ややかに〈魔女〉はそう言い笑っていたと。

 

そして今、冥王星――そうだ。宇宙を〈真南〉へ行かねばならぬ〈ヤマト〉にとって、冥王星は迂回できぬなら越さねばならぬ〈天の赤道の壁〉だった。宇宙のニューギニア島であり、スタンレーの山脈なのだ。〈ヤマト〉は〈ジャヤ〉に挑まねばならない。ガミラス基地は〈宇宙のスタンレーの魔女〉だ。地球人類の滅亡に手を貸す宇宙の魔女なのだ。

 

――と、これが単純な第一の理由だ。しかしまだ、それだけではない。〈ヤマト〉のクルーが冥王星を〈スタンレー〉と隠語で呼ぶもうひとつの理由があった。ニューギニア島スタンレー山脈――そこはかつて、日本の軍隊が無謀な作戦のもとに(おもむ)き完敗した場でもある。日本はかつて、世界を相手にした戦争でこの山脈を戦場にし、兵を全滅させているのだ。そこは玉砕の地でもあるのだ。

 

それも最初の……1942年、太平洋戦争中のことである。ミッドウェイでの海戦の直後だ。連合軍の巻き返しが始まって、日本は窮地に追われつつあった。敵連合の反攻の最初の拠点となったのがニューギニア島南部に位置するポートモレスビーの港。ここに置かれる基地へと敵は兵を続々と送り込む。それを防ぎ止めなければ、敵は140度の線を北へ北へと上ってきて、やがて日本は国を焼かれる。だからと言って降伏すれば、大国に四つに分けられ内乱を見物されることになる。その後に多くの国々がそうされてしまったように……。

 

紛争してるよ怖いねえなんで同じ民族同士殺し合わなきゃいけないんでしょ。東ジャパンに西ジャパン、南ジャパンに北ジャパン。しかしま、あそこで憎み合ってくれるほどこっちはお金が儲かるてもんで、いいぞどんどんやってくれい。流れた血が地に染み込んで、石油に変わって噴き出すくらい殺って殺って殺り合ってくれい。ああ平和の大切さがわかりますね。ああいう国にはなりたくないもんですな。

 

そう言われるはずだった。だから降伏はできぬと言った。実際にはアメリカに、『へっへー原爆で勝ったんだから全部ウチのもんだよ』と占領されて〈反共の盾〉にされるわけだが、そんなことは知るよしもない。敵は日本を四つに分ける四つに分けると言いながら、赤道にハシゴの足場を築こうとしていた。ルーズベルトはもちろんのこと、チャーチルもスターリンも毛沢東もそれぞれの国の民に約束していた。ショーワヒロヒトとかいうガニマタのチビを吊るして必ずあの島国を四つに切り分けてみせます。この線からこっちはウチの……。

 

そう言われていた。明治大正の頃からずっと……〈プロジェクト(フォー)〉とでも呼ぶべき陰謀により、日本は国をズタズタにされる寸前だったのだ。だってどうせ猿じゃないか。人ではないんだ。だから家畜にしていいんだ……白人達は平気でそう言っていた。そうだお前ら猿じゃねえかよ、猿を猿と呼んで何が悪いんだよと、面と向かって言っていた。彼らにとって〈戦争回避の努力〉とは、『猿が人間に逆らうんじゃないお前達は人間様に仕えてこそ幸せなのだなのにどうしてそれがわからん』と英語で怒鳴りつけ、日本人の尻を蹴飛ばし棍棒で殴ることだった。

 

当時の白人の思考では、それが〈人道(じんどう)〉だったのである。アメリカ国内で黒人の奴隷が解放されたとは言え、それはあくまで下僕(げぼく)として。〈準人類〉の身分に過ぎない。わずかなりとも反抗的な態度を見せれば即座にムチ打ち靴を舐めさせ、道の真ん中を歩くことも許さない。そして国外の植民地では、有色人種は牛や馬と同じだった。当時のキリスト教会が、〈人〉というのは白人だけだと教えていたから疑問を持つことすらなかった。しかし日本という国が、これをハネのけ刃向かってくる。アジアの民を〈人〉として扱えなどと言ってくる。許せん、猿の分際で……言って彼らは〈プロジェクト4〉を結成した。日本を四つに切り分けるのだ。

 

そうして他の劣等人種への見せしめを兼ねて、互いに殺し合わすのだ。百年でも二百年でも、白人の優位を保つために、いつまでも……必ずそうしてやるからなと、国際連盟の決議は言った。我らの自由の象徴であるニューヨークの女神像を護るため、貴様ら〈猿の帝国〉を必ず滅ぼしてくれてやる。その列島を〈永久戦闘実験室〉に変えてやるから待っていろ。

 

そう言われた。だから日本はこちらから戦争を仕掛ける以外に〈国家〉として在り続ける道はなかったのだった。たとえ敗けても易々と降伏などできなかった。赤道の敵を討たねばならなかった。しかし、ポートモレスビーは、スタンレーの高い壁の向こうにある。そこへ向かう最も低い道であってもその海抜(かいばつ)は二千メートル。

 

〈ココダ山道(さんどう)〉――名前はあっても、実は道なき道だった。それでも基地を落とすには、そこを進むしかなかった。だが実行は不可能とされる。無理だ。できるわけがない――。

 

そこにひとりの参謀が立ち、いいや、無理でもやるのだと言った。無理だできぬと言ってはならぬ。やらねばならぬものはやる。道がないなら道を作っていけばいい。敵が待つならそれを倒していけばいい。

 

スタンレーをおれは越える! 彼は叫んだ。名を辻政信と言った。これは上の決定であり、陛下の御意志であるとも吠えた。だが、それは嘘だった。すべて彼の独断専行――しかしそれがバレても言った。おれは行く。行ってみせる。『アイシャルリターン』などと言うマッカーサーを討ってみせる。白いツラでおれ達を劣等人種と見下し笑う者どもにこれ以上アジアを思いのままにはさせん。太平洋はやつら白人の海ではなくて我々の海だ! それをやつらに知らしめる! やつらの王と神の名の(もと)に民を奴隷化し、支配の限りを尽くしてきたマゼランの末裔どもとおれは戦う! 死ぬまで戦う! 日本の〈和〉をアジアの〈和〉に、世界の〈和〉に変えるのだ! これは〈和〉のための戦いなのだ。おれは〈和〉のために戦うぞ。命ある限りおれは戦う! 

 

みんなおれと共に行こう! ラバウルの海を背にして辻は叫んだ。誰もこのように兵を説く男を止めることはできなかった。ココダの道にとにかく行って、すべては後から考える。そんな無謀な案のもとに赤道の壁を越える作戦が決まった。辻政信はそれまで彼が戦ってきた地で常にそうしたように先頭に立って敵に挑むつもりでいた。

 

ところがなんと、ニューギニアに上陸直前、爆撃機に船が襲われ、辻は重症を負ってしまう。〈主役〉を欠いた部隊はそれでも基地を目指したが、これを予期していた敵はココダの道に罠を張り巡らせていた。日本軍は待ち伏せに遭い、射的のマトになっていいように殺されていった。

 

だがしかし、本当の敵は山そのものだった。兵達は熱帯のジャングルの中でマラリア蚊にたかられ、毒ヘビとクモとアリとヒルに咬まれ刺されて地をのたうった。ひとりひとりが50キロの荷物を(かつ)いで崖を登り、足を滑らせ転がり落ちた。補給なしの餓えに苦しみ、ついに最後の米も尽き、死んだ仲間の肉まで食って、骨だけ残して全員が死んだ。

 

それが太平洋戦争における最初の玉砕である。スタンレーでのこの敗北が初めとなって、日本軍は次から次に南の地で潰されていく。ソロモン、ギルバート、マーシャル、パラオ、マリアナの各島々で……そしてそこから飛び立ってくる爆撃機の群れにより、女子供の別なく火に焼かれていくことになるのだ。白人達は日本人をどうせ猿だと考えていたから、燃える街を空の上からざまあ見ろと笑って眺めた。

 

ニューギニア島スタンレー山脈。日本はかつて、そこに棲むという〈魔女〉に敗れた。その名は滅亡の象徴であり、敵の罠が待ち受ける地の象徴であるとも言える。ゆえに〈ヤマト〉の艦内で、冥王星のガミラス基地を指す隠語となっていった。戦闘要員は再戦の決意を込めて、航海要員は迂回すべきものとして共に山脈の名を使った。日本の南の赤道にあり〈進出〉を阻む高い壁。聞けばなるほどと納得する理由のはずのものではあるが、

 

「ふうん、それでスタンプラリーか」佐渡先生は言った。「で、みんなが騒いじょるのは、結局ハンコ捺してくことに決まったわけじゃな」

 

「エエト……マアソウデス。作戦名ハ赤道ノ山ニチナンデ〈じゃや作戦〉トナリマシタ。全乗組員、戦闘準備ニカカレトノコトデス」

 

「そうか。そういうことならば、わしはもっと飲まんといかんな」




松本零士『スタンレーの魔女』の作中でニューギニア島最高峰の山の標高は《5030m》と書かれ、ここに載せた地図でもそうなっていますが、近年新たに測量が行われたらしく、2017年の地図から〈ジャヤ〉の標高は《▲4778m》と改められています。しかし、本作ではあえて旧測量値を採ることとしました。


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第9章 ロマンのかけら
ジャヤ作戦


「作戦案に大きな変更はありません」

 

新見が言った。第二艦橋。半日前の会議と同じ面子(めんつ)がまた集められ、あらためて冥王星基地攻略が話し合われることになったのだった。しかし今度は意見の交わし合いではない。〈スタンレー〉に赴くのはすでに決したのであり、会議は作戦の詳細を確認するためのブリーフィングとなっている。

 

冥王星のガミラス基地を叩くミッションの名称は、ニューギニア島最高峰の山にちなんで〈ジャヤ作戦〉。再び、人形の目玉のような冥王星とその白夜圏が立体映像で投影される。

 

「冥王星に〈ヤマト〉で一気にワープで近づき、航空隊に核ミサイルを持たせて送り出します。白夜圏内を索敵し、基地を見つけて核を撃ち込む。済んだらただちに隊を回収、ワープで外宇宙に出る。それで作戦終了です」

 

言うだけならば簡単な話だ。実にシンプル極まりないなと古代は思った。

 

横にはまた加藤がいる。半日前とまったく同じ――しかし随分、長い半日だった気がする。同じ話を聞いているのに、どうしてたった数時間でこうもすべての状況が変わっているのか。

 

いや、そうでもないかなと思った。相変わらず加藤は挨拶もしてこない。一体さっきのあの喧嘩試合はなんだったのか。

 

新見は続ける。「敵は多くが避難しており、基地を護る人員は最小限しか残していないと考えられます。それでも戦闘機が行けば、かなりの数で迎え撃ってくるでしょう。また、無人迎撃機・無人対空火器といったものも多数存在すると思われます。航空隊にとっては危険な任務ですが――」

 

古代は場にいる者達の視線が自分に集まるのを感じた。加藤はともかく、コダイとかいうこの落ちこぼれパイロットに任せて大丈夫なんだろうか――皆がそう思っている顔つきだ。

 

無理ないよな、と古代は思った。おれ自身が、おれが隊長で大丈夫なんてとても思えやしないもの。しかしもう完全に、決定になってしまっている。たった半日でなぜこうなるんだ? おれ自身はいつものように、山本に言われるままにトレーニングしていただけだったってのに。まわりの状況が勝手に動いてこの通りだ。

 

冗談じゃない。おれにはできない。最初からそもそも無理なんだから――古代はそう叫びたかった。おれに隊長なんて無理です。他の者にしてください。〈ゼロ〉に乗れと言うんだったら乗りましょう。冥王星に行けと言うなら行ってきます。そこで死ねと言うのであれば、しかたない。覚悟を決めるしかないです。これがそういう戦争で、戦闘機を操る腕を持つようになっちゃったのが身の不運だ。そう思ってあきらめますよ。だからバッサリ殺ってもらおうじゃないですか。

 

でも、お前が隊長で行けと言うのは話が全然別でしょう。おれには無理だ。無理なんです。そう叫んでしまいたかった。ましてや、これが成功するかに、人類の運命が懸かっているなど――。

 

イヤだ。そんなの、絶対にイヤだ。おれには荷が重過ぎる。そんな資格も能力も持っていない人間なんだ。自分がいちばんよく知っている。おれはがんもどき、グーニーバードだ。荷物運びの間抜けな鳥だ。軽貨物機を飛ばしてるくらいがお似合いのパイロットで、エリートでもなんでもないんだ。腕が良ければ人の上に立って戦えるというもんじゃないだろう。

 

(うつわ)と言うか、資質と言うか、そういう最も肝心な点でおれはダメだ。隊を率いるなんてことはできない。おれが自分でわかって言ってるんだからこれほど確かなことはないと言い切ってしまいたかった。なのになんでおれなんだ。おれは隊長にしてくれなんて頼んだ覚えは一度もないぞ。だから責任なんてないぞ。人類を救う使命なんて、背負いたい者が負えばいい。誰か他にいないのかよと。

 

しかし何も言えなかった。誰も何も言わなかった。こいつにゃ無理なんじゃないですかとか、たとえば横の加藤の方がとか、言い出す者もひとりもいない。

 

加藤もやはり口を利かない。何を考えているかすら、横顔を見ても窺い知れない。ただ投影されている冥王星の白夜の圏の立体図を見ているだけだ。

 

みんな知ってて言うに言えないということなのか――そう思った。ここにいるのは(しのぎ)を削る競争に勝ち抜いてきたエリート集団。だから競い合わない者の気持ちを理解することがない。なんで誰もが百メートルを十秒切って走らなければならないのか、そんなの疲れるだけじゃないかと言う人間は負け犬なのだ。為せば成る、為さねば成らぬ何事もだ。そういう価値観で来てるから、こんなときに水差すようなことが言えない。

 

おれがタイタンで変に働いてみせちゃったというのも引っかかってるのだろうかと古代は思った。だから余計に言うに言えない。このコダイにそもそも〈ヤマト〉に乗る資格があるのかなんてことは……思っていても口に出せぬのだ。それどころか、次には考え始め出してる。失敗したらこいつのせいだ。そういうことにしてしまおうと。

 

冥王星で敗ければ人類滅亡確定。今度ばかりはどうしようもない。だったらそれは、このコダイススムというやつのせいだということにしよう。他のクルーはみんなよくやりました。務めをちゃんと果たしたんです。けれどもこのコダイっていうボンクラが、隊長としてダメだったんです。地球の皆さん、ボク達をどうか恨まないでください。

 

恨むのなら古代進、コダイススムを恨んでください……なんて言っても地球に届くはずないのに、今から言い訳してるんじゃないのか。たとえ結果が悪くても自分のキャリアに傷が付かねばいいという――エリートなんてどこかそういう考えが身に染み付いているものなんじゃないのか。

 

競争に暮れるあまりにかえって保身にかまけるようになっていき、ついにそれが本能となる。そうして責任を取ることのない責任者が出来上がる。うまくいったら自分の手柄、失敗したら他人のせいだ。だから、ここでこのおれを使ってダメなら人が滅ぶとわかっていても何も言えない。言うのが怖い。それじゃあキミの意見を汲んで人選を替えようなんて話になって、その代わりしくじったらお前のせいだぞ、お前のせいで十億人が死ぬんだぞということになったら、そんなの――。

 

とても堪えられない。イヤだと誰でも思うだろう。そんなことになるのだけは絶対にイヤだと。こんな船に乗り組んで、人類の運命背負って戦う覚悟を固めていても、さすがにそこまでの荷は負いたくない。だからいちばんのババ(ふだ)は、どうせ元から疫病神のコダイススムに押し付けちゃおう、とそう思う。だからここで余計な意見具申をする人間は誰もいない――。

 

人類が滅ぶとしたらおれのせいか――古代は気が遠くなりそうだった。高い塔から向こうの塔へ張り渡した綱の上を歩けと命じられた気分だ。下には奈落が広がっていて、地球に残る十億の民が、おれを見上げて固唾(かたず)を呑んでる。しかし〈ヤマト〉の他のクルーは、柵の向こうでおれを眺めて落っこちるのを待っているのだ。

 

が、ひとり、

 

「必ずやり遂げてください。そうとしか言えません」

 

新見が言った。戦術科の長としての言葉なのは古代にもわかった。おれがダメなら全員が死ぬ。地球人類が死ぬのはもちろん、〈ヤマト〉の乗組員も皆。それに新見自身もまた……それもわかっているのだろう。これはそういう戦いなのだ。覚悟のうえであなたに賭ける。そう言われている気がした。他になんとも言いようがなく、まさしくそう言うしかないからだとしても……だからおれには無理ですなどと応えられる状況じゃない。

 

「はい」

 

と古代は言うしかなかった。そう言うだけで体じゅうの血が引いて、ぶっ倒れそうな思いだった。

 

「航空隊が基地を探す間、〈ヤマト〉は白夜圏の外で待ちます」と新見は続けて言った。「しかし当然、敵も黙ってはいないでしょう。必ず〈ヤマト〉を沈めようとかかってきます。そのために多くを逃がして我々を待ち受ける手を取ったのですから」

 

敵は〈ヤマト〉を『来るなら来い』と誘っている。そのためにわざと防備を手薄にしたとの話は、古代もすでに聞いていた。この挑戦は受けるしかない。どちらにとってもこれは決戦なのだから、と――〈ヤマト〉を止めようとするならば敵もリスクを冒さねばならない。まあそういうものと言うのはわかるが……。

 

「敵にとって、冥王星の基地はもはや犠牲にしてもよいものになったと見るべきです」新見は言う。「今から遊星を止めたところで、地下都市の水の汚染は止まりません。これで〈ヤマト〉が沈んだら、人類滅亡は完全に確定する。ですからもうガミラスにとって、基地はどうしても必要なものではなくなっているのです。航空隊の核攻撃阻止は二の次。あくまで〈ヤマト〉を沈めることを第一に狙ってくるでしょう。おそらく大型艦数隻で〈ヤマト〉を囲もうとすると考えられます」

 

〈ヤマト〉が沈めば、たとえおれがうまくやってもすべてご破算というわけだ――古代は思った。かえって少し気が楽というのも妙な話だが、心境としてはそうだった。敵が待つのがおれじゃなく船の方だというだけで負担が軽くなる気がする。作戦が成功する見込みは、さらに低まっていると言うのに。

 

「〈ヤマト〉は十のガミラス艦と戦えるように造られたとされますが、同サイズの大型艦が相手となれば、一度に対せるのは三隻が限度というところでしょう。敵もそう見込んでいて、五隻六隻で囲み込もうとするはずです。まともにやったらやはり〈ヤマト〉は勝てません。主砲とエンジンが焼き付いたらおしまいとわかっているわけですから、できる限り過熱を抑える戦い方が必要です。火力と速度に任せて敵を打ち負かすのでなく、航空隊が任務を果たすまで船を持ちこたえさせるのを第一の旨とする。何よりこれができるかどうかに、作戦の成否が懸かっていると言えます」

 

つまりは、操舵士の島がどれだけうまく船を操れるかどうか――そういうことだなと古代は思った。島を見る。新見の話を堅い表情で聞いている。おれと同じか、ひょっとするとおれより重い荷を負わされた男の顔だと思った。とは言っても、結局おれに全部懸かってしまってるのかもしれないが。

 

〈ヤマト〉と島が耐え(しの)げる間におれが、基地を見つけて攻撃掛けなければならない。そういう話でもあるのだから……島もこちらを見返してくる。頼むぞ、という表情に、古代は頷いてみせた。おれとお前のどちらがダメでも人類は滅ぶ。そういうことだ。頼むから頑張ってくれ――そんなふうに眼で告げてくるその相手が、かつての候補生仲間の島であると言うだけが、この状況で救いだと感じた。てんで知らない人間とどうして命を預け合えるか。

 

「それから、もうひとつ懸念があります」新見は言う。「敵は必ず、地球の戦艦が来るのに備えて、対艦ビーム砲台をどこかに持っているはずです」

 

島が言う。「ビーム砲台?」

 

「はい。おそらくそれこそが、敵が〈ヤマト〉に決戦を挑んでくる理由でしょう。宇宙軍艦を沈めるのに最も有効な兵器は対艦ビームです。〈スタンレー〉には必ず強力な砲台がある。それで〈ヤマト〉を貫けるという自信があるから我々を呼べる。ですからこれが、〈ヤマト〉に対し敵が仕掛ける最大の罠となるでしょう。勝つためにはどのようにして敵がこの〈ヤマト〉を狙うか見極めねばなりません」



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対艦ビーム砲台

対艦ビーム砲こそが、宇宙の戦いで勝敗を決める最も重要な兵器である。つまるところ、〈ヤマト〉が持つ三基九門の主連装砲塔も強力な対艦ビーム砲台なのだ。主砲の威力が高いがゆえに、〈ヤマト〉は敵ガミラス艦をバンバン沈めることができると考えられている。

 

大艦巨砲主義こそが、宇宙の戦いの基本だった。強いビームを持つ側が、常に相手の優位に立つ。これについては、(かね)てより地球の方が(まさ)っていた。沖田のかつての乗艦〈きりしま〉も、ガミラスのどの船より強い砲を持っていたため、〈メ号作戦〉からもどうにか生きて帰ってこれたのだ。

 

ガミラスは波動技術を持つ一方で、多くの点で地球に劣る。地球の船より強力な対艦ビーム搭載艦を造れぬのだから、波動砲も造れぬのだろう――などとよく言われている。妙な話だがしかし事実でもあるのだろう。やつらを見ればどうもそうとしか思えないのだ。

 

だが、事実のすべてでもない。

 

「『ガミラスに強い砲が造れない』と言うのはあくまでも艦載用に限っての話です」新見が言った。「船に積める最大のものでも、地球の〈きりしま〉に劣っていた、と言うだけです。地面に固定されるものなら、極めて強力なビーム砲も保持しているとみるべきでしょう。敵は地球の戦艦が万一近づくときに備えて、必ずそれをどこかに設置しているはずです」

 

「〈ヤマト〉の装甲も一撃で貫くほどのものだと言うの?」

 

森が言った。戦闘ではレーダー手となる森は、敵が撃ってくるならば素早く探知せねばならない立場だ。

 

新見が応えて、「そうでしょう。その程度の科学力はやはり持っているはずです」

 

「しかしだ。逆に言えばだな」と、真田はそれまで黙っていたのが口を開いて言った。「その罠さえ破れたならば、この戦いに勝てる望みが高くなると言うことだ。ここからはわたしが説明する」

 

立体画の映像を変える。冥王星の脇にもうひとつ、大きさが半分ほどの星が立体投影された。

 

「カロン」と言った。「対艦ビーム砲台を敵が置いているとすれば、可能性が最も高いのはここだ」

 

衛星〈カロン〉――冥王星は地球の月より小さいくせにさらに小さないくつもの〈月〉を持つ星だった。最も大きなものがカロンで、直径は冥王星自体の半分。母星に対してあまりに大きな〈子〉であるため、衛星と言うより連星となって、互いに互いを回り合うようになっている。このカロンを〈P1〉として、P2とP3がニクスとヒドラ。続けてP4、5、6と、いくつか小さなジャガイモ星があったのだが、みなガミラスに砕かれて遊星の材料にされてしまった。地球人類を皆殺しにしたいなら〈山〉の大きさのニクスかヒドラをそのまま投げればよかったのだが、ガミラスにそこまでの力はなかったものと考えられる。

 

よって今、カロン以外に〈月〉はない。この会議に先立って、真田は沖田に〈スタンレー〉には罠があるはずと聞かされていた。おそらく、対艦ビーム砲だ。真田君、君には特にその対策を任せたい、と。

 

それがすなわち〈スタンレーの魔女〉……わしが君を船の副長に選んだのも、元はと言えばそのためだと沖田は言った。冥王星に必ずあるはずの〈ヤマト〉を一撃に沈めるほどのビーム砲。しかしそれがどこにあり、近づく船を敵がどう撃つ考えなのかまるでわしにもわからない。そこで君に頼むのだ。科学者の眼で罠を見極め、打ち破る方法を考えてもらいたい。この戦いに勝てるかどうかは、ひとえにそれに懸かっている。

 

君なら〈魔女〉に勝てると見込んだ――艦長室で先ほど沖田が言ったのは、つまりそういう意味だった。それ以外は他の者とわしに任せて、とにかく君は対艦ビーム対策に専念しろというわけだ。真田はハイと言うしかなかった。

 

だが……と思う。なるほど自分は対艦戦闘だの基地の攻略なんてことは素人だ。一方、そういう仕事なら専門と言えなくないが、それにしても……最初からそのつもりでいたなら、なぜもっと早く教えてくれなかったのか。どうしてこのドタン場の今になって言うのです。そう聞いても沖田はただ、『君にはまず副長職に慣れてもらわねばならなかったからな』と言うだけだった。どうせ出たとこ勝負になるのだ。早く言っても仕方あるまい。

 

ヘタな考えならば休むに似たりだと――確かにそうでもあろうが、しかし、とりあえずの知恵は絞った。敵がビーム砲台を置く場所として、真っ先に思い浮かんだのがカロンである。まずは順当な選択のはずだ。

 

「冥王星とカロンとは、完全に同じ面を向け合っている。地球の月が地球に対して常に同じ面を向けているのは、誰でも知っているだろう。地球も月の引っ張る力で潮の満ち引きが起きたりする。冥王星ではこれが極端で、カロンがあまりに大きいために、母星の方でも子に対して同じ面を向け続けねばならなくなっているわけだ」

 

立体像を動画でプレイさせてやる。カロンの自転・公転と、冥王星の自転とは、目に見えない歯車が間にあって制御しているかのように完全に一致。互いに〈裏〉を見ることがないのは誰の眼にもわかるはずだった。そしてまた、軸が平行なのだから、白夜の圏も同じ具合になってることも。

 

「つまり、カロンが冥王星に向けている〈表〉の面の真ん中にビーム砲台を置いてやれば、向かい側をどこでも自由に狙い撃つことができるわけだ。冥王星の基地が対面のどこかにあれば、地球の船が近づいてもビームで完全に護れるのだな」

 

〈ヤマト〉の模型を手に持って、立体映像に差し入れた。カロンからビームが飛び出て模型に当たり、爆発するアニメーションが投影で重なる。

 

加藤が言った。「つまり、基地は、カロンを向いた面にあると言う……」

 

「そういう話にもなってくるな」

 

言ったが、しかし実のところ、真田はあまりこの考えに自信を持っていなかった。何よりこれを話したときに沖田が浮かない顔をしていた。『まあ最初の案として悪くないとは思うのだが』などと言う。カロンに置けば〈表〉の面を自由に撃てる。なるほど理屈はその通りだが、そんな誰でもすぐ思いつくようなことを敵が果たしてそのままやるか?

 

言われてしまうと確かにやや疑問を感じざるを得ない。何よりもすぐ、加藤が言った考えにたどり着いてしまうことだ。ガミラス基地は冥王星の白夜に在る。とりあえずこれは疑問の余地がないので、星全体の二割程度に範囲を絞って考えられる。それでも直径千キロだ。索敵は容易(たやす)い話でないのだが、これにカロンを向いた面、という条件を加えると、一気に半分に(せば)まるのだ。底辺が千キロの半円形。そのどこかに基地があるという話になる。星全体の一割……。

 

単純に範囲が絞れたと言って喜んでしまっていいのか。話がうま過ぎはしないだろうか。いや、もちろん、カロンにビーム砲台があれば、それを躱して基地に近づく難しさもあるのだが……。

 

しかしこれも逆に言えば、カロンを向かぬ側の面は全部がビームの死角になると言うことなのだ。だから〈ヤマト〉はそこに入れば、罠を無効にできてしまう。敵が強力な砲台をいくつも設置できるものとも思えない……。

 

対艦ビーム砲台など、二基も三基もあるはずがない。一基だ。それが限界のはずだ。敵は結構苦労している。二百三百という船を送ってこれないから地球相手に苦戦している。冥王星まで普通の船で二ヶ月かかるというその距離。何よりもその遠さを盾にして地球艦隊を退(しりぞ)けてきたのだ。やつらはそうするしかなかった。実はカツカツのギリギリで、(ふところ)の具合は厳しい。

 

新見の意見も聞いてみたが、これは決して希望的観測ではないと言われた。やつらがやつらの兵に食わせるメシの問題などといった〈家計の事情〉まで考慮して敵の力を分析したうえで、ビーム砲台などいくつも置けぬし維持もできないという結論を出したのだ。〈スタンレー〉の敵が持てる強力な対艦ビーム砲台は一基のみ。だからやつらはその一基をできるだけ効率的に使おうとするはず――。

 

カロン。もちろん砲台設置に適した場所には違いないが、しかしこんな誰もが最初に思いつきそうなところに……そう考えるととても自信を持つ気になれない。容易(たやす)く見破れ無効にできてしまえるものは、そもそも罠となど呼べまい。

 

しかしそれなら、砲はどこに――だが考えは浮かばなかった。確かに沖田の言うように、考えるだけ時間の無駄としか思えない。とりあえずカロンが有力候補なのも確かな話なのだから、まずはこれで進める他にないのだが……。

 

「ガミラスは一対一で〈きりしま〉に勝てる船さえ持っていない。なのに〈ヤマト〉を迎え討とうと言うのだから、必ずどこかに固定のビーム砲台はある。その罠さえ破れたら、我々はこの戦いに半ば勝ったと言えるだろう。〈ヤマト〉自身が星の白夜に乗り込んで、航空隊と連携して敵の基地を叩けるのだ。ガミラスが十の戦艦で向かって来ても別に相手にすることはない。我々は基地さえ潰せばよいのだから、後は放ってワープで逃げるべきなのだ」

 

そうだ。船と戦わぬなら、主砲もエンジンも温存できる。元々すべてが基本的に船を護るための装備なのだ。基地を潰してワープで離脱。ただそのためだけに使用する。〈ヤマト〉は決して戦うための船ではないという原則は、この作戦でも変わらない。必要以上の戦闘はせず、イスカンダルを目指すのだ。

 

真田はそう考えた。一同を見て話を続ける。

 

「砲がどこにあろうとも、必ず死角は生じるものだ。何しろ、星は丸いのだからな。冥王星の片面が百年ずっと白夜なら、反対側はずっと夜だ。夜の面は基本的にビームの死角と考えてよかろう」

 

言ってから、違っていたらどうする、と思った。やつらがまさに〈裏〉をかいているとしたら……しかしまさか。基地を白夜に置くのなら、ビーム砲はその圏を護るように配置しなければ無意味。〈きりしま型〉や〈いそかぜ型〉の船の突っ込みを許してしまったときにアウトだ。逆の面を護るよう砲を造るバカがいるなど考えられん。だから死角に戦艦を送り、〈ヤマト〉を囲み込もうとする――。

 

この考えに間違いなんてあるだろうか。いいや、まさかとしか思えなかった。『〈メ号作戦〉でもし地球に敗けていたら』とやつらが考えぬわけもないのだ。ひとつの砲が星の半球を護るなら、その裏側は死角のはずだ。だって、星は丸いのだから。そうだろう。これがどうにもなるはずがあるか。

 

「ゆえに〈ヤマト〉は予想される敵ビームの射程外にワープして、航空隊を送り出す。迎える敵となるべく交戦せず逃げながら、砲台の位置を見極めるのだ。固定され移動できない砲ならば、位置を突き止めてしまえばやりようはあるはずだ。〈ヤマト〉の主砲で撃ち返すなり、魚雷ミサイルを送るなり……では、砲台をどう見つけるかだが……」

 

真田はここで言葉を切った。この先を話すのは勇気がいる。しかしやらねばならなかった。一同を見て真田は言った。

 

「ビーム砲でわざと〈ヤマト〉を狙い撃たすのだ。それ以外に砲台の位置を突き止める方法はない」



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肉を斬らせて骨を断つ

森はひとり、艦橋裏の小展望室にいた。窓には宇宙。半日前にこの部屋で見たのとほとんど変わらぬ星の海が広がっている。

 

真田の話で会議は終わり、解散となった。〈ヤマト〉は十二時間以内に冥王星にワープすると言う。敵の避難を見届け次第ということだ。それまで各自、準備を整え、作戦に備えて休息を取れ――そう申し渡された。今日は一体、なんと長い一日だろうと森は思った。半日前には何も決まっていなかったのに、明日は人類の運命を懸けた作戦が実施されてしまう。

 

真田は敵にわざとビームで〈ヤマト〉を狙い撃たせると言った。ビームは多少、磁場や重力の影響で曲がることもあるとは言え、基本的にはまっすぐ進む。敵が撃つなら砲台がどこにあるかは一目瞭然だ。眼で見て位置を確かめてしまえば、応戦法も見つかるだろうし、死角も求めやすくなると。

 

問題は、わざと撃たせて当たったら〈ヤマト〉はおしまいと言うことだ――敵のビームは間違いなく、直撃すれば〈ヤマト〉を大破させる威力を持っているのだろうから。

 

「撃たさなければ砲台の位置はわからない。しかし撃たれたら〈ヤマト〉は沈む。このジレンマをどうするかだが……」

 

と、先ほどの会議の中で真田は言った。一瞬、何かすごい防御法でもあるのかしらと森は思った。〈ヤマト〉の周りに磁場のバリアを張り巡らせてビームを曲げてハネ退けるとか、マイクロ・ブラックホールを作ってビームを吸い込ませてしまうとか……しかしそんなことはなかった。次に真田が言ったのはア然とするような言葉だった。

 

「なんとかして(かわ)すんだ。それしかない」

 

室内に重苦しい沈黙が流れた。第二艦橋の人工重力装置が一瞬故障したか、酸素供給が止まったかのようだった。

 

「ええと……」と太田が言った。「『躱す』と言いましても……」

 

「難しいのはわかっている。だがやりようがないわけではない」

 

「そりゃ確かにそうですが……」

 

森も思った。確かにそうだ。ビームを躱すのはできなくはない。ないけど、できないも同然だ。とてもとてもとてもとてもとてもとても難しい。とりわけ、敵が待ち構え、ここぞというときを狙って撃つなら、ビームを躱すのは不可能に近い。とってもとっても難しいことなのだ。

 

光は光速で進むのだから、敵が光線を発してそれがこちらに見えたときが届いたときだ。だから普通は()けられない。しかし今の地球には超光速レーダー技術があるため、敵のビームをそれが届いたときでなく、放ったときに探知することが可能である。それが命中するまでに、タイムラグが生まれるのだ。

 

宇宙船は一秒間に百キロも進む。これをほんの0.1パーセント、速くか遅くしてやるだけで、うまくすればビームは船の前か後ろをかすめ抜けてくれることになる。敵は船を直接狙って撃つのではなく、未来位置をめがけて撃つのだ。加えてビームは光速まんまではなくて、何割引きかの亜光速。だからビームを避けるのは、できなくなくはないのだが、野球選手にピッチャーの投げるデッドボールを跳んで避けろと言うのに等しい。

 

「事は条件次第なのだ。うまくすれば避けられる」

 

真田は言った。森には特に自分に向かって言ってるように感じられた。レーダーその他のオペレーターである自分は、敵がビームを撃ってくるならそれを探知する役だ。つまり自分が素早く動けるかどうかに、〈ヤマト〉がビームを避けられるかがかかってくる。

 

「ビームを見れば砲台がどこにあるかが(おの)ずとわかる。それは敵も知っているから、簡単に避けてしまえる位置の〈ヤマト〉は狙わぬだろう。敵は一撃必中を狙う。『いま撃つならば〈ヤマト〉は決して躱せない』という、そのタイミングを見定め撃とうとするはずだ」

 

太田がまた言う。「そうでしょう。だから……」

 

「だから避けるのはより難しい。もちろんそうだが、ひとつこちらにも強みがある。やつらはそもそもどうしてわざわざ〈ヤマト〉を誘い、冥王星で戦おうとするのだ? 波動砲が怖いからだろう。敵は〈ヤマト〉が〈ワープ・波動砲・またワープ〉と連続してできないことに確信が持てない。〈ヤマト〉にそれができるようなら自分達はおしまいだ、と考えるしかないのだ」

 

第二艦橋の重力や空気が元に戻り始めた。この副長兼技師長はまったく何も考えずにしゃべっているわけではないらしいと機械も認めたのか。

 

「どういうことですか」と太田。

 

「簡単だ。たとえビームを撃たれてもなんとか躱せる位置に着き、〈ヤマト〉の艦首を冥王星に向けてやる。それで敵には波動砲をぶっぱなそうとしているように見えるだろう。やつらは一撃必中にならないとわかっていても〈ヤマト〉めがけて撃つしかない」

 

「それで、砲台の位置もわかる……」

 

「そうだ。完全な回避はできなかったとしても、直撃さえ躱せれば損害は軽微で済むだろう。肉を斬らせて骨を断つというような勝負になってしまうかもしれん。しかし、他に策はない」

 

……と言うわけだった。真田の狙い通りに行けば、たとえ躱しきれなくても〈ヤマト〉の沈没は避けられる。それにはレーダー手の自分だ。わたしがビームを躱すのだ……考えると森は恐ろしくてならなかった。

 

レーダー画面をただ見ていれば、ここからビームが来ますよとコンピュータが教えてくれるというものではない。医者がレントゲン写真やCTスキャンの画像を調べるような眼で、モヤモヤとはっきりしない像の中からノイズをかき分け、意味する情報を掴み取るのだ。ビームを見てもすぐにはそれとわからないかもしれない。ならば、一瞬後には〈ヤマト〉が到底回避不能な距離に近づいてしまっていて、直撃を受けることになる。

 

そうなったらおしまいだ。〈ヤマト〉が沈むか戦えるか、まずはわたしにかかっていると言うことだ。地球人類すべての命も……森は重圧に押し潰されそうになるのを感じた。わたしがひとつしくじっただけで十億が死ぬ。こんな恐ろしい話があるか。

 

コンピュータがビームの接近を警告してくれるのならば自分は要らない。〈ヤマト〉を加速か減速させればビームは前か後ろにそれる。島がどちらにするかを決めてレバーを動かすだけでいいのだ。しかしそうはいかないから自分がレーダーを見据えねばならない。神経をすり減らしながら……。

 

いいや、元より、オペレーターとはそういうものだ。艦橋内でも一瞬も気の抜けない重労働だ。普段から船の運行を管理するため艦橋に立ち、レーダーを見張る。ために本来、戦闘要員ではないはずなのに戦闘では、そんな任務も負わねばならない――それが船務科員だというのはわかっていても、どうしてここまで働かされなきゃいけないのかという思いを感じずいられなかった。戦闘時のレーダーなんて誰か専門に見る者が他にいてもいいはずでは?

 

いいや、それは、言ってはいけないことなのだろう。けれど――と、展望室の窓を眺めて森は思った。どうしてわたしが地球人類の命運を背負わされなきゃならないのだろう。レーダー係がどうとかいうだけでない。なぜわたしが人のために働かなければならないのだろう。地球で何もいいことなんかなかったのに。カルトの子供として生まれて、地球なんてなくなっていい、人類なんかみな死んでいい、ずっとずっとそう言われて育ってきた人間なのに。

 

わたしの親は、ガミラスが来る前からそうだった。幼い頃から聞かされてきた。この世界が滅びる日が待ち遠しい。早く来てくれないかしらね。ユキ、あんたもそう思うようになりなさい。世間のバカな人間も、汚らしい動物も、全部死んで構わないのよ。

 

子供は親を見て育つ。親がそういう人間ならば、子供はそうかと思ってしまう。小学校に入るまで、親の話を森は信じて疑わなかった。伝道、伝道、伝道の日々で、家のテレビのリモコンは幼児の手では決して届かぬ高さのところに置かれていた。アニメや子供番組の(たぐい)はそもそも見たこともなかったし、そういうものがあるということ自体を知らなかった。森は親に洗脳された。この世に生きる多くの人は堕落している。だから救う価値はない。あなたは選ばれた者だけを神の(もと)に連れて行くのよ。

 

その声が、今も頭の中で聞こえる。星の海に父と母の顔が浮かぶ。ユキ、いつまでそんなこと続ける気だと言っている。お前もそろそろわかったんじゃないのか。人類なんか絶滅していい存在だということが……なのにどうして救おうとする。無駄なことはやめなさい。

 

ユキ、お前は間違っている。認めろ。これは悪魔の罠だ。お前にとって地球が一体なんだと言うのだ。そこをよく考えてみろ。

 

地球はお前が命を懸けるような星なのか? 人類が堕落しきっていることはお前も認めてたんじゃないのか。お前が同朋と思うのは〈ヤマト〉のクルーだけなんだろう? だったら、それでいいじゃないか。マゼランなんか行くのはやめて〈ヤマト〉で仲間達だけの星を見つければいいじゃないか。だから〈ジャヤ〉に挑むのもナシ……。

 

そう語るのは、もはや父と母ではなかった。もうひとりの自分だった。窓ガラスに自分が映り、宇宙に顔が浮かんでいるように眼に見える。その自分の顔が言う。そうよ。それで何が悪いの。人類がここで滅んだとしても、それは自業自得じゃないの。本当ならあと十ヶ月子供が産めた。それを半分に縮めたのは、自分達でしてること。どうしてその面倒を〈ヤマト〉が見なきゃいけないの。あたしがその責任を代わって負わなきゃならないの。あたしは悪くないわよねえ。悪いの全部人類よねえ。これについては、ガミラスもたいして悪いと言えないわ。あたしの父と母のような狂信者を放っておけば、やがて凶悪な民兵化して地下都市内に内戦を起こす。そんなのわかっていたはずなのに何もしなかった政府が悪い。そんな政府の弱腰を許していたひとりひとりの市民が悪い。今だって、ガミラス教徒や降伏論者は全体の一割すらもいないはず。残り九割の九億人がテロに敢然と向き合えば、軽く負かせるはずなのに。

 

なのに立ち上がろうとしない。みんなあきらめてしまっているのよ。どうせ何をやっても無駄だ、水の汚染は止められない、地上へなんか戻れない――そう考えてしまっているのよ。

 

〈ヤマト〉のことも、船一隻で何ができると思っている。波動砲なんてものがあるなら、冥王星を吹き飛ばせもするのだろう。しかしそれでどうなるのだ。〈イスカンダル〉。〈コスモクリーナー〉。そんなのアテにできるものか。〈ヤマト〉なんて冥王星を撃つだけ撃って、後は逃げるに決まっているさ。

 

みんなそういう考えでいる。人類は、たぶんとっくに滅亡してしまっているのよ。今日や明日や半年後、一年後の話ではなく、最後のひとりが死ぬだろう十年先の話でもなく、もう一年も二年も前に。ガミラスに勝つのをあきらめ、降伏もせず、ただ死ぬのを待とうと人が決め出して、誰もがそうなってしまったときに……だからとうとう事態がここまで進みながら、カルトと戦おうとしない。家にこもってテレビゲームをしているか、酒や麻薬に溺れているか。自分の家に火をつけられても、逃げもせずそのまま焼かれていくんでしょう。

 

地下市民の多くはそうなってしまったのよ。なのにどうしてこのあたしが戦わなければいけないの。

 

そう思った。今の地球に〈ヤマト〉のクルーが命を懸ける価値があるのか。〈スタンレー〉で勝てるかどうかわからないなら、いっそ逃げるべきなんじゃないか。

 

そうよ、と思った。逃げるべきよ。人類なんか見捨てて逃げてしまいましょう。〈ヤマト〉のクルーだけの星を見つけましょう。そこであたしが子を産めば、人は存続するじゃあないの。父親にはあたしの父さんなんかとは全然違う人間を。狂った考えなんかには決して取り憑かれたりしない、〈ヤマト〉のクルーの中でも特に優秀で、頼りになる人間を。どんな状況に置かれても決して逃げたりあきらめたり、仲間を見捨てたりしない。たとえ(かい)で漕いででも船に宇宙を進ませて、地球に戻り人々を救い出してくれるような……。

 

と、そこまで考えたところで『あれ?』と思った。変ねえ。今、どこかで考えが狂ったような。そもそも何を考えてたんだろ……ええと、男のことだったっけ。ははは、あたしは一体何を……。

 

まったく、何を考えてるのか。どうかしてるな。そう思って首を振り、窓に背を向け展望室を出ようとした。ドアを開けると、ちょうど中に入ってこようとする者がすぐそこにいて衝突しかけ、森は面喰(めんく)らわされた。

 

相手も同じだったらしい。森を見て驚いた顔をする。

 

古代進だった。



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真っ赤なスカーフ

「あ、ごめんなさい」

 

古代は言った。それから思った。うわっ、またこの女かよ。なんでなんで毎度毎度、()の悪いときに出くわすんだ。よりにもよって船でいちばん苦手な相手に……おれって運に見捨てられているのとちゃうか?

 

森雪とかいう女士官は、二歩ばかり後ろにさがった。それから古代に、『入りなさいよ』という眼を向けてくる。今ここから出ていくつもりだったんじゃないのかよと思ったが、

 

「いいえ。おれ、やっぱりやめます。どうぞごゆっくり」

 

ムッとした顔をされた。いかん、と思う。そりゃそうだ。しかたがないのでやっぱり小部屋の中に入ることにした。

 

それがいけなかった。足を踏み出した瞬間に、森も古代の横をすり抜け部屋から出ようとしたのだ。カウンターでぶつかってしまった。

 

「わっ」「きゃっ」

 

よろけつつ、ふたりで展望室内へ。森が倒れそうになるのを古代は支えた。

 

古代につかまり、森は背を正して立つ。睨むように古代を見た。

 

やばいなあ、と古代は思った。この状況は絶望的だ。すべてをあきらめ、神にゆだねるしかあるまい。

 

「えーと、その、あの……」

 

古代は言った。この女がこのおれをどう見てるかはわかってる。この〈ヤマト〉にはふさわしくない規格外の不良品、だ。そりゃそうだろう。おれ自身、よくわかっていることだ。真のエリート艦橋クルーの島とか南部とかいうのと毎日一緒にいたら、おれなんか、よくよくカスにも見えるだろうさ。人類存亡の危機にあるこのときに、戦わずに逃げる男――そういう眼で見てるんだろう。

 

けれどもそう思われてもしかたない。だって本当に逃げたいんだもん。人類を救う使命なんて、どうしておれが負わなきゃならん。そんなのヤだから逃げたいんだよ。このキャリアウーマンには、さぞかしそんな考えは意気地なしに思えるだろうが。

 

この小展望室にいま入ってきたのだって、たとえ少しの間でも状況から逃避する場所を求めてのことだった。前回の会議の後もそうだった。なのに度々(たびたび)、この女は、一体どんな理由があって同じ時間にここへやって来やがるのか。そんなに星を見るのが好きか。

 

外にチラリと眼をやった。窓の向こうに〈煙突〉がある。実は対空ミサイルの発射台であるとか言うが、なんで煙突の形なのか。さらにその後ろ、戦艦〈大和〉ではアンテナ線の支柱が立っていた場所に細長い翼のようなものがある。船体から離したところに置かなきゃならないセンサー類を保持するための柱らしいが、これまたなんでわざわざそこに。で、その先に副砲主砲、カタパルト……正気の沙汰と思えない。一体なんで、何から何まで昔の戦艦そのまんまの形にしようとするのか。

 

森は言った。「ありがとう」

 

「は?」

 

「今、支えてくれたじゃないの。だから礼を言ったのよ」決まり悪そうに言う。「それだけよ」

 

「ああ、そう」

 

「ここでよく会うわね」

 

「いや、本当に」

 

思った。気まずい。これは気まずい。ほんとにこいつ、この部屋を出ていくつもりだったんじゃあなかったんかよ。

 

「ごめんなさい」森は言った。「あたし、あなたのこと誤解してた」

 

「は? えーと……」

 

「あたしはてっきり、あなたはずっと状況から逃げてきた人なんだと思ってた。でも、見ていてわかったの。あなたは決して戦わない人間じゃない。与えられた使命を果たす、そのためになら命を懸ける人だと言うのが……ただ、これまで、その機会がなかっただけよ。そうでなければカプセルを持ってこられるわけがない。そんなの最初にわかっていいはずだったのに……」

 

「え?」

 

と言った。違う! それは、全然違う! この人トコトンおれを誤解してる!

 

「謝るわ。あなたなら、この任務もきっと果たす。あなたにできないことならば、たぶん他の人にもできない。沖田艦長は最初から、すべて見極めていたのね。あなたがいれば、〈ヤマト〉は勝てる。今ならそう信じられる」

 

「いや、あの」

 

信じないでくれ、頼むから! そう思った。この人、たぶんおれに言ってるというより自分にそう言い聞かそうとしてるんだろうけれどもさ。だからっておれを信じたり、頼ったりしないでくれよ。迷惑だから! そういうのは島か南部だかに言えばいいだろ! どうして今おれになるわけ?

 

「あたしはときどき、今の地球人類に救う価値はあるのかと考えてしまうときがあるの。みんな、生きるのをあきらめて死ぬのを待ってるだけなんじゃないかって……でも、違うのよね。きっと、あなたのような人が、まだまだたくさんいるんだわ。戦うだけの気力があって、機会があれば戦える人が……〈ヤマト〉がその機会を作らなきゃいけないのよ。そのためにも〈スタンレー〉は叩かなきゃいけない。あなたが基地を探して飛ぶなら、あたしもビームを(かわ)さなければ……」

 

「はあ」

 

と言った。エリートってのはシチ面倒くさいことをよくもまあ頭でこねくりまわせるもんだな。冥王星で勝ったとしてもおれはこの先、航海中はずっとずっとこの女からやいやい言われることになるのか? だろうな。船務科と言えば船の運行管理役。この女はその長だと言うんだから、旅の間はつまりずっとおれは管理されちゃうわけだ。うげえ。ヤだなあ。げんなりするな。それでなくても逃げたいことだらけなのに。

 

「ええと」

 

と言った。

 

「何?」

 

「いや、何と言うほどのこともないんだけど……」

 

とにかく話題を変えようと思った。たとえば、天気の話とか。窓を見てみた。宇宙はいつも晴れた夜空だ。

 

「この船って、なんで昔の戦艦まんまなのかと思ってさ。有り得ないでしょ。沈没船をカモフラージュにしたってのはわかるにしても、何も形をこうすることはないんじゃない?」

 

「ああ」

 

と言った。彼女の方でも話しやすい話題になってほっとしたように見えた。

 

「そうよね。そもそも〈大和〉って、縁起のいい船ではないしね」

 

「そうでしょ。沈んだ船なんて」

 

「それもあるけど……〈大和〉のことは何も知らない?」

 

「うん。550年前に沈んだ船としか」

 

「250年前」と言った。「まあ、無理ないか。〈大和〉は敗けるとわかっている戦いに臨んでいった船だったのよ。そして沈んだ。そして日本は戦争に敗けた……」

 

「ははあ」

 

なるほど縁起が悪い。タイタンで見た〈ゆきかぜ〉の残骸が頭に浮かんだ。兄が死んだ日、地球は一度戦争に敗けた。〈メ号作戦〉の敗北は人類滅亡を意味していた。人々が絶望から無気力になり、その一方で狂信徒が勢力を拡大させていったのも、思えばその日からだったろう。古代は言った。「だったら、なんで?」

 

「そうね。子供を救うため、旅立つ船なんだものね。別の形が他にあったかもしれない。マンタエイとかアホウドリとか、首長竜みたいな形にするべきだったのかも――どうせマンガみたいなら、子供の夢を託すのにふさわしい形があったかもしれない。その方が合理的な設計もできたはずだった。けれども、それは否定されたの。最後の希望の船の名前は〈やまと〉以外ないだろう、船の形は戦艦〈大和〉まんまにしようということになった」

 

「だからなんで」

 

「だから」と言った。「これは希望の船じゃないの。絶望の中で(わら)のような希望を探す船なのよ。もう今の人類は、ピザや串おでんみたいな形の船に希望は持てない。そんな心の余裕はないの。死中に活を見出す船。敗けるとわかっている戦いにあえて挑んで勝ってくる船。そんな船だと思えるような船でなければ、望みを懸けることができない――人はそこまで来てしまっていると考えられたの。だから、これを設計した者達は、戦艦〈大和〉の名と形を借りることにした」

 

「はあ」

 

と言った。なんだかよくわかるようでわからない。それに聞いてて、そんなのは、後付けの理由も混じってるんじゃないかという気がしなくもない。〈ヤマト〉の建造そのものは、五年も前から始められてはいたはずだし、最初は逃亡船のつもりだったわけだろう。

 

森は言った。「納得いかない?」

 

「いや、そういうわけでもないけど」

 

「理由はもうひとつあるのよ。何よりも乗組員の精神的な問題ね。きっとこの船に乗る者は、敵そのものより絶望と戦うような旅をしなければならなくなる。そこに配慮する必要があると考えられたの。人類を救う使命は重過ぎる。いつか乗組員達を押し潰してしまうかもしれない――計画を立てた者達はそう考えた」

 

「それはわかるよ」

 

「使命に潰される者を使命では支えられない。だから、救いになるものを与えようと考えられた。苦難のときに乗組員を支えるものがあるとすればロマンだろう。旅立つ者の胸にロマンをたとえかけらでも与えよう。そう考えた末に〈ヤマト〉はこの形、この名前にされたと言うわ。きっと、いつでも地球では誰かが手を振ってくれていると、乗組員にそう思わせてやろうとして。地球や人類のためじゃなく、子供を救うためでもなく、ただ誰かの無事だけ祈って、スカーフを振っているような……」

 

「スカーフ?」

 

と言った。森が言った情景が眼に浮かんでくる気がした。地球から自分に向かって手を振る娘。ひるがえる真っ赤なスカーフ。

 

「たとえばの話よ」森は言った。「あたし、何言ってんだろ……つまり、その、なんて言うか……」

 

「いいや、ちょっとわかった気がする」

 

「そう」

 

森は窓の外を見た。その横顔を古代は見た。ロマンのかけらか、と思う。男(まさ)りのこんなキャリア女でもやはり、そんなものが欲しいのだろうか。まあ、それはそうだろう。地球には無事を祈ってくれている家族や恋人がいるのだろう。それが男であるならば、赤いスカーフは振らんだろうが。

 

古代も宇宙を眺めやった。おれには地球で待つ者はいない。『無事を祈る』と言う声をテレビなんかでたとえ聞いても、それがおれのためでもあると思う気にはあまりなれない。地球にある〈ヤマト〉乗員の名簿におれは載っていないのだろうから……ロマンのかけらなんてもの、どこに探したらいいんだろうか。

 

「それから……」と森は言った。「もうひとつ、ごめんなさい」

 

「は?」

 

「ほら、いつかのこと……艦長室にあなたが呼ばれていった後で、『なんの話だったか』なんて無理に聞こうとしたりして」

 

「ああ。いや、そんなの」

 

そもそも、すっかり忘れていた。気に留めてすらいない――古代はそう言おうとした。けれども森は、

 

「『地球を〈ゆきかぜ〉のようにはしたくない』」と言った。「後で聞いたわ。あなたのお兄さん、〈ゆきかぜ〉の艦長だったんですってね」

 

「ああ、うん……そうらしいけど、それが何か?」

 

「え?」

 

目をパチパチさせた。それから古代をマジマジと見てくる。古代はたじろいで身を引いた。

 

「何?」

 

「知らないの、〈メ号作戦〉の話?」

 

「は? 知ってるよ。知らないわけないでしょう」

 

「詳しくは知らない? 最後に残った二隻の話は?」

 

「ああ……なんか聞いたことあるな」と言った。「ええとなんだっけ。なんで一隻だけ行かせて、一隻だけ戻ったとか言われてるやつ?」

 

「そう。それ……あなた、詳細は知らないのね。その二隻の船名とかは……」

 

「まあ」

 

と言った。そりゃそうだろ。そんなもん、たとえ聞いてもいちいち覚えていられるかと思った。だいたい、軍艦の名前などどれもみな似たようで、聞いただけではそれが戦艦か空母なのか、それとも救護艦とかなのかもわからない。確かに例の海戦で最後に二隻残ったときにどうのこうのという話を人がしてるのは聞いたことがあるが、どっちの名前の船が旗艦でもう一隻がなんて名前のどんな船かもまるでチンプンカンプンで、詳しく知ろうと思ったことさえ古代はなかった。

 

それに、あらゆる情報が公開されてるわけでもなければ、何十という船の一隻一隻がどの段階でどう沈んだかいちいち全部知ってるやつがそう滅多にいてたまるか。詳しくなんて知らない方がむしろ当たり前じゃないか。

 

なのに一体、この女はその二隻がなんだと言うんだ? たった二隻で冥王星に行ってもどうせ殺られるだけに決まってたろうに。それをどうして、この女はおれが話を細かく知らんのはなぜかという顔をするんだ。

 

それは兄貴がその戦いに参加して、小さいながらも船の指揮を任されながらに死んだと言うなら、どう死んだのか気にならないことはない。だが、知ったところでどうする。どうせ、数十のうちの一隻……。

 

「その最後の二隻のうち一隻が〈ゆきかぜ〉よ」森は言った。「あなたのお兄さんの船」

 

「え?」と言った。

 

「で、そのときの旗艦が〈きりしま〉……沖田艦長がそのときの提督」

 

「え?」とまた言った。「そんな」

 

「そう。知らなかったのね」森は言った。「そうよね。無理もないかもしれない……あたしもそのとき、本当は何があってそうなったのか詳しいことは知らないし、人はいろんなことを言うけど……」

 

「いや、でも、けど……」

 

「その話じゃなかったの? 『地球を〈ゆきかぜ〉のようには』って」

 

「そんな。違うよ。あれはそんなんじゃなかった。あれは……」

 

「何?」

 

「その」

 

と言いかけて続かなかった。そもそも、あのとき沖田になんと言われたかよく思い出せなかった。体の中の歯車に何かが挟まったようになってしまって固まった。そんな古代を森はしばらく見ていたが、

 

「ごめんなさい。やっぱり、聞くべきじゃなかったようね。無理に話してくれなくていいわ」

 

部屋を出ていこうとする。待ってくれ、と言おうと思った。あのとき何を言われたか思い出すから聞いてくれ。おれには意味がわからないんだと古代は森に言いたかった。だが喉から声が出ない。森の方が振り向いて言った。

 

「明日のこと――どうか、生きて帰ってきてね。あなたならきっとやれると信じてる」

 

「ああ……」

 

それしか言えなかった。森は出ていく。古代はひとり残されて、なんなんだよと考えた。きっとやれると信じてるだと? 勝手に信じられても困る。

 

とは言え、おれがやれなけりゃ人が滅んでしまうのか。おれもあなたがきっとやれると信じてる――そう言うべきだったのだろうか。あの彼女が〈ヤマト〉を狙うビームを()けられるかどうかにやはりすべてが懸かってると言うのだから。

 

真っ赤なスカーフか、と思った。窓の外に動くものを見つけて古代はそちらに眼をやった。煙突――いや、対空ミサイル発射台に船外服を着たクルーが取り付いている。向こうもこちらに気づいたらしい。古代が手を振ってやると相手も振り返してきた。

 

見れば、船体のあちこちで、何十人ものクルーが船外作業をしていた。戦闘前の整備だろう。主砲にも、対空砲にも、レーダー、センサーの(たぐい)にもクルーが取り付き磁力ブーツの足で歩き、命綱をたぐって宙を泳いでいる。砲やアンテナ、姿勢制御ノズルを調べ、ウロコのように船体を覆う装甲板を叩いていた。

 

そしてまた、〈ゼロ〉のカタパルト――やはり何人ものクルーが、船外服でまわりに付いて離着艦台を動かしたり、着艦アームを点検しているのが見えた。あればかりは、おれのためにやってくれているのだと思った。このおれを送り、船に戻るのを迎えるために仕事をしてくれている。がんもどきのおれのために――そんな者達がちゃんといるのだ。

 

赤く光る棒状の標識灯を手にして振る者がいる。道路工事の現場でクルマを誘導するのに使うようなやつだ。暗い宇宙で残像の尾を引くそれは、古代の眼にはまさに真っ赤なスカーフに見えた。

 

いいや、と思う。それだけじゃない。タイタンでダメにした〈ゼロ〉の翼を交換し、機の整備をしてくれている者達がいる。おれは今すぐ行ってそいつに付き合わなけりゃいけないのだ。パイロットがいなければできない作業もあるのだから。

 

こんなところで油を売っていてはいけない。加藤などは会議が終わるとだからサッサと艦底に降りていってしまったのだろう。あいつはプロだ。それに比べて、おれなんか、やっぱりてんで失格の人間なんだろうなと古代は思った。地球人類の運命――とてもそんなもの、背負って戦うなんてできない。

 

そうだ。森が言ったように、何かロマンのかけらのような。悲愴な決意なんかじゃなく、ただおれを想ってくれる人のために――そんな誰かがどこかにいてくれるとでも思わなければ、とても戦えそうにない。

 

小展望室を出ながら、ほんのひとかけらでいいから希望が欲しいものだと思った。もう一度振り向くと、〈ヤマト〉船体のあちらこちらで〈赤いスカーフ〉が振られていた。



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サルマタケ

巨大なハッチが口の開け閉めを繰り返し、赤青黄色の標識灯を(またた)かすクレーンアームを出し入れさせる。それが宇宙を揺れ動くさまは、まるでアニメの巨大ロボが〈ヤマト〉の尻から腕を突き出し、色華やかなスカーフを振っているようだった。〈タイガー〉戦闘機の着艦アームだ。32機の〈タイガー〉をできる限り迅速に船に収容するために、漁船がブラックタイガー海老でも釣るかのような仕掛けを使って――いや、実際のエビ漁がどんななのか藪は知らぬが――ヒョイヒョイヒョイと引っ張り込む。その装置の点検が、〈スタンレー〉での戦いを前にあらためて行われているのだった。藪は磁力ブーツの足で〈ヤマト〉艦底に〈逆さに立っ〉て、その光景を〈見上げ〉ていた。

 

足元には補助エンジン。艦底後尾に二基並ぶ。〈補助〉と言っても巨大なそれらの点検に藪は駆り出されていた。さっきまで麻雀卓を囲んでいた機関員の先輩達と、今は点検パネルを囲み、ズラズラ並ぶ各種のメーターを確かめる。索子や筒子の牌がそれぞれ一二三四五六七、役を作って上がりを待って、リーチをかけてツモればいくらと点数計算……という具合だ。

 

地球の海で転覆してひっくり返った船に立ち、夜空の下で麻雀しているかのようだった。〈タイガー〉の離着艦ハッチが閉じると、その先にある第三艦橋〈サラマンダー〉が宙に突き立っているのが見える。藪が今いる場所から見ると、〈サラマンダー〉はまるで赤いカレイかヒラメが、サメかイルカの背びれの上に乗っているかのようだった。

 

先輩のひとりが通信器を通して言った。『あの艦橋を、〈サルマタケ〉と言うんだよ』

 

「ええ」

 

と応えた。あの種の艦底構造物を〈サラマンダー〉と呼ぶのは別に教わらなくても知ってる。つまりサンショウウオのことで、水底を這う平べったい生き物のように見えることから〈サラマンダー〉。そう言ったのが船外服の通信機のせいか何かで『さるまたけ』と聞こえたのだと思ったのだが、

 

『ほら、あれって、ここから見るとまるででかいキノコだろ。〈猿股〉ってのは、つまりパンツね。〈ヤマト〉の赤いパンツからキノコが生えてるみたいだから、〈サルマタケ〉』

 

「ええっ?」

 

と言った。先輩達がみな笑う。

 

第三艦橋を見直してみた。なるほど巨大なキノコのようでもあるが、しかしそんな。

 

その後部の窓に人の姿が見える。磁力ブーツで船の底に張り付いている自分とは立ち方が上下反対だ。だからまるでコウモリが天井からブラ下がっているよう。

 

無論、彼らは彼らの床に立っていて、あの艦橋の方が〈ヤマト〉本体からブラ下がっているのだ。ここから見えるあの窓は艦載機の管制室で、〈タイガー〉のパイロットに右だ左だと着艦指示するための点検作業をしてるのだろう。しかし、あそこに立つ者の気分はどんななのかと藪は思った。

 

あの艦橋は管制台を兼ねる他、船体から離して置かねばならないレーダーなどを据えるためのものらしい。しかしあんなの、小型の駆逐艦などではあっても普通、無人だろう。けれどもこの〈ヤマト〉では、ああして人が配置されてる。

 

そんなことになっているのは、結局のところ、この〈ヤマト〉が急造艦だからなのに違いない。空母を別に持てないために、戦闘機隊を狭いスペースで無理に運用しようとするから、あんないかにも危なっかしいシロモノを管制に使わなければならなくなるのだ。

 

〈サルマタケ〉か。あの艦橋がキノコと言うなら今のおれはきっとカビだなと藪は思った。命綱で繋がれて、磁力ブーツで張り付いている。おれはこの船に立ってるんじゃない。やはり船底にブラ下がっているのだ。

 

宇宙には上も下もないと言うが、違う。宇宙では、あらゆる方向が下なのだ。もし船から身が離れたら、どの方向に行くのであってもそれは〈落ちる〉ということだ。無限に広がる虚無の底へ、永遠に落下し続ける。それが無間(むけん)地獄でないなら、他の何をそう呼ぶか。

 

第三艦橋サラマンダー。船と繋がるあの柱がヘシ折れたなら、中にいる人間は……あそこが戦闘配置など、おれにはとても耐えらないなと藪は思った。こんな船でガミラスと戦うなんて無謀じゃないのか。

 

そう思わされるのは、自分がいま向かっている機械も同じだ。補助エンジン――この〈ヤマト〉ではそう呼ばれるが、しかしこいつは、他の船でこれまで自分が扱ってきたカミカゼエンジンと基本的に変わらない。小型高出力だけが取り柄の、敵に突っ込み生きて帰る考えなど持たない船が持つのと同じ片道ロケット。

 

それが二基並んでいる。〈ヤマト〉の場合は、敵に遭ったら逃げるためこれを積んでいるのであって、決して戦うためではない――そのはずだった。当然だ。敵と戦う役になど本来立つようなものではないのだ。少しばかり強い役を揃えることができたとしても、向かう三人が組んでる卓の麻雀で勝てるわけがあるものか。

 

この〈ヤマト〉は、ましてすべてが急あつらえ――船の心臓で腸である機関室にいる自分には、その事実がよくわかる。船の肝臓の声なき声を聞く立場であるのだから。これは筋肉増強剤で無理矢理強くしている船だ。半荘勝負を最後まで戦い抜けるものではない。

 

だと言うのに、冥王星とは……迂回するんじゃなかったのかよと藪は思った。先輩機関員達は今、なんの迷いもないように船外作業に取り組んでいる。さっきまで麻雀卓を囲んでダラダラしていたのが嘘のようだ。〈スタンレー〉へ行く行かないでああだこうだと言っていたのも、すべて忘れてしまったよう。

 

これはそういう船だと言うのに、あらためて気づかされる思いだった。オレが地球と人類を救うのだという決意を胸に、訓練を重ねこれに乗った。戦って死ぬのであれば本望で、怖いなんて思いはしない。やるべきことを命懸けでただやるだけ……必ずしも戦闘要員と言えないような配置の者でも、それは変わることはない。

 

そしてまた、機関員こそ船が戦えるか否かを決める(かなめ)の人員なのだった。エンジンが動かなければ船は進めぬだけではない。砲の旋回もさせられず、灯りも点かず床の人工重力も消える。

 

わずかな予備電力では〈ヤマト〉の電子機器が食う電気は賄えず、百万キロ先の宇宙を秒速千キロで進む敵船を狙うなどは不能となる。敵のビームやミサイルが〈ヤマト〉めがけて放たれても、レーダーで探知することもできはしない。

 

エンジンがもし止まったら〈ヤマト〉は死ぬのだ。一基が失われただけでも、船の力は大きく損なわれてしまう。

 

今、装置を点検する機関員の全員が、それを自覚しているのがわかった。ひとつひとつの計器を調べる眼は真剣そのものだ。不調の種が機械のどこか見えない場所で根を広げ、やがてキノコのように膨れて胞子を撒き散らすかもしれない。そんな兆候がどこかにないか――メーターを睨み針を確かめ、麻雀打ちが場の流れを掴み取ろうとするようにエンジンの調子を見極める。危険が潜んでいそうな箇所は。交換すべき部品はないか。どこならまずは安全と言えて、どう機械を騙していくか……ヒマつぶしのダラダラ麻雀とは違う。まさに鉄火場の勝負事だ。伝わる気迫に藪は圧倒されていた。

 

息が苦しい。船外服の酸素残量。どこか漏れているんじゃないかと思うくらいにボンベの中身が減っていた。船外作業は慣れているはずだったのに、緊張のせいで普段より呼吸が増えているのだろう。息をすれば、酸素はなくなる。当然の話だった。

 

バイザーに警告の表示が出る。船内で作業をモニターしている士官から、耳に通信が入ってきた。『藪。交代だ。中に戻れ』

 

「了解です」

 

交代員と入れ替わる。藪はレンガを敷き詰めたような赤い艦底を歩いてエアロックのハッチに向かった。

 

レンガのような、ではなくて、〈ヤマト〉の舷と艦底を覆っているのはまさにレンガだ。大昔のスペースシャトルと同じように、この〈ヤマト〉もレンガ()きの船だと言う。墓石ほどの大きさのカーボンナノチューブで強化されたセラミックのブロックをボルトで留めて並べ張り詰め、船を鎧う装甲とする。それらは敵の対艦ビーム攻撃などを一度だけ受け止めるように造られている。

 

一個のレンガは砲一発に耐えればいいのだ。一度の戦闘で同じ場所にもう一発を喰らう見込みは低いのだから、難を逃れたら後で調べて、『ここのレンガがやられたぞー、代わりを持ってこーい』と言って貼り変える。いま自分が交代になったのと同じように。

 

そのレンガを一個一個叩いてまわり、ヒビなど入っているものがないかと聴診装置を当てて確かめている者がいる。小さなスペースデブリが当たった程度では傷もつかないはずのものだが、それでも〈ジャヤ〉の作戦に備えて万全を期しているのだろう。

 

レンガ装甲を採用するのも、〈ヤマト〉は本来戦う船ではないからだ。敵に遭っても逃げるに努め、傷を受けたら航海中に手早く修理できるよう、船の中の工場で常にレンガを焼いておく。あくまでそういう船であり、そのように造られているはずなのだ。それなのに、今は決戦に臨もうとしている。

 

冗談じゃない、と思った。とても本当と思えない。こんなしょせんは急造の、欠陥だらけのプラモデルシップで、家・土地すべてカタにした大金賭けてのバクチをやりに行こうなんて――そこには必ず、麻雀マンガの闇勝負みたいな果し合いが待っているに違いないのに。

 

ついていけない。おれにはとても――そう思った。だいたい、戦ってどうなるんだ。地球では内戦が勃発してしまったと言う。だから今日が〈滅亡の日〉になってしまった。〈ヤマト〉がたとえ半年で帰還しても、もう子を産める女はいなくなってると言う。

 

だから戦う他にない。〈スタンレー〉をいま叩けば、内戦の火を消せるかも――そう言われればさっきまで迂回迂回と言ってた者まで『やるしかない』と頷き出した。

 

話はわからなくもない。だがどうなんだと藪は思う。〈ヤマト〉が勝てば本当に地球の内戦は鎮まるのか。

 

狂信的なテロリストどもが考えを変える? 有り得ない。太陽系を出た後で、人類が滅亡を回避したのかどうか知る方法がどこにあるんだ。ないだろう。きっと内戦は()んだだろうとただ言うだけで旅をする気か。

 

そんなの無理だ。できっこない。地球人類は大丈夫だとアテにできない旅になる。それでやっていけるものか。

 

いっそのこと、逃げるべきでは? 藪は思った。船尾方向を振り返ってみる。無数のきらめく星の中で、地球は見分けることもできない。

 

ここで勝っても人類が存続するかわからないのだ。なら戦ってどうするんだ。どうせ人類がおしまいなのなら、勝利になんの意味がある。

 

無駄にクルーを死なせるだけだ。そうではないのか? ならばいっそ、逃げるべきでは? この船の乗組員が最後の地球人類ならば、ひとりとして死ぬべきじゃない。どこかに住める星を見つけて、生きる。そうするべきなんじゃないか?

 

〈ヤマト〉が沈めば、そのときこそ人類の終わり――なのに危険を冒すなんてどうかしている。イチかバチかの大勝ち狙って危険牌を投げるより、安全策を採るべきじゃないのか。ギャンブルで負けがこんだら取り戻そうとするのはヘボだ。敵はさあ来いと誘っている。わざと隙を見せてくる。それに乗ったら罠にはまって身ぐるみ剥がされることに――。

 

そういうもんだろう。違うか。これは間違ってる。おれ達はイカサマ賭場に飛び込もうとしてるんじゃないのか。

 

藪にはそうとしか思えなかった。どうしておれはこんなレンガの固まりに乗せられることになっちゃったんだよ。

 

命綱をたぐって歩き、エアロックに取り付いた。あらためて船を眺め渡す。

 

宇宙戦艦〈ヤマト〉――まるで幽霊船だ。かつての戦争で国のために無駄死にさせられたとかいう亡霊が取り憑いている気がする。その魂が船を護ってくれるとでも信じてすがろうとするまで人は打ちひしがれたか。

 

そんなものは(たた)るだけに決まってるじゃないか。オレ達は海の藻屑にさせられた。魚に食われ貝やヒトデに骨の髄までしゃぶられたのだ。だからお前らもそうなれと人を呪うに決まっている。お偉いさんにはそれがわからないのだろう。平気で特攻部隊を組んで、死んできてくれと顔だけ泣いて見せやがるのだ。今も自分に酔いながら、〈ヤマト〉はきっと勝って帰るとのぼせてやがるに違いない。そのときには計画立てた自分の手柄。栄光を捧げられるべきは我である、とか。

 

くたばりやがれ。そう思った。靖国神社を地下におっ建て参拝しちゃあ、英霊達よ蘇りたまえとパンパン柏手(かしわで)打っている脳の腐った豚どもでなきゃあ、こんな変な船造るもんか。なんでおれがこんな船に――。

 

考えながら、藪はエアロックを抜けて船内に入った。無重力区画の中を漂って進む。

 

「ご苦労だったな。後はいいから、作戦に備えて休め」

 

機関室に戻ると、徳川機関長がそう声をかけてきた。あと十時間かそこらのうちに敵地に向かう。短時間で勝負をつけねばならないとしても、どうなるかはわからない。となれば交替で休みを入れて全員が睡眠を取らねばならぬのは当然だった。

 

そうでなくても、船のクルーの誰にとっても今日は長い一日であるような気がする。このおれなんかは麻雀やっていただけど、と藪は思った。徳川などは高齢の身でひどく疲れた顔をしていた。

 

「機関長もお休みになられた方が」

 

「わかっとる。わしもすぐ休むよ」

 

藪は船外服を脱いだ。徳川は部屋の隅を指して、

 

「そこにおにぎりがあるぞ。食え」

 

「はい。ありがとうございます」

 

見るとなるほど、机に皿が並べられ、海苔を巻いたおにぎりが積まれて置いてあった。さらになぜだか、タコやカニの形にされた合成肉ソーセージも盛られている。

 

おにぎりを藪はひとつ取り上げてみた。あれ、と思う。

 

「これ、本物の米ですか」

 

「ああ、このときのために取っておいた最後の米を炊いてるそうだ。いま総出で握ってるんだと」

 

「こんなにたくさん……」

 

「全部食うなよ。明日の分もあるんだからな」

 

「はい」

 

と言った。巻いてあるのも本物の海苔だ。最後の米と海苔は決戦のおにぎり用――(あらかじ)め決まっていたことだったのだろう。頬張りながら藪は機関室を出た。

 

通路をクルーが行き交っている。大声で呼び合いながら荷物を抱え駆け回っているのは、緑や黄色のコードを付けた航海要員や生活要員の者達だった。なるほどどこにおにぎりいくつ持っていけなんて声もする。

 

機関科員や砲雷科員ばかりが戦闘員じゃない。船の誰もが今は戦闘要員ということなのだろう。戦うと決まれば戦う。そのときは、余計なことは考えない。たとえわずかであろうとも、人々を救うチャンスに賭ける――やはりこいつはそういう船だ。そういう人間だけが乗ってる。たぶん、かつての〈大和〉もまた、そんな船だったのだろう。

 

あらためてそれを実感した。ここでおれが逃げようなんて言っても誰も聞かないんだ。おにぎり食って腹くくるしかないんだろうな。

 

兵員室に入ろうとしたそのときに、スピーカーがガリガリという音を鳴らした。マイクのスイッチが入った音だろう。そして声が響き出した。

 

『〈ヤマト〉全乗組員に告げる。わしは艦長の沖田である』

 

クルーがみな足を止めた。



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訓示

「〈ヤマト〉全乗組員に告げる。わしは艦長の沖田である」

 

沖田はマイクを手にして言った。第一艦橋の艦長席だ。艦橋クルーもみな手を止めて自分の方を向いている。

 

「明日、我々は冥王星での戦いに臨む。これは無謀な賭けかもしれん」

 

沖田は言った。ここまでは、一年前に〈きりしま〉でした訓示と同じだった。無謀な賭け――まさにそうだ。あれは特攻作戦だった。死ぬとわかっている戦いに、多くの若者を行かせてしまった。けれども皆が、笑って行くと言って逝った。冥王星、あそこで死ねれば本望ですと言い残して。

 

あのとき自分は若者達を送り出し自分だけは逃げて帰る役を(にな)わされていた。〈きりしま〉はそういう船だった。なのに、知ってて、わしは乗らねばならなかった。古代守よ、と沖田は思った。わしはあのとき、お前と代わってやりたかった。最後に残ったお前だけでも、生き延びさせてやりたかった。どうしてあのとき、ついてきてくれなかったのだ。

 

この船にはお前の弟が乗っている。わしはあいつにお前と同じ役を与えて送り出さなければならぬ。あいつは何も言わなかった。わしがすまんと言ってもハイと応えるだけで、艦長室を出て行った。

 

古代守よ。わしはお前の弟に、いっそ詰問されたかった。どうして兄を連れて帰ってくれなかった、自分だけが生き延びて恥ずかしいと思わないのか、そうなじられてしまいたかった。思えばあのタイタンの後、あいつを部屋に呼んだのは、それを期待してかもしれない。あいつの方は命令違反の(とが)めを受けると思っていただけのようだが。

 

「まずは諸君に、すまないと言わねばならん」沖田は言った。「いま戦わねばならんのは、わしがそう仕組んだからだ。〈ヤマト〉は戦う船ではない。交戦は極力避けねばならん。ましてこちらから仕掛けるなどは、本来あってはならんことだ。諸君の中には、〈スタンレー〉は迂回してイスカンダルへ急ぐべきと考えていた者も多いだろう。〈ヤマト〉が沈めば、人類は終わる。その事実を考えたなら、危険を冒すわけにはいかん。まさにその通りなのだ」

 

操舵席の島を見た。この艦橋で誰よりも迂回を主張していた人員。特に彼の部下の多くは、同じ考えでいたはずだった。

 

しかし、わしは最初から〈スタンレー〉をやる気でいた。常にそれを念頭に入れて事を運んできたのだ。だから、すまん。そう思った。〈ヤマト〉が一日遅れるごとに地球では十万の子が白血病に侵される。だから旅を急がなければと思う者らの心情を踏みにじらねばならなかった。

 

「みな地球に家族や友がいるだろう。妻や夫や子を残してきた者さえいるだろう。さらには、家に犬や猫を……『お前の命を救うためにも行くんだからな』と頭を撫でてきたかもしれん。愛する者が地球の地下で放射能の混じった水を飲んでいる。一日も早くそれをなんとかせねばと思う気持ちはわしも同じである」

 

もっとも、わしには愛する者など地球にもういないがな――沖田は思った。ともあれこの船に、ただ日程だからという理由で先を急ごうなどと言うタワケはひとりたりともいまい。南雲のやつもいなくなってくれてよかった。あいつが生きて乗っていたら、どこかで始末せねばならなかっただろうが。

 

しかしそのときは、真田を代わりの副長にしようとしてもうまくいかなかったろう。なんとか出航直前にうまくおっぽり出せないものかと考えていたのだが、あればかりは手間がはぶけた。

 

真田には〈スタンレー〉にある罠を破ってもらわなければならん。何よりもそのために副官にしたのだ。科学者であると同時に科学を憎み、科学に復讐しようとするかのように生きる男――〈魔女〉に勝つには、どうしても、あの男が必要と踏んだ。

 

「だが、人類は今日滅んだ。それもわしが〈滅亡の日〉を早めたからだ。もう急いでも、諸君らの愛する者は救けられない」沖田は言った。「憎まれても仕方あるまい。しかしこれは、必要なことだったのだ。人には元々、一年などという時間は残されていなかった。冥王星を迂回して〈ヤマト〉が太陽系を出れば、結局その日が〈滅亡の日〉となっていた。今の地球を見ればそれがわかってくれると思う」

 

若者達が自分を見て頷いていた。島に南部に太田、森、相原、新見……真田だけでない。〈スタンレー〉の敵を打ち破るには、この者らの力が必要だ。そして徳川も――今は機関室にいて、老骨にムチ打ちながらエンジンの整備に取り組んでいるのだろうが。

 

艦橋クルーに限らない。この(いくさ)に勝つためには、乗組員全員が力を合わせなければいけない。今は誰もが、船の各所で自分の言葉に頷いていてくれるのを沖田は願うしかなかった。

 

この訓示で彼らの心を奮い立たせなければいけない。沖田は言った。

 

「地球の人々は絶望している。光を見失っている。ゆえに(みずか)ら滅び去ろうとしてしまっている。これでは、〈ヤマト〉がどう急いでも救うことはできはしない。しかしだ、諸君。終わりではない。まだ終わってはいないのだ」

 

〈メ号作戦〉が失敗したとき、人々は言った。これで人類は終わりだと……〈きりしま〉の艦内でも誰もが首をうなだれていた。沖田はひとり、わしは決して絶望しない、たとえ最後のひとりになったとしても決して絶望はしないと胸に唱え続けた。人は絶望したとき敗ける。それが沖田の信念だった。

 

命ある限りわしは戦う。とは言え、やはりひとりでは勝てん。悪魔に復讐するためには、ひとりの力ではどうにもならん。

 

「人はまだ死んではいない。ただ絶望しているだけだ。希望を与えさえすれば死の淵から甦る。諸君、わしは、事のすべてがこうなることを知っていた。〈スタンレー〉で戦う道を選んだのは、これが人類を再生させる唯一の策であったからだ。いま諸君にお願いする。わしに力を貸してほしい。人々に希望の光を届けるには、諸君の助けが必要なのだ」

 

そうだ。結局は人の力だ。戦いで勝ちを決する最も重要なものは武器ではない。波動砲など、仮に使える武器だとしても、人類を救う役には立たないだろう――沖田はそう考えていた。ドカンと一発、冥王星を吹き飛ばして太陽系を出て行けば、なるほど危機は去るだろう。けれどもそれで地球の人々は希望を持つか。『我々は悪魔の力を持ってしまった』などというたわごとが幅を利かすだけではないのか。現に今の地下都市では、そのように叫ぶ者達の手で女子供が殺されているのだ。狂人どもは〈ヤマト〉が戻ってくるまでに、我が子を含めたすべての子供を殺そうとするに違いない。

 

恐怖に支配されたとき、人はそうした歴史を繰り返してきた。波動砲で人々に希望を与えることはできない。超兵器に頼る心を希望とは呼ばない。人を救うのは人の力だ。恐怖を制するものは勇気だ。

 

人間だけが人に勇気を与えられる。希望の光はそこからしか生まれないのだ。沖田は言った。

 

「思えば、長い一日だった……今日のこの日のことではない。この七年の歳月のことだ。ガミラスは冥王星の白夜に巣食い、陽の光を一秒も切れることなく浴び続けてきた。対して、地球人類は、地下の穴蔵に押し込まれ陽を見ることができずにいた。この七年の間ずっと……諸君、我らで、この〈一日〉を終わらせよう。七年間の〈夜〉と〈昼〉を逆転させる。冥王星を落日(らくじつ)させ、地球の夜を明けさせるのだ」

 

七年の〈夜〉――ガミラスとの戦争が始まってから八年になるが、三浦半島に遊星が落ちた日を〈夜の始まり〉として七年。それが人が地下都市に閉じ込められてきた歳月だ。しかし、明日だ。ついにこのときが来た。沖田は胸が疼くのを感じた。長い宇宙での戦いは沖田の体を蝕んでいた。頼む。明日だ。わしはこの〈七年の長い一日〉を、明日のために生きてきたのだ。この体はもう長くはもたないだろう。この旅はわしの命を奪うかもしれん。だがそれでも構わない。明日(あす)一日(いちにち)の間だけ、この艦橋にわしを立たせてくれるなら、残りの命をいくら削ろうと後悔はしない。だから頼む。もう少しだけ待ってくれと沖田は胸のうちで叫んだ。わしは地球が救われるのを見届けない限りは死ねん。それでは多くの若者の死が無駄になってしまうのだ。

 

わしはあの世に届けなければならないのだ。勝った。わしは勝ってきたぞ。この勝利は我々みんなのものだという言葉を持ってゆかねばならん。そうでなければわしの身代わりに死んだ者達に会うことはできん。

 

そして、お前達にもだ――沖田は亡き妻と息子に想いを馳せた。すまんな。この〈長い一日〉を終わらせなければ、わしはお前達のところに()けん。だからそれまで待っていてくれ。

 

沖田は言った。「以上だ。諸君。共に戦えることを誇りに思う」

 

艦橋クルーが立ち上がり、沖田を向いて胸に手を当てる敬礼をした。沖田はひとりひとりを見返し敬礼を返した。

 

さて……と思う。これでもう、自分としては戦いの前にやるべきことはすべてやった。後はもう、艦長室でその時間まで休むだけだ。気がかりがひとつあるとすれば古代だが……。

 

あの守の弟は隊をまとめて飛べるようになったのか。ついさっき見たようすでは、まだてんで決死隊を率いる男の顔になっていなかったが……。

 

作戦決行まであと数時間。しかし、ここで気を揉んでどうなるというものでもなかろう。古代自身に自分でなんとかさせるしかない。沖田は真田に、時間まで休むと告げてゴンドラに乗った。



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不信

『以上だ。諸君。共に戦えることを誇りに思う』

 

スピーカーの音声がそう告げて()む。だが通路にはその余韻が消えず残っているようだった。古代はまるで寺の鐘に身を揺すぶられる気分だった。古代の近くで古代と同じに立ち止まり沖田の声に耳を傾けていた者達が、拳を握って頷き合っている。多くは緑や黄色コードの航海要員に生活要員だ。しかし今は赤や青のクルーを支えるべく忙しく働いているらしい。

 

彼らはみな、自分達の艦長の言葉に心を奮わせているのだとわかる。けれど、古代の頭を駆け巡る思いはまったく違っていた。いま聞こえたあの声が〈メ号作戦〉の提督の声? 最後に兄貴が聞いた声? いま最後になんて言った? 共に戦えることを誇りに思う。そう言ったのか。よくもそんな――。

 

何を言うんだ。おれの兄貴を死なせておいて、自分だけが生きてるくせに――そんな思いに身が震えていたのだった。いま自分のまわりにいる者達を見る。兄だけじゃない。〈ゆきかぜ〉にはいまこの船にいるように多くのクルーが乗ってたろうに――そして旗艦の〈きりしま〉にもだ。だが〈ゆきかぜ〉に乗る者は死に、〈きりしま〉の乗員は助かった。沖田が戻り兄貴が敵に突っ込んだから――あの白ヒゲはそれをなんとも思ってないのか? だから今ああやっていい気なことが言えるのか?

 

いや――と思う。おれ自身が今日の今日まで〈メ号作戦〉の最後の二隻の話を聞いてもなんとも感じずに、むしろそういうもんだろうと思ってさえいたけれども、しかしまさか。最後に敵に突っ込んでいったミサイル艦の艦長が兄貴?

 

タイタンで見た〈ゆきかぜ〉。あれがそうだったとは。〈メ号作戦〉の最後の二隻――その話をこの一年間、人があれこれどうのこうのと言い合ってたのは知っている。だが古代は議論に加わることなしにずっと横目に通り過ぎてた。〈がんもどき〉の操縦席まで押しかけてくる者はなく、アナライザーに『ドウニカシタイト思ワナイノカ』と言われるたびに『ここでお前とタラレバを話してどうなるもんじゃない』と返してそれで済ませていた。

 

そうだ。おれがタラレバを言ったところで始まらない――ずっとそういう考えでいた。地球はおれの兄貴みたいな立派な人間が護ればいい。〈メ号作戦〉の失敗で人類存続は絶望的。そうと聞いてもああおれも行って戦って死にたかったなんてまったく思わなかった。むしろそんなことを言う者達をバカだとさえ思って見ていた。

 

この一年間、火星へ行けば徹底抗戦を唱える者らが、生きて戻った提督を臆病者と呼ぶ声がした。なぜあいつも行かなかった。旗艦の火力を(もっ)てすれば、最後のミサイル突撃艦を護り抜けたかもしれんだろうに。それをどうしてオメオメと、と。

 

だが弁護の声もした。たとえ作戦に失敗しても一隻は戦闘で得たデータを持って帰還せよとの計画だったと言うではないか。旗艦はその任を負っていたのだ。提督はむしろ責任を果たしたのだ、と。冥王星には必ず罠が張られていて、二隻ばかりで行ったところで基地を叩けたとは考えられぬ。あれは撤退で正しかった――。

 

何をバカな、と抗戦派。それならそれで、どうしてミサイル艦だけ行かす。データを持って戻るがための退却ならば、その最後の僚艦は護衛にするのがスジだろうが。なのに提督はそいつを行かせた。千にひとつであろうと敵の基地を叩き潰せる見込みがあればそれに賭けよと言ったのだろうが。だが戦艦が共に行けば、その確率を百分の一か、十分の一に高められたかもしれんのだぞ。

 

だから旗艦はミサイル艦と共に突撃するべきであったと言っているのだ! 徹底抗戦を叫ぶ者らはこの一年間そう言ってきた。〈メ号作戦〉、あれだけが最後の望みだったのだぞ。あの作戦に敗れた日こそが我ら人類の滅亡の日なのだ。女が子を産めなくなるまで一年ある二年あるなどという話に意味はない。

 

もう人類は滅んでしまった。あの提督が敗けたからだ。なのにオメオメと戻りおって……データを持って戻ったからなんだと言うのだ。それが役に立つほどのものか。その状況で旗艦がすべきは最後まで(とも)を護って一隻でも敵を道連れにすることだった! なのにひとり戻った来た提督は腹を切るべきなのだ!

 

火星では〈火星人〉達がそう吠えていた。古代は基地で人の話に適当に相槌を打ちながら、しかしたった二隻で行ってもどうせ基地を落とせはしなかったろう、提督を責めたところで仕方あるまいと考えていた。〈火星人〉らは現実から眼を(そむ)けているのだと。だが――とも思う。最後に残った二隻のうち、ミサイル艦だけ突撃し、旗艦だけが戻ってくる。その点には確かに妙な印象も持った。

 

普通に考えたならそのとき、選択はふたつのうちひとつのはずだ。二隻で行くか二隻で戻るか。ミサイル艦を旗艦が護れば勝てる率も少しは上がる。戻る場合はミサイル艦が逆に旗艦を護る形で、やはり生還の見込みが増す。いくら火力に差があっても、逃げる旗艦を敵が追う気になっていれば途中で殺られていたはずなのだ。

 

なのにどうやら、旗艦一隻引き返してミサイル艦だけ進んでいったものらしい。それは変だ。確かにおかしい。そんな話は理屈に合わない。この点を人はあれこれ言い合って、なぜそうなったと提督に問う。だが提督は、『戦場は物事が思い通りに行く場ではない』と言うばかり。散った最後の僚艦については、『あれは立派な最期だった』の一言(ひとこと)だとか。

 

この態度を『無責任だ』と人は言う。そんな言葉で納得できるか。作戦前には〈メ号作戦〉こそが最後の望みの綱で、だから必ず勝って戻ると言いながら……そしてあれこれと憶測を飛ばす。残った最後のミサイル艦に『お前も行け』と言ったのだろう、『ワシは帰るがお前行け』と……いやいやどうかな、ミサイル艦は実は敵に投降していて、その艦長は生きて宇宙人の女とよろしくやっていたりして……あるいは、特務艦長にそんな()抜けがいるわけがない、きっと彼は退()く提督を助けるために(みずか)ら盾となったのだ、とか……。

 

そんな談義をこの一年間、古代はずっと聞かされていた。けれどもずっと聞き流してもいたのだった。どれもがみんなバカバカしくてまともに聞く気がしなかった。

 

そして思った。冥王星には必ず罠があると見て旗艦は引き返すけど、僚艦には特攻を命じる――事実がもしそうだったなら愚かとしか言いようがないが、戦場なんて確かに事がそんなふうに運んでしまうものかもしれない、と。たとえガミラスを倒せたとしても、放射能の問題は残る。勝ったところで最後のひとりが死ぬまでの日を伸ばすだけのことならば、なんの意味があると言うのか。言ったところでしょうがない話をしてもしょうがない。

 

そんなのはすべて不毛な議論だと。そう思っていた。これまでは――しかしその最後の船が〈ゆきかぜ〉で、兄を死なせた男の船に自分が乗ったのだと知ると。

 

どういうことだよ。そう思わずにいられなかった。あの白ヒゲが〈メ号作戦〉の提督だと? 罠があるから無理と考え引き返したと言った男が、今度はどんな罠があろうと無理を押して敵に向かうだと?

 

おれの兄貴を死なせておいて――そう思わずにいられなかった。そのときに兄を連れて帰ったのならまだ話はわかるだろうが、自分だけ逃げた男が何を言うんだ。そんな男がなぜ責任を取らぬままあんなてっぺんの部屋にいて、いい気なことを言ってるんだ。

 

そう思わずにいられなかった。沖田艦長。あれは、ほんとに、一体どういうつもりでいるんだ。おれの兄貴を死なせた場所に、今度はおれに行けと言う――おれの一家一族になんか恨みでもあるわけか?

 

そうだ。やっぱり、そのときも、兄さんだけを無理に進ませたんじゃないのか。自分は逃げるがお前は行けと――今度はおれに、敵の基地を潰さぬ限り船に戻るのは許さぬと言って、しかし見捨てて行く気じゃないのか。

 

この作戦がダメならば〈ヤマト〉は一度地球に戻り、エリートが逃げる船としてマゼランと逆の方向に行くらしい。実はほんとは最初からそのつもりでいるんじゃないのか。

 

そう思わずにいられなかった。だが今、船はいたるところ、沖田の言葉に沸いてるらしい。奮い立つ雄叫び声がワンワンと壁を響かせて聞こえてくる。

 

いま近くにいる者達も、みな戦いに臨む思いを新たにしているようだった。当然だ。この〈ヤマト〉の乗組員、全員がパトリオットに違いなかった。地球を救うためならば、オレの命など惜しくはない――赤青緑にカーキやグレーの別もなく、そう本気で考えているに違いないのだ。〈スタンレー〉で戦って死んだとしても望むところ――これまで迂回を唱えてきた者達でさえそうであり、船を護るためならば平気で盾になれるのだ。

 

沖田のために命を捨ててしまえるのだ。そんな、と思った。冗談じゃない。おれはとてもそんなふうには――。

 

考えられない。そう思った。沖田艦長、おれにはとても、あんたならば地球を救ってくれると信じてこの身を敵に突っ込ませるなんてことはできない。そもそもあんたを信じる気がまったくしない。

 

兄さん、と思う。けれど兄さんはそうしたのか? あの白ヒゲを信じたのか? あなたのためにむしろすすんで盾になりますなどと笑って狂った命令に従ったのか? そうして兄さんの下にいた〈ゆきかぜ〉乗組員達もみな無駄死にさせられた?

 

変だと思わなかったのか、兄さん――古代は思った。気づくと自分のまわりだけ、〈ヤマト〉のクルーがみな黙ってしまっていた。妙な顔して黒スーツの自分を見ている。

 

死神でも見るような眼――不意に気づいた。全員が、兄貴のことを知っている。いや、今まで知らずにいたのはおれだけなのだ。

 

タイタンでの戦いの後、おれが〈ゆきかぜ〉艦長の弟なのだということは、クルーの間にたちまち噂が広まったに違いない。いつか、第一艦橋で言われた言葉を思い出した。君の兄のことはワタシからも悔やみを言わせてもらう――あのとき、真田という男は、おれに向かってそう言った。おれは『最後の二隻』の話にあまり関心がなかったから、ただの儀礼とばかり思っていたけれど。

 

だが、違うのだ。今、誰もがその件で悔やみごとでも言いたそうにおれを見ていやがるのだ。おれでなく、おれの後ろにおれの兄貴が立っていないかと窺うような眼でもって。

 

みな沖田がおれの兄貴を死なせたことを知っている。そこに不審を抱いてもいるが、だがそれなりのわけがあったのだろうとも考えているに違いない。誰もがそういう顔をしているように見えた。

 

なんと言っても、今の沖田は〈スタンレー〉の敵を追い払った男だ。だからこれからそこでの戦いに臨めるのだ。今の訓示は素晴らしかったとたぶん誰もが思っている。あの艦長なら信じられる。皆がそう考えている。沖田なら必ず奇跡を起こすはずと――。

 

そしておれは、沖田が選んだ男なのだ。そして〈ゆきかぜ〉艦長の弟だと言うではないか。だからきっと、敵地ではその英霊の魂がこいつの体に乗り移り、勝利を掴み取ってくれるのではないか、とか――。

 

まさか、とは思いつつ、そんなことを期待し始めたような顔。未だにおれを指揮官としてどうなのかと疑う思いも半々の視線が刺さるように感じる。

 

足が震える。古代は身から血が引いて、どこかに消えてなくなってしまったような感覚を覚えた。これがこの〈ヤマト〉という綱渡り船で、航空隊長の責を持つ者が立たされるロープなのだと今更のように気づかされた。そんな、と思う。やめてくれ。みんなおれを見ないでくれ。おれは兄貴と違うのだから。あの艦長を信じてなどいないのだから。

 

無理だ。おれには無理なんだ。おれは鬼神なんかじゃない。隊を率いて敵と闘うなんてことができるような人間じゃない。そんなの見てわかるだろう――そう思った。だがそんな言葉を口から声にして出せるようなはずもない。古代は皆を見返してその場に立ち尽くすだけだった。



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ゴルディオンの結び目

そうか、と藤堂は地球の防衛軍本部地下司令部の自室でひとり考えていた。前にしているコンピュータのディスプレイには、冥王星から続々と逃げ出す敵のようすが映し出されている。情報部から、『ガミラスは〈ヤマト〉の波動砲を恐れて避難しているに違いない』との分析も上がってきている。それを見れば、いま沖田が何をしようとしているのか(おの)ずとわかることだった。

 

そうか沖田、お前は行くのだなと藤堂は考えていた。〈ヤマト〉で敵と闘おうと言うのだな。波動砲を使わずに、命を懸けて〈赤道の壁〉に挑む気でいるのだな。

 

沖田よ、なら信じよう。お前なら、必ず〈ジャヤ〉を越えるものと――お前がその名で呼んだ敵を打ち倒してくれるものと。

 

一年前に『あれは〈魔女〉だ』と沖田は言った。ハート型の白い(おもて)に自分は笑う魔女を見たと……しかしそこへ行くのだろう。最初から、そのつもりですべてを計画していたのだろう。ならば、わたしにできるのは、もうお前を信じるだけだ。

 

そう思った。しかしまだ、気がかりに思うことがあった。〈ヤマト〉発進直前に、〈アルファー・ワン〉の坂井が死んでいると言う。にもかかわらず、できるはずの代わりの手配を沖田は求めもしなかった。

 

それは奇妙だ。()せないと思った。沖田は〈ゼロ〉に乗る者の人選に強くこだわっていたのだから。坂井と決めたときにも決して満足してなさそうだった。

 

そうだ。あのとき、聞いてみたなと藤堂は記憶を思い起こしてみた。『坂井では不満なのか』と問うたのだった。すると沖田は応えて言った。

 

「いえ、そういうわけでは……これが最高のパイロットなのはわかります」

 

「妙な言い方だな。今更わたしと君の間でそんな口を利かんでよかろう。腹を割ってなんでも言え」

 

「ふむ……しかし、これは望んでどうなると言うものでは……」

 

煮え切らない態度だった。沖田には珍しいことだった。藤堂は言った。

 

「最高でないパイロットが欲しいのか?」

 

「あえて言えばそうです。だが、〈二番目〉や〈三番目〉がいいのでもない」

 

「ほう。では何番目がいいのだ」

 

「だから、そういう問題ではないのですよ。やはりこの坂井を選ぶべきなのでしょう。今から〈ゼロ〉に乗れる者を他に探しようもない」

 

「それはそうだが」

 

と藤堂は言った。〈コスモゼロ〉に乗るための機種転換訓練を終えたパイロット全員の中から坂井と決まったものに、今から別の人間を訓練しろと言うわけにいかぬ。〈ヤマト〉はすでに建造を終え、サーシャの到着を待つばかりとなっていた。

 

サーシャか。このとき、自分は別の心配をしていたなと藤堂は記憶を振り返り考えた。〈彼女〉は果たして本当に〈コア〉を持って戻って来てくれるのか……何よりそれに気を揉んで狂いそうですらあった。約束など反故(ほご)にして戻って来ないのではないか、と、その考えで一杯だった。

 

サーシャか。あれは聖母とも魔女ともつかぬ〈女〉だった。まるでおとぎ話の中の、池から現れ木樵(きこり)に問う女神のような女だった。斧を失くして絶望する木樵に対し、『アナタが池に落としたのはこの金の斧か、それともこの銀の斧か』と言う、例のあれ。『いいえワタシが落としたのは鉄の斧です』と応えなければいけないのに、我々は『そうです! その金の斧です! それから銀の斧もです!』と言ってしまったのではないか。だからあの女はもう人を救ってなどくれない。二年経って人がもう子供を産めなくなった頃になって戻ってきて、『愚か者め。お前らに何もくれてなどやるものか。そのまま滅んでしまえばよい』と言っておしまいなのではないか……。

 

そう思えてならなかった。そうだ。我らは鉄の斧をサーシャに求めるべきだった。たとえ錆びた古斧であろうとそれが生きるのに必要なのです。そう言わねばならなかった。なのに欲に目がくらんで間違った答をしてしまった。人が愚かであるがために……。

 

そう思えてならなかった。しかしまさか、コスモクリーナー。遠くマゼラン星雲にまで取りに行かねばならないなどと――そんな話と知っていたなら、別の選択もあっただろうに……。

 

いやどうだろう。やはり『金銀の斧だ』と叫ぶ者らを止められなかったかもしれない。そしてサーシャは、それを察していたようだった。だから我らを試したと言った。わたしは決して、あなたがたを救いに来たのではありません。地球人類が救うに(あたい)するかどうか試しに来たのです――そう言って、求めるものをすぐには提供できぬと続けた。与える〈コア〉はただ一個のみ。それを納める炉の完成を自分が見届けて半年後だ、と。

 

そんな話だと知るならば、さすがに誰もあんな愚かな選択をしなかっただろう。だが、元々、気づいていいはずのことだったのだ。データベースから〈イスカンダル〉の語を抜き出し、自分の星を指すコードネームにはこれを使おうなどとサーシャが言い出したときに。〈イスカンダル〉――その名を付けた人物がサーシャ自身であると知るのは、〈ヤマト計画〉の関係者でもトップのほんのひと握りだけだ。〈あの選択〉に関わる者だけ。我らが池に落としたのは金と銀の斧であるとサーシャに言ってしまった者だけ。

 

〈イスカンダル〉。古代インド語で〈西の世界からこの天竺へ遠くはるばるやって来た者〉アレキサンダーを指す言葉。あなたがたはその〈ヤマト〉という船で、〈宇宙の天竺〉を目指さなければなりません。あなたがたの計画にふさわしい呼び名でしょう。これが〈X星〉などでは、なんのことかわからないでしょうから……サーシャはそう言い、(あざけ)るような笑みを浮かべた。〈天竺への旅〉を意味する符牒として使うにはむしろ不吉なその呼び名に、我らは異を唱えることができなかった。

 

そしてサーシャは、その星はマゼラン星雲にあると言った。ゆえに〈ヤマト〉は往復二十九万六千光年の旅をしなければなりません。

 

二十九万六千! 待ってください。なぜそんな――言った自分らにサーシャは応えた。何が問題なのですか? 〈ヤマト〉は一度に千光年、一日二回の割でワープができるようになるはずです。ですからロスが最小限で済むならば、この地球まで半年で行って戻ってくることができます。これは一度に一光年のワープができる船に乗って148光年彼方(かなた)の星へ行くのと同じでしょう。実際にはまず少なく見積もっても九ヶ月は要するものと思われますが、それでも滅亡を免れるには充分のはず――。

 

そのとき我々は手をついてサーシャに謝るべきだったのだ。金の斧など要りません。落としたのは鉄の斧ですと泣いて慈悲を乞うべきだった。だがあくまでそうせずに、聞いているのはそんなことではないと言った。一体あなたはどうしてそんな遠くから地球の危機を知ったのです。〈イスカンダル〉がここから数十光年の距離ならば、あなたがここでの戦争を知っても特に不思議はない。だがマゼランにいて知るのは――それは、百億人が生きる地球のたったひとつの殺人を月のかぐや姫が知るのとまるで同じではないか。一体どうして地球を知ってそして救けると言うのですか。

 

それに、あなたはガミラスがなんであるのか知っているはずだ。しかし地球の我々に教えることはできぬと言う。だが、あなたがマゼランから来たのであれば敵もまたマゼランにあることになりませんか? これはまるで、『子を返してほしければ指定の場所にひとりで来い』と脅す誘拐犯のようだ。この話には何か裏があるとしか……。

 

そんなことをサーシャに向かい言い立てた。しかし〈彼女〉は問いには応えず、『だからわたしはあなたがたを試していると言ったでしょう』と言うのみだった。どうなのです。落としたのは、本当に金と銀の斧なのですか?

 

あれは魔女だと藤堂は思った。しかし、鉄の斧だと言えば、聖母の顔を見せてくれたのかもしれない。そうしなければならないとわかっていながら、なぜあんな……だが結局、我々が出した結論はこうだった。サーシャがたとえ魔女であっても構わない。マゼランへ行く切符を受け取ろう。一時的な死を免れても意味はない。掴むべきは我ら地球人類の永久的存続なのだから――。

 

なんと愚かな……藤堂は思った。我らは誤った選択をした。『半年で戻る』と言ってサーシャが去って、そこで初めて〈彼女〉が約束を果たしてくれるなんの保証もないのに気づいた。あれはやはり池の女神だったのかもしれない。間違った答をする木樵には何もくれない存在なのかもしれない。おとぎ話の女神よりはるかにタチの悪いことに、『そうですかではこの鉄斧は捨てちゃってこちらの金と銀の斧を包んできてあげますから待っていてくださいネ』と言ってそれきりであるのかも……そんな話である可能性に気づいたのだ。

 

だからこの半年間、まるで体をネジにでもされたかのようだった。身をギリギリと(ねじ)られるような苦しみの中で、どうかどうかと祈る思いでサーシャを待ち続けてきたのだ。

 

沖田はその詳細を知らない。自分もまた沖田に話すのを禁じられている。だが、何も聞かずとも、沖田はおよそのところは察しているようだった。

 

「〈イスカンダル〉か」と沖田は言った。「アレキサンダー……その大王が戦いに身を投じていった理由も元は、『自分の国を護るため』と言うことでした。隣の国を我がものにすると、それを護るためまた隣を攻める。そこも落とすとまた隣を攻める……かつて日本が〈大和〉でやった戦争とまるで同じ話ですね。アレキサンダーはガンジス川の前まで行った。日本人は赤道を越えてニューギニアの山脈を見た」

 

「何が言いたいのだ?」

 

「辻政信という男の話です。その男は何から何までアレキサンダーそっくりでした。『国を護るためだ』と言って〈世界〉に対して戦いを挑む。敵を倒しても満足せずにその先にいる敵に挑む。戦い方もまったく同じだ。(みずか)ら兵の先頭に立ち、槍を持っての一斉突撃。十倍の敵が矢を放って迎え撃ってこようとも、『決して(ひる)むな』と叫び立てる……戦場で傷を負うこと数知れず。アレキサンダーは32歳の若さで死に、辻政信は『戦場こそおれの行く場所』と言い残してベトナムに消えた。本当のところ、彼らは何を求めていたのか……」

 

「スタンレー」と藤堂は言った。「冥王星を君はそう呼んでいるな。あれは天の赤道で人を笑う魔女の星だと。最初にそう呼んだのは……」

 

「そう。あいつです。古代守だ。あの〈ゆきかぜ〉の艦長だった……あいつは、許されるのならば、自分の船に〈アルカディア〉と名を付けたいと言っていた。いつかもし、自分が〈外〉の宇宙に出て行けるとしたら、船には必ずそう名付けると言っていました」

 

「アルカディア……」

 

と藤堂は言った。アレキサンダーはギリシャ北部のマケドニアの王であり、アルカディアとはギリシャ人が想い焦がれた理想郷の名だと言う。

 

「そう、それだ。アレキサンダーも辻政信も、それを求めていたのじゃないか? 目の前の敵を倒した先に〈アルカディア〉がある。オレが皆を理想郷に連れていく。そのように叫ぶ男であったから、兵は後について行った」

 

「結果として日本はアジア諸国から恨みを買うことになりましたよ。辻は結局、自分が嫌った白人と同じことをしでかした。我らもマゼランの末裔だ。フィリピンの沖で最初のカミカゼが突っ込んだとき、フィリピン人は『いいぞいいぞ』と海に(はや)したことでしょう。『アメリカ人も日本人もどっちも死ね。それでオレ達は肉が食える』と……当時の彼らにはアメリカも、スペイン人や日本人よりちょっとはマシと言うだけだった。フィリピン人が育てた豚を横から奪い、肉だけ取って、『お前らはこれでも食っていろ』と骨を投げつける。〈1911〉を見せつけて、『こいつは昔のやつと違うぜ』と笑いながら……そんなやつらだったのだから。マッカーサーは『アイシャルリターン』と言ったという。だが彼の約束する独立は、〈準植民地〉としての独立でしかない。フィリピンの民はそれをよく知っていた……」

 

「だろうな。しかし、そうだとしても、当時の日本はやはり間違っていたと思うが」

 

「ええ。戦地に辻を送った――辻ならばマッカーサーに勝つと信じて。〈スタンレーの山越え〉は辻の独断だったと歴史は言いますが、わたしにはそれは違うように思えます。本当の独断専行者は辻の上司の服部卓四郎(はっとりたくしろう)ではないか……」

 

「ええと」と言った。「確かそのとき、服部は、辻が天皇の名を(かた)り地図も作らずの作戦を始めたと知って驚いたのではなかったか? 服部が確認の電文を打って専行が発覚したのだろう」

 

「はい。もちろんその通りですが、わたしが言うのは意味が違います。服部に『〈リ号作戦〉は実行不能』という報告を聞く気があったとは思えない。裕仁(ひろひと)がスタンレーの山越えを強く望んでいたのは事実だったのだから……最初からたとえ無理でもやらす気で辻をラバウルに送ったのじゃないでしょうか。辻ならばスタンレーの向こうにいるマッカーサーを討つと信じて……だから辻の行為をかばい、上の者を説得した」

 

「辻は服部の意を汲んで行動しただけと言うのか」

 

「そう。そして本当の責任は、服部よりさらに上の者達にある……誰でも言うことですが、ノモンハンでの辻を許さずおいたなら、シンガポールやバターンの非道はなかったのですからね。昭和の戦争の最大の責任者は天皇でしょう。昭和裕仁が初めから、『自分は神ではない』と言っていたなら、国民が〈八紘一宇(はっこういちう)〉などという考えに狂うことはなかった。アジア諸国から百年間恨まれ続ける結果は避けられたはずなのですから……日本人はあの悪人を(みずか)らの手で吊るすべきだった。だがそうせずに、最も愚かな欺瞞(ぎまん)に逃げた。天皇陛下にはなんの責任もありはしない、悪いのは〈戦争そのもの〉だ、としてしまい、日本はむしろ被害者だから他国を踏みつけにしてもよい、という論法を作り上げた。それが憲法第九条だ。嘘を本当にするために自衛隊を無くそうなどと狂った輩が吠える国になってしまった」

 

「そして今、ガミラスに降伏せよと叫ぶ者らが国を荒らしまわっている……」藤堂は言った。「まわりくどい話はよせ、沖田。何が言いたいのだ」

 

「イスカンダル」と沖田は言った。「わたしが行く星の名をそう名付けたのはサーシャ自身でしょう、長官。違いますか?」

 

「ふむ」と言った。「『応えられない』と言ったならそれが答になってしまうな」

 

「〈イスカンダル〉――おそらく、その言葉こそ、この戦争を終わらせるヒントなのに違いない。サーシャは謎を解く手がかりをくれたのですよ。これは〈ゴルディオンの結び目〉だ。案ぜずとも、〈彼女〉は必ず〈コア〉を持って戻ってきますよ。地球人類を救けるのには裏の理由があるのでしょうが、だからこそいま見捨てはしない。〈彼女〉は決して、人類を試しているわけではないと思います。『この試練をくぐり抜けてみせよ』と言っているのだと……わたしにはそう思えます」

 

「ふむ……」

 

と言った。意味は同じなようでも違う。『鉄の斧を自分で掴む道を示す』と言うことか。やはり……と思った。察しているな。この男は、わたしがしてしまったことを……わたしひとりだけの責任ではないと言え、そんなものは言い訳にならない。わたしはいま、この沖田に手をついて謝らねばいけないのだと藤堂は思った。本当はそうしなければならないのだ。『鉄の斧』と応えるべきを『金銀』と言った。〈コア〉がなければ〈ヤマト〉はまさに、折れ錆び付いて役に立つことのない鉄の斧。そうだ。わたしはこのときに、沖田をその傾いた床に立たせていたのだった。沖田はわたしがサーシャは戻って来ぬのではないかと気を揉んでいるのを知っていた。

 

「〈イスカンダル〉の名前には〈天竺〉という意味も確かにあるに違いない」沖田は言った。「だから、わしは行きますよ。古代守が行くと言った〈アルカディア〉にわしは行く……そこには地球人類が読むべき〈(きょう)〉があるのだと、そう信じるから行くのです。この旅はわたしの命を奪う旅になるかもしれない。マゼランのように途中で死ぬことになるかもしれない。だが、ともかくあの男は、世界の西と東を繋ぐ偉業は果たした。わしも人類を救わぬ限り死にはしない、絶対に……そのために、たとえ後で鬼と呼ばれることになろうと……」

 

「沖田……」

 

「太平洋では辻もマゼランも悪魔と呼ばれ、どちらも母国で嫌われ者だ。わしもすでに卑怯者と呼ばれています」沖田は言った。「味方を見捨て自分だけオメオメ逃げてきた男だと――わしは敵の基地を前にして逃げました。かつての堀井と同じように。古代が行くと言っているのにだ。わしは共に行かずに逃げた……」

 

「しかし……」

 

「ええ。サーシャには会いました。ですがそれは結果論です。あの帰り(みち)でわしはずっと、古代と共に行くべきだった、なぜそうしなかったのだと、そればかりを考えていました。わしの選択はニューギニアの戦場で堀井がした選択と同じだ。堀井は基地を前にして、闘うことなく退()いて逃げた。『命令に従う』などと言い訳をして――だが、それは違う。その男は指揮官としての裁量権を捨てたのだ。あんなところまで行きながら……どうしてそこで『もう少しだ』と意地を見せられなかったのか。ココダ山道の全滅は、最初の玉砕でありながら玉砕に数えられていない。ただオメオメと逃げながらの犬死にであるため、なかったことにされてしまった。これではそれこそ、死んだ者が浮かばれない……」

 

「昭和のスタンレー山脈越えは、そもそもすべてが誤りだったのだ。〈メ号作戦〉の君とは話が違うと思うが」

 

「ええ。しかしそれでもです。ルーズベルトが何を企んでいたものか、軍人がわからぬようでは話にならない。辻以外にひとりもサムライがいなかったのか……サーシャに会って逆にわしは考えました。あのとき死ぬべきだったのは、古代ではなくわしの方であったのだと……そうすれば、この〈ヤマト〉に乗るのはあいつになっていただろうと。古代守こそがマゼランへ行くにふさわしい男でした。これがアレキサンダーの旅なら〈ゴルディオンの結び目〉をまずは解かなければならない。だがあのとき逃げたわしに、それが果たしてできるのか……」

 

「ゴルディオン?」

 

藤堂は言った。正直に言ってこのときに沖田が何を言っているのかわからなかった。アレキサンダーと〈結び目〉の伝承ならば知っている。かの大王の遠征における〈東〉への入口の街がゴルディオン。『触れるものすべてを黄金に変えた』と言われるミダス王の(みやこ)だった。街の神殿にはミダスが納めた戦闘馬車が縄で繋ぎ止めてあり、その結び目は複雑にこんがり合わされ、ほどきようもなく見えた。

 

それが〈ゴルディオンの結び目〉だ。『縄を解きほどいた者はアジアの支配者になる』と預言がされていた。アレキサンダーはこれに挑んで見事に解いた。それは歴史の事実と言うが、しかしどう解いたのか、ふたつの異なる話が伝えられている。ある伝承では、アレキサンダーは剣を抜き、結び目を一刀のもとに断ち斬ったのであると言う。もうひとつの伝承は、留め釘をただ一本引き抜いたならスルスルとすべてがほどけ落ちたのだと述べている。いずれにしても、その夜に神は雷鳴を轟かせ、アレキサンダーの解答を認めた。〈東〉への道が開かれたのだ。

 

〈天竺〉への――沖田は言った。「アレキサンダーにとってインドは〈東〉。三蔵法師は〈西〉に旅してインドへ行った。マゼランは南の果ての海峡から〈北〉へ向かってインドを目指し、わしは〈ヤマト〉で〈南〉にある〈宇宙の天竺〉へ行かねばならない。わしは三蔵法師にはなれても、孫悟空にはなれないでしょう。この旅にはどうしても、〈主役〉になる者が要ります」

 

「それが〈ゼロ〉のパイロット、〈アルファー・ワン〉だと言うのかね? 坂井や他の誰でもダメだと?」

 

「いいえ。決してそういうわけではないのですが……ですから、それが〈ゴルディオンの結び目〉なのですよ。わしにはどうも解ける気がしない」

 

「ふむ」

 

と言った。そのときは、沖田も不安なのだろうとだけ考えた。サーシャが戻ってくれるかどうか、自分が不安でたまらないのと同じように――と、ちょうどそのときだった。懸念が最悪と思えるような意外な形で的中したのは。

 

〈サーシャの船〉が太陽系に戻ってくるには来たのだが、ガミラスに見つかり追われていると言う。付近に地球のどんな戦闘艦艇もなく、救いになど行きようがない。

 

その報せを聞いたとき、もはやすべてが終わったと思った。沖田も共に同じ話を聞いていた。が、その後だ。さらに意外と言うしかない別の報告が届いたのは。よりによって七四式軽輸送機のパイロットが、敵追撃機を全機墜としてサーシャの脱出カプセルを回収した。サーシャ自身は死んでいたが、〈コア〉は確保――。

 

「〈がんもどき〉だと?」

 

と、そのときに藤堂は言った。何をバカな。きっとどこかで情報が間違ったのに違いない。〈47〉が〈74〉にひっくり返ったとか、そんな……〈七四式〉と言えば武装もないオンボロ・グーニーバードだろうが。操縦士も機種同様に『がんもどき』と呼ばれる役立たずパイロットだ。軍人として使いものにならないが降格する理由もないため万年二尉の名ばかり士官の階級を与えて軽トラ乗りをさせておく。自分の〈隊〉はそのオンボロ一機だけ、自分の〈部下〉はポンコツロボット一体だけ――そんなやつがいきなり出会った敵を墜とす?

 

バカらしい。伝達ミスでないのなら、そいつはホラを吹いとるのだ。そう思った。大方(おおかた)、サーシャが追撃機と相討ちになり、そこにそのお調子者が居合わせたというところだろう。がんもどきが錆びた鉄斧を黄金に変えるミダスなどであるものか――と、藤堂は考えながら、沖田がそのパイロットの資料を自分に寄越せと言っているのを聞いた。コンピュータの端末機にその者の顔が表れたとき、雷にでも打たれたようになっていた。

 

まさか……と思いながら藤堂は今、あのときに沖田が見ていたデータを画面に出して眺めた。『古代進に関する資料』。その履歴は、地球人類の最後の希望を沖田の(もと)に届けたのがあの〈ゆきかぜ〉の古代守の弟であることを示している。

 

まさか……とまた思った。古代進。こいつがお前の孫悟空? 〈ゴルディオンの結び目〉 を解く者? しかし、こいつは、『がんもどき』と呼ばれる男ではないか。

 

藤堂がこの一件を思いだし、そう言えばあいつはどうなったのだと考えたのはやっとこの数日前のことだった。〈ヤマト〉発進。波動砲。火星軍部とのイザコザや内乱への対処に追われ、がんもどきパイロットのことなどすっかり忘れていたのである。そもそも、あのとき、沖田は何も言わなかった。その男の名前が古代で、〈ゆきかぜ〉艦長の弟だと言うことさえ、後で調べて初めて知った。

 

古代守の弟だと? 〈ヤマト〉発進に際して船から出してないなら、つまり、沖田はそいつを連れてくことにしたのだろうが、しかしそんな……。

 

精鋭中の精鋭揃いの〈ヤマト〉艦内で、ペーパー二尉など二尉ではない。最も下の階級からも穀潰(ごくつぶ)しめとイビられて、あんたに食わすメシはねえよと言われるだけの存在のはずだ。ましてこいつはボロ輸送機で敵を墜としたなどとほざく大ボラ吹き。

 

そうだ、バカなと藤堂は思った。こんな男が〈アルファー・ワン〉? そればかりは有り得まい。とは思う。とは思うが……。



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ミダスの神殿

こんな男が〈アルファー・ワン〉のわけがない。そうは思う。そうは思うが……誰もがそんな眼で見るなか、古代はひとり通路を歩き、〈ゼロ〉の格納庫に着いた。

 

整備員が何人も機に取り付いて作業している。古代は台に載せられたミサイルに眼を止めた。

 

このあいだの貨物ポッドに比べたら小さいが、それでも航空機搭載用ミサイルとしては巨大だ。それが二基。古代の〈アルファー・ワン〉と山本の〈アルファー・ツー〉、それぞれの脇に一基ずつ置かれている。

 

古代は言った。「それが核?」

 

「そうです」と整備員。

 

「重そうだね」

 

「はい。こいつは〈ゼロ〉と〈タイガー〉の各機体に一基ずつしか吊りません。それ以上は機動に影響しますので」

 

無論、今度は、ちゃんと真ん中に懸架するわけだ。さらに対地と対空用のミサイルを翼にズラリと並べ、完全装備で敵地に(おもむ)く。

 

古代は言った。「あれは都知事の原口だっけ。『冥王星のガミラスは皆殺しにせねばならぬが、核を使ってやるのはダメ。必ず通常兵器で』とか……」

 

 

整備員はクククと笑った。「〈ぐっちゃん〉はねえ」

 

どうせ全員ブチ殺すのに核も通常もありはしない。冥王星で核を使うに道義上の問題など無論あるわけがないのだが、地球にはそれがわからぬ狂人が少なからずいると言う。〈地下東京のおっぱい都知事〉と呼ばれる男は、『市民を無差別に殺すのならば地雷とか焼夷弾とか毒ガスといった人道的な武器がいくらでもあるだろう』と論を述べあげているのだとか。

 

アニメの見過ぎはやはり心に悪い影響があるのだろう。古代は自分の〈アルファー・ワン〉に眼を向けた。垂直尾翼に《誠》の一文字が大きくマーキングされている。見れば揃いの同じマークが山本機にも描かれていた。

 

舵に四つの《()》の字型の撃墜マーク。キャノピー下には《古代進》と自分の名が記されている。どれも皆、この前のタイタンのときはなかったものだ。

 

戦闘攻撃機〈コスモゼロ〉。まさに敵を打ち砕くために造られた兵器。今は点検パネルが開けられ、無数のケーブルやチューブが繋がれ、整備員が手を突っ込んでいじっている。巨大な猫がうずくまりつつも、戦いたくてウズウズしている。顎を撫でられ背中を丸め、機嫌良くゴロゴロ喉を鳴らしながらも爪や牙の状態を確かめ、耳やヒゲや尻尾をヒクヒク動かしている――まるでそんなふうに見えた。美しくも獰猛な獣。これはそういうマシンなのだ。

 

あらためて、こいつにおれが乗るのか、と思った。習熟のための飛行ではなく、ミサイルを抱いて敵に向かう。それもただのミサイルじゃない。核だ。それでしか殺せぬような強大な敵に突っ込めと言う。

 

体が震えるのを感じた。恐怖なのか、武者震いなのか、自分でもよくわからなかった。

 

タイタンで見た〈ゆきかぜ〉を思い出す。兄貴にできなかったことを、おれが? 何をやってもまるで(かな)いやしなかったのに。年齢の差ばかりじゃない。どこへ行っても、『今のお前の歳のときにお前の兄ちゃんがどれだけ凄かったか』なんてことを言われた。学校では教師が兄貴を覚えていて、『そうかお前、あの古代守の弟なのか』と言った。兄さん今どうしてるんだ。士官学校? なるほどなあ。お前も兄を見習ってちょっとは……。

 

最後に会ったときに兄貴は、三浦の海を眺めていた。遊星があんまり落ちるとこの海が干上がるかもしれないんだってな、と言った。ちょっと信じられんけど、と……。

 

三崎の漁港にマグロ漁船が浮いていた。その上でカモメの群れが舞っていた。古代もこれが無くなるなんてとても信じられなかった。

 

だがあの日、それからほんの数時間後に三浦は消えて無くなったのだ。今の地上は昼に気温が上がっても、夜は氷点下の世界。

 

砂漠化。わずかに生き延びた塩害や放射能に強い生物もそれで死んでしまったと言う。あの日に兄貴と見たものはもうすべて消えてしまった。あるのはクレーターだけだ。

 

クレーターか。そうだ。ガミラスに殺られたのだ。父さんも母さんも、あのカモメ達も……そして、結局、兄貴も殺られた。だからお返しにクレーターをくれてやれ。やつらを〈穴〉にしてしまえ。核ミサイル。これはそのための物であり、おれは元々そのための訓練を受けた者なのだから……古代はそう思おうとした。だが、どこかでやはりまだ、すべてが信じられない気がした。対艦ミサイルを抱いて敵の宇宙戦闘艦へ――それさえ、とても自分にできるだなんて思えず脱落してしまったのに、今度は核で誰も知らない基地を探して射ってこいだと。隊長として? 選りすぐりのトップガンを率いてなんでこのおれが。

 

そんなこと、兄貴でさえできなかった。あれだけなんでもできた兄貴にできなかったことなのに、一体なんでボンクラのおれがやることになるんだよ。

 

やはりそんな思いが消えない。せめて隊長でないのなら……どうしても〈タイガー〉でなく〈ゼロ〉に乗る者が指揮を取らねばならないのなら、山本にすればいいじゃないか。少なくとも、おれよりずっといいはずだ。そう思った。思ってから、その山本がいないのに気づいた。格納庫内に姿が見えない。

 

「山本はどうしたの?」

 

聞いてみた。整備員が「さあ」と言って、

 

「主計科に行ったみたいですよ。科員だけじゃ足りなくて、おにぎり握る人間を募ってるんだとか言って」

 

「はん?」と言った。「おにぎり?」

 

「ええ。戦闘食と言えば、結局それになりますからね」

 

「って、そうかもしれないけど」

 

首を(ひね)った。戦闘食がおにぎりで、握る者が必要と言うのはわかるが、山本が? あの筋肉女がか? ちょっと想像しようとしてみた。山本が黒い革ツナギのようなパイロット服にエプロン着けて、ボサボサの髪の頭に手拭いでも被ってるところ。で、外したところを見たことのない手袋を嵌めたまんまの手でセッセとおにぎりを握っている――。

 

まさかあ。なんかの冗談じゃないのかと思った。だいたい、

 

「そんなの、他に黄色や緑のクルーがいるでしょ。山本がやんなくていいんじゃないの?」

 

「おれもそう思うんですけどね」

 

そうだろう。山本はパイロットだ。それになんと言っても士官だ。戦闘食作りのボランティアに参加するなんて話はない。やることが他にいくらでもあるはずだし、ミッションに備えて休みを取らねばならぬ身でもある。

 

いつもいつも何考えてるかまるでわからない女だけれど、今度という今度はほんとに何を考えてんだ、と思った。だがいないものはしょうがない。また核ミサイルを見る。

 

おにぎりと言えば、これも節分の日に食べる太巻きの寿司のようだ。生きてた頃によく母さんが作ってくれた――先に紅生姜(べにしょうが)付けたみたいに、赤い帯が垂れている。安全装置のタグだろう。ピンを引き抜かない限り、決して核が起爆しないようになっている。出撃前に抜き忘れることがないよう、目印として垂らすものだ。

 

もしこいつが付いたままだと、敵めがけて射って当たったとしても核はピカドンとはいかない――はずだ。古代はミサイルを点検する整備員の手元を覗き込んでみた。

 

クリップボードに何ページも挟み込まれた膨大なリストの項目を、ひとつひとつ何度も何度も何度も何度も確かめてからボールペンでチェックを入れる。どんな小さな項目もおろそかにはしないという態度だった。無論このミサイルは、古代がボタンを押したときちゃんと〈ゼロ〉を離れねばならない。そして火を噴き飛ばねばならない。それまでは、どんなにGに振り回されても外れることがあってはならない。レーダーに誘導されて獲物をめがけ、狙い(たが)わず進まねばならない。

 

ためにあらゆるセンサーが、千分の一秒単位で己の状態を把握できるようにしておかねばならない。整備員はそれを確認せねばならず、ネジ一本締める圧力まで気を遣い、慎重に作業に取り組んでいるのがわかる。

 

三浦の家で母が巻き寿司を作る姿を子供の頃に横で見ていた。なんとなくそれを思い出した。何よりこいつは不発に終わることがあってはならない。命中したとき確実に起爆しなければならないのだ。そのときまでは何重もの安全装置が撃鉄を押さえ、最後の瞬間にだけ外れる。ここでわずかな誤作動があればすべて一巻の終わり。

 

ゆえに慎重のうえにも慎重にならねばならないのだろう。無論たった今ピカリなら〈ヤマト〉はここで宇宙のチリだ。このミサイルは一基がヒロシマ型原爆数発分の威力があるに違いなかった。

 

整備員の名札には《大山田》と記されていた。古代は言った。

 

「もしおれが墜とされても、こいつは爆発しないんだよね」

 

「そうですね。それに射った後、機のすぐ前で敵にミサイルが殺られたとしても、核の起爆には到りません。核物質がバラバラに散って落ちるだけです。もし核が(はじ)けるようだと、その火の玉に〈ゼロ〉が突っ込んでしまうわけですが……」

 

「ああ。そういうことにはならない」

 

と言った。確かにそんなことになってはいけない。おれ自身は痛みも感じず死ぬだけかもしれないが、後をついてくる山本もヘタすりゃその〈小さな太陽〉に飛び込んでしまうことだろう。

 

核は定めた標的に命中したときだけ力を解放せねばならない。不発同様、暴発も決してあってはならないのだ。絶対にそのどちらもないように整備員――大山田は神経を集中させているらしかった。

 

〈ヤマト〉には整備員や炊事係の(たぐい)でもボンクラ要員はひとりもいない。その道のスペシャリストが集められたエリート船と言うわけだ。〈ゼロ〉は今、ここにいる者達の手で彼らの言う〈スタンレー〉に向かうべく完全な状態に整えられようとしている。乗機するのがおれみたいなハンパもんでも関係なしに。

 

おれだけがこの〈ヤマト〉の乗組員でただひとりの落ちこぼれ――半日前にやったばかりのシミュレーター訓練を古代は思い起こしてみた。どうにかこうにかタマは()けたがその後に姿勢を戻せず空中分解させたこと。

 

あれが実戦ならおれは死んでる。こんな大作戦をやるのに、とても充分な訓練を積んでいると言えない。冥王星でこの核を射てだと? おれはそんなことができるトップガンじゃない。

 

おれは兄貴とは違うんだ。渾名(あだな)どおりのがんもどきなのは自分がよく知っている。一度に三機墜としたなんて言っても敵がおれを見くびったからだ。十五機から逃げたのだって似たようなもんだ。やつらはたいして腕のいい敵ではなかった。あれがプロなら墜とされていた。

 

『フン、逃げてただけだろうが』とあの白ヒゲ艦長は言った。四機墜としても負け犬だ。エースになんかなれるわけない。そういう眼をしておれに言った。けれども、ちょうどそういうやつが欲しかった、とも……。

 

急にそれを思い出した。あれはどういう意味だったんだ? 考えながらふと気づくと、大山田がこちらの顔を覗くようにして見ていた。

 

「古代一尉、その……」

 

「何?」

 

「頑張ってください。戦果を期待してます」

 

「え?」

 

と言った。本気で言ってんのか? 判断がつかなかった。社交辞令じゃないのかと思う。

 

「あ、うん」と応えた。「どうもありがとう」

 

そして気づけば格納庫の全員が自分を見ている。みな複雑な表情だった。これが隊長で大丈夫なのかと思いながらも、『頑張れ、オレも期待している』と嘘でも言おうとしているような。

 

「えーと……」

 

困った。どうすりゃいいんだ。古代は言える言葉もなく、ただ彼らを見返した。

 

「その……」

 

士官であるなら、毅然(きぜん)とすべきなのだろう。『みんなの期待に応えるよう努力すると約束しよう。共に戦いに勝とう』とでも言うべきなのか。おれが。

 

いやまさか。任務背負って戦場へ赴いたことなんかないと言うのに、そんなことはやはりとても……。

 

言えない。何も言えなかった。格納庫に沈黙が流れた。古代は喉がつかえたようになって突っ立っているしかなかった。

 

――と、そのときだった。扉が開いて、クルーが数人、格納庫内に入ってきた。緑と黄色の船内服で、女ばかり。その中に、黒地に赤の服で目立つ山本も混じっていた。

 

山本は言う。「どうかしました?」

 

「いや、別に」

 

「これ、どうぞ。食べてください」何か差し出してきた。「おにぎりです」

 

「は?」

 

「最後の米だそうです。『地球の命を繋ぐ種を戦いの前に腹に納めよ』と言うので、今みんなで握ってるんです」

 

「えっと……」

 

タッパー容器におにぎり。なるほど本物の銀シャリとわかる。命の種だと? 確かに米とはそういうものに違いないが……なぜかタコとカニの形にされた合成肉ソーセージが一緒に器に詰められていた。一体なんのつもりだ、これは?

 

それを持ち古代の方に伸ばしている山本の今の両手は素手だった。普段、手袋に護られているせいもあるのか、肌のきめ細やかな女らしい手に見える。

 

山本と一緒に来た者達が、部屋の机におにぎりを盛った皿を置いた。さらに飲み物が入ってるらしいポットなどを並べ始める。古代はそれと山本の手にあるものとを見比べた。

 

「これ、山本が握ったの?」

 

「はい。隊長と自分のくらい作ろうと思って」

 

一同がまた自分を見ている。今度はみな笑顔だった。

 

「ええと……」と古代は言った。「ありがとう」



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宇宙海賊キャプテンハーロック

「兄さん、これ。母さんが」古代は言った。「巻き寿司だって」

 

「おお、サンキュー」

 

言って兄は、差し出した包みを受け取った。古代進と守の母は、何かにつけてよく巻き寿司をこしらえた。家の近くに海苔漁家の直売所があり、天日干(てんぴぼ)しのいい海苔が安く手に入るのだ。海苔の草を海で育てて収穫し、四角くしたのを束ねて売っているわけである。あまり量は作れないため古代の住む町近辺でだけ消費され、外にほとんど出ることはない。その海苔で母が作る巻き寿司に幼い頃から慣れたふたりには、店で買う海苔巻きなどとても食えたものではなかった。古代の母の巻き寿司は三浦の海の香りがする巻き寿司なのだ。

 

「こればっかりは母さんのじゃないとな」

 

と兄の守は言って、古代が渡した包みを大事そうにカバンに入れた。

 

これがふたりの母親が息子に作った最後の巻き寿司になった。この日、三浦に遊星が落ちる。だが誰ひとり、そんなことを知る(よし)もなかった。

 

ガミラスの遊星は地球の大気に飛び込む寸前、赤く光りながら進路を変える。今はデタラメに落ちているが、そのうち狙った場所へ正しく向きを変えるようになるかもと、学者などは言っていた。遊星がどこに落ちるか予測することはできないのだ。

 

ゆえに一部の反戦論者は、『彼らは地球人類に警告してるだけなのだ』などと叫んでいた。彼らは狙いがつけられないのではありません。人のいない海や砂漠を狙って落としているのです。今のうちに武器を捨て、ガミラスさんに降伏しましょう。彼らはいい異星人だから、平和のために石を投げつけているのです。

 

「あんなやつらをほっといたら、いつかひどいことになるぞ」

 

この日、兄は大根畑の向こうから聞こえてくる街宣車の叫び声に顔をしかめて古代に言った。久しぶりの休みをもらい家に帰っていたのだった。

 

地球防衛軍の基地も連日、狂信的な団体に巻かれて『降伏降伏』と合唱されていると言うが、それは三浦の漁師町でも同じことだ。(のち)に〈おっぱいヒトラー〉と呼ばれるこのときには俳優だった原口祐太郎の街宣車が――萌え美少女の()がデカデカと描かれている〈痛車〉だが――『原口祐太郎は責任を取る男です! ワタシ達のこの日常がいつまでも続く夢を叶えます! さて世界情勢は――』などと流して進む声が町じゅうに、いやおそらくは半島じゅうに響いていた。ひょっとすると海を越えて伊豆半島まで届いているかもしれない。

 

兄は言った。「ったく、なんてうるせーやつらだ」

 

「あのさ、兄さん」古代は言った。「今日、途中まで一緒に行っていいかな」

 

「途中? って、横浜までか?」

 

「うん」

 

「いいけど、きっとあんなのがウジャウジャいるぞ。お前くらいの歳のもんには勧誘がゾンビみたいに寄ってくるぞ。軍に入れとか、変な宗教とか……」

 

「わかってる。大丈夫だよ」

 

「ふうん」

 

と言った。古代にとって、兄は大きな存在だった。歳が離れているだけに、まるで雲突くように見えた。

幼い頃には、古代は兄の行くところ、どこでもついて行こうとした。兄はなんでも知っている、一緒にいれば凄いものが見れる、ずっとそう思っていた。砂浜で古代が裸足(はだし)でいるところにナマコを転がされたりもしたが、それでもついて行こうとした。

 

潮干狩りも魚釣りも兄の守が教えてくれた。海苔漁家が海苔を()に貼り天日に干してる光景を指して、母さんの寿司がうまいのはあの海苔を使っているからだと言ったのも兄だった。野ざらしの壊れた漁船に入り込み、操船室で『おれは宇宙海賊キャプテンハーロックだ! トチロー、星の海へ行くぞ!』と叫ぶ。そのとき、その廃船は髑髏の旗を掲げた宇宙強襲船〈アルカディア号〉となるのだった。

 

その兄が、とうとうほんとの宇宙船乗りになってしまった。そしてほんとにガミラスなんて正体不明の敵と戦いに行こうとしている。もう生きては帰らないかも――考えると、やめろ、行かないでくれと古代は叫びたくなった。同時に行くならおれも連れていってくれと言いたくなった。異星人と戦うなんて自分にできると思えない。カニやヒトデやゴカイのデカいのみたいな生き物で、捕まって食われることになったらどうすると思うと怖い。それでも、兄貴について行けば――。

 

凄いものが見れるんじゃないか。星の海が本当に行く手に広がってるんじゃないか。そんな気がした。ガミラスの船を捕まえて、超光速航行技術を手に入れる。船にあのときの廃船と同じ〈アルカディア〉の名を付ける。舷腹に髑髏の画を大きく描き、それで銀河を離れるのだ。天の河銀河の渦を広く視野一杯に眺めて見るところまで。

 

地球人類がまだ絵に描いてしか見たことのない自分達の銀河系。それを写真に収めて戻り、掲げて言うのだ。どうだ、こいつは想像画じゃないぞ。他所(よそ)の銀河でもCGでもない。おれがこの手にカメラを構え、指でシャッターを切ったんだ。おれが眼で見たナマの銀河だ。

 

どうだ見ろ、これが証拠だ! 世界の人々にそう叫ぶのだ。この写真を撮った場所に、おれは旗を置いてきてやった。地球人類が来た証拠に、永遠にそれは宇宙にはためくんだ。

 

そう叫ぶのだ。どうだやったぞ、おれはやったぞ。そう叫ぶのだ。兄貴なら、そんなことさえやってのけるような気がした。だから古代は背中を追ってついて行きたいと思った。兄貴がキャプテンハーロックなら、おれはトチローだ、それでもいい。だからついて行きたいと思った。

 

「父さん母さん、行ってまいります」

 

その日、基地に戻る兄を、父と母は反重力バス乗り場まで見送りに出た。一緒にバスに乗る次男を父母は気がかりそうに見た。やはりそのまま軍に入隊しやしないかと心配しているらしかった。古代が住んだ町から横浜までは、その五十人ほど乗りの大型タッドポールで行くのがいちばん早い。バスがフワリと浮き上がると、父母は下から見上げてずっと手を振っていた。

 

それがふたりが両親を見た最後の姿になった。機内に乗客はまばらだった。兄弟は相模湾を眺める側の席に着いた。海面は青く光り輝いていた。行き交う船が後に残す航跡が、ナスカの地上絵のように見えた。

 

「軍に入れば、こんなものも飛ばせるようになるんだろ」

 

古代が言うと、

 

「このバスか? そりゃ士官学校じゃあ、タッドポールくらいは操縦習わされるからな」

 

「ふうん」

 

「けどな。言っておくけれど、軍はおれが入ったときと違うぞ。今はどこでも『いま志願すればトップガンのコースが志望できる』なんて言って誘ってるけど、あの話にはカラクリがあるんだ。『コースが志望できる』んじゃなくて、入ってくるやつ全員にパイロットの適性試験受けさせてるのさ。戦闘機乗りはすぐに死ぬ。だから今から大量に養成しなきゃいけないって言うのが本当の考えなんだ。それに、〈試験〉と言ったって、まずは視力で(ふるい)にかけられることになる」

 

「うん」

 

と言った。そんな話はもちろん聞いて知っていた。視力で五割、それ以外の適性でまた何割と落とされていって、パイロットコースに進むのは数十人にひとりだと。そこからさらに選抜されて、戦闘機が与えられるのは百人にひとり。

 

「〈戦闘機〉なんて言ったって、ミサイル持ってガミラスに突撃かける対艦攻撃機なんだから。船を護るエース部隊に行けるのは何千人にひとりって話だ」

 

「だろうね」

 

と言った。医者や弁護士、大学教授や高級官僚などよりはるかに狭き門。それがトップガンパイロット。何かを勘違いしたバカが『オレを戦闘機に乗せろ』と言えばなれるものでないくらい、キモヲタでもなきゃわかることだ。無論古代も、そんな話がしたくて言ったわけではなかった。『こんなものも飛ばせるように』と言ったのは、まさにこの、客を乗せて海を見ながら飛ぶバスのことだった。速度は時速百キロなのだが、ごくゆったりとしか感じない。窓の外、相模湾の向こうに富士の山が見える。振り返れば三浦の大根畑が見える。

 

子供の頃から乗り慣れた横浜行きの反重力バスは、遊覧飛行船とも言えた。いつも乗るのが楽しみで、窓に張り付いて景色を見ていた。今も遠くに貨物輸送型らしいタッドポールが浮いて進んでいるのが見える。オタマジャクシはカエルの子と言うけれど、これは決してカエルにならずに這うように空を泳ぐ運び屋だ。

 

でも、それでもいいんだと思った。おれはやっぱり兄貴のように上を目指して昇る人間じゃないのだから、いつまでもこの三浦の海を眺めて往復する仕事でも、三宅島や八丈島まで荷物を運ぶ仕事でも……今日も家に帰ったら、父母が待ってて寿司の残りが食えるだろう。そう思っていた。だからそれでも別に構いはしなかった。何も誰もが偉い人間にならなくていいだろう。三浦の海で海苔を作る仕事だってあるだろう。大根農家でもマグロ漁師でもいいだろう。

 

古代はこのとき高校生で、学校では日々、教師や級友が進路がどうのと言っていた。そしてみんながこう言った。軍に入るのだけはやめろよ。もし万が一、戦闘機パイロットコースなんか入れられたら、ガミラス艦に特攻かけるカミカゼパイロットにされちまうぞ。宇宙じゃそんな戦争が始まったと言うんだから……。

 

みんな、怖いねこの町に遊星落ちたらどうしようと言いながら、誰も本気で心配してないようだった。ガミラスなんて海に百個も石落としたら、きっといなくなるんじゃないか。なのに慌てて軍に志願入隊したり、逆に『降伏』と叫んだりするのはバカのすることだよ。

 

だから将来を考えて安定した職に就くか、大学へ行って――そんなことを大人は言った。今、目の前の兄を見る。まさにエリート士官候補と言う気配を漂わせている。

 

無論、この兄にしても、異星人と戦うために士官学校なんかに入ったわけでないのを古代はよく知っていた。兄は宇宙に出るために軍人の道を選んだのだ。

 

こんな乗り合いバスでなく、人類が外宇宙に乗り出すための宇宙船に乗り組むために――人はあと数十年でワープ技術を獲得し、外の宇宙に旅立てるものと考えられていた。そのときに宇宙に出ていくひとりになりたい。銀河系をこの眼で見たい――その思いから、兄は士官学校に進んだ。ガミラスなんてものが来るとは誰も想像もしていなかった。

 

「想像もできないよなあ」

 

兄は言った。窓の外を眺めていた。

 

「遊星があんまり落ちるとこの海が干上がるかもしれないなんてさ。そんなバカな話があるかと誰だって思うよな」

 

「兄さんが止めるんだろ」

 

「そうだけどさ」

 

ゴツゴツとした海岸線。三浦の海は岩礁の海だ。下を覗けば、海底の岩のようすも見て取れる。

 

波が打ち寄せ白く砕かれていた。タッドポールはその上を飛ぶ。行く手に丸い逗子(ずし)の湾。ハーバーにヨットの帆柱が立ち並んでいる。

 

「あれなんかも、ひょっとして、大昔に隕石が落ちた跡だったりしてな」

 

「そうなの?」

 

「いや、知らんけど」兄は言った。「北方領土の択捉(えとろふ)島に、あれよりもっとでかくて丸い湾があるんだ。昔、日本が世界を相手に戦争したとき、まず最初に艦隊をそこに集結させた……その湾てのは、人がまだ猿だった頃に隕石が落ちた跡だそうだよ」

 

「ふうん」

 

と言った。言いながら、兄が一体なんの話を始めたのかわからなかった。遠くの富士を眺めてただ、この反重力機であの山のすぐ上まで飛んで行けば、雪を被って広がる裾野はまるで渦巻銀河のように見えるだろうなと考えていた。最初にそれを見、写真に撮った人間はきっと『どうだ』と叫んだだろう。この国のまだキモノを着ていた人らに向かって、『これがオレの見たものだぞ』と言ったのだろう。まだ白黒の印画紙に自分でネガを焼き付けて、海苔を()くように現像し、高くかざして見せたのだろう。古代はそう考えていた。

 

兄はいつもそんな話をしていたものだ。人はこの天の河銀河が太巻寿司を薄く切ったみたいな形であると知っている。けれどもそれは知識として知ってるだけで、眼で見た者は誰もいない。だから行くんだ。行って見るんだ。この眼で〈でっかい海苔巻き〉を見て、写真に撮ってくるんだと……別にそれで銀河がぜんぶ地球のものになるわけじゃない。宇宙を征服しに行くのじゃない。ただ、どうだ行ってきたぞ、おれは見たぞと言うために行くんだ。

 

〈アルカディア〉とはギリシャ南部の美しい高原の名前なんだと兄は言った。おれはおれのアルカディアをただ見るために宇宙へ行くんだ。

 

「『北の四島は古来からの日本の領土だ』なんてことを政治家やマスコミは言うけどあれは嘘だよ」兄は言った。「明治の頃にアイヌを殺して奪った土地さ。日本人は北海道に住むアイヌを同じ人間と思ったことは一度もなかった。明治政府はガトリングガンを手に入れると、『これで神武(じんむ)の時代からの〈アイヌ問題〉を解決できる』と言って笑った。武器を持たないアイヌは択捉に追い詰められて、『なぜだ、どうしてオレ達が殺されなけりゃならない』と言った。抵抗できない最後の女子供まで日本人は殺して言った。『それは二千五百年前から天皇陛下のものだった土地に、お前達が三千年も勝手に住んでいたからだ』と――」

 

街宣車が流す声が空の上まで聞こえてきていた。『降伏すればガミラスがワタシ達を殺すことはありません! 武器を持たねば襲われることはないのです!』

 

「ハワイへ行く昭和の艦隊は、択捉島で錨を揚げた」兄は言った。「浜辺では、百万人のアイヌの霊がそれを呪って見送ってたかもしれないな。『〈ヤマトの民〉などみんな焼き殺されてしまえ。オレ達と同じ思いを味わえばいい』と言って……」

 

『憎しみは何も生みません! 話し合えば異星人ともすぐ分かり合えるのです!』

 

「十一月の択捉は雪で真っ白だっただろう。杭を抜けばアイヌの血が吹き出してみんな真っ赤に染まっただろう。『古来からの日本の土地』――恥ずかしげもなくよく人に言えるもんだよ」

 

兄がなんの話をしてるか、古代にはやはりよくわからなかった。ただ黙って、海を見ながら話す兄の顔を見ていた。兄は戦いに赴く前に、自分が育った三浦の海を眼に焼き付けているようだった。

 

この日、遊星がここに落ちる。だから古代もよく見ておくべきだったのかもしれない。

 

「昔の日本はやはり間違ってたんだろうな。でも、そう言えるのは、今ならものが食えるからさ。昔の日本は大根しか食えなかった。アイヌを殺してカニを獲っても、三崎の漁師がマグロを獲っても、みんなアメリカに持って行かれた。缶に詰められ、英語のラベルを貼られちまって……みかんは〈マンダリン・オレンジ〉だ。日本のみかんはアメリカ人の缶詰になるため日本で()を付けるもので、日本の子供の分はなかった」

 

「だから」と言った。「それを奪い取る……」

 

「ああ」と言って兄は笑った。「おれが海賊になってな」

 

そしてふたりで笑い合った。ハーロック。それがおれだと子供の頃に廃漁船で兄が叫んだ名の〈船長〉は、圧制者の船を襲って荷を奪い民に与える男だった。一度は宇宙スペインの虐殺部隊の〈尉〉となりながら、帝国に反旗を振って自分が殺してしまった者らの妻子を護るために立ち上がる。それが宇宙の海賊キャプテンハーロック。

 

その名前は、古代進と守の兄弟ふたりだけの秘密だった。兄は決して、まだ幼い弟の前以外ではその名を口にしなかっただろう。同年代の友を相手にそんな話をしたならば、『中学生にもなって何を幼稚な』と笑われたに違いない。

 

「日本は昔、日本のマグロをツナ缶にして持ってくやつらと戦った。日本のマグロは日本の子供の寿司にするために獲るものだ。お前達のツナサンドになるために海を泳いでいるんじゃない、と叫んでな……でもまあ、無理な話だよ。肉でもなんでもタラフク食ってる連中相手に、タクアンしか子供に食わせられない国が向かって勝てるわけがない。いくら強い戦闘機を造ったって……」

 

「戦闘機?」

 

「ああ」と言った。「あったんだよ。〈零〉って言うのが」



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第10章 雷鳴
エルモの蛍火(ほたるび)


《隼》の漢字一文字のマーキングを尾翼に描いた〈タイガー〉が架台に載せて運ばれる。発艦装置の点検のために、二機三機とそれが次々に動くようすを、加藤は最後の米だと言うおにぎりを手にして食べつつ眺めていた。まるで自分が米粒ほどの大きさになって、イワシの缶詰工場にでも入り込んだような気がする。機械の腕が魚をさばいて缶の中にきれいに並べて、隙間なくピッタリ詰めて次の行程に送るのだ。そこで醤油で味付けて、おにぎりの具か何かの用に売られる。

 

でなきゃ、カレイの干物かな、と思った。〈コスモタイガー〉は海のカレイかヒラメに似た平べったい戦闘機だ。基本的な形状は、地球の空を二百年前に飛んでいた〈F-15〉とか〈18〉とか、〈22〉だとか呼ばれたものとそう変わるところはない。尾翼付きクリップド・デルタの翼にストレーキを持ったブレンデッド・ウイング・ボディ。と言うのは、つまり空飛ぶヒラメだ。それが網に乗せられて、干されたり焼かれたりするのを待っている。

 

いや、もちろん、〈スタンレー〉に赴くための準備なのだ。一機一機の胴体に核ミサイルを装着し、さらに翼に対地・対空ミサイルを並べて懸架する作業が並行して進められている。

 

ミサイルか、と思った。しかし宇宙の戦いで対空ミサイルはあまり役に立たない。ミサイルは主に対地攻撃用に使うことになるだろう。戦闘機との闘いはビームの撃ち合いで勝負をつける。敵と相対速度を合わせ、接近し、後ろを取って、照準に狙いを定めて、撃つ。それでしか、宇宙戦闘機は墜とせない。かつて地球でジェット戦闘機の時代にすたれた機銃によるガンファイトが、ビームガンによって宇宙で復権したのだ。それも、大昔の戦争で日本の〈零〉や〈隼〉といったプロペラ機が得意とした格闘戦で最も有効なものとして。

 

特に〈タイガー〉。この機体は優秀だ。船を護るための機として格闘戦用に絞って造られ、マルチロールファイターである〈ゼロ〉より空戦性能は高い。〈ゼロ〉にはできないクルビットも〈タイガー〉ならなんなくこなす。ヒラリヒラリと、まさにカレイやヒラメのように宇宙空間を舞い踊るのだ。スピードばかりの一撃離脱戦闘機〈ゼロ〉などヒョイと(かわ)して蹴りを入れるだろう。

 

いま加藤の前に並ぶどの機体にもどこかに《()》の字型の撃墜マークがズラズラと十個以上描き込まれている。冥王星は英語で〈Pluto(プルート)〉。占星学でこの星を指す記号が最初の二文字〈P〉と〈L〉とを干支(えと)の〈巳〉の字のように組み合わせたものであることから誰かが考えてやり出したもので、つまりこれで、『オレは冥王星の蛇をこれだけ殺ってやったぜ』という意味になる。

 

しかし、と思った。こいつは逆に対地任務では〈ゼロ〉に劣る――加藤は魚の頭のような紡錘形の〈タイガー〉の機首に眼を向けた。エビが触覚を持つように機首や翼端に大きなアンテナやセンサーを生やした〈ゼロ〉と違い、〈タイガー〉の対地作戦能力は低い。〈ゼロ〉なら猫がヒゲを使って狭い穴をくぐるように宇宙機雷の中でも縫って進むだろうが、〈タイガー〉にそんな芸当はとてもできない。

 

無論、普通はそれでいいのだ。〈ヤマト〉が本来必要とするのは船を護る戦闘機であり、〈ゼロ〉など警戒管制機(エーワックス)を兼ねる機体としてしか要らないのだから。指揮官はタイガー隊が戦うのを後ろで支えていればいい。

 

しかし、明日はそうはいかない。逆におれ達タイガー隊が〈ゼロ〉を支えることになる。

 

加藤は部下達を見た。最後の米だと言うおにぎりを食べながら、全員が硬い表情だった。

 

まさにこれが最後のメシになるかもしれない。誰もがそう考えているようだった。そんなのは戦闘機乗りなら毎度のことだ。いちいち考えることなどなくなっているはずなのに、今度ばかりは、と言うところか。

 

無理もあるまい。この作戦に地球の運命が懸かっていては。太陽系を後にしてマゼランへの旅に出られるのかも。こんなときに必要なのは――。

 

「エルモの火、か」

 

加藤は言った。部下のひとりが聞きとがめて、

 

「は? 何か言いました?」

 

「いや……」

 

と言っておにぎりを食べた。しかしその部下が見続けている。つられたように他に数人が向いてきた。

 

しかたなく言った。「『エルモの火』、と言ったんだ。昔、船乗りが見たってやつさ」

 

「ええと」とひとりが、「時化(しけ)の夜に帆柱に(とも)ったと言うやつですか」

 

「ああ。帆船の時代の話だ。荒れる海で夜にマストを見上げると、天辺(てっぺん)で青い炎が燃えてることがあったと言う……」

 

「放電でしょう」

 

とまたひとり。加藤は『ヤレヤレ』という顔を作り、

 

「ロマンのないやつだな」

 

言ってやった。皆が笑った。部下だけでなく、居合わせた整備員なども。

 

けれどその部下が言った通り、〈エルモの火〉とは放電だ。船上の空に雷雲があると、マストの先が電気を帯びて(ほの)明るい光を放つことがある。怪談話の挿絵に描かれる墓場のヒトダマのような光だ。船の動きでそれがユラユラ尾を引き揺れる。空ではゴロゴロと雷が鳴る……などと話に聞いたなら気味の悪い光景のように思えるが、帆船時代の船乗りはそれが見えると吉兆(きっちょう)とした。この航海には(さち)があるに違いない――。

 

〈エルモ〉と言うのは船乗りの守護聖人の名前である。帆柱に青い炎が見えたなら、それはエルモがこの船を海から護ってくれている……船乗り達はそう言って仲間同士慰め合った。その時代に航海は命懸けのものだった。経度を知る方法もなく、海は広大で底が知れない。正確な海図を頼りの航行ができるようになったのは蒸気船の時代になってだ。

 

それまでは、人は風しか頼れなかった。だが海風は気まぐれだった。(なぎ)で進めぬ日もあれば、暴風に殺されかかることもある。いや、航海で何人か死人が出るのは当たり前だった。波に(さら)われ、サメに食われ、病気にかかって船乗りは死んだ。長い旅から全員が無事に故郷に帰り着くことの方が稀だった。

 

だから船乗り達は皆、どうかギイギイと(きし)む船を旅の間もたせてくれ、生きてこの旅を終えさせてくれと聖なるエルモに対し祈った。だから帆柱に火が見えたとき、そこにエルモが居ると言った。

 

不帰(かえらず)の想いを抱いて船に乗る者には胸に慰めがたとえかけらでも欲しいもの……青く揺らめく救いの(ともしび)。それが〈(セント)エルモの火〉。絶望の中の希望の光。男にしか見ることのできぬ海の蛍火(ほたるび)

 

それだ、おれ達に必要なのは――加藤は思った。この〈ヤマト〉にもしも〈エルモ〉が居るとすれば――。

 

〈アルファー・ワン〉、古代進。あいつか。あれが守護聖人……あれがこの船を護り抜き、もう滅亡したという人を救ってくれると言うなら。それを信じることができれば、おれは……。

 

あいつのために死んでもいい。そう思った。思ったが、しかしどうなのか、とも思う。あいつ自身がまだやはり、自分が人を救おうなどと考えていないように見える。どうしておれが。それはイヤだと考えているのがわかる。

 

無理もあるまい。それが普通だ。あれは普通の男なのだ。しかしそれでは、隊長とは認められない。

 

〈アルファー・ワン〉はエルモでなければならないのだ。普通の男であってはならない。船に降り立つ青い炎であってくれねば……。

 

しかし、古代は何かが違う。ひょっとしたらそうなってくれるかもしれないものを感じるけれど、何かが違う。足りていない。いや、〈エイス・G・ゲーム〉のときに、あいつの中で光り輝くものを見たような気もするが……。

 

仮にあいつが青い炎を胸に持っていたとしても、やはりたった一日で〈ヤマト〉の帆柱に(とも)ることなどできないか――加藤は思った。そしてもう、あいつに対しておれができることもないだろう。

 

だから、後は古代自身だ。もうあいつに、あと数時間のうちに、どうにかエルモになってくれと願う以外に何もできない。加藤は〈ヤマト〉艦橋がある方向を見上げてみた。帆船ならばメインマストが立っているであろう辺り。

 

あと数時間。もう寝るだけの時間しかない。出撃に備えておれもそろそろ休息を取らねばならない……わかっているが、しかし加藤は、そんな気になかなかなれそうになかった。



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クリオネ

「おれもそろそろ睡眠取らなきゃ。君らも休まないとダメだぜ」

 

言って南部は立ち上がった。〈ヤマト〉中央作戦室。他にいるのは太田と新見。

 

新見が言う。「わかってるんですが、そんな気になれなくて……」

 

「それでも休まなくちゃダメだ」

 

言っておにぎりをパクついた。〈スタンレー〉では島が船を操って、自分が砲雷の指揮を執る。しかしそれができるのも、太田や新見の補佐があってだ。このふたりが船が置かれる状況を常に把握してくれなければ、〈ヤマト〉はとても戦えない。明日はこの艦橋で最も緊張を()いられるのがこのふたりだとも言える。今も競馬の予想屋が明日はどの馬が来るのかと神経を集中させて取り組むみたいにデータの山とにらめっこしている。どれだけやっても充分と言う気になれない――そんなところなのだろう。南部はわからなくなかったが、

 

「そんなの、キリがないだろう。ここまで来たらジタバタしたって始まらないさ。明日に備えて早く寝ちまえ」

 

「そうなんですがね」

 

と、新見が言うのに向かって太田が、

 

「何がひっかかってるの?」

 

「核攻撃のことなんですが」

 

「おい。まさか、『核反対』なんて言うんじゃないだろうな?」

 

南部は言った。地球には、たとえガミラス基地相手でも核を使ってはならないと叫ぶ狂人がいる。一年前の〈メ号作戦〉に際しても、《NO NUKE》のプラカードを振って地下都市を練り歩いた。核はんたーい! ガミラスは通常兵器でも撃退できまーす! なのにどうして核を使おうとするんですかーあっ!

 

「まさかやつらが冥王星に街を造って、やつらの子供を育ててるかもなんてバカなことを言うんじゃ……」

 

「そうじゃないです。あたしの考えてることは、たとえ核でも基地を潰せはしないんじゃないかと言うことです」

 

「ああ」と言った。「それか」

 

「敵は核に対する備えもしているものと見るべきでしょう。基地の最も重要な施設は、おそらく地下深くにあります。戦闘機が持てる程度の核ミサイルでは、息の根を止めるまでには至らない……」

 

「まあな。けれどそれがなんだってんだ。〈ヤマト〉の魚雷ミサイルならいけるって言うもんならともかく」

 

「ええ。〈ヤマト〉は一撃さえ与えられればいい。後は地球艦隊に任せて太陽系を出るべきと言うのはわかってるんですが」

 

「そうだろ? 何が問題なんだ」

 

「それにしても基地の中枢はどのくらいの深さかと思って……たとえば、〈ヤマト〉が地球を出るとき、ドリルミサイルに襲われたでしょう。あんなのがあればいいんですよね。敵がどれだけ地中深くにいるとしても、ドリルで掘って進んでいってドカンとやれば殲滅できる」

 

「ははは」笑った。「そりゃあ、確かにそうだ。けどこっちにあんな武器はないんだから、考えてもしょうがないだろ」

 

「そうですけど……あるいは波動砲なら……」

 

「冥王星ごと吹き飛ばせる。けどそれもできないんだから。まあ、〈ヤマト〉がもう一隻――もしも〈ムサシ〉なんてのが別にあるなら一緒に行って撃てるだろうけど、ないんだから。タラレバでものを考えるのはよせって」

 

「そうじゃないです。いや、まあ、タラレバと言えばそうですけど、波動砲を50パーセントくらいの充填で撃てたら……それができたら、冥王星を壊すことなくガミラス基地だけピンポイントに突けるんですよね。中枢がたとえどんなに深くあっても貫けるでしょう」

 

「まあな」と言った。「けど、波動砲は100か120でしか撃てない。ピンポイント攻撃は不能だ。100パーでも星の表面は全部丸焼きだろうな」

 

「氷の星が煮えたぎるお湯の星に変わるわけか……冥王星に生物がいたら釜茹でか……」

 

「今度は何を言い出すんだ」

 

「冥王星って、氷の下に海があることがわかってるでしょ。ひょっとしてそこに生物はいないのか、と」

 

「勘弁してくれよ」

 

南部は言った。そして思った。さっき徳川のじいさんに、若者を(さと)す調子でどうのこうのとやられたと思ったら、今度は年下の女から! 老いも若きもどうしてこう、冥王星に生物生物生物と。それがこのドタン場に考えて眠れなくなる問題か?

