Fate/cross wind (ファルクラム)
しおりを挟む

プロローグ
第1話「フィニス・カルデア」


 

 

 

 

 

 

 

 

 人は、

 

 自分の立つ大地が、突如として崩れる事を想像する者がいるだろうか?

 

 ある日突然、自分の頭の上に隕石が落ちてくる事を想像するだろうか?

 

 ありえない。

 

 そんな事あるはずが無い。

 

 そう言って笑い飛ばすのが当然の事だろう。

 

 誰もが当たり前の日常を当たり前に過ごす事を、当然として受け入れている。

 

 誰も、自らのすぐ隣に、滅びの運命が待ち受けている、などとは想像しない。

 

 皆が皆、昨日と同じ今日、今日と同じ明日を生き続けていく。

 

 だが、

 

 誰もが知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人類の命運はとっくに尽きていた、という事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、雪と氷に閉ざされた世界だった。

 

 標高6000メートル。

 

 人跡もまばらな山の上。

 

 しかし、そこに明らかな人工物が見て取れた。

 

 白亜の外壁を持つ巨大な建造物は、吹き付ける猛吹雪の中に静かに佇んでいた。

 

 人理継続保障機関フィニス・カルデア

 

 国際連合所属の正式承認機関である、このカルデアは同時に魔術協会の天体科を統べるアニムスフィア家の管轄に置かれ、運営されていた。

 

 その目的は取りも直さず、人類史を存続させること。

 

 いささか、話が壮大すぎるきらいがある、と思うかもしれない。

 

 聞く人によっては、単なる誇大妄想と受け取る者もいるだろう。

 

 だが、決して誇張ではない。

 

 彼らはそれを可能にするだけの技術を有していた。

 

 疑似地球環境モデル「カルデアス」。

 

 そして、近未来観測レンズ「シバ」。

 

 カルデアが誇る発明品の中で、特に代表的なこの二つがあるからこそ、人理観測を可能としているのだ。

 

 前者は地球の魂を複写した疑似天球とも呼べる代物であり、同時に地球のコピーした物でもある。このカルデアスを使用すれば、地球上における現在、過去、未来を再現する事が可能となる。

 

 だが、カルデアスだけでは、地球の状況について再現は出来ても、観測する事は出来ない。

 

 そこで必要になるのが、「シバ」の存在である。

 

 レフ・ライノール教授によって作成されたシバはカルデアスを取り囲むように複数枚配置され、常に変化が起こらないか、常に観測している。

 

 カルデアスとシバ。

 

 人理観測の両輪とも言うべき、この2つがあるからこそ、カルデアは本来ならなし得る事のできないはずの人理観測が可能となっているのだ。

 

 勿論、これだけの代物を、一朝一夕で用意できるはずもない。

 

 その為に科学、魔術、双方から現代最高クラスとも言えるスタッフがカルデアに集結している。

 

 全ては人類の歴史を安定させるため。

 

 未来における人類の絶滅を、未然に回避する為に存在している。

 

 故に、「人理」の「継続」を「保障」する機関、と言う訳だ。

 

 

 

 

 

 金属製の床を踏む靴音が、甲高く響き渡る。

 

 歩く少女は、少し急ぎ足に目的の場所へと向かっていた。

 

 短く切った髪は、前髪だけ伸ばして、少女の右目を覆い隠している。

 

 細い体つきはおよそ運動とは無縁そうである。

 

 全体的に大人しめな印象の少女。

 

 どこか人気のない図書館辺りで、ひっそりと本を読んでいる。そんなイメージが似合いそうな雰囲気である。

 

 少女は時刻を確認しながら、気持ち、歩く足を速める。

 

 もうすぐファーストミッションのブリーフィングが始まる。その前に集合場所に行かなければ。

 

 このカルデアの所長は、規則にはことのほか厳しい人なのだ。時間に遅れようものなら、何を言われるか分からなかった。

 

 ふと、窓の外に目をやる。

 

 相変わらずの雪景色を、何の感慨も無く眺めながら通り過ぎようとした。

 

 その時だった。

 

 ふと少女は、足を止めて前方を見やる。

 

 目の前の床に、良く見慣れた白い毛玉が佇んでいたからだ。

 

「・・・・・・フォウさん?」

 

 リスのような猫のような、白い毛並みの小さな動物。

 

 どこからか迷い込んで来たのか、いつの間にか、このカルデアに住み着いていたその動物の事を、職員たちはそのように呼んでいた。

 

 と、

 

「フォウッ」

 

 フォウと呼ばれた小動物は、短くそのように鳴くと、踵を返して駆けていく。

 

 何事だろう? と首をかしげる少女。

 

 すると、数歩進んだところで、フォウは再び振り返ってこちらに首を回す。

 

「フォウッ フォウッ」

 

 まるで何かを促すように、鳴き声を上げるフォウ。

 

 何か訴えたい事があるのかもしれない。

 

 そう考えた少女は、駆け足でフォウの後を着いていく。

 

 暫く、廊下を進んだ時だった。

 

 休憩用に備え付けられたソファーの上に、フォウがよじ登るのが見えた。

 

 足を止める少女。

 

 果たしてそこには、

 

 ソファーに腰かけて眠りこける、1人の少年の姿があった。

 

 年齢的には、少女よりも少し年上くらいに見える。少し癖のある黒髪を短く切り、瞼は静かに閉じて寝息を立てている。

 

 特徴的な白い制服を着ている所を見ると、この少年は、少女がこれから向かうはずだったブリーフィングの参加者。

 

 とある事情で、このカルデアに招聘された48人のうちの1人と言う事になる。

 

 しかし、なぜこんな場所で寝ているのだろう? もうすぐブリーフィングが始まると言うのに。

 

 訝りながら少年に近づく少女。

 

 フォウがさっきから、前脚でテシテシと少年のほっぺを叩いているが、一向に起きる気配が無かった。

 

「フォウッ フォウッ キューッ フー フォウッ」

 

 諦めたように、フォウが少女の方を見やる。

 

 仕方なく、少女は少年の肩に手を掛けた。

 

「起きてください・・・・・・起きてください」

 

 揺り動かす少女に対し、少年は僅かな呻きを発するが、やはり目を開けようとしない。

 

 少女は、更に強くゆするべく、手に力を込めた。

 

「起きてください・・・・・・先輩」

 

 そう呼びかけると、

 

 ようやく、少年はうっすらと目を開けた。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ、俺、は?」

「ようやく起きていただけましたか、先輩」

 

 ようやく覚醒した少年は、目の前で自分の顔を覗き込む少女を、不思議そうなまなざしで見つめる。

 

「えっと・・・・・・君は?」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて少女も、自分があまりにも不躾だった事に思い至ったらしい。

 

 慌てて立ち上がると居住まいを正す。

 

「その・・・・・・・・・・・・」

 

 少し考えてから、少女は再び口を開いた。

 

「何者か、と尋ねられたら、『名乗るほどの者ではない』と言うべきでしょうか・・・・・・」

「はあ・・・・・・・・・・・・」

 

 何となく「一度言ってみたかった」みたいなニュアンスの少女の態度に、少年はますます困惑を強める。

 

 いったい、何なのだろう?

 

 イマイチ状況が掴み切れず、首をかしげるしかなかった。

 

 と、

 

「フォウッ フォウッ ンキュ」

 

 少女の足元で、フォウが何かを催促するように鳴き声を上げる。

 

 そんな小動物の意を察したのか、少女は頷いて指し示す。

 

「ご紹介が遅れました。こちらはフォウさん。我がカルデアを自由に闊歩する、特権生物です」

「はあ・・・・・・そうですか」

 

 少年の人生において、初対面の相手にいきなりペットの紹介から入ったのは、目の前の少女が初めてだった。

 

 と、紹介が終わった事で、フォウは己の役割が終わったとばかりに廊下を駆け去って行ってしまった。

 

「行ってしまいました・・・・・・」

「その、何て言うか、不思議な生き物だね」

 

 それ以上、コメントのしようがない。

 

 そもそも、目の前の少女は誰なんだろう?

 

 そんな事を考えた時だった。

 

「マシュ、こんな所にいたのか。そろそろブリーフィングの時間だぞ」

 

 掛けられた声に2人が振り返ると、身なりの良い男性が手を上げながら歩いてくるところだった。

 

 緑のコートに同色のシルクハットをかぶったその男性は、どこか落ち着いた雰囲気のある人物だった。

 

「あ、レフ教授。こちらの先輩が・・・・・・」

 

 マシュと呼ばれた少女は、少年を指し示す。

 

 対して、歩み寄って来た男性も、ソファに座ったままの少年を見下ろした。

 

「ふむ、見ればマスター候補のようだね。そう言えば、人数合わせで一般から公募した枠があったはずだが、君もその1人かな?」

「えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて、少年はここに至るまでの経緯を思い出す。

 

 確か、たまたま買い物に出かけた際、駅前で献血キャンペーンをやっており、そこへボランティア精神を発揮して参加したのがきっかけだった。

 

 採血が終わってしばらく休んでいると、係員の人がやってきて「あなたには○○の適性があります」などと言われ、同時にとある仕事をやってみないか、と誘われた。

 

 なんでも国連から正式に委託されている事業で、専門職以外にもモデルケースとして一般人の適正者も探していたのだとか。献血はその為のカムフラージュだったらしい。

 

 いささか、うさん臭い物を感じないでもなかった。何より、話が大仰すぎる。

 

 しかし、調べると国連の正式事業であると言うのは本当らしいし、何より報酬がとんでもなく高額だった。学生の身分としては、目玉が飛び出そうになったほどである。

 

 そんな訳で、

 

 若干の不安はあった物の、学校が長期休暇中と言う事もあり、依頼を受ける事としたのだ。

 

 指定された日に空港へ行き、係員の人と国際便の飛行機に乗って最寄りの空港へ。

 

 そこからヘリで、このカルデアまでやって来た、と言う訳である。

 

 だが、入り口で再度の検査を受けた後、どうにも眠気が堪えきれなくなり、あのソファで眠ってしまっていた、と言う訳らしい。

 

「それは何とも、配慮が足りなくて申し訳なかったね。恐らく君が眠気に襲われたのは、慣れない霊視ダイブの影響だと思う」

 

 言われて、入館の際に簡単なシュミレーションも受けた事を思い出す。眠くなったのは、その影響らしい。

 

「申し遅れました」

 

 そこで、少女は改めて少年に向き直って言った。

 

「私はマシュ・キリエライト。ここの職員をしています。よろしくお願いします、先輩」

「私はレフ・ライノール。よろしく頼むよ」

 

 2人の名乗りを受けて、少年も立ち上がる。

 

 まだ色々と釈然としない物を感じないでもないが、こうして名乗ってもらった以上、こちらも名乗らない訳にはいかなかった。

 

「俺は、藤丸立香(ふじまる りつか)。よろしく」

 

 名乗ってから、そもそもの疑問を尋ねてみた。

 

「そう言えば、何でマシュは、俺の事を『先輩』って呼ぶんだ?」

 

 立場的な物を見れば、マシュの方が立香よりも圧倒的に「先輩」である。年齢的にも、そう変わらないように見えるが。

 

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言い淀むマシュ。

 

 対して立香は首をかしげる。それほど難しい質問をしたつもりは無いのだが。

 

 困るマシュに、横合いからレフが助け舟を出した。

 

「彼女は、その・・・・・・いささか特殊な事情があってね。それ故、彼女にとっては君くらいの人間が全て、人生の『先輩』と言えるのだよ」

「成程・・・・・・・・・・・・」

 

 事情は分からないが、何か理由があるのだろう、と言う事は理解できた。

 

「しかしマシュ、君がこうまではっきりと『先輩』と呼ぶのは彼が初めてだね。何か理由があるのかい?」

 

 どうやらマシュの行動は、レフにとっても興味深かったものらしい。

 

 尋ねられてマシュは、立香を見ながら答えた。

 

「理由・・・・・・ですか? それは、立香さんが、今までで会って来た人の中で、一番人間らしいからです」

「ふむ、それは?」

 

 さらに突っ込んで尋ねるレフ。

 

 対して、マシュは微笑みながら答えた。

 

「まったく脅威を感じません。ですので、敵対する理由が皆無です」

「あ、そう・・・・・・」

 

 何とも返答に困る回答に、立香も二の句が告げられない。

 

 人畜無害だと思われたのか、あるいは能天気と思われたのか。

 

 まあ、マシュの態度を見る限り、悪意から出た言葉ではなさそうだった。

 

「成程」

「いや、何が成程なんですか?」

 

 そんなマシュの言葉を聞いて一人で納得するレフに、立香は戸惑いを隠せずに質問する。

 

 対してレフは、頷きながら答えた。

 

「いやなに、このカルデアの職員には一癖も二癖もある連中が多いからね。藤丸君とは、どうやらいい関係を築けそうだよ」

「そ、そうすか」

 

 飄々とした態度のレフとは裏腹に、何だかこれからの生活に不安を感じずにはいられない立香。

 

 ひょっとすると自分は、早まっただろうか?

 

「レフ教授が気に入ると言う事は、所長が一番嫌うタイプの人間ですね、立香先輩は」

「ふむ、確かにね。しかし、逃げる訳にも行くまい。ここは出たとこ勝負と行こうか。なに、あれでも慣れてしまえば、愛嬌のある人だよ」

 

 何とも不穏な言葉のオンパレードだった。

 

 だがマシュは見た目にも美少女と言って良い。そんな可愛い女の子に「先輩呼ばわり」されるのは、理由はどうあれ、思春期の少年としては、悪い気はしなかった。

 

 ともあれ、時間も押してると言う事で、後の話は歩きながら説明する事となった。

 

 それによると、今回のミッションには魔術協会から選りすぐられた精鋭魔術師38名と、一般公募の適正者10名が主軸となり、このカルデアの数100人からなる職員全員がバックアップする形となる大規模な物なのだとか。

 

 立香は、その一般公募枠の1人と言う訳である。

 

 まず、一般人の立香からすれば、「魔術」などと言うファンタジーな世界が実在すること自体、驚愕の限りなのだが、こうしてカルデアが存在している以上、それを信じない訳にも行かなかった。

 

 そうしている内に、3人は大きな扉の前までやって来た。

 

「ここがブリーフィングを行う部屋ですね。少し、時間に遅れてしまいました」

 

 時計を見れば確かに、マシュの言う通り、予定時間を5分ほどオーバーしていた。

 

「いや、助かったよマシュ。何だか頭がまだぼーっとしててさ。正直、俺1人じゃここまでたどり着けなかったかもしれないし」

「おいおい、大丈夫かね? 何だったら、医務室の方で少し休んだ方が良いんじゃないか?」

 

 苦笑する立香を気遣うように、レフがそう言ってくる。

 

 対して、立香は笑いながら手を振る。

 

「いや、それは流石に悪いし。ブリーフィングは出る事にしますよ」

 

 遅刻した上にボイコットまでやらかしたりしたら、噂の「おっかない所長」に何を言われるか分かった物ではなかった。

 

「そうか、まあ好きにしたまえ」

 

 そう言うとレフに従い、立香とマシュも部屋の中に入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一同が静粛に自分の席に座る中、

 

 壇上に立った1人の女性が、一同を睥睨するように見据えていた。

 

 キチッとした制服を着込み、銀色の長い髪をまとめ上げた、どこか凛とした印象のある女性だ。

 

 壇上に立った女性は、鋭い視線で居並ぶ候補生全員を見回して口を開いた。

 

「皆さん。特務機関カルデアへようこそ。私が、所長のオルガマリー・アニムスフィアです」

 

 ブリーフィングは、そんな感じで始まった。

 

「あなた達は各国から選抜・発見された、稀有な才能を持つ人間です。才能とは霊視ダイブを可能とする適性の事。魔術回路を持ち、マスターとなる資格を持つ者。あなた達は前例の無い、魔術と科学を融合させた、最新の魔術師に生まれ変わるのです」

 

 オルガマリーの説明は続いていく。

 

 だが、そんな中、

 

 最前列の席に座った立香は、落ちそうになる意識を辛うじて支えながら説明を聞いていた。

 

 どうやらまだ、シュミレーションの後遺症とやらが残っているらしい。ここはレフの言う通り、医務室で休ませてもらえばよかった。

 

「・・・・・・とは言え、それはあくまで『特別な才能』であって、あなた達自身が『特別な人間』と言う訳ではありません。ここではあなた達全員が、同じスタート地点に立つ、未熟な新人だと理解しなさい。特に協会から派遣されてきた魔術師は学生気分が抜けていないようですが、それはすぐに改めるように。ここでは、私の指示が絶対です。意見、反論は認めません」

 

 高圧的に言ってのけるオルガマリー。

 

 どうやら本人的には最初の内に自分とマスター候補生たちとの立場を明確にしておきたいとの意図が働いてしまい、このような威圧するような訓示に現れてしまったらしい。

 

 とは言え、それが却って「背伸びをしている」感を出してしまっている様子すらあった。

 

 オルガマリー自身、その事は自覚しているのかもしれない。だからこそ、必死に自分を保とうとしている感もあった。

 

 案の定と言うか、マスター候補生たちの間にも動揺が起こる。

 

 人間誰しも、自分に価値が無いかのように言われれば憤る物だ。

 

 特に、オルガマリー自身が言ったように、魔術協会から派遣されてきた魔術師たちは、皆エリート揃い。殆どの者が、己の血と魔術に誇りを持っている。

 

 いかに所長とは言え、年若いオルガマリーに下に見られる謂れはない。

 

 だが、オルガマリーはそんな一同の思惑をよそに続ける。

 

「あなた達は人類史を守る為だけの道具に過ぎない事を自覚する・・・・・・よう・・・・・・に・・・・・・・・・・・・」

 

 言っている最中に、オルガマリーの言葉が不自然に途切れる。

 

 その鋭い視線が、最前列に座るマスター候補生に目を向けた。

 

 その候補生は、あろうことかオルガマリーの「ありがたい訓示」の真っ最中に、最前列で堂々と居眠りをこいていたのだ。

 

 

 

 

 

 質問:1

 

 あなたは学校の教師だとします。自分の受け持つ授業で居眠りをしている学生を見つけた場合、どのように対処しますか。次の3つの選択肢から答えなさい。

 

1、叩く

 

2、立たせる

 

3、つまみ出す

 

 

 

 

 

 人理継続保障機関フィニス・カルデア所長オルガマリー・アニムスフィアは、

 

 全部実行した。

 

 ツカツカと、居眠りぶっこいてる不届きな学生に、足早に歩み寄るオルガマリー。

 

 そして、

 

 スパーンッ

「どわァッ!?」

 

 いきなり頭をブッ叩かれた立香。

 

 その意識は、今度こそ完全に覚醒した。

 

 とは言え、

 

 いささか以上に遅すぎたが。

 

 目を開けた立香の視界にドアップで飛び込んで来たのは、明らかな怒り顔のオルガマリーだった。

 

「立ちなさい!!」

「は、はいッ」

 

 雰囲気に押されて、思わず背筋を伸ばして上がる立香。

 

 そんな立香を、オルガマリーは怒り心頭な目付きで睨む。

 

「あなた、名前はッ!?」

「アッハイ、マスター候補生ナンバー48番、藤丸立香ですッ」

 

 立香の言葉を聞き、

 

 オルガマリーの表情は、更に険しさを増す。

 

「48番・・・・・・つまり一般公募枠って事・・・・・・・そんな奴に、私は・・・・・・」

 

 何かをこらえるように、ブツブツと声を押し殺して呟くオルガマリー。

 

 やがて、全てを呑み込むようにして再び立香を睨みつけた。

 

「出て行きなさいッ 今すぐ!! ここはあなたのような人間にいる資格はありません!!」

 

 そう言うと、オルガマリーは容赦なく入口の方を指差した。

 

 

 

 

 

 一連の騒動は、当然ながら他の候補生たちにも見られていた。

 

 中には露骨に立香を指差して、侮蔑の笑いを浮かべている者までいる。

 

 彼らのようなエリート魔術師にとって、立香のような「落伍者」は、格好の物笑いの種と言う訳だ。

 

 そんな中、

 

 最後列に座った少女は、一連の様子を眺めると、やれやれとばかりに嘆息した。

 

「・・・・・・・・・・・・馬鹿」

 

 痛む頭を抱えつつ、そっと席から立ち上がる少女。

 

 そのまま人目に付かないように、つまみ出された立香を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 扉を閉められる。

 

 その様に、立香はやれやれとばかりに嘆息した。

 

「完全に締め出されてしまいましたね立香先輩。でも、おかげで意識は完全に覚醒したみたいで何よりです」

 

 なぜか一緒について来たマシュが、そんな風に告げる。

 

 そんなマシュに、立香は力なく笑う。

 

「まいったね。これからどうしよう?」

「こうなったら、立香先輩のファーストミッションへの参加は難しいでと思います。ですので、お部屋の方に案内しますので、そちらで休まれてはいかがでしょう?」

 

 それは、確かに魅力的な案だった。

 

 そもそも長旅で疲れている身である。休める時に休みたかった。

 

「それじゃあ、お願いするよ、マシュ」

「はい。それじゃあ先輩、着いて来てください」

 

 そう言って踵を返したマシュに、立香が着いて行こうとした時だった。

 

「まったく、何やってんのよ兄貴。マヌケにも程があるわよ」

 

 呆れた調子の声に2人が振り返ると、1人の少女が嘆息しながら立っていた。

 

 やや赤み掛かって髪をサイドで纏めて結び、全体的に小柄な印象のある少女である。

 

 その姿に、立香は嘆息しつつ振り返った。

 

「薄情だぞ凛果(りんか)。何で追いてったんだよ?」

「だって、随分気持ちよさそうに寝てたんだもん。起こしたら悪いと思って」

 

 立香の言葉に対し、凛果と呼ばれた少女は、唇を尖らせて答える。

 

 その様子を見ていたマシュが、状況を呑み込めずに首を傾げた。

 

「あの先輩、こちらの方は?

「ああ、こいつは・・・・・・」

 

 尋ねるマシュに応えようとする立香。

 

 だが、立香が答えるよりも先に、凛果の方が口を開いた。

 

「うわ、何この子、可愛いッ 兄貴、早速ナンパでもしたの?」

「こらッ 人聞きの悪いこと言うなよ」

 

 からかい口調の相手に対し、立香は嘆息しながら窘めると、改めてマシュの方を見やった。

 

「マシュ、こいつは俺の双子の妹で、藤丸凛果(ふじまる りんか)だ」

「マシュって言うんだ。よろしくね」

 

 そう言うと、凛果は手をひらひらと振って見せる。

 

「先輩の妹さん・・・・・・・・・・・・」

 

 呟くように言ってから、マシュは何かに気付いたように頷いた。

 

「あまり似てらっしゃらないのは、所謂『二卵性双生児』だから、ですか?」

「お、正解。よく分かったね」

 

 確かに、立香と凛果の顔だちは、男女差もあってあまり似ていない。

 

 立香の方は少年らしく引き締まった表情をしているのに対し、凛果は少し丸みがあって愛嬌を感じさせる。

 

 全体的に見れば似ている個所もあるが、言われなければ気付かなかった。

 

 二卵性双生児ならば、あまり似ていない事も納得だった。

 

 それにしても、

 

「何でお前まで出て来たんだよ? ブリーフィングに参加しなくても良いのか?」

「あのね、兄貴・・・・・・・・・・・・」

 

 兄の言葉に、凛果は今度こそ完全に呆れたとばかりに、深々とため息を吐いた。

 

「あの様子じゃ、兄貴はどうせクビでしょ。この後、強制帰国って事になるだろうし、そうなったら、あたしだけここに残されちゃうでしょ。そんなのまっぴらごめんよ」

「あ、そうか」

 

 その点に思い至らなかった立香は、そう言って手を打つ。

 

 確かに、こんな場所に妹を1人置いていく事には不安があるのも確かだった。

 

 そんな兄の反応を見ながら、凛果は少し悪戯っぽく笑って見せる。

 

「あ~あ、間抜けな兄貴のおかげで、せっかくの高額バイト料、取り損ねちゃったな」

「お前な・・・・・・・・・・・・」

 

 兄よりも金かよ。

 

 そうツッコむ立香に対し、凛果はアハハ―と笑って見せた。

 

「嘘嘘。ほら、お部屋に行くんでしょ。マシュ、案内して」

「は、はい。では、こちらへ」

 

 そう言うと、藤丸兄妹を連れて、マシュは歩き出す。

 

 対して、立香と凛果も顔を見合わせると、少女の後からついていくのだった。

 

 

 

 

 

 運命(Fate)は動き出した。

 

 もう、誰にも止める事は叶わない。

 

 彼らが突き進む先にあるのは破滅か? あるいは絶望か?

 

 若きマスターたちはまだ、己の進む先がどこかすら、見定めてはいなかった。

 

 

 

 

 

第1話「フィニス・カルデア」      終わり

 




主人公紹介

藤丸立香(ふじまる りつか)
年齢:17歳
性別:男
身長:167センチ
体重:58キロ

備考
本作の主人公、その1。男主人公(いわゆる「ぐだ男」)基本的に楽観主義者で、物事をいい意味で深く考えず、一見すると能天気とも言える雰囲気を持つ。ただし、一度決めた事は決して曲げようとしない強さを持つ。

藤丸凛果(ふじまる りんか)
年齢:17歳
性別:女
身長:154センチ
体重:42キロ

備考
本作の主人公、その2。女主人公(いわゆる「ぐだ子」)。立香とは双子の兄妹。素直で面倒見がいい性格。普段は彼女が立香を引っ張っているように見えるが、いざという時には彼女の方が振り回される事が多い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話「レイシフト」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案内された居住区は、どこも同じような間取りで、何となく病院みたいな印象が感じられる。

 

 同じような扉が並んでいる中、マシュはその内の一つの前で足を止めた。

 

「こちらが、立香先輩のお部屋になります。荷物などは、もう運び込まれているはずです」

「ああ、色々とありがとうマシュ」

 

 案内してくれたマシュに、立香は礼を言う。

 

 それにしても、

 

 立香は何の気なしに、自分の部屋として紹介された扉を見やる。

 

 多分、この部屋との付き合いは短い物になるだろう。

 

 もしかしたら、明日には放り出される事になるかもしれない。そう思うと、あまり感慨もわいてこなかった。

 

「あの・・・・・・」

 

 そんな立香に、マシュが話しかける。

 

「一応、凛果先輩とは別の部屋になってますので」

「いや、そうじゃないと困るよ」

 

 ずれた事を言うマシュに、横合いから凛果がツッコミを入れた。

 

 自分が失言したと言う自覚はあるのだろう。マシュが慌てて訂正してきた。

 

「すみません。兄妹ですから、同じ部屋の方が良いとばかり思っていたので」

「いや、俺等も子供じゃないから」

 

 苦笑しながら立香が言う。

 

 流石に17にもなって、兄妹一緒の部屋は勘弁してほしかった。

 

 その時だった。

 

「フォーウッ」

 

 突如、飛来する白い物体。

 

 そのまま、マシュの顔面目掛けて「着地」した。

 

「ワブッ!? フォウさんッ!?」

 

 驚いてよろけるマシュ。

 

 フォウはそのままマシュの首を回り、彼女の左肩へと落ち着いた。

 

「だ、大丈夫か、マシュ?」

「は、はい。慣れていますので」

 

 どうやら、彼女にとってフォウの顔面ダイブは日常茶飯事らしかった。

 

 と、

 

 突然現れたフォウに、目を輝かせたのは凛果だった。

 

「ふわーッ 何この子ッ 可愛い!! すっごく可愛い!!」

「フォウッ ンキュッ フー」

 

 そう言いながら、マシュの肩に乗っているフォウをワシワシと撫でる。

 

 フォウの方もまんざらでないのか、気持ちよさそうにされるがままになっていた。

 

 すると、フォウは今度は、腕を伝って凛果の肩によじ登り、そのまま居ついてしまった。

 

「どうやら、フォウさんが先輩方のお世話をしてくれるそうです」

「そうなんだ。ていうか、言ってる事が判るの?」

 

 マシュとフォウを交互に見ながら尋ねる凛果。

 

 マシュがフォウの言葉を本当に判っているのかどうかはともかく、フォウが凛果の肩から動こうとしないのは事実だった。

 

 その様子を見ながら、マシュは踵を返した。

 

「それじゃ先輩方。私はこれで」

「あ、マシュ」

 

 そのまま戻ろうとするマシュを、立香が呼び止めた。

 

「本当に色々とありがとうな。マシュは、ミッションってのに参加するのか?」

「はい。私はAチームに所属していますので」

 

 Aチームは、今回集められたマスター候補生の中で、特に最精鋭と思われる魔術師で編成された班である。

 

 立香達は知らない事だったが、マシュはその中でもトップ。主席の地位にいるのだった。

 

「それじゃあ立香先輩、凛果先輩、また後で。ゆっくりしていてください」

 

 そう言うと、廊下を走っていくマシュ。

 

 少女の後姿を、立香は見えなくなるまで見送った。

 

「可愛い子だよね、マシュ」

「フォウッ フォウッ」

 

 と、そんな兄をからかうように、凛果が声を掛けて来る。

 

 その声に、立香は我に返った。

 

「何だよ、変な事言って。何か言いたい事でもあるのか?」

「んー、別に」

 

 そう言って意味ありげに笑う凛果。

 

 そんな妹に、立香は嘆息する。

 

「それにしても凛果、本当に良かったのか? 所長に目を付けられたのは俺だけなんだし、何だったらお前だけでも残れば・・・・・・」

「ああ、良いの良いの」

 

 兄の言葉を遮って、凛果はひらひらと手を振って見せた。

 

「どうもね、あの所長さん、ちょっと好きになれそうもないし。あんな人の下で働くくらいなら、日本に帰った方がマシかなって思って」

「勿体ないな」

 

 苦笑しながら肩を竦める立香。

 

 とは言え、こうなったら凛果も、梃子でも意見を曲げないであろうことは、昔から判り切っている。説得するだけ時間の無駄だった。

 

 諦めたように、部屋のスライドドアを開ける立香。

 

 そこで、

 

 中にいた男と、ばっちり目が合ってしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「フォウ・・・・・・・・・・・・」

 

 3人と1匹の間に、気まずい沈黙が走る。

 

 部屋の中にいる男は、ベッドの上に堂々と胡坐をかき、手にしたまんじゅうを頬張った状態で動きを止めていた。

 

 改めて言うが、

 

 ここはマスター候補生48番、藤丸立香の私室である。少なくとも今のところは。

 

 ならば、そこに「先客」がいるなどと、誰が想像し得ようか?

 

 と、

 

 部屋の中にいた男は、急いで口の中のまんじゅうを飲み込みにかかる。

 

 途中で喉に引っ掛かり、胸を叩いたりお茶を飲んだりする事、約1分。

 

 ようやく饅頭を呑み込み終えたところで、立香と凛果をズビシっと指差した。

 

「誰だ、君達は!?」

 

 それはこっちのセリフだ。

 

 という前に、男は畳みかけてくる。

 

「ここは僕のサボり部屋だぞ!!」

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

 絶句する藤丸兄妹。

 

 初対面で堂々とサボり宣言する奴は初めて見た。

 

 年齢的には20代前半から中盤くらいだろうか? 白衣を着ている所を見ると医者のようにも見える。少し長い髪を後頭部で纏めて縛っている。柔和な印象のある青年だ。

 

 まったくもって色々な人間がいる物である。どうやらカルデアは、思った以上に愉快な場所らしかった。

 

「て言うか、ここ俺の部屋なんですけど?」

「て言うか、あんたこそ誰よ?」

 

 不審な眼差しを向ける立香と凛果。

 

 対して、

 

 部屋の中にいたサボり男は、脱力したように息を吐いた。

 

「君の部屋・・・・・・て事は、そうか、ついに最後の子が来ちゃったか」

 

 いったい、何に対して落胆しているのやら。

 

 ともかく、事情を了解したらしい男は、改めて2人に向き直った。

 

「僕はロマ二・アーキマン。このカルデアで医療部門のトップをしている。よろしくね」

 

 どうやら、目の前のサボり男は、見た目に寄らず随分と高い地位にいる人物だったようだ。

 

「他のみんなからは、ドクター・ロマンって呼ばれてる。良いよね『ロマン』って響き。格好良いし。君達も遠慮なくロマンって呼んでくれ」

 

 そう言ってアハハ―と笑うロマニ。

 

 そんな様子を見ながら、藤丸兄妹はヒソヒソと話し合う。

 

『ちょ、何なのよ、このゆるふわ系は?』

『お、俺に聞くなよ』

『こんな奴等ばっかりで、カルデア(ここ)、大丈夫なの?』

 

 そんな藤丸兄妹の様子を他所に、ロマニは饅頭を頬張りながら話しかけてきた。

 

「君達、マスター候補生なんだろ? なら今頃はファーストミッションに参加する頃合いじゃないか。こんな所で油売ってて大丈夫なのかい?」

「それが・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて、立香は大凡の事情について説明した。

 

 ブリーフィングの最中に、所長に怒られてつまみ出された事。

 

 それに便乗して、凛果が抜け出して来た事など。

 

 それを聞いて、ロマニも納得したように頷きを返す。

 

「成程、マリー所長にね。そいつは災難だったね。あ、食べる?」

 

 差し出された饅頭を受け取りつつ、立香と凛果も適当な椅子に座る。

 

 その様子を見ながら、ロマニも新しい饅頭に手を出した。

 

「実は僕もね、所長から追い出されたクチなんだよ。『ロマニがいると空気が緩むから』とか言われてね。何でだろう?」

「いえ、納得の理由だと思います」

 

 首をかしげるロマニに、凛果があきれ顔にツッコミを入れる。

 

 その点に関しては、オルガマリーの名采配だと思った。

 

 そこで、立香は真剣な眼差しで尋ねた。

 

「あの、ドクター。ちょっと、聞きたい事があるんですけど」

「ロマンで良いよ。それで、何だい?」

 

 立香の表情から、何か真剣な事を聞きたいのだろうと感じ取ったロマンは、自身も改まる。

 

 対して、立香も抱えていた様々な疑問をぶつけてみる事にした。

 

「そもそも、このカルデアって何するところなんですか?」

 

 言いながら、立香は傍らの妹を見やる。

 

「俺も凛果も、殆ど説明受けないうちに連れてこられたから、そこらへんイマイチよく分かってなくて」

「成程、もっともな質問だね」

 

 ロマニは頷くと、立香の疑問に対して説明した。

 

 そもそもカルデアは、人類史を長く継続させることを目的に設立された。

 

 人類の未来とは本来、とても不安定な代物であり、ちょっとした事象の変化で取り返しのつかない事態になる事も有り得るのだとか。

 

 その不安定な未来を確固たる形で変革、決定させ、人類の未来における絶滅を防ぐ事。

 

 それこそがカルデアの持つ最大の使命だった。

 

 これまでカルデアは、カルデアスやシバと言った様々な発明品を用い、100年先までの未来を観測し続けてきた。

 

 「予測」ではなく「観測」。

 

 まるで天体を観測するように、カルデアは未来を観測してきたのだ。

 

 だが異常は、半年前のある時を境に起こり始めた。

 

 本来ならカルデアスに映し出されるはずの文明の光が消え去り、未来の観測が困難になってしまったのだ。

 

 これは由々しき事態である。

 

 カルデアスは地球の疑似モデル。要するに「生きた地球儀」とも言える存在であり、カルデアス上で起こった事は、実際の世界でも起こる事を意味している。

 

 つまり、人類は2016年でもって、全滅する事が確定したに等しかった。

 

 焦ったのはカルデア、そしてその上位組織である国際連合である。

 

 何としても原因を究明し、事態を打開しなくてはならない。

 

 そこでカルデアは、カルデアス、シバと並ぶ発明品である事象記録電脳魔「ラプラス」、および量子演算装置トリスメギストスを用いて、過去2000年分の情報を洗い出した。

 

 その結果、あぶり出された異常は、2004年、日本の地方都市「冬木」に存在した。

 

 カルデアはこれを人類絶滅の原因「特異点」と捉え、原因究明、および破壊を決定した。

 

 これが、ミッションの内容である。

 

 その為に必要なレイシフト可能適正者48名を、魔術協会、および一般から集めたわけである。

 

 レイシフトとは、人間を量子に変換し、予め設定した時代やポイントに飛ばす技術の事を差す。

 

 簡単に言えば、タイムマシンの魔術版とも言うべき代物だった。

 

「て、感じかな」

 

 そう言うと、ロマニは手元の湯飲みに入っていたお茶を飲みほした。

 

 正直、立香も凛果も、説明された事の半分も理解できなかった。

 

 人類が2016年で全滅する?

 

 その為に魔術師が集められた?

 

 完全に理解の範囲外である。

 

 これは本格的に、さっさとお暇するべきだと思い始めた時だった。

 

 ロマニの腕に嵌められた、腕時計のような機械が、何やらアラームを響かせた。

 

《ロマニ》

 

 どうやら通信機の役割をしているらしい、その「腕時計」から、レフ教授の声が聞こえてきた。

 

「レフ、どうかしたのかい?」

《あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えて、こちらに来ておいてくれ。医務室からなら2分もあれば着けるだろう》

 

 そう言うとレフは、ロマニの返事を待たず、一方的に通信を切ってしまった。

 

 後には、気まずい沈黙だけが残される。

 

「フォウッ」

「ここ、医務室じゃないですけどね」

 

 改めて言うまでもなく、ここはマスター候補生48番、藤丸立香の私室である。ここから管制室までは、どう急いでも5分以上かかる。

 

「・・・・・・ま、少しくらいの遅刻は許されるよね」

 

 開き直ったように言いながら饅頭を頬張るロマニ。

 

 本当に、こんなのが部門トップで大丈夫なのだろうか?

 

「頭脳労働者には糖分接種は必須だよ。前はパンケーキ派だったんだけど、今は漉し餡が好きかな? 凛果君はどうだい? やっぱり女子らしくスイーツとかは?」

「はあ、そりゃまあ、人並みには・・・・・・」

 

 いい加減行かないと、本気で怒られると思うのだが。

 

 そう言いかけた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、強烈な振動がカルデア全体を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3人とも、思わず座ったままよろけてしまうほど、強烈な振動。

 

 地面そのものが一瞬、浮き上がったようにさえ錯覚してしまった。

 

「何だッ 地震!?」

「いや、これは・・・・・・」

 

 驚く立香に、ロマニはそれまで緩んでいた表情を一瞬で引き締めて答える。

 

 衝撃の直前、強烈な爆発音が聞こえた。それも、カルデアの内部からだ。

 

 その時だった。

 

《緊急事態発生、緊急事態発生、中央発電所及び中央管制室で火災が発生しました。中央区角の隔壁は240秒後に閉鎖されます。職員は速やかに、第2ゲートから退避してください。繰り返します・・・・・・・・・・・・》

 

 不吉が、現実となる。

 

 爆発事故。

 

 しかも中央管制室は今、レイシフトの為にカルデアスタッフのほぼ全員が集まっていた筈。

 

「まずい事になったッ」

 

 ロマニは菓子箱を放り投げると、慌てて立ち上がる。

 

「僕は行って様子を見てくる。君達はここを動かないようにッ 良いね!!」

 

 先程まで見せていた緩い雰囲気をかなぐり捨てて、きつい口調で告げるロマニ。

 

 そのまま部屋を出て駆け去って行く。

 

 後には、藤丸兄妹とフォウのみが残された。

 

「・・・・・・動かないようにって」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果の言葉を聞きながら、立香は黙り込む。

 

 その脳裏に浮かぶのは、先程まで一緒にいた少女の事。

 

 マシュ・キリエライト。

 

 自分の事を「先輩」と呼んでくれたあの少女も、中央管制室にいた筈。

 

「クッ」

「あ、ちょっと、兄貴ッ!?」

 

 凛果の制止も聞かずに、部屋を飛び出す立香。

 

 フォウもまた、俊敏な足取りで立香の頭の上へと飛び乗る。

 

 そこには、爆発事故に対する危険も、ロマニの警告も関係なかった。

 

 ただ、あの少女を助けたい。その一心あるのみだった。

 

「あーもーッ いっつもこれなんだから!!」

 

 苛立ち紛れに叫ぶ凛果。

 

 彼女もまた、兄を追って部屋を飛び出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び込んだ中央管制室は地獄の様相を呈していた。

 

 爆発の衝撃で壁や天井が崩れ、瓦礫がそこら中に散乱していた。

 

 一面を覆う炎は尚も勢いを増しつつあり、部屋全体が灼熱の様相を呈していた。

 

 周囲に時々見える、人型をした炎の塊。

 

 あれは・・・・・・・・・・・・

 

 そこまでで、立香は思考を止める。

 

 考えるのは後回しだ。今、優先すべき事は他にあった。

 

「マシュッ どこだマシュッ 返事をしてくれ!!」

「フォウッ フォウッ!!」

 

 一緒に着いて来たフォウと一緒に叫ぶ立香。

 

 だが、返事は無い。

 

 周囲に生きている者の気配はなく、ただ死の匂いだけが充満しているようだ。

 

「マシューッ!!」

 

 声の限りに叫ぶ。

 

 だが、やはり返事は無い。

 

 絶望が、立香の心を理解し始める。

 

 炎はますます勢いを増し、

 

 ダメ、なのか?

 

 間に合わなかったのか?

 

 そう思った。

 

 その時、

 

「せ・・・・・・・・・・・・先輩?」

 

 微かに聞こえた声を、立香は聞き逃さなかった。

 

「マシュッ!?」

 

 すぐさま、声がした方へ駆け寄る。

 

 どこだ?

 

 どこにいる?

 

 はやる気持ちを抑える事が出来ず、立香は瓦礫をかき分けて奥へと進む。

 

 そして、

 

 見つけた。

 

 見つけて、しまった。

 

 結論から言えば、マシュは生きていた。

 

 だが、その言葉の前に「まだ」と付くが。

 

 マシュは天井から崩れ落ちてきた瓦礫に挟まれ、身動きが取れなくなっていた。

 

 上半身は辛うじて直撃を免れていたが、挟まれた下半身は恐らく完全に潰れてしまっているだろう。

 

 マシュはもう、助からない。それは火を見るよりも明らかだった。

 

「先輩・・・・・・どうして、来たんですか? ここは危ないです・・・・・・早く、逃げてください」

 

 自分が瀕死の状況にありながら、マシュは立香の方を心配しているのだ。

 

 ちょうどその時、生きていたスピーカーからアナウンスが流れてきた。

 

《観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。シバによる近未来観測データを書き換えます》

 

 その言葉につられるように、頭上にあるカルデアスを見やる立香。

 

 思わず、息を呑んだ。

 

 疑似地球環境モデル「カルデアス」。

 

 既に何度か説明した通り、地球そのものを再現したカルデアスは本来、地球と同じく青い色をしている。

 

 しかしどうだろう?

 

 見上げたカルデアスは、不吉なまでに真っ赤に染まっているではないか。

 

《近未来100年までの地球において、人類の痕跡は発見できません。人類の痕跡は発見できません人類の痕跡は発見できません》

 

 不吉なアナウンスが、上がれ続ける。

 

 まるで、地球そのものが燃え上がってしまったかのようである。

 

「カルデアスが・・・・・・・・・・・・」

 

 茫然と呟く立香。

 

 魔術的知識の無い立香から見ても、あれがいかに異常であるか、一目瞭然だった。

 

 アナウンスは、更に続く。

 

《中央隔壁封鎖します。館内洗浄開始まで、あと180秒です》

 

 同時に、瓦礫の向こうで何かが閉まる音が聞こえた。

 

「隔壁、閉まっちゃいましたね・・・・・・すみません。私のせいで・・・・・・」

 

 そう言って謝るマシュ。

 

 そうしている間にも、彼女は自分の身体が徐々に冷たくなっていくのを自覚している。

 

 不思議な事だった。

 

 周りはこれだけ派手に燃え盛っているのに、自分は寒気を覚えているのだから。

 

 これが「死」なのだ。

 

 そう、自覚する。

 

 このまま何もできずに死んでしまう。その事に、不安を感じずにはいられなかった。

 

 と、

 

「まあ、何とかなるさ」

 

 そう言うと、

 

 立香はあろう事か、マシュの傍らに座り込んでしまった。

 

「先輩、何を・・・・・・・・・・・・」

「いや、何となく」

 

 言いながら、立香はマシュに笑いかける。

 

「マシュの傍にいたいって思ってさ」

 

 その言葉だけで、マシュは自分の中にある不安が消えていくようだった。

 

 今日会ったばかりの、

 

 ほんの少し会話をしただけの、マシュにとっての「先輩」。

 

 その存在が、瀕死のマシュの心に、温かい光を齎していた。

 

「あの、立香先輩・・・・・・お願いがあります」

 

 マシュは、立香を見上げながら言った。

 

「手を・・・・・・握ってもらえますか?」

「うん? こうか?」

 

 そう言うと、マシュの手を握りしめる立香。

 

 炎は、ますます強くなり始める。

 

「兄貴ッ!! マシュ!!」

 

 遠くで、凛果が呼ぶ声が聞こえる。

 

 その声に答えようと、立香が顔を上げた時だった。

 

 

 

 

 

《レイシフト定員に達していません。該当マスターを検索中・・・・・・・・・・・・発見、適応番号48番「藤丸立香」、47番「藤丸凛果」をマスターとして再設定します。アンサモンプログラムスタート。全行程クリア。ファーストオーダー、実証を開始します》

 

 

 

 

 

 同時に、視界が光の渦に飲み込まれる。

 

 後には、何も判らなくなった。

 

 

 

 

 

第2話「レイシフト」      終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特異点F 炎上汚染都市「冬木」
第1話「英霊顕現」


 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くとマシュは、ベッドの上に横になっていた。

 

 周囲一帯真っ白な空間の中、彼女の横たわるベッドだけがぽつんと置かれていた。

 

「・・・・・・わたしは、どうしたんでしょう?」

 

 曖昧な記憶を呼び覚まそうと、脳を動かす。

 

 自分は確か、ファーストミッションのレイシフトの為に中央管制室にいたはず。

 

 そこで爆発が起きて、

 

 気が付いたら炎に巻かれていた。

 

 そして、

 

 そこに来てくれたのが・・・・・・・・・・・・

 

「そうだ、立香先輩ッ」

 

 慌てて起き上がるマシュ。

 

 そのままベッドから出ようとして、

 

 床に倒れ込んだ。

 

「え・・・・・・・・・・・・?」

 

 思わず、振り返るマシュ。

 

 足が、動かない。

 

 不思議と、痛みは無い。

 

 だが、いくら力を入れようとしても、マシュの足はまるで置物と化したかのように、体にぶら下がっているだけになっていた。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

 

 戸惑いながらも、しかしマシュは這って前へと進もうとする。

 

 行かなければ。

 

 行って、立香にお礼を言わなければ。

 

 動かない足を引きずりながら、マシュは前へと進み続ける。

 

 その時、

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 マシュのすぐ目の前に、誰かがかがみ込んだ。

 

 伸ばされる手。

 

 顔は見えない。

 

 白い部屋の中にあって、辛うじてシルエットだけが透けて見える。

 

 歳の頃はマシュと同じくらいの、恐らく少年と思われる。

 

 奇妙な事に、その少年は、中世ヨーロッパ風の甲冑を着込んでいるように見えた。

 

 少年騎士が差し伸べた手を握るマシュ。

 

 すると不思議な事に、それまで全く動かなかったマシュの足が動き、立ち上がる事が出来たではないか。

 

「貴方は、もしかして・・・・・・・・・・・・」

 

 相手が誰なのか察し、問いかけるマシュ。

 

 だが、少年騎士は何も語らない。

 

 黙したまま、マシュをジッと見つめている。

 

 やがて、

 

 視界が光に包まれ、マシュはその中に飲み込まれていく。

 

 少年騎士は、そんなマシュをいつまでも見守っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地獄を抜けると、そこは地獄だった。

 

 昔の偉い文豪が書いた有名な文面を引用してしまうあたり、心にまだ余裕があるのだろうか?

 

 いえいえ、単なる現実逃避でございます。

 

 立ち尽くす藤丸立香は、そんな事を考えながら周囲をぐるりと見回す。

 

「どうなってんだ・・・・・・これ?」

 

 周囲は炎、炎、また炎。

 

 見回しても、一面の炎以外何もない。

 

 つい先ほどまでと同じ光景が広がっている。

 

 だが、一つ違うのは、先程までいたのがカルデアの中央管制室だったのに対し、今は間違いなく屋外であると言う事。

 

 更に言えば、場所。

 

 辛うじて焼け残った道路標識には、見覚えがある。

 

「・・・・・・・・・・・・ここは、日本?」

 

 茫然と呟く。

 

 間違いない。「止まれ」や速度表記、更には日本語で書かれた道路案内板など、ここが間違いなく日本である事を示していた。

 

「俺。さっきまでカルデアにいたはずなのに・・・・・・」

 

 それが今は、日本の街中にいる。

 

 訳が分からなかった。

 

 しかも、

 

 立香はもう一度、周囲を見まわす。

 

 瓦礫の山と化した街並み。まるで以前、テレビで見た事がある大地震の跡のようだ。

 

 日本の街で、これほどの破壊が行われたりしたらただ事ではない。死傷者も、いったいどれほどになったのか、見当もつかなかった。

 

「・・・・・・もしかして、これがレイシフトって奴なのか?」

 

 つい先ほど、ロマニから説明を受けた事を思い出して呟く。

 

 燃え盛る炎も、崩れ落ちた瓦礫も、決して偽物ではない。

 

 自分が夢を見ているとも思えない。

 

 となると、残る可能性は、レイシフト(そ れ)以外に考えられなかった。

 

 確かあの時、

 

 自分は燃え盛る中央管制室に飛び込み、瀕死のマシュに寄り添っていた筈。

 

 そして凛果が呼ぶ声が聞こえ、顔を上げた。

 

 その後の記憶が無い。

 

 恐らくあの瞬間、レイシフトが行われたのだ。

 

 そう言えば、アナウンスが何かを言っていたように思える。あの時は目の前のマシュに夢中だったため覚えていないが、あれがもしかしたらレイシフト開始を告げるアナウンスだったのかもしれない。

 

 しかし、

 

 だとしたらここは、ファーストミッションの舞台になるはずだった「特異点F」。2004年の日本の地方都市「冬木」と言う事になる。

 

 しかし、2004年の日本で、都市一つが丸ごと壊滅するような大火災は無かったはず。

 

 いったい、これはどういうことなのか?

 

 そう考えた時だった。

 

 視界の先で、複数の人影が動くのが見えた。

 

「お、誰かいる」

 

 街の生存者か、あるいは救助隊か。

 

 いずれにせよ、誰かに接触できれば状況も把握できるだろう。

 

「あの、すみませんッ」

 

 そう声を掛けながら、相手に近づく立香。

 

 その人影が見えた瞬間、

 

「なッ!?」

 

 思わず絶句した。

 

 目の前の人間。

 

 否、

 

 もはや人間ですらない。

 

 それは、

 

 人間だと思っていたそれは、

 

 襤褸を纏っただけの白骨に過ぎなかった。

 

 思わず、怖気を振るう立香。

 

 手に手に槍や剣を持った骸骨が、動いている。

 

 数にして数体程度だが、それがいかに恐ろしい光景であるか、語るまでもない事だろう。

 

「ひっ・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず、後じさる立香。

 

 その音に反応したように、骸骨兵士は一斉に振り返る。

 

 逃げなければッ

 

 本能的に踵を返して駆けだす立香。

 

「クソッ いったい何なんだよッ!?」

 

 訳が分からないことだらけで、頭が混乱してくる。

 

 とにかく今は、この状況だけでもどうにかしないと。

 

 追ってくる骸骨兵士たちを見やりながら、立香はそう考える。

 

 骸骨兵士たちの足は速い。このままでは、そのうち追いつかれてしまう事だろう。

 

 どうする?

 

 どうすれば良い?

 

 そう思った次の瞬間、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 向ける視線の先。

 

 立香の行く手を塞ぐように、新たな骸骨兵士の一団が現れていた。

 

 後から追ってくる骸骨兵士たちと合わせて、挟み撃ちにされた形である。

 

「クッ・・・・・・」

 

 唇を噛み占める立香。

 

 その間にも骸骨兵士たちは、徐々に包囲網を狭めてくる。

 

 こうなると最早、時間の問題である。

 

「どうする・・・・・・・・・・・・」

 

 相手は得体の知れない骸骨軍団。

 

 対してこっちは、完全ド素人が1人。

 

 まともに考えれば、勝機など一厘も無いだろう。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・こんな所で、終わってたまるかよ」

 

 喉の奥から絞り出すような声で、立香は呟く。

 

 諦めない。

 

 諦めたら、そこで全てが終わってしまう。

 

 どんな絶望的な状況であっても、諦めなければ必ず道は開けるのだ。

 

 近付いてくる骸骨兵士たちを睨みつける立香。

 

 どうする? 隙を見て殴りかかり、包囲網を突破するか?

 

 元より、立香の選択肢は「イチかバチか」しかない。こうなったら、その一点に賭ける以外ない。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩ッ 伏せてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛と響く少女の声。

 

 同時に

 

 右手の甲に走る鋭い痛み。

 

 同時に、複雑な光が手に走り、赤い文様が描かれる。

 

「何だ、これッ!?」

 

 驚く立香。

 

 そこへ、

 

 飛び込んで来た小柄な影が、骸骨兵士に襲い掛かった。

 

 手にした巨大な盾を一閃。複数の骸骨兵士が、成す術無く吹き飛ぶさまが見えた。

 

 更に動きを止めない。

 

 骸骨兵士たちが大勢を立て直す前に襲い掛かると、蹴り砕き、殴り倒し、更に手にした大盾で吹き飛ばす。

 

 その圧倒的な戦闘力を前に、数に勝る骸骨兵士たちは成す術がない。

 

 立香を包囲していた敵が一掃されるまで、ものの1分もかからなかった。

 

 立ち尽くす立香を守るように立つ少女。

 

 それは、

 

「マシュ・・・・・・・・・・・・」

 

 それは間違いなく、あのカルデアで出会った少女、マシュ・キリエライトだった。

 

 しかしその姿は、立香にとって見慣れた制服姿ではない。

 

 ノースリーブレオタードのようなインナーの上から、脚部、手甲、腰回りを覆う軽装の甲冑を身に着けている。

 

 全体的に防御力よりも、動きやすさを強調する印象だ。

 

 彼女の特徴を印象付けていた眼鏡も、今は外されている。

 

 そして何より、

 

 少女の身の丈をも超える、巨大な盾を携えていた。

 

 十字架のような形をしたその盾の表面には、若干の装飾が施され、かなりの強度を誇っている事が見て取れた。

 

「お怪我はありませんか、先輩?」

 

 小柄で華奢な少女は振り返ると、片方を前髪で隠した目で立香を見た。

 

「あ、ああ。俺は大丈夫・・・・・・」

 

 助かったと言う安堵感から、抜けそうになる力を入れ直し、立香はマシュに向き直る。

 

 あの瀕死だったマシュが無事だったばかりか、自分を助けてくれた事が信じられなかった。

 

「驚いたよマシュ。あんな風に戦えたなんて・・・・・・」

「はい。その点については、私も同様です。あんな事ができるとは思っていなかったので」

 

 そう言いながらも、

 

 マシュが震えている事を、立香は見逃さなかった。

 

 無理も無い。

 

 何がどうなっているのかは、相変わらず判らない。

 

 しかし、如何に戦う力を得たとはいえ、マシュが「普通の女の子」である事に変わりはない。

 

 「戦う力がある」のと、「戦う事ができる」と言うのは、ニュアンス的に似ていても、実はそこには天地の開きがある。

 

 いかに強力な力を誇っていても、それを振るう人間が戦いになれていなければ、十全に戦う事は不可能だった。

 

「先輩」

 

 そんな中で、マシュの方から立香に話しかけてきた。

 

「私の予想が正しければ、ここは『特異点F』。2004年の日本、冬木市だと思います」

「じゃあ、やっぱり俺達は、レイシフトってのをしたのか?」

 

 納得したように頷く立香。

 

 やはり、レイシフトしていたと言う、当初の立香の予測は正しかったわけだ。

 

 だが、まだ疑問は残っている。

 

「けどなマシュ。2004年の日本で、こんな大火災があった、なんて記憶、俺にはないぞ」

 

 都市一つが壊滅するほどの大火災だ。理由はどうあれ、ニュースにならないはずが無い。

 

 それに対し、マシュは周囲を見回しながら言った。

 

「特異点は、本来の過去、未来から独立した存在です。故に、放置しておくことはできません」

 

 つまり、今この場にある光景は、「本来ならあるはずが無い出来事」と言う事だ。

 

 しかし、これを放置すれば、この光景が現実のものとして確定してしまう。

 

 だからこそ、特異点が生じた原因を突き止め、排除する。それがファーストミッションの内容だったのだ。

 

 その時

 

「フォーウッ!!」

 

 聞きなれた鳴き声と共に、足元に駆けてきた白い毛玉が、マシュの肩へと駆けあがる。

 

 その様子に、マシュは驚いて目を見開いた。

 

「フォウさん? フォウさんもこっちに来ていたのですか?」

「フォウッ フォウッ」

 

 マシュの質問に答えるように、鳴き声を上げるフォウ。

 

 そう言えば、立香が中央管制室に飛び込んだ時、フォウも一緒だった。その関係で、一緒にレイシフトしてきたのかもしれなかった。

 

 一緒にいた、と言えば、立香にはもう一つ、どうしても無視できない事柄があった。

 

「そう言えば凛果、あいつももしかして、こっちに来てるんじゃないか?」

「え、凛果先輩も、ですか?」

 

 驚くマシュ。

 

 あの時、マシュは瀕死の状態だったから、状況の把握ができなかったが、まさか凛果までこっちに来ていたとは。

 

「確証はないんだけど、俺やフォウ君がこっちに来てたって事は、凛果の奴も来ている可能性は高いだろ」

「フォウッ」

 

 立香の言葉に、同意するように鳴くフォウ。

 

 その時だった。

 

 彼方から微かに、女性の悲鳴のような声が聞こえてきた。

 

「マシュッ」

「ええ、私にも聞こえました」

 

 立香の言葉に頷くマシュ。

 

 2人はそのまま、声がした方向に向かって駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛果は、訳が分からないまま駆けていた。

 

 兄を追って駆けこんだ中央管制室。

 

 炎に包まれたその場所に分け入りながら兄やマシュの姿を探していると突如、沸き起こった光の渦に飲み込まれ、気が付いたらこの場所にいたのである。

 

「何なのよッ 本当に!!」

 

 首を巡らせて背後を見やる。

 

 その視界の先では、武器を手に追ってくる骸骨兵士たちの姿があった。

 

 もしかして、ここは地獄なのだろうか? 自分は死んだから、こんな場所に来てしまったのだろうか?

 

 そんな思いが駆け巡る。

 

 自分は、そんな悪い人生を送って来たのだろうか?

 

「助けて・・・・・・誰か、助けて・・・・・・・・・・・・」

 

 必死に逃げながら、うわごとのように呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・し、て

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かが、聞こえたような気がした。

 

 だが、今の凛果には、それを認識するだけの余裕は無かった。

 

 とにかく逃げる。

 

 それ以外に無い。

 

 だが、

 

 終わりは、

 

 唐突に訪れた。

 

「あッ!?」

 

 瓦礫につまずき、転倒する凛果。

 

 とっさに手を突いて顔面をぶつけるのは避けたものの、地面に投げ出され蹲ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・ば・・・・・・・して。今なら・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うッ・・・・・・うぅ・・・・・・・・・・・・」

 

 痛みを堪えて、体を起こそうとする。

 

 その間にも、骸骨兵士たちが凛果を追い詰めるべく迫ってくる。

 

「クッ・・・・・・・・・・・・」

 

 唇を噛み占める凛果。

 

 しかし、走りすぎた足はもはや動かす事が出来ず、凛果にできるのは、尻餅を突いたまま後ずさることのみだった。

 

「助けて・・・・・・助けてよ・・・・・・」

 

 うわごとの様に繰り返す言葉。

 

「・・・・・・・・・・・ちゃん・・・・・・・・・・・・」

 

 脳裏に浮かぶのは、1人の少年の姿。

 

 自分と同じ月、同じ日に生まれた半身とも言うべき存在。

 

 彼も今、もしかしたらここにいるのかもしれない。

 

 そして、

 

 彼ならきっと、こんな状況でも諦めずに戦うだろう。

 

 決して強いわけではないくせに、

 

 「諦めない」という事に関してだけは、世界最強と言っても良い。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 迫る骸骨兵士。

 

 少女の運命は、旦夕に迫ろうとしている。

 

 それに対し、

 

 凛果は涙をぬぐい眦を上げる。

 

 動かぬ足に力を込めて立ち上がる。

 

 逃げてちゃだめだ。

 

 彼はきっと戦っている。

 

 なら、自分も戦わないと。

 

 立ち向かわないと、この絶望的な状況を打破する事は出来ない。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え・・・・・・・・・・・・?」

 

 今度は、はっきりと聞こえた。

 

 見渡しても、声の主は姿を見えない。

 

 だが、凛果の耳には、確かに聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、聞こえた。

 

 顔を上げる凛果に、声は更に続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伸ばして・・・・・・今なら・・・・・・きっと届く、から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言われるままに、手を伸ばす凛果。

 

 その手の甲に、赤い光で紋様が刻まれる。

 

 何となく、盾と剣を掛け合わせたような印象のある模様。

 

 同時に、

 

 空間が横一文字に斬り裂かれた。

 

 今にも凛果に襲い掛かろうとしていた骸骨兵士が、突然の事態に斬り裂かれて地面に転がる。

 

 飛び出す、小柄な影。

 

 白刃が炎を映し、剣閃は鋭く奔る。

 

 反撃すべく、刃を振り翳す骸骨兵士もいる。

 

 だが、無駄だった。

 

 宙返りしながら骸骨兵士の剣を回避する。

 

 着地。

 

 同時に繰り出した袈裟懸けの一閃が背中から決まり、骸骨兵士は成す術無く崩れ去った。

 

 その間、僅か5秒足らず。

 

 凛果にとっては、瞬きする間すら無かった。

 

 そして、

 

「あなたは・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果の視線の先に立つ少年。

 

 小柄で華奢な姿は凛果よりも小さい。

 

 黒衣の着物と短パンを着込み、長い髪は後頭部で纏めている。

 

 口元は長いマフラーで覆っている。

 

 そして、

 

 手には不釣り合いにも見える、一振りの日本刀を携えていた。

 

 中性的で、その儚さから少女的な印象さえある少年。

 

 その静かな瞳が、真っすぐに凛果に向けられた。

 

「サーヴァント、アサシン・・・・・・召喚に応じ参上」

 

 少年は静かな声で言った。

 

「ん・・・・・・マスター、で良い?」

 

 

 

 

 

第1話「英霊顕現」      終わり

 




謎のアサシン登場。

イッタイダレナンダ(爆


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話「瓦礫の街で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議な光景だった。

 

 凛果の目の前に、彼女を守るようにして立つ少年は、見るからに幼さを残している。

 

 背は、比較的小柄な凛果よりも、更に頭半分くらいは低い。

 

 年齢も中学生くらいか、下手をすると小学校高学年くらいにしか見えない。

 

 だが、

 

 手に持っている日本刀は、決しておもちゃではありえない、殺気に満ちた輝きを放っている。

 

 勿論、つい先ほど、凛果に襲い掛かろうとしていた骸骨兵たちを、一瞬で斬り伏せた実力は本物だった。

 

「マスター?」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 呼びかけられて我に返る凛果。

 

 見れば、アサシンが不思議そうなまなざしで、彼女を見上げてきていた。

 

 どうやら、何か指示を待っていると言った風情だ。

 

「あ、ご、ごめん。それで、えっと・・・・・・」

「アサシン、でいい」

 

 凛果が呼び方に窮していると察したアサシンが、制するように告げる。

 

 その言葉に、凛果は首をかしげる。

 

 アサシン。

 

 殺し屋? あるいは暗殺者だろうか?

 

 いずれにしても、おかしな呼び方だった。

 

「あのさ、それ本名じゃないよね?」

「ん。サーヴァントだから。クラス名」

 

 サーヴァント? クラス名?

 

 いったい何の事だろう?

 

 ますます訳の分からない単語が飛び出してきて、凛果の混乱は更に深みへとはまる。

 

「んー・・・・・・・・・・・・あ」

 

 何事かを考えていたアサシンが、思いついたように声を上げて凛果を見た。

 

「普通の召還じゃない、から。分かんない?」

「はあ・・・・・・・・・・・・」

 

 だから何なんだ?

 

 いい加減、判らない事のオンパレードに、凛果が焦れてきた時だった。

 

「それはそうと・・・・・・・・・・・・」

 

 周囲を見回しながら、アサシンの方から口を開いて来た。

 

「ここって、冬木市?」

「冬木市・・・・・・・・・・・・確か、『特異点F』の場所、だったよね」

 

 思い出したように答える凛果。

 

 対して、アサシンは黙って周囲を見回している。

 

「・・・・・・・・・・・・ふうん」

 

 何かを懐かしむような、

 

 あるいは少し哀しんでいるような、

 

 表情の乏しい少年は、そんな風に燃える街並みを眺めていた。

 

 その時だった。

 

 微かに、

 

 炎の向こう側から、悲鳴のようなものが聞こえてきた。

 

「今のって・・・・・・」

「ん、あっちから」

 

 アサシンは刀を腰に戻すと、凛果の手を取る。

 

「え、ちょっと・・・・・・」

「少し急ぐ。掴まって」

 

 そう言うと、アサシンは凛果の身体を軽々と抱え上げる。

 

 いわゆる「お姫様抱っこ」という形だった。

 

 かなり違和感がある。何しろ、体の小さいアサシンが、凛果を抱え上げているのだから。

 

「ちょ、ちょっとッ!?」

「しゃべると舌噛む。黙って」

 

 一方的にそう言い置くと、

 

 アサシンは地を蹴って一気に駆けだす。

 

 その後から、凛果の悲鳴が大気に乗って靡いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オルガマリー・アニムスフィアは、藤丸兄妹2人に比べれば、まだ状況を把握していると言えるだろう。

 

 突然放り込まれた世界。

 

 崩壊した街並み。

 

 そこが自分たちのファーストミッションの舞台である、「特異点F」である事はすぐに理解していた。

 

 異様な事態にも瞬時に理解が及ぶ辺りは流石、カルデアの所長と言うべきだろう。

 

 だが、

 

 まさか自分までレイシフトする事になってしまったのは、完全に予想外だった。

 

「何なのよッ 何でこんな事になっているのよ!?」

 

 街の中央にある大きな橋の上を駆けながら、オルガマリーは愚痴を吐き出す。

 

 予定では彼女は、カルデアの中央管制室でファーストミッションの全体指揮にあたるはずだった。

 

 それが、今にもレイシフトのシークエンスに入ろうとした瞬間、強烈な閃光に視界を奪われ、

 

 そして気が付いたら、この場所にいたのだ。

 

 いったい、あの閃光が何だったのか?

 

 カルデアは今、どうなっているのか?

 

 なぜ、自分までレイシフトしてしまったのか?

 

 そもそも帰れるのか?

