Fate/cross wind (ファルクラム)
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プロローグ
第1話「フィニス・カルデア」


 

 

 

 

 

 

 

 

 人は、

 

 自分の立つ大地が、突如として崩れる事を想像する者がいるだろうか?

 

 ある日突然、自分の頭の上に隕石が落ちてくる事を想像するだろうか?

 

 ありえない。

 

 そんな事あるはずが無い。

 

 そう言って笑い飛ばすのが当然の事だろう。

 

 誰もが当たり前の日常を当たり前に過ごす事を、当然として受け入れている。

 

 誰も、自らのすぐ隣に、滅びの運命が待ち受けている、などとは想像しない。

 

 皆が皆、昨日と同じ今日、今日と同じ明日を生き続けていく。

 

 だが、

 

 誰もが知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人類の命運はとっくに尽きていた、という事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、雪と氷に閉ざされた世界だった。

 

 標高6000メートル。

 

 人跡もまばらな山の上。

 

 しかし、そこに明らかな人工物が見て取れた。

 

 白亜の外壁を持つ巨大な建造物は、吹き付ける猛吹雪の中に静かに佇んでいた。

 

 人理継続保障機関フィニス・カルデア

 

 国際連合所属の正式承認機関である、このカルデアは同時に魔術協会の天体科を統べるアニムスフィア家の管轄に置かれ、運営されていた。

 

 その目的は取りも直さず、人類史を存続させること。

 

 いささか、話が壮大すぎるきらいがある、と思うかもしれない。

 

 聞く人によっては、単なる誇大妄想と受け取る者もいるだろう。

 

 だが、決して誇張ではない。

 

 彼らはそれを可能にするだけの技術を有していた。

 

 疑似地球環境モデル「カルデアス」。

 

 そして、近未来観測レンズ「シバ」。

 

 カルデアが誇る発明品の中で、特に代表的なこの二つがあるからこそ、人理観測を可能としているのだ。

 

 前者は地球の魂を複写した疑似天球とも呼べる代物であり、同時に地球のコピーした物でもある。このカルデアスを使用すれば、地球上における現在、過去、未来を再現する事が可能となる。

 

 だが、カルデアスだけでは、地球の状況について再現は出来ても、観測する事は出来ない。

 

 そこで必要になるのが、「シバ」の存在である。

 

 レフ・ライノール教授によって作成されたシバはカルデアスを取り囲むように複数枚配置され、常に変化が起こらないか、常に観測している。

 

 カルデアスとシバ。

 

 人理観測の両輪とも言うべき、この2つがあるからこそ、カルデアは本来ならなし得る事のできないはずの人理観測が可能となっているのだ。

 

 勿論、これだけの代物を、一朝一夕で用意できるはずもない。

 

 その為に科学、魔術、双方から現代最高クラスとも言えるスタッフがカルデアに集結している。

 

 全ては人類の歴史を安定させるため。

 

 未来における人類の絶滅を、未然に回避する為に存在している。

 

 故に、「人理」の「継続」を「保障」する機関、と言う訳だ。

 

 

 

 

 

 金属製の床を踏む靴音が、甲高く響き渡る。

 

 歩く少女は、少し急ぎ足に目的の場所へと向かっていた。

 

 短く切った髪は、前髪だけ伸ばして、少女の右目を覆い隠している。

 

 細い体つきはおよそ運動とは無縁そうである。

 

 全体的に大人しめな印象の少女。

 

 どこか人気のない図書館辺りで、ひっそりと本を読んでいる。そんなイメージが似合いそうな雰囲気である。

 

 少女は時刻を確認しながら、気持ち、歩く足を速める。

 

 もうすぐファーストミッションのブリーフィングが始まる。その前に集合場所に行かなければ。

 

 このカルデアの所長は、規則にはことのほか厳しい人なのだ。時間に遅れようものなら、何を言われるか分からなかった。

 

 ふと、窓の外に目をやる。

 

 相変わらずの雪景色を、何の感慨も無く眺めながら通り過ぎようとした。

 

 その時だった。

 

 ふと少女は、足を止めて前方を見やる。

 

 目の前の床に、良く見慣れた白い毛玉が佇んでいたからだ。

 

「・・・・・・フォウさん?」

 

 リスのような猫のような、白い毛並みの小さな動物。

 

 どこからか迷い込んで来たのか、いつの間にか、このカルデアに住み着いていたその動物の事を、職員たちはそのように呼んでいた。

 

 と、

 

「フォウッ」

 

 フォウと呼ばれた小動物は、短くそのように鳴くと、踵を返して駆けていく。

 

 何事だろう? と首をかしげる少女。

 

 すると、数歩進んだところで、フォウは再び振り返ってこちらに首を回す。

 

「フォウッ フォウッ」

 

 まるで何かを促すように、鳴き声を上げるフォウ。

 

 何か訴えたい事があるのかもしれない。

 

 そう考えた少女は、駆け足でフォウの後を着いていく。

 

 暫く、廊下を進んだ時だった。

 

 休憩用に備え付けられたソファーの上に、フォウがよじ登るのが見えた。

 

 足を止める少女。

 

 果たしてそこには、

 

 ソファーに腰かけて眠りこける、1人の少年の姿があった。

 

 年齢的には、少女よりも少し年上くらいに見える。少し癖のある黒髪を短く切り、瞼は静かに閉じて寝息を立てている。

 

 特徴的な白い制服を着ている所を見ると、この少年は、少女がこれから向かうはずだったブリーフィングの参加者。

 

 とある事情で、このカルデアに招聘された48人のうちの1人と言う事になる。

 

 しかし、なぜこんな場所で寝ているのだろう? もうすぐブリーフィングが始まると言うのに。

 

 訝りながら少年に近づく少女。

 

 フォウがさっきから、前脚でテシテシと少年のほっぺを叩いているが、一向に起きる気配が無かった。

 

「フォウッ フォウッ キューッ フー フォウッ」

 

 諦めたように、フォウが少女の方を見やる。

 

 仕方なく、少女は少年の肩に手を掛けた。

 

「起きてください・・・・・・起きてください」

 

 揺り動かす少女に対し、少年は僅かな呻きを発するが、やはり目を開けようとしない。

 

 少女は、更に強くゆするべく、手に力を込めた。

 

「起きてください・・・・・・先輩」

 

 そう呼びかけると、

 

 ようやく、少年はうっすらと目を開けた。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ、俺、は?」

「ようやく起きていただけましたか、先輩」

 

 ようやく覚醒した少年は、目の前で自分の顔を覗き込む少女を、不思議そうなまなざしで見つめる。

 

「えっと・・・・・・君は?」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて少女も、自分があまりにも不躾だった事に思い至ったらしい。

 

 慌てて立ち上がると居住まいを正す。

 

「その・・・・・・・・・・・・」

 

 少し考えてから、少女は再び口を開いた。

 

「何者か、と尋ねられたら、『名乗るほどの者ではない』と言うべきでしょうか・・・・・・」

「はあ・・・・・・・・・・・・」

 

 何となく「一度言ってみたかった」みたいなニュアンスの少女の態度に、少年はますます困惑を強める。

 

 いったい、何なのだろう?

 

 イマイチ状況が掴み切れず、首をかしげるしかなかった。

 

 と、

 

「フォウッ フォウッ ンキュ」

 

 少女の足元で、フォウが何かを催促するように鳴き声を上げる。

 

 そんな小動物の意を察したのか、少女は頷いて指し示す。

 

「ご紹介が遅れました。こちらはフォウさん。我がカルデアを自由に闊歩する、特権生物です」

「はあ・・・・・・そうですか」

 

 少年の人生において、初対面の相手にいきなりペットの紹介から入ったのは、目の前の少女が初めてだった。

 

 と、紹介が終わった事で、フォウは己の役割が終わったとばかりに廊下を駆け去って行ってしまった。

 

「行ってしまいました・・・・・・」

「その、何て言うか、不思議な生き物だね」

 

 それ以上、コメントのしようがない。

 

 そもそも、目の前の少女は誰なんだろう?

 

 そんな事を考えた時だった。

 

「マシュ、こんな所にいたのか。そろそろブリーフィングの時間だぞ」

 

 掛けられた声に2人が振り返ると、身なりの良い男性が手を上げながら歩いてくるところだった。

 

 緑のコートに同色のシルクハットをかぶったその男性は、どこか落ち着いた雰囲気のある人物だった。

 

「あ、レフ教授。こちらの先輩が・・・・・・」

 

 マシュと呼ばれた少女は、少年を指し示す。

 

 対して、歩み寄って来た男性も、ソファに座ったままの少年を見下ろした。

 

「ふむ、見ればマスター候補のようだね。そう言えば、人数合わせで一般から公募した枠があったはずだが、君もその1人かな?」

「えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて、少年はここに至るまでの経緯を思い出す。

 

 確か、たまたま買い物に出かけた際、駅前で献血キャンペーンをやっており、そこへボランティア精神を発揮して参加したのがきっかけだった。

 

 採血が終わってしばらく休んでいると、係員の人がやってきて「あなたには○○の適性があります」などと言われ、同時にとある仕事をやってみないか、と誘われた。

 

 なんでも国連から正式に委託されている事業で、専門職以外にもモデルケースとして一般人の適正者も探していたのだとか。献血はその為のカムフラージュだったらしい。

 

 いささか、うさん臭い物を感じないでもなかった。何より、話が大仰すぎる。

 

 しかし、調べると国連の正式事業であると言うのは本当らしいし、何より報酬がとんでもなく高額だった。学生の身分としては、目玉が飛び出そうになったほどである。

 

 そんな訳で、

 

 若干の不安はあった物の、学校が長期休暇中と言う事もあり、依頼を受ける事としたのだ。

 

 指定された日に空港へ行き、係員の人と国際便の飛行機に乗って最寄りの空港へ。

 

 そこからヘリで、このカルデアまでやって来た、と言う訳である。

 

 だが、入り口で再度の検査を受けた後、どうにも眠気が堪えきれなくなり、あのソファで眠ってしまっていた、と言う訳らしい。

 

「それは何とも、配慮が足りなくて申し訳なかったね。恐らく君が眠気に襲われたのは、慣れない霊視ダイブの影響だと思う」

 

 言われて、入館の際に簡単なシュミレーションも受けた事を思い出す。眠くなったのは、その影響らしい。

 

「申し遅れました」

 

 そこで、少女は改めて少年に向き直って言った。

 

「私はマシュ・キリエライト。ここの職員をしています。よろしくお願いします、先輩」

「私はレフ・ライノール。よろしく頼むよ」

 

 2人の名乗りを受けて、少年も立ち上がる。

 

 まだ色々と釈然としない物を感じないでもないが、こうして名乗ってもらった以上、こちらも名乗らない訳にはいかなかった。

 

「俺は、藤丸立香(ふじまる りつか)。よろしく」

 

 名乗ってから、そもそもの疑問を尋ねてみた。

 

「そう言えば、何でマシュは、俺の事を『先輩』って呼ぶんだ?」

 

 立場的な物を見れば、マシュの方が立香よりも圧倒的に「先輩」である。年齢的にも、そう変わらないように見えるが。

 

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言い淀むマシュ。

 

 対して立香は首をかしげる。それほど難しい質問をしたつもりは無いのだが。

 

 困るマシュに、横合いからレフが助け舟を出した。

 

「彼女は、その・・・・・・いささか特殊な事情があってね。それ故、彼女にとっては君くらいの人間が全て、人生の『先輩』と言えるのだよ」

「成程・・・・・・・・・・・・」

 

 事情は分からないが、何か理由があるのだろう、と言う事は理解できた。

 

「しかしマシュ、君がこうまではっきりと『先輩』と呼ぶのは彼が初めてだね。何か理由があるのかい?」

 

 どうやらマシュの行動は、レフにとっても興味深かったものらしい。

 

 尋ねられてマシュは、立香を見ながら答えた。

 

「理由・・・・・・ですか? それは、立香さんが、今までで会って来た人の中で、一番人間らしいからです」

「ふむ、それは?」

 

 さらに突っ込んで尋ねるレフ。

 

 対して、マシュは微笑みながら答えた。

 

「まったく脅威を感じません。ですので、敵対する理由が皆無です」

「あ、そう・・・・・・」

 

 何とも返答に困る回答に、立香も二の句が告げられない。

 

 人畜無害だと思われたのか、あるいは能天気と思われたのか。

 

 まあ、マシュの態度を見る限り、悪意から出た言葉ではなさそうだった。

 

「成程」

「いや、何が成程なんですか?」

 

 そんなマシュの言葉を聞いて一人で納得するレフに、立香は戸惑いを隠せずに質問する。

 

 対してレフは、頷きながら答えた。

 

「いやなに、このカルデアの職員には一癖も二癖もある連中が多いからね。藤丸君とは、どうやらいい関係を築けそうだよ」

「そ、そうすか」

 

 飄々とした態度のレフとは裏腹に、何だかこれからの生活に不安を感じずにはいられない立香。

 

 ひょっとすると自分は、早まっただろうか?

 

「レフ教授が気に入ると言う事は、所長が一番嫌うタイプの人間ですね、立香先輩は」

「ふむ、確かにね。しかし、逃げる訳にも行くまい。ここは出たとこ勝負と行こうか。なに、あれでも慣れてしまえば、愛嬌のある人だよ」

 

 何とも不穏な言葉のオンパレードだった。

 

 だがマシュは見た目にも美少女と言って良い。そんな可愛い女の子に「先輩呼ばわり」されるのは、理由はどうあれ、思春期の少年としては、悪い気はしなかった。

 

 ともあれ、時間も押してると言う事で、後の話は歩きながら説明する事となった。

 

 それによると、今回のミッションには魔術協会から選りすぐられた精鋭魔術師38名と、一般公募の適正者10名が主軸となり、このカルデアの数100人からなる職員全員がバックアップする形となる大規模な物なのだとか。

 

 立香は、その一般公募枠の1人と言う訳である。

 

 まず、一般人の立香からすれば、「魔術」などと言うファンタジーな世界が実在すること自体、驚愕の限りなのだが、こうしてカルデアが存在している以上、それを信じない訳にも行かなかった。

 

 そうしている内に、3人は大きな扉の前までやって来た。

 

「ここがブリーフィングを行う部屋ですね。少し、時間に遅れてしまいました」

 

 時計を見れば確かに、マシュの言う通り、予定時間を5分ほどオーバーしていた。

 

「いや、助かったよマシュ。何だか頭がまだぼーっとしててさ。正直、俺1人じゃここまでたどり着けなかったかもしれないし」

「おいおい、大丈夫かね? 何だったら、医務室の方で少し休んだ方が良いんじゃないか?」

 

 苦笑する立香を気遣うように、レフがそう言ってくる。

 

 対して、立香は笑いながら手を振る。

 

「いや、それは流石に悪いし。ブリーフィングは出る事にしますよ」

 

 遅刻した上にボイコットまでやらかしたりしたら、噂の「おっかない所長」に何を言われるか分かった物ではなかった。

 

「そうか、まあ好きにしたまえ」

 

 そう言うとレフに従い、立香とマシュも部屋の中に入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一同が静粛に自分の席に座る中、

 

 壇上に立った1人の女性が、一同を睥睨するように見据えていた。

 

 キチッとした制服を着込み、銀色の長い髪をまとめ上げた、どこか凛とした印象のある女性だ。

 

 壇上に立った女性は、鋭い視線で居並ぶ候補生全員を見回して口を開いた。

 

「皆さん。特務機関カルデアへようこそ。私が、所長のオルガマリー・アニムスフィアです」

 

 ブリーフィングは、そんな感じで始まった。

 

「あなた達は各国から選抜・発見された、稀有な才能を持つ人間です。才能とは霊視ダイブを可能とする適性の事。魔術回路を持ち、マスターとなる資格を持つ者。あなた達は前例の無い、魔術と科学を融合させた、最新の魔術師に生まれ変わるのです」

 

 オルガマリーの説明は続いていく。

 

 だが、そんな中、

 

 最前列の席に座った立香は、落ちそうになる意識を辛うじて支えながら説明を聞いていた。

 

 どうやらまだ、シュミレーションの後遺症とやらが残っているらしい。ここはレフの言う通り、医務室で休ませてもらえばよかった。

 

「・・・・・・とは言え、それはあくまで『特別な才能』であって、あなた達自身が『特別な人間』と言う訳ではありません。ここではあなた達全員が、同じスタート地点に立つ、未熟な新人だと理解しなさい。特に協会から派遣されてきた魔術師は学生気分が抜けていないようですが、それはすぐに改めるように。ここでは、私の指示が絶対です。意見、反論は認めません」

 

 高圧的に言ってのけるオルガマリー。

 

 どうやら本人的には最初の内に自分とマスター候補生たちとの立場を明確にしておきたいとの意図が働いてしまい、このような威圧するような訓示に現れてしまったらしい。

 

 とは言え、それが却って「背伸びをしている」感を出してしまっている様子すらあった。

 

 オルガマリー自身、その事は自覚しているのかもしれない。だからこそ、必死に自分を保とうとしている感もあった。

 

 案の定と言うか、マスター候補生たちの間にも動揺が起こる。

 

 人間誰しも、自分に価値が無いかのように言われれば憤る物だ。

 

 特に、オルガマリー自身が言ったように、魔術協会から派遣されてきた魔術師たちは、皆エリート揃い。殆どの者が、己の血と魔術に誇りを持っている。

 

 いかに所長とは言え、年若いオルガマリーに下に見られる謂れはない。

 

 だが、オルガマリーはそんな一同の思惑をよそに続ける。

 

「あなた達は人類史を守る為だけの道具に過ぎない事を自覚する・・・・・・よう・・・・・・に・・・・・・・・・・・・」

 

 言っている最中に、オルガマリーの言葉が不自然に途切れる。

 

 その鋭い視線が、最前列に座るマスター候補生に目を向けた。

 

 その候補生は、あろうことかオルガマリーの「ありがたい訓示」の真っ最中に、最前列で堂々と居眠りをこいていたのだ。

 

 

 

 

 

 質問:1

 

 あなたは学校の教師だとします。自分の受け持つ授業で居眠りをしている学生を見つけた場合、どのように対処しますか。次の3つの選択肢から答えなさい。

 

1、叩く

 

2、立たせる

 

3、つまみ出す

 

 

 

 

 

 人理継続保障機関フィニス・カルデア所長オルガマリー・アニムスフィアは、

 

 全部実行した。

 

 ツカツカと、居眠りぶっこいてる不届きな学生に、足早に歩み寄るオルガマリー。

 

 そして、

 

 スパーンッ

「どわァッ!?」

 

 いきなり頭をブッ叩かれた立香。

 

 その意識は、今度こそ完全に覚醒した。

 

 とは言え、

 

 いささか以上に遅すぎたが。

 

 目を開けた立香の視界にドアップで飛び込んで来たのは、明らかな怒り顔のオルガマリーだった。

 

「立ちなさい!!」

「は、はいッ」

 

 雰囲気に押されて、思わず背筋を伸ばして上がる立香。

 

 そんな立香を、オルガマリーは怒り心頭な目付きで睨む。

 

「あなた、名前はッ!?」

「アッハイ、マスター候補生ナンバー48番、藤丸立香ですッ」

 

 立香の言葉を聞き、

 

 オルガマリーの表情は、更に険しさを増す。

 

「48番・・・・・・つまり一般公募枠って事・・・・・・・そんな奴に、私は・・・・・・」

 

 何かをこらえるように、ブツブツと声を押し殺して呟くオルガマリー。

 

 やがて、全てを呑み込むようにして再び立香を睨みつけた。

 

「出て行きなさいッ 今すぐ!! ここはあなたのような人間にいる資格はありません!!」

 

 そう言うと、オルガマリーは容赦なく入口の方を指差した。

 

 

 

 

 

 一連の騒動は、当然ながら他の候補生たちにも見られていた。

 

 中には露骨に立香を指差して、侮蔑の笑いを浮かべている者までいる。

 

 彼らのようなエリート魔術師にとって、立香のような「落伍者」は、格好の物笑いの種と言う訳だ。

 

 そんな中、

 

 最後列に座った少女は、一連の様子を眺めると、やれやれとばかりに嘆息した。

 

「・・・・・・・・・・・・馬鹿」

 

 痛む頭を抱えつつ、そっと席から立ち上がる少女。

 

 そのまま人目に付かないように、つまみ出された立香を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 扉を閉められる。

 

 その様に、立香はやれやれとばかりに嘆息した。

 

「完全に締め出されてしまいましたね立香先輩。でも、おかげで意識は完全に覚醒したみたいで何よりです」

 

 なぜか一緒について来たマシュが、そんな風に告げる。

 

 そんなマシュに、立香は力なく笑う。

 

「まいったね。これからどうしよう?」

「こうなったら、立香先輩のファーストミッションへの参加は難しいでと思います。ですので、お部屋の方に案内しますので、そちらで休まれてはいかがでしょう?」

 

 それは、確かに魅力的な案だった。

 

 そもそも長旅で疲れている身である。休める時に休みたかった。

 

「それじゃあ、お願いするよ、マシュ」

「はい。それじゃあ先輩、着いて来てください」

 

 そう言って踵を返したマシュに、立香が着いて行こうとした時だった。

 

「まったく、何やってんのよ兄貴。マヌケにも程があるわよ」

 

 呆れた調子の声に2人が振り返ると、1人の少女が嘆息しながら立っていた。

 

 やや赤み掛かって髪をサイドで纏めて結び、全体的に小柄な印象のある少女である。

 

 その姿に、立香は嘆息しつつ振り返った。

 

「薄情だぞ凛果(りんか)。何で追いてったんだよ?」

「だって、随分気持ちよさそうに寝てたんだもん。起こしたら悪いと思って」

 

 立香の言葉に対し、凛果と呼ばれた少女は、唇を尖らせて答える。

 

 その様子を見ていたマシュが、状況を呑み込めずに首を傾げた。

 

「あの先輩、こちらの方は?

「ああ、こいつは・・・・・・」

 

 尋ねるマシュに応えようとする立香。

 

 だが、立香が答えるよりも先に、凛果の方が口を開いた。

 

「うわ、何この子、可愛いッ 兄貴、早速ナンパでもしたの?」

「こらッ 人聞きの悪いこと言うなよ」

 

 からかい口調の相手に対し、立香は嘆息しながら窘めると、改めてマシュの方を見やった。

 

「マシュ、こいつは俺の双子の妹で、藤丸凛果(ふじまる りんか)だ」

「マシュって言うんだ。よろしくね」

 

 そう言うと、凛果は手をひらひらと振って見せる。

 

「先輩の妹さん・・・・・・・・・・・・」

 

 呟くように言ってから、マシュは何かに気付いたように頷いた。

 

「あまり似てらっしゃらないのは、所謂『二卵性双生児』だから、ですか?」

「お、正解。よく分かったね」

 

 確かに、立香と凛果の顔だちは、男女差もあってあまり似ていない。

 

 立香の方は少年らしく引き締まった表情をしているのに対し、凛果は少し丸みがあって愛嬌を感じさせる。

 

 全体的に見れば似ている個所もあるが、言われなければ気付かなかった。

 

 二卵性双生児ならば、あまり似ていない事も納得だった。

 

 それにしても、

 

「何でお前まで出て来たんだよ? ブリーフィングに参加しなくても良いのか?」

「あのね、兄貴・・・・・・・・・・・・」

 

 兄の言葉に、凛果は今度こそ完全に呆れたとばかりに、深々とため息を吐いた。

 

「あの様子じゃ、兄貴はどうせクビでしょ。この後、強制帰国って事になるだろうし、そうなったら、あたしだけここに残されちゃうでしょ。そんなのまっぴらごめんよ」

「あ、そうか」

 

 その点に思い至らなかった立香は、そう言って手を打つ。

 

 確かに、こんな場所に妹を1人置いていく事には不安があるのも確かだった。

 

 そんな兄の反応を見ながら、凛果は少し悪戯っぽく笑って見せる。

 

「あ~あ、間抜けな兄貴のおかげで、せっかくの高額バイト料、取り損ねちゃったな」

「お前な・・・・・・・・・・・・」

 

 兄よりも金かよ。

 

 そうツッコむ立香に対し、凛果はアハハ―と笑って見せた。

 

「嘘嘘。ほら、お部屋に行くんでしょ。マシュ、案内して」

「は、はい。では、こちらへ」

 

 そう言うと、藤丸兄妹を連れて、マシュは歩き出す。

 

 対して、立香と凛果も顔を見合わせると、少女の後からついていくのだった。

 

 

 

 

 

 運命(Fate)は動き出した。

 

 もう、誰にも止める事は叶わない。

 

 彼らが突き進む先にあるのは破滅か? あるいは絶望か?

 

 若きマスターたちはまだ、己の進む先がどこかすら、見定めてはいなかった。

 

 

 

 

 

第1話「フィニス・カルデア」      終わり

 




主人公紹介

藤丸立香(ふじまる りつか)
年齢:17歳
性別:男
身長:167センチ
体重:58キロ

備考
本作の主人公、その1。男主人公(いわゆる「ぐだ男」)基本的に楽観主義者で、物事をいい意味で深く考えず、一見すると能天気とも言える雰囲気を持つ。ただし、一度決めた事は決して曲げようとしない強さを持つ。

藤丸凛果(ふじまる りんか)
年齢:17歳
性別:女
身長:154センチ
体重:42キロ

備考
本作の主人公、その2。女主人公(いわゆる「ぐだ子」)。立香とは双子の兄妹。素直で面倒見がいい性格。普段は彼女が立香を引っ張っているように見えるが、いざという時には彼女の方が振り回される事が多い。


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第2話「レイシフト」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案内された居住区は、どこも同じような間取りで、何となく病院みたいな印象が感じられる。

 

 同じような扉が並んでいる中、マシュはその内の一つの前で足を止めた。

 

「こちらが、立香先輩のお部屋になります。荷物などは、もう運び込まれているはずです」

「ああ、色々とありがとうマシュ」

 

 案内してくれたマシュに、立香は礼を言う。

 

 それにしても、

 

 立香は何の気なしに、自分の部屋として紹介された扉を見やる。

 

 多分、この部屋との付き合いは短い物になるだろう。

 

 もしかしたら、明日には放り出される事になるかもしれない。そう思うと、あまり感慨もわいてこなかった。

 

「あの・・・・・・」

 

 そんな立香に、マシュが話しかける。

 

「一応、凛果先輩とは別の部屋になってますので」

「いや、そうじゃないと困るよ」

 

 ずれた事を言うマシュに、横合いから凛果がツッコミを入れた。

 

 自分が失言したと言う自覚はあるのだろう。マシュが慌てて訂正してきた。

 

「すみません。兄妹ですから、同じ部屋の方が良いとばかり思っていたので」

「いや、俺等も子供じゃないから」

 

 苦笑しながら立香が言う。

 

 流石に17にもなって、兄妹一緒の部屋は勘弁してほしかった。

 

 その時だった。

 

「フォーウッ」

 

 突如、飛来する白い物体。

 

 そのまま、マシュの顔面目掛けて「着地」した。

 

「ワブッ!? フォウさんッ!?」

 

 驚いてよろけるマシュ。

 

 フォウはそのままマシュの首を回り、彼女の左肩へと落ち着いた。

 

「だ、大丈夫か、マシュ?」

「は、はい。慣れていますので」

 

 どうやら、彼女にとってフォウの顔面ダイブは日常茶飯事らしかった。

 

 と、

 

 突然現れたフォウに、目を輝かせたのは凛果だった。

 

「ふわーッ 何この子ッ 可愛い!! すっごく可愛い!!」

「フォウッ ンキュッ フー」

 

 そう言いながら、マシュの肩に乗っているフォウをワシワシと撫でる。

 

 フォウの方もまんざらでないのか、気持ちよさそうにされるがままになっていた。

 

 すると、フォウは今度は、腕を伝って凛果の肩によじ登り、そのまま居ついてしまった。

 

「どうやら、フォウさんが先輩方のお世話をしてくれるそうです」

「そうなんだ。ていうか、言ってる事が判るの?」

 

 マシュとフォウを交互に見ながら尋ねる凛果。

 

 マシュがフォウの言葉を本当に判っているのかどうかはともかく、フォウが凛果の肩から動こうとしないのは事実だった。

 

 その様子を見ながら、マシュは踵を返した。

 

「それじゃ先輩方。私はこれで」

「あ、マシュ」

 

 そのまま戻ろうとするマシュを、立香が呼び止めた。

 

「本当に色々とありがとうな。マシュは、ミッションってのに参加するのか?」

「はい。私はAチームに所属していますので」

 

 Aチームは、今回集められたマスター候補生の中で、特に最精鋭と思われる魔術師で編成された班である。

 

 立香達は知らない事だったが、マシュはその中でもトップ。主席の地位にいるのだった。

 

「それじゃあ立香先輩、凛果先輩、また後で。ゆっくりしていてください」

 

 そう言うと、廊下を走っていくマシュ。

 

 少女の後姿を、立香は見えなくなるまで見送った。

 

「可愛い子だよね、マシュ」

「フォウッ フォウッ」

 

 と、そんな兄をからかうように、凛果が声を掛けて来る。

 

 その声に、立香は我に返った。

 

「何だよ、変な事言って。何か言いたい事でもあるのか?」

「んー、別に」

 

 そう言って意味ありげに笑う凛果。

 

 そんな妹に、立香は嘆息する。

 

「それにしても凛果、本当に良かったのか? 所長に目を付けられたのは俺だけなんだし、何だったらお前だけでも残れば・・・・・・」

「ああ、良いの良いの」

 

 兄の言葉を遮って、凛果はひらひらと手を振って見せた。

 

「どうもね、あの所長さん、ちょっと好きになれそうもないし。あんな人の下で働くくらいなら、日本に帰った方がマシかなって思って」

「勿体ないな」

 

 苦笑しながら肩を竦める立香。

 

 とは言え、こうなったら凛果も、梃子でも意見を曲げないであろうことは、昔から判り切っている。説得するだけ時間の無駄だった。

 

 諦めたように、部屋のスライドドアを開ける立香。

 

 そこで、

 

 中にいた男と、ばっちり目が合ってしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「フォウ・・・・・・・・・・・・」

 

 3人と1匹の間に、気まずい沈黙が走る。

 

 部屋の中にいる男は、ベッドの上に堂々と胡坐をかき、手にしたまんじゅうを頬張った状態で動きを止めていた。

 

 改めて言うが、

 

 ここはマスター候補生48番、藤丸立香の私室である。少なくとも今のところは。

 

 ならば、そこに「先客」がいるなどと、誰が想像し得ようか?

 

 と、

 

 部屋の中にいた男は、急いで口の中のまんじゅうを飲み込みにかかる。

 

 途中で喉に引っ掛かり、胸を叩いたりお茶を飲んだりする事、約1分。

 

 ようやく饅頭を呑み込み終えたところで、立香と凛果をズビシっと指差した。

 

「誰だ、君達は!?」

 

 それはこっちのセリフだ。

 

 という前に、男は畳みかけてくる。

 

「ここは僕のサボり部屋だぞ!!」

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

 絶句する藤丸兄妹。

 

 初対面で堂々とサボり宣言する奴は初めて見た。

 

 年齢的には20代前半から中盤くらいだろうか? 白衣を着ている所を見ると医者のようにも見える。少し長い髪を後頭部で纏めて縛っている。柔和な印象のある青年だ。

 

 まったくもって色々な人間がいる物である。どうやらカルデアは、思った以上に愉快な場所らしかった。

 

「て言うか、ここ俺の部屋なんですけど?」

「て言うか、あんたこそ誰よ?」

 

 不審な眼差しを向ける立香と凛果。

 

 対して、

 

 部屋の中にいたサボり男は、脱力したように息を吐いた。

 

「君の部屋・・・・・・て事は、そうか、ついに最後の子が来ちゃったか」

 

 いったい、何に対して落胆しているのやら。

 

 ともかく、事情を了解したらしい男は、改めて2人に向き直った。

 

「僕はロマ二・アーキマン。このカルデアで医療部門のトップをしている。よろしくね」

 

 どうやら、目の前のサボり男は、見た目に寄らず随分と高い地位にいる人物だったようだ。

 

「他のみんなからは、ドクター・ロマンって呼ばれてる。良いよね『ロマン』って響き。格好良いし。君達も遠慮なくロマンって呼んでくれ」

 

 そう言ってアハハ―と笑うロマニ。

 

 そんな様子を見ながら、藤丸兄妹はヒソヒソと話し合う。

 

『ちょ、何なのよ、このゆるふわ系は?』

『お、俺に聞くなよ』

『こんな奴等ばっかりで、カルデア(ここ)、大丈夫なの?』

 

 そんな藤丸兄妹の様子を他所に、ロマニは饅頭を頬張りながら話しかけてきた。

 

「君達、マスター候補生なんだろ? なら今頃はファーストミッションに参加する頃合いじゃないか。こんな所で油売ってて大丈夫なのかい?」

「それが・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて、立香は大凡の事情について説明した。

 

 ブリーフィングの最中に、所長に怒られてつまみ出された事。

 

 それに便乗して、凛果が抜け出して来た事など。

 

 それを聞いて、ロマニも納得したように頷きを返す。

 

「成程、マリー所長にね。そいつは災難だったね。あ、食べる?」

 

 差し出された饅頭を受け取りつつ、立香と凛果も適当な椅子に座る。

 

 その様子を見ながら、ロマニも新しい饅頭に手を出した。

 

「実は僕もね、所長から追い出されたクチなんだよ。『ロマニがいると空気が緩むから』とか言われてね。何でだろう?」

「いえ、納得の理由だと思います」

 

 首をかしげるロマニに、凛果があきれ顔にツッコミを入れる。

 

 その点に関しては、オルガマリーの名采配だと思った。

 

 そこで、立香は真剣な眼差しで尋ねた。

 

「あの、ドクター。ちょっと、聞きたい事があるんですけど」

「ロマンで良いよ。それで、何だい?」

 

 立香の表情から、何か真剣な事を聞きたいのだろうと感じ取ったロマンは、自身も改まる。

 

 対して、立香も抱えていた様々な疑問をぶつけてみる事にした。

 

「そもそも、このカルデアって何するところなんですか?」

 

 言いながら、立香は傍らの妹を見やる。

 

「俺も凛果も、殆ど説明受けないうちに連れてこられたから、そこらへんイマイチよく分かってなくて」

「成程、もっともな質問だね」

 

 ロマニは頷くと、立香の疑問に対して説明した。

 

 そもそもカルデアは、人類史を長く継続させることを目的に設立された。

 

 人類の未来とは本来、とても不安定な代物であり、ちょっとした事象の変化で取り返しのつかない事態になる事も有り得るのだとか。

 

 その不安定な未来を確固たる形で変革、決定させ、人類の未来における絶滅を防ぐ事。

 

 それこそがカルデアの持つ最大の使命だった。

 

 これまでカルデアは、カルデアスやシバと言った様々な発明品を用い、100年先までの未来を観測し続けてきた。

 

 「予測」ではなく「観測」。

 

 まるで天体を観測するように、カルデアは未来を観測してきたのだ。

 

 だが異常は、半年前のある時を境に起こり始めた。

 

 本来ならカルデアスに映し出されるはずの文明の光が消え去り、未来の観測が困難になってしまったのだ。

 

 これは由々しき事態である。

 

 カルデアスは地球の疑似モデル。要するに「生きた地球儀」とも言える存在であり、カルデアス上で起こった事は、実際の世界でも起こる事を意味している。

 

 つまり、人類は2016年でもって、全滅する事が確定したに等しかった。

 

 焦ったのはカルデア、そしてその上位組織である国際連合である。

 

 何としても原因を究明し、事態を打開しなくてはならない。

 

 そこでカルデアは、カルデアス、シバと並ぶ発明品である事象記録電脳魔「ラプラス」、および量子演算装置トリスメギストスを用いて、過去2000年分の情報を洗い出した。

 

 その結果、あぶり出された異常は、2004年、日本の地方都市「冬木」に存在した。

 

 カルデアはこれを人類絶滅の原因「特異点」と捉え、原因究明、および破壊を決定した。

 

 これが、ミッションの内容である。

 

 その為に必要なレイシフト可能適正者48名を、魔術協会、および一般から集めたわけである。

 

 レイシフトとは、人間を量子に変換し、予め設定した時代やポイントに飛ばす技術の事を差す。

 

 簡単に言えば、タイムマシンの魔術版とも言うべき代物だった。

 

「て、感じかな」

 

 そう言うと、ロマニは手元の湯飲みに入っていたお茶を飲みほした。

 

 正直、立香も凛果も、説明された事の半分も理解できなかった。

 

 人類が2016年で全滅する?

 

 その為に魔術師が集められた?

 

 完全に理解の範囲外である。

 

 これは本格的に、さっさとお暇するべきだと思い始めた時だった。

 

 ロマニの腕に嵌められた、腕時計のような機械が、何やらアラームを響かせた。

 

《ロマニ》

 

 どうやら通信機の役割をしているらしい、その「腕時計」から、レフ教授の声が聞こえてきた。

 

「レフ、どうかしたのかい?」

《あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えて、こちらに来ておいてくれ。医務室からなら2分もあれば着けるだろう》

 

 そう言うとレフは、ロマニの返事を待たず、一方的に通信を切ってしまった。

 

 後には、気まずい沈黙だけが残される。

 

「フォウッ」

「ここ、医務室じゃないですけどね」

 

 改めて言うまでもなく、ここはマスター候補生48番、藤丸立香の私室である。ここから管制室までは、どう急いでも5分以上かかる。

 

「・・・・・・ま、少しくらいの遅刻は許されるよね」

 

 開き直ったように言いながら饅頭を頬張るロマニ。

 

 本当に、こんなのが部門トップで大丈夫なのだろうか?

 

「頭脳労働者には糖分接種は必須だよ。前はパンケーキ派だったんだけど、今は漉し餡が好きかな? 凛果君はどうだい? やっぱり女子らしくスイーツとかは?」

「はあ、そりゃまあ、人並みには・・・・・・」

 

 いい加減行かないと、本気で怒られると思うのだが。

 

 そう言いかけた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、強烈な振動がカルデア全体を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3人とも、思わず座ったままよろけてしまうほど、強烈な振動。

 

 地面そのものが一瞬、浮き上がったようにさえ錯覚してしまった。

 

「何だッ 地震!?」

「いや、これは・・・・・・」

 

 驚く立香に、ロマニはそれまで緩んでいた表情を一瞬で引き締めて答える。

 

 衝撃の直前、強烈な爆発音が聞こえた。それも、カルデアの内部からだ。

 

 その時だった。

 

《緊急事態発生、緊急事態発生、中央発電所及び中央管制室で火災が発生しました。中央区角の隔壁は240秒後に閉鎖されます。職員は速やかに、第2ゲートから退避してください。繰り返します・・・・・・・・・・・・》

 

 不吉が、現実となる。

 

 爆発事故。

 

 しかも中央管制室は今、レイシフトの為にカルデアスタッフのほぼ全員が集まっていた筈。

 

「まずい事になったッ」

 

 ロマニは菓子箱を放り投げると、慌てて立ち上がる。

 

「僕は行って様子を見てくる。君達はここを動かないようにッ 良いね!!」

 

 先程まで見せていた緩い雰囲気をかなぐり捨てて、きつい口調で告げるロマニ。

 

 そのまま部屋を出て駆け去って行く。

 

 後には、藤丸兄妹とフォウのみが残された。

 

「・・・・・・動かないようにって」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果の言葉を聞きながら、立香は黙り込む。

 

 その脳裏に浮かぶのは、先程まで一緒にいた少女の事。

 

 マシュ・キリエライト。

 

 自分の事を「先輩」と呼んでくれたあの少女も、中央管制室にいた筈。

 

「クッ」

「あ、ちょっと、兄貴ッ!?」

 

 凛果の制止も聞かずに、部屋を飛び出す立香。

 

 フォウもまた、俊敏な足取りで立香の頭の上へと飛び乗る。

 

 そこには、爆発事故に対する危険も、ロマニの警告も関係なかった。

 

 ただ、あの少女を助けたい。その一心あるのみだった。

 

「あーもーッ いっつもこれなんだから!!」

 

 苛立ち紛れに叫ぶ凛果。

 

 彼女もまた、兄を追って部屋を飛び出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び込んだ中央管制室は地獄の様相を呈していた。

 

 爆発の衝撃で壁や天井が崩れ、瓦礫がそこら中に散乱していた。

 

 一面を覆う炎は尚も勢いを増しつつあり、部屋全体が灼熱の様相を呈していた。

 

 周囲に時々見える、人型をした炎の塊。

 

 あれは・・・・・・・・・・・・

 

 そこまでで、立香は思考を止める。

 

 考えるのは後回しだ。今、優先すべき事は他にあった。

 

「マシュッ どこだマシュッ 返事をしてくれ!!」

「フォウッ フォウッ!!」

 

 一緒に着いて来たフォウと一緒に叫ぶ立香。

 

 だが、返事は無い。

 

 周囲に生きている者の気配はなく、ただ死の匂いだけが充満しているようだ。

 

「マシューッ!!」

 

 声の限りに叫ぶ。

 

 だが、やはり返事は無い。

 

 絶望が、立香の心を理解し始める。

 

 炎はますます勢いを増し、

 

 ダメ、なのか?

 

 間に合わなかったのか?

 

 そう思った。

 

 その時、

 

「せ・・・・・・・・・・・・先輩?」

 

 微かに聞こえた声を、立香は聞き逃さなかった。

 

「マシュッ!?」

 

 すぐさま、声がした方へ駆け寄る。

 

 どこだ?

 

 どこにいる?

 

 はやる気持ちを抑える事が出来ず、立香は瓦礫をかき分けて奥へと進む。

 

 そして、

 

 見つけた。

 

 見つけて、しまった。

 

 結論から言えば、マシュは生きていた。

 

 だが、その言葉の前に「まだ」と付くが。

 

 マシュは天井から崩れ落ちてきた瓦礫に挟まれ、身動きが取れなくなっていた。

 

 上半身は辛うじて直撃を免れていたが、挟まれた下半身は恐らく完全に潰れてしまっているだろう。

 

 マシュはもう、助からない。それは火を見るよりも明らかだった。

 

「先輩・・・・・・どうして、来たんですか? ここは危ないです・・・・・・早く、逃げてください」

 

 自分が瀕死の状況にありながら、マシュは立香の方を心配しているのだ。

 

 ちょうどその時、生きていたスピーカーからアナウンスが流れてきた。

 

《観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。シバによる近未来観測データを書き換えます》

 

 その言葉につられるように、頭上にあるカルデアスを見やる立香。

 

 思わず、息を呑んだ。

 

 疑似地球環境モデル「カルデアス」。

 

 既に何度か説明した通り、地球そのものを再現したカルデアスは本来、地球と同じく青い色をしている。

 

 しかしどうだろう?

 

 見上げたカルデアスは、不吉なまでに真っ赤に染まっているではないか。

 

《近未来100年までの地球において、人類の痕跡は発見できません。人類の痕跡は発見できません人類の痕跡は発見できません》

 

 不吉なアナウンスが、上がれ続ける。

 

 まるで、地球そのものが燃え上がってしまったかのようである。

 

「カルデアスが・・・・・・・・・・・・」

 

 茫然と呟く立香。

 

 魔術的知識の無い立香から見ても、あれがいかに異常であるか、一目瞭然だった。

 

 アナウンスは、更に続く。

 

《中央隔壁封鎖します。館内洗浄開始まで、あと180秒です》

 

 同時に、瓦礫の向こうで何かが閉まる音が聞こえた。

 

「隔壁、閉まっちゃいましたね・・・・・・すみません。私のせいで・・・・・・」

 

 そう言って謝るマシュ。

 

 そうしている間にも、彼女は自分の身体が徐々に冷たくなっていくのを自覚している。

 

 不思議な事だった。

 

 周りはこれだけ派手に燃え盛っているのに、自分は寒気を覚えているのだから。

 

 これが「死」なのだ。

 

 そう、自覚する。

 

 このまま何もできずに死んでしまう。その事に、不安を感じずにはいられなかった。

 

 と、

 

「まあ、何とかなるさ」

 

 そう言うと、

 

 立香はあろう事か、マシュの傍らに座り込んでしまった。

 

「先輩、何を・・・・・・・・・・・・」

「いや、何となく」

 

 言いながら、立香はマシュに笑いかける。

 

「マシュの傍にいたいって思ってさ」

 

 その言葉だけで、マシュは自分の中にある不安が消えていくようだった。

 

 今日会ったばかりの、

 

 ほんの少し会話をしただけの、マシュにとっての「先輩」。

 

 その存在が、瀕死のマシュの心に、温かい光を齎していた。

 

「あの、立香先輩・・・・・・お願いがあります」

 

 マシュは、立香を見上げながら言った。

 

「手を・・・・・・握ってもらえますか?」

「うん? こうか?」

 

 そう言うと、マシュの手を握りしめる立香。

 

 炎は、ますます強くなり始める。

 

「兄貴ッ!! マシュ!!」

 

 遠くで、凛果が呼ぶ声が聞こえる。

 

 その声に答えようと、立香が顔を上げた時だった。

 

 

 

 

 

《レイシフト定員に達していません。該当マスターを検索中・・・・・・・・・・・・発見、適応番号48番「藤丸立香」、47番「藤丸凛果」をマスターとして再設定します。アンサモンプログラムスタート。全行程クリア。ファーストオーダー、実証を開始します》

 

 

 

 

 

 同時に、視界が光の渦に飲み込まれる。

 

 後には、何も判らなくなった。

 

 

 

 

 

第2話「レイシフト」      終わり

 



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特異点F 炎上汚染都市「冬木」
第1話「英霊顕現」


 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くとマシュは、ベッドの上に横になっていた。

 

 周囲一帯真っ白な空間の中、彼女の横たわるベッドだけがぽつんと置かれていた。

 

「・・・・・・わたしは、どうしたんでしょう?」

 

 曖昧な記憶を呼び覚まそうと、脳を動かす。

 

 自分は確か、ファーストミッションのレイシフトの為に中央管制室にいたはず。

 

 そこで爆発が起きて、

 

 気が付いたら炎に巻かれていた。

 

 そして、

 

 そこに来てくれたのが・・・・・・・・・・・・

 

「そうだ、立香先輩ッ」

 

 慌てて起き上がるマシュ。

 

 そのままベッドから出ようとして、

 

 床に倒れ込んだ。

 

「え・・・・・・・・・・・・?」

 

 思わず、振り返るマシュ。

 

 足が、動かない。

 

 不思議と、痛みは無い。

 

 だが、いくら力を入れようとしても、マシュの足はまるで置物と化したかのように、体にぶら下がっているだけになっていた。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

 

 戸惑いながらも、しかしマシュは這って前へと進もうとする。

 

 行かなければ。

 

 行って、立香にお礼を言わなければ。

 

 動かない足を引きずりながら、マシュは前へと進み続ける。

 

 その時、

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 マシュのすぐ目の前に、誰かがかがみ込んだ。

 

 伸ばされる手。

 

 顔は見えない。

 

 白い部屋の中にあって、辛うじてシルエットだけが透けて見える。

 

 歳の頃はマシュと同じくらいの、恐らく少年と思われる。

 

 奇妙な事に、その少年は、中世ヨーロッパ風の甲冑を着込んでいるように見えた。

 

 少年騎士が差し伸べた手を握るマシュ。

 

 すると不思議な事に、それまで全く動かなかったマシュの足が動き、立ち上がる事が出来たではないか。

 

「貴方は、もしかして・・・・・・・・・・・・」

 

 相手が誰なのか察し、問いかけるマシュ。

 

 だが、少年騎士は何も語らない。

 

 黙したまま、マシュをジッと見つめている。

 

 やがて、

 

 視界が光に包まれ、マシュはその中に飲み込まれていく。

 

 少年騎士は、そんなマシュをいつまでも見守っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地獄を抜けると、そこは地獄だった。

 

 昔の偉い文豪が書いた有名な文面を引用してしまうあたり、心にまだ余裕があるのだろうか?

 

 いえいえ、単なる現実逃避でございます。

 

 立ち尽くす藤丸立香は、そんな事を考えながら周囲をぐるりと見回す。

 

「どうなってんだ・・・・・・これ?」

 

 周囲は炎、炎、また炎。

 

 見回しても、一面の炎以外何もない。

 

 つい先ほどまでと同じ光景が広がっている。

 

 だが、一つ違うのは、先程までいたのがカルデアの中央管制室だったのに対し、今は間違いなく屋外であると言う事。

 

 更に言えば、場所。

 

 辛うじて焼け残った道路標識には、見覚えがある。

 

「・・・・・・・・・・・・ここは、日本?」

 

 茫然と呟く。

 

 間違いない。「止まれ」や速度表記、更には日本語で書かれた道路案内板など、ここが間違いなく日本である事を示していた。

 

「俺。さっきまでカルデアにいたはずなのに・・・・・・」

 

 それが今は、日本の街中にいる。

 

 訳が分からなかった。

 

 しかも、

 

 立香はもう一度、周囲を見まわす。

 

 瓦礫の山と化した街並み。まるで以前、テレビで見た事がある大地震の跡のようだ。

 

 日本の街で、これほどの破壊が行われたりしたらただ事ではない。死傷者も、いったいどれほどになったのか、見当もつかなかった。

 

「・・・・・・もしかして、これがレイシフトって奴なのか?」

 

 つい先ほど、ロマニから説明を受けた事を思い出して呟く。

 

 燃え盛る炎も、崩れ落ちた瓦礫も、決して偽物ではない。

 

 自分が夢を見ているとも思えない。

 

 となると、残る可能性は、レイシフト(そ れ)以外に考えられなかった。

 

 確かあの時、

 

 自分は燃え盛る中央管制室に飛び込み、瀕死のマシュに寄り添っていた筈。

 

 そして凛果が呼ぶ声が聞こえ、顔を上げた。

 

 その後の記憶が無い。

 

 恐らくあの瞬間、レイシフトが行われたのだ。

 

 そう言えば、アナウンスが何かを言っていたように思える。あの時は目の前のマシュに夢中だったため覚えていないが、あれがもしかしたらレイシフト開始を告げるアナウンスだったのかもしれない。

 

 しかし、

 

 だとしたらここは、ファーストミッションの舞台になるはずだった「特異点F」。2004年の日本の地方都市「冬木」と言う事になる。

 

 しかし、2004年の日本で、都市一つが丸ごと壊滅するような大火災は無かったはず。

 

 いったい、これはどういうことなのか?

 

 そう考えた時だった。

 

 視界の先で、複数の人影が動くのが見えた。

 

「お、誰かいる」

 

 街の生存者か、あるいは救助隊か。

 

 いずれにせよ、誰かに接触できれば状況も把握できるだろう。

 

「あの、すみませんッ」

 

 そう声を掛けながら、相手に近づく立香。

 

 その人影が見えた瞬間、

 

「なッ!?」

 

 思わず絶句した。

 

 目の前の人間。

 

 否、

 

 もはや人間ですらない。

 

 それは、

 

 人間だと思っていたそれは、

 

 襤褸を纏っただけの白骨に過ぎなかった。

 

 思わず、怖気を振るう立香。

 

 手に手に槍や剣を持った骸骨が、動いている。

 

 数にして数体程度だが、それがいかに恐ろしい光景であるか、語るまでもない事だろう。

 

「ひっ・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず、後じさる立香。

 

 その音に反応したように、骸骨兵士は一斉に振り返る。

 

 逃げなければッ

 

 本能的に踵を返して駆けだす立香。

 

「クソッ いったい何なんだよッ!?」

 

 訳が分からないことだらけで、頭が混乱してくる。

 

 とにかく今は、この状況だけでもどうにかしないと。

 

 追ってくる骸骨兵士たちを見やりながら、立香はそう考える。

 

 骸骨兵士たちの足は速い。このままでは、そのうち追いつかれてしまう事だろう。

 

 どうする?

 

 どうすれば良い?

 

 そう思った次の瞬間、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 向ける視線の先。

 

 立香の行く手を塞ぐように、新たな骸骨兵士の一団が現れていた。

 

 後から追ってくる骸骨兵士たちと合わせて、挟み撃ちにされた形である。

 

「クッ・・・・・・」

 

 唇を噛み占める立香。

 

 その間にも骸骨兵士たちは、徐々に包囲網を狭めてくる。

 

 こうなると最早、時間の問題である。

 

「どうする・・・・・・・・・・・・」

 

 相手は得体の知れない骸骨軍団。

 

 対してこっちは、完全ド素人が1人。

 

 まともに考えれば、勝機など一厘も無いだろう。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・こんな所で、終わってたまるかよ」

 

 喉の奥から絞り出すような声で、立香は呟く。

 

 諦めない。

 

 諦めたら、そこで全てが終わってしまう。

 

 どんな絶望的な状況であっても、諦めなければ必ず道は開けるのだ。

 

 近付いてくる骸骨兵士たちを睨みつける立香。

 

 どうする? 隙を見て殴りかかり、包囲網を突破するか?

 

 元より、立香の選択肢は「イチかバチか」しかない。こうなったら、その一点に賭ける以外ない。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩ッ 伏せてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛と響く少女の声。

 

 同時に

 

 右手の甲に走る鋭い痛み。

 

 同時に、複雑な光が手に走り、赤い文様が描かれる。

 

「何だ、これッ!?」

 

 驚く立香。

 

 そこへ、

 

 飛び込んで来た小柄な影が、骸骨兵士に襲い掛かった。

 

 手にした巨大な盾を一閃。複数の骸骨兵士が、成す術無く吹き飛ぶさまが見えた。

 

 更に動きを止めない。

 

 骸骨兵士たちが大勢を立て直す前に襲い掛かると、蹴り砕き、殴り倒し、更に手にした大盾で吹き飛ばす。

 

 その圧倒的な戦闘力を前に、数に勝る骸骨兵士たちは成す術がない。

 

 立香を包囲していた敵が一掃されるまで、ものの1分もかからなかった。

 

 立ち尽くす立香を守るように立つ少女。

 

 それは、

 

「マシュ・・・・・・・・・・・・」

 

 それは間違いなく、あのカルデアで出会った少女、マシュ・キリエライトだった。

 

 しかしその姿は、立香にとって見慣れた制服姿ではない。

 

 ノースリーブレオタードのようなインナーの上から、脚部、手甲、腰回りを覆う軽装の甲冑を身に着けている。

 

 全体的に防御力よりも、動きやすさを強調する印象だ。

 

 彼女の特徴を印象付けていた眼鏡も、今は外されている。

 

 そして何より、

 

 少女の身の丈をも超える、巨大な盾を携えていた。

 

 十字架のような形をしたその盾の表面には、若干の装飾が施され、かなりの強度を誇っている事が見て取れた。

 

「お怪我はありませんか、先輩?」

 

 小柄で華奢な少女は振り返ると、片方を前髪で隠した目で立香を見た。

 

「あ、ああ。俺は大丈夫・・・・・・」

 

 助かったと言う安堵感から、抜けそうになる力を入れ直し、立香はマシュに向き直る。

 

 あの瀕死だったマシュが無事だったばかりか、自分を助けてくれた事が信じられなかった。

 

「驚いたよマシュ。あんな風に戦えたなんて・・・・・・」

「はい。その点については、私も同様です。あんな事ができるとは思っていなかったので」

 

 そう言いながらも、

 

 マシュが震えている事を、立香は見逃さなかった。

 

 無理も無い。

 

 何がどうなっているのかは、相変わらず判らない。

 

 しかし、如何に戦う力を得たとはいえ、マシュが「普通の女の子」である事に変わりはない。

 

 「戦う力がある」のと、「戦う事ができる」と言うのは、ニュアンス的に似ていても、実はそこには天地の開きがある。

 

 いかに強力な力を誇っていても、それを振るう人間が戦いになれていなければ、十全に戦う事は不可能だった。

 

「先輩」

 

 そんな中で、マシュの方から立香に話しかけてきた。

 

「私の予想が正しければ、ここは『特異点F』。2004年の日本、冬木市だと思います」

「じゃあ、やっぱり俺達は、レイシフトってのをしたのか?」

 

 納得したように頷く立香。

 

 やはり、レイシフトしていたと言う、当初の立香の予測は正しかったわけだ。

 

 だが、まだ疑問は残っている。

 

「けどなマシュ。2004年の日本で、こんな大火災があった、なんて記憶、俺にはないぞ」

 

 都市一つが壊滅するほどの大火災だ。理由はどうあれ、ニュースにならないはずが無い。

 

 それに対し、マシュは周囲を見回しながら言った。

 

「特異点は、本来の過去、未来から独立した存在です。故に、放置しておくことはできません」

 

 つまり、今この場にある光景は、「本来ならあるはずが無い出来事」と言う事だ。

 

 しかし、これを放置すれば、この光景が現実のものとして確定してしまう。

 

 だからこそ、特異点が生じた原因を突き止め、排除する。それがファーストミッションの内容だったのだ。

 

 その時

 

「フォーウッ!!」

 

 聞きなれた鳴き声と共に、足元に駆けてきた白い毛玉が、マシュの肩へと駆けあがる。

 

 その様子に、マシュは驚いて目を見開いた。

 

「フォウさん? フォウさんもこっちに来ていたのですか?」

「フォウッ フォウッ」

 

 マシュの質問に答えるように、鳴き声を上げるフォウ。

 

 そう言えば、立香が中央管制室に飛び込んだ時、フォウも一緒だった。その関係で、一緒にレイシフトしてきたのかもしれなかった。

 

 一緒にいた、と言えば、立香にはもう一つ、どうしても無視できない事柄があった。

 

「そう言えば凛果、あいつももしかして、こっちに来てるんじゃないか?」

「え、凛果先輩も、ですか?」

 

 驚くマシュ。

 

 あの時、マシュは瀕死の状態だったから、状況の把握ができなかったが、まさか凛果までこっちに来ていたとは。

 

「確証はないんだけど、俺やフォウ君がこっちに来てたって事は、凛果の奴も来ている可能性は高いだろ」

「フォウッ」

 

 立香の言葉に、同意するように鳴くフォウ。

 

 その時だった。

 

 彼方から微かに、女性の悲鳴のような声が聞こえてきた。

 

「マシュッ」

「ええ、私にも聞こえました」

 

 立香の言葉に頷くマシュ。

 

 2人はそのまま、声がした方向に向かって駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛果は、訳が分からないまま駆けていた。

 

 兄を追って駆けこんだ中央管制室。

 

 炎に包まれたその場所に分け入りながら兄やマシュの姿を探していると突如、沸き起こった光の渦に飲み込まれ、気が付いたらこの場所にいたのである。

 

「何なのよッ 本当に!!」

 

 首を巡らせて背後を見やる。

 

 その視界の先では、武器を手に追ってくる骸骨兵士たちの姿があった。

 

 もしかして、ここは地獄なのだろうか? 自分は死んだから、こんな場所に来てしまったのだろうか?

 

 そんな思いが駆け巡る。

 

 自分は、そんな悪い人生を送って来たのだろうか?

 

「助けて・・・・・・誰か、助けて・・・・・・・・・・・・」

 

 必死に逃げながら、うわごとのように呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・し、て

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かが、聞こえたような気がした。

 

 だが、今の凛果には、それを認識するだけの余裕は無かった。

 

 とにかく逃げる。

 

 それ以外に無い。

 

 だが、

 

 終わりは、

 

 唐突に訪れた。

 

「あッ!?」

 

 瓦礫につまずき、転倒する凛果。

 

 とっさに手を突いて顔面をぶつけるのは避けたものの、地面に投げ出され蹲ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・ば・・・・・・・して。今なら・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うッ・・・・・・うぅ・・・・・・・・・・・・」

 

 痛みを堪えて、体を起こそうとする。

 

 その間にも、骸骨兵士たちが凛果を追い詰めるべく迫ってくる。

 

「クッ・・・・・・・・・・・・」

 

 唇を噛み占める凛果。

 

 しかし、走りすぎた足はもはや動かす事が出来ず、凛果にできるのは、尻餅を突いたまま後ずさることのみだった。

 

「助けて・・・・・・助けてよ・・・・・・」

 

 うわごとの様に繰り返す言葉。

 

「・・・・・・・・・・・ちゃん・・・・・・・・・・・・」

 

 脳裏に浮かぶのは、1人の少年の姿。

 

 自分と同じ月、同じ日に生まれた半身とも言うべき存在。

 

 彼も今、もしかしたらここにいるのかもしれない。

 

 そして、

 

 彼ならきっと、こんな状況でも諦めずに戦うだろう。

 

 決して強いわけではないくせに、

 

 「諦めない」という事に関してだけは、世界最強と言っても良い。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 迫る骸骨兵士。

 

 少女の運命は、旦夕に迫ろうとしている。

 

 それに対し、

 

 凛果は涙をぬぐい眦を上げる。

 

 動かぬ足に力を込めて立ち上がる。

 

 逃げてちゃだめだ。

 

 彼はきっと戦っている。

 

 なら、自分も戦わないと。

 

 立ち向かわないと、この絶望的な状況を打破する事は出来ない。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え・・・・・・・・・・・・?」

 

 今度は、はっきりと聞こえた。

 

 見渡しても、声の主は姿を見えない。

 

 だが、凛果の耳には、確かに聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、聞こえた。

 

 顔を上げる凛果に、声は更に続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伸ばして・・・・・・今なら・・・・・・きっと届く、から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言われるままに、手を伸ばす凛果。

 

 その手の甲に、赤い光で紋様が刻まれる。

 

 何となく、盾と剣を掛け合わせたような印象のある模様。

 

 同時に、

 

 空間が横一文字に斬り裂かれた。

 

 今にも凛果に襲い掛かろうとしていた骸骨兵士が、突然の事態に斬り裂かれて地面に転がる。

 

 飛び出す、小柄な影。

 

 白刃が炎を映し、剣閃は鋭く奔る。

 

 反撃すべく、刃を振り翳す骸骨兵士もいる。

 

 だが、無駄だった。

 

 宙返りしながら骸骨兵士の剣を回避する。

 

 着地。

 

 同時に繰り出した袈裟懸けの一閃が背中から決まり、骸骨兵士は成す術無く崩れ去った。

 

 その間、僅か5秒足らず。

 

 凛果にとっては、瞬きする間すら無かった。

 

 そして、

 

「あなたは・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果の視線の先に立つ少年。

 

 小柄で華奢な姿は凛果よりも小さい。

 

 黒衣の着物と短パンを着込み、長い髪は後頭部で纏めている。

 

 口元は長いマフラーで覆っている。

 

 そして、

 

 手には不釣り合いにも見える、一振りの日本刀を携えていた。

 

 中性的で、その儚さから少女的な印象さえある少年。

 

 その静かな瞳が、真っすぐに凛果に向けられた。

 

「サーヴァント、アサシン・・・・・・召喚に応じ参上」

 

 少年は静かな声で言った。

 

「ん・・・・・・マスター、で良い?」

 

 

 

 

 

第1話「英霊顕現」      終わり

 




謎のアサシン登場。

イッタイダレナンダ(爆


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第2話「瓦礫の街で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議な光景だった。

 

 凛果の目の前に、彼女を守るようにして立つ少年は、見るからに幼さを残している。

 

 背は、比較的小柄な凛果よりも、更に頭半分くらいは低い。

 

 年齢も中学生くらいか、下手をすると小学校高学年くらいにしか見えない。

 

 だが、

 

 手に持っている日本刀は、決しておもちゃではありえない、殺気に満ちた輝きを放っている。

 

 勿論、つい先ほど、凛果に襲い掛かろうとしていた骸骨兵たちを、一瞬で斬り伏せた実力は本物だった。

 

「マスター?」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 呼びかけられて我に返る凛果。

 

 見れば、アサシンが不思議そうな眼差しで、彼女を見上げてきていた。

 

 どうやら、何か指示を待っていると言った風情だ。

 

「あ、ご、ごめん。それで、えっと・・・・・・」

「アサシン、でいい」

 

 凛果が呼び方に窮していると察したアサシンが、制するように告げる。

 

 その言葉に、凛果は首をかしげる。

 

 アサシン。

 

 殺し屋? あるいは暗殺者だろうか?

 

 いずれにしても、おかしな呼び方だった。

 

「あのさ、それ本名じゃないよね?」

「ん。サーヴァントだから。クラス名」

 

 サーヴァント? クラス名?

 

 いったい何の事だろう?

 

 ますます訳の分からない単語が飛び出してきて、凛果の混乱は更に深みへとはまる。

 

「んー・・・・・・・・・・・・あ」

 

 何事かを考えていたアサシンが、思いついたように声を上げて凛果を見た。

 

「普通の召喚じゃない、から。分かんない?」

「はあ・・・・・・・・・・・・」

 

 だから何なんだ?

 

 いい加減、判らない事のオンパレードに、凛果が焦れてきた時だった。

 

「それはそうと・・・・・・・・・・・・」

 

 周囲を見回しながら、アサシンの方から口を開いて来た。

 

「ここって、冬木市?」

「冬木市・・・・・・・・・・・・確か、『特異点F』の場所、だったよね」

 

 思い出したように答える凛果。

 

 対して、アサシンは黙って周囲を見回している。

 

「・・・・・・・・・・・・ふうん」

 

 何かを懐かしむような、

 

 あるいは少し哀しんでいるような、

 

 表情の乏しい少年は、そんな風に燃える街並みを眺めていた。

 

 その時だった。

 

 微かに、

 

 炎の向こう側から、悲鳴のようなものが聞こえてきた。

 

「今のって・・・・・・」

「ん、あっちから」

 

 アサシンは刀を腰に戻すと、凛果の手を取る。

 

「え、ちょっと・・・・・・」

「少し急ぐ。掴まって」

 

 そう言うと、アサシンは凛果の身体を軽々と抱え上げる。

 

 いわゆる「お姫様抱っこ」という形だった。

 

 かなり違和感がある。何しろ、体の小さいアサシンが、凛果を抱え上げているのだから。

 

「ちょ、ちょっとッ!?」

「しゃべると舌噛む。黙って」

 

 一方的にそう言い置くと、

 

 アサシンは地を蹴って一気に駆けだす。

 

 その後から、凛果の悲鳴が大気に乗って靡いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オルガマリー・アニムスフィアは、藤丸兄妹2人に比べれば、まだ状況を把握していると言えるだろう。

 

 突然放り込まれた世界。

 

 崩壊した街並み。

 

 そこが自分たちのファーストミッションの舞台である、「特異点F」である事はすぐに理解していた。

 

 異様な事態にも瞬時に理解が及ぶ辺りは流石、カルデアの所長と言うべきだろう。

 

 だが、

 

 まさか自分までレイシフトする事になってしまったのは、完全に予想外だった。

 

「何なのよッ 何でこんな事になっているのよ!?」

 

 街の中央にある大きな橋の上を駆けながら、オルガマリーは愚痴を吐き出す。

 

 予定では彼女は、カルデアの中央管制室でファーストミッションの全体指揮にあたるはずだった。

 

 それが、今にもレイシフトのシークエンスに入ろうとした瞬間、強烈な閃光に視界を奪われ、

 

 そして気が付いたら、この場所にいたのだ。

 

 いったい、あの閃光が何だったのか?

 

 カルデアは今、どうなっているのか?

 

 なぜ、自分までレイシフトしてしまったのか?

 

 そもそも帰れるのか?

 

 次々と湧き出る疑問を前に、彼女の頭はパニックに陥りつつあった。

 

 しかも極めつけは、

 

「来ないでッ!! 来ないでよォ!!」

 

 彼女を追ってくる、骸骨兵士の群れ。

 

 恐る恐る街の中を歩いていたオルガマリーは、奴らと遭遇してしまい、そのまま追いかけられる羽目になったのだ。

 

「助けてッ 助けてッ レフッ レフ―!!」

 

 信頼する教授の名を叫ぶ事しかできないオルガマリー。

 

 彼女もまた一流の魔術師である。何体かの骸骨兵士は倒す事に成功している。

 

 しかし、所詮は多勢に無勢だった。

 

 殆ど無限に湧いてくる骸骨兵士を相手に、魔術師とは言えたかが人間が対抗できるはずもなかった。

 

 今のオルガマリーにできる事は、とにかく悲鳴を上げて逃げ回る事だけ。

 

 ただ、闇雲に逃げれば逃げるほど、却って骸骨兵士たちを招き寄せる結果に繋がってしまう。

 

 そして彼女は、たまたま見つけた橋の方向へと逃げたのだ。

 

 だが、橋と言うのは構造上、入り口と出口が、それぞれ一つずつしかない。

 

 基本的に一本道。

 

 それ故に古代より橋は、軍事上の重要拠点として、数多の戦いの舞台となって来た。

 

 その橋に、考え無しに突入してしまったオルガマリー。

 

 だからこそ、

 

 その結末は必然だった。

 

「あッ・・・・・・・・・・・・」

 

 足を止めるオルガマリー。

 

 彼女の視線の先、自身の前方から新たな骸骨兵士の群れがやってくるのが見える。

 

 そして背後からも、追手として着いて来た骸骨兵士が群がろうとしている。

 

 今、オルガマリーが立っているのは、一本道の橋の上。

 

 完全に前後を挟まれた形である。

 

「あ・・・・・・あ・・・・・・あ・・・・・・」

 

 絶望に震える。

 

 逃げ道は無い。

 

 骸骨兵士たちは、前後からじりじりと距離を詰めてくる。

 

「助けて・・・・・・助けて・・・・・・イヤッ・・・・・・イヤッ 死にたくない・・・・・・こんな所で死にたくない」

 

 ただ哀れに、命乞いを繰り返す事しかできないオルガマリー。

 

 体が小刻みに震え、歯の音が断続的に鳴り響く。

 

 じりじりと追いつめられるオルガマリー。

 

 だが、

 

 運命は無慈悲にも、彼女に襲い掛かる。

 

 剣を振り翳した骸骨兵士が、オルガマリーへ一気に殺到する。

 

「イ、イヤァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 悲鳴と共に、その場に蹲るオルガマリー。

 

 次の瞬間、

 

 飛び込んで来た2つの影が、骸骨兵士を一瞬で蹴散らす。

 

 アサシンと、そしてマシュだ。

 

 アサシンは腰の鞘から刀を抜刀。横なぎの一閃で骸骨兵士の胴を斬り裂く。

 

 マシュは手にした大盾を振るい、叩き潰す。

 

 盾と言えば防御用の武器として捉えられがちだが、実際には相手を殴り、払い、押しつぶすなど攻撃に使う事も可能である。言わば万能武器と言える。

 

 マシュは、自身の身体よりも大きな盾を難なく振るっている。

 

 マシュが盾を振るう度に、確実に骸骨兵士は吹き飛ばされていった。

 

 その様は、まるで小型の台風のようだ。

 

 そんなマシュの攻撃をすり抜けて、オルガマリーに迫ろうとする骸骨兵士もいる。

 

 だが、

 

「ん、無駄」

 

 低い呟きと共に、長いマフラーを靡かせてアサシンが駆ける。

 

 手にした刀を振るい、一瞬にして数体の骸骨兵士を斬り捨てる。

 

 ほんのわずかな間に、動いている骸骨兵士は一体もいなくなってしまった。

 

「あ、あなた達、いったい・・・・・・・・・・・・」

 

 突然、助かったオルガマリーは、信じられない面持ちで、自分を助けてくれた2人を眺めるオルガマリー。

 

 しかも、その片方には見覚えがある。

 

「あなた、まさか・・・・・・マシュなの?」

 

 見間違えるはずもない。同じカルデア職員であるマシュ・キリエライトが、凛とした戦装束でその場に立っていた。

 

 だが、

 

 当の2人からすれば、未だに緊張を解くわけにはいかない。

 

 何しろ、相手は見知らぬ存在。そのうえ、自身と同一の立場にいる事は明白である。

 

 すなわち、共闘したとは言え、相手が味方であると言う保証はどこにもないのだ。

 

「んッ!?」

「敵、ですかッ!?」

 

 刀の切っ先を向けるアサシン。

 

 同時にマシュも、盾を構えて迎え撃つ。

 

 激発しそうになる両者。

 

 次の瞬間、

 

「待ったッ ちょっと待ったマシュ!!」

「アサシン、早とちりしないで!!」

 

 橋の右と左。

 

 それぞれの方向から叫ぶ声。

 

 見れば、カルデアの制服を着た男女が走ってくるのが見える。

 

 立香と凛果。

 

 それぞれ橋の反対側から走って来た兄妹は、互いを見て足を止めた。

 

「凛果ッ 無事だったか」

「兄貴も。 良かった・・・・・・」

 

 そう言って笑い合う2人。

 

 その姿を、アサシンが首をかしげて見つめていた。

 

「知り合い?」

「そう、わたしの兄貴。何か、一緒にこっちに来てたみたい」

 

 その言葉に納得したのか、アサシンは刀を鞘に納め、マシュへと向き直った。

 

 どうやら、お互いに早とちりしていた事を自覚したようだ。

 

「ん、ごめん」

「い、いえ、こちらこそ。早計な判断をしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 そう言って、お互いに頭を下げるアサシンとマシュ。

 

 マシュの方も、アサシンに害意は無いと言う事は理解できたようだ。

 

 何にしても、早とちりで同士討ち、などと言う笑えない事態が避けられたのは何よりである。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・何なのよ」

 

 絞り出すような低い声。

 

 一同が振り返ると、橋の上に座り込んだままのオルガマリーが、信じられないと言った面持ちで、一同を見回していた。

 

「何なのよ・・・・・・あんた達は?」

 

 オルガマリーの視線は、その中の1人に向けられた。

 

「何なのよマシュ、その恰好は?」

「所長」

 

 マシュは盾を置くと、オルガマリーの前に膝を突いた。

 

「落ち着いてください。これも、カルデアの実験の一つだったのを覚えていますか?」

「・・・・・・・・・・・・あ」

 

 言われて、ようやく事態が呑み込めてきたのか、少し落ち着きを取り戻したように見える。

 

 確かにマシュの言う通りの実験があったのを思い出したのだ。

 

 オルガマリーが落ち着いたところで、マシュは立ち上がって一同を見た。

 

「ともかく、ここは危険です。どこか、落ち着ける場所へ移動して、話はそれからにしましょう」

 

 マシュの言葉に、一同は頷く。

 

 何はともあれ、錯綜している情報を、いったん整理する必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 川の西岸には、比較的広い公園のような場所がある。

 

 橋を渡った一同は、取りあえずその場所まで行き、一息入れる事となった。

 

 念のため、アサシンとマシュが周囲を警戒しつつ、立香、凛果、オルガマリーの3人が話し合っていた。

 

 フォウはと言えば、アサシンの頭の上にちょこんと乗って、一緒に警戒に当たっている。

 

「・・・・・・・・・・・・成程ね。だいたいの事情は分かったわ」

 

 大凡の事情説明を受け、嘆息気味にオルガマリーが告げる。

 

 話をまとめると、やはりこの場所は「特異点F」。ファーストミッションの舞台である日本の冬木市で間違いないようだ。

 

「て、言うかッ」

 

 キッと眦を上げるオルガマリー。

 

 その視線の先には、

 

 戸惑いながら立ち尽くす、立香の姿があった。

 

「藤丸立香!! どうして寄りにもよって、あなたがマシュのマスターになっているのよッ!?」

「いや、どうしてって言われても・・・・・・」

 

 突然の糾弾に、返答を窮する立香。

 

 そもそも立香自身、巻き込まれたクチである。理由があるなら知りたいのは、こっちの方だった。

 

 だが、オルガマリーの方も、いささか立場的に引っ込みがつかない状態にある。

 

 何しろ自分が「ありがたい訓示」をしている最中に、居眠りをブッこいていた奴が、寄りにもよって自分の目の前にマスター面として立っているのだから。

 

 掛け値なしの一般人で、しかもこんな無礼者がなぜ? という思いはある。

 

 オルガマリーは立ち上がると、立香の胸倉に掴みかかる。

 

「言いなさいッ どんな乱暴な事をしてマシュのマスターになったのよ!?」

「だ、だから、俺は何もッ」

 

 理不尽な物言いに、しどろもどろな立香。

 

 オルガマリーは更に、凛果の方へと目を向ける。

 

「あなたもあなたよッ 私の話を聞かないで、さっさと出て行ったくせに!!」

「うわッ よく覚えてるなー」

 

 凛果は少しげっそりした感じにオルガマリーを見る。

 

 あの時、凛果は誰にも見られないようにそっと部屋を出たつもりだったが、どうやらオルガマリーは彼女を見逃していなかったらしい。

 

 それだけで、オルガマリーが細かい事を根に持つタイプである事が判る。

 

「だいたいッ」

 

 言いながら、今度はアサシンの方に目を向ける。

 

「ん?」

「フォウ?」

 

 まさか自分に矛先が向くと思っていなかったアサシンは、不思議そうな眼差しでオルガマリーを見やる。

 

 対してオルガマリーは、ここで一気に、全部の不満をぶちまけようとするかのように、舌鋒鋭く吐き出した。

 

「何で、よりによって『アサシン』なのよッ!?」

「えっと、それが何か?」

 

 意味が分からず、尋ねる凛果に、オルガマリーが更に続けた。

 

「アサシンが何て呼ばれているか知っているの? 『最弱のサーヴァント』よッ!? 直接の戦闘にはほとんど役立たず、唯一、敵のマスターを暗殺するくらいしか能の無いハズレサーヴァント。そのチビッ子がどこの誰だかは知らないけど、引くならもっと、マシなの引きなさいよ!!」

「フォウッ フォウッ」

 

 そう言うと、ビシッとアサシンを指差すオルガマリー。

 

 対して、フォウを頭の上にのっけたままのアサシンは淡々とした表情で、己のマスターを見上げる。

 

「凛果、あれ斬って良い?」

「ダメ」

 

 物騒な事を言うアサシンを、嘆息交じりで窘める凛果。

 

 気持ちは判らないでもないが、この場にいるメンバーではオルガマリーが最もベテランである。もろもろの事情説明の為には死んでもらっては困るのだ。

 

 無論、説明が終わったら殺して良い、という訳ではないが。

 

「その、所長・・・・・・」

 

 締め上げられた喉を押さえながら、立香がオルガマリーに尋ねた。

 

 ともかく、これ以上コントじみたやり取りをしていても始まらない。どうにか、話を進める必要があった。

 

「俺も凛果も、事情が全然分からないんですけど。サーヴァントとかマスターとか・・・・・・そこら辺の事、良かったら教えてもらいたいんですけど」

 

 物腰の柔らかい立香の態度に、オルガマリーも少し落ち着きを取り戻したように見える。

 

 ここに来て混乱の連続だった為に、半ばパニックに陥っていたオルガマリーだったが、予想外に柔らかい立香の物腰が、彼女に冷静さを取り戻させていた。

 

 一息入れるべく、ベンチに腰掛けるオルガマリー。

 

 代わって、マシュが口を開いた。

 

「先輩、この『特異点F』・・・・・・つまり冬木市では、2004年にとある魔術儀式が行われたとされています」

「魔術儀式?」

 

 マシュの説明に、立香と凛果は首をかしげる。

 

 「魔術儀式」などと言われると何となく、ヤギ頭の悪魔が、煮えたぎる鍋を前に魔法陣を描いてグルグルとかき混ぜている姿が想像された。

 

 そんな藤丸兄妹の疑問に構わず、マシュは説明を告げる。

 

「『聖杯戦争』と呼ばれる魔術儀式は、万能の願望機である聖杯の降臨を目指し、7人の魔術師がマスターとなって、7人の英霊、すなわちサーヴァントを使役して戦うバトルロイヤルだったそうです」

「そう7人の英霊とはつまり、『剣士(セイバー)』『弓兵(アーチャー)』『槍兵(ランサー)』『騎兵(ライダー)』『魔術師(キャスター)』『狂戦士(バーサーカー)』そして・・・・・・」

 

 マシュの説明を引き継ぐように説明するオルガマリー。

 

 一同の視線が、キョトンとした顔で立ち尽くすアサシンを見やった。

 

「『暗殺者(アサシン)』。この7つよ」

「じゃあ、アサシンも、その聖杯戦争ってのに参加する為に呼び出された英霊って事?」

 

 尋ねる凛果。

 

 だが、

 

「ちょっと違う」

 

 アサシンから返って来た返事は、意外な物だった。

 

「何か、特殊な召喚だった。たぶん、ここの聖杯戦争とは関係ないと思う」

「は? それってどういう意味よ?」

 

 たどたどしく説明するアサシンに、詰め寄るオルガマリー。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

「ちょっとッ 答えなさいよ!!」

 

 不貞腐れたようにプクーッとほっぺを膨らませて、そっぽを向くアサシン。

 

 どうやら、先程ディスられたことで、へそを曲げてしまったらしい。

 

「こ、の・・・・・・」

「ま、まあまあ所長」

 

 慌ててフォローに入る立香。

 

 この2人にしゃべらせていたら、一向に話が進みそうにない。

 

 取りあえずアサシンとオルガマリーを引き離すと、立香は改めて少年の方に向き直った。

 

「お礼が遅くなったな。さっきは妹を助けてくれてありがとう」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 そう言って差し出された立香の手を、アサシンは握り返す。

 

 小さなアサシンの手。

 

 立香の手には、本当に子供サイズの小さな手の感触が伝わってくる。

 

 こんな小さな子が大きな力を秘めているなど、一般人だった立香には信じられないくらいである。

 

 しかしアサシンもまた、英霊と呼ばれる存在である事には変わりない。見た目通りに判断する事は出来なかった。

 

 アサシンの手を離すと、立香は今度はマシュの方に向き直った。

 

「じゃあ、マシュはどうして、さっきみたいに戦えたんだ? それも英霊って奴の力なんだろ?」

「はい。ただし、私の場合、アサシンさんとは少し事情が異なります」

 

 言いながら、マシュはオルガマリーに目をやる。

 

 何かを確認するような、マシュの視線。

 

 対して、オルガマリーはツイッと視線を逸らす。どうやら「好きにして良い」というサインらしい。

 

 それを受けて、マシュは再び語りだした。

 

「今回のミッションの前から、カルデアではとある実験が行われていました。それは、聖杯戦争で使われた英霊召喚システムを再現し、実際にサーヴァントを戦力として運用すると言う実験です」

 

 マシュによれば、召喚に応じた英霊は3体。

 

 うち、1体目はその存在を厳重に秘匿されている為に不明。3体目は現在、カルデアのスタッフとして力を貸してくれているのだとか。

 

 そして2体目は、

 

「2体目の英霊は、現代の人間に憑依させる実験を行う為に召喚されました。その人間が私、と言う訳です」

 

 つまり今のマシュは、人間と英霊が融合した存在。デミ・サーヴァントと呼べる状態だった。

 

 正式な英霊ではないとはいえ、英霊その物の霊基と技術を受け継いだことから、マシュの戦闘力は通常の英霊と比較しても、何ら引けを取らない事は、既に証明されていた。

 

「カルデアにいたころは全く成果が出なかったくせに、今の段階になっていきなり成功するなんて、いったいどういう風の吹き回しよ?」

「所長・・・・・・・・・・・・」

 

 辛らつなオルガマリーの言葉に、マシュはばつが悪そうに顔を俯かせる。

 

 そんなマシュを見ながら、オルガマリーもまた視線を逸らす。

 

 どうにも、お互いが相手に対し、何か思う事がある。そんな感じの態度だった。

 

「それより所長」

 

 手を上げて発言したのは凛果だった。

 

 マシュやオルガマリーの説明を聞いていた凛果は、自分の中でまとまった考えを口にしてみた。

 

「思ったんですけど、その『聖杯』ってのが、特異点の原因になってるんじゃないですか?」

「え?」

 

 一同が視線を集める中、凛果は説明を続ける。

 

「特異点が起こるのには、何か原因があるんですよね」

 

 言いながら、立香を見る凛果。

 

「わたしも兄貴も日本人だから判るんですけど、2004年の日本で、特異点になりそうな事って他にないんですよね。なら、消去法で聖杯が特異点の原因って考え方もありなんじゃないですか?」

「すごいな」

 

 妹の発言に、真っ先に感心したのは立香だった。

 

「お前、よくそんな事思いついたな。俺にはさっぱりだったよ」

「兄貴はブリーフィングで寝てたからでしょ」

 

 兄の能天気な発言に、呆れたように嘆息する凛果。

 

「確かに。凛果先輩の言葉には、一理あると思います。いずれにせよ、この冬木市ではそれ以外に原因なんて考えにくいですし」

「確かに。そう考えるのが一番自然よね」

「フォウッ」

 

 凛果の考えに、マシュとオルガマリーも頷きを返す。

 

 素人考えではあるが、

 

 あるいはだからこそ、というべきか、凛果の考えは正鵠を射ていた。

 

 その時だった。

 

 突如、立香の腕に嵌められてる、腕時計型の通信機が呼び出し音を発した。

 

「おわッ な、何だ!?」

「ん、敵襲?」

「あ、兄貴、それッ」

「フォウッ フォウッ」

 

 突然の事で、驚く立香達。

 

 確か、カルデアに到着した時に渡された物だが、使い方のレクチャーは一切受けていない為、どう操作したら良いか分からないのだ。

 

「先輩」

 

 マシュはそっと立香の腕を取ると、通信機のスイッチを入れる。

 

 途端に、聞き覚えのある声が飛び出して来た。

 

《立香君ッ 聞こえるか!? こちらロマンだ!! 聞こえたら返事をしてくれ!!》

「ドクター!?」

「ロマン君!?」

 

 先程、カルデアで別れたはずのロマンの声に、立香と凛果は、思わず通信機に憑りつく。

 

《良かった繋がったか。それにどうやら、凛果君もそっちにいるみたいだね。ひとまず安心だ》

 

 こっちは全く安心できる状態ではない。

 

 だが、ロマニのどこか抜けたような声を聴いていると、何となく落ち着くのは確かだった。

 

「誰?」

「カルデアにいる医療部門の部長です。どうやら、通信が回復したので、こちらに連絡を取って来たようです。」

 

 1人、事情が分かっていないアサシンに、マシュはそう言って説明する。

 

 と、

 

《うわッ マシュ!? どうしたんだい、その恰好は!?》

 

 通信機越しに、ロマニの驚く声が聞こえてきた。

 

 この通信機、どうやら繋げればカルデア側から視覚も共有できるらしい。

 

《ハレンチすぎるッ 僕は君をそんな子に育てた覚えは無いぞ!!》

「ハ、ハレンチ・・・・・・」

 

 あまりと言えばあまりなロマニの物言いに、思わず絶句するマシュ。

 

 とは言え、確かに。

 

 今のマシュはレオタード状のインナーの上から軽装の甲冑を纏っているだけの恰好をしている。

 

 甲冑やインナーが黒いので、白い肌のマシュが着れば、いささか目のやり場に困る姿になってしまっていた。

 

 ハレンチと言われれば、確かにその通り。返す言葉は無かった。

 

 因みに立香とアサシンは、それぞれ明後日の方向を向いている。何となく、気まずい雰囲気だった。

 

 そんな野郎共の反応に嘆息しつつ、マシュは自身の状況について説明に入った。

 

「落ち着いてください、ドクター」

 

 慌てるロマニに対し、マシュは冷静に声を掛けた。

 

「私の数値を調べてみてください。そうすれば、ご理解いただけると思います」

《へ? 数値? ・・・・・・・・・・・・お、お・・・・・・おおおおおおッ!?》

 

 カルデアのモニターでマシュの状態を精査したらしいロマニが、驚愕の声を上げる。

 

《身体能力、魔術回路、全ての数値が向上している!! これはもう人間じゃないッ サーヴァントの領域だ!! そうか、成功したのか!!》

 

 カルデア医療部門のトップをしているだけあり、ロマニもマシュの「実験」については理解しているのだろう。

 

 それだけにマシュの変化について、興奮するのも分からないでもなかった。

 

《それでマシュ、君の中にいた英霊は?》

「彼は・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねるロマニに、マシュは少し言い淀んでから告げた。

 

「彼は、私に戦闘能力だけを残して消滅しました」

 

 あの爆発があった時、本来ならマシュは死亡しているはずだった。

 

 だが、そこへ契約を持ちかけてきたのが、件の英霊だった。

 

 彼はマシュの命を救い、自らの戦闘能力を譲渡する代わりに、マシュに特異点の原因の調査、および排除を依頼してきたのだ。

 

 その申し出を受けたからこそ、マシュは今、こうしてここにいられるのだった。

 

 と、そこへオルガマリーが割り込んで来た。

 

「そんな事よりロマニッ!! 何で最初に出てくるのがあなたなのよ!? さっさとレフを出しなさい!!」

《キャァァァァァァッ!? しょ、所長ッ!?》

「何よ、人を幽霊みたいに!!」

 

 ド失礼な部下にツッコミを入れるオルガマリー。

 

 対して、通信機の向こうのロマニは、しどろもどろになりながら答える。

 

《だって、レイシフト適正もマスター適正も無かったのに。あの状況で、よくご無事で・・・・・・》

「いいからッ レフを出しなさい!!」

 

 苛立ちを募らせるオルガマリー。

 

 対して、

 

 ロマニはしばしの沈黙の後、重々しく口を開いた。

 

《・・・・・・・・・・・・レフ教授は管制室でレイシフトの指揮を執っていたでしょう? あの爆発の中心にいた以上、生存は絶望的です》

「そ、そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 絶望の色を浮かべるオルガマリー。

 

 更に、ロマニは続ける。

 

《現在、生き残ったカルデア正規スタッフは、僕を入れても20人未満。その中で、最も階級が高いのが僕なので、現状、指揮代行を行っています》

「じゃ、じゃあッ 他のマスター適正者は!?」

 

 それが、カルデア所長として最も気になる所であった。

 

 立香と凛果を除く、46名のマスター候補生。その中には、魔術協会で将来を嘱望されたエリートも含まれる。

 

 彼等の身に万が一の事があれば、カルデアの、ひいてはアニムスフィア家、その当主であるオルガマリーが受ける政治的ダメージは、計り知れないものがあった。

 

 だが、現実は残酷に告げられた。

 

《46名、全員が危篤状態です。現在、医療器具も足りず、全員を助ける事は・・・・・・・・・・・・》

「ふざけないで!!」

 

 沈痛な声を発するロマニを、オルガマリーは通信機越しに怒鳴りつける。

 

「すぐに凍結保存に移行しなさい!! 蘇生方法は後回し!! 死なせない事が最優先よ!!」

《し、至急手配します!!》

 

 一連のやり取りを黙って聞いていたマシュが、オルガマリーの背後から声を掛けてきた。

 

「所長、凍結保存を本人の許諾なしに行うのは犯罪行為です」

「仕方ないでしょ!!」

 

 マシュの冷静な指摘に、オルガマリーはぴしゃりと言った口調で返す。

 

「死んでさえいなければ、あとでいくらでも弁明できるわ!! だいたい、46人分もの命を背負うなんて、私には無理よ!! できるはずない!!」

 

 悲痛な声を発するオルガマリー。

 

 それが本音だった。

 

 所長だ、当主だ、などと持ち上げられたところで、本性は世間知らずなお嬢様に過ぎない。

 

 立て続けに起こった異常事態を前に、オルガマリーの処理能力は完全にパンクしつつあった。

 

《所長。とにかく、こっちではレイシフト関係の設備の復旧を最優先でやらせています。通信はまだ不安定ですけど、緊急事態になったら、遠慮なく連絡をください》

「・・・・・・何よ。どうせSOSを送ったって、誰も助けに来てくれないくせに」

 

 ボソッと呟いたオルガマリーの言葉は、幸いにして誰にも聞き咎められる事は無かった。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・」

「フォウ?」

 

 それまで黙っていたアサシンが、何かの気配を察して振り返る。

 

 頭の上のフォウをそっと下ろす。

 

「どうしました、アサシンさん?」

「マシュ、構えて」

 

 尋ねるマシュに、静かな声で告げるアサシン。

 

 その手は腰の刀に掛かり、静かに鯉口が切られる。

 

 次の瞬間、

 

《気を付けてみんなッ!!》

 

 ロマニの警告が、鋭く奔る。

 

《急速に接近してくる反応ッ これは!!》

 

 ロマニの言葉と同時に、

 

 2つの黒い影が、襲い掛かってくる。

 

《サーヴァントだ!!》

 

 ほぼ同時に、

 

 アサシンとマシュも、迎え撃つべく地を蹴った。

 

 

 

 

 

第2話「瓦礫の街で」      終わり

 




えっちゃんGET。

ジャンヌ、ホームズ、酒呑に次いで、4人目の星5サバになります。

ネット上では色々と酷評されているえっちゃんですが、FGOを始める前から欲しかったキャラの1人なので嬉しいです。

響の並列夢幻召喚の元になった1人ですしね。

早速、レベルマックスにして、半ば無理やり主力として使っています。


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第3話「大橋の死闘」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、湧き出る殺気。

 

 風を切る音が鳴り響き、刃は容赦なく振り下ろされる。

 

 立ち尽くす、オルガマリーへと。

 

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 振り返るオルガマリーは、自身の命を奪わんとする刃を、ただ呆然と眺めている事しかできない。

 

 今まさに、

 

 一秒後には自らの命が失われようとしている事に気が付いていないのだ。

 

 次の瞬間、

 

 小さな黒い影が躍った。

 

 背後から跳躍したアサシンが、オルガマリーの前に飛び出すと同時に抜刀。振り下ろされた刃を弾く。

 

「キャァッ!?」

 

 そこでようやく、オルガマリーは聞きを察知して悲鳴を上げると同時に、その場で尻餅を突いた。

 

 そんなオルガマリーを守るように刀を構えながら、アサシンは相手を見やる。

 

 オルガマリーに奇襲をかけた相手は、それまでに相手をしてきた骸骨兵士ではない。

 

 明らかに女性と分かる、丸みを帯びた容姿。

 

 右手に剣を持ち、左手には円形のシールドを携えている。

 

 雑魚ではない。

 

 ロマニが事前に警告をよこした通り、明らかにサーヴァントだ。

 

 だが、

 

 その全身は泥をかぶったように真っ黒に染まり、表情を伺い知る事は出来ない。

 

 ただ、殺気を放つ瞳が、爛々とした輝きでもって、真っ向からアサシンを睨んでいた。

 

「黒化英霊・・・・・・じゃなくて、シャドウサーヴァント、かな?」

 

 シャドウサーヴァントとは、何らかの理由で英霊になれなかった者達の残滓である。サーヴァントに近い存在であるものの正式な英霊ではない為、本来の実力は発揮する事が出来ない。

 

 ただ、それでも元々が英雄である事に変わりが無い為、その戦闘力は十分に一級なのだが。

 

「アサシンさん、援護をッ」

「待って」

 

 盾を携えて駆け寄ろうとするマシュ。

 

 だが、アサシンはそれを制した。

 

「まだ、来る」

 

 アサシンが警告の一言を発した瞬間、

 

 橋の上から飛び降りるようにして、新手が姿を現した。

 

 それは、やはり先程までの骸骨兵士ではない。

 

 細い体を折り曲げ、やはり黒く染まった姿をしている。顔に嵌めた髑髏の仮面だけが、白く浮かび上がっていた。

 

「下がってください所長!! 先輩達も!!」

 

 叫びながら、マシュは盾を構えてとびかかる。

 

 振るわれる巨大な盾。

 

 それだけで、打撃武器として十分すぎる威力を誇っている。

 

 だが、

 

 髑髏仮面のシャドウサーヴァントは、振り翳したマシュの攻撃を後退する事で軽々と回避してしまう。

 

 更に追撃を仕掛けるマシュ。

 

 しかし、大ぶりな攻撃は、軽快に動き回る相手を補足できない。

 

 その様を見て、立香が焦れたように叫んだ。

 

「マシュ!!」

 

 思わず飛び出そうとする立香。

 

 だが、その袖が強い力で引き戻された。

 

「馬鹿ッ 死にたいの!?」

「で、でもッ」

 

 自分を引き留めたオルガマリーに、抗議の声を上げる立香。

 

 だが、そんな立香に被せるように、オルガマリーが強く言う。

 

「サーヴァントの戦闘に割って入るなんて自殺行為よ!! あれを見なさい!!」

 

 そう言って指差すオルガマリー。

 

 そこでは激しく攻防を続ける、マシュと敵サーヴァントの姿がある。

 

 激しく攻め立てるマシュの攻撃を、軽やかな動きで回避する髑髏仮面のサーヴァント。

 

 逆に、敵の攻撃は全て、マシュが構えた盾によって防がれている。

 

 まさに一進一退の状況。

 

 オルガマリーの言う通り、普通の人間が割って入れる状況ではない。

 

「理解したでしょ。サーヴァント同士の戦いに、タダの人間ができる事は殆ど無いわ。あの子を助けたいと思うなら、黙って見ている事よ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 決めつけるように告げるオルガマリーに、立香は黙り込む。

 

 確かに、オルガマリーの言っている事は正しいのかもしれない。

 

 けど、

 

 しかし、

 

 本当に、それで良いのか?

 

 自分にできる事は、何も無いのか?

 

 あの時、

 

 最初に立香を助けてくれた後、マシュは立ち尽くして震えていた。

 

 怖がりながらも、あの子は戦ってくれている。

 

 そんな少女の為に、何かできないのか?

 

 立香は、焦れる心の中で、そう考えていた。

 

 

 

 

 

 一方、アサシンと敵サーヴァントの戦いも続いていた。

 

 こちらはマシュたちとは逆に、アサシンが攻めて、敵サーヴァントが防ぐ戦いに終始している。

 

 素早い動きで間合いを詰めるアサシン。

 

 同時に、手にした刀を横なぎに振るう。

 

 だが、

 

「ッ!?」

 

 敵サーヴァントが左腕に装備した盾によって、アサシンの刀は防ぎ止められる。

 

 その盾も小型で、マシュの物のように頑丈ではないようだが、それでもアサシンの一撃を防ぐくらいなら訳ない様子だ。

 

 逆に取り回しが良く、接近戦向きな感がある。

 

「意外に硬い、か」

 

 カウンターとして横なぎに振るわれた剣を、宙返りしながら回避するアサシン。

 

 そのまま後方に着地する。

 

 眦の先では、剣と盾を構えて斬り込んでくる敵サーヴァントの姿がある。

 

 腐ってもサーヴァントだ。その攻撃力は侮れない物がある。

 

 加えてアサシンとマシュは、立香達を守りながら戦わなくてはならないと言うハンデもある。苦戦は必至だった。

 

 真っ向から振り下ろされる、敵の剣閃。

 

 対して、攻撃をバックステップで回避するアサシン。

 

 その視線は、戦い続けるマシュに向けられる。

 

 先程の話を聞くに、マシュは戦闘については素人同然と言って良いだろう。それでも状況を拮抗させられているのは、霊基譲渡してくれた英霊のおかげなのかもしれない。

 

 マシュはその英霊の名前を知らないようだが、かなり名の知られた英霊と思われる。

 

 マシュが何とか持ちこたえている隙に、こちらが勝負をつける必要がある。

 

「アサシンッ!!」

 

 呼ばれて振り返る。

 

 その視線の先では、己のマスターがフォウを胸に抱きながら手を振っている姿がある。

 

 がんばれッ

 

 負けるなッ

 

 そんな声援が聞こえてくる。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 短く頷き、前を見るアサシン。

 

 マスターがいる。

 

 ただそれだけで、力が湧いてくるようだった。

 

 眦を上げるアサシン。

 

 そこへ、敵サーヴァントが斬り込んでくる。

 

 次の瞬間、

 

「調子に・・・・・・・・・・・・」

 

 アサシンの姿が消える。

 

 振り下ろされた刃が空を切った。

 

 つんのめるように、よろける敵サーヴァント。

 

「乗るな」

 

 低い囁き。

 

 同時に、

 

 敵サーヴァントは、背中から刃に刺し貫かれた。

 

 背後からの予期せぬ攻撃を前に、身を震わせる敵サーヴァント。

 

 背後から突き立てられたアサシンの刀は、確実に敵サーヴァントの心臓を刺し貫いていた。

 

「い、いつの間に・・・・・・」

「フォウッ フォウッ」

 

 見ていた凛果ですら、アサシンがいつ敵の背後に回り込んだのか分からなかった。

 

 それ程までに、素早い動きだったのだ。

 

 ゆっくりと、刀を引き抜くアサシン。

 

 同時に、敵サーヴァントは黒い霧となって消滅していく。

 

「ん、終わった。こっちは」

「う、うん。お疲れ様」

 

 アサシンの戦闘力を前に、若干、気圧されながらもねぎらいの言葉を掛ける凛果。

 

 その時だった。

 

「やァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 鋭く告げられる声に、凛果とアサシンは同時に振り返った。

 

 

 

 

 

 接近すると同時に、マシュは手にした大盾を一閃。敵のサーヴァントに対して振るう。

 

 相手は敏捷に相当な自信がある様子だが、接近してしまえばこっちの物だった。

 

 迫る巨大な盾を前に、尚も逃れようとする敵サーヴァント。

 

 だが、もう遅い。

 

 次の瞬間、マシュが振るった大盾は、敵サーヴァントに叩きつけられた。

 

 その一撃がもたらす威力たるや、通常の剣や槍の攻撃とは比較にならない。

 

 攻撃を受けた敵サーヴァントの身体は、文字通りひしゃげて地面に転がる。

 

 確実な致命傷。

 

 同時に、先程と同様、黒い霧となって消えていった。

 

「戦闘終了です。お疲れさまでした」

 

 そう言って笑いかけるマシュ。

 

 その様子に、見ていた立香もホッとしたように笑みを見せた。

 

 マシュが無事でよかった。そんな感じだ。

 

 と、

 

「兄貴ッ マシュ!!」

 

 手を振りながら、こちらに向かって歩いてくる凛果の姿が見えた。傍らにアサシンの姿がある所を見ると、あちらも無事に終わったらしかった。

 

「凛果、怪我は無いか?」

「うん。わたしは大丈夫。アサシンが頑張ってくれたから」

 

 そう言って、自分のサーヴァントを見やる凛果。

 

 そのアサシンはと言えば、相変わらず茫洋な目をしていて何を考えているのか分からない。

 

 だが、自分の役目を果たし、凛果を守ってくれたのは確かだった。

 

「とにかく、見つかった以上、ここにいるのは危険です。どこか、安全な場所に移動した方が良いでしょう」

 

 そう提案したのはマシュだ。

 

 確かに、いつまでもこんな開けた場所にいるのは得策ではない。それでなくても周りは敵だらけなのだ。襲ってくださいと言っているような物である。

 

 どこか落ち着ける場所。できれば少し休息の取れる場所に移動するべきだった。

 

「同感だ。行こう」

 

 そう言って、一同を促す立香。

 

 その時だった。

 

「あら、もう行かれるのですか。もう少し、遊んで行ってはいかがですか?」

 

 突如、投げかけられた言葉に、一同は思わず振り返る。

 

 果たしてそこには、黒いローブ身を包んだ人物が佇んでいた。

 

 長い髪と、細い四肢が、その人物が女性である事を示している。

 

 しかし、

 

 その手に持った長い鎌が、尋常ならざる輝きを放って、一同を威嚇していた。

 

 さしずめ槍の英霊、ランサーと言ったところだろうか?

