婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜番外編 (大岡 ひじき)
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コメディ
戦闘!!罵漣咫慇(ばれんたいん)


「婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜」バレンタイン特別編です。
時系列とか設定がメチャクチャな上、塾生全員が光が女である事を知ってるという前提でお読みください。


「み、みんな──っ!た、大変だ──っ!!」

 その日の騒動は寮の夕飯時、食堂に飛び込んできた秀麻呂の叫びから始まった。

 

「な、なんじゃ秀麻呂、藪から棒に。」

 勢い余って激突してきた秀麻呂を受け止めながら、虎丸が訊ねる。

 

「配膳の最中じゃなくて良かったぜ。

 ひっくり返したら飯抜きだからな。

 ここのマズ飯だって、一応は俺たちの命綱だからな?」

 富樫が言うのを聞いているのかいないのか、ようやく息を整えた秀麻呂が、俺たち全員に向かってこう告げた。

 

「光が、商店街でチョコレートを買っていた!」

 

 ………………は?

 

「…光さんは、甘いものが好きだからね。

 別におかしな事じゃないと思うけど…?」

 椿山が言うのに、富樫が頷く。

 

「そうだな。羅刹はチョコレートパフェを奢るって口実で、光とデートしたらしいし。」

 その富樫のコメントに、その手があったか!と全員が騒めき出したが、最初の情報を持ってきた秀麻呂は、そこにおずおずと口を開いた。

 

「けどさ…明日はバレンタインなんだぜ…?」

 

 瞬間、全員の動きが止まった。

 

 ☆☆☆

 

「そういえば…御前の邸にいた頃に読んだ本に、源流を中国拳法に求めるお伽話を集めたものがあって、その中の記述に、蛇を使った拳法のお話が…!」

「ほう。興味深いな。どんな内容だ?」

「眠れる森の美女についての考察です。

 その本によれば、眠る姫を守っていたのは茨ではなく、姫が飼い慣らしていた蛇だったのだと。

 そもそも姫が眠りに落ちたのは、姫の飼い慣らす蛇に刺客が紛れさせたグリーク・ティナコンダの毒によるもので、助けた王子は無数の蛇の中からその一匹を見つけて、その解毒剤となる生き血を口移しで飲ませた、という話であるようです。」

「ちょっと待て光。

 それは恐らく、いつかの『アルプス一万尺』の際に見つけた本と、同じ出版社から出されてた奴じゃないか?」

「そうなんですか?

 出版社の名前までは、見ていなかったのでわかりませんでしたが…。」

 次の日。

 新一号生たちの教室で、何故か(とう) 罘傑(ふうけつ)と藤堂豪毅の二人に挟まれて話をしている光を見つけた。

 なかなかに和やかな風景だ。

 …光を挟む二人が、触れれば切れるような殺気を、全身から発してさえいなければ。

 というか、二人だけじゃない。

 よく見ればそこにいる全員が、異様な氣を発しながら、三人を遠巻きに見ている。

 

「…そうだったんですね。

 たくさんの蛇の中から本物を見つけ出すところは、愛のなせる業だなと、読んだ時感動したので、ちょっとがっかりです。」

「愛……か?」

「愛です(キッパリ)。」

「そ、そうだ。

 愛といえば…光、今日は何の日か……」

 駄目だ。こんな空気の中に光を置いてはおけん。

 考える間も無く声をかける。

 

「ひ、光!」

「桃?おはようございます。」

 殺気には敏感な筈のこいつが何の反応もしていないのは、やはりそれが自分に向けられたものではないからか。

 

「すまん、今いいか?

 頼みたい事があるんだが…。」

「頼み事?それはどういう…?」

 本当はそんなものはなく、咄嗟に口から出てきた。

 しまったと思ったが、今更撤回もできない。

 とりあえずは光を、この空間から連れ出す事だけを考えよう。

 

「…その、他人には聞かれたくない話なんで、できれば二人で話したいんだが。」

「?…わかりました、では、私の執務室に行きましょうか。

 豪くん、罘傑(ふうけつ)、ごめんなさい。

 またお話を聞かせてください。」

 …全員の殺気が一斉にこちらに向かったが、それも仕方ない。

 

 ☆☆☆

 

「それで、頼みたい事とは…?」

「あー…うん。」

 結局、執務室に入るまでの道のりで、用件を思いつく事が出来なかった俺が言い澱むのを見て、光は下から心配そうに、俺の顔を覗き込んできた。

 

「……珍しいですね。

 あなたがそんなに歯切れの悪い態度を取るなんて。

 余程のことなのでしょうか。

 私にできる事ならば何でもしますから、遠慮なく仰ってください。」

 見上げてくる顔が本当に真剣で、なんだか申し訳ない気がすると同時に…このまま抱きしめたくなった。

 

「光……。」

 その頬を、思わず掌で包む。と、

 

「邪魔するぞ、光。

 ………って、剣!てめえ、何してやがる!!」

  ノックもなしに突然入ってきた赤石先輩にいきなり斬りかかられた。

 俺も光を背に庇いながら、身を守るべく刀を抜く。

 だが、

 

「やめなさい、二人とも!

 執務室で抜刀するのはやめてくださいと、いつも言っているでしょう!

 斬り合うなら外でやってください!!」

 二人まとめて追い出された。なんだか理不尽だ。

 

 ・・・

 

「ひょっとして赤石先輩も、光のチョコの行方、気になってるんじゃないですか?」

「な、なんで俺がそんな事…!」

「気にならないんですか?」

「………わかったら教えろ。」

 やっぱり気になってるんじゃないか。

 

 ☆☆☆

 

 それ以上どうすることも出来ず、教室に戻ってみると、三面拳と話をしていた伊達が、不意にこちらを振り返った。

 

「戻ったか、桃。

 どうやら三面拳が調べたところによると、光は今朝早くに、天動宮へ行ってる。

 そして、しばらくして出てきた光が、来るときには手にしていた荷物を、帰りは持っていなかったらしい。

 …光のチョコを受け取ったのは、どうやら三号生の誰かのようだぜ。」

 …ていうか、調べさせたのか伊達。

 しかし三号生とは…可能性が高いのは、一度光とデートをしている羅刹か、天挑五輪大武會で行動を共にしていた影慶か、それとも、氣の講義を定期的に受けてるという邪鬼か…。

 

 ☆☆☆

 

 放課後、いつもの桜の下に行ってみると、Jが一輪の赤いバラと、どうやらチョコレートらしい包みを、光に向かって差し出している場面に出くわした。

 そうか、アメリカのバレンタインデーのプレゼントは、確か女性からに限定はされてなかったな。

 

「光は俺たち塾生全員の恋人みたいなものだ。

 日頃の感謝も含めて、受け取ってくれ。」

 だがそんなJに、光がなぜか、悲しそうな目を向ける。

 

「そんな…どうして私とJが、戦わなければならないんですか…!?」

「え?」

 そのまま二人が固まってしまったので、仕方なく俺が話に入る。

 

「…光、今日がなんの日か知っているか?」

「バレンタインデーでしょう。知っていますよ?

 婚姻を禁止された恋人たちの為に密かに禁を破り、結婚式を挙げさせた司祭が処刑された日ですよね?

 その無念の魂を鎮めんが為に、時のローマ皇帝が武術大会を開いて、勝者には敗者の血を捧げられ、それを飲み干したと、御前の書庫にあった本に書いてありました。」

 いや待て。

 

「そして現代では、互いに血の代わりにチョコレートを賭けて、宿敵との決闘を行う習わしが…」

「ねえよそんなもん!」

 と、唐突に後ろからツッコミが入る。

 振り返ると富樫が立っており、その後ろに何故か大勢の塾生たちが、いつのまにか集まってきていた。

 いつ来たんだ、おまえら。

 

「ええっ!?」

 心底驚いたような顔をして立ちすくむ光に近づき、その肩を抱いた豪毅が、ため息をつきながら言う。

 

「光…親父の書庫にあった本で得た知識は、半分くらいは疑ってかかった方がいいぞ。」

 

 ☆☆☆

 

「そんな……ど、どうしよう。

 私は邪鬼様に、嘘の情報を教えてしまったのでしょうか!?」

「…どういう事だ?」

「その話を邪鬼様との会話の中で何気なく出したら、邪鬼様がなにやら思いつめたお顔で、チョコレートを買ってきてほしいと仰るので、決着を付けたい相手がいるのだろうと思い、昨日商店街で購入したものを、今朝お渡ししたんです。」

「…ていう事は、光が買ったチョコは、邪鬼のところに行ったって事か?」

「そうじゃない。

 邪鬼の宿敵というのは……!!」

 

 ☆☆☆

 

「受け取れい聖紆塵(ゼウス)!そして勝負だ!!」

「意味がわからん!!」




すいませんでした。


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(あぶない)!!執務室

時系列は七牙冥界闘(バトル・オブ・セブン・タスクス)終了後の多分パラレル。
桃の一人称視点。


「…、ですよ。

 塾生たちは、みんな………てます。」

 

 夢うつつの中で、心地良い声が聞こえた。

 俺の、一番好きな声だ。

 何を言っているかよく聞きたくて、俺は横にしていた頭の角度を微調整して、耳を両方解放する。

 誰かと話をしているようだが…誰だ?

 

「仕方ないですね。

 今日は私がしてあげますけど、次からは自分でお願いします。

 やり方は、私のを見て覚えなさい。」

「判った。」

 光の言葉に答える低い声には、聞き覚えがある。

 誰だったかな?赤石先輩じゃない。

 富樫でも虎丸でも、Jでもなさそうだが…?

 

「はい、じゃ、脱いで。」

「ああ。」

 え?脱ぐ?

 

「…こんなに大きくなって。

 でもこれじゃ苦しかったでしょう?」

 え?え??ちょっと待て。

 

「……な、なんだか距離が近いですよ。

 それに、じっと見られていると、ちょっと恥ずかしいです。

 私、あまり上手くありませんから。」

「見ていろといったのはおまえだろう。」

 何?何がだ!?

 

「もう…ではまずここをこう押さえて…こう入れて、動かし…痛っ!」

 な、なんだ、何があった!?

 

「だ、大丈夫か?」

「ええ、平気です。

 それから、一旦引いて…こう、抜いて…それから、また、入れて…動かして…」

 ちょっと待て!俺が寝ているそのすぐそばで、一体何が起こってる!?

 

「ひ、光──っ!?」

「っっ!!?」

「のわっ!?……痛った───ッ!!」

 寝ぼけていた頭が一気に覚醒して、俺はソファーに横たえていた身を起こした。

 そこはいつもの光の執務室。

 俺が寝ていたのと反対側のソファーには、上半身裸の豪毅(!?)と、うちの制服とは違う学ランを手にした光がおり…光は涙目で俺を睨みつけている。

 

「ちょっと、桃!

 いきなり大声出さないで下さい!

 びっくりしてまた指に針刺したじゃないですか!!」

 え、針!?鶴觜千本か?刺さった!?

 

「大丈夫か。すまん、光。

 俺が、袖の繕いなど頼んだから…!」

「豪くんのせいじゃありませんよ。大丈夫。

 …はい、できました。ごめんなさい。

 私、裁縫はあまり得意じゃなくて。

 飛燕あたりなら縫い目なんてわからないくらい綺麗に繕えるんでしょうけど。」

 俺に向けるのとはまた違う微笑みを浮かべて、光は豪毅に学ランを手渡した。

 指差して示しているのは学ランの袖の、どうやら脇の部分のようだ。

 

「いや、充分だ。ありがとう、光。」

 それを受け取る豪毅もまた、他の誰にも向けないような甘ったるい微笑みを光に返す。

「どういたしまして。

 豪くんの世話を焼かせてもらうのも久しぶりですから。

 …けど、そろそろ制服、発注しませんか?

 それ、サイズ合ってませんよね?

 明らかに窮屈そうですし、すぐにまた破れちゃいそうですよ。いつから着てるんです?」

「2年ほど前に、急激に身長が伸びた時期があるから、その頃だと思うが。」

「…滅べ。」

「……何?」

「いえ、何でも。

 せっかくですからサイズ計り直しましょう。

 豪くん、体格がいいから、うちの制服もきっと似合いますよ。」

 ここまで2人の会話を聞けば、そろそろ俺にも状況がわかってきた。

 

「裁縫?制服……?破れ…そ、そうか。」

 さっきまでのやり取りは…そういう事だったか。

 あらぬ想像をした自分が気恥ずかしくなる。

 その俺を見上げながら、光が不思議そうな表情を浮かべた。

 

「…どうかしましたか、桃?

 それにしても派手に寝ぼけましたね。

 私の名前を呼んでいたようですけど、どんな夢をみていたんですか?」

 言えるわけがない!しかも夢でもない!!

 光の質問に、俺は曖昧に笑って誤魔化すしかできなかった。

 光から逸らした視線が、今度は豪毅と合う。

 豪毅は何事か悟ったような目で俺を見返すと、口角を笑みの形に吊り上げた。

 …光からは見えない角度で浮かべたそれは、実に悪そうな微笑みだった。



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女たちの男塾

本編放り出して、アタシは一体何を書いているのだ…!


「…なによ。」

「…なんだい。」

 それは私が聞きたい。

 校門を出た瞬間、女子大生のお姉さんとおばあちゃんの2人に挟まれて、私を挟んだその2人が火花散らせるくらい睨み合っているこの状況とか。

 

「わたしは彼に用があるのよ!」

「わしだってそうだよ!!」

 そうなのか私に用なのか。

 そうだよね、2人とも私の腕をしっかり掴んでいるもんね。

 ちなみに蓉子さんというこの女子大生のお姉さんは、状況は知らないが以前助けられた桃に一目惚れしたらしく、彼女が桃に手作りのクッキーを持ってきて受け取りを拒否され、これ見よがしにその包みを道に投げ捨てたところを、私がたまたま通りかかって知り合った。

 食べ物は粗末にしちゃダメだと説教しながら拾い、せっかくだからと包みを開けて一個食べたら泣かれた。

 そうだよね桃の為に作ったのに私が食べちゃダメだよねごめんなさい、と思って謝ったら、そうじゃない感動したのと更に泣かれ、以来たびたびお菓子を貰ったりお茶に誘われたりしている。

 ちなみにクッキーは結構しょっぱかった。

 これはこれでありなのかもしれないが私は甘い方が好きだ。

 そしてこっちのおばあちゃんはというと、以前寮長が胃腸炎でダウンし、代理で男根寮の夕食を急遽用意しなければならなくなった際、買い出しに付き合ってくれた桃とはぐれた時に声をかけられて以来の交流がある。

 やはり以前桃に助けられて以来桃のファンなのだそうだが、どうやら戦争で亡くした息子さんに私が似ているそうで、違うとわかっていてもつい呼びかけてしまったのだと聞けば、なんだか私までも胸の奥が痛くなってしまい、どうしても無碍には扱えなかった。

 以来買い物などで近くまで来たら、ついでにお宅に顔を出して、家事などを手伝いお話を聞いて、お茶やお菓子をご馳走になっているうちにすっかり仲良くなってしまった。

 …あれ?よく考えたら私、この2人のどっちにも餌付けされてない?

 まあそれはともかく当たり前だが、2人一緒にここに顔を出すのは初めてだ。

 

「光君、駅前にお洒落なカフェができたの。

 ケーキが美味しいらしくて、今月のテーマはぶどうと洋梨なんですって。

 ね、両方とも食べてみたくない?

 2人で頼んで、半分こしましょうよ♪」

 蓉子さんはいつも通り、甘いもので私を誘惑してくる。

 

「良男──っ!

 おまえの好きな焼きイモを買ってきたんじゃよ〜!!

 帰って母ちゃんと一緒に食おう、な?」

 おばあちゃんは私の同情心をつつき、いい感じに食べ物でも釣ってくる。

 

「ちょっと、邪魔しないでよ!

 光君は、わたしとデートするんだから!!」

「へっ、うちの良男を、おまえみたいなアバズレにやれるもんかい!」

「なにが『良男』よ!

 アンタ、前に剣君のこともそう呼んでたの、わたし知ってるんだからね!!

 アンタこそ若い男だったら誰でもいいんでしょ!?」

「なにおう!!?」

 …ちょっと私が思ってた『良男』のイメージが揺らいだ気がするんだが、まあお年寄りってのは得てしてそんなものだろう。

 気がつけばぎゃんぎゃん言い争う女2人の手が私から離れており、同時に遠巻きにギャラリーが集まってこっちに注目しているのに気付いた。

 止めようか他人のフリをしようか迷っていると、突然後ろから肩を引かれる。

 

「うひゃ」

「押忍、光。何してるんだ?」

 頭の上から降ってきた声に顔を上げると、多分間接的にこの事態の原因になっている男が、私を腕に抱き込みながら、笑って見下ろしていた。

 

「こんにちは、桃。

 どうやら女性2人が私を取り合っているようなのです。

 なんとかしてください。」

「ふうん。モテるんだな、光は。」

「…あなたに言ったのが間違いでした。」

 とりあえず絡んでくる桃の腕から脱出し、これ以上の騒ぎになると近所迷惑だと判断して、2人を止めようと…思ったら、2人ともなぜかこっちを見て固まっていた。

 

「よ、ばあさん。今の『良男』は光なのか?

 こいつはお人好しだから、あんまり困らせないでやってくれよ。」

 後ろから聞こえる桃の声が、からかうような口調の中に少しだけ厳しい色を帯びる。

 ひょっとして『良男』に似ているのは私だけじゃなかったんだろうか。

 

「わ、わし用事を思い出したわ…また今度な、良男。」

 おばあちゃんは何故かそそくさとその場を後にした。

 

「ありがとう剣君。

 さあ、邪魔者がいなくなったところで、光君。

 お姉さんとデートしましょう?」

 おばあちゃんがいなくなって、蓉子さんが改めて私に手を伸ばしてくる。

 だが、彼女の手が私の手を掴む前に、何故か桃の腕の中に、私は再び抱き込まれてしまう。

 

「悪いな、こいつは俺のものなんだ。」

 いや、確かに助けてとは言ったけど!

 よりによってなんつー収め方をするんだこの男は!!

 

「……えっ?」

 案の定、蓉子さんは意味がわからないといった表情で、私と桃の顔を交互に見る。

 

「……な?」

 私を抱いたまま顔を覗き込んで、問いかけてくる桃は、話を合わせろというようにウインクしてくる。

 

「え、ええと…その……」

 どう答えていいかわからず、無駄に色気のある桃の顔から目が離せずにいるうちに、桃は私を小脇に抱えて、

 

「じゃ、そういうことで。」

 とその場から連れ出してくれた…じゃなくて!

 

「ちょっと、桃!荷物運びはやめてください!!」

「ん?お姫様抱っこの方がいいか?」

「そうじゃなく!!」

 今度は私と桃がぎゃんぎゃん言い争う事になり、結局は近所迷惑だったと気付いたのは後になってからだ。

 そして……

 

「貴い……!!」

 校門前に1人取り残された蓉子さんがそう呟いていた事など、私には知る由もなかった。




ごめんなさい。


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ヒーローたちのTS化

念の為言っておくと、アタシは女塾は読んでません。


 まだ塾生の登校時間どころか起床時間にすら早い時刻に、私の執務室に飛び込んできたのは、ポニーテールを白いリボンで結わえ、セーラー服に身を包んだ、とても可愛らしい少女だった。

 艶のある肌とピンク色の艶やかな唇が、可憐でありながらも健康そうで、まるで瑞々しい果実のようだ。

 

「…どちら様?」

 だがどう考えても見覚えのない、ましてやここに居る筈のない存在に、ナチュラルに誰何する。

 

「俺だ、光。剣桃太郎だ。」

「はあ?」

 名乗られた名に理解がついていかず、私は暫し、間抜けな顔で固まった。

 

「目覚めたらこうなっていた。助けてくれ。」

 そう言って私に取り縋る手から感じる『氣』は、確かに桃のものなのだが…マジ!?

 

「助けて…と言われましても。何故私に?」

「おまえにしか頼れないだろう。

 こんな姿で、寮や塾内をうろつけない。

 自意識過剰と思うかもしれんが、はてしなく身の危険を感じる。

 だから、同室の富樫にさえ気づかれんように、こんな時間におまえを訪ねたんだ。」

 まあ確かに、男ばかりの環境の中でいきなり女の子になってしまったとか、なまじ男の生態を知り尽くしているだけに、恐怖を感じない筈もなかろう。

 だが、いくら人体の構造を知り尽くしている私でも、男性が女体化するなんて事例は聞いたことがない。

 

「それにしても、その格好…」

「これも、目が覚めたらこうなっていた。

 身体が縮んで自分の制服が合いそうにないから、ある意味助かっているが。」

 …服まで変化しているということは、つまり、肉体的な変異による女体化ではないということだ。

 しかし、そうか。

 この(ポニーテール)に結んだリボンは、彼がいつも巻いているハチマキの代わりということか。

 ううむ、それにしても……。

 

「可愛い……!!」

「え?…そ、そうか?