 

 次々と湧き出る疑問を前に、彼女の頭はパニックに陥りつつあった。

 

 しかも極めつけは、

 

「来ないでッ!! 来ないでよォ!!」

 

 彼女を追ってくる、骸骨兵士の群れ。

 

 恐る恐る街の中を歩いていたオルガマリーは、奴らと遭遇してしまい、そのまま追いかけられる羽目になったのだ。

 

「助けてッ 助けてッ レフッ レフ―!!」

 

 信頼する教授の名を叫ぶ事しかできないオルガマリー。

 

 彼女もまた一流の魔術師である。何体かの骸骨兵士は倒す事に成功している。

 

 しかし、所詮は多勢に無勢だった。

 

 殆ど無限に湧いてくる骸骨兵士を相手に、魔術師とは言えたかが人間が対抗できるはずもなかった。

 

 今のオルガマリーにできる事は、とにかく悲鳴を上げて逃げ回る事だけ。

 

 ただ、闇雲に逃げれば逃げるほど、却って骸骨兵士たちを招き寄せる結果に繋がってしまう。

 

 そして彼女は、たまたま見つけた橋の方向へと逃げたのだ。

 

 だが、橋と言うのは構造上、入り口と出口が、それぞれ一つずつしかない。

 

 基本的に一本道。

 

 それ故に古代より橋は、軍事上の重要拠点として、数多の戦いの舞台となって来た。

 

 その橋に、考え無しに突入してしまったオルガマリー。

 

 だからこそ、

 

 その結末は必然だった。

 

「あッ・・・・・・・・・・・・」

 

 足を止めるオルガマリー。

 

 彼女の視線の先、自身の前方から新たな骸骨兵士の群れがやってくるのが見える。

 

 そして背後からも、追手として着いて来た骸骨兵士が群がろうとしている。

 

 今、オルガマリーが立っているのは、一本道の橋の上。

 

 完全に前後を挟まれた形である。

 

「あ・・・・・・あ・・・・・・あ・・・・・・」

 

 絶望に震える。

 

 逃げ道は無い。

 

 骸骨兵士たちは、前後からじりじりと距離を詰めてくる。

 

「助けて・・・・・・助けて・・・・・・イヤッ・・・・・・イヤッ 死にたくない・・・・・・こんな所で死にたくない」

 

 ただ哀れに、命乞いを繰り返す事しかできないオルガマリー。

 

 体が小刻みに震え、歯の音が断続的に鳴り響く。

 

 じりじりと追いつめられるオルガマリー。

 

 だが、

 

 運命は無慈悲にも、彼女に襲い掛かる。

 

 剣を振り翳した骸骨兵士が、オルガマリーへ一気に殺到する。

 

「イ、イヤァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 悲鳴と共に、その場に蹲るオルガマリー。

 

 次の瞬間、

 

 飛び込んで来た2つの影が、骸骨兵士を一瞬で蹴散らす。

 

 アサシンと、そしてマシュだ。

 

 アサシンは腰の鞘から刀を抜刀。横なぎの一閃で骸骨兵士の胴を斬り裂く。

 

 マシュは手にした大盾を振るい、叩き潰す。

 

 盾と言えば防御用の武器として捉えられがちだが、実際には相手を殴り、払い、押しつぶすなど攻撃に使う事も可能である。言わば万能武器と言える。

 

 マシュは、自身の身体よりも大きな盾を難なく振るっている。

 

 マシュが盾を振るう度に、確実に骸骨兵士は吹き飛ばされていった。

 

 その様は、まるで小型の台風のようだ。

 

 そんなマシュの攻撃をすり抜けて、オルガマリーに迫ろうとする骸骨兵士もいる。

 

 だが、

 

「ん、無駄」

 

 低い呟きと共に、長いマフラーを靡かせてアサシンが駆ける。

 

 手にした刀を振るい、一瞬にして数体の骸骨兵士を斬り捨てる。

 

 ほんのわずかな間に、動いている骸骨兵士は一体もいなくなってしまった。

 

「あ、あなた達、いったい・・・・・・・・・・・・」

 

 突然、助かったオルガマリーは、信じられない面持ちで、自分を助けてくれた2人を眺めるオルガマリー。

 

 しかも、その片方には見覚えがある。

 

「あなた、まさか・・・・・・マシュなの?」

 

 見間違えるはずもない。同じカルデア職員であるマシュ・キリエライトが、凛とした戦装束でその場に立っていた。

 

 だが、

 

 当の2人からすれば、未だに緊張を解くわけにはいかない。

 

 何しろ、相手は見知らぬ存在。そのうえ、自身と同一の立場にいる事は明白である。

 

 すなわち、共闘したとは言え、相手が味方であると言う保証はどこにもないのだ。

 

「んッ!?」

「敵、ですかッ!?」

 

 刀の切っ先を向けるアサシン。

 

 同時にマシュも、盾を構えて迎え撃つ。

 

 激発しそうになる両者。

 

 次の瞬間、

 

「待ったッ ちょっと待ったマシュ!!」

「アサシン、早とちりしないで!!」

 

 橋の右と左。

 

 それぞれの方向から叫ぶ声。

 

 見れば、カルデアの制服を着た男女が走ってくるのが見える。

 

 立香と凛果。

 

 それぞれ橋の反対側から走って来た兄妹は、互いを見て足を止めた。

 

「凛果ッ 無事だったか」

「兄貴も。 良かった・・・・・・」

 

 そう言って笑い合う2人。

 

 その姿を、アサシンが首をかしげて見つめていた。

 

「知り合い?」

「そう、わたしの兄貴。何か、一緒にこっちに来てたみたい」

 

 その言葉に納得したのか、アサシンは刀を鞘に納め、マシュへと向き直った。

 

 どうやら、お互いに早とちりしていた事を自覚したようだ。

 

「ん、ごめん」

「い、いえ、こちらこそ。早計な判断をしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 そう言って、お互いに頭を下げるアサシンとマシュ。

 

 マシュの方も、アサシンに害意は無いと言う事は理解できたようだ。

 

 何にしても、早とちりで同士討ち、などと言う笑えない事態が避けられたのは何よりである。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・何なのよ」

 

 絞り出すような低い声。

 

 一同が振り返ると、橋の上に座り込んだままのオルガマリーが、信じられないと言った面持ちで、一同を見回していた。

 

「何なのよ・・・・・・あんた達は?」

 

 オルガマリーの視線は、その中の1人に向けられた。

 

「何なのよマシュ、その恰好は?」

「所長」

 

 マシュは盾を置くと、オルガマリーの前に膝を突いた。

 

「落ち着いてください。これも、カルデアの実験の一つだったのを覚えていますか?」

「・・・・・・・・・・・・あ」

 

 言われて、ようやく事態が呑み込めてきたのか、少し落ち着きを取り戻したように見える。

 

 確かにマシュの言う通りの実験があったのを思い出したのだ。

 

 オルガマリーが落ち着いたところで、マシュは立ち上がって一同を見た。

 

「ともかく、ここは危険です。どこか、落ち着ける場所へ移動して、話はそれからにしましょう」

 

 マシュの言葉に、一同は頷く。

 

 何はともあれ、錯綜している情報を、いったん整理する必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 川の西岸には、比較的広い公園のような場所がある。

 

 橋を渡った一同は、取りあえずその場所まで行き、一息入れる事となった。

 

 念のため、アサシンとマシュが周囲を警戒しつつ、立香、凛果、オルガマリーの3人が話し合っていた。

 

 フォウはと言えば、アサシンの頭の上にちょこんと乗って、一緒に警戒に当たっている。

 

「・・・・・・・・・・・・成程ね。だいたいの事情は分かったわ」

 

 大凡の事情説明を受け、嘆息気味にオルガマリーが告げる。

 

 話をまとめると、やはりこの場所は「特異点F」。ファーストミッションの舞台である日本の冬木市で間違いないようだ。

 

「て、言うかッ」

 

 キッと眦を上げるオルガマリー。

 

 その視線の先には、

 

 戸惑いながら立ち尽くす、立香の姿があった。

 

「藤丸立香!! どうして寄りにもよって、あなたがマシュのマスターになっているのよッ!?」

「いや、どうしてって言われても・・・・・・」

 

 突然の糾弾に、返答を窮する立香。

 

 そもそも立香自身、巻き込まれたクチである。理由があるなら知りたいのは、こっちの方だった。

 

 だが、オルガマリーの方も、いささか立場的に引っ込みがつかない状態にある。

 

 何しろ自分が「ありがたい訓示」をしている最中に、居眠りをブッこいていた奴が、寄りにもよって自分の目の前にマスター面として立っているのだから。

 

 掛け値なしの一般人で、しかもこんな無礼者がなぜ? という思いはある。

 

 オルガマリーは立ち上がると、立香の胸倉に掴みかかる。

 

「言いなさいッ どんな乱暴な事をしてマシュのマスターになったのよ!?」

「だ、だから、俺は何もッ」

 

 理不尽な物言いに、しどろもどろな立香。

 

 オルガマリーは更に、凛果の方へと目を向ける。

 

「あなたもあなたよッ 私の話を聞かないで、さっさと出て行ったくせに!!」

「うわッ よく覚えてるなー」

 

 凛果は少しげっそりした感じにオルガマリーを見る。

 

 あの時、凛果は誰にも見られないようにそっと部屋を出たつもりだったが、どうやらオルガマリーは彼女を見逃していなかったらしい。

 

 それだけで、オルガマリーが細かい事を根に持つタイプである事が判る。

 

「だいたいッ」

 

 言いながら、今度はアサシンの方に目を向ける。

 

「ん?」

「フォウ?」

 

 まさか自分に矛先が向くと思っていなかったアサシンは、不思議そうな眼差しでオルガマリーを見やる。

 

 対してオルガマリーは、ここで一気に、全部の不満をぶちまけようとするかのように、舌鋒鋭く吐き出した。

 

「何で、よりによって『アサシン』なのよッ!?」

「えっと、それが何か?」

 

 意味が分からず、尋ねる凛果に、オルガマリーが更に続けた。

 

「アサシンが何て呼ばれているか知っているの? 『最弱のサーヴァント』よッ!? 直接の戦闘にはほとんど役立たず、唯一、敵のマスターを暗殺するくらいしか能の無いハズレサーヴァント。そのチビッ子がどこの誰だかは知らないけど、引くならもっと、マシなの引きなさいよ!!」

「フォウッ フォウッ」

 

 そう言うと、ビシッとアサシンを指差すオルガマリー。

 

 対して、フォウを頭の上にのっけたままのアサシンは淡々とした表情で、己のマスターを見上げる。

 

「凛果、あれ斬って良い?」

「ダメ」

 

 物騒な事を言うアサシンを、嘆息交じりで窘める凛果。

 

 気持ちは判らないでもないが、この場にいるメンバーではオルガマリーが最もベテランである。もろもろの事情説明の為には死んでもらっては困るのだ。

 

 無論、説明が終わったら殺して良い、という訳ではないが。

 

「その、所長・・・・・・」

 

 締め上げられた喉を押さえながら、立香がオルガマリーに尋ねた。

 

 ともかく、これ以上コントじみたやり取りをしていても始まらない。どうにか、話を進める必要があった。

 

「俺も凛果も、事情が全然分からないんですけど。サーヴァントとかマスターとか・・・・・・そこら辺の事、良かったら教えてもらいたいんですけど」

 

 物腰の柔らかい立香の態度に、オルガマリーも少し落ち着きを取り戻したように見える。

 

 ここに来て混乱の連続だった為に、半ばパニックに陥っていたオルガマリーだったが、予想外に柔らかい立香の物腰が、彼女に冷静さを取り戻させていた。

 

 一息入れるべく、ベンチに腰掛けるオルガマリー。

 

 代わって、マシュが口を開いた。

 

「先輩、この『特異点F』・・・・・・つまり冬木市では、2004年にとある魔術儀式が行われたとされています」

「魔術儀式?」

 

 マシュの説明に、立香と凛果は首をかしげる。

 

 「魔術儀式」などと言われると何となく、ヤギ頭の悪魔が、煮えたぎる鍋を前に魔法陣を描いてグルグルとかき混ぜている姿が想像された。

 

 そんな藤丸兄妹の疑問に構わず、マシュは説明を告げる。

 

「『聖杯戦争』と呼ばれる魔術儀式は、万能の願望機である聖杯の降臨を目指し、7人の魔術師がマスターとなって、7人の英霊、すなわちサーヴァントを使役して戦うバトルロイヤルだったそうです」

「そう7人の英霊とはつまり、『剣士(セイバー)』『弓兵(アーチャー)』『槍兵(ランサー)』『騎兵(ライダー)』『魔術師(キャスター)』『狂戦士(バーサーカー)』そして・・・・・・」

 

 マシュの説明を引き継ぐように説明するオルガマリー。

 

 一同の視線が、キョトンとした顔で立ち尽くすアサシンを見やった。

 

「『暗殺者(アサシン)』。この7つよ」

「じゃあ、アサシンも、その聖杯戦争ってのに参加する為に呼び出された英霊って事?」

 

 尋ねる凛果。

 

 だが、

 

「ちょっと違う」

 

 アサシンから返って来た返事は、意外な物だった。

 

「何か、特殊な召喚だった。たぶん、ここの聖杯戦争とは関係ないと思う」

「は? それってどういう意味よ?」

 

 たどたどしく説明するアサシンに、詰め寄るオルガマリー。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

「ちょっとッ 答えなさいよ!!」

 

 不貞腐れたようにプクーッとほっぺを膨らませて、そっぽを向くアサシン。

 

 どうやら、先程ディスられたことで、へそを曲げてしまったらしい。

 

「こ、の・・・・・・」

「ま、まあまあ所長」

 

 慌ててフォローに入る立香。

 

 この2人にしゃべらせていたら、一向に話が進みそうにない。

 

 取りあえずアサシンとオルガマリーを引き離すと、立香は改めて少年の方に向き直った。

 

「お礼が遅くなったな。さっきは妹を助けてくれてありがとう」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 そう言って差し出された立香の手を、アサシンは握り返す。

 

 小さなアサシンの手。

 

 立香の手には、本当に子供サイズの小さな手の感触が伝わってくる。

 

 こんな小さな子が大きな力を秘めているなど、一般人だった立香には信じられないくらいである。

 

 しかしアサシンもまた、英霊と呼ばれる存在である事には変わりない。見た目通りに判断する事は出来なかった。

 

 アサシンの手を離すと、立香は今度はマシュの方に向き直った。

 

「じゃあ、マシュはどうして、さっきみたいに戦えたんだ? それも英霊って奴の力なんだろ?」

「はい。ただし、私の場合、アサシンさんとは少し事情が異なります」

 

 言いながら、マシュはオルガマリーに目をやる。

 

 何かを確認するような、マシュの視線。

 

 対して、オルガマリーはツイッと視線を逸らす。どうやら「好きにして良い」というサインらしい。

 

 それを受けて、マシュは再び語りだした。

 

「今回のミッションの前から、カルデアではとある実験が行われていました。それは、聖杯戦争で使われた英霊召喚システムを再現し、実際にサーヴァントを戦力として運用すると言う実験です」

 

 マシュによれば、召喚に応じた英霊は3体。

 

 うち、1体目はその存在を厳重に秘匿されている為に不明。3体目は現在、カルデアのスタッフとして力を貸してくれているのだとか。

 

 そして2体目は、

 

「2体目の英霊は、現代の人間に憑依させる実験を行う為に召喚されました。その人間が私、と言う訳です」

 

 つまり今のマシュは、人間と英霊が融合した存在。デミ・サーヴァントと呼べる状態だった。

 

 正式な英霊ではないとはいえ、英霊その物の霊基と技術を受け継いだことから、マシュの戦闘力は通常の英霊と比較しても、何ら引けを取らない事は、既に証明されていた。

 

「カルデアにいたころは全く成果が出なかったくせに、今の段階になっていきなり成功するなんて、いったいどういう風の吹き回しよ?」

「所長・・・・・・・・・・・・」

 

 辛らつなオルガマリーの言葉に、マシュはばつが悪そうに顔を俯かせる。

 

 そんなマシュを見ながら、オルガマリーもまた視線を逸らす。

 

 どうにも、お互いが相手に対し、何か思う事がある。そんな感じの態度だった。

 

「それより所長」

 

 手を上げて発言したのは凛果だった。

 

 マシュやオルガマリーの説明を聞いていた凛果は、自分の中でまとまった考えを口にしてみた。

 

「思ったんですけど、その『聖杯』ってのが、特異点の原因になってるんじゃないですか?」

「え?」

 

 一同が視線を集める中、凛果は説明を続ける。

 

「特異点が起こるのには、何か原因があるんですよね」

 

 言いながら、立香を見る凛果。

 

「わたしも兄貴も日本人だから判るんですけど、2004年の日本で、特異点になりそうな事って他にないんですよね。なら、消去法で聖杯が特異点の原因って考え方もありなんじゃないですか?」

「すごいな」

 

 妹の発言に、真っ先に感心したのは立香だった。

 

「お前、よくそんな事思いついたな。俺にはさっぱりだったよ」

「兄貴はブリーフィングで寝てたからでしょ」

 

 兄の能天気な発言に、呆れたように嘆息する凛果。

 

「確かに。凛果先輩の言葉には、一理あると思います。いずれにせよ、この冬木市ではそれ以外に原因なんて考えにくいですし」

「確かに。そう考えるのが一番自然よね」

「フォウッ」

 

 凛果の考えに、マシュとオルガマリーも頷きを返す。

 

 素人考えではあるが、

 

 あるいはだからこそ、というべきか、凛果の考えは正鵠を射ていた。

 

 その時だった。

 

 突如、立香の腕に嵌められてる、腕時計型の通信機が呼び出し音を発した。

 

「おわッ な、何だ!?」

「ん、敵襲?」

「あ、兄貴、それッ」

「フォウッ フォウッ」

 

 突然の事で、驚く立香達。

 

 確か、カルデアに到着した時に渡された物だが、使い方のレクチャーは一切受けていない為、どう操作したら良いか分からないのだ。

 

「先輩」

 

 マシュはそっと立香の腕を取ると、通信機のスイッチを入れる。

 

 途端に、聞き覚えのある声が飛び出して来た。

 

《立香君ッ 聞こえるか!? こちらロマンだ!! 聞こえたら返事をしてくれ!!》

「ドクター!?」

「ロマン君!?」

 

 先程、カルデアで分かれたはずのロマンの声に、立香と凛果は、思わず通信機に憑りつく。

 

《良かった繋がったか。それにどうやら、凛果君もそっちにいるみたいだね。ひとまず安心だ》

 

 こっちは全く安心できる状態ではない。

 

 だが、ロマニのどこか抜けたような声を聴いていると、何となく落ち着くのは確かだった。

 

「誰?」

「カルデアにいる医療部門の部長です。どうやら、通信が回復したので、こちらに連絡を取って来たようです。」

 

 1人、事情が分かっていないアサシンに、マシュはそう言って説明する。

 

 と、

 

《うわッ マシュ!? どうしたんだい、その恰好は!?》

 

 通信機越しに、ロマニの驚く声が聞こえてきた。

 

 この通信機、どうやらつなげればカルデア側から視覚も共有できるらしい。

 

《ハレンチすぎるッ 僕は君をそんな子に育てた覚えは無いぞ!!》

「ハ、ハレンチ・・・・・・」

 

 あまりと言えばあまりなロマニの物言いに、思わず絶句するマシュ。

 

 とは言え、確かに。

 

 今のマシュはレオタード状のインナーの上から軽装の甲冑を纏っているだけの恰好をしている。

 

 甲冑やインナーが黒いので、白い肌のマシュが着れば、いささか目のやり場に困る姿になってしまっていた。

 

 ハレンチと言われれば、確かにその通り。返す言葉は無かった。

 

 因みに立香とアサシンは、それぞれ明後日の方向を向いている。何となく、気まずい雰囲気だった。

 

 そんな野郎共の反応に嘆息しつつ、マシュは自身の状況について説明に入った。

 

「落ち着いてください、ドクター」

 

 慌てるロマニに対し、マシュは冷静に声を掛けた。

 

「私の数値を調べてみてください。そうすれば、ご理解いただけると思います」

《へ? 数値? ・・・・・・・・・・・・お、お・・・・・・おおおおおおッ!?》

 

 カルデアのモニターでマシュの状態を精査したらしいロマニが、驚愕の声を上げる。

 

《身体能力、魔術回路、全ての数値が向上している!! これはもう人間じゃないッ サーヴァントの領域だ!! そうか、成功したのか!!》

 

 カルデア医療部門のトップをしているだけあり、ロマニもマシュの「実験」については理解しているのだろう。

 

 それだけにマシュの変化について、興奮するのも分からないでもなかった。

 

《それでマシュ、君の中にいた英霊は?》

「彼は・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねるロマニに、マシュは少し良い淀んでから告げた。

 

「彼は、私に戦闘能力だけを残して消滅しました」

 

 あの爆発があった時、本来ならマシュは死亡しているはずだった。

 

 だが、そこへ契約を持ちかけてきたのが、件の英霊だった。

 

 彼はマシュの命を救い、自らの戦闘能力を譲渡する代わりに、マシュに特異点の原因の調査、および排除を依頼してきたのだ。

 

 その申し出を受けたからこそ、マシュは今、こうしてここにいられるのだった。

 

 と、そこへオルガマリーが割り込んで来た。

 

「そんな事よりロマニッ!! 何で最初に出てくるのがあなたなのよ!? さっさとレフを出しなさい!!」

《キャァァァァァァッ!? しょ、所長ッ!?》

「何よ、人を幽霊みたいに!!」

 

 ド失礼な部下にツッコミを入れるオルガマリー。

 

 対して、通信機の向こうのロマニは、しどろもどろになりながら答える。

 

《だって、レイシフト適正もマスター適正も無かったのに。あの状況で、よくご無事で・・・・・・》

「いいからッ レフを出しなさい!!」

 

 苛立ちを募らせるオルガマリー。

 

 対して、

 

 ロマニはしばしの沈黙の後、重々しく口を開いた。

 

《・・・・・・・・・・・・レフ教授は管制室でレイシフトの指揮を執っていたでしょう? あの爆発の中心にいた以上、生存は絶望的です》

「そ、そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 絶望の色を浮かべるオルガマリー。

 

 更に、ロマニは続ける。

 

《現在、生き残ったカルデア正規スタッフは、僕を入れても20人未満。その中で、最も階級が高いのが僕なので、現状、指揮代行を行っています》

「じゃ、じゃあッ 他のマスター適正者は!?」

 

 それが、カルデア所長として最も気になる所であった。

 

 立香と凛果を除く、46名のマスター候補生。その中には、魔術協会で将来を嘱望されたエリートも含まれる。

 

 彼等の身に万が一の事があれば、カルデアの、ひいてはアニムスフィア家、その当主であるオルガマリーが受ける政治的ダメージは、計り知れないものがあった。

 

 だが、現実は残酷に告げられた。

 

《46名、全員が危篤状態です。現在、医療器具も足りず、全員を助ける事は・・・・・・・・・・・・》

「ふざけないで!!」

 

 沈痛な声を発するロマニを、オルガマリーは通信機越しに怒鳴りつける。

 

「すぐに凍結保存に移行しなさい!! 蘇生方法は後回し!! 死なせない事が最優先よ!!」

《し、至急手配します!!》

 

 一連のやり取りを黙って聞いていたマシュが、オルガマリーの背後から声を掛けてきた。

 

「所長、凍結保存を本人の許諾なしに行うのは犯罪行為です」

「仕方ないでしょ!!」

 

 マシュの冷静な指摘に、オルガマリーはぴしゃりと言った口調で返す。

 

「死んでさえいなければ、あとでいくらでも弁明できるわ!! だいたい、46人分もの命を背負うなんて、私には無理よ!! できるはずない!!」

 

 悲痛な声を発するオルガマリー。

 

 それが本音だった。

 

 所長だ、当主だ、などと持ち上げられたところで、本性は世間知らずなお嬢様に過ぎない。

 

 立て続けに起こった異常事態を前に、オルガマリーの処理能力は完全にパンクしつつあった。

 

《所長。とにかく、こっちではレイシフト関係の設備の復旧を最優先でやらせています。通信はまだ不安定ですけど、緊急事態になったら、遠慮なく連絡をください》

「・・・・・・何よ。どうせSOSを送ったって、誰も助けに来てくれないくせに」

 

 ボソッと呟いたオルガマリーの言葉は、幸いにして誰にも聞きとがめられる事は無かった。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・」

「フォウ?」

 

 それまで黙っていたアサシンが、何かの気配を察して振り返る。

 

 頭の上のフォウをそっと下ろす。

 

「どうしました、アサシンさん?」

「マシュ、構えて」

 

 尋ねるマシュに、静かな声で告げるアサシン。

 

 その手は腰の刀に掛かり、静かに鯉口が切られる。

 

 次の瞬間、

 

《気を付けてみんなッ!!》

 

 ロマニの警告が、鋭く奔る。

 

《急速に接近してくる反応ッ これは!!》

 

 ロマニの言葉と同時に、

 

 2つの黒い影が、襲い掛かってくる。

 

《サーヴァントだ!!》

 

 ほぼ同時に、

 

 アサシンとマシュも、迎え撃つべく地を蹴った。

 

 

 

 

 

第2話「瓦礫の街で」      終わり

 




えっちゃんGET。

ジャンヌ、ホームズ、酒呑に次いで、4人目の星5サバになります。

ネット上では色々と酷評されているえっちゃんですが、FGOを始める前から欲しかったキャラの1人なので嬉しいです。

響の並列夢幻召喚の元になった1人ですしね。

早速、レベルマックスにして、半ば無理やり主力として使っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話「大橋の死闘」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、湧き出る殺気。

 

 風を切る音が鳴り響き、刃は容赦なく振り下ろされる。

 

 立ち尽くす、オルガマリーへと。

 

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 振り返るオルガマリーは、自身の命を奪わんとする刃を、ただ呆然と眺めている事しかできない。

 

 今まさに、

 

 一秒後には自らの命が失われようとしている事に気が付いていないのだ。

 

 次の瞬間、

 

 小さな黒い影が躍った。

 

 背後から跳躍したアサシンが、オルガマリーの前に飛び出すと同時に抜刀。振り下ろされた刃を弾く。

 

「キャァッ!?」

 

 そこでようやく、オルガマリーは聞きを察知して悲鳴を上げると同時に、その場で尻餅を突いた。

 

 そんなオルガマリーを守るように刀を構えながら、アサシンは相手を見やる。

 

 オルガマリーに奇襲をかけた相手は、それまでに相手をしてきた骸骨兵士ではない。

 

 明らかに女性と分かる、丸みを帯びた容姿。

 

 右手に剣を持ち、左手には円形のシールドを携えている。

 

 雑魚ではない。

 

 ロマニが事前に警告をよこした通り、明らかにサーヴァントだ。

 

 だが、

 

 その全身は泥をかぶったように真っ黒に染まり、表情を伺い知る事は出来ない。

 

 ただ、殺気を放つ瞳が、爛々とした輝きでもって、真っ向からアサシンを睨んでいた。

 

「黒化英霊・・・・・・じゃなくて、シャドウサーヴァント、かな?」

 

 シャドウサーヴァントとは、何らかの理由で英霊になれなかった者達の残滓である。サーヴァントに近い存在であるものの正式な英霊ではない為、本来の実力は発揮する事が出来ない。

 

 ただ、それでも元々が英雄である事に変わりが無い為、その戦闘力は十分に一級なのだが。

 

「アサシンさん、援護をッ」

「待って」

 

 盾を携えて駆け寄ろうとするマシュ。

 

 だが、アサシンはそれを制した。

 

「まだ、来る」

 

 アサシンが警告の一言を発した瞬間、

 

 橋の上から飛び降りるようにして、新手が姿を現した。

 

 それは、やはり先程までの骸骨兵士ではない。

 

 細い体を折り曲げ、やはり黒く染まった姿をしている。顔に嵌めた髑髏の仮面だけが、白く浮かび上がっていた。

 

「下がってください所長!! 先輩達も!!」

 

 叫びながら、マシュは盾を構えてとびかかる。

 

 振るわれる巨大な盾。

 

 それだけで、打撃武器として十分すぎる威力を誇っている。

 

 だが、

 

 髑髏仮面のシャドウサーヴァントは、振り翳したマシュの攻撃を後退する事で軽々と回避してしまう。

 

 更に追撃を仕掛けるマシュ。

 

 しかし、大ぶりな攻撃は、軽快に動き回る相手を補足できない。

 

 その様を見て、立香が焦れたように叫んだ。

 

「マシュ!!」

 

 思わず飛び出そうとする立香。

 

 だが、その袖が強い力で引き戻された。

 

「馬鹿ッ 死にたいの!?」

「で、でもッ」

 

 自分を引き留めたオルガマリーに、抗議の声を上げる立香。

 

 だが、そんな立香に被せるように、オルガマリーが強く言う。

 

「サーヴァントの戦闘に割って入るなんて自殺行為よ!! あれを見なさい!!」

 

 そう言って指差すオルガマリー。

 

 そこでは激しく攻防を続ける、マシュと敵サーヴァントの姿がある。

 

 激しく攻め立てるマシュの攻撃を、軽やかな動きで回避する髑髏仮面のサーヴァント。

 

 逆に、敵の攻撃は全て、マシュが構えた盾によって防がれている。

 

 まさに一進一退の状況。

 

 オルガマリーの言う通り、普通の人間が割って入れる状況ではない。

 

「理解したでしょ。サーヴァント同士の戦いに、タダの人間ができる事は殆ど無いわ。あの子を助けたいと思うなら、黙って見ている事よ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 決めつけるように告げるオルガマリーに、立香は黙り込む。

 

 確かに、オルガマリーの言っている事は正しいのかもしれない。

 

 けど、

 

 しかし、

 

 本当に、それで良いのか?

 

 自分にできる事は、何も無いのか?

 

 あの時、

 

 最初に立香を助けてくれた後、マシュは立ち尽くして震えていた。

 

 怖がりながらも、あの子は戦ってくれている。

 

 そんな少女の為に、何かできないのか?

 

 立香は、焦れる心の中で、そう考えていた。

 

 

 

 

 

 一方、アサシンと敵サーヴァントの戦いも続いていた。

 

 こちらはマシュたちとは逆に、アサシンが攻めて、敵サーヴァントが防ぐ戦いに終始している。

 

 素早い動きで間合いを詰めるアサシン。

 

 同時に、手にした刀を横なぎに振るう。

 

 だが、

 

「ッ!?」

 

 敵サーヴァントが左腕に装備した盾によって、アサシンの刀は防ぎ止められる。

 

 その盾も小型で、マシュの物のように頑丈ではないようだが、それでもアサシンの一撃を防ぐくらいなら訳ない様子だ。

 

 逆に取り回しが良く、接近戦向きな感がある。

 

「意外に硬い、か」

 

 カウンターとして横なぎに振るわれた剣を、宙返りしながら回避するアサシン。

 

 そのまま後方に着地する。

 

 眦の先では、剣と盾を構えて斬り込んでくる敵サーヴァントの姿がある。

 

 腐ってもサーヴァントだ。その攻撃力は侮れない物がある。

 

 加えてアサシンとマシュは、立香達を守りながら戦わなくてはならないと言うハンデもある。苦戦は必至だった。

 

 真っ向から振り下ろされる、敵の剣閃。

 

 対して、攻撃をバックステップで回避するアサシン。

 

 その視線は、戦い続けるマシュに向けられる。

 

 先程の話を聞くに、マシュは戦闘については素人同然と言って良いだろう。それでも状況を拮抗させられているのは、霊基譲渡してくれた英霊のおかげなのかもしれない。

 

 マシュはその英霊の名前を知らないようだが、かなり名の知られた英霊と思われる。

 

 マシュが何とか持ちこたえている隙に、こちらが勝負をつける必要がある。

 

「アサシンッ!!」

 

 呼ばれて振り返る。

 

 その視線の先では、己のマスターがフォウを胸に抱きながら手を振っている姿がある。

 

 がんばれッ

 

 負けるなッ

 

 そんな声援が聞こえてくる。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 短く頷き、前を見るアサシン。

 

 マスターがいる。

 

 ただそれだけで、力が湧いてくるようだった。

 

 眦を上げるアサシン。

 

 そこへ、敵サーヴァントが斬り込んでくる。

 

 次の瞬間、

 

「調子に・・・・・・・・・・・・」

 

 アサシンの姿が消える。

 

 振り下ろされた刃が空を切った。

 

 つんのめるように、よろける敵サーヴァント。

 

「乗るな」

 

 低い囁き。

 

 同時に、

 

 敵サーヴァントは、背中から刃に刺し貫かれた。

 

 背後からの予期せぬ攻撃を前に、身を震わせる敵サーヴァント。

 

 背後から突き立てられたアサシンの刀は、確実に敵サーヴァントの心臓を刺し貫いていた。

 

「い、いつの間に・・・・・・」

「フォウッ フォウッ」

 

 見ていた凛果ですら、アサシンがいつ敵の背後に回り込んだのか分からなかった。

 

 それ程までに、素早い動きだったのだ。

 

 ゆっくりと、刀を引き抜くアサシン。

 

 同時に、敵サーヴァントは黒い霧となって消滅していく。

 

「ん、終わった。こっちは」

「う、うん。お疲れ様」

 

 アサシンの戦闘力を前に、若干、気圧されながらもねぎらいの言葉を掛ける凛果。

 

 その時だった。

 

「やァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 鋭く告げられる声に、凛果とアサシンは同時に振り返った。

 

 

 

 

 

 接近すると同時に、マシュは手にした大盾を一閃。敵のサーヴァントに対して振るう。

 

 相手は敏捷に相当な自信がある様子だが、接近してしまえばこっちの物だった。

 

 迫る巨大な盾を前に、尚も逃れようとする敵サーヴァント。

 

 だが、もう遅い。

 

 次の瞬間、マシュが振るった大盾は、敵サーヴァントに叩きつけられた。

 

 その一撃がもたらす威力たるや、通常の剣や槍の攻撃とは比較にならない。

 

 攻撃を受けた敵サーヴァントの身体は、文字通りひしゃげて地面に転がる。

 

 確実な致命傷。

 

 同時に、先程と同様、黒い霧となって消えていった。

 

「戦闘終了です。お疲れさまでした」

 

 そう言って笑いかけるマシュ。

 

 その様子に、見ていた立香もホッとしたように笑みを見せた。

 

 マシュが無事でよかった。そんな感じだ。

 

 と、

 

「兄貴ッ マシュ!!」

 

 手を振りながら、こちらに向かって歩いてくる凛果の姿が見えた。傍らにアサシンの姿がある所を見ると、あちらも無事に終わったらしかった。

 

「凛果、怪我は無いか?」

「うん。わたしは大丈夫。アサシンが頑張ってくれたから」

 

 そう言って、自分のサーヴァントを見やる凛果。

 

 そのアサシンはと言えば、相変わらず茫洋な目をしていて何を考えているのか分からない。

 

 だが、自分の役目を果たし、凛果を守ってくれたのは確かだった。

 

「とにかく、見つかった以上、ここにいるのは危険です。どこか、安全な場所に移動した方が良いでしょう」

 

 そう提案したのはマシュだ。

 

 確かに、いつまでもこんな開けた場所にいるのは得策ではない。それでなくても周りは敵だらけなのだ。襲ってくださいと言っているような物である。

 

 どこか落ち着ける場所。できれば少し休息の取れる場所に移動するべきだった。

 

「同感だ。行こう」

 

 そう言って、一同を促す立香。

 

 その時だった。

 

「あら、もう行かれるのですか。もう少し、遊んで行ってはいかがですか?」

 

 突如、投げかけられた言葉に、一同は思わず振り返る。

 

 果たしてそこには、黒いローブ身を包んだ人物が佇んでいた。

 

 長い髪と、細い四肢が、その人物が女性である事を示している。

 

 しかし、

 

 その手に持った長い鎌が、尋常ならざる輝きを放って、一同を威嚇していた。

 

 さしずめ槍の英霊、ランサーと言ったところだろうか?

 

《気を付けろ!!》

 

 ロマニの警告が、一同の間に走る。

 

《サーヴァントがもう1騎、現れたぞ!!》

「遅いです、ドクター!!」

 

 言いながら、盾を手に前に出るマシュ。

 

 ほぼ同時に、新たに現れたランサーも、襲い掛かって来た。

 

 振り翳される大鎌。

 

 その一撃を、マシュは盾を振り翳して防ぐ。

 

「クッ!?」

 

 衝撃に、マシュは唇を噛み占める。

 

 相手の一撃を前に、防御したマシュは大きく後退する。

 

 手に感じる痺れ。

 

 強い。

 

 少なくとも、先刻襲ってきた敵よりも強いのは確実だった。

 

「動きを止めたらだめですよ。すぐに終わってしまいますからねッ」

 

 言いながらランサーは、手にした大鎌を振り翳してマシュに斬りかかる。

 

 湾曲した刃が怪しい輝きを放ちながら、逆袈裟を描くように盾の少女へと迫る。

 

 まともに受けるのは危険。

 

 そう判断したマシュは後退しながら、相手の攻撃を見極めようとする。

 

 あの鎌。

 

 あれは何か良くない物だ。

 

 触れてはいけない。

 

 マシュの本能が、そう警告を発していた。

 

「アサシン、マシュを援護してッ!!」

「んッ!!」

 

 凛果の指示を受け、アサシンが前に出る。

 

 低い姿勢で疾走。

 

 抜刀しながら、ランサーへと斬りかかる。

 

 対して、

 

 ランサーは接近してくるアサシンの姿に気が付くと、とっさにマシュへの攻撃を中断。アサシンへと向き直る。

 

 斬り込むアサシン。

 

 繰り出された刀は、

 

 しかし、とっさに防御に転じたランサーに防がれる。

 

 アサシンの刃を、大鎌で受けて弾くランサー。

 

 互いの視線がぶつかり合い、空中で火花を散らす。

 

「速いですねッ」

「ん、それなりには・・・・・・」

 

 両者、

 

 同時に動く。

 

 横なぎに大鎌を振るうランサー。

 

 だが、その一閃は虚しく空を切る。

 

 その前にアサシンは、大きく跳躍して回避。

 

 同時に、今度はマシュが攻撃を仕掛ける。

 

「ハァァァッ!!」

 

 巨大な盾を前面に構え、ランサー目がけて突撃する。

 

 敵の視界を奪うと同時に攻撃を仕掛ける構えである。

 

 だが、

 

「甘いですよ!!」

 

 マシュの攻撃を見切り、後退するランサー。

 

 マシュの突撃は、虚しく空を切った。

 

 ランサーのサーヴァントは、特に敏捷に長けている者が多い。どうやら、大ぶりな攻撃は、そうそうな事では当たらないらしい。

 

 反撃に転じるべく、大鎌を構え直すランサー。

 

 だが、

 

「どっちが?」

 

 低く囁かれた声。

 

 その声に、ランサーはギョッとして足元を見やる。

 

 その視線の先。

 

 そこには、低い姿勢で刀を斬り上げる態勢に構えたアサシンの姿があった。

 

「い、いつの間にッ!?」

 

 驚愕しながら、後退しようとするランサー。

 

 だが、

 

 それよりも先に、アサシンが刀を斬り上げた。

 

「がァァァァァァ!?」

 

 斬線が縦に走り、斬られたランサーは悲鳴を上げながら後退する。

 

 手応えはあった。

 

 刀の切っ先をランサーに向けながら、アサシンは斬撃が完全にヒットしたと確信していた。

 

 致命傷、ではない。

 

 しかし、

 

 ランサーはよろめきながら後退。

 

 すかさず、アサシンは追撃を仕掛ける。

 

「ん、これで・・・・・・」

 

 低い声と共に刀の切っ先をランサーに向けて、地を蹴るアサシン。

 

 強烈な一閃。

 

 繰り出された刃が、真っ向からランサーを刺し貫く。

 

「がァァァァァァァァァ!?」

 

 胸を正面から刺し貫かれ、悲鳴を上げるランサー。

 

 その強烈な悲鳴が、一同の鼓膜を刺し貫く。

 

 その様を確認したアサシンは、刀を引き抜きながら大きく後退した。

 

 いかにサーヴァントであろうと、致命傷を受ければ死は免れない。

 

 勿論、英霊である以上、消滅しても「英霊の座」に帰るだけであるが。

 

 勝負はあった。

 

 そう確信した。

 

 次の瞬間、

 

「おのれェェェェェェ!!」

 

 雄叫びを上げるランサー。

 

 同時に、長い髪が蛇のようにうねる。

 

「ただで、死んでたまるかァァァァァァ!!」

 

 その血走った双眸が、マシュを真っ向から睨む。

 

「お前も、道連れだァァァァァァ!!」

 

 高まる魔力。

 

 視線が光を帯び、マシュを呑み込もうとした。

 

 次の瞬間、

 

「マシュ!!」

 

 少女を庇うように飛び込む影。

 

 立香だ。

 

 状況から判断して、ランサーが何か強力な力を使おうとしている事を感じた立香が、マシュを庇うべく割って入ったのだ。

 

 無謀、としか言いようがない。

 

 オルガマリーの言う通り、サーヴァント同士の戦いに人間ができる事など殆ど無い。

 

 本来なら、戦いが終わるまで、隅で大人しくしているべきなのだ。

 

 だが、

 

 それでも、

 

 このまま何もせず、マシュが傷つくところをただ見ている事など、立香にはできなかった。

 

「先輩ッ!!」

 

 悲鳴に近い声を上げるマシュ。

 

 このままではマスターが、

 

 大切な先輩が、自分を庇ってやられてしまう。

 

 絶望が、マシュの心を支配する。

 

 せめて・・・・・・

 

 せめて・・・・・・が使えていたら・・・・・・

 

 自分の前に立つ先輩の背中を見ながら、マシュがそう呟いた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスガッツだ坊主。それでこそ男ってもんよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞きなれない言葉が、場に響き渡る。

 

 次の瞬間、

 

 今にも立香に攻撃を仕掛けようとしていたランサーが、突如現れた巨大な手によって掴み上げられた。

 

「なッ!?」

 

 驚く一同。

 

 見れば、ランサーを掴み上げていたのは、木で組み上げられた巨人だった。

 

 頭頂が大橋の欄干ほどもある巨人は、今にも攻撃を開始しようとしていたランサーを閉じ込められてしまった。

 

「何だ、これ・・・・・・・・・・・・」

 

 驚く立香。

 

 ここに来て驚愕の連続だったが、間違いなく一番の驚きは、今目の前で行われている光景だった。

 

「あれが・・・・・・宝具・・・・・・」

「マシュ?」

 

 後輩少女が漏らした言葉に、訝る様に首をかしげる立香。

 

 そんな中、マシュは何かを噛み占めるように、目の前に佇む木の巨人をジッと見つめる。

 

 と、

 

「焼き尽くせ木々の巨人ッ!! 灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)!!」

 

 再びの叫びと共に、巨人全体が炎に包まれる。

 

 断末魔の声を上げて、炎に焼かれていくランサー。

 

 やがて、それすらも炎の中に消えていく。

 

 ランサー消滅。

 

 これで、襲ってきた全てのサーヴァントを倒した事になる。

 

 その時だった。

 

「よう、なかなかやるじゃねえか、あんたら」

 

 声につられて振り返る一同。

 

 そこには、長い杖を持ち、青いローブに身を包んだ青年が、口元に笑みを浮かべて立っていた。

 

 

 

 

 

第3話「大橋の死闘」      終わり

 




うちの槍隊筆頭のアナちゃん(大人バージョン)登場。

そして退場(爆

早く7章まで書きたいものです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話「葛藤のあるがままに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗く深き地の底に、彼女はいた。

 

 漆黒の甲冑に身を包んだ少女は、厳しい眼差しのまま、ジッと闇の中を見据えていた。

 

 その脳裏に浮かぶ物。

 

 破壊された街。

 

 死に絶えた住人達。

 

 そして、変質してしまった聖杯戦争。

 

 既に、自分たちがここにいる意味も無いのかもしれない。

 

 しかし、

 

 それでも、

 

 己の内にある「役割」からは逃れられないらしい。

 

 故に今、この場所に立っている。

 

 彼らを迎え撃つべき、最強の魔王として。

 

「セイバー」

 

 不意に、暗がりから声を掛けられて顔を上げる。

 

 見れば、自らの同盟者である存在が、ゆっくりとこちらに歩いてくるところだった。

 

 黒いボディスーツに、腰回りだけ赤い外套を羽織った長身の男性。

 

 「変質」した英霊達の中で、自我を完全に保っているのは、自分と彼くらいの物だった。

 

「どうした、アーチャー?」

「ランサー達が敗れたぞ。どうやら相手は、例の連中らしい」

 

 その言葉に、セイバーと呼ばれた少女は軽く鼻を鳴らす。

 

 人理継続保障機関カルデアに所属するマスターとサーヴァント達。

 

 話に聞いていたが、まさか本当に来るとは。

 

 しかも、変質して弱体化したとは言え、刺客として送り出した3騎のサーヴァントを退けるとは。

 

「思った以上にやるようだな」

「ああ。それともう一つ」

 

 アーチャーは付け加えるように続けた。

 

「キャスターが、カルデアと合流したぞ」

「キャスターが?」

 

 その言葉に、セイバーは少し驚いたように声を上げた。

 

 キャスター。

 

 この自分が仕留め損ねた唯一のサーヴァント。

 

 恐らくは、今やこの世界で唯一、まともな思考を保っている存在。

 

「取るに足らぬと思って捨て置いたのが仇になったか」

 

 特に感慨は感じさせない声で、セイバーは呟く。

 

 どのみちキャスターが聖杯を得るには、自分のところに来るしかない。そこを迎え撃てばいいと思っていたのだが、却って状況は悪化してしまっていた。

 

 だが、

 

「問題ない。どのみち、奴らはここに来る以外に選択肢は無いのだからな。そこを迎え撃てばいい。連中が合流したからと言って、方針に変更は無い」

「了解した。では俺は、連中を迎え撃つ準備に入る」

 

 そう言うとアーチャーは、踵を返して入口の方へと向かう。

 

 と、

 

 一瞬だけ振り返るアーチャー。

 

 視線は、セイバーのいる壇上へと向けられた。

 

 だが、

 

 それ以上何も言う事無く、その場から去って行った。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 出て行くアーチャーの背中を、セイバーはいつまでも、無言のまま見送っていた。

 

 と、

 

「あの・・・・・・・・・・・・」

 

 不意に、背後から聞こえてきた声が、セイバーの思考を引き戻した。

 

 目を転じるセイバー。

 

 そこには、地面に蹲るようにして座り込む、1人の少女がいた。

 

 まっすぐにセイバーを見据える少女は、どこか悲し気な目をしている。

 

「まだ、戦い続ける気なんですか、セイバーさんは?」

「無論だ」

 

 問われるまでもない、と言った感じにセイバーは素っ気なく答える。

 

 対して、少女は嘆息気味に告げる。

 

「世界が滅んで、今更、聖杯なんか手に入れても無意味じゃないですか。それを・・・・・・」

「それが、私と言う存在に課せられた使命だ。今更やめられん」

 

 少女の言葉を、セイバーは強い口調で遮る。

 

 その言葉に、少女は諦めたように俯く。

 

 そんな少女を見据えて、セイバーは言った。

 

「貴様はそこで見ているがいい。どのみち、貴様にはもう、何もできないのだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ここでなら落ち着いて話せるだろ」

 

 一同を招き入れながら、蒼衣のキャスターはそう告げる。

 

 大橋での戦いを終え、敵サーヴァント3騎を撃破する事に成功した立香達は、彼の導きに従い、川を挟んで街の西側にある大きな学校へやって来た。

 

 どうやら小中高一貫らしいその学校はかなり広大な敷地を持っており、隠れるにはもってこいだった。

 

 ここなら仮に、敵の襲撃を受けたとしても対応できるだろう。

 

 拠点としては最適と言ってよかった。

 

「あの・・・・・・」

 

 立香は、キャスターの前に立って声を掛けた。

 

「さっきは、ありがとうございました。助けてもらって」

「ああ、気にすんな」

 

 そう言って、キャスターは笑いながら手を振る。

 

「こっちもお前らのおかげで敵が減って助かってんだ。お互いさまって奴よ」

 

 どうやら、見た目通りさっぱりした性格らしい。細かい事にこだわらないのは、異邦人である立香達としてもありがたい事だった。

 

 次いでキャスターは、マシュとアサシンの方に向き直った。

 

「お前さん方も、ご苦労さん。結構やるじゃねえか」

「ん」

「あ、ありがとうございます」

 

 結局、ランサーにトドメを刺したのはキャスターだった。

 

 突如現れた木の巨人を操り、瀕死のランサーにトドメを刺したのだ。

 

 そのキャスターはと言えば、大橋で襲ってきた3騎のサーヴァントとは確実に一線を画している。

 

 どうやら彼は「まとも」な英霊らしかった。

 

「さて、と」

 

 キャスターは学習机の上に行儀悪く胡坐をかきながら、一同を見回して言った。

 

「取りあえず、自己紹介から行こうか。俺の名はクー・フーリン。本来ならランサーとして召喚されるべき所だが、何の因果か、今回はキャスターになっちまった。まあ、よろしくな」

 

 そう言ってニカッと笑みを見せる。

 

 対して、驚いた声を上げたのは、カルデアとの通信越しにやり取りを聞いていたロマニだった。

 

《クー・フーリン? クー・フーリンってあの、クー・フーリンかい? 魔槍ゲイボルクで有名な?》

「おー、俺も随分と有名になったじゃねえか。まあ今回、槍は持って来てねえけどな」

 

 そう言って、キャスターは笑顔を見せる。

 

 クー・フーリン。

 

 「光の御子」の異名で知られ、アイルランド神話「アルスター伝説」に登場するケルトの大英雄にして、太陽神ルーの息子。

 

 因果逆転の魔槍ゲイボルクの使い手にしてルーンの魔術師。

 

 どうやら彼は、正式なサーヴァントとして聖杯に呼ばれた英霊らしかった。

 

「クー・フーリン・・・・・・・・・・・・」

 

 と、

 

 アサシンは何事かを思案するように考え込む。

 

 ややあって、顔を上げてクー・フーリンを見た。

 

「言いにくいから『クーちゃん』で良い?」

「やめろ。その綽名、面倒くさい奴を思い出しちまうから」

 

 妙にフレンドリーなアサシンに、顔をしかめるクー・フーリン。

 

 どうやら、その呼び名にはそうとうイヤな思い出がある様子だ。

 

「そんな事よりッ」

 

 話の流れを断ち切る様に、オルガマリーが口を開いた。

 

「説明して。いったい、何がどうなっているのッ?」

 

 きつい口調でクー・フーリンに詰め寄るオルガマリー。

 

 対してクー・フーリンはやれやれとばかりに肩を竦めた。

 

「せっかちだなー あんた。そんなんじゃ疲れないか?」

「良いからッ さっさと説明しなさい!!」

 

 のらりくらりとしたクー・フーリンの態度に、苛立ちを募らせるオルガマリー。

 

 そんなやり取りの様子を、立香達は唖然とした様子で眺めていた。

 

「なあ、英霊ってのは、みんなあんな風に落ち着いてられるもんなのか?」

「ん。大体は」

 

 アサシンの答えを聞きながら、立香は頷く。

 

 英霊とはそもそも、生前に何かしらの偉業を成した存在である。ならば、少々の事では動じる事も無いのだろう。

 

 なら、

 

 チラッと、立香はマシュを見やる。

 

 正確な意味での英霊ではないマシュには、当然ながら元となる経験が無い。

 

 いかに戦闘力が高くても、中身は普通の女の子。

 

 本人は平常にしているつもりなのかもしれないが、立香はマシュが戦いへの恐怖から震えているようにも見えるのだった。

 

 

 

 

 

 紆余曲折はあった物の、ともかく現状の把握は急務だった。

 

 いったい、この「特異点F」、冬木の地でいったい何があったのか?

 

 なぜ、都市が壊滅しているのか?

 

 なぜ、人々は死に絶えたのか、

 

 ここに来てはじめての「生存者」と言えるクー・フーリンと合流できたのは僥倖だった。

 

 これでようやく、状況を判断し、今後の指針も探る事ができる筈だ。

 

「とにかく、いきなりだったよ」

 

 一同の視線を受けながら、クー・フーリンが説明に入った。

 

「俺達は、この街で行われている聖杯戦争に召喚されて戦っていた。それがある時、いきなり街は燃え上がり、人間どもはマスターも含めて全て死に絶えちまった。生き残ったのはサーヴァントだけ・・・・・・・・・・・・」

 

 燃え上がった。

 

 つまり、その時点で何らかの理由で「特異点」が発生したとも考えられる。

 

「そんな混乱した状況の中で、あいつだけは違った」

「あいつ?」

 

 尋ねる立香に、クー・フーリンは頷いて続けた。

 

「セイバーだよ。奴さん、この状況の中、却って水を得た魚のように暴れだし、次々とサーヴァントを狩っていきやがった。お前らが戦ったアサシン、ライダー、ランサーがそうだよ」

「ちょっと待って」

「フォウッ ンキュ」

 

 声を上げたのは凛果だった。

 

 今のクー・フーリンの説明だと一つ、どうしてもおかしい事がある。

 

「3人が、そのセイバーにやられたんだとしたら、さっき襲ってきた奴等は何だったの?」

 

 そう、

 

 アサシン、ライダー、ランサーが先にセイバーにやられていたのだとしたら、襲ってきた3人の説明がつかなかった。

 

「そこだ、この状況のおかしいところは」

 

 凛果の指摘に対し、クー・フーリンは頷いて続けた。

 

「セイバーに斬られた奴らは、全員、あんな風に黒くなって、奴の傀儡に成り下がっちまった。残っているのは多分、俺だけだろうな」

 

 確かに、さっきの3人がまともな状態ではなかったことは、今のクー・フーリンと比較すれば一目瞭然だった。

 

 となると、残る敵はセイバー、アーチャー、バーサーカーの3人と言う事になる。

 

「ああ、バーサーカーは気にしなくて良いぞ」

 

 そう言って、クー・フーリンは手を振る。

 

「奴はどういう訳だが、セイバーにやられた後も、郊外にあるデカい城から一歩も動こうとしないからな。相手をするのも面倒な奴だし、積極的に出てこない以上、放ってい置いた方が得策だ」

「成程、となるとあと2騎の敵を倒せば良いんだな」

 

 納得したように、頷く立香。

 

 そんな少年の態度に、クー・フーリンはニヤリと笑う。

 

「良いね、そう言うさっぱりした態度。男はそれくらいシンプルな方が良いぜ」

 

 だがな、とクー・フーリンは続ける。

 

「事は、そう簡単な話じゃねえ。特にセイバーだ。奴は他とは一線を画してやがる」

「と、言うと?」

 

 尋ねる立香。

 

 対してクー・フーリンは緊張した面持ちで口を開いた。

 

「セイバーの真名は、ブリテンの大英雄『アーサー王』だ。そう言えば判るだろ」

 

 アーサー王。

 

 その名を全く知らないと言う人間は、世界でも少ないだろう。

 

 否、アーサー王自身は知らずとも、彼の王が持つ剣の名前は、誰しも一度は聞いた事があるはずだ。

 

 聖剣エクスカリバー

 

 振るえば万軍を撃ち滅ぼす、人類史に刻まれし最強の聖剣。

 

 敵としてはまさに、最悪と言ってよかった。

 

「しかも奴は既に、聖杯を確保してやがる。後は残ったサーヴァント、つまり俺の魂をくべれば良いだけの状態だ」

 

 つまり、セイバーは既に、勝利に王手をかけている状態と言う訳だ。

 

「最悪じゃないのッ」

「フォウッ」

 

 突然、叫び声を上げるオルガマリーに、フォウが驚いて飛び上がる。

 

 聖杯が特異点の発生源という疑いがある以上、自分たちは何としても聖杯を確保しなくてはならない。

 

 だが、その聖杯の前には最強の「番人」が立ちはだかっている。

 

 確かに、状況としては最悪と言ってよかった。

 

「ああ、けど」

 

 立香は眦を上げて言う。

 

「やる事は決まったよな」

 

 すなわち、今からセイバーの元へ乗り込んで聖杯を奪う。

 

 実にシンプルで分かりやすい。単純明快な事だった。

 

「まったく、兄貴は単純だよね」

 

 そんな立香の言葉に、凛果は苦笑しながら言う。

 

「でもまあ、確かに、これ以上考えるよりも行動に移した方が良いよね」

 

 そう言って凛果も頷く。

 

 既に情報は出尽くした。取るべき方針も定まった。ならば、後は行動あるのみだった。

 

「教えてくれ、クー・フーリン」

 

 立香は、真っすぐにクー・フーリンに向き直って言った。

 

「セイバーは、どこにいるんだ?」

 

 問いかける立香。

 

 対して、クー・フーリンは手にした杖を、窓の外に掲げて見せた。

 

 視線を向ける一同。

 

 そこには炎に沈む街並み。

 

 そして、

 

 その先にある黒々としたシルエットのみが見える山々が見て取れた。

 

「円蔵山・・・・・・その地下にある大空洞。そこに大聖杯が存在している。奴はそこにいるはずだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話がまとまったところで、取りあえず休憩しようと言う運びとなった。

 

 ともかく、ここまで緊張の連続だった。

 

 特に、突然、こんな状況に放り込まれた藤丸兄妹やオルガマリー、マシュの疲労はピークと言って良い。

 

 一時間ほど休憩した後に円蔵山に向かう事として、今はひとまず休みたかった。

 

 そこで、クー・フーリンに警戒を頼み、一同はめいめい休む事となった。

 

 フォウと戯れているアサシンを他所に、それぞれ床や椅子に座って休む一同。

 

 そんな中、マシュがクー・フーリンに歩み寄った。

 

「あの、クー・フーリンさん。一つ、聞いても良いですか?」

「おお、かまわないぜ嬢ちゃん。何だい?」

 

 深刻そうに尋ねるマシュに対し、クー・フーリンは振り返りながら応じる。

 

 現在、学校全体にクー・フーリンが敷いたルーン魔術の結界が展開している。

 

 害意のある者が接近すれば、即座に感知できる状態だった。

 

「あの、最初にわたし達を助けてくださった際に出した、あの木の巨人。あれが、クー・フーリンさんの宝具なんですか?」

「ああ。本当は槍があったら良かったんだがよ。今はこんな形だからな。まあ、威力的には十分だし、不満はねえよ」

 

 展開に時間がかかるのが難点だけどな。と言って笑うクー・フーリン。

 

 と、

 

 そこで机に突っ伏していた凛果が顔を上げた。

 

「あのさ、話の腰折って悪いんだけど・・・・・・」

「あん?」

「はい、何ですか先輩?」

 

 振り返る2人に、凛果は自分の中で生じた疑問を投げかけた。

 

「その、『ほーぐ』って何?」

 

 その質問に、思わず顔を見合わせる、マシュとクー・フーリン。

 

 あまりに基本的過ぎる質問だったので、少し拍子抜けした感じだった。

 

「そ、そうでした。先輩方には、そこら辺の説明がまだでした」

 

 申し訳なさそうに告げるマシュ。

 

 何しろ、ここまでジェットコースター並みの展開が続いていたせいで、そうした基本的な知識の説明に、いくつか取りこぼしがあったようだ。

 

 代わって、クー・フーリンが説明した。

 

「宝具ってのは、その英霊を代表する絶対的な力の象徴だ。必殺技と言っても良いかもな。大抵は1人に1つだ。場合によっちゃ、2つ、3つと持っている奴もいるにはいるが、強力なのは、1つと考えて良い。俺の例で言えば、ゲイボルクがそれにあたる訳だが、今回はキャスターでの召喚だったから、槍じゃなく、あの巨人になったって訳だ」

 

 「灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)」と呼ばれるクー・フーリンの宝具は、本来なら彼自身の宝具ではなく、ケルトのドルイドの術であり、生贄を檻に閉じ込めて炎で燃やす事に由来している。

 

「武器だけとは限りません」

 

 クー・フーリンの説明を引き継いで、マシュが言った。

 

「その人物が生前に使った武術や、関わった逸話や伝承、あるいは共に戦った仲間たちが宝具として現れる場合もあると言われています」

「ふうん。色々あるんだね」

 

 言ってから凛果は、相変わらずフォウと遊んでいるアサシンに目をやった。

 

「アサシンもあるの、宝具?」

「ん、一応」

 

 短く答えるアサシン。

 

 この見るも小さな少年も、クー・フーリンのような巨大な力を持った宝具を持っているのだろうか?

 

 そんな凛果の視線に気付き、アサシンは茫洋とした目を向けて言った。

 

「別に、クーちゃんのやつほど、面白くない」

「いや、宝具に面白いもくそもないだろ。てか、その呼び方やめろ、マジで」

 

 アサシンの物言いに呆れつつ、クー・フーリンはマシュへと向き直った。

 

「それで、ずいぶんと遠回りしちまったが、嬢ちゃんは何に悩んでんだ?」

 

 話を戻すクー・フーリン。

 

 元々は、マシュが彼に何かを聞こうとして始まった事だった。

 

「その、宝具って、どうすれば使う事ができるのでしょうか?」

「あん?」

 

 マシュの質問に、クー・フーリンはいぶかる様に首をかしげる。

 

 それではまるで・・・・・・

 

「嬢ちゃん、もしかして宝具使えないのか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 クー・フーリンの質問に対し、マシュは深刻な表情で頷きを返す。

 

 これは聊か深刻な事態である。

 

 サーヴァントが宝具を使えないとなると、切り札を欠いている事になるからだ。これではいざという時に後れを取る事も考えられる。

 

「やはり、私がデミ・サーヴァントで、正式な英霊ではないからでしょうか?」

 

 あの時、

 

 マシュに霊基を譲渡した英霊は、自らの真名を告げずに消滅してしまった。

 

 あるいはその事が、宝具使用に制限をかけているのかもしれない。

 

 だが、

 

「いや、それはねえな」

 

 自罰的に言うマシュの言葉を、クー・フーリンは否定した。

 

「デミでも何でも、サーヴァントである以上、宝具は使えるはずだ。それでも使えねえのは、もっと他に理由がある」

「他の理由、ですか?」

「ああ。何つーか、嬢ちゃんには気合いが足りねえんだよ。宝具ってのは、要するに自分の中で魔力が詰まっているか何かしているって事だろうさ」

 

 そう言うとクー・フーリンは、ニヤッと笑みを向ける。

 

「まあ、そう気にし過ぎるなよ。嬢ちゃんが必要とすれば、あんたの中にいる宝具は必ず答えてくれるはずだからよッ」

「ひゃんッ」

 

 言い終えると同時に、マシュのお尻を軽く叩くクー・フーリン。

 

 マシュは思わず、可愛らしい悲鳴を上げてしまった。

 

 その様子を、凛果はジト目で睨む。

 

「うわッ それセクハラだよ。アウトだよ」

「そうか? フェルグスの叔父貴なら、これくらい挨拶代わりにやるけどな」

 

 キョトンとするクー・フーリン。

 

 どうやら、ケルトの大英雄には、いまいち「セクハラ」の概念は伝わらなかったらしい。

 

 ていうか、挨拶代わりに女の子のお尻を触る英霊と言うのも、どうなんだろう?

 

 それはさておき、

 

 クー・フーリンはもう一度マシュに向き直ると、机に突っ伏して寝ている立香を指差して言った。

 

「嬢ちゃんは、あの坊主のサーヴァントなんだ。なら、まずはマスターを信じる事だな。マスターとサーヴァントの絆は、深ければ深いほど、より強い力を発揮できるんだ」

「はい・・・・・・判りました」

 

 先輩サーヴァントの助言に、素直な頷きを返すマシュ。

 

 どうやら、彼女の中で何か、一つの大きな道筋ができたような感があった。

 

 ところで、

 

 彼女も、

 

 他の者も気が付いてはいなかった。

 

 マシュを巡る一連の会話。

 

 そのやり取りを、

 

 彼女のマスターが、薄目を開けて聞いていた、という事実に。

 

 だが立香は、そのまま話に加わらず、寝たふりを続ける。

 

 今はまだ、その方が良いと思ったからだった。

 

 

 

 

 

第4話「葛藤のあるがままに」      終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話「宵闇の狙撃手」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準備は整った。

 

 僅かとは言え休息が取れた事で、立香達の体調はだいぶ戻ってきている。

 

 後は、出そろった情報をもとに、行動を起こすのみだった。

 

「用意は良いな?」

 

 一同を見回して、クー・フーリンが尋ねる。

 

 その言葉に、一同は頷きを返した。

 

 元より、異邦人たるカルデア勢にはできる準備も少ない。ならば、これ以上の拘泥は時間の無駄だった。

 

「良いか、ここから先は、完全に敵の領域だ。油断はできねえぞ」

「ああ、判ってる」

 

 クー・フーリンの忠告に、立香は頷きを返す。

 

 ここからは決戦となる。

 

 敵となるサーヴァントは聖杯を確保したセイバー。そして。そのセイバーに付き従うアーチャーとなる。

 

 対してこちらは、アサシンとキャスター。

 

 そしてマシュのクラス。これは通常の7騎に含まれない、盾を主武装としたクラス。

 

 「盾兵(シールダー)」と呼称する事となった。

 

 数の上ではこちらが勝っているが、火力では明らかに見劣りせざるを得なかった。

 

「良いか、作戦を再確認するぞ」

 

 クー・フーリンが一同を見回して言った。

 

「坊主と嬢ちゃんが、前線に出て敵の攻撃を引き付ける。その間に、俺が宝具を展開。一気に片を付ける。基本はこのパターンだ」

 

 言ってから、クー・フーリンはマシュに向き直る。

 

「この作戦の肝は嬢ちゃん。あんただ。盾持ちのあんたが敵の攻撃を防ぎきらないと始まらない。できるな?」

「は、はいッ」

 

 クー・フーリンの質問に、気負った調子で答えるマシュ。

 

 どうにも、

 

 まだ緊張が抜けていないらしい。

 

 そんな中、立香が何かに悩むように、何かを思案していた。

 

「どうしたの、兄貴?」

「いや、な」

 

 尋ねる凛果に、立香はサーヴァント達を見回して言った。

 

「みんな、また苦労を掛ける事になるけど、あと一息で全部終わる。よろしく頼む」

 

 今更、こんな事を言う事に意味は無いかもしれない。

 

 だが、

 

 決戦を前にして、どうしても言っておきたいと思ったのだ。

 

「ん、まあ、何とかなる」

 

 何とも気の抜けるような返事をしたのはアサシンだった。

 

 その言葉に、一同は笑みを漏らす。

 

 決戦を前にして、一切気負った様子を見せないアサシンの事が、今はひどく頼もしく思えるのだった。

 

 だが、

 

 その様子を見据えながら、立香は脳裏で別の事を考えていた。

 

 確かに、こちらの士気は高い。

 

 だが、

 

 防御寄りのスタイルを持つマシュ。

 

 機動力と接近戦に長けるアサシン。

 

 後衛担当で、最大火力を誇るクー・フーリン。

 

 戦力的に見て、敵より劣っているのは確実だった。

 

 せめて、あと1人。前衛(フォワード)を任せられるアタッカーがいてくれたら、布陣としては申し分ないのだが。

 

 だが、無い物をねだっても仕方がない。

 

 自分たちは手持ちのカードを駆使して、最後の敵に挑まなくてはならないのだ。

 

「よし、行くわよ」

 

 オルガマリーが、一同を見回してそう言った。

 

 次の瞬間、

 

「んッ」

「これはッ」

「チッ」

「フォウッ!! フォウッ!!」

 

 サーヴァント3人が、一斉に緊張を増し動きを止める。

 

「なに、どうしたの?」

 

 凛果が訝りながら尋ねようとした。

 

 次の瞬間、

 

「伏せろッ!!」

 

 鋭く叫ぶクー・フーリン。

 

 その視線が、遥か彼方にある円蔵山を睨んだ。

 

 同時に、

 

 飛来した矢が校舎の建物に着弾。轟音と共に、教室の壁を吹き飛ばした。

 

「キャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 悲鳴を上げて蹲るオルガマリー。

 

 立香と凛果も、立っている事が出来ずその場に蹲る。

 

 無事なのは、サーヴァント3人のみ。

 

「攻撃ッ!? いったい、いつの間に敵が!?」

 

 マシュが盾を構えながら、うめき声を発する。

 

 突然の敵襲。

 

 単純に考えれば、敵はこちらの居所を察知して奇襲を仕掛けてきた、と思うところだろう。

 

 だが、

 

「いや、これはアーチャーの攻撃だ。あのヤロウ、こっちの居場所を嗅ぎ付けて、先制攻撃を仕掛けてきやがった」

 

 クー・フーリンは舌打ち交じりで告げる。

 

 今現在、この学校周辺はクー・フーリンが敷いたルーン魔術の結界によって守られている。

 

 並の雑魚では入ってこれないし、サーヴァントが来てもすぐに察知できるようにしてある。

 

 だが、アーチャーはそれを見越して、遠距離狙撃による奇襲を掛けてきたのだ。

 

 これでは結界の守りも、何の役にも立たなかった。

 

「でも、いったいどこからッ!?」

 

 瓦礫と化した壁の隙間から、顔を出して外を覗こうとした立香。

 

 次の瞬間、

 

「危ないッ」

「うわッ!?」

 

 とっさに立香の服の裾を引っ張り、床に引きずり倒すアサシン。

 

 とっさの事で受け身が取れず、床に転がる立香。

 

「い、いきなり何を・・・・・・・・・・・・」

 

 抗議しようとした立香。

 

 その鼻先に、

 

 飛来した矢が霞め、背後の壁に突き刺さった。

 

「なッ・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず絶句する立香。

 

 先程、アサシンが庇ってくれなかったら、不用意に顔を出した立香は串刺しにされていたかもしれなかった。

 

「一瞬だが見えたぞ」

 

 身を低くしながら、クー・フーリンが険しい表情で告げた。

 

 どうやら、敵の攻撃を防ぎながら、その狙撃場所の特定をしていたらしい。

 

「円蔵山の山頂には柳洞寺って言う寺がある。奴は、その山門の上に陣取っていやがる」

「山頂って、どう見ても直線距離で4キロ以上あるじゃないのッ どうやったらそんな長距離から、しかも弓で正確に狙い撃てるのよッ!?」

 

 オルガマリーが悲鳴交じりの叫びを発する。

 

 対物ライフルすら凌駕する超長射程精密狙撃。

 

 まさにアーチャーの面目躍如というべきだろう。

 

 次の瞬間、

 

 再び校舎を揺るがす大爆発が起こる。

 

 壁は吹き飛ばされ、床の一部も崩落する。

 

 こちらがなかなか顔を出さないので、アーチャーは再び狙撃から砲撃へ、攻撃手段を切り替えたのだ。

 

 二度、三度と校舎を揺るがす砲撃が続く。

 

 このまま行けば、建物その物が崩壊するのも時間の問題だった。

 

「クソッ 完全に奴の独壇場だな」

 

 舌打ちするクー・フーリン。

 

 このままでは長距離狙撃を前に何もできないまま、なぶり殺しにされるのは目に見えていた。

 

 どうにか、この状況を打破しないと。

 

 と、

 

「クー・フーリン!!」

 

 身をかがませた立香が、叫び声を発した。

 

 振り返るクー・フーリンに、立香は何事かを指差す。

 

「あの壁を破壊してくれッ!!」

「何だと?」

 

 訝るクー・フーリンは、立香が指示した方向を見た。

 

 それは、位置的に廊下側にある壁だ。

 

 一見すると何もない。

 

 だが、

 

 立香の意図を察し、クー・フーリンはニヤリと笑った。

 

「成程なッ!!」

 

 叫ぶと同時に、手にした杖を振り翳した。

 

Ansuz(アンサズ)!!」

 

 迸る爆炎が、壁を大きく吹き飛ばす。

 

 吹き抜ける爆風。

 

 同時に、クー・フーリンは傍らにいたオルガマリーの腕を取って、強引に引き寄せる。

 

「キャッ 何すんのよ!?」

「脱出するぞッ!! 俺に続け!!」

 

 抗議するオルガマリーを無視して肩に担ぎあげると、自身の破壊した壁から校舎の外へと飛び出すクー・フーリン。

 

 その後から、立香を抱えたマシュも続く。

 

「凛果ッ」

「うん、お願い、アサシン!!」

 

 自身もフォウを腕に抱き、アサシンに身を任せる。

 

 更に、アーチャーからの砲撃が続き、校舎の破壊が進む。

 

 揺れる建物を蹴り、アサシンは階下へと飛び降りるのだった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 状況を確認したアーチャーは、手にした弓をゆっくりと下す。

 

 アーチャーが今いる場所は、柳洞寺の山門の上。クー・フーリンの言ったとおりである。

 

 どうと言う事は無い。

 

 4キロ超の超長距離精密狙撃など、鷹の目を持つアーチャーからしたら、あくびをしながらでもできる芸当である。

 

 問題は、自身の行った攻撃によって、いかなる成果が表れたか、である。

 

「・・・・・・ネズミが巣穴から這い出したか」

 

 既にしばらく前から、アーチャーは立香達が学校に潜んでいる事は察知していた。

 

 もっと早い段階で襲撃する事も可能ではあったが、相手にはキャスター、クー・フーリンもいる。

 

 陣地作成のスキルを持つキャスター相手に、通常の城攻めは無謀である。

 

 そこで、相手を拠点からあぶりだす作戦を実行したのだ。

 

「ここまでは、予定通り、か」

 

 言い置くと、アーチャーは弓を置いて大きく跳躍。

 

 その身は、炎を上げる冬木の街へと舞い降りて言った。

 

 

 

 

 

 破壊された教室から脱出した立香たちは、そのまま校舎裏を駆ける。

 

 その場所はちょうど、円蔵山からは校舎が死角になっている。その為、いかにアーチャーと言えど狙撃は不可能なハズだった。

 

 それを見越して立香は、アーチャーが狙撃してくる方向とは反対側の壁を破壊すれば脱出できるのは、と考えたのだ。

 

 どうやら、その考えは図に当たっていたらしい。

 

 事実、攻撃は一時的にせよ止んでいる。

 

 アーチャーが、こちらを追いきれなくなった証拠である。

 

 とは言え、油断も出来ない。アーチャーは今も、こちらを狙っている事だろう。

 

 こちらが焦れて、頭を出すのを待っているのか? あるいは、別の作戦に切り替えたのか?

 

 いずれにせよ、あれで終わりではないのだけは確かだった。

 

「どうするんだッ!?」

 

 先頭を走るクー・フーリンに、立香が尋ねる。

 

 アーチャーの攻撃が止んだのは良いが、これでは身動きが取れない。

 

 顔を出せば、アーチャーの狙撃が襲ってくる事を考えれば、迂闊に動き回る事は出来なかった。

 

「・・・・・・どうにかして、距離を詰めるしかないだろ」

 

 緊張交じりに告げるクー・フーリン。

 

 死角に隠れながら、どうにかして円蔵山を目指す。

 

 幸いにして、ここから先は住宅街になる為、隠れられる場所は多い。

 

 しかし、ちょっとでも油断すれば、アーチャーに狙撃される事を注意しなくてはならない。

 

 少し考えてから、立香は腕時計型の通信機を起動させた。

 

「ドクター、聞こえるか?」

《ああ、聞こえている、話は聞いていたよ》

 

 カルデアにいるロマニは、立香の呼びかけに対しすぐに答えてくれた。

 

《こちらでマップを精査して、狙撃を受けずに円蔵山へ向かうルートを割り出すよ》

 

 既に向こうでは、その作業に入っているのだろう。ロマニのサポートは的確だった。

 

《けど、そうなるとルートはかなり限定されてしまう。円蔵山にたどり着くまでに、かなりの時間がかかってしまうだろうね》

「そうか、仕方ないな」

 

 今はとにかく、狙撃を受けずに敵地に乗り込む手段を探るしかない。

 

 その為なら、多少の回り道もやむを得なかった。

 

 その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、ならば、こちらから距離を詰めてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、告げられる好戦的な言葉。

 

 緊張が走る一同。

 

 次の瞬間、

 

 飛び込んで来た人影が、両手に構えた双剣を振り翳して斬りかかって来た。

 

「やらせません!!」

 

 とっさに大盾を振り翳して前に出るマシュ。

 

 アーチャーが振り翳した双剣は、マシュの盾によって防がれ火花を散ららす。

 

 カウンターとして回し蹴りを繰り出すマシュ。

 

 しかし、その前にアーチャーは大きく後退して距離を取り、マシュの攻撃を回避した。

 

「・・・・・・珍しいじゃねえかテメェ、どういうつもりだよ?」

 

 アーチャーを睨み、クー・フーリンが敵意の混じった声で言った。

 

「セイバーのお守りは良いのか、信奉者さんよ?」

「別に、信奉者になったつもりは無いがね」

 

 言いながら、立ち上がるアーチャー。

 

「だが、せっかく獲物がノコノコと顔を出したのだ。狩人の真似事くらいするさ」

 

 淡々と告げるアーチャー。

 

 身震いする一同。

 

 この男が、先程の凄まじい狙撃を行ったスナイパーなのだ。

 

 しかも、これだけの敵を前にして、戦場特有の高ぶりを一切見せない。そこに何か、冷徹な機械(マシン)めいた凄みを感じずにはいられなかった。

 

 そんな中、

 

 トコトコと、

 

 小さな影が歩み出た。

 

「アサシン?」

「フォウッ キュー」

 

 凛果の問いかけに対し、アサシンは足を止める。

 

 その視線は、正面からアーチャーを捉えていた。

 

「凛果、先に行って。アーチャーは、任せて」

「ほう・・・・・・」

 

 自身の前に立つ小さなサーヴァントを目にし、アーチャーはどこか感心したように声を上げる。

 

 対して、アサシンはアーチャーを睨みながら、腰の刀をゆっくりと引き抜く。

 

「クーちゃんも行って。セイバーを倒すには、クーちゃんが必要」

「坊主、お前・・・・・・・・・・・・」

 

 アサシンの意図を察し、クー・フーリンは声を上げる。

 

 アサシンは殿となってこの場に残り、アーチャーを押さえる気でいるのだ。

 

 自分たちの円蔵山突入を助けるために。

 

「・・・・・・行くぞ」

「ちょ、ちょっとッ 良いの、あの子に任せてッ!?」

 

 踵を返すクー・フーリンに、オルガマリーは抗議するように声を上げた。

 

 せめて援護に誰か残すべきじゃないのか?