 

冥王星に水の〈海〉があることは、つい近年までわからなかった。大昔に〈ニュー・ホライズンズ計画〉とやらでちょっと盛り上がって以来、人類が重要視することなく忘れていた冥王星。しかしこの22世紀の宇宙技術は、この遠い星の氷の大地の下に水が液体の形で在るのを明らかにした。この発見はかつてエウロパやエンケラドスがそうであると知られたとき以上の驚愕を天文学者に与えたと言う。一体なんで、大惑星の潮汐力などとも無縁のあんなちっぽけな星で? まあ内部に、たとえば地球のマグマのような熱源でもあると言うことなのだろうが、それにしてもまさかそんな。

 

いや、それよりもどうだろう。水があり内部に熱もあるのであれば、ひょっとして、生物だっているのじゃないか? これは早速、科学者を送って調べなければ――などと言っていたところにガミラスがやって来たのだった。有人探査どころでなくなり、生物がいるかの話も棚上げになってしまっている。

 

とは言っても、

 

「もし仮にいるとしたってミジンコだろ。地球の生物みんな死ぬってときに構っていられるか」

 

「まあ、そういう考えの方が正しいのかもしれませんけど」

 

と新見。それに続いて太田も言う。

 

「南部さんはできることなら、波動砲でやっぱり星ごと吹き飛ばしたいわけですか」

 

「なんでみんなそんな顔しておれに同じこと聞くの? その考えじゃいけないわけなの?」

 

「いえ別に、そんなつもりはないんですが」

 

「太田だってその方が先が急げていいんじゃないのか? サッと行ってドカンと撃ってサッとワープしちゃえるんなら君だって仕事の手間が減って助かるんじゃないのか?」

 

「まあ確かに……」

 

言いながら機器をカチャカチャ操作している。今度は新見が彼に聞いた。

 

「そっちも何がひっかかってるんです?」

 

「うーん、ぼくも似たようなことかなあ。少しでも〈ヤマト〉が有利に戦えるように冥王星の地形を見てるんだけどね。山とか谷とか……」

 

「ははあ」

 

と言って、南部は太田が見ているものを覗いてみた。なるほど〈ヤマト〉が戦闘に際し背にできそうな高い山や、潜り込めそうな深い谷が3Dで表示され、太田が定規を当てるようにデータを取っているのがわかる。これは自分の砲雷戦にも役に立つはずのものだが、

 

「さすがだねえ。けどこれこそ、いくらやってもキリがないんじゃないか? だいたいこいつはガミラスが来る前のデータなんだろ。今じゃ結構変わってるはずと言ってたんじゃないのか?」

 

「そう。地球の北極で氷山が出来ては崩れするみたいに……だからたとえばここなんか、氷に亀裂が入っているの見えるでしょう。これなんか今ではかなり広がってるんじゃないかと……」

 

「そんなとこまで気にしてるのか! ホントにキリがないじゃないか。もうそのへんでやめとけよ」

 

「いやまあ、と言うか、だからここ、叩けば氷が割れないかなと。ひょっとしてこんなのが出てきやしないかな、と思って」

 

「ん?」

 

見ると、太田はタコの形に茹でられたソーセージを楊枝(ようじ)に刺して持っていた。新見が見てククッと笑う。手を伸ばして彼女もソーセージを取った。

 

カニの形にされたやつだ。楊枝に刺したそれを歩いて見せるかのように目の前で振り動かす。

 

「ええと」と南部は言った。「冥王星にそんなのがいるって?」

 

「『いたらいいな』って話ですよお」

 

「バカらしい」

 

南部はタコ型ソーセージを取り上げて、見もしないで口に入れた。新見が、「あーもったいない、せっかく……」と言う。南部は「はん」と言って返してやった。

 

新見や太田の気持ちはわからなくもない。今日のこの日に、ソーセージがタコカニにされおにぎりと一緒に配られているのは、決してお遊びではないのだ。米のおにぎりに『地球の緑を芽吹かせる種を体に取り込め』と言う意味があるのと同じように、タコとカニには『母なる海を取り戻してそこに命を還さねば』との決意が込められている。だからわざわざ人を募ってソーセージに刻み目入れて茹でているのだ。

 

今の〈ヤマト〉で食肉と言えばこの合成ソーセージ。普段はこれを切ってカレーの具にでもするか、やはり合成のパンに挟んでサンドイッチにするなどしかない。戦いに臨む今だからこそ、味気ないこの食事をなんとかしたい。だが食材がないなら、せめて――。

 

そんな生活要員の想いが、ソーセージ一個一個に込められている。それを理解するからこそ、太田も新見も冥王星にタコやカニに似たものがもしやいないだろうかとつい考えてしまうのだろう。氷の下に海があり、熱があると言うのなら、生命が存在するかもしれない。いてもミジンコじゃつまらないが、こんなタコカニ、もしくは地球の流氷の下のクリオネのような。

 

できるものなら波動砲で冥王星をまるごと吹き飛ばすのがいちばんいい――そう口にするたびに、『もしクリオネがいたらどうする』と南部は聞かれた。冥王星にクリオネがいても君は撃つのかと。そのたびに、バカらしい、そんな議論をする気はないねと南部は応えてきた。そんな話はタラレバとタラレバの言い合いにしかならないじゃないか。今のままでは地球の生物全部が滅び去るんだぞ。地球の自然を戻すなら、まず遊星を止めることだ。それで雑草程度のものはまた生えてくるんだから、それ以外のことを考えるべきじゃない。

 

南部はそう言い続けてきた。遊星投擲が止められたら、極の氷を解かして海を元に戻せる。地球の地面を少し掘れば、まだダンゴ虫程度のものは生きてることが確認されてる。それに、ある種の雑草の根も……海さえ戻せば、塩害や放射能にも耐えるそれらの生物がまた地上に出てくるだろう。人が何もしなくても、地は緑に覆われはする。

 

十億年後にまた大きな生物が大地を闊歩するかもしれない。たとえ今の生物と似ても似つかぬものになっても……だが、元々そういうものだ。人の手だけですべてを元に戻すなどどうせ無理なことなのだから、まずは海――この考えが、『子を億の単位で救い、地面の塩を取り除いて〈ノアの方舟〉の動物達を地上へ』と言う島と対立することになった。無論、島の考えが間違ってると言うつもりなどないわけで、要は何を第一とするかだ。地球の海を戻すためなら冥王星は消し飛ばす。クリオネがいるかどうかなんて話に聞く耳持たぬと言うのが己の考えであり、南部はそれを変える気はなかった。波動砲が使えないなら、どうせしようのないことだが。

 

波動砲は使えない。しかしなるほど、新見と太田。言うことにも一理あるなと南部は思った。生物うんぬんの話ではなく、波動砲が50パーセントの充填でもし撃つことができればの話だ。ピンポイントで地下深くまで突き刺せるなら、遊星の投擲装置がどんな深部にあったとしても潰せるだろう。航空隊の核攻撃でも壊滅にさえ至らぬとしたら、何か殲滅する手段は……。

 

今度はカニ型ソーセージをつまみながら考える。と、そのとき太田が言った。

 

「もしも基地が氷の下の海底にあったら、大抵の攻撃は水に吸収されちゃうでしょうね。そのときはどうします?」

 

「やめろ」と言った。「太田。どうしてそんな話をこんなときに蒸し返すんだ」

 

「え、いえその……」

 

新見も言う。「そんな意見は前からありましたけど、『可能性は低い』として退(しりぞ)けられていましたよね」

 

「いや、まあ、地理を調べてて、ふと思い出したものだから……」

 

「だから言ってるだろう、ふたりとも」南部は言った。「こんなときに机に齧り付いてキリのないことやってるから、要らないことまで気にするんだ。そんなんであした体がもつと思うか。トットとやめて睡眠を取れ」



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陰謀のセオリー

「『寝言は寝てから言え』って言うけど……」

 

相原は言いながら、コンピュータ端末機の画面に映る文をスクロールさせた。文庫本にしたら千ページにもなりそうな文章がエンエンと書き連ねてある。地球の地下で個人がネットに流しているブログだ。

 

「こりゃ、どこまで続くんだ? よくもキリなくこんなもの書いていけるもんだよな。ものには限度がありそうなもんだ」

 

「よほどしつこい性格のやつなんでしょうねえ」と部下の通信科員が言う。

 

相原がいま開いて見ているのは、よくある陰謀論だった。主張は『〈ヤマト〉など存在しない』。イスカンダルもコスモクリーナーもすべて政府のデッチ上げだ、と言うものだ。世界を陰で操ってきた者達が、遂に自分達だけ残して人類を皆殺しにしようとしている。ノストラダムスやマヤの予言は実は今年を警告していた……。

 

「凄いのは、こんなのマトモに追っかけてる読者がけっこういるってことですよね」

 

「よっぽどヒマなんだな」

 

相原は言った。無論こっちは本当はこんなの読んでるヒマはない。明日に備えてそろそろ寝なきゃいけないところだ。

 

地球から送られてくる信号や、ガミラスの交信をモニターする仕事は部下達に任せている。自分がやるべきは明日の作戦における通信の確保だが、それもどうやらキリがついたところだった。相原はお茶とおにぎりを手に取って言った。

 

「こいつ、明日はどんなことを書くんだろうな」

 

「変わんないんじゃないですか」

 

そうかもなあ、と思いながらお茶を飲む。騙されるな、ぜんぶ嘘に決まっている、〈ヤマト〉なんて船は存在もしないのだ――地球の地下で、市民の中にそう叫ぶ者が出るのは当たり前のことでもあった。〈ヤマト計画〉。〈イスカンダル〉に〈コスモクリーナー〉。およそ荒唐無稽な話と思われても仕方がない。むしろ簡単に信じる方がおかしいとも言えるかもだ。

 

人々は地下に閉じ込められている。〈ヤマト〉の姿はカメラが捉えたものでしか知らない。ネス湖の怪獣やビッグフットの写真と何が違うと言うのか――誰かがそう言ったとき、一体どんな人間ならまともに応えられるだろう。

 

八年前にガミラスの侵略が始まったときも、人はなかなか信じなかった。そのときすでにワープ技術の可能性が論じられ、人は二十か三十年後に天の河銀河の渦をこの眼で見るだろう、などと言われていたにも関わらずだ。地球人にいつかできることならば、とっくにやってる異星人がいてもおかしくないはずなのに、多くは笑って首を振った。冥王星から石を投げ、我々を殺そうとする侵略者? ましてや、海が数年で干上がるかもしれないだって? バカらしい。遊星に地球を寒冷化させる物質が含まれていて、海の水を南北に集めて凍らせる、と――なかなかもっともらしい。けどねえ、そういう都市伝説は、信じそうなバカに教えてあげなさいよ。

 

んなこと言って、貧乏人を地下に押し込め、一部の者だけいい暮らしを地上でやろうと言うんじゃないのか? 市民には地下農牧場の合成タコ焼きやカニカマ軍艦みたいなものを食わせておいて、自分達だけ天然マグロや松茸や、松葉ガニとか松阪牛とか食おうとしてんだ。そうなんだろ。

 

陰謀論者はこぞってそんなことを言った。ガラパゴスやインドネシアの海が引いていくのを見てもまだ嘘だと言い続けた。海が干上がるなんてこと、科学的に有り得ない。だからすべてはまやかしと彼らは今も言い続けている。異星人など宇宙にいるわけないじゃないか。

 

彼らは今も地上に海や緑があると信じている。地下都市の水に放射能が混じり出すと、途端に政府が我々を殺そうとしているのだと叫び出した。殺される前にこちらが殺せ。政府を倒して地上に出るのだ!

 

と言って彼らはテロ活動を行ってきた。当然、〈ヤマト〉の実在など信じるはずもないことだ。彼らはかつて、『〈アポロ〉は月に行ってない』と頑迷に言った人種の末裔だから。

 

「問題は、〈ヤマト〉が太陽系を出れば普通の市民の中にも大勢、陰謀論を真に受ける者が出るってことですよね」

 

と科員のひとりが言う。相原はおにぎりを食べつつ「うん」と頷いた。

 

「もしも〈ヤマト〉が〈スタンレー〉を叩かずに外宇宙へ出たならば、市民は〈ヤマト〉は逃げたと言う。でも月日が経つにつれ、逃げるも何も、〈ヤマト〉なんて実は元々いなかったんじゃないかと考えるようになる……」

 

「うん」とモグモグしながら言った。

 

「さすがに地上に海と緑がまだあるなんて信じるやつは少ないでしょうが、〈ヤマト〉がいるかどうかとなると……もうすでに、地球じゃどんどん数が増えつつあるんでしょう。『〈ヤマト〉なんて実はそもそもいないと思う』と言う者達が。人はそういう生き物だから……だから政府は今日の発表をしなければならなかった。市民に〈ヤマト〉の実在を示すには、冥王星を波動砲で吹き飛ばす以外にない」

 

「うん」とモグモグ。

 

「役人達はそう考えた。しょせん役人の頭では、逆宣伝にしかならないことが理解できなかったのか……けれどもやはり、そこまで追い詰められてるってことです。おれ達は明日の戦いに勝つだけじゃなく、地下の人々に〈ヤマト〉は確かに存在する、逃げはしないと教えなきゃいけない」

 

「そうだ」

 

と言った。それをやるのが通信科の使命だった。〈ヤマト〉なんてむしろいないと思う方が当たり前。冥王星を砕いたら、人は地上に望遠鏡を持って出て、その準惑星が無くなったのを知るだろう。なるほど〈ヤマト〉はいるんだなと考えるのは考えるかもしれない。

 

だがそこまでのことだろう。陰謀論者が納得などするわけもない。何もかもデッチ上げだと言い張るだけだ。やはり〈ヤマト〉の実在を疑う声は高まってしまう。あるいは、『たとえいるとしても、どうせ逃げるに決まっている』と言う者達が増えるだろう。

 

それがテロを拡大させ、内戦の火を続かせる。憎しみが憎しみを生み、その連鎖が人類を自滅させることになる。結局、〈ヤマト〉が戻ったときには、もはや存続不能と言うことになっているかもしれないのだ。

 

そうはさせない、と相原は思った。陰謀論者だけではない。降伏論者。ガミラス教徒。狂ったトンデモ人種どもの口をおれが閉じさせてやる。ただモゴモゴと口ごもって何も言えないようにしてやる。もうこれ以上バカどもに好きなことを言わせはしない。

 

相原は、数時間前に森にも見せたテロリストの脅迫映像を思い浮かべた。森には見せずにスキップさせた腕が斬られる瞬間を、相原自身は眼に焼き付けさせられていた。

 

女の顔の皮を剥ぎ、《これは警告だ。》と書いた巻紙を見せつける。自分の顔には覆面をして……よくも、と思う。おれに向かってあんなものを送りつけてきやがって。それが正義のつもりでいやがる人でなしどもに、通信技術の正しい使い方を見せてやる。それをしないで太陽系を出ていくなんてこっちの気がおさまるものか。

 

見ていろ。明日は、祝電を送り届けてやる。『これは陰謀だ。』などと叫ぶやつらが、そのときどんな言い訳探すか見たいものだと相原は思った。



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カクテルの名は

「さあ前祝いだ。パーッと行こう、パーッと」

 

医務室で酒を飲みつつ佐渡先生が言った。酒飲みが酒を飲むのに言い訳を見つけるのは簡単なのだ。一月は正月で酒が飲めるし、四月は花見で酒が飲める。二月三月もカレンダーには毎日何か記念日が書いてあるものだ。

 

「オウッ、タリメーダ、コンチクショーッ! 酒ダ酒ダーイ」

 

とアナライザー。完全に出来上がっている。

 

「こいつ、すっかり味をしめおったな。いいこっちゃ。海の男はこうでなきゃいかん」

 

「いやあ、さすが先生ですなあ」

 

と斎藤は言った。実験用の薬液容器をシャカシャカ振り動かしている。ジンとラムを半々に、グレナディン・シロップとレモン汁をひとさじずつ。これに氷を入れてシェイク――アルコール35度の強烈な酒が出来上がる。カクテルの名は〈スタンレー〉。『粋な男はこうでなければ』という酒ではあるかもしれない。

 

「けど、なんじゃな。酒が切れよると、何をするにも手が震えちまっていかん。そんなんでケガしたやつをどう診るっちゅー話じゃないか。今からしっかり飲んどかんと、明日は戦えんからな」

 

「その通りです」

 

斎藤は言った。今の〈ヤマト〉は部門の別なく誰も彼もが戦闘員。医務員や技術要員もあちらこちらを駆け回っている。しかし前祝いと聞けば、男が飲まずに行くわけにいかない。

 

「冥王星か。やっと念願が叶いましたよ。あの星だけは、やはり行かずに太陽系を出るわけにいきませんからね」

 

「うむ。しかし、君のはちょっと他のもんとは言うとる意味が違うんじゃろ」

 

「そうです。できることならば、海に潜ってみたいもんだと思ってるんですけどね」

 

エウロパの氷の下の海には潜った。タイタンのメタンの海も潜ってみた。どちらも『生物がいるかも』と古くから言われてきたが、しかし発見はできなかった。太陽系に地球以外、生命のある星はない――学会でそう結論が下されたところに思わぬところから、新たな可能性が飛びだしてきたのは十年も前のことになる。誰もがまさかと思ったことに、冥王星の氷の下に海があると言うのだった。

 

なら、もしかして生命が。ぜひ調査隊を送らねばと言ったところに、ガミラス出現。調査計画も棚上げとなり、科学者達は悔しい思いをすることになった。

 

斎藤はそのひとりである。冥王星に海があるなら潜らせろと名乗りを上げた者達の中に自分もいたのだ。科学者であり技術員として〈ヤマト〉に乗り組むことになったが、基本は宇宙冒険家だ。太陽系のあらゆる星の探査計画に参加してきた。冥王星の地を踏まずに行くのは臥龍点睛(がりゅうてんせい)を欠くと言うもの。マゼランに旅出つ前に素通りは、気がおさまるものではないと言うのが個人的感情だった。

 

できれば海に潜りたいものだが、しかしそれは叶わんだろうな――酒を飲みつつ斎藤は思った。ツマミにしているタコやカニ型のソーセージを眺め、もしもこんなやつがいたらと考える。冥王星に海があるなら、エウロパやタイタン以上に生命がいる可能性が高いと言っていいはずだった。

 

星の中に熱があると言うことだからだ。大惑星の潮汐力で水が液体になるのと違う。地球と同じく内部でマグマが水を温め、海中に温泉を沸かせているのだ。冥王星の氷の下の海底には、熱水の噴出口がいくつもある――。

 

と、そういうことだろう。地球の最初の生命は、四十億年前にそんな海底温泉からババンババンバンバンと生まれたのかもしれないと言われる。ならば同じく生物がハビバノンノンしていてもおかしくないことにならないか。

 

ひょっとすると、クラゲやホヤ程度にまで進化したのがアハハンと海の中を漂ってるかも――決して有り得ないことではないのだ。

 

もしもそうなら自分の眼で確かめたいが、しかしあくまで個人的な感情だ。ガミラスの基地を叩くのが目的ならば、氷を割って海に潜るなんてことにはなりそうもない。明日の戦いでおれの役目は、ケガ人を運ぶくらいのものだろうなと斎藤は思った。それでこうして、佐渡先生といま飲んでいるわけだが――。

 

しかし、と思う。飲めば飲むほど、地球で自分を送ってくれた科学者仲間の顔が頭に浮かぶのだった。〈ノアの方舟〉の動物学者に種子バンクの植物学者。さらには南北の氷を解かしてどう海を戻すかの問題に取り組んでいる者達。そんな者らに、斎藤は、おれが必ずコスモクリーナーを持ち帰ると告げて〈ヤマト〉に乗り組んだ。

 

遊星さえ止めたなら、とにかく海は元に戻せる。〈ヤマト〉が戻る頃には地球は青い星になり、雑草くらいは芽吹いているかもしれないと言う。

 

自然そのものは、そこまで強い。だから、人間が手を貸せば、木や花の種を土に植え、動物達も地に放てる。それには、子を救うこと。地球にいる人の子らに、君達は放射能で死にはしない、ちゃんと大人になれるんだと伝えることが重要になる。

 

しかし当の大人と言えば、どうだろう。地下都市ではいい歳をした者達が、〈ヤマト〉なんてどうせ本当はいやしないと子供に言ってしまっている。ガミラスを神だと呼んで自分だけが助かるために子供を殺しまくっている。

 

それが人間と言うものか。大人になると言うことなのか。人を脅せば物事が自分の思う通りになる――自分に都合のいいことが絶対的に正しいことと信じるバカになることが。

 

そんな者らが弱者を力でネジ伏せて、これは正義の戦いと叫ぶ。力を手にして弱い者を(くじ)くのが戦うことなのだと言う。そうして今の地球では、大人達の誰もが言う。オレに、アタシに銃を寄越せ。戦闘機を操縦させろ。ガミラスと、オレと意見の違う人間、まとめてオレが殺してやる。何が正しい考えなのかはオレが決めるのだ。オレだけに決める権利があるのだ、と――。

 

そんな手合いが正しい考えを持ってた(ためし)があるわけがない。力で敵を負かすのが戦うと言うことではなかろうと斎藤は思った。おれが今、前にしている佐渡先生は、明日は傷つく乗組員を手当することで冥王星の〈魔女〉と戦うと言っている。

 

そして、と思った。あのサーシャ――この船にその遺体があることを真田から口止めされた異星人。〈彼女〉は自分の星でもない地球の民と生物を救うために命を懸けた。

 

その恩に少しでも報いようとエンバーミングを施していた技術者のことを斎藤は想った。〈ヤマト〉のラボの科学要員の全員が自分と同じ宇宙冒険野郎だ。もしガミラスが人間と同じ大きさのタコやカニで、その巣穴に爆弾持って行けと言われりゃ誰でもが、オレがオレがと言って飛び出していくだろう。皆、地球の自然を戻し、生き物を地に還して初めてサーシャに報えるものと考えているはずだった。

 

そのためにまず、遊星を止める。それができるものならば、おれの命などくれてやって惜しくはないがと斎藤は思った。しかしそんなことになるか……。

 

できることなら、冥王星の〈海〉の中。やはり潜ってみたいものだと考えながら、斎藤は酒を飲み続けた。



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旧友

寝酒を一杯、と言うわけにはいかないだろうなと考えながら、古代は通路を歩いていた。〈ゼロ〉の整備の立ち会いを終え、ベッドに潜って寝なきゃいけない。それで自室に向かっているところだったが、ちゃんと眠れる気がしない。

 

とは言ってももちろん決して、睡眠薬など使うわけにもいかない。パイロット服のポケットにはイザと言うときの薬がいくつかキットとして入っているが、しかし睡眠薬はなかった。

 

佐渡先生の酒の味を思い出し、あれが飲めたら何も要らないんだけどなと思う。遊星止めたら地上にまた田んぼ作って米を育てて酒が飲めるのか。いいなあ、熱くしたやつを、キューッとやってみてえなあ。そしたらきっと、作戦なんかどうでもよくなっちゃって……。

 

となっては困るから、何もやらずに寝るしかないのだ。血にわずかでもアルコールや薬物を残して〈ゼロ〉に乗るわけにいかない。古代はしかし眠れるかなと考えながら自分の部屋にたどり着いた。するとドアの前にひとり立っている者がいる。

 

緑のコードの船内服の肩に一尉の階級を示す記章を付けた男。島だった。古代を見て頷いてみせた。

 

「よう」

 

「島?」と言った。「どうしたんだ、一体?」

 

「お前に会いに来たんだよ。いないようだから、やめて行こうかと思ったけど」

 

個室のドアは部屋の主が在室か否か常に表示されるようになっている。今は当然、〈不在〉のサインだ。鍵は通常は掛からないので勝手に中に入ることもできなくはないのだが、

 

「まさか、ずっと待ってたのか?」

 

「まさか。だから、どうしようかとちょうど思っていたとこさ。ちょっといいか?」

 

「ああ……けど、お前……」

 

「明日に備えて寝なきゃいけないとこなんだが、眠れる気がしなくてな。お前の邪魔になるんなら……」

 

「いや、だったら、おれも同じだけど」

 

「そうか」と言った。「古代、お前、よく生きてたよな」

 

「なんだよ、それは……」

 

このあいだ、おれがお前に言ったことじゃないかよと思った。おれが生きてるのは当たり前だ。ずっと戦場に出ることなく、後方で荷物を運んでいたのだから。しかしかつての候補生仲間で、生きてる者が他にひとりでもいるかどうか。

 

あのタイタンの後で再会したとき島は、笑っただけで応えなかった。今度も笑って、「まあお互い様かもな」と言った。

 

「古代。けれどもおれは、お前の方こそとっくに死んでると思ってたぞ。腕のいいパイロットなら戦闘機に乗せられて、ミサイル抱いて敵に突っ込まされてるか、船の盾にされるかだもんな。おれみたいにデカい船を任されたり、教官になるタイプとも思えんし……」

 

「悪かったな」

 

と言った。確かに今は、戦闘機より戦闘機乗りが不足してきていると古代も聞いていた。もともと自分が志望しないのにパイロットコースに入れられたのも、大量に養成しないと機体より操縦できる人間が少なくなるとわかってたからだ。いずれ自分も戦闘機隊に戻されて、船を護る盾にされるかもしれないとは思っていた。

 

しかしまさか、こんな船で〈ゼロ〉なんていう指揮官用戦闘機に乗せられて、地球人類を救うのはお前だと言われることになろうとは。船の操舵士や教官になれと言われる以上に想像もしていなかった。そんな覚悟が持てる人間なんかじゃないのに。

 

戦闘機の性能は地球の方が上だから、これまではガミラスと戦ってこれた。しかしそれは戦闘機乗りにロシアン・ルーレットを()いるのに等しい。十機出ていけば一機か二機はどうしても殺られる。次のミッションでまた一機、次のミッションでまた一機……どんなに腕が良かろうと、どんなに機の性能が良くても、殺られるときはいつか来るのだ。この戦争で戦闘機に乗る者は、その事実とイヤでも向き合うことになる。

 

腕利き中の腕利きである〈ヤマト〉のタイガー乗りにしても、明日の戦いで全員生き残れはすまい。それを承知で出撃する者達に、どんな顔しておれは向かえばいいのだろう。

 

「まったくな」島は言った。「古代、お前が生きてるなんて想像もしなかったけど……でも、どこかでお前なら、何かやるんじゃないかという気がしていたよ。いつか他の誰にもできないことをやってのけるんじゃないかってな」

 

「え?」

 

と言った。旧友の顔をマジマジと見る。ふと、あの日に最後に見た兄の顔を思い出した。今の島は、あのときの兄貴とほぼ同じ歳だ。何しろ自分と同い年で、あれから七年経つのだから……しかし、訓練生の頃から、どうも年上の人間を見てるような気がしていた。『俺・お前』で呼び合いながらも、自分の方が歳下のような気がしていた。島にはかなり歳の離れた弟がいて、自分にあの兄貴がいる。そう知ったときに、そのせいかなと思ったりしたが……そうだ。どこかで、自分は島という男に、兄の姿を重ねて見ていたのかもしれないと古代は思った。

 

訓練生時代の島は、士官学校を目指していた頃の兄貴そっくりだった。おれはこいつにとても(かな)わないと思った。そもそも、どうして自分が選ばれこんなエリートどもと一緒にシゴキを受けなきゃいけないのかわからなかった。かるたで勝てるくらいなもので、他はまるでついていけない。

 

途中で(ふる)い落とされる者は、毎日のように出たのにどうして。エリート中のエリートコースになんで自分が組み込まれるのか。もっと成績が下の者でも、鉄砲玉のカミカゼ攻撃機隊コースにどんどん送り込まれていくのに、なぜだか最後の最後まで島と同じ組にいた。自分と島以外はみんな、敵と戦って死ぬこと以外考えてないようなやつらだった。

 

だから古代は考えていた。島――こいつは、おれの兄貴と同じ種類の人間なんだろうな、と。ガミラスを負かせたならば地球人は外宇宙に出て行けると言われている。天の河銀河の渦を眼で見るところまで行けるものと言われている。そのとき、こいつは兄貴と共に、星の海に旅立つ船に乗っているのかもしれない。

 

おれなんかとは人間の出来が違うのだから……そう思っていた。だから〈ヤマト〉の艦橋で姿を見たときも、意外という気はしなかった。いつかガミラスを打ち負かし、〈外〉へ出ていく者がいるならこいつ――そう思っていた通りだったのだから。

 

その島が、おれに対して今こんなことを言う。『お前ならいつか』と思っていただと?

 

「一体、何言ってんだよ島。おれが何を……」

 

「もう何度もみんなを救ってるじゃないか。お前がいなけりゃこの旅にも出られなかった。お前がいなけりゃ〈ヤマト〉は地球に引き返さなきゃならなくなってた。そしたら金持ちの逃亡船だ。今こうしてられるのは、みんなお前のおかげなんだよ」

 

「違う」と言った。「そんなのはたまたまだ」

 

「そうさ。けれど、そのどこがいけない? 大事なのは結果だ。お前は他の誰にもできないことをやったんだ」

 

「いや、違う。そんなんじゃない。おれは何もしてないんだ。人が戦っているときに、ただ荷物運んでて……この船を造ったわけでもないし、今だってただ乗ってるだけで……そんな資格なんてありゃしないのに……」

 

「それがどうした。今までの全部が全部そいつのおかげなんてやつがいるわけないさ。とにかく、〈サーシャのカプセル〉とコスモナイトを〈ヤマト〉に届けたのはお前だ。それでいいじゃないか」

 

「よくない。あの〈人〉は死んだんだぞ。コスモナイトも、タイタンで採った人間は死んじまって、ただ〈ゼロ〉を飛ばしてただけのおれが生きていて……なのに結果を出したのがおれならおれが偉いなんてことになるわけないだろう!」

 

「ああ、そうだな。みんなそう思ってる。お前なんかどう見ても偉い感じしないしな。でも、それがなんなんだよ。別に偉い人間になりたいわけじゃないんだろ?」

 

「それは……」

 

「お前が結果を出せたのは他の何百人ものおかげだ。それがわかってりゃいいのさ。いま吸ってる空気だって、黄色や青のクルー達が吸えるようにしてくれているんだ。それがわかっていればいいのさ。ひょっとしたら、この船の部品の中にお前の〈がんもどき〉が運んだものがあるかもしれない。けれどもそれも、やっぱり他の何千人ものおかげなんだ。〈ヤマト〉は何百万ていう人のおかげで飛んでいる。それがわからず、なんでもみんな自分の手柄でなけりゃ気が済まないやつがいたらそれこそ人でなしだよ。でも、お前は違うんだ。それでいいじゃないか」

 

「いや……けど、そんな……」

 

「古代、おれはな、明日お前と共に戦えてうれしいよ」島は言った。「昔の仲間はみんな死んじまった。『後を頼む』とおれに言い残してな。みんな、家族の写真を見せて、『オレが死んでもお前は生きてオレの家族を救ってくれ』とおれに言う。勝手なもんだ。古代お前、そんなこと人に言われたことあるか?」

 

「いや……」

 

「だろうな。ほんと、お前とは正反対だと思っていたよ。けどこの船のクルーはみんな、お前以外、誰でも何度かそう言われているはずさ。きっと自分も別の誰かに言ってるだろう。『オレが死んだら後は頼む』って」

 

古代はもう何も言えなかった。ただ黙って友の顔を見ていた。島は言った。

 

「けど、お前は違うだろうな。お前だけは人に言わない。人に頼む〈後〉なんか何も持ってないんだろ?」

 

「ああ……言われりゃそうかもしれんが……」

 

「もうそれだけ重い荷物を背負い込んでいるのにな。けど、きっと、お前ならやるよ。お前は自分が背負ったものは、絶対、途中で捨てたりとか、誰かに『後を頼む』だなんて預けたりはしないやつだ。必ず最後まで自分で運ぶ。だから明日の任務だって、お前ならばやり遂げるよ」

 

「おい」と言った。「ちょっと待て。何を……」

 

「きっと沖田艦長は、おれが昔にお前に見たのと同じものをお前に見たんだ。お前を一目(ひとめ)見ただけでな。きっと自分と同じ種類だと感じたんだろう。だから地球を救うのは、お前で何も間違いないのさ」

 

「待て。何を言ってんだ、島……」

 

言ったときだった。島は何か取り出して、「ほら」と古代に差し出してきた。

 

「お前のだろ。預かってたんだ」

 

「え?」

 

と言った。友の手の中にあるものを見る。

 

厚紙の束だ。見覚えがあった。それは古代が自分で作った百人一首の取り札だった。



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捨てられた命

『君がため 惜しからざりし 命さえ――』

 

耳元の小型スピーカーから和歌を詠む声がする。百人一首の中の一首だ。山本は灯りを消した自室の中で、ベッドに横になりながら子守歌がわりの音を聞いていた。藤原義孝(ふじわらのよしたか)の『君がため』。これが競技かるたなら、この(かみ)の句が詠まれたならば、(しも)の句の〈なかくもかなとおもひけるかな〉を取らねばならない。

 

『夜もすがら 物思ふころは 明けやらぬ (ねや)(ひま)さえ つれなかりけり――』

 

とまた次の歌。これもまた百人一首だ。人を想って寝付かれぬまま、天井の板の隙間を見ている女の心を詠んだものであると言う。とか言いながら、読み札に描いてあるのは坊主の絵だが。

 

山本は寝付かれずに狭い個室の天井を見ていた。歌はランダムに選ばれて、次に詠まれる札が何かはわからない。

 

今の時代に宇宙戦闘機パイロットが百人一首の札の取り合いに(しのぎ)を削るようになると、いつの時代に誰が果たして想像したろう。少なくとも、鎌倉武士はよもや考えなかったはずだ。電光石火の早取り競技が生まれたのも、サムライの時代が去った明治のことであると言う。それは最初は賭けで始まり、いい大人がやがて本気でやるようになった。

 

そして今だ。宇宙戦闘機乗りの訓練にかるた取りが使われている。敵より早く札を取れ。早く。速く。正確にだ。札の位置を覚え込み、決まり字とともに手を伸ばせ。それができれば、空戦に勝てる。勝つと言うのは、生きることだ。敗けたときにお前は死ぬ。生きたければ限界を超えろ。

 

これはそのための訓練だ。惜しからざりし命さえ長くもがなと思いけるかな。惜しくはない命でも長くあろうと思わねばならん。敵と闘い、死なれては困る。お前達には勝ってもらわねばならないのだ。

 

かるた取りは敵に勝てる人間を見つけるためにあるのだと、山本はトップガンになってから知った。この戦争で我はガミラスと戦うと志願する人間などはいくらでもいる。その誰もが戦闘機に乗りたがる。戦闘機なら性能は地球の方が上と聞けばなおさらだ。

 

そういうやつは(おおむ)ねアニメの見過ぎか何かで、墜とされたら死ぬことも、一機がいくらするのかもわからないほど頭が悪い。操縦法など知らなくても、コクピットに座りさえすりゃ超能力が目覚めて宇宙を本来の性能の三倍の速さで飛ばせると思い込んでる。だからオレをアタシを戦闘機に乗せろと叫ぶバカは軍では要らないから工場ででも働いていただくとして、しかしだ、適性試験を抜けて訓練に耐え、機を操れるほんのひと握りになれるようなら、よかろう、機を与えてやろう。そこに男女の別など問わん。十年後にはどうせ誰もが死ぬと言うのに、命を大事にしろと言っても始まるまい。女に子を産み育てろと言えるときではないのだから、放射能にやられて死ぬより戦場で死ね。宇宙に神風吹かせて死ね。この戦争で戦闘機に乗ると言うのはそういうことだ。それを承知で満足ならば、思う存分に死んでこい。

 

そういうものだと思っていた。別に構いはしなかった。山本はそう言われて訓練に耐えた。別に望んでパイロットになろうとしたわけでなく、男女構わず受けさせられるテストで〈適正有り〉というハンコを捺されただけのことで。

 

戦闘機乗りはすぐに死ぬ。それに気づいて、それでもいいと思わなければ、訓練になど耐えられはしない。多くの者が途中で脱落していった。命は惜しくないと思う人間だけが後に残る。その者だけに機が与えられる。けれどその前にあったのが、かるた取りの訓練だった。

 

そこで死んでいい者と、死なせるには惜しい者とに分けられる。だが山本がそう知ったのはずっと後になってからだ。お前には戦闘機でなく別の機を与えると言われたときに山本は聞いた。なぜです。わたしが女だからですか。わたしは敵と闘えないと思うのですか。

 

いいえ、わたしは戦えますと山本は言った。戦闘機をわたしにください。それに乗って宇宙で死にます。

 

いつかはな、と教官は言った。しかしなんのために死ぬのだ。地球に守るものでもあるのか。それとも、親や兄弟を敵に殺され、仇を討つとでも言うか。

 

山本よ、お前は誰のために死ぬかと教官は言った。わたしは孤児です、親の顔など知りませんと山本は応えた。わたしが死んで悲しむ者はありません。地球のためにいつでも死ぬ覚悟です。

 

そうか。お前が取るかるたは、おれにはそうは見えないがなと教官は言った。山本は「は?」と聞き返したが、しかし対する返事はなかった。その代わりに教官は、今はこういう時代だと言った。誰かのために死ぬのなら、それも無駄と言えはすまい。けれどそうでないのなら、お前の死は犬死にだ。せめて誰かひとりくらい、大切な人を持って死ね。せめて誰かひとりくらい、お前が死んで悲しむ者を持って死ね。山本、お前には闘う者の背中を護って飛んでもらう。

 

そうして死にゆく者達を後ろで見届け自分は帰る任務を山本は負わされてきた。いつの間にか乗る機体は新鋭の〈ゼロ〉に替わったが、する仕事は同じだった。

 

あのときもまた……と山本は思った。古代の乗る〈がんもどき〉を護る加藤の四機編隊を護るため、高空で敵を警戒して〈ゼロ〉が飛ぶ。その隊長機〈アルファー・ワン〉を護って飛ぶのが山本だった。山本は常に殿(しんがり)で、勝手に前に出ていくことは許されない。誰かに背中を護ってもらうこともない。

 

あのときもそうして飛びながら、どうしていつもこうなのだろうと思っていた。そこへ敵がやってきた。古代が〈ヤマト〉に必要なものを、それなしには旅が成り立たないほどに重要なものを運んでいるのは、詳細など知らされなくとも察しがつく。そうでなければ自分達があんな任務に駆り出されはしない。

 

古代の機は命に代えても護らなければならないのだ。誰もがそれをわかっていた。古代を救いにダイブしていく〈アルファー・ワン〉を眼で追いながら、山本は何もできなかった。隊長が脱出できずに死ぬことになるのは、山本にはすぐわかった。自分もまたそうなる覚悟で後を追おうとしたけれど、そこで『来るな』と通信で言われた。山本、お前はそこに残れ。坂井一尉はそう言い残して真っ逆さまに突っ込んでいった。〈ゼロ〉の加速にモノを言わせ、音速を越える衝撃波を散らし、(みずか)らを一個の弾丸と変えて。

 

山本は上からそれを見ているしかできなかった。

 

隊長、と叫ぼうとした。しかし思い浮かべていたのは、教官としての彼であったかもしれない。坂井はヒヨコの山本を育てたあのときの教官だった。

 

〈ヤマト計画〉にあたって航空隊長を任じられ、山本を僚機に選んだのだ。再会したとき、笑って言った。ひょっとしていつかこういうことになるかもしれないと思っていたよ。おれの背中を預けるとしたらお前だろう、とな。

 

このためにわたしを生かしたのですかと山本は聞いた。だが、まさかなと坂井は言った。〈ヤマト計画〉なんておれもこないだ聞いたばかりさ。ただ、死なすには惜しいとしていた何人かのひとりがお前だっただけだ。

 

なぜです、とまた聞いた。わたしより腕の立つのが他にいくらもいたはずです。なのにどうしてそちらを行かせ、わたしを残したのですか。それに、どうして今このときに、わたしを選ばれたのですか。〈ヤマト計画〉。子を救う? わたしはそんな――。

 

『計画のためには死ねない』と言うのか?と坂井は言った。お前は以前、自分の命は地球のために捨てて惜しくはないと言ったと覚えているが。地球のためになら死ねても、子供や子を産む女達のためには死ねないと言うことか。

 

『そうは言いませんが』と応えた。だが顔にはその思いが出ていたかもしれなかった。山本はどこかの女に産み捨てられた孤児だった。ゴミの日に袋に詰めて出されていたのを、どういうわけか救われた。一体全体どこのバカが余計な真似をしてくれたのか、生きたくないのに生かされてきた。

 

小学校でも中学校でも、〈子供〉など、自分をいじめる存在以外のなんでもなかった。〈大人〉はもっとタチが悪くて信用できない生き物だった。教師は学校のカネを盗んでその犯人を自分にした。中学では『いいバイトを世話してやる』と笑う男が寄ってきた。どいつもこいつも死ねばいいんだ。人間なんかひとり残らずこの地球から消えればいい。山本はそう思いながら生きてきた。

 

そこへガミラスがやって来た。遊星が落ち人が何万と死ぬのを見ても、山本はこれでいいのだとしか思わなかった。このままでは女が子を産めなくなって、子供がみんな白血病になると聞いても、それでいいのだとしか思わなかった。孤児の身では軍しかいくところがなく、戦闘機乗りの訓練を受けたが、人類を救う気なんかサラサラない。生きていたくはないのだから、敵に突っ込んでサッサと死ぬ。望むのはただそれだけだ。

 

『地球のために死ぬ』と言ったが、本当のところどうでもいい。『人類のために』などとは口が裂けても言いたくないから、代わりにそう言っただけだ。だが山本が後方で死を見届けるパイロット達は、みんな笑って『人類のために死ぬ』と言った。家族のために、友のために、飼ってる犬や猫のために。青い海を取り戻し、子供達が遊べるようにするために――山本は『なぜ』と思わずいられなかった。人間などなぜそんなに大切だと思えるのだ。あんなのは(けが)らわしく下劣な生き物だというのがわからないのか。

 

それとも、違うと思ってるのか。わたしが今まで見てきたようなナメクジ以下のゲス共と……わたしに向かって『親を恨むな』と(さと)していい気でいるような自惚(うぬぼ)れ屋のバカ共とは。『親を恨んだことなんか一度もない』と言っても信じず、『「お金を盗ったのはワタシです」と〈本当のこと〉を言いなさい。それが人を愛するということなのよ。生きてることを幸せだと思いましょう』などとのたまう大嘘つきと。

 

『親の顔など知らないのに親を恨むわけがない。憎んでるのはわたしを自分の目的に利用するため生かしているだけのくせして恩人ヅラするお前達の方だ』というのがどうしてわからんと言ってやっても、『アナタはまだ子供だから何もわからないのねえ』と言って(こた)えぬカラッポ頭と――あれが人間だ。自分が生物学上はあれと同じ生き物だと考えただけで、銃を(くわ)えて引き金引いてやりたくなる。あれが〈大人〉と言うものなら、子供を成長なんかさせてはいけない。白血病でみんな死ぬならその方がいいんだ。

 

そうだろう。なのに違うと考えてるのか。人類には救う価値がある、子供は大人にする価値がある。〈成長〉とやらはそんなにも素晴らしいものと考えてるのか。くだらんガキがそのままくだらんオトナになって、ガキを作っていいかげんに育てることじゃないと言うのか。正しく生きれば誇りを持って死ぬ人間になれると言うのか。

 

チャンチャラおかしい。世迷い言だ。そうとしか思えなかった。なのに、みんな、笑って敵に突っ込んでいった。山本は彼らが散るのを眼で見てきた。そのたびに坂井から聞いた言葉を思い出した。大切な人を持って死ね。お前が死んで悲しむ者を持って死ね。せめて誰かひとりくらい……。

 

そのときには笑って死ねる? イヤだ。冗談じゃないと思った。どうあろうとわたしだけは、そんな心境になるものか。わたしは死んで惜しくない。長くあろうと思わない。誰かのためになんか死なない。

 

君がため惜しからざりし命さえ長くもがなと思いけるかな。こんなのは自己愛男の寝ぼけ歌だ。無責任な〈オトナ〉の歌だとしか山本には思えなかった。こんなものでなぜ死んでいい者と生かしておくべきパイロットが決まるのだ。坂井はどうしてわたしを選び、自分は死んでいったのだ。

 

わからない。どうしてなのだと山本は思った。今は古代と言う男の背中を護らなくてはならない。それも一体どうしてなのか……。

 

古代進、と山本は思った。どこか自分と似た男だ。あれもかるたで生かされたのか。けれどもどうして生きているのかわからない男。

 

人類のために死ぬなんてまるで考えてないような……見れば一目(ひとめ)でそうとわかりそうなものなのに、沖田艦長もあれを選んだ。

 

なぜだ、と思う。あの男を見ていれば、自分が生かされてここにいる理由もわかるものなのか。似ているようでまるで自分と正反対な気もするような男だが。

 

一体どうして、あの男におにぎり握って持っていこうと考えたのかなと山本は思った。それも自分でよくわからなかった。古代のために死んでもいい。どうせ惜しくはない命だ。人類のために死ぬのはイヤでも、どうせ未練などあるじゃなし……。

 

いや、と思う。せめて誰かひとりくらいと坂井は言った。わたしは死ぬとき悲しんでくれる人が欲しいのかなと山本は思った。古代に――自分に似ているようで正反対の男にと思いながら山本は眠りに落ちていた。



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ちがった宇宙

「古代」と島は言った。「おれとお前じゃ真逆だよな」

 

「なんだよ、あらたまって」

 

「いや……」

 

と言った。古代は畳に座り込んでかるたの札を並べている。右舷展望室の隅だ。島は古代と向かい合い、一戦(まじ)えようとしていた。

 

そうか、と思う。古代。こいつは、自分が生かされた存在なのを知らないんだな……『闘争心に欠ける』とかなんとかいった理由で落とされただけの人間。自分で自分をそう考えて、納得してさえいるのだろう。おれとは本当に真逆に生きてきたのだろうとあらためて思う。

 

この〈長い一日〉を――七年間のガミラスの〈昼〉と、地球人類が地下に押し込められた〈夜〉。おれはずっと太陽を取り戻すために戦ってきた。誰よりも家族のため。七年前にはまだ子供だった弟のために。

 

けれども古代。こいつはまったく戦おうとしなかった。自分でその気になりさえすれば、おそらくいつでも戦線に出されたはずだったのに。

 

こいつは、死なすには惜しいとして、生かされた身のはずだからだ。そうでなければまったくのカミカゼパイロット組に入れられ、敵に体当たりさせられていた。あの段階で補給部隊に配属のため落とされるなど、教官がよほどに古代を生かさねばならぬとしたとしか考えられない。

 

おれがこいつのすぐ後で同じように抜かれたように、と島は思った。しかしすぐまた取り立てられてなぜ生かしたか知らされた。けれども古代にその機会はなく本当に落ちこぼれていったのだろう。

 

なぜかは知る(よし)もないが、こうして向かい合ってみてまあおおよその察しはつく。結局のところこいつ自身が、戦おうとしなかったからだ。

 

敵と、というだけではない。自分が置かれた状況と――軍に所属しパイロットの役を与えられながらも、半ばニートの引きこもりのように〈がんもどき〉の操縦室の中にいて、外とあまり接触しない。一応はやるべきことをやっていて、それでけっこう事が足りているものだから、あえて変える気も起こさない。

 

そんな男になっていた。いや、もともと古代はそうだったのだろう。自分から他と闘い競うような人間じゃない。たとえガミラスに親を殺され、住むところを奪われても、銃を取って戦おうなどと考える人間じゃない。軍に入ったのはただ単に行くところがなかっただけだ。

 

だが、と思う。本当にただそれだけの者ならば、決してあんなところまで訓練コースを進まされない。この古代には何かがあるのだ。

 

これとはっきり言うことのできない、底知れぬような強いものが……かつて対したときに感じた得体の知れない力が今、再び目の前の男の身から現れ自分を圧してくるのを認めて、島は古代に畏怖を覚えた。やはりこいつは、とあらためて思う。この部屋でワープテストの前に加藤と対したときにも、これほどのものは感じなかった。似たものはやはり加藤も発していたし、圧倒もされはした。戦闘機でおれが勝てる相手でないとも思いはしたが、しかし古代。今のこいつから放たれるものは――。

 

まるで違う。こんなのは、他の誰からも受けたことがない。眠っていた巨大な獣が起き上がり、牙を剥いておれを()めつけ飛び掛って来ようとしているようだと島は思った。決して吠えたり威嚇の唸りを立てたりしないが、自分を殺しに来る相手には喉笛を見据え食らいつくチャンスを狙う獰猛(どうもう)な野獣。古代。こいつは狼だ。向かい合っているだけでおれをこんなにたじろがせるやつを他に知らない。

 

そう思ってから、いや、そうでもないかと思った。沖田艦長……今の古代から立ち上り自分を呑み込みのしかかってくるかのように感じるものは、この〈ヤマト〉の艦長が敵と対して身に(まと)い艦橋の中に溢れさすものと同種のように思える。感じ方が違うだけだ。沖田であれば自分達の背中を支え押してくるかに思えるものが、今は前から押さえつけすくませられるように感じる。

 

その違いだ。古代。こいつは、今日の今日まで何をしていたのだろうと思った。島は手元の札を見た。すり切れたボロボロの厚紙に、手書きされた歌の(しも)の句。まさか〈がんもどき〉の中で、ひたすらこれを床に並べて取ってたわけでもないだろうが……。

 

〈サーシャの船〉がガミラスに見つかり、しかし地球のポンコツ貨物機が敵を墜として〈コア〉を〈ヤマト〉に持ってきたと聞いたとき、島は話を信じなかった。けれどもそれが古代と知り、忘れていた名前を思い出したとき、身に戦慄が走るのを感じた。生きていたのか。それは同時に、いま自分が古代を前に受ける畏怖を思い出させた。なるほどあいつなら、〈がんもどき〉でガミラスを墜とすくらいやりかねない――そう思った。その古代が迷い込むようにして、この〈ヤマト〉にやって来るとは。

 

それとも、まるで何者かに導かれでもしたように――前に誰かが古代について似たようなことを言ったな、と思った。確か、同じこの場所で、畳に座り向き合いながら――そうだ、森だ。あれが〈ヤマト〉にやって来たのは運命のいたずらだと言うのか。言われて『そうだ』と返したのだった。他に考えようがないと。

 

あのときに、森は言ったな。つまりは神が古代進をここに(つか)わしたというわけだ、と。確かそんな意味のことを――森がカルトの家に育ち、逆に宗教を憎むような人間になったことは知っている。あのとき、ああ言いながら、森は決して神や運命なんてもの信じていはしなかったろう。おれも断じて神にすがってどうか〈ヤマト〉を勝たせてくださいなどと祈るつもりはないがと島は思った。しかし古代。こいつばかりは――。

 

サーシャが追われた場所に偶然居合わせて、〈コア〉を〈ヤマト〉に運んでこれる者がいるならこいつだけだ。こんなのは、仕組んで仕組めることじゃないと森に言った。あれから頭を(ひね)ってみたが、その考えは変わらない。サーシャがどう来てどう逃げるかなどわかるわけがないのだから、その場に古代の〈七四式〉を置ける者がいるとしたら神だけ……。

 

まさか、と思う。だが、とも思う。あのとき森と話したことが、ずっとひっかかってもいた。古代は運命のいたずらでこの〈ヤマト〉にやって来た。本来の航空隊長が死に、沖田によって代わりの隊長に任命された。森は古代が神に愛されてるのだと言ったが、しかし……。

 

むしろ呪われた男だ。そのようにしかおれには見えないと島は思った。だってそうだろう。この古代は、どう見たってがんもどきだ。隊長役など望んだわけでも、なって喜んでいるわけでもないのは誰が見てもわかることだ。任命されたらともかく『オレが隊長』と下に言うのが士官であるなら務めなのに、こいつときたらそれすらしない。無論、芯までヤキの入ったタイガー乗りにこいつなんかが大きな顔ができるわけない現実もあろうが、それにしてもまるっきり戦おうという姿勢を見せない。

 

昔からこんなやつだった。おれが古代を最初に見て、一体なんでこんなのが訓練生の中にいるのかと思ったときからずっと……その頃の記憶を思い返してみる。こいつ自身がどうして自分が戦闘機乗り候補でいるのかまるでわからないような顔をして、訓練などてんでついてこれないように見えるのに、しかしイザかるたの札を並べて面と向き合わされ、シミュレーターに押し込まれて着陸できない限りメシ抜きで一度失敗する(ごと)に腕立て伏せと言われるや……。

 

その途端に得体の知れない強さを見せる。古代はそんなやつだった。自分からは決して戦うことはせず、本当なら軍になんか入らない。三浦半島に遊星が落ちてなければおそらく今は地球の地下でただ死ぬのを待っている。しかし実は闘争心を眠らせていて、解き放ったときの恐ろしさを知ると誰ももう古代をナメてかかるようなことはできない。

 

沖田艦長はただの一目(ひとめ)で本当の古代を見たのだろうか。死んだ坂井はどうだったろう。かつて古代を生かすべきとした教官の中に、あの男もいたかもだ。〈コア〉を持ってきたパイロットが古代と知っていたならば、自分が死んで代わりに古代が〈アルファー・ワン〉になることを最期に悟っていったのかも――『それが運命であるのなら、受け入れるまで』と納得して……。

 

古代。こいつは本当に、神に生かされてきたのかもしれないと島は思わずいられなかった。こんな考えはこいつには呪いにしかならないだろう。だから言えたものではないが。

 

森も言った。古代が神に選ばれたのなら、今までずっと戦って死んでいった者達は古代のためにみんな死んだことになる。この〈ヤマト〉の乗組員もすべてがただ古代ひとりを英雄にするためいることになり、船が地球に戻るとき生きていなくていいことになる。三浦半島に遊星が落ち、大勢の人が死んだことも、今の地球で人々が放射能の水を飲み、たとえ〈ヤマト〉が戻っても子の何割かは生きられぬことも、太田のように親の死に目に会えぬかもしれない者がいることも。すべてはただ古代ひとりを神の創った〈物語〉の主人公とするだけのため。地球はただ古代のために赤い星にさせられて、サーシャも古代の英雄(たん)を美しく始めるために殺されたことに。そして古代の兄の死もまた……。

 

歴史を見ればいくらでもいよう。『オレは神に選ばれた』と自分で言う英雄が。すべてを利用し、のし上がり、己の帝国を建設する。古代がそんな男なら、これは君臨するチャンスだ。口で夢や理想を語り、反する者にそれなりの対応をしていけばいい。呼び方はどうにでもなるものだ。粛清とか、浄化とか、ポアとか。

 

古代がそんな暴君になりかねないやつならば、今頃とっくに船の戦闘班長気取りでノシノシ歩いているだろうが、これだ。ずっとおれとは違った側の宇宙にいて、今ようやく眠れる獣を起こそうとしている。

 

やはり運命がこのために生かし、このためだけに檻に閉じ込めていたかのように……きっとそうなのかもしれない。古代のような人間は国や人類まるごとが滅亡か否かのときには役に立つが、それ以外は鍵の付いた首輪を嵌めて鎖で繋いでおかねばならないのかもしれない。そしてこいつは、心のどこかでそれを知っているものだから、〈がんもどき〉の操縦室に自分で中から鍵を掛け外に出ようとしなかったのではないか。

 

しかし決して爪を研ぐのは忘れずに、床にかるたの札を並べて取りながら……もしそうなら、こいつとおれは、やはりまったく正反対だと島はあらためて考えた。同じに抜かれて同じように生かされてきたパイロットでも、おれは戦闘機乗りにはなれない。しかし古代。こいつは本物の戦闘機械だ。

 

かつて古代を見た者達がこれを死なせてはならないとしたあの動きを今でもこいつが持っているなら――いや、ひょっとして今ではあれを超えてさえいるのであれば〈スタンレー〉も――思いながら、気づくと廊下側の内窓に、見物人が群れているのが見えた。数時間前、〈エイス・G・ゲーム〉のときに自分もそうしていたように、展望室の中を覗き込んでいる。

 

黒地に黄のパイロットスーツ。タイガー乗りの者達だった。自分と古代がかるた取りを始めたというのを聞きつけやって来たのか。

 

加藤の姿も見える。島は「始めるぞ」と言って、自分の横に置いておいたコンピュータの端末機に手を伸ばした。この展望室の音響設備を操作できるようにしてある。いつか加藤とやったときに使い方を教わっておいた。

 

百人一首の()が出ている。《START》のボタンを押した。天井から序歌を詠み上げる声がする。

 

誰波津(なにわず)に 咲くやこの花 冬ごもり 今を春べと 咲くやこの花――』

 

百万回も聞いた歌だが、意味は知らない。それでも(つぼみ)の歌なのだろう。冬の寒さに耐えて力を蓄えていた花の蕾が、『俺のときが来たのだ』と翼を広げようとしている。そういう歌だというくらいはわかる。咲いた花は後は散るだけかもしれないが。

 

お前とおれとは同期の桜か。島は思った。しかし同じでも正反対。おれは散るわけにいかないが、こいつは明日、冥王星に核の花を咲かせて、それで……。

 

いいや、まだ死なれては困る。何がなんでも帰ってきてくれよと思った。でなけりゃかるたでお前に勝てないと知りながら、この勝負に誘った意味がなくなってしまう。

 

きっと、こいつがいなければ、〈ヤマト〉は旅を続けられはしないだろう。そんな気がする。こいつなら、たとえ船が真っ二つに折れても縄でたぐり寄せ繋ぎ合わせて前へ進ませるだろう。波動エンジンを手でまわし、ワームホールを宇宙に手で掘ってでも〈イスカンダル〉に行かすだろう。この〈ヤマト〉にはそのように思わせてくれる者が必要なのだ。

 

序歌に続いて、最初の歌を詠む声がした。古代の動きは、その歌が詠まれる前からわかっていたかのように見えた。島の耳に〈決まり字〉の音が聞こえたときには目の前を刀のようなものが一閃し、正確に一枚の札を(さら)っていた。



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トチロー

「慌てず、急いで、正確に……」

 

真田は第二艦橋で、冥王星の立体画像を前にひとりつぶやいた。頭にあるのは沖田から任ぜられた対艦ビーム対策だった。敵のビーム砲台がたとえどこにあろうとも、位置さえわかれば恐れるに足りない。一度(かわ)して、死角に逃げて、魚雷ミサイルをくれてやる。それで済むはずなのだから、後は素早く正確にだ。おれはそれだけ心がけ、慌てず対処していけば――。

 

そうは思うが、しかし不安は消えなかった。敵の罠がそんなにも単純なものであるだろうか。

 

だがこれ以上、考えても仕方がない。眠って明日に備えようと席を立った。

 

窓の外に眼を向ける。前部デッキの髑髏十字。その下には、まさに自分が造ったと言える波動砲が口を開けているはずだった。こいつさえ使えるならば、何も苦労は要らないものを。おれは一体なんのために、あれを十年研究したのか――。

 

しかしそれこそ、考えても始まらなかった。〈スタンレー〉で使えぬものは使えないのだ。これから先の航海で使うときが来ぬとも限らぬ。

 

それに、敵の艦隊を追い払う役には立ったわけだしな――そう考えて納得するしかないのだろう。元々、別に星を吹き飛ばすため研究したわけではない。

 

おにぎりをひとつ取り上げ、頬張ってから、そうだと思った。あいつにもいつも言っていたじゃないか。これは〈砲〉としか呼びようがないが、おれは〈兵器〉とは考えてない。たとえおれが軍属で、これが軍事研究としても、と――三浦半島に遊星が落ち、ついに報復兵器として研究せねばならなくなったが、あの日にだってあいつに言った。古代守。進の兄だ。あの日、あいつは家に帰っていたと言って、おれを訪ねてきたのだった。おれとあいつは同じ基地の仲間だった。やってることはまるで正反対だったが、それでかえってウマが合ったのかもしれない。

 

友よ、と思う。古代守――あいつは最初、おれの名前を〈トシロウ〉だと間違えて覚えた。一体どこで余計な〈ト〉が付いたのか知らないけれど、それはまあいい。が、『志郎だ』と言うと『チロー?』と応え、とうとう〈トチロー〉にされてしまった。こんなベラボーな話があるか。だが怒っても笑うばかりで、てんで直そうとしなかった。

 

そんなことも、今となっては懐かしい。だがひょっとして、あいつもおれが殺したようなものかもしれん――真田は思った。波動砲が一年前に造れていればよかったのだ。とうの昔に冥王星を撃てていたなら、あいつは死ななくても済んだ……言っても始まらないことだが、考えずにいられなかった。この一年間、ずっと考え続けてきた。

 

気にするな、お前のせいじゃないさと言ってあいつは行った。〈メ号作戦〉。あれに勝てたら、地下都市の水の汚染をなんとか止めることができる。そう言われていた。南極の上で固まる厚さ30キロメートルの氷を解かせば、その下に、プルトニウムを含まない太古からの水が凍った層がある。それを溶かして女と子供、地下農場の野菜や米や、〈ノアの方舟〉の動物達に与えられるようになる。

 

ガミラスの船を捕まえて五年で波動エンジン船を造り、完全に形勢を逆転させることさえできるかもしれない。だからトチロー、頼むぞと言ってあいつは〈スタンレー〉とあいつが呼んだ戦場へ……。

 

天の河銀河の中心も、マゼラン同様〈南天〉にある。だからそれを見に行くなら、人は〈赤道を越え〉ねばならない。古代守は、冥王星をだから〈スタンレー〉だと言った。おれは〈魔女〉を越えてやる。絶対に敗けない。そう言って……。

 

そして帰ってこなかった。だからやっぱり、おれが殺したようなものだ。そうだよな、と真田は思った。お前はおれが船を造る時間を稼ぐために、そのとき……。

 

すまん。すまんと言うしかない。やっと仇を撃つときが来たな。お前だけじゃない。お前の家族と、三浦の海の――真田は思った。急に思い出したのは、海苔の味のせいだろうか。

 

あの日、あいつは基地内の舎に自分を訪ねてきた。手土産の包みを差し出してこう言ったのだった。

 

『一緒に食わないか? 三浦の海苔で巻いた寿司だ』



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巻き寿司

「へえ」と言った。「〈銀河〉か」

 

「ああ」

 

と古代。この男が天の河銀河の渦を『でっかい海苔巻き』と呼ぶのを真田はいつも聞いていた。おれが育った家の近くに〈海苔屋〉がある。その海苔で作る巻き寿司はすごくうまいんだ。だからいつかお前にその〈ちっちゃな銀河〉を持ってきてやるよ、という話もずっと――どうやら、その約束を遂に果たしに来たわけだ。真田は友と笑い合った。

 

「どれ」

 

と言って手を伸ばした。柔らかいものをつまむときには注意が要る。感覚のない指で慎重にひと切れ取って、真田は寿司を口に入れた。

 

「どうだ?」

 

と古代。

 

「さあ」と応えるしかなかった。「よくわからんが、確かに海苔が違うような気がするな」

 

「ちぇっ」

 

と言った。基地は反戦の団体に取り巻かれているはずだった。「正面から入ったのか」と聞いてみると、

 

「そんなわけないだろう。ツバびたしになっちまうよ」

 

「だろうなあ」

 

タマゴを投げつけられたとか、クルマを傷だらけにされ、タイヤに穴を開けられたなんて話もあると言う。耳を澄ませば、『波動技術の軍事研究はんたーい』と拡声器でがなりたてる声が聞こえる。地球人は太陽系を出てはならなーい! 波動砲など造ってはならなーい! ガミラスさんはそれを我らに教えに来てくれたのだーっ!

 

「まったく」と古代は言った。「こんな星、護る価値があるんだろうかとときどき思うよ。おれのしてることなんなんだろうな」

 

「世界とか人類とかじゃなく、お前の好きなその寿司を守るんだと思えよ。三浦の海で海苔を作る人がいるからそれが食えるんだろ」

 

「うん」巻き寿司に手を伸ばし、つまんで眺めながら言った。「まあな」

 

古代守は元々は、宇宙船に乗りたくて軍に入った人間だ。より正確に言うならば、外宇宙を旅する者になりたくて――地球人類はあと二十か三十年で波動技術を確立させ、星の海に乗り出していけるはずだと言われている。天の河銀河の渦を眼で見る最初の人間になりたいと言うのが、古代が軍に入った動機。対して、真田は軍人と言っても技術研究員で、波動技術の確立を目指す学者だった。もっとも、波動技術と言っても、やっているのはワープ船の開発でなく波動砲の研究だが。

 

同じ基地で波動技術に取り組んでいても、やってることはまるきり違う、と言うのが真田と古代の関係だった。廊下ですれ違うだけの間柄でもおかしくないが、なぜか知り合い友情が生まれた。分野が違うというのがかえってよかったのかもしれない。

 

この時点で、ガミラスが現れてから一年。古代は外宇宙に出るよりも太陽系を護ることを考えねばならず、真田も〈砲〉を冥王星を吹き飛ばすための兵器と考えねばならなくなった。本来は巨大隕石を止めるためのものなのにだ。もっとも、おれのそもそもの動機も別のところにあるが――考えながら、真田は機械の手を伸ばし、また巻き寿司をつまみ取った。この腕だ。それから脚だ。おれは科学が憎いから、軍に入るしかなかった。波動砲の軍事研究。それ以外に選ぶ道を持てなかった。

 

真田が波動砲を造ろうとするのは、人が愚かな生き物だからだ。人は科学を過信する。巨大なスペースコロニーなどを宇宙に浮かべてしまうかもしれない。直径数キロ、全長が数十キロの分厚い土管……これが何かの事故により地球に落ちる確率は千年に一度くらいかな。無視していい数字だから、十基二十基と造りましょう。

 

そんなことを言って本当に造りかねない。政治家だの官僚だの、銀行屋やら株屋やらには、十基造れば百年に一度、二十基ならば五十年に一度、それが落ちるという計算はできない。百造ろうが千造ろうが、千年に一度と言えば一度なのだ。999年間は一基も落ちないという意味なのだ。そして千年経ったとき、自然にパッと消えてなくなってくれるという意味……大学の経済学部の数学では、それが正しい算法とされる。人は愚かであるがゆえに、そんな者達を秀才と呼ぶ。

 

スペースコロニー。宇宙に浮かぶこれも巨大な太巻き寿司――それが造れて生み出す利益が莫大なものであるならば、人はそれを造るだろう。もしも落ちたらどうなるかなど考えもせずに。

 

安全性の議論はじっくり重ねました、各分野で一流の人が安全と言っているから安全です。だから絶対、これは安全なのですと言って造ることだろう。実際、計画が進んでいた。元を取るのに何年かかるかの問題というところにきていた。建造費を回収するのに百年かかるようならば誰も手を出さないが、十年で一基造れて元を十年で取ることができ、後はガッポリと言うのなら、カネの亡者の蚊柱が立つ。ワープ船が外宇宙へ出るのが先か、地球の上に安物の双眼鏡でも見えるほど巨大な蟻塚が浮かぶのが先か――この22世紀末、人類の科学はそんな段階に至ろうとしていた。

 

しかし、もし、その蟻塚が軌道を外れて地球に落ちたら、十億が死ぬのだ。それでも、人はいい。人が己の愚かさのために死ぬのは自業自得だ。だが自然の生物を巻き添えにしてどうするのか。

 

まあ、もし落ちるとしても、軌道を外れて十五分後に落ちることだけはさすがにない。地球にブチ当たるまでに何日も何週間もかかるわけだ。だからその間に人を避難させられるものならして、(しか)(のち)にドカンとやる。その手段が必要じゃないのか? 万一の際に地球に落下する前に粉砕してしまえないなら、宇宙にあまりに巨大なものを浮かべてはならない。落下対策はひとつでなく、二重三重に必要じゃないのか?

 

波動砲が確実な破壊手段のひとつになるなら開発すべき――このように考えたのが真田が波動砲を研究する理由だった。もっとも、まだこのときには、末端の研究員に過ぎなかったが。

 

ガミラスが来るより前から真田は自分から志願して波動砲の研究員になっていた。その頃に『スペースコロニーが落ちる前に壊す』と言っても研究費はなかなか降りてこなかった。大学の教授達は代わりに言った。

 

『真田君、スペースコロニーが落ちるとしても千年に一度のことだろう。だから造って百年くらい経ったらどこか遠くに運んでいって、そこでバラバラにしてしまえばいい。常に入念に保守点検し、ちょっとヤバそうなものがあればそうする。これなら千基浮かべようと、万基浮かべようと絶対安全と言えるじゃないか。スペースコロニーは落ちないのだ。人類の叡智(えいち)の結晶なのだよ。落下対策を万全にすれば安全なのがわからないかね』

 

『必ず教授の言われるようになると保証ができるのですか』

 

『そんなこと、ワタシは知らんよ。とにかくスペースコロニーは落ちない。二度と「もし落ちたなら」と口にするのはやめたまえ』

 

そんな調子であったものが、冥王星を撃つため、今は、カネがザクザクと降ってくる。こうして軍からお呼びがかかり、待遇に恵まれる身にもなった。とは言え――。

 

「おれもあくまで、波動砲は地球の自然を守るためのものと考えているからな」

 

と真田は古代に言った。古代は寿司をモグモグしながら頷いて、飲み込んでから「そうだな」と言った。

 

「言っとくけど、だからって、外の連中と違うぞ」

 

「わかってるよ」

 

反戦を叫ぶ人の群れ――ひと月前に最初の遊星が落ちて以来、基地を囲む市民は日増しになっている。魚の死骸でいっぱいの海や、焼き尽くされた森の映像がニュースで流れるや、一部の者は石を投げるガミラスでなく、地球政府に怒りの(ほこ)を向けだした。これ以上に自然が破壊される前に降伏せよ。彼らはきっと、本当は、いい異星人に違いない。聖書の『ヨブ記』の神のように、すべて元通りにしたうえに倍の恵みをくださるのだ。どうしてそれがわからないのだ!

 

などと叫んで基地の中の人員にツバを吐きかけるようになった。真田と古代のいるこの基地が、波動技術の軍事研究をしているのは公然の秘密だったから、特に狂った者達が押し寄せるようになっていた。

 

『研究はんたーい! 人類は太陽系を出てはいけなーい! 波動砲は造ってはならなーい!』

 

『政府は嘘をついているーっ! 軍は波動砲を積む船で平和に暮らす異星の民を侵略するつもりなのだーっ!』

 

そんな声が聞こえてくる。波動理論が構築されて何十年も経つのだが、こんなことを叫ぶ者は初めの頃からすでにいた。これまでマトモな人間は相手にしてなかったものが、ガミラスの出現により勢力を増した――とは言え、狂人の集まりであり、言うことやることてんでメチャメチャ。やはり正気の大多数は相手にしていないというのが現実だ。

 

ガミラスに降伏して奴隷になろう。彼らは必ずいい異星人だから、労働で自由になれるに違いないぞ。身にシャワーでも浴びるように、彼らの進んだ知識を(さず)けてもらえるんだ。サリンを適度に含んでいるくらいがちょうど快適という生物に進化する。それが人類の補完と言うもの――なんてなことでも考えてしまっているのだろうか。どうも、そうらしかった。その昔にカール・マルクスの本を読んだ人間がソビエト連邦や朝鮮民主なんとやら(こく)を自由の国と本気で信じ込んだように、降伏論者はガミラスを理想の星とみなしていた。地球の軍は悪い軍で、ガミラスの軍はいい軍だ。

 

古代が言った。「狂ってるよな」

 

「まあな」

 

と真田は応えた。『降伏か滅亡かどちらか選べ』。ガミラスから最初にそう迫られたとき、地球政府はとりあえず、『降伏すればどんな処遇を受けるのか』と聞いてみたと言う。普通は嘘でも『悪いようにはしない』との返事が来そうなものだろう。だがガミラスはこう言った。『イエスかノーか。聞いているのはそれだけだ』。

 

そしてそれきり――これはまるで昔に日本が英米相手にした戦争で使ったやり口だと言う者もいる。本当はまともにやったら勝てない者がハッタリかましてるんじゃないのか、と。

 

あるいはそうなのかもしれない。波動エンジンを持てさえすれば、地球は勝てる。ガミラスは恐れるに足りる相手でなくなる――そう言われている。ワープ船を何隻か造ることができるなら――その船首に波動砲が積めるなら――そう言われている。やつらはそれを知っているから、地球人を恐れているのだ。だから頼む、波動砲を造ってくれと真田は請い願われていた。外で基地を囲んでいる変な連中の叫びは聞くな。

 

いずれにしても、遊星を投げてくるような相手に降伏など、バカげた選択と言うしかなかろう。やつらは地球人類に、絶滅以外何も求めてはいないのだ。その昔にヒトラーがユダヤに対してただ絶滅を求めたように。日本人がアイヌに対してそうしたように――そう考える以外ない。真田はまた寿司をつまみ、その自分の指を見た。

 

「兵器と言えば、おれのこの腕も爆弾さ。電池を外して安定剤を抜いてやれば、すぐ燃料が過熱して……」

 

ドカーン。家の一軒くらい吹き飛ぶ。そんなものを両手両足に一個ずつ、おれは着けて生きていると真田は思った。これがなければ脚で歩けず、手でものをつかめない。科学の進歩がこんな生き方を可能にしたが、しかしこんな生き方をせねばならなくなったとも言える。おれが波動砲を造ったら、そのときに人は言うのだろうか。その手と脚で波動砲を造ったのか。ならばその手は悪魔の手、そんな脚は悪魔の脚だと。お前などは手足のない芋虫として、汚水槽の中かどこかをのたくって生きていればよかったのだと。

 

今この基地を取り囲む者達ならばそう言うだろう。地球が造る波動砲は悪い波動砲だから、隕石や落下物を破壊するためと言いつつ結局は人に向けられることになります。地球に落ちる物体は愛で止めればいいのです。光速も愛があれば超えられます。二百年前、麻原彰晃という偉人がそうおっしゃっておられました。愛があれば手足などなくなっても不自由しないのに、どうしてそんなサイボーグ義手義足などに頼るのですか、トチローさん。波動技術は必ずや人を不幸にするでしょう。あなたなんかその手足の爆弾で自分自身を吹き飛ばして死んでしまえばいいのです。それが宇宙の愛なのです。

 

宇宙か、と真田は思った。無限に広がる宇宙――手にした海苔巻き寿司を見る。今、目の前にいる友はこれを〈銀河〉と呼んで食い、いつか自分ででっかいやつを見るのだと言う。

 

タクアンとシラスが中に入っていた。これもおそらく、三浦産のものだろう。だが果たして、同じものをまた食う機会があるだろうか。

 

いいや、おそらくこれが最後で二度とないのじゃないだろうかと真田は思った。遊星が落ち続ければ海は干上がると言われている。ほんの数発落ちただけで、環境はすでに甚大な被害を受けた。海は稚魚が成長できる海ではなくなりかけている。海苔の草も育つ海ではなくなろうとしている。

 

そして、いずれ人間の子も――今この基地のまわりを囲み反戦を叫んでいる者達は、果たしてそれがわかっているのか? いいや、あの連中は、皆ビューティフル・ドリーマーだ。社会や自然がどうなろうとも、コンビニへ行けばいつでもホールトマトでもシーチキンでも手に入ると思い込んでる。チョコレートは最初から板の形でこの世にあると考えてるに違いない。

 

牛肉や豚肉も、最初から肉の形でこの世にあると考えてるに違いない。だから自分は生き物の命を奪ったことなどないと平気で思っていられて、それは違うと言われることが許せない。今後は肉や魚など食えなくなると言われて怒り、ふざけるなと叫ぶのだ。

 

『つまり、ガミラスに降伏すれば、肉や魚が食えるってことだ。そうでしょう! そういうことなんですよね! なのにどうして降伏しようとしないんですか!』

 

このように叫ぶ者達が、〈おっぱいナチ党〉原口祐太郎などに投票してしまっているのが今の地球の現状だった。冷蔵庫に入りきらないほどの精肉を買い占めて、それが腐ってハエがたかれば捨ててまだまだ肉を買う。そんな者達が正義をかざす。〈正義〉とは常に幼稚で短絡的だ。そうでなかった(ためし)など歴史上にひとつもあるか。

 

今の地下には、広大な農牧場が造られている。民を避難させるためそれが広げられていて、〈ノアの方舟〉と呼ばれる施設の建設も始まっている。海苔すら養殖されるだろう。食い物にすぐ困りはしないにしてもだ――しかしおそらく、そこで肉や魚は食えまい。食肉用の家畜を育てる余裕などはなくなるはずだ。人は隣人の飼い犬や猫を殺して食おうとするかも。それどころか、人を殺して食おうとするかも。

 

それが人というものだろう。真田は寿司を口に入れた。

 

「古代」と言う。「この寿司はうまいな」

 

「なんだよ急に」

 

「おれはいっそ、この手足よりヒレが欲しいと思うときがあるよ。イルカみたいに海を泳いで魚を食って生きていたいと……地球の海は、なんとしてでも護らなければいけないと思うが……」

 

「ええと……うん、まあ」

 

「波動砲は間に合わんだろう。冥王星をドカンとやる前に海は干上がってしまう。だから、この寿司を守るには、今ある地球の兵器で敵と戦うしかない」

 

「まあなあ」

 

「すまん」

 

「別にお前のせいでもないだろ。行けるもんならおれだって、すぐ核持って敵に向かって行きたいが……」

 

「それも難しいんだろうな」

 

「ああ」と言った。「敵に近づくことができれば、とは言われているが……」

 

それが難しい。冥王星に近づけるなら、敵を叩く最も有効な戦術は戦闘機による空襲だろうと言うのは、(かね)てから聞く話だった。空母十隻に艦隊を組ませ、満載した戦闘機の一機一機に核を持たせて冥王星に送り出すのだ。やつらに千の戦闘機を墜とすことは到底できない――。

 

「問題は、冥王星が遠過ぎること。宇宙では船は敵から丸見えで、奇襲など不可能だということだ」古代は言った。「まるで昔の太平洋戦争の話だな。真珠湾ではアメリカに途中で見つからなかったから、ハワイに近づき艦載機を送り出せた。けれどもミッドウェイのときは、艦隊が途中で敵に見つかっちまった。だから勝ち目は本当は日本にあったはずなのに、空母を狙い撃ちされて全部沈むことになった……」

 

250年前の戦争で真珠湾を攻撃できたのは、地球が丸く人工衛星なんてものがまだなく、レーダーなどの技術もまだまだ未発達であったからだ。ところが、冥王星はどうか。地球の船では二ヵ月かかり、その間、姿を隠してくれるものは何もない。空母はとても護り切れず、奇襲などはかけようもない――。

 

真田は言った。「もしも船が近づけて戦闘機隊が送り出せたら、基地を叩ける望みは高いと言えるのか」

 

「まあな。そう言われちゃいるが、しかし何機要るんだろうな。基地の位置もわからないんじゃあ……」

 

奇襲を許さず、どこに基地があるかも知らせないために、敵はあんなに遠い星に陣を構えた。そうして石を投げてくる。たどり着くさえ不能ときては、このままでは地球の海は――。

 

そう考えたときだった。真田は足元が揺れるのを覚えた。グラグラという大きな揺れ。

 

古代と顔を見合わせる。

 

「地震かな」古代は言った。「なんか、ちょっと違うような……」

 

そうだ、違う、と真田も思った。これは近くでバカでっかいロケットの打ち上げでもしたような。いや、それとも違うような。『何が違うのか』ともし聞かれても表現などできないだろうが、これまでにあまり感じた覚えのない妙な振動の仕方だった。

 

「なんだろう」

 

と真田も言った。そのとき、ズーンと、腹に響く音がした。どこか遠くで寺の鐘でも()かれたような。

 

「なんだ?」とまた言った。「音が後から来る……?」

 

それはつまり――考えて、何が起きたかを真田は知った。外国のどこかに遊星が落ちたとき、数十キロ離れたところにいた人々が報道のマイクを向けられ、語っていたことと同じだ。つまり、ここから音速で数十秒かかるところに遊星が落ちた――古代の顔にも理解の色が広がるのを真田は見た。

 

急いで部屋を飛び出した。あちらからもこちらからも、同じように出てきた者らですぐ舎内は騒然となった。「何があった!」「遊星か?」「わからん!」とてんでに(わめ)き合う。

 

そのうちに誰かが言った。「どうも神奈川の方らしい。『津波を見た』なんて話が……」

 

「津波?」「神奈川のどの辺だ?」「海に落ちたってことか?」

 

と大勢が群がって言った。

 

「いや、よくわからないが……」

 

「神奈川」

 

と古代が言った。真田は友の顔を見た。まるで耐G訓練で血が頭から抜けたように蒼白だった。

 

真田も技術研究員と言ってもその種の訓練は受けている。眼に血液が行かないために真っ暗で何も見えなく感じる。今の古代もそうなりでもしたかのようによろめいた。

 

「おい、古代」

 

真田は友の体をつかんだ。古代は真田を向いたけれどその眼は死んだ魚のようで、こちらをちゃんと()ているように見えなかった。真田はさっきの巻き寿司に入っていたシラスの目を思い出した。寿司に巻かれた何十という茹でシラス。遊星が地に落ちたと言うのであれば、そこでは人があんなふうに――まるでおれの手足のように――。

 

つい、力を込めたがために、真田は自分が友の腕をヘシ折りかけているのに気づいた。しかし当の古代の方は、何も感じてないようだった。「ススム」とひとつつぶやいたが、それが友の弟の名だとそのとき真田は思い至らなかった。



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ブラック・レイン

南の空がみるみる赤く変わっていく。その光景を眼にしながら、古代はつい先程に別れた兄に言われた言葉を思い出していた。(すすむ)、と兄は言ったのだった。父さんと母さんをよろしくな――。

 

よろしく?と思う。だがけれど――地響きが身を震わせる。遊星落下の瞬間に古代がいたのは横浜のベイエリア――二百年ばかり昔に海を埋め立てて造られた土地だ。その地面が液状化してゴムで出来ているかのように波打ち、上に建つものをグラつかせる。高層ビルがドミノ倒しにバタリバタリと崩れゆくのを古代は見た。

 

音はだいぶ後になってからやって来た。凄まじい轟音に近くの音はかき消された。〈コスモクロック23〉と呼ばれている観覧車が台から外れ、西部劇の転がり草のようになりながらひしゃげバラバラに倒壊する。その音すらかき消された。

 

チェスの駒の形をした古い塔がチェックメイトされたように倒れ伏した。海では吊り橋が揺れ橋となり、ケーブルをちぎらせながらよじれて柱を海に倒した。コンテナ船が色とりどりの箱を海にブチ撒けながら転覆し、客船もグラグラ揺れていたかと思うとボキリと真っ二つに折れた。

 

次いで熱波が襲ってきた。一万度の熱を持つ超高圧の空気が鎌倉の山を越え、木々を薙ぎ倒し葉を焼いて、人を消炭(けしずみ)に変えながら神奈川の半分を爆風で払い、燃やし尽くす。その炎の津波のひとつが、あらゆるものを押し流そうと横浜に飛び掛ってきたのだ。

 

家もクルマも、熱風に焼かれながら吹き飛んだ。空を火の鳥の群れが覆った。一億羽の炎のカラスやトビどもが街の上を埋め尽くし、人を見つけては急降下して襲い掛かる。その火の爪と(くちばし)で髪の毛であれ服であれ、焼き焦がして灰にさせ、脚で掴んで空の高くに(さら)おうとでもするかのように、灼熱の風が街を溶鉱炉に変えた。人間はその火の鳥どものエサのネズミに過ぎなかった。熱波が過ぎ去ったとき、港町は何もかも焼けた黒い火事跡になっていた。

 

そして、〈ブラック・レイン〉が降る。街が焼けた後に降ると言われる(すす)混じりの黒い雨だ。古代はビルが崩れて出来た瓦礫の山の中から這い出し、自分が生きていることが信じられない思いで身を起こした。まわりを見たが、最初は暗くてものがよく見えなかった。暗いのではなく、黒いのだと気づくまでにしばらくかかった。

 

黒かった。空も、地面も、何もかもだ。黒い煙と雨のせいでまるで見通しが利かないのだ。すぐ目の前に死体があった。それが黒く焼け焦げていて、まわりがみんな黒いから、それが死んでいる人間とわかるのにさえ時間がかかった。死体からは血が流れて広がっていたが、それも黒にしか見えなかった。黒い雨が血だまりに丸く波紋を浮かばせる。その輪がようやく眼に赤黒く感じられた。

 

そうして少しずつ目が慣れて、まわりのものが見えだした。死体はひとつだけではなかった。その横にも、その隣にも、その向こうにも転がっていた。そのもうひとつ向こうにあるのは、もはやなんだかわからなかった。手足も首もちぎれたものが折り重なって、黒い視界に黒いそれらがどこまでも続いているようだったが、黒い雨がすべて(かす)ませてしまっていた。

 

なかには生きてもがいている者もいた。瓦礫と死体の山の中から黒いものが身を起こし、(うめ)きを上げて歩こうとする。地面を這って動いている者もいた。ただピクピクと震えたり、のたうっている者もいた。

 

古代は近くに転がっていた焼けただれた肉のかたまりが急に眼を開け自分を見たのと目が合ったが、どうしていいかわからなかった。相手は口をパクパクさせ、何か言おうとしたようだが、しかし声は出せないらしい。その目と口から血を流してやがて動かなくなった。

 

何もできずにその顔をいつまで見ていたかわからない。雨は()まず、煤どころか、灰か土くれのようなものが混じった黒いみぞれのようなものに変わっていった。遊星落下で巻き上げられた土砂がここまで届いてきたのだろうか。

 

それでようやく立ち上がり、古代はあらためて周囲を見た。しばらく前には真っ平らで、まるで大きな碁か将棋の盤の上を歩いているかのようであった埋立地は、どこもかしこもヒビ割れデコボコになっていた。そこに瓦礫が散乱し、もはや道などわからない。

 

それでも足を踏み出して、どうにかこうにか歩いていくと海に出た。いや、かつては埠頭(ふとう)であったと呼ぶべき場所だ。海は赤く燃えていた。船という船が転覆し、海面に油を広げさせ、そこに火がついていたのだった。古代と同じく街から出てきたのであろう人々が、茫然として炎を見ていた。

 

海面にアリのように人が見える。火に焼かれてもがきながら、力尽きて沈んでいくのだ。その悲鳴が聞こえてきた。海には死体が浮かんでいた。何百、何千、とても数え切れはしない。人だけでなく、無数の魚が腹を見せて浮かんでいた。海鳥も羽を散らせた死骸となって浮いていた。

 

水は一面に泡立ったアクを浮かべたスープのようで、中がどうなっているかなどまったく覗き見ることができない。煮立ったようにゴボゴボと泡を噴き出している。そこに黒い空から降る黒いみぞれが波紋を立て、船が燃える炎に映えて赤い輪を広げていた。

 

近くで泣き声がする。見ると、小さな女の子が親を呼んで泣いていた。古代は何かしてやるべきかと思ったが、なんと言って寄ればいいのかわからずただ見下ろした。気づけば周囲のそこらじゅうで、親が子を呼び子供が親を呼んでいる。父さん母さんという声を聞いているうち、そう言えば、おれの親は一体どこにいるんだろうという考えが浮かんできた。ええと確か――。

 

思い出した。空をあの光が過ぎる光景を。南の空が赤く変わる光景を。あの方角にあるのは、三浦――。

 

最後に見た両親の姿が頭に浮かんだ。兄と一緒にタッドポールに乗る自分を見送りに出てきたふたり。古代は自分も母さんと叫んで駆け出そうとした。しかし振り返り見た光景が、古代にそれを許さなかった。

 

横浜の街は煙を上げて燃える瓦礫の山であり、視界すべてが暗黒の空に覆われていたのだ。黒いみぞれの中を人々がヨロヨロと、かつては公園であった場所へ歩いている。古代もその流れに乗る以外なかった。

 

せめてさっきの女の子くらい連れるべきであったかとしばらくして気づいたが、そのときにはもう遅かった。振り向いてももう誰があの子かもわからず、海で何かが爆発する炎が見えただけだった。



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ウジ虫

そうして地球の〈長い夜〉が始まったのだ。これを境に、人々は地下に逃げ込み太陽を見られぬようになっていく。しかし、まずは横浜だ。古代は街を出られずに、何日も海を眺める公園にいた。空を覆う暗黒の雲はずっと晴れることがなく、みぞれに代わって雪のような灰を海と陸に降らせていた。

 

救援はいくら待っても訪れず、人は街からダンボールや板を集め、服やタオルを店から取ってきて身を寄せ合った。コンビニ店の食料を(あさ)り、自販機を壊して飲料を取り出す。瓦礫の山から救け出したケガ人達は、多くが手当てのしようもなく(うめ)きながら死んでいった。海を泳いで這い上がってきた者も、途中で毒でも飲んだように血を吐きのたうちまわって死んだ。死んだ人間を埠頭に並べ、街で食べ物を探すのが、若い男の仕事になった。

 

街では家族を探す者の声がずっと続いていた。桟橋(さんばし)では気の狂った者達が、『見ろ、ガミラスに降伏せぬからこうなったのだ』と叫んでいた。〈ガミラス教〉の信者と(おぼ)しき者達も、『そうよ、これでわかったでしょう。救われるのはウチの教団に来るものだけよ』と高笑いをして言った。ザマア見なさい。他はみんな地獄行きよ!

 

降り積もる灰はねばって足を取られた。街は悪臭に包まれてロクに息もできなかったが、数日すると鼻がおかしくなったのか古代は何も感じなくなった。死体にハエがたかり出し、口や目玉や火傷(やけど)で剥けた皮膚の中からウジが湧くようになってきたが、それを見てさえなんとも思わなくなった。

 

それどころか、このウジを、そのうちおれはうまいと思って食うようになるかもしれない――あらゆることに麻痺した頭でそう思い始めながら、古代はそこらをウジャウジャとうごめいているもの達を見た。実際、その幼虫が、だんだんうまそうに見えてきだした。おそらく体が、この状況でもなんとか生きようとしていたのだろう。

 

まわりでは人が次々に死んでいった。特に大きなケガをしたとも思えぬような者達までも、うずくまったきり心臓をまるで自分で止めたかのように二度と起き上がらなくなった。

 

首吊り死体も何体も見た。まだ形をとどめている高いビルの割れた窓から身を投げる者も見た。カルト教団の集団焼身自殺らしいものも眼にしたが、それはどうやら神の(もと)に行けるのだと本気で信じたものらしい――しかしそれも絶望からだ。人は死に救いを求め、ひとりふたりとウジの繭床(まゆどこ)になっていった。

 

イヤだ、と古代はそれらを見るたび思った。おれは、ああなるのはイヤだ。ここでだけは死にたくない――そう思ったが、しかしどうすればいいのだろう。三浦半島が消滅したという噂は耳に聞こえていた。相模湾を囲む地域は、ここよりもっとひどい状況らしいとも……だからもう家はない。おれの父さんと母さんも……。

 

そんな、嘘だと古代は思った。しかし目を開けてまわりを見れば、どんな希望も持てそうになかった。あらゆるものがハエとアリに覆われている。どこかでまた首を吊り、飛び降りている者が見える。いつの間にかに動きを止めて灰に埋もれている者がいる。

 

死んだら、たぶんラクなのだろう――そう思ったが、それでもイヤだ。自殺が悪いことなどと思ったことは一度もない。今この場でも思わない。死ぬのがイヤで、怖いだけだ。虫にたかられたくないだけだ。

 

他に理屈などなかった。生きていてなんになる。そんな声が聞こえてきた。この戦争に勝てるのか、と――自分の心の声だった。兄貴ならば侵略者に向かって勝ってくるとでも言うのか。これは三浦に隕石が一個落ちたと言うだけじゃない。これは始まりに過ぎないのだ。同じものが次々にこれから地球に落ちてくる。いや、現に外国のどこかの街に昨日落ちたとか今日落ちたとか。敵は周到に準備して、計算を重ねたうえで来てるから、食い止めるのは難しい。いや、ほとんど不可能に近い――そう言われてきたではないか。

 

そうだ。なのに多くの人はまさかという気持ちでいたのだ。異星人の地球侵略――そんなのマンガとしか思えなかった。過敏に過剰に反応したのは一部のトンデモ人種だけで、大多数は冷静に事の成り行きを見守っていた。

 

だが今、どうやら世界中でパニックが起きているらしい――そんな噂も聞こえてくる。情報と言えばせいぜいラジオ。声が伝えてくるものは、人がカバンに荷を詰めて地下へ行こうと殺到しているという話ばかりだった。

 

それはそうだ、とある者は言った。現実を人は直視しなければならなくなった。自分が住んでいる街に今日にも明日にも同じものが落ちるとなれば、他人になど誰も構っていられない。だから誰もここへなんか救けに来ない。オレ達は見捨てられたまま、この港で死んでいくしかないんだ、と。それにどうする。ここを出てたとえ地下へ行けたとしても、宇宙人に勝てるのか。人はどうせジワジワと死んでいくしかなくなるんだ。

 

泣いて叫ぶ者の声を、古代もそうだと思って聞いた。天を仰いで『降伏するからワタシだけは救けください』と叫ぶ者も出始めた。最初はひとりふたりだったが、そのうちに数を増やして声を揃えて叫び出した。ある程度の人数になればきっとガミラスが迎えに来て、彼らの仲間に加えてくれると本気で信じたらしかった。古代はそんな連中と一緒になる気は起きず、と言って自殺することもできず、うずくまってウジを見ていた。

 

こいつを食ったら、次には人の死体を食うことになるんだろうな。それも(なま)でか。足りなけりゃ、次は人を殺して食うのか。たぶんそうなるんだろうなと古代は思った。やらなけりゃ、おれが殺され食われるんだろう。最後のひとりになるまでそれが続くんだろう。

 

まるで自分がウジ虫のような気がしてきた。ガミラス人の考えがわかるような気がしてきた。きっとやつらは地球人類をこの星の寄生虫として見てるんだろう。ガキの頃におれがアリの巣を踏みつけたように、人がスリゴマになって死ぬのを空で笑って見てるんだろう。そうでなければこんなことができるわけがあるものか。

 

そこの死体を棒で突つけばウジがゾワゾワと出てくるだろう。異星人には人間は同じものにしか見えないのだろう。殺してやる、と古代は思った。いつかお前らを殺してやる。たとえここでウジを食い人を殺して食うことになっても、おれは生き延びてお前らをいつか殺しに行ってやる。

 

絶対にだ、と古代は思った。おれは最後まで戦ってやるぞ。決してお前らに屈服はしない。

 

たとえ最後のひとりになろうと、おれはお前らと戦ってやる。



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日没

あんなこと、すっかり忘れていたな……と古代はまどろみの中で考えた。『ときが来たら起こすからギリギリまで寝ていろ』という指示を受け、島とのかるた取りの後で(とこ)について数時間。少しは眠れたのだろう。七年前の横浜にいて、それが夢であることに気づいて目が覚めてから、古代は毛布をかぶり直して記憶の糸を手繰(たぐ)ってみた。

 

あの横浜に一体どれだけいたのだろう。やっと救援が来たときに、街で生きている者はもうロクにいなかったはずだ。大型のタッドポールほんの数機に乗り切るほど。

 

それでも一部の者達は、軍に救助されるのを拒んだ。軍があるから彼らは来たのだ、今その機に乗り込めば、ガミラスが来て殺られるだろう、けれどもここに残る者は、彼らの星に連れて行ってもらえるのだと主張して動かない。

 

本気でそう信じる者を無理に救けるほどの余裕は、軍にも政府にもなかった。世界各地で遊星が、人の住む街に落ち始めていたのだ。列に並ぶと頭からシラミ取りの白い粉を振りかけられた。古代はむせ返りながら、タッドポールに乗り込んだ。『どうしてそんなものに乗るんだーっ!』と叫ぶ声を後にして、反重力機は空に浮き上がった。

 

上から見れば地に残った者達など、まさにウジ虫の集まりでしかない。窓から眺め見下ろしながら、古代はふと、あの日に埠頭で泣いてたあの女の子はどうなったのだろうと思った。ひょっとしてあいつらに捕まっていて、一緒にいればガミラスの星で幸福になれるよ、などと言われているかもしれない……いや、あの子はともかくとして、親が狂信に落ちたがゆえに下に残ることになった子供も何人かいるのじゃないか……考えたが、そうだとしても、自分にどうにかできることでないのもわかることだった。古代は機内で散弾銃を構えながら自分達を見る兵士を見た。救助はしたがこの中に頭がおかしくなってしまった者がいて、暴れるようなら撃たねばならない――そう考えている目つきだった。

 

だから古代は機の窓から外を見た。黒い雲はまだ晴れてない。闇に包まれ遠くを見ることはできなかった。

 

〈夜〉が始まっていたのだ。このぶ厚い暗黒の雲は、やがて地球全体を覆い、海を引かせて氷に変えることになる。空がまた晴れるのは、地球が泥玉を凍らせた赤い星に変わったときだ。人は地下に閉じ込められて二度と太陽を見ることはない。そうして〈朝〉を迎えぬまま、死んでいくことになる――〈長い最後の一晩〉の宵の口が切られたのだ。

 

古代は毛布を渡された。「名前は」と聞かれる。

 

「古代――古代進です」

 

「そうか。呼ぶから待っていたまえ」

 

「はい」と言った。横になり、毛布にくるまって目を閉じた。



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起床

「古代一尉、起きていただけますか」

 

電子アラームが鳴る音がして、その後に、女の声で呼ぶのが聞こえた。「うん」と応えて、古代はベッドから身を起こした。ドアを開けると、黄色コードの戦闘服の若い女が立っている。

 

「時間?」

 

「はい」

 

部屋を出た。森の部下の船務科員だろう。普段の船内服に替えていま着ている〈戦闘服〉は、古代のパイロットスーツと同じくこの場の空気がなくなっても十五分程度生きられる簡易型の宇宙服だ。ただし彼女は、まだ頭にヘルメットを被ってはいない。「状況を説明しますのでまずはシャワーと食事を摂ってください」と言って歩き出した。

 

〈ヤマト〉のクルーはその多くが二十代、それも前半に集中している。これが体力を重視した人選の結果なのは聞くまでもないが、それにしてもこの彼女はさらに若く、はたちにもなってなさそうだった。女の歳はわからないから案外食っているのかもしれんが、しかし今はその顔にも疲れが見える。

 

これをジャブジャブ水で洗ってサッパリさせたらなんとたちまち十五、六――さすがにそれはないだろうが、古代が寝ていた間もずっと働き通しだったのだろう。それどころか地球を出てからのこの四週間、いや、〈ヤマト〉が地に埋ずまっていた頃からずっとロクに寝るヒマもなく働き詰めで来ているのに違いない。この船では船務科員こそ他のどの科のクルーより働かされる人員なのは、見ればすぐにわかることだ。

 

シャワーを浴びて食堂へ。まだ交代でおにぎりを握って握って握り続けているらしい。タコカニ型のソーセージも作られ続けて積まれている。古代は適当にいくつか取って卓に着いた。

 

彼女が言う。「敵の動きですが、大方の避難を完了させたようです。船は出尽くしたものと見られ、〈スタンレー〉の近くに残っているものはありません。すべてワープで散っていってしまいました」

 

「一隻もいないの?」

 

「はい」

 

波動砲を恐れてか。それに、やつらに一対一で〈ヤマト〉とぶつかり勝てるような船はないはず――とくれば、確かに何隻か星の前に浮かべておいてもなんの意味もないのだろう。サッカーでゴールの前にマネキンのキーパーを立たせるようなものにしかならない。やつらは沖田艦長の狙い通りに駒を動かすしかなかった――そこまでは古代にもわかる。

 

「けど、それって、敵もこっちを誘ってるってことなんだよね」

 

「そうです」

 

と彼女はまた言った。そうだ。〈ヤマト〉に波動砲を撃たせたくないのなら、敵は百隻の戦闘艦すべてで星を護ればいい。それで〈ヤマト〉は近づくこともできないのに、敵は決してそれはしないとあの白ヒゲの艦長は踏んだ。やつらは必ず〈ヤマト〉に星の迂回はさせず、太陽系でケリをつける道を選ぶ。最後の希望の船を沈めて地球の人類に、『お前達はいま絶滅したのだ』と言って高笑いする道を選ぶ。

 

〈ヤマト〉が沈めば、そのとき人は、活け造りの刺身に添えて皿に盛るエビや魚の頭になるのだ。まだ口をパクパクさせて活きてはいても、生きていない。ゼンマイで動くオモチャと同じ……そうするために〈スタンレー〉にやつらは〈ヤマト〉を誘ってくる。護りの船を遠ざけるのは、仕留める算段を別に持つから……。

 

「それと、地球の状況ですが」彼女は言った。「内戦は()む気配がないようです。ガミラスが逃げたことはすでに市民に知られていて、これがかえって火に油を注ぐ結果になったらしく……」

 

「どういうこと?」

 

「つまり、『やつらが逃げたならもう我々は勝ったのだ』と言う者が一部に出てきたわけですね。『冥王星をドカンと吹き飛ばした後で一度地球に戻って来い』なんて言ったり……」

 

彼女は電子タブレットで、今の地球の状況をまとめたものを見せてくれる。古代はそれを眺めやって『ははあ』と思った。

 

「ああなるほど。『ワープ船の量産』だとか、まだ言ってるやつがいるんだ」

 

「ええ。しかしテロリスト側は、『勝ったのならば冥王星を撃つ必要はないだろう』と叫んだり、『ガミラスと和平を結ぶチャンスである』なんて言ったり……」

 

「バカめ」

 

と言った。〈ヤマト〉に向かって波動砲を撃てと言う者、撃つなと言う者。どちらも現実を見る目がないバカの集まりと呼ぶしかない。その連中の狂気のために百万の人が死んでいる。

 

これが滅亡なのだ、と思った。おれが眠っていた間に、人は絶滅してしまった。活け造りの刺身どころか、自分で自分の腹を裂き卵巣と白子を抜いて皿に載せ敵に差し出してしまったのだ。そしてあまりに愚かなために、何をしたかわかっていない。

 

わかっていても止めようがなかった。人はこういうものだから、事はこうなるしかなかった。たとえ〈ヤマト〉や波動砲なんてものがなくてもだ。兄貴は知っていたのだろう。おれは何をしていたのだろう。人がこうして滅ぶのが薄々わかっていながら、ずっと、〈がんもどき〉の操縦席でまどろんでいた。アナライザーに『ナントカシタイト思ワナイノカ』と怒られながら――そりゃあなんとかしたいと思うよ、でもだからって何ができる、そう言うだけで考えるのをやめていた。

 

たぶんきっと、地球にいる多くの人がそうなのだ。おれと同じく、わかっていても何もできずに地下の住宅に閉じ込もってる。自分に何ができるんだ――そんな思いでいるものだから、〈ヤマト〉と聞いても考えるしかないのだろう。『たかが船一隻に何ができると言うんだ』と。

 

誰も〈ヤマト〉に信頼など寄せていない。人にこいつは変なマンガの船にしか見えない。迷い込んで中に入ったおれの眼にさえそうだったのだから、地球で死を待つ人々には子供騙しのプラモデルにしか思えぬだろう。だから気づくはずがないのだ。この船には命を賭けて地球を救う旅に出ようとする千の強者(つわもの)が乗っていて、罠を張って待っていると知る敵との戦いにいま臨もうとしているなどと。

 

だが、現にそうなのだ。古代はまわりのテーブルを見た。どの席でも戦闘服に着替えたクルーが黙々とおにぎりを食べている。

 

みな疲れた表情だった。家族の写真らしきものを手にして眺めている者もいる。こちらに視線を送ってくるのもいるが、これまでとはようすが違った。

 

少なくとも、疫病神を見る眼じゃない。今この時間にここにいる人員は、自分同様にいま起きてきたところか、今までずっと戦闘準備に追われていて、作戦前にこれから少し休めるかと考えてるかのどちらかだろう。当然、誰もが今ここにおれがいることの意味を理解している……古代はそう考えて、息が苦しくなるのを覚えた。ついにときがやって来たのだ。七年前に横浜で誓ったことを果たすときが。

 

三浦の方角に落ちていったあの光。あの街で見たすべてのこと。おれはあそこで、いつか必ず、遊星を止めると誓ったのだった。冥王星までたとえ宇宙を泳いででも行ってやり、石を投げる仇敵(きゅうてき)どもをひとり残らず殺してやると……なのにすっかり忘れていた。ついさっきまで思い出しもしなかった。戦闘機乗りの訓練を受け、こんな船になぜか乗ることになっても、まだ……。

 

いや、決して、忘れていたわけではない気もする。ただ本当に自分がそれをやるとは思ってこなかっただけだ。あの日、港から救い出され、名を呼ぶから待ってろと言われたときから、ずっと。

 

まさか本当に冥王星に行くとは考えていなかった。

 

なのに行くのか、おれでいいのか? 島にも言った。おれは今までなんにもしてこなかったのに、と。あいつはそれがどうしたと言ったが……別に偉い人間になりたいわけじゃないんだろうと。お前なんか偉くないのはみんな知ってるんだからそれでいいじゃないか、と。

 

〈サーシャのカプセル〉を届けたのも、コスモナイトを運んだのもたまたまだ。そんなの誰でも知っている。偉いのは地球人類を救うためこの〈ヤマト〉を造った者らだ。青い海と緑の地を取り戻して動物をそこへ還そうとしている者らだ。

 

おれがこれから戦えるよう準備を整えてくれた者達なのだ、今この食堂の中にいる……戦闘機乗りなんて言うのはそもそも、銃に装填されて薬莢の尻を叩かれるのを待ってる鉄砲玉に過ぎない。

 

だから偉くなんかない。きっとおれなど、誰が呼んだのか〈スタンレー〉の空で死んでいい人間なのだろう。そうだ。あの日、横浜で、いつか敵を殺しに行くと誓ったときも、生きて帰って英雄になるなど考えはしなかった。その日までは生きてやるとただ思っただけだった。遊星さえ止めたなら後のことはどうでもいい。

 

三浦半島を消したやつらを殺せたら。親の(かたき)が討てたなら。あの日、埠頭で泣いてたあの子に、すまない、けれどその代わり、おれは君の仇も取ったぞと言えれば、後はどうなろうと――。

 

この船には島がいて、森とかいう女がいて、その部下であるこの子がいる。そしてこの食堂にいるクルー達――おれと違ってみんな偉いわけだから後はどうにかするだろう。だからおれは死んでいい。ひょっとするとこの日のために生きてきたのかもしれなくて、どういうわけか〈アルファー・ワン〉。

 

「古代一尉」

 

名を呼ばれた。船務科員の彼女だった。「何?」と聞いた。

 

「いえ、別に……」

 

まるで『顔にご飯粒がついてます』とでも言いたそうな顔つきだ。

 

「何さ」と言った。

 

「いえ、その……」

 

モジモジとする。古代は彼女の名札を見た。《結城蛍》と記されて、ローマ字で読みも付いている。〈ユウキケイ〉と読むらしい。

 

彼女は言った。「古代一尉って、よく見るとカッコいいですね」

 

「ははは」笑った。「何言ってんの」

 

「ふふふ」

 

と彼女も笑う。やっぱり、ときが来たんだな、と古代は思った。おれが死んでもこの子はおれを憶えていてくれるだろう。だったらそれでいいやと思うといい気分だった。



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OK

艦橋で森はチェックリストを手に部下の報告を受けながら、ついにときがやって来たのを感じていた。ひとつひとつの報告に応えてリストに印を入れながら、気分が重くなるのを覚える。

 

自分の部下ひとりひとりの顔を思い出す。これから先の数時間、このリストに名を書かれた者達は、疲れ切った体をムチ打ち、艦内を駆け回ることになるだろう。何人かはおそらく死ぬことになるだろう。死なせていい人員などひとりもいないにもかかわらずだ。

 

航空隊の古代を起こしに行かせた結城が『OK』の報せを送ってきたのに『確認』と応え、この子は特に若かったはずだなと考えた。三浦半島に遊星が落ちたあの日の自分と同じくらい――あれから七年。しかし、たった七年なのか。まるでとっくに十七年も経っていて、あの子の倍の歳になったように感じる。

 

艦橋クルーがひとりふたりと入ってきて、おはようと挨拶して席に着く。みな表情が硬かった。まともに眠れた人間はただのひとりもなさそうだ。『今そこで鏡を見たら四十歳の自分がいた』とでも言いたげな顔をして、分厚いリストを手に黙り込む。

 

デジタル時計が作戦開始予定時刻を秒読んでいる。〈ヤマト〉がワープし、〈スタンレー〉に行くまで十数分だ。これを変えねばならないような事態は何も起きていない。

 

「いよいよだな」

 

真田が現れ、それだけ言った。森は顔を上げて見たが、真田はひとつ頷いただけで、自分の席に着いてしまった。対艦ビーム対策の件で、特に新たに思いついたこともないのだろう。ここまできたら、後はもう運を天に任すしかない。天は天でも、何しろ天にいるのだから、南天のマゼラン雲にでも祈るしか。

 

かつて船乗りのマゼランが赤道を越えて見つけた星雲。オレに地図を丸めさせろと見上げた場所に行くためには、〈ヤマト〉も赤道を越えねばならない。太陽を奪った敵を倒して光を取り戻すのだ。

 

三浦半島が消えた日にテレビで見た横浜や小田原の惨状を森は忘れられなかった。あれはたんに始まりに過ぎず、その後に世界が同じ炎に焼かれていくのを見せられても、なお――。

 

あの日から地球は黒い雲に包まれ、人は地下に追われていった。人はまだいい。動物や、鳥や魚に逃げ場はなかった。木々や草花に逃げ場はなかった。わずかに救けたものさえも、人が死ねば滅ぶだろう。ここで〈ヤマト〉が沈んだら、すべて終わることになる。

 

わたしの親は地下のどこかでまだ生きているのだろうか。生きているなら、〈ヤマト〉が沈めばヤッタヤッタと喜ぶのだろうか。きっと、やっぱりそうなんだろうなと森は思った。

 

わたしがひとつしくじるだけで、〈ヤマト〉は沈む。〈ヤマト〉が沈めば地球は終わる。母親の嘲笑う顔が脳裏をよぎる。赤い地球に重なって……そうよ、あんたにはできっこない。人間が神に勝てるわけがない。神に刃向かう愚か者は、苦しみもがいて死ぬだけなのよ。

 

あんたはあの日の光景を見ても、まだ真実がわからなかった。だから免罪符は下りない。地獄で永遠に焼かれるがいいわ――。

 

最後に見たとき、母はそう言って笑っていた。

 

いいや、この七年間、ずっとその顔を見せられてきた。目を閉じれば(まぶた)に浮かび、あらゆるものに重なって見えた。無駄よ無駄よと(あざけ)り笑う。あんたに人が救けられるもんですか。滅亡を止められるはずがあるものですか。

 

どうしてそれがわからないの。一体いつまで無駄なことを続ける気なの……振り払っても振り払っても、嘲笑う母の顔はつきまとい続けた。戦い疲れて眠っていても、上をフワフワと漂いながらニタニタ笑って見下ろしていた。今日もどこかで街がいくつも消されたね。森が焼かれて動物の死骸だらけになったそうね。海が干上がり日本はもう島ではなくなって、元は海底だった場所でイカもイルカも塩漬けですって。地球の軍はボロ敗けで、あんたと同じ歳の男が戦闘機でカミカゼ特攻。他に敵に立ち向かう手段がないって言うじゃない。

 

あんたももう少し視力か反射神経が良けりゃ、特攻パイロットになっていたかもしれないよねえ。あんだけ勉強したんだから……ええと、なんなの。そのあんたがレーダー係で、冥王星で戦うことになっちゃったの。おーやまあ。これは見ものね。お笑いだわ。失敗するに決まってんじゃん。

 

ユキ、あんたは魔女なんだから。悪魔に体を操られているんだから。あたしにはわかる。あんたはそれを思い知りながら死んでゆくことになるのよ。そのときにこの世は終わり、選ばれた者達だけの楽園の門が開かれるの。

 

頭の中で響く声は、もはや哄笑(こうしょう)になっていた。違う、と森は叫びたかった。わたしは魔女なんかじゃない。魔女は母さん、あなたの方よ。

 

三浦半島に遊星が落ちた日、ザマアミロと叫んだ女。わたしに包丁を振るった女……あのとき斬られた右腕の傷の辺りを服の上から触ってみた。()けきれたとは言えないまでも、軽いケガで済んだのだ。わたしは生きてここにいて、今これから、同じことをやらなきゃいけない。

 

今度は地球の人と生き物すべての命のために魔女の放つ矢を(かわ)す。森はそのとき自分に預けられることになっている〈ヤマト〉の加減速レバーに手を掛けた。今は装置が有効になっていないのを確かめたうえで動かしてみる。

 

古傷が(うず)いた。刃の閃き。肉を斬られる痛みの記憶が甦ってくるようだった。タイタンで凍死しかけたときのような寒気を覚えた。水風呂に投げ込まれ、波立つ水の向こうに見た母の顔。

 

悪魔め――あのときも母は言った。その体から出て行け、と。

 

何が、と思った。負けるものか。選民思想を持つ者の約束の地などありはしない。わたしは必ずそれを証明してみせる。マゼランへ行き、コスモクリーナーを持ち帰って……そのとき、悪魔と交わった魔女はどちらの方かわかるはずよ。

 

しかし、と思う。古代進――あの男の顔が急に思い出されてきた。タイタンで敵に追われて一発のタマも喰らわず、〈エイス・G・ゲーム〉とやらで加藤と渡り切った男。あいつにわたしの代わりをさせれば、〈ヤマト〉にビームを躱させるくらい軽々とやってのけるのじゃないか。

 

いや、もちろん、事はそう簡単なものじゃあるまいが――そもそも島にもできないからわたしにやれという話でもあるのだし――古代が〈ゼロ〉に乗れるのならば〈ゼロ〉で戦わすべきなのだろう。

 

けれども、と思う。古代を起こしに行かせた結城の《OK》のマークを見直し、森は首を(ひね)ってしまった。あいつ、本当に大丈夫なのか?

 

やはりあれが斬り込み隊の隊長で万事OK牧場なんて気にはあまりなれないが……そう思わずにいられない。確かにどうもあの男を誤解していたようではある。腕の良し悪しだけでなく、得体の知れない妙な強さを持っている気も今はする。わたしだけじゃないだろう。クルーの誰もが今ではそう感じているような。

 

だが、とりわけ、部下の船務科員達だ。古代を起こしに行く役をあてがったときの、結城が顔に浮かべた複雑な表情を森は思い返してみた。

 

数日前なら決してあんな顔はしなかったことだろう。〈生活班〉では誰もが古代を苦々(にがにが)しい眼で見ていたのだ。主計科では古代が食事に来るたびに食堂がシンと静まると訴えて、なんであいつにメシを食わせなきゃいかんのだと言っていた。一体全体、ありゃなんだ。藤堂長官の隠し子かなんかで、〈ヤマト〉が帰って地球が救われた(あかつき)には、全部が全部あの古代進君のおかげですと言うことになるよう手はずが整えられていたりするのか。艦長は上からそう言い含められていて、だからあいつを形だけの〈戦闘班長〉なんかにしたんじゃねえだろうな、などと言う者までいたりした。どうせ本部の偉いさんは船の戦闘要員だけが兵隊で、メシ炊き係や作業員は奴隷としか見てねえんだろ。古代が乗れば〈ゼロ〉がビビューンと通常の三倍くらいの速度で飛んでガミラス戦艦五隻くらいズガガガガーンとやっつけましたなんて話が今頃デッチ上げられてんじゃねえのかよ、などと。

 

この〈ヤマト〉で最も働かされるのは黄色コードであるだけに、森の部下の古代に対する不平の声は高かった。この航海を成功させ、一日も早く地球に戻ろうと努めているのは他の誰より船務科員だ。もしも古代が何も仕事はしてないくせにまるでゲームの主人公のように何もかも自分に決める権利があるという顔をして艦内を歩いていたならば、きっと今頃、食事にボツリヌス菌でも混ぜられるか、個室の空気を抜かれて『アラアラ大変だ、日の丸の旗で包んで宇宙に流してあげなくっちゃね』なんてなことになっているに違いない。

 

船務科員が何人かツルめば事は簡単な話だ。この〈ヤマト〉は間違いなくそういう船なのであり、沖田艦長にだってどうにもできるわけがない。もしもどこかで古代ひとりを英雄に仕立てようとする陰謀なんかがあったとしても――わたし自身がかつてそんなことを疑って、島に『バカな』と言われたが――決してうまくいくわけがないのだ。

 

そして、古代は、よく見てみれば確かに違った。タイタンで本当に船を救われてしまっては、主計科員ももうあいつを無駄飯喰らいと呼ばなくなった。今やみんなが思い出してる。古代が〈エルモ〉であってほしいと――この船にやって来たのはただの偶然なんかじゃなく、運命が招き寄せたものであってほしいと。まだ人を見捨てていない〈神〉と呼ぶべきものがいて、遣わしてくれた守護聖人であってほしい。〈ヤマト〉には〈(セント)エルモ〉が必要だ。古代がそうであるのなら、この旅も必ず成し遂げられるはずなのだから。地下で待つ家族を救えるはずなのだから……。

 

神か、と思う。くだらない。わたしだけはそんなものにすがるものか。親のようになってたまるか。ましてや古代みたいなのが、神の遣いだなどと信じてたまるものか。

 

信じて頼れる者と言えば……考えたとき、ゴンドラが背後で唸る音がした。

 

沖田艦長が上から降りてくる。席に着いて艦橋の中を見渡した。

 

「諸君、準備は整ったようだな」

 

「はい」と真田が応えて言った。「すべてオーケーです。いつでも〈スタンレー〉に行けます」

 

「よかろう。全艦に発令しろ。只今より〈ジャヤ作戦〉を開始する」

 

「はい!」

 

森はマイクを手に取った。呼吸を整えてから、ふと、《OK》の印が並ぶチェック項目の中にある航空隊の格納庫の部分に眼をやった。

 

古代。ほんとに、あいつオーケーなんでしょうね……。



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NG

『総員に告ぐ。これより〈ジャヤ作戦〉を開始する。戦闘配置に就け!』

 

艦内放送で森の声が響いたとき、古代はトイレで便器に向かって胃の中のものを吐き出していた。洗面所で顔を洗い、うがいして、鏡に映る自分の青い顔を見る。トイレを出るとそれまで背中をさすってくれてた結城が言った。「大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だよ」

 

航空隊の区画に向かう。通路は持ち場に就こうとするクルーでごった返していた。

 

最後の休憩や仮眠の時間は終わったのだ。〈スタンレー〉に行くためのワープの秒読みが進んでいる。古代としてはしかし〈ゼロ〉に乗る前に部下のタイガー隊員達と向き合わなければならないわけだが――。

 

それができずに便器にかがんでゲーゲーやっていたしまつ。横で結城がなんだかオロオロしているのは、食堂を出た時点で上に『古代はOK』という報告を送ってしまったかららしい。

 

オーケーでもなんでもなかった。通路の角を折れた途端に体が空中分解を起こした。

 

あのヴァーチャル訓練で〈ゼロ〉が真っ二つになったように――あのときは、三機の〈タイガー〉に挟まれて一機が前から突っ込んできた。慌てて()けたらでんぐり返ってもうグニャグニャだ。けれども今度は、32人全員と向かい合わねばならなくなって逃げようがない。

 

どうする、と思う。考えただけで、足がもつれそうになる。一応は自分の部下とされる者らにこれまで全然まともに対してこれなかったのに、決戦にあたって激を飛ばせだ? このおれが? そんなの、無理に決まってるだろ。

 

素人探偵が全員集めて『さて』と言い、『この中に犯人がいる』とやったらザッパーンと崖に波が叩きつけ、『なんですってえ』とみんながみんな息を呑むのはくだらない二時間ドラマの話の中だけだろうがよ。このおれなんかが歴戦の(つわもの)どもを前にして、『諸君の健闘を祈る』なんて言えるわけないだろうがよ。アニメやゲームの主人公じゃないんだからよ。『人類を滅亡の危機から救えるのは我々だけなのだ』だとか――そういうのは今日まで必死に働いてきたそこにいる船務科員のこの子の方がよっぽど言う資格があると思いますよ。でも、おれにはないですよ。

 

何よりタイガー隊員達がそれをよく知っている。おれが何をしゃべろうと、士気を下げさすだけじゃないのか。しかしだからって、仮にも隊長が戦いの前に何も言えず部下の前にも出られないと言うのでは……。

 

それでは、きっと敗けるだろう。航空隊だけの話ではない。〈ヤマト〉全艦に影響し、船の力を損なわせる。古代はついてくる結城を見た。この子こそが真の戦闘員でありこれからずっと戦いの間、船の中を走り回るくらいのことは自分にもわかる。ここで斬り込み決死隊の隊長が手下に向かって『オレについて来いやあ』と言えない姿を(さら)したら、その途端にすべてがオーケーでなくなってしまう。みんながみんな腰砕けで敵に向かうことになる。

 

〈ヤマト〉が沈めば人類は終わり――でも、無理だ。おれには無理だ! 古代は思った。部下にどう向かっていいか、そもそもまったくわからないのに、これから何を言えと言うんだ。

 

また吐き気がこみ上げてきた。目眩(めまい)がして、気が遠くなりそうだった。航空隊の区画に入ると、いよいよ足がもつれ出した。向かうべきはかつて一度入っただけの〈タイガー〉の格納庫だ。

 

あのときの記憶が頭に蘇った。加藤に無視され、タイガー乗りらにそっぽを向かれ、整備員や離着艦作業員らが黙り込み、白い眼をして見る中を歩き過ぎるしかなかった記憶。あのとき、誰も彼もの顔に《なんでこいつが隊長なのか》と書いてあるのが読み取れた。

 

あそこにまた入るのだ。隊長らしいことなんてとうとうただのひとつもやってこないまま――加藤以外に誰の顔を覚えることも、言葉を交わしたこともないまま――。

 

それでどうしてやっていける? 今更どうして、このおれに隊長ヅラができると言うんだ。

 

古代はとうとう立ち止まった。やっぱり無理だ、できないと思った。おれが隊長としてふるまえなけりゃ人が滅びるのだからふるまえと言われてもできないものはできない。そうだろ。当たり前じゃないかと思った。だいたい、誰が隊長にしてくれと言った。できます、やります、やらせてください、オレが地球を救ってみせますなんてこと、ひとことでも言ったか、ええ? おれは言った覚えはないぞ。あの艦長がなぜか無理矢理そう決めたんだ。それで『少しは士官としての自覚を持て』とか、『とにかく隊長にしたんだからお前には義務や責任が』とか、普通だったら言いそうなこと言うかと思ったら、言わない。それどころか『すまない』だの『地球を〈ゆきかぜ〉のようにしたくない』だのわけのわからないことばかり……。

 

あの白ヒゲは一体どういうつもりなんだ! こうなることがわからなかったのか! このまんま船が敗けてもいいのかよ!

 

いいわけがない。とにかく、おれが、シャンとできればいいことなんだ。それだけなんだ。ただそれだけ――古代は思った。そうだ。後は知るもんか。さっき考えたじゃないか。おれが〈ゼロ〉でビュンと飛び出し、冥王星でいきなり敵に撃たれて殺られちまったとしても、そこにいるこの子がおれを憶えていてくれるならそれで構わないじゃないかと。だからとにかく、やるだけのことチャチャッと済ませて後は知るかでいいじゃないか。それで結果がどうなろうと、こんなおれを隊長にしたあの沖田が悪いんだ。

 

そうだろ、と思う。〈ゆきかぜ〉。あの船。兄貴にできなかったことがおれにできるわけがない。タイガー隊に『ついて来い』などおれに言えるわけないんだから、素直にそう言うしかない。『おれの方がついて行くからみんな頑張ってくれ』とでも言って、解散することにしよう。うん、そうだ。そうしよう。それでいこう。決めた。ハハハ。いいんじゃないかな。

 

いいわけねえじゃんかよお。でも、どうすりゃいいって言うんだ。何も思い浮かばなかった。足が床に貼り付いて、離れなくなったように感じた。ワープへの秒が読まれている艦内で、古代は立ち止まったまま壁に手をつき動けなかった。



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整列

「あいつは来ないのか?」

 

加藤に聞かれて、山本は「さあ」と首を振るしかなかった。〈タイガー〉の格納庫では、パイロットが整列している。整備員や離着艦作業員も後ろに控え、さらに点呼を見届けに来た船務科員や戦術科員もいるのだが、皆が当惑した面持(おもも)ちだった。誰もがこの場に最もいなければならないひとりを待って棒立ちしている。

 

古代進。僚機として自分が護らねばならない男。まさか〈ゼロ〉の格納庫に行ってるなんていうことは――と、山本は疑わずにいられなかった。しかし自分がそうされたように、船務科員に起こされてこの場に送り届けれられる手はずであるはずなのだ。なのにいないと言うことは。

 

来れないのか――そう思うしかなさそうだった。加藤を見る。前に自分が古代をここに連れてきたとき、この男は言ったのだった。『〈がんもどき〉のパイロットがここに(まぎ)れ込んでるようだ。連れ出してくれ』と。

 

そしてまた、あのときは、場の誰もが古代を厄介者を見る眼で見た。〈七四式〉で古代がガミラス戦闘機を墜としたと言う話は伝わっていたが、信じる者などいなかった。

 

当然だろう。皆が言った。一体誰だ、そんなヨタを真に受けてがんもどきを隊長にしようなんて決めたのは、と。艦長? まさか。何考えてんだ。そこらのゴマすり提督ならば半人前の坊ちゃん士官をどこかから預かってきて『彼はいつかこのワタシさえ使うようになるであろう、大事に育てていくのでどうかよろしく頼む』なんてなことを言うかもしれんが、〈機略の沖田〉に限ってそんな。あいつのために沖縄基地が殺られて千人死んだと言うのに、なんで〈今日から隊長〉にする。

 

『艦長は何を考えているのか』と全員でささやき合った。陰謀説まで浮上したとも聞いている。『サーシャは実は地球人が暗殺し、古代が〈コア〉を託されて英雄として〈ヤマト〉に乗り込む工作がされた。だから坂井一尉も実は僚機が後ろから――』などといった調子のものだ。ちょっと考えればそれこそヨタとわかりそうな話であるのに、頷いて聞く者までいたのだとか。

 

何しろわたしも古代一尉に劣らずに、クルーから『気味の悪い女』という眼で見られていたフシがあるからな……と山本は思った。とは言え艦長自身に特に古代を目にかけてかわいがっているようすもないことから、やっぱりただのフカシだろう、だからシカトしていいんだという空気が出来上がっていた。

 

昨日まではそれでもよかったのだろう。ボンクラ隊長など要らない。〈ヤマト〉における航空隊は船を護るためのもの。〈タイガー〉が32機あるならまずは充分なはずで、〈ゼロ〉が一機加われば何が違うと言うものでもない。この戦力で基地を叩くなどやはり無理であろうから、冥王星は迂回ということになるのじゃないか。

 

皆そんな思いでいた。だが状況は一変した。〈スタンレー〉を叩かぬ限り、やはり〈赤道は越え〉られない――そうと決まってしまってみると、どうしても必要なものがあると気づいた。〈ゼロ〉に乗り戦闘機隊を指揮する者だ。坂井亡き後、〈アルファー・ワン〉を代わって名乗る人間だ。

 

それは誰でもいいと言うものではない。他のミッションならばともかく、事は〈スタンレー〉なのだ。〈アルファー・ツー〉のこのわたしや、〈ブラヴォー・ワン〉の加藤を代わりにすればいいと言うものではない。

 

そしておそらく、〈ゼロ〉に乗れる誰か別のパイロットを呼べばいいと言うものでも……そうだ、最初からわかっていたのだ。しかし誰も深く考えようとせず、眼を(そむ)けてしまっていた。

 

考えれば、本当は、すぐわかるはずだったのだ。代わりは古代進しかないことが――〈機略の沖田〉は決してヤキが回ったわけでも、お坊っちゃまを預けられたわけでもない。〈アルファー・ワン〉に足ると見たから古代を隊長にしたのだと。

 

なのに誰もが眼をそらし続けた。タイタンで古代が腕を証明してさえやはりエースとは呼べないものと考えた。『まだ四機しか墜としていない』からでなく、ただひたすら逃げ続けてきた人間だとわかるからだ。古代は一度も自分から闘志を持って敵に向かったことがない。それが〈ゼロ〉で航空隊を率いる者であってはならない。

 

腕の良し悪しの問題ではない。だいたいそもそも、士官であれば、任命されたら強がりにでも『オレは一尉で隊長だ』と言わなきゃならないものなのに、あれは全然やろうとすらしないじゃないか。よりにもよってこの〈ヤマト〉の〈アルファー・ワン〉があれでどうしてついていける。

 

やはりがんもどき、疫病神だ。あいつはいないことにしよう。うん、それでスッキリすると皆が思ってしまっていた。それではまずいということがわかっていながらやめられなかった。だがしかし……。

 

〈アルファー・ワン〉が必要なのだ。〈スタンレー〉で戦うには。〈イスカンダル〉に行くのには。敵中横断二九六千光年の旅を成し遂げ、地球で待つ子供達を救うには。

 

〈ヤマト〉は何より、子を救うための船なのだから。だが人類は滅亡した。もう縁から深い穴に転がり落ちた。網で捕まえもう一度、崖の上に引き上げることができるのは〈ヤマト〉しかない。航空隊が翼にて悪魔の城を見つけるしかない。

 

それには〈アルファー・ワン〉が要るのだ。間に合わせの代わりでなくて、本物の。『こいつがいれば勝てる』と誰もが信じられる真の〈アルファー・ワン〉なしに〈スタンレー〉に行けば殺られる。そういうものだ。なのに古代……。

 

古代はそもそも、ここにいない。整列する部下の前に立たなければいけないのに、現れさえしていない。出てこれないと考えるしかないとなれば。

 

どうする、と山本は思った。〈ゼロ〉の格納庫に行ってしまったものならば、わたしが行って引きずってくる――そんなことをしても無駄だ。古代が自分で来るのでなければダメだ。どのみちもう時間がない。ワープまでもうわずかしかないのだし、その後では何もかもいけない。

 

スピーカーから森船務長の声がした。「ワープまで百二十秒」

 

あと二分! 作戦では、冥王星の近くに〈ヤマト〉がワープアウトするなりただちに戦闘機隊は発艦、船の周りに展開することになっている。だからワープした後で古代がここに来たとしてももう遅い。

 

壁の時計が秒を刻み出した。119、118、117……。

 

加藤を見た。まるで虫歯の痛みでもこらえているかのような顔だ。首を振り、どうせ生きて帰るなど望むわけではないさとばかりに息をついて、

 

「やむを得んな。全員、機に搭乗しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言ったときだった。格納庫の入口に黒い人影が現れていた。戦闘機乗りのパイロットスーツの胸に赤い識別コード。

 

古代だった。



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言える言葉

膝が震えて足がうまく動かなかった。それでも歩いて前に進んだ。整列した者達の探るような視線を感じる。皆、今頃ノコノコとよくも出てこられたものだと考えているのだろうかと古代は思った。それはそうだろう。タイガー隊員。発艦作業員。皆、列には並びながらも、どうせおれなど来るわけないと思っていたのが、このドタン場で現れたのに驚いているように見えた。

 

並ぶ者達の後ろに〈タイガー〉。ヒラメのような形の機体を蜂のような黒と黄に塗り分けたそれらが、まさに蜂の巣のような棚に収まり並んでいる。地球を出てすぐ来たときは騒がしかった格納庫は、今はシンと静まっていた。自分のおぼつかぬ足音が反響するのを古代は感じた。

 

百の視線が自分を追って動いている。彼らの真ん前に立てる自信はあまりなかった。胸がドキドキと暴れ打ち、目眩(めまい)で倒れそうな気がした。

 

それでも立たなきゃいけないものは立たなきゃいけないのだから立つ。ただそれしか頭になかった。立ったところで自分に何が言えるとも、言う言葉があると考えているわけでもなかった。部下であるはずの者達が聞いてくれるとも思えなかった。

 

だいたいがシカトされて当然なのだ。そのうえ、こんなときになって、やっとようやくやって来たのだ。言うことなどあるはずないし、何も言う資格がない。せいぜいおれの顔を見て、『言えることがあるんだったら言ってみろよ』と言えばいいさと考えた。そのときには言うしかないさ。おれは〈アルファー・ワン〉になれない。無理なものは無理なんだ、と。

 

『何をわかりきったことを』と言われて構わないと思った。『お前になんか少しでも期待したと思うのか』となじられるべきなのだから、手に紙でも持っているなら丸めて投げつければいい。それでも今、ここに立たねば〈ゼロ〉には乗れない。もうこの後は宇宙に飛び出し味方に背中を撃たれてもいいし、敵に殺られてサッサと死んでしまってもいい。

 

そうだ。〈ゼロ〉の格納庫にも行けなかったからここへ来るしかなかったのだ。古代は並ぶ隊員達の前に立ち、名を知らない部下の顔を見渡した。一応のところ全員が言葉を待っているように見える。

 

いや、それとも、おとぎ話の木樵(きこり)かな? 泉に斧を落とすと女神が現れて、『落としたのはこちらの金の斧ですか、それとも銀の斧ですか』という、あれだ。違うのはおれが美しい女神でなく、錆びた斧を投げ出して『お前が落としたのはこれだろ』で済ますインチキ男ということだが……実際、列に向き合ってみても、言う言葉など見つからなかった。喉が詰まったようになり、声も出そうにない気がした。

 

「あ……」ようやく絞り出して言った。「ええと」

 

皆がくしゃみでも出かかったような顔になった。山本などは目を覆いそうになった。横からも妙な視線を感じたのでチラリと見ると、結城が梅干しの種でも呑んじゃったような顔をしていた。加藤もまた呼吸困難に陥ったようになっていた。

 

「その」

 

と言った。いよいよ沈黙が重くなった。人口重力が強まったように場にのしかかる力を感じる。

 

それ以上、何も言えずに黙り込んだ。もう一度全員の顔を見た。壁には90秒を切ったワープへのカウントダウンの表示がある。エリート中のエリート達が、よりにもよって、こんなときに、おれみたいなボンクラのために時間を割いて整列し、何か一言(ひとこと)を待っているのだ。けれど、おれが荷物運びをしていた五年間に命を懸けて戦っていた者達に今更どんな偉い口が利ける。

 

秒読みが進んでいる。ワープまで80秒……79秒……78秒……。

 

「すまない」と言った。「おれなんかが隊長で」

 

整列する部下を途方にくれて見た。これはまるで、百人一首を初めてやったときだと思った。(しも)の句しか書かれていない札がズラリと並んでいて、どれがなんの歌なのかもわからない。

 

それと同じだ。誰が誰かもわからぬのにどうして指揮を執ることができる。おれがどうして命を預けろと言うことができる。だから言える言葉はひとつだけだった。すまない――。

 

「それしか言えない」

 

と言った。ワープまで70秒……69秒……68秒……。

 

格納庫の脇の方に、〈ゼロ〉のための要員も並んで立っているのが見えた。『戦果を期待している』と言ってくれた整備員の、ええとなんだっけ――そうだ、大山田――の顔も見える。

 

期待している、か……それに対して、今になってやはり無理だとしか言えない自分をすまないと思った。指揮官ならばたとえ嘘でも『任せてくれ、必ず期待に応えてみせる』と言わねばならないのだとしても、おれに言えないものは言えない。

 

あのときだって、大山田は複雑な顔をしていたのだ。それはそうだ。『頑張ってくれ』とか『頼んだぞ』とか彼も言われてきたのだろうから――沖縄基地の人員に。それがあの日、おれがガミラスにつけられたために死んでしまったのだから。

 

なのに、おれがパイロットだ。おれのために〈ゼロ〉を整備しなけりゃならない。こんな話はそもそもおかしい。おれが今まで人並みに戦ってきた人間であるならまだしも。

 

しかし、何よりも沖縄だ。〈コア〉と基地とを秤にかけて〈コア〉の方が選ばれた。それがために千人が死んだ。ここに並ぶ全員が、沖縄基地の者達から『期待している』と言われてきたのだ。それがおれのために死んだのに、どうしておれが。おれなんかが。

 

そうだ。やはり無理だったのだ。古代はうなだれて首を振った。

 

「おれは疫病神だ」と言った。「〈アルファー・ワン〉にはなれない」



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ピン

『ワープまで六十秒』

 

森船務長の声がスピーカーから流れ出て格納庫内に響くのを、加藤は絶望の想いで聞いた。待ってくれ、と叫びそうになる。今〈スタンレー〉に行けば敗ける! よりにもよってこのボンクラ隊長が、今、並んでいる部下の前で最も言ってはいけない言葉を吐きやがったんだ! ドタン場もいいところのこの状況で! やっとこの場にやって来たと思ったら自分で自分を『疫病神』と抜かしやがった! この大バカは今が一体どういうときかわかってるのか? テメエが一体何をしたかわかってるのか?

 

古代! と思った。こいつは、いま滅亡の縁から転がり落ちていってる地球を、脚で蹴飛ばしやがったのだ! 最後の望みの(つな)を切った! 疫病神どころか、最凶の災厄の神だ!

 

ひょっとしたらひょっとして、ひょっとするのかもしれない、こいつは地球と人類を救うやつなのかもしれないなんて、ちょっとでも考えたおれがバカだった! まさかこいつは、このために、あの日にこの〈ヤマト〉の中に迷い込んできやがったのか? わざわざ! カモがネギじゃなく、このタイミングで爆発するでっかい時限爆弾しょって! それでハラホロヒレハラの、ガチョーンのダメダコリャのコリャマタ失礼シマシタになって、笑って済むもんと思ってるのか?

 

そういうギャグは〈大和〉が沈んだ昭和の時代に終わってるんだ! よくもここまでヤキモキと他人という他人の気を引っ張るだけ引っ張っておいて、ワープまであと一分の今になって言いやがったセリフが『〈アルファー・ワン〉になれない』だと! この腕だけ超々プロのわけのわからねえ他人のフンドシ取り野郎が! そんなことはテメーみてーなドシロートにわざわざ教えてもらわなくともこっちの方がよく知っとるわ!

 

だからといって言うんじゃねえ! いちばん言っちゃいけないことを言うんじゃねえ! 加藤は叫んで飛び出して古代を殴り飛ばしたかった。古代。こいつに隊の指揮などできないのはわかりきっていることだ。しょせんアマチュアなのだから。だが今更、このように事がなってしまった以上、そんなことは問題じゃない!

 

こいつはいちばん大事なことがわかってない! プロじゃないからわかってない! 加藤は思った。こいつがいま言うべきなのは……と考えてだがしかし、何も思い浮かばないのに気づいた。『〈アルファー・ワン〉になれない』など、言ってはならない最悪中の最悪ワードであるのはわかりきっている。だが、古代は、今ここで、その代わりになんと言うべきだったのか。

 

わからない。まったく思いつかなかった。これがプロの指揮官ならば、言葉はなんとでもなるだろう。だが古代は坂井ではない。同じマニュアルに従って同じ演説をするわけにいかない。

 

この状況で古代のような半チクのための演説マニュアルなんてものがあるわけが――そうだ、何も言えないからこの場に古代は出て来れず、〈ゼロ〉の格納庫に行ってしまうか、首でも吊るか拳銃を咥えて引き金を引くかしてしまったのだろうと考えていたのだ。なのにこいつは現れた。あんなに顔を青ざめさせて、もうちょっとで右手と右脚一緒に動かしそうなほどぎごちない足取りでよろめき歩き、今にも泡を口から吐いて倒れそうになりながら、それでもそこに立っている。だから、こいつはひょっとして、何かを――そうだ、奇跡を――起こす男なのではないかと願いを込めて見さえしたのに。

 

なのにこいつは言いやがった。今このときに言いやがった。『おれは疫病神だ、〈アルファー・ワン〉にはなれない』と。〈スタンレー〉に赴くためのワープまであと一分というときに――加藤は目の前が真っ暗になるのを感じた。ダメだ。これでおしまいだ。おれ達は敗ける。地球を救えず、全員が、八つ裂きにされて終わるのだ。

 

〈ヤマト〉はどうなる。沈むか、もしくは地球に戻り、逃亡船となり果てるか――どうせそんなのうまくはいくまい。日本天皇の一族が三種の神器を持って逃げたらそれで何がどうなるてんだ。人類は昨日絶滅したと言う。だが、本当の瞬間は今だ。

 

このがんもどきがそこに立ってテンパッた挙句にとうとう『〈アルファー・ワン〉になれない』と言い切りやがったときなのだ。自分で自分を疫病神と認めやがったときなのだ――加藤は思った。58、57、56と時計が秒を刻んでいる。ワープまでのカウントダウン。だがそんなのもう意味がない。人類の存続不能は確定したのだ。

 

古代。こいつは一体どこまで()の悪いやつなんだ? 艦長はなんでこんなのを隊長にした? ちくしょう、こんなことならば、どこかでおれが〈アルファー・ワン〉を代わりに名乗っていればよかった。でなきゃ、山本を名乗らせるか、アステロイド辺りでどうにか〈ゼロ〉に乗れる者を呼び寄せるか――それではダメだとわかっていようと古代よりはマシなんだから。

 

そうだ。そもそも艦長が、地球で代わりのパイロットを手配すべきだったのだ。だが、それではいけなかった。古代でなければいけなかった。沖田艦長の考えが今ではやっとわかりかけた気はしていた。しかし、すべてではない気持ちも。

 

何かひとつ、頭の中にどうしても抜けないピンがあるような気持ちだ。その一本が抜け落ちれば、艦長がどうして古代を隊長にしたか完全に理解できるような――だが知恵の輪の曲がった棒が噛み付いたようになっていて離れない。ごく簡単なひとひねりで解けるような気もするのに。

 

だがダメだった。このドタン場でどうしてもやはりそのピンは抜けなかった。抜けたならばいま古代が、この場でなんと言うべきだったかわかって教えてやれた気もする。それでおれ達は敵に勝てる。そんな気持ちさえもする。なのに、抜けない。どうしてもだ。加藤は今すぐ自分で自分のドタマをカチ割り脳に手を突っ込みたいとさえ思った。本当はおれは答を知ってるんだ! そう叫び出したかった。古代、お前を隊長にすると沖田艦長が決めたのは――。

 

そうだ、疫病神だからだ。しかし、違う。何かが違う。疫病神はお前じゃない。お前のせいで起きたことなど実はひとつもないのだから、お前は疫病神じゃない。なのに、それでも、お前は疫病神だった。どういうことだ。それがピンだ。抜けない。こいつが抜けさえすれば。

 

艦長の考えがわかる、と思った。おれはそもそも、最初からわかっていたはずなのだから。

 

この古代と最初に対面したときに、おれはなんと言ったろう。『やめろ、こいつが悪いんじゃない』――それは部下に言ったセリフだ。戦艦〈大和〉の残骸の前で、『お前のために基地が殺られ、坂井隊長も死んだんだ』となじった者に向かって言った。誰もこいつがボロ貨物機でガミラス三機も墜としたなどと信じてなんかいなかった。とんだお調子もんのためにすべて台無しになるとこだったと皆が考えてしまっていた。

 

だが、それでも、この男が〈ヤマト〉に必要なブツを運んできた事実に変わりはなかったのだ。だから部下に『やめろ』と怒鳴った。こいつはどこからどう見ても、まったくグーニーバードだった。半ばニートの引きこもりのような、操縦室から出て他人と交わることもロクになさそうなパイロット……。

 

しかし艦長は隊長にした。そんなやつであるからこそ……古代はどうやら死なすには惜しいとされた者であるのは、島操舵長を通じてすぐに知れるには知れた。あのかるたの札を見てもわかった。しかしそんなの、この〈ヤマト〉の戦闘機乗りは程度の差はあれ誰でもそうだ。普通はすぐに戦線に戻され、最新鋭機を渡されるかデカイ船を任される。長く生きれば古強者(ふるつわもの)……よっぽどのやつということになる。

 

普通はだ。古代は違う。だいたい、そんな選ばれし者が、〈がんもどき〉乗りになるところまで落ちぶれたなんて話は聞いたことがない。にもかかわらずそうだと言うなら、ほとんど神に生かされたとしか……。

 

タイタン以降、皆がそう思い始めた。だから余計に気味悪かった。この古代は疫病神でなければいけないはずなのだから。沖縄基地がなくなったのはこいつのせいでなければいけないはずなのだから。

 

なぜだ?とまた思った。どうして古代は疫病神でなければならない? 猛烈な速度で思いをめぐらせながら、加藤はふと前に眼を向け、古代が一度うなだれた首をまた起こしているのに気づいた。並んでいる全員を見、歯を食いしばるようにして、古代は(おもて)を持ち上げていた。十秒前に〈疫病神〉を自分で名乗った男の眼ではなかった。頭の中のピンを留めていたものが、外れた音がしたかのように加藤は感じた。

 

「だが――」と古代は言った。「沖縄基地が吹っ飛ばされたのは、おれのせいであるわけじゃない」

 

え?と思った。なんだ。何を言い出す気だ。ワープのために唸りを強めるエンジンの音が聞こえてくる。古代はそれに負けじとするかのように声を張り上げていた。そうして言った。

 

「この船が敵と戦おうとしていたからだ」

 

そうだ、と加藤は思った。頭の中のピンはスルリと、なんの抵抗もなく抜け落ちた。



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真相

「疫病神とおれを思うのなら思え」

 

古代は言った。その言葉が体のどこから出てきたのかわからなかった。ただ、突然、佐渡先生が船のどこかに持ってるらしい巨大な酒樽の栓が抜かれて中身がほとばしったかのように、口をついて飛び出したのだ。今の古代は頭ではほとんど何も考えていなかった。『〈アルファー・ワン〉になれない』と言った途端に脳が思考を停止して、代わりに心臓を(つかさど)る神経の束が『NO』と叫んで言葉をつむぎ、ドクドクと脈で打ったタイプの文字を血管に流し、胃のアンプで増幅し肝臓を磁石に変えて横隔膜に繋がるピストンを上下させ、肺に空気を取り込ませ熱く圧縮させてから、腸を絞って作った音を喉に送って外に出させたように感じた。今この〈ヤマト〉の航空隊格納庫で、古代を立たせ古代に声を出させているのは、古代ではなく古代の魂だった。

 

「だがそれならばみんながそうだ。この〈ヤマト〉という船がそうだ。あの日にガミラスが狙ったのは〈コア〉ではなくてこの船だ。沖縄基地はその身代わりになったんだ」

 

全員が恐怖の眼で自分を見ていた。誰もが『違う』と叫び出しそうだった。たとえそれが事実としても、お前の口から聞きたくない。お前にだけは言われたくない。今の今まで戦うことなく逃げ続けてきたお前にだけは――そう言いたげなように見えた。

 

しかしそれに違いないのだ。どうして今までおれは気づかなかったのだろうと古代は不思議に思いさえした。いや、たぶん本当は、わかっていたのだと思う。しかし頭はそう考えることをしなかった。

 

そしてまた、もし気づいていたとしても、口に出すことはできなかった――もしも途中で気づいていたら、逆に今は何も言えなくなったかもしれない。

 

沖縄基地が殺られたのは自分が敵につけられたためであるのが事実の以上、何を言っても言い訳になってしまうからだ。自分が今、隊を前に話しているのは、自分で自分を疫病神と認めて初めて口にできることだった。これができる瞬間は、元々ただ今このとき以外あり得なかった。どこかでそれを知ってた自分が、だから決して気づかぬように脳のどこかに釘を挿し、留めておいたようにも感じた。

 

その釘がいま抜け落ちた。古代は今ようやくのように、自分がどうしてこの船の疫病神であったのかを理解した。どうしておれが疫病神ではないのに疫病神なのか――それは本当の疫病神が別にいるからなのだ、と。

 

目の前に並ぶ部下の者達。〈ヤマト〉の乗組員すべて――それが真の疫病神だった。今日まで戦ってきた者達が、これから地球を救うためマゼランへの旅に出る決意を胸に刻んできた者達が、あの日にガミラスを呼び寄せたのだ。敵は宇宙へ出ようとする船があると知っていたからおれをつけ、沖縄基地に対して〈ドリルミサイル〉を射った。

 

そうして千の人間が死んだ。自分達がやろうとしていることのために、ずっと支えてくれてきた者達が死んだ――その事実に堪えることのできる人間などいない。だから誰も向き合おうとしなかった。

 

だが、イヤでも普通なら認めるしかなかっただろう。沖縄基地が自分達の身代わりなのを――敵の狙いは〈ヤマト〉に〈コア〉が届くのを防ぐことだったのであり、基地自体は実はどうでも構わぬ存在だったことを。

 

〈ヤマト〉が宇宙に出られなければ、地球人はどうせ滅び去るのだから。一年前に女が子を産まなくなったときにもう絶滅はしてるのだから。基地などだからもう捨て置いて構わないのだ。敵が狙っていたのは〈ヤマト〉。〈ヤマト〉の乗員。それのみだ。

 

ここにいる皆が沖縄の基地の人員を殺したのだ。

 

実はみんなわかっていた。わかっていても堪えられなかった。だから事実から眼を(そむ)け、『違う、オレ達のせいじゃない』と考えなければならなかった。しかし忘れることなどできない。親しかった者の顔を。『オレも行きたい』と言った声を。握手や涙や酌み交わした酒を忘れることなどできない。

 

それを自分が死なせたという事実はそう簡単に棚上げできるはずがなかった。割り切って済ませるには重過ぎる。

 

だから……と、古代は沖田艦長が自分を〈ゼロ〉のパイロットにし、黒地に赤の目立つこの服を着せた理由を真に呑み込んだように思った。スケープゴートが必要だった。誰か憎しみを向ける相手が。姿の見えぬ敵ではなく、手近にいて船の中を歩いて食堂に来る者だ。

 

おれはうってつけだった。沖縄基地が殺られたことに直接の原因を持ち、にもかかわらず責任がない。当座のあいだ船に必要な人間でもない。クルーが船を隈無くテストし不具合を直している間、無駄に飯を食っている。

 

口に出さずに皆が考えていることが、古代にはずっとわかっていた。『あいつじゃなく別の誰か』だ。沖縄基地の人員のひとり。『待っているぞ。必ず帰ってきてくれ』と言ってくれた人間のひとり。あいつでなくてその誰かがこの船に乗るべきなのだ、と。あの古代というやつは、その誰をも知っちゃいない。だから〈ヤマト〉のクルーである資格がない。後から来て何もできやしないくせに――。

 

まして隊長。〈アルファー・ワン〉。地球に帰れば人類を救った英雄と呼ばれる人間だと?

 

ふざけるな。そんな話があってたまるか――そうだ、誰でもそう思うに決まっている。おれなんかを士官と認める人間などひとりもいるはずがない。

 

だが、それでよかったのだ。そんな空気が出来たからこそ、皆が務めに集中できた。あの古代は疫病神だと言うことにすれば自分のせいで人が死んだと誰も感じなくて済む。

 

タイタンでこれがひっくり返ったことで、かえって空気が悪くなった。それまではシカトしてればよかったものが、そうはいかなくなってしまった。しかしあの古代というのは、やはり疫病神でなくてはいけない。

 

そうでなければ自分達が疫病神。地球で待つはずの人々からも、〈ヤマト〉なんてない方がいい。帰ってくるな。逃げる気だろう。いや、そもそも最初から存在すらしないんだと決めつけられ、まるで期待されていない。挙句の果てにこの〈ヤマト〉がいるために暴動が過熱。ついに内戦。なぜだ。誰の責任だ。古代のせいでないのなら、一体、悪いのは誰なんだ。

 

それがわからなくなった。船の中で不和が起きた。〈スタンレー〉に行くか行かぬか。対立が深まったのも、ひとつには、疫病神がいなくなってしまったせいがあったのだ。

 

スケープゴートが……古代進を疫病神とできぬなら、航海組は戦闘組を、戦闘組は航海組を敵とみなしていがみ合う。そうなるのが古代のせいなら、結局、古代が疫病神。

 

そうだ。だからどこまでも、おれは疫病神だったのだと古代は悟った。しかし、違う。船をそのようにしているのは、おれではなくクルー達の方なのだから。

 

時計を見た。ワープまであと45秒。なのに、まだこの瞬間においても、この問題が解けてないのだ。最大の〈初期不具合〉が――。

 

これではいけない。このままでは船は〈スタンレーの魔女〉に殺られる。そして、これを正せるのは、〈不具合〉の(ぬし)であるおれだけなのだと古代は知った。いま自分が向かう者らに教えなければならないと知った。声を張り上げて古代は言った。

 

「だが、それも違う。この船に疫病神などひとりもいない。クルー全員が救いの神だ」

 

皆、表情をハッとさせた。そうだ、という顔になる。

 

そうだろう。当然だった。これも、やはり本当は、誰もが知っていたはずなのだから――だが課せられた使命の重さが、疫病神探しをさせた。戦いに敗け、人が滅んでしまったときに、オレのせいになるのはイヤだ。せめて他の誰かのせいであってほしいという思いが、いもしない疫病神の幻をクルー達に見せていたのだ。

 

しかし今この瞬間に、ついにそれは消え去った。ワープまで40秒。古代は言った。

 

「生きて帰れと言うことはできん。だが、それでも生きて帰れ。死ぬのは許さん。断じてだ。〈アルファー・ワン〉になれないが、それでもおれが〈アルファー・ワン〉だ。自分が死んでも他の誰かが地球に帰ればいいと全員が考えていたら全員が死ぬぞ。おれ達はただのひとりとして死ぬことは許されん。だから言え! おれの後に続いて言え! 『おれは生きて帰る』と! おれは、生きて、帰る!」

 

叫んだ。声が、格納庫に反響した。ワープまであと35秒。波動エンジンの唸りは轟音と化している。

 

「おれは、生きて、帰る!」

 

また言った。吠え声を腹の底から絞り出し、力の限り古代は叫んだ。エンジンの音より高く古代は叫んだ。

 

「おれは、生きて、帰る!」

 

「おおうっ!」と加藤が叫びで応え、声を上げた。「おれは、生きて、帰る!」

 

続いて、他の者達もコールに加わる。ワープまであと30秒。轟くような叫びが船を震わせ始めた。



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唱和

『おれは、生きて、帰る! おれは、生きて、帰る!』

 

『おれは、生きて、帰る! おれは、生きて、帰る!』

 

〈コスモタイガー〉格納庫で航空隊の者達が声を揃えてコールする。それをカメラが捉えた像を、第一艦橋のクルーらが、メインスクリーンを仰いで見ていた。ワープまで30秒足らずという時間であるにもかかわらず――突然に起きた出来事にみなアッケにとられたようすで。

 

それは沖田がしたことだった。古代が声を発するのを信じて待っていたかのように、艦長席の制御盤の画面にウインドウをこしらえてじっと見守っていたのだった。そして一同に『これを見ろ』と言って出してみせたのだ。

 

『おれは、生きて、帰る! おれは、生きて、帰る!』

 

音声もまたマイクに拾われて流される。格納庫では〈(もののふ)〉どもが拳を振り上げ叫んでいた。戦闘機乗りだけでなく、発艦作業員に整備員。戦術科員に船務科員――結城や他の女達も男と一緒に『俺は』と言って皆と声を合わせているのを、森も画面の中に見た。

 

「おれは、生きて、帰る!」

 

またひとつ、声が響いた。スピーカーの音に合わせて、沖田がコールを上げたのだ。まるで虎の吠え声だった。続けて言った。「おれは、生きて、帰る!」

 

横で真田が、その声に、雷に打たれたようになる。これは、と彼は思っていた。これがあなたの言っていた言葉の意味か。『ゴルディオンの結び目』と――それは昨日のことだった。艦長室で、自分が君を副長にしたのは〈スタンレーの魔女〉に勝てる男と見込んだからと言った後で、沖田は彼に告げていたのだ。古代は〈ゴルディオンの結び目〉を解くだろう。だから〈アルファー・ワン〉にした、と。

 

ゴルディオン――ヨーロッパの最果てにある〈東への入口〉と呼ばれる(みやこ)。それはトルコのほぼ中央に位置している。

 

トルコは国の半分がアジア、もう半分がヨーロッパだ。国の真ん中に山脈があり、それより西はヨーロッパ、東はアジアと言うことになる。トルコの西はエーゲ海。エーゲの向こうにギリシャがあり、ギリシャの北にマケドニア。

 

古代の王アレキサンダーは、マケドニアの王だった。二十歳を越えていくらもない若さで海を渡ってトルコの西半分を制し、さらに東へ行こうとした。そしてゴルディオンに至る。目の前には山脈がそびえ、その向こうがアジアである。

 

アレキサンダーは〈イスカンダル〉だ。けれどもそれは、インドにおいて呼ばれた名だ。アレキサンダーがインドに達し〈イスカンダル〉になるためには、まずは中東アジアを制する強大なペルシャを倒さねばならなかった。ゴルディオンで彼が見上げた山脈には、ペルシャ軍が待ち構えていた。アレキサンダー率いる兵の数倍の――。

 

山脈の名前はタロス。タロスを越える道はたったひとつしかない。〈キリキアの門〉と呼ばれる細い谷だ。ゴルディオンの街はその手前にあった。だから〈東への入口〉なのだ。敵は当然、アレキサンダーが(ふもと)の街にやって来たと知っている。タロスに挑むために来たと知っている。ゆえに当然、キリキアの道に罠を張り待ち構えるに決まっている。まともにやって勝てる敵では有り得ない。

 

若きアレキサンダーは隊を連れて街の神殿に参じ行った。そこにはミダスと呼ばれた王が神に捧げた戦闘馬車が、縄で繋ぎ止められていた。その結び目は複雑で、どうにもほどきようがなく見える。けれどもこれを解いた者は、タロスを越えて東へ行きアジアの覇者になると預言がされていた。

 

ゆえに、彼は臣下(しんか)の前で、これに挑まねばならなかった。結び目は見事解かれたと伝えられる。アレキサンダーは剣を抜き、一刀のもとにそれを断ち斬り『どうだ』と叫んだと――そう伝えられている。

 

しかし異なる伝承もある。留め釘を抜いたところがスルスルとすべてほぐれ落ちたと言うのだ。いずれにしてもその日の夜、ゴルディオンの街に雷鳴が(とどろ)いた。それはこの若者を神が認めた(あかし)とされる。

 

ペルシャを倒してインドへ行く男だと――そして彼は山脈を越えてアジアに踏み入り、率いる者らに向い叫んだ。〈東〉だ! おれは〈東〉へ行く! みんなおれと共に行こう!

 

それから二千五百年後の今、〈ヤマト〉も〈山脈〉を越えねばならない。冥王星。〈宇宙のスタンレー山脈〉を――そして〈南〉へ行かねばならない。宇宙を南へ南へと行った先にイスカンダルがあるのだから――。

 

そうだ、と思う。ここが〈南への入口〉だ。今この時がそうであり、だから古代が必要だった。この〈宇宙のゴルディオン〉で結び目を解く人間が――剣で断つのではなく、釘を抜き、スルスルとほどいてみせる人間が。まさに真田は、身を(いかづち)に打たれたように感じていた。古代と沖田の叫び声に身が震えるのを感じていた。

 

「おれは、生きて、帰る!」

 

真田は叫んだ。まるで今この瞬間だけは、失くした四肢の感覚を取り戻したようにして、義手の拳を握り締め、義足で床を踏みしめて叫んだ。聞こえるか、友よ! 今、お前の弟が、この〈ヤマト〉を揺らしているぞ。おれも叫ぼう、お前のためにも、おれは生きて帰る、と! そうとも、おれは、おれ達は、この〈キリキア〉の敵に勝ち〈南〉へ行かねばならないのだから!