 

《気を付けろ!!》

 

 ロマニの警告が、一同の間に走る。

 

《サーヴァントがもう1騎、現れたぞ!!》

「遅いです、ドクター!!」

 

 言いながら、盾を手に前に出るマシュ。

 

 ほぼ同時に、新たに現れたランサーも、襲い掛かって来た。

 

 振り翳される大鎌。

 

 その一撃を、マシュは盾を振り翳して防ぐ。

 

「クッ!?」

 

 衝撃に、マシュは唇を噛み占める。

 

 相手の一撃を前に、防御したマシュは大きく後退する。

 

 手に感じる痺れ。

 

 強い。

 

 少なくとも、先刻襲ってきた敵よりも強いのは確実だった。

 

「動きを止めたらだめですよ。すぐに終わってしまいますからねッ」

 

 言いながらランサーは、手にした大鎌を振り翳してマシュに斬りかかる。

 

 湾曲した刃が怪しい輝きを放ちながら、逆袈裟を描くように盾の少女へと迫る。

 

 まともに受けるのは危険。

 

 そう判断したマシュは後退しながら、相手の攻撃を見極めようとする。

 

 あの鎌。

 

 あれは何か良くない物だ。

 

 触れてはいけない。

 

 マシュの本能が、そう警告を発していた。

 

「アサシン、マシュを援護してッ!!」

「んッ!!」

 

 凛果の指示を受け、アサシンが前に出る。

 

 低い姿勢で疾走。

 

 抜刀しながら、ランサーへと斬りかかる。

 

 対して、

 

 ランサーは接近してくるアサシンの姿に気が付くと、とっさにマシュへの攻撃を中断。アサシンへと向き直る。

 

 斬り込むアサシン。

 

 繰り出された刀は、

 

 しかし、とっさに防御に転じたランサーに防がれる。

 

 アサシンの刃を、大鎌で受けて弾くランサー。

 

 互いの視線がぶつかり合い、空中で火花を散らす。

 

「速いですねッ」

「ん、それなりには・・・・・・」

 

 両者、

 

 同時に動く。

 

 横なぎに大鎌を振るうランサー。

 

 だが、その一閃は虚しく空を切る。

 

 その前にアサシンは、大きく跳躍して回避。

 

 同時に、今度はマシュが攻撃を仕掛ける。

 

「ハァァァッ!!」

 

 巨大な盾を前面に構え、ランサー目がけて突撃する。

 

 敵の視界を奪うと同時に攻撃を仕掛ける構えである。

 

 だが、

 

「甘いですよ!!」

 

 マシュの攻撃を見切り、後退するランサー。

 

 マシュの突撃は、虚しく空を切った。

 

 ランサーのサーヴァントは、特に敏捷に長けている者が多い。どうやら、大ぶりな攻撃は、そうそうな事では当たらないらしい。

 

 反撃に転じるべく、大鎌を構え直すランサー。

 

 だが、

 

「どっちが?」

 

 低く囁かれた声。

 

 その声に、ランサーはギョッとして足元を見やる。

 

 その視線の先。

 

 そこには、低い姿勢で刀を斬り上げる態勢に構えたアサシンの姿があった。

 

「い、いつの間にッ!?」

 

 驚愕しながら、後退しようとするランサー。

 

 だが、

 

 それよりも先に、アサシンが刀を斬り上げた。

 

「がァァァァァァ!?」

 

 斬線が縦に走り、斬られたランサーは悲鳴を上げながら後退する。

 

 手応えはあった。

 

 刀の切っ先をランサーに向けながら、アサシンは斬撃が完全にヒットしたと確信していた。

 

 致命傷、ではない。

 

 しかし、

 

 ランサーはよろめきながら後退。

 

 すかさず、アサシンは追撃を仕掛ける。

 

「ん、これで・・・・・・」

 

 低い声と共に刀の切っ先をランサーに向けて、地を蹴るアサシン。

 

 強烈な一閃。

 

 繰り出された刃が、真っ向からランサーを刺し貫く。

 

「がァァァァァァァァァ!?」

 

 胸を正面から刺し貫かれ、悲鳴を上げるランサー。

 

 その強烈な悲鳴が、一同の鼓膜を刺し貫く。

 

 その様を確認したアサシンは、刀を引き抜きながら大きく後退した。

 

 いかにサーヴァントであろうと、致命傷を受ければ死は免れない。

 

 勿論、英霊である以上、消滅しても「英霊の座」に帰るだけであるが。

 

 勝負はあった。

 

 そう確信した。

 

 次の瞬間、

 

「おのれェェェェェェ!!」

 

 雄叫びを上げるランサー。

 

 同時に、長い髪が蛇のようにうねる。

 

「ただで、死んでたまるかァァァァァァ!!」

 

 その血走った双眸が、マシュを真っ向から睨む。

 

「お前も、道連れだァァァァァァ!!」

 

 高まる魔力。

 

 視線が光を帯び、マシュを呑み込もうとした。

 

 次の瞬間、

 

「マシュ!!」

 

 少女を庇うように飛び込む影。

 

 立香だ。

 

 状況から判断して、ランサーが何か強力な力を使おうとしている事を感じた立香が、マシュを庇うべく割って入ったのだ。

 

 無謀、としか言いようがない。

 

 オルガマリーの言う通り、サーヴァント同士の戦いに人間ができる事など殆ど無い。

 

 本来なら、戦いが終わるまで、隅で大人しくしているべきなのだ。

 

 だが、

 

 それでも、

 

 このまま何もせず、マシュが傷つくところをただ見ている事など、立香にはできなかった。

 

「先輩ッ!!」

 

 悲鳴に近い声を上げるマシュ。

 

 このままではマスターが、

 

 大切な先輩が、自分を庇ってやられてしまう。

 

 絶望が、マシュの心を支配する。

 

 せめて・・・・・・

 

 せめて・・・・・・が使えていたら・・・・・・

 

 自分の前に立つ先輩の背中を見ながら、マシュがそう呟いた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスガッツだ坊主。それでこそ男ってもんよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞きなれない言葉が、場に響き渡る。

 

 次の瞬間、

 

 今にも立香に攻撃を仕掛けようとしていたランサーが、突如現れた巨大な手によって掴み上げられた。

 

「なッ!?」

 

 驚く一同。

 

 見れば、ランサーを掴み上げていたのは、木で組み上げられた巨人だった。

 

 頭頂が大橋の欄干ほどもある巨人は、今にも攻撃を開始しようとしていたランサーを閉じ込められてしまった。

 

「何だ、これ・・・・・・・・・・・・」

 

 驚く立香。

 

 ここに来て驚愕の連続だったが、間違いなく一番の驚きは、今目の前で行われている光景だった。

 

「あれが・・・・・・宝具・・・・・・」

「マシュ?」

 

 後輩少女が漏らした言葉に、訝る様に首をかしげる立香。

 

 そんな中、マシュは何かを噛み占めるように、目の前に佇む木の巨人をジッと見つめる。

 

 と、

 

「焼き尽くせ木々の巨人ッ!! 灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)!!」

 

 再びの叫びと共に、巨人全体が炎に包まれる。

 

 断末魔の声を上げて、炎に焼かれていくランサー。

 

 やがて、それすらも炎の中に消えていく。

 

 ランサー消滅。

 

 これで、襲ってきた全てのサーヴァントを倒した事になる。

 

 その時だった。

 

「よう、なかなかやるじゃねえか、あんたら」

 

 声につられて振り返る一同。

 

 そこには、長い杖を持ち、青いローブに身を包んだ青年が、口元に笑みを浮かべて立っていた。

 

 

 

 

 

第3話「大橋の死闘」      終わり

 




うちの槍隊筆頭のアナちゃん(大人バージョン)登場。

そして退場(爆

早く7章まで書きたいものです。


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第4話「葛藤のあるがままに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗く深き地の底に、彼女はいた。

 

 漆黒の甲冑に身を包んだ少女は、厳しい眼差しのまま、ジッと闇の中を見据えていた。

 

 その脳裏に浮かぶ物。

 

 破壊された街。

 

 死に絶えた住人達。

 

 そして、変質してしまった聖杯戦争。

 

 既に、自分たちがここにいる意味も無いのかもしれない。

 

 しかし、

 

 それでも、

 

 己の内にある「役割」からは逃れられないらしい。

 

 故に今、この場所に立っている。

 

 彼らを迎え撃つべき、最強の魔王として。

 

「セイバー」

 

 不意に、暗がりから声を掛けられて顔を上げる。

 

 見れば、自らの同盟者である存在が、ゆっくりとこちらに歩いてくるところだった。

 

 黒いボディスーツに、腰回りだけ赤い外套を羽織った長身の男性。

 

 「変質」した英霊達の中で、自我を完全に保っているのは、自分と彼くらいの物だった。

 

「どうした、アーチャー?」

「ランサー達が敗れたぞ。どうやら相手は、例の連中らしい」

 

 その言葉に、セイバーと呼ばれた少女は軽く鼻を鳴らす。

 

 人理継続保障機関カルデアに所属するマスターとサーヴァント達。

 

 話に聞いていたが、まさか本当に来るとは。

 

 しかも、変質して弱体化したとは言え、刺客として送り出した3騎のサーヴァントを退けるとは。

 

「思った以上にやるようだな」

「ああ。それともう一つ」

 

 アーチャーは付け加えるように続けた。

 

「キャスターが、カルデアと合流したぞ」

「キャスターが?」

 

 その言葉に、セイバーは少し驚いたように声を上げた。

 

 キャスター。

 

 この自分が仕留め損ねた唯一のサーヴァント。

 

 恐らくは、今やこの世界で唯一、まともな思考を保っている存在。

 

「取るに足らぬと思って捨て置いたのが仇になったか」

 

 特に感慨は感じさせない声で、セイバーは呟く。

 

 どのみちキャスターが聖杯を得るには、自分のところに来るしかない。そこを迎え撃てばいいと思っていたのだが、却って状況は悪化してしまっていた。

 

 だが、

 

「問題ない。どのみち、奴らはここに来る以外に選択肢は無いのだからな。そこを迎え撃てばいい。連中が合流したからと言って、方針に変更は無い」

「了解した。では俺は、連中を迎え撃つ準備に入る」

 

 そう言うとアーチャーは、踵を返して入口の方へと向かう。

 

 と、

 

 一瞬だけ振り返るアーチャー。

 

 視線は、セイバーのいる壇上へと向けられた。

 

 だが、

 

 それ以上何も言う事無く、その場から去って行った。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 出て行くアーチャーの背中を、セイバーはいつまでも、無言のまま見送っていた。

 

 と、

 

「あの・・・・・・・・・・・・」

 

 不意に、背後から聞こえてきた声が、セイバーの思考を引き戻した。

 

 目を転じるセイバー。

 

 そこには、地面に蹲るようにして座り込む、1人の少女がいた。

 

 まっすぐにセイバーを見据える少女は、どこか悲し気な目をしている。

 

「まだ、戦い続ける気なんですか、セイバーさんは?」

「無論だ」

 

 問われるまでもない、と言った感じにセイバーは素っ気なく答える。

 

 対して、少女は嘆息気味に告げる。

 

「世界が滅んで、今更、聖杯なんか手に入れても無意味じゃないですか。それを・・・・・・」

「それが、私と言う存在に課せられた使命だ。今更やめられん」

 

 少女の言葉を、セイバーは強い口調で遮る。

 

 その言葉に、少女は諦めたように俯く。

 

 そんな少女を見据えて、セイバーは言った。

 

「貴様はそこで見ているがいい。どのみち、貴様にはもう、何もできないのだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ここでなら落ち着いて話せるだろ」

 

 一同を招き入れながら、蒼衣のキャスターはそう告げる。

 

 大橋での戦いを終え、敵サーヴァント3騎を撃破する事に成功した立香達は、彼の導きに従い、川を挟んで街の西側にある大きな学校へやって来た。

 

 どうやら小中高一貫らしいその学校はかなり広大な敷地を持っており、隠れるにはもってこいだった。

 

 ここなら仮に、敵の襲撃を受けたとしても対応できるだろう。

 

 拠点としては最適と言ってよかった。

 

「あの・・・・・・」

 

 立香は、キャスターの前に立って声を掛けた。

 

「さっきは、ありがとうございました。助けてもらって」

「ああ、気にすんな」

 

 そう言って、キャスターは笑いながら手を振る。

 

「こっちもお前らのおかげで敵が減って助かってんだ。お互いさまって奴よ」

 

 どうやら、見た目通りさっぱりした性格らしい。細かい事にこだわらないのは、異邦人である立香達としてもありがたい事だった。

 

 次いでキャスターは、マシュとアサシンの方に向き直った。

 

「お前さん方も、ご苦労さん。結構やるじゃねえか」

「ん」

「あ、ありがとうございます」

 

 結局、ランサーにトドメを刺したのはキャスターだった。

 

 突如現れた木の巨人を操り、瀕死のランサーにトドメを刺したのだ。

 

 そのキャスターはと言えば、大橋で襲ってきた3騎のサーヴァントとは確実に一線を画している。

 

 どうやら彼は「まとも」な英霊らしかった。

 

「さて、と」

 

 キャスターは学習机の上に行儀悪く胡坐をかきながら、一同を見回して言った。

 

「取りあえず、自己紹介から行こうか。俺の名はクー・フーリン。本来ならランサーとして召喚されるべき所だが、何の因果か、今回はキャスターになっちまった。まあ、よろしくな」

 

 そう言ってニカッと笑みを見せる。

 

 対して、驚いた声を上げたのは、カルデアとの通信越しにやり取りを聞いていたロマニだった。

 

《クー・フーリン? クー・フーリンってあの、クー・フーリンかい? 魔槍ゲイボルクで有名な?》

「おー、俺も随分と有名になったじゃねえか。まあ今回、槍は持って来てねえけどな」

 

 そう言って、キャスターは笑顔を見せる。

 

 クー・フーリン。

 

 「光の御子」の異名で知られ、アイルランド神話「アルスター伝説」に登場するケルトの大英雄にして、太陽神ルーの息子。

 

 因果逆転の魔槍ゲイボルクの使い手にしてルーンの魔術師。

 

 どうやら彼は、正式なサーヴァントとして聖杯に呼ばれた英霊らしかった。

 

「クー・フーリン・・・・・・・・・・・・」

 

 と、

 

 アサシンは何事かを思案するように考え込む。

 

 ややあって、顔を上げてクー・フーリンを見た。

 

「言いにくいから『クーちゃん』で良い?」

「やめろ。その綽名、面倒くさい奴を思い出しちまうから」

 

 妙にフレンドリーなアサシンに、顔をしかめるクー・フーリン。

 

 どうやら、その呼び名にはそうとうイヤな思い出がある様子だ。

 

「そんな事よりッ」

 

 話の流れを断ち切る様に、オルガマリーが口を開いた。

 

「説明して。いったい、何がどうなっているのッ?」

 

 きつい口調でクー・フーリンに詰め寄るオルガマリー。

 

 対してクー・フーリンはやれやれとばかりに肩を竦めた。

 

「せっかちだなー あんた。そんなんじゃ疲れないか?」

「良いからッ さっさと説明しなさい!!」

 

 のらりくらりとしたクー・フーリンの態度に、苛立ちを募らせるオルガマリー。

 

 そんなやり取りの様子を、立香達は唖然とした様子で眺めていた。

 

「なあ、英霊ってのは、みんなあんな風に落ち着いてられるもんなのか?」

「ん。大体は」

 

 アサシンの答えを聞きながら、立香は頷く。

 

 英霊とはそもそも、生前に何かしらの偉業を成した存在である。ならば、少々の事では動じる事も無いのだろう。

 

 なら、

 

 チラッと、立香はマシュを見やる。

 

 正確な意味での英霊ではないマシュには、当然ながら元となる経験が無い。

 

 いかに戦闘力が高くても、中身は普通の女の子。

 

 本人は平常にしているつもりなのかもしれないが、立香はマシュが戦いへの恐怖から震えているようにも見えるのだった。

 

 

 

 

 

 紆余曲折はあった物の、ともかく現状の把握は急務だった。

 

 いったい、この「特異点F」、冬木の地でいったい何があったのか?

 

 なぜ、都市が壊滅しているのか?

 

 なぜ、人々は死に絶えたのか、

 

 ここに来てはじめての「生存者」と言えるクー・フーリンと合流できたのは僥倖だった。

 

 これでようやく、状況を判断し、今後の指針も探る事ができる筈だ。

 

「とにかく、いきなりだったよ」

 

 一同の視線を受けながら、クー・フーリンが説明に入った。

 

「俺達は、この街で行われている聖杯戦争に召喚されて戦っていた。それがある時、いきなり街は燃え上がり、人間どもはマスターも含めて全て死に絶えちまった。生き残ったのはサーヴァントだけ・・・・・・・・・・・・」

 

 燃え上がった。

 

 つまり、その時点で何らかの理由で「特異点」が発生したとも考えられる。

 

「そんな混乱した状況の中で、あいつだけは違った」

「あいつ?」

 

 尋ねる立香に、クー・フーリンは頷いて続けた。

 

「セイバーだよ。奴さん、この状況の中、却って水を得た魚のように暴れだし、次々とサーヴァントを狩っていきやがった。お前らが戦ったアサシン、ライダー、ランサーがそうだよ」

「ちょっと待って」

「フォウッ ンキュ」

 

 声を上げたのは凛果だった。

 

 今のクー・フーリンの説明だと一つ、どうしてもおかしい事がある。

 

「3人が、そのセイバーにやられたんだとしたら、さっき襲ってきた奴等は何だったの?」

 

 そう、

 

 アサシン、ライダー、ランサーが先にセイバーにやられていたのだとしたら、襲ってきた3人の説明がつかなかった。

 

「そこだ、この状況のおかしいところは」

 

 凛果の指摘に対し、クー・フーリンは頷いて続けた。

 

「セイバーに斬られた奴らは、全員、あんな風に黒くなって、奴の傀儡に成り下がっちまった。残っているのは多分、俺だけだろうな」

 

 確かに、さっきの3人がまともな状態ではなかったことは、今のクー・フーリンと比較すれば一目瞭然だった。

 

 となると、残る敵はセイバー、アーチャー、バーサーカーの3人と言う事になる。

 

「ああ、バーサーカーは気にしなくて良いぞ」

 

 そう言って、クー・フーリンは手を振る。

 

「奴はどういう訳だが、セイバーにやられた後も、郊外にあるデカい城から一歩も動こうとしないからな。相手をするのも面倒な奴だし、積極的に出てこない以上、放ってい置いた方が得策だ」

「成程、となるとあと2騎の敵を倒せば良いんだな」

 

 納得したように、頷く立香。

 

 そんな少年の態度に、クー・フーリンはニヤリと笑う。

 

「良いね、そう言うさっぱりした態度。男はそれくらいシンプルな方が良いぜ」

 

 だがな、とクー・フーリンは続ける。

 

「事は、そう簡単な話じゃねえ。特にセイバーだ。奴は他とは一線を画してやがる」

「と、言うと?」

 

 尋ねる立香。

 

 対してクー・フーリンは緊張した面持ちで口を開いた。

 

「セイバーの真名は、ブリテンの大英雄『アーサー王』だ。そう言えば判るだろ」

 

 アーサー王。

 

 その名を全く知らないと言う人間は、世界でも少ないだろう。

 

 否、アーサー王自身は知らずとも、彼の王が持つ剣の名前は、誰しも一度は聞いた事があるはずだ。

 

 聖剣エクスカリバー

 

 振るえば万軍を撃ち滅ぼす、人類史に刻まれし最強の聖剣。

 

 敵としてはまさに、最悪と言ってよかった。

 

「しかも奴は既に、聖杯を確保してやがる。後は残ったサーヴァント、つまり俺の魂をくべれば良いだけの状態だ」

 

 つまり、セイバーは既に、勝利に王手をかけている状態と言う訳だ。

 

「最悪じゃないのッ」

「フォウッ」

 

 突然、叫び声を上げるオルガマリーに、フォウが驚いて飛び上がる。

 

 聖杯が特異点の発生源という疑いがある以上、自分たちは何としても聖杯を確保しなくてはならない。

 

 だが、その聖杯の前には最強の「番人」が立ちはだかっている。

 

 確かに、状況としては最悪と言ってよかった。

 

「ああ、けど」

 

 立香は眦を上げて言う。

 

「やる事は決まったよな」

 

 すなわち、今からセイバーの元へ乗り込んで聖杯を奪う。

 

 実にシンプルで分かりやすい。単純明快な事だった。

 

「まったく、兄貴は単純だよね」

 

 そんな立香の言葉に、凛果は苦笑しながら言う。

 

「でもまあ、確かに、これ以上考えるよりも行動に移した方が良いよね」

 

 そう言って凛果も頷く。

 

 既に情報は出尽くした。取るべき方針も定まった。ならば、後は行動あるのみだった。

 

「教えてくれ、クー・フーリン」

 

 立香は、真っすぐにクー・フーリンに向き直って言った。

 

「セイバーは、どこにいるんだ?」

 

 問いかける立香。

 

 対して、クー・フーリンは手にした杖を、窓の外に掲げて見せた。

 

 視線を向ける一同。

 

 そこには炎に沈む街並み。

 

 そして、

 

 その先にある黒々としたシルエットのみが見える山々が見て取れた。

 

「円蔵山・・・・・・その地下にある大空洞。そこに大聖杯が存在している。奴はそこにいるはずだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話がまとまったところで、取りあえず休憩しようと言う運びとなった。

 

 ともかく、ここまで緊張の連続だった。

 

 特に、突然、こんな状況に放り込まれた藤丸兄妹やオルガマリー、マシュの疲労はピークと言って良い。

 

 一時間ほど休憩した後に円蔵山に向かう事として、今はひとまず休みたかった。

 

 そこで、クー・フーリンに警戒を頼み、一同はめいめい休む事となった。

 

 フォウと戯れているアサシンを他所に、それぞれ床や椅子に座って休む一同。

 

 そんな中、マシュがクー・フーリンに歩み寄った。

 

「あの、クー・フーリンさん。一つ、聞いても良いですか?」

「おお、かまわないぜ嬢ちゃん。何だい?」

 

 深刻そうに尋ねるマシュに対し、クー・フーリンは振り返りながら応じる。

 

 現在、学校全体にクー・フーリンが敷いたルーン魔術の結界が展開している。

 

 害意のある者が接近すれば、即座に感知できる状態だった。

 

「あの、最初にわたし達を助けてくださった際に出した、あの木の巨人。あれが、クー・フーリンさんの宝具なんですか?」

「ああ。本当は槍があったら良かったんだがよ。今はこんな形だからな。まあ、威力的には十分だし、不満はねえよ」

 

 展開に時間がかかるのが難点だけどな。と言って笑うクー・フーリン。

 

 と、

 

 そこで机に突っ伏していた凛果が顔を上げた。

 

「あのさ、話の腰折って悪いんだけど・・・・・・」

「あん?」

「はい、何ですか先輩?」

 

 振り返る2人に、凛果は自分の中で生じた疑問を投げかけた。

 

「その、『ほーぐ』って何?」

 

 その質問に、思わず顔を見合わせる、マシュとクー・フーリン。

 

 あまりに基本的過ぎる質問だったので、少し拍子抜けした感じだった。

 

「そ、そうでした。先輩方には、そこら辺の説明がまだでした」

 

 申し訳なさそうに告げるマシュ。

 

 何しろ、ここまでジェットコースター並みの展開が続いていたせいで、そうした基本的な知識の説明に、いくつか取りこぼしがあったようだ。

 

 代わって、クー・フーリンが説明した。

 

「宝具ってのは、その英霊を代表する絶対的な力の象徴だ。必殺技と言っても良いかもな。大抵は1人に1つだ。場合によっちゃ、2つ、3つと持っている奴もいるにはいるが、強力なのは、1つと考えて良い。俺の例で言えば、ゲイボルクがそれにあたる訳だが、今回はキャスターでの召喚だったから、槍じゃなく、あの巨人になったって訳だ」

 

 「灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)」と呼ばれるクー・フーリンの宝具は、本来なら彼自身の宝具ではなく、ケルトのドルイドの術であり、生贄を檻に閉じ込めて炎で燃やす事に由来している。

 

「武器だけとは限りません」

 

 クー・フーリンの説明を引き継いで、マシュが言った。

 

「その人物が生前に使った武術や、関わった逸話や伝承、あるいは共に戦った仲間たちが宝具として現れる場合もあると言われています」

「ふうん。色々あるんだね」

 

 言ってから凛果は、相変わらずフォウと遊んでいるアサシンに目をやった。

 

「アサシンもあるの、宝具?」

「ん、一応」

 

 短く答えるアサシン。

 

 この見るも小さな少年も、クー・フーリンのような巨大な力を持った宝具を持っているのだろうか?

 

 そんな凛果の視線に気付き、アサシンは茫洋とした目を向けて言った。

 

「別に、クーちゃんのやつほど、面白くない」

「いや、宝具に面白いもくそもないだろ。てか、その呼び方やめろ、マジで」

 

 アサシンの物言いに呆れつつ、クー・フーリンはマシュへと向き直った。

 

「それで、ずいぶんと遠回りしちまったが、嬢ちゃんは何に悩んでんだ?」

 

 話を戻すクー・フーリン。

 

 元々は、マシュが彼に何かを聞こうとして始まった事だった。

 

「その、宝具って、どうすれば使う事ができるのでしょうか?」

「あん?」

 

 マシュの質問に、クー・フーリンはいぶかる様に首をかしげる。

 

 それではまるで・・・・・・

 

「嬢ちゃん、もしかして宝具使えないのか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 クー・フーリンの質問に対し、マシュは深刻な表情で頷きを返す。

 

 これは聊か深刻な事態である。

 

 サーヴァントが宝具を使えないとなると、切り札を欠いている事になるからだ。これではいざという時に後れを取る事も考えられる。

 

「やはり、私がデミ・サーヴァントで、正式な英霊ではないからでしょうか?」

 

 あの時、

 

 マシュに霊基を譲渡した英霊は、自らの真名を告げずに消滅してしまった。

 

 あるいはその事が、宝具使用に制限をかけているのかもしれない。

 

 だが、

 

「いや、それはねえな」

 

 自罰的に言うマシュの言葉を、クー・フーリンは否定した。

 

「デミでも何でも、サーヴァントである以上、宝具は使えるはずだ。それでも使えねえのは、もっと他に理由がある」

「他の理由、ですか?」

「ああ。何つーか、嬢ちゃんには気合いが足りねえんだよ。宝具ってのは、要するに自分の中で魔力が詰まっているか何かしているって事だろうさ」

 

 そう言うとクー・フーリンは、ニヤッと笑みを向ける。

 

「まあ、そう気にし過ぎるなよ。嬢ちゃんが必要とすれば、あんたの中にいる宝具は必ず答えてくれるはずだからよッ」

「ひゃんッ」

 

 言い終えると同時に、マシュのお尻を軽く叩くクー・フーリン。

 

 マシュは思わず、可愛らしい悲鳴を上げてしまった。

 

 その様子を、凛果はジト目で睨む。

 

「うわッ それセクハラだよ。アウトだよ」

「そうか? フェルグスの叔父貴なら、これくらい挨拶代わりにやるけどな」

 

 キョトンとするクー・フーリン。

 

 どうやら、ケルトの大英雄には、いまいち「セクハラ」の概念は伝わらなかったらしい。

 

 ていうか、挨拶代わりに女の子のお尻を触る英霊と言うのも、どうなんだろう?

 

 それはさておき、

 

 クー・フーリンはもう一度マシュに向き直ると、机に突っ伏して寝ている立香を指差して言った。

 

「嬢ちゃんは、あの坊主のサーヴァントなんだ。なら、まずはマスターを信じる事だな。マスターとサーヴァントの絆は、深ければ深いほど、より強い力を発揮できるんだ」

「はい・・・・・・判りました」

 

 先輩サーヴァントの助言に、素直な頷きを返すマシュ。

 

 どうやら、彼女の中で何か、一つの大きな道筋ができたような感があった。

 

 ところで、

 

 彼女も、

 

 他の者も気が付いてはいなかった。

 

 マシュを巡る一連の会話。

 

 そのやり取りを、

 

 彼女のマスターが、薄目を開けて聞いていた、という事実に。

 

 だが立香は、そのまま話に加わらず、寝たふりを続ける。

 

 今はまだ、その方が良いと思ったからだった。

 

 

 

 

 

第4話「葛藤のあるがままに」      終わり

 



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第5話「宵闇の狙撃手」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準備は整った。

 

 僅かとは言え休息が取れた事で、立香達の体調はだいぶ戻ってきている。

 

 後は、出そろった情報をもとに、行動を起こすのみだった。

 

「用意は良いな?」

 

 一同を見回して、クー・フーリンが尋ねる。

 

 その言葉に、一同は頷きを返した。

 

 元より、異邦人たるカルデア勢にはできる準備も少ない。ならば、これ以上の拘泥は時間の無駄だった。

 

「良いか、ここから先は、完全に敵の領域だ。油断はできねえぞ」

「ああ、判ってる」

 

 クー・フーリンの忠告に、立香は頷きを返す。

 

 ここからは決戦となる。

 

 敵となるサーヴァントは聖杯を確保したセイバー。そして。そのセイバーに付き従うアーチャーとなる。

 

 対してこちらは、アサシンとキャスター。

 

 そしてマシュのクラス。これは通常の7騎に含まれない、盾を主武装としたクラス。

 

 「盾兵(シールダー)」と呼称する事となった。

 

 数の上ではこちらが勝っているが、火力では明らかに見劣りせざるを得なかった。

 

「良いか、作戦を再確認するぞ」

 

 クー・フーリンが一同を見回して言った。

 

「坊主と嬢ちゃんが、前線に出て敵の攻撃を引き付ける。その間に、俺が宝具を展開。一気に片を付ける。基本はこのパターンだ」

 

 言ってから、クー・フーリンはマシュに向き直る。

 

「この作戦の肝は嬢ちゃん。あんただ。盾持ちのあんたが敵の攻撃を防ぎきらないと始まらない。できるな?」

「は、はいッ」

 

 クー・フーリンの質問に、気負った調子で答えるマシュ。

 

 どうにも、

 

 まだ緊張が抜けていないらしい。

 

 そんな中、立香が何かに悩むように、何かを思案していた。

 

「どうしたの、兄貴?」

「いや、な」

 

 尋ねる凛果に、立香はサーヴァント達を見回して言った。

 

「みんな、また苦労を掛ける事になるけど、あと一息で全部終わる。よろしく頼む」

 

 今更、こんな事を言う事に意味は無いかもしれない。

 

 だが、

 

 決戦を前にして、どうしても言っておきたいと思ったのだ。

 

「ん、まあ、何とかなる」

 

 何とも気の抜けるような返事をしたのはアサシンだった。

 

 その言葉に、一同は笑みを漏らす。

 

 決戦を前にして、一切気負った様子を見せないアサシンの事が、今はひどく頼もしく思えるのだった。

 

 だが、

 

 その様子を見据えながら、立香は脳裏で別の事を考えていた。

 

 確かに、こちらの士気は高い。

 

 だが、

 

 防御寄りのスタイルを持つマシュ。

 

 機動力と接近戦に長けるアサシン。

 

 後衛担当で、最大火力を誇るクー・フーリン。

 

 戦力的に見て、敵より劣っているのは確実だった。

 

 せめて、あと1人。前衛(フォワード)を任せられるアタッカーがいてくれたら、布陣としては申し分ないのだが。

 

 だが、無い物をねだっても仕方がない。

 

 自分たちは手持ちのカードを駆使して、最後の敵に挑まなくてはならないのだ。

 

「よし、行くわよ」

 

 オルガマリーが、一同を見回してそう言った。

 

 次の瞬間、

 

「んッ」

「これはッ」

「チッ」

「フォウッ!! フォウッ!!」

 

 サーヴァント3人が、一斉に緊張を増し動きを止める。

 

「なに、どうしたの?」

 

 凛果が訝りながら尋ねようとした。

 

 次の瞬間、

 

「伏せろッ!!」

 

 鋭く叫ぶクー・フーリン。

 

 その視線が、遥か彼方にある円蔵山を睨んだ。

 

 同時に、

 

 飛来した矢が校舎の建物に着弾。轟音と共に、教室の壁を吹き飛ばした。

 

「キャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 悲鳴を上げて蹲るオルガマリー。

 

 立香と凛果も、立っている事が出来ずその場に蹲る。

 

 無事なのは、サーヴァント3人のみ。

 

「攻撃ッ!? いったい、いつの間に敵が!?」

 

 マシュが盾を構えながら、うめき声を発する。

 

 突然の敵襲。

 

 単純に考えれば、敵はこちらの居所を察知して奇襲を仕掛けてきた、と思うところだろう。

 

 だが、

 

「いや、これはアーチャーの攻撃だ。あのヤロウ、こっちの居場所を嗅ぎ付けて、先制攻撃を仕掛けてきやがった」

 

 クー・フーリンは舌打ち交じりで告げる。

 

 今現在、この学校周辺はクー・フーリンが敷いたルーン魔術の結界によって守られている。

 

 並の雑魚では入ってこれないし、サーヴァントが来てもすぐに察知できるようにしてある。

 

 だが、アーチャーはそれを見越して、遠距離狙撃による奇襲を掛けてきたのだ。

 

 これでは結界の守りも、何の役にも立たなかった。

 

「でも、いったいどこからッ!?」

 

 瓦礫と化した壁の隙間から、顔を出して外を覗こうとした立香。

 

 次の瞬間、

 

「危ないッ」

「うわッ!?」

 

 とっさに立香の服の裾を引っ張り、床に引きずり倒すアサシン。

 

 とっさの事で受け身が取れず、床に転がる立香。

 

「い、いきなり何を・・・・・・・・・・・・」

 

 抗議しようとした立香。

 

 その鼻先に、

 

 飛来した矢が霞め、背後の壁に突き刺さった。

 

「なッ・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず絶句する立香。

 

 先程、アサシンが庇ってくれなかったら、不用意に顔を出した立香は串刺しにされていたかもしれなかった。

 

「一瞬だが見えたぞ」

 

 身を低くしながら、クー・フーリンが険しい表情で告げた。

 

 どうやら、敵の攻撃を防ぎながら、その狙撃場所の特定をしていたらしい。

 

「円蔵山の山頂には柳洞寺って言う寺がある。奴は、その山門の上に陣取っていやがる」

「山頂って、どう見ても直線距離で4キロ以上あるじゃないのッ どうやったらそんな長距離から、しかも弓で正確に狙い撃てるのよッ!?」

 

 オルガマリーが悲鳴交じりの叫びを発する。

 

 対物ライフルすら凌駕する超長射程精密狙撃。

 

 まさにアーチャーの面目躍如というべきだろう。

 

 次の瞬間、

 

 再び校舎を揺るがす大爆発が起こる。

 

 壁は吹き飛ばされ、床の一部も崩落する。

 

 こちらがなかなか顔を出さないので、アーチャーは再び狙撃から砲撃へ、攻撃手段を切り替えたのだ。

 

 二度、三度と校舎を揺るがす砲撃が続く。

 

 このまま行けば、建物その物が崩壊するのも時間の問題だった。

 

「クソッ 完全に奴の独壇場だな」

 

 舌打ちするクー・フーリン。

 

 このままでは長距離狙撃を前に何もできないまま、なぶり殺しにされるのは目に見えていた。

 

 どうにか、この状況を打破しないと。

 

 と、

 

「クー・フーリン!!」

 

 身をかがませた立香が、叫び声を発した。

 

 振り返るクー・フーリンに、立香は何事かを指差す。

 

「あの壁を破壊してくれッ!!」

「何だと?」

 

 訝るクー・フーリンは、立香が指示した方向を見た。

 

 それは、位置的に廊下側にある壁だ。

 

 一見すると何もない。

 

 だが、

 

 立香の意図を察し、クー・フーリンはニヤリと笑った。

 

「成程なッ!!」

 

 叫ぶと同時に、手にした杖を振り翳した。

 

Ansuz(アンサズ)!!」

 

 迸る爆炎が、壁を大きく吹き飛ばす。

 

 吹き抜ける爆風。

 

 同時に、クー・フーリンは傍らにいたオルガマリーの腕を取って、強引に引き寄せる。

 

「キャッ 何すんのよ!?」

「脱出するぞッ!! 俺に続け!!」

 

 抗議するオルガマリーを無視して肩に担ぎあげると、自身の破壊した壁から校舎の外へと飛び出すクー・フーリン。

 

 その後から、立香を抱えたマシュも続く。

 

「凛果ッ」

「うん、お願い、アサシン!!」

 

 自身もフォウを腕に抱き、アサシンに身を任せる。

 

 更に、アーチャーからの砲撃が続き、校舎の破壊が進む。

 

 揺れる建物を蹴り、アサシンは階下へと飛び降りるのだった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 状況を確認したアーチャーは、手にした弓をゆっくりと下す。

 

 アーチャーが今いる場所は、柳洞寺の山門の上。クー・フーリンの言ったとおりである。

 

 どうと言う事は無い。

 

 4キロ超の超長距離精密狙撃など、鷹の目を持つアーチャーからしたら、あくびをしながらでもできる芸当である。

 

 問題は、自身の行った攻撃によって、いかなる成果が表れたか、である。

 

「・・・・・・ネズミが巣穴から這い出したか」

 

 既にしばらく前から、アーチャーは立香達が学校に潜んでいる事は察知していた。

 

 もっと早い段階で襲撃する事も可能ではあったが、相手にはキャスター、クー・フーリンもいる。

 

 陣地作成のスキルを持つキャスター相手に、通常の城攻めは無謀である。

 

 そこで、相手を拠点からあぶりだす作戦を実行したのだ。

 

「ここまでは、予定通り、か」

 

 言い置くと、アーチャーは弓を置いて大きく跳躍。

 

 その身は、炎を上げる冬木の街へと舞い降りて言った。

 

 

 

 

 

 破壊された教室から脱出した立香たちは、そのまま校舎裏を駆ける。

 

 その場所はちょうど、円蔵山からは校舎が死角になっている。その為、いかにアーチャーと言えど狙撃は不可能なハズだった。

 

 それを見越して立香は、アーチャーが狙撃してくる方向とは反対側の壁を破壊すれば脱出できるのは、と考えたのだ。

 

 どうやら、その考えは図に当たっていたらしい。

 

 事実、攻撃は一時的にせよ止んでいる。

 

 アーチャーが、こちらを追いきれなくなった証拠である。

 

 とは言え、油断も出来ない。アーチャーは今も、こちらを狙っている事だろう。

 

 こちらが焦れて、頭を出すのを待っているのか? あるいは、別の作戦に切り替えたのか?

 

 いずれにせよ、あれで終わりではないのだけは確かだった。

 

「どうするんだッ!?」

 

 先頭を走るクー・フーリンに、立香が尋ねる。

 

 アーチャーの攻撃が止んだのは良いが、これでは身動きが取れない。

 

 顔を出せば、アーチャーの狙撃が襲ってくる事を考えれば、迂闊に動き回る事は出来なかった。

 

「・・・・・・どうにかして、距離を詰めるしかないだろ」

 

 緊張交じりに告げるクー・フーリン。

 

 死角に隠れながら、どうにかして円蔵山を目指す。

 

 幸いにして、ここから先は住宅街になる為、隠れられる場所は多い。

 

 しかし、ちょっとでも油断すれば、アーチャーに狙撃される事を注意しなくてはならない。

 

 少し考えてから、立香は腕時計型の通信機を起動させた。

 

「ドクター、聞こえるか?」

《ああ、聞こえている、話は聞いていたよ》

 

 カルデアにいるロマニは、立香の呼びかけに対しすぐに答えてくれた。

 

《こちらでマップを精査して、狙撃を受けずに円蔵山へ向かうルートを割り出すよ》

 

 既に向こうでは、その作業に入っているのだろう。ロマニのサポートは的確だった。

 

《けど、そうなるとルートはかなり限定されてしまう。円蔵山にたどり着くまでに、かなりの時間がかかってしまうだろうね》

「そうか、仕方ないな」

 

 今はとにかく、狙撃を受けずに敵地に乗り込む手段を探るしかない。

 

 その為なら、多少の回り道もやむを得なかった。

 

 その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、ならば、こちらから距離を詰めてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、告げられる好戦的な言葉。

 

 緊張が走る一同。

 

 次の瞬間、

 

 飛び込んで来た人影が、両手に構えた双剣を振り翳して斬りかかって来た。

 

「やらせません!!」

 

 とっさに大盾を振り翳して前に出るマシュ。

 

 アーチャーが振り翳した双剣は、マシュの盾によって防がれ火花を散ららす。

 

 カウンターとして回し蹴りを繰り出すマシュ。

 

 しかし、その前にアーチャーは大きく後退して距離を取り、マシュの攻撃を回避した。

 

「・・・・・・珍しいじゃねえかテメェ、どういうつもりだよ?」

 

 アーチャーを睨み、クー・フーリンが敵意の混じった声で言った。

 

「セイバーのお守りは良いのか、信奉者さんよ?」

「別に、信奉者になったつもりは無いがね」

 

 言いながら、立ち上がるアーチャー。

 

「だが、せっかく獲物がノコノコと顔を出したのだ。狩人の真似事くらいするさ」

 

 淡々と告げるアーチャー。

 

 身震いする一同。

 

 この男が、先程の凄まじい狙撃を行ったスナイパーなのだ。

 

 しかも、これだけの敵を前にして、戦場特有の高ぶりを一切見せない。そこに何か、冷徹な機械(マシン)めいた凄みを感じずにはいられなかった。

 

 そんな中、

 

 トコトコと、

 

 小さな影が歩み出た。

 

「アサシン?」

「フォウッ キュー」

 

 凛果の問いかけに対し、アサシンは足を止める。

 

 その視線は、正面からアーチャーを捉えていた。

 

「凛果、先に行って。アーチャーは、任せて」

「ほう・・・・・・」

 

 自身の前に立つ小さなサーヴァントを目にし、アーチャーはどこか感心したように声を上げる。

 

 対して、アサシンはアーチャーを睨みながら、腰の刀をゆっくりと引き抜く。

 

「クーちゃんも行って。セイバーを倒すには、クーちゃんが必要」

「坊主、お前・・・・・・・・・・・・」

 

 アサシンの意図を察し、クー・フーリンは声を上げる。

 

 アサシンは殿となってこの場に残り、アーチャーを押さえる気でいるのだ。

 

 自分たちの円蔵山突入を助けるために。

 

「・・・・・・行くぞ」

「ちょ、ちょっとッ 良いの、あの子に任せてッ!?」

 

 踵を返すクー・フーリンに、オルガマリーは抗議するように声を上げた。

 

 せめて援護に誰か残すべきじゃないのか?

 

 そう言いたげなオルガマリーを制して、クー・フーリンは言った。

 

「どのみち、誰かが残ってアーチャーを押さえる必要がある。本当は俺がやるつもりだったが、あの坊主がやるって言うのなら任せるのが妥当だろう」

 

 そう言って歩き出すクー・フーリンを、慌てて追いかけるオルガマリー。

 

 立香とマシュも、アサシンの小さな背中に頷くと、2人を追いかける。

 

「アサシン・・・・・・」

「フォウ」

 

 呼びかける凛果。

 

 対してアサシンは、僅かに振り返って自分のマスターを見た。

 

「ん、大丈夫、追いつく」

「・・・・・・判った」

 

 少年の言葉に、凛果も頷きを返す。

 

 アサシンは大丈夫と言った。

 

 ならば、信じて任せるのもマスターとしての務めだった。

 

 駆け去って行く凛果。

 

 その足音を背中に聞きながら、アサシンはアーチャーに向き直った。

 

「己の身を盾にして仲間を逃がすか。殊勝な事だな」

 

 そんなアサシンに、アーチャーは淡々とした調子で声を掛ける。

 

 感心したような、それでいて、どこか咎めるような口調のアーチャー。

 

 対して、アサシンは刀を構えながら答える。

 

「別に。この方が、やりやすいと思っただけ」

 

 立香や凛果がこの場にいれば、アサシンは彼らを守って戦わざるを得なくなる。そうなると、目の前の敵に集中できなくなってしまう。

 

 その為、アサシンは単独で動ける状況を作り上げたのだ。

 

「成程。全くの考え無し、と言う訳でもなさそうだ」

 

 呟くように言うと、アーチャーは自身の手に黒白の双剣を創り出して構える。

 

 その様子を見て、アサシンはスッと目を細める。

 

「投影魔術・・・・・・・・・・・・」

 

 無から有を創り出す事が可能な投影魔術は本来、真作の下位互換にしかならない、欠陥魔術とも言われている。

 

 しかし、目の前のアーチャーが操れば、その能力は信じがたいほどに飛躍する事になる。

 

 その事は、既に体験済みだった。

 

 次の瞬間、

 

 アサシンは仕掛けた。

 

 身を低くして疾走。

 

 間合いに入ると同時に、アーチャーに斬りかかる。

 

 対抗するように、アーチャーは黒白の双剣を構えて迎え撃つ。

 

 剣閃が縦横に奔り、

 

 アーチャーは白剣「莫邪」でアサシンの刀を弾く。

 

 同時に黒剣「干将」でもって、袈裟懸けに斬りかかる。

 

 対して、

 

 アサシンは宙返りしながら、アーチャーの頭上を飛び越える。

 

 着地。

 

 振り向き様に、横なぎの一閃を繰り出す。

 

 対抗するように、莫耶を振るって切り結ぶアーチャー。

 

 互いの剣閃が激突し、激しく火花を散らす。

 

「暗殺者が正面から挑むかッ そいつは悪手だぞ!!」

「んッ 剣使ってる弓兵に言われたく、ないッ!!」

 

 両者、同時に互いを弾く。

 

 距離が開く。

 

 ぶつかり合う視線。

 

 間髪入れず、互いに斬りかかった。

 

 

 

 

 

第5話「宵闇の狙撃手」      終わり

 



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第6話「弓兵の想い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹き上げる炎。

 

 文字通り、街の全てを焼き尽くす焔に煽られながら、

 

 2騎のサーヴァントは刃を翳して駆ける。

 

 小柄なアサシンは、手にした刀の切っ先を向け、真っ向から挑みかかる。

 

 対して、

 

 迎え撃つアーチャーは、双剣を羽のように広げて構える。

 

 両者、1秒を待たずに、詰まる間合い。

 

「んッ!!」

 

 先制して仕掛けたのはアサシン。

 

 突き込まれる刀の切っ先。

 

 その一閃を、

 

 しかしアーチャーは、手にした干将で受け止める。

 

 刃を逸らされ、アサシンの体勢は僅かに前のめり気味に崩れた。

 

 その瞬間を見逃さずアーチャーが動く。

 

 右手に装備した莫邪を、素早く斬り上げるように振るう。

 

 斜めに走る斬線。

 

 しかし、

 

 白き刃が、幼いアサシンを捉える事は無かった。

 

 斬撃が届く前に、アサシンはバックステップで後退。アーチャーの攻撃は虚しく空を切った。

 

「見た目通り、良く動く」

「ん、それが取り柄」

 

 感心したようなアーチャーの言葉に、アサシンは刀を構えなおしながら答える。

 

 体格的な面から考えてもアサシンの力ではアーチャーに敵わないだろう。

 

 何より、

 

 アサシンにとっては面白くない事だが、アーチャーやオルガマリーに言われた通り、アサシンは直接的な戦闘に向いているクラスとは言い難い。

 

 本来なら「気配遮断」と呼ばれるスキルを用い、奇襲攻撃を行うのが主な戦い方だ。

 

 「最弱のサーヴァント」という評価は、決して間違いではない。

 

 だが、

 

「例外は、ある」

 

 言い放つと、

 

 アサシンの姿は、視界から消え去る。

 

「ぬッ!?」

 

 いぶかる様に警戒するアーチャー。

 

 次の瞬間、

 

 振り向き様に、莫邪を横なぎに振るうアーチャー。

 

 その一閃が、

 

 背後から奇襲を仕掛けようとしていたアサシンの刃とぶつかり、激しく火花を散らす。

 

「んッ!?」

 

 舌打ちしながら後退するアサシン。

 

 そこへ、アーチャーが仕掛ける。

 

 アサシンを追って前進。両手の刃を縦横に振るう。

 

 的確に急所を狙って仕掛けてくるアーチャー。

 

 2本の剣を自在に振るう為、対処するのは至難である。

 

「ハッ!!」

 

 アーチャーが放った攻撃。

 

 上段と横薙ぎの複合斬撃を前に、防御は不可能。

 

 とっさにそう判断したアサシンは、後方に宙返りしながら跳躍。距離を取る事で回避を選択する。

 

 アーチャーの方も、敏捷では敵わないと判断したのだろう。追撃は掛けず、反撃に備えて双剣を構えなおす。

 

 対峙する両雄。

 

「・・・・・・解せないな」

 

 口を開いたのは、アーチャーだった。

 

「なぜ、本気を出さない? 貴様の実力は、そんな物ではないはずだろう」

「・・・・・・別に」

 

 対して、アサシンは少し躊躇ってから応じた。

 

「これで充分、だから」

 

 どこか、後ろめたさを感じさせるような少年の言葉。

 

 それに対し、アーチャーはつまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「見くびられたものだな。その程度の感傷を戦いの場に持ち込むなど」

「ッ」

 

 アーチャーの言葉に対し、アサシンは息を呑む。

 

 それは少年にとって、予想外の言葉だったからだ。

 

 まるで、心の内を見透かされたようなアーチャーの言葉に、アサシンの心に動揺が走る。

 

「まさか・・・・・・記憶、が?」

「見くびるなと言った」

 

 次の瞬間、

 

 今度はアーチャーの方から仕掛ける。

 

 地を蹴って疾走。双剣を構えてアサシンに斬りかかる。

 

 対して、動揺で初動が遅れたアサシンは、刀を正眼に構えて正面から迎え撃つ。

 

 双剣を自在に操り、連続攻撃を仕掛けるアーチャー。

 

 対してアサシンは、自身の敏捷を活かしながら回避し、反撃を試みる。

 

 しかし、

 

 やはり立ち上がりを制されたのは大きい。

 

 アーチャーの連続攻撃を前に、アサシンは防戦一方になっていた。

 

「どうしたッ 足元がおぼつかないか!?」

「ん・・・・・・クッ!?」

 

 アーチャーが繰り出す剣戟を、刀で辛うじて防いでいくアサシン。

 

 どうにかして態勢を立て直そうとするが、アーチャーがそれを許さない。

 

 迫りくる斬撃。

 

 振り下ろされる剣は、十字を描いてアサシンに迫る。

 

「まだッ!?」

 

 対して、刀を繰り出して弾こうとするアサシン。

 

 その一閃が、アーチャーの手から双剣を弾き飛ばす。

 

 無手になったアーチャー。

 

「今ッ!!」

 

 素早く刀を返し、斬りかかるアサシン。

 

 だが、次の瞬間、

 

「ガッ!?」

 

 強烈な前蹴りを食らい、アサシンの身体は大きく吹き飛ばされた。

 

 蹴り飛ばしたのは、言うまでもなくアーチャーである。

 

 アサシンの小さな体は、大きく宙を舞う。

 

 相手が武器を手放した事で、一瞬油断した事は否めなかった。

 

 吹き飛ばされながらも、どうにか体勢を立て直し、立ち上がろうとする少年。

 

 だが、

 

「見くびるなと言ったぞ」

 

 顔を上げたアサシンの視界の先では、弓を構えるアーチャーの姿。

 

 矢には刀身が捻じ曲がった剣がつがえられている。

 

「しまっ・・・・・・」

「これで終わりだ」

 

 矢を放つアーチャー。

 

 その一撃が着弾した瞬間、

 

 周囲を圧する巨大な爆炎が舞い踊った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサシンがアーチャーとの戦闘を繰り広げている頃、

 

 先行した立香達は、円蔵山の麓までたどり着いていた。

 

 途中、何度か骸骨兵士に遭遇する事態になったが、それらは全て、マシュとクー・フーリンの活躍によって事なきを得ていた。

 

 カルデアにいるロマニの的確な誘導もあり、戦闘回数が最低限で済んだ事も功を奏していた。

 

 後は目の前にある石段。これを上り柳洞寺まで行けば、目指す大空洞は目の前である。

 

「ちょ、ちょっと待ってッ す、少し休ませて・・・・・・・・・・・・」

 

 今にも地面にへばりそうな勢いで告げるオルガマリー。

 

 普段、あまり鍛えていない彼女からすれば、それなりに広い街中を走り回るのは苦痛以外の何物でもなかった。

 

 その一方で、藤丸兄妹は割と平気な顔をしていた。

 

「ほら所長ッ 立ってくださいッ 時間が無いんですから!!」

「フォウッ フォウッ」

「ちょ、ちょとーッ!?」

 

 凛果に腕を引っ張られ、無理やり歩かされるオルガマリー。

 

 フォウも急かすように吠えている。

 

 とは言え、こんな所でへばって、1人で追いていかれたらそれこそ命にかかわると言う物である。

 

 いやいやながら、オルガマリーは凛果に背を押されて石段を登り始めた。

 

 そんな中、立香はクー・フーリンやマシュと並びながら、周囲を見回していた。

 

「どうだ、様子は?」

「フォウ」

 

 駆け寄って来たフォウを肩に乗せながら尋ねる立香。

 

 対して、クー・フーリンは慎重に気配を探ってから答える。

 

「ああ、間違いねえ。完全に無人みたいだ。あの坊主がアーチャーの野郎を引き付けてくれたおかげだな」

 

 大空洞を守る最後の盾だったアーチャーが打って出た事で、この周辺の守りは手薄になっていた。

 

 攻め込むなら、今がチャンスだろう。

 

「急ぎましょう、先輩」

 

 マシュが緊張した面持ちで告げる。

 

「アサシンさんがアーチャーを押さえてくれていますが、万が一と言う事もあります」

「同感だ。立ち止まっている余裕はねえぞ」

 

 考えたくは無いが、もしアサシンが敗れれば、自分たちは追撃してきたアーチャーに背後を突かれる事になりかねなかった。

 

「待って・・・・・・お願いだから、ちょっと・・・・・・」

 

 先に行こうとする立香達が振り返ると、息も絶え絶えに登ってくるオルガマリーの姿があった。

 

 その様子に、クー・フーリンが嘆息する。

 

「ったく、情けねえな。鍛え方が足んないんだよ」

「う、うるさ・・・・・・い」

 

 息を切らしながらも、反論は忘れない辺り、根性はそこそこありそうだった。

 

 そうしている内に、一同は頂上にある山門をくぐり、寺の境内へ入る。

 

 内部は静まり返っており、人の気配はしない。

 

 どうやらここも、無人であるらしかった。

 

「あっちだ。行くぞ」

「フォウ」

 

 クー・フーリンの誘導に従い、立香達は境内の裏手、更にその奥の森へと分け入っていく。

 

 やがて、

 

 目指す大空洞の入り口が、目の前にぽっかりと口を開けて出現した。

 

 地の底まで続く、暗い穴。

 

 まるで地獄の入り口を連想させるその光景は、人が持つ根源的な恐怖を映し出している。

 

「・・・・・・・・・・・・行こう」

「フォウッ ファッ」

 

 固唾を飲む一同の中、率先して歩き出す一同。

 

 怖いのは皆、一緒だ。

 

 ならば、誰かが先頭を歩かなければならない。

 

 そう考えて立香は、一歩を踏み出したのだ。

 

 マシュや凛果たちも、立香の後に続いて大空洞内部へと足を踏み入れていく。

 

 内部は巨大な地下迷宮になっており、中まで見通す事が出来ない。

 

 しかし、不思議と迷う事無く、一同は進んでいく。

 

 流石に、ここまで来れば骸骨兵士の姿も見当たらず、一同は妨害を受ける事無く進む事が出来た。

 

 やがて、

 

 最奥部と思われる場所に達した時、誰もが息を呑んだ。

 

 目の前にある、祭壇の様に盛り上がった台地。

 

 その上から、巨大な光が放たれている。

 

 神々しいまでの光は、それだけで大空洞全体を明るく照らし出していた。

 

「何・・・・・・あれ?」

 

 凛果が茫然と呟く。

 

 あんな光景、見た事も無い。明らかに、自然の物ではない光だった。

 

 しかし、

 

 不思議と恐ろしさは感じない。むしろ、全てを包んでくれる安心感があった。

 

「あれが大聖杯だよ」

 

 クー・フーリンがそう言って指し示す。

 

 つまり予想が正しければ、あれが特異点の発生原因と言う事になる。

 

「なら、あれを回収すれば良いのね」

 

 そう言って、オルガマリーが前へと出ようとした。

 

 と、

 

「待ちな」

 

 クー・フーリンは杖を翳して、オルガマリーの行く手を遮る。

 

「ちょっとッ 何を・・・・・・」

「先に片付けなくちゃなんねえ事があるだろ」

 

 クー・フーリンがそう言った時だった。

 

「不遜な輩が」

 

 低く、響き渡る声。

 

 一同が振り仰ぐ中、

 

 彼女は現れた。

 

 漆黒の甲冑に身を包んだ少女。

 

 これまで戦ってきたシャドウ・サーヴァントとは、明らかに次元の異なる強大な存在感。

 

 何より、

 

 その手にある漆黒の刀身を持つ聖剣が、その存在が何者であるかを明確に物語っていた。

 

「・・・・・・出やがったな、セイバー」

 

 緊張交じりに告げるクー・フーリン。

 

 これまで飄々とした態度を取り続けてきた魔術師が、ここに来て最大限の緊張を見せている。

 

 それだけ、予断の許されない相手と言う事だ。

 

「え? セイバー? あれが? 女の子じゃんッ 何でアーサー王が女の子なの!?」

 

 セイバーとクー・フーリンを見ながら、凛果が混乱したように告げる。

 

 確かに、

 

 アーサー王と言えば普通に男性を想像するだろう。様々な書籍や映像作品などでも、男として描かれている。それがまさか、どう見ても自分達と同じくらいの年齢の少女だとは、思いもよらない事だった。

 

 そんな凛果に一瞥してから、セイバーはクー・フーリンに向き直った。

 

「どんな心境の変化だキャスター? 一匹狼を気取っていた貴様が、他の誰かと手を組むなどと」

「ハッ お前さんほどの奴と戦おうってんだ。これくらいの仕込みは当然だろ」

 

 そう言って肩を竦めるクー・フーリン。

 

 足して、セイバーは鼻を鳴らして一同を見回す。

 

「・・・・・・カルデアか。人理継続などと、大層な大義を掲げた物だな。身の程をわきまえて星だけを見ていればよかったものを」

「なッ」

 

 セイバーの物言いに、オルガマリーが反応する。

 

 彼女にとってカルデアは誇りその物と言って良い。その誇りを侮辱されて、黙っていられるはずが無かった。

 

「あなたねえ・・・・・・」

 

 苛立ち紛れに、前へと出ようとするオルガマリー。

 

 そんな彼女を守るように、マシュが盾を翳して前へと出る。

 

「下がってください所長。危険です」

 

 言いながら、台地の上に立つセイバーを見上げるマシュ。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・その盾は」

 

 セイバーはどこか、驚いたようにマシュを見やった。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・あれは?」

 

 驚いたように声を上げたのは、立香だった。

 

 その視線の先。

 

 立ちはだかるセイバーのすぐ背後に、小さな人影が見えたからだ。

 

「・・・・・・女の子?」

 

 それは確かに女の子だった。

 

 年齢は10台前半くらい。立香達と比べてもだいぶ幼い印象がある。

 

「驚いたな・・・・・・」

 

 声を上げたのはクー・フーリンだった。

 

 少女の姿を見ながら、どこか感心したように頷く。

 

「何がだ?」

「ありゃ、セイバーのマスターだよ。まさか、生きていたとはな」

 

 クー・フーリンの言葉に、一同は驚きの声を上げる。

 

 まさか、ここに来て生存者に会えるとは思っていなかったのだ。

 

「あんな小さな子が・・・・・・・・・・・・」

 

 茫然として呟きを漏らす立香。

 

 あんな子が、聖杯戦争に参加して殺し合いをしていた、などとは思いもよらなかった。

 

 と、

 

「おしゃべりはそこまでだ」

 

 冷たい声で言いながら、セイバーは手にした聖剣の切っ先を向ける。

 

「キャスター、そしてカルデアのマスター達よ。聖杯が欲しくばこの私を倒し、それにふさわしい証を見せて見ろッ」

 

 言い放った瞬間、

 

 セイバーは疾走と同時に台地から飛び降りる。

 

 掲げられる聖剣。

 

 対して、

 

「迎え撃ちますッ!!」

 

 マシュが大盾を掲げて、セイバーの正面に躍り出る。

 

 振り下ろされる聖剣の一撃。

 

 対して、マシュは手にした盾で防ぐ。

 

 だが、

 

「あァっ!?」

 

 迸る剣閃を前に、盾を構えたマシュの身体は大きく後退を余儀なくされる。

 

 何という豪剣。

 

 防いだ方のマシュが後退させられるなど、誰が想像できよう。

 

 そこへ、更に斬り込むセイバー。

 

 漆黒の剣閃が次々と踊り、少女を容赦なく追い詰める。

 

「どうした娘ッ!? その程度の実力では、その宝具が泣くぞ!!」

「クッ!?」

 

 挑発するようなセイバーの言葉に、唇を噛み占めるマシュ。

 

 このままでは、追い込まれるのも時間の問題である。

 

 と、

 

Ansuz(アンサズ)!!」

 

 詠唱と共に、迸る爆炎。

 

 マシュの苦戦を見て取ったクー・フーリンが、援護射撃を行ったのだ。

 

 セイバーに向かい、真っすぐに伸びる爆炎。

 

 だが、

 

 次の瞬間、セイバーが無造作に横一閃した聖剣が、向かってきた炎を一撃のもとに斬り裂いてしまった。

 

「・・・・・・ハンパねえな」

 

 冷汗交じりに呟くクー・フーリン。

 

 剣士(セイバー)の剣士が持つ対魔力はトップクラスとも言われているが、それにしてもキャスターである自分の魔術を一薙ぎで蹴散らすとは。

 

 セイバー「アルトリア・ペンドラゴン」

 

 その力は、通常のサーヴァントとは一線を画していると言ってよかった。

 

 次の瞬間、

 

 セイバーはクー・フーリンへ矛先を変えて向かってきた。

 

「チッ!!」

 

 舌打ちしながら、更に魔術を起動して爆炎を放つクー・フーリン。

 

 しかし、

 

「無駄だ」

 

 セイバーの低い呟きと共に、炎は呆気なく斬り裂かれる。

 

「貴様の魔術如きでは、私に傷一つ負わせることもできんッ」

 

 振り翳される聖剣。

 

 対して、

 

 魔術を放った直後のクー・フーリンは身動きする事ができない。

 

「クッ!?」

 

 甘んじて、セイバーの一太刀を受ける以外に無いか?

 

 そう思った瞬間、

 

「やらせませんッ!!」

 

 飛び込んで来たマシュが大盾を掲げ、辛うじてセイバーの剣閃を逸らす事に成功した。

 

 しかし、マシュもタダでは済まない。

 

 強烈な一撃を前に、少女は大きく後退を余儀なくされる。

 

「嬢ちゃんッ」

「まだ・・・・・・大丈夫です」

 

 歯を食いしばりながら答えるマシュ。

 

 だが、

 

「どうした? 2人掛かりでもそんな物か?」

 

 聖剣の切っ先を無造作に下げながら、セイバーが挑発するように尋ねてくる。

 

 戦慄が走る。

 

 当初の作戦では、マシュがセイバーの攻撃を防いでいる内に、クー・フーリンが宝具を展開する手はずだった。

 

 しかし今、予想をはるかに上回るセイバーの戦闘力を前に、作戦は崩壊しつつあった。

 

「まじぃな、こりゃ・・・・・・・・・・・・」

 

 舌打ち交じりに呟くクー・フーリン。

 

 このままでは、こちらの敗北は時間の問題だった。

 

 

 

 

 

 爆炎が晴れる。

 

 その様を見ながら、

 

 アーチャーは手にした弓を下す。

 

 立ち込める煙。

 

 その視界の先に、

 

「・・・・・・・・・・・・ほう」

 

 立ち上がる少年の姿を見て、感心したような声を上げた。

 

 アサシンは無事だった。

 

 多少のダメージは負っている様子だが、未だに戦闘続行に支障は見られない。

 

「耐えきったか」

「当然」

 

 アーチャーの言葉に、刀を構え直しながら答えるアサシン。

 

 とは言え、聊か際どいタイミングであったのも確かだ。

 

 あとコンマ一秒、回避のタイミングが遅かったら、アサシンの体は木っ端みじんに吹き飛ばされていただろう。

 

 疑うべくもない。

 

 アーチャーは強い。

 

 今の自分では、まともに戦っても勝てる見込みは少ないだろう。

 

「なら・・・・・・仕方ない」

 

 呟くように言いながら、

 

 アサシンは刀を両手で構えると、切っ先をアーチャーに向け、肩口に引き絞る様に構える。

 

「・・・・・・成程」

 

 そんなアサシンの様子を見て、アーチャーは皮肉気な笑みを浮かべた。

 

「追い詰められて本気を出す、か。子供の所業だな」

「うるさい」

 

 余計なお世話だ。

 

 言外にそう言いながら、アサシンは自身の中にある魔力を活性化させる。

 

 長引かせるのは不利だ。戦闘経験では、圧倒的にアーチャーの方が高い。

 

 ならば、有無を言わさぬ一撃で、勝負を決するしかなかった。

 

「良いだろう」

 

 そんなアサシンの様子に、アーチャーは頷きを返すと、投影魔術を展開。両手に干将・莫邪を創り出す。

 

 ただし、今度は2対、4本の剣を握りしめる。

 

「その力、示して見せろ!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 アーチャーは、手にした黒白の双剣を投擲する。

 

 明後日の方向に飛んで行く、合計4本の干将と莫邪。

 

 だが、その飛翔が頂点に達した瞬間、突如、進路を変更して、アサシンの背後から襲い掛かって来た。

 

 雌雄一対の夫婦剣である干将・莫邪は、たとえ引き離しても引かれ合う性質を持つ。

 

 その特性を最大限に使用した、アーチャーの絶技。

 

 鶴翼三連。

 

 同時に、アーチャーは更に、もう一対の干将・莫邪を創り出して構えると、真っ向からアサシンに斬りかかる。

 

 包囲網完成。

 

 こうなると、回避も防御も不可能となる。

 

 まさに、必勝の体勢。

 

 ならば、

 

「これでッ」

 

 地を蹴るアサシン。

 

 一歩、

 

 その体は加速する。

 

 二歩、

 

 少年は音速を超える。

 

 そして三歩、

 

 刃は獰猛な狼の牙となって、襲い掛かった。

 

「餓狼、一閃!!」

 

 繰り出される刃の切っ先。

 

 ほぼ同時に、返って来た双剣の刃が、アサシンの身体を斬り裂く。

 

 そして、

 

 切っ先は、真っ向からア―チャーの胸板を刺し貫いた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 静寂が、辺り一帯を満たす。

 

 アサシンの身体は斬り裂かれ、ボロボロになっている。

 

 重傷には違いない。が、まだ戦う事ができる。

 

 だが、

 

 アーチャーの方は、致命傷だった。

 

 間違いなく、アサシンの勝利。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・何で?」

 

 アサシンは咎めるように、アーチャーを見て言った。

 

「何で、最後に手を抜いた?」

 

 そう。

 

 最後の一瞬、アーチャーは攻撃の手を緩めた。それが無かったら、あるいは戦いはアーチャーの勝ちに終わっていたかもしれない。

 

「そんなの・・・・・・・・・・・・決まっている」

 

 言いながら、

 

 アーチャーは剣を捨てると、手を伸ばし、

 

 アサシンの頭を、優しく撫でた。

 

「何だかんだ言っても、兄貴が弟をいじめるのは、格好悪いだろ?」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言って笑うアーチャーの顔を、アサシンは茫然として見つめる。

 

 そんなアサシンに、アーチャーは更に言った。

 

「それに、お前が来たなら、託しても良い。そう思ってな」

「何を・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねるアサシン。

 

 だが、

 

 それには答えずに、アーチャーの身体が消えていく。

 

 他の英霊達と同様、敗北したアーチャーもまた、英霊の座へと還るのだ。

 

「頼んだぞ・・・・・・を、守ってやってくれ」

 

 それだけ告げると、アーチャーの姿は完全に消え去ってしまった。

 

 後には、辛うじて勝利したアサシンだけが残される。

 

「・・・・・・・・・・・・士郎」

 

 そっと、囁かれる呟きが、「兄」への切なる思いを現している。

 

 だが、あまり感傷に浸っている暇もない。こうしている間にも、立香達は残るセイバーと死闘を繰り広げているのだ。

 

 それに、アーチャーが最後に言っていた言葉も気になる。

 

 果たして、円蔵山には何が待っているのか。

 

 逸る思いを胸に、アサシンは地を蹴って、次なる戦場へと急いだ。

 

 

 

 

 

第6話「弓兵の想い」      終わり

 




アガルタ、クリア。

久々のノーコンテクリアでしたね。

後は石を回収したら、次の下総に向かいます。


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第7話「人理の礎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死闘は続いていた。

 

 セイバー相手に抵抗を続ける、マシュとクー・フーリン。

 

 だが、戦況はお世辞にも芳しいとは言えなかった。

 

 立ちはだかるセイバーの戦闘力はすさまじく、2騎のサーヴァントを単騎で圧倒していた。

 

 セイバーは正面にマシュを置いて対峙しつつ、時折クー・フーリンに向けて、高密度の魔力の塊を斬撃に変換して飛ばしてくる。

 

 その為、後方で魔術の詠唱を行っているクー・フーリンも、詠唱に集中できずにいる。

 

 これでは、切り札である「灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)」の展開ができなかった。

 

 その為、今はとにかく、マシュが必死にセイバーの攻撃を防ぎつつ、クー・フーリンが魔術で牽制すると言う戦い方に終始している。

 

 無論、その程度ではセイバーにかすり傷一つ付けることも叶わない。

 

 2人は徐々に、追い詰められつつあった。

 

 そんな中、

 

 3騎のサーヴァント達が死闘を繰り広げる周囲を迂回しつつ、2つの人影が、大聖杯近くの台地へと近付きつつあった。

 

 立香と、凛果だ。

 

 藤丸兄妹は、マシュ達が戦っている隙に、セイバーの後方へと回り込んだのである。

 

 と、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 台地の上にいた少女と、目が合った。

 

 向こうも立香達の存在に気付いたのだろう。こちらを振り返って来た。

 

 駆け寄る藤丸兄妹。

 

 どうやら少女は、特に抵抗する気は無いらしい。2人が近づいてくるのを、黙して眺めていた。

 

 こうしてみると、幼いがなかなかな美少女である事が判る。

 

 華奢な獅子と小さな体。少し伸ばした黒髪は、後頭部でショートポニーに纏めている。

 

 釣り気味の目は、静謐な光を湛えているのが見て取れる。

 

「やあ、こんにちは」

「・・・・・・・・・・・・えっと」

 

 どこか、場違いなような立香の挨拶に、少女は一瞬戸惑ったように首をかしげる。

 

 今まさに、眼下では死闘が繰り広げられている。

 

 ましてか、少女はセイバー側の人間。下手をすると、いきなり攻撃されてもおかしくは無いと言うのに。

 

 しかし立香は、そんな事お構いなしに、少女に対し気軽に近づいている。

 

 立香の態度は、少女にとって聊か子抜けする物だった。

 

「いや兄貴、その入り方は無いんじゃない?」

 

 流石に見かねた凛果が、そう言って呆れ気味に肩を竦める。

 

 立香の能天気ぶりは、妹の凛果には見慣れた物であったが、ここに来て度合いを増しているような気さえする。

 

 そんな妹の反応に対し、立香はキョトンとした顔で首をかしげる。

 

「何かおかしいか? 挨拶は大事だろ?」

「いや、そうだけど・・・・・・そうじゃなくてッ」

 

 ついつい兄のペースに流されそうになり、凛果は強引に話を引き戻す。

 

 凛果は、兄の事を放っておいて、少女へと向き直った。

 

「ねえ、あなた、あのセイバーのマスターなんでしょ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果の問いに、少女は躊躇いがちに頷きを返す。

 

 ならば、話は早かった。

 

「ならセイバーを止めて。このままじゃ、マシュ達がやられちゃうッ」

「俺からも頼む」

 

 立香も、少女に向き直って言った。

 

「詳しい説明はできないけど、俺達はこの世界を救うために来たんだ。その為には、どうしても聖杯が必要んなんだよ」

 

 本当は、そこら辺の事情に詳しいマシュかオルガマリーに説明してもらいたい所である。何しろ、彼女たちは元々の専門職である。素人の立香や凛果よりも、よほど事情説明に長けているだろう。

 

 だが、マシュは言うまでもなく現在、セイバーと交戦中で手が離せない。

 

 そしてオルガマリーはと言えば、セイバーの戦闘力を前に足がすくんでしまい、身動きが取れなくなってしまったのだ。

 

 そんな訳で、立香と凛果が代わりに、ここに来たわけである。

 

 と、その時だった。

 

《ちょっと待ってくれ、立香君ッ 凛果君ッ》

 

 立香の腕にある腕時計型の通信機から突如、ロマニの声が響いて来た。

 

 どうにも、何か焦っている様子だ。

 

 突然の声に、女の子が驚いた顔をしている。

 

 無理も無い。何しろ、何も無いところに、いきなり人の声が聞こえてきたのだから。驚くなと言う方が無理がある。

 

 そんな少女を横目に、立香は通信に応じた。

 

「どうしたんですか、ドクター?」

《あ、いや・・・・・・どうもね、反応がおかしいんだけど・・・・・・》

 

 何やら歯切れの悪いロマニの物言いに、立香と凛果は訝りながら顔を見合わせる。

 

「おかしいって、ロマン君、何が?」

《いや、それがね・・・・・・・・・・・・》

 

 少し考え込むように沈黙してから、ロマニは言った。

 

《こちらで数値を計測しているんだが、どうにも、その場所の魔力量が、ちょっと・・・・・・何と言ったら良いのか・・・・・・ああ、もうッ こんな時にレオナルドの奴がいてくれたら、もう少しはっきりわかるんだけど》

「要するに、何なのよ?」

 

 焦れたように尋ねる凛果。

 

 そっちから通信を入れておいて、1人で勝手に悩まないでほしかった。

 

 ややあって、ロマニは再び口を開いた。

 

《端的に説明すれば、そこからは、聖杯2つ分の魔力量が検知されてるんだ。こんな事あり得るのか・・・・・・・・・・・・》

「聖杯が、2つ?」

 

 呟きながら立香は、自身のすぐ傍らにある眩い光に目をやる。

 

 これが聖杯だと言うのなら、話は分かる。だが、これと同じような光は、他にどこにもない。

 

 ロマニの計算が、何か間違っているのじゃないだろうか?

 

 そう思った時だった。

 

「あの・・・・・・・・・・・・」

 

 それまで黙って話を聞いていた女の子が、恐る恐ると言った感じに声を掛けた。

 

「ん、何かな?」

「あの、お話は聞かせてもらいました」

 

 言いながら女の子は、真っすぐに立香を見た。

 

「それは恐らく、私の事です」

「え?」

「私が、この聖杯戦争における、本来の聖杯なんです」

 

 その言葉に、立香と凛果は言っている事の意味が分からず、茫然とする。

 

 目の前にいる、この少女が聖杯? いったい、何の事なのか?

 

《ちょっと待ッて・・・・・・いや、待てよ、そう言う事なのかッ!!》

 

 何事かをブツブツと言っていたロマニが、思い至ったように大きな声を上げた。

 

《万能の願望機たる聖杯。それが何も、無機物であるとは限らない。古来より、人の願いを叶える「聖人」の伝説はいくらでもあるんだからね》

「どういう事だ、ドクター?」

 

 訳が分からず尋ねる立香。

 

 対してロマニは、真剣な声で言った。

 

《目の前にいる女の子。彼女は「聖杯」だ。恐らく、その街で行われていた聖杯戦争は、彼女を奪い合うと言う形で行われていたのだろう》

 

 女の子が、聖杯?

 

 そんな事が有り得るのか?

 

 信じられない面持ちで、女の子を見やる立香と凛果。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・その声の人の言った通りです」

 

 女の子は、緊張した面持ちで頷くと、自分の身の上について説明した。

 

「私の名前は、朔月美遊(さかつき みゆ)と言います。お察しの通り、この冬木市で行われていた聖杯戦争における、「聖杯」そのものです」

 

 美遊と名乗った少女の説明によれば、彼女の家は、この冬木市に昔からある旧家で、代々、魔術師の家系にあったのだと言う。

 

 その魔術の特性とはすなわち「人の想念を汲み取り、願いを無差別に叶える」事にあると言う。

 

 まさに「聖杯」の在り方、そのものと言える。

 

 その能力に目を付けたとある魔術師が、美遊を基点とした聖杯戦争を、この冬木の地で起こしたのだ。

 

 当然、その参加者の中には、朔月家も含まれていた。

 

 だが、美遊の両親は元より、聖杯などに興味は無かった。

 

 彼らはただ、愛しい娘を守りたかった。

 

 美遊さえ幸せでいてくれれば、それ以上は何もいらない。そう考えていた。

 

 だが、聖杯戦争は、彼らの思惑に遺憾なく進行しようとしている。

 

 ならば、娘を守り抜くために、最強の英霊を引き当てるしかない。

 

 そんな少女の両親の想いに応え、召喚に応じてくれたのが、あのセイバーだったと言う訳である。

 

「最初は、あんなじゃなかったんです」

 

 召喚に応じたセイバーは、両親の想いを汲み取り、ただ少女を守る為だけに剣を振るい続けた。

 

 美遊を狙ってきた敵のみを打ち払い、それ以外には一切手出ししなかった。

 

 少女にとってセイバーは、頼れる守護者であり、そして、ともに寄り添う友達であり続けてくれたのだ。

 

 だが、それもある日を境に一変する。

 

 街が燃え、全ての人々が死に絶えたその日から、セイバーは人が変わったように戦いに明け暮れ、全ての敵を屠り続けたのだ。

 

「私が・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊は、項垂れたように呟く。

 

「私が、もっとしっかりしていたら、セイバーさんはあんな事にならなかったのかも・・・・・・」

 

 少女にとって、誰よりも優しかったセイバーは、もういない。

 

 あそこにいるのは、狂ったように戦い続ける悪鬼だった。

 

 その姿を見るのは、美遊にとって何より辛い事だった。

 

 だが、

 

「それは、違うんじゃないかな?」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 立香の言葉に、美遊は驚いたように顔を上げる。

 

 そんな少女に、立香は笑顔を向けた。

 

「セイバーはきっと、今も君を守り続けているんだと思う」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて、美遊はセイバーを見やる。

 

 そう言えば、思い当たる節もある。

 

 セイバーは一見すると狂ったように戦い続けている中で、しかし美遊に近づこうとする敵を斬り続けてきた。これまでも、そして今も。

 

 ならば、「美遊を守るために、セイバーは戦い続けている」という立香の考えは、あながち間違いとは言えないだろう。

 

 その時だった。

 

「危ないッ」

 

 立香は叫びながら、とっさに凛果と美遊を地面に押し倒す。

 

 直後、

 

 漆黒の斬撃が、頭上を霞めて行った。

 

「我がマスターに余計な事を吹き込むなカルデア。ただでさえ短い寿命を、更に縮める事になるぞ」

 

 立香達に向けて斬撃を放ったセイバーは、殺気に満ちた声で言った。

 

 次の瞬間、

 

「やァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 マスターの危機を察知し、セイバーに襲い掛かるマシュ。

 

 手にした大盾を旋回させ、セイバーを攻撃する。

 

 その一撃を、とっさに剣で受けるセイバー。

 

 しかし、衝撃までは殺しきれず、少女は大きく後退する。

 

「今ですッ!!」

 

 そこへマシュは、連続攻撃を仕掛ける。

 

 体制を崩したセイバーに対し、攻撃の手を緩めない。

 

 防戦一方になるセイバー。

 

 だが、

 

「ほう・・・・・・・・・・・・」

 

 低い声で呟くセイバー。

 

「少しはやるようだな・・・・・・だが、もう飽きた」

 

 言った瞬間、

 

 鋭い斬撃が、カウンター気味にマシュに繰り出された。

 

「クッ!?」

 

 とっさに盾で受けようとするマシュ。

 

 激突。

 

 同時に、マシュの体は大きく吹き飛ばされ、大空洞の壁へと叩きつけられた。

 

 崩れ落ちるマシュ。

 

「マシュッ!!」

 

 声を上げる立香。

 

 しかし、マシュはそれに答える事すらできず、地面に倒れ伏している。

 

 と、

 

 巨大な爆炎が躍り、一斉にセイバーへと襲い掛かる。

 

 クー・フーリンだ。

 

 マシュのピンチに、彼女を守るべく攻撃を仕掛けたのだ。

 

 迸る巨大な炎。

 

 直撃すれば、いかにセイバーと言えどもダメージは免れないだろう。

 

 だが、

 

 セイバーは身を低くして疾走。

 

 炎を回避すると同時に、剣の間合いへと斬り込む。

 

「終わりだッ」

 

 低い声で呟くセイバー。

 

 舌打ちするクー・フーリン。

 

 斬り上げられた一閃は、クー・フーリンの身体を容赦なく斬り裂いた。

 

「ちく・・・・・・しょう・・・・・・」

 

 崩れ落ちるクー・フーリン。

 

 後には、勝者たる剣士が1人、その場に立ち尽くしていた。

 

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 絶望に沈む表情をする凛果。

 

 まさに、戦慄すべき光景。

 

 2対1でも、セイバー相手にかすり傷一つ、負わせることができなかったとは。

 

「さて、次はお前たちの番だ」

 

 低い声で言いながら、振り返るセイバー。

 

 その圧倒的な存在感を前に、思わず息を呑む一同。

 

 マシュ、

 

 そしてクー・フーリン。

 

 頼みのサーヴァント達が、いずれも地に伏している。

 

 すなわち今、この場に自分たちを守ってくれる存在は、もういないと言う事だ。

 

 セイバーの目が、地面に座り込んでいるオルガマリーを見据える。

 

「ちょ、ちょっと・・・・・・何よ・・・・・・」

 

 震える目でセイバーを見るオルガマリー。

 

 対して、セイバーはゆっくりと前へと進み出る。

 

「や、やめて・・・・・・来ないでッ」

 

 懇願するように叫ぶオルガマリー。

 

 だが、セイバーは歩みを止めない。

 

 その時だった。

 

「もう良いですッ もう、やめてくださいッ セイバーさん!!」

 

 悲痛な叫び声が、大空洞に木霊する。

 

 そこで、

 

 セイバーは足を止めて振り返った。

 

 台地の上に立つ少女と、目が合う。

 

「マスター・・・・・・・・・・・・」

「セイバーさん、もうやめてください。こんなになるまで・・・・・・・・・・・・」

 

 後の言葉が続かない。

 

 かつて、主従と言う枠を超えて、友情で結ばれていた少女と剣士。

 

 その絆は、理不尽にも壊された。

 

 しかし、壊れて尚、自分の為に戦い続けるセイバーを、美遊はこれ以上みて居たくなかった。

 

 だが、

 

「・・・・・・すまないがマスター。その命令は聞けない」

「セイバーさん!!」

「マスターに対する脅威が残り続けている以上、私はこの剣を振るい続ける。それが、私と言う存在に与えられた使命なのだ」

 

 言い終えると、

 

 セイバーは再びオルガマリーへと向き直る。

 

「ひッ!?」

 

 悲鳴を漏らすオルガマリー。

 

 その眼前で、セイバーの剣が大きく振り翳された。

 

「所長ッ 逃げてください!!」

 

 立香が叫ぶが、もう遅い。

 

 セイバーの剣が、座り込んだままのオルガマリーへと振り下ろされた。

 

 次の瞬間、

 

 飛び込んで来た小柄な影が、手にした剣閃を振り抜き、セイバーの斬撃を弾いた。

 

「ぬッ!?」

 

 予期せぬ一撃を前に、流石のセイバーも虚を突かれて後退する。

 

 対して、

 

 飛び込んだ少年は、オルガマリーを守るように刀を構える。

 

「・・・・・・間に合った」

 

 淡々とした言葉にも、どこか安堵の声が混じる。

 

「アサシンッ!!」

 

 少年の姿を見て、凛果が歓喜の声を上げる。

 

 アサシンも、無傷ではない。その小さな体は傷つき、アーチャーとの死闘を物語っている。

 

 だがそれでも、この土壇場で間に合ってくれたのは確かだった。

 

「・・・・・・・・・・・・あれは」

 

 アサシンは台地の上に立つ美遊を見ながら呟く。

 

 対して、

 

「え?」

 

 不思議そうな眼差しで、アサシンを見返す美遊。

 

 一瞬、2人の間で視線が絡み合う。

 

 どこか、懐かしむような視線で美遊を見るアサシン。

 

 対して美遊は、キョトンとした目でアサシンを見返していた。

 

 しかし、呆けていたのも一瞬だった。

 

 刀の切っ先をセイバーに向けながら、アサシンは背後のオルガマリーへ向き直る。

 

「回復魔術、使える?」

「え・・・・・・ええ、少しくらいなら」

 

 話を振られ、キョトンとして答えるオルガマリー。

 

 その答えを聞いて、アサシンは再びセイバーに向き直った。

 

「なら、やって」

 

 言いながら、

 

「5分、保たせるから」

 

 アサシンは疾走。

 

 間合いに入ると同時に、セイバーに斬りかかる。

 

 逆袈裟に斬り上げられる剣閃。

 

 その一撃を、

 

 セイバーは己が剣で受け止める。

 

「5分、だと・・・・・・」

 

 至近距離からアサシンを睨みつけながら、セイバーは低い声で告げる。

 

 どこか、怒りを押し殺したような声。

 

 己の矜持を傷付けた相手に対するいら立ちが見て取れる。

 

「大きく出たな、暗殺者風情がッ」

 

 言い放つと同時に、渾身の力で剣を振り抜くセイバー。

 

 押し切られたアサシンは、大きく後退して対峙する。

 

「・・・・・・・・・・・・成程」

 

 手のしびれを我慢しながら、アサシンはどこか納得したように呟く。

 

 天下のアーサー王相手に5分と言ったのは、あるいは自身の傲慢だったのかもしれない。

 

「ん、けど・・・・・・」

 

 呟きながら、再びセイバーへ斬りかかるアサシン。

 

 どのみち、この場で戦う事ができるのはアサシンのみ。

 

 無理でもなんでも、押し通す以外に道は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサシンがセイバーと戦闘を開始したころ、オルガマリーは何とかクー・フーリンの元へとたどり着いていた。

 

 マシュの事も心配だったが、直接斬られた彼の方が明らかに重傷だった。

 

 傷の具合を確認するためにも、彼の方を先に見た方が良いと思ったのだ。

 

 恐怖で、足がすくむ。

 

 こんな事態になってしまい、オルガマリーの心は押しつぶされる寸前と言っても良かった。

 

 本当なら、今すぐ逃げ出したいくらいだ。

 

 だが、

 

 自分よりも、素人の立香や凛果が、肝を据えて立ち続けている。

 

 ならば、自分が尻込みしている場合ではなかった。

 

 何より、この中でまともに魔術を使えるのはオルガマリーだけ。一応、凛果と立香が着ているカルデア制服には、簡易的な魔術を使えるように術式が仕込まれているが、その使い方については、まだ教えていない。

 

 ここは、オルガマリーがやるしかなかった。

 

 とは言え、

 

 「素人」の度合いでは、オルガマリーも藤丸兄妹と大差はない。その事を、よく思い知らされていた。

 

 サーヴァントと言う暴風を前にしては、「たかが魔術師」1人程度など、何ほどの価値も無かった。

 

 アサシンは5分保たせると言ったが、あのセイバー相手に、そんな時間稼ぎが通用するか分からない。

 

 急がなくてはならなかった。

 

 クー・フーリンに駆け寄り、傷の状態を確認する。

 

 驚いた事に、斬られた時の派手さに比べて、傷自体はそれほど深くなかった。

 

 そのカラクリに気付いたオルガマリーは、感心したように頷いた。

 

「そっか、ルーン魔術・・・・・・とっさに防いだのね」

「ご名答。よく、判ってるじゃねえか」

 

 声を掛けられて振り返るオルガマリー。

 

 見れば、クー・フーリンが僅かに目を開いて、こちらを見ていた。

 

「よく無事だったわね」

「何とか、な。セイバーのやばさは知ってたからな。予め、テメェにルーンを重ね掛けして防御力を底上げしといたのさ。それでも、このザマだが」

 

 皮肉気に言ってから、クー・フーリンはオルガマリーを見やった。

 

「俺の方は良い。放っておいても、じきに動けるようになる。それより、嬢ちゃんの方を見てやってくれ」

「えっと、マシュは・・・・・・」

 

 言われて、顔を上げるオルガマリー。

 

 だが、

 

「私の事は、大丈夫です」

 

 すぐ傍らから、聞きなれた声が聞こえてきた。

 

 見上げると、大盾を携えたマシュが、よろけながらも必死に立ち上がっている所だった。

 

「マシュ、あなた・・・・・・」

「所長はクー・フーリンさんの治療をお願いします。私は、アサシンさんの援護に行きますので」

 

 言い放つと同時に、少女は盾を構えて疾走していった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 アサシンは一時的にせよ、セイバーとの間に膠着状態を作り出す事に成功していた。

 

 セイバーが振るう剣を、身を低くして回避。間合いに入ると同時に刀を振り上げる。

 

 縦に走る斬線。

 

 だが、セイバーはとっさに上体をのけ反らせて回避する。

 

 空を切る、アサシンの剣。

 

 すかさず、セイバーは反撃に出る。

 

 横なぎに振るう剣の一閃。

 

 対して、とっさに後退する事で回避を試みるアサシン。

 

 轟風のような剣閃が、アサシンへ迫る。

 

 その一撃が、

 

 アサシンの右肩を浅く薙いだ。

 

「んッ!?」

 

 舌打ちしながらも、どうにか距離を取るアサシン。

 

 鮮血が舞い、少年はとっさに傷口を押さえて顔を上げる。

 

「どうした、動きのキレが落ちて来てるぞ?」

「ん、気の、せい」

 

 セイバーの挑発に強がりを言いながらも、苦境である事は否めないでいる。

 

 と、

 

「アサシンッ」

 

 凛果が声を掛ける。

 

 その姿に、チラッと目を向けるアサシン。

 

 現状、凛果とアサシンは主従契約を結んでいるが、そのパスは安定しているとは言い難い。

 

 凛果はまだマスターとしては未熟であり、魔術回路を正しく使う事も出来ない。そのせいで、本来ならマスターからサーヴァントへ送られてくる魔力量を、アサシンは殆ど得られていない状態に等しかった。

 

 一応、現界と通常戦闘に支障が無い程度の魔力は確保しているが、しかし最大の切り札と言える宝具の使用は不可能に近かった。

 

 いわば枷を付けられた状態で戦っているに等しい。

 

 勿論、そんな程度の事で凛果を恨む気は無い。

 

 サーヴァントなら、与えられた条件でマスターの為に勝利を掴まなければならない。

 

 だが、

 

「これで終わりだッ 己の増長を悔やみながら死ね」

 

 静かに言い放つと、

 

 セイバーは地を蹴って剣を振り翳す。

 

 対して、

 

 立ち尽くすアサシン。

 

 このままでは斬られる。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 アサシンとセイバーの間に割って入った人物が、手にした盾でセイバーの斬撃を防ぎ止めた。

 

「クッ!?」

 

 セイバーの剣を受け止めたマシュは、その衝撃に苦痛の表情を浮かべる。

 

 だが、

 

 先程までと違い、今度は吹き飛ばされる事は無い。

 

 渾身の力でマシュは攻撃を受け止め、地に立ち続けていた。

 

「ほう・・・・・・・・・・・・」

 

 その様を見て、セイバーは僅かに目を細める。

 

「少しは、やるようになったかッ?」

 

 言いながら、縦横に剣を振るうセイバー。

 

 その重い一撃一撃が、容赦なくマシュを襲う。

 

 しかしマシュは、折れない。

 

 盾を構え、踏み止まり続けている。

 

 その根底には、大切なマスターを、

 

 己が先輩を守りたいと言う想いがある。

 

 その想いを胸に、マシュはセイバーの剣を受け止め続けていた。

 

「おのれッ 小娘がッ!!」

 

 焦れたように、剣を大きく振りかぶるセイバー。

 

 強力な一撃でもって、一気に勝負を決する気なのだ。

 

 だが、次の瞬間、

 

 横合いから、巨大な爆炎がセイバーに襲い掛かった。

 

「クッ!?」

 

 とっさに剣を振るって、炎を斬り裂くセイバー。

 

 見れば、オルガマリーの回復魔術で、どうにか動けるまでに回復したクー・フーリンが、魔術による援護射撃を行っている所だった。

 

 正面のマシュ。

 

 そして横合いのクー・フーリン。

 

 それらへの対応に、セイバーの気が一瞬逸れた。

 

 次の瞬間、

 

 マシュが掲げる盾の影から、小動物の様に俊敏に飛び出して来た影があった。

 

 左手に刀を構えたアサシンは、飛び出すと同時にセイバーを見据える。

 

 その動きを前に、セイバーの対応が一瞬遅れる。

 

 次の瞬間、

 

 アサシンの刃は、セイバーの鎧を斬り裂き、その体を斜めに斬り裂いた。

 

「グッ・・・・・・」

 

 苦悶の呻きと共に、傷口を押さえて後退するセイバー。

 

 ここに来てようやく、セイバーに確実なダメージが入った。

 

「おのれ・・・・・・・・・・・・」

 

 鮮血溢れる傷口を押さえながら、一同を睨みつけるセイバー。

 

 圧倒的に優離な筈の状況で押し返された事で、彼女のプライドは大きく傷つけられた様子だった。

 

 対して、アサシン、マシュ、クー・フーリンの3人は油断なく、自分たちの得物を構える。

 

 状況は、未だ予断を許さない。

 

 だがそれでも、ようやく拮抗できるだけの体勢を整えたのは確かだった。

 

「セイバーさん・・・・・・・・・・・・」

 

 小さな声に振り返ると、己がマスターたる少女が、哀し気な顔でセイバーを見ている。

 

 その姿に、

 

「・・・・・・・・・・・・まだだ」

 

 セイバーは己を奮い立たせるように、剣を構える。

 

 そうだ。

 

 こんな所で負けられない。

 

 まだ、

 

「負けるわけには、いかないッ!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 セイバーの魔力が増大化するのが分かった。

 

「何だッ これは・・・・・・・・・・・・」

 

 立香の呻き声が聞こえる。

 

 魔術について素人の立香にも、尋常な状況でない事が感じられたのだろう。

 

 と、

 

「いけないッ!!」

 

 叫んだのは、美遊だった。

 

「セイバーさんは宝具を使う気ですッ 早く逃げてください!!」

 

 その言葉に、一同の間に戦慄が走った。

 

 アーサー王の持つ宝具。

 

 それ即ち「聖剣エクスカリバー」に他ならない。

 

 人類史に刻まれし最強の聖剣が、

 

 今まさに、解き放たれようとしていた。

 

 莫大な魔力が刀身から溢れ出し、解き放たれる瞬間を待ちわびる。

 

「皆さんッ 私の後ろへッ!!」

 

 マシュが盾を構えながら叫ぶ。

 

 セイバーの全力攻撃を前に、いかなる防御も回避も無意味と化す。

 

 ならば、防御に特化したシールダーであるマシュに賭けるしかなかった。

 

「卑王鉄槌・・・・・・・・・・・・」

 

 セイバーの言葉が、低く囁かれる。

 

 その鋭い双眸が、盾を構えるマシュを睨みつける。

 

「極光は反転する」

 

 次の瞬間、

 

 黒色の閃光が、大きく振りぬかれた。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!!」

 

 迸る剣閃。

 

 ありとあらゆる物を食らいつくす、漆黒の牙が容赦なく襲い掛かる。

 

 閃光は大空洞その物を飲み込み、マシュ達を覆いつくす。

 

「クッ!?」

 

 盾を構えるマシュ。

 

 その腕が軋むのを感じる。

 

 これまでの比は無い。

 

 ほんの僅かでも気を緩めたら、その瞬間、盾ごと粉砕されそうな気さえする。

 

 だが、

 

「負ける・・・・・・訳には・・・・・・」

 

 恐怖を振り払うように、マシュは盾を持つ手に力を籠める。

 

 自分が負ければ、立香が殺されてしまう。

 

 それだけは、

 

 それだけは絶対に、許さなかった。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 盾を持つ、マシュの手。

 

 その手に、別の人物の手が重ねられた。

 

 振り返るマシュ。

 

 その視界には、

 

 彼女を支えるようにして共に盾を構える、少年の姿があった。

 

「先輩ッ!?」

「大丈夫だ、マシュ」

 

 驚くマシュ。

 

 そんな少女に対し、

 

 立香は、安心させるように、笑顔を向ける。

 

 なぜだろう?

 

 先輩とともにいるだけで、力が湧いてくる。

 

 先輩とともにいるだけで、勇気が湧いてくる。

 

 先輩とともにいるだけで、どんな敵にも負けない気がしてくる。

 

 高まる魔力。

 

 マシュの中にある魔術回路で、眠っていた部分が動き出し、魔力が一気に流れ出す。

 

 神々しく光る盾。

 

 次の瞬間、

 

 巨大な障壁が、前面に展開。セイバーの放つ魔力斬撃を真っ向から受け止める。

 

 仮想宝具・疑似展開

 

 マシュは不完全な状態ながら、宝具を自力で展開する事に成功したのだ。

 

 セイバーの放った斬撃は、障壁に防ぎ止められ散らされていく。

 

 やがて、衝撃が完全に晴れた時、

 

 そこには剣を振り切った状態のセイバーと、

 

 そして、

 

 自分たちの全てを合わせて、仲間たちを守り切ったシールダーと、そのマスターの姿があった。

 

「・・・・・・・・・・・・不完全とは言え宝具を開放し、我が剣を防ぎ切った、か」

 

 全ての力を出し切ったセイバーは、立ち尽くすマシュと立香を見ながら呟く。

 

 その声には、己の全力攻撃を耐えきった少女に対する、確かな称賛の色があった。

 

「あるいは・・・・・・」

 

 呟きながらセイバーは、マシュの後ろに立つ少女の目をやった。

 

「私にもまだ、幾ばくかの情は残されていたと言う事か・・・・・・フンッ これはアーチャーを笑えんな」

 

 そう言って、苦笑気味に笑うセイバー。

 

 その様子を、後方で見ていたオルガマリーは、フッと柔らかく笑う。

 

 まったく、とんだ美談ではないか。

 

 マシュは完全に宝具を使いこなしているわけではない。

 

 それどころか、自身の中にいる英霊の真名すら、未だに彼女は知らない。

 

 だが、

 

 それでも尚、マスターである少年を想う、マシュの一途な心が宝具を一部形とは言え開放したのだ。

 

「『人理の礎(ロード・カルデアス)』・・・・・・それは不可能を斬り拓き、未来へと歩み続ける人類の願い」

 

 人理の礎(ロード・カルデアス)

 

 マシュの宝具が見せた眩い輝きに、オルガマリーはそんな風に思ったのだ。

 

 そんな中、

 

 1人、

 

 セイバーのマスターたる少女は、自らを守るために戦い続けてくれたサーヴァントへ歩み寄った。

 

「セイバーさん、もう、これ以上は・・・・・・」

「ああ、判っている」

 

 言い募る美遊に静かに答えながら、セイバーは剣を下した。

 

 もう、これ以上戦いを続ける気は無い。という意思表示に他ならなかった。

 

「すまない、マスター。最後まで私の手で、あなたを守りたかったのだが」

「いいえ・・・・・・・・・・・・」

 

 謝るセイバーに、少女は静かに首を横に振る。

 

「セイバーさんは、ずっと守ってくれました。こんな事になっても」

 

 美遊には判っていた。

 

 人々が死に絶え、世界が滅んだ今、なぜ自分だけが生き残り続けてきたのか?

 

 自分が死ななかったのは、

 

 自分を守り続けてきたのは、

 

 セイバーだったのだ。

 

 セイバーが、聖杯に自分のマスターの命を守る続けるよう願い続けていたからこそ、少女は今まで延命し続けていたのだ。

 

 全ては己のマスターの為。セイバーは文字通り、自分の命を削り続けていたのだ。

 

「ありがとうございます。セイバーさん」

「マスター・・・・・・・・・・・・」

 

 差し伸べられた少女の手を掴むべく、セイバーも手を伸ばした。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、くだらない。全く持って、くだらない茶番劇だったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、響き渡る声。

 

 同時に、

 

 突如、セイバーの胸を、何者かが刺し貫いた。

 

「なッ!?」

「セイバーさん!!」

 

 崩れ落ちるセイバー。

 

 美遊が悲鳴に近い声を上げる中、

 

 倒れたセイバーの影から、長身の男が姿を現した。

 

 緑色のコートに、シルクハットをかぶった西洋風の男性。

 

 理知的な雰囲気も、今はどこか冷たい印象を感じる。

 

「あなたはッ」

 

 絶句するマシュ。

 

 その男はマシュにとって、あまりにも見慣れている人物に他ならない。

 

 そして同時に、

 

 絶対に、この場にいてはいけない人物でもあった。

 

 

 

 

 

 

第7話「人理の礎」      終わり

 



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第8話「噴き出る悪意」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レフッ!!」

 

 男の姿を見たオルガマリーは、思わず感極まって駆け寄った。

 

 レフ・ライノール。

 

 カルデアの技術主任で、未来観測レンズ「シバ」の開発者。

 

 そして、

 

 カルデア内において、何かと気苦労の絶えないオルガマリーにとって唯一、心から信頼できる人物でもあった。

 

 思えば、彼女にとって苦難の連続だった。

 

 予定外の事故によってカルデアは壊滅。46人のマスター候補を含む、スタッフの大半が全滅するという異常事態。

 

 そして彼女自身も予定外のレイシフトに巻き込まれ、特異点へと飛ばされる羽目になった。

 

 地獄と化した街の中を逃げ回り、化け物やサーヴァントに命を狙われ続けた。

 

 魔術師のエリートとは言え、基本的に「温室」で育った彼女には耐えがたい苦痛の数々だった。

 

 だからこそ、だろう。

 

 今この瞬間における異常性に、オルガマリーが気付けなかったとしても、誰が彼女を浅慮と責める事が出来よう?

 

 そんなオルガマリーとは反対に、藤丸兄妹は冷静に状況の推移を見詰めていた。

 

「あれって・・・・・・レフ教授、だよね? 何でここにいるの?」

 

 ブリーフィングでレフと顔を合わせている凛果は、信じられない面持ちで、突如として姿を現したレフを見ていた。

 

 カルデアにいたはずのレフが、なぜここにいるのか? そもそも、先のロマニの話によれば、レフは爆発の影響で行方不明になっていた筈である。

 

 と、

 

 そんな凛果を守るように、小さな影が立ちはだかる。

 

「アサシン?」

「フォウッ キュ」

「凛果、下がって」

 

 言葉少なに、凛果を下がらせるアサシン。

 

 フォウもまた、凛果の肩の上によじ登って、警戒するようにレフを睨んでいる。

 

 アサシンにとって、レフは初めて見る相手である。

 

 だが、本能とでも言うべきか、少年の目には、レフが何か、得体の知れない存在のように映っていた。

 

 傍らのクー・フーリンもまた、同様に杖を構えて警戒している。

 

 一方、

 

 立香もまた、警戒心も露わにレフを見据えていた。

 

 立香も、カルデアの廊下でレフと会っており、その時には好印象の人物として捉えていた。

 

 だが今、突然現れてセイバーを不意打ちで倒したレフは、セイバー以上に危険な存在の様に思えるのだ。

 

 そのセイバーは、レフによって胸を貫かれ、瀕死の状態になっている。今も心配げな美遊に寄り添われ、苦し気な呼吸を繰り返していた。

 

「先輩・・・・・・」

「マシュ、気を抜くんじゃないぞ。いつでも動けるようにしておいてくれ」

 

 立香の言葉に、マシュは無言で頷きを返すと、手にした盾を構えなおす。

 

 どうやら彼女もまた、立香と同じ思いのようだ。

 

 マシュ自身、レフにはオルガマリー並みの信頼を抱いていた筈。

 

 そのマシュですら、今目の前にある状況が、いかに異常であるか理解していた。

 

 一方、

 

 そんな中、オルガマリーはレフに駆け寄り、縋りついた。

 

「ああッ レフッ!! レフッ!! 良かった、生きててくれて!! あなたが死んだと聞かされた時、どんなに心配した事か!! 私だけじゃ、この先どうやってカルデアを守れば良いのかすら、判らなかった!!」

「やあ、オルガ。元気そうで何よりだよ。大変だったね」

 

 縋りつくオルガマリー。

 

 対して、レフは彼女を抱き留める事もせず、淡々とした口調で返事をするのみだった。

 

 言葉では気遣っているようにも聞こえるが、その態度は明らかに素っ気なく、オルガマリーをぞんざいに扱っているように思える。

 

 だが、オルガマリーは、そんなレフの態度に気付かないまま、これまでため込んで来たものを全て吐き出すように告げる。

 

「そうなのよレフ!! 予想外の事ばかりで頭がどうにかなりそうだわ!!」

 

 言いながら、

 

 オルガマリーは涙を浮かべてレフを見上げる。

 

「でも良いの!! あなたがいれば何とかなるわよね!! だって、今までだってそうだったもの!! だから、今回だって!!」

 

 レフがいてくれればどうにかなる。

 

 レフがいてくれれば、自分は大丈夫。

 

 レフがいてくれれば何とかしてくれる。

 

 ああッ レフ!!

 

 レフ!!

 

 レフ!!

 

 レフ!!

 

 レフ!!

 

 今のオルガマリーは、それしか考えられなくなっていた。

 

 と、

 

 そんなオルガマリーを見ながら、レフが告げる。

 

「ああ、本当に予想外の事ばかりで頭にくる」

 

 淡々とした口調で、

 

 オルガマリーの鼻先に顔を近づけ、

 

 残酷にも言い捨てた。

 

「中でも君だよオルガ。爆弾は君の足元に設置したと言うのに、まさかこうしてまた、顔を合わせる事になるなんてね。トリスメギストスは、ご丁寧にも体を失った(死んだ)君の残留思念を拾い上げて、一緒に転移させてしまったのだろう。そうでもしなければ、適性の無い君の肉体では、転移できるはずもないからね」

「な、何を言っているの?」

 

 信頼する技術主任の突然の豹変に、戸惑うオルガマリー。

 

 対して、レフは面白くもなさそうに続ける。

 

「理解できないかね? 愚鈍だとは思っていたが、まさかここまでとは恐れ入る。良いかい、愚図の君にも分かりやすく説明してあげると、カルデアにいた君は死んだからこそ、初めてレイシフトできるようになったと言う訳さ。おめでとう、大した皮肉じゃないか。生前には全く適性が無かった君が、今こうして、レイシフトできているのだからね」

 

 悪意があふれ出る。

 

 つまり、

 

 既にオルガマリーは死んでいる。

 

 だからこそ、本来なら予定の無かった彼女までレイシフトしてしまい、この場に存在してしまっているの。

 

 レフは、そう言っているのだ。

 

 そして、

 

 彼女の殺害、ひいてはカルデアの爆破を実行したのも、彼自身と言う訳だ。

 

「そ、そんな・・・・・・嘘よ・・・・・・嘘・・・・・・」

 

 力なく首を振り、後ずさるオルガマリー。

 

 信じられなかった。

 

 否、

 

 理解を拒んだ、と言っても良いかもしれない。

 

 自分が最も信頼するレフが、自分を裏切ったなどと、どうしても信じたくなかったのだ。

 

 だが、

 

「フム、言葉では信じられないかね? ならば証拠を見せようじゃないか」

 

 言い放つと、レフは手を空中に翳す。

 

 果たして、

 

 開いた空間の先に見えたのは、カルデアに安置されていた筈のカルデアスだった。

 

 どうやら、何らかの魔術を用いて、空間を繋げたらしい。

 

 だが、

 

 本来なら疑似地球環境モデルとして、目が覚めるような青色をしているはずのカルデアスが、まるで炎を上げたかのように真っ赤に染め上げられているではないか。

 

「そんな・・・・・・カルデアスが、赤く・・・・・・」

 

 愕然とするオルガマリーに、レフは冷酷に告げる。

 

「見たまえ。あれが、お前たちの愚行の末路だ。人類の未来は焼却され、結末は確定した。いかに足掻こうが、最早何も変える事などできはしない」

 

 言い放つと、

 

 レフはオルガマリーに向けて手を翳す。

 

「せめてもの慈悲だ、オルガ。最後に、君の宝物に触れてくると良い」

「宝物って・・・・・・?」

 

 茫然と呟くオルガマリー。

 

 いったい、何のことを言っているのか?