 俺としては光のほうが、余程可愛いと思うが…。」

 あ!お互いを褒め合うこういう会話、なんか女子っぽい!!

 少し嬉しくなって桃の肩口にもたれてみる。

 ふわりと、なんとも言えないいい匂いがした。

 ギュッと抱きついて、桃の胸元にぐりぐりと頭を擦り付ける。

 オウフwww女子の体柔らかいでゴザルwww

 

「……ひ、光?」

 おっと、これはいけない。つい調子に乗った。

 

「…失礼いたしました。

 同年代の同性の友達というのが居なかったもので、なんだか新鮮で。」

 とはいえ、桃にしてみれば深刻な問題なのだ。

 はしゃいでないで、少しは考えてやらなくては。

 

「けど、どうすれば元に戻れるかもわかりませんし、ね…。」

「ウム……!!」

 と、桃とため息をついていたら、執務室のドアがまたも乱暴に開け放たれた。

 

「光!」

 駆け寄って抱きつくように両肩を掴み、私を呼んだその人は、やはり見覚えはないがとても綺麗な女の子だった。

 紫…いや、モーヴという色か…の、身体のラインがはっきり出るワンピースに、パフスリーブのボレロといった服装は、どっかのお嬢様学園の制服だろうか。

 烏の濡れ羽色の漆黒の髪は縦ロールに巻かれ、意志の強そうな瞳は、長く濃いまつ毛に縁取られている。

 おそらく走ってきたのであろう、息を弾ませ、頬がうっすら上気したその貌に、女の私ですらドキリとするほどの凄まじい色気を感じた。

 

「…どちら様?」

「俺だ、豪毅だ姉さん!助けてくれ!!」

 …なんだろう。物凄いデジャヴを感じるんだが。

 

「豪毅…藤堂豪毅か!?」

「…豪くん!?」

 私と桃の問いに、こくこくと頷いて向けてくる縋るような瞳に、何故かうっすらと涙が浮かんでいる。

 

「目が覚めたらこんな姿になっていて…同室のゴバルスキーに、危うく…!!」

「私の弟をよくも!あのオッサンぶち殺す!!」

 そこまで聞いただけで頭に血が上り、寮に向かって駆け出そうとした私を、桃が慌てて止める。

 

「落ち着け!」

「…そうですね。落ち着いて下さい豪くん。

 と、とりあえず…深呼吸して。」

「俺が言ったのは…いや、いい。」

 なんか桃がなにかを諦めたような顔したけどなんなんだろう。

 

「わ、判った……!」

 すー、はー、すー、はー。

 私の言葉に従って深呼吸を始めた豪毅の、柔らかそうな胸が上下して、揺れる。

 ふるふる。ふるふる。ふるふる。

 

「…うああ巨乳滅べ!!」

「だから落ち着け光!」

 唐突に気持ちが昂り思わず叫んだ私を桃がまた取り押さえ、豪毅は驚いたように見つめる。

 

「ね、姉さん!?」

 そう呟いた言葉が、唐突に琴線に触れて、私は豪毅を見つめ返して、言った。

 

「…もう一回。

 いえ、姉さんではなく…お姉様と。」

「は?」

 私の言葉の意味が一瞬判らなかったのか、豪毅が問い返してくる。

 近くで見ると、桃とは逆のタイプの、洗練されたタイプの美少女だ。

 思わず私の理性が飛ぶ。

 

「お姉様と呼んでください豪くん!」

「あ…お、姉さ、ま?」

「もっと大きな声で、はっきりと!!」

「…っ、お姉様…!?」

「悪役令嬢系超絶美少女のお姉様いただきましたあぁ──ッ!!!!」

 本でしか読んだことのない憧れのシチュエーションをリアルに体験して、私は歓喜のあまり拳を振り上げて叫んだ。

 …ふと気がつけば桃と豪毅が、何かものすごく残念なものを見るような目で、私を見つめていた。

 …いや、お前らが美少女過ぎるのが悪いんだよ!

 

 桃と豪毅の間の情報交換が済んだタイミングで、私の執務室のドアがみたび、乱暴に開け放たれた。

 

「おい、光っ!!」

「今度は赤石か!お前赤石だろ!!」

 そこに現れた人物に向けて、間髪入れずに言葉を投げる。

 

「……何故俺だと判った。」

「銀髪と癖毛!あと服装まんまやないかい!!」

 …そこで後頭部を掻きながら怪訝な表情を浮かべる長身の美女は、男の時に比べてかなり寸が縮んでいるが、普段赤石が身につけている肩当て付きの改造学ランを身につけている。

 但しその下はヘソ出しチューブトップと革のショートパンツにニーハイブーツだけど。

 あと例の刀もかなり寸が縮んだ状態で、やはり背中に背負っている。

 しかもそれを負うための下緒が胸の間を斜めに通っている…所謂、パイスラッシュ状態で。

 

「あなたも目が覚めたらそうなってたって言うんでしょう!?

 そのパターンもうこの二人でお腹いっぱいです!!

 てゆーか女体化したら同作者(ひじき)連載作品(『小石』)副主人公(グエン)に激似!!爆乳滅べ───ッ!!!!」

 

 ☆☆☆

 

「……という夢を今朝みたんですが。」

「「「病院行け!」」」




…アタシはきっと頭がおかしいんだと思う。
もうほんとすいません。


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絶対に笑ってはいけない男塾24時(前編)

ここでの塾生は、笑いの沸点低いです。
笑っちゃダメと言われるとしょうもないことでも笑いたくなる心理が働いてると解釈してください。
…今年の年末に向けて準備してましたが我慢できなくなりました。


「なんか猛烈に悪い予感がするのう。」

 

 ・・・

 

「という事で今から、根性試しの合宿に入ります。」

「という事に繋がる経緯が、全部省かれてるじゃねえか!」

「私の知った事ではありません。

 私は塾長から司会・進行を任ぜられているだけです。」

「いい加減だな!」

「…しかも、なんで今日の光はセーラー服なんだ?

 まあ、可愛いけど…。」

「よくは判りませんが司会は女装しなければいけないそうです。

 塾長から渡されましたのでそのまま着用しています。」

「いや、女装って…。」

「細かいことはいいんです!

 そんな事より、これから富士山へと向かいます。

 校庭にバスが到着しておりますので、全員直ちに乗り込みなさい。

 そして今から24時間、何が起ころうとも、決して笑ってはいけません。

 笑ったと判断された場合、教官達から愛の根性バッタによる指導が入りますので、皆さんそのつもりで。」

「うげっ……!」

「あと、虎丸は大放屁は禁じ手とします。」

「え〜!?ちぇ、せっかく準備してたのに。」

「ぶふっ!」

「…富樫、アウトー。」

「えっ!?も、もう始まってんのかよ…んぎゃっ!!」

「crazy……!!」

 

 狂気の合宿が、こうしてスタートした。

 

 ☆☆☆

 

「これより驚邏大四凶殺を始めます。

 豪学連組、前へ。」

 光の声を合図に、対陣から4人が進み出てきた。

 …伊達と三面拳、姿が見えないと思っていたらあちら側に居たのか。

 

「三面拳・雷電、参る!!」

 名乗りを上げ、更に一歩進み出てきた雷電を、Jが迎え撃……うん?

 

 …雷電は無表情のまま、ちょんちょんと自身の額を、指先でつついてみせた。

 そこにはいつもの通り、『大往生』の文字…あれ!?

 

 大 学 生………!!?

 

「「「ブフォオ!!!!」」」

「J、田沢、松尾、極小路、椿山、アウトー。」

 

 …危なかった…俺も危うく決壊しかけた。

 精神注入棒が肉を打つ音と悲鳴が響く中、俺は密かに安堵の溜息をついた。

 すまん、皆。

 

「てゆーか、それ刺青じゃなかったのかよ!

 なんで文字変えられるんだ!?」

孚孚孚(フフフ)…我が大往生流の極意は、髪から足の爪まで、身体髪膚すべてを鍛え上げ、おのれの意のままに武器とすることにあり!!

 …このように『女学生』や、『王大人』も思いのままよ!」

「やめろ───っ!!」

「全員、アウトー。」

 ……耐えきれなかった。

 最後に雷電が額に形作った『安全第一』で、俺はとうとう決壊した。

 

 

「……え?もう私の出番ですか?」

 光に声をかけられ顔を上げた飛燕は、どう見ても場違いな籐製の長椅子の上で、鶴觜千本を使って編み物をしていた。

 しかも膝の上には何故か、結構な大きさの茶トラの猫が寝ている。

 

「仕方ありませんね…はい、ちょっと退いて。」

 言いながら、飛燕は膝の上の猫を抱き上げて隣へ移す。

 寝ていた猫が目を覚まして、不満そうな声を上げた。

 

「うなんな。」

「文句言わない。」

 ここでまた数人が吹き出して、根性バッタの餌食になる。

 そんな地獄絵図とはまるで異世界のようなゆったりとした動きで飛燕は立ち上がりながら、手にしていた編みかけの何かを、やはり籐製のローテーブルの上に乗せた。

 

「おっと。」

 と、その拍子に毛糸玉が一個、そのローテーブルの上から転げ落ちた。

 瞬間、寝ぼけていた猫の目が輝き、それに向かって突進する。

 猫は転がる毛糸玉を捕まえると、コロンとその場にひっくり返り、それに嚙みつきながら、両脚でガシガシと蹴った。

 それを飛燕が抱き上げて、さりげなく毛糸玉を取り上げる。

 猫がまた不満げな声を上げた。

 

「うなんな。」

「こら。悪戯しちゃ駄目でしょ…伊 達。」

 

 ブッフォォオ!!!!

 

「全員、アウトー。」

 光の非情な声が響き渡り、俺たちの身にまたも、鬼ヒゲの根性バッタが炸裂した。

 

「…お前らが普段、俺をどういう目で見ているかよくわかった。」

 三面拳が籐家具を片付けている間、その後ろから恨めしげな伊達の、地を這うような低い声が響いてきた。

 

 …と、運搬していた籐製ソファーの、クッション部分に猫の毛がついていたものか、月光が執拗にコロコロをかけ始めた。

 

「あいつ、目ェ見えてねえなんて嘘だろ!!」

 虎丸がそうつっこんだ瞬間、富樫が吹き出した。

 

「富樫、アウトー。」

「虎丸!てめえ──っ!!」

 次に続いた精神注入棒の音と富樫の悲鳴に、俺の隣で何故か、Jが十字を切っていた。

 

「見せてやろう…辵家(チャクけ)流棍法術…!!」

 一旦引っ込んでから、何事もなかったかのようにそう言う月光に、何人かが耐えきれずに吹き出す。

 その者たちの名を呼んで宣告する光の声を背中に聞きながら、筆頭としての無力を噛みしめた。

 …いや、目をそらしてはいけない。

 奴らの尊い犠牲を無駄にしないためにも、死に様を目に焼き付けておかねば…あ、死んでないか。

 

「桃ー、警告。

 ちゃんと月光の方見てなきゃ駄目ですよー。

 次に逃避したら、笑わなくてもアウトです。」

 ………ちっ。

 

 そうしている間に月光の演武が始まる。

 相変わらず見事な、目にも留まらぬ棍さばき。

 さすがというほかはない。ただ…

 

「いや、それ棍じゃなくてゴボウだろ!」

「む…すまぬ。

 この月光、生来目が見えぬゆえ、間違えてしまった。

 うむ、わたしの棍はこちらだな。」

「絶対嘘だろ!しかもそれ大根!!」

「全員、アウトー。」

 …地獄絵図が繰り広げられる。

 それにしても先ほどから、タイミングよくツッコミを入れては笑いを助長させている虎丸は、ひょっとして密かにあちら側の人間なのではなかろうか。

 …い、いや、仲間を疑うのは良くないな。止そう。

 そもそも、あいつも根性バッタ受けてるし。

 

「豪学連総長伊達臣人、前へ!」

 光の呼びかけに応えて、奥から出てきたのは…

 

「うなんな。」

 

 …さっきの猫だった。

 しかも御丁寧に、折り紙で作られた兜を頭に被せられている。

 

「全員、アウトー。」

 またしても全員が決壊し、そろそろ疲れてきたらしい鬼ヒゲの代わりに、確か安松とかいう新任教官が精神注入棒を振るっていた。

 …そういえばこの教官が赴任してきた時、光が、

 

「いい年齢の筈なのに言動のあちこちに漂う童貞感が逆に怖い。」

 とか言っていたが…うむ、余計な事は考えるな俺。

 

 

「驚邏大四凶殺、これにて終了です。

 次の目的地に向かいますので、全員速やかにバスに乗り込んでください。

 尚、ここより先は伊達と三面拳も合流、同行します。」

 光の言葉に従い、どことは言わないが散々張られて痛む部分をさすりながら、俺たちは元来た道を戻ってバスに乗り込む。

 

「伊達、結局お前何にもしてねえじゃねえか!」

 と富樫が突っ込むのに対し、伊達は三面拳の手を借りて鎧兜を外しながら答えた。

 

「…ただ意味ありげに座っていろと、飛燕に言われてそうしていただけだ。」

 言いながら苦々しい表情を浮かべているところを見ると、猫の件で結構な精神的ダメージを食らっているらしい。

 ちなみにその猫は、ようやく座ってまた編み物を始めた飛燕の膝にすかさず飛び乗り、すぐに寝息を立て始めた。

 この、完全に飛燕に甘えきってるあたりがやはり伊達っぽい…と少しだけ思ったが、さすがに口に出して言ったら殺されそうな気がするので黙っておくことにした。

 

 ☆☆☆

 

 連れられてきた先は、長野八ヶ岳連峰、八竜の長城。

 大威震八連制覇が開催されたまさにその場所、という事は。

 …ウム、もう嫌な予感しかしない。

 

「大威震八連制覇、これより開催いたします。」

 やっぱりか。

 

 ・・・

 

「蝙翔鬼です…蝙蝠使えば空飛べるのに、磁冠百柱林の柱から落下しました。

 蝙翔鬼です…天稟掌波でうっかり死穿鳥を撃ち落として、男爵ディーノに殺されかけました。

 蝙翔鬼です…しかも次の日、俺の義手シリーズ一式が、全部掃除機のノズルにすり替えられてました。

 蝙翔鬼です…蝙翔鬼です……蝙翔鬼です………!」

 …すいません先輩。不憫すぎて笑えません。

 助かったけど。

 てゆーか報復が地味すぎますディーノ先輩。

 俺たちが笑うどころかしんみりしてしまったその空気に、蝙翔鬼先輩は涙目で後ろを振り返った。

 

「己の始末は己でつけろ。

 奴らを笑かす以外、貴様に生きる道はねえ。」

 その視線を受けて卍丸先輩が、マスクを外してタバコに火をつける。

 その時。

 

「わ、わは……はははっ!」

 俺たちの後ろから、明らかに無理矢理作った笑い声が響いた。

 全員がその声の方に注視すると同時に、光が戸惑いながらも、笑い声を上げた人物に判定を告げる。

 

「ええと…その、一応ルールですので…雷電、アウトー。」

 その判定に頷いて、雷電が根性バッタの洗礼を受ける。

 漢だ、漢がここにいる。

 

「ら…雷電!おまえは、本当にいい奴だなっ!!」

 その雷電に、蝙翔鬼が滂沱の涙を流しながら駆け寄った。

 

「蝙翔鬼殿…我らは、一度は敵として戦ったとはいえ、同じ男塾の塾生、仲間。

 仲間ならば、困った時はお互い様でござる…ウッ。」

「ら、雷電───っ!!」

 …いや、なんだこの茶番。

 

「って!これじゃまるで俺が悪モンじゃねえか!

 だーもうわかったよ!!

 こうなったら根性バッタでもなんでも、俺が責任取って受けてやるぜ!!」

 半分自棄になったような勢いで、卍丸が教官達の前に進み出る。

 …が、その間に何故か、光が立ち塞がった。

 

「…おい、光。そこを退け。」

「いいえ。それだけは私が許しません。」

 やはりルール的な事だろうか…と思ったのもつかの間。

 

「卍丸のお尻の形は、完璧だと私は思っております!

 その完成された芸術品のようなお尻が、腫れ上がって形が崩れる事を、私は容認できません!

 卍丸のお尻は、私が守ります!!」

「その言い方だけはやめろ、光っ!!」

 さすがの卍丸も涙目になった瞬間、周囲からどっと笑い声が響いた。

 

「あー…と。

 桃と、Jと伊達と、三面拳以外、全員アウトー。」

 あ…今のも笑いの演出だったのか。

 俺としては、光がまさかの尻フェチだったという事実に、つい呆然としてしまったんだが…。

 

「汚ねえぞ光──っ!!」

 虎丸の叫び声が、根性バッタの音とともに響いた。

 

「ちなみに、脚の長さは月光、胸筋ならば伊達、背筋なら影慶、全体的なバランスの美しさならば桃がダントツです!!」

「まさかの筋肉フェチ!?」




つづきます。


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絶対に笑ってはいけない男塾24時(後編)

このネタは12月のうちに書き上げなければいけなかった。
ちゃんと今年中に上げられてホッとしている。


「なあ…光」

 必要があるのかないのかわからない次の闘場へ向かう途中の谷で、俺は光に声をかける。

 

「なんでしょう?」

「その…寒くないのか?」

 以前、闘士以外の一号生全員がその身で橋を架けてくれた谷には吊り橋が渡されていた。

 橋を架けられるなら最初からそう…いや、これは言ったら負けな気がする。

 全員が橋を渡り切るのを待つ間、吹き上げる谷風に光が着るセーラー服のスカートの裾がふわりと浮かされる度に、全員がそちらを注視するのが気になって仕方ない。

 幸いにも吹き上げられる寸前で手で押さえて止めているから、彼女の太ももやまして下着が、大勢の男の目に晒されるという事態には至っていないが。

 そもそも、女性のスカートという着衣自体、俺たち男の目には、どうしても寒そうに見えてしまうのだ。

『寒い』と言ってくれれば俺の上着を貸すし、長ランを上から羽織れば、いい具合に裾を押さえられそうな気がする。

 だがその唐突な俺の問いの、意図が恐らくは理解できていないのだろう。

 光はキョトンとした表情で俺を振り返ったが、それがどこか呆れたような顔に徐々に変わっていく。

 

「南極でも学ランの前全開で素肌晒してる奴に言われたくありませんけど…」

 まったく可愛くない。

 しかし、いかにも光らしい答えだ。

 だがそれに続いたのは、俺だけでなくその場の誰にも、まったく予想がついていない言葉だった。

 

「…ですが、これ以上心配をおかけするのもなんですので、安心していただくためにも、お見せしましょうか。

 本当は、あまり人様の目に触れさせるものではありませんが」

 光はそう言うと、右手でスカートの裾を掴み、それを太ももまで持ち上げた。

 同時に左手で上衣の裾も、胸元までめくり上げる。

 

「なっ……!!」

 その瞬間、崖を渡りきった全員が息を呑んだ。

 誰もがそこに当然、彼女の白い素肌と、それを覆う薄い下着があると、信じて疑っていなかったからだ。

 …だが、実際にその目が捉えたのは、その肌一面を覆う黒い布地だった。

 上衣の下は言うに及ばず、足も太ももから膝上までもをぴっちりとしたタイツ?が覆っており、膝から下は紺色のハイソックスを履いているため、素肌が出ているのは膝だけである。

 安心すると同時に少しがっか…いや、なんでもない!

 

「繊維の進化こそ文明の進化!

 これぞ現代技術の(すい)を集めて生まれた、薄くて暖かい究極のインナー、その名も……!!

 

火糸徹軀(ひいとてっく)』です」

 

 光の台詞に、俺以外の全員が足を宙に浮かせてずっこけた。

 とりあえず、誰一人笑い声は上げていないからセーフではある。

 

「チッ………!」

 俺たちに背を向けて歩き出した光の方から、小さく舌打ちが聞こえた気がするのを、俺は聞かなかったことにした。

 

 ・・・

 

「男とはなんぞや!!」

「下ネタやめてください」

「まだ何も言ってねえだろうが!」

 着いて早々放たれた独眼鉄先輩の問いを、光が一刀両断にぶった斬ったのは、先の件で機嫌を損ねていたからだろう。

 そこで若干の笑いが起き、先ほどは出番のなかった教官達の根性バッタが炸裂する。

 

「つか、いくら俺でも若い娘の前で、ンな下品な事ァ言わねえよ!!」

 独眼鉄のその言葉に、何故か俺のすぐ横で、Jが顔を赤らめて小さく咳き込んでいた。

 …ああ、そういえば以前この問いにやたらと直接的な、言ってしまえば下品な答えを出したのがJだったからな。

 少なくとも、あの時に光が目の前にいたなら、さすがに言わなかっただろうとは思うけど。

 

「J、アウトー」

「待て光!俺は笑ったわけではなく……Ouch!」

 ……これは、『御愁傷様』とでも言うべきなのか。

 

「ウム、そうだな。

 独眼鉄は、顔の割には紳士だからな!」

「あなたは顔の割にデリカシーが無さすぎです」

 言ってる間に、後ろから進み出てきたセンクウ先輩の発した結構ひどい言葉も、光はバッサリぶった斬る。

 まさに、言葉の斬岩剣。

 あいつと赤石先輩、本当に血の繋がらない他人なんだろうか。

 

「…光は、俺に冷たくないか?」

「冷たくはありません。

 私は火糸徹軀(ひいとてっく)を着ていますから」

 そのネタまだ引っ張るのか!だが、

 

「…俺の為に怒ってくれてありがとな、光」

 と彼女の頭を撫でている独眼鉄に和みすぎて、根性バッタによる周囲の地獄絵図から、俺は無意識に目を逸らしていた。

 

 ……現実逃避であることは、俺自身が一番よく判っている。

 

 ・・・

 

「…たく、なにがテンピン肉だ。

 ひとんちの飼い鳥を食材呼ばわりしやが…ん?