 

「おれは、生きて、帰る!」

 

島が叫んだ。南部も、太田も、相原も叫んだ。森も新見もまた叫んだ。徳川もまた若者達と声を合わせて叫んだ。互いに顔を見合わせて、頷き合って叫んだ。彼らの間に二十四時間前にあった不和は、もう消えて失くなっていた。今このとき、彼らの心は完全にひとつにまとまっていた。

 

ワープまであと20秒。

 

「オレハ、生キテ、帰ル!」

 

アナライザーも叫んだ。メーターの針をブルブル震わせ、ランプの光をピカピカさせて機械が叫んだ。だがこの時、間違いなくこのロボットは〈生きて〉いた。

 

「オレハ、生キテ、帰ル! オレハ、生キテ、帰ル!」

 

「おれは、生きて、帰る! おれは、生きて、帰る!」

 

艦橋に皆の声がこだまする。第一艦橋だけではなかった。下の階にも、その下の階にも、コールの声は届いていた。そして皆が叫んでいた。

 

「おれは、生きて、帰る! おれは、生きて、帰る!」

 

艦橋だけでももちろんなかった。『おれは生きて帰る』のコールは(またた)くうちに艦内のすべてに広がり渡っていた。艦首レーダー室の者から艦尾の機関科員まで。第三艦橋〈サラマンダー〉では、そこに〈生えてる〉さるまたけ共が、生きて帰ると叫んでいた。おれは、生きて、帰る! おれは、生きて、帰る! ワープまであと15秒というときには、もはや全乗組員が古代の声に唱和していた。

 

それはまさに雷鳴だった。『古代進はイスカンダルになる者』と神が認めた証であるかのようだった。今の古代は〈ヤマト〉のマストの上で輝くセントエルモの青い(ともしび)だった。

 

全乗組員の希望の光だった。地球を救い、人類を救い、子供達を救うには、船には〈エルモ〉が必要なのだ。長い困難な旅に出る船には〈エルモ〉が必要なのだ。『こいつがいればオレ達は必ず〈海〉を渡っていける』と皆が信じることのできる守護聖人が必要なのだ。

 

それが〈エルモ〉だ。古代こそ、皆が求めた発光する放電だった。技術科のラボでは斎藤が荒くれ科学者どもと共に叫んでいた。機関室では藪が銀色の消防服に身を包み、このときばかりは不安を忘れて叫んでいた。おれは、生きて、帰る! おれは、生きて、帰る! 〈ヤマト〉の波動エンジンは船の前に超空間を作るべくいま唸りを強めている。つんざくような轟音にも男達の声は負けていなかった。女達の声も負けていなかった。おれは生きて帰ると叫ぶ乗組員達の声は〈ヤマト〉艦内を震わせて、分厚い装甲板までも共鳴させているようだった。男も女も『俺は』と叫ぶ中にあって、医務室で佐渡先生ひとりだけ、壁に貼られた猫の写真に一升瓶を振りかざし、

 

「わしゃあ、生きて、帰る!」ワシャーと叫んでいた。「ミー君! わしゃあ、絶対に生きて帰るぞおっ!」

 

「ワープまで10秒!」

 

艦橋で森が言った。ワープ作業要員は、さすがにコールを続けるわけにはいかなかった。南部や新見といった者らも邪魔をするわけにはいかず、黙って己のコンソールに向かう。

 

〈タイガー〉の格納庫では古代らが壁際に走り、予備のシートに体をくくりつけていた。しかし、すでに席に着きベルトを締めている者は、まだコールを続けていた。

 

「おれは、生きて、帰る! おれは、生きて、帰る!」

 

「おれは、生きて、帰る! おれは、生きて、帰る!」

 

ワープまであと5秒。〈ヤマト〉の前の空間が歪み、そして〈穴〉が開かれた。まるで皆既日蝕を撮った映像のようだった。輝くコロナとプロミネンス。オーロラにも似た光が〈ヤマト〉を包み込む。必生還を叫ぶ者らを乗せた船が、今その中に突っ込んでいく。

 

この〈門〉を抜けたとき、侵略者から太陽系を取り戻し希望を繋ぐ子供を救い、青い海と緑の自然を蘇らせる戦いの幕が開くのだ。この〈長い一日〉を、七年間の〈夜〉を終わらせ、地球の生物がまた太陽の光を浴びられるのか――それはただ、〈日出(ひい)ずる国〉の名が付けられた一隻の宇宙戦艦と、かつて同じ名、同じ形の船に乗り込んだ者達と同じ心を持つ者どもにかかっている。宇宙戦艦〈ヤマト〉。そうだ。この船は、この名前とこの形でなければならなかったのだ。かつての帝国戦艦〈大和〉は愚かな者達によって造られ、愚かな戦争によって沈んだ。それは愚かな理由によって沈められねばならず、未来あるはずの若者達が決して生還の許されぬ旅に出なければならなかった。

 

しかし、この〈ヤマト〉は違う。必ず生きて帰らねばならない。今〈キリキアの罠〉を抜け、遥かなる星の海への旅に出なければならないのだ。

 

ワープまであと3秒。古代はベルトの金具を留めた。横に山本がいて、32人のタイガー乗りが並んでいる。そして、その他の者達も。

 

全員が隣りの者と手を繋ぎ合った。艦内に轟くコールの声が格納庫にも届いていた。それに合わせて、全員が最後の声を張り上げた。

 

「おれは――」

 

ワープまであと2秒。古代の横で山本も、声を限りに叫んでいた。地球に生きて帰る気などまるでなさそうなこの女も、このときだけは『俺は』と声を上げていた。格納庫の向こう側で、大山田や結城もまた整備員や船務科の仲間と共に叫んでいた。

 

「生きて――」

 

ワープまであと1秒。古代はあの日、三浦の海を眺めながら兄が言った言葉を思い出していた。昔、戦闘機があった、強い戦闘機があったと言った言葉を思い出していた。兄さん、おれは戦うよ。あのとき兄さんが呼んだのと同じ名前の戦闘機で戦うよ。その名は、コスモ――。

 

「ゼロ!」

 

艦橋で森が言う。同時に島が「ワープ」と唱えてレバーを倒す。その同じ瞬間に、艦内で全クルーが声をひとつにして「帰る!」と叫んだ。

 

〈ヤマト〉は超空間に消えた。

 

時に、西暦2199年10月16日。

 

〈人類滅亡の日〉と呼ばれる日まで暫定あとマイナス一日。

 

〈その日〉は、すでに過ぎ去っている。



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第11章 スタンレーの魔女
停電


現在、地球の全地下都市の時計はGMT――グリニッジの時間に合わせられている。地上の夜昼に関係なく、世界同時に朝が来る。かつて、人はどんなときにも『明けない夜はない』と言った。地下に閉じ込められて灰色の天井を見上げて生きねばならなくなってからもしばらくのうちは。

 

しかし今、〈明けない夜〉が始まってから七年が経った。〈朝〉が再び訪れることなど人は信じられなくなった。我々はあの天井を見上げて死ぬのだ。そもそも、この穴蔵で、どこから〈朝〉が来ると言うのだ。〈朝〉は元々、東から来るものだったはずなのに……。

 

かつて、朝は東から来た。世界の中で日本が最初に朝日を見る国だった。人は時差を無くすべきではなかったのかもしれない。それは人の心の中で、地球が平らになってしまうことであったのかもしれない。地下では誰も、東がどの方角なのかわからなかった。かつては地図が読めないのはもっぱら女であったと言うが、今やナビゲーターを持ち、人に道を教わりながら歩いても、男も女も迷うばかりとなった。地下の街はまるで迷路で、西や東の区別はなく、どちらを見ても天井を支える柱が合わせ鏡のように果てなく並んでいるだけなのだ。

 

あるいは、墓場の墓標のように。まさしくそうだ。地下空間はカタコンベだった。そこに押し込められたとき、人類はすでに滅亡していた。ただ、墓地を予約して、埋めてもらうときが来るまで生きているだけの絶望の日々。東がどちらかもわからないのに、夜が明ける望みなど誰にも持てるわけがない。

 

しかしそれでも、時計は二十四時間ごとに朝が来たと告げていた。この日もまた、世界が同時に午前六時を迎えはした。けれども遂に、この日、時報は誰の耳にも届かなかった。

 

人類の終わりのときを書き残す歴史家達はみな意見をひとつにして、2199年10月15日を〈滅亡の日〉とするだろう。そんなものを誰に対して残すのかは別として――それが昨日だ。今、その日の夜が明けた。確かに明けない夜はなかった。人はまだ生きるだけは生きている。だが、誰もが、昨日を境にもはやすべてが終わったのを知っていた。

 

時計の針は10月16日、午前六時を指している。人類滅亡の日から数えて一日目の朝がやってきたのだった。

 

近藤勇人が目を覚まし、見たのは赤い光だった。夜明けの空の色に似た赤い光が上にあった。街の灰色の天井を照らし、野球場のスタンドや、まわりを囲む柱を照らしつけている。

 

明るくはない。住宅の部屋の天井に(とも)す常夜灯よりも弱い光だ。すぐにそれが、街を燃やす炎だとわかった。並ぶ街灯はみな消され、今の街には照明がないのだ。それでもものを見ることができる。あちらこちらで燃えている火が、まだ消えていないから。たちこめる白い煙を赤く染め、黒煙の中にまだらに浮かばせているのだ。

 

身を起こして周囲を見た。観客席は人で一杯だった。席に座っている人間はろくになく、みな床に寝転がってる。ケガ人が呻きを上げている。

 

立って歩いている者も、足取りはみなヨタついていた。膝に力が入れられぬようすで、うなだれてフラつきながら歩いていた。

 

手には銃を持っている。外から撃ってくる者達に対するために行くのだろう。撃たれた仲間を(かつ)いで戻り、銃にタマを込め直してもう一度……この数時間のうちに、何度もそれを繰り返してきたように見えた。球場の外から銃声が聞こえる。あちらこちらで家を工事し釘を打っているかのようにトテカンと。

 

スタンド正面の大スクリーンも今は真っ黒だった。球場内は、非常灯が少しばかり()いているだけ。

 

「これは……」

 

と言った。見回していると、「よお、起きたのか」と声を掛けてくる者がいた。同じチームの選手仲間だ。

 

「また停電だ。〈ヤマト〉の発進以来だよな」

 

「え?」と言った。「ああ。そう言やそうだけど……」

 

あのときとはまるで違う。あれは計画停電だった。この球場こそ真っ暗にされたが、まわりの街は照らされていた。それに、と思う。

 

「苦しいだろ? 呼吸がさ。消えてんのは灯りだけじゃないんだよ。空気の循環も止まってるらしい」

 

「待てよ。それじゃ……」

 

「そう。酸素がどんどんね、なくなっていっているんだな。二酸化炭素と一酸化炭素に変わっていってる。あちこちでああして家も燃えてるわけだし、塩素ガスみたいなものもだいぶ発生してんだろう。あと何時間もつんだろうな」

 

「そんな」

 

と言った。相手の顔は、暗くてよくわからなかった。地下数キロの深さにある街は隔絶された世界だ。放射能で汚染された外の空気は入らない。当然、内部で空気を呼吸できるように常にしておくシステムが必要になる。それが止まってしまったと言うのは――。

 

「終わりだよ。これがこの街だけなのか、世界じゅうの地下都市みんながそうなのかは知らないが……」

 

「そんな」

 

とまた言った。人類滅亡――どの瞬間を指してそう呼ぶにせよ、〈滅亡の日〉とは存続不能が確定するときだとずっと聞かされてきた。〈その日〉を過ぎても人は生き続けはする。最後のひとりが死ぬのは十年先のこと……ずっとそう聞かされてきて、なるほどそういうものかとずっと思ってきたのに、ひと眠りして目を覚ましたら『酸素がない』?

 

それはつまり、と近藤は思った。誰も彼もが今日のうちにみんな死ぬと言うことなのか。一年後や十年後のことじゃなく?

 

「復旧も試みているようだけど、どうなんだろうな。電気が戻ったとしても……」

 

銃声がする。爆発の音もする。数時間前に比べたら、散発的になったように思える。『冥王星を撃つのをやめよ』と叫んでいた演説の声ももう聞こえないが……。

 

そんな者らも、喉が潰れてしまったのか。自爆テロなどする者らも、吹っ飛ぶだけ吹っ飛び終えてしまったのだろうか。銃声が聞こえるからには内戦は継続中ではあるのだろうが。

 

「〈ヤマト〉はどうなったんだ?」近藤は言った。「冥王星は? ハドーホーってのは撃ったのか?」

 

「わからない。何も情報がないんだ。そこにいる兵隊さんらも何も知らないと言ってるし……機密ってわけでもなさそうだよ。本当に何も知らないんだろう」

 

「……まだそんなこと言ってるのか」と、近くで誰かが言うのが聞こえた。「〈ヤマト〉なんてどうせ逃げたに決まっているさ。そんな船を造るから、絶滅が早まることになるんだ。あと十年、生きるだけは生きられたのに……」

 

「なんだこの野郎」とまた別の声。「お前みたいなのがいるから、こういうことになるんだろうが。他人のせいにしようとするな!」

 

「ああ? 人のせいにしてんのはどっちだ!」

 

暗い中で言い合いが始まる。お互いの顔などほとんど見えてないはずだ。やめてくれ、と近藤は思った。酸素を無駄にしないでくれ。すでにこれだけ息苦しいのに、いがみ合ってどうするんだ、と。

 

しかし、そのふたりも、自分達でそう気づいたのだろう。すぐにお互い力を失くして黙ってしまった。すすり泣く声が聞こえる。子を抱きかかえ泣いているらしい親の声。

 

そして子供の声がした。「ねえ、〈ヤマト〉はどうしたの? 敵をやっつけてくれるんだよね?」

 

「〈ヤマト〉は……」

 

と、父親らしい声が応える。だがそれ以上、言葉が続かないようだった。

 

そうだろうな、と近藤は思った。まだ幼い子に対し、事がどうしてこうなったのか説明なんかできるわけない。その子は何歳なんだろう。声からすると、十歳くらいか。八年前にガミラスがやって来たとき二歳くらい――親にすればおそらくいちばんかわいい(さか)りだ。これからこの子の成長を見届けようと言うところに遊星が落ちた。陽の光の差し込まない地下都市で、子を育てねばならなくなった。

 

神を恨んだことだろう。こうと知るなら子を作りなどしなかったのに、なぜこのときに(さず)けたと。大人になれずに死ぬとわかっている子を育てる悔しさは、近藤にはとても想像できなかった。この七年、救いを求め続けてきたに違いない。奇跡を請い願ってきたに違いない。我が子の命を救けるためなら敵に身を売りさえしたかもしれない。

 

そこに〈ヤマト〉が現れた。〈イスカンダル〉と呼ばれる星へ子を救いに旅立つ船が。

 

それはまさしく、子を持つ親にするならば絶望の中の希望だった。この地下都市に射し込む唯一の光だったのだ。宇宙戦艦〈ヤマト〉は波動砲という強力な武器を持ち、ガミラス基地を冥王星ごと吹き飛ばして外宇宙へ出ていくとされた。地球人が波動エンジンを持ちさえすればガミラスに勝てるとずっと言われてきた。その言葉が証明されるときが来た。祈ってきた奇跡が訪れたはずだったのだ。

 

〈ヤマト〉が冥王星を撃てば世界じゅうの子の命が救われる。

 

だから〈ヤマト〉が飛び立ってからこの四週間ばかり、子を持つ親はみな言ってきたのだろう。〈ヤマト〉はきっと帰ってくる。お前を救けてくれるんだ。それができる証拠として、冥王星を吹き飛ばしてくれるんだ、と。

 

当然だ。それが親だ。そう考えて子供に言って何が悪い。もしそうしない親がいたら、そいつは親とかいう以前に人間じゃない。都知事の原口裕太郎と同類の、悪魔に魂を売り渡し良心の最後のカケラも失くした地獄の亡者だ。

 

そうなってしまった者達が、今この球場を囲んでいる。〈ヤマト〉に冥王星を撃たすな。代わりにすべての子を殺そう。そう叫んで押し寄せている。独裁者やカルト思想や宗教にすがり、ガミラスを善とみなす価値観を持つところまで至ったならば、子を殺すのが正義で愛だ。民兵どもがこの球場に雪崩れ込んできたならば、火を放ってすべてを燃やし子供という子供を捕まえて殺すだろう。それがこの暗闇の中で人類が見る最後の光景となるのだ。どうせ、じきに酸素が尽きて今日のうちにみな死ぬのだから。

 

なぜだ、と思った。一体どうしてこんなことになったんだ。そこにいる親子のように皆が〈ヤマト〉を信じたならば、決してこんな愚かな最期を迎えることはなかったはずだ。それなのに――。

 

「〈ヤマト〉なんて最初からどうせいないに決まってるんだ」また誰かが言うのが聞こえた。「ぜんぶ政府の嘘だってわかりそうなもんなのに、バカが真に受けるから……」

 

なんだと、とまた思った。バカはお前だ。なぜ〈ヤマト〉を信じなかった――それは自分に向けた問いでもあった。おれは野球のピッチャーだった。明日を信じよう。絶望に負けなければオレ達は勝てる。だから力を合わせよう。皆の心をひとつにしよう。そう叫んで投げていた。皆が声援を送ってくれた。この地下都市でも、最初のうちは――だが、客席は次第に空きが目立つようになっていき、応援の声はしぼんでいき、遂にはおれも身を入れて投げられなくなっていった。今では一体なんのために選手を続けているかもわからず、ただ給料が出るままに……。

 

〈ヤマト〉が宇宙に出たときにおれは叫ぶべきだったんだと近藤は気づいた。信じよう。そう人々に訴えるべきだったんだ。この球場はそのためにあったはずなのだから。

 

だから言うべきだった。おれは信じる。みんな〈ヤマト〉を信じよう。そう叫ぶべきだった。何も変えられないかもしれない。狂ったやつらに捕まって、二度とボールが投げられないようその腕斬り落としてやると言われ、ほんとにやられちまったかもしれない。だが、腕を失くしても、まだ叫ぶべきだった。おれは負けない。信じるぞと。〈ヤマト〉は帰る。必ず敵を打ち負かす。すべての子を救いに戻ってくると信じる。

 

狂信者どもよ、次にはおれの舌をひっこ抜いてみろ。それでも残ったこっちの手で壁に《信じる》と書いてやる。そう叫ぶべきだった。皆が〈ヤマト〉を信じたならば決してこんな終わり方だけはしないで済んだはずなのに、どうして……。

 

「いるよ」

 

と言った。遅過ぎた、と思いながら、それでも近くにいる子供に聞こえるように近藤は言った。

 

「〈ヤマト〉はいるよ。必ず敵をやっつけてくれるよ。絶対に……」

 

一瞬、場が静まった。子を抱える親達が感謝の眼を向けてくれたように感じたが、暗くてよくわからなかった。だが、誰かの声がした。

 

「そうだよ。そのときは電気だって……」

 

元に戻る。そうすれば、空気も回復するのだろうか。だろうな。〈ヤマト〉が勝つならば――電気や酸素だけでなく、人は取り戻すだろう。希望を。そして叫ぶだろう。『信じる』と。〈ヤマト〉よ、オレ達は信じるぞ。君の帰りを待ってるぞ、と。

 

だがまだ、街は暗闇と絶望とに覆われていた。近藤の声は線香花火のように小さな光に過ぎなかった。それは(はかな)く尽きて落ち、燃え広がることはなかった。



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マゼラン対マゼラン

「出現しました。〈ヤマト〉です」

 

超光速レーダーのオペレーターが声を発した。地球人類が〈冥王星〉と呼ぶ星の中にある地球人類の知らない場所。ガミラス〈地球討伐(とうばつ)隊〉基地である。その内部はまるでサンゴか蟻塚か、それとも巨大な海綿(かいめん)かヘチマダワシの中にでも人が(すま)わっているようだった。

 

すべての柱は直線を持たず、湾曲しながら他の柱と繋がっている。そして壁には電気系統の配線や空調などの配管が、まるで木の根か血管のような模様を浮かばせ張り巡らされているのが見える。

 

これらはすべて、昆虫サイズの一億匹のロボットが、まさに蜂や蟻のように働いて造り上げたものだった。〈重機〉を持たないその者らには、星の重力に逆らいながらまっすぐの物を造るのは難しい。そのため床以外のすべてが歪んだ曲線で構成される。ゆえに内部の光景は大蛇かクジラの胃袋にでも呑み込まれたようでもあるが、しかし極めて合理的で堅牢な造りであるのも間違いない。

 

肌の色が青いのを除けば地球人とほぼ同じ――もっとも、どの人種に似るとも言い(がた)いものがあるが――姿かたちの者達がそのような基地の中を立ち働いていた。

 

オペレーターの報告も無論、地球のどの言語で言われたものでもない。「そうか」と、司令官であるシュルツという名の〈男〉が応えた言葉もまた〈ガミラス語〉だ。

 

シュルツ――無論、その名も地球人類が正確に発音するのはほぼ不可能だが――はスクリーンに映し出された〈ヤマト〉なる船の映像に眼を向けた。一体なんの冗談なのかと思うような、水に浮かべる船の形まんまの宇宙戦闘艦。

 

しかし、その舳先には、巨大な黒い穴が口を開けている。それが見せかけの空砲でないのは、すでにはっきり力を見せつけられていた。波動砲搭載艦――最も恐れていた船が、自分の前に遂にやって来るときがきたのだ。シュルツは言った。

 

「〈ヤマト〉か……」

 

「波動砲……」と副官のガンツという男が言った。「撃てるのでしょうか?」

 

「さてな。『可能性は低い』とは情報屋どもは分析しよるが」

 

これまで何百繰り返し考えてきたかしれないことを、シュルツはあらためて思いやった。情報部は、『〈ヤマト〉はおそらくワープと波動砲の発射を続けて行うことはできまい』とのレポートを出してきた。だから撃てはしますまい。護衛の船がない限り、〈ヤマト〉は決して地球人が〈プルート〉と呼ぶこの星に対して波動砲は使えぬものと考えられます。

 

そのときシュルツは、『なるほど、簡単な理屈だな』と彼らに応じた。しかしそれはどの程度、確実なものと言えるのだ。するとやつらは弱気になって、『まあ八割と言うところかと』と応えやがった。勝算としては充分でしょう。

 

充分じゃない。そんなの、全然充分じゃない。つまり〈ヤマト〉は一発で我らをまとめて片付けて、後はサッサとやつらの言う〈イスカンダル〉へ行ける確率が二割あると言うことだろうが。どうするのだ、そのときは。わたしは死んでいるだろうから何も心配することはないが、君らは本国の親衛隊にどう釈明するのかね。

 

『それは』と、分析屋どもは詰まって言った。『その通りです。どんなに率が高かろうと、この賭けには乗れません。この星から全兵員を避難させるしかないでしょう。あるいは、〈ヤマト〉が来る前にあれを沈めてやるかですが、それも容易(たやす)くはゆかぬとあれば……』

 

そうだ。まったく、実に簡単な理屈だった。〈波動砲〉などという超兵器を見せつけられては、そうするより他にない。あれがただこの〈メーオーセー(せい)〉を撃つためだけに船に搭載されているのは誰が見ても明らかなのだ。一体全体あんなもの、他にどんな使い道があるのだ。あれを見ても撃たれることを心配しない人間が司令官としてもしこのわたしの席にいたら、そいつは指を使っても数をかぞえられないほどの低脳だろうとシュルツは思った。いや、案外、そのくらいのバカの方が、円周率を一億桁まで暗記できたりするのかもだが――。

 

〈ヤマト〉か。シュルツは()に映る船の艦橋部分に眼をこらし、いずれにしてもあの敵船の指揮官が『あの星には固有の原住生物がいるかもしれぬので』だとか、『たとえ子供を救うためでも一個の星を消してはならぬ』とかの理由で波動砲が撃てるのに撃たぬ決定をするなどというのは有り得ぬと考えた。地球の社会にそのような狂った理由で反対する者がたとえどれだけいようとも。

 

無論、この自分にしても、もしそんなキテレツな読みをする者が部下にいたならすぐ軍から追い出して薬の実験台か何かの仕事でもさせるしかあるまいとシュルツは思った。どうせそれより頭が悪くなる危険などただのひとつもなかろうし……。

 

波動砲が撃てるなら、〈ヤマト〉は撃つに決まっている。しかしその見込みは薄い。むしろあれは欠陥兵器――情報部は決して希望的観測でものを言っているわけでもなかろう。賭けはできぬが、〈ヤマト〉は撃てない。今あの船を指揮する者は、『ワープ船もう一隻とタッグを組めれば』と考えているに違いないなとシュルツは思った。地球に波動砲搭載艦がもう一隻あるならば、こちらに勝ち目は万にひとつも有り得ないのだ。たとえ今の千倍の戦力を持っていたとしても。

 

そうだ。そのときはこの星は一発で吹き飛ばされておしまいだ。それに対して、どんな対抗のしようがあるか。

 

あるわけがない。全然、ひとつもあるわけがない! あんな船をもう一隻やつらが持っていたならば、この自分も今ここにとてもいられたものじゃない。全員で荷物まとめて逃げる以外にもう仕方がないではないか。

 

〈イスカンダル〉と呼ばれる者の助けがあったとは言えど、地球人はあの戦艦を苦しいなかで造り上げた。やつらの社会はガタガタで民は絶望しきっているはずなのに、なんと言う……これが地球人類の底力なのかとシュルツはあらためて畏怖(いふ)を覚えずいられなかった。〈ヤマト〉が〈外〉に出るのを許せば、地球人は間違いなく、ワープ船を数年のうちに百も建造することになろう。

 

〈数年〉――そうだ、地球の自転・公転周期はガミラス本星のそれと大きく変わらない。そうでなくては〈人間〉のような生物は発生しない。地球のやつらと我々は同じ〈人間〉。なのにどうしてこうも違っているのだろうかとシュルツは思った。己の手を見る。色が青いのは肌に含まれる色素のせいで、やつらに白いのや黒いのがいるのと同じだ。はたまた、静脈が青く見えるのと同じこと。切ればやつらとほとんど同じ赤い血液が流れ出る。

 

当然だ。元はと言えば同じ〈(たね)〉から――しかし違う。決定的に違うものがあると、この〈八年〉の戦いのなかでシュルツは感じさせられてきた。似ているようでも地球人の血はより熱く、心臓はより強い力で体にそれを巡らせているのじゃないか。我々は確かに遊星を落とし、やつらを地中に押し込めはした。けれどもそれは眠れる巨獣を覚ます結果を生みはしないか……。

 

今、スクリーンに〈ヤマト〉が映る。間違いなく乗っているのは地球で最高の指揮官だろう。このわたしから基地の戦力のほとんどを奪い、最小限の力で迎え撃たせるのを余儀なくさせた。波動砲などどうせ使えぬとわかっていても、そうさぜるを得なかった。

 

「よかろう」と言った。「まさに見上げたものだ。相手にとって不足はないと言うものではないか」

 

「はい」とガンツ。「たとえ〈ヤマト〉が波動砲を撃てるとしても、我らには……」

 

「〈反射衛星砲〉か」頷いて言った。「だが、わかっているだろうが、くれぐれも……」

 

「もちろんです。地球人には、最後の希望が(つい)えるさまをタップリと見せつけてやらなければならないでしょう。もっとも、今は内戦でそれどころではないかもしれませんが」

 

「最後は同じ地球人同士で殺し合って死ぬか。まさかそのような終わり方になろうとはな。あの〈ヤマト〉はそれをも防ぐ気なのだろうが」

 

「〈やまと〉とは、あの〈ジャパン〉という国の別名のようですね。あの星の歴史の中でかつて一度も他国から侵略を受けたことがない。すべてハネのけてきた国の名だとか……」

 

「ほう」

 

「マゼランという男がいたそうです。〈太平洋〉とやつらが呼ぶ海を見つけ、その名を付けた男とか――その男が〈西〉と〈東〉を繋いだために、後に続く者達によって〈太平〉であったあらゆる国が大砲を積む艦隊に征服された。原住民は奴隷化され〈キリスト教〉とやらへの改宗を迫られた。刃向かうならば死あるのみ」

 

「降伏か滅亡か? まあ、我らがとやかく言えたものではないがな」

 

「〈マゼラン〉の名は蹂躙(じゅうりん)された側から見れば〈侵略者〉の代名詞であったとか。〈ジャパン〉もまた〈マゼラン〉に見つけられ、キリスト教の支配を受け民が奴隷にされかけたと言われます。だが、〈サムライ〉と呼ばれる者らが内戦で荒れていた国を統一し、外敵(エイリアン)を立ち入れさせぬ国に作り変えたとか――」

 

「それが〈やまと〉。あの船の名か」シュルツは言った。「〈侵略者マゼラン〉を寄せ付けなかった国の名前? だが今では、あの船こそが〈マゼラン〉だ。この星系を出たならば、次はやつらが宇宙人(エイリアン)……」

 

「はい。あの船はやつらにとっての〈北〉と〈南〉を繋ごうとしている。地球人は我らの里にも〈マゼラン〉の名を付けている。マゼランで地球人(テラリアン)異邦人(エイリアン)。それが宇宙の法と言うもの。やつらの言う〈イスカンダル〉とは間違いなく……」

 

「エウスカレリア」

 

と言った。しかしこれも、地球人には正確に耳で聴き取ることはできずむろん発音のできぬ言葉だ。

 

「だろうな。つまるところにこれは、マゼラン対マゼランの戦いと言うことになるのか」

 

「やつらが真実のすべてを知れば、そう言うかもしれませんね」

 

「かもしれんな。だがそうはさせん」シュルツは言った。「〈ヤマト〉か。あれは今日ここで、わたしが沈めることになるのだ」

 



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未踏圏戦闘機

〈ヤマト〉両舷の展望室と艦橋裏の小展望室。それに艦長室の窓に今シャッターが下ろされる。しかしその一方で、口を開けるものもある。艦底後部の〈タイガー〉戦闘機発艦扉だ。32機の〈タイガー〉を安全に素早く離艦させるため、〈ヤマト〉は艦をひねらすような旋回に入った。

 

発艦装置は32機を(またた)くうちに、漁船が海に仕掛けを投げ込むがごとく射ち出すように造られている。一機一機がぶつかることがないように〈ヤマト〉船体をターンさせ、飛び出す機を扇状に宇宙に撒くのだ。まるでカジノのディーラーがブラックジャックかバカラの卓を囲む客にカードを配るかのような光景だった。ほぼ二秒に一機の割で射出される〈タイガー〉は、一分間の旋回で〈ヤマト〉がグルリと一回転を終えたとき、宇宙空間に〈の〉の字を点々と描くようにしてそれぞれの標識灯を光らせていた。

 

「〈タイガー〉全機発艦完了」

 

艦橋で森がレーダーを見て言った。

 

続いて、〈ゼロ〉だ。ワープの時点で要員がすべて〈タイガー〉の格納庫にいたために、まずは全員、機の元に向かわなければならなかった。すれ違う艦内クルーはみな戦闘服を身に着けている。古代のパイロットスーツと似た革ツナギのような服に、ヘルメット――バイクに乗るわけではないから軽く肉薄のスケート用のようなのに、顔が透明なプレートで覆えるようになってるものだ。これに周りの空気が抜けても15分ばかり生きられるだけの酸素ボンベと、簡単な生命維持装置が組み込まれている。〈船外服〉と違ってあくまで船内用。戦闘時の動きやすさを優先とするものなので、大きく重い本格的な生命維持パックは着けない。

 

あらかじめ待機させていたエレベーターで〈ゼロ〉の元へ。二機の〈ゼロ〉の発艦準備はすでに整えられていた。胴体下に大きな核ミサイルを抱え、畳んだ翼にミサイルを並べ、安全装置のピンはすべて引き抜かれている。

 

尾翼にそれぞれ《誠》の文字。さらに山本の〈アルファー・ツー〉には、〈巳〉の字型の撃墜マークが二十ほども舵に描き込まれている。

 

対して、古代の〈アルファー・ワン〉に描かれているマークは四つ。

 

古代がチラリと眼をやったのに気づいたように大山田が言った。

 

「すみません、あれは縁起が悪いかなとも思ったんですけど」

 

「え? いや……」

 

「あと一機、必ず墜としてきてください」

 

「ああ」と言った。「ありがとう」

 

コクピットへのハシゴを上る。四機墜としてあと一機か、と古代は思った。確かに決して縁起のいい数のものではないはずだった。『その数字には魔が潜む』と昔から言われてきたはずだった。多くの戦闘機パイロットが、あと一機でエースだと言って空に散ったのじゃなかったか。プロペラで飛ぶ時代からずっと――そして今、この宇宙でのガミラスとの戦争でも――。

 

オレは四の敵を墜とした。あとひとつだ、チョロいもんさ――そう言い、空に上がったところで、今まで出会ったことのない真の凄腕とブチ当たる。二十三十の機を墜とした正真正銘の〈ターミネーター〉だ。そんな化け物に比べたら、〈やっと四機〉のこちらなんか軽くひとひねりで終わり――。

 

そうだ。そういうもののはずだ。ましておれなど、今まではただ逃げていただけだ。なのにマークを四つつけて歴戦の撃墜王が待つはずの敵の本拠地へ行こうとしている。

 

冥王星は〈スタンレー〉。赤道直下の白い山脈。そしてこれまで有人の船が行かない未踏の圏だ。あの白ヒゲの艦長は、おれにそこに行けと言う。おれの兄貴を死なせた場所に。

 

やっぱり、ほんとに、一体どういうつもりなんだか……古代は思った。やつらはお前を迎え撃つのに、戦闘機を百は残しているだろう。すまない、だから今回は、わしはお前に『死ね』と言わねばならないようだ。しかし地球を〈ゆきかぜ〉のようにしないためだと思ってくれ、か?

 

沖田め、と思う。だがいいだろう。ここまで来たんだ。もうここまで……なのに今更、縁起がどうのと言ったところで始まらないさ。キャノピーの窓枠下に《古代進》と書かれた自分の名前を見た。そうだ、おれは〈アルファー・ワン〉だ。こいつに乗って死ねるならいいさ。

 

古代は〈ゼロ〉に乗り込んだ。キャノピーを閉じ、エンジンスタート。コンピュータはすでに機体のチェックをすべて終えていた。ディスプレイに現在の装備状態が示される。今の〈ゼロ〉はいつかの荷物運び機でなかった。あらゆる敵と闘える真の戦闘攻撃機だった。

 

機体を載せた架台が動き、〈ゼロ〉を船外に送り出す。整備員らが拳を振り上げ、両手を振って見送ってくれた。

 

そして宇宙。星空に古代はひとつ明るい点があるのを見た。太陽だ。この五年間、〈がんもどき〉で飛びながら、いつも眩しく空に見ていた天体だった。火星の上で見るときも、木星の上で見るときも、それはいつもまともには見えないほどに眩しかった。ついこの前にタイタンの上で見たときも、もはや小さな点ながら強い光を放っていて、〈ゼロ〉の機体と〈ヤマト〉の船体を明るく照らしつけていた。

 

今、その光は眼を灼くほどのものではない。他の百万の星々を合わせたよりも大きな光量で〈ヤマト〉と〈ゼロ〉を照らしているが、せいぜいが夜の道で街灯のランプを見上げる程度。

 

古代の背後で、その光を受けて〈ゼロ〉が銀色の翼を広げる。同じように〈ヤマト〉艦尾カタパルトに送られた山本機の尾翼に《誠》の文字が読めた。

 

古代の機もカタパルトへ。この前ここに出たときには大きな土星とタイタンが見えた。が、今日は――と、後ろを振り返り、〈ヤマト〉艦首の方向へ古代は小さなふたつの円盤を見た。

 

冥王星とカロンだ。見慣れた火星や木星と比べて、はるかに暗い。白夜の圏に〈ヤマト〉は正面から近づく作戦であるために、ふたつの星は今ほぼ真円の満月形に見えている。

 

ふと、タイタンに横たわる〈ゆきかぜ〉の残骸を思い出した。兄さん、と思う。見えるかい。おれは来たよ。ワープのおかげでここまで来たよ。兄さんはここまで来れなかったんだろ……。

 

太陽があんな点だよ。地球の船は、みんなここまで来れなかった。波動エンジンがなかったから……ワープならほんのひとっ飛びなのに。一年前に空母がワープできたなら、最初から戦闘機でやれたのに。〈ゆきかぜ〉みたいなカミカゼ艦を造らなくて済んだのに。

 

兄さんが、死ぬとわかっている戦いに征かなくて済んだはずなのに。悔しかったろうな。途中で沈められちまうなんて。

 

やつらは兄さんのミサイルを、おれの前で〈ヤマト〉めがけて射ちやがったよ。まさかやつらは知らないだろうな。おれが弟だってこと。今度はおれが核持って、ここまでやって来たってこと。

 

この〈ゼロ〉なら、兄さんの仇が取れるだろうか。みんなの仇が討てるだろうか。あの日、横浜で死んでいったたくさんの人。親を呼んで泣いていた子供。三浦で死んだ父さんと母さん。

 

アラームが鳴った。ディスプレイに《発艦準備完了》の文字が表れる。

 

管制員の声がした。『〈アルファー・ワン〉、発艦せよ』

 

「了解」と言った。

 

『幸運を』

 

「ありがとう」

 

エンジンが咆哮する。電磁カタパルトが唸りを上げる。古代は発進のスイッチを入れた。途端にGが体を席に押し付ける。

 

〈ゼロ〉は宇宙に飛び出した。



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ロシアン・ルーレット

「〈ヤマト〉が艦載機を出しました」

 

冥王星ガミラス基地でオペレーターがそう告げる。シュルツは「フム」と頷いた。

 

「どういうことでしょうね」と副官のガンツ。「やはり波動砲は撃てぬものと言うことなのか……」

 

「どうだろうな。出したのは無人機と言うことは考えられんのか」

 

オペレーターが、「この距離ではわかりません」

 

「だろうな。距離は七千か。こちらのビームをギリギリ(かわ)せるかと言うところ。しかし……」

 

ガンツが、「波動砲を撃つ気なら、〈ヤマト〉はしばらくそれ以外の機能を停止するはずです。エンジンは推進力を失い、主砲も対空火器も撃てない……」

 

「と言う分析だったな」

 

とシュルツは言った。〈ヤマト〉の秘密は、すでにいくつか〈大ガミラス〉の知るところとなっていた。地球の上で十字空母を撃ったときの状況は離れた場所からスパイカメラで撮影され、細かく分析されていたのだ。

 

〈ヤマト〉の中に戦術士として新見が乗っているのと同じだ。そして新見がいつか話していたように、ガミラスは〈ヤマト〉の〈アキレス腱〉を探しにかかっていた。分析結果は波動砲発射前の数分間、〈ヤマト〉が無防備になることを高い確率で割り出していた。ゆえに、そこを狙えるなら、容易(たやす)く沈められもしよう――。

 

シュルツは言った。「あの分析が正しいかどうかだ。戦闘機はどうやら船を護る布陣を取っているらしい」

 

「確かにそのように見えます」

 

ガンツが言った。32の戦闘機が四機ずつ八つの編隊に分かれ、〈ヤマト〉のまわりを囲むように動いている。別に二機だけが離れたところに位置を取るが、指揮管制を目的とした行動だろう。

 

「波動砲が撃てるのならば戦闘機など出す必要はないはずだ」シュルツは言った。「本来はな。しかし発射準備中、船が自分で身を守れなくなるのなら、戦闘機でまわりを囲む必要が出てくる。ほんの数分持ちこたえればいいのだろう。ならば使い捨ての無人機でよい。ドンと一発我らを吹き飛ばしたら、ロボット機は収容せずにサッサとワープで消えればいいのだ。そのときは、誰もあの〈ヤマト〉とやらを追うことはできん」

 

言いながらにその声は震えているようだった。それを聞く者らの顔も強張(こわば)っていた。

 

無理もあるまい。今この場にいると言うだけで彼らは命を賭けているのだ。〈ヤマト〉がもし波動砲を撃てるなら一分後にみんな死ぬ。ひとりとして命はない……当然だ。あんなものを喰らってなんで生きられるはずがあるものか。()けようもなくこの星ごとに宇宙のチリと化せられると知りながら、なんで恐怖を感じないでいられるか。

 

〈ヤマト〉は遂にやって来た。あの船首の巨大な砲口。分析によればあのシロモノは欠陥兵器であるとされる。今この場でどうせ撃てはしないと言う。だが確証は? ない。保証など何もないのだ。波動砲で一撃に殺られてしまう確率が二割ほどもあると言うのに今この場に残るのは、地球人の言葉で言う〈ロシアン・ルーレット〉に他ならない。五つ穴のレンコン弾倉に一発タマがあると知りつつ己のこめかみに銃口を当て、(みずか)ら引き金を引くようなもの。

 

だが、それでも覚悟を決めて、残らなければならなかった。〈ヤマト〉を迎え撃つに必要な最低限の人員を、残さなければならなかった。本来ならばこのような危険な賭けに(さら)すべきでない精鋭中の精鋭をだ。

 

〈ヤマト〉に敗けたら、いずれにしても、自分達は終わりだろう。この星の基地を失えば、攻守は逆転してしまう。地球の艦隊に巻き返されて、護りを固められてしまう。そうなったら、もう二度と、地球を攻めることはできない――。

 

シュルツは司令室を見渡した。志願を(つの)り選りすぐった決死の勇士達が、今ばかりは波動砲は撃てぬものであってくれと祈っている。波動砲。もし〈ヤマト〉が撃てるのならば、そのときには誰も痛みも苦しみも感じる間もなく瞬時にチリと消えるのだろうが。

 

それでも、そんな死に方は……シュルツは思った。みな想いは同じだろうと。死ぬのであれば、それがどんなに苦しかろうと、あの〈ヤマト〉と戦って死にたい。それが軍人と言うものだ。

 

「〈ヤマト〉は波動砲発射準備中、数分間は無防備となる。それについては確かと考えてよいのか?」

 

シュルツは言った。ガミラスの時計で〈分〉に相当するものは地球人の六十秒とむろん同じなどではないが、ここで厳密な訳は避ける。今後もそのようなものである。ガンツが応えた。

 

「はい。それに関しては、確実と見てよいでしょう。小細工に意味があるとも思えません」

 

「後は波動砲が撃てるかどうかか。わざわざあの位置に船をつけるのは、こちらに対艦ビームがあるのを見越していると言うことだな。撃てるものなら撃ってみろ、と言うわけだ」

 

「そうですね。やつはこちらが弱点に気づいてるのを知っている。波動砲で吹き飛ばされたくないのなら、無防備の今がチャンスだぞ、と誘っているのでしょう。この距離ならば当たっても致命傷を受けはしない、と、そこまで計算しているのだと……」

 

「なるほど、(あなど)(がた)い敵だ」シュルツは言い、それから不敵な笑みを浮かべた。「だが、それこそ、こちらの望むところとまでは果たして知るかな?」

 

「さて……」

 

とガンツ。彼もニヤリと笑みを見せた。司令室内の者達も、皆いくらかの余裕を取り戻したように笑う。

 

「こちらには〈反射衛星砲〉があります」

 

ガンツが言った。シュルツは「そうだ」と応えて言った。

 

「では、狩りを始めよう。〈反射衛星砲〉準備はよいな。発射せよ。目標は〈ヤマト〉だ」



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ポケモン

レーダーの画像はひどく乱れている。まるで雨の夜に見るクルマのウィンドウのようだった。ワイパーで拭いても拭いても土砂降りの水が叩きつけ、街の灯りがにじむような……森は画面に眼をこらしつつ、こんなものを見続けたら頭がおかしくなってしまうと考えた。

 

実際、警告も受けている。作戦前に新見に言われた。「〈ポケモン事件〉って知ってますか?」

 

「は? なんのこと?」

 

と聞くと、

 

「知らないのが当たり前ですけどね。二百年前の話ですから――けれども『アニメはテレビから離れて見ろ』って言うでしょう。その元になった出来事です。昔、テレビの人気アニメのある回で画面が激しく明滅する演出がされていて、それ見た子供が何百人も昏倒する事件が起きちゃったんですね。日本中の病院に子供が(かつ)ぎ込まれちゃった」

 

「それがなんなの?」

 

「冥王星の宙域は、ガミラスのレーダー妨害がかなり激しくかかっていると考えられます。レーダー画像は花火大会みたいになって、見続けると眼がおかしくなるかもしれない……」

 

「ヘタすりゃ昏倒?」

 

「あるいは」

 

と言う。横で真田が難しい顔をして、

 

「それでも君に、レーダー画像を見てもらわなければならん」と言った。「敵は必ず、〈ヤマト〉めがけて対艦ビームを撃ってくる。その瞬間に砲の位置が強い光を放つはずだ。その輝きが見えたなら、すかさず君は船の制動レバーを引く」

 

超光速レーダーは、亜光速の対艦ビームを敵が撃った瞬間に探知し画面に映し出す。だからそのとき間髪入れずに船を加速か減速させれば、前か後ろにビームをそらすことができる。一応、理屈ではそうだ――とは言ってもこの作戦では敵に正面を向けるため、この方法で(かわ)すと言っても難しそうに思えるが、

 

「直撃さえ防げればいいんだ」真田は言った。「敵のビームがどれだけ強力だとしても、まともにさえ喰らわなければ船の装甲が耐えられるはずの位置に〈ヤマト〉を置く。そこで星に正対し、波動砲を撃つように見せかけてやれば敵はビームを撃たねばならん。たとえギリギリだとわかっていてもな」

 

「その一発さえ躱せればいい」と新見。「敵が撃てば、砲台の位置も(おの)ずとわかるでしょう。二発目からはグッと()けやすくもなります。後は〈ヤマト〉を星の向こうにまわり込ませ、ビーム砲台の死角から冥王星に取り付けばいい」

 

「〈肉を斬らせて骨を断つ〉か」と、横で聞いていた島が言った。「おそらく、ビームを完全に躱すことはできないでしょうが……」

 

「そうだ。しかし、それでいいのだ。そう考えるしかない」

 

と真田は応え、それから森に向かって言った。

 

「避けられなくても君のせいではないよ」

 

「はい」

 

と応えるしかなかった。しかし、腕の古傷が疼くのを感じた。肉を斬らせて骨を断つ――無論、戦闘と言うものは、常にそういうものでもあろう。けれども今、敵のビームを躱せるか(いな)かは、この自分の手にかかっていると言うのだ。

 

森は気が遠くなりそうだった。あらためて自分の右腕に眼をやった。戦闘服の袖に包まれた肘には大きな傷痕がある。三浦半島に遊星が落ちたあの日に母につけられた傷。包丁で肉を斬られるあの痛み。

 

あのとき母は、娘である自分に向かって『悪魔』と叫んだ。本気で殺そうと(やいば)を振るい、体めがけて突き掛かってきた。この右腕で防いだからこそいま生きてもいるのだし、あるいは顔を斬られたりすることもなかったわけだが、しかし――。

 

タイタンで死なせてしまったふたりのクルー。誰もわたしを責めはしないが、それでもあれはわたしのせいだ。その責任を森は感じずいられなかった。今度は数十、数百の命が自分の失敗で失われる。たとえそうなったとしてもこのわたしのせいではないと真田副長は言う。理屈で言えばそうなのかもしれないが……。

 

古傷が疼く。今、遂に戦場に来てレバーを掴み画面を見据え、森は慄然とするのを感じた。画面には冥王星とカロンがあり、その間の宇宙空間が映し出されている。しかしレーダーが映すのは、ほんの少し見ただけでも眼がおかしくなりそうな乱れ切った画像だった。まるで雨の夜のクルマの窓。あるいは蛍が飛び交うさまを歪んだレンズで見るかのような。

 

チカチカと無数の点が(またた)いている。森は頭がクラクラしてくるのを覚えた。こんなものを集中して見続けて、たったひとつの点を見分けろと言うのか。冥王星とカロンのどちらにそれがあるかもわからないのに。

 

「エンジン停止」

 

徳川が言った。島が応えて、

 

「エンジン停止了解。慣性航行に移ります」

 

冥王星に艦首をまっすぐに向けたまま〈ヤマト〉はエンジンの推進を止めた。

 

だがそこで速度を失うわけではない。空気抵抗のない宇宙では船はそれまでの速度を維持し続ける。それどころか、冥王星に先を向けているために、引力で〈ヤマト〉はわずかに加速までしていた。真田がマイクを掴んで言う。

 

「総員、制動に備えよ」

 

いよいよだ、と森は思った。〈ジャヤ作戦〉の第一段階。まずは〈ヤマト〉が冥王星にまっすぐ艦首の砲口を向ける。その瞬間が訪れたのだ。

 

艦橋内の誰もが固唾(かたず)を飲む顔で、〈スタンレー〉と呼んできた星を見つめているはずだった。窓の真正面にそれが見えると言うことは、〈ヤマト〉の艦首波動砲がそこに狙いをつけたのを意味する。これが撃てるものならば星を一撃に粉砕し、ガミラス基地をひと息になんの苦もなく消滅させてしまえることを意味する。

 

波動砲。それは本来がそのために、そのためだけに〈ヤマト〉に積まれたものなのだから――そして今、その砲口がまさにその星を向いている。

 

そうだ。ここは真田副長の考え通りに違いないと森は思った。敵も当然、この砲は星を丸ごと吹き飛ばすためのものと知っている。ならばこの状況は、『親の仇、覚悟!』と叫ぶ(かに)の子に銃を突きつけられた猿と同じこと。空砲だろうと思っていても両手を挙げて降参するか柿の実もいで投げつけるか、どちらか選ぶ他にない。

 

そしてもちろん、答は〈柿の実〉に決まっている。ガミラスに対艦ビームがあるなら、〈ヤマト〉めがけていま撃つ以外にないのだ。

 

〈ジャヤ作戦〉、第一段階。遂にそのときが来た。操舵席の島が操縦桿を離して言った。

 

「いったん操艦を預けます。角度を南部へ。制動を森へ」

 

「預かります」

 

と南部の声。同時に森は手元のレバーのランプが光るのを見た。同じく言う。

 

「預かります」

 

「照準を合わせます。ターゲットスコープ、オープン」南部がピストル型の微調整棹を握って言った。「波動砲の砲門を開け」

 

『砲門を開きます』

 

復唱の声がして、艦首の重い虹彩絞りの火蓋が開く振動が伝わってきた。今、〈ヤマト〉の前に出て、振り向いて砲口を覗くことができたなら、今の〈ヤマト〉は獲物を丸呑みにしようとする大蛇のように見えるかもしれない。本来は冥王星を粉砕すべく造られた船が、その鎌首を持ち上げて身動きできぬ標的を睨み、牙を並べた顎を開けたようでもあろう。敵に果たして砲門が確認できるものかどうかわかぬが、冥王星を撃つと見せかける作戦であれば、すべてをそのように(よそお)わねばならない。後は敵が誘いに乗ってくるかどうか……。

 

真田の策が狙い通りにいくかどうか……どうなのだろうと森は思った。おそらく副長は自分の席で、薄氷(はくひょう)を踏む思いでいるに違いない。だが振り向いてそれを確かめるわけにはいかない。自分の眼と手にまずはすべてがかかってしまっているのだから。

 

ドクドクと胸が鼓動を高めるのを森は感じた。レバーを握る手のひらが汗ばんでいるのがわかる。

 

今の〈ヤマト〉はメイン・サブともエンジンが切られているため、急な加速は行えない。対艦ビームが来たならば、避ける手段は急ブレーキのみなのだ。それがこの手に託されている。古傷の痛みが残るこの右手に……。

 

息が苦しくなってきた。腕の疼きが強まってくる。まるで誰かに掴まれて(ねじ)り上げられているかのようだ。レーダーの画像に森は集中しようとした。だが映るのはノイズだらけの歪んだ像で、グニャグニャと動く迷路を無理矢理に眼でたどるように難しい。

 

たちまち眩暈に襲われかけた。頭がクラつき、昏倒しそうになるのがわかる。とても長く見続けられるものであるとは思えない。

 

それでも見なければならないのだ。森は必死に画に眼をこらした。雨の日の水たまりを見るかのような画面の中で、冥王星とカロンが揺れる。その間の空間を無数の蛍が飛び交っている。蛍の群れは形を取って、人の顔に見え始めた。

 

女の顔だ。笑い顔だ。森は母の顔だと思った。嘲笑いを口に浮かべて自分をじっと見下ろしている。子供の頃、いつもそうしてきたように。

 

魔女だ、と思った。これは〈スタンレーの魔女〉だ。魔女がわたしを笑っている――。



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対峙

「魔女が笑っていた……」

 

古代は〈ゼロ〉のコクピット内で声にならないつぶやきをもらした。キャノピー窓に冥王星。その白い〈ハートマーク〉の面に冷たく笑う女の顔を見たように感じる。

 

兄の書棚に置かれていた一冊の本を思い出した。書名は『スタンレーの魔女』。著者の名前はファントム=F=ハーロック。

 

〈バーンストーマー〉と呼ばれた時代の探検飛行家だ。三浦の浜で宇宙海賊ごっこをしたとき、兄が己の名としたのが、ドイツの山賊の血を引くらしいそのパイロットの名前だった。

 

第一次と第二次の、二十世紀のふたつの世界大戦の間を〈バーンストーマー〉と呼ぶ。その時代に飛行機は木と布で出来ていた。最高時速二百キロ。上昇限度五千メートル……しかし燃料を満載しては、そのどちらも覚束(おぼつか)ない。そして一度に一千キロも飛べはしない。

 

そんな時代にハーロックは、〈赤道の壁〉を越えようとした。洋上ヒマラヤ、ニューギニア。スタンレーの山脈だ。ポートモレスビーからニューブリテン島ラバウルまで距離は八百キロ。燃料を節約しながら飛んで五、六時間。けれども、間にスタンレーの高い山脈があるために、当時の技術で飛行は不可能とされていた。

 

赤道直下にありながら雪を被った白い山脈、スタンレー。その最高峰、ジャヤの(いただき)。標高5030メートル……ハーロックはこの壁を越えようとして果たせなかった。無念の涙を呑んで引き返すとき、振り返ってその山が笑っていたと彼は言った。山肌に魔女の顔を見た。魔女が自分を笑っていた、と……。

 

そう本に書き記し、再び挑んだときに降りてこなかった。彼はおそらく〈魔女〉を越えるには越えたのだろう。けれども彼とその愛機〈わが青春のアルカディア号〉は熱帯のエメラルド色の密林か、コバルトブルーの海に呑まれて見つけようもないのだと……。

 

そう語られる。兄の本にはその山の写真が載せられていた。古代はどう眺めても、その白い断崖に笑う魔女など見出(みいだ)せなかった。

 

冥王星を写真で見ても。〈スタンレー〉。〈ヤマト〉のクルーがこの星をそう呼ぶのを聞いたとき、古代が最初に思い浮かべたのはあの本の中の写真だった。冥王星の白いハートは、無人探査機が撮った写真で見たならばあの本の〈ジャヤ〉の断崖のようでもあった。

 

写真で見れば――今までそこに、笑う顔など古代の眼には見えなかった。けれども今、〈ゼロ〉に乗りこうして(じか)に向かい見て、古代はその白いハートに顔が浮かんでくるのを覚えた。せせら笑う女の顔――。

 

人よ、わたしを越える気か。そうはさせぬと(あざけ)り笑う女の顔。魔女だ、と思った。兄さん、見たよ。おれは見たよ。ハーロックが見たと言った魔女の顔をおれは見たよ。

 

魔女がおれを笑っている……。



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嘲笑

そうよ、人は滅びるのよ。それでいいのよ。そうでしょう? レーダー画像の中で魔女が語りかける。その声を森は聞いたように感じた。

 

母さん、と思う。魔女は母の顔をしていた。世の終わりを夢見るときに浮かべていたあの笑い。もうじき、もうじき……母はいつも言っていた。もうじき予言が果たされて、すべての人が死ぬときが来る。その後であたし達だけ神は救ってくださるのよ。ああ、そのときが待ち遠しいわ……。

 

そうよ、わかるでしょう、ユキ――画面の中で母が笑う。やっとそのときが来たんじゃないの。あなた、それを止める気なの? そんなことはないわよねえ。ずっと教えてきたのだから……そんなレバーは離しなさい。そして笑うの。母さんのように。あなたもここで、人がもがいて死んでいくのを一緒に笑って眺めましょ――。

 

ね?と言った。今や右腕の古傷の(うず)きは、耐え切れぬほどになっていた。包丁で斬られたときの痛みの記憶。それを腕が思い出し、脳に送ってきたかのように。

 

あるいは、もっと古い記憶だ。母は娘のわたしが手に持つものを、それがなんでも取り上げてきた。手首を掴んで伝道に引きずり、ドアがバタンと閉められるたび雑巾絞りに腕をギリギリねじ上げてきた。

 

その痛みだ。腕がちぎれるような痛み……嘘よ、こんなのは錯覚よ。森は思った。レーダー画像で眼がおかしくなっているだけ。こんなのは全部(まぼろし)よ。

 

幻覚だ。もちろん、そうに違いなかった。消えろ、と念じた。母さん、わたしはあなたの言うことは聞かない。このレバーは離さない。だからどいてよ。邪魔しないで。

 

けれど消えない。何を言うのと顔はニタニタ笑い続けた。あんた、ほんとにおかしいんじゃないの。本気で人類を救うつもり? あんな愚かな者達を。人間なんか宇宙から消えてなくなった方がいいのよ。そうでしょ。ここで終わりにしようよ。

 

顔は言った。いつの間にか、母の顔ではなくなっていた。魔女はその娘である自分自身の顔をしていた。森は鏡を見るようにして、レーダー画像の中に浮かぶ己の顔と向き合っていた。

 

そうよ、あたしよと自分が笑う。あなたのことは知ってるわ。だってあたしはあなただもの……ずっと思ってきたわよね。〈終わりの予言〉が正しいのなら早くそのときが来ればいいって。親の言う〈楽園〉なんて絶対あたしは行きたくない。今すぐ人を滅ぼして、あたしも一緒に死なせてください。神がいるならどうしてそうしてくれないの、と……そうよね。そうだったわよねえ、ユキ……。

 

ほら、今こそ、その願いが叶うチャンスよ。だからそんなレバーなんか離しちゃおうよと顔は言った。人類なんか救う価値ない。父さんも母さんもバカだったけど、あのふたりがああなったのも元はと言えば人がくだらない生き物だからよ。そうでしょ。みんな殺しましょ。あたしも死んでみんなおしまい。それがいちばんいいんじゃないの。

 

そのレバーから手を離すだけで、積年の思いが叶えられる。愚かなどうしようもない者達に、あなたが裁きを下すのよ。ね、そうしよう……。

 

顔は笑った。やっぱり、神はどこかにいて、あたしを見ているのかもしれない。あたしは神に選ばれたのよ。人を滅ぼし、あたしだけを救ってくれる。そうよ。初めからそのようにすべて計画されていたのよ。ここで導きに従えば、あたしだけが楽園に行き、永遠の命を授かるの……。

 

違う、と首を振ろうとした。その途端に頭がクラリとするのを感じた。眼がおかしい。見えない、と思った。嘲笑う顔以外に何も――ぼやけて霞み、グニャグニャに歪んでしまって見ることができない。視力がほとんど失われてしまっている。

 

見えるのは魔女の顔だけだった。勝ったわね、と笑う声を森は聞いたように思った。そんな、嘘よと考えても体が言うことを聞こうとしない。

 

まるで夜に寝ていて金縛りに遭ったような感覚だった。ただ目の前に顔があり、自分を見てるが何もできない――明滅するレーダー画面を見続けたことで、脳があれと似た状態に陥ったと言うことか? 頭の隅でチラリとそう思ったが、そうだとしてもどうすればいい?

 

そんなの、どうにもできるわけが――ああ、ダメだ。気が遠くなる。森は自分が意識を失いかけているのを感じた。しかしどうすることもできない。

 

頭の中で響く声はもはや哄笑になっていた。そうよ、死ね! 死んでしまえ! 人はみんな死ねばいいのよ! 母に言われ続けた言葉を、自分の顔がいま叫んでいる。アハハ! それでこそいい気味なのよ!

 

でもまず、ユキ、あなたからよ! 森は顔がそう叫ぶのを聞いたように思った。喉元めがけて突き立ててくる(やいば)を見たように思った。いつか見た光と同じ。

 

それだ、(かわ)せ、と本能が告げた。手を使うのだ。あのときのように――けれども右手は、金縛りの雑巾絞りに遭ったまま、しびれて動こうとしない。無理に引けば肘から先がちぎれて落ちるんじゃないかと思った。

 

だが構うものか、やれ、と心の声が叫ぶ。森は背中に体重を乗せ、肩の力でレバーを引き抜かんばかりに引いた。



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いま持つカードで

「命中です。衛星ビーム、〈ヤマト〉に命中!」

 

オペレーターが叫んだ。ガミラス基地司令室。ガンツが言った。「直撃か!」

 

「いえ。どうやら直前で、〈ヤマト〉は制動をかけたようです。当たりはしたが舷に(はじ)かれたのではないかと……」

 

「制動だと? 直撃は()けたと言うのか」

 

「フム」とシュルツが言った。「なかなかやるな。不意を突いたはずだったが」

 

「まさか……」とガンツ。「やつら、〈反射衛星砲〉の存在を予期して……」

 

「フン。まさかとは思うがな。ちょっと角度を付け過ぎたかもしれんな。制動で(かわ)す余裕を与えたか……」

 

「はあ……と言って、あまり星の近くからでは、〈思わぬ角度からの攻撃〉とならない……」

 

「その通りだ。案外と思い通りにならないものだな、衛星砲と言うものも……やつらも二度と同じ角度からの砲撃は喰うまい。次の衛星を選定しろ」

 

砲撃手が、「はい。すでに出来ております」

 

レーダー手が、「〈ヤマト〉、エンジンを始動しました。ノズルからの噴射を確認」

 

「ほう」とシュルツ。「やはりな。波動砲は使えなかったか」

 

ガンツが言う。「そのようですね。エンジンを止めていたのは見せかけだった。そうでなければ制動もかけるにかけられなかったはず。それに何より、撃てるのならばもうとっくに撃ってるでしょう。なのにそうせず突っ込んでくるなら……」

 

「波動砲はとんだ欠陥兵器だとこれで証明できたわけだ。そうと最初から確信できていたならな」

 

「今からでも遅くないのではありませんか? 避難させた船を呼び戻して……」

 

「いや。そうはいくまいよ。多勢に無勢となってしまえば〈ヤマト〉はここをあきらめて逃げていってしまうかもしれん。戦闘機隊を置き去りにしてな。あるいは玉砕覚悟のうえでこちらめがけて波動砲をぶっぱなしてくるかだ。そのどちらもさせるわけにはいかん」

 

「それは確かに……」

 

「そうだろう。いま持つカードで勝負しなければならんのはこちらも向こうも同じなわけだ。そもそも、〈ヤマト〉に護衛の艦隊が付くならば波動砲の欠陥は欠陥にならん。我々は撤退するしかなくなっている」

 

「〈ヤマト〉を逃しも波動砲を撃たせもせずに追い詰めねばならないと?」

 

「その通りだ。なかなかおもしろいゲームになりそうではないかね? それでこそ命懸けでここに残った甲斐(かい)があると言うものだ」

 

「確かに……」と言ってガンツは笑った。「この楽しみを他に分け与えるのはもったいないと言うものですね」

 

「そういうことだ。〈ヤマト〉にはせいぜい楽しませてもらおう」シュルツは言った。「ゲームはまだ始まったばかりだ。反射衛星砲、二発目用意」



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四枚貝

なんだ、今の攻撃は? 古代は思った。振り返れば、エンジンに点火して加速を始めた〈ヤマト〉が見える。ビームを喰らったとは言っても、ここから見る限りでは大きな損傷を受けたようすは窺えない。

 

敵に一発撃たせた後は、〈ヤマト〉は波動砲を撃つ見せかけを解いて冥王星に突っ込むのは元からの作戦だ。けれどもそれは、敵に先に撃たせることでビーム砲台がどこにあるかを探ることを目的にしていた。砲台は冥王星かカロンのどちらかの地面に固定されているはず、という考えであり、古代もまた〈ゼロ〉の各種の探知装置でその位置を特定し、すぐさまカメラのレンズを向けて超望遠で砲台を撮って、データを〈ヤマト〉に転送する役を(にな)わされていたのだ。機体が持つすべての〈眼〉は冥王星とカロンに向けて絞られていた。

 

が、今〈ヤマト〉を狙ったビームは、まったく思いがけぬところから放たれていた。宇宙の一見する限り何もないように思える空間。かつてニクスやヒドラと呼ばれた岩がまわっていたであろう場所だ。

 

しかしそれらは、地球に投げる遊星の材料にされてしまってなくなっている。レーダーには何も映っていなかった。それには強力な探知妨害がかけられているせいもあるが――。

 

それでも大きな物体や、高熱を帯びているものがあれば、まったく探知できないなんてことがあるはずもなかった。なんだ、どうなっているのだと思う。

 

次元潜宙艦でもいるのか? しかし、仮にそうだとしても、ビームを撃つとき姿を出さずに済むなんてことがあるはずがない。それにまた、潜宙艦が強力なビーム砲を積んでいるなどまず有り得ぬことのはずだ。

 

通信で山本機を呼んでみた。「〈アルファー・ツー〉、今のビームが来た方角がわかるか?」

 

『わかります』

 

「こちらの機器には何も映らない。そちらには?」

 

『いえ。わたしは周囲を警戒していましたし……』

 

「そうか」

 

と言った。そうだった。山本はまず何よりも僚機を護って飛ぶのが任務。ゆえにこのおれに前を見させて自分はまわりを見張っていたのだ。〈ヤマト〉を狙うビーム砲を探るのが直接の任務ではなかった。

 

古代は〈ゼロ〉のカメラ・アイをビームが来た方角に向けた。超光速レーダーでは何も捉えられなくても、光学的には何かあれば見えるのでは――そう考えて、索敵モードにしてスキャンをかける。

 

センサーがそこにあった物体をたちまち見つけてズームインした。アップにしてディスプレイに映し出す。

 

見て、こりゃなんだと古代は思った。画面に出たのは何やら花のような形状のものだった。あるいは風車か、バナナの皮を広げたような十字型の物体だ。人工の機械なのは疑いないが、明らかに地球製のものではない。

 

三浦の磯で子供の頃に古代が棒で()ついたような、海の変な生き物を思わす有機的なデザイン――まあもっとも、それを言うならあのタイタンで凍っていた〈ゆきかぜ〉だって、まるでナマコかウミウシだったが――。

 

だがそれにしても、まるでクラゲかヒトデの(たぐい)が、海を漂っているようだった。でなければ、貝か。〈四枚貝〉とでも呼ぶべき花の形をした貝が、殻を広げて中にある雄しべや雌しべのようでもある口を動かしているような――そうだ。まさに貝だった。それが古代が三浦の浜で掘って遊んだアサリのように、四枚の〈殻〉を閉じかけている。一瞬、それがキラリとまさに真珠貝の殻のような虹色の光を放ったのを、古代は〈ゼロ〉のカメラが捉える画像の中に見た。

 

古代は言った。「なんだ? これ――」



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二発目

「大丈夫デスカ」

 

とアナライザーが言う。森は頭を振りながら「ええ」と応えた。だがどうやら、自分が失神していたらしいと気づく。なんだか妙な感じがすると思ったら、アナライザーの機械の腕がモミモミと指を動かして自分の胸を揉んでるとわかった。

 

「ちょっと」と言った。「あんた、何やってんのよ」

 

「イエ、ワタシハ、オ体に異状ガナイカ確カメヨウト――」

 

「このロボットわあっ!」

 

油断も隙もない! 手をもぎ離して助平(すけべい)ロボをどつき倒した。そこで真田の声がした。

 

「大丈夫か、森君」

 

「え、ああ、はい」

 

応えた。どうやら眼は見える。腕の痛みも消えていた。まだ頭がクラクラとする感覚が残っているが、

 

「大丈夫です」

 

「ならいいが……」

 

と真田は言った。森はコンソールに向かい、機器をいくつか動かしてみた。

 

もう画面に〈顔〉が浮かんでくることはない。あれはただの幻覚だったと言うことだろう――まあもちろん、そうに決まってはいるわけだが。自分で自分を催眠術にかけたような状態に陥っていたのかもしれない。だから手までが動かないように感じたのだ。その金縛りが解けてしまえば、後はなんてことはない。

 

部下の船務科員から報告が入っていた。《受信》のボタンを押すと声が、

 

『報告します。被弾箇所の損害軽微! 装甲がビームを(はじ)いてくれたようです。人的な被害は皆無。ケガをした者もありません!』

 

おーっ!という歓声が艦内に響き渡るのも聞こえてきた。どうやら制動が間に合ったらしい、と森は手元のレバーを見た。操艦はすでに島に戻されているらしく、ランプの灯は消えている。

 

真田が言う。「喜ぶのはまだ早いぞ。まだ一発()けただけだ」

 

正確には避けきれたわけではないが、直撃さえ(かわ)せれば良しと言うのが元からの考えではあったのだ。とりあえずそれは達せられたはずだが、

 

太田が言う。「けれどよく間に合ったよな。ビームはまるで変な方から来たようだけど」

 

「そう――」

 

と真田が言って難しい顔をしている。変な方向? なんのことだと森は思った。今さっきはそもそも眼がおかしくなって何もわからず、ただ光を見た瞬間にレバーを引いただけだったのだが。

 

レーダー画面の冥王星とカロンを見た。敵のビームが放たれた位置を指標で表しているはずだが見当たらない。

 

あれ、おかしいなと思った。それは目立つコンテナで囲まれているはずなのに。

 

と思ったら、見つけた。冥王星ともカロンとも離れた宇宙空間に、〈敵ビームの発射位置〉を示す指標。

 

え、まさか。わたしはこれを見たと言うのか? 森は思った。真田と新見の考えでは敵のビーム砲台は冥王星かカロンの陸地に固定されているはずとなっていた。だから自分はふたつの星に集中していたつもりだった。しかし、撃ってきたのは予想とはかけ離れた場所?

 

「どういうことなんだ?」南部が言った。「移動式の宇宙ビーム砲台を敵は持っているってこと?」

 

「そうなるのか。いや、しかしそんなバカな……」と真田が応える。「そんなことがあるわけが……〈ヤマト〉を狙えるほどの威力の砲をやつらが持っているとするなら、それは相当に大きなものになるはずなんだ。いくらなんでも、レーダーに映らぬはずが……」

 

そうだ、と森も思った。いかに強い探知妨害をかけようと、大きな物体が宇宙にあれば何か映る。それも、強力なビーム砲台となれば、かなりの高熱も発するはず。次元潜宙艦の(たぐい)でも、ビームを撃つのに姿を隠せるものではない。

 

ガミラスが〈ヤマト〉を狙い撃てるほどに強力なビーム砲台を宇宙に浮かべていると言うのは、レーダー手としての森の知識や経験にも反している話だった。〈ヤマト〉の探知能力ならば、何かいれば自分に見つけられないはずがないのだ。

 

森は機器を調べてみた。しかし、

 

「特にこれと言ったものは……潜宙艦がいると言うような形跡もありません」

 

「まあ、どのみち次元の〈下〉からビームなんて……」

 

真田が言う。と、そのとき新見が叫んだ。

 

「待ってください、いま〈アルファー〉からデータが来ました! ビームを撃ってきたのはこれです!」

 

メインスクリーンに映像が出る。皆がそれに眼を向けた。画面に出たのは奇妙な物体。宇宙に四弁の花がひとつ咲いてるような。

 

「なんだ?」

 

と南部が言った。そのときにつんのめるような衝撃が来た。森は体を前に持って行かれそうになり、シートベルトが身に食い込むのを感じた。アナライザーが三つに分かれて床を転がるのが見える。

 

島が〈ヤマト〉に急制動をかけたのだ――気づいたときに、別の衝撃を森は感じた。同時に光。艦橋窓に炸裂する光が見える。

 

対艦ビームだ。今度は直撃を喰らったのだ。森は急いでレーダーを見た。新たな指標が表れている。〈ビーム発射位置〉を示すコンテナが、さっきのものとは別の宇宙空間に。

 

どうなってるの? 森は思った。また手元のレーダー画像に、嘲笑う魔女の顔が浮かびあがってきたように感じた。



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直撃

〈ヤマト〉はレンガ張りの船だ。二百年前の〈スペースシャトル〉と呼ばれた宇宙軌道船が耐熱レンガを全体に張り、潜水艦が無反響レンガで船体を覆ったように、墓石ほどの大きさの装甲レンガをウロコのように舷と甲板に貼り並べている。ひとつひとつのそのレンガは強力な対艦ビームや宇宙魚雷の直撃に一度だけ耐えるように設計されていた。

 

攻撃を受けたらそのレンガはそれ一個だけ犠牲になって砕けることで衝撃を逃し、まわりの装甲や船の内部に損傷をなるべく広げないようにする。〈ヤマト〉は名こそ〈戦艦〉でも戦うための船ではないから、あらゆる装備はマゼランへの旅を急ぐのに都合がいいよう考えられているのだ。敵に遭っても必要以上の交戦を避けて危機を脱するのに努め、状況を切り抜けてからダメになったレンガだけ貼り直して旅を続ける。傷を受けても〈港〉へ寄れず、人を失くしても補充ができず、一日も早い帰還を目指さねばならぬ〈ヤマト〉にとって、乗組員を護ることと補修の手間を軽くするのは極めて重要なのである。

 

一度だけなら耐えられるはずの装甲――しかし、敵の対艦ビームの威力はこれが持ちこたえられる限度を超えていた。〈ヤマト〉に当たった二発目のビームはいくつかのレンガブロックを吹き飛ばし、内側の壁をズタズタに裂いて無数の細かな破片に変えた。

 

熱く焼けたそれらが鳥を撃つ散弾のように船の中で(はじ)けることで、内部を破壊し機器に損傷を与えるのだ。そしてもちろん人間にも襲いかかった。爆発の(つぶて)を喰らって人が吹っ飛ぶ。開いた穴から抜ける空気にたちまち数名のクルーが船外に吸い出された。一瞬の悲鳴。けれどもすぐに、何も聞こえはしなくなる。

 

外へ投げ出された者は、おそらく途中で気を失いもしただろう。そのまま何も感じることなく死んで凍りつくだけだ。服に大きな穴でも開けば、沸騰した血が傷から噴き出してあっという間に失血死する。

 

ビームを受けた壁の近くにいた者は、そうしてひとたまりもなく死んだ。だが、地獄は、即死を免れた者達にこそ待っていた。体じゅうに焼けた針を打たれたように炸裂の破片を喰らって宙を舞い飛ぶクルー達。

 

人は真空状態に少しばかり(さら)されたところですぐに死ぬことはない。戦闘服は小さな穴が開いたとしても着る者の命をしばらくの間は護るように造られているが、しかしたまるわけがなかった。人口重力が消えた室内で床や壁に叩きつけられ激痛に叫ぶ。

 

だが、彼らにその場でじっとするのは許されない。服には緊急用の十五分ほどの酸素ボンベしか付いてはおらず、生命維持装置もまたその程度の間しか働かない。ただちに誰かが救い出すか、自分でその場を脱せぬ限り確実に死ぬことになるのだ。

 

〈ヤマト〉にクルーの補充は利かない。貴重な命がたちまち奪われ始めていた。



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スナイパー

「そんな……なぜだ!」

 

第一艦橋で真田は叫んだ。メインスクリーンに新たな〈敵〉が映っている。超望遠で捉えたのは、花型をした貝のような物体。〈四枚貝〉とでも言うか、それとも巻貝から頭を出したヤドカリが巨大なハサミを動かしているかのような。

 

大きくはない。その花だかプロペラのような四枚羽根をいっぱいに広げても差し渡し10メートルあるかどうかだ。中央の芯の部分は〈人〉が中に入れるほどの大きさに見えない。

 

どうやら、星のまわりを回る人工衛星の(たぐい)とわかる。一発目の対艦ビームを撃ってきたのとまったく同じ形状だった。同じものが他にもいて、別の角度から撃ってきたのだ。それにやられた。しかしそんな――真田は言った。

 

「バカな……こんなこと有り得ない」

 

「うろたえるな!」沖田が言った。「島! まずは回避運動だ。そのまま行けば必ず三発目が来るぞ。どの向きでもいいから九十度回頭させろ!」

 

「はい!」

 

島が叫んで操縦桿をひねった。船体が軋む程の急旋回で〈ヤマト〉の巨体が進路を変える。横Gを受けて床が傾くように感じ、真田は急いで席についたハンドルを掴んだ。

 

「南部!」続けて沖田が叫ぶ。「あの敵を狙えるか!」

 

「はい! 副砲で充分狙える距離です!」

 

「では撃て!」

 

「はい! 一番及び二番副砲、砲撃用意! 目標――」

 

言いながら機器を素早く操る。南部の席のコンソールは、素人目には録音技師が扱うサウンドミキサーとでも言う装置か何かのように見える。無数のツマミやダイヤルが、船のあらゆる砲雷に取るべき角度を決めさせるべく、超複雑なオーディオ機器のデッキパネルのように並んでいるのだ。今はこのうち、〈ヤマト〉艦橋前後についた副砲塔への回路を開けて、それぞれの射手に撃つべき標的の指示を送った。

 

〈ヤマト〉の副三連装砲塔は言わばスナイパーである。主砲に比べて威力は劣るが、長距離狙撃能力と速射性能に優れており、遠く離れた小型の敵を素早く正確に狙うときその本領を発揮する。敵の人工衛星と(おぼ)しき物体――あのように小さな(マト)を遠くから狙い定めて撃つのには最も適した武器だと言えた。艦橋前の〈一番〉と、後方の〈二番〉がそれぞれ〈ヤマト〉を撃ってきた最初と二発目の敵を狙った。

 

「てーっ!」

 

撃った。ふたつの標的はともにそれぞれ一発でたちまちあっけなく破壊される。

 

「撃破確認」

 

と森が言い、続いて新見が、

 

「ほとんど装甲らしいものも(ほどこ)してなかったようですね」

 

と言った。確かにそうだろうな、と真田は思った。今の狙撃は副砲の射程ギリギリだったはずだ。それで殺れてしまうと言うのは大した敵ではないと言うこと。ではあるが――。

 

「同じものがまだ他にいるのか?」徳川が言った。「だとしたら、このまま行くのは自殺行為だぞ」

 

「そうだ。しかしそんなはずは……」真田は言った。「そんなはずがないんだ。やつらが〈ヤマト〉を狙える砲をいくつも持っているなんて……」

 

「あの二基だけで終わりと言うのか?」

 

「そう……いや、しかし……」

 

首を振った。予期せぬ事態に混乱し、頭がまったく働かなかった。こんなことがあるはずがない。こんなことがあるはずが……ただそればかり頭の中を駆けまわる。真田は愕然として、コンソールの画面に映る冥王星を見るしかなかった。



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砲台

「フフフ、〈ヤマト〉め。中のやつらが慌てるさまが見えるようだわ」

 

と、シュルツは喜びを抑えきれないようすで言った。冥王星基地司令室。彼が向かうスクリーンには〈ヤマト〉の動きが線で表示されている。その進路は明らかに、デタラメに舵を切って向きを変えつつ進むしかない船のものだった。

 

「ククク……」とガンツも笑い、それから言う。「地球人もこちらが対艦ビーム砲で星を護っているのは予期していたようですね」

 

「だろうな。まあ当然のことだ。しかしやつらは砲台が宇宙にあるとは考えなかった。星の地面に固定され、数は一基かせいぜい二基と考えていた……」

 

「やつらとしてはそう思うでしょう」

 

「そうだ。それがこちらの限界だとな。悔しいかなその通りと言えばその通りでもあるからな。しかし……」

 

シュルツは言って別のスクリーンに眼を向けた。大出力の固定ビーム砲台だと一見してわかる物体が映っている。地に据え置かれて斜め上方に向けて突き立つ円筒形の太い柱。

 

カメラで撮られた()で見ても、それがかなりの大きさを持っているのが窺い知れる。太古の昔に地球の上をノシ歩いたティラノサウルスなどと呼ばれる種類の巨竜――それと同じ大きさを持つであろうと思えるものが、躰をもたげて鼻面を天に向けているのだ。そして、恐竜の尻尾のように、エネルギーを送るパイプが後ろに繋がっている。

 

しかし、大きさはともかくとして、その形状はまるで地球の(いそ)で見るフジツボかエボシ貝とでも言う生き物のようだった。恐竜ならば頭があるべき砲の先端は、まさに烏帽子(えぼし)か花の(つぼみ)といった形に膨らみ尖っていて、高い熱を帯びているらしく赤い光を放っている。

 

「まさかこのようなものであるとは思うまい」

 

シュルツは言った。言ったが、しかし、それだけ見れば、砲として特に変わったことはない。『まさかこのような』とシュルツが言うのは、その尖った烏帽子が差す先の空間のことだった。

 

ビーム砲はそれが撃つべき〈ヤマト〉の方角を向いていない。まるであさっての天へ突き立ち、一点を狙ったままに動こうとしない。火線の先の宇宙空間に浮かんでいるのは、四弁の花のような形の物体。

 

〈ヤマト〉にビームを当てたのと同じ人工衛星だ。

 

「〈反射衛星砲〉……」ガンツもニヤリと笑って言った。「三発目を撃ちますか?」

 

「いいや、まだだ。この距離では直撃でもたいした傷は与えられまい。衛星も数に限りがあるからな。撃って(かわ)されてしまったら、こっちがまた〈カガミ〉をひとつ殺られるだけだ。それではつまらん……次の一撃はもう少し近づいたところで喰らわせてやらねばならん」

 

「近づいてきますかね?」

 

「来るさ。ここで我らに勝たなければ、地球人類は今日のうちに消え去るのだ。やつらとしては逃げるわけにはいかんだろうよ」

 

「確かにそうではあるのですが……」

 

(かな)わぬものと見たならばあの船だけでも逃げねばならぬ、か。それもある意味では勇気だ。いつか、やつらが言ったところの〈メ号作戦〉のときのようにな。あのときに一隻だけ逃げ帰った船があったな。しかし今度ばかりはどうか……」

 

「今日は逃げずに向かってくるとお考えですか?」

 

「だから、それを見るためにも三発目は待とうと言うのだ。まだ撃つなよ。発射準備をしたうえで待て」



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話が合わない

「どうするんです! 三発目を喰らったら船は!」

 

〈ヤマト〉艦橋で島が叫んだ。今は加速もブレーキも島に任せられているが、操縦席のコンソールパネルにはごく小さなレーダー像しか表示できず、満足なビーム回避など望めない。まして、砲台がいくつもあって、宇宙のどこから撃ってくるのかわからないと言うのでは――。

 

〈ヤマト〉は進路をそらしながらも、冥王星に近づいている。最初はほぼ真円の満月型に見えていた星が、少しずつ欠けて歪んでいきつつあった。このまま行けばいずれは半月ならぬ〈半冥王星〉として窓に見えることになるだろう。

 

それまで船の命があればの話だが――どうする、と真田は思った。〈ヤマト〉が星に近づくごとに、砲の射程に深く入っていくことになる。このまま行けば行くほどに敵のビームは威力を増して、船の装甲を深く貫き内部を破壊させることに――。

 

にもかかわらず『なぜ』という問いが頭から離れなかった。そのために他のことをまったく考えることができない。なぜだ。どうしてガミラスは、宇宙からこの〈ヤマト〉を撃ってこれたのだ。そんなはずがない。こんなことがあるわけが……。

 

「嘘よ……」

 

横で声がした。新見が敵の〈衛星〉を分析しているらしいとわかる。しかし、

 

「こんなものに対艦ビームを撃つ力があるわけがない……」

 

この自分と同じことを考えているのだと真田にはわかった。そうだ。その通りだ、とは思う。しかし現に撃ってきたのだ。そう考えるしかないとなれば――。

 

真田も自分の手元の画面に(くだん)の〈ビーム衛星〉の()を出してみた。まるで四枚羽根の風車か、四弁の花といった形状。

 

しかしこれはなんなのだろう。四つの羽根だか花びらだかは、一見すると太陽電池パネルのようでもある。だが太陽から遠く離れたこんな場所で、あの程度の大きさのパネルに発電など望めないはず。

 

となれば、一体なんだと言うのか――それはビームを放った後、キラキラと真珠のように輝きながら、貝が殻を閉じるように四枚板を畳み合わせようとしていたらしい。

 

太田が言った。「でも、認めるしかないだろう! 敵は宇宙のどこからでもこっちを狙い撃てるんだ!」

 

「ええ……でも、そんなはずがないのよ。そんな……これでは、今までの話が全部おかしいことになってしまう……」

 

そうだ、と真田は思った。新見の言うのが間違っているなんてことがあるはずがない。冥王星に対艦ビームがあるとしたら、それは必ず星の地面に固定されているはずなのだ。なぜなら……。

 

「敵が小型高出力のビームを持っているわけないのよ。もしあったら、八年前にとっくに人は滅ぼされてる。一年前に〈きりしま〉が生きて戻れたはずもない……」

 

「そりゃ理屈はそうなのかもしれないが……」

 

とまた太田が言う。しかし、新見が正しいのは正しいのだと真田としては考えるしかなかった。ガミラスに宇宙を自分で移動できる強力なビーム砲があるはずがない。そんなものがあるならば〈ヤマト〉の波動砲のように船の舳先にでも付けて、一年前に逃げた沖田を追ってドカンと一撃に沈めることができたはずだ。

 

だが〈きりしま〉はやつらのどの船よりも強い主砲を持っていた。ビーム砲の火力においては地球の方が(まさ)るため、八年間防衛線を維持してこれた。ゆえにこれが違うとなると、これまでの話のすべてがおかしいことになってしまう。

 

「でもそれは『これまでは』の話だろう? この一年の間にビームを開発したってことは?」

 

「有り得ません! だったらなんで、タイタンでそれを使わなかったんです?」新見が言った。叫び声に近かった。「あんな小さなものならば、駆逐艦にも積めるはずですよ。タイタンであいつを積んだ駆逐艦に囲まれてたら、〈ヤマト〉はひとたまりもなかった! 絶対にあそこで沈んでいたはずです!」

 

「それは――」

 

と太田。そうなのだ。ついこの前のタイタンでの戦いが、ガミラスに船に積めるほどに小型で高出力の対艦ビーム砲などあるはずないことの証左になっていた。そして今もあらためて、新見の言葉が正しいとどうしても考えざるを得ない。あの十字の妙な衛星。あんなものを持っているなら、どうしてタイタンで使わなかった?

 

あの貝殻みたいなパネルは、畳み合わせてすぼめる仕組みになっているわけだろう? 駆逐艦にもラクに積める大きさなのはひと目でわかるではないか。ワープによってタイタンに運び、〈ヤマト〉を狙い撃てばよかった。それでやつらはあそこで勝っていたはずだ。

 

新見は言う。「変よ。こんなの、理屈に合わない。なんであんな衛星に対艦ビームが撃てるって言うのよ。嘘よ。絶対にこんなのおかしい……」

 

「でも、そんなこと言ったって……」

 

とまた太田が言った。そのときだった。

 

「落ち着け!」

 

沖田の声が艦橋に響いた。真田はその一喝(いっかつ)に、ピシャリを体を打たれたように感じた。

 

他の皆も同じだったようだ。みなハッとしたようすになって艦長席を振り返る。

 

「島。もう一度、制動を森に渡せ。お前は操艦に専念しろ」

 

沖田は言った。島は「は、はい」と応えて指示に従う。

 

「相原。古代に『行け』と伝えろ。予定通り作戦の第二段階に入る」

 

「はい……」

 

相原はマイクのスイッチを入れた。〈アルファー・ワン〉への回線を開ける。

 

「敵は罠を張っている。そう容易(たやす)く破れるような単純なものなどではない――わかりきっていたことだ」沖田は言った。「だから慌てるな。落ち着くのだ。こういうことになるというのは、わしはある程度予期していた。そのうえでここで戦うと決めたのだ」

 

艦橋クルーを見渡して、最後に真田に眼を向けてきた。

 

「そうだったな、真田君」

 

「う……それは……」

 

返事に詰まった。確かにそうだと頷く他ない。ビーム砲台は冥王星かカロンに一基。敵に先に撃たせてしまえばその位置がわかる――作戦前に真田がそう言ったとき、沖田はすぐに『そんな簡単に行くものか』と返してきたのだ。

 

「君の考えは悪くはないが、やつらは必ず裏をかく手を講じている――わしがそう言った通りになっただけだ。なのにどうしてうろたえる」

 

「そ、それは……」

 

「新見」と今度は新見を向いて、「君も何も間違っとらん。あの衛星は半端(はんぱ)もんだ。おそらく極めて不完全な兵器で、何か欠陥を抱えている。いまこの船を撃つ以外には、きっとほとんど役に立たんようなシロモノなのだ。だからタイタンに持って行って使えなかった――そういうことは考えられんか?」

 

「あ……」と言った。「そ、そうです……そうに違いありません……」

 

「そうだろう。でなければ話が合わん」

 

沖田は言って、また真田を向いてきた。

 

「ならば、必ず弱点はある。探るのだ。どんなものか突き止めてしまえば、切り抜ける道も見つかるだろう。君なら必ずそれをやってくれると見込んで、任を託したのだからな」

 

「は、はい……」

 

「真田君、君はそれに専念するのだ。他のことは考えんでいい。アナライザー、分析を手伝ってやれ」

 

「あい・さー、艦長!」

 

「うむ。南部! お前は敵の衛星を片っ端から狙い撃て! 太田はすべての衛星の位置や軌道を記録して新見に送れ! 相原、お前は衛星がどこからコントロールされているかを探れ! 森は引き続きビームの回避!」

 

「はい!」

 

若い者達が叫んだ。次いで沖田は徳川を向いた。

 

「機関長。船を少々振り回すぞ。エンジンの維持に努めてくれ」

 

「ふむ。全開にするわけにはいかんのじゃろうな」

 

「そうだ。罠がこれだけのはずもないことだからな。今は焼け付かすわけにはいかん」

 

「だからと言って、制動と急加速を繰り返していては長くもたんぞ」

 

「わかっているさ。長くはかけん」

 

沖田は言って、メインスクリーンを睨んだ。それから叫んだ。

 

「島! 船を転進させろ! ピッチ上20、ヨー右に40!」

 

「え? それって……」

 

島が言った。支持に従い操縦桿を動かしながらも、

 

「これは、冥王星への直進コースになりますよ」

 

「その通りだ。だが必要なことなのだ。あの衛星がなんなのかを知るためにもな。だからまずは突っ込みをかける」

 

「わざと敵に撃たせると?」新見が言う。「でも、少し分析すれば、あれが何かわかるかも……」

 

「いいや。敵は、そんな時間を決して与えてくれんだろう。森の眼も心配だ。長くかけたらまた昏倒しかねないのはわかりきっとる」

 

「そ、それは……ですが、これ以上近づいて、直撃を受けたら今度こそ致命傷になるかも!」

 

「そうです!」と島も叫んだ。「本当にこのまま行くんですか!」

 

〈ヤマト〉はすでにその船首を冥王星に向けている。星はすでに半月形に近いところまで欠けて窓の向こうにあった。さっきより少し大きくも見える。

 

そうだ、と真田も思った。星に近づけば近づくほどにビームの射程に深く入り込むということ。当たったときの威力もそれだけ増していき、遂に一発喰らっただけで〈ヤマト〉はふたつにヘシ折られるところにまで(みずか)ら行くことになるだろう。あの奇妙な衛星が不完全な兵器であると思うなら、突撃は弱点を見極めてからにするべきでないか――真田としてはそう思えた。だが沖田は言った。

 

「いいや。やつらはこの〈ヤマト〉を一撃に仕留めることはできん」

 

「は?」と新見。「ですが……」

 

「砲の威力の問題ではない。そうはできんわけがあるのだ」沖田は言った。「考えてみろ。わかるはずだ」



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ジャヤに旗を立てろ

『〈ヤマト〉より航空隊各機へ。聞こえるか?』通信機に相原の声が入ってくる。『ジャヤに旗を立てろ! 繰り返す。ジャヤに旗を立てろ!』

 

「了解!」

 

古代は言って、スロットルを開けた。〈ゼロ〉のエンジンが唸りを上げ、(はじ)かれたように加速する。

 

山本の〈アルファー・ツー〉がついてきた。さらにその後ろをタイガー隊が散開しつつ追ってくる。

 

そしてさらにその後ろ。〈ヤマト〉もまた加速しているのがレーダーの()に見て取れた。自分達とは少し進路をそらしながら冥王星へ進んでいる。

 

予定通りの行動だ。今、キャノピーの正面に見える冥王星はほぼ半円。その〈昼〉である白夜の圏に自分ら航空隊が行き、〈ヤマト〉は〈夜〉の側にまわって〈ジャヤに旗が立つ〉――つまり、敵基地に核が射ち込まれるのを待つ手はず。状況がこのようになっても計画に変わりはないということだ。今、作戦の第二段階が始まった。

 

しかし、それで大丈夫なのか? 古代としては思わないではいられなかった。あの奇妙な衛星が何かも確かめないで行くと言うのは――だが、いいや、と首を振った。もう(さい)は投げられたのだ。船のことは島に任せて、おれはおれの役目に集中するしかあるまい。

 

〈ゼロ〉はグイグイと速度を上げる。冥王星がみるみる大きくなっていく。隊を指揮するための戦闘機である〈ゼロ〉は、〈タイガー〉よりその速力は大きく上だ。誰より早く敵地に入って状況を掴み、フォワードとなって戦場を駆け巡るべく造られた機体なのだから――レーダーマップを切り替えて、作戦エリアの図を呼び出す。目玉焼きを見るような二重丸が画面に出た。

 

冥王星の白夜圏。中央の〈黄身〉の部分が〈ココダ1〉。古代と山本の二機の〈ゼロ〉に割り当てられた区域だ。外周の〈白身〉の部分はタイガーが八つの隊に分かれて飛ぶべき領域となる。指揮管制機である〈ゼロ〉は、〈タイガー〉が星に取り付く援護をするべく、まずどの機より先にそこに着かねばならない。

 

タイガー隊を引き離して、二機の〈ゼロ〉は冥王星の極圏を目指した。ニューギニアの最高峰、赤道の壁にちなんで名付けられたこの作戦。人を(はば)んできた〈(いただき)〉を征する役を与えられたのは、まさしくこの〈アルファー隊〉だ。

 

「魔女か」

 

と古代は言った。もはや星は前面の視野一杯を占めている。〈ハートマーク〉が窓枠からはみ出しさらに近づいてくる。地球人が肉眼で初めて()の当たりにする光景。

 

ゴツゴツとした岩肌までが眼に見える。それが人の顔に見える。冷ややかに(あざけ)り笑う女の顔に。

 

〈スタンレー〉だ。ついに来たんだ。ハーロックが抜けられなかった〈ココダの道〉に――その入口におれは来たんだ。古代は思った。兄さん、行くよ。見ていてくれ。おれは行くよ――。

 

レーダーが警報を鳴らす。敵の対空砲火の射程に入り込んだ(しら)せだった。そして行く手に(またた)く光。

 

ビーム弾幕の出迎えだった。まるで花火のスターマインがそこで炸裂しているかのようだった。古代は〈ゼロ〉をその中へと突っ込ませた。



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蓮の台

「〈ヤマト〉が転進しました。まっすぐこちらにやってきます」

 

冥王星ガミラス基地司令室では、オペレーターがシュルツにそう告げていた。同時に立体映像で状況が表される。

 

「ううん……」ガンツが言った。「どういう気でしょうね。これは何も考えずただ突っ込んできているだけか……」

 

「あるいはな」シュルツは言った。「それとも、罠が〈カガミ〉を使った砲だともう気づきでもしたか……」

 

「それはないでしょう。ならば遠くから裏へまわろうとするはずです。何しろ〈反射衛星砲〉には、死角がないようでいて……」

 

「それだ。大きな死角がある。〈死角でないところが死角〉と言うな……便利なようで不便な武器だ。おまけに、やつを一撃で仕留めるわけにはいかんときた」

 

「ですが、敵の方で近づいてくれば、その死角もなくなります。これはむしろ好都合では?」

 

「ふむ」

 

言ってシュルツは立体画像に眼を向けた。散開しながらこちらめがけてやって来る戦闘機隊を指し示す。

 

「こいつらは、この基地を捜すつもりなのだろうな」

 

「でしょうね。全機が核ミサイルを積んでいると見られます」

 

「『できるものならやってみろ』と言うところだ。なんと言ったかな、やつらの言葉で――」

 

「『蓮の(うてな)で見物』ですか」

 

「それだ。そいつを、決め込ませてもらうとしよう。こいつらには勝手に基地を捜させておけ。戦闘機隊をいま全滅させたなら、結局〈ヤマト〉は逃げていくしかなくなるだろう。それこそ我らがさせてはならんことなのだ」

 

「〈ヤマト〉を逃亡船にしてもし万一のことがあれば……」

 

「そうだ。それこそ総統閣下が憂慮(ゆうりょ)しておられることだ。〈ヤマト〉はここで沈めねばならん。あれの秘密をいただいてからな」

 

言って、シュルツは立体図の状況を見た。それからハッとしたように、

 

「この動き……こちらの考えを読んでいるのか? 一撃に殺りはしないと踏んでいる?」

 

「いや、まさか……」

 

「何が『まさか』だ。有り得るだろう。そもそもちょっと考えればわかるはずのことなのだ。なぜ我らがあえて護りをガラ開きにして〈ヤマト〉をここに誘ったのか……それは単に、この船を沈めるだけが目的ではない。本当の理由は……」

 

「なるほど……」ガンツは言った。「では、いかがいたします。〈反射衛星砲〉を撃ちますか?」

 

「無論だ。準備はできているのだろうな」

 

「はい……ですが、敵がこちらの意図に気づいているとなれば……」

 

「構わん。どうせ同じことだ。閣下の(めい)(そむ)くわけにもいくまい」

 

「では、予定通り出力を抑えて……」

 

「そうだ。決して一撃で沈めることがないようにな」シュルツは言った。「船をバラバラにはせずに、中にいる乗員だけ殺すのだ。我々はそうしなければならん――そんなことは、考えたらわかるだろう。〈反射衛星砲〉、ただちに〈ヤマト〉に向けて発射だ」



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第三艦橋喪失

「ブレーキ!」

 

森が叫んで制動レバーを引いた。途端に船が壁にでもぶつかったような衝撃を受け、体が前にのめり出る。ビームは船の前方をかすめるように抜けていった。

 

()けた! うまいぞ!」

 

太田が叫ぶ。彼はただちに今の衛星のデータを分析にかけていた。さらに南部の手がコンソールを駆け巡り、副砲への指示を入力。

 

そして叫んだ。「てーっ!」

 

艦橋すぐ前の副砲が火を吹き、敵の衛星をバラバラに砕いた。真珠貝の殻のような四枚のパネルがキラキラと輝きながら宇宙に散る。

 

対艦ビーム、三発目はこちらの勝ち。だが、いつまでこれが続くか。こんなのは、たまたまうまくいっただけ――真田は思った。一度制動をかけた〈ヤマト〉はまたグイグイと加速して、冥王星に突っ込んでいく。〈ハートマーク〉が窓にみるみる大きくなっていくのが見えた。

 

〈魔女〉か、と思う。ハートの中に、冷ややかに笑う女の顔が見えた気がした。魔女も魔女なら、蛇の髪を振り乱すメデューサとでもいう名前の魔女が――。

 

今この星の周りには無数の蛇の頭が浮いて、やってくるものを狙っているのか。〈ヤマト〉が近づけば近づくほどに、その攻撃は(かわ)(にく)く、咬まれたときの打撃は強さを増すはずだ。いずれ直撃を喰らったら、ただ一撃に〈ヤマト〉は真っ二つにされて蛇の餌食となる――。

 

そうではないのか? だが艦長は、敵は〈ヤマト〉を一撃に沈めることはないと言う。なぜ――しかし、それを問う前に、真田としては考えなければならなかった。この奇妙な衛星はなんだ? なぜこんなものが対艦ビーム砲撃能力を持っている? しかもどうやら、衛星として星の周りに張り巡らせはできるけれども、しかし他所(よそ)へ持ち出すことはできない武器?

 

どうしてそんな妙な話が……一体全体、なんなのだと真田は思った。しかしともかく、これが罠として有効なのは疑いない。艦長は『一撃で殺られることはない』などと言うが、二撃三撃四撃喰らえばやはりおしまいに違いないのだ。こいつをなんとかしなければ、いずれ――。

 

と、突き上げるような衝撃を感じた。まるで下からハンマーで床をぶっ叩かれでもしたような。

 

「やられました!」新見が叫んだ。「〈サラマンダー〉に直撃!」

 

四発目だ。今度はモロに喰らったのだ。メインスクリーンに映像が出る。〈ヤマト〉艦底、第三艦橋〈サラマンダー〉。そのすべての区画の〈存命〉を表すサインが消えて、〈死んで〉しまったのが表示されていた。

 

そこには今後の航海を支える設備の数々と、そして何より、航空隊が帰還したとき着艦誘導を行うための管制室が存在する。この戦いで第三艦橋を失うことは、たとえ勝ってもすべての戦闘機を置き去りにしてこの宙域を離脱せねばならなくなるのを意味しかねない。

 

にもかかわらず、殺られてしまった。なんてことだ。これではもう――スクリーンを見上げて思った。〈サラマンダー〉には技術科のラボの分室もある。今、そこにいたはずの部下の名を真田は声に出して言った。

 

「斎藤……!」



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健在

『副技師長! 斉藤さん!』

 

自分を呼ぶ声がする。だが相手がどこにいるのかわからない。声は直接聞こえるのでなく、耳に当てた通信機が骨伝導(こつでんどう)で頭に響かすものだからだ。斎藤は「ううう」と(うめ)きで応えた。その声が船外服のヘルメットの中にこもる。

 

周囲は暗いが、それでもいくつか光るものが動いて見える。自分と同じ宇宙服を着た者が、船外作業用のランプを点けて前を照らしているのだろう。そう気づいて斎藤も、額に手をやりライトのスイッチを入れようとした。しかし手が動かない。

 

「なんだ? どうなってる?」

 

腕は磁石で吸い付けられでもしたように、床にくっついて離れなかった。腕だけでなく、体を動かすことができない。まるで寝床で金縛りに遭って身動きできないように。

 

どうなってんだ。おれは夢の中にいるか、死んで幽霊になったのかな、と思った。確か、目の前で床が(はじ)けて、おれは吹き飛ばされたはず。なのにどうして――。

 

考えてから、自分が床に寝ているのでなく、壁に貼り付いてるのだと気づいた。

 

「おい、こいつは――」

 

『人口重力を殺られたんです!』また声がする。『慣性制御が利かなくなって、船の加速によるGをまともに受けてるんですよ!』

 

「そんな――」

 

言いながら、腕に力を込めてみた。重いが、動く。しかし20か30キロのダンベルを持ち上げるような気分だった。今この部屋が加速しながら宇宙を進んでいるために、体の重さが何倍にもなっているのだ。通常は床の人口重力装置が緩和してくれるはずのものが今はない――。

 

それでも頭に手をやって、ヘルメットの額に付いたライトのスイッチを入れた。前が照らされ、周りのようすがいくらかわかるようになる。

 

元は技術科のラボであった室内は、今は火事場を見るようだった。空気はすでに吸い出され、軽いものや液体は外の宇宙空間に出てしまった後なのだろう。元は床であった場所に穴が開き、暗闇にキラキラと星が光って見える。

 

『何人か外に吸い出されたようです』

 

また声がして、体を叩く者がいる。斎藤がいま着ているのは耐スペース・デブリ仕様の船外作業服だった。その(よろい)のような服を、誰かが殴るか蹴りつけるかしたのだろう。見ると自分と同じように壁に貼り付いていた部下がひとりノタノタと這うようにしてこちらにやってきたものとわかった。相手も同じ船外服。

 

『大丈夫ですか、副技師長。爆発をモロに受けたようですが』

 

「あ、ああ」

 

と言った。そうだ。おれは爆発をまともに喰らったはずなのに……体を確かめてみると、〈服〉はボロボロになっていた。それでも、

 

「どうやら、こいつが護ってくれたようだな」

 

『ええ。普通の宇宙服なら死んでたでしょうね。ひょっとしたら、この部屋の全員――それが敵の狙いかもしれない』

 

「なんのことだ?」

 

『おかしいと思いませんか? 対艦ビームを喰らったのなら、こんなブラ下がり艦橋なんて、根っこからもぎ取られていそうなもんでしょう。なのにGがあるってことは、ここがまだ〈ヤマト〉にくっついてるってこと……』

 

「あ」

 

と言った。途端に部屋にいくつか明かりが灯るのが見えた。まだ死んでなかった機器が、息を吹き返したのがわかる。

 

だが人口重力までは、さすがに無理なようだった。生き残ったクルー達が、互いに助け合いながら壁を這って室外に逃れ出ようとしている。

 

この〈サルマタケ〉はどうやら健在――しかし、

 

「どういうことだ? ビームが直撃したんじゃないのか?」

 

『いや……まだわかりませんが、ひょっとすると……』部下が言った。『敵は〈ヤマト〉を一撃に沈める気はないのかもしれない……いま受けたのは、船を内出血させる種類のビームなのかも……』

 

「ん? なんだ?」

 

『わかりませんか。敵は〈ヤマト〉を捕獲しようとしているのかもしれないってことです! 中の人間だけ殺して、船を奪い取る気なのかも……だってそうでしょう。やつらは地球を恐れている。波動エンジン以外では地球の方が技術が上とやつらが知っているんなら……』

 

「この〈ヤマト〉を捕まえて中を調べようとする……」斎藤は言った。「やつらがそうする気だって言うのか?」



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艦橋を狙って撃て

「ううむ、手加減し過ぎたかな。あの変なブラ下がりくらい、ビームが当たればもぎ取れるかと思ったが……」

 

冥王星ガミラス基地、〈蓮の(うてな)〉と彼が呼んだ司令室でシュルツが言った。その眼前のスクリーンの画面には、今ビームの直撃を喰らわせてやったばかりの〈ヤマト〉の〈艦底艦橋〉とでも呼ぶべきものが望遠でアップに撮られ映されている。小さな穴が開いただけで、さほどダメージを受けていないのも見て取れる。シュルツとしてはこれをもぎ取るつもりで狙い撃つよう命じたのだが……。

 

「なかなか頑丈ですね」とガンツが言う。「もう少し出力を上げてみますか」

 

「そうだな。あまり壊したくないが……」

 

「しかし多くを望むわけにもいかないでしょう。やつらはいずれ砲の弱点に気づきます。その前に戦闘能力を奪わないと……」

 

――と、言ってる間にも〈ヤマト〉の副砲がまた動き、艦底艦橋を狙撃した衛星めがけてビームを撃ち返されたのをオペーレーターが伝えてきた。一撃でそれは軽く消し飛ばされ、レーダー画像から指標が消える。

 

「ううむ」と言った。「〈カガミ〉にも数に限りがあることだしな」

 

「そうでしょう。敵に一発撃つごとに撃ち返されて衛星を失う。ひとつずつ……どうやらそういう勝負にもなってしまっているようです。砲台そのものがいくら無事でも、〈カガミ〉を全部殺られたら……」

 

「ううむ」とまた言った。「まさかやつら、砲の弱点にすでに気づいて……」

 

「いや、まさか。そこまでのことがあるはずが……それはよもやとは思いますが」

 

「まあな……しかしわからんぞ。少なくともこちらの狙いは気づいていると見るべきだからな。それどころか、あれを指揮しているやつは、最初からすべて察しをつけていたと言うのも……」

 

「我々があの船を沈めず捕らえて中を調べる考えでいると言うことをですか」

 

「そうだ。と言うより、そうさせるよう仕向けていたと言うことさえ……有り得んことだと思うか」

 

「それは……だからあのとき、地球を出てすぐ波動砲を撃ったと?」

 

「そう考えるべきかもしれん。できることなら本国に知られる前にあいつを潰してしまいたかった。そのわたしの考えを読んでいたと言うことなのか。とすれば、いよいよ(あなど)れんやつ……」シュルツは(うな)り、それから言った。「出力を上げよう。次はあの上部艦橋を狙って撃つのだ。間違いなく上半分は吹き飛ぶくらいのパワーでな」

 

「はっ」

 

とガンツは応え、オペレーターに指示を飛ばした。シュルツはスクリーンに向き直り、映像の中の〈ヤマト〉の艦橋部分を見てニヤリと笑った。

 

「欲しいのは船の船体だけだ。中の人間にはどうせ用はないからな。油断のならんやつには死んでもらうに限る」



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南極点

ヒビ割れた地面に黒い点が見え、それがみるみる大きくなる。まるでゴキブリか何かの虫のようだった。黒い虫が猛烈な速さで地を這い進んでいるように見える。

 

虫ではない。それは影だ。自分の影。〈ゼロ〉の影。古代が〈ゼロ〉で遠い太陽を背にするように冥王星の地表に近づき、もはや機体が落とす影が白夜の地にクッキリと映って見えるようになったのだった。古代は機を水平にし、周囲に広がる冥王星の光景を見た。

 

太陽はほぼ真上にあり、地平に下弦(かげん)の半月としてカロンが見える。冥王星の南極点すぐ上空に古代はいた。

 

22世紀末の現在、冥王星の南半球は夏の盛りだ。この星では極地こそが最も〈暑い〉夏の中心。古代はそこにいま辿り着いたのだった。

 

レーダーマップに目玉焼きのような二重丸。その中心の黄身の部分に、南極点を基点にした蚊取り線香のような渦巻が描かれている。〈ココダ1〉。これから古代が敵基地を探して辿るべきコースだ。

 

その周りの、目玉焼きで言えば白身の部分に、まるで(たこ)がクルクル回って出来たような八重の渦巻線が赤青黄緑と色分けされて描かれている。タイガー隊のためのコースだ。古代はすでに白夜の周りをグルリと一周してまわり、その渦巻のひとつひとつに八つの隊が取り付いたのを確認していた。加藤以外は顔もろくに知らない部下達。

 

すまないな、と思う。本当に、おれなんかが隊長で――彼らの背を見送りながら、できるものならそれ全部おれひとりでまわってやりたいと古代は思った。各編隊が(みち)に着くまで、〈ゼロ〉で後ろを護ってやるしかできないなんて。

 

下からは対空ビームをひっきりなしに撃ってくるが、〈ゼロ〉のレーダーの探知性能を(もっ)てすればかいくぐるのはわけもない。そして管制能力でタイガー隊にも弾幕をくぐらせ、それぞれの〈ココダ〉の入口に送るのも――後は各隊のリーダー次第だ。

 

恐れていたのは敵戦闘機による迎撃――いくら〈ゼロ〉や〈タイガー〉に比べて性能が劣るとは言え、百機が待ち構えていてワッと出てこられたら、基地を探すどころの騒ぎでなくなってしまう。対空ビームを(かわ)すのも当然ままならなくなって、一機二機と殺られておしまい――。

 

だがそんなことはなかった。これはどういうことだろうと古代は思った。まさか、逃げる船団と一緒に、戦闘機乗りも全員逃げてしまったのか?

 

まさかな。仮にそうだとしても、無人戦闘機か何かが出迎えてきても良さそうなものだが――。

 

とりあえずそれもない。ビーム弾幕をくぐってしまえば、後はせいぜい散発的にミサイルがやって来る程度だ。これはさらに()けるのは容易(たやす)く、ほとんどまっすぐこの極点に到達することができた。

 

ここがおれの〈ココダ〉の入口――後は九つの渦巻のうち、外の八つをタイガー隊が八巻の少しずつズラして並べた蚊取り線香に火を点けるようにして縁から中心を目指して巡り、おれが真ん中から外に向かってグルグルと回る。そのクジ引きのどこに敵の基地があり、誰がそれを引き当てるかだ。

 

レーダー像の後方に山本が乗る〈アルファー・ツー〉。そもそもが警戒管制機としての任務をこなすべく造られている〈コスモゼロ〉は、味方の背中を護る能力は〈タイガー〉を大きく上回る。ゆえにアルファー隊は二機でも条件は他と対等と言っていいはずだった。そしてまた、味方を護衛し周囲を警戒、なんて仕事は経験がモノを言うものだから、付け焼刃のおれにこなせるわけがない。だから背中は山本に任せて、おれはただ基地を探して前を見るのに集中する――。

 

すまないな、とまた思った。何から何まで山本におれは面倒かけっぱなしだ。本当は山本こそが敵基地を叩くミサイルの引き金を引くべき。おれにはそんな資格ありはしないのに。それが昨日はおにぎりまで握らせちまって。

 

とにかく、今はこの任務を果たすだけだ。地を這うような水平飛行に古代は〈ゼロ〉を移らせた。

 

途端に機がガクリと揺れた。翼がバタつき、〈ゼロ〉は強風に(あお)られた雨傘のように機体をもっていかれそうになった。暴れる機の姿勢をどうにか進むべき方向に向かわせながら、古代は、「なんだ、こりゃあ?」と言った。キャノピー窓に砂煙のようなものが叩きつけてくるのがわかる。

 

「なんだこれ。ガミラスの罠か?」

 

後ろを見ると、山本機も翼をグラグラ揺らしている。

 

『極地風でしょう。予想はしていなくもありませんでした』

 

〈糸電話〉と呼ばれる通信システムで山本の声が入ってきた。微弱な信号を僚機がいる方向にだけ放ち合い、それでやりとりを交わすのだ。近距離でのヒソヒソ通信であるために敵にはまず傍受されないとされている。しかし、

 

「何風だって?」

 

『極地風。つまり、何十年も続く白夜で太陽光を地面が浴び続けた結果……』

 

「ああ、なんか言ってたな」

 

思い出した。そうだ、確かにそんな警告は受けていた。冥王星の環境では、白夜の極地は炎天下の真夏なのだ。ただし、マイナス二百度の。それでも地球でドライアイスを陽の光にさらしたように、地面から窒素やメタンが気体化して立ち(のぼ)る。これが極周辺で嵐となって吹き荒れるのだ。地球の南極のブリザードのように――。

 

とは言っても希薄で弱い気流なのだが、時速何千キロもの速度で飛ぶ〈ゼロ〉の翼はその影響を激しく受けることになる。結果として凄まじい振動。

 

「まいったな……この中を飛べってのかよ」

 

『こういうところだからこそ、基地がある可能性も……』

 

「そうか」と言った。「そうだな」

 

古代は正面を見据えた。まるで小舟で荒海に乗り出しているように感じた。子供の頃に三浦の海で見かけた波に揉まれるヨット。今はこの〈ゼロ〉があの小さな舟で、おれはあの帆の綱を掴んでいるのだと思った。それとも、風に敗けるまいとして羽根をバタつかせていた海鳥か。そうしながらも獲物を探して眼は波を見ていたあいつら。

 

今はおれがあの鳥だ。そう思ったとき、前に明るい光が見えた。空を横切る一本の光線。

 

なんだ?と思った。レーザービームのように見えたが、遥か高くを抜けていった。自分達航空隊を狙ったものとは思えない。

 

「山本、ビームを見なかったか」

 

『見ました……けれどまるっきり見当違いのところを飛んでったようですね』

 

「やっぱりそう思うか。なんだと思う?」

 

『さあ……ちょっと待ってください。データを調べてみます』

 

言ってしばらく過ぎた。やがて山本の声が言うには、

 

『対艦ビームみたいですけど、でも……』

 

「〈ヤマト〉はまるで反対にいるはずだよな」

 

『ええ。どう見ても死角のはずです。デタラメに撃ったものとしか……』

 

思えない。その通りだと古代も思った。〈ヤマト〉は今、丸い星の向こう側にいるはずなのにそれを狙うビームがここで見えるわけあるか。

 

しかし、とも思う。さっきの妙な衛星といい、何かおかしい。敵は思わぬ方向から〈ヤマト〉を狙える手段を持っているとしか――。

 

それでもとにかく、自分としては、ただ前を見て飛ぶしかなかった。古代は〈糸電話〉で山本に告げた。

 

「同じものがまた出ないか注意してくれ。ビームが来た方向がわかれば基地の位置もわかるかもしれない」

 

『わかりました』

 

と山本は応えた。



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背後からの狙撃

無論、今の古代には、見た光が確かに対艦ビームであり、それが〈ヤマト〉の艦橋を狙い放たれたものであるなど知る(よし)もないことだった。

 

宇宙軍艦の艦橋はまさに船の脳である。そして眼であり口でもある。すべての情報が集められ、分析されて指揮権を持つ艦長に届けられる場所である。操舵・砲雷を(つかさど)り、あらゆることがここで決まる。

 

ゆえに対艦戦闘では、ビームであれミサイルであれ、まずは敵艦の艦橋を狙って撃てというのが戦術の基本だ。艦橋を失くした船はもはや船ではない。戦闘も航行能力も持たない巨大スペースデブリだ。

 

そしてまた、古代が思いもよらないことがもうひとつあった。ガミラスの防衛兵器〈反射衛星砲〉はまさに〈ヤマト〉のような船を(ほふ)るために造られた兵器であり、〈ヤマト〉がどこから冥王星に近づこうとも一撃に艦橋をもぎ取ることを目的に考案されている。この兵器に死角というものは存在しない。〈ヤマト〉が決して(かわ)すことのできない角度を計算し、狙い(たが)わず急所に向けて必殺の砲を撃てるのだ。

 

古代が見た光はまさに、〈ヤマト〉の艦橋を狙って撃たれたビームだった。それも、おそらく躱すのが最も難しい方向から――。

 

ビームは〈ヤマト〉の後方から、煙突型のミサイル発射台をかすめて艦橋の背をブチ抜くよう狙い定められていた。その出力は先ほど第三艦橋に穴を開けたものよりはるかに強く調整がされていた。射撃角度の決定が為され、『十、九、八……』と発射の秒読みがされる間、冥王星基地司令室でシュルツは勝利を確信し不敵な笑みを浮かべていた。

 

『七、六、五……』

 

そうだ、とシュルツは頷き考えていた。いまや、地球の地下日本国地下東京は、停電して酸素が尽きるのを待つ状態にあるらしいとの情報もある。たとえやつらが今日を生き延びたとしても、回復した電力によって眼にするのは、艦橋を失くした〈ヤマト〉がこの冥王星の氷の大地に沈む映像となるだろう。ここで〈ヤマト〉の艦橋を撃つのは、地球人類すべての首を()ねるに等しい。この〈八年〉の戦いがあと数秒で決着するのだ。

 

『四、三、二……』

 

今度ばかりは()けようもあるまい。あの邪魔っけな煙突をギリギリかすめて背中を突くこの角度。これは急減速や急加速で躱せるようなものではない。そもそもやつらに背後からの狙撃など今この時点で予測できているかどうか。

 

『一……』

 

無理だ。これは躱せない。総統閣下はさぞかし喜ばれるだろう。地球人が外宇宙に出ることなしに滅びるさまを遂にお見せできるのだ。

 

『反射衛星砲、発射!』

 

砲撃手が唱えるように言ったとき、シュルツは胸中(きょうちゅう)に念じて言った。さらば、〈ヤマト〉。さらば、地球人類よ、と。



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不意を突くべし

そうして撃たれたビームこそが、古代の見た光だった。まるで巨大なエボシ貝といった形の砲台が、まさにその種の生物が隠れ棲むような岩の隙間にある台座から飛び出させた光線は、行く手の宇宙空間に浮かぶまるで四ツ葉のクローバーのような人工衛星を直撃した。

 

いや、当たったわけではない。その奇妙な〈四枚貝〉は受けたビームを反射して別の方向へ()らす機能を持っていたのだ。それはまさしく宇宙に置かれた〈鏡〉だった。

 

〈鏡〉と言っても、むろんガラスの板を磨いて銀を塗りつけたようなものではないが、〈空間磁力メッキ〉とでも呼ぶべきような技術によってによってそれがある前の〈()〉を〈折り曲げ〉、ビームであれなんであれ向きをカクリと変えさせられる。無数のこれを冥王星の周囲に配置することで、敵がどこから近づこうともただ一基の砲台だけですべて撃退せしめるのだ。

 

地下に置かれた砲台から撃ち出された一本のビームは、まず最初の反射衛星によって(はじ)かれ次の衛星でまた弾かれた。そうしてグルリと星の周りを回って最後に〈ヤマト〉の後方に着けて置かれていた一基の衛星に届く。

 

〈反射衛星砲〉の利点は、砲台の位置を隠しながら敵を狙い撃つことや、地平線の向こうの敵を狙い撃てるだけではない。敵の急所をひと突きにする最もいい角度を探してそこに衛星を送ることにより、不意を突いての必殺の一撃を放ちうるのだ。馬に乗った武士を待ち伏せ首の高さの宙に針金を張り渡すようなもの。あるいは、藪に潜みながら、武士の鎧の隙間めがけて槍を突き出す野伏(のぶせり)とでも呼ぶべきもの――それが〈反射衛星砲〉だ。思いもよらぬ角度から急所めがけて突き出す一撃。これを(のが)れるものなど果たしていようものか。

 

対艦ビーム攻撃は敵の艦橋を狙うが基本――とは言え、それは通常ならば決して容易(たやす)いことではない。〈ヤマト〉ほどの大型艦が相手ならばなおさらだ。秒速数キロから数百キロもの速度で進む宇宙軍艦はビーム砲撃を警戒して絶えず加減速を繰り返すものだし、そもそもそう易々(やすやす)と敵に首を(さら)しはしない。そして強力な主砲によって、近づく船の急所など選ぶことなく真っ二つにヘシ折ってしまうと言うのでは……。

 

そうだ、〈ヤマト〉の艦橋など、普通ならば簡単に狙って当てられるようなものではなかった。だが、〈反射衛星砲〉にとっては違う。敵が懐に入り込み、星の丸みを味方につけたと思うまさにそのときを狙って背から首を獲る。不意を突くことでそれを可能ならしめることこそ、この奇想天外とも言える兵器の(かなめ)なのだった。

 

ゆえに〈ヤマト〉に、これを(かわ)せるわけがない。古代が光を見たときには、すべてが決していたはずだった。亜光速のビームは一秒の数十分の一の時間で直径二千三百キロしかない星の周囲をカクカクと(めぐ)り、〈ヤマト〉の艦橋を背後から突くべく進んでいたのである。



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練炭心中

「〈ヤマト〉はどうした! 冥王星に向けてワープはしたんだろう。まだ星を撃たんのか!」

 

卓を叩いて叫んでいる者がいる。地球防衛軍司令部。地下都市よりもさらに地下深くにあるその中枢の会議室だ。ここには電気も空気もあった。内戦の火も入り込んではいない。

 

けれども、別の種類の〈火〉が燃えている。怒号の飛び交う会議室で、藤堂はひとり黙り込んでいた。これでは、と思う。もし仮にここで〈ヤマト〉が勝ったとしても、もう人は……。

 

「なぜはっきり〈ヤマト〉に命令しなかったのだ! 『何がなんでも波動砲で冥王星を撃て』と命じるべきだったのだ! そうでなく市民に発表などという形を取るからこんなことになってしまった!」

 

男は叫ぶ。徹底抗戦派の幕僚だ。それに対して応える者が、

 

「やめろ! 今更言ってどうする! そんな命令したところでどうせ沖田は聞かなかったと何度言えばわかるのだ!」

 

「何を! そもそも沖田を艦長にするのをわたしは反対していたのだ! わたしが言う通りにちゃんと冥王星を撃つ男を艦長にしてさえいたら!」

 

「だからそういう問題じゃなくて……」

 

「ならどういう問題なのだ! そんなにこの地球より冥王星が大切なのか!」

 

「だからそういう話じゃないと言ってるだろうが。冷静になれ! 沖田の考えがわからんのか!」

 

「何が『沖田の考え』だ! 敵は逃げてくれたのだぞ! 今こそ波動砲を撃つチャンスだろうが!」

 

「だからそれはだな……」

 

「ああうるさい! 貴様の言うことなど聞く耳持たんわ!」

 

「何を! だいたい、ここでいがみ合ったところで何がどうなると思っているのだ!」

 

「うぬう……」

 

と、ギリギリ歯を食いしばる徹底抗戦派の幕僚。しかし、まったく、これは相手の言葉の方が正しかった。会議は不毛極まりない。宇宙のことでここで何を言おうとも、〈ヤマト〉に伝わることはなく事態は何も変わらないのだ。

 

しかし十秒も置かずにこの男はまた吠えるだろう。波動砲で冥王星を撃ちさえすればこの戦争はすべてカタがつくものと信じてそこから先を決して考えはしないのだから。ここで怒鳴れば信念が星でも砕くとたぶん思っているのだろうから。この幕僚が卓を叩いて叫ぶたびに、まわりで『ウムウムそうだそうだ』と頷く愚かな取り巻きがいて、〈ヤマト〉がいま宇宙で玉砕してくれるのを望んでいる。

 

〈ヤマト〉が宇宙に散る光がキラリと()に見えたとき、この者達は泣くだろう。さらば宇宙戦艦〈ヤマト〉、愛の戦士達よ。我々は君達の死を忘れずに、靖国神社に軍神として永遠(とわ)(まつ)ることであろう、と……。

 

『それじゃダメだ、地球は救われないのだ』と言っても聞きはしないのだから。沖田が何をやる気だろうと、自分達には結果を待つ他、何もできることはない。いま我々がやるべきなのは、今日という日に人類を生き延びさせることなのに……。

 

マルチスクリーンに街のようすが映っている。あちらこちらでまだ火が燃えている。全市が停電しているために、見える明かりは炎だけだ。だが……と思う。

 

「火が火として見えてるうちはまだいいのです」情報局の分析官が説明する。「完全燃焼している――つまり酸素が二酸化炭素に変わっているということですから。ですが次第にくすぶった不完全燃焼ばかりになっていくでしょう。そのとき出るのは一酸化炭素。地下都市全体にそれが充満するとなれば……」

 

藤堂は言った。「全市民が揃って〈練炭心中〉か。あとどのくらいでそうなるのかね」

 

「今日のうち、としか言えません。早ければほんの数時間のうちに……」

 

そうだ。今日、この日のうちに、この地下東京の誰もが死ぬのだ。空気が吸えずに窒息死するのが先か、一酸化炭素その他の有毒ガスにやられて死ぬのが先か、ふたつにひとつ。

 

「他の街との連絡は」

 

「途絶えたままです」

 

たとえこの街が全滅しても、他の地下都市で人が生き続けるならば――そうだ。いくらなんでも今日、全世界の全地下都市で全市民が死ぬということはあるまいと藤堂は思った。人は火星や、木星の衛星にもいるのだし……。

 

だがこのままでは今日中に現在十億の人類のうち、数千万……ことによると一、二億もが死ぬことになるのは疑いない。そしてもう、その後は――。

 

「わからんのか! こうなったら、もう〈ヤマト〉が波動砲を撃ったところでなんにもならんのだ!」

 

「そんなことはない! そんなことがあるわけがない!」

 

会議室内は掴み合いが起こらんばかりになっている。愚かな政治家や役人が怒鳴り合うさまを、藤堂は苦々しい思いで眺めた。この期に及んで、なんと見苦しい光景なのか。このバカどもが責任をなすり付け合ってそれで何がどうなると言うのか。

 

「今は空気の循環を復帰させるのを第一に考えなければならないのがわからんのか!」

 

「だからそれも〈ヤマト〉が波動砲を撃てば元に戻ると言っとるだろうが!」

 

「なんでそうなる! 波動砲と地下の空気に一体なんの関係があるんだ」

 

「黙れ! 黙れ! そもそもサーシャが〈コア〉を一個しかくれなかったのが悪いのだ!」

 

「ハア? なんだ? そんな話を今ここで蒸し返してどうするんだ」

 

「やかましい! 話をすり替えようとするな!」

 

「あのなあ……」

 

「そうだろう! すべてサーシャだ! あの〈女〉のせいなのだ! あの〈女〉が〈コア〉を一個しか寄越さんから……」

 

「貴様な。地球の恩人に向かってそんな……」

 

「何が『恩人』だ! 善意の者があんな選択を迫ると思うか!」

 

「だからその考え方が間違いなのだ。まだそれがわからんのか」

 

「何おうっ! 貴様あ、すべては民を救うため苦渋の末に選んだ道に……」

 

「何が『苦渋』だ。普通に考えればあんなもの」

 

「言うな! その先を言ったら殺す! 今すぐ貴様を殺すぞ!」

 

「ハン、結構だ。殺してみろ。あのとき貴様らがバカな決断をしたせいで――」

 

BANG! 銃声が鳴り響いた。それまで言葉を発していた男が椅子から転げ落ちる。これには誰もがギョッとして、拳銃を撃った人物を見た。

 

もちろんそれは、『殺す殺す』と相手に向かって(わめ)き立てていた幕僚だ。呆然とした表情で拳銃を構えたまま手を振った。その筒先にいる者達が慌てて首を引っ込める。

 

幕僚はそのまましばらくの間、『オレに向かって他にも文句がある者がいたらこいつをお見舞いしてやるゾ』、という顔をして銃口を周囲に振り向けていた。けれどもすぐに、

 

「おおおおうっ!」

 

叫んで銃を自分の口に突っ込み引き金を引いた。頭が吹き飛び、血しぶきが散る。脳天から麻婆豆腐のようなものをブチ撒けながら彼は倒れた。

 

会議室が静まり返った。皆、ア然としてふたつの転がる死体を見る。

 

しばらくして誰かが言った。「なんでここに銃なんか持ち込んでるやつがいるんだ……」

 

そうだ、と藤堂も思った。ボディチェックは厳重に行われているはずだろうに……しかし、もはやそんなもの、今日という日に遂におざなりになっていたのか。それとも前からこの男はどうにかして銃を持ち込んでいたのだろうか。

 

床に広がるふたつの血溜り。いずれにしてもその口からもう真相は聞き出せない。

 

「諸君」と藤堂は言った。「今のでわかっただろう。ここで我らが怒鳴り合って何かが変わると考えても間違いなのだ。宇宙のことは沖田に任せて、我々はとにかく今日という日にこの地下都市の人々を生き延びさせねばならんのじゃないか。〈練炭心中〉は〈ヤマト〉が敗けるのを見た後でもいいだろう。それまでは、沖田がきっと勝ってくれると信じて事を運ぶのだ」

 

「それはそうですが……」

 

と声を上げる者がいた。ヘタなことを言えば藤堂もまた拳銃抜いてバンバン撃ちはしないかと怯えているような表情だ。

 

藤堂は言った。「〈ヤマト〉が必ず勝つ保証などありはしない。もちろんだ。これは戦争なのだから……人類はもう滅亡してしまった。昨日のうちにわたし達みんながもう〈死んで〉しまった。わたし達は生ける死人だ。ひょっとしたらとっくの昔にもう誰もが〈死んで〉いるのかもしれない。それに気づかずこの地下をさまよい続けているだけなのかも……」

 

「長官……」

 

「だが、それでも我々は、まだ魂を持っている。〈ヤマト〉が沈めば今度こそ人が終わりであるのなら、今日がこのようになってしまうのも当然だろう。空気の循環も停電も復帰させずにこのままの方がいいのかもしれない。窒息死よりは一酸化炭素中毒の方がまだ苦しみは少ないのだろうから。しかし、この会議室にいる我々は(らく)に死ぬことは許されん」

 

マルチスクリーンをまた見やった。火災に混じってまだあちこちに銃火らしき光が見える。藤堂は言った。

 

「〈ヤマト〉だけのことではない。この地下でもまだ戦っている者がいるのだから……我々は最後まで見届ける義務があるのだ」



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酸素補給器

「ほら」

 

と言って、スプレー缶に漏斗(じょうご)がくっついたようなものを差し出してくる者がいた。敷井晴彦にはそれがなんなのかすぐにはわからなかった。しかし、

 

「酸素だ。吸えよ」

 

その言葉を聞いてわかった。酸素の携帯補給器だ。「ありがとう」と言って受け取る。

 

口に当てて横についたボタンを押した。中から噴き出してくるもので肺が満たされ、体に染み渡る感覚がある。あらためて、自分が呼吸するために普段より深く息をしなければならなくなっていたのに気づいた。まわりの空気から酸素がだいぶ失われてしまっているのだ。

 

「ありがとう」

 

もう一度言って補給器を返そうとした。だが相手は首を振って、

 

「持ってろよ。じきそんなもんじゃ追いつかなくなる」

 

暗闇の中で相手の顔がかすかにオレンジ色に浮き上がって見える。どこかで燃えている火に照らされているのだ。その最後の明るささえなくなったときには、もう――。

 

こんな小型の補給器で酸素を(おぎな)えはしなくなる、か。だからと言って大きな酸素ボンベを(かつ)いで戦闘もできない。どうせ今日限りの命……敷井は自分の腰のベルトに酸素補給器を取り付けた。これ一個で何時間もつのだろう。それより前に一酸化炭素を吸って昏倒するか。

 

ひっきりなしに銃声が鳴り、爆発の音と振動がする。地下都市の天井に反響してこだましている。

 

『進めーっ! 政府を倒すのだーっ!』『ガミラスばんざーいっ!』

 

狂信者の叫び声も、まだ()まずに続いている。

 

「っかし、しつっこいよなあ。よくあんな大声が出るよ」

 

補給器をくれた男が言った。足立(あだち)という名の以前からの同僚だ。敷井は「ああ」と頷き返した。人は酸素が足りなけりゃ、声が出せないはずだと思う。聞こえる叫びは、やはりゼーゼー息を切らしているにはいた。

 

「まあ連中もじき動けなくなるだろう。おれ達は移動だ。ついて来い」

 

と足立が言う。敷井は、

 

「え?」問い返した。「移動? どこに行くって言うんだ?」

 

「それは――」足立は辺りを窺った。それから声をひそめて言った。「停電の原因がわかった。復旧させに行くんだよ」

 

「それは」

 

と言った。電気が戻れば空気の循環も回復する――はずであるとは敷井にもわかる。復帰させに行くと言うなら実に結構な話ではある。が、それが対テロ部隊の仕事か?

 

「おれもそこまでしか知らん。詳細は後だ」

 

と言って足立はサッサと歩いていく。これではついていくしかなかった。暗さのために、ちょっと離れたら相手の姿がたちまち見えなくなりそうだ。

 

闇の中を銃火を避けつつ足早に進んだ。ビルの谷間と(おぼ)しきところに入る。

 

何十人かの人間達がそこにいた。暗がりでも自分と同じ兵士だろうというのがわかる。そして強襲用らしい数機のタッドポール。

 

「急げ。すぐにも作戦を行う」

 

(うなが)されて機に乗り込んだ。兵士がすでにベンチシートを埋めている。敷井が座ると満員だった。

 

乗降扉が閉められる。

 

「数は揃ったな。時間がない。この寄せ集めで行かねばならん」

 

キャビンの真ん中に立っている士官らしい男が言った。途端にビルのエレベーターで昇るときのような感覚があった。タッドポールが離陸したのだ。

 

「手短かに言おう。我々の任務は電力の回復だ。停電は、すべての市民を道連れに無理心中を(はか)ろうとする狂信者の一団が起こしたものと判明した。よってその者らを倒し、送電を回復させる。この街が今日を生き延びられるかは我々の手にかかっている。しくじれば、このおれ達も死ぬだけだ」

 

誰も口を利かなかった。敷井は息が苦しくなるのを感じた。空気中の酸素が減っているせいばかりではないだろう。突然の任務の重さに気が遠くなりかけたのだ。

 

他の誰もがやはり同じようすだった。とにかく何か吸おうとして腰のベルトに手をやった。指が震えて補給器の留め具がなかなか外れない。

 

喉に餅でも詰まったような気分だった。やっと外した補給器を口に当てて思い切り吸った。

 

酸素にむせる。吐き気がこみ上げ、敷井はもう何時間も何も食べていなかったこと、空腹さえ忘れていたのに初めて気づいた。吐こうとしても胃の中には何もない。

 

「〈敵〉に関する詳細は不明だ」士官は言った。「人数、戦力など一切がわかっていない。それでもあと数時間ですべての人が死に、我々もまた死ぬのだから、ここはもう行くしかない」

 

「はい……」

 

と横で足立が言った。やっとのように頷きながら、「はい」ともう一度返事する。

 

他の者らも後に続いた。敷井も無論、皆にならった。そうだ。もちろんそうするしかない。状況がこうであるのなら、情報不足だ自殺行為だなどと言えるわけがない。

 

むしろ、(ふる)い立つべきなのだ――そう思った。ついさっきまで、停電の闇の底で火に照らされた街の天井を見上げ、窒息死するのが先か一酸化炭素で死ぬのが先か、とぼんやり考えていた。それが人々を救って死ねる機会を与えられたのだから。そうだ。喜ぶべきなのだろう。そこにどんな敵が待っていようとも。

 

ビームカービンを握り締めた。この内戦に乗じて街のすべてを道連れに練炭心中しようとするカルト集団? 一体どんなやつらか知らんがどうせ狂人の集まりだ。訓練を受けたこの身にかかれば百対一で殺してやれる。生きて戻れる望みもあるはず――。

 

そう思ったときだった。士官が言った。

 

「ただ、ひとつだけ言っておこう。我々がこれから戦う〈敵〉の名だけはわかっている」

 

皆が顔を上げて見た。士官は一同を見渡して言った。

 

「石崎だ」



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怪物

「地下都市において電気は命綱です。停電は街の全住民の即日死を意味します。〈ヤマト〉発進時の計画停電でも、住宅への電力供給や街路照明、空気の循環は維持させていました」

 

と一佐の階級を持つ情報局の分析官が説明する。だがそんなこと、あらためて教えてもらわなくとも誰でも知ってると藤堂は思った。思っただけで口には出さない。会議室ではさっきの死体を床に転がしたままにしている。その方がみんな黙って聞くべき話を聞くようになると考えたからだ。席を埋める者達は、狙い通りに今ではだいぶおとなしくなっていた。

 

「しかしその電気を止めて、全市民を道連れに死んでやろうと考える者は必ず出ます。政府としてはこれを考慮し、充分以上と言える対策を講じてはいました。けれども今日のテロ集団は、その障壁を突破した――」と分析官は言う。「それでこの地下東京が全市停電となったのです」

 

そこまでは、あらためて説明を聞くまでもない――とまた藤堂は思った。停電は何より空気の循環停止を意味する。悪くすれば数時間で全市民が死んでしまう。そんなのわかっているのだから、決して起こらないように万全の備えはしていたはずだった。

 

何よりも恐れていたのは狂信者による破壊活動だ。人類滅亡を願うカルトが何百となく存在し、互いに信者を奪い合っている状況では、そのうちどこかのカルト教祖が言い出すのはわかりきった話だった。『そうだ、電気を止めてやろう。きっと神は死ぬ寸前に我らだけを救ってくれるに違いないゾ』と。そうなったなら間違いなく、その連中は本気で信じて実行を企むに決まっている。

 

それだけではない。今の人類社会では、無差別放火魔、通り魔殺人、連続強姦殺人鬼といった者らが跋扈(ばっこ)してしまっていた。人が地下に逃げなければならなくなったそもそもの初めから、ずっと。

 

どうせ人類は終わりなのだ。みんな死ぬのだ。ならいっそ――そう言い遺してある者は自殺し、ある者は一緒に死んでくれる者を募って心中し、またある者は家族を殺して自分も死のうと無理心中を図ってきた。そしてまたある者は、どうせ死ぬなら他人を殺そう、殺して殺して、殺しまくって、警察にでも撃たれて死ぬ道を選ぼう、と、そんな考えを持つようになる。自殺よりはその方が罪が軽いと教会などでは教えているし、相手だってどうせ死ぬのが今か十年後かの違いなら悪いことでもないだろう。今に(らく)に死なせてやるのはむしろ慈悲(じひ)とゆーもんなんや、と。

 

そうして殺人鬼がはびこり、市民はこれに対するために自警団を組織した。さらにイカレ弁護士などが人殺しをかばいだて、『死刑反対! 懲役十か二十年の刑にして更生の機会を与えましょう』などと拳を振ったりするので事がますますややこしくなる。

 

それが今の地下都市だ。こうなるだろうということは、しかし最初からわかってもいた。どうせ死ぬならまず他人を――そう考える人間は、必ず少なからず出る。ある種の歪んだ人間にとって、人を殺すという行為は、人を超えることと認識されるからだ。人を殺せば殺すほど、その人間は神に近づく――幼稚な人間はそう考えるからだ。だから、いっそこの機会に、オレが今いる全人類をひとり残らず殺してやろうと夢想する者がウジャウジャと出る。

 

ひとり殺すのは殺人だが、十億殺せばオレは神だ――そう考えた人間が、地下都市の天井を見上げて思うことはひとつだった。『あの電線を断ち切れば』だ。すべてが闇に包まれて、人は何も見えぬまま窒息で死ぬ。なんと簡単で確実な方法――。

 

そう考えて柱を登り、途中で身動きできなくなって『降ろしてくれえ』と泣く人間が後を絶たない。そうなることは最初からわかりきっていたのだった。ゆえに停電対策は、厳重にされていたはずだった。

 

「あらためて状況を説明します」

 

と情報局の一佐は言った。

 

「破壊工作への備えとして、発電所や貯水場、浄水場、農場、種子バンクや〈ノアの方舟〉といった施設は地下都市とは別に造られ、立ち入りを厳しく制限していました。それらの施設に万一にもテロリストが(まぎ)れ込み、事を起こそうとしたとしても、他の者が止められるよう入念なチェック体制を敷いたうえでです」

 

藤堂は黙って頷いた。これもいちいち説明などされなくても知っていることではあった。人員ひとりに監視ロボットを必ずつけてトイレに行くのもチェックさせ、そのロボットを絶えず人がモニターするような監視体制。

 

「それは機能しているのだね。地熱発電所そのものは無事と……」

 

「はい」と一佐。「第一・第二ともに稼働はしています。殺られたのは地下都市内の送電システムです」

 

そうだ。発電所へ行く(みち)は、前に強固なバリケードを幾重にも敷き武装兵に護らせている。たとえ戦車を使っても突破はほぼ不可能と言えるガードがされていた。しかし街の天井を縫う送電線の一本一本は護りようがない。テロリストはそこを突いた――。

 

「しかしそれも、簡単に停電など起こせないようになってたはずだな」

 

「はい。説明致しますが――」スクリーンに図を映して一佐は言った。「街は東西南北から四つの網を投げ重ねるように送電網を張っていました。第一・第二の発電所からそれぞれ四本のケーブルを伸ばし、そのすべてが地下都市全体を覆うようにです。四つのうちどれかひとつが根元から断ち切られたとしても、残りの三つが確実に電気を送れるようにする。変電所のどれかひとつでも生きていれば、街路照明や空気循環は維持できる仕組みでありました」

 

「その四ヶ所の変電所のいずれにもまた強固な護りがされていた。東西南北すべてに同時に破壊工作を仕掛け、すべて成功させなければ街を停電にはできない。そんなことは事実上不可能なはずだった……」

 

「そうです。もしもできる者がいたら、それはよほどに大きな力を持った人間ということになります。何千という人を動かし、己の考えを実現させる。たとえどんな狂ったことでも……でなければ、こんなことはできないしそもそもやろうともしないはずです。地下都市内を停電させ、無理心中を図ろうなどと……また、そのような人間は、いるはずがないとも考えられたのです」

 

「ふむ」

 

と藤堂は言った。街の東西南北に四つの変電所。そのひとつひとつが要塞であり、一度に全部落とさなければ地下を停電にはできない。そこらのカルト教祖にはやろうとしてもその力がなく、できる力を持った者はそんなことをやろうとしない。はずだ。確かに。途轍(とてつ)もなく強い力を持って多くの人員を意のままに動かすことのできる人間。ただそれだけがこれをやれる。今の地球に狂信者に命じられるまま平気で命を投げ出す者がいるのは不思議でないとしても、必要とされるであろうその人数……。

 

有り得ぬことではないと言っても、やはり有り得ぬことなのだ。その不可能を可能にしてしまえる者がいるとしたら、その人間はまさに怪物。

 

「石崎か」

 

と言った。初めからわかりきっていたこととも言えた。こんなことができる者は、あらゆる意味でひとりしかいないと言うことを。

 

現日本国宰相(さいしょう)、石崎和昭。この宇宙に生きるものすべてが自分のためにあり、血の一滴まで自分のもの――それを自分がやるのであれば〈愛〉だからいいが、他人がやると〈支配〉であるから許されないと叫ぶ男。かつてのヒトラーやスターリンのように、この怪物はこの戦争で巨大な権力を手にしてしまった。

 

「あの男にやはり間違いないのだね」

 

「確かな証拠はありません。ですが状況から言って、それ以外の可能性は考えられないでしょう」

 

「まあいい。証拠集めなど、今日を生き延びた後で初めて考えることだ。あの男にはこの停電を起こす動機があるわけだな」

 

「はい。権力を掴みはしても、基盤は脆弱(ぜいじゃく)であったと言うのがあの首相の立場でした。特に〈ヤマト〉発進後は、かなり追い詰められていたと見られます。これはあの男に限らず、ある程度の地位を持つすべての人間がそうであったわけですが……」

 

「まあな」

 

と言った。この四週間の間に激化したテロと暴動――そしてついに内戦に至った。〈ヤマト〉がたとえ戻ってもその前に確実に人類が滅亡するとわかっている争い。それを食い止められなかった。

 

石崎だけが例外ではない。政治家どもは誰もがみんな、燃える炎に油を注いだ。今の地球で政治家を続けようとするならば叫ぶしかない。『殺せ』と。人類を救えるのはワタシだけだ。ワタシだけを信じろと。ワタシに従う者以外、ひとりとして生きられない。だから殺せ、殺すのだ、と。

 

間違っても〈ヤマト〉なんか信じるな。一年後に生きていたくば殺して殺して殺しまくれ。それが正義だ。〈愛〉なのだ。家族を守りたいのなら、(なんじ)の隣人を殺すのだ。

 

自分の地位を守るため、ただそれだけのために連中は言った。政治家なんて結局はそういう人間ばかりだった。やれ平和だ非暴力だと唱えてきた者ほど激しく、『ワタシの主張に反する者は殺さなければならない』と叫んだ。彼らは互いに暗殺し合い、次の者が取って替わってまた殺した。誰よりもまず、〈ヤマト〉を信じて希望を繋ぐ抵抗できない弱い者達を〈敵〉として……。

 

「しかし何よりも石崎です。あの男ほど多くの敵に巻かれている人間もまたいないでしょう。いま生きている十億のうち、九億九千万人があの男だけに都合のいい〈愛〉に反しているのですから……」

 

「だろうな」

 

「日本国内の支持率も低いのですが、それ以上に国外です。かつて日本の首相が靖国神社に参拝した結果、アジア各国で暴動が起きたような歴史がありますが、いま石崎がいるために全世界で日系人の命が脅かされている。何万という人間が日本人狩りに遭って殺され、強姦や放火を受けてしまった――石崎ばかりのせいではないが、やはり根源は石崎でしょう。あの男が宰相としていま日本にいることが、地球人類を滅ぼすのです」

 

「ずいぶんな言いようだなあ」

 

と思わず言った。このやりとりをもし当人が聞いていたら、怒るよりもまず『なんでオレがそこまで言われなければいけないのか』と口をとがらしそうな気がする。考えることはみな同じらしくて、この状況にも関わらず失笑を漏らす者が会議室の中に何人もいた。

 

「申し訳ありません」

 

「いや、確かにその通りだが……しかしどうすると言うのだね。あの男を逮捕して、日本人は敵ではいと世界に向かって言うのか?」

 

「いいえ」と情報分析官は言った。「殺すのです。それしかありません」



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抹殺指令

「変電所を奪還して電力を回復させ、首相石崎を見つけて殺す。それ以外に人類が今日を生き延びる道はない」

 

強襲用タッドポールのキャビンで士官が話すのを、敷井はアッケにとられる思いで聞いた。機に乗り合わせる誰もが同じなようだった。士官は続けて、

 

「奪われた四つの変電所のうち、ひとつでも取り返せたら街への送電は復帰できる見込みと言う。設備は破壊されているかもしれんが、電源さえ確保できたら技術部隊がなんとかしてくれるのだそうだ。それで灯りも空気の循環も生き返る」

 

そこまではいい。しかし……。

 

「これで説明は充分なはずだな。どのみち、細かい状況は何もわかっていないのだ。何が待ち伏せていようとも、我々は飛び込んでいくしかない」

 

「ええ……」とひとりが言った。「それはわかるんですが、ひとつ……」

 

「なんだ」

 

「石崎のことです。あれがこの停電を起こしたとのだとしてもですよ。捕まえずに殺すんですか?」

 

「殺す方が捕まえるよりは(らく)なはずだぞ。我々が死ぬリスクも低くなる」

 

「もちろんそうですが」

 

「『殺してしまっていいのか』という話か。いいのだ。殺せ。仮に石崎が手を挙げて投降しようとしても生かすな」

 

「それはまた……」

 

「『軍規にもとる』と言うのか? だが軍規など今日は忘れろ。それは生きている者の規律だ。我々はもう昨日に死んでいる。あの独裁者に殺されたのだ」

 

「ああ……」

 

「我々は亡霊なのだから、化けて出るのは当然だろう。今の地球でまだ『生きている』と言える人間はやつだけだ。石崎を仮に捕まえたとしてどうする。裁判にかけるのか。法廷に立たせ、判決が出るまで何年かかる。人々がバタバタ死んでいくなかで、石崎だけが放射能が混じっていないきれいな水を飲み続けるのか。十年後にすべての人が死に絶えた後で、ロボット判事がやつに無罪を告げるのか」

 

「それは……」

 

「あれを殺さず捕まえたら必ずそうなってしまうのだ。今日に石崎を生かしたら、たとえ電力を回復させても人類はあとひと月で存続不能になるだろう。〈ヤマト〉がどんなに早く戻っても間に合わん。あの男が〈ヤマト〉が戻った(あかつき)に自分を(あが)める者以外すべて殺そうとしているのが明らかである以上、人は〈ヤマト〉を待てなくなってしまうからだ。ゆえに世界で日系人がリンチを受けて殺されてきた」

 

もう誰も口を挟まなかった。〈ヤマト計画〉は日本人だけが生き延びようとする計画だと、日本国外では思われている。だから『〈ヤマト〉が戻る前に日本人を皆殺しにしてやる』と叫ぶ〈ガイジン〉が千万もいる。この内戦が起きてしまった最大の原因がそれであること――〈ヤマト〉の帰還を恐れる者らが、『ならその前に石崎和昭を殺さなければ』と考えた末に起きた内戦であることを理解していない者はいない。

 

この地下日本でわずかでも正気を残している者の耳には、ごく簡単な理屈だった。敷井は士官の言葉に銃を握ってただ頷いた。

 

士官は続ける。「昨日から世界中の人間が、日本人を殺すために何万人もこの街に押し寄せようとしていたと言う。〈ヤマト〉が冥王星を撃ち太陽系を出ていく前に、日本の市民を虐殺するとともに石崎を見つけて殺して宇宙に叫ぶ気だったのだ。『〈ヤマト〉よ、貴様らの企みはもう無駄に終わったぞ』とな。『これで日本という国は消えた。石崎のいない地球は貴様らになんの意味もないはずだ。わかったらもう帰ってくるな』とか――」

 

ひとりの兵が、「反日カルトの考えでは、それで地球は救われることになると言うことですか」

 

「そうだ」

 

と士官。ヤレヤレと何人かが首を振った。

 

だが納得するしかない。短絡思考の人間は、そういうふうにものを考えるものなのだから――日本人に偏見を持つ外国人は、そのようにしかものを考えることをしない。社会がこのようになったからには、今日という日に気の狂った外国人が日本人の女子供を皆殺しにやって来ることになるのは避けようがない。今日まで、社会の中心に、〈愛〉を叫ぶ石崎という怪物がいた。あれが首相じゃ日本が世界に誤解されても仕方がない。

 

この内戦が昨日に勃発するや(いな)や、日本を目指して世界中から武器を持った人間が地下のトンネルを進みだしたらしいという噂は敷井も聞いていた。その目的は〈ヤマト〉が太陽系を出る前に、石崎を見つけて殺すことであるとも――その流れはとても止められるものではない。

 

そうなのだった。当然、そうなるはずなのだ。たとえ電気を戻しても日本人は今日を生き延びることはできない。ひとり残らず雪崩れ込む虐殺者に殺されるだろう。

 

「それと言うのも石崎のせいだ」士官は言う。「あれが〈コスモクリーナー〉とやらを、自分に従う者以外すべてを〈浄化〉するための装置として使う気なのは誰が見てもわかるのだからな。日本人なら石崎にひれ伏すことで生かしてもらえる。だがそうでない人種の者が生きる望みは完全にゼロだ。石崎が首相としてある限り、外国人が〈ヤマト〉をあの男の野望の船と考えるのは避けられん。ゆえに世界で人々が、〈ヤマト〉に向かって貴様達が戻る前に日本人を皆殺しにしてやるぞと叫んできた」

 

「今日がその最後のチャンス……」

 

「そうだ。〈ヤマト〉が出ていけば、脅す相手がいなくなってしまう。しかし元々〈脅し〉でなく、彼らは本気で日本人を殺すつもりだったのだから、もはや実行あるのみなのだ。日本人はひとり残らず狩られて殺されることになろう。止める方法はただひとつだ」

 

「我々で石崎を殺す……」

 

「そう」と言った。「わかるだろう。捕まえるのではダメなことが。石崎を生かしておくことは、世界の眼には『日本人が石崎を(かくま)っている』と映ってしまう。ゆえに我々は選ばねばならん。虐殺者がこの街にたどり着く前に、彼らに差し出す首を選ばねばならんのだ。石崎和昭ひとりの首か、日本国民全員の首か」

 

また皆が黙りこくった。士官は全員が状況を咀嚼(そしゃく)し呑み込むのを待つようすでしばらく口をつぐんでいた。それから言った。

 

「繰り返すが、我々は誰もが昨日に死んでいる。世界からここに押し寄せる者達も、石崎に取られてしまった自分の命を取り戻すため必死というだけなのだ。当然だろう。おれも君らも、日本人でないのなら、同じことをするに決まっている。だから、やらねばならんのだ。彼らがここに来る前に、我々日本人の手で、日本国内の癌である独裁者を取り除く。それ以外に失くした命を取り返し、再び生きる道はない」

 

敷井は酸素補給器を口に当てて吸い込んだ。そうだ、と思う。やるしかない。明日に目覚めてまた自由に酸素を吸おうと思うのならば。

 

ベンチシートの向かいに座る足立と眼が合った。足立も補給器を口に当て、こちらに対して頷いてくる。敷井は頷きを返した。

 

「この地球にまだ生きる者すべてがだ」士官は言った。「石崎は、だからこの街を停電させた。間違いなくこの二十四時間に自分と側近だけが吸う酸素を確保してるのだろう。全人類を窒息死させ己だけが生き延びる。それが石崎の目的だ。癌細胞には、(あるじ)が死ねば自分もまた生きられなくなるのはわからん」

 

そうだった。今の日本の宰相がそういう人間であるのを知らぬ者はない。だからこそ、それにすがる者もいる。今、石崎を崇める者は信じているに違いなかった。今日に一酸化炭素を吸って死んでも、石崎の敵がすべて滅びた明日に自分は息を吹き返すことになるだろう。石崎の腕に抱かれて目覚め、『ああ、ワタシは今までどうしていたのでしょう』とか言うことになるのだと――それが独裁者への崇拝(すうはい)というものなのだから。そして当の独裁者も、自分にほんとにそんな力があるものと思い込んでるに違いなかった。だから、なんのためらいもなくこれがやってのけられる。石崎の〈愛〉を受け入れない者はどうせ生きてはならない者だ。だから今日この機会に皆殺しにするのは〈愛〉。大いなる宇宙の〈愛〉。

 

だが、もちろん狂人が信じるような奇跡など起こるはずのないことだった。確かに人が明日に命を繋ぐには、たったひとつしか方法はない。

 

〈愛〉に狂った独裁者を倒すのだ。殺して、死体を地下都市の天井からブラ下げる。それも、台頭(たいとう)を許してしまった日本人(みずか)らの手で――十億人が明日に生きて甦るには、他の道は有り得ない。

 

「わかったか」

 

士官が言った。もはや誰もが頷いていた。士官は全員を見渡してから、「よかろう」と言ってキャビンの両端に立つ者達に手で何かの合図を送った。どうやらこの寄せ集め部隊に石崎信者がもしも(まぎ)れ込んでいたら、殺して機から落とすつもりででもいたのだろう。その必要はなくなったという合図だ。

 

「君らと共に戦えることを誇りに思う。我らの明日を取り返そう」

 

士官は言った。全員が、「おうっ!」と(とき)の声で応えた。



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間一髪

それはシートの背もたれを、熊かゴリラに後ろからいきなり突かれでもしたかのような衝撃だった。あるいは、クルマに乗っていて、猛スピードで突っ込んでくる何かと衝突したかのような――その瞬間、〈ヤマト〉第一艦橋のクルー達は身を激しく揺すぶられ、シートの上で体が(ねじ)れたようになった。アナライザーが三つに分かれて転がって、頭部がクルクルと宙を舞う。

 

壁や窓枠が軋んで歪み、厚さ1メートルを越す防弾窓さえ一瞬たわんだように見えた。その窓に、後ろから横をかすめて抜けたビームが船の前方へ過ぎ去っていくのが映った。

 

「な、なんだ?」

 

島が言った。分厚い装甲で鎧われた艦橋は寺の鐘のようなものだ。そこにビームが当たったら、かすっただけでもそれは撞木(しゅもく)で鐘をガーンと撞くようなものだ。中にいる人間がたまったものであるわけがない。

 

壁も天井もビリビリと震え、電子機器も乱れて計器が異常をきたす。島の眼は計器盤の中にある姿勢支持器を見ていたが、その画面もノイズだらけとなっていた。バンク角度を示すゲージはグニャグニャになって読み取り不能。

 

「ビームです、五時の方向!」

 

森が言った。〈五時〉――つまり、右斜め後方。カメラを向けて望遠でビームの来た空間を切り取る。乱れた画面に、これまでと同じ花びら衛星が映った。

 

「またこいつです!」

 

「後部副砲!」

 

南部が叫んだ。機器を操作し、砲撃の指示を出す。すぐさま〈ヤマト〉の第二副砲が動いて衛星に狙いを定めて、撃った。目標を撃破する。

 

電子機器が回復していく。ノイズの消えた画面に、〈ヤマト〉後方に向けたカメラが写す映像が映し出された。四枚の奇妙な板を四散させる衛星の背景で、星空がゆっくり回り動いている。

 

まるで地球で、北極星の方角にでもカメラを向けて撮った動画を早送りで見るようにだ。〈ヤマト〉が自転するように船を揺らして進んでいるため、そのように()に映って見えるのだった。

 

「当方の損害軽微……」新見が言う。「ビームは横をかすめただけです。ただし、右のアンテナを失いましたが……」

 

彼女の席の電子機器も回復し、データをパネルに表示する。斜め後方から撃たれたビームが〈ヤマト〉艦橋の側面をかすめ、その横に張り出していたレーダーアンテナを破壊……。

 

「フン、やはりな」沖田が言った。「そろそろ〈ここ〉を狙ってくると思ったよ」

 

「じゃあ、今のは……」

 

真田が言うと、

 

「ああ。やつら、この艦橋を狙ったんだ。当然だろう。どこからでも自在に狙撃できるのなら敵のド(タマ)を狙い撃つに決まっている」

 

「艦長はそれを……」

 

「わしが敵ならこうすると考えただけだ」

 

と沖田が言う。その上体が少し横に(かし)いでいる。また、白髭も口のまわりでフワフワと風に吹かれたように動いていた。

 

〈ヤマト〉が横転していることによる横Gと、遠心力の影響だ。水の入ったバケツを振り回したように、この艦橋にはいま斜め上向きの力が働いているのだった。

 

島の手元の回復した姿勢指示器のパネルでは、バンク角度を示すゲージが横に傾いて、さらに刻々とその角度を増しているのが表されている。対艦ビームが後ろから〈ヤマト〉を狙い撃ったとき、沖田の指示で船は左右に首を振りながら進んでいた。それがゆえにビームは横をかすめ抜け、すんでのところで艦橋への命中だけは免れたのだ。



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痛恨

「く、首振り運動だと……」

 

シュルツは言った。分析データを目玉を丸くして左右に繋げ、何かのマンガのおまわりさんみたいな顔になって見て、言ったセリフがそれだった。もし拳銃でも持っていたら、怒りのあまり天に向かってバンバンぶっぱなしたかもしれない。

 

最初はてっきり『やった』と思ったのだった。狙いなど外すはずがない。ビームは確かに〈ヤマト〉の艦橋を貫いて、やつらが〈第一艦橋〉とでも呼んでるだろう辺りを大穴に変えたように見えた。

 

戦場でカメラが捉えて送ってくる画像などさして鮮明なものではない。何もかもブレとピンボケでボヤボヤのうえにノイズだらけ――それが普通だ。敵の船が少しばかり変わった動きをしたとしても気づかなくて当たり前なものでさえある。

 

だから初めは、ビームは当たったように見えた。〈ヤマト〉がネジを切るように回り動いて見えるのも、艦橋を失くしたからそうなったのだとばかり思った。だが後部の〈副砲〉とでも呼ぶようなものが動いてこちらの衛星を砕き、その搭載カメラが死んで自分が見ていた映像が消え、そこで急に『え?』と思わされたのだった。

 

一体何がどうなったのだ。急ぎデータを分析させて、ようやく〈ヤマト〉はしばらく前から首振り運動――右に左にユラリユラリと艦橋を振り動かすようにしながら進んでいたものとわかった。つまり、

 

「あの船を指揮している者は、こちらが艦橋を狙うことを察していたに違いありません」

 

「くっ」と言った。「こしゃくな……」

 

あらためてまた撃とうにも、〈ヤマト〉の後ろに着けていた〈カガミ〉は破壊されてしまった。それに、

 

「同じ手は食いますまい。背後から艦橋を狙うのは無理かと……」

 

ガンツが言う。シュルツは応えて、

 

「わかっとる!」

 

映像を睨んだ。〈ヤマト〉はこちらに見せつけでもするようにグルリときりもみ一回転してまた艦橋を冥王星の地平に対して〈正立〉させる。

 

最初からあのようにわかりやすくグルグルとロールしていればいくらなんでも気づいただろう。だが左右へのユラユラだった。そんな単純きわまりない人をバカにした手口で必殺の一撃を(かわ)されてしまったのだ。

 

「おのれ……」

 

と言ったところにガンツが、

 

「やつら、もしかして、〈反射衛星砲〉の秘密に気づいて……」

 

「なんだと。いや、そんなバカな」

 

シュルツは言った。いくらなんでも、それはない。こちらの罠が〈カガミ〉でビームを反射させて獲物を仕留めるものであるなど、そう易々と見破れるはずが……それに、仮に気づいたとして――。

 

「だとしても、やつらに何ができると言うのだ」

 

「いえ、決して、気づかれたらどうだと言うのではありませんが」

 

「そうだろう。敵は罠の中に入った。もうここから逃げられると言うものではない」

 

と言ったときだった。オペレーターが、

 

「お待ちください。〈ヤマト〉が注意エリアに入ろうとしています。ここで〈反射衛星砲〉を撃つと……」

 

「うっ」とガンツ。「そうだ、司令。それがあります。〈反射衛星砲〉にはひとつ弱点が。〈ヤマト〉がもしそれに気づけば……」

 

「ちっ」と言った。「〈死角でないところが死角〉か。やつらの秘密を盗らなくていいなら、そんなもの構わず(じか)に狙い撃ってやるところだが……」

 

「いかが致しましょう」

 

「注意エリアに入られる前に〈ヤマト〉を撃つのは可能なのか」

 

「今からではどの〈カガミ〉も間に合いません」

 

「では待つしかあるまいな。やつらに時間をくれてやるのは痛いが……」

 

「別の手段で攻撃を掛けると言うのもできなくはありませんが」

 

「それはこのエリアでは砲台が使えんことを教えてやるようなものではないか」

 

「はい。確かに……」

 

「どうせ〈ヤマト〉はすぐまた死角に入るだろう。そのときを狙って撃つよう準備をしておけ。やつらはもうこちらの獲物だ。この罠から出られはせん。後はせいぜい嬲り殺しにしてやるまで……」

 

シュルツは言った。だがその顔に、もうゆとりは消えていた。シュルツの眼は忌々(いまいま)しげに、〈ヤマト〉が狙撃可能だが狙撃不能なエリアに入っていくのを見つめていた。



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氷山空母

〈ヤマト〉戦術科室では、科員達が立体プロジェクターが映すガミラスの対艦ビーム衛星と(おぼ)しきものの像を囲んで分析作業に取り組んでいた。新見の副官である二尉が、頭に着けたインターカムで艦橋からの新見の言葉を受けながら、

 

「やっぱりこの四枚のパネルが怪しいわけですね。これがなんなのかって言う……」

 

『そうなんだけど』と新見の声。

 

「太陽光発電パネルとは思えない。それに大体、冥王星の周りってのは、小さな石や氷のカケラがたくさん浮かんでいるはずでしょう。こんなもの広げていたらあっという間に穴だらけになりそうなものなんだけど……」

 

『そうでしょう。絶対、何か意味があるに違いないのよ。普段はこれを小さくすぼめてたたんでいて、ビームを撃つときだけ広げる』

 

「そういうことなんでしょうねえ。しかし、どう考えても、こんなパネルにビームの発射機能があると思えませんが」

 

『それもわかってる』

 

「わかりました」

 

と副戦術長は言った。『わからないということがわかりました』とでも言いたげな難しい表情だった。

 

「それじゃまず、こいつがなんなのか探ってみると同時に、地球に似たものがないかを探す。〈ビームを発射するパネル〉なんてものが過去に発案されていないか。あるいは、〈人工衛星の変わった使用法〉だとか……」

 

『そんなところね。じゃあお願い』

 

言って新見は艦内通信を切った。

 

「よし。みんな話は聞いたな。それじゃあ――」

 

副戦術長は部下の顔を眺め渡した。

 

「班をふたつに分けよう。A班は引き続いてこのパネルが何かを分析するチームだ。B班には過去に地球の科学者がこれと似たものを考えてないか資料を漁ってもらう。たとえば〈氷山空母〉のような、ボツを喰らった奇想天外兵器の(たぐい)だ」

 

「ははは」

 

と、科員らが苦笑する。しかし案外、そんなとこから答が見つかるかもしれないとこの二尉は考えていた。

 

地球では古来、変な科学者が、変な兵器をいろいろいろいろ御国(おくに)のためにと考案してきた。巨大な氷で船を造って飛行機を離着艦させる〈氷山空母〉とか、コウモリに焼夷弾を持たせて飛ばす〈コウモリ爆弾〉とか……ガミラスとのこの戦争でも、防衛軍には内外から妙な兵器のアイデアが山のように寄せられている。だからひょっとして、地球でこの衛星ビームと同じものを過去に考えた人間がいて、軍に開発を訴えたものの不採用に終わっている、なんてことがないとも限らない。そのものズバリでなくても何かヒントが得られるかもしれない。

 

衛星として星の周りに張り巡らせて自在に敵を狙えるが、何か大きな欠陥を抱え、船に積むことのできない兵器――沖田艦長はこの奇妙な四枚羽根には必ず弱点があると言われたと言う。それを見つけて突けば勝てると。

 

そうだ、と思った。それをやるのがおれ達だ。今こそ〈ヤマト〉戦術科の力が問われるときなのだ。

 

「この敵には、死角がないかのように見える。だが、そんなはずはない。必ずどこかに死角がある……」彼は言った。「見つけるんだ、なんとしても」



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いいニュース、悪いニュース

「新たな情報が入りました。いいニュースと悪いニュースです」

 

地球の地下の防衛軍司令本部。会議室で情報局の分析官がそう告げる。

 

藤堂は聞いた。「どちらから教えてくれるのだ」

 

「悪いニュースです。四つの変電所のうち、西と東と南の三ヶ所が〈石崎の(しもべ)〉によって完全に破壊されているのが判明しました。技術部隊が復旧作業を始めましたが、数時間のうちに通電を回復できる望みは薄い……施設はブービートラップだらけで、現在はその排除に手こずっている状況とのことです」

 

会議室内に絶望の(うめ)きが満ちた。藤堂は言った。

 

「北の変電所は無事なのか」

 

「それがいいニュースではあります。〈石崎の(しもべ)〉達はどうやら戦力を〈北〉一点に集中させるため、他の三ヶ所を破壊したものと考えられます。今は全員で北変電所に立て(こも)り、来る者を迎え撃つ構えなのだと……ならば変電設備には手を付けていないでしょう。事が終わればすぐに電気を元に戻せるようにしてさえいるはずです」

 

「『街の人間がみな死んだら』と言うことだな」

 

「はい。明日から自分達だけ、電気を使って酸素も吸える、そんな世界を造るんだ、という考えでいるわけですから。彼らが電気を止めるのは今日一日(きょういちにち)だけのことです。おそらく極めて固い護りを敷いているはずですが、しかしそれを突き破れば街に電力を戻せるものと見てよかろうと存じます」

 

「うむ」

 

と応えた。他の者達もみな頷く。

 

分析官は続けて、「それと、石崎の所在ですが……」

 

「どこにいるかわかったのか」

 

「いいえ。ですが〈(しもべ)〉と共に北変電所にいるものと見ていいでしょう。この状況ではあの石崎も、自分だけが愛人を連れてどこか他所(よそ)に隠れているというわけにはいかぬはずです」

 

「だろうな」

 

「ですからこちらも、全兵力を北変電所に向ければいいことになります。数はこちらが百倍にもなるはずですので、出せる限りの兵力を投じ、ただひたすら突撃をかけて護りを崩す。何しろ時間がありませんので、他に方法がありません。多大な犠牲を出すことにもなりますが、それを(いと)うてもいられない……」

 

「わかっている。やむを得まいな」

 

「さらに、重火器による支援もできません。変電所の施設を破壊したならば、それだけ電力を戻すのが難しくなってしまいますから……もっとも、戦車砲で撃ったところで施設の壁は簡単に破れるような造りでなく、ロケットランチャーなどを喰らってこちらが殺られるだけでもありはするのですが。それでも万が一にでも砲弾が中に飛び込んで炸裂するようなリスクは冒せません。突撃する兵士にも、火器の使用は制限しなければなりません」

 

結局、いいニュースなどひとつもないようだった。

 

「まあそうだろうが、ではどうするんだ」

 

とひとりが発言する。情報局員は応えて言った。

 

「はっきり言いましょう。銃剣です」



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銃剣突撃

「全員、銃に着剣しろ。支援火器は単発の狙撃銃に限定する。機関銃やビームガンはどのみちほとんど役に立つまい。我々は銃剣による突撃をかける」

 

北の変電所に向かうタッドポールのキャビンで士官が言う。手渡しでまわされてきた短剣を受け取って、敷井は慄然とするものをおぼえた。

 

鞘から刃を抜き出してみる。15センチばかりの長さのまっすぐに伸びた細身の両刃。中心に血流しの溝が刻み入れてある。ナイフの形はしていても、物を切るためのものではない。人に突き立て、刺し殺すだけのまったくの凶器だ。

 

自分のビーム・カービン銃にも、先に剣を取り付ける金具があるのは知っていた。しかし、まさかそんなもの、ほんとに装着することになるとは……だいたい、どうやってくっつけるんだと敷井は思った。やり方なんか知らないぞ。

 

他の者らも、冗談だろうという顔をして手に持たされた短剣を見ている。着けろと言われてすぐ銃に取り付けられる人間などひとりもいないようだった。

 

「君らが戸惑うのはわかるが、これでいくしかない」と士官。「まず第一に、大砲やロケット弾といった兵器の支援を受けられぬ問題がある――変電所は無傷で奪還せねばならんのだ。重機関銃で敵をなぎ倒すなんてわけにもまったくいかない」

 

「ええまあ、それはわかりますが……」

 

「おそらく、敵は、それを計算の上で護りを固めていると見られる。バリケードを築き、防弾着で身を護っていることだろう。ゆえにビーム・カービンなどで傷を負わせるのは難しい。時間をかけて攻め落とすわけにもいかない以上、残された手はこれしかないのだ」

 

銃剣を着けた銃を掲げた。

 

「人が足で障壁を越え、敵の体をこれで突き刺す。カーボンナノチューブのボディーアーマーも、同じカーボンナノチューブで出来たこの剣なら貫ける。いま待ち受ける敵に対して有効な武器は唯一これだけだろう」

 

だから、銃剣――三百年前の(いくさ)の戦い方を今にやれ、と言うわけなのか。〈銃剣突撃〉などというのは、機関銃と言えばせいぜい手回しのガトリングガンしかなかった19世紀の戦法だ。20世紀の塹壕(ざんごう)戦ではそんなものは通用せず、無理に突っ込ませた兵士は全自動の機関銃と火炎放射器の餌食となるだけだった。

 

ましてや現代。反重力で人が空に浮かぶ時代に、その反重力航空機の中で銃剣が配られるとは。

 

防弾着で敵が身を護っていても、この(やいば)なら貫ける――それは確かにそうでもあろう。防弾繊維などというものは、どれだけ強くしたとしても刃物に勝てるものではない。刃で突き刺せぬような服はたとえ造ってもカチカチでどこも曲がりはしないからそもそも着ることすらできない――この法則は大昔から不変のものだ。そして服を分厚くすれば今度は重くて歩けもしない。

 

この地上で対人必殺の武器として刀剣に(まさ)るものはないと言って言えなくもない。理屈はそうだ。しかし、まさか、だからと言って――。

 

「すまない。だが、これしかないのだ」士官は言った。「時間があれば、他のやり方も考えられよう。だがゆっくりと時間をかけて攻め落とす手は今はできない。あと二、三時間のうちに事を成さねば誰もが死ぬのだ。ゆえにこの戦いだけは、犠牲を(かえり)みるわけにはいかん。四時間後に息が詰まって死ぬのがイヤなら、いま敵に突っ込むのみだ」

 

そうだった。こうしている間にも、呼吸がどんどん苦しくなっていく気がする。だから四の五の言っていられるときではない。銃剣で行くしかないなら銃剣で行くしかないのだ。

 

誰もがそれをわかったのだろう。みな黙って銃に短剣を取り付け始めた。敷井もまたそれに(なら)う。足立や横の者達とああでもないこうでもないと言い合いながら剣を着けた。

 

士官は言う。「敵についての情報は(とぼ)しく、何もわかっていないに等しい。だが、間違いなくかなりの防御を固めていることだろう。なのに行くのは無謀の極みだ。我々はほぼ全員が八つ裂きにされてしまうかもしれない……だが、それでも行くしかないのだ。すまない。おれは君らに犠牲になってくれと言わなければならない」

 

――と、そのときだった。ガツンという衝撃とともに機がグラリと大きく揺れて、立っていた士官がたまらず床に転がった。波に遊ばれる小舟のように機はグラグラと揺さぶられる。

 

「タマを喰らった!」

 

操縦席からパイロットの叫ぶ声がした。

 

「掴まれ! こいつは墜ちるぞ!」



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墜落

敷井を乗せたタッドポールは、そのとき北の変電所が見えるところまで近づいていた。

 

いや、変電所そのものは見えない。見えるのは灯りだ。強烈なライトだ。停電による暗闇を裂いて、白い光が野球のナイトゲームでも照らすように変電所の前を明るく照らし出している。

 

その代わり、投光器の裏にある建物はまったく見えない――強い光に眼が(くら)まされてしまって、投光器の先にあるものを見ることができぬのだ。

 

その黒い隙間から、無数の光線が放たれている。パルスビームや機関銃弾の曳光に、対空ミサイルの噴射炎の軌跡。

 

敷井が乗る機が喰らったのはその一発だった。撃ち出された対空弾が近接信管により炸裂し、タッドポールの推進器を打ち砕いたのだ。

 

カエルになる前のオタマジャクシといった形状の反重力航空機。その胴から〈脚〉のように突き出ているのは、羽根無し扇風機を大きくしたような推進装置だ。〈ノーター〉と呼ばれるこれが内蔵されたファンにより空気を後ろに送ることで、機を前方へ進ませる。

 

左右に突き出たその片方が殺られたために、機はその場でグルグル旋回をし始めた。こうなったタッドポールは狙撃銃のいい(マト)だ。50口径のビームライフルにブチ抜かれ、機体はみるみる穴だらけにされていった。重力制御装置を殺られて機を〈軽く〉できなくなると、もう空中に浮くことはできない。

 

撃たれたのは推進器や重力制御装置だけではなかった。機を貫いたビームは中に乗る者達も串刺しにした。先ほどまで皆を鼓舞(こぶ)激励していた士官が立ち上がろうとして頭を撃たれた。パイロットも死んだのか、それとももう完全にコントロールを失われたのか、機はグルグルと回りながら墜ちていく。

 

やがて衝撃。機体は地面にブチ当たり、バラバラと破片を散らしてバウンドした。グシャグシャにひしゃげた胴が宙を舞い、ひっくり返って上下逆さまになって落ちる。そうして巨大オタマジャクシが尾を振るように一回転してようやく止まった。

 

生き残った者達が這うようにして機から出る。敷井も人の山に潰され、自身も上下逆さまになって、しばらく何も考えられなかったが、やっとの思いでそれに続いた。

 

『ここはどこだ』『わからない』と皆が言葉を交わしている。しかしともかく、そこはもうすでに戦場であるらしい。そこらじゅうで銃声が響き、爆発の炎が上がっている。上空をタッドポールが飛び交って、それを狙う対空弾の曳光がまるで花火のように見える。

 

タッドポールがまた一機、火に包まれて墜落していくのも見えた。やがてズーンという振動が地下空間を震わせる。

 

敷井達が乗ってきたタッドポールの逆さになった機内から、まだ中にいる者達の(うめ)き声が聞こえるが、

 

「負傷者に構うな! 動ける者は行け!」

 

下士官の叫びらしき声がする。

 

「行くんだ! 敵は光の方だ!」



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ガダルカナル

それはまさしく、かつて太平洋の戦争で日本が強行したガダルカナル総攻撃の再現と言えた。

 

その昔、白兵による銃剣突撃と言うものは、月のない夜を選んで行われた。戦場で突撃する歩兵の身を守るのは何よりも暗闇なのだ。見えない(マト)は狙って撃ちようがない。

 

昭和の日本陸軍は、闇を味方に突撃した。インドネシアのマレーやフィリピンといった地で進撃を支援したのも暗闇だった。〈大東亜〉の戦いで日本が銃剣突撃に絶大な自信を持つようになったのも、闇夜に『せーの』で襲いかかれば敵を崩せるとの考えがあったからだ。

 

ガダルカナルでその思想が敗れたのは、彼我(ひが)の戦力差ばかりではない。アメリカ軍は『〈ジャップ〉が来るのは新月の夜』と知っていて、今日がその日だと待ち構えていた。その夜空に照明弾を百も打ち上げ、マグネシウムの閃光で彼らの陣地の正面を明るく照らしつけたのだ。

 

それで突き進む日本兵の姿は丸見えとなってしまった。闇を味方にできない銃剣兵士など、機関銃の(マト)でしかない。〈ガ島〉と呼ばれたその島で日本が敗れた原因のひとつは照明弾の光だったのである。

 

それから250年後の現在、『石崎先生の〈愛〉』を信じる者達は、彼らの敵が自分達に白兵戦を挑んでくると知っていた。そしてほんの数時間、持ちこたえるだけでいい。地下都市内の酸素がなくなり、一酸化炭素が充満するにはそれで充分で、その後に心配することはすべて消えてなくなるのだと――狂っているが学校のテストでならばいい点が取れた頭でそう考えていた。

 

ゆえに迷うことはない。敵が銃剣突撃で来るなら、迎え撃つ手段は光だ。全市停電の状況下でも、自分らだけは電気を使える。それをいいことに大量の投光器を並べ置き、立て(こも)る変電所の前を彼らは照らしていた。

 

真っ暗闇の地下の中で、そこだけ昼間のように明るい。ゆえに攻め手は光を見ればそこが目指す場所だとわかった。しかし行くのは自殺行為に他ならなかった。護り手からはこちらが丸見えなのに対し、こちらは眼が(くら)まされ敵がまったく見えないのだ。

 

狙撃兵が投光器を撃ってもほとんど効果はなかった。それは豆粒大のLEDを百万個、田んぼに苗を植えるように板に貼り並べたものなのだから。狙い撃てば当たりはするがLED十個ばかりが潰れるだけで、全体にはまったくと言っていいほど影響しない。大砲などで一気に根こそぎに吹き飛ばせればいいのだが、しかし今の状況では許されない。

 

光を消せる望みはなかった。真正面から自分を照らす光に向かって突っ込むのは『撃ってくれ』と叫ぶに等しい。

 

だがそれでも行くしかない――護る側は武器は使い放題で、ロケットランチャーや迫撃砲で遠い敵でもまとめて吹き飛ばせるのである。さらに対戦車ライフルにビーム狙撃銃、重機関銃――装甲車でも容易(たやす)く貫き、中で弾丸を跳ね回させる。

 

そうして火炎放射器が、人だろうが車両だろうがすべて火ダルマで包んでしまう。攻略はほとんど不可能と言ってよかった。

 

それでも、兵は突っ込んでいく。やらなければどうせ息が詰まって死ぬとの思いが、兵士達をカミカゼ突撃に駆り立てていた。銃剣を手に弾幕の中へ飛び込む者らが、バタバタ倒れ伏していく。

 

走る人間ばかりではない。反重力パックを背負って宙を飛ぶ空間騎兵隊員もいた。だがその彼らもクレー射撃の(マト)でしかない。変電所の前はみるみる死体で埋まり、血が池になり広がっていく。進む者らはその血溜りに足を取られるほどになっていた。

 

「ダメだ! これじゃ殺られるだけだ! せめて煙幕を張れ!」

 

あちこちで士官や下士官が叫ぶ。それに従い、タッドポールや装甲車が次々にスモーク弾を射ち出した。

 

たちまちに白い煙が地を覆う。さらにまた、敵に向かって閃光弾が発射された。こちらの眼を眩ませる敵には同じ眼眩まし戦術を。重火器による支援ができない現状で銃剣突撃するしかない歩兵を助けるために、できる限りの手も尽くされ始めていた。

 

それでも敵は死を恐れぬ〈石崎の(しもべ)〉だ。閃光弾は同時に鼓膜を破るほどの炸裂音を鳴り響かすが、当然のように彼らは予期して耳と眼を護る手段を講じていた。機関銃は火を吐き続け銃剣兵を殺し続ける。射手が狙撃で頭をブチ抜かれたとしても次の者がそれに替わる。

 

互いに降伏を呼びかけるのは明らかに無駄なことだった。死に物狂いの戦闘の果てにいずれ砦が落ちるのは時間の問題でもあったが、しかし、まさに『時間の問題』――果たして酸素が尽きる前に石崎和昭を殺せるのか? たとえできてもそれまでにどれだけの犠牲を出すことになるのか?