 

 既に思考が破綻しているオルガマリーは、茫然としてレフを見ている。

 

 すると、

 

 その体が突如、ふわりと浮かび上がった。

 

「な、何これッ? 何が? 何が起きてッ!?」

 

 戸惑うオルガマリーの体は、どんどん上昇していく。

 

「所長!!」

 

 立香が飛びだして追いかけようとするが、それよりも早く、オルガマリーの体は手の届かない場所へと浮き上がっていく。

 

 そして、

 

 その向かう先には、

 

 赤く燃え上がるカルデアスがあった。

 

 そこでようやく、オルガマリーはレフの意図を察する。

 

 レフは、今まさに、燃え盛っているカルデアスの中に、オルガマリーを投げ込もうとしているのだ。

 

「やめて・・・・・・お願いやめて、レフッ カルデアスは高密度な情報体よ? 次元が異なる領域よ? そんな物に触れたら・・・・・・」

 

 徐々に近づいてくるカルデアスを見ながら、恐怖の為に涙を流すオルガマリー。

 

 だが、レフは一切の感慨も見せる事無く応じる。

 

「そう。人間が触れれば、分子レベルまで分解される地獄の具現(ブラックホール)だ。遠慮なく、無限の死を味わいたまえ」

 

 レフがそう言った、次の瞬間。

 

 小さな影が、彼の前に踊った。

 

 アサシンだ。

 

 アーチャー、セイバーと強大な英霊2騎と対峙した少年は、既にボロボロとなっている。

 

 それでも、最後の力を振り絞るようにして、レフへと斬りかかった。

 

 振り下ろされるアサシンの刀。

 

 その一撃を、

 

「ッ!?」

 

 レフはとっさに腕を振るって払う。

 

 弾かれるアサシンの剣閃。

 

 同時に、

 

 レフは憎悪に満ちた目でアサシンを睨みつけた。

 

「おのれッ 木っ端なクズ英霊の分際で!!」

 

 手を翳すと同時に、放たれた魔力弾がアサシンへと襲い掛かる。

 

「クッ!?」

 

 直撃を受け、吹き飛ばされるアサシン。

 

 対して、

 

 レフは忌々し気に、立ち上がる少年を睨む。

 

 その手からは薄く鮮血が噴き出している。

 

 アサシンの一撃は、僅かなりともレフにダメージを与えていたのだ。

 

 だが、既に遅い。

 

 その時には既に、オルガマリーはカルデアスのすぐ眼前まで迫っていた。

 

 今にも呑み込まれようとしているオルガマリー。

 

「イヤッ イヤッ 誰か助けて!! 私、こんな所で死にたくない!! だってまだ、褒められてない!! 誰も私を認めていないじゃない!! 誰もわたしを評価してくれなかった!! みんな、私を嫌ってた!! 生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのに!!」

 

 それは、彼女にとって魂の底から湧き出た叫び。

 

 彼女はただ、自分を認めてほしかったのだ。

 

 誰でも良い。自分を肯定し、自分を誉めてほしかった。

 

 ただ、それだけだったのだ。

 

 だが、

 

 運命は、どこまでも残酷だった。

 

 燃え上がったカルデアス。

 

 その開いた地獄の口へ、

 

 オルガマリーは成す術もなく吸い込まれていく。

 

 最後に、彼女が何を思ったのか?

 

 それは判らない。

 

 本当に呆気なく、

 

 オルガマリー・アニムスフィアと言う女性は、彼女が最も大切にしていたカルデアスに飲み込まれて、完全に消えてしまったのだった。

 

「フン」

 

 そんなオルガマリーの様子を眺め、

 

 レフはつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「まったくもって使えない。最後まで愚鈍極まりない女だったな」

 

 仮にもかつては、己の上司だった相手に対し、何の感慨も見せず冷酷に吐き捨てるレフ。

 

 そこには一片の人間性すら見出す事すらできない。

 

 まるで使い終わって飽きた玩具を、ごみ箱に捨てただけのような、そんな感じだ。

 

「・・・・・・お前、誰なんだ?」

 

 そんなレフに対し、

 

 振り絞るように声を上げたのは立香だった。

 

「どうして、こんな事をする? 所長はあんたの仲間だったんだろ?」

「兄貴・・・・・・・・・・・・」

 

 レフを睨みつける立香。

 

 その瞳には戸惑いと共に、確かな怒りが浮かんでいた。

 

 付き合いの短い立香にも、オルガマリーがレフを信頼してたのはよく分かる。

 

 そのレフが、あっさり斬り捨てるように、オルガマリーを裏切った事が、未だに信じられなかった。

 

 レフを真っ向から睨みつける立香。

 

 対して、

 

「フム・・・・・・・・・・・・」

 

 シルクハットを目深にかぶりながら、レフは口を開いた。

 

「良かろう。死にゆく者への手向けだ。せめて、滅びの理由くらいは語ってやろうじゃないか」

 

 レフは一同に向き直ると、その冷酷な視線を容赦なく向けてくる。

 

 その視線からは、今や隠そうともしない悪意が満ち溢れていた。

 

「私はレフ・ライノール・フラウロス。貴様たち人類を処理するために使わされた、2015年担当だよ」

「人類の・・・・・・処理?」

 

 立香達を守るように盾を構えるマシュが聞き返す。

 

 どう考えても不吉な言葉としか思えない。

 

 と、

 

《なるほどね》

 

 突如、立香の腕に嵌めた通信機が鳴り、カルデアにいるロマニの声が聞こえてきた。

 

 その声は、いつもの明るく浮ついた物ではない。明らかな緊張の色が見て取れた。

 

《立香君たちがレイシフトしてから、救援要請の為に外部との通信を試みていたんだけど、それが全く繋がらなくなっていた。てっきり通信機の不調かと思っていたんだけど・・・・・・・・・・・・》

 

 実際にはカルデアの通信機は不調ではなかった。

 

 なぜなら、通信を受け取る相手、すなわち「カルデアの外の世界」の方が既に滅んでいたのだから。

 

 例えるなら、大海の中で漂流する小舟。それが、今のカルデアの現状だった。

 

「ロマニか。相変わらず賢しいな貴様は。しかし、臆病者(チキン)の貴様が、ずいぶんと冷静じゃないか」

《・・・・・・・・・・・・》

 

 嘲弄するようなレフの言葉に、ロマニは沈黙で返す。

 

 ロマニ自身、オルガマリーの信任厚かったレフが、まさか自分たちを裏切っていたという事実が、いまだに信じられない様子だ。

 

 そんな一同を前に、レフは謳い上げるように言い放つ。

 

「貴様ら人類は滅んだ。自分たちの愚かさ故に、我が王の寵愛を失い、惨めに滅び去ったのだ!!」

 

 嘲笑を上げるレフ。

 

 悪魔の如き笑い声は、暗い地下空洞に陰々と響いていた。

 

「さて・・・・・・」

 

 一同の沈黙を心地よさげに眺めながら、レフは踵を返す。

 

「私はここで去らせてもらうが、最後の一つ、余興を用意させてもらった。ぜひ、楽しんでくれたまえ」

 

 そう言うと、

 

 レフは指をパチンと鳴らす。

 

 次の瞬間、

 

 空間が開き、その中から巨大な影がにじみ出てきた。

 

 筋骨隆々とした、巨体を持つ男。

 

 まるで巨岩を人型に削ったかのような、その人物は、狂気を孕んだ双眸で立香達を睨みつける。

 

「あ、あれはッ!?」

 

 声を上げたのは、セイバーを介抱していた美遊だった。

 

 その瞳は、信じられないと言った感じに見開かれている。

 

 少女は、その姿に見覚えがあった。

 

 そして、

 

 同時にそれが、如何に最悪な相手であるかも理解していた。

 

「バーサーカー・・・・・・そんな、何で?」

 

 冬木が炎上し、聖杯戦争が崩壊した後、セイバーに斬られたバーサーカー。

 

 死して尚、郊外にある城を守り続け居た大英雄がなぜ、今自分たちの目の前にいるのか?

 

「何、舞台袖で暇そうにしていたからね。彼にも手伝いをしてもらおうと思ったまでだよ。廃品たる君ら人類を始末するには、やはり廃品を再利用するのが一番手っ取り早いからね」

 

 嘯くように言いながら、再び空間を開くレフ。

 

 そのまま、呑み込まれるようにして消えていく。

 

「ではさらばだ、最後の人類たちよ。滅びゆく時間の最後の一時を味わいたまえ」

 

 それだけ言い置くと、

 

 レフは開いた空間の中へと姿を消してしまった。

 

 後に残ったのは、カルデアのマスターと、そのサーヴァント達。

 

 そして、

 

 巨大な英雄が1人。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げるバーサーカー。

 

 その様子に、一同は戦慄する。

 

「まじぃな、こいつは・・・・・・・・・・・・」

 

 杖を構えながら、クー・フーリンが緊張気味に呟く。

 

 彼を含めて、こちらのサーヴァントは全員が既に満身創痍。

 

 どう戦っても、バーサーカーを相手するのは不可能だった。

 

《頼む、少しで良い、時間を稼いでくれ!!》

 

 通信機から、ロマニの悲痛な叫びが響いてくる。

 

《こちらでレイシフトして、立香君たちをカルデアに戻す作業に入る!! それまでどうか、持ちこたえてくれ!!》

「簡単に言ってくれるぜ」

 

 ロマニの言葉に、苦笑交じりに応じるクー・フーリン。

 

 しかし、やるしかない。

 

 自分たちが戦わないと、立香達が殺されてしまう。そうなると、全てが終わりだった。

 

「やるぞッ 坊主ッ 嬢ちゃん!!」

「んッ!!」

「了解です!!」

 

 クー・フーリンの言葉に、頷きを返すアサシンとマシュ。

 

 同時に、バーサーカーは手にした巨大な斧剣を振り翳して斬り込んでくる。

 

 今、最後の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

第8話「噴き出る悪意」      終わり

 



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第9話「其れは可憐なる華の如く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、圧倒的な暴風と言ってよかった。

 

 巨獣の如き体躯を持つ大英雄は、手にした斧剣を振り翳して、一同を踏みつぶさんと襲い掛かってくる。

 

 迎え撃つのは、3騎のサーヴァント達。

 

 数の上では勝っている。

 

 しかし、こちらは既にセイバー戦で満身創痍の状態。

 

 3人の力を合わせたとしても、バーサーカー1人に対抗する事も出来ないだろう。

 

 だが、

 

 それでも、

 

 彼らの背後にはマスター達がいる。

 

 退くわけにはいかなかった。

 

「行きますッ!!」

「んッ」

 

 迫りくる巨大な影を前にして、マシュとアサシンが前へと出る。

 

 同時に、彼らの背後でクー・フーリンが空中にルーン文字を描き、魔術を発動させる。

 

 踊る爆炎。

 

 立ち上る巨大な炎は、迫りくるバーサーカーを覆いつくす。

 

 並の敵なら、これで片が付く。サーヴァント相手でも、威力としては十分すぎるほどだ。

 

 だが、

 

「チッ ダメかッ!?」

 

 自ら行った攻撃の結果を見て、舌打ちするクー・フーリン。

 

 彼の放った魔術は、全てバーサーカーの体表に弾かれ霧散してしまっていた。

 

 それどころか狂戦士は一切速度を緩めずに、こちらへ向かってきている。クー・フーリンの魔術は、バーサーカー相手には目晦ましにもなっていなかった。

 

 判ってはいたのだ。

 

 あのバーサーカーは規格外の強さを誇っている。並の攻撃ではかすり傷一つ負わせられないのだと言う事が。

 

 だが、サーヴァントであり続ける限り、諦める事は許されなかった。

 

 間合いに入ると同時に、斧剣を振り翳すバーサーカー。

 

 大気をも砕く強烈な一撃。

 

 その前に立つのは、この中で一番小柄なアサシンの少年だった。

 

「んッ!!」

 

 振り下ろされる岩の剣を前に、

 

 アサシンは軌道を的確に見極める。

 

 次の瞬間、宙返りをするようにして跳躍。バーサーカーの振り下ろした攻撃を回避する。

 

 飛び上がったアサシン。

 

 その眼前に、バーサーカーの凶相が迫る。

 

「これ、でッ!!」

 

 ねじ巻きのように体を絞ったアサシン。

 

 そのまま回転の力を上乗せして、手にした刀を振り抜く。

 

 鋭く奔った刃が、バーサーカーの顔面を捉えた。

 

 だが、

 

「ッ・・・・・・やっぱり」

 

 バーサーカーは無傷。怯んだ様子すら見られない。

 

 手のしびれを堪えながら、アサシンはバーサーカーの顔面を蹴って後方へ宙返り。そのまま距離を取る。

 

 元より、こちらは消耗激しい身。既に全力には程遠い。

 

 だが、それだけではない。

 

 あのバーサーカー、真名がアサシンの考えている通りなら、並の攻撃では毛ほどの傷をつける事も出来ないだろう。

 

 現状では、時間を稼ぐ事すら難しいかもしれない。

 

 迫るバーサーカー。

 

 斧剣が大きく振り上げられる。

 

「んッ!?」

 

 とっさに回避しようとするアサシン。

 

 しかし、

 

 僅かに反応が遅れる。

 

 ここまで無理を重ねてきたせいで、既に体内の魔力が限界に近いのだ。

 

 身体能力も低下し始めている。

 

 そこへ、バーサーカーは容赦なく襲い掛かった。

 

 振り下ろされる斧剣。

 

 避けようのない「死」が、少年に迫った。

 

 次の瞬間、

 

「させませんッ!!」

 

 割って入ったマシュが、盾を掲げてアサシンを守る。

 

 間一髪。どうにか、防ぐ事に成功する

 

 しかし、斬撃が及ぼす圧力はすさまじく、マシュは盾を構えたまま大きく後退を余儀なくされる。

 

「クッ 何て力・・・・・・・・・・・・」

 

 盾を掲げながら、うめき声を上げるマシュ。

 

 一瞬でも気を抜けば、腕が折れていたかもしれない。

 

 そこへ更に、バーサーカーは叩きつけるように斧剣を振るう。

 

 二撃、

 

 三撃、

 

 その度に、マシュは自分の腕が悲鳴を上げるのを感じる。

 

 このままでは保たない。

 

 押し切られるのは時間の問題だ。

 

 だが、

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 跳躍で飛び出したアサシンが、真っ向から刀を振り下ろす。

 

 更にクー・フーリンも矢継ぎ早に炎を飛ばしてバーサーカーに息をつかせない。

 

 絶望的な状況の中、この場にいるサーヴァント3騎。誰1人として、諦めている者はいなかった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 アサシン達がバーサーカーと対峙している内に、

 

 立香、凛果、そして美遊の3人は、動けないでいるセイバーを連れて、どうにか壁際まで移動する事に成功していた。

 

 セイバーはレフの不意打ちによって致命傷を受け、既に現界を保つ事すら難しくなってきている。

 

 しかし、

 

 今も心配顔でセイバーに寄り添っている美遊を思えば、置いてくる事は出来なかった。

 

「兄貴ッ みんなが!!」

「フォウッ!!」

 

 凛果の声に振り返る立香。

 

 そこでは、暴虐を振るうバーサーカーに、果敢に挑むアサシン達の姿があった。

 

 だが、

 

 圧倒的とも言えるバーサーカーを相手に善戦はしているものの、皆の攻撃は殆ど用を成していない。

 

 このままでは、全滅も時間の問題だった。

 

 堪らず、立香は通信機に向かって怒鳴る。

 

「ドクター、まだかッ!? このままじゃみんなが!!」

 

 カルデアにいるロマニたちがレイシフトの準備を負えれば、立香達はカルデアに帰還できる。

 

 そうすれば、この不毛な戦いも終える事ができるのだ。

 

 だが、現実は無情だった。

 

《すまないッ 特異点の崩壊が始まってしまい、霊力の磁場が安定しない。準備までもう少しかかるッ》

「もう少しって・・・・・・」

《とにかく、こっちも急ぐから、何とか持ちこたえてくれ!!》

 

 とは言え、こちらの状況は、もはや寸暇と言えど予断を許さなくなりつつある。

 

 その時、

 

 ついにアサシンとマシュの防衛線を突破したバーサーカーが、その後方にいたクー・フーリンへと襲い掛かった。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 雄たけびを上げるバーサーカー。

 

 その斧剣が、真っ向から振り被られる。

 

 その様を見て、

 

「チッ・・・・・・・・・・・・」

 

 クー・フーリンは舌打ち交じりに苦笑した。

 

 次の瞬間、

 

 斧剣は容赦なく、振り下ろされた。

 

 飛び散る鮮血。

 

 抉られる身体。

 

 明らかなる致命傷。

 

「・・・・・・・・・・・・あーあ」

 

 そんな中、

 

 クー・フーリンは、肩を竦めながら振り返った。

 

「悪ィ マスター。どうやら俺は、ここまでみてえだ」

「クー・フーリン!!」

 

 叫ぶ立香。

 

 その顔は、今にも泣きだしそうなほど歪められている。

 

 この崩壊した街で出会い、友誼を結び、共に戦ってきた仲間。

 

 そのクー・フーリンが今、倒れようとしている。

 

 立香は、胸が締め付けられるような思いだった。

 

 だが、

 

「そんな顔すんな、マスター」

 

 立香に対し、クー・フーリンは不敵な笑みを向けて見せる。

 

「クー・フーリン・・・・・・・・・・・・」

「俺達サーヴァントってのは、所詮は一時の仮初。用が終わればいなくなる幻みたいなもんさ」

 

 言っている内に、クー・フーリンの姿は湧き出る金色の粒子に包まれていく。

 

「だが、お前らは違う。今のお前らは漂流者に過ぎないかもしれない。けど、だからこそ、先に進むことができる」

 

 その姿は、既に霞み始めている。

 

 だが、

 

 最後に、クー・フーリンは力強く言い放った。

 

「光を見つけたら、迷わずそこへ進め。それが必ず、お前たちの運命(Fate)になる」

 

 その言葉を最後に、

 

 クー・フーリンの姿は、完全に消え去った。

 

 本来の槍兵ではなく。魔術師として召喚されたが故に、実力を発揮できなかったクー・フーリン。

 

 しかし最後まで諦める事無く、立香達に戦ってくれた男は、最後までその在り方を損なう事無く帰って行ったのだ。

 

 だが、

 

 クー・フーリンが倒れた事で、こちらの戦況は更に悪化している。

 

「んッ!!」

 

 尚も暴れまわるバーサーカーに、一瞬にして距離を詰めたアサシンが刃を胴薙ぎに繰り出す。

 

 だが、結果は同じ。

 

 少年の剣は、鋼鉄の如き肉体を前に弾かれ、毛ほどの傷すら付ける事が出来ない。

 

 マシュも同様だ。

 

 彼女の場合、武器が重量のある大盾なので、一撃の打撃力はアサシンを上回っている。

 

 だがそれでも、バーサーカーの肉体にダメージを負わせられるほどではない。

 

 対して、バーサーカーは手にした斧剣を縦横に振るい、自身に纏わり付く2騎のサーヴァントを振り払っている。

 

「まずいな、このままじゃ・・・・・・」

 

 険しい表情で、戦況を見詰める立香が呻く。

 

 戦線の維持は不可能。

 

 レイシフトにも時間がかかる。

 

 完全に手詰まりだった。

 

 その時だった。

 

「カフッ・・・・・・・・・・・・」

「セイバーさん!!」

 

 血塊を吐き出すとともに、意識を取り戻したセイバーの手を、傍らで寄り添っていた美遊が取る。

 

 その感触が、セイバーの意識を覚醒させた。

 

「マスター・・・・・・いったい、何があった?」

 

 苦しそうに言いながら、視線を巡らせて状況を確認するセイバー。

 

 彼女が意識を失っている間に現れたバーサーカーと、それと対峙するアサシン、マシュの両騎。

 

 そして、姿の見えないクー・フーリン。

 

 それらを見据えながら、セイバーは嘆息した。

 

「・・・・・・・・・・・・成程な」

 

 死に掛けていても、幾多の戦いを乗り越えて伝説にまで語られた騎士王である。戦況がいかに絶望的であるかは瞬時に理解していた。

 

「このままではまずい、か」

「うん。マシュとアサシンが頑張ってくれているけど・・・・・・」

 

 凛果が力なく返事をする。

 

 クー・フーリンが脱落した事で、今は残った2人だけが頼みの綱となっている。

 

 とは言え、セイバーも既に瀕死の身。彼女が戦線に加わったところで、どうにもならないであろうことは明々白々だった。

 

 状況を理解したセイバーは、しばしの間思案してから、今度は美遊を見た。

 

「・・・・・・マスター」

「何ですか、セイバーさん?」

 

 呼ばれて、騎士王の手を取る美遊。

 

 そんな美遊の目を、真っすぐに見つめてセイバーは言った。

 

「この状況を覆せる手が、一つだけある」

「ッ 本当かッ!?」

 

 勢い込んで尋ねる立香に、セイバーは頷きを返す。

 

「私と・・・・・・マスターなら・・・・・・万に1つの可能性だが、あるいは・・・・・・・・・・・・」

 

 言葉を濁すセイバー。

 

 分の悪い賭けだ。

 

 セイバーはそう言いたいのだろう。

 

 故にこそ、そこに躊躇いが生じる。

 

 剣士の、静かな瞳の奥。

 

 そこにある、小さな光が揺らぐ。

 

 その正体に気付き、美遊は首を巡らせる。

 

 視線が、立香と合う。

 

 対して、

 

「君の、想う通りにして良いよ」

 

 立香は優しく、頷きを返す。

 

 正直、セイバーが何を考えているのか、立香には見当もつかない。

 

 だが、

 

 セイバーと美遊。

 

 2人の間には、他者には推し量る事が出来ない、深い絆が存在している事だけは理解できる。

 

 それは、黒化して尚、セイバーが美遊を守る為に戦い続けた事から考えても、間違いない事だった。

 

「兄貴の言う通り、かな」

 

 美遊の頭を優しく撫でながら、凛果も告げる。

 

「聖杯戦争とか、サーヴァントとか、私にはまだ殆どよく分かんないけどさ、セイバーさんが美遊ちゃんの事を大切に思っているのだけは判るよ。なら、あとは美遊ちゃん自身が、どうしたいか、じゃないかな?」

「立香さん・・・・・・凛果さん・・・・・・」

 

 なぜだろう?

 

 立香と凛果。

 

 そしてセイバー。

 

 この3人に囲まれて、美遊は今、とても温かい気持ちになっていた。

 

 自分を守るために戦い続けてくれたセイバー。

 

 そっと、背中を押してくれる立香。

 

 不安な自分に、寄り添ってくれる凛果。

 

 不思議な気持ちだった。

 

 セイバーはともかく、出会ったばかりの立香と凛果に、こんな気持ちになるなんて。

 

 それに、

 

 美遊は、今もバーサーカーと戦い続けているアサシンに目をやる。

 

 なぜだろう?

 

 彼とも初対面のはず。

 

 まともに言葉すら交わしてはいない。

 

 だが、

 

 あのアサシンの少年が自分に向けてきた瞳。

 

 どこか懐かしいような、温かいような、そんな気持ちにさせてくれた。

 

 そんな彼らを守りたい。

 

 今、少女の心に、純粋な想いが芽生えていた。

 

「・・・・・・私、やります」

 

 短い言葉。

 

 そこに、どれほど重い決意が込められているか。

 

 だが、少女は揺るがなかった。

 

 自分に、この人達の為にできる事があるなら・・・・・・

 

 その想いが、少女を前へと進ませた。

 

 そんな美遊の想いを受け、セイバーは深く息を吸い込むと、目を開いて少女を見た。

 

「判った・・・・・・マスター、手を」

 

 言われるまま、セイバーの手を取る美遊。

 

 同時に、互いの魔力が、同調するように高まるのを感じた。

 

「あるいは、その選択はマスター、貴女自身をも苦しめる事になるかもしれない」

「セイバーさん・・・・・・・・・・・・」

 

 言っている間に、セイバーの体は内から湧き立つ光の粒子によって覆われていく。

 

 その光の粒子は、やがて手を握る美遊をも包み始めた。

 

「だが、マスター・・・・・・私は、常に貴女と共にある。私の剣は、いつ如何なる時、たとえどこにいたとしても、貴女を守り続ける。それを、忘れないでくれ」

 

 そう告げると、

 

 最後にセイバーは、美遊に対して優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 状況は、いよいよもって末期的になりつつある。

 

 バーサーカーの振るう猛威に対し、完全に防戦一方となるアサシンとマシュ。

 

 2人は尚も、暴虐を振るうバーサーカーに対し、果敢に挑みかかっている。

 

 しかし、その戦いは最早、「勝つ」事は放棄され、「1秒でもバーサーカーの進行を遅らせる」事のみに集約していた。

 

 とは言え、既にそれすら果たせていないのが現状である。

 

 2人にできる事は、少しでも長くバーサーカーの気を引く事のみ。

 

 もし、ほんの僅かでもバーサーカーが気を変え、立香達を標的に変更したら、もう防ぐことは敵わないだろう。

 

「このッ!!」

 

 渾身の力で、バーサーカーを斬りつけるアサシン。

 

 だが、

 

 無駄だった。

 

 鋼の如き、バーサーカーの肉体は、小揺るぎすらしない。

 

 動きを止めるアサシン。

 

 次の瞬間、バーサーカーが放つ強力な前蹴りが、アサシンに襲い掛かった。

 

「グゥッ!?」

 

 その一撃を、まともに食らい吹き飛ばされるアサシン。

 

 小さな体は宙を舞い、地面に叩きつけられる。

 

「アサシンさん!!」

 

 悲鳴に近い声を上げながら、前に出るマシュ。

 

 そのまま、振り下ろされる攻撃を掲げた大盾で受け止める。

 

 だが、

 

「クッ!?」

 

 マシュも既に限界が近い。

 

 バーサーカーの強烈な一撃を受け止め、その場で膝を折るマシュ。

 

「マ、マシュ・・・・・・・・・・・・」

 

 地面に転がったままのアサシンが、苦し気に声を掛けて来る。

 

「に、逃げ、て・・・・・・・・・・・・」

 

 刀を握りしめ、どうにか立ち上がろうとするアサシン。

 

 だが、もはやそれすらも叶わない。

 

 倒れ伏した2人に、斧剣を振り上げるバーサーカー。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 雄たけびを上げるバーサーカー。

 

 それは勝利の雄叫びか?

 

 あるいは殺戮への歓喜か?

 

 いずれにせよ、もはや「狩るべき獲物」と化した2人のサーヴァントを見下ろす。

 

 その狂相が、歓喜に震えた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流星の如く駆けてきた一条の白い閃光が、バーサーカーを弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「なッ!?」」

 

 思わず、絶句するアサシンとマシュ。

 

 その目の前で、

 

 1人の少女が、巨大なバーサーカーと対峙していた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 地面に倒れたセイバーは、今まさに消滅の時を迎えようとしていた。

 

 だが、

 

 その視線は、巨大な敵を前に敢然と立ち続ける少女を、しっかりと見据えていた。

 

 やがて、

 

「・・・・・・・・・・・・フンッ」

 

 どこか安心したように、鼻を鳴らす。

 

「何だ、その姿は? 私に対する皮肉か?」

 

 憎まれ口をたたく騎士王たる少女。

 

 だが、

 

 その顔には、優しげな笑みが浮かべられている。

 

 それは、姉が妹を見送るような笑顔。

 

「さあ行け、マスター・・・・・・否・・・・・・セイバー、朔月美遊」

 

 その言葉を最後に、

 

 セイバーの姿は光の粒子に包まれ、消えていった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 バーサーカーの前に対峙する美遊の姿は、一変していた。

 

 白いブラウスに、白い末広がりのスカート。

 

 胸部と腰回り、両腕には銀色に輝く甲冑が身に付けられている。

 

 少し長めの髪は、白いリボンで結ばれている。

 

 そして、

 

 手には黄金に輝く、美しい剣が握られていた。

 

「これ以上は、やらせない」

 

 剣の切っ先を真っ向から向け、

 

「皆は、私が守る」

 

 新たなセイバーとなった少女は、凛とした声で言い放った。

 

 

 

 

 

第9話「其れは可憐なる華の如く」      終わり

 



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第10話「傷だらけの生還」

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛とした、

 

 それでいて清純なる姿。

 

 純白のドレスの上から白銀の甲冑を着込み、手には黄金の剣を携えている。

 

 戦装束と呼ぶには可憐な、まるで白い花のような少女の出で立ち。

 

 セイバーから霊基を引き継ぎ、自らサーヴァントとしての力を手に入れた美遊。

 

 その姿は、騎士王が持つ1つの可能性。

 

 選定の剣を抜き、王となる事を定められた彼女が、まだ姫騎士と呼ばれていた頃の姿。

 

 未来に理想を持ち、希望を掲げて旅立ったばかりの頃の姿だ。

 

 その静かな双眸は、迫りくる狂戦士を真っ向から睨み据える。

 

「これ以上は、許さないッ」

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 美遊の静かな声にバーサーカーの咆哮が答える。

 

 巨大で凶悪なバーサーカー。

 

 小柄で可憐な美遊。

 

 ある意味、全く正反対の出で立ちをした両者が、視線をぶつけ合う。

 

 両者の殺気が、空中でぶつかり弾けた。

 

 次の瞬間、

 

 同時に、地を蹴った。

 

 剣を振り翳す美遊。

 

 斧剣を振るうバーサーカー。

 

 互いの刃が、

 

 激突する。

 

 次の瞬間、

 

 バーサーカーはのけぞるようにして蹈鞴を踏んだ。

 

 対して、

 

 美遊の方も、僅かに体勢を崩している。

 

 だが、

 

 体勢を立て直すのは、美遊の方が速い。

 

 素早く剣を返すと、バーサーカーに向かって斬りつける。

 

 逆袈裟に駆けあがる一閃。

 

 その一撃が、バーサーカーの肉体を捉える。

 

 斬線が確実に刻まれる。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げるバーサーカー。

 

 その肉体からは、鮮血にも似た黒い霧が噴き出る。

 

 今度こそ、バーサーカーは大きく後退を余儀なくされた。

 

 まさか、と思う。

 

 体格にして、バーサーカーの10分の1にも満たない美遊の一撃が、バーサーカーに対して、ついに有効な打撃を与えたのだ。

 

 苦悶に体を震わせるバーサーカー。

 

 その機を逃さず、美遊は畳みかけた。

 

 

 

 

 

 ところで、

 

 なぜ、美遊は急にセイバーのように戦う事ができるようになったのか?

 

 なぜ、サーヴァントのような姿になったのか?

 

 あの時、

 

 消える寸前だったセイバー。

 

 既に消滅が確定していた彼女は、それでも尚、自らのマスターを守りたいと願った。

 

 だが、自分が直接戦う事は、もうできない。

 

 ならば、どうするか?

 

 セイバーが行ったのは、「霊基の譲渡」だった。

 

 すなわち、マシュが自身の中にいる英霊との間に行った事と、全く同じことをセイバーと美遊は行ったのである。

 

 これは、誰にでもできると言う訳ではない。

 

 セイバーと美遊。

 

 共に聖杯戦争を戦い、硬い絆で結ばれた主従だったからこそ、辛うじて成功したのだ。

 

 勿論、本来であるならば、それだけでは成功しないだろう。

 

 だからこそ、美遊は自分の中にある「聖杯」の力を使ったのだ。

 

 聖杯の力で自らに、セイバーの霊基を移すように願った結果、彼女自身が剣士(セイバー)となって戦う事ができるようになったのである。

 

 とは言え、セイバー自身が既に弱っている状態だったため、完全な霊基譲渡ではなく、どちらかと言えば「霊基複写」に近い形となった。

 

 その為、美遊の能力と姿は完全にセイバーと同一ではなく、セイバー自身の「可能性の一つ」としての姿と能力が再現されたわけである。

 

 

 

 

 

 猛攻を仕掛ける美遊。

 

 振り下ろされた斧剣が大地を砕く中、白き百合の騎士となった美遊は、巧みに回避して剣を振り翳す。

 

 斧剣の軌跡を見切り、紙一重で回避。

 

 小柄な少女は、自身の間合いに踏み込む。

 

「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 迸る剣閃。

 

 闇を斬り裂く銀の光が、バーサーカーに襲い掛かる。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げるバーサーカー。

 

 その胸元から、鮮血の様に黒い霧が噴き出すのが見えた。

 

「やったッ!!」

「ん、まだッ!!」

 

 喝采を上げるマシュの横で、アサシンが警戒するように声を上げる。

 

 美遊の剣は一撃を入れる事には成功したものの、致命傷には程遠い。

 

 その証拠に、バーサーカーは自身の傷を物ともせず、再び美遊に襲い掛かっている。

 

 振り下ろされる斧剣。

 

 その一撃を、

 

 美遊は剣を振り上げて対抗する。

 

 異音と共に、両者の剣が弾かれる。

 

「■■■ッ!!」

 

 短い咆哮と共に、剣を引き戻しにかかるバーサーカー。

 

 対して、美遊も次の攻撃に備えて体勢を戻そうとする。

 

 だが、

 

「クッ・・・・・・・・・・・・」

 

 腕に走る痺れと痛み。

 

 巨腕から繰り出される強烈な一撃は、美遊に着実なダメージを蓄積させていく。

 

 そもそも、いかに英霊化したとは言え、美遊の筋力ではバーサーカーに敵わない。

 

 正面から撃ち合えば、押し負けるのは必定である。

 

 それでも尚、状況を拮抗させているのは、強大な腕力で襲い掛かってくるバーサーカーに対し、美遊は筋力、剣速、タイミング。全てを最高の形で同期させることで、辛うじて対抗している状態である。

 

 もし、条件が何か一つでも欠ければ、その瞬間、美遊は容赦なく斬り捨てられるだろう。

 

 それでも、

 

「まだ、まだァ!!」

 

 振り抜かれる剣。

 

 同時に、バーサーカーも剣を振り下ろす。

 

 互いの剣戟が激突し、火花を散らす。

 

「ッ!?」

 

 受けきったものの、僅かに後退する美遊。

 

 受けるタイミング僅かに遅かったため、バーサーカーが繰り出す衝撃を完全には相殺しきれなかったのだ。

 

 体勢を崩す美遊。

 

 そこへ、

 

 いち早く立ち上がったバーサーカーが襲い掛かる。

 

 巨体が大地を揺らしながら、突撃してくる狂戦士。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮と共に、振り上げられる斧剣。

 

 対して、美遊はまだ地に膝を突いたまま立てないでいる。

 

 轟風と共に振り下ろされる斧剣。

 

 やられるッ!?

 

 そう思った次の瞬間、

 

 横合いから音速で駆けてきた少年が、間一髪のところで斧剣の下から美遊を救い出した。

 

 美遊を抱えたアサシンは、そのまま勢いを殺しきれずに地面を転がる。

 

 しかし、

 

 抱えた美遊だけは、決して放そうとしなかった。

 

 ややあって、顔を上げる2人。

 

「あ、ありがとう」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 礼を言う美遊に、少年はやや顔を背けて答えた。

 

 そんなアサシンの態度に、美遊はキョトンとした顔を向ける。

 

 見つめ合う2人。

 

 その視線の中に、何かはよく分からない感情が入り混じる。

 

 しいて言いうなら、懐かしいような、そんな心地よい感情。

 

 まるで、昔の友人に、久しぶりに会ったような、そんな感覚だった。

 

 だが、呆けているのもそこまでだった。

 

 尚も執拗に追いかけてくるバーサーカー。

 

 その前に立ちはだかったマシュが、構えた盾で斧剣の一撃を防ぎ、2人を守る。

 

「ん、終わらせよ」

「ええ」

 

 アサシンが差し出した手を、美遊はとって立ち上がる。

 

 剣を構える2人。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 同時に、咆哮を上げるバーサーカー。

 

 辛うじて攻撃を防ぎ切ったマシュが押し返したのだ。

 

 だが、当然ながら、その程度では押し留める事は出来ない。

 

 再び体勢を立て直しにかかるバーサーカー。

 

 だが、

 

「お願いしますッ!!」

 

 振り返って叫ぶマシュ。

 

 同時に、

 

 アサシンと美遊は地を蹴った。

 

 先行したのは、敏捷に勝るアサシン。

 

 瞬きする間すら超越して、間合いをゼロにする。

 

 目の前に迫った少年を、狂相で睨むバーサーカー。

 

 だが、既にアサシンは攻撃態勢に入っている。

 

「んッ!!」

 

 真一文字に振りぬかれる刀。

 

 その一閃が、バーサーカーの喉元を斬り裂く。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 苦悶の咆哮を上げるバーサーカー。

 

 ここに来てようやく、大ダメージが入った。

 

 だが、

 

 それでも尚、巨大なる英雄は倒れない。

 

 全身の激痛に襲われながらも、それでも両足を踏ん張って耐える。

 

 しかし、それでも動きは確実に止まった。

 

 だからこそ、

 

 最後の一手に賭ける。

 

「美遊ッ!!」

 

 振り返りながら叫ぶアサシン。

 

 その視線の先では、

 

 手にした剣の切っ先を真っすぐに構えた、美遊の姿があった。

 

 地を蹴る美遊。

 

 同時に魔力を放出して、加速度を上げる。

 

 バーサーカーも、突撃してくる美遊に気付き、迎撃しようと斧剣を振り翳す。

 

 だが、もう遅い。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 突き込まれる切っ先。

 

 その一撃は、

 

 立ち尽くすバーサーカーの心臓を、確実に刺し貫いた。

 

 一瞬の静寂が、戦場にもたらされる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ややあって、剣を引き抜く美遊。

 

 同時に、

 

 バーサーカーの巨体が、轟音を上げて地に倒れた。

 

「・・・・・・・・・・・・やった」

 

 その様子を背後で見ていた立香が、声を上げる。

 

 マシュ、アサシン、そして美遊。

 

 3人が力を合わせ、巨大な英雄を撃ち倒したのだ。

 

 その時、

 

 通信機が鳴り響き、カルデアとの回線が繋がった。

 

 同時に、ロマニの声が聞こえてくる。

 

《遅れてすまない。こちらもようやく、レイシフトの準備が整ったッ 世界が崩壊する前に脱出しよう!!》

 

 言っている内に、周囲の光景が崩れ始める。

 

 本当に、この特異点Fが崩壊し始めているのだ。

 

「先輩ッ!!」

 

 駆け寄ってくるマシュ。

 

 その後ろから、アサシンと美遊も続いて駆け寄ってくる。

 

 それを立香は、笑顔で迎える。

 

 苦難の連続で、マシュ達には本当に苦労を掛けてしまった。

 

 勿論、まだ何も終わっていない。

 

 レフの事。

 

 世界の事。

 

 考えなければならない事は山のようにある。

 

 だがしかし、今はただ、生き残れた幸運を、共に分かち合いたかった。

 

 次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟く、不吉な咆哮。

 

 驚いて振り返る一同の視線の先で、

 

 倒れたはずのバーサーカーが、再び立ち上がっている様子が映し出される。

 

《まずいッ バーサーカーはまだ死んでないッ 来るぞ!!》

 

 悲鳴じみたロマニの警告。

 

 見れば、アサシンや美遊によって受けた傷も、殆ど塞がっている。

 

 ほぼ完全復活と言っても過言ではない。

 

 再び、斧剣を振り翳して向かってくるバーサーカー。

 

 その凶悪な視線は、

 

 最後尾を走っていたアサシンと美遊を捉える。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしながら、前へ出て刀を構えるアサシン。

 

 レイシフトまであと少し。

 

 だが、バーサーカーが追い付く方が早い。

 

「美遊、行って!!」

「でもッ」

 

 逡巡する美遊を守るように、アサシンは前へと出る。

 

 これ以上は、防ぐことはできない。

 

 だが、

 

 せめて、

 

 彼女だけでも。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ・・・・・・詰めが甘いぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り下ろされた斧剣が弾かれる。

 

 足を止める、幼き少年少女。

 

 その2人を守るように、立ち出でる背中。

 

 手に握りしは、

 

 黒白の双剣。

 

 アサシンと美遊を守るように、

 

 既に消え去ったはずの男が、向かい来る暴虐の前に敢然と立ちはだかっていた。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

「ここは抑える。行け」

 

 干将・莫邪を構えながら、アーチャーが振り返らずに告げる。

 

 その身は、アサシンとの戦いで瀕死。

 

 そもそも、現界する事すら既に不可能。この場にいる事すら非常識と言っても過言ではない。

 

 だが、それでも彼は立ち続けた。

 

 己の大切な物を守るために。

 

「アーチャーさん・・・・・・どうして?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねる美遊。

 

 だが、アーチャーは答えない。

 

「行け」

 

 短くそれだけ言うと、

 

 黒白の双剣を構えて、バーサーカーに挑みかかる。

 

 その後ろ姿を、美遊は不思議そうな眼差しで見つめる。

 

 アーチャーとは、彼がセイバー陣営に組み込まれてから、何度か顔を合わせている。

 

 セイバーの配下となった3騎の中では、比較的理性を保っており、セイバーのいわば「右腕」的な立ち位置にいた。

 

 だが、それだけである。

 

 彼がなぜ、こんな風に自分たちを守ってくれるのか、美遊には理解できなかった。

 

 理解できないと言えば、自分の傍らにいるアサシンの少年もそうだ。

 

 少なくとも美遊は、この少年に見覚えは無い。

 

 だが、

 

 彼らを見るたびに、何かが胸の内から沸き立つような思いにとらわれるのだ。

 

 まるで、自分の中にある何かが、そう訴えかけて来ているような感覚。

 

 と、

 

「行こ、美遊」

「え、ええ」

 

 手を引かれるまま、美遊は走り出す。

 

 そんな彼女の後を走るアサシンは、最後に少しだけ振り返って、アーチャーを見やる。

 

 交わる視線。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頼んだぞ

 

 

 

 

 

 ん、判った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサシンと美遊が遠ざかるのを見て、アーチャーは再び前を向く。

 

 これで、良い。

 

 これでもう、自分には思い残す事は何もない。

 

 あとはこの命尽き果てるまで、戦い続けるのみ。

 

 向ける視線の先には、最強の英霊が立つ。

 

 あれだけの激戦を潜り抜けて尚、その存在には一切の衰えが無い。

 

 瀕死の弓兵1人、縊り殺すくらい訳ない事だろう。

 

 だが、

 

 アーチャーは躊躇う事無く立ちはだかる。

 

「お前が攻めて、私が守る。奇しくも、『あの時』と同じだな、バーサーカー」

 

 静かに告げるアーチャー。

 

 その口元には、皮肉げな笑みを浮かべている。

 

「だが、あの時とは明らかに違う事が、一つだけある」

 

 咆哮を上げるバーサーカー。

 

 斧剣を振り上げ、不遜な弓兵に向かって襲い掛かる。

 

「今の貴様には、守るべき何物も存在しない」

 

 黒白の双剣を構え、

 

 アーチャーは駆ける。

 

「だがッ!!」

 

 距離を詰める、アーチャーとバーサーカー。

 

「私には、あるッ!!」

 

 次の瞬間、互いの剣戟でもって斬り結んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い、旅路だった。

 

 ような気がする。

 

 いっそ、全てが夢だったような気さえ、した。

 

 目を開きながら、立香はぼんやりとそんな事を考えた。

 

 と、

 

「おはようございます。先輩」

 

 傍らから聞こえてきた声に、立香は振り返る。

 

 そこでようやく、自分がベッドで寝ていた事を知る。

 

 レイシフトとは、本人の魂が肉体から抜けてタイムスリップするような物だという。つまり、レイシフト中、意識は対象となる時代に飛んでいるが、肉体は変わらずカルデアにあり続けたのだ。

 

 恐らく、管制室での惨事がある程度落ち着いたので、カルデアの職員が運んでくれたのだろう。

 

 振り返った立香の目には、柔らかく微笑む後輩の姿があった。

 

「マシュ・・・・・・そうか、無事だったんだな」

 

 あの管制室の大惨事で、瀕死の重傷を負っていたマシュ。

 

 ひょっとしたら、レイシフトが終わったらマシュは死んでしまっているのではないか、という想いがどこかにあった。

 

 だが、それは杞憂であったらしい。

 

 マシュは五体満足な姿で、立香の前に座っていた。

 

「先輩のおかげです。先輩があの時、私の手を握ってくれたから」

 

 そう言うと、マシュは立香の手を取る。

 

 あの時、立香がマシュにしてあげたように。

 

 その温もりが、生きている実感を立香に伝えてくる。

 

「ありがとうございました、先輩」

「マシュ・・・・・・・・・・・・」

 

 辛い初陣を、共に乗り切った2人は、そう言って微笑み合う。

 

 と、

 

 そこで立香は、気になっている事を尋ねた。

 

「そう言えば、凛果は?」

 

 一緒にいたはずの凛果。

 

 大切な妹の安否は、立香にとって真っ先に確認しなくてはならない事だった。

 

「わたしなら、ここだよ」

 

 聞きなれた声に導かれて、振り返る立香。

 

 その視線の先には、立香を挟んでマシュとは反対側に座る妹の姿があった。

 

「もう、兄貴、寝すぎ。そのまま起きないのかと思っちゃったよ」

 

 口を開けば飛び出す憎まれ口。

 

 間違いなく、妹の凛果の物だった。

 

「でもま、こうしてまた、無事に会えたから何よりだよ」

「ああ、お互いな」

 

 そう言って、笑い合う藤丸兄妹。

 

 立香はベッドから身を起こし、状態を確認する。

 

 問題は無い。

 

 起きたばかりでまだ頭がぼーっとするが、それ以外に異常は見られなかった。

 

 自分の状態が確認できたところで、立香は最も気になっていた事を尋ねた。

 

「所長は、どうした?」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねた立香に対し、凛果とマシュは顔を見合わせると、揃って首を横に振る。

 

 できれば本当に、

 

 あれだけは幻であってほしかった。

 

 断末魔の悲鳴を上げて、カルデアスに飲み込まれていくオルガマリー。

 

 信じていたレフに裏切られ、殺された彼女の無念は、計り知れない物があった。

 

「・・・・・・そうか」

 

 力なく頷く立香。

 

 助けられなかった。

 

 その想いに、打ちひしがれる。

 

 もし、

 

 あの時、もっと手を伸ばしていたら、あるいは助けられていたかもしれない。

 

 そう思うと、猶更だった。

 

 だが、

 

「自分を責めないでよ、兄貴」

 

 そんな立香の様子を見て、凛果が話しかけた。

 

「あの状況じゃ、誰も所長を助けられなかったはずだよ。兄貴のせいじゃない」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 妹の気遣いが身に染みる。

 

 だが、

 

 それでも尚、立香は思ってしまう。

 

 もっと、何かできる事があったのではないか、と。

 

 それがいかに不毛な事だと知りながらも、考えずにはいられなかった。

 

 と、

 

 その時、扉が開き、誰かが入ってくる気配がした。

 

 振り返る立香。

 

 そこで、

 

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 絶句した。

 

 なぜなら、

 

 入ってきた人物は2人。

 

 その2人に、立香は見覚えがあった。

 

 だが、同時に、この場所にいるはずがない人物でもあったのだ。

 

「おじゃまします」

「ん、立香が、起きたって聞いた」

 

 声を掛けて部屋の中に入ってくる人物は、この中でもひときわ小柄な体格をした少年と少女。

 

 アサシンと美遊。

 

 あの炎上した街で、共に戦った戦友たちだった。

 

「その・・・・・・実は、レイシフトが終わってカルデアに戻ると、なぜかお2人も、いつの間にか、一緒にこちら側にいたんです」

 

 驚く立香を察して、マシュが苦笑気味に説明する。

 

 どうやら、レイシフトに巻き込まれた影響ではないか、との事だったが、詳細な事はよく分かっていないらしい。

 

 美遊もアサシンも、今はそれぞれ、特異点Fで着ていたような英霊としての恰好ではなく、立香や凛果と同じ、カルデア制服の身を包んでいる。もっとも、小柄な2人の体格に合うサイズの服が元々カルデアにあったとも思えない。2人のレイシフトに合わせて、大急ぎで用意したのだろう。

 

「そっか・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな2人を見て、立香は微笑む。

 

 色々と重苦しい事の連続で、気が滅入りそうになっていた。

 

 だが、

 

 こうして2人が共にカルデアに来てくれた事は、立香にとっても嬉しい事だった。

 

 ベッドから立ち上がる立香。

 

 そのまま歩み寄ると、手を差し出した。

 

「改めて、よろしくな」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 差し出された手を、キョトンとした顔で握り返すアサシン。

 

 そこでふと、思い出したように立香は言った。

 

「で、そろそろ教えてくれても良いんじゃないか、君の名前?」

 

 言われて、

 

 皆が思い出す。

 

 そう言えば、まだアサシンの真名を聞いていなかったのだ。

 

 どうやら、当のアサシンもそれは一緒らしい。タイミングを外したせいで、名乗るのをすっかり忘れてしまっていた。

 

 改めるように、立香の目を真っすぐに見るアサシン。

 

 そして、

 

「・・・・・・・・・・・・衛宮響(えみや ひびき)

 

 淡々とした声で、自己紹介する。

 

「ん、よろしく」

 

 

 

 

 

第10話「傷だらけの生還」      終わり

 

 

 

 

 

特異点F「炎上汚染都市冬木」 定礎復元

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1人、カルデアの廊下を歩くロマニ。

 

 本当に、大変な事になった。

 

 レフ・ライノールの裏切り。

 

 オルガマリーをはじめとして、多くの犠牲者。

 

 世界の崩壊。

 

 あまりに過酷な運命を前にして、眩暈さえしてくる。

 

 だが、

 

 たとえ瞬きする一瞬たりとも、彼には呆けている暇などなかった。

 

 恐れていた事態が、ついに起きてしまったのだ。

 

 それも、予想を遥かに超える最悪の形で。

 

 ならば、恐れずして立ち向かわなくてはならない。

 

 幸いにして、マシュをはじめ、カルデアには戦えるサーヴァントが3人いる。

 

 マスター候補である立香と凛果兄妹も、無事に特異点Fを乗り切ってくれた。

 

 まだまだ未熟な彼等だが、しかし、その可能性には大いに期待できるだろう。

 

「・・・・・・負けるわけには、いかないからね」

 

 誰にともなく呟くロマニ。

 

 その足が、ある部屋の前で止まった。

 

 専用のカードキーを差し込んで、ロックを解除すると、周囲に誰もいない事を確認してから足を踏み込んだ。

 

 部屋の中は殺風景で、机と椅子、そしてベッド以外は何もない。

 

 そのベッドの上で、

 

 胡坐をかくようにして、静かに目を閉じている人物が1人。

 

 対して、ロマニは苦笑しながら声を掛けた。

 

「やあ、調子はどうだい? 君の気持も分かるが、まだ無理はしないでくれよ」

 

 気さくに声を掛けるロマニ。

 

 対して、

 

 相手はゆっくりと、目を開いた。

 




オリジナルサーヴァント紹介




衛宮響(えみや ひびき)

【性別】男
【クラス】アサシン
【属性】中立・中庸
【隠し属性】人
【身長】131センチ
【体重】32キロ
【天敵】??????

【ステータス】
筋力:C 耐久:D 敏捷:A 魔力:E 幸運:B 宝具:C

【コマンド】:AAQQB

【宝具】??????

【保有スキル】
〇心眼(真)B
1ターンの間、自身に回避状態付与。

〇??????

〇??????

【クラス別スキル】
〇気配遮断:B
自身のスター発生率アップ。

〇単独行動:C
自身のクリティカル威力をアップ。

【宝具】
??????

【備考】
 特異点Fにおいて、藤丸凛果の声に応じる形で召喚されたサーヴァント。小柄で表情に乏しく、何を考えているのか判らないところがある。言動にもやや幼さが感じられるが、その戦闘能力は本物。敏捷を活かした戦術を得意とする。英霊化した美遊に対し、何か思うところがある様子。





朔月美遊(さかつき みゆ)
【性別】女
【クラス】セイバー
【属性】秩序・善
【隠し属性】地
【身長】134センチ
【体重】29キロ
【天敵】??????

【ステータス】
筋力:C 耐久:C 敏捷:B 魔力:A 幸運:A+ 宝具:B

【コマンド】:AAQBB

【宝具】??????

【保有スキル】
〇直感:B
スターを大量獲得。

〇??????

〇??????

【クラス別スキル】
〇対魔力:B
自身の弱体耐性をアップ

〇騎乗:C
自身のクイックカードの性能を、少しアップ。

【備考】
 元々は冬木市にある旧家出身の少女。朔月家が用意した「小聖杯」として聖杯戦争に参加した彼女は、そこでセイバー「アルトリア・ペンドラゴン」と出会い、共に戦う。特異点の崩壊後も、セイバーの願いによって生かされ続けた彼女は、セイバーの消滅の際、彼女の霊基を受け継ぐ形で英霊化する。その姿は、アルトリア・ペンドラゴンの若き日の姿を模している。



アサシンの真名発覚。
ナニーソーダッタノカー!!(爆

それにしても、

イリヤ、クロ:133センチ
美遊:134センチ
ジャック:134センチ
ナーサリー:137センチ
ジャンヌ・リリィ:141センチ
ネロ:150センチ
小ギル140センチ
アナ:134センチ
ステンノ、エウリュアレ:134センチ

響、背ちっちゃ!!(爆


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第1章 邪竜百年戦争「オルレアン」
第1話「恩讐の焔」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦1431年 フランス某所

 

 かがり火がたかれた地下室に、炎が映し出す影が揺らぐ。

 

 闇の中から浮かび上がるのは、人の怨念か? あるいは憎悪の発露か?

 

 中央に描かれた魔法陣の中で、少女は一心に祈りを捧げていた。

 

 美しい少女だ。

 

 銀の髪に白い整った顔立ち。咲き誇る可憐な花のような印象のある少女。

 

 しかし、

 

 漆黒の鎧に身を包んだ少女は、神聖な雰囲気を出しながらも、どこか名状しがたい、煉獄の炎にも似た感情がにじみ出ていた。

 

 例えるなら、精巧な器の中を、ドロドロの汚泥を満たしたかのような、そんな雰囲気。

 

 胸の内にある滾った物を、少女は吐き出す時を待ちわびているかのようだった。

 

「・・・・・・・・・・・・告げる」

 

 少女の口から、低い声がささやかれる。

 

「汝の身は我が下へ、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意この理に従うならば、答えよ」

 

 暗い地下室の中で、少女の声だけが響き続ける。

 

「誓いをここに。我は常世総ての悪を敷くもの。されど汝は、その眼を混沌に曇らせ侍るべ。汝、狂乱の檻に囚われし者。我は、その鎖を手繰る者・・・・・・・・・・・・」

 

 詠唱を続けるうちに、

 

 少女の足元にある魔法陣が輝きを増していく。

 

「汝、三大の言霊を纏う七天・・・・・・・・・・・・」

 

 光はやがて増大する。

 

 少女の姿すら、もはや視認する事も出来なかった。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 言い放った瞬間、

 

 輝きは地下室全てを包み込む。

 

「おお・・・・・・・・・・・・」

 

 傍らに控えていたローブ姿の男が感嘆の声を上げる中、

 

 輝きは徐々に収束していく。

 

 やがて、光が完全に消え去った時、

 

 部屋の様子は一変していた。

 

 つい先刻まで、確かに部屋の中には少女と男しかいなかった。

 

 だが今、

 

 花のように可憐な出で立ちの剣士

 

 幽鬼のような顔立ちに、漆黒の衣服に身を包んだ壮年の男性

 

 獣のような耳と尻尾を持つ狩人

 

 顔には仮面を付けた素顔を伺い知る事の出来ない女性

 

 どこか清廉な雰囲気を持つ女性

 

 それらの人物が忽然と現れ、少女の前に膝を突いていた。

 

 その様子を見て、少女は満足げに頷きを返す。

 

「良く来ました。我が同胞(サーヴァント)達。私が、あなた達のマスターです」

 

 少女の言葉に対し、サーヴァント達は黙したまま頭を垂れて聞き入っている。

 

「召喚された理由は判りますね? 破壊と殺戮、それが私から下す尊命(オーダー)です」

 

 花のように可憐な声で、少女は殺戮の宣言を行う。

 

「春を騒ぐ街があるなら思うままに破壊なさい。春を謳う村があるなら思うまま蹂躙なさい。どれほど邪悪であれ、どれほど残酷であれ、神は全てをお許しくださるでしょう。罰を与えになるならば、それはそれで構いません。それは、神の実在と、その愛を証明する手段に他ならないのですから」

 

 そう、

 

 この世に神がいるならば、今すぐ自分を罰してみるがいい。

 

 かつて、自分をそうしたように。

 

 少女の態度には、不遜とも取れる自信に満ち溢れていた。

 

 例え神であろうと、自分の歩みを止める事は出来ないという。

 

 言い終えてから少女は、傍らに控えていた男に向き直った。

 

「それではジル。『彼』を連れて来て頂戴」

「はい。畏まりました」

 

 命じられて、ジルと呼ばれた男は恭しく頭を下げる。

 

 見れば、その男の出で立ちも異様だった。

 

 ぼさぼさに伸ばした髪に、やせこけた顔立ち。目だけは異様に大きく見開かれている。

 

 悪魔めいた容貌の男は、命じられるままに立ち上がる。

 

 そこでふと、何かを思い出したように、少女は男を呼び止めた。

 

「ところでジル、手は出してないでしょうね?」

「もちろんですとも」

 

 言われるまでもない、と言った感じに頷きを返す、ジルと呼ばれた男。

 

 そんな少女に対し、今度はジルの方から声を掛けた。

 

「それで、『処遇』の方は、よろしいですね?」

 

 尋ねた男に対し、

 

 少女は不機嫌そうに視線を細める。

 

 と、

 

「ハッ バッカじゃないの、ジル。いつまでも愚かだと殺すわよ」

 

 少女はそれまでの清楚な雰囲気を自らぶち壊すように、乱暴な口調で言い放った。

 

「ジル。あなたはその日の食事の際、フォークをどう使うかで悩んだりする訳? それと同じことよ。彼をどうするか、なんて考えるまでもない些事ですので」

「・・・・・・畏まりました」

 

 聞かれるまでもない事だ。

 

 少女の言葉を受け、男は今度こそ部屋を出て行く。

 

 暫くして戻ってきたジル。

 

 その手は、縛られた男を引き立てていた。

 

 頭からズタ袋をかぶせられ、両腕を後ろ手に縛られた男は、何事かを喚いているが聞き取る事が出来ない。

 

 着ている服を見るに、かなり裕福な人物。それも権力を持った高位の人物である事が伺える。

 

「外しておあげなさい」

「はい」

 

 少女に促され、ジルは男の頭を覆うズタ袋を外す。

 

 と同時に、視界と呼吸が回復した男の喚き声は、一際大きくなった。

 

「き、貴様らッ この私を誰だと思っている!? 私にこのような狼藉を働いて、タダで済むとでも思っているのか!?」

 

 居丈高に言い放つ男。

 

 壮年の域に入っている男は、たるみ切った頬を怒りに振るわせて叫ぶ。

 

 やはり、くらいの高い人物なのであろう事は、その態度を見ればわかる。

 

 恐らく今までは、彼が声を荒げれば、あらゆる人物が慌てて首を垂れて許しを乞うた事だろう

 

 当然、目の前の者達もそうなるだろうと思っていた。

 

 だが、

 

 少女も、ジルも、

 

 そして、その他のサーヴァント達も、誰1人としてひれ伏す事は無かった。

 

「き、貴様らァッ!!」

 

 侮辱されたと感じた男は、顔面を真っ赤に染めて怒りに震える。

 

 と、

 

 そこで少女が、喚き散らす男の前に進み出た。

 

 その様子に反応したように、男が振り返る。

 

「答えろッ 答えないか、そこの・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかける男。

 

 だが、

 

 その視線が少女の姿を見た瞬間、

 

「ヒ、ヒィィィィィィィィィィィィ!?」

 

 思わず、その場で腰を抜かして座り込んでしまった。

 

 少女の存在は、男にとっては文字通り、悪魔の顕現に他ならなかった。

 

 なぜなら、少女は「絶対に」この場に、

 

 否、

 

 「この世にいてはいけない存在」だからだ。

 

 僅か、3日前の話だ。

 

 異端審問官として神に仕えている男は、目の前にいる少女を「異端者」として処刑した。

 

 否定し、蹂躙し、嘲弄し、罵倒し、侮辱し、凌辱し、そして最後には火炙りにして灰になるまで燃やし尽くしたはず。

 

 少女の姿が炎に焼かれて灰になり、ボロボロに崩れ落ちるのを男は見ている。

 

 だから、少女がこの場にいるはずが無いのだ。絶対に。

 

 いるとすれば、地獄から這い戻った悪魔だけである。

 

 そんな恐怖に駆られる男を、少女は薄笑いを浮かべて見つめる。

 

「ああピエール!! ピエール・コーション司教!! お会いしとうございました!! 貴方の顔を忘れた日は、一日たりともございません!!」

 

 本当にうれしそうに告げる少女。

 

 だが、

 

 その根底から湧き出る地獄のような炎にも似た感情は隠しようが無かった。

 

「馬鹿な!! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な!! あり得ない!! お、お、お、お前は・・・・・・お前が何で、ここにいるゥゥゥ!? 」

 

 恐怖の為に、今にも意識が途切れそうなピエール。

 

 だが、その意識は辛うじて保ち続けている。

 

 もっとも、

 

 この後の展開を考えれば、いっそ気を失ってしまった方が彼には幸せだったかもしれないが。

 

「三日前、確かに死んだはずだ!! じ・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、言葉を止めるピエール。

 

 それ以上言えば、己の命が危うくなることを本能的に察したのだ。

 

 もっとも、それはまったくもって無意味でしかなかったのだが。

 

 なぜなら、直後に少女の方が口を開いたからだ。

 

「『地獄に落ちたはずだ』ですか? 確かに、そうかもしれませんね、司教」

 

 確かに、少女はあの時、炎に焼かれて死んだ。

 

 人々から否定され、自分の持つ全てを奪われて地獄へと落とされた。

 

 だが、少女は死にきれなかった。

 

 そして地獄から舞い戻ったからこそ、今ここにいるのだ。

 

 そんな男に対し、少女は笑いかける。

 

「さあ、どうします司教? あなたが異端だと断じて処刑した女が目の前にいるのですよ? 十字架を握り、神に祈りを捧げなくてもよいのですか? 私を罵り、嘲り、踏みつけ、蹂躙しなくてもよいのですか? 邪悪がここにいるぞ、と。勇敢な獅子のように吠えなくても良いのですか?」

 

 挑発するように、少女は告げる。

 

 それはわずか数日前、ピエールが少女に対して行った行為。

 

 分厚い権力と、多くの兵士と、神の加護と言う鉄壁に守られた内側で彼は、捕らえられ、蹂躙され、無力となり、それでも神を信じて己の清廉さを損なわない少女を断罪したのだ。

 

 たった1人で戦い続けた少女を、よってたかって貪りつくしたのだ。

 

 何も難しい事は無い。それと同じことをするだけである。

 

 もっとも、今この場では、彼を守る権威は一切無いのだが。

 

 だが、そんな事は関係ないだろう。ピエールが真に神に仕える聖職者であるならば、同じことができる筈なのだ。

 

 あの時と同じように堂々と、声高らかに、弁舌でもって少女を貶め、断罪する事ができる筈。

 

 何しろ彼に言わせれば、少女こそが異端の魔女なのだから。

 

 そして異端者を裁く事こそが、彼が神から与えられた使命なのだから。

 

「た・・・・・・・・・・・・」

 

 だが、

 

「たす、けて。助けてくださいッ!! 何でもします!! だから助けてくださいッ!! 助けてくださいッ!!」

 

 ピエールがしたのは神への祈りでも、少女の断罪でもなく、

 

 無様に床にはいつくばって、命乞いをする事のみだった。

 

 それも、ほんの数日前、自らの手で処刑した相手に対して。

 

「何でもしますッ!! 助けてくださいッ!! お願いしますッ!!」

 

 そこには聖職者として、

 

 否、

 

 人としてのプライドすらない。

 

 ただただ、醜い生への執着。

 

 己が少女をはじめ、多くの人々に対してしてきた事を忘れ、自分だけが助かりたいという浅ましい精神が見て取れる。

 

 この姿を見るだけで、彼の神への信仰が、いかに上辺だけの物に過ぎないかが見て取れる。

 

 そんなピエールの姿を見て、少女はさも可笑しそうに高笑いを上げた。

 

「ねえ、聞いたジル? 『助けて下さい、助けてください』ですって。私を縛り、嗤い、焼いた、この司教が!! 私を取るに足らない、虫けらのように殺されるのだと、慈愛に満ちた眼差しで語った司教様が命乞いをしているわ!!」

 

 ひとしきり笑う少女。

 

 その間にもピエールは、必死になって命乞いを続けている。

 

 ほんの僅か、少女が気を変えれば、その瞬間、ピエールの命は奪われる事だろう。

 

 だからこそ、必死になって命乞いを続けた。

 

 ややあって、笑いを止めた少女は冷ややかな目でピエールを見据えた。

 

「ああ、悲しみで泣いてしまいそう。だって、それでは何も救われない。そんな紙のような信仰では天の主に届かない。そんな羽のような信念では大地に芽吹かない。神に縋る事を忘れ、魔女に貶めたわたしに命乞いするなど、信徒の風上にも置けません」

 

 言いながら、少女はピエールに対して手を翳す。

 

「判りますか司教? 貴方は今、自分で自分を異端であると認めたのですよ」

 

 それは滑稽以外の何物でもなかった。

 

 異端審問官が、自ら異端であると告白するなどと。

 

 少女からすれば、溜飲が下がる想いである。

 

「ほら、思い出して司教。異端者はどのように処されるのでしたっけ?」

 

 言いながら、

 

 少女の手には炎が躍る。

 

 黒い、地獄の業火のような炎。

 

 其れは即ち、神を信じながら、異端として処刑された少女の、復讐の炎に他ならなかった。

 

「イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ、助けてくださいッ 助けてくださいッ 助けてくださいッ 助けてくださいッ!!」

 

 もはや狂ったオルゴールのように、それだけを繰り返すしかなくなったピエール。

 

 だが、

 

「残念」

 

 少女は笑いながら告げる。

 

 本当に、

 

 心の底から楽しそうに、

 

「救いは品切れです。この時代には免罪符もまだありませんし」

 

 無慈悲な断罪は告げられる。

 

 かつて、彼がそうしたように。

 

「さあ、足元から行きましょうか。私が聖なる炎に焼かれたなら、お前は地獄の炎に、その身を焼かれるがいい!!」

 

 放たれる炎。

 

 それは一瞬にして、ピエールの体を覆いつくす。

 

 文字通りの地獄の業火が、彼の体を焼き尽くしていく。

 

 そうなりながらも、ピエールは叫び続ける。

 

「助けてくださいッ 助けてください!!」

 

 自らの命乞いを。

 

「イヤだァァァァァァ 死にたくないィィィィィィ 誰か、誰か、助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 だが、彼の祈りの言葉は、ついに天へは届かなかった。

 

 そして、

 

 やがて訪れる、永遠の脱落。

 

 その瞬間、

 

 ピエールは最後に叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャンヌ・ダルクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰も残さずに焼き尽くされたピエール司教を、何の感慨も無くジャンヌ・ダルクは見下ろしている。

 

 この男は、僅か3日前に彼女を炎で嬲り殺しにした。

 

 神の御名と言う大層な大義名分のもと、火あぶりの刑に処したのだ。

 

 そのピエール自身が、蘇ったジャンヌ・ダルクに火あぶりにされたのだ。これほどの意趣返しは他にあるまい。

 

「ハッ 本当に、最後までくだらない男だったわね。こんな奴が司教だというのだから、神なんて言う存在も、大した事が無いのでしょう」

 

 もはや、死者への侮蔑を隠す事も無く、ジャンヌは言い放つ。

 

 その視線は、居並ぶサーヴァント達へと向けられる。

 

 これから宴が始まる。

 

 楽しい楽しい、殺戮の宴だ。

 

「喜びなさい猟犬(サーヴァント)達。残った聖職者たちの処分は、あなた達に任せます」

 

 まるで飼っている犬に肉を与えるように、

 

 ジャンヌは気安い気持ちで言い放つ。

 

「魂を食らいなさい。肉を食いちぎりなさい。湯水のように血を啜りなさい。聖女も英雄も、老若男女の分け隔てなく、悉くを殺しつくしなさい。その為に、あなた達全員に狂戦士(バーサーカー)としての特性を付与しました」

 

 やがて、この地に広がるであろう地獄の光景。

 

 その有様を想像するだけで、少女の心が湧きたつようだ。

 

 もうすぐだ。

 

 もうすぐ、全ての終わりが始まる。

 

 その為の準備は、すでに整っているのだ。

 

「私の願いはただ一つ。このフランスが成した過ちを一掃する事。主の御名を証明できなかった人類に価値はありません。全てを蹂躙し、灰燼と帰すのです」

 

 言い放つと同時に振り上げられる旗。

 

 そこには、白地に漆黒の竜を象った紋章が刺繍されている。

 

「さあ、始めましょう」

 

 少女は高らかに言い放つ。

 

「わたし達の真の戦い。邪竜百年戦争を」

 

 

 

 

 

第1話「恩讐の焔」      終わり

 



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第2話「カルデア特殊班」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、そこは見知らぬ天井だった。

 

 回らぬ思考で、ぼんやりと考える。

 

 ややあって、

 

「・・・・・・ああ、そうか」

 

 朔月美遊(さかつき みゆ)は、すぐにここが見慣れた自分の家ではなく、カルデアの自室である事に気が付いた。

 

 眠い目をこすりながら、朔月美遊は状況を理解してベッドから起き出す。

 

 洗面所に行き顔を洗ってから、用意していた服に着替える。

 

 白のジャケットに、黒のスカート。

 

 このカルデアの制服である。サイズも美遊の小柄な体格に合わせてある。

 

 ここに来た当初は、もともと着ていた私服以外、服らしい服は殆ど持っていなかったが、今は被服製造機を使って色々作ってもらい、それなりのバリエーションは支給されていた。

 

 この制服自体が一種の魔術礼装であるらしいから、カルデアの技術には驚かされる。

 

 美遊達がこのカルデアに来て半月。まだまだ判らない事も多い。

 

 特に、技術的な面で美遊がいた時代とは少し異なる為、微妙な勝手の違いを感じる事もあった。

 

 まったく同一ではなく、さりとて完全に異なると言う訳でもない。

 

 その微妙な差異が、美遊の感覚を狂わせていた。

 

 とは言え、ここでの生活は長い物になりそうである。早く、色々な事に慣れなくてはならなかった。

 

 着替えを終えた美遊は、部屋に置かれた鏡の前に立ち、身だしなみをチェックする。

 

 不備は無い。

 

 ひとつ頷くと、美遊は部屋を出た。

 

 今日はいよいよ、ロマニから新たなレイシフトの発表がある。

 

 ロマニから連絡があったのは、昨夜の事である。

 

 連日、後方支援スタッフと共に解析作業に当たっていたロマニは、ついに次なる特異点の年代と場所を特定する事に成功したという。

 

 いよいよ、次の戦いが始まるのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 掌を、ギュッと握りしめる。

 

 緊張は、否が上でも高まろうとしていた。

 

 不安はある。

 

 セイバー、アルトリアの霊基を写し、自らセイバーのサーヴァントとなった美遊だが、戦闘経験はそれほど多いと言う訳ではない。

 

 かつて故郷で行われた聖杯戦争を戦い抜いたとはいえ、直接的な戦闘はアルトリアが行っていた。美遊は彼女に対する魔力供給と、若干の援護を担当したくらいである。

 

 経験と言う意味では、美遊は殆ど素人と変わらなかった。

 

 うまく、できるだろうか?

 

 そんな想いが、脳裏によぎる。

 

 だが、自分が足を引っ張れば、累はマスターである立香や凛果へと及ぶことになる。

 

 サーヴァントである以上、敗北は許されなかった。

 

 それに、

 

 聖杯戦争の時と同様に、美遊には頼るべき仲間もいるのだから。

 

「・・・・・・・・・・・・あ」

「・・・・・・ん?」

 

 と、そこで、

 

 廊下の角を曲がって来た人物と、ばったり顔を見合わせた。

 

 茫洋とした視線が、真っすぐに美遊へと向けられてきていた。

 

 自分よりも小柄で、あどけなさの残る顔。

 

 それでいて、その小さな体から発せられる雰囲気は、どこか達観しているようにも見える。

 

 衛宮響(えみや ひびき)

 

 美遊と同じサーヴァントであり、今は同じマスターを頂く、言わば「同僚」とでも言うべき存在である。

 

「ん、美遊、おはよ」

「お、おはよう」

 

 口数が少ない響。

 

 美遊もおしゃべりと言う訳ではないが、この少年は輪をかけて無口である。

 

 そのせいで、未だに名前以外の事は判っていない。

 

 どの時代の、どんな英霊なのか?

 

 そもそも、「衛宮響」などと言う英雄は歴史上、聞いた事が無い。

 

 容姿や名前の発音から察するに、日本由来の英雄だとは思うのだが、それも怪しい。そもそも名前が真名だとは限らないし、格好にしても、その英霊の生前の活躍によっては、江戸時代以前の英霊であっても洋装で現れる事もあるという。

 

 結局、響に関しては名前以外、何も判っていないのが現状だった。

 

「ん、どうかした?」

「え?」

 

 黙って考え事をしている美遊の顔を覗き込むように、響が怪訝な顔つきで見つめてきている。

 

 どうやら、彼の事を考えている内に、ついつい黙り込んでしまっていたらしい。

 

「な、何でもない」

「・・・・・・ふーん」

 

 慌ててそっぽを向く美遊に、響は不審げな眼差しを向けてくる。

 

 そんな響の視線から逃れるように、前を歩き出す美遊。

 

 その背後から、少し遅れて響が着いてくる気配を感じる。

 

 行くのが同じ管制室なのだから、歩く方向も同じになるのは当然だった。

 

 響は無言のまま、美遊の後を着いてくる。

 

 何だか、不思議な感覚だった。

 

 美遊は心の中で首をかしげる。

 

 そもそもなぜ、自分はこの少年の事が気になるのだろう? まったく知らないはずの、この少年の事を。

 

 だが、いくら考えても答えが出る事は無い。

 

 そして、

 

 響もまた、美遊の質問に答えないであろう事は、容易に想像できるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響と美遊が揃って管制室の中に入ると、既に主要なメンバーは揃っていた。

 

 天井に設けられた疑似地球環境モデル「カルデアス」と、それを囲むようにして空中に配置された近未来観測レンズ「シバ」。

 

 カルデアをして、人理の砦たらしめている2大発明品の下で、一同は年少組2人を待っていた。

 

「あ、響、美遊、おはよう。やっと来たね」

 

 苦笑しながら出迎えたのは、マスターである藤丸凛果だった。

 

 元々は響のマスターであったが、今は美遊にとってもマスターでもある。

 

 因みに、2人の呼び方についてだが、当初は響の事は「衛宮」と呼称してはどうか、という意見もあった。その方が、呼びやすいという理由からである。

 

 だが、その案は当の響自身によって却下された。

 

 曰く「アサシン・エミヤだと、誰かと被りそうだから」だとか。

 

 何のこっちゃ?

 

 一方、美遊も、自分の事は「美遊」と呼んでくれるよう、皆に了解を取っている。

 

 彼女の霊基の元になったのは、彼女のかつてのサーヴァントである騎士王「アルトリア・ペンドラゴン」である。それ故、彼女自身もまた「アルトリア」の1人であると受け取る事も出来る。

 

 だが美遊は、「自分はアルトリア自身ではなく、セイバーから想いと剣を受け継いだだけだから」と言った。こちらは幾分、健全(?)な理由である。

 

 本来の聖杯戦争において、サーヴァントはマスター1人に対して、1人が基本となる。

 

 1人のマスターが2人以上のサーヴァントを従えようとしても、そもそも現界させるだけの魔力を供給するめどが立たない。

 

 だが、このカルデアにおいては事情が異なる。

 

 莫大な量の発電と蓄電を誇るカルデアなら、複数のサーヴァントを従える事は難しくない。

 

 計算上、契約さえしてしまえば、数10人単位でサーヴァントを従える事も不可能ではない。

 

 カルデアで生成された魔力は、ラインを通じて一旦マスターに送られ、そこから更にサーヴァントへと供給される仕組みとなっている。

 

 よって、マスターに最大限求められる資質とは、サーヴァントとの繋ぎ役と言う訳だ。

 

 勿論、最大限で魔力供給ラインを構築するためには、サーヴァントとマスターの確固たる絆が重要となる。その為の信頼構築や指揮能力も重要な要素だった。

 

「2人とも、食べる?」

 

 そう言って、凛果が差し出してきたのは、なぜか袋入りのせんべいだった。

 

「いや、何で煎餅?」

「食堂で作ってもらった。結構いけるわよ」

 

 カルデアの食料は、数年単位で確保されている為、多少浪費した程度では尽きる事は無いらしい。その為、多少の贅沢はできるらしい。

 

 とは言え、

 

 凛果は凛果で、大した順応である。

 

 その場に対する適応力という点では、立香も凛果も兄妹そろってそれなりに高いらしかった。

 

「みんな揃ったね。それじゃあ早速、ブリーフィングを始めよう」

 

 煎餅を齧る一同を見回して、ロマニ・アーキマンが告げた。

 

 現状、カルデアの責任者は、ロマニが代行している状況だった。

 

 所長のオルガマリー・アニムスフィアが死に、事実上のナンバー2だったレフ・ライノールが離反。その他の職員も、上位職員たちは軒並み、レフが起こしたテロで死亡している。

 

 その為、生き残りの最上級者であるロマニが、そのまま全体指揮を執る事になったのである。

 

 一同を見回してから、ロマニは神妙な面持ちで言った。

 

「まず、改めて僕たちが置かれている現状を確認するけど。特異点F解放から現在に至るまで、外部との連絡を試みて来たけど、一切の応答は無い。残念だけどこれは、レフ・ライノールの言った通り、このカルデアの外の世界は既に滅んでしまったと見て良いだろう」

 

 そのロマニの言葉に、一同は重苦しい沈黙で答える。

 

 凛果は、両手をギュッと握りしめている。

 

 無理も無い。

 

 両親や友人達。

 

 みんなが既に滅んでいると聞かされて、平穏でいられるはずもなかった。

 

「けど、まだ希望を捨てるのは早い」

 

 そう言うとロマニは機器を操作し、正面の大型モニターに世界地図を呼び出す。

 

 一同が見上げる中、その世界地図にはいくつか輝点で印がつけられていた。

 

 フランスのあたりに1つ、イタリア半島に1つ、それから地中海の真ん中に1つ、北米大陸に1つ、イギリスに1つ、中東辺りに1つ。この6つだ。

 

「これが、特異点の場所なんですね?」

「そうだ。そして、昨夜の時点で判明している特異点が・・・・・・」

 

 再度、機器を操作する.

 

すると、他の特異点の印が消え、フランスの1つだけが残された。

 

「ここだ。1431年のフランス。ちょうど、百年戦争と呼ばれる戦いが行われた時期だ」

「ひゃ、百年戦争?」

 

 凛果が素っ頓狂な声を上げる。

 

 名前の通りだとしたら、ずいぶんと気の長い戦争だと思ったのだ。

 

 近代の戦争など、長くても数年程度で終わる事を考えれば、百年という数字がいかに長いかが判るだろう。

 

「百年と言っても、その全期間に渡って戦争が行われていたわけではありません。途中で何度か休戦期間を挟んで行われていました」

「あ、ああ、そうなんだ・・・・・・そうだよね。流石にね」

 

 マシュの説明を聞いて、凛果は苦笑する。

 

 確かに。考えてみれば、物質的にも精神的にも、百年もの間、ブッ通しで戦争などできるはずが無かった。

 

 フランス百年戦争は、1328年に起こったフランスの王位継承問題に端を発し、116年間継続された(諸説あり)。

 

 シャルル4世の崩御に伴い、正当な男子の王位継承者を失ったフランスは、シャルル4世の従兄弟でヴァロワ伯フィリップに王位を継承させようとした。

 

 しかし、これに異を唱えたのが、イングランド王エドワード3世である。

 

 エドワード3世はフィリップの王位継承を不当とし、シャルル4世の甥(妹の息子)である自分こそが正当なフランス王位継承者であると主張した。

 

 この問題は、一度は交渉により解決し、エドワード3世がフィリップの王位継承を認め、臣下の礼を取る事で決着を見た。

 

 しかし、後に起こった領土問題で紛争は再炎。エドワード3世がフランスに対して宣戦布告。開戦に至ると、戦火は瞬く間にフランス全土を覆った。

 

 当初、精強なイングランド軍に対しフランス軍は敗北を重ね、一時は滅亡の瀬戸際まで追い込まれた事もあった。

 

 しかし救国の乙女ジャンヌ・ダルクが要衝オルレアンを解放。

 

 更に彼女の死後も奮起したフランス軍が大々的に反抗作戦を行い、ついに自国領内からイングランド勢力を一掃。フランス百年戦争は、フランスの勝利に終わったのだ。

 

「時期的には、ちょうど休戦期間に当たるらしい。だから、君達が行っても、戦争に巻き込まれる事は無いから安心してほしい」

 

 ロマニがそう説明した時だった。

 

「おっと、そいつは判断が甘いんじゃないか、ロマン?」

 

 突如、聞こえてきた声に一同が振り返る。

 

 その視線の先には、1人の女性が立っていた。

 

 だが、

 

 女性の姿を見て、思わず一同が絶句する。

 

 その出で立ちたるや、

 

「派手」

 

 皆が言いにくそうにしている事を、響があっさりと言ってしまった。

 

 とは言え確かに、

 

 随分派手な服装だった。手にした杖も、どんな機能があるのやら、ずいぶんとごてごてとした装飾である。

 

 だが、

 

 その整った顔だちは神秘的に美しく、まるで一個の芸術品を見ているかのようだった。

 

「モナ・リザ・・・・・・・・・・・・」

「ん、美遊、どした?」

 

 女性を見ていた美遊が、ポツリと呟く。

 

 その様子を見て、女性はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「美遊ちゃんは頭が良いね。一目見て、私の事に気付くとは」

「い、いえ、何となくそう思ったので」

 

 褒められた美遊は、はにかむように顔を赤くする。

 

 とは言え、いきなり現れたこの女性はいったい何者なのか?

 

 首をかしげる一同を代表するように、ロマニはやれやれとばかりに肩を竦めて言った。

 

「まったく、普段は自分の工房に引きこもっている君が、わざわざ出てくるとは、どういう心境の変化だい?」

「勿論、用があったから来たのさ。それに、自己紹介もそろそろ必要かと思ってね」

 

 そう告げると、女性は一同を振り返って言った。

 

「やあ、初めましての人は初めまして。私の名前はレオナルド・ダヴィンチ。どうぞ、気軽に『ダヴィンチちゃん』とでも呼んでくれ」

「変わったお名前ですね。レオナルド・ダヴィンチと言えばルネサンス期の芸術家で、様々な分野で偉業を残した天才として知られています。中でも『最後の晩餐』や『モナ・リザ』で知られる絵画の数々は、今でも伝説として現代に伝わっています」

 

 マシュの反応は、至極当然の物だった。

 

 誰でも、偉人の名前を名乗られれば「ああ、同姓同名の人ね」と思うものだった。

 

 だが、

 

 ロマニがやれやれとばかりに嘆息して言った。

 

「マシュ、実に言いにくいんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言うと、件の女性を指し示す。

 

「こちら、その『レオナルド・ダヴィンチ』ご本人だよ」

「いや~ そうストレートに褒められても、本当の事だからね。まあ、称賛はありがたく受け取っておくよ。受ける分にはタダだし」

 

 実にふてぶてしいというか何と言うか、

 

 それにしても、

 

「どういう事だ、つまり?」

 

 訳が分からないと言った感じに首をかしげる立香。

 

 対して、レオナルド・ダヴィンチを名乗る女性は言った。

 

「まあ、要するに、私こそ歴史上最高の芸術家にして、万能の天才。ついでにカルデアに召喚されたサーヴァントでもある、レオナルド・ダヴィンチ本人と言う訳さ」

「そこが『ついで』なのか。まあ、判りやすく説明すると、彼女こそがカルデアが過去に召喚した英霊3人のうちの、最後の1人と言う訳さ」

 

 カルデアが過去に召喚に成功した3人の英霊の内、トップシークレットの1人目と、マシュに憑依した謎の盾兵(シールダー)

 

 それに続く3人目が、このダヴィンチと言う訳だ。

 

「つまり、あなたもサーヴァントなんですか?」

「そうだよ、美遊ちゃん。君や響君と同じだ」

 

 自慢げに自己紹介するダヴィンチの横で、ロマニがやれやれと肩を竦める。

 

「まったく、非常識にも程がある。いくらモナ・リザが好きだからって、自分でモナ・リザにならなくても良いだろうに。だいたい、レオナルド・ダヴィンチは男だったんじゃないのかい?」

「そんな常識、サーヴァントにとっては些末なもんさ」

 

 嘯きながら、ダヴィンチは肩を竦める。

 

 言われてみれば先程、美遊が指摘した通り、ダヴィンチの容姿は絵画に描かれているモナ・リザその物だった。と言う事は、ロマニの言う通り、ダヴィンチ本人がモナ・リザが好きすぎてモナ・リザになってしまった、と言う事らしい。

 

 それに、アーサー王が女だった時点で、英霊にとって男女差など、あって無いにも等しいのかもしれない。

 

「さて、大分、話が逸れたけど、」

「だいたい君のせいだけどね」

「特異点では油断しない方が良い」

 

 ロマニのツッコミを無視して、ダヴィンチは続ける。

 

「特異点が普通ではない事は、先のレイシフトでみんなも分かっているはずだろ」

 

 ダヴィンチの言葉に、一同は無言でうなずきを返す。

 

 確かに、特異点Fでは街1つが壊滅し、炎に包まれていた。

 

 ありえない事が起こるからこそ特異点であると言える。

 

 ダヴィンチの後を引き継ぐように、ロマニが口を開いた。

 

「君たちにやってほしい事は主に2つだ。1つは『特異点の原因調査、および排除』。そして2つめは『聖杯の探索』。特異点Fでの状況を見るに、聖杯は事件に深く関わっていると考えて間違いない。だから、最終的に、この2つの目的は同一のものとなる」

 

 すなわち、聖杯を追っていけば、自然と特異点の発生源に繋がると言う訳だ。

 

 もっとも、そこに至るまでに妨害があるであろうことは十分予想できる。

 

 敵が人理焼却の完遂を狙っているなら、必ずカルデア組を妨害する為に手を打ってくるはず。

 

 事によってはサーヴァントによる迎撃も考えられる。

 

 更に、

 

 あのレフ・ライノールが、再び自分たちの前に立ちはだかる事も予想できる。

 

 だが、それでも、もはや後戻りはできなかった。

 

 奪われた未来を取り戻す為。

 

 失われた世界を元に戻す為。

 

 賽は既に投げられたのだ。

 

「これより、本作戦を聖杯探索『グランドオーダー』と呼称する」

 

 言ってから、ロマニは一同を見回す。

 

「君達は、その為のカルデア特殊班として行動してほしい」

「特殊班?」

 

 聞きなれない言葉に、一同が首をかしげる。

 

 対して、ロマニは肩を竦める。

 

「便宜上、チーム名はあった方が良いだろ。何しろ、主力となるAチーム以下が壊滅してしまったからね。その為、君達は特殊部隊扱い、と言う訳さ」

 

 編成は、

 

 

 

 

 

司令官代理:ロマニ・アーキマン

 

参謀:レオナルド・ダヴィンチ

 

所属マスター:

藤丸立香

藤丸凛果

 

所属サーヴァント:

シールダー:マシュ・キリエライト

セイバー:朔月美遊

アサシン:衛宮響

 

 

 

 

 

 となる。

 

 この部隊を基幹戦力と見なし、カルデアに残る後方支援スタッフがバックアップに入る。

 

 これが、カルデアの新体制だった。

 

 説明を終えて、ロマニは立香へ向き直った。

 

「この部隊の隊長は立香君、君に任せたい」

「え、お、俺?」

 

 話を振られて、キョトンとする立香。

 

 突然、隊長だなどと言われても、何をどうすれば良いのか。

 

 そんな立香に、ダヴィンチも向き直った。

 

「特異点Fでの記録は見させてもらったよ。立香君、君は何度か、危機的な状況で冷静かつ的確な判断をして切り抜けている。君こそが、この中で最もリーダーに相応しいと思うよ」

 

 ダヴィンチが、そう言って笑いかけてくる。

 

 見れば、凛果たちも揃って立香を見ていた。

 

「兄貴ならやれるって」

「ん、フォローはする」

 

 口々に告げる、凛果と響。

 

 そして、

 

「先輩」

 

 マシュがそっと、立香の手を取る。

 

「私も、先輩が指揮をしてくれるなら、安心して戦う事が出来ます」

「マシュ・・・・・・」

「大丈夫です。先輩の事は、私が必ず守りますから」

 

 後輩に後押しされ、

 

 立香は顔を上げる。

 

「判った、どこまでできるか分からないけど、やってみるよ。みんな、よろしく頼む」

 

 立香の言葉に、一同が頷きを返す。

 

 ここに、カルデアの新たなる戦いが、幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 

第2話「カルデア特殊班」      終わり

 




第2部登場予定の新アーチャー。

「軍服姿」「豪快そう」「大砲っぽいの持ってる」事からナポレオンかなーと予想したら、よく使ってる攻略サイトの真名予想でもナポレオンだったった。

これは当たりだろうか?


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第3話「黒焔の聖女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その不気味な出で立ちは、全ての村人たちを不安にさせていた。

 

 男が村の片隅で座り込むようになったのは、つい数日前の事。

 

 頭からすっぽりローブを羽織り、手には鞘に収まった長剣を携えている。体格から見て男と思われた。

 

 恐らく、イングランドとの戦争に参加した兵士なのだろう。

 

 フランス兵か、あるいはイングランド兵か、それは不明だが。

 

 いずれにしても、このご時世、特に珍しい光景ではない。

 

 今は戦争中。それも、数々の異常事態が起こり、人心は荒廃の一途を辿っている。

 

 そんな中、戦に敗れた落ち武者が流れ着くのはよくある事だった。

 

 とは言え、事態は言うほど楽観視できない。

 

 流れ着いた落ち武者は大抵は、住民総出で追い立てて、村の外へと放り出すのが決まりである。

 

 戦争中で、どこもかしこも物資不足で苦しんでいる。そんな中で、よそ者にまで食わせる余裕は、どこの村にもない。

 

 落ち武者は、行く当てもなくどこに行ってもつまはじきにされ、ついには飢えて野垂れ死ぬか、己の腹を満たすために強盗や山賊になるが関の山である。

 

 前者なら良い。このご時世、行き倒れなど珍しくもないし、死体が野に転がっていたところで誰も気にしたりしない。せいぜい、気を利かせた人間が埋葬してやる程度である。

 

 問題は後者の可能性である。

 

 夜盗になって近隣住民に被害が出てからでは遅い。

 

 そうなる前に追い出すか、最悪の場合、殺して埋めてしまう事もある。

 

 当然、村に居付いたその人物も、そうなるはずだった。

 

 だが、

 

 男を追い出そうと、武器を手に近づいた村の住民達。

 

 しかし、男がひと睨みした瞬間、皆が震えあがり、逃げ散ってしまったのだ。

 

 ローブの下から放たれた鋭い眼光。

 

 まるで獣じみた双眸。

 

 尋常な殺気ではない。

 

 手を出せば、自分たちの身が危うい。

 

 以来、村の住民たちは、男に手出しすることなく、遠巻きに眺めている事しかできなかった。

 

 幸いにして、男は暴れだす事も犯罪に走る事も無く、日がな一日、村の隅で座っているのみだった事もあり、住民たちは得体の知れない恐怖と緊張を強いられながらも、平和な日常を過ごしていた。

 

 だが、

 

 そんな日々も、唐突に終わりを告げた。

 

 ある日の早朝の事だった。

 

 朝に狩りに出かけた男が、昼を前にして、息を切らせて戻って来たのだ。

 

 村に入るなり、男は広場に倒れながら、心配顔で駆け寄って来た村の仲間達に告げた。

 

 竜の魔女が出た、と。

 

 その言葉に、村人全員が慄いた。

 

 竜の魔女。

 

 其れは今、フランス全土で恐怖の対象となっている存在。

 

 突如として現れた魔女は、人非ざる軍勢を従え、フランスと言う国全てを蹂躙しているという。

 

 既にいくつもの町や村を焼き尽くし、軍隊を全滅させられているとか。

 

 そして、

 

 つい先日、恐るべきニュースがフランス中を震撼させた。

 

 オルレアンに侵攻した竜の魔女が王を守る近衛軍を撃破。国王シャルル7世までもが殺されてしまったという。

 

 もはや、フランスは終わりだった。

 

 ようやく、長きにわたる戦争にも終わりが見えてきたというのに。

 

 たった1人の魔女の登場が、全てを狂わせようとしていた。

 

 その魔女がついに、この村のすぐそばまで来たという。

 

 パニックに陥る村人たち。

 

 誰もが悲鳴を上げ、逃げる準備を始める。

 

 ともかく遠くへ!!

 

 できるだけ、見つかりにくい場所へ!!

 

 右往左往する村人たち。

 

 そんな中、

 

 村はずれで座り込んでいた男が、剣を手にゆっくりと立ち上がった。

 

「・・・・・・・・・・・・ついに、来たか」

 

 低い声で呟く。

 

 その視界の先では、立ち上る火柱。

 

 そして、その上空を乱舞する、人外の魔物たちの姿が見えた。

 

 歓喜する。

 

 同時に、ゆっくりと剣を抜き放った。

 

 自分は、この時を待っていたのだ。

 

 今こそ、この場にいる意味を示す時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光のトンネルを抜けると、そこは広大な草原だった。

 

 見渡せば緑の絨毯が彼方まで広がる。視界の先にはなだらかな丘陵があり、何かの動物がのどかに歩いているのが見えた。

 

 吹き抜けていく風に心地よさを感じる。

 

「ここが、フランス?」

 

 目を開けた凛果が、そんな風に呟く。

 

 その声が、一同を覚醒させる。

 

 立香、マシュ、美遊、響。

 

 カルデア特殊班全員が顔を見合わせる。

 

 響と美遊、そしてマシュは、既にカルデアで着ていた制服姿ではない。

 

 響は漆黒の着物に短パンを穿き、首には白いマフラーを巻いている。

 

 美遊はノースリーブの白いワンピースの上から、銀色の甲冑を着込んでいる。

 

 マシュは漆黒のレオタード風インナーの上から軽装の甲冑を着込み、手には大盾を構えている。

 

 それぞれ英霊としての戦装束に着替えを終えていた。

 

「間違いありません。1431年のフランス東部地方。レイシフト、成功です」

 

 マシュの言葉に、一同は改めて周囲を見回す。

 

 前回の時とは違い、正式なレイシフトは今回が初めてとなる。

 

 カルデアの管制室からコフィンと呼ばれる装置の中に入り、目が覚めたらこの場所に立っていたのだ。

 

 と、

 

「フォウッ ファウッ フォウッ!!」

「フォウさん。今回も着いて来てしまったのですか?」

 

 自分の肩に駆けあがるフォウを見て、驚いたように声を上げるマシュ。

 

 前回の時もそうだったが、フォウはいつの間にかレイシフトに同行してきている。恐らく今回は、誰かのコフィンの中に紛れ込んでいたのではないだろうか?

 

 いずれにしても、見た目も行動も不思議な生物である。

 

 そこで、立香の腕に嵌められた通信機が着信を告げる。

 

 前回のレイシフトで、だいぶ慣れてきた立香は、今度は戸惑う事無くスイッチを入れた。

 

 だが、通信機の向こうに出たのは、予想に反してロマニではなく、ダヴィンチだった。

 

《やあ。立香君、調子はどうだい? 勿論、こちらでもモニタリングはしているが、念のため、実際の状況も聞いておきたくてね》

「ああ、ダヴィンチちゃん。特に問題は無い。全員、レイシフトに成功したよ」

 

 そう告げる立香に、全員が頷きを返す。

 

《それは上々。まずはめでたい。因みに現在、君達がいる場所はフランス東部。ドンレミと言う村がある場所の近くだ。そこより西へ少し行けば、フランス軍が駐留する小さな砦がある。そこへ目指すのが良いだろうね。まずは地道な情報収集から行こう》

「はい、ダヴィンチちゃん、質問」

 

 通信機越しにわざわざ手を上げたのは凛果だった。

 

 何やら、先生と生徒と言った風情である。

 

 ダヴィンチの方でも、ノリを理解しているのだろう。気さくに応じてくる。

 

《何かな、凛果ちゃん?》

「わたしも兄貴も、フランス語喋れないけど、行っても大丈夫なの?」

「そうだよな。俺なんて、フランス語どころか英語も怪しいし」

 

 そう言って、立香が肩を竦める。

 

 藤丸兄妹の不安は当然だろう。そもそも言葉が通じなければ、情報収集も成り立たない。それどころか、現地の人とのコミュニケーションすら難しい事になる。

 

 だが、それくらいの事は、カルデアも想定済みである。

 

《そこは心配いらないよ。レイシフト中の君達の言語機能は、その現地の物に合わせられるよう、しっかりと自動変換されるようになっている。だから、安心してくれたまえ》

「フォウッ ンキュ」

 

 通信越しにも、ダヴィンチが胸を張るのが分かった。

 

 成程。カルデア様様と言ったと所である。

 

 と、そこで何かを思い出したように、ダヴィンチが声を掛けてきた。

 

《そうだ。ついでに出発前に、いくつか説明しておかなくちゃいけないね》

「説明? 何を?」

《今後、戦いが厳しくなるだろう事は、十分予想でいるからね。マシュ達だけでは対応しきれなくなることも考えられる。そうなった場合、マスターである立香君と凛果ちゃんのサポートが必要になってくるのさ》

 

 言われて、立香と凛果は顔を見合わせる。

 

 サポート、と言っても何をすれば良いのか?

 

 魔術については完全な素人である自分たちにできる事は少ないように思えるのだが?

 

 そんな2人の考えを察して、ダヴィンチは続ける。

 

《まず、令呪についてだ》

「令呪って、これだよな?」

 

 立香は自分の右手を掲げる。

 

 それに合わせるように、凛果も右手を掲げて見せた。

 

 手の甲には、複雑な意匠の文様が描かれている。

 

 一見すると刺青のようにも見えるが、これはサーヴァントとのつながりを表す物であるらしい。

 

 そこら辺の説明は、既に受けていた。

 

《その令呪は3回まで使う事ができる、言わばサーヴァントに対する強制命令権だ。それがあれば、まあ大抵のことはできると思ってくれ》

 

 よく見れば、令呪は三画に分かれているのが判る。つまり、1回分消費するたびに、一つずつ令呪が消えていくのだとか。

 

 以前の聖杯戦争だと、令呪は正に切り札であり、全て消えればそのマスターの敗北は確定だったらしい。それ故に、実質使えるのは二画までだったそうだ。

 

 だが、その効力は絶大で、殆ど「魔法」に近い効力も発揮できるのだとか。

 

 それはサーヴァントの能力強化、離れた場所からの瞬間移動、行動の強制など多岐にわたる。

 

 半面、命令の内容が中途半端だと、効力も中途半端になってしまうというデメリットもあるが。

 

《時代も進み、今は令呪と言えども補充は可能だ。だから遠慮なく三画全部使いきってくれて構わないから安心してくれたまえ。ただし、補充には莫大な魔力と時間が必要になる。実質、1回のレイシフトで使用できるのは手持ちの三画だけになるだろうから、使用のタイミングには十分注意してくれよ》

「成程な」

 

 ダヴィンチの説明を聞き、立香は令呪を眺めながら頷く。

 

 要するに、使いどころに考慮が必要な切り札、とでも考えていれば良いだろう。

 

 無駄遣いはできないが、これは大きな武器になる。

 

《次に、君達が着ている服、魔術礼装についてだ》

 

 言われて、立香と凛果は、自分たちが着ている服を見る。

 

 白いジャケットに、それぞれ黒のスラックスとスカート。

 

 カルデアにおける制服姿である。

 

 だが、先の特異点Fの時には知らなかったが、これは礼装と呼ばれる立派な魔術道具らしい。

 

 服にいくつかの術式が仕込まれており、簡単な魔術なら任意で使用する事ができるのだとか。

 

「じゃあ、これで俺達も戦う事ができるのか?」

 

 期待を込めて、立香が尋ねる。

 

 もしそうなら、自分も少しは戦闘の役に立てるのだが。

 

 しかし、

 

《残念ながら、援護がせいぜいだ。間違っても、それでサーヴァントに挑みかかったりしないでくれよ》

 

 勢い込む立香に、ダヴィンチが通信機越しにくぎを刺す。

 

 こうでも言っておかないと、本当に敵陣に突撃しかねなかった。

 

「そっか、駄目かァ・・・・・・」

 

 がっくりと肩を落とす立香。

 

 直接的な戦闘ではほとんど役に立てなかったため、今度こそは、と言う想いもあったのだろう。

 

「気にしないでください先輩」

「ん、援護は大事」

 

 そんな立香を慰めるように、マシュと響が告げる。

 

 その横に立った美遊も口を開いた。

 

「戦闘はわたし達に任せてください。大丈夫です。立香さんにも凛果さんにも、敵には指一本触れさせません」

「ああ、悪いな」

 

 真面目な美遊の言葉に、苦笑気味に答える立香。

 

 仕方がない。餅は餅屋、ではないが、自分が死んでしまっては元も子もない。ここは言われた通り、援護と指揮に専念した方が良いだろう。

 

 話が纏まったらしいことを感じ取り、ダヴィンチが再び口を開いた。

 

《魔術礼装はいくつか設定されていて、マスターの任意で着替える事ができる。ちょっと試してみてくれないかな?》

「えっと、こうかな?」

 

 言いながら立香は、通信機のスイッチをレクチャーされた通りに操作する。

 

 すると、一瞬、立香の姿が揺らいだと思った直後、その姿は変化していた。

 

 それまでのカルデア制服姿から、黒いローブ姿に一瞬にして変わっていたのだ。

 

 印象としては「これぞ魔術師」と言った感じである。

 

 何となく、世界的に有名な某魔法学校映画で、主人公達が着ていた服装に似ている。

 

《それは魔術協会の制服をもとに開発した物だ。主に回復や、サーヴァントに対する魔力供給に使う事ができる》

「へえ、なるほどね」

 

 自分の姿を眺めながら、立香は感心したように呟く。

 

 成程、これは面白い。

 

 他にもいくつかバリエーションがあるのだとか。

 

 これなら、直接的な戦闘は無理でも、かなり多彩な戦い方ができそうだった。

 

 と、その時だった。

 

「ちょッ!? な、何よこれーッ!?」

「フォーウッ!?」

 

 突然、悲鳴交じりの凛果の声が聞こえて来て、立香はとっさに振り返る。

 

 そこで、

 

「なッ!?」

 

 絶句した。

 

 なぜなら、凛果の恰好。

 

 彼女も魔術礼装のチェンジを試していたらしく、それまでの制服姿から変化している。

 

 だが、着ている服。それが問題だった。

 

 凛果が着ているのは、どこかの宇宙戦艦でクルーが着ていそうなぴったりしたボディスーツだ。

 

 首筋から足先まで包み込まれた姿は、スレンダーな印象を受ける。

 

 露出は却って少なくなっている。

 

 だが、

 

 体にぴったりとフィットするため、体のラインが強調されるデザインになってしまっている。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「フォウ?」

 

 凛果のその姿に、立香は思わず顔を赤くして目を逸らす。

 

 大きすぎず、さりとて小さすぎず、適度なサイズで自己主張する胸。なだらかにカーブを描くくびれ、引き締まった小振りなお尻。

 

 何と言うか、

 

 我が妹ながら、立派になった物である。

 

「ちょ、何見てんのよ、兄貴ッ!?」

 

 兄の視線を感じ、思わず顔を赤くして身を捩る凛果。

 

 兄とは言え、異性にこんな格好を見られるのは、それは恥ずかしいのだろう。

 

「ん、凛果、エロい」

「エロいって何!? エロいってッ!?」

 

 淡々と告げる響に、凛果が吼える。

 

 無表情で言っている分、却って羞恥心が強まっていた。

 

「落ち着いてください凛果さん・・・・・・その、立派だと思いますし」

「いや、何を誉めてんの!?」

 

 どこを見ての発言だったのか?