 ……フォッホホホ、ようこそ諸君!

 わたしの名は男爵ディーノ。

 ひとはわたしを地獄の魔術師(ヘルズ・マジシャン)と呼びます」

 何やら不満げにぶつぶつ呟いていたのに、俺たちが居るのに気付いた瞬間、何事もなかったかのように自己紹介を始めたディーノ先輩の姿に、数人が吹き出す。

 ていうか、足元に広げてるのがどう見ても掃除機のノズルなんだが、どうやら先ほど蝙翔鬼先輩が言ってたのはネタでもなんでもない事実だったらしい。

 ひょっとして毎朝やってるのか。

 相当根に持ってますね先輩。

 

「おい、店出してんじゃねえんだぞ。

 出したモンはちゃんと片付けろ。

 つかソレ出してんなら、ちょうどいいからおまえの部屋も、隅から隅まで掃除機かけとけ」

 と、後ろから出てきて男爵ディーノに声をかけたのは…何故か割烹着姿の羅刹だった。

 

「全員、アウトー」

 非情な光の声が響き、精神注入棒が振るわれる…が、そろそろ教官達も疲れてきたものか、最初の頃より威力がなくなってきている気がする。

 

「てゆーか先輩、なんですかその格好!?」

「おまえらな。そろそろ年末だぞ。

 今から大掃除始めとかないと、あっという間に新年になっちまうだろうが。

 一般三号生に号令かけて、天動宮の方は任せてあるから、こっちは俺らがやっとかなきゃいけねえのに、他の奴らは手伝いもしねえ」

 …そうだった。

 寮に帰ったら、俺も一号全員に号令をかけて、寮の掃除に取りかかろう。

 …と、また現実から目を逸らしていたな。

 その後、何故か俺たちは闘場の掃除を手伝わされた。

 

「ご苦労だったな。助かったぞ。

 これは、俺からのささやかな御褒美だ」

 そう言って羅刹先輩が、俺たち一人一人に、一個ずつアメ玉をくれた。

 

「大阪のおばちゃんか!」

 富樫がつっこんだ瞬間、虎丸と松尾と田沢が吹き出す。

 根性バッタを受けながら、原因を作った富樫を睨みつける3人。

 その視線を受けながら、富樫は奴らに背を向けて、学帽を深くかぶり直していたが、俺は見た。

 なんて野郎だ…この場に及んで。

 富樫の奴は、笑っていやがる…!

 

「富樫、アウトー」

「クッソ!!」

 …諦めろ富樫。

 今の光に誤魔化しは通用しないぞ。

 

 ・・・

 

 最後の闘場に深い意味もなく到着すると、既に影慶と邪鬼がそこに立っていた。

 

「おふたりは相変わらず、仲睦まじいですね」

「お前は何を言っているんだ」

 なぜか目をキラキラさせて声をかける光に、なんだか嫌そうに影慶が答えるのを見て、数人がクスリと笑い声を漏らし、例によって例の如く根性バッタの餌食となる。

 というか光…その穢れのない腐った瞳はやめろ。

 幸いにも、邪鬼先輩は気がついていないようだが。

 

「見事だ。

 よくぞこの大威震八連制覇、ここまで戦い抜いてきた。

 男塾三号生筆頭・大豪院邪鬼、誉めてやろう!!」

 …別に誰とも戦ってはいないんだが。

 いや、これはある意味戦いだったかもしれない。

 

「待てい!わしが男塾塾長江田島平八である!!」

 そこに唐突に現れた塾長が、いつも通りの自己紹介で話に入る。

 

「この勝負に入る前に、このVTRを見てもらおう!」

 だから、戦ってはいない…うん、まあいい。

 多分、色々諦めた方が一周回って楽に違いない。

 ひとまず、塾長の言うVTRを流すためモニターが持ち込まれ、見ている間は根性バッタはされないという(判定だけはされているので終わった後に、という事らしい)ので、俺たちはそこに腰を下ろしてモニターに注目する。

 

【はじめまして、みなさん。

 きょうは、わたくしのおうちの、おはなしをいたします】

 画面に映像が映る前に、流れてきたのは幼女の声だった。

 

【わたくしのちちうえは、ほんとうのちちうえではありません。

 わたくしのははと、ちちうえが、けっこんされるときに、わたくしは、ははといっしょに、このおうちにまいりました】

 映像は、どこかの日本家屋を遠くから映した光景を、徐々に近付けて行き、そしてカメラがその大きな門をくぐる。

 何故か、邪鬼先輩が息を呑んだのがわかった。

 

【ははうえは、わたくしのおとうとがうまれたときに、はかなくなられました。

 ははうえのおそうしきのあと、ちちうえは、わたくしに、こうおっしゃいました】

 映像は大きな桜の木が、枝からはらはらと花びらを落としている。

 そして次の瞬間、幼女の声のトーンが急に下がった。

 

【『辛いだろうが、今日この時より、貴様がこの家の女主人だ。

 これよりは弟を、母の代わりに守ってくれ』】

 

 それは、どのように聞いても邪鬼先輩の声だった。

 全員がそれに気づいたと見え、その場の視線が邪鬼先輩に集中する。

 が、邪鬼先輩の動揺は、俺たちのその視線にすら気付かないほど大きいものだったようだ。

 

「あ…あやつ、いつの間に声帯模写などという高等技能を……!!」

 いや、そっちかい。

 

【そのひからわたくしは、5さいにして、かせいのすべてをまかされました】

 再び幼女の声が語り出し、

 

「いやそれ普通に児童虐待…」

 という声が周囲から小さく上がる。

 …あと虎丸が、

 

「邪鬼先輩の家は火星にあるのか?

 人間じゃねえとは思ってたが…」

 とかブツブツ呟いているが…多分だが『火星』ではなく『家政』だ。

 

【おとうとは、1さいはんで、げんぷくのぎをおえました。

 ほんらいなら、まんさんさいのとしに、おこなわれるぎしきだそうですが、ちちうえがおっしゃるには、

 

『数えならば既に三歳、構わぬであろう』

 

 とのことでした】

 …どうやら邪鬼先輩の娘さんは、父親の声真似がマイブームであるようだ。

 いや、クオリティ高すぎるだろ。

 

【このとき、わたくしはいっしゅうかん、しんせきだというおうちにとまっておりまして、くわしいないようはわかりません。

 ですが、かえってきたとき、おとうとのこうきは、がりがりにやせてしまっていました。

 ちちうえも、せんだいさまも、ほかにしようにんのかたがたも、おとなのひとがあんなにおおぜいいたのに、だれひとりまともにあかちゃんのおせわもできなかったのでしょうか。

 しかも、さんかげつもまえに、わたくしがかんぺきに、そつにゅうをさせたというのに、しばらくはこけいぶつをうけつけなくなっていて、もとにもどすのに、いっかげついじょうかかりました。

 おとこのひとは、ばかなんじゃないかとおもいます。

 これをみているみなさまは、しょうらい、こんなちちおやには、ならないでくださいね】

 …ううむ。ここらへんは、怒りに打ち震えてるなこの子。

 というかここら辺に来たところで周囲から次々、

 

「…マジで虐待として通報した方がいい案件じゃねえのかコレ」

 という声が聞こえてくる。

 

【ですが、それいがいなら、わたくしはちちうえがだいすきです。

 ちかごろなにかにつけて、こうきにたいして、

 

『そのような不作法をするならば、庭で大鐘の中に閉じ込めてしまうぞ』

 

 とおどしにかかるせんだいさまを、とめてくださったら、もっとすきです。

 あかちゃんがぎょうぎよくできないのはあたりまえです。

 そんなことをされたら、こうきがしんでしまいます。

 せんだいさまはそろそろぼけてきたのではないかとおもいます。

 ですがあんなのでも、ちちうえがいないあいだは、このいえのさいこうけんりょくしゃなので、ちちうえにはもっとひんぱんに、おうちにかえってきていただいて、あのくそじ…せんだいさまに、しっかりしつけをしていただきたくおもいます】

 やばい、幼女の声にどんどん毒が溢れてきている。

 あのクソジジイって言いかけたよな今。

 先代様というのは、邪鬼先輩の父親だろう。

 先ほど幼女が声真似をしていた嗄れた声が、その先代様の声なのだろうか。

 

【ちちうえ。

 こうきもわたくしも、ちちうえのおかえりをおまちしております。

 そして、ちちうえがいないあいだ、こうきはかならず、わたくしがまもります。

 またおあいできるひまで、おからだにきをつけておすごしください】

 健気だ……映像に、恐らくは子供が折ったのであろう沢山の折り鶴と、語られている内容が書かれた便箋が流れ、周囲で次々と、鼻をすする音が続く。

 しかも邪鬼先輩までもが、

 

「クッ…済まぬ、貴様にばかり苦労をかけて…!

 せめて次の休みには、必ず帰る……!!」

 と、俯いて声を震わせているではないか。

 どうやら朗読も最後の方に差し掛かっていると見えて、便箋の上に書かれた手紙の書かれた日付らしい数字が、拙いが一生懸命書いたであろう子供の字で綴られている映像が流れる。

 

【12がつ10か。大豪院…】

 

 そういえば文中で、邪鬼先輩の息子さんは『こうき』と呼ばれていたようだが、姉であるこの子の名前はなんというのだろう…と、次に続くだろう名前に注目していたら、

 

【…邪鬼。シャイニング・ゴッド・ハンズ】

 

 瞬間、ものすごい光がその場を照らした。

 

「フハハハハ!

 この瞬間を待ちかねたぞ、邪鬼!!」

「何故だ、流依ッ!!

 というか貴様が何故ここにいる、聖紆塵(ゼウス)!!」

「恨むならば、家庭を顧みなかった過去の己を恨むのだな!!」

 …若干噛み合わない会話を交わしながら、宿命の対決が勝手に始まった。

 ここまで来ると、俺たちは蚊帳の外だ。

 というか、邪鬼先輩の娘さんはルイちゃんというらしい。

 と、しばらく黙ってその場に控えていた影慶が突然立ち上がり、携帯電話

【挿絵表示】

をおもむろに取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。

 

「集英デパートさんですか?

 12月25日朝の配送、まだ間に合いますでしょうか…ええ。はい。

 ………では、高さ50センチ以上のテディベアのぬいぐるみをひとつ、大豪院流依様宛て。

 それと、電車のプラレール一式を、こちらは大豪院煌鬼様宛てで。

 差出人名は、大豪院邪鬼。住所は……」

 どうやらここは笑いではなく、泣きを提供する舞台だったようだ。

 

「やはり、影慶は理想の奥様ですね!」

「お前は何を言っているんだ」

 通話を終えた影慶に、やはりキラキラした瞳で光が言葉をかけ、それに影慶が嫌そうに答えた。

 

「全員、アウトー」

 ………。

 

 ・・・

 

「というわけで最後は男塾名物『魍魎サバイバル』で締めることに…」

「締まるかそんなもんで!!」

 光がそこから、何事も無かったかのように告げるのを聞き、誰かがつっこんだその時、バスの陰に隠れているつもりらしいゴリラの着ぐるみが肩を落とし、その肩を赤石先輩がぽんぽん叩いている光景が目に入ったが、それも俺は見なかったことにした。




邪鬼様の義娘の存在は、本編の緩流安息編3での邪鬼様の台詞で一応描写しております。
つまり『あさしん』のみのオリジナル設定です。
ちなみにこことは別のR18版番外編に、曉設定の成長した年代でヒロインの一人としても登場させましたが、そちらは現在公開を停止しております。


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苦離棲魔栖(クリスマス)!!我愛瑠逗(ガールズ)屠嘔狗(トーク)

ぐだぐだ。
風雲羅漢塾決戦終了後パラレル。
3話目の話とやや関連。


孚孚孚(フフフ)……!

 思った通り、よく似合っています。

 さすがはセンクウ、デリカシーは皆無ですが、センスは抜群です。」

 私がニマニマほくそ笑みながらそう言うと、目の前の、白いフワフワのオフショルダーに近いVネックのニットセーターと、スモーキーピンクのフレアスカート、フェイクファーのショートコートを身につけた、艶やかな黒髪を背と肩に垂らした背の高い女性は、少し困ったように、その黒目がちな視線を私に向けた。

 

「その……光。

 本当に、私がこれを着なければ駄目か?」

「デートなのですから当然でしょう?」

 ちなみに答える私は、いつもの制服姿のままである。

 

「いや、それだったら光がこれを着て、私が男の格好をする方が、ずっとそれらしく見えるというか…」

「それじゃあ意味がないでしょう?

 わかっているのですか?

 本番はクリスマスであって、今日は予行演習なのですよ!?

 私とのデートくらいで怖気づいていて、あの伊達を相手取る事ができるとお思いですか!?

 女は度胸です仁蒋!!」

 …神拳寺の仁蒋が、伊達のことを好きだと私に言ってきたのは、つい昨日の事だった。

 ただ本人としては、自分は女性らしくないからと、諦める決心をする為に口にしただけで、告白をする気はなかったようだ。

 駄菓子菓子!……もとい、だがしかし!

 本編で分岐エンドをひとつ終わらせた私に、恋愛相談を持ちかけたのが運の尽きだ。

 自分でもなに言ってるかわからないけど。

 時はクリスマスシーズンである。

 日本のクリスマスシーズンである。

 お他所のクリスマスと違い、日本のクリスマスは、恋愛イベントなのだ!

 これを利用しない手はないではないか!!

 

「伊達を誘ってこの日にデートをするのです。

 この夜ばかりは、街はロマンチックムードに溢れて、女性はより美しく、男性はより魅力的に見えることでしょう。

 そして2人の気持ちが盛り上がったところで、一気に殺るのです!!」

「甘いムードの筈なのにニュアンスが物騒!!」

 力説する私につっこんでくる仁蒋の言葉に、私は割と重大な事を見落としていた事に気がついた。

 

「……そうなのです。

 私自身、暗殺の手段として以外のデートをしたのは羅刹だけなので、正直甘いムードというものがよくわからないのでした。」

 そもそも、この外出も事実上は単に女の子同士のお出かけである。

 これをデートの予行演習とするには些か無理がある事に、私は気付き始めていた。

 ……が、その羅刹とのデートを思い返して、不意に閃く。

 

「そうか……では、どうすれば」

「甘いものを食べにいきましょう!」

 考え込んでしまった仁蒋に、私は手を挙げて提案した。

 

「それでいいのか!?

 甘いムードというのはそれで何とかなるものなのか!?」

「いいのです!

 羅刹は、甘いものを食べてニコニコしてる女の子を見て和むと言っていましたし!」

 ん?和ましちゃダメなのか?

 ……まあいい。とりあえず私が食べたい。

 

 ☆☆☆

 

「ん…神拳寺(あちら)では、甘いものを口にする事自体が、滅多に無かったから、よくわからないな。」

 …早くもクリスマスムードに染まる街並がよく見える窓際の席で、美女がケーキのメニューを前に首を傾げた。

 向かい合わせではなく隣同志で、同じメニュー表を覗き込みながら、こっそり観察した仁蒋の横顔は、普通に綺麗な女の人に見える。

 

「この店は、月ごとにテーマを決めたケーキが売りなのです。

 今月はベリーとりんごですね。

 …あ、こっちは新作。

 それと、こっちは期間限定のようです。」

 …私と彼女は同い年の筈なんだが、並ぶとどうしても私の子供っぽさが際立ってしまう。

 い、いやこれはこの制服のせいだ。

 私だってちゃんと女の格好さえすれば、あとはメイク次第で大人っぽくも妖艶にもなれる。

 小柄なのはご愛敬だし、女としては全然マイナスポイントではない……筈だ。

 肉の足りない部分は足せばいいだけだ……ってやかましいわ。

 対して仁蒋は脱いだら違う意味で凄いというか、本来の体格は武術家らしくメッチャごついんだけど、そこはコーディネイトの妙で、隠すところと敢えて見せるところを上手いこと調整する事で、結構なナイスバディに見せている。

 Vネックからチラ見えする圧倒的な谷間を形成しているのが実は半分以上筋肉だとか、見る側にとってはどうでもいい事なのだ。

 ついでに言えば髪も、剃ってしまっている前頭部は後ろの髪を少し前側に垂らして分けているのだが、これがまたいい女感を醸し出している。

 これらはセンクウに相談して提案された事で、彼女が今着ているのも、一例として貸し出された服なのだが、そのセンクウは自分で選んだくせに、こうして全てアドバイス通りに仕上がった仁蒋の姿に、一瞬言葉を失っていた。

 

「どうでしょう。

 幾つか頼んで半分こにしませんか?」

「いい考えだな。では選択は光に任せよう。」

 …あとは口調がもっと女性らしくなれば完璧なんだが。

 今のままだと、美人っていうよりむしろイケメンぽい。方向性が間違っている。

 ………けど、今はそんな事よりも。

 

「わかりました。

 ではガトーフレーズのクリスマスバージョンにブルーベリーソースのベイクドチーズケーキ、こちらの期間限定からは黄金のりんごシブーストと3種のベリータルト、それと定番から丹波栗のモンブランと、新作のショコラ・グランマルニエを、それぞれひとつずつ頼んで、半分こにいたしましょう!」

「そんなに!?」

「……決められなかったのです。」

「納得した。」

 一瞬は驚いた仁蒋だったが、次には『私は結構食べる方だから安心してくれ。食べきれないようならば、任せるがいい』と優しく微笑んで言った。

 やっぱりちょっとイケメンぽい。

 

「光は、良い店を知っているのだな。」

 ケーキとそれぞれの飲み物の注文を済ませて、改めて店内を見渡しながら仁蒋が呟く。

 窓から見える街と同様、クリスマステイストの装飾はいつも来る時より華やかで、見ているとなんだか気持ちが浮き立つ気がする。

 …私にもこんな感性が残っていたのか。

 

「女子大生のお友達に教えていただきました。

 ちなみにその方とはクリスマスに、一緒にホテルのデザートビュッフェに行く約束をしています。」

「でざーと…びっふぇ?」

「簡単に言えば、スイーツの食べ放題です。

 100分1800円(税込)で各種スイーツだけでなくカナッペやキッシュ、ケークサレ等の軽食もあるそうで、プラス、ドリンクバー代300円(税込)で、アルコール以外のドリンクも飲み放題となります。」

「いいな、それ。私も混ぜてくれないか。」

「あなたはその日に伊達とデートする為に、今、私とここにいるのでしょう!

 目的を見失ってはいけません!!」

「そ、そうだった…!!」

 指摘されて頬を染める仁蒋は、ごく普通の年齢相応の恋する乙女だ。

 …もしかしてクリスマスに頼らなくても、この至近距離でこの顔見せられたら、大抵の男は落ちるんじゃないの?…などと思った瞬間、

 

「…ちょっと、何それ?

 あんた、本命がいるのに、わたしの光くんとデートしてるっていうの!?」

 聞き覚えのある声がかかって、私たちはそちらを振り返った。

 

「へっ?……あ、こんにちは蓉子さん。」

 私のスイーツ友達である女子大生の蓉子さんが、腰に手を当てて立っており、挨拶をすると彼女はヒールをかつかつと鳴らして、こちらに早足で歩み寄ってきた。

 そして、どすんと音を立ててテーブルに両手をつく。

 

「酷いわ光くん。わたしが教えたお店に、他の女と一緒に来るなんて。」

 彼女はどうやら怒っているらしい。

 この店は情報誌などでも話題になっているようだし、誰と行ってもおかしくない気がするのだが、やはり失礼だったのだろうか。

 とりあえず謝っておこう。

 

「…そうでした。配慮が足りず申し訳ありません。

 お誘いするか、せめてひとこと断ってからにすべきでしたね。

 けど、ここでお会いできて良かったです。」

「えっ……?」

 私が言うと、蓉子さんは驚いたような表情で目を瞠った。

 蓉子さんも仁蒋も私の、数少ない同性の友達なのだ。

 どうせだからこの機会に、この2人にも仲良くなってもらおう。

 

「仁蒋、紹介します。

 彼女が、先ほど言ったお友達の蓉子さんです。

 彼女は美味しいスイーツの情報をいっぱい教えてくださる、とても良い方なのです。」

「そうか。ヨーコ殿。私は仁蒋と申す。

 光の友達ならば、どうか私とも親しくしていただけると嬉しい。

 この後予定がなければ、貴女も一緒にいかがだろうか?」

 仁蒋はそう言って一旦席を立つと、彼女の一番近くにある椅子を引いて、それを手で示した。

 流されるように蓉子さんがそこに座ると同時に、ちょうどいい位置に調整する。

 

「えっ!?なにこのおっぱいのついたイケメン!」

 やはり一般的な女子の目線から見てもそうか。

 仁蒋はもう、美女の中のイケメン枠に固定する事にする。

 

 ・・・

 

「……というわけで、わたしの推しは断然ツルヒカなのよ。

 だからデートの相手が剣くんなら、わたしだって笑って見守っていたわ。」

「…まるで無毛の頭部を形容するような表現はやめてください。」

 結局ひとり増えたテーブルで更に追加されたケーキを一口ずつつつきながら、女3人でお茶を楽しんでいるうち、蓉子さんの話の方向性が、若干おかしな事になってきていた。

 というか……、

 

「蓉子さん、発想が腐ってます…。」

腐腐腐(フフフ)……甘いわ光くん!