 

 そう言いたげなオルガマリーを制して、クー・フーリンは言った。

 

「どのみち、誰かが残ってアーチャーを押さえる必要がある。本当は俺がやるつもりだったが、あの坊主がやるって言うのなら任せるのが妥当だろう」

 

 そう言って歩き出すクー・フーリンを、慌てて追いかけるオルガマリー。

 

 立香とマシュも、アサシンの小さな背中に頷くと、2人を追いかける。

 

「アサシン・・・・・・」

「フォウ」

 

 呼びかける凛果。

 

 対してアサシンは、僅かに振り返って自分のマスターを見た。

 

「ん、大丈夫、追いつく」

「・・・・・・判った」

 

 少年の言葉に、凛果も頷きを返す。

 

 アサシンは大丈夫と言った。

 

 ならば、信じて任せるのもマスターとしての務めだった。

 

 駆け去って行く凛果。

 

 その足音を背中に聞きながら、アサシンはアーチャーに向き直った。

 

「己の身を盾にして仲間を逃がすか。殊勝な事だな」

 

 そんなアサシンに、アーチャーは淡々とした調子で声を掛ける。

 

 感心したような、それでいて、どこか咎めるような口調のアーチャー。

 

 対して、アサシンは刀を構えながら答える。

 

「別に。この方が、やりやすいと思っただけ」

 

 立香や凛果がこの場にいれば、アサシンは彼らを守って戦わざるを得なくなる。そうなると、目の前の敵に集中できなくなってしまう。

 

 その為、アサシンは単独で動ける状況を作り上げたのだ。

 

「成程。全くの考え無し、と言う訳でもなさそうだ」

 

 呟くように言うと、アーチャーは自身の手に黒白の双剣を創り出して構える。

 

 その様子を見て、アサシンはスッと目を細める。

 

「投影魔術・・・・・・・・・・・・」

 

 無から有を創り出す事が可能な投影魔術は本来、真作の下位互換にしかならない、欠陥魔術とも言われている。

 

 しかし、目の前のアーチャーが操れば、その能力は信じがたいほどに飛躍する事になる。

 

 その事は、既に体験済みだった。

 

 次の瞬間、

 

 アサシンは仕掛けた。

 

 身を低くして疾走。

 

 間合いに入ると同時に、アーチャーに斬りかかる。

 

 対抗するように、アーチャーは黒白の双剣を構えて迎え撃つ。

 

 剣閃が縦横に奔り、

 

 アーチャーは白剣「莫邪」でアサシンの刀を弾く。

 

 同時に黒剣「干将」でもって、袈裟懸けに斬りかかる。

 

 対して、

 

 アサシンは宙返りしながら、アーチャーの頭上を飛び越える。

 

 着地。

 

 振り向き様に、横なぎの一閃を繰り出す。

 

 対抗するように、莫耶を振るって切り結ぶアーチャー。

 

 互いの剣閃が激突し、激しく火花を散らす。

 

「暗殺者が正面から挑むかッ そいつは悪手だぞ!!」

「んッ 剣使ってる弓兵に言われたく、ないッ!!」

 

 両者、同時に互いを弾く。

 

 距離が開く。

 

 ぶつかり合う視線。

 

 間髪入れず、互いに斬りかかった。

 

 

 

 

 

第5話「宵闇の狙撃手」      終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話「弓兵の想い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹き上げる炎。

 

 文字通り、街の全てを焼き尽くす焔に煽られながら、

 

 2騎のサーヴァントは刃を翳して駆ける。

 

 小柄なアサシンは、手にした刀の切っ先を向け、真っ向から挑みかかる。

 

 対して、

 

 迎え撃つアーチャーは、双剣を羽のように広げて構える。

 

 両者、1秒を待たずに、詰まる間合い。

 

「んッ!!」

 

 先制して仕掛けたのはアサシン。

 

 突き込まれる刀の切っ先。

 

 その一閃を、

 

 しかしアーチャーは、手にした干将で受け止める。

 

 刃を逸らされ、アサシンの体勢は僅かに前のめり気味に崩れた。

 

 その瞬間を見逃さずアーチャーが動く。

 

 右手に装備した莫邪を、素早く斬り上げるように振るう。

 

 斜めに走る斬線。

 

 しかし、

 

 白き刃が、幼いアサシンを捉える事は無かった。

 

 斬撃が届く前に、アサシンはバックステップで後退。アーチャーの攻撃は虚しく空を切った。

 

「見た目通り、良く動く」

「ん、それが取り柄」

 

 感心したようなアーチャーの言葉に、アサシンは刀を構えなおしながら答える。

 

 体格的な面から考えてもアサシンの力ではアーチャーに敵わないだろう。

 

 何より、

 

 アサシンにとっては面白くない事だが、アーチャーやオルガマリーに言われた通り、アサシンは直接的な戦闘に向いているクラスとは言い難い。

 

 本来なら「気配遮断」と呼ばれるスキルを用い、奇襲攻撃を行うのが主な戦い方だ。

 

 「最弱のサーヴァント」という評価は、決して間違いではない。

 

 だが、

 

「例外は、ある」

 

 言い放つと、

 

 アサシンの姿は、視界から消え去る。

 

「ぬッ!?」

 

 いぶかる様に警戒するアーチャー。

 

 次の瞬間、

 

 振り向き様に、莫邪を横なぎに振るうアーチャー。

 

 その一閃が、

 

 背後から奇襲を仕掛けようとしていたアサシンの刃とぶつかり、激しく火花を散らす。

 

「んッ!?」

 

 舌打ちしながら後退するアサシン。

 

 そこへ、アーチャーが仕掛ける。

 

 アサシンを追って前進。両手の刃を縦横に振るう。

 

 的確に急所を狙って仕掛けてくるアーチャー。

 

 2本の剣を自在に振るう為、対処するのは至難である。

 

「ハッ!!」

 

 アーチャーが放った攻撃。

 

 上段と横薙ぎの複合斬撃を前に、防御は不可能。

 

 とっさにそう判断したアサシンは、後方に宙返りしながら跳躍。距離を取る事で回避を選択する。

 

 アーチャーの方も、敏捷では敵わないと判断したのだろう。追撃は掛けず、反撃に備えて双剣を構えなおす。

 

 対峙する両雄。

 

「・・・・・・解せないな」

 

 口を開いたのは、アーチャーだった。

 

「なぜ、本気を出さない? 貴様の実力は、そんな物ではないはずだろう」

「・・・・・・別に」

 

 対して、アサシンは少し躊躇ってから応じた。

 

「これで充分、だから」

 

 どこか、後ろめたさを感じさせるような少年の言葉。

 

 それに対し、アーチャーはつまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「見くびられたものだな。その程度の感傷を戦いの場に持ち込むなど」

「ッ」

 

 アーチャーの言葉に対し、アサシンは息を呑む。

 

 それは少年にとって、予想外の言葉だったからだ。

 

 まるで、心の内を見透かされたようなアーチャーの言葉に、アサシンの心に動揺が走る。

 

「まさか・・・・・・記憶、が?」

「見くびるなと言った」

 

 次の瞬間、

 

 今度はアーチャーの方から仕掛ける。

 

 地を蹴って疾走。双剣を構えてアサシンに斬りかかる。

 

 対して、動揺で初動が遅れたアサシンは、刀を正眼に構えて正面から迎え撃つ。

 

 双剣を自在に操り、連続攻撃を仕掛けるアーチャー。

 

 対してアサシンは、自身の敏捷を活かしながら回避し、反撃を試みる。

 

 しかし、

 

 やはり立ち上がりを制されたのは大きい。

 

 アーチャーの連続攻撃を前に、アサシンは防戦一方になっていた。

 

「どうしたッ 足元がおぼつかないか!?」

「ん・・・・・・クッ!?」

 

 アーチャーが繰り出す剣戟を、刀で辛うじて防いでいくアサシン。

 

 どうにかして態勢を立て直そうとするが、アーチャーがそれを許さない。

 

 迫りくる斬撃。

 

 振り下ろされる剣は、十字を描いてアサシンに迫る。

 

「まだッ!?」

 

 対して、刀を繰り出して弾こうとするアサシン。

 

 その一閃が、アーチャーの手から双剣を弾き飛ばす。

 

 無手になったアーチャー。

 

「今ッ!!」

 

 素早く刀を返し、斬りかかるアサシン。

 

 だが、次の瞬間、

 

「ガッ!?」

 

 強烈な前蹴りを食らい、アサシンの身体は大きく吹き飛ばされた。

 

 蹴り飛ばしたのは、言うまでもなくアーチャーである。

 

 アサシンの小さな体は、大きく宙を舞う。

 

 相手が武器を手放した事で、一瞬油断した事は否めなかった。

 

 吹き飛ばされながらも、どうにか体勢を立て直し、立ち上がろうとする少年。

 

 だが、

 

「見くびるなと言ったぞ」

 

 顔を上げたアサシンの視界の先では、弓を構えるアーチャーの姿。

 

 矢には刀身が捻じ曲がった剣がつがえられている。

 

「しまっ・・・・・・」

「これで終わりだ」

 

 矢を放つアーチャー。

 

 その一撃が着弾した瞬間、

 

 周囲を圧する巨大な爆炎が舞い踊った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサシンがアーチャーとの戦闘を繰り広げている頃、

 

 先行した立香達は、円蔵山の麓までたどり着いていた。

 

 途中、何度か骸骨兵士に遭遇する事態になったが、それらは全て、マシュとクー・フーリンの活躍によって事なきを得ていた。

 

 カルデアにいるロマニの的確な誘導もあり、戦闘回数が最低限で済んだ事も功を奏していた。

 

 後は目の前にある石段。これを上り柳洞寺まで行けば、目指す大空洞は目の前である。

 

「ちょ、ちょっと待ってッ す、少し休ませて・・・・・・・・・・・・」

 

 今にも地面にへばりそうな勢いで告げるオルガマリー。

 

 普段、あまり鍛えていない彼女からすれば、それなりに広い街中を走り回るのは苦痛以外の何物でもなかった。

 

 その一方で、藤丸兄妹は割と平気な顔をしていた。

 

「ほら所長ッ 立ってくださいッ 時間が無いんですから!!」

「フォウッ フォウッ」

「ちょ、ちょとーッ!?」

 

 凛果に腕を引っ張られ、無理やり歩かされるオルガマリー。

 

 フォウも急かすように吠えている。

 

 とは言え、こんな所でへばって、1人で追いていかれたらそれこそ命にかかわると言う物である。

 

 いやいやながら、オルガマリーは凛果に背を押されて石段を登り始めた。

 

 そんな中、立香はクー・フーリンやマシュと並びながら、周囲を見回していた。

 

「どうだ、様子は?」

「フォウ」

 

 駆け寄って来たフォウを肩に乗せながら尋ねる立香。

 

 対して、クー・フーリンは慎重に気配を探ってから答える。

 

「ああ、間違いねえ。完全に無人みたいだ。あの坊主がアーチャーの野郎を引き付けてくれたおかげだな」

 

 大空洞を守る最後の盾だったアーチャーが打って出た事で、この周辺の守りは手薄になっていた。

 

 攻め込むなら、今がチャンスだろう。

 

「急ぎましょう、先輩」

 

 マシュが緊張した面持ちで告げる。

 

「アサシンさんがアーチャーを押さえてくれていますが、万が一と言う事もあります」

「同感だ。立ち止まっている余裕はねえぞ」

 

 考えたくは無いが、もしアサシンが敗れれば、自分たちは追撃してきたアーチャーに背後を突かれる事になりかねなかった。

 

「待って・・・・・・お願いだから、ちょっと・・・・・・」

 

 先に行こうとする立香達が振り返ると、息も絶え絶えに登ってくるオルガマリーの姿があった。

 

 その様子に、クー・フーリンが嘆息する。

 

「ったく、情けねえな。鍛え方が足んないんだよ」

「う、うるさ・・・・・・い」

 

 息を切らしながらも、反論は忘れない辺り、根性はそこそこありそうだった。

 

 そうしている内に、一同は頂上にある山門をくぐり、寺の境内へ入る。

 

 内部は静まり返っており、人の気配はしない。

 

 どうやらここも、無人であるらしかった。

 

「あっちだ。行くぞ」

「フォウ」

 

 クー・フーリンの誘導に従い、立香達は境内の裏手、更にその奥の森へと分け入っていく。

 

 やがて、

 

 目指す大空洞の入り口が、目の前にぽっかりと口を開けて出現した。

 

 地の底まで続く、暗い穴。

 

 まるで地獄の入り口を連想させるその光景は、人が持つ根源的な恐怖を映し出している。

 

「・・・・・・・・・・・・行こう」

「フォウッ ファッ」

 

 固唾を飲む一同の中、率先して歩き出す一同。

 

 怖いのは皆、一緒だ。

 

 ならば、誰かが先頭を歩かなければならない。

 

 そう考えて立香は、一歩を踏み出したのだ。

 

 マシュや凛果たちも、立香の後に続いて大空洞内部へと足を踏み入れていく。

 

 内部は巨大な地下迷宮になっており、中まで見通す事が出来ない。

 

 しかし、不思議と迷う事無く、一同は進んでいく。

 

 流石に、ここまで来れば骸骨兵士の姿も見当たらず、一同は妨害を受ける事無く進む事が出来た。

 

 やがて、

 

 最奥部と思われる場所に達した時、誰もが息を呑んだ。

 

 目の前にある、祭壇の様に盛り上がった台地。

 

 その上から、巨大な光が放たれている。

 

 神々しいまでの光は、それだけで大空洞全体を明るく照らし出していた。

 

「何・・・・・・あれ?」

 

 凛果が茫然と呟く。

 

 あんな光景、見た事も無い。明らかに、自然の物ではない光だった。

 

 しかし、

 

 不思議と恐ろしさは感じない。むしろ、全てを包んでくれる安心感があった。

 

「あれが大聖杯だよ」

 

 クー・フーリンがそう言って指し示す。

 

 つまり予想が正しければ、あれが特異点の発生原因と言う事になる。

 

「なら、あれを回収すれば良いのね」

 

 そう言って、オルガマリーが前へと出ようとした。

 

 と、

 

「待ちな」

 

 クー・フーリンは杖を翳して、オルガマリーの行く手を遮る。

 

「ちょっとッ 何を・・・・・・」

「先に片付けなくちゃなんねえ事があるだろ」

 

 クー・フーリンがそう言った時だった。

 

「不遜な輩が」

 

 低く、響き渡る声。

 

 一同が振り仰ぐ中、

 

 彼女は現れた。

 

 漆黒の甲冑に身を包んだ少女。

 

 これまで戦ってきたシャドウ・サーヴァントとは、明らかに次元の異なる強大な存在感。

 

 何より、

 

 その手にある漆黒の刀身を持つ聖剣が、その存在が何者であるかを明確に物語っていた。

 

「・・・・・・出やがったな、セイバー」

 

 緊張交じりに告げるクー・フーリン。

 

 これまで飄々とした態度を取り続けてきた魔術師が、ここに来て最大限の緊張を見せている。

 

 それだけ、予断の許されない相手と言う事だ。

 

「え? セイバー? あれが? 女の子じゃんッ 何でアーサー王が女の子なの!?」

 

 セイバーとクー・フーリンを見ながら、凛果が混乱したように告げる。

 

 確かに、

 

 アーサー王と言えば普通に男性を想像するだろう。様々な書籍や映像作品などでも、男として描かれている。それがまさか、どう見ても自分達と同じくらいの年齢の少女だとは、思いもよらない事だった。

 

 そんな凛果に一瞥してから、セイバーはクー・フーリンに向き直った。

 

「どんな心境の変化だキャスター? 一匹狼を気取っていた貴様が、他の誰かと手を組むなどと」

「ハッ お前さんほどの奴と戦おうってんだ。これくらいの仕込みは当然だろ」

 

 そう言って肩を竦めるクー・フーリン。

 

 足して、セイバーは鼻を鳴らして一同を見回す。

 

「・・・・・・カルデアか。人理継続などと、大層な大義を掲げた物だな。身の程をわきまえて星だけを見ていればよかったものを」

「なッ」

 

 セイバーの物言いに、オルガマリーが反応する。

 

 彼女にとってカルデアは誇りその物と言って良い。その誇りを侮辱されて、黙っていられるはずが無かった。

 

「あなたねえ・・・・・・」

 

 苛立ち紛れに、前へと出ようとするオルガマリー。

 

 そんな彼女を守るように、マシュが盾を翳して前へと出る。

 

「下がってください所長。危険です」

 

 言いながら、台地の上に立つセイバーを見上げるマシュ。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・その盾は」

 

 セイバーはどこか、驚いたようにマシュを見やった。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・あれは?」

 

 驚いたように声を上げたのは、立香だった。

 

 その視線の先。

 

 立ちはだかるセイバーのすぐ背後に、小さな人影が見えたからだ。

 

「・・・・・・女の子?」

 

 それは確かに女の子だった。

 

 年齢は10台前半くらい。立香達と比べてもだいぶ幼い印象がある。

 

「驚いたな・・・・・・」

 

 声を上げたのはクー・フーリンだった。

 

 少女の姿を見ながら、どこか感心したように頷く。

 

「何がだ?」

「ありゃ、セイバーのマスターだよ。まさか、生きていたとはな」

 

 クー・フーリンの言葉に、一同は驚きの声を上げる。

 

 まさか、ここに来て生存者に会えるとは思っていなかったのだ。

 

「あんな小さな子が・・・・・・・・・・・・」

 

 茫然として呟きを漏らす立香。

 

 あんな子が、聖杯戦争に参加して殺し合いをしていた、などとは思いもよらなかった。

 

 と、

 

「おしゃべりはそこまでだ」

 

 冷たい声で言いながら、セイバーは手にした聖剣の切っ先を向ける。

 

「キャスター、そしてカルデアのマスター達よ。聖杯が欲しくばこの私を倒し、それにふさわしい証を見せて見ろッ」

 

 言い放った瞬間、

 

 セイバーは疾走と同時に台地から飛び降りる。

 

 掲げられる聖剣。

 

 対して、

 

「迎え撃ちますッ!!」

 

 マシュが大盾を掲げて、セイバーの正面に躍り出る。

 

 振り下ろされる聖剣の一撃。

 

 対して、マシュは手にした盾で防ぐ。

 

 だが、

 

「あァっ!?」

 

 迸る剣閃を前に、盾を構えたマシュの身体は大きく後退を余儀なくされる。

 

 何という豪剣。

 

 防いだ方のマシュが後退させられるなど、誰が想像できよう。

 

 そこへ、更に斬り込むセイバー。

 

 漆黒の剣閃が次々と踊り、少女を容赦なく追い詰める。

 

「どうした娘ッ!? その程度の実力では、その宝具が泣くぞ!!」

「クッ!?」

 

 挑発するようなセイバーの言葉に、唇を噛み占めるマシュ。

 

 このままでは、追い込まれるのも時間の問題である。

 

 と、

 

Ansuz(アンサズ)!!」

 

 詠唱と共に、迸る爆炎。

 

 マシュの苦戦を見て取ったクー・フーリンが、援護射撃を行ったのだ。

 

 セイバーに向かい、真っすぐに伸びる爆炎。

 

 だが、

 

 次の瞬間、セイバーが無造作に横一閃した聖剣が、向かってきた炎を一撃のもとに斬り裂いてしまった。

 

「・・・・・・ハンパねえな」

 

 冷汗交じりに呟くクー・フーリン。

 

 剣士(セイバー)の剣士が持つ対魔力はトップクラスとも言われているが、それにしてもキャスターである自分の魔術を一薙ぎで蹴散らすとは。

 

 セイバー「アルトリア・ペンドラゴン」

 

 その力は、通常のサーヴァントとは一線を画していると言ってよかった。

 

 次の瞬間、

 

 セイバーはクー・フーリンへ矛先を変えて向かってきた。

 

「チッ!!」

 

 舌打ちしながら、更に魔術を起動して爆炎を放つクー・フーリン。

 

 しかし、

 

「無駄だ」

 

 セイバーの低い呟きと共に、炎は呆気なく斬り裂かれる。

 

「貴様の魔術如きでは、私に傷一つ負わせることもできんッ」

 

 振り翳される聖剣。

 

 対して、

 

 魔術を放った直後のクー・フーリンは身動きする事ができない。

 

「クッ!?」

 

 甘んじて、セイバーの一太刀を受ける以外に無いか?

 

 そう思った瞬間、

 

「やらせませんッ!!」

 

 飛び込んで来たマシュが大盾を掲げ、辛うじてセイバーの剣閃を逸らす事に成功した。

 

 しかし、マシュもタダでは済まない。

 

 強烈な一撃を前に、少女は大きく後退を余儀なくされる。

 

「嬢ちゃんッ」

「まだ・・・・・・大丈夫です」

 

 歯を食いしばりながら答えるマシュ。

 

 だが、

 

「どうした? 2人掛かりでもそんな物か?」

 

 聖剣の切っ先を無造作に下げながら、セイバーが挑発するように尋ねてくる。

 

 戦慄が走る。

 

 当初の作戦では、マシュがセイバーの攻撃を防いでいる内に、クー・フーリンが宝具を展開する手はずだった。

 

 しかし今、予想をはるかに上回るセイバーの戦闘力を前に、作戦は崩壊しつつあった。

 

「まじぃな、こりゃ・・・・・・・・・・・・」

 

 舌打ち交じりに呟くクー・フーリン。

 

 このままでは、こちらの敗北は時間の問題だった。

 

 

 

 

 

 爆炎が晴れる。

 

 その様を見ながら、

 

 アーチャーは手にした弓を下す。

 

 立ち込める煙。

 

 その視界の先に、

 

「・・・・・・・・・・・・ほう」

 

 立ち上がる少年の姿を見て、感心したような声を上げた。

 

 アサシンは無事だった。

 

 多少のダメージは負っている様子だが、未だに戦闘続行に支障は見られない。

 

「耐えきったか」

「当然」

 

 アーチャーの言葉に、刀を構え直しながら答えるアサシン。

 

 とは言え、聊か際どいタイミングであったのも確かだ。

 

 あとコンマ一秒、回避のタイミングが遅かったら、アサシンの体は木っ端みじんに吹き飛ばされていただろう。

 

 疑うべくもない。

 

 アーチャーは強い。

 

 今の自分では、まともに戦っても勝てる見込みは少ないだろう。

 

「なら・・・・・・仕方ない」

 

 呟くように言いながら、

 

 アサシンは刀を両手で構えると、切っ先をアーチャーに向け、肩口に引き絞る様に構える。

 

「・・・・・・成程」

 

 そんなアサシンの様子を見て、アーチャーは皮肉気な笑みを浮かべた。

 

「追い詰められて本気を出す、か。子供の所業だな」

「うるさい」

 

 余計なお世話だ。

 

 言外にそう言いながら、アサシンは自身の中にある魔力を活性化させる。

 

 長引かせるのは不利だ。戦闘経験では、圧倒的にアーチャーの方が高い。

 

 ならば、有無を言わさぬ一撃で、勝負を決するしかなかった。

 

「良いだろう」

 

 そんなアサシンの様子に、アーチャーは頷きを返すと、投影魔術を展開。両手に干将・莫邪を創り出す。

 

 ただし、今度は2対、4本の剣を握りしめる。

 

「その力、示して見せろ!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 アーチャーは、手にした黒白の双剣を投擲する。

 

 明後日の方向に飛んで行く、合計4本の干将と莫邪。

 

 だが、その飛翔が頂点に達した瞬間、突如、進路を変更して、アサシンの背後から襲い掛かって来た。

 

 雌雄一対の夫婦剣である干将・莫邪は、たとえ引き離しても引かれ合う性質を持つ。

 

 その特性を最大限に使用した、アーチャーの絶技。

 

 鶴翼三連。

 

 同時に、アーチャーは更に、もう一対の干将・莫邪を創り出して構えると、真っ向からアサシンに斬りかかる。

 

 包囲網完成。

 

 こうなると、回避も防御も不可能となる。

 

 まさに、必勝の体勢。

 

 ならば、

 

「これでッ」

 

 地を蹴るアサシン。

 

 一歩、

 

 その体は加速する。

 

 二歩、

 

 少年は音速を超える。

 

 そして三歩、

 

 刃は獰猛な狼の牙となって、襲い掛かった。

 

「餓狼、一閃!!」

 

 繰り出される刃の切っ先。

 

 ほぼ同時に、返って来た双剣の刃が、アサシンの身体を斬り裂く。

 

 そして、

 

 切っ先は、真っ向からア―チャーの胸板を刺し貫いた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 静寂が、辺り一帯を満たす。

 

 アサシンの身体は斬り裂かれ、ボロボロになっている。

 

 重傷には違いない。が、まだ戦う事ができる。

 

 だが、

 

 アーチャーの方は、致命傷だった。

 

 間違いなく、アサシンの勝利。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・何で?」

 

 アサシンは咎めるように、アーチャーを見て言った。

 

「何で、最後に手を抜いた?」

 

 そう。

 

 最後の一瞬、アーチャーは攻撃の手を緩めた。それが無かったら、あるいは戦いはアーチャーの勝ちに終わっていたかもしれない。

 

「そんなの・・・・・・・・・・・・決まっている」

 

 言いながら、

 

 アーチャーは剣を捨てると、手を伸ばし、

 

 アサシンの頭を、優しく撫でた。

 

「何だかんだ言っても、兄貴が弟をいじめるのは、格好悪いだろ?」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言って笑うアーチャーの顔を、アサシンは茫然として見つめる。

 

 そんなアサシンに、アーチャーは更に言った。

 

「それに、お前が来たなら、託しても良い。そう思ってな」

「何を・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねるアサシン。

 

 だが、

 

 それには答えずに、アーチャーの身体が消えていく。

 

 他の英霊達と同様、敗北したアーチャーもまた、英霊の座へと還るのだ。

 

「頼んだぞ・・・・・・を、守ってやってくれ」

 

 それだけ告げると、アーチャーの姿は完全に消え去ってしまった。

 

 後には、辛うじて勝利したアサシンだけが残される。

 

「・・・・・・・・・・・・士郎」

 

 そっと、囁かれる呟きが、「兄」への切なる思いを現している。

 

 だが、あまり感傷に浸っている暇もない。こうしている間にも、立香達は残るセイバーと死闘を繰り広げているのだ。

 

 それに、アーチャーが最後に言っていた言葉も気になる。

 

 果たして、円蔵山には何が待っているのか。

 

 逸る思いを胸に、アサシンは地を蹴って、次なる戦場へと急いだ。

 

 

 

 

 

第6話「弓兵の想い」      終わり

 




アガルタ、クリア。

久々のノーコンテクリアでしたね。

後は石を回収したら、次の下総に向かいます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話「人理の礎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死闘は続いていた。

 

 セイバー相手に抵抗を続ける、マシュとクー・フーリン。

 

 だが、戦況はお世辞にも芳しいとは言えなかった。

 

 立ちはだかるセイバーの戦闘力はすさまじく、2騎のサーヴァントを単騎で圧倒していた。

 

 セイバーは正面にマシュを置いて対峙しつつ、時折クー・フーリンに向けて、高密度の魔力の塊を斬撃に変換して飛ばしてくる。

 

 その為、後方で魔術の詠唱を行っているクー・フーリンも、詠唱に集中できずにいる。

 

 これでは、切り札である「灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)」の展開ができなかった。

 

 その為、今はとにかく、マシュが必死にセイバーの攻撃を防ぎつつ、クー・フーリンが魔術で牽制すると言う戦い方に終始している。

 

 無論、その程度ではセイバーにかすり傷一つ付けることも叶わない。

 

 2人は徐々に、追い詰められつつあった。

 

 そんな中、

 

 3騎のサーヴァント達が死闘を繰り広げる周囲を迂回しつつ、2つの人影が、大聖杯近くの台地へと近付きつつあった。

 

 立香と、凛果だ。

 

 藤丸兄妹は、マシュ達が戦っている隙に、セイバーの後方へと回り込んだのである。

 

 と、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 台地の上にいた少女と、目が合った。

 

 向こうも立香達の存在に気付いたのだろう。こちらを振り返って来た。

 

 駆け寄る藤丸兄妹。

 

 どうやら少女は、特に抵抗する気は無いらしい。2人が近づいてくるのを、黙して眺めていた。

 

 こうしてみると、幼いがなかなかな美少女である事が判る。

 

 華奢な獅子と小さな体。少し伸ばした黒髪は、後頭部でショートポニーに纏めている。

 

 釣り気味の目は、静謐な光を湛えているのが見て取れる。

 

「やあ、こんにちは」

「・・・・・・・・・・・・えっと」

 

 どこか、場違いなような立香の挨拶に、少女は一瞬戸惑ったように首をかしげる。

 

 今まさに、眼下では死闘が繰り広げられている。

 

 ましてか、少女はセイバー側の人間。下手をすると、いきなり攻撃されてもおかしくは無いと言うのに。

 

 しかし立香は、そんな事お構いなしに、少女に対し気軽に近づいている。

 

 立香の態度は、少女にとって聊か子抜けする物だった。

 

「いや兄貴、その入り方は無いんじゃない?」

 

 流石に見かねた凛果が、そう言って呆れ気味に肩を竦める。

 

 立香の能天気ぶりは、妹の凛果には見慣れた物であったが、ここに来て度合いを増しているような気さえする。

 

 そんな妹の反応に対し、立香はキョトンとした顔で首をかしげる。

 

「何かおかしいか? 挨拶は大事だろ?」

「いや、そうだけど・・・・・・そうじゃなくてッ」

 

 ついつい兄のペースに流されそうになり、凛果は強引に話を引き戻す。

 

 凛果は、兄の事を放っておいて、少女へと向き直った。

 

「ねえ、あなた、あのセイバーのマスターなんでしょ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果の問いに、少女は躊躇いがちに頷きを返す。

 

 ならば、話は早かった。

 

「ならセイバーを止めて。このままじゃ、マシュ達がやられちゃうッ」

「俺からも頼む」

 

 立香も、少女に向き直って言った。

 

「詳しい説明はできないけど、俺達はこの世界を救うために来たんだ。その為には、どうしても聖杯が必要んなんだよ」

 

 本当は、そこら辺の事情に詳しいマシュかオルガマリーに説明してもらいたい所である。何しろ、彼女たちは元々の専門職である。素人の立香や凛果よりも、よほど事情説明に長けているだろう。

 

 だが、マシュは言うまでもなく現在、セイバーと交戦中で手が離せない。

 

 そしてオルガマリーはと言えば、セイバーの戦闘力を前に足がすくんでしまい、身動きが取れなくなってしまったのだ。

 

 そんな訳で、立香と凛果が代わりに、ここに来たわけである。

 

 と、その時だった。

 

《ちょっと待ってくれ、立香君ッ 凛果君ッ》

 

 立香の腕にある腕時計型の通信機から突如、ロマニの声が響いて来た。

 

 どうにも、何か焦っている様子だ。

 

 突然の声に、女の子が驚いた顔をしている。

 

 無理も無い。何しろ、何も無いところに、いきなり人の声が聞こえてきたのだから。驚くなと言う方が無理がある。

 

 そんな少女を横目に、立香は通信に応じた。

 

「どうしたんですか、ドクター?」

《あ、いや・・・・・・どうもね、反応がおかしいんだけど・・・・・・》

 

 何やら歯切れの悪いロマニの物言いに、立香と凛果は訝りながら顔を見合わせる。

 

「おかしいって、ロマン君、何が?」

《いや、それがね・・・・・・・・・・・・》

 

 少し考え込むように沈黙してから、ロマニは言った。

 

《こちらで数値を計測しているんだが、どうにも、その場所の魔力量が、ちょっと・・・・・・何と言ったら良いのか・・・・・・ああ、もうッ こんな時にレオナルドの奴がいてくれたら、もう少しはっきりわかるんだけど》

「要するに、何なのよ?」

 

 焦れたように尋ねる凛果。

 

 そっちから通信を入れておいて、1人で勝手に悩まないでほしかった。

 

 ややあって、ロマニは再び口を開いた。

 

《端的に説明すれば、そこからは、聖杯2つ分の魔力量が検知されてるんだ。こんな事あり得るのか・・・・・・・・・・・・》

「聖杯が、2つ?」

 

 呟きながら立香は、自身のすぐ傍らにある眩い光に目をやる。

 

 これが聖杯だと言うのなら、話は分かる。だが、これと同じような光は、他にどこにもない。

 

 ロマニの計算が、何か間違っているのじゃないだろうか?

 

 そう思った時だった。

 

「あの・・・・・・・・・・・・」

 

 それまで黙って話を聞いていた女の子が、恐る恐ると言った感じに声を掛けた。

 

「ん、何かな?」

「あの、お話は聞かせてもらいました」

 

 言いながら女の子は、真っすぐに立香を見た。

 

「それは恐らく、私の事です」

「え?」

「私が、この聖杯戦争における、本来の聖杯なんです」

 

 その言葉に、立香と凛果は言っている事の意味が分からず、茫然とする。

 

 目の前にいる、この少女が聖杯? いったい、何の事なのか?

 

《ちょっと待ッて・・・・・・いや、待てよ、そう言う事なのかッ!!》

 

 何事かをブツブツと言っていたロマニが、思い至ったように大きな声を上げた。

 

《万能の願望機たる聖杯。それが何も、無機物であるとは限らない。古来より、人の願いを叶える「聖人」の伝説はいくらでもあるんだからね》

「どういう事だ、ドクター?」

 

 訳が分からず尋ねる立香。

 

 対してロマニは、真剣な声で言った。

 

《目の前にいる女の子。彼女は「聖杯」だ。恐らく、その街で行われていた聖杯戦争は、彼女を奪い合うと言う形で行われていたのだろう》

 

 女の子が、聖杯?

 

 そんな事が有り得るのか?

 

 信じられない面持ちで、女の子を見やる立香と凛果。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・その声の人の言った通りです」

 

 女の子は、緊張した面持ちで頷くと、自分の身の上について説明した。

 

「私の名前は、朔月美遊(さかつき みゆ)と言います。お察しの通り、この冬木市で行われていた聖杯戦争における、「聖杯」そのものです」

 

 美遊と名乗った少女の説明によれば、彼女の家は、この冬木市に昔からある旧家で、代々、魔術師の家系にあったのだと言う。

 

 その魔術の特性とはすなわち「人の想念を汲み取り、願いを無差別に叶える」事にあると言う。

 

 まさに「聖杯」の在り方、そのものと言える。

 

 その能力に目を付けたとある魔術師が、美遊を基点とした聖杯戦争を、この冬木の地で起こしたのだ。

 

 当然、その参加者の中には、朔月家も含まれていた。

 

 だが、美遊の両親は元より、聖杯などに興味は無かった。

 

 彼らはただ、愛しい娘を守りたかった。

 

 美遊さえ幸せでいてくれれば、それ以上は何もいらない。そう考えていた。

 

 だが、聖杯戦争は、彼らの思惑に遺憾なく進行しようとしている。

 

 ならば、娘を守り抜くために、最強の英霊を引き当てるしかない。

 

 そんな少女の両親の想いに応え、召喚に応じてくれたのが、あのセイバーだったと言う訳である。

 

「最初は、あんなじゃなかったんです」

 

 召喚に応じたセイバーは、両親の想いを汲み取り、ただ少女を守る為だけに剣を振るい続けた。

 

 美遊を狙ってきた敵のみを打ち払い、それ以外には一切手出ししなかった。

 

 少女にとってセイバーは、頼れる守護者であり、そして、ともに寄り添う友達であり続けてくれたのだ。

 

 だが、それもある日を境に一変する。

 

 街が燃え、全ての人々が死に絶えたその日から、セイバーは人が変わったように戦いに明け暮れ、全ての敵を屠り続けたのだ。

 

「私が・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊は、項垂れたように呟く。

 

「私が、もっとしっかりしていたら、セイバーさんはあんな事にならなかったのかも・・・・・・」

 

 少女にとって、誰よりも優しかったセイバーは、もういない。

 

 あそこにいるのは、狂ったように戦い続ける悪鬼だった。

 

 その姿を見るのは、美遊にとって何より辛い事だった。

 

 だが、

 

「それは、違うんじゃないかな?」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 立香の言葉に、美遊は驚いたように顔を上げる。

 

 そんな少女に、立香は笑顔を向けた。

 

「セイバーはきっと、今も君を守り続けているんだと思う」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて、美遊はセイバーを見やる。

 

 そう言えば、思い当たる節もある。

 

 セイバーは一見すると狂ったように戦い続けている中で、しかし美遊に近づこうとする敵を斬り続けてきた。これまでも、そして今も。

 

 ならば、「美遊を守るために、セイバーは戦い続けている」という立香の考えは、あながち間違いとは言えないだろう。

 

 その時だった。

 

「危ないッ」

 

 立香は叫びながら、とっさに凛果と美遊を地面に押し倒す。

 

 直後、

 

 漆黒の斬撃が、頭上を霞めて行った。

 

「我がマスターに余計な事を吹き込むなカルデア。ただでさえ短い寿命を、更に縮める事になるぞ」

 

 立香達に向けて斬撃を放ったセイバーは、殺気に満ちた声で言った。

 

 次の瞬間、

 

「やァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 マスターの危機を察知し、セイバーに襲い掛かるマシュ。

 

 手にした大盾を旋回させ、セイバーを攻撃する。

 

 その一撃を、とっさに剣で受けるセイバー。

 

 しかし、衝撃までは殺しきれず、少女は大きく後退する。

 

「今ですッ!!」

 

 そこへマシュは、連続攻撃を仕掛ける。

 

 体制を崩したセイバーに対し、攻撃の手を緩めない。

 

 防戦一方になるセイバー。

 

 だが、

 

「ほう・・・・・・・・・・・・」

 

 低い声で呟くセイバー。

 

「少しはやるようだな・・・・・・だが、もう飽きた」

 

 言った瞬間、

 

 鋭い斬撃が、カウンター気味にマシュに繰り出された。

 

「クッ!?」

 

 とっさに盾で受けようとするマシュ。

 

 激突。

 

 同時に、マシュの体は大きく吹き飛ばされ、大空洞の壁へと叩きつけられた。

 

 崩れ落ちるマシュ。

 

「マシュッ!!」

 

 声を上げる立香。

 

 しかし、マシュはそれに答える事すらできず、地面に倒れ伏している。

 

 と、

 

 巨大な爆炎が躍り、一斉にセイバーへと襲い掛かる。

 

 クー・フーリンだ。

 

 マシュのピンチに、彼女を守るべく攻撃を仕掛けたのだ。

 

 迸る巨大な炎。

 

 直撃すれば、いかにセイバーと言えどもダメージは免れないだろう。

 

 だが、

 

 セイバーは身を低くして疾走。

 

 炎を回避すると同時に、剣の間合いへと斬り込む。

 

「終わりだッ」

 

 低い声で呟くセイバー。

 

 舌打ちするクー・フーリン。

 

 斬り上げられた一閃は、クー・フーリンの身体を容赦なく斬り裂いた。

 

「ちく・・・・・・しょう・・・・・・」

 

 崩れ落ちるクー・フーリン。

 

 後には、勝者たる剣士が1人、その場に立ち尽くしていた。

 

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 絶望に沈む表情をする凛果。

 

 まさに、戦慄すべき光景。

 

 2対1でも、セイバー相手にかすり傷一つ、負わせることができなかったとは。

 

「さて、次はお前たちの番だ」

 

 低い声で言いながら、振り返るセイバー。

 

 その圧倒的な存在感を前に、思わず息を呑む一同。

 

 マシュ、

 

 そしてクー・フーリン。

 

 頼みのサーヴァント達が、いずれも地に伏している。

 

 すなわち今、この場に自分たちを守ってくれる存在は、もういないと言う事だ。

 

 セイバーの目が、地面に座り込んでいるオルガマリーを見据える。

 

「ちょ、ちょっと・・・・・・何よ・・・・・・」

 

 震える目でセイバーを見るオルガマリー。

 

 対して、セイバーはゆっくりと前へと進み出る。

 

「や、やめて・・・・・・来ないでッ」

 

 懇願するように叫ぶオルガマリー。

 

 だが、セイバーは歩みを止めない。

 

 その時だった。

 

「もう良いですッ もう、やめてくださいッ セイバーさん!!」

 

 悲痛な叫び声が、大空洞に木霊する。

 

 そこで、

 

 セイバーは足を止めて振り返った。

 

 台地の上に立つ少女と、目が合う。

 

「マスター・・・・・・・・・・・・」

「セイバーさん、もうやめてください。こんなになるまで・・・・・・・・・・・・」

 

 後の言葉が続かない。

 

 かつて、主従と言う枠を超えて、友情で結ばれていた少女と剣士。

 

 その絆は、理不尽にも壊された。

 

 しかし、壊れて尚、自分の為に戦い続けるセイバーを、美遊はこれ以上みて居たくなかった。

 

 だが、

 

「・・・・・・すまないがマスター。その命令は聞けない」

「セイバーさん!!」

「マスターに対する脅威が残り続けている以上、私はこの剣を振るい続ける。それが、私と言う存在に与えられた使命なのだ」

 

 言い終えると、

 

 セイバーは再びオルガマリーへと向き直る。

 

「ひッ!?」

 

 悲鳴を漏らすオルガマリー。

 

 その眼前で、セイバーの剣が大きく振り翳された。

 

「所長ッ 逃げてください!!」

 

 立香が叫ぶが、もう遅い。

 

 セイバーの剣が、座り込んだままのオルガマリーへと振り下ろされた。

 

 次の瞬間、

 

 飛び込んで来た小柄な影が、手にした剣閃を振り抜き、セイバーの斬撃を弾いた。

 

「ぬッ!?」

 

 予期せぬ一撃を前に、流石のセイバーも虚を突かれて後退する。

 

 対して、

 

 飛び込んだ少年は、オルガマリーを守るように刀を構える。

 

「・・・・・・間に合った」

 

 淡々とした言葉にも、どこか安堵の声が混じる。

 

「アサシンッ!!」

 

 少年の姿を見て、凛果が歓喜の声を上げる。

 

 アサシンも、無傷ではない。その小さな体は傷つき、アーチャーとの死闘を物語っている。

 

 だがそれでも、この土壇場で間に合ってくれたのは確かだった。

 

「・・・・・・・・・・・・あれは」

 

 アサシンは台地の上に立つ美遊を見ながら呟く。

 

 対して、

 

「え?」

 

 不思議そうな眼差しで、アサシンを見返す美遊。

 

 一瞬、2人の間で視線が絡み合う。

 

 どこか、懐かしむような視線で美遊を見るアサシン。

 

 対して美遊は、キョトンとした目でアサシンを見返していた。

 

 しかし、呆けていたのも一瞬だった。

 

 刀の切っ先をセイバーに向けながら、アサシンは背後のオルガマリーへ向き直る。

 

「回復魔術、使える?」

「え・・・・・・ええ、少しくらいなら」

 

 話を振られ、キョトンとして答えるオルガマリー。

 

 その答えを聞いて、アサシンは再びセイバーに向き直った。

 

「なら、やって」

 

 言いながら、

 

「5分、保たせるから」

 

 アサシンは疾走。

 

 間合いに入ると同時に、セイバーに斬りかかる。

 

 逆袈裟に斬り上げられる剣閃。

 

 その一撃を、

 

 セイバーは己が剣で受け止める。

 

「5分、だと・・・・・・」

 

 至近距離からアサシンを睨みつけながら、セイバーは低い声で告げる。

 

 どこか、怒りを押し殺したような声。

 

 己の矜持を傷付けた相手に対するいら立ちが見て取れる。

 

「大きく出たな、暗殺者風情がッ」

 

 言い放つと同時に、渾身の力で剣を振り抜くセイバー。

 

 押し切られたアサシンは、大きく後退して対峙する。

 

「・・・・・・・・・・・・成程」

 

 手のしびれを我慢しながら、アサシンはどこか納得したように呟く。

 

 天下のアーサー王相手に5分と言ったのは、あるいは自身の傲慢だったのかもしれない。

 

「ん、けど・・・・・・」

 

 呟きながら、再びセイバーへ斬りかかるアサシン。

 

 どのみち、この場で戦う事ができるのはアサシンのみ。

 

 無理でもなんでも、押し通す以外に道は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサシンがセイバーと戦闘を開始したころ、オルガマリーは何とかクー・フーリンの元へとたどり着いていた。

 

 マシュの事も心配だったが、直接斬られた彼の方が明らかに重傷だった。

 

 傷の具合を確認するためにも、彼の方を先に見た方が良いと思ったのだ。

 

 恐怖で、足がすくむ。

 

 こんな事態になってしまい、オルガマリーの心は押しつぶされる寸前と言っても良かった。

 

 本当なら、今すぐ逃げ出したいくらいだ。

 

 だが、

 

 自分よりも、素人の立香や凛果が、肝を据えて立ち続けている。

 

 ならば、自分が尻込みしている場合ではなかった。

 

 何より、この中でまともに魔術を使えるのはオルガマリーだけ。一応、凛果と立香が着ているカルデア制服には、簡易的な魔術を使えるように術式が仕込まれているが、その使い方については、まだ教えていない。

 

 ここは、オルガマリーがやるしかなかった。

 

 とは言え、

 

 「素人」の度合いでは、オルガマリーも藤丸兄妹と大差はない。その事を、よく思い知らされていた。

 

 サーヴァントと言う暴風を前にしては、「たかが魔術師」1人程度など、何ほどの価値も無かった。

 

 アサシンは5分保たせると言ったが、あのセイバー相手に、そんな時間稼ぎが通用するか分からない。

 

 急がなくてはならなかった。

 

 クー・フーリンに駆け寄り、傷の状態を確認する。

 

 驚いた事に、斬られた時の派手さに比べて、傷自体はそれほど深くなかった。

 

 そのカラクリに気付いたオルガマリーは、感心したように頷いた。

 

「そっか、ルーン魔術・・・・・・とっさに防いだのね」

「ご名答。よく、判ってるじゃねえか」

 

 声を掛けられて振り返るオルガマリー。

 

 見れば、クー・フーリンが僅かに目を開いて、こちらを見ていた。

 

「よく無事だったわね」

「何とか、な。セイバーのやばさは知ってたからな。予め、テメェにルーンを重ね掛けして防御力を底上げしといたのさ。それでも、このザマだが」

 

 皮肉気に言ってから、クー・フーリンはオルガマリーを見やった。

 

「俺の方は良い。放っておいても、じきに動けるようになる。それより、嬢ちゃんの方を見てやってくれ」

「えっと、マシュは・・・・・・」

 

 言われて、顔を上げるオルガマリー。

 

 だが、

 

「私の事は、大丈夫です」

 

 すぐ傍らから、聞きなれた声が聞こえてきた。

 

 見上げると、大盾を携えたマシュが、よろけながらも必死に立ち上がっている所だった。

 

「マシュ、あなた・・・・・・」

「所長はクー・フーリンさんの治療をお願いします。私は、アサシンさんの援護に行きますので」

 

 言い放つと同時に、少女は盾を構えて疾走していった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 アサシンは一時的にせよ、セイバーとの間に膠着状態を作り出す事に成功していた。

 

 セイバーが振るう剣を、身を低くして回避。間合いに入ると同時に刀を振り上げる。

 

 縦に走る斬線。

 

 だが、セイバーはとっさに上体をのけ反らせて回避する。

 

 空を切る、アサシンの剣。

 

 すかさず、セイバーは反撃に出る。

 

 横なぎに振るう剣の一閃。

 

 対して、とっさに後退する事で回避を試みるアサシン。

 

 轟風のような剣閃が、アサシンへ迫る。

 

 その一撃が、

 

 アサシンの右肩を浅く薙いだ。

 

「んッ!?」

 

 舌打ちしながらも、どうにか距離を取るアサシン。

 

 鮮血が舞い、少年はとっさに傷口を押さえて顔を上げる。

 

「どうした、動きのキレが落ちて来てるぞ?」

「ん、気の、せい」

 

 セイバーの挑発に強がりを言いながらも、苦境である事は否めないでいる。

 

 と、

 

「アサシンッ」

 

 凛果が声を掛ける。

 

 その姿に、チラッと目を向けるアサシン。

 

 現状、凛果とアサシンは主従契約を結んでいるが、そのパスは安定しているとは言い難い。

 

 凛果はまだマスターとしては未熟であり、魔術回路を正しく使う事も出来ない。そのせいで、本来ならマスターからサーヴァントへ送られてくる魔力量を、アサシンは殆ど得られていない状態に等しかった。

 

 一応、現界と通常戦闘に支障が無い程度の魔力は確保しているが、しかし最大の切り札と言える宝具の使用は不可能に近かった。

 

 いわば枷を付けられた状態で戦っているに等しい。

 

 勿論、そんな程度の事で凛果を恨む気は無い。

 

 サーヴァントなら、与えられた条件でマスターの為に勝利を掴まなければならない。

 

 だが、

 

「これで終わりだッ 己の増長を悔やみながら死ね」

 

 静かに言い放つと、

 

 セイバーは地を蹴って剣を振り翳す。

 

 対して、

 

 立ち尽くすアサシン。

 

 このままでは斬られる。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 アサシンとセイバーの間に割って入った人物が、手にした盾でセイバーの斬撃を防ぎ止めた。

 

「クッ!?」

 

 セイバーの剣を受け止めたマシュは、その衝撃に苦痛の表情を浮かべる。

 

 だが、

 

 先程までと違い、今度は吹き飛ばされる事は無い。

 

 渾身の力でマシュは攻撃を受け止め、地に立ち続けていた。

 

「ほう・・・・・・・・・・・・」

 

 その様を見て、セイバーは僅かに目を細める。

 

「少しは、やるようになったかッ?」

 

 言いながら、縦横に剣を振るうセイバー。

 

 その重い一撃一撃が、容赦なくマシュを襲う。

 

 しかしマシュは、折れない。

 

 盾を構え、踏み止まり続けている。

 

 その根底には、大切なマスターを、

 

 己が先輩を守りたいと言う想いがある。

 

 その想いを胸に、マシュはセイバーの剣を受け止め続けていた。

 

「おのれッ 小娘がッ!!」

 

 焦れたように、剣を大きく振りかぶるセイバー。

 

 強力な一撃でもって、一気に勝負を決する気なのだ。

 

 だが、次の瞬間、

 

 横合いから、巨大な爆炎がセイバーに襲い掛かった。

 

「クッ!?」

 

 とっさに剣を振るって、炎を斬り裂くセイバー。

 

 見れば、オルガマリーの回復魔術で、どうにか動けるまでに回復したクー・フーリンが、魔術による援護射撃を行っている所だった。

 

 正面のマシュ。

 

 そして横合いのクー・フーリン。

 

 それらへの対応に、セイバーの気が一瞬逸れた。

 

 次の瞬間、

 

 マシュが掲げる盾の影から、小動物の様に俊敏に飛び出して来た影があった。

 

 左手に刀を構えたアサシンは、飛び出すと同時にセイバーを見据える。

 

 その動きを前に、セイバーの対応が一瞬遅れる。

 

 次の瞬間、

 

 アサシンの刃は、セイバーの鎧を斬り裂き、その体を斜めに斬り裂いた。

 

「グッ・・・・・・」

 

 苦悶の呻きと共に、傷口を押さえて後退するセイバー。

 

 ここに来てようやく、セイバーに確実なダメージが入った。

 

「おのれ・・・・・・・・・・・・」

 

 鮮血溢れる傷口を押さえながら、一同を睨みつけるセイバー。

 

 圧倒的に優離な筈の状況で押し返された事で、彼女のプライドは大きく傷つけられた様子だった。

 

 対して、アサシン、マシュ、クー・フーリンの3人は油断なく、自分たちの得物を構える。

 

 状況は、未だ予断を許さない。

 

 だがそれでも、ようやく拮抗できるだけの体勢を整えたのは確かだった。

 

「セイバーさん・・・・・・・・・・・・」

 

 小さな声に振り返ると、己がマスターたる少女が、哀し気な顔でセイバーを見ている。

 

 その姿に、

 

「・・・・・・・・・・・・まだだ」

 

 セイバーは己を奮い立たせるように、剣を構える。

 

 そうだ。

 

 こんな所で負けられない。

 

 まだ、

 

「負けるわけには、いかないッ!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 セイバーの魔力が増大化するのが分かった。

 

「何だッ これは・・・・・・・・・・・・」

 

 立香の呻き声が聞こえる。

 

 魔術について素人の立香にも、尋常な状況でない事が感じられたのだろう。

 

 と、

 

「いけないッ!!」

 

 叫んだのは、美遊だった。

 

「セイバーさんは宝具を使う気ですッ 早く逃げてください!!」

 

 その言葉に、一同の間に戦慄が走った。

 

 アーサー王の持つ宝具。

 

 それ即ち「聖剣エクスカリバー」に他ならない。

 

 人類史に刻まれし最強の聖剣が、

 

 今まさに、解き放たれようとしていた。

 

 莫大な魔力が刀身から溢れ出し、解き放たれる瞬間を待ちわびる。

 

「皆さんッ 私の後ろへッ!!」

 

 マシュが盾を構えながら叫ぶ。

 

 セイバーの全力攻撃を前に、いかなる防御も回避も無意味と化す。

 

 ならば、防御に特化したシールダーであるマシュに賭けるしかなかった。

 

「卑王鉄槌・・・・・・・・・・・・」

 

 セイバーの言葉が、低く囁かれる。

 

 その鋭い双眸が、盾を構えるマシュを睨みつける。

 

「極光は反転する」

 

 次の瞬間、

 

 黒色の閃光が、大きく振りぬかれた。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!!」

 

 迸る剣閃。

 

 ありとあらゆる物を食らいつくす、漆黒の牙が容赦なく襲い掛かる。

 

 閃光は大空洞その物を飲み込み、マシュ達を覆いつくす。

 

「クッ!?」

 

 盾を構えるマシュ。

 

 その腕が軋むのを感じる。

 

 これまでの比は無い。

 

 ほんの僅かでも気を緩めたら、その瞬間、盾ごと粉砕されそうな気さえする。

 

 だが、

 

「負ける・・・・・・訳には・・・・・・」

 

 恐怖を振り払うように、マシュは盾を持つ手に力を籠める。

 

 自分が負ければ、立香が殺されてしまう。

 

 それだけは、

 

 それだけは絶対に、許さなかった。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 盾を持つ、マシュの手。

 

 その手に、別の人物の手が重ねられた。

 

 振り返るマシュ。

 

 その視界には、

 

 彼女を支えるようにして共に盾を構える、少年の姿があった。

 

「先輩ッ!?」

「大丈夫だ、マシュ」

 

 驚くマシュ。

 

 そんな少女に対し、

 

 立香は、安心させるように、笑顔を向ける。

 

 なぜだろう?

 

 先輩とともにいるだけで、力が湧いてくる。

 

 先輩とともにいるだけで、勇気が湧いてくる。

 

 先輩とともにいるだけで、どんな敵にも負けない気がしてくる。

 

 高まる魔力。

 

 マシュの中にある魔術回路で、眠っていた部分が動き出し、魔力が一気に流れ出す。

 

 神々しく光る盾。

 

 次の瞬間、

 

 巨大な障壁が、前面に展開。セイバーの放つ魔力斬撃を真っ向から受け止める。

 

 仮想宝具・疑似展開

 

 マシュは不完全な状態ながら、宝具を自力で展開する事に成功したのだ。

 

 セイバーの放った斬撃は、障壁に防ぎ止められ散らされていく。

 

 やがて、衝撃が完全に晴れた時、

 

 そこには剣を振り切った状態のセイバーと、

 

 そして、

 

 自分たちの全てを合わせて、仲間たちを守り切ったシールダーと、そのマスターの姿があった。

 

「・・・・・・・・・・・・不完全とは言え宝具を開放し、我が剣を防ぎ切った、か」

 

 全ての力を出し切ったセイバーは、立ち尽くすマシュと立香を見ながら呟く。

 

 その声には、己の全力攻撃を耐えきった少女に対する、確かな称賛の色があった。

 

「あるいは・・・・・・」

 

 呟きながらセイバーは、マシュの後ろに立つ少女の目をやった。

 

「私にもまだ、幾ばくかの情は残されていたと言う事か・・・・・・フンッ これはアーチャーを笑えんな」

 

 そう言って、苦笑気味に笑うセイバー。

 

 その様子を、後方で見ていたオルガマリーは、フッと柔らかく笑う。

 

 まったく、とんだ美談ではないか。

 

 マシュは完全に宝具を使いこなしているわけではない。

 

 それどころか、自身の中にいる英霊の真名すら、未だに彼女は知らない。

 

 だが、

 

 それでも尚、マスターである少年を想う、マシュの一途な心が宝具を一部形とは言え開放したのだ。

 

「『人理の礎(ロード・カルデアス)』・・・・・・それは不可能を斬り拓き、未来へと歩み続ける人類の願い」

 

 人理の礎(ロード・カルデアス)

 

 マシュの宝具が見せた眩い輝きに、オルガマリーはそんな風に思ったのだ。

 

 そんな中、

 

 1人、

 

 セイバーのマスターたる少女は、自らを守るために戦い続けてくれたサーヴァントへ歩み寄った。

 

「セイバーさん、もう、これ以上は・・・・・・」

「ああ、判っている」

 

 言い募る美遊に静かに答えながら、セイバーは剣を下した。

 

 もう、これ以上戦いを続ける気は無い。という意思表示に他ならなかった。

 

「すまない、マスター。最後まで私の手で、あなたを守りたかったのだが」

「いいえ・・・・・・・・・・・・」

 

 謝るセイバーに、少女は静かに首を横に振る。

 

「セイバーさんは、ずっと守ってくれました。こんな事になっても」

 

 美遊には判っていた。

 

 人々が死に絶え、世界が滅んだ今、なぜ自分だけが生き残り続けてきたのか?

 

 自分が死ななかったのは、

 

 自分を守り続けてきたのは、

 

 セイバーだったのだ。

 

 セイバーが、聖杯に自分のマスターの命を守る続けるよう願い続けていたからこそ、少女は今まで延命し続けていたのだ。

 

 全ては己のマスターの為。セイバーは文字通り、自分の命を削り続けていたのだ。

 

「ありがとうございます。セイバーさん」

「マスター・・・・・・・・・・・・」

 

 差し伸べられた少女の手を掴むべく、セイバーも手を伸ばした。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、くだらない。全く持って、くだらない茶番劇だったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、響き渡る声。

 

 同時に、

 

 突如、セイバーの胸を、何者かが刺し貫いた。

 

「なッ!?」

「セイバーさん!!」

 

 崩れ落ちるセイバー。

 

 美遊が悲鳴に近い声を上げる中、

 

 倒れたセイバーの影から、長身の男が姿を現した。

 

 緑色のコートに、シルクハットをかぶった西洋風の男性。

 

 理知的な雰囲気も、今はどこか冷たい印象を感じる。

 

「あなたはッ」

 

 絶句するマシュ。

 

 その男はマシュにとって、あまりにも見慣れている人物に他ならない。

 

 そして同時に、

 

 絶対に、この場にいてはいけない人物でもあった。

 

 

 

 

 

 

第7話「人理の礎」      終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話「噴き出る悪意」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レフッ!!」

 

 男の姿を見たオルガマリーは、思わず感極まって駆け寄った。

 

 レフ・ライノール。

 

 カルデアの技術主任で、未来観測レンズ「シバ」の開発者。

 

 そして、

 

 カルデア内において、何かと気苦労の絶えないオルガマリーにとって唯一、心から信頼できる人物でもあった。

 

 思えば、彼女にとって苦難の連続だった。

 

 予定外の事故によってカルデアは壊滅。46人のマスター候補を含む、スタッフの大半が全滅するという異常事態。

 

 そして彼女自身も予定外のレイシフトに巻き込まれ、特異点へと飛ばされる羽目になった。

 

 地獄と化した街の中を逃げ回り、化け物やサーヴァントに命を狙われ続けた。

 

 魔術師のエリートとは言え、基本的に「温室」で育った彼女には耐えがたい苦痛の数々だった。

 

 だからこそ、だろう。

 

 今この瞬間における異常性に、オルガマリーが気付けなかったとしても、誰が彼女を浅慮と責める事が出来よう?

 

 そんなオルガマリーとは反対に、藤丸兄妹は冷静に状況の推移を見詰めていた。

 

「あれって・・・・・・レフ教授、だよね? 何でここにいるの?」

 

 ブリーフィングでレフと顔を合わせている凛果は、信じられない面持ちで、突如として姿を現したレフを見ていた。

 

 カルデアにいたはずのレフが、なぜここにいるのか? そもそも、先のロマニの話によれば、レフは爆発の影響で行方不明になっていた筈である。

 

 と、

 

 そんな凛果を守るように、小さな影が立ちはだかる。

 

「アサシン?」

「フォウッ キュ」

「凛果、下がって」

 

 言葉少なに、凛果を下がらせるアサシン。

 

 フォウもまた、凛果の肩の上によじ登って、警戒するようにレフを睨んでいる。

 

 アサシンにとって、レフは初めて見る相手である。

 

 だが、本能とでも言うべきか、少年の目には、レフが何か、得体の知れない存在のように映っていた。

 

 傍らのクー・フーリンもまた、同様に杖を構えて警戒している。

 

 一方、

 

 立香もまた、警戒心も露わにレフを見据えていた。

 

 立香も、カルデアの廊下でレフと会っており、その時には好印象の人物として捉えていた。

 

 だが今、突然現れてセイバーを不意打ちで倒したレフは、セイバー以上に危険な存在の様に思えるのだ。

 

 そのセイバーは、レフによって胸を貫かれ、瀕死の状態になっている。今も心配げな美遊に寄り添われ、苦し気な呼吸を繰り返していた。

 

「先輩・・・・・・」

「マシュ、気を抜くんじゃないぞ。いつでも動けるようにしておいてくれ」

 

 立香の言葉に、マシュは無言で頷きを返すと、手にした盾を構えなおす。

 

 どうやら彼女もまた、立香と同じ思いのようだ。

 

 マシュ自身、レフにはオルガマリー並みの信頼を抱いていた筈。

 

 そのマシュですら、今目の前にある状況が、いかに異常であるか理解していた。

 

 一方、

 

 そんな中、オルガマリーはレフに駆け寄り、縋りついた。

 

「ああッ レフッ!! レフッ!! 良かった、生きててくれて!! あなたが死んだと聞かされた時、どんなに心配した事か!! 私だけじゃ、この先どうやってカルデアを守れば良いのかすら、判らなかった!!」

「やあ、オルガ。元気そうで何よりだよ。大変だったね」

 

 縋りつくオルガマリー。

 

 対して、レフは彼女を抱き留める事もせず、淡々とした口調で返事をするのみだった。

 

 言葉では気遣っているようにも聞こえるが、その態度は明らかに素っ気なく、オルガマリーをぞんざいに扱っているように思える。

 

 だが、オルガマリーは、そんなレフの態度に気付かないまま、これまでため込んで来たものを全て吐き出すように告げる。

 

「そうなのよレフ!! 予想外の事ばかりで頭がどうにかなりそうだわ!!」

 

 言いながら、

 

 オルガマリーは涙を浮かべてレフを見上げる。

 

「でも良いの!! あなたがいれば何とかなるわよね!! だって、今までだってそうだったもの!! だから、今回だって!!」

 

 レフがいてくれればどうにかなる。

 

 レフがいてくれれば、自分は大丈夫。

 

 レフがいてくれれば何とかしてくれる。

 

 ああッ レフ!!

 

 レフ!!

 

 レフ!!

 

 レフ!!

 

 レフ!!

 

 今のオルガマリーは、それしか考えられなくなっていた。

 

 と、

 

 そんなオルガマリーを見ながら、レフが告げる。

 

「ああ、本当に予想外の事ばかりで頭にくる」

 

 淡々とした口調で、

 

 オルガマリーの鼻先に顔を近づけ、

 

 残酷にも言い捨てた。

 

「中でも君だよオルガ。爆弾は君の足元に設置したと言うのに、まさかこうしてまた、顔を合わせる事になるなんてね。トリスメギストスは、ご丁寧にも体を失った(死んだ)君の残留思念を拾い上げて、一緒に転移させてしまったのだろう。そうでもしなければ、適性の無い君の肉体では、転移できるはずもないからね」

「な、何を言っているの?」

 

 信頼する技術主任の突然の豹変に、戸惑うオルガマリー。

 

 対して、レフは面白くもなさそうに続ける。

 

「理解できないかね? 愚鈍だとは思っていたが、まさかここまでとは恐れ入る。良いかい、愚図の君にも分かりやすく説明してあげると、カルデアにいた君は死んだからこそ、初めてレイシフトできるようになったと言う訳さ。おめでとう、大した皮肉じゃないか。生前には全く適性が無かった君が、今こうして、レイシフトできているのだからね」

 

 悪意があふれ出る。

 

 つまり、

 

 既にオルガマリーは死んでいる。

 

 だからこそ、本来なら予定の無かった彼女までレイシフトしてしまい、この場に存在してしまっているの。

 

 レフは、そう言っているのだ。

 

 そして、

 

 彼女の殺害、ひいてはカルデアの爆破を実行したのも、彼自身と言う訳だ。

 

「そ、そんな・・・・・・嘘よ・・・・・・嘘・・・・・・」

 

 力なく首を振り、後ずさるオルガマリー。

 

 信じられなかった。

 

 否、

 

 理解を拒んだ、と言っても良いかもしれない。

 

 自分が最も信頼するレフが、自分を裏切ったなどと、どうしても信じたくなかったのだ。

 

 だが、

 

「フム、言葉では信じられないかね? ならば証拠を見せようじゃないか」

 

 言い放つと、レフは手を空中に翳す。

 

 果たして、

 

 開いた空間の先に見えたのは、カルデアに安置されていた筈のカルデアスだった。

 

 どうやら、何らかの魔術を用いて、空間を繋げたらしい。

 

 だが、

 

 本来なら疑似地球環境モデルとして、目が覚めるような青色をしているはずのカルデアスが、まるで炎を上げたかのように真っ赤に染め上げられているではないか。

 

「そんな・・・・・・カルデアスが、赤く・・・・・・」

 

 愕然とするオルガマリーに、レフは冷酷に告げる。

 

「見たまえ。あれが、お前たちの愚行の末路だ。人類の未来は焼却され、結末は確定した。いかに足掻こうが、最早何も変える事などできはしない」

 

 言い放つと、

 

 レフはオルガマリーに向けて手を翳す。

 

「せめてもの慈悲だ、オルガ。最後に、君の宝物に触れてくると良い」

「宝物って・・・・・・?」

 

 茫然と呟くオルガマリー。

 

 いったい、何のことを言っているのか?

 

 既に思考が破綻しているオルガマリーは、茫然としてレフを見ている。

 

 すると、

 

 その体が突如、ふわりと浮かび上がった。

 

「な、何これッ? 何が? 何が起きてッ!?」

 

 戸惑うオルガマリーの体は、どんどん上昇していく。

 

「所長!!」

 

 立香が飛びだして追いかけようとするが、それよりも早く、オルガマリーの体は手の届かない場所へと浮き上がっていく。

 

 そして、

 

 その向かう先には、

 

 赤く燃え上がるカルデアスがあった。

 

 そこでようやく、オルガマリーはレフの意図を察する。

 

 レフは、今まさに、燃え盛っているカルデアスの中に、オルガマリーを投げ込もうとしているのだ。

 

「やめて・・・・・・お願いやめて、レフッ カルデアスは高密度な情報体よ? 次元が異なる領域よ? そんな物に触れたら・・・・・・」

 

 徐々に近づいてくるカルデアスを見ながら、恐怖の為に涙を流すオルガマリー。

 

 だが、レフは一切の感慨も見せる事無く応じる。

 

「そう。人間が触れれば、分子レベルまで分解される地獄の具現(ブラックホール)だ。遠慮なく、無限の死を味わいたまえ」

 

 レフがそう言った、次の瞬間。

 

 小さな影が、彼の前に踊った。

 

 アサシンだ。

 

 アーチャー、セイバーと強大な英霊2騎と対峙した少年は、既にボロボロとなっている。

 

 それでも、最後の力を振り絞るようにして、レフへと斬りかかった。

 

 振り下ろされるアサシンの刀。

 

 その一撃を、

 

「ッ!?」

 

 レフはとっさに腕を振るって払う。

 

 弾かれるアサシンの剣閃。

 

 同時に、

 

 レフは憎悪に満ちた目でアサシンを睨みつけた。

 

「おのれッ 木っ端なクズ英霊の分際で!!」

 

 手を翳すと同時に、放たれた魔力弾がアサシンへと襲い掛かる。

 

「クッ!?」

 

 直撃を受け、吹き飛ばされるアサシン。

 

 対して、

 

 レフは忌々し気に、立ち上がる少年を睨む。

 

 その手からは薄く鮮血が噴き出している。

 

 アサシンの一撃は、僅かなりともレフにダメージを与えていたのだ。

 

 だが、既に遅い。

 

 その時には既に、オルガマリーはカルデアスのすぐ眼前まで迫っていた。

 

 今にも呑み込まれようとしているオルガマリー。

 

「イヤッ イヤッ 誰か助けて!! 私、こんな所で死にたくない!! だってまだ、褒められてない!! 誰も私を認めていないじゃない!! 誰もわたしを評価してくれなかった!! みんな、私を嫌ってた!! 生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのに!!」

 

 それは、彼女にとって魂の底から湧き出た叫び。

 

 彼女はただ、自分を認めてほしかったのだ。

 

 誰でも良い。自分を肯定し、自分を誉めてほしかった。

 

 ただ、それだけだったのだ。

 

 だが、

 

 運命は、どこまでも残酷だった。

 

 燃え上がったカルデアス。

 

 その開いた地獄の口へ、

 

 オルガマリーは成す術もなく吸い込まれていく。

 

 最後に、彼女が何を思ったのか?

 

 それは判らない。

 

 本当に呆気なく、

 

 オルガマリー・アニムスフィアと言う女性は、彼女が最も大切にしていたカルデアスに飲み込まれて、完全に消えてしまったのだった。

 

「フン」

 

 そんなオルガマリーの様子を眺め、

 

 レフはつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「まったくもって使えない。最後まで愚鈍極まりない女だったな」

 

 仮にもかつては、己の上司だった相手に対し、何の感慨も見せず冷酷に吐き捨てるレフ。

 

 そこには一片の人間性すら見出す事すらできない。

 

 まるで使い終わって飽きた玩具を、ごみ箱に捨てただけのような、そんな感じだ。

 

「・・・・・・お前、誰なんだ?」

 

 そんなレフに対し、

 

 振り絞るように声を上げたのは立香だった。

 

「どうして、こんな事をする? 所長はあんたの仲間だったんだろ?」

「兄貴・・・・・・・・・・・・」

 

 レフを睨みつける立香。

 

 その瞳には戸惑いと共に、確かな怒りが浮かんでいた。

 

 付き合いの短い立香にも、オルガマリーがレフを信頼してたのはよく分かる。

 

 そのレフが、あっさり斬り捨てるように、オルガマリーを裏切った事が、未だに信じられなかった。

 

 レフを真っ向から睨みつける立香。

 

 対して、

 

「フム・・・・・・・・・・・・」

 

 シルクハットを目深にかぶりながら、レフは口を開いた。

 

「良かろう。死にゆく者への手向けだ。せめて、滅びの理由くらいは語ってやろうじゃないか」

 

 レフは一同に向き直ると、その冷酷な視線を容赦なく向けてくる。

 

 その視線からは、今や隠そうともしない悪意が満ち溢れていた。

 

「私はレフ・ライノール・フラウロス。貴様たち人類を処理するために使わされた、2015年担当だよ」

「人類の・・・・・・処理?」

 

 立香達を守るように盾を構えるマシュが聞き返す。

 

 どう考えても不吉な言葉としか思えない。

 

 と、

 

《なるほどね》

 

 突如、立香の腕に嵌めた通信機が鳴り、カルデアにいるロマニの声が聞こえてきた。

 

 その声は、いつもの明るく浮ついた物ではない。明らかな緊張の色が見て取れた。

 

《立香君たちがレイシフトしてから、救援要請の為に外部との通信を試みていたんだけど、それが全く繋がらなくなっていた。てっきり通信機の不調かと思っていたんだけど・・・・・・・・・・・・》

 

 実際にはカルデアの通信機は不調ではなかった。

 

 なぜなら、通信を受け取る相手、すなわち「カルデアの外の世界」の方が既に滅んでいたのだから。

 

 例えるなら、大海の中で漂流する小舟。それが、今のカルデアの現状だった。

 

「ロマニか。相変わらず賢しいな貴様は。しかし、臆病者(チキン)の貴様が、ずいぶんと冷静じゃないか」

《・・・・・・・・・・・・》

 

 嘲弄するようなレフの言葉に、ロマニは沈黙で返す。

 

 ロマニ自身、オルガマリーの信任厚かったレフが、まさか自分たちを裏切っていたという事実が、いまだに信じられない様子だ。

 

 そんな一同を前に、レフは謳い上げるように言い放つ。

 

「貴様ら人類は滅んだ。自分たちの愚かさ故に、我が王の寵愛を失い、惨めに滅び去ったのだ!!」

 

 嘲笑を上げるレフ。

 

 悪魔の如き笑い声は、暗い地下空洞に陰々と響いていた。

 

「さて・・・・・・」

 

 一同の沈黙を心地よさげに眺めながら、レフは踵を返す。

 

「私はここで去らせてもらうが、最後の一つ、余興を用意させてもらった。ぜひ、楽しんでくれたまえ」

 

 そう言うと、

 

 レフは指をパチンと鳴らす。

 

 次の瞬間、

 

 空間が開き、その中から巨大な影がにじみ出てきた。

 

 筋骨隆々とした、巨体を持つ男。

 

 まるで巨岩を人型に削ったかのような、その人物は、狂気を孕んだ双眸で立香達を睨みつける。

 

「あ、あれはッ!?」

 

 声を上げたのは、セイバーを介抱していた美遊だった。

 

 その瞳は、信じられないと言った感じに見開かれている。

 

 少女は、その姿に見覚えがあった。

 

 そして、

 

 同時にそれが、如何に最悪な相手であるかも理解していた。

 

「バーサーカー・・・・・・そんな、何で?」

 

 冬木が炎上し、聖杯戦争が崩壊した後、セイバーに斬られたバーサーカー。

 

 死して尚、郊外にある城を守り続け居た大英雄がなぜ、今自分たちの目の前にいるのか?

 

「何、舞台袖で暇そうにしていたからね。彼にも手伝いをしてもらおうと思ったまでだよ。廃品たる君ら人類を始末するには、やはり廃品を再利用するのが一番手っ取り早いからね」

 

 嘯くように言いながら、再び空間を開くレフ。

 

 そのまま、呑み込まれるようにして消えていく。

 

「ではさらばだ、最後の人類たちよ。滅びゆく時間の最後の一時を味わいたまえ」

 

 それだけ言い置くと、

 

 レフは開いた空間の中へと姿を消してしまった。

 

 後に残ったのは、カルデアのマスターと、そのサーヴァント達。

 

 そして、

 

 巨大な英雄が1人。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げるバーサーカー。

 

 その様子に、一同は戦慄する。

 

「まじぃな、こいつは・・・・・・・・・・・・」

 

 杖を構えながら、クー・フーリンが緊張気味に呟く。

 

 彼を含めて、こちらのサーヴァントは全員が既に満身創痍。

 

 どう戦っても、バーサーカーを相手するのは不可能だった。

 

《頼む、少しで良い、時間を稼いでくれ!!》

 

 通信機から、ロマニの悲痛な叫びが響いてくる。

 

《こちらでレイシフトして、立香君たちをカルデアに戻す作業に入る!! それまでどうか、持ちこたえてくれ!!》

「簡単に言ってくれるぜ」

 

 ロマニの言葉に、苦笑交じりに応じるクー・フーリン。

 

 しかし、やるしかない。

 

 自分たちが戦わないと、立香達が殺されてしまう。そうなると、全てが終わりだった。

 

「やるぞッ 坊主ッ 嬢ちゃん!!」

「んッ!!」

「了解です!!」

 

 クー・フーリンの言葉に、頷きを返すアサシンとマシュ。

 

 同時に、バーサーカーは手にした巨大な斧剣を振り翳して斬り込んでくる。

 

 今、最後の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

第8話「噴き出る悪意」      終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話「其れは可憐なる華の如く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、圧倒的な暴風と言ってよかった。

 

 巨獣の如き体躯を持つ大英雄は、手にした斧剣を振り翳して、一同を踏みつぶさんと襲い掛かってくる。

 

 迎え撃つのは、3騎のサーヴァント達。

 

 数の上では勝っている。

 

 しかし、こちらは既にセイバー戦で満身創痍の状態。

 

 3人の力を合わせたとしても、バーサーカー1人に対抗する事も出来ないだろう。

 

 だが、

 

 それでも、

 

 彼らの背後にはマスター達がいる。

 

 退くわけにはいかなかった。

 

「行きますッ!!」

「んッ」

 

 迫りくる巨大な影を前にして、マシュとアサシンが前へと出る。

 

 同時に、彼らの背後でクー・フーリンが空中にルーン文字を描き、魔術を発動させる。

 

 踊る爆炎。

 

 立ち上る巨大な炎は、迫りくるバーサーカーを覆いつくす。

 

 並の敵なら、これで片が付く。サーヴァント相手でも、威力としては十分すぎるほどだ。

 

 だが、

 

「チッ ダメかッ!?」

 

 自ら行った攻撃の結果を見て、舌打ちするクー・フーリン。

 

 彼の放った魔術は、全てバーサーカーの体表に弾かれ霧散してしまっていた。

 

 それどころか狂戦士は一切速度を緩めずに、こちらへ向かってきている。クー・フーリンの魔術は、バーサーカー相手には目晦ましにもなっていなかった。

 

 判ってはいたのだ。

 

 あのバーサーカーは規格外の強さを誇っている。並の攻撃ではかすり傷一つ負わせられないのだと言う事が。

 

 だが、サーヴァントであり続ける限り、諦める事は許されなかった。

 

 間合いに入ると同時に、斧剣を振り翳すバーサーカー。

 

 大気をも砕く強烈な一撃。

 

 その前に立つのは、この中で一番小柄なアサシンの少年だった。

 

「んッ!!」

 

 振り下ろされる岩の剣を前に、

 

 アサシンは軌道を的確に見極める。

 

 次の瞬間、宙返りをするようにして跳躍。バーサーカーの振り下ろした攻撃を回避する。

 

 飛び上がったアサシン。

 

 その眼前に、バーサーカーの凶相が迫る。

 

「これ、でッ!!」

 

 ねじ巻きのように体を絞ったアサシン。

 

 そのまま回転の力を上乗せして、手にした刀を振り抜く。

 

 鋭く奔った刃が、バーサーカーの顔面を捉えた。

 

 だが、

 

「ッ・・・・・・やっぱり」

 

 バーサーカーは無傷。怯んだ様子すら見られない。

 

 手のしびれを堪えながら、アサシンはバーサーカーの顔面を蹴って後方へ宙返り。そのまま距離を取る。

 

 元より、こちらは消耗激しい身。既に全力には程遠い。

 

 だが、それだけではない。

 

 あのバーサーカー、真名がアサシンの考えている通りなら、並の攻撃では毛ほどの傷をつける事も出来ないだろう。

 

 現状では、時間を稼ぐ事すら難しいかもしれない。

 

 迫るバーサーカー。

 

 斧剣が大きく振り上げられる。

 

「んッ!?」

 

 とっさに回避しようとするアサシン。

 

 しかし、

 

 僅かに反応が遅れる。

 

 ここまで無理を重ねてきたせいで、既に体内の魔力が限界に近いのだ。

 

 身体能力も低下し始めている。

 

 そこへ、バーサーカーは容赦なく襲い掛かった。

 

 振り下ろされる斧剣。

 

 避けようのない「死」が、少年に迫った。

 

 次の瞬間、

 

「させませんッ!!」

 

 割って入ったマシュが、盾を掲げてアサシンを守る。

 

 間一髪。どうにか、防ぐ事に成功する

 

 しかし、斬撃が及ぼす圧力はすさまじく、マシュは盾を構えたまま大きく後退を余儀なくされる。

 

「クッ 何て力・・・・・・・・・・・・」

 

 盾を掲げながら、うめき声を上げるマシュ。

 

 一瞬でも気を抜けば、腕が折れていたかもしれない。

 

 そこへ更に、バーサーカーは叩きつけるように斧剣を振るう。

 

 二撃、

 

 三撃、

 

 その度に、マシュは自分の腕が悲鳴を上げるのを感じる。

 

 このままでは保たない。

 

 押し切られるのは時間の問題だ。

 

 だが、

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 跳躍で飛び出したアサシンが、真っ向から刀を振り下ろす。

 

 更にクー・フーリンも矢継ぎ早に炎を飛ばしてバーサーカーに息をつかせない。

 

 絶望的な状況の中、この場にいるサーヴァント3騎。誰1人として、諦めている者はいなかった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 アサシン達がバーサーカーと対峙している内に、

 

 立香、凛果、そして美遊の3人は、動けないでいるセイバーを連れて、どうにか壁際まで移動する事に成功していた。

 

 セイバーはレフの不意打ちによって致命傷を受け、既に現界を保つ事すら難しくなってきている。

 

 しかし、

 

 今も心配顔でセイバーに寄り添っている美遊を思えば、置いてくる事は出来なかった。

 

「兄貴ッ みんなが!!」

「フォウッ!!」

 

 凛果の声に振り返る立香。

 

 そこでは、暴虐を振るうバーサーカーに、果敢に挑むアサシン達の姿があった。

 

 だが、

 

 圧倒的とも言えるバーサーカーを相手に善戦はしているものの、皆の攻撃は殆ど用を成していない。

 

 このままでは、全滅も時間の問題だった。

 

 堪らず、立香は通信機に向かって怒鳴る。

 

「ドクター、まだかッ!? このままじゃみんなが!!」

 

 カルデアにいるロマニたちがレイシフトの準備を負えれば、立香達はカルデアに帰還できる。

 

 そうすれば、この不毛な戦いも終える事ができるのだ。

 

 だが、現実は無情だった。

 

《すまないッ 特異点の崩壊が始まってしまい、霊力の磁場が安定しない。準備までもう少しかかるッ》

「もう少しって・・・・・・」

《とにかく、こっちも急ぐから、何とか持ちこたえてくれ!!》

 

 とは言え、こちらの状況は、もはや寸暇と言えど予断を許さなくなりつつある。

 

 その時、

 

 ついにアサシンとマシュの防衛線を突破したバーサーカーが、その後方にいたクー・フーリンへと襲い掛かった。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 雄たけびを上げるバーサーカー。

 

 その斧剣が、真っ向から振り被られる。

 

 その様を見て、

 

「チッ・・・・・・・・・・・・」

 

 クー・フーリンは舌打ち交じりに苦笑した。

 

 次の瞬間、

 

 斧剣は容赦なく、振り下ろされた。

 

 飛び散る鮮血。

 

 抉られる身体。

 

 明らかなる致命傷。

 

「・・・・・・・・・・・・あーあ」

 

 そんな中、

 

 クー・フーリンは、肩を竦めながら振り返った。

 

「悪ィ マスター。どうやら俺は、ここまでみてえだ」

「クー・フーリン!!」

 

 叫ぶ立香。

 

 その顔は、今にも泣きだしそうなほど歪められている。

 

 この崩壊した街で出会い、友誼を結び、共に戦ってきた仲間。

 

 そのクー・フーリンが今、倒れようとしている。

 

 立香は、胸が締め付けられるような思いだった。

 

 だが、

 

「そんな顔すんな、マスター」

 

 立香に対し、クー・フーリンは不敵な笑みを向けて見せる。

 

「クー・フーリン・・・・・・・・・・・・」

「俺達サーヴァントってのは、所詮は一時の仮初。用が終わればいなくなる幻みたいなもんさ」

 

 言っている内に、クー・フーリンの姿は湧き出る金色の粒子に包まれていく。

 

「だが、お前らは違う。今のお前らは漂流者に過ぎないかもしれない。けど、だからこそ、先に進むことができる」

 

 その姿は、既に霞み始めている。

 

 だが、

 

 最後に、クー・フーリンは力強く言い放った。

 

「光を見つけたら、迷わずそこへ進め。それが必ず、お前たちの運命(Fate)になる」

 

 その言葉を最後に、

 

 クー・フーリンの姿は、完全に消え去った。

 

 本来の槍兵ではなく。魔術師として召喚されたが故に、実力を発揮できなかったクー・フーリン。

 

 しかし最後まで諦める事無く、立香達に戦ってくれた男は、最後までその在り方を損なう事無く帰って行ったのだ。

 

 だが、

 

 クー・フーリンが倒れた事で、こちらの戦況は更に悪化している。

 

「んッ!!」

 

 尚も暴れまわるバーサーカーに、一瞬にして距離を詰めたアサシンが刃を胴薙ぎに繰り出す。

 

 だが、結果は同じ。

 

 少年の剣は、鋼鉄の如き肉体を前に弾かれ、毛ほどの傷すら付ける事が出来ない。

 

 マシュも同様だ。

 

 彼女の場合、武器が重量のある大盾なので、一撃の打撃力はアサシンを上回っている。

 

 だがそれでも、バーサーカーの肉体にダメージを負わせられるほどではない。

 

 対して、バーサーカーは手にした斧剣を縦横に振るい、自身に纏わり付く2騎のサーヴァントを振り払っている。

 

「まずいな、このままじゃ・・・・・・」

 

 険しい表情で、戦況を見詰める立香が呻く。

 

 戦線の維持は不可能。

 

 レイシフトにも時間がかかる。

 

 完全に手詰まりだった。

 

 その時だった。

 

「カフッ・・・・・・・・・・・・」

「セイバーさん!!」

 

 血塊を吐き出すとともに、意識を取り戻したセイバーの手を、傍らで寄り添っていた美遊が取る。

 

 その感触が、セイバーの意識を覚醒させた。

 

「マスター・・・・・・いったい、何があった?」

 

 苦しそうに言いながら、視線を巡らせて状況を確認するセイバー。

 

 彼女が意識を失っている間に現れたバーサーカーと、それと対峙するアサシン、マシュの両騎。

 

 そして、姿の見えないクー・フーリン。

 

 それらを見据えながら、セイバーは嘆息した。

 

「・・・・・・・・・・・・成程な」

 

 死に掛けていても、幾多の戦いを乗り越えて伝説にまで語られた騎士王である。戦況がいかに絶望的であるかは瞬時に理解していた。

 

「このままではまずい、か」

「うん。マシュとアサシンが頑張ってくれているけど・・・・・・」

 

 凛果が力なく返事をする。

 

 クー・フーリンが脱落した事で、今は残った2人だけが頼みの綱となっている。

 

 とは言え、セイバーも既に瀕死の身。彼女が戦線に加わったところで、どうにもならないであろうことは明々白々だった。

 

 状況を理解したセイバーは、しばしの間思案してから、今度は美遊を見た。

 

「・・・・・・マスター」

「何ですか、セイバーさん?」

 

 呼ばれて、騎士王の手を取る美遊。

 

 そんな美遊の目を、真っすぐに見つめてセイバーは言った。

 

「この状況を覆せる手が、一つだけある」

「ッ 本当かッ!?」

 

 勢い込んで尋ねる立香に、セイバーは頷きを返す。

 

「私と・・・・・・マスターなら・・・・・・万に1つの可能性だが、あるいは・・・・・・・・・・・・」

 

 言葉を濁すセイバー。

 

 分の悪い賭けだ。

 

 セイバーはそう言いたいのだろう。

 

 故にこそ、そこに躊躇いが生じる。

 

 剣士の、静かな瞳の奥。

 

 そこにある、小さな光が揺らぐ。

 

 その正体に気付き、美遊は首を巡らせる。

 

 視線が、立香と合う。

 

 対して、

 

「君の、想う通りにして良いよ」

 

 立香は優しく、頷きを返す。

 

 正直、セイバーが何を考えているのか、立香には見当もつかない。

 

 だが、

 

 セイバーと美遊。

 

 2人の間には、他者には推し量る事が出来ない、深い絆が存在している事だけは理解できる。

 

 それは、黒化して尚、セイバーが美遊を守る為に戦い続けた事から考えても、間違いない事だった。

 

「兄貴の言う通り、かな」

 

 美遊の頭を優しく撫でながら、凛果も告げる。

 

「聖杯戦争とか、サーヴァントとか、私にはまだ殆どよく分かんないけどさ、セイバーさんが美遊ちゃんの事を大切に思っているのだけは判るよ。なら、あとは美遊ちゃん自身が、どうしたいか、じゃないかな?」

「立香さん・・・・・・凛果さん・・・・・・」

 

 なぜだろう?