 

 かなりずれた発言をする美遊に、凛果は呆れ気味にツッコミを入れる。

 

 何と言うか、チビッ子組にそう言われるとますます恥ずかしかった。

 

《それは戦闘服だ。他の礼装に比べれば、攻撃的な魔術が使える。と言ってもさっきも言った通り、直接的な戦闘は出来ないから注意してくれたまえ》

「それよりこのデザイン、どうにかならなかったのー!?」

 

 一同がギャーギャーと騒ぎ続ける中、ダヴィンチは構わず説明を続ける。

 

 対して、バーサーカーの咆哮にも似た凛果の叫びが、フランスの青空に響き渡った。

 

 ややあって、凛果は元の制服姿に戻す。

 

「え、えらい目にあったわ・・・・・・・・・・・・」

 

 息も荒く嘆息する凛果。

 

 何と言うか、疲れた。

 

 ぶっちゃけ、早速帰りたくなってきた。

 

「ん、あのままでも良かった、のに」

「ショタっ子は黙ってなさい」

 

 響の頭をポコッと叩く凛果。

 

 あんな物、着せられる身にもなってほしい。

 

 まったく、カルデアの魔術師は何を考えてあんな服のデザインにしたのか? 首根っこ捕まえて問いただしてやりたい所である。

 

 もっとも、この間のテロで殆どが死んでしまったため、それも出来ないのだが。

 

 と、

 

 そこで、

 

 凛果が何気ない気持ちで、空を見上げた。

 

 本当に、何かの意図があった訳ではない。

 

 ただ、何となく振り仰いだだけ。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 そこにあった物を見て、思わず絶句した。

 

「凛果先輩、どうしました?」

「なに、あれ?」

 

 言われるまま、マシュも振り仰ぐ。

 

 見える視線の先。

 

 そこには、

 

 空に大きな光の輪が浮かんでいたのだ。

 

 高度は明らかに成層圏に達しているだろう。その大きさたるや、ほとんど地球を覆いつくしそうなほどである。

 

 さしずめ「光帯」とでも称するべきか? 

 

 異常事態である事は、見ただけで判る。

 

「何だ、あれはッ!?」

 

 遅ればせながら、事態に気付いた立香も声を上げる。

 

「そんなッ 15世紀のフランスに、あんな物があったなんて記録はどこにもありません!!」

「ん、見た事無い」

 

 美遊と響も、驚きを隠せずにいる。

 

《ふむ・・・・・・もしかすると、あれも特異点や聖杯に関係あるのかもしれないね。立香君、解析はこちらでもやるので、そっちも、他に何か変化が無いか警戒していてくれ》

「ああ、判った」

 

 いずれにしても、あんな上空にあったのでは、こちらから手出しする事は出来ない。現状は、放っておく以外に無かった。

 

「あれ、いきなり火とか噴いたりしない?」

「怖いこと言わないで」

 

 とんでもない事を言う響に嘆息しつつツッコミを入れる美遊。

 

 と、

 

《ちょっと待った》

 

 そこで、それまで沈黙していたロマニが、急に通信に割り込んで来た。

 

「ドクター、どうした?」

《今、君達がいる場所に、急速に近づいてくる反応がある。多分、その位置からでも何か見えるんじゃないかな?》

 

 尋ねる立香に、ロマニは緊張した声で答える。

 

 顔を見合わせる一同。

 

 同時に、サーヴァント達は武器をいつでも抜けるように身構える。

 

「敵か?」

《いや、反応から言ってサーヴァントではない。けど・・・・・・》

 

 言っている内に、響が指示した方角を見やった。

 

 その視線の先。

 

 緑の草原がなだらかに続く丘の向こうから、何かが近づいてくるのが見えた。

 

「ん、あれ」

 

 響が指さした方角からは、馬に乗った人物がやってくるのが見えた。

 

 見れば確かに。

 

 遠目にも馬である事が判る。その背には誰かが乗っているようだ。

 

 だが、どうも様子がおかしい。

 

「あの人、怪我してるんじゃないですか?」

 

 眺めていた美遊が、そう告げる。

 

 確かに。

 

 こちらに向かって走ってくる馬は、明らかにふらついてよろけているように見える。

 

 乗り手の人間も、手綱こそ握っているものの馬の背にうつぶせに寄りかかり、見るからに危なっかしい様子だ。

 

 あのままでは落馬の危険も有り得る。

 

「危ない。止めてあげて」

「了解しました!!」

 

 凛果に言われて、マシュが飛び出していく。

 

 程なく、マシュは馬の手綱を引いて戻って来た。

 

 その姿に、一同は息を呑む。

 

 馬上の男は、息はあるものの、かなりの重傷であった。

 

 全身傷だらけで、今も血が流れ続得ている。

 

 中には熱傷と思われる傷もあった。

 

 馬もあちこちから血を流している。余程疲れていたのだろう。到着するなり、地面に座り込んでしまった。

 

 どちらも、命からがら逃げてきたと言った風情である。

 

「ひどい・・・・・・・・・・・・」

 

 口を手で覆いながら呟く凛果。

 

 立香とマシュは男に手を貸して馬から降ろすと、地面へと寝かせてやる。

 

 その間にも、男は荒い息を繰り返している。

 

 幸い見た感じ、深手を負った様子は無い。傷は多いが、そのどれもが致命傷から外れている。現在の状態も、疲労によるものが大きい様だ。

 

「しっかりしてください。何があったんですか?」

 

 尋ねる立香の声に反応したのか、男はうっすらと目を開ける。

 

 ややあって、重々しく口を開いた。

 

「ま・・・・・・まじょ・・・・・・」

「魔女?」

 

 いったい何の事だろう?

 

 そう思っていると、男は更に口を開いた。

 

「魔女だ・・・・・・竜の魔女が出たんだ・・・・・・それで、俺の村を・・・・・・みんな・・・・・・みんな、殺されちまった・・・・・・・・・・・・」

「魔女? 魔女って何?」

 

 凛果が尋ねた瞬間だった。

 

 男はクワっと目を見開き、掴みかからん勢いで詰め寄った。

 

「知らないのかアンタらッ!? 竜の魔女だよ!! 今、フランスはあいつが蘇ったせいで、滅茶苦茶になっているんだ!!」

 

 その勢いに、思わず一同がたじろく。

 

 男の様子だけで、その恐怖が伝わってくるようだった。

 

 それにしても、

 

 蘇った。

 

 とは、穏やかな話ではない。

 

 一体、何が起こっているというのか?

 

 戸惑う一同に、男は尚も恐怖を絞り出すように言い放った。

 

「あの竜の魔女・・・・・・ジャンヌ・ダルクにみんな殺されちまうんだッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 群がりくる亡者の群れ。

 

 地獄から蘇り、地上を這いずり回る死者の軍団。

 

 竜の魔女と呼ばれる存在が現れてから、フランスでは各地でこのような光景が見られていた。

 

 群がる亡者が、手にした武器で逃げ惑う住民たちを次々と斬り殺していく。

 

 まさに地獄の如きおぞましい光景。

 

 死者が生者を殺し、殺された生者が使者として蘇り、また生者を襲う。

 

 まさに負の悪循環。

 

 今や彼らを止め得る存在は誰もいない。

 

 そして、

 

 今もまた、犠牲者が増えようとしていた。

 

「助けてッ!! 誰か助けてェ!!」

 

 逃げ遅れた女性を、亡者たちが追いかける。

 

 女性の腕に抱かれている赤ん坊は、彼女の子供だろうか?

 

 母親の恐怖が伝染したように、泣き叫んでいる。

 

 周囲は既に炎の海に包まれ、逃げ場は無い。

 

 亡者の腕が、ついに女性の服を掴んで地面に引きずり倒す。

 

「ああッ!?」

 

 足をもつれさせ、悲鳴と共に倒れ伏す女性。

 

 腕の中の赤ん坊が、一際大きな声で泣き叫ぶ。

 

 そこへ、亡者たちは群がってくるのが見えた。

 

「ヒッ!?」

 

 悲鳴を上げる女性

 

 それでも尚、腕の中の赤ん坊だけは放そうとしないのは、我が子への愛ゆえだろうか?

 

 だが、この戦場にあって(それ)に如何程の価値があろうか?

 

 母子の運命が旦夕に迫った。

 

 次の瞬間、

 

 迸る銀の一閃が、女性と赤ん坊に近づこうとした亡者を、一瞬にして斬り伏せた。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 驚いて顔を上げる女性。

 

 その視界の先では、長剣を構え、亡者を斬り捨てる男の姿があった。

 

 更に群がってくる亡者たち。

 

 だが、男は怯まない。

 

 手にした長剣を縦横に振るい、片っ端から斬り伏せていく。

 

 そんな男の姿を、女性は茫然と眺める。

 

 噂には聞いていた。村はずれに居付いたという落ち武者の事。

 

 誰もが恐れおののき、近づこうとしなかった男。

 

 その男が今、襲いくる亡者たちを次々と斬り伏せていた。

 

 まるで自分たちを守るように。

 

 と、

 

 男が倒れ伏している女性へと振り返る。

 

「ヒッ!?」

 

 外套越しに向けられる視線。

 

 噂に違わぬ、その鋭い眼差しを前に、思わず悲鳴を上げる。

 

 救世主、と呼ぶには、あまりにも殺気に満ちた視線。

 

 まるで死神に睨みつけられたかのような、そんな印象さえある。

 

「邪魔だ、失せろ」

「ハッ・・・・・・ハイィッ!?」

 

 底冷えするような男の言葉に、弾かれたように起き上がって駆け出す女性。

 

 その間にも男は、手にした長剣で亡者を屠っていく。

 

 周囲に群がっていた亡者が全滅するまでに、ものの数分もかからなかった程である。

 

 後には、燃え盛る村の中央に立つ、男が1人。

 

 と、

 

「あらあら、こんな所にネズミがいるなんて、聞いていませんでしたけど?」

 

 頭上から響いて来た嘲弄交じりに声に、男は振り仰ぐ。

 

 果たしてそこには、

 

 信じられない光景があった。

 

 見上げる視線の先。

 

 そこには、翼の生えた竜が浮かんでいるではないか。

 

 それも、一匹や二匹ではない。

 

 俗にワイバーンと呼ばれる翼竜だ。

 

 目に見えるだけで十匹以上。

 

 異様な光景に、男は目を細める。

 

 その視線の先で、ワイバーンの下に佇む女。

 

 漆黒の甲冑に身を包んだ女は、まさしく魔女と呼ぶにふさわしい、美しさと凶悪さを両演させていた。

 

「成程。多少はできるようですね。亡者程度では相手にもなりませんか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言で睨み据える男。

 

 対して女は、笑みを含んだ視線を向ける。

 

 ややあって、男の方が口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・貴様が噂の、竜の魔女か」

「あら、光栄ですね。こんな田舎にまで、わたくしの名前が知れ渡っているなんて」

 

 そう言って、女は肩を竦める。

 

 今や、フランスで彼女を知らぬ者などいない、災厄の象徴。

 

 疑いようのない、死の具現。

 

「そちらも、どうやら人間ではないようですね。サーヴァント? さしずめセイバーと言ったところでしょうか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかける竜の魔女に対し、セイバーと思われる男は真っ向から睨み据えた。

 

「僥倖だな。貴様には一度会ってみたかったところだ」

「あら、わたしのファンですか? 生憎と握手会などは催していないのですが」

 

 小ばかにしたように言いながらクスクスと笑う竜の魔女。

 

 だが、

 

 セイバーは取り合わずに、剣を構える。

 

「戯言は良い。その首、もらい受けるぞ」

 

 切っ先を真っすぐに向ける男。

 

 その鋭い刃に光が反射して、竜の魔女を射抜く。

 

 迸る殺気を隠そうともしない男。

 

 だが、

 

「あら、随分とせっかちなのですね。もう少し、この状況を楽しんでもよろしいのに」

 

 竜の魔女は一切怯む事無く、男の視線を受け流す。

 

 その手が、ゆっくりと掲げられた。

 

「まあ、わたしも無駄話が、それほど好きと言う訳ではないのですが」

 

 言った瞬間、

 

 竜の魔女の背後から飛び出すように、

 

 2つの影が、セイバーの襲い掛かった。

 

「ハァッ!!」

 

 黒衣の装束に身を包んだ幽鬼のような顔の男が、手にした槍を振り翳して迫る。

 

 長柄の武器をそ使用している事から、ランサーと思われるその人物。

 

 ルーマニアの悪名高き「串刺し公」ヴラド。

 

 吸血鬼ドラキュラの原点にもなった人物である。

 

 繰り出される槍。

 

 対して、

 

 セイバーはとっさに、手にした剣でヴラドの槍を打ち払う。

 

「フッ」

「・・・・・・」

 

 口元に笑みを浮かべるヴラド。

 

 対して、セイバーは無言のまま攻撃をいなす。

 

 と、

 

 そこへ、もう1人の襲撃者が襲い掛かる。

 

 豪華なドレスに身を包んだその女は、「美麗」と言うよりも「不気味」という印象だった。

 

 赤と黒の色を重ねたドレスは、美しさと同時に、どこか暗いイメージを想起させる。

 

 何より、顔は仮面によって隠され、伺い知る事が出来ない。

 

 カーミラ。

 

 「血の伯爵夫人」エリザベート・バートリを元に生み出された、女吸血鬼。

 

 まさに、噂に違わぬと言うべき、不気味な出で立ちである。

 

「よそ見ていると、すぐに終わるわよ!!」

 

 振り上げられるカーミラの腕。

 

 その爪は、強化魔術を施され、名刀を上回る切れ味を齎している。

 

「ッ!!」

 

 とっさに剣を繰り出すセイバー。

 

 その一閃が、辛うじて軌跡を逸らす。

 

 次の瞬間、

 

 セイバーをかすめたカーミラの爪先が、彼のローブを斬り裂き、その下にある素顔を白日に曝す。

 

「これで、少しは風通しも良くなりましたか?」

 

 嘲弄交じりに問いかける竜の魔女。

 

 その視界の先に佇むセイバー。

 

 漆黒の軽装鎧に身を固め、短く切った金の髪。目付きは鋭く細められている。

 

 黒騎士(ダークナイト)、とでも形容すべき姿。

 

 殺気の籠った瞳は、尚も竜の魔女を睨み据えている。

 

 その視線を、竜の魔女は真っ向から受け止める。

 

「圧倒的に不利な状況でも退かない姿勢は、正に英霊と呼ぶにふさわしいですね」

 

 言いながら、手のひらを掲げる竜の魔女。

 

 対抗するように、セイバーも剣を構える。

 

「ですが、私も多忙な身。ここらで終わらせてもらいます」

 

 断言するように告げる竜の魔女。

 

 その手のひらから迸る、漆黒の炎。

 

 全てを焼き尽くす地獄の業火が、セイバーを焼き尽くさんと迫る。

 

 身構えるセイバー。

 

 次の瞬間、

 

 男を守るようにして飛び込んできた少女が、手にした大盾で炎を防ぎ切った。

 

「やらせませんッ!!」

 

 ワイバーンの放つ炎を完璧に防ぎ切ったマシュは、その視線を、上空の魔女へと向ける。

 

 視線を交錯させる両者。

 

 次の瞬間、

 

「んッ!!」

 

 瞬時に上空へと駆けあがった響が、腰の刀を抜刀。魔女へと斬りかかる。

 

 横なぎに一閃される刀。

 

 その一撃を、

 

「フンッ」

 

 竜の魔女は、手にした旗で振り払う。

 

 弾き飛ばされる、響の小さな体。

 

 対して響は、空中で体勢を入れ替えて着地。同時に、眦を上げて竜の魔女を睨みつける。

 

「ん・・・・・・あれが、竜の魔女?」

 

 静かな声で、響は言い放った。

 

「ジャンヌ・ダルク」

 

 

 

 

 

第3話「黒焔の聖女」      終わり

 




謎のセイバー登場。

今度は本当に(?)謎です。

毎章、こんな感じに1~2人程度、オリジナルサーヴァントを出していこうと思っています。


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第4話「黒白のジャンヌ・ダルク」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇妙な一団だった。

 

 草原を馬で駆ける3人組。

 

 だが、その全員が、頭からローブを被り、顔を見分ける事が出来なかった。

 

 しかもそのうちの1人は、馬にまたがるのではなく、足を揃えて横座りしている。それでスピードを保っているのだから奇妙な事である。

 

 どれくらい走った事だろう?

 

 先頭を走る人物が馬を止めると、続く2人もまた馬を止めて寄せてきた。

 

「ちょっと、どうしたのよ急に止まって?」

 

 不満を告げる相方。

 

 それに対し、先頭の人物は腕を上げて指し示す。

 

「あれを・・・・・・」

 

 指示した方角に目をやる。

 

 森を抜けた先。

 

 その彼方から、数条の煙が上がっているのが見えた。

 

 煮炊きの煙ではない。明らかに、敵襲によって火災が起こっている様子が見とれた。

 

「・・・・・・どうやら、遅かったみたいですわね」

 

 それまで黙っていた3人目が口を開く。

 

 1人だけ、馬の鞍に横座りしたその人物は、ローブ越しの視線を向ける。

 

「どういたしますの? 今から行っても、もう・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 躊躇いがちに声を掛ける。

 

 対して、先頭に立つ人物は、黙したまま、彼方の煙を眺めやっている。

 

 込み上げるのは悔恨。

 

 自分たちは結局、間に合わなかった。

 

 もっと急いで来ていればあるいは、救う事ができたかもしれないのに。

 

「・・・・・・・・・・・・いえ」

 

 諦めるのは、まだ早い。

 

 ローブの下で、眦を上げる。

 

 たとえ既に手遅れだったとしても、自分は行かなくてはならない。

 

 それが、自分と言う存在に与えられた運命なのだから。

 

「お2人とも、ここまでで結構です。あとは私一人で行きますので」

「ちょっと、そんな事ッ」

 

 抗議の声を聴く暇もなく、馬の腹を蹴って走らせる。

 

 背後から叫び声が聞こえてくるが、もはや馬を止める気は無かった。

 

 視線は、既にこの先にある村へと向けられている。

 

 逸る気持ちを押さえようともせず、馬を走らせ続けた。

 

 

 

 

 

 対峙する竜の魔女。

 

 自分たちを見下ろすジャンヌ・ダルクを前に、

 

 響とマシュは、眦を上げて視線を返している。

 

「あれが、竜の魔女、ジャンヌ・ダルク、ですか・・・・・・」

「ん、多分」

 

 視線の先で、少女が従えているワイバーンの群れ。

 

 まさしく、竜の魔女と呼ぶのにふさわしい光景だった。

 

 と、

 

 そこで響は、背後に振り返り、そこに立つ男を見やった。

 

「で、どちらさん?」

「響さん。その聞き方はちょっと・・・・・・・・・・・・」

 

 不躾な響の態度に、嘆息交じりに窘めるマシュ。

 

 どうも目の前の少年には「遠慮」と言う概念が無いようだ。

 

 とは言え、

 

 響達が到着する前に、既にジャンヌ達と交戦していた謎の男。

 

 漆黒の鎧を着込み、手には装飾の少ない、シンプルなデザインの長剣を携えている。

 

 短く切った金髪の下から覗く双眸は鋭く、殺気に満ちているのが判る。

 

 マシュとしても、その正体が気になるのは確かだった。

 

 その時だった。

 

 遅れて追いついて来た立香の通信機が鳴り響き、カルデアにいるロマニが声を上げた。

 

《立香君。その人物の魔力反応を確認した》

 

 視線を、目の前の人物に向ける。

 

《間違いない。そこにいる人物は、サーヴァントだ!!》

「サーヴァント? この人が?」

 

 驚いて呟く立香。

 

 対して、

 

 目の前の男は、舌打ちしつつ目を細めた。

 

「あなたは、サーヴァントなのか?」

「・・・・・・だったら何だ?」

 

 尋ねる立香に対し、男はぶっきらぼうに応じる。

 

 鋭い眼光が立香を睨みつける。

 

「ッ!?」

 

 息を呑む立香。

 

 下手をすれば、そのまま斬られそうなほどの殺気が満ちた眼光だった。

 

 そんな男からマスターを守るように、マシュが大盾を構えて前に出る。

 

「だめです。やらせません」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 眦を上げて睨みつけるマシュ。

 

 ふとすると、男が立香に斬りかかりそうな予感がしたのだ。

 

 対して、恐らくセイバーと思われる男は、無言のままつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

 と、

 

「待った待った待った!!」

 

 そこに割って入ったのは、凛果だった。

 

「先輩?」

「今は揉めてる場合じゃないでしょッ 問題はあっちなんだし!!」

 

 言いながら、視線をジャンヌ・ダルクへと向ける。

 

 対して、こちらを睨むジャンヌ・ダルクも、厳しい視線でもって応じる。

 

「やはり、現れましたね、カルデアのマスターと、そのサーヴァント達。本来なら、遠路はるばる我が祖国に来ていただいた事を歓迎すべき所なのでしょうけど、生憎ですがここには何もありません。よって・・・・・・」

 

 手を掲げるジャンヌ・ダルク。

 

 同時に、ブラドと、豪奢なカーミラが身構えるのが見えた。

 

「速やかに、お引き取り願いましょうか。あなた方の命と引き換えに!!」

 

 戦場に、張り詰めた空気が浮かぶ。

 

 両陣営ともに、互いに武器を構え、激発するタイミングを待ちわびる。

 

「みんな、来るぞッ 油断しないで!!」

 

 叫びながら、立香は状況を分析する。

 

 現在、敵はジャンヌ・ダルクの他、ランサーとアサシンのサーヴァントが2人。その他、ワイバーンが約10匹程度。

 

 こちらは前線に響とマシュ。後衛に美遊が立っている。

 

 そしてもう1人。

 

 響、マシュと並び立つように剣を構える、謎のセイバーの存在。

 

 自分たちが駆け付けるまで戦線を1人で支えていた事を考えると、かなり強力なサーヴァントである事が伺える。

 

 しかし、

 

 彼が何者で、どう動くかは分からない以上、その存在を前提に戦略を組み立てるのは危険すぎる。

 

 むしろ、彼の存在を無視して、特殊班独自の戦略で動くべきだった。

 

「響、美遊、前線を頼む。マシュは一旦下がって、2人の援護を」

「んッ」

「判りました」

「了解です」

 

 立香の指示に、3人のサーヴァント達は頷きを返す。

 

 アタッカー2人が前に出て、ディフェンダーのマシュが適宜、援護に入る形である。

 

 このメンバーでは、オーソドックスな陣形と言えるだろう。

 

 マスターとして、戦ってくれるサーヴァントの為にできる事をする。

 

 立香もまた、これまでの経験を吸収して成長しているのだ。

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先行したのは響だ。

 

 狙ったのは、槍を持った黒衣のランサー、ヴラド三世。

 

 吸血鬼ドラキュラそのものと言ったその姿に、響は目をスッと細める。

 

「・・・・・・ランサー・・・・・・吸血鬼ヴラド?」

「・・・・・・ほう小僧、貴様、余を知っているか?」

 

 向かってくる響を前に、ヴラドと呼ばれたヴラドは目を細めて、槍を繰り出す。

 

 その表情には、明確な怒りの入りが見て取れた。

 

 武骨な刃が、少年に襲い掛かる。

 

 その攻撃を、空中に跳び上がって回避する響。

 

 そのまま降下と同時に斬りかかる。

 

「余に見覚えは無いが?」

「ん。ちょっと、関係が、あったり無かったり?」

 

 響が振り下ろした刀を、引き戻した槍で受け止めるヴラド。

 

 曖昧な事を告げる響に、ヴラドは睨みつけながら、防御の手は緩めない。

 

「まあ、よかろう。いずれにしても、余をその名で呼んだ事、後悔しながら死ぬが良い!!」

 

 膂力を駆使して響を振り払うヴラド。

 

 対して、

 

 響は衝撃を殺す事無く、そのまま空中で大きく後方宙返り。ヴラドから距離を置く。

 

 同時に響は、刀の切っ先を真っすぐにヴラドに向けて構える。

 

 体内で加速される、魔力の流れ。

 

 同時に瞳は、獰猛な獣の如く、敵を睨み据える。

 

「ほう・・・・・・・・・・・・」

 

 響が何か、決め技を使おうとしていると感じたヴラドは、感心したように呟きながら槍を構えなおす。

 

 互いの刃が煌めきを放ち、視線がぶつかり合って火花を散らす。

 

「良かろう、来るがよい」

「んッ」

 

 次の瞬間、

 

 地を蹴る響。

 

 一歩、

 

 少年の体は加速する。

 

 二歩、

 

 その速度は音速を超える。

 

 三歩、

 

 切っ先は狼の牙の如く襲い掛かる。

 

「餓狼、一閃!!」

「フンッ!!」

 

 突き込まれる刃。

 

 対して、

 

 ヴラドも同時に、手にした槍を繰り出した。

 

 

 

 

 

 美遊は手に構えた剣を振るい、繰り出される爪による一撃を切り払う。

 

 仮面で顔を覆ったカーミラは、剣を振るい、自分に挑みかかってくる美遊の姿を見て口元に笑みを浮かべる。

 

「健気ね、あなた」

「何がッ!!」

 

 斬りかかる美遊。

 

 その一撃を、カーミラは錫杖で受け止めて振り払う。

 

 後退する美遊。

 

 しかし、すぐに体勢を立て直すと、剣を構える。

 

「そんな小さな体でマスターを守ろうとしている。ほんと、可愛いったら無いわ」

 

 言いながら、

 

 カーミラは美遊に向けて魔力弾を放つ。

 

 迸る黒色の閃光。

 

 その一撃を、

 

 美遊は真っ向から剣で受け止める。

 

「こんな物でッ!!」

 

 斬り裂かれ、四散する魔力弾。

 

 だが、

 

 カーミラは矢継ぎ早に魔力弾を放ち、美遊の接近を阻みに掛かる。

 

「あなたも、あの盾の子も、そしてあなた達のマスターも、可愛い娘たちばっかり。全員捕まえて、貴女たちの血を絞り出すほどに浴びてやりたいわ」

 

 おぞましい事を平然と言ってのけるカーミラ。

 

 彼女の元となったエリザベート・バートリは、別名「血の伯爵夫人」とも呼ばれた女吸血鬼の原点である。

 

 エリザベートは自らの美しさを保つと称して、攫ってきた若い女たちの血を一滴残らず抜き取り、それをバスタブに満たして浴び続けたという逸話がある。

 

 世界的に有名な拷問道具「鉄の処女(アイアンメイデン)」(観音開きになった棺桶状の箱の扉に多数の長針が設置されており、その中に人を閉じ込め、針で突き刺して血を抜き出す拷問道具、または処刑道具)は、彼女が考案したとも言われる。

 

 カーミラはまさに、そうしたエリザベートの狂気を具現化した存在であると言えた。

 

「そんな事は、させない!!」

 

 最後の魔力弾を切り払うと同時に、美遊は白地のスカートを可憐に靡かせて疾走する。

 

 体が軽い。

 

 美遊は自分の身体能力がもたらす疾走感に、驚きを隠せなかった。

 

 今の美遊はサーヴァント、セイバーそのものなのだが、つい先日まではただの人間だった。

 

 その飛躍的とも言える身体能力の向上は、爽快ですらあった。

 

 飛んで来る光弾を回避し、あるいは剣で弾いてカーミラとの距離を詰める美遊。

 

 セイバーである以上、遠距離で戦うよりも接近戦の方が得意である。クロスレンジに持ち込んで、一気に勝負をかけるつもりなのだ。

 

 だが、

 

 自身の放つ光弾を弾きながら迫る美遊の姿を見て、

 

 カーミラは仮面の下の口元で、ニヤリと笑う。

 

「挑発に乗るなんて、まだまだ、お子様ね!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 カーミラは美遊を迎え撃つように、魔力を帯びた爪を繰り出した。

 

 美遊の剣が、上段から振り下ろされる。

 

 魔力をも帯びた一撃。

 

 だあ、カーミラは構わず爪を繰り出した。

 

 刃と爪が、激しくぶつかり合う。

 

 一瞬、

 

 火花が飛び散る。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちと共に弾かれる美遊。

 

 小さな体が、僅かに宙に浮きながら後退を余儀なくされる。

 

 着地。

 

 しかし、少女剣士の体勢が崩れた。

 

 そこへ、上空から襲い掛かる影がある。

 

 ワイバーンだ。

 

 巨大な翼を広げ、急降下して美遊へ迫る翼竜。

 

 その鉤爪が鋭く光る。

 

「ッ!?」

 

 美遊は殆ど反射的に、剣を振り上げる。

 

 無理な姿勢からの斬撃だったが、膂力任せの一撃は、それでも十分な威力を発揮する。

 

 鉤爪のある脚を、美遊に叩ききられ、苦悶の咆哮を上げるワイバーン。

 

 すかさず、剣を返す美遊。

 

 横なぎに振るった一閃が、ワイバーンの首を斬り飛ばす。

 

 轟音を上げて、地に落ちる翼竜。

 

 たとえ巨大な竜でも、英霊相手には敵わなかった。

 

 だが

 

 美遊が見せた一瞬の隙を、カーミラは見逃さない。

 

「貰ったッ!!」

 

 仮面の奥で、視線が怪しく光る。

 

 動けない美遊に対し、魔力弾を放つカーミラ。

 

 黒色の閃光が、真っすぐに少女へと襲い掛かった。

 

 次の瞬間、

 

 割って入った盾兵の少女が、手にした大盾で魔力弾を弾いた。

 

「美遊さんッ 大丈夫ですか!?」

「マシュさん・・・・・・ありがとうございます」

 

 立香の指示通り、一歩下がった場所で援護の準備をしていたマシュが、美遊の危機を感じ取って割って入ったのだ。

 

 さしもの、カーミラの魔力弾でも、マシュの盾には傷一つ付けられないでいた。

 

「クッ 忌々しい・・・・・・」

 

 今の攻撃で仕留めそこなったのが悔しいのか、唇を噛み占めるカーミラ。

 

 対して、

 

 美遊とマシュ。2人の少女たちは、自分たちの武器を手に、カーミラに対峙した。

 

 

 

 

 

 少年暗殺者と、吸血鬼の王が交錯する。

 

 繰り出した刃は、真っすぐに突き込まれ、ただ対象を噛み千切る事のみを目指す。

 

 突き出される餓狼一閃。

 

 アサシンとしての俊敏性を最大限に攻撃力に変換。破壊力を切っ先の一点に集中する事で、少年の剣はあらゆる敵を粉砕する牙と化す。

 

 とある天才剣士には及ばない物の、その一撃がもたらす破壊力は想像を絶している。

 

 迫る刃。

 

 その凶悪な輝きを前にして、

 

 ヴラドは笑みを浮かべた。

 

 次の瞬間、

 

 手近にいたワイバーンの首を鷲掴みにすると、その巨体を盾にするように目の前に掲げる。

 

「なッ!?」

 

 驚く響。

 

 しかし、既に攻撃態勢に履いている状況で、今更止める事は出来ない。

 

 翼竜の巨体に突き立てられる刃。

 

 次の瞬間、

 

 強烈な威力は翼竜の体内に浸透。

 

 内圧に耐えきれなくなった巨体は、弾け飛ぶ。

 

 当然、ワイバーンは絶命する。

 

 だが、

 

 吹き飛んだ翼竜の影から、

 

 ヴラドの笑みが姿を現す。

 

「ッ!?」

「遅いぞ!!」

 

 とっさに後退しようとする響に迫るヴラド。

 

 繰り出された槍が、響の肩口を霞めて鮮血が舞う。

 

「んッ」

 

 舌打ちする響。

 

 まさか、必殺を込めた一撃が、あんな形で防がれるとは思っても見なかったのだ。

 

 と、

 

「響、いったん戻ってッ!!」

 

 背後から聞こえてきたのは、マスターの声。

 

 後方から状況を見守っていた凛果は、響が苦戦していると感じ、とっさに後退を支持してきたのだ。

 

 だが、

 

「逃がすと思うかッ!!」

 

 響の後退を察知したヴラドが、逃がすまいとばかりに前へ出て槍を振るう。

 

 迫る穂先。

 

 対して、

 

 響はとっさに後方宙返りをしてヴラドの攻撃を回避。

 

 勢いをのままに後方へ跳ぶ。

 

 流石に敏捷では響に敵わないと感じたのだろう。ヴラドは下手な追撃は掛けず、槍を構えて備えるにとどめて居る。

 

 その姿に、舌打ちする響。

 

「ん、流石に、強い」

 

 大英雄と言われるだけの事はある。

 

 ヴラドは機動力で攻める響に翻弄される事無く、堅実な戦いに終始している。

 

 正直、少年にとっては聊かやりにくい相手であった。

 

 と、そこで、

 

 美遊とマシュに押される形で後退してきたカーミラが、ヴラドの傍らに立つ。

 

 その姿に、ヴラドは一瞥暮れて口を開いた。

 

「貴様も、苦戦をしているようだな。女吸血鬼よ」

「あら、あんな小僧1人に苦戦しているあなたに言われたくないわよ、大公殿下」

 

 言いながら、互いに睨み合う両者。

 

 どうやら、味方であっても仲が良い、と言う訳ではないようだ。

 

 一方で、ヴラドを仕留めそこなった響も、美遊の元へと後退する。

 

「ん、大丈夫?」

「ええ、何とか」

 

 剣を構えなおす美遊。

 

 その横顔を眺めながら、響も刀を構えなおす。

 

 マシュはその後方にて、盾を構えて援護の姿勢を崩していない。

 

 その様子を見て、立香は内心で頷く。

 

 苦戦はしているものの、全体的に見れば決して悪くないと思う。

 

 響と美遊が攻めて、マシュが守る。

 

 立香が実行した基本陣形は十分に機能を果たし、全員が戦闘力を保ったまま戦線を維持している。

 

 特殊班全員が、尚も戦闘続行可能だった。

 

 その時だった。

 

 視界の先で突如、巨大な漆黒の炎が躍るのが見えた。

 

「なッ!?」

 

 振り返る一同。

 

 その視界の先で、

 

 激突を繰り返す、黒衣のサーヴァント達の姿があった。

 

 

 

 

 

 巻き起こる炎。

 

 その黒炎は、ありとあらゆる物を焼き尽くす灼熱を具現化させる。

 

 たとえ一撃でも食らえば、タダではすむまい。

 

 だが、

 

 手にした剣を腰に構え、セイバーは怯まずに駆ける。

 

 飛んで来る炎を敏捷を発揮して回避。

 

 そのまま一気に、ジャンヌの懐まで飛び込む。

 

「ハァッ!!」

 

 横なぎに繰り出される剣の一閃。

 

 対抗するように、ジャンヌも前へと出る。

 

 激突。

 

 繰り出された剣を、ジャンヌは己の手にある旗で振り払う。

 

 後退するセイバー。

 

 だが、

 

 すぐさま体勢を立て直すと、同時に剣を大上段から振り下ろす。

 

「ハッ!!」

 

 繰り出された一撃を、

 

 しかしジャンヌは旗を振り上げ、余裕で受け止める。

 

 至近距離で睨み合う両者。

 

 セイバーが繰り出す豪剣を、ジャンヌは物ともしていなかった。

 

 逆に、自らの手に剣を抜き放つと、セイバーに向かって斬りかかる。

 

 鋭い刺突の一閃。

 

 その一撃が、セイバーの胸元に襲い掛かる。

 

 だが、

 

「ッ!!」

 

 状態を逸らして回避するセイバー。

 

 ジャンヌの剣は、僅かにセイバーが着ている甲冑の、胸元を霞めていくだけにとどまった。

 

「鬱陶しいですね・・・・・・」

 

 セイバーを睨みつけながら、ジャンヌは可憐な双眸に憎しみを込めて呟く。

 

 名前も知らないような相手が、自分と張り合っている現状に苛立ちを覚えているようだ。

 

「見たところ、神秘性も薄いようだけど、そんなんで、この私に勝てるとでも?」

「別に」

 

 ジャンヌの攻撃を振り払いながら、セイバーは不愛想に返事を返す。

 

「単一のスペックのみで語れるほど甘くはあるまい。俺達サーヴァントと言う存在ならば、なおの事、な」

 

 言いながら、剣を横なぎに振るうセイバー。

 

 銀の閃光が鋭く奔る。

 

 その一閃を前に、ジャンヌはとっさに後退して回避する。

 

「成程」

 

 セイバーの攻撃を回避しながら、ジャンヌは不敵な笑みを浮かべる。

 

 同時に、手を翳す。

 

「それは確かに、その通りですね」

 

 言い放つと同時に、

 

 掌に生じた漆黒の炎が強烈な勢いで拡大。尚も斬りかかろうと剣を構えているセイバーに対して一気に襲い掛かる。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちするセイバー。

 

 とっさに攻撃をキャンセルすると、防御の姿勢を取り直す。

 

 次の瞬間、ジャンヌの炎は容赦なくセイバーを直撃する。

 

 強烈な熱風。

 

 地獄の業火の如き熱量が、剣士の体を焼き尽くさんと燃え盛る。

 

 致命傷に近い一撃。

 

 だが次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなセイバーを守るように、1人の少女が炎の前に旗を掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迸る光。

 

 その眩いばかりの輝きが、地獄の業火を完全に防ぎ止めていく。

 

「・・・・・・・・・・・・お前は」

 

 驚いて声を上げるセイバー。

 

 その目の前に立つ少女。

 

 三つ編みに編んだ金色の髪に、整った美しい顔立ち。

 

 銀の甲冑に身を包んだその姿は、清廉その物と言える。

 

 手にした旗は雄々しく翻り、迸る炎を完全に防ぎ止めている。

 

 だが、

 

「・・・・・・え?」

「嘘、何で?」

 

 見守っていた立香と凛果が、呆気に取られたように声を上げる。

 

 それだけ、目の前で起こっている事態は異常だったのだ。

 

「やめなさい。こんな事をして、いったい何になるというのです?」

 

 厳しい口調で、ジャンヌに問いかける少女。

 

 その姿は、

 

 まさに対峙したジャンヌ・ダルクと、寸分たがわず同一とだった。

 

 

 

 

 

第4話「黒白のジャンヌ・ダルク」     終わり

 




オリジナルサーヴァント紹介



??????

【性別】男
【クラス】セイバー
【属性】混沌・中庸
【隠し属性】人
【身長】181センチ
【体重】65キロ
【天敵】ジャンヌ・ダルク  ジャンヌ・ダルク・オルタ

【真名】??????

【ステータス】
筋力:C 耐久:A 敏捷:B 魔力:E 幸運:C 宝具:C

【コマンド】:AAQBB

【宝具】??????

【保有スキル】
〇カリスマ B
1ターンの間、味方全体の攻撃力アップ。

〇黒の誇り
1ターンの間、自身のバスターカードの性能アップ。

〇最前線の矜持
1ターンの間、自身に無敵付与。及び、スター発生率アップ。

【クラス別スキル】
〇騎乗:B
自身のクイックカードの性能をアップ。

【宝具】
??????

【備考】
第1章のフランスに現れたはぐれサーヴァント。全身漆黒の出で立ちをしており、周囲に常に殺気を振舞っている。一見すると好戦的な性格のようにも見えるが、ジャンヌ・オルタに襲われた村人を庇うなど、人道的な面も見られる。カルデア特殊班に対しては、やや非協力的に接している。


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第5話「はぐれサーヴァント」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もが、立ち尽くしていた。

 

 味方も、

 

 そして敵もまた、同様に。

 

 自然、皆の注目は集中する。

 

 この状況に、困惑するなと言う方が無理な話だろう。

 

 敵味方、双方が立ち尽くして、状況を見守っている。

 

 対峙する2人の少女。

 

 互いに手には旗を持ち睨み合う。

 

 その顔。

 

 その姿。

 

 その存在。

 

 片や白で、片や黒。

 

 しかし、

 

 どちらも「ジャンヌ・ダルク」その物である。

 

「そんな、ジャンヌ・ダルクが、2人?」

「ん、パチモン?」

「フォウッ!?」

 

 困惑する立香と、首をかしげる響。

 

 双子か? それとも影武者か?

 

 だが、ジャンヌ・ダルクに双子がいたなどと言う記録は無いし、影武者なら互いに争っているのもおかしい。

 

 どちらかが偽物、という可能性も考えられるが、片や「竜の魔女」として悪名を轟かせ、片やその竜の魔女の攻撃を真っ向から防ぎきるほどの実力者である。

 

 偽物、などと言う安易な言葉では語れない気がする。

 

 つまり、どうあっても、この状況の説明がつかないのだ。

 

 唯一、

 

 最も納得のいく説明があるとすればただ一つ。

 

 すなわち「どちらも、ジャンヌ・ダルク本人」だと言う事だ。

 

 と、

 

 そこでカルデアのロマニが通信を繋げてきた。

 

《いや、有り得る話だ》

「どういう事だ、ドクター?」

「フォウ?」

 

 尋ねる立香に、ロマニは説明する。

 

 要するにサーヴァントとは英霊の「写し身」みたいな物であり英霊本人がその場にいる、という訳ではない。本来なら「英霊の座」にいる存在を、サーヴァントと言う「枠」に収めて召喚し現界させる段階で、世界の中に「写し」ているのだとか。

 

 それを考えれば、同じ英霊であっても違う霊基として、同時期に召喚される事は有り得る話なんだとか。

 

 勿論、本来ならば起こる可能性の低い、極めて特殊な例である事は確かだが。

 

 と、

 

「・・・・・・あなたは、何者ですか?」

 

 白いジャンヌの方が、黒いジャンヌに硬い口調で問いかけた。

 

 緊張に満ちた眼差し。

 

 自身と同じ存在に対する糾弾とも言うべき問いかけ。

 

 それに対し、

 

「・・・・・・クッ・・・・・・クックックックックックッ」

 

 黒いジャンヌの口からは、くぐもった笑い声が漏れ出した。

 

 徐々に大きくなる笑い。

 

 哄笑に変わるまで、それ程の時間は必要なかった。

 

「何て滑稽なのッ!? 何て哀れなのッ!? あまりの可笑しさに頭が狂ってしまいそう!! こんな小娘に、この国の人々は自分たちの命運を預けていたなんてッ!! 何て喜劇なんでしょう!! ねえジルッ あなたもそう思うわよねえ!! ねえジルッ ジルったら!! ああ、そう言えば、今日は連れて来ていないんでしたね!!」

 

 我を忘れるほどの狂気を見せつける黒いジャンヌに、思わず白いジャンヌや立香達は息を呑む。

 

 暫く哄笑を続ける黒いジャンヌ。

 

 ややあって真顔に戻ると、真っ向から白いジャンヌを睨みつけた。

 

「なぜ、こんな事をするのか、ですって? それはこちらの質問です。あなたこそ、なぜ私の邪魔をするのです? あれだけ裏切られ、罵られ、辱められ、最後には惨めに火炙りにされておきながら、なぜまだ、こんな国の人々の為に戦うのですか? あなたもジャンヌ()なら、共にこの国を亡ぼすべきでしょう!!」

「そんな、私はッ!!」

 

 言い募ろうとする白いジャンヌ。

 

 だが、黒いジャンヌは、聞く耳持たないとばかりに掌を掲げる。

 

「いずれにせよ、貴女の存在は目障りでしかありません。ここで消えてもらいます」

 

 言い放つと同時に、再び黒い炎が生まれる。

 

 対抗するように、白いジャンヌは手にした旗を掲げる。

 

 だが、

 

 先程、黒いジャンヌの攻撃を防いだことで、既に魔力は枯渇寸前まで着ている。もう一度、同じ攻撃を受けたら防ぎ切れないであろうことは明白だった。

 

「さあ、死になさいッ!!」

 

 黒いジャンヌの攻撃に備え、響達も戦闘態勢を取る。

 

 それに合わせて、ヴラドとカーミラも構えを取った。

 

 次の瞬間、

 

 地面から沸き立つように起こった炎が、黒ジャンヌ、ヴラド、カーミラを包み込んだ。

 

「ぬッ!?」

「これはッ!?」

 

 驚きの声を上げる、ヴラドとカーミラ。

 

 黒いジャンヌの攻撃によるものではない。その証拠に、彼女も纏わりつくように迫って来る炎を払うのに躍起になっている。

 

「いったい、何が・・・・・・・・・・・・」

 

 そう呟いた。

 

 次の瞬間、

 

「よそ見してんじゃないわよ!!」

 

 飛び込んで来た人影が、手にした槍でカーミラに襲い掛かった。

 

 対抗するように、自身も強化した爪で打ち払う。

 

「あら惜しいわね。あとちょっとだったのに」

「お前はッ!?」

 

 自身に斬りかかって来た少女を見て、カーミラはうめき声を漏らす。

 

 異様な少女だった。

 

 着ている服は派手な模様で、ヒラヒラした可愛らしい印象がある。

 

 だが、その出で立ちは異様だった。

 

 頭には捩じれた角、背中には蝙蝠の羽、お尻からは長いしっぽまで飛び出ている。

 

 まるで、悪魔のような出で立ちをした少女だ。

 

「その姿、見ているだけでイライラするわ。酷い頭痛がする」

「それはこっちのセリフよ。よくも私の前にノコノコと顔を出せた物ねッ」

 

 のっけから、険悪ムード全開のカーミラと少女。

 

 一触即発の雰囲気が、再び戦機を映し出す。

 

 だが、

 

「退きましょう。今ここで戦っても勝ち目は薄いです」

 

 苦悩と共に告げるジャンヌ。

 

 確かに。

 

 ほぼ万全に近いサーヴァント3騎に加えて、ワイバーン達も活発に攻撃を繰り返してきている。

 

 今ここで戦っても勝機は薄い。最悪、全滅も有り得る。

 

 退くなら、敵が炎に巻かれている今しかなかった。

 

「おのれ、逃がすかッ!!」

 

 槍を地面に突き刺すと、魔力を込めた腕を一振りする。

 

 次の瞬間、大地が血の色に染まる。

 

 吹き上がる悪意。

 

 同時に、大地が一斉に隆起し、無数の杭が地面に突き立った。

 

 ヴラドの「串刺し公」たる所以。

 

 押し寄せるオスマントルコの大軍に対抗する為に、捕虜にした2万の兵士を全員串刺しにして国境線に並べたという、血塗られた伝説。

 

 それと同じ光景が、目の前で展開されていた。

 

 もし、この杭の群れに捉えられれば、一瞬にして串刺しにされ、無惨な躯を晒す事になっていただろう。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・逃げたか」

 

 舌打ちするヴラド。

 

 彼の攻撃が完全に発動する前に、カルデア勢は全員、効果範囲から離脱してしまったのだ。

 

 既に見回しても姿は見えなかった。

 

「まあ、良いでしょう」

 

 そう告げたのは、黒いジャンヌだった。

 

 剣をしまい、旗を折りたたむ。

 

「どのみち、いずれは対決する事を避けられないのです。ならば焦る必要はありません。それよりも、放り出してきた戦線の方が気になります。一旦、そちらに合流するとしましょう」

 

 そう言うと、踵を返すジャンヌ。

 

 とは言え、

 

 カルデア、

 

 そして「あの女」の存在。

 

 これで少し、面白くなってきた。

 

 自分に逆らう者を全て殺しつくし、このフランスと言う国そのものを嬲り殺しにする。

 

 その時はもう、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、振り切った」

 

 周囲の気配を探り警戒していた響は、呟きながら刀を鞘に納める。

 

 追ってくる敵の気配はない。どうやら、黒いジャンヌ達を振り切る事には成功したようだ。

 

 その言葉に、一同は安堵する。

 

 追撃の手が鈍ってよかった。もし追手が掛かっていたら、被害は免れなかったところである。

 

 こうして、一同が無事に逃げおおせたのは何よりだった。

 

 怪我をした美遊や響には、立香と凛果が手分けして回復魔術を掛けている。

 

 時間を掛ければ、戦力の回復は容易だろう。

 

 と、

 

 ここまで一緒に撤退してきたセイバーが、立ち上がって踵を返すと、そのまま歩き出した。

 

「あの、セイバーさん、どちらに行かれるのですか? せめて回復だけでも・・・・・・」

 

 問いかけるマシュ。

 

 対して、セイバーは足を止めると、僅かに振り返る。

 

「・・・・・・慣れ合うのはごめんだ」

 

 それだけ告げて、歩き出すセイバー。

 

 と、

 

 そこへ、響への治療を中断して立香が歩み寄った。

 

「今回は色々とありがとう、助かったよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 笑顔で告げる立香に対し、

 

 セイバーは無言のまま振り返らない。

 

 ただ、再び歩き出す直前、低い声で口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・借りは、いずれ返す」

 

 それだけ言うと、セイバーは一同を残して歩み去って行くのだった。

 

「兄貴、良いの、行かせちゃっても?」

「フォウ・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊に回復魔術を掛けてやりながら、片にフォウを乗せた凛果が尋ねてくる。

 

 引き留めて、協力してもらった方が良いのではないか? と言いたいのだろう。

 

 だが、

 

 立香は振り返ると、笑みを浮かべて言った。

 

「嫌がる所を強制しても仕方ないだろ。それに、あの言い方なら、また会えるかもしれないし」

「・・・・・・それは、まあ」

 

 兄の能天気さに呆れつつも、凛果は苦笑して納得する。

 

 随分と気の長い話のようにも思えるが、立香が言うと本当に現実になりそうな気がしたのだ。

 

 と、

 

 一緒に逃げて来た白いジャンヌが、一同を見回して口を開いた。

 

「改めまして。先ほどはありがとうございました」

 

 白いジャンヌは、そう言って頭を下げる。

 

 その仕草一つ一つに、どことなく気品と美しさを感じる。

 

「私はサーヴァント、ルーラー。真名はジャンヌ・ダルクです」

 

 やはり、

 

 と立香達は思う。

 

 彼女もまた、ジャンヌ・ダルクなのだ。

 

 否、

 

 その出で立ちや行動、存在感から見れば、彼女の方こそが真の意味でジャンヌ・ダルクと言えるだろう。

 

 ところで、

 

「ルーラーって?」

「『裁定者』のサーヴァントです。7大クラスの他にいくつか存在しているエクストラクラスの1つで、特に他のクラスに対して強い影響力を持つクラスです」

 

 尋ねる凛果に、美遊が丁寧に説明する。

 

 確かに。

 

 ルーラーは聖杯戦争に何らかの異常性が認められると聖杯自体が判断した場合、召喚される事が多いという。その為、全サーヴァントに対し強制権を持つ令呪「神明裁決」や、サーヴァントの真名を無条件で知る事ができる「真名看破」と言った、特権に近い能力を持っているのだとか。

 

「ですが・・・・・・・・・・・・」

 

 ジャンヌは言いにくそうに顔を伏せる。

 

 そんなジャンヌの表情を伺うように、響が覗き込んだ。

 

「ん、ジャンヌ、お腹すいてる?」

「い、いえ、そう言う訳ではないのですが・・・・・・」

 

 ずれた質問をする響の頭を撫でつつ、ジャンヌは顔を上げる。

 

 その表情は、相変わらず晴れないままだ。

 

 そこで、美遊が何かに気付いたように口を開いた。

 

「もしかして、魔力が枯渇しているんですか?」

 

 美遊の目から見て、ジャンヌが非常に弱っているように見えたのだ。

 

 まあ、つまり、響が言う「腹が減っていた」と言うのも、あながち間違いとも言い切れない訳である。正解でもないが。

 

「恥ずかしながら・・・・・・」

 

 ジャンヌは俯きながら、自分の現状について説明する。

 

 なんでもマスター無しで召喚された彼女は、ルーラーとしての権限の殆どを持っていないのだとか。

 

 それどころか魔力供給の手段も持たない為、殆ど力を発揮できない状態だという。

 

 先程の戦いでは黒いジャンヌの攻撃を何とか防ぎ切ったが、もしあそこで追撃されていたら、確実に敗北していた事だろう。

 

「それならジャンヌ」

 

 そんなジャンヌを見て、立香が口を開いた。

 

 今のジャンヌが置かれている状況を解決する手段が、一つだけある。ならば、決断するのに躊躇う理由は無かった。

 

「俺と契約しないか?」

「え?」

 

 立香の物言いに、一瞬キョトンとするジャンヌ。

 

 その可能性を考えていなかったせいで、一瞬呆気に取られてしまったのだ。

 

「あ、そっか。それなら魔力の問題は解決するよね」

 

 名案を聞いて、凛果も手を打つ。

 

 確かに。

 

 立香や凛果の魔力は、カルデアの電力を変換して作られ、直接送り込まれている。つまり、2人と契約したサーヴァントは、マスターを通じて莫大な魔力を振るう事ができる。

 

 立香か凛果、どちらかと契約できれば、ジャンヌの魔力問題は解決できるのだ。

 

 だが、

 

「いえ、それは・・・・・・・・・・・・」

 

 立香の申し出に対し、ジャンヌは躊躇いを見せる。

 

 何か彼女の中で、どうしても踏ん切りがつけられない部分があるのかもしれない。

 

 と、その時だった。

 

「あ、やっと見つけましたわ」

「いやー ごめんごめん。この子と合流するのに時間かかっちゃったわ」

 

 木々を分け入る形で、2人の少女が近づいてくるのが見えた。

 

 1人は、あのカーミラに斬りかかった少女である。ヒラヒラした衣装は、どこかステージで歌うアイドルを連想させる。

 

 そしてもう1人は、なぜか和装の少女である。

 

 こちらも美しい少女だが、先のアイドル少女同様、頭には小さな角が見られた。

 

「まったく、ジャンヌが飛び出していった時はどうしようかと思ったわよ。ちょっとは周りの事も考えなさいよね」

「ご、ごめんなさい」

 

 アイドル少女に説教され、しゅんとなるジャンヌ。どうやら、何かに集中すると回りが見えなくなるタイプらしい。

 

 と、

 

 そこで、アイドル少女が振り返る。

 

「あんた達が、この子を助けてくれたのよね。取りあえず、お礼を言っておくわ」

 

 そう言って笑顔を見せる少女。

 

 その出で立ちの異様さとは裏腹に、闊達な印象のある少女である。

 

 だが、

 

「私の名前はエリザベート・バートリ。一応、ランサーって事になるわね。よろしく」

「エリザベートッ!? それって先程の・・・・・・・・・・・・」

「フォウッ ンキュッ」

 

 マシュが驚いて声を上げる。

 

 そう、

 

 エリザベート・バートリは、先程交戦したカーミラの原型になった存在。

 

 元々はハンガリーの伯爵夫人であったが、夫が戦争で外征中に、領内の少女たちを集め、拷問の末に殺害、その生き血を浴びる事で若さを保とうとした伝説がある。

 

 だが、

 

 こうして闊達にしゃべるエリザベートからは、そうした陰惨なイメージは無かった。

 

「んー・・・・・・」

 

 響が少し首をかしげてから言った。

 

「エリザ? エリちゃん? どっちが良い?」

 

 いやそれ、確定なのかい。

 

 てか、それ今聞く事か?

 

 空気を読まない響に全員が心の中でツッコミを入れる中、

 

 エリザベートはにっこりと笑って答える。

 

「どちらでもOKよ。やっぱり、アイドルには愛称は必要よね。ファンとの距離を縮めるのも、アイドルとしての役目よね」

 

 意外と、ノリノリだった。

 

 と、

 

 もう1人の和装少女の方が、いつの間にか立香にすり寄り、その両手を包み込むように握りしめてきた。

 

「あ、あの、何か?」

 

 困惑して尋ねる立香。

 

 対して、和装少女は熱っぽい瞳で立香を見上げると、つややかな声で言った。

 

「ああ、お会いしとうございました。安珍様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり何を言い出すのか?

 

「あの、俺は立香って名前なんだけど?」

「はい、分かっております。安珍様」

 

 まったく分かってなかった。

 

「再開できる日を、この清姫、幾千秋とお待ち申し上げておりました。ああ、それが、このような異邦の地にて夢叶うとは・・・・・・感激のあまり、息の音も止まりそうな思いでございます」

 

 いや、あなたもう死んでるからね。

 

 一同が心の中でツッコミを入れる。

 

 とは言え、どうやらこの和装少女の真名は「清姫」らしい。

 

 恋焦がれる安珍和尚との再会を夢見ながら、裏切られたと知るや否や、その身を化け物と化してまで追い詰めた末、寺の鐘の中に隠れた安珍を焼き殺し、自身も入水自殺したという伝説を持つ悲劇の女性。

 

 何と言うか「元祖ヤンデレ」とでも言うべき存在であろうか?

 

 クラスは・・・・・・いちいち聞くまでも無いだろう。

 

 この話が通じない感じは狂戦士、バーサーカーに間違いない。

 

 一応の会話はできる事から、ある程度「狂化」のランクは低いらしかった。

 

「んー・・・・・・清姫・・・・・・」

 

 響は少し首をかしげてから、清姫を見て言った。

 

「取りあえず『きよひー』で良い?」

「何ですの? その適当感は?」

 

 ジト目で響を睨む清姫。

 

 何と言うか、バーサーカーに冷静にツッコまれるアサシンと言うのも、なかなか稀有だった。

 

 

 

 

 

 一通りの挨拶が終わったところで、

 

 改めて現状、および今後の方針について話し合う事になった。

 

 ともかく現在、

 

 あの黒いジャンヌ・ダルク。

 

 あえて、こちらのジャンヌとの混同を避けるために、「ジャンヌ・ダルクを反転させた存在」として、以後は「ジャンヌ・ダルク・オルタナティブ」。略称で「ジャンヌ・オルタ」と呼称する事にした。

 

 彼女がいる限り、人理崩壊は防げない。

 

 ならば、やるべき事は初めから決まっていた。

 

「オルレアンに乗り込み、ジャンヌ・オルタを倒します」

 

 ジャンヌの言葉に、一同は頷きを返す。

 

 ジャンヌ・オルタが、この特異点の中心。すなわち、聖杯の所持者と見て間違いない。

 

 ならば、フランスの解放と聖杯の回収、そして特異点の修復は全て、ジャンヌ・オルタを撃破できるか否かに掛かっている。

 

「あの、立香、やはりここは私が・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけるジャンヌ。

 

 どうやらやはり、自分1人でこの問題を解決しようと考えているらしい。

 

 フランスを危機に陥れ、多くの人々の命を奪っているのは、他ならぬジャンヌ・ダルク。

 

 ならば、ジャンヌ本人がそのように思うのも無理からぬことだろう。

 

 だが、

 

「いや、ジャンヌ。これはもう、俺達みんなの問題だよ」

 

 そんなジャンヌを制するように、立香は言った。

 

 そもそも、フランスを介抱したいジャンヌと、人理修復を目指す立香達。互いの利害は一致し、目的を同一としている。

 

 ならば、互いにバラバラに戦うよりも、共に戦った方が良いだろう。

 

「ん」

 

 響は、迷うジャンヌの手を取る。

 

「何を?」

 

 戸惑うジャンヌの手を引く響。

 

 そして、もう片方の手で立香の手を取ると、互いの手を握らせる。

 

「握手」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 一瞬、呆気に取られる立香とジャンヌ。

 

 そんな2人を、茫洋な目で見つめる響。

 

 どうやら、少年なりに2人を取り持ちたいと思っての事らしい。

 

 そんな響を見て、

 

「フッ」

「フフ」

 

 互いに笑みを向け合う立香とジャンヌ。

 

 何となく気恥ずかしい気分ながら、たったこれだけの事で、自分たちの間にあった溝が埋まってしまったかのようだった。

 

「これから、よろしく頼む。ジャンヌ」

「ええ、こちらこそ、立香」

 

 そう言うと、互いに手をしっかりと握り合うのだった。

 

 

 

 

 

第5話「はぐれサーヴァント」      終わり

 



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第6話「フランスの残滓」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城壁の上に立ち、彼方から迫る翼竜の群れを見定める。

 

 砦全体を包む緊張感を感じながら、男は静かに佇んでいる。

 

 元フランス王国軍元帥ジル・ド・レイ。

 

 白銀の鎧に身を包んだこの騎士は、物静かな容貌とは裏腹に、フランス全軍を指揮する立場にある総司令官でもある。

 

 もっとも、国滅びた今となっては、肩書など如何程の価値も無いのだが。

 

 しかし国王亡き今、瓦解寸前のフランス軍残党が、それでも組織としての体を保っていられるのは、このジルの存在が大きいと言えよう。

 

 だが、

 

 同時にジルの心底には、ある種の負い目が存在していた。

 

 彼はかつて、救国の乙女ジャンヌ・ダルクの傍らにあり、彼女の盟友として共に戦ってきた。

 

 彼女の進軍を補佐し、共にオルレアン解放を行った。

 

 だが、

 

 結局ジルは、肝心な時に何もできなかったのだ。

 

 ジャンヌがイングランド軍に囚われた時も、

 

 そして処刑された時も。

 

 勿論、助けようとはした。

 

 この時代、捕虜は身代金さえ支払えば、取り戻す事ができる。

 

 ジャンヌ・ダルクともなれば、身代金の額も半端なものではなかったが、助ける事は決して不可能ではなかった。

 

 ジルはジャンヌを救うために身代金を集め、自らも資金を供出して王にジャンヌを救出するよう訴えたのだ。

 

 だが、

 

 ジルは肝心な部分で見誤ってしまった。

 

 そもそも王には、

 

 ジャンヌの活躍で王位に就き、本来なら最もジャンヌに感謝してしかるべき立場だったはずの国王シャルル7世には、

 

 ジャンヌを救う気などさらさら無かったのだ。

 

 集めた身代金は横取りされ、ジャンヌも処刑されてしまった。

 

 失意に落ちたジル。

 

 だが、

 

 状況は変わった。

 

 殺された国王。

 

 蹂躙される祖国フランス。

 

 そして、

 

 蘇った竜の魔女、ジャンヌ・ダルク。

 

 嘘だと思いたかった。

 

 誰よりも祖国の解放を望んでいた彼女が、このような残虐な行為に走るなど。

 

 だが、

 

 心の隅では、こうも思っていた。

 

 彼女ならあるいは、と。

 

 王に裏切られ、祖国に見捨てられたジャンヌが復讐に走ったとして、誰がそれを咎められようか?

 

 あるいは彼女の行いこそが正しいのかもしれない。

 

 つい、心の隅では、そう思ってしまう。

 

 あるいは、自分も進んで、彼女の旗の下に馳せ参じるべきではないか、と。

 

 だが、

 

 たとえ相手がジャンヌであり、彼女の行いこそが正しいのだとしても、

 

 祖国を蹂躙されるのを、黙って見ている事は出来なかった。

 

 と、

 

 ジルの思考を中断するように、兵士が足音も荒く駆け寄って来た。

 

「閣下。総員、配置に着きました。いつでも行動可能です」

「ご苦労。別命あるまで待機せよ」

「ハッ」

 

 再び駆け去って行く兵士の背中を見送りながら、ジルは再び視線を前に移す。

 

 この砦は、今や最前線である。

 

 敵の中枢がオルレアンにある事はジルも掴んでおり、その為に、この砦にフランス残党軍の主力が集結している。

 

 この砦からなら、オルレアンは目と鼻の先と言って良いだろう。

 

 だが、

 

 相手には強力な竜の群れがあり、更には「怪人」とでも言うべき、得体の知れない将達が軍勢を率いているという。

 

 正直、手持ちの兵士だけでは心もとない。

 

 だが、それでもやるしかなかった。

 

 と、

 

 そこでジルは、傍らにチラッと眼をやる。

 

「申し訳ない。また、貴殿に頼る事になりそうだ」

「気にしないでくれ。俺にはそれくらいしか能が無いからな。むしろ、俺と言う存在を存分に活用してもらえればありがたい」

 

 ジルの言葉に、傍らに立つ男は頷きながら答えた。

 

 精悍な男性である。

 

 長い髪の下から見える鋭い瞳には静かな光が宿り、屈強な肉体は鋼を連想させる。

 

 背に負った長大な大剣が、この上ない頼もしさを誇っていた。

 

 ジークフリート。

 

 古代、竜殺しをなした大英雄と同じ名乗りを上げた男は、ジルが率いるフランス残党軍にとって、頼もしい客将だった。

 

 それが本名かどうかは判らない。

 

 だが実際、ジークフリートはジルたちの目の前で何体ものワイバーンを屠って見せている。

 

 真贋などどうでも良い。今はその実力こそが、何よりもありがたかった。

 

「来るぞ」

 

 静かに言い放ちながら、ジークフリートは背中の大剣を抜く。

 

 見れば、視界の彼方でワイバーンの大群が動き出すのが見えた。

 

 ジルもまた、頷きを返すと腰の剣を抜き放つ。

 

 ここが正念場だ。

 

 この一戦に、フランスの運命全てが掛かっていると言っても過言ではない。

 

 剣を高々と振り翳すジル。

 

 そう言えば、

 

 ふと思い出す。

 

 かつて「彼女」もまた、全軍の先頭に立つときは、このようにしていた。

 

 それが今や、自分がかつての彼女の役を担う事になるとは。

 

 皮肉以外の何物でもなかった。

 

 やがて、迫りくる敵の大群。

 

 その軍勢を目の前にして、

 

 ジルは高らかに命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランス残党軍と、ワイバーンの大群がオルレアン付近で戦闘を開始する少し前、

 

 準備が整ったカルデア特殊班もまた、行動を開始しようとしていた。

 

 目的は、ある意味でシンプルだ。

 

 オルレアンに進撃し、竜の魔女ジャンヌ・オルタを撃破する。

 

 聖杯さえ奪取すれば、この特異点は解放され、そもそも竜の魔女によってフランスが蹂躙された事自体、「無かった」事になる。

 

 全てが元通りと言う訳だ。

 

 現在、特殊班がいるのは、オルレアンから見て東方。

 

 ジャンヌの故郷でもあるドンレミ村のやや西寄りの場所である。

 

 ここからオルレアンを目指すコースは2つ。

 

 1つは北回りに向かうコース。

 

 2つめは、南回りに海岸線に出て、それから北上するコース。

 

 最短なのは北回りコースである。

 

 しかし、そちらはフランス残党軍とジャンヌ・オルタ軍が対峙する最前線がある。当然、敵も最も警戒しているはずだ。

 

 敵に見つかるのは勿論まずいが、ジャンヌがいる以上、フランス軍に見つかるのも面倒事になりかねない。

 

 何しろ、ジャンヌはジャンヌ・オルタと同じ容姿をしている。知らない人間が見れば、ジャンヌ自信を見て「竜の魔女」だと勘違いしても仕方が無いだろう。

 

 一方、南回りコースは、前線から離れている事もあり、敵の警戒も薄いと思われる。無駄な戦闘を避けるなら、そちらのルートを使うべきだろう。

 

 だが、

 

 ここに来て、そうもいかない事情が発生していた。

 

「別動隊、だって?」

「ええ。ここに来るまでに集めた情報に、そのような物がありました」

 

 尋ねる立香に、ジャンヌは難しい表情で答えた。

 

 それによると、ジャンヌ・オルタ軍には、フランス南部地方を制圧する為に派遣された別動隊が存在しているのだとか。

 

 そちらもジャンヌ・オルタ本人が率いる本軍と変わらぬ規模を誇っており、無視できない被害をもたらしているという。

 

 このままオルレアンに進撃したら、敵の別動隊を見逃す事になってしまう。

 

《うーん・・・・・・・・・・・・》

 

 話を聞いていたロマニが、通信機の向こうで首を傾げた。

 

「どうしたの、ロマン君?」

《うん。僕としては、このまま直接、オルレアンに向かう事を提案したいかな。どのみち、聖杯を手に入れて人理が修復されれば、全てが元通りになる訳だし》

 

 要するにロマニが言うには、南部の解放に向かうのは時間の無駄でしかない、と言う事だ。

 

 確かに、ロマンの言う通り、ジャンヌ、エリザベート、清姫が加わったとはいえ、数的に劣っている特殊班が回り道をしている余裕はない。

 

 ここは回り道をせず、一気にオルレアンに進撃し、ジャンヌ・オルタと対決すべき所だろう。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ジャンヌは伏し目がちに俯く。

 

 彼女の気持ちも分かる。

 

 目の前で苦しめられている祖国の人たちがいて、それを見捨てる事などできないのだろう。

 

 さて、どうするか?

 

 最短だけど、最前線を突っ切らなくてはならない北回りか?

 

 それとも、遠回りで敵の別動隊もいる南回りか?

 

 と、

 

「ならさ、私が南に行くよ」

 

 そう言って手を上げたのは凛果だった。

 

 その目は、自分のサーヴァント達に向けられる。

 

「響と美遊ちゃんを連れて行くよ。その間に兄貴とジャンヌ達は、北からオルレアンを目指して」

「いや、凛果、お前、簡単に言うけどな・・・・・・」

 

 妹を案じる立香。

 

 ただでさえ少ない戦力を、更に分けて南に行こうとする凛果の行動は、立香には危険なものに見えたのだ。

 

 だが、そんな兄に凛果は笑って見せる。

 

「大丈夫。南部地方を制圧したら、わたし達もオルレアンに向かうから。向こうで合流しよう」

「・・・・・・・・・・・・」

「それに、これ以外に方法なんて無いでしょ?」

 

 確かに。

 

 オルレアンには急ぎたいが、ジャンヌとしては南部地方の方も放っては置けない。

 

 ならば、マスターが2人いる事を利用して、2手に分かれるのが得策だった。

 

「ジャンヌも、それで良いよね?」

「それは、はい・・・・・・」

 

 自分がわがままを言っている事は、ジャンヌも理解しているのだろう。

 

 その上で、凛果が南部地方に行ってくれると言うのだから、ジャンヌとしては断る理由は無かった。

 

「・・・・・・お前は言い出したら聞かないからな」

 

 嘆息交じりに言う立香。

 

 割と頑固なところがある凛果は、一度こうと決めたらなかなか考えを曲げようとしない。

 

 そうなると、説得はほぼ不可能に近かった。

 

「気を付けろよ」

「うん、兄貴も」

 

 そう言って、笑顔を交わす藤丸兄妹。

 

 次いで立香は、通信機の向こうのロマニに声を掛けた。

 

「ドクター、悪いけど、そう言う訳だから。サポートの方、ちょっと負担をかける事になりそうだ」

《ああ、うん。まあ、仕方ないね。現場の事は立香君と凛果君に一任しているわけだし。基本的に、こちらではどうする事も出来ないから。あと、サポートの事は気にしないでくれ。レオナルドと分担すれば、どうとでもなるから》

 

 苦笑交じりに、ロマニが賛同してくれる。

 

 カルデアの現責任者としては効率を重視したい所なのだろうが、ジャンヌの想いも決して無視はできないのだろう。

 

 と、

 

「ふうん、面白そうね。なら、あたしも小ジカ達の方に行ってあげるわ」

 

 そう言いだしたのは、それまで話を聞いていたエリザベートだった。

 

 どうやら、彼女も凛果について南部方面に行くつもりのようだ。

 

 因みに「小ジカ」とは、凛果の事らしい。なぜそんな風に呼ぶのかは知らないが、彼女の趣味なのだろう。立香の方は「子イヌ」と呼ばれている。

 

 何にしても、出会って数分で愛称で呼び合うくらい打ち解けているのは良い事だった。

 

 まあ、それはそれとしても、エリザベートの申し出が唐突だったのは確かだった。

 

「ど、どうしたの急に?」

「だって、それならサーヴァントの数も3対3になってちょうど良いでしょ」

 

 言ってから、エリザベートはジャンヌと清姫を見る。

 

「ジャンヌは当然、オルレアンに行くべきでしょうし、それに・・・・・・」

 

 視線は清姫に移る。

 

「あんたも・・・・・・そっちに行くわよね?」

「当然です。安珍様のそばを離れる訳にはまいりませんので」

 

 いや、安珍じゃないし、とは全員が心の中で入れたツッコミだが、実際に口に出した者はいなかった。

 

 だって疲れるし。

 

 と言う訳で、メンバーは決まった。

 

 北回りでオルレアンを目指すのは、立香をリーダーにして、マシュ、ジャンヌ、清姫。

 

 南回りで敵の別動隊を制圧するのが、凛果をリーダーにして、響、美遊、エリザベート。

 

 となる。

 

 戦力的分散には不安があるが、今はこれがベストだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、と言うべきか、

 

 フランス残党軍にとって、ジークフリートの存在は大きかった。

 

 流浪の剣士は、身の丈ほどもある大剣を軽々と振るい、迫りくるワイバーンの群れを容赦なく叩き斬っていく。

 

 逆に、ワイバーン共の攻撃は、ジークフリート相手にかすり傷すら負わせることができないでいる。

 

 ジークフリートは竜どもの攻撃をかわし、弾き、逆に斬り裂いていく。

 

 時々、攻撃を喰らう事もあるが、物ともする様子もない。

 

 まさに一騎当千。

 

 本当に、神話上の英雄が、このフランスに現れたかのような戦いぶりだ。

 

 勿論、フランス残党軍の兵士たちも、手をこまねいているわけではない。

 

 1匹のワイバーンに、10名前後の兵士たちが群がっているのが見える。

 

 1体1ではワイバーンには敵わなずとも、1匹に対し複数で当たれば倒せない相手ではない事は、これまでの戦訓からも分かっていた。

 

 弓隊の一斉射撃で上空にいるワイバーンを叩き落し、地面に叩きつけられたところを剣や槍を持つ兵士が一斉に群がってトドメを刺す。

 

 勿論、地面に落としたからと言って油断はできない。ワイバーンは、その巨体故に膂力もすさまじい。

 

 鉤爪や尻尾を振り回されれば、それだけで人間など肉片に成り果てるだろう。

 

 だが弱点もある。

 

 その巨体故に小回りが利かないのだ。

 

 その為、一度攻撃をやり過ごし、ワイバーンが動きを止めた直後、一斉に飛び掛かると言う戦術が最も有効だと判った。

 

 兵士達はジルの指揮に従い、一糸乱れぬ統率でワイバーンを着実に屠っていく。

 

 いかに力が強かろうと、ワイバーンは所詮獣に過ぎない。

 

 人は古来より英知を凝らし、策を積み重ね、自らよりはるかに巨大な敵を撃ち倒してきた。

 

 恐れずに戦えば、いかな巨大な存在であろうとも、倒せない筈が無いのだ。

 

 勿論、ジークフリートはその限りではない。

 

 彼に至っては1人で複数のワイバーンを相手取り、その全てを撃破しつくしていく。

 

 その横で自身も剣を振るいながら、ジルが話しかけてきた。

 

「今日は行けそうですな。兵達の意気も高い。全て、貴殿のおかげです」

「いや、兵達も皆、よくやってくれている。俺1人では、こうはいかなかっただろう」

 

 言いながら、無造作に振るった大剣の一閃が、ワイバーンの巨体を袈裟懸けに斬り飛ばす。

 

 実際のところ、戦況はフランス残党軍の有利に進んでいる。

 

 ワイバーンは次々と叩き落され、地に躯を晒している。

 

 このまま行けば勝てる。

 

 誰もが、そう思い始めた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アポロンとアルテミスの、二大神に願い奉る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場に響く声。

 

 同時に、放たれた矢が、勢い乱れる事無く天まで駆け上がった。

 

 次の瞬間、

 

 無数の矢が、文字通り雨となってフランス残党軍の上空に降り注いだ。

 

「総員、退避ィィィィィィィィィィィィ!!」

 

 絶叫に近いジルの指示が、全軍に伝えられる。

 

 だが、殆どの兵達は間に合わない。

 

 折り重なるように響く悲鳴。

 

 血しぶきが戦場に舞い、天を朱に染め上げる。

 

 巻き込まれたのは十数名。一撃で、かなりの人数を失った事になる。

 

 流石にジークフリートやジルは無事だが、兵士たちは隊列を乱して後退を余儀なくされている。

 

「・・・・・・・・・・・・対軍宝具か」

 

 低い声で呟きながら、ジークフリートは彼方の丘に目をやる。

 

 その視線の遥か先。

 

 戦場の後方に、宝具を放った相手はいた。

 

 獣の耳に尻尾を持つ、見目麗しき狩人の女性だ。

 

 その出で立ちからして、間違いなく「アーチャー」である事が判る。

 

 厄介だな。

 

 ジークフリートは、心の中で呟く。

 

 ジルには話していないが、ジークフリートもまた、敵の将達と同じ「怪人」、サーヴァントである。

 

 クラスはセイバー。

 

 接近戦では部類の強さを発揮できるが、遠距離戦では分が悪い。

 

 あるいは、こちらも宝具を使えば、攻撃も届くかもしれないが。

 

 だが、

 

 そんなジークフリートの考えを見透かしたように、

 

 漆黒の影が舞い降りる。

 

「あなたですか。残党たちに希望を与えている存在は。それに、どうやら懐かしい顔もいるみたいですね」

 

 ワイバーンを違えたジャンヌ・オルタが、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 

 その姿を見て、ジルが息を呑む。

 

「やはり・・・・・・ジャンヌッ」

 

 噂は本当だった。

 

 見間違えるはずはない。

 

 フランスを蹂躙する竜の魔女の正体は、ジルのかつての盟友、ジャンヌ・ダルクだったのだ。

 

 対して、ジャンヌ・オルタはその口元に微笑を浮かべる。

 

「お久しぶりですね、ジル。まさか、このような形で再開する事になるとは思っていませんでした」

「・・・・・・・・・・・・」

「しかし残念です。てっきり、あなたはこちらに来てくれると思っていましたのに」

「いえジャンヌッ 私はッ!!」

 

 言いかけるジル。

 

 しかし、その後の言葉が続かない。

 

 ジルにとってジャンヌは大切な存在だが、しかしそれでも、彼女の蛮行を見過ごす事も出来ないのだ。

 

 そんなジルを気遣うように、ジークフリートは前へと出て大剣を真っすぐに構える。

 

「下がっていてくれ、ジル殿」

「ジークフリート殿?」

 

 ジャンヌ・オルタと対峙するジークフリート。

 

 ジルはこの女とは戦えない。

 

 ジークフリートには、ジルの中にある葛藤が見えていた。

 

 たとえ敵同士となったとしても、かつての友を斬る事などできない。

 

 ならばこそ、自分がやらなくてはいけなかった。

 

「行くぞ、竜の魔女!!」

 

 言い放つと同時に、ジークフリートは大剣を振り翳して斬りかかる。

 

 対抗するように、ジャンヌ・オルタも炎を噴き上げて迎え撃った。

 

 

 

 

 

第6話「フランスの残滓」      終わり

 



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第7話「聖女の涙」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランス南部の街リヨン。

 

 北東から流れ込むローヌ川と、北から流れ込むソーヌ川が合流するこの街は、古くから水運によって栄え、物資の集積所としての役割を果たしていた。

 

 この時代、大量の物資を一時に運べる船は、最も効率的な輸送手段である。その為、海や川に隣接した場所に街は作られ、繁栄する要因となったのだ。

 

 リヨンもまた、こうした水運で栄えた街の一つである。

 

 本来であるならば、活気に満ちた光景が広がっていた筈。

 

 しかし、

 

 その水運の街が今、

 

 炎と破壊に蹂躙されていた。

 

 上空を乱舞する翼竜の群れ。

 

 地上を進む死者の軍勢。

 

 逃げ惑う人々の悲鳴が、折り重なるように響き渡り、地には躯が折り重なる。

 

 ワイバーンが人々を食らい、群がる死者が蹂躙する。

 

 まさに、地獄の如き光景。

 

 そして、

 

 そのワイバーンを指揮する、1人の女性。

 

 ゆったりとした法衣に身を包んだ、美しい女性は、感慨の浮かばない瞳で虐殺の様子を眺めていた。

 

「・・・・・・ここは、もう十分かしら?」

 

 どこか投げ槍な感じに呟く。

 

 まったく無抵抗の人間を一方的に殺戮するなどと言う行為は本来、彼女の望む物ではない。

 

 しかし、それが主からの命令であるならば、サーヴァントである彼女には抗う術は無かった。

 

 まして、今の彼女には「狂化」の要素が付け加えられている。

 

 それ故、今この状況を、心のどこかで楽しんですらいた。

 

 今また、視界の先で幼い子供が、死者の群れに蹂躙され、斬り殺されている。

 

 その姿を見ても、もはや何の感情も浮かぶ事は無かった。

 

 聖女は冷めた目で、眼下で行われている蹂躙を見続けている。

 

 逃げ惑う人々。

 

 彼らを守る物は何もない。

 

 既にフランス王国軍は壊滅し、僅かに残っている残党も北の砦に立て籠もって抵抗を続けるだけの状態になっている。

 

 そちらにはジャンヌが率いる本隊が向かっている。恐らく、数日の内には決着が着く事だろう。

 

 視線を、再びリヨンの街へと戻す聖女。

 

 既に街の半分以上は炎に包まれている。

 

 住んでいた住人も逃げ延びたか、あるいはワイバーンに食われたかして、姿は見えない。

 

 語るまでもない。

 

 水運で栄えた美しい街リヨンは、この日壊滅したのだ。

 

 竜の魔女ジャンヌ・ダルクの犠牲者が、また増えた事になる。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 聖女の胸の内に去来する虚しさ。

 

 己と言う存在が抱える矛盾を前に、ただ立ち塞がる運命を呪う事しかできない。

 

 たった一つ、

 

 気になる報せが、つい先日齎された。

 

 曰く、かねてより懸念されていたカルデアと呼ばれる勢力が、ついにこのフランスの地に現れたとの事。

 

 人理守護を掲げる彼らの存在は、自分達と相反している。

 

 となれば早晩、カルデアは自分たちの前に立ちはだかる事になるだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・来るなら、早く来なさい」

 

 聖女は、硬い口調で告げる。

 

 そして、

 

「・・・・・・お願い・・・・・・早く、私を殺しに来て」

 

 その瞳から一筋、涙が零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北へ向かう立香達と別れた凛果、響、美遊、エリザベートの4人は、一路、南部を目指して移動していた。

 

 南部地方を荒らし回っていると言うジャンヌ・オルタ軍の別動隊。

 

 これを撃破しない事には、後顧の憂いを断つ事が出来ない。

 

 何より、彼女らの蹂躙によって苦しめられている人々がいる以上、見ぬふりはできない。

 

 オルレアンを目指すのも大事だが、別動隊の撃破もまた急務であると言えた。

 

 とは言え、広いフランスでのこと。闇雲に動き回ったところで、敵を見つける事は容易ではない。

 

 凛果たちは情報収集しながら南下。

 

 ラ・シャリテと言う街の東まで来ていた。

 

 そこまで来て日が暮れてしまった為、今日のところはお開きと言う事になった。

 

 幸い、街道沿いに見つけた牧場主が、一夜の宿と食事を提供してくれた事もあり、長旅の疲れを癒す事も出来た。

 

 

 

 

 

 テーブルの上には麦の粥とホットミルク。1人1個ずつ配られたパン。焼いた鹿肉もある。

 

 豪華、とはお世辞にも言えないだろう。むしろ質素なくらいである。

 

 しかしテーブルを囲み食事にありつけることは、何とも幸せな事である。

 

 まして、今この戦時下におけるフランスにおいては、それが最高級の贅沢である事は間違いなかった。

 

 テーブルを囲むのは凛果、響、美遊、エリザベート。

 

 そして、牧場主である老夫婦2人。

 

 本来であるなら、サーヴァントには食事は必要はない。行動に必要なエネルギーは全て、マスターからの魔力供給で補えるからだ。

 

 だが、当然だが人間の身である凛果は食事が必要である。

 

 加えて美遊も、元々が人間である為、普通に空腹を覚える事になる。

 

 よって、こうしてまともな食事にありつけた事は僥倖だった。

 

「さあさあ、遠慮なく食べなさい」

「まだまだありますからね。若い子はしっかり食べないと」

 

 一行を温かく迎え入れてくれた老夫婦は、そう言って食事を勧めてくる。

 

 この厳しいご時世に、珍しいくらい優しい2人である。

 

 ましてか、こちらは見るからに怪しげな出で立ちの一行である。怪しいと言えばこの上なく怪しいだろう。

 

 それを、こうもあっさりと信用してくれたところに、老夫婦の人柄の良さが伺えた。

 

「あの、ほんとありがとうございます。泊めていただいた上に、食事まで」

「なーに、どうせ2人だと食べきれないくらいあるんだから」

 

 謝る凛果に、ご主人はそう言って笑う。

 

 その表情からは、本当にうれしそうな雰囲気が伝わってくる。

 

 どうも話を聞く限り、息子をイングランドとの戦争で失い、長く妻と2人暮らしだったようだ。

 

 そのせいもあるのだろう。久しぶりに若い連中と食事を囲む事が出来て喜んでいるようだ。

 

「この辺も、殆ど人がいなくなってしまったからねえ。寂しくなったもんだよ」

 

 ジョッキのエールを煽りながら、ご主人は愚痴のように呟きを漏らす。

 

「やはり、竜の魔女の影響、ですか?」

「ああ。そうらしいねえ」

 

 言ってから、ご主人は深々とため息を吐く。

 

「まったく、誰が言い出したか知らないが、ひどいもんだよ。寄りにもよって、聖女様を魔女呼ばわりするだなんて。彼女がこのフランスの為にどれだけ尽くしてくれたと思っているんだろうね」

 

 そう言って憤る奥方。

 

 どうやら、このご夫婦は揃って、ジャンヌ・ダルクを支持しているようだ。

 

 しかし、そんな2人の様子に、凛果たちは黙り込む。

 

 一同はサーヴァントとして召喚されたジャンヌと出会い、彼女の人となりを知っている。確かに、ジャンヌは彼らの思った通りの「聖女」であった。それは間違いない。

 

 しかし同時に、魔女として蘇った黒いジャンヌ・ダルクであるジャンヌ・オルタの事も知っている。

 

 サーヴァントとして、再び祖国を守るために立ち上がったジャンヌと、祖国を滅ぼすために暗躍するジャンヌ・オルタ。

 

 どちらも「ジャンヌ・ダルク」である事が分かっている凛果たちとしては、老夫婦の想いに対して、複雑な感情を抱かずにはいられなかった。

 

 ところで、

 

「あのさ、話の腰折って悪いんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 口を開いたのはエリザベートだった。

 

 何事かと一同が視線を向ける中、

 

 エリザベートは何とも言えない微妙な表情を見せていた。

 

「どしたの?」

 

 首をかしげる凛果。

 

 対して、

 

「さっきから、すんごい気になってたんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 躊躇いがちなエリザベート。

 

 いったい、何だと言うのか?

 

 その視線は、一点に向けられる。

 

「美遊・・・・・・あんた結構、食べるのね」

『はい?』

 

 エリザベートの唖然とした言葉に、一同が視線を美遊へと向ける。

 

 見れば確かに。

 

 他の者は、せいぜい皿一枚分くらいしか食べていないのに。美遊の前には、既にその5倍近い皿が重ねられている。

 

 明らかに、摂取量に大きな差があった。

 

「え、えっと、これはつい美味しくて、その・・・・・・・・・・・・」

 

 顔を赤くして縮こまる美遊。

 

「あの、私、本当はこんなに食べる訳じゃないんです。けど・・・・・・」

「ん・・・・・・にしては、すごい」

 

 美遊の前に積み上げられた空の皿を見て、唖然とした感じで響が呟く。

 

 何と言うか、とんでもない物を見た気分である。

 

 確かに。

 

 これでは「あまり食べない」などと言ったところで、何かの冗談だとしか思えなかった。

 

「そう言えば、ダヴィンチちゃんが言ってたんだけど、マシュや美遊ちゃんみたいな、人間がサーヴァントの霊基を受け継いだ場合、元の英霊の癖とか考え方とかの影響を受ける場合もあるらしいよ」

「ん、て事は・・・・・・・・・・・・」

 

 すなわち、

 

 ブリテンの大英雄アーサー王こと、アルトリア・ペンドラゴンは、

 

 実は大食いキャラだった!!

 

 と言う事になる。

 

 今、歴史が(どうでも良い方向に)動いた。

 

「まあええじゃろ。まだまだたくさんあるしな、よく食べてよく寝る。それが、子供が大きくなる秘訣だよ。そら、そっちの子も、たくさん食べなさい」

「ん」

「・・・・・・すみません」

 

 ご亭主に勧められるまま、スプーンで粥を掬って食べる響。

 

 そんな中、美遊はひたすら恐縮した感じで顔を赤くして俯いていた。

 

 

 

 

 

 水音が、心地よく響く。

 

 サイドポニーを解き、一糸まとわぬ裸を湯煙の中に曝す凛果。

 

 白く健康的な少女の裸身が、艶やかに浮かび上がる。

 

 食事を終えた後、一同は後退で風呂に入る事になったのだ。

 

 まったくもって、至れり尽くせりである。

 

 肩まで湯に浸かりながら、凛果はゆっくりと体を伸ばしていく。

 

 ただ、それだけで、一日歩きとおした疲れが抜けていくようだった。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・そう言えば」

 

 そこでふと脳裏に、別行動をしている立香の事が思い出された。

 

 立香が向かった北部ルートは、ジャンヌ・オルタ軍の最前線にぶつかっている。

 

 正直、凛果たちが向かっている南部よりも危険と言えるだろう。

 

「大丈夫かな、兄貴? まあ、マシュもジャンヌもいてくれるし・・・・・・」

 

 それに、と凛果は続ける。

 

 あの兄は、いざとなったらとんでもない機転を発揮して、危機を切り抜けてきた。

 

 その事を、妹である凛果は一番よく分かっている。

 

 だからこそ、だろう。

 

 離れていても、あの兄だけは大丈夫だろうと言う予感が、凛果にはあった。

 

 その時だった。

 

 浴室の扉が開き、中に入ってくる人物があった。

 

「お邪魔するわよ」

「エリザ?」

 

 アイドル風の衣装を脱ぎ、生まれたままの姿になったエリザベートが、浴室の中に入ってくる。

 

 どうやら、エリザベートも風呂に入るつもりらしい。

 

「一緒に入っても良いかしら?」

「うん、別に構わないけど」

 

 良いながら凛果は、隅によってエリザベートのスペースを開けてやる。

 

 まあ、同じ女同士、凛果に拒む理由は無い。それに、こうして風呂に入れるだけでもありがたいのだ。これから先の事を考えれば、時間はなるべく短縮すべきだった。

 

 と、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 ある事に気が付き、凛果は声を上げる。

 

 服を脱いで、裸身を晒したエリザベート。

 

 その背中には、折りたたまれた蝙蝠の羽があり、そして、お尻からは長い尻尾が伸びている。

 

 明らかに、人とは違う外見をしているエリザベート。

 

 そんな凛果の視線に気が付いたのだろう。エリザベートは微笑を浮かべて振り返る。

 

「ああ、これが気になっているのね?」

「う、うん」

 

 図星を言われて、口ごもる凛果。

 

 正直、触れても良い話題なのかどうか、判断が着きかねたのだ。

 

 だが、当のエリザベートはと言えば、気にしていないと言った風に、体を洗いながら言った。

 

「いわゆる『無辜の怪物』って奴なんですって。私は、多くの人々が持つ、『血の伯爵夫人』と言うイメージを固められた結果、こんな姿になってしまった」

 

 そう言って、エリザベートは自嘲気味に笑う。

 

 言われてみれば当然の話だが、生前のエリザベート・バートリが、今と同じように、角や尻尾、羽を生やしていたわけがない。

 

 元々は普通の人間だったのだ。

 

 だが、

 

 後世の人間が思い描いた「女吸血鬼エリザベート・バートリ」と言うイメージが具現化し、彼女はこのような形に容姿を歪められてしまったのだ。

 

 これを魔術的な用語で「無辜の怪物」と言う。

 

 英霊の姿を歪めてしまうほどに、人間が持つ想念とは強い物なのだ。

 

「でも、だからこそ、あたしはあいつを許せない」

 

 真剣な眼差しで告げるエリザベート。

 

 その言葉に、凛果はエリザベートが言わんとしている事を察する。

 

「・・・・・・カーミラ、だね?」

「そっ」

 

 凛果の言葉に、エリザベートは頷く。

 

 カーミラは、いわばエリザベート・バートリの「完成型」でもある。

 

 それは即ち、生前に悪行を成したエリザベートがカーミラとなり、それが巡って現在のエリザベートを形作ったような物だ。

 

「あたしがこんな姿になったのは別に構わない。それはあたし自身の罪だから。けど、多くの人々を殺し、悪名だけを残したあいつだけは絶対に許さない。自分の罪は、自分で償うわ」

「エリザ・・・・・・」

 

 呟くように声を掛ける凛果。

 

 普段はどこか、朗らかな感じがするエリザベートが、今は何だか悲壮な感を出しているような気がしたのだった。

 

 と、そこで一転して、エリザベートは笑顔で振り返った。

 

「ま、気にしない気にしないッ こんなのアイドルのアクセサリーみたいなもんよ」

 

 そう言って肩を竦めると、エリザベートも湯船に身を沈める。

 

 暫し、2人そろって湯加減を堪能する。

 

 戦場にあっては、いつ、体を清められるか分からない。ましてか風呂など、最高級の贅沢である。

 

 今のうちに、充分に楽しんでおきたかった。

 

「・・・・・・・・・・・・ところで」

 

 暫くしてから、エリザベートの方から声を掛けてきた。

 

「うん、何?」

 

 キョトンとする凛果。

 

 対して、

 

 エリザベートは何かを吟味するように、凛果をじっと見つめる。

 

 そして、

 

「子ジカ、あんた結構、おっぱい大きいのね」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 言われて、

 

 思わず自分の胸元を見る。

 

 湯に透けるように見える、凛果の胸は、少女らしい膨らみを持って存在している。

 

 取り立てて大きい、と言う訳ではない。

 

 しかし女性の象徴たる胸は適度に膨らみ、形の良い曲線を描いている。

 

 少なくとも、隣で羨望の眼差しを向けているドラゴン娘よりは大きかった。

 

「ちょ、ど、どこ見てんの!?」

「あら、恥ずかしがることじゃないでしょ」

 

 水音を立てながら胸元を隠し凛果に対し、エリザベートは嘆息交じりに告げる。

 

「むしろ羨ましいくらいよ。あたしだってそれくらい胸があれば、あっという間にサーヴァント界のトップアイドルになれるのに」

「アイドル?」

 

 予想しなかった単語の出現に、キョトンとする凛果。

 

 対して、エリザベートは自慢げに胸を反らしながら言った。

 

「そうよ。前にね、ある奴と誓ったの。所謂『ドル友』って奴ね。そいつとあたし、どっちが先に、サーヴァント界のトップアイドルになるか勝負しようって」

 

 成程、サーヴァントにも色々あるものだ。

 

 ちなみに「アイドル友達」を略して「ドル友」らしかった。

 

「ま、まあ、胸なんて人それぞれだし。必ずしも大きい方が良いって訳でもないんじゃないかな?」

「それは小ジカくらい胸があるから言えるんでしょ」

 

 言ってから、エリザベートは何かを思い出したように付け加えた。

 

「まあ、でも、ジャンヌに比べたらまだまだかな」

「え、ジャンヌって、そんなにおっぱいおっきいの?」

 

 言ってから、ジャンヌの事を思い出す凛果。

 

 あの清楚可憐なジャンヌが、まさか、と思うのだが。

 

「人は見かけによらないわよね。あの子、あんな大人しそうな顔してるくせに、脱いだらすごいわよ」

「へ、へー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~一方その頃~

 

 

 

 

 

「ハッ・・・クション!!」

「ジャンヌ、風邪か?」

「いえ、サーヴァントは風邪などひかないはずですが・・・・・・おかしいですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入浴を終え、部屋へと戻った凛果とエリザベート。

 

 火照った体を外気で冷まし、心地よい気分のまま扉を開ける。

 

 後は明日に備えて寝るだけだ。

 

 そう思って部屋へと入った時だった。

 

「・・・・・・あら?」

 

 部屋の中を見て、驚いた声を上げる凛果。

 

 後から来たエリザベートも、横からひょいッと首を伸ばして覗き込む。

 

「どうしたの? ・・・・・・って」

 

 呆れたように嘆息するエリザベート。

 

 その2人が視線を向ける先。

 

 老夫婦が気を利かせて敷き詰めてくれた干し藁の上で、

 

 響と美遊が眠りこけていたのだ。

 

 2人とも丸くなり、互いに向かい合うようにして目を閉じ、寝息を立てる姿は何とも微笑ましい感じがした。

 

「まったく・・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな2人の姿に、呆れたようにエリザベートが呟く。

 

「サーヴァントがマスターより先に寝てどうすんのよ」

「アハハ、まあ良いじゃない」

 

 そう言うと凛果は、2人の頭を優しく撫でてやる。

 

 起きる気配はない。どうやら、それなりに2人とも疲れがたまっていたようだ。

 

「本音を言うとね、ちょっと嬉しいんだ」

「嬉しい?」

 

 凛果の言葉に、首を傾げるエリザベート。

 

 対して、凛果は美遊の頭を撫でてやりながら答える。

 

「ほら、うちって兄貴と2人兄妹じゃん。だからさ、兄貴は私の事昔から可愛がってくれたけど、私も下の弟妹が欲しいなって、ずっと思ってたんだ」

「成程ね」

 

 苦笑するエリザベート。

 

 確かに、こうして見れば、2人は凛果の弟妹のようにも見える。

 

 とても、仲の良い姉弟達。

 

 いや、

 

 姉弟と言うよりも、むしろ・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・まさかね」

 

 自分の中で浮かんだ考えを、エリザベートは苦笑と共に打ち消す。

 

 それはあまりにも、突拍子の無い考えだったからだ。

 

「そうだ」

 

 と、

 

 代わりに、思いついたようにエリザベートが声を上げた。

 

「私、子守歌歌ってあげる。こう見えてもアイドルだからね。歌には自信あるのよ」

「お、良いわね、一曲お願い」

 

 興が乗った感じに答える凛果。

 

 エリザベートの美声なら、きっと心地よい歌声が聞けるはず。寝ている2人にもいいBGMになってくれるだろう。

 

「それでは・・・・・・」

 

 スッと、息を吸い込むエリザベート。

 

 瞳が閉じられ、手は胸に当てられる。

 

 気合十分と言った感じのアイドルサーヴァント

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛果が己の判断を、素粒子レベルで後悔したのは言うまでもない事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空けて翌朝。

 

 老夫婦に礼を言って出発した一同は、再び南を目指して歩き出した。

 

 もう間もなく進めば、リヨンの街が見えてくるはずである。

 

 そこで情報を集めると同時に、敵の別動隊に備える予定だった。

 

 の、

 

 だが、

 

「ひどい目にあった」

「ん、右に」

「同じ」

「何でよー!!」

 

 げっそりした感じの、凛果、響、美遊の3人。

 

 対して、エリザベートは納得いかない感じで叫んでいる。

 

 いやはやまさか、

 

 これだけの美声を持っているエリザベートが、

 

 まさかのまさか、

 

 極度の「音痴」だったなどと、誰が想像し得ようか?

 

 「破滅的」と言う言葉では安すぎる。

 

 「壊滅的」でも遠すぎる。

 

 まるで地獄の全てを凝縮したような歌声が、ドラゴン少女の口から飛び出したのだった。

 

 またまた、歴史が(どうでも良い方向に)動いた。

 

 と、

 

 凛果の腕に嵌められた通信機から、大爆笑が聞こえてきた。

 

《いやはや、これだから人間は面白い。付き合っていけば、本や資料では分からない事が次々と出てくるからね》

「いや、ダ・ヴィンチちゃん。こっちからすれば笑い事じゃないからね」

 

 通信越しに笑い声を上げるダ・ヴィンチに、凛果は疲れ気味にツッコミを入れる。

 

 カルデア特殊班は隊を二手に分けるに辺り、立香率いる本隊をロマニがサポートし、凛果率いる別動隊はダ・ヴィンチがサポートする事になったのだ。

 

 尚も笑い続けるダ・ヴィンチ。

 

 そんなに言うなら一度、生で聞いて欲しいくらいだった。

 

「それにしても・・・・・・」

 

 歩きながら凛果が話題を変えるべく、空を仰いで言った。

 

「相変わらずあるよね。あれ」

 

 その視線の先には、天空一帯を囲むように存在する円環があった。

 

 いったい、あれが何を意味しているのか、未だに不明なままである。

 

 現状、特に脅威にはなりえないとはいえ、不気味な存在である事は間違いなかった。

 

「ん、エリザ、あれ何?」

「あたしが判る訳ないでしょ。見た事も聞いた事も無いわよ」

 

 尋ねる響に、エリザベートはそう言って肩を竦める。

 

 彼女も知らないとなると、あの円環の正体はますます持って不明と言う事になる。

 

 と、

 

 そこで先頭を歩いていた美遊が、ショートポニーを揺らしながら振り返った。

 

「凛果さん。もうすぐリヨンの街が見えてくるはずです。多分、あの丘を越えれば」

「やっとだね。これで少しは休めるかな」

 

 老夫婦の家を出て、既に半日近くも歩いている。

 

 サーヴァントなら何でもない距離だが、流石に生身の凛果にはきつい距離だった。

 

 街に入れば、少しは休む事も出来るだろう。

 

 そう思った時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・待って」

 

 ふと、

 

 響が足を止めて、一同を制した。

 

 足を止め、振り返る。

 

「どうしたのよ?」

 

 訝るように尋ねるエリザベート。

 

 対して、

 

 響は険しい表情で口を開く。

 

「様子が、変・・・・・・街から、気配が無い」

 

 響の言葉に、顔を見合わせる一同。

 

 いったい、何事が起きているのか?

 

 一同ははやる気持ちもそのままに、丘へと駆けあがり、リヨンを見回せる場所へと立つ。

 

 そこで、

 

 思わず絶句した。

 

 水運で栄える美しい街、リヨン。

 

 だが、

 

 一同の眼下に広がるのは、ひたすら蹂躙されつくした瓦礫の廃墟だけだった。

 

 

 

 

 

 街からは、生きた人の気配は全くしなかった。

 

 破壊された家屋。

 

 焼け焦げ、粉砕された石畳。

 

 そして、

 

 そこかしこに転がる躯。

 

 そこには、既に終わってしまった日常が存在していた。

 

「ひどいね・・・・・・・・・・・・」

 

 周囲を見回しながら、凛果が呟く。

 

 彼女自身、既に特異点Fで惨状を経験している為、取り乱すようなことはしない。

 

 だがそれでも、ここまで徹底した破壊跡を見せつけられて、憤りを感じずにはいられなかった。

 

 いったいなぜ、ここまでの事ができるのか?

 

 こんな事をする必要が、どこにあるのか?

 

 そんな想いが湧き上がってくる。

 

「わたし達が、もっと早く来ていれば」

「それは結果論でしょ。この破壊、どう見ても2日以上は前の物よ。これじゃあ、どう急いだって、あたしたちは間に合わなかったはずよ」

 

 後悔を口にする美遊に対し、エリザベートが破壊跡を確認しながら、淡々とした口調で告げる。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 短く呟き、腰の刀に手を掛ける響。

 

「響?」

 

 訝る美遊。

 

 対して、

 

「来た」

 

 呟くと同時に、

 

 視界の中で、無数の影が躍るのが見えた。

 

 

 

 

 

第7話「聖女の涙」      終わり

 



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第8話「竜飼いの聖女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワイバーンを従えた女性は、その可憐な双眸に険しい光を湛え、真っすぐにこちらを睨み据えている。

 

 ゆったりと長い髪に、白を基調とした裾の長い法衣。

 

 手には十字架を模した錫杖。

 

 ゲームや小説に登場する「僧侶」を連想させる女性だ。

 

 いや、落ち着き払った威厳ある態度は、僧侶よりも高位な存在であるようにも思える。

 

 言わば「聖女」と言うべきか。

 

 ジャンヌもまた聖女ではあるが、目の前にいる女性はより、神に近しい存在であるように思える。

 

 対して、響、美遊、エリザベートの3人も、凛果を守るようにして対峙する。

 

 睨み合う両者。

 

 立ち込める、一触即発の雰囲気。

 

 そんな中、

 

「・・・・・・・・・・・・やれやれ。随分と遅かったじゃない」

 

 落ち着き払った女性の口調。

 

 だが、

 

 告げられる言葉にはどこか、侮蔑が混じって見える。

 

 ぞの侮蔑に、いったい何の意味があるのか?

 

 いずれにせよ、目の前の女性がジャンヌ・オルタ軍の別動隊を率いているのは間違いなさそうだった。

 

 女性は周囲を見回しながら告げる。

 

「おかげでこの有様よ。まあ、私としては仕事がやりやすくて助かったけど」

「どうしてこんな事したのよ?」

 

 女の言葉を無視して、非難する凛果。

 

 いつまでも敵の戯言に付き合ってはいられない。

 

 呑まれる前に呑む。

 

 幾度かの戦いを経験して、凛果にも戦いの呼吸のようなものが掴め始めていた。

 

 その視線は、周囲の惨状へと向けられている。

 

 破壊しつくされたリヨンの街。

 

 住人たちは、文字通り全滅だった。

 

 不必要と思われるほど、徹底的な蹂躙。

 

 こんな事をする必要が、いったいどこにあると言うのか?