 貴腐ブドウが極上のワインを生むように、高貴なる腐敗は妙なる芸術作品を生み出すのよ!」

「そんな芸術は生み出さなくていいから、心の膿を出して下さい!!」

「あら、シェイクスピアだって原文を紐解けば下ネタの応酬だと、光くんがわたしに教えてくれたんじゃなかったかしら?

 あれからわたしもちゃんと勉強して、かなり英語ができるようになったのよ。

 もうカラダ目当ての最低ヤンキー男なんかに騙されないわ。

 妄想すら己を磨く糧にする、今のわたしに死角はなくてよ!!」

「なんの自慢!?」

 私と蓉子さんのなんだかよくわからない言い合いを隣で聞いて、仁蒋が何か考え込むような表情を浮かべる。

 そしてようやく、何か納得したようなそうでもないような表情に変化すると、次にはとんでもない事を言い出した。

 

「ふむ……神拳寺で春蘭様のお世話をしていた侍女が何故か義蒋殿と気が合わず、言い争いをするたびに、彼が男にあれこれを無理矢理仕掛けられる物語を書いて、それを女官仲間で回し読みをしていたのだが、そんなようなものだろうか?」

「神拳寺も腐ってた!?」

 数ある中国拳法その全ての源流と呼ばれ、その象徴とも言われる聖域。

 そこで拳を修める男たちをその働きにより補佐する女性たちが、よもやかぐわしく発酵しているとは。

 

「…まあ、さすがに本人に知られるのは都合が悪かろうと思い、絶対に秘密裏に活動するように、私から厳重に注意をしたのだが…。」

「厳重注意で済ませた仁蒋優しい!!」

「その、義蒋殿は私の兄のようなものだし、本来はやめさせるべきだったのであろうが…実は私も読ませてもらって、ちょっとドキドキしていたのだ。」

「お前も腐ってたんかい!!」

 そしてその神拳寺の中でも、トップに立つ拳皇の次の地位に立つ3人の師範代の一人として名を連ねるこの女が、純粋培養された貴腐菌に育てられていた事に驚きを禁じ得ない。

 私の思わずのツッコミに、仁蒋はちょっと焦ったように、そして言い訳のように言葉を紡ぐ。

 

「い、いやだがその、光にはわからぬかもしれないが、屈強な男が自分よりも肉体的に明らかに弱い同性に、否応無く堕とされるシチュエーションというのは、なかなかに……」

 …この子は割と、焦ると自分から墓穴を掘っていくタイプかもしれない。と、

 

「……悪くないわ。

 新しい世界の扉が開かれた気分よ!!」

「開かんでいい!」

 仁蒋の墓穴とも言えるその言葉に、蓉子さんがまるで周囲に花でも咲き散らかしたような表情を浮かべ、私は思い切りつっこんだ。

 どうしてくれようこの腐ったミカン達。

 

 ☆☆☆

 

「けど、男塾の男なんかのどこがいいの?

 確かに強くて逞しくて、中には顔だけはイケメンもいるけど、全然女に優しくないし……あ、光くんは別よ?」

 私を『男塾の男』に分類していいのかどうか知らないが、蓉子さんはそう言って、私の肩に身体を寄せてきた。

 女の子の感触は、男と違って柔らかい。

 しかも、くっつくとちょっといいにおいもするし。

 ちなみに仁蒋はさすがにガッチリ固い感触だが、それでも男の筋肉とは感触が違った。

 少なくとも桃や赤石に拘束されてる時に比べればずっと柔らかい。

 

「それは…どうも?」

「いいこと、仁蒋?

 男ってのは結局は、優しくなきゃ駄目なのよ!

 この光くんはね、私が他の男の為に作った、けど受け取ってもらえなくて一旦捨てた、あとで味見したら砂糖と塩を間違えて入れていた失敗作のクッキーを、せっかく作ったんだからと顔色ひとつ変えずに食べてくれるくらい優しくて懐の深い男なのよ!

 女なら、こういう男を選ばなきゃいけないわ!!」

「ひょっとしたらと思ってはいましたが、やっぱりアレ失敗してたんですね!?」

 随分しょっぱいというか、ぶっちゃけ塩の塊食べてるみたいだと思ってはいたんだよね!

 けど食べ物を捨てるという選択肢は私にはなかったんだよ!

 ちなみに塾生からは評判のよろしくない権田寮長のつくるごはん、試しに一度食べてみたことがあるが、確かに美味しくはなかったし些か斬新過ぎる気がしたものの、そこまで不味いとは感じなかった。

 富樫や虎丸には『その味覚であの美味いメシが作れる事が信じられない』と言われたが、お前ら孤戮闘入ってみろとちょっとだけ思った。

 閑話休題。

 私たちのやり取りを見守っていた仁蒋は、ちょっと困ったような、それでいて嬉しそうな表情で微笑んで言った。

 

「光が男かどうかは置いておくとして…いいのだ。

 伊達の良いところは、私が知っていれば。

 だって、それを知ってしまえば、貴女もきっと伊達のことを好きになってしまう。」

「ないから。」

「ないですね。」

 とりあえずぶった斬った言葉が、私と蓉子さんで重なった。

 蓉子さんは不良アメリカ人に騙され更に桃に振られて以来、若干男性全般に不信感を抱いてるぽいし、私は伊達のことはちゃんと知っているからこそ、アイツに惚れる事はあり得ない。

 ……同族嫌悪、みたいな感情だとは薄々気がついている。

 自分でも見たくないと思っている自分の顔、それとまったく同じ顔をした他人を、愛することはできない…だっけ。

 カミュの戯曲『カリギュラ』の中でのケレアの台詞だ。いや別にどうでもいいけど。

 

「…けど、その考え方にも一理あるわね。

 確かにわたしも、光くんが剣くんじゃなく、他の女の子とくっつくかもと思ったら面白くないもの。

 残念だけど今日からは、光くんという存在の貴さを布教するのはやめる事にするわ。」

「アンタ布教してたんかい!!」

 私が考えに耽りかけていた間に、なんか妙な悟り方をした蓉子さんの言葉に、ハッとしてまた反射的につっこんだ。

 その私の目の前に、いちごクリームが(まぶ)されたシフォンケーキの断片を乗せられたフォークが差し出される。

 

「まあまあ。はい光くん、あーん。」

「そんなので誤魔化され……美味しいです。」

 言葉とは裏腹に反射的に開けてしまった口に入れられたケーキは、舌の上でふわりと(ほど)けた。

 

「楽しそうだな、私もやっていいか。

 光、あーん。」

 そして、それを見た仁蒋が、真似をするように、手近のオレンジリキュールのチョコレートケーキの断片を、フォークで私の口に運んでくる。

 2方向から餌付けされた私は、気づけば注文した全部のケーキを、美女たちの手でひと通り味見させてもらっていた。うむ、満足だ。

 …なんか、目的がどっかいった気がするけど。

 更に蓉子さんにふーふーしてもらってちょうどいい温度になったお茶のおかわりで、口の中の甘さを流して一息つく、と。

 

「……光。何やってんだ、おまえ。」

 いきなり男の声で名前を呼ばれ、振り返った先にいたのは、どこか呆れ顔をした、頬に六条の傷をもった男だった。

 

「………伊達!?」

 私がその名を呼ぶと、仁蒋は咄嗟に顔を背け、逆に蓉子さんはしげしげと無遠慮な視線をその男に向ける。

 …ちっさく『題材としては、ギリ合格ね』とか呟いたのは聞かなかったことにしよう。

 なんについてなのかはあまり考えたくない。

 それにしても、何故この男がここにいるのだろう。

 この店は割と女性向けで、それこそデートとかでもなければ、男性一人では足を踏み入れにくい気がするのだが。

 

「…どうして、あなたがここに?」

「おそらくは、テメエのせいだろうぜ。

 のんびり過ごしてたせっかくの日曜が台無しだ。」

「はい?」

 何を言われているのかわからないが、伊達は明らかに私を見て、小さく舌打ちした。

 

「寮の部屋で昼寝を決め込んでたら、鬼ヒゲが飛び込んできて、『うちの塾生が女を二人侍らせて弄んでるから、これから粛清に向かう』とか言われて、引っ張って来られた。

 今日、寮に残ってた塾生たちだけだが、結構な人数でこの店を、今、取り囲んでるぞ。

 俺がまず偵察に出向くって言わなきゃ、入口壊して殴り込んできてるトコだ。」

「私、知らないうちに粛清対象!?

 ていうか皆さん、ここは危険だから逃げてー!」

 伊達の説明に私が半泣きになると、横から女にしてはゴツいがやはり男とは違う仁蒋の手が、そっと私の肩を抱いてきた。

 

「落ち着け光。大丈夫だ。

 元はと言えば、私の相談に付き合わせたせいなのだから、光のことは私が、必ず守る。」

 ほんとにイケメンだなこの女!

 

「なっ!それなら私だって!!

 誰であろうと私の可愛い光くんに、指一本触れさせはしないわ!!」

 更に、蓉子さんが反対から手を伸ばしてきて、私を仁蒋から奪うようにして、ぎゅむと抱きしめてきた。

 とても柔らかい。敢えて何がとは言わないが。

 

「というか剣くんは何をしているのよ!」

「桃の野郎はこの3日ほど、来月行われる風雲羅漢塾との、合同授業の事前準備であっちに出向いてるから、多分明日までは塾には帰ってこねえぞ?」

「ですねー。

 本来は私が行かなければならない案件だったのですが、何故か必死に止められまして。」

 だが、こんな事なら行っておけば良かったかもしれない。

 そうであれば少なくとも貴重な私の女友達を、ここで危険に晒さずに済んでいた筈だ。

 

「とりあえず、ここは大人しく私が投降します。

 この店は私にとっても大切な場所なので、ここに迷惑をかけられるのは困ります。

 お二人は、何かあると大変なので、避難を…」

「その必要はありませんよ、光。」

 そして私が女性二人を説得しようとしていたところに、新たな涼しげな声がそれを遮る。

 その声の方向を振り返ると、亜麻色の長い髪を靡かせた美女……もとい美男子が、入口からこちらへ歩いてくるところだった。

 

「飛燕?それは一体どういう…」

「こちらの席が窓際だったので外から確認して、目のいい1人が『あれは光だ』と断言して、解散になったところです。

 光は塾長秘書であって塾生ではありませんからね。

 塾生の原則には従わなくていい筈ですし。」

 やわらかな声音が安心の事実を紡ぎ始めたせいか、店内の空気が明らかに変化した。

 ふと見れば蓉子さんは私を抱きしめたまま、顔を紅潮させてポーっと飛燕を見つめているし、仁蒋は何故か身を震わせている。

 

「というわけで伊達。戻りますよ。

 ここは我々のようなむくつけき男が出入りする場所ではありません。

 では、この後もどうぞごゆっくり。お嬢さん方。」

 飛燕は最後のセリフは私たちだけでなく、店内でその美貌に目を奪われている全ての女性たちに向けて言うと、一礼した。

 その飛燕に促されて、伊達がこちらに背を向けて、入口の方へと歩き出す。

 

「たく、とんだ無駄足だった……わけでもねえか。」

 だがその長い足が一旦止まったかと思うと、もう一度こちらを振り返った。そして。

 

「…思った通り、いい女だな。仁蒋。

 その服も似合ってるが、今度もっと似合うやつを、俺がプレゼントしてやるよ。

 そいつを着て、クリスマスは俺とデートな。」

 …瞬間、イチゴみたいに真っ赤になった仁蒋が、爆発しそうに見えた。

 いやこの子の場合、それがシャレにならないんだが。

 

 その場の全員が起動停止してしまったところで、男2人は悠々とその場から去っていき、店内に流れ続けるクリスマスソングだけが、空間を支配していた。

 

 ☆☆☆

 

「と、とりあえず目的は達成されたようですね。

 具体的なプランなどは後日改めて本人から連絡させますので…」

「仁蒋!

 男が服を女に贈るのはそれを脱がせる為よ!!

 受けるのなら、そこまでの覚悟はしておかなければならないわ!」

「くっ…い、いや。これは女の闘いなのだ。

 神拳寺の師範代としての己が名にかけて、この闘いは必ず制す!」

「なんか違う気がするけど、いいことにする!」

「それより光くん!

 わたしは新たな題材を見つけたから、この情熱が冷めないうちに文章に起こしたいので、これで失礼するわ!!

 次の貴腐人会までに、作品として仕上げなければ!」

「貴腐人会って何!?」




タイトル通り、ただのヤマもオチもないガールズトーク話にする予定だったのに。
……おかしい、どうしてこうなった。


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微シリアス
硝子の少年


本編二話、その後。
ちょっとだけシリアス。


 ……真っ白い暗闇の中に、声だけが響いた。

 

『いきたいか?』

 

 一瞬、どっちの意味だろうと思った。

『生きたい』ならば生、『逝きたい』ならば死、全く逆の意味になる。

 どう答えようかと思案して、オレの人生じゃどちらもそう変わらないなと思い直した。

 それが神の救いの声か、悪魔の誘惑の声なのか、わからぬままオレは頷いた。

 

 ☆☆☆

 

「三年だ。

 私では、父上のようには生かせなかった。

 三年の間に貴様の心が、その心臓に満ちなければ、貴様は死ぬ。」

 目覚めたオレにいきなりそう語りかけてきた中年男性は、そう言って睨むような目をオレに向けた。

 

「理解できたか?」

 そう確認されるも、そもそも何を言われているかわからない。

 ふるふると首を横に振ると、男は少し嫌そうな顔をしてため息をついた。

 多分40代後半、やや神経質そうな顔の額周りには、おかしな刺青がいれられているが、若い頃は結構なイケメンだったんだろうなと思わされる。

 オレの好み的にはもっと男臭い方が…ってオレの好みってなんだよ。

 女みたいな顔だと言われてはいてもオレにそっちの趣味はねえよ。

 あくまでもこういう人になりたかったとか男としての理想的な意味で…誰に言い訳してんのか知らないけど。

 

「貴様は一度死に、私の秘術によって生き返った。

 そこまではわかるか?」

 そう言われて、自分の身に起こった事が急激に、記憶として蘇ってきた。

 そうだ…首を絞められて、そこからなんとか解放されて…酸素が肺に入ってきたところで、急に胸が苦しくなって、そして…。

 その感覚を思い出して、思わず自分の心臓の位置に手をやる。

 あの苦しさは今も生々しく思い出せるが、現実にそこに痛みも、不自然な動悸もなかった。

 

「一度…死んだ?

 死ぬ寸前で助かったんじゃなく、死んで生き返ったって…事?」

「そうだ。ちなみに貴様が死んで生き返らせた後、たった今目を覚ますまで、既に3ヶ月が経過している。」

 あっさり肯定されたが、にわかに信じられる話ではない。

 けど…心臓が徐々に止まっていくあの感覚は、夢なんかじゃなかった。

 …って!そうだ、あの人は!

 

「オレがあの時死んだって言うんなら、一緒にいた人はどうなりました!?」

「貴様を病院へ運び、死亡を確認した後、自分の手の届く範囲の情報網を駆使して、詳細を調べ始めた。

 恐らくは半年調べても大した情報は掴めまいがな。

 発想は悪くないが相手の力が大き過ぎる。」

 …とりあえず、オレの『死』があの人のせいになってなくて、ホッとする。

 同時に、面倒に巻き込んでしまった事を、申し訳なく思った。

 あの人、面倒見はいいのに人相が悪いからなぁ。

 あ、オレが生きてる事、早いとこ伝えないと。

 あの人の性格じゃ、オレの死に責任感じて暴走しそうだし。

 

「会いに行こうと思っているならば、やめた方が良い。」

「…なんでですか?」

「言ったろう、敵の力が大き過ぎると。

 今はまだ、死んだ事にしておかぬと貴様を守れん。

 彼奴とて同じだ。

 死に目を看取ってくれた友を、命の危険にさらしたくはあるまいが?」

 …確かにその通りだ。だけど。

 

「…そもそもなんで、オレを助けたんですか?」

「貴様を襲ったのが、身元引き受け人だった弁護士だということは覚えているか?

 あの男は私の恩師が仇とする奴の、手の者だった。

 私は以前からあの男に目をつけており、奴を通じてその仇に接触する機会を狙っていた。

 今回のことは奴の暴走で、この件で奴は間違いなく始末されただろう。

 今まで大事に育ててきた手蔓だというのに、これで全ておじゃんだ。

 余計なことをしてくれた腹いせに、その最後の仕事を無駄にしてやるくらいの事はしてもよかろう。」

 うん、まったく意味がわからない。

 けど、とりあえずは言うべき事がある。

 

「…助けていただき、ありがとうございます。」

「だが先程も言った通り、完全に生き返らせる事は出来なかった。

 それは、貴様の肉体が死にたがっているからだ。

 今のままでは、三年の後にその心臓は、一度止まった時と同じように止まり、その後二度とは蘇生できん。」

「死にたがっている…オレが?」

 一度に入ってくる情報が突飛すぎて整理が追いつかず、おうむ返しの反応しかできない。

 

「心臓には、読んで字の如く心が宿る。

 貴様の心臓は元は他人のもので、まだ僅かに元の持ち主の心が残っていて、それが貴様の心と身体に少なからず影響を与える。

 例えば…それはもとは女のもの。

 国籍はアメリカ。年齢は15歳。

 やや太り気味で胸が小さいのが悩み。

 好きな食べ物はホットドッグで、嫌いな食べ物はグリーンピース。

 交通事故により脳死する前は、初恋のクラスメイトとの交際を始めたばかりで、毎晩のようにどのタイミングで身体を許そうか考えながら自慰を…」

「ストップ!ストオォォップ!!

 それたとえ気付いても紳士(オトコ)として言っちゃダメなやつ──!!」

 胸にダイレクトに感じる確実にオレのものじゃない羞恥に、思わず大声で叫ぶ。

 ゴメンねオレの心臓の人!もう忘れたから!

 あと、子供の頃は平気だったのにいつのまにか豆がなんとなく苦手になったのキミのせいだったんだね!!

 

「…まあそれはともかく、その女の心が生きていると同様、貴様の心の一部は死んだことになる。

 同時に貴様は何か、生きていることに対する罪悪感のようなものを、常に抱えて生きているな。」

「……!?」

 …言い当てられて、どきりとする。

 オレが生きている事で、人生を歪められた人がいる。

 少なくともオレが居なければ、あの子は普通に両親に愛されて幸せに暮らしている筈だった。

 今が幸せだと思うたびに、その事が重くのしかかってきて。

 だから、この国に帰ってきた。

 あの子を探して、幸せかどうか確かめる為に。

 

「それらが複合し、異なる心の和合を妨げているゆえ、本来ならば免疫力さえ抑えれば正常に働く筈の健康な心臓が、咄嗟の酷使に対応しきれず誤作動を起こし…その結果、貴様は死んだ。

 私の秘術により蘇生した今は、ほぼ無理矢理その誤作動を抑えている状態だが、それは保って三年。

 その期間の間に、その罪悪感を取り除き、貴様とその心臓が真の和合を果たさなければ、今度こそ貴様は死ぬというわけだ。」

 …まあ要するに、生き返らせはしたけど三年しか保たないよーって事か。

 了解しましたー。

 

「いや、期限付きでも有難いですよ。

 元々、いつ死ぬか判らない気持ちで生きてたんで。」

 むしろ死ぬ時期が判ってるのなら、そこまでは大丈夫だって事だから、これまでより少し無茶ができる。

 誤作動を抑えてくれてるってことは、あの苦しい思いを当分しなくて済むって事だろうし。

 

「まあ待て。

 私が言いたいのはその三年、その先の未来を得る為に使わないかという事だ。

 三年の間に貴様の中の、死への望みを消し去る事ができれば…その心臓と肉体が完全に和合し、その先も生きる事ができる。

 その為に貴様は貴様の、真の望みを果たさねばならない。

 …貴様の、一番の望みはなんだ?」

 オレの…望み?そんな事は決まっている。

 

「…妹に、会いたい。それだけです。」

「違うな。それだけではない筈だ。

 貴様の罪悪感は、その妹に対してのものの筈。」

 …この男は、恐らく全部知っているのだろう。

 これは質問ではなく確認なのだ。

 

「…オレを助ける為に、妹は金持ちの家に売られた。

 あの子は最後まで、オレと離れたくないと言ってくれたのに、その望みが、オレの命と両立し得ないと知って、その運命を受け入れた。

 …幸せになっていてくれれば、それでいい。

 けど、どうしてもそう思えなかった。

 そして、手がかりを見つけたと思ったところで、こんな事になって、確信が深まった。

 …オレは、妹に幸せになってほしい。

 もう一度会える事より強い望みがあるとすれば、それの他には…ない。」

 オレ達の家は、オレの病気のおかげで貧しかった。

 金持ちに引き取られた妹は、普通に考えればラッキーだった筈だ。

 なのに、どうしてもそれを信じて、安心する事ができなかった。

 幸せになっている事が、確認できればそれでいい。

 けど、もし幸せじゃなかったら?