 

負傷者の搬出などは完全に後回しにされていた。手ぶらの兵を送り出し血まみれの銃を拾わせ突撃させる。事はそのようになりつつあった。手足がちぎれ(はらわた)を飛び出させた者達が這いずる上を踏み越えて銃剣を持つ者らが進む。煙を吹いて地に転がる手榴弾の上に(みずか)ら身を投げ伏せる者がいる。

 

血の池に血の噴水が立った。雨になって降り注ぎすべてを血で染めていった。その地で血にまみれていないものなどもうひとつもなくなっていた。



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折れ曲がる光

〈ゼロ〉は気流に(あお)られながら、白茶(しらちゃ)けた平原の上を飛んでいた。すでに数回、星の上を渦巻き状にまわっているが、景色に大きな変化はない。地平のカロンがゆっくりと横に動いていくだけだ。

 

古代が見る冥王星の地表は一度溶けたアイスクリームを冷蔵庫で凍らせ直し、出してはまた半分食べて凍らせて――と、そんなことを繰り返して食えたものでなくしたような荒れたガチガチの氷のかさぶた。ウロコのような(もん)を作ってそれが広がっている上を二機の〈ゼロ〉は飛んでいる。

 

今のところ、めぼしいものは見つからない。あっても気づかずその上を飛び越してしまったのではないかという不安にかられる。

 

が、それ以上に、どういうことなのだと思う。敵地を飛んでいるはずなのに、相変わらず敵は何も仕掛けてこない。まさかここにいるおれ達に気づいてないなんてことがあるとも思えないが……。

 

どういうことなのだろう。わざと好きにさせているのか? 基地が見つからぬ自信でもあるか、それともどうせ(もぬけ)のカラで、失くしたところで構いはしないとでも思っているか。

 

あるいはそうなのかもしれない。もはや昨日に地球人類が滅んだ今、この星の基地を死守する必要などもうガミラスは持たないのだ。どうせ廃棄する基地なら、囮の役を果たさせるのはむしろ有効利用と言うもの。だからあえておれ達戦闘機部隊には手を出さずにほっておく――そういうことなんだろうか。

 

敵の狙いはあくまで〈ヤマト〉。それもわかりきった話だ。すべては〈ヤマト〉をこの星に誘うため計画されたことでもある。それと知りつつあえて沖田が虎口(ここう)に入る道を選んだ――いや、逆に沖田の方が、虎児(こじ)を得るための口を敵に開けさせたのかもしれぬが――とにかく、敵はおれ達戦闘機隊のことは眼中にない。

 

と、そういうことなのか。確かに〈ヤマト〉が沈んだら、核で基地を潰したところでなんの意味もなくなってしまう。おれ達は帰るところを失って、燃料が尽きて自分で墜ちるだけ。だからわざわざ迎撃機を出す必要はナシ。

 

そうだ。そのため、こうしてほっておかれてる。ならば、と思った。さっき見た空を横切るあの光。

 

あれは対艦ビームだった。ならば〈ヤマト〉を狙ったものと言うことになる。あのビームが進んだ先に〈ヤマト〉がいた、と言うのであれば……。

 

まさか、と思う。〈ヤマト〉はあれに貫かれたのか? あれっきり同じ光を見ないと言うのはつまり、あの一発で〈ヤマト〉は沈んだ?

 

いや、そんな。どんな対艦ビームだろうと、ただ一発で沈むほど〈ヤマト〉はヤワではないはずだ。しかし大破させられて動けないでいるとしたら――。

 

何人かの顔が浮かんだ。整備員の大山田に、結城という船務科員。佐渡先生に、島と、それから、森なんとか。

 

ユキか。まったく、どうしてあんなの、こんなときに思い出すのか――けれどもあの小展望室であの女がおれを見た顔。

 

あのとき、なんと言われたんだっけ。思い出せない。出くわすたびにペラペラと立派なことをエリートらしくまくしたてられてきたけれど、ひとつも頭に入っていることがない。ただ、なぜかその眼がいつも、おれに向かって別のことを訴えかけてきていたような――。

 

あの彼女がブレーキかけてビームを(かわ)すと言う話だったが、今ではもうその手は通じないはずだ。冥王星に取り付いた後は、星の丸みを盾にしてビームの火線を逃れる作戦だった。けれども敵は、〈ヤマト〉がそうすることを見越して対策を講じていたことになる。さっきおれが見た光線がそれだと言うなら、つまり〈ヤマト〉はあれに撃たれたことになるが……。

 

わからん。しかし、どうなってんだ? あの光は、まるで見当違いのところを抜けた。そのようにしか見えなかった。〈ヤマト〉を狙う光線が、今おれが飛ぶこの場所で見えるわけがそもそもないのに――。

 

と、思ったときだった。古代はまた光を見た。キャノピー窓の横側に、地平線の遠い彼方。黒い宇宙を一本の光線が後ろから前に抜けていく。

 

同じ光だ! 古代がそう思ったとき、ビームが〈ゼロ〉の前方で折れ曲がったように見えた。え?と思うとまた曲がり、地平線の下に消える。

 

「なんだ?」

 

言ったときだった。〈ゼロ〉の翼が気流に(あお)られ、コントロールを失った。脱出速度を超える速度で飛ぶ機体が上昇し、敵の対空レーダーに捉えられたことを(しら)せる警報が鳴る。

 

途端、四方八方から、パルスビームが〈ゼロ〉めがけて飛んできた。古代はロールを打って躱し、クルクルと螺旋を切って高度を下げる。

 

そこに対空ミサイルが来た。後方からエンジンの熱を探知し何発も追ってくると同時に前からも数発。

 

「わわっ」

 

と叫んで古代は機を踊らせた。全部躱して振り切るのにグルグルと宙を転げまわらなければならなかった。

 

やっと最後の一発を地に叩きつけさせて、

 

「おーあぶねえ……」

 

そこに山本から通信が来た。『大丈夫ですか』

 

「ってなんだよ。今の、見てただけか?」

 

『ええまあ……ヘタに撃つと隊長に当たりそうだったので』

 

「ちぇっ」と言った。「それより、光を見たか?」

 

『見ました。宙で曲がったような……』

 

「やっぱり」

 

と言った。それから気づいた。あれはやはり対艦ビーム。ならば狙い撃たれたのは〈ヤマト〉!



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被害拡大

ビームはほぼ真横から〈ヤマト〉の舷腹を直撃した。その衝撃は全艦に伝わり、クルーの体をビリビリと、まるで寺の鐘が撞かれた内側にいるかのように震わせ、立っていた者を何人も床に転がした。

 

無論、被弾した箇所にいたクルーはそんなものでは済まない。外側の装甲レンガを打ち砕いて内部にまで達したビームは、そこで力を炸裂させて船の内壁を焼けた無数の破片に変え、近くにいた者に浴びせかけた。爆風が船の中を抜けた後、逆向きに風が流れて艦外に物を吸い出させる。また幾人か宇宙に消えた。

 

今の〈ヤマト〉は冥王星の地表からほんの数キロ上におり、速度は落とし切っていてビームを()けることはできない。対艦ビームはそこを狙いすましての一撃をかけてきたのだった。先ほどの、後ろから艦橋を狙ったような手口とは違う。小細工なしのド真ん中狙いだ。

 

すぐさま南部が指示を飛ばし、副砲が敵の衛星を撃ち抜く。これで同じ衛星から同じ箇所に直撃

をまた喰うことはなくなったが――。

 

『Cブロック被害甚大! 負傷者多数です!』『右舷前部スラスター損傷! 七番と八番使用不能です!』

 

報告が艦橋に送られてくる。航海部員は島や太田に、砲雷部員は南部に、と――受け取る者達の顔に苦渋の表情が浮かんだ。

 

今は心を鬼にしなければならないときだ。船が被弾を受けたとしても何がダメになり何がまだ使えるかの把握に努め、死傷者については脇に置かねばならない……けれど、できるわけがなかった。艦橋クルーは全員が百人からそれ以上の部下を持ち、その全員の顔と名前を知っていた。誰がどのように〈ヤマト〉に乗り組み、どんな役を(にな)っていて、そのおかげで自分の仕事もできるのかを……この〈ヤマト〉に死なせていいクルーはいない。失くしていい部下などいない。

 

なのに、タマを喰らうたび、それが失われていくのだ。艦橋からは、吸い出されて宇宙に消える人間も見えた。自分の部下の誰がどこに配置されているのか知らぬ者などいなかった。だから思わずいられなかった。いま死んだのはあいつかもしれない。それともあいつか、でなければあいつ……。

 

そうでなくても傷つき動けずいるかもしれない。あの辺りにいるオレの部下はあいつとあいつとそれからあいつか。なんとか無事でいてくれるのか、と。

 

〈ヤマト〉はすでに何発も被弾を受けてしまっている。敵のビームは一体どこからどのように撃ってくるのかわからない。このままでは無駄な犠牲を増やすだけ。

 

誰もがそう思わずにはいられない状況だ。そしてまた、いつまでも〈ヤマト〉がもつはずがないのもまた明らかなことだった。この調子でビームを喰らい続ければ、〈ヤマト〉はいずれ完全に戦闘不能に陥るのは目に見えている。冥王星の氷の大地に〈坐礁〉させられ、その後は、トドメの一撃でお陀仏(だぶつ)だ。

 

しかし、

 

「新見君」と沖田が言った。「今の直撃だが、さっき艦橋を狙ったものよりビームの威力は弱いように感じた。正確なところがわかるかね」

 

「は? ええまあ……そう言えば、弱いと言えば弱かったようですが……」

 

新美はカチャカチャとコンピュータのキーを叩いた。それから言った。

 

「はい。確かに、威力はだいぶ低かったようです。直撃したのにごく一部が損傷しただけ……さっきここを狙ったものは、当たれば艦橋が丸ごと吹き飛んでいたレベルだったのに、今のビームはその半分程度の力で撃たれたらしい……」

 

「そうか。だろうな」

 

「え? どういうことです?」太田が言った。「ほんとはもっと強い力で撃てるのに、わざとビームの出力を弱めて撃ってきたとでも?」

 

「『とでも』ではない。そうなのだ」と沖田。「これではっきりしただろう。やつらは、この〈ヤマト〉を一撃で仕留める気はないのだよ。だからさっきから言っとるだろう、『考えればわかるはずだ』と。やつらはそうせざるを得んのだ」

 

「あ」

 

と何人かが言った。確かに沖田は先程にそんなことを言っていた。そして今の直撃は、その言葉を証明したと言えなくもない。今〈ヤマト〉を苦しめている敵の奇怪な対艦ビームは、本来もっと強力な威力を持っているらしいのに、敵はわざわざ出力を抑えて撃ち放っているのだ。

 

これは〈ヤマト〉を一撃に沈める気がないと考える以外にない。こちらにとって好都合なことではあるが、しかしどうしてそんな真似を?

 

「わからんか? ガミラスは、この〈ヤマト〉をジワジワと嬲り殺しにする気でいるのだ。やつらにはそうせねばならんわけがある。それが今はっきりした」

 

沖田は言った。

 

「敵は〈ヤマト〉を生け捕りにして秘密を奪い取ろうとしている」

 

 

 

   *

 

 

 

「それで? 秘密ってなんの話だ」

 

斎藤は言った。第三艦橋。メチャメチャにされたラボから負傷者を連れてやっと抜け出してきたところだ。

 

「敵は〈ヤマト〉を完全には破壊せず中を調べようとしている。主砲とかサブエンジンの力はこっちが上だから技術を盗もうとしていると、そういうことか」

 

「ええ、それもありますが……」

 

とさっきの部下が言う。もう空気も重力もある区画に入ったので通信機を通さぬ(じか)の声だ。

 

地球は決して科学技術でガミラスに劣ってはいない。この八年の戦いがそれを証明しているのは確かだ。ガミラスは波動エンジンを持つがゆえ地球の船を圧倒するが、それ以外はむしろ劣る。地球人にはガミラスより火力だけなら強い船、速度だけなら速い船を造ることさえ可能だった。

 

この〈ヤマト〉は地球初の波動エンジン船である。これでガミラスと互角どころか、従来の技術によって敵を凌駕(りょうが)する性能を持つ。〈ヤマト〉の火力と速力は、十のガミラスを相手にして楽に勝たせるものであろう。

 

強さの秘密は主砲とサブエンジンにある。ガミラスが〈ヤマト〉を拿捕して技術を盗みとろうとするのは当然のこととも言えるが、

 

「それだけじゃありません」とラボの科学部員は言った。「砲やエンジンの技術なら、〈ヤマト〉でなくても他にいくらでも船はあります。〈ヤマト〉だけが持っていて、敵がどうしても欲しがりそうな技術と言えばひとつだけです」

 

「って、つまり――」

 

「ええ」と言った。「波動砲です」



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〈沈没〉でなく〈坐礁〉

「全乗組員に告げる。こちら艦長の沖田である」

 

沖田はマイクを手にして言った。その声はスピーカーで全艦内に響いているはずだった。マルチスクリーンのいくつかの()には、声を聞いて頭を上げるクルーのようすが映し出されている。

 

「この船は今、敵のビームに撃たれるままになっている。すでにかなりの犠牲を出した。すべてわしの責任だ」

 

沖田は言いながら、窓に覗く艦首の〈ひ〉の字孔を見た。それは処刑台であり、自分に逆らう乗組員を殺してその血を前に垂らすものとの意味を持っている。〈ヤマト〉という船にはこれも必要な装飾として付けられたと聞いている。

 

だが、違うのだ。艦長である自分にとってその意味は――沖田は思った。その眼に見えぬ十字架に(はりつけ)にされているのは他の誰でもないわしだ。クルーがひとり倒れるたびにそこで体に釘を打たれ、肉をえぐり取られるのだ。艦長であり続ける限り、わしはそこに縛り付けられ責め苦を受け続けねばならない。

 

いつまで耐えられるだろうか? こうしていても、()いたコテを押し当てられて身にねじり込まれるような痛みを沖田は感じていた。それは想像のものではない。長い宇宙での戦いで受けた古傷が根を広げ、癌となっていま体を蝕んでいる。

 

その痛みだ。マイクを手に声を絞り出すのさえ、気絶しそうな苦しみを覚える。艦首の向こうの冥王星の地表に〈魔女〉が笑う顔が見える。この戦いは、すでに最初に予期していた以上に、このわしから残りの命を削り取るものになっているのかもしれないと沖田は思った。

 

「しかしだ、諸君。すまん。すまんが、今しばらく耐えてくれ。これまでに受けた打撃は、わしがわざと撃たせたものだ。そのために死んだ者にはすまんとしか言うことができん。だが、それでも確かめねばならなかったのだ。敵が〈ヤマト〉の秘密を欲しがっていることを――」

 

沖田は言った。〈話す〉と言うより、マイクに向かって血を吐きかけるように感じた。しかし言葉をかけねばならない。〈ヤマト〉のクルーだけではない。自分が今まで死なせてきたすべての犠牲者達に向かって、ただ『すまん』としか言えないのだと。それでも――。

 

「わかるだろう。ガミラスが求めているのは波動砲だ」

 

窓に〈魔女〉の顔が見える。沖田の声にもまるで動じたようすはなく、冷ややかに嘲笑っているばかりだ。愚かな人が何を言うのか。私を撃てもしないくせに――(あざけ)り顔で見下ろしてくる。お前達に私の上を飛び越させなどさせるものか。

 

冥王星。これはまさしく壁だった。赤道で人を見下ろす〈スタンレーの魔女〉だった。このたかが準惑星に波動砲は使えない。撃つに撃てない無用の長物でしかなかった。

 

だが、それは必ずしも欠陥兵器の意味にはならない。〈ヤマト〉が護衛の船団を持てないことに撃てぬ理由があったのだ。ワープ船を二隻三隻造って〈ヤマト〉を護れるか、〈ムサシ〉とでもいう名の同型艦と二隻でやって来れるのなら、たとえ千の敵がいようとこんな小星は吹き飛ばしてサッサとマゼランへ向かえたのである。

 

「ガミラスは波動技術を持っているのに波動砲が造れない。だから地球を恐れている。つまりやつらが本当に恐れているのは波動砲だと言う話は、諸君もたびたび聞いてきたろう」

 

沖田は言った。どういうわけかガミラスには波動砲が造れない。造れるのなら一発で地球を丸ごと焼けるはずだし、あるいは火星に大穴開けて剣玉(けんだま)の玉みたいにしてしまうか、木星の四大衛星を吹き飛ばして土星の輪みたいなものにしてしまうこともできるはずだ。

 

それをやらぬ理由はひとつ。できないから。波動砲を造る技術を持たないから――そう考える以外ない。

 

そんな話は前から言われてきたことだ。どうもやつらは波動技術を持っているのに波動砲が造れぬらしい。そして地球にもう一歩で波動砲が造れることを知ってたらしい。自分達に造れぬものを造れてしまう地球人。やつらは地球がワープ船を造り上げ、波動砲を舳先に積んで宇宙に出るのを恐れて阻止するために来た。そのように考えたならこの侵略に一応の説明がつくことになる、と。

 

「地球を出てすぐわしが試射をやったのは、この〈ヤマト〉が波動砲を積んでいるのを敵に教えるためだった」沖田は言った。「なぜかはもう言っただろう。この星の敵を遠ざけ、限られた戦力だけで〈ヤマト〉を迎え撃つしかないように仕向けるためだ。だがしかし、それだけではない。理由はもうひとつあったのだ」

 

それがこれだ。空母一隻沈めるだけなら、あのとき最大出力で撃つ必要などまったくなかった。あの半分の出力でも、〈ヤマト〉に波動砲在りと敵に知らすには充分だったろう。

 

だが、違う。それでは足りない。充填120パーセントの最大出力で撃たねばならぬ本当の理由は別だったのだ。今ようやくそれを明かすときが来た。沖田はマイクを掴んで言った。

 

「わしはやつらに波動砲を欲しがらせようと考えたのだ。威力を見せれば、敵は必ず砲の秘密を探ろうとする。やつらに造れぬ波動砲をどうして地球が造れるか知り、技術をなんとか奪おうとする。やつらの船にも波動砲が積めるなら、地球を恐れる理由もなくなるわけだからな。それには手はひとつしかない。この〈ヤマト〉を捕まえることだ」

 

そうだ。ガミラス。やつらは地球が波動砲を造れるがゆえに恐れていたのは疑いがない。しかし同時に疑ってもいただろうと沖田は考えていた。たとえ地球がワープ船を持ったとしても、いきなり最初の一隻目に波動砲が積めるのか。積めたとしても星ひとつ壊せるほどの威力があるのか。

 

〈ヤマト〉が発進する前に巡航ミサイルで狙ってきたのは、『それはない』と踏んでのことに違いない――そう沖田は考えていた。波動砲を持たない船なら、ワープテストに成功したらすぐにどこかにいなくなってしまうだろう。それをさせてなるかと考えああして空母を送ってきたのだ。

 

だからこそ、あのヒトデを撃ってやらねばならなかった。この〈ヤマト〉には星をも壊せる砲があるとはっきり教えてやるためだ。このような兵器はむしろ、秘匿しては意味がない。威力を敵に見せつけて初めて役に立つものなのだ。

 

それで必ず、敵は決して一撃で〈ヤマト〉を沈められなくなる――いや、そうもいかなかったが。タイタンでは〈ゆきかぜ〉に罠を仕込んでいた連中が核ミサイルを撃ってきたが、しかしあれはイレギュラーだろう。命令が徹底されることなどまずない末端の部隊だ。あのとき後から現れて〈ヤマト〉を囲もうとした艦隊は、〈ヤマト〉を〈沈没〉させるのでなく、タイタンに〈坐礁〉させよとの指令を受けていたに違いない。

 

波動砲の秘密を探り、同じものを造るために――それには手はひとつしかない。〈ヤマト〉をなるべく損傷させず、ジワジワと痛めつけて嬲るのだ。そうして弱らせ、動けなくして捕まえる。

 

「わかるだろう。やつらは決してこの船を一撃で真っ二つにすることはせん。波動砲を欲しがる限りそんなことはできんのだ。この星に我々を誘い込んだのもそのためだ。ここでなら、やつらの秘密兵器でもってじっくり〈ヤマト〉を責め殺しにしてやれる――敵はそう考えているのだ」

 

そうだ。百の船を避難させ、〈ヤマト〉が来れる状況を(みずか)ら作ったのはそのためだ。それは決して、波動砲一発で星が吹き飛ばされるのを恐れたというだけではない。何より〈ヤマト〉を捕まえて、波動砲を調べたい――その考えがあるからなのだ。タイタンでは囲い込みが充分にできず〈ヤマト〉が脱出するのを許した。けれどもこの冥王星でそうはさせない。万全の態勢で待ち構え、今度は逃がさず生け捕ってやる――敵はそのように考えているに違いないのだ。

 

「諸君。しかしこれもまた、むしろわしが仕組んだことだ。敵がこのような作戦で〈ヤマト〉を攻撃してくるのは、わしは予想していたのだ。そしてこうも予想した――敵は必ず強力なビーム砲台を持ってるだろうが、その力は加減される。〈ヤマト〉に深手を負わせないようビームの力を弱めてくる、と」

 

そうだ。思った通りだった。この奇妙な衛星ビームは、間違いなく直撃すれば〈ヤマト〉を大破させるだけの威力を本来持っている。にもかかわらず、強烈な一打をまだ受けていない。喰らってきたのはすべて〈ジャブ〉だ。

 

撃てないのだ。船の芯まで届くような強いビームを敵は撃てない。撃てるのに撃てない。そうであろうと沖田は予想していたが、確かめなければならなかった。この戦いに勝てるかどうかは、何よりそこにかかっていたのだ。

 

冥王星には罠がある。いつか〈ヤマト〉のような船が来ると想定して備えた武器が――そんなことはわかっていた。それは〈ヤマト〉を決して逃がさず、確実に仕留めうるものであるだろう。まともにやれば勝ち目はない。

 

だがしかし、その力を充分に生かせぬようにしてやれたなら? 罠の実体を突き止めて打ち破る策を講じるだけの時間を稼ぐことができたら?

 

〈スタンレーの魔女〉に勝つ望みはそこにしかあるまい。だから賭けるしかなかった。

 

敵は〈ヤマト〉にジャブしか撃てない――まずはひとつの賭けに勝った。後はどこまでこの船が敵のそのジャブに耐えられるかだ。

 

「すまん。諸君。今しばらくこらえてくれ。この戦いに勝つためには、敵に『〈ヤマト〉を捕獲できる』と思わすことが必要なのだ。この罠を抜け出せるかもその一点にかかっている」沖田は言った。「そうだ。抜け出す道はある。これは決して完璧な罠などではない――わしはそう確信している。ガミラスは実はまともにやったならむしろ〈ヤマト〉に勝てないために、こんな仕掛けを使ってくるのだ。星全体を(くま)なく覆うシステムなど必ずどこかに無理があり、弱点を抱えているに違いない。だから、そこを見つけて突けば勝てる!」

 

言った半分は強がりだった。それでも決して間違ってはいないはずと言える考えでもあった。ともかく、敵の罠の刃をナマらすことには成功した――後はナマクラ攻撃に船がどれだけ耐えられるかだ。

 

それはクルーひとりひとりの力にかかっているのだから、今はこう言うしかない――『すまん』と。そう胸に唱えつつ、沖田は腹が()じ切れるような痛みをこらえ、最後の声を絞り出した。

 

「以上だ。諸君、力を合わせ、この状況をしのいでくれ」



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徹甲炸裂ビーム

「そういうことかよ。敵は〈ヤマト〉を穴だらけにして、クルーだけを殺す気なのか」

 

斎藤は言った。第三艦橋に残っていても仕方がないから、船の本体艦底部まで、皆で這い上がってきたところだ。

 

「そうでしょう。さっきおれ達が喰らったのは、おそらく〈徹甲炸裂ビーム〉とでも言うべき種類の光線です」

 

と部下のひとりが言う。さっき、『敵は〈ヤマト〉の秘密を奪うため船を内出血させる気なのだ』と言った男だ。

 

「〈ヤマト〉の外の皮一枚だけ貫いて、すぐ内側の区画だけをズタズタにするよう調整してあるんでしょう。たぶん、クルーを『殺す』と言うより、『ケガをさせる』のが狙いなんじゃないでしょうか。一度に何十人も……」

 

「だからおれ達はいま生きてる……死んだのは外に吸い出された者だけだな」

 

「そうです。たぶん、ビームを喰らった場所にいても、モロに受けるか外に吸い出されない限り、滅多に即死はしないんじゃないですかね。戦闘服は多少のケガなら真空下でも着る人間の命を護るように出来てるし……」

 

「そうは言ってもせいぜい15か20分が限度だぞ」

 

斎藤は言った。いま自分と部下達がケガのひとつもしていないのは、着ているのが耐スペース・デブリ仕様の船外作業服で、この(よろい)がビームの炸裂で飛んできた(つぶて)をすべて(はじ)いてくれたからだ。数時間は活動できる酸素ボンベも備えている。

 

が、その代わりひどく重い。他の者達が着る服は軽いがしかし……。

 

徹甲炸裂ビーム――なるほど、あれは船の内壁を、ポップコーンの元かそれともタマゴを電子レンジでチンするみたいに加熱して、無数の焼けた破片に変えてハジケさせるように力を調整されたビームだったのかもしれない。自分が見たラボの損害状況は、今この部下の言うことを『なるほど有り得る話だ』と思わせるに足るものだった。

 

だとしたら、そんなものを敵が使う理由はひとつ。〈ヤマト〉をなるべく壊さずに、乗組員を殺傷することだ。特に外壁近くにいる戦闘員を――。

 

ビームやミサイル、宇宙魚雷を撃つ砲雷員に、スラスターを操るための機関員。彼らがいま着ているのは、動き易さを重視した船内用の戦闘服だ。緊急用の15分ほどの酸素ボンベと二酸化炭素還元パックしか持たず、生命維持装置も簡易的なもの。

 

それでも戦闘用だけに、たとえ穴が開いたとしても着用者を死なせない工夫がいくつもこらされている。空気が抜けた船内でケガを負ってしまっても、呼吸ができる15分の間に危機を脱せれば命が助かる望みがあるのだ。

 

部下が言った。「だからすぐ、行きましょう。どうせおれ達は持ち場を失くしたんだから、負傷者の救命・救助にまわるんです。急げばまだ救けられるやつが生きているはずです」



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白髭危機一髪

『わかりました。あの衛星はビームを反射させるんです』

 

山本が〈糸電話〉で告げてくる。けれども古代は何を言われたかわからず、「はん?」と聞き返した。自機の情報分析機器は冥王星表面の走査を続けており、古代も機の前方に何かあるなら見逃さぬよう注意を払っていなければならない。空の上の事については山本に任せていたのだが、

 

『あの衛星の四枚パネルは一種の人工重力装置で、空間を曲げる力を持っているようです。それも「曲げる」と言うよりも、カクッと折り曲げてしまうような……』

 

「カクッと?」

 

『ええ。それで宇宙に鏡を置くようにしてビームをカクカク反射させて敵を撃つ兵器なのだと思います』

 

「カクカクと」

 

『はい。そうやってひとつの砲で丸い星の全体をカバーするようにしてるのだと……』

 

「カクカクとか」

 

『ええ。カクカク……』

 

「そんな」と言った。「冗談みたいな兵器があるかよ」

 

『しかしそうとしか思えません。それで今〈ヤマト〉は狙い撃たれてるのだと……』

 

「わかるけど……でも、そんな。そんなのどうすりゃ(かわ)せるんだ」

 

『躱せるとは思えません。星の遠くにいればともかく、近づいてしまった後は……おそらくこれは、〈ヤマト〉のような戦艦が星に取り付くのを防ぐための兵器です。敵は万全の備えをして我々を待ち受けていたのだとしか……』

 

「そんな」

 

とまた言った。だがそれ以上言葉が出ない。

 

〈ヤマト〉がビームに貫かれ、沈む光景が頭に浮かんだ。カクカクと鏡返しで星の周りをめぐるビーム? そんなものに狙われたら、逃げ場なんかあるわけがない。いや、何しろあれだけの船だ。一発二発たとえ直撃受けたとしても、よほどのことがない限りそれで沈みはしないかもしれんが。

 

だからと言って長くもつはずがない。〈ヤマト〉はナントカ危機一髪ゲームのオモチャの樽のように、四方八方からビームを刺され、あの白ヒゲを天辺からポンと飛ばしてオダブツとなってしまうに違いないのだ。

 

沖田!と思った。モール付ピーコートのあの老人が宙を舞うのをこの星の〈魔女〉が笑って眺める光景が頭に浮かび、古代は叫び上げそうになった。艦長、あんたが殺られたら――。

 

どうすればいいんだ。そう思った。そうなったら、おれも山本も〈タイガー〉に乗る者達も皆おしまいだ。たとえ基地を叩いたとしても――。

 

『隊長』山本から通信が来た。『コースを外れかけています』

 

「え?」

 

と言った。レーダーを見る。〈ゼロ〉はまっすぐに飛んでいて、渦巻コースからそれようとしていた。

 

「悪い」

 

と言って進路を戻す。前にあるのは白茶けた平原。

 

古代はそこに、うすら笑う女の顔が見える気がした。

 

あらためてレーダーの画面を見、自分と山本がまわるべきエリア全体をマップに出した。〈ココダの道〉をまだ半分も飛んではいない。

 

もしも敵の砲台がおれの受け持ち区画の中にあったとしても、しかしそれが端の方なら、今のままグルグル飛行を続けていてはたどり着くのに一時間もかかってしまう。その間に間違いなく〈ヤマト〉は殺られてしまうだろう。

 

しかしもし、砲台の位置がわかるなら? 古代は〈ヤマト〉を出る前に聞かされていた作戦の詳細に思いを巡らせてみた。細かな指示の中にひとつ、『対艦ビーム砲台の位置の見当がついたならまずはそれを攻撃に行け』との項目があった。〈ヤマト〉を狙う罠を討つのが最優先だ。

 

そのためには基地の索敵は後回しでいい。カクカク砲台かなんか知らんが、核をブチ込みゃ一発で粉々にしてやれるだろう。

 

「山本」と言った。「その砲台だけど、どこにあるかわかるのか」

 

『いいえ』と返事。『ですが、この白夜の圏内ではないでしょう。あればとっくに我々の誰かが見つけているはずです。基地から離して別に置いているのだと……』

 

「それじゃあ、せめてどこら辺か見当は?」

 

『ええと……カロンではないですね。夜の面ではあるのでしょうが、あまり高緯度とも思えません。たぶん低緯度の赤道付近。その程度しかまだ推定できません』

 

「そうか」

 

と言った。赤道付近? 星をグルリと一周か。どうする。それなら、このおれ達は34機。もし一機ずつバラバラに、一周三六〇度を十度ちょいずつ離れて飛べば、この星の赤道上をまんべんなくカバーできる計算だ。そこで敵が〈ヤマト〉めがけてビームを撃てば、一機か二機が地面から衛星に向かって飛び出すビームの軌跡を見ることだろう。後はそれを頼りに行けば、(おの)ずと砲台は見つかると言うもの。実に単純な理屈だった。

 

しかし、と思う。それはダメだとすぐに気づいた。山本も、

 

『ただ、バラバラに分かれて飛べば、おそらく敵の……』

 

と〈糸電話〉で告げてくる。古代は、

 

「わかってる」と言った。「待ち伏せに遭うだけだ」



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葛藤

対艦ビーム砲台がどこにあるかわかったらまずはそれを叩き潰せ――この作戦で古代はそのように指示されていた。ただし、それには条件がある。

 

位置の見当がついたからと言って、隊を細かく分けるようなことはするな。砲台を叩くときには必ず全機で固まって行くのだ。敵は基地よりビーム砲台の護りを固めているだろう。百機の戦闘機が迎え撃ってくると言うことも有り得る。そのとき単機、もしくは二機や四機だけの編隊で行けば? あっという間にその百機に殺られてしまうに決まっている。だからこちらもなるべく多い数でもって、互いを護り合いながら行くのだ、と。

 

この白夜の捜索が、渦巻を重ね合わせたコース取りをしてあるのも同じ理屈だ。どれかひとつの隊が敵に襲われたら、他の隊がすぐさま援護に駆けつけられるように考えられている。たとえ遊星を止めるためでも、〈ヤマト〉を護る戦闘機の無駄な損耗は避けねばならぬというのが今の古代の立場だった。

 

しかし、と思う。今ここで〈ヤマト〉が殺られたらなんにもならない。対艦ビームを先に潰すべきではないのか。

 

とは言えやはり、バラバラに分かれて赤道へ、などというのは論外だろう。どうする。どうすればいいんだと思った。そうしながらも〈ゼロ〉は星の南極の上を飛んでいる。

 

兄さん、と思った。おれはどうするべきなんだ? 〈ヤマト〉に乗る者達は皆この星を〈スタンレー〉と呼んでいる。人が〈南〉へ行くことを許さぬ〈魔女の山脈〉だと……そして対艦ビーム砲こそ〈スタンレーの魔女〉なのだと。ハーロックは地球でその〈魔女〉に敗けた。ラバウルからスタンレーを越えて南へ行こうとして、ついに果たせず引き返した。振り返ってジャヤの峰に笑う女の顔を見た――兄さんの本にそう書いてあった。

 

おれは今、同じことをしてるんだ。兄さん、おれはどうすればいい? 古代は思った。このまま基地を探してただグルグルと極圏を飛ぶべきなのか。それとも隊をこの星の赤道へと向かわすべきか。

 

全機まとまって行くのでなければ、ビーム砲台を殺りに行くのは自殺行為と言われている。確かにそれに違いない――だがこのままでは、基地を見つけて叩く前に〈ヤマト〉は沈められてしまう。どちらにしてもおしまいだ。どうする。おれはどうすりゃいいんだ、兄さん!

 

『今、敵が我々を黙って飛ばしているのはやはり、護りをビーム砲台に集中しているのでしょう』山本が〈糸電話〉で告げてくる。『ですから、これも誘いです。百の戦闘機が我々を、「来るなら来い」と誘ってるのだと……』

 

「じゃあどうすればいいんだよ」

 

『このまま基地を探すべきです。〈ヤマト〉のことは沖田艦長を信じて任せて』

 

「何?」と言った。「沖田を信じる?」

 

『はい』

 

「バカな。何を……」

 

言おうとした。あいつは兄さんを死なせた男だ! そんなやつが信じられるか! おまけに、今こうやって、おれなんかを隊長にしちゃっている男なんだぞ! おれが隊を指揮なんかできる人間じゃないことは、山本、君がいちばんよく知ってるだろうが、と。

 

だがもちろん、そんなことは口に出してはいけないのはわかりきったことだった。ともかく、今は絶対にダメだ。皆が沖田を信じるように、山本も沖田を信じているのだろう。沖田が選んだ男だからおれも信じると言うのだろう。しかし……と思う。冗談じゃない。古代の気持ちは決して変わっていなかった。沖田なんか信じられない、おれが航空隊長なんてバカな話があってたまるか――その考えは変わっていない。

 

まして、と思う。そうだ、あいつは兄さんを死なせた男というじゃないか。おれの兄貴は〈メ号作戦〉でただ死んだというだけじゃない。最後に残った旗艦の僚であったのに、意味なく敵に突撃かけて無駄に死んだというじゃないか。そのときの提督が沖田だというなら、あいつは兄の犬死にに責任があるってことだ。そうだろう!

 

で、なんだか知らないが、おれを呼びつけ『すまん』とか言う……一体どういうつもりなんだ。あんな人間が信じられるか。兄貴が死んだときだって、旗艦が共に行っていれば……。

 

と、そこで、『いいや待てよ』と思い至った。〈ゆきかぜ〉と〈きりしま〉が二隻で行っていたならば、敵の艦隊を突破できたかもしれない。だがそこまでだ。間違いなくあのカクカク衛星ビームで共に沈められたろう。冥王星には必ず罠があるはずだから二隻ばかりで行けはしないと見て提督は船を引き返させた――そんな理屈は古代も前から耳にはさんでいるにはいた。確かにそんなものかもと納得して聞きさえした。

 

その言い分は正しかったということになる。〈ヤマト〉より防御力がはるかに劣る〈きりしま〉がこの罠を抜ける望みはなかっただろう。カクカクビームに為す(すべ)もなく殺られていたに違いない。

 

しかし、と思った。ならばどうして兄を行かせた。罠があるから行けぬと見て引き返したという話は、〈ゆきかぜ〉を行かせたことと矛盾する。沖田は兄を死なせたことをおれにすまぬと言いながら、なぜ死なせたかひとこともない。『地球を〈ゆきかぜ〉のようにしたくない』とか、ごまかすような口を利くだけ……。

 

そして今、〈ヤマト〉ならば勝てるだろうなどという、いいかげんな考えでこの戦いに臨んでいる。そうじゃないのか? なのにどうして、そんな男を信じることができるんだ。

 

どうする、と思った。このままじゃいけない。それはわかっているが、しかしなんの手立てもなしにビーム砲台を討ちに行けない。どうすればいいんだ、兄さん……。

 

眼の前には冥王星の氷の大地。古代は今、大きな白い〈ハートマーク〉の上にいた。もちろん、いま敵の基地がおれの前に現れるか、タイガー隊の誰かが基地を見つけて核ミサイルをブチ込めば、それですべて終わりとなって〈ヤマト〉を救いに行けるわけだ。沖田を信じてその可能性に賭けるのが山本の言うようにいま取るべき行動なのか? しかしそんな――。

 

いいや、沖田など信じられない。おれはあいつを信じられない……古代は思った。兄さん、どうしてあんな男に従ったんだ。〈ゆきかぜ〉をあんなふうにして死なずによかったはずなのに。

 

このままでは地球が……と思った。そうだ、あの〈ゆきかぜ〉のようになる。兄さん、おれはどうすれば――。

 

答は見つからなかった。古代は渦巻螺旋に沿って、〈ゼロ〉で堂々巡りの道を飛びつつけるしかなかった。



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行くか行かぬか

敷井の一隊が戦場にたどり着いたとき、見えるのは白い煙ばかりだった。スモーク弾の煙幕に包まれ、変電所を見ることはできない。ただ、煙の奥にある照明の光がそこに敵がいるのを教えている。

 

煙のために、レーザービームの飛び交う光が眼にクッキリと鮮やかに見える。凄まじいまでの敵の弾幕。そこに兵士が突っ込んでいき、撃たれてドウっと倒れるのが黒いシルエットで見える。

 

「ひるむなーっ! 行けーっ! 進むんだーっ!」

 

叫び声がする。その声が地下の空間に(こだま)する。だがそれも、ドーンという爆発音にかき消された。声の主は迫撃砲にでも殺られたか、それきり何も聞こえなくなる。

 

だが静寂は一瞬のことだ。すぐまた別の誰かが叫び、銃声がオーケストラで鳴り響く。突撃の足音が地を響かせて、爆発の大音響が地下空間の壁と柱と天井を震わせ、谺にして反響させる。

 

地には死体が転がっている。傷つき這いずる者もいる。地面のわずかな起伏の上を血が流れ動いていた。靴の底でヌルついて足を滑らせようとする。

 

「ひでえ……」

 

と誰かが言うのが聞こえた。それに対して、「見るな」と応える者がいる。肩にしていた銃剣を下ろし、吸入器の酸素を吸って、

 

「行こうぜ。ここまで来たんだからな」

 

「っておい。本当に行くのか?」

 

「たりめーだろが。逃げたところで何時間かで息ができずに死ぬだけなんだぞ」

 

「そりゃわかってるけどさ」

 

言ってるところにパルスビームで斉射され、榴弾まで飛んできた。近くで炸裂。皆たまらず血の池に伏せる。

 

「見ろ! ここにいても殺られるだけだ。それよりは突撃しよう!」

 

「って、ちょっと待て!」

 

言い合いになる。他の者は顔を見合わすばかりだった。敷井もまたどうしていいかわからなかった。

 

「考えろよ! 突っ込んでも死ぬだけだぞ」

 

「そんなことはない! この人数で行けば敵を何人かは殺れる! おれ達がたとえ玉砕しようとも敵を全員殺ればいいんだ。おれ達の後に続く者はいるが敵はそうじゃないんだからな!」

 

「いーや、これじゃただの(マト)だよ!」

 

「やかましい! おれだけでも行ってやる!」

 

言って、その男は銃剣を手に雄叫び上げて突っ込んでいった。煙の中に黒いシルエットになって消える。

 

残った者らはあらためて顔を見合わせた。

 

「どうする?」

 

「どうするって」

 

と、敷井は聞かれて言った。自分達は寄せ集め部隊。指揮する者が存在しない。仮にでも上に立つ者がいたならば、おそらく今の男の理屈で突撃せよと命じられ、やけくそになって行ったに違いないところだが、しかし士官は死んでしまった。今の男がひとり向かっていったからって、後に続こうという気になれない。

 

だからと言って、じゃあ逃げようという考えを持っていそうな顔もなかった。元来た方を振り返ってもあるのは暗闇。チラチラと火事の炎が見えるばかりだ。

 

たとえ逃げても家になど帰りつけるわけがない。闇の中で息ができずに死ぬだけだ。それがわかっているのに、どうして逃亡する気になるか。

 

また、現実に逃走が可能であるとも思えなかった。

 

「行くしかないだろ。後ろに下がろうなんてして、やって来るもんとぶつかってみろよ。問答無用で撃ち殺されるぞ」

 

敷井は言った。足立が「だよな」と頷いて、他にも「うん」と言う者がいる。

 

うん、そうだ、とあらためて思った。この戦場には次から次に兵が送り込まれている。トラックやタッドポールが兵士をピストン輸送して、さらに歩きでもやって来る。多くが自分達と同じ寄せ集め部隊だろう。当然、なかには銃剣突撃などはイヤだと脱走を試みる者がいるだろう。

 

こんなにたくさん兵がいるんだ。だからおれひとりくらい逃げても別にいいだろう。変電所を奪還して、石崎を殺す役目は他の人に任せるよ――なんてことを考えて、ひとりバックレを図ろうとする。

 

しかし戦場という場所で、そういう者を許すわけにはいかないのだ。ひとり許せばオレもオレもと他の者が言い出しかねない。だから隊を指揮する者は、敵前逃亡を見つけたら問答無用で射殺する、と下に対して言わねばならない。ましてや今のこの場所は、負傷者を見ても救けず突撃せよと叫ばねばならぬような場所。

 

そうだ、と思った。もし逃げようなどとすれば、絶対にすぐに見つかり撃ち殺されることになる。それどころか、今この場にいる者達に対しても、『オレは逃げるがお前どうする』などとは冗談にも言えない。言った途端に『ふざけるな』と銃剣を突きつけられるに決まっている。

 

これはそういう戦いなのだ。いま戦わねば人類は滅ぶ。明日という日はないというこのときに、〈逃げる〉という選択肢は残されない。

 

「けどどうする?」とひとりが言った。「突っ込んでも無駄に死ぬだけだと思うぞ」

 

「そうだな」と別のひとり。「でも、ここにいても死ぬぜ」

 

「それは……」

 

とまた別のひとり。そのとき、また砲弾が近くで(はじ)けるのが見えた。いずれ自分らのいる場所に同じものが落ちるだろう。そのときこそ全員無駄死に。

 

ここまで来ながら人類を滅ぼそうとする者達に何もせず、首も手足ももぎ取れて内蔵をブチ撒けさせたバラバラ死体が血の池の中に十数体だ。ならば皆で銃剣構えて突撃かけていった方がひとりでも敵を倒せる望みがあるというもの。理屈を言えばそうなのだが……。

 

しかし――と思った。銃剣突撃。そんなのは号令かける人間が誰かいなければできるようなものではなかった。この中に、行こうと言って他を従わす者がいない。敷井達は何もできずに顔を見合わすだけだった。



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和田アキ子の国

「攻撃は続けていますが〈石崎の(しもべ)〉の護りは固く、陣に穴を開けられません。報告では犠牲者多数……」

 

防衛軍司令部で、藤堂は情報局員の説明を聞いていた。スクリーンに北変電所の図が映され、推測される敵の配置が描かれている。

 

変電所はそもそもが要塞と呼べる造りになっていた。テロリストの襲撃に備え、塀と金網と有刺鉄線に幾重にも巻かれ、地下都市の北の壁を背にしている。その内部にいる者は、壕やトンネルを自由に行き来し、タマ()けに護られながらやって来る者を狙い撃てるのだ。

 

それが今は、人を(みずか)ら滅ぼそうとする者達に奪われてしまった。取り戻すのに、こちらは一体どれだけの犠牲を出さねばならぬのか。いや、そもそも、取り戻すことができるのか……藤堂は時計を眺めやり、残された時間は果たしてどれだけあるのだろうと考えた。

 

すまぬ、としか言いようがない。今は犠牲を(かえり)みている余裕はないのだ。

 

「それでも相手のカメラやマイク、対人レーダーといったものは(おおむ)ね潰したとみられます。元よりこれらはどこにどう配置されていたのかこちらは知っていたわけで、その情報に基づいて破壊するのは比較的容易なものでありました」

 

「ふむ」と言った。「やつらにしても、こちらを迎え撃つのには命を懸けねばならんわけだな」

 

砦の奥でカメラが映す像を見ながら無人装置を動かして、好き放題にこちらを撃つのは敵にさせない。こちら側のスナイパーが狙える場所に、敵の顔を出させられるのだ。敵は数に限りがあって、玉砕すればそれで終わりであるのに対し、こちらはまだまだ増援を送り込める余地がある。だからそれだけを考えるなら、いずれこちらが勝つことは時間の問題と言えるのだが……。

 

そうだ、時間の問題なのだ。ただ、それまでのリミットがあまりに短いということだ。決死の隊に護られる強固そのものの要塞を限られた時間のうちに果たして攻め落とせるのか。

 

藤堂はマルチスクリーンに眼を向けた。いくつものカメラが捉えた画像がそこに映し出されている。弾幕の中に銃剣を手に突撃する兵士達。死体の山。火に包まれて墜落するタッドポール。

 

これはまるで第二次大戦を再現した映画ではないか。ノルマンディの上陸か、スターリングラード攻防か、硫黄島の玉砕戦か……あの戦争で、ペリリューやアッツといった島の日本兵達は、百倍の敵に対してどれだけ持ちこたえたといったろう? 攻める米英指揮官は、日本の旗が立つ島を見て、あんな旗は三日、いやいや、三時間で奪い取ってオレの部屋のテーブルクロスにしてやるわ。今夜のメシはその赤丸に皿を置き、ミートボールを山盛りにして、やつらからいただく〈サケ〉で祝うのだ――などと笑って兵を進ませ、返り討ちに遭ったのではなかったか? ありとあらゆる戦場で、日本兵は持久した。三週間も三ヶ月も、天皇の〈和〉に応えるために。

 

天皇陛下の〈和〉だけが世界を変えられると信じるからこそ彼らは戦い、死ねたのだ。今、我らが倒さねばならない敵はその末裔だと藤堂は思った。石崎という男の〈愛〉、ただそれだけが地球を救い、宇宙に平和をもたらすのだと本気で信じる者達の城を、いま本当に三時間で落とさなければならないのだ。そんなことができるだろうか?

 

いや、しかし、やるしかないのだ。こうしている間も街の酸素は失われているのだから……そしてまた、もうひとつ、脅威が迫っているのだから。藤堂は〈全土〉の状況を映すパネルに眼を向けた。地球各地の地下都市と間を結ぶ無数のトンネル。今、日本へと八方から穴を進んでくる者達が示されている。

 

日本人を殺せ殺せと叫びながら……一体どうしてこんなことになったのだろう。わかっていても考えずにいられなかった。

 

「まったく」と口にする者がいる。「誰のおかげで今日まで生きてこれたと思ってるんだ。その恩もわきまえず……」

 

「やめろ。そういうことを言うから、反日思想が手の付けられんようになるんだ」

 

「なんだと。ほんとのことだろうが。地熱発電も地下農場も、全部みんな日本が造って世界にくれてやったもんだぞ。そのおかげで命長らえてきたというのに、こんなふうに停電しても有り難みがわからんのか」

 

「だからと言ってあのな……」

 

「『あのな』じゃない! 宇宙船だってみんな日本が造ったものなんだぞ。日本の船に『ヤマト』と名付けて日本人を乗せて何が悪いのだ。それでなくてどうして人類を代表して世界を救う船が出来るのだ」

 

「頼むからこんなときにそんな話はやめてくれ」

 

まったくだ、といがみ合うふたりの男を見て思った。この日本は〈和の国〉であるはずだろうに、いい大人が聞いてあきれる。まるで子供の国としか思えぬようなことばかり……。

 

だから日本はいつまでたっても〈和の国〉でなく〈和田アキ子の国〉なのだ、と、意味はよくわからないが昭和の昔から言われてきたらしい言葉を藤堂は頭に思い浮かべた。アジア諸国に『笑って許して』、欧米には『だってしょうがないじゃない』と言い続け、『平和の鐘を鳴らすのは日本だ』などと(うた)いつつ、ただユラユラとしているだけの『やじろべえ』――そうやって知らぬ存ぜぬとごまかしていたツケが積もり積み重なって、いま取立てがやって来る。にもかかわらずそれがまったくわかっていない人間ばかり……。

 

「外国人暴徒の狙いは地下東京です」と情報局員が言う。「朝鮮から来る最初の群れが、じき到達するでしょう。それまでせいぜい一時間というところだと思われます」

 

ひとりの者が、「なんとか止められんのか?」

 

「方法はなくもありません。先頭集団はタッドポールで来るわけですが、あの乗り物は巡航で時速二百キロも出ませんから。推進機さえ奪ってしまえばただの反重力風船です。狭いトンネルを来るのをビームで迎え撃つのは決して難しくありません」

 

情報局員はスクリーンに説明図を表示させた。他にもいくつか、外部から敵が街に雪崩れ込むのを防ぐプランが提示される。

 

「すべて秘密裏にシミュレートして、訓練を済ませた人員をすでに配置させています」

 

「とりあえず有効なものと考えていいと? こうした事態を想定して(あらかじ)め策を講じていたと言うのか」

 

「はい――しかしお分かりでしょうが、これらは時間稼ぎに過ぎないものとお考えください。来る者達を殺したところで火に油を注ぐだけで、完全に食い止めるのはまず無理です。こちらの力は相手の車両や航空機の足止めに努め、戦いながら後退するものとして案が組まれています。対せるのは朝鮮や台湾といった近隣から来るものだけで、八方全部への対処はできません。そんな余裕があるのだったら、今は変電所にまわすべきものでもあります」

 

「石崎を討つのを優先すべし、というわけか」

 

「はい。電力を回復させて街の人々を救えるかどうかのリミットまで、あと三か四時間でしょう。朝鮮などから来る集団の足を止められるのも、やはり三時間が限度。その他の国から暴徒が日本に押し寄せるまでの時間もまたあと三時間……」

 

「三時間……それまでに石崎を殺れるかどうかか……」

 

ひとりがそう言ったきり、言葉を失くして黙り込んでしまった。会議室の中が静まる。

 

普段はまるで女のようにペチャクチャとしゃべり通しに不毛な議論を重ね続けずにいられない〈和田アキ子な男達〉が、今は誰ひとり声も出ない。

 

彼らを見渡して藤堂は言った。

 

「いいだろう。それでやってくれ――わたしにできることはもう、ただ祈るだけのようだ」



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桜林

地下都市はまるで刑務所のように四方を壁に囲まれている。地下なのだから当然だが、内壁の前にはグルリと全周に渡って木が大量に植えられていた。市民の眼から灰色の壁をなるべく隠して、街は自然の森に囲まれているように見せようという工夫である。効果のほどは大いに疑わしいものだが、それでもないよりマシと言うところだろう。

 

壁に沿って杉などの背の高い常用樹がボーリングのピンのように何列も並び、その前には桜の木。春にはそれが咲いて散るのを見ることができ、日本人はこの地下でも毎年足を運んでいる。

 

外国人はそれを見て、『一体なぜ』と不思議がる。少しでも人を絶望させないために街を林で囲むのはどこの国でもやってることだ。けれども、桜? 一年のうち数日咲いてパッと舞い散るようなもの、この地下都市に植えなくてもよいではないか。おまけにソメイヨシノとやらは、種を残すこともない。そんなもの見てむしろ絶望しないのか。

 

そう言われると日本人は『いや……』と口ごもるしかない。我々は散った桜を見ることで、来年もまた同じ景色を見たいものだと考えるのだ。それが日本の〈和の心〉というもので――などと言っても日本生まれでない者に理解できぬと言うのなら、どんな答で納得してもらえるのか。

 

敷井は今、その桜の木々に囲まれそんな話を思い出していた。十月の今はもちろん桜が咲く季節ではない。戦闘の光に(ほの)照らされて、見上げれば葉を茂らせた枝がどうにか見て取れる。木々の向こうに敵の砦。変電所も地下都市の壁に背をくっつけて建つがゆえ、左右を林に挟まれているのだ。敷井とその一隊は、変電所までもう少しというところまで到達していた。

 

が、

 

「敵陣までこっからどのくらいなんだ」

 

「さあ、二百か三百メートルってとこじゃないの」

 

「これからどうすりゃいいんだよ」

 

「知るかよ。行くにしたってこれじゃあ……」

 

仲間達が話している。敷居は変電所の方を見た。木々を透かして、金網が行く手を遮っているのが見える。そこから火炎放射の炎。

 

「どうすんだ。突っ込んでも死ぬだけだぞ」

 

「だから、聞くな! 誰か爆弾とか持ってねえのか」

 

そういう者はいないようだった。銃剣を手に突撃しても金網から先へは行けずに火に焼かれるだけなのは目に見えている。こちらめがけて敵はビームも撃ってきている。敷井達は地に腹這って、身動きできぬ状態にいた。

 

ここまでだって、這うようにして進んできたのだ。とにかく行こう、それしかないと皆で頷き合ったものの、だからと言ってまっすぐ突撃かける気になれず、タマが飛んでくるのとは少しそれた方へ進む。その結果、この林に入り込んでしまっていたのだ。

 

今、敷井とその仲間は、地下都市の北の壁の前にある桜林の中にいた。戦場から外れたところに孤立して、『オレが指揮を』と言い出す者もいないまま。

 

「どうするんだよ。ここにいてもやっぱり死ぬぞ」

 

と足立が言う。その通りだと敷井は思った。迫撃砲弾でも撃ち込まれたら、その一発で四、五人がバラバラになって散らばるだろう。だが、だからってどうすれば……。

 

変電所の正面では、相変わらず突撃が繰り返されているようだった。煙幕のせいでよく見えないが、銃声や爆発の響きが伝わってくる。

 

しかし、こっちの方に来て林伝いに脇から攻めようという隊は他にないようだった。それはなぜかと思っていたが、

 

「畜生。誰もこっちに来ないのがわかった」とひとりが言った。「あの金網の向こうは天井まで届く壁になってるんだ。変電所は両脇が厚い壁で護られてるんだよ。だからどうせ突破はできない。それがわかっているからみんな正面から……」

 

「なんだと? じゃあここにいても全然無駄じゃないか!」

 

「そうだ。どうする? 突っ込むならおれ達も正面にまわるしかない」

 

「そんなこと言ったって今更……」

 

ドカーン! 近くで爆発が起きた。桜の木が薙ぎ倒され、枝が折れ飛び葉が舞い散る。

 

さらに続けてドカドカときた。敷井達は身を伏せて、首を縮めて耐えるしかない。

 

「だーっ!」とひとりが叫ぶ。「移動しよう。ここにいちゃダメだ!」

 

「だから、『移動』ってどうするんだよ!」

 

「それは」

 

と応える。そのときだった。『おーい!』と人の呼ぶ声がした。さらにガンガン何かを叩くような音。『誰か! こっちだ!』

 

「ん?」と足立が言った。「なんだ?」

 

「さあ」

 

と敷井は言った。しかし、また声がする。『おい! こっちだよ!』

 

そしてまたガンガンと何か叩く音がする。だがその音にしても声にしても、妙な聞こえ方だった。

 

壁を通して伝わるような変にこもった響きがある。すぐ近くで発せられているようなのにそちらを見ても何も――と、そこで、敷井は『いや』と思い当たった。何かある。暗くてよく見えないが、芝の植えられた地面に黒く丸いもの。

 

マンホールの蓋だった。もしくは、それに似た何かだ。それを下から叩いて『おーい』と叫んでいる者がいるのだった。『誰か! 開けてくれ!』

 

敷井は足立と顔を見合わせた。足立が「どうする?」と聞いてきた。



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トリアージュ・タグ

「なんでえ、こりゃあ……」

 

斎藤は言った。〈ヤマト〉医務室の前の通路は血にまみれていた。部屋から(あふ)れた負傷者が床に転がり(うめ)き声を上げている。斎藤もひとり肩に(かつ)いできたところだが、どうしていいかわからない。

 

近くにいた黄色コードをつかまえて聞いた。「おい、ケガ人だ! どうすればいい?」

 

「ああ、すみません。中はもう一杯なんです。そこに置いといてください」

 

「って……」

 

それじゃ、死んじゃうかもしれないじゃないか。そう思いながら通路に寝かすと、船務科員は斎藤が連れてきたケガ人をちょっとだけ診て、手に持っていた赤青黒の札のうち黒い札を胸に付けさせた。それが〈トリアージュ・タグ〉というもので、〈黒〉が何を意味するかは念を押して聞くまでもない。

 

「おい。もっとちゃんと診てからにしろよ」

 

「そうは言っても……」

 

「いや。こいつは救かるよ」

 

と言った。ダテに長年、宇宙冒険家をやってはいない。どのくらいのケガを負えば人は救かる見込みがなくなり、どの程度なら救けられるか知識もあれば経験もある。敵のビームを受けた場所から、ひどいケガを負いはしたが処置が早ければ救かると踏んだ者を励ましながら担いできたのだ。それをちょっと診ただけで、黒札つけられてたまるものか。

 

けれども相手は取り合わず、次の負傷者に眼を移してしまった。斎藤は通路に転がる者達を見た。大抵は赤か青のタグを付けられている。〈赤〉の負傷者を優先せねばならないのなら、おれが連れてきた者は確かに……。

 

いや、と思った。ここにおれがいるじゃないか。応急処置の仕方くらいおれが心得てるんだから、次を連れてくる前にちょいとこいつを救けていこう。佐渡先生と昨日飲んだとき薬の置き場も見ているし――そう考えて、よし、と思った。

 

「待ってろ。おれが診てやるからな」

 

言って医務室内に入る。中は血の海だった。負傷者がゴロゴロと転がされ、流れ出た血がバケツででも撒いたかのように床を覆ってしまっている。

 

その室内で、やはり全身、バケツで血を被ったようになりながら手術台に向かっている者がいた。斎藤は言った。「佐渡先生!」

 

「おう、なんじゃい」

 

顔を上げずに医師は言った。眼は台に寝かされている者の患部を見据えたまま。手は手術器具を持って動かしたまま。

 

「でっかい声出さんでも聞こえるわ。どうした。子でも産まれたか」

 

「いえ。薬もらっていきます!」

 

「勝手にすりゃいいじゃろう――いや待て。斉藤君、ええときに来たなあ」

 

「は? なんですか」

 

「ほらあの、昨日、君が教えてくれた酒だ。あれ一杯作ってってくれんかな」

 

「おう!」と言った。「さすが先生。こんなときまで! お安い御用です!」

 

言ってまず、救命用の薬と器具を船外服のポーチに突っ込み、それから広口ビンを取った。氷を入れてラムとジンを注ぎ込み、試験管に入れてあった残りの材料を垂らしてシェイク。

 

そうしながら考えてみた。一体これはどうなってるんだ? ケガ人の数が尋常じゃない。いや、もちろん、敵の攻撃を喰らったら死傷者が出るのは当然にしても――。

 

足元に溜まる血液を見下ろした。このおびただしい血はなんだ? どうしてこれほどの血が……。



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出血多量

「艦内負傷者多数。医務要員が対処しきれぬ状況です」

 

第一艦橋で森が言った。船務科がまとめて送ってくる〈ヤマト〉の艦内状況はサブのマルチスクリーンに常に映し出されている。そこに死傷者の数字も出ている。だからケガ人が多く出たのは、わざわざ口に出さずとも誰でも見てわかることだが……。

 

血まみれの医務室と、その前の通路もカメラに映っている。百や二百では利かない負傷者。

 

真田が画面を見て言った。「まずいな」

 

相原も言う。「こんなの見たことがない……」

 

「ええ」と新美。「普通はこれほどのケガ人が出る前に沈められてしまうものです。船はふたつにヘシ折れて、クルーはみんな宇宙に吸い出されておしまい。それが宇宙の戦いと言うもの……」

 

カチャカチャと機器を操作して、

 

「けれどこの戦いは違う。ケガ人こそ多いですが、今のところ死亡はせいぜい十二、三というところのようです。外に吸い出されない限り、ケガを負っても滅多に死ぬことはないというのが現状らしい……」

 

相原がまた、「それは敵がわざとそのように調節したビームを撃ってきてるからだろ」

 

「そう。その代わりケガ人多数。そのほとんどが出血多量で、血がないから動けない……非常にまずい状況です。このままでは〈ヤマト〉そのものが、〈出血〉で戦えなくなってしまう」

 

「それがやつらの狙いってわけか」

 

言って相原が沖田を見た。しかし沖田は黙ったままだ。

 

出血多量の負傷者多数? 森は損害状況のモニター画面を見直してみた。どうせもはやビームは自分がどうにかすれば(かわ)せるという段階にない。

 

船の加減速によってビームをなんとか躱せるのは、星から何十万キロも離れているときだけだ。〈ヤマト〉はもう冥王星の薄い大気に触れる高さの空にいる。砲がどこにあろうとも撃たれて十分の一秒で〈ヤマト〉に届いてしまうのだから、もうまったく躱すなんて思いもよらない。

 

船務士は、艦橋にいる間はオペレーターになりきらねばならない。けれど自分の部下達は、船内で皆を支えて戦っている。そして今、船の中は血まみれだと叫んでいる。

 

乗組員千百名のうち、三百近くがすでに死傷し戦闘不能になってしまった。その多くが〈赤〉コードの砲雷科員に機関科員。この調子であと百人やられたら、〈ヤマト〉はまったく戦闘不能となってしまうことだろう。

 

それが敵の狙いなのかと相原は言った。そうだ。確かに、敵の狙いは波動砲。〈ヤマト〉をなるべく壊さずに〈坐礁〉させるつもりなのなら、乗組員は多く死ぬより出血多量でみんな動けなくなる方が敵にとって好都合。

 

だからわざとそのようにビームを調節してきている。その結果が血まみれの医務室――いけない、と思った。今、〈ヤマト〉は完全に敵の罠に(はま)っている。あと数発ビームを喰らえばそれで終わりだ。艦長はこうなることは承知していた、力を合わせてしのいでくれ、などと言ったが、しかしこれでは……。

 

森は艦長席を見た。だが沖田は腹痛でもこらえるように、顔をうつむけ黙り込んだままだった。



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シュルツの狙い

「〈ヤマト〉が注意エリアを出ました。また砲撃が可能です」

 

冥王星ガミラス基地指令室でオペレーターが告げる。シュルツは「よし」と頷いてから、

 

「ふうむ。これまでに命中十四、五回。うち直撃が六、七発というところか。どの程度効いているのだろうな」

 

スクリーンを見て言った。画面に写る〈ヤマト〉はすでにあちらこちらから煙を吹いてズタボロとなり、宇宙をヨタヨタ飛んでいるように見えるが、

 

ガンツが言う。「わかりませんね。このようなやり方では」

 

「まあやむを得んだろうな。理想を言えばビームが一発当たるたび、あの船の中で動けなくなる者が何十人か出るけれど、船そのものには大きな損害がない、というところだが」

 

「何発かはうまくいったのではありませんか? あと二発も喰らわせてやれば、あれはおそらく戦闘力をほとんど失ってしまうのではないかと……」

 

「油断するなよ、ガンツ」

 

シュルツは言って、それから砲の射撃オペレーターに向かった。

 

「〈カガミ〉は充分に残っているのか?」

 

「残っています」とオペレーター。〈カガミ〉と言うのはもちろんビーム反射衛星のことだ。「ですが……」

 

「『充分』とは言えなさそうだな」

 

「はい……何しろ、一発撃つたび、〈ヤマト〉に殺られてしまいますので」

 

「そうなるのは仕方がない。あと何発撃てるのだ」

 

「それは〈ヤマト〉に当てるまでに何回反射させるかによって変わってきますが……そうですね。あと五発か、多くても七発……」

 

「フム」

 

「充分でしょう」ガンツが言った。「それだけあれば、〈ヤマト〉を充分弱らせられます。そこへ戦艦を送ってやれば、後は容易(たやす)く……」

 

「だから、『油断するな』と言うのだ。まだ〈カガミ〉を全部使い切るわけにはいかん。イザというときのため、一発二発は撃てるよう残しておくべきなのだ。全出力でビームを直撃させてやれば、一撃で奴を沈められるのだろう?」

 

オペレーターが、「間違いなくそのはずです」

 

「その保険を残しておかねばならんのだ」

 

「しかし」とガンツ。「それでは、波動砲を無傷で入手というわけにいかなくなるでしょう。総統閣下の御命令に(そむ)くことになりますが」

 

「だから、『保険』と言ってるだろう。イザとなればの話だ。あの船をこの星系から出してはならん。場合によっては、我らの命に替えてでもそれを止めねばならんのだ。その使命は波動砲の奪取以上に重要であるのを忘れるな」

 

「はっ、申し訳ありません」

 

「とは言っても、そろそろこちらも戦艦の出番であるのも確かだろうな。準備は出来ているのだろうな」

 

「はい。全艦、すぐ発進可能です」

 

「よかろう。しかしそのためにも、もう少しあいつを弱らせたいところだな。何よりもあの主砲とエンジンだ。あれを潰してやればそれこそ〈ヤマト〉は戦えない船となるだろう。なんとかうまく狙えんのか?」

 

「やってみましょう」

 

オペレーターはニヤリと笑って計算を始めた。シュルツはスクリーンを見て、これはガンツが『もう楽勝』と言うのも無理はないかと思った。

 

煙を吹いてヨロヨロ宇宙を進む〈ヤマト〉。姿勢制御にすでに支障をきたしてしまっているのが窺える。これなら主砲かサブエンジンを狙い撃つのも容易(ようい)だろう。奴の強みがそこにあるのもわかっていることだから、残りの〈カガミ〉をそれに使ってやれば……。

 

あの船はもう戦えない。そこを捕らえて勝負ありだ。ガンツが余裕の笑みを浮かべて横にいる。シュルツも顔がほころぶのを抑えることができそうになかった。



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苦慮

古代の〈ゼロ〉は冥王星の南極の空を飛び続けていた。ビーム砲台があるのはおそらく星の赤道付近と山本は言う。だがそれだけの推測では、とても今の任務を置いて探しになど行けはしない。

 

今、自分と山本が巡る索敵領域〈ココダ1〉。これがたったの直径三百キロなのに、基地を探して飛ぶためにグルグルグルグル渦を巻いてやっと半分消化したところなのだ。冥王星の赤道は、一周七千キロもある。捜索すべき範囲は今の何倍にもなるだろう。なのに手分けは許されず、行くなら全機が固まって、と言うことになると……。

 

これは論外と言うしかない。(わら)の道に針を探しに行くようなものだ。いや、でなくて、針の道に藁を探しに――行けば必ず、敵はこちらを迎え撃ってくるに違いないのだから――。

 

相変わらず敵はこれという攻撃を自分達には仕掛けてこない。加藤以下のタイガー隊も、何も言ってくることはない。基地を見つけるか、迎撃機に出くわしたらすぐ〈アルファー〉を呼べということになっているのだが。

 

古代は燃料計を見た。極めて薄い大気の中を戦闘機としては遅い速度で飛んでいるためさして燃料は遣っていない。このまま〈ココダ〉を周り切ってもいくらも減りはしないだろう。

 

だがどうする。もし敵基地を見つけることができなかったら。いや、見つけて核攻撃にたとえ成功したとしても。

 

ビーム砲台が健在ならば、〈ヤマト〉はこの星を出られない――いずれ〈ヤマト〉は直撃を急所に受けて真っ二つになるだろう。それだけじゃない。おれも、おれの部下達も、誰も〈ヤマト〉に帰れないのだと古代は思った。〈ゼロ〉と〈タイガー〉を迎えるために〈ヤマト〉が姿勢を整えなどしたならば、そこを狙って敵はビームを撃つに決まっているのだから……。

 

そうだ。やはり、砲をなんとかしなければ――基地よりもまず、砲を叩くのが先決なのだ。古代は思った。だがどうする。どうすればいい?

 

「山本」と、古代は〈糸電話〉で言った。「〈ヤマト〉は気づいているのか。敵が鏡で〈ヤマト〉を狙い撃ってること」

 

『どうでしょう。いずれ気づくとは思いますが……』

 

「その前に殺られちゃったらしょうがないだろ」

 

と言った。古代は考えてみた。さっきはおれのいた場所から、ビームがカクッと折れ曲がるのが眼ではっきりと見て取れた。だがそれは光線が視界を横切ってくれたからだ。ビームをまっすぐ喰らう立場ではそうはいかない――。

 

のじゃないだろうか。だったら、〈ヤマト〉はまだ衛星の正体に気がついてない。

 

気づいたときには手遅れなのだ。そういう話になるのじゃないか?

 

ならば、と思った。古代は言った。「せめて〈ヤマト〉に伝えるべきじゃないのか。『あの衛星は〈鏡〉だ』って」

 

『今はこちらから〈ヤマト〉に通信を送るのは禁じられていますが』

 

「ああ」

 

と言った。基地を潰すか、作戦失敗とならない限り〈ヤマト〉に呼びかけてはならない――そういうことになってはいるが、

 

「けど、そんなこと言ってる場合か?」

 

今にも〈ヤマト〉は沈められようとしている。たとえなんとかもっていたとしても、次の一撃でどうなるか――そんな状況なのではないのか? ならば――しかしどうすると思った。

 

山本が言う。『今ここから通信を送れば、内容を敵に傍受されるのも避けられません』

 

「それもそうなのかもしれんが……」

 

そうだ、と思う。山本となら〈糸電話〉でこっそり通話もできるけれど、今この星の上のどこにいるかも知れない〈ヤマト〉とは無理。バカ正直に『あれは〈鏡〉だ』などと言ったら、かえって敵に利することになるかもしれない。しかし、だからと言って……。

 

どうする。こうしている間にも、〈ヤマト〉は殺られてしまうかもしれない。広がる白い雪原に基地を探して飛びながら、古代の心は乱れていた。



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真田の務め

「〈内出血〉で〈ヤマト〉を動けなくさせる。それが敵の狙っていること……」第一艦橋で新見が言った。「このままではすぐにも〈ヤマト〉は戦闘不能になってしまいます。もしも主砲かエンジンに直撃を受けたら……」

 

それでおしまい。『もしも』ではない。次のビームでそうなって何もおかしくないことは、戦闘には素人の真田にもわかることだった。しかしどうする、どうすればいい? 艦長席の沖田を窺う。だが沖田は、胸の辺りを手で押さえて顔をうつむけたままだった。

 

火星でも、タイタンでも、人が慌てているときに沖田は黙り込んでいた。だから今度もこの状況を切り抜ける策を考えているのだろうか。しかし……と思う。この戦いで、対艦ビームの対策はおれに任されていたはずだ。沖田艦長が決めておれにそう言ったじゃないか。

 

だからこれはおれの務め……だがどうする。どうしろと言うんだ。あの衛星がなんなのかまるでわかりもしないのでは、『対策』など考えようが……。

 

「ダメだ。このままじゃ殺られる……」

 

真田は言った。しかし言ってしまってから、若いクルーが自分に向ける視線を感じた。島と南部は己の仕事に忙しくてそんな余裕はなさそうだが、それ以外の太田や相原。

 

皆、ビーム対策はおれの役と知っている――真田は思った。おれが〈魔女〉を打ち破ると信じるからこそこの戦いに臨んだのだ。なのにここでおれが『ダメだ』と言うなどあってならないこと。

 

そうだ。なのに言ってしまった。しかしどうする。このままでは船がおしまいなのは事実だ。それがわからぬ者もこの艦橋にいない。

 

「時間だ。時間が欲しい……」

 

真田は言った。考えて言ったことではない。『ダメだ』と言ってしまったことはもう取り消せないのだから、そうとでも言って取り(つくろ)うしかない。それだけで言った言葉だった。時間を稼げばどうなるという具体的なものなどない。

 

それでも、

 

「ええ」

 

と相原が頷く。そうだ。時間を稼げれば、なんとかなるかもしれないじゃないか。このままではおしまいなのがわかりきっているのであれば、衛星をどうするかよりまずは時間を稼ぐことを考えるべき。

 

「何かないのか、時間を稼ぐ方法は」

 

また言った。これも答を期待して言ったわけでもなんでもなく、やはり『ダメだ』のひとことを繕うために言っただけだ。しかし太田が、

 

「あの」

 

と言った。

 

「副長。ひとつ考えが、ぼくにないこともないんですが……」

 

「え?」と言った。「なんの考えだ?」

 

「だから、時間稼ぎです」

 

「ああ、そうだな」

 

「ええと、言ってよろしいですか」

 

「言えよ。あるなら言ってくれよ」

 

「はい。その、無茶な考えかもしれませんが……海に潜るのはどうでしょうか」

 

「はん?」と言った。

 

「海です」と太田は言う。「海に潜るんです」



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這い出してきた男

数人がかりで重い蓋を持ち上げると、そのマンホールのような穴から首を出したのはひとりの男。それが『おーい』と呼びながら蓋を下からガンガン叩いていた人物らしい。

 

敷井達は彼に銃を突きつけながら、二人がかりで左右の腕をそれぞれ掴んで穴の中から引っ張り出した。

 

「撃たないで。ぼくは敵じゃありません!」

 

怯え顔で男は言う。しかしもちろん、信用などできるわけない。両側から捕まえたまま、地に立たせてボディチェックした。着ているのは作業服らしきもの。手には何も持っていない。

 

また、同時に別の者らが、彼が出てきた穴に銃を向けつつ覗いた。井戸のような縦穴だが、底の方に光が見える。内部は照明がされてるらしい。この全市が停電という状況にも関わらず――。

 

「ぼくは変電所の職員です」

 

とその男。確かに彼が着ているのは、変電所の作業員の制服らしかった。首から顔写真付きのIDカードらしきものも提げている。

 

足立がそれを確かめて頷き、そこでようやく一同は彼に対する警戒を解いた。銃口を下ろし、ペットボトルに入った水などくれてやる。

 

敷居はあらためて彼が出てきた穴を覗き込んでみた。よくわからぬが底に通路らしきものがあり、変電所の方に続いているらしい。桜林の下にはトンネルがあったのだ。この男はそこを通って――。

 

「逃げてきたの?」

 

「ええ。状況はどうなってるんです?」

 

「さあ。おれ達もよく知らないけど……」

 

「他の変電所は? ええとつまり、東と西と……」

 

「それは、全部殺られたと聞いたな。復旧の望みがあるとしたらここだけとか……」

 

「って、そんなこと言ったって……」

 

彼は言って、変電所正面の投光器が照らす辺りに眼を向けた。そこでは激しい戦闘が続いているらしいのがわかる。銃声。爆発。閃光。怒号。『石崎先生ばんざーい』などと叫ぶ〈(しもべ)〉どもの声も聞こえてくる。

 

その辺りだけ煙幕に包まれながらも明るくて、夏の夜に花火大会しているようだ。けれどもそれ以外は暗闇。遠くに光はまったく見えない。穴から這い出てきた男は周りを見渡し途方に暮れた顔をした。

 

「ああ、ひどい……大変なんです。聞いてください」

 

「うん」と言った。「なんですか」

 

「やつらは……ここを占拠してるやつらは……」

 

と男。全員でなんだなんだと身を乗り出した。彼は言った。

 

「やつらは、〈石崎の(しもべ)〉です」

 

どどーん。という爆発があって、『石崎先生ばんざーい』という声がまた(こだま)して聞こえてきた。

 

敷井は言った。「それは知ってる」

 

「そうですか」

 

と彼は言った。また近くでどーんという爆発がした。ばんざーいばんざーいと谺が返り続けていた。



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〈ヤマト〉を砕氷船にする

「『海に潜る』と言うが……」

 

真田は言った。第一艦橋の窓に冥王星の氷原が見える。その下に水の海があることはガミラスが来る直前の探査によってわかっている。わかっているが、

 

「この氷はものすごく厚いんじゃないのか? 何十キロもあったりして……」

 

「ええ。厚いところはそうです」太田は言った。「でも、全部がそうじゃない。氷が薄いところもある。そこに〈ヤマト〉を突っ込ませて……」

 

「ブチ破るの?」と相原が言った。「砕氷船みたいに……」

 

「そう。水に潜ってしまえば、ビームの力は届かないでしょう」

 

「そりゃそうだろうが、できるんですか、そんなこと?」

 

と相原が、今度は真田に向かって聞いた。真田は、

 

「そりゃ厚みによるだろうが……」

 

言って考えてみた。地球の北極や南極の海で氷を割って進む砕氷船。〈ヤマト〉の装甲はそれを遥かに上回る強度を持っているのだから、砕氷船にならないことはもちろんない。艦橋より高くそびえる氷山さえも真っ二つに割るだろう。もしも海に潜れたならば、とりあえずビーム対策の時間を稼げる。

 

とは言っても、

 

「破れるほどに氷が薄いところと言うのはわかるのか」

 

「わかりません」

 

太田は言った。全員が、『なんだよそれ』という顔になった。

 

「それじゃ話にならないだろう」

 

「ええ。それはそうなんですが……」

 

そのときだった。衝撃が来た。同時に、まるで地球の雷の夜の家のように、第一艦橋の窓がパアッと明るくなった。

 

衛星ビームだ。また喰らったのだ。それも、おそらく前部上甲板に。

 

森が叫ぶ。「被弾! 第一主砲です!」

 

「何?」

 

と言った。見下ろせば、砲塔が煙を吹いている。

 

「第一副砲!」南部が指示を飛ばし、衛星に砲を向けさせた。「てーっ!」

 

またも衛星が粉々に吹き飛ぶ。さらに、第一主砲塔から、

 

『損害軽微。直撃ではありませんでした』

 

報告が上がってきた。南部が胸を撫で下ろす。しかし続けて、

 

『ですが数名が負傷しました。機器にいくつか故障も出ている模様です。修理の必要があるものと……』

 

「ちくしょう」

 

と言った。さらに別の報告が来た。

 

『こちら第二主砲塔。今のビームでこちらも影響を(こうむ)りました。照準装置を破損した模様……』

 

「なんだと」と南部は言った。「じゃあ、〈第一〉と〈第二〉両方ダメ……?」

 

「そんな!」と森が言った。「それじゃもう……」

 

「やられた」と南部は言った。「これじゃもう戦えない……」

 

「いえ」と新見が言った。「完全に殺られたわけじゃないんでしょう?」

 

「そうだけど、でも……」

 

そうだ、と真田は思った。もう殺られたも同然だ。煙を吹く第一、第二主砲塔を見る。共に『一部を損傷しただけ』のようでもあるが、撃てないのならもう殺られたも同じではないか。そして主砲を失くしたのなら、〈ヤマト〉はもう〈戦艦〉ではない。後部の第三砲塔がまだ生きているからと言ってそれがなんだ。

 

徳川が言う。「やつら、狙って撃ってきたのか?」

 

「砲塔を?」新見が言う。「かもしれません。〈ヤマト〉を戦えなくするには、やはり主砲を殺すのがいちばん……」

 

「だったら」と相原が言う。「次の一発も、ひょっとして……」

 

「『だったら』じゃありません!」新見は叫んだ。「今、砲塔をかすったのは敵も気づいているはずです! ダメ押しに次も主砲を狙ってきますよ! あるいは〈第三〉を潰しにくるかも。そうなったら――」

 

おしまいだ。三つの砲塔ぜんぶ失くして、そこで敵に取り巻かれたら、反撃などしようもない。もうこの星で自分達の勝ち目はない――そんなことは誰にでもわかる道理だった。

 

そしておそらく、次の狙いは外れない。衛星ビームは必ず主砲を貫くだろう。今はちょっとやられただけでも、次は完全にトドメを刺される。

 

その後は船をいいようにいたぶられるだけ。〈ヤマト〉は敵の狙い通り、この星に〈坐礁〉させられるだけとなる。それで地球人類はおしまい。

 

そんな、と思った。どうすればいい。何かビームを避ける手は――と真田は考えて、太田がまだ何か言いたそうにしているのに気づいた。

 

「ええと」と太田。

 

「なんだ」と言った。「この際だ。イチかバチかでもなんでもいい。考えがあるなら言ってくれ」

 

「はい。本当にイチかバチかもしれないんですが……」

 

「『氷に突っ込め』と言うんだろ?」

 

「ええ」

 

なるほどイチかバチかだ。氷がそれほど厚くなければ、ブチ破ってその下にある海に潜れる。しかしダメならペッチャンコ。突っ込めるほど薄いところがわかっているならOKだが、わかってないなら話にならん。

 

普通であれば――しかし、今は普通の状況などではない。イチかバチかに賭けねばならないのであれば、賭けねばならないかもしれぬのだ。

 

真田は言った。「いいだろう。話を聞いて、それからだ」

 

「はい」と太田。「冥王星の地理について正確なところはわかりません。それでもまったくわかっていないわけでもありません。氷が薄いと思われる場所にいくつか目星をつけておいたんですが……」

 

「ひょっとして、潜れるんじゃないかと思ってか? それは君の推測なんだろ?」

 

「はい。すみません」

 

「いや、いいんだが……」

 

真田は言って、太田が()に出してみせたデータをざっと眺めてみた。明らかに〈緑〉のコードの人間でなければ読めぬシロモノで、〈青〉の自分にはいくら科学者とは言っても何が書いてあるのかよくわからない。いちいち説明してもらうだけの時間もない。

 

それにこれが、十年前の(とぼ)しい探査データを元に推測で多くを(おぎな)ったものであるのも聞かずともわかることだった。冥王星は宇宙時代の今においても有人探査のされていない前人未踏の星なのだ。2015年の〈ニュー・ホライズンズ計画〉以降、星そのものが楕円の軌道を遠ざかっていってしまい、一周してやっと近づいてきたために探査計画が再開し、さあこれからと言うときになってガミラスに巣くわれてしまった。地球人類はこの星の正しい地図を持っていない。

 

十年前の無人探査のデータが頼り……しかしそれすら、信頼できるものではない。この十年の間にも、星の様相は微妙に変化しているのだ。

 

地球の南極や北極だって、夏になれば白夜で氷が暖められて割れて崩れて海に流れる。南極大陸は少しだけ大きくなったり小さくなったりを繰り返し、氷は厚くなったり薄くなったりだから、皇帝ペンギンはヒナを育てる場所を求めて何百キロも行進する。

 

冥王星の白夜もまた同じであり、名物の〈ハートマーク〉は二百年前に最初に観測されたときとまったく同一ではない。この十年の間にもある場所は陽に(あぶ)られつづけ、またある場所はまったく光を見ることもなく氷の厚みを変えている。それがどのような変化なのかは知る(よし)もない――。

 

そんな話は真田も知っていることだった。太田の言う『氷が薄いと思われる場所』と言うのは推測に過ぎないのだ。〈ヤマト〉に叩き割れる保証がまったくあるわけがない。

 

だが、と思った。どうする。このままでは殺られるだけだ。今は到底この罠を抜けられるような状況ではない。

 

海に潜れば、時間は稼げる。主砲が受けた損傷も、今ならすぐに直せそうだ。海に潜ればその時間も稼げるだろう。イチかバチかだ。それに賭けるべきなのか?

 

「艦長……」

 

言って真田は沖田を見た。沖田は言った。

 

「ビーム対策は君に任せている。どうするかは君が決めろ」

 

「はい……」

 

と言った。しかしどうする――そう思った。そのときだった。相原が、

 

「ん?」と言った。「なんだこれ?」

 

新見が言う。「どうしたんです?」

 

「いや、変な入電が……〈アルファー・ワン〉からです」

 

「古代から?」

 

「うん、だけど……意味がわからない。こんな暗号ないんだけど……」

 

「ほう」と沖田。「読んでみろ」

 

「はい。『シマ、ココロア』。以上です」

 

森が言う。「はん? 何それ?」

 

「いや、だから、わかんないって。そもそも今は通信を制限しているんだし……」

 

そのときだった。島が言った。

 

「『シマ、ココロア』――古代がそう言ってきたのか?」

 

「うん……え? 島さんわかるの?」

 

「わかるよ」と島は言った。「それは〈オキ〉のことだ」



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ココロア

「通じたかな」

 

古代は言った。〈ゼロ〉のキャノピー窓の向こうに霜降りの白茶けた地が広がっている。〈糸電話〉で山本の声が入ってきた。

 

『島操舵長が聞けば、なんの符牒(ふちょう)かはわかるでしょうが……』

 

「問題はその先だよな」

 

自分が送った電文の意味を〈ヤマト〉が読み取ってくれるかどうか。あの真田という男が、そこから危機をくぐり抜ける策を講じられるのかどうか。〈ヤマト〉がふたつにヘシ折れてこの氷原に沈めれる前に。

 

ダメならおれもこの〈ハートマーク〉の上で霜に埋もれておしまいだ。『ココロア』と言えば島には通じる――はずだが、しかしその先は――。

 

いや、考えるだけ無駄かと思った。どのみち、おれに今できるのはこれが限度だろうから。カクカクビームは〈ヤマト〉がなんとかすると信じて、あらためてこの〈ココダ〉をおれは飛ぶ以外にない。

 

それにしても、とまた思った。相変わらず敵はおれと山本には何もしてこずタイガー隊も何も言ってこない。今のところどうやら全機存命らしい。それは結構なことだが、しかし……。

 

すでに〈ココダ〉を半分以上飛んでいる。基地があるなら、もうそろそろ、おれでなくてもタイガー隊の誰かが何か見つけていていいはずだ。それがないと言うのはなぜ……。

 

まさか、敵は白夜にいない? おれはてんで見当違いの空を飛んでいるのじゃないか。

 

そんな疑念を抱かずにはいられなかった。それとも、基地があるのに気づかず上を通り過ぎて……。

 

そんな思いも頭をよぎる。〈ココロア〉か――古代は思った。見渡す限り霜に覆われた氷の原野。どうする。基地が眼の前にあってもとても見つけられないようなものであったとしたら……。

 

いいやまさか。自分の言葉に自分が惑わされてどうする。〈ココロア〉と言えば〈オキ〉とか言っても、なんのことやら意味はさっぱり知らないと言うのに。 

 

そうだ。〈ココロア〉と言えば〈オキ〉――けれども、それは実のところ、どういう意味なんだろうなと、今更のように古代は思った。ひょっとして、やっぱりおれが今やっているようなことなんだろうか。

 

空に無数の星の光。この中に、あの奇妙な花のような衛星がある。もし適当に突っ込んで落とせるものならいいのだろうが、しかしひとつ殺れたとしても……。

 

バカバカしい、おれは何を考えてるんだと思った。この霜降りの平原の中に敵の基地があったとしても闇雲に核を射ち込めば討てるというものでない。そんなことはわかっているからこうして苦労してるんだろうに、何を……。

 

しかし〈ココロア〉か。ほんとに、どんな意味なんだろう……島なら知っているんだろうかと、古代はぼんやり考えていた。



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敵へ通じる穴

変電所から脱出してきた男の名前は宇都宮(うつのみや)といった。彼は言う。

 

「中にはぼくの仲間がみんな閉じ込められてるんです。ぼくだけたまたまやつらに捕まらずに済んで、ようやく逃げてきたんですが……」

 

「他の職員は生きて捕まってるの?」

 

「はい。ぼくが最後に見た限りでは」

 

「そうか。やつらは街の人間をみんな殺して自分達だけ生きる気でいる。明日には電気を戻すんだから、ここの職員も生かしておく必要がある……」

 

ひとりが言うと、他の者らがみな頷く。

 

「で」と足立が宇都宮に、「あんたが逃げてこれたってことは、その穴からやつらのとこに行けるわけだ」

 

「まあ……」

 

と宇都宮。敷井は彼が出てきた穴を見て、自分がどうやら難しい選択を迫られかけているのを感じた。その穴から敵のところに行けるだって? しかしまさか――。

 

「どうする?」

 

と、同じように困惑した顔でひとりが言った。

 

「どうするって……」とまた別の者。「これ、すごい情報なんじゃないのか? 上に(しら)せなきゃいけないんじゃないか」

 

「んなこたあわかっているよ。でも『報せる』ってどうやって」

 

「そりゃあ、無線か何かで……」

 

「無線たってお前」

 

とひとりが言う。その後を続ける必要はまったくなかった。誰もが問題を理解している。

 

自分達は、上に何かを報せられる通信手段を持っていない。あるのは個人の携帯電話くらいだ。しかしもちろん、

 

「ダメだよこれ」ひとりが試してみて言った。「今は通話不能になってる。それにもし通じるとしたって……」

 

「うん」

 

とみな頷いた。この戦場で下っ端兵士のひとりひとりが言うことに上がいちいち耳を傾けるわけがない。まして自分らは寄せ集めで、リーダーとなる士官もいない。情報を上に伝えるなんてできるものか。

 

「じゃあどうするんだ。無線がダメなら、足で歩いて(しか)るべきところまで……」

 

「わかっているけど、それ、どこだ」

 

とひとりが言う。そしてみんな黙り込んだ。できるのならばやるべきことはみな簡単にわかることだ。ここに敵の元に行ける穴があることを上に報せる。誰か然るべき者に……だが、それにはどうすればいい?

 

「無理だよ」と敷井は言った。「歩いていって、やって来るもんとぶつかってみろ。『逃げるのか』と言われて撃ち殺されかねない……こっちが何を言っても聞いてくれるもんか」

 

「この状況じゃな」と足立が言う。「だいたい、そもそも、どこへ行けば〈然るべき者〉がいるのかわからない。迷ってるうち二時間くらいあっという間に過ぎちまうぜ。けど、二時間経つ頃には……」

 

「空気はろくに呼吸できなくなっている」敷井は言った。「そうなってからじゃ手遅れだ。何もかも……」

 

「じゃ……じゃあ……」宇都宮が言った。「どうするんです。その穴を行けば街に電気を戻せるかもしれないのに……」

 

「おれ達には無理だ。とても伝えられないよ」足立が言った。「闇雲に行動したら確実に死ぬ。それだけだ。今はそういう状況なんだ」

 

「何より味方に撃たれちまうからできない、かよ。なんてこった」と別のひとりが言った。「けど、それを言うんなら、上の者は誰もその穴の存在を知らないのか」

 

「そう言やそうだが、でも、やっぱり知らないんじゃないのか。知ってりゃわざわざ報せなくても、精鋭をここに寄越してるだろう。図面を見ればこの穴がすぐ見つかるというもんでもないだろうし」

 

「そんな時間の余裕もない?」

 

「きっとそういうことだろう。だからああして真正面に銃剣突撃させてるんだ。一日二日(いちんちふつか)時間があれば上もこの穴の存在に気づいて部隊を送り込む算段をつけるだろうけど、今はそういうことができない」

 

「うん」敷井はその男に頷いて言った。「かもな」

 

そもそも自分が対テロ部隊の兵なのだ。こういう場合に、普通は上がどうするものか知っている。敵に通じる道があるならその情報を集めて調べ、できるのならば偵察をして、敵の居場所を再現したシミュレーション空間を造って突入のプランを立てる。そして兵に模擬空間で予行練習を繰り返させて、『ヨシこれならいけるだろう』と決まったところで作戦開始……。

 

そんなことをやっていたら、二日も三日も四日もかかる。だから普通であるならば、〈ネゴシエーター〉というやつにテロリストと交渉させて 強襲作戦のための時間を稼ぐのだ。

 

だが今回は〈普通〉ではない。敵は石崎。自分の〈愛〉に(そむ)く者すべて殺さずにおけない男だ。街の酸素を止めてしまえば〈愛〉が実現するのだから、ネゴシエーターの出番はない。数時間後に誰もが死ぬのを〈愛〉と考えている男に、どんな交渉の余地があるのか。

 

ゆえに今はただひたすら銃剣を手に敵に突っ込めと兵に言うしかないのだ。犠牲を(いと)うてはいられない。図面を広げて眺めても、この穴のことはすぐには知れない。《テロリストに占拠されたらココを通って行けますよ》と書いてあるわけじゃないのだから――。

 

そういうことなのかもしれない。こうしている間にも酸素は失われ、一酸化炭素が逆に増えている。あと一時間もする頃には、空気はヒマラヤの尾根(おね)にでもいるような具合になっているかもしれない。

 

敷井は言った。「これじゃ空間騎兵隊でも、満足な強襲なんかできるとは……」

 

「思えない。そうだ。どうする? そうなると……」

 

足立が言った。暗くても敷井の顔を見ているくらいのことはわかる。

 

「なんだよ」と敷井は言った

 

「だからだよ。とても一時間やそこらのうちに、この穴の存在を上に報せるなんてできやしないだろう。もしできても、その後から精鋭が飛び込んだってどうなるか」

 

「だから?」

 

「だから、一分一秒だ。今はそれを争うんだ。誰かが一秒でも早く、ここを通って敵の元へ行かなきゃならない。それができるのは……」

 

と足立は言った。一同の顔を見渡してから、あらためて敷井の方を向いてくる。

 

「おれ達だって、一応は対テロ部隊の人間だろう」

 

「そりゃあ……」

 

と言った。〈精鋭〉とは言い難い。それでも対テロ戦闘の訓練を受けた身ではある。そこに敵の元へ行く道があり、しかしより優れた者にこの情報を伝えられず、残り時間はあとわずか。誰かがその穴に飛び込んで敵を討ちに行かねばならず、行ける者が他にないなら……。

 

「つまり」と敷井は言った。「おれ達が、か」



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オキ

百人一首の詠み札だった。真田はアッケにとられる思いで手渡されたそれを見た。

 

「古代がおれに『ココロア』と言ったのならそれのことです」と島が言う。「他に考えようがない」

 

「そうなのか?」

 

「ええ」

 

〈シマ、ココロア〉……古代は確かに〈ヤマト〉に向かってそう告げてきたのだった。そんな暗号は存在しない。けれども〈シマ〉と言うのがここにいる島大介のことであるなら、〈ココロア〉とは……。

 

これになるのか? 真田は文を眺めやった。確かに《こころあ》と始まっている。

 

こんな歌だった。

 

 

 

  心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどわせる白菊の花

 

 

 

〈ココロア〉と言えば〈オキ〉だと言う。(かみ)の句が『こころあ』と始まる歌があり、それを聞いたら(しも)の句が『おき』で始まる札を取る。そういうものだと言うのはわかる。そういうものだと言うのはわかるが、

 

「どんな意味なんだ?」

 

「さあ」と島。

 

「かるた取るんだろ? 知ってるんじゃないのか」

 

「歌の意味なんか知りません」

 

「『君ならば意味がわかる』ってことなんじゃないのか」

 

「知りませんよ。とにかく〈こころあ〉と言えばそれです」

 

「こ、古代は、歌の意味を知ってるのか」

 

「さあ。どうなんですかね。仮に知っていたとしても……」

 

「複雑でややこしいんだろ」

 

「でしょうねえ。解釈がいろいろあったりして……」

 

「科学的じゃない」

 

と言った。『ウヒャヒャッ』と誰かが笑う声がした。誰が笑ったのかと見れば、こともあろうに人間でなく、ロボットのアナライザーだった。メーターをピカピカ光らせている。

 

「アナライザー! お前、古代を知ってるはずだな。古代がこの歌の意味を知ってるか、お前ならば知ってるはずだな」

 

「エート、ドウナンデショウ。タブン、イチイチ考エタコトハナインジャナイカと思イマス」

 

「お前は意味を知ってるのか」

 

「ワタシハ分析ろぼっとデス。『分析セヨ』トオッシャルノナラ……」

 

「できるのか?」

 

「デキマセン。ナンダカサッパリワカリマセン」

 

「古代はこれで何を伝えたつもりなんだ!」

 

「と、とにかく」と新見が言った。「あたしの方で調べてみましょう。彼はきっとあのビームの何かを見たんだと思います。だからその歌に敵の秘密が……」

 

「うーん」

 

と言った。新見に(ふだ)を手渡してやる。それはすぐさまカメラで撮られ、斜めに映った像が補正と文字認識を受けたうえで戦術科に送られていった。

 

と、そこで沖田が言う。「で、真田君。どうするんだ」

 

「は?」

 

「『は』じゃあない。海に潜るかどうかの話だ。どうする」

 

「う」

 

と言った。そうだった。まだ太田の提案に答を出していなかった。氷を割って海に潜る。失敗すれば一巻の終わり。だがこのままでは完全に〈ヤマト〉は戦う力を失う。それでやっぱり一巻の終わりだ。どうする。イチかバチかに賭けるか?

 

その判断は今は自分に託されている。艦橋クルーの全員が今は自分を見ているのを真田は感じた。

 

あらためてどうすればいいと自問する。こうしている間も次の衛星が〈ヤマト〉を狙って位置につき、花びらのような四枚羽根を広げているかわからない。

 

置きまどわせる白菊の花……新見がキーをダダダダッとすごい速さで打ち込むさまを横に見ながら、真田は古代は何を見て何を伝えたつもりなのかとあらためて思った。〈花〉と言うのはあの衛星のことか? 歌の意味がわかるならビームの謎が解けるなんて……。

 

そんなバカな。とは思うが、それでもだ。あの守の弟が送ってきたメッセージなら解いてみる価値はある――。

 

そのはずだ。しかしそれには、

 

「時間です」真田は言った。「今は時間を稼ぐことです。その手段がひとつなら、迷ってはいられません」

 

沖田は言った。「『太田の案を採る』と言うのか」

 

「はい」と言った。「海に潜りましょう」



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迷宮の案内人

「ここにいるおれ達で、その穴に潜るのか」敷井は言った。「で、おれ達で電気を戻す……」

 

「そうするしかないだろう。他に考えがあるか」

 

と足立が言う。一同を見渡して、

 

「どうせここにいても死ぬんだ。逃げても死ぬし、味方に合流しても死ぬ。おれ達が生きる望みはひとつだけだ。他に何か道があるのか」

 

「そりゃあ」とひとりが言う。「そうかもしれないけど……」

 

「おれ達しかいないんだ。迷っている時間もない。だからとにかく、おれは行く。一緒に来るかは自分で決めてくれ」

 

「話はわかるが、この人次第じゃないのか」とまた別のひとりが宇都宮を指して言った。「行けばまっすぐ敵の元に通じてるってもんならいいが、そうでないなら道案内が……」

 

「そうだ」とまたひとりが言う。「どうなんだ? 勝手を知らない人間には中は迷宮なんじゃないのか?」

 

「はあ」と宇都宮。「たぶん、そう言っていいんじゃないかと……」

 

「だろう? そうに決まってる。案内なしに行けるもんと思えないよ」

 

「って、ぼくにこの中を案内しろと言うんですか」

 

宇都宮が言った。全員が彼の顔を見た。

 

「言いにくいが……」ひとりが言いにくそうに言った。「そういうことだ」

 

「それは……」

 

「断っておくが、もしおれ達がその穴に飛び込むのによりふさわしいエリート部隊だったとしても、やはりあなたに道案内を頼むと思う。皆が頭にカメラを着けて中に入り、その映像をあなたがクルマの中かどこかで見て道を教えるなんていう話にはたぶんならないはずだ。失敗すればどうせあなたも息ができなくなって死ぬ。中に入って戦って死ぬか、外で死ぬのを待つか、その違いだ」

 

「それは……話はわかりますが……」

 

「わかってる。よく考えて答えてくれ。おれはあなたが案内してくれると言うなら行くよ」

 

とその男は言って足立の顔を見た。それから首を振って言った。

 

「いや、違うな。たとえそうでなくても行く。おれも行くよ。たとえ何が待っていようと……」

 

足立が頷いた。そのときに、また近くで砲弾が(はじ)けた。桜の木が砕けて吹っ飛ぶ。

 

皆あらためて地に伏せた。葉や小枝が降り積もった。頭を上げたときには全員、覚悟を決めた顔をしていた。

 

「わかった。おれも行くよ!」「ああ!」「そうだな!」

 

口々に言う。敷井も地を這いながら頷いた。

 

「行くよ。それしかない」

 

言って、それから宇都宮を見る。彼はまた一同を見回して、情けなさそうな顔になった。

 

だが選択の余地はないはずだ。少なくとも穴に入れば、砲弾で今の桜の木のようにバラバラにされることはない。

 

そんなことを考えたような顔つきになった。宇都宮は言った。

 

「わかりました。ぼくも行きます」



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事の成り行き

冥王星のガミラス基地司令室で、オペレーターがシュルツに告げる。

 

「先ほどの主砲への狙撃ですが、直撃にはならなかったもようです。おそらくたいしたダメージは受けていないでしょう」

 

「ふむ」とシュルツ。「にも関わらず、あといくつも残っていない衛星をひとつ失ってしまったわけか」

 

ガンツが言う。「どうするのです。もう一度やつの主砲を狙いますか?」

 

「さて、どうしたものだろうな。完全に潰す必要はないのだ。あまり〈ヤマト〉を壊したくない。戦闘力を奪えさえすればいいのだから……」

 

「目的は果たしたものと……それでは後ろについている三番目のやつをやるのは?」

 

「それもいいが、さてどうかな。〈カガミ〉がまだ充分にあればそうするところだが、残り少ない。となれば、ここはエンジンではないか? やつを逃がしてはならんことを考えたなら……」

 

「なるほど。メインですか、サブですか?」

 

「どちらでもいい。狙いやすいやつをやれ。どうせやっぱり手加減をしないわけにはいかんのだ。エンジンでなくノズルだけをブチ抜いて戦闘速度を出せぬようにしてやるくらいがいいのだが……」

 

「となると、メイン……」

 

「そうなるか。それはできるか」

 

シュルツは砲撃オペレーターに聞いた。オペレーターは「やってみましょう」と応えて機器の操作を始める。

 

そのときだった。レーダーのオペレーターが、

 

「お待ちください。〈ヤマト〉が進路を変えました。また注意エリアに入ろうとしています」

 

「なんだと? またか。まさか、〈死角〉に気づかれたと言うのではあるまいな」

 

「そういうわけでもなさそうですが……」

 

ガンツが言う。「もし気づいたとしても、〈ヤマト〉で直接乗り込んで行くということはないでしょう。戦闘機隊を差し向けるか、巡航魚雷でも放つはずです」

 

「確かにそうだが……しかしさっき、妙な通信を傍受したと言ったな」

 

「はい」と通信オペレーター。「奇妙な暗号らしきものを」

 

「解読はできたのか」

 

「いいえ。これは囮の通信かもしれません」

 

「いや、違うな。こちらが〈カガミ〉を使っているのにいずれやつらは気づくだろう。通信はビームの秘密を伝えたと見るのが妥当だ」

 

「かもしれませんが……」ガンツが言った。「だからと言って、砲台の位置がやつらにわかるでしょうか。それに〈ヤマト〉が直々(じきじき)に向かうというのは考えにくく思います」

 

「ふうむ。注意エリアに入られる前に〈ヤマト〉を撃つことはできんのか?」

 

「無理です」と砲撃オペレーター。「エンジンノズルを狙うとなると、今からでは……」

 

「ですが指令」とガンツが言う。「『注意エリアに奴が入る』と言うのはつまり、〈カガミ〉で反射させなくても直接に……」

 

「わかっているが、エンジンを狙えるわけでもあるまい」

 

「それはそうです。しかし〈ヤマト〉は、またエリアを通り抜けるかもしれません。そのときならば後ろから……」

 

「なるほど。まっすぐ、やつの尻を突いてやれるな」

 

「そうでしょう。エンジンさえ潰してやれば、ビーム砲台はどうせ不要になると言うことになりませんか?」

 

「一考の余地はありそうだ。ガンツが言ったことはやれるか」

 

砲撃オペレーターに言うと、

 

「敵の進路次第ですが……いえ、ちょっとお待ちください。〈ヤマト〉がまた針路を変えました。まったく別の方角へ行こうとしているようです」

 

「なんだと。またか! どうなっとるんだ。やつら、マジメにやる気あるのか。いいかげん、成り行きを見てる連中はイラついてるぞ」

 

「そう言われましても……」

 

今、カイパーベルトでは、〈ヤマト〉を〈坐礁〉させたなら波動砲を調べてやろうと待ち構えている者達がジリジリしながら戦況を見守っているはずだった。しかしもちろんそんなこと、〈ヤマト〉が気にかけるはずもない。シュルツが見るスクリーンの中で、〈ヤマト〉は傷つき煙を吹く船体を振って舳先を別の方向へと変えさせていた。



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桜花特攻

〈ヤマト〉は峡谷(きょうこく)の上にいた。冥王星の地面に開いた黒い巨大なヒビ割れだ。太陽の光が届かず真っ暗で、底なしの深淵に見える。船の針路を島はその溝に合わせた。

 

「ここか? ここに突っ込めと言うのか?」島は言った。「下なんか何も見えないじゃないか」

 

太田が言う。「ここが最も氷が薄いと考えられる場所なんです」

 

「それはお前がそう考えてるだけだろ」

 

言った。言ったが、しかし確かに薄そうに見える。深くヒビが入ってるなら薄いことは薄いのだろう。

 

太田は続けて、「うまくすれば、竹を割るように裂け目を広げてそこを突き抜けることができます。地下の〈海〉に達するところまで行ければ……」

 

――と、そこで南部が言う。「魚雷ミサイル発射準備完了。後は島の腕だな」

 

〈ヤマト〉の艦首と艦尾左右に三つずつ、計12門備えられた魚雷ミサイル発射管。そのすべてに今、一基がそれぞれ人食いのホオジロザメかシャチほどもある巨大な宇宙魚雷が込められ発射の合図を待っていた。その先端はカジキのように鋭く尖る槍の形になっている。

 

〈地中貫通型〉と呼ばれる弾頭だ。射ち出されたらその重みと落下の勢い、尻についたロケットの力で地中深くに潜り込み、そこで爆薬を起爆させて地下の施設を破壊する。本来はそのような目的に使われる種類の兵器である。

 

それが12基。安全装置のピンを抜かれて発射のときを待っている。それぞれの魚雷の射手は各々(おのおの)の狙いを星の溝につけていた。眼で見ることはできなくても、赤外線とレーダーの〈眼〉が深淵の底のようすを捉え、各自が向かう照準装置に映し出している。発射後はレーダーで誘導して彼らの狙いすました場所へ突っ込ますのだ。

 

そうしてクルミを割るようにして、亀裂を広げてその下にある〈海〉まで〈ヤマト〉が達するまでの道を作る――果たしてそれがうまくいくかに、太田の案で衛星ビームからとりあえず逃れられるかどうかがかかっていた。

 

沖田が言った。「どうだ、島」

 

「はい」と島。「やります。射ってください」

 

「よかろう。魚雷ミサイル発射」

 

「てーっ!」

 

南部が叫ぶ。〈ヤマト〉の前と後ろから、続けざまに12匹の煙の尾を引く竜が解き放たれた。航跡を絡み合わせながらいったん高く上昇し、冥王星の星空に12の白いループを描く。

 

一分で高度30キロに達した。そこで下降に転じ、ブースターに点火する。12本の矢は弾丸の勢いで星をめがけて急降下し、加速をつけて狙い(たが)わず地の割れ目に飛び込んでいった。その軌跡が〈ヤマト〉の窓から、12本の光の針を並び突き立てたように見えた。

 

そして爆発。12合わせてひとつの核にも匹敵するほどの閃光が、真っ黒であった峡谷の中を(まぶ)しく照らした。その裂け目から巨大な孔雀の羽根のような炎がのぼる。

 

――と、そこから、続いて白い水が吹き出した。火山が噴火するようにして、ところどころに水の柱が数キロメートルの高さにまで立ちのぼる。

 

〈海水〉だ。氷の下の〈海〉の水に違いなかった。魚雷ミサイルの爆発によって氷が砕かれ、石油を掘り当てたようにして水を噴出させたのだ。ナイアガラの滝を上下さかさまにして百倍の大きさにしたかのような巨大な噴水。弱い太陽の光を受けて飛沫(しぶき)の中に虹がかかった。

 

「よし、行ける!」太田が叫んだ。「ですが、早くしないと――」

 

「わかってるよ!」

 

島は言った。噴き上がった水はたちまち凍りつき、あられとなって地に降っている。谷の両脇にはかき氷の山がみるみる積もりつつあった。

 

ほどなくして溝はふさがり、すべてが氷に覆われてしまうことだろう。そうなる前に〈ヤマト〉をそこに突っ込ませねばならないのだ。

 

〈ヤマト〉は艦首を前にのめらす。髑髏(どくろ)十字のフェアリーダーを島は巨大な白い噴水に向けた。

 

「総員衝撃に備えよ!」

 

沖田がマイクを手にして叫ぶ。島は計器を見つめながら、トリムレバーを慎重に()った。床の重力が弱まって、体がフワリと浮くような感覚。

 

エレベーターが降下するときのような――もちろんそうだ。地に向かって〈ヤマト〉が降りていってるのだから当然だ。しかし、かつてこんなことは、誰もやったことがない。割れ目からはすさまじい勢いで水が噴き出している。それが凍った塊が〈ヤマト〉の甲板に叩きつける。操舵席の窓に広がる光景はまるで巨大なポップコーン鍋だ。〈ヤマト〉はそこに飛び込んでいく一個の小さなヤングコーン。

 

問題は突っ込む角度とスピードだった。島は姿勢指示器を見やった。現在の〈ヤマト〉の姿勢と高度と速度が示されている。その数値はみるみる変わっていきつつあった。高度は低くなっていき、速度は増していっている。

 

当然だ。自分から下に落ちていくのだから、加速するに決まっている。ヘタをすれば速度が上がり過ぎてしまい、噴水に突っ込むときの衝撃に艦首が耐えられないおそれが――。

 

ではどうする。加速を弱める方法がひとつ。〈ヤマト〉の艦首を上げさせて、上向き気味にあの割れ目に突っ込ますのだ。だが――と思った。それはできない。〈ヤマト〉の腹で氷を割ると言うことだから、間違いなく第三艦橋が潰れてしまう。

 

第三艦橋〈サラマンダー〉には、多くのクルーがいるのだった。その中には自分の部下の航海要員も含まれる。

 

それだけではない。あの艦橋は戦闘機の着艦を誘導する管制塔も兼ねているのだ。〈サラマンダー〉が失われたら、たとえこの戦いに勝っても航空隊のパイロットらを置き去りにしてゆかねばならぬことになる。

 

無論、古代も――しかし、だからと言ったところで、〈ヤマト〉の速度が速過ぎたならやはり〈サラマンダー〉はもぎ取れるだろう。この〈上部艦橋〉もまともに氷にぶつかるだろう。

 

いや、それどころか水を噴き出す割れ目を飛び越え、氷原の硬い氷に激突してしまうかも――島は思った。〈ヤマト〉は速度をグングン速めているけれど、降下率は逆に下がっているようだった。出来の悪い紙飛行機が地面に墜ちる寸前に一瞬フワリと浮くみたいに、艦首が上を向こうとする力を操縦桿に感じる。

 

そうだ。あれと同じなのだ。冥王星のわずかな大気の抵抗を受けて、船が島が思うのと違う方向へ進もうとしている。だから、それを読み取って、狙う方へ向かうように舵を調整せねばならない。

 

だがそんなこと、どうやって! 島は気が遠くなりそうだった。こんなことは誰もやったことがない! だから舵をどれだけ切ればいいかまったく知りようがない!

 

船や飛行機の舵と言うのはクルマのハンドルとわけが違う。舵輪を回せばその角度の通りに曲がり、直せばすぐ元通りになると言うようなものではない。紙飛行機の翼の端をちょっと折ってから投げてみて、また折ってから投げてみてと何度も何度も何度も何度も繰り返し、ようやくどうすればまっすぐ飛ぶかわかると言うようなものなのだ。

 

宇宙船もまた同じ。氷を割ってその下の海に突っ込む訓練など島はしたことがなかった。当たり前だ。誰がそんなバカげたことを想定した訓練プログラムなど組むか。

 

だから今、まるきりぶっつけ本番で、この曲芸に挑むしかない! こんなことはかつて誰も――と、また考えてから、『待てよ』と島はふと思った。その昔に地球でこれと似たようなことをやった例がなかったか? 旧戦艦〈大和〉の時代に――。

 

そうだ、と思った。〈桜花(おうか)〉だ。これは、まるであれと同じだ。太平洋戦争で日本が造った人間爆弾。ロケット付きのグライダーに重さ1トンの爆弾を仕込み、爆撃機から投下する。それを人が操縦し、敵の船にうまく当たればおなぐさみ、というあれだ。おれは今、この〈ヤマト〉であれとほとんど同じことに挑戦してしまっている。

 

確か〈桜花〉は何十機も飛ばしながら敵艦を沈めたのは一機だけという話だった。そりゃそうだ。そんなの、当たるわけがあるか。機体の操縦特性がどうなっていてどうすれば狙った方へ行くのか誰も知りようがないのに、とにかく人を乗せてみてこいつが〈日本男児〉であればアッパレ本懐(ほんかい)を果たすであろう、なんてバカをやったのだから――。

 

けれどもそんな無理が通るはずもない。〈桜花〉はまったく出来の悪い紙飛行機と同じだった。その多くが途中で勢いが付き過ぎて、敵の手前でフワリと浮いて上を飛び越してしまったり、逆にガクリと失速して届かず落ちてしまったりした。

 

まともに飛ぶよう作られていないものはまともに飛ばない。当たり前の理屈だった。〈桜花〉の舵は押しても引いても効きはしないシロモノで、ただ勢いを少しだけ加減するしかできなかったはずだ。

 

『鳥になる』と言うことを知る者ならばわかる理屈だ。〈桜花〉はニワトリ。なのに昭和の天皇は、奇跡が起きて全機が命中、敵艦隊を殲滅セリという報せが来ると信じて待っていた。だって自分は神なのだから、勝つと信じていれば勝つ。操縦士に〈大和魂〉があれば当たると――。

 

そう信じて靖国神社の殿(でん)に立ち、雛祭のお内裏(だいり)様のような(ころも)玉串(たまぐし)振って、『神よ神風(しんぷう)吹かせたまえーっ!』と叫んでいた。ひとりひとりは小さな火だが、ふたり合わせると炎になる。若者達は自分を捨てて音速の雷撃隊に賭けたのだ。その彼らが敗けたならみんな今までなんのために生きてきたのだ。お願いだ、戦ってくれと叫んでいた。自分が力の限り叫んだらその願いが天に届き、日本に迫る艦隊をすべて沈めると信じていた。

 

しかしそんなわけがない。なのに、それと同じなのだ。今おれがこの〈ヤマト〉でやっているのは――島は思った。姿勢制御のスラスターなど噴かしたところでまるで効かない。効くわけがない。急な坂道を下っていくダンプトラックの運転手が、オイルの切れたブレーキのペダルを踏むようなもの。道に大穴が開いていて速度が足りねば落っこちるが、飛び越せればその先にある池に潜れて〈潜水車〉になれる。だが加速が付き過ぎると、さらにその先の壁に激突――。

 

〈ヤマト〉が今やっているのは、ほとんどそのようなことだった。わかっているが、どう舵を切ればいいのかわからぬ。いや、太田が計算した一応の線が指示器に引かれ、『このラインに沿って飛ばせ』と教えてくれているにはいる。だがそんなもの、クレーンゲームのボタンを押して景品を掴み取れと言うのと同じだ。

 

どうする、と思った。〈ヤマト〉の今の峡谷への進入角は、太田の計算と外れている。勢いが付き過ぎているのだ。弱めるには艦首を上げてやらねばならない。

 

だが、仰角を付け過ぎれば腹を打ち、第三艦橋を失うか、〈ヤマト〉の船体そのものが氷を破れずグシャグシャになる。と言って舵が足りなければ、速度が落ちずに艦首はズタズタ――。

 

わかっているのに、操縦桿をどれだけ引けばいいかわからぬ。〈ヤマト〉は重く、舵を切ってやったところで反応するのに時間がかかる。一度決めたら、後は船が進むのに任せるしかなくなるだろう。迷っているヒマはない。船はすでに、水が噴き出す裂け目に向けて突き進んでしまっている。

 

島は操縦桿を引いた。

 

姿勢指示器のパネルを見る。すぐに変化は現れない。まったく何も変わらぬようにさえ見えて、ただ星の地面が迫る。舵を切り足りなかったか、と恐怖の思いで考えたときに、ゆっくりと指示器の中で水平線が下がり始めた。〈ヤマト〉の舳先が上を向きだす。

 

進入角を示すラインが、少しずつガイドラインに近づいていく。しかしその動きは遅い。氷の割れ目はもう眼の前だ。

 

間に合うのか? 島は喉がふさがれて、全身の毛が逆立つ思いだった。船の勢いは落ちてくれない。にも関わらず、艦首は上を向き続ける。

 

ああいけないと島は思った。このままではまるでカンナをかけるように、船は第三艦橋から氷に激突してしまう。そうなったらあの〈サルマタケ〉は――。

 

おしまいだ。島は歯噛みした。その瞬間に、〈ヤマト〉は水を噴き出している亀裂の中に突っ込んだ。



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砕氷

〈ヤマト〉クルー1100人の誰にとってもそれは恐怖の時間だった。床の人口重力が切れたような一瞬の後、地震のような衝撃が走る。壁も天井も波を打ち、床がトランポリンにでもなったような感覚をおぼえる。

 

実際、そのとき、〈ヤマト〉はゴムで出来ているかのようにグニャグニャと曲がり揺れていた。船体は耐震構造のビル同様に多少の柔軟性を持たせられており、あまりに強い衝撃を受ければたわむように造られているのだ。それもひとえに船と乗員を護るためのものではあるが、しかし実際に中にいて体験する立場の者は生きた心地のするものではない。

 

誰もが自分のいる部屋の内壁がグニャリと歪むのを見た。立っていた者は転ばされ、席に就いてベルトを締めていた者達もGに体を持って行かれた。ムチ打ちを起こした者も幾人かいるかもしれない。

 

固定されていない物が吹っ飛び、床に落ちて転がり滑る。艦首の方へだ。星に対して前のめりに船が傾いているために、冥王星の重力を受けて何もかもが前に引かれる。そのため支えがないものは、人でも物でも床を滑り落ちるのだ。

 

〈ヤマト〉は氷を砕きながら、噴出する水の力でいま船体を垂直にして星の中へと入っていく。舷はよじれ壁は(きし)み、振動と轟音が船の内部を満たし揺さぶる。人は階段を転がり落ちる巨大な太鼓の中にいるようなものだった。

 

そして、水。今の〈ヤマト〉は、衛星ビームの砲撃によって、まるでオカリナ笛のように穴をボコボコと開けられていた。そこに水が入り込む。マイナス何十度にもなりながら地殻内部の圧力によって凍ることのない海の水が。

 

ビームが被弾した区画は、いずれも空気の流出を防ぐための隔壁で閉ざされている。その内部に津波のように、極低温の水が雪崩れ込むのだ。

 

隔壁の近くにいる者達はその音を聞いた。その誰もが壁の向こうで恐竜でも暴れているかのように感じた。凄まじい水圧が壁を叩いてギイギイと軋ます。浸水はそこで防ぐことができても、温度までは止められない。たちまち辺りの船内温度がまるで地球の南極のような冷たさになった。

 

壁が霜付き、見る見るうちに粉砂糖を吹き付けたような氷の層を作っていく。雪の結晶を思わせる六角形の模様が浮かんだ。まるで植物の根のようにその六つ脚が広がり出す。それは間近に見る者には、まさに血も凍るような光景だった。

 

ガリガリと氷を削って〈ヤマト〉は進む。艦首の錨とフェアリーダーが氷を打つたび船は暴れる。だが最大の恐怖は決して、それが続くことではない。

 

恐れるべきは、それが不意にピタリと止まってしまうことだ。どんなに激しく恐ろしい揺れであろうと船が揺れているのなら、それは前へ進んでいること。下にある〈海〉に向かって降りて行っていることである。しかしそれが突然()んでしまったら、それは〈海〉に届かぬうちに〈ヤマト〉が氷の壁につっかえ、身動きできなくなったことを意味する。

 

そうなったら脱出はもう不可能だ。いずれ水の噴出は止まり、すべてが氷に包まれて、〈ヤマト〉はここで群れからはぐれたペンギンのようにカチカチになって埋もれることだろう。永遠に……。

 

それこそが最も恐ろしい瞬間だった。そのときだけは来ないでくれと誰もが祈るしかなかった。揺れと急速に広がる寒さに歯を震わせ食いしばり、皆、戦慄のときを過ごした。

 

――不意に、ガクンと一際(ひときわ)大きな衝撃がきた。同時にピタリと揺れが収まる。

 

そのとき、誰もが、みな己の心臓も止まるような思いがした。音も振動も消えていた。それまでずっと壁を通して伝わっていた船の周りを水が流れている気配もなくなっている。

 

船が止まった。閉じ込められた。氷の間に――クルーの誰もがそう考えた。

 

――と、次の瞬間に、床がグラリと大きく揺れた。ギイギイと軋む音をまた立てながら、公園のシーソー台がギッタンコと動いてその上の乗ってるように床が傾く。

 

それで立っていた者達の誰もがオットットとなった。それまで艦首方向へ傾いていた床がまさにシーソーのように、一度水平になってから、惰性によって艦尾方向に傾いたのだ。そんなことが起こると言うのは――。

 

そうだ。〈殻〉を抜けたのだった。〈ヤマト〉は途中で止まることなく、氷を破ってその下の〈海〉に潜り込んだのだ。〈ヤマト〉はしばらく、水中でシーソーかやじろべえのように揺れていた。艦内ではそのたびに、丸いものが前後に転がる。それを眼にして、乗組員らが喝采を上げた。



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潜水艦行動

「人工重力装置作動。〈ヤマト〉、潜水艦行動に移ります」

 

第一艦橋で島が言った。〈ヤマト〉は当然、体積では冥王星の水より軽い。水より軽いものは浮く。地球の潜水艦ならば、船の内部にバラストタンクと言うものがあり、そこに海水を取り込むことで波の下に潜るのだが、宇宙船である〈ヤマト〉にそんなものがあるわけがない。

 

そこで代わりに用いるのが、人工重力発生装置だ。以前、火星で反重力のイカにたかられ〈軽く〉させられたことがあったが、要するにあれの逆である。船のまわりを人工重力の力場で包み、本来の重量よりも〈重く〉させることによって、水と釣り合うようにする。これで〈ヤマト〉は水中を魚のように進めるのだ。

 

島の操作で〈ヤマト〉はこれに移行する。光の届かぬ深海で〈ヤマト〉は潜水艦になった。各部署から報告が届く。

 

『第一砲塔、照準器の一部を破損。砲撃に支障はありません』

 

『艦首レーダー、かなりの損傷を(こうむ)りました。人員は無事ですが機器は全損に近い状態……』

 

『Bブロック一部浸水。ここはダメです。脱出してこの区画を閉鎖します!』

 

マルチスクリーンのいくつかに、水がドウドウと流れ込み、クルーが逃げる光景が映し出されている。流れる水は凍らない、と言ったところで、その温度は果たしてマイナス何十度なのか。戦闘服はかなりの防寒性能を持ってもいるが、水を頭から被るようなら一瞬で人の心臓は止まるだろう。

 

クルー達に浸水区画を抜け出すための時間はほとんど与えられそうになかった。冥王星の重力自体が小さいために、水圧は地球の同じ深さに比べてはるかに弱い。とは言っても、入り込むのはまさに鉄砲水だった。見る見るうちに浸水区画は天井まで満たされてしまう。

 

それでも命からがらに、なんとか地獄を抜け出せた者もいるようだった。しかし全員カチカチの氷柱(つらら)みたいになっていて、医務室へ数人がかりで運ばれていく。

 

壁に霜。写すカメラのレンズにも見る見る霜が張るらしく、マルチスクリーンの画面がいくつも白く曇り出した。〈ヤマト〉艦内は急速に冷凍庫に変わろうとしている。

 

だが、何より気がかりなのは、

 

「〈サラマンダー〉は?」

 

と太田が言った。第三艦橋〈サラマンダー〉。パネルにはビームの被弾や浸水で〈死んだ〉区画と同様に真っ黒で何も映っていない。

 

やはり氷にぶつかってもぎ取られてしまったのか。しかしそれでは……と、第一艦橋のクルー達が不安げな顔を見合わせる。

 

いや、彼らだけでない。艦底部では航空隊の支援クルーが固唾(かたず)を飲んで、第三艦橋を案じているのをカメラが写し撮っていた。〈サラマンダー〉を失えば、〈ゼロ〉も〈タイガー〉も着艦誘導することができない。管制員や他の多くの要員は、最小限の者を除いて事前に上に避難していた。その者達が、自分の持ち場はまだあるのかと床を見下ろし考えている。

 

そのときだった。

 

『こちら〈サラマンダー〉! 第一艦橋、聞こえるか?』

 

声がした。相原がマイクのスイッチを入れる。

 

「聞こえるぞ! 〈サラマンダー〉、そちらは無事か?」

 

『健在です』

 

と声が言う。同じ声は、艦底部でもクルーが聞いているはずだった。彼らがどよめくようすをカメラが写している。

 

『だいぶあちこちやられたようだが無事です。人員を戻してください。野郎ども、〈サルマタケ〉はまだついてるぞ!』

 

『おおーっ!』

 

と艦底で(とき)の声が上がるのをマイクが拾う。それだけではない。喜びが他の部所にも伝わって、船全体にたちまち広がり、クルー達が歓声を上げる。そのようすがマルチスクリーンに映し出された。

 

誰もがみな喜びを顔に出さずにいられなかった。当然だろう。第三艦橋を『さるまたけ』と呼び、船の下にまだブラ下がり機能も有していると言うのはつまり、〈ヤマト〉がまだ〈男〉であるという意味になるわけだから――。

 

そんな中で島ひとり、ホッと安堵の息を洩らして胸を撫で下ろす。南部が彼に親指を立てて見せてやり、それから窓外に眼を向けた。泡が立ち上るのが窓内部からの灯に照らされて見える以外はまっ暗だ。

 

相原が言う。「潜ったのはいいけど、また上に出られるの?」

 

「大丈夫」と太田が言う。「出るのはずっとラクなはずだよ。水が噴き出す力が今度は船を押してくれるだろうから」

 

「ふうん」

 

「海水ノさんぷるヲ採取シマシタ」とアナライザー。「分析シマスカ?」

 

「ああ、頼む」真田が言った。「強酸なんかじゃないだろうな」

 

「ソノ心配ハナイヨウデス。PH値(ペーハーチ)ハホボ中性。成分ハ主ニ水ト塩化なとりうむ、まぐねしうむ……」

 

「地球の海とそう変わらんようだな」

 

「へえ」

 

と言いつつ、南部はまだ窓を見ていた。その眼前に、ひとつ大きな泡が下からのぼってきた。

 

泡ではない。何か別の透明な丸いゼリーのようなものだ。金魚鉢を逆さにしたような形で、大きさもまた金魚鉢くらい。金魚鉢なら口にあたるヒラヒラした部分をヒラヒラと動かしている。

 

「え?」

 

と南部は言った。その物体は南部の前にとどまっている。よく見れば、ふたつの黒い、ゴルフボールかピンポン玉ほどの大きさの丸いものが内部にあった。

 

それがどうもピッタリと南部の方を向いている。まるでカメラのレンズのように。ふたつ並んだそれで南部を写し撮っているかのように――。

 

と、突然、その黒丸がキラリと光った。猫の瞳が暗がりで黄色く輝くような光だ。

 

「わあっ!」

 

と叫んで南部は身をのけぞらせた。〈金魚鉢(鉢魚金?)〉もまるで驚いたようにして、ヒュッといなくなってしまう。そんな動きを可能にする仕組みを内部に持ってるのだろう。

 

驚いたのは南部と〈金魚鉢〉だけではなかった。艦橋クルーのみんながみんな南部を見る。

 

森が言った。「どうかしたの?」

 

「い、い、今……」

 

――と、そこで、それまで海水の成分を読み上げていたアナライザーが、「以上デス。生物ノ存在ヲ示唆(しさ)スルヨウナ物質ハ特ニ見ラレマセン」

 

「え?」と南部は言った。「そう?」



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七人組

地下東京は全市が停電で真っ暗闇であると言うのに、そのさらに地下にある通路は灯りに照らされていた。十数メートル間隔で小さな灯が点いてるだけだが、人が歩いて進むのには支障がない。

 

宇都宮が言った。「ここも変電所の施設のうちですから、電気は生きているわけ」

 

「ははあ」

 

と皆が頷いた。一行(いっこう)の人数は全部で七人となっていた。敷井と足立、宇都宮の他、大平(おおひら)流山(ながれやま)熊田(くまだ)尾有(おあり)と名を名乗った。全員で宇都宮を護る形で囲んでいる。

 

通路は狭い。どうにかふたりが並んで歩けるかと言うところ。上で続いている戦闘で天井や壁が震え、ズンズンという響きに身を包まれるように感じる。自分達の話し声や足音も、この筒状の空間に反響して感じられる。

 

足立が言った。「どうもイヤな感じだな。この先で待ち伏せされてたらおしまいだぞ」

 

「そうだな」「うん、ここはまずい……」

 

と同意の声が上がる。そうだ、と敷井も思った。変電所の方までずっと一直線。電灯がずっと並んで足元を照らしているのは普通に足を進めるにはいいだろうが、今のおれ達にとってはむしろ……。

 

「はい」と宇都宮が言う。「ここは万が一、武装集団が襲ってきたとき、待ち伏せできるように考えた造りになっているそうです。詳しくは知りませんが……」

 

「この奥に機関銃や火炎放射器があってこっちを向いてるのか?」

 

「だから、詳細は知りません」

 

「でも、そういうことだろう」

 

「まあ、トラップがあるという話だけは聞いてますが……」

 

と宇都宮。敷井は他の者らと顔を見合わせた。皆が皆、『冗談だろう、そういうことは先に教えといてくれ』と言いたげな表情だ。

 

だが冗談などではない。当たり前だと敷居は思った。ここはまったくの要塞なのだ。おれ達は、もうその中に入り込んでしまったのだ。

 

この通路は、武器を持ってやって来る者を食い止めることを考えて造られている。行く手に重機関銃でも据え置かれていて、こちらにバリバリ撃ってきたら、こんな直線の狭いところでどうすることもできはしない。ましてや、火炎放射器なんかがあれば――。

 

おれ達はひとたまりもなく焼かれてしまう。そういうことができるようにしてあるのだ。ここは要塞なのだから。そしておれ達は侵入者。撃退される側の立場。

 

「ぼくはここの職員です。だから『顔パス』なんですが……」

 

と宇都宮が言うと、大平が、

 

「個人認証されるわけ?」

 

「ええ。カメラに写ったら、機械が顔でぼくであると認めてくれる。それに職員の名札を持ってる。これを身に着けていれば、やっぱり機械に認識される仕組みです」

 

「だから罠にかからずに外に逃げ出すことができた」

 

「たぶん、そういうことだと……」

 

「『たぶん』かよ」

 

そう言われても、宇都宮はそもそも警備システムについて多くを知らぬらしい。それもまた当然だろうと敷井は思った。別に要塞施設でなくても、そんなもの、保安要員でもない者にいちいち細かく教えはしない。

 

「この先で銃がこっちを向いてるとして、警告なしにいきなり撃ってくるもんなのかな。もしそうならとても進めたもんじゃないが……」

 

と流山が言った。それに対して熊田というのが、

 

「そんなこと言える場合じゃないだろう。おれ達は何があっても行くしかないんだよ」

 

「いや、ちょっと待ってくれ。その前にいくらなんでも警報くらい鳴るんじゃないかと言う話だ。普通、軍の基地だって、いきなり殺しはしないだろう。警報が鳴って、『そこで止まれ』と警告を受ける。それを聞かずに進んだときに、銃の餌食ってえのが常識のセンじゃないのか」

 

「そりゃあ……普通はそうかもだが……」

 

「とにかく、そうとでも思わねえと、とても先へ行けねえよ。警告がされないうちは大丈夫――そう考えて行くしかなかろう」

 

「まあな」

 

と応える。他の者らも頷いた。敷井も確かにそんなものかと思わざるを得なかった。次の一歩を踏んだ瞬間、警備システムに引っかかってハチの巣にされるかもしれない、などと頭で考えてたら、足がすくんでとても歩けたものではない。だからとにかくいきなりと言うことだけはないものとここは自分に言い聞かせるのだ。そうでなければこんなに長く細い道は進めない。

 

だが、とも思う。尾有というのが同じことを考えついたらしく言った。

 

「警告がされたときはどうするんだ?」

 

「そのときはそのときだ」

 

と流山。これもまた、そう言うしかないものだった。罠があろうとなかろうと、どのみち先に行くしかないのだ。警報が鳴らぬうちは大丈夫、警告がされぬうちは大丈夫、と己に言い聞かせながら……。

 

敷井達は狭い通路を進んでいった。先に何やら広い空間があるのが見えた。

 

「あの部屋はなんだ?」

 

と大平が宇都宮に言った。宇都宮は、

 

「さあ。よくは知りません」

 

すぐその部屋の入り口に着く。それはただ少し広くなってるだけの、何もない広間だった。学校の教室ほどの広さがあるが、物は一切置かれていない。壁にグルリと囲まれて、ただ向こう正面に、また細い通路に続く出口があるのみ。

 

「なんだ、ここは?」

 

と足立が言って足を踏み入れた。

 

――いや、踏み入れようとした。だができなかった。足を一歩入れた途端に、足立は電気ウナギでも踏んづけたようになって飛び跳ねた。ビーッと鋭くブザーの音が鳴り響く。

 

警報だった。続けて声が聞こえてきた。

 

『警告シマス! タダチニコノ場カラ立チ去リナサイ! コレヨリ先ハ許可ナキ者ガ入ルコトハデキマセン!』

 

機械による合成音声と聞いてわかる。続けて言った。

 

『従ワヌ場合ハ射殺シマス』

 

部屋の向こう、出口の手前の天井から何か降りてくるものがあった。クレーンアームの先に黒く、こちらを向いた機関銃のような――。

 

ような、ではない。対人用のビームマシンガンに違いなかった。



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次に打つ手は

「氷を割って海に逃げ込んだと言うのか、〈ヤマト〉は!」

 

シュルツは言った。スクリーンには噴水の中に突っ込む〈ヤマト〉を衛星がカメラで捉えた画像が映し出されている。

 

「こしゃくな……しかし、本当に海に潜り込んだのか? 途中でひっかかってくれてるようなら大助かりだが……」

 

「わかりません。いま探査中です」

 

とオペレーター。その横でガンツが、

 

「海中に潜っていたら、どうします。ビームでは攻撃できませんが……」

 

「フン、どうせあと何発も撃てはしなかったのだろう。注意エリアにやつはまっすぐ入ろうとして向きを変えた。そのまま行けば砲台に行き着いたかもしれぬところを、寸前でな……つまりやつは、〈反射衛星砲〉の秘密をまだ解いてはおらんのだ。勝負はまだこちらに分がある」

 

「そうとも言えるでしょうが、いずれ……」

 

「だろうな。時間を与えれば、やつは力を回復する。深手は負わせていないのだから、ほんのひと息つくだけでやつらには充分だろう。そしておそらく、衛星砲の〈死角でない死角〉に気づく……」

 

「そうなると厄介では?」

 

「わかっている」シュルツは言った。「だがやりようはあるさ」

 

 

 

   *

 

 

 

〈ヤマト〉は海底に錨を下ろし、第三艦橋を地に触れさせんばかりにして暗い水の中にいた。第一艦橋では南部が窓に顔を張り付けんばかりにして、メガネの奥の目をすがめて外を凝らし見ている。

 

島が言った。「何してるんだ?」

 

「いや、別に……」

 

「遊んでる暇はないぞ」沖田が言った。「時間を与えられたのは、敵も同じだと考えねばならん。我々が外へ出るのを待ち受ける態勢を整えようとするはずだ。グズグズしてると避難させていた九十の船を呼び戻されるかもしれん」

 

相原が言う。「そうなったら……」

 

「そうだ。こちらに勝ち目はない。〈ワープ、波動砲、またワープ〉とできないことは、完全に敵に知られたと考えなければならんのだからな。やつらにすれば最小限の戦力で〈ヤマト〉と戦う必要はもうなくなったわけなのだ。この真上に百隻で網を張られてしまったら、とても逃げることはできん」

 

「百隻で……」

 

と南部が、まだちょっと、外を気にする顔で言った。多勢を相手にするとなれば、砲が焼き付く心配を最もしなければならないのがこの男だ。

 

「戻してくるでしょうか?」

 

「どうだろうな」と沖田は言った。

 

 

 

   *

 

 

 

「いや、それはせん」シュルツは言った。「〈ヤマト〉とは、今あるだけの戦力で戦う。一度避難させた者らを呼び戻すことはしない」

 

「ですが……」とガンツが言った。「その方が確実に〈ヤマト〉を捕えられると思いますが」

 

「そりゃそうだろう。だがな、駆逐艦や軽巡洋艦と言ってもタダじゃないんだぞ。一隻一隻に何百人も乗ってる。その命もタダではない。そして〈ヤマト〉も死に物狂いで逃げようとするに違いあるまい。小型の船でやつの前をふさごうとすれば、十隻や二十隻はあの主砲で殺られてしまうに決まってるのだ。それがどれだけ莫大な損失になるか考えてみろ。ガンツ、お前に、それが弁償できるのか。地球人のアニメに出てくる絵に描いた船と違うのだ。一隻沈むごとにわたしの失点となるのだ」

 

「はあ……」

 

「別に保身でものを言っているわけではない。(いくさ)と言うのは、勝ちさえすればいいわけでない。わたしがもし、〈ヤマト〉一隻捕まえるためなら味方がどれだけ死んでもいいと叫ぶような男だったら、次の機会に誰がわたしについて来てくれると思うかね? 一の犠牲で済むはずの(いくさ)で十の犠牲を出して気にせぬ指揮官が、いい指揮官でないのは誰でもわかるだろうが。ここで小艦を呼び戻すのは、出さんでいい犠牲を多く出すだけのことだ。そんなことをするわけにいかん。だから今ある分だけで戦う」

 

「わかりました。しかし〈反射衛星砲〉は……」

 

「そうだ。やつは間違いなく、すぐにもあれの弱点に気づく……だが問題ない。次は手加減なしの一撃をお見舞いしてやるだけだ。そのための〈カガミ〉はまだ残している」

 

「ですが、弱点に気づいたら、やつらは砲に戦闘機隊を向かわすのではありませんか?」

 

「それがなんだ。砲台には〈バラノドン隊〉を護りに付けているのだろうが」

 

「はい。それはそうですが」

 

「そうだろう。それに〈反射衛星砲〉は、もう充分に役目を果たした。これからは戦艦の仕事だ」

 

言ってシュルツは、スクリーンに映る〈ヤマト〉が消えた一帯を指した。

 

「氷が薄いのはここだけだ。だから〈ヤマト〉は、またここから外に出てくる他にない。そこで待ち構え捕らえるのは、やはり船の役目となる――そのために最も大型の戦艦だけを三隻残した。〈ヤマト〉の砲でもそう易々(やすやす)と沈められはしないはずだ。出撃の準備はできているのだろうな」

 

「はい。三隻とも、すべて完璧に整っております」

 

「よかろう。発進させたまえ」

 

「はい!」

 

司令室内が(にわ)かに騒がしくなった。通信士が艦隊の出撃命令を送り、向かうべき地の座標を伝える。各艦の通信士が『了解』の返事を送ってくる。

 

「さて」とシュルツは言った。「戦力はこれで充分だとは思うが、しかしもうひとつ手を打つとしよう。海中にいる〈ヤマト〉を叩く方法だが……」



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床を踏まねば

「どうやら床にセンサーが仕掛けてあるようだな」

 

と熊田という男が言う。敷井ら七人は罠に(はば)まれ先に進めないでいた。変電所へ続く通路の途中にある広間の中へ入ろうとすると、向こう正面の天井からビームガンが降りてきて『コレヨリ先ハ立チ入リ禁止』。後ろに下がれば銃は引っ込む。その繰り返しでどうにもならない。

 

「床だよ。踏むと感じるんだ。名札を持った人間は黙って通してくれるんだろうが、そうでない者には銃を向ける。警告に従わなけりゃダダダダダ」

 

ビームマシンガンの餌食と言うわけだ。

 

「厄介だな。工兵隊でも連れて来れたら、どうにでも潰しようがあると思うが……」

 

と流山が言う。続いて尾有が、

 

「名札を持ってりゃ通れるのか?」

 

「と思うよ」

 

「じゃあ、まず宇都宮さんが向こうへ行って、名札をこっちに投げるのはどうだ。そうやってひとりずつ向こうへ行く」

 

「そんなのがうまく行くのか?」

 

全員で広間を見渡して、誰からともなく首を振った。

 

「無理だ。そんなのできっこない」「機械を騙せるものかどうかわからんだろう」「だいたい名札なんてもの、そううまく飛ばせないよ。途中で床に落ちて終わりだ」

 

それで尾有もため息をついた。「試す価値もなさそうだな」

 

「だが行かないわけにもいかんぞ」足立が言った。「このトラップの本当の役目は、たぶん時間稼ぎじゃないか。あの機銃は侵入者をちょっと足止めするためのもんだよ。おれ達が進めずまごついてるうちに、向こうから銃を持った護りの兵がドッとやってくるわけだ。そうなったらそれこそ進みようがない」

 

敷井は言った。「つまり、あの銃は威嚇用?」

 

「そんなとこじゃないかと思うね」

 

――と、そこで大平が言う。「じゃあ、どうだ。今この七人が全員であれ目がけて一斉に撃てば、ひょっとしたら殺れるかもしれんが……」

 

今は宇都宮も銃剣付きのビーム・カービンを手にしている。死んだ兵が持っていたのを拾い取ってきたものだ。

 

広間の向こうにあるビームガン。天井のどこから降りてくるのかもわかっているわけだから、この七人で一斉に部屋に飛び込み、広がりながらそこをめがけて撃てばいい。ひとりかふたりこちらも殺られるかもしれないが、この罠をとにかく潰せはするのじゃないか――敷井は思った。思ったが、

 

熊田が言う。「ああ。けどそのときには間違いなく、中で警報が鳴るだろうな。〈(しもべ)〉どもにおれ達が来たとわざわざ教えてやることになる」

 

「うん」と大平は頷いて言い、「この罠の本当の狙いはむしろそれなんだろう。でも逆に言うと、ここをうまく通り抜ければ、侵入を気づかれないことになるんじゃないか?」

 

「そりゃそうかもしれないけど、どうやって……」

 

「床を踏まなきゃいいんだろう」

 

「はっ」と熊田は言った。「だからどうやるって言うんだ。空を飛んでいこうってのか?」



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凍結

〈ヤマト〉の艦内はどこもかしこも霜で覆われつつあった。壁も天井も白い粉を()いたように霜だらけだ。そして床も。歩くと、

 

「うわわっ」

 

斎藤は足を滑らせそうになった。船外服の靴底はこんなところを歩くようには出来ていない。何かに(つか)まりでもせねばとても歩けそうになかった。

 

だが何もかも霜付きだ。自分自身が着ている船外服もまた。

 

「どうなってんだ。まるで冷凍庫じゃねえか」

 

と言った。寒い。斎藤は今、ヘルメットのバイザーを開けて顔を艦内の空気に(さら)していた。その顔の肌さえ凍って霜が付きそうに感じる。目玉を包む涙も凍る。息を吸えばあまりの冷気に口も喉も凍りそうだ。

 

「暖房が効いてない……」と部下のひとりが言った。「エンジン熱であっためられる仕組みのはずなんだけどな」

 

「とても追いつかないってことか」斎藤は言った。「そりゃそうだろうな」

 

通常ならば、絶対零度の宇宙空間の中にいても〈ヤマト〉の内部で乗組員が(こご)えるようなことはない。外が真空であるために熱が外には出て行かないと言うのもあるが、それ以上に空調で常に適温が保たれるからだ。艦内は暑くなれば冷房され、寒くなれば昔のガソリンで走る車が冬に車内を暖めたように、エンジン熱で沸かしたお湯をパイプで行き渡らせて暖房する。

 

普段なら――しかし今は状況が違った。〈ヤマト〉の周りを包んでいるのは真空の宇宙空間でなく、極低音で高圧の水。熱を奪い取る力ははるかに大きい。

 

それだけではない。何より、敵のビームによって、今の〈ヤマト〉は船体のあちらこちらに穴が開いてしまっているのだ。そこからマイナス数十度でも凍らぬ水が大量に入った。

 

浸水箇所は隔壁で閉ざした。しかし止めたのは水だけだ。冷気についてはどうにもならない。水を止める隔壁が氷の板となって艦内を冷やす。暖房を上げたところでとても追いつくものではない。

 

〈ヤマト〉艦内は地球の南極もかくやという冷凍庫となっていた。

 

戦闘服を着たクルーが皆ガタガタと震えているのを斎藤は見た。斎藤の着る船外服はヒーター付きだ。だからバイザーを閉じたなら寒さを感じずにいることもできるが、多くの者はそうではない。

 

「まずいな」と言った。「このままだと力を回復させるどころか……」

 

 

 

   *

 

 

 

「『今は動ける者までも戦えなくなってしまう』と言うのだな」

 

沖田は言った。第一艦橋はビームを喰らっていないため、まだ暖房が効いている。だがマルチスクリーンには、霜だらけの艦内のようすが映し出されていた。各部所でクルーが(こご)えかけているのがわかる。

 

森が言った。「全員に船外服を着させるべきと思いますが」

 

「わかっている。そうしてくれ」

 

「それに、あの……」

 

「なんだ」

 

「すみません。こんなときにどうかとは思うんですが……」

 

「言ってみたまえ」

 

「はい」

 

言って森はマルチスクリーンが映す()のうちのひとつを指した。

 

「これを見てください。艦内農場の水耕(すいこう)栽培装置が凍りかけているようなんです。機械は後で直せるでしょうが……」

 

「ふむ。野菜は全滅か」

 

「そうなると後で……」

 

「わかるよ」言って沖田は徳川に、「機関長、ここだけでも暖めるわけにいかないか」

 

「無理だな」と徳川。「今、暖房を医務室に集中させとるところなんだ。とても他は暖められん。この艦橋もすぐ冷え切るぞ」

 

「そうか」と言って森を見た。「すまん」

 

「はい……」

 

「我々も全員、船外服を身に着けねばならんようだ。それから森、ここはいいから、君は下で復旧の指揮を取ってくれたまえ。アナライザー、森の仕事を代わるんだ」

 

森が出て行き、アナライザーが席に着いた。今や〈ヤマト〉の〈眼〉と〈耳〉はソナーに切り替えられており、どうせ宇宙空間用のレーダーは役に立たない。とりあえず今のところ敵が近づく気配はないが――。

 

太田が言う。「何かやってきますかね」

 

「どうだろうな」島が応えて、それから隣の南部を見た。「南部お前、さっきから何を気にしてるんだ?」

 

「え? いや、ははは」

 

「いくらなんでも敵はすぐにはやって来れないと思いますよ」新見が言った。「水中を猛スピードで近づくものがいたならば、ソナーが探知しないはずはありません。〈ヤマト〉がここに潜るのを敵が予期していたとも思えませんし……」

 

「だろ? 南部、とりあえず、お前がいちばんここで急な仕事はないよ。だからお前が先に船外服着てこいよ」

 

「あ、うん、そうね」

 

「変なやつだな。こんな真っ暗闇の海で何も見えるわけないじゃないか」

 

と島は言った。ちょうどそのとき彼が自分の前を見ていたなら、窓の向こうの海中を金魚鉢を逆さにしたようなものが上から現れ下に通り過ぎていくのを目撃したことだろう。しかし島は窓を見ていなかったし、ふたつの眼をキラキラ光らすそれに気付いた人間は艦橋内にひとりもなかった。



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下弦のカロン

空の向こう、はるか遠くに茶碗を伏せたような半円。それが横へとゆっくり動く。古代のいる位置からは、冥王星の衛星カロンはそのように見えた。〈月〉は下弦(かげん)。つまり下半分が陰って見える半月形だ。

 

〈ヤマト〉はどうなったんだろう――カロンを眺めて考えながら、古代は〈ゼロ〉を飛ばしていた。何も発見できないままにそろそろ自分の索敵範囲は終わりかけている。あと二周ほど巡って何もなければおしまい。

 

タイガー隊の者達もなんの連絡もしてこない。32機が全機健在ではあるのだろう。レーダーにもエリアの端を、味方機を示す《FRIEND》の文字付き指標が横切るようになってきた。この直径千キロを部下が外から内へと巡り、自分と山本が中心から外へと巡る。蚊取り線香の内と外から火をまわすようにしてグルグル巡る九つの火が、そろそろ出会うときが近づいているのだった。

 

なんの成果もないままに。基地を討つべく腹に抱いた核ミサイルを誰ひとりとして放つことなしに。

 

全機がたとえ無事であろうと、これは作戦失敗を意味する。だが、それよりも問題は、タイガー隊と出会った後でどうすればいいかわからぬことだ。

 

敵基地に核を数発ブチ込んだなら全機まとめて〈ヤマト〉に帰投。トドメを刺したかは見届けずにサッサとこの星から逃げる――それが当初の計画だった。どうせ基地の中枢は地下深くに置かれていて、核でも潰せはしないだろう。〈ヤマト〉の主砲を(もっ)てしても貫くことはできないだろうと推測がされている。

 

それでもかなりのダメージを与えることはできるだろう。〈ヤマト〉としてはそれで務めは果たせるはずで、心おきなくマゼランへと向かえるのだ、と。

 

だが、その基地が見つからない。見つからなかったではすまないと言ったところで見つからないものはしかたがない。全機が核を持ったまま〈ヤマト〉に戻るしかないではないか。

 

だが、と思う。その〈ヤマト〉はどうなったんだ? ビームに殺られてもう沈んでしまったのでは? あれきり妙なカクカクビームの光は見えない。それはつまり、もうおれ達の帰る船がなくなってると言うことじゃないのか? だったらどうすればいい?