 

「無駄な質問をするのね。そんな事決まっているでしょう」

 

 長い髪を揺らしながら、女性はさも何でもない事のように告げる。

 

「サーヴァントだからよ。サーヴァントなら、マスターの命令は聞くものでしょ」

 

 そう言って嘯く。

 

 だが、

 

 その言動が、凛果の心を逆なでする。

 

 サーヴァントである以上、マスターの命令に従う物。それは確かにその通りだろう。

 

 立香や凛果も、少ない時間を利用して様々な知識を学んでいる。

 

 マスターとサーヴァントは決して切り離せない関係であり、サーヴァントはマスターの指示に従う物であると言うのは、聖杯戦争における基本の一つである。

 

 だが、サーヴァントである以上、目の前の女性も歴史に名を成した英霊であるはず。

 

 そんな英霊がなぜ、このような残虐な事ができるのか?

 

 凛果が思う「英雄」の姿と、目の前の女が行った行為は、どうしても結びつかなかった。

 

「・・・・・・さあ、問答なんて、どうでも良いでしょ」

 

 そんな凛果の思考を遮るように、女性はいら立ったように言い放った。

 

 同時に、手にした錫杖を掲げる。

 

「私は竜の魔女の配下として、この街を蹂躙した張本人。そしてあなた達は、私を阻止する為にここへやって来た。なら、お互いの『役割』を果たすとしましょう」

 

 それは、紛れもない開戦への誘い。

 

 既に両者、激突は不可避なところまで来ている。

 

 眦を上げる凛果。

 

 元より、こちらとしてもこれだけの惨状を齎した相手に、躊躇する気は無かった。

 

「みんな、お願い」

「ん、任せて」

 

 凛果の言葉を受けて、腰の刀を抜き放つ響。

 

 同時に美遊とエリザベートもそれぞれ、剣と槍を構える。

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 群がりくるワイバーンの群れ。

 

 翼を鳴らし、極まを剥く獰猛な魔獣。

 

 その姿を見据え、

 

「はァァァッ!!」

 

 美遊が飛んだ。

 

 跳躍と同時に、抜き放った剣を振り翳す白百合の少女。

 

 陽光に反射して煌めく剣閃が、振り翳された翼竜の鉤爪と交錯する。

 

 次の瞬間、

 

 竜の前肢は叩き斬られる。

 

 たちまち、翼竜は激痛により、空中でのたうち回る。

 

 見える、決定的な勝機。

 

「決めるッ!!」

 

 美遊はそのまま勢いを殺さずに、翼竜の腹部に剣を突き立てる。

 

 致命傷を与えた、と言う確信が、剣を通して美遊の手に伝わってくる。

 

 断末魔の絶叫を放つ翼竜。

 

 だが、美遊はそこではまだ、留まらなかった。

 

 力を失い落下しかける翼竜に足を掛けて剣を引き抜くと、巨体を足場にして更に跳躍する。

 

 風に舞うスカートが、ふわりと可憐に跳ね上がる。

 

 舞い踊るように、少女は空中で剣戟の体勢を取る。

 

 翼ある竜に対して、空中戦を仕掛ける美遊。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 大上段から斬り落とされる剣閃。

 

 その一撃が目の前の翼竜の首を叩き落す。

 

 鮮やかな剣閃。

 

 同時に、着地する美遊。

 

 やや遅れて、翼竜の躯も少女の背後に落下した。

 

 不安定な空中にあってさえ、美遊はその剣技は冴えを損なう事無く翼竜を屠っていく。

 

 立ち上がり、剣を血振るいする美遊。

 

 その鋭き眼差しは、尚も踊る戦気を輝かせていた。

 

 一方、

 

 エリザベートも手にした槍を振るって戦い続けていた。

 

 彼女の場合羽がある分、より安定した空中戦が可能となっている。

 

 翼竜の攻撃を急ターンして華麗に回避するエリザベート。

 

 同時に手にした槍を、思いっきり旋回させる。

 

「遅いわよ!!」

 

 重量のある槍は少女の細腕によって豪快に旋回し、遠心力の乗った一撃を容赦なくワイバーンにお見舞いする。

 

 一撃で致命傷を負い、断末魔の悲鳴を上げるワイバーン。

 

 そのまま高度を保てずに落下していく。

 

 エリザベートは更に、背中の羽を羽ばたかせ、高度を上げに掛かる

 

 そこへ、1匹のワイバーンが旋回しつつ、エリザベートを追って襲い掛かってくる。

 

 だが、

 

 軽快に動き回るエリザベートを捉える事は出来ない。

 

 エリザベートは小回りに旋回を繰り返し、翼竜の攻撃を空振りさせていく。

 

「はッ そんなんじゃ、ステージに立つのは百年早いわね!!」

 

 言いながら、槍を振り翳すエリザベート。

 

「下積みから出直してきなさい!!」

 

 突き立てられる槍の穂先。

 

 その一撃は、ワイバーンの脳天を真っ向から刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 美遊とエリザベートがワイバーン相手に死闘を繰り広げる中で、

 

 響は1人、指揮官である女と対峙していた。

 

 刀の切っ先を向けて構える響。

 

 対して、聖女は手にした錫杖を構えて迎え打つ。

 

 睨み合う両者。

 

 その視線が空中で激突し、火花を激しく散らす。

 

 次の瞬間、

 

「んッ!!」

 

 響が仕掛けた。

 

 長いマフラーを靡かせて駆ける、アサシンの少年。

 

 正面からは仕掛けず、間合いを斜めに切るように走る響。

 

 対して、聖女は手にした錫杖を掲げると、響めがけて魔力弾を放つ。

 

 炸裂する魔力弾。

 

 しかし、それよりも一瞬早く、響は地を蹴って進路を切り替える。

 

「速いッ!?」

 

 驚いたように声を上げる聖女。

 

 だが、呆けている暇は無い。

 

 すかさず響を追って、更に魔力弾を放つ。

 

 次々と連射される魔力弾。

 

 空中に閃光が迸り、着弾した瓦礫がさらに破壊される。

 

 だが、聖女が魔力弾を放つよりも先に、響は身を翻して回避。着実に距離を詰めていく。

 

 ジグザグ走法、とでも言うべきか。

 

 正面から突撃するのではなく、敵の攻撃をかく乱、回避しつつ距離を詰めていく。

 

 人間相手では、そうそう成功するものではない。いかに素早く動こうと、人間の瞬発力はたかが知れているからだ。

 

 だが、サーヴァントなら話が違ってくる。

 

 特にアサシンである響は、高い敏捷ステータスを誇っている。並の相手なら機動力で充分圧倒できる。

 

 駆ける響。

 

 その速度たるや、少年の姿が霞んで見える程である。

 

 移動の瞬間は視界から外れ、僅かに切り返しの瞬間のみ、視界に入る程度だ。

 

 殆ど瞬間移動に近い速度。

 

 女が放つ魔力弾は響を捉える事叶わず、虚しく瓦礫を弾けさせるのみ。

 

 素早く動く響の影すら追えないでいる。

 

 次の瞬間、

 

「んッ!!」

 

 間合いに入った響が、刀の切っ先を突き込む。

 

 きらめく刃。

 

「クッ!?」

 

 対して、聖女はとっさに錫杖を掲げて響の斬撃を受け止める。

 

 だが、

 

「まだッ!!」

 

 響も、そこで止まらない。

 

 すかさず刃を返すと同時に、斬り上げるように斬撃を繰り出す。

 

 縦に走る一閃。

 

 その一撃を、聖女は後退する事で辛うじて回避する。

 

 だが、

 

「やるわねッ けど、まだまだよ!!」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、聖女は魔力を錫杖に充填する。

 

 対して響も、刀を構えなおして再度仕掛ける。

 

「やらせないッ!!」

 

 袈裟懸けに振り下ろされる刀。

 

 だが、

 

 今度は女の方が早かった。

 

 至近距離から放たれた魔力弾が響へと襲い掛かる。

 

「ッ!?」

 

 響の視界いっぱいに広がる魔力の閃光。

 

 回避は不可能。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「ん、こっち」

「なッ!?」

 

 背後から聞こえてきた声に、とっさに振り返る聖女。

 

 果たしてそこには、

 

 刀を振り翳した状態で立つ響の姿があった。

 

 魔力弾が直撃するよりも早く、響は彼女の背後へと回り込んでいたのだ。

 

「これ、でェ!!」

 

 刀を振り下ろす響。

 

 月牙の軌跡を描く銀の刃。

 

 対して、

 

 女性も咄嗟に、錫杖を振り上げて響の攻撃を防ごうとする。

 

 だが、勢いは響の方にある。

 

 振り下ろした剣は、聖女の体勢を大きく崩した。

 

「チッ ここまで素早いなんてッ!?」

 

 よろけるように舌打ちしつつ、とっさに後退して体勢を立て直そうとする聖女。

 

 だが、響もそれを許さないとばかりに追撃を掛ける。

 

「逃がさな、いッ!!」

 

 刀の切っ先を女性に向け、攻撃を掛けるべく引き絞る。

 

 次の瞬間、

 

 女性の目が、鋭く光った。

 

「まだよッ!!」

 

 叫びながら、前へと出る聖女。

 

 刀を繰り出す響。

 

 両者、交錯する。

 

 そして、

 

 ドスッ

 

「・・・・・・・・・・・・なッ!?」

 

 驚く響。

 

 その腹に広がる、鈍く重い痛み。

 

 少年の腹には、女の拳が深々と突き刺さっていた。

 

 響が攻撃を仕掛けようとした一瞬の隙を突く形で、女性は反撃を仕掛けたのだ。

 

 しかも、その清楚な姿からは想像もつかない肉弾戦で。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 静かな呼気と共に響の体から拳を引き抜くと、猛烈な拳打のラッシュを仕掛ける。

 

 それだけではない。聖女の拳には強化魔術が掛けられており、並の武器を遥かに上回る打撃力を誇っている。

 

 その圧倒的な打撃量を前に、虚を突かれた響は完全に後手へと回る。

 

 小さな体に、次々と突き刺さる拳。

 

 その圧倒的な手数を前に、響は反撃の糸口を掴めずにサンドバック状態にされてしまう。

 

 そして、

 

「これで・・・・・・終わりよッ!!」

 

 強烈な一撃が、響の顔面に炸裂した。

 

 拳を打ち切った状態の聖女。

 

 対して、

 

 大きく後退する響。

 

 眦を上げる。

 

「結構・・・・・・やる」

 

 呟きながら、口元から垂れた血をぬぐう。

 

 最後の一撃が特に効いているようだ。それ以外にも強烈な攻撃を幾度も食らい、少年の小さな体は大きなダメージを受けている。

 

 その体には、殴られた事による大小の傷が見えた。

 

「悪いわね。最近の聖女は、肉弾戦も必須なのよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 成程。

 

 まさか、あの姿で白兵戦(ステゴロ)を仕掛けてくるとは、流石に考えてもいなかった。

 

 「僧侶=後方支援担当=非力」と言う方程式は、目の前の聖女には当てはまらないらしい。

 

 それにしても、

 

 響は自分の体の状況を確認する。

 

 かなり重いパンチだった。今もダメージが足に来ている。

 

 機動力が最大の武器である響が、足をやられたらそこで終わりである。

 

 だが、

 

「ん・・・・・・まだ、動く」

 

 呟きながら、刀を構えなおす。

 

 体内に魔力を走らせ、活性化させる。

 

 ダメージを負って下がった身体能力を補正。再び刀を構えなおす。

 

「響、回復を」

 

 後方で見ていた凛果も、礼装に施された術式を起動。響に回復魔術を掛けていく。

 

 温かい光が少年の身を包み、傷ついた体が少し楽になっていく。

 

「ん、凛果、ありがと」

 

 マスターに礼を言い、改めて刀を構えなおす響。

 

 対して、

 

「そう、まだ来るのね」

 

 どこか悲し気な口調で告げる聖女。

 

 同時に、眦を上げる。

 

「なら、こちらももう、手加減はしないわ」

 

 静かに告げられる言葉。

 

 だが、

 

 同時に、女の中で魔力が高まるのを、響は感じていた。

 

「・・・・・・・・・・・・何を」

 

 刀の切っ先を向けながら、響は緊張した面持ちで呟く。

 

 女が何か、奥の手を使おうとしている。

 

 そう感じたのだ。

 

 やがて、

 

 女を中心に魔法陣が描かれる。

 

 同時に、見開かれた目から魔力の光が放たれる。

 

「出でよ、愛知らぬ哀しき竜よ・・・・・・ここに、星のように!!」

 

 魔力が空間に呼応する。

 

 振動する大気。

 

 同時に、女の背後に魔力の門が開かれる。

 

「来なさいッ 愛知らぬ哀しき竜(タ ラ ス ク)!!」

 

 開かれる巨大な口。

 

 そこから現れた物は、想像を絶していた。

 

 岩をそのまま削り出したようなごつごつした巨体に、短い首。長い尾が空気を叩くように旋回し、脚は6本もある。

 

 その凶悪な目が、自らの主の敵を睨み据えていた。

 

 

 

 

 

 翼を羽ばたかせて急降下してくるワイバーン。

 

 その光る鉤爪が、眼下の少女に狙いを定める。

 

 対して、

 

 美遊は眦を上げて剣を構える。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 同時に跳躍。勢いを殺さずに斬りかかる。

 

 少女の白いドレスが、空中に咲く花の如く舞う。

 

 交錯。

 

 次の瞬間、

 

 ワイバーンの前肢は美遊の剣によって叩ききられる。

 

 苦悶の絶叫を上げるワイバーン。

 

 だが、美遊はそこで動きを止めない。

 

「これで・・・・・・終わり」

 

 静かな呟き。

 

 同時に、斬線が縦横に奔る。

 

 美遊の素早い斬撃を前に、ワイバーンは血しぶきを上げて絶命する。

 

 スカートをふわりと靡かせる美遊。

 

 そのまま重力の法則に従い着地する。

 

「・・・・・・・・・・・・これで」

 

 剣を下ろしながら、美遊は呟く。

 

 既に周囲に、ワイバーンの姿は無い。全て、美遊とエリザベートによって倒されていた。

 

 とは言え、

 

「今更こんなことしても、どうにもならない・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊は哀し気な眼差しで呟く。

 

 周囲に広がるのは、瓦礫と化したリヨンの街。

 

 自分たちがもう少し早く来ていたら、こんな事にならなかったかもしれない。

 

 そんな想いが、美遊の脳裏によぎる。

 

 だが、

 

「考えすぎよ」

 

 そんな美遊の想いを感じ取ったように、背後から声が聞こえてきた。

 

「エリザベートさん・・・・・・・・・・・・」

 

 槍を肩に担ぎながら、美遊に歩み寄るエリザベート。

 

 どうやら、向こうの方も片付いたらしかった。

 

「あたしたちが間に合わなかったのは結果論よ。先の事なんて誰にも判りっこないんだから、あそこでああしてれば良かった、とか、こうしてれば良かったとかって考えるだけ、時間の無駄よ」

「けど・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな風には割り切れない。

 

 美遊は、どうしてもそう思ってしまうのだった。

 

 そんな美遊の様子に、エリザベートは嘆息する。

 

 まあ、気持ちは判らないでもない。

 

 切り替える術は、自分で見つけていくしかないのだ。

 

 その時だった。

 

 突如、巨大な地鳴りが発生し、思わず2人の体が浮き上がるのが感じた。

 

「キャッ!?」

「な、何ッ!?」

 

 思わず振り仰ぎ、振動のした方角を振り返る美遊とエリザベート。

 

 果たしてそこには、

 

 瓦礫と化した街を破壊しながら、巌の如く現れた巨竜の姿があった。

 

「あれはいったいッ」

 

 思わず絶句する美遊。

 

 竜は、その凶悪な姿でリヨンを蹂躙しながら、ゆっくりと進撃している。

 

「まずいわね。多分あれ、さっきの女の宝具よ」

「あれが・・・・・・・・・・・・」

 

 エリザベートの言葉に、美遊は唇を噛み占める。

 

 いったい、あんな奴を相手にどう戦えばいいのか?

 

 そして、

 

 今、あれと戦っているであろう少年の事を思い浮かべる。

 

「響・・・・・・・・・・・・」

 

 あんな相手と単独で対峙している少年の身が思うと、美遊の中で気が逸るようだった

 

 その理由は判らない。

 

 だが、

 

 茫洋として、どこか危なげな印象がある響。

 

 気が付くと、放っておけない気持ちになってしまう少年。

 

 行かなければ。

 

 美遊がそう思うのに、刹那の間も必要なかった。

 

「行きます」

「あ、ちょっと待ちなさい、美遊ッ あたしも行くってば!!」

 

 駆けだす美遊。

 

 その背後から、エリザベートも慌てて追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 果たしてこれを「竜」と呼んで良い物か?

 

 凛果と響は、突如として目の前にその巨体を現した「怪獣」を、あんぐりと口を開けて眺めている。

 

 もしここが日本なら「玄武」と呼称したかもしれない。

 

《まずいぞ凛果ちゃん!! あの女の真名が判ったッ!!》

「わッ ダ・ヴィンチちゃんッ!? 急に何!?」

 

 突然、割り込んで来たダ・ヴィンチに、驚く凛果。

 

 だが、ダ・ヴィンチは構わず続ける。

 

《「愛知らぬ哀しき竜(タ ラ ス ク)」とは、遥か昔、ローヌ川近辺に生息していたと言われる半獣半魚の竜だ。伝説の怪物リヴァイアサンの子として産まれ、人々に恐れられた怪物でもある。だが、1人の女性によって鎮められる事になる》

 

 その間に聖女は、竜の頭に飛び乗ると、真っすぐに錫杖を響へと向ける。

 

《彼女の真名は「聖マルタ」。悪竜討伐の伝説を持つ聖女だ!!》

 

 

 

 

 

 

第8話「竜飼いの聖女」      終わり

 



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第9話「交錯する剣閃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な地響きが、大地を揺るがす。

 

 「それ」が一歩歩くごとに、瓦礫と化した街その物が崩れていく印象があった。

 

 騎兵(ライダー)マルタの宝具「愛知らぬ哀しき竜よ(タ ラ ス ク)」。

 

 それは生前、マルタ自身が鎮めたと言う悪竜タラスク。

 

 神獣リヴァイアサンの子として生を受けながら幼い頃に捨てられ、以来、ローヌ川の畔に住み着き暴れては、近隣住民に恐れられたと言う。

 

 そこで、悪竜討伐の為にやって来た人物こそが、聖マルタであった。

 

 戦いの末、タラスクを鎮める事に成功したマルタ。

 

 タラスクもまた、マルタの説得を聞き入れ、大人しく従う道を選んだ。

 

 だが結局、タラスクはその後、恨みを持つ人々に殺されたと言う。

 

 しかし、その事を哀れんだマルタは生涯、タラスクを守護霊として連れ歩いたと言われている。

 

 そのタラスクを、マルタは宝具として召喚したのだ。

 

 迫りくる、小山の如き巨体。

 

 その足元を、

 

 響は凛果を抱えて走る。

 

「ちょーッ!! 来る来る来る!!」

「ウニャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 タラスクの足を、高速で駆けながら回避する響。

 

 だが、

 

 悪竜が踏み込むたびに大地が揺れ、足元が掬われそうになる。

 

 地面その物が、跳ねるかのような振動。

 

 殆ど、地震の根源が足を生やして歩いているような物である。足元にいる響達からすれば堪ったものではなかった。

 

 もう泣きそうである。

 

「あれガメラ!? ガメラ!?」

「いやー、どっちかって言うとアンギラスとかなんじゃないかなッ!?」

 

 言ってる傍から巨大な脚が大地を踏み、アサシンの少年の体が容赦なく宙に浮きあがる。

 

 投げ出される、響と凛果。

 

 暢気に怪獣談義やってる場合じゃなかった。

 

「うわわわッ!?」

「ちょ、ちょっとーッ!?」

 

 何とか空中で体勢を立て直すと、着地に成功する。

 

 素早さでは響が断然勝っているが、相手は何しろあの巨体である。

 

 響が10歩掛かる距離を、タラスクは1歩で詰めてくる。純粋な駆けっこでは距離を取れない。

 

「何とかなんないの響ッ このままじゃやられるわよ!!」

「ん、無理ッ 相性悪すぎ!!」

 

 あんな巨体相手に、刀一本ではどうにもならないのは明白である。

 

 唯一、勝機があるとすれば。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響の視線が、タラスクの頭の上に立つマルタを見やる。

 

 タラスクは竜ではあるが、同時にマルタが振るう宝具でもある。つまり、マルタさえ倒す事が出来れば、同時にタラスクも撃退できることになる。

 

 彼女を直接討つ事が出来れば、勝機もあるのだが。

 

 しかし、凛果を抱えている状況では、それもできない。せめてマスターの身の安全だけでも確保しない事には。

 

「響、降ろしてッ 私も走るから!!」

「ダメッ 追いつかれる!!」

 

 自分が響の足枷になっている事は、凛果も理解している。

 

 この暗殺者の少年にフリーハンドを与える為には、自分が離れるべきなのだ。

 

 だが、それも出来ない。

 

 サーヴァントである響の足ですら、辛うじて回避できている程度なのだ。凛果がタラスクの進撃から、逃れられるとは思えなかった。

 

 その時だった。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮と共に、その巨大な口を開くタラスク。

 

 口内には、マグマの如き炎の塊が見える。

 

「ちょッ まさか、あれ吐く?」

「嘘でしょーッ!?」

 

 絶句する、響と凛果。

 

 あんな物を吐かれたら、それこそ骨も残らないだろう。

 

 タラスクの上で、マルタが勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

 

「これで、チェックメイトよ!!」

 

 言い放つと同時に、腕を振るうマルタ。

 

 同時に大口を開いたタラスクが炎を吐き出そうとした。

 

 その時だった。

 

「そうだッ」

「何ッ 何か浮かんだ?」

 

 叫んだ響に、藁にも縋る想いで凛果が尋ねる。

 

 今は、何でも良いから、あの怪獣モドキを止める手段が欲しかった。

 

 そんな中、響の中では思考が走る。

 

 あのタラスクと言う巨竜は、もともとマルタが鎮めたと言う。

 

 マルタはあの通りの美人である。

 

 つまり、タラスクは美人に弱い(はず)。

 

「ん、凛果が色仕掛けで誑かす・・・・・・無理か」

「ふざけんなァ!! あと『無理』って何だ『無理』ってェェェェェェ!!」

「ん、何か、ごめん」

「謝るなァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 ギャーギャーと言い合う主従。

 

 割と余裕なようにも見える。

 

 が、

 

 現実問題として、背後から迫るタラスクは止まらない。

 

 巨大な足音と共に迫ってくる。

 

「んッ!!」

 

 このままじゃ埒が明かない。

 

 イチかバチか、攻めに転じるか?

 

 響がそう思った。

 

 次の瞬間、

 

「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 気合と共に、飛び込んでくる白き花の如き剣士。

 

 白いドレスのスカートを靡かせて、美遊はタラスクの鼻っ面に斬りかかった。

 

 体表に激突する剣閃。

 

 だが、

 

 当然、効果は無い。

 

 美遊の剣は悪竜の固い表皮に弾かれ、少女の体は空中でバランスを崩す。

 

 だが、美遊は諦めない。

 

 落下しながら空中で体勢を立て直すと、すかさず、廃墟と化した民家の屋根に着地、再び跳躍してタラスクに斬りかかった。

 

 少女の剣が、タラスクの鼻先を霞める。

 

 美遊の攻撃により、機を逸したタラスクは、そのまま小さな少女に翻弄される。

 

 その間に、凛果を抱えた響は、どうにか安全圏まで逃れる事に成功していた。

 

「ん、ここまで来れば」

 

 凛果を下ろしながら、響は一息つく。

 

 タラスクから一定距離離れる事は出来た。ここまで来れば、もう安心なハズである。

 

 と、

 

 そこへ、屋根を伝う形で駆けてきたエリザベートが、2人の元へと駆け寄って来た。

 

「響、小ジカ、無事よねッ!?」

「ん、エリザ、こっち」

「何とかね。けど、怖かった~」

 

 地面にぺたんと座りながら、安堵のため息を吐く凛果。

 

 あんな怪獣もどきに追いかけられれば、そりゃ怖いだろう。

 

 だが安心もしていられない。

 

 まだ美遊が戦っている最中だし、何よりマルタを倒さない事には事態は解決しないのだから。

 

 刀を取る響。

 

 上げた眦は、尚も暴れまわっているタラスクを睨み据える。

 

「ん、エリザ、凛果お願い」

「良いけど、あんたはどうするのよ?」

 

 訝るエリザ。

 

 対して響は、腰に差した刀の柄に手をやる。

 

 その姿を見て、凛果も眦を上げる。

 

 自らのサーヴァントが戦場に戻ろうとしている。

 

 ならば、信じて送り出すのも、マスターとしての務めだった。

 

「響、お願いね」

「ん」

 

 凛果の言葉に頷く響。

 

 同時に、戦場に戻るべく地を蹴った。

 

 

 

 

 

 空中を蹴って加速する美遊。

 

 黒髪のショートポニーが風に舞い靡く中、少女は白き流星のように斬りかかる。

 

「ハッ!!」

 

 真っ向から振り抜かれる剣閃。

 

 しかし、

 

 少女の手には、硬質な感触と共に痛みが走る。

 

 同時に美遊の体は、投げ出されるように弾き戻される。

 

「っ!?」

 

 顔を顰める美遊。

 

 やはり、タラスク相手にいくら攻撃を仕掛けても効果は無い。

 

 これまで戦ってきたワイバーンとは、そもそもからして次元の異なる相手だった。

 

 と、

 

 美遊に向けて、魔力弾が放たれる。

 

「クッ!?」

 

 着弾前に跳躍して回避する美遊。

 

 だが、

 

 魔力弾は執拗に放たれ、美遊は後退を余儀なくされる。

 

「私を忘れないでよね!!」

 

 タラスクの頭の上で魔力弾を放ちながら叫ぶマルタ。

 

 その間に、タラスク自体も美遊へと襲い掛かる。

 

 振るわれる強大な前肢。

 

 マルタの攻撃に一瞬、気を取られた美遊はタラスクへの対応が遅れる。

 

「グッ!?」

 

 タラスクの前蹴りを、とっさに掲げた剣で受け止める美遊。

 

 剣は悪竜の爪を辛うじて防ぎ止める。

 

 だが、衝撃までは殺しきれなかった。

 

「ああッ!?」

 

 大きく吹き飛ばされ、宙に舞う美遊。

 

 最早、バランスを取り戻すだけの余裕はない。

 

 そんな美遊に対し、錫杖を真っすぐに掲げるマルタ。

 

「・・・・・・ごめんなさいね」

 

 短い呟きと共に、魔力弾が放たれる。

 

 閃光は真っ直ぐに美遊へと向かう。

 

 直撃は免れない。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 横合いから飛び出して来た影が、かっさらうようにして美遊を抱きかかえると、マルタの射線上から飛びのいたのだ。

 

「響ッ!?」

「ん、間に合ったッ!!」

 

 凛果をエリザベートに預けた後、戦場に引き返してきた響。

 

 間一髪。空中に投げ出された空中で美遊の体をキャッチする事に成功したのだ。

 

 だが、

 

「響、まだ来る!?」

「ッ!?」

 

 美遊の警告に、振り返る響。

 

 果たしてそこには、

 

 再び大口を開け、「砲撃」体勢を整えたタラスクの姿がある。

 

「やれッ!!」

 

 マルタの号令と共に、吐き出される炎。

 

 その一撃が、空中の響と美遊に襲い、追い打ちを掛かる。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちする響。

 

 とっさに魔力を走らせ、空中に足場を作ると、蹴り込んで跳躍する。

 

 刹那、

 

 炎は2人のすぐ脇を駆け抜けていく。

 

 直撃は免れる、響と美遊。

 

 だが、衝撃までは殺せない。

 

 2人はそのまま、地面に向けて急速に落下していく。

 

「ん!!」

 

 とっさに、美遊を抱え込む響。

 

 同時に、少しでも衝撃を和らげるべく、空中でバランスを取る。

 

 次の瞬間、

 

 2人は民家の天井を突き破る形で落着した。

 

 衝撃で床に叩きつけられる2人。

 

「痛たたたたたた」

 

 ややあって、体を起こす美遊。

 

 どうやら、民家の屋根が良い感じにクッションになったらしく、ダメージは殆ど無い。

 

 と、

 

「そう言えば、響ッ!!」

 

 自分を救ってくれた少年の事を思い出し、周囲を見渡す美遊。

 

 だが、響の姿は見えない。

 

 まさか、ここに落ちる前にはぐれてしまったのか?

 

 そう思った。

 

 その時、

 

「む・・・・・・むぐぐぐ」

 

 突然、聞こえてきた、くぐもったような声。

 

 その声は、

 

 美遊のスカートの中、

 

 座り込んでいる、お尻の下から聞こえてきている。

 

 実はこの時、

 

 美遊は仰向けに倒れた響の顔面の上に座り込むように落下していたのだ。

 

「キャッ!?」

 

 思わず、その場から飛びのく美遊。

 

 どうやら響は最後まで、美遊を庇おうとしたらしい。その結果、彼女の下敷きになってしまったのだ。

 

「お、ごめんなさい響ッ その、大丈夫?」

「ん、な、何とか・・・・・・」

 

 頭を振りながら、辛うじて答える響。どうやら、思ったほどにはダメージは無いらしい。

 

 ところで、

 

「響・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・ん?」

 

 互いに妙な間の沈黙をもって言葉を交わす2人。

 

 美遊はやや上目使いに響を見て、響は僅かに視線をそらしている。

 

 気まずい空気。

 

 ややあって、

 

「その・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊の方から口を開いた。

 

「見た?」

 

 何を、とは言わない。

 

 何しろ、あの体勢である。主語抜きでも十分言葉は通じる。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・見てない」

 

 目を逸らしたまま答える響。

 

 だが、顔がほんのり赤くなっているのは気のせいだろうか?

 

「・・・・・・ふーん」

 

 そんな響に、疑惑の眼差しを向ける美遊。

 

 そして、

 

「それで、何色だった?」

「白・・・・・・あ」

 

 あっさり語るに落ちる響。

 

 何と言うか、嘘を吐く事が超絶へたくそだった。

 

「・・・・・・やっぱり見たんだ」

「ごめんなさい」

 

 スカートを押さえた美遊が、ジト目で響を睨む。こちらの顔も、ほんのり赤く染まっていた。

 

 その時だった。

 

 鳴り響く地鳴り。

 

 その音が、徐々に近づいてくるのが判る。

 

「これはッ」

「ん」

 

 頷き合うと、廃墟を飛び出す美遊と響。

 

 果たしてそこには、

 

 進撃してきたタラスクと、その頭の上に陣取るマルタの姿があった。

 

「そろそろかくれんぼは終わりよ。わたしも暇じゃないしね」

 

 殆ど勝利が確定したかのように告げるマルタ。

 

 対して、響と美遊も、それぞれ剣を構えて対峙する。

 

 しかし、圧倒的な力を誇るタラスクを前に、殆ど手も足も出ない状況である。

 

 現状、あの悪竜を倒す事は難しい。

 

 しかし、諦める訳にはいかない。

 

 自分たちの大切なマスターを守るためにも。

 

 そんな子供たちの態度に、嘆息するマルタ。

 

 どうやら、説得に応じるような相手ではないと悟ったようだ。

 

「・・・・・・・・・・・・仕方ないわね」

 

 呟きながら、腕を掲げる。

 

 同時に、タラスクが攻撃態勢に入った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

「やらせませんわ!!」

 

 

 

 

 

 涼やかに響く声。

 

 同時に、

 

 タラスク上のマルタ目がけて、きらきらと輝く物が投げつけられた。

 

「クッ これはッ!?」

 

 とっさに打ち払うマルタ。

 

 それは薔薇の花だった。

 

 だが、ただの薔薇の花ではない。

 

 魔力によって構成されたガラスの薔薇。

 

 咲き誇る薔薇が、次々とマルタへと襲い掛かる。

 

「クッ 鬱陶しい!!」

 

 攻撃を振り払おうとするマルタ。

 

 だが、

 

 そのせいで一瞬、タラスクの制御が疎かになる。

 

 進撃が鈍る悪竜。

 

 その一瞬の隙を突くように、飛び出して来た影がある。

 

「そこまでだ、哀しき竜よ。その歩み、ここで止めてもらおう!!」

 

 振り下ろされる剣。

 

 その一撃が、タラスクの額を大きく斬り裂く。

 

 苦悶の咆哮を上げるタラスク。

 

 その様子を、響と美遊は茫然と眺めている。

 

「いったい、何が・・・・・・・・・・・・」

 

 突然の状況に、理解が追い付かない。

 

 と、その時、

 

 背後から腕を引かれ、響は振り返った。

 

「ん?」

「さあ、今の内よ。私の仲間が頑張っている内に」

 

 美しい少女だった。

 

 銀色の長い髪を丁寧にセットし、赤いドレスのような衣装と、大ぶりな帽子を被っている。

 

 場所が場所だけに、フランス人形の如き印象があった。

 

 その時、

 

 天上に届くかと思われる美しい音色が、戦場へと流れだした。

 

 耳を打つ音色は、聞く者の心を優しく癒していくようだ。

 

 否、

 

 それだけではない。

 

 その楽曲の音色を聞いたタラスクが、明らかに怯みを見せている。

 

 まるで、突如として起こった不調を訴えるかのように、悪竜は苦悶を浮かべているのが判る。

 

 その様子を見て、

 

「ん、美遊」

「え、響?」

 

 声を掛けられ、振り返る美遊。

 

 響の視線は、尚も迫るタラスクを見上げている。

 

 今も、動きを鈍らせているタラスク。

 

 しかし、マルタが必死に制御を取り戻そうとしているのが判る。

 

 しかし、先程から降り注ぐガラスの薔薇による攻撃がマルタの集中を乱し、思うに任せていない。

 

 仕掛けるなら今だった。

 

「ここで決める」

「ええ」

 

 頷き合う、響と美遊。

 

 そんな2人の様子を見て、少女はクスッと笑う。

 

「存分におやりなさい。援護は私に任せて」

 

 そう言って優しく笑う少女。

 

 その言葉を背に、響と美遊は一気に跳躍した。

 

 

 

 

 

 暴れるタラスク。

 

 その上にいるマルタは、必死に制御を取り戻そうと躍起になっている。

 

 しかし、

 

 執拗に攻撃を仕掛けてくる謎の騎士。

 

 更に、先程から鳴り響く美しい楽曲。

 

 これも、ただの楽曲ではない。恐らく音色には魔力が込められている。

 

 この曲が、マルタとタラスクの体を不可視の力で拘束し、動きを鈍くしているのだ。

 

「クッ タラスク、振りほどいて!!」

 

 指示を送るマルタ。

 

 その声に答えるように、タラスクも咆哮を上げる。

 

 だが、

 

 その前に、

 

 飛び込んで来た小さな影が2つ。

 

 響と美遊だ。

 

 長いマフラーを靡かせて、刀を振り翳す響。

 

 純白のスカートをひらめかせ、華麗に剣を振り上げる美遊。

 

 正面から迫る暗殺者の少年少女を前に、マルタはとっさに攻撃態勢に入ろうとする。

 

 だが、

 

「遅いッ」

「これでッ!!」

 

 放たれた魔力弾を、左右に分かれて回避する響と美遊。

 

 互いに息ぴったりな連携を前に、マルタの攻撃は空を切る。

 

 距離を詰める、アサシンとセイバー。

 

 同時に、

 

 二振りの刃が、同時に奔った。

 

 マルタを斬り裂く、交差された剣閃。

 

「ッ!?」

 

 息を呑む聖女。

 

 膝を突くマルタ。

 

 響と美遊は、それぞれの剣を振り翳した状態で動きを止めている。

 

 ややあって、

 

「・・・・・・・・・・・・フッ」

 

 マルタは力なく笑う。

 

 その笑顔は涼やかで、どこか憑き物が落ちたようにも見える。

 

「ようやく、終わったわね・・・・・・ったく、聖女に虐殺なんてやらせるんじゃないわよ」

 

 悪態を吐くマルタ。

 

 これでやっと、望まぬ状況から解放される。

 

 そんな思いが見て取れた。

 

 顔を上げるマルタ。

 

 その双眸が響を、そして美遊を見詰める。

 

「・・・・・・礼は言わないわよ。けど、まあ、迷惑かけたお詫びに、一つだけ助言してあげる」

「ん?」

「何ですか?」

 

 何だろう?

 

 顔を見合わせる、響と美遊。

 

 そんな2人を見ながら、マルタは続けた。

 

「あんた達が追い求める奴は、たぶんこの世界にはいないわよ」

「どういう事ですかッ?」

 

 勢い込んで尋ねる美遊。

 

 だが、マルタはそれ以上、何も語ろうとはせず、静かに目を閉じる。

 

「気を付けなさい・・・・・・あなた達が見ている闇は、あなた達が思っている以上に深く、濃いわよ」

 

 その言葉を最後に、光の粒子となって消滅するマルタ。

 

 同時に、タラスクもまた、主人に対する嘆きを発するように吠えると、その巨体を消滅させていく。

 

 マルタ、タラスク主従の敗北と消滅。

 

 これをもって、カルデア特殊班は、フランス南部の解放が完了するのだった。

 

 

 

 

 

第9話「交錯する剣閃」      終わり

 



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第10話「吹き荒れる憤怒」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは終わった。

 

 主を追うように、タラスクが姿を消していく。

 

 体を構成していた魔力が途切れ、大気に溶けるように。

 

 その表情は厳ついながらも、どこか安堵しているようにも見えたのは、気のせいだったのだろうか?

 

 その様子が、ここリヨンでの戦いのフィナーレとなった。

 

 タラスクの消滅に伴い、その上に乗っかっていた響もまた、地上へと降り立つ。

 

 既に周囲に、他の敵の気配は無し。

 

 リヨンの戦いは、カルデア特殊班の勝利に終わったのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 刀を鞘に納める響。

 

 そこへ、駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。

 

「響、大丈夫?」

 

 心配顔の美遊。

 

 対して、

 

「ん、問題ない」

 

 そう言って、響は無表情のまま親指を立てて見せる。

 

 その脳裏には、先程まで刃を交えていた聖女の事を思い出していた。

 

 マルタは確かに強敵だった。

 

 だが、

 

 響にはどこか、彼女が自分を止めてほしかったように思えていた。

 

 あるいは、こんな殺戮は彼女の本意ではなかったのかもしれない。

 

 その証拠に、どこか捨てセリフめいた言葉まで残している。

 

 いずれにせよ、消滅してしまった彼女に問いただす事は出来ない。今はただ、南部地方を平定できたことだけを喜ぶべきだった。

 

 それに、ちょっと良い想いも出来たし。

 

 心の中で、そんな事を考える響。

 

 つい先ほど、偶発的に遭遇してしまった美遊の恥ずかしい姿。

 

 視界いっぱいに広がった美遊の白いパンツ。

 

 そして、顔面に押し付けられたお尻の感触。

 

 まあ何と言うか、

 

 ちょっと柔らかかった。

 

 元々が小学生だから、肉付きはまだ薄い。とは言え、その肢体は、将来に大いに期待できる可能性を秘めている。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・何考えてるの、響?」

「ん、別に」

 

 見れば、美遊がジト目で響を睨んできている。

 

 慌てて視線を逸らす響。

 

 どうやら、何を考えているのかモロバレだったらしい。

 

 少年を非難がましい目で睨む美遊。だが、その顔がほんのり赤くなっている事は見逃さなかった。

 

 と、その時、

 

「おーい、美遊ちゃん、響!!」

 

 手を振りながら、こちらに駆けて来るマスターの姿があった。

 

 どうやらタラスクの消滅を見て、マルタの撃破に成功したと判断したのだろう。

 

 その凛果の背後からは、一緒に駆けて来るエリザベートの姿も見える。どうやら戦闘中、ちゃんと凛果を守ってくれていたらしかった。

 

 そして、

 

 そんな凛果たちとは別に、近づいてくる一団があった。

 

 男女3人の組。

 

 1人はタラスクに直接斬りかかった、甲冑の騎士。

 

 1人はゆったりした衣装を着た、楽士風の優男。

 

 最後の1人は、ミニスカート風のドレスを着た、可憐な少女。

 

 ジャンヌ達に出会った時もそうだったが、こちらはまた、輪をかけて奇妙な取り合わせの集団である。

 

 そして、

 

 気配から察する。

 

 新たに現れた3人もまた、響達と同じサーヴァントであると。

 

「ありがとね。おかげで助かったわ」

「いーえ。間に合ってよかったわ」

 

 礼を言う凛果に対し、代表者と思われる少女は笑顔で応じる。

 

 あのタラスクを操るマルタ相手に一歩も引かず、響達が反撃するきっかけを作った少女である。

 

 彼女もまた、ただ者ではない事が伺えた。

 

「そう言えば自己紹介がまだだったわね。私の名前はマリー、マリー・アントワネット。クラスはライダー、と言う事になるわね」

「え、マリー・アントワネットって・・・・・・」

 

 流石に、その名前には凛果も聞き覚えがあった。

 

 見れば、美遊も驚いたように目を見開いている。

 

 マリー・アントワネット。

 

 18世紀に存在したフランス王妃。

 

 元はハンガリー女大公マリア・テレジアの娘(十一女)。

 

 ルイ16世の妻として、激動の革命時代を生き、最後には断頭台の露と消えた悲劇の女性。

 

 しかし、

 

 目の前で笑顔を浮かべる少女からは、そんな陰惨な印象は無い。

 

 どこまでも可憐に咲き誇る、花のようなイメージだ。

 

「んー・・・・・・・・・・・・」

 

 と、

 

 そこで何事かを考えていた響が、ポムッと手を打つと、マリーを指差して言った。

 

「ん、お菓子の人」

「響、その認識はどうなの?」

 

 マリーを称した響の言葉に、美遊がツッコミを入れる。

 

 確かに、マリー・アントワネットの有名な言葉として「パンが無ければお菓子を食べればいい」などと言う物がある。

 

 それは長く「高慢な王侯貴族としてのマリー・アントワネット」を象徴しており、財政難によって貧困に喘ぐフランス国民が、マリーに怒りをぶつけるきっかけにもなったとされる。

 

 しかし、近年の研究では、それはマリー自身が言った言葉ではなく、同時期に刊行された小説の登場人物が言ったセリフであったとされている。国民はそれを、マリーの言葉と誤解してしまったのだ。

 

 そもそも、本来のマリー・アントワネットは財政再建に積極的で、彼女自身大変な倹約家であったと言う記録も残っているくらいである。

 

 それでなくても、当時のフランスは既に大国。王妃とは言え、1人の人間が散財したくらいで財政が傾く事はあり得なかった。

 

 言わばマリーは、風評被害で悪者にされてしまったような物である。

 

 と、

 

 響は短パンのポケットから何かを取り出すと、マリーに向かって差し出した。

 

「ん、食べる?」

「あら、何かしら?」

 

 受け取るマリー。

 

 それは、出撃前にみんなで食べていた煎餅だった。おやつ代わりに持って来ていたらしい。

 

 一口食べて、パリパリと咀嚼するマリー。

 

「パンとも、クッキーとも違う。変わった味ね。けど好きよ、こういうのも」

「ん、何より」

 

 煎餅の感想を聞き、満足そうに頷く。

 

 その様子を、一同は唖然として見つめている。

 

「何って言うか、シュールだよね」

「同感です」

 

 凛果と美遊が、嘆息気味に2人のやり取りを見詰めている。

 

 マリー・アントワネット。

 

 どう考えてもケーキとか洋菓子とかが似合いそうなフランス史上最も有名な王妃殿が、日本の煎餅を美味しそうにパリパリと食べている光景は、アンバランスの極みと言ってよかった。

 

 と、

 

「あー、マリア。お楽しみのところを悪いんだけど、僕らもそろそろ自己紹介しても良いかな?」

「あ、ごめんなさいアマデウス(パリパリ)つい、夢中になってしまって(パリパリ)」

「・・・・・・取りあえず、それ置いたらどうだい?」

 

 そう言うとマリーは(煎餅を食べながら)言い出した楽士風の男を差して言った。

 

「こっちは私の古くからのお友達で、アマ(パリパリ)デウスよ。モーツァルト(パリパリ)って言た方が、通りがいいかしら?(パリパリ)」

「だからマリア、それを・・・・・・まあ良いや、取りあえず初めまして、カルデアのみんな。ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトだ。よろしく」

 

 これは、流石に知らない人間はいないだろう。

 

 アマデウス・モーツァルト。

 

 古典派音楽の代表的な存在であり、若くして多くの栄光を手にした天才音楽家。音楽に興味が無い人間でも、名前くらいは知っているだろう。

 

 そしてもう1人。今度は騎士の方が前に出た。

 

「私はゲオルギウス。こちらのお二方に比べれば、あまり有名どころとは言えませんが、お見知りおきを」

 

 控えめにそう言って、笑いかけてくる騎士。

 

 とは言え、

 

 有名じゃない。

 

 などと、謙遜も甚だしい。

 

 聖ゲオルギウスと言えばバチカンのローマ法王庁にも認定されている聖人の1人であり、英語名では「セント・ジョージ」の名で知られる、竜退治で有名な騎士でもある。

 

 何ともそうそうたるメンツだった。

 

 聞けば、マリー達3人もまた、このフランスに召喚されたサーヴァントだと言う。

 

 そこでフランスを荒らし回る竜の魔女のうわさを聞き、このリヨンまでやって来たのだとか。

 

「それで、聞けばあの『ジャンヌ・ダルク』が竜の魔女として蘇り、暴れまわっているそうじゃない。そこで、こうして仲間を集めながら旅をしていたの」

 

 煎餅をパリパリと食べながら説明するマリー。

 

 成程、大体の事情はジャンヌ達と同じらしかった。

 

《なるほどね》

 

 そんな一同の会話に割って入るかのように、通信機の向こうでダ・ヴィンチが口を開いた。

 

《どうやらジャンヌや彼女達は、正規に召喚されたサーヴァントらしい。それに対して、先程倒したマルタや、前に戦ったカーミラ、ヴラドはジャンヌ・オルタが不正規に召喚したサーヴァントなのだろうね》

 

 ジャンヌ・オルタとしては、自分たちの妨害の為にサーヴァントが正規召喚される事は予測できていた。だからこそ、ジャンヌ・オルタは自分の手ごまと成り得る英霊をサーヴァントとして召喚したのだ。

 

《それと、先程のマルタを解析して分かったんだが、どうやら彼女には「狂化」の術式が施されていた形跡がある》

「えっと、じゃあバーサーカーだったの? ライダーじゃなく?」

 

 ダ・ヴィンチの説明に、首をかしげる凛果。

 

 幻想種である竜をあれほど見事に乗りこなしていたのだ。てっきり、マルタのクラスは騎兵(ライダー)だとばかり思っていたのだが。

 

《少し違うね。彼女は確かにライダーだった。その上から「狂化」を施されていた形跡がある。つまり、「バーサーク・ライダー」と言う言葉が、一番ピッタリだと思う》

 

 成程。

 

 つまり、通常の英霊召還では手ごまを増やせないと踏んだジャンヌ・オルタは、あえて「狂化」を施す事で、英霊達の本来持つ在り方を捻じ曲げ、手ごまにしていたのだ。

 

「さて、自己紹介も済んだところで、今後の方針を決めたい所だね」

「そうね。南部地方は平定できたけど、これで終わりってわけじゃないし」

 

 モーツァルトの言葉に、マリーも頷きを返す。

 

 今回の戦いでマルタを撃破し、ジャンヌ・オルタ軍の一角を突き崩せたことは大きい。

 

 これで、これからの戦いはだいぶ楽になる事だろう。

 

 と、

 

「ねえ、マリー。よかったら、わたし達に力を貸して」

「はい?」

 

 手を差し伸べる凛果。

 

 対してマリーは、不思議そうに首をかしげる。

 

「一緒にオルレアンに行って欲しいの」

 

 そう言うと、凛果は笑いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激突する剣戟。

 

 魔力の光が迸り、互いに火花を散らす。

 

 ジークフリートとジャンヌ・オルタ。

 

 2騎のサーヴァントは互いに退かず、応酬を続ける。

 

 その様は、人智を遥かに超えた、神々の激突と言っても良かった。

 

「はァァァァァァ!!」

 

 振り被った大剣を、真っ向から振り下ろすジークフリート。

 

 対してジャンヌ・オルタは、手にした旗で斬撃を受け止め、押し返す。

 

 ジークフリートの長身が揺らぐ。

 

 そこへ、すかさず連撃を仕掛けるジャンヌ・オルタ。

 

 左手に握った細剣を、真っ向からジークフリートの胸元へと繰り出す。

 

 鋭い刺突。

 

 だが、

 

 その剣閃は、剣士(セイバー)を貫くには至らない。

 

 切っ先は、胸元で受け止められ、1ミリもジークフリートに刺さってはいなかった。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、間合いを取ろうとするジャンヌ・オルタ。

 

 すかさず反撃に出るジークフリート。

 

 突撃しながら、大剣を横なぎに振るう。

 

 対して、跳躍するように後退するジャンヌ・オルタ。

 

 ジークフリートの大剣は、ジャンヌ・オルタの鼻先を霞めて駆け去って行った。

 

「・・・・・・・・・・・・成程。伝説の通りですね」

 

 着地しながら、ジャンヌ・オルタはジークフリートを睨みつける。

 

 対抗するように、大剣を構えなおすジークフリート。

 

「『悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファーブニル)』。倒した竜の血を全身に浴びたあなたは、鋼のような肉体を手に入れた。確かに、やりにくいですね」

 

 英雄ジークフリートの伝説をとつとつと語るジャンヌ・オルタ。

 

 確かに、絶対的な防御スキルを持つ以上、こと接近戦においては、ジークフリートに敵う英霊はほとんどいないだろう。

 

 だが、

 

 それでも尚、ジャンヌ・オルタは退く事をせず、旗と細剣を構えている。

 

 対するジークフリートも、慎重に大剣を構えて対峙する。

 

 油断はできない。

 

 一騎打ちは、ジークフリートの方が有利に進んでいる。

 

 しかし、いかに攻め立てても、未だに有効と言える一撃を加える事が出来ないでいる。

 

 ジャンヌ・オルタは、際どいところでジークフリートの攻勢を防ぎ止めているのだ。

 

 しかも、未だにお互い、宝具も使っていない状態である。

 

 切り札をどのタイミングで使うか。

 

 勝負の分かれ目は、そこにあった。

 

 

 

 

 

 ジークフリートとジャンヌ・オルタが激突している頃、

 

 後方のフランス軍砦は、さながら野戦病院の様相を呈していた。

 

 前線で負傷した兵士が次々と運び込まれる。

 

 全身血だらけの兵士たちは医務室だけでは収まり切らず、兵員室、果ては廊下にまで無造作に寝転がされる。

 

 床と言う床に血だまりが出来、うめき声が砦全体を満たす。

 

 放置されたまま息絶える兵士も、1人や2人ではない。

 

 まさに、地獄の如き様相。

 

 否、そんな生易しい物ではない。

 

 そこから始まるのは、命の取捨選択。

 

 ともかく、助けられる命だけを優先。手遅れと判断した者に関しては容赦なく放置される。

 

 足りないのだ。

 

 時間も、医薬品も、人手も、何もかも。

 

 死ぬ人間に構っている暇は無い。ともかく、最速、最優先で助かる人間だけを救わなくてはならなかった。

 

 生者の呻き声と死者の腐臭が入り混じる砦内部。

 

 そして、

 

 事態は最悪の方向へと動く。

 

 誰もが負傷者の移送と治療に躍起になっている中、

 

 巨大な影が、砦の上空に舞った。

 

「敵襲ゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 絶望を告げる叫び。

 

 一部のワイバーン達が、最前線を迂回する形で、砦の上空まで攻め込んで来たのだ。

 

 直ちに、迎撃に出る守備兵達。

 

 ジルはこれあるを見越し、最低限の兵力は砦内部に残しておいたのだ。

 

 弓を持った兵士たちが城壁の上に上がり、上空の竜目がけて次々と矢を放つ。

 

 しかし、効かない。

 

 矢は確かにワイバーンに当たるのだが、その硬い体表に阻まれて弾かれてしまうのだ。

 

 そうしている内に、急降下してくるワイバーンの群れ。

 

 その口に、炎が迸る。

 

 そのまま兵士たちを焼き払うつもりなのだ。

 

「た、退避ィィィィィィ!!」

 

 指揮官が叫ぶが、最早手遅れ。

 

 攻撃態勢に入るワイバーン。

 

 次の瞬間、

 

「はッ!!」

 

 手に聖旗を掲げた乙女が、飛び込むと同時にワイバーンの胴を薙ぎ払った。

 

 強烈な一撃を受けて吹き飛ばされるワイバーン。

 

 そのまま失速して地面に叩きつけられる。

 

 間一髪のところで兵士たちの危機を救った少女。

 

 手にした旗を真一文字に振るい、群がるワイバーンを威嚇する。

 

「今のうちに、早く!! ここはわたし達が押さえますので、体勢を立て直してください!!」

 

 ジャンヌは言いながら、手にした聖旗で更にワイバーンを打ち倒す。

 

 まさに、ほんの数か月前まで、フランス軍の希望の象徴だった姿がそこにある。

 

 だが、

 

「ヒッ」

 

 1人の兵士が悲鳴を上げる。

 

 湧き上がる恐怖は、あっという間に伝染した。

 

「りゅ、竜の魔女だァ もうこんなところまでッ!!」

「に、逃げろッ 殺されるぞ!!」

 

 背を見せて逃げていく兵士。

 

 その様子を、ジャンヌは立ち尽くして眺めている事しかできない。

 

 手にした旗を、力なく握りしめる。

 

 仕方のない事、と割り切っている。

 

 敵軍を率いるのはジャンヌ・オルタ。言わば、彼女自身でもある。

 

 ジャンヌとジャンヌ・オルタを見極める事など、不可能なのだから。

 

「ジャンヌ・・・・・・・・・・・・」

「私は大丈夫です、立香」

 

 気遣うように声を掛ける立香。

 

 対して、ジャンヌは振り返らずに答える。

 

 これは、覚悟してたことだ。ならば、振り返る事は許されない。

 

 群がる翼竜。

 

 その眼前に、和装の少女が立ちはだかる。

 

「はッ!!」

 

 扇子を鋭く振るう清姫。

 

 その一閃が、空中に炎を巻き起こし、複数の翼竜を一時に巻き込んで焼き尽くしていく。

 

 ワイバーンの放つ炎など比較にならない。

 

 清姫の火力は、蹂躙しようと不用意に近づいて来たワイバーンを、片っ端から返り討ちにしていた。

 

「安珍様ッ 敵がまだ来ますわ!!」

 

 手にした扇子を振るう清姫。

 

 魔力は空中を走り、炎となって吹き上がる。

 

 上空のワイバーンに纏わり付く炎。

 

 翼竜は苦悶の悲鳴を上げて、地上へと落下していく。

 

 しかし、翼竜は次々と湧いて出てくる。清姫やジャンヌ達が奮戦したとしても、全てを倒しきるには時間がかかるだろう。

 

 それでも、サーヴァント達は一歩も引かずに戦い続ける。

 

「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 魔力を込めた盾を大上段から大ぶりに振るうマシュ。

 

 その一撃が、骸骨兵士を真っ向から叩き潰した。

 

 その後方に立つ立香。

 

「マシュ、負傷している兵士のみんなを守る事が優先だ。無理に攻めなくて良いからな!!」

「フォウフォウッ!! ンキュ!!」

「了解です先輩。全力を尽くします!!」

 

 頭の上にフォウを乗せながら指示を出す立香に、マシュは答えながら前に出る。

 

 同時に、手にした大盾を横なぎに振るい、今にも迫ろうとしていた外交兵士2体を同時に叩き伏せる。

 

 目を転じれば、ジャンヌも聖旗を振るい、ワイバーンを叩き落している。

 

 立香との仮契約により、殆どの力を取り戻したジャンヌ。相変わらずルーラーが持つ特権スキルは使用できないが、漲る魔力は彼女の戦闘力を底上げする一助となっている。

 

 3騎のサーヴァントが武を振るう事で、砦内に侵入しようとしていたワイバーンや骸骨兵士たちが押し返され始めていた。

 

 同時に動ける兵士達も個々に反撃を開始している。

 

 おかげで、辛うじて戦線は維持できそうだった。

 

《良いぞ。敵の勢いが弱まってきている。もう一息だ!!》

「フォウッ キュー!!」

 

 カルデアでナビゲートするロマニの弾んだ声が聞こえてくる。

 

 カルデア内では徐々に減っていく敵の様子が、モニター内の反応として映し出されていた。ロマニたちはそれを俯瞰的に眺める事により、前線の立香達をサポートできるのだ。

 

 数では劣っていても、敵に対して優位が取れる。カルデア特殊班の強みはここにある。

 

 戦闘は正面戦力だけで決まる訳ではない。優秀なバックアップ勢がいて、はじめて発揮できる力もあるのだ。

 

「安珍様!!」

 

 自身の生み出す炎で骸骨兵士を薙ぎ払いながら、清姫が声を掛けてきた。

 

「ここはわたくしに任せて、安珍様はジャンヌやマシュと共に前線の方へ行ってくださいまし。そちらはまだ、戦いが続いているようです」

「いや、清姫、でも・・・・・・・・・・・・」

 

 言い淀む立香。

 

 ここでの戦いは、まだ終わっていない。清姫1人では聊か難があるようにも思えるのだが。

 

「ご安心くださいまし。わたくしもすぐに参りますので」

 

 そう言って笑う清姫。

 

 しかし、

 

 たとえ笑顔であっても、どこか有無を言わさぬ感じを見せている。

 

「先輩、ここは清姫さんにお任せした方が賢明だと思います」

「マシュ・・・・・・」

「フォウ」

 

 確かに、マシュの言う通りだ。

 

 ここの敵はだいぶ少なくなってきている。

 

 ならば、ここは清姫に任せ、自分たちは敵の本丸であるジャンヌ・オルタを叩く方が得策だろう。

 

「判った。ここは頼むッ!! 行くぞ、ジャンヌ、マシュ!!」

 

 2人を連れて駆け去って行く立香。

 

 その背中を見送りながら、清姫は微笑む。

 

 否、

 

 ほくそ笑む。

 

「さあ、これでわたくしの舞台は整いました。愛する夫の為に体を張って戦うのは妻としての務めですわ」

 

 いや、夫じゃないし、妻じゃないし。

 

 何ともツッコミどころ満載なセリフを告げる清姫。

 

 だが不幸な事に、この場には彼女にツッコミを入れられる存在は誰もいなかった。

 

 そんな訳で、下心丸出しな欲望と共に、清姫は殿戦を介しするのだった。

 

 

 

 

 

 戦いは終局へと向かいつつある。

 

 激突するジークフリートとジャンヌ・オルタ。

 

 大剣と呪旗が激突し、衝撃波が周囲に撒き散らされる。

 

 一瞬の拮抗。

 

 競り勝ったのは、

 

 ジークフリートの方だった。

 

「グッ!?」

 

 下がりながら膝を突くジャンヌ・オルタ。

 

 やはり接近戦では、セイバーの方に分があるようだ。

 

 眦を上げた視線には、憎悪の色が躍る。

 

「おのれ・・・・・・やはり厳しいですね、このままでは」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 苦し気に声を発するジャンヌ・オルタ。

 

 対してジークフリートは、無言のまま大剣を正面に構える。

 

 ここで一気に、勝負をかけるつもりなのだ。

 

「終わりだ」

 

 大剣を振り翳すジークフリート。

 

 そのまま一気に駆けようとした。

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・・・・・・・さあ、それはどうでしょうね?」

 

 魔女が囁く不吉な言葉。

 

 口元に浮かぶ、不気味な笑み。

 

 同時に、

 

 視界いっぱいに、炎が吹き上がった。

 

「これはッ!?」

 

 呻くジークフリート。

 

 黒色の炎は、まるでこの世全てを喰らいつくすかのように燃え盛る。

 

 その炎の先で、

 

 呪旗を掲げたジャンヌ・オルタが、細剣を振り翳して佇む。

 

「これは・・・・・・憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮・・・・・・」

 

 とっさに仕掛けるべく、前に出るジークフリート。

 

 だが、

 

 もう遅い。

 

 大剣の間合いに入る前に、ジャンヌ・オルタの宝具が発動する。

 

吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)!!」

 

 詠唱同時に、突き出される無数の杭。

 

 それらの攻撃が、

 

 ジークフリートの肉体を、一斉に刺し貫いた。

 

 

 

 

 

第10話「吹き荒れる憤怒」     終わり

 



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第11話「魔女からの誘い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清姫が扇子を振るう度、空中に踊る炎が翼竜たちを呑み込んでいく。

 

 高所から急降下し、砦へと迫るワイバーン。

 

 しかし、

 

 外壁の上に立つ和装少女は、真っ向から自らに迫る翼を睨み据える。

 

 自身に向けて殺気を放つ翼竜を相手に、一歩も引かずに対峙する狂戦士の少女。

 

 次の瞬間、

 

「ハッ!!」

 

 扇を一閃する清姫。

 

 放たれた炎が、爪を振りたてるワイバーンを迎え撃つ。

 

 たちまち、炎に包まれる翼竜。

 

 断末魔の悲鳴が、空中に鳴り渡る。

 

 圧倒的な火力を前に、空中でのバランスを保てずに落下していくワイバーン。

 

 巨大な体躯を誇る竜が、一瞬にして丸焼きになってしまった。

 

「他愛ないですわね」

 

 己が倒した躯を見下ろしながら清姫が冷ややかに呟く。

 

 ワイバーンは確かに幻想種であり、その力は人間を遥かに凌駕している。

 

 しかし、英霊は人々の想いが結晶化した存在。たかが「羽付きトカゲ」程度が敵う相手ではないと言う事だ。

 

 既に上空を乱舞するワイバーンの数は、当初に比べて激減している。

 

 清姫はほぼ単騎で、ワイバーンを全滅させていた。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 周囲を見回して、清姫は扇子を閉じる。

 

 既にワイバーンは全滅。

 

 周囲に翼竜の姿は無かった。

 

「それでは、安珍様の許へ参りましょう。いかに愛する夫の為とは言え、妻がいつまでも不在では、何かとお困りでしょうし。

 

 いや、だから夫じゃないし、妻じゃないし。

 

 もはや何度目とも知れぬ声なきツッコミをスルーしつつ、清姫が歩き出そうとした。

 

 その時、

 

 城壁にもたれかかるようにして倒れていた1匹のワイバーンが、突如として首をもたげる。

 

 まだ死んでいなかったのだ。

 

 今にも歩き去ろうとする清姫に向けて、大口を開くワイバーン。

 

 清姫はまだ、気づいていない。

 

 その口内に炎が躍った。

 

 次の瞬間、

 

 ザンッ

 

 鋭い音と共に、ワイバーンの首が斬り落とされる。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 そこで、振り返る清姫。

 

 その視界の中に佇むのは、たった今、手にした長剣でワイバーンの首を一刀の下に叩き落した男。

 

「あなた・・・・・・・・・・・・」

 

 清姫の呟きに応えるように、

 

 鋭い眼光をした剣士(セイバー)は振り返った。

 

 

 

 

 

 コンピエーニュの戦いでイングランド軍の捕虜となったジャンヌ・ダルクは、魔女の烙印を押されて火炙りの刑に処せられる。

 

 捕らえられ、裏切られ、辱められた彼女の無念。そして怒り。

 

 それらの想いが渦を巻くようにして黒く染まり、ジャンヌ・オルタは誕生した。

 

 そんな彼女が振るう宝具。

 

 「吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)

 

 火刑に処された彼女自身の逸話が宝具化した、と言えばまだ聞こえはいいかもしれない。

 

 だがこれは、紛れもなくジャンヌ・オルタが持つ恩讐と憤怒の具現。

 

 己を焼き尽くした地獄の業火を顕現させているのだ。

 

「グゥッ・・・・・・ォ・・・・・・オォ・・・・・・」

 

 杭に刺し貫かれ、苦悶の表情を浮かべるジークフリート。

 

 絶対無敵であるはずの「悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファーブニル)」によって守られた体は、いともあっさりと貫かれ、竜殺しの英雄に致命傷を与えていた。

 

「ジークフリート殿!!」

 

 ワイバーンと交戦していたジルが悲鳴に近い声を上げる中、

 

 彼らの希望である戦士が、地に崩れ落ちる。

 

 魔力で編まれた杭が消え去ると同時に、地面に倒れ伏すジークフリート。

 

 同時に、フランス残党軍の最後に残された矜持もまた砕け散った。

 

「そ、そんな、ジークフリート殿が、負けるなんて・・・・・・」

「も、もうだめだ!!」

「あんなのに勝てる訳が無い!!」

「逃げろ、逃げろォォォォォォ!!」

 

 我先にと、武器や旗を打ち捨てて逃げに転じるフランス運兵士たち。

 

 彼らにとってジークフリートは、まさに心の支えだった。

 

 彼がいたからこそ、強大なジャンヌ・オルタ軍とも戦ってこれたのだ。

 

 そのジークフリートが倒れた時、彼らの心もまた、ポッキリと折れてしまったのだ。

 

「逃げるな、皆、ここで踏み止まらねば、我らの命運は!!」

 

 ジルが剣を振るいながら叱咤するも、効果は薄い。

 

 悔しかな、フランス軍将兵の大半は、今やジルよりもジークフリートにこそ希望を見出していた。

 

 否、その事について、とやかく言う気はジルにはない。

 

 圧倒的な強さを誇るジークフリートに兵士たちが頼りたい気持ちは判るし、何よりジル自身、誰よりもジークフリートを頼りにしていたのだから。

 

 そのジークフリートが戦場に倒れた今、彼らの命運も定まったに等しかった。

 

「すまない・・・・・・ジル元帥」

 

 苦悶に満ちた声で、ジークフリートは自らの戦友に告げる。

 

「命運は尽きた・・・・・・どうか、この場は逃げて・・・・・・希望を・・・・・・」

 

 その言葉を最後に、地面に倒れ伏すジークフリート。

 

 そんな彼を足元に、ジャンヌ・オルタが手にした旗を振り翳す。

 

「さあ、彼らの希望は砕けました。今こそ蹂躙の時です!!」

 

 ジャンヌ・オルタの宣言と共に、咆哮を上げる。

 

 たちまち、戦場は虐殺の場へと変貌する。

 

 大地は兵士たちの血によって染め上げられ、ただひたすらに絶望のみが拡散していく。

 

 もうだめだ。

 

 この国はおしまいだ。

 

 誰もが、そう思い始める。

 

 竜の魔女に全て蹂躙され、やがてはフランスと言う国そのものが消えてなくなる事だろう。

 

「・・・・・・・・・・・・もはや、これまでか」

 

 低い声で呟くジル。

 

 事ここに至った以上、もはや立て直しは不可能。

 

 疑う余地は無い。

 

 このフランスの命運は、尽きたのだ。

 

 否、

 

 思えばあの時、

 

 ジャンヌ・ダルクがイングランド軍によって処刑されたと聞かされた時、既に命運は尽きていたのかもしれない。

 

 暗愚な王は、このフランスの希望を見捨てたのだ。

 

 そして、

 

 彼女を助けられなかった自分達もまた、同罪だった。

 

 結局

 

 聖女ジャンヌ・ダルクを見捨てた時点で、自分たちの運命は決まっていたのだ。

 

「申し訳ありませんジャンヌ・・・・・・・・・・・・」

 

 剣を置き、膝を折るジル。

 

 その頭上に、巨大な翼竜が迫る。

 

「せめて・・・・・・我が一命でもって、貴女の怒りが、悲しみが、少しでも和らがんことを・・・・・・」

 

 翼竜が鉤爪を振り上げる。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横合いから飛び出した少女が、手にした旗を振り翳し、ワイバーンの体を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わず、顔を上げるジル。

 

 一体、何が起きたのか?

 

 見れば、今にもジルに襲い掛からんとしていたワイバーンは、吹き飛ばされて地に躯を晒している。

 

 そして、

 

「立ちなさい!!」

 

 戦場に響き渡る、凛とした声。

 

 恐る恐る顔を上げる。

 

 その視界に飛び込んで来たもの。

 

 聖なる旗を振り翳し、敢然と敵軍に立ちはだかる、可憐にして勇壮なる少女の戦姿。

 

 忘れもしない。

 

 あれはあの時と寸分たがわず、全く同じ物。

 

 忘れる事など、誰が出来ようか。

 

 振り返り、ジルを見るジャンヌ。

 

「ジル!! あなたはフランス軍の指揮官。そのあなたが、こんな場所で座り込んでどうするのですか!?」

「・・・・・・・・・・・・ジャンヌ」

 

 まさか、

 

 そんな筈はない。

 

 ジャンヌなら、今まで目の前にいた。

 

 王を殺し、民を殺し、フランスを破滅に導く竜の魔女として、自分達と戦っていた。

 

 だが、

 

 見間違えるはずが無い。

 

 今目の前にいる少女は間違いなく、ジルの記憶の中にいる聖処女ジャンヌ・ダルクに他ならなかった。

 

 差し伸べられた手を取るジル。

 

 その少女の顔に、かつてと変わらぬ笑顔が浮かべられる。

 

「さあ、参りましょう。諦めるには、まだ早すぎますよ」

 

 言い放つと同時に、

 

 ジャンヌは手にした聖旗を振り翳した。

 

 

 

 

 

 ジャンヌがフランス軍を救うべく旗を振るう一方、マシュは単騎でジャンヌ・オルタに挑みかかっていた。

 

 魔力を込めた盾を突撃と同時に振り下ろすマシュ。

 

 対して、ジャンヌ・オルタは呪旗を振るって対抗しようとする。

 

 だが、

 

「やァァァァァァ!!」

 

 振り下ろされる巨大な十字盾。

 

 その一撃を前に、ジャンヌ・オルタは弾き飛ばされる。

 

「クッ この威力は!?」

 

 とっさに着地して体勢を立て直そうとするジャンヌ・オルタ。

 

 勢い余ったマシュの盾は、そのまま地面を大きくえぐる形になる。

 

「逃がしませんッ!!」

「マシュ!!」

 

 追撃を仕掛けるマシュ。

 

 身の丈よりも大きな盾を振るい、前へと出るマシュ。

 

 そのマシュを援護すべく、立香が礼装に施された魔術を起動、マシュの攻撃力を底上げする。

 

 立香とマシュの巧みな連携が、ジャンヌ・オルタを追い詰めていた。

 

 対して、ジャンヌ・オルタの方は明らかに動きが鈍かった。

 

「・・・・・・最悪のタイミングですね」

 

 彼女は最前までジークフリートと戦っていた身。その際、宝具まで使用している。その為、一時的に魔力が低下している状態だった。

 

 そこへ来て、マシュとの連戦である。

 

 状況はジャンヌ・オルタにとって不利だった。

 

 

 

 

 

 一方、マシュがジャンヌ・オルタと交戦している隙に、立香は倒れているジークフリートの元へと駆け寄った。

 

 ジャンヌ・オルタの宝具によって刺し貫かれたジークフリート。

 

 殆ど致命傷に近い傷ではあったが、辛うじて息があった。

 

 どうやら、ジークフリートの持つ高い防御力が幸いしたらしい。

 

「しっかりしろッ 大丈夫か!?」

「フォウフォウ!!」

 

 立香が抱き起し、フォウはジークフリートの胸元に飛び乗る。

 

 その刺激により、僅かに意識が戻ったのだろう。竜殺しの英雄はかすかに目を開く。

 

「・・・・・・ッ 君は?」

 

 苦し気に声を発するジークフリートに対し、立香はいたわるように声を掛ける。

 

「藤丸立香。カルデアのマスターだ。もう大丈夫だぞ」

「カルデアの・・・・・・そうか」

 

 サーヴァントは召喚される際、ある程度、その世界の知識は自動的に与えられると言う。その為、カルデアがどういう存在なのか、知っているサーヴァントもいる様子だった。

 

「すまない。せっかく来てくれたのに、このザマですまない・・・・・・」

「喋らなくて良い」

「フォウッ フォウ!!」

 

 ジークフリートを地面に寝かせながら、立香はカルデアとの通信を開く。

 

 向こうでも既に、状況の解析に入っているはずだった。

 

 立香にはジークフリートの容態は診れないが、カルデアで解析する事で、彼が今、どんな状態にあるのか確認する事ができる。

 

「どうだ、ドクター?」

《問題ない。傷は深いが、そっちは命に係わるほどじゃない。ただ・・・・・・》

「フォウ?」

 

 言い淀むロマニに、立香は怪訝な面持ちとなる。

 

「どうかしたのか?」

《恐らくだけど、彼には呪いが掛けられている。それも、かなり強力なやつだ。礼装の術式程度で解除する事は難しいだろう。解呪には恐らく、聖人クラスの洗礼が必要になるけど、このままだと、彼は数日の内に命を落とす事になる!!》

 

 険しい声を発するロマニに、立香も戦慄せざるを得なかった。

 

 ジャンヌ・オルタの宝具による影響だった。

 

 たとえ一撃で仕留められずとも、相手を必ず死に至らしめる。

 

 彼女の恨みは、そこまで根深い物だった。

 

 と、そこへフランス軍の救援を行ったジャンヌも駆け寄ってくるのが見えた。

 

「立香、大丈夫ですか!?」

「ああ、ジャンヌ、ちょっとこっち来てくれ!!」

 

 ジャンヌを呼び寄せる立香。

 

 彼女もまた聖人に列席する1人。「聖女」である。彼女なら、あるいは解呪も可能かもしれない。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・ダメです」

 

 暫くジークフリートの容態を見ていたジャンヌが、呻くように言った。

 

「呪いの規模が深すぎます。私1人の洗礼詠唱では、彼に掛けられた呪いを解く事は不可能です。せめて、もう1人誰か、聖人がいてくれたら、何とかなるのですが」

 

 どこまでも厄介な呪いである。

 

 改めて、ジャンヌ・オルタの持つ怨みの深さが浮き彫りになった。

 

「申し訳ありません」

「いや、俺の方こそすまない。肝心な時に役立たずで」

 

 その時だった。

 

 前線でジャンヌ・オルタと激突していたマシュが、後退してくるのが見えた。

 

 どうやら善戦はしたものの、倒しきるには至らなかったらしい。

 

 だが、

 

「やってくれますね・・・・・・・・・・・・」

 

 ジャンヌ・オルタもまた、苦し気に言葉を発する。

 

 傷ついた体は、マシュが善戦した事を示している。

 

「これ以上はもうやめろッ こんな事して何になるんだ?」

「何に、ですか?」

 

 問いかける立香。

 

 対して、

 

 ジャンヌ・オルタは言葉をかみしめるように呟くと、口元にニタリと笑みを浮かべる。

 

「決まっているじゃない、そんなの。わたしを裏切り、私を見捨てたこのフランスと言う国に復讐する。その為に、全てを蹂躙する。私の行動は首尾一貫、それのみに集約しています」

「あんたを裏切ったのはフランスじゃないッ この国の国王だろうが!!」

 

 叫ぶ立香。

 

 そう。

 

 ジャンヌを裏切った、と言う意味で考えれば、彼女が復讐すべき対象は国王シャルル7世と、シャルルの取り巻き連中である。つまり、彼女の復讐は、既に終結を迎えていると言ってよかった。

 

「あんたの復讐は終わっているはずだ。なのにこれ以上、この国をどうしようってんだ?」

「そんなの・・・・・・」

 

 立香の言葉に、ジャンヌ・オルタは一瞬言い淀む。

 

 その逡巡が、あるいは立香の言葉が正鵠を射ている事を示しているのかもしれない。

 

「私は許さない。私を捨てたフランスをッ 許す事などできない!!」

「それは無意味だッ!!」

 

 激高するジャンヌ・オルタ。

 

 叫ぶ立香。

 

 そのまま前に出ようとした。

 

 次の瞬間、

 

「先輩ッ 危ない!!」

 

 前に出たマシュが、大盾を掲げて立香を守る。

 

 次の瞬間、

 

 複数の斬撃が縦の表面に当たり、異音と共に弾かれた。

 

「マシュッ!!」

「先輩、下がってください。新手です!!」

 

 緊迫したマシュの言葉。

 

 その言葉通り、

 

 ジャンヌ・オルタを守るように、2騎のサーヴァントが新たに立ちはだかっていた。

 

 1人は騎士のような恰好をした流麗な剣士。手にした細剣と白いマントは、どこかの王宮に仕える近衛騎士を思わせる。

 

 もう1人は、対照的に漆黒の外套を着込んだ若い男性だ。どこか光を無くしたような暗い目をしており、手には「処刑刀(エクセキューター)」と呼ばれる、首切り用の幅広い大剣を持っている。

 

「まったく・・・・・・」

 

 流麗な騎士風のサーヴァントが、やれやれと肩を竦める。

 

「我々の指揮官なら、もう少し冷静に動いてもらいたいものだね」

「その意見には賛成だ。おかげで我々が余計な苦労を背負い込む事にもなる」

 

 嘆息交じりに告げる2人に対し、ジャンヌ・オルタはどこか、不貞腐れたようにそっぽを向いて見せた。

 

「何で出て来てんのよ。オルレアンの防衛を命じておいたはずよ」

 

 口を尖らせるジャンヌ・オルタ。

 

 突然現れて、彼女を救った2騎。

 

 流麗な剣士の方は、シュバリエ・デオン。フランス王宮に仕えた騎士であり、舞踏会を騒がせた令嬢でもある。同時に各国に潜入し裏社会で活動した間諜(スパイ)でもあったとか。その実態には謎が多く、性別すら定かではないと言う。

 

 もう1人の黒衣の男はシャルル・アンリ・サンソン。デオンと同時期に存在したフランス人であり、同時に数多の人間の首を切った処刑人でもある。かのフランス革命時、国王ルイ16世や、王妃マリー・アントワネット、更に彼らを死に至らしめたジャコバン派の革命家マクシミリアン・ロベスピエールの処刑を執行した事でも有名である。

 

「元帥殿から伝言だよ。例の物が完成間近だから、そろそろお戻りいただきたいのだとか」

「・・・・・・・・・・・・フン」

 

 デオンの言葉の意味を理解したジャンヌ・オルタは、つまらなそうに鼻を鳴らすと、そのまま踵を返す。

 

 どうやら、このまま撤退するつもりらしい。

 

「お、おい、待て!!」

「ここでの私の目的は終わりました」

 

 引き留めようとする立香。

 

 対してジャンヌ・オルタは、振り返らずに告げる。

 

「それでもまだ、続けると言うのならオルレアンまで来なさい」

 

 そのまま、デオンとサンソンを引き連れ、ジャンヌ・オルタは振り返らずに歩いていく。

 

「そこが、あなた達の運命の地となるはずです」

 

 それだけ告げると、

 

 今度こそジャンヌ・オルタは、振り返る事無く去って行くのだった。

 

 

 

 

 

第11話「魔女からの誘い」      終わり

 




GWは京都に行ってきました。

北野天満宮に行った際、ちょうど刀剣の博覧会が開催されており、国宝「鬼切安綱(髭切)」を見る事が出来ました。

源氏の宝刀で、源頼朝の佩刀でもあった鬼切は、同時に頼光四天王の1人、渡辺綱の佩刀として、酒呑童子討伐にも使用された刀だそうで、タイミング的にはなかなかラッキーでしたね。

ただ、

私が鬼切を鑑賞している横で、見知らぬおっちゃんが堂々と大声で、「あ、これ知ってる『さけのみどうじ』を斬った刀だよ!!」と叫んでいました。

私、母、姉の3人がほぼ同時に「何言ってんだこいつ」と相手の顔を見てしまったのは言うまでもない事です。


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第12話「将星集う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に残った骸骨兵士を斬り倒したセイバーは、腰の鞘に長剣を収める。

 

 その後ろ姿を、清姫は冷ややかな目で見つめていた。

 

「行くんですの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかける声に、答える沈黙。

 

 判り切った事を聞くな、と言う態度。

 

 相変わらず、とっつきが悪い。

 

 それにしても、

 

 周囲を見回しながら、清姫は嘆息する。

 

 その視線の先には、骸骨兵士の残骸がそこかしこに散らばっている。

 

 殆どが、セイバーの剣による物だった。

 

 遅れてきたとは言え、やはり大した戦闘力である。

 

 残敵掃討は、ほぼセイバー1人でやったに等しかった。

 

「行く前にせめて、安珍様にお顔ぐらい見せたらどうです?」

「無用だ」

 

 清姫の言葉に、セイバーは素っ気なく答える。

 

 やはり、慣れ合う気は無い、と言う事か。

 

「強情ですわね」

 

 そんなセイバーの態度に、清姫はやれやれとばかりに肩を竦める。

 

 群れるのを嫌い、孤高に戦い続ける剣士。

 

 だが、

 

「そんなに、あの子の事が苦手ですの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 清姫の質問に答えず、歩き出すセイバー。

 

 それはこれ以上の会話を嫌ったからか? あるいは図星を差されたからか?

 

 いずれにせよ、

 

「顔に似合わず、随分とお人良しのくせに」

 

 呟いた清姫の言葉が空気に触れた時、既にセイバーはその場を立ち去った後だった。

 

 

 

 

 

 こうして、

 

 フランス残党軍とジャンヌ・オルタ軍の決戦は、カルデア特殊班の介入もあり、辛うじてフランス残党軍の勝利に終わった。

 

 ジャンヌ・オルタは残った兵力を纏めて、自らの本拠地であるオルレアンへ撤退。体勢を立て直す事になる。

 

 だが、

 

 勝利したフランス残党軍もまた、手放しで喜べる状態ではなかった。

 

 勝ったとはいえ、半数近い兵力を失ったフランス残党軍は、事実上壊滅状態に陥り、組織的戦闘力を喪失している。

 

 更に残る半数の内、1割は戦意喪失して逃亡、2割は負傷により戦線離脱を余儀なくされている。

 

 ジルは残った兵力をかき集め、どうにか軍の立て直しを図ってはいるが、こうも被害が大きい状況では、再編までに相当な時間がかかる事が予想された。

 

 加えて、

 

 仮に再編成が済んだとしても、フランス残党軍がどれほどの戦力になる事か?

 

 撤退したとは言え、ジャンヌ・オルタ軍は、主力をほぼ温存する事に成功している。

 

 次に戦えば、勝ち目がない事は明白だった。

 

「やっぱり、次は俺達だけで戦った方が良いな」

 

 夜、

 

 焚火を囲みながら、立香は一同を前にそう告げる。

 

 カルデア特殊班は現在、砦から離れた場所で野営をしていた。

 

 本来なら、戦の功労者である立香達は、砦に入ってゆっくり休む事も許されるはずである。

 

 しかし砦は今、負傷兵の治療や軍の再編でごった返している。そんな場所にノコノコと顔を出す事は、却って邪魔になるだろう。

 

 加えてジャンヌの事もある。

 

 殆どの兵士は、ジャンヌとジャンヌ・オルタの区別がついていない。下手をすると物理的な危害を加えられることも考えられる。

 

 以上の事を鑑みて、野営する事にしたのである。

 

《賛成だね》

「フォウー」

 

 答えたのは、カルデアにいるロマニだった。

 

《これ以上、彼らに犠牲を強いるのは得策ではない。オルレアンには、僕らだけで行くべきだ》

 

 フランス残党軍は確かに奮戦し、ワイバーンを独力で仕留める程に洗練された戦術を編み出すに至っている。

 

 しかし、それもある程度数が揃っていればこそだ。

 

 兵力が激減した彼らに、これ以上期待はできなかった。むしろ、今後の事を考え、無駄死には避けてほしかった。

 

「・・・・・・ジルは、納得しないでしょうね」

「ジャンヌさん」

「フォウ・・・・・・」

 

 ポツリと呟くジャンヌ。

 

 彼女はジルの人となりを、一番よく理解している。

 

 寡黙だが責任感が強く、そして誰よりも勇敢で思慮深い。

 

 そんなジルが、祖国の命運を人任せにするとは思えなかった。

 

 彼は必ず来る。

 

 それが判っているだけに、ジャンヌは辛かった。

 

「フォウ・・・・・・」

 

 悩むジャンヌを気遣うように、寄り添うフォウ。

 

 その毛並みを、ジャンヌは優しく撫でてやる。

 

「後の問題は、ジークフリートさんですね」

 

 話題を切り替えるように告げるマシュ。

 

 先の戦いで呪いを受け負傷したジークフリートは、今は立香達の野営地に運び込んでいる。

 

 正直、容体は良くない。

 

 こうしている間にも呪いは進行しているのだ。

 

 意識を失う事も何度かあった。

 

 今はとりあえず落ち着きを取り戻し眠ってはいるが、早急に何らかの手を打たないと、数日の内には消滅を免れないだろう。

 

《それなんだけど、朗報があるよ》

 

 ロマニが少し弾んだような口調で言う。

 

 どうやら、明るいニュースがあるようだ。

 

《凛果ちゃん達が南部地方の平定に成功した。数日の内には合流できるだろう》

 

 ロマニの言葉に、立香とマシュは笑顔を浮かべる。

 

 どうやら、凛果たちも無事なようだった。

 

《その際、凛果ちゃんは聖人のサーヴァント1人と、契約する事が出来たらしい。彼と共に、そっちに向かっているって》

 

 ジークフリートの解呪には、聖人が2人いる。

 

 凛果たちが来てくれれば、その条件が揃う事になるのだ。

 

「頼むぞ・・・・・・凛果」

 

 立香は、こちらに向かっているであろう妹を想い、小さく呟くのだった。

 

 凛果たちとの合流。

 

 それが済めば、いよいよ敵の本拠地であるオルレアンへと進撃する事になる。

 

 その事を、立香は改めて自分の中で確認するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランス残党軍との戦いを終え、オルレアンへと帰還したジャンヌ・オルタ。

 

 彼女は軍の再編をデオン達に任せると、自身はその足でオルレアン城へと向かった。

 

 このオルレアンは、ジャンヌ・オルタが占領して以来、生きている人間は1人も存在しなくなっている。

 

 全て骸骨兵士とワイバーンの群れが跋扈している魔の都と化している。

 

 後は、彼女たちのようなサーヴァントだけである。

 

 そんな中、城に入ったジャンヌ・オルタは、玉座には向かわず、地下へと向かう。

 

 暗い螺旋階段を、彼女が鳴らす靴音だけが鳴り響く。

 

 ここはかつて、彼女が虐殺を行った場所。

 

 異端審問官のピエール・コーションや、自分を裏切った国王シャルル7世。更には諫言したシャルルの側近たちを無惨にも処刑した場所でもある。

 

 それゆえだろうか?

 

 一歩、地下へ向かうごとに凍えるような冷気が立ち込め、重苦しい空気に満たされていくようだ。

 

 あるいは、

 

 ここで殺された者たちの怨念が、そうさせているのかもしれない。

 

「おお、ジャンヌ。お戻りでしたか」

 

 出迎えたのは、ジル・ド・レェであった。

 

 むろん、フランス残党軍を率いている騎士ジルではない。

 

 魔術師(キャスター)としてジャンヌ・オルタに仕え、フランス滅亡の手助けをする狂気の存在。

 

 それが、目の前にいるもう1人のジル・ド・レェだった。

 

 その顔を見て、ジャンヌ・オルタはつまらなそうに鼻を鳴らしながら声を掛ける。

 

「どうかしら、新人の様子は?」

「上々です。今日も、近隣の村へ狩りへと出かけました。程なく戻る事でしょう」

 

 今回の出陣に先立ち、ジャンヌ・オルタは新たな狂化サーヴァントを2騎、召喚している。

 

 南部地方でマルタが討ち取られたのは痛かったが、それでも既に空いた穴を埋められるだけの戦力は整えつつあった。

 

 其れと合わせて、ジャンヌ・オルタが最も気がかりにしている事を尋ねる。

 

「例の物、できたんでしょうね?」

「もちろんでございます」

 

 ジャンヌがここをわざわざ訪ねた理由が判っていたのだろう。ジルは淀みない調子で答える。

 

 この地下室は今、ジルが工房として利用している。

 

「ご命令とあれば、今すぐにでも動かす事は可能です」

「そう」

 

 ジルの説明を聞きながら、ジャンヌ・オルタは内心でほくそ笑む。

 

 これで、こちらの体勢は完全に整った。

 

 先の敗戦など、正直なところジャンヌ・オルタにとっては小さな瑕疵に過ぎない。

 

 言わば、決戦兵力が完成するまでの時間稼ぎ、お遊びの一環だった。

 

 本命の戦いはこれから、と言う事になる。

 

 少女の脳裏には、先の戦いでのことが思い浮かべられていた。

 

 取りあえず、ジークフリートを撃破できたことは大きい。これで、如何にしようが、ジャンヌ・オルタの優位は覆らない。

 

 フランス残党軍も壊滅した。

 

 となると残る脅威は、

 

「カルデア・・・・・・・・・・・・」

 

 低く呟くジャンヌ・オルタ。

 

 自分の前に立ちはだかった少年の顔が、思い浮かべられる。

 

 魔術師としては未熟の極み。

 

 今のジャンヌ・オルタならば、一瞬で縊り殺す事もたやすいだろう。

 

 だが、油断はできない。

 

 あの男は、たった数人の戦力で、ジャンヌ・オルタ軍の攻勢を押し返し、フランス残党軍の窮地を救っている。

 

 加えて、南方制圧に向かったマルタの霊基消滅も気になる。恐らく、あの男の片割れである、もう1人のカルデアのマスターにやられたのだろう。

 

 状況は、間違いなくジャンヌ・オルタが有利。

 

 しかし、

 

 いくつか、不穏な種が芽生え始めているのも事実だった。

 

 その時だった。

 

「良くない状況みたいだね」

 

 突如、暗がりから聞こえてきた声に、振り返るジャンヌ・オルタとジル。

 

 視界の先に広がる闇。

 

 その先を見通す事は出来ない。

 

 だが、

 

 そこに確かにある、人の気配。

 

「・・・・・・・・・・・・ああ、あなたですか」

 

 相手の存在を察知し、ジャンヌ・オルタは嘆息気味に告げる。

 

 正直、気分の良い相手ではない。

 

 むしろ、もし立場が違えば、真っ先に殺していてもおかしくは無いだろう。

 

 しかし、こんなのでも協力者の1人であり、ある意味「スポンサー」の代理人とでも言うべき存在だ。

 

 それ故に、ジャンヌ・オルタとしても、無碍にはできないのだった。

 

「苦戦しているようなら、手を貸してあげても良いけど?」

 

 含み笑いを浮かべた言葉。

 

 その声に、ジャンヌ・オルタは不快気に眉を顰める。

 

 だが、それに対しては何も言わず、代わりに視線を背ける。

 

「無用です。あなたの手など、借りるまでもありません」

「あ、そう」

 

 ジャンヌ・オルタの言葉に対し、相手はあっさりと引き下がる。

 

 どうやら本気で助勢するつもりはなく、単なる言葉の綾として出た物らしかった。

 

「ま、せいぜい頑張ってよ」

 

 鳴り響く靴音が、相手が踵を返した事を示している。

 

「我が主は君に期待している。その期待を裏切るような真似だけはしないでくれよ」

 

 それだけ言うと、相手は再び闇の中へ溶けるように消えていく。

 

 後には、立ち尽くすジャンヌ・オルタとジルだけが残されていた。

 

「ジャンヌ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 声を掛けるジル。

 

 しかしジャンヌ・オルタは答えずに立ち尽くす。

 

 その胸中には、言いようのない苛立ちが募っていた。

 

 良いだろう。そこまで言うならやってやる。どっちみち、あんな奴の手など、初めから借りる気など無かったし。

 

 その為の準備は、既に万端整っている。

 

「来るなら来なさい。最高の絶望を味合わせてやるわ」

 

 暗い瞳で呟くジャンヌ・オルタ。

 

 地下室には、彼女の声が陰々と響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 南部に行っていた凛果たちが、立香達と合流。久しぶりに、カルデア特殊班全員が勢ぞろいした。

 

 驚いたのは、出発前に比べてメンバーが大幅に増えていた事だろう。

 

 マリー・アントワネット、アマデウス・モーツァルト、聖ゲオルギウス。

 

 そして、今はまだ戦線離脱中だが、竜殺しの大英雄ジークフリートもいる。

 

 サーヴァントは皆、一騎当千の実力者である。

 

 数においては圧倒的にジャンヌ・オルタ軍が勝っているが、中核戦力は少なくとも互角に持ち込めたと考えてよかった。

 

「お帰り、凛果。無事でよかったよ」

「まあね。兄貴も」

 

 互いの顔を見た藤丸兄妹は、そう言って笑みを交わす。

 

 確信はあった。

 

 離れていても、お互いに無事だろう、と言う。

 

 だからこそ、そこに「安堵」は無い。

 

 2人にとってこれは、あくまでも「当然」の事に過ぎなかった。

 

 と、

 

「まあッ!! まあまあまあ!!」

 

 突如、背後から聞こえてきた声に、思わず凛果はつんのめるような姿勢になる。

 

 そんな凛果を追い越すように、王妃様は突撃すると、立香の背後にいた少女の手を取った。

 

「あなたが、ジャンヌ・ダルク様よね。ぜひ、一度お会いしたかったの!!」

「は、はあ、その、恐縮です」

 

 突然の事に、思わずたじたじになるジャンヌ。

 

 そんな聖女の手を取り、マリーはキラキラと目を輝かせている。

 

「ど、どうしたんだよ?」

「あ、あー・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねる立香に、凛果は苦笑気味に頬を掻く。

 

 実のところ、こうなる事を凛果は予想していた。

 

 ここに来るまでの道中、マリーから散々聞かされたのだ。彼女がジャンヌ・ダルクの所謂「大ファン」だと言う事を。

 

 その為、うっかりご本人が来ている事を喋ってしまったが運の尽き。

 

 ここに来るまで、さんざんジャンヌへのあこがれを語って聞かされたのだ。

 

 それはもう、途切れる事無く。

 

「ん、マリー、疲れた」

「うん、すごかった」

 

 響と美遊も、げっそりした調子で呟いている。

 

 何と言うか、ここに来るまでの苦労が偲ばれる光景である。

 

 マリーに悪気は無い。

 

 否、むしろ善意の塊であると言っても過言ではないだろう。

 

「ま、あの無邪気さこそが、マリアの最大の魅力だからね」

「言う前に止めて、お願い」

 

 笑いながら肩を竦めるモーツァルトに、響が脱力気味にツッコむ。

 

 何はともあれ、

 

 こちらも態勢は整いつつある。

 

 次は決戦になるだろう。

 

 人理定礎を掛けた最初の任務。その最後の戦い。

 

 言わば、これからのカルデアの運命を占う上で、最も重要な戦いが始まる事になる。

 

「・・・・・・負けられない、絶対に」

 

 低く呟く立香。

 

 と、

 

「ん」

「うん?」

 

 袖をクイクイッと引っ張られ振り返ると、響が澄んだ瞳で立香で見つめてきている。

 

「きっと、大丈夫」

 

 静かに告げる、少年の言葉。

 

 対して、

 

「・・・・・・ああ、そうだな。きっとそうだ」

 

 立香もまた、笑顔で返すのだった。

 

 

 

 

 

第12話「将星集う」      終わり

 



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第13話「ヴィヴィ・ラ・フランス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、

 

 ふと、目が覚めた響は、天幕を抜け出して外へと出た。

 

 冷たい外気が顔に掛かり、僅かに顔をしかめる。

 

 見上げれば、漆黒の空一面に星の明かりが見える。

 

 純粋に、綺麗だと思った。

 

 多分、空気が澄んでいるからだろう。おかげで星明りが良く見えた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 暫く、立ち尽くしたまま星を見ている。

 

 明日は、決戦になる。

 

 ジャンヌ・オルタ軍はオルレアンに万全の布陣を敷いて待ち構えている事だろう。

 

 対して、カルデア特殊班の陣容は、残念ながら万全とは言い難い。

 

 切り札であるジークフリートは戦線離脱中。それに合わせて、ジャンヌとゲオルギウスも解呪の為に離脱している。

 

 現状のカルデア特殊班は、戦力を大きく削がれている状態だった。

 

 しかし、これ以上時間をかけても、状況の好転は望めない。ならば、手持ちの札に賭けて決戦を挑む以外に無かった。

 

 と、

 

「あら、そこにいるのは、響かしら?」

「ん?」

 

 声を掛けられ振り返る。

 

 闇の中から、控えめに草を踏む音と共に現れたのは、花のように可憐な姿をした少女だった。

 

「マリー、どした?」

 

 フランス王妃マリー・アントワネットは、少年暗殺者に対してニッコリとほほ笑みかけてくる。

 

 ほのかな星明りの下で、その美しさはより一層映えているように思える。

 

 今の彼女は全盛期よりも少し前、フランス王妃となる前の少女時代の姿として召喚されている。

 

 しかし、生前より語られる美貌は、既に開花していると言ってよかった。

 

「眠れないのかしら?」

 

 響の傍らに寄って来たマリーは、響の頭を撫でながら優しく微笑みかける。

 

「子守唄を歌ってあげましょうか?」

「・・・・・・いい」

 

 ちょっと、顔を赤くして背ける響。

 

 何となく、マリーにそんな事を言われると、気恥ずかしい気持ちになってしまった。

 

 それにまあ、

 

 正直「子守歌」には最近、ちょっとしたトラウマがあるので勘弁してもらいたい、と言う気持ちもあるのだが。

 

「ん、そう言えば、聞きたい事あった」

「何かしら?」

 

 マリーに促され、響は彼女の隣に腰かける。

 

 ちょうど、2人で並んで星空を見上げる形だった。

 

「マリーの事、凛果から聞いた。生きてた頃の話」

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 響が何を言いたいのか得心したように、マリーは頷きを返す。

 

「良いわ、少しだけ、お話ししてあげる。おせんべいのお礼よ」

 

 そう言って、マリーは笑いかける。

 

 マリー・アントワネット。

 

 ルイ16世の妻にして、フランス王妃。

 

 誰よりもフランス国民を愛し、誰よりもフランス国民から愛され、そして裏切られた悲劇の女性。

 

 彼女は生前、貧困に喘ぐフランス国民を慮り、あらゆる手を尽くして彼らを救おうとした。

 

 自ら率先して倹約を行い、貴族たちから寄付金を募った事もあった。

 

 しかし、先王であるルイ15世の無理な外征がたたり、国庫が破綻寸前だった当時のフランスは、既にマリー1人が奮闘した程度で覆る事は無かった。

 

 加えて、時代は激動を迎えようとしていた。

 

 当時、フランスの首都パリでは王党派と革命派が睨み合い、殆ど内戦状態に近い様相だった。

 

 そんな状況の中、マリーは何とか人々の暮らしを良くしようと奔走を続けた。

 

 だが、

 

 いくら待っても、暮らしは良くならず、人々の不満は日増しに募っていく。

 

 やがて国民は、ある結論へと導かれる。

 

 自分たちが日々、必死に働いても暮らしが良くならないのは、誰か黒幕がいるからだ。そいつが富を貪り、自分達に貧困を押し付けているのだ、と。

 

 それは誰か?

 

 決まっている。あの凡庸な国王にそんな事ができるはずが無い。

 

 ならば誰か?