 そう考えるに足る、理由があった。

 黒と白。邪と聖。殺す手と癒す手。

 どちらにも傾き得るあの子の力の価値は、本来オレなんかの命の対価となるべきものじゃなかった。

 

「では、貴様が考える妹の幸せとは、なんだ?」

「…多分だけど、大好きな人に、『おかえりなさい』って言える事。

 そしてその人が『ただいま』って言ってくれる事。

 それはオレ達肉親が、あの子から奪ってしまったものだから。」

 オレは妹の手を離してしまった。

 両親はもう二度と、彼女に『ただいま』と言うことができない。

 

「そうか。だが貴様の妹は、そんな当たり前の幸せすら手の届かない深淵に落ちている。

 …(たちばな)(かおる)。今一度問おう。

 その幸せを妹に取り戻す手は、貴様のものでなくとも構わぬか?」

 男にそう問われた時、何故だかあの人の姿が心に浮かんだ。

 彼なら、或いはその深淵からあの大きな手で、妹を容易く引き上げるのではないか。

 

「……構いません。」

「ならば、その為の力を得る為、私の手を取れ。

 貴様の血は『橘』の直系。

『氣』を操る(すべ)ならばすぐに身につけられよう。」

 そう、それがオレ達の一族の秘密。

 人を救い、また殺し得る秘術を、代々伝えてきた血統。

 確かにそれは本来なら、オレが受け継ぐ筈だったものだ。だが。

 

「…父は、オレには才はないと。

 だから妹に、一族の秘術を伝えたのですから。」

「それは、貴様の体がそれに耐え得るものではなかったからだろう。

 今は私の術により、一番の弱点は克服できている。

 …妹の幸せを見届ける為、それを与え得る男たちを、陰ながら救うのだ。

 それがひいては、貴様自身を救うのだから。

 さあ、橘 薫は死んだ。

 今ここにいるのは私の息子、(ワン)橘薫(ジィクン)だ。」

 

 …………………。

 

「…言っていいですか。」

「なんだ。」

「…そのまんまですよね?」

「そうだな。」

 

 …この日からオレは彼の息子となり、氣を操り人に生気を吹き込む(すべ)を、彼から学ぶこととなった。

 こうしてオレの父となった、ちょっとネーミングセンスに難のあるこの男の名は(ワン)炎蓮(エンレン)という。

 

 ☆☆☆

 

(わたしは)大威震八連制覇(だいいしんぱーれんせいは)司祭(しさい)(ワン)大人(ターレン)

 此時(これより)汝等(あなたたちを)冥府魔道(めいふまどう)八竜(ぱーろんの)(みちへ)先導(せんどうする)!!」

 義理の祖父となった人が高らかに宣言するのを、白装束と覆面の下で聞き流す。

 と、オレ達白装束組の中でも期待の星である、一番小さい子が首を傾げているのを見て、その仕草が幼い頃とまったく変わっていないことに、つい吹きそうになった。

 なのでささやかな仕返しとばかりに、とっておきの情報を、彼女にしか聞こえない音量で耳打ちする。

 

「あれ、飽きたら普通に喋り出すんで気にしなくていいから。」

 オレがそう言ってやると、彼女はいきなり咳き込んで、それから慌てたようにオレの後ろの陰に駆け込んだ。




王炎蓮氏は真の最新刊で入塾した王先生の息子さんです。
本職は巨大中華レストランチェーンの会長さんらしいですが、そこの料理食べたらメッチャ元気になりそう(笑


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夏の日の君に

あずきバーが好きです。
ミルク金時バーはもっと好きです。


 風雲羅漢塾との対決も終わった、僅かな平和な時間。

 愕怨祭の為の備品の買い出しにと、光の要請で荷物持ちに駆り出されたのは、一号生の東郷総司と、何故か、総代である俺だった。

 

「お疲れ様です、2人とも。

 けどちょっと歩き疲れましたから、ここで座って休んで行きましょう」

 そう言って塾との中間地点にある公園に入り、すぐにベンチに腰掛けると、両隣をポンポンと手で叩く。

 

「だから、デパートくらいバイクで行きゃあすぐだったのによ」

 最初に声をかけられた時、そう提案したらあっさり却下されたという東郷が、ブツブツ言いながら、それでも光の右側にドサリと無造作に腰を下ろした。

 

「何言ってるんですか東郷。

 あなたはそれで良くても、それだと私と桃がついてこれないじゃないですか」

「総代はそもそもこんな雑用につきあうべきじゃねえし、アンタは俺の後ろに乗ればいいじゃねえか」

 恐らくは、光に声をかけられて、こいつはそこそこ期待したんだろうと思う。

 まさか荷物持ちとは思っていなかった上に、放課後待ち合わせた裏門に、俺が一緒にいた事で、顔には出さなかったようだがえらく氣を乱していたし。

 

「諦めろ、東郷。

 今日、光が欲しかったのは足じゃなく、荷物を持つ手だ」

 言いながら光の左側に、俺も腰を下ろす。

 反対側で学帽の下から睨むような視線が返ってきたのを、俺は見ないふりをした。

 

「そうなんですよ。

 今日に限って誰も捕まらなくて。

 豪くんは今年のあの、船が山に登りそうな面子の一号生の筆頭になったばかりのせいか、なんだかとても忙しそうにしていますし、本当は三号生の江戸川とか丸山に同行してもらおうと思っていたのを赤石に阻止されましたし、ここはもう藤堂家に電話して車を出してもらおうかと本気で考えたあたりで、暇そうなあなた方を見つけたので本当に助かりました!」

「…そろそろ何からつっこめばいいのかわからなくなってきたんだが」

「だから、諦めろって東郷」

 学帽の庇の下の眉間に指を当て、頭痛を堪えるような仕草をした東郷に、俺はこの場で最も適切なアドバイスをした。

 …された本人がどう捉えたかは別として。

 

「まあ、来ていただいて有り難かったのは間違いありませんから、せめて少しでも来てよかったと思ってもらえる事でもしましょうか。

 2人とも、少しここで待っていてください」

「「えっ!?」」

 と、そんな俺たちのやりとりになにを思ったのか、光は座っていたベンチからぽんと立ち上がると、財布だけ持って駆けていく。

 取り残された俺たちは、一瞬顔を見合わせ…お互いどちらからともなく顔をそらした。

 ひとつのベンチに男2人で座っているというのは、なんとなく居心地が良くない。

 そのまま黙りこくってしまえば、その沈黙に耐えられなくなったものか、東郷がぽつりと言葉を発する。

 

「アンタは……」

「…ん?」

「いや……なんでもねえ」

 …言い淀んだヤツの言いたいことが、なんとなくわかった気がして、俺は忌憚のない意見を口にした。

 

「…今のこの男塾で、光に惚れてないヤツなんて居ると思うか?」

「………そうだな」

 男と女が惹かれ合う理由は、どんな理屈をつけようが、結局は互いに『そこに居るから』でしかない。

 そしてほぼ選択肢のない俺たちと違い、光にはそれがある。

 

「選ぶのは、光だ。それだけは忘れるな」

「…判ってるさ」

 その一言を吐き出した後、俺たちは再び口を閉ざした。

 少し鳴き方の下手な蝉が、遠くの方で鳴いているのが聞こえた。

 

 ・・・

 

「お待たせしました!

 こんなもので申し訳ありませんが、どっちか好きなの選んでください」

 …そうして戻ってきた光が、手にしていたコンビニの袋を俺たちの前に突き出す。

 中には、棒アイスが2本入っていた。

 俺たちに袋を押しつけた後、光は既に手にしていた『亞逗鬼罵阿(あずきバー)』の外袋をもう開けて、口に咥えながら俺たちの間にひょいと腰掛ける。

 

「…そういう事か。

 東郷、『寿威夏罵阿(すいかバー)』と『ゴリゴリ君葬堕(ソーダ)味』、どっちがいい?」

「……『ゴリゴリ君』で」

「了解」

 袋の中からそれを取り出して手渡してから、最後に残った自分の分を出すと、待っていたように光の手が、空いたコンビニ袋を俺の手から、自然な流れで引き取った。

 その袋に、先程剥いた『亞逗鬼罵阿(あずきバー)』の外袋を入れる。

 それに倣って俺たちも、それぞれの剥ぎ取った包装をその中に放り込んだ。

 

「…光は割とあんこモノが好きだよな。

 でも、それ固くないか?」

 割と固いものを普段の食事で噛み慣れている俺たちは多分平気ではないかと思うが、人によっては歯が欠けると言われるくらい固いそのアイスを、小さな口でゆっくり味わっている光に声をかけると、光は視線だけで俺を見上げ、リスのようにしょりしょり削り取っていたそれから一旦口を離して答える。

 

「この固いのが好きなんですよ。

 これだけカチコチだと長持ちするじゃないですか」

「ゲホッ!ゴホガホゲホッ!!」

 と、光の答えを聞いた瞬間、何故か東郷が咳き込んだ。

 

「ちょ!大丈夫ですか東郷!!」

「…アンタそれ、問題発言だぞ?」

 心なしか顔を赤くしながら、東郷は心配して肩に手を触れた光を睨む。

 

「なにが?」

「……………なんでもない!」

 そう吐き捨てて光から目をそらすと、東郷はまだ大きなアイスの青い塊に噛り付いた。

 がりりと音がした直後、指でこめかみを抑える。

 そうなるよな、うん。

 

 と思ったところで、俺まで咳き込みそうになったのを、意志の力で慌てて押しとどめた。

 東郷が光の言葉からなにを連想したのか、不意に判ってしまったからだ。

 あーうん、その、なんだ。

 

 ………『男の子』だからな、俺たちも。

 

「……諦めろ、東郷」

 今日三度目のその言葉を口にした後、俺もまた、まだ大きな赤い塊に噛り付いて……

 こめかみに、鋭い痛みが走った。




……暑さで錯乱した。多分そういうこと。
どうしてこうなった。


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君に出逢ったのはいつだろう

本当は8月6日の0時までに書き上げたかったんですが間に合いませんでした。
せめてその日付のうちに書き上がらなければ来年まで待つつもりでした。


「あの…失礼ですが、『藤堂の姫様』じゃありませんか?」

 その懐かしい呼び名で呼び止められたのは夏の暑い盛り、まだ小さい我が子を夫に任せて、先年癌で亡くなった幸さんの墓参を済ませた直後の事だった。

 

「……あの、貴女は?」

 声をかけてきたその黒留袖の女性に、私は見覚えがなかった。

 否…その顔だちには確かに覚えがあるが、それはどちらかといえば、『誰かに似ている』という類のものだ。

 もし知り合いであれば失礼だった筈だが、私のその問いに、その人は特に気分を害した様子もなく、ふわりと儚げに微笑んだ。

 

「初めまして。私、本間小夜子(さやこ)と申します。

 森田清子の姪で、叔母からはよくお話をうかがっていました。

 叔母と一緒に撮った写真を見せてもらった事がありますので、お顔は存じておりました。」

 …ああ、と一瞬で納得した。

 確かに目の前の彼女には、かの人にどこか似た面影がある。

 藤堂の邸で私付きだった女中の清子さんは、男塾を卒業した後ロシアの外交官となったゴバルスキーと結婚して、今は大使夫人として、彼が派遣された国で生活している筈だ。

 そしてその清子さんにはお兄さんはいたが未婚のうちに亡くなっており、他に兄弟も姉妹も居ない。

 ではこの人はなんなのかというと…清子さん自身が産んだ実子である。

 清子さんは藤堂家に来る前、騙されて既婚男性と同棲し子供を産んだ過去がある。

 事態が発覚し、慰謝料を受け取って男性と別れた際に、子供は男性の家庭に引き取られたと聞いていたが、どうやら実母と名乗らずに会っていたようだ。

 話を聞けば彼女自身、父親の婚外子である事実は知っており、だが母親は既に亡く、清子さんはその妹と聞かされているらしかった。

 

「こちらに、叔母の本家のお墓があるんです。

 叔母が日本を離れる事になった際、掃除をしに来る人が居なくなるからせめて年に一度はと頼まれていまして、その時にこの黒留袖も。」

 私はまだ独身なんですけどねー、と笑う彼女は、多分私よりも年下だと思う。

 どこか幸薄そうな印象は、彼女の実母である清子さんに似たのだろう。

 けど、普段から和服で仕事をしていた彼女の実母と違い、その留袖姿には着慣れないゆえか、どこか違和感があった。

 …なんだか、男塾の制服を着ていた頃の自分と重なり、思わず笑みがこぼれる。

 

「…お墓はどちらに?

 よろしければ、お手伝いさせていただいても?」

「本当ですか?助かります!

 …頼まれてはいたものの、正直何をすればいいのかよくわからなくて。」

 そんな事だろうと思った。

 手桶とか柄杓とか花は持ってはいるけど、掃除道具的なものは持ってきてないぽいし。

 幸い、私は墓参りが終わったばかりで道具は全て揃っているし、実はその道具も大して使っていないので、ちょっと拍子抜けしていたところだ。

 

「こちらです!あの端の……あら?」

 小夜子(さやこ)さんが案内してくれた、少し坂を登ったところにあるお墓の前には、先客がいた。

 背の高い男性のようだが…どうもシルエットに見覚えがある。

 

「……塾長?」

 その背中に呼びかけると、高い位置で振り返った禿頭(とくとう)が、私の姿を認めて微笑んだ。

 

「光か、暫くだな。そうか、幸の墓参りか。

 わしも、先程参ってきたところよ。」

「やはりそうでしたか。

 私が来た時には、既に綺麗になっておりましたので、私のすべき事がほぼ無かったのです。

 お線香をあげて帰ろうとしていたところで、藤堂家で私の世話をしてくださっていた方の、姪御さんとお会いしましたので、お手伝いに同行させていただきました。

 この方がその、本間小夜子(さやこ)さん。

 小夜子(さやこ)さん、こちらは私のもう1人の父親のような方で、私塾・男塾を運営する江田島平八塾長です。」

 …ところでひとつ気になるのは、私が間違っていたのでなければ、塾長が前に立っているお墓こそが、小夜子(さやこ)さんが参ろうとしていたお墓の筈だ。

 幸さんのお墓参りに来ていたのはともかく、そちらのお墓にも参っているという事は、塾長のお知り合いの方が、ここに眠っているという事だろうか。

 小夜子(さやこ)さんも同じ事に気がついたようで、塾長に向けて一礼して、控えめに口を開いた。

 

「…本間小夜子(さやこ)です。

 失礼ですが、江田島先生はこちらの家に(ゆかり)の方でしょうか?

 叔母からは本家はもう無く、手入れをしに来る親類は自分しか残っていないと聞いていたのですが…?」

 見れば『森田家之墓』と書かれているそのお墓も綺麗に清掃されており、ささやかに花も供えられている。

 と、静かな墓地にガランという、乾いた音が響いた。

 それは、塾長が手にしていた手桶と柄杓が、何故かその手から落とされた音だ。

 

「…………サッコ?」

 塾長の口から出たのは、先ほどの質問の答えではなかった。

 驚いたように見開かれた目は、真っ直ぐに小夜子(さやこ)さんを見つめている。

 サッコ…小夜子(さやこ)さんのことか?

 塾長は彼女を知っていたのだろうか。

 呼びかけられキョトンとしている小夜子(さやこ)さんの方は、先ほどの感じからすれば、塾長を知っている様子ではなかったのだが。

 

「あ、あの?」

「…いや、そんな筈はない。

 しかし、なんとよく似ていることか…まるで彼女(サッコ)が生き返ってきたような…これは、夢か…。」

 譫言のように呟いて小夜子(さやこ)さんにフラフラ歩み寄る塾長は、どう見ても尋常な様子じゃない。

 なんとなく危険な予感を感じて、私は小夜子(さやこ)さんを庇い、塾長の前に立ちはだかった。

 

「塾長!?意識どこに飛ばしてるんですか!

 こっちの世界に戻ってきてください!!」

 恐怖を感じて手にしたままの柄杓を、私は塾長の側頭に向かって薙ぐように振った。

 柄杓は粉々に砕け散った。

 

 ☆☆☆

 

「あの…大丈夫ですか?」

「フッフフ、わしの石頭、この程度でどうなるものでもない。

 それより、驚かせたようで済まなかったな。

 貴女がわしの…その、初恋の女性にそっくりだったもので、つい冷静さを失ってしもうたわ。

 いや、面目無い。」

 今、若い女性に心配されてデレデレになっている塾長によれば、こちらは塾長の初恋の人の生家のお墓とのことで、今日がその方の命日なのだそうだ。

 広島の原爆投下により亡くなった、森田幸子さんという名らしいその人とは、初恋とは言ったが、最終的には結婚の約束をしていたという。

 清子さんがその分家の血筋なので、つまりその方と小夜子(さやこ)さんは薄いながらも血縁関係はあるというわけだ。

 ……なんとなくだが、塾長の女性の好みがわかったような気がする。

 幸さんも幸薄そうなタイプだったし、それは恐らく結ばれなかったかつての恋人、この小夜子(さやこ)さんに生き写しだったという彼女のイメージを、どうしても求めてしまうのだろう。

 好色だと思っていた塾長は意外と一途だったのだと、その時の私は妙なことに感心していた。

 

「奥方、申し訳ないが、もう少しだけお付き合い願えぬかな?

 なに、年寄りのセンチメンタルとでも思うて、茶の一杯でも御馳走させていただければ満足ゆえ。

 光、久しぶりに顔を合わせたのだ、貴様も付き合え。」

「うわ、なにこの扱いの違い。」

「え…?あ、その、私でよろしければ。

 あと、この黒留袖は叔母から貰ったもので、他に着るものも思いつかなかっただけで、私はまだ独身です。」

 馬鹿正直にそう言う小夜子(さやこ)さんに、よせばいいのにと思った私は多分間違っていない。

 初恋の女性にそっくりな彼女がまだ独身と聞いた途端、塾長の目の色が変わったのを、見たくもないのに見てしまったから。

 

「なんと!