 

 立香と凛果。

 

 そしてセイバー。

 

 この3人に囲まれて、美遊は今、とても温かい気持ちになっていた。

 

 自分を守るために戦い続けてくれたセイバー。

 

 そっと、背中を押してくれる立香。

 

 不安な自分に、寄り添ってくれる凛果。

 

 不思議な気持ちだった。

 

 セイバーはともかく、出会ったばかりの立香と凛果に、こんな気持ちになるなんて。

 

 それに、

 

 美遊は、今もバーサーカーと戦い続けているアサシンに目をやる。

 

 なぜだろう?

 

 彼とも初対面のはず。

 

 まともに言葉すら交わしてはいない。

 

 だが、

 

 あのアサシンの少年が自分に向けてきた瞳。

 

 どこか懐かしいような、温かいような、そんな気持ちにさせてくれた。

 

 そんな彼らを守りたい。

 

 今、少女の心に、純粋な想いが芽生えていた。

 

「・・・・・・私、やります」

 

 短い言葉。

 

 そこに、どれほど重い決意が込められているか。

 

 だが、少女は揺るがなかった。

 

 自分に、この人達の為にできる事があるなら・・・・・・

 

 その想いが、少女を前へと進ませた。

 

 そんな美遊の想いを受け、セイバーは深く息を吸い込むと、目を開いて少女を見た。

 

「判った・・・・・・マスター、手を」

 

 言われるまま、セイバーの手を取る美遊。

 

 同時に、互いの魔力が、同調するように高まるのを感じた。

 

「あるいは、その選択はマスター、貴女自身をも苦しめる事になるかもしれない」

「セイバーさん・・・・・・・・・・・・」

 

 言っている間に、セイバーの体は内から湧き立つ光の粒子によって覆われていく。

 

 その光の粒子は、やがて手を握る美遊をも包み始めた。

 

「だが、マスター・・・・・・私は、常に貴女と共にある。私の剣は、いつ如何なる時、たとえどこにいたとしても、貴女を守り続ける。それを、忘れないでくれ」

 

 そう告げると、

 

 最後にセイバーは、美遊に対して優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 状況は、いよいよもって末期的になりつつある。

 

 バーサーカーの振るう猛威に対し、完全に防戦一方となるアサシンとマシュ。

 

 2人は尚も、暴虐を振るうバーサーカーに対し、果敢に挑みかかっている。

 

 しかし、その戦いは最早、「勝つ」事は放棄され、「1秒でもバーサーカーの進行を遅らせる」事のみに集約していた。

 

 とは言え、既にそれすら果たせていないのが現状である。

 

 2人にできる事は、少しでも長くバーサーカーの気を引く事のみ。

 

 もし、ほんの僅かでもバーサーカーが気を変え、立香達を標的に変更したら、もう防ぐことは敵わないだろう。

 

「このッ!!」

 

 渾身の力で、バーサーカーを斬りつけるアサシン。

 

 だが、

 

 無駄だった。

 

 鋼の如き、バーサーカーの肉体は、小揺るぎすらしない。

 

 動きを止めるアサシン。

 

 次の瞬間、バーサーカーが放つ強力な前蹴りが、アサシンに襲い掛かった。

 

「グゥッ!?」

 

 その一撃を、まともに食らい吹き飛ばされるアサシン。

 

 小さな体は宙を舞い、地面に叩きつけられる。

 

「アサシンさん!!」

 

 悲鳴に近い声を上げながら、前に出るマシュ。

 

 そのまま、振り下ろされる攻撃を掲げた大盾で受け止める。

 

 だが、

 

「クッ!?」

 

 マシュも既に限界が近い。

 

 バーサーカーの強烈な一撃を受け止め、その場で膝を折るマシュ。

 

「マ、マシュ・・・・・・・・・・・・」

 

 地面に転がったままのアサシンが、苦し気に声を掛けて来る。

 

「に、逃げ、て・・・・・・・・・・・・」

 

 刀を握りしめ、どうにか立ち上がろうとするアサシン。

 

 だが、もはやそれすらも叶わない。

 

 倒れ伏した2人に、斧剣を振り上げるバーサーカー。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 雄たけびを上げるバーサーカー。

 

 それは勝利の雄叫びか?

 

 あるいは殺戮への歓喜か?

 

 いずれにせよ、もはや「狩るべき獲物」と化した2人のサーヴァントを見下ろす。

 

 その狂相が、歓喜に震えた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流星の如く駆けてきた一条の白い閃光が、バーサーカーを弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「なッ!?」」

 

 思わず、絶句するアサシンとマシュ。

 

 その目の前で、

 

 1人の少女が、巨大なバーサーカーと対峙していた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 地面に倒れたセイバーは、今まさに消滅の時を迎えようとしていた。

 

 だが、

 

 その視線は、巨大な敵を前に敢然と立ち続ける少女を、しっかりと見据えていた。

 

 やがて、

 

「・・・・・・・・・・・・フンッ」

 

 どこか安心したように、鼻を鳴らす。

 

「何だ、その姿は? 私に対する皮肉か?」

 

 憎まれ口をたたく騎士王たる少女。

 

 だが、

 

 その顔には、優しげな笑みが浮かべられている。

 

 それは、姉が妹を見送るような笑顔。

 

「さあ行け、マスター・・・・・・否・・・・・・セイバー、朔月美遊」

 

 その言葉を最後に、

 

 セイバーの姿は光の粒子に包まれ、消えていった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 バーサーカーの前に対峙する美遊の姿は、一変していた。

 

 白いブラウスに、白い末広がりのスカート。

 

 胸部と腰回り、両腕には銀色に輝く甲冑が身に付けられている。

 

 少し長めの髪は、白いリボンで結ばれている。

 

 そして、

 

 手には黄金に輝く、美しい剣が握られていた。

 

「これ以上は、やらせない」

 

 剣の切っ先を真っ向から向け、

 

「皆は、私が守る」

 

 新たなセイバーとなった少女は、凛とした声で言い放った。

 

 

 

 

 

第9話「其れは可憐なる華の如く」      終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話「傷だらけの生還」

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛とした、

 

 それでいて清純なる姿。

 

 純白のドレスの上から白銀の甲冑を着込み、手には黄金の剣を携えている。

 

 戦装束と呼ぶには可憐な、まるで白い花のような少女の出で立ち。

 

 セイバーから霊基を引き継ぎ、自らサーヴァントとしての力を手に入れた美遊。

 

 その姿は、騎士王が持つ1つの可能性。

 

 選定の剣を抜き、王となる事を定められた彼女が、まだ姫騎士と呼ばれていた頃の姿。

 

 未来に理想を持ち、希望を掲げて旅立ったばかりの頃の姿だ。

 

 その静かな双眸は、迫りくる狂戦士を真っ向から睨み据える。

 

「これ以上は、許さないッ」

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 美遊の静かな声にバーサーカーの咆哮が答える。

 

 巨大で凶悪なバーサーカー。

 

 小柄で可憐な美遊。

 

 ある意味、全く正反対の出で立ちをした両者が、視線をぶつけ合う。

 

 両者の殺気が、空中でぶつかり弾けた。

 

 次の瞬間、

 

 同時に、地を蹴った。

 

 剣を振り翳す美遊。

 

 斧剣を振るうバーサーカー。

 

 互いの刃が、

 

 激突する。

 

 次の瞬間、

 

 バーサーカーはのけぞるようにして蹈鞴を踏んだ。

 

 対して、

 

 美遊の方も、僅かに体勢を崩している。

 

 だが、

 

 体勢を立て直すのは、美遊の方が速い。

 

 素早く剣を返すと、バーサーカーに向かって斬りつける。

 

 逆袈裟に駆けあがる一閃。

 

 その一撃が、バーサーカーの肉体を捉える。

 

 斬線が確実に刻まれる。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げるバーサーカー。

 

 その肉体からは、鮮血にも似た黒い霧が噴き出る。

 

 今度こそ、バーサーカーは大きく後退を余儀なくされた。

 

 まさか、と思う。

 

 体格にして、バーサーカーの10分の1にも満たない美遊の一撃が、バーサーカーに対して、ついに有効な打撃を与えたのだ。

 

 苦悶に体を震わせるバーサーカー。

 

 その機を逃さず、美遊は畳みかけた。

 

 

 

 

 

 ところで、

 

 なぜ、美遊は急にセイバーのように戦う事ができるようになったのか?

 

 なぜ、サーヴァントのような姿になったのか?

 

 あの時、

 

 消える寸前だったセイバー。

 

 既に消滅が確定していた彼女は、それでも尚、自らのマスターを守りたいと願った。

 

 だが、自分が直接戦う事は、もうできない。

 

 ならば、どうするか?

 

 セイバーが行ったのは、「霊基の譲渡」だった。

 

 すなわち、マシュが自身の中にいる英霊との間に行った事と、全く同じことをセイバーと美遊は行ったのである。

 

 これは、誰にでもできると言う訳ではない。

 

 セイバーと美遊。

 

 共に聖杯戦争を戦い、硬い絆で結ばれた主従だったからこそ、辛うじて成功したのだ。

 

 勿論、本来であるならば、それだけでは成功しないだろう。

 

 だからこそ、美遊は自分の中にある「聖杯」の力を使ったのだ。

 

 聖杯の力で自らに、セイバーの霊基を移すように願った結果、彼女自身が剣士(セイバー)となって戦う事ができるようになったのである。

 

 とは言え、セイバー自身が既に弱っている状態だったため、完全な霊基譲渡ではなく、どちらかと言えば「霊基複写」に近い形となった。

 

 その為、美遊の能力と姿は完全にセイバーと同一ではなく、セイバー自身の「可能性の一つ」としての姿と能力が再現されたわけである。

 

 

 

 

 

 猛攻を仕掛ける美遊。

 

 振り下ろされた斧剣が大地を砕く中、白き百合の騎士となった美遊は、巧みに回避して剣を振り翳す。

 

 斧剣の軌跡を見切り、紙一重で回避。

 

 小柄な少女は、自身の間合いに踏み込む。

 

「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 迸る剣閃。

 

 闇を斬り裂く銀の光が、バーサーカーに襲い掛かる。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げるバーサーカー。

 

 その胸元から、鮮血の様に黒い霧が噴き出すのが見えた。

 

「やったッ!!」

「ん、まだッ!!」

 

 喝采を上げるマシュの横で、アサシンが警戒するように声を上げる。

 

 美遊の剣は一撃を入れる事には成功したものの、致命傷には程遠い。

 

 その証拠に、バーサーカーは自身の傷を物ともせず、再び美遊に襲い掛かっている。

 

 振り下ろされる斧剣。

 

 その一撃を、

 

 美遊は剣を振り上げて対抗する。

 

 異音と共に、両者の剣が弾かれる。

 

「■■■ッ!!」

 

 短い咆哮と共に、剣を引き戻しにかかるバーサーカー。

 

 対して、美遊も次の攻撃に備えて体勢を戻そうとする。

 

 だが、

 

「クッ・・・・・・・・・・・・」

 

 腕に走る痺れと痛み。

 

 巨腕から繰り出される強烈な一撃は、美遊に着実なダメージを蓄積させていく。

 

 そもそも、いかに英霊化したとは言え、美遊の筋力ではバーサーカーに敵わない。

 

 正面から撃ち合えば、押し負けるのは必定である。

 

 それでも尚、状況を拮抗させているのは、強大な腕力で襲い掛かってくるバーサーカーに対し、美遊は筋力、剣速、タイミング。全てを最高の形で同期させることで、辛うじて対抗している状態である。

 

 もし、条件が何か一つでも欠ければ、その瞬間、美遊は容赦なく斬り捨てられるだろう。

 

 それでも、

 

「まだ、まだァ!!」

 

 振り抜かれる剣。

 

 同時に、バーサーカーも剣を振り下ろす。

 

 互いの剣戟が激突し、火花を散らす。

 

「ッ!?」

 

 受けきったものの、僅かに後退する美遊。

 

 受けるタイミング僅かに遅かったため、バーサーカーが繰り出す衝撃を完全には相殺しきれなかったのだ。

 

 体勢を崩す美遊。

 

 そこへ、

 

 いち早く立ち上がったバーサーカーが襲い掛かる。

 

 巨体が大地を揺らしながら、突撃してくる狂戦士。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮と共に、振り上げられる斧剣。

 

 対して、美遊はまだ地に膝を突いたまま立てないでいる。

 

 轟風と共に振り下ろされる斧剣。

 

 やられるッ!?

 

 そう思った次の瞬間、

 

 横合いから音速で駆けてきた少年が、間一髪のところで斧剣の下から美遊を救い出した。

 

 美遊を抱えたアサシンは、そのまま勢いを殺しきれずに地面を転がる。

 

 しかし、

 

 抱えた美遊だけは、決して放そうとしなかった。

 

 ややあって、顔を上げる2人。

 

「あ、ありがとう」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 礼を言う美遊に、少年はやや顔を背けて答えた。

 

 そんなアサシンの態度に、美遊はキョトンとした顔を向ける。

 

 見つめ合う2人。

 

 その視線の中に、何かはよく分からない感情が入り混じる。

 

 しいて言いうなら、懐かしいような、そんな心地よい感情。

 

 まるで、昔の友人に、久しぶりに会ったような、そんな感覚だった。

 

 だが、呆けているのもそこまでだった。

 

 尚も執拗に追いかけてくるバーサーカー。

 

 その前に立ちはだかったマシュが、構えた盾で斧剣の一撃を防ぎ、2人を守る。

 

「ん、終わらせよ」

「ええ」

 

 アサシンが差し出した手を、美遊はとって立ち上がる。

 

 剣を構える2人。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 同時に、咆哮を上げるバーサーカー。

 

 辛うじて攻撃を防ぎ切ったマシュが押し返したのだ。

 

 だが、当然ながら、その程度では押し留める事は出来ない。

 

 再び体勢を立て直しにかかるバーサーカー。

 

 だが、

 

「お願いしますッ!!」

 

 振り返って叫ぶマシュ。

 

 同時に、

 

 アサシンと美遊は地を蹴った。

 

 先行したのは、敏捷に勝るアサシン。

 

 瞬きする間すら超越して、間合いをゼロにする。

 

 目の前に迫った少年を、狂相で睨むバーサーカー。

 

 だが、既にアサシンは攻撃態勢に入っている。

 

「んッ!!」

 

 真一文字に振りぬかれる刀。

 

 その一閃が、バーサーカーの喉元を斬り裂く。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 苦悶の咆哮を上げるバーサーカー。

 

 ここに来てようやく、大ダメージが入った。

 

 だが、

 

 それでも尚、巨大なる英雄は倒れない。

 

 全身の激痛に襲われながらも、それでも両足を踏ん張って耐える。

 

 しかし、それでも動きは確実に止まった。

 

 だからこそ、

 

 最後の一手に賭ける。

 

「美遊ッ!!」

 

 振り返りながら叫ぶアサシン。

 

 その視線の先では、

 

 手にした剣の切っ先を真っすぐに構えた、美遊の姿があった。

 

 地を蹴る美遊。

 

 同時に魔力を放出して、加速度を上げる。

 

 バーサーカーも、突撃してくる美遊に気付き、迎撃しようと斧剣を振り翳す。

 

 だが、もう遅い。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 突き込まれる切っ先。

 

 その一撃は、

 

 立ち尽くすバーサーカーの心臓を、確実に刺し貫いた。

 

 一瞬の静寂が、戦場にもたらされる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ややあって、剣を引き抜く美遊。

 

 同時に、

 

 バーサーカーの巨体が、轟音を上げて地に倒れた。

 

「・・・・・・・・・・・・やった」

 

 その様子を背後で見ていた立香が、声を上げる。

 

 マシュ、アサシン、そして美遊。

 

 3人が力を合わせ、巨大な英雄を撃ち倒したのだ。

 

 その時、

 

 通信機が鳴り響き、カルデアとの回線が繋がった。

 

 同時に、ロマニの声が聞こえてくる。

 

《遅れてすまない。こちらもようやく、レイシフトの準備が整ったッ 世界が崩壊する前に脱出しよう!!》

 

 言っている内に、周囲の光景が崩れ始める。

 

 本当に、この特異点Fが崩壊し始めているのだ。

 

「先輩ッ!!」

 

 駆け寄ってくるマシュ。

 

 その後ろから、アサシンと美遊も続いて駆け寄ってくる。

 

 それを立香は、笑顔で迎える。

 

 苦難の連続で、マシュ達には本当に苦労を掛けてしまった。

 

 勿論、まだ何も終わっていない。

 

 レフの事。

 

 世界の事。

 

 考えなければならない事は山のようにある。

 

 だがしかし、今はただ、生き残れた幸運を、共に分かち合いたかった。

 

 次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟く、不吉な咆哮。

 

 驚いて振り返る一同の視線の先で、

 

 倒れたはずのバーサーカーが、再び立ち上がっている様子が映し出される。

 

《まずいッ バーサーカーはまだ死んでないッ 来るぞ!!》

 

 悲鳴じみたロマニの警告。

 

 見れば、アサシンや美遊によって受けた傷も、殆ど塞がっている。

 

 ほぼ完全復活と言っても過言ではない。

 

 再び、斧剣を振り翳して向かってくるバーサーカー。

 

 その凶悪な視線は、

 

 最後尾を走っていたアサシンと美遊を捉える。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしながら、前へ出て刀を構えるアサシン。

 

 レイシフトまであと少し。

 

 だが、バーサーカーが追い付く方が早い。

 

「美遊、行って!!」

「でもッ」

 

 逡巡する美遊を守るように、アサシンは前へと出る。

 

 これ以上は、防ぐことはできない。

 

 だが、

 

 せめて、

 

 彼女だけでも。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ・・・・・・詰めが甘いぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り下ろされた斧剣が弾かれる。

 

 足を止める、幼き少年少女。

 

 その2人を守るように、立ち出でる背中。

 

 手に握りしは、

 

 黒白の双剣。

 

 アサシンと美遊を守るように、

 

 既に消え去ったはずの男が、向かい来る暴虐の前に敢然と立ちはだかっていた。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

「ここは抑える。行け」

 

 干将・莫邪を構えながら、アーチャーが振り返らずに告げる。

 

 その身は、アサシンとの戦いで瀕死。

 

 そもそも、現界する事すら既に不可能。この場にいる事すら非常識と言っても過言ではない。

 

 だが、それでも彼は立ち続けた。

 

 己の大切な物を守るために。

 

「アーチャーさん・・・・・・どうして?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねる美遊。

 

 だが、アーチャーは答えない。

 

「行け」

 

 短くそれだけ言うと、

 

 黒白の双剣を構えて、バーサーカーに挑みかかる。

 

 その後ろ姿を、美遊は不思議そうな眼差しで見つめる。

 

 アーチャーとは、彼がセイバー陣営に組み込まれてから、何度か顔を合わせている。

 

 セイバーの配下となった3騎の中では、比較的理性を保っており、セイバーのいわば「右腕」的な立ち位置にいた。

 

 だが、それだけである。

 

 彼がなぜ、こんな風に自分たちを守ってくれるのか、美遊には理解できなかった。

 

 理解できないと言えば、自分の傍らにいるアサシンの少年もそうだ。

 

 少なくとも美遊は、この少年に見覚えは無い。

 

 だが、

 

 彼らを見るたびに、何かが胸の内から沸き立つような思いにとらわれるのだ。

 

 まるで、自分の中にある何かが、そう訴えかけて来ているような感覚。

 

 と、

 

「行こ、美遊」

「え、ええ」

 

 手を引かれるまま、美遊は走り出す。

 

 そんな彼女の後を走るアサシンは、最後に少しだけ振り返って、アーチャーを見やる。

 

 交わる視線。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頼んだぞ

 

 

 

 

 

 ん、判った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサシンと美遊が遠ざかるのを見て、アーチャーは再び前を向く。

 

 これで、良い。

 

 これでもう、自分には思い残す事は何もない。

 

 あとはこの命尽き果てるまで、戦い続けるのみ。

 

 向ける視線の先には、最強の英霊が立つ。

 

 あれだけの激戦を潜り抜けて尚、その存在には一切の衰えが無い。

 

 瀕死の弓兵1人、縊り殺すくらい訳ない事だろう。

 

 だが、

 

 アーチャーは躊躇う事無く立ちはだかる。

 

「お前が攻めて、私が守る。奇しくも、『あの時』と同じだな、バーサーカー」

 

 静かに告げるアーチャー。

 

 その口元には、皮肉げな笑みを浮かべている。

 

「だが、あの時とは明らかに違う事が、一つだけある」

 

 咆哮を上げるバーサーカー。

 

 斧剣を振り上げ、不遜な弓兵に向かって襲い掛かる。

 

「今の貴様には、守るべき何物も存在しない」

 

 黒白の双剣を構え、

 

 アーチャーは駆ける。

 

「だがッ!!」

 

 距離を詰める、アーチャーとバーサーカー。

 

「私には、あるッ!!」

 

 次の瞬間、互いの剣戟でもって斬り結んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い、旅路だった。

 

 ような気がする。

 

 いっそ、全てが夢だったような気さえ、した。

 

 目を開きながら、立香はぼんやりとそんな事を考えた。

 

 と、

 

「おはようございます。先輩」

 

 傍らから聞こえてきた声に、立香は振り返る。

 

 そこでようやく、自分がベッドで寝ていた事を知る。

 

 レイシフトとは、本人の魂が肉体から抜けてタイムスリップするような物だという。つまり、レイシフト中、意識は対象となる時代に飛んでいるが、肉体は変わらずカルデアにあり続けたのだ。

 

 恐らく、管制室での惨事がある程度落ち着いたので、カルデアの職員が運んでくれたのだろう。

 

 振り返った立香の目には、柔らかく微笑む後輩の姿があった。

 

「マシュ・・・・・・そうか、無事だったんだな」

 

 あの管制室の大惨事で、瀕死の重傷を負っていたマシュ。

 

 ひょっとしたら、レイシフトが終わったらマシュは死んでしまっているのではないか、という想いがどこかにあった。

 

 だが、それは杞憂であったらしい。

 

 マシュは五体満足な姿で、立香の前に座っていた。

 

「先輩のおかげです。先輩があの時、私の手を握ってくれたから」

 

 そう言うと、マシュは立香の手を取る。

 

 あの時、立香がマシュにしてあげたように。

 

 その温もりが、生きている実感を立香に伝えてくる。

 

「ありがとうございました、先輩」

「マシュ・・・・・・・・・・・・」

 

 辛い初陣を、共に乗り切った2人は、そう言って微笑み合う。

 

 と、

 

 そこで立香は、気になっている事を尋ねた。

 

「そう言えば、凛果は?」

 

 一緒にいたはずの凛果。

 

 大切な妹の安否は、立香にとって真っ先に確認しなくてはならない事だった。

 

「わたしなら、ここだよ」

 

 聞きなれた声に導かれて、振り返る立香。

 

 その視線の先には、立香を挟んでマシュとは反対側に座る妹の姿があった。

 

「もう、兄貴、寝すぎ。そのまま起きないのかと思っちゃったよ」

 

 口を開けば飛び出す憎まれ口。

 

 間違いなく、妹の凛果の物だった。

 

「でもま、こうしてまた、無事に会えたから何よりだよ」

「ああ、お互いな」

 

 そう言って、笑い合う藤丸兄妹。

 

 立香はベッドから身を起こし、状態を確認する。

 

 問題は無い。

 

 起きたばかりでまだ頭がぼーっとするが、それ以外に異常は見られなかった。

 

 自分の状態が確認できたところで、立香は最も気になっていた事を尋ねた。

 

「所長は、どうした?」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねた立香に対し、凛果とマシュは顔を見合わせると、揃って首を横に振る。

 

 できれば本当に、

 

 あれだけは幻であってほしかった。

 

 断末魔の悲鳴を上げて、カルデアスに飲み込まれていくオルガマリー。

 

 信じていたレフに裏切られ、殺された彼女の無念は、計り知れない物があった。

 

「・・・・・・そうか」

 

 力なく頷く立香。

 

 助けられなかった。

 

 その想いに、打ちひしがれる。

 

 もし、

 

 あの時、もっと手を伸ばしていたら、あるいは助けられていたかもしれない。

 

 そう思うと、猶更だった。

 

 だが、

 

「自分を責めないでよ、兄貴」

 

 そんな立香の様子を見て、凛果が話しかけた。

 

「あの状況じゃ、誰も所長を助けられなかったはずだよ。兄貴のせいじゃない」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 妹の気遣いが身に染みる。

 

 だが、

 

 それでも尚、立香は思ってしまう。

 

 もっと、何かできる事があったのではないか、と。

 

 それがいかに不毛な事だと知りながらも、考えずにはいられなかった。

 

 と、

 

 その時、扉が開き、誰かが入ってくる気配がした。

 

 振り返る立香。

 

 そこで、

 

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 絶句した。

 

 なぜなら、

 

 入ってきた人物は2人。

 

 その2人に、立香は見覚えがあった。

 

 だが、同時に、この場所にいるはずがない人物でもあったのだ。

 

「おじゃまします」

「ん、立香が、起きたって聞いた」

 

 声を掛けて部屋の中に入ってくる人物は、この中でもひときわ小柄な体格をした少年と少女。

 

 アサシンと美遊。

 

 あの炎上した街で、共に戦った戦友たちだった。

 

「その・・・・・・実は、レイシフトが終わってカルデアに戻ると、なぜかお2人も、いつの間にか、一緒にこちら側にいたんです」

 

 驚く立香を察して、マシュが苦笑気味に説明する。

 

 どうやら、レイシフトに巻き込まれた影響ではないか、との事だったが、詳細な事はよく分かっていないらしい。

 

 美遊もアサシンも、今はそれぞれ、特異点Fで着ていたような英霊としての恰好ではなく、立香や凛果と同じ、カルデア制服の身を包んでいる。もっとも、小柄な2人の体格に合うサイズの服が元々カルデアにあったとも思えない。2人のレイシフトに合わせて、大急ぎで用意したのだろう。

 

「そっか・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな2人を見て、立香は微笑む。

 

 色々と重苦しい事の連続で、気が滅入りそうになっていた。

 

 だが、

 

 こうして2人が共にカルデアに来てくれた事は、立香にとっても嬉しい事だった。

 

 ベッドから立ち上がる立香。

 

 そのまま歩み寄ると、手を差し出した。

 

「改めて、よろしくな」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 差し出された手を、キョトンとした顔で握り返すアサシン。

 

 そこでふと、思い出したように立香は言った。

 

「で、そろそろ教えてくれても良いんじゃないか、君の名前?」

 

 言われて、

 

 皆が思い出す。

 

 そう言えば、まだアサシンの真名を聞いていなかったのだ。

 

 どうやら、当のアサシンもそれは一緒らしい。タイミングを外したせいで、名乗るのをすっかり忘れてしまっていた。

 

 改めるように、立香の目を真っすぐに見るアサシン。

 

 そして、

 

「・・・・・・・・・・・・衛宮響(えみや ひびき)

 

 淡々とした声で、自己紹介する。

 

「ん、よろしく」

 

 

 

 

 

第10話「傷だらけの生還」      終わり

 

 

 

 

 

特異点F「炎上汚染都市冬木」 定礎復元

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1人、カルデアの廊下を歩くロマニ。

 

 本当に、大変な事になった。

 

 レフ・ライノールの裏切り。

 

 オルガマリーをはじめとして、多くの犠牲者。

 

 世界の崩壊。

 

 あまりに過酷な運命を前にして、眩暈さえしてくる。

 

 だが、

 

 たとえ瞬きする一瞬たりとも、彼には呆けている暇などなかった。

 

 恐れていた事態が、ついに起きてしまったのだ。

 

 それも、予想を遥かに超える最悪の形で。

 

 ならば、恐れずして立ち向かわなくてはならない。

 

 幸いにして、マシュをはじめ、カルデアには戦えるサーヴァントが3人いる。

 

 マスター候補である立香と凛果兄妹も、無事に特異点Fを乗り切ってくれた。

 

 まだまだ未熟な彼等だが、しかし、その可能性には大いに期待できるだろう。

 

「・・・・・・負けるわけには、いかないからね」

 

 誰にともなく呟くロマニ。

 

 その足が、ある部屋の前で止まった。

 

 専用のカードキーを差し込んで、ロックを解除すると、周囲に誰もいない事を確認してから足を踏み込んだ。

 

 部屋の中は殺風景で、机と椅子、そしてベッド以外は何もない。

 

 そのベッドの上で、

 

 胡坐をかくようにして、静かに目を閉じている人物が1人。

 

 対して、ロマニは苦笑しながら声を掛けた。

 

「やあ、調子はどうだい? 君の気持も分かるが、まだ無理はしないでくれよ」

 

 気さくに声を掛けるロマニ。

 

 対して、

 

 相手はゆっくりと、目を開いた。

 




オリジナルサーヴァント紹介




衛宮響(えみや ひびき)

【性別】男
【クラス】アサシン
【属性】中立・中庸
【隠し属性】人
【身長】131センチ
【体重】32キロ
【天敵】??????

【ステータス】
筋力:C 耐久:D 敏捷:A 魔力:E 幸運:B 宝具:C

【コマンド】:AAQQB

【宝具】??????

【保有スキル】
〇心眼(真)B
1ターンの間、自身に回避状態付与。

〇??????

〇??????

【クラス別スキル】
〇気配遮断:B
自身のスター発生率アップ。

〇単独行動:C
自身のクリティカル威力をアップ。

【宝具】
??????

【備考】
 特異点Fにおいて、藤丸凛果の声に応じる形で召喚されたサーヴァント。小柄で表情に乏しく、何を考えているのか判らないところがある。言動にもやや幼さが感じられるが、その戦闘能力は本物。敏捷を活かした戦術を得意とする。英霊化した美遊に対し、何か思うところがある様子。





朔月美遊(さかつき みゆ)
【性別】女
【クラス】セイバー
【属性】秩序・善
【隠し属性】地
【身長】134センチ
【体重】29キロ
【天敵】??????

【ステータス】
筋力:C 耐久:C 敏捷:B 魔力:A 幸運:A+ 宝具:B

【コマンド】:AAQBB

【宝具】??????

【保有スキル】
〇直感:B
スターを大量獲得。

〇??????

〇??????

【クラス別スキル】
〇対魔力:B
自身の弱体耐性をアップ

〇騎乗:C
自身のクイックカードの性能を、少しアップ。

【備考】
 元々は冬木市にある旧家出身の少女。朔月家が用意した「小聖杯」として聖杯戦争に参加した彼女は、そこでセイバー「アルトリア・ペンドラゴン」と出会い、共に戦う。特異点の崩壊後も、セイバーの願いによって生かされ続けた彼女は、セイバーの消滅の際、彼女の霊基を受け継ぐ形で英霊化する。その姿は、アルトリア・ペンドラゴンの若き日の姿を模している。



アサシンの真名発覚。
ナニーソーダッタノカー!!(爆

それにしても、

イリヤ、クロ:133センチ
美遊:134センチ
ジャック:134センチ
ナーサリー:137センチ
ジャンヌ・リリィ:141センチ
ネロ:150センチ
小ギル140センチ
アナ:134センチ
ステンノ、エウリュアレ:134センチ

響、背ちっちゃ!!(爆


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章 邪竜百年戦争「オルレアン」
第1話「恩讐の焔」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦1431年 フランス某所

 

 かがり火がたかれた地下室に、炎が映し出す影が揺らぐ。

 

 闇の中から浮かび上がるのは、人の怨念か? あるいは憎悪の発露か?

 

 中央に描かれた魔法陣の中で、少女は一心に祈りを捧げていた。

 

 美しい少女だ。

 

 銀の髪に白い整った顔立ち。咲き誇る可憐な花のような印象のある少女。

 

 しかし、

 

 漆黒の鎧に身を包んだ少女は、神聖な雰囲気を出しながらも、どこか名状しがたい、煉獄の炎にも似た感情がにじみ出ていた。

 

 例えるなら、精巧な器の中を、ドロドロの汚泥を満たしたかのような、そんな雰囲気。

 

 胸の内にある滾った物を、少女は吐き出す時を待ちわびているかのようだった。

 

「・・・・・・・・・・・・告げる」

 

 少女の口から、低い声がささやかれる。

 

「汝の身は我が下へ、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意この理に従うならば、答えよ」

 

 暗い地下室の中で、少女の声だけが響き続ける。

 

「誓いをここに。我は常世総ての悪を敷くもの。されど汝は、その眼を混沌に曇らせ侍るべ。汝、狂乱の檻に囚われし者。我は、その鎖を手繰る者・・・・・・・・・・・・」

 

 詠唱を続けるうちに、

 

 少女の足元にある魔法陣が輝きを増していく。

 

「汝、三大の言霊を纏う七天・・・・・・・・・・・・」

 

 光はやがて増大する。

 

 少女の姿すら、もはや視認する事も出来なかった。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 言い放った瞬間、

 

 輝きは地下室全てを包み込む。

 

「おお・・・・・・・・・・・・」

 

 傍らに控えていたローブ姿の男が感嘆の声を上げる中、

 

 輝きは徐々に収束していく。

 

 やがて、光が完全に消え去った時、

 

 部屋の様子は一変していた。

 

 つい先刻まで、確かに部屋の中には少女と男しかいなかった。

 

 だが今、

 

 花のように可憐な出で立ちの剣士

 

 幽鬼のような顔立ちに、漆黒の衣服に身を包んだ壮年の男性

 

 獣のような耳と尻尾を持つ狩人

 

 顔には仮面を付けた素顔を伺い知る事の出来ない女性

 

 どこか清廉な雰囲気を持つ女性

 

 それらの人物が忽然と現れ、少女の前に膝を突いていた。

 

 その様子を見て、少女は満足げに頷きを返す。

 

「良く来ました。我が同胞(サーヴァント)達。私が、あなた達のマスターです」

 

 少女の言葉に対し、サーヴァント達は黙したまま頭を垂れて聞き入っている。

 

「召喚された理由は判りますね? 破壊と殺戮、それが私から下す尊命(オーダー)です」

 

 花のように可憐な声で、少女は殺戮の宣言を行う。

 

「春を騒ぐ街があるなら思うままに破壊なさい。春を謳う村があるなら思うまま蹂躙なさい。どれほど邪悪であれ、どれほど残酷であれ、神は全てをお許しくださるでしょう。罰を与えになるならば、それはそれで構いません。それは、神の実在と、その愛を証明する手段に他ならないのですから」

 

 そう、

 

 この世に神がいるならば、今すぐ自分を罰してみるがいい。

 

 かつて、自分をそうしたように。

 

 少女の態度には、不遜とも取れる自信に満ち溢れていた。

 

 例え神であろうと、自分の歩みを止める事は出来ないという。

 

 言い終えてから少女は、傍らに控えていた男に向き直った。

 

「それではジル。『彼』を連れて来て頂戴」

「はい。畏まりました」

 

 命じられて、ジルと呼ばれた男は恭しく頭を下げる。

 

 見れば、その男の出で立ちも異様だった。

 

 ぼさぼさに伸ばした髪に、やせこけた顔立ち。目だけは異様に大きく見開かれている。

 

 悪魔めいた容貌の男は、命じられるままに立ち上がる。

 

 そこでふと、何かを思い出したように、少女は男を呼び止めた。

 

「ところでジル、手は出してないでしょうね?」

「もちろんですとも」

 

 言われるまでもない、と言った感じに頷きを返す、ジルと呼ばれた男。

 

 そんな少女に対し、今度はジルの方から声を掛けた。

 

「それで、『処遇』の方は、よろしいですね?」

 

 尋ねた男に対し、

 

 少女は不機嫌そうに視線を細める。

 

 と、

 

「ハッ バッカじゃないの、ジル。いつまでも愚かだと殺すわよ」

 

 少女はそれまでの清楚な雰囲気を自らぶち壊すように、乱暴な口調で言い放った。

 

「ジル。あなたはその日の食事の際、フォークをどう使うかで悩んだりする訳? それと同じことよ。彼をどうするか、なんて考えるまでもない些事ですので」

「・・・・・・畏まりました」

 

 聞かれるまでもない事だ。

 

 少女の言葉を受け、男は今度こそ部屋を出て行く。

 

 暫くして戻ってきたジル。

 

 その手は、縛られた男を引き立てていた。

 

 頭からズタ袋をかぶせられ、両腕を後ろ手に縛られた男は、何事かを喚いているが聞き取る事が出来ない。

 

 着ている服を見るに、かなり裕福な人物。それも権力を持った高位の人物である事が伺える。

 

「外しておあげなさい」

「はい」

 

 少女に促され、ジルは男の頭を覆うズタ袋を外す。

 

 と同時に、視界と呼吸が回復した男の喚き声は、一際大きくなった。

 

「き、貴様らッ この私を誰だと思っている!? 私にこのような狼藉を働いて、タダで済むとでも思っているのか!?」

 

 居丈高に言い放つ男。

 

 壮年の域に入っている男は、たるみ切った頬を怒りに振るわせて叫ぶ。

 

 やはり、くらいの高い人物なのであろう事は、その態度を見ればわかる。

 

 恐らく今までは、彼が声を荒げれば、あらゆる人物が慌てて首を垂れて許しを乞うた事だろう

 

 当然、目の前の者達もそうなるだろうと思っていた。

 

 だが、

 

 少女も、ジルも、

 

 そして、その他のサーヴァント達も、誰1人としてひれ伏す事は無かった。

 

「き、貴様らァッ!!」

 

 侮辱されたと感じた男は、顔面を真っ赤に染めて怒りに震える。

 

 と、

 

 そこで少女が、喚き散らす男の前に進み出た。

 

 その様子に反応したように、男が振り返る。

 

「答えろッ 答えないか、そこの・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかける男。

 

 だが、

 

 その視線が少女の姿を見た瞬間、

 

「ヒ、ヒィィィィィィィィィィィィ!?」

 

 思わず、その場で腰を抜かして座り込んでしまった。

 

 少女の存在は、男にとっては文字通り、悪魔の顕現に他ならなかった。

 

 なぜなら、少女は「絶対に」この場に、

 

 否、

 

 「この世にいてはいけない存在」だからだ。

 

 僅か、3日前の話だ。

 

 異端審問官として神に仕えている男は、目の前にいる少女を「異端者」として処刑した。

 

 否定し、蹂躙し、嘲弄し、罵倒し、侮辱し、凌辱し、そして最後には火炙りにして灰になるまで燃やし尽くしたはず。

 

 少女の姿が炎に焼かれて灰になり、ボロボロに崩れ落ちるのを男は見ている。

 

 だから、少女がこの場にいるはずが無いのだ。絶対に。

 

 いるとすれば、地獄から這い戻った悪魔だけである。

 

 そんな恐怖に駆られる男を、少女は薄笑いを浮かべて見つめる。

 

「ああピエール!! ピエール・コーション司教!! お会いしとうございました!! 貴方の顔を忘れた日は、一日たりともございません!!」

 

 本当にうれしそうに告げる少女。

 

 だが、

 

 その根底から湧き出る地獄のような炎にも似た感情は隠しようが無かった。

 

「馬鹿な!! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な!! あり得ない!! お、お、お、お前は・・・・・・お前が何で、ここにいるゥゥゥ!? 」

 

 恐怖の為に、今にも意識が途切れそうなピエール。

 

 だが、その意識は辛うじて保ち続けている。

 

 もっとも、

 

 この後の展開を考えれば、いっそ気を失ってしまった方が彼には幸せだったかもしれないが。

 

「三日前、確かに死んだはずだ!! じ・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、言葉を止めるピエール。

 

 それ以上言えば、己の命が危うくなることを本能的に察したのだ。

 

 もっとも、それはまったくもって無意味でしかなかったのだが。

 

 なぜなら、直後に少女の方が口を開いたからだ。

 

「『地獄に落ちたはずだ』ですか? 確かに、そうかもしれませんね、司教」

 

 確かに、少女はあの時、炎に焼かれて死んだ。

 

 人々から否定され、自分の持つ全てを奪われて地獄へと落とされた。

 

 だが、少女は死にきれなかった。

 

 そして地獄から舞い戻ったからこそ、今ここにいるのだ。

 

 そんな男に対し、少女は笑いかける。

 

「さあ、どうします司教? あなたが異端だと断じて処刑した女が目の前にいるのですよ? 十字架を握り、神に祈りを捧げなくてもよいのですか? 私を罵り、嘲り、踏みつけ、蹂躙しなくてもよいのですか? 邪悪がここにいるぞ、と。勇敢な獅子のように吠えなくても良いのですか?」

 

 挑発するように、少女は告げる。

 

 それはわずか数日前、ピエールが少女に対して行った行為。

 

 分厚い権力と、多くの兵士と、神の加護と言う鉄壁に守られた内側で彼は、捕らえられ、蹂躙され、無力となり、それでも神を信じて己の清廉さを損なわない少女を断罪したのだ。

 

 たった1人で戦い続けた少女を、よってたかって貪りつくしたのだ。

 

 何も難しい事は無い。それと同じことをするだけである。

 

 もっとも、今この場では、彼を守る権威は一切無いのだが。

 

 だが、そんな事は関係ないだろう。ピエールが真に神に仕える聖職者であるならば、同じことができる筈なのだ。

 

 あの時と同じように堂々と、声高らかに、弁舌でもって少女を貶め、断罪する事ができる筈。

 

 何しろ彼に言わせれば、少女こそが異端の魔女なのだから。

 

 そして異端者を裁く事こそが、彼が神から与えられた使命なのだから。

 

「た・・・・・・・・・・・・」

 

 だが、

 

「たす、けて。助けてくださいッ!! 何でもします!! だから助けてくださいッ!! 助けてくださいッ!!」

 

 ピエールがしたのは神への祈りでも、少女の断罪でもなく、

 

 無様に床にはいつくばって、命乞いをする事のみだった。

 

 それも、ほんの数日前、自らの手で処刑した相手に対して。

 

「何でもしますッ!! 助けてくださいッ!! お願いしますッ!!」

 

 そこには聖職者として、

 

 否、

 

 人としてのプライドすらない。

 

 ただただ、醜い生への執着。

 

 己が少女をはじめ、多くの人々に対してしてきた事を忘れ、自分だけが助かりたいという浅ましい精神が見て取れる。

 

 この姿を見るだけで、彼の神への信仰が、いかに上辺だけの物に過ぎないかが見て取れる。

 

 そんなピエールの姿を見て、少女はさも可笑しそうに高笑いを上げた。

 

「ねえ、聞いたジル? 『助けて下さい、助けてください』ですって。私を縛り、嗤い、焼いた、この司教が!! 私を取るに足らない、虫けらのように殺されるのだと、慈愛に満ちた眼差しで語った司教様が命乞いをしているわ!!」

 

 ひとしきり笑う少女。

 

 その間にもピエールは、必死になって命乞いを続けている。

 

 ほんの僅か、少女が気を変えれば、その瞬間、ピエールの命は奪われる事だろう。

 

 だからこそ、必死になって命乞いを続けた。

 

 ややあって、笑いを止めた少女は冷ややかな目でピエールを見据えた。

 

「ああ、悲しみで泣いてしまいそう。だって、それでは何も救われない。そんな紙のような信仰では天の主に届かない。そんな羽のような信念では大地に芽吹かない。神に縋る事を忘れ、魔女に貶めたわたしに命乞いするなど、信徒の風上にも置けません」

 

 言いながら、少女はピエールに対して手を翳す。

 

「判りますか司教? 貴方は今、自分で自分を異端であると認めたのですよ」

 

 それは滑稽以外の何物でもなかった。

 

 異端審問官が、自ら異端であると告白するなどと。

 

 少女からすれば、溜飲が下がる想いである。

 

「ほら、思い出して司教。異端者はどのように処されるのでしたっけ?」

 

 言いながら、

 

 少女の手には炎が躍る。

 

 黒い、地獄の業火のような炎。

 

 其れは即ち、神を信じながら、異端として処刑された少女の、復讐の炎に他ならなかった。

 

「イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ、助けてくださいッ 助けてくださいッ 助けてくださいッ 助けてくださいッ!!」

 

 もはや狂ったオルゴールのように、それだけを繰り返すしかなくなったピエール。

 

 だが、

 

「残念」

 

 少女は笑いながら告げる。

 

 本当に、

 

 心の底から楽しそうに、

 

「救いは品切れです。この時代には免罪符もまだありませんし」

 

 無慈悲な断罪は告げられる。

 

 かつて、彼がそうしたように。

 

「さあ、足元から行きましょうか。私が聖なる炎に焼かれたなら、お前は地獄の炎に、その身を焼かれるがいい!!」

 

 放たれる炎。

 

 それは一瞬にして、ピエールの体を覆いつくす。

 

 文字通りの地獄の業火が、彼の体を焼き尽くしていく。

 

 そうなりながらも、ピエールは叫び続ける。

 

「助けてくださいッ 助けてください!!」

 

 自らの命乞いを。

 

「イヤだァァァァァァ 死にたくないィィィィィィ 誰か、誰か、助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 だが、彼の祈りの言葉は、ついに天へは届かなかった。

 

 そして、

 

 やがて訪れる、永遠の脱落。

 

 その瞬間、

 

 ピエールは最後に叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャンヌ・ダルクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰も残さずに焼き尽くされたピエール司教を、何の感慨も無くジャンヌ・ダルクは見下ろしている。

 

 この男は、僅か3日前に彼女を炎で嬲り殺しにした。

 

 神の御名と言う大層な大義名分のもと、火あぶりの刑に処したのだ。

 

 そのピエール自身が、蘇ったジャンヌ・ダルクに火あぶりにされたのだ。これほどの意趣返しは他にあるまい。

 

「ハッ 本当に、最後までくだらない男だったわね。こんな奴が司教だというのだから、神なんて言う存在も、大した事が無いのでしょう」

 

 もはや、死者への侮蔑を隠す事も無く、ジャンヌは言い放つ。

 

 その視線は、居並ぶサーヴァント達へと向けられる。

 

 これから宴が始まる。

 

 楽しい楽しい、殺戮の宴だ。

 

「喜びなさい猟犬(サーヴァント)達。残った聖職者たちの処分は、あなた達に任せます」

 

 まるで飼っている犬に肉を与えるように、

 

 ジャンヌは気安い気持ちで言い放つ。

 

「魂を食らいなさい。肉を食いちぎりなさい。湯水のように血を啜りなさい。聖女も英雄も、老若男女の分け隔てなく、悉くを殺しつくしなさい。その為に、あなた達全員に狂戦士(バーサーカー)としての特性を付与しました」

 

 やがて、この地に広がるであろう地獄の光景。

 

 その有様を想像するだけで、少女の心が湧きたつようだ。

 

 もうすぐだ。

 

 もうすぐ、全ての終わりが始まる。

 

 その為の準備は、すでに整っているのだ。

 

「私の願いはただ一つ。このフランスが成した過ちを一掃する事。主の御名を証明できなかった人類に価値はありません。全てを蹂躙し、灰燼と帰すのです」

 

 言い放つと同時に振り上げられる旗。

 

 そこには、白地に漆黒の竜を象った紋章が刺繍されている。

 

「さあ、始めましょう」

 

 少女は高らかに言い放つ。

 

「わたし達の真の戦い。邪竜百年戦争を」

 

 

 

 

 

第1話「恩讐の焔」      終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話「カルデア特殊班」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、そこは見知らぬ天井だった。

 

 回らぬ思考で、ぼんやりと考える。

 

 ややあって、

 

「・・・・・・ああ、そうか」

 

 朔月美遊(さかつき みゆ)は、すぐにここが見慣れた自分の家ではなく、カルデアの自室である事に気が付いた。

 

 眠い目をこすりながら、朔月美遊は状況を理解してベッドから起き出す。

 

 洗面所に行き顔を洗ってから、用意していた服に着替える。

 

 白のジャケットに、黒のスカート。

 

 このカルデアの制服である。サイズも美遊の小柄な体格に合わせてある。

 

 ここに来た当初は、もともと着ていた私服以外、服らしい服は殆ど持っていなかったが、今は被服製造機を使って色々作ってもらい、それなりのバリエーションは支給されていた。

 

 この制服自体が一種の魔術礼装であるらしいから、カルデアの技術には驚かされる。

 

 美遊達がこのカルデアに来て半月。まだまだ判らない事も多い。

 

 特に、技術的な面で美遊がいた時代とは少し異なる為、微妙な勝手の違いを感じる事もあった。

 

 まったく同一ではなく、さりとて完全に異なると言う訳でもない。

 

 その微妙な差異が、美遊の感覚を狂わせていた。

 

 とは言え、ここでの生活は長い物になりそうである。早く、色々な事に慣れなくてはならなかった。

 

 着替えを終えた美遊は、部屋に置かれた鏡の前に立ち、身だしなみをチェックする。

 

 不備は無い。

 

 ひとつ頷くと、美遊は部屋を出た。

 

 今日はいよいよ、ロマニから新たなレイシフトの発表がある。

 

 ロマニから連絡があったのは、昨夜の事である。

 

 連日、後方支援スタッフと共に解析作業に当たっていたロマニは、ついに次なる特異点の年代と場所を特定する事に成功したという。

 

 いよいよ、次の戦いが始まるのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 掌を、ギュッと握りしめる。

 

 緊張は、否が上でも高まろうとしていた。

 

 不安はある。

 

 セイバー、アルトリアの霊基を写し、自らセイバーのサーヴァントとなった美遊だが、戦闘経験はそれほど多いと言う訳ではない。

 

 かつて故郷で行われた聖杯戦争を戦い抜いたとはいえ、直接的な戦闘はアルトリアが行っていた。美遊は彼女に対する魔力供給と、若干の援護を担当したくらいである。

 

 経験と言う意味では、美遊は殆ど素人と変わらなかった。

 

 うまく、できるだろうか?

 

 そんな想いが、脳裏によぎる。

 

 だが、自分が足を引っ張れば、累はマスターである立香や凛果へと及ぶことになる。

 

 サーヴァントである以上、敗北は許されなかった。

 

 それに、

 

 聖杯戦争の時と同様に、美遊には頼るべき仲間もいるのだから。

 

「・・・・・・・・・・・・あ」

「・・・・・・ん?」

 

 と、そこで、

 

 廊下の角を曲がって来た人物と、ばったり顔を見合わせた。

 

 茫洋とした視線が、真っすぐに美遊へと向けられてきていた。

 

 自分よりも小柄で、あどけなさの残る顔。

 

 それでいて、その小さな体から発せられる雰囲気は、どこか達観しているようにも見える。

 

 衛宮響(えみや ひびき)

 

 美遊と同じサーヴァントであり、今は同じマスターを頂く、言わば「同僚」とでも言うべき存在である。

 

「ん、美遊、おはよ」

「お、おはよう」

 

 口数が少ない響。

 

 美遊もおしゃべりと言う訳ではないが、この少年は輪をかけて無口である。

 

 そのせいで、未だに名前以外の事は判っていない。

 

 どの時代の、どんな英霊なのか?

 

 そもそも、「衛宮響」などと言う英雄は歴史上、聞いた事が無い。

 

 容姿や名前の発音から察するに、日本由来の英雄だとは思うのだが、それも怪しい。そもそも名前が真名だとは限らないし、格好にしても、その英霊の生前の活躍によっては、江戸時代以前の英霊であっても洋装で現れる事もあるという。

 

 結局、響に関しては名前以外、何も判っていないのが現状だった。

 

「ん、どうかした?」

「え?」

 

 黙って考え事をしている美遊の顔を覗き込むように、響が怪訝な顔つきで見つめてきている。

 

 どうやら、彼の事を考えている内に、ついつい黙り込んでしまっていたらしい。

 

「な、何でもない」

「・・・・・・ふーん」

 

 慌ててそっぽを向く美遊に、響は不審げな眼差しを向けてくる。

 

 そんな響の視線から逃れるように、前を歩き出す美遊。

 

 その背後から、少し遅れて響が着いてくる気配を感じる。

 

 行くのが同じ管制室なのだから、歩く方向も同じになるのは当然だった。

 

 響は無言のまま、美遊の後を着いてくる。

 

 何だか、不思議な感覚だった。

 

 美遊は心の中で首をかしげる。

 

 そもそもなぜ、自分はこの少年の事が気になるのだろう? まったく知らないはずの、この少年の事を。

 

 だが、いくら考えても答えが出る事は無い。

 

 そして、

 

 響もまた、美遊の質問に答えないであろう事は、容易に想像できるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響と美遊が揃って管制室の中に入ると、既に主要なメンバーは揃っていた。

 

 天井に設けられた疑似地球環境モデル「カルデアス」と、それを囲むようにして空中に配置された近未来観測レンズ「シバ」。

 

 カルデアをして、人理の砦たらしめている2大発明品の下で、一同は年少組2人を待っていた。

 

「あ、響、美遊、おはよう。やっと来たね」

 

 苦笑しながら出迎えたのは、マスターである藤丸凛果だった。

 

 元々は響のマスターであったが、今は美遊にとってもマスターでもある。

 

 因みに、2人の呼び方についてだが、当初は響の事は「衛宮」と呼称してはどうか、という意見もあった。その方が、呼びやすいという理由からである。

 

 だが、その案は当の響自身によって却下された。

 

 曰く「アサシン・エミヤだと、誰かと被りそうだから」だとか。

 

 何のこっちゃ?

 

 一方、美遊も、自分の事は「美遊」と呼んでくれるよう、皆に了解を取っている。

 

 彼女の霊基の元になったのは、彼女のかつてのサーヴァントである騎士王「アルトリア・ペンドラゴン」である。それ故、彼女自身もまた「アルトリア」の1人であると受け取る事も出来る。

 

 だが美遊は、「自分はアルトリア自身ではなく、セイバーから想いと剣を受け継いだだけだから」と言った。こちらは幾分、健全(?)な理由である。

 

 本来の聖杯戦争において、サーヴァントはマスター1人に対して、1人が基本となる。

 

 1人のマスターが2人以上のサーヴァントを従えようとしても、そもそも現界させるだけの魔力を供給するめどが立たない。

 

 だが、このカルデアにおいては事情が異なる。

 

 莫大な量の発電と蓄電を誇るカルデアなら、複数のサーヴァントを従える事は難しくない。

 

 計算上、契約さえしてしまえば、数10人単位でサーヴァントを従える事も不可能ではない。

 

 カルデアで生成された魔力は、ラインを通じて一旦マスターに送られ、そこから更にサーヴァントへと供給される仕組みとなっている。

 

 よって、マスターに最大限求められる資質とは、サーヴァントとの繋ぎ役と言う訳だ。

 

 勿論、最大限で魔力供給ラインを構築するためには、サーヴァントとマスターの確固たる絆が重要となる。その為の信頼構築や指揮能力も重要な要素だった。

 

「2人とも、食べる?」

 

 そう言って、凛果が差し出してきたのは、なぜか袋入りのせんべいだった。

 

「いや、何で煎餅?」

「食堂で作ってもらった。結構いけるわよ」

 

 カルデアの食料は、数年単位で確保されている為、多少浪費した程度では尽きる事は無いらしい。その為、多少の贅沢はできるらしい。

 

 とは言え、

 

 凛果は凛果で、大した順応である。

 

 その場に対する適応力という点では、立香も凛果も兄妹そろってそれなりに高いらしかった。

 

「みんな揃ったね。それじゃあ早速、ブリーフィングを始めよう」

 

 煎餅を齧る一同を見回して、ロマニ・アーキマンが告げた。

 

 現状、カルデアの責任者は、ロマニが代行している状況だった。

 

 所長のオルガマリー・アニムスフィアが死に、事実上のナンバー2だったレフ・ライノールが離反。その他の職員も、上位職員たちは軒並み、レフが起こしたテロで死亡している。

 

 その為、生き残りの最上級者であるロマニが、そのまま全体指揮を執る事になったのである。

 

 一同を見回してから、ロマニは神妙な面持ちで言った。

 

「まず、改めて僕たちが置かれている現状を確認するけど。特異点F解放から現在に至るまで、外部との連絡を試みて来たけど、一切の応答は無い。残念だけどこれは、レフ・ライノールの言った通り、このカルデアの外の世界は既に滅んでしまったと見て良いだろう」

 

 そのロマニの言葉に、一同は重苦しい沈黙で答える。

 

 凛果は、両手をギュッと握りしめている。

 

 無理も無い。

 

 両親や友人達。

 

 みんなが既に滅んでいると聞かされて、平穏でいられるはずもなかった。

 

「けど、まだ希望を捨てるのは早い」

 

 そう言うとロマニは機器を操作し、正面の大型モニターに世界地図を呼び出す。

 

 一同が見上げる中、その世界地図にはいくつか輝点で印がつけられていた。

 

 フランスのあたりに1つ、イタリア半島に1つ、それから地中海の真ん中に1つ、北米大陸に1つ、イギリスに1つ、中東辺りに1つ。この6つだ。

 

「これが、特異点の場所なんですね?」

「そうだ。そして、昨夜の時点で判明している特異点が・・・・・・」

 

 再度、機器を操作する.

 

すると、他の特異点の印が消え、フランスの1つだけが残された。

 

「ここだ。1431年のフランス。ちょうど、百年戦争と呼ばれる戦いが行われた時期だ」

「ひゃ、百年戦争?」

 

 凛果が素っ頓狂な声を上げる。

 

 名前の通りだとしたら、ずいぶんと気の長い戦争だと思ったのだ。

 

 近代の戦争など、長くても数年程度で終わる事を考えれば、百年という数字がいかに長いかが判るだろう。

 

「百年と言っても、その全期間に渡って戦争が行われていたわけではありません。途中で何度か休戦期間を挟んで行われていました」

「あ、ああ、そうなんだ・・・・・・そうだよね。流石にね」

 

 マシュの説明を聞いて、凛果は苦笑する。

 

 確かに。考えてみれば、物質的にも精神的にも、百年もの間、ブッ通しで戦争などできるはずが無かった。

 

 フランス百年戦争は、1328年に起こったフランスの王位継承問題に端を発し、116年間継続された(諸説あり)。

 

 シャルル4世の崩御に伴い、正当な男子の王位継承者を失ったフランスは、シャルル4世の従兄弟でヴァロワ伯フィリップに王位を継承させようとした。

 

 しかし、これに異を唱えたのが、イングランド王エドワード3世である。

 

 エドワード3世はフィリップの王位継承を不当とし、シャルル4世の甥(妹の息子)である自分こそが正当なフランス王位継承者であると主張した。

 

 この問題は、一度は交渉により解決し、エドワード3世がフィリップの王位継承を認め、臣下の礼を取る事で決着を見た。

 

 しかし、後に起こった領土問題で紛争は再炎。エドワード3世がフランスに対して宣戦布告。開戦に至ると、戦火は瞬く間にフランス全土を覆った。

 

 当初、精強なイングランド軍に対しフランス軍は敗北を重ね、一時は滅亡の瀬戸際まで追い込まれた事もあった。

 

 しかし救国の乙女ジャンヌ・ダルクが要衝オルレアンを解放。

 

 更に彼女の死後も奮起したフランス軍が大々的に反抗作戦を行い、ついに自国領内からイングランド勢力を一掃。フランス百年戦争は、フランスの勝利に終わったのだ。

 

「時期的には、ちょうど休戦期間に当たるらしい。だから、君達が行っても、戦争に巻き込まれる事は無いから安心してほしい」

 

 ロマニがそう説明した時だった。

 

「おっと、そいつは判断が甘いんじゃないか、ロマン?」

 

 突如、聞こえてきた声に一同が振り返る。

 

 その視線の先には、1人の女性が立っていた。

 

 だが、

 

 女性の姿を見て、思わず一同が絶句する。

 

 その出で立ちたるや、

 

「派手」

 

 皆が言いにくそうにしている事を、響があっさりと言ってしまった。

 

 とは言え確かに、

 

 随分派手な服装だった。手にした杖も、どんな機能があるのやら、ずいぶんとごてごてとした装飾である。

 

 だが、

 

 その整った顔だちは神秘的に美しく、まるで一個の芸術品を見ているかのようだった。

 

「モナ・リザ・・・・・・・・・・・・」

「ん、美遊、どした?」

 

 女性を見ていた美遊が、ポツリと呟く。

 

 その様子を見て、女性はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「美遊ちゃんは頭が良いね。一目見て、私の事に気付くとは」

「い、いえ、何となくそう思ったので」

 

 褒められた美遊は、はにかむように顔を赤くする。

 

 とは言え、いきなり現れたこの女性はいったい何者なのか?

 

 首をかしげる一同を代表するように、ロマニはやれやれとばかりに肩を竦めて言った。

 

「まったく、普段は自分の工房に引きこもっている君が、わざわざ出てくるとは、どういう心境の変化だい?」

「勿論、用があったから来たのさ。それに、自己紹介もそろそろ必要かと思ってね」

 

 そう告げると、女性は一同を振り返って言った。

 

「やあ、初めましての人は初めまして。私の名前はレオナルド・ダヴィンチ。どうぞ、気軽に『ダヴィンチちゃん』とでも呼んでくれ」

「変わったお名前ですね。レオナルド・ダヴィンチと言えばルネサンス期の芸術家で、様々な分野で偉業を残した天才として知られています。中でも『最後の晩餐』や『モナ・リザ』で知られる絵画の数々は、今でも伝説として現代に伝わっています」

 

 マシュの反応は、至極当然の物だった。

 

 誰でも、偉人の名前を名乗られれば「ああ、同姓同名の人ね」と思うものだった。

 

 だが、

 

 ロマニがやれやれとばかりに嘆息して言った。

 

「マシュ、実に言いにくいんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言うと、件の女性を指し示す。

 

「こちら、その『レオナルド・ダヴィンチ』ご本人だよ」

「いや~ そうストレートに褒められても、本当の事だからね。まあ、称賛はありがたく受け取っておくよ。受ける分にはタダだし」

 

 実にふてぶてしいというか何と言うか、

 

 それにしても、

 

「どういう事だ、つまり?」

 

 訳が分からないと言った感じに首をかしげる立香。

 

 対して、レオナルド・ダヴィンチを名乗る女性は言った。

 

「まあ、要するに、私こそ歴史上最高の芸術家にして、万能の天才。ついでにカルデアに召喚されたサーヴァントでもある、レオナルド・ダヴィンチ本人と言う訳さ」

「そこが『ついで』なのか。まあ、判りやすく説明すると、彼女こそがカルデアが過去に召喚した英霊3人のうちの、最後の1人と言う訳さ」

 

 カルデアが過去に召喚に成功した3人の英霊の内、トップシークレットの1人目と、マシュに憑依した謎の盾兵(シールダー)

 

 それに続く3人目が、このダヴィンチと言う訳だ。

 

「つまり、あなたもサーヴァントなんですか?」

「そうだよ、美遊ちゃん。君や響君と同じだ」

 

 自慢げに自己紹介するダヴィンチの横で、ロマニがやれやれと肩を竦める。

 

「まったく、非常識にも程がある。いくらモナ・リザが好きだからって、自分でモナ・リザにならなくても良いだろうに。だいたい、レオナルド・ダヴィンチは男だったんじゃないのかい?」

「そんな常識、サーヴァントにとっては些末なもんさ」

 

 嘯きながら、ダヴィンチは肩を竦める。

 

 言われてみれば先程、美遊が指摘した通り、ダヴィンチの容姿は絵画に描かれているモナ・リザその物だった。と言う事は、ロマニの言う通り、ダヴィンチ本人がモナ・リザが好きすぎてモナ・リザになってしまった、と言う事らしい。

 

 それに、アーサー王が女だった時点で、英霊にとって男女差など、あって無いにも等しいのかもしれない。

 

「さて、大分、話が逸れたけど、」

「だいたい君のせいだけどね」

「特異点では油断しない方が良い」

 

 ロマニのツッコミを無視して、ダヴィンチは続ける。

 

「特異点が普通ではない事は、先のレイシフトでみんなも分かっているはずだろ」

 

 ダヴィンチの言葉に、一同は無言でうなずきを返す。

 

 確かに、特異点Fでは街1つが壊滅し、炎に包まれていた。

 

 ありえない事が起こるからこそ特異点であると言える。

 

 ダヴィンチの後を引き継ぐように、ロマニが口を開いた。

 

「君たちにやってほしい事は主に2つだ。1つは『特異点の原因調査、および排除』。そして2つめは『聖杯の探索』。特異点Fでの状況を見るに、聖杯は事件に深く関わっていると考えて間違いない。だから、最終的に、この2つの目的は同一のものとなる」

 

 すなわち、聖杯を追っていけば、自然と特異点の発生源に繋がると言う訳だ。

 

 もっとも、そこに至るまでに妨害があるであろうことは十分予想できる。

 

 敵が人理焼却の完遂を狙っているなら、必ずカルデア組を妨害する為に手を打ってくるはず。

 

 事によってはサーヴァントによる迎撃も考えられる。

 

 更に、

 

 あのレフ・ライノールが、再び自分たちの前に立ちはだかる事も予想できる。

 

 だが、それでも、もはや後戻りはできなかった。

 

 奪われた未来を取り戻す為。

 

 失われた世界を元に戻す為。

 

 賽は既に投げられたのだ。

 

「これより、本作戦を聖杯探索『グランドオーダー』と呼称する」

 

 言ってから、ロマニは一同を見回す。

 

「君達は、その為のカルデア特殊班として行動してほしい」

「特殊班?」

 

 聞きなれない言葉に、一同が首をかしげる。

 

 対して、ロマニは肩を竦める。

 

「便宜上、チーム名はあった方が良いだろ。何しろ、主力となるAチーム以下が壊滅してしまったからね。その為、君達は特殊部隊扱い、と言う訳さ」

 

 編成は、

 

 

 

 

 

司令官代理:ロマニ・アーキマン

 

参謀:レオナルド・ダヴィンチ

 

所属マスター:

藤丸立香

藤丸凛果

 

所属サーヴァント:

シールダー:マシュ・キリエライト

セイバー:朔月美遊

アサシン:衛宮響

 

 

 

 

 

 となる。

 

 この部隊を基幹戦力と見なし、カルデアに残る後方支援スタッフがバックアップに入る。

 

 これが、カルデアの新体制だった。

 

 説明を終えて、ロマニは立香へ向き直った。

 

「この部隊の隊長は立香君、君に任せたい」

「え、お、俺?」

 

 話を振られて、キョトンとする立香。

 

 突然、隊長だなどと言われても、何をどうすれば良いのか。

 

 そんな立香に、ダヴィンチも向き直った。

 

「特異点Fでの記録は見させてもらったよ。立香君、君は何度か、危機的な状況で冷静かつ的確な判断をして切り抜けている。君こそが、この中で最もリーダーに相応しいと思うよ」

 

 ダヴィンチが、そう言って笑いかけてくる。

 

 見れば、凛果たちも揃って立香を見ていた。

 

「兄貴ならやれるって」

「ん、フォローはする」

 

 口々に告げる、凛果と響。

 

 そして、

 

「先輩」

 

 マシュがそっと、立香の手を取る。

 

「私も、先輩が指揮をしてくれるなら、安心して戦う事が出来ます」

「マシュ・・・・・・」

「大丈夫です。先輩の事は、私が必ず守りますから」

 

 後輩に後押しされ、

 

 立香は顔を上げる。

 

「判った、どこまでできるか分からないけど、やってみるよ。みんな、よろしく頼む」

 

 立香の言葉に、一同が頷きを返す。

 

 ここに、カルデアの新たなる戦いが、幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 

第2話「カルデア特殊班」      終わり

 




第2部登場予定の新アーチャー。

「軍服姿」「豪快そう」「大砲っぽいの持ってる」事からナポレオンかなーと予想したら、よく使ってる攻略サイトの真名予想でもナポレオンだったった。

これは当たりだろうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話「黒焔の聖女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その不気味な出で立ちは、全ての村人たちを不安にさせていた。

 

 男が村の片隅で座り込むようになったのは、つい数日前の事。

 

 頭からすっぽりローブを羽織り、手には鞘に収まった長剣を携えている。体格から見て男と思われた。

 

 恐らく、イングランドとの戦争に参加した兵士なのだろう。

 

 フランス兵か、あるいはイングランド兵か、それは不明だが。

 

 いずれにしても、このご時世、特に珍しい光景ではない。

 

 今は戦争中。それも、数々の異常事態が起こり、人心は荒廃の一途を辿っている。

 

 そんな中、戦に敗れた落ち武者が流れ着くのはよくある事だった。

 

 とは言え、事態は言うほど楽観視できない。

 

 流れ着いた落ち武者は大抵は、住民総出で追い立てて、村の外へと放り出すのが決まりである。

 

 戦争中で、どこもかしこも物資不足で苦しんでいる。そんな中で、よそ者にまで食わせる余裕は、どこの村にもない。

 

 落ち武者は、行く当てもなくどこに行ってもつまはじきにされ、ついには飢えて野垂れ死ぬか、己の腹を満たすために強盗や山賊になるが関の山である。

 

 前者なら良い。このご時世、行き倒れなど珍しくもないし、死体が野に転がっていたところで誰も気にしたりしない。せいぜい、気を利かせた人間が埋葬してやる程度である。

 

 問題は後者の可能性である。

 

 夜盗になって近隣住民に被害が出てからでは遅い。

 

 そうなる前に追い出すか、最悪の場合、殺して埋めてしまう事もある。

 

 当然、村に居付いたその人物も、そうなるはずだった。

 

 だが、

 

 男を追い出そうと、武器を手に近づいた村の住民達。

 

 しかし、男がひと睨みした瞬間、皆が震えあがり、逃げ散ってしまったのだ。

 

 ローブの下から放たれた鋭い眼光。

 

 まるで獣じみた双眸。

 

 尋常な殺気ではない。

 

 手を出せば、自分たちの身が危うい。

 

 以来、村の住民たちは、男に手出しすることなく、遠巻きに眺めている事しかできなかった。

 

 幸いにして、男は暴れだす事も犯罪に走る事も無く、日がな一日、村の隅で座っているのみだった事もあり、住民たちは得体の知れない恐怖と緊張を強いられながらも、平和な日常を過ごしていた。

 

 だが、

 

 そんな日々も、唐突に終わりを告げた。

 

 ある日の早朝の事だった。

 

 朝に狩りに出かけた男が、昼を前にして、息を切らせて戻って来たのだ。

 

 村に入るなり、男は広場に倒れながら、心配顔で駆け寄って来た村の仲間達に告げた。

 

 竜の魔女が出た、と。

 

 その言葉に、村人全員が慄いた。

 

 竜の魔女。

 

 其れは今、フランス全土で恐怖の対象となっている存在。

 

 突如として現れた魔女は、人非ざる軍勢を従え、フランスと言う国全てを蹂躙しているという。

 

 既にいくつもの町や村を焼き尽くし、軍隊を全滅させられているとか。

 

 そして、

 

 つい先日、恐るべきニュースがフランス中を震撼させた。

 

 オルレアンに侵攻した竜の魔女が王を守る近衛軍を撃破。国王シャルル7世までもが殺されてしまったという。

 

 もはや、フランスは終わりだった。

 

 ようやく、長きにわたる戦争にも終わりが見えてきたというのに。

 

 たった1人の魔女の登場が、全てを狂わせようとしていた。

 

 その魔女がついに、この村のすぐそばまで来たという。

 

 パニックに陥る村人たち。

 

 誰もが悲鳴を上げ、逃げる準備を始める。

 

 ともかく遠くへ!!

 

 できるだけ、見つかりにくい場所へ!!

 

 右往左往する村人たち。

 

 そんな中、

 

 村はずれで座り込んでいた男が、剣を手にゆっくりと立ち上がった。

 

「・・・・・・・・・・・・ついに、来たか」

 

 低い声で呟く。

 

 その視界の先では、立ち上る火柱。

 

 そして、その上空を乱舞する、人外の魔物たちの姿が見えた。

 

 歓喜する。

 

 同時に、ゆっくりと剣を抜き放った。

 

 自分は、この時を待っていたのだ。

 

 今こそ、この場にいる意味を示す時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光のトンネルを抜けると、そこは広大な草原だった。

 

 見渡せば緑の絨毯が彼方まで広がる。視界の先にはなだらかな丘陵があり、何かの動物がのどかに歩いているのが見えた。

 

 吹き抜けていく風に心地よさを感じる。

 

「ここが、フランス?」

 

 目を開けた凛果が、そんな風に呟く。

 

 その声が、一同を覚醒させる。

 

 立香、マシュ、美遊、響。

 

 カルデア特殊班全員が顔を見合わせる。

 

 響と美遊、そしてマシュは、既にカルデアで着ていた制服姿ではない。

 

 響は漆黒の着物に短パンを穿き、首には白いマフラーを巻いている。

 

 美遊はノースリーブの白いワンピースの上から、銀色の甲冑を着込んでいる。

 

 マシュは漆黒のレオタード風インナーの上から軽装の甲冑を着込み、手には大盾を構えている。

 

 それぞれ英霊としての戦装束に着替えを終えていた。

 

「間違いありません。1431年のフランス東部地方。レイシフト、成功です」

 

 マシュの言葉に、一同は改めて周囲を見回す。

 

 前回の時とは違い、正式なレイシフトは今回が初めてとなる。

 

 カルデアの管制室からコフィンと呼ばれる装置の中に入り、目が覚めたらこの場所に立っていたのだ。

 

 と、

 

「フォウッ ファウッ フォウッ!!」

「フォウさん。今回も着いて来てしまったのですか?」

 

 自分の肩に駆けあがるフォウを見て、驚いたように声を上げるマシュ。

 

 前回の時もそうだったが、フォウはいつの間にかレイシフトに同行してきている。恐らく今回は、誰かのコフィンの中に紛れ込んでいたのではないだろうか?