 

 王妃マリー・アントワネットだ。あの小狡い女が、王を誑かしているに違いない。

 

 全ては、政権奪取に躍起になった革命派が流した悪質なデマだった。

 

 事実無根な噂は、やがてフランス中を巻き込んで拡大していく。

 

 やがて起こる、フランス史上に残る一大スキャンダル「首飾り事件」。この事件はマリーにとって冤罪以外の何物でもなかったが、国民は誰も信じなかった。

 

 国民のマリーへの信頼は、完全に地に堕ちた。

 

 もはや、フランスは彼女にとって、安全な場所ではない。

 

 彼女は断腸の思いで家族を連れ、実家であるオーストリアへ亡命しようとする。

 

 しかし、既に周りは敵だらけになっていた。

 

 亡命計画は発覚し、連れ戻されたマリー達国王一家。

 

 それでも最初の頃はまだ良かった。

 

 初めの内は、国王一家に対する敬意が残っており、マリーは家族と暮らす事が出来た。

 

 思えばあの時が、マリーが心休まる時を過ごせた、最後の時間だったかもしれない。

 

 やがて起こる、対フランス同盟軍との革命戦争。

 

 戦況が芳しくないフランス軍は、「マリー・アントワネットがフランス軍の情報を敵に流している」と、あらぬ噂を言い立て糾弾。国民の多くが、それに賛同してしまった。

 

 やがて夫、ルイ16世が処刑。

 

 それに続き、マリーもまた断頭台の露と消えた。

 

「マリーは、恨んでない、の?」

「そうね・・・・・・」

 

 尋ねる響に対し、マリーは正面から見つめ返す。

 

 彼女にも気づいていた。

 

 目の前に座る暗殺者の少年は幼い。だが、幼いがゆえに、物事の本質を真っすぐに見ようとしているのだ。

 

 フランス国民に裏切られたマリー・アントワネットは、フランス国民を恨んで当たり前。少なくとも、その権利はある。

 

 響は、そう言いたいのだろう。

 

「私が殺された事については別に・・・・・・あの時は、どうしようもなかった事だから。けど・・・・・・」

「ん、けど?」

「私の子供にした事については、少しだけ」

 

 マリー・アントワネットには生涯、4人の子供がいたが、そのうち長男と次女は夭折しており、革命時に共にいたのは長女マリー・テレーズと、次男にして王太子のルイ・シャルルであった。

 

 マリー・テレーズは革命後、亡命に成功し、その後も波乱に満ちた生涯を送る事になる。

 

 だがルイ・シャルルは、

 

 幼かった息子は両親の死後、王太子だった事もあり、王政復古を警戒する革命派によって監禁され、ひどい虐待を受ける事になる。

 

 罵倒に暴力、洗脳、隷属、放置、果ては病気になっても医者にさえ診せてもらえなかった。

 

 全ては、国王一家を貶める為に仕組んだ、革命派の差し金である。

 

 彼らは僅か10歳にも満たぬ少年の心身を、文字通り貪りつくしたのだ。ただ、国王夫妻の息子であると言うだけの理由で。

 

 一部の心ある人々が救いの手を差し伸べた時には、既に手遅れだったと言う。

 

 マリーの息子は、父にも母にも先立たれ、わずか10歳で寂しく死んでいったのだ。

 

「けどね、それでも私は、この国への愛を捨てる事が出来なかった。だって、最後には裏切られたけど、一度は確かに幸せだったのだから」

「マリー・・・・・・」

「だから、私は心からこう言うの『ヴィヴィ・ラ・フランス(フランス万歳)』って」

 

 声を掛けようとする響の頭を、マリーはそっと撫でる。

 

「びびー、らふらんす?」

「ちょっと、発音が違うかなー?」

 

 復唱する響に、マリーは苦笑を返す。

 

 と、そこで少し真剣な眼差しで響を見る。

 

「あなたも、何か守りたい人がいる。違う?」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言い淀む響。

 

 対して、マリーは柔らかく微笑む。

 

「別に、無理に言わなくて良いの。ただ・・・・・・」

 

 言いながら、マリーは立ち上がる。

 

「本当に守りたいと思ったその時は、決して迷っちゃだめよ。あなたが迷えば、あなたが守りたいと思う子にも危険が及ぶことになるのだから」

「ん・・・・・・・・・・・・」

 

 頷く響に、マリーは笑いかける。

 

「良い子ね。さあ、明日も早いわ。子供はもう、寝る時間よ」

 

 そう言うとマリーは響の手を取り、天幕の方へと連れ立っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開けて翌日、

 

 カルデア特殊班はついに、決戦の地、オルレアンへと進出した。

 

 その視界の先では、血を埋め尽くすほどに配置された骸骨兵士たちの姿が見える。

 

 はじめから予想は出来ていた事である。

 

 敵とて馬鹿ではない。攻められると分かっていれば、守りを固めるのは当然の事だろう。

 

「予定通りってとこか」

「そうですね先輩。ジャンヌ・オルタ軍はこちらの予想通り、万全の布陣で待ち構えているようです。

 

 オルレアンを望める丘の上に立ちながら、立香は低い声で呟いた。

 

 その視界の先では、敵軍が布陣しているのが見える。

 

 地上には死者の軍勢が立ち並び、上空にはワイバーンの群れが乱舞する。

 

 答えるマシュの声にも、緊張が混じる。

 

 ジャンヌ・オルタ軍は、万全の態勢で待ち構えていたのだ。

 

 今回、立香は戦力を2つに分けている。

 

 と言うのも、ジークフリートの存在が大きかった。

 

 ジャンヌ・オルタとの戦いで死の呪いを受けてしまったジークフリート。

 

 幸い、ジャンヌ、ゲオルギウスと言う2大聖人が揃ってくれたおかげで解呪の目途は立ったのだが、それでも時間がかかるとの事。

 

 その為、立香としても兵力を二分せざるを得なかった。

 

 そこでジャンヌ、ゲオルギウスをジークフリートの解呪に当て、マリーとモーツァルトがその護衛。

 

 前線担当は、響、美遊、マシュ、エリザベート、清姫が立ち、マスターである立香と凛果がサポートに当たる予定だ。

 

 竜殺しの英雄であるジークフリートとゲオルギウスを初手から欠いているのは痛いが、この状況では仕方がない。彼等には後から戦線に合流してもらう予定だった。

 

「さて、じゃあ一番槍はあたしがやらせてもらうわよ」」

 

 一言言ってから前に出たのはエリザベートである。

 

 数で劣るカルデア特殊班。

 

 ならば、まずは先制攻撃で敵の出鼻をくじく必要がある。

 

 その一番槍を、エリザベートに任せる事にした。

 

「サーヴァント界最高のヒットナンバーを聞かせてあげるわ!!」

 

 意気揚々と告げるエリザベート。

 

 だが、

 

 その後方では、響がみんなに何かを配っていた。

 

「何だこれ?」

「耳栓、ですわね?」

「これを、耳にすればいいのですか?」

「ん、良いから良いから」

 

 戸惑う立香と清姫、マシュに、早く付けろと促す。

 

 一方、事情が分かっている凛果と美遊は、既に装備済みだった。

 

 同時に、エリザベートの周囲に魔力が活性化する。

 

 現れしは巨大な城。

 

 其れはかつて、彼女が居としたハンガリーのチェイテ城。

 

 「女吸血鬼エリザベート・バートリ」の舞台となった血塗られた伝説を刻まれし場所。

 

 勿論、現物ではない。エリザベート本人の魔力によって創り出された幻想だ。

 

 しかし、このチェイテ城こそが、エリザベートにとって最高の「ライブ会場」に他ならない。

 

 そして、

 

 これこそが、槍兵(ランサー)エリザベート・バートリの宝具でもあった。

 

 胸いっぱいに吸い込むエリザベート。

 

 次の瞬間、

 

 一気に解放する。

 

鮮  血  魔  嬢(バートリ・エルジェーベド)!!」

 

 放たれる、強烈な咆哮。

 

 本物のドラゴンもかくやと思えるほどの一撃は最早、「音波砲」と称しても良いだろう。

 

 これこそがエリザベート・バートリの宝具「鮮血魔嬢(バートリ・エルジェベード)」。

 

 竜属性である彼女の声を、魔力で増幅して最大開放。それを余すことなく敵に叩きつける対軍宝具。

 

 チェイテ城と言う、かつてエリザベート自身が外征中の夫に代わって治めた城を舞台とする事で、その威力は更に跳ね上がる。

 

 受けた相手は、彼女の「歌声」を前に、ワイバーンや骸骨兵士が次々と吹き飛ばされ、粉砕されていくのが見える。

 

 今の一撃で、数十は巻き込んだ事だろう。

 

 ジャンヌ・オルタの陣容に、大きな穴が開くのが見えた。

 

 やがて、徐々に収束していく咆哮。

 

 それと同時に、幻想として出現したチェイテ城も霞のように消えていく。

 

 だが、先制攻撃としては十分以上の威力を発揮したのは確かだった。

 

「どうよッ!!」

 

 意気揚々と振り返るエリザベート。

 

 そこで、

 

「う・・・・・・こ、これは・・・・・・」

「ちょ、これ、ひどくない?」

「もはや、騒音公害のレベルです・・・・・・」

「ん、エリザもう、歌うの禁止」

「何でよー!!」

 

 耳栓越しにも大ダメージを受けたカルデア特殊班一同が、苦悶しながら蹲っていた。

 

 

 

 

 

 ~一方その頃、オルレアン城では~

 

「な、何だったの、今のは!?」

「わ、判りませぬ」

「何と言うか・・・・・・ガラクタを一斉に叩きつけたような音だったね」

「いやいや、魔獣100匹が一斉に吼えてもああはいくまい」

「地獄の亡者が一斉に蜂起したのかも」

「いずれにしても、この世のものでは無いひどさだった事だけは確かだな」

 

 敵軍(ギャラリー)からの反応も散々な物だった。

 

 

 

 

 

 何はともあれ、

 

 「多少の誤差」はあった物の、エリザベートの一撃で、カルデア特殊班が先制したのは事実である。

 

 ならば、ここは一気に押し込むべき所だった。

 

「ん、先行く」

 

 先頭に立った黒装束の少年が、腰に差した刀を抜き放つ。

 

 彼方を見据える響。

 

 次の瞬間、

 

 一気に斬り込む。

 

 100メートル以上隔てた戦場を、数秒で駆け抜け前線に踊り込む響。

 

 敵軍からしたら、何か影のような物が走り抜けたようにしか見えなかった事だろう。

 

 次の瞬間、

 

 前線にいた骸骨兵士複数が、一気に斬り倒された。

 

 突如、自陣に飛び込んで来た少年に、陣形を乱すジャンヌ・オルタ軍。

 

 一部の骸骨兵士はバラバラに斬りかかってくる。

 

 だが、

 

「ん、遅い」

 

 低く呟く響。

 

 同時に、剣閃が縦横に奔る。

 

 空間そのものを斬り裂くような斬撃。

 

 一拍の間を置いて、近づこうとした骸骨兵士は悉く、バラバラに斬り捨てられ、地へと転がった。

 

 目にもとまらぬ早業、とでも言うべきか。

 

 アサシンの真骨頂とでも言うべき戦いぶりである。

 

 更に、響は間髪入れず、上空に目をやる。

 

「んッ!!」

 

 跳躍。

 

 同時に、魔力で足場を作ると、上空のワイバーン目がけて一気に駆け上がる。

 

 鋭く奔る刃。

 

 その一撃が、翼竜の腹を容赦なく斬り裂いた。

 

 着地する響。

 

 次の目標に向けて、視線を向けようとした。

 

 

 

 

 

 カルデア特殊班の勢いはすさまじかった。

 

 先制した響を先頭に、ジャンヌ・オルタ軍の隊列を次々と蹴散らしていく。

 

 それに対し、ジャンヌ・オルタ軍もワイバーンや骸骨兵士を集中投入して特殊班の進撃を防ごうとする。

 

 だが、勢いを止めるに至らない。

 

 カルデア特殊班は、指揮官である藤丸兄妹指揮の元、次々とジャンヌ・オルタ軍の戦線を打ち破っていく。

 

 中央にマシュを置き、敵の攻撃を防ぎ止めると同時に、美遊、エリザベート、清姫の3騎が斬り込む陣形を取っている。

 

 3人が道を開き、敵の攻撃に際してはマシュが前に出て防御を固めるのだ。

 

 急降下してくるワイバーン。

 

 鋭い爪が、美遊に狙いを定める。

 

 だが、

 

「はァァァァァァ!!」

 

 気合と共に大盾を振るうマシュ。

 

 その一撃が、ワイバーンを弾き飛ばす。

 

 その間に美遊が、剣を振り翳して斬り込んでいく。

 

 群がる骸骨兵士に対して手にした剣を一閃、斬り飛ばす。

 

 両翼を固めるエリザベートと清姫も負けていない。

 

 左右から群がろうとする敵を、次々と屠っていく。

 

「みんな頑張ってる。これなら一気に行けるかなッ!?」

 

 歓喜の声を上げる凛果。

 

 実際、響達の活躍によって、ジャンヌ・オルタ軍は総崩れとなりつつある。

 

 このまま行けば、一気にオルレアンに攻め込む事も不可能ではないように見える

 

 だが、

 

「いや」

 

 凛果の横を駆けながら、立香はかぶりを振る。

 

「出てきているのは雑魚ばっかりだ。連中はまだ、主力を出してきていないッ」

「そう言えばッ」

 

 出てきているのはワイバーンと骸骨兵士ばかりだ。

 

 敵の主力であるはずの狂化サーヴァント達が未だに出てきていないのが気になる所だった。

 

 その時、

 

「止まってくださいッ 先輩方!!」

 

 突然のマシュの警告に、思わず足を止める立香と凛果。

 

 既に周囲の敵は殆ど倒している。

 

 いったい、何が起きたと言うのか?

 

 いぶかる様に向けた視線の先。

 

 そこには、一振りの呪旗を掲げた漆黒の少女が、カルデア特殊班を待ち構えるようにして立っていた。

 

「おいおい。いきなり親玉の登場かよ」

 

 ジャンヌ・オルタの突然の出現に、戸惑いを隠せない立香。

 

 対して、迎え撃つジャンヌ・オルタは、ニヤリと笑みを見せる。

 

「よくぞおいでくださいました、カルデアの皆さま。このジャンヌ・ダルク。皆さまの来訪を、一日千秋にお待ちいたしておりました」

 

 慇懃に挨拶するジャンヌ・オルタ。

 

 対して、立香達を守るように立つ美遊達。

 

 マシュは2人の正面で盾を構え、美遊が剣を、エリザベートが槍を、清姫が扇子を真っすぐにジャンヌ・オルタに向け、いつでも攻撃できる態勢を整えている。

 

 だが、3騎のサーヴァントを前にしても、ジャンヌ・オルタは平然と立ち尽くし、その口元には笑みを浮かべていた。

 

 余裕の態度を崩さないジャンヌ・オルタ。

 

 まるで、既にこうなる事は計算済みであった、とでも言いたげな態度である。

 

「皆様が来る日を心待ちにしておりました。どうぞ、わたし達が用意した歓迎を、存分に楽しんでいってくださいね」

 

 そう言うと、

 

 ジャンヌ・オルタは静かに、右腕を掲げた。

 

 一体何事か?

 

 訝る立香達。

 

 その時だった。

 

「これはッ・・・・・・」

 

 美遊が何か異常を感じ、思わず声を上げる。

 

 同時に、

 

 地面が突然、揺れるのを感じた。

 

「な、何ッ!?」

「どうしたんだ、急に!?」

 

 驚く妹を支えてやりながら、周囲を見回す立香。

 

 揺れは更に大きくなっている。

 

 そればかりか、地鳴りまで聞こえ始めていた。

 

 地鳴りは徐々に大きくなり、既に大気も震え始めている。

 

「いや、これ地震って言うよりも、むしろ・・・・・・・・・・・・」

 

 嫌な予感を感じ、声を震わせる凛果。

 

 これと同じような感覚を、つい最近も体験していたのだ。

 

「一つ、良い事を教えましょうか」

 

 戸惑う一同を見ながら、ジャンヌ・オルタは口元に笑みを浮かべて言った。

 

「私はこの邪竜百年戦争を始めるに当たり、複数のサーヴァントを召喚しました。ただし、その中にバーサーカーだけは、あえて召喚しなかった。それはなぜだと思いますか?」

 

 固唾を飲んで見守る立香達。

 

 対して、ジャンヌ・オルタは楽しそうに言い放った。

 

「必要なかったのですよ。なぜなら、『彼』がいましたからね!!」

 

 ジャンヌ・オルタが言い放った、

 

 次の瞬間、

 

 視界の先にあるオルレアン城が、轟音と共に崩れ落ちた。

 

「い、いったい何がッ!?」

 

 マシュが驚愕して声を上げる中。

 

 崩れ落ちるがれきの下から、

 

 「それ」は姿を現した。

 

 巨大な体、巨木の如き四肢、うねる尾は一撃で大地をも叩き割れるだろう。

 

 そして天をも衝かんとする長い首が、地面の下から姿を現す。

 

 小山の如き巨体を誇る竜。

 

 上空を飛ぶワイバーンが「ヤモリ」程度にしか見えない。

 

 リヨンでマルタが召喚したタラスクよりも、尚も大きい。

 

 「恐怖」を具体的に視覚化した存在が、そこにいた。

 

「な、なんだ、あれはッ!?」

 

 凛果を背中に庇いながら、立香はうめき声を発する。

 

 その圧倒的な存在感を見せる邪竜は、今にもこちらに襲い掛かろうと睨みつけていた。

 

「邪竜ファブニール。こいつが完成してくれたおかげで、わたくしたちの布陣は完璧になりました」

 

 ジャンヌ・オルタは謳い上げるように告げる。 

 

 邪竜ファブニール。

 

 北欧神話に登場する邪竜であり、英雄ジークフリートとの対決は有名な伝説である。

 

 なぜ、砦の戦いでジャンヌ・オルタがジークフリートの排除を行ったのか?

 

 その理由がこれだった。

 

 ジャンヌ・オルタは、ファブニールを運用する上で邪魔になるジークフリートを先に倒してしまおうと考えたのだ。

 

 そして、

 

 立香はジャンヌ・オルタの狙いを悟った。

 

 彼女は初めから、カルデア特殊班がオルレアンに攻め込んで来るのを待っていたのだ。

 

 このファブニールを使って、自分たちを一網打尽にする為に。

 

 特殊班は言わば、張られた罠の中に自ら飛び込んでしまった形である。

 

「さあ、始めましょう。真なる邪竜百年戦争を!!」

 

 そう告げるとジャンヌ・オルタは、手にした呪旗を高らかに振り翳した。

 

 

 

 

 

第13話「ヴィヴィ・ラ・フランス」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 装置の前に立つ。

 

 見上げるほどの高さを持つ、棺桶のような機械群。

 

 正直、何がどんな機能を有しているのか、はた目には殆ど分からない。

 

 だが、これらの装置は皆、カルデアが誇る技術の結晶であり、今や人類の未来を担う、大切な戦力である。

 

 そして、

 

 これらの装置は今、遥か過去のフランスへと繋がっている。

 

 戦いはいよいよ大詰め。

 

 カルデア特殊班とジャンヌ・オルタ軍との決戦が始まっていると言う。。

 

 ここまで味方は全戦全勝を続けている。

 

 正直、よくやっていると思う。

 

 藤丸兄妹は殆ど素人にも拘らず、サーヴァント達をよく指揮して難局を乗り切って来た。

 

 サーヴァント達もその実力を大いに発揮して、大敵を打ち破って来た。

 

 それだけでも快挙と言えるだろう。

 

 だが、まだ油断も出来ない。

 

 ジャンヌ・オルタ軍の主力。特に狂化サーヴァント達は、ほぼ無傷で残っている。

 

 いかに連戦連勝のカルデア特殊班と言えども、苦戦は必至だった。

 

「行くのかい?」

 

 背後から駆けられた声に振り返る。

 

 視線の先に立つのは、白衣姿の優男。

 

 ロマニ・アーキマンだ。

 

 一見するとなよっとした学者風のこの男が現在、このカルデアにおける指揮官でもある。

 

 そのロマニが、嘆息交じりに口を開いた。

 

「正直、賛成できないな。今の君はまだ、安定しているとは言い難い」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな事は判っている。自分が万全でない事くらい。

 

 しかし、

 

 それを押してでも尚、自分は行かなくてはならないのだ。

 

 ロマニが、嘆息する。

 

 止めて止まる相手ではない事は、とうに悟っていた事だ。

 

「判ったよ、止めはしない。ただ、くれぐれも無茶だけはしないでくれよ」

 

 肩を竦めるロマニ。

 

「僕たちの戦いは、まだ先が長い。君も、こんな『序盤』で脱落なんかしたくないだろ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 嘯くロマニに頷きを返す。

 

 そのまま、振り返る事無く装置へ歩み寄った。

 

 



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第14話「黒の衝撃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響が異常に気付いたのは、何体めかのワイバーンを斬り倒した直後だった。

 

 手にした刀を血振るいし、次の目標へと向かおうとした時、

 

 突如、彼方で轟音が巻き起こり、思わず足を止める。

 

「・・・・・・何、あれ?」

 

 振り仰ぐ、視界の彼方。

 

 その先には、巨大な竜がオルレアン城を突き破る形で姿を現していた。

 

 離れていても分かるその異様なまでの巨体。

 

 凶悪すぎる顔。

 

 まさに伝説にある通りの邪悪さで、ファブニールはその場に存在していた。

 

「まずい・・・・・・・・・・・・」

 

 近付いて来た骸骨兵士を斬り捨てながら、響は呟く。

 

 ここまで順調に進撃してきたカルデア特殊班だが、ジャンヌ・オルタ軍が切り札であるファブニールを出した事で、一気に形成は逆転しつつある。

 

 何とかしないと、一気に押し返される事にもなりかねない。

 

「みんなッ」

 

 ともかく、いったん凛果達と合流した方が良いだろう。

 

 そう考えて、駆けだそうとする響。

 

 だが、その時、

 

「雑兵では、食い足らぬか、小僧?」

「ッ!?」

 

 突然の声に、振り返る響。

 

 その視線の先には、

 

 槍を携えて、ゆっくりと歩いてくる男の姿がある。

 

 幽鬼の如き形相をした黒衣の男は、鋭い双眸で響を睨み据える。

 

「剣を取れ。光栄に思うがいい、余が、直々に相手をしてやろう」

 

 言いながら、槍を構えるヴラド。

 

 その姿を見ながら、響は苛立たし気に瞳を細める。

 

 ジャンヌ・オルタ軍は切り札であるファブニール投入と時を同じくして、狂化サーヴァント達をも出撃させてきたのだ。

 

 邪竜に続き、サーヴァント達の出現で、趨勢は完全にジャンヌ・オルタ軍に傾きつつある。

 

 ゆっくりと、歩み寄ってくるヴラド三世。

 

 対して、

 

 響は刀の切っ先をヴラドに向けて構える。

 

 正直、ここで足止めを喰らっている暇は無い。一刻も早く、凛果たちと合流しなければならない。

 

 だが、

 

 それを簡単に許してくれるほど、ヴラド三世が甘い相手出ない事も分かっていた。

 

「どけ」

 

 低く、呟くように告げる響。

 

 だが、

 

 その視線には、相手を射抜くような殺気が込められているのが判る。

 

 次の瞬間、

 

 両者、同時に仕掛けた。

 

 

 

 

 

 ファブニールの圧倒的な威容が、平原にいる全てを圧倒している。

 

 その見上げてもなお足りない巨体。

 

 破滅的な狂相が、立香達を睨み下ろす。

 

「ッ 来るぞ!!」

 

 叫ぶ立香。

 

 その視界の先で、口元に巨大な炎を蓄えるファブニールの姿がある。

 

 こちらに攻撃を仕掛けるつもりなのだ。

 

「皆さんッ 私の後ろに!!」

 

 事態を察したマシュが、前へと出て大盾を掲げる。

 

 次の瞬間、

 

 ファブニールの巨大な(あぎと)より、炎があふれ出る。

 

 対して、

 

 マシュは真っ向から迎え撃つように、盾を構えた。

 

「真名、偽装登録、宝具展開!!」

 

 マシュの魔術回路が活性化すると同時に、最大限に魔力込められた盾が輝きを放つ。

 

 同時に、ファブニールも炎を吐き出す。

 

 燃え盛る大気。

 

 巨大な炎は空間そのものを燃やし尽くし、進路上にいたワイバーンや骸骨兵士をも巻き込んでいく。

 

 味方すら巻き込む様は、正に狂戦士の在り方に通じている。

 

 対して、盾を持つマシュの手にも力がこもる。

 

 マシュの宝具は、未だ完璧ではない。

 

 真名解放は不可能。その能力を十全に発揮する事は出来ない。

 

 だがそれでも、

 

 今、みんなを守れるのは自分しかいない。

 

 その想いが、マシュを突き動かす。

 

「仮想宝具、疑似展開!! 人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

 展開される魔力の盾。

 

 透明な壁が、空間を隔てるように出現する。

 

 そこへ、ファブニールの放った炎が襲い掛かった。

 

 激突する両者。

 

「クッ!?」

 

 強烈な熱量を前に、思わず顔をしかめるマシュ。

 

 展開された魔力の盾が歪むのが判る。

 

 それでも、マシュは必死にファブニールの炎を防ぎ続ける。

 

 その様子を、ジャンヌ・オルタは離れた場所から眺めていた。

 

「思ったよりやりますね。ですが・・・・・・・・・・・・」

 

 手を振り上げる。

 

 その背後から、2つの影が飛び出すのが見えた。

 

「クッ マシュさん!!」

 

 マシュに向かって飛び掛かろうとする存在に、いち早く気付いたのは美遊だった。

 

 手にした剣を横なぎに振るい、飛び掛かってきた相手を切り払う。

 

 後退する両者。

 

 だが、

 

「あなた達は・・・・・・・・・・・・」

 

 白百合の剣士は絶句して相手を見やる。

 

 1人は黒いマントを羽織った痩身の男。顔には不気味なマスクを着け、虚ろな目が焦点を合わせずこちらを見詰めている。そして手には、ナイフのように鋭い爪が異様な長さで存在している。

 

 そして、

 

 もう1人は更に異様だった。

 

 全身を漆黒の甲冑で包んだ男だ。手には巨大な鉄の棒を持っている。

 

 どちらも、不気味な出で立ちである事は間違いなかった。

 

「うちの新人はやる気があるのが取り得でして。勢い余って殺してしまったりしたらごめんなさい」

 

 2騎のサーヴァントと対峙する美遊を見下ろしながら、笑みを浮かべて告げるジャンヌ・オルタ。

 

 だが、彼女に斬り込もうにも美遊の行く手を、サーヴァント達が阻んでくる。

 

「ああ、クリスティーヌ、クリスティーヌ、美しき君よッ さあ、共に命尽きるまで踊りあかそうじゃないか!!」

 

 完全に狂った調子で、謳うように語り掛けてくる仮面の男。

 

 繰り出された爪の一撃を、後退する事で辛うじて回避する美遊。

 

 だが、

 

 逃げた先で、もう一方のサーヴァントが待ち構える。

 

 全身を漆黒の甲冑に身を包んだ騎士は、手にした鉄棒を槍のように振り回し、美遊へと襲い掛かってくる。

 

 横なぎに襲い来る鉄棒。

 

「ッ!?」

 

 対して、とっさに剣を繰り出して迎え撃つ美遊。

 

 激突する両者。

 

 次の瞬間、

 

 美遊の体は大きく吹き飛ばされて後退した。

 

「クッ!?」

 

 膝を突きながらも、どうにか着地する美遊。

 

 その視界の先では、自身に向かってくる黒騎士の姿がある。

 

「何て威力ッ!?」

 

 地に手を突きながら、体勢を立て直そうとする美遊。

 

 対して、

 

 黒騎士は、仮面のバイザー越しに美遊を睨みつけてくる。

 

「■■■Ar■■■■■■thur■■■!!」

 

 おどろおどろしい声が、仮面の下から聞こえてくる。

 

 その存在と相まって、発散される不気味な印象。

 

 対峙する美遊は、思わず怖気を振るって相手を見やるのだった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 美遊が2騎のサーヴァントを同時に相手にしている頃、

 

 エリザベートもまた、因縁の相手と対峙していた。

 

 放たれる魔力弾。

 

 自身に向かって飛んで来る闇色の弾丸を、アイドル少女はとっさに上空へ跳び上がって回避。

 

 同時に、自身に襲い掛かった相手を見やる。

 

「来たわね」

 

 鋭い視線を向ける先。

 

 そこには、豪奢なドレスを着込んだ仮面の女性が、見上げるようにして立っている。

 

 エリザベート・バートリとカーミラ。

 

 互いに同一である存在が、殺気に満ちた視線を空中でぶつけ合う。

 

「今日こそ、その憎らしい存在を消し去ってやるわ」

「それはこっちのセリフよ!!」

 

 互いに交わされるセリフの応酬。

 

 同一であるが故に、お互いの存在を許す事は出来ない。

 

 まさに鏡合わせとでも言うべき状況である。

 

「行くわよ」

 

 囁くように告げるエリザベート。

 

 次の瞬間、

 

 翼を羽ばたかせて急降下。

 

 同時に、勢いを付けて槍を繰り出す。

 

 繰り出される刃。

 

 その一撃を、錫杖で打ち払うカーミラ。

 

 だが、エリザベートもすぐに槍を引き戻すと、旋回しながらカーミラへ叩きつける。

 

「フンッ!!」

 

 対して、エリザベートの攻撃を回避しつつ、懐へと飛び込む。

 

 繰り出される爪の一撃。

 

 その攻撃を、エリザベートは辛うじて槍の柄で防ぐ。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしつつ後退するエリザベート。

 

 対して、カーミラは敢えて追撃を仕掛けず、口元に笑みを浮かべる。

 

「・・・・・・・・・・・・むかつくわね」

 

 低い声で呟くエリザベート。

 

 同時に槍を返すと、再びカーミラに襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 ここに来て、カルデア特殊班の動きは完全に抑え込まれた形である。

 

 各サーヴァントは、ジャンヌ・オルタ軍の狂化サーヴァント達の襲撃を前に苦戦を強いられている。

 

 とてもではないが、ファブニールを相手にしている場合ではなくなっていた。

 

 そして、

 

 巨大な地鳴りを上げながら、ファブニールの進撃が開始される。

 

 その進む方向にあるのは・・・・・・

 

「まずいッ」

 

 事態を察し、立香は舌打ちする。

 

 ファブニールが進撃する先。

 

 その方向には、先日の戦場となったフランス軍砦がある。

 

 あそこには今、ジル・ド・レェ元帥以下、フランス残党軍が駐留している。

 

 もし砦にファブニールが突入したら、今度こそフランスの命運は決してしまう。

 

「クソッ 何とかしないと!!」

「先輩、ここは私達がッ!!」

「お任せください!!」

 

 大盾を持って、飛び出していこうとするマシュと清姫。

 

 現状、特殊班の中で自由の動けるサーヴァントは彼女達だけしかいない。

 

 だが、

 

「させませんッ!!」

 

 飛び出して来たジャンヌ・オルタが呪旗を一閃。

 

 とっさに防御に入るマシュ。

 

 盾の表面にジャンヌ・オルタの攻撃が当たり、思わず顔をしかめるマシュ。

 

 対照的に、自身の絶対的な優位を確信しているジャンヌ・オルタは、口元に笑みを浮かべている。

 

「邪魔はさせません。今度こそ、あなた達は終わりです」

「クッ!?」

 

 ジャンヌ・オルタの攻撃を防ぎながら、悔し気に唇を噛み占めるマシュ。

 

 そこへ、清姫が攻撃を仕掛ける。

 

 迸る炎。

 

 だが、その一撃をジャンヌ・オルタは、手にした呪旗を振るって弾いてしまう。

 

「ぬるいですね。その程度の炎では、我が身を燃やし尽くした焔には到底及びませんよ」

 

 嘲るようなジャンヌ・オルタの言葉。

 

 対して、マシュと清姫は、間合いを取る形で対峙を続けている。

 

 その間にも、ファブニールは確実に歩みを進めていくのだった。

 

 

 

 

 

 マシュと清姫はジャンヌ・オルタに、美遊は新たに現れた2騎のサーヴァントに、エリザベートはカーミラに、そして響はヴラド三世と、それぞれ交戦状態に入っている。

 

 サーヴァント全員が完全に動きを封じられた中、視界の彼方で巨竜がゆっくりと進撃していくのが見える。

 

 その歩みは、決して早いと言う訳ではない。

 

 だが、その一歩が確実にフランスを滅亡に導こうとしている。

 

 その事に対し、立香は焦りを覚えずにはいられなかった。

 

「どうしよう兄貴、このままじゃ・・・・・・」

「クッ・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果の言葉を聞きながら、唇を噛み占める立香。

 

 その思考は、現状で打てる手をどうにか模索していく。

 

 今この状況の中、サーヴァント達の手を借りる事は出来ない。

 

 ならばどうする?

 

 どうすれば良い?

 

 考えた末に、

 

「・・・・・・・・・・・・凛果、こっちを頼む!!」

「え、ちょっと兄貴ッ!?」

 

 妹の声を背に、立香は走り出す。

 

 自分にできる事など高が知れている。

 

 しかしそれでも、戦える手段があるのに戦わないのは、臆病者のする事だった。

 

「礼装、モードチェンジ!!」

 

 叫び声と共に、立香の中にある魔術回路が起動。

 

 着ている魔術礼装の特性を変化させる。

 

 それまで着ていたカルデア制服から、ピッタリしたバトルスーツへと変化。そのまま立香は右手の人差し指を立てて、真っすぐにファブニールへと向ける。

 

 カルデア戦闘服は、先にダ・ヴィンチから説明が合った通り、礼装の中でも特に戦闘面に重点を置いている。

 

 とは言え、それでもできる事と言えば、サーヴァント達の援護射撃くらいである。

 

 だが、

 

 今は皆が身動きを取れなくなっている。

 

 ならば、立香が動くしかなかった。

 

「ガンドッ!!」

 

 指先から放たれる黒い魔力弾。

 

 その一撃が、ファブニールに命中。邪竜は一瞬、その動きを鈍らせる。

 

「やったッ」

 

 喝采を上げる立香。

 

 だが、それも一瞬の事だった。

 

 すぐにファブニールは、何事も無かったかのように進軍を再開する。

 

 まるで立香の存在など、取りに足らない蟻のように、振り向く事もせず地響きと共に歩き出す。

 

「クッ」

 

 立香は舌打ちする。

 

 やはり、この程度では足止めにもならない。

 

 ダメなのか?

 

 やはり、自分は無力なのか?

 

「・・・・・・いや、まだだッ!!」

 

 眦を上げる立香。

 

 その双眸が、進撃を続ける邪竜を睨み据える。

 

 自分はカルデア特殊班のリーダーだ。その自分が真っ先に諦めるなんてできる訳が無かった。

 

「行かせるかァ!!」

 

 再びガンドの構えを取る立香。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無茶をするな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 低い声が、立香の耳に飛び込んでくる。

 

 次の瞬間、飛び込んで来た漆黒の影が、進撃を続けるファブニールに真っ向から斬りかかった。

 

 だが、

 

 振り下ろした剣は、ファブニールの固い表皮によって阻まれ、斬り裂く事は出来ない。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ飛びのくと、立香のすぐ脇に降り立った。

 

「お前はッ!?」

 

 驚く立香。

 

 相手は以前、ジャンヌ・オルタと戦った時に助力してくれたセイバーだった。

 

 先の砦での戦いでフランス残党軍に加勢したセイバーは、特殊班と時を同じくしてオルレアン突入の機を伺っていたのだ。

 

 そこへ、カルデア特殊班とジャンヌ・オルタ軍が交戦を開始したため、自身も参戦を決意したのである。

 

「それが、この騒ぎとはな。正直、予定が狂いっぱなしだ」

「いや、それは向こうに言ってくれよ」

 

 愚痴めいた言葉を零すセイバーに対し、立香は礼装を元の制服に戻しながら、マシュと戦っているジャンヌ・オルタを指し示す。

 

 立香達とて、まさかあんなデカブツが、オルレアン城の地下から現れるなど、予想だにしていなかったのだから。

 

 と、次の瞬間

 

「チィッ!!」

 

 舌打ちしつつ、セイバーは立香の襟首を掴んで地面に引き倒す。

 

 一瞬、抗議しようと顔を上げる立香。

 

 だが、その前にセイバーは手にした長剣を振るい、近づこうとしたワイバーンを、一刀両断に斬り捨てた。

 

 見れば、周囲にはいつの間にか、ワイバーンや骸骨兵士が群がろうとしている。

 

 どうやら立香は、ファブニールを足止めするのに躍起になりすぎて、敵陣深く入り込み過ぎていたようだ。

 

「いつの間に・・・・・・」

「視野を狭めるな」

 

 驚く立香に、骸骨兵士を斬り捨てながら、諭すように告げる

 

「戦場で起こるあらゆる事象を、全て把握し、兵力を無駄なく運用しろ。指揮官が視野を狭めれば、それだけ兵士に無駄死にが出る。そして・・・・・・」

 

 轟風のように、セイバーの剣が風を切る。

 

 ただそれだけで、上空に逃れようとしたワイバーンが斬り捨てられる。

 

 墜落するワイバーン。

 

 その姿を背に、セイバーは振り返る。

 

「兵士を信じて全てを任せる。それも、指揮官としてのお前の務めだ」

「セイバー・・・・・・・・・・・・」

 

 セイバーの言葉を噛み締める立香。

 

 この状況。

 

 今この大混戦の中で、指揮官である自分に何ができるのか考える。

 

 皆の為に、自分ができる事。

 

 その視界の先では、尚も剣を振るい続けるセイバーの姿がある。

 

 意を決し、眦を上げる。

 

 自分ができる事、

 

 自分がすべき事、

 

 今、みんなを守り、みんなを助ける事ができるのは自分だけなのだから。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 目を閉じ、右手を掲げる。

 

 同時に、意識を集中する。

 

 自分の中にある魔術回路に呼びかける。

 

 素人の立香に、積極的に魔術を扱う事は出来ない。

 

 しかし、カルデアのマスターとして戦っていく上で、必要な事はロマニやマシュから学んでいる。

 

 今こそ、それを使う時だった。

 

 目を開く立香。

 

 同時に、静かに詠唱を始める。

 

「素に銀と鉄、礎に石と契約の大公、降り立つ風には壁を、四方の門は閉じ、王冠より出で、王国の三叉路は循環せよ・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 高まる魔力。

 

 僅かずつ、戦場を満たす張り詰めた空気。

 

 その様子に真っ先に気付いたのは、意外にもジャンヌ・オルタだった。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

 

 振り返るジャンヌ・オルタ。

 

 その視線の先で、魔力を高める立香の姿がある。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)、繰り返す都度に五度、ただ満たされる刻を破却する」

 

 目を剥くジャンヌ・オルタ。

 

 立香が何をしようとしているのか。

 

 その事に思い至り、目を見開く。

 

「おのれッ やらせるか!!」

 

 呪旗を翻し、踵を返そうとするジャンヌ・オルタ。

 

 だが、

 

 そこへ背後からマシュが襲い掛かる。

 

「先輩の邪魔はさせません!!」

 

 魔力を込めた盾を振るい、ジャンヌ・オルタを攻撃するマシュ。

 

 背後からの攻撃に対応すべく、とっさに動きを止めて呪旗を振るうジャンヌ・オルタ。

 

 旗と盾がぶつかり合い、魔力の粒子が飛び散った。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 カルデアで異変に最初に気付いたのは、オペレーターを担当していた女性職員だった。

 

 アニー・レイソルと言う名の彼女は、元々は備品管理部に所属していた。

 

 ファーストオーダー時におけるレフ・ライノールが起こした爆破テロの際は、地下の倉庫にいた為に惨事を免れていたのだ。

 

 その後、人員不足に陥ったカルデア内において、数少ないコンピュータ関連の専門家と言う事で、オペレーターに抜擢されていた。

 

 慣れないパネル操作に悪戦苦闘していたアニーは、画面が映し出す数値が異常な値を出している事に気付き、すぐ背後に立つロマニへと振り返った。

 

「アーキマン司令代行!! 立香君からのコントラクト・オーダーを確認ッ!!」

「何だって!?」

 

 報告を受け、ロマニも驚いた声を上げる。

 

 つまり、現地での状況はそこまで追い詰められていると言う事か。

 

 ロマニは決断する。

 

 現状では不安が残るが、現地での判断は立香と凛果に任せている。その立香が必要と判断した以上、全力でサポートするのが自分たちの務めだった。

 

「ただちにコントラクト・シークエンスに移行準備。座標確認、疑似魔術回路起動、緊急用魔力パス解放準備急げ!!」

 

 矢継ぎ早に指示を飛ばすロマニ。

 

 それを受けて、管制室に詰めている全職員が動き出す。

 

 今この瞬間、

 

 こここそが最大の勝機だ。

 

 ならば、僅かなミスも許されない。

 

「疑似魔術回路起動確認!!」

「引き続き、立香君の魔術回路との接続シークエンスに入ります!!」

「魔力活性開始。解放率、現在30・・・45・・・60・・・臨界まであと10秒!!」

「最終座標確認、AD1431、フランス、オルレアン!!」

「マスター候補048、『藤丸立香』固定完了!!」

 

 次々と報告が上げられる。

 

 その様子を、険しい眼差しで見守るロマニ。

 

 やがて、

 

「魔力臨界を確認!! 行けます!!」

 

 最後の報告を聞き、ロマニは顔を上げる。

 

「魔力パス、開放」

「了解、魔力パス、開放します!!」

 

 下された指示と共に、必要な措置を取るアニー。

 

 同時に、カルデアが蓄積する莫大な魔力が、立香へと流れ込んでいくのが判る。

 

「・・・・・・頼んだぞ、立香君」

 

 その様子を、ロマニは祈るような面持ちで眺めていた。

 

 

 

 

 

「告げる!!」

 

 立香は鋭い声で言い放つ。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に、聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ!!」

 

 立香の体が、右手の令呪を中心に輝きを増していくのが判る。

 

 カルデアから送られた魔力が、少年の体を通して活性化しているのだ。

 

「誓いをここに!! 我は常世総ての善と成る者!! 我は常世総ての悪を敷く者!!」

 

 さらに高まる魔力の輝き。

 

 その様に、ジャンヌ・オルタの焦りが募る。

 

「おのれッ!!」

 

 強引にマシュを振り払い、踵を返すジャンヌ・オルタ。

 

 漆黒の魔女は呪旗を振り上げて立香へと迫る。

 

 だが、

 

 襲い来るジャンヌ・オルタを前にして、立香は一歩も引かない。

 

 その澄んだ瞳は真っ直ぐにジャンヌ・オルタを見据えて迎え撃つ。

 

「汝、三大の言霊を纏う七天!! 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 臨界に達し、光り輝く立香。

 

 同時に、叫ぶ。

 

「来てくれッ セイバー!!」

 

 叫びに応じ、手を伸ばすセイバー。

 

 立香とセイバー。

 

 互いの手が、ガッチリと握られる。

 

 爆発的に高まる魔力の光。

 

 そこへ、襲い掛かるジャンヌ・オルタ。

 

「そこまでです!!」

 

 振り下ろされる呪旗。

 

 だが、

 

 ガキンッ

 

 振り返りざまにセイバーが、剣を横なぎに振り切る。

 

 その一撃により、大きく後退するジャンヌ・オルタ。

 

「クッ 馬鹿なッ・・・・・・・・・・・・」

 

 愕然として顔を上げるジャンヌ・オルタ。

 

 その視界の先で、

 

 手にした剣を下げ、悠然と立つ剣士(セイバー)の姿がある。

 

 その体からは魔力が満ち溢れ、威風堂々とした戦姿を見せる。

 

「・・・・・・・・・・・・我が名はエドワード」

 

 低い声が圧倒的な存在感と共に、己の名を告げる。

 

「イングランド王国王太子・・・・・・・・・・・・」

 

 その鋭い双眸が、自らのマスターたる少年に害する存在を、真っ向から睨み据える。

 

「黒太子エドワードなり!!」

 

 

 

 

 

第14話「黒の衝撃」      終わり

 




と言う訳で、お待たせしました。黒騎士の真名解放です。

毎章、こんな感じで1~2人くらいずつ、オリ鯖を出していこうと思っていますので、どうぞご期待ください。

ついでに、カルデアの方にもオリキャラが1人。


アニー・レイソル
24歳 女性
出身:イギリス
身長:157センチ
体重:47キロ

カルデアで備品整理を担当していた女性。レフによる爆破テロ後、オペレーターに抜擢される。


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第15話「躊躇いなく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒太子エドワード。

 

 フランス百年戦争が開戦するきっかけを作ったイングランド王エドワード三世の嫡子。

 

 戦場においては常に漆黒の甲冑を身に着けていた事から「黒太子」の異名で呼ばれる事になる。

 

 16歳の時に参加した「クレシーの戦い」においては重装歩兵部隊を率いて最前線に立ち、多くの敵将を撃破。およそ3倍の兵力差を覆し、イングランド軍に勝利をもたらしている。

 

 この戦いで見事な武勇を示したエドワードは、父から正式に王太子(次期国王)として認められたと言われている。

 

 また25歳の時には「ポワティエの戦い」において、自らイングランド軍を指揮。またしても数的劣勢を覆して勝利を収めると、百年戦争初期におけるイングランド軍の勝利を決定的な物とした。

 

 百年戦争初期の主要な戦いに参加したエドワードは、ほぼ全ての戦いにおいて負け無しだったと言われている。

 

 45歳で病を得て病没するエドワード。

 

 結局その後、フランスが反攻を開始するのは、彼の死から53年後の1429年。救国の乙女ジャンヌ・ダルクの登場を待たなくてはならなかった。

 

 もし、エドワードの寿命があと10年長ければ、フランスと言う国家その物が消滅、ないし、現在よりも規模を大幅に縮小されていたかもしれない。

 

 その黒太子エドワードが今、

 

 新たなカルデア特殊班のサーヴァントとして、マスターである藤丸立香を守るべく剣を構えていた。

 

 

 

 

 

 対峙する、黒と黒。

 

 黒太子エドワードとジャンヌ・ダルク・オルタ。

 

 片やイングランド軍王太子として初期百年戦争に参戦、イングランド軍勝利を決定付けた剣士(セイバー)

 

 片やフランス軍を導く聖女として後期百年戦争に参戦、劣勢の状況を覆しながらも最後は火刑に散りながらも、フランスを勝利に導いた復讐者(アヴェンジャー)

 

 百年戦争に因縁がある両者が今、時空を超え、再びフランスの命運を決する戦場で相まみえていた。

 

「・・・・・・時間が無い。マスター、指示を」

 

 立香を守るように立つエドワードが、剣の切っ先をジャンヌ・オルタへと向ける。

 

 既にその体は、立香を通してカルデアから送られてきた莫大な魔力が充填されている。

 

 単独で戦っていた頃とは訳が違う。

 

 今やエドワードは、完全に全力発揮可能な状態になっている。

 

 戦機は既に満たされていた。

 

 頷く立香。

 

「頼むセイバー・・・・・・いやエドワード」

 

 その視線が、呪旗を構えるジャンヌ・オルタを見据える。

 

「終わらせてくれ」

「承知ッ!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 エドワードは手にした剣を翳して駆ける。

 

 一瞬で、距離を詰めるエドワード。

 

 対抗するように、ジャンヌ・オルタも呪旗を構えて迎え撃つ。

 

「ハッ たかがマスターを得たくらいで、良い気になるんじゃないわよ!!」

「果たして、それはどうかなッ」

 

 振り上げる剣閃。

 

 横なぎの旗。

 

 激突する両者が、魔力の粒子を散らす。

 

 次の瞬間、

 

「グゥッ!?」

 

 苦悶の声と共に、後退したのはジャンヌ・オルタの方であった。

 

 呪旗を構える手に衝撃が走り、思わず顔をしかめる。

 

 以前、対峙した時とは違う。明らかに威力が上がっている一撃を前に、ジャンヌ・オルタは困惑を隠せずにいる。

 

 対して、エドワードは剣を構えなおす。

 

「さあ、終わらせるぞ」

 

 低い呟きと共に、再びジャンヌ・オルタに斬りかかった。

 

 

 

 

 

 エドワードとジャンヌ・オルタが戦闘を開始。

 

 戦いはいよいよ、佳境へと突入しつつある。

 

 そんな中、ジャンヌ・オルタと交戦していたマシュが、立香の下へと駆け寄って来た。

 

「先輩、ご無事でしたかッ!? あれは、セイバーさん?」

 

 ジャンヌ・オルタと戦っているエドワードを見て、マシュは驚きの声を上げる。

 

 以前共闘した時は、あれだけ愛想が無かったエドワードが、まさか立香の下について戦っているとは。

 

 マシュならずとも、驚くと言う物だろう。

 

 だが、呆けている暇は無かった。

 

「マシュ、ファブニールをどうにかして足止めしよう。とにかく、少しでも時間を稼ぐんだ!!」

 

 シールダーであるマシュは防御主体のサーヴァント。進撃する邪竜を単騎で押し留めるだけの戦力は持ちえない。

 

 清姫も共同で攻撃を仕掛けているが、それでも火力不足は否めない。

 

 しかし、時間さえ稼げれば、ジークフリートが合流してくる事が期待できる。

 

「判りました、このマシュ・キリエライトにお任せください!!」

 

 勇ましく言い放つマシュ。

 

 そのまま大盾を手に駆けだす。

 

 それを追うようにして、立香も邪龍を追って走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 繰り出される槍の穂先。

 

 鋭い突き込みは、その一撃一撃が致死となる。

 

 ヴラド三世は手にした巨大な槍を巧みに操り、息もつかさない程の連続攻撃を仕掛けてくる。

 

 対して、

 

 対峙する少年は流れるような動きで、その全てを回避。

 

 手にした刀を振り翳して、懐へと飛び込む。

 

「んッ!!」

 

 繰り出される横なぎの一閃。

 

 だが、

 

 切っ先が捉える前に、ヴラド三世は大きく後退する事で響の剣閃を回避する。

 

 切っ先は、僅かにヴラドの鼻先を霞めるにとどまる。

 

 舌打ちする響。

 

 対して、ヴラドは口の端を釣り上げて笑う。

 

「やるではないか小僧。だが、まだまだ踏み込みが甘いぞ!!」

 

 言い放つと、槍を大上段に構えるヴラド三世。

 

 次の瞬間、

 

「攻撃とは、このようにする物だ!!」

 

 振り下ろす。

 

 打ち下ろされた一撃。

 

 その攻撃が容赦なく、大地を叩き割る。

 

「んッ 何て、威力ッ!?」

 

 飛び散る破片を跳躍して回避しながら、辛うじて後退する響。

 

 着地すると同時に再び刀を構えなおす。

 

 だが、

 

 ヴラド三世は、響に体勢を立て直す間を与えずに攻め立てる。

 

「そら、足元が疎かになっているぞ!!」

「ッ!?」

 

 とっさに飛びのく響。

 

 間一髪、足元から出現した杭が、響を霞める形で突き立つ。

 

 ヴラド三世の異名でもある「串刺し公」。

 

 オスマントルコ軍の兵士数万を串刺しにして国境線に並べたと言う恐怖伝説。

 

 吸血鬼ヴラド。

 

 その伝説を再現した光景が、そこにあった。

 

 次々と地面に突き立てられる無数の杭。

 

 響はその全てを回避していく。

 

 だが、

 

 地面から突如として出現する杭。

 

 それらは容赦なく、少年暗殺者の集中力を奪い去っていく。

 

 何しろ、攻撃は足元からやってくるのだ。気配を読み、回避するには極度の集中状態が必要となる。

 

 全力で回避運動を続ける響。

 

 だが、そのせいで極度に視野が狭まっていた事は否めない。

 

 そして、

 

「余を忘れる事はまかりならんぞ!!」

「ッ!?」

 

 突如、耳を打つ不吉な声。

 

 振り返れば、槍を振り上げるヴラド三世が、響のすぐ目の前に立っていた。

 

 林立する杭の群れを目晦ましにして、響のすぐ至近まで接近していたのだ。

 

「んッ!!」

「遅いッ!!」

 

 響が防御を整えるよりも早く、ヴラド三世は横なぎに槍を振るう。

 

 その一撃が、響の左肩を直撃。大きく吹き飛ばした。

 

「グッ!?」

 

 地面に転がる響。

 

 それでも、どうにか体勢を立て直そうと、膝を突いて立ち上がろうとした。

 

 次の瞬間、

 

「そこまでだ」

 

 低い声と共に、その喉元に槍の穂先が突き付けられた。

 

 切っ先は、響の喉元に僅かに食い込んだところで止まっている。

 

 完全にチェックメイトだった。

 

 

 

 

 

 エドワードがジャンヌ・オルタと交戦を開始し、立香達がファブニールの追撃を開始した頃、

 

 動きは戦線の後方。

 

 カルデア特殊班の天幕で起きていた。

 

 ここでは今、ジャンヌとゲオルギウスが、ジークフリートに掛けられた呪いの解呪に当たっていた。

 

 ジャンヌ・オルタの呪いは強力であり、聖人2人掛かりでも解呪には思いのほか手間取っていた。

 

 それでも、どうにか解呪の目途が立ちそうになった、矢先の事だった。

 

 近付いてくる気配を察し、護衛に当たっていたマリー・アントワネットは顔を上げた。

 

「あら、懐かしい顔が来たわね」

 

 涼やかな声に導かれるように、供をしているモーツァルトも顔を上げる。

 

 その視界の先には、こちらに向かって歩いてくる2人の人影があった。

 

「あれは・・・・・・・・・・・・」

 

 声を上げるモーツァルト。

 

 可憐な容貌をした剣士と、漆黒の出で立ちをした処刑人。

 

 先の砦における戦いで姿を見せたセイバーとアサシン、シュヴァリエ・デオンと、シャルル・アンリ・サンソンだ。

 

 近付いてくる2人。

 

 対して、

 

 マリーは落ち着いた調子で、デオンとサンソンを迎える。

 

「2人とも、久しぶりね。まさか、こんな形であなた達また会う事になるとは思わなかったわ」

 

 静かな口調で告げるマリー。

 

 対して、

 

 先んじて声を上げたのは、デオンだった。

 

「お久しぶりです、王妃様。このような形での再会となってしまったのは、私としても残念でなりません」

 

 聊か、苦渋を滲ませたようなマリーの言葉。

 

 デオンは生前、マリーと親交があった人間の1人である。

 

 マリーは見目麗しいデオンに対し、特注のドレスを送ったと言う逸話がある。もっとも、シュヴァリエ・デオンの性別については諸説ある為、それがいかなる意味を持っていたのか、今となっては推し量る事は出来ないが。

 

 一方、

 

「やあ、マリー・・・・・・マリア、僕の事は憶えていますか?」

 

 やや芝居がかった口調で尋ねるサンソン。

 

 対して、マリーも口元に笑みを浮かべて応じる。

 

「ええ、勿論。わたしが踏んづけた足は大丈夫かしら?」

 

 マリー・アントワネット。その生涯最後の言葉は「ごめんあそばせ」だったと言われている。

 

 これは、彼女がギロチンで処刑される直前。その執行人の足を踏んでしまった事に由来している。

 

 そして、その処刑執行人こそが今、目の前にいるシャルル・アンリ・サンソンなのだ。

 

 言わばサンソンは、マリーが生前、最後に言葉を交わした人物であると言える。

 

「ねえマリア、僕の断頭はどうでした? 君の為に最高の処刑を用意したんだ。あの時の君は絶頂してくれたかい?」

 

 笑顔で尋ねてくるサンソン。その姿には狂気の片鱗が見て取れる。

 

 やはりと言うべきか、デオンもサンソンも狂化が施されているようだ。

 

「耳を貸すんじゃないマリア」

 

 見守っていたモーツァルトが、警告するように叫ぶ。

 

 彼の立場からすれば、思い人であるマリーを処刑したサンソンは、憎悪の対象である。決して許す事が出来ない。

 

 そのサンソンが、マリーに対して寄りにもよって処刑の事で言い寄る姿は、吐き気すら催す光景だった。

 

 対して、モーツァルトの姿を見たサンソンも、露骨に嫌な表情を浮かべる。

 

「邪魔をするなアマデウス。貴様如きが、この僕の想いを」

「するに決まっているだろう。君のような変態に、これ以上マリアを好きにさせてたまるものか」

 

 睨み合う両者。

 

 互いの視線が、空中で火花を散らす。

 

 そんな中、デオンがマリーに視線を向けながら前へと出た。

 

「どうか、降伏して道をお開けください、王妃」

 

 静かな口調でなされる、降伏勧告。

 

 それをマリーは、黙って聞いている。

 

「よもやあなたも、我ら2人を相手に勝てるとは、思っていないでしょう? それとも、そこの楽士に何か期待しているのですか? だとしたら無駄な話です」

 

 デオンはモーツァルトを差しながら告げる。

 

 確かに。

 

 デオンは一時期、竜騎兵(ドラグーン)部隊の隊長を務めた程の武人だ。可憐な容姿とは裏腹に、その武勇は比類ない物がある。

 

 一方のサンソンは、武人として名を成した記録は無い。しかし処刑人と言う立場上、多くの人間をその手にかけている。ある意味「人を殺す」事に長じていると言えるだろう。

 

 対してマリーは、王宮で蝶よ花よと育てられた「お姫様」にすぎない。生粋の武人と処刑人相手に勝てるとは思えない。

 

 だが、

 

「お気遣いありがとう、デオン。あなたは相変わらず優しいのね。でも・・・・・・」

 

 言いながら、

 

 マリーの中で魔力が高まっていくのが判る。

 

「今は私も騎兵(ライダー)のサーヴァント。そのような気遣いは無用よ」

 

 そう告げると、マリーは背後に立つモーツァルトに振り返る。

 

「あなたは下がっていて、アマデウス」

「そうさせてもらうよ。ただ、援護は任せてくれたまえ」

 

 信頼する友人に頷きを返しつつ、マリーは再びデオンとサンソンに向き直る。

 

 その口元には、涼し気な笑みが浮かぶ。

 

 やがて、

 

 最大限に放出された魔力が、彼女を光り輝かせる。

 

「さんざめく花のように、陽のように!!」

 

 可憐に響く美声。

 

 天上の音にも匹敵すると思える調べ。

 

 その声に答えるように、現れたのは一頭の馬だった。

 

 ただの馬ではない。

 

 たくましくも美麗なその馬の体はガラスによって構成され、見る者を魅了する美しさがある。

 

 マリーはその馬に飛び乗ると、足を揃えて横座りする。

 

 これこそがマリー・アントワネットの宝具「百合の王冠に栄光あれ(ギロチン・ブレイカー)」。

 

 栄光あるフランスの王権を象徴した宝具である。

 

 英霊・宝具は星の数ほどあれど、これほどまでに美しい宝具を操るのは、マリー・アントワネットをおいて他にいないだろう。

 

 それ程までに、人々を魅了する姿だった。

 

「さあ、行きますわよ」

 

 自身の宝具の上で、微笑みながらマリーはそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 首筋に突き付けられた槍の穂先。

 

 あとわずか、ヴラド三世が力を込めれば。響の喉元は斬り裂かれる事になる。

 

「終わりだな小僧。自身の未熟さを後悔しながら座に帰るが良い」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 告げられる処刑宣告。

 

 刃が怪しく光り、殺気が滲みだす。

 

 旦夕に迫る、少年の運命。

 

 そんな中、

 

 響の脳裏には昨夜、マリーから言われた事が浮かんでいた。

 

『本当に守りたいと思ったその時は、決して迷っちゃだめよ。あなたが迷えば、あなたが守りたいと思う子にも危険が及ぶことになるのだから』

 

 躊躇えば、大切なものが奪われる。

 

 響にとって、大切な物。

 

 それは、たった1人の小さな少女。

 

 彼女を守る為なら、自分は全てを捨てる事ができる。

 

 だがらこそ、

 

 今ここで、倒れる訳には、

 

 いかないッ!!

 

「ッ!!」

 

 次の瞬間、

 

 突き込まれる刃。

 

 だが、

 

 それよりも一瞬早く、響は首を横に大きく逸らしてヴラド三世のやりを回避する。

 

 首筋を霞める刃。

 

 血が一瞬、噴き出る。

 

 だが、

 

 浅い!!

 

「んッ!!」

 

 背筋を思いっきり逸らし、その勢いで足を振り上げる響。

 

 つま先が蹴り上げられ、ヴラド三世の顎を捉える。

 

「グゥッ!?」

 

 思いもしなかった一撃を受け、唸り声をあげて体をのけ反らせるヴラド。

 

 そのまま蹈鞴を踏むように数歩、後退する。

 

 その間に立ち上がり、刀を構えなおす響。

 

 だがヴラド三世も戦場で名を馳せた武人。すぐに体勢を立て直す。

 

「おのれ小僧ッ!!」

 

 掲げる腕。

 

 同時に、杭が一斉に地面から乱立する。

 

 あらゆるものを刺し貫かんとする地獄の光景。

 

 対して、

 

 響は刀の切っ先をヴラドに向けて構えながら、

 

 その幼い双眸は、揺らぎ無い湖面のように静かに見据える。

 

 そして、静かに呟いた。

 

「・・・・・・無形の剣技」

 

 同時に、

 

 幼き暗殺者は地を蹴る。

 

 再び始まる、ヴラドの猛攻。

 

 次々と突き立てられる杭の群れ。

 

 しかし、響は流れるような動きでその全てを回避していく。

 

 先程までのように、余裕の無い動きではない。

 

 まるで、ヴラドが次にどこを攻撃するのか、全部わかっているかのように、攻撃をよけ、回避し、飛び越える。

 

「小癪な!!」

 

 更に攻撃の密度を上げるヴラド。

 

 一斉に突き立てられる杭が交錯し、屹立し、天をも貫かんと突き上げられる。

 

 その様は、まるで逆さに降る嵐さながらである。

 

 だが、

 

 響はその全てをかわしていく。

 

 無形の剣技。

 

 数多くの剣術を収め、それらを複合的に組み合わせる事であらゆる戦況に対応可能となる。

 

 そこに剣術特有の「型」は存在しない。

 

 しかし、型が存在しないからこそ、どのような型にも瞬時に変化する事ができる。

 

 言わば「超実戦型戦術スキル」。

 

 今の響には、ヴラドの動きが手に取るようにわかっていた。

 

 そして、

 

「んッ!!」

 

 跳躍。

 

 同時に刀を横なぎに一閃、突き上げられた杭の穂先を、斬り飛ばすと空中でキャッチする。

 

「これをッ!!」

 

 掴んだ穂先を、槍投げの要領でヴラドへ投げつける響。

 

「喰らえッ!!」

 

 切っ先を真っすぐ向けて、ヴラド三世に飛んで行く穂先。

 

 対して、

 

「そんな物かァァァァァァッ!!」

 

 槍を振るい、飛んできた穂先を打ち払うヴラド。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、これで、終わりッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬、

 

 ヴラドの集中が途切れた瞬間、

 

 そこを見逃さない。

 

 響は一気に懐に飛び込んだ。

 

 目を見開くヴラド。

 

 だが、

 

 もう、遅い。

 

 鋭い、横なぎの一閃。

 

 交錯する両者。

 

 一瞬、

 

 戦場に沈黙が支配する。

 

 次の瞬間、

 

 ヴラド三世は、地に膝を突いた。

 

「見事、だ・・・・・・・・・・・・」

 

 その体から光の粒子が立ち上る。

 

 響の一撃が致命傷となり、現界を保てなくなったのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 自身の勝利を確信した響。刀を血振るいして鞘に戻す。

 

 そんな少年に対し、ヴラドは口元に笑みを浮かべる。

 

「先へ進むが良い。そなたの、護るべき者の為に、な」

 

 そう告げるヴラド。

 

 対して、響も思うところあって振り返る。

 

「最後に、一つ言いたい」

「このザマだ。できれば手短に頼む」

 

 そう言っている間にも、ヴラドの体は崩壊している。

 

 もう数秒も待たず、消滅してしまうだろう。

 

 そんなヴラドの目を真っすぐに見て、響は言った。

 

「この間、ごめん・・・・・・吸血鬼って、言って」

 

 響のその言葉に、

 

 今にも消滅しかけているヴラドは、少し驚いたように目を見開く。

 

 確かに、初めの対決の時、響はヴラドに対して「吸血鬼」と言う言葉を使った。

 

 その言葉を聞いたヴラドが激昂したのを覚えている。

 

 確かにヴラド三世は吸血鬼のモデルとなった人物ではあるが、しかし当人は決してその事実を受け入れていたわけではない。むしろ、消し去りたいと思うほどの事実だったのだ。

 

 響は図らずも、彼の逆鱗に触れてしまった。

 

 だから、どうしても謝っておきたかったのだ。

 

 対して、

 

 ヴラド三世は呆気に取られた表情をした後、

 

 その口元に笑みを浮かべた。

 

「・・・・・・良い子だ」

 

 その言葉を最後に、消滅するヴラド三世。

 

 それを確認すると、響は踵を返す。

 

 戦いはまだ、続いている。

 

 今はただ、自分が守るべき者の為に走るの身だった。

 

 

 

 

 

第15話「躊躇いなく」      終わり

 



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第16話「罪の在り処」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刃を交わす、エリザベートとカーミラ。

 

 魔力弾を矢継ぎ早に放ち、弾幕に近い攻撃を仕掛けるカーミラ。

 

 対してエリザベートは背中の羽を羽ばたかせると機動力に物を言わせて、攻撃を回避しつつ、懐に飛び込むタイミングを計っている。

 

 飛び交う魔力の光弾。

 

 だが、その全てを回避していくエリザベート。

 

「このッ 一丁前にかわしてんじゃないわよ!!」

 

 声を荒げるように言いながら、魔力弾を放つカーミラ。その仮面の下には、苛立ちの色が浮かんでいる。

 

 対して、

 

 一撃を、上空で旋回して回避するエリザベート。

 

 カーミラとは対照的に、その動きには余裕すら感じられた。

 

「かわすに決まってんでしょうが!!」

 

 叫びながら、槍を振り上げる。

 

 高速で斬り込むエリザベート。

 

 漆黒の穂先が、陽光を浴びて怪しく光る。

 

 対抗するように、魔力弾を次々と撃ち放って迎え撃つカーミラ。

 

 だが、当たらない。

 

 エリザベートは羽根を羽ばたかせて上昇すると、カーミラの攻撃を回避。

 

 同時に、槍を逆手の持ち替える。

 

「あたしは、あんた(あたし)を許さないッ 自分1人の為にたくさんの人を犠牲にして、悪名だけを残して死んだあたし(あんた)を!!」

 

 突き込まれる刃。

 

 その一閃を、錫杖で防ぐカーミラ。

 

 しかし、いかに少女としての姿を取っていても、ランサーのエリザベートの方が、アサシンのカーミラよりも直接的な戦闘力において上回っている。

 

 攻撃を防ぎきれず、大きく後退するカーミラ。

 

 対して、エリザベートも、槍を構えなおしてフルスイングするように襲い掛かる。

 

 お互いに「エリザベート・バートリ」である存在は、至近距離で互いに睨み合う。

 

「だから終わらせてやるわッ!! ここで全部!!」

 

 言い放つと同時に、膂力に任せて槍を振り抜くエリザベート。

 

 その一撃が、カーミラを直撃する。

 

 大きく後退するカーミラ。

 

 一瞬の静寂が、両者の間に流れる。

 

 エリザベートもまた、槍を構えなおしてカーミラを睨む。

 

 やがて、ゆっくりと顔を上げるカーミラ。

 

 その口元からは、一筋の血が零れ落ちる。

 

 どうやら、とっさに打点をずらす事で、ダメージを減殺したらしい。

 

 やはり、一筋縄ではいかない。

 

 警戒するように、槍を構えるエリザベート。

 

 対して、カーミラは、錫杖をだらりと下げて佇む。

 

 不気味な沈黙が流れる両者の間。

 

 ややあって、

 

「・・・・・・・・・・・・いい気なものね。自分1人が善人のつもりかしら?」

 

 カーミラの口から、低い声で告げられる。

 

 仮面の下から放たれる眼光。

 

 そこから、憎悪に近い殺気が漏れ出していた。

 

「私は確かに罪を犯した。それは否定しない。けどなら、あなたはどうなのかしら?」

「何が・・・・・・・・・・・・」

「私が既に罪を犯した存在なら、あなたはこれから罪を犯す存在。そこにどんな差があると言うのかしら? ただ後か先かの問題よ」

 

 言いながら、

 

 カーミラの魔力が高まっていく。

 

 身構えるエリザベート。

 

 次の瞬間、

 

「私が罪深い存在だと言うなら、あなたも同じ!! なら、あなたもまた、ここで消えるべきなのよ!!」

 

 背後から伸びてきた鎖がエリザベートの細い体に絡みつき、あっという間に拘束してしまった。

 

「これは・・・・・・しまったッ!?」

 

 驚いて振り返るエリザベート。

 

 その視界の中で、

 

 不気味な顔が上部に付属した巨大な棺桶が、口を開けてエリザベートを待ち構えているのが見えた。

 

 その扉の内側には長く鋭い針が、びっしりと設置されていた。

 

「クッ!?」

 

 何とか抵抗しようと、もがくエリザベート。

 

 しかし、鎖で引き寄せられる力は強く、あっという間に中へと引きずり込まれていく。

 

 棺桶の中に拘束されるエリザベート。

 

 その様を、カーミラは愉悦と共に眺める。

 

 そして

 

幻想の鉄処女(アイアン・メイデン)!!」

 

 詠唱と同時に、エリザベートを閉じ込めた扉は、重々しく閉じられるのだった。

 

 

 

 

 

 鋭く伸びた長い爪を駆使して斬り込んでくる仮面の男。

 

 その攻撃を弾きながら、美遊はどうにか距離を取ろうとしている。

 

「歌っておくれクリスティーヌ、君の美声こそがこの世の光よ!!」

「誰と、勘違いをッ!!」

 

 正面から迫る下面の男。

 

 対抗するように、右手に構えた剣を横なぎに振るう美遊。

 

 鋭く奔る銀の剣閃。

 

 だが、仮面の男はいっそ華麗に思えるようなステップで後退。少女の剣を回避する。

 

 その姿に、舌打ちする美遊。

 

 強い、と言う訳ではない。

 

 むしろ、実力的には、美遊の方が相手を凌駕している事だろう。

 

 しかし先ほどから、美遊の攻撃は絶妙なタイミングでかわされている。

 

 「強い」と言うより「厄介」な相手だった。

 

 ファントム・オブ・ジ・オペラ

 

 またの名を「オペラ座の怪人」

 

 歌姫を目指す1人の少女に愛を抱き、彼女を守るために狂ったように凶行を繰り広げた哀しき殺人鬼。

 

 その愛は決して報われる事は無い。

 

 しかし報われないからこそ、死して英霊に成り果てた後も狂気に囚われ、かつて恋焦がれた存在を求め続けているのだ。

 

 相手を想うほどに殺したくなる。

 

 白のドレスを身に纏い、剣を振り翳した美遊の姿は、ファントムの目にはかつての想い人と重ねられているのだ。

 

「ルルル!!」

 

 体を揺らすようにして襲い掛かってくるファントム。

 

 まるで踊るかのように迫る怪人は、見る者にとって不気味ですらある。

 

 立ち尽くす美遊に対し、ファントムは長く伸びた両の爪で攻撃を仕掛ける。

 

 その攻撃を、美遊は剣で弾く。

 

 後退するファントムを追って、斬りかかろうとする美遊。

 

 だが、正面ばかり気にしている訳にはいかない。

 

 背後から迫る気配。

 

「ッ!?」

 

 息を呑み、とっさに振り返ると巨大な鉄棒を振り翳して迫る黒騎士の姿があった。

 

 黒の全身鎧にフルフェイスマスクで覆った姿からは、相手の正体を察する事は出来ない。ただ、ひたすらに不気味さのみが際立っていた。

 

「■■■Ar■■■thr!!」

「ッ!?」

 

 怖気を振るような声。

 

 一瞬、背筋を凍らせる美遊。

 

 黒騎士が手にした鉄棒が、鋭く振るわれる。

 

 対して、美遊の対応は追いつかない。

 

 強烈な一撃が、少女を襲う。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 吹き飛ばされて地面に転がる白百合の剣士。

 

 口の中に広がる、鉄錆めいた味。

 

 小さな全身に痛みが走る。

 

 辛うじて致命傷は防いだものの、大ダメージは免れなかった。

 

 どうにか体を起こす美遊。

 

 しかし、そこへ2騎のサーヴァントは容赦なく襲い掛かってくるのが見えた。

 

「このままじゃ、まずい・・・・・・」

 

 美遊は唇を噛み締めながらも、剣を手に立ち上がる。

 

 しかし、状況は少女にとって極めて不利な事に変わりはない。

 

「せめて、どちらか1人だけでも倒さないとッ」

 

 呟きながら、美遊は迎え撃つべく剣を振り翳した。

 

 ファントムが繰り出した爪を剣で弾き、更に黒騎士の鉄棒を後退して回避する。

 

 連続して襲い掛かってくる両者の攻撃をかわしながら、美遊は駆ける。

 

 だが、2騎の方も、攻撃の手を緩める気配はない。

 

 特に黒騎士の方は、執拗に攻撃を繰り返してくる。

 

「Ar・・・・・・thar!!」

 

 振るわれる鉄棒。

 

 その姿に、美遊は険しそうに目を細める。

 

 真名は判らないが、言動から察するに、この黒騎士がアーサー王、つまりアルトリアと何らかの関係ある人物である事が伺える。

 

 彼女に余程の怨みああるのか、その攻撃は苛烈を極めており、美遊に反撃の機を掴ませない。

 

 こうなると、今はアーサー王その物である美遊にとっては、厄介な存在である。

 

「クッ!!」

 

 とっさに強引な反撃に出る美遊。

 

 向かってくる黒騎士に対し、真っ向から剣を振り下ろす。

 

 だが黒騎士は、手にした鉄棒で美遊の剣をいともあっさりと防ぐと、そのまま流れるような手つきで槍のように繰り出す。

 

 対して、体勢を崩した美遊は、とっさに反応ができない。

 

「しまったッ」

 

 呟いた瞬間、

 

 黒騎士の鉄棒は、美遊の腹に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 進撃を続けるファブニール。

 

 その巨体はゆっくりと、しかし確実に破滅へと突き進んでいる。

 

 その前に立ちはだかるべく、奮闘するマシュと清姫。

 

 指揮を執る立香と凛果もまた、彼女らと共にファブニールと対峙していた。

 

 マシュが大盾を掲げてファブニールの攻撃を防ぎ、その間に清姫が炎を噴き上げて攻撃を仕掛ける。

 

 立香の指揮のもと、連携攻撃を仕掛けるマシュと清姫。

 

 しかし、

 

「・・・・・・ダメか」

 

 邪龍に纏わり付く炎は、すぐに下火になっていくのが見える。

 

 鋼鉄よりも固い表皮を破る事が出来ないのだ。

 

 尚も進撃の足を止めないファブニールを前に、立香は悔し気に呟く。

 

 その間に、礼装の術式で清姫の傷を癒してやっている。

 

 マシュも清姫もよくやってくれていると思う。

 

 しかし、相手は神話級の幻想種。倒しきるには明らかに火力が足りなかった。

 

「兄貴、まだッ!?」

「待ってくれ、もう少し・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果に急かされながらも、回復魔術を冷静に続ける立香。

 

 焦る気持ちは判るが、サーヴァント達を万全の状態で前線に出してやりたかった。

 

 手を翳し、教えられたとおりに術式を起動すると、みるみるうちに清姫の傷が癒えていくのが見える。

 

 立香も家ではゲームをするが、まるで本当にRPGの魔法使いになったような印象だった。

 

「もう、結構ですわ、安珍様」

「清姫?」

 

 立香からの治療を打ち切り、前へと出る清姫。

 

 振り返りながら、笑いかける。

 

「マシュさんを1人で戦わせておくわけには参りませんから。それに、この程度の傷で退いていたら、狂戦士の名が泣きますわ」

 

 言い放つと同時に、清姫は再び前へと出て攻撃を再開する。

 

 その後ろ姿を見送る立香。

 

 打てる手は、もう全て打った。

 

 この場にあって立香にできる事は、状況に応じて指示を出すくらいである。

 

 だが、それで良い。

 

 エドワードにも言われた事だ。配下のサーヴァントを信頼して任せるのも、指揮官でありマスターである自分の務めだと。

 

「頼んだぞ、みんな」

 

 呟く立香。

 

 その瞳には、皆に対する尽きる事の無い信頼が溢れていた。

 

 だが、

 

 そんな立香を、彼方から狙う目があった。

 

 

 

 

 

 

 アーチャーであるその女性は、可憐であると同時に異様だった。

 

 緑を基調とした衣装に、鋭い眼差し。

 

 手にした弓は気高き存在感を示し、正に「女狩人」と称すべき、凛々しい出で立ちをしていた。

 

 だが、

 

 その頭部には獣の耳が生え、お尻からはネコ科の長い尻尾が揺れている。

 

 純潔の狩人アタランテ。

 

 アルカディアの王女にして、ギリシャ神話最速の戦士。

 

 ギリシャ中の勇者が集ったアルゴナウタイに参加し、カリドゥンの猪討伐にも加わった、生粋の戦士である。

 

 誰よりも気高い彼女が今、ジャンヌ・オルタの召還に応じ、狂化サーヴァントとなって彼女の指揮下に収まっている。

 

 戦闘を開始してからここに至るまで、アタランテは殆ど戦線には加わらず、様子見に徹していた。

 

 それは取りも直さず、決定的な「一手」を刻むための布石に他ならない。

 

 アタランテは戦士であると同時にアーチャー、「狙撃手(スナイパー)」でもある。

 

 戦場におけるスナイパーの最大の役割は敵の指揮官を撃ち倒し、指揮系統を混乱させて敵を分断する事にある。

 

 その役割を、アタランテは忠実に実行しようとしていた。

 

 向ける視線の先。

 

 そこでは、マシュと清姫に指示を飛ばす立香の姿がある。

 

「・・・・・・貴様に恨みは無い」

 

 言いながら、弓を引き絞るアタランテ。

 

「しかし、これも互いの立場故の事。許せよ」

 

 静かに言い放つと同時に、

 

 アタランテは矢を鋭く放った。

 

 

 

 

 

 唸りを上げて飛んで行く矢。

 

 大気をも斬り裂き、向かう先にはカルデア特殊班のリーダー、藤丸立香が立つ。

 

 勿論、人間に過ぎない立香が、英霊の放った矢を知覚することなど不可能。

 

 矢は確実に、立香の胸に向かって飛ぶ。

 

 あと数瞬。

 

 それで全てが決まる。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「先輩ッ 危ないッ!!」

 

 大盾を掲げ、飛び込んでくるマシュ。

 

 その盾の表面に、アタランテの放った矢が突き立った。

 

 衝撃、

 

 異音と共に、矢が弾かれる。

 

「クッ!?」

「マシュ!!」

 

 盾から伝わる衝撃に、マシュが顔を歪ませる。

 

 それ程までに強烈な一撃だった。もし、あれを立香が食らっていれば、命は無かった事だろう。

 

 だが、英霊と融合し、デミ・サーヴァントとなったマシュは、通常の人間よりも感覚が鋭くなっている。

 

 その為、飛んで来る矢の存在に気が付く事が出来たのだ。

 

 だが、安堵したのもつかの間だった。

 

 次々と飛来する矢。

 

 魔力が込められた矢は、着弾と同時に炸裂して地面を抉る。

 

「これはッ!?」

「先輩、下がってくださいッ 遠距離からの狙撃です!!」

 

 先の砦での戦いから、敵に凄腕のアーチャーがいる事は判っていた。それ故にマシュは、敵の狙撃に常に警戒していたのだ。

 

 その判断が、間一髪で彼女のマスターを救った形である。

 

 とは言え、状況は予断を許されない。

 

 矢は容赦なく飛来して攻撃を繰り返している。

 

 伝説の狩人アタランテの狙撃は正確無比であり、マシュが少しでも気を逸らせば、その背後に立つ立香が刺し貫かれる事になりかねに合。

 

 その為、立香は歯噛みしつつも、アタランテの狙撃に耐え続ける以外に無かった。

 

 

 

 

 

 各戦線で一進一退の攻防を続けるカルデア特殊班とジャンヌ・オルタ軍。

 

 数でも質でも劣るカルデア特殊班だが、各人が個々の奮戦を見せる事で、状況をどうにか拮抗させていた。

 

 そんな中、

 

 1人、

 

 戦場から離れた場所で、高みの見物を決め込んでいる人物がいた。

 

 歳の頃は10代中盤から20前後。

 

 鋭い目付きをしたその少年は、軍服の上から長いマントを羽織り、制帽を目深にかぶっている。

 

「ふむ・・・・・・・・・・・・」

 

 その視線は、彼方の戦場を真っすぐに見つめていた。

 

 特に、敵の指揮官である、2人のカルデアマスター。その存在を深く注目していた。

 

「成程、筋は悪くない」

 

 感心したように、呟きを漏らす。

 

 特に男の方。粗削りで、まだまだ未熟な部分はあるが、指揮官として片鱗を見せ始めているのが判る。

 

「我が主に対抗しようと言うのだ。それくらいでなければ張り合いが無い」

 

 言いながら、視線を移す。

 

 一方で、彼の協力者は今、黒衣のセイバーと死闘を繰り広げていた。

 

 マスターを得て、真の実力を発揮しているセイバー。その戦闘力は、控えめに見ても、ジャンヌ・オルタと拮抗していた。

 

 彼女が徐々に押され始めているのは、遠目に見ても分かるくらいである。

 

「かの黒太子が相手では、聖女殿でも苦戦は必至、と言ったところですね」

 

 やれやれ、と肩を竦める。

 

 せっかく助力してやったと言うのに、この体たらくとは。落胆にも程がある。

 

 だが、

 

「まあ、良いでしょう。どのみち主からも、深入りはしなくて良いと言われていますし」

 

 嘆息交じりに呟く。

 

 主の深淵なる智謀は図り知る事は出来ないが、どうにもこの時代の事は「余興」程度にしか考えていない節があると感じていた。

 

 その証拠に、聖杯こそ与えた物の、主の眷属はこの世界には存在していない。

 

 つまりこの世界は主にとって「余興」。

 

 もう少し真面目な見方をすれば、カルデア特殊班の実力を図るための「実験」であったと考えられる。

 

 それを見届けるために、自分は派遣されたのだ。

 

「まあ良い。いずれにせよ、間もなく終わる事。なら、私もこの世界には用は無い」

 

 言いながら、少年は踵を返す。

 

 最後に一瞬、

 

 チラッと背後に目をやる。

 

 その視界の先では、尚も指揮に専念し続ける立香の姿があった。

 

「次は、直接相まみえる事を期待していますよ」

 

 それだけ告げると、そのまま振り返らずに歩き去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閉じられた扉。

 

 カーミラの宝具は、そのまま少女の棺桶となっていた。

 

 宝具「幻想の鉄処女(アイアン・メイデン)」。

 

 生前、エリザベート・バートリが処女から生き血を搾り取るために使用したとされる拷問道具の一つ。

 

 実在に関しては疑問視される声もあると言うが、宝具とはしばしば、実在よりも伝聞や言い伝えと言った曖昧な物が優先される場合がある。

 

 「幻想の鉄処女(アイアン・メイデン)」もそうして生まれた宝具の一つだった。

 

 エリザベートが作り出した拷問具が、そのエリザベート本人に対して使われた事は、何とも皮肉な形である。

 

「・・・・・・終わったわね」

 

 カーミラは嘆息気味に呟く。

 

 正直、精神的にきつい戦いだった。

 

 既に罪を犯している彼女にとって、まだ罪を犯していないエリザベートの存在は、頭痛以外の何物でもなかった。

 

 同族嫌悪、など生ぬるい。

 

 文字通り、自分自身の黒歴史を相手にしていたような物だ。

 

 エリザベートにとってカーミラが憎い相手であったように、カーミラにとってもエリザベートは最優先で排除したい相手だったのだ。

 

 だが、それももう終わった。

 

 後は苦戦している他の戦線の援護に回るだけだ。

 

 どうやらマスターである魔女殿も苦戦しているようだし、ここらで彼女に恩を売っておくのも悪くは無いだろう。

 

 ほくそ笑むカーミラ。

 

 と、

 

 そこで何かを思いついたように、アイアン・メイデンの方を振り返った

 

「・・・・・・最後くらい見届けてやりましょうか」

 

 そう言いながら、棺桶に近づくカーミラ。

 

 いくら憎い相手とは言え、少女は自分自身。

 

 ならば、その結末ぐらいは見届けてやるのも悪くない。そう思ったのだ。

 

 アイアン・メイデンに歩み寄るカーミラ。

 

 その扉に手を掛け、観音開きに開いた。

 

 次の瞬間、

 

 ザクッ

 

「なッ!?」

 

 突如、棺桶の中から飛び出して来た槍の穂先が、彼女の胸を真っ向から刺し貫いた。

 

 驚くカーミラ。

 

 貫かれた胸は見る見るうちに赤く染まり、鮮血が口から迸る。

 

 と、

 

「・・・・・・油断、したわね」

 

 棺桶の、暗がりから聞こえてくる声。

 

 苦し気な息遣いが混じる。

 

 その棺桶の中から、

 

 槍を持ったエリザベートが姿を現した。

 

 その可憐な容姿は、手と言わず足と言わず顔と言わず、至る所から血を噴出している。

 

 着ている服はズタズタに裂かれ、羽はボロボロ、角に至っては片方が折れて消失している。

 

 全身血まみれと成り果てた無惨な姿。

 

 しかしそれでも、

 

 手にした槍はしっかりと構え、カーミラを刺し貫いていた。

 

「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 血反吐を吐き出すカーミラ。

 

 同時に仮面が外れ、美しい要望の女性は素顔を露わにする。

 

 対してエリザベートは、真っすぐにカーミラを見据える。

 

「あんたがあたし自身なら、この宝具も半分はあたしの物みたいなもんでしょ。なら、攻略法の1つや2つ、思いつくってもんよ」

「おのれ・・・・・・・・・・・・」

 

 歯を噛み鳴らすカーミラ。

 

 エリザベートの槍は、カーミラの霊核である心臓を刺し貫いている。完全に致命傷だった。

 

「あんたの言った通りよ」

 

 カーミラを睨みながら、エリザベートは言う。

 

「あんたが既に罪を犯した存在なら、あたしはこれから罪を犯す存在。あんたの罪はあたしの罪・・・・・・そこに差なんて無いわ」

 

 だから、

 

「これで『おあいこ』ってことで良いでしょ」

 

 言っている間に、

 

 エリザベートとカーミラは、お互いの体から金色の粒子が吹き上がり始める。

 

 消滅が始まったのだ。

 

 霊核を貫かれたカーミラは勿論、宝具を喰らった時点で、エリザベートも致命傷を受けていたのだ。

 

「・・・・・・おあいこ、ね」

 

 カーミラもまた、どこか納得したように呟く。

 

「まあ・・・・・・それも悪く、ないわね」

 

 どこか笑みを含んだような言葉を最後に、消滅していくカーミラ。

 

 それを見届けてから、

 

 エリザベートもまた、消滅していく。

 

 同時に立ち上る金色の粒子。

 

 それらはどこか、絡み合うようにして、天へと昇っていくのだった。

 

 

 

 

 

 美遊を挟むように、前後から攻撃を仕掛けてくるファントム、そして謎の黒騎士。

 

 2騎のサーヴァントを相手にしては、さすがにアーサー王を身に宿した美遊であっても、苦戦を免れなかった。

 

 トリッキーな動きで翻弄してくるファントム。

 

 そちらに気を取られていると、真っ向から力技を仕掛けてくる黒騎士にやられてしまう。

 

 その2人の攻撃が、美遊の動きを完封していた。

 

 攻撃態勢に移行する事はできず、防御すらままならない。ただ只管、回避に専念して逃げ続けるしかない。

 

 美遊にとっては殆どジレンマに近い状況。

 

 しかし、他の皆も頑張っている。

 

 それに、あと少しの辛抱だ。

 

 ジャンヌ達がジークフリートの復活に成功すれば、状況を覆す事もできる筈。

 

「それまで、何としても保たせます!!」

 

 剣を構えなおす美遊。

 

 そこへ、ファントムが斬りかかってくるのが見える。

 

「さあクリスティーヌ、終幕の時間だ。君の血をもって舞台を彩ろうじゃないか!!」

「誰が、そんな事!!」

 

 相変わらず訳の分からない事を歌うように告げて襲い掛かってくるファントム。

 

 対して、美遊も真っ向から迎え撃つ。

 

「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 剣を振り翳し、純白のスカートを翻しながら、ファントムに正面から斬りかかる美遊。

 

 一見すると、無謀な突撃。

 

 しかし、これは美遊の計算の内である。

 

 あえて突撃する事で交戦範囲を狭め、ファントムのトリッキーさを封じるのだ。

 

 交戦範囲を狭めてしまえば、ファントムも美遊を正面から迎え撃たざるを得ない。

 

 案の定、美遊が突撃した事で、ファントムもまた真っ向から向かってきた。。

 

「ルルルッ!!」

 

 謳い上げるように呟きながら、両の爪を正面から繰り出すファントム。

 

 しかし次の瞬間、

 

「遅いッ」

 

 低く呟きを放つ美遊。

 

 次の瞬間、

 

 剣閃が鋭く奔る。

 

 袈裟懸けに刻まれる斬線。

 

 その一撃が、

 

 ファントムの体を斬り裂いた。

 

「お・・・・・・おお・・・・・・クリス・・・・・・ティーヌ・・・・・・」

 

 ファントムの口から、力なく漏れる言葉。

 

 美遊の剣は、ファントムの胴を斜めに斬り裂いていた。

 

 明らかなる致命傷なのは、見るまでも無かった。

 

 やがて、

 

 致命傷を負ったファントムの体が、光の粒子となって解け、天へと帰って行く。

 

 1騎撃破。

 

 だが、息つく暇は無い。

 

「Arthar!!」

 

 轟く雄叫び。

 

 美遊は反射的に剣を構えなおしながら振り返る。

 

 だが、

 

「あれはッ!?」

 

 絶句する美遊。

 

 その視界の先で黒騎士が携えている物。

 

 それは、武骨な甲冑姿の騎士とは、あまりにも不釣り合いな存在だった。

 

「ガトリング砲!?」

 

 多数の銃身を束ねた大型銃火器は美遊自身、書籍の写真でしか見た事が無いガトリング砲に間違いない。

 

 古くはアメリカ南北戦争において北軍の従軍医師リチャード・ジョーダン・ガトリングが考案、開発したとされる兵器。

 

 束ねた銃身を回転させて撃つ事で過熱防止と連射性を両立したこの武器は、日本では戊辰戦争の頃、長岡藩の家老、河井継之助が北越戦争において使用、新政府軍に多大な損害を与えた事で有名である。

 

 現代においても主力火器の一つであり、軍艦の対空砲や戦闘機の機銃としても採用されている。

 

 なぜ、あの騎士がそんな物を持っているのか、その理由は判らない。

 

 だが、その脅威は間違いなく本物である。

 

「しかも、この魔力の高まりは・・・・・・」

 

 呻く美遊。

 

 瞬時に悟る。

 

 あのガトリング砲が、黒騎士の宝具であると。

 

「クッ!?」

 

 既に回避も反撃も間に合わない。

 

 ならば防御しかない。

 

 しかし、防ぎきれるか?

 

 身を固くする美遊。

 

 対して、魔力を高める黒騎士。

 

 バイザー越しの視線が、美遊を睨み据える。

 

「Artharaaaaaaaaaaaa!!」

 

 弾丸が放たれる。

 

 次の瞬間、

 

 ザンッ

 

 突如、

 

 背後から突き込まれた刃が、黒騎士を背中から刺し貫いた。

 

「え?」

 

 驚く美遊。

 

 その視界の中で、

 

 ガトリング砲を取り落とした黒騎士が、苦悶の声を上げる。

 

「Ar・・・・・・aaaaaaaaaaaa・・・th・・・ar・・・・・・」

 

 やがて、その体が光の粒子となって消えていく。

 

 そして、

 

 その背後から、黒装束姿の少年が姿を現した。

 

「響ッ!?」

「ん、無事でよかった」

 

 美遊の姿を見て、どこかホッとしたような顔をする響。

 

 ヴラド三世を撃破した後、響はすぐさま取って返して美遊の下へと駆け付けた。

 

 そして、どうにか彼女の危機に間に合う事に成功したのだ。

 

 駆け寄ってくる美遊。

 

 その姿を響は、茫洋とした瞳で眺めている。

 

 流石に2騎のサーヴァントを同時に相手にしたため無傷とは行かないようだが、それでも軽症の範囲で済んでいる。

 

 どうやら美遊自身、サーヴァントとしての戦い方を心得てきているようだ。

 

 だからこそ、ファントムと黒騎士と言う、2人の敵を相手にしても粘り勝つ事が出来たのである。

 

「ありがとう、響」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 手を取って笑いかけてくる美遊。

 

 対して、響は少し照れくさそうに視線を逸らす。

 

 ほんのり、顔を赤くする少年。

 

 こうしているだけで、気恥ずかしさが込み上げてくる。

 

 そんな響の反応には気付かず、踵を返す美遊。

 

「さ、行こう。まだみんなが戦っている」

「ん」

 

 駆けだす2人。

 

 戦場を掛ける、幼いサーヴァント達。

 

 その手は、しっかりと互いの掌を握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

第16話「罪の在り処」      終わり

 



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第17話「邪竜猛撃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦況は、僅かずつだが変わりつつあった。

 

 いまだに数ではジャンヌ・オルタ軍が優勢。多数のワイバーンが空を乱舞し、骸骨兵士が血を埋め尽くしている。しかも、切り札である邪龍ファブニールも健在である。

 

 しかしヴラド三世、ファントム・ジ・オペラ、カーミラ、謎の黒騎士と、主力である狂化サーヴァントが4騎も脱落している。

 

 対してカルデア特殊班はエリザベートこそカーミラとの相打ちで脱落したものの、黒太子エドワードが戦線に加入し戦線は維持できている。

 

 数の優位を活かしきれないまま消耗を重ねているジャンヌ・オルタ軍と、猛攻を防ぎ切り、粘り強く戦線を維持しているカルデア特殊班。

 

 勢いは確実に後者にあった。

 

 そして、

 

 戦線の中央においては激突する2騎のサーヴァントは、まさに凄まじいの一言に尽きた。

 

 長剣を構えて斬り込むセイバー。

 

 迎え撃つアヴェンジャーも、呪旗を振るって打ち払う。

 

 黒太子エドワードと、ジャンヌ・ダルク・オルタ。

 

 片やイングランドの王太子。

 

 片やフランスの聖女。

 

 違う時代とは言え、互いに百年戦争を駆け抜けた者同士が、時空を超えて再び激突している様は、異様であると同時に壮観であると言えた。

 

 

 

 

 

 長剣を振り翳して駆けるエドワード。

 

 圧倒的な速度で迫りくる様は、漆黒の怒涛とでも称すべき凄まじさである。

 

 その向かう先。

 

 ジャンヌ・オルタは呪旗を両手で構えて待ち受ける。

 

「ハァッ!!」

 

 間合いに入ると同時に、長剣を真っ向から振り下ろすエドワード。

 

 対抗するように、ジャンヌ・オルタも呪旗を振り上げるように繰り出す。

 

 激突する両者。

 

 火花が飛び散り、衝撃が周囲に惜しげもなく拡散する。

 

 ぶつかり合う剣と旗。

 

 互いに力と力がぶつかり合う鍔競り合い。

 

 黒太子と竜の魔女は、互いに一歩も引かずに睨み合う。

 

 先に動いたのは、

 

「フッ!!」

 

 ジャンヌ・オルタだった。

 

 旗を手にする腕を強引に振り抜き、エドワードを振り払いにかかる。

 

 強引な押し込みに対し、後退するエドワード。

 

 攻めるジャンヌ・オルタに対し、あえて無理押しせずに受け流す。

 

 そこへジャンヌ・オルタは斬り込んでいく。

 

「もらったッ!!」

 

 呪旗を大きく振り翳すジャンヌ・オルタ。

 

 風を受けて旗が大きく靡く。

 

 だが、

 

 迫る魔女の姿を見て、エドワードの双眸が鋭く光る。

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・掛かったな」

 

 低い呟きと共に、逆に間合いを詰めに掛かる黒太子。

 

 これにはジャンヌ・オルタも虚を突かれた。

 

「なッ!?」

 

 思わず絶句する竜の魔女。

 

 眼前に迫る黒太子の剣閃。

 

 ジャンヌ・オルタはとっさに攻撃をキャンセルし、回避を選択する。

 

 だが、突撃のベクトルは、そう簡単には変えられない。

 

 迫る刃。

 

 逆袈裟に奔ったその一撃は、

 

 とっさに掲げたジャンヌ・オルタの腕を斬り裂いた。

 

 迸る鮮血。

 

「ぐッ!?」

 

 ジャンヌ・オルタは痛みを噛み殺すように声を絞る。

 

 対して、エドワードは更に追い込むべく、流れるような動きで再度、剣を振り翳す。

 

「このッ 調子に、乗るなァァァ!!」

 

 接近するエドワード。

 

 対してジャンヌ・オルタは薙ぎ払うように腕を一閃。空間を炎で埋め尽くす。

 

「チッ」

 

 これにはエドワードも、舌打ちせざるを得ない。

 

 流石に攻め切れないと感じたエドワードは、後退してジャンヌ・オルタの炎を回避。再び剣を構えなおす。

 

 その間に体勢を立て直すジャンヌ・オルタ。

 

 だが、その顔には、明らかな焦りと疲労が浮かんでいた。

 

「・・・・・・やってくれますね」

 

 憎々しげな声が、エドワードに突き刺さる。

 

 一見すると互角に見える、両者の戦い。

 

 しかし戦況は、確実にエドワードに傾きつつあった。

 

 このまま行けば、あと数手でエドワードの勝利となるだろう。

 

 エドワードは冷めた目でジャンヌ・オルタを見据える。

 

「どうした? 取り繕う余裕も、もうなくなって来たか?」

「黙れッ!!」

 

 余裕の態度を見せるエドワードに対し、激昂するジャンヌ・オルタ。

 

 互いの視線が空中でぶつかり合う。

 

「この私を追い詰めた事は流石です。ですが・・・・・・・・・・・・」

 

 言っている内に、

 

 周囲の魔力が高まっていくのを感じる。

 

 息苦しいほどに高められる圧力。

 

 大気その物が悲鳴を上げている。

 

「それも、ここまでです!!」

 

 吹き上がる炎。

 

 恩讐の黒き火焔が、剣を構えるエドワードを包囲する。

 

「宝具かッ!?」

 

 叫ぶエドワード。

 

 次の瞬間、

 

 ジャンヌ・オルタの腕が鋭く振られる。

 

吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)!!」

 

 次の瞬間、

 

 突き立てられた無数の杭が、エドワードの体を刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャンヌ・オルタの命を受け、カルデア特殊班の背後に回り込んだ2騎のサーヴァント。

 

 シュヴァリエ・デオンとシャルル・アンリ・サンソン。

 

 彼らの任務は、戦線後方で治療に当たっているであろうセイバー、ジークフリートの抹殺。

 

 戦い慣れしている2騎のサーヴァントにとって、それは簡単な任務であるはずだった。

 

 相手は瀕死。

 

 治療に当たっているジャンヌ・ダルクとゲオルギウス以外に護衛のサーヴァントがいる可能性もあるが、それでも狂化サーヴァント2騎で掛かって突破できないとは思えない。

 

 そう、思っていた。

 

 だが、

 

 現実に、地に膝を突いているのはデオンとサンソンの方だった。

 

「クッ まさか、これほどとは・・・・・・・・・・・・」

 

 苦し気に言いながら、顔を上げるデオン。

 

 その可憐とも言える視線の先では、デオンの生前の知己でもある王妃マリー・アントワネットが、ガラスの馬に座って見下ろしていた。

 

 馬の背に横座りで腰かけた王妃が、視線をデオンと合わせる。

 

 その顔には、どこか悲し気な雰囲気が満たされていた。

 

 花のような印象のある外見のマリー。

 

 とてもではないが、その姿は戦闘向きには見えない。

 

 一部の例外こそあるものの、ライダーのサーヴァントと言うのは単体では実力を発揮しきれない者が多い。

 

 だが、侮る事は許されない。

 

 騎兵の名が示す通り、ライダーとは何らかの乗り物に乗って、初めて力を発揮する存在なのだ。

 

 ライダー、マリー・アントワネットにとっての力の象徴が、あのガラスの馬と言う訳である。

 

「クッ これ以上は!!」

 

 大ぶりな処刑刀を振り上げて、背後からマリーに斬りかかるサンソン。

 

 罪人の首を一撃でへし折り、叩き切るために作られた処刑刀は、通常の剣よりも遥かに重く作られている。

 

 その処刑刀を軽々と扱うサンソンの技量が、並大抵の物ではない事は想像に難くないだろう。事によるとその剣腕は、本職の剣士(セイバー)に迫る物がある。

 

 だが、

 

 重々しい一撃は、それだけ動きが大振りになるのは当然だろう。ましてか、今のサンソンは、マリーとの戦闘で傷を負っている。その動きはますます鈍っている。

 

 宝具を解放し、機動力で勝るマリーに、追いつける道理は無かった。

 

 振り下ろされた刃を、マリーの馬はひらりと回避する。

 

「クッ!!」

 

 舌打ちするサンソン。

 

 マリーの華麗な動きに、サンソンは追随する事が出来ない。

 

 それでも尚、諦めまいと巨大な処刑刀を振り上げようとする。

 

 だが、その動きはあまりにも鈍かった。

 

 その間にガラスの馬を反転させるマリー。

 

 優雅さとは裏腹に、鋭い機動を見せる馬を前に、サンソンの対応が追い付かな。

 

 衝撃と共に、吹き飛ばされるサンソン。

 

 その視線が、馬上のマリーへと向けられる。

 

「ああ、マリー・・・・・・僕は・・・・・・・君を・・・・・・」

 

 伸ばされる手。

 

 しかし、その手が少女に届く事は無い。

 

 そのまま、金色の粒子にほどけて消滅していくサンソン。

 

 消えゆくサンソンの姿を、マリーは静かな瞳で見送る。

 

 サンソンはマリーにとっても因縁の相手。決して好印象であったわけではないが、それでも、生前知己があった人物をその手に掛けた事には、聊か複雑な思いを禁じえないようだ。

 

「マリア・・・・・・・・・・・・」

 

 かつての思い人を慮り、声を掛けようとするモーツァルト。

 

 次の瞬間、

 

 馬上のマリーへ、斬り込んでくる影があった。

 

 細剣を手に、斬りかかって来た百合の騎士、デオンだ。

 

 かつて竜騎兵(ドラグーン)隊隊長を務めた剣腕は本物である。剣の間合いに入れば、確実にマリーを仕留める自信が、デオンにはあった。

 

 勿論、心の中に葛藤はある。

 

 かつて敬愛した王妃に刃を向け、あまつさえその命を奪おうなどと。

 

 いっそ、自害したくなるくらいの葛藤が、デオンの心の中で吹き荒れる。

 

 だが、

 

 その葛藤すら、狂化された精神は押し流していく。

 

 ただ、自らの「敵」へ刃を突き立てる欲求のみが、百合の剣士を縛り付ける。

 

 鋭い切っ先が、馬上のマリーへ迫る。

 

「王妃、お覚悟ッ!!」

 

 突き込むデオン。

 

 白いマントを風に揺らし、軽業のように空中を蹴って斬り込んでくる。

 

 この動きには、流石のマリーも追いつかない。

 

 刃は確実にマリーを貫く。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「なッ!?」

 

 突如、自身の体が急激に重くなるのを感じた。

 

 切っ先は力を失い、地に落ちる。

 

 同時に、デオン自身の突撃も、緩やかに力を奪われていく。

 

 同時に、マリーの手から放たれた魔力弾が、真っ向からデオンを貫いた。

 

 突き抜ける衝撃。

 

 デオンは背中から、地に叩きつけられる。

 

「・・・・・・・・・・・・な、ぜ」

 

 訳が分からない、と言った感じに呟くデオン。

 

 その体から、急速に魔力が失われていくのが判る。

 

 明らかに致命傷だった。

 

「グッ・・・・・・・・・・・・」

 

 顔を上げるデオン。

 

 その視界の先では、魔力弾を放ったマリーが、哀しげな表情を向けていた。

 

 同時に、

 

 耳元をくすぐる、優雅な調べ。

 

「僕を忘れてもらっちゃ困るね。これでもサーヴァントだ。援護くらいしかできない出来損ないだが、自分の役目くらいは果たさないと」

 

 どこかおどけたように告げられる言葉。

 

 マリーの傍らに立った稀代の天才音楽家が、険しい表情でデオンを見据えている。

 

 それはモーツァルトによる演奏。

 

 通常のキャスターと異なり、モーツァルトは音楽その物が魔術の代替えとなる。

 

 モーツァルトは魔力を込めた曲を演奏する事で、デオンの身体能力を下げ、攻撃を失敗させたのだ。

 

「ごめんなさいね、デオン」

 

 ガラスの馬から降り、倒れているデオンに歩み寄るマリー。

 

 王妃の手が、百合の剣士の手を包み込むように握る。

 

 柔らかい感触。

 

 かつて握った時よりも小さく、そして温かい。

 

 そのぬくもりが、デオンの中に残っていた狂気を消していくかのようだった。

 

「あなた達になら、討たれても良いと思った。けど今はだめ。まだ私の力を必要としてくれている人達がいるから」

 

 静かに告げるマリー。

 

 その脳裏には、立香や凛果、マシュ、響や美遊と行ったカルデア特殊班のメンバーたちが思い浮かべられていた。

 

 かつて、フランスと言う国に必要とされながら、救う事が出来なかったマリー。

 

 だから今こそ、自分を必要としてくれている彼らの為に戦い続けたかった。

 

 せめて、彼等がこの世界を救うその時までは。それまで、倒れる事は許されなかった。

 

「マリー・・・・・・様・・・・・・」

 

 小さく呟くと、デオンの体は金色の粒子にほどけ、消滅していく。

 

 最後に、

 

 決意を見せた敬愛する主君に対し、

 

 百合の騎士は小さく微笑んだような気がした。

 

 まるで、これで良かったんだ、とでも言いたげに。

 

 やがて、デオンの手のぬくもりも、マリーの中から消失する。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その様子を、静かに見つめるマリー。

 

 少女の背後に立つモーツァルトは、何も告げる事無く立ち尽くしている。

 

 声を掛けようとして、思いとどまる。

 

 少女の肩が、僅かに震えているのが見えたからだ。

 

 この少女は無邪気だが、決して暗愚ではない。むしろ誰にも勝る聡明さと優しさを兼ね備えている。

 

 だからこそ成り行きとは言え、デオンとサンソンを自分の手にかけてしまった事を後悔しているのだ。

 

 それを察したからこそ、モーツァルトも声を掛けないでいた。

 

 どれくらい、そうしていただろうか?