 こ、これはよもや、運命の出会いか……!?」

「いや、親子どころか下手すりゃ祖父くらい年上のハゲたジジイに、若い女の子が靡くわけないでしょう。」

 とりあえず冷静になってくれと横からツッコミを入れてみるも、もう既に私の存在は塾長の目に入っていないと見え、その後3人で入った喫茶店でも、思いの外いい雰囲気で話し始めた2人の横で、私は殆ど蚊帳の外だった。

 

「さっき、『サッコ』って呼ばれた時、なんだか懐かしい気がしたんです。

 今まで誰からだってそんな風に呼ばれたことなんかなかったんですけど。

 不思議ですね。」

 そんな風に言いながらけぶるように微笑む小夜子(さやこ)さんは、やはり少しだけ幸さんとも似ているように見えて。

 モヤモヤしつつ注文したデラックスプリンアラモードの後、抹茶パフェも追加注文してやったが、後で胸焼けしたのは言うまでもない。

 そして携帯番号を交換して別れた後、見たことないくらい嬉しそうな塾長に、彼女の母親がゴバルスキーの奥さんだと教えてやったのはその腹いせだ。

 

 この後、塾長の猛アタックに押されて、小夜子(さやこ)さんが塾長の奥さんになった事を私が知ったのは、この1年後の同じ日の事だった。



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自由になるために

まさかの亜琉帝滅屠から主人公出張(ただしロリ)。
ただしこの話は、光が(あきら)の母親だった場合の時空となります。


「猫が好きか?」

 唐突に背中から話しかけられて、6歳の藤堂(とうどう)(あきら)はびくりと身をすくませた。

 たまたま珍しく朝早くに目を覚まして、この後待っている父の厳しい修業に思いを馳せてしまい、つい邸を飛び出してしまったのが3時間ほど前の事。

 日が昇るにつれ徐々に冷静になり、とんでもないことをしたと反省はしたものの、さすがに直ぐには帰り辛い上、帰ってから父にどれほど叱られるかを考えると、帰ろうとする足が自然に止まってしまい、たまたま側を通りがかって何故か足元にころんと転がり、腹を見せてきた白い猫を、現実逃避気味に撫でていた(あきら)にとって、突然後ろからかけられた大人の男の声は、若干心臓に刺さるものがあった。

 …だが撫でる手を止めると猫は、(あきら)のまだ小さな手を両前足でガシッと掴み、後足で蹴ろうとしてくるので、止めるタイミングも掴めない。

 

「…猫は、初めて触りましたわ。

 犬と違って、柔らかくて小さいのですわね。」

 仕方なく、撫でる手を止めぬまま振り返って答える。

 話しかけてきたのは、和服姿の老人だった。

 頭頂部は禿げ上がっているが耳の上くらいのラインから残った白髪は長く伸ばされて、シワの多い顔には、白い口ひげもたくわえている。

 仙人のようだわ、と(あきら)は思った。

 

「犬ならば、種類で大きさも形もまちまちであろうが。

 その言い方からすると、貴様の家には大型犬がおるようだな。」

 その仙人のような老人は、(あきら)の傍まで歩み寄ると、すぐ隣にしゃがむ。

 距離が近いことに戸惑いはあったが、何故だか警戒心は起きなかった。

 

「…今はおりません。

 去年の夏に飼っていたドーベルマンが亡くなってから、新しい犬は飼っておりませんの。

 それも先代の頃に、警備の一環として十数頭飼育していたうちの、最後の一頭だったと聞いております。

 警備ならば餌代やその他にかかる費用より、セキュリティ会社を入れる方が安上がりだと、お父様が。」

 とても賢く、いつも自分を守るようにそばにいてくれたその犬のことを思い出して、(あきら)は胸の奥がきゅんと痛くなるのを感じた。

 両親は、敢えて名前は付けていないのだと言ったが、彼女は密かにその犬のことを『クロちゃん』と呼んでいた。

 …確かに『クロちゃん』は、その時点でドーベルマンの平均寿命は越えていたから、『その時』はそう遠くはなかったろうが、実際に『クロちゃん』が死んだのは寿命ではなかった。

 藤堂家の裏庭に埋められていたその死体からは、毒物が検出された。

 そしてそれが発見されたのは、専属で仕えていた女中に(あきら)が誘拐されて、その身柄が無事確保された後日の話だ。

 彼女を家から連れ出すのに邪魔だった為に殺したと、犯人である女中が自白したという。

 

「安上がりか。いかにも奴が言いそうなことよ。

 …そもそも貴様の母は、動物があまり好きではないからな。そのせいもあろうよ。」

 (あきら)が考えに沈み込みそうになったところで、老人はそう言いながら、(あきら)が撫で続けている猫に、自分も掌を触れる。

 と、猫は急に起き上がり、唐突に老人のしゃがんだ膝の上に飛び乗った。

 老人が慣れた手つきでそれを抱き上げて立ち上がると、喉を鳴らすごーろごーろという音が、(あきら)の耳にまで届いてくる。

 この猫は、どうやらこの老人の飼い猫であるらしい。

 

「…お母様を御存知ですの?」

「まあな。あやつは犬どもには何故か懐かれていたが、これの前にいた2匹の猫とは、顔を合わせるたびに威嚇しあっておったわ。」

「……それ、本当に私のお母様ですか?」

 猫と威嚇し合うとか、人間の尊厳はどこに。

 彼女が不得要領な顔をしているのに気がついたのか、老人は可笑しそうに喉の奥で笑った。

 

「フフフ。どうやら娘の前では、文字通り『猫を被って』おるようだな。

 一応、ちゃんと母親らしく振舞っておるということか。

 …というか、貴様はわしを知らぬようじゃな。

 あやつら、わざと教えなんだな。

 貴様の誘拐事件の際には、わしも探すのに手を尽くしてやったというのに。」

 どきん。

 (あきら)の小さな胸が、大きく音を立てた。

 去年の秋に起きたその事件は、徹底的に箝口令が敷かれ、それがあった事すら世間に認識されてはいない。

 それを知っている、数少ない関係者。

 両親のことを、よく知っているらしい言動。

 

「…先代様でしたのね。

 その節は、ありがとうございました。

 御迷惑をお掛けして申し訳ございません。」

「…泣きもせぬ上に、大人以上に口がまわりよる。

 可愛げのないことだ。

 貴様の父は、貴様の歳にはまだ、すぐ上の兄にちょっかいを出されるたびに、グズグズ泣いていたものだが。」

「お父様が、ですか?」

「まだ貴様にはわからぬ事だろうが、奴らにも子供の頃はあったということよ。

 それよりも、『先代様』は無かろうが。

 わしは貴様にとっては祖父にあたるのだぞ。」

 その言葉に、(あきら)は思わず老人を見返して、長い睫毛に囲まれた目を瞬かせた。

 その彼女の反応をどう受け止めたものか、老人は猫の首筋を指先で撫でながら言う。

 

「…わしは、猫が好きだ。

 それはこやつらが、自分の好きに生きておるからだ。

 猫は、能力だけならば犬などよりもずっと優れておる。

 だがその能力を、自分以外の誰かのために使おうという概念だけがない。

 真の強者とは、そうあるべきなのだ。

 貴様も、そう生きてみると良い。

 意に染まぬ事には、抗え。

 己が意のままに生きる為に、力を求めよ。

 そこに立ちはだかる障害があるというならば、貴様の力がそこまでということよ。

 なれば障害を乗り越えるべく、更なる力を求めればよい。」

 …将来、藤堂家の後継となるべく英才教育を受けているとはいえ、まだ幼い少女でしかない(あきら)には、その言葉の持つ全ての意味は、まだ理解できなかった。

 だが、それまで胸の奥に、絡んだ糸のようにわだかまっていたものが、いつの間にか解けている感覚だけが、彼女を支配していた。

 

 好きに生きるためには、強くならねばならない。

 自由というのは、きっと強者だけに許された権利なのだ。

 そもそも強くなければ、大切なものを守れない。

 ならば強くなろう。全てはそこからだ。

 

「……私、そろそろ帰ります。

 両親が心配するといけませんから。」

「そうか。また来るがよい、(あきら)よ。」

「はい、【おじい様】。」

 言って、淑女の礼を取って頭を下げる。

 そうしてもう一度、『祖父』の腕の中の猫の頭を、腕を伸ばしてそっと撫でた。

 ごろごろという音が一瞬止まり、くあ、とあくびをしてから、猫はその綺麗な目を(あきら)に向け、小さな声で鳴いた。

 

「うなんな。」



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婀嗟烬我愛瑠 畏怖〜assassin girl if〜

薫ヒロイン(!?)の別時空(爆
薫と赤石先輩の出会いと襲撃エピソードは『婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜』プロローグ2を参照。


「姉さん!」

 春休みまで10日を切った高校2年の三学期の朝、登校途中のオレはいきなり、知らない男に肩を掴まれた。

 

「……!?」

 驚きながら見上げた視線の先に居たのは若い男だった。

 明らかにサイズがひと回り小さいだろう詰襟学生服の下に無理矢理収めているだろう分厚い胸板。

 オレの肩を掴む腕も、太い筋肉の形が、その学生服の袖を押し上げている。

 広い肩幅、太い猪首。その上に乗った小さめの顔は精悍で、太く濃い眉とやけに長い睫毛の、非常に濃い顔立ちなのだが、それよりも恐らくは強い癖毛なのだろう短く刈り上げた髪の、何故か長めに残されてくるんと巻いているモミアゲのほうがより強く印象に残る。

 だがまあしかし、今はその青年の印象よりも、よっぽど気になる事が、オレにはひとつあった。

 

「探したぞ。無事だったんだな、姉さん。

 …だが、こんなところにいてはまずい。

 すぐに俺と来い。

 大丈夫だ、俺が必ず守ってや…」

「姉さん、ね。

 つまりアンタ、オレと似た顔の女を、知ってるって事だな。」

 その長い睫毛に囲まれた目を見返してそう言うと、驚いたように男の目が(みひら)かれた。

 恐らくは、返ってきた声が想定していたものと違ったからだろう。

 オレは、顔は女みたいだと言われるし、背もそれほど高くはないが、アメリカで年上の友人ができたのと同じくらいの頃に変声期を迎えており、普通に聞けばちゃんと男の声だとわかる…筈だ。

 もっとも、それでも顔の印象に騙されて女の子だと思われてしつこく声をかけられた事も一度や二度じゃないけど。

 …うちの学校も、制服だったらよかったんだけどな。

 

「貴様…!?」

 男の太い眉根が寄せられ、本人はそうしているつもりはないのだろうが、睨むような目がオレを凝視した。

 傍目には怖そうに映るだろうが、何故かオレの目にはそこに不安げな、どこか寂しげな色が見えた気がした。

 ……何となくだが、この()はオレより年下じゃないかという気がする。

 何というか、印象が……そう、若いのだ。

 オレより体格のひと回り大きな彼に対して、『可愛い』という感想を抱いてしまう程度には。

 

「…いや、すまん。どうやら人違いのようだ。」

 男は、不意に鋭い視線を緩めると、オレの肩から手を離した。

 そのまま背中を向けて立ち去ろうとする。だが。

 

「探してたって言ったな。

 オレもこの顔の女を探してる。

 アンタとオレ、探してるのは同じ女なんじゃないのか?」

 その背中に向けて、オレはまた声をかける。

 それは、帰国して初めて見つけた手がかりだった。

 初見でオレと見間違えるほど似た顔の女なんて、思い当たる人物は1人しか居ない。

 オレがアメリカで世話になっている養父母に我儘を言ってまで、日本の高校に通いたいとこちらに帰してもらったのは、その人物を探して会う為だった。

 オレの命と引き替えに、売られる形で金持ちに引き取られたオレの半身……オレの、双子の妹に。

 だから。絶対に逃すわけにはいかない。なのに。

 

「…手を引け。」

 と思って引き留めた彼は、一度振り返って見据えたオレにそう言い放った。

 

「事情は話せんが、悪い事は言わん。

 命が惜しいならその女の件から手を引け。

 貴様が誰かは知らんし、敢えて聞かん。

 だからこれ以上関わるな。」

 冷たい口調とは裏腹に、内容はオレを気遣うものであり、同時に妹の置かれた状況がひどく不穏なものである事を、それは否応なくオレに知らしめるものだった。

 

「待てよ。…これ、オレの連絡先。

 気が変わったら連絡してくれ。」

 それを聞けば尚更諦める事が出来ず、オレは彼の腕を掴むと、普段から常に用意して持ち歩いている手作りの名刺を、その手に無理矢理ねじ込んだ。

 彼の大きな手は、中三本の指の付け根がやけに硬くなっている以外、爪や指先に至るまでが、意外なほどに綺麗だった。

 

 …その時のオレは冷静じゃなかったんだと思う。

 彼が『探している』という時点で、彼もまた『姉さん』の行方が掴めていない事実を、完全に失念していたのだから。

 

 ☆☆☆

 

「おい…大丈夫か橘。」

「……マジで一瞬、お花畑が見えましたけどね。

 助かりました、剛次さん。」

 情けなくもふらつく脚をなんとか立ち上がらせたものの、やっぱり転けそうになったところを、太く逞しい腕が支えてくれた。

 …ほんと、羨ましいな。

 この人…赤石剛次さんは、オレがこう生まれたかった『男』の理想型みたいな人だ。

 初めて会った時からそう思っていた。

 ひょっとして、世に言う一目惚れっていうのはこんな感じだろうか。

 そういう奴らから声がかかった事はあっても、オレ自身にそのケはなかった筈なんだが。

 そんな埒もない事を考えてるオレに、剛次さんが怪訝そうな目を向ける。

 その表情が何だか知らないけど可愛く見えて、そんな必要もないのに、剛次さんの分厚い胸にもたれかかった。

 …ああ、安心感が半端ないな。

 なんかもう、ずっとこうしていたい。

 

「…橘?」

「すいません、なんでもないです。

 …けど、どうしてセンセイが、オレの事を…!?」

 問うでもなく呟きつつ、先ほど細くて硬い紐のようなものが食い込んでいた首筋に指をやると、擦りむいたみたいにヒリヒリした。

 …どうやら『みたい』じゃなくほんとに擦りむいてるぽい。

 

『済まない、薫……!

 おまえとあの方を、会わせるわけにはいかないんだ…!!』

 間にブランコの支柱を挟んだ状態から、耳元に囁かれた声に、どこか悲痛なものが混じっていたのと、剛次さんの声に驚いて手を離した直後の、魂消るような絶叫を、同時に思い出し背筋が震える。

 

『昨日の朝、あなたに人違いで声をかけた方の、私は代理の者です。

 依頼人(クライアント)の名前は申し上げられませんが、私の依頼人(クライアント)はあなたとの面会を希望しております。

 ついては今夜7時に、集英公園でお会いしたいと申しておりますが、御都合はいかがでしょうか?』

 今朝の電話で提示された時間は、何の予定もない時間だったから、一も二もなく了承した。

 あの時は興奮していて気がつかなかったけど、よくよく思い返せば、あれもセンセイの声だったし、センセイならばオレのスケジュールは把握していたから、予定のない時間にぶつけてくるのは容易い事だったろう。

 だとすれば、彼が依頼人(クライアント)と言ったあの青年が、オレを殺す指示をセンセイにしたという事なのだろうか。

 ……けど、何か違和感があった。

 というより、信じたくなかったのかもしれない。

 オレを妹と間違えて声をかけた時、あの()は確かに、安心したような顔をしていた。

『姉さん』の事を本気で心配していたのでなければ、あの表情にはならない筈だ。

 それにその後『手を引け』とオレに忠告した時、あの()は間違いなくオレの身を案じていた。

 

「…『センセイ』!?今の野郎、知り合いか!?」

 そんな事を考えつつ、首元を手で押さえながら言ったオレの言葉に、剛次さんが目を(みひら)いた。

 その問いに頷き、答えを返す。

 

「あの人、オレの身元引受人ですよ。弁護士の……」

「待て。

 て事はてめえ、今家に帰ったらまずいんじゃねえのか!?」

 その(ひと)の名を告げようとしたら、それを遮って剛次さんは、オレの肩をガシッとその大きな手で掴んだ。いやちょっと痛い。

 

「…そう、なんでしょうか。」

 それ以上力が込められないうちにその手を掴みながら、体で押してひっくり返して外す。

 その左手の掌のあの()と同じ場所が、胼胝(たこ)のように硬くなっているのに気がついた。

 …剛次さんは実家が代々剣術の師範をやってきた家系で、本人も幼少期から真剣を握る生活をしてきて、その修業は今も続けていると聞いたことがある。

 もしかするとあの()も、剣術の心得があるのかもしれない。

 その掴んだ手をじっと見てしまっていたら、呆れたような声が頭から降ってきた。

 

「……危機感が足りなすぎるだろ。来い。

 いつまでもってわけにはいかねえが、今日は俺が匿ってやる。」

「あーでも、10時間ごとに飲まなきゃならない薬があって、それは取りに戻らないと…」

 オレの心臓はもとは他人のそれだ。

 生まれつき心臓に持病があり、11歳半の時に手術を受けて、大抵の事は常人と変わりない生活ができるところまで回復したが、拒絶反応を抑えるための免疫抑制剤は、一生服用し続けなければならない。

 また強いショックや激しい運動といった、心臓に負担のかかる事も避けなければならず、さっきの出来事などは下手をすれば、絞死させられる前に心臓が止まってもおかしくなかった。

 一応手術は成功した筈なのだが、身体の調子が戻ってもその辺が改善しない理由は、医師にもよくわからないらしい。

 オレが言うのを聞き、剛次さんが眉を顰めて舌打ちをする。

 

「……なら、一緒に家まで行ってやるから、必要な物だけ持って来い。

 まあ、ヤツは片腕ぶった斬ってやったから、待ち伏せするより先に病院に行くだろうがな。

 だが仲間がいる可能性もある。」

「…わかりました。」

 オレは彼の言葉に素直に頷いた。

 剛次さんが声をかけてくれるのがあと一瞬遅く、オレが落ちた後であったなら、多分オレは死んでいた。

 センセイがどうしてあんな真似をしたにせよ、命を奪われそうになったからには、彼はオレの『敵』だ。

 

 …そのあと、剛次さんに家までついてきて貰い、何事もなく薬を回収した。

 居間で必要な荷物を纏めている間、縁側から庭を警戒してくれていた剛次さんに声をかける。

 

「…結構、見事な桜の木でしょ?

 帰国してこの家に戻った時、まだ枯れずに残っててくれた事に、すごく感動したんですよ。」

 と言っても、夜の庭でライトアップしているわけでもないので、そろそろ終わり頃の桜はよく見えない。

 もっとも剛次さんはやたら目がいいので、夜の暗さなんて関係なく見えてるだろう。

 ひょっとしたら以前在籍していたという私塾の庭に咲いていたという、一年中咲いている桜のことでも思い出しているのかも。

 そんな事を感じたのは、ゆっくりと振り返った顔が、こんな時だっていうのに穏やかに見えたから。

 

「…て事は前に言ってた、妹が花びらを取ろうとしてた桜ってのは、この木のことか。」

「はい。

 ……でも、この木ともまたしばらくお別れかな。」

「…桜なんざ、これから嫌ってほど見られるさ。」

 そう呟いた意味は、その時には判らなかったが、今のオレが信じられる唯一の人の言葉に、オレは迷う事なく頷いた。

 剛次さんが居てくれるならば、恐いものなんて何もない。

 

 その夜は、やけに桜が薫った。

 

 ・・・

 

 前にも一度お邪魔した剛次さんの家で、一週間ほどを過ごした後、連れていかれたのは『男塾』の名が掲げられた、広大な敷地のある校舎だった。

 剛次さんがかつて在籍していたと知ってはいたが、私塾であると聞いていたからもっとこぢんまりとしたところを想像していたのに、これは普通の高校どころか、敷地だけなら大学レベルだ。

 

「俺は、ここの塾長にてめえを託そうと思ってる。

 恐らくてめえにとっては、ここがこの世で一番安全な場所だろうぜ。」

 そう言われて引き合わされた禿頭(とくとう)の壮年後期の男性は、オレを見て明らかに驚いた顔をした。

 

「……貴様、名をなんという。」

「橘 薫です。……あの、何か?」

「うむ……わしが男塾塾長、江田島平八である。」

 いや、自己紹介を求めたわけじゃないんですけど。

 思わず後ろに立つ剛次さんの顔を振り返ると、剛次さんは小声で『気にすんな、平常運転だ』と言った。

 意味がまったくわからない。

 

「……赤石よ。貴様の頼み、引き受けよう。

 ただし、貴様もこの男塾に戻る事、それが条件だ。

 あの件から3年、既に事件の始末は付いているし、二号生筆頭の椅子は、ずっと江戸川に守らせてある。

 あやつはそこに座る器ではないが、温めさせておくには適任だからのう。

 そもそも貴様自身、一度身内に入れた者を他人に任せきりにできる性分でもあるまい?」

 江田島塾長はそう言ってニヤリと笑った…え!?

 

「………判りました。

 ですが、それには片付けなければいけない事があります。

 それが済んだら必ず戻りますんで、それまではコイツを頼みます。」

「任せるが良い。

 わしが男塾塾長、江田島平八である!」

 いやなんか、オレの頭を通り越して2人で話が進んでるけど。

 

「待ってください!

 剛次さん自身は、ここに戻っていいんですか!?