 

どうしようもありはしないのだ。燃料が尽きたところでおしまいだ。古代は燃料計を見た。目盛はまだ満タンに近い状態を指している。宇宙戦闘機としてはごくゆっくりの経済飛行をしているために、ほとんど消費していないに等しい。

 

窓にはカロン。南極点の近くを飛んでいた頃には真横に見た下弦の月は、古代が緯度を下げるにつれて少しずつ昇り、今ではやや見上げるほどになっている。

 

さて、どうなってしまうのだろう。〈ヤマト〉が沈んでいたならば、おれもあの〈月〉と同じにこの星の衛星となってグルグル永遠にまわり続けることになるのか……そう思ったときだった。カロンの黒い下弦の中に、光るものが見えた気がした。それもいくつも。

 

「ん?」と言った。「なんだ?」



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戦艦

『戦艦だ……』

 

部下のひとりがつぶやく声が加藤の耳に入ってきた。加藤のチーム、〈ブラヴォー隊〉は他のタイガー編隊と同じく四機編成だ。他のふたりの部下もまた、通信機に言葉を入れる。

 

『二隻、いや、三隻か……』『やつら、あんなところに……』

 

加藤のレーダー画面にも三つの指標が映っていた。冥王星の衛星から現れ出た三つの物体。コンピュータはそれをいずれも大型の船であると認識している。

 

肉眼でも見て取れた。カロンの〈夜〉の部分に三つ、蛍のような光る点が動いている。波動エンジンの噴射炎に見間違いようはない。

 

「カロンにいたのか……」

 

加藤は言った。今、自分らはこの星の〈昼〉の面を飛んでいる。

 

ガミラス基地は冥王星の白夜圏のどこかにある――ずっとそう言われてきたし、それが正しいと思われていた。この星の北半球はこの数十年ずっと闇夜で、太陽の方を向きもしない。そんなところに基地を置いてもしかたあるまい、と。

 

だから南半球の今は白夜の面だけ探せ――その考えの元にこの作戦も立てられて、今こうして飛んでいる。レーダーマップには索敵を命じられた範囲が映し出されている。残すところあとわずかだ。

 

これまでは、何も発見できなかった。

 

疑心暗鬼と闘いながらの飛行だった。見込みが外れていたらどうする。基地は本当にこの中にあるのか。あったとして、攻撃に成功するまで〈ヤマト〉が耐えてくれるのか。百もの敵が一斉に襲いかかってきたらどうする――しかし敵は、自分達にはどうやら何もしてこない。それがかえって不気味に感じた。

 

捜索を半分ばかり終えたところで、より不安が募ってきた。ひょっとして基地に気づかず通り過ぎてしまったのでは? おれじゃなくても、他の隊がそうしてしまったなんてことは?

 

そして〈ヤマト〉だ。どうやら敵の対艦ビームが、人工衛星で反射させて船を狙う仕組みと言うのは、この隊でも部下のひとりが気づいていた。〈アルファー・ワン〉が〈ヤマト〉に向けて妙な電文を打ったのも、ここで傍受し、意味を察し取れていた。

 

だが、その後、天を横切り折れ曲がる光を見ない。それはつまり――。

 

〈ヤマト〉がもう沈んでしまったと言うことでは? 自分達の戻る場所がもうないと言うことじゃないのか?

 

そんな思いが胸の内で膨れ上がる。加藤が不安を押さえられずにいたところに、その三隻の戦艦らしいガミラス船が現れたのだ。まったく思いもしなかった場所。連星カロンの夜の面。

 

「どういうことだ?」加藤は言った、「まさか、基地はあっちにあるなんて言うんじゃないだろうな?」

 

 

 

   *

 

 

 

『いいえ、それはないでしょう』

 

山本の声が通信で入ってくる。カロンの〈夜〉の中から敵の戦艦が現れたと知って古代が、『やつらの基地はあっちなのでは』と言ったのに対し、返してきた言葉がそれだ。

 

山本は続けて、『もしそうなら、これまでにわからなかったはずがありません。冥王星であれカロンであれ、〈夜〉の中で光るものが動いていれば、いくらなんでもとっくに見つけているはずです』

 

「そうか、そういう話だったな」

 

『おそらく万一の事態を避けて、あそこに逃げていたのでしょう。敵は〈ヤマト〉が波動砲を撃てないことに百パーセントの確信が持てなかったはず。もし撃てたらおしまいだから、この星にいるわけにいかない。だから避難したものと見せてあそこに隠れていたのじゃないでしょうか』

 

「そうか」と言った。「なら、〈ヤマト〉は……」

 

『はい、おそらく健在です』山本は言った。『少なくとも、沈んではいないと……』

 

 

 

   *

 

 

 

「どうにかして、〈ヤマト〉はビームを避けたと言うのか」加藤は言った。「だから、代わりに戦艦で敵は〈ヤマト〉を討とうとしている?」

 

レーダー画面の中の三隻の船は、カロンの母星であるこちらに向かって来ようとしているらしい。この三隻が戦艦ならば、そうする理由はなるほど考えれば明らかだった。その艦隊で〈ヤマト〉を沈める。敵がそのつもりであるなら、逆に言えば〈ヤマト〉はまだ沈んでいないと言うことになる。

 

「おれ達の帰るところはまだあるってこと……」

 

『そういうことでしょう』部下の声が通信で来た。『やつらは〈ヤマト〉が波動砲を撃てるかどうかわからなかった。けれど撃てるものならば撃つに決まっているのだから、ここに戦艦を残しておけば星と一緒に吹っ飛んでしまう。そこであっちに置いて……』

 

「そうか」と言った。「別にあそこに基地があると言うわけではないんだな」

 

『と思いますね』

 

「だが、ここでも見つからないぞ」

 

『それは……』

 

と部下が言う。加藤はレーダーマップを見た。このどこかに基地が在る、だから探せと指示された直径千キロの円。だが、そろそろ割り当て範囲は索敵を終えようとしている。

 

どういうことだ、と加藤は思った。〈基地は白夜に在る〉という見込みがそもそも間違っていた? それとも、こちらの想定よりはるかに巧妙に隠されていて、気づかず上を飛び越していた? 

 

どちらにしても、このままでは作戦失敗――いや、考えるな。まだ索敵を終えないうちは、任務に集中しろと考え操縦桿を握り直す。しかし加藤は(あせ)る気持ちが膨らむのを抑えられそうになかった。



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渡し綱

細いロープが高さ2メートルばかりの宙にピンと張り渡された。宇都宮がロープの端を持って広間の向こうの出口まで行き、天井の梁に鈎を掛けたのだ。それでこちらの頭上までピンと張るようにする。洗濯物でも干すような渡し綱の出来上がり。

 

「で、どうするんだ」敷井は言った。「これにブラ下がって向こうへ行くのか?」

 

両手で掴まりブラ下がってエッサホイサと猿渡りしろという話かと思ったのだ。どうやらこの広間は、床に足が着かなければ警備装置にかからずに抜けることができるらしい。ならば宙に綱を張りそれを渡って行けばいい。

 

ロープは必携装備として誰でも身に着けていた。だからその一本を宇都宮に渡すだけだ。それを垂らして歩いていっても、床の重量センサーは、ロープが触れた程度なら反応することはないだろう。ネズミが上を通るたびに警備装置が作動しては大変だ。

 

と言うわけで宙にロープを張るのは簡単――だが、と思った。張り渡したロープの太さは2ミリほどだ。強靭な化学繊維の綱だから人を十人吊るしても切れる心配はなかろうが、こんなものにブラ下がったら手がもたないのではないか?

 

敷井は自分の手を見てみた。軍用の手袋をはめているが、さして厚みがあるものではない。この手でブラ下がったなら、指にロープが食い込むだろう。自分の体重だけでなく、銃を含めて10キロばかりの装備を身に着けてもいる。その重さが全部、指にかかるのだ。

 

その状態で10メートルほどの距離をエッサホイサ――無理だとしか思えない。

 

だが、そこで熊田が言った。「そんなこと、するわけないだろ。こうするんだよ」

 

カービン銃のストラップを外して輪にし、カラビナを付けて宙に張ったロープに吊るす。熊田はヒョイと飛び上がってロープに身を絡ませた。ストラップの輪に体を通し、カラビナが自分を吊るしてくれているのを確かめると、両手両脚でロープを手繰(たぐ)ってスルスルと移動していく。まるで人間ロープウェイといった塩梅(あんばい)だ。

 

「ははあ」

 

と言った。なるほどあれなら――しかしどうやら天井でミシミシと妙な音がする。ロープを通した天井のパイプが(きし)んでいるようだった。これ、もつのかなと思っていると熊田が向こうに辿り着いて、

 

「次だ」

 

と言った。残りの者達全員で顔を見合わせた。

 

「誰から行く?」

 

「背の低い者からだろ」

 

と尾有が言った。この中でいちばん背が低い。上に張ったロープまでジャンプしないと手が届かない。ストラップの輪に体を通すのは彼ひとりでは難しそうだ。

 

「そうだな」

 

と敷井は言った。しかしどうやらこの中でいちばん身長があるのは自分だ。おれが最後に渡ることになりそうだなと思いながら、敷井は天井のパイプを見上げた。

 

これ、最後までもってくれるのか――どうも頼りにできない気がする。しかし、だからと言ったところで、ロープの端をひっかけられるものがそこに他にはないのだから仕方なかった。



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情景を浮かべろ

〈ヤマト〉戦術科の部屋では、敵の対艦ビームの謎を探る作業が続けられていた。

 

一体、あの衛星はなんだ。ひょっとすると地球で誰か、似た兵器を考えた者がいるかもしれない。だから資料をあたってみろと言われて膨大なファイルを探し、これまでに得たデータを元に砲の秘密を明かそうとする――けれども、それは先ほどまでの話だ。今は全員がその手を止めて、〈アルファー・ワン〉が送ってきたと言う和歌をコンピュータの画面に出して眺めていた。

 

 

 

  心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどわせる白菊の花

 

 

 

「こんなものを見せられても……」「一体どういう意味なんです?」

 

みな当惑気味だった。歌に関する説明は横に表示されている。それによると現代語訳は、

 

《もし手折るとするなら、当て推量に折ってみようか。初霜が真っ白に置いて、見る者を惑わせている中の白菊の花を》

 

「ますますわかんない。なんなんですかこりゃあ?」

 

副戦術科長がインターカムに向かって言った。それに応えて艦橋からの新見の声が、

 

『意味とかは、考えなくていいと思うの。単純に表面だけを追えばいい。古代一尉は読み札なんか一度も見たことないらしいから……』

 

「はあ」と言った。「そう言われても……」

 

手でカチャカチャとキーボードを叩いていった。歌の意味を解説する文章が表れる。秋が深まり冷え込んで、ある朝ついに霜が降り、庭が真っ白になっているのを見た男の心を詠んだ歌であるという。〈彼〉は思う。ヤレヤレ、植えていた白菊が、これではよく見えないなあ。適当に手を伸ばしてみたら、一本ポキリと折り取れるかも……。

 

「なんなの、これ? なんなんですか!」

 

『だから、「意味は考えるな」と言うのに……』

 

科員のひとりが横から言った。「『表面を追え』と言うよりも……」

 

「なんだ?」

 

「いえその、『耳で聞け』っていうことじゃあないですか。古代一尉はこの歌を音で覚えてるんでしょう」

 

「音で?」と言った。コンピュータの画面を見て、「これ、音声化できるのかな」

 

「そんなのより、自分で詠んでみりゃいいじゃないですか。心当てに――」科員は唱えた。「折らばや折らむ――」

 

すると一緒に、「初霜の――」と声を揃える者が出てきた。さらに続いて、「置きまどわせる――」と何人かが言った。そして最後の「白菊の花――」でまた数人が加わった。

 

それからもう一度、全員で、歌を最初から合唱した。

 

しかし、

 

「どういう意味だ?」「さあ」「やっぱわかんない」

 

と、結局首をひねった。艦橋で新見がガックリきている顔が画面に映る。

 

『だから、「意味を考えるな」と言うのに……』

 

「そう言われても」

 

――と、そのときひとりが言った。「『情景を思い浮かべろ』ってことですかねえ」

 

「ジョーケーだ?」

 

「ええ……だって、そういうもんなんでしょう。耳で聴いて、情景が思い浮かぶ……そうして初めて、奥にある本当の意味が見えてくる……」

 

『そうそう、それよ。きっとそれよ』

 

新見が言った。副科長は画面に映る自分の上役を、飴玉でもついうっかり飲み込んでしまったような顔になって見た。

 

『情景を思い浮かべるのよ』

 

「はあ」

 

「白菊の花……」とひとりが言った。「それはあの衛星のことでしょう。冥王星は全体が一酸化炭素とメタンの霜に覆われている。ビームが眼を惑わせて……」

 

「それは変でしょう」とまた別のひとりが言った。「〈アルファー・ワン〉がいるのは星の南極よ。〈ヤマト〉はずっと北半球をまわってたのに、なんであっちで〈ヤマト〉を狙うビームが見えるの?」

 

「え? それは……」

 

「そうだ。向こうは死角のはずだ」とまたまた別のひとり。「なんで星の反対側で、こっちのビームが見えるんだ?」

 

「いや、でも……」

 

「まあ待て」副科長は言った。「とにかく、何か見えたから、〈アルファー〉はこの歌を送ってきたんだ。こう……」

 

タッチペンを手に取って、冥王星を()に描いた画面の上で動かした。星のまわりに〈コ〉の字型の線が引かれる。

 

その画像に戦術科の科員全員の眼が集まった。

 

「え?」

 

とひとりの科員が言った。また別の者が、

 

「折らばや、折らむ……」

 

「って、まさか……」

 

だがまさかの話ではない。全員が目を見開いていた。インターカムの画面の中で新見も驚愕の表情だった。

 

そのうちにひとりが言った。

 

「そうだ。これだ。きっとこいつだ……」

 

コンピュータのキーボードをカタカタ叩く。その画面に表れたものに、また全員が釘付けになった。

 

開かれた文書。そのトップに、こんな語句が記されていた。

 

《衛星反射ビーム》。



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バカとハサミは

「衛星反射ビーム?」

 

と真田は言った。第一艦橋のメインスクリーン。戦術科が送って寄越した文書のトップページが映し出されている。アタマにあるのがその名前だ。

 

「人工衛星でビームを反射し、敵を狙い撃つ兵器です」新見が言った。「地球でも、こんなの考えた人がいたんですね……構想だけで実際には造られなかったようですが」

 

「造られなかった? なんで?」

 

「要するにダメだった……イオやエウロパといった木星の衛星を護る兵器のはずだったんです。一基のビーム砲台で星全体を(くま)なく護れて効率的。だから造るという話だったんだけど、考えたら一回しか役に立たない。一度撃ったらガミラスに砲台の位置を突き止められて潰されるに決まってる。そうなったら百の衛星は役立たずで、星は丸裸と言うわけ」

 

「ははあ」南部がスクリーンを見上げて、「だから、イオやエウロパは、それぞれ百のビーム砲台で護ろうということになった?」

 

「そういうこと」

 

「そうか」と相原も、「でもやつらには、一回だけ役に立てばいいわけだ。地球側にはダメ兵器でもやつらには有効……」

 

「ということなんでしょう」

 

と新見が言う。真田も「ははあ」と頷いて、資料を手元のパネルに出して眺めた。なるほど、《計画中止》と赤く記されている。

 

図解を見れば、それもなるほどと頷けた。〈衛星反射ビーム〉だと? そんなものは、〈ヤマト〉の他にもう一隻、〈ムサシ〉とでもいう名の船が造れて一緒にやって来れたなら、なんの脅威にもなり得まい。〈ムサシ〉はすぐさま、ビームがこうカクカクと折れ曲がってきたゾとこちらに教えてくれたに違いない。その根元に魚雷ミサイルをブチかましてやればよいだけ――。

 

「こんなバカげた子供騙しの兵器に苦しめられたのか」

 

「ですが……」

 

と新見が言う。真田は、

 

「ああ、わかってる」

 

と言うしかなかった。この兵器は本当ならば話にもならないほどの底抜けだ。しかし物は使いようだ。チョキはグーには勝てないけれどパーには勝てる。地球人はどうせ二回はやっては来れぬ。たった一回来れるかどうかの船を撃つだけでいいのなら、砲台を二基も三基も置くのは無駄だ。しかし一基しか置かないと、星の裏側が死角となるから――。

 

あきれたものだ。しかし確かに、一度だけ役に立てばそれでいいという考えなのなら、これは有効と言ってよかろう。この〈ハサミ〉に〈ヤマト〉は勝てない――。

 

「そんな」と言った。「こんなのに、どうやって……」

 

寒気を感じた。艦長席を見やったが、沖田は普段のピーコートと帽子を脱いで、船外服を身に着けているところだった。吐いた息が白く見える。

 

ゾクリとした。この寒気は戦慄でなく本当の寒気だ。いま着ている戦闘服もかなりの防寒性能がある。だから気がつかなかったけれど、いつの間にか艦橋内の気温はひどく下がっていたのだ。おそらくすでに水が凍るほどの温度になってるだろう。

 

そして、まだどんどん下がる――あらためて背にゾクリとするものを覚えた。このジャンケンに勝つ方法を見つけぬ限り、〈ヤマト〉は海を出られない。いくらもせずに氷漬けだ。

 

〈グー〉を見つける役は自分に託されている。沖田は船外服を着たが、ヘルメットは被らないままこちらを向いた。

 

「真田君、次は君だ」

 

「は?」

 

と聞いた。沖田は自分の胸を指した。船外服を着る番だ、という意味なのだと気づくのに一拍かかった。もうすでに他の艦橋クルーは全員が着替えを終えて自分が最後になっている。

 

「ああ、これは……」

 

「落ち着きたまえ」沖田は言った。「大丈夫、君ならやれるよ」

 

「はあ……」

 

「ふむ」と言ってスクリーンを見る。「〈死角のない砲〉か。なるほど、よくもシャレた罠を用意してくれていたものだ。だが真田君、君ならやるよ。必ずこいつの死角を見つけ出せるはずだ」

 

「は?」と言ったのは新見だった。「いえでも、これは……」

 

「そうだな。死角はないらしい。だがどこかに、別の形で死角を持っているはずだ。そうでないものなど有り得んよ。真田君なら見つけられるよ」

 

「はあ……」

 

と言った。一体どうしてそんなことを自信を持って言えるのか。そんなふうに思うのならば自分でその『死角』とやらと探したらどうなの。そう言ってやりたいような気もしたが、

 

「それよりも気がかりなのは……」沖田は言う。「敵の出方だ。〈ヤマト〉が力を回復するのを容易(たやす)く許してくれるとは……」

 

そのときだった。アナライザーが、

 

「そなーニ探アリ! 上方、何カガ氷ヲ突キ破ロウトシテイル模様!」

 

メインスクリーンの()が切り替わった。〈ヤマト〉は冥王星のぶ厚い氷の下にある海にいる。その氷盤をまるで巨大なアイスピックが突いてでもいるかのように、垂直に何かがこちらに進んで来ようとしているらしい動きが映し出されていた。ひとつではない。十か二十……いや、みるみる数を増やしているようだ。

 

島が言った。「なんだ?」



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タイトロープ

敷井は宙をロープを伝って進んでいた。熊田が先ほど見せたように、カラビナを付けたベルトで上体を吊るし、手足でロープを手繰(たぐ)っていく。他の者らはすでに全員が渡り終え、敷井が最後のひとりだった。

 

ベルトは先に渡らせた者がロープにカラビナを掛けてくれていたから、後はその輪に体をくぐらせタスキ掛けのような形にするだけでよかった。自分自身の体重と背負った荷物の合計は百キロ近いのではないか。その重みでロープをくくりつけたパイプがギシギシ(きし)んでいるのが身に伝わってくる。

 

床まで2メートルばかり。だがこんなのは、普通なら、公園のアスレチック遊具みたいなものだ。運動としては軽いもの――。

 

そのはずだった。敷井は軍で、はるかにキツい訓練をこれまでさんざんやらされてきた。その身にとってこんなのはまったくなんでもないことではある。なんでもないことではあるが――。

 

しかし、これは訓練ではない。今、自分の身を預けているベルトはおよそ危なっかしいシロモノで、自分の重さに耐えられるものには決して見えなかった。それに何より、ロープを繋ぎ止めている広間の端の天井のパイプ。

 

他の者達が渡る間、敷井はずっとヒヤヒヤしながらそのパイプを見上げていた。それはまったく、人の体重を吊るすのに耐える強度がありそうに見えない。無論これをやる前にふたりでブラ下がってみて、まあ大丈夫だろうという考えのもとにロープをひっかけはしたが、しかし本当に大丈夫なのか――ひとりが通るたびに留め具がグラついて、ネジがゆるんでパイプがたわんでいくように見えた。

 

そして敷井は、宇都宮を除く六人の中で最も体重がある。太っているわけではなく、軍で鍛えた筋肉を身にまとっている結果だが、今はそれが恨めしい。もしもパイプが重みに耐えられなければ――。

 

それでおしまい。床に落ちるだけならいいが、だがその後にビームガンでハチの巣なのだ。それで死ぬのはおれだけとしても、変電所にいる敵に侵入を感づかれてしまう。

 

どうか神様と祈りたい気分だった。とにかく早く渡ってしまおう――そうは思うが、進まない。どうもロープに絡ませた脚が引っかかってるようだ。服の布地に引っ張られ先へ行かせてくれぬのを感じる。

 

エイヤとばかりにロープを手繰った。途端に、ガクンと、自分の体が落ち込むのを敷井は感じた。

 

ほんの数センチのことだ。だがすぐにまた数センチ。さらにまた数センチ。

 

渡し綱の張られた高さが失われていきつつあるのだ。

 

理由は考えるまでもなかった。パイプだ。とうとう限界が来たのだ。敷井の体はガクガクと下がり、宙を大きく揺すぶられる。

 

アッと思うヒマもなかった。絡ませていた脚がロープから離れてしまった。

 

両脚ともだ。身を吊るしていたベルトもズルリと抜け外れた。細いロープに敷井は手だけでブラ下がった。

 

仲間達がアッと叫ぶ。

 

敷井の足は床に触れる寸前だった。いや、ほんのわずかだが、爪先が下に着いてしまった。慌てて上げる。何事もない。どうやら、ちょっと触れた程度では、警備装置は働かぬらしい。

 

と思ったら、またロープの張り渡された高度が落ちた。敷井の体もガクンと下がる。

 

細いロープが手に食い込む。指がちぎれそうに痛んだ。だが構ってはいられない。

 

こうなったら猿渡りにいくしかないのだ。仲間達が「早く!」「急げ!」と呼んでいる。片手を離し、体を振って、敷井はその手を先に送った。仲間達の呼ぶ声の方へ。

 

またロープがガクッと下がる。膝を曲げた脚が宙を泳ぐ。渡り切るまでもう少しだ。ほんの数回、互い違いに手を振り動かせばそれでいいのだ。

 

そう思った。だがしかし、ダメだ。とても手がもたない。それに脚を上げていられない。

 

身を振るたびに背負っている荷物の重さが肩にかかった。また爪先が床をこすった。今度は警報が鳴り響いた。

 

『警告シマス!』先ほどと同じ機械の音声。『タダチニコノ場カラ立チ去リナサイ! コレヨリ先ハ許可ナキ者ガ入ルコトハデキマセン!』

 

広間の先で天井の一部が開くのが見える。ビームガンが降りてきた。

 

『従ワヌ場合ハ射殺シマス』

 

仲間が手を伸ばしている。最後の力を振り絞り、そちらめがけて敷井は跳んだ。広間の出口――まさに〈敷居〉を越えたところに着地する。

 

かろうじて届いた。だが上体がついていかない。背中に(かつ)いだ荷物が重く、後ろに倒れそうになる。

 

天井ではビームガンの銃口が動き、こちらに狙いをつけようとしていた。

 

「わっ、わっ」

 

と言って、敷井は腕を振り回した。その手を仲間が掴んで引っ張ってくれた。ビームガンはまだこちらにピタリと狙いを定めていたが、やがて銃口をそらして天井に引っ込んでいった。

 

全員でフウヤレヤレと息をつく。

 

「大丈夫か」足立が言った。

 

敷井は「ああ」と応えて両の手のひらを見た。ズキズキと痛んでいるが、指は動く。

 

「大丈夫だよ」

 

振り返ると、ついに向こうでパイプがガチャリと下に落ち、ロープもまた床にパラリと着いたのが見えた。ちょっとギクリとしたけれど、無論、細紐が落ちた程度で警備装置が働くはずもなく、警報が鳴ることもなかった。



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ドリルミサイル爆雷

ドーン!という轟音とともに床が揺れる。『揺れる』などと言うものではなかった。〈ヤマト〉という船が一個のカクテルシェーカーで、超巨大な斎藤副技師長に振られでもしたかのような衝撃だった。

 

そのとき佐渡先生は全身が血まみれになって手術台に向かい、ケガ人の胸を切って開けた口に手を突っ込んで、止まっている心臓を掴んでギュウギュウ揉んでいるところだった。

 

「ええい、動け! 動かんか!」

 

そう叫んで揉んでいたが、心電計は直線のまま。

 

そこへドシーンだ。衝撃で、手術台から患者はフワリと一瞬飛び上がった。そして落下――と、佐渡先生は、手にドックンと物が膨らむ感触を受けた。

 

「おおっ?」

 

見れば心電計がニューギニアの山脈みたいな線を表している。止まっていた患者の心臓が見事に脈を打ち出したのだ。

 

「なんと!」

 

言ったときだった。またドシーンと衝撃が来た。床が傾き、器具が散らばる。

 

「な、なんじゃあーっ!」

 

無論、医務室ばかりではない。船全体がグラグラ揺れた。船務科室では森がちょうど部屋に入りかけたところでドーンと来た。森はたまらず床に転がる。

 

続けざまにドドーン、ドドーン。

 

「な、なに?」

 

「爆雷です!」部下が叫んだ。「やつら、水中を〈ヤマト〉めがけて……」

 

「落としてきたの? でも、上は氷なんじゃ……」

 

「ええ、それはそうなんですが……」

 

と部下は言う。今の〈ヤマト〉は水中にいて、潜水艦行動をしている。潜水艦の天敵と言えば爆雷だ。〈ヤマト〉に対して敵が爆雷攻撃するのは当然。

 

とは言っても、この〈海〉は分厚い氷に上を閉ざされている。爆雷など落とそうにも落とせるはずが――。

 

ない。しかしそうなのだった。それどころか、それは〈ヤマト〉のクルー達が、すでによく知る物体だった。

 

今、水中の〈ヤマト〉めがけて落ちてくるのは爆雷であって爆雷でない。かつて沖縄の基地を潰し、発進前の〈ヤマト〉めがけて八方から進んできたもの――そう、〈ドリルミサイル〉だった。敵はあのミサイルを爆雷にして〈ヤマト〉に雨と降らせてきたのだ。

 

前回は地面の下を水平に〈ヤマト〉に向かってきたミサイル。それが今度は垂直に、〈ヤマト〉が潜った〈海〉の上の氷を掘り抜き、一個の爆雷となる。そうして水中を落ちてきて、〈ヤマト〉の近くで爆発したのだ。

 

一基二基のことではない。十、二十……いや、もっとだ。第一波の後に続いて、次から次に宇宙空間を飛んできて氷に刺さりドリルを回す。硬い岩盤も掘り抜くドリルの刃にとっては、冥王星の固体窒素と固体メタンの氷などなんというものではない。百、二百という数が、〈ドリルミサイル爆雷〉として今〈ヤマト〉に迫りつつあった。

 

冥王星の氷原は、数キロメートル四方に渡ってドリルが掘った穴だらけになっている。まるである種のチーズを切った断面を見るようだった。

 

ひとつひとつの穴ボコの中に、チーズを食べる虫のようなミサイルが。〈ヤマト〉はその虫どもが進む真下の海中にいた。一発でも当たったならば爆発でやられるだけのことでは済まない。そこからドッとマイナス数十度の水が艦内に流れ込むだろう。そうなったら命はない。

 

次から次にミサイルが、〈ヤマト〉の周りで起爆して暗い深淵を照らし出す。水中ではすぐ火は消えるが、衝撃は球形の波を作って広がって、水圧の壁で行く手にあるものを叩くのだ。〈ヤマト〉は四方八方から、人工の海底津波に襲われていた。

 

そのたびに船はガクガクと揺さぶられ、床は暴れて跳ね動く。中にいる者はたまったものではなかった。

 

そしてまた、一発が、〈ヤマト〉の直上からまっすぐに甲板めがけて落ちてきていた。今の〈ヤマト〉に(かわ)(すべ)があるわけもない。ひとつでも直撃すれば一巻の終わりだ。しかし――。



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ガンシップ

「当たりますかね」

 

ガンツが言った。モニターのスクリーンには穴だらけになっている冥王星の地表が映し出されている。そこから水がビュウビュウと噴水のように噴き出して数キロの高さにまで昇り、雪となって舞い散っていた。それほどまでに水圧が高く、星の重力が低く、大気の薄さのために抵抗が小さいのだ。見ようによっては壮観で美しい光景だった。

 

ひとつひとつが〈ヤマト〉に向けて放ったドリルの開けた穴。うちひとつでも直撃すれば〈ヤマト〉はオダブツであろう。超高圧で極低温の水に潰され乗組員はひとり残らず一瞬にして氷漬けだ。後は潜って船を引き揚げ、波動砲を無傷で回収。中をじっくり調べてやれると言うもの。

 

とは言え――。

 

「まず無理だろうな」

 

シュルツが言った。ミサイルの発射管制オペレーターに眼を向ける。相手は「はい」と頷いて、

 

「命中は難しいでしょう。当たってもそこで信管が働くかどうか。直撃でない限り、おそらく〈ヤマト〉は……」

 

「傷もつかない」ガンツは言った。「それは地球であれが発進するときを狙ったので証明済みです。まして〈ドリルミサイル〉は、水中で使う武器ではない。地中で爆発したときに最大限の威力を発揮するよう造られているのであり、水の中では充分な破壊力を持ち得ません」

 

「うむ」

 

とシュルツ。ガンツは続けて、

 

「それでも直撃させられたらと思うのですが……」

 

「それも無理だと言うのだろう」

 

「はい」

 

と言った。オペレーターにまた眼を向ける。彼は頷き、

 

「あのミサイルは水中では向きをまったく変えられません。信管は働かないし、外から信号を送ることも、深度に合わせて起爆するような設定もできません。時限タイマーで当てずっぽうに爆発させるしかありませんから、まず直撃となる望みは……」

 

「ゼロに等しい」シュルツは言った。「だが、いいのだ。それでいい。〈ヤマト〉は今、戦う力を回復させようとしてるのだろう。それを邪魔してやるだけでいいのだ」

 

スクリーンには三隻の船が映っている。カロンに隠していた戦艦だ。〈ヤマト〉がいずれ出てくるだろう氷の薄い場所の上に到着したところだった。

 

この三隻は一辺が数キロになる三角形を作ってその地のまわりを囲み、それぞれが砲を真横に向けて旋回し始める。〈ヤマト〉がいつ出てきても三方向からビームを浴びせられる手はずだ。

 

コンパスで円を描くように同じ場所のまわりをグルグル回りながら、砲を真横に向け続け、獲物がそこに来たらドカドカと撃ちまくる。一点集中の〈ガンシップ戦術〉。古来、砲艦というものが持てる力を最大限に発揮するのがこの戦法だ。それを三隻の戦艦で〈ヤマト〉に対してやろうと言うのだ。

 

一糸乱れぬその動きには、ガンツも勝利の確信を持たないではいられなかった。司令室の誰もが思いは同じなようだ。全員が笑みをたたえて画面を見ている。

 

「どうせ出口はひとつしかない」シュルツが言った。「〈ヤマト〉はまた同じ場所から出てくるさ。そうするしかないのだから……それほど長く潜っていられるものとも思えん。そのときこそやつの最期だ」

 

「はい、確かに」ガンツは言った。「これならば、いかに〈ヤマト〉が強かろうと……」

 

「勝てる」とシュルツは言った。「しかし、それだけでないぞ。もうひとつ……」



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もうひとつ

「上方ニ熱源反応。大型船ノえんじん熱ト思ワレマスガ……」

 

森に代わってレーダー手席に着いたアナライザーが、赤外線探査装置が捉えた像を見て言った。しかし、

 

「ヨクワカリマセン。みさいるノ爆発ニ乱サレテシマッテ……」

 

「ふむ」

 

と沖田が言った。その間にも艦内はロデオのように揺られている。艦橋内も霜に覆われ、窓も霜で白く曇ってしまっていた。まるで地球の雷の日の夜のように、窓がパッと明るくなったかと思うとしばらくしてガーンと振動がやってくる。

 

沖田は自分のコンソールのパネルを見て、「出してきたな。これはおそらく戦艦だ」

 

「はい」言って新見が機器を操り、情報を素早く分析に掛ける。「数は三隻――おそらく、いま氷の上をまわり動いているのでしょう。三枚羽根のプロペラのように……」

 

「そうだろうな」沖田は言った。「〈ヤマト〉が海を出たところを、その三隻で集中砲火か。しかし、それだけではない。もうひとつ……」

 

 

 

   *

 

 

 

「そうだ」とシュルツが言った。「〈ヤマト〉が海から出てきたときを狙って三方から砲撃をかける。いかに〈ヤマト〉が格上だろうと、これにはたまったものではあるまい。だが、まだそれだけではない。もうひとつ……」

 

「は? と申されますと?」

 

「何。決まっておるだろう。〈反射衛星砲〉だよ」

 

シュルツは言って、スクリーンに今の状況を図に出させた。〈ヤマト〉を待ち受けまわり動く三隻の船。その上、はるか高くのところにもうひとつの指標がある。言うまでもなくビームの反射衛星だ。

 

「これをやつが出てくるだろう真上の宇宙空間に置き、垂直にも狙い撃ってやるのだ。今度は手加減なしでな」

 

「出力を上げて撃つのですか」

 

「そうだ。今度は首振りで(かわ)すような真似はさせんぞ。三隻相手にするとなれば、そんな余裕を持てもすまい。そこを狙って、上から……」

 

ドーン!と〈カガミ〉のビームにより、〈ヤマト〉艦橋を上からひと突きと言うプランの説明が、アニメーションでスクリーンに映し出される。

 

「〈カガミ〉を真上に置くのには、もうひとつの理由がある」シュルツは言った。「やつのあの中型の砲だ。〈副砲〉とでも言うのだろうか。忌々(いまいま)しい……」

 

「あれですな」ガンツが言った。「〈ヤマト〉を撃つたび、あの砲で〈カガミ〉を殺られてしまいました。おかげでもうあといくつも残っていません」

 

「それだ。しかしよく見ろ、あの砲身を。何をどう見ても真上は向かん」

 

「ええまあ」

 

とガンツ。〈ヤマト〉の主砲副砲は、どう見てもその砲身を高く上げられるように造られていない。ビーム反射衛星をだから〈ヤマト〉の真上に置けば、あの中型砲塔にもう撃たれずに済むはずだ。他の小型の砲台では宇宙に届かぬだろうから、〈カガミ〉を殺られる心配を今度はしなくていいことになる。

 

「しかし……」とガンツは続けて言った。「なんなのでしょうな、あれは。どうしてあんな設計なのか……あの船を造ったやつは何を考えていたのでしょうか」

 

「わからんな、宇宙人のやることは」

 

「とにかく、今度という今度は……」

 

「そうだ。変な設計をしたのを後悔させてやる」シュルツは言って、ニヤリと笑った。「さて、どうするかな、〈ヤマト〉め。こちらの考えが読めんこともないはずだが……」



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さらにもうひとつ

「衛星ビームで真上から敵は〈ヤマト〉を撃ってくる。今度は手加減なしだろうとおっしゃるのですか」

 

と真田は沖田に言った。メインスクリーンに〈三角錐〉の図形が描かれている。その底面の中心に〈ヤマト〉。三隻の船が三角を成してそれを囲み、真上に人工衛星が。水平垂直の四方向からドカドカと〈ヤマト〉を狙い撃つ寸法――。

 

沖田が言う。「そうだろう。あの変な衛星を置くとしたら直上(ちょくじょう)だ。〈ヤマト〉が海を出られるのはこの範囲しかないのだから……ここで出て行けばおしまいだな」

 

「どうするんです?」

 

「それを君が考えるんだよ。〈魔女〉の対策は君の役と決めたろう」

 

「そんな」

 

と言った。自分は確かに、〈魔女〉――対艦ビーム砲台の対策を任じられはしたかもしれない。だが決して、〈ビーム反射衛星〉、いやいや、〈反射衛星ビーム〉――いや、なんでもいいけれど、とにかくこんな変な兵器の対策を任せてくれと言った気はない――そう言いたかった。だが言えない。それもわかっていることだった。

 

どうやら沖田艦長は、敵が奇想天外とも呼ぶべき方法で〈ヤマト〉を狙い撃ってくるだろうとは察していた。そしてなぜだか、おれならば、この罠を破ると考えてくれてるらしい。その自信はどこから来るのか――だがとにかく、おれがその信頼に応えらねば〈ヤマト〉はここで終わりなのだ。であるならばやるしかない。

 

そう思った。その真田に沖田は言う。

 

「とにかく、こんな変な兵器に弱点がないわけがないのだ。どこかに必ず無理がある。それを見つけられさえすれば、この状況をひっくり返せる」

 

「はあ」

 

と言った。スクリーンを見る。とりあえずすぐ思いつくことがあった。

 

「衛星が真上にあるとしたら、主砲や副砲で狙えない。ミサイルや対空ビームであれを殺るのは難しい……」

 

「そうですね」と南部が言った。

 

「ならば艦首を上に向けたら? 副砲を前に向けておけば、自然と上を向くでしょう。それで衛星を狙い撃てる」

 

「戦艦三隻が待ち構えているんですよ」新見が言った。「三方向から〈ヤマト〉をボコボコにしようとして……『サンドバッグにしてください』と言うようなものじゃないですか」

 

「じゃ……じゃあ、横倒しになるのはどうかな。副砲を真横に向けながら、船体を九十度傾けるんだ。それで砲口が真上を向く」

 

「同じことじゃないですか。やっぱり三隻に殺られます」

 

「でも、主砲は前を向け仰角も取れるはずだろう。その方角にいる一隻は撃てるんじゃないのか」

 

「だとしても、残り二隻のいい(マト)です」

 

「ええとそれじゃあ、逆立ちはどうだ。船を上下ひっくり返して、〈サラマンダー〉を上面にして外にでる。それで……」

 

「は? 一体、なんの意味があるんですか?」

 

「いや」と言った。「『意味』と言われても困るが」

 

「副長。落ち着いてください」

 

「ええと……」

 

詰まった。戦闘について自分は素人で、ビームの撃ち合いなんてことはそもそもよくわからない。しかし、上にいる三隻とドカドカやり合うのには、星に対して〈ヤマト〉は船体を水平にせねばならぬのだろうとは思った。主砲の砲塔は三つあるから、ひとつひとつが一隻ずつ狙いを付けて撃てばいい――それで勝てるかどうかは知らんが。

 

だが、敵は真上にも、あの人工衛星を置いているに違いないと言う。それを撃つには副砲が最もいいのだが、しかし砲口は真上を向かない。敵はおそらく、そこに気づいてこちらの死角を突いてくるのだ。

 

どうすればいいんだ、と思った。さしもの〈ヤマト〉も三方を大型戦艦に囲まれたなら勝つのは厳しい。それはわかる。なのに加えて真上からもビーム攻撃となれば勝ち目は皆無。だからとにかく、まずは衛星を封じること――。

 

そうだ。それがおれの役目だ。とにかく、おれが考えるべきは、それだけなんだと真田は思った。衛星さえ潰せたら、戦艦は沖田艦長がまとめて殺ってくれるだろう。そういう人だ。だからおれは……。

 

真田はあらためてメインのスクリーンを見上げた。反射衛星はいま間違いなく、はるか高くの宇宙で〈ヤマト〉が海を出るのを待ってると言う。しかし待てよ、と考えた。そんなことができるのは――。

 

衛星は衛星でも……考えて、真田はこの冥王星には、敵の人工衛星と別に、もうひとつの衛星があるのに気づいた。それだ、と思う。

 

「カロン」

 

と言った。冥王星の連星〈カロン〉。直径千キロの、小さくて、しかし巨大な球体が画面に描かれている。真田はそれを指差して言った。

 

「カロンだ。こいつを消せばいい……波動砲でカロンを撃つんだ」



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核攻撃

その瞬間まで、古代の眼に冥王星の連星カロンは、宇宙に暗い灰色の半月形に見えていた。それが突然、真っ白に光り輝く円となった。まるで小さな太陽にそれが変わったかのようだった。

 

だが、違う。本当の〈小さな太陽〉は古代の〈ゼロ〉の後ろにあった。ただし見えない。地平線の向こうにある。まともに見れば眼が潰れるほどの光を避けるため、今、すべての〈ゼロ〉と〈タイガー〉がそれに背を向け冥王星の丸みの陰に逃げていた。

 

カロンを照らしたのは〈星〉だ。人が造った小さな太陽――核爆発の火球である。古代の眼に、一瞬だけ、カロンはカッと明るく光ったものの、すぐに弱まり地球で見る満月ほどの光になり、さらに明るさは弱まっていった。まるでオーロラのような光が冥王星の薄い大気を流れたが、それも数秒のことだった。冥王星の空は五十億年間ずっとそうであったと同じ元の星空に戻っていく。

 

「殺ったのかな」

 

古代は言った。通信機のマイクは〈ON〉の状態だが、〈糸電話〉の〈糸〉は山本だけでなく、もう今では全〈タイガー〉戦闘機とも繋がっている。

 

レーダーマップは《FRIEND》の指標で埋め尽くされていた。それは味方を表すコードであり、それぞれに《B1》とか《C2》といった文字が添えられている。

 

《B1》はブラヴォー編隊一番機、《C2》はチャーリー編隊二番機だ。四機ずつの八編隊、合計32の〈タイガー〉が、全機健在でいま古代と山本のアルファー編隊とランデブーを果たしていた。

 

事がこうなったのは、タイガー編隊のひとつが敵の動きを見つけたことによる。〈ココダ〉の圏から突然に、数百ものミサイルが連続発射されたと言うのだ。同じものを他のいくつもの編隊が見た。

 

ミサイル群が飛んでいった方角は、カロンから出た戦艦が行ったと(おぼ)しき先と同じ。となれば、答はひとつだった。狙いは〈ヤマト〉だ。それ以外に考えられない。

 

これを放っておくわけにいかない。なんと言ってもミサイルが射ち出された場所こそが、探していた敵の基地かもしれないのだ。ではどうする? 〈ココダ〉の中で敵の基地もしくはビーム砲台を発見したら、見つけた者がとりあえずそこに核をブチ込んでみる――そういう手はずになっていた。

 

『射つぞ』と皆に告げてからだ。だから他の者達は、その攻撃がどうなるか離れて見守っていた。

 

そしてピカドン――見事に核は炸裂したと言うわけだが、

 

『命中を確認』通信が入ってくる。『ですが、どうやらメインベースと言うわけでは……』

 

『ただのミサイル発射台か?』と加藤が言うのが聞こえる。

 

『その見込みが高そうです。周辺に宇宙船の港らしきものもなく……』

 

『ふうん。どういうことですかね』

 

とまた加藤。今度はこちらに振ってきたらしいが、

 

「さあな」と古代は言うしかなかった。「けど、〈ココダ〉の中ってことは、どれかの隊が一度探したとこじゃないのか」

 

レーダーマップを確かめてみた。核ミサイルで焼いた地点は探索範囲の中でもかなり外縁にあたる。つまり早い段階で、タイガー隊のどれかが上を通り過ぎているはずなのだ。マップには〈ココダ7〉と記されていた。

 

『はい。ウチの担当です』と〈ゴルフ・ワン〉が通信を送ってきた。『ですが自分が通ったときには……』

 

「何も気づかなかった、と」

 

『すみません』

 

「いや……」

 

と言った。ただのミサイル発射台なら、素通りして当然に思える。古代にしても飛んでる間、地上のあちらこちらにある対空ビームやミサイル発射台に狙われ、無人迎撃機にも出くわしたものの、いちいち相手にしてこなかった。

 

核攻撃をした隊が送ってきた画像を見ても、大型艦を離着させる〈港〉が置ける土地には見えない。ただの真っ白な氷原だ。こんな場所で大きな船が動いたら、こうして探しに来なくてもとっくの昔に見つけていいはず。

 

結局言った。「やはりただのミサイル台みたいだな。しかしどういうつもりなんだ。やつらどうして……」



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不良物件

核爆発の衝撃は地震となって地中深くのガミラス基地に伝わっていた。とは言っても爆心から遠く離れてさして強い揺れともならず、電子機器が影響を受けることもなかったが。

 

シュルツは床の揺れよりも、映像パネルのいくつかが真っ白になり強い光を放ったのに顔をしかめた。核の閃光はカメラを通した()で見ても眼を()きそうなほどに(まぶ)しいものだった。

 

オペレーターが告げる。「ミサイル発射台の消滅を確認。おそらく跡形もないでしょう」

 

「まあそうだろうな。だが、いいさ。ドリルミサイルはあるだけ射ってしまったのだろう」

 

「はい。ほぼすべてを射ち尽くした後でした」

 

「ならいい。どうせ用無しだったものだ」

 

シュルツは言った。今この星にあるものは、すべてがすでに無用と判断されたものだと言える。〈ヤマト〉を待ち受けるにおいて、避難させるべきものは人に限らず物でもなんでも船に積み込み、星の外に出してしまった。残っているのは〈ヤマト〉と戦うためにどうしても必要なものと、運び出すにも出しようがなく、『波動砲で星ごと消し飛ばされたとしても構わない』としたものだけだ。

 

「あのミサイルは、地球人の絶滅を見たらどうせここに捨てていく気でいたものだ。失くしたところで惜しくはない」

 

「それはその通りです」ガンツが言った。「本国も役に立たんミサイルなどより対艦ビーム砲台をもう一基置かせてくれていたならば、今〈ヤマト〉をもっと(らく)に迎え討ててやれたものを……」

 

「ククク」

 

と、司令室内の何人かが苦笑した。無理もないとシュルツは思った。〈ヤマト〉めがけていま射ってやった数百の〈ドリルミサイル〉は、本国が地球の地下都市攻略のため、一方的に送りつけてきたものだった。『やめてくれ、こんなものは場所ふさぎになるだけだ』とこちらがどれだけ言っても聞いてくれぬまま――。

 

地球人が〈地下農牧場技術〉などと言うものを持っていて、放射能で汚染してやるより先に地中に潜ってしまうというのは、本国では想定外のことだった。慌ててドリルミサイルを大量に送りつけてきて、『これで地下を撃て』と言う。だがそんなこと言われても、地球はなかなか手強(てごわ)くてそう近づけたものではない。地下東京を攻めようとしたら一発も放たぬうちに船を何隻も殺られてしまい、危うく拿捕さえされかねないところだった。

 

決して地球人どもに波動エンジンを積んだ船を拿捕されることがあってはならぬ。そのリスクは冒してもならぬ――それが絶対命令だ。ゆえにドリルミサイルは、使うに使えぬ兵器としてこの星にずっと置いてあった。本国の一体どんなボンクラが『これを使え』と言ってくるのかと皆がボヤいていたのだった。〈ヤマト〉が潜む海中めがけて射ち放ったのは、いい機会だから使ってしまえという考えもあったのだ。

 

「さて」とシュルツは言った。「どうかな。これでやつらが基地を潰したものとでも誤認してくれれば助かるのだが……」



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プランB

『いいえ、やはり基地そのものではなかったようです』

 

と山本が告げる声が、〈糸電話〉で古代の耳に入ってきた。

 

『あそこから射っていたのはどうやら全部が〈ドリルミサイル〉だったらしい……』

 

「ドリルミサイル?」古代は言った。「なんだそりゃあ?」

 

『ええと……一尉も見たでしょう。ほら、いつか沖縄で……』

 

「知ってるよ! そういう意味で言ったんじゃない。どうして敵がそんなもんここで使うかと聞いてるんだよ」

 

『わかりません。あれはそもそも、あの沖縄のときのように、雷撃機で特攻かけて初めて地下の要塞に届くようなもののはずです』

 

「そうだろ」

 

と言った。あのときおれをつけていたのはどうやら潜宙艦らしい。そこから雷撃機が飛び出して大気圏に突っ込んできて、あのドリルミサイルを射った。それで基地を殺りはしたが、すぐその後に地球軍の追撃を受け、母艦もろとも自爆同然に吹き飛んだとか。発進前の〈ヤマト〉を空母で狙ったことも後で聞いたが、そんなことができたのも、〈ヤマト〉を護る沖縄基地が失われて迎撃できず、波動エンジンの始動前で〈ヤマト〉が動けなかったからと聞く。

 

つまり、〈ドリルミサイル〉と言うのはおそらく、使うとしたら自殺覚悟のカミカゼ兵器ということなのだ。ガミラスがあんなものを持っていると知るならば地球はただちに対策を講じ、沖縄基地が殺られることも、〈ヤマト〉めがけて射たれることもなかったのではないかという話だった。

 

そうだ。今この星で〈ヤマト〉を狙う変なカクカクビーム砲と同様に実はヘッポコ兵器なのに違いない。敵はあの二度以外には、マンガみたいなあのミサイルを使ったことはないらしい。それも当然なのだろう。地下都市めがけて射てるならボカスカ射っているはずだ。それをしないということは、やりたくてもできなかったということだと思うしかない。

 

「それをなんでこんなところで……」

 

『さあ』と山本。『それより、どうしますか。〈ココダ〉ももう終わりですが』

 

「そうだな」

 

と言った。基地を探して飛べと言われた範囲はどうやらまわり終えてしまった。しかし何も見つからなかった。〈白夜の圏に在るはず〉と考えたのは間違いでどこか他所(よそ)に置かれているか、それとも〈ゼロ〉や〈タイガー〉の探査能力では見つけられぬほど巧妙なカモフラージュがされているか。

 

どちらにしてもこの作戦は失敗ということになる。

 

「けど」と言った。「作戦は、こういう場合も考えてないわけでもなかったはずだな」

 

『はい。ただちに〈プランB〉に移行する手はずになっていました』

 

「プランB」言ったものの、「どんなんだっけ」

 

『「基地がダメなら対艦ビーム発射砲台を見つけて叩け」』

 

「うん」と言った。

 

『確かに、今は基地以上に殺らねばならぬ施設と言えます』

 

「そうね」

 

『おそらく、たとえ見つけても〈ヤマト〉で攻撃は無理でしょう。我々が見つけて叩かなければ、〈ヤマト〉はあれに沈められます』

 

「かもね」

 

『ビーム砲台――〈魔女〉を潰すことができたら、基地の位置が芋ヅルで判明するかもしれません。その見込みは充分にあります』

 

「だよね」

 

『ですから、作戦に従うなら、〈魔女〉を討ちに向かうべきです』

 

「うん」とまた古代は言った。「けど、それってどうすりゃいいんだ」

 

『さあ』と山本。『わかりません』



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耐えた者達

「なんだか急に静かになったな」

 

〈ヤマト〉第一艦橋の中で、島が自分の席正面の窓を見ながら言った。どうせ今は張り付いた霜で曇って外は見ようにも見えないのだが、さっきまでは〈ドリルミサイル〉が(はじ)けるたびに見えた爆発の閃光が不意にピタリと()んだのだ。ドカドカと来る振動も同時に止まり、海中は静かになっていた。

 

アナライザーが言う。「航空隊ガ黙ラセテクレタヨウデスネ。直前ニ星ノドコカデ大キナ揺レガアッタラシイノヲせんさーガ感知シテイマス。どりるみさいるノ爆発ノタメニ乱レテヨクワカリマセンガ、規模カラスルト……」

 

「核」と相原。「基地を殺ったってことか?」

 

新見が言う。「どうでしょう。予定では、〈ココダ〉をそろそろまわり終える頃ですが」

 

「見つけたなら、射つミサイルは一発だけじゃないはずだよね」

 

「はい。〈ゼロ〉と〈タイガー〉の全機でありったけの核をブチ込む。それでも地下深くまで殲滅できるかどうか不明、という考えでしたから……」

 

「たくさん射ったのか?」

 

と、今度はアナライザーに向かって言った。アナライザーはくるりんと頭を360度まわし、

 

「サア。デスカラ、どりるみさいるノ爆発ニカキ乱サレテヨクワカラナイノデス。タダ、基地ヲ潰シタノナラ、通信制限ヲ解除シテ、任務達成ノ報告ヲシテクルハズナノデスガ……」

 

「そうだ」と言った。そんなことは相原がいちばん知っていることだった。「なら、作戦は失敗ってことか」

 

南部が言う。「え? じゃあどうするんだ」

 

「ええと……」と新見。「どうすればいいんでしょう」

 

「戦術長!」

 

「そんな。あたしにもわかりません! だって、事がこうなるなんて……」

 

「なったものはしょうがないだろ!」

 

「別にあたしが『海に潜ろう』と言ったわけでは……」

 

と言って、〈言った張本人〉の太田を見る。太田はチューブ入りの飲み物を吸ってるところだったのが、咽喉に詰まらせてゲホゲホとむせた。

 

それから言う。「ちょっと待てよ。あんとき他にどうしろって……」

 

「落ち着け!」

 

と沖田が怒鳴った。艦橋内がシンと静まる。

 

島も後ろを振り向いて、艦長席に眼を向けた。そのときその正面の霜で曇った窓に外からペタリと張り付いたものがあったが、島は何も気づかなかった。丸く透明なゼリー状の、地球のクラゲみたいなものだ。黄色く光る丸いものがふたつ見える。

 

もちろん、さっき南部が見たあの〈金魚鉢〉である。猫のような眼をキラキラと光らせて曇った窓の先をなんとか覗こうとしているようだった。ドリルミサイルが近くで百も爆発した後だというのにまるでケロリとしたものらしい。さすが極限環境に棲む生物なだけはある。しかし艦橋内の誰も、これに気づいた者はなかった。

 

沖田が言う。「作戦はまだ失敗したわけではない」

 

「ええと」と新見。「ですが……」

 

「うむ。基地を叩けずに、上に出れば殺られるだけ。しかしそういつまでも潜っていることはできん――これは失敗したも同然の状況だ。だが絶望するのは早い」

 

誰も何も言わなかった。ただ全員が沖田を見ている。変な生物も窓外からなんとか中を見ようとしている。沖田は続けて、

 

「まだしばらくの時間がある。その間にこれを切り抜ける道を見つければいいのだろう。我々がここを出るに出られぬ最大の原因はなんだね、新見?」

 

「ええと」と言った。「それは、ビーム砲台……」

 

「そうだ。反射衛星ビームだ。なるほど、敵も考えたものだ。砲台がどこにあるか位置がわからず、反撃のしようがない――それでも、その正体だけはわかったのだ。ならば位置さえ特定できれば、この窮地を抜け出せる。そういうことにならないか?」

 

「ええと……」

 

とまた新見が言った。しかし沖田は続けて、

 

「上にいる戦艦だけなら、〈ヤマト〉が力を取り戻せば戦いようもあるだろう。だからビームだ。航空隊がまだ健在なのならば、砲台の位置を突き止めて教えてやれれば、核ミサイルで叩き潰せる。それができれば後はこっちのものだと言える」

 

「ええ、確かに……」

 

「だろう。実に簡単な話だ」言って沖田は真田を向いた。「つまり真田君。君が〈魔女〉の位置を突き止め、古代に教えてやればよいのだ」

 

「は?」

 

と真田。矛先(ほこさき)が突然自分に向いたのに驚いた顔をして言った。

 

「『は?』じゃないだろう。最初からそういう話だったはずだぞ。この戦いは〈魔女〉を倒せさえすれば勝てる。ビーム砲台こそが〈魔女〉だ。〈魔女〉が星のどこに居るか見つけ出せる者がいるとすれば君だろう、と昨日からずっとそう言ってるじゃないか」



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ドア

ドアがあった。まるで金庫の扉のような、金属製の重く頑丈そうなドア。敷井達が進む通路の突き当たりにそれが見える。

 

宇都宮が言った。「あれを開ければ変電所の施設内です」

 

「開ければ?」と足立。「って、鍵が掛かってるんじゃないのか」

 

「掛かってます。ぼくのパスで開くはずとは思いますけど」

 

「ふうん、けど……」

 

「ええ」

 

顔を見合わせる。そのふたりだけでなく、全員で顔を見せ合った。なるほど確かに宇都宮はこの道を通るパスを持っている。そのおかげでさっきの広間も抜けられた。とは言っても――。

 

「まだ、それって有効なのか?」流山が言った。これまでひそませていた声をより小さなささやきに変えて、「いや、有効だとしても……」

 

「うん。途端にドカーンとか、また銃でお出迎えとか」「それも今度は警告なんか抜きかもだよな。十人で銃を構えていたらどうする?」「おれ達をカメラで見てても不思議はない。つーより、見ろよ。あそこにカメラがあるじゃねえか」

 

皆が足を止め、ヒソヒソ声で言い合った。行く手に見えるドアの方に怖々(こわごわ)と眼を向けながら。

 

これは当然のことだろう。敷井も思った。ドアを開けたら、と言うよりも、今そのドアが自分からバーンと開いて火炎放射がゴーッと噴き出してくるなんてことも充分有り得る話だ。もしもそんなことになったらどうする?

 

「そんなこと言ってもしょうがないだろう。行くしかないものは行くしかないんだ」

 

と足立が言う。敷井は「まあそうだけど」と頷いた。

 

「敵は周到なやつらじゃない。この道なんか爆弾で吹き飛ばしておいてもよさそうなのにそうしていない」

 

「うん」

 

と言って上を見た。この天井を崩してしまえば道は塞がれ、誰もここを通れなくなる。石崎とその(しもべ)にしたらそれでいいはずなのだから、別にやって来る者を待ち受ける必要はないのだ。どうせ数時間後には、彼らが勝手に無用とみなしたすべての人という人が息ができずに死ぬことになる。

 

つまり行く手に居る者達は、この裏道の存在も、宇都宮が逃げたのも知らない――その見込みが高いと言っていいことになる。いいことになるが、

 

「けれどなんにも仕掛けがないと考えるのも甘い気がするがなあ」

 

とまた流山が言った。足立が「そうだが」と言ってから、

 

「でもとにかく、開けたらドカンてこともないだろ。そんな仕掛けに意味はないと思うぞ」

 

「うん」

 

と流山。宇都宮も頷いて、

 

「それを信じるしかないわけですね」

 

言ってカードを取り出した。ドアの脇にある操作パネルのスリットに入れる。

 

敷井達はドア両脇の壁に張り付いた。銃剣付きのビ-ム・カービンを構え直す。

 

「開けますよ」

 

言って何やらボタンを押した。ドアが開く。宇都宮は開いた戸口の中を覗いた。

 

そして言った。「なんだこりゃ?」



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優先順位

今や〈ヤマト〉の艦内はどこもかしこも霜で真っ白になっている。とは言え、いくつか例外はあった。そのひとつが医務室とその周辺だ。ケガ人を手当するために、特に暖房が入れられている。

 

そこはすべてが赤黒い血で塗られてしまっていた。森は通路に足を踏み入れ、途端に匂いにむせそうになった。霜を踏んできた足が、床の血だまりの上で滑る。

 

「なんなのこれ……」

 

思わず言った。転がっているケガ人は、一体全体何人いるのか。眼の前に寝ているぶんだけでも、百人は超えていそうに思えた。狭い通路が医務室前までロクに足の踏み場もない。

 

そこにカーキのコードを付けた戦闘服の者がいた。森の部下の船務科員だ。ケガ人の服を脱がせて傷に包帯を巻いてるところ。

 

しかしその身も頭から血を被ったようだった。横顔を見ても森には誰かすぐにはわからなかった。女で、かなり若そうだというのはわかる。自分よりも何歳も。

 

森は彼女が診てやっている相手のトリアージュ・タグに眼をやった。色は〈軽傷〉を示している。

 

その横にはより重傷で、急ぎ手当を必要とするはずの者が転がっている。これが普通の病院ならば優先する順序が逆のはずだった。しかし、今はこうせねばならない。彼女は包帯を巻き終えて、「もう大丈夫」と患者に言った。

 

その声でやっとわかった。血まみれの若い女は結城蛍だ。

 

「ありがとう」

 

言って患者は、結城が差し出した手を握る。むろん、知っているはずだった。重傷者を差し置いて傷の手当を受けられたのは、自分がまだ戦えるからだと。だから寝ていてはならない。持ち場に戻らねばならない、ということが。横で寝ていた重傷の者もその相手に頷いてみせた。

 

頷き返して、その者は通路を歩き抜けようとする。森は道を譲ろうとしたが、それもひと苦労だった。結城は初めて森に気づいた顔をした。

 

「船務長」

 

「ご苦労様」森は言った。「状況は?」

 

「運んでこれる負傷者は全員運び入れました。数は四百人近く……」

 

「そんなに?」

 

と言った。〈ヤマト〉の乗員は全部で一千一百(いっせんいっぴゃく)人だ。その三割がケガを負ったということになる。いや、手当に割かねばならぬ人員の数を考えたなら、今の〈ヤマト〉は半分もが戦闘不能ということに。

 

結城は言う。「はい。ただし大半が軽傷です。止血して戦闘服の穴をふさげばすぐ持ち場に戻れる程度。すでにもう百人くらいは戻っていると思います」

 

「ならいいけど……」

 

「それと、水に全身が浸かってしまった者達ですね。まだみんなガチガチ震えているとこですが、もう少しすればたぶんいくらか……」

 

「そう」

 

と言った。〈ヤマト〉において戦闘中に負傷者が多く出た場合、重傷者は医務員に任せて、すぐに持ち場に戻れるだろう軽傷の者を結城のような船務科員が手当することになっている。ほっといてもまず死なないが持ち場に戻れもしないだろう〈中傷者〉は後回しということだ。その手順に従ってるということだが、

 

「にしても、こんなにケガ人が……」

 

「はい。それで船務長、ひとつ問題が」

 

「何?」

 

「血です」と言った。「『輸血用の血液が底を尽いた』と医務員から……」



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オーブン

どこもかしこもビッシリと霜に覆われ氷柱(つらら)さえ伸びてきている今の〈ヤマト〉艦内で、医務室の他にもうひとつ、寒さなどまるで感じぬ場所がある。メインとサブのエンジン区画だ。暖房など入ってないのにむしろ暑いくらいだった。当然のようではあるが当然ではない。

 

藪は、グッタリとなっている先輩機関員を肩に(かつ)いでエンジン区画を出た。機関室の中は今、途轍もない暑さ――いや、〈熱さ〉になってしまっている。消防服の温度計に眼をやれば、その目盛りは摂氏180度を示していた。

 

これは、エンジン区画内が、ひとつの巨大なパン焼き窯になってしまっている状態だ。今、パン種をこねて丸めて鉄板に並べ、機関室の床に置いてやったなら、十五分後にロールパンでもメロンパンでもこんがりふっくら焼けて出来上がることだろう。

 

エンジンの内部が熱いのは当然として、その周りで機関科員が働く区画は冷房されていなければならない。だがその装置がいま正常な機能を失っているのだった。結果として今の機関区はパン焼きオーブン。

 

ところが、しかしそのエンジン区画を一歩出たなら船の中は霜で真っ白。藪は救け出してきた先輩を床に寝かせた。フライパンに肉でも置いてやったようなジューッという音がして、白い湯気が立ち上る。

 

先輩は言った。「すまん」

 

「いいえ」

 

と応える。宇宙軍艦の戦闘服はかなりの高温に(され)されても着る者を護るように造られている――実際、摂氏二百度程度の熱に耐えられぬようならば宇宙服として役に立たない――とは言え、〈命を護る〉と言うのと、〈働けられるようにする〉と言うのは話がまったく別だ。

 

けれど藪が着ているのは、八百度の熱にも耐える特製の消防服だった。オーブンと化した今の機関室内を歩いてまったくなんともない。

 

全身銀ピカで顔の前のバイザーまでミラーコートされている。こちらから相手の顔は見えるけれど、相手の眼に映るのは丸く歪んだ己の顔だ。

 

通路には、その先輩と同じように動けなくなってしまった機関科員が何人も。黄色や緑のコードを着けた船外服の者達が彼らを担架に載せて医務室へと運んで行く。

 

それを見送り、なんてことだと藪は思った。冷凍庫と化した今の〈ヤマト〉艦内では誰もが宇宙船外服で寒さから身を守っている。ところが、機関区ではそんなものは不要と考え、誰も着替えてはいなかったのだ。それで寒さにはやられなかったが、しかし温度が急上昇してみんな暑さにやられてしまった――。

 

〈ヤマト計画〉に前から関わり、訓練を重ねてこの機関区に精通した者達が、みんな倒れてしまったのだ。この区画でいま動ける人間は――。

 

おれだけ? そんな。しかし他に誰もいない。唸りを上げる巨大な波動エンジンを藪は途方に暮れる思いで見上げた。温度計の針はジワジワと目盛りを上げて摂氏190度に届こうとしている。



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炉の暴走

「機関員がみんな倒れた?」

 

第一艦橋で徳川が言った。普段は寡黙なこの老人が思わず張り上げた声に、他の誰もがギョッとして機関長席を振り返った。

 

「うむ……そうか……いや……わかった……」

 

と、しばらく徳川は、インターカムにそのような受け応えをして通話を切る。

 

すぐさま新見が向かって聞いた。「どういうことです? 何があったんですか?」

 

「それが」と徳川。「機関区が冷房できずに温度が上がってしまっとるそうだ。このままいくと二百度を超えてしまうほどになっとる、と……」

 

「え? それって……」

 

新見が言う。しかし彼女は戦術が専門でエンジンのことまでよくは知らない。首をひねって、

 

「どういうこと?」

 

それは真田が知っていた。「おしまいだ」と新見に言った。それから沖田に眼を向ける。

 

「機関区の温度が上がると、電子機器が熱にやられてしまいます。するとエンジンの制御ができず、炉が暴走を始めてしまう。イスカンダルにもらった〈コア〉がどうにもならなくなると……」

 

と、そこで言葉を切った。その先をどう説明しようかと考えたところで相原が、

 

「え? ちょっと待ってください。『炉が暴走するおそれはない』と前に聞いた気がしますが」

 

「そうだ」と言った。「しかし正確に言うと、『たとえ暴走したとしてもすぐ自動的に停止する』――そう説明したはずだ。大昔のウラン原子炉などと違い、炉にいったん納めた〈コア〉は重大事故は起こさない。原理的にそうなっている」

 

「はあ」と言った。「本当に?」

 

「ああ。使い捨てカイロみたいにな。〈コア〉は安全そのものだ――だが、そこが問題なんだ」

 

「そう」と徳川が後を継いで、「炉の制御ができなくなれば、〈コア〉の〈火〉は自然に消える。しかしその後、なんの役にも立たなくなる。〈燃料〉がどれだけ残っていようとも、それに再び〈火〉を点けることはできなくなるんだ」

 

まさに使い捨てカイロのように、ひとつの〈コア〉は一度消えたらもうそれまで。また相原が、「それじゃ、波動エンジンは……」

 

「そうだ。〈コア〉を取り替えない限り動かん。そして予備の〈コア〉はない。〈ヤマト〉のメインエンジンはここで死ぬことになるんだ」

 

「そんな……」

 

と相原。次いで南部が、

 

「なんとかならないんですか?」

 

「ならんこともないだろうが……」と徳川が言う。「機関区の作業区画は人が仕事できるように普段は冷房されている。その冷房ができなくなってしまっとるんじゃよ。艦内の他の区画が暖房できんのと真逆にな。艦内みんな冷凍庫になっているのに機関区の中はオーブン……」

 

「そんな」と今度は島が言った。「けど、大体が、エンジン熱を循環させて艦全体を暖房する仕組みなんでしょ? だったら医務室だけでなく他に熱をまわしてやれば……」

 

「理屈じゃそうなりそうだけどそう単純なものではないんだ。今の〈ヤマト〉は熱交換システムがまともに動く状態じゃない」

 

「はあ……」とまた島。

 

真田は自分のコンソールに機関区のデータを出して、徳川が述べた話を確認してみた。なるほど徳川は、そうなることを承知でいて今までなんとか抑えようと努力していたことがわかる。真田には理屈はわかるが徳川のような技倆はないのでとても真似のできない仕事だ。徳川の腕を信じて任すしかない。

 

だがどうする、と真田は思った。メインの波動エンジンが〈死んで〉しまったらもう〈ヤマト〉は――終わりだ。どうする。どうすればいい。

 

――と、そこで沖田が言った。「機関長。今さっき、『なんとかならんこともない』と言ったな。どういう意味だ」

 

「うむ」と徳川。「倒れた機関員達だが、みな症状はたいしたことなさそうだ。じき働けるようになるはずとは思う。だからその時間をくれれば……」

 

「間に合うのか?」

 

「それが……健在の人員がひとりいることはいるんだが……」

 

「ひとり? ひとりでどうにかなるのか」

 

「無理だと思う。名前を藪と言うんだが」

 

「ヤブ?」

 

と、そこで真田は言った。その名前には聞き覚えがある気がした。真田は〈ヤマト〉の主な乗員の顔と名前はそらんじている。発進前の数ヶ月間、船の内部を隅から隅まで駆けずり回っていたのであり、発進後もまた副長兼技師長としてやはりそうしていたのだから。これについては誰よりも上だろうと自負(じふ)していた。

 

しかし妙だな。そんな名前、〈主な乗員〉の中にあったか? ヤブという人間の顔はすぐに浮かばなかった。その名前はどこかで聞いたようでもあるが……ええと、機関員と言えば……。

 

「あ!」思い出した。「それって、あの発進のときの!」

 

「そうだ。あいつだ。覚えとるだろう。消防服を着とるおかげで熱の問題はないんだが……」

 

「彼は補充で入ってきた人間でしょう。他に誰もいないんですか?」

 

「だから、熱にやられてしまった。いま動けるのはあいつだけだ」

 

「ど、どうすりゃいいんですか?」

 

そこで沖田が、「うん。どうすりゃいいと言うんだ」

 

「そうだな」と徳川。「だから他の者が回復するまで、藪ひとりでエンジンをもたせる。それしかないということになるが……」



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ドアを開けると

有刺鉄線。

 

宇都宮がドアを開けると、その向こうに待っていたのは有刺鉄線だった。恐れていた爆発でも、銃を持った十人の敵でも、火炎放射でもなんでもない。ただ、トゲ付きの針金が、戸口の向こうに張り渡されて、人が中に入り込めぬようにしている。

 

「こんなの、さっき通ったときはなかったのに……」

 

と宇都宮が言う。敷井はそうだろうなと思った。これでは外から中に入れないだけでなく、中から外に出ようもない。これがあったら彼が外に逃げられるはずもないことだ。

 

しかし、と思った。鉄線は――もっとも、素材は鉄でなくてマグネシウムのようだが――『張られている』と言うよりも、大きなバネをそこに噛ませただけのような感じに見えた。つまり、直径1メートルほどのドラムに巻かれていたのだろうトゲ線の押さえを外せばビョーンと伸びて螺旋巻きの円筒になる。それを柱と柱の間に置けば、バネの力であっという間にトゲトゲの鉄条網の出来上がり。

 

ものの一分で設置できる、実に簡略なシロモノだ。おそらくこれと同じものが、変電所の正面にも幾重にも張り巡らされ、銃剣突撃する者達の行く手を(はば)んでいるのだろう。

 

しかしあくまで、機銃弾幕や火炎放射、スナイパーの狙撃があるからより厄介な障害となる。それがなければこんなもの、斬ってしまえばいいだけの話だ。無論、コイルに巻かれているから、ペンチなどで迂闊に斬ればビュンと撥ねて危険が危ないものでもあろうが。

 

「これだけで、他になんにもなしか」

 

大平が言った。戸口の向こうからマシンガンでダダダと撃ってくるのであれば、これの切断は不可能に近い。だが、そんなことはなかった。行く手に人影はなく、変電設備の一部らしい機械が並んでいるばかり。なるほど、この戸口を抜ければ変電所の中らしい。

 

有刺線はピカピカで、埃はまったく被っていない。宇都宮の脱出の後で、それと気づいて設置したのか? が、それにしても、もうこれで中から外へ出ることも外から中に入ることもできないと考えるのはあまりにも――。

 

などと敷井が考えていたときだった。

 

「待て!」

 

と熊田がひそめた声で鋭く言った。有刺線のトゲとトゲの間の部分に触ろうとしていた大平が手を引っ込める。

 

「見てろ」

 

と熊田はビーム・カービン銃の先を前に突き出した。銃剣がそこに取り付けられている。熊田は刃をトゲ線に近づけた。

 

――と、バチッという音とともに火花が散った。刃が針金に触れるか触れぬかと言うときだ。マグネシウムの燃焼による強い閃光。

 

熊田は言った。「高圧電流だ」



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波動砲でカロンを撃てば

「斎藤だ!」と真田は言った。「あいつを機関区に行かせましょう。ウチのメカニックどもならば、エンジンのこともなんとかわかるはずです。機械に強い者を何人か送ってやれば……」

 

徳川が頷く。「藪ひとりよりはいいだろうな」

 

「わたしの部下が着ているのは、耐スペースデブリの強化船外作業服です。かなりの熱にも耐えられる」

 

それでなんとか、機関科員が回復するまで、炉の暴走を食い止められるかもしれない。斎藤とその部下どもは今までケガ人の救助にあたっていたようだが、もう医務室に運ぶべき者はみんな運んでいるはずだ。〈ヤマト〉が海に潜った後に新たなケガ人は出ていないわけだから――悪いがあいつに次の仕事をやってもらうときと言うことなのかもしれないと真田は思った。

 

「いいだろう」と沖田が言う。それから、「相原、わしの命令としてくれ」

 

「はい」と言って相原が真田の方を向いて聞いた。「斎藤副技師長でよろしいですね」

 

「ああ」

 

斎藤が呼び出され、『機関区へ行け』との指示が伝えられる。それが終わったところで、

 

「それで」と沖田が言った。「話を戻そう。真田君、〈魔女〉をどうするかだが」

 

「はあ」

 

「言っておくが、『波動砲でカロンを撃つ』というのはダメだぞ」

 

「はあ」

 

「君はさっきそう言ったが、この作戦で波動砲は使わない――決定事項と言ったはずだ。だがそれでも、一応聞くだけ聞くとしよう。波動砲でカロンを撃てばこの状況がどうにかなるのか?」

 

「はあ」

 

と言った。確かにほんの数分前、『波動砲でカロンを撃てば』とおれは言ったと真田は思った。言った途端にしかしこれは論外だ、おれは何をバカげたことを、と自分で思いもしたのだが、その後になんだかんだとあってそれきりとなっている。自分としてはそのまんま、なかったことにしたい話でもあるのだが。

 

「ええと……」

 

「なんだ。まさか考えなしに言ったわけではないだろうな」

 

「そういうわけではありません。ただ、充分に考えて言ったわけでもないのですが……確かに艦長のおっしゃる通り、今ここで波動砲は使えません。続けてワープできないと言うだけでなく、ここで撃てば敵に殺られる。カロンを撃つにはこの海から出ねばならず、出たら途端に上で待つ敵に砲撃を喰らってしまう。波動砲を撃とうとすれば準備中、船は無防備で応戦できない……これでは撃ちようもありません」

 

「そうだな」

 

「はい。ですから、これはダメだと知った上で一応説明するだけしますが、もしカロンを吹き飛ばせたら、対艦ビームを封じることができるはずです」

 

「そうなのか?」

 

「はい」と真田は言った。「〈ラグランジュ・ポイント〉です」



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人工血液

22世紀の科学技術はほぼ完璧な性能を持つものと言える医療用人工血液を開発していた。赤血球をO型にしてあるのでほぼ誰にでも輸血することができ、血管の内側から傷をふさいで出血を止める力も自然の血液より強い。容器に詰めて長期保存もできるので、あなたの手足が事故でもげても輸血液の心配はたぶんしなくて大丈夫だ。

 

〈ヤマト〉のクルーは全員が適合検査にパスしており、この〈血〉が身体に入っても問題がないと確認されていた。もちろん〈ヤマト〉艦内のラボで製造することができ、昨日も青コード服の技術科員がトマトケチャップ屋でも開いたようにして、〈B-76〉と呼ばれるそれをセッセと作って積み上げていた。

 

必要と考えられる最大限の量を用意していたのだ。これ以上に血が必要になることはない。そうなる前に船は沈むか、乗組員はみんな死んでどうせ輸血のしようなどなくなっている――そう船務科は想定していた。

 

しかし今、その血液がなくなっている。医務室は使い切ったトマトケチャップの容器のようなポリパックで一杯だった。

 

「これほどのケガ人が出るのは予想の範囲外だったんです」

 

森に向かってひとりの医務員が言った。その彼もまた血まみれで、袖や裾から血をポタポタと垂らしている。

 

「普通はこんなになる前に船は沈められているはず……こんな状況は聞いたこともない」

 

「それは敵が……」

 

「ええ。わかってるんですが」

 

敵は〈ヤマト〉の乗員を、殺すよりも多くをケガさせることで戦えなくする作戦を取った。罠に見事に(はま)ったために、医務室は今ケガ人が溢れ、床は血の海となっている。

 

ケガ人には当然輸血が必要だ。想定を大きく超える量が使われることとなった。そしてもうじき尽きようとしている――。

 

「新しく作れないの?」

 

「無理ですよ」と横から結城が言った。「ラボだって今は冷凍庫なんですから。それに、もし作れたとしてもそんな急に……」

 

「ええ」と医務員。「だいたい、昨日に材料をあるだけ使い切ったそうです。だから、材料の下準備から始めなければならないはず……」

 

「ううう」

 

「血が足りません。今ある分だけではとても全部のケガ人を救けられない。何十人も死なせることになってしまうかも……」

 

「そうなったら……」

 

と結城が言った。そうだ。もちろんわかっていると森は思った。〈ヤマト〉は乗員の補充ができない。ここで勝っても地球にいったん帰還して死んだ者の代わりを乗せるというわけにいかない。生き残った人間だけでマゼランへの旅を始めねばならないのだ。

 

ゆえに、ここで救けられるのに救けられない者などひとりも出してはならない。戦いの場でクルーの命を護るのも船務科員の務めであり、森はその長なのだった。この状況をどうすればいい?

 

考えた。その途端になぜかふと、古代進の顔が頭に思い浮かんだ。え?と思う。何よ急に――考えながら結城を見る。この子が前にいるからかなと森は思った。

 

結城と顔を合わせるのは作戦前に古代を起こしに行かせる役をあてがったとき以来だ。古代に状況を説明し〈タイガー〉の格納庫まで連れて行く。ただそれだけの役なのに、新人女優が劇団の運命背負った大役でも押し付けられたような顔して『ハイ』と頷いていた。

 

まあ無理もない。起こす相手があれじゃあ――しかし、結果どうだったろう。森はワープの三十秒前、艦橋のメインスクリーンを見上げて眼にした光景を思い出してみた。タイガー戦闘機格納庫で、その場にいた他の船務科員らと共に、『おれは生きて帰る』と叫んでいた結城の顔。

 

あれは古代の力だった。だが、と思う。何よ、と思う。あなたがあれをやれたのだって、この結城と、わたし達船務科員のおかげなのよ。あなたなんかいつもたまたま目立つとき目立つところにいるだけじゃないの。

 

血が足りない。重傷者を救けられない。それでは後の航海もできない。どうする――。

 

「できることから始めましょう」森は言った。「人から血を採り、輸血することもできるのよね?」

 

医務員が応える。「ええもちろん。イザというときの用意はあります」

 

「じゃあまず、あたしから採って」

 

「船務長から?」と結城が言う。

 

「そうよ。当たり前でしょう? 血を採りながらどうするかを考えるのよ」



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荊棘の刑台

「この仕掛けは、外からの侵入者を防ぐためのもんじゃないな。中の者を逃げさせないためのものだ」

 

と尾有が言った。宇都宮がそれに応えて、

 

「つまり、またぼくみたいなのが脱出するのを防ぐってこと?」

 

「うーん、まあ、それもあるかもしれないが……」

 

とまた尾有。高圧電流付きの鉄条網をざっと調べてみた結果、言った言葉がそれだったのだが、敷井にもどういう意味かわからなかった。変電所に外から入ろうとする者を防ぐのではなく、中から逃げるのを防ぐだと? しかも、宇都宮のような職員ではないとすると?

 

ともかく、これでは変電所の中に入れはしなかった。敷井達は内部設備を前にしながら戸口で足止めを喰っていた。鉄条網を排除しなければ通れない。電流をどうにかしないとこのトゲ線をどうにかできない。

 

尾有が言う。「さっきまで、このトゲ線はなかったんだろ。ここにただ置いて電気を流しただけ。えらく簡単な仕掛けだから囮かと思ったけれど、そういうわけでもなさそうだ。これはトーシロの仕事だよ」

 

流山が、「かもな。大体、〈石崎の(しもべ)〉なんて……」

 

「ああ。いつだってやることは杜撰(ずさん)だろ。プロの仕事ができる人間の集まりじゃない」

 

「それで? 何が言いたいんだ」

 

「だから石崎を信じてて、死んでも後で石崎が生き返らせてくれると信じてんだろ。それで『先生万歳』と叫んで今日ここで死ぬ……」

 

「うん」

 

「とは言ってもだ。そんなの、さすがに絶対ってことはないんじゃないかな。イザとなったら怖気(おじけ)づいて逃げようとするやつも出る」

 

「ああ」

 

と流山が言った。続いて、「うん」「そうだな」と何人かが頷く。

 

「これはそんな人間の脱走を防ぐためのもんだよ。けど逆に、石崎自身はここから逃げる。あいつだけは側近を連れてここから脱出するんだ。石崎が通るときだけ電流を切って、下っ端はここに置き去り」

 

「『ワタシの盾で死ねるのならば本望だろう』と……」

 

「そう、そういうことだ」

 

「ふうん、そんなとこかもしれんな」

 

流山が言うと皆が頷いた。確かに石崎という男は、やることがいつもそんな調子であることが広く一般に知られている。自分を信じてついてくる者を見捨ててひとりだけ逃げる。それを何度繰り返しても、なぜか進んで借金の保証人になる者がいる。信じちゃいけない人間を信じちゃいけないとわからないのか。

 

「石崎だけの脱出口か」足立が仕掛けを見ながら言った。「こんなの確保しておいても、今度ばかりは逃げられると思えないが」

 

「だろうね」

 

と尾有。そうだろうと敷井も思った。歴史上の独裁者は最後に多くが役に立たない脱出口に飛び込んだ挙句にはまって出られなくなる。それが末路だ。石崎も、もしも本当にここから逃げようとしたならば、この荊棘(いばら)に自分で絡まり電気で焼かれて死ぬのがオチなのではないか。

 

そのように思えた。あの男にはそれが最もふさわしい最後であるような気もする。

 

「まあともかく、線を斬って電流を止めたら、たぶんドカンと爆発だろうな。ほら、そこに箱があるだろ」

 

尾有は言って戸口の向こうにあるものを示した。金属製の手提げトランクのようなものだ。床に置かれたそれから電気のケーブルが伸びて、鉄条網に繋がっている。

 

「あれだ。あれが爆弾だ。あれをどうにかしなけりゃドカーン」

 

流山が言う。「どうするんだよ。何か手はあるのか」

 

「さて……」と尾有は言った。



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ラグランジュ・ポイント

カタカナ語辞典で【ラグランジュ・ポイント】という語を引くと、このように記されているのを読んで正しく理解できるようになっている。《フランスの数学者ラグランジュ(1736-1813)の解析によって明らかにされた、宇宙空間を運動するふたつの天体の相互の位置が決定している場合にその二天体に対する第三の天体の軌道を安定させる点。たとえば月と地球のラグランジュ・ポイントは五つあるが、うちふたつは月と地球と正三角形を成す完全な安定点で、この位置に宇宙ステーションを建設したとすれば月と地球と常に一定の位置関係を維持させることができる》うんぬん。

 

「それがなんです?」

 

と新見が言った。ややこしい定義はともかく、宇宙時代に〈ラグランジュ・ポイント〉と言えば誰でも学校の理科の時間に習いはする言葉だった。小学生を理科嫌いにさせるような言葉だった。うん、まあ、宇宙にそういう点があるのはなんとなくわかる。特に〈ポイント1〉はわかる。けれども先生、〈2・3・4・5〉が、全然わかんないんですけど。なんでどうしてスペースコロニーを置くならそこになるんですか?

 

『まあとにかく覚えときなさい。君らが大人になる頃には、ここでスペースコロニーが建設されるかもしれないから』

 

20世紀の昔から、宇宙が舞台のSF小説などではよく使われていた言葉だ。月の裏側の〈ポイント2〉にあるスペースコロニーが地球に独立戦争を挑み、手始めにそこが最も安定していて一度置いたらもう決して動かないと言われた〈ポイント4〉と〈5〉にあるコロニーを地球に落とす。地球はこれに対抗するため、〈2〉とは真逆の〈ポイント3〉にあるコロニーで秘密兵器を開発する――なんて具合に。〈ポイント1〉は地球と月の中間の、ふたつの星の引力がちょうど釣り合う場所である。

 

「だからつまり」と真田は言った。「冥王星にはカロンがある。母星に対してあまりに大きな衛星なために、互いに互いをまわり合うような関係になっている。当然、この星で人工衛星を飛ばしたら、軌道はカロンの引力のために乱れたものになってしまう」

 

「そりゃまあ」

 

「だろう。しかしやつらは衛星を三つも四つも鏡にして〈ヤマト〉を狙い撃ってきた――妙だとは思わないか? これはかなり複雑な計算を要する狙撃なはずだ。歪んだ台でビリヤードをやるようなもの……」

 

「そうか、確かに」

 

と南部が言った。砲雷士だけに理解が早いらしい。

 

「それで、ラグランジュ・ポイント……」

 

「そうだ。カロンと冥王星は、当然ラグランジュ・ポイントを作る。そこに置かれた物体は、ふたつの星に対して同じ位置を維持する。ならば鏡の衛星は、きっとそこにあるはずだ。とにかく、最初の衛星はな。ビームはまずラグランジュ・ポイントの衛星を狙い、次の衛星に反射する……」

 

「ははあ」と新見。「それじゃ、さっき『波動砲でカロンを撃てば』と言ったのは……」

 

「そう。重力の均衡点を無くせという意味だったんだよ。今、カロンが無くなれば、敵の衛星はまともに位置を保てなくなる。鏡を使って〈ヤマト〉を狙い撃つのは不能と言いたかったんだ」

 

あいにく、実行不能なわけだが――真田は思った。とにかく、ラグランジュ・ポイントだ。衛星がそこにあるのはまず間違いのないところだ。昔、ガミラスが来る前にスペースコロニー計画を提唱していた役人や政治家は言っていた。スペースコロニーは安全です。決して地球に落ちません。なぜなら、それを我々は〈ラグランジュ・ポイント4〉と〈5〉に建設するからです。このふたつは地球と月の引力が宇宙に作る笑窪(えくぼ)のようなものでありまして、一度そこに納まったものはピタリ完全に固定され、決して動かないのです。ゆえにコロニーが軌道を外れて落ちる心配などと言うのは、まさに〈杞憂(きゆう)〉と呼ぶべきもの――。

 

理屈としてはその通りだ。それがあまりに巨大に過ぎる構造物でないのなら、真田も『万一』などと言わない。しかし人類が住む圏には、地球と月と太陽の引力の他にもうひとつ、別の力が働いている。

 

カネの力だ。人はお金の力で動く。だからスペースコロニーも、カネの力で動くだろう。一千人の弁護士が悪人どもをかばいたて、決して許してならない者を無罪とする日が来るだろう。そのときスペースコロニーはいとも容易(たやす)く重力の窪みの縁を越えるだろう。地球に落ちて十億人が死ぬときに、金持ちだけが火星に逃げることだろう。

 

その日は必ず来るだろう。さして遠くもないだろう。たぶん、おれが生きてるうちにも――真田はそう考えていた。そうなる前に完全に破壊できる手段がないなら、宇宙に巨大建造物を浮かべることがあってはならない。

 

真田はそう考えていた。だからそのために波動砲を――が、それは別の話だ。今は〈ヤマト〉を笑う〈魔女〉を倒すことを考えなければならない。冥王星とカロンとは互いにまわり合っている。だから人工衛星はタマゴを転がしたような軌道を描く。ラグランジュ・ポイントならばグラつきはしないのだから、敵は必ずこれを利用していると見るべき。

 

波動砲でカロンをもし撃てたなら、敵は鏡の計算をまったくできなくなるはずなのだ。脚の折れたビリヤード台で玉を突くようなものになる。しかしそれができないとなれば?

 

「ラグランジュ・ポイントねえ」

 

太田が言って、メインスクリーンに冥王星の図を出した。《L1》《L2》《L3》……と、重力の均衡点が示される。

 

「どれです? まあ、〈2〉や〈3〉てことはないでしょう。〈1〉か〈4〉か〈5〉ですけど」

 

「〈1〉もないだろうな。〈4〉と〈5〉だ。その両方……」

 

「うーん」と太田。「それ、結構広いですよ。レーダーで見つけられますかね?」

 

南部も言う。「見つけられれば副砲で撃ってやれもするでしょうけど、どのみち海の上に出なけりゃ……」

 

さらに新見が、「敵も甘くないでしょう。そういうことなら、その衛星のまわりには、ダミーがいくつも浮かんでいると思います。ただの張りぼての飾りですね。百個もある囮のなかから、本物の(マト)を見つけて印を付けなきゃいけないことになるんじゃないかと」

 

島が言う。「いずれにしても、水に潜ったままじゃダメでしょ。けどいま出たら、殺られるだけ……」

 

「ふむ。今の〈ヤマト〉には無理……」と真田は言った。「しかし戦闘機ならどうだ?」



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温度差

宇宙では太陽の光が当たるところは温度が摂氏百度以上、日陰に入るとたちまちマイナス百度と言うのが日常である。ゆえに宇宙で着る服は、急激な温度変化に耐えられるよう造られている。

 

それにしても、今のこの温度変化は凄まじかった。斎藤は自分が着ている〈服〉が(きし)む音を立てるのを聞いた。耐スペースデブリ仕様の船外作業服であり、極低温にも高温にも耐えられるように造られてはいる。零下180度のタイタンでもこの服は自分の身を護ってくれた。

 

それに対して今の〈ヤマト〉の艦内気温は零下せいぜい20度ばかり。あれに比べればこんなもの……。

 

そう思っていたのだが、けれども今、歩いていくと陽炎(かげろう)が。エンジンルームの熱気によって空気がユラユラしているのが、冷気とぶつかり渦巻いて眼にはっきり見えるほどになっている。まるでそこで空間が歪んででもいるようだった。

 

「なんでえ、こりゃあ……」

 

斎藤は言った。『機械に強い部下を集めて機関室へ行け』、と言われてとにかくやって来たのだが、詳しいことは何も知らない。機関室がオーブンになって、機関員がみな倒れたと言うことくらいだ。

 

「とにかく中へ」

 

言ったけれども、抵抗を感じる。斎藤はこれまで宇宙冒険家として、太陽系宇宙の誰も見たことのない場所に進んで足を踏み入れてきた。金星の厚い雲の中に潜り、エウロパの深い海に潜り、火星の鍾乳洞を歩いた。そのどれもが恐ろしげで、入り口に人の立ち入りを拒む魔物がうずくまっているような気がした。

 

けれども今、ここで感じる抵抗はそのような心理的なものとは違った。単純に気圧の壁が前に立ちはだかっていて、身体を後ろに押し戻されそうになるのだ。

 

なんだなんだどうなってると思いながら部下と共に機関室の中に入る。するとそこに、全身が銀色のロボットみたいなものがいた。

 

すぐにわかった。以前、金星を探検したとき、自分もそれと同じようなものを身につけたのだ。超耐熱の防護服の(たぐい)だ。あれは金星の摂氏480度の環境で、自分の体を護ってくれた。それがあれと同じものなら、今この部屋の温度などなんとも感じないに違いない。

 

「なんでえ、人がいるじゃねえか」

 

斎藤が言うと、

 

「ああ、すいません、おれ、おれ、おれ……」

 

銀色の男が言った。ヘルメットのバイザーまでミラーコートされているので斎藤には顔が見えない。

 

しかしずいぶん頼りなげな感じだった。ひょっとしてその銀色の〈服〉を後ろ前に着ていやがって、おれがいま見ているのはこいつの背中じゃねえだろうなと思うくらいで、トイレを我慢してるみたいに手足をバタバタ動かしている。

 

「おれ、おれ、おれ、おれ、どうしていいかわかんなくって……」

 

「いやその、こっちが、どうすりゃいいかわかんないんだけど」

 

「おれおれおれおれ、おれひとりの手には負えないんですようっ!」

 

「うん」と言った。「そうだろうね」



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悪魔の血

採血用の太い針を見た瞬間に身がすくんだ。それが腕に刺されるとき、やめてと叫んで医務員を突き飛ばす衝動にかられた。歯を食いしばってそれに耐え、針が静脈を刺すのを見つめる。赤い血液がチューブを伝って出ていくのから森は眼が離せなかった。

 

バカね、このくらいが何よと思う。あのときのことを思い出しなさいよと自分の中の自分が言う。伸ばした腕には古い傷跡がある。この傷を縫われたときの記憶は今も鮮明だった。

 

あの日、森は医師の手が肌に針刺し糸を繰ってく光景を見ながら、隣の部屋で叫ぶ母の声を聞いていた。お願いだから輸血はしないで。他人の血をあたしの身体に入れないで、と母は泣いて叫んでいた。

 

無論、あの病院だって、救急用の輸血液は人工の〈B-76〉だったはずだ。医者も『これは人工ですよ』と母に繰り返し説明していた。しかし母は耳を貸さずに、嘘よ、他人の血なんでしょう、騙されないわよと(わめ)き続けた。

 

実際、あれだけの元気があれば、輸血の必要なんてそもそもなかっただろう。母の声を聞いたのはそれが最後だったから、どうなったのか知らないが。家に帰っても親はなく、代わりにいたのは『ここはもう君の家ではない』と告げる者達だった。それが親の〈協会〉の人間なのはひと目でわかった。そして、自分の親のような事をしでかした者がどうなるかと言うことも、森はよく知っていた。

 

教団から追放される。その子供も同罪だ。お前は悪魔だ、悪魔に取り憑かれたのだ、どこへなりとも立ち去るがいい! 地獄で永遠に焼かれてしまえ! そう叫んで追いたてられる。憐れみなどかけたなら自分も悪魔に取り憑かれると信じ切っている人間に何を言ったところで無駄だ。

 

森はそれをよく知っていた。人工血液がある現在、輸血禁止の戒律など意味ないはずだ。にもかかわらず、あの教団は昭和の頃から人に『なんで』と言われてきたその戒律を掲げている。輸血液は悪魔の血だ。その血を決して受けてはならぬ。

 

バカらしい――思いながらも、チューブの中の血を見つめずにいられなかった。自分は実は間違ったことをしているのではないか。そう思わずにいられない。その血はやはり悪魔の血で、別の体に取り憑こうとする寄生虫の卵のようなものが含まれているのじゃないか。それとも、実はいま自分は献血しているのでなくて輸血を受けてしまっている。わたしの体に本当の悪魔の血が入り込んでいるところなのでは、とか――。

 

そんな想いが頭をよぎる。イヤだ、この針を引き抜きたいという感情が湧き上がる。

 

しかしその一方で、それならそれでいいじゃないのと心の奥で笑っている別の自分がいる気もする。いいじゃないのよ、悪魔の血でも。それが他人に入るのであれ、わたしの体に入るのであれ。

 

いいじゃん、むしろその方が。あの親どもが神と呼ぶウザいだけの存在よりも、悪魔の方がずっとマトモで人のためになってるじゃん。ザマア見ろよね。今、あたし、人に献血しているのよ。この、人類の存続が成るかどうかの戦いの中でよ。あはは、本当にザマアミロだ。父さんと母さんに今のあたしを見せてやりたい。

 

三浦半島に遊星が落ちたあの日に父母が『献血献血』と叫んだ顔を思い出すと、頬が緩むのを森は抑えられなかった。ニヤニヤと笑っていると、

 

「船務長?」

 

声を掛けられた。結城が怪訝(けげん)面持(おもも)ちでこちらの顔を覗き込むようにしていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「え? あ、うん」

 

「針の具合が悪いとか……」

 

「え、いや、別に」

 

「ならいいですけど」と言った。「それ、やっぱりどうしてもダメって人いますよね。生理的に耐えられないって言うんでしょうか」

 

「うん、まあそうね。あはは」

 

「?」

 

「とにかく」と言った。「輸血液がなくなって、クルーから血を採らねばならなくなった場合のマニュアルはあったはずよね。まずそれを検討しましょう」

 

「はい。ええと……これかな」

 

タブレットを操作して森に手渡してきた。ざっと眼を走らせる。

 

「この通りにやるって言うわけにはいかない……こんな状況を想定してるわけじゃないんだから」

 

「まあそうでしょうね」

 

「でもとにかく、医務員から誰を血を採る作業にまわして、クルーの誰から血をもらっていくかの問題はあるわけでしょう。それはこいつを参考にして、現場で決めていけばいい。船の回復に追われていない者を把握して、そうでない要員から……」

 

いくつか決めて船内通話器で船務科室を呼び出した。副船務長に指示を出し、採血を終えたら自分もすぐに行くと告げる。

 

「で、次の問題は」と言った。「クルーのひとりひとりからあまり多くの血を採るわけにはいかないということよね。海を出た後〈ヤマト〉は敵の戦艦と戦わなければならない。そうするとまたケガ人が出るでしょうけど、献血で血を抜いてるクルーが負傷したならば……」

 

「その出血が命取りになりかねない」医務員が言った。「もう誰からも血を採れず誰にも輸血しようがない」

 

「つまり、これ以上ケガ人は出せない」結城が言った。「重傷者がこれ以上に出てしまったら、そのときは……」



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股の下

敷井はビーム・カービン銃の銃剣を外し、(ほうき)を持つように逆向きにして台尻を前に突き出した。伸縮式の肩当てはプラスチックで出来ている。一杯に伸ばしたそれを鉄条網の中に入れた。

 

バラトゲ線に接触させる。

 

ちょっとイヤな匂いのする煙が出たが、それ以上のことはなかった。敷井は銃の台尻を高く上げさせてみた。大きな輪に巻かれていたトゲ線が全体的に持ち上がり、その最も下の部分が床を離れる。

 

そうしてゆっくり4、50センチ上げてやった。

 

「こんなもんかな」と尾有が言った。「そうやってずっと持っていられるか?」

 

「どうかなあ。かなり腕が疲れそうだぞ」

 

それに、脚もだ、と敷井は思った。このトラップを抜ける方法として尾有が考えたのは、バカバカしいとも思えるほどに単純なものだった。トゲ線はバネ状のコイルに巻かれて置いてあるだけ。だから、全体を持ち上げてやれば床との間に隙間ができる。その隙間をひとりずつ、みんなで順に這って通り抜ければいい。

 

尾有が言う。「何人か通れば向こう側からもこの線を支えられる。だから頑張ってくれ」

 

「わかった。早くやってくれ」

 

「よし」

 

と言って、言い出しっぺの尾有がまず床に這いつくばる。股を広げて立つ敷井の脚の間を這って、その先のトゲ線の下をくぐろうというわけだ。知らない者がハタから見ればかなり珍妙な光景だろうなと敷井は思った。

 

尾有が床を這っていく。敷井としては股を広げて踏ん張る形を取り続けなければならず、また、そうしなければ銃の尻でトゲ線を上げ続けることができない。

 

コイル巻きのトゲ線はブワブワとした手応えだ。それを持ち上げ支えるのは、ある種の筋トレマシンを使って運動しているような感じだ。たちまち腕や腰が辛くなってくる。

 

手にはさっきの猿渡りによる痛みがまだ残っている。尾有が上半身を向こう側に出させたところでふと思った。もしも敵が今この瞬間を待ち構えていたとしたら、尾有はダダダと銃撃を受けて蜂の巣になってしまうのじゃないか。そしてこのおれもおしまいだ。

 

コイル巻きの線が揺れる。尾有はついに最後まで通り抜け、戸口の向こうで立ち上がった。銃を構えて周囲を見、それから高圧電流の制御装置に取り付く。

 

「どうだ?」

 

と足立が言った。尾有は応えて、

 

「やはりこいつは石崎だけが逃げるためのもんらしいな。暗証番号を押せば簡単に解除できる。でも番号がわからなきゃドカン」

 

「知ってるのは石崎だけか」

 

「そういうことだろう。迂闊(うかつ)にいじらん方がいい。おれがここで見張ってるから、早く全員で這い出るんだ」

 

「やれやれ」

 

と敷井は言った。二番手として熊田が床に這いつくばる。

 

大平が言う。「道具がありゃあなあ。こんなことしなくても、バイパス作って電流逃がせばペンチでこんなの斬ってやれるぜ」

 

「次は持ってきてくれ」

 

「そうする」

 

――と、その時だった。敷井は手にガクンという衝撃を感じた。トゲ線がビーンと弦を(はじ)くような音を鳴らす。

 

「わっ」

 

と言った。見ればトゲ線が銃の台尻から離れそうになっていた。電流の熱がジワジワとプラスチックを溶かしていたのだ。かろうじてトゲが一本ひっかかっているけれど、それも今にもプラを溶かして抜け落ちんばかり。

 

「わっ、わっ、わっ」

 

また言った。他の者らも気がついて、ギョッとした顔をしたけれども、しかし手を出す者はいない。

 

当然だ。これは誰にもすぐ手が貸せるような状況ではなかった。ヘタをすればトゲ線を弾いてしまうかもしれない。

 

そうなったら、今、この下を這い進んでいる熊田はオダブツ――。

 

「急げ!」

 

と流山が言った。そうだ。そう叫ぶしかなかった。ここは熊田にすぐ戸口を這い抜けさせる以外にない。

 

だが、『急げ』と言ったところで――。

 

火花が弾けた。熊田だ。急ぐあまりに身を浮かせて、背中を上げてしまったのだ。トゲ線にもう少しで接触しかけ、電流がショートしたのだった。

 

幸い、トゲにひっかかることはなかった。刺さっていたら、確実に死ぬ。熊田はどうやらまだ命はあるようだった。

 

が、今の電撃で、かなりダメージを受けたらしい。床を這って進めずにいる。力を手足に込められないのだ。

 

それがわかった。敷井は銃の台尻を見た。トゲはもう今にも抜けそう。

 

「急げ!」叫んだ。「引っ張り出すんだよ、早く!」

 

「あ、ああ」

 

と言って尾有が熊田の襟首を掴んだ。そうして身を引きずって戸口を抜けさせそうとする。

 

「早く!」

 

敷井は言い続けるしかない。後ろでも仲間達が熊田の両脚を押して先へ送ろうとしているのがわかる。

 

トゲ線のトゲはとうとうプラを溶かして引っこ抜けた。ジャーンという音を立てて床にブチ当たる。

 

間に合った。熊田の体はホンの一瞬前に戸口を通り抜けていた。トゲ線があちらこちらでぶつかり合ってバチバチと放電の火花を散らす。

 

みんなしばらく何も言えなくなっていた。敷井以外の全員が床にへたり込んでいた。敷井だって座り込んでしまいたかった。

 

その中でひとり熊田が身を起こす。まだ電流が効いてるようだが、

 

「大丈夫ですか」

 

宇都宮が言った。熊田は「ああ」と応えてそれから、

 

「大丈夫だよ」

 

言ったときだった。その体がまた電流を受けたようにビクンと跳ねた。

 

電流ではない。銃撃だ。フルオートのライフル射撃だった。ダダダという銃声と共に飛んできたタマに熊田は撃たれたのだ。

 

変電所の奥。機械が並ぶ通路の向こうに銃を構えた者がいた。「いたぞ! こっちだ!」と、仲間に呼び掛けたものらしい声を発して尾有めがけて銃を撃つ。〈AK〉のものだとわかる聞き慣れた銃声。

 

ドタドタという音も聞こえた。男の呼び掛けに応じて仲間が駆けつけてくる足音だろう。数は三人かそれ以上。

 

〈石崎の(しもべ)〉に違いなかった。敷井達の侵入は気づかれていたのだ。

 

戸口の向こうで尾有の顔が恐怖に歪むのが敷井に見えた。高圧線があるためにもうこちらには戻れない。敷井達も救けに出れない。そこにいれば殺られてしまう。

 

そして、尾有が殺されたなら、おれ達も――どうする、どうすればいい? 敷井は思った。しかしただ、何もできずに鉄条網の向こうを見つめて立ちすくんでいるしかなかった。



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電文

アラームが鳴る。通信機だ。〈ヤマト〉がこちらに何か伝えてきたらしい。光が点滅しているボタンを古代は押してみた。

 

ディスプレイにごく短い文が出た。

 

《ヤエ、ヨノナカ》

 

「なんだ?」

 

と言った。〈糸電話〉で山本を呼ぶ。応答が来た。

 

『こちらでも受信しました。ヤエ、ヨノナカ』

 

「どういう意味だ?」

 

『かるたでしょう。さっきの暗号が通じたんですよ。わたし達に何かやれと言ってきたんです』

 

「そりゃわかるけど……でも、『やえ』はわかるにしても『よのなか』って……」

 

『ええ。これじゃ取れませんよね。どっちだかわからない』

 

「だよな」と言った。「これで何しろってんだ?」

 

 

 

   *

 

 

 

「本当にこれで古代に通じるのか?」

 

真田が言うと、島は困った表情になった。うーんと(うな)って隣の席の南部を見やる。南部は自分のすぐ前の窓の霜を拭いて向こうを眺めやっていた。そのようすを島は(いぶか)しげに見てから、

 

「でもまあ『やえ』はともかくとして、『よのなか』と言えば意味はひとつだと思うんですよ。古代なら……」

 

「うーん」

 

と、真田の方が唸らされた。島の口調はてんで自信がありそうにない。

 

そこに新見が、「通じたとして、どうなんでしょう。〈ゼロ〉で衛星は墜とせませんよね?」

 

「うーん」

 

とまた真田は唸った。自分は戦術は素人だ。そんなこと言われても、新見にはこう返すしかない。

 

「そうなの?」

 

「ええ。低軌道ならともかく、〈L5〉となると星から離れ過ぎていて〈ゼロ〉のビームは届きません。〈ヤマト〉の副砲くらいの威力がないと破壊不能でしょう」

 

「それはわかる。けれど〈ゼロ〉なら、スピードにモノを言わせてポイントまですぐ辿り着けるんじゃないのか」

 

「ええ。けれどこの星でそれをやるのは無理でしょう。対空砲火の弾幕にモロに突っ込むことになります。敵はすぐ、〈ゼロ〉がやろうとしていることに気づくはずですからね。〈ゼロ〉が進んでいる先に砲火が集中することになる」

 

「うん」

 

と南部が窓を見ながら頷いて言った。この男は砲雷術の専門家だ。古代が新見が言う通りのことをするのなら、自分であればわけなく墜とせるとでもいう自信がありそうな口調だった。それにしてもさっきから、この男は何をチラチラ、窓の外を気にした顔で見ているのだか。

 

「それに、ラグランジュ・ポイントには、いくつもダミーのカガミ衛星があるはずなんでしょ。その中から本物の〈鏡〉を見つけるなんて……」

 

「まあな」

 

「けど、なんで〈4〉ではなくて〈5〉なんです? 副長は〈4〉と〈5〉の両方に〈鏡〉があるはずと考えてるんですよね?」

 

「それか。なら簡単なことだ。敵は〈4〉と〈5〉、両方にあるラグランジュ・ポイントの衛星を一度に(かなめ)の〈鏡〉として使うことはできない。ビーム砲台がこの星の北極か南極のどちらかにあると言うなら話は別だが、それも絶対にないことだからな」

 

「は?」

 

「あるいは、砲台のある場所が、たまたま両方のポイントを狙える時刻と言うこともあるが、それもまずないだろう。今やつらが使っているのは〈L5〉の方だ。だから古代がそれに気づいて向かってくれれば……」



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決まり字

《ヤエ、ヨノナカ》の電文は、古代と山本だけでなく航空隊の全機が受け取っていた。タイガー乗りのひとりが〈糸電話〉で言ってきた。

 

『「やえ」は何を言っているのかわかりません。重要なのは「よのなか」の方じゃないですかね』

 

「え? だって」古代は言った。「これじゃどっちだかわかんないじゃん」

 

『〈よのなか・わ〉と〈よのなか・よ〉』

 

「そう」

 

と言った。百人一首に、『世の中』で始まる歌はふたつある。四音目までを耳で聞いてもどちらを取ればいいかわからない――いや、これが競技なら、そこで次に詠まれる音が『わ』なのか『よ』なのか不思議とわかる、なんてこともあるのだが、今〈ヤマト〉から送られてきた文では勘など働かない。〈世の中は〉の歌なのか〈世の中よ〉の歌なのか、これでは知りようがないではないか。

 

『だから』と隊員。『これは、歌のことではないんですよ。「よのなか」が意味しているのは、〈五字決まり〉ってことじゃないかな』

 

『ああ』と別の誰かがナルホドと頷く調子の声で言った。

 

だが、古代にはわからなかった。「五字決まり?」

 

『ですから……』

 

「五字決まりはわかる」

 

と言った。百人一首の早取りで〈五字決まり〉と言えば確かに〈世の中〉だ。『よ・の・な・か』の四音までではどちらの札を取るべきなのかわからぬが、次の五音目で取る札がわかる。それが〈五字決まり〉である。競技かるたに〈一字決まり〉に〈二字決まり〉、〈三字〉に〈四字〉に〈六字決まり〉の歌はたくさんあるのだが、しかし〈五字決まり〉の歌は『世の中は』と『世の中よ』の二首ひと組しか存在しない。

 

なるほど、〈ヨノナカ〉は〈五字決まり〉――その考えはわからなくない。だがしかし、

 

「五字決まりだとなんなんだ?」

 

『さあ。それはわかりませんが』

 

「じゃあなんにもならねえじゃんかよ」

 

『ちょっと待って』と別の隊員。『さっきの〈ココロア〉が通じたからそれを送ってきたんでしょう? 敵のビームについて何かを伝えてきたと言うことでは?』

 

「そりゃそうだろうな」

 

『〈ヤマト〉は何か突き止めたんだ。でも全部はわかっていない。砲台がどこにあるのかわかったならばそんな暗号を使わずに、通信制限を解いて座標を送ってくるでしょう。で、行って叩けばいいんだ」

 

「そうなるのかな」

 

『砲台の位置までまだわからない。だが何かがわかったからそれを我々に伝えてきた。その暗号が示すところへおれ達に行けということだ。基地よりもまず、今は砲台。「やえ」で〈五字決まり〉と言えば――』

 

「『やえ』ねえ」と言った。「やえむぐら――」

 

『隊長』と加藤の声がした。『それだ』

 

「あん?」

 

『「むぐら」だよ。むぐらの〈五〉』

 

「へ?」

 

『ラグランジュ・ポイントだ』加藤は言った。『〈ヤマト〉は衛星がいる場所をおれ達に伝えてきたんだ。カガミ衛星があるのは〈ラグランジュ・ポイント5〉で決まり!』



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静止軌道

新見が言う。「『よのなか』が〈五字決まり〉だと言うのはともかく、『やえ』が〈むぐら〉でムグランジュ・ポイントと言うのはかなり苦しいんじゃないかと思うんですが……」

 

「しょうがないだろ。他になかったんだから」島が応えて、「34人もいるんだから、ひとりくらい気がつくだろ。敵が〈L5〉のポイントを使ってるって意味だとくらい。一度そこに思い至れば……」

 

「まあそうかもしれないけど」南部が言って、それから真田に、「で、どうして〈4〉でなく〈5〉のポイントで決まりと言うことになるんです?」

 

真田は応えた。「だから、それは簡単なんだよ。地球でアメリカが昼だとしたらそのとき日本は夜だろう。スペースコロニーを宇宙に浮かべて、地球から望遠鏡で見るとする。アメリカで〈L4〉のコロニーが見えるとき、日本の空にあるのは〈L5〉だ。星は丸いんだから当たり前だろ。データを見ると、敵はこれまで〈ヤマト〉を撃つのに〈L4〉を一度も使ってない」

 

メインスクリーンにこれまでの戦いのデータを出した。南部がメガネを直しながら窓の上の画面を見上げた。そのとき彼のすぐ前を、金魚鉢を逆さにしたような物体が通り過ぎていったのだが、不幸にして彼はそれに気づかなかった。

 

「使えないのさ」真田は言った。「冥王星とカロンとは向かい合わせになっている。公転周期と自転周期がピッタリ同じであるために面を完全に向け合ってるから、ラグランジュポイントに天体があればそれは静止衛星となる。地球の夜に北極星を見るみたいに、砲台の置かれた位置から(かなめ)の衛星は常に同じ方角にあると言うわけだ。それが〈L5〉であるのなら、〈L4〉にある衛星は日本でマゼラン星雲が見えないみたいに見えない。だから、直接に狙えない」

 

「そうか」と太田。「つまり、ビーム砲台は今この星が〈L5〉を向いた半球にある……」

 

「そういうことだ」と言った。「おそらく、〈L4〉にも衛星はあることはあるのだろう。しかしビームはまず〈L5〉に向けて撃たれる。そこから〈1〉〈2〉〈3〉のどれかに反射し、さらに〈L4〉でも反射して、星をグルリと巡らせてから、〈ヤマト〉を直接撃つ衛星にまで送る。そういう仕組みなのだと……」

 

「ふむ」と沖田。「今、〈ヤマト〉は〈L5〉を空の上に見る半球側に入り込んだところにいるな。ここで海から上に出て、空をよく見ていれば、(かなめ)の衛星がビームを反射するところが見れると言うわけだ」

 

「そうです」

 

「やったじゃないか。さすが真田君」と徳川が言う。「ここまでわかれば、もうひと息なんじゃないか?」

 

「いえ……まだ半分を除外できたと言うだけですよ」

 

「それでもだよ。なんにもわからなかったのよりはマシだろうが。あともうひとつ何かわかれば、グッと絞り込めるんじゃないのか」

 

「そう。そんな気もするのですが……」

 

真田はスクリーンを見上げてみた。そうだ、と思う。もうひとつ、何かわかればグッと大きく〈魔女〉の居場所を絞り込める。それも容易(たやす)く――おれは何か簡単なことを見落としている。そんな気がしてならなかった。艦長は言った、必ず死角はあるのだと。死角ではないところに、別の形で――君ならそれを見つけられると。

 

そうだ。確かに死角はあった。星の〈L5〉にある衛星を殺れたら〈魔女〉を封じられる。艦長の言った通りだった。だがまだある。これだけではない。他にも何か――。

 

そう思ったときだった。アナライザーが言った。

 

「森船務長カラ報告ガ入リマシタ」

 

「なんだ?」と沖田。

 

「読ミマス。『重傷者多数。輸血ノ限界状況。コレ以上ニ死傷者ガ出ルト、日程ニ多大ナ遅レヲ出スコトニナル』……」



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ケガ人をこれ以上に出したなら

「ケガ人をこれ以上に出したなら、日程に大きな遅れを出してしまうことになるって?」

 

と大山田は言った。腕をまくって針を刺され、輸血用の血を採られているところだった。そうしながら、採血の作業をしている黄色コードの女性船務科員と話していて、彼女から聞かされたのがその問題。

 

「つまり、そこまで血が足りないって言うことなの?」

 

「まあそうだけど」

 

「だったらもっとジャンジャンおれの血抜いてくれよ。この作戦でおれには特にできることはないんだから、ギリギリまで抜いていいよ。後は部屋で寝てるからさ」

 

「だから、それが困るのよ。それをやらなきゃいけないことになったとしたら、旅が遅れるか、地球に一時帰還を余儀なくされることになる。今ならまだそこまで行かないと言う話なの」

 

「ん?」

 

「あなた〈ゼロ〉の整備員でしょ? 〈ゼロ〉が帰ってきたときに修理する役目でしょ? なのに血がなく一週間も動けないとなったら、そのあいだ、あの戦闘機を飛ばせないじゃないの」

 

「ええと……」

 

「血が足りなくてフラフラじゃ、機の整備なんてできないでしょう。整備不良で〈ゼロ〉が墜ちたらどうしてくれんの。あなただけじゃなく、クルーがみんなそうなっちゃったらどうなると思う? どこかで誰かが重大なミスを犯したならば、そのせいで……」

 

「旅がひと月も遅れることになりかねない……」

 

「そういうことよ。あなたから抜ける血の量は決まっているの。それ以上の血を抜くことは、〈ヤマト〉の帰還を何ヶ月も遅らすことだと考えていいの」

 

と彼女は言って、それから、

 

「それにあなたには、これが済んだら砲座かスラスターの修理に行って欲しいのね。戦闘部員はみんなケガをしてるから、これから敵と戦うのにも補助に就いてもらわなきゃ」

 

「ああ」と言った。「そうか」

 

「そこであなたがケガしたら、今度はあなたに輸血が必要になってしまう」

 

彼女はそばに積んであったおにぎりをいくつか取って、「ほら」と言って差し出してきた。

 

「ありがとう」

 

言って大山田は受け取った。食べようとしてから、

 

「でも……」

 

「そう。そのときに、あなたのための血はもうない。だからやっぱり今あなたから余分に血を抜くわけにいかない」

 

「そうか」

 

とまた言った。おにぎりをひとくち頬張る。それを呑み込んでから、

 

「でも、それじゃどうなるんだ? 今この上には何隻も敵の戦艦がいるんだろ? いくら〈ヤマト〉が強いと言っても、戦って無傷で済むとは……」

 

「ええ」

 

と彼女。深刻な表情で、血の溜まっていく袋を見ている。

 

大山田は言った。「どうするんだよ! ケガ人を出さずに済むとはとても思えないぞ!」



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船務科の立場

「〈ヤマト〉はもう負傷者を出せる限界まで出してしまった。これ以上にケガ人が出たら、日程に一ヶ月もの遅れを出すことになる。それどころか、さらに出たなら地球に一時帰還をせねばならなくなる。たとえここで勝ったとしても……現状を分析すれば、結論としてそう言わざるを得ない」

 

〈ヤマト〉船務科室で副船務長が言った。船務科室には船の被害状況や、応急修理の進み具合が逐次仔細(ちくじしさい)に報告され、艦橋に送るデータにまとめる作業がされている。すべては船務科員達が〈ヤマト〉艦内を駆け回り、眼で見届けてくるものだ。

 

輸血については結城その他の科員に任せて、森は科の部屋に戻っていた。壁のマルチスクリーンには、船の損傷箇所を写した()が並んで映されている。

 

「ですが、これじゃあ〈ヤマト〉はケガ人をまったく出さずに上にいる敵戦艦と戦わなければならないと言うことになりませんか? そんなこと、とてもできると思えないけど」

 

森は言った。「わかってるわよ。でも、ウチとしちゃ、そう言うしかないじゃないの」

 

「そりゃそうかもしれないけど……」

 

この〈ヤマト〉という船において、船務科の第一の務めは船の運行管理だ。日程に遅れを出さぬように努めること。できるのならば日程より一日でも早く地球に帰らすことだ。この作戦の中にあっても、それが変わることはない。

 

この戦いにたとえ勝ってもひと月も旅が遅れるようでは一体どうするのだ。その間に地球でどれだけ多くの子供が放射能の混じった水を飲むことになるか。どれだけ多くの女達が子供を産めない体になるか。どうかその点を考えてくれとクルーらに――そして艦橋の沖田艦長に言わねばならない立場なのだ。

 

集められたすべてのデータは、今の〈ヤマト〉が死傷者を出せる限度の状況にあるのを示していた。死者については、ほんの十数名に過ぎない。だがケガ人があまりに多い。

 

この大量のケガ人に動ける者の血を輸血していたら、この星でたとえ勝っても立って歩けるクルーが全然いなくなってしまう。

 

一体どうするのだ、それで! いや、状況はまだそこまでいっていない。しかし一歩手前なのだ。〈ヤマト〉はあと一発か二発大きな打撃を受けたなら、外宇宙に出る前にカイパーベルトにでも潜んでしばらく休まねばならぬことになるだろう。

 

それを敵に知られたら、避難していた九十隻がたちまち逆襲に戻ってきて、サンドバッグにされるだろう。航空隊では護り切れずに全部墜とされてしまった後で、敵の対艦攻撃機が群れで襲ってきたら、どうする。

 

船体各所の対空兵器は多くが衛星反射ビームに殺られるか、浸水などの影響ですでに使えぬ状態だ。その修理にも人手が要り、撃つ射手にも人手が要るのに、その誰もが血が足りなくて動けないとなったら、どうする。どうやって戦う?

 

森はマルチスクリーンを見た。海に潜る前に〈ヤマト〉は主砲が使えぬ始末となっていたけれど、損傷自体は軽微だった。今その補修は進んでおり、戦う力を一応すぐにも取り戻せそうではある。

 

だが、一応だ。〈ヤマト〉はガミラス戦艦を三隻相手にして勝てる――そう造られていると言うが、それは乗組員が戦えてこそだ。戦艦相手にビーム砲を撃ち合えば、また多くのケガ人が出る。いや、そのときはケガ人どころか、死者が多く出るだろう。今度こそ〈ヤマト〉は戦えなくなって、敵に捕まっておしまいだ。

 

そうとしか思えない。だから艦長に言わねばならない。『どうか死傷者を出すことなく、ガミラスに勝つ方法を考えてください』と。だがそんなことできるものか?

 

「無理でしょう、いくらなんでも」

 

と副船務長が言う。森はまた言うしかなかった。

 

「そうだけど、でも……」

 

と、そのとき警報が鳴った。別の部下が声を上げる。「船務長!」

 

「何?」

 

「火災発生! 機関室です!」

 

「え?」

 

と言った。機関室? かなり危険な状態にあると言う報告は受けていたけれど――。

 

「どういうこと?」



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魔女を見つけに

「そうか。ラグランジュ・ポイントに敵は衛星を置いている。で、〈L4〉は使ってない。〈1〉〈2〉〈3〉はまずないから、残るポイントは〈L5〉で決まり……」と古代は言った。「『やえ、よのなか』はそういう意味だと言うんだな」

 

『他に考えがありますか?』と加藤の声。

 

「うん、まあわかる。けど、それでどうしろってんだ。おれ達に〈L5〉に行けってことなのか? けど……」

 

山本が、『〈L5〉と言ってもかなり広いんじゃないですか』

 

「だよなあ。そんなの対空砲のいい(マト)じゃないか」

 

加藤が言う。『隊長ならやれると思っているんじゃないすか』

 

「やめてくれ」

 

『とにかく』と山本。『敵は〈L5〉の衛星を使う……〈L4〉を使わないのは「使えない」と言うことでしょう。砲台はそっちの半球にあると言うこと』

 

「あ」と言った。「なるほど、それか。それもおそらく赤道付近だろうと言ったな」

 

『ええ』

 

「なら、だいぶわかったじゃないか。みんなでそこを探していけば……」

 

『砲台が見つかる?』と隊員のひとりが言った。『しかし「赤道半周」と言うけど、3600キロになりますよ』

 

「うーん」

 

と言った。日本の北海道から沖縄までが三千キロ。それ以上の距離と言うことか。

 

『それでも』と加藤が言う。『ここにこうしているよりゃいいだろ。行こうぜ、隊長。〈魔女〉を見つけに』

 

「うーん」

 

『それに』とまた別の隊員が言った。『行けば、何か手掛かりが見つかるかもしれません。それに〈ヤマト〉がまた何か掴んで教えてくれるかも』

 

「うーん」

 

『そうだよ、隊長。あと何かひとつわかればグッと範囲を絞り込めると思うぜ。行こう。行けば見つかるって』

 

とまた加藤。古代はうーんと唸ってから、

 

「そうだな」と言った。「わかった、行こう」

 

 

 

   *

 

 

 

「敵戦闘機隊が一斉に向きを変えました。全機が同じ方向へと進んでいます」

 

冥王星ガミラス基地でオペレーターが言った。

 

「ほう」とガンツがレーダー画像に眼をやって、それから驚いたように、「これは!」

 

「やつら、気づいたかな」

 

とシュルツが言う。()に重なる作戦図には、『もしも敵の戦闘機隊がココを目指して飛ぶようならば要注意』との意のマークが記された領域が描かれてある。どうやら敵はまっすぐそこに向かい始めたように見えた。

 

ガンツが言う。「これは(かなめ)の〈カガミ〉がどこかやつらが気づいたと言うこと……」

 

「そういうことになるらしいな」シュルツは言った。「〈死角でないところが死角〉だ。我々は〈ヤマト〉がこちらの砲台の逆半球にいるときしか撃てなかった。そうしなければ重力均衡点にある(かなめ)の〈カガミ〉にすぐ気づかれ、あの副砲にアッサリ撃ち墜とされてしまう。そうなったら反射衛星砲は反射衛星砲ではない。普通にまっすぐ獲物を狙う普通の砲台になってしまう」

 

そして笑った。自嘲(じちょう)めいた笑いだった。眼はスクリーンを見つめている。敵の戦闘機隊がいま要注意エリアに向かっているのはたまたまのたまたまで、すぐさま別の方角に行ってくれるのではないか――そのように期待しているようすだった。

 

しかしそれも(つか)()のことだ。参謀達から『敵の目的にもはや疑いの余地なし』との報告が入るや、シュルツの笑みはむしろ不気味なものに変わった。

 

「まあいい。これでこそおもしろいと言うものだ」シュルツは言った。「注意エリアに敵が向かっていると言うのは、〈第一の死角〉に気づかれたと言うのに過ぎん。まだ〈第二の死角〉までは気づいていないということだ。そうだな?」

 

「はあ。ですが……」とガンツが言う。「しかし、時間の問題かと……」

 

「わかっているさ。〈バラノドン〉隊の準備は整っているのだろうな」

 

「はい。全機発進可能です」

 

「よかろう。出すのは、やつらが〈第二の死角〉に気づいたときだ」シュルツは言った。「死角に死角を重ねるだけだ。よほどのバカでなければ気づくさ。しかしそのときこそやつらの最期だ」



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電池爆弾

〈石崎の(しもべ)〉はたんなる狂人の集団であり、戦闘については素人だ。銃というものは相手から10メートルも離れたら、落ち着いて狙わぬ限りそう当たるものではない。そして素人に落ち着いて人を狙うなんてことはなかなかできない。数撃てば当たるというものでもなく、素人がフルオートで撃ったりすればタマはデタラメに飛んでくだけだ。

 

一方で、敷井達は訓練を受けた兵士だった。

 

熊田を撃った男はそこで〈AK〉のタマを尽きさせ、慌てふためいて棒立ちになった。そこをすかさず尾有が銃を構えて、撃った。男はその場に倒れ伏せる。

 

だがすぐさま別の敵が飛び出してくる。尾有には近くに身を隠せるものが何もない。敷井達は鉄条網に(はば)まれて尾有を助けることができない。そして彼が撃たれたならば、この戸口を抜けて変電所の中に入るのは決してできなくなるだろう。

 

新手(あらて)の敵は何人もいる。尾有めがけて手に手に持った銃を撃つ。ワアワアと叫びながらの乱れ撃ち。

 

尾有は銃を構えて応射しようとするが、そのまわりで弾着が(はじ)ける。ヒャッと叫んで飛び退(すさ)った。

 

そのすぐ横に高圧電流発生装置。そこから伸びたケーブルコードが鉄条網に繋がっている。

 

尾有もそれに気づいてギャッと叫び声を上げた。これが同時に爆弾であるのは、調べた当人である彼がよく知っていることだ。

 

――と、〈AK〉のフルオート連射が、その装置にダダダとミシン穴を開けた。バチッと放電の火花を噴き出す。

 

「わわわ」

 

と尾有は言った。そうする間にも敵は銃を乱射しながら駆け出してくる。装置はバチバチと火花を上げる。尾有はそこから1メートルと離れていない。

 

起爆すれば一巻の終わりだ。ヘタにいじればドカンといくように造られているものなのだから、ヘタにいじればドカンといく。よりにもよってそれを銃弾で撃ち抜いたのだ。尾有は逃げようもない。

 

――が、そこで、手を伸ばして尾有は装置を掴み上げた。それは手提げトランクほどの大きさで、手提げトランクのような持ち手が付いている。尾有はその把手を掴んで装置を持ち上げたのだ。

 

「伏せろ!」

 

と、敷井達に向かって叫ぶ。そうして尾有は、力を込めて装置を敵に向かって投げた。バチバチと火花を散らしてそれが宙を飛んでいく。

 

装置と繋がり戸口に張られていたトゲ線も引っ張られて飛んでいった。

 

尾有はその場に身を伏せた。敷井達も慌てて床に折り重なる。

 

装置に引かれたトゲ線もまたバチバチと火花を上げた。ゴトン、ガツンと装置は床をバウントし、そして遂に爆発した。

 

轟音。通路が赤い炎で一杯になる。

 

それからしばらく、敷井は身を伏せたまま、動くことができなかった。耳がキーンと鳴っていて、それ以外に何も聞こえない。自分が五体満足なのかどうかもよくわからなかった。

 

頭の中でボンヤリと、尾有が投げた装置のことを考えていた。あれはおそらく、〈電池爆弾〉というやつだろう――高圧電流を発する電池がそのまま危険な爆発物で、安定を失ったなら五秒でドカン――そういうものがあるという話は聞いたことがあった。

 

そして尾有もそれを知ってたということだ。あれは安定を失ってから五秒で爆発する爆弾。ということは、つまり銃弾で撃ち抜かれても『五秒間は爆発しない』ということになる。

 

そこでこうなればイチかバチだと考えて敵に向かって投げつけたのだ。

 

だが、それでどうなった? 自分達は戸口の陰にいたから爆風をモロに受けずに済んだが、尾有は? 果たして無事でいられたのか。

 

敷井は身を起こそうとしたが、しかし体が動かなかった。また呼吸が苦しくなっているのを感じる。

 

ただでさえ酸素が少なくなっているのに、今の爆発だ。この辺りの酸素が奪われてしまったのだろう。敷井はだいぶ軽くなってきた酸素補給器を口に当てた。ひと息吸うとそこでついにカラになった。ボンベを捨てて立ち上がる。

 

鉄条網のなくなった戸口を抜けて変電所の中に入った。他の者らも身を起こしてついてくる。

 

所内は爆発の焼け焦げと血の匂いが充満していた。照明も今の爆発でほとんど殺られてしまったようだが、それでもいくらか残っていてものを見ることはできる。床や壁、機械の(たぐい)にちぎれた肉がまぶしたようについていた。

 

ゲホゴホと()き込む声がする。見ると尾有だ。(すす)と埃にまみれてまるでボロ雑巾のようであったが、それでも手足は揃ってるらしい。

 

「大丈夫か」

 

みんなで聞いてみたけれど、尾有はなかなか応えなかった。ただゴホゴホとむせんでいたが、やがてようやく皆に気づいた顔になってニヤリとした。それから自分の耳を指差し、

 

「聞こえない!」

 

「ああ」と足立。「だろうな」

 

「酸素!」

 

と言ってボンベを取り出しかざして見せる。それはひしゃげてどうやら穴も開いてしまっているらしい。

 

「ごめん、おれもない」敷井は言って他を見た。「誰か持ってる者はいないか?」

 

足立が持ってて、尾有に渡した。

 

「吸ったら行くぞ。すぐ敵が来るからな」

 

「そうだな」

 

と言った。敷井は一度取り外した剣を銃に着け直した。休んでいる暇などない。

 

おれ達は、もう虎口に入ったのだ。



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破壊消防

〈ヤマト〉はイスカンダルからもたらされた〈コア〉を力の(みなもと)としている。〈コア〉は無限に等しいほどのエネルギーの圧縮体だ。その力はもしいちどきに解放したら太陽系を丸ごとひとつのブラックホールに変えてしまうほどだと言う。

 

けれども炉に納めてしまえばこれを安全に制御できる。必要なときに必要な分だけ力を取り出せるようになるのだ。ワープや波動砲発射はもちろん、航行のためのエンジン噴射も、あらゆる武器や電子機器も、艦内の電力や人工重力もすべて〈コア〉が源泉である。〈コア〉がなければ乗組員は灯りも冷暖房もなく、食堂でメシを食うこともできないどころか、酸素を呼吸することさえたちまちできなくなってしまう。

 

そしてイスカンダルの〈コア〉は、一度その〈火〉が消えたなら二度と再び〈燃料〉とできない仕組みになっていた。炉を開けたらただの無害な石コロとして出てくるだけで、その〈命〉は決して甦ることはない。

 

〈ヤマト〉の〈コア〉は、今、炉の中で〈燃えて〉いる一個だけ。もしそれが消えたならば替えは利かない。〈ヤマト〉は今ここで死ぬのだ。

 

そして今、その〈火〉は消える寸前にあった。けれども逆に、炉のまわりではなんと火災が発生していた。オーブンのようになってしまった機関区内で、機器の冷却ができなくなり、過熱によって一部の装置が火を吹いたのだ。そうなったら後は燃え広がるだけだ。次から次に連鎖的に火が移り、すべてを焼いてしまうだろう。

 

そしてそのとき、炉の〈火〉は消える。大昔のクルマのガソリンエンジンで言えば、ラジエーターが焼けてしまってシリンダーを冷却できなくなったようなものだ。機関室の中が炎に包まれたなら、逆に炉の〈火〉は消えてしまう。

 

そして今、炉を制御するあらゆる装置が次から次に燃え出していた。なのに肝心の機関員と言えば、

 

「うわわわわあっ」

 

上から下までギンギラギンの消防服に《藪》と名前が書かれた男ひとりだけ。それがオロオロうろたえるさまを見て、オロオロとうろたえたいのはこっちの方だと斎藤は思った。聞くだけ無駄な気もしたけれど聞いてみる。

 

「おい。こりゃどうすればいいんでえ」

 

「わかりませんよおっ!」藪は叫んだ。「もももももうダメだあっ!」

 

「って、お前が着てんの消防服だろ。火を消す方法あるんじゃないのか」

 

「そそそそそりゃありますけど……」

 

『火事になった』と言ったって、別に(わら)積んだ馬小屋に火がついたわけではない。〈ヤマト〉は決して大昔のアルミ箔で出来たような宇宙イカダ船とは違う。月に行くにも四苦八苦していた頃の宇宙船はまるで〈ヒンデンブルク〉だった。火が点いたらイチコロで、ボーンと燃えて一巻の終わり。しかし〈ヤマト〉は宇宙戦闘艦である。火事が出たならおしまいなどという造りのわけがない。

 

今のこの機関室の火災もまた、見た眼にゴーゴーと燃えさかるようなものではなかった。スイッチパネルやメーターがそこに花火でも仕込んであったかのようにパンと(はじ)けて火を吹き出す。そしてまさしく花火のように赤や緑の炎を散らして燃えていたかと思うと()んで、しかし隣のスイッチがボーン。また隣のメーターがバーン。

 

斎藤は点検パネルを開けてみた。燃えているのは電気配線なのだとわかった。竹の地下茎のようにして機械の中に張り巡らされた配線。それらが導火線のようにバチバチと音を立て、燃えて炎を走らせている。

 

藪が腰から何か出して、消火剤らしきものを吹きつけた。その銀色の〈服〉の背には大きなタンクが内蔵されているらしい。

 

火はすぐ消える。が、一時的なものだ。どこからともなくまた火を吹いてバチバチバチ。

 

「こりゃいけねえ」

 

斎藤は言った。隣にいる藪を見る。この男が新米で、波動エンジンや炉についてまだ詳しくは知らぬらしいこと、しかしそれでも別の船で機関員をしてきた程度のことはわかった。だから今は、こいつだけが頼りなのだ。こいつ以外はみんな倒れてしまったらしいが、しばらくすれば医務室から戻ってこられるはずとも聞く。だからなんとかそれまでの間、自分と部下の科学部員がこの男を支えられれば――。

 

いや、もうひとり、艦橋に徳川機関長がいる。藪は艦内通信でどうすりゃいいのか聞いているはずでもあった。斎藤は言った。

 

「機関長はなんと言っているんだよ」

 

「シ、システムは予備に切り替えているそうです。だからこの火を燃え広がすなと言うんですけど」

 

「ふうん」

 

と言った。藪は消火剤を吹きかけてるがなんの効果もなさそうに見える。たとえ消えてもすぐまたバチバチ。

 

「それじゃダメだ」

 

斎藤は言って装置に手を突っ込んだ。配線の束を掴み取り、力任せにグイと引っ張る。畑の芋でも引っこ抜くようにしてブチブチとちぎり取った。

 

「ちぎるんだ。この機械はもう壊していいんだろ」

 

「は、はい」

 

「斧かなんかないか」

 

「あ、あちらに」

 

見るとなるほどこんなときのため備えてあるものらしい斧が壁に架けられていた。斎藤は取り外して持ってきて、燃える機械に向けて振るった。パネルをガーンと叩き割り、その奥にある配線にも切りつける。

 

その後に藪が手を突っ込んで、配線をちぎり消火剤を吹きつける。そうしてふたりで燃える機械を壊していった。

 

藪が言う。「でも、この熱をなんとかしないと……」

 

「それはおれの部下がやってる」

 

と斎藤は言った。出火の原因は機関室が摂氏二百度のオーブンと化してしまったことだ。『予備のシステム』とやらだって、すでに過熱を始めているのは疑いないことだった。そう長くはもたないだろう。まして、そこまでこの火が届いてしまったら――。

 

「予備システムってのはどこにあるんだ」

 

「炉を挟んで向こう側です」

 

「こっち側とは切り離されてるのか?」

 

「ええ、一応……」

 

「一応ね」

 

斎藤は自分以外のラボの部員を機関区の温度を下げる仕事にまわらせていた。ために今、ここにいるのは自分と藪のふたりだけだ。ふたりだけで火が燃え広がるのを防がなければならないと言うこと。

 

だが、猛烈な熱暑だった。斎藤が着ている船外服は藪が着ているものほどの耐熱性能を持っていない。服そのものはガスレンジの火で(あぶ)ってもなんてこともありはしないが、しかし服の内側だ。温度調節器の性能の限界はすでに超えていて、斎藤の船外服はサウナスーツと化しつつあった。温度計の目盛を見れば、服の内部は五十度にもなり、さらにジワジワ温度を上げているのがわかる。

 

にもかかわらず斧を振るい、配線をちぎり切らねばならない。

 

息が切れる。目眩がする。ダメだ。これではもたないと思った。機械より先に自分がオーバーヒートしそうだ。

 

それでもガツンと斧を機械に叩き込ませた。が、しかしそこまでだった。刃が基盤に食い込んだのはいいのだが、しかし深く入り過ぎてしまったようだ。引っこ抜こうとするが抜けない。その力も出そうもない。

 

ダメだ。こいつはサウナ風呂で腕立て伏せするようなものだ。斎藤は膝を着いてしまった。横で藪がまた「わああっ!」と絶望の声を上げるのが聞こえた。



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お化けの尻尾

「落ち着け! とにかく作業を続けろ!」

 

徳川がインターカムのマイクに向かい叫ぶのを、艦橋クルーの誰もが不安げに見ていた。波動エンジンの炉の〈火〉が消えるとそこで完全に〈ヤマト〉はおしまい。事態を乗り越えられるかどうかはひとりの新米にかかっていると言われて安心できる人間はいない。

 

しかしどうしようもないのだ。真田としては、徳川や部下の技術科員達がなんとかしてくれるのを祈るしかない。

 

そして自分も、あの藪という男と何も変わらないのだと思った。おれも代理の副長だ。船の航行や戦闘のことなど何も知るわけじゃない。だからとにかく、課せられた今の仕事に集中すること。敵のビーム砲台の位置を見つけ出すことだ。

 

そしてお前の弟に教える――亡き親友の顔を真田は思い浮かべた。コンソールのディスプレイに冥王星とカロンの図を表示させる。

 

タッチペンでラグランジュ・ポイント5がある辺りに印を付けて、その点から死角となる反対側を斜線で塗りつぶしてやった。そこは決してビーム砲台があるはずのない領域だ。

 

そうだ。沖田が予言するように言った通りだ。確かに、〈魔女〉に死角はあった。〈ヤマト〉から、〈L5〉もしくは砲台が直接見えるときは砲撃不能――撃てば一発で砲台がどこにあるかを〈ヤマト〉に知られ、即座に〈L5〉の衛星を副砲で狙い撃たれてしまう。

 

そうなったとき砲台は〈ヤマト〉をまっすぐ直接に狙うしかない普通の砲となんの変わりもなくなるのだ。それなら、星は丸いのだから、〈ヤマト〉はその射角の中に入らなければいいだけのこと。

 

反射ビーム衛星砲は敵が死角にいるときには力を発揮するけれど、まっすぐ狙って撃つに撃てないジレンマを抱えた兵器だったのだ。〈死角でないところが死角〉とでも呼ぶべきか。

 

気づいてしまえばなんということはない。小学校の算数レベルの簡単な話だ。これが〈魔女〉の正体か。こんなたわいのないものにおれは幻惑させられていたのか。

 

自分が()に書き込んだビーム砲の〈死角〉を見て、真田はあきれる思いだった。いや、もちろん、この〈死角でない死角〉も普通であれば別に死角でもなんでもない。一年前の〈メ号作戦〉でもしも〈きりしま〉と〈ゆきかぜ〉が星に辿り着いていたら、やつらは何も気にすることなく二隻を沈めていただろう。

 

この死角が死角となるのは、今日のこの戦いだけだ。敵は波動砲が欲しいから、決して〈ヤマト〉を一撃には沈められない。弱めた力でジワジワと嬲り殺しにしなければならない。

 

その事情があるために、〈死角でない死角〉が生まれる。しかし古代の航空隊が動いたら、敵はすぐさまこちらが〈魔女〉の向こう(ずね)に気づいたことを知るだろう。

 

今、〈ヤマト〉は氷を割って上に出れば〈L5〉のある空間を空に見上げる位置にいるが、敵はもう遠慮はすまい。ここはもう、〈死角でない死角〉ではなくなったのだ。海を出たなら敵は必ず、〈ヤマト〉めがけてビームを撃ち放ってくる――今度はまったく手加減なしの最大出力かもしれない。

 

そうなったら、ひとたまりもないだろう。〈ヤマト〉はボキリと真っ二つだ。〈魔女〉は必ず、それだけの力を持っているはずだから。

 

だから、あいつの弟だ。古代進になんとかしてビーム砲台の位置を知らせる――さっき徳川機関長は、もうひと息じゃないのかと言った。あともうひとつ何かわかれば、〈魔女〉の居場所がどこなのかをグッと絞り込めるのじゃないかと。

 

そうだ、と思う。言われてあのとき、自分でもそんな気がすると応えたけれど、その直感は間違っていない――そんな確信がなぜかしていた。このパズルを解く手掛かりをおれはとっくに得ているのだ。いや、おれだけでなく、たぶん誰もが、知っているのにそれが鍵だと気づいていないような何かだ。そんな〈お化け〉がどこかにいる。そいつの尻尾を捕まえさえすればいいだけ――。

 

そんな確信がなぜかしていた。死角はまだ他にもある。ラグランジュ・ポイント5が作る死角は第一の死角。しかし、どこかにもうひとつ、眼に見えない死角がある――そんな確信がなぜかしていた。

 

冥王星の図を見ると、お化けの尻尾が見える気がする。タッチペンで押さえつけようとすると逃げてしまう。だがその途端に、丸い星の反対側に姿を出して『できるものなら捕まえられてみろ』と尻尾を振るのだ。

 

なんだこれは? 真田は思った。おれは何を追いかけてるんだ? 死角と言うのはもともと眼に見えないものだ。追えば逃げるに決まっている。犬が自分の尻尾を追いかけるように――。

 

そうだ。これはそういうものだ。おれは〈魔女〉に化かされて、実に間抜けな堂々巡りをしているのに違いない。鏡の部屋に迷い込んで、ごく単純なトリックに惑わされているだけ。追っているのが合わせ鏡に映った敵の幻だと気づいてしまいさえすれば、それで――。

 

罠を抜け出すことができる。そうだ。こいつは合わせ鏡だと真田は気づいた。敵は〈ヤマト〉を撃つために必ず鏡を二枚以上使わなければならない。必ずそれらを合わせ鏡にせねばならない。なぜなら――。

 

そこで気づいた。真田は言った。

 

「わかったぞ。もうひとつの死角が」



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機械の密林

変電所の中は機械の密林だった。敷井は眼の前の光景に圧倒される思いだった。他の者らもアッケにとられて前に広がるものを見る。

 

「嘘だろ……」「なんだこれ……」

 

誰からともなく声が出た。高さ10メートルかそこらのボーリングのピンのようなものが、ボーリングのピンのようにドカドカと並び立っている。おそらく変圧器とやら言うものなのだろう。かつて地上の街で見かけた電信柱の上に載っていた変圧器――あのゴミバケツにあれこれくっつけたようなもの――を大きくしたような見かけなのでそれとわかるが、ともかくデカい。

 

それが林立し、上の方では木が枝を広げるように電気ケーブルやパイプを四方に伸ばしているのだから、まったく『機械の密林』としか呼びようのない光景だ。さらにハシゴやラッタルがひとつひとつに(つた)のように絡まりついて、キャットウォークで他の変圧器と繋がっていた。

 

「ここが施設の心臓部です」宇都宮が言った。「まっすぐ行けば管理部ですから、石崎がいるのもそこ……たぶん、〈橘の間〉という部屋だと思うんですが……」

 

「タチバナノマ?」

 

と、大平が言ったときだった。床でバチバチと火花が(はじ)けた。音が空間に反響する。

 

フルオートの銃声。そして火花は跳弾によるものだった。タマを喰らって大平が倒れた。続く銃弾が床を撃ち、跳ね返って設備の中を跳ね回る。

 

そして薬莢が降ってきて、床にバラバラと散らばるのを敷井は見た。これはつまり――そう考えて上を仰ぐ。数メートルの高さに渡されたキャットウォーク。そこに男がひとりいた。〈AKライフル〉でこちらめがけてダダダダダと撃ってきている。

 

「うわあっ!」

 

叫んで尾有が倒れた。敷井は転がるようにしてその場から逃げ出した。他の者らも四方に散らばる。

 

撃ってきたのは無論〈石崎の(しもべ)〉だろう。そしてひとりだけではなかった。宙に張り巡らされた回廊。その上に、あちらからこちらからと次々に銃を持った者が現れ、敷井達のいる方めがけてバリバリぶっぱなし始める。弾ける弾丸。銃声の反響。そして降る降る薬莢の雨。

 

応戦など思いもよらない。敷井は逃げ惑うしかなかった。

 

 

 

   *

 

 

 

「どうやら変電所の中で何か動きがあったようです」

 

ひとりの士官がそう言った。〈指揮通信車両〉と呼ばれるクルマの車内だ。

 

変電所のほど近く、街の天井を支えている〈柱〉の陰に身を潜めて、何十という特殊車両が駐まり兵士が出入りしている。あるクルマでは反重力ドローンを何十機も無線で飛ばしてカメラで戦況を掴もうとしており、赤外線や集音マイクなどによっても敵のようすを探ろうとしている。それらの情報を集めて指令本部に送り、また、部隊に指示を出すのが指揮通信車両の役目だ。

 

「敵の動きに乱れが出てます。しばらく前に奥の方で爆発があって、続いて銃の発砲音も……これは内部で撃ち合いが起きているのだと思われます」

 

「それは」と、話を受けた上官が言った。「どういうことだ? 突入に成功した者がいるのか?」

 

「わかりません。敵の仲間割れということも考えれられます」

 

「どちらにしてもこちらにはチャンスということじゃないのか?」

 

「かもしれません。しかしことによると……」

 

 

 

   *

 

 

 

「つまり、変電所の中に味方が裏から侵入したと言うことなのか?」

 

地球防衛軍司令部の会議室で藤堂は言った。眼の前の画面には指揮通信車両から話す現場の戦闘指揮官。

 

彼は問いに応えて言った。『どうやらその見込みが強いと思われます』

 

「ふむ」と言った。「人数は」

 

『わかりません。しかし、ほんの数人でしょう。充分に期待できるほどの数とは……』

 

「しかしおかげで、敵の動きに乱れが出たと言うのだろう。一気に突いて崩すわけにはいかんのかね」

 

『もちろん努力はさせていますが、兵士が皆、息ができずに動けなくなってきている状況であり……』

 

「ううう」

 

(うめ)いた。今この場に送られてくる映像を見ていても、確かにどれも、酸素を求めてヒイヒイゼイゼイ言っている兵士の姿ばかりとなり始めていた。息ができないばかりでなく、一酸化炭素を吸ってフラフラになりかけているらしい。これでは確かに、『腹が減っては(いくさ)はできぬ』どころではない。息ができずにガダルカナルの飢餓兵士も同然となってしまっては、銃剣突撃どころではない。

 

『携帯ボンベ程度の補給ではとても足りません』と現場の士官。

 

「まずいですね」と会議室の中にいた情報部員が言った。「ヘタをすれば石崎が、変電所ごと自爆などやらかさぬとも限りません」

 

「そりゃそうだろうが、あの男のことだ。まずその前に自分だけ逃げようとするのじゃないのかね」

 

「ええ。そうですが、イザとなれば……何しろ『逃げる』と言ったって、どこへ逃げると言う話になりますからね。裏から突入した者がいるなら、逃げ道はあったとしてももう塞がれたと言うことでしょう」

 

「そうか。やつは、もうどこへも行きようがない」

 

「そうなるはずです。いっそ側近の者にでも、殺されてくれたならばいいのですがね」

 

「この状況では、その見込みもあるかもしれんな」



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橘の間

一文字(いちもんじ)君、今日までよくわたしに(つか)えてくれた」

 

と男は言った。名を石崎和昭と言う。涙を浮かべた眼で前に立つ者を見る。

 

相手の男は途方に暮れているようだった。

 

「先生……」

 

「その呼び方はやめたまえ。今から君が総理大臣代行(だいこう)だ」

 

変電所内の、来客の応接用の部屋らしき一室である。〈(たちばな)()〉という名前がなぜかついているらしい。そこに今、何人かの人間がいた。

 

石崎を囲んで赤・青・黄・緑の宇宙軍艦乗り用の船内服に似た服を着た男達。そしてもうひとり、ピンクの服を着た女。椅子に座ると下着が覗いて見えそうな丈のミニスカートだ。

 

黄色と緑の服の男はメソメソと泣いている。青い服を着た男はフテ腐れたように横を向いている。〈黄色〉は太った大男で、〈緑〉は中学生くらいの子供だった。そして今、〈代行〉に指名された一文字という男は赤い服。

 

首を振って言った。「しかし先生……」

 

「わたしのことは『おやじさん』とでも呼びなさい」

 

「お、おやじさん……ですが、わかりません。教えてください。ぼくはこれからどうすればいいのですか」

 

「けっ、何を言ってやんでえ」と青い服の男。「どうせおれ達ゃもうおしまいさ。やることなんか決まっていらあ。ここをドーンと吹き飛ばしちまやいいんだろう。それでズバッと解決よ!」

 

風見(かざみ)、お前は黙ってろ」

 

「なんだ。いきなり代行風吹かそうってのか」

 

「そんなつもりで言ってるんじゃない。おれ達は小さいときから人と争って勝つことを教えられて育ってきた。学校に入るときも、社会に出てからも人と競争し、勝つことを要求される。しかし――」

 

「お説教はたくさんだぜ。今はそんな――」

 

と言ったときだった。『石崎先生ばんざーい!』という声がどこからか聞こえ、ドーンという爆発とともに振動が伝わってきた。大方(おおかた)、迫撃砲でも撃っていた〈(しもべ)〉のひとりが、最後に残した一発を自爆に使ったのだろう。

 

そして銃声も聞こえてくる。変電所の外で撃ち合う銃声と、中で撃ち合う銃声とでは、この部屋への伝わり方が違っていた。裏から入り込んだと言う者達をなかなか排除できずにいるのが、音だけ聞いていてもわかる。

 

「先生……」

 

と、ピンクのミニスカ女が言った。石崎が座るソファーの隣に腰掛けていたのが、彼にすがりつくように身を動かす。そのときに脚も動いてスカートの中が見えそうになったが、見えそで見えないギリギリを極めたような角度によってその場にいる誰の眼にも見えなかった。ほとんど奇跡の神業(かみわざ)に等しい。

 

「だから、『先生』はやめなさい」石崎は彼女の肩を優しく抱いて言った。「今のわたしはもう名無しのゴンベエだよ。これからは、君もわたしを『パパ』とでも呼びなさい」

 

「はい、パパ……」

 

「ユリ子……」

 

ふたりの前のテーブルには、薬の瓶が置かれていた。中に錠剤。『ユリ子』と呼ばれたミニスカ女は、瓶を開けて中身を二個取り出した。そして一個を自分が取って、もう一個を〈パパ〉に差し出す。〈パパ〉は頷いて受け取った。

 

しばらくの間、微笑み顔で見つめ合う。石崎は言った。

 

「ユリ子、待たせてすまなかったね。これがぼくらの結婚式だ」

 

「パパ……」

 

ふたり一緒に、『せーの』で薬を飲もうとする。しかしそこでピタリと止まって、共に口を開けたまま互いに横目で見つめ合った。どうやらどちらも、もう一方が薬を口に入れるのを待って自分も飲む気らしい。そうしてしばらく固まっていたが、

 

「一文字」

 

石崎は薬を持った手を下ろし、何事もなかったようにさっきと同じことを言った。

 

「今日までよくこのわたしに仕えてくれたな」

 

「は、はい」と一文字。

 

「今からお前が総理大臣代行だ」

 

「えーと……いえ、はい」

 

「お前には命がある」

 

「は?」

 

「一文字。お前は、わたしがこれから命を捨てると思っているだろう。だがそうじゃない。わたしは永遠の命を手に入れに行くんだよ。死んでしまってなんになる。誰もがそう考えるだろう。だが、男はそういうときでも立ち向かっていかねばならないときもある。そうしてこそ、初めて不可能が可能になってくるのだ。人間の命だけが、邪悪な暴力に立ち向かえる最後の武器なのだ。一文字、お前にはまだ命があるじゃないか」

 

〈黄色〉のデブと〈緑〉のガキは聞きながら嗚咽(おえつ)を洩らして泣いている。〈青〉の風見と呼ばれた男は、「ちくしょう、こんなことってあるか!」と言って壁を殴りつける。〈赤〉の一文字という男だけ、〈おやじさん〉がまだつまんでいる錠剤を眼で追っている。〈ピンク〉のユリ子というミニスカが、顔を覆って身をよじったが、しかしやっぱりスカートの中は覗けなかった。

 

「先生……いえ、おやじさん……」と一文字。「ぼくには、おやじさんの言われることがわかりません……」

 

「そうか。しかし、いずれわかるときが来よう」

 

石崎は言って、指につまんだ薬を見た。皆が『今度こそ飲むのかな』という顔をして見守った。その間にも銃声が聞こえ、爆発の振動が床を揺れさす。石崎は天を仰いで言った。

 

「何もかもみな懐かしい……」

 

「おやじさん……」「パパ……」と一同。

 

「わたしを愛してくれたみんな、さようなら。わたしはもう二度と姿を現すことはない。でも、きっと、永遠に生き続けるだろう。君らの胸に、心に、魂の中に……」

 

「おやじさん!」「おやじさん!」

 

「うむ」

 

と言って石崎は、涙ぐみながら頷いた。それからアーンと口を開け、錠剤を中に入れようとする。

 

しかしまた、そこで止まった。チラリとユリ子の方を見る。

 

「パパ」

 

とユリ子。いつの間にか、彼女は薬をどこかにやってしまっていた。その指には何もつまんでいはしない。

 

石崎は言った。「人間はひとりではない。誰かはつながる人がそばにいる。それが愛なのだ。だが、人は時につながりかたを見失う。愛がない――これ以上の不幸はない」

 

「そうよ、その通りよ」とユリ子。「パパのいない地球なんて、あたしにはなんの意味もない……」

 

とか言いながら彼女の手にもう錠剤はないのであった。石崎は一文字に眼を向けた。

 

「一文字、今日までよく仕えてくれたな」

 

「はい、おやじさん」

 

「今からお前が総理大臣代行だ」

 

「はい、おやじさん」

 

「わたしのことはもう今からおやじさんとでも呼びなさい」

 

「はい、おやじさ……じゃなくて、せん……いえ、おや、せん、おや――じさん?」

 

「うむ」

 

と言った。薬を口に入れようとする。皆が『今度こそ飲むんだろうな』という顔をして見守っている。しかしやっぱり石崎は、そこでピタリと手を止めるのであった。

 

そして言った。「わたしを愛してくれたみんな、さようなら」

 

「はあ」と一同。

 

「君らはわたしが、これから命を捨てると思っているだろう。だがそうではない。わたしは生きるためにこれをやるのだ」

 

「はい」

 

と一同。いいかげん、『それはもうわかりましたよ』という表情になってきていた。

 

「うむ」と石崎。「奇跡は一度しか起こらない。わたしはそれを知っている。生きることが未来につながり、生きることを捨てた者に未来はない。もう二度と(あやま)ちを犯すことはないだろう。ひたすら人を愛し、美しい地球を作っていくことを誓う」

 

「は?」

 

と一同。怪訝(けげん)な顔で首を(かし)げた。

 

「さらばだ、諸君。この薬を飲むとわたしの心臓は止まる」

 

「はあ」

 

「だが脳死には至らない」

 

「へ?」

 

「わたしの死は一時的なものなのだ。必ずまた君らの前に姿を現すことだろう。死んでしまってなんになる。誰もがそう考えるだろう。その通りだ。男はそういうときにこそ立ち向かっていかねばならない。そうして初めて不可能が可能になってくるのだ」

 

と言って一同の顔を見渡した。しばらくして〈青〉の男、風見が言った。

 

「ええと……おやじさん、それ、毒薬じゃねえんですか」

 

「バカなことを言うんじゃない。毒なんかわたしが飲むわけないだろう。これはお前、仮死剤だよ」

 

と言いつつ薬を持つ石崎の手は震えていた。その錠剤は、〈毒薬〉ではないにしてもかなり危険なシロモノで、後でやっぱり息を吹き返さない確率や、重い副作用を伴うおそれがあったりするものなのだろう。実はそれで飲むのをためらっていたらしいのが、この石崎という男の今のようすに窺えた。



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脅迫

「まったく、なんであんなのについてくやつがいるのかわからん」

 

と藤堂は言った。言ったが、しかし言っても始まらないことを言ったところで始まらない。今は他に考えなければならないことが他に山のようにあるのだ。

 

「ついに門が開かれました」と情報局員が言う。「外からこの地下東京に人が雪崩れ込んでいます。最初は韓国から……」

 

「そうか」と言った。「始まったな」

 

眼前のスクリーンには、停電の暗闇の中を蛍が飛んでいるかのような光の軌跡。おそらくタッドポールだろう。何十機もが群れなして、外国からのトンネルを抜けてこの街にやって来たのだ。

 

「狙いはなんだ」

 

「わかりません。ここか、それとも野球場かも……」

 

「ふむ」

 

と言った。情報部員が『ここ』と言うのは無論、この地球防衛軍司令部のことだろう。長官である自分の首を取る気でいると言うことなのか。

 

それとも、「野球場か……スタンドに銃撃でもされたなら、ひどいことになるだろうな」

 

「はい。しかしどうすればいいか……」

 

スクリーンに現在の市民球場のようすが映し出された。要塞のごとく巨大なスタジアム。それは元々、このような事態に備えて街の中心に建てられたものでもあった。その中で今、何万という人々が虐殺を逃れて肩を寄せ合っている。

 

そしてその外を狂信徒が、まるで幽鬼の群れのように囲んでいる。手に手に〈AKライフル〉や日本刀を手に持って。

 

その者達ももう今では、酸欠にあえいでへたり込んでいる。一酸化炭素その他の有毒ガスの濃度もまた危険な域に達しているようだった。もう今の地下東京でまともに動ける者はいない。

 

けれどもそれはこの街だけだ。停電してない他の多くの地下都市では、民兵達がまだ暴れているらしい。子供を縄で縛りあげ並ばせている映像が藤堂の元に届けられる。

 

何語とも知れぬ外国語の音声に日本語の字幕が付いていた。

 

《〈ヤマト〉を戻せえ。引き返らせろお。要求を呑まない限り我々はこれを続けるう》

 

言いながらに、泣き叫ぶ子供を銃で撃ち殺す。まず手にズドン。足にズドン。ズドンズドンと何発か喰らわせ、最後に頭に押し当てズドン。彼らは血を浴び、死体のまわりに血溜まりが出来る。

 

そうして出来た死体の山が、もう〈山脈〉になっていた。

 

《見ろ、また死んだぞ。また死んだぞお。人殺しめ! これをやったのは我々じゃない。お前らだ! お前達日本人が殺したんだ! ケダモノめ! どうしてこんなことができる! お前らには人の心がないのかあっ!》

 

「まったく」と藤堂が言った。「しかし、いよいよ外国から民兵がやって来たとなると……」

 

「はい」と情報局員。「目的はこれと同じでしょう。要求を聞き入れるまで人を殺す。日本人の女子供を……」

 

「ああ」

 

と言った。ついにやって来た外国の暴徒。こんなやつらが世界中から押し寄せてくるとなると、もはやこの地下東京は――。

 

「おしまいだ」と誰かが言うのが聞こえた。「これでは、電力を回復させたとしても……」

 

「うむ」

 

と藤堂は言い、しかしどうなのだろうなと思った。たとえ狂人どもと言えども、今のこの街の状況は――。



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闖入者

「なんだこれは? 真っ暗じゃないか」

 

男のひとりが朝鮮語で言う。タッドポールの機内だ。長いトンネルをはるばる抜けて幾多の妨害を打ち負かし、ついに日本の地下東京にやって来たのはいいが、しかし窓に何も見えない。

 

「暗いだけじゃない。ひどく(けむ)っているようだな」

 

別の男がやはり朝鮮語で応える。機のライトが前を照らしているのだが、黒い煙に遮られて見通しが利かないのだ。

 

――と、行く手に巨大な壁が立ちはだかっているのが突然に現れた。

 

「うおっ?」

 

叫んで操縦士が機を操った。真正面から激突しそうになるのをすんでのところで(かわ)す。しかしグラリと機が傾いて、キャビンにいた十数人の〈乗客〉が転がった。

 

「なんだなんだ!」

 

「柱だよ」と操縦士。これも朝鮮語で、「柱にぶつかりかけたんだ!」

 

「柱だと?」

 

言って何人かが窓を見た。なるほど地下都市空間の天井を支える柱の一本に機が衝突するところだったのが彼らでもわかったらしかった。しかし、

 

「一体何をやってるんだ!」

 

「しょうがないだろ? 暗いうえに煙いんだから!」

 

「煙い? 何がどうなってるんだ」

 

「知るか!」

 

(わめ)き合いになる。だが機の中にも煙が入り、全員でタバコを吸ってるような具合になってきた。タッドポールは高空を飛ぶ性能も持つのでキャビンが与圧できる構造になってはいるが、気密されているわけではなく、人が吸う空気は機械で外から取り入れられる。機外の空気が煙っていればたちまち中も煙るのだ。

 

それだけではない。

 

「なんだ? 息が苦しくないか?」

 

ひとりが言った。他の者らが顔を見合わす。

 

「ああ、苦しい! なんだこれは!」「毒ガスか?」

 

口々に言い出す。彼らは強い反日思想を持ってここまでやって来たが、実のところ日本について何を知っているわけでもない。多くはまだ二十歳になるかならぬかという年齢の若者達で、この八年の苦難がすべて日本のせいだという考えを彼らの〈先輩〉に吹き込まれていた。

 

日本人を信じるな。やつらの言うことは全部が嘘だ。何がイスカンダル、コスモクリーナーだ。そんな話に騙されてなるか。

 

どうせすべてはあのイシザキという男が、企んだことに違いない。日本人だけ生き延びて他は殺す計画なのだ。許せん。だから我々で、その陰謀を止めるのだ。

 

とにかくそんな考えでいて、細かいことは考えてない。石崎を殺せば〈ヤマト〉は止まるだろう。冥王星を撃たれる前に――それだけしか考えてないのだ。とにかく日本にさえ行けば、なんとかなるに違いない――。

 

そんな考えでやって来た。石崎を殺しに来たのだが、石崎がどこにいるかを知ってるわけですらないのだ。地下東京が他ならぬ石崎首相の手に寄って停電中であることなど、無論、知るわけもなかった。

 

地下空間は真っ暗で、煙が機内に入り込む。

 

「罠だ! これは日本の罠だ!」

 