 

 マリーは手で自分の顔を払うと、立ち上がってモーツァルトを見た。

 

「マリア・・・・・・」

「もう、大丈夫よ」

 

 言ってから、マリーはニッコリとほほ笑む。

 

「ありがとう。気を使ってくれて」

「何の、君の為ならいくらでも、だよ」

 

 そう言って、肩を竦めるモーツァルト。

 

 彼の仕草が可笑しかったのか、釣られたように笑うマリー。

 

 その時だった。

 

 自分たちの背後に気配を感じ、2人は振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 進撃を続けるファブニール。

 

 それを必死に食い止めようと、マシュと清姫が奮戦を続けている。

 

 マシュが盾で攻撃を防ぎ、清姫が後方から炎を噴き上げて邪竜を攻撃するスタイル。

 

 各々の役割分担をしっかりと行った、理想的な陣形である。

 

 マシュが防御に専念しているからこそ、清姫は攻撃に傾注できるのだ。

 

 しかし、それでも尚、ファブニールの進撃速度は一向に収まる気配を見せない。

 

 2人に振り向く事無く、その巨大な脚は大地を踏みしめていく。

 

 まるで自身に纏わり付く羽虫二匹如き、何ほどの物でもない、とでも言いたげな態度だ。

 

「流石に、ここまでとは・・・・・・・・・・・・」

 

 清姫は荒い息を吐きながら、苦しげに呟く。

 

 再三に渡る彼女の攻撃も、殆ど功を奏していない。

 

 進撃を続ける邪竜に纏わり付く炎は、確かにダメージこそ与えるものの、それは表面のみを焼くに留まり、内部までは及んでいない。

 

 マシュの攻撃も同様だ。

 

 彼女も邪竜の攻撃を防ぎつつ、隙を見て攻撃に転じている。

 

 だが、大盾による質量攻撃は強力だが、それもファブニールの鋼鉄よりも固い表皮によって阻まれている。

 

 巨大な邪竜を留めるには、明らかに火力不足だった。

 

「清姫さん、一旦下がってください」

 

 ファブニールの詰めによる攻撃を大盾で防ぎながら、マシュが背後を振り返って叫ぶ。

 

 清姫はここまでの戦闘で既に傷を負っている。これ以上の戦いは、彼女の命にもかかわる。

 

 だが、

 

 気遣うマシュに、清姫は首を横に振って見せる。

 

「何の、まだまだこれからですわ」

「しかしッ」

「もうすぐです。きっと、ここさえ凌げば、逆転できるはずですから!!」

 

 言い放つと同時に扇子を振るい、炎を撃ち放つ清姫。

 

 放たれた炎がファブニールの首に纏わり付き、邪竜の動きを一瞬止める。

 

 しかし、その巨大な首を一振りすると、炎は瞬く間に消え去ってしまう。

 

「やっぱ、駄目か」

 

 後方で援護していた凛果が、落胆気味に呟く。

 

 ここまで2人を援護してきた凛果もまた、疲労の色が濃い。

 

 このままでは、マシュ達よりも先に、凛果の方が疲労で倒れてしまいそうだった。

 

「下がってください、凛果先輩。このままじゃ、先輩も巻き込まれてしまいます」

「ありがとマシュ。けど、みんなが頑張ってくれているのに、あたしだけ休んでもいられないでしょ」

 

 気遣うマシュに、凛果は無理やり笑いかける。

 

 正直、苦しいのは確かだ。本音を言えば今すぐにでも休みたい。

 

 だが、

 

 凛果はチラッと、兄の方に目をやる。

 

 立香は今も前線に立ち、マシュや清姫に魔力を供給し続けている。

 

 兄が頑張っているのに、自分が休むわけにはいかなかった。

 

「ま、何とかなるって」

「凛果先輩?」

 

 軽い口調で笑いかける凛果に、マシュはいぶかる様に首を傾げる。

 

「あたしも、兄貴も、そして、みんなも、まだ諦めてない。なら、必ず希望はある!!」

 

 凛果が言い放った、

 

 その時だった。

 

 突如、空中を駆けるようにして、ファブニールに迫る小柄な影。

 

 刀の切っ先を邪竜に向けて斬り込んでいく。

 

 響だ。

 

 漆黒の戦装束を身に纏った少年は、何もない空中で三歩踏み込むと、加速によって得た威力を切っ先に集中させ、ファブニールの顔面に叩きつける。

 

 突き込まれる、刀の切っ先。

 

餓狼一閃(がろういっせん)!!」

 

 加速によって得られた強力な一撃を、一点集中で加えた一撃。

 

 魔剣の域に達した攻撃は、鋼鉄よりも硬い邪竜の表皮を、一撃の下に貫通する。

 

 その破壊力を前に、ファブニールの顔面が裂け、鮮血がほとばしる。

 

 たちまち咆哮を上げ、苦悶にのたうつ邪竜。

 

 そこへ今度は、白き花の如き戦姿の少女が、地を蹴って斬り込む。

 

 手にした黄金の剣が陽光に反射して眩く煌めいた。

 

 次の瞬間、

 

「やァァァァァァ!!」

 

 気合と共に手にした剣を、横一線に振り抜く美遊。

 

 剣閃は邪竜の首を横切り、鮮血を噴き出す。

 

 魔力放出まで加えた強烈な一撃が、硬い表皮を斬り裂いてファブニールにダメージを与える。

 

 響と美遊。2人の参戦で、ようやく攻撃を成功した。

 

 地に降り立つ美遊。

 

 やや遅れて、響も少女の横へと立った。

 

 頷き合う2人の幼いサーヴァント達。

 

 その目の前で、邪竜が苦しみの咆哮を上げている。

 

「やった、これなら!!」

「いえ、まだです」

 

 喝采を上げる凛果に、美遊は冷静に返す。

 

 ダメージは与えられたが、あの程度ではファブニールの巨体からすれば蚊に刺されたような物だろう。

 

 その進撃を止めるには、到底至らない。

 

 事実、ファブニールは響と美遊の攻撃から、既に立ち直りつつあるのが見える。

 

「んっ 畳み、かける!!」

「判ったッ!!」

 

 刀の切っ先を向けてファブニールへと跳躍する響。

 

 美遊もまた、剣を手に続く。

 

 その姿を見て、すかさず立香の指示が飛ぶ。

 

「マシュ、清姫、2人の援護を!!」

「了解です、先輩!!」

「お任せください、安珍様!!」

 

 マシュが盾を振るい、清姫は扇を翳して炎を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 まず先に飛び出したのは響だ。

 

 アサシンの少年は、素早さに物を言わせて邪竜の体を駆けあがると、正面から斬り込む。

 

「んッ これ、でェ!!」

 

 ファブニールの顔面と同高度まで駆け上がり、刀を振り下ろす響。

 

 だが、

 

 ガキンッ

 

「ッ!?」

 

 手に感じる強烈な痺れと共に、響の刃は弾き返された。

 

 先に響の攻撃で傷を負った顔面だが、表皮の硬さは未だに健在だ。並の攻撃では、やはり傷一つ付けられない。

 

 目を転じれば、眼下で美遊やマシュも苦戦しているのが見える。

 

 流石、ジャンヌ・オルタが切り札として用意しただけあって、そう簡単に致命傷を受けてはくれそうになかった。

 

 その時だった。

 

 目の前の邪竜が、大口を開いて響に向かって凶悪な牙をむき出しにしているのが見える。

 

 そのまま、少年暗殺者に食らい付こうとしているのだ。

 

「んッ!?」

 

 迫る牙を前に、響はとっさにファブニールの顔面を蹴って跳躍。

 

 間一髪。響は凶悪な(あぎと)から逃れる事に成功する

 

 飛びのいた勢いそのままに、距離を置いて地上に降り立った響。

 

「響ッ!!」

 

 駆け寄ってくる美遊。

 

 その後ろからは、凛果たち特殊班のメンバーも見える。

 

「ちょっと、厳しい、かも」

 

 ファブニールの巨体を睨みながら、響が険しい表情を見せる。

 

 響達が加わって尚、火力不足の感は否めない。

 

 全員分の攻撃を叩きつけても、ファブニールに有効な打撃を与える事が出来ないのだ。

 

 状況的には、明らかにカルデア特殊班が有利になりつつある。

 

 あと一手、それだけあれば、状況を逆転させることも不可能ではないのだが。

 

 その時だった。

 

《まずいッ!!》

 

 突如、通信機からロマニの緊迫した声が飛び出して来た。

 

 一同が振り返る中、ロマニは捲し立てるように告げる。

 

《魔力反応の増大を確認ッ ファブニールは何か、切り札を使う気だ!!》

 

 緊張を増す一同。

 

 と、

 

「先輩、あれを!!」

 

 マシュに促されるまま、一同が降り仰ぐ。

 

 その視界の先では、巨大な顎を開くファブニール。

 

 口内には滾るような火焔が溢れかえり、吐き出される瞬間を待っている。

 

 その量たるや、初戦でマシュが凌いだ火焔を遥かに上回る規模だ。立香達はおろか、この平原その物を、丸ごと焼き払えるレベルではないだろうか?

 

 あんな物をまともに食らったら、骨すら残らないかもしれない。

 

 対して、マシュの決断は素早かった。

 

「私が宝具で防ぎますッ 皆さんは後ろへ!!」

 

 言いながら、前へと出るマシュ。

 

 しかし、先の一撃ですら、どうにか凌げたレベルだ。

 

 あの規模の炎を、果たしてマシュの宝具だけで防ぎきれるか分からない。

 

 しかし、やるしかない。

 

「偽装宝具登録、疑似展開ッ!!」

 

 掲げられる大盾。

 

 魔力が、空中に巨大な障壁を作り出す。

 

人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

 展開される疑似宝具。

 

 そこへ、ファブニールが吐き出した、巨大な炎が激突する。

 

 たちまち、周囲全体があふれ出た炎に満たされ灼熱の地獄と化す。

 

 吹き上がる火焔。

 

 一切を燃やし尽くし、呑み込んでいく。

 

 息とし生ける物全てが平等に焼き払われ、後に残るのは灰燼と化した荒野のみとなる。

 

 炎はワイバーンや骸骨兵士たちを飲み込み、その全てを焼き尽くす。

 

 だが、

 

 マシュが必死に展開した宝具のおかげで、カルデア特殊班は無傷を保っていた。

 

 強烈な負荷がかかる中、それでも必死に大盾を構えるマシュ。

 

「クッ 絶対に・・・・・・絶対に、護ります!!」

 

 叫びながら、更に魔力を上げるマシュ。

 

 大盾は光り輝き、更に強固な壁となってファブニールに立ちはだかる。

 

 だが、ファブニールの方も、自分の攻撃を防ぎ切ろうとしている小癪な連中を今度こそ叩き潰そうと、更に炎を吐き出してくる。

 

 圧倒的なまでの火力。

 

 その熱量は、マシュの盾を通り越して障壁の内側にまで及んでくる。

 

 このままでは炎を防ぎきっても、全員が蒸し焼きにされかねない。

 

「グッ マシュ、魔力を送る!!」

「先輩ッ!!」

 

 マシュへ送る魔力の量をさらに上げる立香。

 

 しかし既に、マシュの2度目の宝具開放やエドワードとの英霊契約も行っている。立香自身も限界が近い。

 

「ダメです先輩ッ これ以上は先輩が!!」

「構うもんかッ!!」

 

 言い募るマシュを制するように、立香が叫ぶ。

 

 呼応するように輝きを増す、少年の右手に光る令呪。

 

「ここで防げなかったら俺達は終わりだッ、 なら、出し惜しみなんてしてられないだろ。それに・・・・・・・・・・・・」

「それに?」

 

 振り返るマシュ。

 

 対して、立香は後輩に笑顔を見せる。

 

「俺はマシュ達を信じている。きっと、防ぎきってくれるって!!」

 

 立香の言葉に、ハッとなるマシュ。

 

 それは立香自身が先程、エドワードに言われた事。

 

 兵士を信じ、全てを任せるのも指揮官の役目。

 

 だからこそ立香は、信頼すべきサーヴァント達に全てを任せ、委ねているのだ。

 

 盾を持つ、マシュの手に力が籠る。

 

 ここは何としても防ぎきる。

 

 大切な先輩を、

 

 仲間達を、

 

 全体に守り切る!!

 

 その決意のもと、奮い立つマシュ。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくがんばりましたねッ あとはお任せください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場に響く、涼やかな声。

 

 同時に、

 

 戦場全体が、眩いばかりの光に包まれていくのが判る。

 

「これはッ!?」

「え、何、これッ!?」

 

 驚いて声を上げる、立香と凛果。

 

 そんな彼らの背後から、

 

 凛とした声が響き渡った。

 

「我が旗よ、我が同胞を守り給え!!」

 

 声に導かれるように振り返る立香。

 

 その視線の先には、雄々しく旗を持つ聖女の姿がある。

 

 振り翳しされた聖旗。

 

 手にしたジャンヌが、高らかに叫ぶ。

 

我が神は、ここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)!!」

 

 ジャンヌが振るう旗から光が迸り、展開した結界が特殊班の全員を包み込む。

 

 立ちはだかる、光の壁。

 

 ファブニールの吐き出す炎は、その壁に弾かれてけんもほろろに四散していくのが判る。

 

 圧倒的と言ってもいい防御力。

 

 これこそが、裁定者(ルーラー)ジャンヌ・ダルクの持つ宝具、「我が神は、ここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)」。

 

 その正体は、古今最強クラスの結界型宝具。

 

 聖女が旗を振るいし時、万軍は奮い立ち、あらゆる邪悪は退く。

 

 その伝承の通り、ファブニールの炎は結界に阻まれて消滅する。

 

「ジャンヌッ 来てくれたのか!!」

「ええ、間に合って何よりです立香」

 

 駆け寄ってくるジャンヌ。

 

 その背後からは、彼女と共にジークフリートの治療に当たったゲオルギウスや、護衛役のマリー、モーツァルトの姿も見える。

 

 そして、

 

「すまない。俺がふがいないせいで、だいぶ苦戦させてしまったようだな」

 

 彼らの背後から、より強大な魔力の持ち主が歩み出る。

 

 背中に背負った大剣を抜き放ち、前へと出る。

 

「ここからは、俺に任せてくれ」

 

 重々しい声と共に、復活を果たした大英雄ジークフリートは、漲る戦気を、目の前の邪竜に向けて迸らせた。

 

 

 

 

 

第17話「邪竜猛撃」      終わり

 




今年のぐだぐだイベント。

てっきり斎藤さん(☆4アサシン)が実装されると期待&予想してたんですけど、まさかの展開でした。

まあ、来年に期待します。


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第18話「黄昏の終幕」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 進撃を続ける巨大な邪竜。

 

 しかしフランスの全てを踏み抜かんとするかのような、傍若無人とも言えるその進行は、今や完全に停止していた。

 

 その視界の先に立つのは、ただ1人の剣士。

 

 天をも衝くような巨体を誇る邪竜からすれば、蟻にも等しい。

 

 だが、

 

 大剣を構え、その全身より黄昏色の魔力を放出する姿は、万夫不当の英雄に相応しい、威風堂々とした戦姿であった。

 

 ニーベルゲンの歌に登場するネーデルラントの大英雄ジークフリート。

 

 先の砦の戦いにおいてジャンヌ・オルタから致命傷とも言える呪いを受けながらも、聖処女ジャンヌ・ダルクと聖ゲオルギウスと言う2大聖人の献身的な治療により復活。この最終決戦の場に間に合っていた。

 

 眦を上げるジークフリート。

 

 その鋭い双眸が、迫りくる邪竜の視線と激突する。

 

「・・・・・・我が古き友よ」

 

 厳かな口調で、邪竜へと語り掛けるジークフリート。

 

「よもや、この異郷の地で、再び貴様とまみえる事になろうとはな。運命とは判らない物だ。いや、あるいはこれこそが、俺と貴様の宿命なのかもしれんな」

 

 静かに紡がれる言葉。

 

 その声には、戦意と共に、どこか懐古の念が含まれているように見える。

 

「なあ、ファブニール、我が生涯、最大の宿敵よ」

 

 言い放つジークフリート。

 

 その言葉に呼応するように、邪竜もまた咆哮を上げる。

 

 神話の時代。英雄ジークフリートは、邪竜として知られたファブニールと対峙。死闘の末にこれを討ち取っている。

 

 言わば、戦う事を宿命づけられた者達と言える。

 

 かつての仇敵、

 

 己が運命を決した相手に再び見え、ファブニールもまた、歓喜の声を上げているかのようだ。

 

 その口腔より、迸る炎。

 

「まずいッ」

 

 とっさに防御の術式を掛けようとする立香。

 

 ファブニールの攻撃のすさまじさは、身をもって知っている。

 

 とっさに、防御の指示を出そうとする。

 

 だが、

 

「いや、問題ない」

 

 静かに言い放つジークフリート。

 

 同時に跳躍。大剣を振り被る。

 

 対して、迎え撃つように、ファブニールも攻撃を開始する。

 

 吐き出される炎が、大剣を振り翳して斬り込んでいく大英雄を包み込む。

 

 空中で燃え盛る炎。

 

 次の瞬間、

 

 炎を突き破るようにして、ジークフリートが無傷の姿を現した。

 

 その身には、かすり傷一つ見られない。

 

 一瞬、邪竜が驚いたような顔をしたような気がした。

 

 まさか、真っ向から炎を受けて無傷だとは思わなかったのだろう。

 

「ハァッ!!」

 

 振り抜かれる大剣。

 

 その剣閃がファブニールの首を斬りつける。

 

 奔る銀の閃光。

 

 次の瞬間、

 

 鮮血が迸り、邪竜は苦悶の声を上げた。

 

 マシュ達があれだけ必死に攻撃を仕掛けて、怯ませる事すらできなかったファブニール。

 

 その邪竜に初めて、まともに攻撃が極まった。

 

 ジークフリートはファブニールが体勢を立て直す前に空中で魔力を放出。強引に方向転換する。

 

 再び斬り込んでくる仇敵を前に、敵愾心を露わにするファブニール。

 

 対抗するように、炎を吐き出す。

 

 だが、

 

「無駄だッ!!」

 

 叫ぶと同時にジークフリートは、ファブニールが吐き出した炎を左手を振り抜き、一撃で払ってしまう。

 

 晴れる視界。

 

 大剣は、鋭い輝きを見せる。

 

 突き込まれる大剣の刃。

 

 切っ先は鋼鉄よりも固いファブニールの表皮を、まるで寒天のように貫通し、内部の筋をも斬り裂く。

 

 激痛が、邪竜を襲う。

 

 苦悶にのたうつファブニール。

 

 その姿を見ながら、大剣を引き抜き地に降り立つジークフリート。

 

「すまないが・・・・・・・・・・・・」

 

 大剣の切っ先を真っすぐに向けながら、ジークフリートは宿敵に対して静かに言い放つ。

 

「俺はかつて、お前と戦った頃の俺ではない。今のお前では、俺を倒す事は不可能だ」

 

 伝説によれば、邪竜ファブニールを倒したジークフリートは、背中の一点のみを除いて、あらゆる攻撃を防ぐ無敵の肉体となった。

 

 「悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファブニール)」。

 

 ジークフリート自信を英雄たらしめている宝具の一つで、一定以下の威力の攻撃は、全て貫く事叶わず無力化される。

 

 ファブニールを倒して初めて手に入れた宝具。当然だが、ファブニールと戦った時のジークフリートは、まだ持っていなかった物だ。

 

 ジークフリートはかつてファブニールと戦った時を遥かに上回る存在となって、かつての仇敵の前に立ちはだかっているのだ。

 

 咆哮を上げるファブニール。

 

 まるで怒り狂ったように襲い掛かってくる。

 

 対抗するように、ジークフリートも再び剣を振り翳して斬り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジークフリートがファブニールと交戦を開始。

 

 既にジャンヌ・オルタ軍の主力である狂化サーヴァントも、大半が撃破、消滅している。

 

 ここに来て、戦況は完全にカルデア特殊班側に傾きつつあった。

 

 フリーハンドを得た特殊班メンバーは、各戦線に散開。残っているワイバーンや骸骨兵士たちを撃破していく。

 

 状況は既に「残敵掃討」の段階に入っていた。

 

 ジャンヌ・オルタ軍もどうにか反撃しようとしている。

 

 しかし、もともとが統率など皆無の骸骨兵士とワイバーンの群れである。それが狂化サーヴァントと言う存在があって、初めて軍として機能していた。

 

 その狂化サーヴァントが悉く打ち取られた今、連携など取れるはずもない。

 

 こうなると、たとえ何万匹で襲ってこようが、地力で勝るサーヴァント達に敵う道理は無かった。

 

 骸骨兵士もワイバーンも、次々と数を減らしていくのが判る。

 

 たかが雑兵如きが数千、数万より集まったところで、一騎当千の英霊達に敵うはずもなかった。

 

 変化は更に起こる。

 

 不規則ながらも、どうにか反撃しようとワイバーンや骸骨兵士達。

 

 その攻勢を圧倒的な力で押し返すカルデア特殊班。

 

 今や攻守は、完全に逆転していた。

 

 そして、

 

 突如、嵐の如く飛来する無数の矢。

 

 それらが、進撃しようとする骸骨兵士に降り注ぎ、次々と撃ち抜いていくのが見える。

 

「味方ッ!?」

 

 この上、いったい誰が来たと言うのか?

 

 振り返る立香。

 

 その視界に飛び込んで来たのは、

 

 丘の上に整然と列を成し、手にした旗を雄々しく掲げる大軍勢だった。

 

 現れた兵士たちは一斉に弓を放ち、カルデア特殊班を援護していく。

 

 たちまち撃ち抜かれ、地に倒れる骸骨兵士。

 

 ワイバーンも、集中攻撃を受けて撃墜されていく。

 

 そんな中、

 

「お待たせしました、ジャンヌ!!」

 

 軍勢の先頭に進み出た、白銀の甲冑を着た男が駆け寄ってくるのが見えた。

 

 その姿に、ジャンヌは歓喜の声を上げた。

 

「ジル、来てくれたのですね!!」

 

 進み出てくる騎士は、ジャンヌの盟友ジル・ド・レェ元帥だ。

 

 つまり、このタイミングで援軍として現れたのは、ジルが率いるフランス残党軍だったのだ。

 

 先の砦の戦いで壊滅的被害を受けたフランス残党軍だったが、ジルが指揮を執って再編成し、何とかこの最終決戦の場に間に合ったのだ。

 

「お待たせして申し訳ありません。これより我らも戦線に加わりますッ 雑魚の掃討は我らに任せ、ジャンヌ達は、あの巨大な竜の相手に専念してください!!」

「ありがとうジル。けど・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら、ジャンヌはファブニールの方に目を向ける。

 

「もう、その必要もないかもしれません」

 

 視線の先では、ファブニールと単騎で渡り合うジークフリートの姿がある。

 

 流石はネーデルラントの誇る竜殺しの大英雄。小山の如き邪竜を相手に、一歩も退く事無く挑みかかっている。

 

 あちらはジークフリートに任せておけば問題無いだろう。

 

 そう思った、

 

 その時だった。

 

 突如、大気を裂く風切り音。

 

 その異音を、サーヴァントの知覚は鋭く察知する。

 

「危ない、ジル!!」

 

 気付いたジャンヌは、とっさに手にした聖旗を振るう。

 

 衝撃。

 

 打ち払われた矢が、地面に突き刺さる。

 

「ジャンヌ、これはッ!?」

「狙撃ですッ ジル、下がって!!」

 

 次々と飛来する矢を、更に払いながらジルを庇うように立つジャンヌ。

 

 聖旗を振るい、ジャンヌは一歩も引かずに迎撃を続ける。

 

 しかし、いかにジャンヌでも戦線全域をカバーする事は出来ない。

 

 折り重なる悲鳴。

 

 骸骨兵士たちに向けて攻撃を放つフランス残党軍兵士たちが、次々と撃ち抜かれていくのが判る。

 

 その圧倒的な速射能力と、正確無比な狙撃を前に、さしものカルデア特殊班も、手も足も出ない状態である。

 

「クソッ」

 

 マシュの盾に守られながら、立香が舌打ちを漏らす。

 

 これがジャンヌ・オルタ軍に残っている、狂化サーヴァントによる攻撃だと言う事は判っている。

 

 クラスは恐らくアーチャー。この成果無比な狙撃能力を見れば、一目瞭然である。

 

 対して、カルデア特殊班は無力に近かった。

 

「せめて、こっちにもアーチャーが1人いてくれたら、もう少し何とかなるんだけど」

 

 悔し気に呟く立香。

 

 アーチャーによる遠距離からの狙撃が厄介なのは、特異点Fでの戦いで既に分かっている。

 

 しかし、判っていても何もできないのが現状だった。

 

 せめて味方にも、アーチャー、もしくはキャスターがいてくれたら・・・・・・

 

 無い物ねだりとは判っていても、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 戦場端にある林の中に身を隠したアタランテは、伝説に違わぬ弓捌きで、次々とフランス軍兵士たちを屠っていく。

 

 弓を放つ速度も尋常ではない。殆どマシンガン並みの勢いである。

 

 矢はアタランテ自身の魔力によって構成されている。その魔力はジャンヌ・オルタを通して聖杯から注がれている訳だから、実質的に無尽蔵と言っていい。

 

 そこにアタランテの狙撃能力が加わるのである。

 

 絶対無敵のスナイパーが、そこに誕生していた。

 

 このまま撃ち続ければ、カルデア特殊班とフランス残党軍を、アタランテ1人で全滅させることも不可能ではないだろう。

 

 だが、

 

 そんな中で、アタランテは憎悪にも似た視線を、戦場の一角に向けて放ち続けていた。

 

 その視界の中に佇む聖女。

 

 ルーラー、ジャンヌ・ダルクが、今も聖旗を振るって、味方であるフランス残党軍を守護し続けている。

 

 聖女の姿を見た瞬間、アタランテは己の中で言いようのない負の感情が湧き上がるのを、止める事が出来なかった。

 

「聖女・・・・・・ジャンヌ・ダルク・・・・・・貴様がッ」

 

 胸を満たす憎悪の念。

 

 とめどなく溢れ、女狩人の心を焼き尽くしていくのが判る。

 

 正直、それが何を意味しているのか、アタランテ自身にもよく分かっていない。

 

 これが狂化された影響なのか、あるいはもっと別の何かなのか?

 

 だが、今はそんな事は関係なかった。

 

 あの憎き聖女を含め、全ての敵を討ち果たす。

 

 その黒く歪んだ想いが、アタランテを突き動かした。

 

「我が矢をもって、貴様を無間地獄へといざなってやろうッ!!」

 

 言い放つと同時に、つがえられた矢は2本。

 

 その弓を、天高く振り上げる。

 

「この矢をもって、アポロンとアルテミスの二大神に願い奉る!!」

 

 宝具「訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)

 

 アタランテが奉じる太陽神アポロンと処女神アルテミスに願い、天空から嵐の如く、無数の矢を降らせる対軍宝具。

 

 先の砦の戦いにおいても、フランス残党軍に大打撃を与えたアタランテの切り札である。

 

 これを放てば、新たに現れた敵の大軍を一掃する事も容易いだろう。

 

「いかに貴様が全てを守ろうと足掻いても無駄な事。偽りの聖女に過ぎない貴様は、何も守る事などできはしないのだ!!」

 

 言い放つと同時に、天に向けて矢を放った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トスッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 思わず、目を見開くアタランテ。

 

 その視線の中、

 

 自分の胸の中央に、

 

 1本の矢が、突き刺さっていた。

 

 矢はアタランテの胸深く突き刺さり、霊核である心臓を貫いていた。

 

 明らかに、致命傷である。

 

 驚愕と動揺で、目を見開くアタランテ。

 

「ば・・・・・・馬鹿な・・・・・・いったい、なぜ・・・・・・・・・・・・」

 

 敵にアーチャーはいなかったはず。

 

 人間の弓兵如きに、自分を撃ち抜けるはずが無い。

 

 ならばなぜ?

 

 いったい誰が?

 

 それを考える間もなく、

 

 アタランテの体は金色の粒子となって消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 目標の消滅を確認し、頷きを示す。

 

 アタランテの敗因は、自分以外のアーチャーがいないと誤断した事。そして、不用意に自分の位置をさらけ出しすぎた事だった。

 

 位置の割れたスナイパーなど、ただの「標的(まと)」に過ぎない。

 

 だからこそ、奇襲は完璧に近い形で成功した。

 

 アタランテを排除した事で、味方が一方的に狙撃される事態は防げるだろう。

 

 視界を戦場へと向ければ、カルデア特殊班とフランス残党の連合軍が、反攻に転じているのが見える。

 

 これで、戦いは味方の有利に転じる筈。

 

 だが・・・・・・・・・・・・

 

 一抹の不安が、拭えない。

 

 まだ、何かが起こる。

 

 そんな気がしてならないのだ。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 どんなことが起きようとも、自分のやるべき事は変わらない。

 

 大切な人々を守るために戦い続ける。それだけの事だ。

 

 そう考え、再び武器を構えた。

 

 

 

 

 

「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 ジャンヌ・オルタは、信じられない面持ちをする。

 

 戦況は既に、見てわかるほど完全に逆転されている。

 

 狂化サーヴァント達は悉く打ち取られ、ワイバーンや骸骨兵士達も次々と撃破されて行っている。

 

 ファブニールは健在だが、それも復活したジークフリートを前に完全に抑え込まれ、もはや満身創痍の様相となっている。

 

 理性の無いワイバーンや骸骨兵士は未だに抵抗を続けているが、それらが駆逐されるのも時間の問題だろう。

 

 既にジャンヌ・オルタ軍の戦線は崩壊していると言ってよかった。

 

 そして、それより何より、

 

 ジャンヌ・オルタが最も信じられない光景が、目の前で起こっていた。

 

 ジャンヌ・オルタの宝具「吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)」によって貫かれたはずのエドワード。

 

 燃え盛る炎に焼かれ、崩れ落ちたはずのセイバー。

 

 そのエドワードが、

 

 恩讐の炎を踏み越え、ゆっくりとジャンヌ・オルタに向かって歩いて来ているのだ。

 

「な、何なのよ、あんたは!? なぜ、私の宝具を喰らって、平気でいられるのよッ!?」

 

 常の余裕をかなぐり捨てるように叫ぶジャンヌ・オルタ。

 

 対して、

 

 黒衣のセイバーは、足元で燃え盛る炎を踏みつけ、口元に笑みを浮かべる。

 

「判らんか? ・・・・・・まあ、判らんだろうな、貴様には」

「何ッ!?」

 

 どこか嘲るようなエドワードの言葉に、ジャンヌ・オルタは憤ったように歯を剥き出す。

 

 対して、エドワードは静かな口調で語る。

 

「これが、多くの人々の想いを背負うと言う事だ」

 

 人々の想いを背負う者は、簡単に倒れる事は許されない。

 

 生前、一軍の将として仲間たちの想いを背負って戦ったエドワード。その双肩には共に戦う仲間達や、彼を信じる多くの民が寄せる思いがあった。

 

 だからこそ、彼は決して負ける事は許されなかった。

 

 勝って、勝って、勝ち続ける。

 

 それだけが黒太子エドワードの使命だったのだ。

 

 言いながら、エドワードはチラッと立香の方に目をやる。

 

「我がマスターも同じ・・・・・・否、その想いはもっと強いだろう。何しろ、背負っている物は、人類史に刻まれた全ての人間の想いなのだからな。その想いは、俺などとは比べ物にならんだろう」

 

 そう告げると、剣の切っ先をジャンヌ・オルタに向けるエドワード。

 

「だが貴様は何だッ!? 貴様はただ、生前の怨みを無辜の民にぶつけて晴らそうとしている殺戮者に過ぎんッ!! そこには民への想いも、仲間達との絆も存在しない!! そんな貴様の攻撃が、我らに届くはずも無かろう!!」

「クッ!!」

 

 苦し紛れに炎を放つジャンヌ・オルタ。

 

 しかし、大気をも燃やし尽くす恩讐の炎は、エドワードを焼く事も叶わない。

 

 一閃された剣が炎を斬り裂き、エドワードは無傷のままその場に佇む。

 

「貴様が辿った末路について一片の同情も無い、などとは言わん・・・・・・」

 

 言い放つと同時に、

 

 エドワードの体から、魔力が放出される。

 

「だがッ!!」

 

 可視できる程の輝きを見せるエドワード。

 

 その魔力がすべて、手にした長剣へと集まる。

 

「復讐におぼれ、多くの民に犠牲を強いた貴様を、俺は許さんッ!!」

 

 言い放つエドワード。

 

 勝負を掛ける。

 

 不敗の名将として轟く黒太子エドワードは、自身の勝負所を決して見逃さなかった。

 

 同時に、

 

 彼の背後に立つ少年もまた、エドワードの意を感じて動く。

 

「マスター!!」

「ああ!!」

 

 エドワードの求めに応じる立香。

 

 掲げた右手の令呪が、まばゆい光を発する。

 

「藤丸立香が令呪をもって、セイバー、黒太子エドワードに命じる!!」

 

 放出される莫大な魔力。

 

 一気に、エドワードへ流れ込む。

 

「今こそ宝具を解放し、ジャンヌ・ダルク・オルタナティブを倒せ!!」

「承知ッ!!」

 

 力強く答えると同時に、

 

 地を蹴るエドワード。

 

 漆黒の騎士が、真っ向からジャンヌ・オルタへと迫る。

 

 対して焦ったように、炎を噴き出すジャンヌ・オルタ。

 

 しかし、その全てを弾き、エドワードは駆ける。

 

 彼が「黒太子」の異名で呼ばれるようになった由縁。

 

 父王の指揮の下で参戦したクレシーの戦いで、エドワードは最前線において歩兵部隊を指揮。自ら多くの敵将兵を討ち取り、その勇猛振りを示した。

 

 クレシーの戦いにおけるエドワードの戦いぶりは、フランス軍将兵にとって恐怖の対象となり刻まれる事になる。

 

 その勇猛無比な戦いぶりが、このフランスの地において再び再現される。

 

 振り下ろされる長剣の一撃。

 

 その攻撃を、呪旗を振り翳して防ぎ止めるジャンヌ・オルタ。

 

 だが、

 

 エドワードは止まらない。

 

 すかさず剣を返し、再度斬りつける。

 

 二撃!!

 

 三撃!!

 

 四撃!!

 

 エドワードの剣閃は止まらない。

 

「このッ 調子に、乗るな!!」

 

 苦し紛れに、呪旗を繰り出すジャンヌ・オルタ。

 

 だが

 

 次の瞬間、

 

黒に染まれ汝が悪夢(ナイトメア・オブ・ダークネス)!!」

 

 振り下ろされる、漆黒の剣閃。

 

 その一撃が、

 

 真っ向からジャンヌ・オルタの呪旗を叩き斬る。

 

 剣はそのまま袈裟懸けに振り下ろされ、

 

 ジャンヌ・オルタの体を斬り裂く。

 

「あ・・・・・・あ・・・・・・そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 自身の体から、力が急速に抜けていくのを感じる。

 

 崩れ落ちるジャンヌ・オルタ。

 

「あるいは・・・・・・・・・・・・」

 

 手にした長剣を血振るいしながら、エドワードは振り返らずに告げる。

 

 その視線は、遥か先で味方を守るために旗を振るうジャンヌを見据える。

 

「貴様に、あの忌々しい聖女ほどの気概と想いがあったなら、自ずと結果は変わっていたかもな」

 

 地に伏すジャンヌ・オルタ。

 

 その双眸が最後に捉えた物は、

 

 迸る黄昏色の閃光が、ファブニールの巨大な体を包み込んでいく光景だった。

 

 

 

 

 

第18話「黄昏の終幕」      終わり

 



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第19話「魔女の真実」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファブニールは、最後の時を迎えようとしていた。

 

 既にその身は満身創痍。

 

 鋼鉄よりも硬い表皮はズタズタに斬り裂かれ、あちこちから鮮血が噴き出している。

 

 動きも鈍く、歩みは殆ど止まっているに等しい。

 

 見上げるような巨体は、もはや起こす事も出来ずに地に伏している。

 

 既に瀕死の邪竜。

 

 しかし、

 

 それでも尚、その眼光からは戦意が失われる事は無い。

 

 目の前に立つ男。

 

 ネーデルラントの大英雄ジークフリート。

 

 かつて、自身と死闘を演じ、そして最後は自身を討った男。

 

 ファブニールの宿命の上に立つ男。

 

 そのジークフリートを相手に敗ける事は許されない。

 

 否、

 

 負ける事は良い。

 

 だが、たとえ負けても、目の前の男に屈する事だけは許されない。

 

 この男を前にして、諦める事は許されない。

 

 それだけは、何が何でも許容できない。

 

 それはファブニールの誇り。

 

 邪竜と言う存在ではあっても、決して捨てきる事の出来ないプライドに他ならなかった。

 

 そんなファブニールの気高い精神を、ジークフリートもまた感じ取る。

 

 彼もまた、宿敵を長く苦しめて辱める事は、本意ではなかった。

 

「・・・・・・終わらせよう」

 

 静かに告げると、手にした大剣の切っ先を真っすぐに天に翳して構える。

 

 せめて、この最大の宿敵が誇りを失わないうちに逝かせてやる。それこそが、大英雄ジークフリートの優しさに他ならなかった。

 

 高まる魔力。

 

 竜殺しの英雄の体から、黄昏色の輝きが迸る。

 

 咆哮を上げる邪竜。

 

 その姿を、ジークフリートの鋭い眼差しが見据える。

 

 最後の対峙。

 

 互いの視線が一瞬、熱くぶつかり合う。

 

「邪悪なる竜は失墜し、世界は今、落陽を迎える」

 

 増大する輝き。

 

 魔力が大剣に集中。解き放たれる瞬間を、ただ待ちわびる。

 

 邪竜もまた、己が運命を悟ったように、ジークフリートを睨み据える。

 

 交錯する視線。

 

 ジークフリートとファブニール、互いの意思と意思が、ぶつかり合う。

 

「・・・・・・すまない」

 

 低い呟きと共に、

 

 ジークフリートは剣を鋭く振り下ろした。

 

幻想大剣(バル)・・・・・・天魔失墜(ムンク)!!」

 

 解き放たれる、黄昏色の閃光。

 

 全てを薙ぎ払う一撃は、立ち尽くす邪竜の巨体を呑み込んでいく。

 

 幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)

 

 ジークフリートの持つ最強の宝具であり、かつてファブニール自信を討ち取った最強の魔剣。

 

 あらゆる竜種の天敵たり得る最強の一撃。

 

 既に力尽きているに等しいファブニールに、耐える事は不可能。

 

 それでも尚、邪竜は威厳を損ねる事無く立ち続け、宿敵の刃を正面から受け止める。

 

 呑み込まれる巨体。

 

 迸る閃光の中で、ファブニールは存在を保てずに崩れていく。

 

 だが、

 

 最後の一瞬、

 

 ジークフリートには見えた。

 

 閃光に飲み込まれながらも、邪竜が浮かべた一瞬のほほえみを。

 

 あるいはそれは、目の錯覚だったのかもしれない。

 

 かつての宿敵が、自分に笑みを見せるなどありえない。

 

 だが、

 

 ジークフリートはあえて、そう思う事にした。

 

 自分たちが生きた時代は遥か過去に過ぎ去り、既に伝説と呼ばれるに至っている。

 

 しかし、時を超え、時代を超えて再び見える事が出来た。

 

 交わした物は剣と炎だが、それでも、大英雄と邪竜の間に、何か絆のような物が存在したのだ。

 

 やがて、消滅していくファブニールの体。

 

 あれだけの巨体を誇った邪竜が、まるで空気に溶けるかのように消えていく。

 

 短く、

 

 それでいて果てしなく熱かった、自らの戦いを誇るように。

 

 それをもって、戦場に訪れる静寂。

 

 既にワイバーンと骸骨兵士は殆どが消滅。

 

 ジャンヌ・オルタ軍の主力である狂化サーヴァントに至っては、文字通り全滅している。

 

 今、戦場に立っているのは、カルデア特殊班所属のマスターとサーヴァント、そしてジル・ド・レェ元帥に率いられたフランス残党軍の将兵のみである。

 

 エリザベートがカーミラと相打ちで消滅してしまったのは痛かったが、それでも疑う余地は無い。

 

 このオルレアンの戦いは、カルデア・フランス連合軍の勝利である。

 

 そんな中、1人、

 

 黒太子エドワードに敗れたジャンヌ・オルタは、既に立ち上がる事も出来ず、戦場の真ん中に座り込んでいた。

 

 その喉元には、エドワードの剣が突き付けられている。

 

 事この段に至っては、彼女には何もできない。軍勢は敗れ、切り札であるファブニールを失い、彼女自身も倒れた今、もはやジャンヌ・オルタには何も残っていなかった。

 

「さあ、マスター」

 

 剣をジャンヌ・オルタに向けたまま、エドワードは背後に立つ立香へと促す。

 

 まだ終わりではない。

 

 ジャンヌ・オルタにトドメを刺し、彼女が持っているであろう聖杯を回収して初めて、この特異点は修復された事になるのだ。

 

 その為には、立香は決断しなくてはならない。

 

 ジャンヌ・オルタを殺せ、と。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 立香は硬い表情のまま立ち尽くし、座り込んでるジャンヌ・オルタを見詰める。

 

 これは必要な事だ。

 

 それは判っている。

 

 だが、

 

 拳を硬く握りしめる立香。

 

 判ってはいても、負けて力を失った敵に対しトドメを刺す事は躊躇われた。

 

 ましてか、ジャンヌ・オルタがここまでの凶行に走った動機について、多少なりとも理解できる側面があるから猶更だ。

 

 祖国の為に戦った彼女が敵に捕らえられ、信じた祖国に裏切られ、最後には処刑された。

 

 無論、彼女が成した事を許す気は無い。無辜の民を虐殺したジャンヌ・オルタの存在は、善か悪かで言えば、間違いなく悪だろう。

 

 だが、

 

 たとえそうだとしても、受け入れがたいのも、人としての性だった。

 

 しばし、戦場に流れる沈黙。

 

 そんなマスターの葛藤を感じたのだろう。エドワードはジャンヌ・オルタに剣を向けたまま沈黙を保っている。

 

 立香に決断を委ねると同時に、彼が心に決断を下すまで待っているのだ。

 

 と、その時、

 

「兄貴・・・・・・・・・・・・」

 

 葛藤する兄の想いを察したように、凛果がそっと手を握ってくる。

 

 手に妹のぬくもりを感じ、立香は顔を上げる。

 

 立香を真っすぐに見つめる凛果。

 

 優しい兄。

 

 立香が今、何を想い、何に苦しんでいるのか、凛果にはよく分かっていた。

 

 対して、立香も妹をジッと見つめる。

 

「凛果」

 

 視界の中で、不安そうな凛果の顔が見える。

 

 そこで、

 

 立香はハッとする。

 

 自分はカルデア特殊班のリーダーだ。

 

 ここで自分が決断しなければ、つらい選択を凛果に押し付けてしまう事になる。

 

 リーダーとして、

 

 否、兄として、それは出来なかった。

 

 手を染めるのは、自分だけで充分だった。

 

 妹の肩を叩き、前に出る立香。

 

 そこには既に、迷いは見られなかった。

 

 黒太子を真っすぐに見据えて言った。

 

「・・・・・・頼む、エドワード」

「ああ」

 

 立香の言葉に応え、剣を振り上げるエドワード。

 

 その切っ先が天を向き、陽光を受けてギラリと光る。

 

 戦場において、首切りはある種の「業務」でもある。エドワードも当然、経験のある事だった。

 

 それ故に、気負いも躊躇いも、一切ない。

 

 エドワードは剣を掲げ、振り下ろした。

 

 次の瞬間、

 

 飛来した閃光が足元で炸裂。

 

 エドワードはとっさに後退する事で回避した。

 

「なッ!?」

「新手・・・・・・このタイミングでか?」

 

 立香の傍らまで下がりながら、エドワードは訝るように呟く。

 

 今の攻撃は明らかに、ジャンヌ・オルタを守る為、エドワードに向けて放たれた物だった。

 

 だが、戦場で軍を指揮した経験を持つエドワードからすれば、いささか以上に間の抜けた展開と言わざるを得なかった。

 

 既にジャンヌ・オルタ軍は壊滅し、ジャンヌ・オルタ自身も首を落とされる直前だった。

 

 援軍だとしたら遅すぎる。

 

 いったい、何が起きているのか?

 

 訝る立香達の前に現れた者。

 

 それは、異様な風体の男だった。

 

 黒いローブに全身を包み込んだ姿は、おとぎ話にでも出てきそうな「魔法使い」その物。

 

 長い髪はオールバックに撫でつけ、背は丸く曲がり、巨大な目はギョロリと張り出し、周囲を見回している。

 

 しかし、全体からにじみ出る雰囲気は、控えめに言って「血生臭い」。

 

 怖気を振るうような立ち姿だ。

 

 一斉に武器を構えるサーヴァント達。

 

 目の前の男が誰であるかは分からないが、エドワードを攻撃して邪魔した以上、敵である事は間違いなかった。

 

 と、

 

「ジ、ジル・・・・・・」

 

 突如現れた異様な男に特殊班一同が警戒を強める中、地面に座り込んだままのジャンヌ・オルタは、自らの忠実な臣下の登場に、驚いたような声を上げる。

 

 そんなジャンヌ・オルタの存在に気付いたのだろう。ジルもまた、慌てたように駆け寄って来た。

 

「おお・・・・・・おおおおおお、ジャンヌッ 我が聖女よッ 何とおいたわしい姿かッ!!」

 

 膝まずくジル。

 

 だが、

 

 その存在には、取り囲むカルデア特殊班一同も、戸惑いを隠せなかった。

 

「え? ジル? ジルって・・・・・・え?」

 

 混乱したように、ジャンヌの傍らに立つ騎士のジルと見比べる凛果。

 

 確かに、容貌的に似ていなくはない。顔の特徴など、一致している部分も多い。

 

 しかし、

 

 清廉な印象の騎士ジルに比べ、ジャンヌ・オルタのかたわらに座り込んだ魔術師のジルは、あまりにも怪物的だった。

 

 とてもではないが、両者が同一人物だとは思えないほどだった。

 

 と、

 

《まさか、ジャンヌに続いてこんな事が起こるなんてね。同時代に召喚されれば、こんな事もある訳か》

「フォウ?」

 

 ロマニの驚いたような声が、通信機から聞こえてきた。

 

 どこか確信めいた口調に、一同は耳を傾ける。

 

 どうやらロマニには、何か確証があるようだ。

 

「どういう事、ロマン君?」

《今、君達の目の前に現れたもう1人のジル元帥はサーヴァントだ。恐らく、初期に召喚された1騎だったんだろう》

 

 尋ねる凛果に、ロマニは説明する。

 

 つまり、ジャンヌに付き従う騎士のジルは、この時代を今現在生きているジルである。

 

 それに対し、ジャンヌ・オルタに寄り添っている魔術師のギルは、聖杯によって呼ばれたサーヴァントと言う訳だ。

 

 確かに、ジル・ド・レェには2種類の逸話がある。

 

 一つは、ジャンヌ・ダルクの仲間として、共に百年戦争を戦ったフランス元帥としての記録。

 

 そしてもう一つ、

 

 晩年、とある黒魔術師に傾倒したジルは、いたいけな幼子を言葉巧みに自らの居城に誘っては、怪しげな儀式の生贄として大量虐殺を行ったと言う。その逸話から、童話「青髭」のモデルにもなったと言われている。

 

 清廉と狂気の二面性。

 

 それこそがジル・ド・レェと言う人間の本質である。

 

 成程。

 

 騎士のジルと魔術師のジル、双方を見比べながら、ロマニの説明を聞いた立香は納得したように頷く。

 

 生者のジルと英霊のジル。

 

 その2人が、まさか同一時間上の同じ場所に立つ事になろうとは。ある意味、ジャンヌよりも特異な状況である。

 

 同時代であれば、このような事も起こり得るわけである。

 

 しかし人間、何がどうなればこうまで変わってしまうのか?

 

 騎士のジルとは完全にかけ離れた容貌の魔術師ジルを見ながら、立香は心の中で呟いた。

 

 と、

 

「ずっと、おかしいと思っていました」

 

 声を発したのは、騎士ジルを従える形で歩み寄って来たジャンヌだった。

 

 彼女の眼は、自分と寸分たがわぬ容姿をした黒の少女へと向けられている。

 

 睨み返すジャンヌ・オルタ。

 

 しかし、そこには常に感じる力は無い。

 

 敗残と化し、全てを失った少女がそこにはあった。

 

 そんなジャンヌ・オルタを、静かに見下ろすジャンヌ。

 

 そして、

 

 口を開いた。

 

「あなたは、誰ですか?」

 

 その質問は、誰も予想できなかった物だった。

 

 ジャンヌの質問は、あまりにも無意味に思えたのだ。

 

 いったいジャンヌは、今更そんな事を聞いてどうしようと言うのか?

 

「ジャンヌ、彼女は君のオルタ。その・・・・・・処刑された事を恨んで、復讐に走ったもう1人の君なんじゃ・・・・・・」

「ええ、わたしも初めはそう思っていました」

 

 立香の指摘に頷きを返すジャンヌ。

 

 では、彼女はいったい何に疑問を感じていると言うのか?

 

「しかし、ならばこそ、余計にあり得ません。なぜなら、私は復讐を考えた事など、一度もないからです」

 

 ジャンヌの言いたい事、それは「矛盾」だった。

 

 そもそも、生前のジャンヌはフランスに恨みなど抱いていなかったのは言うまでも無いだろう。百年戦争後期のフランス軍において、彼女程献身的に戦った人間はいなかっただろうから。

 

 ならばこそジャンヌ・オルタの存在は、裏切られ、処刑された事への恨みが死後に具現化した存在という線が考えられるが、

 

 実のところ、そちらはもっとあり得ない。

 

 刑死したジャンヌには、フランスに対する恨みなど抱く暇は無かったのだから。

 

 ジャンヌは今でも覚えている。

 

 刑場に縛り付けられ、火にくべられても尚、己の内には復讐の心など一片も無かった事を。

 

 彼女の胸にあったのは、ただ只管に神への祈りと、残して行く事になるフランスの民への想いだけだった。

 

 つまりどう考えても歴史上、「復讐に走ったジャンヌ・ダルク」は存在しなかったことになる。

 

 では、

 

 目の前にいるジャンヌ・オルタは、いったい何者なのか? と言う話に戻る。

 

 ありえないジャンヌ。あり得ない存在。

 

 こうなると、ジャンヌ・オルタと言う存在そのものが不確かで曖昧な存在に思えてくる。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・余計な能弁は、そこまでに、していただきましょうか」

 

 それまで黙って蹲っていた魔術師ジルが、ゆらりと立ち上がり振り返った。

 

 そのギョロリとした双眼が、一同を威嚇するように睨み据える。

 

 一斉に武器を構える、サーヴァント達。

 

 対してジルは、怯む事無く一同を睨む。

 

「彼女こそは我が祈り、我が願いの結晶。それを侮辱する事は、たとえあなたでも許しませんぞ、ジャンヌ!!」

「ジル、あなたは・・・・・・・・・・・・」

 

 余りの迫力に、我知らず呟くジャンヌ。

 

 その時だった。

 

《そう言う事か・・・・・・・・・・・・》

「何が、『そう言う事』なの、ロマン君?」

 

 通信機越しに語り掛けてきたロマニに対し、訝るように尋ねる凛果。

 

 それに対して返された返答は、驚くべき内容だった。

 

《よく聞いてくれ立香君、凛果君。聖杯を持っているのはジャンヌ・オルタじゃない。聖杯を持っているのは、そのジル元帥の方だ》

「えッ!?」

 

 驚いて、視線を向ける。

 

 今の今まで、立香達は聖杯を持っているのはジャンヌ・オルタだと思っていた。彼女を倒せば、全てが終わるのだ、と。

 

 その前提が、崩れた事になる。

 

《これは恐らく、だけど、ジャンヌ君の言う通り、本来ジャンヌ・オルタなどと言う英霊は存在しない。しかし、彼女を殺され、狂ったジル元帥が、聖杯に願ったんだ。「復讐する為に蘇ったジャンヌ・ダルクの誕生」を。それが、ジャンヌ・オルタだったんだよ》

 

 ロマニが言い終えた、その時だった。

 

 突如、

 

 ジルが翳した手の中に、光り輝く器が出現した。

 

「あれが、聖杯かッ!!」

 

 驚く一堂を前に。ジルは手にした聖杯を高らかに掲げる。

 

 輝きを増す聖杯。

 

 その光が、ジルを包み込んでいく。

 

「許さんッ 断じて許さんぞ匹夫共!! 貴様ら如きが我が崇高なる祈りを妨げる事はァァァァァァァァァァ!!」

 

 狂ったように言い放つと同時に、

 

 ジルの目の前に、1冊の本が現れる。

 

 黄色い装丁をした辞典のようなサイズの本。

 

 そのページがひとりでに開く。

 

「まずいッ 下がって!!」

 

 突如、何かを察したように叫ぶ響。

 

 少年は傍らに立つ美遊の手を引いて後ろへと下がる。

 

 他のサーヴァント達もまた、危機を察したようにその場から飛びのいていく。

 

 凛果もまた、清姫に手を引かれて後ろに下がるのが見えた。

 

 次の瞬間、

 

 「それ」は姿を現した。

 

 突如開く、異界の門。

 

 その中から、異形の物が這い出てくるのが見えた。

 

 形容のしようがない。

 

 ひたすらおぞましさのみが際立つ怪物。

 

 しいて言えば「蛸」が一番近いように見える。

 

 しかし「足」に当たる部分は無数に存在し、天に向かってうねりを見せている。

 

 青紫色の斑が刻まれた体表は体液でぬめり、生理的嫌悪感を助長する。

 

 その先端部分には巨大な顎が噛み鳴らされているのが見えた。

 

 「海魔」とでも称すべき異様な怪物。

 

 それが今、最後の敵となって、カルデア特殊班の前に立ちはだかっていた。

 

 呼び出したジルが、怪物の中へと飲み込まれていくのが見える。

 

 既にサーヴァント達は退避を終えて、迎え撃つ体制を整えている。

 

 だが、

 

 そんな中で1人、

 

 ジャンヌ・オルタだけは、海魔の傍らで蹲って、動こうとしなかった。

 

 先の戦いでエドワードの宝具を喰らい、既に動く事もままならなくなっているのだ。

 

「あ・・・・・・そんな・・・・・・ジル・・・・・・」

 

 自身に迫って触手を伸ばしてくる海魔を見ながら、茫然と呟くジャンヌ・オルタ。

 

 海魔は動けない少女を喰らおうと、大口を開く。

 

 触手が少女の体を捉えようとした。

 

 次の瞬間、

 

 何者かが、ジャンヌ・オルタの体を引き寄せ、そのまま抱え上げて走り出す。

 

「なッ!?」

 

 驚くジャンヌ・オルタ。

 

 だが、考える余裕もなく、背後から迫る触手が追いかけてくる。

 

 自分を抱えて走る少年。

 

 その姿をジャンヌ・オルタ、茫然とした顔で見つめる。

 

「あんた・・・・・・どうして?」

「さあねッ 理由なんて分かんないさッ!!」

 

 尋ねるジャンヌ・オルタに、彼女を抱えて走る立香は叩きつけるように返す。

 

 つい、さっきまで殺し合っていた相手を、どうして助けてしまったのか?

 

 気が付いたら、体が動いていた、と言う方が正しいだろう。

 

 これも先程感じた物と同じ。割り切れないからこその行動だった。

 

 走る立香。

 

 背後から迫る、海魔の触手。

 

 立香はジャンヌ・オルタを抱えている為、どうしても走る速度が遅い。

 

 このままじゃ追いつかれる。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「先輩ッ!!」

 

 飛び込んで来たマシュが大盾を掲げ、伸びてきた触手を弾き払う。

 

 一瞬、怯んだように動きを止める触手。

 

 更に群れる触手に、真っ向から飛び込んでいく小さな影。

 

 響は迫る海魔に対し、手にした刀を一閃。真っ向から斬り捨てる。

 

 奔る銀閃。

 

 複数の触手が、一緒くたに斬り飛ばされて地面に転がる。

 

「ん、ここは抑える、立香達は下がって」

 

 尚も隙を伺うように迫ってくる触手に刀を向けて牽制しながら、響が淡々とした口調で呟く。

 

 その茫洋とした視線が、小山のような規模で迫りくる海魔。

 

 そして、それを操るジルに向けられる。

 

 今、このフランスにおける最後の戦いが、幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

第19話「魔女の真実」      終わり

 



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第20話「盟約の刃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャンヌ・オルタを抱えて走る立香。

 

 その背後では、猛威を振るう海魔と、死闘を繰り広げるカルデア特殊班との熾烈な戦いが大気を震わせて響き渡ってきている。

 

 このフランスにおける最後の戦い。

 

 ここで勝てば終わる。

 

 その想いが、皆の限界を超えて力を絞り出していた。

 

 立香の腕の中にいるジャンヌ・オルタが抵抗する様子は無い。

 

 既にエドワードとの戦いによって、大きく傷ついた彼女には、戦う力は残っていなかった。

 

 それに、

 

 既にジャンヌ・オルタに戦う意思は無いのだろう。

 

 それを立香は、何となく感じていた。

 

 自分と言う存在。

 

 本来の「ジャンヌ・ダルク」ではなく、ジル・ド・レェが聖杯に願う事で生み出された復讐の為の存在。すなわち「偽りのジャンヌ・ダルク」が彼女だ。

 

 その事実が、彼女の心に大きな穴をあけたのかもしれない。

 

 あるいは、

 

 彼女の軍は壊滅し、彼女自身も倒れた今、復讐を誓う心が融け去ったのか?

 

 どちらでも良い、と立香は思う。

 

 彼女自身が復讐をやめ、自分が成した事の意味をもう一度考えてくれれば、この戦いにも、彼女に付き従った狂化サーヴァント達にも、何がしかの意味が出てくるだろう。

 

 と、

 

「おーい、兄貴ィッ!!」

 

 呼ばれて振り返る立香。

 

 妹の凛果が、手を振りながら走ってくるのが見えた。

 

 その背後からはマシュと、清姫の姿も見える。

 

 まだ、どこに敵が潜んでいるか分からない。2人が護衛の為に来てくれたらしかった。

 

「凛果、マシュ、状況はどうだ?」

「皆さん、奮戦してくれています。ジャンヌさん、エドワードさん、ジークフリートさん、マリーさん、ゲオルギウスさん、モーツァルトさんが海魔の牽制を行い、響さんと美遊さんは、ジル元帥への直接攻撃を掛けているようです」

「フランス軍の人達には、取りあえず下がってもらったよ。流石に、あんなの相手にはできないでしょ」

 

 マシュと凛果の戦況説明に、頷きを返す立香。

 

 確かに、これ以後は人ならざる者たちの戦い。ただの人間に割って入る余地は無いだろう。

 

 フランス残党軍が退いてくれたのは幸いだった。

 

 遠くの戦場へと目を向ける立香。

 

 そこでは今、彼の仲間達が必死に戦っている。

 

「頼むぞ、みんな」

 

 祈るような気持ちで、立香は告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 触手がのたうちながら迫ってくるのが見える。

 

 青紫色の体表がぬめり、吐き気を催すような生理的嫌悪感を齎す。

 

 あの触手を叩きつけられれば、それだけで致命傷は免れないだろう。

 

 だが、

 

「ハァッ!!」

 

 黒太子エドワードは怯む事無く、手にした長剣を横に一閃する。

 

 銀の閃光が一文字に駆け抜ける。

 

 斬り飛ばされる触手。

 

 一瞬、海魔の攻撃が下火になる。

 

 しかし、それは本当に僅かな間に過ぎなかった。

 

 再び勢力を盛り返す海魔。

 

 異界から召喚された彼の怪物は、殆ど無尽蔵に近い形で触手を湧き出してくる。

 

「フンッ!!」

 

 前に出たジークフリートが、縦横に大剣を振るい、群がる触手を斬り捨てる。

 

 だが、やはりと言うべきか、結果は同じだった。

 

 触手は尚も湧き出し、群がってくる。

 

 キリが無い。

 

 1本触手を斬っている間に、5本は増えているような感覚だ。

 

 サーヴァント達は先ほどから、全く前に進む事が出来ず、後退を繰り返していた。

 

「やりにくさでは、ファブニール以上か・・・・・・」

 

 大剣で触手を切り払いながら、ジークフリートが低く呟きを漏らす。

 

 同じ巨大生物と言う意味では、海魔もファブニールと同じである。

 

 むしろ、「火力」と「装甲」と言う意味ではファブニールの方がはるかに勝っているだろう。

 

 しかし海魔の方は、文字通り無限に湧き出てくる。

 

 斬っても斬ってもすぐに再生してしまう海魔の厄介さは、ファブニール戦の比ではなかった。

 

 と、その時、

 

 群がって来た触手の群れを、旗を持った少女が結界を展開する事で弾くのが見えた。

 

 ジャンヌだ。

 

 セイバー2人が苦戦しているのを見て、とっさに援護に入ったのである。

 

「希望はあります。今はどうか耐えて!!」

 

 言いながらジャンヌは聖旗を振り払い、海魔を押し返す。

 

 怪物を相手に一歩も引かずに対峙する聖女。

 

 そんなジャンヌの傍らに立ちながら、エドワードは低く鼻を鳴らした。

 

「・・・・・・・・・・・・まさか、貴様と共闘する事になろうとはな」

「え?」

 

 皮肉めいたエドワードの言葉に、キョトンとした顔をするジャンヌ。

 

 ジャンヌは気付いていなかった。

 

 彼女が、実は黒太子エドワードにとっては天敵にも等しい存在であると言う事に。

 

 数多くの戦いに勝利し、百年戦争初期におけるイングランド軍勝利を不動のものとしたエドワード。

 

 対してジャンヌは百年戦争後期に彗星のごとく現れ、イングランド軍を押し返して劣勢のフランスを救った聖女である。

 

 言わばエドワードにとってジャンヌは「自分の功績を帳消しにした忌々しい存在」なのだ。

 

 もっともジャンヌからすれば、彼女自身の信じるままに戦った結果であり、エドワードの事など、一切頓着していないのだが。

 

 2人が生きた時代には、半世紀もの開きがある。

 

 生前交わる事の無かった2人。

 

 こんな状況でもなければ、共闘などありえなかっただろう。

 

 だが、

 

 剣を構えなおすエドワード。

 

 因縁も、宿命も、恩讐も、全ては過去の物。

 

 今この時、この場所で運命が交わった2人。

 

 そこにはイングランドもフランスも無い。

 

 ただカルデアの為、共に頂くマスターの為、

 

 そして人理を守る為、

 

 黒太子と聖女は、全てを越えて手を携える。

 

「斬り込むぞ、援護しろ」

「は、はいッ」

 

 剣を構えて斬りかかっていくエドワード。

 

 その背後から、ジャンヌも旗を振り翳して続くのだった。

 

 

 

 

 

 ジャンヌ達が海魔を押さえる一方、

 

 響と美遊は、大元であるジルへと迫っていた。

 

 駆け抜ける、白の剣士と黒の暗殺者。

 

 その視線の先では、異形の魔術師が待ち構える。

 

「あの海魔は、ジル元帥が呼び出した存在」

 

 剣を手に駆けながら、美遊が響に話しかける。

 

「なら、ジル元帥自身を倒せば、消える可能性が高い」

「ん」

 

 美遊の言葉に、響も頷きを返す。

 

 確かに、リヨンの戦いで対峙したマルタも、タラスクと言う竜を召喚し使役していた。

 

 そのタラスクも、マルタが倒されれば消えていった。

 

 ならば、同様の事がジルと海魔にも言える筈だった。

 

「おのれ匹夫共めッ」

 

 対して、

 

 迫る子供たちを睨み付けながら、ジルが喉から絞り出すような声で言った。

 

「我が聖女を横取りし、我が崇高なる想いすら踏みにじるかッ」

 

 言いながら本を開き、手を翳すジル。

 

 その手に、魔力の光が宿る。

 

「その悪行、万死に値すると知れい!!」

 

 放たれる魔力弾。

 

 闇色の一撃が、響と美遊を呑み込まんとして迫る。

 

 対して、

 

 絶妙のタイミングで左右に開き、ジルの攻撃を回避する響と美遊。

 

 ジルは更に、狂ったように攻撃を仕掛けてくるが、2人は巧みに回避しながら距離を詰めていく。

 

「おのれッ おのれおのれェェェェェェ!!」

 

 五月雨のように放たれる魔力弾。

 

 だが、

 

 僅かに開いた隙を、響は見逃さない。

 

「んッ!!」

 

 ジルが一瞬、魔力をチャージする為に攻撃を控えた。

 

 その隙に、一気に間合いを詰める。

 

「これ、で!!」

 

 袈裟懸けに繰り出される刃。

 

 銀の剣閃が、月牙の軌跡を描いてキャスターへと迫る。

 

 響の剣がジルを斬り裂く。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 響の剣は、ジルによって防ぎ止められた。

 

「なッ!?」

 

 驚く響。

 

 その視線の先。

 

 ジルの手には、

 

 一振りの剣が握られていた。

 

「フンッ」

 

 力任せの一閃。

 

 その一撃が、響の小さな体を弾き飛ばす。

 

「んッ!?」

 

 地面に転がりながらも、どうにか体を起こそうとする響。

 

 その間に、今度は美遊がジルに斬りかかる。

 

「やァァァァァァ!!」

 

 気合とと共に大上段から剣を振り下ろす美遊。

 

 だが、

 

 その一撃は、またしてもジルの剣で防がれてしまう。

 

「クッ こんな事が、ある訳!!」

 

 信じられない想いと共に、剣を振るう美遊。

 

 だがジルは、その全てを弾いてしまう。

 

 セイバーがキャスター相手に、剣で押し負けるなど、誰が想像し得ようか?

 

 そして、

 

「美遊、危ない!!」

「ッ!?」

 

 走る響の警告。

 

 その視界の中で、

 

 空いた手に、魔力の光を宿したジルの姿がある。

 

「しまったッ!?」

 

 驚き、とっさに後退しようとする美遊。

 

 だが、

 

「遅いッ!!」

 

 放たれる魔力弾。

 

 ほぼ至近距離で、美遊を直撃する。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 悲鳴と共に、吹き飛ばされる美遊。

 

 彼女が身に着けている胸部の甲冑が砕け、地面に叩きつけられる。

 

「美遊ッ!!」

 

 駆け寄ってくる響は、倒れている美遊を抱き起す。

 

「・・・・・・大丈夫、何とか」

 

 対して、美遊は苦し気に声を絞り出す。

 

 どうやら吹き飛ばされはしたものの、致命傷には至っていないようだ。

 

 だが、

 

「キャスターだから剣は使えないとでも思いましたか? それは油断しましたな」

 

 2人を見下ろしながら、ジルは不穏な声で告げる。

 

 その手には、骸骨兵士達が使う剣が握られている。

 

 恐らく戦場に落ちていたのを拾ったのだろう。それが今、ジルの魔力で強化されている。

 

「たとえ痩せても枯れても元フランス軍元帥のこの私が、凡百の英霊如きに後れを取る事など無いわ!!」

 

 吼えるジル。

 

 対して、

 

「響、ありがとう、もう大丈夫だから」

「美遊・・・・・・・・・・・・」

 

 響の手を借りて立ち上がる美遊。

 

 ジルの攻撃を喰らい、着ている甲冑はところどころ破損している。

 

 見るからに痛々しい恰好。

 

 しかし、美遊の身から迸る戦意は、聊かも衰えていなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 スッと、目を閉じる美遊。

 

 同時に、その小さな体は光に包まれていく。

 

「美遊?」

 

 響が見守る中、

 

 光の中から姿を現した美遊の見た目は一新されていた。

 

 彼女の体を覆っていた銀の甲冑は消え去り、下に着込んでいたノースリーブとミニスカートのドレス姿になる。

 

 より可愛らしさが増した戦姿。

 

 こうなると、手にした剣がアンバランスにすら思えてくる。

 

「これで、少し身軽になった」

 

 剣を構えなおしながら、美遊が呟く。

 

 同時に、

 

 少女は地を蹴って、ジルへと斬りかかった。

 

 一瞬で、距離を詰める美遊。

 

 対抗するように、ジルも剣を振り翳す。

 

「無駄だと言ったでしょう!!」

 

 振り下ろされた美遊の剣を、切り払うジル。

 

 その背後から漆黒の暗殺者が迫る。

 

「んッ!!」

 

 間合いに入ると同時に、切っ先を突き込む響。

 

 だが、

 

「甘いわァァァ!!」

「クッ!?」

 

 響の接近に気付いたジルが素早く反応。振り返りざまに、魔力弾を放ってくる。

 

 とっさに体を捻り、回避する響。

 

 ジルは更に美遊を振り払うと、響に向かって剣を振り下ろす。

 

「んッ 速い!?」

 

 ジルの剣を、何とか受ける響。

 

 だが、

 

「当然だッ!!」

 

 剣を振るい、ジルは更に追撃を掛ける。

 

「フランス軍を率い、多くの戦場を駆け抜けたこの私が、あなたのような子供に敗けるはずが無い!!」

 

 叫ぶジル。

 

 だが、

 

 剣が響に振り下ろされる前に美遊が割り込み、ジルの剣を弾く。

 

「クッ!?」

 

 蹈鞴を踏むジル。

 

 そこへ、

 

 響が襲い掛かる。

 

 美遊を飛び越える形で、大きく跳躍した響。

 

 その眼光が、眼下のジルを捉える。

 

「んッ!!」

「やらせんッ やらせんぞォォォォォォ!!」

 

 対抗するように、剣を振るって響の攻撃を受けるジル。

 

 上空からの一撃。

 

 ジルは防御には成功したものの、響の勢いを殺しきれず、刃は肩へと食い込む。

 

「クッ!?」

 

 痛みに、声を漏らすジル。

 

 そこへ、美遊が斬り込む。

 

 剣を振り翳す美遊。

 

「ハッ!!」

 

 美遊が振り翳した剣は、しかしジルがとっさに飛びのいた事で空振りに終わる。

 

「おのれェ!!」

 

 魔力弾を放つジル。

 

 だが、

 

 響と美遊は、最小限の動きでジルの攻撃を回避。そのまま斬り込んでいく。

 

 駆け抜ける、響と美遊。

 

 そんな中、

 

 美遊はなぜか、奇妙な感覚に囚われていた。

 

 自分のすぐ横を走る響。

 

 その瞳は、真っすぐにジルへと向けられている。

 

 彼が何を想い、

 

 そして何を考えているのか、

 

 不思議な事に、今の美遊には手に取るようにわかった。

 

 思えば、この戦いが始まってから、ずっとそうだった。

 

 美遊と響は苦戦しながらも、互いに連携しながらジルと戦っている。

 

 まるでお互いがお互いを気遣い、長所を活かし、弱点を補い合うかのように。

 

 一体感、とでも言うべきだろうか?

 

 美遊の動きと響の動きが連動している。

 

 響が、美遊に合わせているのかとも思ったが、違う。

 

 美遊にもまた、響がどのように動き、どう戦うのか分かっているのだ。

 

「小癪なァァァァァァ!!」

 

 焦れたジルが、剣を投げ捨てる。

 

 同時に、両手を掲げて魔力を集中させる。

 

 最大限の攻撃を仕掛けるつもりなのだ。

 

 だが、

 

「ん、今ッ!!」

「判った!!」

 

 頷き合う、響と美遊。

 

 同時に、2騎のサーヴァントは加速する。

 

 その動きに、ジルは追随できない。

 

「これでッ!!」

「終わりッ!!」

 

 間合いに入る両者。

 

 次の瞬間、

 

 響と美遊。

 

 2人の剣が、ジルの体を刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 猛威を振るう海魔。

 

 その無数の触手が異界から沸き起こり、サーヴァント達に襲い掛かる。

 

 迫りくる異界の怪物を前に、ジャンヌは最前線で聖旗を振るい続けていた。

 

 あのジャンヌ・オルタに寄り添っていたジル・ド・レェ。

 

 彼が、この特異点を生み出した、真の黒幕だった。

 

 ジャンヌを失い、狂気に走ったジルが、それでも諦めきれずに聖杯に縋った結果が、この惨状である。

 

 ならば、こうなった責任の一端はジャンヌにもある。

 

 彼女のせいでジルが狂ったとするならば、この始末は自分が着けなくてはならない。

 

 振り翳す聖旗が、触手を打ち払う。

 

 開いた道を、更に前へと進もうとするジャンヌ。

 

 だが、

 

 無限に湧き出してくる海魔を前に、いかに英霊と言えど、踏み止まるには限度があった。

 

 動きを止めたジャンヌ。

 

 そこへ、触手が殺到してくる。

 

 開かれる、鋭く不気味な顎。

 

 聖女が取り込まれる。

 

 そう思った、

 

 次の瞬間、

 

「ジャンヌ、手を!!」

 

 突如、駆け抜けてきたガラスの馬。

 

 馬上のマリーがジャンヌの手を取り引き上げる。

 

「マリー!!」

「1人で先走っちゃダメよジャンヌッ 焦ってもどうにもならない事よ!!」

 

 叱りつけるようなマリーの言葉に、ジャンヌは息を呑む。

 

「信じるのよッ あの子たちを」

「そうですね、すみません」

 

 マリーの言葉に答えながら、ジャンヌは周囲を見回す。

 

 触手は尚も異界から出現を続け、ジャンヌ達を追いかけてくる。

 

 まるで召喚したジルの意思が乗り移ったかのように執拗に殺到してくる。

 

「クッ!!」

 

 打ち払おうと、ジャンヌは馬上で旗を構えた。

 

 次の瞬間、

 

 突如、飛来した複数の矢が、迫りくる触手を一斉に撃ち抜いた。

 

「いったい、何が?」

 

 矢は次々と飛来し、ジャンヌ達を捉えようとしていた触手を容赦なく吹き飛ばしていく。

 

 ジャンヌとマリーが茫然として見守る中、五月雨のような攻撃はなおも続くのだった。

 

 

 

 

 

 暴れまわる海魔。

 

 その触手を正確に矢で撃ち抜いた存在は、既に次の攻撃に備えて己の武器を構えていた。

 

 あの触手の群れが、無限に湧き出してくるであろうことは、一目見ただけで気づいていた。

 

 あの規模の召喚獣だ。召喚したマスターの燃料切れを待つ、と言うのも一つの手段ではある。

 

 だが、敵が聖杯を手にし、無限とも言える魔力行使が可能な状態とあっては、その戦術も意味を成さない。

 

 残された手段は一つ。すなわち、召喚したマスターを倒すのみ。

 

 その間、あの海魔を足止めするのが、自分の役割だった。

 

「・・・・・・・・・・・・頼んだぞ」

 

 低い呟きは、誰に聞かれる事も無い。

 

 男は再び武器を構え、狙いを定めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 刃が貫く、確かな感触。

 

 手応えは、あった。

 

「ガハッ!?」

 

 血塊を吐き出すジル。

 

 貫く2振りの剣。

 

 そのうち、響の刀はジルの心臓を確実に捉えている。

 

 明らかな致命傷だった。

 

 剣を引き抜く、響と美遊。

 

「これで・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊が言いかけた。

 

 次の瞬間、

 

「まだだァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 絶叫と共に、崩れかけていたジルが起き上がる。

 

 その身から噴き出る鮮血が草原に散らされ、視界が赤く染まる。

 

 祖国フランスに復讐する為、かつての盟友たるジャンヌ・ダルクを蘇らせるまでに執念を燃やす男は、頑なに倒れる事を拒んでいた。

 

「この程度でッ この程度でッ 我が悲願が潰えてなるものかァァァァァァ!!」

 

 掲げられる両腕。

 

 その手に光る、魔力の器。

 

「まさかッ 聖杯を使う気!?」

 

 悲鳴に近い美遊の声。

 

 自身も「生きた聖杯」である美遊は、ジルが何をしようとしているのかすぐに察する。

 

 ジルは聖杯の魔力を使い、自身の失った戦力を補おうとしているのだ。

 

 2人が見ている前で、輝きを増すジル。

 

 その間にも、魔力は高まっていく。

 

「慄くが良いッ 我が大いなる力の前にひれ伏すのだァァァァァァ!!」

 

 叫ぶジル。

 

 次の瞬間、

 

 ジルが掲げた掌から、巨大な閃光が迸る。

 

 とっさに回避して後退する響と美遊。

 

 だが、ジルは執拗に攻撃を繰り返す。

 

「死ねッ 死ねッ 死ねェェェェェェ!!」

 

 攻撃が激しさを増す。

 

 放たれる閃光が次々と襲い掛かり、響と美遊は回避に専念せざるを得なくなる。

 

「何て無茶をッ!!」

 

 舌打ち交じりの美遊。

 

 ジルの攻撃は、熾烈だが秩序だった要素は一切なく、ほとんど乱雑に解き放っているに等しい。

 

 それ故に先読みが難しい。

 

「何、これ、急に!?」

「たぶん、聖杯から受けた魔力を、全て攻撃に変換している!!」

 

 舌打ちする響に、美遊が答える。

 

 ジルは今、聖杯から得られた膨大な魔力を、全て攻撃に振り分けているのだ。それ故に、ここまで強力な攻撃魔術が可能となっているのである。

 

 しかも、それだけではない。

 

 ジルの体からは、先に響と美遊によって受けた傷がそのまま残り、鮮血を噴出している。

 

 ジルは己の傷すら顧みず、攻撃を続けているのだ。

 

 そこに、恐ろしいまでの執念を感じる。

 

 たとえ己が滅びようとも悲願を達成する。

 

 ジャンヌ・オルタを擁し、フランスを滅ぼす。

 

 悲願の為に全てを投げだす殉教者の如き妄執が、ジルからは感じられた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 攻撃を回避しながら、響は考える。

 

 多分、並の攻撃でジルを止める事は不可能。こちらも相応の覚悟をもって挑まなくてはなるまい。

 

「響、どうしたの?」

 

 沈黙する響に、訝るような視線を送る美遊。

 

 対して、

 

 響は刀をだらりと下げて立ち尽くす。

 

 狂乱したジル。

 

 あのジルを止め、勝利を確実な物とするには、こちらも出し惜しみするべきではなかった。

 

「ん、本気で行く」

 

 低く呟くと、

 

 己の体の中にある魔術回路を起動させる。

 

 体内で活性化する魔力。

 

 次の瞬間、

 

 少年の体は、眩いばかりに光り輝いた。

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

 戦線後方で戦況を見守っていた凛果たちにも、異変が生じていた。

 

「あ、アァァァァァァァァァァァァ!?」

「どうした凛果!?」

「凛果先輩!!」

「フォウッ フォウッ フォウッ」

 

 突如、右腕を押さえて蹲る凛果。

 

 慌てて立香達が駆け寄ると、凛果は顔を上げて腕を掲げて見せた。

 

「れ、令呪が・・・・・・・・・・・・」

「令呪?」

 

 見れば、凛果の右腕にある令呪が、一際光り輝いているのが見える。

 

 令呪は、英霊との繋がりを示す物。

 

 その令呪が反応していると言う事は、彼女のサーヴァントである響か美遊に、何か動きがあった事を意味する。

 

《落ち着き給え凛果ちゃん。魔力の急激な活性化によって、一時的に魔術回路が過負荷を起こしているんだ》

「だ、ダ・ヴィンチちゃん?」

《直に落ち着くから、ゆっくりと呼吸を繰り返して、意識を楽にしたまえ。急激な魔力の流れによって慣れない魔力回路が動いてしまったのだろう》

 

 言われた通りに呼吸を繰り返す凛果。

 

 不思議と、そうする事によって右手に感じていた痛みが和らいでいくようだった。

 

 その間、立香達が心配そうに少女を覗き込んでいる。

 

《今、調べてみた。どうやら、響君の霊基に反応があった。恐らく彼が何か仕掛けたんだろう》

「響が・・・・・・・・・・・・」

 

 自分の小さなサーヴァントを思い出し、凛果はそっと呟く。

 

 その想いは、彼方で今も戦っているであろう、少年達へと向けられていた。

 

 

 

 

 

 光が晴れる。

 

 目を開いた美遊の見る先で、

 

 少年の姿は一変していた。

 

 長い髪を後頭部で縛り、その身は黒装束と短パンに覆われている。そして手にした刀。

 

 そこまでは一緒だ。

 

 だが、

 

 いつもの黒装束。

 

 その上から、見慣れない羽織を着込んでる。

 

 浅葱地に、袖口を白い段だらで染め抜いた、目にも鮮やかな羽織。

 

 ただそれだけで、少年の存在が一変したかのようだった。

 

「響、その姿は?」

 

 唖然とした声で尋ねる美遊。

 

 対して、

 

 響は僅かに振り返っている。

 

「ん、これが宝具『盟約の羽織』」

 

 答えてから響は。

 

「下がって、美遊」

 

 真っ直ぐにジルを見据える。

 

「これで・・・決めるッ」

 

 低く呟くと同時に、

 

 響は地を蹴った。

 

 真っ向から向かう先では、

 

 聖杯を携え、迎え撃つジル・ド・レェ。

 

「おのれッ 来るか匹夫めがァァァ!!」

 

 放たれる魔力の閃光。

 

 大気すら焼き尽くすような強烈な一撃が、真っすぐに響へと延びる。

 

 次の瞬間、

 

「んッ!!」

 

 手にした刀を一閃。

 

 響は自分を狙って放たれた閃光を、真っ二つに斬り裂いてしまった。

 

「何ッ!?」

 

 驚くジル。

 

 その間にも、距離を詰めに掛かる響。

 

 ジルは再度、響に向けて魔力の閃光を放つ。

 

 しかし、結果は同じ。

 

 響が鋭く振るう剣によって、ジルの閃光は斬り裂かれ霧散する。

 

「おのれェェェェェェ!!」

 

 焦ったように魔力を次々と放つジル。

 

 対抗するように、響はその全てを斬り裂き、あるいはかわして切る。

 

「おのれ、何なのだッ!! 貴様はいったいッ!!」

 

 叫ぶジル。

 

 次の瞬間、

 

「ん、別に」

 

 脇をすり抜けた響が、低い声で告げる。

 

「ただの・・・・・・英霊モドキ」

 

 言いながら、

 

 刀を鞘に戻す。

 

 鳴り響く鍔鳴り。

 

 同時に、

 

 ジルは鮮血を噴出し、地に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

第20話「盟約の刃」      終わり

 



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第21話「さらば、フランスの大地」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響が刀を鞘に収める同時に、ジルの体は前のめりに倒れ伏す気配がした。

 

 その様を響は、浅葱色の羽織を靡かせて見つめている。

 

「やった?」

「ん・・・・・・手応えは、あった」

 

 尋ねる美遊に、響は頷きを返す。

 

 地に倒れたジル。

 

 その体はピクリとも動かない。

 

 だがそれでも、響と美遊は警戒を解こうとはしない。

 

 一度、倒したと思ったところで再度、聖杯の力で立ち上がって来たほどの妄執を持った相手だ。

 

 三度、立ち上がらないと言う保証はない。

 

 油断している所を背後から襲われでもしたら、目も当てられなかった。

 

 と、

 

 背後で、何かの咆哮が聞こえる。

 

 少し振り返って視線を向けると、海魔が苦悶にのたうっているのが見えた。

 

 どうやら、ジルが倒れ、魔力供給が断たれた事で現界が保てなくなったらしい。

 

 そのまま蛸にも似た巨大な体は、溶けるようにして消えていくのが見えた。

 

 戦場に訪れる静寂。

 

 誰もが、言葉を発することなく立ち尽くしている。

 

 これをもって、カルデア特殊班の一同は実感する。

 

 そう、

 

 紛う事は無い。

 

「勝った」

「うん。そうだね」

 

 小さく呟く響に、美遊もまた笑顔で応じる。

 

 ジャンヌ・オルタ軍は壊滅。狂化サーヴァント達は全滅し、ファブニールも撃破、首魁であるジャンヌ・オルタ自身は戦意喪失し、今また真の黒幕であったジル・ド・レェも討ち取った。

 

 文句無しで、カルデア特殊班の勝利だった。

 

 その時だった。

 

「ま・・・・・・まだ、だ・・・・・・」

「「ッ!?」」

 

 突如、背後から聞こえてきた声に、とっさに振り返る響と美遊。

 

 2人が同時に視線を向ける中、

 

 地に倒れ伏していた筈のジルが、ゆっくりと身を起こそうとしていた。

 

「まだ、生きてる・・・・・・」

 

 響は信じられない面持ちで呟く。

 

 響の剣が致命傷を与えた事は間違いない。

 

 しかもその前に、響と美遊の剣を同時に受けている。そちらも間違いなく致命傷だったはずだ。

 

 起き上がる事は愚か、この場で現界を保つ事すら難しいはずなのに。

 

 しかしそれでも尚、ジルは立ち上がって見せた。

 

 双眸は更に血走り、おぞましい狂相は目を背けたくなるほどに吊り上がっている。

 

 切られた傷痕からは、尚も鮮血が流れ出ている。

 

 しかし、

 

 それでも尚、邪竜百年戦争の黒幕として暗躍を続けた男は、敗北を拒否するように立ち続けていた。

 

「許さん・・・・・・ここで倒れて成るものか・・・・・・わたしは、わたしのジャンヌを守り、この、フランスを・・・・・・・・・・・・」

 

 うわごとの様に漏れる声。

 

 もはや、自分で何を言っているのかすら判っていない様子だ。

 

「響、あれ」

「ん?」

 

 美遊が指さした方を見る響。

 

 そこはジルの胸元。

 

 微かに煌めく光が漏れ出ているのが見える。

 

「また、聖杯?」

「うん、たぶんアレのおかげで、彼は立っていられるんだと思う」

 

 成程。

 

 美遊の説明に、頷きを返す響。

 

 先に立ちあがって見せた時と同じだ。無限の魔力を誇る聖杯なら、瀕死のサーヴァント1騎くらい、現界を保つ事くらいできるだろう。

 

 ジルは今、聖杯の持つ魔力リソースをすべて己の維持に振り向ける事で、辛うじて現界を保っているのだ。

 

 だが、

 

「ん、たぶんきっと、それだけじゃ、ない」

「え、どういう事?」

 

 響の呟きに、美遊はいぶかる様に首を傾げる。

 

 確かに、ジルが現界を保っていられる魔力リソースは聖杯から得ているだろう。

 

 だが、実際に現界を保ち、この世界に残り続けているのはジルの意思、もっと言えば「執念」なのではないか、と響は考えていた。

 

 ジャンヌ・オルタを守り、彼女と共に、かつてジャンヌを裏切り殺したフランスを滅ぼす。

 

 その願いを成しえるまで、ジルは倒れる事を拒み続けているのだ。

 

「ん、けど、どっちみちここで終わり」

 

 言いながら、

 

 響は再び刀を抜き、前に出る。

 

 いかに聖杯でも、致命傷を三か所も受けたサーヴァントの現界を保ち続けるのは難しいはず。ここでトドメを刺せば全てが終わるはずだった。

 

 ゆっくりとジルに近づく響。

 

 ジルが血走った眼で、己の傍らに立つ少年を見上げる。

 

「おのれ・・・・・・このようなところで、私は・・・・・・・・・・・・」

 

 絞り出すように呟くジル。

 

 そのジルを見下ろし、

 

 響は何の感慨も無く、刀を振り下ろした。

 

 次の瞬間、

 

「待って!!」

 

 背後からの声に、刀を振り下ろそうとした響の手が止まる。

 

 振り返る、視線の先。

 

 そこには、

 

 左右を立香と凛果に支えられて歩いてくる、ジャンヌ・オルタの姿があった。

 

「お、おお、ジャンヌ!!」

 

 自らの希望の存在を見出し、声を上げるジル。

 

 そんなジルに、ジャンヌは藤丸兄妹に支えられながら歩み寄る。

 

「ジャンヌ、よく来てくださいました、我が聖女よ。さあ、今こそともに立ち、この不届き者達に鉄槌を下しましょうぞ!!」

「ジル・・・・・・・・・・・・」

 

 活力を取り戻したようにわめきたてるジル。

 

 対して、

 

 ジャンヌは静かな瞳で、ジルを見下ろす。

 

「どうしたのですかなジャンヌッ 何も恐れる物などありません。この程度の敗北など、あの時に比べれば物の数ではないでしょう!! こちらには聖杯があるのですから、これさえあれば、また軍を立て直し、いや、もっと強力な軍勢を作り上げ、またフランスを蹂躙できますぞ!! それこそが我らの正義であり、あらゆる間違いを正す唯一の方法なのです!!」

 

 捲し立てるジル。

 

 かつて敬愛したジャンヌを祖国の裏切りによって殺されたジル。

 

 晩年を生きた彼の胸の内には常に、死んだジャンヌへの想いと、祖国フランスに対する恩讐があったに違いない。

 

 あるいは、復讐に燃える真のアヴェンジャーは、彼自身だったのかもしれない。

 

「さあ、ジャンヌ、今こそ・・・・・・・・・・・・」

「もう、良いわ、ジル」

 

 尚も言い募ろうとするジル。

 

 それをジャンヌ・オルタは、静かな声で制した。

 

 一瞬、呆けたように沈黙するジル。

 

 ややあって、恐る恐る口を開く。

 

「・・・・・・は? ジャンヌ、今、何と?」

「もう良い、て言ったのよ」

 

 もう一度、言い含めるようにゆっくりと告げるジャンヌ・オルタ。

 

「もう、終わりにしましょう。わたし達の負けよ」

 

 淡々とした調子で告げるジャンヌ・オルタ。

 

 そこには、諦念とも安堵ともつかない雰囲気がある。

 

 だが、ジャンヌ・オルタを聞いた瞬間、

 

 ジルは文字通り、血を吐きながら少女へ詰め寄った。

 

「何をッ 何をおっしゃるのですかジャンヌ!? 我らの悲願が、あなたの無念が、このような事で潰えて成る物ですか!! お忘れですかッ!? あの敗北をッ コンピエーニュの屈辱を!! 無念を!!」

 

 喚きたてるジル。

 

 ジャンヌ・オルタ。

 

 他ならぬジル自身が作り出した、彼自身の「理想のジャンヌ」が、彼の理想を否定したのだ。

 

「勿論、忘れてなんか無いわよ。あの時の屈辱と、復讐の念は、変わらず私の中にあり続けているわ」

「ならば、なぜですかジャンヌッ なぜ、そのような偽りを申すのですッ!?」

 

 もはや狂乱したように言い募るジル。

 

 対して、

 

 ジャンヌ・オルタはあくまで、静かな声で告げた。

 

「・・・・・・確かに、私の中にはこの国を恨む心がある。今となっては、この思いも本当なのか嘘なのか判らない。けど、あなたの言う通り、私は裏切られ、否定され、罵倒され、辱められ、最後には無慈悲に殺された。それは間違いないわ」

「ならばッ」

「けど」

 

 尚も言い募ろうとするジルを制すると、

 

 ジャンヌ・オルタは、彼の目の前に膝を折る。

 

 少女の目が、己を生み出した存在を、真っすぐに見据えた。

 

「少なくとも、ここの1人、最後まで私を信じて戦ってくれた人がいた」

「ジャンヌ・・・・・・・・・・・・」

「それだけで、私は充分よ」

 

 少女の静かな言葉を聞いた瞬間、

 

 ジルの心の中にあった、最後の蟠りが砕け散った。

 

「お・・・・・・おおおおおお」

 

 そのまま、泣き崩れるように地に伏すジル。

 

 それはジャンヌと言う希望を失い、狂気の果てに聖杯と言う奇跡に縋り、かつての祖国を滅ぼすために暗躍し続けた男が、

 

 最後の最後で救われた瞬間でもあった。

 

 笑顔を交わす、立香と凛果。

 

 美遊も、響の肩を、優しく労うように叩く。

 

 今、

 

 邪竜百年戦争は、本当の意味で終わったのだ。

 

 と、

 

 複数の足音が、ゆっくりと近付いてくる気配がした。

 

 振り返る立香。

 

 そこには、

 

 共に戦い抜いてくれた仲間たちの姿があった。

 

 エドワード、ジークフリート、清姫、マリー、モーツァルト、ゲオルギウス、ジャンヌ。

 

 勿論、マシュ、響、美遊、フォウ。

 

 そして、凛果。

 

 皆、その表情は晴れやかで、やり遂げた人間の達成感がにじみ出ていた。

 

 その1人1人に、笑顔を返す。

 

 多くの犠牲を出した。

 

 それらの命は、決して戻る事は無い。

 

 だが、それでも、このメンバーで戦い、勝利を得る事が出来た。

 

 それは、紛れもない事実だった。

 

「みんな、ありがとう」

 

 晴れやかな笑顔で告げる立香。

 

 何はともあれ、それだけは言っておきたかったのだ。

 

 対して、

 

 一同は一瞬、キョトンとした顔をし、次いで互いの顔を見合わせる。

 

 吹き出したのは、全員ほぼ同時だった。

 

「な、何だよ、俺、何かおかしいこと言った?」

 

 突然笑い出したサーヴァント達に、戸惑って尋ねる立香。

 

 そんな中、一同を代表するようにジャンヌが口を開いた。

 

「お礼を言うのはこちらですよ立香。あなたがいてくれたおかげで、わたし達は最後まで戦い、勝利する事が出来ました。カルデアのマスター、藤丸立香、本当に、ありがとうございました」

 

 ジャンヌの言葉に、微笑みを返す立香。

 

 辛い事もあった。

 

 だが、仲間たちと共に、このフランスの大地を駆け抜けた事は、決して忘れえぬ思い出となる事だろう。

 

 と、

 

 ジャンヌが言い終わるのと、ほぼ同時に、変化は起こった。

 

 揺れる視界。

 

 突如、大地が震動を始める。

 

 何が起こったのか、考えるまでも無かった。

 

「始まったな」

 

 エドワードが低く呟くのと、立香の通信機が鳴るのはほぼ同時だった。

 

《特異点の崩壊が始まったようだ。すぐにレイシフト・シークエンスに入る。立香君たちは、そのままその場を動かないでくれ》

「フォウッ ンキュ!!」

 

 ロマニの説明を聞き、顔を上げる立香。

 

 と、

 

 そこで驚いた。

 

 目の前に立ち並ぶサーヴァント達。

 

 その体から、金色の粒子が立ち上っているのだ。

 

「みんな、それ・・・・・・」

「驚く事は無いだろ」

 

 エドワードが静かな声で、立香を制する。

 

 その顔つきはいつになく穏やかで、孤狼のように戦っていた頃には見られない表情だった。

 

「俺達は、この特異点に呼ばれたサーヴァントだ。なら、特異点が崩壊すれば、座に帰るだけ、何も難しい話じゃない」

 

 淡々と説明するエドワード。

 

 その間にもサーヴァント達の体は、金色の粒子にほつれ溶けていく。

 

 初めに変化が訪れたのは、

 

 ジャンヌ・オルタとジル・ド・レェの2人だった。

 

「カルデアのマスター殿、確か立香、とおっしゃいましたか?」

「あ、ああ・・・・・・・・・・・・」

 

 ジルが崩壊の始まった体を引きずるようにして、立香の前に出てくる。

 

 化け物じみた容姿で、あれだけの猛威を振るったジルだが、今は憑き物が落ちたかのように穏やかな雰囲気になっている。

 

 だから、その見た目にも変化が生じ、

 

 る訳もなく、やっぱり怖いもんは怖かった。

 

 正面に立つジルを、若干引き気味に迎える立香。

 

 と、

 

 ジルは自分の懐にあるものを取り出すと、立香に向かって差し出した。

 

「これを、お持ちください。我らにはもう、不要な物ゆえ」

「え、こ、これって・・・・・・」

 

 ジルが差しだした物を受け取る立香。

 

 それは、魔力によって光り輝く器だった。

 

「これって、聖杯か!?」

 

 驚く立香。

 

 それは紛れもなく聖杯。この特異点の基点となったマジックアイテムである。

 

 確かに、これの回収が自分たちの役目だったが、ジルがこんなにあっさりと手放すとは、思ってもみなかったのである。

 

 ニコッと笑う、ジル。

 

 何と言うか、まあ、

 

 その笑顔も怖かったが。

 

「せめてもの、お詫びでございます」

 

 それだけ告げると、ジルの体は光に溶けて消えていった。

 

 そして、

 

「・・・・・・・・・・・・フンッ」

 

 不貞腐れたように、そっぽを向いているジャンヌ・オルタ。

 

 何と言うか、負けはしたが、未だに心まで許した覚えはない、とでも言いたげな態度である。

 

「あ、あの、オルタ?」

「気安く呼ばないでッ」

 

 キッと鋭い視線を立香に向けるジャンヌ・オルタ。

 

「いい、今回はたまたまよ、たまたま!! たまたま、運が悪かっただけ。次に会った時は、あたしの実力をあんた達に、しっかりと見せつけてやるわ!!」

 

 強気な態度を見せるジャンヌ・オルタ。

 

 対して立香達は、呆れ気味に苦笑するしかない。

 

 いったそれは、何の強がりなんだろう?

 

 と、

 

 そんなやり取りを聞いていたジャンヌが、近づいて来た。

 

「お喜びください、立香。次に何かあった時は、彼女がいの一番に駆け付けて、力を貸してくれるそうです」

「え、そうなの?」

「んな訳ないでしょッ 今の言葉、どう変換すればそうなるのよ!?」

 

 ずれた解釈をするジャンヌに、噛みつかんばかりの勢いで詰め寄るジャンヌ・オルタ。

 

「だいたいね、あたしは、って、ちょっと待・・・・・・・・・・・・」

 

 言っている内に、ジャンヌ・オルタの姿が消えていく。

 

 尚も喚きたてているのは判るが、もはやその声を聞き取る事も出来ない。

 

 やがて、少女の体は完全に溶けて消えていった。

 

「・・・・・・何って言うか、最後の最後で締まらなかったね」

「フォウ・・・・・・」

 

 呆れた様子で告げる凛果。

 

 その腕の中にいるフォウも、心なしか微妙な表情をしているように見える。

 

 と、

 

「ふむ、次は俺達か」

「の、ようですわね」

 

 自分の体を眺めながら、ジークフリートと清姫が告げた。

 

 その姿は既に半ば以上、消えかかっている。

 

 やがて、

 

「今回は、あまり役に立てずにすまなかったマスター。またの機会があったなら、今度こそ存分に我が剣を振るわせてもらう」

「それでは安珍様、失礼いたします。今度お会いした時には・・・・・・」

 

 ジークフリートはすまなそうに謝罪しながら、清姫は意味深な言葉を残し、それぞれ消えていった。

 

 次は、ゲオルギウス、マリー、モーツァルトの体が薄れ始めている。

 

「それではマスター」

 

 ゲオルギウスは立香を真っすぐに向いて告げる。

 

「あなたの旅路はまだ始まったばかり。この先には尚も多くの困難が待ち受けている事でしょう。しかし、あなたなら、きっとやり遂げると信じています」

 

 そう言って、聖ゲオルギウスは笑顔を浮かべると、そのまま消え去って行った。

 

 一方、

 

 マリーは消えかかっている体で、

 

 そっと、響に歩み寄った。

 

「がんばってね、響」

「マリー?」

 

 耳打ちするマリーに、訝る響。

 

 対して、マリーの視線は、響の傍らに立つ美遊へと向けられる。

 

「好きな子の手は、決して放しちゃだめ。何があっても、最後まで一緒にいるのよ」

「ッ!?」

 

 マリーが言わんとしている事を察し、響は息を呑む。

 

 対して、マリーは優しく微笑む。

 

 かつて彼女は、愛する者と最後まで共にする事あできなかった。

 

 だから、なのかもしれない。

 

 響達の存在を、かつての自分と重ね合わせていたのかもしれなかった。

 

 最後まで愛する人を守り、その人と共にある続ける。

 

 そうある事が出来れば、行く先に何が待ち受けていようとも幸せだった。

 

「マリア、そろそろ僕達も」

「ええ、待たせたわね、アマデウス」

 

 モーツァルトに促され、マリーは立ち上がる。

 

「それじゃあ、またいつか、どこかで会いましょう。ヴィヴィ・ラ・フランス(フランス万歳)!!」

 

 それが、マリーの最後の言葉となった。

 

 その頃、

 

 立香の目の前には、エドワードが立っていた。

 

 孤狼のように寡黙な男は、

 

 立ち尽くす立香に対し、黙って右手を差し出してきた。

 

 その手を、しっかりと握り返す立香。

 

「・・・・・・・・・・・・俺は半端者だ」

「え?」

 

 エドワードの口から出てきた言葉に、立香は一瞬、怪訝な顔つきを作る。

 

 半端者。

 

 そんな印象は無い。

 

 黒太子エドワードと言えば、百年戦争初期の英雄。綺羅星の如き大英雄にも匹敵する存在である。

 

 今回の戦いでも常に最前線に立って戦ってくれた。

 

 だが、

 

 エドワードは皮肉気に口の端を釣り上げた。

 

「俺は生前、結局、王にはなれず、それどころか自分の失策で、却ってイングランドを窮地に追いやってしまった。だから、願ったのさ。『もう一度機会があるなら、今度こそ民の為に戦う』とな」

 

 民の為に戦う。

 

 つまりそれこそが、エドワードが聖杯に賭けた願いだった、と言う訳である。

 

「お前のおかげで、俺は再び戦う事が出来た。まあ、それがイングランドじゃなく、敵国の民の為だったのは、皮肉だがな」

 

 そう言って、エドワードは笑う。

 

「ありがとう、マスター」

「こちらこそ、黒太子エドワード」

 

 その言葉を最後に、エドワードもまた消えていく。

 

 握った手の感触が消える中、

 

 寡黙な男は、しかし最後の最後で、満足そうに微笑みを浮かべていた。

 

 そして、

 

「最後は私ですね」

 

 静かに告げるジャンヌ。

 

 その体も、既に半ば近くまで消えかかっている。

 

 彼女の消滅も、時間に問題だった。

 

 と、その時だった。

 

「ジャンヌッ!!」

 

 突然の呼び声に、振り返る。

 

 そこには、急いで駆けてきた白銀の騎士が、息を切らせて佇んでいた。

 

「ジル?」

 

 生前の盟友に、そっと語り掛けるジャンヌ。

 

 そのジャンヌに対し、ジルは足早に歩み寄ってくる。

 

「お願いですジャンヌ。どうか我々と共にこの国を立て直す為、あなたの力をお貸しください」

「・・・・・・・・・・・・」

「私はかつて、あなたを救う事が出来なかった。あなたが捕まり、処刑されるのを見殺しにしてしまった」

「ジル、それは・・・・・・」

「しかし何の奇跡か、今、あなたはここにいる。私の目の前にッ どうか、この私に贖罪の機会をお与えください」

 

 必死に訴えるジル。

 

 ジルは捕まったジャンヌを助けるために、あらゆる手を尽くした。

 

 ジャンヌを救えなかったのは、彼の落ち度ではない。

 

 だがそれでも、ジルの中に消えようのない後悔が渦巻いていた。

 

「あなたさえいれば、きっとこのフランスはやり直せますッ いえ、やり直して見せます!! だから、どうか・・・・・・」

「ありがとう、ジル」

 

 ジルの言葉を制するように、ジャンヌは静かに言った。

 

 微笑が、かつての友に向けられる。

 

「けど、やっぱりそれはできません。この国は、あなた達が立て直してください」

「なぜですかジャンヌ!? やはりあなたは、我々の事を許せないと!?」

 

 ジルの言葉に対し、ジャンヌは首を横に振る。

 

 そうじゃない。

 

 彼女とて、できればここに残りたい。

 

 残ってジルたちと共に、またこの国の人々の為に尽くしたい。

 

 だが、

 

「そうではないのですジル。先程、あなたが言った通り、私がここにいられたのは、一つの奇跡があったから。そして、奇跡と言う物は、往々にして長くは続かない物です」

「ジャンヌ・・・・・・・・・・・・」

「ありがとうジル。生前、あなた達と共にあれた事は、私の誇りです。だからどうか、この国をお願いします」

 

 そう告げると、

 

 最後にジャンヌは、立香に向き直る。

 

「お世話になりました、立香。あなたのおかげで、このフランスを救う事が出来た」

「ジャンヌ・・・・・・・・・・・・」

「あの子の言葉ではありませんが、もしこの先、大きな困難があなた達の前に立ち塞がったなら、迷わず私を呼びなさい。たとえ次元の彼方であろうとも馳せ参じ、あなた達の為にこの旗を振るう事を、お約束します」

 

 ジャンヌが告げると同時に、

 

 視界の全てが金色に染め上げられていく。

 

 後には、何も判らなくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 

 どこか、フワフワと浮いているような、落ち着かない感触。

 

 そうだ、

 

 これはあの時、

 

 あの特異点Fから戻ってきた時と同じだった。

 

「おはようございます先輩。気分はどうですか?」

「マシュ?」

 

 振り返ると、大切な後輩が心配そうにのぞき込んでいるのが見えた。

 

 そこで、理解する。

 

 ここは、カルデアにある立香の部屋。

 

 帰って来た。

 

 フランスでの戦いを終え、立香達はカルデアに戻って来たのだ。

 

 と、

 

「フォウフォウッ ンキュ!!」

 

 聞きなれた鳴き声と共に、立香の上に飛び乗る白い毛玉の塊。

 

「ダメですよ、フォウさん。先輩は起きたばかりなんですから」

 

 言いながら、フォウを抱き上げるマシュ。

 

「それに、あまりうるさくすると、凛果先輩が起きてしまいます?」

「え、凛果?」

 

 訝るように視線をベッドのわきに向ける立香。

 

 そこには、ベッドにもたれかかるようにして眠る妹の姿があった。

 

 立香が起きた気配にも気付かず、眠りこけている。

 

 と、

 

 そこで、立香は気が付いた。

 

 凛果の手が、立香の手をしっかりと握りしめている事に。

 

 妹の手の柔らかい感触が、温もりを伝えてくる。

 

 ああ、

 

 生きてる。

 

 自分も、

 

 そして凛果も。

 

 その感触を、しっかりと確かめる。

 

 今回の戦い、凛果の負担もまた大きかった。彼女がいてくれたからこそ、今回も勝つ事が出来たのだ。

 

 改めて、妹の持つ存在感の大きさを、立香は噛み締めるのだった。

 

「ありがとうな、凛果」

 

 呟きながら、そっと妹の髪を撫でる立香。

 

 そんな兄の声に答えるように、凛果は眠りながら微笑を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

第21話「さらば、フランスの大地」      終わり

 

 

 

 

 

邪竜百年戦争オルレアン   定礎復元

 




黒太子エドワード

【性別】男
【クラス】セイバー
【属性】混沌・中庸
【隠し属性】人
【身長】181センチ
【体重】65キロ
【天敵】ジャンヌ・ダルク  ジャンヌ・ダルク・オルタ

【ステータス】
筋力:C 耐久:A 敏捷:B 魔力:E 幸運:C 宝具:C

【コマンド】:AAQBB

【保有スキル】
〇カリスマ:B
1ターンの間、味方全体の攻撃力アップ。

〇黒の誇り:A
1ターンの間、自身のバスターカードの性能アップ。

〇最前線の矜持:B
1ターンの間、自身に無敵付与。及び、スター発生率アップ。

【クラス別スキル】
〇騎乗:B
自身のクイックカードの性能をアップ。

【宝具】 

 黒に染まれ汝が悪夢(ナイトメア・オブ・ダークネス)
 種別:対人宝具
 第1宝具。黒太子エドワードの名を不動の物とした「クレシーの戦い」において、王太子の立場にありながら最前にして武勇を振るい、多くのフランス軍将兵を討ち取ったエドワード。その際の勇猛果敢な戦いぶりが宝具化した物。
 自身の宝具威力アップ。敵単体に超強力な防御無視攻撃。及び3ターンの間、防御力大ダウン(オーバーチャージで効果アップ)

 蹂躙せし黒死の驟雨(ダークネス・レイニー)
 種別:対軍宝具
 第2宝具。アーチャーとして召喚された場合、宝具はこちらとなる。元となったクレシー、ポワティエ両会戦において、イングランド軍の勝利を決定づけた長弓部隊の一斉射撃に由来する。それまで主流だった重装騎兵部隊による突撃戦法を覆し、イングランド軍は劣勢の状況を跳ね返した。
 自身の宝具威力アップ。敵全体に強力な防御無視攻撃。及び、3ターンの間、防御力大ダウン。(オーバーチャージで効果アップ)

【備考】
 第1章のフランスに現れたはぐれサーヴァント。全身漆黒の出で立ちをしており、周囲に常に殺気を振舞っている。一見すると好戦的な性格のようにも見えるが、ジャンヌ・オルタに襲われた村人を庇うなど、人道的な面も見られる。カルデア特殊班に対しては、やや非協力的に接している。

 真名「黒太子エドワード」
 フランス百年戦争が開戦するきっかけを作ったイングランド王エドワード三世の嫡子。

 16歳の時に参加したクレシーの戦いにおいては重装歩兵部隊を率いて最前線に立ち、多くの敵将を撃破。およそ3倍の兵力差を覆し、イングランド軍に勝利をもたらしている。この戦いで見事な武勇を示したエドワードは、父から正式に王太子(次期国王)として認められたと言われている。

 また25歳の時には「ポワティエの戦い」において、自らイングランド軍を指揮。またしても数的劣勢を覆して勝利を収めると、百年戦争初期におけるイングランド軍の勝利を決定的な物とした。

 百年戦争初期の主要な戦いに参加したエドワードは、ほぼ全ての戦いにおいて負け無しだったと言われている。

 こうして、戦場においては天才的な戦いぶりを見せたエドワードだが、内政面においては褒められた物ではなく、浪費と増税によって領内の不満を高める結果となってしまった。

 45歳で病を得て病没するエドワード。

 結局、フランスが反攻を開始するのは、彼の死から53年後の1429年。救国の聖女ジャンヌ・ダルクの登場を待たなくてはならなかった。

 もし、エドワードの寿命があと10年長ければ、フランスと言う国家その物が消滅、ないし、現在よりも規模を大幅に縮小されていたかもしれない。




オリジナルサーヴァント紹介




衛宮響(えみや ひびき)

【性別】男
【クラス】アサシン
【属性】中立・中庸
【隠し属性】人
【身長】131センチ
【体重】32キロ
【天敵】??????