 オレの為に仕方なく、ていうんなら、オレは……」

 オレの存在で、剛次さんの意志がねじ曲げられるのは、オレの望むところじゃない。

 だってそれじゃ、妹の時と同じことになってしまうから。

 オレの言わんとしている事が理解できたんだろう。

 剛次さんは、厚い唇に悪そうな笑みを浮かべ、その大きな手で、オレの頭を……叩いた。

 もう、スパーンと見事にいい音をたてて。

 

「自惚れんな、馬鹿。

 俺をこの件に引っ張り込んだのは確かにてめえだが、関わると決めたのは俺の意志だ。

 てめえの責任でもなんでもねえ。」

 うん、細かいことはまるで考えないあたりは実に剛次さんらしい。そして痛い。

 

 ……結局、オレが脳が揺れるのを耐えてる間に剛次さんはいなくなっており、オレは一旦江田島塾長の別宅に引き取られる事になった。

 

「…橘、薫か。『橘流(たちばなりゅう)氣操術(きそうじゅつ)』。

 この言葉に、聞き覚えはあるか?」

 その問いかけに、心臓がおかしな動きをするのが判った。

 聞き覚えどころの話じゃない。

 オレがなんの問題もなく生まれていたなら、それはオレが父から受け継いでいた、オレの家系に代々伝わる秘術の名だ。

 結果、オレの代わりに継承者となった妹は、一族の中でも比類なき才能を見せて、10歳になる前にその全てを極めたというのだから、結果オーライというやつだったのだろうが。

 オレの反応を見て、江田島塾長は何か得心したように一度頷くと、次にはその目に、どこか悲痛な色を浮かべて言った。

 

「…二週間ほど前の話だ。

 わしの古い友人であるとある要人が、忍び遊びの帰りに命を狙われた。

 たまたま通りかかったわしがそれを止め事なきを得て、その暗殺者はわしが連れ帰った。

 …そやつは、まだ若い女子(おなご)であった。

 飼い主の名どころか己の名すら言おうとはせなんだが、話をしてみれば心根はまっさらで、更生の余地ありと判断して、わしの家で少しの間生活させており、いずれは塾に職員として置くつもりであった。」

 ……過去形だ。その事が、何故か引っかかった。

 

「……わしはその者を受け入れる体制を整える為に、数日塾のほうに詰めており、帰ってきた時には全て終わっておった。

 世話をさせていた女と2人で、足りないものを購う為に家を出たその帰りに、仲間の暗殺者に始末されよったのだ。

 というか、1人ならば逃げおおせたものを、わしの女を助ける為に、己の命を使い果たしたらしい。

 助けられた女が泣きながら言うには、喉に致命傷を受けて死ぬと思った時に、その娘の手が触れた途端に傷の痛みは消えて、目が覚めた時には、確かに負った傷が塞がっていたのだと。

 …なまじ、人間の情など教えたばかりに、かわいそうな事をした。

 結局、名すらわからぬうちに死なせてしもうたゆえ、葬式も出してやれなんだが、せめて骨はわしが家の菩提寺に、納めてやるつもりでおる。」

 ……話の中ほどまで聞いたところで、気がつけば身体が震えていた。

 死んだ娘。助けられた女。

 手を触れた途端に塞がった傷。

 

「……なぜ、その話をオレに?」

 それ以上のことを聞きたくないと思っていた筈なのに、気付けばオレの唇は、そう言葉を紡いでいた。

 そして、それに答えた江田島塾長の言葉は、オレが一番聞きたくなかったものだった。

 

「…その娘の顔、貴様にそっくりだったのだ。」

 

 その言葉を聞いた瞬間、深い絶望に全身を蝕まれ、オレの視界は黒く塗りつぶされた。

 

「────光……!」

 

 

 

 

 

 

 

 …………気がつけば真っ白い暗闇の中、誰かの問いかける声だけが響いた。

 

 

『いきたいか?』

 

 

 一瞬、どっちの意味だろうと思った。

『生きたい』ならば生、『逝きたい』ならば死、全く逆の意味になる。

 どう答えようかと思案して、どちらもそう変わらないなと思い直した。

 それが神の救いの声か、悪魔の誘惑の声なのか、わからぬままオレは頷いた。

 

 ☆☆☆

 

「三年です。

 私では、父のようには生かせませんでした。

 三年の間にこの者の心がその心臓に満ちなければ、その者は再び死にましょう。」

「どういう事だ、炎蓮よ。」

「元々この男の心には、生きている事への罪悪感がありました。

 そしてそれは、探していつか会いたいと思っていた妹の死を知った事により強まっております。

 今は私の秘術により防いでいますが、今のままでは3年経てばその効果は消え、その罪悪感がこの者の心臓を再び止めて、もはや二度と蘇生はできますまい。」

「ならば、どうすれば良いのだ。」

「命の熱さを、この者の心と身体に教え込むのです。

 男塾(ここ)でならば、それが可能でありましょう。

 何もしなくて構わない。

 かつて私や仲間たちがそうであったように、塾生としての日々がこの男に、男の魂を刻んでくれる。

 塾長。貴方に出来ることはただ一つ。

 この者を、塾生として受け入れる事だけです。」

 薄らと目を覚ましたオレの頭の上で為されていた、江田島塾長と知らない男のやりとりをぼんやりと聞きながら、オレはかつての妹の声を思い出していた。

 

 

 私の心臓を、お兄ちゃんにあげる。

 

 

 判ったよ、光。これからはそのつもりで生きる。

 おまえが生きたかった分、おまえが生きられなかった分まで、何がなんでも生きてやる。

 

 再び落ちた意識がもう一度戻り、差し出された書類に血判を押した後、もうオレの心に迷いはなかった。

 

 ☆☆☆

 

「ねえ、君すっごく強いでしょ?見てわかるよ!」

「フッフフ、そう見えるか?」

「うん。ね、友達になってくれないかな?」

「おかしなことを言うんだな。

 今日からおまえもここで、同じ釜の飯を食う仲間なんだぜ?

 友達ってんなら、もう既にそれだろう?」

「……そっか!オレ、橘薫!よろしく!!」

「押忍。俺は一号生筆頭・剣桃太郎。

 こちらこそよろしくな、薫。」

 その日、最初に挨拶したその青年が、この後男塾の歴史を変えていく存在になること、この時のオレはまだ知らなかった。




すいません錯乱しました(爆
つづく……かどうかは知らない。


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愕睨戒(がくげいかい)シリーズ
男塾名物!!愕睨戒(がくげいかい)〜或いは、全てを筋肉で解決する竹取物語〜


 ある日、おじいさんは山で光る竹を見つけました。

 

「…この世に斬れぬものはなし。

 一文字流・斬岩剣!!」

 おじいさんが光る竹を斬ってみると、中から美しい女の子が出てきました。

 

「…いや、危ないでしょう赤石!

 咄嗟に身を屈めなければ、私、今頃首ちょんぱですからね!!

 気をつけてくださいよ!!」

「テメエが、あっさり首切られるタマか。

 グダグタ言ってねえでさっさと来い。」

 おじいさんはまるで人さらいのように女の子を家に連れ帰りました。

 

「おう、今帰った。」

「のう筆頭…どう考えても、配役に無理があるんじゃないかのう。」

「……言うな。」

「…………ごっついのう。」

 おじいさんとおばあさんには子供がいなかったので、女の子を『かぐや姫』と名付けて育てることにしました。

 

「いや、私充分育ってますから!

 ちいさくても、これで成体ですから!!」

「動物性プランクトンみたいな言い方すんな。」

「そこまで小さくねぇわ!!」

「そういう事を言ってるんじゃねえ。」

「…ごっついのう。」

 かぐや姫を拾ってから、おじいさんは山に登るたびに光る竹を見つけました。

 切ってみると中から金銀財宝が出てきました。

 おじいさんとおばあさんはお金持ちになり、そのお金でかぐや姫はなに不自由なく育つ事ができました。

 美しく育ったかぐや姫に、数多の公達が結婚を申込み、かぐや姫は彼らに向かってこう言いました。

 

「では私と闘って勝った人に嫁ぎましょう!!」

「明らかに物語から離れた!!」

「…というのは冗談で、では富樫は塾長の頭頂部に『髪』の一文字を、虎丸は飛燕の頭にネコ耳カチューシャを、椿山は権田寮長の背中に『倦怠期(ケンタッキー)』の張り紙を、それぞれ相手に気付かれずに付けて来……」

「出来るわけねえだろそんなもん!! 」

「10秒で殺されるわ──っ!!」

「俺はやります!光さんの為なら死んできます!!」

「椿山清美、死亡確認。」

 …求婚者達が次々に脱落する中、そんな姫の噂を聞きつけ、帝が姫を一目見に、家を訪ねてきました。

 

「数多の公達を死へと落としてきた姫よ。

 気に入ったぞ、この男塾の帝王、大豪院邪鬼の妻となるが良い。」

「それ絶対褒めてませんよね?」

「認めん!光は俺のものだ、誰にも渡さん!!

 貴様が男塾の帝王ならば、俺は藤堂財閥次期総帥だ!!」

「それ関係ないですよね豪くん?

 てゆーかなんで帝役がふたり居るんですか!?」

「「ダブルキャストだ!!!!」」

「意味が違う!!」

 …帝はかぐや姫に『帰ってくれウルトラマン』と追い出されてしまいました。

 かぐや姫はおじいさんとおばあさんにこう言いました。

 

「私、(うち)へ帰らなきゃいけないんで、タクシー呼んでもらっていいですか?」

「なんでそうなった。」

「ごっついのう。」

「今日までの養育費は、竹の中に入ってたやつということで御了承ください。

 あ、余剰分の返金は必要ありませんのでご安心を。」

「あれ養育費じゃったんか……ごっついのう。」

 …しかし、かぐや姫を月へ帰したくない帝たちは、家のまわりを兵で固めました。

 

「邪鬼様。死天王と鎮守直廊三人衆、参りました。」

「総帥。冥凰島十六士、揃っております。」

「「「いつなりと御命令を!!」」」

「「うむ。」」

 屈強な男たちが家を取り囲む中、遂に月からタクシー…ではなく、使者が降りてきました。

 

「押忍、光。迎えにきたぞ。」

「お疲れ様です、桃。」

「待て剣!!何故貴様がそっちの役なんだ!?」

「フッフフ。こちら側ならば、光が手に入るからな。

 何せ、かぐや姫は必ず月へ帰るのだから。」

 使者はかぐや姫に白殲ランを纏わせると、抱き上げて連れて行こうとしました。

 

「行かせぬ!! 大豪院流奥義・真空(しんくう)殲風衝(せんぷうしょう)!!」

「蒼龍寺超秘奥義・暹氣(しんき)龍魂(りゅうこん)!!」

 帝たちが必殺技を放つのを目にした使者は、かぐや姫を背に庇うと、自身も刀を構えました。

 

王虎寺(わんふうじ)超秘奥義・ 暹氣(しんき)虎魂(ふうこん)!!」

 帝たちどころか護衛の者たちも一斉に吹き飛ばされ、使者に連れられてかぐや姫は、無事に月へと帰りました。

 

 そして。

 

「よくぞ帰った、光よ。

 わしが男塾塾長、江田島平八(つき)である!!」

「ハゲオチかよ!!」

 

 

 

 ちゃん、ちゃん。




すいませんでした。


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男塾名物!!愕睨戒(がくげいかい)2〜或いは、始まりも終わりもない鬼退治〜

ちなみに衣装が揃えられないので、全員制服のまま演じてます。


 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。

 おばあさんが川で洗濯をしていると、川上からどんぶらこと、大きな桃が流れてきました。

 

「ごっついのう。」

 おばあさんは桃を家に持ち帰りました。

 おじいさんは凶悪な顔でそれを一瞥すると、背中の巨大な太刀を引き抜き、桃に向かって振り下ろしました。

 

「誰が凶悪な顔だ……まあいい。

 この世に斬れぬ桃はなし!一文字流・斬岩剣!!」

 パカリと割れた桃の中で、ちいさな玉のような男の子が、割れた片側に身を縮めて震えていました。

 

「……またそのネタですか!

 危ないって言ってるでしょう!?

 咄嗟に身を躱さなければ今頃私、頭から真っ二つですからね!!」

「待て光。なんでテメエがここにいる?

 主人公役は、剣の野郎の筈だろう。」

「私はその幼少期役です!

 更に少年期を極小路が、桃は青年期からを演じます!!」

「戦国歴史大河ドラマみてえな言い方すんな。」

「ごっついのう。」

 桃から生まれた男の子は桃太郎と名付けられ、おじいさんとおばあさんにかわいがられてすくすく…すくすくと成長しました。

 

「……俺の出番、一瞬にして過ぎ去った!」

「まあまあ極小路。あとは応援にまわってください。

 ほら、これ持って。」

「重っ!!!!つかこれ喝魂旗(かっこんき)じゃねえか!!

 今どっから出した!?あと、どうやって持ってきた!!」

「つっこんだら負けです。」

「おまえが言うのかそれ!」

「なんなら『かわいがり』部分を詳細描写してもええんじゃぞ?」

「………遠慮しときます。」

 それはさておき桃太郎は、身長185センチの筋骨たくましい青年に成長しました。

 

「…押忍!桃太郎です!!」

 彼は唐突に自己紹介すると、服のポケットから一枚のハガキを取り出して、往年の堀○行イケメンヴォイスでそれを読み始めました。

 

「今日は、薙樓嘔(なろう)市の翁もずくちゃんからのおたよりだ。

『こんにちは。

 私の学校でも先日愕怨祭が行われて、【悶邪の舞】だと部の先輩が鉄板を出してきたので、早速お好み焼きを焼いて販売して大盛況だったのですが、後から『そこボケるならせめてもんじゃにしろ』と怒られました。

 これ、私が悪いんでしょうか』…って!

 もずく、おまえは少し空気読むって事を学ばなきゃダメだぜ♪」

「おまえは世界観を読む事を学べ。」

 それはそれとして、都には鬼が現れて人々に悪さをしておりました。

 桃太郎は、鬼退治に出かけることにしました。

 

「待たれよ、剣どの。拙者達も同行させて貰おう。」

「お……おまえ達は……!!」

「三面拳・雷電!」

「飛燕!」

「月光!」

「体もなまってきた。ここは俺も行かせてもらうぜ!」

「お、おまえは……!」

「だ、伊達──っ!!」

「ってひとり多いわ!だれ役だお前!!」

「ああ、よろしく頼むぜ。」

「しかもあっさり受け入れた!!」

 こうして5人は鬼ヶ島へと向かうと、サクッと鬼たちを蹂躙しました。

 

「気にすんな。

 おまえらが弱いんじゃねえ。俺が強すぎるんだ。」

「だから誰だよお前!!」




すいませんでした。


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男塾名物!!愕睨戒(がくげいかい)3〜或いは、闘技場(おしろ)の武闘會

 その昔、剣桃太郎(シンデレラ)という(やさし)(うつく)しい若者(むすめ)がいました。

 剣桃太郎(シンデレラ)は厳しい教官(ままはは)と、鬼のような二号生筆頭(じじょ)と、閻魔のような三号生筆頭(ちょうじょ)という、屈強(いじわる)先輩(あね)たちと暮らしており、日々(くりかえ)されるその修業(いじわる)に耐えておりました。

 ある日、天挑五輪大武會(おしろでぶとうかい)が開かれる事となり、剣桃太郎(シンデレラ)塾長(まほうつかい)采配(まほう)戦力(みじたく)を整えると、 大武會(おしろ)へと向かいました。

 そして数多の強豪(ひめ)達が集う中、その(うつくし)さをもってそれを降し、遂に決勝戦(おうじのまえ)駒を進め(すすみで)たのです。

 藤堂豪毅(おうじさま)剣桃太郎(シンデレラ)をひと目見て、

 

「俺は(あのひと)宿命的な何か(うんめい)を感じる」

 と思いました。

 

 闘い(ダンスをし)ながら藤堂豪毅(おうじさま)剣桃太郎(シンデレラ)に言いました。

 

貴様は、俺と闘うに相応しい男のようだ(どうぞわたしのつまになってください)!!」

 その答えを返そうとした剣桃太郎(シンデレラ)は、仲間たち(とけい)大鐘音のエール(じゅうにじのかね)きる(うつ)のを耳にして…………

 

 ☆☆☆

 

「却下」

 愕睨戒(がくげいかい)で発表する厭劇(えんげき)のシナリオの概要を説明していたら、その為に用意した資料を、桃の手がいきなり引ったくった。

 

「どうしてですか!

 何ひとつ間違っちゃいないじゃありませんか!!」

 昨日の晩徹夜して作成した資料を取り返そうと手を伸ばしつつ、私は桃に食ってかかる。

 だが私がぴょんぴょん跳ねて奪い返そうとするその紙束は、桃が軽く手を上げただけで、私の手の届かない遥か上へと持ち上げられた。

 くそう、私よりちょっと……かなり背が高いからって。

 

「強いて言えば、おまえにシナリオを任せたのが最大の間違いだ」

 と、悔しさに歯噛みしつつ桃を睨みつける私に、別方向から呆れたような声がかかる。

 

「酷い!!」

 思わず振り返って言い返すと、その声に違わぬ呆れたような表情で、赤石が私を見下ろした。

 おのれ、どいつもこいつも。

 

「そもそもこの男塾で、この演目は無理があるのではないか」

 更に、いつも非常識なことしか言わない邪鬼様が、まるで常識人のような言葉を口にする。

 それに続いて、死天王たちが次々に文句を言い始めた。

 

「そもそもさっきの説明には登場しなかったが、この資料を見る限り俺たちは『壟義盾行(カボチャの馬車)』だしな」

「扱い雑過ぎんだろ…もう少しなんとかならなかったのかよ」

「むしろ姫役ならば、光がやった方がいいんじゃないか?

 無理なら、百歩譲って飛燕とか……」

「邪鬼様を差し置いて主役など、誰であろうとあり得ん!」

 最後なんか変なこと言ったやついるけど、それはさておき。

 

「私は、進行や企画を全て任されております。

 役になど入っている暇はありません。

 飛燕は…頼んだら笑顔で刺されそうな気がしました。

 なので彼には、衣装の作成をお願いしています」

「一度は頼もうとは思ったのか…」

 私のしどもどな言い訳に、全員が納得したように頷いた。

 

 

 

「というか、王子役の俺の気持ちを少しは考えてくれ、姉さん…!」

 そして。

 それまで黙っていた豪毅が、泣きそうな声で訴えてきて、私はプレゼンを失敗した事を悟った。




お客さんがあまりにも来ないので錯乱しました。


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微エロ
天より堕つる


現在公開停止中の18禁番外編に置いてた話ですが、個人的に割と好きな話であり比較的エロもマイルドなので、更に直接的表現を排除する形に改稿して、こちらに公開しました。
それでも駄目なようなら削除します。

本編の流れでは繋がらないパラレル伊達エンド後の『天より高く』時空。ちょいエロ。


 頭の中がボーッと霞んで、何も考えられなかった。

 目の前に、愛しい男の顔が微笑んでいて。

 いつもの通り、頬の傷跡に指先を這わせて、触れるだけのキスをした。

 それから首筋、胸板、腹筋へ、着ているものの前を開けながら、ゆっくり念入りに唇を這わせていく。

 一旦顔を離し、彼の左手首の、私の背にあるのと同じ印にも唇を当ててから、再び先程のルートに戻り、ようやくその先にあるモノに、優しく指先を触れた。

 

「疲れてるのね……可哀想。」

 男の身体が一瞬硬直したのを、私はその部分への刺激によるものだと思っていた。

 けど、いつもの半分程度しかないどころか、その下の部分も何だかいつもより小粒に見える。

 それでも指先で毛を逆だてるように優しく撫でながら、それに焦らすように舌を這わせた。

 しょっぱい味を存分に味わってから、ようやく先端に唇をかぶせる。

 なるべく隙間を空けないように、更に歯を立てぬように、舌を密着させて小さく動かすと、ぬるぬるした感触が口の中に広がる。

 だが、いつもならばどんなに疲れていてもこの辺りで元気を取り戻す筈のそれが、今日に限ってその瞬間は一向に訪れなかった。

 

「もういい、服を脱いで上に…」

「具合悪いなら今日はやめます?」

 彼と私の声が重なる。あれ?

 

「…気持ちはあるのでしょうけど、身体がついてきていないのでしょう?

 いつもの半分の元気もないですし、今日は…」

 思いやりのつもりで言ってから、妙な違和感を覚えた。

 視界がぐるりと回った後、突然目の前がはっきりした。

 情けない状態のそれから目を逸らし、顔を上げる。

 

「………ッ!!?」

 そこにいるのは、私の愛する男などではなかった。

 どこを見ているのかもわからないような細い目を目一杯見開いたまだ若い顔が、なにかひどいショックを受けたように、震えながら私を見つめていた。

 

 ☆☆☆

 

 伊達の様子がおかしい。

 組員の中でも伊達の側近くにいつも控えている男が、私にそう告げてきたのは、伊達が男塾の同窓会に出席した後日の事だった。

 私にも通知がきており、厳密には塾生ではなかった私は出席を辞退していたのだが、伊達がその同窓会に、盗聴マイクを持ち込んでいたのだと。

 

「衆院議員、辺見忍に頼まれた。

 今日の会合の内容を知りたいと言うのでな。」

 彼にその事を告げた伊達は、自分のしている事が正しい事であるとなんの疑いもなく思っている様子だったという。

 辺見忍というのは、史上最年少で内閣総理大臣に就任した桃と同じくらいの急スピードで、若くして政界のニューリーダーと呼ばれる位置まで登ってきた男であり、今や桃の政敵と呼ぶべき存在の筈だ。

 その男に頼まれて便宜を図るなど、本来なら考えられない事だ。

 だってそれは、かつて互いの命すら預けあった桃を、裏切る行為に他ならないのだから。

 しかも今朝方、鉄砲玉的な刺客を辺見のところへ送ったものの失敗し、それがどうも予め打ち合わせてわざと失敗したようだと彼は言った。

 恐らくはそれにより、『剣首相』と暴力団組長伊達臣人の繋がりをマスコミに広め、彼を追い落とす作戦ではないかと。

 

「姐さん。

 組長は正気を失ってるとしか思えません。

 目を覚ましてもらうには一体どうしたら…!」

 そう私に、下手すれば泣くんじゃないかくらいの表情で告げた彼に口止めをして、私はとにかく、その辺見に会いにいく事にしたのだ。

 

 伊達臣人の内縁の妻だと堂々と名乗り、辺見忍本人と顔を合わせて、その目を見て…それ以降のことは覚えていない。

 頭の中がボーッと霞んで、何も考えられないまま、私は伊達の身体に口で奉仕しており…そして。

 今、目の前で、ショックを受けたように固まって、震えている男は伊達ではなかった。

 衆院議員、辺見忍。

 そうだ、私はこの男に事情を聞きに来た筈なのに。

 いやそれよりも何よりも、私は今、何をしていた!?