 

 いずれにしても、見た目も行動も不思議な生物である。

 

 そこで、立香の腕に嵌められた通信機が着信を告げる。

 

 前回のレイシフトで、だいぶ慣れてきた立香は、今度は戸惑う事無くスイッチを入れた。

 

 だが、通信機の向こうに出たのは、予想に反してロマニではなく、ダヴィンチだった。

 

《やあ。立香君、調子はどうだい? 勿論、こちらでもモニタリングはしているが、念のため、実際の状況も聞いておきたくてね》

「ああ、ダヴィンチちゃん。特に問題は無い。全員、レイシフトに成功したよ」

 

 そう告げる立香に、全員が頷きを返す。

 

《それは上々。まずはめでたい。因みに現在、君達がいる場所はフランス東部。ドンレミと言う村がある場所の近くだ。そこより西へ少し行けば、フランス軍が駐留する小さな砦がある。そこへ目指すのが良いだろうね。まずは地道な情報収集から行こう》

「はい、ダヴィンチちゃん、質問」

 

 通信機越しにわざわざ手を上げたのは凛果だった。

 

 何やら、先生と生徒と言った風情である。

 

 ダヴィンチの方でも、ノリを理解しているのだろう。気さくに応じてくる。

 

《何かな、凛果ちゃん?》

「わたしも兄貴も、フランス語喋れないけど、行っても大丈夫なの?」

「そうだよな。俺なんて、フランス語どころか英語も怪しいし」

 

 そう言って、立香が肩を竦める。

 

 藤丸兄妹の不安は当然だろう。そもそも言葉が通じなければ、情報収集も成り立たない。それどころか、現地の人とのコミュニケーションすら難しい事になる。

 

 だが、それくらいの事は、カルデアも想定済みである。

 

《そこは心配いらないよ。レイシフト中の君達の言語機能は、その現地の物に合わせられるよう、しっかりと自動変換されるようになっている。だから、安心してくれたまえ》

「フォウッ ンキュ」

 

 通信越しにも、ダヴィンチが胸を張るのが分かった。

 

 成程。カルデア様様と言ったと所である。

 

 と、そこで何かを思い出したように、ダヴィンチが声を掛けてきた。

 

《そうだ。ついでに出発前に、いくつか説明しておかなくちゃいけないね》

「説明? 何を?」

《今後、戦いが厳しくなるだろう事は、十分予想でいるからね。マシュ達だけでは対応しきれなくなることも考えられる。そうなった場合、マスターである立香君と凛果ちゃんのサポートが必要になってくるのさ》

 

 言われて、立香と凛果は顔を見合わせる。

 

 サポート、と言っても何をすれば良いのか?

 

 魔術については完全な素人である自分たちにできる事は少ないように思えるのだが?

 

 そんな2人の考えを察して、ダヴィンチは続ける。

 

《まず、令呪についてだ》

「令呪って、これだよな?」

 

 立香は自分の右手を掲げる。

 

 それに合わせるように、凛果も右手を掲げて見せた。

 

 手の甲には、複雑な意匠の文様が描かれている。

 

 一見すると刺青のようにも見えるが、これはサーヴァントとのつながりを表す物であるらしい。

 

 そこら辺の説明は、既に受けていた。

 

《その令呪は3回まで使う事ができる、言わばサーヴァントに対する強制命令権だ。それがあれば、まあ大抵のことはできると思ってくれ》

 

 よく見れば、令呪は三画に分かれているのが判る。つまり、1回分消費するたびに、一つずつ令呪が消えていくのだとか。

 

 以前の聖杯戦争だと、令呪は正に切り札であり、全て消えればそのマスターの敗北は確定だったらしい。それ故に、実質使えるのは二画までだったそうだ。

 

 だが、その効力は絶大で、殆ど「魔法」に近い効力も発揮できるのだとか。

 

 それはサーヴァントの能力強化、離れた場所からの瞬間移動、行動の強制など多岐にわたる。

 

 半面、命令の内容が中途半端だと、効力も中途半端になってしまうというデメリットもあるが。

 

《時代も進み、今は令呪と言えども補充は可能だ。だから遠慮なく三画全部使いきってくれて構わないから安心してくれたまえ。ただし、補充には莫大な魔力と時間が必要になる。実質、1回のレイシフトで使用できるのは手持ちの三画だけになるだろうから、使用のタイミングには十分注意してくれよ》

「成程な」

 

 ダヴィンチの説明を聞き、立香は令呪を眺めながら頷く。

 

 要するに、使いどころに考慮が必要な切り札、とでも考えていれば良いだろう。

 

 無駄遣いはできないが、これは大きな武器になる。

 

《次に、君達が着ている服、魔術礼装についてだ》

 

 言われて、立香と凛果は、自分たちが着ている服を見る。

 

 白いジャケットに、それぞれ黒のスラックスとスカート。

 

 カルデアにおける制服姿である。

 

 だが、先の特異点Fの時には知らなかったが、これは礼装と呼ばれる立派な魔術道具らしい。

 

 服にいくつかの術式が仕込まれており、簡単な魔術なら任意で使用する事ができるのだとか。

 

「じゃあ、これで俺達も戦う事ができるのか?」

 

 期待を込めて、立香が尋ねる。

 

 もしそうなら、自分も少しは戦闘の役に立てるのだが。

 

 しかし、

 

《残念ながら、援護がせいぜいだ。間違っても、それでサーヴァントに挑みかかったりしないでくれよ》

 

 勢い込む立香に、ダヴィンチが通信機越しにくぎを刺す。

 

 こうでも言っておかないと、本当に敵陣に突撃しかねなかった。

 

「そっか、駄目かァ・・・・・・」

 

 がっくりと肩を落とす立香。

 

 直接的な戦闘ではほとんど役に立てなかったため、今度こそは、と言う想いもあったのだろう。

 

「気にしないでください先輩」

「ん、援護は大事」

 

 そんな立香を慰めるように、マシュと響が告げる。

 

 その横に立った美遊も口を開いた。

 

「戦闘はわたし達に任せてください。大丈夫です。立香さんにも凛果さんにも、敵には指一本触れさせません」

「ああ、悪いな」

 

 真面目な美遊の言葉に、苦笑気味に答える立香。

 

 仕方がない。餅は餅屋、ではないが、自分が死んでしまっては元も子もない。ここは言われた通り、援護と指揮に専念した方が良いだろう。

 

 話が纏まったらしいことを感じ取り、ダヴィンチが再び口を開いた。

 

《魔術礼装はいくつか設定されていて、マスターの任意で着替える事ができる。ちょっと試してみてくれないかな?》

「えっと、こうかな?」

 

 言いながら立香は、通信機のスイッチをレクチャーされた通りに操作する。

 

 すると、一瞬、立香の姿が揺らいだと思った直後、その姿は変化していた。

 

 それまでのカルデア制服姿から、黒いローブ姿に一瞬にして変わっていたのだ。

 

 印象としては「これぞ魔術師」と言った感じである。

 

 何となく、世界的に有名な某魔法学校映画で、主人公達が着ていた服装に似ている。

 

《それは魔術協会の制服をもとに開発した物だ。主に回復や、サーヴァントに対する魔力供給に使う事ができる》

「へえ、なるほどね」

 

 自分の姿を眺めながら、立香は感心したように呟く。

 

 成程、これは面白い。

 

 他にもいくつかバリエーションがあるのだとか。

 

 これなら、直接的な戦闘は無理でも、かなり多彩な戦い方ができそうだった。

 

 と、その時だった。

 

「ちょッ!? な、何よこれーッ!?」

「フォーウッ!?」

 

 突然、悲鳴交じりの凛果の声が聞こえて来て、立香はとっさに振り返る。

 

 そこで、

 

「なッ!?」

 

 絶句した。

 

 なぜなら、凛果の恰好。

 

 彼女も魔術礼装のチェンジを試していたらしく、それまでの制服姿から変化している。

 

 だが、着ている服。それが問題だった。

 

 凛果が着ているのは、どこかの宇宙戦艦でクルーが着ていそうなぴったりしたボディスーツだ。

 

 首筋から足先まで包み込まれた姿は、スレンダーな印象を受ける。

 

 露出は却って少なくなっている。

 

 だが、

 

 体にぴったりとフィットするため、体のラインが強調されるデザインになってしまっている。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「フォウ?」

 

 凛果のその姿に、立香は思わず顔を赤くして目を逸らす。

 

 大きすぎず、さりとて小さすぎず、適度なサイズで自己主張する胸。なだらかにカーブを描くくびれ、引き締まった小振りなお尻。

 

 何と言うか、

 

 我が妹ながら、立派になった物である。

 

「ちょ、何見てんのよ、兄貴ッ!?」

 

 兄の視線を感じ、思わず顔を赤くして身を捩る凛果。

 

 兄とは言え、異性にこんな格好を見られるのは、それは恥ずかしいのだろう。

 

「ん、凛果、エロい」

「エロいって何!? エロいってッ!?」

 

 淡々と告げる響に、凛果が吼える。

 

 無表情で言っている分、却って羞恥心が強まっていた。

 

「落ち着いてください凛果さん・・・・・・その、立派だと思いますし」

「いや、何を誉めてんの!?」

 

 どこを見ての発言だったのか?

 

 かなりずれた発言をする美遊に、凛果は呆れ気味にツッコミを入れる。

 

 何と言うか、チビッ子組にそう言われるとますます恥ずかしかった。

 

《それは戦闘服だ。他の礼装に比べれば、攻撃的な魔術が使える。と言ってもさっきも言った通り、直接的な戦闘は出来ないから注意してくれたまえ》

「それよりこのデザイン、どうにかならなかったのー!?」

 

 一同がギャーギャーと騒ぎ続ける中、ダヴィンチは構わず説明を続ける。

 

 対して、バーサーカーの咆哮にも似た凛果の叫びが、フランスの青空に響き渡った。

 

 ややあって、凛果は元の制服姿に戻す。

 

「え、えらい目にあったわ・・・・・・・・・・・・」

 

 息も荒く嘆息する凛果。

 

 何と言うか、疲れた。

 

 ぶっちゃけ、早速帰りたくなってきた。

 

「ん、あのままでも良かった、のに」

「ショタっ子は黙ってなさい」

 

 響の頭をポコッと叩く凛果。

 

 あんな物、着せられる身にもなってほしい。

 

 まったく、カルデアの魔術師は何を考えてあんな服のデザインにしたのか? 首根っこ捕まえて問いただしてやりたい所である。

 

 もっとも、この間のテロで殆どが死んでしまったため、それも出来ないのだが。

 

 と、

 

 そこで、

 

 凛果が何気ない気持ちで、空を見上げた。

 

 本当に、何かの意図があった訳ではない。

 

 ただ、何となく振り仰いだだけ。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 そこにあった物を見て、思わず絶句した。

 

「凛果先輩、どうしました?」

「なに、あれ?」

 

 言われるまま、マシュも振り仰ぐ。

 

 見える視線の先。

 

 そこには、

 

 空に大きな光の輪が浮かんでいたのだ。

 

 高度は明らかに成層圏に達しているだろう。その大きさたるや、ほとんど地球を覆いつくしそうなほどである。

 

 さしずめ「光帯」とでも称するべきか? 

 

 異常事態である事は、見ただけで判る。

 

「何だ、あれはッ!?」

 

 遅ればせながら、事態に気付いた立香も声を上げる。

 

「そんなッ 15世紀のフランスに、あんな物があったなんて記録はどこにもありません!!」

「ん、見た事無い」

 

 美遊と響も、驚きを隠せずにいる。

 

《ふむ・・・・・・もしかすると、あれも特異点や聖杯に関係あるのかもしれないね。立香君、解析はこちらでもやるので、そっちも、他に何か変化が無いか警戒していてくれ》

「ああ、判った」

 

 いずれにしても、あんな上空にあったのでは、こちらから手出しする事は出来ない。現状は、放っておく以外に無かった。

 

「あれ、いきなり火とか噴いたりしない?」

「怖いこと言わないで」

 

 とんでもない事を言う響に嘆息しつつツッコミを入れる美遊。

 

 と、

 

《ちょっと待った》

 

 そこで、それまで沈黙していたロマニが、急に通信に割り込んで来た。

 

「ドクター、どうした?」

《今、君達がいる場所に、急速に近づいてくる反応がある。多分、その位置からでも何か見えるんじゃないかな?》

 

 尋ねる立香に、ロマニは緊張した声で答える。

 

 顔を見合わせる一同。

 

 同時に、サーヴァント達は武器をいつでも抜けるように身構える。

 

「敵か?」

《いや、反応から言ってサーヴァントではない。けど・・・・・・》

 

 言っている内に、響が指示した方角を見やった。

 

 その視線の先。

 

 緑の草原がなだらかに続く丘の向こうから、何かが近づいてくるのが見えた。

 

「ん、あれ」

 

 響が指さした方角からは、馬に乗った人物がやってくるのが見えた。

 

 見れば確かに。

 

 遠目にも馬である事が判る。その背には誰かが乗っているようだ。

 

 だが、どうも様子がおかしい。

 

「あの人、怪我してるんじゃないですか?」

 

 眺めていた美遊が、そう告げる。

 

 確かに。

 

 こちらに向かって走ってくる馬は、明らかにふらついてよろけているように見える。

 

 乗り手の人間も、手綱こそ握っているものの馬の背にうつぶせに寄りかかり、見るからに危なっかしい様子だ。

 

 あのままでは落馬の危険も有り得る。

 

「危ない。止めてあげて」

「了解しました!!」

 

 凛果に言われて、マシュが飛び出していく。

 

 程なく、マシュは馬の手綱を引いて戻って来た。

 

 その姿に、一同は息を呑む。

 

 馬上の男は、息はあるものの、かなりの重傷であった。

 

 全身傷だらけで、今も血が流れ続得ている。

 

 中には熱傷と思われる傷もあった。

 

 馬もあちこちから血を流している。余程疲れていたのだろう。到着するなり、地面に座り込んでしまった。

 

 どちらも、命からがら逃げてきたと言った風情である。

 

「ひどい・・・・・・・・・・・・」

 

 口を手で覆いながら呟く凛果。

 

 立香とマシュは男に手を貸して馬から降ろすと、地面へと寝かせてやる。

 

 その間にも、男は荒い息を繰り返している。

 

 幸い見た感じ、深手を負った様子は無い。傷は多いが、そのどれもが致命傷から外れている。現在の状態も、疲労によるものが大きい様だ。

 

「しっかりしてください。何があったんですか?」

 

 尋ねる立香の声に反応したのか、男はうっすらと目を開ける。

 

 ややあって、重々しく口を開いた。

 

「ま・・・・・・まじょ・・・・・・」

「魔女?」

 

 いったい何の事だろう?

 

 そう思っていると、男は更に口を開いた。

 

「魔女だ・・・・・・竜の魔女が出たんだ・・・・・・それで、俺の村を・・・・・・みんな・・・・・・みんな、殺されちまった・・・・・・・・・・・・」

「魔女? 魔女って何?」

 

 凛果が尋ねた瞬間だった。

 

 男はクワっと目を見開き、掴みかからん勢いで詰め寄った。

 

「知らないのかアンタらッ!? 竜の魔女だよ!! 今、フランスはあいつが蘇ったせいで、滅茶苦茶になっているんだ!!」

 

 その勢いに、思わず一同がたじろく。

 

 男の様子だけで、その恐怖が伝わってくるようだった。

 

 それにしても、

 

 蘇った。

 

 とは、穏やかな話ではない。

 

 一体、何が起こっているというのか?

 

 戸惑う一同に、男は尚も恐怖を絞り出すように言い放った。

 

「あの竜の魔女・・・・・・ジャンヌ・ダルクにみんな殺されちまうんだッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 群がりくる亡者の群れ。

 

 地獄から蘇り、地上を這いずり回る死者の軍団。

 

 竜の魔女と呼ばれる存在が現れてから、フランスでは各地でこのような光景が見られていた。

 

 群がる亡者が、手にした武器で逃げ惑う住民たちを次々と斬り殺していく。

 

 まさに地獄の如きおぞましい光景。

 

 死者が生者を殺し、殺された生者が使者として蘇り、また生者を襲う。

 

 まさに負の悪循環。

 

 今や彼らを止め得る存在は誰もいない。

 

 そして、

 

 今もまた、犠牲者が増えようとしていた。

 

「助けてッ!! 誰か助けてェ!!」

 

 逃げ遅れた女性を、亡者たちが追いかける。

 

 女性の腕に抱かれている赤ん坊は、彼女の子供だろうか?

 

 母親の恐怖が伝染したように、泣き叫んでいる。

 

 周囲は既に炎の海に包まれ、逃げ場は無い。

 

 亡者の腕が、ついに女性の服を掴んで地面に引きずり倒す。

 

「ああッ!?」

 

 足をもつれさせ、悲鳴と共に倒れ伏す女性。

 

 腕の中の赤ん坊が、一際大きな声で泣き叫ぶ。

 

 そこへ、亡者たちは群がってくるのが見えた。

 

「ヒッ!?」

 

 悲鳴を上げる女性

 

 それでも尚、腕の中の赤ん坊だけは放そうとしないのは、我が子への愛ゆえだろうか?

 

 だが、この戦場にあって(それ)に如何程の価値があろうか?

 

 母子の運命が旦夕に迫った。

 

 次の瞬間、

 

 迸る銀の一閃が、女性と赤ん坊に近づこうとした亡者を、一瞬にして斬り伏せた。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 驚いて顔を上げる女性。

 

 その視界の先では、長剣を構え、亡者を斬り捨てる男の姿があった。

 

 更に群がってくる亡者たち。

 

 だが、男は怯まない。

 

 手にした長剣を縦横に振るい、片っ端から斬り伏せていく。

 

 そんな男の姿を、女性は茫然と眺める。

 

 噂には聞いていた。村はずれに居付いたという落ち武者の事。

 

 誰もが恐れおののき、近づこうとしなかった男。

 

 その男が今、襲いくる亡者たちを次々と斬り伏せていた。

 

 まるで自分たちを守るように。

 

 と、

 

 男が倒れ伏している女性へと振り返る。

 

「ヒッ!?」

 

 外套越しに向けられる視線。

 

 噂に違わぬ、その鋭い眼差しを前に、思わず悲鳴を上げる。

 

 救世主、と呼ぶには、あまりにも殺気に満ちた視線。

 

 まるで死神に睨みつけられたかのような、そんな印象さえある。

 

「邪魔だ、失せろ」

「ハッ・・・・・・ハイィッ!?」

 

 底冷えするような男の言葉に、弾かれたように起き上がって駆け出す女性。

 

 その間にも男は、手にした長剣で亡者を屠っていく。

 

 周囲に群がっていた亡者が全滅するまでに、ものの数分もかからなかった程である。

 

 後には、燃え盛る村の中央に立つ、男が1人。

 

 と、

 

「あらあら、こんな所にネズミがいるなんて、聞いていませんでしたけど?」

 

 頭上から響いて来た嘲弄交じりに声に、男は振り仰ぐ。

 

 果たしてそこには、

 

 信じられない光景があった。

 

 見上げる視線の先。

 

 そこには、翼の生えた竜が浮かんでいるではないか。

 

 それも、一匹や二匹ではない。

 

 俗にワイバーンと呼ばれる翼竜だ。

 

 目に見えるだけで十匹以上。

 

 異様な光景に、男は目を細める。

 

 その視線の先で、ワイバーンの下に佇む女。

 

 漆黒の甲冑に身を包んだ女は、まさしく魔女と呼ぶにふさわしい、美しさと凶悪さを両演させていた。

 

「成程。多少はできるようですね。亡者程度では相手にもなりませんか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言で睨み据える男。

 

 対して女は、笑みを含んだ視線を向ける。

 

 ややあって、男の方が口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・貴様が噂の、竜の魔女か」

「あら、光栄ですね。こんな田舎にまで、わたくしの名前が知れ渡っているなんて」

 

 そう言って、女は肩を竦める。

 

 今や、フランスで彼女を知らぬ者などいない、災厄の象徴。

 

 疑いようのない、死の具現。

 

「そちらも、どうやら人間ではないようですね。サーヴァント? さしずめセイバーと言ったところでしょうか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかける竜の魔女に対し、セイバーと思われる男は真っ向から睨み据えた。

 

「僥倖だな。貴様には一度会ってみたかったところだ」

「あら、わたしのファンですか? 生憎と握手会などは催していないのですが」

 

 小ばかにしたように言いながらクスクスと笑う竜の魔女。

 

 だが、

 

 セイバーは取り合わずに、剣を構える。

 

「戯言は良い。その首、もらい受けるぞ」

 

 切っ先を真っすぐに向ける男。

 

 その鋭い刃に光が反射して、竜の魔女を射抜く。

 

 迸る殺気を隠そうともしない男。

 

 だが、

 

「あら、随分とせっかちなのですね。もう少し、この状況を楽しんでもよろしいのに」

 

 竜の魔女は一切怯む事無く、男の視線を受け流す。

 

 その手が、ゆっくりと掲げられた。

 

「まあ、わたしも無駄話が、それほど好きと言う訳ではないのですが」

 

 言った瞬間、

 

 竜の魔女の背後から飛び出すように、

 

 2つの影が、セイバーの襲い掛かった。

 

「ハァッ!!」

 

 黒衣の装束に身を包んだ幽鬼のような顔の男が、手にした槍を振り翳して迫る。

 

 長柄の武器をそ使用している事から、ランサーと思われるその人物。

 

 ルーマニアの悪名高き「串刺し公」ヴラド。

 

 吸血鬼ドラキュラの原点にもなった人物である。

 

 繰り出される槍。

 

 対して、

 

 セイバーはとっさに、手にした剣でヴラドの槍を打ち払う。

 

「フッ」

「・・・・・・」

 

 口元に笑みを浮かべるヴラド。

 

 対して、セイバーは無言のまま攻撃をいなす。

 

 と、

 

 そこへ、もう1人の襲撃者が襲い掛かる。

 

 豪華なドレスに身を包んだその女は、「美麗」と言うよりも「不気味」という印象だった。

 

 赤と黒の色を重ねたドレスは、美しさと同時に、どこか暗いイメージを想起させる。

 

 何より、顔は仮面によって隠され、伺い知る事が出来ない。

 

 カーミラ。

 

 「血の伯爵夫人」エリザベート・バートリを元に生み出された、女吸血鬼。

 

 まさに、噂に違わぬと言うべき、不気味な出で立ちである。

 

「よそ見ていると、すぐに終わるわよ!!」

 

 振り上げられるカーミラの腕。

 

 その爪は、強化魔術を施され、名刀を上回る切れ味を齎している。

 

「ッ!!」

 

 とっさに剣を繰り出すセイバー。

 

 その一閃が、辛うじて軌跡を逸らす。

 

 次の瞬間、

 

 セイバーをかすめたカーミラの爪先が、彼のローブを斬り裂き、その下にある素顔を白日に曝す。

 

「これで、少しは風通しも良くなりましたか?」

 

 嘲弄交じりに問いかける竜の魔女。

 

 その視界の先に佇むセイバー。

 

 漆黒の軽装鎧に身を固め、短く切った金の髪。目付きは鋭く細められている。

 

 黒騎士(ダークナイト)、とでも形容すべき姿。

 

 殺気の籠った瞳は、尚も竜の魔女を睨み据えている。

 

 その視線を、竜の魔女は真っ向から受け止める。

 

「圧倒的に不利な状況でも退かない姿勢は、正に英霊と呼ぶにふさわしいですね」

 

 言いながら、手のひらを掲げる竜の魔女。

 

 対抗するように、セイバーも剣を構える。

 

「ですが、私も多忙な身。ここらで終わらせてもらいます」

 

 断言するように告げる竜の魔女。

 

 その手のひらから迸る、漆黒の炎。

 

 全てを焼き尽くす地獄の業火が、セイバーを焼き尽くさんと迫る。

 

 身構えるセイバー。

 

 次の瞬間、

 

 男を守るようにして飛び込んできた少女が、手にした大盾で炎を防ぎ切った。

 

「やらせませんッ!!」

 

 ワイバーンの放つ炎を完璧に防ぎ切ったマシュは、その視線を、上空の魔女へと向ける。

 

 視線を交錯させる両者。

 

 次の瞬間、

 

「んッ!!」

 

 瞬時に上空へと駆けあがった響が、腰の刀を抜刀。魔女へと斬りかかる。

 

 横なぎに一閃される刀。

 

 その一撃を、

 

「フンッ」

 

 竜の魔女は、手にした旗で振り払う。

 

 弾き飛ばされる、響の小さな体。

 

 対して響は、空中で体勢を入れ替えて着地。同時に、眦を上げて竜の魔女を睨みつける。

 

「ん・・・・・・あれが、竜の魔女?」

 

 静かな声で、響は言い放った。

 

「ジャンヌ・ダルク」

 

 

 

 

 

第3話「黒焔の聖女」      終わり

 




謎のセイバー登場。

今度は本当に(?)謎です。

毎章、こんな感じに1~2人程度、オリジナルサーヴァントを出していこうと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話「黒白のジャンヌ・ダルク」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇妙な一団だった。

 

 草原を馬で駆ける3人組。

 

 だが、その全員が、頭からローブを被り、顔を見分ける事が出来なかった。

 

 しかもそのうちの1人は、馬にまたがるのではなく、足を揃えて横座りしている。それでスピードを保っているのだから奇妙な事である。

 

 どれくらい走った事だろう?

 

 先頭を走る人物が馬を止めると、続く2人もまた馬を止めて寄せてきた。

 

「ちょっと、どうしたのよ急に止まって?」

 

 不満を告げる相方。

 

 それに対し、先頭の人物は腕を上げて指し示す。

 

「あれを・・・・・・」

 

 指示した方角に目をやる。

 

 森を抜けた先。

 

 その彼方から、数条の煙が上がっているのが見えた。

 

 煮炊きの煙ではない。明らかに、敵襲によって火災が起こっている様子が見とれた。

 

「・・・・・・どうやら、遅かったみたいですわね」

 

 それまで黙っていた3人目が口を開く。

 

 1人だけ、馬の鞍に横座りしたその人物は、ローブ越しの視線を向ける。

 

「どういたしますの? 今から行っても、もう・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 躊躇いがちに声を掛ける。

 

 対して、先頭に立つ人物は、黙したまま、彼方の煙を眺めやっている。

 

 込み上げるのは悔恨。

 

 自分たちは結局、間に合わなかった。

 

 もっと急いで来ていればあるいは、救う事ができたかもしれないのに。

 

「・・・・・・・・・・・・いえ」

 

 諦めるのは、まだ早い。

 

 ローブの下で、眦を上げる。

 

 たとえ既に手遅れだったとしても、自分は行かなくてはならない。

 

 それが、自分と言う存在に与えられた運命なのだから。

 

「お2人とも、ここまでで結構です。あとは私一人で行きますので」

「ちょっと、そんな事ッ」

 

 抗議の声を聴く暇もなく、馬の腹を蹴って走らせる。

 

 背後から叫び声が聞こえてくるが、もはや馬を止める気は無かった。

 

 視線は、既にこの先にある村へと向けられている。

 

 逸る気持ちを押さえようともせず、馬を走らせ続けた。

 

 

 

 

 

 対峙する竜の魔女。

 

 自分たちを見下ろすジャンヌ・ダルクを前に、

 

 響とマシュは、眦を上げて視線を返している。

 

「あれが、竜の魔女、ジャンヌ・ダルク、ですか・・・・・・」

「ん、多分」

 

 視線の先で、少女が従えているワイバーンの群れ。

 

 まさしく、竜の魔女と呼ぶのにふさわしい光景だった。

 

 と、

 

 そこで響は、背後に振り返り、そこに立つ男を見やった。

 

「で、どちらさん?」

「響さん。その聞き方はちょっと・・・・・・・・・・・・」

 

 不躾な響の態度に、嘆息交じりに窘めるマシュ。

 

 どうも目の前の少年には「遠慮」と言う概念が無いようだ。

 

 とは言え、

 

 響達が到着する前に、既にジャンヌ達と交戦していた謎の男。

 

 漆黒の鎧を着込み、手には装飾の少ない、シンプルなデザインの長剣を携えている。

 

 短く切った金髪の下から覗く双眸は鋭く、殺気に満ちているのが判る。

 

 マシュとしても、その正体が気になるのは確かだった。

 

 その時だった。

 

 遅れて追いついて来た立香の通信機が鳴り響き、カルデアにいるロマニが声を上げた。

 

《立香君。その人物の魔力反応を確認した》

 

 視線を、目の前の人物に向ける。

 

《間違いない。そこにいる人物は、サーヴァントだ!!》

「サーヴァント? この人が?」

 

 驚いて呟く立香。

 

 対して、

 

 目の前の男は、舌打ちしつつ目を細めた。

 

「あなたは、サーヴァントなのか?」

「・・・・・・だったら何だ?」

 

 尋ねる立香に対し、男はぶっきらぼうに応じる。

 

 鋭い眼光が立香を睨みつける。

 

「ッ!?」

 

 息を呑む立香。

 

 下手をすれば、そのまま斬られそうなほどの殺気が満ちた眼光だった。

 

 そんな男からマスターを守るように、マシュが大盾を構えて前に出る。

 

「だめです。やらせません」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 眦を上げて睨みつけるマシュ。

 

 ふとすると、男が立香に斬りかかりそうな予感がしたのだ。

 

 対して、恐らくセイバーと思われる男は、無言のままつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

 と、

 

「待った待った待った!!」

 

 そこに割って入ったのは、凛果だった。

 

「先輩?」

「今は揉めてる場合じゃないでしょッ 問題はあっちなんだし!!」

 

 言いながら、視線をジャンヌ・ダルクへと向ける。

 

 対して、こちらを睨むジャンヌ・ダルクも、厳しい視線でもって応じる。

 

「やはり、現れましたね、カルデアのマスターと、そのサーヴァント達。本来なら、遠路はるばる我が祖国に来ていただいた事を歓迎すべき所なのでしょうけど、生憎ですがここには何もありません。よって・・・・・・」

 

 手を掲げるジャンヌ・ダルク。

 

 同時に、ブラドと、豪奢なカーミラが身構えるのが見えた。

 

「速やかに、お引き取り願いましょうか。あなた方の命と引き換えに!!」

 

 戦場に、張り詰めた空気が浮かぶ。

 

 両陣営ともに、互いに武器を構え、激発するタイミングを待ちわびる。

 

「みんな、来るぞッ 油断しないで!!」

 

 叫びながら、立香は状況を分析する。

 

 現在、敵はジャンヌ・ダルクの他、ランサーとアサシンのサーヴァントが2人。その他、ワイバーンが約10匹程度。

 

 こちらは前線に響とマシュ。後衛に美遊が立っている。

 

 そしてもう1人。

 

 響、マシュと並び立つように剣を構える、謎のセイバーの存在。

 

 自分たちが駆け付けるまで戦線を1人で支えていた事を考えると、かなり強力なサーヴァントである事が伺える。

 

 しかし、

 

 彼が何者で、どう動くかは分からない以上、その存在を前提に戦略を組み立てるのは危険すぎる。

 

 むしろ、彼の存在を無視して、特殊班独自の戦略で動くべきだった。

 

「響、美遊、前線を頼む。マシュは一旦下がって、2人の援護を」

「んッ」

「判りました」

「了解です」

 

 立香の指示に、3人のサーヴァント達は頷きを返す。

 

 アタッカー2人が前に出て、ディフェンダーのマシュが適宜、援護に入る形である。

 

 このメンバーでは、オーソドックスな陣形と言えるだろう。

 

 マスターとして、戦ってくれるサーヴァントの為にできる事をする。

 

 立香もまた、これまでの経験を吸収して成長しているのだ。

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先行したのは響だ。

 

 狙ったのは、槍を持った黒衣のランサー、ヴラド三世。

 

 吸血鬼ドラキュラそのものと言ったその姿に、響は目をスッと細める。

 

「・・・・・・ランサー・・・・・・吸血鬼ヴラド?」

「・・・・・・ほう小僧、貴様、余を知っているか?」

 

 向かってくる響を前に、ヴラドと呼ばれたヴラドは目を細めて、槍を繰り出す。

 

 その表情には、明確な怒りの入りが見て取れた。

 

 武骨な刃が、少年に襲い掛かる。

 

 その攻撃を、空中に跳び上がって回避する響。

 

 そのまま降下と同時に斬りかかる。

 

「余に見覚えは無いが?」

「ん。ちょっと、関係が、あったり無かったり?」

 

 響が振り下ろした刀を、引き戻した槍で受け止めるヴラド。

 

 曖昧な事を告げる響に、ヴラドは睨みつけながら、防御の手は緩めない。

 

「まあ、よかろう。いずれにしても、余をその名で呼んだ事、後悔しながら死ぬが良い!!」

 

 膂力を駆使して響を振り払うヴラド。

 

 対して、

 

 響は衝撃を殺す事無く、そのまま空中で大きく後方宙返り。ヴラドから距離を置く。

 

 同時に響は、刀の切っ先を真っすぐにヴラドに向けて構える。

 

 体内で加速される、魔力の流れ。

 

 同時に瞳は、獰猛な獣の如く、敵を睨み据える。

 

「ほう・・・・・・・・・・・・」

 

 響が何か、決め技を使おうとしていると感じたヴラドは、感心したように呟きながら槍を構えなおす。

 

 互いの刃が煌めきを放ち、視線がぶつかり合って火花を散らす。

 

「良かろう、来るがよい」

「んッ」

 

 次の瞬間、

 

 地を蹴る響。

 

 一歩、

 

 少年の体は加速する。

 

 二歩、

 

 その速度は音速を超える。

 

 三歩、

 

 切っ先は狼の牙の如く襲い掛かる。

 

「餓狼、一閃!!」

「フンッ!!」

 

 突き込まれる刃。

 

 対して、

 

 ヴラドも同時に、手にした槍を繰り出した。

 

 

 

 

 

 美遊は手に構えた剣を振るい、繰り出される爪による一撃を切り払う。

 

 仮面で顔を覆ったカーミラは、剣を振るい、自分に挑みかかってくる美遊の姿を見て口元に笑みを浮かべる。

 

「健気ね、あなた」

「何がッ!!」

 

 斬りかかる美遊。

 

 その一撃を、カーミラは錫杖で受け止めて振り払う。

 

 後退する美遊。

 

 しかし、すぐに体勢を立て直すと、剣を構える。

 

「そんな小さな体でマスターを守ろうとしている。ほんと、可愛いったら無いわ」

 

 言いながら、

 

 カーミラは美遊に向けて魔力弾を放つ。

 

 迸る黒色の閃光。

 

 その一撃を、

 

 美遊は真っ向から剣で受け止める。

 

「こんな物でッ!!」

 

 斬り裂かれ、四散する魔力弾。

 

 だが、

 

 カーミラは矢継ぎ早に魔力弾を放ち、美遊の接近を阻みに掛かる。

 

「あなたも、あの盾の子も、そしてあなた達のマスターも、可愛い娘たちばっかり。全員捕まえて、貴女たちの血を絞り出すほどに浴びてやりたいわ」

 

 おぞましい事を平然と言ってのけるカーミラ。

 

 彼女の元となったエリザベート・バートリは、別名「血の伯爵夫人」とも呼ばれた女吸血鬼の原点である。

 

 エリザベートは自らの美しさを保つと称して、攫ってきた若い女たちの血を一滴残らず抜き取り、それをバスタブに満たして浴び続けたという逸話がある。

 

 世界的に有名な拷問道具「鉄の処女(アイアンメイデン)」(観音開きになった棺桶状の箱の扉に多数の長針が設置されており、その中に人を閉じ込め、針で突き刺して血を抜き出す拷問道具、または処刑道具)は、彼女が考案したとも言われる。

 

 カーミラはまさに、そうしたエリザベートの狂気を具現化した存在であると言えた。

 

「そんな事は、させない!!」

 

 最後の魔力弾を切り払うと同時に、美遊は白地のスカートを可憐に靡かせて疾走する。

 

 体が軽い。

 

 美遊は自分の身体能力がもたらす疾走感に、驚きを隠せなかった。

 

 今の美遊はサーヴァント、セイバーそのものなのだが、つい先日まではただの人間だった。

 

 その飛躍的とも言える身体能力の向上は、爽快ですらあった。

 

 飛んで来る光弾を回避し、あるいは剣で弾いてカーミラとの距離を詰める美遊。

 

 セイバーである以上、遠距離で戦うよりも接近戦の方が得意である。クロスレンジに持ち込んで、一気に勝負をかけるつもりなのだ。

 

 だが、

 

 自身の放つ光弾を弾きながら迫る美遊の姿を見て、

 

 カーミラは仮面の下の口元で、ニヤリと笑う。

 

「挑発に乗るなんて、まだまだ、お子様ね!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 カーミラは美遊を迎え撃つように、魔力を帯びた爪を繰り出した。

 

 美遊の剣が、上段から振り下ろされる。

 

 魔力をも帯びた一撃。

 

 だあ、カーミラは構わず爪を繰り出した。

 

 刃と爪が、激しくぶつかり合う。

 

 一瞬、

 

 火花が飛び散る。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちと共に弾かれる美遊。

 

 小さな体が、僅かに宙に浮きながら後退を余儀なくされる。

 

 着地。

 

 しかし、少女剣士の体勢が崩れた。

 

 そこへ、上空から襲い掛かる影がある。

 

 ワイバーンだ。

 

 巨大な翼を広げ、急降下して美遊へ迫る翼竜。

 

 その鉤爪が鋭く光る。

 

「ッ!?」

 

 美遊は殆ど反射的に、剣を振り上げる。

 

 無理な姿勢からの斬撃だったが、膂力任せの一撃は、それでも十分な威力を発揮する。

 

 鉤爪のある脚を、美遊に叩ききられ、苦悶の咆哮を上げるワイバーン。

 

 すかさず、剣を返す美遊。

 

 横なぎに振るった一閃が、ワイバーンの首を斬り飛ばす。

 

 轟音を上げて、地に落ちる翼竜。

 

 たとえ巨大な竜でも、英霊相手には敵わなかった。

 

 だが

 

 美遊が見せた一瞬の隙を、カーミラは見逃さない。

 

「貰ったッ!!」

 

 仮面の奥で、視線が怪しく光る。

 

 動けない美遊に対し、魔力弾を放つカーミラ。

 

 黒色の閃光が、真っすぐに少女へと襲い掛かった。

 

 次の瞬間、

 

 割って入った盾兵の少女が、手にした大盾で魔力弾を弾いた。

 

「美遊さんッ 大丈夫ですか!?」

「マシュさん・・・・・・ありがとうございます」

 

 立香の指示通り、一歩下がった場所で援護の準備をしていたマシュが、美遊の危機を感じ取って割って入ったのだ。

 

 さしもの、カーミラの魔力弾でも、マシュの盾には傷一つ付けられないでいた。

 

「クッ 忌々しい・・・・・・」

 

 今の攻撃で仕留めそこなったのが悔しいのか、唇を噛み占めるカーミラ。

 

 対して、

 

 美遊とマシュ。2人の少女たちは、自分たちの武器を手に、カーミラに対峙した。

 

 

 

 

 

 少年暗殺者と、吸血鬼の王が交錯する。

 

 繰り出した刃は、真っすぐに突き込まれ、ただ対象を噛み千切る事のみを目指す。

 

 突き出される餓狼一閃。

 

 アサシンとしての俊敏性を最大限に攻撃力に変換。破壊力を切っ先の一点に集中する事で、少年の剣はあらゆる敵を粉砕する牙と化す。

 

 とある天才剣士には及ばない物の、その一撃がもたらす破壊力は想像を絶している。

 

 迫る刃。

 

 その凶悪な輝きを前にして、

 

 ヴラドは笑みを浮かべた。

 

 次の瞬間、

 

 手近にいたワイバーンの首を鷲掴みにすると、その巨体を盾にするように目の前に掲げる。

 

「なッ!?」

 

 驚く響。

 

 しかし、既に攻撃態勢に履いている状況で、今更止める事は出来ない。

 

 翼竜の巨体に突き立てられる刃。

 

 次の瞬間、

 

 強烈な威力は翼竜の体内に浸透。

 

 内圧に耐えきれなくなった巨体は、弾け飛ぶ。

 

 当然、ワイバーンは絶命する。

 

 だが、

 

 吹き飛んだ翼竜の影から、

 

 ヴラドの笑みが姿を現す。

 

「ッ!?」

「遅いぞ!!」

 

 とっさに後退しようとする響に迫るヴラド。

 

 繰り出された槍が、響の肩口を霞めて鮮血が舞う。

 

「んッ」

 

 舌打ちする響。

 

 まさか、必殺を込めた一撃が、あんな形で防がれるとは思っても見なかったのだ。

 

 と、

 

「響、いったん戻ってッ!!」

 

 背後から聞こえてきたのは、マスターの声。

 

 後方から状況を見守っていた凛果は、響が苦戦していると感じ、とっさに後退を支持してきたのだ。

 

 だが、

 

「逃がすと思うかッ!!」

 

 響の後退を察知したヴラドが、逃がすまいとばかりに前へ出て槍を振るう。

 

 迫る穂先。

 

 対して、

 

 響はとっさに後方宙返りをしてヴラドの攻撃を回避。

 

 勢いをのままに後方へ跳ぶ。

 

 流石に敏捷では響に敵わないと感じたのだろう。ヴラドは下手な追撃は掛けず、槍を構えて備えるにとどめて居る。

 

 その姿に、舌打ちする響。

 

「ん、流石に、強い」

 

 大英雄と言われるだけの事はある。

 

 ヴラドは機動力で攻める響に翻弄される事無く、堅実な戦いに終始している。

 

 正直、少年にとっては聊かやりにくい相手であった。

 

 と、そこで、

 

 美遊とマシュに押される形で後退してきたカーミラが、ヴラドの傍らに立つ。

 

 その姿に、ヴラドは一瞥暮れて口を開いた。

 

「貴様も、苦戦をしているようだな。女吸血鬼よ」

「あら、あんな小僧1人に苦戦しているあなたに言われたくないわよ、大公殿下」

 

 言いながら、互いに睨み合う両者。

 

 どうやら、味方であっても仲が良い、と言う訳ではないようだ。

 

 一方で、ヴラドを仕留めそこなった響も、美遊の元へと後退する。

 

「ん、大丈夫?」

「ええ、何とか」

 

 剣を構えなおす美遊。

 

 その横顔を眺めながら、響も刀を構えなおす。

 

 マシュはその後方にて、盾を構えて援護の姿勢を崩していない。

 

 その様子を見て、立香は内心で頷く。

 

 苦戦はしているものの、全体的に見れば決して悪くないと思う。

 

 響と美遊が攻めて、マシュが守る。

 

 立香が実行した基本陣形は十分に機能を果たし、全員が戦闘力を保ったまま戦線を維持している。

 

 特殊班全員が、尚も戦闘続行可能だった。

 

 その時だった。

 

 視界の先で突如、巨大な漆黒の炎が躍るのが見えた。

 

「なッ!?」

 

 振り返る一同。

 

 その視界の先で、

 

 激突を繰り返す、黒衣のサーヴァント達の姿があった。

 

 

 

 

 

 巻き起こる炎。

 

 その黒炎は、ありとあらゆる物を焼き尽くす灼熱を具現化させる。

 

 たとえ一撃でも食らえば、タダではすむまい。

 

 だが、

 

 手にした剣を腰に構え、セイバーは怯まずに駆ける。

 

 飛んで来る炎を敏捷を発揮して回避。

 

 そのまま一気に、ジャンヌの懐まで飛び込む。

 

「ハァッ!!」

 

 横なぎに繰り出される剣の一閃。

 

 対抗するように、ジャンヌも前へと出る。

 

 激突。

 

 繰り出された剣を、ジャンヌは己の手にある旗で振り払う。

 

 後退するセイバー。

 

 だが、

 

 すぐさま体勢を立て直すと、同時に剣を大上段から振り下ろす。

 

「ハッ!!」

 

 繰り出された一撃を、

 

 しかしジャンヌは旗を振り上げ、余裕で受け止める。

 

 至近距離で睨み合う両者。

 

 セイバーが繰り出す豪剣を、ジャンヌは物ともしていなかった。

 

 逆に、自らの手に剣を抜き放つと、セイバーに向かって斬りかかる。

 

 鋭い刺突の一閃。

 

 その一撃が、セイバーの胸元に襲い掛かる。

 

 だが、

 

「ッ!!」

 

 状態を逸らして回避するセイバー。

 

 ジャンヌの剣は、僅かにセイバーが着ている甲冑の、胸元を霞めていくだけにとどまった。

 

「鬱陶しいですね・・・・・・」

 

 セイバーを睨みつけながら、ジャンヌは可憐な双眸に憎しみを込めて呟く。

 

 名前も知らないような相手が、自分と張り合っている現状に苛立ちを覚えているようだ。

 

「見たところ、神秘性も薄いようだけど、そんなんで、この私に勝てるとでも?」

「別に」

 

 ジャンヌの攻撃を振り払いながら、セイバーは不愛想に返事を返す。

 

「単一のスペックのみで語れるほど甘くはあるまい。俺達サーヴァントと言う存在ならば、なおの事、な」

 

 言いながら、剣を横なぎに振るうセイバー。

 

 銀の閃光が鋭く奔る。

 

 その一閃を前に、ジャンヌはとっさに後退して回避する。

 

「成程」

 

 セイバーの攻撃を回避しながら、ジャンヌは不敵な笑みを浮かべる。

 

 同時に、手を翳す。

 

「それは確かに、その通りですね」

 

 言い放つと同時に、

 

 掌に生じた漆黒の炎が強烈な勢いで拡大。尚も斬りかかろうと剣を構えているセイバーに対して一気に襲い掛かる。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちするセイバー。

 

 とっさに攻撃をキャンセルすると、防御の姿勢を取り直す。

 

 次の瞬間、ジャンヌの炎は容赦なくセイバーを直撃する。

 

 強烈な熱風。

 

 地獄の業火の如き熱量が、剣士の体を焼き尽くさんと燃え盛る。

 

 致命傷に近い一撃。

 

 だが次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなセイバーを守るように、1人の少女が炎の前に旗を掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迸る光。

 

 その眩いばかりの輝きが、地獄の業火を完全に防ぎ止めていく。

 

「・・・・・・・・・・・・お前は」

 

 驚いて声を上げるセイバー。

 

 その目の前に立つ少女。

 

 三つ編みに編んだ金色の髪に、整った美しい顔立ち。

 

 銀の甲冑に身を包んだその姿は、清廉その物と言える。

 

 手にした旗は雄々しく翻り、迸る炎を完全に防ぎ止めている。

 

 だが、

 

「・・・・・・え?」

「嘘、何で?」

 

 見守っていた立香と凛果が、呆気に取られたように声を上げる。

 

 それだけ、目の前で起こっている事態は異常だったのだ。

 

「やめなさい。こんな事をして、いったい何になるというのです?」

 

 厳しい口調で、ジャンヌに問いかける少女。

 

 その姿は、

 

 まさに対峙したジャンヌ・ダルクと、寸分たがわず同一とだった。

 

 

 

 

 

第4話「黒白のジャンヌ・ダルク」     終わり

 




オリジナルサーヴァント紹介



??????

【性別】男
【クラス】セイバー
【属性】混沌・中庸
【隠し属性】人
【身長】181センチ
【体重】65キロ
【天敵】ジャンヌ・ダルク  ジャンヌ・ダルク・オルタ

【真名】??????

【ステータス】
筋力:C 耐久:A 敏捷:B 魔力:E 幸運:C 宝具:C

【コマンド】:AAQBB

【宝具】??????

【保有スキル】
〇カリスマ B
1ターンの間、味方全体の攻撃力アップ。

〇黒の誇り
1ターンの間、自身のバスターカードの性能アップ。

〇最前線の矜持
1ターンの間、自身に無敵付与。及び、スター発生率アップ。

【クラス別スキル】
〇騎乗:B
自身のクイックカードの性能をアップ。

【宝具】
??????

【備考】
第1章のフランスに現れたはぐれサーヴァント。全身漆黒の出で立ちをしており、周囲に常に殺気を振舞っている。一見すると好戦的な性格のようにも見えるが、ジャンヌ・オルタに襲われた村人を庇うなど、人道的な面も見られる。カルデア特殊班に対しては、やや非協力的に接している。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話「はぐれサーヴァント」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もが、立ち尽くしていた。

 

 味方も、

 

 そして敵もまた、同様に。

 

 自然、皆の注目は集中する。

 

 この状況に、困惑するなと言う方が無理な話だろう。

 

 敵味方、双方が立ち尽くして、状況を見守っている。

 

 対峙する2人の少女。

 

 互いに手には旗を持ち睨み合う。

 

 その顔。

 

 その姿。

 

 その存在。

 

 片や白で、片や黒。

 

 しかし、

 

 どちらも「ジャンヌ・ダルク」その物である。

 

「そんな、ジャンヌ・ダルクが、2人?」

「ん、パチモン?」

「フォウッ!?」

 

 困惑する立香と、首をかしげる響。

 

 双子か? それとも影武者か?

 

 だが、ジャンヌ・ダルクに双子がいたなどと言う記録は無いし、影武者なら互いに争っているのもおかしい。

 

 どちらかが偽物、という可能性も考えられるが、片や「竜の魔女」として悪名を轟かせ、片やその竜の魔女の攻撃を真っ向から防ぎきるほどの実力者である。

 

 偽物、などと言う安易な言葉では語れない気がする。

 

 つまり、どうあっても、この状況の説明がつかないのだ。

 

 唯一、

 

 最も納得のいく説明があるとすればただ一つ。

 

 すなわち「どちらも、ジャンヌ・ダルク本人」だと言う事だ。

 

 と、

 

 そこでカルデアのロマニが通信を繋げてきた。

 

《いや、有り得る話だ》

「どういう事だ、ドクター?」

「フォウ?」

 

 尋ねる立香に、ロマニは説明する。

 

 要するにサーヴァントとは英霊の「写し身」みたいな物であり英霊本人がその場にいる、という訳ではない。本来なら「英霊の座」にいる存在を、サーヴァントと言う「枠」に収めて召喚し現界させる段階で、世界の中に「写し」ているのだとか。

 

 それを考えれば、同じ英霊であっても違う霊基として、同時期に召喚される事は有り得る話なんだとか。

 

 勿論、本来ならば起こる可能性の低い、極めて特殊な例である事は確かだが。

 

 と、

 

「・・・・・・あなたは、何者ですか?」

 

 白いジャンヌの方が、黒いジャンヌに硬い口調で問いかけた。

 

 緊張に満ちた眼差し。

 

 自身と同じ存在に対する糾弾とも言うべき問いかけ。

 

 それに対し、

 

「・・・・・・クッ・・・・・・クックックックックックッ」

 

 黒いジャンヌの口からは、くぐもった笑い声が漏れ出した。

 

 徐々に大きくなる笑い。

 

 哄笑に変わるまで、それ程の時間は必要なかった。

 

「何て滑稽なのッ!? 何て哀れなのッ!? あまりの可笑しさに頭が狂ってしまいそう!! こんな小娘に、この国の人々は自分たちの命運を預けていたなんてッ!! 何て喜劇なんでしょう!! ねえジルッ あなたもそう思うわよねえ!! ねえジルッ ジルったら!! ああ、そう言えば、今日は連れて来ていないんでしたね!!」

 

 我を忘れるほどの狂気を見せつける黒いジャンヌに、思わず白いジャンヌや立香達は息を呑む。

 

 暫く哄笑を続ける黒いジャンヌ。

 

 ややあって真顔に戻ると、真っ向から白いジャンヌを睨みつけた。

 

「なぜ、こんな事をするのか、ですって? それはこちらの質問です。あなたこそ、なぜ私の邪魔をするのです? あれだけ裏切られ、罵られ、辱められ、最後には惨めに火炙りにされておきながら、なぜまだ、こんな国の人々の為に戦うのですか? あなたもジャンヌ()なら、共にこの国を亡ぼすべきでしょう!!」

「そんな、私はッ!!」

 

 言い募ろうとする白いジャンヌ。

 

 だが、黒いジャンヌは、聞く耳持たないとばかりに掌を掲げる。

 

「いずれにせよ、貴女の存在は目障りでしかありません。ここで消えてもらいます」

 

 言い放つと同時に、再び黒い炎が生まれる。

 

 対抗するように、白いジャンヌは手にした旗を掲げる。

 

 だが、

 

 先程、黒いジャンヌの攻撃を防いだことで、既に魔力は枯渇寸前まで着ている。もう一度、同じ攻撃を受けたら防ぎ切れないであろうことは明白だった。

 

「さあ、死になさいッ!!」

 

 黒いジャンヌの攻撃に備え、響達も戦闘態勢を取る。

 

 それに合わせて、ヴラドとカーミラも構えを取った。

 

 次の瞬間、

 

 地面から沸き立つように起こった炎が、黒ジャンヌ、ヴラド、カーミラを包み込んだ。

 

「ぬッ!?」

「これはッ!?」

 

 驚きの声を上げる、ヴラドとカーミラ。

 

 黒いジャンヌの攻撃によるものではない。その証拠に、彼女も纏わりつくように迫って来る炎を払うのに躍起になっている。

 

「いったい、何が・・・・・・・・・・・・」

 

 そう呟いた。

 

 次の瞬間、

 

「よそ見してんじゃないわよ!!」

 

 飛び込んで来た人影が、手にした槍でカーミラに襲い掛かった。

 

 対抗するように、自身も強化した爪で打ち払う。

 

「あら惜しいわね。あとちょっとだったのに」

「お前はッ!?」

 

 自身に斬りかかって来た少女を見て、カーミラはうめき声を漏らす。

 

 異様な少女だった。

 

 着ている服は派手な模様で、ヒラヒラした可愛らしい印象がある。

 

 だが、その出で立ちは異様だった。

 

 頭には捩じれた角、背中には蝙蝠の羽、お尻からは長いしっぽまで飛び出ている。

 

 まるで、悪魔のような出で立ちをした少女だ。

 

「その姿、見ているだけでイライラするわ。酷い頭痛がする」

「それはこっちのセリフよ。よくも私の前にノコノコと顔を出せた物ねッ」

 

 のっけから、険悪ムード全開のカーミラと少女。

 

 一触即発の雰囲気が、再び戦機を映し出す。

 

 だが、

 

「退きましょう。今ここで戦っても勝ち目は薄いです」

 

 苦悩と共に告げるジャンヌ。

 

 確かに。

 

 ほぼ万全に近いサーヴァント3騎に加えて、ワイバーン達も活発に攻撃を繰り返してきている。

 

 今ここで戦っても勝機は薄い。最悪、全滅も有り得る。

 

 退くなら、敵が炎に巻かれている今しかなかった。

 

「おのれ、逃がすかッ!!」

 

 槍を地面に突き刺すと、魔力を込めた腕を一振りする。

 

 次の瞬間、大地が血の色に染まる。

 

 吹き上がる悪意。

 

 同時に、大地が一斉に隆起し、無数の杭が地面に突き立った。

 

 ヴラドの「串刺し公」たる所以。

 

 押し寄せるオスマントルコの大軍に対抗する為に、捕虜にした2万の兵士を全員串刺しにして国境線に並べたという、血塗られた伝説。

 

 それと同じ光景が、目の前で展開されていた。

 

 もし、この杭の群れに捉えられれば、一瞬にして串刺しにされ、無惨な躯を晒す事になっていただろう。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・逃げたか」

 

 舌打ちするヴラド。

 

 彼の攻撃が完全に発動する前に、カルデア勢は全員、効果範囲から離脱してしまったのだ。

 

 既に見回しても姿は見えなかった。

 

「まあ、良いでしょう」

 

 そう告げたのは、黒いジャンヌだった。

 

 剣をしまい、旗を折りたたむ。

 

「どのみち、いずれは対決する事を避けられないのです。ならば焦る必要はありません。それよりも、放り出してきた戦線の方が気になります。一旦、そちらに合流するとしましょう」

 

 そう言うと、踵を返すジャンヌ。

 

 とは言え、

 

 カルデア、

 

 そして「あの女」の存在。

 

 これで少し、面白くなってきた。

 

 自分に逆らう者を全て殺しつくし、このフランスと言う国そのものを嬲り殺しにする。

 

 その時はもう、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、振り切った」

 

 周囲の気配を探り警戒していた響は、呟きながら刀を鞘に納める。

 

 追ってくる敵の気配はない。どうやら、黒いジャンヌ達を振り切る事には成功したようだ。

 

 その言葉に、一同は安堵する。

 

 追撃の手が鈍ってよかった。もし追手が掛かっていたら、被害は免れなかったところである。

 

 こうして、一同が無事に逃げおおせたのは何よりだった。

 

 怪我をした美遊や響には、立香と凛果が手分けして回復魔術を掛けている。

 

 時間を掛ければ、戦力の回復は容易だろう。

 

 と、

 

 ここまで一緒に撤退してきたセイバーが、立ち上がって踵を返すと、そのまま歩き出した。

 

「あの、セイバーさん、どちらに行かれるのですか? せめて回復だけでも・・・・・・」

 

 問いかけるマシュ。

 

 対して、セイバーは足を止めると、僅かに振り返る。

 

「・・・・・・慣れ合うのはごめんだ」

 

 それだけ告げて、歩き出すセイバー。

 

 と、

 

 そこへ、響への治療を中断して立香が歩み寄った。

 

「今回は色々とありがとう、助かったよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 笑顔で告げる立香に対し、

 

 セイバーは無言のまま振り返らない。

 

 ただ、再び歩き出す直前、低い声で口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・借りは、いずれ返す」

 

 それだけ言うと、セイバーは一同を残して歩み去って行くのだった。

 

「兄貴、良いの、行かせちゃっても?」

「フォウ・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊に回復魔術を掛けてやりながら、片にフォウを乗せた凛果が尋ねてくる。

 

 引き留めて、協力してもらった方が良いのではないか? と言いたいのだろう。

 

 だが、

 

 立香は振り返ると、笑みを浮かべて言った。

 

「嫌がる所を強制しても仕方ないだろ。それに、あの言い方なら、また会えるかもしれないし」

「・・・・・・それは、まあ」

 

 兄の能天気さに呆れつつも、凛果は苦笑して納得する。

 

 随分と気の長い話のようにも思えるが、立香が言うと本当に現実になりそうな気がしたのだ。

 

 と、

 

 一緒に逃げて来た白いジャンヌが、一同を見回して口を開いた。

 

「改めまして。先ほどはありがとうございました」

 

 白いジャンヌは、そう言って頭を下げる。

 

 その仕草一つ一つに、どことなく気品と美しさを感じる。

 

「私はサーヴァント、ルーラー。真名はジャンヌ・ダルクです」

 

 やはり、

 

 と立香達は思う。

 

 彼女もまた、ジャンヌ・ダルクなのだ。

 

 否、

 

 その出で立ちや行動、存在感から見れば、彼女の方こそが真の意味でジャンヌ・ダルクと言えるだろう。

 

 ところで、

 

「ルーラーって?」

「『裁定者』のサーヴァントです。7大クラスの他にいくつか存在しているエクストラクラスの1つで、特に他のクラスに対して強い影響力を持つクラスです」

 

 尋ねる凛果に、美遊が丁寧に説明する。

 

 確かに。

 

 ルーラーは聖杯戦争に何らかの異常性が認められると聖杯自体が判断した場合、召喚される事が多いという。その為、全サーヴァントに対し強制権を持つ令呪「神明裁決」や、サーヴァントの真名を無条件で知る事ができる「真名看破」と言った、特権に近い能力を持っているのだとか。

 

「ですが・・・・・・・・・・・・」

 

 ジャンヌは言いにくそうに顔を伏せる。

 

 そんなジャンヌの表情を伺うように、響が覗き込んだ。

 

「ん、ジャンヌ、お腹すいてる?」

「い、いえ、そう言う訳ではないのですが・・・・・・」

 

 ずれた質問をする響の頭を撫でつつ、ジャンヌは顔を上げる。

 

 その表情は、相変わらず晴れないままだ。

 

 そこで、美遊が何かに気付いたように口を開いた。

 

「もしかして、魔力が枯渇しているんですか?」

 

 美遊の目から見て、ジャンヌが非常に弱っているように見えたのだ。

 

 まあ、つまり、響が言う「腹が減っていた」と言うのも、あながち間違いとも言い切れない訳である。正解でもないが。

 

「恥ずかしながら・・・・・・」

 

 ジャンヌは俯きながら、自分の現状について説明する。

 

 なんでもマスター無しで召喚された彼女は、ルーラーとしての権限の殆どを持っていないのだとか。

 

 それどころか魔力供給の手段も持たない為、殆ど力を発揮できない状態だという。

 

 先程の戦いでは黒いジャンヌの攻撃を何とか防ぎ切ったが、もしあそこで追撃されていたら、確実に敗北していた事だろう。

 

「それならジャンヌ」

 

 そんなジャンヌを見て、立香が口を開いた。

 

 今のジャンヌが置かれている状況を解決する手段が、一つだけある。ならば、決断するのに躊躇う理由は無かった。

 

「俺と契約しないか?」

「え?」

 

 立香の物言いに、一瞬キョトンとするジャンヌ。

 

 その可能性を考えていなかったせいで、一瞬呆気に取られてしまったのだ。

 

「あ、そっか。それなら魔力の問題は解決するよね」

 

 名案を聞いて、凛果も手を打つ。

 

 確かに。

 

 立香や凛果の魔力は、カルデアの電力を変換して作られ、直接送り込まれている。つまり、2人と契約したサーヴァントは、マスターを通じて莫大な魔力を振るう事ができる。

 

 立香か凛果、どちらかと契約できれば、ジャンヌの魔力問題は解決できるのだ。

 

 だが、

 

「いえ、それは・・・・・・・・・・・・」

 

 立香の申し出に対し、ジャンヌは躊躇いを見せる。

 

 何か彼女の中で、どうしても踏ん切りがつけられない部分があるのかもしれない。

 

 と、その時だった。

 

「あ、やっと見つけましたわ」

「いやー ごめんごめん。この子と合流するのに時間かかっちゃったわ」

 

 木々を分け入る形で、2人の少女が近づいてくるのが見えた。

 

 1人は、あのカーミラに斬りかかった少女である。ヒラヒラした衣装は、どこかステージで歌うアイドルを連想させる。

 

 そしてもう1人は、なぜか和装の少女である。

 

 こちらも美しい少女だが、先のアイドル少女同様、頭には小さな角が見られた。

 

「まったく、ジャンヌが飛び出していった時はどうしようかと思ったわよ。ちょっとは周りの事も考えなさいよね」

「ご、ごめんなさい」

 

 アイドル少女に説教され、しゅんとなるジャンヌ。どうやら、何かに集中すると回りが見えなくなるタイプらしい。

 

 と、

 

 そこで、アイドル少女が振り返る。

 

「あんた達が、この子を助けてくれたのよね。取りあえず、お礼を言っておくわ」

 

 そう言って笑顔を見せる少女。

 

 その出で立ちの異様さとは裏腹に、闊達な印象のある少女である。

 

 だが、

 

「私の名前はエリザベート・バートリ。一応、ランサーって事になるわね。よろしく」

「エリザベートッ!? それって先程の・・・・・・・・・・・・」

「フォウッ ンキュッ」

 

 マシュが驚いて声を上げる。

 

 そう、

 

 エリザベート・バートリは、先程交戦したカーミラの原型になった存在。

 

 元々はハンガリーの伯爵夫人であったが、夫が戦争で外征中に、領内の少女たちを集め、拷問の末に殺害、その生き血を浴びる事で若さを保とうとした伝説がある。

 

 だが、

 

 こうして闊達にしゃべるエリザベートからは、そうした陰惨なイメージは無かった。

 

「んー・・・・・・」

 

 響が少し首をかしげてから言った。

 

「エリザ? エリちゃん? どっちが良い?」

 

 いやそれ、確定なのかい。

 

 てか、それ今聞く事か?

 

 空気を読まない響に全員が心の中でツッコミを入れる中、

 

 エリザベートはにっこりと笑って答える。

 

「どちらでもOKよ。やっぱり、アイドルには愛称は必要よね。ファンとの距離を縮めるのも、アイドルとしての役目よね」

 

 意外と、ノリノリだった。

 

 と、

 

 もう1人の和装少女の方が、いつの間にか立香にすり寄り、その両手を包み込むように握りしめてきた。

 

「あ、あの、何か?」

 

 困惑して尋ねる立香。

 

 対して、和装少女は熱っぽい瞳で立香を見上げると、つややかな声で言った。

 

「ああ、お会いしとうございました。安珍様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり何を言い出すのか?

 

「あの、俺は立香って名前なんだけど?」

「はい、分かっております。安珍様」

 

 まったく分かってなかった。

 

「再開できる日を、この清姫、幾千秋とお待ち申し上げておりました。ああ、それが、このような異邦の地にて夢叶うとは・・・・・・感激のあまり、息の音も止まりそうな思いでございます」

 

 いや、あなたもう死んでるからね。

 

 一同が心の中でツッコミを入れる。

 

 とは言え、どうやらこの和装少女の真名は「清姫」らしい。

 

 恋焦がれる安珍和尚との再会を夢見ながら、裏切られたと知るや否や、その身を化け物と化してまで追い詰めた末、寺の鐘の中に隠れた安珍を焼き殺し、自身も入水自殺したという伝説を持つ悲劇の女性。

 

 何と言うか「元祖ヤンデレ」とでも言うべき存在であろうか?

 

 クラスは・・・・・・いちいち聞くまでも無いだろう。

 

 この話が通じない感じは狂戦士、バーサーカーに間違いない。

 

 一応の会話はできる事から、ある程度「狂化」のランクは低いらしかった。

 

「んー・・・・・・清姫・・・・・・」

 

 響は少し首をかしげてから、清姫を見て言った。

 

「取りあえず『きよひー』で良い?」

「何ですの? その適当感は?」

 

 ジト目で響を睨む清姫。

 

 何と言うか、バーサーカーに冷静にツッコまれるアサシンと言うのも、なかなか稀有だった。

 

 

 

 

 

 一通りの挨拶が終わったところで、

 

 改めて現状、および今後の方針について話し合う事になった。

 

 ともかく現在、

 

 あの黒いジャンヌ・ダルク。

 

 あえて、こちらのジャンヌとの混同を避けるために、「ジャンヌ・ダルクを反転させた存在」として、以後は「ジャンヌ・ダルク・オルタナティブ」。略称で「ジャンヌ・オルタ」と呼称する事にした。

 

 彼女がいる限り、人理崩壊は防げない。

 

 ならば、やるべき事は初めから決まっていた。

 

「オルレアンに乗り込み、ジャンヌ・オルタを倒します」

 

 ジャンヌの言葉に、一同は頷きを返す。

 

 ジャンヌ・オルタが、この特異点の中心。すなわち、聖杯の所持者と見て間違いない。

 

 ならば、フランスの解放と聖杯の回収、そして特異点の修復は全て、ジャンヌ・オルタを撃破できるか否かに掛かっている。

 

「あの、立香、やはりここは私が・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけるジャンヌ。

 

 どうやらやはり、自分1人でこの問題を解決しようと考えているらしい。

 

 フランスを危機に陥れ、多くの人々の命を奪っているのは、他ならぬジャンヌ・ダルク。

 

 ならば、ジャンヌ本人がそのように思うのも無理からぬことだろう。

 

 だが、

 

「いや、ジャンヌ。これはもう、俺達みんなの問題だよ」

 

 そんなジャンヌを制するように、立香は言った。

 

 そもそも、フランスを介抱したいジャンヌと、人理修復を目指す立香達。互いの利害は一致し、目的を同一としている。

 

 ならば、互いにバラバラに戦うよりも、共に戦った方が良いだろう。

 

「ん」

 

 響は、迷うジャンヌの手を取る。

 

「何を?」

 

 戸惑うジャンヌの手を引く響。

 

 そして、もう片方の手で立香の手を取ると、互いの手を握らせる。

 

「握手」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 一瞬、呆気に取られる立香とジャンヌ。

 

 そんな2人を、茫洋な目で見つめる響。

 

 どうやら、少年なりに2人を取り持ちたいと思っての事らしい。

 

 そんな響を見て、

 

「フッ」

「フフ」

 

 互いに笑みを向け合う立香とジャンヌ。

 

 何となく気恥ずかしい気分ながら、たったこれだけの事で、自分たちの間にあった溝が埋まってしまったかのようだった。

 

「これから、よろしく頼む。ジャンヌ」

「ええ、こちらこそ、立香」

 

 そう言うと、互いに手をしっかりと握り合うのだった。

 

 

 

 

 

第5話「はぐれサーヴァント」      終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話「フランスの残滓」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城壁の上に立ち、彼方から迫る翼竜の群れを見定める。

 

 砦全体を包む緊張感を感じながら、男は静かに佇んでいる。

 

 元フランス王国軍元帥ジル・ド・レイ。

 

 白銀の鎧に身を包んだこの騎士は、物静かな容貌とは裏腹に、フランス全軍を指揮する立場にある総司令官でもある。

 

 もっとも、国滅びた今となっては、肩書など如何程の価値も無いのだが。

 

 しかし国王亡き今、瓦解寸前のフランス軍残党が、それでも組織としての体を保っていられるのは、このジルの存在が大きいと言えよう。

 

 だが、

 

 同時にジルの心底には、ある種の負い目が存在していた。

 

 彼はかつて、救国の乙女ジャンヌ・ダルクの傍らにあり、彼女の盟友として共に戦ってきた。

 

 彼女の進軍を補佐し、共にオルレアン解放を行った。

 

 だが、

 

 結局ジルは、肝心な時に何もできなかったのだ。

 

 ジャンヌがイングランド軍に囚われた時も、

 

 そして処刑された時も。

 

 勿論、助けようとはした。

 

 この時代、捕虜は身代金さえ支払えば、取り戻す事ができる。

 

 ジャンヌ・ダルクともなれば、身代金の額も半端なものではなかったが、助ける事は決して不可能ではなかった。

 

 ジルはジャンヌを救うために身代金を集め、自らも資金を供出して王にジャンヌを救出するよう訴えたのだ。

 

 だが、

 

 ジルは肝心な部分で見誤ってしまった。

 

 そもそも王には、

 

 ジャンヌの活躍で王位に就き、本来なら最もジャンヌに感謝してしかるべき立場だったはずの国王シャルル7世には、

 

 ジャンヌを救う気などさらさら無かったのだ。

 

 集めた身代金は横取りされ、ジャンヌも処刑されてしまった。

 

 失意に落ちたジル。

 

 だが、

 

 状況は変わった。

 

 殺された国王。

 

 蹂躙される祖国フランス。

 

 そして、

 

 蘇った竜の魔女、ジャンヌ・ダルク。

 

 嘘だと思いたかった。

 

 誰よりも祖国の解放を望んでいた彼女が、このような残虐な行為に走るなど。

 

 だが、

 

 心の隅では、こうも思っていた。

 

 彼女ならあるいは、と。

 

 王に裏切られ、祖国に見捨てられたジャンヌが復讐に走ったとして、誰がそれを咎められようか?

 

 あるいは彼女の行いこそが正しいのかもしれない。

 

 つい、心の隅では、そう思ってしまう。

 

 あるいは、自分も進んで、彼女の旗の下に馳せ参じるべきではないか、と。

 

 だが、

 

 たとえ相手がジャンヌであり、彼女の行いこそが正しいのだとしても、

 

 祖国を蹂躙されるのを、黙って見ている事は出来なかった。

 

 と、

 

 ジルの思考を中断するように、兵士が足音も荒く駆け寄って来た。

 

「閣下。総員、配置に着きました。いつでも行動可能です」

「ご苦労。別命あるまで待機せよ」

「ハッ」

 

 再び駆け去って行く兵士の背中を見送りながら、ジルは再び視線を前に移す。

 

 この砦は、今や最前線である。

 

 敵の中枢がオルレアンにある事はジルも掴んでおり、その為に、この砦にフランス残党軍の主力が集結している。

 

 この砦からなら、オルレアンは目と鼻の先と言って良いだろう。

 

 だが、

 

 相手には強力な竜の群れがあり、更には「怪人」とでも言うべき、得体の知れない将達が軍勢を率いているという。

 

 正直、手持ちの兵士だけでは心もとない。

 

 だが、それでもやるしかなかった。

 

 と、

 

 そこでジルは、傍らにチラッと眼をやる。

 

「申し訳ない。また、貴殿に頼る事になりそうだ」

「気にしないでくれ。俺にはそれくらいしか能が無いからな。むしろ、俺と言う存在を存分に活用してもらえればありがたい」

 

 ジルの言葉に、傍らに立つ男は頷きながら答えた。

 

 精悍な男性である。

 

 長い髪の下から見える鋭い瞳には静かな光が宿り、屈強な肉体は鋼を連想させる。

 

 背に負った長大な大剣が、この上ない頼もしさを誇っていた。

 

 ジークフリート。

 

 古代、竜殺しをなした大英雄と同じ名乗りを上げた男は、ジルが率いるフランス残党軍にとって、頼もしい客将だった。

 

 それが本名かどうかは判らない。

 

 だが実際、ジークフリートはジルたちの目の前で何体ものワイバーンを屠って見せている。

 

 真贋などどうでも良い。今はその実力こそが、何よりもありがたかった。

 

「来るぞ」

 

 静かに言い放ちながら、ジークフリートは背中の大剣を抜く。

 

 見れば、視界の彼方でワイバーンの大群が動き出すのが見えた。

 

 ジルもまた、頷きを返すと腰の剣を抜き放つ。

 

 ここが正念場だ。

 

 この一戦に、フランスの運命全てが掛かっていると言っても過言ではない。

 

 剣を高々と振り翳すジル。

 

 そう言えば、

 

 ふと思い出す。

 

 かつて「彼女」もまた、全軍の先頭に立つときは、このようにしていた。

 

 それが今や、自分がかつての彼女の役を担う事になるとは。

 

 皮肉以外の何物でもなかった。

 

 やがて、迫りくる敵の大群。

 

 その軍勢を目の前にして、

 

 ジルは高らかに命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランス残党軍と、ワイバーンの大群がオルレアン付近で戦闘を開始する少し前、

 

 準備が整ったカルデア特殊班もまた、行動を開始しようとしていた。

 

 目的は、ある意味でシンプルだ。

 

 オルレアンに進撃し、竜の魔女ジャンヌ・オルタを撃破する。

 

 聖杯さえ奪取すれば、この特異点は解放され、そもそも竜の魔女によってフランスが蹂躙された事自体、「無かった」事になる。

 

 全てが元通りと言う訳だ。

 

 現在、特殊班がいるのは、オルレアンから見て東方。

 

 ジャンヌの故郷でもあるドンレミ村のやや西寄りの場所である。

 

 ここからオルレアンを目指すコースは2つ。

 

 1つは北回りに向かうコース。

 

 2つめは、南回りに海岸線に出て、それから北上するコース。

 

 最短なのは北回りコースである。

 

 しかし、そちらはフランス残党軍とジャンヌ・オルタ軍が対峙する最前線がある。当然、敵も最も警戒しているはずだ。

 

 敵に見つかるのは勿論まずいが、ジャンヌがいる以上、フランス軍に見つかるのも面倒事になりかねない。

 

 何しろ、ジャンヌはジャンヌ・オルタと同じ容姿をしている。知らない人間が見れば、ジャンヌ自信を見て「竜の魔女」だと勘違いしても仕方が無いだろう。

 

 一方、南回りコースは、前線から離れている事もあり、敵の警戒も薄いと思われる。無駄な戦闘を避けるなら、そちらのルートを使うべきだろう。

 

 だが、

 

 ここに来て、そうもいかない事情が発生していた。

 

「別動隊、だって?」

「ええ。ここに来るまでに集めた情報に、そのような物がありました」

 

 尋ねる立香に、ジャンヌは難しい表情で答えた。

 

 それによると、ジャンヌ・オルタ軍には、フランス南部地方を制圧する為に派遣された別動隊が存在しているのだとか。

 

 そちらもジャンヌ・オルタ本人が率いる本軍と変わらぬ規模を誇っており、無視できない被害をもたらしているという。

 

 このままオルレアンに進撃したら、敵の別動隊を見逃す事になってしまう。

 

《うーん・・・・・・・・・・・・》

 

 話を聞いていたロマニが、通信機の向こうで首を傾げた。

 

「どうしたの、ロマン君?」

《うん。僕としては、このまま直接、オルレアンに向かう事を提案したいかな。どのみち、聖杯を手に入れて人理が修復されれば、全てが元通りになる訳だし》

 

 要するにロマニが言うには、南部の解放に向かうのは時間の無駄でしかない、と言う事だ。

 

 確かに、ロマンの言う通り、ジャンヌ、エリザベート、清姫が加わったとはいえ、数的に劣っている特殊班が回り道をしている余裕はない。

 

 ここは回り道をせず、一気にオルレアンに進撃し、ジャンヌ・オルタと対決すべき所だろう。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ジャンヌは伏し目がちに俯く。

 

 彼女の気持ちも分かる。

 

 目の前で苦しめられている祖国の人たちがいて、それを見捨てる事などできないのだろう。

 

 さて、どうするか?