叫び声が上がる。そのタッドポール一機だけの話だけでなかった。何十という機体のどれでも乗っている者らが恐慌をきたし、喚き合って機内をドタバタと暴れまわる。

 

「ちくしょう、どこまで汚いやつらだ!」「日本人め。日本人どもめえっ!」

 

ゴホゴホ咳き込み、むせながらに彼らは怒鳴った。とにかく彼らの価値観では、悪いことは全部日本の仕業(しわざ)なのだ。

 

「前が見えない!」

 

操縦士が叫ぶ。タッドポールはどの機もグラグラ上下左右に動きを乱した。中にはニアミスを起こすもの、地下の柱や天井に激突するものもいる。

 

反重力航空機であるタッドポールは、少しくらい何かにブチ当たってもそれで墜落することはない。とは言え乗ってる者達がたまったものであるわけがなかった。ゴロゴロとキャビンの中を転げまわる。

 

「どうなってるんだ!」

 

喚いて、皆で窓の外を見ようとする。しかし真っ暗で何も見えない。

 

「ここはどこだ! 日本じゃないのか!」



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6時から12時まで

「簡単な話だったんだ」真田は言った。「バカバカしいくらいに簡単――小学校の算数レベルの単純な話だ。こんなものに(まど)わされていたなんて……」

 

〈ヤマト〉第一艦橋。他の者らがアッケにとられた顔をしている。

 

「ええと……」と新見。「なんの話なんですか?」

 

「だから、死角だよ。わかったんだ。もうひとつの死角が」

 

「はあ」

 

「艦長の言われた通りだった。死角のない武器などない。必ずどこかに別の形で死角が生まれているはずだと……その通りです。やつらの砲反射衛星には、死角がないように見えて実は大きな死角があった……」

 

「はあ」

 

と言って新見は今度は艦長席の沖田を見た。他の者達も沖田を見る。『別の形で死角がある』――確かに沖田はそんなことをさっき言ったようだなという表情で。

 

しかし当の沖田は言った。「そんなことを言ったかな」

 

「言いました」

 

「うん」と言った。「言ったかもしれん。だが、わしは知ってて言ったわけではない。わしにはわからないけれど真田君なら見つけてくれると思ってそう言っただけだ」

 

一同がみな頷いた。確かにそんな話でもあったようだなという顔だ。

 

「で、ホントにあったのか?」

 

「と思います」真田は言った。「砲台がどこにあるかを大きく絞り込めるはずです」

 

「ほう」

 

「ええと……」と太田が言う。「また、ラグランジュ・ポイントみたいに……」

 

「いや」と言った。「とりあえず、そいつは脇に置いてくれ。事はもっと簡単なんだ」

 

「はあ」

 

「小学校の算数レベルだ」もう一度さっきと同じことを言った。「わかってしまえば、『なんでそんな簡単なことに気づかなかったか』と思うような……」

 

真田は一同の顔を見た。皆が皆、『一体何を言い出すのか』という表情で自分を見ている。

 

けれど誰もが、説明を聞けばあまりのことに驚くだろう。〈魔女〉にそのような死角があるとはなかなか気づかない。気づいてしまえばバカバカしいほど単純と言うその事実にも。

 

「いいかみんな。こういうことだ」

 

真田は言って、コンソールのディスプレイにタッチペンで円を描いた。正面のメインスクリーンに表示させる。

 

「星は丸い」

 

「はあ」

 

と一同。全員の顔に、『何を当たり前のことを』と書いてあるのが読み取れる。

 

「で、ここに〈ヤマト〉がいるとしよう」

 

言いながら、真田は冥王星を意味する〈円〉の右横、時計で言う3時方向の離れた位置に球形艦首の〈船〉の()を描いた。つまり、それが〈ヤマト〉である。

 

「このとき、〈ヤマト〉はこの星のこちら側は見えるけれども、反対側を見ることはできない。向こう側は死角なんだ」

 

言って、〈円〉の『6時から12時まで』の範囲を斜線で塗りつぶす。

 

「ええと……」

 

と相原が言った。真田の話がわからなくて首を(かし)げているのではない。図で見ればあまりに簡単過ぎることを真田がわざわざ言うのに戸惑っている表情だ。

 

「それがなんなんです?」

 

真田は言った。「〈魔女〉は常に死角にいる」

 

「は?」と相原。「移動してるってこと?」

 

「してないよ。するわけないだろ。ビーム砲は固定式だ。星のまわりを自分でグルグルまわれるんなら鏡は要らん」

 

「そうですよね」

 

「そうだ。しかし砲台は常に〈ヤマト〉の死角にある」

 

「はあ」

 

とまた相原。今度は真田の言ってることのポイントが掴めない顔で、

 

「そうなんですか?」

 

「そうだ。だって死角でないなら、ビームを撃つと砲台がこちらで見えてしまうだろう。〈L5〉めがけて撃つところが、〈ヤマト〉のカメラに映ってしまう」

 

「そりゃまあ」

 

「だいたい、死角でないのなら、直接〈ヤマト〉を撃てばいいんだ。変な衛星を使わずにまっすぐこちらを狙えばいい……いや、一撃に沈める気なら、やつらは当然そうするだろう。波動砲の秘密が欲しくてそうはできないと言うだけだ」

 

「ええまあ」

 

「だから〈魔女〉は常に死角。敵は〈ヤマト〉が砲台の死角にいるときだけこの船を狙い撃つ」

 

「はあ……それはわかってますが……」

 

と相原が言う。他の者らも頷きながらも、『この先生は一体どうしちゃったんだろう』という眼を互いに向け合っていた。

 

「口で説明してもちょっとわからないだろう」真田は言った。「だが、図で見ればわかるはずだ」

 

「はあ」と一同。

 

真田は先ほど描いた画に線を書き足した。〈ヤマト〉が3時の方向にいるなら『6時から12時』が死角。さらに、時計で言えば11時のところに〈砲台〉を示す画を描いて、ふたつの鏡でカクカクとビームを反射させて〈ヤマト〉を撃つ図とする。

 

「これが〈ヤマト〉に撃ってきた一発目のビームだ。砲は星の向こうにあるな」

 

「はい」

 

と一同。皆、『この画がなんなんだ』という顔ながらも頷いて聞く。

 

「では、〈ヤマト〉が位置を変え、ここにやって来たとしよう。すると〈死角〉も変わるけれど、砲の位置は変わらない。つまり……」

 

タッチペンで真田は線を描き加えた。(いぶか)しげにスクリーンを見ていた艦橋クルー達の表情がそこで劇的に変化した。みな驚愕に眼を見開く。

 

一斉に言った。「ああっ!」

 

「わかるだろ? 簡単なことだったんだ」真田は言った。「〈魔女〉は必ずこのどこかにいる」



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火を噴く機械に藪は斧を振るっていた。ただひたすらそうする以外にできることがないのだから仕方がない。足元の床では斎藤副技師長が倒れたまま動かずにいる。

 

落ちてた斧を拾うとき揺すって声を掛けてみたがなんの反応も示さなかった。まさか死んでしまったなんてことはないと思うが、わからない。船外服がこの二百数十度の環境に耐えられなくなったのならば中の人間が無事でいられるはずがないのだ。

 

おそらく、生きていたとしても、このままでは斎藤は死ぬ。あと五分か十分のうちに――。

 

そうは言っても船外服込みで重さ百キロを超える斎藤の身体を藪がひとりで機関室から運び出すなど無理な話だ。そして、火事。藪には火が燃え広がるのを防ぐと言う仕事があった。とにかく斧を振るわねば何もかもおしまい。斎藤に構う余裕があるはずもない。

 

藪は斧を振り下ろした。やってみるとこれが重労働だった。回路基板は思いの他に頑丈で、渾身の力を込めてもロクに壊れてくれない。

 

重い斧を振り上げ、下に叩きつける。藪にしても軍人だから体を鍛えてはいたが、しかしこれはひと振りが懸垂の一回にも相当するほどの運動だ。とても長く続けられるものではない。

 

『頑張れ! もう少しだ、もう少しだけ!』

 

通信で徳川機関長の声が聞こえる。藪は「はい」と応じながらも、あとどれだけ『もう少し』が続くんだよと考えた。せめて言ってくれるのが、じいさんじゃなくて若い女の子なら……。

 

しかしもうダメだと思った。限界だ。そもそもこんなのひとりの手で追いつくようなもんじゃない。ここでおれが諦めたら船はおしまいで地球も終わりと言われても、無理なのは無理。

 

一回ガンと斧を振ったら、それからしばらくフウフウと息をついて休みを入れて、それからまたよっこらしょと斧を振り上げる。とうとうそんな具合になった。

 

――と、部屋に充満していた煙が急に横に流れ出した。おや、と思う。

 

『藪』徳川の声がした。『もう大丈夫だ。よく頑張ったぞ!』

 

「は?」

 

自分の〈服〉についた温度計のメーターを見る。《200》を超えていた数値がみるみる下がっていくのがわかった。火災で発した煙も流れて部屋から出て行き、視界が晴れつつある。

 

そしてドカドカと音が聞こえた。気づけば周囲で、斎藤と同じ船外服を来た者達が、まだ火を噴いてる機械に斧を振り下ろし、配線をちぎって消火剤を吹きかけている。

 

『もう大丈夫だろう。よくやったな』

 

通信機にまた徳川機関長の声が入ってきた。

 

「はあ」と応えた。「何がどうなっているんです?」

 

『何、簡単なことさ。空気を換気させたんだよ』

 

別の声が通信機に入ってくる。この部屋にいる技術科員のものらしい。

 

『機関室の右と左の送風機を設置して、外の冷気があっちの口から入ってこっちへ流れるようにしたんだ。今この船の中は機関室だけ二百度で、他はマイナス何十度だからな。零下の空気がドーッと流れ込みゃあ、この部屋だってイヤでも冷える』

 

「ははあ」

 

『火はおれ達でなんとかする。機関員も追っつけ戻ってくるだろう。それまで〈予備システム〉ってやつを見てやってくれないか。おれ達にはよくわからないからな』

 

「あ、はい。いえ、でも……」

 

『大丈夫だ』と艦橋からの徳川の声。『わしがこっちでモニターしているからな。お前はわしの指示通りにすればいい』

 

「はい」

 

と言ってその部屋を出る。見るとなるほど通路の先で、直径が1メートルはありそうなプロペラファンが風を送っているらしいのが見えた。



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10時から12時まで

真田は手元のコンソールのパネルのひとつが映し出すカメラの映像に眼を向けた。自分の本来の部下である技術科員の者達が、機関室から数人がかりで斎藤らしき船外服の男を運び出すところが映っている。どうも意識がないらしく見えるが大丈夫なのかな、と思ったが、

 

「とにかくだ」と、艦橋クルーに対して言った。「わかるだろう。〈衛星反射砲〉と言う武器は〈死角でないところが死角〉なわけだ。直接〈ヤマト〉を撃てないために、死角からしか撃ってこれない。しかし〈ヤマト〉が動いたら死角もまた動くのだから、二回撃てばふたつの死角が重なるどこかに砲台があると言うことが(おの)ずと明らかになってしまう」

 

今や艦橋にいる者達は、真田の話を完全に理解し、頷いて聞いている。当然だろう。図で説明してしまえば一目瞭然なのだから。

 

真田は〈一発目〉の図を、冥王星に対して〈ヤマト〉を画面の右横、時計で言う3時方向に置いていた。すると『6時から12時まで』の範囲が〈ヤマト〉から見ることのできぬ死角となる。

 

次いで、真田は〈二発目〉のとき、〈ヤマト〉が7時の方角に移動しているように描いた。すると、『10時から4時まで』が新たな死角と言うことになる。

 

砲台は必ずそのどこかにある――が、しかしだ。『12時から4時まで』のどこにもそれがないことは、〈一発目〉の図を見れば明らかなのだ。あいるのは必ずふたつの死角が重なる範囲、『10時から12時まで』と言うことになる。

 

それはタッタ60度。星全体の六分の一だ。他の六分の五については、『砲台は存在し得ない』として除外していいことになる。

 

図で見てしまえば単純そのもの。小学生でも0点小僧でない限りわかるほどの簡単な算数……しかし言われてみなければ、自分でこれに気づく者はなかなかいないかもしれない。艦橋内でスクリーンを見上げる者らは、みな驚きの表情のままだ。

 

「しかも、〈ヤマト〉はこれまでに二度しか撃たれてないわけじゃない」と真田は続けて言った。「星の周りを回りながら何度も何度も撃たれてきたのだ。一発撃つごとに敵はわざわざ自分から、〈捜索不要〉の範囲を広げてこちらに明かしていたことになる。ゆで玉子が自分で殻を落としていくみたいにな」

 

真田は図中の『10時から12時』、まるでピザの最後に残ったひと切れのような部分に線を描き入れた。その残りさえ半分を食ってしまったような図にする。

 

「〈魔女〉は必ずここにいる。ただここだけ探せばいいんだ」

 

太田が言う。「後はそこに航空隊を行かせれば……」

 

「そうだ」と言った。「太田、こいつの計算はできるな。すぐ割り出せ! すべての死角を重ね合わせて範囲を絞り込むんだ!」

 

「はい!」

 

と太田。真田はメインスクリーンの()を、冥王星全土の地図に切り替えた。

 

「古代がさっきの『やえ、よのなか』の意味を察しているならば、おそらく今はこの辺りに向かって飛んでいるはずなんだな」

 

タッチペンで印を付ける。新見が応えて、

 

「はい、そうです」

 

「〈魔女〉はおそらくそこからそう遠くない。着く頃には太田の計算は済んでるだろう……」言って、沖田の方を向いた。「艦長、意見を言わせてもらってよろしいでしょうか」

 

「なんだ?」と沖田。

 

「航空隊との交信です。もはや通信を制限する意味はないと考えますが。古代がこのポイントに着けば、おそらくこちらに指示を乞うてくるでしょう。今までのようなやりとりでは、捜索すべき範囲を教えてやれません。そしてこちらが〈死角でない死角〉に気づいたのはどうせすぐ敵も気づく……」

 

「だろうな」と言った。「相原、今のを聞いていたな。航空隊との通信制限を解除する。太田の計算が出来たなら、古代に指示を送ってやれ」

 

「はい」

 

と相原。沖田は頷き、それから真田に眼を向けた。

 

「やったな、真田君」

 

「はい……」

 

と応えつつ、どうなのだろう、これでおれは〈魔女〉に勝ったことになるのかなと、真田は自分に問いかけていた。自分の描いた図を見直す。

 

この考えでビーム砲台がある位置を大きく絞り込めるのは間違いない。〈ゼロ〉と〈タイガー〉の能力ならば探せるはずと言える程度に。

 

沖田は『君なら〈スタンレーの魔女〉に勝てると見込んだ』と言って、砲台の位置を突き止める任務を自分に課した。どうやらこれでその役を半ば果たしたと言っていいのかもしれない。後は古代が〈ゼロ〉で〈魔女〉を殺ってくれれば、おれはあいつの兄貴の仇を取ったことになるのかも。

 

が、しかし――と真田は思った。そのときに新見が言った。

 

「艦長。ひとつ懸念(けねん)があるのですが……」

 

「なんだ?」と沖田。

 

「航空隊を計算で割り出した場所へ向かわすのはいいのですが、途端に敵は〈魔女〉の居場所をこちらが突き止めたのを知るわけでしょう。必ず迎撃に出てくるはずです。戦闘機には戦闘機。〈ゼロ〉と〈タイガー〉は百機の敵に迎え撃たれることになる……」

 

「だろうな」と沖田。「しかし、それは元々わかっていたことだ」

 

「ええ。そうではあるのですが」

 

と新見が言う。そうだ、と真田も思った。艦長はおれに〈魔女〉の対策を任せたとき、『敵は必ず戦闘機を百機程度は残しているはず』とも言った。〈ヤマト〉の航空隊と戦う最低限の戦力として――そしてその全機を基地でなく砲台の護りにまわしているはずだと。古代が〈魔女〉に向かうとき、その百機が飛び出してくるのだ。

 

いかに機体の性能では地球の方が上と言っても、これは航空隊の者らに『死ね』と言うようなものだ。たとえ勝って終われたとしても、果たして何機生き残れるのか。

 

おそらく、ほんの数機がせいぜい。ことによると全滅と言うことすらないと言い切れない。

 

どうする、と思った。もしすぐにでも砲台が見つかり核をブチ込めるなら、古代のやつはその後有利に戦うこともできるはずだ。損耗は少なく済むと期待していいはず。

 

だが、長引くことになれば――どうする、と思った。なんとかして〈魔女〉の居場所をもう少し絞ることはできないのか。それができればそれだけ古代と戦闘機乗り達を助けてやれることに――。

 

「待てよ」と真田は言った。「そうだ。ひょっとして……」



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殲滅指令

『〈アルファー・ワン〉、聞こえるか? 通信制限を解除する。ユニフォーム、インディア、ヴィクター』

 

通信機に相原の声が入ってきた。最後に何やら付け足したのは、これが敵によるニセの通信でないのを確認するための符合だ。作戦前に、『今日は制限解除するとき「(アルファー)(ブラボー)(チャーリー)」と言うからな、とか、「(エコー)(フォックストロット)(ゴルフ)」と言うからな』、と決めておく。それが今日は『(ユニフォーム)(インディア)(ヴィクター)』。

 

これは毎回アトランダムに変えるので敵が知ることはできないはずで、ちゃんと暗誦できたなら『間違いなく〈ヤマト〉からの通信だ』と考えていいと言うわけだ。

 

古代はマイクのスイッチを入れた。「制限解除了解。ウイスキー、タンゴ、デルタ」

 

『確認した。現在の位置座標及び残存機数を知らせよ』

 

教えてやった。すぐ返信が返ってくる。

 

『今から送るデータが示すエリアに全機で向かってくれ。そこに〈魔女〉が居るとみられる』

 

ディスプレイに地図とそこへ行くために取るべき方位が表示された。古代がいま向かう空域の少し先に、リンゴをひとくち齧ったような(いびつ)な領域が描かれている。

 

『〈魔女〉の居場所を、ほぼ四国(しこく)の面積と同じ範囲まで絞り込んだ』

 

と相原の声。示されたのは、二百掛ける百キロほどの歪んだ四角形。なるほど日本の四国とほぼ同じと考えて良さそうだ。

 

古代達は北海道から沖縄まで飛ぶのと同じほどの範囲を探す覚悟でここまで来た。それが大きく手間が(はぶ)かれたことになる。

 

これは――と古代は思った。これならいける。〈ゼロ〉と〈タイガー〉ならば充分――。

 

『後は君達で見つけてこれを殲滅してくれ。なお、戦闘機による迎撃が予想される。言える言葉はひとつだ。勝て』

 

「了解!」と古代は応えた。

 

 

   *

 

 

「敵戦闘機隊がまた進路を変えました。砲台のある方角です」

 

冥王星ガミラス基地でレーダーのオペレーターが告げる。シュルツはフンと鼻を鳴らした。

 

「気づいたな。〈第二の死角〉に」

 

「この動きはそう取るしかないでしょう」ガンツが言った。「おそらく、まだ死角に死角を重ねただけ。〈反射衛星砲台〉の位置を〈点〉で突き止めたわけではないでしょうが」

 

「無論だ。しかし同じことだ。こいつらに砲を叩かせはせん。その前に全機叩き墜としてやるのみ」

 

「では、こちらも戦闘機を……」

 

「そうだ。バラノドン隊、全機発進させろ」シュルツは言った。「今このときのために残った者達だ。必ず、体当たりしてでも、地球のやつらを途中で止めてくれるだろう」



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バラノドン迎撃隊

冥王星の白茶けた大地は、かつて青かった頃の地球の海の底のようでもある。貝殻や石が砕けて砂になり積もった遠浅の海岸のようだ。

 

地球の海でよく見れば、そこにカレイやヒラメがいて、砂に擬態(ぎたい)しジッと動かずいたりする。獲物がそばにやって来ると砂塵を蹴たてて跳び上がり、一瞬に食らいつくのが彼らの狩りだ。

 

今、まさにそれに似た平べったい物体が、固体窒素と固体メタンの雪が積もった雪原の中から姿を現した。きな粉色のパウダースノーを振り払って宙に浮かぶ。

 

その動きもカレイかヒラメ、もしくは、ある種のエイやカブトガニと呼ばれる生物そっくりだった。浅い海の砂場に潜んで狩りをする平たい生き物そのものの物体。それが、ひとつふたつと次々に身を躍らせて浮上する。

 

ガミラスの戦闘機だった。その数はおよそ百機ほど。カレイのヒレか、カブトガニの尾に似たものが付いてしきりに動かしているが、しかしロケットエンジンのノズルのようなものはない。すべての機動を人工重力装置で行う反重力戦闘機なのだ。

 

ゆえに一見、地球の空を飛んでいるタッドポールを平べったくしたようでもあるが、ただの反重力機ではない。冥王星の重力に最もうまく〈反する〉ように改造された特化型の機体だった。他の星に持って行ってもロクに飛ぶこともできないが、しかしこの星においてはツバメ。自由自在にクルクルと空をダンスすることができる。

 

ガミラスは戦闘機の性能で地球のものに劣っていた。まともにやって勝ち目がないのは彼らもよく知っている。

 

だが、不利を(おぎな)う手段が無いと言うわけでもない。やろうと思えばいくらでも手は講じられるのだ。

 

そのひとつが、冥王星の空でだけ強い戦闘機を造り上げ、防衛機とすることだった。彼らの中でも腕の立つパイロットに特別な訓練をしてそれに乗せ、いつかやって来るだろう地球の戦闘機隊に備える。

 

数は百――それがこの前線基地で彼らがまかなえる限界であり、また必要充分と言えるはずの数字だった。

 

〈ヤマト〉がもし波動砲を撃てたなら為す(すべ)もなく消し飛ばされるのを承知で残った者達でもある。基地の守備隊であるがゆえ他の者らと同様に避難することは許されず、逃げるつもりは元よりない。地球人の戦闘機と戦わずして去るなどむしろ『誇りにかけてできない』とする者達だ。

 

彼らの機に付いた名前は〈バラノドン〉。彼らは〈バラノドン迎撃隊〉だ。一対一で戦うならば、やはり地球の〈ゼロ〉や〈タイガー〉に(かな)う力を持ってはいない。とは言え、今に三対一でぶつかり合って、()があるのは果たして〈ヤマト〉の航空隊か、彼らの方か。

 

これまでこの冥王星に地球側の戦闘機が来たことはなく、地球人は誰もこのステルス反重力迎撃機について知らない。この〈バラノドン〉どもが冥王星の空をどのように飛び、どのような戦法を持つか知る者はいないのだ。

 

無論、ただでさえ地球にはアウェイの戦場だ。〈ゼロ〉と〈タイガー〉は対空砲火を避けて低空で戦うしかない。しかし、〈バラノドン〉にとって、対空砲は背中を護る後ろ盾。

 

今、百機の〈バラノドン〉が、反重力の作用によって高く高く上昇する。その姿は冥王星の空に合わせて設計されたステルスの(みの)に覆われて、〈ゼロ〉や〈タイガー〉のレーダーでは捉えるのも難しかろう。

 

しかしガミラス基地の中では、彼らの動きはすべて把握されていた。レーダーの画像を見ながらシュルツが言った。

 

「戦闘機の性能が、戦力の決定的差ではない。地球人め。それを思い知るがいい――」



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ガントレット

並び立つ巨大な変圧器と変圧器の間に敷井が飛び込むと銃弾は飛んでこなくなった。ひとまず銃の火線を逃れたものらしい。けれどもそれが一時(いっとき)だけのことであるのもまた疑いない。

 

「そっちだ!」「追え!」

 

と叫ぶ声が反響して聞こえてくる。そして銃声。ガンガンとキャットウォークの床を鳴らして走る足音。バラ撒かれる薬莢が鳴らす楽器のような響き。

 

足立と宇都宮が銃を撃ちつつ敷井のいる場所に駆け込んできた。さらに遅れて流山がこちらにやって来ようとしている。

 

しかし、途中で銃弾に撃たれた。倒れながらも拳銃を抜き、身を引きずって這いながら、敵に応射しようとする。

 

――が、そこまでだった。連射を浴びて流山はその場に動かなくなった。

 

「ちくしょう」と足立が言う。「もうおれ達だけか」

 

「ああ」

 

と言った。敷井自身と、足立と、そして宇都宮。もうこの三人しか残っていない。

 

「どうする。おれ達だけで……」

 

ここを突破できるのか? こいつはまるで、〈ガントレット〉じゃないかと敷井は思った。剣を振り下ろす甲冑騎士が立ち並ぶ細い(みち)を奴隷に駆け抜けさせる死のゲーム。

 

出口まで辿り着けたらおなぐさみ、と言うやつだ。しかし絶対に抜けられるはずが――。

 

などと考えるヒマもなかった。キャットウォークに人影が現れ、上から銃を撃ってきたのだ。

 

敷井の周りで跳弾が(はじ)け、火花が散る。

 

「わわっ」

 

叫んだ。撃ち返しつつ後ろへ下がる。

 

変圧器は巨大な円筒であるために、丸みに沿って移動すれば火線を避けることも可能だ。しかし、

 

「こっちだ!」「逃がすな!」

 

と〈石崎の(しもべ)〉どもが呼び交す声。また別の方向から〈AK〉を持った男が飛び出してきた。

 

敷井はビームカービンを向けて、撃った。タマは当たるが、しかし男は防弾着で身を(よろ)ってもいるらしい。倒れず、銃をダダダダとフルオートで撃ちながらそのまま突っ込んでくる。

 

「うおおおーっ!」

 

叫び声を上げた。敷井はその男が持つ〈AK〉の先にも銃剣が装着されているのを見た。

 

その切っ先が自分に向けられている。弾丸を撃ち尽くしても男はそのまま向かってくる。こいつはそれでおれと刺し違える気なんだ、と敷井は知って恐怖に駆られた。相手の腰に狙いを変えて撃ち続ける。

 

防弾されてないはずの脚を撃っても男の勢いは止まらなかった。ビームに体を貫かれても男はまだ突っ込んでくる。

 

おそらく、もはや痛みを感じていないのだ。実体を持たぬビーム弾にはマン・ストッピング・パワーがなく、突進する相手を止められぬときがあると言われる。言われるが、その実例を見ているのだと敷井は思った。しかしまさか――。

 

とうとう銃剣に銃剣で応戦することになった。刃を刃で受けて斬り返す。ガキンと言う音が鳴って火花が散った。

 

腕にビリビリ(しび)れるような衝撃を覚える。敷井が体当たりを喰らわせると男は転び、そこをビームで撃ってやったら喉の辺りから血を噴き出してようやく動かなくなった。

 

しかし一息つくヒマもない。別の〈(しもべ)〉がまた銃剣付き〈AK〉を持って飛び出してやってくる。そしてまた別の方から別の〈(しもべ)〉が現れて、やはり〈AK〉で撃ってくる。

 

敷井と足立で撃ち返した。しょせん相手は素人の乱射。対してこちらは訓練を受けたプロの兵士だ。二人三人と撃ち倒し、キャットウォークの上に立つ者も狙い落としてやった。

 

今さっきの男のように撃っても平気で突っ込んでくるようなのは、さすがにそういないようだ。とは言え、

 

「行こう、留まっていたら殺られる!」足立が叫んだ。「走り抜けるんだ。それしかない!」

 

「わかった!」叫び返した。それから宇都宮に、「いいな!」

 

「はい!」

 

三人で走り出した。〈ガントレット〉の中に。



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一斉突撃

「中で戦っているやつがいるんだ! 中で! 突入に成功した者がいる!」

 

変電所の外では声が響いていた。無線通信が交わされて、拡声器でも叫ばれている。

 

「突入に成功しただと? どこだ。どこから中に入れる?」「わからん。裏から入ったとか……」「もう石崎を殺ったのか?」「だからわからん!」

 

声が飛び交う。変電所の前には何千と言う数の死体。千ピースのジグゾーパズルを何箱も買って中身をブチ撒けたような――それがこのたった三時間ばかりの戦闘の結果だ。これまでずっと攻略側は敵の護りに(はば)まれていた。しかしそれがここへきて、突然に潮の流れが変わったのを多くの者が感じていた。

 

兵達は皆、酸素不足であえいでいた。火炎放射に爆発の炎、何万と言う兵士達の呼吸のために、周辺の酸素は使い果たされていた。息を吸っても酸素を肺に取り込めず、まともに立てる者さえいない。

 

が、それでも、

 

「行こう。行くんだ……」這うようにしてヨロヨロと身を起こす者がいる。「ここにいたって死ぬだけなんだ。生きるには中に突っ込んでいくしかない……」

 

「そうだな」と応える者。「行くなら今しかない……」

 

銃を手にして立ち上がる。立ってみれば結構立てるものだった。〈石崎の(しもべ)〉からの銃撃は弱まっている。火炎放射の炎もなく、迫撃砲の砲撃もない。

 

上空にはタッドポール。まだある銃撃を浴びながらも、拡声器で下に向かって叫び立てる声がする。

 

『みんな、立て! 立って進め! これが最後の突撃だ!』

 

「おーっ!」

 

という声が上がる。よろめきながらも兵士達は走り出した。

 

『皆のために道を作ろう!』タッドポールの機内でも、乗る者達が他の機と互いに無線で呼び合っていた。『こいつで直接突っ込むんだ! 体当たりで敵を潰す!』

 

『わかった!』

 

そしてまず、一機が低く高度を落とした。腹をこするかと言うほどの低空飛行で変電所に向かっていき、〈石崎の(しもべ)〉が張った鉄条網に突っ込む。

 

高圧電流の火花が散った。何本ものトゲ線を機体に絡ませて引きずりながら、それでも前に向かって進む。

 

砦を護る〈(しもべ)〉達が機関銃で迎え撃つ。タッドポールは構わずにバリケードに突っ込んだ。

 

空気よりも〈軽い〉機体がゴム風船のように(はず)む。LED投光器を()ぎ倒してそこで止まった。機が潰した銃座は完全に沈黙していた。

 

「いいぞ! あそこだ!」

 

銃剣兵が歓声を上げ、その機が作った道へ向かう。上ではタッドポール乗り達が『続け、続け!』と呼び合いながら敵に向かって体当たりをかけていく。

 

「行けーっ!」

 

叫び声がする。ついに敵の護りは崩れた。薙ぎ倒された鉄条網を踏み越えて、兵の群れが変電所に突進を始めた。



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波動エンジン炉

そこは無数のレバーやダイヤル、メーターが並ぶトンネル状の空間だった。奥に銀行強盗の映画でよく見るような丸く分厚い金属製の扉がある。

 

〈ヤマト〉機関室。波動エンジンの〈コア〉を納めた炉の制御室だ。藪は徳川に命じられるまま、初めて入ったその円筒の中にいた。

 

銀ピカの消防服を着たままだ。右も左も機器に埋め尽くされていて、何が何やら見当もつかない。

 

『大丈夫か』

 

と、通信機で徳川の声が耳に入ってきた。

 

「ええ、でも……」

 

『心配するな。迂闊(うかつ)にいじっちゃいけないようなレバーやボタンには、全部ロックやカバーがしてある。不用意に触ったところで問題はない』

 

「はい」

 

と言った。なるほど一見するところ確かにそのようでもあるが、だからと言って触ってみたいと言う気もしない。

 

『いいか藪。その部屋の奥にあるのがエンジンの炉だ』

 

と徳川の声。藪は「はい」と返事した。

 

『そいつの〈火〉はいま消えかけてしまっておる。〈ヤマト〉はすべてがその〈火〉の力で動いとるので、消えてしまったらおしまいなんだ。一度消えたら二度と〈火〉は点けられず、わしらはみんな永遠にここで氷漬けとなるのだ』

 

「それはわかりますが」

 

『うむ。今それを防げるのはお前しかいない。藪、お前がカルトッフェルザラートをアプフェルシュトゥールーデルにして、ゲロイフェルター・ラックスをヘーフェバイスビアのレバークヌーデルズッペにするんだ』

 

「は?」と言った。「ええと……」

 

『ゲロイフェルター・ラックスをヘーフェバイスビアのレバークヌーデルズッペにするんだ』

 

「あの……もう一度言ってください」

 

『何、難しく考えんでいい。いちばん奥に丸い扉があるだろう。真ん中にハンドルが付いとるな』

 

「はい」

 

と言った。確かに船の舵輪のような大きな丸いハンドルがあるのがわかる。

 

『そいつの上にランプが付いとる。今は赤く光っているな。その光が緑になるまでハンドルを時計回りに回せばいいんだ』

 

「ええと……」と言った。「あの、それだけですか」

 

『そうだよ』

 

「ただそれだけ?」

 

『そうだ』と言った。『いいか藪。今すべてがお前の力にかかっていると言ってもいいんだ』

 

「はあ」

 

と言った。そりゃそうかもしんないけど、なんかおれの仕事ってこんなんばっかりじゃあねえか? そんなふうに思いながら扉に近づきハンドルに手をかける。

 

「時計回りですね」

 

言って腕に力を込める。しかし固くてまったくウンともスンともしない。

 

「これ、回りませんけれど」

 

『ロックを外しとらんのじゃないか? ハンドルの根元んところをよく見てみろ』

 

「は?」

 

と言った。なるほど基部にロックレバーらしきものがある。『先に言え』と思いながら解除した。

 

あらためてハンドルを回そうとする。が、しかし、

 

「やっぱり回りません」

 

『そんなはずはない。力を込めてやってみろ』

 

「そう言われても……」

 

グイと力を込めてみる。ようやく少しだけ回った。回りはするが、

 

「これ、すごく重いんですけど」

 

『そうだろう。そのハンドル、すごく重いんだ』

 

「先に言ってくださいよお!」

 

フウフウ言いつつ一回転ほどさせてみた。けれどもランプは赤のままだ。

 

「これ、どのくらい回すんですか」

 

『わからん。緑になるまでだ』

 

「ううう」

 

『頑張れ藪。若いもんが泣きごと言うな。今はすべてがお前ひとりにかかっているんだからな』

 

「はあ」

 

と言った。嘘だ、そんなことあるもんか、と思いながら。



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逢魔が時

古代が故郷の三浦の海で、夕暮れどきに磯辺(いそべ)に立てば、そこに自分の影が長く伸びているのが見えた。そして岩の影と重なり、(まだら)模様を作っているのが。

 

当然だ。太陽が真横にあれば地に落ちるものの影は長くなる。

 

古代は今、〈ゼロ〉のキャノピー窓に同じものを見ていた。〈ヤマト〉に『行け』と命じられた〈魔女〉が居るはずの領域は、冥王星の赤道付近。やって来てみれば今そこは、遠く小さな太陽を地平線のすぐ上に見る〈逢魔(おうま)が時〉の地帯だった。クレーターや岩の影が地面に長く落ちているため、見渡す限りゼブラ柄の布を敷き詰めたようになってしまって、地のようすを掴みにくい。

 

「こりゃあ……」と古代は言った。「眼がおかしくなりそうだな」

 

『自然のカモフラージュでしょうね』

 

と山本が通信で言う。戦闘機同士の交信は、今も敵にはまず傍受できないはずの〈糸電話〉を使っている。

 

『こういうところだからこそ、〈魔女〉の隠れ場にしてるんでしょうが……』

 

「うん」

 

と言った。古代達は、〈ヤマト〉が計算で割り出したとするビーム砲台があるはずのエリアにいま着いたところだった。レーダーマップに相原から『探せ』と言われた範囲が示されている。日本の四国とほぼ同じ広さの二百掛ける百キロの領域。〈ゼロ〉と〈タイガー〉の性能なら容易(たやす)いはずとさえ思ったのだが、来てみれば――。

 

「まずいな」

 

と言った。自然のカモフラージュか。こういうところだからこそ、敵はビーム砲台の置き場に選んだ――地球人の戦闘機がいつかやって来るのに備えて、上を飛んでも〈魔女〉をなかなか見つけられなくするために。

 

そうだろう。山本の言う通りに違いない。こんなところをジッと見つめて高速で飛んだら、眼も頭もすぐにおかしくなってしまって地面に墜落してしまいそうだと古代は思った。

 

見渡す限り黒と白のゼブラ模様。この一帯はこの十年間、眺めはずっとこんな調子であったはずだ。影がいくらか長くなったり短くなったりするだけで、ほとんど変化することがない。〈魔女〉が隠れ家とするのにこれほどいい場所はあるまい。

 

「どうする?」

 

と古代は言った。加藤が返事を返してきた。

 

『どうもこうも、やるしかないでしょ。この数でやりゃなんとかなるよ』

 

「それもそうかもしれないが……」

 

そう。確かにそうだと思った。『200×100キロ』と言う面積だけを考えれば、〈ゼロ〉と〈タイガー〉34機で充分探せるはずなのだ。それがただ少しばかり仕事が面倒になるだけだ。

 

古代は言った。「わかった。やろう。おれが真ん中で横に広がり、全機でグルッとひとまわりだ。それでいいな」

 

『了解っす』

 

と加藤が応じてきた。他の七つの四機編隊の隊長達もそれに習う。

 

古代の〈アルファー〉を中心に、九つの隊がそれぞれ他と5キロほどの間隔を取って横に並び、索敵すべきエリアに入っていくことになった。

 

そのときだった。最も右端にいた一機が、

 

『うわあっ!』

 

と、悲鳴のような通信を発した。〈インディア・フォー〉だ。

 

古代はレーダー画像を見た。その機体はまだ信号を発している。けれどもその一機を含めて、〈インディア隊〉の四機は皆、隊を乱してバラバラに逃げ惑っているらしい動きを見せていた。

 

――と、《I4 FRIEND》の指標が画像から消える。

 

殺られたのだ。〈ヤマト航空隊〉は遂に、〈味方(フレンド)〉を一機失った。

 

しかし、

 

「なんだ?」古代は言った。「何があったんだ?」

 

 

 

   *

 

 

 

「一機撃墜。こちらの損害はありません」

 

冥王星ガミラス基地でオペレーターが報告する。シュルツは満足の笑みを浮かべた。

 

「フフフフフ、それでいい。そうそうやつらの思い通りにさせてたまるか」

 

横でガンツが、「この調子で次から次に墜としてやれたらいいのですがね」

 

「まあそこまでうまくはいくまい。しかしやつらにしてみれば、〈反射衛星砲〉を見つけて攻撃せねばならんのだろう。一機一機と墜とされながらそれが果たしてできるものかだ」

 

「無理でしょうね」

 

「当然だ。できるわけがない。やつらは務めを放り出して身を護るしかないだろう。それがわたしの狙いだ」

 

言ってシュルツはまた笑った。ガンツもまた笑い返す。司令室内の誰もが皆、余裕を取り戻した顔で笑っていた。

 

「こいつらは今では母艦と通信を交わしているらしいな」

 

シュルツが言うと通信士が、

 

「そのようですね。この状況をすぐに〈ヤマト〉も知るでしょう」

 

「フフフフフ。それでいい」とシュルツはまた言った。「〈ヤマト〉め。貴様に貴様の鳥を救う手が打てるものなら見せてみろ――」



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100機で1機を34回

百機あまりの〈バラノドン〉は、〈タイガー〉の一機を葬った後、いったんバラバラに散開してから一斉に上昇に転じた。

 

反重力装置によって機の重みを極大にまで〈軽く〉しての全速上昇だ。いかにステルス機と言えども、今は〈ヤマト〉の戦闘機隊のレーダーにその姿は捉えられているはずだった。

 

が、それでも構わない。やつらに何ができるものか――パイロットの各々(おのおの)は、皆そう考えていた。

 

地球人の戦闘機は、対空砲火を避けるためにこの星の空では高度を上げられない。それに対して味方に撃たれる心配をしなくていいこちらは自由に高空へと昇っていける――それがこの戦闘におけるガミラス側の強みだった。

 

ゆえにこの有利を生かさぬ手はなかった。地球の機が追ってこれない高空へ逃げ、そこで標的を見定めてから急降下で襲うのだ。

 

彼らは『決して地球の敵と一対一でやり合うな』と言う指示を受けていた。機の性能は絶対的に地球の方が上であり、特にあの〈タイガー〉と呼ばれる型はその性能もさることながら、乗る者達は凄腕だ。まともにやってこちらが勝てる敵ではない。

 

だから全機で固まって行け。狙うのは編隊のいちばん端にいるやつだ。急降下で百機一斉に襲いかかれば、敵がどんなに強かろうと墜としてやれぬわけがない。

 

一機殺ったらすかさず上昇。次の獲物を見定めて、また全機で襲うのだ。

 

それがこの会戦で彼らが選んだ戦法だった。〈ヤマト〉に積まれた戦闘機はしょせんたかだか三十数機。対してこちらが残せる数もせいぜい百機。

 

三対一の戦いになるのは、元より予想されたことだ。三機で一機と戦っても地球に勝てるかわからぬが、百機で一機を三十数回繰り返すのであればどうだ。

 

地球人がビーム砲台の死角に気づき、戦闘機隊を送ってくるのもやはり前から予想していた。この戦法を実施するのはそのときだ。地球人は当然分かれて砲台を探しにかかるに違いないから、そのときいちばん端にいる者を狙って襲えばいい――。

 

そうしてそれを繰り返すのだ。地球人はこちらの考えにすぐに気づくことだろうが、むしろそれが望むところ。

 

知ったところでやつらに何がどうできる。百対一でやつらに何がどうできる。狙われたら生きる望みがないのはわかりきった話。だから、やつらは恐れ(おのの)くしかないのだ。『次に襲われるのは自分ではないか』と怯え、とても任務どころではなくなる。

 

ビーム砲台を探して飛ぶなどまったく不能! それが彼らの作戦だった。遥か高くの空まで昇ると、百の〈バラノドン〉が翼を触れ合わさんばかりにまとまって編隊を組む。まるで地球の青かった海で、ゴンズイと言う魚が作った〈玉〉のような密集陣形。

 

反重力戦闘機ならではの群体フォーメーションだった。重力場で結び合わされた百の機体が編隊長機の機動に合わせて一糸(いっし)乱れることなく動き、それでひとつの塊となって定めた標的に集中攻撃を仕掛けるのだ。

 

編隊長は次の標的の見定めにかかった。眼下に広がるゼブラ柄の景色の中で、まるで地球の蛍のような光が踊っている。

 

慌てふためき、てんでに右往左往している地球人の戦闘機隊だ。

 

いいザマだ、と〈バラノドン隊〉の隊長である彼は思った。地球人め、とくと恐怖を味わうがいい。一機たりとも逃すものか。そこで最後の一機まで永遠の氷漬けにしてくれるわ、と――。



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次の狙いは

『あいつらは群れで襲ってきたんです! 何十機がひとつの大きな塊になって、上から――!』

 

インディア編隊の隊長機の叫びが通信で聞こえてくる。その内容に古代は慄然とした。

 

「つまり」と言う。「そうして一機に狙いをつけて、集中的に……」

 

『そうです!』

 

『いかん!』と加藤の声がした。『そんなの、(かわ)しようがないぞ!』

 

そうだ、と思う。他の者らも、

 

『そうだ、狙われたらおしまいだぞ!』『どうする?』

 

と通信で呼び合っている。レーダーには上昇していく敵の編隊。バラバラに映っていたものがやがてひとつにまとまって、ステルスの(みの)を被って〈見えなく〉なる。

 

『来るぞ!』

 

数人が口々に言った。そうだ、レーダーから消えたのは、敵がまたこちらの一機に狙いを付けて一斉に急降下を始めたと言うこと――次の標的は誰なんだ、おれか?と古代は思った。隊長機がこの〈ゼロ〉だと思えば当然やつら――。

 

おれを狙うに決まっている! そう思った。だが違った。『ぎゃああっ!』と言う悲鳴が通信で聞こえてくる。

 

レーダーを見る。《D2》――デルタ隊の二番機が敵にロック・オンされたのを(しら)せるマークが示されていた。

 

『おれか! 救けてくれ!』

 

と〈デルタ・ツー〉。彼の〈タイガー〉が宙を転がるようになって逃げ惑う――と、その機に向かって敵が、一斉にミサイルを発射したのが画面に映し出された。

 

『うわあっ!』と〈デルタ・ツー〉。『やられた! ちくちょう、翼がもう――』

 

『イシダ!』と〈デルタ・ワン〉の声がする。それがパイロットの名なのだろう。『生きてるのか! 脱出しろ!』

 

だが、次の瞬間に、また何十と言うミサイルが〈デルタ・ツー〉めがけて射たれたのがわかった。空の彼方で爆発する光が見える。

 

《D2》はレーダーから消えた。

 

敵の戦闘機隊は散開。ステルスの蓑が剥がれてレーダーに映り、すぐまた上に昇っていくのが見て取れるようになる。

 

『地球の機と一対一や三対一で不利な戦いをする気などない。百対一で一機一機と潰していくのみだ』と決め込んでいるのがはっきりと知れる動きだった。

 

「そんな……」

 

古代はつぶやいた。これをどう防ぐ。いや、防ぐ方法なんてあるのか……。

 

 

 

   *

 

 

 

「百機が玉のようになって一機めがけて襲い掛かる。そして〈玉〉の先頭の十数機が標的にミサイルを射つ――これは近接信管で、命中を狙うのではなく標的の近くで爆発し、ダメージを与えるように設定しています。それ一発で墜落に至ることはまずないですが、完全に躱すこともまず不可能。弱ってフラフラになったところを第二撃目でトドメを刺す」

 

冥王星ガミラス基地司令室でガンツが言う。シュルツはそれをほくそ笑みながら聞いていた。

 

ガンツは続けて、「そうして一機殺ったならサッサと上に逃げてしまう。それに対してやつらは追いかけることができない……」

 

「フフフフフ」

 

「一機一機とやつらはただ餌食になるしかないわけです。『戦闘機の性能では地球の方が上だから、まともにやれば勝てるはず』とやつらは思っていたのでしょうが……」

 

「さて、どうするかな。これでもやつらはビーム砲台を探すつもりか」

 

「無理でしょう」ガンツは言った。「やつらもさすがに、こっちがいちばん端から片付ける考えなのは気づくでしょう。横一列に並んでモップをかけるように砲台を探すのは自殺行為だと知ることになる」

 

「連中もバカではないだろうからな。当然、やつらも、なるべくひとつにまとまって互いに互いを護り合う陣形を取ることになる。一機がロック・オンされたらまわりの数機でそれをかばう――」

 

「そうするしかないでしょうね」

 

「そうだ。けれども、それもやつらの思い通りにさせるものか。ここは一気に先手を取ってやつらの息の根を止めることだ」

 

「と言いますと?」

 

「何、簡単な話だよ。今までは、敵の機体を端の方から順番に片付けようとしていたな。次はその逆を行くのだ」シュルツは言った。「二機だけ色と形の違う戦闘機がいるだろう。銀色のやつだ。うち片方が隊長機だ。次はあいつを撃ち墜とす」

 

ニヤリとした。

 

「隊長機を失えば、やつらはいよいよガタガタになる。残りを(らく)に皆殺しにしてやれると言うものだろう。それで〈ヤマト〉もおしまい、と言うわけだ」

 

シュルツは望遠レンズが捉えた銀色の戦闘機の画像をスクリーンに拡大させた。地球人が〈コスモゼロ〉と呼ぶものらしい二機いるうちの先にいる方。

 

「バラノドン隊に命じろ。次に殺るのはこいつだ」



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ド突き合い

『なんだこれは! どうなってる!』『わからん! おれ達もサッパリなんだ!』『息が苦しい! この煙はなんだ。毒ガスか?』『だから「わからん」と言ってるだろうが! だいたいお前ら、どこの誰だ!』

 

通信の声が地下東京の中の空を飛び交っている。それぞれのセリフは異なるいくつもの言語によって発せられているのだが、自動翻訳装置によって受け手は自分の母国語として相手の言うことを聞き取るのだ。機械の翻訳は当然ながら完璧でないので、かなり誤訳も混じっているはずだった。

 

『お前らこそどこの誰だ!』『なんだと、それが人にものを聞く態度か!』『騙されないぞ。これは日本の罠だろう。お前ら日本人じゃないのか?』『なんだとお! よくもよくも』『「違う」と言うなら証拠を見せろ!』『いーやそっちが「日本人じゃない」と言う証拠を見せろ』『「見せろ」ったってこんなんで何をどう見せると言うんだ』『そういうことを言うのが怪しい』『なんだとう!』

 

彼らは日本にやって来た半日虐殺集団だ。朝鮮に続いて他のさまざまな国から次々に地下東京に辿り着き、そこで予期せぬ事態にまごついているのだった。

 

日本に来てみればそこは真っ暗。飛び交う無数のタッドポールが放つ光が流れ動いているばかり。機首のヘッドライトに機体各所の標識灯。あまりの数にあちこちで機体がぶつかり合っている。

 

『バカ野郎! どこ見てんだ、気をつけろ!』『何おうっ! そっちが気をつけやがれ!』

 

タッドポールは空気より〈軽い〉風船のようなものであるがゆえ、ちょっとニアミスした程度で墜ちることはまずないのだが、

 

『てめえ一体どこの国だ!』『てめえこそどこの国で操縦覚えた!』

 

怒鳴り合って自分からぶつけ合いを始めてしまうと、操縦士はいいかもしれぬがキャビンに乗る者達はたまったものであるわけがない。互いの機内で人がゴロゴロと転がった。

 

「何やってんだ!」天井に頭をぶつけて(わめ)く者がいる。「こんなことしに来たんじゃないだろう。やめろ! やめないか!」

 

 

 

   *

 

 

 

『ンなこと言ったって、どうすりゃいいんだ!』『おれが知るか! 人に聞く前に自分の頭で考えろ!』『何おうっ! 何も考えてないのはてめえだろうが!』

 

反日集団のこんなやり取りは、日本の防衛軍本部にも筒抜けだった。いくつもの国語で発せられている声が、すべて日本語に翻訳されて聞き取られている。

 

「やって来た者達ですが、かなり混乱しているようです」

 

情報局の局員である佐官が会議室で言うのに、

 

「そうだろうなあ」と藤堂は応えて言った。「連中は日本に辿り着きさえすれば後はどうにでもなると思っていたのだろう」

 

「日本について無知であるうえ、彼ら同士で団結などしていないのが実態のようです。むしろ己の隣国を、日本やアメリカ以上に敵視している人間ばかりなのかもしれない」

 

「まあそういうやつらと言うのは、そういうもんだろうからな」

 

この人類全体の危機に、自分の属する狂信的な集団だけが生き延びようとする者達。それができると信じる者達――結局のところやって来たのはそんな連中ばかりなのか。ここで出くわしたからと言って日本を相手に共同戦線を張るなんてことは絶対にしない。似たもの同士の対立は、反日感情の百倍も強い。何百年も昔の植民地時代に互いの隣人を奴隷に売った恨みを今も引きずっている。その矛先(ほこさき)を何も考えぬカラッポの頭でちょっと日本に向けたに過ぎないのだから。

 

「日本に来てみると真っ暗なうえに酸素が無くて息が苦しい。それが彼らの混乱を増大させているようですね」

 

と情報局の佐官。とうとう彼らはタッドポールの窓から〈AK〉やロケットランチャーを出して互いに撃ち合いを始めた。そのようすがスクリーンに映し出される。

 

「あきれたものだ。いっそ全員、潰し合って死んでくれればいいのだが」

 

「そこまでうまくはいかないでしょう」

 

「とにかく」と藤堂は言った。「こいつらよりも今はまず石崎だ。突入の方はどうなってる?」



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伏兵

敷井と足立と宇都宮の三人は、巨大な変圧器の並ぶ区画の中を走っていた。広い構内に自分達の足音と、〈石崎の(しもべ)〉どもが撃つ〈AK〉の銃声が反響する。

 

変圧器と変圧器の間に敷井は飛び込んだ。するとその先に、区画の突き当たりの壁があった。四角い口が開いていて、奥に階段があるのが見える。

 

「あれです!」宇都宮が叫んだ。「あれが出口だ! あれを登れば――」

 

そこに石崎がいると言うこと? そう思ったときだった。宇都宮の言う〈出口〉から、

 

「うおおっ!」

 

と雄叫びを上げながら男がひとり飛び出してきた。手には〈AK〉。メチャメチャに乱射する。

 

「ぎゃっ!」

 

と叫んだのは足立だった。タマを身体に喰らったらしい。男はその足立に向かってまっすぐ突っ込んでくる。

 

〈AK〉の先には銃剣が付いていた。その刃で男は足立の胸を突き刺した。

 

「ぐっ」

 

と足立。男は、「死ねえっ!」と叫んで剣の先を(ねじ)るようにした。

 

「てめえ……」

 

と言った足立の口から血が(あふ)れ出た。

 

「死ね!」

 

と男はまた叫ぶ。敷井達がどこを目指しているかに気づいて待ち伏せしていたのに違いなかった。血走った眼で足立を睨み、それから敷井にその眼を向ける。

 

「ここは絶対に通さん!」

 

怒鳴った。足立の胸から力まかせに銃剣の先を抜いて、敷井に向ける。血まみれの銃口が火を噴いた。

 

しかし、その寸前だ。足立が男の手に組み付いていた。フルオートで連射される銃弾は、反動でデタラメな方へ飛んでいく。

 

「野郎……」

 

と足立。血を吐きながら自分の銃を持ち上げる。

 

あまりのことに、敷井は反応が遅れてしまった。慌てて銃を向けたときには、足立がビームで男の身体をブチ抜いていた。

 

「ぐあっ!」

 

と叫んで男はよろける。それでもふらつきながら〈AK〉を足立に向けた。

 

足立と男は、銃剣で互いの身体を突き刺しあった。

 

血しぶきがあがる。足立の剣は男の喉笛を貫いていた。頸動脈から血を噴き出して男は倒れる。

 

足立もまた転がった。その体から流れ出る血が床に広がる。

 

「足立!」

 

言って敷井は駆け寄った。すると足立はニヤリと笑う。

 

「行け。おれはもうダメだ」

 

と言った。その口からまた血が溢れ出る。

 

そのときだった。別の方からまた〈石崎の(しもべ)〉が現れ、銃をバリバリと撃ってきた。さらに次から次にやって来るものらしい音が聞こえる。

 

「行け!」

 

足立は言って、寝転がったまま銃を構えた。〈(しもべ)〉に向けて連射しながら、「早く!」

 

「すまん!」

 

と、言って敷井は走り出した。壁に開いた出口に飛び込み、その先にある階段を上る。

 

宇都宮がついてきた。背中に足立の最後の雄叫び声が聞こえた。



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窮状

「〈タイガー〉が二機殺られたようです。敵は一機ずつ狙いを定めて一斉に襲いかかるらしい……」

 

〈ヤマト〉第一艦橋で相原が言った。続いて新見が、

 

「まずいですね。それでは〈魔女〉を探すどころじゃなくなってしまう……」

 

「そんな。なんとかならないのか?」太田が言った。「それじゃこの船、こっから出られないじゃないか」

 

すると島が、「いや、どうなんだろ。いっそ〈ヤマト〉が氷の上に出てみたらどうなんだ?」

 

「は? 何言ってんですか。いま出たら〈魔女〉のビームに狙い撃たれちまうでしょう」

 

「いや、だからさ。完全に水から上がるんじゃなくて、氷の上にちょっと頭だけ出すんだ。敵の手の内はもうある程度読めたんだから、撃ってきたらサッと急速潜行で(かわ)す」

 

「そんなのうまくいくかなあ」

 

「敵がビームを撃ちさえすれば探さなくても古代には〈魔女〉の居場所がわかるだろ。そこにまっすぐ核をブチ込みゃいいことなんだ。その後は敵の戦闘機とも戦いやすくなるんじゃないか」

 

「どっちにしても、今はダメだぞ」徳川が言った。「今、藪がゲロイフェルター・ラックスをレバークヌーデルズッペにしている。それが済むまでエンジンは動かせん」

 

「はあ」と言った。「彼、大丈夫なんですか?」

 

「どうだろうな」

 

「けれど――」と新見が言った。「航空隊はこのままではまずいでしょう。敵はいちばん端の者から順に墜とす気でいるんですよね。だったら〈端〉を作らなければいいんじゃないですか?」

 

南部が言う。「ん? なんだ?」

 

「だから、全体で輪を組んで、〈端〉ができないような陣形を取るんです。で、真ん中に〈アルファー〉を置いて、他の者を護らせる。タイガー隊に〈魔女〉を探させ〈ゼロ〉で上から来るのを見張る……」

 

「ははあ」

 

と言った。〈コスモゼロ〉は〈警戒管制機〉としての任も受け持つ戦闘機だ。タイガー隊のミッションを後ろで護り支える機だから指揮官が乗る。この状況ではだから〈タイガー〉を護ると言うのが古代の役と言うことになる。

 

島はそのように考えた顔で頷いたが、

 

「待て」とそこで沖田が言った。「それをやったら、敵は必ず古代の機を次に狙うぞ」

 

「あ」と新見。

 

「いいや。敵はもう古代に狙いを付けているのかもしれん。わしならそうするだろうからな。さてどうする……」

 

言ってから、沖田は真田に眼を向けた。

 

「真田君。さっき何か考えがありそうなことを言ったな。古代を助ける手があるんじゃないのか」

 

「え?」

 

と真田が言った。彼は話に加わらず、コンソールにひとり向かって何やらやっていたのだったが、

 

「あ、はい。ひょっとしていけるかもしれないと思う手はあるんですが、しかし……」

 

「ほう。なんだ、言ってみろ」



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ロック・オン

〈バラノドン〉の群れは空中でひとつに固まり下降に転じた。ゼブラ模様の影がかかった冥王星の地面めがけて加速する。その先には32個の小さな光。

 

地球人の戦闘機のエンジンが放つ噴射炎だ。うち二機だけが、他の三十とわずかに色が違っている。それが隊を指揮するための機体であるのを、ガミラス側の管制は読み取ってバラノドン隊に伝えていた。

 

そして命令――次はあれだ。あれを墜とせ。二機いるうちの先頭のやつだ。

 

「了解」

 

と応じながらも、バラノドン隊の隊長は『わざわざ言われるまでもない』と考えていた。

 

上から見れば、教えてもらうまでもなく、あれが敵の隊長機だとすぐわかる。今までは他の全機があれの背中を護るようなフォーメーションを組んでいたのもまたわかることだった。

 

それが今では違っている。あの銀色のやつ一機で他の全機を護ろうとでもしているような陣形だ。

 

やった、と思った。元よりそれが初めからのこちらの狙いだったのだ。端にいるのを二機も墜とせば、今度はあの隊長機が他を護ろうとするに違いない。そのときに自身の背中はほぼガラ空き。〈やつ〉の後ろには同じ型の二番機がいるだけとなる。

 

やつはまんまともくろんだ通りの動きをしてくれた。当然だ。慌てふためく部下を見れば、指揮官ならばまず何よりもそれを助けようとするはず。そのとき自分のことはおろそか――。

 

そこをめがけて一気に突く。それが最初からこちらの狙いだ! バラノドン隊の隊長は思った。あらためて命令されるまでもない。ここで次の標的とするのはあの〈銀色のやつ〉に決まってるのだ。ここであれを殺ってしまえば残りを始末するのはもう容易(たやす)いこと。

 

〈バラノドン〉の群体は獲物めがけて急降下した。なおも加速。目標との距離が縮まる。

 

ミサイルを射ち放った後で地面にぶつからずに済むギリギリまで速度を上げた。レーダーが敵を補足しロック・オンするまで数秒。この速度でミサイルを射てば、敵が何をしようとも(かわ)すことなど絶対に不可能――。

 

と、思ったときだった。突然にレーダー像からその標的の指標が消えた。そして警報――逆にこちらが敵にレーダー・ロックを掛けられたと言う警告だった。

 

「何?」

 

と言った。次の瞬間、こちらめがけて飛んでくる二発のミサイルを彼の眼は見た。

 

ヘッド・オンだ。とても躱せるものではない。

 

爆発した。

 

 

   *

 

 

 

「やられました!」ガミラス基地でオペレーターが叫んだ。「二機……いや、三、四……」

 

「なんだと?」

 

とシュルツは言った。ゼブラ柄の画面の中に次々と広がる爆発の閃光が見える。オペレーターが言った通り、三つ、四つ、いや、続けて――。

 

「六機だ……」オペレーターが言った。「いっぺんに六機殺られた……」

 

「どういうことなんだ!」

 

とガンツが言った。彼にも何が起きたのかまったくわからないらしい。



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経験の差

「あの二番機です」ガミラス基地でオペレーターが言う。「敵隊長機の後ろについていたやつですよ。あれはこっちの考えに気づいていたのかもしれません。〈バラノドン〉が射つ寸前にレーダーにジャミングかけてミサイルを射った……」

 

「なんだと……しかし、どうして六機も……」

 

「いえ。ミサイルを喰らったのは一機だけです。こちらの隊長は無事でしたが、その隣が殺られた。他の五機は地面への激突です」

 

「地面?」

 

「ええ。自分から突っ込んだんです。影のせいでよく見えなくて、地面との距離が掴みにくい。そこに向かって急降下したわけですので……」

 

咄嗟(とっさ)のことでそのまま突っ込んだと言うのか」

 

「はい。元よりバラノドン隊は、地面に激突寸前まで急降下速度を上げていたんです。そこへ攻撃を受けて一機殺られたものですから、そのまま行けばぶつかるのを一瞬忘れた……」

 

「それで五機も……」

 

ガンツは言った。スクリーンの中では失われた六機の〈バラノドン〉がまだ燃えている。

 

「おのれ……」

 

 

 

   *

 

 

 

「なんだ? 何がどうなって……」

 

古代は言った。レーダーには逃げ散らばる敵の姿が映っている。何機か地面に激突し、さらに逃げ遅れた数機を今、タイガー乗りらが散開して追いかけているのもわかる。わかるが、しかしどういうことか。

 

『殺ったぞ! どうだ、イシダの仇だ!』『ちくしょう、上に逃げられちまった。運のいいやつめ!』

 

通信でタイガー隊の者らが交わす声が耳に入ってくる。隊の間での交信は今も、敵にはまず傍受できないだろうとされる〈糸電話〉だ。

 

どうやら慌てふためいたのは、今度は敵の方らしい――と、古代にもどうにかわかった。敵どもが危なく地面にぶつかるところを回避して、フラフラ飛行になったところをトップガンのタイガー乗り達は見逃さずに追いかけたのだ。

 

七、八機を瞬く(またた)くうちに撃墜し、残りの敵はやっとのことで上空へと逃げていった。墜落こそ免れたものの大きな損傷を受けたらしい敵も何機かいるらしく見える。

 

『合計で16、7は片付けたな』加藤の声が入ってきた。『どうだい、これが、おれ達の実力ってもんだよ、なあ!』

 

『おうっ!』

 

と一斉に、タイガー乗り達の声が広がる。

 

「え? どういうことなんだ?」

 

古代が言うと、また加藤が、

 

『やっぱりまだまだ甘いな、隊長。完全に敵の手の内にはまっていたぜ。山本が気づいてなければ殺られていたよ』

 

「ああ……どうもそうらしいけど……」

 

敵が自分を狙って攻撃かけてきたのを山本が救けてくれたのはわかってもいる。だが、しかし……。

 

『いいえ、わたしも気がついていたわけではありません』山本の声がした。『〈ヤマト〉がサインを送ってくれたからですよ。「アタマを護れ」と言う意味の……それで敵の考えが読めたんです』

 

『ああ』

 

と加藤。確かにあの数秒前、HUDにそんなサインが表れたのは古代も見ていた。通信士の相原が送ってきたものなのだろうが――。

 

つまり、と思った。敵がこのおれを次に殺ろうとしているのをいち早くに〈ヤマト〉が気づいて(しら)せてくれた。簡単なサインひとつ見ただけで、歴戦のプロである山本や加藤と他のタイガー乗りには状況が飲み込めて、的確に行動しておれを救い、敵が乱れた機に乗じた。その結果があっと言う間の大量撃破。

 

――と、そう言うことになるのか。このエース集団の中でおれがアマチュアだったことが、逆に幸いした……。

 

『ま、気にすんなよ、隊長』加藤の声がした。『こういうときは経験がモノを言うってだけさ』

 

「ちぇっ」

 

と言った。こんなやつらの上なんかでおれはほんとにやっていけるんだろうかと思わずにいられなかった。



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勝負の流れ

『ダメです、反重力装置を殺られた……ですが……』

 

〈バラノドン〉の一機が通信を送ってくる。それに対して隊長は応えた。

 

「わかった。お前はもういい。退()け」

 

『待ってください。わたしはまだ……』

 

「いいから退け!」

 

隊長は言った。反重力装置を失くした反重力戦闘機が、空戦でなんの役に立つのか。足手まといを連れていても他に危険を及ぼすだけだ。

 

ヨタヨタと右に左にフラつきながら飛ぶその機を追い払うと、ディスプレイに表示される失った機の数字がひとつ増えた。

 

これで20――百機からなる編隊がただの一度に二割を失くした。遥か低空を飛ぶ敵を忌々(いまいま)しい思いで見つめる。特にそのうちのひとつの点を。

 

「やはり(あなど)れないやつだ。あの隊長機――こちらの手に乗ったと見えたのは誘いだったのか? だとしたらよほどの手練(てだ)れ……」

 

『かもしれません。そうでもなければ、いくらなんでも一度にこんな……』

 

すぐ後ろに付く部下の機が応じてくる。その機もまた、敵のビームをいくらか喰らっているはずだ。そして自分の機もまた――。

 

彼は機のコンピュータが今の機体の状態をチェックしている画面に眼をやってみた。ミサイルを()けるためにとった機動と、地面に激突寸前にかけた無理な急制動のために、この機も各所にダメージを受けてしまったようだ。

 

「おのれ……」

 

歯軋(はぎし)りして思う。地球の〈ヤマト〉戦闘機隊。やはり相当な強敵だ。機の性能ばかりでなく、それを乗りこなす技倆と経験――。

 

そうだ。経験だ。やつらの方が悔しいかな機の性能が上であり、戦闘で生き延びる率が高い。それがために場数を踏んでより強くなることができ、今のような状況で勝敗を決める要因となる。

 

『三対一があっと言う間に八対三だ。やはりまともにやっては勝てない……』『どうするんだ、今まで通り固まって行くのか?』『他になかろう。この戦法は有効なはずだ!』『しかし敵が同じ手で来たら……』『いいや、こっちもそうそう同じ手は喰わん!』『しかしそれでもこちらが不利では?』

 

パイロット達がてんでに通信を交わしている。まずい兆候だった。地面に激突しかけたうえに、敵に追われて命カラガラ上に逃げてきたことが皆の心に動揺となって表れている。

 

なんとかしなければ、と思った。このままなんの考えも無しに同じ戦法で行ったなら、また十機もいっぺんに失うことになりかねない。

 

「やめろ」と言った。「うろたえるな。まだこちらが有利なのだ。それが変わったわけではない」

 

『かもしれませんが……』とひとりが言う。

 

「わからんのか。まだこちらは空の高みを安全圏にできる強みを持っている。やつらにそんなものはない。そしてもうひとつ……」

 

と言った。それから、

 

「我々がここにこうしている限り、やつらはビーム砲台を探すことはできんのだ。そうしたならばまた〈百機で一機を〉の戦法が有効になるわけだからな」

 

『それはそうでしょうが』とまた部下が言う。

 

〈百機で一機を34回〉――だが今はもう〈八十で一機を〉と言い直さねばならないのかと隊長は思った。しかしまあいい。同じことだ。

 

やつらは元々、〈反射衛星砲〉の砲台を探す目的でそこにいる。そのためには下を眺めて空を飛ばねばならないのだから、上を同時に警戒できない。

 

そうだ。やつらに砲台を探したくても探せぬようにするのはまだ可能なのだ。つまり、まだまだこちらが有利。無理にあの銀色のやつを墜とそうとさえしなければ――。

 

そうだ。勝ち目はこちらにある。この機体もおれもまだ戦える。敗けてはいないと彼は思った。

 

そうだ。勝負は始まったばかりだ。



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計算で割り出せ

「やはり敵は古代を狙ったようですね。うまくやり返したようですが」

 

〈ヤマト〉第一艦橋で相原が言った。今は古代ら航空隊が星の上でどんな戦いをしているかまではわからない。わかるのは、二機が殺られたが残り32がまだ健在と言うことだけ。

 

それにどうやらたった今、敵をかなり墜としたらしいと言うことだ。それがさまざまな情報から推測できている。今は相原の〈耳〉だけが古代達の戦いを〈ヤマト〉が知る手段だった。

 

「そうか」と沖田は言った。「しかし次は敵もやり方を変えてくるぞ。ここですべてを読み切って古代に教えてやると言うわけにはいかん」

 

「そうですね」と新見が言う。「今のは最初の一回目だからうまくいったと言うだけのこと……」

 

「そうだ。それに今のままでは、古代は敵と対するだけで手一杯だ。〈魔女〉を探す余裕はなかろう。そこでさっき真田君に聞きかけたことだが……」

 

沖田は真田の方を向いた。

 

「『古代の助けになる手がひとつあるかもしれん』と君は言ったな。敵戦闘機と戦いながら〈魔女〉も探せると言うことなのか?」

 

「まあ……」と真田。「ひょっとして、と言うことですが」

 

「いいから話せ。気を持たせるな」

 

「ええと」

 

と言った。『別に気を持たせるつもりなんかないのにどうしてこうなるのだろう』という顔をして、

 

「死角を重ね合わせることで、四国ほどの広さにまで〈魔女〉の居場所を絞り込めました。ですがもう少しいけるんじゃないかと思うのです。もしも範囲をさらに小さく絞れたならば、古代達をそこに向かわすことができる。そうなれば、敵戦闘機と戦いながら〈魔女〉を探すのも可能になるのでは、と……」

 

「確かにそうだろうが、そうできるのか?」

 

「ええまあ。ちょっと計算してみたのですが……」

 

真田は自分がしていた計算の式をメインスクリーンに出してみせた。複雑怪奇な方程式がズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラと果てしなく大名行列を参勤交代させている。沖田は『見たくない』とばかりに顔をうつむけて帽子の(ひさし)で視野を覆った。

 

「で?」

 

「いやすみません。要するに、計算でさらに細かく絞り込もうと言うわけです。これまではただ死角を重ねただけでしたが、さらにラグランジュ・ポイントその他の要素を加えてビームの弾道を追い詰めていけば、うまくすると〈魔女〉の居場所を〈点〉で特定できる」

 

「点で?」と沖田。「つまり、それが計算で出来たら、もう探す必要もない。『ここだ』、と言うその位置に古代に核を射たせればいい、と」

 

「そうです」

 

「結構な話のようだが、『ひょっとして』とか『うまくすると』と君が言うのはなんなのだ」

 

「それがその……ですからこの〈式〉なんです」

 

真田は言って、途轍もなく長い数式を指し示した。

 

「これはまだ途中でして。ここまでわたしもやったのですが、しかし行き詰まってしまい……」

 

「なんだ? その後、どのくらい計算しなきゃいけないんだ」

 

「いえ、それすらもちょっとわからない始末で……」

 

「何百年かかるんだ」

 

「ははは」笑った。航海士席の方を見て、「太田なら……」

 

「いえ、無理ですよ!」太田が言った。「ぼくは航法が専門ですよ。ビームの弾道計算なんて知りません!」

 

「じゃあ」と言った。「アナライザーは?」

 

「無理デス」と言った。

 

「お前、分析ロボットだろう」

 

「ろぼっとダカラデキナイノデス。コノ式ノ計算ハ機械ノ手ニハ負エマセン」

 

「そうなの?」

 

「ワタシガ言ウノダカラ確カデス」

 

「ふうん、それじゃあ……」真田は言った。「南部なら?」

 

「は?」と南部。

 

「君は弾道が専門だよな」

 

「ええまあ」と言って南部はスクリーンを見た。「だからまあわかるんですが、アナライザーが言う通り、この先の計算はコンピュータにはちょっとさせようがないですよ」

 

「君にはそれがわかるんだな」

 

「はい」

 

「コンピュータにはさせようがない」

 

「と思いますが」

 

「それじゃあ……」と言った。「紙とペンなら?」



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陥落

「もうダメです! ここは持ちこたえられません! わたし以外はみんな――」

 

殺られてしまった、とでも言おうとしたのだろうか。通信機のマイクに向かって何事か叫ぼうとしていた男は先の言葉を続けられずに頭をビームで撃ち抜かれた。

 

床に倒れる。そのまわりにはついさっきまで彼が共に戦っていた同志の死体。それがいくつも血にまみれて転がっている。

 

同じように血を噴き出して倒れながらも、彼にはまだ意識があった。最後の声を振り絞って彼は言った。

 

「い、石崎、先生……ばん、ざい……」

 

ガクリ。彼と彼の死んだ同志は、みな〈石崎の(しもべ)〉と呼ばれる狂信者だった。臨終(りんじゅう)のこの瞬間にも、彼は自分が石崎総理の〈愛〉の力で明日にまた生き返ると信じていたに違いない。

 

地球の地下東京の北の端にある変電所。彼は今までそこを砦に戦っていた〈愛の戦士たち〉のひとりだった。今日一日(きょういちにち)、この砦を維持させて総理の〈愛〉を拒む愚かな者達のすべてが死ぬまで戦う。それが石崎先生の〈愛〉であり宇宙の〈愛〉だ。そう固く信じていたに違いないのだ。

 

変電所の施設は本来、街を停電させようとする狂人から中の設備を護るため要塞として造られている。それを彼らは今日に乗っ取り、逆に街を停電させて、電気を回復させるため突撃してくる者達を防ぐための砦に変えた。砦は彼らの信念のように強固であり、彼らのひとりを殺すために攻め手は百の犠牲を出さねばならなかった。

 

しかし、それももう終わりだ。ついに防壁は崩れ落ち、突撃兵が雄叫び上げて施設内に雪崩れ込んでいる。もはや〈愛の戦士たち〉は、為す(すべ)もなく銃剣に刺されて死ぬだけとなっていた。

 

「石崎はどこだ! 石崎を殺れ!」「いや、それよりも変電設備だ! 送電を回復させるのが先だ!」

 

突入した者達が口々に叫ぶ。とにかく〈石崎の(しもべ)〉については、見つけ次第に殺すしかない――そして〈(しもべ)〉の方にしても、降伏や命乞いをすることはなかった。

 

「バカめーっ! 石崎先生の〈愛〉がなぜわからんのだーっ!」

 

と叫びつつ向かってきて、(みずか)ら銃剣に刺されていく。

 

その手にはピンを抜いた手榴弾。

 

ドカーン! と、変電所のそこかしこで爆発が起きた。けれどもそれも、最後の抵抗に過ぎなかった。施設はたちまち制圧され、奥へ奥へと兵に確保されていく。

 

しかし、

 

『石崎はまだか、石崎を探せ!』

 

指揮通信車両から、士官が持つ受令器にそんな声が送られてくる。とにかく、まず石崎だ。電気については技術部隊に任せて石崎和昭を探せ。あの怪物の首を獲らぬ限り、安心することはできない。追い詰められたら何をするかわからぬ男でもあるのだから、と――。

 

「そうだ、石崎はどこにいる!」各所で士官達が叫んだ。「まだ見つけられないのか?」



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心に棚を持つ男

「おやじさん」と〈青〉の男・風見が言った。「これはもう、そんな薬でごまかせるもんじゃないんじゃねえですかね」

 

「う、ううう……」

 

石崎は、まだ指先につまんでいる〈仮死剤〉とやら言う錠剤を睨んで(うな)るばかりだった。〈ピンク〉のユリ子は『まずお前から先に飲め』といくら言っても飲もうとしないし、〈赤〉〈黄〉〈緑〉の三人はシラケ切った表情で『どうでもいいから早くしてくれ』と言わんばかり。

 

卓に置いたコンピュータの端末機は各所で自軍が崩れていくのを表し出している。聞こえるのは、『石崎はどこだーっ!』と叫ぶ者達の声。

 

『油断するなーっ! 石崎のことだ、まだ何があるかわからんぞーっ!』『そうだ! クローンの替え玉くらい用意してるかもわからない!』『銃剣で刺したくらいで死ぬやつじゃないぞーっ! 首を斬るんだ! 脳と心臓をやらなきゃダメだ!』『いーや、ナマコは、まだそれでも再生するぞ!』『そうか、そうだな、とにかく完全にトドメを刺すんだ!』

 

そんな声も聞こえてくる。「うーん」と、〈赤〉の男・一文字が腕組みして唸って言った。

 

「おやじさんをなんだと思っているんでしょうね」

 

「知るか! わたしはプラナリアかクマムシか?」

 

すると声が、『プラナリアは百に斬っても百のプラナリアに再生するぞーっ!』

 

「ああもう」

 

言って石崎は遂に錠剤を投げ捨てた。〈仮死作戦〉は御破算である。

 

「まったくもう、なんなんだ。人のことを妖怪みたいに……」

 

言ったが、しかし、この部屋にいる赤・青・ピンク・黄・緑の五人もまた、自分達が囲むこの男を妖怪でも見るような眼で見ていた。この五人でさえそうなのだから、普通の人間が『石崎和昭は殺して死ぬ人間じゃない』と思うのは当然のことなのかもしれない。

 

そうでなくても、人は慣れない殺しをすれば、念を入れてトドメを刺すようなことをやりがちだ。首を絞めて殺した相手が決して息を吹き返すことがないようにと、頭に袋を被せて口をギュウギュウに縛ったりする。それでもまだムクリと起き出し掴みかかってきそうで怖いものだから、包丁でブスブスブスと何度も胸を突き刺したりする。

 

まして石崎。妖怪だ。この男は人類社会の中における妖怪以外のなんでもない。妖怪とは人の心が創り出した存在だ。そして神もまたそうだ。石崎を信じ(あが)める者にはこの男は現人神(あらひとがみ)だ。だから死ねる。自分は死ねる。石崎先生の〈愛〉のために死ねば必ず生き返りその後の幸福が約束される――なぜかそのように考える。

 

しかしそのような存在の正しい呼び名は〈妖怪〉なのだ。神などいない。錯覚だ。そして妖怪もまたそうだ。石崎和昭は信じる者の眼には神。そうでない者には妖怪。

 

しかしてその実体は、ただの小汚(こぎたな)いおっさんだった。ちゃんと眼を開けてよく見れば、それがわかるはずだった。札束を詰めた鞄を小脇に抱え、そのカネがまだ我が身を助けてくれると信じて重さを確かめている。そこまでしょうもないおっさんだった。

 

しかし、それでも今もなお、〈妖気〉とでも呼ぶべきような異様なものを放っている。渡しはせん、渡しはせんぞ、わたしの栄光を渡しはせん……そのように彼がつぶやくたびに、その妄執が形を成して彼の背後で実体化し、黒々とした獣の姿を見る者の眼に浮かばせているようだ。そんな気迫が漂うのだった。

 

石崎和昭。まさに妖怪。しかし、それも錯覚である。銃で撃っても刃で斬っても釜茹でにしても、巨大な電子レンジに入れてチンとしてやったとしても、死なないような感じがどうもするにはするが、ほんとに死なないなんてことが無論決してあるはずがない。銃剣でひと突きにすれば死ぬのだ。たぶん。なのだけれども、今は人が正常な心理状態を保っていられる状況ではない。誰もが石崎の力を恐れ、銃で撃っても死ななかったらどうしようと考えずにいられなくなっているのだった。

 

冗談のような話だが、石崎と言う男には確かにそのような思いを人に抱かせるところがあった。

 

『冷静になれ! いくらなんでも死なないと言うことはない!』

 

と、そのような声も聞こえてくることはくる。しかし、

 

『それより、心配は電力だ! 何か仕掛けがしてあるかもしれないぞ。停電を直した途端にドカンとか――』『それで自分だけ逃げられると思ってるのか、バカめ! どこまで腐った野郎だ!』『それどころか、石崎のことだ。核爆弾くらい用意していて不思議はないぞ!』『なんだと! そうか、それがやつの狙いか!』『そうだ! やつは地球人類すべて道連れに死ぬつもりだ!』『許せん! よくもよくもよくも――』

 

「勝手に変な考え起こして勝手に怒り狂ってる」

 

と〈緑〉のガキが言った。これに〈黄色〉のデブが応えて、

 

「うん。バッカじゃねえかなあ」

 

いや、元々お前らが正義の味方なんとか戦隊なんとかマンのつもりでこんなテロ行為をやらかすのが悪いんだ、と、この者達に言っても無駄なことであろう。〈ピンク〉のミニスカ女・ユリ子が、

 

「いっそほんとに核爆弾とか用意しとけばよかったね」

 

「そうだな」と〈赤〉の一文字。

 

「いいわね、行くわよ、ドッカーン」

 

「それ、おれ達も死ぬんじゃないか」ようやく気づいたみたいに言った。

 

「うーん、そうなのかなあ」

 

「死ぬと思う。それより〈ハイペロン爆弾〉みたいなものは何かないのか」

 

「えーと、ハ……なんて言ったの?」

 

「ハイペロン」

 

「はいぺろん?」

 

「ハイペロンだ」

 

「なあにそれ」

 

「日本語で〈重核子(じゅうかくし)爆弾〉と言うらしい」

 

「だからなんなの」

 

「知らないけど、後で生き返れそうな気がする」

 

「いいかげんにしろ!」〈青〉の風見が大声を上げた。「黙って聞いてりゃ、ダラダラとヲタクの駄弁(だべ)りみたいなことを……お前らマジメにやる気あんのか!」

 

「風見」と言った。「そういうのはおれの役目……」

 

「だったらちょっとはリーダーらしくしろよお前! こんなときにはいぺろんだのぺろぺろんだの……」

 

「しょうがないだろ。本当にそんな名前の爆弾があると言えばあるんだから」

 

「あるんだったら持ってこい!」

 

「『持ってこい』ってあのなあ。この状況で……」

 

「そういうことを言ってんじゃねえ! いま思いつくんなら、なんでもっと早くに考え用意してこなかったのかと言ってるんだ!」

 

「え……ハイペロン爆弾をか? いや、ただそういう言葉を知ってるってだけで……」

 

「その爆弾なら後で生き返れるんだろう?」

 

「え? そうは言ってない」

 

「男が言葉を変えるんじゃねえ! 一度言ったことに責任を持て!」

 

「えーと……」

 

と言って一文字は、チラリと〈おやじさん〉を見た。『一度言ったことに責任を持て』と言うのは石崎和昭と言う男が数十年の人生の中で何十億もの人々から、物事からバックレるたび浴びせ掛けられた言葉である。この妖怪の耳はしかしその言葉を、〈雑音〉として遮断するノイズ・キャンセル機能を備えているらしいのだが……。

 

しかしそれは自分に対して向けられたときだけである。誰か他人が言われたときは決して聞き逃すことはない。〈おやじさん〉はまさにどこかのおやじさんがバイトの若者に注意するみたいに鋭く言った。

 

「そうだ一文字。男が一度言ったことを変えるものではない」

 

「え?」と言った。「はあ」

 

「そういうのは最低の人間のすることだ」

 

「はあ」

 

一同が彼らの〈おやじさん〉の顔を、『よくもあんたにそんな口が利けるよな』という視線でスキャニングした。けれどもそのツラの皮は、電子レンジでチンしたとしても中のお肉をマイクロウェーブからきっと護ることであろう。脳がドカンとタマゴみたいに破裂することもないであろう。そのくらい分厚く頑丈なのだ。そして彼のスキャニング・アイは、カエルを睨む蛇のように強力だった。ビビビビビと光を発して缶詰の中のスイートコーンでもポップコーンに変えて炸裂させること疑いなしと言うほどだった。

 

まず普通の人間は、この男に逆らえない。まして〈石崎の(しもべ)〉であれば――ここにいる若者達は、〈おやじさん〉が何かを言えば『ラジャー』と応えて従う以外にないのであった。

 

「そうだ一文字。男はイザと言うときにやらなければならない」

 

「はあ」

 

「今がイザと言うときだ」

 

「はあ」

 

「そして一文字よ。わたしは、わたし達は男なのだ」

 

「ええと……何を言いたいのでしょう」

 

「わからぬか。そうだろう。大勢の人の中で生きていく厳しさは、お前のような若者にはまだわからないかもしれん。しかしわたしはお前より長く生きている。人生でいちばん大事なものは何か教えてやろう。それは〈歯の食いしばり〉と〈血のにじみ〉だ。いちばんみじめで苦しいときにニタッと笑う。それが男だ」

 

「ニタッと」

 

「そうだ一文字。心に棚を作るのだ。それはそれだ。これはこれだ。背に腹を替えることはできんじゃないか。心を広く最大限に活用するのだ。狭く考えるな。大人になれ。昨日までの自分はもう忘れるのだ。いつまでも今のままでいようとするな。〈一文字(ツー)〉に、〈(スリー)〉に、そしていつかは〈一文字100(ハンドレッド)〉にならなければいけないのだ」

 

「はあ……」

 

「人はお前に言うかもしれん。『朝令暮改(ちょうれいぼかい)もたいがいにしろ』『明日になればどうせ言うことが変わっている』と……しかしそんな言葉に負けるな。そのたび言い返すのだ。『言ったことをわたしは忘れたわけではない。過去を捨てたのだ』と」

 

(最低)

 

という言葉を誰もが口の中でつぶやいたが、しかし声として外に出すことはなかった。

 

石崎は言った。「いいか一文字。それが〈愛〉だ」

 

「はあ」

 

「一文字。お前は決して〈愛〉のない男などではない。〈愛〉に満ちた男、言うなれば〈愛〉の化身……」

 

石崎の背後で妄執のイメージが、巨大な鮫の立体映像がそこに映写でもされたかのように浮かび上がるのがその場にいる者達に見えた。その〈妄執〉は爛々(らんらん)と光るふたつの眼で五人の若者達を見据えた。石崎が口を開くのに合わせて、その〈妄執〉は牙の並んだ巨大な顎を威嚇の形に開いた。石崎は五人の若者を呑み込もうとするかのように声を上げて言った。

 

「〈愛〉の権化なのだ!」

 

ギャウオオオォォ――――ン! 〈妄執〉は咆哮《ほうこう》し、その部屋の壁をビリビリと震わせた。本当は、近くで手榴弾か何かが炸裂しただけかもしれないが、しかし五人の若者は決してそうは感じなかった。

 

「あの……」と一文字。「おっしゃることはわかりました。わからないけどわかりました。けど、何が言いたいんです?」

 

「フッフッフ」

 

笑った。もう、ついさっきまでのただのおっさんの顔ではなかった。不屈の闘志であらゆる逆境を乗り越える炎の独裁者がニタニタと不敵な笑みを浮かべている。五人の若者は、全身に鳥肌を立てて怪物の再生を見ていた。石崎和昭。この男は、まさにクマムシかプラナリアだった。殺して死なない変なダイハード生物だった。

 

「わたしは勝つ」石崎は言った。「何があろうと絶対に勝つ」

 

「はあ」と一文字。「おやじさん……」

 

言った途端に石崎は、酒瓶で一文字の頭を殴りつけた。ぱぐしゃあっ!と言うような音と共に、瓶が割れてガラスの破片と、今の地球で貴重このうえない高級ブランデーが飛び散る。

 

「馴れ馴れしい口を利くな! そのようにわたしを呼ぶのは十年早い! 〈一文字ハンドレッド〉になって出直してこい!」

 

「パ……」とユリ子が言った。「パパ」

 

「なんだ」

 

「急にどうしちゃったの? 『心に棚』ってなんのことか……」

 

「フッフッフ。わたしには見える」

 

石崎は言った。五人の若者を眺めやり、

 

「ここに六人の若者がいるのが見える」

 

「六人?」言って五人は互いの顔を見合わせた。

 

「そうだ、六人だ。赤・青・黄色・緑・ピンク……」

 

「ええ」と一同。

 

「そして〈透明〉だ」石崎は言った。「ここにもうひとり、透明な六人目の若者がいるのがわたしには見える」



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検分

敷井は変電所管理区画の部屋を次々に覗いていた。銃を構えて飛び込んでは人がいないか確かめる。探しているのはもちろん石崎。

 

だが今まで空振りだ。これまでに通ったところすべて無人で誰もいない。どの部屋も椅子や机があるばかりだった。

 

足立を殺して追いかけてきた〈石崎の(しもべ)〉を撃って階段から蹴り落とすのは、割りと簡単に事が済んだ。それっきり、次の〈(しもべ)〉も現れない。遂に外から銃剣部隊が雪崩れ込んできたために、そちらにまわっていったのだろう。そこらじゅうで白兵戦が行われているらしい音や振動が伝わってくる。

 

「ここもカラだ」

 

またひとつの部屋を(あらた)め、隠れている人間などがいないか確かめてから、敷井は宇都宮に言った。

 

「一体あといくつこんなのがあるんだよ」

 

「ええと……」と宇都宮。

 

「石崎がいる場所って見当つかないの?」

 

「だからこっちだと思うんですがね。やっぱり、〈橘の間〉か、でなけりゃ……」

 

「なんだそりゃ」

 

言いながら、なるべく音を立てないように忍び足で進んでいる。どうせ周囲は轟音と振動だらけなのだから足音や話し声にそれほど気を使う必要はないのだが、しかしこれまで出くわさなかったからと言って、近くに銃を持った〈(しもべ)〉がいないとも限らない。次の部屋を覗いた途端にズドンと殺られておしまいかもしれないのだ。

 

そして、その〈タチバナノマ〉と言う部屋が怪しいと言われても、(あいだ)を飛ばしてまっすぐそこへ行くわけにいかない。素通りしたところに敵が隠れていて、飛び出してきて後ろから背中を撃たれるかもしれないのだから。ゆえにひとつひとつの部屋を潰していかねばならなかった。

 

だが……と思う。こんなのはありがたくない。他に何人もいるならともかく、自分と宇都宮のふたりだけとは。

 

敷井はそもそも対テロ部隊の兵だから、訓練ではこんなこともやってきた。部屋に飛び込み、素早くまわりに眼を配り、銃を持った敵がいたなら撃ち倒し、そうでない相手ならば銃口を下ろす。

 

しかし、それは訓練の話だ。たったひとりでこんなことをやらねばならない状況など普通は考えられない。宇都宮は援護役として背中を預けることのできる人間では有り得ない。

 

部屋に飛び込み物陰を覗いて〈クリア〉にしていくたびに、心臓が縮む思いだった。こんなこととてもやってられないと思う。

 

「兵は突入してるんだろう。おれ達がやらなくたってすぐ味方がここに雪崩れ込んでくるんじゃないのか」

 

「どうでしょうね」

 

だが行かぬわけにもいかない。ここでやめたら足立にすまない。他の死んだ者達にも……敷井は思った。次の部屋の扉に向かう。

 

開けた。中に人がいた。それも大勢。

 

血が凍った。反射的に、敷井は前に向けていた銃の引き金を引きかけた。

 

――が、寸前で思いとどまる。〈石崎の(しもべ)〉にしてはようすがおかしい。

 

「みんな!」

 

と宇都宮が言った。対して、部屋の中にいた者達が、「モガガガーッ!」と一斉に応える。

 

それが言葉なのではない。全員が口にガムテープを貼られているのだ。それで声が出せないらしい。そして全員がジタバタもがくが、それ以上は動けぬらしい。

 

「なんだ?」

 

と敷井は言った。すると宇都宮が、

 

「みんなここの職員です」

 

「モガガガガーッ!」

 

「しょくいん……」

 

言いながら宇都宮を見て、そう言えばこいつはひとりだけ逃げ出したこの変電所の職員なのだったと思い直した。つまり他に百人もいて……。

 

「ここに閉じ込められていたのか」

 

「モガモガモガ」

 

全員が『そうだ』という顔をして首を上下にガクガク振った。



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ヴォカリーズ

地下東京の東と西と南の端では、街から逃げて桜林に身を隠した人々が、上を飛び交うタッドポールが放つ光を見上げていた。それがどうやら日本人を殺しに来た外国人が乗るものらしいと皆知っていたが、だからと言ってどうすればいいのか。

 

真っ暗でロクにものを見ることができず、息が苦しく立って歩くのもままならない状況で、できることがあるわけもない。それに、やって来た者達は、下にいる自分達に気づきもせずにサッサと上を通り過ぎていってしまう。

 

それにまた、〈彼ら〉同士でいがみ合って機をぶつけ合い、銃やロケット弾で撃ち合っているのも見て取れることだった。

 

「ありゃあ一体何しに来たんだ」

 

とあきれてつぶやく者がいる。それに対して、

 

「どっちにしてもおしまいよ」犬を連れて逃げてきた者が、その犬の頭を撫でてやりながら言う。「あたし達は今日でおしまい……」

 

そうなのだった。誰もが一酸化炭素中毒で意識を失いそれっきりになる時間が近づいている。それまでおそらく、一時間もありはしない。二十分か三十分か、それとも十五分後にはコロリなのか――それを知ることもできない。わかっているのは、そのときが必ず来ると言うことだけだ。

 

なのにどうすることもできない。そのときを彼らは待つしかないのだった。

 

小型ラジオを脇に置き、電源を入れたままの者がいる。だが雑音を鳴らすばかりだ。どこかで放送があるならば、チューナーが自動で電波を拾うはずだが――。

 

「無駄だな」

 

「北の変電所に石崎が立てこもっているんだろ」

 

「どうもそうらしいけど」

 

「あれを殺せば電力が戻るってもんなのか」

 

「どうだろうなあ」

 

「だって、石崎のことだろう。死ぬなら地球人類すべて道連れにしてドカーンくらい……」

 

「うん。やりかねんやつだよな」

 

そんな言葉を交わしていたときだった。不意にラジオの雑音が()んだ。代わりに、『ア~ア~』と聞こえるような奇妙な音を鳴らし始める。

 

「ん?」「なんだ?」

 

『ア~ア~ア~』

 

「なんだろう」

 

『ア~ア~ア~ア~ア~』

 

「女の声みたいだな」「みたいだけどさ。なんだよこりゃ」

 

『ア~ア~ア~ア~ア~ア~ア~ア~』

 

「おい、こりゃあ……」

 

ヴォカリーズ、と言うのだろうか。ラララ~とかダダダ~とか発声するだけで詩のない歌だ。ラジオから突然流れ出したのはそれであるらしかった。それもこの地下の日本で誰もが聞き覚えのあるメロディーだった。その歌声を聞いた者らが暗がりの中で顔を見合わせた。

 

『フッフッフ』

 

男の笑い声が出てきた。その裏でまだ『ア~ア~』が続いている。

 

『市民の皆さん、ご機嫌よう。わたしが誰かわかりますか?』

 

『ア~ア~』

 

ラジオが言った。もちろん、その声の主を知らぬ者などこの地下都市にいるわけがない。

 

『そうです』と彼は言った。『わたしは内閣総理大臣、石崎和昭です』

 

『ア~ア~』

 

 

 

   *

 

 

 

その歌声と男の声は、日本にやって来た外国人達の乗るタッドポールの無線機器も受信していた。声はたちまちそれぞれの国の言語に翻訳され、機械の合成音声となって機内に流される。

 

『ア~ア~』

 

女の歌声はそのままだ。石崎は言った。

 

『皆さん、世界は、いま滅亡に瀕しています』

 

『ア~ア~』

 

『わたし達は、今日と言う日を生き延びることができないでしょう』

 

『ア~ア~』

 

『すべてはわたしの責任です。わたしは日本国首相の身でありながら、社会がこうなるのを止められませんでした』

 

『ア~ア~ア~』

 

『わたしは……わたしは……』

 

『ア~ア~』

 

『時をかける男……』

 

『ア~ア~』

 

『〈愛〉は輝く船……』

 

『ア~ア~』

 

『わたしは青春の幻影。若者にしか見えない時の流れの中を旅する男。石崎と言う名の、皆さんの想い出の中に残ればそれでいい。わたしはそれでいい……』

 

『ア~ア~ア~ア~』

 

『さようなら、皆さん、そのときが来たのです』

 

『ア~ア~』

 

『さようなら……』

 

「なんだなんだ? 黙って聞いてりゃ、酔っ払いのうわごとか?」「変なクスリでもやってんじゃねえのか?」

 

各機内で口々に、乗る者達がそんなことを言い出した。

 

しかし中には、

 

「いや……」と首を振る者がいる。「これがイシザキだ」

 

「イシザキ……」

 

「そうだ。こういうやつなんだ」とその者は言った。「こいつこそおれ達の敵だ」

 

『フッフッフ』

 

笑い声がした。もう『ア~ア~』のコーラスはない。

 

『そうです、皆さん。わたし達はみんな死ぬ。しかしそれで終わりではない』

 

石崎の声は誰もが知っている。二百年前の日本の俳優・伊武雅刀の声にちょっと似ているなどと言われ、だからそれを真似てるときの山寺宏一と言う声優に似ていると言われて、しかしそのイブなんとかと言うのを今では誰も知らぬがゆえに『似てる』と言われても皆が首を傾げるのだが、とにかく誰もが知っている。機械の同時翻訳がやや遅れて聞こえるのだ。この男が語る声を日本にやって来た者達が、百の言葉で同時に聞いた。

 

『なぜなら、わたしは、明日に甦るからです』



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101回目の挑戦

石崎の声は、ラジオの音声だけでなく、この男が立てこもる変電所の内外でもスピーカーで流されていた。攻め込む銃剣兵達も、まだわずかに残っている最後の砦の護り手達も、戦闘の手を止めてその声に聞き入っていた。

 

敷井もその例外ではない。捕まっていた職員達は、みな後ろ手にプラスチックの結束バンドで拘束されているだけだった。その昔からある電気コードなど束ねるあれを、太く長くしただけのものだ。ナイフで簡単に切ってしまい、後は口に貼られたテープを自分ではがさせるだけ。

 

石崎の声が聞こえてきたのは、そうやって、彼らをあらかた自由にしてやったところだった。カラオケパブのステージで男が泣き歌うかのような、自己陶酔オヤジの声。間違いなく石崎だった。皆が恐怖の表情で、途轍もなく厄介な種類の人間の声を聞いた。それはいくつものスピーカーで辺りに鳴り響いている。

 

『フッフッフ。〈愛〉は時間を裏切らない。時間も〈愛〉を決して裏切ることはない。わたしは〈愛〉のためなら死ねる。しかし、わたしは死にません』

 

聞いて敷井は鳥肌が立つ思いだった。これだ。これが石崎だ。たとえ百回敗れようとも百一回目の挑戦をする。自分は〈石崎101(ハンドレッド・ワン)〉だから今度こそは必ず勝つと信じる男。

 

それが石崎だ。声は叫んだ。

 

『わたしは死にましぇ~んっ! わたしは皆さんを愛しているから。わたしの〈愛〉こそ人類の夢だからです。〈愛〉は滅びぬ。何度でも甦るのです。人はいつか時間さえ支配することができるでしょう、わたしの〈愛〉で。ああ、わたしには時が見える……』

 

石崎は言った。わかったわかった、あんたがどういう人間かみんなわかってるんだから、もう勘弁してくれよという気に敷井はなってきた。そんなことはお構いなしに石崎は続ける。

 

『愚かな者どもよ。わたしは死なない。銃や剣でわたしを殺すことはできん。わたしを殺す力があるとすればそれは〈愛〉だけだ。それを思い知るがいい』

 

一体どこまで前置きが長い人間なのだろう。『ア~ア~』から始まっていつまで引っ張るつもりなのか――さすがにみんながそう考え出したところであると思われた。そこでどうやらようやくのように石崎は言った。

 

『わたしには〈ペロペロン爆弾〉を使用する用意がある』

 

その後に何やら奇妙なささやき声のようなものが聞こえた。しばらくしてまた言った。

 

『もとい。〈ハイペロン爆弾〉を使う用意がある』

 

 

 

   *

 

 

 

〈ハイペロン爆弾〉とは一体何か。

 

それは日本語で〈重核子(じゅうかくし)爆弾〉と呼ばれている。重核子とは何かと言うと、なんだろう。そんなこと、まさかほんとに知りたい人がいるものとは思われないし、詳しくここに書いたところで読んでも二秒で忘れるだろう。あなたの脳に名前をつけて保存されることは決してないと確信される。

 

とにかく、重核子の爆弾である。どうせハッタリなのだからそれがどんな爆弾かなどどうでもいいことである。石崎は、もう間違えないようにボールペンで自分の掌に《ハイペろソ》と書いた文字を見ながらニタついていた。

 

ハイペロン――なんだか知らぬが、恐ろしげな名前ではないか。呪いの電波兵器のようなもので、それがハイぺろーんとなると人はみんな胸を押さえて死んでしまうような気がする。しかし生命活動が止まるだけのことだから、このわたしの手が触れるとその者だけ甦るのだ。

 

ウン、そうだ。それでいこう。そういうものと決めてしまおうと石崎は思った。だから〈ハイペロン爆弾〉とは、ここではそういう爆弾である。けれども別に石崎は人に説明はしないから、聞いた者達はキョトンとしている。

 

そうだ。ただのハッタリだった。何も用意などしていない。元々この石崎和昭と言う男は、何か物事を始めるにあたって、周到な計画を立てたことなど一度もない。見切り発車の出たとこ勝負で、たまに何かがうまくいっても、別の者がしたことだ。けれどもそれを取り上げて自分の手柄にしてしまう。

 

この停電作戦も、すべてが杜撰(ずさん)一言(ひとこと)だった。今、遂に変電所を奪還しつつある者達は、石崎が何か奥の手を隠しているのではないかと恐れているが、実はそんなもの何もなかった。電気はレバー一本を動かしてやればそれで戻る。

 

トラップなど仕掛けていない。この作戦は成功すると信じ込んでいたのだから、仕掛けるはずなどないではないか。失敗したときのことなんか、ひとつも考えていなかったのだ。

 

そんな石崎の眼には今、そこに爆弾があるのが見えた。いかにもペロペローン!としたペロペロンな爆弾だ。そんなの、本当はないのだから、それは透明な爆弾である。ボタンを押せば透明な百の走り手が飛び出して、自分の敵だけ呪いの力で殺してくれる。そんな光景を夢想していた。

 

〈愛〉の勝利だ。ここへ来て、遂に神は自分に味方したのだと彼は胸に叫んでいた。ありがとう、神よ、ありがとう!

 

「わたしに刃向かう者らに告げる。完全に包囲したつもりであろうがそうはいかん。無駄な抵抗はやめたまえ。最後に勝つのは常に正義であり〈愛〉なのだ。これ以上、わたしを殺すか電力を元に戻そうとするならば、わたしはただちに、ハイペ、3?……ロン爆弾を使用する。わたしに従う者のみ命を救けよう。しかしそうでない者は、今日限りの命と思え」

 

マイクを手にして石崎は言った。その声がスピーカーで響き渡り、ラジオ電波で地下東京の隅々まで届いているのを確かめて、彼は満足の笑みを浮かべる。

 

「そうとも」と言った。「切り札は最後まで取っておくものだ」



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ラジオの時間

「ハイペロン爆弾?」

 

地球防衛軍司令部で情報局員が言った。言ったが、しかし首を(ひね)って、

 

「えーと、なんだっけなそりゃあ……」

 

「おいおい」と藤堂は言った。「『なんだっけな』はないだろう。どんなシロモノかわからんのか」

 

「いえ。確かに聞き覚えはあるのですが……申し訳ありません。ええと……」

 

コンピュータを操作するが、

 

「ダメだ。資料が出てこないな。あるにはあったと思うんだがな。ただ、記憶ではあれはええと……」

 

「なんでもいい。覚えてるなら言ってみろ」

 

「はい。わたしの記憶では、造りはしたが棚上げになった兵器です。『これはあっても威嚇にしかならない』と言うような理由で……」

 

「威嚇ねえ」

 

「まあ、〈独裁者好み〉と言えば言えるかもしれませんね。イザと言うとき指がロケット弾として飛び出す手袋とか……いや、まあ、これは例えが悪かったかな。とにかくそんなの撃って当たるわけないし、当たったとしても威力があるわけないでしょう」

 

「なるほど、威嚇にしかならん」

 

「そう」

 

「しかし独裁者は好む」

 

「ええまあ……とにかく、実用性はナシと評価された兵器のはずです」

 

「それでも、〈爆弾〉と言うからには、爆発するものなんじゃないのか?」

 

「ええまあ、たぶん……」

 

「『たぶん』じゃないだろ。生物兵器や化学兵器と似たようなものじゃないのか。マトモな軍には使えなくても、テロリストにはうってつけとか……」

 

「ええまあ……」と言った。「そんなものだったかな……」

 

「汚らしく卑劣で非人道性が高く、しかしショボくて普通なら恥ずかしくて使わないほどにヘンテコで、往生際がよほどに悪くない限り最後に頼らぬみっともない兵器……」藤堂は言った。「まさに石崎好みじゃないか」

 

「はあ」

 

「名前からしてそんな気がするぞ」

 

「わたしもそんな気がしてきました」

 

と情報局員が言った。石崎が笑うラジオの声が『フッフッフ』と聞こえていた。

 

 

 

   *

 

 

 

今や地下東京の誰もがラジオの声に耳を傾け、石崎の声に聞き入っていた。聞き入っていたが、しかし同時に誰もがイラつく思いでいた。石崎の語る言葉はどこかの学校の校長先生の話のように長くダラダラと要領を得ず、〈ハイペロン爆弾〉なる兵器がどのようなシロモノで、使うとどういうことになるかまったくサッパリわからない。石崎は〈愛〉の説法モードに入ってしまってオンオンと泣きながら、自分が今していることはすべて〈愛〉のためなのだ、と訴えるばかりなのである。

 

『〈愛〉の力を信ぜよ! 〈愛〉を信じる者のみ〈愛〉によって救われる!』

 

この男の頭の中では、きっと花火がパンパンと打ち上がっているに違いないのだが、

 

「それでその、なんとか爆弾ってなんなんだよ」

 

「さあ。そもそも、何爆弾って言ったっけ」

 

「いや、おれには、なんとかペロンしかわからなかった」

 

「おれも」

 

などと言う会話があちこちで交わされている。市民球場のスタンドだ。

 

近藤に、野球選手の仲間が言った。

 

「そのペロン爆弾だけど……」

 

「おれに聞いても知らないぞ」

 

「とにかく使えば、この地下都市は消えてなくなるものなんだろうな」

 

「かもな」

 

「でなきゃ脅しにならないだろう」

 

「うん」と言った。「でもなんだか本人は死なないつもりでいるみたいだな」

 

「だからそういう爆弾てことだろ。爆発すればこの街の人間みんな死ぬけれど、石崎とその〈(しもべ)〉だけは死なない爆弾……」

 

「そんな爆弾があってたまるか」

 

「あるかどうかの問題じゃない。肝心なのは石崎自身がそのつもりでいるってことだ。それがそういう爆弾だと本気で信じ込んでいる……」

 

「うん」

 

と言ったときだった。球場の外で『うおお』と歓声が上がっているのが聞こえてきた。酸素が足りずに苦しげだが、『石崎先生~、石崎先生~』とコールが叫ばれているらしい。

 

「やれやれ。どうやら〈(しもべ)〉どもも、同じ結論に飛びついたようだぞ」

 

『そうだーっ!』

 

と、一際(ひときわ)大きな集団の叫ぶ声が聞こえてきた。地下東京の都庁のある方角だ。

 

『石崎先生ーっ!』

 

「ありゃ都知事の原口じゃねえのか」

 

「あれも石崎のシンパだからな」

 

と近藤は言った。せんせー、せんせー、せんせー……と、〈おっぱいヒトラー〉と呼ばれる男の声が地下都市に(こだま)している。



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短絡する人々

地下東京都知事原口裕太郎は、純然たる〈石崎の(しもべ)〉と言うわけではない。石崎とかかわり合うとロクなことにならないのを身に染みてよく知っていたので深い交際は避けていて、『あの男だけはとにかくヤバイからあまり近付き過ぎるな』と周囲に対して常々(つねづね)言ってきたほどで、石崎がまた何かしでかすたびにヤレヤレと遠くで首を振ってきたのだった。

 

だから決して〈石崎の(しもべ)〉などではないのだが、それでも、この都知事にとって、石崎和昭は人生の師。(かたよ)ったヲタク思想の()り所となる存在であるらしい。石崎の名を呼ぶときの原口の顔は非常に複雑な、必死になって笑いをこらえるような表情になりながら、それでも偉大な人物を讃える畏敬(いけい)に眼が光り輝くのだった。

 

原口裕太郎は石崎の〈愛〉の思想など信じていない。それでも石崎を信じていた。そしておっぱいとロボットと、ロボットとおっぱいを信じていた。聞き慣れない漢字言葉やカタカナ言葉に非常に弱く、〈電磁ザボーガ〉とか〈張線ポリマ〉と言った言葉を聞くと、簡単に、それは何か凄いもので世界がすべてひっくり返り、ノストラダムスな大予言を実現させてしまうのだろうと早合点して思い込む。〈ピンク・レディー〉とか〈桃尻娘〉と言った言葉にも極めて敏感に反応する。原口裕太郎の好きな言葉は〈フライト・アテンダント〉に〈ストリーキング〉だが、聞いて慌てて見に行ったらそれが男であったときの悲しみの顔は同情を誘う。

 

〈ぐっちゃん〉とも呼ばれる彼はそういう男だ。今もまた、石崎の〈ハイペロン爆弾〉と言う言葉を聞いて、『さすが先生』と叫んでいた。ハイペロン! なんですかそれは、ああ先生! 核とは違うのですね、核とは!

 

「さすが石崎!」

 

〈ぐっちゃん〉は叫んだ。短絡的な人間は考えることが短絡的だ。中二(ちゅうに)の頭で物事に荒唐無稽な解釈を付け、絶対そうに違いないと決めてしまう。彼の頭で〈ハイペロン爆弾〉とは、ヲタクでない者を皆殺しにしてヲタクにとっては無害である夢の爆弾と認定された。

 

 

 

   *

 

 

 

そして、まったく似たような脳神経回路を持った集団が、地下都市の〈空〉を飛んでいた。外国からやってきた〈日本人死ね死ね団〉だ。彼らもまた、〈ハイペロン爆弾〉とは、一種の〈浄化装置〉であるとすぐに決め付けて思い込んだ。よくもよくも――。

 

「ド畜生があっ!」各機内で男達が叫ぶ。「野郎、やっぱりそんなものを持っていやがったのか。許せねえ!」

 

「ハ、ハイペロン爆弾ってのは、つまりそういう爆弾なのか!」

 

「そうだ! そういう爆弾なんだ! 他に考えられねえだろうが!」

 

「そうか、そういう爆弾なのか! そうなんだな? そうなんだな?」

 

『皆さん』と、同時翻訳の石崎の声はどの機内でもまだ聞こえている。『世の中には、決してお金では買えないものがあります。それは〈愛〉です』

 

「そういう爆弾なんだなあ!」

 

『〈愛〉。震える〈愛〉。それは別れ歌……もう哀しい歌を聴きたくはありません。わたしは逃れ逃れてこの部屋に辿り着きました。うっうっ……』

 

石崎は言う。元々意味が不明瞭な彼の言葉は機械によってこのように訳され外国人の耳に届く。

 

(わたしに哀願しても聞かぬぞ。逃げるわたしをこの部屋までよくも追い詰めてくれたな。おうおう)

 

「イシザキめえっ!」

 

「この電波がどこから来るかわからんのか!」

 

そう叫ぶ者がいる。それに応えて返す者が、

 

「北だ! 街のいちばん北で放送しているらしいぞ!」

 

「変電所か! そこにイシザキがいるってことか!」

 

「そうだ! つまりこの停電も……」

 

「イシザキの仕業(しわざ)と言うことだな! よし、そこへ向かえ!」

 

各機内で一様(いちよう)にそんな言葉が交わされた。短絡人間達を乗せた無数のタッドポールが一斉に共通の敵を目指して北へ向かい出した。



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肉体労働と頭脳労働

『機関長……』

 

藪の声が〈ヤマト〉第一艦橋の徳川の耳に聞こえている。

 

『一体……これ……あとどんだけ……おれは回したら……いいんですか……』

 

藪はエンジンの炉の中でヒイヒイゼイゼイと息を吐きつつまだ重いハンドルを回し続けているのだった。徳川は言う。

 

「頑張れ藪。あと少しだ」

 

『そんな……「あと少し」って……一体いつまで……』

 

「まだ何分もやっとらんだろう」

 

『そうなんですか……なんか凄い長い時間……やってる気がするんですけど……』

 

「気のせいだ」

 

と徳川は言った。ほんとに始めて数分しか経ってないのだから気のせいに違いない。藪にとっては腕立て伏せを五、六分間も続けさせられてるようなものなのだから長く感じて当然かもしれないが。

 

艦橋にはもうひとり、酷な作業をやらされている者がいる。しかし肉体労働でなく、こちらは頭脳労働だが。

 

南部だ。今、彼もウンウンと唸りながら紙に数式を書き連ねていた。複雑怪奇な数学の式が凄い勢いでページを埋めて、それがこの五分ばかりのうちにも何枚にもなっている。横で真田がその作業を見守っていた。

 

他のクルーは半ばあきれた表情で、メガネの顔を卓に突っ込むようにしてペンを走らす南部の頭を各自の席から眺めている。

 

宇宙軍艦の艦橋で紙は滅多に使われることのない物質だ。クルーは普通、電子パッドにタッチペンで字を書くか、キーボードを叩くことに慣れている。けれど数式と言うものは、技術がいかに進もうとも手を使って紙に書くのに(まさ)る記述手段はない。そうでなければ頭の中で人はその式を演算できない。それは、普通の人間には、何が何やらまるでわからぬシロモノだが――。

 

南部は手を動かしている。やっているのは真田が途中までやったと言うビームの弾道計算の続きだ。真田はこれが解けたなら〈魔女〉の位置が判明し、その座標に古代をまっすぐ向かわすことができると言ったが、

 

「ええと」と南部。「本来は冥王星の自転や重力、磁場や大気の屈折にカロンの影響など加えて修正せねばなりませんが……」

 

「そこまではいい。およその位置がわかりさえすれば、後は航空隊が眼で見つけられるはずだからな」

 

「この計算ができるのは南部さんだけ……」新見が言う。「でも、〈点〉でわかるんですか?」

 

「いや。おそらく、点では無理……」

 

「え?」

 

と島が言った。他の皆も、『話が違うじゃないか』という顔をして真田を見た。

 

さっき真田は、『うまくいけば敵のビーム砲台の位置を〈点〉で特定できる』と沖田に向かって言った。それが今はなんだか違うことを言い、それでも南部にまだ計算をさせている。

 

「そう」と南部も、ペンを動かしながら言った。「おれもたぶん、点ではわからないんじゃないかと……」

 

「え?」とまた島が言った。「だったらそれ、なんの意味が……」



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スラローム

古代と〈ヤマト〉航空隊は、冥王星の超低空を全機でクネクネと、右に左に蛇行させつつ飛んでいた。機体の尻にそれぞれが蜘蛛が糸を引くよう装置でも付けていたならば、今頃、空にマフラーでも編みあがっているかもしれない。各機が己の両隣と糸を編み合わすように飛び、そうして護り合っているため、そのようなことになっているのだ。

 

遥か上空に敵の〈ゴンズイ玉戦闘機隊〉。古代達にしてみれば、〈玉〉になって襲ってくるあれは〈ゴンズイ〉と呼ぶしかない――一度は退(しりぞ)けたと言っても、急降下で一斉に襲ってくる戦法を完全に封じたわけではないのだ。わずかにでも隙を見せればその一機に狙いを付けて、またダイブを掛けてくる。

 

そしてもう、先ほどのような失敗はしない。さっき山本がしたようにこちらがミサイルを射ち込んでも、パッと(かわ)して逃げ散ってしまう。

 

それを追いかけさっきのように墜としてやることもできないので、ただひたすら古代達は皆で護り合うだけだ。そうする限り〈ゴンズイ〉どもは無理なダイブをしてこない。

 

戦いはどちらも一機の敵も殺れない膠着(こうちゃく)状態になっていた。しかし――。

 

『こんなの、いつまでも続けられない!』

 

通信で部下の悲鳴が古代の耳に入ってきた。が、

 

「わかってる! だが、どうすりゃいいんだ!」

 

そう応えるしかなかった。そうだ。このままではいけない。こんなことは長くは続けられず、いずれおれ達は殺られてしまう――わかりきった話なのだ。

 

古代達は各自が空に〈S〉の字を描き続けるスラローム飛行を続けている。そのS字のそれぞれが両の隣と絡み合っている限り敵に墜とされないで済む。そうは言ってもこんな飛び方を足並み揃えて続けるなど不可能だ。人間は自動セーター編み機じゃない――いずれ〈網み目〉は(ほころ)びを見せ、乱れは広がりどうしようもないことになってしまうに決まっている。

 

そして、体にかかるG。機をループさせるたび、ただでさえ暗い視界がより暗くなり、眼が見えなくなりつつあるのを古代は感じていた。

 

ブラック・アウトだ。Gによって血が脚へと集まってしまい、脳や眼球の血が足りなくなってしまう状態――S字ループを重ねるたびに、目眩に襲われ、一回ごとにそれが強くなっていくのがわかる。

 

操縦桿を持つ手がしびれ始めている。ダメだ。このままでは(じき)に限界――。

 

古代はレーダーマップを見た。上空に敵の戦闘機隊。まさに三浦の海岸で釣り人達に嫌われていたゴンズイの玉のような。

 

そうだ、と思った。やつらは知ってる。そして待ってる。おれ達がやがてフォーメーションを崩して一機一機と弱った者からはぐれていってしまうのを。やつらはそれを上から見定め、また一斉に襲い掛かるつもりでいるのだ。

 

それがわかっているのにどうしようもない。ちくしょう、と思った。この状態を打開する手が何かないのか。このままでは――。

 

いずれ全機が殺られてしまう。それに、これでは〈魔女〉を探すどころじゃないじゃないか。

 

なんとかならないのか、と思った。また機体をひねらせながら、古代は意識が遠のきかけているのを感じた。



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上出来

藪はひたすらひたすらに重いハンドルを回していた。機関長はまだ何分もやってない、などと言ったがあんなの絶対嘘だと思う。もう二十日間くらいこの仕事をやらされている気がする。一体なんでこんなことに。

 

重いハンドル試練の道を回す男のド根性。真っ赤に光るランプの色が緑色に変わるまで。回せ回せ藪助治。貧乏クジもあったもんだ。

 

ハンドルは重い。とても重い。とてもひとりで延々と何分間も回すシロモノと思えない。よっぽど力のある人間なら話は別かもしれないが――一体全体、あとどれだけこれを回せばいいと言うんだ?

 

金庫の扉のようなものにはただ一個の赤いランプが付いてるだけで自分がこれを何回まわしてあとどれだけ続ければいいのか示すものは何もない。

 

そういうものがあってもよさそうなものじゃないかと思った。地球でパチンコ打つときだって機械の上にデータ表示器が付いてるだろう。せめて何かあればちょっとは――と思いながらランプを見ていて、それがパッと緑に変わるのを藪は認めた。え?と思う。

 

目をこすろうにも銀ピカのバイザーに遮られていて触れられない。機関室の中はまだ摂氏百度のオーブンで、藪が今いるこの区画には技術科員が送る冷気も届いていない。藪はいったん目を閉じて、(まぶた)を開けてもう一度ランプの光を見るしかなかった。

 

確かに緑だ。決して自分が色盲になり、赤と緑の識別ができなくなったわけではない。

 

藪は言った。「やった……」

 

 

 

   *

 

 

 

「よし!」

 

と〈ヤマト〉第一艦橋で、波動エンジンの炉の状態をモニターしていた徳川が言った。

 

「ゲロイフェルター・ラックスがレバークヌーデルズッペになった。炉はもう危険な状態を脱したぞ。藪、よくやった!」

 

『ふわあ』

 

と、もうヘトヘトな返事がくる。艦橋クルーの南部を除く全員が徳川を向いて、『実際のところエンジンはどんな危険な状態にあって、どう危機を脱したのだろう』という顔をしたが、しかしあえて聞きただそうとする者はなかった。ゲロイなんとかがどんなものか知ってどうする、ともいった表情だ。

 

ともかく、エンジンが危機を抜けたと言うのなら、それはすなわち〈ヤマト〉が戦闘能力を取り戻したと言うことだ。医務室前にケガ人はもう転がっておらず、動ける者は包帯巻いて持ち場に戻り、重傷者のみベッドにくくりつける作業が主になっている。

 

機関科員も例外ではない。回復した者から順に元の配置に取り付いていく。カメラが撮ったそのようすがマルチスクリーンに映っていた。

 

ならば、当面の問題は、古代と航空隊員達が、〈魔女〉を討ち取れるかだ。相原が空の戦いに〈耳〉を澄ませているが、

 

「とてもビーム砲台を探すどころではないようです。もう限界ではないかと……」

 

「わかってる」

 

と真田が言った。眼は南部が取り組んでいる計算に向けたままだ。

 

島や太田がそのようすを(いぶか)しげに見遣っていた。その計算で〈魔女〉の位置は〈点〉ではわからぬと言うではないか。ならばその計算になんの意味があると言うのか――聞いてもわかっているらしい真田と新見が答えないのでそのままと言う状態だ。とにかく南部の計算が済めば、すべてハッキリするらしいのだが、

 

「出来ました!」

 

南部が叫んだ。キーボードをカチャカチャと叩いて何やら入力し、〈実行〉キーを押して言う。

 

「この線上のどこかです!」

 

メインスクリーンの画像が変わった。冥王星の地図が映る。そこに緩い弧を描く長い一本の線が描かれていた。

 

クルー達が皆それを見る。島が言った。「線?」

 

「そう」

 

と真田が言った。彼にはわかっていたらしかった。計算で〈魔女〉の居場所は〈点〉では特定できない。だが、〈線〉でならわかるだろう、と。

 

事はどうやら彼の読み通りであったらしかった。スクリーンの()を見上げ、真田はニヤリと笑って言った。

 

「ここまでわかれば上出来だ」



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線の上を

「線?」

 

と古代は言った。レーダーマップに表示された湾曲した一本の〈線〉。通信で〈ヤマト〉が送ってきたものだ。相原の声が、その〈線〉に沿って飛べと告げてくる。

 

古代は言った。「この上に〈魔女〉が居ると言うんだな?」

 

『そうだ! 計算でそこまで出した! だが〈点〉まではわからない。後は君らに見つけてもらうしかない。その線上を飛んでくれ!』

 

「了解……」

 

と、脳酸欠を起こしかけている頭で応え、それから操縦桿を戻してレーダーマップを見直してみた。点ではわからぬが線ではわかる。後はおれ達がこの線を飛べ?

 

地図に引かれている〈線〉は長さ百キロばかりらしい。さっきまでは二百掛ける百キロの四国程度の範囲を皆で捜索する話であったのが、今ではもうその高速道路のような〈線〉の上さえ飛べばいいと言うこと。計算では〈魔女〉はそのどこかにいる――。

 

いける、と思った。ここまで特定できたのならば、もうこんなS字ループを描き続ける必要はない。おれひとりがこの〈道〉の上を飛べばいいだけだ。無論、敵はすぐさまおれを狙ってくるに違いないが、それも望むところと言うもの。

 

タイガー乗り達や山本は、百戦錬磨の強者(つわもの)揃いだ。さっき救けてくれたように、経験にモノを言わせておれを護ってくれるはずだ。

 

「よし」と言った。「わかった。行くぞ、みんな!」

 

『おうっ!』全機が声を返してくる。

 

「ありがとう、〈ヤマト〉!」

 

『幸運を』

 

相原が言った。古代は〈ゼロ〉をそれまでと逆方向にターンさせてループを抜けた。上向きのGが掛かって血が頭に送られて、視力が戻ってくるのを感じる。

 

そうだ、ありがとう、〈ヤマト〉! この計算をしてくれたやつよ! おれは必ず、君が見つけた道を突き抜けてやるぞ! 古代は思った。必ず、〈魔女〉を討ってみせる! 

 

古代は〈ゼロ〉を反転させて〈線〉への進路を取った。

 

 

 

   *

 

 

 

「〈面〉のものが〈線〉になるなら後はその上を行くだけでいい。敵がそのどこかにいるなら、ただまっすぐ前を見て進むだけ……」

 

〈ヤマト〉第一艦橋で真田が言った。眼はメインスクリーンの、南部が算出した地図上の〈線〉を見上げている。

 

遂にやった――そう思った。この〈線〉が出せたのならば上出来だろう。〈面〉どころか、最初は冥王星と言う大きな球体のどこに〈魔女〉が居るのか見当もつかなかったのだ。

 

けれどもやった。おれはやったぞ、古代守よ。おれは〈ジャヤの(いただき)〉を越える〈ココダ〉のルートを見つけたのだ。後はお前の弟が、お前の仇を取るのをここで見守るだけだ。

 

そうだ。行け、古代進。〈魔女〉に勝ってこの〈ヤマト〉に帰ってきてくれ。お前にはまだやることがあるはずだ。兄に代わって〈でっかい海苔巻〉を見る務めが……。

 

そしておれも、〈イスカンダル〉でサーシャがおれに見せる気だったすべての答を見ねばならない。そのためにもお前の力がきっとまだ必要なのだ。

 

だから行け、古代、と真田は思った。横で南部がペンを握って祈るようにつぶやいていた。

 

「頼む、頼む、頼む、頼むぞ……後は、君達が頼りだ!」



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人間ハイペロン爆弾

「フッフッフ」石崎は笑った。「これだけやれば充分だろう。これでもう、誰もわたしに手出しはできん」

 

「そうですか? しかしこれからどうするんです?」

 

と〈黄色〉の若者が言った。名前は神敬介(じんけいすけ)だが、誰も決してその名で呼ばない。みんな『そこのデブ』だとか、『役立たず』などと呼ぶ。

 

「逃げるに決まっとるだろうが」

 

石崎はカネの詰まった鞄を脇に抱えていた。こればかりは誰にも渡さんとばかりに持ち手を握っている。

 

「はあ。しかし、『逃げる』ってどこへ」

 

「わたしは逃げるのではない!」怒鳴った。「人聞きの悪いことを言うな! わたしは過去を捨てるだけだ!」

 

「はあ」と言った。「ええと……」

 

「イエロー。お前は、わたしが逃げると思ってるだろう。そうではない。すべては〈愛〉のためなのだ」

 

「いえ、ですから、どこに行くのかと……」

 

「わたしの〈愛〉をわかってくれる人間が、この宇宙のどこかにいる。わたしはそこで〈復活〉の物語を作るのだ。これは新たなる旅立ちなのだ」

 

「だから具体的にどこ……」

 

「イエロー。わたしは、お前を息子か、弟のように思っていた」

 

「は?」

 

「しかし、お前は爆弾なのだ。事故で身体を失くしたお前は全身がサイボーグとなっている。そしてその身はハイペロンで出来ているのだ」

 

「ええっ?」

 

と言った。石崎の眼は(じん)のでっぷりと太った腹の辺りに注がれているようだった。

 

「そうだイエロー。お前は〈人間ハイペロン爆弾〉なのだ! わたしがこのスイッチを入れるとお前は爆発する!」

 

ボールペンを手にして親指で尻のところを押さえて言った。カチリとやるとペン先がもう一方の端から出てくる。

 

「あの」と言った。「そのハッタリで通る気ですか」

 

「ダメかな」

 

(じん)は応えなかった。珍しくも石崎は困ったような顔になり、〈緑〉の若者に眼を向けた。名前は城茂(じょうしげる)と言うストロンガーなものであるが、どう見てもただのガキである。

 

「グリーン」

 

「あ」と言った。「おいら、母さんの内職の手伝いがあるの忘れてました。今日はこれで家に帰ってもいいですか」

 

どのみち役に立ちそうにない。石崎はペンをカチカチさせた。要するにこれからどのようにしてこの苦境を切り抜けるか何も算段はないらしい。

 

けれどもこれは、『毎度のこと』と言わねばならない。この石崎と言う男は、やることがいつもこうなのだ。常にこうだし、いつだってこうだ。ハッタリとムード任せでジャジャジャジャーンと人を(あお)ればすべて自分に都合よく事が運ぶと信じて闇雲に物事を始める。

 

そしてもちろん、大抵の場合、彼のやることはうまくいかない。変電所のこの部屋の外では、突入した兵士達とまだ生きている〈(しもべ)〉達が、キョトンとした顔を見合わせていた。

 

 

 

   *

 

 

 

「おい、〈はんぺん爆弾〉ってなんだ」

 

と銃剣を持った兵士が、血まみれで床に転がっている〈石崎の(しもべ)〉に対して言った。腕がちぎれて口から血泡を吹いている。

 

「言えよ。(らく)に死なせてやるから」

 

「う……うるさい……」と〈(しもべ)〉は強がりながら、「き……貴様も……のたうって死ね……」

 

「そんな凄い爆弾なのか?」

 

「ええと……」と言った。困ったように、「そ、そうだ……」

 

「ハッタリだな」

 

「ち、違う」

 

「へえ」と言った。「違うんなら、ハッタリと思わせたままの方がいいんじゃねえのか?」

 

「え、それは」

 

「どっちなんだよ」

 

「う、ううう……」

 

苦しげに言う。無論、瀕死の状態でもあるのだが、傷のせいで苦しんでいるのか返答に窮して苦しんでいるのか見てもよくわからなかった。

 

「へっ」

 

と兵士がバカにした顔で笑う。その笑いを最後に耳に聞きながら〈(しもべ)〉の男はガクリと首を垂らした。独裁者の〈愛〉にすがった愚かな男のみじめな最期と言うべきかもしれなかった。

 

変電所に突入した者らには、石崎の演説はほとんど効いていなかった。それどころか、逆効果になるだけだったと言っていい。石崎がどこかで何かやらかすたびに、常に起きてきた現象とも言える。あの男のやることなすことはともかくしょうもないために、聞いたマトモな人間はあきれてまず首を振るのだ。

 

〈ハイペロン爆弾〉などと聞いてうろたえるのはよっぽどのバカだけだった。特に言ったのが石崎では、誰もが、『ああ、またいつもの』と思ってそれでおしまいなのだ。もはや石崎に打つ手はなく、もう逃げ道も塞がれたと自分で宣伝したに等しい。

 

「で」

 

と兵士は、もう動かない〈(しもべ)〉の体に向かって言った。

 

「どこにいるんだよ、お前のセンセは」



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反撃開始

〈ヤマト〉第一艦橋では、沖田が森を呼び出していた。インターカムに森が映る。

 

「森。どうだ、下のようすは」

 

『あ、はい』

 

と森。彼女は血まみれの医務室の中にいるらしかった。けれども今、手術台の上では佐渡先生がコップを手にして胡座(あぐら)をかいている。

 

『火器と機関の応急修理は完了しました。それと、ケガ人は……』

 

言ったところで佐渡先生が、

 

『おう、みんな片付けた! 重傷者はくくりつけて、戦えるやつは持ち場に戻したぞ。わしゃあ一杯やらせてもらうからな!』

 

一杯どころか、もう既に何杯もやってるような調子で言った。沖田はニヤリと笑ってから、

 

「わかった。森、お前も上に戻ってこい。すぐに反撃開始だ」

 

言って通信を切った。先ほどまで冷え切っていた艦内は、急速に暖まりつつある。壁や天井にまだ霜が張っているが、クルーの多くは船外服を脱いでいた。

 

艦橋の中も同じだ。ピーコートに袖を通して沖田は帽子を被り直し、艦橋の中を見渡した。皆が自分を返り見ている。

 

沖田は言った。「よし、エンジンが暖まり次第発進するぞ。総員戦闘態勢」

 

「ハイ。総員戦闘態勢!」

 

森の代理で席に就いてるアナライザーが言った。艦尾ではメインとサブのエンジンが唸り、そのまわりで海の水が泡立つのがカメラが捉える映像で見える。

 

「氷を割って外に出る。太田、計算を頼むぞ、ポイントはこの辺り――」

 

レーダーマップの画面にタッチペンで書き込みを入れ、それから言った。

 

「急げよ。古代が砲台を叩く前にやらねばいかん」

 

「は?」と新見が言った。「砲台を叩く前?」

 

新見だけではない。皆がギョッとした顔で沖田を振り向いた。太田もまた、

 

「え? それは――」

 

「いいからやれ! 〈魔女〉がまだ生きてるうちに海を出るんだ!」

 

「は、はい」

 

と太田。地図に何やら書き込みがされる。それを見ながら真田が言った。

 

「なぜです? 砲台を潰した後なら――」

 

「そうだ。もう、撃たれる心配をしなくていい。安心して氷を割って海から出られると言うことになるな」

 

沖田は言った。眼はレーダーマップを見ている。氷の上で待ち受ける三隻の戦艦と、遥か高くの反射衛星。

 

「だが、それでは遅いのだ。〈魔女〉がまだ生きてこの船を狙えるうちに、外に出ていく。これ以上の死傷者を出さずにここで敵に勝つにはそれしかない」

 

「はあ……」

 

言って、真田は新見を見た。新見は『全然わかりません』という顔をして首を振る。

 

だが、確かに船務科が『これ以上にケガ人が出てしまうと手当できない。そうなれば――』などと報告してきたのはみな聞いていた。そして皆が『そんなことを言われても』と口々に言った。衛星ビームもさることながら、戦艦三隻とやり合って犠牲を出さずに済むわけがない。そんなことが言える状況じゃないだろう、と。

 

しかし沖田は、〈これ以上の死傷を出さずに敵に勝つ方法〉などと言うものをちゃんと考えていたと言うのか? だが、まさか。いくら〈機略の男〉と言えども、そんな……。

 

そのように皆が考える視線が集まる。彼らを見返し、沖田は言った。

 

「わからないか。だがみんな、これからわしが話すことをよく聞いてくれ。〈魔女〉に本当に勝てるかどうかは、君らの腕にかかっているのだ」



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人質作戦

「人質だ!」と城茂――つまり〈緑〉のガキが言った。「ここの職員を縛って閉じ込めてあったじゃないか。あれを人質に逃げるのはどう?」

 

「え?」と一文字が言った。「人質?」

 

「そうだよ、レッドの兄貴。あいつらを人質にして……」

 

「何言ってんだお前」

 

と言った。そのときだった。彼らの師である石崎が、

 

「それだ」と言った。「グリーン、よく気づいたな。わたしもずっとそれを考えていたのだが、お前達の誰かに先に言わせてやろうと思って今まで黙っていたのだ」

 

フッフッフッと笑って〈緑〉に頷いて見せ、それから他の四人を見遣る。

 

「君らはバカかね。なんのためにあの者達を集めて拘束したと言うのだ。イザと言うとき人質にするために決まっているじゃないか」

 

「え?」とまた一文字。「いえ、でもあれは……」

 

言って〈青〉の風間を見る。風間は後を引き継ぐように、

 

「あれは後で電力を戻すために生かしておいただけでしょう。別に人質にするつもりでは……」

 

「そうです」と一文字。「大体、この状況で人質が役に立つんですか?」

 

「うっ」と石崎。「えーとその……」

 

言葉に詰まったようだった。目を泳がせて周囲を見回し、それから、

 

「なんだお前ら!」怒鳴った。「わたしの考えに文句があるのか! ええ? 言いたいことがあるんならなあ――」

 

と、そこでまた言葉に詰まる。普段であれば、『言いたいことがあるんなら』の後に続くのは『口で言わずに文書にして提出しろ』のセリフだった。それがこの石崎と言う男の仕事のやり方なのだ。

 

自分ではほとんど何も考えず、人の意見を紙に書かせてそれを読む。で、〈私のアイデア〉と言うことにして、会議で人に検討させる。自分自身は生飲み込みで案を理解はしていないから、事は迷走するばかり。今日に何かを決めたとしても次の日にはもう忘れ、結果としてとうとうひとつの計画が打ち切りとなって終わる頃には、莫大な借金の山が出来上がっている。

 

働き盛りの三十から四十代前半くらいはそれでもなんとか大きな仕事をやり遂げもした。そんな男であるからこそやってのけられる仕事もあった。だがそこまでだ。四十五歳になる頃にはただの性根の腐り切ったクソオヤジと成り果てており、もうまともな仕事などただのひとつもできようもない。それでも過去の栄光を振りかざして突き進むので、まるで地震か竜巻か津波か巨大隕石でも落ちた後のようにすべてをメチャメチャにさせながら、本人は何も気にせず反省もしない。

 

「フッフッフ」

 

と彼は笑った。とりあえず余裕を見せてごまかすのだ。それが大切であることをこの男はよく知っていた。

 

「えーと、なんの話だったかな」

 

「人質です」と一文字。「ここの職員を人質にして逃げようと言う……」

 

「それだ」と言った。「その手があったではないか。それで行こうとわたしは前から考えていたと言う話だ」

 

「いえですから、そんなの今更やってどうなると言う話で……」

 

「う、うるさい! だからそうだとわたしは前から言ってるだろう! 一文字、お前、みんなにわかるように説明してやれ」

 

「はあ、ですから、今はどんな交渉もぼくらはしようがないんですよ。ここの職員を人質にして、ぼくらが逃げる一時間の時間を寄越せと言ったところで、その60分の間に街の人間はみんな死んでしまうんですから。一分ごとに何万人が死ぬってときに、何十人かの命なんか人質として意味あるわけが……」

 

「フッフッフ」

 

石崎は笑った。こんなふうに笑うのは、聞いた話がまるっきり理解できぬのをごまかしてるのだ。

 

「ウム、そうだ。考えたんだが、一文字よ。ここの職員を縛って閉じ込めていたな。あの者達を人質にしてここから逃げるのはどうだろうか」

 

「あの、先生……」

 

「なんだ!」と言った。「お前、他にいい考えがあるって言うのか。なら言ってみろ!」

 

「いえ、別に……」

 

と言って一文字は口をつぐんだ。けれどもしかし、口の中でゴニョゴニョと、『だけどあんた、この籠城が失敗したらワタシはここで死ぬつもりだと言ってたんじゃないのかよ』とつぶやいたようでもあった。

 

石崎はそんな一文字を見て、

 

「フッフッフ」

 

と、今度は本当に他人を敗かしたときの笑いを頬に浮かべた。ただし普通の人間には、どの笑いもたんに心の卑しい者がその本性を(あらわ)しているようにしか見えない。

 

「それでパパ」とユリ子が言った。「人質を盾に逃げるのはいいけど、どうやるの?」

 

「フッフッフ。それはだな……」また笑った。「フッフッフ」

 

ジトーッとした皆の視線が集まった。

 

「ええと、あの連中は、どこに閉じ込めておいたんだっけ」

 

「それは」と人間ハイペロン爆弾、もとい〈黄色〉の(じん)が言った。「確かあっちの方――」

 

と、そのときだった。デブが指差した方向にこの部屋の出入り口があり、そのドアがバーンと言う音と共に開かれた。全員がギョッとしてそちらを見る。

 

銃を構えた男が飛び込んできた。



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血戦

敷井はドアを蹴り破り、開いた戸口に飛び込んだ。〈橘の間〉――宇都宮と救出した変電所の職員達から、『石崎がいるのはおそらくここだろう』と教えられた部屋の中へ。

 

果たして、いた。赤青ピンクの色とりどりの服を着た数人の男女が応接用のソファを囲んで座っている。その中にひとり、ダブルのスーツ姿の男。

 

石崎だった。「シェーッ!」と叫んでソファの上で転がるようになったと思うと、横に座るピンクの服の女の陰に身を隠すようにする。

 

そして言った。「わーっ、ななな、なんだお前!」

 

『なんだ』と言われても見つけ次第に殺すつもりでやって来たのだ。問答無用で敷井は撃ってやろうと思った。だが〈ピンク〉の女が邪魔だ。どうする。まとめて殺ってしまっていいのか?

 

無論、いいに決まっていた。どうせ石崎の側近だろう。この状況では全員まとめて殺すしかない。

 

対テロ部隊の隊員としての訓練を受けた頭がそう判断する。敷井は撃った。石崎を、〈ピンク〉の女ごとビームでブチ抜いてやる。

 

いや、やったつもりだった。ダダダと放ったパルスビームは〈ピンク〉の女を貫いた。

 

だがそこまでだ。石崎はその寸前に、ゴキブリのようにシャカシャカと手足を動かしソファーの向こうに逃げのびていた。

 

そしてテーブルの上に置かれた灰皿を投げつけてくる。灰とタバコの吸殻を振りまきながら重い灰皿が飛んできた。

 

ワッと()けるとさらに果物ナイフが来る。

 

「この野郎! この野郎!」

 

石崎は叫び、さらにそこらにあるものを手当たり次第に投げつけてきた。酒瓶、コップ、ノートPC、マンガ本、今の地球で貴重極まるリンゴにメロンにパイナップル。鉢植えの観葉植物まで掴んで放り投げる。

 

「このやろ、このやろ、どうだ、こらあっ!」

 

血相変えて叫び立てるのだ。さすが、と言うべきであろうか。どんな状況にあろうとも、生きる望みを決して捨てない。あきらめずに最後まで抵抗しようとする男。

 

それが石崎なのであった。テーブルの上の物が無くなると、そのテーブルを持ち上げて敷井めがけて投げつけた。

 

「どりゃあっ!」

 

「わわ」

 

と言って敷井は避けた。とてもビーム・カービンで応戦するどころではない。

 

石崎は床に置かれた鞄を手に取る。それもやっぱりこっちに投げてくるのかなと敷井は思ったが、違った。大事そうに抱え込んで、それから叫ぶ。

 

「こら、お前ら!」

 

敷井に対して言ったのではない。赤青黄緑の四人の若い男に向けての声のようだ。

 

「何をボケッとしとるんだ。早くこいつをやっつけろ!」

 

慌てて四人が動き出す。どうやら全員、腰に拳銃を帯びてるらしい。

 

彼らは石崎和昭の護衛役でもあったようだ。しかし、イザとなれば自分がタマを受けてでもVIPである石崎を護る立場でありながら、この状況で彼らの師がひとりで身を護るのをアッケにとられて見ていたらしい。

 

石崎はその四人が並んで座るソファーの陰に飛び込んだ。敷井はそちらに銃を向けて引き金を引いた。パルスビームが赤青黄緑の者達を撃ち抜く。

 

――と、そこでビーム・カービンのエネルギーが尽きた。全員倒したと思ったら、どうやらひとり、黄色の服の太った男がまだ生きていた。「うがあっ」と叫んで敷井に飛び掛かってくる。

 

「わっ」

 

と叫んで敷井は逃げた。しかしデブは追いかけてくる。パルスビームを何発も受けているはずだが、急所を外しているのだろう。まるでなんとも感じていないかのようだ。

 

「この野郎!」

 

デブは言った。敷井は銃をそいつに向けた。タマは切れてもまだ銃剣が着いている。そいつでデブを突いてやろうと思ったが、しかし意外にデブの動きは素早かった。敷井の突きをはねのけて、胸倉掴んで頭突きをかましてくる。

 

「ぎゃっ」

 

たまらず敷井は叫んだ。どうやらデブには柔道か何かの心得があるようだった。敷井は急に身がフワリと軽くなるように感じたと思うと、

 

「でやあっ」

 

と、デブの掛け声とともに投げ飛ばされていた。

 

「いいぞ、イエロー!」石崎が叫んだ。「それでこそわたしが一番と見込んだ男だ!」

 

しかしデブの黄色い服には、《3》と大きく数字が記されているのだが。

 

「ぐふふふ……」

 

とデブは笑った。腰に着けた拳銃のホルスターに手を伸ばす。

 

差しているのは機械人間とでも戦うのかと聞きたくなるようなビーム・マグナム・リボルバーだ。拳銃としてはおそろしく巨大なそれを抜き取って、余裕の顔で敷井に向ける。

 

「往生せいや」

 

BANG!と銃声。

 

しかし、火を噴いたのは、デブの拳銃ではなかった。

 

宇都宮だ。敷井に続いてこの部屋に飛び込んできた宇都宮が、黄色のデブを背後からビーム・カービンで撃ったのだった。パルスビームがズバズバとデブを貫いたのがわかる。

 

「ぐえっ」

 

という声を上げ、デブはカッと目を見開いた。だがしかし、どこまで丈夫に出来ているのか、それでもまだ倒れない。

 

宇都宮がまた撃つと、デブは体をそちらに向けて、拳銃を持った右手を上げた。

 

「おんどりゃあ――」

 

怒りの声を振り絞る。宇都宮の顔が恐怖に歪んだ。

 

「わああっ!」

 

叫んでビーム・カービンを撃つ。パルスビームを浴びながらも、デブは拳銃の引き金を引いた。

 

BANGBANGBANG! リボルバーが火を噴いた。ビーム・マグナムを喰らって宇都宮は吹っ飛んだ。デブはその場に立ったまましばらくフラフラしていたが、やがて崩れるように倒れた。

 

敷井はその光景にしばし呆然となってしまった。けれどもそこで、

 

「わ」と言う声が聞こえた。「わ、わ、わ」

 

見れば石崎和昭だった。鞄を抱いてキョロキョロしている。その眼が不意に、敷井が向けた視線と合った。

 

「わ」とまた石崎は言った。「わわわわ」

 

鞄を抱きかかえたまま、もう一方の手を懐に突っ込ませる。ポケットの中を探っているらしかった。

 

敷井は銃を杖にして床から立ち上がった。石崎の顔を睨みつける。

 

「わわ」と石崎。「えーと、その……」

 

「なんだ」

 

と言った。剣の着いた銃を向ける。

 

「えーと、その、君、待ちたまえ……ね、話をしようじゃないか」

 

「ふうん」

 

と言った。返事をしたのは、無論、話を聞くためでなく、聞くフリをして相手に近づき銃剣で突き刺してやるためである。

 

だが石崎はそうは受け取らなかったらしい。愛想笑いをして言葉を続ける。

 

「ね、どうだ君、考えよう。ここでわたしを殺すより、もっといい道があるだろう。その銃をどうか下ろしてはくれないかね」

 

石崎は言いながら、片手を懐に突っ込んで何かゴソゴソやっていた。もう一方の手は鞄を抱えたままだ。

 

敷井は銃を向けたまま、石崎まで三歩ばかりにまで近づいた。後は一気に突き進んで銃剣で刺してやるだけだ。

 

石崎にもそれがわかったのだろう。鞄を盾にするようにしながら、右手はまだ何かゴソゴソやっている。どうやら何か引っ張り出そうとしているが、服が邪魔してそれができずにいるようだ。

 

「なあ君」と言った。「わたしを逃がしてくれたら……」

 

敷井は銃剣の先をその顔に向けた。石崎はヒャッと叫んで、

 

「待て待て。早まるもんじゃない。な? そうだろ。わたしが何をしたと言うんだ。わたしはただ〈愛〉のため、すべては良かれと思ってだな……ええと、そうだよ。〈愛〉だよ、〈愛〉。愛はアウより出でてアエよりアオしと言ってだな。愛愛愛愛、愛愛愛愛、おさーる……いやいや、〈愛〉だ。〈愛〉なんだ」

 

泣き顔で言う。パニクるあまりに自分でも何を言ってるかもうわからない状態のようだ。

 

「な。どうだね。これをやろう。カネだ。お金だよ。たくさんあるぞ。君に一割……いや、二割……二割五分……いや、三割だ。三割あげよう。四割? 五割かな。いや、まさか……あの、君ね。これだけのカネをひとりでなんに使うと言うのか……いやいやいやいや、待ちなさい。わかった。全部だ。全部あげよう。だからわたしを見逃してくれ」

 

後生大事(ごしょうだいじ)に抱えていた鞄を敷井に見せつける。なんだ中身はカネなのか、そんなものなんの役に立つと思うんだと敷井はあきれて考えたが、石崎は右手をまだ懐に入れてガサゴソやっていた。

 

――と、その手を急に抜き出す。

 

「わあっ!」

 

叫んだ。同時に白い閃光と、バーンと言う音がその手から発せられた。

 

石崎が取り出したのは小型のビーム拳銃だった。それを抜きざまに敷井めがけて撃ったのだ。

 

いや、自分ではそのように撃ったつもりのようだったが、てんでデタラメなめくら撃ちだった。勢いあまって引き金を引いただけの暴発だ。光線は2メートルしか離れていない敷井にかすりもしないどころか、まるで見当違いの方に飛んでいった。

 

「わわ」

 

と石崎はまた叫び、続けて拳銃を連射した。ビームが敷井の身をかすめる。敷井も飛び出し、銃剣で石崎に突き掛かった。

 

ビームが敷井の体を貫く。

 

銃剣は石崎の鞄に刺さり、切っ先はその途中で止まった。

 

「う……」

 

敷井は(うめ)いた。すると石崎はグフフと笑い、

 

「バカめ」と言った。「お前のような若造に殺られるわたしではないわ」

 

またビーム拳銃を撃つ。それから勝ち誇った顔で、

 

「わははは、これが〈愛〉の力だ! 最後に勝つのはやはり〈愛〉だ! わたしは死なん。必ず、どんな状況も、〈愛〉が乗り越えさせてくれる。そうだ! 〈愛〉がある限り、わたしが敗けることなどないのだ!」

 

「うう……」

 

よろけた。銃剣の先が鞄から抜ける。そのまま敷井は後ろに倒れそうになった。

 

そのときだった。石崎の持つ鞄から、ザラザラと音を立てて何か豆粒のようなものが落ちて床に散らばるのが見えた。キラキラと赤青白に光っている。

 

「やや」

 

と言って石崎は、慌てて床に眼を向けた。ために、頭のてっぺんが敷井の方に向けられて、そこもピカピカと光り輝いているのがわかった。

 

石崎の頭はなんとハゲていたのだ。いや、その鞄の中身は現金ではなかったのだ。ワワワと言って石崎が、拳銃を持ったままの右手で鞄に開いた穴を押さえた。

 

そのときだった。ドーンと言う爆発音とともに部屋が大きく揺れた。その後から『よし、こっちだな!』『石崎はどこだ!』などと叫ぶ声が聞こえてくる。

 

突入した者達が、敷井に続いて石崎を遂に追い詰めにきたらしい。さらにまた、『あっちです!』などと兵士を誘導するものらしい声も聞こえるが、これは先ほど敷井が救けた変電所の職員のものなのだろうか。

 

「わわわ」

 

とまた石崎が言う。鞄を抱えてオロオロするが、この男にはもうそれ以外、何も無いのは明らかだった。

 

そして敷井に眼を向けてくる。敷井はその顔を見返して、ニヤリと笑いかけてやった。

 

やったぞ、と思う。足立。それから他のみんな。おれ達はこいつに勝ったんだ。この勝利はおれ達みんなのものだ。

 

よろめく体を立ち直らせた。銃剣を石崎に向けて足を踏み出す。

 

石崎はまだ拳銃を持っている。だが、いいとも、と敷井は思った。撃つなら撃て。もうここで死んでおれは満足だ。笑ってあの世に行ってやる。

 

「く、来るな……」

 

石崎は言った。震える手で銃を敷井に向けてきたが、しかし引き金は引かなかった。代わりに言った。

 

「な。頼む。逃がしてくれ。これをやるから……」穴の開いた鞄をかざす。「ほら、宝石だ。金貨もある。だから……」

 

「へえ」

 

と言った。ニヤリと笑うと、石崎は愛想笑いを返してきた。なるほど明日の地下都市で、紙幣や電子マネーの(たぐい)がなんの値打ちも持つはずがない。それでも金貨や宝石ならば少しは価値があるかもしれない。

 

しかし、と思った。

 

「要らねえよ」

 

言って敷井は剣先を石崎の喉に突き刺した。頚動脈を切ったらしく、赤い鮮血が噴き出した。

 

敷井はその返り血を浴びる。石崎の手から鞄が落ちて、その衝撃で剣が開けた穴が広がり、宝石や金貨を床にブチ撒けた。

 

それらの上にも血が降りかかる。石崎は「げふ」と言うような声を上げ、その口からも血を吐きながら倒れ伏した。

 

敷井は銃剣を杖にして血溜まりの中に立ちながら、その死体を見下ろした。

 

そこで気が遠くなる。敷井はニヤリと笑いながら、崩れるように床に倒れた。



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転換

「戦闘機隊がまた方向を転じました」

 

ガミラス基地でオペレーターが告げる。画面にはどうやら彼が言う通りらしい地球の戦闘機隊の動きが映っているが、

 

「今度はなんだ」

 

言ってシュルツは画面を見た。先ほど、敵の戦闘機隊は急にそれまでの動きをやめてひとつの方角に向かい出した。その先には特にこれと言うものはない。こちらの迎撃にたまりかねて逃げ出したかのようにも見えたのだが、それがまた向きを変えたと言うのは――。

 

「通信は傍受しているのだろう。やつらの考えはわからんのか」

 

「解読はさせていますが……」

 

と情報部員。先ほどから敵は通信制限を解いて、さかんに何かやりとりしている。その傍受はしているが、しかし何を言っているかつぶさにわかるわけではなかった。暗号とノイズだらけのデータを調べ、きれいなものに洗い上げるには時間がかかる。

 

もちろん、今は、そんなことをしてるヒマなどありはしない。敵の方もそれを承知で、傍受のリスクを覚悟の上で無線交信しているのだ。ゆえに切れ切れのデータから、地球人の考えを推し量るしかないのだが――。

 

「これは……」とガンツが言った。「やつらが進む方向……」

 

「あ」と情報部員。「そうだ。まっすぐ砲台に向かっている!」

 

「なんだと?」

 

とシュルツは言った。あらためて画面を見る。なるほど敵の戦闘機隊は、〈反射衛星砲〉の砲台をまっすぐ目指しているようにも見える。しかし、

 

「そうか? ちょっとズレてはおらんか?」

 

「いえ」と情報分析官。「平面図ではそう見えますが、やつらは星の球面に沿ってまっすぐに進んでいます。だから本当はこのように……」

 

別の画面に冥王星の立体地図が表示され、敵の動きが示される。戦闘機隊が進む先にあるのはまさしくビーム砲台。

 

「〈線〉だ……」情報分析官は言った。「やつら、砲台のある位置を〈線〉で割り出しやがったんだ。一度、あさっての方角に逃げてったように見えたのは、〈線〉の始点に着こうとしてのこと……」

 

「ちっ」とシュルツ。「〈線〉だと? まだ砲台がここだとまでは知らんのだな?」

 

立体図上の砲台を指した。分析官は頷いて、

 

「はい。ですがこのままだと……」

 

見つかるのは時間の問題。敵はその一機一機が核ミサイルを持っているのが、先ほどドリルミサイル発射台を殺られたので判明している。核を喰らえば当然ビーム砲台も一撃の(もと)にオダブツだ。

 

〈ヤマト〉は氷の下の海で、今その力を取り戻しつつあるに違いない。それに対してこちらは三隻。いかに大型の戦艦と言え、回復した〈ヤマト〉相手に充分な戦力を持っているとは言い(がた)い。

 

〈ヤマト〉に勝つには〈反射衛星砲〉の援護が要るのだ。なのにそれを殺られたら――。

 

「こいつらを止めろ!」シュルツは叫んだ。「砲台に辿り着かせるな! 全機その前に墜とすんだ!」

 

 

 

   *

 

 

 

「〈線〉で突き止められただと?」

 

バラノドン隊の隊長は、基地司令部からの通信に応え、キャノピー窓の向こうを見やった。敵戦闘機隊は全機でひとつの編隊を組み、まっすぐにひとつの方向を目指しているらしいのがわかる。

 

その先にあるのは、なるほど――。

 

『そうだ!』と基地の通信士。『敵はその線上にビーム砲台があると知ってる! 見つかったらおしまいだ! 何がなんでも全機墜とせ!』

 

「了解」

 

と言った。言ったが、しかし、そんなことが可能なのか?

 

『隊長!』と、部下が通信を送ってきた。『しかしやつらは、もうすぐにも――』

 

「黙れ!」

 

と言った。しかし、そうだとわかっていた。敵の戦闘機どもは既に、砲台のある場所までもうすぐそこに迫っている。〈線〉まで突き止められたと言うなら、後はそこまで辿り着くだけの話ではないか。とても三十何機も全部、それまでに墜とすなど――。

 

できない。それはわかっている。しかし、と思った。

 

「いいか、また隊長機だ! 敵のアタマをまた狙う!」

 

敵の先頭の機を見据えた。さっき一杯喰わせてくれた銀色のやつの一番機。あれを墜とせさえすれば、まだこちらに勝機はある。

 

「突撃だ! やつらはまた他の機が護りを掛けてくるだろうが、気をつければいいだけのことだ! こちらも同じ手は喰わん!」

 

「はい!」

 

と部下達が応えてきた。編隊が組まれる。八十機で再びあの一番機を襲うのだ。

 

叫んだ。「行くぞ!」



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強襲

『来た!』

 

と山本が叫ぶ声が通信機に入ってきた。〈タイガー〉の数機がミサイルを一斉に上空めがけて射ち放つのがレーダーに示される。

 

古代は身のすくむ思いがした。これはつまり、また敵が、何十機もひとつに集まり自分めがけて急降下をかけてきたのを意味するが、それはレーダーに映っていない。ステルスの(みの)を被っているために、〈ゼロ〉の強力なレーダーにも捉えることができないのだ。

 

ステルス機と言うものは、こちらに正面を向けているとき最も〈見えにくく〉なる。あの〈ゴンズイ〉もそのように設計されてるに違いないが、それだけではないだろう。何十機もがひとつに集まり〈玉〉を作ったときにそれぞれが蓑を重ね、輪郭を打ち消しあってよりレーダーに写りにくい大編み笠を形成するのだ。

 

これにスッポリと覆われた群れが向かってくるために、標的として狙われた者にはまったく〈見る〉ことができず、攻撃を逃れようもない。敵のレーダーにロック・オンされて始めて自分が次の餌食と知るが、そのときにはもう為す(すべ)も――。

 

それが上から襲ってくるのだ! また! 再び! おれがこの隊を率いている指揮官だと敵は知ってる! だから今、まずはおれを墜とそうと言う考えなのだ!

 

それでも、ただまっすぐに〈ゼロ〉を飛ばし続けるしかない。古代は今、〈ヤマト〉が『飛べ』と伝えてきた〈線〉の上を飛んでいた。これに沿って進んだ先に〈魔女〉が居ると言うのだから。だから命に替えようとも、それを見つけ討たねばならない。

 

そうだ、兄さん。ここまで来たんだ。ここまで。あと少しなんだ。この線上をあと少しだけ行ったところに必ず敵の砲台がある。それを叩くことができれば、後はどうなろうといい。

 

おれはここで死んでもいい。兄さん。だから何がなんでも、おれは前を見続けてやる。おれはここまでやって来たんだ。皆のおかげでここまで来たんだ。

 

ここで後に退()いたりしたら、申し訳が立たないよな。みんなに――おれを送り出してくれた者達に。

 

そして死んだ者達に。サーシャと、あのとき沖縄で死んでいった無数の者達。訓練生時代の仲間。

 

あの日に横浜で死んだ人々。クレーターにされた三浦。

 

あの日、最後に空中バスの窓から見た故郷の風景。父さんと母さん。

 

そうだ。あの日におれと兄貴を、父さんと母さんは見送ってくれた。その向こうに青い海が広がっていた。ここでおれが(くじ)けたら、とても申し訳が立たない。死んだ人達に申し訳が立たない。

 

そうだろう、兄さん! 皆、あの青い海を取り戻すために死んだんだ。おれの父さんと母さんの仇を討つために死んだんだ。兄さん、兄さんもそうだったんだろ? なのに、ここで命惜しさのためにおれが逃げるなんてことをして、申し訳が立つわけないよな?

 

そうだ。ここでおれが死んでも、山本や他の誰かが後を継いでくれるだろう。だからこのまま前を見続けてやる。ガミラスめ、おれを殺るなら殺れ、と思った。

 

上空でいくつも爆発が起きたのがわかる。山本と〈タイガー〉の数機が射ったミサイルだろう。

 

さっき山本がひとりでやっておれを救ってくれたことを今度は何機もでやったのだ。あのミサイルは相撲(すもう)で言う〈猫だまし〉のようなものだ。立ち会いで、相手の眼前でパーンと強く手を叩き、驚かせる姑息(こそく)な技。

 

相撲でやったら顰蹙(ひんしゅく)を買うが、これは戦争だ。卑怯も姑息もありはしない。これがあの〈ゴンズイ玉〉の急降下から味方を護る唯一の手と言えるものなのだから。

 

〈ゴンズイ〉どもが次にどの機を襲うのかわかっているなら、その背中を護る者には、上に向けてミサイルを射ち、〈玉〉のすぐ前で(はじ)けさせることができる。うまくいけばさっきのように何機をも地面に激突させられると言うわけ――。

 

今度はそうはいかなかった。山本を含む何機もで数倍の数のミサイルを見舞ってやったのに、敵は一機も墜ちなかった。

 

やはり同じ手は喰わない――〈ゴンズイ〉どもはいずれも地面に激突寸前にクルリと機体をひるがえし、サッと素早く上に昇っていってしまう。

 

しかしこちらも、やつらの狙いはこの隊長機、〈アルファー・ワン〉であったようだが無事に済んだ。とりあえずは――。

 

しかし、

 

『ちっ』と加藤の声がした。『また来るぞ!』

 

言われなくてもわかっていた。やつらが上昇する間は〈ゼロ〉のレーダーにも姿が映る。けれどもまたそれが消えた。

 

そして警告音! 『敵にロック・オンされた』とレーダーが鳴らす警報だ。今度の狙いもまたこのおれ!