 恐る恐る見下ろせば、そこには先ほどよりも更に情けない状態になった、男の………。

 

「いっ………いやあぁぁっ!!!!!」

 私は絶叫し、その場から後ずさった。

 その声である程度冷静さを取り戻したらしい辺見が立ち上がり、私に向かって手を伸ばす。

 

「ま、待て。貴様…!」

「いやぁ!」

 考える間もなく、私はその腕に氣の針を飛ばす。

 飛ばし攻撃は確実性も威力も落ちるが、私はその男にはもう、触れるのもおぞましかった。

 一瞬の痛みに明らかに怯んだ辺見の手から逃れ、私は和服であるにもかかわらず、全速力でその場を後にする。

 彼の方はあれ程に衣服を乱れさせたままでは、部屋の外に出ることはできなかったものか、追ってくる様子はなかった。

 いい加減走って走って、どこかの路地の裏道まで入ったところで、先ほどの光景を思い出し…。

 その瞬間に、嘔吐した。

 

 …どこをどのように歩いてきたものか、気がつけば私は、男塾の門の前にいた。

 通年咲き続ける桜の枝が揺れているのを見て、吸い込まれるようにその門をくぐった。

 懐かしいその木の下で、はらはらと舞う花びらを見上げながら、私は懐に手を入れると、懐剣をスッと引き抜いた。

 刃を首筋に当てて、ためらう事なく引いた。

 

 …筈だった。

 

 ☆☆☆

 

 …目が覚めたら、心配そうに私の顔を覗き込んでいる富樫と目が合った。

 男塾を卒業後、私のあとを引き継いで塾長秘書となった富樫とは、今でも他の元塾生達よりも顔を合わせる機会が多い。

 塾生時代からの老け顔にようやく年齢が追いついた彼は、今はそこそこモテてはいるようだが、特定の女性はまだいないらしい…と、うん、現実逃避。

 その富樫の後ろに塾長の姿が見えて、私はゆっくりと上半身を起こす。首筋がなんだか痛い。

 瞬間、自分が何をしようとしていたかを思い出して、反射的に首筋に指を触れたが、そこには傷のひとつも刻まれた感触はなかった。

 そもそも、感じる痛みは筋肉的なものだ。

 恐らくは刃が触れる前に、私は強制的に意識を落とされたのだろう。

 そしてどうやらここが塾長の邸らしいところを見ると、それを為したのは塾長か。

 

「何があった。貴様が自害しようとするなど、生易しい事態ではあるまい。」

 言われて、先程の状況を思い出す。

 また吐き気がこみ上げてきたが、幸いにも…と言っていいかは知らないが、もう私の胃の中に、出てくるべきものは存在しなかった。

 代わりに涙が溢れた。

 おぞましさと、自分への情けなさで。

 

「とにかく、伊達に連絡しねえとな。」

 富樫がそう言って立ち上がる。

 その言葉に、考える間もなく私は反応していた。

 

「やめてください!

 私は、もう伊達に合わせる顔がないんです!

 時代が時代なら、不義を働けば重ね斬りでしょう!?

 私はあの、辺見という男に穢されてしまいました。

 後生ですからこのまま死なせてください!」

 言いながら懐剣を探すもどこにも見つからず、そんな私の言葉に、塾長と富樫が顔を見合わせる。

 

「落ち着くがよい、光。

 その様子からして、貴様の意志ではあるまい?

 わしは今でも貴様の親と思うておる。

 悪いようにはせぬから、話してみよ。」

 …塾長が、一語一語いい含めるように、私に言う。

 その声に、ここで仮初の親子として接し、自分の分を奪われることに文句を言いながらも同じものを食べていたかつての自分に、強制的に引き戻された。

 再び溢れ出した涙を見られたくなくて、私は塾長の胸にしがみついて、号泣した。

 ようやく落ち着いてから、自身の身に起きた事を、吐き気を堪えつつ塾長に告げた。

 

「成る程。身ひとつで辺見と接触するとは。

 いざとなれば暗殺も視野に入れての行動だったのであろうが、随分と無謀な真似をしたものよ。

 せめて一言、事前にわしに相談しておれば、注意も授けてやれたものを…。

 まあ、今更言うても始まらぬがな。」

 自身の顎を撫でながら塾長が言うには、辺見忍には不思議な能力があり、目を合わせたが最後、その心も身体も自在に操る事が出来るのだという。

 

「俺も、えらい目にあった。」

 と、富樫が右手の人差し指をピストルのように立て、自身のこめかみに当てて、苦い顔をした。

 なんとなくだが、状況は察せられる。

 とにかく私はそれに、まんまとしてやられたわけだ。

 悔しい。あんな若造に。

 

「貴様の話を聞く限り、伊達が既に辺見の影響下にある可能性が非常に高いな。

 これは、心してかかる必要があろう。

 …富樫。光は暫くはここで保護する。

 伊達にはすぐに連絡をせぬ方がよかろう。」

 塾長がそう言うと、

 

「そ、それなんですが塾長。」

「ん?」

 何故か気まずそうに富樫が、私の方をチラチラ見ながら言う。

 というかさっきから、何か言いたげな顔をしているのは気がついていたが。

 

「さっき、光が泣いてる間にもう、伊達のところには連絡を入れちまいまして。

 そしたら電話の向こうですごい騒ぎになって…いや、電話に出たのは組員で、伊達本人じゃなかったんですが、光が切腹したって聞いた瞬間、伊達が白目むいて、泡吹いてぶっ倒れたらしくて。

 …そのまんま電話が切れちまって、その後一向に繋がらなくなったんで、後のことはわかりませんが。」

 え?

 

「ちょ、私、嫌だって言ったよね!!

 なんでさっさと連絡してんの!?

 いやそれよりも切腹て!!

 そろそろどこからつっこんでいいのかもわからんわ!!」

 とりあえずムカついたので富樫の襟首掴んで、脳が揺れるくらい振り回しといた。

 

「てゆーか、伊達が倒れたってどういうこと!?

 とにかく帰ります!お邪魔しました!!」

 なんか私の方がくらくらしてきた頭を無理矢理持ち上げて、私がその場を辞そうとすると、塾長の手が、ぽんぽんと私の頭を叩いた。

 

「落ち着け光。

 ひょっとしたら、怪我の功名かもしれぬぞ。」

「え?」

 と、廊下からドタドタという音が近づいてきて、私たちのいる部屋の襖が、バン!と音を立てて開かれた。

 

「光っ!!」

 そこに立っていたのは、私が一番好きな…そして今は一番会いたくない男だった。

 とん、と塾長に背中を押され、勢いで倒れかかった身体を、厚い胸板が受け止める。

 かつては苦手だった筈の、今ではすっかり慣れて安心する温もりに、私は一瞬にして包み込まれた。

 間違いない。本物だ。これこそが本物の伊達の身体だ。

 

「すまん、光…!

 俺が、辺見の野郎なんぞに、むざむざ洗脳されたせいで…!

 クソッ、あの野郎!

 ひとに強制的に忠誠誓わせといて、その俺の女に手ェ出しやがるとは…!」

 そう言って、私をしっかり抱きしめた伊達は、今はどうやらその『洗脳』からは解き放たれているらしい。

 

「うんまあ、それはともかく、どうやってそれが解けたの?」

 この世で最も安全な場所に身を落ち着けて冷静になった私は、そこから彼の顔を見上げて問うた。

 

「…おまえが割腹自殺したって聞いた瞬間、アタマん中がスパークして、気がついたら解けてた。

 ……?腹、平気みたいだな。傷は?」

 それで洗脳が解けるとか、おまえどんだけ私のこと好きなんだよ!

 いやゴメン。それは素直に嬉しい。

 ただ、塾長も富樫も見てる前で、帯を解こうとするのはやめてください。

 

「いや、確かに自害しようとはしたけど、割腹はしてないから!」

 そう言って暴れたらやめてくれたが、その代わりじっと私の目を見つめる。

 至近距離で。

 精悍な顔立ちは、若い頃から殆ど変わらない。

 ああうん、いい男だ。それだけは間違いなく。

 …見惚れるには、少し印象がキツ過ぎるけど。

 

「おまえは?どうやって奴の洗脳から逃れた?

 それ無しで、おまえが奴に身体開くワケねえ。

 無理に穢されるくらいなら死ぬだろう。

 おまえはそういう女だ。」

「いやそもそも開いてねえわ!

 人聞き悪いこと言うな!」

「え?」

 どうやらはてしない誤解があるようだ。

 なんか脱力して、私は伊達にも、あったことをそのまんま伝えた。

 

「口で……だけか?」

「だけって何ですか!!

 あなただと思い込まされて、自分から咥えさせられたんですよ!?

 完全に穢されたじゃないですか!!

 何でそれでそんな、あからさまにホッとした顔してんですか、意味わかんない!!」

 …見てわかる通り、私にはもう死にたいという気持ちはとっくのとうに消え失せていた。

 ついでに羞恥心も。

 叫んでしまってからはたと気付く。

 少し離れたところで塾長はニヤニヤ笑ってるし、富樫に至ってはこちらに向けた背中と肩が震えてる。

 そこはむしろ、堂々と笑ってくれた方がダメージ少ないわ!

 

「まあ、その件は後で話し合うとして…それじゃ何で洗脳が解けたか、おまえ自身にもわからねえって事か。」

 問われて、少し冷静になった頭で状況を思い返してみる。

 何でかわからないけれど、伊達に抱きしめられてる状態でなら、思い出しても吐き気はおぼえなかった。

 

「どちらかというと、彼が自分から解いた感じですね。

 今思えば可哀想なくらい、どう見ても役に立つ状態になかった事を考えると、十以上も年上のオバサンが相手で、萎えたんじゃないですか?

 なんかショック受けた顔してたし、急に我に返って愕然としたんでしょう。」

「女が、萎えたとかサラッと言うな。」

「すいません…。」

 そこまでのやりとりで、堪えていた富樫が遂に決壊し、ぶっと吹き出す声が聞こえた。

 ムカつく。

 

「わからぬか、伊達よ。」

「は?」

 ニヤニヤ笑いながら塾長に声をかけられた伊達が、私を抱いたまま塾長に向き直る。

 

「フフフ。光は、貴様しか知らぬという事よ。

 故に、貴様を基準にしてしか男を見れぬ。」

 …ちょっと何言ってるかわかりません。

 

「恐らくは辺見にしてみれば、充分に戦闘態勢が整った状態だったのだろうて。

 それを、半分以下とか使用不可能とか判断されては、それは男としては相当に衝撃を受ける場面であろうな。

 施した洗脳を維持できなくなる程度には。」

 ……えっ!?

 麻痺してた羞恥心が唐突に戻る。

 顔にじわじわ血がのぼるのがわかる。

 ひょっとして私、若い男にはトラウマになるくらいの事を、自覚なしに言ってしまったって事なんだろうか。

 

「光、断言してやる。

 俺たち塾生は風呂も一緒に入ってたからよく知ってるが、伊達と比べたら、大抵の男は全員『可哀想』だぞ。」

 そして富樫にトドメを刺され、自決しなくても羞恥心で死にそうになった私は、自分を抱きしめている伊達の逞しい腕の中に、埋没する以外できることはなかった。

 

 結局、意図せず敵の懐に飛び込んだ形となった伊達は、そのまま洗脳されているふりをし続ける事となった。

 その場合私の存在は邪魔になる為、何も告げずに失踪した事にして、久しぶりに塾長の娘としての生活を堪能した。

 その際、塾長が世話をしてるという若い男の子が、無自覚にセクハラしてくるのに閉口したけど。

 

 ☆☆☆

 

 後日、桃が掲げたカジノ法案が成立し、辺見が政界を去った後日、私はようやく伊達のところに戻った。

 その晩、忌まわしい辺見の記憶をもうお腹いっぱいというところまで伊達に上書きされた事は、一生二人だけの秘密にしておこうと思う。



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光の十戒

本編雌伏仇讐編4話と5話の間のタイミングでの、パラレル分岐。
一応原案は現在公開停止中の18禁番外編に置いてる話と、犬の十戒。
もとが18禁なので若干の性的表現があります。
直接的な描写は避けてますが、これでも問題あるようでしたら削除します。


『気がついたらそうなっていた』なんてのは、言い訳だと思っていた。

 或いは、物語の都合上の描写(フィクション)なのだと思っていた。

 ましてや自分の身にそんなことが起きるなんて、この瞬間まで思ってもみなかった。

 

「後悔しているか?俺と……こうなったことを。」

 雨に降られ、暖かい部屋にハンガーで吊り下げてなんとか乾いたブラウスの、ボタンを慌ただしく留める背中に、心なしか普段よりも艶のある、低い声がかけられる。

 …『している』などと無粋なことを言うつもりはないが、全くないと言うとそれは嘘になる気がして、私は黙ったまま俯いた。

 

「…そうだろうな。」

 その私の沈黙を肯定と解釈したものか、その呟くような声に、苦笑めいた響きが混じったのがわかる。

 ますます募る気まずさに、振り返ることすらできずにいる間に、彼の言葉がまだ続いた。

 

「だが、光の最初の男になれて、俺は嬉しかった。」

 …次の瞬間、大きなものに身体が包まれた。

 

「順番が逆になってしまったが、この際だからはっきり言う。俺は光のことが好きだ。

 決して、中途半端な気持ちで抱いたわけじゃない。」

 言って背中から抱きしめてくる、ブラウス越しに感じた熱に、先ほどまでは遮るものもなく直接触れ合っていた感触を否応なく呼び起こされて、その声が直接注がれる耳まで、茹で上がったように赤くなるのが、鏡を見なくてもわかった。

 と、不意に大きな手に顎を掴まれて振り向かされたかと思うと、肩越しに唇を強引に奪われた。

 

「んんっ……!」

 貪るように舌を絡められ、瞬間、呼吸の仕方がわからなくなる。

 部屋の中心に据えられた、乱れたままの大きな寝台の上で、十数分前まで何度も繰り返していた行為ではあるが、その時はいずれも、これほど強引ではなかった筈だ。

 …時間にして10秒はなかっただろうが、思うさま貪られたその数秒は、私にはひどく長いものに感じられた。

 それがようやく離されたあたりで身体ごと振り返り、抗議の意を込めて睨んでやる。と、

 

「やっと、こっちを向いてくれたな。」

 その青い目を細めたJは、どこかホッとしたような笑みを浮かべて、言った。

 

 ・・・

 

 ……きっかけは、些細なことだった。

 羅刹とのデート?が急遽お開きになり、買い物をしようと思っていた矢先、ナンパ男2人に声をかけられたところを、通りかかったJが助けてくれた。

 アメリカ人が傘をささないというのはどうやら本当らしく、そこそこの雨量であるにもかかわらず、ナイロン製パーカーのフードを被っただけで特に気にもしないJに傘を差し掛けたら、そこから兄の話になり。

 なんとなく打ちひしがれていたら、さしていた筈の傘が、持ってる意味がないほどに傾いていて。

 

「…濡れるのは嫌いじゃなかったのか?

 まるで、泣いているみたいに見えるぞ。」

 そう言って頬に触れたJの手がやけに温かくて、目の奥がツンと痛んで、『気がついたら』その手を、縋るように握りしめていた。

 買ったばかりの傘が、手から離れて地面に転がる。

 降り続く雨から私を守るように抱きしめてきたJの、その身体の温かさに、冷え切った私は陥落した。

 あとは流されるように近くのホテルに足を踏み入れ、濡れた服を脱いでハンガーにかけて、浴室で熱いシャワーを浴びて……そこから先の記憶は朧げだ。

『気がついたら』Jの彫刻のように逞しい裸身と、0.02ミリの隙間すらなく密着しており、初めてその身に受ける痛みと、その先を越えて辿り着いた快楽に、耽り、乱れ、溺れきった。

 

 

 …身体の奥に与えられた熱を感じた瞬間、逆に頭の芯が急激に冷えた。

 

「……Can I cum inside?」

 直前に確認はされたが、茹だった私の頭はそれに頷いていた。

 冷静な頭で思い返して、その事に自分で驚いた。

 自分が快楽と誘惑に弱い女だということを、その時になって私は、ようやくはっきりと自覚した。

 

 ☆☆☆

 

「…こうなったからには、絶対母国(くに)に連れて帰る。

 今は塾生の身分だが、留学期間を終えて米国海軍兵学校(アナポリス)を卒業したら俺は少尉になれる。

 軍人の妻となれば気苦労は多いだろうが、なに、ある意味やってる事は今と変わらん。

 俺が帰国する際には、一緒に来て欲しい。

 いや、もう攫ってでも連れていく。必ずだ。」

 一度肌身を合わせただけの女に対し、Jはメッチャ重たいことを言ってくる。

 この男は真面目すぎるのだ。

 私の身体などの責任を取る為に、彼が一生を棒に振るなど、決してあってはならないことの筈だ。

 

「えっ、いや、あの…」

 あまりのことにあわあわと意味のない声をあげると、微笑んだJが手を伸ばし、私の頭を撫でる。

 気持ちいい、と感じて思わず目を閉じると、唇に、今度は啄むようなキスが落とされた。

 

「諦めていた、一番欲しかったものが手に入ったんだ。

 俺は絶対に手放すつもりはない。愛している。」

 そう言ってJは再び、しっかりと私を抱き寄せた。

 …その腕の熱さが、すべての答えである気がした。

 だから。

 私は、この時間にすっかり慣らされた彼の、雄の匂いにくらくらしながらも、その胸から顔を上げた。

 

「では……誓ってください。

 これから、私が言うことすべてを。

 それが全部誓えたなら、あなたのものになってあげます。」

 わざと上から目線でそう言って、間近から青い瞳を見据える。

 

「判った……言ってみろ。」

 そんな私の目を真っ直ぐに見つめ返す彼は、さながら挑戦を受けるチャンピオンのようで、私は深呼吸をひとつすると、その鼻先にビシッと指を指した。

 

 ☆☆☆

 

「まずは絶対に、私より先に死なないこと。

 私を守って自分だけ死ぬとかも駄目です。

 その時は私も一緒に死にます。」

 

「私への要求は明確に。

 あなたが何を私に求めるのか、察してあげられるとは思わないことです。」

 

「何があっても私を信じて、時には頼ってください。

 絶対に、一人で抱え込まないで。」

 

「私をあなただけの世界に閉じ込めたりしないでください。

 あなたには他にやる事があって、楽しみがあって、仲間もいる。

 でも、あなたと一緒に行ってしまえば、私にはあなたしかいないのです。」

 

「時間がある時は、たくさん話をしましょう。

 先ほどは察してあげることはできないと言いましたが、いずれはあなたの少ない言葉からでも、あなたの想いが届くように、私もなりたいと思っています。」

 

「あなたが私に接するように、私はあなたに接する事でしょう。

 だから、私に冷たくされたくないなら、私に優しくしてください。」

 

「私を傷つけたりしないと約束してください。

 そして覚えておいてください。

 私はあなたをいつでも殺すことができるにもかかわらず、あなたを傷つけないと決めているのです。」

 

「私があなたの思い通りにならない時は、頑固だとか聞き分けがないと叱る前に、どうしてなのか理由を聞いてください。」

 

「私が歳をとって醜くなっても、私を捨てないでください。あなただって歳はとるのです。」

 

「最初の願いどおりしてくれたなら、私はあなたより先に死にます。

 その、最後のその時まで一緒に側にいてください。

『見ていられない』『居たたまれない』などと言って目を逸らさず、私の最期を目に焼き付けてください。

 あなたが側にいてくれたなら、最後の日も安らかに逝けるのです。」

 

 ☆☆☆

 

「さあどうです!これが守れますか?」

 俺の腕の中で、どうだと言わんばかりに胸を張る彼女の、その可愛らしい要求の数かずに、俺は頬が緩むのを抑えきれなかった。

 

「ちょっと!何を笑ってるんですか!

 私は真剣なんです、ちゃんと答えてください!!」

 彼女は判っているのだろうか。

 その言葉ひとつひとつが全て、全力で俺の事を愛していると訴えていることに。

 強い口調で言えば言うほど、照れ隠しが露呈してくるということに。

 

 胸に湧き上がってくる愛しさを堪えきれず、俺は答えがわりにその小さな手を取ると、細い指先に口付ける。

 さっきまでもっと恥ずかしいことをしていただろうに、それだけのことに顔を赤くする彼女の耳元に、俺は誓いの言葉をそっと囁いた。

 

 

 I will.(誓おう)

 I grant all your wish, (すべて願い通りに、)My sweetie.(愛しい人)




単にJといちゃいちゃさせるだけの話だった筈が、なんか知らんけど途中から方向性があさって行った。
なんだったんだ一体。


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