 

 最短だけど、最前線を突っ切らなくてはならない北回りか?

 

 それとも、遠回りで敵の別動隊もいる南回りか?

 

 と、

 

「ならさ、私が南に行くよ」

 

 そう言って手を上げたのは凛果だった。

 

 その目は、自分のサーヴァント達に向けられる。

 

「響と美遊ちゃんを連れて行くよ。その間に兄貴とジャンヌ達は、北からオルレアンを目指して」

「いや、凛果、お前、簡単に言うけどな・・・・・・」

 

 妹を案じる立香。

 

 ただでさえ少ない戦力を、更に分けて南に行こうとする凛果の行動は、立香には危険なものに見えたのだ。

 

 だが、そんな兄に凛果は笑って見せる。

 

「大丈夫。南部地方を制圧したら、わたし達もオルレアンに向かうから。向こうで合流しよう」

「・・・・・・・・・・・・」

「それに、これ以外に方法なんて無いでしょ?」

 

 確かに。

 

 オルレアンには急ぎたいが、ジャンヌとしては南部地方の方も放っては置けない。

 

 ならば、マスターが2人いる事を利用して、2手に分かれるのが得策だった。

 

「ジャンヌも、それで良いよね?」

「それは、はい・・・・・・」

 

 自分がわがままを言っている事は、ジャンヌも理解しているのだろう。

 

 その上で、凛果が南部地方に行ってくれると言うのだから、ジャンヌとしては断る理由は無かった。

 

「・・・・・・お前は言い出したら聞かないからな」

 

 嘆息交じりに言う立香。

 

 割と頑固なところがある凛果は、一度こうと決めたらなかなか考えを曲げようとしない。

 

 そうなると、説得はほぼ不可能に近かった。

 

「気を付けろよ」

「うん、兄貴も」

 

 そう言って、笑顔を交わす藤丸兄妹。

 

 次いで立香は、通信機の向こうのロマニに声を掛けた。

 

「ドクター、悪いけど、そう言う訳だから。サポートの方、ちょっと負担をかける事になりそうだ」

《ああ、うん。まあ、仕方ないね。現場の事は立香君と凛果君に一任しているわけだし。基本的に、こちらではどうする事も出来ないから。あと、サポートの事は気にしないでくれ。レオナルドと分担すれば、どうとでもなるから》

 

 苦笑交じりに、ロマニが賛同してくれる。

 

 カルデアの現責任者としては効率を重視したい所なのだろうが、ジャンヌの想いも決して無視はできないのだろう。

 

 と、

 

「ふうん、面白そうね。なら、あたしも小ジカ達の方に行ってあげるわ」

 

 そう言いだしたのは、それまで話を聞いていたエリザベートだった。

 

 どうやら、彼女も凛果について南部方面に行くつもりのようだ。

 

 因みに「小ジカ」とは、凛果の事らしい。なぜそんな風に呼ぶのかは知らないが、彼女の趣味なのだろう。立香の方は「子イヌ」と呼ばれている。

 

 何にしても、出会って数分で愛称で呼び合うくらい打ち解けているのは良い事だった。

 

 まあ、それはそれとしても、エリザベートの申し出が唐突だったのは確かだった。

 

「ど、どうしたの急に?」

「だって、それならサーヴァントの数も3対3になってちょうど良いでしょ」

 

 言ってから、エリザベートはジャンヌと清姫を見る。

 

「ジャンヌは当然、オルレアンに行くべきでしょうし、それに・・・・・・」

 

 視線は清姫に移る。

 

「あんたも・・・・・・そっちに行くわよね?」

「当然です。安珍様のそばを離れる訳にはまいりませんので」

 

 いや、安珍じゃないし、とは全員が心の中で入れたツッコミだが、実際に口に出した者はいなかった。

 

 だって疲れるし。

 

 と言う訳で、メンバーは決まった。

 

 北回りでオルレアンを目指すのは、立香をリーダーにして、マシュ、ジャンヌ、清姫。

 

 南回りで敵の別動隊を制圧するのが、凛果をリーダーにして、響、美遊、エリザベート。

 

 となる。

 

 戦力的分散には不安があるが、今はこれがベストだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、と言うべきか、

 

 フランス残党軍にとって、ジークフリートの存在は大きかった。

 

 流浪の剣士は、身の丈ほどもある大剣を軽々と振るい、迫りくるワイバーンの群れを容赦なく叩き斬っていく。

 

 逆に、ワイバーン共の攻撃は、ジークフリート相手にかすり傷すら負わせることができないでいる。

 

 ジークフリートは竜どもの攻撃をかわし、弾き、逆に斬り裂いていく。

 

 時々、攻撃を喰らう事もあるが、物ともする様子もない。

 

 まさに一騎当千。

 

 本当に、神話上の英雄が、このフランスに現れたかのような戦いぶりだ。

 

 勿論、フランス残党軍の兵士たちも、手をこまねいているわけではない。

 

 1匹のワイバーンに、10名前後の兵士たちが群がっているのが見える。

 

 1体1ではワイバーンには敵わなずとも、1匹に対し複数で当たれば倒せない相手ではない事は、これまでの戦訓からも分かっていた。

 

 弓隊の一斉射撃で上空にいるワイバーンを叩き落し、地面に叩きつけられたところを剣や槍を持つ兵士が一斉に群がってトドメを刺す。

 

 勿論、地面に落としたからと言って油断はできない。ワイバーンは、その巨体故に膂力もすさまじい。

 

 鉤爪や尻尾を振り回されれば、それだけで人間など肉片に成り果てるだろう。

 

 だが弱点もある。

 

 その巨体故に小回りが利かないのだ。

 

 その為、一度攻撃をやり過ごし、ワイバーンが動きを止めた直後、一斉に飛び掛かると言う戦術が最も有効だと判った。

 

 兵士達はジルの指揮に従い、一糸乱れぬ統率でワイバーンを着実に屠っていく。

 

 いかに力が強かろうと、ワイバーンは所詮獣に過ぎない。

 

 人は古来より英知を凝らし、策を積み重ね、自らよりはるかに巨大な敵を撃ち倒してきた。

 

 恐れずに戦えば、いかな巨大な存在であろうとも、倒せない筈が無いのだ。

 

 勿論、ジークフリートはその限りではない。

 

 彼に至っては1人で複数のワイバーンを相手取り、その全てを撃破しつくしていく。

 

 その横で自身も剣を振るいながら、ジルが話しかけてきた。

 

「今日は行けそうですな。兵達の意気も高い。全て、貴殿のおかげです」

「いや、兵達も皆、よくやってくれている。俺1人では、こうはいかなかっただろう」

 

 言いながら、無造作に振るった大剣の一閃が、ワイバーンの巨体を袈裟懸けに斬り飛ばす。

 

 実際のところ、戦況はフランス残党軍の有利に進んでいる。

 

 ワイバーンは次々と叩き落され、地に躯を晒している。

 

 このまま行けば勝てる。

 

 誰もが、そう思い始めた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アポロンとアルテミスの、二大神に願い奉る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場に響く声。

 

 同時に、放たれた矢が、勢い乱れる事無く天まで駆け上がった。

 

 次の瞬間、

 

 無数の矢が、文字通り雨となってフランス残党軍の上空に降り注いだ。

 

「総員、退避ィィィィィィィィィィィィ!!」

 

 絶叫に近いジルの指示が、全軍に伝えられる。

 

 だが、殆どの兵達は間に合わない。

 

 折り重なるように響く悲鳴。

 

 血しぶきが戦場に舞い、天を朱に染め上げる。

 

 巻き込まれたのは十数名。一撃で、かなりの人数を失った事になる。

 

 流石にジークフリートやジルは無事だが、兵士たちは隊列を乱して後退を余儀なくされている。

 

「・・・・・・・・・・・・対軍宝具か」

 

 低い声で呟きながら、ジークフリートは彼方の丘に目をやる。

 

 その視線の遥か先。

 

 戦場の後方に、宝具を放った相手はいた。

 

 獣の耳に尻尾を持つ、見目麗しき狩人の女性だ。

 

 その出で立ちからして、間違いなく「アーチャー」である事が判る。

 

 厄介だな。

 

 ジークフリートは、心の中で呟く。

 

 ジルには話していないが、ジークフリートもまた、敵の将達と同じ「怪人」、サーヴァントである。

 

 クラスはセイバー。

 

 接近戦では部類の強さを発揮できるが、遠距離戦では分が悪い。

 

 あるいは、こちらも宝具を使えば、攻撃も届くかもしれないが。

 

 だが、

 

 そんなジークフリートの考えを見透かしたように、

 

 漆黒の影が舞い降りる。

 

「あなたですか。残党たちに希望を与えている存在は。それに、どうやら懐かしい顔もいるみたいですね」

 

 ワイバーンを違えたジャンヌ・オルタが、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 

 その姿を見て、ジルが息を呑む。

 

「やはり・・・・・・ジャンヌッ」

 

 噂は本当だった。

 

 見間違えるはずはない。

 

 フランスを蹂躙する竜の魔女の正体は、ジルのかつての盟友、ジャンヌ・ダルクだったのだ。

 

 対して、ジャンヌ・オルタはその口元に微笑を浮かべる。

 

「お久しぶりですね、ジル。まさか、このような形で再開する事になるとは思っていませんでした」

「・・・・・・・・・・・・」

「しかし残念です。てっきり、あなたはこちらに来てくれると思っていましたのに」

「いえジャンヌッ 私はッ!!」

 

 言いかけるジル。

 

 しかし、その後の言葉が続かない。

 

 ジルにとってジャンヌは大切な存在だが、しかしそれでも、彼女の蛮行を見過ごす事も出来ないのだ。

 

 そんなジルを気遣うように、ジークフリートは前へと出て大剣を真っすぐに構える。

 

「下がっていてくれ、ジル殿」

「ジークフリート殿?」

 

 ジャンヌ・オルタと対峙するジークフリート。

 

 ジルはこの女とは戦えない。

 

 ジークフリートには、ジルの中にある葛藤が見えていた。

 

 たとえ敵同士となったとしても、かつての友を斬る事などできない。

 

 ならばこそ、自分がやらなくてはいけなかった。

 

「行くぞ、竜の魔女!!」

 

 言い放つと同時に、ジークフリートは大剣を振り翳して斬りかかる。

 

 対抗するように、ジャンヌ・オルタも炎を噴き上げて迎え撃った。

 

 

 

 

 

第6話「フランスの残滓」      終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話「聖女の涙」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランス南部の街リヨン。

 

 北東から流れ込むローヌ川と、北から流れ込むソーヌ川が合流するこの街は、古くから水運によって栄え、物資の集積所としての役割を果たしていた。

 

 この時代、大量の物資を一時に運べる船は、最も効率的な輸送手段である。その為、海や川に隣接した場所に街は作られ、繁栄する要因となったのだ。

 

 リヨンもまた、こうした水運で栄えた街の一つである。

 

 本来であるならば、活気に満ちた光景が広がっていた筈。

 

 しかし、

 

 その水運の街が今、

 

 炎と破壊に蹂躙されていた。

 

 上空を乱舞する翼竜の群れ。

 

 地上を進む死者の軍勢。

 

 逃げ惑う人々の悲鳴が、折り重なるように響き渡り、地には躯が折り重なる。

 

 ワイバーンが人々を食らい、群がる死者が蹂躙する。

 

 まさに、地獄の如き光景。

 

 そして、

 

 そのワイバーンを指揮する、1人の女性。

 

 ゆったりとした法衣に身を包んだ、美しい女性は、感慨の浮かばない瞳で虐殺の様子を眺めていた。

 

「・・・・・・ここは、もう十分かしら?」

 

 どこか投げ槍な感じに呟く。

 

 まったく無抵抗の人間を一方的に殺戮するなどと言う行為は本来、彼女の望む物ではない。

 

 しかし、それが主からの命令であるならば、サーヴァントである彼女には抗う術は無かった。

 

 まして、今の彼女には「狂化」の要素が付け加えられている。

 

 それ故、今この状況を、心のどこかで楽しんですらいた。

 

 今また、視界の先で幼い子供が、死者の群れに蹂躙され、斬り殺されている。

 

 その姿を見ても、もはや何の感情も浮かぶ事は無かった。

 

 聖女は冷めた目で、眼下で行われている蹂躙を見続けている。

 

 逃げ惑う人々。

 

 彼らを守る物は何もない。

 

 既にフランス王国軍は壊滅し、僅かに残っている残党も北の砦に立て籠もって抵抗を続けるだけの状態になっている。

 

 そちらにはジャンヌが率いる本隊が向かっている。恐らく、数日の内には決着が着く事だろう。

 

 視線を、再びリヨンの街へと戻す聖女。

 

 既に街の半分以上は炎に包まれている。

 

 住んでいた住人も逃げ延びたか、あるいはワイバーンに食われたかして、姿は見えない。

 

 語るまでもない。

 

 水運で栄えた美しい街リヨンは、この日壊滅したのだ。

 

 竜の魔女ジャンヌ・ダルクの犠牲者が、また増えた事になる。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 聖女の胸の内に去来する虚しさ。

 

 己と言う存在が抱える矛盾を前に、ただ立ち塞がる運命を呪う事しかできない。

 

 たった一つ、

 

 気になる報せが、つい先日齎された。

 

 曰く、かねてより懸念されていたカルデアと呼ばれる勢力が、ついにこのフランスの地に現れたとの事。

 

 人理守護を掲げる彼らの存在は、自分達と相反している。

 

 となれば早晩、カルデアは自分たちの前に立ちはだかる事になるだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・来るなら、早く来なさい」

 

 聖女は、硬い口調で告げる。

 

 そして、

 

「・・・・・・お願い・・・・・・早く、私を殺しに来て」

 

 その瞳から一筋、涙が零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北へ向かう立香達と別れた凛果、響、美遊、エリザベートの4人は、一路、南部を目指して移動していた。

 

 南部地方を荒らし回っていると言うジャンヌ・オルタ軍の別動隊。

 

 これを撃破しない事には、後顧の憂いを断つ事が出来ない。

 

 何より、彼女らの蹂躙によって苦しめられている人々がいる以上、見ぬふりはできない。

 

 オルレアンを目指すのも大事だが、別動隊の撃破もまた急務であると言えた。

 

 とは言え、広いフランスでのこと。闇雲に動き回ったところで、敵を見つける事は容易ではない。

 

 凛果たちは情報収集しながら南下。

 

 ラ・シャリテと言う街の東まで来ていた。

 

 そこまで来て日が暮れてしまった為、今日のところはお開きと言う事になった。

 

 幸い、街道沿いに見つけた牧場主が、一夜の宿と食事を提供してくれた事もあり、長旅の疲れを癒す事も出来た。

 

 

 

 

 

 テーブルの上には麦の粥とホットミルク。1人1個ずつ配られたパン。焼いた鹿肉もある。

 

 豪華、とはお世辞にも言えないだろう。むしろ質素なくらいである。

 

 しかしテーブルを囲み食事にありつけることは、何とも幸せな事である。

 

 まして、今この戦時下におけるフランスにおいては、それが最高級の贅沢である事は間違いなかった。

 

 テーブルを囲むのは凛果、響、美遊、エリザベート。

 

 そして、牧場主である老夫婦2人。

 

 本来であるなら、サーヴァントには食事は必要はない。行動に必要なエネルギーは全て、マスターからの魔力供給で補えるからだ。

 

 だが、当然だが人間の身である凛果は食事が必要である。

 

 加えて美遊も、元々が人間である為、普通に空腹を覚える事になる。

 

 よって、こうしてまともな食事にありつけた事は僥倖だった。

 

「さあさあ、遠慮なく食べなさい」

「まだまだありますからね。若い子はしっかり食べないと」

 

 一行を温かく迎え入れてくれた老夫婦は、そう言って食事を勧めてくる。

 

 この厳しいご時世に、珍しいくらい優しい2人である。

 

 ましてか、こちらは見るからに怪しげな出で立ちの一行である。怪しいと言えばこの上なく怪しいだろう。

 

 それを、こうもあっさりと信用してくれたところに、老夫婦の人柄の良さが伺えた。

 

「あの、ほんとありがとうございます。泊めていただいた上に、食事まで」

「なーに、どうせ2人だと食べきれないくらいあるんだから」

 

 謝る凛果に、ご主人はそう言って笑う。

 

 その表情からは、本当にうれしそうな雰囲気が伝わってくる。

 

 どうも話を聞く限り、息子をイングランドとの戦争で失い、長く妻と2人暮らしだったようだ。

 

 そのせいもあるのだろう。久しぶりに若い連中と食事を囲む事が出来て喜んでいるようだ。

 

「この辺も、殆ど人がいなくなってしまったからねえ。寂しくなったもんだよ」

 

 ジョッキのエールを煽りながら、ご主人は愚痴のように呟きを漏らす。

 

「やはり、竜の魔女の影響、ですか?」

「ああ。そうらしいねえ」

 

 言ってから、ご主人は深々とため息を吐く。

 

「まったく、誰が言い出したか知らないが、ひどいもんだよ。寄りにもよって、聖女様を魔女呼ばわりするだなんて。彼女がこのフランスの為にどれだけ尽くしてくれたと思っているんだろうね」

 

 そう言って憤る奥方。

 

 どうやら、このご夫婦は揃って、ジャンヌ・ダルクを支持しているようだ。

 

 しかし、そんな2人の様子に、凛果たちは黙り込む。

 

 一同はサーヴァントとして召喚されたジャンヌと出会い、彼女の人となりを知っている。確かに、ジャンヌは彼らの思った通りの「聖女」であった。それは間違いない。

 

 しかし同時に、魔女として蘇った黒いジャンヌ・ダルクであるジャンヌ・オルタの事も知っている。

 

 サーヴァントとして、再び祖国を守るために立ち上がったジャンヌと、祖国を滅ぼすために暗躍するジャンヌ・オルタ。

 

 どちらも「ジャンヌ・ダルク」である事が分かっている凛果たちとしては、老夫婦の想いに対して、複雑な感情を抱かずにはいられなかった。

 

 ところで、

 

「あのさ、話の腰折って悪いんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 口を開いたのはエリザベートだった。

 

 何事かと一同が視線を向ける中、

 

 エリザベートは何とも言えない微妙な表情を見せていた。

 

「どしたの?」

 

 首をかしげる凛果。

 

 対して、

 

「さっきから、すんごい気になってたんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 躊躇いがちなエリザベート。

 

 いったい、何だと言うのか?

 

 その視線は、一点に向けられる。

 

「美遊・・・・・・あんた結構、食べるのね」

『はい?』

 

 エリザベートの唖然とした言葉に、一同が視線を美遊へと向ける。

 

 見れば確かに。

 

 他の者は、せいぜい皿一枚分くらいしか食べていないのに。美遊の前には、既にその5倍近い皿が重ねられている。

 

 明らかに、摂取量に大きな差があった。

 

「え、えっと、これはつい美味しくて、その・・・・・・・・・・・・」

 

 顔を赤くして縮こまる美遊。

 

「あの、私、本当はこんなに食べる訳じゃないんです。けど・・・・・・」

「ん・・・・・・にしては、すごい」

 

 美遊の前に積み上げられた空の皿を見て、唖然とした感じで響が呟く。

 

 何と言うか、とんでもない物を見た気分である。

 

 確かに。

 

 これでは「あまり食べない」などと言ったところで、何かの冗談だとしか思えなかった。

 

「そう言えば、ダヴィンチちゃんが言ってたんだけど、マシュや美遊ちゃんみたいな、人間がサーヴァントの霊基を受け継いだ場合、元の英霊の癖とか考え方とかの影響を受ける場合もあるらしいよ」

「ん、て事は・・・・・・・・・・・・」

 

 すなわち、

 

 ブリテンの大英雄アーサー王こと、アルトリア・ペンドラゴンは、

 

 実は大食いキャラだった!!

 

 と言う事になる。

 

 今、歴史が(どうでも良い方向に)動いた。

 

「まあええじゃろ。まだまだたくさんあるしな、よく食べてよく寝る。それが、子供が大きくなる秘訣だよ。そら、そっちの子も、たくさん食べなさい」

「ん」

「・・・・・・すみません」

 

 ご亭主に勧められるまま、スプーンで粥を掬って食べる響。

 

 そんな中、美遊はひたすら恐縮した感じで顔を赤くして俯いていた。

 

 

 

 

 

 水音が、心地よく響く。

 

 サイドポニーを解き、一糸まとわぬ裸を湯煙の中に曝す凛果。

 

 白く健康的な少女の裸身が、艶やかに浮かび上がる。

 

 食事を終えた後、一同は後退で風呂に入る事になったのだ。

 

 まったくもって、至れり尽くせりである。

 

 肩まで湯に浸かりながら、凛果はゆっくりと体を伸ばしていく。

 

 ただ、それだけで、一日歩きとおした疲れが抜けていくようだった。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・そう言えば」

 

 そこでふと脳裏に、別行動をしている立香の事が思い出された。

 

 立香が向かった北部ルートは、ジャンヌ・オルタ軍の最前線にぶつかっている。

 

 正直、凛果たちが向かっている南部よりも危険と言えるだろう。

 

「大丈夫かな、兄貴? まあ、マシュもジャンヌもいてくれるし・・・・・・」

 

 それに、と凛果は続ける。

 

 あの兄は、いざとなったらとんでもない機転を発揮して、危機を切り抜けてきた。

 

 その事を、妹である凛果は一番よく分かっている。

 

 だからこそ、だろう。

 

 離れていても、あの兄だけは大丈夫だろうと言う予感が、凛果にはあった。

 

 その時だった。

 

 浴室の扉が開き、中に入ってくる人物があった。

 

「お邪魔するわよ」

「エリザ?」

 

 アイドル風の衣装を脱ぎ、生まれたままの姿になったエリザベートが、浴室の中に入ってくる。

 

 どうやら、エリザベートも風呂に入るつもりらしい。

 

「一緒に入っても良いかしら?」

「うん、別に構わないけど」

 

 良いながら凛果は、隅によってエリザベートのスペースを開けてやる。

 

 まあ、同じ女同士、凛果に拒む理由は無い。それに、こうして風呂に入れるだけでもありがたいのだ。これから先の事を考えれば、時間はなるべく短縮すべきだった。

 

 と、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 ある事に気が付き、凛果は声を上げる。

 

 服を脱いで、裸身を晒したエリザベート。

 

 その背中には、折りたたまれた蝙蝠の羽があり、そして、お尻からは長い尻尾が伸びている。

 

 明らかに、人とは違う外見をしているエリザベート。

 

 そんな凛果の視線に気が付いたのだろう。エリザベートは微笑を浮かべて振り返る。

 

「ああ、これが気になっているのね?」

「う、うん」

 

 図星を言われて、口ごもる凛果。

 

 正直、触れても良い話題なのかどうか、判断が着きかねたのだ。

 

 だが、当のエリザベートはと言えば、気にしていないと言った風に、体を洗いながら言った。

 

「いわゆる『無辜の怪物』って奴なんですって。私は、多くの人々が持つ、『血の伯爵夫人』と言うイメージを固められた結果、こんな姿になってしまった」

 

 そう言って、エリザベートは自嘲気味に笑う。

 

 言われてみれば当然の話だが、生前のエリザベート・バートリが、今と同じように、角や尻尾、羽を生やしていたわけがない。

 

 元々は普通の人間だったのだ。

 

 だが、

 

 後世の人間が思い描いた「女吸血鬼エリザベート・バートリ」と言うイメージが具現化し、彼女はこのような形に容姿を歪められてしまったのだ。

 

 これを魔術的な用語で「無辜の怪物」と言う。

 

 英霊の姿を歪めてしまうほどに、人間が持つ想念とは強い物なのだ。

 

「でも、だからこそ、あたしはあいつを許せない」

 

 真剣な眼差しで告げるエリザベート。

 

 その言葉に、凛果はエリザベートが言わんとしている事を察する。

 

「・・・・・・カーミラ、だね?」

「そっ」

 

 凛果の言葉に、エリザベートは頷く。

 

 カーミラは、いわばエリザベート・バートリの「完成型」でもある。

 

 それは即ち、生前に悪行を成したエリザベートがカーミラとなり、それが巡って現在のエリザベートを形作ったような物だ。

 

「あたしがこんな姿になったのは別に構わない。それはあたし自身の罪だから。けど、多くの人々を殺し、悪名だけを残したあいつだけは絶対に許さない。自分の罪は、自分で償うわ」

「エリザ・・・・・・」

 

 呟くように声を掛ける凛果。

 

 普段はどこか、朗らかな感じがするエリザベートが、今は何だか悲壮な感を出しているような気がしたのだった。

 

 と、そこで一転して、エリザベートは笑顔で振り返った。

 

「ま、気にしない気にしないッ こんなのアイドルのアクセサリーみたいなもんよ」

 

 そう言って肩を竦めると、エリザベートも湯船に身を沈める。

 

 暫し、2人そろって湯加減を堪能する。

 

 戦場にあっては、いつ、体を清められるか分からない。ましてか風呂など、最高級の贅沢である。

 

 今のうちに、充分に楽しんでおきたかった。

 

「・・・・・・・・・・・・ところで」

 

 暫くしてから、エリザベートの方から声を掛けてきた。

 

「うん、何?」

 

 キョトンとする凛果。

 

 対して、

 

 エリザベートは何かを吟味するように、凛果をじっと見つめる。

 

 そして、

 

「子ジカ、あんた結構、おっぱい大きいのね」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 言われて、

 

 思わず自分の胸元を見る。

 

 湯に透けるように見える、凛果の胸は、少女らしい膨らみを持って存在している。

 

 取り立てて大きい、と言う訳ではない。

 

 しかし女性の象徴たる胸は適度に膨らみ、形の良い曲線を描いている。

 

 少なくとも、隣で羨望の眼差しを向けているドラゴン娘よりは大きかった。

 

「ちょ、ど、どこ見てんの!?」

「あら、恥ずかしがることじゃないでしょ」

 

 水音を立てながら胸元を隠し凛果に対し、エリザベートは嘆息交じりに告げる。

 

「むしろ羨ましいくらいよ。あたしだってそれくらい胸があれば、あっという間にサーヴァント界のトップアイドルになれるのに」

「アイドル?」

 

 予想しなかった単語の出現に、キョトンとする凛果。

 

 対して、エリザベートは自慢げに胸を反らしながら言った。

 

「そうよ。前にね、ある奴と誓ったの。所謂『ドル友』って奴ね。そいつとあたし、どっちが先に、サーヴァント界のトップアイドルになるか勝負しようって」

 

 成程、サーヴァントにも色々あるものだ。

 

 ちなみに「アイドル友達」を略して「ドル友」らしかった。

 

「ま、まあ、胸なんて人それぞれだし。必ずしも大きい方が良いって訳でもないんじゃないかな?」

「それは小ジカくらい胸があるから言えるんでしょ」

 

 言ってから、エリザベートは何かを思い出したように付け加えた。

 

「まあ、でも、ジャンヌに比べたらまだまだかな」

「え、ジャンヌって、そんなにおっぱいおっきいの?」

 

 言ってから、ジャンヌの事を思い出す凛果。

 

 あの清楚可憐なジャンヌが、まさか、と思うのだが。

 

「人は見かけによらないわよね。あの子、あんな大人しそうな顔してるくせに、脱いだらすごいわよ」

「へ、へー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~一方その頃~

 

 

 

 

 

「ハッ・・・クション!!」

「ジャンヌ、風邪か?」

「いえ、サーヴァントは風邪などひかないはずですが・・・・・・おかしいですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入浴を終え、部屋へと戻った凛果とエリザベート。

 

 火照った体を外気で冷まし、心地よい気分のまま扉を開ける。

 

 後は明日に備えて寝るだけだ。

 

 そう思って部屋へと入った時だった。

 

「・・・・・・あら?」

 

 部屋の中を見て、驚いた声を上げる凛果。

 

 後から来たエリザベートも、横からひょいッと首を伸ばして覗き込む。

 

「どうしたの? ・・・・・・って」

 

 呆れたように嘆息するエリザベート。

 

 その2人が視線を向ける先。

 

 老夫婦が気を利かせて敷き詰めてくれた干し藁の上で、

 

 響と美遊が眠りこけていたのだ。

 

 2人とも丸くなり、互いに向かい合うようにして目を閉じ、寝息を立てる姿は何とも微笑ましい感じがした。

 

「まったく・・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな2人の姿に、呆れたようにエリザベートが呟く。

 

「サーヴァントがマスターより先に寝てどうすんのよ」

「アハハ、まあ良いじゃない」

 

 そう言うと凛果は、2人の頭を優しく撫でてやる。

 

 起きる気配はない。どうやら、それなりに2人とも疲れがたまっていたようだ。

 

「本音を言うとね、ちょっと嬉しいんだ」

「嬉しい?」

 

 凛果の言葉に、首を傾げるエリザベート。

 

 対して、凛果は美遊の頭を撫でてやりながら答える。

 

「ほら、うちって兄貴と2人兄妹じゃん。だからさ、兄貴は私の事昔から可愛がってくれたけど、私も下の弟妹が欲しいなって、ずっと思ってたんだ」

「成程ね」

 

 苦笑するエリザベート。

 

 確かに、こうして見れば、2人は凛果の弟妹のようにも見える。

 

 とても、仲の良い姉弟達。

 

 いや、

 

 姉弟と言うよりも、むしろ・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・まさかね」

 

 自分の中で浮かんだ考えを、エリザベートは苦笑と共に打ち消す。

 

 それはあまりにも、突拍子の無い考えだったからだ。

 

「そうだ」

 

 と、

 

 代わりに、思いついたようにエリザベートが声を上げた。

 

「私、子守歌歌ってあげる。こう見えてもアイドルだからね。歌には自信あるのよ」

「お、良いわね、一曲お願い」

 

 興が乗った感じに答える凛果。

 

 エリザベートの美声なら、きっと心地よい歌声が聞けるはず。寝ている2人にもいいBGMになってくれるだろう。

 

「それでは・・・・・・」

 

 スッと、息を吸い込むエリザベート。

 

 瞳が閉じられ、手は胸に当てられる。

 

 気合十分と言った感じのアイドルサーヴァント

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛果が己の判断を、素粒子レベルで後悔したのは言うまでもない事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空けて翌朝。

 

 老夫婦に礼を言って出発した一同は、再び南を目指して歩き出した。

 

 もう間もなく進めば、リヨンの街が見えてくるはずである。

 

 そこで情報を集めると同時に、敵の別動隊に備える予定だった。

 

 の、

 

 だが、

 

「ひどい目にあった」

「ん、右に」

「同じ」

「何でよー!!」

 

 げっそりした感じの、凛果、響、美遊の3人。

 

 対して、エリザベートは納得いかない感じで叫んでいる。

 

 いやはやまさか、

 

 これだけの美声を持っているエリザベートが、

 

 まさかのまさか、

 

 極度の「音痴」だったなどと、誰が想像し得ようか?

 

 「破滅的」と言う言葉では安すぎる。

 

 「壊滅的」でも遠すぎる。

 

 まるで地獄の全てを凝縮したような歌声が、ドラゴン少女の口から飛び出したのだった。

 

 またまた、歴史が(どうでも良い方向に)動いた。

 

 と、

 

 凛果の腕に嵌められた通信機から、大爆笑が聞こえてきた。

 

《いやはや、これだから人間は面白い。付き合っていけば、本や資料では分からない事が次々と出てくるからね》

「いや、ダ・ヴィンチちゃん。こっちからすれば笑い事じゃないからね」

 

 通信越しに笑い声を上げるダ・ヴィンチに、凛果は疲れ気味にツッコミを入れる。

 

 カルデア特殊班は隊を二手に分けるに辺り、立香率いる本隊をロマニがサポートし、凛果率いる別動隊はダ・ヴィンチがサポートする事になったのだ。

 

 尚も笑い続けるダ・ヴィンチ。

 

 そんなに言うなら一度、生で聞いて欲しいくらいだった。

 

「それにしても・・・・・・」

 

 歩きながら凛果が話題を変えるべく、空を仰いで言った。

 

「相変わらずあるよね。あれ」

 

 その視線の先には、天空一帯を囲むように存在する円環があった。

 

 いったい、あれが何を意味しているのか、未だに不明なままである。

 

 現状、特に脅威にはなりえないとはいえ、不気味な存在である事は間違いなかった。

 

「ん、エリザ、あれ何?」

「あたしが判る訳ないでしょ。見た事も聞いた事も無いわよ」

 

 尋ねる響に、エリザベートはそう言って肩を竦める。

 

 彼女も知らないとなると、あの円環の正体はますます持って不明と言う事になる。

 

 と、

 

 そこで先頭を歩いていた美遊が、ショートポニーを揺らしながら振り返った。

 

「凛果さん。もうすぐリヨンの街が見えてくるはずです。多分、あの丘を越えれば」

「やっとだね。これで少しは休めるかな」

 

 老夫婦の家を出て、既に半日近くも歩いている。

 

 サーヴァントなら何でもない距離だが、流石に生身の凛果にはきつい距離だった。

 

 街に入れば、少しは休む事も出来るだろう。

 

 そう思った時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・待って」

 

 ふと、

 

 響が足を止めて、一同を制した。

 

 足を止め、振り返る。

 

「どうしたのよ?」

 

 訝るように尋ねるエリザベート。

 

 対して、

 

 響は険しい表情で口を開く。

 

「様子が、変・・・・・・街から、気配が無い」

 

 響の言葉に、顔を見合わせる一同。

 

 いったい、何事が起きているのか?

 

 一同ははやる気持ちもそのままに、丘へと駆けあがり、リヨンを見回せる場所へと立つ。

 

 そこで、

 

 思わず絶句した。

 

 水運で栄える美しい街、リヨン。

 

 だが、

 

 一同の眼下に広がるのは、ひたすら蹂躙されつくした瓦礫の廃墟だけだった。

 

 

 

 

 

 街からは、生きた人の気配は全くしなかった。

 

 破壊された家屋。

 

 焼け焦げ、粉砕された石畳。

 

 そして、

 

 そこかしこに転がる躯。

 

 そこには、既に終わってしまった日常が存在していた。

 

「ひどいね・・・・・・・・・・・・」

 

 周囲を見回しながら、凛果が呟く。

 

 彼女自身、既に特異点Fで惨状を経験している為、取り乱すようなことはしない。

 

 だがそれでも、ここまで徹底した破壊跡を見せつけられて、憤りを感じずにはいられなかった。

 

 いったいなぜ、ここまでの事ができるのか?

 

 こんな事をする必要が、どこにあるのか?

 

 そんな想いが湧き上がってくる。

 

「わたし達が、もっと早く来ていれば」

「それは結果論でしょ。この破壊、どう見ても2日以上は前の物よ。これじゃあ、どう急いだって、あたしたちは間に合わなかったはずよ」

 

 後悔を口にする美遊に対し、エリザベートが破壊跡を確認しながら、淡々とした口調で告げる。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 短く呟き、腰の刀に手を掛ける響。

 

「響?」

 

 訝る美遊。

 

 対して、

 

「来た」

 

 呟くと同時に、

 

 視界の中で、無数の影が躍るのが見えた。

 

 

 

 

 

第7話「聖女の涙」      終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話「竜飼いの聖女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワイバーンを従えた女性は、その可憐な双眸に険しい光を湛え、真っすぐにこちらを睨み据えている。

 

 ゆったりと長い髪に、白を基調とした裾の長い法衣。

 

 手には十字架を模した錫杖。

 

 ゲームや小説に登場する「僧侶」を連想させる女性だ。

 

 いや、落ち着き払った威厳ある態度は、僧侶よりも高位な存在であるようにも思える。

 

 言わば「聖女」と言うべきか。

 

 ジャンヌもまた聖女ではあるが、目の前にいる女性はより、神に近しい存在であるように思える。

 

 対して、響、美遊、エリザベートの3人も、凛果を守るようにして対峙する。

 

 睨み合う両者。

 

 立ち込める、一触即発の雰囲気。

 

 そんな中、

 

「・・・・・・・・・・・・やれやれ。随分と遅かったじゃない」

 

 落ち着き払った女性の口調。

 

 だが、

 

 告げられる言葉にはどこか、侮蔑が混じって見える。

 

 ぞの侮蔑に、いったい何の意味があるのか?

 

 いずれにせよ、目の前の女性がジャンヌ・オルタ軍の別動隊を率いているのは間違いなさそうだった。

 

 女性は周囲を見回しながら告げる。

 

「おかげでこの有様よ。まあ、私としては仕事がやりやすくて助かったけど」

「どうしてこんな事したのよ?」

 

 女の言葉を無視して、非難する凛果。

 

 いつまでも敵の戯言に付き合ってはいられない。

 

 呑まれる前に呑む。

 

 幾度かの戦いを経験して、凛果にも戦いの呼吸のようなものが掴め始めていた。

 

 その視線は、周囲の惨状へと向けられている。

 

 破壊しつくされたリヨンの街。

 

 住人たちは、文字通り全滅だった。

 

 不必要と思われるほど、徹底的な蹂躙。

 

 こんな事をする必要が、いったいどこにあると言うのか?

 

「無駄な質問をするのね。そんな事決まっているでしょう」

 

 長い髪を揺らしながら、女性はさも何でもない事のように告げる。

 

「サーヴァントだからよ。サーヴァントなら、マスターの命令は聞くものでしょ」

 

 そう言って嘯く。

 

 だが、

 

 その言動が、凛果の心を逆なでする。

 

 サーヴァントである以上、マスターの命令に従う物。それは確かにその通りだろう。

 

 立香や凛果も、少ない時間を利用して様々な知識を学んでいる。

 

 マスターとサーヴァントは決して切り離せない関係であり、サーヴァントはマスターの指示に従う物であると言うのは、聖杯戦争における基本の一つである。

 

 だが、サーヴァントである以上、目の前の女性も歴史に名を成した英霊であるはず。

 

 そんな英霊がなぜ、このような残虐な事ができるのか?

 

 凛果が思う「英雄」の姿と、目の前の女が行った行為は、どうしても結びつかなかった。

 

「・・・・・・さあ、問答なんて、どうでも良いでしょ」

 

 そんな凛果の思考を遮るように、女性はいら立ったように言い放った。

 

 同時に、手にした錫杖を掲げる。

 

「私は竜の魔女の配下として、この街を蹂躙した張本人。そしてあなた達は、私を阻止する為にここへやって来た。なら、お互いの『役割』を果たすとしましょう」

 

 それは、紛れもない開戦への誘い。

 

 既に両者、激突は不可避なところまで来ている。

 

 眦を上げる凛果。

 

 元より、こちらとしてもこれだけの惨状を齎した相手に、躊躇する気は無かった。

 

「みんな、お願い」

「ん、任せて」

 

 凛果の言葉を受けて、腰の刀を抜き放つ響。

 

 同時に美遊とエリザベートもそれぞれ、剣と槍を構える。

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 群がりくるワイバーンの群れ。

 

 翼を鳴らし、極まを剥く獰猛な魔獣。

 

 その姿を見据え、

 

「はァァァッ!!」

 

 美遊が飛んだ。

 

 跳躍と同時に、抜き放った剣を振り翳す白百合の少女。

 

 陽光に反射して煌めく剣閃が、振り翳された翼竜の鉤爪と交錯する。

 

 次の瞬間、

 

 竜の前肢は叩き斬られる。

 

 たちまち、翼竜は激痛により、空中でのたうち回る。

 

 見える、決定的な勝機。

 

「決めるッ!!」

 

 美遊はそのまま勢いを殺さずに、翼竜の腹部に剣を突き立てる。

 

 致命傷を与えた、と言う確信が、剣を通して美遊の手に伝わってくる。

 

 断末魔の絶叫を放つ翼竜。

 

 だが、美遊はそこではまだ、留まらなかった。

 

 力を失い落下しかける翼竜に足を掛けて剣を引き抜くと、巨体を足場にして更に跳躍する。

 

 風に舞うスカートが、ふわりと可憐に跳ね上がる。

 

 舞い踊るように、少女は空中で剣戟の体勢を取る。

 

 翼ある竜に対して、空中戦を仕掛ける美遊。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 大上段から斬り落とされる剣閃。

 

 その一撃が目の前の翼竜の首を叩き落す。

 

 鮮やかな剣閃。

 

 同時に、着地する美遊。

 

 やや遅れて、翼竜の躯も少女の背後に落下した。

 

 不安定な空中にあってさえ、美遊はその剣技は冴えを損なう事無く翼竜を屠っていく。

 

 立ち上がり、剣を血振るいする美遊。

 

 その鋭き眼差しは、尚も踊る戦気を輝かせていた。

 

 一方、

 

 エリザベートも手にした槍を振るって戦い続けていた。

 

 彼女の場合羽がある分、より安定した空中戦が可能となっている。

 

 翼竜の攻撃を急ターンして華麗に回避するエリザベート。

 

 同時に手にした槍を、思いっきり旋回させる。

 

「遅いわよ!!」

 

 重量のある槍は少女の細腕によって豪快に旋回し、遠心力の乗った一撃を容赦なくワイバーンにお見舞いする。

 

 一撃で致命傷を負い、断末魔の悲鳴を上げるワイバーン。

 

 そのまま高度を保てずに落下していく。

 

 エリザベートは更に、背中の羽を羽ばたかせ、高度を上げに掛かる

 

 そこへ、1匹のワイバーンが旋回しつつ、エリザベートを追って襲い掛かってくる。

 

 だが、

 

 軽快に動き回るエリザベートを捉える事は出来ない。

 

 エリザベートは小回りに旋回を繰り返し、翼竜の攻撃を空振りさせていく。

 

「はッ そんなんじゃ、ステージに立つのは百年早いわね!!」

 

 言いながら、槍を振り翳すエリザベート。

 

「下積みから出直してきなさい!!」

 

 突き立てられる槍の穂先。

 

 その一撃は、ワイバーンの脳天を真っ向から刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 美遊とエリザベートがワイバーン相手に死闘を繰り広げる中で、

 

 響は1人、指揮官である女と対峙していた。

 

 刀の切っ先を向けて構える響。

 

 対して、聖女は手にした錫杖を構えて迎え打つ。

 

 睨み合う両者。

 

 その視線が空中で激突し、火花を激しく散らす。

 

 次の瞬間、

 

「んッ!!」

 

 響が仕掛けた。

 

 長いマフラーを靡かせて駆ける、アサシンの少年。

 

 正面からは仕掛けず、間合いを斜めに切るように走る響。

 

 対して、聖女は手にした錫杖を掲げると、響めがけて魔力弾を放つ。

 

 炸裂する魔力弾。

 

 しかし、それよりも一瞬早く、響は地を蹴って進路を切り替える。

 

「速いッ!?」

 

 驚いたように声を上げる聖女。

 

 だが、呆けている暇は無い。

 

 すかさず響を追って、更に魔力弾を放つ。

 

 次々と連射される魔力弾。

 

 空中に閃光が迸り、着弾した瓦礫がさらに破壊される。

 

 だが、聖女が魔力弾を放つよりも先に、響は身を翻して回避。着実に距離を詰めていく。

 

 ジグザグ走法、とでも言うべきか。

 

 正面から突撃するのではなく、敵の攻撃をかく乱、回避しつつ距離を詰めていく。

 

 人間相手では、そうそう成功するものではない。いかに素早く動こうと、人間の瞬発力はたかが知れているからだ。

 

 だが、サーヴァントなら話が違ってくる。

 

 特にアサシンである響は、高い敏捷ステータスを誇っている。並の相手なら機動力で充分圧倒できる。

 

 駆ける響。

 

 その速度たるや、少年の姿が霞んで見える程である。

 

 移動の瞬間は視界から外れ、僅かに切り返しの瞬間のみ、視界に入る程度だ。

 

 殆ど瞬間移動に近い速度。

 

 女が放つ魔力弾は響を捉える事叶わず、虚しく瓦礫を弾けさせるのみ。

 

 素早く動く響の影すら追えないでいる。

 

 次の瞬間、

 

「んッ!!」

 

 間合いに入った響が、刀の切っ先を突き込む。

 

 きらめく刃。

 

「クッ!?」

 

 対して、聖女はとっさに錫杖を掲げて響の斬撃を受け止める。

 

 だが、

 

「まだッ!!」

 

 響も、そこで止まらない。

 

 すかさず刃を返すと同時に、斬り上げるように斬撃を繰り出す。

 

 縦に走る一閃。

 

 その一撃を、聖女は後退する事で辛うじて回避する。

 

 だが、

 

「やるわねッ けど、まだまだよ!!」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、聖女は魔力を錫杖に充填する。

 

 対して響も、刀を構えなおして再度仕掛ける。

 

「やらせないッ!!」

 

 袈裟懸けに振り下ろされる刀。

 

 だが、

 

 今度は女の方が早かった。

 

 至近距離から放たれた魔力弾が響へと襲い掛かる。

 

「ッ!?」

 

 響の視界いっぱいに広がる魔力の閃光。

 

 回避は不可能。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「ん、こっち」

「なッ!?」

 

 背後から聞こえてきた声に、とっさに振り返る聖女。

 

 果たしてそこには、

 

 刀を振り翳した状態で立つ響の姿があった。

 

 魔力弾が直撃するよりも早く、響は彼女の背後へと回り込んでいたのだ。

 

「これ、でェ!!」

 

 刀を振り下ろす響。

 

 月牙の軌跡を描く銀の刃。

 

 対して、

 

 女性も咄嗟に、錫杖を振り上げて響の攻撃を防ごうとする。

 

 だが、勢いは響の方にある。

 

 振り下ろした剣は、聖女の体勢を大きく崩した。

 

「チッ ここまで素早いなんてッ!?」

 

 よろけるように舌打ちしつつ、とっさに後退して体勢を立て直そうとする聖女。

 

 だが、響もそれを許さないとばかりに追撃を掛ける。

 

「逃がさな、いッ!!」

 

 刀の切っ先を女性に向け、攻撃を掛けるべく引き絞る。

 

 次の瞬間、

 

 女性の目が、鋭く光った。

 

「まだよッ!!」

 

 叫びながら、前へと出る聖女。

 

 刀を繰り出す響。

 

 両者、交錯する。

 

 そして、

 

 ドスッ

 

「・・・・・・・・・・・・なッ!?」

 

 驚く響。

 

 その腹に広がる、鈍く重い痛み。

 

 少年の腹には、女の拳が深々と突き刺さっていた。

 

 響が攻撃を仕掛けようとした一瞬の隙を突く形で、女性は反撃を仕掛けたのだ。

 

 しかも、その清楚な姿からは想像もつかない肉弾戦で。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 静かな呼気と共に響の体から拳を引き抜くと、猛烈な拳打のラッシュを仕掛ける。

 

 それだけではない。聖女の拳には強化魔術が掛けられており、並の武器を遥かに上回る打撃力を誇っている。

 

 その圧倒的な打撃量を前に、虚を突かれた響は完全に後手へと回る。

 

 小さな体に、次々と突き刺さる拳。

 

 その圧倒的な手数を前に、響は反撃の糸口を掴めずにサンドバック状態にされてしまう。

 

 そして、

 

「これで・・・・・・終わりよッ!!」

 

 強烈な一撃が、響の顔面に炸裂した。

 

 拳を打ち切った状態の聖女。

 

 対して、

 

 大きく後退する響。

 

 眦を上げる。

 

「結構・・・・・・やる」

 

 呟きながら、口元から垂れた血をぬぐう。

 

 最後の一撃が特に効いているようだ。それ以外にも強烈な攻撃を幾度も食らい、少年の小さな体は大きなダメージを受けている。

 

 その体には、殴られた事による大小の傷が見えた。

 

「悪いわね。最近の聖女は、肉弾戦も必須なのよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 成程。

 

 まさか、あの姿で白兵戦(ステゴロ)を仕掛けてくるとは、流石に考えてもいなかった。

 

 「僧侶=後方支援担当=非力」と言う方程式は、目の前の聖女には当てはまらないらしい。

 

 それにしても、

 

 響は自分の体の状況を確認する。

 

 かなり重いパンチだった。今もダメージが足に来ている。

 

 機動力が最大の武器である響が、足をやられたらそこで終わりである。

 

 だが、

 

「ん・・・・・・まだ、動く」

 

 呟きながら、刀を構えなおす。

 

 体内に魔力を走らせ、活性化させる。

 

 ダメージを負って下がった身体能力を補正。再び刀を構えなおす。

 

「響、回復を」

 

 後方で見ていた凛果も、礼装に施された術式を起動。響に回復魔術を掛けていく。

 

 温かい光が少年の身を包み、傷ついた体が少し楽になっていく。

 

「ん、凛果、ありがと」

 

 マスターに礼を言い、改めて刀を構えなおす響。

 

 対して、

 

「そう、まだ来るのね」

 

 どこか悲し気な口調で告げる聖女。

 

 同時に、眦を上げる。

 

「なら、こちらももう、手加減はしないわ」

 

 静かに告げられる言葉。

 

 だが、

 

 同時に、女の中で魔力が高まるのを、響は感じていた。

 

「・・・・・・・・・・・・何を」

 

 刀の切っ先を向けながら、響は緊張した面持ちで呟く。

 

 女が何か、奥の手を使おうとしている。

 

 そう感じたのだ。

 

 やがて、

 

 女を中心に魔法陣が描かれる。

 

 同時に、見開かれた目から魔力の光が放たれる。

 

「出でよ、愛知らぬ哀しき竜よ・・・・・・ここに、星のように!!」

 

 魔力が空間に呼応する。

 

 振動する大気。

 

 同時に、女の背後に魔力の門が開かれる。

 

「来なさいッ 愛知らぬ哀しき竜(タ ラ ス ク)!!」

 

 開かれる巨大な口。

 

 そこから現れた物は、想像を絶していた。

 

 岩をそのまま削り出したようなごつごつした巨体に、短い首。長い尾が空気を叩くように旋回し、脚は6本もある。

 

 その凶悪な目が、自らの主の敵を睨み据えていた。

 

 

 

 

 

 翼を羽ばたかせて急降下してくるワイバーン。

 

 その光る鉤爪が、眼下の少女に狙いを定める。

 

 対して、

 

 美遊は眦を上げて剣を構える。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 同時に跳躍。勢いを殺さずに斬りかかる。

 

 少女の白いドレスが、空中に咲く花の如く舞う。

 

 交錯。

 

 次の瞬間、

 

 ワイバーンの前肢は美遊の剣によって叩ききられる。

 

 苦悶の絶叫を上げるワイバーン。

 

 だが、美遊はそこで動きを止めない。

 

「これで・・・・・・終わり」

 

 静かな呟き。

 

 同時に、斬線が縦横に奔る。

 

 美遊の素早い斬撃を前に、ワイバーンは血しぶきを上げて絶命する。

 

 スカートをふわりと靡かせる美遊。

 

 そのまま重力の法則に従い着地する。

 

「・・・・・・・・・・・・これで」

 

 剣を下ろしながら、美遊は呟く。

 

 既に周囲に、ワイバーンの姿は無い。全て、美遊とエリザベートによって倒されていた。

 

 とは言え、

 

「今更こんなことしても、どうにもならない・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊は哀し気な眼差しで呟く。

 

 周囲に広がるのは、瓦礫と化したリヨンの街。

 

 自分たちがもう少し早く来ていたら、こんな事にならなかったかもしれない。

 

 そんな想いが、美遊の脳裏によぎる。

 

 だが、

 

「考えすぎよ」

 

 そんな美遊の想いを感じ取ったように、背後から声が聞こえてきた。

 

「エリザベートさん・・・・・・・・・・・・」

 

 槍を肩に担ぎながら、美遊に歩み寄るエリザベート。

 

 どうやら、向こうの方も片付いたらしかった。

 

「あたしたちが間に合わなかったのは結果論よ。先の事なんて誰にも判りっこないんだから、あそこでああしてれば良かった、とか、こうしてれば良かったとかって考えるだけ、時間の無駄よ」

「けど・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな風には割り切れない。

 

 美遊は、どうしてもそう思ってしまうのだった。

 

 そんな美遊の様子に、エリザベートは嘆息する。

 

 まあ、気持ちは判らないでもない。

 

 切り替える術は、自分で見つけていくしかないのだ。

 

 その時だった。

 

 突如、巨大な地鳴りが発生し、思わず2人の体が浮き上がるのが感じた。

 

「キャッ!?」

「な、何ッ!?」

 

 思わず振り仰ぎ、振動のした方角を振り返る美遊とエリザベート。

 

 果たしてそこには、

 

 瓦礫と化した街を破壊しながら、巌の如く現れた巨竜の姿があった。

 

「あれはいったいッ」

 

 思わず絶句する美遊。

 

 竜は、その凶悪な姿でリヨンを蹂躙しながら、ゆっくりと進撃している。

 

「まずいわね。多分あれ、さっきの女の宝具よ」

「あれが・・・・・・・・・・・・」

 

 エリザベートの言葉に、美遊は唇を噛み占める。

 

 いったい、あんな奴を相手にどう戦えばいいのか?

 

 そして、

 

 今、あれと戦っているであろう少年の事を思い浮かべる。

 

「響・・・・・・・・・・・・」

 

 あんな相手と単独で対峙している少年の身が思うと、美遊の中で気が逸るようだった

 

 その理由は判らない。

 

 だが、

 

 茫洋として、どこか危なげな印象がある響。

 

 気が付くと、放っておけない気持ちになってしまう少年。

 

 行かなければ。

 

 美遊がそう思うのに、刹那の間も必要なかった。

 

「行きます」

「あ、ちょっと待ちなさい、美遊ッ あたしも行くってば!!」

 

 駆けだす美遊。

 

 その背後から、エリザベートも慌てて追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 果たしてこれを「竜」と呼んで良い物か?

 

 凛果と響は、突如として目の前にその巨体を現した「怪獣」を、あんぐりと口を開けて眺めている。

 

 もしここが日本なら「玄武」と呼称したかもしれない。

 

《まずいぞ凛果ちゃん!! あの女の真名が判ったッ!!》

「わッ ダ・ヴィンチちゃんッ!? 急に何!?」

 

 突然、割り込んで来たダ・ヴィンチに、驚く凛果。

 

 だが、ダ・ヴィンチは構わず続ける。

 

《「愛知らぬ哀しき竜(タ ラ ス ク)」とは、遥か昔、ローヌ川近辺に生息していたと言われる半獣半魚の竜だ。伝説の怪物リヴァイアサンの子として産まれ、人々に恐れられた怪物でもある。だが、1人の女性によって鎮められる事になる》

 

 その間に聖女は、竜の頭に飛び乗ると、真っすぐに錫杖を響へと向ける。

 

《彼女の真名は「聖マルタ」。悪竜討伐の伝説を持つ聖女だ!!》

 

 

 

 

 

 

第8話「竜飼いの聖女」      終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話「交錯する剣閃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な地響きが、大地を揺るがす。

 

 「それ」が一歩歩くごとに、瓦礫と化した街その物が崩れていく印象があった。

 

 騎兵(ライダー)マルタの宝具「愛知らぬ哀しき竜よ(タ ラ ス ク)」。

 

 それは生前、マルタ自身が鎮めたと言う悪竜タラスク。

 

 神獣リヴァイアサンの子として生を受けながら幼い頃に捨てられ、以来、ローヌ川の畔に住み着き暴れては、近隣住民に恐れられたと言う。

 

 そこで、悪竜討伐の為にやって来た人物こそが、聖マルタであった。

 

 戦いの末、タラスクを鎮める事に成功したマルタ。

 

 タラスクもまた、マルタの説得を聞き入れ、大人しく従う道を選んだ。

 

 だが結局、タラスクはその後、恨みを持つ人々に殺されたと言う。

 

 しかし、その事を哀れんだマルタは生涯、タラスクを守護霊として連れ歩いたと言われている。

 

 そのタラスクを、マルタは宝具として召喚したのだ。

 

 迫りくる、小山の如き巨体。

 

 その足元を、

 

 響は凛果を抱えて走る。

 

「ちょーッ!! 来る来る来る!!」

「ウニャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 タラスクの足を、高速で駆けながら回避する響。

 

 だが、

 

 悪竜が踏み込むたびに大地が揺れ、足元が掬われそうになる。

 

 地面その物が、跳ねるかのような振動。

 

 殆ど、地震の根源が足を生やして歩いているような物である。足元にいる響達からすれば堪ったものではなかった。

 

 もう泣きそうである。

 

「あれガメラ!? ガメラ!?」

「いやー、どっちかって言うとアンギラスとかなんじゃないかなッ!?」

 

 言ってる傍から巨大な脚が大地を踏み、アサシンの少年の体が容赦なく宙に浮きあがる。

 

 投げ出される、響と凛果。

 

 暢気に怪獣談義やってる場合じゃなかった。

 

「うわわわッ!?」

「ちょ、ちょっとーッ!?」

 

 何とか空中で体勢を立て直すと、着地に成功する。

 

 素早さでは響が断然勝っているが、相手は何しろあの巨体である。

 

 響が10歩掛かる距離を、タラスクは1歩で詰めてくる。純粋な駆けっこでは距離を取れない。

 

「何とかなんないの響ッ このままじゃやられるわよ!!」

「ん、無理ッ 相性悪すぎ!!」

 

 あんな巨体相手に、刀一本ではどうにもならないのは明白である。

 

 唯一、勝機があるとすれば。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響の視線が、タラスクの頭の上に立つマルタを見やる。

 

 タラスクは竜ではあるが、同時にマルタが振るう宝具でもある。つまり、マルタさえ倒す事が出来れば、同時にタラスクも撃退できることになる。

 

 彼女を直接討つ事が出来れば、勝機もあるのだが。

 

 しかし、凛果を抱えている状況では、それもできない。せめてマスターの身の安全だけでも確保しない事には。

 

「響、降ろしてッ 私も走るから!!」

「ダメッ 追いつかれる!!」

 

 自分が響の足枷になっている事は、凛果も理解している。

 

 この暗殺者の少年にフリーハンドを与える為には、自分が離れるべきなのだ。

 

 だが、それも出来ない。

 

 サーヴァントである響の足ですら、辛うじて回避できている程度なのだ。凛果がタラスクの進撃から、逃れられるとは思えなかった。

 

 その時だった。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮と共に、その巨大な口を開くタラスク。

 

 口内には、マグマの如き炎の塊が見える。

 

「ちょッ まさか、あれ吐く?」

「嘘でしょーッ!?」

 

 絶句する、響と凛果。

 

 あんな物を吐かれたら、それこそ骨も残らないだろう。

 

 タラスクの上で、マルタが勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

 

「これで、チェックメイトよ!!」

 

 言い放つと同時に、腕を振るうマルタ。

 

 同時に大口を開いたタラスクが炎を吐き出そうとした。

 

 その時だった。

 

「そうだッ」

「何ッ 何か浮かんだ?」

 

 叫んだ響に、藁にも縋る想いで凛果が尋ねる。

 

 今は、何でも良いから、あの怪獣モドキを止める手段が欲しかった。

 

 そんな中、響の中では思考が走る。

 

 あのタラスクと言う巨竜は、もともとマルタが鎮めたと言う。

 

 マルタはあの通りの美人である。

 

 つまり、タラスクは美人に弱い(はず)。

 

「ん、凛果が色仕掛けで誑かす・・・・・・無理か」

「ふざけんなァ!! あと『無理』って何だ『無理』ってェェェェェェ!!」

「ん、何か、ごめん」

「謝るなァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 ギャーギャーと言い合う主従。

 

 割と余裕なようにも見える。

 

 が、

 

 現実問題として、背後から迫るタラスクは止まらない。

 

 巨大な足音と共に迫ってくる。

 

「んッ!!」

 

 このままじゃ埒が明かない。

 

 イチかバチか、攻めに転じるか?

 

 響がそう思った。

 

 次の瞬間、

 

「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 気合と共に、飛び込んでくる白き花の如き剣士。

 

 白いドレスのスカートを靡かせて、美遊はタラスクの鼻っ面に斬りかかった。

 

 体表に激突する剣閃。

 

 だが、

 

 当然、効果は無い。

 

 美遊の剣は悪竜の固い表皮に弾かれ、少女の体は空中でバランスを崩す。

 

 だが、美遊は諦めない。

 

 落下しながら空中で体勢を立て直すと、すかさず、廃墟と化した民家の屋根に着地、再び跳躍してタラスクに斬りかかった。

 

 少女の剣が、タラスクの鼻先を霞める。

 

 美遊の攻撃により、機を逸したタラスクは、そのまま小さな少女に翻弄される。

 

 その間に、凛果を抱えた響は、どうにか安全圏まで逃れる事に成功していた。

 

「ん、ここまで来れば」

 

 凛果を下ろしながら、響は一息つく。

 

 タラスクから一定距離離れる事は出来た。ここまで来れば、もう安心なハズである。

 

 と、

 

 そこへ、屋根を伝う形で駆けてきたエリザベートが、2人の元へと駆け寄って来た。

 

「響、小ジカ、無事よねッ!?」

「ん、エリザ、こっち」

「何とかね。けど、怖かった~」

 

 地面にぺたんと座りながら、安堵のため息を吐く凛果。

 

 あんな怪獣もどきに追いかけられれば、そりゃ怖いだろう。

 

 だが安心もしていられない。

 

 まだ美遊が戦っている最中だし、何よりマルタを倒さない事には事態は解決しないのだから。

 

 刀を取る響。

 

 上げた眦は、尚も暴れまわっているタラスクを睨み据える。

 

「ん、エリザ、凛果お願い」

「良いけど、あんたはどうするのよ?」

 

 訝るエリザ。

 

 対して響は、腰に差した刀の柄に手をやる。

 

 その姿を見て、凛果も眦を上げる。

 

 自らのサーヴァントが戦場に戻ろうとしている。

 

 ならば、信じて送り出すのも、マスターとしての務めだった。

 

「響、お願いね」

「ん」

 

 凛果の言葉に頷く響。

 

 同時に、戦場に戻るべく地を蹴った。

 

 

 

 

 

 空中を蹴って加速する美遊。

 

 黒髪のショートポニーが風に舞い靡く中、少女は白き流星のように斬りかかる。

 

「ハッ!!」

 

 真っ向から振り抜かれる剣閃。

 

 しかし、

 

 少女の手には、硬質な感触と共に痛みが走る。

 

 同時に美遊の体は、投げ出されるように弾き戻される。

 

「っ!?」

 

 顔を顰める美遊。

 

 やはり、タラスク相手にいくら攻撃を仕掛けても効果は無い。

 

 これまで戦ってきたワイバーンとは、そもそもからして次元の異なる相手だった。

 

 と、

 

 美遊に向けて、魔力弾が放たれる。

 

「クッ!?」

 

 着弾前に跳躍して回避する美遊。

 

 だが、

 

 魔力弾は執拗に放たれ、美遊は後退を余儀なくされる。

 

「私を忘れないでよね!!」

 

 タラスクの頭の上で魔力弾を放ちながら叫ぶマルタ。

 

 その間に、タラスク自体も美遊へと襲い掛かる。

 

 振るわれる強大な前肢。

 

 マルタの攻撃に一瞬、気を取られた美遊はタラスクへの対応が遅れる。

 

「グッ!?」

 

 タラスクの前蹴りを、とっさに掲げた剣で受け止める美遊。

 

 剣は悪竜の爪を辛うじて防ぎ止める。

 

 だが、衝撃までは殺しきれなかった。

 

「ああッ!?」

 

 大きく吹き飛ばされ、宙に舞う美遊。

 

 最早、バランスを取り戻すだけの余裕はない。

 

 そんな美遊に対し、錫杖を真っすぐに掲げるマルタ。

 

「・・・・・・ごめんなさいね」

 

 短い呟きと共に、魔力弾が放たれる。

 

 閃光は真っ直ぐに美遊へと向かう。

 

 直撃は免れない。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 横合いから飛び出して来た影が、かっさらうようにして美遊を抱きかかえると、マルタの射線上から飛びのいたのだ。

 

「響ッ!?」

「ん、間に合ったッ!!」

 

 凛果をエリザベートに預けた後、戦場に引き返してきた響。

 

 間一髪。空中に投げ出された空中で美遊の体をキャッチする事に成功したのだ。

 

 だが、

 

「響、まだ来る!?」

「ッ!?」

 

 美遊の警告に、振り返る響。

 

 果たしてそこには、

 

 再び大口を開け、「砲撃」体勢を整えたタラスクの姿がある。

 

「やれッ!!」

 

 マルタの号令と共に、吐き出される炎。

 

 その一撃が、空中の響と美遊に襲い、追い打ちを掛かる。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちする響。

 

 とっさに魔力を走らせ、空中に足場を作ると、蹴り込んで跳躍する。

 

 刹那、

 

 炎は2人のすぐ脇を駆け抜けていく。

 

 直撃は免れる、響と美遊。

 

 だが、衝撃までは殺せない。

 

 2人はそのまま、地面に向けて急速に落下していく。

 

「ん!!」

 

 とっさに、美遊を抱え込む響。

 

 同時に、少しでも衝撃を和らげるべく、空中でバランスを取る。

 

 次の瞬間、

 

 2人は民家の天井を突き破る形で落着した。

 

 衝撃で床に叩きつけられる2人。

 

「痛たたたたたた」

 

 ややあって、体を起こす美遊。

 

 どうやら、民家の屋根が良い感じにクッションになったらしく、ダメージは殆ど無い。

 

 と、

 

「そう言えば、響ッ!!」

 

 自分を救ってくれた少年の事を思い出し、周囲を見渡す美遊。

 

 だが、響の姿は見えない。

 

 まさか、ここに落ちる前にはぐれてしまったのか?

 

 そう思った。

 

 その時、

 

「む・・・・・・むぐぐぐ」

 

 突然、聞こえてきた、くぐもったような声。

 

 その声は、

 

 美遊のスカートの中、

 

 座り込んでいる、お尻の下から聞こえてきている。

 

 実はこの時、

 

 美遊は仰向けに倒れた響の顔面の上に座り込むように落下していたのだ。

 

「キャッ!?」

 

 思わず、その場から飛びのく美遊。

 

 どうやら響は最後まで、美遊を庇おうとしたらしい。その結果、彼女の下敷きになってしまったのだ。

 

「お、ごめんなさい響ッ その、大丈夫?」

「ん、な、何とか・・・・・・」

 

 頭を振りながら、辛うじて答える響。どうやら、思ったほどにはダメージは無いらしい。

 

 ところで、

 

「響・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・ん?」

 

 互いに妙な間の沈黙をもって言葉を交わす2人。

 

 美遊はやや上目使いに響を見て、響は僅かに視線をそらしている。

 

 気まずい空気。

 

 ややあって、

 

「その・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊の方から口を開いた。

 

「見た?」

 

 何を、とは言わない。

 

 何しろ、あの体勢である。主語抜きでも十分言葉は通じる。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・見てない」

 

 目を逸らしたまま答える響。

 

 だが、顔がほんのり赤くなっているのは気のせいだろうか?

 

「・・・・・・ふーん」

 

 そんな響に、疑惑の眼差しを向ける美遊。

 

 そして、

 

「それで、何色だった?」

「白・・・・・・あ」

 

 あっさり語るに落ちる響。

 

 何と言うか、嘘を吐く事が超絶へたくそだった。

 

「・・・・・・やっぱり見たんだ」

「ごめんなさい」

 

 スカートを押さえた美遊が、ジト目で響を睨む。こちらの顔も、ほんのり赤く染まっていた。

 

 その時だった。

 

 鳴り響く地鳴り。

 

 その音が、徐々に近づいてくるのが判る。

 

「これはッ」

「ん」

 

 頷き合うと、廃墟を飛び出す美遊と響。

 

 果たしてそこには、

 

 進撃してきたタラスクと、その頭の上に陣取るマルタの姿があった。

 

「そろそろかくれんぼは終わりよ。わたしも暇じゃないしね」

 

 殆ど勝利が確定したかのように告げるマルタ。

 

 対して、響と美遊も、それぞれ剣を構えて対峙する。

 

 しかし、圧倒的な力を誇るタラスクを前に、殆ど手も足も出ない状況である。

 

 現状、あの悪竜を倒す事は難しい。

 

 しかし、諦める訳にはいかない。

 

 自分たちの大切なマスターを守るためにも。

 

 そんな子供たちの態度に、嘆息するマルタ。

 

 どうやら、説得に応じるような相手ではないと悟ったようだ。

 

「・・・・・・・・・・・・仕方ないわね」

 

 呟きながら、腕を掲げる。

 

 同時に、タラスクが攻撃態勢に入った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

「やらせませんわ!!」

 

 

 

 

 

 涼やかに響く声。

 

 同時に、

 

 タラスク上のマルタ目がけて、きらきらと輝く物が投げつけられた。

 

「クッ これはッ!?」

 

 とっさに打ち払うマルタ。

 

 それは薔薇の花だった。

 

 だが、ただの薔薇の花ではない。

 

 魔力によって構成されたガラスの薔薇。

 

 咲き誇る薔薇が、次々とマルタへと襲い掛かる。

 

「クッ 鬱陶しい!!」

 

 攻撃を振り払おうとするマルタ。

 

 だが、

 

 そのせいで一瞬、タラスクの制御が疎かになる。

 

 進撃が鈍る悪竜。

 

 その一瞬の隙を突くように、飛び出して来た影がある。

 

「そこまでだ、哀しき竜よ。その歩み、ここで止めてもらおう!!」

 

 振り下ろされる剣。

 

 その一撃が、タラスクの額を大きく斬り裂く。

 

 苦悶の咆哮を上げるタラスク。

 

 その様子を、響と美遊は茫然と眺めている。

 

「いったい、何が・・・・・・・・・・・・」

 

 突然の状況に、理解が追い付かない。

 

 と、その時、

 

 背後から腕を引かれ、響は振り返った。

 

「ん?」

「さあ、今の内よ。私の仲間が頑張っている内に」

 

 美しい少女だった。

 

 銀色の長い髪を丁寧にセットし、赤いドレスのような衣装と、大ぶりな帽子を被っている。

 

 場所が場所だけに、フランス人形の如き印象があった。

 

 その時、

 

 天上に届くかと思われる美しい音色が、戦場へと流れだした。

 

 耳を打つ音色は、聞く者の心を優しく癒していくようだ。

 

 否、

 

 それだけではない。

 

 その楽曲の音色を聞いたタラスクが、明らかに怯みを見せている。

 

 まるで、突如として起こった不調を訴えるかのように、悪竜は苦悶を浮かべているのが判る。

 

 その様子を見て、

 

「ん、美遊」

「え、響?」

 

 声を掛けられ、振り返る美遊。

 

 響の視線は、尚も迫るタラスクを見上げている。

 

 今も、動きを鈍らせているタラスク。

 

 しかし、マルタが必死に制御を取り戻そうとしているのが判る。

 

 しかし、先程から降り注ぐガラスの薔薇による攻撃がマルタの集中を乱し、思うに任せていない。

 

 仕掛けるなら今だった。

 

「ここで決める」

「ええ」

 

 頷き合う、響と美遊。

 

 そんな2人の様子を見て、少女はクスッと笑う。

 

「存分におやりなさい。援護は私に任せて」

 

 そう言って優しく笑う少女。

 

 その言葉を背に、響と美遊は一気に跳躍した。

 

 

 

 

 

 暴れるタラスク。

 

 その上にいるマルタは、必死に制御を取り戻そうと躍起になっている。

 

 しかし、

 

 執拗に攻撃を仕掛けてくる謎の騎士。

 

 更に、先程から鳴り響く美しい楽曲。

 

 これも、ただの楽曲ではない。恐らく音色には魔力が込められている。

 

 この曲が、マルタとタラスクの体を不可視の力で拘束し、動きを鈍くしているのだ。

 

「クッ タラスク、振りほどいて!!」

 

 指示を送るマルタ。

 

 その声に答えるように、タラスクも咆哮を上げる。

 

 だが、

 

 その前に、

 

 飛び込んで来た小さな影が2つ。

 

 響と美遊だ。

 

 長いマフラーを靡かせて、刀を振り翳す響。

 

 純白のスカートをひらめかせ、華麗に剣を振り上げる美遊。

 

 正面から迫る暗殺者の少年少女を前に、マルタはとっさに攻撃態勢に入ろうとする。

 

 だが、

 

「遅いッ」

「これでッ!!」

 

 放たれた魔力弾を、左右に分かれて回避する響と美遊。

 

 互いに息ぴったりな連携を前に、マルタの攻撃は空を切る。

 

 距離を詰める、アサシンとセイバー。

 

 同時に、

 

 二振りの刃が、同時に奔った。

 

 マルタを斬り裂く、交差された剣閃。

 

「ッ!?」

 

 息を呑む聖女。

 

 膝を突くマルタ。

 

 響と美遊は、それぞれの剣を振り翳した状態で動きを止めている。

 

 ややあって、

 

「・・・・・・・・・・・・フッ」

 

 マルタは力なく笑う。

 

 その笑顔は涼やかで、どこか憑き物が落ちたようにも見える。

 

「ようやく、終わったわね・・・・・・ったく、聖女に虐殺なんてやらせるんじゃないわよ」

 

 悪態を吐くマルタ。

 

 これでやっと、望まぬ状況から解放される。

 

 そんな思いが見て取れた。

 

 顔を上げるマルタ。

 

 その双眸が響を、そして美遊を見詰める。

 

「・・・・・・礼は言わないわよ。けど、まあ、迷惑かけたお詫びに、一つだけ助言してあげる」

「ん?」

「何ですか?」

 

 何だろう?

 

 顔を見合わせる、響と美遊。

 

 そんな2人を見ながら、マルタは続けた。

 

「あんた達が追い求める奴は、たぶんこの世界にはいないわよ」

「どういう事ですかッ?」

 

 勢い込んで尋ねる美遊。

 

 だが、マルタはそれ以上、何も語ろうとはせず、静かに目を閉じる。

 

「気を付けなさい・・・・・・あなた達が見ている闇は、あなた達が思っている以上に深く、濃いわよ」

 

 その言葉を最後に、光の粒子となって消滅するマルタ。

 

 同時に、タラスクもまた、主人に対する嘆きを発するように吠えると、その巨体を消滅させていく。

 

 マルタ、タラスク主従の敗北と消滅。

 

 これをもって、カルデア特殊班は、フランス南部の解放が完了するのだった。

 

 

 

 

 

第9話「交錯する剣閃」      終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話「吹き荒れる憤怒」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは終わった。

 

 主を追うように、タラスクが姿を消していく。

 

 体を構成していた魔力が途切れ、大気に溶けるように。

 

 その表情は厳ついながらも、どこか安堵しているようにも見えたのは、気のせいだったのだろうか?