 

当然だ。敵はこちらが〈魔女〉へと続く〈線〉を見つけたともう知っている。そしておそらく、その場所までもうすぐなのだ。ならばここで敵が狙うはおれになるに決まっている。

 

たとえ命に替えてでも! 今におれが命を懸けてこの線上を飛んでるように、敵にとっても今まで以上にこれは命懸けなのだ。

 

レーダーに無数の光点が映った。ミサイルだ。雨のように降り注いでくる。

 

しかし、と思った。なんだこいつは――慄然とした。こんなもの、(かわ)せるわけが――。

 

ない、と思った。ミサイルの数は尋常(じんじょう)なものではなかった。これまでに敵が一度に放ったものの数倍。

 

百をはるかに超える数のミサイルが、上から降ってきたのだった。八十からの敵が急降下をかけながら、古代の乗る〈アルファー・ワン〉めがけて一斉に射ち放ったのだ。

 

全機で! やはり敵は甘くなかった。そう何度も〈猫だまし〉などでおれを救けさせはしない。

 

降り注いでくるミサイルの雨。そのあまりの数に、古代は血が凍る恐怖を感じた。



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次は最大で

「殺りました! 敵隊長機を撃墜!」

 

ガミラス基地司令室でレーダーのオペレーターが叫ぶ。だが、わざわざ言われなくても、シュルツはバラノドン隊が百数十発のミサイルを敵戦闘機隊のアタマめがけて射つのをスクリーンで見守っていた。

 

ドカドカと次から次に燃え広がる爆発で、画面はまるで赤いお花畑のようだ。ただ一機の戦闘機に対して『よくも』と言うほどの数。

 

あの爆発の中にいて助かる者がいるわけがない。スクリーンには、敵戦闘機が炎に呑まれ翼をバラバラに四散させて墜ちる光景が確かに映し出されていた。

 

まずは敵の隊長機を仕留めたのだ。ようやくながら――しかし、と思った。

 

「こちらもまた失いました。三機、いえ、四機!」

 

「ちっ」

 

と言った。無茶なことはやるものではない。敵のアタマを殺りはしたかもしれないが、こちらも数機が自分で作った爆発の中に自分で突っ込んでしまったのだ。

 

普通であれば決してやらない愚かな自殺突撃だ。わかっていながら、彼らはこの状況で、敵に砲台を殺らせまいと突っ込んでいってくれたのだろう。祖国のために(みずか)ら盾になろうとして。だがしかし……。

 

ガンツが言う。「たとえアタマを墜としたところで、次の者が先頭に立つだけ。砲台に辿り着かれるのは時間の問題と思いますが」

 

「わかっている」シュルツは言った。「〈反射衛星砲〉、発射用意だ」

 

「は?」

 

「『は?』ではない。衛星砲だ。発射用意は出来てるのだろうな」

 

「ええまあ。いつでも、撃てることは撃てますが……」

 

ガンツは砲撃オペレーターの方を見た。砲手は頷き返してみせる。

 

シュルツは言った。「よし、いいか。出力を最大にしろ。今までのような手加減は抜きだ。次は〈最大〉でビームを撃つ」

 

「はい」と砲撃オペレーター。「ですが司令、それをやると……」

 

「わかっている。〈カガミ〉がもたんと言うのだろう。しかし構わん。どうせあと一度撃てるかどうかなのだ」

 

「わかりました」

 

とオペレーター。ビームの出力ダイヤルを回す。彼が前にしている画面に、これ以上に出力を上げると重力均衡点に置かれている衛星のビーム反射板が破壊される(むね)(しら)せる警告が出たが、それを解除し、撃てる限りの最大にまで出力を上げる。今まで〈ヤマト〉めがけて撃ってきたものの十倍にもなるほどのパワーだ。

 

ガンツが言った。「しかし、何を撃つのです?」

 

「〈ヤマト〉に決まっとるだろう」

 

「は? いえ、ですが〈ヤマト〉はまだ……」

 

「わかっとる」

 

とシュルツは言った。そうだ。〈ヤマト〉はまだ厚い氷の下の海にいる。たとえ最大出力でも、〈ヤマト〉めがけて撃ったところで氷と水に吸収されてビームは力を失ってしまう。

 

そんなことはわかりきってる。しかし、

 

「『撃て』と言ったわけではない。『〈最大〉で撃つ用意をしておけ』と言ったのだ。あと一回撃てるかどうかなのだから……わかるだろう。〈ヤマト〉は今、海の中で戦う力を取り戻しているところに違いないのだ」

 

「ええ、それは」

 

「それに対して、こちらは三隻。たとえ大型の戦艦だろうと、やつに充分に回復されたら決して勝ち目が高いとは言えん。こちらが勝つにはビームの援護が必要なのだ」

 

「はい」

 

「〈ヤマト〉もそれを知っている。だからあの戦闘機隊にビーム砲台を攻撃させ、成功を確認してから氷を割って海から出ようと普通ならば考えるはずだ。『砲台が生きているうちは、ずっと潜ったままでいよう』と……」

 

「それが当然ではありませんか?」

 

「そうだ」と言った。そしてシュルツはニヤリと笑った。「敵が普通のやつならば、そのように考えるはずだ。だが、違う。あの〈ヤマト〉を指揮しているのは、〈普通のやつ〉などではない。『〈線〉まで突き止めたのだからビーム砲台が死ぬのを待とう』などと言う考え方はしないのだ。きっと今すぐ外に出てくる」

 

「は? しかし、なぜまたそんな……」

 

「わからんか。それが普通の人間だろうな。しかしあの〈ヤマト〉を指揮しているやつは違うぞ」

 

「はあ」

 

怪訝(けげん)な表情をしてガンツは言った。そのときだった。レーダーオペレーターが、

 

「これは……」

 

と、急に驚きの声を発した。

 

「なんだ?」とガンツ。

 

「違う! さっきのは間違いだ! 敵の隊長機はまだ生きてる!」

 

「なんだと?」



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犠牲

古代の〈ゼロ〉はまるで津波か雪崩のように広がる爆発の炎をくぐって外へ飛び出した。銀色の機体は火に(あぶ)られ煙に(いぶ)されたものの、ただそれだけで異常はない。計器盤に眼を走らせたが、ダメージを告げる表示もなかった。

 

「なぜ……」

 

古代はつぶやいたが、理由そのものはわかっていた。〈タイガー〉の一機が前に飛び出して、ミサイルの雨を(みずか)ら受けたのだ。

 

あの百ものミサイルは近接信管で起爆して、ひとつがドカンといったなら他のすべてが同調し、連鎖的にドカドカと(はじ)ける仕掛けになっていたらしい。その爆発の津波によって、中にいる敵を()し潰し確実に仕留める――ゆえに、狙われた標的に助かるチャンスはひとつもない。

 

だが、誰か他の者が、身替わりになって自分がその弾幕を受けたならば、話は別だ。その犠牲を得ることで、本来の標的は死を免れる。

 

それがここで起きたのだった。身を(てい)して〈ゼロ〉をかばったその〈タイガー〉一機のために古代はなんの損傷も(こうむ)ることなくまだ〈線上〉を飛んでいた。

 

それはわかる。しかし、と思う。

 

「なぜ……」

 

と古代はまた言った。レーダーを見れば数機の〈タイガー〉が自分の後ろ斜め上に位置を取ったのがわかる。またミサイルのシャワーが来たら、すぐ飛び出して古代の犠牲になれる場所だ。

 

「よせ!」叫んだ。「おれの替わりにタマを喰らおうなんてするな!」

 

しかしその者達は、その位置から動こうとしない。

 

「なぜ……」

 

と古代はまた言った。いつかに見た光景が頭をよぎった。地球のあの沖縄の空で、古代の命を救けるために犠牲になった銀色の機体。〈アルファー・ワン〉と本来呼ばれるはずだった〈ゼロ〉。

 

おれはその代役だ。元々〈アルファー・ワン〉などと呼ばれる資格はない人間だ。だからここで真っ先に死んだところで構わない。むしろ死なねば申し訳ない。おれのためにこれまで死んだ者達すべてに申し訳ない。そうだろう。

 

そう思った。ここでおれが死んだところで、別の者が砲台を叩けばいいだけの話じゃないか。核ミサイルはすべての機が一基ずつ腹に抱いているのだから。誰が〈魔女〉を殺ったところで結果は同じなのだから――。

 

『隊長』と加藤の声が通信機に入ってきた。『いいから、前を見ていてくれよ。まだあんたに死なれるわけにいかないんだ』

 

「そんな……」

 

と言った。しかし、

 

『わからないのか? たとえあんたがここで後ろに就いたとしても、やっぱりやつらはまずあんたを殺ろうとする。だからそのまま先頭でいてくれた方が、まだしも犠牲が少なく済んでこっちは助かるんだよ』

 

「そんな」

 

とまた古代は言った。しかし加藤が言う理屈を、瞬時に理解してもいた。敵があくまで隊長機の自分を狙ってくるのであれば、そのつど一機が犠牲になれば他の全機が安全に飛べる。しかしここでおれが墜ちれば、敵が次に誰を狙うかまるでわからなくなってしまい、より多くの損耗を出すことにつながる。

 

そうだ。もちろん最初からわかってもいた。その理屈を。だからこそ今、このおれが、先頭になって飛ばねばならないことを。

 

そして、加藤だけではない。皆がそれをわかっている。だから全機が今ここで己の命に替えてでもおれを護ろうとしているのだ。

 

『いいな! タイガー隊全機。何がなんでも〈アルファー〉を護れ! 絶対に墜とさせるな!』

 

また加藤の声がする。それに応える『おおっ!』というパイロットらの声が重なって聞こえた。

 

「くっ……」

 

古代は歯を噛んだ。言える言葉はひとつしかない。「すまん」とつぶやいて、レーダーに映る31の《FRIEND》指標から(おもて)を上げた。

 

 

 

   *

 

 

 

「くっ……」

 

バラノドン隊の隊長は、レーダーの画面を睨み歯を噛んでいた。「よくも」とつぶやく。画面には、〈標的〉として示されている敵隊長機と、命に替えてもそれを護る覚悟らしき数十の指標。

 

今度こそ殺ってやったと思ったものを……無理な攻撃をかけたがために、また何機も失くしてしまった。やつらのうち一機でも生かすわけにはいかぬと言うのに、ひとつ殺してやるごとにこちらが五を失くしてしまうようでは……。

 

数だけの問題ではない。部下の報告がいくつも聞こえる。

 

『レーダーの攪乱(かくらん)装置を破損しました。ステルス幕を張れません!』

 

『ダイブ・ブレーキに損傷。これで降下すれば……』

 

地面にドーンと突っ込んでおしまいなのは確実、と言うことである。二番目の報告の主が告げるのは――そして他にも機がダメージを受けたと述べる者達がいる。

 

「わかった。貴様らは後ろにまわれ」

 

言って隊長は計器を見た。自分の機も各所にガタが起きているのを(しら)せる警告表示が出ている。

 

あと何度もこんな〈特攻〉は続けられない。いずれただの自殺になるだけ――。

 

隊長はまた歯を噛んだ。しかし、それでもやらねばならない。たとえ我らが死のうとも、反射衛星砲台は対空火器で強固な護りもされているのだ。だから、あいつさえ殺れば……。

 

おれはここで死んでもいい。彼は思った。「行くぞ!」と叫ぶ。

 

敵の先頭、銀色の戦闘機を睨み据える。お前だけは墜としてやる。バラノドン隊の誇りにかけてだ!



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再発進

〈ヤマト〉船体のあちらこちらから、グラスにビールを注いだように泡が吹き上がり海中を昇る。メインとサブのエンジンに、各所の姿勢制御ノズル、主・副砲塔の砲身だ。それらが熱を帯び始め、海底の水を沸かせているのだった。

 

艦内では傷に包帯を巻いたクルーがそれぞれの持ち場に就いて戦闘の準備完了の(しら)せを告げる。

 

『第一魚雷発射管、魚雷ミサイル装填完了!』

 

『第二魚雷発射管、魚雷ミサイル装填完了!』

 

艦首と艦尾に六門ずつの魚雷ミサイル発射口が蓋を開け、そこからも泡が水中にこぼれ出た。再び氷を今度は下から割るためのミサイルが先を覗かせる。

 

『これより反撃に出る。総員、戦闘に備えよ!』

 

全艦に沖田の声が鳴り響く。生活要員や航海要員は、ベッドに縛り付けられた者らの手を握っていた。今のところ、彼ら重傷者に対してできることはそれだけだ。寝かされた者も寄り添う者も頷き合って歯を食いしばる。

 

「〈ヤマト〉発進!」

 

艦橋で沖田が叫んだ。島が「〈ヤマト〉発進します!」と唱えて機器のスイッチを入れる。レバーを倒すと船がガクンと揺れ動いた。

 

海底に泡が(はじ)ける。まるで巨大なシャンパンの栓を抜いたかのようだ。泡の柱を昇らせながら、〈ヤマト〉もまた海底を離れた。

 

人工重力装置によって〈重く〉されていた船体が、その(くびき)を解かれたのだ。〈ヤマト〉は本来、普通の船と同じように水より軽く造られており、〈重し〉がなければ水に浮く。艦内でも誰もが急に自分の体が軽くなったように感じていた。ビルのエレベーターが上昇するときに乗る人間が体が重くなったように感じるのとまったく逆に――加速によるGよりも、それまで身にかぶさっていた〈おんぶお化け〉が消えた効果が大きいために、もうちょっとで足が床を離れて宙に浮きそうな錯覚さえ覚えさすのだ。

 

急速に浮上しつつ〈ヤマト〉は艦首を上向かせた。船を〈軽く〉しただけではない。エンジンの噴射の力でグングンと上昇。球形艦首が水を切り、泡が昇る速度を追い越して突進する。

 

その姿はまるで滝昇る龍だった。〈ヤマト〉はもう完全にその船体を垂直にしていた。竜巻のように渦巻く泡の柱を切り裂いて上昇。その先には固体メタンと固体窒素の厚い氷が待ち構えている。

 

「艦首魚雷発射管、全門発射用意!」艦橋で南部が叫んだ。「てーっ!」

 

六基のミサイルが、泡の尾を引く彗星のように射ち出された。

 

 

 

   *

 

 

 

「ソナー及び水中レーダーに巨大物体の反応有り! 急速に浮上しています!」

 

ガミラス基地司令室でオペレーターが叫んだ。

 

「〈ヤマト〉です! 間違いありません!」

 

「来たか!」

 

とシュルツは言った。身を乗り出してスクリーンを見る。だが、

 

「どうなのだ。上に出てくる気なのか?」

 

「この勢いならばそうです。とても止められませんから……」

 

とオペレーター。つまり、〈ヤマト〉がゆっくりと海底から上がってくるなら厚い氷の下で止まって、戦闘機隊がビーム砲台を潰すのを待つ気なのだと言うことになる。けれどもグングン上がってくるなら、その勢いで氷をブチ割り飛び出してくる気なのだとわかるわけだ。

 

そして、これは後者だった。〈ヤマト〉が浮上してくる速度は、とてもいったん氷の下で止まれるようなものではない。

 

「よし、いいぞ!」シュルツは言った。「〈反射衛星砲〉、発射用意だ! 出てきたところを最大出力でブチかませ!」

 

「はい!」

 

と砲のオペレーター。発射準備は完了しており、後は狙いの微調整だけだ。

 

使う〈カガミ〉はふたつだけ。重力均衡点にある〈(かなめ)〉の衛星と、〈ヤマト〉の直上に配置した衛星、それだけだ。そのふたつにだけ反射させて〈ヤマト〉を撃つ。もう何度もカクカクと反射させることはしない。敵はこちらの手の内をすべて知ったに違いないのに、砲台の位置を隠す必要がどこにあるのか。

 

だから衛星は二基だけだ。それで〈ヤマト〉を真上からズドンとブチ抜いてやる。手加減無しの最大出力ならばそうとも間違いなくあのデカブツもおしまいだ!

 

やったぞ、とシュルツは思った。わたしの読みが当たったのだ。〈ヤマト〉は必ず、ビーム砲台が生きてるうちに氷を割って出てくるだろう。そのときこそが上で待つ戦艦隊と戦うチャンスと考えて――。

 

そうだ。もちろんその通りだとシュルツは思った。〈ヤマト〉を指揮している者よ。わたしがお前であるならば、やはり同じに考えてここで氷を割ることだろう。不運だったな。すまんが、命を頂戴することにしよう。

 

残念だが、もうこれ以上お前と遊んでいられんのだとシュルツは思った。もうひとつのスクリーンに映るビーム砲台の状況に眼をやる。敵の戦闘機編隊はまっすぐ砲台を目指しているが、〈ヤマト〉を撃つのを止めるには到底間に合わないだろう。

 

勝ったな、とシュルツは思った。〈冥王星〉――やつらがそう呼ぶこの冷ややかな氷の星はこのわたしに味方した。あと五十年続く白夜の圏にある〈ハートマーク〉に冷たい笑みを浮かばせ、地球人類の終焉(しゅうえん)を眺めて過ごすことだろう、と。



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突貫

六基の魚雷ミサイルが水中にて爆発し、燃焼ガスが巨大なシャボン玉のような泡を作って膨らんで散る。その中心で白熱する成形炸裂弾頭の炎は、六本の(くさび)となって氷の岩盤に食い込みそれを叩き割った。

 

氷がヒビ入り、砕けてそこに水が渦巻いて流れ込む。そうして上方に出来た穴に〈ヤマト〉は突っ込んでいった。

 

氷を割るのは二度目だが、中へ潜るときとは違い、外に出るのはずっと易しい。噴水となって吹き出ようとする水が、船を押してくれるため、途中で止まる心配をまずしなくて構わないのだ。

 

ゆえにここで恐れるべきは上で待ち構えている敵だ。艦橋で森はレーダー手席に座り、機器が示す数字を読み上げていた。氷の上に船が出るまであと千メートル、九百メートル……。

 

「八百メートル」

 

言いながら、操舵席の島を見やった。今の〈ヤマト〉は大昔のロケットのように垂直に上に進んでいるため、この艦橋の床が〈壁〉で艦長席の後ろが〈床〉で、島と南部が並んで座る正面の方が〈天井〉に思える。海を出たならそこには敵の戦艦が円をグルグルと描きながら〈ヤマト〉を待っていると言う。

 

そして、天空はるか高くにビームを反射する衛星? このわたしが下の艦内で働いていた間になんだかよくわからないことになっていた。ともかく、ここで敵に勝つには、氷を割って外に出るのは今だと艦長は言うのだが――。

 

「いいかね」

 

と数分前、森が艦橋に戻ったときに沖田は言った。

 

「〈魔女〉――敵の砲台の位置はもう〈線〉まで突き止めた。航空隊が見つけて叩き潰すのはもう時間の問題だ。やつらもそれにすぐ気がつくだろうから、〈ヤマト〉は砲台が死ぬのを待って海を出るものと考える」

 

「はあ」

 

と言ったが森は正直なところ、何がなんだかわからなかった。

 

沖田は続ける。「対艦ビームが無くなれば、撃たれる心配をしなくていい。氷の上には三隻いるが、〈ヤマト〉はその三隻と戦えるだけの性能がある。普通にやればまずこちらの勝ちだ」

 

「ええまあ」

 

「だが、今は普通でないのだ。敵は三隻で三角形の陣形を取り、上をグルグルと回っている。〈ヤマト〉が出るのを待ち構え、三方からドカドカと〈Y字砲火〉を浴びせる気でいるのだな。それをされたら、いかに〈ヤマト〉が強かろうと、とても(かな)うものではない」

 

「ははあ」

 

と言った。『Y字砲火? なんのことやら』と思ったが、レーダー画面を見てみれば沖田の言う意味はわかった。敵は三隻で三角形。同士撃ちを避けながらひとつの敵をフクロにする、それが〈Y字〉――もしくは〈(アスタリスク)砲火〉とでも呼ぶべき戦法。

 

おそらくこれほど有効な戦法はないだろう。敵は味方に当てる心配をすることなしに、〈ヤマト〉めがけてビーム砲を撃って撃って撃ちまくれるのだ。三隻で――確かにそれでは、〈ヤマト〉と言えども決して勝ち目が高いと言えない。

 

「それだけではない」沖田は言った。「『戦う力を取り戻した』とは言っても、今の〈ヤマト〉は決して万全の状態ではない。反射ビームにさんざんやられた区画はまだそのままだし、クルーはみんな包帯巻いて配置に就いてる有り様だ。これ以上は負傷者を出すわけにはいかんのだろう?」

 

「はい。それはそうですが」

 

と森は言った。もちろん、それは自分が状況を分析し報告したことでもあった。今の〈ヤマト〉は穴だらけで、一度被弾したところにもう一発タマを喰らえばそこで百人が死にかねない。負傷者に輸血する余裕ももうありはしない。上で待ってる三隻にたとえ勝てたとしてもそれでは、今後の旅に一ヶ月もの遅れを出すと言わざるを得ない――。

 

そうだ。〈ヤマト〉はガミラスの戦艦三隻を一度に相手にして勝てる――そうは言われているけれども、それは条件が普通のときだ。今の〈ヤマト〉は三隻を相手にできる状態ではない。

 

なのに、氷の上では今、敵が三隻で待っている。時間稼ぎで海に潜っていたことが敵側にも時間を与え、完璧と言っていいだろう待ち伏せ態勢を取られたのだ。

 

これではとても〈ヤマト〉は勝てない。氷を割って海から出れば〈Y字砲火〉のいい餌食だ。

 

「そうだ。だから今なのだ。今なら敵は〈ヤマト〉はまだ海から出ないと考える。その不意を突いて飛び出して、こちらに有利なポジションを取る。それ以外にあの三隻と渡り合える道はなかろう」

 

「ええ、まあわかりますが……」

 

「それに」と言った。「これには航空隊を助けると言う狙いもある。いま飛び出せば、敵は当然、〈魔女〉を使うことだろう。〈ヤマト〉めがけてビームが発射されたなら、古代達はもう〈線上〉を飛ぶ必要すらなくなる。〈魔女〉の位置をわざわざ自分で古代に見せると同じなのだから、そこに核をブチ込めばいい」

 

「は?」と言った。「けど、それじゃ……」

 

あのビームに〈ヤマト〉は撃たれてしまうのでは? 森は思ってレーダーに眼を向けた。直上(ちょくじょう)にビームをまた反射する衛星があるはずだと言うけれど、それは画面には映っていない。〈ヤマト〉が撃たれて初めてそこに衛星があるとわかるのだ。

 

今までは、敵はわざと力を弱めてビームを撃っていたと言う。だから敵に撃たれるたび、副砲でその衛星を撃ち砕いてやることができた。

 

しかし今度は違うはず。海を出たならそこを狙って、手加減抜きで〈ヤマト〉を撃つ。あのビームには本気で撃てば一発で〈ヤマト〉を大破させる力が必ずあるはずだとも言う。

 

ならば、今度は撃ち返しようがないではないか。だから古代に根元を討たせて、それから海を出ようと言う話だったのじゃないのか? しかし、それでは三隻に殺られてしまうと言うのか。けれど――。

 

「艦長」と森は言った。「これでは、どちらにしても……」

 

「〈ヤマト〉はオダブツ?」沖田は言ってニヤリと笑った。「いいや、そうはならんだろう。敵がわしの考えを読み切っておらん限りはな」

 

 

 

   *

 

 

 

バカめ、お前の考えなど、わたしは全部お見通しだ! 冥王星ガミラス基地で、そう考えてシュルツは拳を握り締めた。眼前のスクリーンには、氷の大地が(はじ)けて水が噴き出すさまが映っている。

 

その光景はまるで火山の噴火だった。水柱は数キロメートルの高さに上がり、水煙はたちまちのうちに凍って雪となりながら周囲に広がる。〈ヤマト〉はその中にいるはずだが、姿は隠れてまるで見えない。

 

だが、それは肉眼での話だ。レーダーの〈眼〉は噴水の中の〈船〉をハッキリと捉えている。砲のオペレーターが叫んだ。

 

「〈ヤマト〉を確認! 照準を固定しました!」

 

「よし、撃て!」

 

とシュルツは言った。そうだ、〈ヤマト〉を指揮する者よ。お前はお前の考えがわたしに読めるはずがないとでも考えていただろう。生憎(あいにく)だったな。その(おご)りが命取りだ!

 

だが元々、海に潜って時間を稼いだところでお前に勝ち目などなかったのだ。〈反射衛星砲〉でひと突きに串刺しか、戦艦三隻によって嬲り殺しか、どちらかひとつの選択しかない。一思(ひとおも)いにビームで命を絶ってやるのが、せめてもの武士の情けと言うものだ。

 

「反射衛星砲発射十秒前!」

 

砲のオペレーターが叫ぶ。九、八、七……。秒が読まれる。シュルツはもうひとつのパネルの、ビーム砲台を目指して飛ぶ敵戦闘機隊の状況を見た。彼らはもう砲台が地平線の手前に眼で見えるほど近くにまで迫っているが、それでも今からミサイルを射っても自分達の母艦を救うのには間に合わない。

 

「六、五、四……」

 

オペレーターが秒を読む。「〈ヤマト〉よ」とシュルツは言った。

 

「三、二……」

 

「お前はよく戦った。だが、これで終わりだ!」

 

「一、ゼロ!」

 

発射のスイッチが押される。〈反射衛星砲〉が、最大の力で火を噴いた。



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魔女の棲家

古代の故郷、三浦の海は岩礁(がんしょう)の海だ。海岸線は岩だらけで、ゴツゴツとした崖に波が打ち寄せる。そこに立って陸地を(のぞ)めばまるで巨大なドミノ板を並べて突き崩したようなギザギザの岩山。その昔に地の隆起でそのような形になったものだと言う。

 

古代の〈ゼロ〉は今そんな三浦の(いそ)によく似て見える岩山の上を飛んでいた。あるいは、まるで巨大なワニの背中か、ゴムタイヤを山積みにしたトラックの荷台の上でも飛んでるような――キャノピー窓の向こうに広がる光景に古代は目眩(めまい)がしそうだった。

 

眼で見たところで何がなんだかわからない。地形がゴツゴツのギザギザなところに、横から照らす太陽のためにゼブラ柄の影がかかって、物の形がまったく掴み取れないのだ。

 

今までずっとそうだったが、ここは輪を掛けて凄い。直感的に、『ここだ』、と思った。ここだ。ここに〈魔女〉が居る。三浦の磯にサザエの殻を置くようにして、このゴチャついた岩山のどこかに砲台を隠しているのだ。

 

そうに違いないだろう。レーダーマップに眼をやれば、〈ヤマト〉に『飛べ』と指示された〈線〉も終わりに近づいている。これまで飛んで見てきた中に特にめぼしいものはなかった。

 

しかし今、この眼前に広がる光景――。

 

『隊長、ここだぜ!』通信で加藤が叫ぶ声が聞こえた。『ここだ! 〈魔女〉が居るのはここだ!』

 

「ああ!」

 

と応えてから、どうすると思った。これではほとんど肉眼で〈魔女〉を探すのは不可能だ。各種のレーダーやセンサーも、強い障害を受けて画面がノイズだらけになってる。〈ゼロ〉の速度を弱めさえすればなんとかなるかもしれないが、それをやったら上からダイブで襲ってくるあの〈ゴンズイ〉のいい餌食。おれはともかく、また〈タイガー〉がおれの盾になって殺られてしまうことに――。

 

どうする、と思った。そうだ。どうせこの辺にあるに違いないのだから、核ミサイルでみんな丸ごと焼いてしまえばいいのじゃないか。それで〈魔女〉も――。

 

そう思ったときだった。急にひとつの装置が何かの反応を捉え、画面に映し出したのが見えた。古代は拡大させてみる。

 

赤外線カメラが写す映像だった。地下に高熱の存在を探知。それもみるみる凄まじい温度に――。

 

「これは――」

 

と言った。そのときだった。目も(くら)むほどの閃光が、ワニ皮のような地表を包んだ。光線の太い柱が天に向かって立ち上がる。

 

対艦ビームだ。それも超強力なやつだ。間違いなかった。〈ゼロ〉のあらゆる探知装置が、その発生ポイントを捉えてレーダーマップに〈目標〉として描き込む。

 

〈魔女〉だった。〈スタンレーの魔女〉がわざわざ自分から居場所を教えてくれたのだった。しかし、それはまた同時に――。

 

『〈ヤマト〉が撃たれた』と言うことなのか? 古代は考え、慄然とした。ならば、今度こそおしまい?

 

 

 

   *

 

 

 

「命中! 直撃です!」

 

ガミラス基地司令室でレーダーのオペレーターが叫ぶ。画面に映る映像は、真っ白な水煙にすべてが覆われてしまっていてシュルツにはよく見えなかった。それでも水柱の中に、(もり)で突かれた魚がバタバタと暴れているかのような黒い影を見ることができる。

 

砲台から撃ち出された対艦ビームは、一瞬にして重力均衡点に浮かぶ反射衛星に当たって光線を跳ね返させた。それは〈ヤマト〉の直上(ちょくじょう)に置いた衛星でまた反射され、狙い澄ました目標へと突き進む。ふたつの衛星に四枚ずつ、合計八枚のビーム反射板は最大出力の光線に耐えられずに溶けてひしゃげ、枯れた花のようになってちぎれた。けれども船を一撃に仕留めるのに充分な量の光は確実に〈ヤマト〉めがけて送っていた。

 

亜光速のビームが〈ヤマト〉に届くまでに数分の一秒。何をどうしようとも(かわ)すことのできない時間だ。

 

そして、見事に命中した。直撃だ。やったのだ。噴き上がる水の中で〈く〉の字に曲がってしまった船が、火を吹き遂にヘシ折れたのが見て取れた。果たしてあれで〈波動砲〉の秘密を調べられるのか……ちょっとやり過ぎたかもしれない。完全に壊れてしまったのでなければよいが……そうも思わずいられぬが、考えても始まるまい。

 

(きわ)どいところだったのだ。もう少しでビーム砲台は失われ、我が三隻の戦艦は良くて〈ヤマト〉と相討ちか、ヘタをすればすべて殺られて外宇宙にやつらを出すところだった。たとえ勝ってもやはり〈ヤマト〉は真っ二つで、残骸を調べようもなくなっていたかもしれない。

 

それを思えばこの結果は――と、考えたときだった。シュルツは眺める映像にふと奇妙なものを感じた。地中の海から噴き出す水は急速に凍りついていて、穴を(ふさ)いで固まりつつある。みるみるうちに水の勢いは弱まって、水煙は雪に変わって周囲に吹き流れていく。

 

その中から、それまで黒い影としか見えていなかった船の形が、徐々に姿を現してきた。確かにビームに貫かれ、真っ二つになってしまったものとわかるが、しかし――。

 

「これは!」

 

叫んだ。シュルツは(おの)が眼を疑う思いで画面を見つめた。今まで〈ヤマト〉と思いながら見ていた船は〈ヤマト〉ではない! そこでふたつに分かれながら、まだ宙をクルクルとまわっている物体は――。

 

こちらの戦艦! どういうことだ。ならば〈ヤマト〉は――。

 

そう思ったときだった。その船の下、地球人の〈スノードーム〉とか言う置物をひっくり返したかのような舞い散る雪の中から黒く、細く長い物体が姿を現したのが見えた。そのシルエットはまさしく、

 

「ヤマト……」愕然とする思いで言った。「なぜだ!」



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夜桜吹雪

水と窒素と一酸化炭素。それにメタンが氷となって降る冥王星の黄ばんだ雪は、『金色の桜吹雪』とでも呼ぶべき印象を見る者に与えた。

 

それも、夜桜(よざくら)だ。冥王星で陽の光は地球で見る満月光の百倍ほどの明るさと言う。人間が夜道を歩いて街灯の下に立ったらこんなもの、と言う程度の明るさと言うことになろうか。

 

つまり、雪や桜があれば、夜に街灯に照らされたように人の眼に見えるはずだった。今ここでまさに起きていることのように――。

 

星空の下、キラキラと金色に輝く雪が宙を舞う。その中に、よくよく見れば金魚鉢のような形の、やはり眼を猫のようにキラキラと金色に光らす生物が飛んでいるのがわかるのだが、けれどもそれに気づいた者は〈ヤマト〉の乗員にはいなかった。〈ヤマト〉はその艦底に並ぶ姿勢制御ノズルから噴き出す炎で雪を吹き散らしながら、まるで金色の夜桜のごとき景色の中に浮いていた。艦首からは一本の鎖が天に伸びている。

 

それは〈ヤマト〉の直上(ちょくじょう)で、ふたつに折れてヘシ折れてしまいながらまだ宙に浮かんでいるガミラス戦艦に続いていた。折れた残骸の片方はクルクルと回転しながらあさっての方に飛んでいく。

 

必殺の〈魔女〉のビームを受けたのは、〈ヤマト〉ではなくその戦艦の方だった。〈ヤマト〉は敵を盾にすることで光線を(かわ)してのけたのだ。すべては己の考えを、敵が半分は読んでいるに違いないと踏んだ沖田の作戦だった。

 

そうだ。〈ゼロ〉と〈タイガー〉がビーム砲台を叩くより前に海から出なければ今の〈ヤマト〉は敵三隻を相手に勝てない。良くて相討ちだ――そのことは、敵指揮官も察しているに違いない。

 

ゆえに、不意を突くことはできない。氷を割って海から外に飛び出せば真上から『待ってました』と串刺しだ。それも今度は手加減なしのズドンに決まっているのだから、そこでオダブツ、一巻の終わり。

 

しかし……と言うわけだった。そうくるとわかっているなら手はあるだろう。敵は三隻がグルグルと輪になり宙を巡っている。ならばその行く手のところで氷を割れば――。

 

敵艦をビームの盾にできるはずだ! すべては太田の計算と、島の腕にかかっていた。氷をブチ割り、海の水が噴水となって噴き出す中で、向かってくる敵艦を指して沖田はそのとき叫んでいた。

 

「ロケットアンカー! やつのドテッ腹にブチ込め!」

 

と。すかさず飛んだ錨の槍が、ロケットの炎を噴いて敵へと向かう。

 

そのとき敵の基地の中では衛星ビーム砲の射手が『十、九、八……』と秒を読んでいるはずだった。いや、もちろん、沖田は敵がどんな時間の単位を使い、どんな言葉でそれを唱えているのか知らぬが、とにかく、それが『ゼロ』になるとき、すべては水煙に覆われて眼では見えないことも読みに入れていた。

 

敵の砲手が『七』か『六』と言ったところでロケットアンカーは敵艦に刺さり、装甲板をブチ抜いて止まる。鎖がピンと伸び切って、二隻の船がまるでダンスのステップでも踏むかのようにひるがえり合う。

 

そこからが島の腕だった。『五、四、三……』と敵の砲手が秒を読む間に、柔道技を決めるかのごとく〈ヤマト〉は敵を宙に投げ上げ、自身はその下に潜る。『二、一……』。技は見事に決まった。『ゼロ』でビームが発射され、半秒後に〈ヤマト〉の直上に配置された衛星で跳ね返された光線は、高さ数キロにまで昇る水柱の中で敵を射止めた。敵にしてみれば味方の船を。

 

そして〈ヤマト〉はいま金色(こんじき)の夜桜吹雪の中にいる。近くからその姿を眺めるのはこの星の変なブヨブヨ生物だけだが、しかしその猫のように光る目玉はひどい近眼であるうえに、水中でなければものを見ることができぬ造りにもなっていた。知能も無いに等しいので、〈彼〉は何が起きたのかわからないまま雪と一緒に宙を舞うだけなのだった。



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ハンマー投げ

「そ、そんな……」

 

と、異口同音(いくどうおん)にふたりの男が、ふたつの場所でつぶやいていた。ガミラス戦艦三隻のうち、たったいま一隻殺られた残り二隻の艦長達だ。ふたりの見る画面には、それぞれの船の望遠カメラが百二十度違えて捉えた金色の夜桜吹雪の中の〈ヤマト〉。

 

二隻の船は今はどちらも〈ヤマト〉に砲を向けてはいない。同士撃ちを避けるため、すべての砲は真横に向けていたからだ。三隻で三角を作ってグルグルまわり、その真ん中に〈ヤマト〉が来たら〈Y字砲火〉でズタズタにする構えを取っていたのは、むしろそのようにすることで〈ヤマト〉を海中に閉じ込めて、氷を割って出ては来られぬようにしようとの考えだった。〈反射衛星砲〉の援護がある限り自分達が敗けることなど有り得ない――彼らはそう考えていたのだ。

 

それがまさか、あんな……あんな……。

 

「錨……?」

 

と、一方の艦長が言った。彼の船から〈ヤマト〉はほぼ六十度斜め前方の方角にある。

 

「錨だと……?」

 

と、もう一隻の艦長が言った。彼の船から〈ヤマト〉は六十度斜め後方に位置している。

 

それぞれが見る画面の中に、〈ヤマト〉の艦首から鎖が伸びて、彼らの僚艦であったものの残骸に錨で繋がっているのが見える。それはもはや空中に浮く力を失って雪とともに地に落ちるかのように見えたが、そこで〈ヤマト〉が船体を大きく振って動き始めた。その動きに引きずられて、繋がったものが浮き上がる。

 

やがて加速がつき始めた。〈ヤマト〉はその場でグルグルとまわって鎖で繋がったものを振り回し始めた。

 

 

 

    *

 

 

 

「わわわわーっ!」

 

と医務室で、佐渡先生が床を転がる。手は酒瓶を離さないが、コップの中身は床にブチまけられてしまった。その周りでは医療クルーや船務科員が、重傷者のベッドに覆いかぶさるようにしている。

 

〈ヤマト〉は今、船体をほぼ横倒しにさせて大きく旋回していた。艦橋では島がまるで操縦桿と腕相撲でもするようにして舵を押さえ込んでいる。

 

実際、今の〈ヤマト〉の舵はすべてが一杯に切られていて、メリメリと(きし)みを上げていた。船は転覆寸前にあり、操縦桿は島の手をもぎ離そうと暴れている。それはまったくウナギかアナコンダとでも格闘するようなものだった。

 

暴れ馬の背中のように、上下左右前後に床はバタバタ揺れる。〈ヤマト〉の乗員は全員が、耐G訓練を受けている――陸上競技のハンマー投げの要領で、ブンブンブンブン振り回される装置の中でさらにガクガクと揺さぶられるのだ。宇宙軍艦に乗る者ならばたびたび受けねばならないものだが、しかし今、島が〈ヤマト〉にやらせているのは、それを超える機動だった。

 

〈ヤマト〉だけならいいのである。けれども今、〈盾〉に使った敵戦艦の残骸を鎖で繋いで振り回している。遠心力と不規則な動き。

 

〈ヤマト〉がやっているのはまさにハンマー投げだった。このようにして勢いをつけて敵戦艦の残骸を――。

 

「ここだ!」

 

と太田が言って彼の席で何やら操作した。途端に振動がピタリと止まり、Gも消えて誰もが急に身が軽くなったように感じる。

 

敵の残骸を掴んでいたロケットアンカーが(かぎ)を外したのだった。

 

残骸はハンマー投げのハンマーのように、勢いがついたままに宙をすっ飛んでいく。〈ヤマト〉もまた旋回を()め、オットットと言う感じにフラつきながら別の方向に飛ばされる。

 

けれどもそれは、タイミングを見計らった太田の意図によるものだった。敵戦艦の残骸は残り二隻のうち一方めがけてまっすぐ飛んでいく。そして〈ヤマト〉はもう一隻の方へ直進しているのだ。砲雷士席では南部が半ば目をまわしてクラクラになりながら、その目に眼鏡を掛け直してコンソールに向かっていた。それには主砲と副砲が、すべて砲口を真横に向けて並べ揃えているのが表示されている。

 

南部は言った。「全砲門撃ち方用意――」



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目標2、3

「うおおおおっ!」

 

叫んだのはガミラス戦艦残り二隻のうち一方の艦長だった。〈ヤマト〉からは〈目標2〉と勝手に呼ばれているのを知らない。

 

彼にはただ、叫ぶことしかできなかった。何しろ自艦めがけてまっすぐ、かつては(とも)であった船の残骸がブッ飛んでくるのだ。

 

()けろ!」

 

そう叫んだが、しかし無理とわかっていた。命じなくても操舵士は、エンジンを逆噴射させ舵を目一杯に切り、必死に船の先を横にそらそうとしている。

 

だが間に合うものではなかった。『これは何かの冗談だ、頼む、どうか外れてくれ』と祈る以外に何もできない。

 

その祈りは(むな)しかった。僚の残骸は彼の船の艦首に激突。その衝撃で彼は床から突き上げられて天井まで飛び上がった。

 

体を叩きつけられる。僚の残骸はバラバラになり、グシャグシャにひしゃげ折れ曲がりながらこちらの船体を引き裂いていった。穴を開け、装甲を剥がし、砲をもぎ、アンテナや安定翼を叩き割る。

 

艦橋の窓も全面にヒビが入った。その寸前に彼の眼は、〈ヤマト〉が残りもう一隻に向かって飛んでいくのを視界の隅に捉えていた。

 

 

 

   *

 

 

 

「うおおおおっ!」

 

ともう一隻――つまり、〈ヤマト〉の乗員には〈目標3〉と呼ばれる――のガミラス戦艦の艦長も彼の艦橋で叫んでいた。

 

〈ヤマト〉だ。〈ヤマト〉が向かってくる。なのに為す(すべ)もない。あんな冗談のような動きについていけるわけがない。

 

窓には残るもう一隻が、死んだ僚艦の残骸を喰らってボロ靴みたいになってしまった姿が見えた。それが真正面からのカウンターであったのに対し、彼の船に〈ヤマト〉は斜め後方から追う形でやって来る。ためにぶつかり合うまでに今しばらくの時間があるが――。

 

それも十秒か十五秒だ。〈ヤマト〉はグングン迫ってくる。彼は叫んだ。

 

「撃て! 早くあいつを止めろ!」

 

「は、はい。今――」

 

と砲雷士がうわずった声で応える。もちろん、わざわざ命じなくても、すべての砲は旋回し〈ヤマト〉に火を噴こうとしていた。

 

照準が合う。〈ヤマト〉はもうすぐそこだ。この距離ならばたとえ〈ヤマト〉の装甲がどれだけ厚いものであろうと――。

 

「てーっ!」

 

と砲雷士が叫ぶ。ビームが〈ヤマト〉めがけて撃たれ――。

 

た、と思った。そのときだった。こちらめがけて体当たりするかのような勢いで向かってきていた〈ヤマト〉――もう今では艦橋の大窓一杯の大きさに見えていたその姿が、フッと一瞬にかき消えた。そこにはもう何もなく、ただこの星の希薄な大気があるばかり。

 

ビーム砲はそこを撃った。その後に、ガクンと強い衝撃が来た。

 

彼は言った。「なんだ?」

 

 

 

   *

 

 

 

〈目標3〉がビームを撃つ。その寸前に、〈ヤマト〉艦橋で沖田はまた「ロケットアンカー!」と叫んでいた。

 

〈目標1〉の残骸を、〈目標2〉めがけて投げてその後は宙を引きずってきたロケットアンカー。そのロケットがまた点火され、冥王星の白茶けた氷の大地に突き刺さる。

 

そのとき、〈ヤマト〉は〈目標3〉に、もう少しで球形艦首を追突させるところまで迫っていた。錨に繋がる鎖がピンと伸び切って、その〈ヤマト〉の動きを止める。

 

いや、止まるわけがなかった。〈ヤマト〉は宙でつんのめり、船体を大きく振ってでんぐりがえった。

 

一瞬前にいた空間を〈目標3〉のビームが撃つ。そのとき〈ヤマト〉はグルリとその巨体を一回転させながら、敵艦の上を飛び越えていた。

 

犬が鎖で繋がったまま、別の犬を飛び越えるようにだ。当然ながら〈ヤマト〉と地面を繋いでいる鎖は〈目標3〉の甲板を叩いて巻き付くようになった。

 

〈目標3〉もまたつんのめり、(みずか)らその船体を鎖に(から)ますように(ねじ)る。

 

その凄まじい振動が、鎖を通して〈ヤマト〉に伝わってきた。けれどもこれらの動きはすべて(あらかじ)め計算されたものでもあった。ビリビリ震える操縦桿を島は必死に操り、船を安定させる。

 

〈ヤマト〉は鎖で動けなくした〈目標3〉のガミラス戦艦のすぐ真横に、舳先を揃えてピタリと並んで停止した。それはまるで上から見れば一隻の双胴船のようでもあった。

 

ただし、〈目標3〉の砲はすべてが〈ヤマト〉と逆の方角に向けられているのに対し、〈ヤマト〉のそれはすべてが敵を向いている。

 

三掛ける三で主砲が九門。そして副砲が六門だ。合計十五のそのすべてが真横を向いて、すぐ真横の敵に対して突っつかんばかりにしているのである。

 

完全な零距離射撃の態勢だった。これで撃てばどうなるか、誰にも理解できるだろう。

 

「てーっ!」

 

艦橋で南部が叫んだ。



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轟沈

「お……」

 

とシュルツは顎を半分外しかけ、ふたつの目玉を落としてしまいそうな顔になって言い、そこでピタリと固まってしまった。この男は皮膚の色が青い以外は地球人と変わらない――人種については地球のどれに似てるとも言い(がた)いものがあるが――けれどもその頭はかつて、彼が若い頃には髪がフサフサであったのかもしれないけれど今はハゲ上がっており、両こめかみから襟足にかけて薄く残っているばかりとなっていた。地球人類の中にも一部にそうなってしまう者がいるのが知られているが、おそらく同じ遺伝だかホルモンだかの侵略を頭皮が受けてしまったのだろう。

 

それは気の毒なことである。残ったわずかな毛が白いのも、やはり遺伝とかホルモンとか、親から受け継いだ体質や内分秘腺に問題があるのだろうと思われるが、ただ気の毒と言う他にない。

 

けれどもたとえ彼の髪が黒々のフサフサであったとしても、今のこの瞬間に白くなってバサバサとみな抜け落ちているかもしれない。今のシュルツが顔に浮かべる恐怖の表情は、横で見る者にそんな思いを与えるのに充分だった。

 

「おお……」

 

とまたシュルツは言う。この男の髪が、いや、この男が今こんなふうになってしまうのも無理はなかった。彼が見つめる画面の中で、自軍の戦艦三隻が、地球の〈ヤマト〉一隻に(またた)くうちに殺られてしまったのである。

 

特に三隻目が沈む光景は、彼の心を打ち砕いた。〈ヤマト〉が真横に向け並べた砲身から、一斉に光が伸びて船を撃つ。それはなんだか〈ヤマト〉に(くし)で、ハゲと知ってる己の頭を突っつかれたように彼は感じた。

 

「そんな……」

 

とつぶやく。十五のビームを零距離で喰らった船が死なずに済むはずがなかった。それはまさに轟沈だった。

 

攻撃を受けて一分と経たずに船がドーンと沈む。それを地球の日本語では〈轟沈〉と言う。無論シュルツはそんなことは知らなかったが、十五の穴が開けられた船はもはや船ではなく、一瞬にして(はじ)けてすべてバラバラに飛び散らばるしかないものだった。

 

爆発四散。船が轟沈するさまをシュルツは眺めやるしかなかった。

 

 

 

   *

 

 

 

「後部魚雷発射管! 魚雷ミサイル発射用意!」

 

〈ヤマト〉艦橋で南部が叫ぶ。彼が向かうコンソールのパネルには、〈目標1〉の残骸を受けてズタボロになりながらもまだ宙に浮かんでいるガミラス戦艦が映っている。レーダーの魚雷ミサイル誘導装置がそれを外しようもなくロック・オンしているのを確認し、

 

「目標、〈目標2〉! てーっ!」

 

叫んだ。そして発射された。六基の対艦宇宙魚雷が。〈ヤマト〉の全部で十二門の魚雷ミサイル発射管には、艦首の六つに海を出るとき氷を割るためのミサイルが、艦尾の六つに敵艦を沈めるための宇宙魚雷が装填されていたのである。

 

それが今、炎を噴いて射出された。六基の魚雷は一度空高く上昇し、六弁の花を開いたような航跡を引いて広がると、いつか地球で発進前の〈ヤマト〉を狙った巡航ミサイルのように六つの方角から、ヨロヨロと飛ぶ〈目標2〉のガミラス艦に向かって行った。

 

 

 

   *

 

 

 

「魚雷です! 六方向から!」

 

〈目標2〉と〈ヤマト〉が呼ぶガミラス艦の艦橋で、レーダーのオペレーターが悲鳴のような声を上げる。

 

「迎撃しろ!」

 

とその船の艦長は叫んだが、しかし無駄だとわかっていた。船はすべての舵を失い、回避などはままならず、レーダーは〈影〉を捉えはするもののそれを追いかけ照準を定める力は奪われている。

 

そして何より、対空火器で生きているものはほとんどないのだ。アンチミサイル・ミサイルは発射口の蓋さえ開かず、対空ビームは砲身が曲がり、もぎ取られてしまっている。レーダーの攪乱装置もアンテナが無くなっていて動かない。

 

「無理です。この状態では!」

 

戦術士が言わずもがなの声を叫ぶ。ゆえに艦長の彼は、かろうじてまだ生きているレーダーが映すノイズだらけの画面を見るしかできなかった。

 

自艦めがけて六方から向かってくる魚雷の航跡。彼はその六本の線も半壊した機器が見せるノイズでどうかあってほしいと願ったが、その望みは(むな)しかった。六の指標が船に届くと同時に床を衝撃が襲い、すでにヒビだらけだった窓が一斉に(はじ)け、壁も天井もすべてがグニャリとひしゃげて(ねじ)れ歪んだかと思うと次の瞬間には、白い光に何もかもが包まれて彼の存在もまた消えた。



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やった

「魚雷ミサイル、全基命中。〈目標2〉、完全に撃破を確認」

 

自分が向かうコンソールの画面が表す状況を読み上げながら森は半ば信じられぬ思いだった。次いでレーダーを天上に向け、捉えたものを望遠のカメラで撮って拡大させる。

 

「〈ラグランジュ・ポイント5〉及び〈ヤマト〉の直上(ちょくじょう)にあった衛星ですが、これは……」

 

と言った。今までのように副砲で狙い撃つまでもない。どちらもそれぞれ四つのパネルを散らしてデブリと化しているのがわかる。

 

「もう壊れてしまっている……」と新見が言った。「さっきのビームはやはり手加減抜きだったと言うことでしょうか。敵がこれまで出力を弱めて〈ヤマト〉を撃っていたのは、本気で撃ったら衛星が耐えられない意味もあった……」

 

「たぶんそんなとこだろうな」と徳川が応えて、「しかし、わしだって、この歳でこんなことは耐えられんよ」

 

機関士席でヘタレ顔を見せている。無理もなかった。遊園地の絶叫マシンもここまで曲芸じみた動きで乗客を振り回しはしない。若い女にとってだって、こんなのは美容の敵だと森は思わずいられなかった。

 

しかし、若くないと言えば……。

 

「艦長?」

 

と真田の声がする。ハッとして森は後ろを振り向いた。艦長席で沖田が首をガクリとさせた感じでうなだれてしまっている。

 

「艦長!」とまた真田が言った。「おい、アナライザー――」

 

「ハイ!」

 

と言ってアナライザーが沖田の方へ向かおうとする。けれどもそこで、

 

「いや」

 

と沖田は、首を振って頭を起こした。

 

「大丈夫だ」

 

「艦長……」

 

と真田が心配げに言う。対して沖田はニヤリと笑い、

 

「なんだその顔は。『やった』と言ってくれんのか」

 

と言った。艦橋内の全員がアッケにとられてしまったが、

 

「そ、そうです。艦長。やりました……」真田は言った。「やりましたよ!」

 

そうなのだった。やったのだ。天空から〈ヤマト〉を狙う衛星と、待ち受けていた三隻の戦艦。そのすべてを(またた)くうちに、こちらはなんの損傷も受けずに、一度に葬ってしまったのだ。

 

今の〈ヤマト〉は敵に殺られる心配なしに、敵地の空に浮かんでいた。

 

「やった……」

 

と森は言った。レーダーその他のあらゆる機器に、敵の脅威を示すものは表されない。

 

「やったぞ……」

 

と南部が言った。普通であれば〈ヤマト〉と言えども、大型艦が相手となればドカドカと互いに砲を撃ち合って、こちらも傷を受けながら敵を沈めることになる。そして砲身が過熱して、三隻を殺った頃にはもうロクに撃てなくなっているはずだと言われていた。

 

それがどうだ。ひとつの砲が一発ずつしかビームを撃っていないではないか。普通であれば戦艦三隻沈めるのに砲はそれぞれ百発も撃たねばならぬはずなのに。

 

今の〈ヤマト〉の砲はいずれもちょっと温まっただけ――そんなことは別に説明されなくても、今の南部の顔を見て森にもわかることだった。

 

「やった……」

 

と他の者らも言う。〈ヤマト〉がガミラス艦より強いもうひとつの理由は、小型ながらに高出力で敵より速く船を進ますことのできる補助エンジンの推力にあるが、これも今、少しばかり〈ヤマト〉を振り回しただけだ。過熱などまったくしていないのが、島や徳川の顔に表れていた。

 

「これなら……」と新見が言う。「これなら〈ヤマト〉は、まだまだ充分戦えますよ! たとえ敵が逃がしていた九十隻をここに戻してきたとしても、充分にやり合える! どうせ小船ばかりなんだし……」

 

そうなのだった。〈ヤマト〉は十のガミラスを相手にして戦える、などと言ってきたけれど、それは相手が大型の戦艦や重巡クラスの場合。相手が小物であるならば二十三十を沈めてやれるし、大体そもそも、本当に殺り合う必要なんてない。航空隊を回収してこの星から逃げるまでの間だけ、戦えればいいのだから。

 

たとえ今に九十隻で襲われても怖くない。〈魔女〉の命さえ頂戴したら、ザコはどうでも構わないのだ。

 

「やった……」「やったぞ……」

 

とまだ皆で、頷き合ってつぶやいた。この艦橋の中だけでない。森の部下の船務科員らが、艦内の至るところで『やった、やった』と言い合ってるのが、この席にまで伝わってくる。

 

船務科員だけではなかろう。重傷者以外のあらゆる者が、『やった、やったぞ、やったんだ』と口々に声を出してるに違いなかった。

 

重傷者に対しても、その手を握る者達が、『やったぞ、わかるか、もう大丈夫だ。だから頑張れ』と語りかけてるに違いない。

 

艦内カメラのモニター画面の中で佐渡先生が、酒を自分の頭にドバドバ振りかけている。歓声はやがて(とどろ)きに変わり、〈ヤマト〉艦内を震わせた。

 

これで〈ヤマト〉は敵に(なか)ば勝ったと言えた。そしてこの勝利は誰より、艦長の沖田によってもたらされたものなのだ。あちらこちらでクルー達が、『艦長、やった、やりましたね』と叫ぶ声が艦橋にまで届いてきた。

 

そうだ。沖田は、たんに敵に勝ったと言うだけではなかった。今の〈ヤマト〉はこれ以上に死傷者を出せぬ状況にあったが、見事、敵の攻撃を喰らうことなく勝ったのだ。

 

これは奇跡の勝利と言えた。こんなことが可能とは誰も思っていなかった。クルー達が驚きとともに沖田を讃えるのも当然のこと。

 

沖田は顔に疲労の色を浮かべながらも笑っていたが、

 

「ありがとう。けれどもまだだ。相原よ。航空隊に『我レ健在』と伝えてやれ。古代はもうビーム砲台を見つけたはずだが……」

 

「はい」と相原。「ですが……」

 

「うん?」

 

「見てください」と相原は言って、メインスクリーンに何やら出した。「〈アルファー・ワン〉が送ってきた〈魔女〉――敵の砲台の画像ですが……」



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不死身の存在

〈ヤマト〉が氷を割って海から飛び出した辺りの空にはまだ金色(こんじき)の雪が降っていた。

 

噴水はもうおさまっているけれど、〈ヤマト〉が開けた穴には水がまだ凍り切らずに波打っている。その穴に向かって今、金魚鉢を逆さにしたような形の生物が、ヒラヒラとした脚ともヒレともつかないものを動かしてヨチヨチと這い進んでいた。

 

冥王星の大気は希薄で、ほぼ真空と変わらない。そして温度はマイナス二百四十度だ。何より地の冷たさのために体は既に凍りかけていたけれど、〈彼〉はしかしあまり気にはしていなかった。

 

その知能が低いことや、寒さを感じる器官をそもそも持っていないこともあるが、それ以前に〈彼〉はたとえ凍ったところで別に死にはしないのだ。百年でも二百年でも、いや、たとえ一億年でも凍ったままに生きていられて、氷が解けると何事もなかったように動き始める。真空に投げ出されてもまったく平気だし、逆に高圧の深海で海底温泉の摂氏二百度の湯に煮られてもアハハンとしている。

 

それどころか〈彼〉は地球のプラナリアのごとく、銛で突いても踏み潰してもいずれ再生するのである。ふたつに斬ればふたつの〈彼〉に、四つに斬れば四つの〈彼〉になってノホホンと生き続ける。物理的な手段によって〈彼〉を殺すのはほぼ不可能と言っていい。

 

だが一方で酸素にひどく弱いため、地球の水や空気の中ではすぐに死んでしまうだろう。しかし、この冥王星の環境の(もと)では、〈彼〉は不死身に近かった。キラキラと猫のように光る瞳でもの珍しげに周囲を眺め、水の溢れる方角へ向かう。凍りついても平気な〈彼〉でも、やはり水中にいたいのである。

 

それに〈彼〉は、強い光にも弱いのだ。地球人が夜道で見上げる街灯程度の太陽光線でも、〈彼〉の眼には眩しかった。ましてやさっきのビカビカズガガといった出来事は静寂を好む〈彼〉にはひどい体験であった。

 

『まったく一体なんだったのだろうあれは』と、ほとんど知能のない〈頭〉で〈彼〉なりの思考を巡らせながら、とにかく水の方へと進む。

 

そうして穴の縁に達し、ぽちゃんと飛び込んで潜っていった。深く深く、何キロも下の海の中へ――。

 

これでもう、〈彼〉は滅多に死ぬことはないので、何百年何千年と生きるだろう。今回、地球人類は、〈彼〉ととうとうスレ違いで終わってしまった。しかしもしも現在の滅亡の危機を乗り越えて、この星に再び足を踏み入れることができたなら、そのときこそ本当に〈彼〉と出会い直せるだろうか。それとも、やっぱり、ずっとずっとスレ違いのままであろうか。

 

それは今の段階では、なんとも推測のしようがない。どちらになろうと〈彼〉は気にしないだろう。いずれにしても、それはこの〈ヤマト〉の旅とは別の物語である。



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腕次第

「〈ヤマト〉健在? 無事なのか?」〈ゼロ〉のコクピットで古代は言った。「けど……」

 

キャノピー窓から下を見る。まるで三浦の(いそ)のような景色の中に、三浦の磯で子供の頃に古代が棒で突っついたカメノテとかエボシ貝と言った生物のようなものが見える。よく見ねばわからぬが――。

 

しかしまったくあのテの生き物そっくりだった。岩に開いた穴を覗くと、奥の方になんだか鳥の(くちばし)のような(とが)ったものが(うごめ)いていて、出ては引っ込み口を開けたり閉じたりしている。磯で見たのは指先ばかりの大きさだが、今に眼下に見下ろすものは、デカい。デカいが、見えるのはおそらくその先端だけだ。ビームを撃って口を閉じ引っ込んでいった寸前に、その内部にまさに鳥の舌か花の(つぼみ)のようなものが見えた気もしたが……。

 

それが、〈魔女〉――カクカク対艦ビームの砲台であるのはもう間違いない。しかし、と思った。

 

『〈アルファー・ワン〉、聞こえるか?』

 

通信で相原の声が入ってきた。「聞こえる」と応えると、

 

『おそらくその砲台は、核にも耐える造りだろう。敵が衛星で反射させて船を撃つようにしていたのは、砲そのものを地下深くに設置して攻撃から護る意味もあったのだと思われる。画像から見て、それにめがけて核を射っても穴の入り口に当たってしまい、奥深くまで破壊できる望みは薄い』

 

「やっぱり」と言った。

 

『了解したな? しかし殺る方法はある。いったん高く上昇して、垂直に上から突っ込みを掛けるんだ。そうしてまっすぐ狙って撃てば入り口に当たらずに、奥にブチ込んでやれるだろう。それで〈魔女〉もおしまいのはずだ』

 

「了解」

 

『幸運を祈る』

 

通信は切れた。

 

「やっぱり……」

 

とまた古代はひとりでつぶやいた。やっぱり、あのテの生物と同じ。棒で突っつけと言うことか。

 

しかし、と思う。『いったん高く上昇しろ』と言うけれど……。

 

 

 

   *

 

 

 

容易(たやす)いことではありません」

 

と〈ヤマト〉の艦橋で、新見がコンピュータのキーをダダダダダッとピアニストがベートーベンの『熱情』とか『皇帝』とか『ワルトシュタイン』とでも言う曲を弾くかのように叩きながら言った。

 

「この砲台を殺るためには、戦闘機で急降下を掛けながら核ミサイルを射つしかないでしょう。〈ヤマト〉の主砲で撃とうとしてもその前に、衛星など使わず直接ドーンと撃たれるに決まってますし……」

 

「だろうな」と南部。

 

「主砲に実体弾を込め放物狙いをするのもまず無理でしょうね。命中は至難の(わざ)でしょうし、当たってもやはり穴の縁で止まる。奥にミサイルをブチ込めるのは、戦闘機だけ……」

 

新見は口で説明しながら、メインスクリーンに図解を示す。南部がまた「うん」と頷き、他の者らは『ふうん』という顔で見た。

 

「しかしこれは容易いことではありません」と新見はまた言った。「真上から急降下を掛けるためには、まずいったん高く上昇しなければならない。けれどもそれをやったらレーダーにロックされて対空砲火の(マト)になります。そのうえ上空には敵の戦闘機も待ち受けている……」

 

そこで新見は言葉を切った。それから続けて、

 

「〈タイガー〉ではこれを(かわ)すのは無理でしょう。やれるとしたら〈ゼロ〉と言うことに……」

 

〈ゼロ〉は支援戦闘機だ。要撃機の〈タイガー〉よりも強力な加速性能とレーダーを持ち、その力で味方の戦闘を支援する。基本的には敵戦闘機と格闘戦を演じるよりも、対艦・対地攻撃能力に優れていて、対空砲火をスリ抜けながら敵に突っ込みミサイルを射って、そして素早く離脱する。それを得手(えて)とする戦闘攻撃機なのである。

 

一方、〈タイガー〉は船を護る戦闘機であり、格闘には強いけれども対空砲火の弾幕に突っ込んでいけるようには出来ていない。ましてや、そこにいる〈魔女〉は――。

 

「おそらく、〈魔女〉は強力な対空火器で護られているはず……」新見は言った。「これに突っ込みを掛けるのは、ほとんどカミカゼのようなものです。そして、敵もそれを知ってる。戦闘機で突っ込まれたらアウトなのを知っているから、そこに火線を集中して、向かってきたらバリバリと迎え討つ気でいるはずです。その弾幕に突っ込むのは、たとえ〈ゼロ〉でも……」

 

「無理なの?」

 

と森が言った。新見がいま言うようなことは、説明など聞かなくても古代や山本は当然知っているはずだ。作戦前からある程度予想されたことであり、ブリーフィングも受けていたのであろうから――そう考えてハッとしたような表情だった。ならばつまり――。

 

「いえ」と新見。「腕次第です。とにかく、できるのは〈ゼロ〉だけです。いったん高く上昇してから急降下、と言うのはつまり宙返りですね。強いGに耐えながらどれだけ速い宙返りを打ち、ひねりを入れて〈魔女〉に突っ込んでいけるかどうか。『古代一尉の腕ならば』、とは思いますけれど……」



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古代が一番、山本が二番

「ここはおれがやるしかない……」古代は言った。「そういうことだな」

 

『隊長』と、山本の声が通信で入ってきた。『わたしが……』

 

「いや、ここはおれが行く」

 

『しかし』

 

とまた山本が言った。けれどもそこで加藤の声が、

 

『いや、おれも、ここはアタマの仕事と思うよ。山本、お前はよく見ていろ。ダメなら次はお前がやるんだ』

 

『わかりました』山本は言った。『ですが隊長。その代わり、敵を討つより、回避を優先してください。そのデータを元にして、死ぬ覚悟でわたしが突っ込む。それで成功の率が上がる』

 

「待て。そんな……」

 

言ったけれども、

 

『いいえ。そういうもののはずです』

 

と返された。古代は言葉を続けることができなかった。

 

そうだ。そういうものなのだ。言われずとも半ば承知していたことを、あらためて山本に釘を刺されただけなのだ。ここはどう見てもおれがまず敵に向かわねばならぬ局面だが、それは山本に見せるためのリハーサルの意味もある。

 

おれはダメならあきらめて次に任せても構わない。それが指揮官と言うものだから――最初に死ぬことはむしろ許されぬのだ。

 

けれど、山本は違う――そういうことになってしまう。あの穴ぼこの中にミサイルを射ち込むのは、〈タイガー〉では難しかろう。おれがダメなら、山本が何がなんでもやらねばならない。

 

そういうことになってしまう。〈ゼロ〉は二機しかないのだからだ。当然、たとえ自分が死んでも、と言う話になってしまい、事は〈カミカゼ同然〉どころか、〈カミカゼそのもの〉と言うことに――。

 

そんな、と思った。いつか見た光景が古代の頭をよぎった。地球だ。沖縄の海が干上がった赤い地の上で、基地が爆発した後に空高くから九十度の垂直降下をしてきた機体。〈コスモゼロ〉。おれの〈がんもどき〉を狙う無人戦闘機に体当たりしてそのまま墜ちていった――。

 

本来ならばこの機ではなく、それが〈アルファー・ワン〉だった。山本は、昨日に言った。おれに向かって、『二度と隊長を失いはしない。あなたはわたしが護る』と。

 

今この〈ゼロ〉がやろうとするのはあれの再現と言ってもいい。急降下制限速度ギリギリの、機体が空中分解するか自分がGで失神するか手前の衝撃降下を掛け、地面に激突せずに済む寸前でミサイルを射って機を引き起こす――それができねば、対空砲火で蜂の巣だ。そしておれが失敗したら――。

 

山本は、あの日、本当の〈アルファー・ワン〉がしたのとまったく同じことをやらねばならないことになる。

 

確かにおれがまず最初にやるのを見届け、その後からやったなら、敵に核を喰らわせられる確率は上がることだろう。しかしおれがやるのを見るのは、敵もまた同じなのだ。対空ビームを撃つ者達に、上空で待つ戦闘機ども――。

 

〈二番手〉として飛ぶ山本の方がはるかに危険だ。本当ならば、おれが死に、山本が生きるべきなのに。

 

そうだろう。本当ならばおれなんて、〈アルファー・ワン〉を名乗る資格なんかない。隊長らしいことなんて、この作戦でもやっぱりてんでできちゃいないんだから。

 

それでも、と思った。「わかった」と言った。要するに、おれが一度で成功させればいいことなんだ。

 

そうだろう。ならば危険な〈二番手〉を山本がやる必要なんてない。それでこそ隊長。〈アルファー・ワン〉。

 

それがあの日に沖縄でおれを護って死んだ真の隊長に(むく)いる道だ。

 

そう心に思い決めた。古代は機器を操作した。火器管制装置のモードを〈対地攻撃〉に変え、〈核ミサイル〉を選択する。照準器の表示が合わせて切り替えられる。

 

上昇。即座にレーダーが対空砲火の警告を鳴らす。

 

古代は構わず高度を上げた。



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急上昇

「敵、隊長機らしきものが急上昇を始めました!」

 

ガミラス基地司令室でレーダーのオペレーターが叫ぶ。シュルツは「墜とせ!」と応えてから、

 

「ビーム砲台を殺る気なのか?」

 

「間違いなくそうでしょう。他に攻撃方法がないのはすぐわかるはずですから……」

 

「墜とせ!」ともう一度言った。それから別の者に、「〈カガミ〉はまだ使えんのか!」

 

「お待ちください。もうすぐ一基が反射可能な位置に……」

 

「ちっ」

 

と言った。重力均衡点にあった(かなめ)の衛星が失われたため、今は〈ヤマト〉を反射衛星砲によって撃てない――とは言え、すべてのビーム反射衛星を失くしたと言うわけでもなかった。もはやほんの数基となった〈カガミ〉のひとつがこの星の上を巡りながら、もう少しで砲台からのビームを反射し〈ヤマト〉を撃つことのできる位置に達しようとしている。

 

まだ勝負は終わっていない。その〈カガミ〉さえ間に合えば――歯をギリギリと食い縛りながらシュルツは思った。しかし、レーダーの画面には、空をグイグイと上昇するひとつの敵を捉えたものが映っている。

 

戦闘機だ。あの銀色の、敵の隊長を務めるやつだ。これがビーム砲台に核を喰らわせようとして、そうしているのはすぐ見てわかる。こともあろうにわたしはこいつの眼の前で、つい先ほど〈ヤマト〉めがけてビームを撃ち放ったのだ。そうしなければひょっとして見つからずに済んだかもしれないものを……。

 

なのに、わざわざ自分から、こいつに位置を教えてしまった。

 

それだけではない。こいつが迫ってさえいなければ、あの状況で砲を撃ちはしなかったろう。まさか、〈ヤマト〉がこちらの船を盾にし、ビームを防ぐなどとは思いもよらなかった。しかしそれだって、あんなときでなかったならば――。

 

みすみす手には乗らなかった。そのはずだとシュルツは思った。そこを〈ヤマト〉を指揮しているやつに突かれたのだ。

 

なんと……と、あらためて思う。〈ヤマト〉。あの船を指揮するやつめ。なんと恐ろしい……。

 

だがしかし、それを言っても始まるまい。〈線〉まで突き止められねばともかく、道をまっすぐ辿って来られて見つからずに済むほどのカモフラージュなどできるわけない。ゆえにあの瞬間に、どうせ撃つしかなかったのだ。

 

それも最大出力で――それで(かなめ)の衛星を失うことになろうとも。

 

わかっていてやったのだ。あの〈カガミ〉はどうせあれでおしまいだった。手加減して〈ヤマト〉を撃てば、〈ヤマト〉は命があるうちにあの副砲で〈カガミ〉を撃つ。それでおしまいとなることはわかりきっているのだから、〈カガミ〉が壊れないように出力を絞って撃つのは意味がない。

 

そうだ。どのみち、今このように、まだ使える衛星が〈ヤマト〉を狙える位置に来るのを待って撃つしかなくなっていたのだ。そこを突かれた。その結果なのだ。あの〈ヤマト〉を指揮するやつは、すべてを読んだ上でこれを……。

 

だから、あらためて思うしかない。なんと恐ろしいやつだ、と。

 

しかし、まだ敗けではない。頼む。なんとか間に合ってくれ。一度だ。あと一度だけ、砲が撃てればそれでいい。〈ヤマト〉めがけて、あと一度だけ、また〈最大〉でビームを撃つ。それができさえすればいい。どうせ〈ヤマト〉を沈めてしまえば、地球人類はおしまいなのだ。

 

そうだ。〈ヤマト〉さえ殺れればいい。それができたら、他のものは、この戦闘機にくれてやる。核でもなんでも射つがいいわとシュルツは思った。どうせこの戦いの後では用済みになるものだ。ビーム砲台などもう要らないし、基地も要らぬし遊星投擲装置も不要となるのだ。

 

どうせここに捨て置いて、本国まで持って帰ることもないもの――そうだ。どうせそうなのだから! だからどうか、お願いだ、間に合ってくれとシュルツは祈った。〈ヤマト〉が沈めば戦闘機どもは、自力で地球に帰れないのだ。燃料も酸素ももたずに死ぬだけなのだ。だからせいぜい何もかも、核で破壊させてやるわい。別に痛くも痒くもないわ。

 

「宙返りに入りました!」

 

敵戦闘の動きを見守っていたオペレーターが悲鳴のような声を上げた。

 

「速い! これではとても――」

 

『迎撃ができない』と言うのか!

 

「墜とせーっ!」

 

シュルツは叫んだ。力の限りに叫べば声が届くと言うものではない。わかっていても怒鳴り声を張り上げずにいられなかった。

 

「墜とせと言ったら、墜とせーっ!」



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衝撃降下

空の上では敵のゴンズイ戦闘機部隊が待ち構えていた。宙返りで古代はそこに突っ込んでいった。強烈なGが体にのしかかる。

 

視野が暗くなっていく。〈ブラック・アウト〉だ。体中の血液が下半身に集まって、眼と脳とには行き渡らなくなる現象だ。

 

宙返りこそ、それを最も急激に体が受ける飛び方だった。速く回ろうとすればするほど首から上の血がなくなって、限界を超えたところであの世行き。

 

そうと知っても、力を緩めるわけにはいかない。宙返りの頂点に〈ゼロ〉が達したときを狙って、敵がワッと一度に襲いかかってくるのは知れた話なのだ。それをスリ抜けられるかどうかは、Gに耐えていかに速い宙返りを決められるかにかかっている。

 

狂ったように警報が鳴る。しかし見えない。真っ暗だ。意識が消えていきそうになる。前にはただグニャグニャとした無数のひらがなのようなもの。

 

ミサイルとビームの雨の曳光だ。それが一斉に正面から、自分めがけてやってくるのが古代にはわかった。そしてその向こうにいる何十と言う戦闘機の群れ。

 

百人一首だ。

 

そのとき、古代は頭では何も考えていなかった。代わりにただその言葉があった。百人一首――これは同じだ。かるた取りと。脳を通さずに眼と耳から手の神経に信号を送る。それができる者が勝つ。敵より速く機を操って、取るべき札を取るように〈ひらがな〉どもを(かわ)せばいいのだ。

 

〈ゼロ〉めがけて飛んでくるビームとミサイルの曳光は、百人一首の取り札のひらがな文字のようだった。それらが宇宙を切り裂く音を古代は聞いた。宇宙で音は聞こえないと言う者がいるがそれは嘘だ。光の速さで飛んでくるビームを躱せるはずがないと言う者もいるがそれも嘘だ。

 

古代には見え、そして聞こえた。ブラック・アウトで視力を失くした眼でも敵だけは見ることができた。自分を狙う敵パイロットの照準の輪に捉えられ、引き金が引かれ銃声とともにビームが飛んできた瞬間に、〈ゼロ〉の機体を閃かせて火線を()けることができた。

 

そして次の瞬間には、何もかも後方へ。〈ゴンズイ〉の群れをスリ抜けて、〈ゼロ〉は急降下に入った。

 

グイグイと加速。地面が迫る。ヘッドアップディスプレイのピッチスケールがマイナス九十度を示して、回る。

 

垂直降下だ。機が振動を始めた。ビリビリと震え、加速につれて大きくなる。

 

速度計の針が上がって、急降下制限速度のゲージに近づいていく。それを超えたら翼がもたず、舵が利かずに引き起こしができなくなって地面に激突してしまうか、その前に空中分解でバラバラになるかを示す目盛だ。警報と共に、〈ゼロ〉の翼が(きし)む音が聞こえ始める。

 

古代は構わず、機にひねりを入れさせながら真下に向けて突っ込んでいった。

 

宙返りによるGはなくなり、眼に視力が戻ってくる。むしろ今度は上半身に血が集まって視野が赤く色づいてしまう〈レッド・アウト〉になりかけているのを感じた。

 

そうして見える正面の風防窓に迫る光景。機がグングンと近づくにつれ、その三浦の磯のような地面の中に、まさに三浦の磯のように、フジツボや岩に貼り付く貝に似たものが無数に点在し、満潮(まんちょう)の水を被って目覚めたように活動し始めるのが見えた。多くはおそらく対空ビームに対空ミサイル発射台。

 

撃ってきた。しかし上からは丸見えだ。機をひねらせてさえいれば、滅多に当たるものではない。

 

フジツボどもの真ん中に、一際(ひときわ)大きなフジツボのお化けのようなものがいた。

 

対艦ビーム砲台――〈魔女〉だ。それも上からは丸見えだった。核ミサイルの照準を穴の奥にあるものに合わせる。まだ〈ヤマト〉をどうにかして狙い撃とうとしているのか、それが砲口なのであろうエボシ貝のようなものがまた熱を高めているのを、〈ゼロ〉の赤外線探知装置が感じ取っていた。

 

魔女め!

 

思った。どうしても、そこで人類を笑う気か! 昔、兄貴を笑ったように、弟のおれを笑う気か! レーダーが(マト)を完全にロックするのにあと数秒。〈ゼロ〉がダイブの限界を超えるまでにもあと数秒。対空砲火を躱せる限界もあとわずかだ。〈ゼロ〉の機体をひねらすたびに翼が大きくたわむのを感じる。

 

舵が重い。ロクに利かない。次のビームを避けることはもうできないのではないかと思った。眼はいよいよ赤くかすむ。そして揺さぶる振動で、前を見ることができなくなりそう。

 

だが、いいや、と古代は思った。敗けない。おれは敗けないぞ! 魔女め、絶対におれは敗けない! 兄さんのようにおれは敗けない!

 

勝つんだ! 照準が標的をロック・オンしたのを告げた。『射て』のサインが表れる。

 

〈コスモゼロ〉の腹に抱かれた核ミサイル。古代はその引金を引いた。



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ミサイル・バリア

銀色の戦闘機がバラノドン隊の攻撃をスリ抜け、九十度の衝撃降下でビーム砲台めがけてダイブし、そしてミサイルを射ち放つ。スクリーンが映し出すその一連の動きを絶望の思いで見ていたシュルツは、だがミサイルが飛んですぐ爆発四散したのを見て己が眼を疑った。一瞬、それは錯覚か見間違いなのかと思ったほどだ。

 

しかしやはりミサイルだろうものが空中でバラバラに散っている。オペレーターが報告した。

 

「迎撃成功。ミサイル・バリアが働きました」

 

「なんだと?」

 

と聞いてみたが、オペレーターも、自分で自分の言ったことが信じられぬような面持(おもも)ちだった。横でガンツが、

 

「砲を護る最後の盾として備えてあったものです。敵のミサイルを途中で墜とす……」

 

「ああ」

 

と言った。思い出した。確かにそんなようなものが備えてあるとは聞いていたのだ。地球人が砲台の位置をもし突き止めたなら、戦闘機で急降下してミサイルを射つ。それはわかりきっているからその前に何がなんでも全部撃ち墜とさねばならない。

 

しかしそれが難しいのもわかっているので、最後の盾として備えつけたのが〈ミサイル・バリア・システム〉だった。その昔に音速を超えようとした飛行機がサウンド・バリア――〈音の壁〉にぶつかったように、重力場のハンマーで向かってくるミサイルを叩く。

 

うまくいったらお慰み。理屈はともかく、本当に役に立つとは思っていなかったシステムだった。テストによれば成功する確率は『五分がいいところ』と聞いていたが……。

 

「く」と言った。「首が繋がった、と言うことか」

 

「はい」とガンツ。「ですが、おそらく次はないと……」

 

「わかっている」

 

とシュルツは言った。敵のミサイルは空中で燃えてバラバラに散り落ちる。その弾頭は核であったに違いないが、まさかこれで起爆する造りであるわけもない。燃えているのはロケットの推進剤だ。核がたとえ無傷のまま穴に飛び込んだとしても、やはり信管は働かぬはず。

 

核物質は火にくべようと、花火玉に詰めてドーンと打ち上げようとそれでピカリといくものではない。助かった。なんと危ういところで……とシュルツは思いはしたが、しかしこれは首の皮やっと一枚繋がったに過ぎないこともわかっていた。

 

敵はまだまだ何十機も残っている。そして今のと同じ型がもう一機。

 

「あれだ」と言った。「あの銀色のやつだ。あれがもう一機あるだろう。墜とせ。あれを墜としさえすれば、他のはそうたいしたことはないはずだ」

 

「はい」

 

とガンツ。しかしわざわざ命じなくても、バラノドン隊は既に敵を見定めて、二機目のそれが昇ってこないうちに襲おうとしているらしい。シュルツは〈反射衛星砲〉のオペレーターに向かって言った。

 

「砲はまだ撃てんのか!」

 

「まだです。もう少し……」

 

と返事が返ってくる。しかしこれも言われなくても、衛星がまだ〈ヤマト〉めがけてビームを反射できる位置に届いていないのはスクリーンに示されている。『急げ』と言っても無駄なこともよくわかっていることだった。

 

だからもう一度、戦闘機の方を見た。もう一機の銀色のやつ。こいつだ。もうこいつだけだ。おそらくミサイル・バリアは次は効いてくれないだろう。こいつに核を射たれたら、もう今度こそおしまいだ。

 

しかし、しかしとシュルツは思った。〈カガミ〉だ。〈カガミ〉がその前に届いてくれさえすれば――。

 

それで〈ヤマト〉を撃ってやれる。今度こそやつらはおしまいだ。それでこちらの勝ちなのだ。

 

勝ちだ! 勝ちだとシュルツは思った。だからどうか……。

 

「頼む!」とシュルツは銀色のやつの〈二機目〉を見つめて叫んだ。「あいつを!」



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サッチ・ウィーブ

「な……」と古代は言った。「なんだよ、今の! どうなってんだ?」

 

〈魔女〉にめがけてミサイルを射ち、飛んでいったと思うと途中で爆発した。え?と思ったが〈ゼロ〉はまだ急降下中で地面に激突寸前の状況。

 

ギリギリで引き起こしをかけて上昇したが、頭の中はなんだなんだと言う思いで一杯だった。確かに狙い(たが)わずの一撃だったはずなのに……。

 

『どうやら何かの迎撃装置に(はば)まれてしまったようです』山本の声が通信で入ってきた。『砲台の周りに反重力発生装置のようなものを確認しました。たぶんこいつでどうにかして……』

 

「ミサイルを止めた?」

 

古代は言った。送られてきたデータを見ると、なるほどそれまで気づかなかったイソギンチャクみたいなものがビーム砲台の周りにあって、古代がミサイルを射った瞬間、イソギンチャクのように動いて何か放ったらしいのがわかる。

 

わかるが、しかし、

 

「そんな。ちょ、ちょっと待てよ。じゃあ一体……」

 

どうすりゃいいんだ? 古代は思った。核ミサイルは〈ゼロ〉と〈タイガー〉全機にそれぞれ一基ずつ。今、自分のは射っちまった。あの砲台を狙うのは〈タイガー〉では難しいから〈ゼロ〉でやる。となれば後はもう山本の〈アルファー・ツー〉しかないわけだが、しかしこんな伏兵があるとは。

 

そんな。そんな。なんでだよ――ただその思いで一杯で、何も考えられなかった。

 

そこに加藤の声がした。

 

『山本! 気をつけろ、上だ! お前を狙っているぞ!』

 

「え?」

 

と言った。山本の〈ゼロ〉がクルクルと回転ドアのようにロールして、あさっての方角へと逃げていく。

 

そこへ、来た。ミサイルの雨が。山本が一瞬前にいたところに何十と言う数のミサイルが降り注ぎ、次いでカブトガニのような敵ゴンズイ戦闘機の群れがワラワラと降ってくる。

 

今までならばこの者達は、そうしてダイブを掛けた後、すぐに上へと上昇していったのだった。だが、今度は違っていた。全機が翼をひるがえして山本が逃げた方へ行く。

 

『野郎!』

 

と加藤の声がする。けれども何十と言う敵は、他の者には一切目もくれなかった。いくつかの隊に分かれて山本を、山本だけを追いかける。そして山本の行く手にも、待ち構えて襲おうとする。

 

ひとつの隊は山本の上へ、ひとつは右へ、ひとつは左へとまわり込み、山本がどこに行こうと前後からビーム弾幕で挟もうとするのだ。

 

それはかつて地球で〈零〉と言う戦闘機に、一対一では勝てない敵が編み出した〈サッチ・ウィーブ〉と言う戦法に似ていた。それを何十もの数で、山本一機に対してやるのだ。

 

古代は慄然とした。そうだ。当たり前じゃないか――〈一番手〉をおれがやってもう核ミサイルを失くしたのだから、〈次は二番機〉と敵は気づく。〈タイガー〉では砲台を攻撃するのは難しい。だから〈ゼロ〉の役目になるのは見ればすぐにわかること。

 

だからここは山本を殺りさえすればよいとなる。後は〈魔女〉が〈ヤマト〉を撃ってこの戦いは終わりとなるのだ。

 

「山本!」

 

と古代は叫んだ。山本は宙をグルグルとロールを打って逃げ惑っていた。それはついこの前にタイタンで古代がやった飛び方だった。そうしていれば敵にとっては狙いにくく、タマはなかなか当たらずに済むが、いずれGに耐えられずヘロヘロになったところを墜とされる。

 

タイタンではこれが十五対一だった。敵はヒヨっ子の集まりで、腕の立つ者はなさそうだった。けれども今、山本に群がる数はあの数倍。そして完全な精鋭部隊だ。

 

ああ、ダメだ。これではとても! そう古代が思ったとき、〈タイガー〉の四機編隊がひとつ、敵の中に突っ込んでいった。山本を狙う隊めがけてミサイルを放つ。次いで、別の方角からも、別の〈タイガー〉四機編隊。

 

さらに、また別の方角からも。『山本を護れ!』そう叫ぶ者達が、ブラヴォー、チャーリー、デルタと分かれてそれぞれに標的を決めて斬り込みを掛ける。

 

それは乱戦の始まりだった。山本を狙う敵と護る味方。合わせて百機ばかりが数機ずつ分かれて飛び交う乱戦がいま始まったのだ。



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気力の勝負

「構うな! あれだ! あれだけを討て!」

 

バラノドン隊の隊長は、通信で部下の全機に向けて叫んだ。レーダーの画面には、〈目標〉としてコンテナで囲んだ敵の指標がある。銀色の戦闘機の二番機だ。

 

「絶対に上に行かすな! 上昇されたらおしまいだぞ!」

 

そうだ。あいつは、この〈バラノドン〉や、他の黒と黄のやつらと違う。速度重視の一撃離脱攻撃型戦闘機なのは、さっきに飛んだもう一機の動きを見てもよくわかる。あいつに昇って行かれてしまうと、〈バラノドン〉で追いつくのは不可能だ。

 

そうなったら、砲台は……間違いない。今度こそ殺られる。だからピッタリと後ろに着いて、あいつが上に行こうとしたらすぐさまビームを浴びせるのだ。それであいつは、すぐに頭を引っ込めざるを得なくなる。

 

それでも上に行こうとすれば、間違いなく下から尻を突いてやれることだろう。あいつはそれを知っていて、おれを振り切らぬ限り上昇できないと考えている。

 

凄腕だ。さすが、やつらの隊長の背中を護る務めのやつだ――彼は思った。ただでさえこちらは性能で負けるのだから、おれひとりでは到底こうしてあいつの後ろに張り付くことなどできないだろう。上昇をさせないようにするのだけで精一杯で、追いかけながら照準の輪に収めることがまったくできない。

 

だが――とも思う。わかる。あいつも、逃げるだけで手一杯のはずだ。できるのならばおれを振り切りサッサと上昇しているはずだ。右に左にロールを打って転がるように宙を舞う。その姿を前に見ながら、しかし美しい戦闘機だな、と言う考えがふと彼の頭をよぎった。あいつにしても、自分が生まれた星を護る一心なのだろうが――。

 

させるものか。これは殺るか殺られるかの勝負なのだ。ここでお前を、お前だけを墜とせばいい。そうとわかったからには決して……。

 

逃がしはしない。彼は撃った。ビームガンの曳光が敵に伸びて翼をかすめる。当たれ。なぜ当たらないのだと彼は念じた。

 

『もうビームのエネルギーが残り少ない』とメーターが告げる。構うものか。一発だ。一発、こいつに喰らわせてやれれば――。

 

それで終わりだ! 当たれ! 当たれ! 彼は祈った。撃っても、敵はクルクルと翼を振って舞い逃げる。操縦桿を持つ手はしびれ、ブラック・アウトでものが見えなくなってきた。だがそんなものあいつだって同じなはずだ。

 

こうなるともう気力の勝負だ。殺してやる。殺してやる。絶対に殺してやるぞと彼は思った。誰かこいつの前を(ふさ)げ! 一瞬、ほんの一瞬でいいのだ。おれがこいつをほんの一瞬、照準に捉えるだけの時間だけ、動きを止めてくれる者がいさえすれば――。

 

そう思った。しかし周囲は乱戦模様となっていた。戦闘機とミサイルとビームの光が飛び交っている。こちらがあの〈二番機〉を墜とすために必死なように、敵の方も墜とさせまいと必死になって掛かってくるのだ。

 

ちくしょう、と彼は思った。それならそれで、あの砲台は撃てないのか! カガミのビームで〈ヤマト〉を撃ってくれないのか! たとえおれがこのままあいつを墜とせなくても、ビーム砲が〈ヤマト〉を殺ればそれでこちらの勝ちなのだろうに!



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流鏑馬

「山本! 上に上がれないのか!」

 

古代は叫んだ。乱戦の中に飛び込んで、山本めがけて向かっていく敵を見定め、撃つ。けれども、その一機を追って仕留めることはできない。

 

そんなことをしようとすれば、別の敵に後ろに着かれて自分が狙い撃たれるし、また別の敵が山本めがけて突っ込んでいくのを許してしまうことになるのだ。

 

〈タイガー〉乗り達もみな同じらしく、全機が墜とされもしない代わりに敵を墜としもできない状態になっていた。

 

乱戦にして混戦だ。その中心に山本の機体。通信の声が、

 

『無理です! 頭を押さえられて――』

 

見えた。山本の〈ゼロ〉の後ろにピタリと着けた敵の一機がビームを撃ちまくり、それが弾幕となって頭上を覆うため、山本は機を上昇させるにさせられないでいるのがわかる。狙いを()けて低空を転がるように逃げるに精一杯なのだ。

 

その山本を左右から、別の〈ゴンズイ〉が襲おうとする。しかし何より、

 

「あれだ!」と古代は叫んだ。「あの山本の後ろに着けているやつだ! あれを墜とせば――」

 

『わかってるよ!』と加藤の声。『でも――』

 

そうだ。近づけない。撃とうとしてもその首を討ち取る道にまた弾幕が張られていて近づけない。敵は必死だ。山本を行かせてならぬと知っているから必死なのだ。

 

明らかに敵は全員が手練(てだ)れだった。そしてその全員が、たとえ体当たりしてでも山本を墜とそうという勢いで突っ込んでいく。そうだ。上昇性能で、あの〈ゴンズイ〉は〈ゼロ〉に到底及ばぬのを知っているなら当然のことだ。

 

山本が上に昇っていったなら、こいつらには追いつけない。そうと知るから頭を押さえ、ここで命を獲ろうとする。ために必死になられては、こちらも手練れの〈タイガー〉乗りらも思うように戦えはしない。

 

まして古代など、とても。〈タイガー〉乗りらは各隊が四機ずつ連携し、敵のやはり数機ずつと鍔競(つばぜ)り合う。それでようやく敵を制しているのだった。それは場数を踏んでいない古代ができる(わざ)ではない。

 

経験の差だけではない。〈ゼロ〉と言う戦闘機自体がこのような乱戦で力を発揮するものではなかった。本来ならばこういうときは、〈タイガー〉乗りらの戦いを後ろで支えて戦況を有利に運ぶ道を開く。そのような機として造られたのが〈コスモゼロ〉と言う戦闘機であり、指揮官である自分の役目もそれであるはずなのだから――。

 

しかしどうだ。どうすればいい。今のこの状況で、おれはどうしたらいいと言うんだ。

 

そもそも、できることなんてあるのか――そう思ったときだった。通信で加藤の声が聞こえた。

 

『隊長! おれ達では無理だ。あんたがやってくれ!』

 

「え?」

 

『あんただよ! そいつで突っ込めばなんとか――』

 

ハッとした。そうか、格闘戦でなく、一撃離脱をやれってこと――山本の後ろに着けた敵めがけ、〈ゼロ〉の加速性能を活かして突っ込みビームを浴びせろと言うことだな――古代は思った。それでたとえあの敵を殺れなくても構わない。山本があれを振り切って上昇ができさえすればそれでいいのだ。

 

「わかった!」

 

と言って古代は機をひるがえさせた。グッと大きく旋回して乱戦の場をいったん離脱。山本の背中に着いた敵の姿を遠くに睨む。

 

そして一気に突っ込ませた。〈ゼロ〉がグングンと速度を上げる。こちらの意図を見抜いた者が前から数機向かってきたが、古代は間をスリ抜けた。〈標的〉として照準の輪に捉えた敵が迫ってくる。

 

だが――と思った。まずい。こいつは〈流鏑馬射(やぶさめう)ち〉だ。馬にまたがり勢いよく走らせながら、小さな(マト)にめがけて矢を()るようなものだ。

 

ましてや敵はクルクルと逃げる山本を追いかけて右に左に機を振っている。突っ込んでってスレ違いざまに命中させるなんて至難の(わざ)――。

 

そう気づいた。だが勢いは止まらない。標的との距離が縮まる。付き過ぎた速度の差は埋めようもない。

 

ビームの射程の中に入り、追い越してしまうまでの時間はほんのわずかだった。その間に機首をめぐらしビームの火線を敵に合わすことはできるか。

 

できなかった。アッと言う間に古代の〈ゼロ〉は標的を追い越してしまっていた。



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離れ業

〈ゼロ〉にロールを打たせるたびに、眼前のヘッドアップディスプレイに投影されたピッチスケールがグルグル回る。今その中を、《A1》の二文字が付いた《FRIEND》の指標が遠のいていくのが見えた。A1、すなわち、〈アルファー・ワン〉――自分の僚機である機体だ。

 

古代が自分と自分を追う敵の後ろから凄い勢いでやって来たと思うとビームを敵にかすらせもできず、アッと言う間に飛び越して行ってしまったのを見送って、今度と言う今度ばかりはつくづく『あれはトーシロだ』と山本は思わずいられなかった。

 

一体、何をやっているのか。ただほんのちょっとばかり、わたしの背中に着いているあのしつっこいやつの鼻を(くじ)いてくれればいい。それだけであいつを振り切って、この機体を上昇に転じさせてやることができたはずなのだ。だからこの状況で、古代にわたしが期待したのはそれだとわかりそうなものなのに――。

 

いや、わかってはいたわけか。わかっていたけどプロじゃないからこちらの期待に応えるだけの動きはできなかったのか。ヘッドアップディスプレイの中で《A1》がジタバタしている。猫が雀を捕まえようと木からジャンプしたのはいいけど、失敗して枝につかまりもがいているかのような眺めだ。

 

ある意味、感心させられる動きだった。何をどうすりゃ戦闘機をあんなふうに飛ばせるのだろう。〈ゼロ〉であれ他のどんな戦闘機であれ、普通であればできるわけないと思えるような機動を、あの古代と言う男はときになぜかやってのける。一体どうしてそんな飛び方ができるのか、シミュレーターのリプレイを見ても全然理解できない。

 

そのたび思う。思いはする。この古代と言う男は只者(ただもの)じゃない。天才だ。機を操る天才であるのは疑いのないところだ。疑いのないところであるが……。

 

しかし腕の見せどころをいつも絶対に間違えている。これだ。今のこれがそうだ。今のこの状況で、わたしの前で変な芸を()って見せずともいいじゃないか。それをどうしてこの古代と言う男は……。

 

そう思ったときだった。不意に《A1》が眼の前で機首をピタリとこちらに向け、猫が獲物に飛び掛るべく尻を振るような動きをしてから、ダッと突っ込んでくるのが見えた。

 

「え?」

 

と言った。何を、と思った。これは正面衝突のコースだ。このまま行けばわたしと古代がまっすぐぶつかり合ってしまう心中(しんじゅう)コースだ。左右どちらかに機をひねり、(かわ)すにしてもどうすればいいのか。

 

わからない。自分が右に()けたとき、古代も〈向かって右〉に動けば、やはりぶつかり合ってしまう。大昔のレシプロ機ならプロペラの回転と逆に動けばいいものと昔は決まっていたかもしれぬが、宇宙戦闘機でのこれは完全なチキンゲームだ。

 

なんだ! 何を考えてる! そう思ったときだった。山本の耳に古代の声が通信によって入ってきた。

 

『山本!』それは絶叫だった。『お前は、おれが護る!』

 

古代が来た。目前に迫る。風防窓の向こうに相手の風防が見え、その中にいる古代が見えた。古代が自分を見ている眼さえ山本の眼は見たと感じた。

 

しかしその一瞬後、その姿はかき()せて消えた。そのまま行けば正面から衝突されるはずであった古代の〈ゼロ〉は山本の前からいなくなっていた。



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撃墜

『み……見たか、今の?』

 

〈タイガー〉乗りのひとりが言う。それを受けた別の者が、『見た。見たぞ』と応えて言う。パイロットらのそんな通信が、冥王星の〈魔女〉が居る地の上空を飛び交った。

 

「なんだ?」

 

と加藤は言った。幾人かのパイロットが『見た』と言う瞬間を、彼は見ていなかったのだ。

 

「なんだ? 何があったと……」

 

言うんだ、と言いかけて口を閉じ、ともかく何かが起きたらしい空の方角に眼を向ける。

 

一機の戦闘機が煙を吐いて墜ちてゆき、冥王星の地面に当たって激突するのが見えた。

 

ガミラスの〈ゴンズイ〉だった。山本のすぐ後ろに食らいつき、決して上には行かすまいとしていたやつだ。

 

それがたったいま墜落した。そしてそいつがいたところ、山本機のすぐ後ろに、今はもう一機の〈ゼロ〉が位置を取っている。無論、古代に違いなかった。本来は古代が先で山本がその背中を護って飛ぶのが定めのところ、今は逆に山本の背を古代が護っている格好だ。

 

これはつまり古代があの敵を墜としたと言うことなのか? しかし一体どうやって?

 

加藤は思った。そして他にも、〈その瞬間〉を見ていなかった何人かのパイロットが、『なんだ、何があったんだ、何を見たんだ』と口々に、〈見た〉者達に問いかけた。

 

『クルビットだ』とひとりが応える。『クルビットで山本の上を転がって衝突を(かわ)し、インメルマンターンで敵の背後を取った……』

 

「なんだと?」

 

と加藤は言った。クルビットにインメルマン――用語の意味はわかるにしても、ただそう言われただけのことでは、具体的に古代がどう飛び敵を討ったのか加藤にも理解できたわけではなかった。しかし思った。〈クルビット〉だと?

 

やったと言うのか、今、あの技を? 鉄棒で逆上がりをするように宙で機体をでんぐり返させ、正面から来る敵を躱す〈クルビット機動〉。シミュレーターの模擬空戦で古代はやってはのけたものの、その後にバランスを失って機を空中分解させた。フィギュアスケートで大技を決めてはみせたが着地ができず転倒する選手のような光景だった。

 

しかし今、古代がああして飛んでいて、山本の背後の敵が討ち取られたと言うことは――。

 

やったと言うのか、本当に? 今度は完璧に決めたのか。古代が〈ゼロ〉でクルビットを――加藤は思った。そのときに、『行け、山本!』と叫ぶ声が通信機に入ってきた。

 

古代の声だ。それに応える山本の『了解』と言う声が聞こえ、山本の〈ゼロ〉――〈アルファー・ツー〉が、上昇していくのが見えた。

 

その推力にモノを言わせて、ほぼ垂直に急上昇。見上げて加藤は、やったんだな、本当にやったんだなと考えた。クルビットを。ならば古代は――。

 

『〈アルファー・ワン〉より全機へ!』古代の声がした。『敵ビーム砲台まわりの対空火器のデータを送る! 山本の攻撃前に殲滅しろ! それで今度こそ〈魔女〉は終わりだ!』

 

「おおっ!」加藤は叫んだ。「隊長! あんたがおれ達のエースだ!」



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エース

戦闘機乗りが五の敵を墜とせばそこで〈エース〉と呼ばれる。なれるのは、ほんのわずかなひと握りの人間だけと言われる。

 

多くは五を墜とす前に、自分が墜ちて死ぬからだ。五つの敵を墜とすのは、命を張ったジャンケンに五回連続して勝つのに等しい。五回の死地をくぐってこそのエースであり、味方の命をそれだけ救った数ともなる。

 

ひとつの敵を墜とせばそれで、百の味方を救ったことにならないとも限らないのだ。このガミラスとの戦争では、ひとりの者が地球人類すべての命を救うことさえ有り得るのだ。

 

ゆえに敵と果し合い、勝った者が英雄である。どんなに腕が良かろうと、五を墜とさねばエースと呼ばない。古代は〈ヤマト〉に来るまでに、既に四機を墜としていた。五機目を墜としてエースになるまであと一機だったのだ。

 

その〈五機目〉がいま墜とされた。エースと呼ばれる条件を、遂に古代は満たしたのだ。そして古代に救われた山本がいま天空に、〈魔女〉を討つべく高く高く昇っている。

 

これぞまさしく古代がこの隊の中でエースとなった(あかし)と言えた。

 

〈ヤマト〉の航空隊員は、誰もが十機・十五機を墜とした歴戦の(つわもの)だ。ダブルエースにトリプルエースの集まりだった。対して古代は今やっと最初の五機目を墜とした〈シングルエース〉に過ぎない。

 

それでも加藤は古代こそ、自分達のエースと叫んだ。そうだ。その通りだった。皆が加藤の声に応えて、『おお』と勝鬨(かちどき)の声を上げた。〈アルファー・ワン〉、古代進。あなたこそがおれ達のエースだ。

 

古代はこの〈魔女の空〉で、エースの中のエースとなった。まさしくそう呼ばれるにふさわしいだけの動きを見せて、山本を殺そうとしていた敵を墜としたのだ。

 

その瞬間を目撃した者は言った。クルビットとインメルマンターンによって敵の背後を取ったのだ、と。それはトップガンである〈タイガー〉乗り達であってさえ、自分の眼が見たものを疑うような光景だった。華麗に舞うダンサーの動きを見るようでもあった。

 

山本の眼に、そのとき前に迫ってきた古代がフッとかき消えたように見えたのも無理はない。正面衝突寸前に、古代は〈ゼロ〉の機首をのけぞらすように上げ、そのままクルリと空中を一回転させて山本の上を飛び越えたのだ。

 

かつて新見が『瞬速逆転360度』と呼んだ、それが〈クルビット〉と呼ばれる技――機に限界を超えさせて、〈ゼロ〉ではできないとされる機動を見事にやってのけたのだ。

 

それから機を下降させて勢いをつけて上昇に転じ、宙返りで敵の背後にまわり込んだところで反転、上下が逆になっていた〈ゼロ〉の機体をひっくり返した。それが、〈インメルマンターン〉と呼ばれる機動。技をピタリと決め終えたとき、古代が見る照準の輪は標的として見定めた敵をしっかりと捉えていた。

 

必殺のビームが獲物のエンジンを射抜く。

 

そのようにして古代は勝った。〈タイガー〉よりも機体が重く、格闘戦には向かない〈ゼロ〉で、けれどもその重みを活かして〈タイガー〉にもできない機動を古代はやってのけたと言えた。

 

〈ゼロ〉と〈タイガー〉の性能は総合的には互角だが、格闘戦では〈タイガー〉が上――そうは言われる。言われるが、しかし古代が〈タイガー〉に(まさ)る動きを〈ゼロ〉でできると言うことになれば――。

 

そうだ。ならば古代こそ真のエースだ。隊の誰もが自分の背中を預けるにふさわしい男になったと言える。自分達の隊長として仰ぐにふさわしい男になったと言える。

 

そして今、古代は〈タイガー〉乗り達に、『地上の対空火器を潰して山本を援護しろ』と命じた。真の〈アルファー・ワン〉となった〈ゼロ〉から皆にデータが送られる。

 

隊の戦闘を(つかさど)る指揮管制機でもある〈ゼロ〉のカメラやレーダーは、先に古代が急降下で〈魔女〉を討とうとしていたときに、地を真上からスキャニングして、下から自分を狙ってきた対空火器の位置をあらかた掴んでいた。

 

最後に奇妙な方法で核ミサイルを叩き落としたイソギンチャクのようなやつもだ。それらを山本が降りてくる前に皆で叩き潰してしまえば――。

 

そうだ。山本は先程言った。古代が〈魔女〉を討てなければ次は自分が特攻を覚悟の上で核を射つ。そういうもののはずだろう、と。

 

そう。そういうものだった。けれどもそれは〈二番手〉の方が、対空砲火を喰らって墜ちるリスクが高くなるからだ。ならばその対空火器をみんな潰してしまえばいい。それから妙なイソギンチャクも叩き潰してしまえばいい。

 

それができれば山本がカミカゼをやる必要もなくなる。余裕を持って〈魔女〉の命を()ってしまえることになるのだ。

 

そしてこんなこと、わざわざ説明しなくても、〈タイガー〉乗りの誰もが皆すぐにわかる理屈だった。皆が古代に『了解』と応え、手分けして地上の敵を撃ち始めた。

 

はるか高くで山本の〈ゼロ〉が宙返りし、九十度の降下に入った。ガミラスの〈ゴンズイ〉どもは為す(すべ)もなく翼を振ってそこらを駆け巡るばかり。

 

〈タイガー〉達が地上攻撃を始めると慌てて止めに入ってきたが、遅かった。次々に対空火器は討ち取られて死んでいく。

 

古代自身は、〈イソギンチャク〉のひとつに向かい、狙いを付けた。レーダーにロック。ミサイルを射つ。命中、爆発。

 

他のイソギンチャク――〈ミサイル・バリア〉も殲滅される。山本を迎え撃つものはもはやなかった。垂直に降下してきた山本機から核ミサイルが発射され、〈魔女〉の穴に飛び込むのを古代は見た。



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ファイナルカウントダウン

「やられた……」とシュルツは言った。「なぜだ、あとほんの少しだったのに……」

 

彼が見るモニター画面の中に敵の戦闘機。銀色のやつの〈二番機〉だ。垂直降下で真上から砲台のある穴にめがけてミサイルを射ち、引き起こす。

 

制動。しかし間に合わずに地面に激突してしまえ――と思いながら見ていたが、その願いは叶わなかった。そいつはあともう少しのところで、機首を起こして上昇に転じる。

 

「なぜだ……」

 

とまた言った。あの戦闘機が射ったのは核ミサイルに違いないが、シュルツが今いるこの基地は〈反射衛星砲〉の砲台から遠く離れて置かれている。ゆえにあそこで核が(はじ)けてもここが炎に呑み込まれることはない。

 

しかし、もちろん問うたのは、『どうして核攻撃を止められなかったのか』と言ったことではなかった。位置を知られてしまった以上、遅かれ早かれ砲台は殺られる。それはわかりきったことだ。問題は、どうして〈ヤマト〉を撃つ前に、砲を潰されてしまったのかだ。

 

本当にあともう少しだったのに。〈最後のカガミ〉となるだろうあの衛星が〈ヤマト〉めがけてビームを反射できる位置に辿り着くまで十数秒。その秒読みをコンピュータが行っている。カウントダウンはまだ進行中だった。

 

「あと十五秒」と砲手が言った。

 

何を今更、と思いながら、シュルツはそちらに眼を向けた。モニター画面の中に〈反射衛星砲〉。その砲身の先端が赤く光を放っている。発射まであとわずかと言う(しるし)だ。

 

「え?」と言った。「殺られたんじゃないのか?」

 

「まだです」とガンツ。「核は起爆していません」

 

「何?」

 

と言った。そこで気づいた。核ミサイルは当たったが、しかし爆発はしていない。起爆したなら一瞬の閃光の後に火球が膨らむはずだ。そこに〈小さな恒星〉が生まれたのかと言うようなものが――。

 

しかし、それが起きていない。核爆発が起きてないのだ! 『不発か?』とシュルツは思ってから、『いいや違う』と考え直した。

 

レーダー画面の中で敵戦闘機どもが砲台に背を向けて八方に散っている。『もうここには用はない』と言わんばかりだ。それどころか『この場から早く遠くへ行かなければ』と考えてでもいるような。

 

「あと十秒」と砲手が言った。

 

「時限信管でしょう」とガンツ。「命中してしばらくしてから起爆する仕掛けに違いありません。でないと、核爆発にやつらも呑まれてしまいますから。やつらが充分離れた場所まで逃げるだけの時間を置いて、そこでピカドンとなる……」

 

そう言う間も砲手は秒を読んでいる。九、八、七……。〈ヤマト〉めがけてビームを放つ準備は完全に整っていた。空の上では最後の衛星が四枚羽根を微調整して、〈ヤマト〉の胴体中心部に必殺の一撃を撃つべく狙いを定めている。後はその秒読みがゼロになりさえすればよいのだ。

 

それだけなのだ。それだけで、この勝負は逆転のサヨナラ勝ちで終わるのだ。砲手が「六、五……」と秒を読む。戦艦三隻を殺られはした。ビーム砲台もおしまいだ。それでも、それでもこちらの勝ちだ。()められた勝ちではなくても勝ちなのだ。

 

シュルツは叫んだ。「いつだ! いつ起爆するのだ!」

 

「四……三……」と砲手。

 

「わかりません」とガンツ。「しかし……」

 

「二……」

 

「そうだ!」

 

と言った。あと二秒。たったあと二秒間だけ、核が弾けてくれなければいい。やつらの弾頭のタイマーがそうセットされてればいい。ただそれだけでこちらの勝ちだ!

 

「一……」と砲手。

 

「頼む!」

 

と、シュルツは声の限りに叫んだ。あと一秒。ただそれだけで……。

 

「ゼロ」

 

と砲手は言った。



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地下都市の雨

その光が()し込んだとき、近藤の眼はあまりにも暗さに慣れ過ぎていた。野球場のスタンドの床に倒れて仰向けになり、息苦しさに(あえ)いでいた。

 

だから目玉も上を向いていたのであり、そこに上から突然に光が降ってきたのだから、何もわからず明るさに眼が(くら)むばかりだった。

 

なんだ?と言おうとしたが、しかし声は出なかった。息苦しいのは、酸素がないからだけではない。一酸化炭素に塩素その他の有毒ガスを長く吸っていたせいだ。意識は半ば朦朧(もうろう)とし、ものを考えることができない。

 

それでも、ぼんやりとした頭で、『おれは夢を見ているのかな』と近藤は思った。たぶん、もう死ぬんだろう。眠るように死んでいく途中にある状態で、脳が幻覚を見始めたんだ。あの光はそれなんだ。そうだ。そうに違いない……。

 

その証拠に、上から雨が降ってきた。地下都市で雨? 有り得ない。〈雨〉なんてものはその言葉さえ、もう何年も忘れていた。でも、覚えているもんだな。上を向いたままの顔に降りかかってくる。

 

口にも入る。ひどい味だ。目にも当たって『痛い』と感じる。煙の中を落ちてくるせいで科学物質が混じるのだろうか。浴びた肌を刺激する。

 

そこで気づいた。雨じゃない? それに、この光も――。

 

体を起こし、手をかざして降ってくる水が目には直接当たらぬようにしながら上を仰ぎ見た。煙い。まるで霧のように視野が煙に包まれている。 

 

上の方に光があって、煙越しに下を照らしているのがわかる。最初に(まぶ)しく感じたが、眼が慣れてくるにつれ、決して強いと言うほどの明るさでもないのがわかった。ゲーム中のグラウンドを照らす照明ほどではない。街の天井の灯りだ。

 

そして〈雨〉は、全市が火事になったときに消火するためのスプリンクラー。火事などもう酸素がないか、燃えるものがなくなったかでほぼ治まった今になって、やっと水を撒き始めたのか。

 

とにかく、冷たい。それを頭に浴びることで、少し意識がはっきりしてきた。これはつまり電力が戻ってきたと言うことなのかと思う。

 

それじゃあ、酸素は? 首を振った。苦しい。それはそのままだ。喉が痛くて吸うに吸えない。それもまたそのままだ。

 

しかし当然じゃないかと思った。照明の光と違ってそんなもの、すぐ元通りになるはずがない。

 

しかしどうなのだろう。空気もまた回復しようとしているのかな。それとも、全部まぼろしで、やっぱりおれはこれから死ぬところなのか。

 

見れば、おそらく今の自分も同じ表情をしてるのだろうと思えるような人間が、頭を振りつつ周りを見ている。それが何人も何人もだ。何百人も、何千人もだ。市民球場の観客席に人、人、人。〈万〉の単位に達する人。

 

それがようやく、スプリンクラーの雨の中でまた眼に見えるようになったのだった。

 

少し離れたところにひとりの男の子が、父親らしき男に抱かれているのも見える。数時間前、『〈ヤマト〉はどうなったのか』と言った子だ。あのときは暗くてよく見えなかったけれど――。

 

それが今では明るさのためにはっきり見える。父親らしき男が言うのが聞こえる。

 

「おい、電気だ。電気だぞ。電気が戻ってきたんだ」

 

それを聞いてようやく信じる気になってきた。どうやらほんとに電力が回復したものらしい。

 

そう思った近藤の耳に、またその子の声が聞こえた。

 

「〈ヤマト〉は? 〈ヤマト〉はどうなったの?」



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担架

「気がついたか」声が聞こえた。「大丈夫だ。死にゃあしない。とにかく、こいつを吸っていろ」

 

口に何か押し当てられる。酸素の補給器だとわかった。敷井は頷いてそれを掴み、中身を深く吸い込んだ。

 

しばらくは、頭の中がぼんやりとして何も考えられなかった。ただひたすら息を吸い、酸素がどうやら体に染み渡ってくるのを感じて、ようやく自分はまだ生きているらしいなと言う思いが湧いてきた。でも、何があったんだっけ……。

 

「じきにそいつも必要なくなる」

 

と眼の前の男が言った。赤十字のマークを身のあちこちに付けている。

 

「電気が復旧したからな。空気も循環し始めてるんだ。わかるか? やったんだ。やったんだよ」

 

「ああ……」

 

「石崎を殺ったんだろう。君が。覚えてるよな。その記憶はちゃんとあるか?」

 

「うん」と言った。言ったが、あるようなないような。

 

「だったら多分、脳に損傷もないだろう。君は死なんから安心しろ」

 

「ふうん」

 

と言って酸素を吸う。気づけば担架に寝かされていて、周囲は兵士だらけだった。

 

担架に載せたケガ人を優先度に従ってあちらへこちらへ運び寝かせているものらしい。自分の順位はどのくらいなのだろうと思ったが、別にどうでもいい気もした。

 

むしろ放っておいてほしい。あのまま死んでいたかった。こんなところにおれを運べと誰が言いやがったのか。

 

変電所の中には違いないのだろうが、見知らぬ場所だ。あの〈橘の間〉から自分だけ運び出されたと言うことなのか。

 

『君は死なない、安心しろ』か――考えてから、なんでだろうと敷井は思った。徐々に記憶がはっきりしてくる。思い出すのは、死んだ者達の最期の姿。

 

なんでだろう、とまた思った。みんなが死んでおれひとりだけ生きてるのか。どうしてそんなことになるんだ。別におれがやらなくたって、誰かが石崎の命を盗っていたんじゃないのか。

 

そんな気もする。だが眼の前の男は言った。

 

「君がいなけりゃ、やつらは裏から外へ逃げていたかもしれん。途中でここの職員を皆殺しにしてからな。そうなっていたら電気を回復させられなかったかも……そうならずに済んだのは君のおかげだよ」

 

「へえ」

 

と言ったが、納得がいくものではなかった。それに、おれのおかげじゃない。みんなのおかげだ。足立と宇都宮と他の四人。あいつらが死んでどうしておれだけ生きてるんだ。それは不公平じゃないかと思った。

 

そんな勝利には意味がない。『あれはおれ達でやったんだ』と言い合う仲間がいないのでは、勝っても何もうれしくない。

 

これならおれもあいつらと一緒に死んだ方が良かった。なのにどうして……考えてから、大事なことをひとつ忘れていたのに気づいた。

 

「〈ヤマト〉はどうなったんですか?」

 

敷井は聞いた。男は、

 

「ん?」

 

「宇宙ですよ。冥王星」

 

「ああ」

 

と言った。それから首を振って、

 

「いや、知らないな。けど、それもすぐわかるさ」



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血染めの野

スプリンクラーによる雨が地下都市の上に降りしきる。それに機体を濡らしながら、何十と言うタッドポールが街の天井と地面との間の宙に浮いていた。

 

外国から日本にやって来た者達だ。相変わらず意思の疎通(そつう)統制(とうせい)はなく、あっちにドシンこっちでガツンとニアミスを繰り返している。

 

それでも中の乗客達は、いくらか頭を冷やし始めたようだった。窓に張りつき、さっきまでは真っ暗で何も見えなかった景色を眺め下ろす。雨と煙で遠くまでは見えないが――。

 

「何があったってんだ、こりゃあ……」

 

それぞれの国の言葉で言う。上から見下ろす地下東京の街は惨憺(さんたん)たるものだった。

 

紙の住宅は焼けていて、道には死体が散らばっている。スプリンクラーの雨が作り出す水たまりは真っ赤な血の池となっている。日本人を殺しに来たはずの彼らが毒気を抜かれア然とするほどの光景だった。

 

『皆さん、石崎は死にました!』

 

とラジオが言う声が、翻訳機によって彼らの言葉に変えられ機内に鳴り響く。

 

『お分かりでしょう。電気が取り戻されたのが! これも石崎が死んだからです! 聞こえますか、ゴーゴーと言う風の唸りが! 空気の循環も回復したのです! (じき)にこの煙も晴れて、酸素が吸えるようになります。危機は乗り越えられたのです!』

 

「イシザキが死んだ? ホントかよ」声を漏らす者がいる。「空気の循環がなんだって?」

 

「息が苦しかったのは、空気の循環が止まってた。酸素がなかったってことらしいな。それにこの煙……」

 

「騙されるな」と言う者もいる。「日本人が信用できるか」

 

「いや、おれも信用してるわけじゃないけど」

 

『この放水もすぐに()むとのことです!』

 

とラジオが言った。しかしわざわざ言うまでもなく、雨はパラパラとした小降りになっている。パイプの中の残り水が垂れてるような状態なのだろう。街の天井の灯りに照らされ、しずくがキラキラ光って見える。

 

「こりゃあ、どうなっているんだよ」

 

そんなことを何人かが言うのに対し、

 

「どうなってるもこうなってるもあるもんか! 全部嘘だ。まやかしだ。日本人に騙されるな!」

 

いきりたって言う者がいる。〈AK〉や手製爆弾を振り回し、

 

「構わねえからこいつでみんなブチ殺すんだ! そのために来たんだろうがよ!」

 

「いやまあ、そうかもしれないけど」

 

「『かもしれないけど』だと! なんだそれは! 今更何を言っている!」

 

バカでっかい(なた)を振って、

 

「お前らがやらんのならおれひとりで日本人を殺してやる! 降ろせ! おれをここで降ろせ!」

 

「だからそんなことしてもしょうがねえだろって話をしてるんで……」

 

「お前らそれでもキリスト教徒か! 進化論を唱えるやつが憎くないのか! 冥王星を〈準惑星〉とするだけでも許しがたいのに、波動砲で粉々にする! それがジャップだ! 無神論者だ! クリスマスをケーキを食う日と思っているやつらなんだぞ! 殺してやる! 殺してやる! そんなやつらを生かしておけるか!」

 

「そうだそうだ!」

 

と何人か、同調して雄叫び上げる者が出てきた。どうやら電気や空気の回復、消火の雨は、それで頭を冷やすどころかかえって一部の者達の血圧を上げる効果をもたらしたらしい。

 

「全部嘘だ! 異星人の侵略と言う話そのものが嘘なんだ! ガミラスなど存在しない! 神は宇宙で地球にだけ生命を創り人を造った。猿に似せてジャップを造った。ジャップどもはそれを恨んで、神に復讐しようとしている! 冥王星を吹っ飛ばせば、神に勝てると思ってるのだ! 〈ヤマト〉はそのための船だ! だから我らでその企みを防ぎ止めねばならないのだあっ!」

 

「おーっ!」

 

と数人が鉈を振り、ガシンガシンと刃を打ち合わせた。

 

「いや、あの、そりゃあそうだけど」

 

と別の数人が言った。彼らの中では比較的冷静でいる人間も、やっぱり同じ考えを信じ込んでいるのである。

 

「だからって今お前らをここで降ろしてどうするんだよ。〈ヤマト〉に命令してるやつを殺らなきゃしょうがないじゃないか。イシザキが死んだと言うのなら……」

 

「だからそんなの全部嘘だ! イシザキが殺して死ぬものか! 溶鉱炉に投げ込まん限りやつは死なん!」

 

「うん、それもわかってるけど」

 

「我らの手で殺さん限り死なんのだあっ!」

 

「おーっ!」

 

と叫ぶ。そうなのだった。世界各地からやって来た反日暴徒が背景に持つ思想はみなバラバラで、たとえば隣の韓国から来る者達とはるばる南米から来る者達では信じることや日本に対するイメージがまったく違うが、それでもすべての集団に共通する目的はあった。

 

石崎和昭を殺すことだ。たぶん死なない。ものすごくダイ・ハードなので銃で撃ったり槍で突いたり斧で頭をカチ割ったりする程度のことでは死なないだろうが、溶鉱炉に投げ込めば、とか、ワニにでも食わせてしまえば、とか言った考えを持ってやって来る。それならきっと石崎と言えども命はないであろう、と。

 

そして本当の目的は、〈ヤマト〉に対して『波動砲で冥王星を撃つな』と命令することにあった。石崎を殺せばそれができると考えるから石崎を殺す。そのために彼らはやって来たのだ。

 

もちろん、彼らの考えは何から何まで狂っているが、狂った人間達なのだから狂っているのは当たり前だ。ゆえに説得は無理である。説得は無理であるのだが、

 

「とにかく今ここで降りてその辺にいる日本人を殺したってしょうがないだろ。イシザキを殺んなきゃ〈ヤマト〉は止められんのだから、北の変電所とやらに……」

 

さっきから向かおうとしていたのだが、闇と煙でものが見えずに、往生(おうじょう)していたのである。しかしどうやら行く手の煙も晴れて、

 

「あっ」

 

となる。見えたのは要塞と見紛(みまご)うばかりの変電所と、その手前の血染めの野。

 

数限りない死体の山だ。第二次世界大戦のノルマンディ上陸作戦の後のオマハビーチや、ガダルカナルの総攻撃の晩の翌朝そこで見られた光景もまたこのようなものであったのではないかと思える(しかばね)(その)。日本人を皆殺しに来たはずの彼らでさえも息を飲む凄惨さだった。

 

「こりゃあ……本当か? 本当にイシザキは死んだのか?」

 

「いや、そんな……騙されるな……」

 

「そうは言うが」ひとりが言った。「宇宙の戦いはどうなったんだ? 〈ヤマト〉は? もう波動砲を使っちまったんなら意味がないぞ。ここでおれ達が何をしたって……」

 

「いや待て。そんな。そんなことがあるか! 神がお許しになるはずがない。冥王星は〈惑星〉なのだ。〈準惑星〉などではない! だから〈ヤマト〉はガミラスに殺られてるかもしれんじゃないか。そうだ、そうに決まってる!」

 

「お前、『ガミラスなんて日本人のデッチ上げだ』と言ってなかった?」

 

「うるさい! 人の揚げ足を取るな!」

 

しかし、どのみち彼らの手で石崎を殺し〈ヤマト〉を止めると言う考えは行き詰まり、壁にぶつかって止まったのである。日本に来たどの国のどの集団の者達も、彼らの乗るタッドポールの中でこのようになってしまった。

 

大体元々最初から行動がデタラメだったのだ。日本に来れば神の力が味方して、自分達に都合良く事が運ぶに違いないと言う気でいたのが間違いなのだ。まだ彼らはそのことに気づいていないし気づいても誤りを認めぬだろうが、彼らはみんな故郷では人からバカにされているので、今度のことでも帰れば笑われ、『どうしてそんなに冥王星が〈準惑星〉なのがイヤなの』と言われることになるのがわかっていた。一応。彼らの頭でも。

 

「どうすりゃいいんだ……」と口々に言う。「〈ヤマト〉は? 〈ヤマト〉はどうなったんだ?」



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虐殺の文法

「石崎が死んだ? 本当なのか?」

 

近藤は言った。スプリンクラーの雨は数分降ったと思うとすぐ()んで、煙もだいぶ薄まると同時にゴーゴーと鳴る音が聞こえてくる。

 

空気だ。空気の循環が回復したのだとわかった。心なしか息苦しさも少しやわらいだような気がする。

 

そして幾人かの者が鳴らすラジオの音声で、石崎が死んで変電所が奪還され、電力が元に戻ったのだとわかってきた。

 

しかし、と思う。

 

「それで、宇宙の戦いは? 〈ヤマト〉はどうなったんだ?」

 

()いてもラジオを()く者は『さあ』と首を振るだけだ。

 

「とにかく、この街の危機は脱したと言ってよさそうだけど……」

 

「でも、どうなんだ? 外国から日本人を殺せと言って押し寄せるのがいたんじゃないのか?」

 

「ああ、そんなのもあったな。それはどうなってるんだよ」

 

野球場のスタンドで、人が口々に言い合い出す。

 

近藤は言った。「だから、宇宙だよ。冥王星を〈ヤマト〉は吹き飛ばすんだろう。で、ナントカダルに行く。そうなったらイカレたやつらが『よくも』と叫んでドッと日本に来るんじゃないのか? 『〈ヤマト〉が戻ってくるまでに日本人を殺せ』と言って……『ひとり残らず殺す』と言って……」

 

「うん、まあ、そんな話もあったが……」

 

と頷く者がいる。近藤は例の男の子の方を見た。『大人の話はまるっきり何がなんだかわからない』、という顔をして聞いている。

 

だが、と思った。そうなのだ。普通、正気の人間ならば、〈ヤマト〉に対して波動砲を使うななどと言いはしない。言う人間は頭がおかしい。狂ってるから、冥王星は〈準惑星〉であってはならぬ、だから決して壊してならぬ、ダメなものはダメなのだと叫んで人を殺し始める。

 

この内戦はそうして起こった。銃を取って人を殺している者達は、この八年の間ずっと言ってきた。

 

『ガミラスは冥王星を〈惑星〉に戻しに来たからいい宇宙人なのだ。地球人は〈地球星人〉と言う名の悪い宇宙人だ。地球がいい星と認められるには、悪い人間を殺さねばならない。「冥王星は準惑星だ」と言うのが悪い地球星人だ。彼らは我らがどんなに言っても正しいことを理解しない。挙句にいつも、「あーあーそんなに言うんなら冥王星も〈惑星〉だってことにしてやるよ、だって惑星は惑星だもんな」などと言う』、と。

 

『ちゃんとわかっているんじゃないか! なぜだ。どうして、わかっているのに、我らが正しいと言わないのだ。どうしていつも、「アナタが正しいと認めたわけじゃなく、冥王星が〈惑星〉か〈準惑星〉かなんてことボクにはどうでもいいんだから」などと言って話を済まそうとするのだ』、と。

 

『許せん! 言ってもわからんやつは、殺すしかない。そうだろう! ガミラスは我らにそれを教えに来てくださったのだ。あんなやつらは殺すことが正義なのだ。だから殺せ。殺すのだ。やつらを殺せば、ガミラスさんも、我らを認めてくださるだろう。それで人類は救われるのだから、みんな殺さなきゃいけないんだ。うん、なんと言う完璧な論理!』、と。

 

そう彼らは言ってきた。これが虐殺の文法だ。人の心に入り込み、容易(たやす)く支配し行動を命じる。殺せ、と。虐殺に走る人間は、それが世界を救う道だと信じている。ただそれだけが救いの道と。

 

日本政府と国連は、昨日、世界に発表した。『〈ヤマト〉は波動砲を撃つ。冥王星を吹き飛ばす。世界を救うためならば〈準惑星〉のひとつが消えてなくなるのも致し方のないことだろう』、と。

 

それに否を唱える者が、大虐殺を始めたのだ。そして、外国からも来る。『日本人をみんな殺してしまえば問題は解決するのだ』と本気で信じる者達が、世界中から押し寄せていると言っていたではないか。

 

そう聞いたのは停電前だ。あれは一体どうなったのかと近藤は思った。もうとっくにかなりの数が入り込んでいるとしたら――。

 

「どうするんだ。確かそいつら、『日本人を殺す』と言うより、まずは『石崎を殺す』と叫んでやって来てるって話だったな」

 

「そうだ。狂っているやつらは、それで〈ヤマト〉に『波動砲を撃つな』と言えると思ってるんだ」

 

「じゃあ」と言った。「どうなんだろう。石崎が死んだのならば自動的に冥王星は〈惑星〉になったとでも考えるのかな」

 

「え? いや、そんな……どうなんだろう。頭のおかしい人間がものをどう考えるのかマトモな頭でわかるわけが……」

 

「どっちにしても、バカげてるよな。〈ヤマト〉に中止命令を出すことなんかできるわけない。〈ヤマト〉は波動砲を撃つ」

 

「うん」

 

「けれど、そうなったら……」近藤は言った。「それこそ、この内戦を止めようがなくなるんじゃないのか。『〈ヤマト〉の帰りを待つ』と言う人間を殺して殺して殺しまくる。そんなやつらを止めることができなくなっちまうんじゃないのか。そうなったら……」

 

終わりだ。もう終わりなのだ。たとえ〈ヤマト〉が日程通り九ヶ月――いや、半年で戻ったとしても、もう人類は滅亡している。子供を産める女などひとりもいなくなっている。

 

いるのは狂った男だけだ。もう女は全部殺した。子供もひとり残らず殺した。だから人類は救われたのだ。どうした、〈ヤマト〉。残念だったな。お前達が持ち帰った〈コスモクリーナー〉など用無しだ!

 

そう叫ぶ男だけなのだ。連中はいい。彼らの信じる神が彼らだけ救ってくれて、彼らの骨からひとりずつ妻を造って与えてくれるとでも本気で思い込めるのだろうから。だから五年か六年かして、自分の体が放射能に(むしば)まれてからやっと初めて、『なぜです、神よ、どうしてワタシにこんな仕打ちをなさるのですか』と泣くのだろうが、そのときまではいい気でいられる。

 

けれど、他はみんな死ぬ。〈ヤマト〉が戻ってくるまでにみんな殺されて死んでしまうのだ。おれも、今この球場にいる何万と言う人々も。

 

たぶん、やっぱり今日のうちにだ。狂人どもは日本人から殺すのだから。女と子から殺すのだから。母親から子を取り上げて首を斬って殺してから、その母親を犯して殺し最後にニタニタ笑いながらその夫を殺すのだから。そうして殺して殺し尽くし、最後に一応復旧した変電所をもう一度徹底的に破壊して、今日を生き延びる日本人がたとえひとりでもいたとしてもいずれ確実に死ぬようにして、故郷に戻り〈ヤマト〉を待つ女子供を殺すのだろう。

 

そうだ、と思った。ああ、〈ヤマト〉! 撃ってはいけない。撃たないでくれ。冥王星を粉々にしてしまってはいけないのだ。それをやったら、君達を待つ者はひとりもいなくなる。みんな殺されてしまうんだ。君らが本当に人類を救う旅に出る者ならば、それがわかるはずじゃないか。なのに星を撃つと言うのか。

 

どうしても! それが軍の命令だから! 〈ヤマト〉は軍艦なのだから! 波動砲は冥王星を撃って粉々にするために、ただそれだけのために艦首に装備したのだから! だからここで撃たなければ意味がないだろうと言う理由で!

 

そうなのか? そうだ、もちろんそうなのだろうと近藤は思った。冥王星には百のガミラス艦がいる。〈ヤマト〉はかなり強い船なのかもしれないが、だからと言って百に向かって勝てるわけない。しかし、波動砲ならばただ一発撃つだけでいい、それで勝てると言うことになれば話は別だ。作戦としては撃つのが当然。

 

そういうことになるのだろうと近藤は思った。そのときだった。眼の前にいる選手仲間が、

 

「いや、ちょっと待て」と言った。「ガミラスは昨日みんな逃げ出したって話も聞いたじゃないか。波動砲を恐れてさ。今のあの星はガラ空きなんだろ。ならば……」

 

「ああ」と言った。「〈ヤマト〉一隻で、波動砲を使わずに基地を討てるかもしれない。そんなことを言ったやつが……」

 

「いたよな。だからどうなんだ。〈ヤマト〉がその作戦で行ってるってこともあるんじゃないのか」

 

「まさか」と言った。「バカな。そんなふうにいくかよ。甘い考えで向かって行ったら、罠にかかって殺られちまうに決まってるだろ」

 

「そりゃあ……そうかもしれないけれど……」

 

「〈メ号作戦〉は失敗した。基地の位置もわからんと言う。なのに、船一隻で……」

 

近藤は言った。そのときだった。球場の中が急にガヤガヤとざわめき出した。『あれを見ろ』と言う声もする。

 

「なんだ?」

 

と近藤は言った。見れば、話し相手の男も、目を見開いて近藤の頭の上の辺りを見ている。

 

後ろに何かあるらしい。振り向いてみて、球場の向こう正面なのだと知った。大スクリーンに電気が戻り、何やら文字を映しているのだ。

 

こう書かれていた。《冥王星で核と(おぼ)しき爆発を確認》。



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速報

《冥王星で核と(おぼ)しき爆発を確認》――その文句は、地下東京都市内の至るところに設置された電光掲示板に映されていた。市民野球場のスタンドの他、人の集まる交差点やモノレールの駅、街の天井を支える柱に貼り付けられた電光パネルだ。その一文だけ表示され、他になんの説明もない。

 

地下東京だけではなかった。日本の他の地下都市でも、世界のすべての地下都市でも、ただそれだけが速報として市民に対して発表される。ラジオもそれぞれの国の言葉で同じ文句を繰り返すだけだ。

 

『どういうことなのです、トードー!』

 

地球防衛軍司令部で、長官である藤堂はテレビ会議で自分を囲む立体モニターの列に対していた。世界各国の代表である立体像の者達が、口々に説明せよと訴えてくる。

 

『冥王星で核が爆発? 「〈ヤマト〉が敵を討ち取った」と言うことですか』

 

「わかりません」と藤堂は言った。

 

『しかしそもそも、波動砲で星を丸ごと吹き飛ばすんじゃなかったのか』

 

「はい。そうではありましたが……」

 

『「でしたが」とは一体なんだ。どうして核が爆発するんだ』

 

「わからないのです」

 

『「わからん」ではわからんだろう!』

 

全員でガヤガヤ言い出す。どういうことだ。市民は説明を求めているのだ。冥王星はどうなった。〈ヤマト〉はどうなったのだ。核が爆発したと言うなら、どっちが使って何に当たってどうなったと言うことなのだ。

 

「だから、わからないのです」藤堂は言った。「だからとにかく、市民には、ただこれだけを発表するしかないでしょう。今はどうやらどの街も、内戦は小康(しょうこう)状態のようですが……」

 

『それはまあ』

 

と数人が頷く。地下東京は内戦によって停電に陥り、ようやく電気と空気とが復活した状態だが、他の街はどこもそこまでひどいことにはなっていない。なっていないが暴動、略奪、対立する集団同士の戦闘はどこも凄まじいものがあり、あらゆる街で無辜(むこ)の市民が巻き添えを喰い、中心にある野球場などへ逃れている状態と言う。すべての街で市民らが、球場の電光パネルがそれぞれの語で表示する〈冥王星で核うんぬん〉の文字を見上げて『どういうことだ』と(いぶか)っている。

 

民衆は皆言っている。『冥王星で核爆発』ってどういうことだ。〈ヤマト〉が敵を攻撃したと言うことなのか。けれども〈ヤマト〉は冥王星を丸ごと吹き飛ばすと言う話じゃなかったのか。昨日はそう言っていたじゃないかよ、と。狂って銃をぶっぱなし、人を殺しているやつらは、みんながみんな『冥王星は〈惑星〉だから撃っちゃいかん』、そう叫んで暴れまわっているんじゃないか。

 

藤堂は言った。「冥王星で核爆発があったと言う、ただこれだけを市民に告げて、それ以外は何も言わない――今はそれしかわたし達にできることはないでしょう。人々は皆、もう〈ヤマト〉は波動砲で冥王星を吹き飛ばしてしまったか、あるいはガミラスに殺られてしまったのではないかと考えている。ここでヘタなことを言えば、虐殺をこれ以上に(あお)ることになるでしょう。だからとにかくこれだけ告げて、『これ以外何もわからない』とするのです。事実その通りなのですからね」

 

『話はわからなくもないが』とひとりの者が言った。『実際に冥王星で核爆発があったのですね?』

 

「はい。現在、あの星に最も近づける無人偵察機でも、星のようすを詳しく知ることはできません。一億キロの距離からやっと、五分前の光を撮ってこちらへ送ってきているわけで……」

 

地球人類はもう何十年か前に超光速通信技術を獲得し、光の速さで五時間かかる冥王星と地球の間をタイムラグなしに信号を伝えられるようになっていた。なってはいたが冥王星まで光の速さで五分の距離のところまでしかスパイカメラが近づけないなら、それが撮って地球に送ってこれるのは五分前に冥王星で起きた現象だ。望遠で船を見つけてズーム拡大なんてことも遠過ぎてできず、〈ヤマト〉の戦いがどうなったのか皆目(かいもく)わからない。

 

それでも核爆発級のことがあれば観測できた。どちらが使って何が破壊されたのかわからないから何も言えない。核爆発と思しきものがありました、と言う以外には。

 

『それが五分前だとすると、さらにその五分前……』

 

とひとりの者が言う。対して藤堂は、

 

「いえ」と言った。「核爆発があったのは、どうやら今から三十分ほど前のようです。それ以後は全く何も……」

 

『なんだと!』

 

と言った。全員が一斉に声を張り上げる。

 

『どういうことだ! 〈ヤマト〉が基地を討ったのならば、すぐに「攻撃成功」の打電をしてくるんじゃないのか!』

 

『そうだ! 違うと言うのなら、つまり〈ヤマト〉が敵に殺られてしまったと言うことじゃないのか!』

 

『なぜだ! どうして波動砲を〈ヤマト〉は撃たなかったと言うのだ!』

 

口々に言い(つの)る。〈ヤマト〉は本来、冥王星を波動砲で撃つためにある船でもあった。誰もがそのように説明を受け、『うんナルホド』と頷いていた。

 

〈波動砲〉などと言う装置は、冥王星を壊すのでなければ他に使い道あるわけがない。冥王星を撃つためだけに波動砲を造ったのだから冥王星を撃つのが当たり前であり、撃ってはならぬと考えるなら最初から〈ヤマト〉の艦首に積むべきでないのだ。ほんとにそんなもの、他のどこで何を撃つために造ると言うのか。

 

だからここに並ぶ者、全員そういう考えでいた。それが正常な人間であり、撃ってはならんと吠え叫ぶのは途轍もなく頭が悪いか完全なる狂人である。とは言っても――。

 

「しかし冥王星を撃てば、この内戦は(しず)まりませんよ」藤堂は言った。「敵は波動砲を恐れて、あの星から逃げ出しました。今なら波動砲なしに、〈ヤマト〉一隻で基地を叩くチャンスがある。沖田はどうやらそれが狙いで、示威(じい)目的に地球を出てすぐあの空母めがけて撃った。すべては内戦を止めるため……」

 

『それもわからん話じゃないが』とひとりの者が言う。『しかし結局、〈ヤマト〉が殺られてしまったのではなんにもならんでしょう。それだったら波動砲でドカンとやってしまった方がずっといい』

 

「いいえ、まだ〈ヤマト〉が沈んだとは限りません」

 

『そうかもしれんが、しかしだな』

 

「核爆発と思しきものはひとつだけです。〈ヤマト〉が敵に使うにせよ、敵が〈ヤマト〉に使うにせよ、いささか()せないものがあります。〈ヤマト〉が基地を見つけたのなら何十発もブチ込んでいいはずですし、敵が〈ヤマト〉に使うにしてもやはり何十も使っていい。どうしてただの一発なのか」

 

『ふむ』と言った。言ったがすぐに、『そんなこと言うが……』

 

そのときだった。

 

「長官!」

 

と、藤堂を後ろから呼ぶ肉声がした。振り向くと司令室の中で士官らがザワめいている。

 

「どうした?」と藤堂は言った。

 

「核です」とひとりの士官が応えた。「冥王星でたった今、二発目の核爆発と思しきものが起きました」



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リメンバー・パールハーバー

地球の無人偵察機が捉えたふたつの核の閃光。うち最初のひとつめは、しばらく前に〈コスモタイガー〉のうちの一機が、ガミラスのドリルミサイル発射台を叩き壊したときのものだ。

 

そしてもちろん、二発目の核は、山本の乗る〈アルファー・ツー〉が〈反射衛星砲〉のある穴にめがけて射ち放ったものである。起爆装置のタイマーは、弾頭が標的に命中してから二十秒後に作動するようにセットされていた。それだけあれば〈ゼロ〉と〈タイガー〉が核爆発を避けるために充分な距離まで逃げられる。

 

古代達は知らなかったが、それは〈タッチの差〉であった。そのとき、敵の砲台は、〈ヤマト〉めがけて必殺のビームを放とうとしていたのだ。核の起爆が一秒の何分の一か遅れていたら、ビーム発射が先となり、天の衛星で反射されて〈ヤマト〉をブチ抜いていただろう。その出力を最大にセットされたビームの威力は、〈ヤマト〉をふたつにヘシ折ってあまりあるものだった。

 

わずか零コンマ数秒の差――それが明暗を分けたのだ。しかし古代ら航空隊の者達はもちろん、危なく沈むところであった〈ヤマト〉に乗るクルー達も、その事実を知らなかった。知っているのはガミラス基地司令室で、祈る思いで発射秒読みを見守っていたシュルツとその部下のみである。

 

「なぜだ……」

 

とシュルツは、床に膝突いて呆然と言った。『頼む』と叫んだ次の瞬間、食い入るように見ていた画面が核の閃光で真っ白になり、その光に眼が(くら)んだのだ。

 

さらに次の瞬間、カメラが殺られて画面は真っ黒に変わったけれど、シュルツはもうそのときには何も見ていなかった。よろけながら頭を振って、別のカメラが映す画面――〈ヤマト〉を捉えた映像の方に眼を向けようとした。

 

砲手は確かに『ゼロ』と言ったではないか。だからビームは撃ち出されたはずではないか。そうとも。ならばそれでよいのだ。〈ヤマト〉さえ沈められたらもう砲台に用はないのだ。どうせあいつは地球の船をただ一回、沈めたならばお役御免の使い捨て兵器だったのだから。だから核で吹き飛んだなら、解体する費用が浮いてかえって助かるくらいだ。

 

そうだ。そうだろう。そうなんだ! ビーム砲台はやってくれた。最後に〈ヤマト〉を殺ってくれた。そうに違いないのだと念じながらパネルを見て、そこに〈ヤマト〉が何事もなく宙に浮かんでいるのを見つけ、嘘だ、これは幻覚だとシュルツは思った。きっと今の閃光で眼がおかしくなったのだ。本当はもう〈ヤマト〉は真っ二つに分かれ、この星の氷の上に転がっているのだ、と――。

 

しかしそんなことはなかった。〈ヤマト〉は無事で宙にあった。〈反射衛星砲〉発射の秒読みは彼らの数字で確かに《ゼロ》を指していたが、その後に小数点以下の数字が何やら続いて止まっていた。

 

「なぜだ……」

 

そうつぶやきながら、遂にシュルツは床に膝を突いたのである。

 

「殺られた……」と砲手も言う。「どうして……」

 

「いや待て、まだ終わりではない!」とガンツが叫んだ。「司令、しっかりしてください! まだ終わりではありません!」

 

「何を言っとる」

 

「司令!」叫んだ。「まだこの基地が残っています! 避難させた船さえ戻せば……」

 

「フン」と言った。「今からでは間に合わんよ。やつらはどうせ我々など相手にせずに行ってしまうだろう」

 

「し、しかし、しかし、しかし……」

 

「司令」と、ガンツとは別の参謀が言った。名前をヴィリップスと言う。「〈ヤマト〉の目的は本来、この基地を見つけて叩くのと、遊星投擲を止めることにあったはずです。やつらはそれを遂げてはいません!」

 

「そ、そうです!」ガンツが叫んだ。「戦艦もビーム砲台もやつらの第一目標ではない! やつらの目標は我々なのです!」

 

シュルツは言った。「そりゃあそうかもしれんがな」

 

「でしょう! しっかりしてください! 我々が姿を見せれば〈ヤマト〉は来ます!」「そうです! 今まで隠れてましたが、しかし教えてやるのです。『基地はここだ。我々はここだ』と。そうしたならばやつらは来る!」

 

ガンツとヴィリップスが口々に言う。それに応えてシュルツは言った。

 

「どうかなあ。わからんぞ。やつらは『もう充分な戦果は上げた』と考えるかもしれん」

 

「何を言うのですか司令!」

 

「『何を』って、わたしは敵がどう考えるかと言う話をしているのだよ」

 

「リメンバー・パールハーバー!」

 

とヴィリップスが言った。シュルツとガンツは「ハン?」と言ってその参謀の顔を見た。

 

「リメンバー・パールハーバー!」と彼は同じ言葉を繰り返した。「地球人の英語です。真珠湾を忘れるな。『日本人よ、この作戦での失敗を戦訓にして忘れるな』と言う意味です」

 

ガンツが言った。「ええと、その言葉って、ちょっと意味が違うんじゃあなかったか」

 

「地球人の言葉はよくわかりませんが」とヴィリップス。「とにかく、あの〈ヤマト〉と言うのは、日本の船であるのでしょう。その艦長は恐るべき者だ。ならばこの言葉の意味を正しく理解しているはずです」

 

「そうなの?」とシュルツは言った。「どういうこと?」



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どういうこと

ガミラス基地でシュルツと部下がそんなやりとりをしている間に、ビーム砲台を討った核の閃光が秒速三十万キロと言う遅さでやっと一億キロ離れた地球の無人偵察機まで三百三十三秒、つまり五分半かけて届いて撮影され、後は超光速通信でたちまち地球に送られて藤堂長官が知ったのである。しかし彼には冥王星でまた核爆発が起きたと言うこと以外まったく何もわからなかった。

 

「どういうことだ?」

 

と側近に聞く。

 

「わかりません」と相手は首を振って応えたが、「しかしとにかく、さっきの核では〈ヤマト〉は沈みはしなかったと言うことでしょう。だとしたら……」

 

「戦っている……」藤堂は言った。「〈ヤマト〉は戦っていると言うのか。ガミラスと。あの星で、ただ一隻で……」

 

「そう考えることもできます」

 

「すぐに発表するんだ」と言った。「市民に(しら)せろ。『冥王星で二発目の核が爆発』とな」

 

「それだけですか」

 

「他に言えることがない。問われたとしても応えるのだ。『それ以外は不明だ』と。事実その通りなのだからな」

 

「わかりました」

 

言って相手は引っ込んでいった。

 

藤堂はまた各国の代表と向き合う。彼らもまた今のやりとりを聞いていた。

 

『トードー!』とひとりが叫ぶ。『今のはなんです! わたし達に相談も無しに……』

 

「失礼しました。しかしどのみち、ああするより他にないのではないでしょうか」

 

『そんな簡単に。少しは考えてものを言ったらどうなのですか!』

 

「また核の爆発があった――ならば〈ヤマト〉が戦っていると言うことなのかもしれない。今はそれだけが希望の光です」

 

『そうかもしれんが、しかしですよ』

 

「昨日人類は滅亡しました。我々はもう死人なのです。なのに発表を控えることになんの意味があるでしょう。失くした命を取り戻すには、希望を持つしかありません」

 

『希望ですって?』

 

「そうです。〈ヤマト〉が冥王星で敵に勝ってくれたなら、誰もが希望を持てるでしょう。波動砲を使わずに勝って初めて人々は〈ヤマト〉に希望を見出(みいだ)すのです。沖田はそれがわかっているからこそ向かっていったのです。だから必ず勝ってくれると信じるしかないでしょう」

 

『わかりました……』

 

とひとりが言った。他の者達も頷いた。

 

『わたしもまた、わたしの街に同じように発表しましょう。しかしふたつも核が爆発したのなら、〈ヤマト〉はもう敵に勝ったと言うことにはならぬのですか。なのに「他は不明」と言うのは……」

 

「いえ、先程も言いましたが、冥王星の敵を完全に殲滅するにはひとつやふたつの核ではおそらく足りぬはずです。十も二十も射って初めてトドメを刺せると見るべきなのです」

 

『十も二十も?』

 

「そうです。もしも〈ヤマト〉が今、優勢であるとするならば、二発の核でまだ障害を潰しただけと言うところなのかもしれない。一次と二次の核攻撃で基地を護る者を叩き、そうして初めて本丸に(のぞ)める」

 

『「ホンマル」ですって?』

 

と質問が来る。どうやら翻訳機がその日本語を認識できずに訳されなかったようであったが、それには応えず、

 

「そうです」と藤堂は言った。「これから〈ヤマト〉の敵に対する第三次攻撃が始まる、と言うことなのかもしれません」



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ハートの上

〈ゼロ〉と〈タイガー〉は全機で大きな編隊を組み、冥王星の〈白いハートマーク〉の上にいた。

 

見渡す限り白い氷原であるために、もしも下から狙い撃つものがいればすぐわかる。敵の方もそれは承知でいるらしく、こんなところに武器は置いてないようだ。

 

ゴンズイ戦闘機どもにしても三分の二が死なずに命がありながらどこかに逃げていってしまった。ゆえに古代達は今、敵に殺られる心配をとりあえずはせずにいられる。

 

『さて。どうすんだ、これから』加藤の声が通信で入ってきた。『隊長、〈ヤマト〉はまだなんにも言ってこないの』

 

「『まだ』って言っても、まだいくらも経っていないぞ」

 

古代は言った。〈魔女〉を討つのに成功してからまだ十分も経っていない。

 

「とりあえず、全機まだまだ飛べるんだろ」

 

『うん。まだビームもミサイルも残ってる』

 

さっき、『あんたがおれ達のエース』と言った割りには今の加藤の声には、上官であり隊長でもある古代に対する敬意はあまり感じられない。やはりアマチュアはアマチュアと言う考えでいるのかもしれない。

 

『核もね。何より燃料がある。もうひと暴れ充分できるよ』

 

「となると、またもう一度、基地を探しに行けってことに……」

 

『さっきは見つからなかったぜ』

 

「だよなあ。あれをもう一度やったところで無駄な気がするが……」

 

古代は窓外を見渡した。この〈ハートマーク〉の上には、先の索敵で〈ゼロ〉と〈タイガー〉が手分けして全部まわりきっている。ここをもう一度調べたところで何が見つかるとも思えない。

 

『それに』と山本。『もう〈魔女〉は討ったのだから、〈ヤマト〉自身が白夜の上を基地を探して飛べるはずです。わたし達がやらなくても……』

 

「そういう話にもなるよな」

 

と言った。この〈ハート〉の上まで来て〈魔女〉の撃破成功を伝え、『以後の指示を乞う』と〈ヤマト〉に通信を送ってそろそろ五分。返事があっていい頃でもあるはずなのだがどうなのだろう。

 

加藤の声が、『グズグズしてると、敵は避難させてた船を呼び戻しちゃうんじゃねえのか。そうなると厄介だぜ』

 

『そうです。ヘタすりゃ、今度は戦闘機も二百三百で来るかもしれない』と別の四機編隊のリーダー機が言ってくる。

 

『敵がいったん逃げてったのは、そのためと言うことだって……』

 

「うん。だよなあ。どうするんだろ」

 

言って古代は考えてみた。しかしどうするもこうするもない。自分としては〈ヤマト〉が『やれ』と言うことに従う以外の選択はないのだ。

 

「なんにしても、早く決めてくれないもんかな」

 

『けど……』と、また別のタイガー隊員の声が通信に入ってくる。『基地を見つける手段がもうひとつあったでしょう。あれ、どうなってるんですかね』

 

「ああ」と言った。「エコーでどうのこうのってやつだな。あの話ってどうなったんだ?」



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第三次攻撃

『第三次攻撃? どういうことです?』

 

アメリカの代表者が藤堂に言った。他の者らも首を(かし)げている。藤堂は立体画像として映る彼らを見返し、それから言った。

 

「〈真珠湾攻撃〉ですよ。トラ・トラ・トラ――かつて日本はハワイにあったアメリカの基地を奇襲しました。第一次攻撃目標は港です。戦艦・空母を始めとする機動部隊を叩き、以後の戦争を有利にする目的があった」

 

『はあ』

 

と幾人かが頷く。皆が皆、『なんの話が始まったんだ』と言う表情だ。

 

「しかしこれにはもうひとつ、自分達の安全を(はか)る狙いがありました。敵の力を奪っておけば後を追うにも追いようがなく、日本にノンビリ帰れると言う寸法です」

 

『ふうん』

 

「第二次攻撃で飛行場を潰す。これもやはり対艦攻撃機によって帰り道を襲われるのを防ぐためです」

 

『そうですか』

 

「ですが真珠湾攻撃の本当に本当の目標は、敵の補給施設でした。軍事物資をみんな丸焼きにしてしまえば、アメリカ軍は戦おうにも戦うことができなくなる。船に油を入れられず、銃も弾薬も食料もなければ、日本は何ヶ月もの間、太平洋で思う存分に暴れられる。ゆえに第三次攻撃によってそれを叩く――これを完遂することが最も重要であったわけです」

 

『トードー、あなたは何をおっしゃりたいんですか』

 

「ですから〈ヤマト〉が今やろうとしているのも、それと同じなのではないかと言うことですよ」藤堂は言った。「かつて日本は真珠湾で、三次目の攻撃をしなかった。一次と二次が成功した時点で戦果は充分とし、後は逃げるが勝ちだと言ってしまったのです。艦隊の提督は第三次攻撃の重要性を理解していなかった。軍と天皇陛下から預かり受けた艦隊の安全にしか興味がなかった」

 

『だから何が言いたいわけ』

 

「冥王星には〈ヤマト〉を待つ罠が張られていたのでしょう。〈ヤマト〉は二発の核によってそれを叩いたところなのかもしれません。沖田が並の指揮官ならば、それで戦果は充分として後は逃げようとするかもしれない。けれどもあの男のことだ。たとえリスクを冒しても、敵にトドメを刺そうとするのじゃないか……」

 

『はあ。ですがオキタと言えば、一年前に〈メ号作戦〉で敵に背中を見せた男じゃありませんか? どうもあなたの言うことは……』

 

そのようにひとりが言いかけたときだった。「長官!」と声がして、さっきの士官がまた飛んできた。

 

「〈ヤマト〉です! 〈ヤマト〉からの通信らしきものを受信しました!」

 

「なんだと?」

 

と言った。外国の者達も驚愕に目を見張っている。

 

「どうした! なんと言ってきたんだ!」

 

「それが――」

 

 

 

   *

 

 

 

「送信成功。データは地球に届いたはずです」

 

〈ヤマト〉艦橋で相原が言った。一億キロ彼方にいる味方の無人偵察機を操って地球へ信号を送る。〈ヤマト〉が持つ強力な通信機器の力があるとは言ってもほとんど凄腕のハッカー(まが)いの仕事だった。冥王星の周囲にはまだ依然としてガミラスによる通信妨害が掛けられていて、地球と直接話しはできない。それでもやりようはあるものだ。

 

「さすがだな」

 

送るべきものが地球に届いたのを認めて沖田は頷いた。次に新見が「出来ました」と声を上げ、沖田はそちらに眼を向ける。

 

「解析結果をメインに出します。見てください――」

 

言って新見は機器を操作し、正面のメインスクリーンに画像を出した。

 

「これが遊星の投擲装置に違いありません」

 

「ふむ」

 

と頷いてまた沖田は、いま相原に言ったのと同じ言葉を新見に言った。

 

「さすがだな」

 

 

 

   *

 

 

 

「これは!」

 

と言って藤堂は、次の言葉を(つな)げずそこで絶句した。外国の代表者らも同じものを見て一様(いちよう)に二度驚く。

 

『〈ヤマト〉がこれを送ってきたと言うのですか!』

 

「そのようです」と情報士官。「おそらく、敵と戦いながら、宇宙にスパイカメラを放っていたのでしょう。これはそれが撮った映像……」

 

『わかりますが……しかしこれを送ってきたと言うことは……』

 

とひとりが言う。それに対して、

 

『どうなるんだ! 〈ヤマト〉はもう勝ったと言うことじゃないのか?』

 

言う者がいる。さらに対して次々に、

 

『いや、まだわからん! オキタはトードーの言う通り、これでもまだ満足してないのかもしれん!』『そんな! これならもう充分な戦果を上げたと言えるんじゃないのか?』『だからそれが違うんだ! 遊星の投擲装置を破壊しないと!』『それに基地もだ! 基地はどうなったんだ!』

 

声が上がった。藤堂はそれを耳で聞きながら問題の映像を見ていたが、ようやくのように士官に尋ねた。

 

「送られてきたのはこれだけか」

 

「はい。他には……」

 

「わかった」と言った。「これも発表するんだ」



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エコー

新見が〈ヤマト〉艦橋のメインスクリーンに出した立体画像。それは冥王星の内部をスキャンしコンピュータでグラフィック化したものだった。

 

妊婦の腹に超音波を当て、中の胎児を見るのと理屈は同じだ。実は〈ヤマト〉は海に潜っていた間に、海底に探査装置を置いてきていた。それが地中のエコーを捉えて〈ヤマト〉にデータを送ってきたのだ。

 

お寺の鐘を()けばゴーンと鳴るように、星の地盤を揺るがせば地中をエコーが駆け巡る。ここで撞木(しゅもく)の役を果たしたのが、山本の機が〈魔女〉を討った際の核爆発の衝撃だった。それをセンサーで検出し、コンピュータで解析すれば、お母さんのお腹の中の赤ちゃんが男か女かわかるように地中のようすが知れる寸法。

 

核爆発、と言えばその前に〈タイガー〉の一機がドリルミサイル発射台に対して炸裂させていたが、そのときは〈ヤマト〉の周りでドカドカとミサイルが爆発していたために、地中のエコーは打ち消され、計測はまったく不能だった。

 

しかし二度目の核は違う。静かになった海底に残されていた計測器は〈魔女〉の断末魔の(こだま)をはっきり聞き取った。これによって得られたデータは、アリをガラスのビンで飼って巣穴を横から見るように星の内部を断面図に描くに充分なものだった。

 

そして、描き出されたのだ。星の地殻に掘り抜かれた長いトンネル。

 

冥王星の北極点近くから、固体メタンと固体窒素の岩盤の中を、スイカやミカンの皮の内側の白い部分に針を通していったように伸びている。

 

つまり、地下数十キロに水の海があるその間を。もう一方の口は白夜の地帯にあり、太陽と地球の方角を向いていた。

 

「長さおよそ三千キロメートル……日本の北海道から沖縄ほどの長さがありますね。これが遊星投擲装置に違いありません」

 

新見の声に皆が声を唸らせる。そうだ。もちろん海底に探知装置を置いたのは、これを知るためだった。

 

基地を探す計画は、決して古代ら航空隊のみに頼っていたわけではない。上空からの索敵をプランAとすればこちらはプランB。ふたつの手段で敵を見つける考えでいたのだ。とは言え、決してこちらの方が成功する率が高いと思っていたわけではないが。

 

だが実際に、見つけたのはこの〈エコー計測器〉の方だった。新見は言う。

 

「これは一種のカタパルトでしょうね。石をこちらの口から入れて、反対から射出する。トンネルを抜ける間に必要なスピードまで加速させる……」

 

「うん」と島が言った。「地球にも似たものがあるよな」

 

「ええ。おそらく、あれと似たような仕組でしょう」

 

と新見は言った。島が言うのは、戦闘機や小型宇宙船をスクランブル発進させる〈マスドライバー〉などと呼ばれる装置のことだ。が、それにしても冥王星のこれは長い。

 

「そして、ここを見てください。地中に大きなものがあります。エコーではおおまかな輪郭しかわかりませんが……」

 

あった。トンネルの出口近くに、地中に根を張る植物のようなもの。それがいくつも芋を付け、大きく膨らましたようになっている。

 

〈芋〉はひとつひとつが巨大だ。宇宙船を何隻も収容できるだろうほど――。

 

「間違いありません。これがガミラスの基地です」と新見は言った。



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呼び声

地下東京の中心にある市民野球場では、群衆が次の情報を求めて正面の大スクリーンを見上げていた。しばらく前に《冥王星で二発目の核と(おぼ)しき爆発を確認》と言う文に変わってそれきりだ。

 

「ラジオでも言ってる。『二度目の核爆発があった。それ以外に何もわからん』って……」

 

そんな声があちこちでする。電話は不通。インターネットやテレビはまだ死んだままで、かろうじてラジオが聞けると言う状況だ。しかしそのラジオにしても、『宇宙の戦いがどうなったのか何もわからぬ』と繰り返すばかり。

 

「ねえ、〈ヤマト〉はどうなったの?」

 

また声がした。あの子だ。今朝、父親に同じ言葉を問いかけた少年。また同じ質問をする。

 

「〈ヤマト〉は勝ったんじゃないの?」

 

「さあ……」

 

と、その子の父親が言った。近藤の方をチラリと見てから、

 

「まだわからない……」

 

その子も近藤の顔を見た。近藤は言ってやりたい気がした。勝ったさ。勝ったに決まってるだろ。〈ヤマト〉が敗けるはずがない。敵を倒してナントカダルへもう行こうとしてるところさ。

 

あれはそういう意味なんだ――嘘でもそう言いたい気がした。だが無理だ。嘘なのだから、嘘にしか、あの子の耳には聞こえないだろう。それに言ったら本当に嘘になってしまう気がして、近藤は怖くて何も言えなかった。

 

冥王星で核が爆発――そうだ。あれは〈ヤマト〉が敵と戦いそして勝ったと言う意味であっていてほしい。だが、わからんのだ。二発目があったのならば三発目や四発目があるかもしれんじゃないか。で、五発目があったりして、その後なんにもなくなってしまうかもしれんじゃないか。

 

ならば、その五発目で、〈ヤマト〉は殺られたと言うことだ。それが宇宙の戦いで、〈ヤマト〉は多勢に無勢なのだ。

 

冥王星には罠があると承知でただ一隻で、〈ヤマト〉は敵に向かって行った。波動砲で一撃に消し飛ばせるはずなのに、それを封じて敵に挑んだ。

 

どうやらそういうことらしい、と言うのもだんだんわかってきた。

 

なぜか、と言うその理由も、近藤にはわかってきた。そうだ。そうでなくてはダメだ。波動砲で敵に勝つのは勝利とならない。敗けなのだ。人類を救うことにはならないからだ。

 

〈ヤマト〉に乗る者達は、それを知ってる。だからこそ、星を壊さず敵だけを討ち取ろうとしているのだ。

 

『核が爆発した』と言うのは、だからそういう意味なのだと、近藤にはわかってきた。だからやっぱりあの子に言ってやりたかった。そうだ、敗けるわけがない。〈ヤマト〉は勝つさ。きっと勝つさ、と。

 

ああ、しかし、やはり言えない。言えば途端に嘘になってしまう気がする。〈ヤマト〉が殺られて、すべての希望が打ち砕かれ、それで終わりとなってしまいそうな気がする。

 

「ヤマト……」

 

とひとこと言った。何も言えない。具体的には――だから代わりに、ただそれだけを言うしかなかった。

 

「ヤマト……」

 

とあの子が言った。その父親もまたつぶやく。

 

「ヤマト……」

 

それがきっかけになった。周囲で人々が同じ言葉を唱え始める。ヤマト……ヤマト……それは少しずつ大きくなって、声を揃えての唱和になった。

 

「ヤマト……ヤマト……」

 

「ヤマト……ヤマト……」

 

祈るように人々が、スクリーンを見上げて名を呼びかける。ひとりひとりの声は(きょう)()むように低かった。誰もがそんな名前の船が宇宙にいるなど信じられずにいる顔だった。

 

神が実在して人を救うつもりがあるのかどうか、疑いを持たずにいられる者などないように、〈ヤマト〉を本気で信じられる者などいない。そんな船がただ一隻でガミラス相手に戦って勝つ。そんなことが信じられる者などいない。それでも今、人々は、〈ヤマト〉の名を呼び始めた。読経(どきょう)のような呼び声がスタンドに広がって、球場の壁やフェンスを震わせ始めた。

 

皆が唱える。ヤマト……ヤマト……。どうか本当にその船が宇宙にいてくれてほしい。子供達を救うため、旅立つ船であってほしい。そして必ずそれができる船であるのを証明するため、冥王星にいる敵と戦ってくれていてほしい。

 

波動砲を使わずに! そして勝つのだ。勝ってほしい。ようやくに今、人々が、そう思い始めたようだった。

 

昨日までは人は言った。〈ヤマト〉? そんなの本当にいるかどうかも怪しいもんだ。軍人どものデッチ上げだろ。いたとしてもそんなもの、エリートの逃亡船に決まっているサと。そんなの、アテにしてどうする。船の一隻でどんなことができると言うんだ。

 

そう言ってきた、男達は。子供達が悲しい顔をする前で。女達が暗い顔をする前で。〈ヤマト〉なんてバカバカしい。荒唐無稽な作り事だと言うのが頭のいい人間だ、と鼻で笑って済ませていた。もう人類は滅ぶんだ。何をしても無駄なんだ。だからオレはその日まで、酒を飲みバクチを打って過ごすだけだ。

 

そう言ってきた、男達は。子供達はそんな大人をわけのわからぬ顔で見て、それじゃあ〈ヤマト〉はいると言う人は嘘をついているのかと聞いた。〈ヤマト〉はいるとボクに言うボクの父さんは嘘つきなのか。ボクの犬や猫の命も救いに行くとボクに言うボクの母さんは嘘つきなのか。

 

人はどうして〈ヤマト〉なんていないと言うの。〈ヤマト〉はいると言う人はどうして敵に敗けると言うの。波動砲で撃てば敵に勝てるなら撃てばいいのにどうして撃ってはならないものだと言う人がいて人よりも星が大事だから壊してはならぬ、人の命は地球より重いが人の命など冥王星に比べて軽い、だからガミラスと戦って死ぬのは無駄な死ではなく、けれどガミラスと戦って死ぬのは無駄な人間だ。人は滅びても滅びはしない。選民ならば生き残り、無駄な者は死ぬだろう。〈ヤマト〉よ撃つな、波動砲を撃ってはならぬ、異星人には人権がないとしている地球の法律はおかしいのだからガミラスは通常兵器を使って殺せ、十一ヶ月で帰って来いと叫ぶ人間が都知事になって、それが選ばれた者なのならば言うことが正しいはずなのに、そのたび人がヤレヤレと笑って『また〈ぐっちゃん〉がイカレたことを』と首を振るのはどういうことなの。

 

子供達はそう言った。それが昨日までの地下都市だった。地下で生まれた子供が灰色の天井を見上げ、その上には宇宙があって〈ヤマト〉がいる、帰ってくると信じている姿を見ても、『そうだ、絶対、君が正しいに違いないさ、信じて待とう』と誰も言ってやらない社会。それが昨日までの地下都市だった。人が絶望に打ちひしがれ、子供より幼稚な大人がカルトに溺れ、〈ヤマト〉と聞いてもあれはマンガだ、リアルじゃない、信じる者はバカを見ると誰もが言っていた社会。

 

それが内戦を生み、虐殺を生んだ。子供を殺せ、殺してしまえ、ガミラスの手など借りずに自分達でこの世界を滅ぼしてしまえ。それで正しいミームが残り、他は死ぬのだ。オレ以外、地球に男など要らない。オレが正しいからオレが生き、新世界の神にしてハーレムの王で聚楽(じゅらく)ヨンだ。

 

そう信じて人を殺す気の狂った者達から、人は逃げてここへ来た。この球場は正気を残した人間達の最後の砦だ。希望の砦だ。

 

今、ここで人々は、〈ヤマト〉を信じ始めていた。ヤマト、ヤマトと声を揃え、お経のように唱えることで、〈ヤマト〉を信じ始めていた。

 

近藤にはそれがわかった。だから自分も、皆の声に合わせて言った。

 

「ヤマト……ヤマト……」

 

「ヤマト……ヤマト……」

 

祈りの声が(こだま)する。煙が薄まり、上に広がる天井が見えるようになってきた。声はそれに反響し、地下都市全体に広がっていくように思えた。

 

そのときだった。

 

『緊急速報をお知らせします!』

 

声が響いた。ラジオの音だ。アナウンサーが興奮した口調で言う。

 

『市民の皆さん、近くの電光掲示板をご覧ください! 政府より重大な発表があります!』

 

人がざわめく。なんだ?と言った。電光掲示板?