 

 その様子が、ここリヨンでの戦いのフィナーレとなった。

 

 タラスクの消滅に伴い、その上に乗っかっていた響もまた、地上へと降り立つ。

 

 既に周囲に、他の敵の気配は無し。

 

 リヨンの戦いは、カルデア特殊班の勝利に終わったのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 刀を鞘に納める響。

 

 そこへ、駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。

 

「響、大丈夫?」

 

 心配顔の美遊。

 

 対して、

 

「ん、問題ない」

 

 そう言って、響は無表情のまま親指を立てて見せる。

 

 その脳裏には、先程まで刃を交えていた聖女の事を思い出していた。

 

 マルタは確かに強敵だった。

 

 だが、

 

 響にはどこか、彼女が自分を止めてほしかったように思えていた。

 

 あるいは、こんな殺戮は彼女の本意ではなかったのかもしれない。

 

 その証拠に、どこか捨てセリフめいた言葉まで残している。

 

 いずれにせよ、消滅してしまった彼女に問いただす事は出来ない。今はただ、南部地方を平定できたことだけを喜ぶべきだった。

 

 それに、ちょっと良い想いも出来たし。

 

 心の中で、そんな事を考える響。

 

 つい先ほど、偶発的に遭遇してしまった美遊の恥ずかしい姿。

 

 視界いっぱいに広がった美遊の白いパンツ。

 

 そして、顔面に押し付けられたお尻の感触。

 

 まあ何と言うか、

 

 ちょっと柔らかかった。

 

 元々が小学生だから、肉付きはまだ薄い。とは言え、その肢体は、将来に大いに期待できる可能性を秘めている。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・何考えてるの、響?」

「ん、別に」

 

 見れば、美遊がジト目で響を睨んできている。

 

 慌てて視線を逸らす響。

 

 どうやら、何を考えているのかモロバレだったらしい。

 

 少年を非難がましい目で睨む美遊。だが、その顔がほんのり赤くなっている事は見逃さなかった。

 

 と、その時、

 

「おーい、美遊ちゃん、響!!」

 

 手を振りながら、こちらに駆けて来るマスターの姿があった。

 

 どうやらタラスクの消滅を見て、マルタの撃破に成功したと判断したのだろう。

 

 その凛果の背後からは、一緒に駆けて来るエリザベートの姿も見える。どうやら戦闘中、ちゃんと凛果を守ってくれていたらしかった。

 

 そして、

 

 そんな凛果たちとは別に、近づいてくる一団があった。

 

 男女3人の組。

 

 1人はタラスクに直接斬りかかった、甲冑の騎士。

 

 1人はゆったりした衣装を着た、楽士風の優男。

 

 最後の1人は、ミニスカート風のドレスを着た、可憐な少女。

 

 ジャンヌ達に出会った時もそうだったが、こちらはまた、輪をかけて奇妙な取り合わせの集団である。

 

 そして、

 

 気配から察する。

 

 新たに現れた3人もまた、響達と同じサーヴァントであると。

 

「ありがとね。おかげで助かったわ」

「いーえ。間に合ってよかったわ」

 

 礼を言う凛果に対し、代表者と思われる少女は笑顔で応じる。

 

 あのタラスクを操るマルタ相手に一歩も引かず、響達が反撃するきっかけを作った少女である。

 

 彼女もまた、ただ者ではない事が伺えた。

 

「そう言えば自己紹介がまだだったわね。私の名前はマリー、マリー・アントワネット。クラスはライダー、と言う事になるわね」

「え、マリー・アントワネットって・・・・・・」

 

 流石に、その名前には凛果も聞き覚えがあった。

 

 見れば、美遊も驚いたように目を見開いている。

 

 マリー・アントワネット。

 

 18世紀に存在したフランス王妃。

 

 元はハンガリー女大公マリア・テレジアの娘(十一女)。

 

 ルイ16世の妻として、激動の革命時代を生き、最後には断頭台の露と消えた悲劇の女性。

 

 しかし、

 

 目の前で笑顔を浮かべる少女からは、そんな陰惨な印象は無い。

 

 どこまでも可憐に咲き誇る、花のようなイメージだ。

 

「んー・・・・・・・・・・・・」

 

 と、

 

 そこで何事かを考えていた響が、ポムッと手を打つと、マリーを指差して言った。

 

「ん、お菓子の人」

「響、その認識はどうなの?」

 

 マリーを称した響の言葉に、美遊がツッコミを入れる。

 

 確かに、マリー・アントワネットの有名な言葉として「パンが無ければお菓子を食べればいい」などと言う物がある。

 

 それは長く「高慢な王侯貴族としてのマリー・アントワネット」を象徴しており、財政難によって貧困に喘ぐフランス国民が、マリーに怒りをぶつけるきっかけにもなったとされる。

 

 しかし、近年の研究では、それはマリー自身が言った言葉ではなく、同時期に刊行された小説の登場人物が言ったセリフであったとされている。国民はそれを、マリーの言葉と誤解してしまったのだ。

 

 そもそも、本来のマリー・アントワネットは財政再建に積極的で、彼女自身大変な倹約家であったと言う記録も残っているくらいである。

 

 それでなくても、当時のフランスは既に大国。王妃とは言え、1人の人間が散財したくらいで財政が傾く事はあり得なかった。

 

 言わばマリーは、風評被害で悪者にされてしまったような物である。

 

 と、

 

 響は短パンのポケットから何かを取り出すと、マリーに向かって差し出した。

 

「ん、食べる?」

「あら、何かしら?」

 

 受け取るマリー。

 

 それは、出撃前にみんなで食べていた煎餅だった。おやつ代わりに持って来ていたらしい。

 

 一口食べて、パリパリと咀嚼するマリー。

 

「パンとも、クッキーとも違う。変わった味ね。けど好きよ、こういうのも」

「ん、何より」

 

 煎餅の感想を聞き、満足そうに頷く。

 

 その様子を、一同は唖然として見つめている。

 

「何って言うか、シュールだよね」

「同感です」

 

 凛果と美遊が、嘆息気味に2人のやり取りを見詰めている。

 

 マリー・アントワネット。

 

 どう考えてもケーキとか洋菓子とかが似合いそうなフランス史上最も有名な王妃殿が、日本の煎餅を美味しそうにパリパリと食べている光景は、アンバランスの極みと言ってよかった。

 

 と、

 

「あー、マリア。お楽しみのところを悪いんだけど、僕らもそろそろ自己紹介しても良いかな?」

「あ、ごめんなさいアマデウス(パリパリ)つい、夢中になってしまって(パリパリ)」

「・・・・・・取りあえず、それ置いたらどうだい?」

 

 そう言うとマリーは(煎餅を食べながら)言い出した楽士風の男を差して言った。

 

「こっちは私の古くからのお友達で、アマ(パリパリ)デウスよ。モーツァルト(パリパリ)って言た方が、通りがいいかしら?(パリパリ)」

「だからマリア、それを・・・・・・まあ良いや、取りあえず初めまして、カルデアのみんな。ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトだ。よろしく」

 

 これは、流石に知らない人間はいないだろう。

 

 アマデウス・モーツァルト。

 

 古典派音楽の代表的な存在であり、若くして多くの栄光を手にした天才音楽家。音楽に興味が無い人間でも、名前くらいは知っているだろう。

 

 そしてもう1人。今度は騎士の方が前に出た。

 

「私はゲオルギウス。こちらのお二方に比べれば、あまり有名どころとは言えませんが、お見知りおきを」

 

 控えめにそう言って、笑いかけてくる騎士。

 

 とは言え、

 

 有名じゃない。

 

 などと、謙遜も甚だしい。

 

 聖ゲオルギウスと言えばバチカンのローマ法王庁にも認定されている聖人の1人であり、英語名では「セント・ジョージ」の名で知られる、竜退治で有名な騎士でもある。

 

 何ともそうそうたるメンツだった。

 

 聞けば、マリー達3人もまた、このフランスに召喚されたサーヴァントだと言う。

 

 そこでフランスを荒らし回る竜の魔女のうわさを聞き、このリヨンまでやって来たのだとか。

 

「それで、聞けばあの『ジャンヌ・ダルク』が竜の魔女として蘇り、暴れまわっているそうじゃない。そこで、こうして仲間を集めながら旅をしていたの」

 

 煎餅をパリパリと食べながら説明するマリー。

 

 成程、大体の事情はジャンヌ達と同じらしかった。

 

《なるほどね》

 

 そんな一同の会話に割って入るかのように、通信機の向こうでダ・ヴィンチが口を開いた。

 

《どうやらジャンヌや彼女達は、正規に召喚されたサーヴァントらしい。それに対して、先程倒したマルタや、前に戦ったカーミラ、ヴラドはジャンヌ・オルタが不正規に召喚したサーヴァントなのだろうね》

 

 ジャンヌ・オルタとしては、自分たちの妨害の為にサーヴァントが正規召喚される事は予測できていた。だからこそ、ジャンヌ・オルタは自分の手ごまと成り得る英霊をサーヴァントとして召喚したのだ。

 

《それと、先程のマルタを解析して分かったんだが、どうやら彼女には「狂化」の術式が施されていた形跡がある》

「えっと、じゃあバーサーカーだったの? ライダーじゃなく?」

 

 ダ・ヴィンチの説明に、首をかしげる凛果。

 

 幻想種である竜をあれほど見事に乗りこなしていたのだ。てっきり、マルタのクラスは騎兵(ライダー)だとばかり思っていたのだが。

 

《少し違うね。彼女は確かにライダーだった。その上から「狂化」を施されていた形跡がある。つまり、「バーサーク・ライダー」と言う言葉が、一番ピッタリだと思う》

 

 成程。

 

 つまり、通常の英霊召還では手ごまを増やせないと踏んだジャンヌ・オルタは、あえて「狂化」を施す事で、英霊達の本来持つ在り方を捻じ曲げ、手ごまにしていたのだ。

 

「さて、自己紹介も済んだところで、今後の方針を決めたい所だね」

「そうね。南部地方は平定できたけど、これで終わりってわけじゃないし」

 

 モーツァルトの言葉に、マリーも頷きを返す。

 

 今回の戦いでマルタを撃破し、ジャンヌ・オルタ軍の一角を突き崩せたことは大きい。

 

 これで、これからの戦いはだいぶ楽になる事だろう。

 

 と、

 

「ねえ、マリー。よかったら、わたし達に力を貸して」

「はい?」

 

 手を差し伸べる凛果。

 

 対してマリーは、不思議そうに首をかしげる。

 

「一緒にオルレアンに行って欲しいの」

 

 そう言うと、凛果は笑いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激突する剣戟。

 

 魔力の光が迸り、互いに火花を散らす。

 

 ジークフリートとジャンヌ・オルタ。

 

 2騎のサーヴァントは互いに退かず、応酬を続ける。

 

 その様は、人智を遥かに超えた、神々の激突と言っても良かった。

 

「はァァァァァァ!!」

 

 振り被った大剣を、真っ向から振り下ろすジークフリート。

 

 対してジャンヌ・オルタは、手にした旗で斬撃を受け止め、押し返す。

 

 ジークフリートの長身が揺らぐ。

 

 そこへ、すかさず連撃を仕掛けるジャンヌ・オルタ。

 

 左手に握った細剣を、真っ向からジークフリートの胸元へと繰り出す。

 

 鋭い刺突。

 

 だが、

 

 その剣閃は、剣士(セイバー)を貫くには至らない。

 

 切っ先は、胸元で受け止められ、1ミリもジークフリートに刺さってはいなかった。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、間合いを取ろうとするジャンヌ・オルタ。

 

 すかさず反撃に出るジークフリート。

 

 突撃しながら、大剣を横なぎに振るう。

 

 対して、跳躍するように後退するジャンヌ・オルタ。

 

 ジークフリートの大剣は、ジャンヌ・オルタの鼻先を霞めて駆け去って行った。

 

「・・・・・・・・・・・・成程。伝説の通りですね」

 

 着地しながら、ジャンヌ・オルタはジークフリートを睨みつける。

 

 対抗するように、大剣を構えなおすジークフリート。

 

「『悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファーブニル)』。倒した竜の血を全身に浴びたあなたは、鋼のような肉体を手に入れた。確かに、やりにくいですね」

 

 英雄ジークフリートの伝説をとつとつと語るジャンヌ・オルタ。

 

 確かに、絶対的な防御スキルを持つ以上、こと接近戦においては、ジークフリートに敵う英霊はほとんどいないだろう。

 

 だが、

 

 それでも尚、ジャンヌ・オルタは退く事をせず、旗と細剣を構えている。

 

 対するジークフリートも、慎重に大剣を構えて対峙する。

 

 油断はできない。

 

 一騎打ちは、ジークフリートの方が有利に進んでいる。

 

 しかし、いかに攻め立てても、未だに有効と言える一撃を加える事が出来ないでいる。

 

 ジャンヌ・オルタは、際どいところでジークフリートの攻勢を防ぎ止めているのだ。

 

 しかも、未だにお互い、宝具も使っていない状態である。

 

 切り札をどのタイミングで使うか。

 

 勝負の分かれ目は、そこにあった。

 

 

 

 

 

 ジークフリートとジャンヌ・オルタが激突している頃、

 

 後方のフランス軍砦は、さながら野戦病院の様相を呈していた。

 

 前線で負傷した兵士が次々と運び込まれる。

 

 全身血だらけの兵士たちは医務室だけでは収まり切らず、兵員室、果ては廊下にまで無造作に寝転がされる。

 

 床と言う床に血だまりが出来、うめき声が砦全体を満たす。

 

 放置されたまま息絶える兵士も、1人や2人ではない。

 

 まさに、地獄の如き様相。

 

 否、そんな生易しい物ではない。

 

 そこから始まるのは、命の取捨選択。

 

 ともかく、助けられる命だけを優先。手遅れと判断した者に関しては容赦なく放置される。

 

 足りないのだ。

 

 時間も、医薬品も、人手も、何もかも。

 

 死ぬ人間に構っている暇は無い。ともかく、最速、最優先で助かる人間だけを救わなくてはならなかった。

 

 生者の呻き声と死者の腐臭が入り混じる砦内部。

 

 そして、

 

 事態は最悪の方向へと動く。

 

 誰もが負傷者の移送と治療に躍起になっている中、

 

 巨大な影が、砦の上空に舞った。

 

「敵襲ゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 絶望を告げる叫び。

 

 一部のワイバーン達が、最前線を迂回する形で、砦の上空まで攻め込んで来たのだ。

 

 直ちに、迎撃に出る守備兵達。

 

 ジルはこれあるを見越し、最低限の兵力は砦内部に残しておいたのだ。

 

 弓を持った兵士たちが城壁の上に上がり、上空の竜目がけて次々と矢を放つ。

 

 しかし、効かない。

 

 矢は確かにワイバーンに当たるのだが、その硬い体表に阻まれて弾かれてしまうのだ。

 

 そうしている内に、急降下してくるワイバーンの群れ。

 

 その口に、炎が迸る。

 

 そのまま兵士たちを焼き払うつもりなのだ。

 

「た、退避ィィィィィィ!!」

 

 指揮官が叫ぶが、最早手遅れ。

 

 攻撃態勢に入るワイバーン。

 

 次の瞬間、

 

「はッ!!」

 

 手に聖旗を掲げた乙女が、飛び込むと同時にワイバーンの胴を薙ぎ払った。

 

 強烈な一撃を受けて吹き飛ばされるワイバーン。

 

 そのまま失速して地面に叩きつけられる。

 

 間一髪のところで兵士たちの危機を救った少女。

 

 手にした旗を真一文字に振るい、群がるワイバーンを威嚇する。

 

「今のうちに、早く!! ここはわたし達が押さえますので、体勢を立て直してください!!」

 

 ジャンヌは言いながら、手にした聖旗で更にワイバーンを打ち倒す。

 

 まさに、ほんの数か月前まで、フランス軍の希望の象徴だった姿がそこにある。

 

 だが、

 

「ヒッ」

 

 1人の兵士が悲鳴を上げる。

 

 湧き上がる恐怖は、あっという間に伝染した。

 

「りゅ、竜の魔女だァ もうこんなところまでッ!!」

「に、逃げろッ 殺されるぞ!!」

 

 背を見せて逃げていく兵士。

 

 その様子を、ジャンヌは立ち尽くして眺めている事しかできない。

 

 手にした旗を、力なく握りしめる。

 

 仕方のない事、と割り切っている。

 

 敵軍を率いるのはジャンヌ・オルタ。言わば、彼女自身でもある。

 

 ジャンヌとジャンヌ・オルタを見極める事など、不可能なのだから。

 

「ジャンヌ・・・・・・・・・・・・」

「私は大丈夫です、立香」

 

 気遣うように声を掛ける立香。

 

 対して、ジャンヌは振り返らずに答える。

 

 これは、覚悟してたことだ。ならば、振り返る事は許されない。

 

 群がる翼竜。

 

 その眼前に、和装の少女が立ちはだかる。

 

「はッ!!」

 

 扇子を鋭く振るう清姫。

 

 その一閃が、空中に炎を巻き起こし、複数の翼竜を一時に巻き込んで焼き尽くしていく。

 

 ワイバーンの放つ炎など比較にならない。

 

 清姫の火力は、蹂躙しようと不用意に近づいて来たワイバーンを、片っ端から返り討ちにしていた。

 

「安珍様ッ 敵がまだ来ますわ!!」

 

 手にした扇子を振るう清姫。

 

 魔力は空中を走り、炎となって吹き上がる。

 

 上空のワイバーンに纏わり付く炎。

 

 翼竜は苦悶の悲鳴を上げて、地上へと落下していく。

 

 しかし、翼竜は次々と湧いて出てくる。清姫やジャンヌ達が奮戦したとしても、全てを倒しきるには時間がかかるだろう。

 

 それでも、サーヴァント達は一歩も引かずに戦い続ける。

 

「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 魔力を込めた盾を大上段から大ぶりに振るうマシュ。

 

 その一撃が、骸骨兵士を真っ向から叩き潰した。

 

 その後方に立つ立香。

 

「マシュ、負傷している兵士のみんなを守る事が優先だ。無理に攻めなくて良いからな!!」

「フォウフォウッ!! ンキュ!!」

「了解です先輩。全力を尽くします!!」

 

 頭の上にフォウを乗せながら指示を出す立香に、マシュは答えながら前に出る。

 

 同時に、手にした大盾を横なぎに振るい、今にも迫ろうとしていた外交兵士2体を同時に叩き伏せる。

 

 目を転じれば、ジャンヌも聖旗を振るい、ワイバーンを叩き落している。

 

 立香との仮契約により、殆どの力を取り戻したジャンヌ。相変わらずルーラーが持つ特権スキルは使用できないが、漲る魔力は彼女の戦闘力を底上げする一助となっている。

 

 3騎のサーヴァントが武を振るう事で、砦内に侵入しようとしていたワイバーンや骸骨兵士たちが押し返され始めていた。

 

 同時に動ける兵士達も個々に反撃を開始している。

 

 おかげで、辛うじて戦線は維持できそうだった。

 

《良いぞ。敵の勢いが弱まってきている。もう一息だ!!》

「フォウッ キュー!!」

 

 カルデアでナビゲートするロマニの弾んだ声が聞こえてくる。

 

 カルデア内では徐々に減っていく敵の様子が、モニター内の反応として映し出されていた。ロマニたちはそれを俯瞰的に眺める事により、前線の立香達をサポートできるのだ。

 

 数では劣っていても、敵に対して優位が取れる。カルデア特殊班の強みはここにある。

 

 戦闘は正面戦力だけで決まる訳ではない。優秀なバックアップ勢がいて、はじめて発揮できる力もあるのだ。

 

「安珍様!!」

 

 自身の生み出す炎で骸骨兵士を薙ぎ払いながら、清姫が声を掛けてきた。

 

「ここはわたくしに任せて、安珍様はジャンヌやマシュと共に前線の方へ行ってくださいまし。そちらはまだ、戦いが続いているようです」

「いや、清姫、でも・・・・・・・・・・・・」

 

 言い淀む立香。

 

 ここでの戦いは、まだ終わっていない。清姫1人では聊か難があるようにも思えるのだが。

 

「ご安心くださいまし。わたくしもすぐに参りますので」

 

 そう言って笑う清姫。

 

 しかし、

 

 たとえ笑顔であっても、どこか有無を言わさぬ感じを見せている。

 

「先輩、ここは清姫さんにお任せした方が賢明だと思います」

「マシュ・・・・・・」

「フォウ」

 

 確かに、マシュの言う通りだ。

 

 ここの敵はだいぶ少なくなってきている。

 

 ならば、ここは清姫に任せ、自分たちは敵の本丸であるジャンヌ・オルタを叩く方が得策だろう。

 

「判った。ここは頼むッ!! 行くぞ、ジャンヌ、マシュ!!」

 

 2人を連れて駆け去って行く立香。

 

 その背中を見送りながら、清姫は微笑む。

 

 否、

 

 ほくそ笑む。

 

「さあ、これでわたくしの舞台は整いました。愛する夫の為に体を張って戦うのは妻としての務めですわ」

 

 いや、夫じゃないし、妻じゃないし。

 

 何ともツッコミどころ満載なセリフを告げる清姫。

 

 だが不幸な事に、この場には彼女にツッコミを入れられる存在は誰もいなかった。

 

 そんな訳で、下心丸出しな欲望と共に、清姫は殿戦を介しするのだった。

 

 

 

 

 

 戦いは終局へと向かいつつある。

 

 激突するジークフリートとジャンヌ・オルタ。

 

 大剣と呪旗が激突し、衝撃波が周囲に撒き散らされる。

 

 一瞬の拮抗。

 

 競り勝ったのは、

 

 ジークフリートの方だった。

 

「グッ!?」

 

 下がりながら膝を突くジャンヌ・オルタ。

 

 やはり接近戦では、セイバーの方に分があるようだ。

 

 眦を上げた視線には、憎悪の色が躍る。

 

「おのれ・・・・・・やはり厳しいですね、このままでは」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 苦し気に声を発するジャンヌ・オルタ。

 

 対してジークフリートは、無言のまま大剣を正面に構える。

 

 ここで一気に、勝負をかけるつもりなのだ。

 

「終わりだ」

 

 大剣を振り翳すジークフリート。

 

 そのまま一気に駆けようとした。

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・・・・・・・さあ、それはどうでしょうね?」

 

 魔女が囁く不吉な言葉。

 

 口元に浮かぶ、不気味な笑み。

 

 同時に、

 

 視界いっぱいに、炎が吹き上がった。

 

「これはッ!?」

 

 呻くジークフリート。

 

 黒色の炎は、まるでこの世全てを喰らいつくすかのように燃え盛る。

 

 その炎の先で、

 

 呪旗を掲げたジャンヌ・オルタが、細剣を振り翳して佇む。

 

「これは・・・・・・憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮・・・・・・」

 

 とっさに仕掛けるべく、前に出るジークフリート。

 

 だが、

 

 もう遅い。

 

 大剣の間合いに入る前に、ジャンヌ・オルタの宝具が発動する。

 

吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)!!」

 

 詠唱同時に、突き出される無数の杭。

 

 それらの攻撃が、

 

 ジークフリートの肉体を、一斉に刺し貫いた。

 

 

 

 

 

第10話「吹き荒れる憤怒」     終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話「魔女からの誘い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清姫が扇子を振るう度、空中に踊る炎が翼竜たちを呑み込んでいく。

 

 高所から急降下し、砦へと迫るワイバーン。

 

 しかし、

 

 外壁の上に立つ和装少女は、真っ向から自らに迫る翼を睨み据える。

 

 自身に向けて殺気を放つ翼竜を相手に、一歩も引かずに対峙する狂戦士の少女。

 

 次の瞬間、

 

「ハッ!!」

 

 扇を一閃する清姫。

 

 放たれた炎が、爪を振りたてるワイバーンを迎え撃つ。

 

 たちまち、炎に包まれる翼竜。

 

 断末魔の悲鳴が、空中に鳴り渡る。

 

 圧倒的な火力を前に、空中でのバランスを保てずに落下していくワイバーン。

 

 巨大な体躯を誇る竜が、一瞬にして丸焼きになってしまった。

 

「他愛ないですわね」

 

 己が倒した躯を見下ろしながら清姫が冷ややかに呟く。

 

 ワイバーンは確かに幻想種であり、その力は人間を遥かに凌駕している。

 

 しかし、英霊は人々の想いが結晶化した存在。たかが「羽付きトカゲ」程度が敵う相手ではないと言う事だ。

 

 既に上空を乱舞するワイバーンの数は、当初に比べて激減している。

 

 清姫はほぼ単騎で、ワイバーンを全滅させていた。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 周囲を見回して、清姫は扇子を閉じる。

 

 既にワイバーンは全滅。

 

 周囲に翼竜の姿は無かった。

 

「それでは、安珍様の許へ参りましょう。いかに愛する夫の為とは言え、妻がいつまでも不在では、何かとお困りでしょうし。

 

 いや、だから夫じゃないし、妻じゃないし。

 

 もはや何度目とも知れぬ声なきツッコミをスルーしつつ、清姫が歩き出そうとした。

 

 その時、

 

 城壁にもたれかかるようにして倒れていた1匹のワイバーンが、突如として首をもたげる。

 

 まだ死んでいなかったのだ。

 

 今にも歩き去ろうとする清姫に向けて、大口を開くワイバーン。

 

 清姫はまだ、気づいていない。

 

 その口内に炎が躍った。

 

 次の瞬間、

 

 ザンッ

 

 鋭い音と共に、ワイバーンの首が斬り落とされる。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 そこで、振り返る清姫。

 

 その視界の中に佇むのは、たった今、手にした長剣でワイバーンの首を一刀の下に叩き落した男。

 

「あなた・・・・・・・・・・・・」

 

 清姫の呟きに応えるように、

 

 鋭い眼光をした剣士(セイバー)は振り返った。

 

 

 

 

 

 コンピエーニュの戦いでイングランド軍の捕虜となったジャンヌ・ダルクは、魔女の烙印を押されて火炙りの刑に処せられる。

 

 捕らえられ、裏切られ、辱められた彼女の無念。そして怒り。

 

 それらの想いが渦を巻くようにして黒く染まり、ジャンヌ・オルタは誕生した。

 

 そんな彼女が振るう宝具。

 

 「吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)

 

 火刑に処された彼女自身の逸話が宝具化した、と言えばまだ聞こえはいいかもしれない。

 

 だがこれは、紛れもなくジャンヌ・オルタが持つ恩讐と憤怒の具現。

 

 己を焼き尽くした地獄の業火を顕現させているのだ。

 

「グゥッ・・・・・・ォ・・・・・・オォ・・・・・・」

 

 杭に刺し貫かれ、苦悶の表情を浮かべるジークフリート。

 

 絶対無敵であるはずの「悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファーブニル)」によって守られた体は、いともあっさりと貫かれ、竜殺しの英雄に致命傷を与えていた。

 

「ジークフリート殿!!」

 

 ワイバーンと交戦していたジルが悲鳴に近い声を上げる中、

 

 彼らの希望である戦士が、地に崩れ落ちる。

 

 魔力で編まれた杭が消え去ると同時に、地面に倒れ伏すジークフリート。

 

 同時に、フランス残党軍の最後に残された矜持もまた砕け散った。

 

「そ、そんな、ジークフリート殿が、負けるなんて・・・・・・」

「も、もうだめだ!!」

「あんなのに勝てる訳が無い!!」

「逃げろ、逃げろォォォォォォ!!」

 

 我先にと、武器や旗を打ち捨てて逃げに転じるフランス運兵士たち。

 

 彼らにとってジークフリートは、まさに心の支えだった。

 

 彼がいたからこそ、強大なジャンヌ・オルタ軍とも戦ってこれたのだ。

 

 そのジークフリートが倒れた時、彼らの心もまた、ポッキリと折れてしまったのだ。

 

「逃げるな、皆、ここで踏み止まらねば、我らの命運は!!」

 

 ジルが剣を振るいながら叱咤するも、効果は薄い。

 

 悔しかな、フランス軍将兵の大半は、今やジルよりもジークフリートにこそ希望を見出していた。

 

 否、その事について、とやかく言う気はジルにはない。

 

 圧倒的な強さを誇るジークフリートに兵士たちが頼りたい気持ちは判るし、何よりジル自身、誰よりもジークフリートを頼りにしていたのだから。

 

 そのジークフリートが戦場に倒れた今、彼らの命運も定まったに等しかった。

 

「すまない・・・・・・ジル元帥」

 

 苦悶に満ちた声で、ジークフリートは自らの戦友に告げる。

 

「命運は尽きた・・・・・・どうか、この場は逃げて・・・・・・希望を・・・・・・」

 

 その言葉を最後に、地面に倒れ伏すジークフリート。

 

 そんな彼を足元に、ジャンヌ・オルタが手にした旗を振り翳す。

 

「さあ、彼らの希望は砕けました。今こそ蹂躙の時です!!」

 

 ジャンヌ・オルタの宣言と共に、咆哮を上げる。

 

 たちまち、戦場は虐殺の場へと変貌する。

 

 大地は兵士たちの血によって染め上げられ、ただひたすらに絶望のみが拡散していく。

 

 もうだめだ。

 

 この国はおしまいだ。

 

 誰もが、そう思い始める。

 

 竜の魔女に全て蹂躙され、やがてはフランスと言う国そのものが消えてなくなる事だろう。

 

「・・・・・・・・・・・・もはや、これまでか」

 

 低い声で呟くジル。

 

 事ここに至った以上、もはや立て直しは不可能。

 

 疑う余地は無い。

 

 このフランスの命運は、尽きたのだ。

 

 否、

 

 思えばあの時、

 

 ジャンヌ・ダルクがイングランド軍によって処刑されたと聞かされた時、既に命運は尽きていたのかもしれない。

 

 暗愚な王は、このフランスの希望を見捨てたのだ。

 

 そして、

 

 彼女を助けられなかった自分達もまた、同罪だった。

 

 結局

 

 聖女ジャンヌ・ダルクを見捨てた時点で、自分たちの運命は決まっていたのだ。

 

「申し訳ありませんジャンヌ・・・・・・・・・・・・」

 

 剣を置き、膝を折るジル。

 

 その頭上に、巨大な翼竜が迫る。

 

「せめて・・・・・・我が一命でもって、貴女の怒りが、悲しみが、少しでも和らがんことを・・・・・・」

 

 翼竜が鉤爪を振り上げる。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横合いから飛び出した少女が、手にした旗を振り翳し、ワイバーンの体を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わず、顔を上げるジル。

 

 一体、何が起きたのか?

 

 見れば、今にもジルに襲い掛からんとしていたワイバーンは、吹き飛ばされて地に躯を晒している。

 

 そして、

 

「立ちなさい!!」

 

 戦場に響き渡る、凛とした声。

 

 恐る恐る顔を上げる。

 

 その視界に飛び込んで来たもの。

 

 聖なる旗を振り翳し、敢然と敵軍に立ちはだかる、可憐にして勇壮なる少女の戦姿。

 

 忘れもしない。

 

 あれはあの時と寸分たがわず、全く同じ物。

 

 忘れる事など、誰が出来ようか。

 

 振り返り、ジルを見るジャンヌ。

 

「ジル!! あなたはフランス軍の指揮官。そのあなたが、こんな場所で座り込んでどうするのですか!?」

「・・・・・・・・・・・・ジャンヌ」

 

 まさか、

 

 そんな筈はない。

 

 ジャンヌなら、今まで目の前にいた。

 

 王を殺し、民を殺し、フランスを破滅に導く竜の魔女として、自分達と戦っていた。

 

 だが、

 

 見間違えるはずが無い。

 

 今目の前にいる少女は間違いなく、ジルの記憶の中にいる聖処女ジャンヌ・ダルクに他ならなかった。

 

 差し伸べられた手を取るジル。

 

 その少女の顔に、かつてと変わらぬ笑顔が浮かべられる。

 

「さあ、参りましょう。諦めるには、まだ早すぎますよ」

 

 言い放つと同時に、

 

 ジャンヌは手にした聖旗を振り翳した。

 

 

 

 

 

 ジャンヌがフランス軍を救うべく旗を振るう一方、マシュは単騎でジャンヌ・オルタに挑みかかっていた。

 

 魔力を込めた盾を突撃と同時に振り下ろすマシュ。

 

 対して、ジャンヌ・オルタは呪旗を振るって対抗しようとする。

 

 だが、

 

「やァァァァァァ!!」

 

 振り下ろされる巨大な十字盾。

 

 その一撃を前に、ジャンヌ・オルタは弾き飛ばされる。

 

「クッ この威力は!?」

 

 とっさに着地して体勢を立て直そうとするジャンヌ・オルタ。

 

 勢い余ったマシュの盾は、そのまま地面を大きくえぐる形になる。

 

「逃がしませんッ!!」

「マシュ!!」

 

 追撃を仕掛けるマシュ。

 

 身の丈よりも大きな盾を振るい、前へと出るマシュ。

 

 そのマシュを援護すべく、立香が礼装に施された魔術を起動、マシュの攻撃力を底上げする。

 

 立香とマシュの巧みな連携が、ジャンヌ・オルタを追い詰めていた。

 

 対して、ジャンヌ・オルタの方は明らかに動きが鈍かった。

 

「・・・・・・最悪のタイミングですね」

 

 彼女は最前までジークフリートと戦っていた身。その際、宝具まで使用している。その為、一時的に魔力が低下している状態だった。

 

 そこへ来て、マシュとの連戦である。

 

 状況はジャンヌ・オルタにとって不利だった。

 

 

 

 

 

 一方、マシュがジャンヌ・オルタと交戦している隙に、立香は倒れているジークフリートの元へと駆け寄った。

 

 ジャンヌ・オルタの宝具によって刺し貫かれたジークフリート。

 

 殆ど致命傷に近い傷ではあったが、辛うじて息があった。

 

 どうやら、ジークフリートの持つ高い防御力が幸いしたらしい。

 

「しっかりしろッ 大丈夫か!?」

「フォウフォウ!!」

 

 立香が抱き起し、フォウはジークフリートの胸元に飛び乗る。

 

 その刺激により、僅かに意識が戻ったのだろう。竜殺しの英雄はかすかに目を開く。

 

「・・・・・・ッ 君は?」

 

 苦し気に声を発するジークフリートに対し、立香はいたわるように声を掛ける。

 

「藤丸立香。カルデアのマスターだ。もう大丈夫だぞ」

「カルデアの・・・・・・そうか」

 

 サーヴァントは召喚される際、ある程度、その世界の知識は自動的に与えられると言う。その為、カルデアがどういう存在なのか、知っているサーヴァントもいる様子だった。

 

「すまない。せっかく来てくれたのに、このザマですまない・・・・・・」

「喋らなくて良い」

「フォウッ フォウ!!」

 

 ジークフリートを地面に寝かせながら、立香はカルデアとの通信を開く。

 

 向こうでも既に、状況の解析に入っているはずだった。

 

 立香にはジークフリートの容態は診れないが、カルデアで解析する事で、彼が今、どんな状態にあるのか確認する事ができる。

 

「どうだ、ドクター?」

《問題ない。傷は深いが、そっちは命に係わるほどじゃない。ただ・・・・・・》

「フォウ?」

 

 言い淀むロマニに、立香は怪訝な面持ちとなる。

 

「どうかしたのか?」

《恐らくだけど、彼には呪いが掛けられている。それも、かなり強力なやつだ。礼装の術式程度で解除する事は難しいだろう。解呪には恐らく、聖人クラスの洗礼が必要になるけど、このままだと、彼は数日の内に命を落とす事になる!!》

 

 険しい声を発するロマニに、立香も戦慄せざるを得なかった。

 

 ジャンヌ・オルタの宝具による影響だった。

 

 たとえ一撃で仕留められずとも、相手を必ず死に至らしめる。

 

 彼女の恨みは、そこまで根深い物だった。

 

 と、そこへフランス軍の救援を行ったジャンヌも駆け寄ってくるのが見えた。

 

「立香、大丈夫ですか!?」

「ああ、ジャンヌ、ちょっとこっち来てくれ!!」

 

 ジャンヌを呼び寄せる立香。

 

 彼女もまた聖人に列席する1人。「聖女」である。彼女なら、あるいは解呪も可能かもしれない。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・ダメです」

 

 暫くジークフリートの容態を見ていたジャンヌが、呻くように言った。

 

「呪いの規模が深すぎます。私1人の洗礼詠唱では、彼に掛けられた呪いを解く事は不可能です。せめて、もう1人誰か、聖人がいてくれたら、何とかなるのですが」

 

 どこまでも厄介な呪いである。

 

 改めて、ジャンヌ・オルタの持つ怨みの深さが浮き彫りになった。

 

「申し訳ありません」

「いや、俺の方こそすまない。肝心な時に役立たずで」

 

 その時だった。

 

 前線でジャンヌ・オルタと激突していたマシュが、後退してくるのが見えた。

 

 どうやら善戦はしたものの、倒しきるには至らなかったらしい。

 

 だが、

 

「やってくれますね・・・・・・・・・・・・」

 

 ジャンヌ・オルタもまた、苦し気に言葉を発する。

 

 傷ついた体は、マシュが善戦した事を示している。

 

「これ以上はもうやめろッ こんな事して何になるんだ?」

「何に、ですか?」

 

 問いかける立香。

 

 対して、

 

 ジャンヌ・オルタは言葉をかみしめるように呟くと、口元にニタリと笑みを浮かべる。

 

「決まっているじゃない、そんなの。わたしを裏切り、私を見捨てたこのフランスと言う国に復讐する。その為に、全てを蹂躙する。私の行動は首尾一貫、それのみに集約しています」

「あんたを裏切ったのはフランスじゃないッ この国の国王だろうが!!」

 

 叫ぶ立香。

 

 そう。

 

 ジャンヌを裏切った、と言う意味で考えれば、彼女が復讐すべき対象は国王シャルル7世と、シャルルの取り巻き連中である。つまり、彼女の復讐は、既に終結を迎えていると言ってよかった。

 

「あんたの復讐は終わっているはずだ。なのにこれ以上、この国をどうしようってんだ?」

「そんなの・・・・・・」

 

 立香の言葉に、ジャンヌ・オルタは一瞬言い淀む。

 

 その逡巡が、あるいは立香の言葉が正鵠を射ている事を示しているのかもしれない。

 

「私は許さない。私を捨てたフランスをッ 許す事などできない!!」

「それは無意味だッ!!」

 

 激高するジャンヌ・オルタ。

 

 叫ぶ立香。

 

 そのまま前に出ようとした。

 

 次の瞬間、

 

「先輩ッ 危ない!!」

 

 前に出たマシュが、大盾を掲げて立香を守る。

 

 次の瞬間、

 

 複数の斬撃が縦の表面に当たり、異音と共に弾かれた。

 

「マシュッ!!」

「先輩、下がってください。新手です!!」

 

 緊迫したマシュの言葉。

 

 その言葉通り、

 

 ジャンヌ・オルタを守るように、2騎のサーヴァントが新たに立ちはだかっていた。

 

 1人は騎士のような恰好をした流麗な剣士。手にした細剣と白いマントは、どこかの王宮に仕える近衛騎士を思わせる。

 

 もう1人は、対照的に漆黒の外套を着込んだ若い男性だ。どこか光を無くしたような暗い目をしており、手には「処刑刀(エクセキューター)」と呼ばれる、首切り用の幅広い大剣を持っている。

 

「まったく・・・・・・」

 

 流麗な騎士風のサーヴァントが、やれやれと肩を竦める。

 

「我々の指揮官なら、もう少し冷静に動いてもらいたいものだね」

「その意見には賛成だ。おかげで我々が余計な苦労を背負い込む事にもなる」

 

 嘆息交じりに告げる2人に対し、ジャンヌ・オルタはどこか、不貞腐れたようにそっぽを向いて見せた。

 

「何で出て来てんのよ。オルレアンの防衛を命じておいたはずよ」

 

 口を尖らせるジャンヌ・オルタ。

 

 突然現れて、彼女を救った2騎。

 

 流麗な剣士の方は、シュバリエ・デオン。フランス王宮に仕えた騎士であり、舞踏会を騒がせた令嬢でもある。同時に各国に潜入し裏社会で活動した間諜(スパイ)でもあったとか。その実態には謎が多く、性別すら定かではないと言う。

 

 もう1人の黒衣の男はシャルル・アンリ・サンソン。デオンと同時期に存在したフランス人であり、同時に数多の人間の首を切った処刑人でもある。かのフランス革命時、国王ルイ16世や、王妃マリー・アントワネット、更に彼らを死に至らしめたジャコバン派の革命家マクシミリアン・ロベスピエールの処刑を執行した事でも有名である。

 

「元帥殿から伝言だよ。例の物が完成間近だから、そろそろお戻りいただきたいのだとか」

「・・・・・・・・・・・・フン」

 

 デオンの言葉の意味を理解したジャンヌ・オルタは、つまらなそうに鼻を鳴らすと、そのまま踵を返す。

 

 どうやら、このまま撤退するつもりらしい。

 

「お、おい、待て!!」

「ここでの私の目的は終わりました」

 

 引き留めようとする立香。

 

 対してジャンヌ・オルタは、振り返らずに告げる。

 

「それでもまだ、続けると言うのならオルレアンまで来なさい」

 

 そのまま、デオンとサンソンを引き連れ、ジャンヌ・オルタは振り返らずに歩いていく。

 

「そこが、あなた達の運命の地となるはずです」

 

 それだけ告げると、

 

 今度こそジャンヌ・オルタは、振り返る事無く去って行くのだった。

 

 

 

 

 

第11話「魔女からの誘い」      終わり

 




GWは京都に行ってきました。

北野天満宮に行った際、ちょうど刀剣の博覧会が開催されており、国宝「鬼切安綱(髭切)」を見る事が出来ました。

源氏の宝刀で、源頼朝の佩刀でもあった鬼切は、同時に頼光四天王の1人、渡辺綱の佩刀として、酒呑童子討伐にも使用された刀だそうで、タイミング的にはなかなかラッキーでしたね。

ただ、

私が鬼切を鑑賞している横で、見知らぬおっちゃんが堂々と大声で、「あ、これ知ってる『さけのみどうじ』を斬った刀だよ!!」と叫んでいました。

私、母、姉の3人がほぼ同時に「何言ってんだこいつ」と相手の顔を見てしまったのは言うまでもない事です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話「将星集う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に残った骸骨兵士を斬り倒したセイバーは、腰の鞘に長剣を収める。

 

 その後ろ姿を、清姫は冷ややかな目で見つめていた。

 

「行くんですの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかける声に、答える沈黙。

 

 判り切った事を聞くな、と言う態度。

 

 相変わらず、とっつきが悪い。

 

 それにしても、

 

 周囲を見回しながら、清姫は嘆息する。

 

 その視線の先には、骸骨兵士の残骸がそこかしこに散らばっている。

 

 殆どが、セイバーの剣による物だった。

 

 遅れてきたとは言え、やはり大した戦闘力である。

 

 残敵掃討は、ほぼセイバー1人でやったに等しかった。

 

「行く前にせめて、安珍様にお顔ぐらい見せたらどうです?」

「無用だ」

 

 清姫の言葉に、セイバーは素っ気なく答える。

 

 やはり、慣れ合う気は無い、と言う事か。

 

「強情ですわね」

 

 そんなセイバーの態度に、清姫はやれやれとばかりに肩を竦める。

 

 群れるのを嫌い、孤高に戦い続ける剣士。

 

 だが、

 

「そんなに、あの子の事が苦手ですの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 清姫の質問に答えず、歩き出すセイバー。

 

 それはこれ以上の会話を嫌ったからか? あるいは図星を差されたからか?

 

 いずれにせよ、

 

「顔に似合わず、随分とお人良しのくせに」

 

 呟いた清姫の言葉が空気に触れた時、既にセイバーはその場を立ち去った後だった。

 

 

 

 

 

 こうして、

 

 フランス残党軍とジャンヌ・オルタ軍の決戦は、カルデア特殊班の介入もあり、辛うじてフランス残党軍の勝利に終わった。

 

 ジャンヌ・オルタは残った兵力を纏めて、自らの本拠地であるオルレアンへ撤退。体勢を立て直す事になる。

 

 だが、

 

 勝利したフランス残党軍もまた、手放しで喜べる状態ではなかった。

 

 勝ったとはいえ、半数近い兵力を失ったフランス残党軍は、事実上壊滅状態に陥り、組織的戦闘力を喪失している。

 

 更に残る半数の内、1割は戦意喪失して逃亡、2割は負傷により戦線離脱を余儀なくされている。

 

 ジルは残った兵力をかき集め、どうにか軍の立て直しを図ってはいるが、こうも被害が大きい状況では、再編までに相当な時間がかかる事が予想された。

 

 加えて、

 

 仮に再編成が済んだとしても、フランス残党軍がどれほどの戦力になる事か?

 

 撤退したとは言え、ジャンヌ・オルタ軍は、主力をほぼ温存する事に成功している。

 

 次に戦えば、勝ち目がない事は明白だった。

 

「やっぱり、次は俺達だけで戦った方が良いな」

 

 夜、

 

 焚火を囲みながら、立香は一同を前にそう告げる。

 

 カルデア特殊班は現在、砦から離れた場所で野営をしていた。

 

 本来なら、戦の功労者である立香達は、砦に入ってゆっくり休む事も許されるはずである。

 

 しかし砦は今、負傷兵の治療や軍の再編でごった返している。そんな場所にノコノコと顔を出す事は、却って邪魔になるだろう。

 

 加えてジャンヌの事もある。

 

 殆どの兵士は、ジャンヌとジャンヌ・オルタの区別がついていない。下手をすると物理的な危害を加えられることも考えられる。

 

 以上の事を鑑みて、野営する事にしたのである。

 

《賛成だね》

「フォウー」

 

 答えたのは、カルデアにいるロマニだった。

 

《これ以上、彼らに犠牲を強いるのは得策ではない。オルレアンには、僕らだけで行くべきだ》

 

 フランス残党軍は確かに奮戦し、ワイバーンを独力で仕留める程に洗練された戦術を編み出すに至っている。

 

 しかし、それもある程度数が揃っていればこそだ。

 

 兵力が激減した彼らに、これ以上期待はできなかった。むしろ、今後の事を考え、無駄死には避けてほしかった。

 

「・・・・・・ジルは、納得しないでしょうね」

「ジャンヌさん」

「フォウ・・・・・・」

 

 ポツリと呟くジャンヌ。

 

 彼女はジルの人となりを、一番よく理解している。

 

 寡黙だが責任感が強く、そして誰よりも勇敢で思慮深い。

 

 そんなジルが、祖国の命運を人任せにするとは思えなかった。

 

 彼は必ず来る。

 

 それが判っているだけに、ジャンヌは辛かった。

 

「フォウ・・・・・・」

 

 悩むジャンヌを気遣うように、寄り添うフォウ。

 

 その毛並みを、ジャンヌは優しく撫でてやる。

 

「後の問題は、ジークフリートさんですね」

 

 話題を切り替えるように告げるマシュ。

 

 先の戦いで呪いを受け負傷したジークフリートは、今は立香達の野営地に運び込んでいる。

 

 正直、容体は良くない。

 

 こうしている間にも呪いは進行しているのだ。

 

 意識を失う事も何度かあった。

 

 今はとりあえず落ち着きを取り戻し眠ってはいるが、早急に何らかの手を打たないと、数日の内には消滅を免れないだろう。

 

《それなんだけど、朗報があるよ》

 

 ロマニが少し弾んだような口調で言う。

 

 どうやら、明るいニュースがあるようだ。

 

《凛果ちゃん達が南部地方の平定に成功した。数日の内には合流できるだろう》

 

 ロマニの言葉に、立香とマシュは笑顔を浮かべる。

 

 どうやら、凛果たちも無事なようだった。

 

《その際、凛果ちゃんは聖人のサーヴァント1人と、契約する事が出来たらしい。彼と共に、そっちに向かっているって》

 

 ジークフリートの解呪には、聖人が2人いる。

 

 凛果たちが来てくれれば、その条件が揃う事になるのだ。

 

「頼むぞ・・・・・・凛果」

 

 立香は、こちらに向かっているであろう妹を想い、小さく呟くのだった。

 

 凛果たちとの合流。

 

 それが済めば、いよいよ敵の本拠地であるオルレアンへと進撃する事になる。

 

 その事を、立香は改めて自分の中で確認するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランス残党軍との戦いを終え、オルレアンへと帰還したジャンヌ・オルタ。

 

 彼女は軍の再編をデオン達に任せると、自身はその足でオルレアン城へと向かった。

 

 このオルレアンは、ジャンヌ・オルタが占領して以来、生きている人間は1人も存在しなくなっている。

 

 全て骸骨兵士とワイバーンの群れが跋扈している魔の都と化している。

 

 後は、彼女たちのようなサーヴァントだけである。

 

 そんな中、城に入ったジャンヌ・オルタは、玉座には向かわず、地下へと向かう。

 

 暗い螺旋階段を、彼女が鳴らす靴音だけが鳴り響く。

 

 ここはかつて、彼女が虐殺を行った場所。

 

 異端審問官のピエール・コーションや、自分を裏切った国王シャルル7世。更には諫言したシャルルの側近たちを無惨にも処刑した場所でもある。

 

 それゆえだろうか?

 

 一歩、地下へ向かうごとに凍えるような冷気が立ち込め、重苦しい空気に満たされていくようだ。

 

 あるいは、

 

 ここで殺された者たちの怨念が、そうさせているのかもしれない。

 

「おお、ジャンヌ。お戻りでしたか」

 

 出迎えたのは、ジル・ド・レェであった。

 

 むろん、フランス残党軍を率いている騎士ジルではない。

 

 魔術師(キャスター)としてジャンヌ・オルタに仕え、フランス滅亡の手助けをする狂気の存在。

 

 それが、目の前にいるもう1人のジル・ド・レェだった。

 

 その顔を見て、ジャンヌ・オルタはつまらなそうに鼻を鳴らしながら声を掛ける。

 

「どうかしら、新人の様子は?」

「上々です。今日も、近隣の村へ狩りへと出かけました。程なく戻る事でしょう」

 

 今回の出陣に先立ち、ジャンヌ・オルタは新たな狂化サーヴァントを2騎、召喚している。

 

 南部地方でマルタが討ち取られたのは痛かったが、それでも既に空いた穴を埋められるだけの戦力は整えつつあった。

 

 其れと合わせて、ジャンヌ・オルタが最も気がかりにしている事を尋ねる。

 

「例の物、できたんでしょうね?」

「もちろんでございます」

 

 ジャンヌがここをわざわざ訪ねた理由が判っていたのだろう。ジルは淀みない調子で答える。

 

 この地下室は今、ジルが工房として利用している。

 

「ご命令とあれば、今すぐにでも動かす事は可能です」

「そう」

 

 ジルの説明を聞きながら、ジャンヌ・オルタは内心でほくそ笑む。

 

 これで、こちらの体勢は完全に整った。

 

 先の敗戦など、正直なところジャンヌ・オルタにとっては小さな瑕疵に過ぎない。

 

 言わば、決戦兵力が完成するまでの時間稼ぎ、お遊びの一環だった。

 

 本命の戦いはこれから、と言う事になる。

 

 少女の脳裏には、先の戦いでのことが思い浮かべられていた。

 

 取りあえず、ジークフリートを撃破できたことは大きい。これで、如何にしようが、ジャンヌ・オルタの優位は覆らない。

 

 フランス残党軍も壊滅した。

 

 となると残る脅威は、

 

「カルデア・・・・・・・・・・・・」

 

 低く呟くジャンヌ・オルタ。

 

 自分の前に立ちはだかった少年の顔が、思い浮かべられる。

 

 魔術師としては未熟の極み。

 

 今のジャンヌ・オルタならば、一瞬で縊り殺す事もたやすいだろう。

 

 だが、油断はできない。

 

 あの男は、たった数人の戦力で、ジャンヌ・オルタ軍の攻勢を押し返し、フランス残党軍の窮地を救っている。

 

 加えて、南方制圧に向かったマルタの霊基消滅も気になる。恐らく、あの男の片割れである、もう1人のカルデアのマスターにやられたのだろう。

 

 状況は、間違いなくジャンヌ・オルタが有利。

 

 しかし、

 

 いくつか、不穏な種が芽生え始めているのも事実だった。

 

 その時だった。

 

「良くない状況みたいだね」

 

 突如、暗がりから聞こえてきた声に、振り返るジャンヌ・オルタとジル。

 

 視界の先に広がる闇。

 

 その先を見通す事は出来ない。

 

 だが、

 

 そこに確かにある、人の気配。

 

「・・・・・・・・・・・・ああ、あなたですか」

 

 相手の存在を察知し、ジャンヌ・オルタは嘆息気味に告げる。

 

 正直、気分の良い相手ではない。

 

 むしろ、もし立場が違えば、真っ先に殺していてもおかしくは無いだろう。

 

 しかし、こんなのでも協力者の1人であり、ある意味「スポンサー」の代理人とでも言うべき存在だ。

 

 それ故に、ジャンヌ・オルタとしても、無碍にはできないのだった。

 

「苦戦しているようなら、手を貸してあげても良いけど?」

 

 含み笑いを浮かべた言葉。

 

 その声に、ジャンヌ・オルタは不快気に眉を顰める。

 

 だが、それに対しては何も言わず、代わりに視線を背ける。

 

「無用です。あなたの手など、借りるまでもありません」

「あ、そう」

 

 ジャンヌ・オルタの言葉に対し、相手はあっさりと引き下がる。

 

 どうやら本気で助勢するつもりはなく、単なる言葉の綾として出た物らしかった。

 

「ま、せいぜい頑張ってよ」

 

 鳴り響く靴音が、相手が踵を返した事を示している。

 

「我が主は君に期待している。その期待を裏切るような真似だけはしないでくれよ」

 

 それだけ言うと、相手は再び闇の中へ溶けるように消えていく。

 

 後には、立ち尽くすジャンヌ・オルタとジルだけが残されていた。

 

「ジャンヌ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 声を掛けるジル。

 

 しかしジャンヌ・オルタは答えずに立ち尽くす。

 

 その胸中には、言いようのない苛立ちが募っていた。

 

 良いだろう。そこまで言うならやってやる。どっちみち、あんな奴の手など、初めから借りる気など無かったし。

 

 その為の準備は、既に万端整っている。

 

「来るなら来なさい。最高の絶望を味合わせてやるわ」

 

 暗い瞳で呟くジャンヌ・オルタ。

 

 地下室には、彼女の声が陰々と響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 南部に行っていた凛果たちが、立香達と合流。久しぶりに、カルデア特殊班全員が勢ぞろいした。

 

 驚いたのは、出発前に比べてメンバーが大幅に増えていた事だろう。

 

 マリー・アントワネット、アマデウス・モーツァルト、聖ゲオルギウス。

 

 そして、今はまだ戦線離脱中だが、竜殺しの大英雄ジークフリートもいる。

 

 サーヴァントは皆、一騎当千の実力者である。

 

 数においては圧倒的にジャンヌ・オルタ軍が勝っているが、中核戦力は少なくとも互角に持ち込めたと考えてよかった。

 

「お帰り、凛果。無事でよかったよ」

「まあね。兄貴も」

 

 互いの顔を見た藤丸兄妹は、そう言って笑みを交わす。

 

 確信はあった。

 

 離れていても、お互いに無事だろう、と言う。

 

 だからこそ、そこに「安堵」は無い。

 

 2人にとってこれは、あくまでも「当然」の事に過ぎなかった。

 

 と、

 

「まあッ!! まあまあまあ!!」

 

 突如、背後から聞こえてきた声に、思わず凛果はつんのめるような姿勢になる。

 

 そんな凛果を追い越すように、王妃様は突撃すると、立香の背後にいた少女の手を取った。

 

「あなたが、ジャンヌ・ダルク様よね。ぜひ、一度お会いしたかったの!!」

「は、はあ、その、恐縮です」

 

 突然の事に、思わずたじたじになるジャンヌ。

 

 そんな聖女の手を取り、マリーはキラキラと目を輝かせている。

 

「ど、どうしたんだよ?」

「あ、あー・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねる立香に、凛果は苦笑気味に頬を掻く。

 

 実のところ、こうなる事を凛果は予想していた。

 

 ここに来るまでの道中、マリーから散々聞かされたのだ。彼女がジャンヌ・ダルクの所謂「大ファン」だと言う事を。

 

 その為、うっかりご本人が来ている事を喋ってしまったが運の尽き。

 

 ここに来るまで、さんざんジャンヌへのあこがれを語って聞かされたのだ。

 

 それはもう、途切れる事無く。

 

「ん、マリー、疲れた」

「うん、すごかった」

 

 響と美遊も、げっそりした調子で呟いている。

 

 何と言うか、ここに来るまでの苦労が偲ばれる光景である。

 

 マリーに悪気は無い。

 

 否、むしろ善意の塊であると言っても過言ではないだろう。

 

「ま、あの無邪気さこそが、マリアの最大の魅力だからね」

「言う前に止めて、お願い」

 

 笑いながら肩を竦めるモーツァルトに、響が脱力気味にツッコむ。

 

 何はともあれ、

 

 こちらも態勢は整いつつある。

 

 次は決戦になるだろう。

 

 人理定礎を掛けた最初の任務。その最後の戦い。

 

 言わば、これからのカルデアの運命を占う上で、最も重要な戦いが始まる事になる。

 

「・・・・・・負けられない、絶対に」

 

 低く呟く立香。

 

 と、

 

「ん」

「うん?」

 

 袖をクイクイッと引っ張られ振り返ると、響が澄んだ瞳で立香で見つめてきている。

 

「きっと、大丈夫」

 

 静かに告げる、少年の言葉。

 

 対して、

 

「・・・・・・ああ、そうだな。きっとそうだ」

 

 立香もまた、笑顔で返すのだった。

 

 

 

 

 

第12話「将星集う」      終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話「ヴィヴィ・ラ・フランス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、

 

 ふと、目が覚めた響は、天幕を抜け出して外へと出た。

 

 冷たい外気が顔に掛かり、僅かに顔をしかめる。

 

 見上げれば、漆黒の空一面に星の明かりが見える。

 

 純粋に、綺麗だと思った。

 

 多分、空気が澄んでいるからだろう。おかげで星明りが良く見えた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 暫く、立ち尽くしたまま星を見ている。

 

 明日は、決戦になる。

 

 ジャンヌ・オルタ軍はオルレアンに万全の布陣を敷いて待ち構えている事だろう。

 

 対して、カルデア特殊班の陣容は、残念ながら万全とは言い難い。

 

 切り札であるジークフリートは戦線離脱中。それに合わせて、ジャンヌとゲオルギウスも解呪の為に離脱している。

 

 現状のカルデア特殊班は、戦力を大きく削がれている状態だった。

 

 しかし、これ以上時間をかけても、状況の好転は望めない。ならば、手持ちの札に賭けて決戦を挑む以外に無かった。

 

 と、

 

「あら、そこにいるのは、響かしら?」

「ん?」

 

 声を掛けられ振り返る。

 

 闇の中から、控えめに草を踏む音と共に現れたのは、花のように可憐な姿をした少女だった。

 

「マリー、どした?」

 

 フランス王妃マリー・アントワネットは、少年暗殺者に対してニッコリとほほ笑みかけてくる。

 

 ほのかな星明りの下で、その美しさはより一層映えているように思える。

 

 今の彼女は全盛期よりも少し前、フランス王妃となる前の少女時代の姿として召喚されている。

 

 しかし、生前より語られる美貌は、既に開花していると言ってよかった。

 

「眠れないのかしら?」

 

 響の傍らに寄って来たマリーは、響の頭を撫でながら優しく微笑みかける。

 

「子守唄を歌ってあげましょうか?」

「・・・・・・いい」

 

 ちょっと、顔を赤くして背ける響。

 

 何となく、マリーにそんな事を言われると、気恥ずかしい気持ちになってしまった。

 

 それにまあ、

 

 正直「子守歌」には最近、ちょっとしたトラウマがあるので勘弁してもらいたい、と言う気持ちもあるのだが。

 

「ん、そう言えば、聞きたい事あった」

「何かしら?」

 

 マリーに促され、響は彼女の隣に腰かける。

 

 ちょうど、2人で並んで星空を見上げる形だった。

 

「マリーの事、凛果から聞いた。生きてた頃の話」

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 響が何を言いたいのか得心したように、マリーは頷きを返す。

 

「良いわ、少しだけ、お話ししてあげる。おせんべいのお礼よ」

 

 そう言って、マリーは笑いかける。

 

 マリー・アントワネット。

 

 ルイ16世の妻にして、フランス王妃。

 

 誰よりもフランス国民を愛し、誰よりもフランス国民から愛され、そして裏切られた悲劇の女性。

 

 彼女は生前、貧困に喘ぐフランス国民を慮り、あらゆる手を尽くして彼らを救おうとした。

 

 自ら率先して倹約を行い、貴族たちから寄付金を募った事もあった。

 

 しかし、先王であるルイ15世の無理な外征がたたり、国庫が破綻寸前だった当時のフランスは、既にマリー1人が奮闘した程度で覆る事は無かった。

 

 加えて、時代は激動を迎えようとしていた。

 

 当時、フランスの首都パリでは王党派と革命派が睨み合い、殆ど内戦状態に近い様相だった。

 

 そんな状況の中、マリーは何とか人々の暮らしを良くしようと奔走を続けた。

 

 だが、

 

 いくら待っても、暮らしは良くならず、人々の不満は日増しに募っていく。

 

 やがて国民は、ある結論へと導かれる。

 

 自分たちが日々、必死に働いても暮らしが良くならないのは、誰か黒幕がいるからだ。そいつが富を貪り、自分達に貧困を押し付けているのだ、と。

 

 それは誰か?

 

 決まっている。あの凡庸な国王にそんな事ができるはずが無い。

 

 ならば誰か?

 

 王妃マリー・アントワネットだ。あの小狡い女が、王を誑かしているに違いない。

 

 全ては、政権奪取に躍起になった革命派が流した悪質なデマだった。

 

 事実無根な噂は、やがてフランス中を巻き込んで拡大していく。

 

 やがて起こる、フランス史上に残る一大スキャンダル「首飾り事件」。この事件はマリーにとって冤罪以外の何物でもなかったが、国民は誰も信じなかった。

 

 国民のマリーへの信頼は、完全に地に堕ちた。

 

 もはや、フランスは彼女にとって、安全な場所ではない。

 

 彼女は断腸の思いで家族を連れ、実家であるオーストリアへ亡命しようとする。

 

 しかし、既に周りは敵だらけになっていた。

 

 亡命計画は発覚し、連れ戻されたマリー達国王一家。

 

 それでも最初の頃はまだ良かった。

 

 初めの内は、国王一家に対する敬意が残っており、マリーは家族と暮らす事が出来た。

 

 思えばあの時が、マリーが心休まる時を過ごせた、最後の時間だったかもしれない。

 

 やがて起こる、対フランス同盟軍との革命戦争。

 

 戦況が芳しくないフランス軍は、「マリー・アントワネットがフランス軍の情報を敵に流している」と、あらぬ噂を言い立て糾弾。国民の多くが、それに賛同してしまった。

 

 やがて夫、ルイ16世が処刑。

 

 それに続き、マリーもまた断頭台の露と消えた。

 

「マリーは、恨んでない、の?」

「そうね・・・・・・」

 

 尋ねる響に対し、マリーは正面から見つめ返す。

 

 彼女にも気づいていた。

 

 目の前に座る暗殺者の少年は幼い。だが、幼いがゆえに、物事の本質を真っすぐに見ようとしているのだ。

 

 フランス国民に裏切られたマリー・アントワネットは、フランス国民を恨んで当たり前。少なくとも、その権利はある。

 

 響は、そう言いたいのだろう。

 

「私が殺された事については別に・・・・・・あの時は、どうしようもなかった事だから。けど・・・・・・」

「ん、けど?」

「私の子供にした事については、少しだけ」

 

 マリー・アントワネットには生涯、4人の子供がいたが、そのうち長男と次女は夭折しており、革命時に共にいたのは長女マリー・テレーズと、次男にして王太子のルイ・シャルルであった。

 

 マリー・テレーズは革命後、亡命に成功し、その後も波乱に満ちた生涯を送る事になる。

 

 だがルイ・シャルルは、

 

 幼かった息子は両親の死後、王太子だった事もあり、王政復古を警戒する革命派によって監禁され、ひどい虐待を受ける事になる。

 

 罵倒に暴力、洗脳、隷属、放置、果ては病気になっても医者にさえ診せてもらえなかった。

 

 全ては、国王一家を貶める為に仕組んだ、革命派の差し金である。

 

 彼らは僅か10歳にも満たぬ少年の心身を、文字通り貪りつくしたのだ。ただ、国王夫妻の息子であると言うだけの理由で。

 

 一部の心ある人々が救いの手を差し伸べた時には、既に手遅れだったと言う。

 

 マリーの息子は、父にも母にも先立たれ、わずか10歳で寂しく死んでいったのだ。

 

「けどね、それでも私は、この国への愛を捨てる事が出来なかった。だって、最後には裏切られたけど、一度は確かに幸せだったのだから」

「マリー・・・・・・」

「だから、私は心からこう言うの『ヴィヴィ・ラ・フランス(フランス万歳)』って」

 

 声を掛けようとする響の頭を、マリーはそっと撫でる。

 

「びびー、らふらんす?」

「ちょっと、発音が違うかなー?」

 

 復唱する響に、マリーは苦笑を返す。

 

 と、そこで少し真剣な眼差しで響を見る。

 

「あなたも、何か守りたい人がいる。違う?」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言い淀む響。

 

 対して、マリーは柔らかく微笑む。

 

「別に、無理に言わなくて良いの。ただ・・・・・・」

 

 言いながら、マリーは立ち上がる。

 

「本当に守りたいと思ったその時は、決して迷っちゃだめよ。あなたが迷えば、あなたが守りたいと思う子にも危険が及ぶことになるのだから」

「ん・・・・・・・・・・・・」

 

 頷く響に、マリーは笑いかける。

 

「良い子ね。さあ、明日も早いわ。子供はもう、寝る時間よ」

 

 そう言うとマリーは響の手を取り、天幕の方へと連れ立っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開けて翌日、

 

 カルデア特殊班はついに、決戦の地、オルレアンへと進出した。

 

 その視界の先では、血を埋め尽くすほどに配置された骸骨兵士たちの姿が見える。

 

 はじめから予想は出来ていた事である。

 

 敵とて馬鹿ではない。攻められると分かっていれば、守りを固めるのは当然の事だろう。

 

「予定通りってとこか」

「そうですね先輩。ジャンヌ・オルタ軍はこちらの予想通り、万全の布陣で待ち構えているようです。

 

 オルレアンを望める丘の上に立ちながら、立香は低い声で呟いた。

 

 その視界の先では、敵軍が布陣しているのが見える。

 

 地上には死者の軍勢が立ち並び、上空にはワイバーンの群れが乱舞する。

 

 答えるマシュの声にも、緊張が混じる。

 

 ジャンヌ・オルタ軍は、万全の態勢で待ち構えていたのだ。

 

 今回、立香は戦力を2つに分けている。

 

 と言うのも、ジークフリートの存在が大きかった。

 

 ジャンヌ・オルタとの戦いで死の呪いを受けてしまったジークフリート。

 

 幸い、ジャンヌ、ゲオルギウスと言う2大聖人が揃ってくれたおかげで解呪の目途は立ったのだが、それでも時間がかかるとの事。

 

 その為、立香としても兵力を二分せざるを得なかった。

 

 そこでジャンヌ、ゲオルギウスをジークフリートの解呪に当て、マリーとモーツァルトがその護衛。

 

 前線担当は、響、美遊、マシュ、エリザベート、清姫が立ち、マスターである立香と凛果がサポートに当たる予定だ。

 

 竜殺しの英雄であるジークフリートとゲオルギウスを初手から欠いているのは痛いが、この状況では仕方がない。彼等には後から戦線に合流してもらう予定だった。

 

「さて、じゃあ一番槍はあたしがやらせてもらうわよ」」

 

 一言言ってから前に出たのはエリザベートである。

 

 数で劣るカルデア特殊班。

 

 ならば、まずは先制攻撃で敵の出鼻をくじく必要がある。

 

 その一番槍を、エリザベートに任せる事にした。

 

「サーヴァント界最高のヒットナンバーを聞かせてあげるわ!!」

 

 意気揚々と告げるエリザベート。

 

 だが、

 

 その後方では、響がみんなに何かを配っていた。

 

「何だこれ?」

「耳栓、ですわね?」

「これを、耳にすればいいのですか?」

「ん、良いから良いから」

 

 戸惑う立香と清姫、マシュに、早く付けろと促す。

 

 一方、事情が分かっている凛果と美遊は、既に装備済みだった。

 

 同時に、エリザベートの周囲に魔力が活性化する。

 

 現れしは巨大な城。

 

 其れはかつて、彼女が居としたハンガリーのチェイテ城。

 

 「女吸血鬼エリザベート・バートリ」の舞台となった血塗られた伝説を刻まれし場所。

 

 勿論、現物ではない。エリザベート本人の魔力によって創り出された幻想だ。

 

 しかし、このチェイテ城こそが、エリザベートにとって最高の「ライブ会場」に他ならない。

 

 そして、

 

 これこそが、槍兵(ランサー)エリザベート・バートリの宝具でもあった。

 

 胸いっぱいに吸い込むエリザベート。

 

 次の瞬間、

 

 一気に解放する。

 

鮮  血  魔  嬢(バートリ・エルジェーベド)!!」

 

 放たれる、強烈な咆哮。

 

 本物のドラゴンもかくやと思えるほどの一撃は最早、「音波砲」と称しても良いだろう。

 

 これこそがエリザベート・バートリの宝具「鮮血魔嬢(バートリ・エルジェベード)」。

 

 竜属性である彼女の声を、魔力で増幅して最大開放。それを余すことなく敵に叩きつける対軍宝具。

 

 チェイテ城と言う、かつてエリザベート自身が外征中の夫に代わって治めた城を舞台とする事で、その威力は更に跳ね上がる。

 

 受けた相手は、彼女の「歌声」を前に、ワイバーンや骸骨兵士が次々と吹き飛ばされ、粉砕されていくのが見える。

 

 今の一撃で、数十は巻き込んだ事だろう。

 

 ジャンヌ・オルタの陣容に、大きな穴が開くのが見えた。

 

 やがて、徐々に収束していく咆哮。

 

 それと同時に、幻想として出現したチェイテ城も霞のように消えていく。

 

 だが、先制攻撃としては十分以上の威力を発揮したのは確かだった。

 

「どうよッ!!」

 

 意気揚々と振り返るエリザベート。

 

 そこで、

 

「う・・・・・・こ、これは・・・・・・」

「ちょ、これ、ひどくない?」

「もはや、騒音公害のレベルです・・・・・・」

「ん、エリザもう、歌うの禁止」

「何でよー!!」

 

 耳栓越しにも大ダメージを受けたカルデア特殊班一同が、苦悶しながら蹲っていた。

 

 

 

 

 

 ~一方その頃、オルレアン城では~

 

「な、何だったの、今のは!?」

「わ、判りませぬ」

「何と言うか・・・・・・ガラクタを一斉に叩きつけたような音だったね」

「いやいや、魔獣100匹が一斉に吼えてもああはいくまい」

「地獄の亡者が一斉に蜂起したのかも」

「いずれにしても、この世のものでは無いひどさだった事だけは確かだな」

 

 敵軍(ギャラリー)からの反応も散々な物だった。

 

 

 

 

 

 何はともあれ、

 

 「多少の誤差」はあった物の、エリザベートの一撃で、カルデア特殊班が先制したのは事実である。

 

 ならば、ここは一気に押し込むべき所だった。

 

「ん、先行く」

 

 先頭に立った黒装束の少年が、腰に差した刀を抜き放つ。

 

 彼方を見据える響。

 

 次の瞬間、

 

 一気に斬り込む。

 

 100メートル以上隔てた戦場を、数秒で駆け抜け前線に踊り込む響。

 

 敵軍からしたら、何か影のような物が走り抜けたようにしか見えなかった事だろう。

 

 次の瞬間、

 

 前線にいた骸骨兵士複数が、一気に斬り倒された。

 

 突如、自陣に飛び込んで来た少年に、陣形を乱すジャンヌ・オルタ軍。

 

 一部の骸骨兵士はバラバラに斬りかかってくる。

 

 だが、

 

「ん、遅い」

 

 低く呟く響。

 

 同時に、剣閃が縦横に奔る。

 

 空間そのものを斬り裂くような斬撃。

 

 一拍の間を置いて、近づこうとした骸骨兵士は悉く、バラバラに斬り捨てられ、地へと転がった。

 

 目にもとまらぬ早業、とでも言うべきか。

 

 アサシンの真骨頂とでも言うべき戦いぶりである。

 

 更に、響は間髪入れず、上空に目をやる。

 

「んッ!!」

 

 跳躍。

 

 同時に、魔力で足場を作ると、上空のワイバーン目がけて一気に駆け上がる。

 

 鋭く奔る刃。

 

 その一撃が、翼竜の腹を容赦なく斬り裂いた。

 

 着地する響。

 

 次の目標に向けて、視線を向けようとした。

 

 

 

 

 

 カルデア特殊班の勢いはすさまじかった。

 

 先制した響を先頭に、ジャンヌ・オルタ軍の隊列を次々と蹴散らしていく。

 

 それに対し、ジャンヌ・オルタ軍もワイバーンや骸骨兵士を集中投入して特殊班の進撃を防ごうとする。

 

 だが、勢いを止めるに至らない。

 

 カルデア特殊班は、指揮官である藤丸兄妹指揮の元、次々とジャンヌ・オルタ軍の戦線を打ち破っていく。

 

 中央にマシュを置き、敵の攻撃を防ぎ止めると同時に、美遊、エリザベート、清姫の3騎が斬り込む陣形を取っている。

 

 3人が道を開き、敵の攻撃に際してはマシュが前に出て防御を固めるのだ。

 

 急降下してくるワイバーン。

 

 鋭い爪が、美遊に狙いを定める。

 

 だが、

 

「はァァァァァァ!!」

 

 気合と共に大盾を振るうマシュ。

 

 その一撃が、ワイバーンを弾き飛ばす。

 

 その間に美遊が、剣を振り翳して斬り込んでいく。

 

 群がる骸骨兵士に対して手にした剣を一閃、斬り飛ばす。

 

 両翼を固めるエリザベートと清姫も負けていない。

 

 左右から群がろうとする敵を、次々と屠っていく。

 

「みんな頑張ってる。これなら一気に行けるかなッ!?」

 

 歓喜の声を上げる凛果。

 

 実際、響達の活躍によって、ジャンヌ・オルタ軍は総崩れとなりつつある。

 

 このまま行けば、一気にオルレアンに攻め込む事も不可能ではないように見える

 

 だが、

 

「いや」

 

 凛果の横を駆けながら、立香はかぶりを振る。

 

「出てきているのは雑魚ばっかりだ。連中はまだ、主力を出してきていないッ」

「そう言えばッ」

 

 出てきているのはワイバーンと骸骨兵士ばかりだ。

 

 敵の主力であるはずの狂化サーヴァント達が未だに出てきていないのが気になる所だった。

 

 その時、

 

「止まってくださいッ 先輩方!!」

 

 突然のマシュの警告に、思わず足を止める立香と凛果。

 

 既に周囲の敵は殆ど倒している。

 

 いったい、何が起きたと言うのか?

 

 いぶかる様に向けた視線の先。

 

 そこには、一振りの呪旗を掲げた漆黒の少女が、カルデア特殊班を待ち構えるようにして立っていた。

 

「おいおい。いきなり親玉の登場かよ」

 

 ジャンヌ・オルタの突然の出現に、戸惑いを隠せない立香。

 

 対して、迎え撃つジャンヌ・オルタは、ニヤリと笑みを見せる。

 

「よくぞおいでくださいました、カルデアの皆さま。このジャンヌ・ダルク。皆さまの来訪を、一日千秋にお待ちいたしておりました」

 

 慇懃に挨拶するジャンヌ・オルタ。

 

 対して、立香達を守るように立つ美遊達。

 

 マシュは2人の正面で盾を構え、美遊が剣を、エリザベートが槍を、清姫が扇子を真っすぐにジャンヌ・オルタに向け、いつでも攻撃できる態勢を整えている。

 

 だが、3騎のサーヴァントを前にしても、ジャンヌ・オルタは平然と立ち尽くし、その口元には笑みを浮かべていた。

 

 余裕の態度を崩さないジャンヌ・オルタ。

 

 まるで、既にこうなる事は計算済みであった、とでも言いたげな態度である。

 

「皆様が来る日を心待ちにしておりました。どうぞ、わたし達が用意した歓迎を、存分に楽しんでいってくださいね」

 

 そう言うと、

 

 ジャンヌ・オルタは静かに、右腕を掲げた。

 

 一体何事か?

 

 訝る立香達。

 

 その時だった。

 

「これはッ・・・・・・」

 

 美遊が何か異常を感じ、思わず声を上げる。

 

 同時に、

 

 地面が突然、揺れるのを感じた。

 

「な、何ッ!?」

「どうしたんだ、急に!?」

 

 驚く妹を支えてやりながら、周囲を見回す立香。

 

 揺れは更に大きくなっている。

 

 そればかりか、地鳴りまで聞こえ始めていた。

 

 地鳴りは徐々に大きくなり、既に大気も震え始めている。

 

「いや、これ地震って言うよりも、むしろ・・・・・・・・・・・・」

 

 嫌な予感を感じ、声を震わせる凛果。

 

 これと同じような感覚を、つい最近も体験していたのだ。

 

「一つ、良い事を教えましょうか」

 

 戸惑う一同を見ながら、ジャンヌ・オルタは口元に笑みを浮かべて言った。

 

「私はこの邪竜百年戦争を始めるに当たり、複数のサーヴァントを召喚しました。ただし、その中にバーサーカーだけは、あえて召喚しなかった。それはなぜだと思いますか?」

 

 固唾を飲んで見守る立香達。

 

 対して、ジャンヌ・オルタは楽しそうに言い放った。

 

「必要なかったのですよ。なぜなら、『彼』がいましたからね!!」

 

 ジャンヌ・オルタが言い放った、

 

 次の瞬間、

 

 視界の先にあるオルレアン城が、轟音と共に崩れ落ちた。

 

「い、いったい何がッ!?」

 

 マシュが驚愕して声を上げる中。

 

 崩れ落ちるがれきの下から、

 

 「それ」は姿を現した。

 

 巨大な体、巨木の如き四肢、うねる尾は一撃で大地をも叩き割れるだろう。

 

 そして天をも衝かんとする長い首が、地面の下から姿を現す。

 

 小山の如き巨体を誇る竜。

 

 上空を飛ぶワイバーンが「ヤモリ」程度にしか見えない。

 

 リヨンでマルタが召喚したタラスクよりも、尚も大きい。

 

 「恐怖」を具体的に視覚化した存在が、そこにいた。

 

「な、なんだ、あれはッ!?」

 

 凛果を背中に庇いながら、立香はうめき声を発する。

 

 その圧倒的な存在感を見せる邪竜は、今にもこちらに襲い掛かろうと睨みつけていた。

 

「邪竜ファブニール。こいつが完成してくれたおかげで、わたくしたちの布陣は完璧になりました」

 

 ジャンヌ・オルタは謳い上げるように告げる。 

 

 邪竜ファブニール。

 

 北欧神話に登場する邪竜であり、英雄ジークフリートとの対決は有名な伝説である。

 

 なぜ、砦の戦いでジャンヌ・オルタがジークフリートの排除を行ったのか?