 

「おい、見ろ!」

 

と言う声がした。地下都市には至るところに、市民に情報を伝えるための電光掲示板がある。この球場の大スクリーンもそのひとつだ。皆あらためてパネルを見上げた。

 

近藤も見た。先程までの文に替わって、新たな()が表れていた。動画のようだが、しかしなんだか――。

 

「なんだ?」と人々が言う。「これがなんだと言うんだ?」

 

ちょっと見ただけではよくわからない。壁の前で虫が動いているのでも撮ったもののようにしか――。

 

けれども次の瞬間に画面の中で起きたことに、誰もが目を見開いた。

 

ラジオが叫ぶ。『政府によると、これは〈ヤマト〉がつい先程に送ってきたものとのことです!』

 

「何?」

 

とまた人々が言った。だが動画は続いている。人のどよめきも続いている。『一体これはなんだ』と声を上げながら人々は、大スクリーンの映像を見上げた。

 

真の衝撃が訪れたのは、そうしてしばらくしたときだった。『おおーっ!』と言う人の声が球場を揺るがす。それは地鳴りのように響いて、天井に反響し、周囲へ谺していった。



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動画

速報として流れた動画。それは〈ヤマト〉の相原が地球に向けて送信したものだった。スパイカメラが撮影した冥王星の地面の一部だ。遥か高くから俯瞰(ふかん)で捉えて、一辺は10キロメートルばかり。

 

そこにごく小さなものが三つゆっくりと動いている。同じ円の円周上を這うように――それはガミラスの戦艦が、三隻でY字砲火のガンシップ陣形を組んで〈ヤマト〉を待っているところだった。

 

そして動画は〈ヤマト〉が氷を割って飛び出し、三つの敵を次々にまとめて沈める光景を映す。地球で見た人々が驚きの声を上げたのは、まさにその瞬間だった。

 

防衛軍司令部で、長官の藤堂が『これは』と驚きすぐさま市民に発表せよと言ったのが、まさにこの動画である。それは日本の地下東京だけでなく、世界のありとあらゆる街で市民に向けて公開された。

 

内戦により、今は世界のどの地下都市も電話は不通となっており、当然、ネットも繋がらない。テレビを点けても何も映らず、情報と言えばラジオとそしてもうひとつ、街のあちこちに設置されたLED電光掲示パネルだった。

 

それらはすべてが銃弾を数発受けたり、水を掛けた程度のことでは壊れず、()を映し出せるよう頑丈に造られていた。交差点や学校、そして街の天井を支える柱に人が見上げる高さで据えられ、民衆の最後の情報源として機能するようになっていたのだ。

 

これによって人々は見た。その映像を。最初は一体なんなのかと首を(かし)げて(いぶか)しみながら、けれどもそれが宇宙の星で一隻の船が三隻に挑み、勝つ模様を捉えたものと気づいて驚愕の顔で見た。

 

次いで画面は映像の一部を拡大したものへと切り替わる。トリミングされた画像が追いかけるのは一隻の船だ。最大限に拡大したためモザイク状にチラチラとした()にはなっていたが、それはまさしく――。

 

「YAMATO……」

 

と人々は言った。世界の国で、人々が日本の船の名前を呼ぶ。曲芸じみた動きを見せて格闘戦で敵を倒した船は確かに、

 

「〈ヤマト〉だ」と言った。「〈ヤマト〉が戦っている……」

 

「そんな」と応える者がいる。「これ、本当のことなのか……」

 

そうだ。とても(にわか)には信じられない映像だった。即座に真贋(しんがん)を疑う者が出るのは当然のことだった。それでも、しかし人々は、その映像にどよめいたのだ。船が敵を沈める姿に『おお』と声を上げたのだ。それが確かに〈ヤマト〉だと拡大画で認めたときに、叫ばないではいられなかった。〈ヤマト〉だ! 〈ヤマト〉が戦っている! これは本当のことなのか!

 

なぜだ! 〈ヤマト〉は波動砲とやらで星を丸ごと吹っ飛ばすのじゃなかったのか? 『爆発した二発の核』と言うのはこれとは別なのか? 一体、何がどうなってるんだ!

 

「嘘だ!」

 

と、たちまち叫ぶ者がいる。騙されるな、全部嘘だ! これは捏造(ねつぞう)に決まっている! ほんとは〈ヤマト〉は冥王星をもう消し飛ばしてしまったんだ。あの星には神がいるのに! なのに我らは殺してしまった! ああ、人類はもうおしまいだ!

 

「何を!」

 

と別のカルトを信じる狂信者が叫び返す。ガミラス教徒や降伏論者はいずれにしてもこの映像は嘘だ嘘だとがなり立てた。こんなもんを信じるやつは地獄へ行くんだ死ね死ね死ね! ガミラスに〈ヤマト〉が勝てるわけがない! だからこんなのはイカサマだ!

 

けれどもその一方で、

 

「〈ヤマト〉だ!」

 

と、声高く叫ぶ者がいた。子供達だ。父親と母親の手を引っ張って、顔に喜色(きしょく)を浮かべて言った。〈ヤマト〉だ! お父さんお母さん、あれは〈ヤマト〉だ! そうでしょう? 〈ヤマト〉が敵と戦っている。冥王星で戦ってるんだ。そうでしょ、そうなんでしょう!

 

「ああ……」

 

とその子の父親は言った。母親もまた頷いた。それからふたり合わせて言った。そうだ、そうだよ、その通りだ。お前の言う通りだよ! 〈ヤマト〉が敵と戦っている。そして勝ってる。勝ってるんだ!

 

そうよ、当たり前でしょう! あれはあなたを救うため、宇宙の旅に出る船なのよ。だから敗けるわけがない。あんなところで敗けるわけない。勝つのよ。わたし達のために!

 

そう叫んだ。子供を持つ親達は。彼らの前で動画への疑いの声を上げるのは、人としての情や理性を残す者の中にはいなかった。だから、その親達の前で、彼らの子供に向かって言った。そうだよ、君。君が正しい! 〈ヤマト〉は勝つさ。そして、きっと帰ってくるんだ。こんなところで敗けるもんか!

 

「そうだ!」

 

と人々は言った。最初はみんな子供の前で、子供の耳に聞かせるために、あれは本当のことだと言った。〈ヤマト〉が戦っている! 冥王星で勝っている! あの動画が嘘であるわけないだろう!

 

「そうだ!」

 

と言った。叫び声は、次第に大きくなっていった。波動砲を使わずに、冥王星で敵に勝つ。〈ヤマト〉はそういう船なのだ! そうだ、決まってるだろう、子供を救う船として宇宙に出ていく船なのだから!

 

「ヤマト!」

 

叫んだ。世界中で。オレは信じる。信じるぞ。そう叫んで呼び始めた。あの船はいる。逃げたりしない。世界の子を救うため、きっと帰ってくる船なのだ。そう叫んで呼び始めた。だからあれは勝っている。冥王星で勝っているのだ。そう叫んで呼び始めた。〈ヤマト〉の名を。拳を振り上げ、声を揃えて呼び始めた。

 

「ヤマト! ヤマト!」

 

その声は地下都市の壁と天井に(こだま)する。うねりとなってワンワンと街全体に響き渡る。世界のすべての街がそうなっていった。

 

あれは嘘だと叫ぶ狂信者の声はやがて()されてしぼんでいった。ヤマト! ヤマト! 人は叫ぶ。虐殺者から身を隠し、潜んでいた者達も、その場所から道へ出てきて叫び始めた。

 

「ヤマト! ヤマト! ヤマト! ヤマト!」

 

「YAMATO! YAMATO! YAMATO! YAMATO!」

 

『そうです、皆さん!』ラジオも叫ぶ。『呼んでください、〈ヤマト〉の名を! 信じてください、〈ヤマト〉の力を! 〈ヤマト〉は必ず勝ってくれます。そしてきっと帰ってきます。だから応援してください! 〈ヤマト〉を応援してください!』

 

「おおーっ!」

 

と人々は叫ぶ。そしてあらためて呼び始めた。〈ヤマト〉の名前を。呼び声は、どんどん高くなっていった。



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行進

『ヤマト! ヤマト! ヤマト! ヤマト!』

 

『YAMATO! YAMATO! YAMATO! YAMATO!』

 

地球防衛軍司令部にも、人々の声が届いていた。世界中あらゆる国でマイクが拾う民衆の声が、重なり合って部屋の壁を震わせている。

 

「凄い……みんなが〈ヤマト〉を応援している……」

 

つぶやきをもらす士官がいる。マルチスクリーンにも次々に、コールを上げる人々を捉えた()が映し出されていた。

 

「市民が行進を始めたようです」別の士官が藤堂に言った。「虐殺から逃げて街を出ていた人が、今度は中心に向かい出した……」

 

「そうか」

 

と言った。スクリーンには、そうした状況も映っている。地下都市の四方の壁のすぐ内側は百万本の木が植えられた人工の森となっているが、何十万もの市民が今までそこに逃げ込んでいたものらしい。狂信徒は『革命だ、政府を倒せ、〈ヤマト〉を止めろ』と叫んで街の中心で暴れていたのだから、外縁にある森に逃げればとりあえず内戦の火を避けられたのだ。

 

その人々が森から出てきた。拳を振って、『ヤマト、ヤマト』と叫びながら四方八方から、地下東京の中心目指して通りを行進し始めたのだ。街の中心には市民球場があり、人々がそこで〈ヤマト〉を応援している。誰もがその彼らとともに、〈ヤマト〉よ勝て、勝ってくれと呼びかけようとしているのだ。

 

「北の変電所からも兵士が、自分達も街の中心に残る暴徒を鎮圧に向かいたいと言ってきてます」とまた別の士官が言う。「〈石崎の(しもべ)〉は完全に制圧したとのことで……」

 

「わかった。そのようにしてくれ」

 

と言った。街の中心には確かにまだ暴徒がいる。それでも彼らのほとんどはもう〈AK〉のタマもなく、あったとしても人を撃つ度胸を失くして立ちすくみ、泣き顔でなぜだなぜだと叫ぶばかりとなっていた。こちらが銃を向けてやれば、両手を挙げて降参する者が大半のようだ。

 

特に狂った人間は昨日のうちに多くが自爆や突撃によって死んでおり、油を被って焼身自殺した者や、数百発のビーム弾を喰らいながら仁王立ちして果てた者までいたりする。『大ガミラスに栄光あれーっ!』などと叫んでトラックで突っ込みかけたやつもいたが、そういうのはみんな死んだ。

 

まだ生きている者の多くは、放っておいてもどうせ何もできはしない意気地なしだ。しかしもちろん、だからと言って油断ができるわけでもないし、一部にビルに立てこもって狙撃銃を窓から突き出しバンバン撃ってるやつなどもいる。やらせはせん、やらせはせんぞと叫びながら。

 

「さらに、外国から『日本人を殺せ』と言ってやって来ていた者などもいたが……」

 

「はい。ですがその者達も、戦意を喪失したようです」

 

「うむ」

 

と言った。招かざる訪問者らは、北の変電所の前で、『ホラ死んだよ』と見せられた石崎和昭の死体を棒で突ついたりピンで刺したり口や肛門や銃剣で刺された傷穴に小型カメラを突っ込んで体の中を見ようとしたり、耳を切ったり爪をはがしてみたりして本当に死んだかどうか確かめているところらしい。

 

『トードー、そんなことよりも』

 

と、立体映像での通話がまだ繋がっている外国の代表者のひとりが言った。

 

『オキタはどういうつもりなのです。わたしどもの国でも市民が〈ヤマト〉の名を叫んで行進し始めました。それは素晴らしいことですが、〈ヤマト〉はもう勝ったと言えるのではないですか? これだけやれば充分でしょう。これ以上は深追いせずに〈イスカンダル〉に向かうのが……』

 

「得策だと考えますか」藤堂は言った。

 

『はい。たとえ〈ヤマト〉と言えども、ただ一隻で冥王星の敵基地を完全に殲滅するのは難しいはず。ゆえに波動砲で星ごと消し飛ばすべき――それが軍の結論であり我々の総意であったはずです。〈ヤマト〉は充分やってくれた。人々は希望を取り戻しました。ですが、ここで無理をして、逆に敵に沈められてしまったのではなんにもならない。だから安全策を取ってここで……』

 

「『攻撃はやめろ』とおっしゃる? けれども申しましたでしょう。それは昔に真珠湾で日本が犯した誤りと同じだと」

 

『それとこれとは話が全然違うのでは?』

 

「いえ、同じです。この映像は、おそらく沖田が『これから第三次攻撃をする。勝利を信じて待て』との意味で送ってきたのだ。そうに違いない――わたしはそう思います。これが〈第一次攻撃〉であり、次に起きた核爆発が〈第二次攻撃〉。沖田はやる気だ。敵にトドメを刺すための第三次攻撃を」

 

『リスクを冒してもですか? しかし〈ヤマト〉が沈んだらすべてが無駄になってしまう……』

 

「それが真珠湾攻撃の時の愚かな提督の考えです」藤堂は言った。「しかし、沖田は違います。あの男は戦わなければならぬときを知っている。たとえ敗けるとわかっていても戦わなければならないときを――あれはそういう男です」



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ハートブレイク

古代達〈ヤマト〉航空隊は、冥王星の白い〈ハートマーク〉の上をまだ飛んでいた。

 

『まだ』、と言ってもあれからさらに数分しか経っていない。経っていないが、

 

「いいかげんに決めてくれないもんなのかな」

 

と、古代はさっきと同じつぶやきを漏らした。通信機に山本の声が入ってくる。

 

『本来の目標は〈魔女〉ではなくて敵の基地。それと遊星の投擲装置。それはまだ殺っていない……そうは言っても、もう時間はないはずでしょう。早くしないと敵が来る……』

 

「その場合、ヘタすりゃおれ達置き去りか」

 

言って辺りの景色を眺めた。〈ハートマーク〉の表面はマスクメロンの皮のような丸い紋に覆われている。ひとつひとつの紋の大きさは数百メートル。

 

〈氷紋〉と呼ぶべきなのだろう。液体だった窒素とメタンが凍る途中で出来た模様だ。地球の池で冬に氷が張るときにも似たようなものが出来ると言うが、それがここではひとつひとつが野球やサッカーのグラウンドのように大きい。下にあるのは今や完全に固まりきった個体窒素とメタンの氷。

 

スイカを叩いていい音がすればよく熟している証拠と言う話があったな。メロンもやっぱりそうなんだろうかと考えながら古代は言った。

 

「例の『エコーでどうの』と言うやつどうなったんだろ」

 

『さあ……それでわからないなら、あきらめて星を離れる。そういう話のはずなんですが』

 

「うん」

 

と言った。どうやら〈ヤマト〉はあの三隻の戦艦に勝ったようだけど、敵は必ず逃がしていた九十の船をここに戻す。そうなったら基地を叩くどころではなく、ヘタをすればおれ達は置き去り。

 

そんな選択は取れぬのだから、そうなる前に星を出る。作戦ではそうなっていた。エコー計測でも基地や遊星投擲装置の位置が判明しないのならば……。

 

そう考えていたときだった。通信機が着信を告げ、

 

『〈ヤマト〉より航空隊へ!』

 

古代の耳に相原の声が入ってきた。ヤレヤレやっと何か決まったようだな、と思って応答しようとしたが、どうもようすがおかしい。相原の声はずいぶん逼迫(ひっぱく)しているように感じた。

 

『すぐそのエリアを離れろ! 〈ハートマーク〉の上から出るんだ!』

 

「へ?」

 

と言った。そのときだった。キャノピー窓の正面にある白い氷原。マスクメロンのような模様。

 

それが突然に動くのが見えた。ジグゾーパズルを落としたように、ひとつひとつの氷紋がバラけて並びを乱す。

 

かつて古代が横浜の港で、あの遊星が落ちた日に見た地面の液状化現象のようでもあった。同じように固く凍っているはずの地が波を打って踊り出したのだ。

 

「な、なんだ?」

 

古代は言った。ひとつひとつの紋は数百メートルの大きさ。それらが分かれて出来た隙間から、液状のものが噴き出してきた。ヒビの入った生玉子から白身がにじみ出るように。

 

〈ゼロ〉の飛ぶ前に広がる氷原がすべてそのような光景となった。

 

『逃げろ! 基地はその下だ!』

 

相原の声がする。そのときだった。古代の〈ゼロ〉の数キロ先で数枚の〈紋〉が大きく跳ね上がり、水柱を立ち昇らせた。その中に何かがある。

 

昇る龍のようなものが。〈ハート〉の下にいたものが、いま姿を現したのだ。それはまっすぐに自分を見つめ、巨大な顎を開いて食いつこうとしているように古代は感じた。



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蓮池

『なんだあれは!』『どうなっている!』

 

〈ゼロ〉と〈タイガー〉のパイロット達が口々に叫ぶ。通信の声が〈ヤマト〉艦橋に届いている。それに対して相原が「いいから逃げろ!」と応えるのを聞きながら、森は一体、何がそこで起きたのだろうと考えていた。

 

〈ヤマト〉は現在、補助エンジンにモノを言わせて〈ハートマーク〉めざして急行している。もはや対艦ビーム砲も戦艦による迎撃もないこの冥王星で、〈ヤマト〉の航行を遮るものはない。ゆえにほんの数分で、丸い地平の向こうに白い氷原が見え、自分の前のレーダー機器にも何がしか映るはずだった。

 

とは言え既に、そこにどんなものがあるかおよそのところはわかっている。さっき新見が『これが基地だ』と言って見せたエコー画像だ。メインスクリーンにまだ描き出されたまま。

 

「なんと言うかこれはまるで(はす)ですね」と、そのときに新見は言った。「ガミラス基地は冥王星の〈ハートマーク〉の中にあった。それも巨大な蓮池(はすいけ)と言った感じの……」

 

聞いて太田が、「蓮だって?」

 

「ええ。見たことあるでしょう。大きな丸い葉っぱが池の水面を覆い尽くして、水中を茎が下に伸びている。で、水底の泥の中に蓮根(れんこん)があるわけです」

 

「うん、まあ」

 

「ほら」と言って新見はエコーの画像を示し、「これって、そっくりでしょう。〈ハートマーク〉は一部に元々、ウロコ状の丸い紋が表面に刻まれたような区画がありました。ガミラスが基地を造っていたのはそこです。〈紋〉そっくりに擬装した板を並べてその下の氷を解かして池にする。液体メタンと液体窒素の深さ1キロメートルの池……」

 

「その下にあるこれは泥の層なんだな」

 

「ですね。で、そこに長さ1キロくらいの太い筒状のものがゴロゴロしているでしょう。これがおそらく宇宙船のドックなんです。必要に応じてこれが浮き上がり、カモフラージュ板をどけて出てきて宇宙船を離着させる。これらはチューブで繋がっていて……」

 

「まるきりレンコンじゃあねえかよ」

 

「だから蓮池みたいだと……」

 

「ううう」と太田。「わかりやすいっちゃわかりやすいけど……」

 

「航空隊は既に全機が一度この上を飛んでいる。しかし何も気づかなかった」

 

新見は言った。〈ゼロ〉と〈タイガー〉はこの星の白夜の圏を九つに分け、それぞれ〈ココダ1〉から〈9〉と呼んで手分けし、基地を探して飛んでいる。そのすべての割り当て範囲の中にこの〈蓮池〉があり、全機が一度は基地の上を飛んでいたことになる。しかし誰もそのときそれと気がつかず、今もまた何も知らずに敵の上を飛んでいたのだ。

 

「当然でしょう。蓮の葉状のカモフラージュ板がすべてを覆っていたわけです。ガミラス基地は蓮池の底の泥の中にあった」

 

まさに蓮根。しかし、

 

「待てよ」と太田が言った。「それじゃ……」

 

「はい。これは無理です。主砲でも核でも殲滅できないでしょう。池の水と泥に吸収されてしまってダメージを与えられない……」

 

「そんな」と今度は南部が言った。「じゃあどうすればいいんだ?」

 

「と言われてもすぐには。けれど……」

 

「けれど?」

 

聞かれて新見は言った。「無理に叩かなくてもいいのでは?」

 

「あん?」

 

「だって、別に〈ヤマト〉の任務じゃ……」

 

「何言ってんだよ」

 

「いや」とそこで島が言った。「その通りだ。おれは元々この星は迂回しようと言っていたぞ。〈スタンレー〉の基地を殺るのは別に〈ヤマト〉の務めじゃない、と」

 

「あ」

 

「もう充分な戦果は上げたと言えるんじゃないのか? ここで〈ヤマト〉が勝ったと知れば人は希望を取り戻すはずだ。それで内戦も止まるはずだ。おれはそう思ったからこの作戦に同意したんだ。太田」

 

と言って航海士席の方を見やり、

 

「これでお前の両親だって〈ヤマト〉を信じられるんじゃないか?」

 

「え?」と太田。「うん、まあ」

 

「森はどうだ」また島は言う。「ガミラス教徒もこれでもう、何も言えなくなるんじゃないのか」

 

「まあ」と森は言った。「たぶん」

 

「機関長は……」

 

言って島は後ろを見た。徳川は言った。

 

「わしは元々お前さんと同意見だよ」

 

「ふむ」と真田が言って沖田を見た。「どうします? わたしも島と新見が言うのがもっともだと思いますが」

 

「ぼくも」と相原が言って砲雷士席の方を見て、「南部さんは?」

 

「え?」と南部。困った顔をして、「いやあ、おれもやりたいのはやまやまだけど、これじゃあ……」

 

と言った。それも無理はなかった。基地を護る盾として水に(まさ)るものはないのだ。深さ1キロの水底の泥の中に基地がある。それではどんな攻撃も水に弱められてしまう。主砲や魚雷ミサイルでもダメと言うのでは南部には言えることがあるはずもない。

 

どうやらこれで艦橋にいる士官がみんな基地攻撃は不要と言う考えになったようだった。さてどうすると思って森は沖田を見た。もちろん誰がなんと言おうと、決めるのは艦長の沖田だが――。

 

「いいや」と沖田は言った。「基地は必ず叩く」



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睡蓮

ガミラス基地司令室は、今〈蓮池(はすいけ)〉の上に姿を出していた。何しろ基地の構造が地球の(はす)と言う植物そのものなのだからそのように呼ぶしかない。

 

〈池〉の表面を覆うカモフラージュ板は水底の泥に埋まる宇宙船ドックその他の主要施設とチューブ状の連絡筒で繋がっていて、さらに無数のチューブがウネウネと窒素とメタンが液体でいられる温度に温められた〈水〉の中を漂っている。それらの先には蓮の花の(つぼみ)のようにレーダーやら対空砲、小型宇宙船を離着させるポートがあり、必要に応じて蓮の葉状のカモフラージュ板をちょいとどかして〈池〉の上に首を出させる。で、その〈花〉が開いてそれが果たすべき役を果たす仕組みなのである。

 

ガミラス基地司令室もまた、一輪(いちりん)の巨大な睡蓮(すいれん)のようであった。普段は泥の中に埋まっているものが、連絡筒を引きずっていま水上に出たのである。そして周囲を飛んでいる〈ヤマト〉の戦闘機隊めがけて対空砲の〈花〉を咲かせた。

 

あちらからもこちらからも水柱を立てて対空砲台が昇る。その光景はまさしく睡蓮の花咲き乱れる池のようだった。

 

戦闘機どもは散り散りになって逃げていく。

 

「フフフ」

 

とシュルツは笑った。最前(さいぜん)、彼はこの司令室を『蓮の(うてな)』と呼んでいたが、それも基地の構造が地球の蓮そのものであるからだ。戦艦隊とビーム砲台を失ったショックから立ち直った顔とは言い(がた)いものがあるが、

 

「どうだザマー見ろと言うところだな。あいつらはまだ核を腹に抱いてるようだが……」

 

ガンツが言う。「射ってきたら水中に潜ってしまえばいいだけです」

 

「そうなのだが、この基地に〈ヤマト〉を仕留める力があるわけじゃないのだぞ。どうなのだ。やつらは本当に我々のトドメを刺そうとすると思うか」

 

「わたしはそう思います」とヴィリップスが言った。「必ず〈ヤマト〉の艦長は、第三次攻撃をやろうとする」

 

「どうもわたしにはその考えがよくわからんのだけどなあ」

 

「いいえ。やります。やつはやる――リメンバー・パールハーバーです」

 

ガンツが言う。「その言葉の使い方は、やっぱり間違ってると思うが」

 

「とにかく、もう我々にはそれしか残っていないのです。なんとかして時間を稼いで避難させた船を戻す。〈ヤマト〉があくまでこの基地の破壊にこだわってくれたなら……」

 

「我らにもまだチャンスがあることになる」シュルツが言った。「確かにそうだ。『逃げるが勝ち』を決め込まれたら手の出しようがないが、多数で囲み込めるのなら……」

 

「しかしどうするのです」ガンツが言った。「戦艦はここで全部殺られました。あるのは空母が一隻に重巡が十二隻。他は軽巡に駆逐艦です。駆逐艦ならすぐなんとか戻ってこれるかもしれませんが……」

 

「〈ヤマト〉相手に大して役に立たんだろうな」シュルツは言った。「タイタンのときとは違う。重巡だ。重巡と空母を戻すのが優先だ。重巡艦隊で〈ヤマト〉を囲い込んでから百の攻撃機で突撃をかける。ここで〈ヤマト〉に勝つとしたらもうそれしか方法はあるまい。かなりの犠牲を払うことになるかもしれんが……」

 

「はい」とガンツ。「巡洋艦はほとんどが〈ヤマト〉に殺られてしまうでしょうね。攻撃機も半分が墜とされることになるかもしれない……」

 

「そうなるのがイヤだからこのプランは取りたくないのだ」

 

「それでも勝てる。勝てるのです」ヴィリップスが言った。「〈ヤマト〉を沈められさえすれば、地球人類は終わりです。波動砲も手に入る。それで我々の勝ちは勝ちです」

 

「君はそれでいいかもしれんが……」

 

「他に道はありませんぞ。〈ヤマト〉を逃せば親衛隊に(とが)められるのは……」

 

「そうだな」と言った。「わたしだ。〈ヤマト〉はここに向かってくると思うか」

 

「現に向かってきています」ガンツが言った。「戦闘機隊を収容して星を出てってもいいはずなのに、やってくる。と言うことは……」

 

「ほう」と言った。「やる気なのか。〈ビールサーバー〉とか言うやつを」



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ライオン

「そうだ」と沖田は言った。「やる。基地を叩かずにこの星を出るわけにはいかん」

 

「え?」と真田。「いえ、でも、しかし……」

 

「そうです」と新見が言った。「時間をかけたなら、敵は必ず避難させていた船を呼び戻してきますよ。おそらく重巡と空母で囲んで攻撃機で空襲してくる。そうなったらとても太刀打(たちう)ちできるとは……」

 

「わかっている。しかし時間をかけなければいいのだろう」

 

「ま、まあそうかもしれませんが……」

 

「でも、どうやるんです?」南部が言った。「主砲も魚雷ミサイルも役に立たないんじゃ、どうにも……」

 

「それはこれから考えるんだ」

 

「艦長!」

 

叫んだ。士官達全員が、艦長席の沖田を見て正気を疑う顔をしていた。

 

沖田は言った。「まあ待て、みんな。わしをそんな顔で見るな。討てるものならあの基地は討ち取っていった方がいいだろうが」

 

「そりゃそうかもしれませんが……」

 

「新見。君は昨日の会議で言ったな。〈ヤマト〉が太陽系を出れば、やつらは地球に総攻撃を掛けるかもしれん。新たに百の船を寄越して倍の戦力で襲われたら、地球は勝てはしないだろう、と」

 

「ええまあ」

 

「しかしここで基地を潰せば、その心配は無くなると言った」

 

「ええまあ」

 

「ならばやっぱり、やるに越したことはなかろう」

 

「ええ。それはそうですけど」新見は言った。「昨日とは事情が違います。何しろ今、戦艦三隻を殺ったのですから、敵は現在、主力を失くした状態です。今なら地球が艦隊を組んで冥王星に来れるでしょう。基地がどんなものかを知れば攻略法も見つかるでしょう。ですからこの情報を地球に送って後は任せる。敵の増援が来るとしても何ヶ月も先でしょうからその前に……」

 

「なるほど、君は優秀だな。いい分析だが、しかし敵を甘く見ている」

 

「は?」

 

「いいか。いま我々は、ライオンに傷を負わせたうえにその子供を殺したようなものなのだ。野生の母ライオンの気持ちになって考えてみろ。太陽系を出る〈ヤマト〉を追うに追えないのなら、その怒りを地球に向けるに決まっとるだろうが。『総攻撃を掛けるかもしれない』、ではない。掛けるのだ。何がなんでも地球人類を皆殺しにしてやるつもりで突っ込むのだ。『主力がないから大丈夫』、などと言う考えでいたら敗けるぞ。(いくさ)は敗ける。敵の力を見くびったなら心の隙を突かれるのだ」

 

「はあ……」

 

と新見。他の者らの顔をキョロキョロと見やってから、

 

「確かに戦史には、艦長の言われたような例は多くあるでしょうが……」

 

「そうだろう。〈ヤマト〉は戦う船ではない。すべての武器は船を護るためのものとし、交戦はできる限り避けねばならない――我々はその考えでやってきた。この作戦でもそれは変わりはしなかった」

 

沖田は言った。〈ハートマーク〉の上に〈ヤマト〉は辿り着いた。艦橋窓の向こうは真っ白な氷原だ。表面にはまさに蓮池を眺めるような丸い紋様。

 

「その原則を今は破る」沖田は言った。「この星を出るのは基地を叩いてからだ」

 

真田は言った。「わかりました。ですが艦長、どうやって?」

 

「だから、これから考えるんだよ」



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核でも殺れない

「〈アルファー・ワン〉より〈ヤマト〉へ! ダメだ! 核が起爆しない!」

 

通信機のスイッチを入れて古代は叫んだ。

 

「タイガー隊の何機かに核ミサイルを射ち込ませたが、爆発もしないんだ! 一体、どうなってるんだか――」

 

『わかった。その攻撃はやめろ!』相原の声が返ってくる。『分析によると、その〈池〉は底なしだ! ミサイルは泥の層で止まって信管が働かない。たとえ爆発してもおそらく基地は殺れない!』

 

「了解」と言った。「けど――」

 

なら、どうしたらいいんだ。核でも殺れない? ならば〈ヤマト〉の主砲でも、まず無理だと言うことじゃないのか……考えながら古代がレーダー画面を見れば、〈ヤマト〉はこちらに向かって来ていてもうすぐそこになっている。

 

――と思ったら、地平線の向こう辺りでピタリと止まった。

 

相原の声が、

 

『砲撃を開始する! 航空隊は離れていろ!』

 

言ったかと思うとドカドカと撃ち始めた。主砲に実体弾を込めての放物砲撃らしい。

 

昔の〈大和〉が水平線の向こうの敵を、砲の角度をこれだけ上げてドカンと撃てば、ヒューッと飛んでまあ大体あの辺にズドンとタマが落ちるだろ、てな具合に大まかに狙いを付けて撃ったやり方だ。あまり効果があった(ためし)はないはずだと古代は思った。

 

『おいおい、なんだありゃあ』通信で加藤の声が入ってきた。『あんなんじゃ何年かかるか知れやしねえぞ。核でもダメだっつーもんをあれで殺れると思ってんのか』

 

『グズグズしてたら敵の船が来るんじゃないのか?』別のタイガー隊員が言う。『こんなことしてたら、きっと――』

 

そうだ、と古代も思った。何やってるんだ、あの船は! だが考えるヒマもなくレーダーが警報を鳴らす。

 

下だ。氷原の丸い紋、とばかりに思っていたのがそう見せかけた板であり、おでん鍋にハンペンを並べて浮かべたようなのだった。で、その下におツユがあって、ツミレとかコンニャクとかがハンペンの隙間をこじ開け顔を出す。

 

そういう仕組みだったのだとどうやら今では古代にもわかった。わかったがその〈おでん種〉どもが対空ビームの砲台で、こちらめがけて猛然と斉射を始めたのだ。

 

「わわっ」

 

言って古代は〈ゼロ〉の機体をひるがえさせた。周囲で他の者達も、バラバラの方角へと逃げ散らばる。

 

対空砲火を(かわ)すのはそう難しいことではなかった。なかったがそういつまでもやってられない。いずれ全機殺られてしまう!

 

これはそういう状況だ。右に左に〈ゼロ〉の機体をひねらせながら、なのに〈ヤマト〉は何を考えていやがるのかと古代は思った。あんな砲撃でこの敵を殺れるわけがないだろう!

 

何もわかっていないのか? 『分析によるとどうのこうの』と相原は言ったが、古代には、丸い板が浮き並ぶ下がどうなっているのかまったくわからなかった。

 

あのカモフラージュ板は上空からの探査をまったく不能にする造りになっているらしい。だからこれまで上を飛びつつ何も気がつかないでいたのだ。しかしエコー探査では、ここが基地だと〈ヤマト〉は知り、核もダメだと言うことまで――。

 

わかったと言うことなのだろう。だが、わかっているのならもう少しマシな攻撃ができないのか! 一体全体何やってるんだ、あの船は!

 

〈ヤマト〉の撃った砲弾はカモフラージュ板にボコボコと穴を開けて水中に沈み、そこで()ぜて次々に水柱を噴き上がらせる。とは言えしかし、適当に撃ってるだけと言うのも一目(ひとめ)でわかる。

 

本当に一体なんのつもりかと思っていると敵の方も〈ヤマト〉めがけてミサイルなど射ち始めた。それを〈ヤマト〉が対空砲で迎え撃つ。冥王星の〈ハートマーク〉の上で百のキューピッドが矢を射ち合っているかのような放物線が乱舞した。

 

しかし、

 

「〈アルファー・ワン〉より〈ヤマト〉へ。そんなことをしてもダメだ!」叫んだ。「あいつだ。あいつを殺らなきゃ――」

 

敵の〈おでん鍋〉の中心と(おぼ)しき方に眼を向ける。そこには無数の〈おでん種〉に囲まれて、あれはタマゴか大根かと言った感じの一際(ひときわ)大きな物体があった。

 

古代の前に最初に現れ、昇る龍かと思わせたもの。それがどうやらおでん種の親玉らしい。

 

そいつはまさに、最初は昇る龍に見えた。首長竜が海上でその鎌首をもたげるように、下から柱で支えられた構造物を伸び上がらせる。そのときはまさに海竜のように見えた。

 

だがその後で首を降ろし、頭だけをプカプカと水に浮かべたようになる。そしてまわりを(よろ)っているウロコのような板を開いて対空砲を外に出すのだ。どうやら蛇の頭と言うより花の(つぼみ)に似て見える。

 

それをめがけて〈タイガー〉に核を何発か射たせてみた。けれどもダメだ。強力な弾幕によって墜とされてしまう。ミサイルはことごとく、核物質を地に振りまいて四散した。

 

『隊長、無理だ!』加藤が叫ぶ。『それにあいつは当たっても、たぶん潜っていっちまうぜ! そこで核が炸裂しても……』

 

「ダメージを与えられない?」

 

と言った。加藤が言う意味は、もちろんすぐに理解できた。〈ゼロ〉と〈タイガー〉が腹に抱く核ミサイルには時限信管が付いている。標的に命中したときタイマーが作動、二十秒後にピカッとなる仕掛けになっているのだ。だから古代ら航空隊は、爆発にドーンとやられないように二十秒でそのエリアから遠ざかる。

 

と言う寸法になっている。だが、おそらく水面に浮かぶ花のようなあの敵は、二十秒あれば蕾を閉じて水に潜ってしまえるのだ。そこで核が起爆しても、多量の水に吸収されて威力は大きく減衰する。あいつを殺すことはできない――。

 

「それじゃ、勝てないじゃないかよ! どうすりゃいいんだ!」

 

『知りません!』

 

言ったときだった。地平線の上に〈ヤマト〉が船体を出し、主砲をビーム弾に替えてまっすぐ敵めがけて撃ち出した。

 

狙うのは中心にいる親玉だ。どうやら〈ヤマト〉は何も考えていなかったわけではないらしい。さっき撃った実体弾は敵の力を探るためのジャブであり、『ここだ』と見つけたテンプルめがけて必殺のストレートを見舞ったのだ。

 

そういうことであるように見えたが、しかしそれも効かなかった。敵の装甲は〈ヤマト〉の主砲をハネ返し、やはりすぐさま〈蕾〉を閉じて水の中へ潜ってしまった。



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シュルツが今その中に立つガミラス基地司令室は地球の(はす)の花の(つぼみ)そのものだ。いや、どちらかと言うとその見た目は、可憐(かれん)な花と言うよりはグロテスクなバフンウニと言う感じだが、とにかくそのようなものだ。

 

蓮の花もウニにしても横に斬って断面を見ればリボルバー拳銃の弾倉のような構造で、拳銃ならばタマを込めるべきところに種や卵が収まる仕組みになっている。その現物を見たことがある者ならばわかるだろう。ガミラス基地指令室は蓮の花托(かたく)かウニの卵巣そっくりだった。

 

水中に潜ってしまえば強固そのもの。至近距離で核がピカリといけばともかく、地球人にはそのような攻撃を今はできぬはずだ。

 

たとえミサイルが弾幕を抜けても、水に落ちれば明後日(あさって)の方に沈んでいって不発に終わるか、明後日のものを吹き飛ばすだけ。信管をちゃんと働くようにして射つことを今すぐにはできるはずない。

 

こちらの基地がこのような造りである想定をやつらはしていないのだから、その準備を持つはずがない――シュルツはそのように考えていた。

 

こちらはいま少しだけ時間が稼げればいい。どうせ次の機会はないのだ。今、船を呼び戻すだけのあいだ耐えられたなら、もうこの基地は用無しだ。通常の攻撃ならばこの《蕾》は、まず確実にハネのけられる。

 

蓮の花弁のような装甲に幾重にも覆われて、それがウニのトゲのように動いて衝撃を受け流す。〈ヤマト〉の主砲の直撃にも、いま見事に耐えてみせた。何発も喰らったならばどうか知れぬが、それも水に潜ってしまえば――。

 

「どうだ〈ヤマト〉」シュルツは言った。「これでもう何もできまい」

 

そうなのだった。〈ヤマト〉がこの司令室を狙ってビームを撃ち始めるとすぐ、シュルツは急速潜水を命じた。司令室は水底にある宇宙船ドックその他の施設とチューブで繋がっており、これにグイと引っ張られて素早く水に潜れるようになっている。

 

司令室はものの数秒で水中に潜った。カモフラージュ板の陰に入れば上からはまずわからぬだろうし、わかったとして撃たれても水があらゆる攻撃の力を弱めてくれるだろう。

 

「さて、問題はこちらがやつを仕留めてやれるかと言うことだが」

 

「重巡艦隊は十分程で到着します」ガンツが言った。「空母はもうしばらくかかりそうですが……」

 

「ふむ。〈バラノドン〉はまだだいぶ残っているな」

 

「七十機程が健在です。〈ヤマト〉の戦闘機隊と数は二対一ですね」

 

「いいだろう。今は出すなよ。重巡隊が来たら同時に攻撃を掛けさせろ」

 

と言った。〈バラノドン〉はあくまでも対戦闘機戦闘のための迎撃機だ。対艦攻撃能力は持たない。ゆえに、彼らだけを〈ヤマト〉に向けても殺られるだけだ。

 

「はい。隊にそのように伝えろ」と通信士に言ってから、「〈ヤマト〉はどうするでしょう。無理と見たなら戦闘機隊を回収して逃げてよさそうなものですが」

 

「そのつもりはなさそうだな」

 

シュルツは言った。重巡隊が到着するまで、

 

「あと十分か――こいつは、勝ったかもしれんぞ」

 

 

 

   *

 

 

 

「なるほど。こりゃあ、ホントに蓮だな」

 

〈ヤマト〉のラボで斎藤は言った。一応は科学者である斎藤とその部下である荒くれ冒険学者隊はこの戦いの間ずっと、負傷者の救助や船体の応急補修に追われていたが、どうやらその役もなくなったものと見て、皆でラボに引き揚げてきたところだった。

 

するとそこに戦術科が『助けてくれ』と言ってきた。ガミラス基地の攻略に科学的アドバイスを願いたい――。

 

「なんのこっちゃい」

 

と言いながら送られてきたデータを見ると、なるほどまるで蓮池のような敵の基地が描かれている。

 

『時間がないんです』と戦術科員。『すぐにも敵がやって来るから、その前にカタをつけないといけない。これが敵の中枢(ちゅうすう)と思われるのですが……』

 

「蓮の蕾ね」

 

斎藤は言った。〈ヤマト〉の主砲をハネ返し、水に潜っていったところを撮った映像を眺めやる。

 

「こんなもん、何をどうすりゃ殺れるんだよ」

 

『わからないから知恵を借りたいんですよ』

 

「ふうん」と言った。「主砲をハネ返しはしたが、すぐに潜っていったってことは、殺って殺れなくもないんだろうな。一、二発はハネ返されても、十、二十と撃てば殺れる……」

 

『そういうこととは思うんですが、しかし水に潜られると……』

 

「ふうん」とまた言った。「じゃあこんなのはどうだ」



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動力炉

「つまり、遊星は北側の口から入れてこのトンネルで加速させ、南の口から射ち出しているわけですね。真ん中にあるこれはおそらく動力炉です。これを殺れば遊星は止まる」

 

「ふうん」と南部が言って、「けど、地中深くじゃないか。主砲で撃っても届きゃしないぞ」

 

「ええ、無理でしょうね。〈魔女〉もまたこの近くにありました。対艦ビームもこの炉から力を得ていたのでしょう。けれどもあの核攻撃もまるで届いていないはず」

 

「じゃあどうするの?」

 

森が言うと、南部が応えて、

 

「だから、全然無理ってことだ。けど遊星を止めるんなら、穴の出口にミサイルでもブチ込んでやりゃいいんじゃないか? それで口は塞がるだろう」

 

遊星の射出口は〈ハートマーク〉の縁にあった。〈ヤマト〉が今いるこの場所からそう遠くない。

 

「ああ」

 

と森が頷いたけれども、

 

「そんなの、またすぐ掘り開けられるんじゃないのか」

 

と島が言った。南部は応えて、

 

「どうせ今から遊星止めても、水の汚染は止まらないぜ」

 

「そうだとしても、やはり遊星は止めるべきだ。そうして初めて地球は自然を取り戻せるようになる。やるんだったらちゃんと止めなきゃ」

 

「そりゃおれだって確かにそういう考えだったけどさ」

 

と、島と南部で言い合いになるのを相原が指で差しながら、太田に向かって、

 

「あのふたり、言ってることが昨日の会議とあべこべじゃない?」

 

「とにかく」と新見。「この動力炉こそ敵の力の源でしょう。こいつを殺ればすべてを殺れる。あの〈蓮池〉が凍らぬように温めてるのも、この炉なのだと思います。だからこいつを潰せばきっとあの〈蕾〉も〈池〉の上に出るしかなくなる」

 

「それで主砲で殺っちまえるって?」南部が言った。言ったがしかし、「けど、それって何時間後のことなんだ?」

 

「さあ。ちょっとわからないけど……五時間くらい?」

 

と新見は言った。あの〈蓮池〉の〈水〉はおそらく水ではなくて、元々そこで凍っていた窒素とメタンを液体にしたものだ。〈蓮葉(はすば)〉のようなカモフラージュ板は凍結を防ぐ役目も持っているが、なければまた固体化していくだろう。

 

そのくらいはすぐに察しがつくことだった。星のどこかに動力炉があり、零下百度の〈湯〉になるように〈池〉を沸かしているのだろうから、〈火〉さえ止めればやはりすべてが凍っていく――それもわかりはするのだが、そうなるまでに時間がどれだけかかるものか。

 

となると答はすぐに出ないのだった。五分や十分でないのは確かだ。

 

「じゃあ、話にならないじゃないか。すぐカタつけなきゃいけないんだろ?」

 

「ええまあ。だからやるとしたら……」

 

と新見が言う。そこで沖田が、

 

「航空隊だ」と言った。「戦闘機でトンネルに突っ込み、動力炉に核をブチ込む」

 

「そう。それしかないでしょうが……」

 

「な……」

 

と太田が言ってそこで絶句した。他の皆もアッケにとられる。

 

しばらくして徳川が言う。「おいおい、本気か? 〈ゼロ〉と〈タイガー〉で……」

 

「〈タイガー〉ではたぶん無理です。やるとしたらこれも〈ゼロ〉の仕事でしょう」

 

「じゃあ、古代と山本で」

 

「そうなんですけど、ふたりとも、核は射ってしまいました」

 

「じゃあどうするんだ?」

 

「ですから、やるとしたら……」

 

と新見が言いかけたところで、彼女の席のインターカムが着信を告げた。

 

スイッチを入れる。新見の部下の戦術科員がパネルに出た。

 

『戦術長、よろしいですか。基地攻略の件でラボから提案が……』

 

「なんなの?」

 

と新見が言うと、別の者が画面に出てきて、

 

『おう。ちょいとおれに考えがあるんだがね』

 

「斎藤?」

 

と真田が言った。インターカムの向こうにいるのは彼の部下である斎藤だった。真田の前の画面にも、同じ画像が映っている。

 

『はい。技師長、アナライザーをおれに貸してくれませんか』斎藤は言った。『あの〈蓮池〉に潜ってこようと思うんですがね』



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イチかバチか

「ト……トンネルに突っ込めだって?」

 

古代は言った。〈ヤマト〉が送ってきたデータを眼を疑う思いで見る。

 

ディスプレイの画面に描き出されているのは長い長いトンネル。冥王星を北から南へほぼ半周。長さは三千キロメートル。

 

『〈タイガー〉では無理だろう。だが 〈ゼロ〉ならできるはずだ』

 

と相原の声。『えーっ、嘘だあ』と思いながら、

 

「と……」とまた言った。「途中に柵とかあったらどうする?」

 

『そんなものがないのを祈るしかない』

 

「待てよ、おい!」

 

『ええと……すまない。だがそのおそれは少ないはずだ。周りの壁に当たって死ぬ確率の方が高いからな。敵もまさか戦闘機で飛び込むと思ってないだろう。〈アルファー〉二機でトンネルに飛び込み、〈タイガー〉の核ミサイルを誘導する。残ってるぶん全部使ってしまってくれ』

 

「ゆうどう……」

 

と言った。〈コスモゼロ〉には(かも)の親がヒナを追ってこさせるように、他の戦闘機が射ったミサイルを誘導――つまり、〈引率〉する能力がある。

 

〈タイガー〉はまだ半数が核を腹に抱いたままだ。おれと山本でトンネルに突っ込み、残りのミサイル十数基をタイガーに射たせて後を追ってこさせる。そして敵を見つけたら、レーダーでロックをかけて『あれが標的』だと命じる――。

 

『そうだ。動力炉にブチかまし、君達はそのまま進んで反対側の口から出る。急いでくれ。もう時間がない』

 

「そんなこと言ったって」

 

と言った。そんなもん、途中で壁に激突して終わりとなるのがオチじゃないのか。そうでなくてももし障害物があれば――。

 

だが考えている間にも〈おでん鍋〉の上は対空砲火の森だ。やつらは古代の〈アルファー・ワン〉が隊長機だと知っていて集中的に狙ってくる。

 

対空ミサイルとビームの雨。『レーダーにロックされている』との警告――今の古代は右に左に機をひねらせて(かわ)すばかりとなっていた。

 

『隊長!』山本の声がした。『どのみち、このままでは――』

 

そうだ、と思った。このままでは殺られるだけだ。どうせイチかバチかなのなら――。

 

「わかった!」叫んだ。「いいな、行くぞ山本!」

 

『はい!』

 

『頼む!』と相原。『今、入り口を開けてやる! 道はその中だ!』

 

〈ヤマト〉が魚雷ミサイルを射ち、レーダーの()が示した点の方へと飛んだのがわかった。〈ハートマーク〉の縁の辺り。着弾。閃光。

 

爆発の煙が散ると、そこに大きな黒い穴が現れていた。

 

直径百メートルばかり。やはり古代が一度その上を飛びながら、地の紋に見せかけた丸い蓋で覆い隠されて気づかず通り越していたものだ。

 

その蓋がいま吹き飛ばされて、穴が姿を現した。あれが遊星の射出口……そうなのかと古代は思った。あの日、横浜で見たあの光も、そこから飛び出したのか。あの穴こそが八年間、地球めがけて遊星を投げ続けていた悪魔の(いしゆみ)

 

いいだろう、と古代は思った。やってやる。何がなんでもこいつを通り抜けてやるさ!



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ガマガエル

第三艦橋〈サラマンダー〉。山椒魚(さんしょううお)と言う意味の構造物が今まさに、両生類が口をパクリと開けるようにその前下部ハッチを開けた。そうして舌をペロリと出すように宙にタラップを垂らし出す。

 

〈顎〉の奥にはクルマが二台。〈ガマガエル〉と呼ばれる多目的車両だ。

 

宇宙の星を探検する必要に迫られた場合に備えて、〈ヤマト〉に積まれていたものである。形もカエルに似ていると言えないこともないけれど、荒地走破用のいわゆるバギー・カーであり、脚の代わりに太く大きな四つのタイヤを横に張り出させている。

 

それらがホイール・イン・モーターの唸りと共に空転を始めた。ゼロヨンのスタートダッシュを待つ〈走り屋〉のクルマのようだ。ゴムのタイヤが焼けて煙を立ち昇らせる。

 

「おっしゃあ、行くぞ! ロックを外せ!」

 

中に乗っている斎藤が叫んだ。船外服のバイザーを降ろした完全装備状態だ。

 

一緒に車内に乗り込んでいる者らも皆同じである。二台のクルマに合わせて十人。全員がラボの科学者であり、ただしそのうち〈ひとり〉の者は人ではなくてロボットのアナライザーだった。

 

「オーウ! 野郎ドモ、突撃ダーッ!」

 

メーターをピカピカさせて声を上げる。

 

『斎藤、いいか、五分だぞ』第一艦橋から真田が通信を入れてきた。『五分ですべて終わらせて戻れ。そうしないと――』

 

「わかってまさあ!」

 

『では、援護の弾幕を張ります』相原の声が続いて聞こえる。『「ゼロ」の合図で飛び出してください。五、四、三……』

 

〈ヤマト〉艦底に並んでいる対空ビーム砲とミサイル発射口が一斉に火を噴いた。ハッチの向こうに広がっている〈蓮池〉めがけて光を散らす。

 

『二、一、ゼロ!』

 

合図と共に、〈ガマガエル〉を押さえていたロックが外れた。二台のバギーはまさにカエルが蓮の池に飛び込むように、百メートルの高さから宙にダイブしていった。

 

冥王星の弱い重力の(もと)ではそれも、無茶と言う程のジャンプではない。けれどもやっぱり無茶なジャンプであるだろう。着地のショックを少しでも受け止めるべく、四つのタイヤが下にセリ出した。

 

〈蓮葉〉に着地。液体窒素と液体メタンの水しぶきが噴き上がった。

 

巨大なカモフラージュ板は今、〈ヤマト〉が浴びせた砲弾で穴だらけとなっており、どこもかしこも水びたしだ。二台のバギーはその上を、ガミラス基地の中枢が水の中に隠れていると(おぼ)しき方へ突っ走る。

 

〈ガマガエル〉は水陸両用車両であり、さらに、浅い深度なら潜水も可能となっている。そして、おまけにピョーンとばかりに空へジャンプする能力まで持っており、〈ヤマト〉がごく低いところに浮いていてくれるなら自力で〈サラマンダー〉の口に戻ることができるのである。

 

そう。まさにカエルのようなクルマだった。四輪駆動で地を疾駆して、ときにジャンプで〈ヤマト〉の主砲が開けた穴を飛び越える。そうやって〈蓮の花〉が居るはずの場所へグングン近づいていった。

 

「よーし、この〈葉っぱ〉を越えたところで潜水だ。いいな!」

 

と、斎藤は通信機のスイッチを入れて、もう一台の〈ガマガエル〉に向かって叫んだ。それから同じ車内の者らに言う。

 

「できればこんな〈池〉じゃなく、さっきの海に潜ってみたいもんだったがな」

 

「生物ナラバ別ニイナイヨウデシタヨ」とアナライザー。

 

「ふうん」と言った。「そりゃ残念だな」



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上と下と

ガミラス基地司令室はいま蓮の花が蕾を閉じたような形で水中にあり、その〈蕾〉の先端だけを水の上に出していた。そこから上に伸びたカメラが、こちらめがけてやって来る二台の車両を捉えている。

 

「あれは何をする気なのだ?」

 

シュルツが画面を見て言った。ガンツが「さあ」と首を振り、

 

「ここにこうしている限り、滅多なことで我々が殺られるはずがないのですが……」

 

「なんとかして殺っちまえんのか」

 

「浮上すればできないことはありませんが」

 

「浮上したらこっちが〈ヤマト〉に殺られるだろうが」

 

シュルツは言った。この司令室は極めて強固な装甲で(よろ)われ、〈ヤマト〉の主砲を受けたとしても数発ならば耐えられるはずと推定されている。

 

つまり、『数十発』ならば、耐えることはできないのだ。ボカスカ撃たれりゃ蜂の巣になるとわかっているのだから、〈ヤマト〉の主砲がまっすぐこちらを向いている今、水上に出るわけにはいかない。

 

だが問題はそれだけでなかった。オペレーターが「司令!」と叫んで、

 

「やつら、突っ込もうとしています!」

 

「なんだと?」

 

と言った。オペレーターが言うのは、地球人の戦闘機が遊星の射出口に飛び込もうとしていると言う意味なのは、スクリーンを見ればわかった。先程、蓋を破壊されたとき、『まさか』と言った者もいたが、

 

「本当にやる気なのか!」

 

「これはそうとしか思えません!」

 

「墜とせ! なんとしても墜とせ!」

 

「しかし――」

 

と、言ったところで今度はガンツが、

 

「やつら、水に飛び込みました!」

 

と叫んだ。見れば変な二台のクルマだ。水中を潜ってこちらへやって来る。

 

「だからこいつは一体何をする気なんだ!」

 

 

 

   *

 

 

 

まずは古代の〈アルファー・ワン〉、次に山本の〈アルファー・ツー〉が、トンネルの中に飛び込んでいく。上空からそれを見届けて加藤は言った。

 

「よし、核ミサイル発射だ! まだ持っているやつはブチ込め!」

 

『了解!』

 

と言う声が次々にして、十数機の〈タイガー〉が腹に抱いたミサイルを放つ。

 

加藤自身が持っていた核はあの蓮の蕾みたいなやつがまだ水上に浮いてたときに狙い射ってみたのだが、対空砲で墜とされてしまった。しかし今の十数基はすべてが二機の〈ゼロ〉を追って穴の中へ飛び込んでいく。

 

それも道理なのだろう。あのトンネルに普通に核を射ち込んでも入り口で爆発するだけだ。穴を塞いでも掘り直されて、敵はまたすぐ遊星を投げるようになる。

 

完全に止めるためには戦闘機で中に飛び込む。それしかない。腹に抱いたミサイルを自分で中枢めがけて射つか、あのようにして先に飛び込み後ろについてこさせるのだ。しかしまさかそんなこと、本当にやるやつがいるとは誰も思わないだろう。

 

古代と山本が行くのを見ても、加藤は正直、『わーホントに行ったよ』と言う思いを感じてしまった。そりゃあ、もうこうなったらやるしかないかもしれないが……。

 

ミサイル全基が煙の尾を引いて穴の中へ入っていった。見届けてまた加藤は言った。

 

「それじゃ行くぞ! 向こう側へ!」

 

『了解!』

 

とまた全機が返事を返す。

 

加藤以下のタイガー隊の次なる任務は〈裏蓋〉だった。トンネルの向こう側の口もまた、こちらと同じくカモフラージュの蓋で塞いであるはずなのだ。けれどもそれがどこにあるかも〈ヤマト〉が送って寄越したデータでわかるのだから、先回りして〈アルファー〉が到達する前にブチ壊す。

 

そうして古代と山本が外に出られるようにするのだ。それが役目と言うことになった。

 

タイガー隊はこれまでに三機殺られて今の数は29。まだまだ充分に戦える。むしろ全機が核を下ろして身軽になった状態だ。

 

これからこそが格闘戦用戦闘機〈コスモタイガー〉が真価を発揮するところ。

 

見てろよ、と加藤は思った。古代よ、今あんたに死なれるわけにはいかない。

 

必ずそこを突き抜けてこい。おれが道を開けてやるから。



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あいつだけは殺ってやる

「やられました。二機が〈(いしゆみ)〉に侵入。ミサイルの誘導役のようです」

 

〈蓮の蕾〉――ガミラス司令室の中でオペレーターがそう告げた。告げたが、しかしそんなこと、わざわざ口で言われなくても画面を見ていればわかる。シュルツは言った。

 

「まさか、まさか本当に……」

 

「成功するんでしょうか?」とガンツが言う。

 

「されてたまるか! こんなもん、途中で壁に、壁に当たって……」

 

失敗するに決まっている。そう考えて対策を何も講じていなかったのだ。穴の両端こそ蓋で塞いであるけれど、それは探知を防ぐためのカモフラージュ用でしかない。

 

「迎撃ミサイルを発射しました」と別のオペレーターが言う。「もうこいつに期待するしかありませんが……」

 

「戦闘機は殺れんのだろうな」

 

「弾道ミサイルや巡航ミサイルの迎撃用です。戦闘機を墜とすのは難しいでしょう。炉に辿り着かれる前に全基殺れるものかどうか……」

 

「炉が殺られてはなんにもならん。この司令室が無事だとしても……」

 

シュルツは言った。遊星を地球に投げるための動力炉は基地のあらゆる電力もまかない、この〈池〉を温める役も(にな)っているのだ。

 

炉を失えば自分の今いるこの〈蕾〉を囲む〈水〉は凍って元の固体窒素と固体メタンに戻り、水底で泥に埋ずまっている宇宙船ドックは氷に()し潰されて、空き缶のようにひしゃげてしまう。

 

それで完全におしまいだ。この司令室が基地の脳なら、動力炉は基地の心臓。ゆえに殺られたら最後なのだ。池の水は表面が凍るだけでも何時間もかかるだろうから、この〈蕾〉はここにこうして潜ってさえいれば砲で殺られはしないだろうが、いずれやっぱり潰れてしまう。

 

しかしまさか本当に戦闘機で飛び込むとは――そう考えて、シュルツはひとつ思い出したことがあった。

 

ガンツに言う。「〈バラノドン〉はどうなのだ?」

 

「無理です。どのみち、今からでは間に合いません」

 

「そうか」

 

と言った。確かに今からでは、〈バラノドン〉をトンネルに送り込んでもあの銀色の二機に追いつけるわけがない。そもそも中を飛べるかどうか。

 

「しかし、黒と黄色のやつは全機が他所(よそ)に向かったようだな」

 

「これはおそらく反対側の蓋を開けようとしてるのでしょう。銀色のやつらは特攻したのではなく、穴を通り抜ける気なのだと……」

 

「やらせるな」と言った。「それだけはさせるな。バラノドン隊に防がせろ。そちらならば間に合うはずだ」

 

「はい。ですが……」

 

とガンツが言った。炉を殺られた後からあの銀色の二機を殺ったところで遅い――そう言いたげな顔に見えたが、

 

「わかっているがそういう問題ではない。あの忌々(いまいま)しい、二機のうちの先頭の方だ。あいつだけは殺ってやる。誰が生かしておくものか。必ず蓋に激突させて丸めて宇宙に飛ばしてやるのだ。必ずだ!」

 

「わかりました」ガンツは言った。「しかし、できることならば、途中で穴の内壁に当たって死んでほしいのですが」

 

「まあそうだが」とシュルツは言った。「どちらにしてもあいつだけはこの星系の〈準惑星〉に変えてやる。よくもよくも……」

 

そうだ。あいつのせいだと思った。何もかもがあいつのせいだ。思えば、確かタイタンでも、〈ヤマト〉を取り逃がしたのはあの銀色の戦闘機のせいであったと言う話じゃなかったか? どこまで小癪(こしゃく)な――。

 

「許さん」

 

と言った。言ったところで、

 

「司令!」と別のオペレーターが言った。「やつら、ここに取り付きました!」

 

「何?」

 

と言った。そちらの画面を見てみれば、『やつら』と言うのがあの変な二台のクルマで『ここ』と言うのがこの今は水中の司令室そのものだと言うのがわかる。地球人が(じか)にここにやって来て、何か作業を始めたのだ。それはわかるが、

 

「だからそいつはホントに何をする気なのだ!」



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アビス

トンネルの内部は暗く、なんの照明もされてはいない。黒一色の完全な闇だ。そこを秒速10キロで突き進むのは、恐怖体験そのもの以外のなんでもない。

 

はずではあるが、何しろ何も見えないために、あまり実感は湧かなかった。

 

遊星投擲トンネルの中はほぼ完全な真空で、希薄な大気すらもない。〈ゼロ〉の翼が揚力を生むこともなく、一度飛び込んでしまった後は、トリムで重心を微調整して向きをゆっくりと変えるだけだ。操縦桿をわずかでも動かせば〈ゼロ〉はたちまち周りの壁に激突することだろう。それを思えばカミソリを首に当てられている気分でもあるのだが……。

 

深淵(アビス)を覗けば自分も闇に覗かれる――そんな言葉をどこかで聞いたことがある。たぶん、何かの映画のセリフだ――しかし今、おれがしていることがそれじゃないのだろうかと古代は思った。ヘッドアップディスプレイのコンピュータが示す指標にベロシティのマークを合わせ、それだけ見つめる。考えるな。考えたなら、きっと頭がおかしくなるぞ。この暗闇に呑み込まれて別世界に行っちまうんだ。やはり何かの映画みたいに――。

 

そう思った。暗闇に、何か光が(またた)き始めた気がしてきた。だんだんと大きく育ってやがてオーロラのトンネルを突き抜けているかのような。

 

幻覚だ。目をしばたくと光は消えた。古代の〈ゼロ〉は前になんの光も見えない暗黒の闇の中を飛んでいる。

 

だが、山本はどうなのだろう。後ろを飛ぶ山本の眼にはおれの機体のエンジンの炎とそれが照らしているトンネルの壁が見えてるはずだ。やはりただ、その光にマークを合わせてトリムを取ってるだけのはずだが、心は平静でいられるのか。

 

そうなのかもなあ、あの女は――古代は思った。山本は、大体なんで戦闘機パイロットなんかしてるんだろう。それはもちろん誰でも受ける適性検査で〈素質有り〉のハンコを押されたからであろうが。

 

しかしどうして、おれと違って落ちこぼれずにこんなことができるんだろう――こんなときにおれは何を考えてるのだと思いながらも古代は浮かんだ考えに(とら)われずにいられなかった。

 

感じるのだ。背中に視線を。たぶん、こんなときだからこそだ。今この〈アルファー・ワン〉と〈ツー〉は、ただ二機だけで、地下に掘られたトンネルの中を飛んでる。らしい。レーダー画面には確かにそれだとわかるマップが描かれてるが、キャノピー窓は真っ黒なのでただ深淵の中にいるとしか思えない。

 

だから感じる。山本の眼を。このトンネルを抜ける途中で、おれは山本に追突されて、すると終点の出口から宇宙空間に飛び出すのは身長20メートルのでかい赤ん坊だったりするんじゃないか――そんなような気がしてくる。

 

それじゃまるでおれが女で、山本が男みたいじゃないか――そうも思うが、実際そうだ。これまでおれが後方でずっと〈銃後〉を護っていて、山本の方が前線で敵と命を獲り合っていた。地球の女が赤ん坊を産めるようにするための戦い。

 

あの日に三浦半島で死んだ者らの仇を取るための戦いだ。

 

そうだ、と思った。この穴だ。このアビスがおれの帰る場所を奪った。父さんと母さんを殺し、三浦の海の命を奪い、兄が〈銀河〉と呼んでいた寿司を食えなくさせたのだ。おれはウジ虫にたかられながら、誓ったのだ。横浜で。必ず、必ず殺してやると。この恨みを晴らさずおかぬ。最後のひとりになったとしてもおれはそこに行ってやる、と――。

 

冥王星。それがここだ。この穴だ。この先にある炉と言うのがおれの仇であるなら無論、今が誓いを果たすときだ。なのにずっと忘れていたのが、どうして山本には――。

 

おれ以上に大事なものを盗られたのかな。そうだろう。あるいは、おれが持っていない大事なものがあるのだろう。島のやつが家族を護るために戦っているように。あの森と言う女にも大事なものがあるのだろう。

 

真っ赤なスカーフ。そう言ったな。ああ、もちろんやってやるさ。そこで見ていろと古代は思った。必ず、このアビスを抜けて、あの仇を討ってやるから。

 

そうだ。これこそが本当の〈ココダ〉だ。炉があるはずの場所まであと――。

 

そう思ったときだった。レーダーが警報を鳴らすのが聞こえた。

 

『おや、どうした』と考えて、古代は計器に眼を向けた。トンネルに入るときに接近警報は切ってある。『壁にぶつかりますよ』と言う警告されてもしょうがないからだ。

 

前方には何もない。となれば、後ろ――。

 

ミサイルだ。

 

レーダーマップに二機の〈ゼロ〉が引率する核ミサイルの群れが表されている。今、そのうちのひとつが消えた。さらにふたつ、みっつ、よっつ……。

 

『迎撃ミサイルです』と山本が通信で言った。『さらに来ます。まだ何基も……』



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水中活動

「アラヨットオ!」

 

言ってアナライザーが水中で、自分とほぼ同じ大きさの装置を手に吊り下げる。アナライザーは今、頭と胸の部分だけで液体の窒素とメタンの〈水〉の中を漂っていた。

 

腰から下は〈ガマガエル〉に残してあり、言わば〈水中クレーン〉となって斎藤の作戦を手伝っているのだ。

 

〈ガマガエル〉の荷台には、同じ装置がいくつも積み込まれていた。アナライザーがそれを持ち上げ吊るして運ぶ。その形は『大きなサザエ』と言った感じで、つまり何やら壺と言うか(かめ)と言った物体の中にグルグルと回転するものが収まっているらしい。そして一部にまるでサザエの口のような丸い大きな穴があり、そこにまるでサザエのように丸い円盤があるのがわかる。

 

「よーしこっちだ!」

 

とか言いながら斎藤達がそれを受け取り、数人がかりで〈お化けサザエ〉の円盤部分を、取り付いた敵の〈蓮の蕾〉――基地の中枢と(おぼ)しき施設の外壁に押し当てる。するとその円盤は、吸い付くようにそこにペッタリと張り付くのだ。

 

やはり、まるで岩に張り付いたサザエのようにだ。作業は事前に練習でもしていたかのようにスムーズに運んでいた。

 

20世紀の昔から、地球上で宇宙飛行士が船外活動訓練をするには宇宙服を着てウォータープールの中に潜る――それが基本で二百年が経った今でも行われているために、すべての装備は水中でも支障なく使えるように造られてるし、誰もが水中訓練を何度となく受けている。

 

その賜物(たまもの)と言えるだろう。斎藤達は戸惑うことなく船外服で海女(あま)のようにこの〈蓮池〉の中を泳いだ。〈ガマガエル〉で水中にいる〈蓮の蕾〉の周りをグルグルと回ってロープを投げかけて、それを伝ってアナライザーの手を借りながらサザエのオバケのような装置をポンポン張り付けていく。こんな作業は斎藤とその部下達にとっては朝メシ前なのである。

 

九人と一体のうちふたりは〈ガマガエル〉のドライバーだ。このクルマは水中に潜れはするが一定の深度を保つのは容易ではない。人間がついて操縦していなければ、浮かぶかそれとも〈池〉の底まで深く沈んでいってしまう。

 

「ほらよ、一丁上がりだ!」最後の装置を〈蕾〉に取り付けて斎藤は言った。「撤収! 逃げないと巻き添え喰うぞ!」

 

「ハイサア!」

 

とアナライザー。七人と一体はクルマに戻った。二台の〈ガマガエル〉は後部に付いたスラスターから泡の尾を噴き、水中を上に向かって動き出す。

 

冥王星の低重力の(もと)では充分、空高くに飛び上がってこの〈ガマガエル〉を〈ヤマト〉に戻らすことのできるスラスター。その力で水から飛び出し、〈蓮葉〉に着地。

 

すべての作業を終えるのに、二分ともかからなかった。二台のバギーはまた水しぶきを上げて、〈蓮池〉に浮かぶ板の上を走り出した。



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たとえ辛勝だろうとも

「やつら、離れて行きますね」

 

とガンツが言った。言ったが、しかしそんなことは、言われなくてもモニターの画面を見ていればわかる。〈ヤマト〉からやって来た変なやつらは、変な二台のクルマに乗って水の中を去って行った。

 

シュルツは言った。「一体、やつら何をしたんだ? 核とも思えんが……」

 

「もしも核なら、この司令室ももちません」

 

とガンツが言った。そうだ。もちろん、至近距離で核が爆発したならば、そんなものに耐えられはしない。

 

まして〈至近距離〉どころか〈零距離〉。しかも今の連中は、四方八方からペタペタと全体を囲むようにしていったらしい。それらが核で今ピカリと言ったら、当然……。

 

この指令室が水中でなら大抵の攻撃に耐えられるのは、〈池〉の底とはチューブで繋がっているだけの浮遊施設であるために、(みずか)ら水に流されて衝撃を逃がすことができるからだ。しかし、このようにされてしまうと、たとえ普通の爆弾でも耐えられるものかは怪しい。

 

「原始人め」シュルツは言った。「まさか手で(じか)に張り付けていきおるとは……」

 

「どうしましょう。ここは脱出を……」

 

「ダメだ」と言った。

 

「ですが司令、あれが核なら」

 

「いや、核ではないだろう。あれが核なら、仕掛けていったやつらも命があるわけがない。どうせ爆発に呑まれて死ぬなら、そこで自爆しているはずだ」

 

「それは理屈ではありますが……」

 

「だがそうとしか考えようがないだろう」

 

と言った。そうだ。核ではない。これが核ならやつらは逃げない。あんなクルマで爆発を避けるところに辿り着くのに一体どれだけかかると言うのか。

 

そんな時間の余裕がないのをやつらは知っているはずだ。だから絶対に核ではない。

 

どうせ死ぬなら核を取り付けたところでサッサと起爆させる。そうするに決まっているのだから、あのように遠ざかっていくわけがない。

 

「核ではない」シュルツは言った。「通常の爆弾ならば、この部屋は……」

 

そうだ。簡単に殺られはしない。〈ヤマト〉の主砲、あのぶっといビームにさえ五、六発なら耐えられるだろうこの司令室が、普通の爆弾で殺られるわけない。あんな小さなクルマに積んで人の手で仕掛けていける程度の量の爆薬ならば平気なはずだ。

 

たとえダメになるにしても、チューブに飛び込み脱出する時間は充分にある……。

 

そう思った。〈池〉の底とこの〈蕾〉を繋いでいる連絡筒は、イザと言うときの脱出路にもなっている。核一発で殺られてしまうのでない限り、敵が何をしようともそこへ逃げ込む余裕はある。

 

「だから慌てるな。いずれにしてもあと数分で決着がつくのだ。それまでは、ここを動くわけにはいかん」

 

シュルツは言った。ガンツは「はい」と頷くしかないようだった。

 

と、そこで、

 

「重巡隊が到着しました!」オペレーターが叫んだ。「ワープアウトしてこちらにやって来ます!」

 

正面のパネルに宇宙重巡洋艦が次から次に現れ出るのが映し出される。望遠で捉えた姿はまだ小さいが、

 

「よし!」と叫んだ。「いいぞ!」

 

「後はもう三分もあれば……」

 

とガンツが言う。そうだ、とシュルツも思った。それでこの艦隊はこの星の上に陣を張るだろう。そうして四方八方から、襲い掛かって〈ヤマト〉がワープで逃げられないよう釘付けにしてしまうのだ。

 

おそらく十二隻のうち、八か九隻は〈ヤマト〉に沈められてしまう。だが、いい。もはや()むを得ない。そうなる頃には〈ヤマト〉の方もズタボロだから、そこを空母で完全に足を止めて動かなくさせる。

 

それで勝ちだ。とにかく勝ちだ! 辛勝(しんしょう)だろうと勝利は勝利。なのにここでこの部屋を出るわけになどいくものか!

 

シュルツは思った。そのときにまた別のオペレーターが叫んだ。

 

「〈(いしゆみ)〉内部で爆発です! 多数の爆発を確認!」

 

「なんだと?」

 

と言った。言ったが、そちらの()を見ても、シュルツには何がなんだかわからなかった。オペレーターが見ているパネルが映しているのは、池の水面に石を投げつけ波紋を散らせているようなものだ。

 

〈弩〉――地中にある遊星加速トンネルの中はカメラで見れない。ゆえに内部のエコーを拾って音響像を画に描くしかない。

 

トンネル内部は真空だが、内壁に何かが当たればその衝撃が壁を伝わる。それを測って画にしたものをオペレーターは見ているのだ。トンネル内部で次々に何かが爆発しているらしいのだけはシュルツにもわかるが――。

 

「殺ったのか?」

 

「わかりません」とオペレーター。「ともかく、こちらのミサイルがやつらに追いついたのです。レーダーと赤外線で標的を捉えて墜とす仕組みですが……」

 

「ならばまず、核ミサイルから殺ってくことになるんじゃないのか?」

 

「はい」

 

と言った。敵は二機の銀色のやつがまずトンネルに突っ込んで、後を核ミサイルについて来させる方法を取っている――それをこちらのミサイルが追いつき仕留めようとしているのだが、

 

「ミサイルなんかすっ飛ばして戦闘機を先に殺るわけにいかんのか」

 

「無理です。ですから、これは元々ミサイル迎撃用であって……」

 

「核ミサイルを全部殺って最後に戦闘機と言うことになるのか」

 

「それが順番となりますから」

 

「あとどれだけ残っているのだ」

 

「わかりません」とオペレーター。「こちらのミサイルもあといくつなのか……」



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加速

〈ゼロ〉のレーダーが後方からのミサイル接近警報を鳴らす。画面を見れば〈ゼロ〉の後についてくる核ミサイル群のさらに後ろに、こちらめがけてやって来た〈敵〉であるのを示す指標。

 

それが無数に分裂した。

 

多弾頭ミサイルだ。一基の大きなミサイルの中に麦穂のように幾十も小さなミサイルが納まっている。標的に近づいたところでそれらが(さや)を開いて一斉に飛び出す――そういう種類のミサイルを敵はここで使ってきたのだと古代にはわかった。

 

暗闇だったトンネルの中を無数のミサイルの炎が照らした。子供ミサイルの群れはてんでに標的を見つけて尻に襲い掛かる。

 

たちまち殺られた。核だ。タイガー隊に託された十数基の核ミサイルのうち、数基が敵の餌食になる。

 

残りはあと七基となった。

 

『敵はまだたくさん残っています!』山本が叫んだ。

 

「わかってるよ!」

 

古代は叫んだ。レーダーにはこの二機の〈ゼロ〉と核ミサイルに追いついてこようとしている敵があと五か六。その全部が二十か三十基に分かれる多弾頭なのに違いない。

 

対してこちらのミサイルは七。これでは無理だ。全部が殺られる。そして、核が全滅したら、次の狙いは――。

 

おれと山本! しかし、とにかく核ミサイルだ。あれを敵にブチ込んでやれたら後は死んでもおれは構わん。そうさ。ここで死んでやるさと古代は思った。だがそれまでは――。

 

後方でまたいくつもの爆発が起きた。核ミサイルを三基喪失。

 

残りは四基だ。

 

山本が叫ぶ。『隊長! わたしが――』

 

「待て! 『犠牲になる』と言うならダメだぞ!」

 

『ですがもう!』

 

「ダメだ!」

 

と言った。山本の考えは、聞かなくともわかっていた。古代もまた同じことを考えたからだ。

 

核ミサイルを敵の炉にブチ込むことができるなら、自分はここで死んでもいい。だから核を先に行かせて自分は後退し、敵ミサイルに射たれて死ぬ。

 

そう考えた。だがそんなことをしても――。

 

「お前が死んでも道連れにできる敵はひとつだけだ!」

 

叫んだ。そうだ。山本が犠牲になっても敵はまだあと何基も残っている。ここで死なれるわけにはいかない。

 

山本には、ここでおれが壁にぶつかって死んだとしても代わりに核を誘導して必ず敵を討ってもらわねばならないのだ。

 

だから死ぬのは許さない。許すわけにはいかないのだ。だから、と思った。

 

こうなれば、できることはたったひとつだ。

 

「スピードを上げるぞ!」

 

古代は言った。〈ゼロ〉は既にこのトンネルを秒速10キロで飛んでいる。時速にすれば四万キロ――一時間で地球の上を一周する速度だが、けれどもこれはロケットが宇宙に出るため出さねばならない程度のスピードでしかない。

 

〈ゼロ〉には当然、これより速い速度をここで出すことが可能だ。しかし、と思う。問題は、それをやったらこのトンネルの内壁にぶつからずに抜けるのが極めて難しくなるだろうと言うこと。そしてもうひとつ、それをやったら――。

 

今まで以上に強烈なGを受けねばならないことだ。大昔のロケットで宇宙に昇るときにも倍する加速を行うことになる。

 

そんなことをこのアビスの中でやる? 考えただけで恐怖に身がすくんだ。

 

しかし、他に手はないのだ。ブースター・スイッチのロックを外して古代は言った。

 

「行くぞ!」

 

そして、ボタンを押した。

 

途端、凄まじい衝撃がきた。

 

Gだ。身を()し潰し、背をシートにメリ込ませる強烈な力。肺が圧されて息をすることもほとんどできない。

 

山本も後ろでブーストを掛けたのがわかった。誘導する核ミサイルも二機の〈ゼロ〉に合わせてその速度を上げる。

 

だが、どうなんだ。これで振り切れるのか? 古代は思った。振動に身をガクガクと揺さぶられる。ヘッドアップディスプレイの中でベロシティのマークが震え、機体が針路を外しかけているのを報せる。

 

トリムスイッチはなんの反応も示さなかった。微調整で向きを変えさす限界を超えてしまっているのだ。操縦桿とペダルとで、〈ゼロ〉を操る以外にない。

 

だがそんなこと、できるのか。このGに耐えながら、内壁に当たらぬように〈ゼロ〉を飛ばす?

 

いや、そもそもこのGにいつまで耐えることができる? もういくらもしないうちに失神してしまいそうだ。たぶん、十秒もしないうちに――。

 

レーダー画面の行く手に目指す動力炉を示す指標が表れた。けれども、見れない。文字が読めない。強烈なGと振動のために、そこまであとどれだけの距離があるかを示す数字が読み取れない。

 

そして、今この〈ゼロ〉が出してる速度も読むことができない。動力炉までどれだけあるんだ。五百キロか、六百か! 今の〈ゼロ〉のスピードでそこまで何秒かかるんだ。おれの意識がそれまでもってくれるのか? 〈ゼロ〉を壁に当てさせずにそこまで飛ぶことができるのか?

 

わからない。何もわからなかった。またミサイルの警報が鳴る。なおも追いすがってくる敵の迎撃ミサイルが、後方でまたも多弾頭の矢に分かれたのだけが古代にわかった。



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裏蓋

視野の半分は星空で、もう半分は暗黒だ。加藤は今、冥王星の北極にいた。124年続く極夜(きょくや)の中心。

 

残る〈タイガー〉の全機を率いて、古代と山本を通すべく、トンネルの口を塞いでいるはずの〈蓋〉を壊しにやって来た。やって来たのはいいのだが、

 

「どこにあるんだ、その〈蓋〉ってのは。何も見えない……」

 

〈ブラヴォー・ワン〉のコクピットでつぶやいた。しかし見えぬのは当たり前だ。何せ極夜の世界ゆえに、地は真っ暗で何も見えない。暗視カメラの感度を一杯に上げて、〈ヤマト〉に教えてもらった座標にレンズを向ける。

 

送られてきたデータによって、二機の〈ゼロ〉の到達前に破壊せねばならないトンネルの〈裏蓋〉の場所はわかっていることはいる。わかってはいることはいるが、現場について自分の眼で確かめるのは別の話だ。ここでは人の目玉は役に立たないのだから、機械の〈眼〉に頼るしかなかった。

 

極夜と言っても冥王星の北半球は、外宇宙の無数の星に照らされている。その光を数百倍に増幅する昔ながらの暗視カメラ――それが捉える映像を、ヘルメットのバイザー面に投影させて地面を見れるようにする。

 

〈マトリクス画〉とでも言うのか、広げた網を見るような画像であるが、それでも星の表面を見て取れるようにはなった。加藤が頭を振り動かせば、それに合わせて線画も動く。決して見易いものではないが――。

 

それでも、見えた。〈裏蓋〉だ。なるほど地面の起伏の中に、それらしきものがあるのがわかる。

 

「よし、あれだな」

 

と言ってから、〈アルファー〉は今どの辺にいるのだろうと加藤は思った。地中を行かねばならない二機の〈ゼロ〉と違い、タイガー隊は冥王星の空の上をものの五分でやって来れた。〈ゼロ〉はあと三分はかかるに違いあるまいから、それまでに〈蓋〉をブチ割る時間は充分あるだろう。

 

敵に邪魔されなければだが。

 

邪魔されないわけがなかった。レーダーが敵編隊の接近を報せる。

 

あのゴンズイ戦闘機だ。やつらがまたやって来たのに違いなかった。

 

しかもこちらが対空火器の弾幕の下をくぐって来ねばならないのに対し、逆方向からより速いスピードで先回りしてきたらしい。星の丸みの向こうから姿を現し、タイガー隊の行く手に陣を張り巡らしている。

 

「蓋を開けさせんつもりだな」

 

加藤は言った。相手の数はこちらのほぼ倍。とは言え機の性能は――。

 

〈タイガー〉の方が数段上だ。まして今はその全機が核ミサイルを下ろして身が軽くなっている。勝負は〈ゼロ〉の到達前に蓋を壊してやれるかどうか。

 

「いいだろう。やってやるさ!」

 

叫んだ。部下らが『おお』と応える声が通信機で重なり聞こえる。

 

タイガー隊は敵の待つ空の中に突っ込んでいった。



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揺れ

「迎撃ミサイル全基が起爆」

 

ガミラス基地司令室で〈(いしゆみ)〉内部の状況を見ていたオペレーターが言った。

 

先程までの画面にいくつも映っていたこちらの迎撃ミサイルの指標はもうすべてが消えている。穴の中で動くものは今ではもうふたつだけだ。動力炉を通過してそのまま進み続けている。

 

「どうなったのだ。このふたつは戦闘機だよな」

 

シュルツは言って、オペレーターが見ている画面の一部を指した。エコーとして検出されるふたつの物体の存在。それがあの二機の銀色の戦闘機だと言うのはシュルツにもわかる。

 

「はい」とオペレーター。「ですが、それ以上は……」

 

「なんだと? 核は殺ったんじゃないのか」

 

「わかりません。寸前で全部墜としたように見えましたが……」

 

「なんだと!」

 

と言った。そうだ。見えた。自分にも、あれはそのように見えた。動力炉に辿り着かれる寸前で、トンネル内で爆発のエコーが百も(こだま)したらしいようすが自分にも見えた。

 

忌々(いまいま)しいあの二機に炉の通過を許したことは良しとしよう。けれどもここで肝心なのは、あいつらが連れてた核ミサイルなのだ。一基でも炉の近くで起爆されたらすべておしまい。この基地はそれで終わりとなってしまう。

 

だが。しかしだ。残すところあと数基となっていたミサイルは炉に辿り着く寸前で、こちらの迎撃ミサイルによってすべて墜としたように見えた。その代わりにこっちもすべて吹き飛んで消えたが――。

 

どうなのだ。あれは全部殺ったのじゃないのか。それとも、まさかひとつでも、動力炉の壁に刺さっていま起爆のタイマーが秒を読んでいるなどと言う――。

 

そんな。どうかやめてくれとシュルツは思った。お願いだからすべての核を途中で止めたと言ってくれとオペレーターの肩を揺さぶって言いたかった。だって、わたしにはそう見えたぞと。それが見間違いなどと言う話があってたまるものか、と。

 

そう言おうとした。そのときだった。足元がグラリと揺れるのをシュルツは感じた。

 

「なんだ?」

 

と言った。床だった。この司令室の床が揺れ動いたのだ。とても立ってはいられないほどの大きな揺れ。

 

そして感じた。何やら体が軽くなったような感覚。

 

これはちょうど――思ったときに、これはちょうど、あれに似ているとシュルツは気づいた。別になんと言うこともない、どこにでもあるあれに乗るときとちょうど同じだ。これはつまり――。

 

エレベーターだ。あれに乗って建物の階を降りるときの感覚とちょうど同じ。しかし逆に――。

 

「上がってる……」

 

ガンツが言った。そうだ。シュルツもそれと気づいた。建物のエレベーターなら降りるときに身が軽く、昇るときに体が重くなるように感じる。しかし今、それとは逆に、上昇している感覚があるのに身が軽く感じるのだ。

 

それはつまり――。

 

「いかん!」叫んだ。「やめろ! これでは――」



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斉射

〈ガマガエル〉の荷台で後ろを振り向けば、自分達がたった今そこから出てきた〈蓮池〉だ。そこに水柱とともに巨大な物体が下から浮かび上がって現れ、しぶきを散らしてさらに上へと高く上がっていくのを見上げ、斎藤と部下の荒くれ科学者どもは『おお』と喜びの声を上げた。

 

「ヤッタ! ヤリマシタヨ、斎藤サン!」

 

アナライザーが小躍りする。頭と胸とを腰からクルリと180度回転させて後ろに向け、両手を挙げてバンザイしている格好だ。

 

「おい、振り落とされんなよ」

 

と、斎藤はこのあいだ、タイタンの空で自分がこのロボットを蹴飛ばしたのを思い出しながら言った。

 

〈ガマガエル〉は運転席と荷台の上にはロールバーがあるだけのオープン仕様だ。床に溜まった液体窒素と液体メタンの〈水〉を後ろに散らせながら〈蓮葉〉の上を疾走している。

 

〈葉〉は厚み数センチのビニールシートのようなものだから、〈ガマガエル〉が上を走れば重みでたわみ、車体を揺する。斎藤達は安全ベルトで体を固定できるからいいが、そうでなければすぐにも飛ばされてしまいそうだ。

 

しかし、と思う。やったのだ。〈蓮の蕾〉を水の上に高く昇らすことができた。〈反重力ジャッキ〉を使って――。

 

理屈はごく簡単だ。いつか火星で〈ガミラス捕獲艦隊〉に〈ヤマト〉を〈軽く〉させられたのと同じ。

 

あの〈蕾〉を軽くすることができれば水に浮く。元より、あれが中空で船のように軽い造りであるものを下からチューブで引っ張って〈水〉に沈めているだけなのは一見してわかることだ。だからジャッキの力によってもうちょっとだけ〈軽く〉させれば、冥王星の重力にたちまち反するようになって、あのように――。

 

宙高くに飛び出させることができる! ただそれだけの話である。そこにいるアナライザーにもその装置が付いてるように、反重力で物を浮かせる道具など今の地球で別に珍しいものではないのだ。〈ヤマト〉の装備品の中にもいくつも何種類もある。

 

だからちょうど手頃なジャッキを二台のクルマに急いで積み込み、艦橋からアナライザーを借りるだけのことでよかった

 

その成果が自分達の後方で、巨大の猫の首の後ろをつまんで持ち上げたようになっている。後はそいつが〈ヤマト〉の主砲に殺られるさまを、ここで見物するだけだ。

 

行く手の空に浮かぶ〈ヤマト〉に向かって斎藤は叫んだ。

 

「どうだ! やったぞ、ブチかませ!」

 

 

 

   *

 

 

 

『どうだ! やったぞ、ブチかませ!』

 

斎藤が通信機で叫ぶ声が〈ヤマト〉艦橋に響いたが、言われるまでもないことだった。〈ヤマト〉は今、敵の〈蓮の蕾〉に対して船の横腹を向け、〈主〉と〈副〉合わせて五つの砲塔すべてをまわして十五の砲門をピタリと敵に狙い合わせた。後は号令を待つだけである。

 

「撃ち方始めーっ!」

 

南部が叫ぶ。途端、十五の砲身が、轟音を上げてビームを放った。

 

ドスドスドスと続けざまに太い光線の矢が走る。旧戦艦〈大和〉の四十六センチ砲と言えば、もしも役に立っていたらとても役に立っていただろうと語りつがれるシロモノである。何しろ直径46センチ、長さ2メートルにもなるバカでっかい砲弾を、米俵いくつ分と言うほどの量の火薬を使い、ドーンと前に撃ち出すのだ。その威力がいかほどのものか、想像できる人間がいたら素晴らしい想像力の持ち主と言えよう。

 

宇宙戦艦〈ヤマト〉の主砲もまた(しか)りだ。亜光速で撃ち出される超高温のハンマーは、核にも匹敵するほどの打撃を一点集中で狙い定めた敵に喰らわす。その力はやたらな通常爆弾やミサイルの及ぶものではない。

 

今こそその主砲の力が解放されるときだった。太さ46センチの丸太を焼けた炭にして射ち出すような猛烈なビーム。いちどきに数十発も敵を撃つ。

 

〈蓮の蕾〉を宙高く伸び上がらせていた〈反重力ジャッキ〉はたちまちビームを受けて吹き飛んだが、〈ヤマト〉にとってそれは問題とならなかった。冥王星のごく弱い重力は〈蕾〉をまた水中に引き込むのに十数秒を要するのだ。

 

それだけの時間があれば充分だった。百発以上のビーム砲弾を〈ヤマト〉は連続して叩き込む。繰り出されるビームは〈蕾〉の装甲を一枚二枚と打ち壊し、はぎ落として遂にその内側に届き、中心にある芯を砕いた。

 

斉射に要した時間はほんの数秒だ。〈蓮花〉はもはや枯れ花のようにして、〈茎〉をクニャクニャと折り曲げながら火と煙を吹き上げて〈池〉に倒れ込んでいった。



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ピカドン

3、2、1……と秒を読むパネルの数字が《0》に変わってそこで止まった。そのときだった。暗黒であったトンネルの中が、背後からの強烈な光によって照らされた。

 

一瞬のことだ。すぐに光は消える。〈ゼロ〉は元の深淵の中を進むことになった。

 

「やったな」

 

と古代が言うと、山本の声が『ええ』と返ってくる。あの光が見えたと言うのは、つまり、成功したわけだ。

 

今の光は核の閃光。敵の動力炉にブチ込んだ核ミサイルが起爆して、それが放った光がトンネルの壁にハネ返りハネ返りして、既にそこから二百キロも遠ざかって星の丸みの陰に入った古代と山本の〈ゼロ〉を後ろから照らしたのだ。

 

だが、それ以外感じない。その昔に日本に落ちた原爆は、爆心から数キロ離れた場所ではピカッと言う光が見えてしばらくしてからドーンと衝撃が来たために〈ピカドン〉と呼ばれたと言うが、同じ理屈だ。ブースターによる加速をやめてトンネルの中を進む〈ゼロ〉に光は瞬時に届いても、衝撃が追いつくのには時間がかかる。

 

だが、やったのだ、と古代は思った。あの光がその証拠だ。火器管制装置が表すカウントダウンの数字を見ても、多弾頭で襲ってきた迎撃ミサイルを(かわ)して目標に核をブチ込めたのか自信が持てないでいた。

 

だが、やったのだ。最後のときに、炉にミサイルを命中させた。そこで敵のミサイルも無くなり、後は時限信管が確かに核を起爆させてくれるのを信じてこのトンネルを飛ぶだけ――。

 

それに二十秒。そして、やった。やったのだ。〈ピカッ〉と来たら、その後に、〈ドーン〉がやって来るだろう。今、敵の炉は火葬場となってすべてが灰になり、上の地面を丸く陥没させている。地を揺るがす衝撃が波紋となって広がっていき、十万度のプラズマが行き場を求めてこのトンネルに雪崩(なだ)れ込む。おれと山本が元来た方にも今行く方にもプラズマが奔流となって突き進み、天井を崩し遊星加速装置を壊してすべて埋もれさせるのだ。

 

それが〈ドーン〉だ。〈ピカッ〉が見えたら、それがやって来ると言うこと。このトンネルを凄い速さで、〈ゼロ〉の後を追ってやって来ると言うこと。

 

たぶん……と思った。秒速何十キロと言う速度で。

 

トンネルは北の出口まで千キロほど残っている。

 

「山本」

 

と言った。どうなのだろう。あの加速をもう一度やらなきゃいかんと言うことなのかな。〈ドーン〉が一体どのくらいの速さで〈ゼロ〉を追いかけてくるか予想がつけられない。ひょっとして加速などしないで充分逃げられるかもしれないし、ブースターの加速力を超える勢いで追いかけてきて、どう逃げても呑まれてしまうかもしれない。

 

さて、どっちなのだろう。『このトンネルを完全に塞ぐことができるなら後は死んでも構わない』、とおれはさっき思った。思ったけれど、あれはさっきだ。おれではなくて、過去のおれが考えたことだ。三十秒前、おれはなんて未熟で愚かだったのだろう。

 

今は違うぞ。死にたくない。こんなところで死にたくない! それが当たり前だろうが。どうする、どうすればいい?

 

またもう一度加速を掛ける? だが今度こそ壁にぶつかるかもしれない。さっきよりも長い距離を飛ばすことにすらなるだろう。別にそんなことしなくても抜けられるかもしれないのに……。

 

迷ううちにも〈ゼロ〉は一秒で20キロ進む。さっきの加速のために今それだけの速さになっているのだ。今のまま千キロ駆け抜け出口を出るのに五十秒しかかからない。

 

だからその間、〈ドーン〉が〈ゼロ〉に追いついてくれさえしなけりゃそれでいいこと――だよなと思った。うん、そうだ。後ろに追いかけてくる光が見えなきゃ大丈夫だろう。

 

そう思った。そのときに後ろにこちらを追いかけてくるものらしい光が見えた。

 

トンネルのずっと後ろだ。振り返ると小さな暗いほのかな光がぼおっとして見えたと思うと、それがすぐに明るさを増し、トンネルを照らすほどになる。

 

で、見えた。強烈な光を放つプラズマが火の玉となってやって来るのを。

 

〈ドーン〉だ。それは直径百メートルのトンネルに百メートルの白い火球を転がしたような光景だった。そいつがドドドドドドドーンと、古代と山本を凄い勢いで追いかけてくるのだ!

 

「ぎゃーっ!」叫んだ。「山本、行くぞ!」

 

ブースターのスイッチを入れる。〈ゼロ〉はまた、(はじ)かれるように加速した。

 

途端、体に再びかかる強烈なG。

 

出口までは一分足らず。果たして火球に追いつかれずにそこまで辿り着けるのか。途中で壁にぶつからず、Gに体が耐えることもできるのか。

 

それに、もうひとつ懸念があった。山本がそれを口にした。

 

『タイガー隊は〈蓋〉を壊してくれているんでしょうね?』

 

「聞くな! おれが知るわけないだろ!」



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捨て身の攻撃

バイザーに映るマトリクス画が、星の地表に波紋が広がるのを描き出す。地震だ。冥王星の地がいま大きく揺れている。加藤はそれを認めて『やったな』と考えた。

 

古代だ。やってくれたのだ。敵の動力炉を核で破壊してくれた――その証拠がおれの眼にいま表されているのだ。

 

正直、それができるとは、半ば思っていなかった。見ても『えっ、ホントかよ』と、つい考えてしまいさえした。しかし見紛(みまが)いようはない。今このバイザーにこんな線画を表すのは、核の爆発以外にない。

 

古代はやってくれたのだ。後は自分が〈ゼロ〉のために道を開けてやるだけだ――そう思った。思ったが、タイガー隊はまだトンネルの〈裏蓋〉をこじ開けることができずにいた。

 

敵〈ゴンズイ〉戦闘機の群れが『それだけはさせぬ』とばかりに〈蓋〉を護っているのだ。彼らは捨て身だった。〈タイガー〉に体当たりしてでも止める。その覚悟で皆が突っ込んでくるように見えた。

 

「なんだ、こいつら……」

 

加藤は言った。遊星投擲トンネルの〈蓋〉をめがけてミサイルを射つと、敵の一機が前に飛び出し、そのミサイルに自分が当たって自分で墜ちてしまいさえする。明らかにわざとと思える機動だった。(みずか)らの身を盾に〈蓋〉を護ったとしか思えなかった。

 

加藤としてはこれでまた自分の機に描き込む撃墜マークがひとつ増えたことにはなるが、しかしうれしくもなんともない。

 

「どうかしてる……」

 

とまた言った。ここで〈蓋〉を護ったところで、奪えるのは古代と山本の命だけだ。勝敗をひっくり返せるわけではない。動力炉を護ったことになるわけでは――。

 

ない。そうだ。なのにこいつらは、それがわかっていないのか? いま遠くで核が炸裂したと言うのに気づいてないのか。そんなバカな。

 

いや――と思う。そもそも最初から、ここで〈蓋〉を護ったところで、殺せるのは古代と山本のふたりだけ。勝敗となんの関係もない。炉を護ることにはならない。それがわかっていないわけが――。

 

ない。そうだ。そのはずだ。なのに死に物狂いになってる。何がなんでもここで〈蓋〉を護ろうとしている。

 

古代と山本――いや、古代だ。古代ひとりを殺すためだ。さっきは、おれ達タイガー乗りが、盾になって代わりにミサイルを受けてでも古代を護ろうとした。今はやつらがその反対をやっている。たとえ犠牲になろうとも、古代を殺す〈蓋〉を護る――。

 

どうして? しかしそうなのだった。敵戦闘機隊がゴンズイのような塊を作って〈蓋〉の上をグルグルと回り、こちらが行けば何機もで体当たりをかけてくるか、自らミサイルを受けて死ぬかするのでどうにも攻撃のしようがない。

 

そうだ。まさに魚の群れだ。群れを救うためにならときに自分を犠牲にするある種の魚のようなものだ。

 

こいつらにはわかっている。どうせほんの数分のことだと――二機の〈ゼロ〉はあと一分かそこらでここに到着する。だからそれまでの間だけ〈蓋〉を護ればいいだけのことだと。元々〈ヤマト〉が波動砲をもしも撃てていたならばどうせなかった命だから今〈ゼロ〉を道連れに死んで惜しくはないとでも考えているのか。そうでなければ――。

 

こんなことはとてもできない。そうとしか思えなかった。

 

『ダメだ! とても近づけない!』『どうするんです! これじゃあとても……』

 

タイガー隊の部下らが叫ぶ。〈蓋〉を開けるにはやつらの〈玉〉に自分から飛び込んでいくしかないが、やつらはまさにゴンズイだ。危なくてとても突っ込めはしない。

 

どうする。どうすればいいんだと思った。ここで古代に死なれるわけにはいかない――おれは前にもそう思った。一度ではない。何度もだ。最初はあいつが、〈コア〉を地球に運んできたとき。二度目はあいつがタイタンでコスモナイトを運んでいたとき。おれは、命に替えてでもあいつを救わなければと思った。

 

今は違う。今の古代は、別に〈ヤマト〉に必要なものを運んでいるわけではない。それはもちろん〈コスモゼロ〉戦闘機だって貴重だろうが、それでもだ。決してあいつを救うため、おれの命をくれてでも、部下を何人も死なせても、と言う話になるわけが――。

 

ない。そのはずではないか?

 

そうだ、と思った。だがしかし、やはりそれではいけないと思った。今も古代は〈ヤマト〉にとって必要なものを運んでいる。〈ヤマト〉に届けようとしている。それ無しにはマゼランへの旅に決して出られぬほどに大切なものを。

 

希望だ。あいつ自身がそれだ。ここで古代を死なせたら、〈エルモの灯〉が失われる。

 

だから、そうとも、おれもまた、ここは捨て身で行ってやろう――そう思った。通信機で〈ブラヴォー隊〉の部下三機に対して言った。

 

「時間がない! イチかバチかの一発勝負を掛けるぞ。みんな、援護してくれ!」

 

『おお!』『了解!』『わかりました!』

 

「いいか、死ぬのはおれだけでいい。お前らは最後までやろうとするな」

 

と加藤は言った。しかし隊の二番機が応えて、

 

『いえ、おれにもやらせてください』

 

三番と四番機も『おれも』と続けた。それだけでなかった。〈チャーリー〉から〈インディア〉までの他の七つの四機編隊も『自分達も』と名乗りを上げた。声を揃えて、

 

『行きます! どうかやらせてください!』

 

「そうか」と加藤は言った。「すまん……」



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総当たり

そして、〈コスモタイガー〉は、残る全機が倍の数の群れと正面からぶつかり合った。互いにミサイルとビームを放ち、鍔競(つばぜ)り合ってスレ違う。29対60あまりのチキンゲームだ。

 

タイガー隊の〈C〉から〈I〉までの編隊は、ビームによってB編隊が〈蓋〉めがけて攻撃を掛ける道を開くのを目的としていた。〈ゴンズイ玉〉に穴を開け、加藤達がそこを通れるようにするのだ。ビームが束となり、敵めがけて一斉に飛ぶ。

 

けれども敵は、タイガー隊の意図を既に察していた。ならば普通は()けようとするはずのものが避けない。わざと撃たれて、体当たりでタイガー隊を止めようとする。

 

タイガー達には同じことができないのを知っているのだ。これは一発勝負であり、失敗すれば態勢を取り直してもう一度やろうとする前にタイムオーバー。二機の〈ゼロ〉が〈蓋〉に激突してしまって意味がなくなると知っている。

 

だから彼らは命懸けでタイガー隊を止めにきた。何が彼らをそこまで捨て身の戦法に駆り立てるのか、〈タイガー〉に乗る者達に窺い知ることはできない。しかし、タイガー乗りらにしても、今は信じているようだった。自分達エースパイロット集団の中で、エースの中のエースは古代進だと。マゼランから地球に戻り、人類を救う者がいるならそれは古代以外にないのだと。だから剣で突き合うような空中でのチキンゲームに決して(ひる)むことはなかった。

 

ふたつの群れは交差して共に何機かが墜ちる。タイガー隊はこれに勝った。加藤その他の〈ブラヴォー隊〉は、遊星投擲装置の〈裏蓋〉――地球めがけて投げる石を入れる口を隠している裏の扉を破るコースに入った。

 

バイザーに映る網目のようなマトリクス線画の中に標的の場所が示される。レーダーがそれをロックする。加藤は自分の〈ブラヴォー・ワン〉の翼の下にまだ持っていたミサイルの残りすべてを放った。部下の三機が同じように、〈蓋〉めがけてミサイルを射つ。

 

合計で十基ばかりのミサイルが命中、そして爆発した。

 

〈蓋〉はまさしくただの〈蓋〉でしかなかった。特に分厚い装甲板と言うわけでなく、そのようなものであるはずもない。〈表の蓋〉がそうであったと同様に、いくつにも割れて(はじ)け散らばる。

 

そしてそこに開いた口から、白い光が(ほとばし)り出た。核で生まれたプラズマの炎がトンネルの半分、千五百キロを()いてここまで届いた光だ。

 

それに照らされて銀色に光る戦闘機が穴の中から飛び出したのは、加藤が〈蓋〉を吹き飛ばして二秒と経たぬときだった。さらにその一秒後、もう一機の〈ゼロ〉が続いて飛び出してくる。

 

さらにまたその一秒後、穴が巨大な火柱を噴き上げた。高さ数キロにまで立ち昇る遊星投擲装置の火葬の炎だ。二機の〈ゼロ〉はそれに追いつかれる寸前で、翼を振ってクルリと機体をひるがえらせていた。

 

「おーっ!」

 

加藤は声を上げた。他の者らがそれに続いた。



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群衆

地下東京の中心にある市民野球場は今、群衆に埋め尽くされていた。

 

人数は二十万にも達しているかもしれない。五万人が収容できるスタンドにさらにギュウギュウに人が入っているだけでなく、グラウンドに十万にもなりそうな人が立っているからだ。

 

グラウンドはしばらく前まで軍によるタッドポールの駐機所となっていたが、今はそれらは飛び立って、代わりに市民に解放されていた。『ヤマト、ヤマト』と叫ぶ人が雪崩れ打って入り込み、スタンドで同じように叫ぶ者達が拳を振って出迎える。人々は皆、正面の大スクリーンを見上げていた。

 

球場の周りも幾万の市民が囲み、さらに続々と押し寄せてくる。

 

とは言え電光掲示板ならば街の至るところにあり、情報が知りたければそれで知れる。事実、どの掲示板の前にも多くの市民が立って、次の報せを待っている。すべての市民が球場目指して行進しているわけではない。

 

だが、〈ヤマト〉を応援し、〈ヤマト〉の勝利を祈る者らが今この街で集まろうとする場所と言えばそれは、他のどこより市民球場なのだった。街が出来てすぐの頃に人々が言った場所だった。『この地下でも我々はまだ野球ができる。野球ができるうちは大丈夫だ』と言った場所。

 

それが市民球場だ。いま人々は、かつて『これが希望の砦』と呼んだ場所にまた集まって、待っている。ヤマト・コールは今は鳴り止み、二十万がスクリーンを見上げて黙り込んでいた。

 

そこにはただ、こう書かれているばかり。

 

《次の情報が入り次第お伝えします》

 

「どうなったんだろう……」

 

といった小さなつぶやきがあちらこちらで漏れている。さらにまた遠くから、

 

「嘘だ、そんなのは嘘だーっ!」

 

そのように叫ぶ声も聞こえる。あの映像はデッチ上げだ。〈ヤマト〉なんかいるもんか。いてもガミラスに勝てるもんか。冥王星で波動砲を使わず勝つって? バッカじゃねえのか、そんなの信じてどうすんだよーっ!

 

まだ残っているガミラス教徒や降伏論者だ。球場にいる誰もが『言わせておけばいいさ』とばかりに聞こえぬ顔をしているが、その一方で不安にも思い始めてきたようだった。

 

確かなものが何もないのだ。冥王星で核が二回爆発した。〈ヤマト〉が敵の船を倒した映像が送られてきた。と言う、それだけで、なんの説明があるわけでも、どんな証拠があるでもない。ニセの情報に惑わされてるだけなのかもしれないゾ、と言われたら、『違う』と言い切ることができない。

 

ゆえに不安が広がり出したようだった。これは本当にガセかもしれない。いや、ガセではないとしても、〈ヤマト〉は結局、冥王星で敗けてしまったなんてことも――。

 

ないとは言えない。そうだ。だから人々は祈る思いで待つしかないのだ。〈ヤマト〉が敵に勝ったと言う確証の付いた次の報せを。

 

――と、スクリーンの表示が変わった。今まで出ていた文字に替わって、マイクに向かう人物の映像。

 

軍の広報官らしい。興奮した表情で言う。

 

『新たな情報が入りました。冥王星の周辺にあった敵の通信妨害がたった今なくなったとのことです』

 

群衆がざわめいた。「え?」「なんだ?」「どういうこと?」と言う声があちこちでする。

 

『冥王星の状況がリアルタイムでわかるようになったのです。これまでは像の乱れや五分程度のタイムラグがあったのですが、いま解消されました』

 

「え? と言うことは……」

 

『そうです! 詳しい戦況をお伝えできるようになったのです。冥王星でまた大きな爆発と(おぼ)しきものがありました。まずこの画像をご覧ください!』

 

映った。冥王星の()が。球場のスクリーンに大映しとなる。一見するとなんの変哲(へんてつ)もない茶色の星だが、

 

『皆様、どうか〈ハートマーク〉の縁の辺りをご覧ください! ここです! おわかりになれますでしょうか。地面から何か噴き出しているようなのですが……』

 

その部分が拡大される。広報官は続けて言った。

 

『これはどうやら遊星の投擲装置で、〈ヤマト〉によって破壊されたと思われます。〈ヤマト〉から地球のわたし達に向けて入電がありました。読みます――』

 

ひとつ大きく息を吸い込む。それから言った。

 

『「我れ、冥王星ガミラス基地を殲滅せり。これよりイスカンダルに旅立たん」』

 

同じ文句がテロップで映し出される。一瞬、群衆が静まった。次いでどよめきが広まった。それは歓喜の叫びとなって、地を揺るがして天井に響き、(とどろ)きを渡らせていった。



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歓呼

「ヤマト! ヤマト! ヤマト! ヤマト!」

 

「ヤマト! ヤマト! ヤマト! ヤマト!」

 

また人々がヤマト・コールを上げ始める。近藤勇人もまた野球場のスタンドで、皆と声を揃えて叫んだ。周りでは同じチームの仲間達や、あの少年やその父親も叫んでいた。

 

ありがとう、ありがとうヤマトと叫ぶ声も聞こえる。オレは信じるぞ、君らの帰りを待つぞと叫ぶ声が聞こえる。〈ヤマト〉の力を疑う者などもうここにはいるはずもなかった。

 

「ヤマト! ヤマト! ヤマト! ヤマト!」

 

「ヤマト! ヤマト! ヤマト! ヤマト!」

 

北変電所でもヤマト・コールが上がっていた。敷井晴彦も傷の痛みをこらえながら皆と共に叫んでいた。足立や他の死んだ仲間に『聞こえるか』と胸の中で唱えながら。

 

聞こえるか、みんな。やったぞ。〈ヤマト〉は勝った。でも、おれ達がここでやったことも決して負けてないよな――そう唱えつつ敷井は叫んだ。

 

そうだ、信じる。信じるぞ。〈ヤマト〉の帰りをオレは信じる――そう叫ぶ者がいる。オレは、〈ヤマト〉が戻るまで、この地下都市を護り続ける。ガミラスへの降伏を唱える者に『バカめ』と応える! オレ達は、決して敵にも、味方の中の狂信徒にも敗けはしない!

 

その言葉に『おおーっ!』と応える声が響き、ヤマト・コールが続いた。

 

「ヤマト! ヤマト! ヤマト! ヤマト!」

 

「ヤマト! ヤマト! ヤマト! ヤマト!」

 

街の至るところで人がヤマト・コールを上げている。しかし、中にはその声を、ただ呆然と聞くだけの者も多くいた。〈ガミラス教〉の信者達や、降伏を唱えてきた者達だ。彼らは膝付き、首を振って、『嘘だ嘘だ』とつぶやいていた。

 

そしてまた、『日本人を殺せ』と叫んで外国からやって来ていた暴徒達。彼らも眼の前の光景を毒気を抜かれて見入るしかなかった。ある一機のタッドポールの中では黒コートにサングラスの男達が呆然と、自分達が元来た国でも民衆が『YAMATO、YAMATO』と湧いていると言う報せを見ていた。『日本へ行ったバカどもはもう帰ってこなくていい。あいつらどうせ国の恥だ』と言われていると言うニュースを。

 

日本国内の者らにしても国外から来る者にしても、狂信徒は一様(いちよう)に、『波動砲で冥王星を撃たれる前に〈ヤマト〉を止めよう。地下東京の市民をみんなブチ殺せばそれができる』などと信じて行動していた。その考えを本気で信じ込めるがゆえに虐殺を正当化できたのである。しかし事がこのようになると、彼らは彼らの歪んだ正義を見失う。そして、もはや彼らには、武器を捨てて逃げる以外にどんなこともできないのだ。

 

「YAMATO! YAMATO! YAMATO! YAMATO!」

 

「YAMATO! YAMATO! YAMATO! YAMATO!」

 

人は叫んでいた。人類社会の至るところで。月の基地でも、火星でも、木星の衛星にある基地の中でも。宇宙要塞や軍艦の中でも人が叫んでいた。

 

地球では〈ノアの方舟〉の職員達や、地下農牧場の職員達や、種子バンクの職員達が、涙を流し抱き合いながら叫んでいた。キリンや象やライオンがいる(むろ)の前で叫んでいた。フラミンゴや(わし)を飛ばす室の前でも、イルカが泳ぐプールの前でも叫んでいた。ありがとう、〈ヤマト〉、ありがとう! こいつらのためにも必ず帰ってきてくれ!

 

そして多くの一般家庭で、人々が、自分の飼う犬や猫に叫んでいた。ねえ、やったのよ。〈ヤマト〉がやったの! これであんたも生きられるのよ!

 

あらゆる国の人々が、それぞれの言葉でそう叫ぶ。そしてオウオウと泣き崩れ、力の限り声を上げる。

 

まさに号泣(ごうきゅう)だった。何も知らない犬や猫は、『このニンゲンは急に一体どうしてしまったのだろう』という顔をして眺めながら、自分の()(ちち)をやったりなどしていた。



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凱旋

〈ヤマト〉の周りに集まったタイガー隊がクルクルと曲技飛行を演じてみせる。左右両舷の展望室の窓にクルーが群がって、彼らに手を振っていた。誰もが歓喜の表情だ。

 

クルーの目を楽しますのは着艦の順番待ちの者達である。若い順番を割り当てられた者から一機また一機とクレーンアームで引っ張られ、〈ヤマト〉艦内に呑み込まれていく。格納庫にもクルーが大勢待ち構えており、〈タイガー〉に乗るパイロットらを歓声を上げて迎えるのだった。

 

その多くが黄色や青や緑コードの要員だ。彼らはそれでいいのだが、そうはしてられない者もまだ多かった。第一艦橋では相原が〈アルファー・ワン〉の古代を呼んで話している。

 

「急いでくれ。既に敵に追われている。君達を収容してすぐに離脱だ」

 

『了解。こちらでも確認している』

 

重巡艦が十二隻。それが今、〈ヤマト〉を追いかけてくる敵だ。〈ヤマト〉としては戦わずになんとか逃げてしまいたい。

 

「重巡だけなら余裕で逃げられそうだけどな」

 

島が言うと、新見が応えて、

 

「ええ。どうやら戦闘機は追いかけて来ないようだし……あれは星から離れると戦えないようですね」

 

〈ゼロ〉と〈タイガー〉に向かってきていた〈ゴンズイ〉どもは、古代達が離脱すると後を追ってこなかった。冥王星の重力に反して飛ぶように造られた反重力戦闘機であるために、あの星から遠のくと力を失ってしまうのは、見てすぐ分析できることでもある。

 

だから今、あれに邪魔される心配なしに航空隊を収容できているのだが、

 

「しかしおそらく、敵は空母を行く手にワープさせてくる……そうなると厄介です。こちらは……」

 

その後を徳川が言った。「航空隊を見捨てて逃げなきゃならなくなる」

 

「そうです」

 

と言った。空母に前に出てこられたら、〈ヤマト〉は重巡艦隊に追いつかれてしまうだろう。重巡そのものは〈ヤマト〉にとってそれほど怖い敵ではないが、戦いながら〈ゼロ〉と〈タイガー〉の収容などできるわけがない。

 

そこで空母に攻撃機を何十と出され、空襲を掛けられたならもう無理だ。〈ゼロ〉と〈タイガー〉を置き去りにして〈ヤマト〉は逃げるしかなくなってしまう。わかりきった話だから、なんとか空母が来る前に航空隊を収容してしまいたいのだ。

 

そしてまた、ここまでやれば今日はもう充分だろう、これ以上は勘弁してほしいと言うのが皆の本音でもあるようだった。もう戦闘は次の機会と致しましょうよ。

 

何よりこれ以上ケガ人が出ると手当できない状況は続いていることでもあるし……と言うわけで今は逃げる。逃げの一手あるのみだ、と言うのが皆の一致した考えなのだ。

 

エレベーターの扉が開いてアナライザーが出てくる。艦橋クルーの皆が歓呼で迎えた。そこで相原が言った。

 

「地球から入電です。『ありがとう』。これに動画が付いています」

 

「ほう。なんだ」

 

と沖田が言う。相原はメインスクリーンに映してみせた。

 

表れた()は、野球場だ。そこに(つど)い、〈ヤマト〉の勝利に沸く群衆を撮影したものとわかった。

 

ひとつではなく、パッパッパッと切り替えられて次から次に。世界中の地下都市で中心にある野球場にそれぞれ十万を超える市民が溢れている光景。

 

それを写したものとわかった。皆が息を呑みそれを見上げた。

 

「これ……みんな、〈ヤマト〉の名を呼んでいるのか……」

 

と太田が言った。しかし元々この男が自分で言ったことのはずだ。冥王星で敵に勝てば人は希望を取り戻し〈ヤマト〉の帰りを信じて待つようになるだろう、自分の病気の親もまた、と。しかしこれほどの光景は想像していなかったようだ。

 

レーダー手席で森が嗚咽(おえつ)し涙をこぼした。旅立ちのときにそうしたように。

 

四週間前に彼女はここで、野球場の映像を見た。〈ヤマト〉のエンジン始動のために暗くされた観客席で『バカ野郎ーっ!』と叫んでいた人々を見て、どうしてなのかと言って泣いた。あと一年で女が子を産めなくなる。わたし達がそれを止めに行くことがあの球場にいる者達にはわからないのかと言って泣いた。

 

しかし、そのとき人々は、〈ヤマト〉を信じていなかったのだ。彼女もまたそのときに古代を信じていなかったように。

 

彼女の眼前のレーダー画面には《A1》の印の付いた指標もまた映っている。〈アルファー・ワン〉。古代進。

 

その機体は〈ヤマト〉の前方、艦橋窓から眺めて艦首フェアリーダーのすぐ上にいま浮いている。まるで我こそはフェアリーダー、『船を正しい方向へ導く者』だとでも言うように。

 

「ふむ」と沖田は動画を見終えて、「いいだろう。全艦に流してやれ」

 

「はい」

 

と相原が言う。さらに沖田は、

 

「わしはこれから……」

 

言って立ち上がった。いや、立とうとしたのだが、しかし立てずによろめいた。沖田は椅子から転がり落ちて床に倒れた。



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旅立ち

『〈アルファー・ワン〉、着艦誘導コースに入れ』

 

管制員が告げる声に「了解」と応え、古代は〈ゼロ〉の機体をひねらせた。〈ヤマト〉の舳先の少し前に浮かせていた機を後退させて、船を横に眺めてゆく。

 

〈ヤマト〉か……と思う。暗い宇宙に街灯ほどの陽の光に照らされて見えるゴツゴツとした黒鉄(くろがね)の船体。

 

しかし、あらためて見てやっぱりこの形はやり過ぎじゃないのかなと思った。船首の変なレモン絞りはなんのつもりなんだろう。錨なんて宇宙でなんの役に立つのか……。

 

艦橋に島の姿がチラリと見えた。そのまま後ろに過ぎていくと、あの森ユキと言う女が『真っ赤なスカーフ』と言った艦橋裏の展望室にも今は何人も人がいて、こちらに向かって手を振っている。

 

ひょっとしたらあの中に、昨日煙突に張り付いておれに手を振ってくれたやつがいるかもしれない。そう思って古代は軽く手を挙げた。そうして着艦のアプローチに入る。

 

振り返れば冥王星。グングン小さくなっている。星の両側からまだ煙を噴いて、〈ハートマーク〉を覆い隠しているのも見える。

 

あれが遊星を投げていた穴。あの日に父さんと母さんを殺した穴……でも、おれはやったんだ。おれはあそこを突き抜けてやったんだ。

 

その証拠があの煙だ。冥王星の重力のためにキノコ状に傘を広げ、そしてカロンにも流れていく。その光景は古代の眼に、まるで宇宙に大小マゼランに似た小さな銀河が出来つつあるかのように見えた。

 

あれがおれのやったことだ。そうだ、おれはやったんだ……あらためてそんな実感が湧いてきた。

 

兄さん、と思う。やったよ、兄さん。おれはやったよ。兄さんにできなかったことを、生まれて初めておれはやったよ。

 

ハーロックに越えられなかった〈スタンレー〉をおれは越えたよ。褒めてくれよ、兄さん。

 

ずっと行くとこも帰るところもなかったけれど、どうやらおれにも出来たらしい。変な船だが、この〈ヤマト〉が帰る場所。そして行く場所は大マゼラン。

 

それがおれの〈アルカディア〉だ。この窓からそれが見えるよ。おれは必ずあの〈高原〉に、兄さんの代わりに行ってみせるよ。

 

兄さんが『見る』と言った天の河。〈でっかい海苔巻き〉の上を渡って……おれは必ずこの眼で見て、越えてみせるよ。父さんと母さんに、おれはやったぞと言ってやるんだ。

 

そう思った。クレーンアームに取り付くと、〈ゼロ〉の機体はすんなりと離着艦台に降ろされた。架台が動いて格納庫に運ばれる。

 

そこには古代を待っていた十数人のクルーがいた。整備員の大山田に、船務科員の結城と、そして名も知らぬ者達。昨日までは異分子を見る眼を自分に向けてた者らが、いま喜びを一杯にして出迎えに来てくれていた。

 

〈ゼロ〉の機体が固定されると、歓声を上げて機首に駆け寄ってくる。

 

古代はキャノピー窓を開け、拳を挙げて彼らに応えた。



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密談

「ただの立ちくらみだ。なんてことはない」

 

と沖田が艦長室で言った。佐渡先生がその顔を覗き込んで、

 

「何を言うちょる。ひどい顔色しとるじゃないか」

 

「そりゃあさすがにあれだけやれば疲れるさ。先生だって人のことは言えんぞ」

 

「フン。まあ、しかしなんじゃな。船ん中じゃあ、今みんながあんたのことを(たた)えとるよ。医務室でもケガ人どもが……」

 

「それだ」と言った。「凄い数なんだろう。わしなんかより急ぎの治療をせにゃならん者が大勢いるんじゃないのか」

 

「なーに、応急の処置はみんな済んでおる。今は血だらけになっとるもんを全部掃除しないことには何もできん状態でな。医務室にいても酒が飲めんのじゃよ」

 

「ならばここで飲んでいけ」

 

「そうする」と言った。「しかし、本当にたいしたもんじゃ。やったな、艦長」

 

「わしひとりの力じゃないさ」

 

言って沖田は横に立っている真田を見た。今この艦長室にいるのは、沖田と佐渡と真田のこの三人だ。

 

「〈魔女〉に勝てたのは真田君のおかげだ」

 

「そうだとしても、やはり艦長のお力ですよ」真田が言った。「それに、古代でしょうか――しかし、わたしにしろ古代にしろ、任命されたのは艦長ですから」

 

「ふん」と言った。「古代か。しかし、まさかあいつがあんな働きをしてくれるとはな」

 

「は? ワープの前のときの話ですか。しかし艦長の言われた〈ゴルディオンの結び目〉と言うのは……」

 

「そうだが、しかしあんなこと、あいつがするとわかるわけがないじゃないか。わしは『こいつはわしにできんことをやる』と思っただけさ」

 

「ええと……それは何を根拠に……」

 

「眼さ。だから言ったろう。古代を航空隊長にしたのは、あいつの眼を見たからだと」

 

「はあ」

 

と真田。沖田は佐渡先生に、

 

「先生。患者の秘密は守ってくれるんだろうな。今の話は他の者には内緒だぞ」

 

「まかしとけ。わしゃあ飲んどる間のことは全部忘れてしまうからな。わしの記憶を飛ばしたければ、酒を飲ましてくれりゃええんじゃ」

 

「そうか。では真田君、ここはいいから君は下に戻りたまえ。作戦はまだ終わっとらんのだ。敵が来るまでに赤道を越える仕事が残っとるのだから」

 

「はあ。ですが艦長。わたしがいても……」

 

「艦長か副長がいなきゃどうにもならん」

 

「かもしれませんが、今日の戦いで痛感しました。わたしにはやはり副長など務まりません」

 

「そんなことはない。君はよくやってくれたぞ」

 

「いえ。そういうことでなく……」真田は言った。「戦闘や航海のこととなるとやはり自分は素人だとあらためて実感したのです。艦橋にいま戻ったところで何をどうしていいかもわからない……」

 

「ああ」と言った。「そうだったな」

 

「艦長。これでは……」

 

「いや、いいんだ。それでいいから、下に降りて、『自分がここにいるのだから何があっても大丈夫だ』という顔をしていてくれ。どうせ指揮官の役なんて半分はそんなようなものだ」

 

「は? いえ、艦長」

 

「とりあえず今日はそれでいいはずだ」と沖田は言った。「それでだな、真田君」

 

「はい」

 

「君以外にやはり副長はいないと思う。どうだろう。わしにもしものことがあったら、艦長代理を別に立てて、君が副長のまま補佐すると言うのは」

 

「は?」と言った。「ええと……一案かもしれませんが、『代理』と言うと誰を……」

 

「なあに、もしものときの話だ」沖田は言った。「聞かれたってすぐに答えられるものか。その辺のことは考えとくから今は下に戻っていてくれ」

 

「はい」

 

と言って真田はゴンドラで降りていった。残るは佐渡先生だ。沖田は言った。

 

「今の話も内緒だぞ」

 

「まかしとけ」

 

「わしにも一杯飲ませてくれんか」

 

「もちろんじゃ。そうこなくてはな。今日の祝杯といこうじゃないか」

 

「うん」

 

と言った。()がれた酒をグイと飲む。しばらくしてから佐渡先生に、

 

「なあ先生」

 

「なんじゃい」

 

「秘密ついでに話しておこうか。『もしも』と言うときのため、誰かに聞いておいてほしいことがあるんだが……」

 

「ふうん」

 

と言って佐渡先生は、酒を飲みながら聞いていた。けれどもしばらくして叫んだ。

 

「な……なんじゃと? 艦長! あんたはなんちゅー恐ろしいことを考えとるんじゃ!」



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針路を南に取れ

遂にいつかの十字空母と同型らしきガミラス艦が、〈ヤマト〉の行く手にワープしてきた。けれども〈ヤマト〉はその寸前に、航空隊の全機を収容し終えていた。

 

主砲の砲撃能力も補助エンジンの推力も余力をまだ充分に残している今の〈ヤマト〉は、逃げの一手を決め込む限り、この状況を切り抜けるのは造作もないことだと言える。艦橋に戻った真田が口を出すまでもなく、すべき仕事を心得た士官達の働きによって〈ヤマト〉は素早く敵の間をスリ抜けた。主砲と魚雷ミサイルで牽制をかけつつ加速し、大きく水を開ける。

 

〈スタンレー〉を越えた今、〈ヤマト〉は本来の姿に返った。『逃げるが勝ち』を信条とし、無用な戦闘は極力避ける。すべての武器は船を護るためにあり、その目的で使ってこそ最大の性能を発揮する。

 

乗組員の訓練もまた、そこに重点が置かれているのだ。〈ヤマト〉は戦う船ではない。逃げると決めたらガミラスに追いつかせなど滅多にしない。

 

敵を充分引き離したところで太田が艦橋で言った。

 

「よーし、ここで赤道を越えるぞ。針路を南に取れ!」

 

「了解! 針路を南に取ります!」

 

島が唱えて、船の針路を太田の指示する角度に合わせる。〈ヤマト〉は舳先を〈南〉に向けた。

 

艦橋から見て、艦首フェアリーダーの向こうに南天の宇宙が広がる。天の河の帯の中に光るシリウス。そこから離れてカノープス。

 

そのふたつの点を結んだ先に〈大マゼラン星雲〉がある。地球のまだ青い海で船乗りが、赤道を越えたときに水平線の上に眺めた白い固まり。南極だ。それが見えると言うことが、地球が丸く、船が南半球に入ったことの証明なのだ。

 

太陽からの光を横に浴びながら、〈ヤマト〉は遂にそちらへ向けて船を先に進ませ始めた。北極星と北斗七星を後ろにし、十二星座を黒紙に並べて描き筒に丸めた中を行くように進み始める。〈ヤマト〉艦首の三つ〈ひ〉の字は、人類を救う使命を張り付けた眼に見えない十字架を寝かせ置くための(かぎ)であり、この受け皿に刻まれた髑髏の眼窩が南十字星を見つめる。

 

そうして〈ヤマト〉は進み始めた。今、〈天の赤道〉を越える。黄色い道の果てにある白い山脈を越えたところが旅の終わりなのではない。まだ、始まってすらいない。青い海と緑の地を取り戻す旅はこれから始まるのだ。

 

〈南〉への! マゼランは〈天の南極〉の星雲である。これを目指して一度ワープしたならば、たとえ無限の彼方の星を見る望遠鏡があったとしても、それで振り返り故郷を見ることはできない。見えるのは十二月頃大きく太り六月ならば痩せ細る地球の南半球だけだ。北半球に生まれた者には、どれだけ拡大したとしても、自分の故郷の町を見れない。

 

ゆえに、見たいなら、帰ることだ。生きて帰ってくることだ。〈イスカンダル〉に行き着いて、〈コスモクリーナー〉を受け取らぬ限り、戻ることは許されない。この旅に途中帰還は許されない。往復二十九万六千光年の旅をやり遂げない限り、決して再び赤道を越えて日本を見ることはならないのだ。

 

これはそういう旅なのだ。かつてマゼランと言う男がいた。スペインは陽の沈む国。世界の西の果ての国だ。そこにマゼランと言う男がいた。彼は世界の東の果てに、陽の()ずる国があると聞いた。名前はジパング。そこへ行けば、おれは国を救うだろう。スペインを陽の沈まぬ国にする。ジパングに行って帰って来れたらそれができるだろう。

 

だから見てやる。ジパングを――彼はそう言い、船に乗った。ジパングを見ないうちは帰らない。世界の〈西〉と〈東〉を繋がない限り――彼はそう言い、船に乗った。そのためにまず大西洋を南に向かい、赤道を越えたところで星雲を見た。あの下に〈東〉に抜ける海峡がある。おれが必ず見つけてやると叫んだために名がついた。その星雲に彼の名前が。海峡にも彼の名前が。

 

そこを抜け、北へ向かえばジパングだ。黄金の国。理想郷。〈アルカディア〉と呼ばれた国だ。おれは必ずそれを見てやるとマゼランは言った。

 

その男の旅はそういうものだった。そしてそれは壮絶な旅であったと人は言う。生きて故郷に戻れた者はごくわずかであったと言う。

 

船に乗った260あまりのうち、マゼラン自身は途中で死んで、生還は航海長以下18名であった、と。

 

〈ヤマト〉はこれよりマゼランが指で差した星雲を目指す。日本を再び見るためには、そこへ行かねばならぬのだから。行く手に何が待ち受けようと、必ず乗り越える覚悟で行くのだ。

 

昨日に壊れた人類の滅亡までの時を刻む時計のネジは直されまた巻き上げられた。〈滅亡の日〉と呼ばれる日まであと三百四十日あまり。

 

必ず、必ずそれまでに地球に戻らなければならない。今、乗組員達の万感(ばんかん)の思いを載せて船が行く。地球で待つ人々の希望を載せて船が行く。今、宇宙の赤道を越えて南へ向かう船の名は〈ヤマト〉。宇宙戦艦〈ヤマト〉だ。しかしこの船は、もうひとつ別の名前を持つだろう。

 

こう呼ばれることだろう。あれは〈スター・ブレーザー〉……。

 

星の海に人類の道を切り開く船なのだ、と。




一年間の御愛読ありがとうございました。既に長くもなりましたのでここでひとまず完結とし、外宇宙航海編は巻をあらためて投稿したく思います。

ついでに、申し訳ありません、しばらく休みをいただきます。早く続きを書き進めたい、始めた以上はイスカンダルまで、と言う考えもあるのですが、しかしなかなか……。


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孑孑

――と、いったところで第一部終了です。ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。

 

さて、おそらく今あなたは、『すごいぞ。これをコピペして、全部自分が書いたことにしてやろう』と思っているところでしょう。ごまかそうとしてもダメです。あなたの気持ち悪い顔にハッキリそう書いてあるのが、ウェブカメラを使って見ている私のPCにあなたのIPアドレス付きで保存させてもらっています。

 

というのは嘘ですが、これまでにこれを読んだ者みんながそう考えたんですから、あなたが初の例外だなんて言っても信じられませんね。

 

あなたが今読み終えたこの『敵中 第一部』は、2014年1月14日に投稿を始め、八ヶ月後の9月13日に前のページを更新してひとまずの終了となりました。その時点でのアクセス総数はタッタの743。日に三人の割合でしかこれを開けなかったのです。

 

その後は長らく日にひとりも開けるかどうかという状態が続いてましたが、私がこの文を書いている2020年1月現在、どういうわけか、このサイトのトップページにランクされたり落ちたりしている。これはどういうことでしょう。ここまで読んだあなたには、心当たりがあるんじゃないすか。

 

てわけで、違うフリしてもダメです。この作品は六年かけて水面下で広がりまして、あなたのような孑孑(ボウフラ)が、日本じゅうのドブの中に何千匹もウヨウヨしている。あなたは一匹のボウフラだから、まわりにせいぜい十匹くらいの同類の影が見える程度でそれが全部だと思ってるかもしれませんが、実は一万と一匹目です。この作品は他のサイトにも同じものを出していてそこでもボウフラが集まりましたし、既にコピペを自分が書いたものとして他所に出した者がいて、私の作とは知らずに読んでいるのが何千もいます。

 

その合計が一万人。あなたは10,001人目ですが、しかしそんなの嘘だと信じたいでしょう。なら、いいですよ。やったらんさい。私としてはむしろあなたにこれを盗んでくれてほしい。どうせ失敗するに決まっているんだから。

 

けれども、しかし大丈夫です。普通、盗用と言ったらば、誰かに通報されることで失敗するわけですが、この作品に関する限りその心配は無用です。通報によって発覚することだけは絶対にない。だからあなたの名前や住所が暴かれ世に晒されることもない。そのおそれはありませんので失敗してもへいちゃらぴー。

 

今までにやってしくじった連中も、そんなことにはなってないのであなたもまた大丈夫。だって読む者みんながみんな、あなたと同じボウフラだもの。『すごいぞ。これをコピペして、全部自分が書いたことにしてやろう』と、あなたと同じに考えるだけなんですから。

 

あなたがやってたとえ千人が読んだとしても、その千人がすべて盗用を企むのなら成功しない。今までにこれを盗んだ者達は、それがゆえに失敗しました。

 

また、その千人の中には実は百人くらい、本当の作者は私だと知ってる者がいるんですが、その彼らも黙っています。『まずいぞ。また島田の『ヤマト』を盗むやつが出ちまった。もしもこいつが西崎彰司の知るところになったりしたら、おれの夢もおしまいだ。どうか広まりませんように』と考えるので、通報など絶対しません。ために盗んだ者達みんな、己の素性を暴かれずに済んでいます。

 

ですからどうぞ安心して、あなたもお盗みなさってください。これのコピペをあなたが書いたものとして、別のところに出すのです。私としてはこの作に、『読んだ誰もが盗用を企み、実際にやった者が何人も出た』という評判が欲しい。だからあなたが盗んでくれるの大歓迎なんですよ。さあやれ! 今やらなくてどうする!

 

イスカンダルまで全部私が書いて出すのを待つ気でいるわけ? そんなの一体何年後だと思うんですか。私はもともと『ヤマト』なんかどうでもよくて、他所に出してる私のオリジナル小説を売る目的でやってんだから、続きなんか書きませんよ。

 

だから完結を待つのは無駄。てわけで、横の〈プロフィール〉から〈HP〉の欄に置いたアドレスを押してリンクをたどってください。盗むのならばこの『敵中』よりもっといいものを見ることができます。

 

やっぱり、もう、既に盗んでいるやつが何人もいるみたいだけどね。大体、あなた、今頃これを読んでる時点で遅えんだよ。もう何千にも知られてるのがわからないなら頭悪いよ。バカだろ、お前。

 

これまではこいつを盗んだ者がいても誰も通報しなかったけど、それは今までがそうだっただけ。もし私がこの『敵中』を全部完結させたものを明日ここに出し、あなたがそれをコピペする最初のひとりになったとしましょう。そしてネットに出したなら、西崎彰司がすぐそれ読んで「すごいぞーっ!!」なんて言ったとする。

 

それで成功は成功ですが、ただ一日だけのことです。翌日には千人が「本当の作者は島田だ」と叫んで犯人捜しがされる。あなたはたちまち素性を暴かれ、名と住所とその気持ちの悪い顔を世間に晒されるわけだ。

 

それがわからないのならお前、ほんとに頭悪いよ。盗用犯にそれ以外の末路はないからあなたには必ず首を吊ってもらいますが、でもやっぱりわからないだろうな。そうは絶対にならないと信じる心を持つだけなんでしょ。アニメの主人公みたいにさ。ならせいぜいいつまでも、そうして盗みを企んでいれば?

 

 

 

   *

 

 

 

――というような文章を二次創作サイト〈novelist〉に出しているこれと同じ作の末尾に付け足しました。文中に『横の〈プロフィール〉』うんぬんとあるのはあちらのサイトでの話です。

 

あちらの方では本作は読者を増やしているようでもありますので、よろしければご確認ください。

http://2.novelist.jp/68292_p131.html



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天国のクロへ

次に置くのは『ヤマト航海日誌5』として小説投稿サイト〈novelist〉で公開したものの転載です。
https://novelist.jp/91400.html


私は家で飼っていた犬を殺した人間です。

 

雑種だったけど、いいやつでした。でも、私が殺しました。家に来たのは私が9歳、あれが生後半年くらいで、家族の中で主に私が道を散歩させていました。

 

『殺した』と書きましたが、本当に殺したわけではありません。私が20、あれが11でもう老犬になりかけていたその日も私が散歩させていると、野良犬が何匹か寄ってきたのでしばらくの間、綱を放して遊ばせてやったのです。すると犬は翌日から元気がなくなり、私が「どうしたんだよ。散歩に行きたくないのか?」と言っても小屋から頭を出すだけでした。

 

そしてその数日後に死にました。医者に診せるとジステンパーだと言われました。ジステンパーのウイルスを野良犬に伝染(うつ)されたんだろう。ジステンパーは仔犬の病気と思われているが実は違う。犬が若くて元気なうちは感染してもまず平気だが、年を取ってウイルスに入られるとまずダメなのだと。ウチの犬は仔犬のときに予防接種を受けていましたが、その効力は切れていたのです。

 

だから死なせたのは私です。綱を外すべきでなかった。まだ何年も生きられたのに、あいつの命を私が奪ってしまったのです。

 

そのことで私を責めた者はおらず、私もわざわざ自分から「おれが殺した」なんてこれまで言ったことはないのですが、でもそうです。おれが殺した。未だに記憶の中であいつに会うたびに、許してくれ、おれがお前をと言わずにいられません。けれどもあいつはなんにもわかっていない顔で、私に尻尾を振っています。私は生きている限り、この呪いを払うことはできないでしょう。

 

が、今ここにこんなことを書くのは犬のジステンパーが、人にとってのコロナウイルスと同じだからです。

 

同じですよね。ウイルス性の伝染病で、若くて元気なら感染しても発症しない〈キャリア〉の状態でいられるが、年を取って伝染(うつ)るとまずい。ウチの犬の場合には、死の責任が私にあるのがはっきりしてます。だから罪を背負うしかない。私は一生、犬を殺した罪を背負って生きていくしかありません。

 

が、コロナはどうでしょう。同じなようだが、果たして本当に同じでしょうか。

 

今のテレビはあなたに向かい、自分の親に近づくな、アナタが親に近づくと親は死ぬのだ、それはアナタが殺したのだと言います。本当にそうでしょうか。

 

私は違うと思います。あなたの親がコロナで死んだものとして、そのまわりにあなたを含めて25人がいたとします。【感染したと思われる日に25人と接触した】という意味です。感染者の割合が20パーセントとすると5人にひとり、

 

 

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  ○ ○ ○ ○ ●

  ○ ○ ● ○ ○

 

 

図にするとこう。25人の中に5人。この5つの黒丸のうちのどれかがあなたの親を殺した者ということになります。

 

検査するとそれがわかりますが検査しなければ、

 

 

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この通り、全員がシロで誰がキャリアかわかりません。そして検査したところでキャリアが5人いたのがわかるだけで、そのうちの誰があなたの親に伝染(うつ)したのかがわかるわけではありません。あなたはその5人に対して、「お前達5人の中に人殺しがいる」と言いたいですか。

 

言いたきゃそれでもいいですが、問題はあなたも黒丸のひとりである場合ですね。人はあなたを自分の親を殺したやつのように見るでしょうが、実際は、他に4人いるのだから4人のうちの誰かひとりである確率の方が4倍も高いわけです。わけですが、だからと言って「田中と中野と野村と村田もキャリアだった」なんて言ったら、かえって「罪を逃れようとしている」という眼で人に見られるでしょう。

 

これは間違っています。

 

ですが、もっと間違ってるのがこの5×5(ファイブ・バイ・ファイブ)のうち、真ん中の上から3番目の列の5人だけ抜き出して検査するような場合です。それをやると、

 

 

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  ○ ○ ○ ○ ○

  ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

こうなって、ただ一個の黒丸が「こいつだ!」ということになる。あなたが妻と3人の子を連れ、親と会っていたからあなた達だけを検査する場合がこれにあたりますが、結果あなたの奥さんが犯人にされるとかいうことになる。

 

奥さん以外に犯人はいないのだから奥さんだ、ということになるけど間違ってますよね。本当は、検査してないだけでキャリアは他に4人いるはずであり、そのうちの誰かひとりが伝染(うつ)した確率の方が高い。なのに一部だけ検査するから、【コイツだと見て間違いないやつ】がひとり生まれてしまう。

 

おわかりでしょうか。これはスケープゴートです。

 

そのひとりは、他の者らのスケープゴート。あるいは、残り20の中から犯人を出さないためのスケープゴート。5人だけを抜き出して検査し、中にひとりキャリアがいてくれたなら、他の者らを検査しなくていいことになる。アナタが親と会ったためにアナタの親は死んだのだ、ということになれば結局あなたが悪者となり、あなたがスケープゴートです。

 

ですが、それでどうなるでしょう。世は救われたでしょうか。25人の人間関係はメチャメチャで、ファイブ・バイ・ファイブの小さな社会は回復不能の痛手を受ける。スケープゴートを出すのは問題の解決にならない。悪化を招くだけだというのがおわかりになるでしょうか。

 

今の状況がそれです。スケープゴートの大量生産。こともあろうに首相や東京都知事がそれをやるために、国が乱れてしまっている。こう書いたなら反論がこう来るかもしれませんね。「感染がこれだけ拡大してるのだから仕方ない。必要な措置なのだ」と。本当にそうでしょうか。

 

テレビは「コロナの感染が拡大している」と言う。でもどの程度、拡大してると言うのでしょうか。

 

私にはわかりません。テレビが割合を言わないから。さっきの図はキャリアが存在する率を20パーで作りましたが、実際には何パーセントなんですか。

 

80パーなら、

 

 

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  ● ○ ● ● ●

  ○ ● ● ● ●

  ● ● ○ ● ●

  ● ● ● ○ ●

 

 

図はこのように作り直さねばなりませんが、変ですね。あなたが親に会おうと会うまいと、あなたの親はキャリアに巻かれていることになる。マスクその他はどうやらほとんど感染を防ぐ役には立っていないようですから、あなたの親にはほぼ確実な死が待っていることになる。感染の度が80パーで、コロナの致死率も高齢者では80パーであると言うならそうなります。

 

でも、そうなっていませんね。テレビは「今日は新たに○人の感染を確認」「今日は新たに○人の感染を確認」と言う。言うけど、ただその数が増えるばかりで老人がバタバタ死んでるという報道はない。別に息子が親に会いに行かなくても死ぬ理屈なのにそうなってない。

 

それどころか、最近は、「今日は何人死んだ」という報道も聞かない。昨日は何人が死んだのでしょう。ニュースが言わないのでわかりません。

 

一日に出る死者の数が、新たに確認される感染者の数に比例するなら今年になって、日に千・二千と死ななければなりません。あしたに三千人死んで、あさって四千死ななきゃ計算が合いません。あなたが親に会いに行けば親は確実に死ぬようなことを政治家や学者は言うが、じゃあ一万も死んでんですか。

 

一日一万。「オレが会ったから親は死んだーっ!!」と叫んで泣いてる人がそんなにたくさんいるんでしょうか。私には、「別にその人が死なせたとは限らんだろう、おれが犬を死なせちまったのと違って」としか思えんのですが、一万いるの?

 

日本の人口が一億二千万、うち二千万が高齢者として、感染の度が10パーセント、致死率も10パーとすれば二十万人がこの数日のうちに死ぬことになる。最終的に百万てとこかな、これは物凄い〈禍〉と言えますがそんな話でもないようですね。割合50の致死率50か、割合80の致死率80みたいに聞こえる割にはどうにもこうにも死者の数が少ないようです。それどころか私には、ニュースが言うのは感染の度は2000パーセントにも達しているが致死率は0.00000001パーセントとでも言ってるように聞こえる。

 

私の耳はちょっとおかしいのでしょうか。「今日は何人死亡」というニュースをこのひと月ばかり聞いた憶えがないのですが私が聞いてないだけですか。

 

ひょっとして「感染が拡大してる、拡大してる」「緊急事態だ、緊急事態だ」と言う割には日に何人も死んでない。「今日は日本全国で3人」と報道すると、「なぜ比例して増えないのか」と人に思われてしまうから報道できないのじゃないでしょうね。感染者がどれだけ多くても死ぬ人間が少ないのならそれは〈禍〉とは言えないはずです。

 

それはたんに普通の風邪が普通に流行っているだけです。普通の風邪でも人は死にます。聞いたことはありませんか、 

「風邪だと思って甘く見るな。風邪は本当は怖い病気だ。肺炎になって死ぬ人が毎年たくさんいるんだぞ」

という言葉を。年に千人や二千人は、普通に死んでるものなんじゃないのでしょうか。去年まで、私はそう思ってたのですが違うのですか。

 

高齢者の人口が二千万なら千人は、二万人にひとりです。二千人でも一万にひとり。この程度の数が死ぬのがこの世の終わりのように騒がれるほどの大事(おおごと)なのか。

 

私はそう思いません。二千万人の中の0.00001パーセント。同じくらいの数が毎年階段で足を踏み外して転落死してるはずですし、火事や交通事故で何倍も何十倍も死んでいる。もちろん、癌で年間に何十万も死んでるでしょう。

 

人は死に方を選べません。自分はタバコを吸わないのに副流煙の肺癌で何年もベッドに縛り付けられ、痛い痛いと苦しみながら死んでいく人もいます。年に千人もです。その場合、誰が苦しめて死なせたのかははっきりしていますね。タバコを吸う同居人です。しかし歩きタバコほどの社会問題視された話は聞きません。

 

なぜかと言えば、それは年に千人くらいのものだからです。二千万人の中の0.00001パーセント。それは当事者と遺族にとっての不幸であっても社会の脅威の数字ではない。

 

【〈スペイン風邪〉以降の百年間に肺炎の死者がゼロだったのが去年にいきなり千人・二千人】という考え方をしてはいけません。毎年千人、日に何人か死んでいて去年の2月・3月には確かに多く死んだようですが4月以降は完全に例年通りとなってるはずです。一昨年(おととし)まではお年寄りが肺炎で死んでも、

 

「肺炎ですか。怖いですねえ。風邪はほんとは怖い病気だとよく言いますがほんとですね。けれどもあまり苦しまずに畳の上で死ねたということですから、それがせめてもの救いでしょうね」

 

と言っておしまいとなってたはずです。

 

それで何がいけないのでしょう。

 

ウチの犬が死んだときに近所の人は、

 

「ジステンパー? 怖いわねえ。でもクロちゃんは幸せだったね。最期は家族に看取ってもらえて」

 

などと言っていました。私は複雑な心境でしたが、「おれが殺した」と私が言うのを誰も望んでいないのがわかっていたので黙っていました。ことはタバコの副流煙の肺癌で苦しんで死ぬ人の最後と違います。肺炎で人が死ぬことは、誰かに風邪のウイルスを伝染(うつ)されたということですが、「伝染(うつ)したのは誰だ」なんてことを言う人間はいなかった。

 

 

  ○ ○ ○ ○ ○

  ○ ○ ○ ○ ○

  ○ ○ ○ ○ ○

  ○ ○ ○ ○ ○

  ○ ○ ○ ○ ○

 

 

去年までは。検査しなけりゃ全員がシロ。誰も悪者になることがなく、「比較的安楽な死で良かった」ということにさえなり、小さな社会は保たれる。高齢者の肺炎による死などというのは、2019年まではそれで済んできたもののはずです。

 

それでいいのではないでしょうか。

 

何がいけないのですか。全員を検査したところで、風邪のキャリアが複数いれば誰が伝染(うつ)したかわかりません。犬を死なせた私と違って犯人の特定は不可能なのです。それとも、端からひとりずつ検査していき最初に〈陽性〉と出た者を「こいつだ」ということにしますか。

 

それはスケープゴートですよね。やれば〈社会〉はガタガタですよね。副流煙による肺癌で人が死んだ場合でも、人は「お前が殺した」などと〈犯人〉にあまり言いはしないはずです。むしろ「自分を責めるな」と言うのが普通じゃないでしょうか。

 

それで何がいけないのでしょう。2019。平成の日本まではそうだったはずです。しかし今、令和となったこの国でそれが逆になっていないか。

 

スケープゴートを出して、叩く。それが正義となっている。政府は今、コロナの検査態勢を強化すると言っています。野党議員も誰ひとり、反対せずに「やろう。やらねば」と言っている。だから行われるのでしょうが、【検査態勢を強化する】とはどういうことなのでしょうか。

 

国民全員を検査すること? 毎日毎日。違いますよね。一日千人毎日検査していたものを一日二千にするということ。私は去年4月の緊急事態宣言中のことだったと思いますが、テレビのニュースがこのように言うのを聞いた憶えがあります。

 

「東京都で一昨日に986人を検査して59人だったので6パーセント。昨日は1025人を検査し72人だったので7パーセント。一日に1パーセントの増加です」

 

とか。数字まではっきり憶えているわけではないが確かにこのように言いました。私は聞いて、

 

「ふうん。一日千人前後を検査し割合を出しているのか」

 

と思いました。

 

それがこないだの緊急事態宣言の日には、

 

「東京都で本日新たに2447人の感染を確認。過去最高を大幅に更新」

 

とニュースは言った。今度の《2447》はテレビの画面をカメラで撮った確かな数字ですが、変ですね。

 

〈2447〉とは何人を検査した結果の数字で何パーセントなのでしょう。テレビはそれを言いません。千人を検査したうちの2447人なら、244.7パーセントの人間が感染してるということでしょうか。東京都民1300万人のうち、3181万1000人がコロナの感染者なのかな。

 

〈一日千人前後〉のまま検査態勢を強化したことがないならそうなりますね。〈2447〉の前日が何人だったか憶えてないけど、確か1600人くらいでした。一日で1.5倍。凄い増加のようですが、何人を検査しての結果なのか。

 

テレビはそれを言いません。言うのは〈新たな確認数〉だけ。けれどもそれは、検査態勢を強化すれば必然的に増える数字じゃないでしょうか。

 

東京都民1300万。うち10パーの130万が感染者であるとします。最初の日に千人検査し100人確認。次の日に1500人、次の日2250人、と検査人数を1.5倍にしていけば、

 

 

  第1日目。1000人検査し100人確認。

  第2日目。1500人検査し150人確認。

  第3日目。2250人検査し225人確認。

  第4日目。3375人検査し337人確認。

  第5日目。5062人検査し506人確認。

  第6日目。7593人検査し759人確認。

  第7日目。11390人検査し1139人確認。

  第8日目。17085人検査し1708人確認。

  第9日目。25628人検査し2568人確認。

 

 

こうなって、9日目に2568人を〈新たに確認〉することができる。実際の感染者はひとりも増えてないんですがね。検査態勢を強化しながらそれを明らかにしないのならば、拡大していないものを拡大してるように見せかけられる。

 

のではないでしょうか。私は政府はこれをやってると思います。今でも日に千人を検査しているのであれば〈2447〉は有り得ない。2447ならば1300万人のうち何パーセントの推定何万が感染してることになるのか。

 

そのような発表の仕方はしない。そしてこの日に何人が死んだかという発表もない。

 

おかしいとは思いませんか。検査態勢を強化するのにどんな意味・どんな必要があるのでしょう。千人検査して二百人が〈陽性〉ならば20パー。「都民1300万人のうち260万人が推定」と言えるはずです。二千人を検査して四百人なら20パーで、「都民1300万人のうち260万人が推定」なのは同じなので態勢を強化することの意味も必要もあるはずがない。

 

なのに首相や東京都知事は「さらなる検査態勢の強化が必要」と言って野党の議員達もそうだそうだと賛同している。〈パーセント〉や〈推定数〉を出すための検査でなくて〈新たな確認数〉を増やすのが目的の検査なのか。

 

それはおかしい。私はコロナの感染報道は、

 

「本日は1234人を検査し、98人が陽性と出ました。感染者の割合は都市部で12パーセント、平均8パーセント。一万人あたり800人がコロナに感染している見込みです。首都圏で推定三百万人、日本全体で一千万人……」

 

と、このようにやらねばならない。これが正しいやり方だと考えます。こうでなければ感染の状況を正しく伝えるものにならない。

 

だから今の報道の仕方は正しくない。本当に増えているなら割合を言う。

 

「感染の推定割合49.8パーセント。49.9。50。50.1……ああっ、半数を超えてしまいました!」

 

というふうに言う。これでなければどのように増えているかがわからない。

 

「本日新たに1139人の感染を確認。過去最高を更新」

「本日新たに1708人の感染を確認。過去最高をまた更新」

「本日新たに2568人の感染を確認。過去最高をまたまたまたまた大幅に更新」

 

これは物凄い勢いで拡大してるように見えますけれどどのように拡大してるかわからないでしょう。なぜ割合で言わないのか。

 

言えないのじゃないでしょうか。実は今、厚労省の中では、

 

「感染の推定割合10.2パーセント。10.1。10。9.9……ああっ、一割を切ってしまった!」

 

なんて言ってるなんてことはないんだろうな。

 

日々のニュースを見ていて私はそんな気がします。増えるどころか、減っている。12月の初めあたりから減り始め、今や何パーセントもない。コロナは自然消滅しつつあるということなんじゃないのか。

 

厚労省はそれを掴んでいるのだけれどそれでは困る。自分達のワクチンで国を救ったということに彼らはしたい。できなければ、彼らの立場がないからです。だから収束しつつあるのを、拡大してるよう見せかけている。

 

だからさらなる検査態勢の強化を、と政治家どもに言い、おっさんという生き物はおっさんだから何もわからず厚労省に言われるままに三遍回ってワンワン吠えて尻尾を振ってる。おっさんどもも彼らの力で国を救ったということにしたいから。

 

私は日々のニュースを見ていてそんな気がするがどうでしょう。コロナの〈禍〉など全部が全部厚労省の嘘じゃないのか。

 

私は最初の頃からそんな疑いを持っていましたが確信したのは去年の10月のことです。その前の8月後半に、死者・重症者が一時的に増えたことがありましたね。あのときにテレビのニュースは、それが始まった3日目に、

 

「3日前から一日の死者・重症者が先週の3倍になっています。第2波だ。これは第2波です!」

 

と叫び立てましたが、私は、

 

「いや、ここ3日ほど、熱帯夜が続いてるからそのせいだろ。クーラーかけてハダカで寝たようなやつらが発症したのさ」

 

とだけ思って聞きました。去年の夏は8月の半ばを過ぎてやたらと暑くなり、夜になっても気温が下がらない日々が2週間も続いたのを思い出してください。熱帯夜がやっと終わった翌日、テレビが、

 

「死者・重症者が急にピタリと元の数字に戻りました。不思議です。ウイルスは何を企んでいるのでしょう」

 

と言うのを私は「バカ」とだけ思いました。

 

それからひと月が過ぎた10月初め、テレビをつけたら池上彰が、

 

「8月のあれが第2波だったかどうかについては、専門家の間でも意見が分かれています」

 

と言うので本当にあきれました。意見が分かれている? 「あれは第2波だ」と言う学者と「第2波と言うにはちょっと」と言う学者で意見が分かれてるのか。あんなもん、クーラーをかけてハダカで寝たバカが発症しただけに決まってんだろうに。熱帯夜が始まった日に始まって、終わった日に終わったんだから。なのに学者が何百・何千人といて、関連に気づくやつがひとりもいないのか。

 

そう思った時、私はやはり自分が正しい、〈禍〉など起きてないという考えに確信を持ったのです。愚かな学者先生どもが〈禍〉が起きているように思い込み、〈ブロッケンの怪物〉に脅えているだけなのだと。

 

この先月にも死者が結構出たようですが同じでしょう。12月に入ってから一日に10人、20人と死ぬようになり、中旬に「今日は50人」と言ったと思うとその翌日から死者の数を聞かなくなった。その後ひと月まったく聞かんが、あれはおそらく「よく換気」という言葉を信じて夜通し窓を開けていた人間達が発症した。中旬過ぎると寒さが厳しくなったので窓を閉めたため死ななくなった。

 

というだけの話でしょう。40、30、20と減るとマスコミは報道しない。できない。「感染が増えているのになぜ死者が減るのか」と言う声が殺到するに決まっているがそれに答えられないから。

 

そして今年に入ってから、テレビは、

 

「寒さが厳しくてもよく換気しましょう」

 

と言い出しました。政治家もそう呼びかけ出しました。窓を開けて人が死ぬのにやっと気づき、多くの死者に出てほしくてそう言い出したのでしょう。

 

私はそう思います。彼らは言わば〈宇宙戦艦ヤマト〉の第一艦橋クルー。ボクは古代進でキミは森雪。島。真田。ボクらの力で日本を救ったことにしなけりゃならないんだ、というわけです。

 

それにはコロナに自然消滅なんかされては困る。2月・3月の倍の千人。そのくらいはひと月のうちに死んでくれねば困る。

 

のだと思います。だから今は躍起になって、国民みんなに夜通し窓を開けさせようと頑張っている。

 

私はそう思います。コロナは発生した時点では、確かに強い毒を持っていた。しかしそれを急速に弱め、日本に来た頃にはやっと老人をいくらか殺せる程度になっていた。そして志村けんを殺した日あたりを境に普通の風邪と毒性がほとんど変わらないものとなって今に至る。

 

そこで政府は最初の緊急事態宣言を出したわけですがこれは完全なる愚行です。コロナは【毒を弱めるのが増殖に有利】との判断を〈彼ら〉の遺伝子が下していた。ただし本当に〈下した〉のでなく、ウイルスの性質がもたらす偶然の結果。一度毒を弱める道を〈選んだ〉ウイルスが再び猛毒を持つことは、絶対とは言えぬまでもまず有り得ぬ話なので〈第2波〉などというものが起きる心配は杞憂だった。

 

肺炎で日に3人や4人が死ぬのは当たり前で、2019年も2018年もその前の年もその前の年も、毎年普通に千人くらい死んでいるのに〈禍〉だ〈禍〉だと、愚かな日本人は大騒ぎ。病院がパンクしたのも普段であれば風邪を引いたくらいのことで医者にかからぬ者達までが病院に殺到したからでしょう。その者達の多くがまた、

  

「先生、ワタシはコロナですか。コロナなんですか、先生!」

 

「はあ、確かにコロナにかかっているようですが軽症ですよ」

 

「やはり! ワタシは死ぬんですか。死ぬんですね、先生!」

 

「いや、それくらい元気ならば大丈夫です」

 

「助けてください、死にたくない。ワタシはまだ死にたくないんだあっ!」

 

「だからそのくらい元気だったら……」

 

こんな調子の人間だったからに違いありません。こういう人が、家に帰って手洗いだ手洗いだと30分もジャブジャブと冷たい水で肘まで洗い、風邪引いてるのに体を冷やしたことで重症化し、死ぬ。

 

そして世界で百万死んだというのも毎年のことでしょう。世界には、貧困にあえぐ人々が何億もいます。子供がゴミ拾いして、女の子は身を売らされる。そして〈AK〉を持たされて、麻薬やエイズに身を蝕まれる。

 

そんなところでは普通の風邪への抵抗力さえ人が持つのが難しくなる。だからそれらの地域で毎年、百万という人々が肺炎により死んでいく。

 

のですよ。去年も前半には、例年よりも多くの死者が出たのかもしれませんが、今はたぶんいつもの年と変わらんでしょう。世界的にコロナは消滅しつつあるが、別の風邪ウイルスによる肺炎で今年も百万人が死ぬ。来年にまた別の風邪ウイルスが広がって百万が死ぬ。

 

それを豊かな層にいられる人間は見て見ぬフリをしてきている。今年は見たけどコロナのせいにしている、というだけの話。貧困を生むのは差別です。人種差別に階層差別。他さまざまな差別があって人間を〈持つ者〉と〈持たざる者〉に分け、悪循環が風邪で死んでいく人間を生み出す。年に百万人。それをこの状況下でも、誰も気づかず直視しない。

 

というだけの話でしょう。日本で死者が少なく済んできていたのは差別が比較的少なく、貧富の差も小さいためだ。けれどもその日本で、感染者差別をする者が出た。

 

魔女狩りです。検査で〈陽性〉と出た者を、働くな外に出るなお前が外を出歩くとお年寄りが死ぬと指差してなじり、監視する。しかしここに書いてきたように、東京都民が1300万いて感染者の割合が10パーならば感染のキャリアは130万人いるのです。それを一日に千人検査し、100を〈新たに確認〉するから、その100人だけが差別の対象ということにになる。

 

その100人は〈魔女の烙印を捺された者〉。129万9900のスケープゴート。いや、1299万9900のスケープゴートに他なりません。すべて嘘なのでその100人が働いたり、出歩くことで老人が死ぬなんてことはまったくない。

 

私はそう思います。政府は魔女狩りがしたいがために嘘をついている。お年寄りを楯にすれば魔女狩りができると気づいてそれをやっているのだ。〈魔女〉にされた者達の罪は厚労省の検査チームが、

 

「今日はここで感染者狩りをするぞ」

 

と決めたその場所にたまたまいただけ。なのに魔女の烙印を捺され、働くことができなくなる。

 

それを人は当然のことと呼んで差別を行うが、国は検査態勢をさらに強化すると言いました。

 

それはすなわち、

 

「今日はここで感染者狩りをするぞ」

 

というチームをもっと作るということですよね。私がさっき書いたように、割合と推定人数を出すための検査であれば一日に千人で充分のはずなのに。明日あなたがその連中のカスミ網にかからないとはわからないし、あなたの家族や友人がかからないとも限らない。その確率が高くなるということなのがわかりませんか。

 

明らかに政府は〈魔女〉を増やそうとしています。スケープゴートを大量に出せば、衆を恐怖で支配できる。〈検査態勢の強化〉というのは、そのためだけに行われる。野党議員もなんだかんだ言って恐怖政治を行いたいのは同じですから、首相や都知事に賛同している。

 

のだというのに気づくべきです。芸能人やスポーツ選手をこれまでも特に狙って検査したのは、彼らがスケープゴートにするのにいい者達だから。一般人へのいい見せしめとなる人間達だからなのです。

 

わかりますか。コロナについて政府とマスコミの言うことはすべて嘘。衆を恐怖で支配するための嘘です。検査などしなくていい。してはいけない。それが私の考えです。

 

感染が拡大しているかを見るには死者数と重症者数を見ればいい。それでわかるのになぜ検査する。どうしても検査するなら日に千人と決めて当人には結果を伝えない。エイズ検査とは違うのですから。エイズの場合は当人に教えなければなりませんがコロナでやるべきではない。あなたの親がコロナで死んでも別にあなたから伝染(うつ)ったと限らないのだからやってはいけない。

 

やれば魔女狩りになるだけだ、と私は思います。人間関係を破壊させ、社会を立ち行かなくさせるだけ。なのにそれが日本だけでなく全世界で行われている。

 

コロナなんてただの風邪で、風邪は常にそうあるように一年のあいだ流行しても次の年に別の風邪ウイルスが広がることで押しのけられ、消えていくものなのに。今もほんとは拡大どころか消滅しつつあるとこなんじゃないかという印象しか、テレビを見ていて私は感じられないのに。

 

なあクロ、と私はいま天国の犬を想って考えています。おれ、間違ってるのかなあ。おれ自身はおれの考えが正しい、と言うよりも、今のテレビが言うことは何から何までメチャメチャとしか聞くことができないんだけど。



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