 

 その理由がこれだった。

 

 ジャンヌ・オルタは、ファブニールを運用する上で邪魔になるジークフリートを先に倒してしまおうと考えたのだ。

 

 そして、

 

 立香はジャンヌ・オルタの狙いを悟った。

 

 彼女は初めから、カルデア特殊班がオルレアンに攻め込んで来るのを待っていたのだ。

 

 このファブニールを使って、自分たちを一網打尽にする為に。

 

 特殊班は言わば、張られた罠の中に自ら飛び込んでしまった形である。

 

「さあ、始めましょう。真なる邪竜百年戦争を!!」

 

 そう告げるとジャンヌ・オルタは、手にした呪旗を高らかに振り翳した。

 

 

 

 

 

第13話「ヴィヴィ・ラ・フランス」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 装置の前に立つ。

 

 見上げるほどの高さを持つ、棺桶のような機械群。

 

 正直、何がどんな機能を有しているのか、はた目には殆ど分からない。

 

 だが、これらの装置は皆、カルデアが誇る技術の結晶であり、今や人類の未来を担う、大切な戦力である。

 

 そして、

 

 これらの装置は今、遥か過去のフランスへと繋がっている。

 

 戦いはいよいよ大詰め。

 

 カルデア特殊班とジャンヌ・オルタ軍との決戦が始まっていると言う。。

 

 ここまで味方は全戦全勝を続けている。

 

 正直、よくやっていると思う。

 

 藤丸兄妹は殆ど素人にも拘らず、サーヴァント達をよく指揮して難局を乗り切って来た。

 

 サーヴァント達もその実力を大いに発揮して、大敵を打ち破って来た。

 

 それだけでも快挙と言えるだろう。

 

 だが、まだ油断も出来ない。

 

 ジャンヌ・オルタ軍の主力。特に狂化サーヴァント達は、ほぼ無傷で残っている。

 

 いかに連戦連勝のカルデア特殊班と言えども、苦戦は必至だった。

 

「行くのかい?」

 

 背後から駆けられた声に振り返る。

 

 視線の先に立つのは、白衣姿の優男。

 

 ロマニ・アーキマンだ。

 

 一見するとなよっとした学者風のこの男が現在、このカルデアにおける指揮官でもある。

 

 そのロマニが、嘆息交じりに口を開いた。

 

「正直、賛成できないな。今の君はまだ、安定しているとは言い難い」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな事は判っている。自分が万全でない事くらい。

 

 しかし、

 

 それを押してでも尚、自分は行かなくてはならないのだ。

 

 ロマニが、嘆息する。

 

 止めて止まる相手ではない事は、とうに悟っていた事だ。

 

「判ったよ、止めはしない。ただ、くれぐれも無茶だけはしないでくれよ」

 

 肩を竦めるロマニ。

 

「僕たちの戦いは、まだ先が長い。君も、こんな『序盤』で脱落なんかしたくないだろ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 嘯くロマニに頷きを返す。

 

 そのまま、振り返る事無く装置へ歩み寄った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話「黒の衝撃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響が異常に気付いたのは、何体めかのワイバーンを斬り倒した直後だった。

 

 手にした刀を血振るいし、次の目標へと向かおうとした時、

 

 突如、彼方で轟音が巻き起こり、思わず足を止める。

 

「・・・・・・何、あれ?」

 

 振り仰ぐ、視界の彼方。

 

 その先には、巨大な竜がオルレアン城を突き破る形で姿を現していた。

 

 離れていても分かるその異様なまでの巨体。

 

 凶悪すぎる顔。

 

 まさに伝説にある通りの邪悪さで、ファブニールはその場に存在していた。

 

「まずい・・・・・・・・・・・・」

 

 近付いて来た骸骨兵士を斬り捨てながら、響は呟く。

 

 ここまで順調に進撃してきたカルデア特殊班だが、ジャンヌ・オルタ軍が切り札であるファブニールを出した事で、一気に形成は逆転しつつある。

 

 何とかしないと、一気に押し返される事にもなりかねない。

 

「みんなッ」

 

 ともかく、いったん凛果達と合流した方が良いだろう。

 

 そう考えて、駆けだそうとする響。

 

 だが、その時、

 

「雑兵では、食い足らぬか、小僧?」

「ッ!?」

 

 突然の声に、振り返る響。

 

 その視線の先には、

 

 槍を携えて、ゆっくりと歩いてくる男の姿がある。

 

 幽鬼の如き形相をした黒衣の男は、鋭い双眸で響を睨み据える。

 

「剣を取れ。光栄に思うがいい、余が、直々に相手をしてやろう」

 

 言いながら、槍を構えるヴラド。

 

 その姿を見ながら、響は苛立たし気に瞳を細める。

 

 ジャンヌ・オルタ軍は切り札であるファブニール投入と時を同じくして、狂化サーヴァント達をも出撃させてきたのだ。

 

 邪竜に続き、サーヴァント達の出現で、趨勢は完全にジャンヌ・オルタ軍に傾きつつある。

 

 ゆっくりと、歩み寄ってくるヴラド三世。

 

 対して、

 

 響は刀の切っ先をヴラドに向けて構える。

 

 正直、ここで足止めを喰らっている暇は無い。一刻も早く、凛果たちと合流しなければならない。

 

 だが、

 

 それを簡単に許してくれるほど、ヴラド三世が甘い相手出ない事も分かっていた。

 

「どけ」

 

 低く、呟くように告げる響。

 

 だが、

 

 その視線には、相手を射抜くような殺気が込められているのが判る。

 

 次の瞬間、

 

 両者、同時に仕掛けた。

 

 

 

 

 

 ファブニールの圧倒的な威容が、平原にいる全てを圧倒している。

 

 その見上げてもなお足りない巨体。

 

 破滅的な狂相が、立香達を睨み下ろす。

 

「ッ 来るぞ!!」

 

 叫ぶ立香。

 

 その視界の先で、口元に巨大な炎を蓄えるファブニールの姿がある。

 

 こちらに攻撃を仕掛けるつもりなのだ。

 

「皆さんッ 私の後ろに!!」

 

 事態を察したマシュが、前へと出て大盾を掲げる。

 

 次の瞬間、

 

 ファブニールの巨大な(あぎと)より、炎があふれ出る。

 

 対して、

 

 マシュは真っ向から迎え撃つように、盾を構えた。

 

「真名、偽装登録、宝具展開!!」

 

 マシュの魔術回路が活性化すると同時に、最大限に魔力込められた盾が輝きを放つ。

 

 同時に、ファブニールも炎を吐き出す。

 

 燃え盛る大気。

 

 巨大な炎は空間そのものを燃やし尽くし、進路上にいたワイバーンや骸骨兵士をも巻き込んでいく。

 

 味方すら巻き込む様は、正に狂戦士の在り方に通じている。

 

 対して、盾を持つマシュの手にも力がこもる。

 

 マシュの宝具は、未だ完璧ではない。

 

 真名解放は不可能。その能力を十全に発揮する事は出来ない。

 

 だがそれでも、

 

 今、みんなを守れるのは自分しかいない。

 

 その想いが、マシュを突き動かす。

 

「仮想宝具、疑似展開!! 人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

 展開される魔力の盾。

 

 透明な壁が、空間を隔てるように出現する。

 

 そこへ、ファブニールの放った炎が襲い掛かった。

 

 激突する両者。

 

「クッ!?」

 

 強烈な熱量を前に、思わず顔をしかめるマシュ。

 

 展開された魔力の盾が歪むのが判る。

 

 それでも、マシュは必死にファブニールの炎を防ぎ続ける。

 

 その様子を、ジャンヌ・オルタは離れた場所から眺めていた。

 

「思ったよりやりますね。ですが・・・・・・・・・・・・」

 

 手を振り上げる。

 

 その背後から、2つの影が飛び出すのが見えた。

 

「クッ マシュさん!!」

 

 マシュに向かって飛び掛かろうとする存在に、いち早く気付いたのは美遊だった。

 

 手にした剣を横なぎに振るい、飛び掛かってきた相手を切り払う。

 

 後退する両者。

 

 だが、

 

「あなた達は・・・・・・・・・・・・」

 

 白百合の剣士は絶句して相手を見やる。

 

 1人は黒いマントを羽織った痩身の男。顔には不気味なマスクを着け、虚ろな目が焦点を合わせずこちらを見詰めている。そして手には、ナイフのように鋭い爪が異様な長さで存在している。

 

 そして、

 

 もう1人は更に異様だった。

 

 全身を漆黒の甲冑で包んだ男だ。手には巨大な鉄の棒を持っている。

 

 どちらも、不気味な出で立ちである事は間違いなかった。

 

「うちの新人はやる気があるのが取り得でして。勢い余って殺してしまったりしたらごめんなさい」

 

 2騎のサーヴァントと対峙する美遊を見下ろしながら、笑みを浮かべて告げるジャンヌ・オルタ。

 

 だが、彼女に斬り込もうにも美遊の行く手を、サーヴァント達が阻んでくる。

 

「ああ、クリスティーヌ、クリスティーヌ、美しき君よッ さあ、共に命尽きるまで踊りあかそうじゃないか!!」

 

 完全に狂った調子で、謳うように語り掛けてくる仮面の男。

 

 繰り出された爪の一撃を、後退する事で辛うじて回避する美遊。

 

 だが、

 

 逃げた先で、もう一方のサーヴァントが待ち構える。

 

 全身を漆黒の甲冑に身を包んだ騎士は、手にした鉄棒を槍のように振り回し、美遊へと襲い掛かってくる。

 

 横なぎに襲い来る鉄棒。

 

「ッ!?」

 

 対して、とっさに剣を繰り出して迎え撃つ美遊。

 

 激突する両者。

 

 次の瞬間、

 

 美遊の体は大きく吹き飛ばされて後退した。

 

「クッ!?」

 

 膝を突きながらも、どうにか着地する美遊。

 

 その視界の先では、自身に向かってくる黒騎士の姿がある。

 

「何て威力ッ!?」

 

 地に手を突きながら、体勢を立て直そうとする美遊。

 

 対して、

 

 黒騎士は、仮面のバイザー越しに美遊を睨みつけてくる。

 

「■■■Ar■■■■■■thur■■■!!」

 

 おどろおどろしい声が、仮面の下から聞こえてくる。

 

 その存在と相まって、発散される不気味な印象。

 

 対峙する美遊は、思わず怖気を振るって相手を見やるのだった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 美遊が2騎のサーヴァントを同時に相手にしている頃、

 

 エリザベートもまた、因縁の相手と対峙していた。

 

 放たれる魔力弾。

 

 自身に向かって飛んで来る闇色の弾丸を、アイドル少女はとっさに上空へ跳び上がって回避。

 

 同時に、自身に襲い掛かった相手を見やる。

 

「来たわね」

 

 鋭い視線を向ける先。

 

 そこには、豪奢なドレスを着込んだ仮面の女性が、見上げるようにして立っている。

 

 エリザベート・バートリとカーミラ。

 

 互いに同一である存在が、殺気に満ちた視線を空中でぶつけ合う。

 

「今日こそ、その憎らしい存在を消し去ってやるわ」

「それはこっちのセリフよ!!」

 

 互いに交わされるセリフの応酬。

 

 同一であるが故に、お互いの存在を許す事は出来ない。

 

 まさに鏡合わせとでも言うべき状況である。

 

「行くわよ」

 

 囁くように告げるエリザベート。

 

 次の瞬間、

 

 翼を羽ばたかせて急降下。

 

 同時に、勢いを付けて槍を繰り出す。

 

 繰り出される刃。

 

 その一撃を、錫杖で打ち払うカーミラ。

 

 だが、エリザベートもすぐに槍を引き戻すと、旋回しながらカーミラへ叩きつける。

 

「フンッ!!」

 

 対して、エリザベートの攻撃を回避しつつ、懐へと飛び込む。

 

 繰り出される爪の一撃。

 

 その攻撃を、エリザベートは辛うじて槍の柄で防ぐ。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしつつ後退するエリザベート。

 

 対して、カーミラは敢えて追撃を仕掛けず、口元に笑みを浮かべる。

 

「・・・・・・・・・・・・むかつくわね」

 

 低い声で呟くエリザベート。

 

 同時に槍を返すと、再びカーミラに襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 ここに来て、カルデア特殊班の動きは完全に抑え込まれた形である。

 

 各サーヴァントは、ジャンヌ・オルタ軍の狂化サーヴァント達の襲撃を前に苦戦を強いられている。

 

 とてもではないが、ファブニールを相手にしている場合ではなくなっていた。

 

 そして、

 

 巨大な地鳴りを上げながら、ファブニールの進撃が開始される。

 

 その進む方向にあるのは・・・・・・

 

「まずいッ」

 

 事態を察し、立香は舌打ちする。

 

 ファブニールが進撃する先。

 

 その方向には、先日の戦場となったフランス軍砦がある。

 

 あそこには今、ジル・ド・レェ元帥以下、フランス残党軍が駐留している。

 

 もし砦にファブニールが突入したら、今度こそフランスの命運は決してしまう。

 

「クソッ 何とかしないと!!」

「先輩、ここは私達がッ!!」

「お任せください!!」

 

 大盾を持って、飛び出していこうとするマシュと清姫。

 

 現状、特殊班の中で自由の動けるサーヴァントは彼女達だけしかいない。

 

 だが、

 

「させませんッ!!」

 

 飛び出して来たジャンヌ・オルタが呪旗を一閃。

 

 とっさに防御に入るマシュ。

 

 盾の表面にジャンヌ・オルタの攻撃が当たり、思わず顔をしかめるマシュ。

 

 対照的に、自身の絶対的な優位を確信しているジャンヌ・オルタは、口元に笑みを浮かべている。

 

「邪魔はさせません。今度こそ、あなた達は終わりです」

「クッ!?」

 

 ジャンヌ・オルタの攻撃を防ぎながら、悔し気に唇を噛み占めるマシュ。

 

 そこへ、清姫が攻撃を仕掛ける。

 

 迸る炎。

 

 だが、その一撃をジャンヌ・オルタは、手にした呪旗を振るって弾いてしまう。

 

「ぬるいですね。その程度の炎では、我が身を燃やし尽くした焔には到底及びませんよ」

 

 嘲るようなジャンヌ・オルタの言葉。

 

 対して、マシュと清姫は、間合いを取る形で対峙を続けている。

 

 その間にも、ファブニールは確実に歩みを進めていくのだった。

 

 

 

 

 

 マシュと清姫はジャンヌ・オルタに、美遊は新たに現れた2騎のサーヴァントに、エリザベートはカーミラに、そして響はヴラド三世と、それぞれ交戦状態に入っている。

 

 サーヴァント全員が完全に動きを封じられた中、視界の彼方で巨竜がゆっくりと進撃していくのが見える。

 

 その歩みは、決して早いと言う訳ではない。

 

 だが、その一歩が確実にフランスを滅亡に導こうとしている。

 

 その事に対し、立香は焦りを覚えずにはいられなかった。

 

「どうしよう兄貴、このままじゃ・・・・・・」

「クッ・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果の言葉を聞きながら、唇を噛み占める立香。

 

 その思考は、現状で打てる手をどうにか模索していく。

 

 今この状況の中、サーヴァント達の手を借りる事は出来ない。

 

 ならばどうする?

 

 どうすれば良い?

 

 考えた末に、

 

「・・・・・・・・・・・・凛果、こっちを頼む!!」

「え、ちょっと兄貴ッ!?」

 

 妹の声を背に、立香は走り出す。

 

 自分にできる事など高が知れている。

 

 しかしそれでも、戦える手段があるのに戦わないのは、臆病者のする事だった。

 

「礼装、モードチェンジ!!」

 

 叫び声と共に、立香の中にある魔術回路が起動。

 

 着ている魔術礼装の特性を変化させる。

 

 それまで着ていたカルデア制服から、ピッタリしたバトルスーツへと変化。そのまま立香は右手の人差し指を立てて、真っすぐにファブニールへと向ける。

 

 カルデア戦闘服は、先にダ・ヴィンチから説明が合った通り、礼装の中でも特に戦闘面に重点を置いている。

 

 とは言え、それでもできる事と言えば、サーヴァント達の援護射撃くらいである。

 

 だが、

 

 今は皆が身動きを取れなくなっている。

 

 ならば、立香が動くしかなかった。

 

「ガンドッ!!」

 

 指先から放たれる黒い魔力弾。

 

 その一撃が、ファブニールに命中。邪竜は一瞬、その動きを鈍らせる。

 

「やったッ」

 

 喝采を上げる立香。

 

 だが、それも一瞬の事だった。

 

 すぐにファブニールは、何事も無かったかのように進軍を再開する。

 

 まるで立香の存在など、取りに足らない蟻のように、振り向く事もせず地響きと共に歩き出す。

 

「クッ」

 

 立香は舌打ちする。

 

 やはり、この程度では足止めにもならない。

 

 ダメなのか?

 

 やはり、自分は無力なのか?

 

「・・・・・・いや、まだだッ!!」

 

 眦を上げる立香。

 

 その双眸が、進撃を続ける邪竜を睨み据える。

 

 自分はカルデア特殊班のリーダーだ。その自分が真っ先に諦めるなんてできる訳が無かった。

 

「行かせるかァ!!」

 

 再びガンドの構えを取る立香。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無茶をするな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 低い声が、立香の耳に飛び込んでくる。

 

 次の瞬間、飛び込んで来た漆黒の影が、進撃を続けるファブニールに真っ向から斬りかかった。

 

 だが、

 

 振り下ろした剣は、ファブニールの固い表皮によって阻まれ、斬り裂く事は出来ない。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ飛びのくと、立香のすぐ脇に降り立った。

 

「お前はッ!?」

 

 驚く立香。

 

 相手は以前、ジャンヌ・オルタと戦った時に助力してくれたセイバーだった。

 

 先の砦での戦いでフランス残党軍に加勢したセイバーは、特殊班と時を同じくしてオルレアン突入の機を伺っていたのだ。

 

 そこへ、カルデア特殊班とジャンヌ・オルタ軍が交戦を開始したため、自身も参戦を決意したのである。

 

「それが、この騒ぎとはな。正直、予定が狂いっぱなしだ」

「いや、それは向こうに言ってくれよ」

 

 愚痴めいた言葉を零すセイバーに対し、立香は礼装を元の制服に戻しながら、マシュと戦っているジャンヌ・オルタを指し示す。

 

 立香達とて、まさかあんなデカブツが、オルレアン城の地下から現れるなど、予想だにしていなかったのだから。

 

 と、次の瞬間

 

「チィッ!!」

 

 舌打ちしつつ、セイバーは立香の襟首を掴んで地面に引き倒す。

 

 一瞬、抗議しようと顔を上げる立香。

 

 だが、その前にセイバーは手にした長剣を振るい、近づこうとしたワイバーンを、一刀両断に斬り捨てた。

 

 見れば、周囲にはいつの間にか、ワイバーンや骸骨兵士が群がろうとしている。

 

 どうやら立香は、ファブニールを足止めするのに躍起になりすぎて、敵陣深く入り込み過ぎていたようだ。

 

「いつの間に・・・・・・」

「視野を狭めるな」

 

 驚く立香に、骸骨兵士を斬り捨てながら、諭すように告げる

 

「戦場で起こるあらゆる事象を、全て把握し、兵力を無駄なく運用しろ。指揮官が視野を狭めれば、それだけ兵士に無駄死にが出る。そして・・・・・・」

 

 轟風のように、セイバーの剣が風を切る。

 

 ただそれだけで、上空に逃れようとしたワイバーンが斬り捨てられる。

 

 墜落するワイバーン。

 

 その姿を背に、セイバーは振り返る。

 

「兵士を信じて全てを任せる。それも、指揮官としてのお前の務めだ」

「セイバー・・・・・・・・・・・・」

 

 セイバーの言葉を噛み締める立香。

 

 この状況。

 

 今この大混戦の中で、指揮官である自分に何ができるのか考える。

 

 皆の為に、自分ができる事。

 

 その視界の先では、尚も剣を振るい続けるセイバーの姿がある。

 

 意を決し、眦を上げる。

 

 自分ができる事、

 

 自分がすべき事、

 

 今、みんなを守り、みんなを助ける事ができるのは自分だけなのだから。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 目を閉じ、右手を掲げる。

 

 同時に、意識を集中する。

 

 自分の中にある魔術回路に呼びかける。

 

 素人の立香に、積極的に魔術を扱う事は出来ない。

 

 しかし、カルデアのマスターとして戦っていく上で、必要な事はロマニやマシュから学んでいる。

 

 今こそ、それを使う時だった。

 

 目を開く立香。

 

 同時に、静かに詠唱を始める。

 

「素に銀と鉄、礎に石と契約の大公、降り立つ風には壁を、四方の門は閉じ、王冠より出で、王国の三叉路は循環せよ・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 高まる魔力。

 

 僅かずつ、戦場を満たす張り詰めた空気。

 

 その様子に真っ先に気付いたのは、意外にもジャンヌ・オルタだった。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

 

 振り返るジャンヌ・オルタ。

 

 その視線の先で、魔力を高める立香の姿がある。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)、繰り返す都度に五度、ただ満たされる刻を破却する」

 

 目を剥くジャンヌ・オルタ。

 

 立香が何をしようとしているのか。

 

 その事に思い至り、目を見開く。

 

「おのれッ やらせるか!!」

 

 呪旗を翻し、踵を返そうとするジャンヌ・オルタ。

 

 だが、

 

 そこへ背後からマシュが襲い掛かる。

 

「先輩の邪魔はさせません!!」

 

 魔力を込めた盾を振るい、ジャンヌ・オルタを攻撃するマシュ。

 

 背後からの攻撃に対応すべく、とっさに動きを止めて呪旗を振るうジャンヌ・オルタ。

 

 旗と盾がぶつかり合い、魔力の粒子が飛び散った。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 カルデアで異変に最初に気付いたのは、オペレーターを担当していた女性職員だった。

 

 アニー・レイソルと言う名の彼女は、元々は備品管理部に所属していた。

 

 ファーストオーダー時におけるレフ・ライノールが起こした爆破テロの際は、地下の倉庫にいた為に惨事を免れていたのだ。

 

 その後、人員不足に陥ったカルデア内において、数少ないコンピュータ関連の専門家と言う事で、オペレーターに抜擢されていた。

 

 慣れないパネル操作に悪戦苦闘していたアニーは、画面が映し出す数値が異常な値を出している事に気付き、すぐ背後に立つロマニへと振り返った。

 

「アーキマン司令代行!! 立香君からのコントラクト・オーダーを確認ッ!!」

「何だって!?」

 

 報告を受け、ロマニも驚いた声を上げる。

 

 つまり、現地での状況はそこまで追い詰められていると言う事か。

 

 ロマニは決断する。

 

 現状では不安が残るが、現地での判断は立香と凛果に任せている。その立香が必要と判断した以上、全力でサポートするのが自分たちの務めだった。

 

「ただちにコントラクト・シークエンスに移行準備。座標確認、疑似魔術回路起動、緊急用魔力パス解放準備急げ!!」

 

 矢継ぎ早に指示を飛ばすロマニ。

 

 それを受けて、管制室に詰めている全職員が動き出す。

 

 今この瞬間、

 

 こここそが最大の勝機だ。

 

 ならば、僅かなミスも許されない。

 

「疑似魔術回路起動確認!!」

「引き続き、立香君の魔術回路との接続シークエンスに入ります!!」

「魔力活性開始。解放率、現在30・・・45・・・60・・・臨界まであと10秒!!」

「最終座標確認、AD1431、フランス、オルレアン!!」

「マスター候補048、『藤丸立香』固定完了!!」

 

 次々と報告が上げられる。

 

 その様子を、険しい眼差しで見守るロマニ。

 

 やがて、

 

「魔力臨界を確認!! 行けます!!」

 

 最後の報告を聞き、ロマニは顔を上げる。

 

「魔力パス、開放」

「了解、魔力パス、開放します!!」

 

 下された指示と共に、必要な措置を取るアニー。

 

 同時に、カルデアが蓄積する莫大な魔力が、立香へと流れ込んでいくのが判る。

 

「・・・・・・頼んだぞ、立香君」

 

 その様子を、ロマニは祈るような面持ちで眺めていた。

 

 

 

 

 

「告げる!!」

 

 立香は鋭い声で言い放つ。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に、聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ!!」

 

 立香の体が、右手の令呪を中心に輝きを増していくのが判る。

 

 カルデアから送られた魔力が、少年の体を通して活性化しているのだ。

 

「誓いをここに!! 我は常世総ての善と成る者!! 我は常世総ての悪を敷く者!!」

 

 さらに高まる魔力の輝き。

 

 その様に、ジャンヌ・オルタの焦りが募る。

 

「おのれッ!!」

 

 強引にマシュを振り払い、踵を返すジャンヌ・オルタ。

 

 漆黒の魔女は呪旗を振り上げて立香へと迫る。

 

 だが、

 

 襲い来るジャンヌ・オルタを前にして、立香は一歩も引かない。

 

 その澄んだ瞳は真っ直ぐにジャンヌ・オルタを見据えて迎え撃つ。

 

「汝、三大の言霊を纏う七天!! 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 臨界に達し、光り輝く立香。

 

 同時に、叫ぶ。

 

「来てくれッ セイバー!!」

 

 叫びに応じ、手を伸ばすセイバー。

 

 立香とセイバー。

 

 互いの手が、ガッチリと握られる。

 

 爆発的に高まる魔力の光。

 

 そこへ、襲い掛かるジャンヌ・オルタ。

 

「そこまでです!!」

 

 振り下ろされる呪旗。

 

 だが、

 

 ガキンッ

 

 振り返りざまにセイバーが、剣を横なぎに振り切る。

 

 その一撃により、大きく後退するジャンヌ・オルタ。

 

「クッ 馬鹿なッ・・・・・・・・・・・・」

 

 愕然として顔を上げるジャンヌ・オルタ。

 

 その視界の先で、

 

 手にした剣を下げ、悠然と立つ剣士(セイバー)の姿がある。

 

 その体からは魔力が満ち溢れ、威風堂々とした戦姿を見せる。

 

「・・・・・・・・・・・・我が名はエドワード」

 

 低い声が圧倒的な存在感と共に、己の名を告げる。

 

「イングランド王国王太子・・・・・・・・・・・・」

 

 その鋭い双眸が、自らのマスターたる少年に害する存在を、真っ向から睨み据える。

 

「黒太子エドワードなり!!」

 

 

 

 

 

第14話「黒の衝撃」      終わり

 




と言う訳で、お待たせしました。黒騎士の真名解放です。

毎章、こんな感じで1~2人くらいずつ、オリ鯖を出していこうと思っていますので、どうぞご期待ください。

ついでに、カルデアの方にもオリキャラが1人。


アニー・レイソル
24歳 女性
出身:イギリス
身長:157センチ
体重:47キロ

カルデアで備品整理を担当していた女性。レフによる爆破テロ後、オペレーターに抜擢される。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話「躊躇いなく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒太子エドワード。

 

 フランス百年戦争が開戦するきっかけを作ったイングランド王エドワード三世の嫡子。

 

 戦場においては常に漆黒の甲冑を身に着けていた事から「黒太子」の異名で呼ばれる事になる。

 

 16歳の時に参加した「クレシーの戦い」においては重装歩兵部隊を率いて最前線に立ち、多くの敵将を撃破。およそ3倍の兵力差を覆し、イングランド軍に勝利をもたらしている。

 

 この戦いで見事な武勇を示したエドワードは、父から正式に王太子(次期国王)として認められたと言われている。

 

 また25歳の時には「ポワティエの戦い」において、自らイングランド軍を指揮。またしても数的劣勢を覆して勝利を収めると、百年戦争初期におけるイングランド軍の勝利を決定的な物とした。

 

 百年戦争初期の主要な戦いに参加したエドワードは、ほぼ全ての戦いにおいて負け無しだったと言われている。

 

 45歳で病を得て病没するエドワード。

 

 結局その後、フランスが反攻を開始するのは、彼の死から53年後の1429年。救国の乙女ジャンヌ・ダルクの登場を待たなくてはならなかった。

 

 もし、エドワードの寿命があと10年長ければ、フランスと言う国家その物が消滅、ないし、現在よりも規模を大幅に縮小されていたかもしれない。

 

 その黒太子エドワードが今、

 

 新たなカルデア特殊班のサーヴァントとして、マスターである藤丸立香を守るべく剣を構えていた。

 

 

 

 

 

 対峙する、黒と黒。

 

 黒太子エドワードとジャンヌ・ダルク・オルタ。

 

 片やイングランド軍王太子として初期百年戦争に参戦、イングランド軍勝利を決定付けた剣士(セイバー)

 

 片やフランス軍を導く聖女として後期百年戦争に参戦、劣勢の状況を覆しながらも最後は火刑に散りながらも、フランスを勝利に導いた復讐者(アヴェンジャー)

 

 百年戦争に因縁がある両者が今、時空を超え、再びフランスの命運を決する戦場で相まみえていた。

 

「・・・・・・時間が無い。マスター、指示を」

 

 立香を守るように立つエドワードが、剣の切っ先をジャンヌ・オルタへと向ける。

 

 既にその体は、立香を通してカルデアから送られてきた莫大な魔力が充填されている。

 

 単独で戦っていた頃とは訳が違う。

 

 今やエドワードは、完全に全力発揮可能な状態になっている。

 

 戦機は既に満たされていた。

 

 頷く立香。

 

「頼むセイバー・・・・・・いやエドワード」

 

 その視線が、呪旗を構えるジャンヌ・オルタを見据える。

 

「終わらせてくれ」

「承知ッ!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 エドワードは手にした剣を翳して駆ける。

 

 一瞬で、距離を詰めるエドワード。

 

 対抗するように、ジャンヌ・オルタも呪旗を構えて迎え撃つ。

 

「ハッ たかがマスターを得たくらいで、良い気になるんじゃないわよ!!」

「果たして、それはどうかなッ」

 

 振り上げる剣閃。

 

 横なぎの旗。

 

 激突する両者が、魔力の粒子を散らす。

 

 次の瞬間、

 

「グゥッ!?」

 

 苦悶の声と共に、後退したのはジャンヌ・オルタの方であった。

 

 呪旗を構える手に衝撃が走り、思わず顔をしかめる。

 

 以前、対峙した時とは違う。明らかに威力が上がっている一撃を前に、ジャンヌ・オルタは困惑を隠せずにいる。

 

 対して、エドワードは剣を構えなおす。

 

「さあ、終わらせるぞ」

 

 低い呟きと共に、再びジャンヌ・オルタに斬りかかった。

 

 

 

 

 

 エドワードとジャンヌ・オルタが戦闘を開始。

 

 戦いはいよいよ、佳境へと突入しつつある。

 

 そんな中、ジャンヌ・オルタと交戦していたマシュが、立香の下へと駆け寄って来た。

 

「先輩、ご無事でしたかッ!? あれは、セイバーさん?」

 

 ジャンヌ・オルタと戦っているエドワードを見て、マシュは驚きの声を上げる。

 

 以前共闘した時は、あれだけ愛想が無かったエドワードが、まさか立香の下について戦っているとは。

 

 マシュならずとも、驚くと言う物だろう。

 

 だが、呆けている暇は無かった。

 

「マシュ、ファブニールをどうにかして足止めしよう。とにかく、少しでも時間を稼ぐんだ!!」

 

 シールダーであるマシュは防御主体のサーヴァント。進撃する邪竜を単騎で押し留めるだけの戦力は持ちえない。

 

 清姫も共同で攻撃を仕掛けているが、それでも火力不足は否めない。

 

 しかし、時間さえ稼げれば、ジークフリートが合流してくる事が期待できる。

 

「判りました、このマシュ・キリエライトにお任せください!!」

 

 勇ましく言い放つマシュ。

 

 そのまま大盾を手に駆けだす。

 

 それを追うようにして、立香も邪龍を追って走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 繰り出される槍の穂先。

 

 鋭い突き込みは、その一撃一撃が致死となる。

 

 ヴラド三世は手にした巨大な槍を巧みに操り、息もつかさない程の連続攻撃を仕掛けてくる。

 

 対して、

 

 対峙する少年は流れるような動きで、その全てを回避。

 

 手にした刀を振り翳して、懐へと飛び込む。

 

「んッ!!」

 

 繰り出される横なぎの一閃。

 

 だが、

 

 切っ先が捉える前に、ヴラド三世は大きく後退する事で響の剣閃を回避する。

 

 切っ先は、僅かにヴラドの鼻先を霞めるにとどまる。

 

 舌打ちする響。

 

 対して、ヴラドは口の端を釣り上げて笑う。

 

「やるではないか小僧。だが、まだまだ踏み込みが甘いぞ!!」

 

 言い放つと、槍を大上段に構えるヴラド三世。

 

 次の瞬間、

 

「攻撃とは、このようにする物だ!!」

 

 振り下ろす。

 

 打ち下ろされた一撃。

 

 その攻撃が容赦なく、大地を叩き割る。

 

「んッ 何て、威力ッ!?」

 

 飛び散る破片を跳躍して回避しながら、辛うじて後退する響。

 

 着地すると同時に再び刀を構えなおす。

 

 だが、

 

 ヴラド三世は、響に体勢を立て直す間を与えずに攻め立てる。

 

「そら、足元が疎かになっているぞ!!」

「ッ!?」

 

 とっさに飛びのく響。

 

 間一髪、足元から出現した杭が、響を霞める形で突き立つ。

 

 ヴラド三世の異名でもある「串刺し公」。

 

 オスマントルコ軍の兵士数万を串刺しにして国境線に並べたと言う恐怖伝説。

 

 吸血鬼ヴラド。

 

 その伝説を再現した光景が、そこにあった。

 

 次々と地面に突き立てられる無数の杭。

 

 響はその全てを回避していく。

 

 だが、

 

 地面から突如として出現する杭。

 

 それらは容赦なく、少年暗殺者の集中力を奪い去っていく。

 

 何しろ、攻撃は足元からやってくるのだ。気配を読み、回避するには極度の集中状態が必要となる。

 

 全力で回避運動を続ける響。

 

 だが、そのせいで極度に視野が狭まっていた事は否めない。

 

 そして、

 

「余を忘れる事はまかりならんぞ!!」

「ッ!?」

 

 突如、耳を打つ不吉な声。

 

 振り返れば、槍を振り上げるヴラド三世が、響のすぐ目の前に立っていた。

 

 林立する杭の群れを目晦ましにして、響のすぐ至近まで接近していたのだ。

 

「んッ!!」

「遅いッ!!」

 

 響が防御を整えるよりも早く、ヴラド三世は横なぎに槍を振るう。

 

 その一撃が、響の左肩を直撃。大きく吹き飛ばした。

 

「グッ!?」

 

 地面に転がる響。

 

 それでも、どうにか体勢を立て直そうと、膝を突いて立ち上がろうとした。

 

 次の瞬間、

 

「そこまでだ」

 

 低い声と共に、その喉元に槍の穂先が突き付けられた。

 

 切っ先は、響の喉元に僅かに食い込んだところで止まっている。

 

 完全にチェックメイトだった。

 

 

 

 

 

 エドワードがジャンヌ・オルタと交戦を開始し、立香達がファブニールの追撃を開始した頃、

 

 動きは戦線の後方。

 

 カルデア特殊班の天幕で起きていた。

 

 ここでは今、ジャンヌとゲオルギウスが、ジークフリートに掛けられた呪いの解呪に当たっていた。

 

 ジャンヌ・オルタの呪いは強力であり、聖人2人掛かりでも解呪には思いのほか手間取っていた。

 

 それでも、どうにか解呪の目途が立ちそうになった、矢先の事だった。

 

 近付いてくる気配を察し、護衛に当たっていたマリー・アントワネットは顔を上げた。

 

「あら、懐かしい顔が来たわね」

 

 涼やかな声に導かれるように、供をしているモーツァルトも顔を上げる。

 

 その視界の先には、こちらに向かって歩いてくる2人の人影があった。

 

「あれは・・・・・・・・・・・・」

 

 声を上げるモーツァルト。

 

 可憐な容貌をした剣士と、漆黒の出で立ちをした処刑人。

 

 先の砦における戦いで姿を見せたセイバーとアサシン、シュヴァリエ・デオンと、シャルル・アンリ・サンソンだ。

 

 近付いてくる2人。

 

 対して、

 

 マリーは落ち着いた調子で、デオンとサンソンを迎える。

 

「2人とも、久しぶりね。まさか、こんな形であなた達また会う事になるとは思わなかったわ」

 

 静かな口調で告げるマリー。

 

 対して、

 

 先んじて声を上げたのは、デオンだった。

 

「お久しぶりです、王妃様。このような形での再会となってしまったのは、私としても残念でなりません」

 

 聊か、苦渋を滲ませたようなマリーの言葉。

 

 デオンは生前、マリーと親交があった人間の1人である。

 

 マリーは見目麗しいデオンに対し、特注のドレスを送ったと言う逸話がある。もっとも、シュヴァリエ・デオンの性別については諸説ある為、それがいかなる意味を持っていたのか、今となっては推し量る事は出来ないが。

 

 一方、

 

「やあ、マリー・・・・・・マリア、僕の事は憶えていますか?」

 

 やや芝居がかった口調で尋ねるサンソン。

 

 対して、マリーも口元に笑みを浮かべて応じる。

 

「ええ、勿論。わたしが踏んづけた足は大丈夫かしら?」

 

 マリー・アントワネット。その生涯最後の言葉は「ごめんあそばせ」だったと言われている。

 

 これは、彼女がギロチンで処刑される直前。その執行人の足を踏んでしまった事に由来している。

 

 そして、その処刑執行人こそが今、目の前にいるシャルル・アンリ・サンソンなのだ。

 

 言わばサンソンは、マリーが生前、最後に言葉を交わした人物であると言える。

 

「ねえマリア、僕の断頭はどうでした? 君の為に最高の処刑を用意したんだ。あの時の君は絶頂してくれたかい?」

 

 笑顔で尋ねてくるサンソン。その姿には狂気の片鱗が見て取れる。

 

 やはりと言うべきか、デオンもサンソンも狂化が施されているようだ。

 

「耳を貸すんじゃないマリア」

 

 見守っていたモーツァルトが、警告するように叫ぶ。

 

 彼の立場からすれば、思い人であるマリーを処刑したサンソンは、憎悪の対象である。決して許す事が出来ない。

 

 そのサンソンが、マリーに対して寄りにもよって処刑の事で言い寄る姿は、吐き気すら催す光景だった。

 

 対して、モーツァルトの姿を見たサンソンも、露骨に嫌な表情を浮かべる。

 

「邪魔をするなアマデウス。貴様如きが、この僕の想いを」

「するに決まっているだろう。君のような変態に、これ以上マリアを好きにさせてたまるものか」

 

 睨み合う両者。

 

 互いの視線が、空中で火花を散らす。

 

 そんな中、デオンがマリーに視線を向けながら前へと出た。

 

「どうか、降伏して道をお開けください、王妃」

 

 静かな口調でなされる、降伏勧告。

 

 それをマリーは、黙って聞いている。

 

「よもやあなたも、我ら2人を相手に勝てるとは、思っていないでしょう? それとも、そこの楽士に何か期待しているのですか? だとしたら無駄な話です」

 

 デオンはモーツァルトを差しながら告げる。

 

 確かに。

 

 デオンは一時期、竜騎兵(ドラグーン)部隊の隊長を務めた程の武人だ。可憐な容姿とは裏腹に、その武勇は比類ない物がある。

 

 一方のサンソンは、武人として名を成した記録は無い。しかし処刑人と言う立場上、多くの人間をその手にかけている。ある意味「人を殺す」事に長じていると言えるだろう。

 

 対してマリーは、王宮で蝶よ花よと育てられた「お姫様」にすぎない。生粋の武人と処刑人相手に勝てるとは思えない。

 

 だが、

 

「お気遣いありがとう、デオン。あなたは相変わらず優しいのね。でも・・・・・・」

 

 言いながら、

 

 マリーの中で魔力が高まっていくのが判る。

 

「今は私も騎兵(ライダー)のサーヴァント。そのような気遣いは無用よ」

 

 そう告げると、マリーは背後に立つモーツァルトに振り返る。

 

「あなたは下がっていて、アマデウス」

「そうさせてもらうよ。ただ、援護は任せてくれたまえ」

 

 信頼する友人に頷きを返しつつ、マリーは再びデオンとサンソンに向き直る。

 

 その口元には、涼し気な笑みが浮かぶ。

 

 やがて、

 

 最大限に放出された魔力が、彼女を光り輝かせる。

 

「さんざめく花のように、陽のように!!」

 

 可憐に響く美声。

 

 天上の音にも匹敵すると思える調べ。

 

 その声に答えるように、現れたのは一頭の馬だった。

 

 ただの馬ではない。

 

 たくましくも美麗なその馬の体はガラスによって構成され、見る者を魅了する美しさがある。

 

 マリーはその馬に飛び乗ると、足を揃えて横座りする。

 

 これこそがマリー・アントワネットの宝具「百合の王冠に栄光あれ(ギロチン・ブレイカー)」。

 

 栄光あるフランスの王権を象徴した宝具である。

 

 英霊・宝具は星の数ほどあれど、これほどまでに美しい宝具を操るのは、マリー・アントワネットをおいて他にいないだろう。

 

 それ程までに、人々を魅了する姿だった。

 

「さあ、行きますわよ」

 

 自身の宝具の上で、微笑みながらマリーはそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 首筋に突き付けられた槍の穂先。

 

 あとわずか、ヴラド三世が力を込めれば。響の喉元は斬り裂かれる事になる。

 

「終わりだな小僧。自身の未熟さを後悔しながら座に帰るが良い」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 告げられる処刑宣告。

 

 刃が怪しく光り、殺気が滲みだす。

 

 旦夕に迫る、少年の運命。

 

 そんな中、

 

 響の脳裏には昨夜、マリーから言われた事が浮かんでいた。

 

『本当に守りたいと思ったその時は、決して迷っちゃだめよ。あなたが迷えば、あなたが守りたいと思う子にも危険が及ぶことになるのだから』

 

 躊躇えば、大切なものが奪われる。

 

 響にとって、大切な物。

 

 それは、たった1人の小さな少女。

 

 彼女を守る為なら、自分は全てを捨てる事ができる。

 

 だがらこそ、

 

 今ここで、倒れる訳には、

 

 いかないッ!!

 

「ッ!!」

 

 次の瞬間、

 

 突き込まれる刃。

 

 だが、

 

 それよりも一瞬早く、響は首を横に大きく逸らしてヴラド三世のやりを回避する。

 

 首筋を霞める刃。

 

 血が一瞬、噴き出る。

 

 だが、

 

 浅い!!

 

「んッ!!」

 

 背筋を思いっきり逸らし、その勢いで足を振り上げる響。

 

 つま先が蹴り上げられ、ヴラド三世の顎を捉える。

 

「グゥッ!?」

 

 思いもしなかった一撃を受け、唸り声をあげて体をのけ反らせるヴラド。

 

 そのまま蹈鞴を踏むように数歩、後退する。

 

 その間に立ち上がり、刀を構えなおす響。

 

 だがヴラド三世も戦場で名を馳せた武人。すぐに体勢を立て直す。

 

「おのれ小僧ッ!!」

 

 掲げる腕。

 

 同時に、杭が一斉に地面から乱立する。

 

 あらゆるものを刺し貫かんとする地獄の光景。

 

 対して、

 

 響は刀の切っ先をヴラドに向けて構えながら、

 

 その幼い双眸は、揺らぎ無い湖面のように静かに見据える。

 

 そして、静かに呟いた。

 

「・・・・・・無形の剣技」

 

 同時に、

 

 幼き暗殺者は地を蹴る。

 

 再び始まる、ヴラドの猛攻。

 

 次々と突き立てられる杭の群れ。

 

 しかし、響は流れるような動きでその全てを回避していく。

 

 先程までのように、余裕の無い動きではない。

 

 まるで、ヴラドが次にどこを攻撃するのか、全部わかっているかのように、攻撃をよけ、回避し、飛び越える。

 

「小癪な!!」

 

 更に攻撃の密度を上げるヴラド。

 

 一斉に突き立てられる杭が交錯し、屹立し、天をも貫かんと突き上げられる。

 

 その様は、まるで逆さに降る嵐さながらである。

 

 だが、

 

 響はその全てをかわしていく。

 

 無形の剣技。

 

 数多くの剣術を収め、それらを複合的に組み合わせる事であらゆる戦況に対応可能となる。

 

 そこに剣術特有の「型」は存在しない。

 

 しかし、型が存在しないからこそ、どのような型にも瞬時に変化する事ができる。

 

 言わば「超実戦型戦術スキル」。

 

 今の響には、ヴラドの動きが手に取るようにわかっていた。

 

 そして、

 

「んッ!!」

 

 跳躍。

 

 同時に刀を横なぎに一閃、突き上げられた杭の穂先を、斬り飛ばすと空中でキャッチする。

 

「これをッ!!」

 

 掴んだ穂先を、槍投げの要領でヴラドへ投げつける響。

 

「喰らえッ!!」

 

 切っ先を真っすぐ向けて、ヴラド三世に飛んで行く穂先。

 

 対して、

 

「そんな物かァァァァァァッ!!」

 

 槍を振るい、飛んできた穂先を打ち払うヴラド。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、これで、終わりッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬、

 

 ヴラドの集中が途切れた瞬間、

 

 そこを見逃さない。

 

 響は一気に懐に飛び込んだ。

 

 目を見開くヴラド。

 

 だが、

 

 もう、遅い。

 

 鋭い、横なぎの一閃。

 

 交錯する両者。

 

 一瞬、

 

 戦場に沈黙が支配する。

 

 次の瞬間、

 

 ヴラド三世は、地に膝を突いた。

 

「見事、だ・・・・・・・・・・・・」

 

 その体から光の粒子が立ち上る。

 

 響の一撃が致命傷となり、現界を保てなくなったのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 自身の勝利を確信した響。刀を血振るいして鞘に戻す。

 

 そんな少年に対し、ヴラドは口元に笑みを浮かべる。

 

「先へ進むが良い。そなたの、護るべき者の為に、な」

 

 そう告げるヴラド。

 

 対して、響も思うところあって振り返る。

 

「最後に、一つ言いたい」

「このザマだ。できれば手短に頼む」

 

 そう言っている間にも、ヴラドの体は崩壊している。

 

 もう数秒も待たず、消滅してしまうだろう。

 

 そんなヴラドの目を真っすぐに見て、響は言った。

 

「この間、ごめん・・・・・・吸血鬼って、言って」

 

 響のその言葉に、

 

 今にも消滅しかけているヴラドは、少し驚いたように目を見開く。

 

 確かに、初めの対決の時、響はヴラドに対して「吸血鬼」と言う言葉を使った。

 

 その言葉を聞いたヴラドが激昂したのを覚えている。

 

 確かにヴラド三世は吸血鬼のモデルとなった人物ではあるが、しかし当人は決してその事実を受け入れていたわけではない。むしろ、消し去りたいと思うほどの事実だったのだ。

 

 響は図らずも、彼の逆鱗に触れてしまった。

 

 だから、どうしても謝っておきたかったのだ。

 

 対して、

 

 ヴラド三世は呆気に取られた表情をした後、

 

 その口元に笑みを浮かべた。

 

「・・・・・・良い子だ」

 

 その言葉を最後に、消滅するヴラド三世。

 

 それを確認すると、響は踵を返す。

 

 戦いはまだ、続いている。

 

 今はただ、自分が守るべき者の為に走るの身だった。

 

 

 

 

 

第15話「躊躇いなく」      終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話「罪の在り処」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刃を交わす、エリザベートとカーミラ。

 

 魔力弾を矢継ぎ早に放ち、弾幕に近い攻撃を仕掛けるカーミラ。

 

 対してエリザベートは背中の羽を羽ばたかせると機動力に物を言わせて、攻撃を回避しつつ、懐に飛び込むタイミングを計っている。

 

 飛び交う魔力の光弾。

 

 だが、その全てを回避していくエリザベート。

 

「このッ 一丁前にかわしてんじゃないわよ!!」

 

 声を荒げるように言いながら、魔力弾を放つカーミラ。その仮面の下には、苛立ちの色が浮かんでいる。

 

 対して、

 

 一撃を、上空で旋回して回避するエリザベート。

 

 カーミラとは対照的に、その動きには余裕すら感じられた。

 

「かわすに決まってんでしょうが!!」

 

 叫びながら、槍を振り上げる。

 

 高速で斬り込むエリザベート。

 

 漆黒の穂先が、陽光を浴びて怪しく光る。

 

 対抗するように、魔力弾を次々と撃ち放って迎え撃つカーミラ。

 

 だが、当たらない。

 

 エリザベートは羽根を羽ばたかせて上昇すると、カーミラの攻撃を回避。

 

 同時に、槍を逆手の持ち替える。

 

「あたしは、あんた(あたし)を許さないッ 自分1人の為にたくさんの人を犠牲にして、悪名だけを残して死んだあたし(あんた)を!!」

 

 突き込まれる刃。

 

 その一閃を、錫杖で防ぐカーミラ。

 

 しかし、いかに少女としての姿を取っていても、ランサーのエリザベートの方が、アサシンのカーミラよりも直接的な戦闘力において上回っている。

 

 攻撃を防ぎきれず、大きく後退するカーミラ。

 

 対して、エリザベートも、槍を構えなおしてフルスイングするように襲い掛かる。

 

 お互いに「エリザベート・バートリ」である存在は、至近距離で互いに睨み合う。

 

「だから終わらせてやるわッ!! ここで全部!!」

 

 言い放つと同時に、膂力に任せて槍を振り抜くエリザベート。

 

 その一撃が、カーミラを直撃する。

 

 大きく後退するカーミラ。

 

 一瞬の静寂が、両者の間に流れる。

 

 エリザベートもまた、槍を構えなおしてカーミラを睨む。

 

 やがて、ゆっくりと顔を上げるカーミラ。

 

 その口元からは、一筋の血が零れ落ちる。

 

 どうやら、とっさに打点をずらす事で、ダメージを減殺したらしい。

 

 やはり、一筋縄ではいかない。

 

 警戒するように、槍を構えるエリザベート。

 

 対して、カーミラは、錫杖をだらりと下げて佇む。

 

 不気味な沈黙が流れる両者の間。

 

 ややあって、

 

「・・・・・・・・・・・・いい気なものね。自分1人が善人のつもりかしら?」

 

 カーミラの口から、低い声で告げられる。

 

 仮面の下から放たれる眼光。

 

 そこから、憎悪に近い殺気が漏れ出していた。

 

「私は確かに罪を犯した。それは否定しない。けどなら、あなたはどうなのかしら?」

「何が・・・・・・・・・・・・」

「私が既に罪を犯した存在なら、あなたはこれから罪を犯す存在。そこにどんな差があると言うのかしら? ただ後か先かの問題よ」

 

 言いながら、

 

 カーミラの魔力が高まっていく。

 

 身構えるエリザベート。

 

 次の瞬間、

 

「私が罪深い存在だと言うなら、あなたも同じ!! なら、あなたもまた、ここで消えるべきなのよ!!」

 

 背後から伸びてきた鎖がエリザベートの細い体に絡みつき、あっという間に拘束してしまった。

 

「これは・・・・・・しまったッ!?」

 

 驚いて振り返るエリザベート。

 

 その視界の中で、

 

 不気味な顔が上部に付属した巨大な棺桶が、口を開けてエリザベートを待ち構えているのが見えた。

 

 その扉の内側には長く鋭い針が、びっしりと設置されていた。

 

「クッ!?」

 

 何とか抵抗しようと、もがくエリザベート。

 

 しかし、鎖で引き寄せられる力は強く、あっという間に中へと引きずり込まれていく。

 

 棺桶の中に拘束されるエリザベート。

 

 その様を、カーミラは愉悦と共に眺める。

 

 そして

 

幻想の鉄処女(アイアン・メイデン)!!」

 

 詠唱と同時に、エリザベートを閉じ込めた扉は、重々しく閉じられるのだった。

 

 

 

 

 

 鋭く伸びた長い爪を駆使して斬り込んでくる仮面の男。

 

 その攻撃を弾きながら、美遊はどうにか距離を取ろうとしている。

 

「歌っておくれクリスティーヌ、君の美声こそがこの世の光よ!!」

「誰と、勘違いをッ!!」

 

 正面から迫る下面の男。

 

 対抗するように、右手に構えた剣を横なぎに振るう美遊。

 

 鋭く奔る銀の剣閃。

 

 だが、仮面の男はいっそ華麗に思えるようなステップで後退。少女の剣を回避する。

 

 その姿に、舌打ちする美遊。

 

 強い、と言う訳ではない。

 

 むしろ、実力的には、美遊の方が相手を凌駕している事だろう。

 

 しかし先ほどから、美遊の攻撃は絶妙なタイミングでかわされている。

 

 「強い」と言うより「厄介」な相手だった。

 

 ファントム・オブ・ジ・オペラ

 

 またの名を「オペラ座の怪人」

 

 歌姫を目指す1人の少女に愛を抱き、彼女を守るために狂ったように凶行を繰り広げた哀しき殺人鬼。

 

 その愛は決して報われる事は無い。

 

 しかし報われないからこそ、死して英霊に成り果てた後も狂気に囚われ、かつて恋焦がれた存在を求め続けているのだ。

 

 相手を想うほどに殺したくなる。

 

 白のドレスを身に纏い、剣を振り翳した美遊の姿は、ファントムの目にはかつての想い人と重ねられているのだ。

 

「ルルル!!」

 

 体を揺らすようにして襲い掛かってくるファントム。

 

 まるで踊るかのように迫る怪人は、見る者にとって不気味ですらある。

 

 立ち尽くす美遊に対し、ファントムは長く伸びた両の爪で攻撃を仕掛ける。

 

 その攻撃を、美遊は剣で弾く。

 

 後退するファントムを追って、斬りかかろうとする美遊。

 

 だが、正面ばかり気にしている訳にはいかない。

 

 背後から迫る気配。

 

「ッ!?」

 

 息を呑み、とっさに振り返ると巨大な鉄棒を振り翳して迫る黒騎士の姿があった。

 

 黒の全身鎧にフルフェイスマスクで覆った姿からは、相手の正体を察する事は出来ない。ただ、ひたすらに不気味さのみが際立っていた。

 

「■■■Ar■■■thr!!」

「ッ!?」

 

 怖気を振るような声。

 

 一瞬、背筋を凍らせる美遊。

 

 黒騎士が手にした鉄棒が、鋭く振るわれる。

 

 対して、美遊の対応は追いつかない。

 

 強烈な一撃が、少女を襲う。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 吹き飛ばされて地面に転がる白百合の剣士。

 

 口の中に広がる、鉄錆めいた味。

 

 小さな全身に痛みが走る。

 

 辛うじて致命傷は防いだものの、大ダメージは免れなかった。

 

 どうにか体を起こす美遊。

 

 しかし、そこへ2騎のサーヴァントは容赦なく襲い掛かってくるのが見えた。

 

「このままじゃ、まずい・・・・・・」

 

 美遊は唇を噛み締めながらも、剣を手に立ち上がる。

 

 しかし、状況は少女にとって極めて不利な事に変わりはない。

 

「せめて、どちらか1人だけでも倒さないとッ」

 

 呟きながら、美遊は迎え撃つべく剣を振り翳した。

 

 ファントムが繰り出した爪を剣で弾き、更に黒騎士の鉄棒を後退して回避する。

 

 連続して襲い掛かってくる両者の攻撃をかわしながら、美遊は駆ける。

 

 だが、2騎の方も、攻撃の手を緩める気配はない。

 

 特に黒騎士の方は、執拗に攻撃を繰り返してくる。

 

「Ar・・・・・・thar!!」

 

 振るわれる鉄棒。

 

 その姿に、美遊は険しそうに目を細める。

 

 真名は判らないが、言動から察するに、この黒騎士がアーサー王、つまりアルトリアと何らかの関係ある人物である事が伺える。

 

 彼女に余程の怨みああるのか、その攻撃は苛烈を極めており、美遊に反撃の機を掴ませない。

 

 こうなると、今はアーサー王その物である美遊にとっては、厄介な存在である。

 

「クッ!!」

 

 とっさに強引な反撃に出る美遊。

 

 向かってくる黒騎士に対し、真っ向から剣を振り下ろす。

 

 だが黒騎士は、手にした鉄棒で美遊の剣をいともあっさりと防ぐと、そのまま流れるような手つきで槍のように繰り出す。

 

 対して、体勢を崩した美遊は、とっさに反応ができない。

 

「しまったッ」

 

 呟いた瞬間、

 

 黒騎士の鉄棒は、美遊の腹に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 進撃を続けるファブニール。

 

 その巨体はゆっくりと、しかし確実に破滅へと突き進んでいる。

 

 その前に立ちはだかるべく、奮闘するマシュと清姫。

 

 指揮を執る立香と凛果もまた、彼女らと共にファブニールと対峙していた。

 

 マシュが大盾を掲げてファブニールの攻撃を防ぎ、その間に清姫が炎を噴き上げて攻撃を仕掛ける。

 

 立香の指揮のもと、連携攻撃を仕掛けるマシュと清姫。

 

 しかし、

 

「・・・・・・ダメか」

 

 邪龍に纏わり付く炎は、すぐに下火になっていくのが見える。

 

 鋼鉄よりも固い表皮を破る事が出来ないのだ。

 

 尚も進撃の足を止めないファブニールを前に、立香は悔し気に呟く。

 

 その間に、礼装の術式で清姫の傷を癒してやっている。

 

 マシュも清姫もよくやってくれていると思う。

 

 しかし、相手は神話級の幻想種。倒しきるには明らかに火力が足りなかった。

 

「兄貴、まだッ!?」

「待ってくれ、もう少し・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果に急かされながらも、回復魔術を冷静に続ける立香。

 

 焦る気持ちは判るが、サーヴァント達を万全の状態で前線に出してやりたかった。

 

 手を翳し、教えられたとおりに術式を起動すると、みるみるうちに清姫の傷が癒えていくのが見える。

 

 立香も家ではゲームをするが、まるで本当にRPGの魔法使いになったような印象だった。

 

「もう、結構ですわ、安珍様」

「清姫?」

 

 立香からの治療を打ち切り、前へと出る清姫。

 

 振り返りながら、笑いかける。

 

「マシュさんを1人で戦わせておくわけには参りませんから。それに、この程度の傷で退いていたら、狂戦士の名が泣きますわ」

 

 言い放つと同時に、清姫は再び前へと出て攻撃を再開する。

 

 その後ろ姿を見送る立香。

 

 打てる手は、もう全て打った。

 

 この場にあって立香にできる事は、状況に応じて指示を出すくらいである。

 

 だが、それで良い。

 

 エドワードにも言われた事だ。配下のサーヴァントを信頼して任せるのも、指揮官でありマスターである自分の務めだと。

 

「頼んだぞ、みんな」

 

 呟く立香。

 

 その瞳には、皆に対する尽きる事の無い信頼が溢れていた。

 

 だが、

 

 そんな立香を、彼方から狙う目があった。

 

 

 

 

 

 

 アーチャーであるその女性は、可憐であると同時に異様だった。

 

 緑を基調とした衣装に、鋭い眼差し。

 

 手にした弓は気高き存在感を示し、正に「女狩人」と称すべき、凛々しい出で立ちをしていた。

 

 だが、

 

 その頭部には獣の耳が生え、お尻からはネコ科の長い尻尾が揺れている。

 

 純潔の狩人アタランテ。

 

 アルカディアの王女にして、ギリシャ神話最速の戦士。

 

 ギリシャ中の勇者が集ったアルゴナウタイに参加し、カリドゥンの猪討伐にも加わった、生粋の戦士である。

 

 誰よりも気高い彼女が今、ジャンヌ・オルタの召還に応じ、狂化サーヴァントとなって彼女の指揮下に収まっている。

 

 戦闘を開始してからここに至るまで、アタランテは殆ど戦線には加わらず、様子見に徹していた。

 

 それは取りも直さず、決定的な「一手」を刻むための布石に他ならない。

 

 アタランテは戦士であると同時にアーチャー、「狙撃手(スナイパー)」でもある。

 

 戦場におけるスナイパーの最大の役割は敵の指揮官を撃ち倒し、指揮系統を混乱させて敵を分断する事にある。

 

 その役割を、アタランテは忠実に実行しようとしていた。

 

 向ける視線の先。

 

 そこでは、マシュと清姫に指示を飛ばす立香の姿がある。

 

「・・・・・・貴様に恨みは無い」

 

 言いながら、弓を引き絞るアタランテ。

 

「しかし、これも互いの立場故の事。許せよ」

 

 静かに言い放つと同時に、

 

 アタランテは矢を鋭く放った。

 

 

 

 

 

 唸りを上げて飛んで行く矢。

 

 大気をも斬り裂き、向かう先にはカルデア特殊班のリーダー、藤丸立香が立つ。

 

 勿論、人間に過ぎない立香が、英霊の放った矢を知覚することなど不可能。

 

 矢は確実に、立香の胸に向かって飛ぶ。

 

 あと数瞬。

 

 それで全てが決まる。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「先輩ッ 危ないッ!!」

 

 大盾を掲げ、飛び込んでくるマシュ。

 

 その盾の表面に、アタランテの放った矢が突き立った。

 

 衝撃、

 

 異音と共に、矢が弾かれる。

 

「クッ!?」

「マシュ!!」

 

 盾から伝わる衝撃に、マシュが顔を歪ませる。

 

 それ程までに強烈な一撃だった。もし、あれを立香が食らっていれば、命は無かった事だろう。

 

 だが、英霊と融合し、デミ・サーヴァントとなったマシュは、通常の人間よりも感覚が鋭くなっている。

 

 その為、飛んで来る矢の存在に気が付く事が出来たのだ。

 

 だが、安堵したのもつかの間だった。

 

 次々と飛来する矢。

 

 魔力が込められた矢は、着弾と同時に炸裂して地面を抉る。

 

「これはッ!?」

「先輩、下がってくださいッ 遠距離からの狙撃です!!」

 

 先の砦での戦いから、敵に凄腕のアーチャーがいる事は判っていた。それ故にマシュは、敵の狙撃に常に警戒していたのだ。

 

 その判断が、間一髪で彼女のマスターを救った形である。

 

 とは言え、状況は予断を許されない。

 

 矢は容赦なく飛来して攻撃を繰り返している。

 

 伝説の狩人アタランテの狙撃は正確無比であり、マシュが少しでも気を逸らせば、その背後に立つ立香が刺し貫かれる事になりかねに合。

 

 その為、立香は歯噛みしつつも、アタランテの狙撃に耐え続ける以外に無かった。

 

 

 

 

 

 各戦線で一進一退の攻防を続けるカルデア特殊班とジャンヌ・オルタ軍。

 

 数でも質でも劣るカルデア特殊班だが、各人が個々の奮戦を見せる事で、状況をどうにか拮抗させていた。

 

 そんな中、

 

 1人、

 

 戦場から離れた場所で、高みの見物を決め込んでいる人物がいた。

 

 歳の頃は10代中盤から20前後。

 

 鋭い目付きをしたその少年は、軍服の上から長いマントを羽織り、制帽を目深にかぶっている。

 

「ふむ・・・・・・・・・・・・」

 

 その視線は、彼方の戦場を真っすぐに見つめていた。

 

 特に、敵の指揮官である、2人のカルデアマスター。その存在を深く注目していた。

 

「成程、筋は悪くない」

 

 感心したように、呟きを漏らす。

 

 特に男の方。粗削りで、まだまだ未熟な部分はあるが、指揮官として片鱗を見せ始めているのが判る。

 

「我が主に対抗しようと言うのだ。それくらいでなければ張り合いが無い」

 

 言いながら、視線を移す。

 

 一方で、彼の協力者は今、黒衣のセイバーと死闘を繰り広げていた。

 

 マスターを得て、真の実力を発揮しているセイバー。その戦闘力は、控えめに見ても、ジャンヌ・オルタと拮抗していた。

 

 彼女が徐々に押され始めているのは、遠目に見ても分かるくらいである。

 

「かの黒太子が相手では、聖女殿でも苦戦は必至、と言ったところですね」

 

 やれやれ、と肩を竦める。

 

 せっかく助力してやったと言うのに、この体たらくとは。落胆にも程がある。

 

 だが、

 

「まあ、良いでしょう。どのみち主からも、深入りはしなくて良いと言われていますし」

 

 嘆息交じりに呟く。

 

 主の深淵なる智謀は図り知る事は出来ないが、どうにもこの時代の事は「余興」程度にしか考えていない節があると感じていた。

 

 その証拠に、聖杯こそ与えた物の、主の眷属はこの世界には存在していない。

 

 つまりこの世界は主にとって「余興」。

 

 もう少し真面目な見方をすれば、カルデア特殊班の実力を図るための「実験」であったと考えられる。

 

 それを見届けるために、自分は派遣されたのだ。

 

「まあ良い。いずれにせよ、間もなく終わる事。なら、私もこの世界には用は無い」

 

 言いながら、少年は踵を返す。

 

 最後に一瞬、

 

 チラッと背後に目をやる。

 

 その視界の先では、尚も指揮に専念し続ける立香の姿があった。

 

「次は、直接相まみえる事を期待していますよ」

 

 それだけ告げると、そのまま振り返らずに歩き去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閉じられた扉。

 

 カーミラの宝具は、そのまま少女の棺桶となっていた。

 

 宝具「幻想の鉄処女(アイアン・メイデン)」。

 

 生前、エリザベート・バートリが処女から生き血を搾り取るために使用したとされる拷問道具の一つ。

 

 実在に関しては疑問視される声もあると言うが、宝具とはしばしば、実在よりも伝聞や言い伝えと言った曖昧な物が優先される場合がある。

 

 「幻想の鉄処女(アイアン・メイデン)」もそうして生まれた宝具の一つだった。

 

 エリザベートが作り出した拷問具が、そのエリザベート本人に対して使われた事は、何とも皮肉な形である。

 

「・・・・・・終わったわね」

 

 カーミラは嘆息気味に呟く。

 

 正直、精神的にきつい戦いだった。

 

 既に罪を犯している彼女にとって、まだ罪を犯していないエリザベートの存在は、頭痛以外の何物でもなかった。

 

 同族嫌悪、など生ぬるい。

 

 文字通り、自分自身の黒歴史を相手にしていたような物だ。

 

 エリザベートにとってカーミラが憎い相手であったように、カーミラにとってもエリザベートは最優先で排除したい相手だったのだ。

 

 だが、それももう終わった。

 

 後は苦戦している他の戦線の援護に回るだけだ。

 

 どうやらマスターである魔女殿も苦戦しているようだし、ここらで彼女に恩を売っておくのも悪くは無いだろう。

 

 ほくそ笑むカーミラ。

 

 と、

 

 そこで何かを思いついたように、アイアン・メイデンの方を振り返った

 

「・・・・・・最後くらい見届けてやりましょうか」

 

 そう言いながら、棺桶に近づくカーミラ。

 

 いくら憎い相手とは言え、少女は自分自身。

 

 ならば、その結末ぐらいは見届けてやるのも悪くない。そう思ったのだ。

 

 アイアン・メイデンに歩み寄るカーミラ。

 

 その扉に手を掛け、観音開きに開いた。

 

 次の瞬間、

 

 ザクッ

 

「なッ!?」

 

 突如、棺桶の中から飛び出して来た槍の穂先が、彼女の胸を真っ向から刺し貫いた。

 

 驚くカーミラ。

 

 貫かれた胸は見る見るうちに赤く染まり、鮮血が口から迸る。

 

 と、

 

「・・・・・・油断、したわね」

 

 棺桶の、暗がりから聞こえてくる声。

 

 苦し気な息遣いが混じる。

 

 その棺桶の中から、

 

 槍を持ったエリザベートが姿を現した。

 

 その可憐な容姿は、手と言わず足と言わず顔と言わず、至る所から血を噴出している。

 

 着ている服はズタズタに裂かれ、羽はボロボロ、角に至っては片方が折れて消失している。

 

 全身血まみれと成り果てた無惨な姿。

 

 しかしそれでも、

 

 手にした槍はしっかりと構え、カーミラを刺し貫いていた。

 

「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 血反吐を吐き出すカーミラ。

 

 同時に仮面が外れ、美しい要望の女性は素顔を露わにする。

 

 対してエリザベートは、真っすぐにカーミラを見据える。

 

「あんたがあたし自身なら、この宝具も半分はあたしの物みたいなもんでしょ。なら、攻略法の1つや2つ、思いつくってもんよ」

「おのれ・・・・・・・・・・・・」

 

 歯を噛み鳴らすカーミラ。

 

 エリザベートの槍は、カーミラの霊核である心臓を刺し貫いている。完全に致命傷だった。

 

「あんたの言った通りよ」

 

 カーミラを睨みながら、エリザベートは言う。

 

「あんたが既に罪を犯した存在なら、あたしはこれから罪を犯す存在。あんたの罪はあたしの罪・・・・・・そこに差なんて無いわ」

 

 だから、

 

「これで『おあいこ』ってことで良いでしょ」

 

 言っている間に、

 

 エリザベートとカーミラは、お互いの体から金色の粒子が吹き上がり始める。

 

 消滅が始まったのだ。

 

 霊核を貫かれたカーミラは勿論、宝具を喰らった時点で、エリザベートも致命傷を受けていたのだ。

 

「・・・・・・おあいこ、ね」

 

 カーミラもまた、どこか納得したように呟く。

 

「まあ・・・・・・それも悪く、ないわね」

 

 どこか笑みを含んだような言葉を最後に、消滅していくカーミラ。

 

 それを見届けてから、

 

 エリザベートもまた、消滅していく。

 

 同時に立ち上る金色の粒子。

 

 それらはどこか、絡み合うようにして、天へと昇っていくのだった。

 

 

 

 

 

 美遊を挟むように、前後から攻撃を仕掛けてくるファントム、そして謎の黒騎士。

 

 2騎のサーヴァントを相手にしては、さすがにアーサー王を身に宿した美遊であっても、苦戦を免れなかった。

 

 トリッキーな動きで翻弄してくるファントム。

 

 そちらに気を取られていると、真っ向から力技を仕掛けてくる黒騎士にやられてしまう。

 

 その2人の攻撃が、美遊の動きを完封していた。

 

 攻撃態勢に移行する事はできず、防御すらままならない。ただ只管、回避に専念して逃げ続けるしかない。

 

 美遊にとっては殆どジレンマに近い状況。

 

 しかし、他の皆も頑張っている。

 

 それに、あと少しの辛抱だ。

 

 ジャンヌ達がジークフリートの復活に成功すれば、状況を覆す事もできる筈。

 

「それまで、何としても保たせます!!」

 

 剣を構えなおす美遊。

 

 そこへ、ファントムが斬りかかってくるのが見える。

 

「さあクリスティーヌ、終幕の時間だ。君の血をもって舞台を彩ろうじゃないか!!」

「誰が、そんな事!!」

 

 相変わらず訳の分からない事を歌うように告げて襲い掛かってくるファントム。

 

 対して、美遊も真っ向から迎え撃つ。

 

「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 剣を振り翳し、純白のスカートを翻しながら、ファントムに正面から斬りかかる美遊。

 

 一見すると、無謀な突撃。

 

 しかし、これは美遊の計算の内である。

 

 あえて突撃する事で交戦範囲を狭め、ファントムのトリッキーさを封じるのだ。

 

 交戦範囲を狭めてしまえば、ファントムも美遊を正面から迎え撃たざるを得ない。

 

 案の定、美遊が突撃した事で、ファントムもまた真っ向から向かってきた。。

 

「ルルルッ!!」

 

 謳い上げるように呟きながら、両の爪を正面から繰り出すファントム。

 

 しかし次の瞬間、

 

「遅いッ」

 

 低く呟きを放つ美遊。

 

 次の瞬間、

 

 剣閃が鋭く奔る。

 

 袈裟懸けに刻まれる斬線。

 

 その一撃が、

 

 ファントムの体を斬り裂いた。

 

「お・・・・・・おお・・・・・・クリス・・・・・・ティーヌ・・・・・・」

 

 ファントムの口から、力なく漏れる言葉。

 

 美遊の剣は、ファントムの胴を斜めに斬り裂いていた。

 

 明らかなる致命傷なのは、見るまでも無かった。

 

 やがて、

 

 致命傷を負ったファントムの体が、光の粒子となって解け、天へと帰って行く。

 

 1騎撃破。

 

 だが、息つく暇は無い。

 

「Arthar!!」

 

 轟く雄叫び。

 

 美遊は反射的に剣を構えなおしながら振り返る。

 

 だが、

 

「あれはッ!?」

 

 絶句する美遊。

 

 その視界の先で黒騎士が携えている物。

 

 それは、武骨な甲冑姿の騎士とは、あまりにも不釣り合いな存在だった。

 

「ガトリング砲!?」

 

 多数の銃身を束ねた大型銃火器は美遊自身、書籍の写真でしか見た事が無いガトリング砲に間違いない。

 

 古くはアメリカ南北戦争において北軍の従軍医師リチャード・ジョーダン・ガトリングが考案、開発したとされる兵器。

 

 束ねた銃身を回転させて撃つ事で過熱防止と連射性を両立したこの武器は、日本では戊辰戦争の頃、長岡藩の家老、河井継之助が北越戦争において使用、新政府軍に多大な損害を与えた事で有名である。

 

 現代においても主力火器の一つであり、軍艦の対空砲や戦闘機の機銃としても採用されている。

 

 なぜ、あの騎士がそんな物を持っているのか、その理由は判らない。

 

 だが、その脅威は間違いなく本物である。

 

「しかも、この魔力の高まりは・・・・・・」

 

 呻く美遊。

 

 瞬時に悟る。

 

 あのガトリング砲が、黒騎士の宝具であると。

 

「クッ!?」

 

 既に回避も反撃も間に合わない。

 

 ならば防御しかない。

 

 しかし、防ぎきれるか?

 

 身を固くする美遊。

 

 対して、魔力を高める黒騎士。

 

 バイザー越しの視線が、美遊を睨み据える。

 

「Artharaaaaaaaaaaaa!!」

 

 弾丸が放たれる。

 

 次の瞬間、

 

 ザンッ

 

 突如、

 

 背後から突き込まれた刃が、黒騎士を背中から刺し貫いた。

 

「え?」

 

 驚く美遊。

 

 その視界の中で、

 

 ガトリング砲を取り落とした黒騎士が、苦悶の声を上げる。

 

「Ar・・・・・・aaaaaaaaaaaa・・・th・・・ar・・・・・・」

 

 やがて、その体が光の粒子となって消えていく。

 

 そして、

 

 その背後から、黒装束姿の少年が姿を現した。

 

「響ッ!?」

「ん、無事でよかった」

 

 美遊の姿を見て、どこかホッとしたような顔をする響。

 

 ヴラド三世を撃破した後、響はすぐさま取って返して美遊の下へと駆け付けた。

 

 そして、どうにか彼女の危機に間に合う事に成功したのだ。

 

 駆け寄ってくる美遊。

 

 その姿を響は、茫洋とした瞳で眺めている。

 

 流石に2騎のサーヴァントを同時に相手にしたため無傷とは行かないようだが、それでも軽症の範囲で済んでいる。

 

 どうやら美遊自身、サーヴァントとしての戦い方を心得てきているようだ。

 

 だからこそ、ファントムと黒騎士と言う、2人の敵を相手にしても粘り勝つ事が出来たのである。

 

「ありがとう、響」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 手を取って笑いかけてくる美遊。

 

 対して、響は少し照れくさそうに視線を逸らす。

 

 ほんのり、顔を赤くする少年。

 

 こうしているだけで、気恥ずかしさが込み上げてくる。

 

 そんな響の反応には気付かず、踵を返す美遊。

 

「さ、行こう。まだみんなが戦っている」

「ん」

 

 駆けだす2人。

 

 戦場を掛ける、幼いサーヴァント達。

 

 その手は、しっかりと互いの掌を握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

第16話「罪の在り処」