【ステータス】
筋力:C 耐久:D 敏捷:A 魔力:E 幸運:B 宝具:C

【コマンド】:AAQQB

【宝具】??????

【保有スキル】
〇心眼(真)B
1ターンの間、自身に回避状態付与。

〇無形の剣技
 あらゆる剣術流派を収めた者が達する、剣術における一つの極致。無形であるが故に、いかなる戦況であっても対応できる。超実戦型剣術スキル。
 1ターンの間、クイック性能を大幅アップ。

〇??????

【クラス別スキル】
〇気配遮断:B
自身のスター発生率アップ。

〇単独行動:C
自身のクリティカル威力をアップ。

【対人剣技】
 餓狼一閃
 響の元となった英霊が、同僚であった、とある先輩剣士の剣技を模倣して編み出した技。三歩踏み込む間に音速に達した威力を、剣先の一点に集中させて突き穿つ事で、あらゆる存在を粉砕する破壊力を持つ。

 ??????

 ??????

【宝具】
 盟約の羽織
 かつて幕末の京都に名を轟かせた最強の剣客集団である「新撰組」の象徴である羽織。この羽織を響が所持している事について不明な点が多い。
 なお、未だに響は、その性能について全てを見せたわけではない。

【備考】
 特異点Fにおいて、藤丸凛果の声に応じる形で召喚されたサーヴァント。小柄で表情に乏しく、何を考えているのか判らないところがある。言動にもやや幼さが感じられるが、その戦闘能力は本物。敏捷を活かした戦術を得意とする。英霊化した美遊に対し、何か思うところがある様子。





朔月美遊(さかつき みゆ)
【性別】女
【クラス】セイバー
【属性】秩序・善
【隠し属性】地
【身長】134センチ
【体重】29キロ
【天敵】??????

【ステータス】
筋力:C 耐久:C 敏捷:B 魔力:A 幸運:A+ 宝具:B

【コマンド】:AAQBB

【宝具】??????

【保有スキル】
〇直感:B
スターを大量獲得。

〇魔力放出(偽)
3ターンの間、自身のバスター性能を大幅にアップ。

〇??????

【クラス別スキル】
〇対魔力:B
自身の弱体耐性をアップ

〇騎乗:C
自身のクイックカードの性能を、少しアップ。

【備考】
 元々は冬木市にある旧家出身の少女。朔月家が用意した「小聖杯」として聖杯戦争に参加した彼女は、そこでセイバー「アルトリア・ペンドラゴン」と出会い、共に戦う。特異点の崩壊後も、セイバーの願いによって生かされ続けた彼女は、セイバーの消滅の際、彼女の霊基を受け継ぐ形で英霊化する。その姿は、アルトリア・ペンドラゴンの若き日の姿を模している。


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第2章 永続狂気帝国「セプテム」
第1話「今は遥かな夢物語」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、夢だ。

 

 朔月美遊(さかつき みゆ)は、見た瞬間にそのように思った。

 

 根拠は、いくつかある。

 

 まず、自分がいる部屋、ここに美遊は見覚えが無い。

 

 広い室内には沢山の机と椅子が並び、正面と背面には黒板が設置されている。

 

 一目見て、そこが「教室」と呼ばれる場所である事は理解できた。

 

 だが、理解できたからこそ、美遊はこれが夢であると確信していた。

 

 なぜなら、美遊はこの年になるまで学校に通った事が無いからだ。

 

 一応、地元の冬木市深山町に小学校があるのは知っていたが、美遊はそこに通った事は無い。

 

 朔月家では、女の子供は生まれてからの数年間は、屋敷の敷地から出る事無く育てられる。

 

 代々、朔月家の女子は、聖杯となる運命を背負って生まれてくる。その事を隠ぺいする為の措置だった。

 

 当然だろう。どんな願いでもかなえる能力を持った聖杯など、魔術師ならば(あるいはそうでない存在でも)喉から手が出るほど欲しいはずだ。

 

 だからこそ、朔月家の女子は、世間の目から隠されて育てられる事になる。

 

 やがて聖杯の力が消え去る、その日まで。

 

 聖杯の力さえ消えれば、あとは普通の子供と同様に育てられる事になり、学校へ通う事も許される。

 

 美遊もその例外に漏れず、幼少期から朔月家の敷地の中のみを己の世界として過ごしていた。

 

 だが美遊の場合、聖杯の力が完全に消え去る前に聖杯戦争が勃発。その後、人理崩壊と言う事態に至ったため、学校に行く機会が無かったのである。

 

 幸い勉強は、代々朔月家と縁のある専属の家庭教師を付けられた事に加え、生来、知識に関しては貪欲な美遊の性格が幸いした為、不足なく身に付ける事が出来た。

 

 のみならず、知識のみを集中的に与えられた結果、美遊の学力は一般的な小学生女児を遥かに上回り、8歳を超える頃には大学センター試験に合格できるレベルとまで言われるに至っていた。

 

 そのような事情がある為、美遊は小学校の教室には入った事すら無かった。

 

 恰好を見下ろせば、茶色がかったブレザーに紺のスカートと言う制服姿をしている。サイズもぴったりだった。

 

 どこからどう見ても、「普通の小学生女児」にしか見えない。

 

 記憶にない場所。

 

 記憶に無い恰好。

 

 いったい、これはどういう事なのだろう?

 

 訳が分からず、美遊が首を傾げた時だった。

 

『ミユー?』

 

 背後から、声を掛けられる。

 

 聞き覚えの無い声だ。

 

 どこか、柔らかさと親しみを感じさせる声。

 

 振り返る美遊。

 

 そこで、思わず息を呑んだ。

 

 目の前に立つ少女。

 

 恐らく、美遊と同い年くらいの年齢の女の子だ。

 

 驚いたのは、その少女が明らかに日本人ではなかったからだ。

 

 色白の肌に、流れるような銀色の髪。

 

 クリッとした大きな眼が、真っすぐに美遊を見詰めてきている。

 

 可愛い、と言うより綺麗な子だった。

 

 まるで、この世の汚い事など、何一つとして彼女を犯す事が出来ない。そう思わせるほど、目の前の子は美少女だった。

 

『どしたの、ミユ? ぼーっとしちゃって。授業も終わったし、早く帰ろうよ』

 

 女の子は美遊に対し、親し気に話しかけてくる。

 

 友達、なのだろうか?

 

 いや、そんな筈はない。そもそも美遊には、外国人の知り合いなどいないはずだし。

 

 だが、目の前の少女は何の違和感も感じていないかのように、美遊に話しかけて来ていた。

 

 と、

 

『まったく、遅いから迎えに来てみば』

 

 別の声が聞こえて来て、美遊は振り返る。

 

 そこで、また驚いた。

 

 現れたもう1人の少女。

 

 それは、先に出てきた少女と、全く同じ容姿をしているのだ。

 

 もっとも、色白の少女に対し、もう1人の少女は褐色肌をしていると言う違いはあるが。

 

 双子だろうか?

 

 いや、それにしても似過ぎている気がする。

 

 と、

 

 褐色の方の少女が、何やら意味ありげに2人を見ていった。

 

『なになに~ 怪しいな~? 2人してこんな所で何やっていたわけ?』

『べ、別に、怪しい事なんて何もしていないもん』

 

 そう言って、何やら言い争いを始める2人。

 

 なまじ、容姿が同じなだけに、まるで鏡合わせに同じ人間がセリフの練習をしているようにも見える。

 

 その様子が可笑しくて、つい吹き出してしまう。

 

 対して、2人は美遊の方へと向き直る。

 

『さ、早く帰って遊びに行こう』

『そうね。今日はお兄ちゃんもいるはずだし。先に行って待っているはずだから』

 

 そう言うと、2人の少女は美遊の手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 間違っている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美遊は心の中で呟く。

 

 何が?

 

 なぜ?

 

 そんな疑問が美遊の中で湧き上がる。

 

 だが、

 

 何が違うのか?

 

 何が間違っているのか?

 

 最後まで、美遊には判らなかった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・う・・・・・・ん・・・・・・」

 

 目を覚ます美遊。

 

 ぼやける視界の中に広がる白い壁と天井。

 

 先程まで、自分が夢に見ていた見知らぬ「教室」ではなく、カルデアにある自分の部屋だと言う事はすぐに判った。

 

「・・・・・・・・・・・・やっぱり、夢?」

 

 ベッドの上で体を起こしながら、美遊は小さい声で呟く。

 

 不思議な夢だった。

 

 記憶に無い場所。

 

 記憶に無い友人。

 

 別に夢を見る事自体は不思議でも何でも無いのだが、その詳細を鮮明に覚えているのは珍しい。

 

 夢の記憶と言う物は脆い物で、起床からせいぜい数分で忘れてしまう物である。

 

 だと言うのに、美遊は先程まで見ていた教室での夢を精細に覚えていた。

 

 まるで、夢と言うよりは、実際にその場にいたかのように。

 

 あれはいったい、何だったのか?

 

 それに、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊は無言のまま、自分の胸元を軽く握りしめる。

 

 あの、夢の中で感じた違和感。

 

 何かが違う。

 

 その正体は判らない。

 

 しかし、何か重大な事が抜け落ちている。

 

 美遊はそんな風に思うのだった。

 

 と、

 

 そこでふと、ベッドの傍らに置いてある時計に目をやる。

 

「あ、もうこんな時間・・・・・・」

 

 呟きながら布団をどけてベッドから出る。

 

 今日は「初日」だ。そんな大事な日に遅刻する事は許されなかった。

 

 寝巻を脱ぐ美遊。

 

 細い四肢を、白のジュニアブラと、純白のパンツのみが覆う。

 

 まだまだ発展途上で起伏の少ない体は、下着姿になると一層、細さが際立って見える。

 

 美遊は壁に設置されたクローゼットを開き、中から一着の衣装を出してベッドの上に置く。

 

 その服を眺め、

 

「・・・・・・・・・・・・はあ」

 

 ため息を吐いた。

 

 何と言うか、

 

 万事、たいていの事には拒否感を示さない美遊が、珍しく重い気分になっていた。

 

「・・・・・・これ、本当に着なくちゃいけないのかな?」

 

 正直、恥ずかしい。

 

 勿論、これが「その手の仕事」ではよく使用されている服だと言う事は、知識として知っている。

 

 概ね、間違いではないのだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ベッドの上を服を見下ろして、美遊は顔を赤くする。

 

 間違いでは、無いのだろうが・・・・・・

 

 それと、美遊が受け入れられるか否か、と言う問題については別物だった。

 

 もう一度、嘆息する。

 

 とは言え、

 

 これ以上、服とにらめっこしていても始まらない。

 

 美遊は渋々、手に持った服に袖を通すのだった。

 

 

 

 

 

 サーヴァントとは、言うまでもなく普通の人間とは異なる存在である。

 

 召喚の儀式によって呼び出された彼らは、その体の構成を全て魔力によって賄っている。

 

 つまり、普通の人間なら栄養を摂取する事で体を維持している所を、彼等サーヴァントはマスターからの魔力供給によって代替えされる。

 

 カルデアでは、電力変換によって蓄えられた魔力を、藤丸立香(ふじまる りつか)凛果(りんか)の両マスターを介する事で各サーヴァントに供給する形を取っている。

 

 つまり、サーヴァントには食事による経口栄養は必要ない事になる。

 

 の、だが、

 

 たとえサーヴァントであっても、元々は人間であったことに変わりはない。

 

 縁をもって現界した以上、食と言う娯楽を最大限に楽しみたいと言うのは普通の流れであると言えた。

 

 特に違う年代から来たサーヴァントにとっては、召喚された時代の食事と言うだけでも興味が尽きない事だろう。また、多少ではあるが、食事による魔力補給も可能、と言う点も見逃せない。

 

 そんな訳で、カルデアでは人間、サーヴァントを問わず、食事はある種の娯楽と捉えられていた。

 

 衛宮響(えみや ひびき)もまた、毎日の食事を楽しみにしている一人である。

 

 先のフランスにおける特異点を解決してから数日。そろそろ、次の特異点が確定しても良い頃合いだろう。

 

 一度、レイシフトに入ってしまえば、数日は現地での行動になる。

 

 そうなれば当然、カルデアで食事できるのも暫く先と言う事になる。

 

 ならば、今のうちに楽しんでおくべきだった。

 

 食堂の扉を開く。

 

 今日は何を食べようか?

 

 カルデアの食事は、和洋中のメニューを豊富に取り揃えており、その数は100種類近くに達する。

 

 同じようなメニューであっても、具材やトッピングの変更が成されている物も多い。

 

 響もカルデアに召喚されて少し経つが、まだ全てのメニューを食べたわけではない。

 

 まだ食べていないメニューについて、期待も膨らむと言う物だった。

 

 ラーメンは、まだ全メニュー制覇していないし、和食も良いかもしれない。

 

 いや、朝からカレーライスというのも捨てがたい。カレー好きだし。

 

 などと考えるだけで、涎が出そうになる。

 

 普段から茫洋として入り表情の変化に乏しい響だが、人並みに欲はある。食欲なら猶更だった。

 

 自動扉が開き、いつもの食堂の風景が見えた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

「お、お帰りなさいませ、ご、ご主人様・・・・・・」

 

 

 

 

 

 相棒である少女が、待ち構えるようにして立っていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 暫し、流れる沈黙。

 

 まるで時が止まったかのように、微動だにしない。

 

 そんな中、

 

 響は自分の脳内において、目の前で起こっている事態の処理を行っていた。

 

 美遊がいる。それはいい。

 

 問題は、彼女の恰好だった。

 

 紺のブラウスに同色のスカート。体の前には白のエプロンが覆い、頭にも白のヘッドドレスがある。

 

 どこからどう見ても、可愛らしい「メイドさん」がそこに立っていた。

 

 見れば美遊は、手をモジモジとすり合わせ、顔を真っ赤にして俯いている。

 

 やはりと言うか、そうとう恥ずかしいらしい。

 

 やがて、自動ドアが自動的に閉まる。

 

 ややあって、センサーが反応して再び開く自動ドア。

 

「お、お帰りなさいませ、ご主人さ・・・・・・」

「ん、それ、もう良いから」

 

 

 

 

 

「ん、何でこーなった?」

 

 テーブルに着いてカレーを食べながら、響が淡々とした口調で尋ねる。

 

 周りには、立香にマシュやアニー・レイソルをはじめとした職員たち。

 

 それに、響、美遊のマスターである凛果の姿もあった。

 

 メイド服の美遊もまた、響達のテーブルの傍らに控えている。

 

 相変わらず顔を赤くして背けている辺り、恥ずかしくてたまらない様子だ。

 

「あの、食堂の人手が足りないから、手伝うって事になって・・・・・・」

 

 恥ずかしさを堪えるように、美遊がぽつぽつと説明を始める。

 

 と言うか、何かしてないと羞恥心に押しつぶされそうだったのだ。

 

 彼女の説明によると、先のレフ・ライノールによる爆破テロで多くのスタッフが失われた中に、食堂のスタッフの多くも運悪く含まれていたのだとか。

 

 幸い、食料貯蔵庫は無事だった為、食材と水は豊富にある。もともと数百人単位の人間が数年間にわたって活動するための蓄えがカルデアにはあった。そこに来て(幸か不幸か)爆破テロによって多くの人命が失われた事により、食材にはだいぶ余裕ができた。

 

 食材も、水も、電気も、空気もたっぷりとある。

 

 現状の人数なら、たとえ敵に兵糧攻めを仕掛けられたとしても、カルデアは10年以上の籠城が可能だった。

 

 勿論、実際に人理焼却が進んでいる現状で、そんな悠長なことはしていられないのだが。

 

 しかし備蓄に問題が無いのはありがたかった。

 

 だが、ここで一つ問題が生じた。

 

 たとえ食材が充分にあったとしても、それを調理するスタッフが失われてしまっては元も子もなかった。

 

 最悪、有り合わせの食材を適当に調理して食べれば良いのだが、しかし、やはりどうせなら美味しい物を食べたいと思うのが偽らざる心情だった。まして、過酷な任務の最中である。そんな時だからこそ、息抜きの娯楽は重要だった。

 

 誰もが諦めかけた時、

 

 名乗りを上げたのが美遊だった。

 

 美遊は試しに厨房に入ると、有り合わせの食材を使い、瞬く間に皆を唸らせるほどの料理の腕を披露して見せたのだった。

 

 と言う訳で、レイシフトが無い間の期間限定だが、美遊がカルデアの調理担当となった訳である。

 

「で、何でメイド?」

「そりゃ、もちろん・・・・・・」

 

 尋ねる響に、凛果は自信満々で言い放った。

 

「可愛いからよ」

「言い切りやがった」

 

 一点の迷いすら見せない凛果の態度には、いっそすがすがしさを覚える。

 

 もっとも、やらされている美遊からすれば溜まった物ではないのだろうが。

 

「仕事するなら、これ着ろッて、凛果さんが・・・うゥ・・・・・・」

 

 そう言って真っ赤になった顔を覆う美遊。目には涙まで堪えている。

 

 とは言え、

 

 メイド服を着た少女が恥じらう姿。そこから沸き起こる破壊力が、想像を絶しているのは確かな訳で、

 

「凛果、グッジョブ」

「グッジョブ」

 

 サムズアップする響と凛果。

 

「うゥ、裏切り者・・・・・・」

 

 あっさりと手のひらを返した響を、美遊はジト目で恨めしそうに睨む。

 

 そんな美遊の、絞り出すような声は、当然の如く無視されるのだった。

 

 と、その時、

 

「いやいや、侮ってもらっちゃ困るよ、美遊ちゃん」

 

 尊大な声と共に食堂に入って来たのは、錫杖を持った派手な人物。

 

 性別不詳な、人類最高の大天才は、朝からその美貌を惜しげもなくさらして、皆の前に姿を現した。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、どういう事ですか?」

 

 尋ねるマシュに、ダ・ヴィンチは美遊の着ているメイド服を指差して言った。

 

「美遊ちゃんのメイド服は、このダ・ヴィンチちゃん特性の魔術礼装ッ 戦闘補助に回復、機動性アップと、隙の無いラインナップを誇っているのだよ!!」

「何と言う、天才の無駄遣い」

「ん、て言うかあれ、ダ・ヴィンチが作ったんだ」

 

 傲然と胸を張るダ・ヴィンチに、立香と響が呆れ気味に嘆息する。

 

 とは言え、

 

 普段は口数の少ないクールな美少女が、慣れないメイド服姿で恥じらっている姿は、それだけで、男なら平静ではいられまい。

 

 相手が11歳女児なので、犯罪にならないよう注意が必要だが。

 

 と、

 

 美遊の視線が、響を見る。

 

「ん?」

 

 首を傾げる響。

 

 対して、

 

 美遊は恥ずかしがるように手にしたお盆で口元を隠すと、「お皿洗ってきます」と言って、そのまま足早に厨房の方へと入って行った。

 

 その様子を見送る一同。

 

「どうしたんだ、美遊は?」

「さあ、急に厨房の中へと入って行かれてしまいましたが」

 

 首を傾げる、立香とマシュ。

 

 そんな中、

 

「ん~ これは・・・・・・」

 

 ただ1人、

 

 凛果だけは、自分と契約したチビッ子サーヴァント達を見比べながら、何やら考え込むようなしぐさを見せていた。

 

 と、その時だった。

 

「ああ、みんな、良かった、やっぱりここにいたか」

 

 そう言って手を上げながら入って来たのは、カルデアの司令官代行である、ロマニ・アーキマンだった。

 

 レイシフト中は立香達のサポートで忙しい彼だが、特殊班が帰還中は、それはそれで忙しい日々を送っている。

 

 特に、次の特異点の位置割り出しは、今のカルデアにとって急務である。

 

 その為、ロマニをはじめとした解析班は、休憩時間以外、特異点の割り出しに没頭していた。

 

 ロマニは和食のB定食を注文して席に着くと、一同を見渡した。

 

「どうしたのロマン君、似合わない真剣な顔しちゃって?」

「似合わない、は余計だよ凛果君。これでもがんばっているんだからね僕は。もう少しいたわってほしいもんだよ」

 

 凛果に対し、やれやれと肩を竦めるロマニ。

 

 と、そこで再び、ロマニは真剣な表情を作って一同を見る。

 

「みんな、すまないけど、食事が終わったらブリーフィングルームに集まってくれ。ああ、ここにいない美遊君にも声を掛けておいて欲しい」

 

 いつになく真剣な表情のロマニ。

 

 その言葉に、一同は息を呑む。

 

「ドクター、それってもしかして・・・・・・」

「ああ、君の想像通りだよ、立香君」

 

 何かを察したように尋ねる立香に、ロマニは頷きを返す。

 

「次の特異点が、特定された」

 

 特異点の発見。

 

 それは即ち、次の戦いの開幕を告げるベルに他ならない。

 

 そんな一同を見回して、ロマニは続けた。

 

「第2の特異点は、西暦60年のイタリア半島。華やかな文化と凄惨な陰謀が渦巻くローマ帝国だ」

 

 

 

 

 

第1話「今は遥かな夢物語」      終わり

 




諸君、これだけは言って置こう。

うちの凛果は、リヨぐだ子ではない!!(と思う)


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第2話「薔薇の皇帝」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渦を巻くように、螺旋を描く光。

 

 狂う視界が三半規管を刺激し、あらゆる感覚を惑わせる。

 

 レイシフトの度に起こる現象は、何度体験しても慣れる物ではなかった。

 

 やがて、視界は晴れる。

 

 酩酊状態にも似た感覚のまま降り立った場所は、見渡す限り広がる平原だった。

 

 何となく、フランスの時と似ている。

 

 ロマニもバカではない。出現する場所に関しては、必ず人がいなさそうな場所を選んでレイシフトしてくれているのだろう。

 

「みんな、いるな?」

「はい先輩。隊長、藤丸立香以下5名、カルデア特殊班、全員のレイシフトを確認しました」

 

 立香の問いかけに、マシュが答える。

 

 見回せば彼女の他に、妹の凛果、それに響や美遊の姿もある。

 

 勿論、サーヴァント達は、普段着にしているカルデア制服ではなく、それぞれ英霊としての戦装束に着替えを終えている。

 

 響は黒装束に短パン、首には白いマフラーを巻き、手には鞘に収まった日本刀を下げている。

 

 美遊は白いミニスカートドレスの上から銀の甲冑を纏い、長剣を腰に差している。

 

 マシュは黒のインナーの上から軽装の甲冑を纏い、手には大ぶりな盾を構える。

 

 既に臨戦態勢。

 

 仮に今すぐ敵が襲ってきても、特殊班は逆撃で返り討ちにできるだろう。

 

 と、

 

「フォウッ フォウッ!!」

 

 足元から、何かを抗議するような鳴き声が響き渡り、マシュは改めて立香に向き直った。

 

「失礼しました、訂正します。カルデア特殊班、隊長、藤丸立香以下、5名+1匹、全員のレイシフトを確認しました」

「フォウッ!! ンキュ!!」

 

 今回も勝手に着いて来たらしいフォウは「忘れるな」とばかりに鳴き声を上げると、そのままマシュの肩へと駆けあがった。

 

 それにしても、

 

「・・・・・・やっぱり、あるのか?」

 

 空を仰ぎ見た立香が、嘆息気味に呟く。

 

 その視界の先では、天を覆う円環が浮いているのが見える。

 

 あるいはと思わなくもなかったが、やはりフランスの時と同じだった。

 

 あれが何を意味するのか、現時点では推測すら立てられない。

 

 しかし、これではっきりした事が一つある。

 

 あの円環は、特異点の発生と密接な関係がある。それは確かだった。

 

《やあ、無事にレイシフトできたようだね》

 

 立香の腕に装着した通信機から、カルデアにいるロマニの声が聞こえてきたのはその時だった。

 

《取りあえず、その場所から南に少し行ったところに、首都のローマがあるはずだから、まずは、そこを目指すと良いだろう。記録によれば、今のローマは5代皇帝ネロ・クラウディスの治世が続いているおかげで戦乱期ではないようだし、移動に関しては問題なく・・・・・・・・・・・・》

 

 ロマニが説明を続けていた。

 

 その時だった。

 

 突如、響が手にした刀に手を掛けて、遥か先に視線をやる。

 

 それよりも僅かに遅れて、美遊とマシュも反応して振り返る。

 

「ど、どうしたの、みんな?」

「ん、音が、する」

 

 響が指し示す方向に目をやる凛果。

 

 と、

 

「複数の金属音、それに叫び声・・・・・・人数も多いようです」

 

 美遊が耳を澄ませながら告げる。

 

 立香と凛果も、言われた方角に注意を向ける。

 

 確かに、ほんの僅かだが、金属がぶつかり合う音や、大人数の叫び声が聞こえてくるのが分かった。

 

《そんな筈はない。その時代のローマに戦闘が起こるなんて・・・・・・》

「詮索は後です、ドクター。まずは確認を!!」

 

 訝るように言い募るロマニを、マシュがぴしゃりと制する。

 

 もし、ロマニが言う事が本当だとすれば、この時期に戦闘が起こる可能性は低い。となれば、今行われている戦闘も、もしかすると特異点発生の一端かもしれないのだ。

 

 そこを確認する必要がある。

 

「響、美遊ちゃん、お願い!!」

「ん!!」

「判りました!!」

 

 凛果(マスター)の指示を受け、響と美遊は飛び出していく。

 

 機動力の高い2人が威力偵察もかねて先行し、防御力の高いマシュは、マスター2人の護衛として残留する形だ。

 

 このローマにおける、カルデア特殊班の戦いは、こうして唐突に幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 圧巻。

 

 その少女を見た印象は、正にそれだった。

 

 偉丈夫と言う訳ではない。

 

 どちらかと言えば小柄で可憐、花のように美しい印象がある。

 

 だが、

 

 花は花でも、その身に鋭い棘を宿した薔薇が似合うだろう。

 

 迫りくる敵の部隊。

 

 多人数の兵士を前にして、

 

 少女は味方を守るようにして最前線に立つと、押し寄せる敵を次々と斬り伏せていく。

 

 手にしているのは、その身に余るほどの刀身を持つ大剣。

 

 岩を直接、剣の形に削り出したような印象を持つその大剣は、しかし武骨さとは裏腹に、どこか優美な印象すらある。

 

 少女の着ている服もまた、常識の範疇に収まらない。

 

 少女の趣味なのか、目が覚めるような赤い布地をふんだんに使い、所々に施された金の装飾が引き締まるような印象を見せる。

 

 上半身は凛とした軍服のような出で立ちをしている。

 

 しかし下半身に関しては末広がりのスカートを穿き、しかも前面は半透明の布でシースルーになっている。中の下着が見えているくらいである。

 

 聊か、

 

 否、

 

 かなり、目のやり場に困る恰好なのは、確かだった。

 

 だが、

 

 彼女の恰好と、彼女の武力はまったくもって関係ない。

 

 今も、近づこうとした敵兵を、手にした剣で一閃し斬り捨てている。

 

「負傷した者は優先して後方に下がらせよ。無理はせず、戦線の維持に注力するのだッ 案ずるな、余の指示に従えば問題は無い!!」

「はい、陛下!!」

 

 少女に鼓舞されて、士気を上げる兵士達。

 

 迫る大軍を前にして、しかし少女に指揮された兵士たちは、一歩も引く事無く戦い続けていた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 戦場を見渡せる場所までやって来た響と美遊は、戦いの様子を見て感嘆を禁じえなかった。

 

「ん、あの赤いの、すごい」

「うん。殆ど1人で敵を押し返している」

 

 響の呟きに、美遊も頷きを返す。

 

 その視線の先では、尚も赤い少女の大剣が縦横無尽に振るわれているのが見える。

 

 あるいは、あの少女もサーヴァントなのだろうか? だとすれば、接触する価値もあるのだが。

 

「それで、どうする?」

 

 美遊が尋ねる。

 

 マシュに護衛された立香と凛果が戦場に到着するのは、もう少し時間がかかる。

 

 ならば、今のうちに自分たちで行動しておくのも手だった。

 

 対して、

 

「ん、あの赤いのの味方する」

 

 言いながら、腰の刀をすらりと抜き放つ響。

 

 その姿を見ながら、美遊は首を傾げる。

 

「どうして、そう思うの?」

 

 状況だけ見れば、どちらが味方か判断はつかない。

 

 響は、何をもって赤い少女を援護すると判断したのか?

 

「んー・・・・・・?」

 

 刀を持ったまましばし考える響。

 

 ややあって、顔を上げる。

 

「何となく?」

「あ、そう」

 

 嘆息する美遊。

 

 どうやら相棒は、何も考えていなかったらしい。

 

 とは言え実際のところ、赤い少女が率いている部隊の方が明らかに少数である。

 

 劣勢な方を助けておいた方が、あとあと恩を売れて協力を取り付けやすい、と言う利点もある。

 

 響はそこまで考えていなかっただろうが。

 

 やれやれとばかりに肩を竦めると、美遊も剣を抜いて斬り込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 突如、

 

 自分達に向かって攻めかかろうとしていた兵士たちが複数、視界の中で吹き飛ばされる光景を目にし、赤い少女は思わず目を剥いた。

 

「い、いきなり何だ?」

 

 驚きを隠せない中、

 

 敵も、味方も、

 

 思わず一瞬、動きを止める。

 

 晴れる視界

 

 その中心に、

 

 見慣れぬ子供たちがいた。

 

 漆黒の着物を着た少年と、純白のドレスを着た少女。

 

 背中合わせに立った2人は、それぞれ手には剣を構えている。

 

「ん、やる」

「うん」

 

 頷きをかわす、響と美遊。

 

 次の瞬間、

 

 2人は同時に動いた。

 

 突然の事態に、動きを止めていた敵陣へと飛び込む。

 

「んッ!!」

 

 響は手にした刀を一閃。

 

 敵が武器を構える前に斬り捨てる。

 

 1人の兵士が、剣を振り翳し、響へ目がけて斬りかかる。

 

 だが、次の瞬間、

 

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 兵士は、呆けたように、己の体を見下ろす。

 

 響はいつの間にか、彼の背後にいる。

 

 そして兵士の胸には、

 

 逆袈裟に斬られた斬線が、しっかりと刻まれていた。

 

 次の瞬間、噴き出す鮮血。

 

 そのまま、地面に倒れ伏した。

 

 一方、

 

 美遊も最前線で剣を振るう。

 

 美麗な剣が旋回するたびに、確実に敵兵の数が減っていく。

 

「一気に決める」

 

 低く呟く美遊。

 

 同時に、自身の魔術回路を起動。

 

 加速する魔力を、手にした剣へと流し込む。

 

 刀身が光を放つ。

 

「おおッ!!」

 

 背後で、赤い少女が喝采にも似た声を発するのが聞こえた。

 

 次の瞬間、

 

 美遊は剣を振り抜いた。

 

「はァァァァァァ!!」

 

 炸裂する魔力放出。

 

 その一閃が、敵の先頭集団を薙ぎ払った。

 

 美遊の一撃により、敵の前線に大穴が空く。

 

 同時に、響が乱れた戦線の中を駆け抜ける。

 

 敵の数は尚も多いが、美遊の攻撃による動揺が全軍に伝播し、大いに混乱を来している。

 

 ならば、今のうちに勝負を決するのだ。

 

 少数をもって多数を制する方法はただ一つ。敵の指揮官を討ち取る事だ。

 

 目指す、敵の中枢。

 

 敵の刃が響を捉えようと迫るが、その悉くが虚しく空を切る。

 

 たかが人間の兵士に、敏捷メインのサーヴァントに追随できるはずもなかった。

 

 瞬く間に防衛線をすり抜ける響。

 

 目指す指揮官は、すぐに見つかった。

 

 馬上で剣を振るう、一際目立つ甲冑を着た男。あれが、指揮官に間違いあるまい。

 

「んッ!!」

 

 更に速度を上げて駆け抜ける響。

 

 次の瞬間、

 

 少年の姿は、馬上の指揮官のすぐ目の前に現れた。

 

「ヒィ!?」

 

 驚いて悲鳴を上げる指揮官。

 

 慌てて剣を振り翳そうとするが、もう遅い。

 

 袈裟懸けに、刀を振り下ろす響。

 

 その一撃が、指揮官の体を容赦なく斬り裂いた。

 

 音を立てて、馬上から崩れ落ちる指揮官。

 

 地上に降り立った響は、威嚇するように刀を構えなおす。

 

「まだ、やる?」

 

 幼い双眸が、鋭い輝きを放つ。

 

 小さな少年が発するには、あまりにも不釣り合いな殺気。

 

 しかし、大の大人たる兵士たちは、それだけで圧倒されてしまった。

 

「退けッ 退けェ!!」

 

 次席指揮官の悲鳴交じりの声が伝播し、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行く。

 

 撤退していく敵軍の兵士達。

 

 その姿を眺めながら、響と美遊は剣を鞘に納めた。

 

 と、

 

「大儀である」

 

 2人の背後から、掛けられる言葉。

 

 振り返れば、先程の赤い少女が2人の前に進み出て、胸を反らすようにして立っていた。

 

 挙動の一つ一つが、いちいち尊大な少女。

 

 しかし、その態度が不思議と不快にはならない。むしろ「様になっている」感すらあった。

 

「何か、無駄に偉そう・・・・・・」

「シッ 響、聞こえる」

 

 失礼な物言いの相棒を、慌てて窘める美遊。

 

 だが、赤い少女は気にした風もなく笑って見せる。

 

「良い良い、余は寛大だからな。幼子の繰り言をいちいち気にしたりはせぬ」

 

 どうやら、細かい事にはあまり拘らない性格らしい。

 

 と、そこで少女は、訝るように2人を見ながら言った。

 

「ところで、お前たちはどこから来たのだ? 助けてくれたからてっきり、ブーディカあたりが援軍をよこしたのかとも思ったが・・・・・・」

「いえ、わたし達は・・・・・・」

 

 美遊が口を開こうとした時だった。

 

「あれ、もう終わったのか、意外と早かったな」

 

 ようやく追いついて来たらしい立香が、息を切らしながら告げる。

 

 その後ろからは、走ってくる凛果とマシュの姿もある。

 

 そんなカルデア特殊班の様子に、赤い少女は、ますます不思議そうな表情を作る。

 

「うーむ、判らぬ。まるでチグハグとしか言いようがない組み合わせに見えるのだが、いったいそなたらは、どういう集まりなのだ?」

「えっと・・・・・・」

 

 赤い少女の質問に、立香は苦笑を返す。

 

 何はともあれ、自分たちの身分と事情を明かし、納得してもらわない事には何も始まらない。

 

 そう考えた立香は、もろもろの事情について語り始めるのだった。

 

 

 

 

 

「成程、『かるであ』とはな・・・・・・・・・・・・」

 

 立香から説明を受けた少女は、納得したように頷きを返す。

 

「美麗ながら面妖な格好をしているとは思っていたが、まさか未来からの来訪者だったとはな」

「いや、あの・・・・・・・・・・・・」

 

 1人でうんうんと頷く少女に対し、立香は恐る恐ると言った感じに声を掛けた。

 

「俺が言うのも何なんだけど、そんなあっさりと納得しちゃって良いの?」

 

 普通、未来から来た、とか異世界から来た、などと言われれば、驚かれるか怪しまれるかのどちらかだと思う。

 

 しかし、目の前の赤い少女は、ひどくあっさりと立香の説明に納得してしまっていた。

 

「うん? 何か問題でもあるのか? そなたたちはウソは言っていないのだろう?」

「それは、まあ・・・・・・」

「ならば問題あるまい」

 

 どうやら、見た目の美しさとは裏腹に、少女は頭の中もかなり豪快な性格らしかった。

 

 まさか、こんなにあっさりと自分たちの話を信じてもらえるとは思っていなかった。

 

「うむ、そちらが名乗ってくれた以上、余も名乗らぬわけにはいくまい」

 

 少女は立ち上がると、腕を鋭く振るって一同に向き直る。

 

 その立ち居振る舞いたるや、一部の隙も無く堂に入っている。

 

 一瞬、周囲にバラの花びらが舞う幻想が、一同の前に現れる。

 

 否、現実に舞っていない事の方が、不思議なくらいだった。

 

「余はローマ帝国第5代皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスである。以後、よろしく頼む」

 

 その言葉に、

 

 特殊班一同は、衝撃を受けた思いであった。

 

 まさかのまさか、いきなり大物中の大物が登場したものである。

 

 だが、

 

「ん? 暴君ハバ・・・・・・ネロ?」

「響、それ違う」

 

 約一名、ピンと来ていない者もいるようだが。

 

 それにしても、

 

 まさかのネロ・クラウディウスと来たものだ。

 

 ローマ帝国第5代皇帝にして、あらゆる美をこよなく愛した芸術皇帝。

 

 その治世において、民から絶大な人気を誇った名君。

 

 華やかなオリンピア文化を代表する存在。

 

 一方で、己の生涯を謀略と粛清で彩った暴君でもある。

 

 自身の権力を強化する為に、実母、妻、義弟、師など、多くの人々を死に追いやった事はあまりにも有名である。

 

 だが、

 

 目の前で爛漫な笑顔を浮かべる少女からは、そのような陰惨な印象は聊かも感じ取る事が出来ない。

 

 ただ薔薇のように可憐に咲き誇る少女がいるのみである。

 

 まあ、それはそれとして、

 

 一同、どうしても気になっている事があった。

 

 否、

 

 それについてはあまりに微妙な問題である。

 

 果たして、触れても良いのか?

 

 あるいは、触れずに放置すべき所なのか?

 

 まことにもって、判断が迷・・・・・・

 

「ん、ネロ、パンツ丸見え」

「ちょッ!? 響!!」

「す、すいませんすいません、うちの子がとんだ粗相を!!」

「フォウッ!! フォウッ!!」

 

 皆が気にしつつも躊躇っていた事を、あっさりと口にする響。

 

 美遊と凛果が、慌てて少年暗殺者を引っ張り、後ろへ引っ込める。

 

 確かに、ネロの衣装はスカートの前部分が完全なシースルーになっており、彼女の白いおみ足や下着が見えている。

 

 だが、それが如何なる意図による物なのか不明な以上、慎重に対処しなくてはいけないというのに。

 

 対して、

 

「甘いな、少年よ」

 

 なろが何やらフッと、どや顔を作り一同を見回す。

 

 そして次の瞬間、

 

「これは『見えて』いるのではない!! 『見せて』いるのだ!!」

 

 少女の背後で、巨大な稲光が迸った(ような気がした)。

 

 これには特殊班一同、二の句も告げられずに立ち尽くす。

 

 さすが、

 

 全てに通じるローマ。

 

 服装一つとっても、現代の常識では測り切れなかった。

 

 などと立香達が多大な誤解を深めている中、ネロは改めて手を差し伸べる。

 

「さて、事情はどうあれ、こうして出会ったのも何かの縁であろう。余としても、せっかくの恩人に何がしかの礼がしたい。そこでどうだろう? ぜひとも余の居城にて、そなたらを歓待したい。ぜひ同道してほしい」

 

 ネロの誘いは、特殊班の面々としても願ったりな申し出だった。

 

 この世界に来たばかりの立香達にとって、活動の拠点となる、いわば「橋頭堡」的な場所はあるに越した事は無い。前回のフランスでは、拠点の確保がままならなかったせいで苦労した面もある事を考えれば猶更だった。

 

「それはこちらからもお願いしたい。頼めるだろうか」

「うむ。では、余に着いてくるがいい」

 

 そう言って、ネロが踵を返そうとした。

 

 まさにその時、

 

「陛下ッ お気を付けください!! 新手です!!」

 

 悲鳴に近い兵士の叫び。

 

 次の瞬間、

 

 複数の兵士が吹き飛ばされ、宙に舞うのが見えた。

 

「なッ!?」

 

 誰もが目を疑う中、

 

 「それ」は姿を現した。

 

 黄色を基調とした甲冑を纏い、露出した四肢は逞しく膨れ上がっている。

 

 短く切った髪の下からは、端正な顔立ちが見て取れる。

 

 だが、

 

 その血走った双眸に光は宿らず、ただ只管に殺気のみが撒き散らされていた。

 

「そなたはッ!?」

 

 驚愕するネロ。

 

 その間にも、男は雄たけびを上げて殴りかかってくる。

 

 武器を一切持たず、素手にて向かってくる。

 

《気を付けろ、みんなッ!!》

 

 通信機から響く、悲鳴交じりのロマニの声。

 

《そいつはサーヴァントだ!!》

 

 対して、

 

 いち早く飛び出す小柄な影。

 

 響だ。

 

 距離を詰めると同時に抜刀。真っ向から男に斬りかかる。

 

 迸る白銀の刃。

 

 降りぬかれた一閃は甲冑を断ち割り、男の体を斬り裂く。

 

 飛び散る鮮血。

 

 手応えは、あった。

 

 だが、

 

 男は止まらない。

 

 まるで自身の傷など、まったく意に介していないような突撃だ。

 

「■■■■■■!!」

 

 咆哮と共に、響へ殴りかかる男。

 

 対して、響はとっさに跳躍。宙返りしつつ、相手の拳を回避する。

 

 だが、

 

 響が避けたことで、ネロまでの道が開いてしまった。

 

「■■■■■■!!」

 

 再度の咆哮を上げ、殴りかかってくる男。

 

 対して、ネロは未だに呆然と立ち尽くしている。

 

 先程まで、最前線で勇壮に戦っていた姿が嘘のようである。

 

 迫る拳。

 

 次の瞬間、

 

「やらせません!!」

 

 盾の騎士が、ネロを守るように立ちはだかる。

 

 弾かれ、蹈鞴を踏む。

 

 そこへ、美遊が剣を振り翳して斬りかかった。

 

「やあッ!!」

 

 短い掛け声と共に、剣を振り下ろす美遊。

 

 斬線は斜めに走り、男の体を斬り裂く。

 

「■■■■■■!?」

 

 苦悶と共に、叫び声を上げる男。

 

 美遊は更に斬り込むべく、剣を振り翳す。

 

 振るわれる剣閃。

 

 しかし、少女の刃が届くより前に、男の姿は空気に溶けるようにして消えていく。

 

 空を切る、美遊の剣。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

 

 手応えの無さに、舌打ちする美遊。

 

 どうやら消滅したのではなく、何らかの理由で撤退したらしかった。

 

 そんな中、

 

 ネロは1人、茫然と呟いた。

 

「そんな・・・・・・あなたまで出てきたと言うのか、伯父上」

 

 

 

 

 

第2話「薔薇の皇帝」      終わり

 



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第3話「華吹くの都」

新アーチャーはやっぱりナポレオンでしたか。予想は大当たりです。
スキルもかなり強そうですね。正直、これと戦わなくちゃならんのかと思うと、今から気が滅入りそうです(苦笑
まあ、ガチャを回す気はありませんが。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 門を通り抜けると伝わってくる熱。

 

 物理的な衝撃すら伴っていると錯覚する熱量は、そこがあらゆる文化の中心である事を示していた。

 

 それが人々の発する溢れんばかりの活気であると気付くのに、そう時間はかからなかった。

 

「さあ遠慮するな、入るが良い」

 

 ネロ自らの案内の下、首都ローマへと足を踏み入れたカルデア特殊班一同は、そのあまりの活気に、目が眩む思いだった。

 

 ぐるりと街全体を囲った城壁の内側には、たくさんの家々が立ち並び、多くの人々が行き交っている。

 

 大通りには所狭しと露店が並んでいる。売られている物も様々で、野菜、果物、魚、肉と言った食料の他、装飾品や日用雑貨、果ては武器や甲冑なども売られている。

 

 現代日本のフリーマーケットにも似た様相だが、活気は段違いである。

 

 何より印象が強いのは、道行く人、露店を開いている人、その多くの人々が、顔にはさわやかな笑顔を浮かべている事だった。

 

「すごい賑わいだね」

「そうであろう、そうであろう」

 

 感心する立香に、ネロは自慢げに胸を反らして見せる。

 

 彼女としても、自身が治める街が褒められて、気をよくしている様子だ。

 

「『初めに七つの丘(セプテム・モンス)ありし』と言う言葉があってな。そこから全てが始まったのだ。神祖と、彼の丘と共に、栄光の歴史は幕を上げたのだ」

 

 歩きながら、ネロは周囲を見回す。

 

「この大変な時だと言うのに、このローマでは皆、一丸となって頑張ってくれている。余としても誇らしい限りだ。っと、店主、このリンゴをもらうぞ」

 

 言いながらネロは、露店に並んでいるリンゴを数個受け取ると、代金を籠の中へと放り込む。

 

 対して、驚いたのは店主の方だった。

 

「ああ、皇帝陛下ッ!? こ、これは恐れ多い事を!!」

「良い良い、今は凱旋してきたばかり故な。不作法は許せ」

 

 畏まって平伏する店主に笑いかけながら、ネロはリンゴを放ってよこす。

 

「そなたらも遠慮せずに食べるが良い。余のおごりだ。このローマには、各地からあらゆる良品が集められる。食べ物もまたしかりだ」

 

 促されるまま、立香は手にしたリンゴにかじりつく。

 

 口中に広がる甘味と、程よい酸味。

 

 戦闘で疲れた心と体が、少し軽くなるような気がした。

 

「うむ、気に入った。店主よ、あとで城の方まで届けるが良い。調理場の者には話を通しておく故な」

「は、はいッ ありがとうございます!!」

 

 ネロに対し、深々と頭を下げる店主。

 

 見れば先程からネロは、道行く人々に気軽に声を掛け会話を交わしている。

 

 何とも気さくな態度だ。

 

 世間一般で思われる「皇帝」とはかけ離れたイメージである。

 

「何か、すごいフレンドリーだね」

「ああ、親しみやすいって言うか、何て言うか・・・・・・」

「フォウッ フォウフォウッ」

 

 凛果と立香が、唖然とした様子で呟く。

 

 実際、民と触れ合うネロは実に楽し気であり、それだけ見れば、皇帝と言うより「街のアイドル」というイメージが強かった。

 

「ん、ネロ、大人気」

「うん。ネロ・クラウディウスは、歴代のローマ皇帝の中でも一番、民衆からの人気が高かった皇帝の1人だって言われている」

 

 響の呟きに、美遊が補足説明する。

 

 この光景を見れば納得だった。

 

 この当時、皇帝と言う存在は、後世に伝わっているような「君主」と言うより、一種の「役職」に近い存在であり、要約すれば「多数の権利と役割を持った権力者」と言うのが妥当だろう。

 

 そう言う意味で見れば、人気の高いネロの統治がうまく働いている事は、見ただけで理解できるだろう。

 

「さて」

 

 一通り、民との挨拶を終えたネロは、特殊班の一同に向き直った。

 

「積もる話もあろうが、まずは先の戦いの疲れを取ってからにしようではないか。余の城へと案内しよう。着いてくるが良い」

 

 そう言うと1人、颯爽と歩き出すネロ。

 

 対して、立香達は、曖昧な表情で顔を見合わせる。

 

 何となくだが、この皇帝陛下の性格が判ってきた気がする。

 

 傍若無人、傲岸不遜、唯我独尊。

 

 しかし、そんな負の要素を一切合切吹き飛ばすほどの天真爛漫。

 

 それ故に、彼女はこのローマの皇帝たりえているのだ。

 

 と、

 

 ネロが一同を、怪訝な面持ちで振り返る。

 

「何をしている? 置いて行ってしまうではないか。早く来るが良い!!」

 

 そう言って手を振るネロ。

 

 その姿に、一同は苦笑しながら追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 打って変わって、

 

 その場所は、静寂によって満たされていた。

 

 行きかう住民たちに笑顔はなく、ただ沈黙だけが支配している。

 

 時折、知り合いと行き交った時は、挨拶くらいはする。

 

 しかし、それだけだ。

 

 そこには、ただ「生きる」事のみが生活であるかのような空間であった。

 

 そんな中、

 

 街の中央にある城の一角にて、

 

 この街、

 

 否、今やローマの半分を手中に収めた者達が、顔を突き合わせていた。

 

「ローマ皇帝を僭称するネロ・クラウディウスの暗殺には失敗したようだ」

 

 重々しく告げられる声。

 

 その声に、居並ぶ一同はそれぞれまちまちな反応をする。

 

 嘆息する者、失笑する者、黙って肩を竦める者。

 

 だが一様に、その言葉の意味を受け止めていた。

 

「それはつまり、いよいよ連中が来たと考えて良いのかね?」

「恐らく。前線部隊から報告が上がってきている」

 

 このローマを滅ぼすべく参集した者たち。

 

 彼らにとって最大の障害となるであろう存在。

 

 人理継続保障機関カルデア。

 

 未来から来た異邦人にして、人類の歴史を守護する事を目的に活動する者達。

 

 それが、ネロ・クラウディウスの側についたのだ。

 

 色めき立つ一同。

 

 いよいよ、来るべき物が来た、と言ったところである。

 

 と、

 

「別に、今更驚く事じゃないでしょう」

 

 どこか投げやりな感じのする声が響き渡る。

 

 一同が視線を向ける中、

 

 軍服を着た少年が、壁に寄りかかったまま微笑を浮かべていた。

 

「どういう意味だ、アヴェンジャー?」

「だって、カルデアがいずれここに来ることは判り切っていた事なんだから」

 

 言いながら、

 

 アヴェンジャーと呼ばれた少年は、発言した相手を小ばかにしたように肩を竦める。

 

「彼らが人理守護を大義名分に掲げている以上、このローマを見逃すはずが無い。その事は前々から判っていた筈でしょう。だからこそ、王も僕をフランスくんだりまで偵察に行かせたんですから。彼らの戦力を測るために、ね。まあ、もっとも・・・・・・」

 

 アヴェンジャーは、侮蔑するような視線を相手に向けた。

 

「僕は君の尻拭いなんて御免だけどね」

「貴様ッ」

 

 殺気すらにじませる声で、男はアヴェンジャーを睨みつける。

 

「良い気になるなよ、たかが英霊風情が」

「その『たかが英霊風情』に頼らなきゃ、任務の一つもこなせないのは、どこのどなた様でしたっけ?」

 

 激高しかける男に対し、アヴェンジャーは余裕の態度を崩さない。

 

 一触即発の雰囲気。

 

 ややあって、

 

「フンッ」

 

 男の方が、視線を逸らした。

 

「貴様の手など借りん。既に手は打ったからな。カルデアの連中は、この私が叩き潰して見せるさ。貴様はそこで、黙って見ているがいい」

 

 そう言うと、踵を返して部屋を出て行く。

 

 男の背中を、アヴェンジャーは冷笑と共に見送る。

 

「さてさて、お手並み拝見、と言ったところですかね。もっとも・・・・・・」

 

 言いながら、

 

 アヴェンジャーは口元に笑みを浮かべる。

 

「カルデアだろうが何だろうが、僕としてはどっちが勝っても一向に構わないんですけどね」

 

 そう告げると、

 

 闇に溶けるように、その姿は消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴は、ネロの性格を反映するかのように、華やかなものだった。

 

 彼女としても、遠方からの客人であり、尚且つ自身の恩人でもあるカルデア特殊班に対し、城を上げての歓待を行ったのだ。

 

 テーブルの上には山海の珍味、美食が並べられ、楽曲と共に踊り子が舞っている。

 

 一般人には、一生かかってもお目に掛かれないであろう、壮大な宴会が繰り広げられている。

 

 そんな状況である為、立香達は却って恐縮してしまい、出された食事に手も付けられないでいる有様である。

 

 気にせず食べているのは響くらいの物であった。

 

「なるほど、『かるであ』とは、そのような物であったか」

《さようです、皇帝陛下。どうかその場にいる5人、立香、凛果、マシュ、響、美遊を、あなたの軍の端にお加えください。必ずや、お役に立てるものと考えます》

 

 しきりに頷きを返すネロに、自分たちの事を説明しているのはロマニだった。

 

 因みに彼の事をネロには「この場にはおらず、声だけで会話をする術を持った高位の魔術師」と説明してある。特殊班のメンバーについては「ロマニの弟子の魔術師たち」と言う事にしておいた。

 

 まあ、あながち間違いではない。魔術師としては新米な立香や凛果は、ロマニから教えを受ける立場、と言えない事も無かった。

 

「皇帝陛下。わたし達は聖杯と呼ばれる、マジックアイテムを探しています。強い魔力を持ったその器は、この世界の在り方をの物を歪めてしまっているのです。恐らく今、ローマを蝕んでいる事態も、聖杯によるものだと思います」

 

 マシュの説明に対し、ネロは額に手を当てて何やら考え込んでいる。

 

 その様子を、凛果が怪訝な様子で尋ねた。

 

「あの、どうかしたの?」

「ああ、いや・・・・・・」

「フォウ!!」

 

 問われて、我に返るネロ。

 

 ややあって、一同を見回す。

 

「そなたたちをわが軍に加える事に異論はない。むしろ、余の方から頼みたいくらいだ。しかしな・・・・・・」

「何か、問題でも?」

「いや、『聖杯』と言う言葉が、胸に引っかかるものがあってな。どうにも、あまりいい感情ではない気がするのだが、それが何なのか思い出せなくてな」

 

 ネロの言葉に、一同は首を傾げるしかない。

 

 いったい、何が彼女の心に引っかかっているのだろうか?

 

 そんな事を考えていると、ネロの方から顔を上げた。

 

「まあ良い。いずれにしても、我々としても優秀な客将は喉から手が出るほど欲しいところ。よろしく頼むぞ、立香、凛果よ」

 

 そう言って笑いかけるネロ。

 

 どうやら、協力体制を築く事に問題は無い様子だった。

 

《それでは早速ですが陛下》

 

 交渉が纏まった事を察したロマニが声を掛けてきた。

 

《今のローマが置かれている状況に着いて、お聞かせ願えますか。何分、我々はまだこの地に着いたばかりで、必要な情報が不足しておりますので》

「うむ、良かろう」

 

 そう言うと、ネロは今の状況を説明して言った。

 

 それによると、ブリタニアとの戦いを終え、治世が続いていたローマ帝国に、突如、歴代皇帝を名乗る者たちが現れたと言う。

 

 彼らは「自分達こそが正当なるローマの支配者である」と名乗り、ネロ率いるローマに宣戦布告してきた。

 

 無論、ネロも反撃に転じる。

 

 彼女も皇帝であると同時に、幾度も死線を潜り抜けた歴戦の将でもある。しかも、治世が続いたとはいえ、ほんの数年前までは各地で戦争が繰り広げられていた。

 

 それを考えれば、戦人としての勘は鈍ってはいなかった。

 

 だが、事は思ったよりも簡単にはいかなかった。

 

 「連合ローマ帝国」を名乗る彼らの軍は、ネロ率いる「正統ローマ帝国」の数倍の規模を誇り、一気にローマ領の半分を席巻してしまったのだ。

 

「奴らは不遜にも、このローマにおける歴代皇帝の名を僭称し、余に挑みかかって来たのだ。本来であるならば、戯言と切って捨てるところなのだが・・・・・・」

 

 そこで、ネロは難しそうに言い淀む。

 

「ん、ネロ?」

「そなたたちも昼間の戦いで見たであろう。最後に単騎で襲い掛かって来た大男。あれは我が母の兄、つまり伯父であり、同時に先々代の皇帝カリギュラに他ならぬ」

 

 カリギュラ。

 

 ローマ帝国第三代皇帝にして、名君と謳われながら暴虐の限りを尽くし、最後は暗殺された悲劇の人物。

 

 ネロからすれば「既に死んだはずの人間」と言う事になる。

 

 となると、連合ローマ帝国の幹部たちが名乗っている歴代ローマ皇帝の名前も、あながち偽りではない可能性が出てくる。

 

 だが、

 

 同じ存在である響達からすれば、既にそのカラクリは読めている。

 

 つまり、連合ローマ帝国を名乗り、ローマに宣戦布告してきた敵は、サーヴァントとして蘇った歴代皇帝たち、と言う訳だ。

 

 そう考えれば、全ての事に辻褄が合う。

 

《ネロ陛下。ついでにもう一つ、お尋ねしたいのですが、「レフ・ライノール」と言う名前に聞き覚えはありませんか?》

「うん? 覚えのない名前だが、そなたらの知り合いか?」

 

 ロマニがレフの名を出した瞬間、

 

 立香をはじめとしたカルデア特殊班の空気が、一気に硬質化するのが判った。

 

 レフ・ライノール。

 

 かつての仲間であり、人類史を滅ぼした裏切り者。

 

 そして、カルデア所長オルガマリー・アニムスフィアの仇。

 

 先のフランスでは、ついに出会う事は無かった。

 

 だが、

 

 自分たちが人理を守るために戦い続ける限り、いつか必ず激突する事になるだろう。その時こそ、決着を着ける時だった。

 

「フム。詳しくは判らぬが、僅かに伝え聞く情報によれば、連合ローマには、何でも凄腕の魔術師がいるとか。あるいはそ奴が、そなたらの探している者かもしれぬ」

 

 確定情報ではない。

 

 しかし、今はどんな些細な手がかりでも、当たっていく以外に無かった。

 

 と、

 

 そこで、楽曲が鳴り止み、中央で踊っていた踊り子たちも動きを止める。

 

 どうやら、演目が終わったらしかった。

 

 跪き、ネロに対し首を垂れる踊り子たち。

 

 そんな中、一座の座長と思しき女性がネロの前に進み出ると、恭しく頭を下げてきた。

 

「皇帝陛下、本日はお招きいただき、光栄の至りでございます。我らといたしましての陛下の御前でお披露目できたことは、末代までの誇りといたしとうございます」

「うむ、実に見事な舞であった。客人にも最高の歓待ができて、余としてもたいへん満足である」

 

 礼を述べる座長の女に対し、ネロも満足げに頷きを返す。

 

 女は、肌が透ける程の生地を使った薄手の衣装を着込み、顔には流麗な仮面で覆っている。

 

 どうやら、踊り子の一座であるらしかった。

 

 実際、踊りの事はよく分からない立香達から見ても、見事な舞であったと思う。

 

「褒美を取らす。何か望む物があれば、遠慮なく申すが良い」

「恐れ多い事です陛下。それでは、お言葉に甘えまして・・・・・・」

 

 顔を伏せたまま告げる、女座長。

 

 次の瞬間、

 

 その姿は、一瞬にしてネロのすぐ眼前に現れていた。

 

 誰もが息を呑む。

 

 次の瞬間、

 

「偽皇帝ネロ・クラウディウス!! あなたの御命、戴いてまいります!!」

 

 女座長が手にした短剣が、真っすぐにネロの胸元へと突き立てられた。

 

「ネロッ!!」

 

 声を上げる立香。

 

 女座長のあまりのスピードに、誰も対応できなかったのだ。

 

 凛果が悲鳴を上げる。

 

 誰もが愕然として様子を見守る中、

 

「・・・・・・・・・・・・ぬ、ぬかった」

 

 ネロが、悔し気に声を出した。

 

「まさか、敵の刺客であったとはな・・・・・・あまりの美しさに、余も油断を禁じえなんだ」

 

 一同の、緊張の視線が集中する。

 

 次の瞬間、

 

「だが・・・・・・・・・・・・」

 

 ネロが、

 

「惜しかったな」

 

 不敵に笑った。

 

 その手には、愛用の大剣が握られている。

 

 「原初の火(アエストゥス・エストゥス)」と呼ばれる、この武骨な外見の大剣は、遥かな過去に落ちてきた霊石を、ネロ自らが削って作り上げた宝剣である。

 

 その大ぶりな刀身が、

 

 女座長の掲げるナイフの刃を、寸前のところで防いでいた。

 

「チッ」

 

 舌打ちする女座長。

 

 対して、ネロは落ち着いた調子で告げる。

 

「見事な不意打ちであったが、殺気を出すのが半瞬早かったな。それが無ければ、あるいは余の首、落ちていたやもしれぬ」

 

 ネロが告げるのと、

 

 立香の手にある通信機越しに、ロマニが声を上げるのは、ほぼ同時だった。

 

《何てこった、気を付けろ、立香君、凛果君ッ その女はサーヴァントだ!!》

「ん、ロマン遅い」

 

 静かな声と共に、

 

 響は一足飛びで間合いを詰めると、即座に抜刀。女座長に斬りかかる。

 

「響、強化!!」

「んッ!!」

 

 同時に凛果が礼装の魔術を発動、響の能力を底上げする。

 

 魔力の光を帯びる、響の刀。

 

 凛果の魔力を得て、攻撃力が強化された形である。

 

「んッ!」

 

 振り下ろされる刃。

 

 その一閃が、女座長を捉える。

 

 だが、

 

「ん・・・・・・・・・・・・」

 

 手応えが、無い。

 

 響の目の前には、脱ぎ捨てられた踊り子の衣装のみが舞っている。

 

 と、

 

「流石は、ネロ・クラウディス陛下。この程度では倒す事はできませんか」

 

 ボディスーツにも似た、漆黒の衣装に身を包んだ女性は、険しい眼差しをネロへと向ける。

 

「しかし、このローマに皇帝を名乗るべき存在はただ1人、あの御方のみ。それ以外の紛い物は、いずれ潰え去る運命と知れ!!」

 

 其れだけ言い残すと、踵を返して駆け去って行く。

 

 兵士たちが慌てて追いかけていくが、相手がサーヴァントでは追いつけないだろうし、仮に追いつけたとしても、返り討ちに合うのが関の山だった。

 

 と、

 

 それまで見事な踊りを披露していた踊り子や、美しい音色を奏でていた楽士たちも、一斉に武器を持ち、こちらを包囲しようとしている。

 

 どうやら、この場にいる余興の出演者全員が、紛れ込んだ刺客であったらしい。

 

「なるほど、計画的に余の首を狙ってきたわけか。その勇気、胆力、そして計画が失敗して尚、向かってくる気概、全てが敬服に値する・・・・・・だが」

 

 言いながらネロは、原初の火(アエストゥス・エストゥス)の柄を持ち上げる。

 

「このネロ・クラウディウスを、聊か舐め過ぎではないか?」

 

 言い放つと同時に、

 

 ネロは剣を構えて斬りかかった。

 

 

 

 

 

第3話「華吹くの都」      終わり

 




オリジナルサーヴァント紹介


【性別】女
【クラス】アサシン
【属性】秩序・悪
【隠し属性】人
【身長】151センチ
【体重】53キロ
【天敵】ネロ・クラウディウス、??????

【ステータス】
筋力:E 耐久:C 敏捷:A 魔力:D 幸運:D 宝具:C

【コマンド】:AAQQB

【保有スキル】
〇主に捧げし我が命
自身のクイック性能アップ。

〇罪の意味
スター獲得。スター発生率アップ。
自身のHPダウン(デメリット)

〇偽りの仮面
1ターンの間、自身の回避付与。及びクリティカル威力アップ


【クラス別スキル】
〇気配遮断:B
自身のスター発生率アップ

〇単独行動:B
自身のクリティカル威力アップ

【宝具】 
??????


【備考】
 ネロを「偽物」と断じ、命をつけ狙うアサシンの女性。とある人物こそが本物の皇帝であると信じ、その人物に絶大な忠誠を誓っている。


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第4話「戦女王」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵の数はそれほど多くは無い。恐らくは威力偵察の類なのだろう。

 

 しかし、ここで兵力を損なえば、次の決戦での勝利は厳しいだろう。

 

 元より、数的な劣勢は否めない。下手な兵力の消耗は避けなくてはならない。

 

 皇帝ネロ・クラウディスから直々に主力軍の指揮を任された以上、無様な戦いは出来なかった。

 

「ブーディカ将軍!!」

 

 斥候に出ていた兵士が、戻ってきて駆け寄ってくるのが見えた。

 

 どうやら、敵軍に動きがあった様子だ。

 

「敵部隊の一部が、こちらに向けて進軍を開始しました。数、およそ300!!」

「少ないね。やっぱり本格的な激突じゃなく、偵察が目的と見るべきかな」

 

 言いながら、ブーディカと呼ばれた女将軍は、頭の中で状況を整理する。

 

 現在、ブーディカに率いられた正統ローマ軍は、連合ローマ軍に占領されたガリアと言う街を奪還すべく進軍してきている。

 

 数の上では、正統ローマ軍の方が多い。

 

 しかし、正統ローマ軍は、この戦場に主力軍のほぼ全軍が集結しているのに対し、連合ローマ軍は、あくまでガリア方面を守る一個軍団に過ぎない。その後方には、本軍となる部隊がさらに控えているのだ。

 

 正統ローマ軍は、ここで無駄に兵力を損なってしまえば、後に控える本軍との決戦に勝利する事は難しくなる。

 

 故に、ブーディカは慎重にも慎重な対応が求められていた。

 

「尚・・・・・・・・・・・・」

 

 斥候兵の報告は続いていた。

 

「敵部隊を率いる将は、見慣れぬ風体の男だと言う事です」

「・・・・・・・・・・・・ふうん」

 

 話を聞いてブーディカは、状況を察して頷く。

 

 相手は恐らく、自分と同じ存在だ。

 

 ならば、一般の兵士ではなく、自分が迎え撃つ必要があった。

 

「1、3番隊は、あたしと一緒に来な。敵軍を迎え撃つよ。残りの隊はその場で待機。状況変化あるまで守りを固める事。尚、敵将はあたしが相手をするから手出しは無用にお願い」

 

 ブーディカの指示に、返事を返す兵士達。

 

 兵たちの士気は高い。その理由としては、ブーディカの存在が大きかった。

 

 劣勢の正統ローマ軍がここまで辛うじて互角に戦ってこれたのは、ネロのカリスマ性も無論大きいが、前線で指揮を執るブーディカの采配が的確であったことがあげられる。

 

 いかにネロが軍人としても名将でも、皇帝と言う立場にある以上、常に最前線に立つわけにもいかない。

 

 そのような折りに、前線指揮を任せられるブーディカのような名将の存在は大きかった。

 

「いいかい、間もなくネロ陛下が近衛軍を率いて援軍にやってくる。本格的な戦いはそれからになる。決して無理をしないように。良いね!!」

「ハッ!!」

 

 ブーディカの指示に、敬礼を返す正統ローマ軍の兵士達。

 

 同時に、敵軍が上げる鬨の声が、ブーディカの本陣にも聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 戦いは、一進一退の様相を呈していた。

 

 ブーディカの予想通り、連合ローマ軍は本気で戦うつもりではなく、あくまでこちらの出方を探る事が目的だったようだ。

 

 それを見越したブーディカは、全軍に守りを徹底させ、決して前には出ないように厳命しておいた。

 

 決戦前に、無駄に兵力を消耗させたくないと言うのは、両軍ともに共通する認識である。

 

 まずは一当てして、敵軍の様子を探る事こそが主目的である。

 

 だが、

 

 そんな中で、一際激しくぶつかり合う一角があった。

 

 敵将と対峙したブーディカは、迷う事無く斬りかかる。

 

 対抗するように、敵将もまた、ブーディカに向き直って対峙した。

 

 敵将は大柄な男だ。

 

 上半身裸で、頭部には鋭角的な印象のマスクを被っている。

 

 一切の無駄をそぎ落とし、研ぎ澄ますほどに鍛え上げたその肉体は、よく使いこまれた斧槍(ハルバード)のような印象を受ける。

 

 一目で、ブーディカは見抜く。

 

 相手は、強敵だと。

 

 ブーディカの手には長剣と円盾。

 

 敵将の手には手槍と大盾。

 

 奇しくも、似たようなバトルスタイルを持つ2人が、戦場で対峙していた。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 突撃と同時に、手にした剣を振り下ろすブーディカ。

 

 対して、

 

「ぬんっ!!」

 

 敵将は手にした大盾でブーディカの斬撃をブロック。

 

 同時に僅かに角度を付けて横に逸らすと、自身が手にする手槍を繰り出す。

 

 鋭く突き込まれる槍の穂先。

 

 強烈な一閃は、

 

 しかし、ブーディカがとっさに掲げた円盾に弾かれる。

 

「ぬッ!?」

 

 自身の必殺の攻撃を回避され、一瞬驚いたような声を上げる敵将。

 

 その間に、ブーディカは反撃に転じる。

 

「こっちだよ!!」

 

 体の回転をそのまま斬撃に乗せ、飛び上がるようにして勢いを付けると、そのまま斬りかかる。

 

 迸る斬撃。

 

 強烈な一撃。

 

 だが、

 

「ㇺあだまだァァァァァァ!!」

 

 敵将は己の膂力を全開まで駆使して盾を持ち上げると、ブーディカの斬撃を防ぎにかかる。

 

 激突する、刃と盾。

 

 衝撃波が、周囲に撒き散らされる。

 

 次の瞬間、

 

 後退したのは敵将の方だった。

 

「グッ!?」

 

 地に膝を突く敵将。

 

 防ぐ事には成功したものの、ブーディカの斬撃は強力だった。

 

「今だッ!!」

 

 そこへすかさず斬りかかるブーディカ。

 

 ここで一気に、勝負を決める。

 

 その想いから斬りかかる。

 

 だが、

 

「まだだと、言いましたぞ!!」

 

 敵将も、ほぼ同時に槍を繰り出す。

 

 斬り下される剣と、突き出された槍。

 

 互いに中間点でぶつかり合う。

 

「ちッ!?」

「ぬぅッ!?」

 

 互いの攻撃は相殺され、共に舌打ちする両者。

 

 互いに間合いから離れ、再び構えを取る。

 

 戦場に、一瞬流れる沈黙。

 

 敵も味方も、全ての兵士たちが沈黙したまま、2人の戦いぶりを見詰めている。

 

「・・・・・・・・・・・・やりますな」

 

 ややあって、敵将の方から口を開いた。

 

「流石は、音に聞こえたブリタニアの戦闘女王。まさに噂に違わず、と言ったところですね」

「そっちこそ・・・・・・」

 

 ブーディカの方も、口元に笑みを浮かべて応じる。

 

「スパルタの大英雄に、こんな場所で出会えるとはね」

 

 互いの健闘を讃える2人。

 

 既に両者とも気付いていた。

 

 自分が相手にしているのは、サーヴァントだと。

 

 レオニダス1世

 

 古代アギス朝スパルタの王。

 

 ペルシア軍の侵攻に端を発するギリシア戦争において、常に最前線で戦った英雄。

 

 有名なテルモピュライの戦いでは、10万のペルシア軍に対し、僅か300のスパルタ軍を率いて立ち向かう。

 

 当時、最大国家だったペルシアに対し、スパルタをはじめとするギリシア国家は、連合軍を編成する事で辛うじて対抗していた。

 

 だが、会戦当時、折り悪くギリシア各国は援軍を出せる状態ではなく、レオニダスはスパルタ軍のみで、強大なペルシア軍を迎え撃たなくてはならなかった。

 

 ペルシアもまた、当時のスパルタは殆ど眼中に無く、レオニダスに対し降伏、恭順すればスパルタは安堵すると伝えてきた。

 

 しかし、ギリシア連合への信義を重んじたレオニダスは、この申し出を拒絶。自国の軍勢を率いて迎撃に向かった。

 

 意外な事に、戦いが始まってしばらくの間は、スパルタ軍優勢で推移した。

 

 隘路を利用した徹底的な防衛戦術で、一度はペルシアの大軍を押し返す健闘を見せたレオニダス。

 

 しかしやはり、多勢に無勢であった。

 

 最終的に迂回路を発見したペルシア軍によって追い詰められ軍は壊滅。レオニダスも戦死する事になった。

 

 しかし、彼らの死によってギリシア中の国々が奮い立ち、やがてペルシア帝国を打ち破る要因にもなった。

 

 その勇戦敢闘振りは、現代にまで語り継がれる伝説となっている。

 

 そして、

 

 ブリタニア女王ブーディカ

 

 元々はローマ帝国の同盟国イケニの王プラスタグスの妻として、家族と共に幸せに暮らしていた。

 

 しかし、その平和も、最愛の夫が事故死した事で終わりを告げる。

 

 プラスダグスが死んだ事を幸いとして、大国ローマが政治介入してきたのだ。

 

 派遣されてきた州長官はブーディカの王位継承を認めず、イケニの領土をそのまま属州とすると、一方的に宣言したのだ。

 

 当然、ブーディカは拒絶する。夫が死んだ以上、自分が女王として跡を継ぐのは当然だと、堂々と主張してのけたのだ。

 

 だが、

 

 それに対するローマ側の返答は、あまりにも悪辣だった。

 

 ブーディカと娘たちは、これあるを予期していたローマ兵達によってとらえられる。

 

 ブーディカは公衆の面前で鞭打ち、彼女の美しい娘たちは奴隷の如く扱われて凌辱されたのだ。

 

 怒り狂ったブーディカは、ローマに対し反旗を翻す決断をした。

 

 この反乱を全く予期していなかったローマ軍は、ろくな抵抗も出来ずに壊滅。更に彼らの都市もブーディカによって悉く焼き払われた。

 

 そのあまりの残虐振りに、ローマ中が震撼したほどである。

 

 最終的に、総督府の要請を受けて援軍にやって来たネロ・クラウディウス軍に敗れ、ブーディカも討ち死にする事になる。

 

 しかし、大国ローマ相手に一度は勝利を収めたブーディカの手腕は、今も人々の語り草に上るほどであった。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら、剣と盾を構えなおすブーディカ。

 

 合わせるように、レオニダスも槍と盾を構える。

 

「時間が無い。そろそろ、決着と行こうか」

「ですな」

 

 頷く両者。

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローマを発ってから数日。

 

 途中で出没した魔物や連合兵士の残党を討伐しつつ、ネロ率いる近衛軍と、カルデア特殊班一同は、ガリア遠征軍に合流した。

 

 今この場所には、数万からなる正統ローマ軍の主力が集結している。

 

「思ったより数は多いんだな」

「当然であろう。余の配下の、ほぼ全軍が集結しているのだからな」

 

 そう言ってネロは、小柄な体にはやや不釣り合いに張り出した胸を反らせる。

 

 間もなく、連合ローマ軍との決戦が始まる事になる。

 

 その為、正統ローマ軍の士気は高かった。

 

「これも余の善政の賜物、と言いたい所なのだが・・・・・・」

 

 少し言い淀んでから、ネロは続けた。

 

「指揮を執る者が優秀でな。今や余が右腕とも恃んでおる。きっと、そなたらの力にもなってくれるであろうよ」

 

 そう告げるとネロは、本陣にしてある天幕をくぐった。

 

「ブーディカ、入るぞ」

 

 声を掛けるネロ。

 

 だが、

 

「なッ!?」

 

 目の前に飛び込んで来た光景を見て、ネロは思わず絶句した。

 

 目の前にいるブーディカ。

 

 だが、その体には明らかに負傷の跡と思われる傷が見られたのだ。

 

「よう、ネロじゃないか。何だい、もう少しゆっくり来ると思っていたのに」

 

 当のブーディカはと言えば、何事も無いかのように手を上げて挨拶してくる。

 

 だが、ネロはそんな彼女に慌てて駆け寄った。

 

「い、いったいどうしたのだッ? そなたほどの手練がこのような事になるとは・・・・・・」

「いやいや、大げさだって。こんなの大した事ないし」

 

 そう言って苦笑するブーディカ。

 

「実は昨夜、敵将と交戦してね。結局、勝負はお預けになったんだけど、このザマだよ。まあ、向こうにも手傷は負わせたから、何とか引き分けにはできたって感じかな」

「そ、そうだったのか」

 

 安堵したようにため息を吐くネロ。

 

 何にしても、決戦を前に大事に至らなくてよかった。

 

 そんなブーディカから視線を逸らしつつ、ネロは背を向ける。

 

「す、すまんが、余は聊か頭痛がするので休ませてもらう。後は頼むぞブーディカ。こやつらは余の新たな客将だ。面倒を見てやって欲しい」

 

 それだけ告げると、ネロは天幕を出て行く。

 

 後には、ブーディカとカルデア特殊班のメンバーだけが残された。

 

「やれやれ、相変わらずか」

 

 ネロの背を見送りながら苦笑交じりに嘆息すると、ブーディカは立香達に向き直った。

 

「改めてよろしく。あたしはブーディカ。ネロ陛下の命により、ここを任されている」

「あの、ブーディカってもしかして・・・・・・」

 

 何かを思い至ったらしい美遊が、恐る恐ると言った感じに尋ねる。

 

 対して、ブーディカも笑みを返した。

 

「お、よく知ってるね。ちゃんと勉強してるんだ、偉い偉い」

 

 言われて美遊は、ほんのり顔を赤くして俯く。

 

 ブーディカのような女性に褒められると、何だか母親に褒められているみたいでこそばゆい気持ちになってくる。

 

 とは言え、

 

 ブーディカがローマによって屈辱を受け、その末にネロ・クラウディウス率いる軍勢との戦いで敗死した事は有名な話である。

 

 そのブーディカが、よりにもよってネロ率いる軍勢の将軍として指揮を執っているなど、想像の埒外も良いところだった。

 

「まあ、言いたい事は判るよ」

 

 呆気に取られる一同に対し、ブーディカはさばさばとした調子で肩を竦める。

 

「ローマやネロを恨んでない訳じゃない。いや、今だって恨んでいる気持ちはある。けどね・・・・・・」

 

 ブーディカは語る。

 

 ネロとの「再会」を。

 

 サーヴァントとして、このローマに召喚された時、既に正統ローマ軍と連合ローマ軍の戦争は始まっていた。

 

 そんな中、1人で軍を指揮し、最前線に立ち続ける皇帝ネロ。

 

 その姿に、想うところが無かったわけではない。

 

 だが、憎しみ以上にブーディカを駆り立てたのは、ひとえに「庇護心」だった。

 

 最前線で軍を指揮し、剣を振るい、そして後方に戻れば執政官として政務に没頭する。

 

 ただでさえ皇帝はオーバーワークである。そこにきてネロは軍の指揮も取らなければならない。

 

 あのまま行っていれば、間違いなく彼女は倒れていただろう。

 

 皇帝で、類稀なる才能を秘めていても、ネロは一方であまりにも脆く、儚い1人の少女に過ぎなかった。

 

 せめて、誰かが重荷を一緒に背負ってやらなければ。

 

 そこで、ブーディカは名乗り出た。

 

 自分が軍の指揮を取る、と。

 

 勿論、最初はネロも訝った。

 

 そもそも死んだと思っていたブーディカが再び現れて、しかも味方してくれるなどと言われて、簡単に信じる事ができるはずなかった。

 

 だがブーディカは根気強く、誠意をもって説得。ついにはネロが折れて、彼女を国防軍の最高司令官に任じたのである。

 

 以来、ブーディカは期待に応え、劣勢の軍を率いて善戦。辛うじて戦線を維持する事に成功していた。

 

「成程、そんな事があったのか」

「まあね。だからまあ、あんたたちも、ここでは大船に乗ったつもりでいて良いよ」

 

 言いながら、

 

 ブーディカの手は、傍らの剣に伸びていた。

 

「まあ、それはそれとして、あたしの方でも一つだけ、試させてくれないかな?」

「え、それはどういう・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかけに対し、立香が答えようとした。

 

 と、

 

 ブーディカは素早く鞘を払い、抜き放った剣で立香に向かって斬りかかった。

 

 目にもとまらぬ速さで斬りかかるブーディカ。

 

 対して、立香は未だに何が起きているのかすら理解していない。

 

 このままでは斬られる。

 

 誰もがそう思った。

 

 次の瞬間、

 

 ガキンッ

 

 間に割って入ったマシュが大盾を掲げ、立香を守りながらブーディカの剣を防いでいた。

 

「い、いきなり何をするんですか!?」

 

 ブーディカの剣を防ぎながら、抗議するマシュ。

 

 その手に構えた盾が、ブーディカの刃を真っ向から受け止めていた。

 

 対して、

 

「ふむ」

 

 どこか感心したように呟きながら、ブーディカは剣を引く。

 

「お嬢ちゃんの反応は大したものだね。さすがだよ」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 笑顔交じりに告げるブーディカに、キョトンとするマシュ。

 

 既に殺気は無い。

 

 どうやら、今の攻撃はブーディカなりにマシュ達を試そうとした物らしかった。

 

「けど、もっと驚いたのはあんただ」

 

 言いながら、ブーディカの視線は立香へと向けられた。

 

「あんた、このお嬢ちゃんがあたしの剣を受け止めるまで、一瞬も目を逸らさなかった。単に、あたしの攻撃が早かったからってだけじゃないね」

「まあ・・・・・・ね」

 

 ブーディカに言われて、立香は少し照れくさそうに頬を掻いた。

 

 実際の所、先程の攻撃だが、立香には途中からブーディカの動きが見えていた。

 

 無論、見えているだけで、かわす事は不可能だっただろうが。

 

 だが、不思議と立香には、よけようと言うきが起きなかった。

 

 理由は2つ。

 

 1つは、どんな状況であっても、頼れる後輩が自分を守ってくれるだろう、と思った事。

 

 マシュが立香を慕うように、立香もまた、マシュに対して絶大な信頼を寄せている。

 

 どんな危険な状況であっても、彼女がいてくれたら大丈夫。

 

 立香はそんな風に思えるのだった。

 

 そして、

 

「何となく、ブーディカが本気で斬りかかってくるはずが無い、て思ってさ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 あっけらかんとした感じに告げる立香。

 

 これには流石のブーディカも、思わず二の句を告げられずに沈黙する。

 

 次の瞬間、

 

 女将軍の口から、大爆笑が解き放たれた。

 

「いやいや、面白いね、あんた!! 最高だよ!!」

 

 そう言って立香の肩を叩くブーディカ。

 

 どうやら、彼女のテストは合格らしかった。

 

「さて、おふざけはこれくらいにしておかないとね。でないと、そっちのおチビちゃん達に怒られちまうし」

 

 そう言って、振り返るブーディカ。

 

 そこには、凛果を守るようにして剣を構える美遊がいる。

 

 響に至っては、いつのまにかブーディカの背後に回り込んでいた。抜き放たれた刀の切っ先は、真っすぐにブーディカへと向けられていた。

 

 あと一手、何か事が起これば、響は躊躇なくブーディカに斬りかかる事だろう。

 

 それだけ、一触即発の状態だった。

 

「その子たちも大したもんだよ。あたしが攻撃態勢に入った時には、もう動いてたんだからね」

「ん、ブーディカに、殺気が無かったからやめた」

 

 淡々とした口調で告げる響。

 

 つまり、ブーディカがちょっとでも殺気を出したら斬りかかっていた、と言う事だった。

 

 そんな物騒なセリフに対し、ブーディカは声を出して笑って見せた。

 

「いや、面白いねあんたたち。ああ、これなら安心して任せられそうだ」

 

 ブーディカとしても、頼れる味方は多いに越した事は無い。

 

 どうやら立香達は、彼女の眼鏡に叶ったようだった。

 

 と、

 

 そこで張り詰めた空気を払拭するように、ブーディカは手を叩いた。

 

「よし、じゃあ、テストも終わったところで親睦会と行こうか。あたしがとっておきのブリタニア料理を振舞ってやるよ。ほら、あんた達も来なって」

「わ、ちょ、ブーディカさんッ?」

 

 言いながら、マシュの手を強引に取って歩いていくブーディカ。

 

 何と言うか、

 

 戦士と言うより「肝っ玉母ちゃん」と言った風情である。

 

 そんなブーディカの様子に、完全に毒気を抜かれる特殊班の一同。

 

 苦笑しつつ、彼女の後を着いて行くのだった。

 

 

 

 

 

第4話「戦女王」      終わり

 




何だかブーディカ主役回になってしまった。


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第5話「皇帝として」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前には、

 

 筋肉がいた。

 

 いきなりで何を言っているのか、と思うかもしれない。

 

 しかし、とにもかくにも筋肉だった。

 

「おお、集いし反逆者達よ。我は汝らを歓迎せん。さあ、共に圧制者に立ち向かおうではないか」

 

 低く、響き渡る声。

 

 その言葉に、

 

 居並ぶカルデア特殊班の一同は、思わず首を傾げざるを得なかった。

 

「えっと・・・・・・」

「反逆者? 圧制者?」

「フォウ・・・・・・」

 

 唖然とするしかない立香達。

 

 目の前に立つ男。

 

 その姿は、ひたすら筋肉(マッスル)だった。

 

 体の大半を露出し、まるで見せつけるような巨体を晒す男。

 

 その頭頂は2メートルを優に越し、それを支える筋肉は巨大に盛り上がっている。

 

 男の腕だけで、響や美遊の胴ほどもあるだろう。

 

 巨大な羆ですら、素手で殴り殺せそうな雰囲気である。

 

 何より、

 

 それだけの巨体と威容を誇りながら、その顔には満面の笑顔が浮かべられている。

 

 何とも不気味な様相。ただそこにいるだけで、震えあがりそうになる笑顔だ。

 

 言っている事が完全に意味不明である。

 

 反逆者?

 

 圧制者?

 

 一体、目の前のデカブツは何が言いたいのか?

 

 そんな一同の反応に苦笑しつつ、ブーディカが前へと出た。

 

「こいつはスパルタクス。まあ、見ての通りのバーサーカーさ。ま、よろしく頼むよ」

「うむ、反逆の女王が我が味方になった以上、勝利は疑いない」

 

 頷いているのかそうでないのか、

 

 ブーディカの説明に、一応の返事をする大男。

 

 それにしても、

 

 スパルタクス

 

 トラキアの剣闘士にして、第三次奴隷戦争の指導者。

 

 当時、ローマでは闘技場において剣闘士を、同じ剣闘士や捕えてきた猛獣と戦わせるのが、最高の娯楽とされていた。

 

 スパルタクスもまた、そうして連れてこられた剣闘士の1人だったが、彼はそんな支配体制を打ち破り、仲間たちと共に反乱を起こした。

 

 最終的に乱は鎮圧され、スパルタクスも命を落とす事になったが、彼の存在が多くの奴隷たちに希望を与えたことは間違いなかった。

 

 そのスパルタクスがローマ軍の将軍として参陣している事は、ブーディカ同様皮肉としか言いようが無かった。

 

 だが、決戦を前にして、頼もしい味方ができたことは間違いなかった。

 

「敵軍は、既に展開を終えている。今回の戦いでは、いかに損害を出さずに、敵を退けるかが重要になる。そこで・・・・・・」

 

 ブーディカは地図を指し示しながら説明していく。

 

「あたしとスパルタクスが本隊を率いて、敵の正面から攻撃を仕掛ける。敵が前線を押し出したところで立香、凛果、あんた達は側面から一気に突き崩し、敵の本陣を突いてくれ」

 

 劣勢の軍が戦況を覆すには、奇襲をもって敵将の首を取る。洋の東西を問わず、戦術の基本は変わらない。

 

 勿論、彼我入り乱れる戦場において、それほど簡単に事が運ぶとは思えないが。

 

 敵本軍との決戦を前に、兵力を温存したい正統ローマ軍にとっては、それが最善手である事も確かだった。

 

「こちらも出来る限り敵を引き付けるけど、基本、速攻で頼むよ」

 

 ブーディカの言葉に、頷きを返す立香達。

 

 時間を掛ければ、双方の陣形が入り乱れて乱戦に移行する事になる。

 

 そうなると、正統ローマ軍の損害は否が応でも増える事にある。

 

 勿論、それでも数において勝る正統ローマ軍が最終的には勝てるだろうが、続く決戦においての敗北が確定的となる。

 

 この戦いの帰趨は、いかにカルデア特殊班が敵将の首を素早く取れるか、に掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「掛かれェェェェェェ!!」

 

 ネロが大音声で号令を下すと同時に、

 

 展開した正統ローマ軍の諸部隊が、一斉に突撃を開始する。

 

 兵士が槍を手に前進し、騎馬は周囲から包み込むように大地を駆ける。

 

 その後方では弓隊が矢を番え、射程に入るのを待ち続ける。

 

 呼応するように、連合ローマ軍も進撃を開始する。

 

 雄たけびを上げて、一斉に襲い来る兵士達。

 

 やがて、

 

 距離が詰まった時、互いの刃が交わされる。

 

 前線の兵士は槍を振るって相手を牽制し、その間に馬に乗った騎馬隊が側面へと回り込む。

 

 弓隊もまた、矢継ぎ早に矢を放っていく。

 

 激突する両軍。

 

 中でも圧巻なのは、ブーディカ、スパルタクスの両サーヴァントだろう。

 

 馬に乗ったブーディカが、敵兵を斬り捨てながら叫ぶ。

 

「良いかいッ 無理に攻めるんじゃないよ!! まずは守りを固めてッ 陣形を崩さないようにすることだけに集中するんだ!!」

 

 この戦い、序盤は守りに徹すると決めてある。

 

 カルデア特殊班が連合ローマ軍の本陣を突くまで、ひたすら耐えるのだ。

 

「まあ、もっとも・・・・・・」

 

 巧みに馬を操りながら、ブーディカは苦笑気味に呟く。

 

「あいつにとっちゃ、そんな考え、お構いなしだろうけどね」

 

 そんなブーディカの呟きに応えるかのように、

 

 視界の彼方で、複数の連合ローマ兵士が宙を舞うのが見えた。

 

 

 

 

 

 スパルタクスが剛腕を振るえば、それだけで人間が宙を舞う。

 

 否、

 

 人間だけではない。

 

 馬だろうが戦車だろうが、等しく放り投げられる。

 

「ハッハッハ!! これは良い!! 我が身に群がるは圧制者の軍勢!! 見渡す限り敵ばかり!! これこそ我が戦場に他ならぬ!!」

 

 豪快に笑いながら、剣を振るうスパルタクス。

 

 彼の剣はグラディウスと呼ばれる両刃の直剣で、この時代のローマでは兵士の標準的な装備である。並の兵士ならちょうど良い刀身に思える剣だが、巨漢のスパルタクスが持つと、せいぜ小太刀ぐらいにしか見えない。

 

 その剣を縦横に振るい、群がる連合ローマ兵士を薙ぎ払っていく。

 

「良い!! 良いぞ!! さあ、圧制者どもよ、我が身を傷付けるがいい!! その傷こそが汝らの命を奪い去る証である!!」

 

 言っている内にも剣を振るい、連合ローマ兵を吹き飛ばす。

 

 その様子を、正統ローマ兵達は遠巻きに眺める事しかできない。

 

 意外な事に、スパルタクスは敵味方の区別は付けているらしく、戦っていて味方を巻き添えにする事は無い。

 

 とは言え何しろ、あの暴虐ぶりである。誤って巻き込まれる可能性は大いにある。

 

 ブーディカからも、スパルタクスには近づかず、好きにやらせるように言われている。

 

 スパルタクスほどの戦士となれば、兵士たちとしても頼もしいことこの上ないのだが、同時に厄介な存在でもあった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

 連合ローマ帝国軍本陣でも、戦況の様子が刻々と伝えられていた。

 

 前線では一進一退の攻防が続けられている。

 

 その様子を伝え聞いた指揮官は、思案するように頷く。

 

「ふむ、成程。やはり敵もバカではない。力攻めが悪手である事は心得ているようだな」

「確かに。決定的な要因無しでは、彼らに勝ち目は無い。敵はその事をよく理解しています」

 

 指揮官の言葉に、レオニダスは頷きを返す。

 

 2人には既に、正統ローマ軍がいかなる手段で攻撃を仕掛けてくるかが読めていた。

 

 その事を裏付けるように、伝令の兵士が走ってきて膝を突く。

 

「申し上げます。右翼より現れた敵の少数部隊が、真っすぐに本陣目指して進撃してきますッ!! その勢い凄まじく、抑えきれません!! 敵は間もなく、ここへやってきます!!」

「・・・・・・来たか」

 

 伝令の報告を聞き、指揮官は鷹揚に頷きを返す。

 

 相手が伝え聞く「カルデア」とやらであるなら、人間の兵士など藁の楯にも劣るだろう。

 

 となると、残る手段は一つだ。

 

「我らが、出なければなるまい」

「そうですな。サーヴァントの相手ができるのはサーヴァントのみ」

 

 嘆息交じりに吐き出された指揮官の言葉に、レオニダスはマスクの奥で頷きを返す。

 

 既に方針は決まっている。ならば、あとは行動あるのみだった。

 

「兵士たちに伝えよ。右翼の敵に手出しは無用。そのまま本陣まで通してやれ、とな」

「はッ しかし・・・・・・・・・・・・」

 

 指揮官の言葉に、伝令兵は思わず問い返す。

 

 凄まじい勢いで迫りくる敵を相手に、本陣までの道を解放するなど、勝機とは思えなかったのだ。

 

 だが、指揮官は何でもないと言った調子で答える。

 

「構わん。奴らの相手は我らが務める。命を無駄にするな」

「そ、そうは行きませんッ 皇帝陛下をお守りする事が、我らの使命なれば!!」

 

 彼らは忠実だ。

 

 忠実であるが故に、進んで命を投げ出そうとする。

 

 それは、自分が命じても同じ事だった。

 

「本来であるならば・・・・・・いや、言っても仕方がない事か」

 

 呟きながら、指揮官は自らの剣を抜き放つ。

 

 この犠牲を少なくする方法は2つ。

 

 敵を倒すか、あるいは・・・・・・・・・・・・

 

 思案するうちに、剣戟の音は指呼の間に迫ってくる。

 

 どうやら、敵が来たらしい。

 

「行きますか」

「うむ」

 

 レオニダスと指揮官は頷きを交わすと、敵を迎え撃つべく、それぞれの武器を構えた。

 

 

 

 

 

 響が立ちふさがる最後の敵兵士を切り倒す。

 

 既にカルデア特殊班は、敵が敷いた防御陣を突破し、連合ローマ軍の本陣に迫ろうとしていた。

 

 先鋒は響と美遊。

 

 その後から、マシュに守られた立香と凛果が続く。

 

 敏捷に優れる響と美遊が斬り込み道を開き、マシュはマスターの守護に徹する。

 

 既に何度も試している、特殊班の基本陣形である。

 

 群がってくる兵士達。

 

 だが、人間の兵士がサーヴァントに敵うはずもない。

 

 響と美遊が振るう剣によって、次々と切り倒されていく。

 

 そして、

 

「やァァァァァァ!!」

 

 白いドレスを靡かせて駆ける美遊。

 

 その姿は、本陣前を守る2人の兵士を捉える。

 

「おのれッ これ以上は!!」

「この命に代えても、皇帝陛下だけは!!」

 

 槍を繰り出す兵士。

 

 だが、

 

 その一撃を、美遊は身を低くして回避すると、手にした剣を鋭く振るう。

 

 迸る銀の閃光。

 

 刃は、甲冑ごと兵士を切り倒す。

 

 崩れ落ちる兵士達。

 

 同時に開ける視界の先で、

 

 2人の男が待ち構えていた。

 

 1人は先日、ブーディカと刃を交えたレオニダス一世。

 

 そして、もう1人。

 

「よく来たなカルデア。まずは歓迎してやろう」

 

 その男を見た瞬間、

 

「なッ!?」

 

 立香達は、思わず口をあんぐりと開けた。

 

 何と言うか、

 

 丸い。

 

 まん丸、と言っても良いかもしれない。

 

 豪華な赤い服を着た、随分とふくよかな男性が、レオニダスと並ぶ形で立っていた。

 

 スパルタクスとは真逆の意味で「巨漢」である。

 

 肥満体、と言っても良かった。

 

「風船?」

「響、お願いだから、もう少し緩い表現で」

 

 ド直球な物言いの響を、美遊が窘める。

 

 だが、

 

 そんな年少組のやり取りを他所に、赤い男は進み出た。

 

「貴様らの話は既に聞いている。人理守護を目指す異界の者達、カルデア。我がローマにおいても、貴様らが跳梁する余地がある、と言う事か」

 

 赤い男は、何かに納得するように呟くと、手にした剣を掲げて見せる。

 

「しかし、それも私を倒せれば、の話だ」

 

 同時に、気配が一気に凄みを増すのが判った。

 

 その仕草に、立香達は息を呑む。

 

 冗談のような姿をしているが、目の前に立つ男の存在感が本物なのは間違いない。

 

 油断すれば敗北は必至だ。

 

「名乗ろう。我が名はガイウス・ユリウス・カエサル。正確に言えば皇帝ではないが、今は連合ローマに席を列している。つまるところ、お前たちの敵に他ならない」

 

 ガイウス・ユリウス・カエサル。

 

 恐らくその知名度はネロをも軽くしのぎ、ローマ随一と言っても過言ではないだろう。

 

 英語名は「ジュリアス・シーザー」

 

 まだ「皇帝」と言う存在が無かった時代、圧倒的な政治力と軍事的才能、さらには陰謀かとしての権謀術数、何より絶大なカリスマを駆使して、当時のローマ最高権力である「終身独裁官」の地位まで上り詰める。

 

 ガリア戦争、ローマ内戦、ヒスパニア戦役と言った数々の戦いに勝利。ローマ帝国の版図を拡大させた。

 

 外征においては敵無し。内政においても一部の隙は無く、大国ローマの発展に大きく貢献した。

 

 また私事においても、多くの女性と浮名を流した、今でいうところのプレイボーイである。エジプト女王クレオパトラとの結婚は、あまりにも有名な話だろう。

 

 一説によると、妖精との間にも子を成したとさえ言われている。

 

 人気も、権力も絶頂にあり、そのまま順調に行けば、彼がローマ帝国の初代皇帝になっていたかもしれない。

 

 だが、そんな彼も、自らに課せられた運命には逆らえなかった。

 

 あまりにも急成長を遂げたカエサルだったが、その事が却って周囲との軋轢を生む。

 

 当時のローマは、元老院による議会政治が行われていたが、その元老院議員の間では賄賂と情実政治がまかり通っていた。

 

 そんな腐敗しきっていた元老院にとって、急速に改革を行うカエサルは、目障り以外の何物でもなかったのだ。

 

 やがてカエサルは、彼らの陰謀に掛かり、あっけなく暗殺される事になる。

 

 厳密に言えばカエサルは皇帝ではない。

 

 しかし、彼を事実上の皇帝と見なす歴史家は多く存在している。

 

 そして何より、歴代皇帝を抜いて、ダントツの人気を誇っているのは、間違いなくユリウス・カエサルに他ならなかった。

 

 その強大な存在が今、カルデア特殊班の前に大きな壁となって立ちはだかっていた。

 

 と、

 

「カエサル・・・・・・んー」

 

 響が、何事か考え込んでいる。

 

 ややあって、顔を上げて言った。

 

「よく分かんないから、『DEBU』で良い?」

「良いわけがあるかァァァァァァ!! 見たまんまではないかァァァァァァ!!」

 

 余りと言えばあまりな言いぐさに、先程までの威厳が吹っ飛ぶカエサル。

 

 シリアスな空気が完全に台無しになっていた。

 

 とは言え、

 

 戦機自体が潰える事は無い。

 

 武器を構えるカルデア特殊班。

 

 合わせるように、カエサルとレオニダスもそれぞれの武器を構えて見せた。

 

「美遊、マシュ、あっちの盾の人、お願い」

「判りました、ですが響さんは?」

 

 尋ねるマシュに、響はカエサルに視線を向けながら言った。

 

「ん、DEBUは任せて」

「響、お願いだから名前で呼んであげて」

 

 響の物言いに嘆息する美遊。

 

 とは言え、言葉を交わすのもそこまでだった。

 

「さて、話し合いは終わったかね?」

 

 言いながら、前へ出るカエサル。

 

 その巨体より発せられる凄みのある言葉が殺気となりて、容赦なく叩きつけられる。

 

「賽は既に投げられた。あとは存分に戦おうではないか、存分に、な」

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に仕掛けた。

 

 

 

 

 

第5話「皇帝として」      終わり

 



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第6話「ガリア攻防戦」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正統ローマ軍と連合ローマ軍の激突は、一進一退の様相を呈していた。

 

 本来なら、数で勝る正統ローマ軍は、積極的に攻勢に出て戦火拡大を図りたい所である。

 

 しかし既に先述した通り、連合ローマ軍には、まだ本隊とも言うべき大軍が後方に控えている。よって、ここで戦力を無駄に消耗する事は避けなくてはならない。

 

 そこでネロは、一計を案じる。

 

 ブーディカ、スパルタクス両将が率いる本隊が敵の軍勢を引き付けている間に、少数の精鋭部隊が敵本陣を突く。

 

 首尾良く敵将を討と取れれば、連合ローマ軍は烏合の衆と化す。

 

 そこへ本隊が追撃を仕掛け、壊滅に追いやるのだ。

 

 作戦は、今のところ順調に推移している。

 

 ネロの意を汲んだブーディカは危険な戦闘を避け、守りに徹しつつ前線を維持している。

 

 守りに徹してさえいれば、数に勝る正統ローマ軍が負ける道理はない。

 

 あとは、

 

「申し上げます!!」

 

 そこで、ネロの思考を中断するように、伝令の兵士が本陣に駆けこんで来た。

 

「立香将軍率いる部隊が、敵本陣突入に成功しました!! 敵将との交戦状態に入ったとの事です!!」

「やってくれたかッ」

 

 報告を聞いて、ネロも奮い立つ。

 

 これで勝利の為の第2の条件。「敵本陣への突入」が揃った。

 

「ご苦労、下がって休むが良い」

「はッ」

 

 ネロに一礼して下がっていく伝令兵。

 

 その姿を見送りながら、ネロは思案する。

 

 このガリアを奪還できれば、そこを足掛かりにしてより深く、連合ローマ領に踏み入る事ができる。

 

 現在のところ、連合ローマの首都がどこにあるのか、確認されていない。

 

 多く放った偵察兵士も、そのほとんどが帰還しなかったためだ。

 

 故に、今回のガリア会戦は、ネロ率いる正統ローマにとっては天王山とも言うべき、重要な戦いである。

 

 逆に負ければ、軍は壊滅。首都ローマまで一気に攻め込まれる可能性がある。

 

 絶対に負ける事は許されない。

 

「皆、頼むぞ」

 

 ネロは祈るような気持ちで呟きを漏らす。

 

 その視線の彼方では、尚も彼女の大切な将兵たちが、死闘を繰り広げていた。

 

 と、その時だった。

 

「大変ですッ 皇帝陛下!?」

「何事かッ!?」

 

 突然、本陣に駆けこんで来た兵士に怒鳴り返すネロ。

 

 ひどく慌てた様子の塀は、ネロの前まで来ると、膝を突くのも難儀とばかりに座り込む。

 

「右翼より、敵の新たな攻勢ですッ 既に防御陣は突破ッ 敵は間もなくここへやってきます!!」

「何とッ!?」

 

 報告を聞き、流石のネロも仰天する。

 

 しかし、考えてみれば当然かもしれない。

 

 味方が考える事は、同じような事を敵が考えていてもおかしくは無いだろう。まして、この場にあっては連合ローマ軍の方が劣勢なのだ。ならば、勝つために策を講じてくると考えるのは、初めから考え得る事だった。

 

 つまり今回、敵味方双方、「敵将撃破による戦局の逆転」と言う、同じ手段を考えていたわけだ。

 

 その時だった。

 

 突如、轟音と共に本陣の壁が吹き飛ばされる。

 

 濛々と立ち上る土煙。

 

 動揺する兵士達が、慌てて剣を構える。

 

 そんな中、ネロは1人、落ち着き払った様子で、傍らにある原初の火(アエストゥス・エストゥス)を抜き放つ。

 

「・・・・・・やはり、あなたが来たか」

 

 徐々に晴れる視界の中、

 

 ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる大柄な人影に、ネロは静かに言い放つ。

 

「伯父上」

 

 ネロが見つめる先。

 

 そこには、

 

 月の女神に魅入られたが故に狂気に取り憑かれ、暴虐の限りを尽くした先々代の皇帝。

 

 カリギュラの姿があった。

 

「ネ・・・・・・ロォォォォォォ」

 

 奥底から吐き出すような声に、居並ぶ兵士たちは戦慄する。

 

 後続の敵兵は来ない。

 

 この場にいる敵はカリギュラただ1人。

 

 だが、

 

 其れは即ち、ここに至るまで敷かれていた正統ローマ軍の防衛ラインを、カリギュラはたった1人で突破してきたことになる。

 

「下がれ、皆の者」

 

 原初の火(アエストゥス・エストゥス)を手に、前へと出るネロ。

 

 この場にあってカリギュラの相手をできるのは、彼女1人。ならば、兵士たちは下がらせた方が得策である。

 

「陛下・・・・・・・・・・・・」

「この者の相手は余がいたす。皆を下がらせよ」

 

 言いながら、

 

 ネロは切っ先をカリギュラへと向ける。

 

「皇帝に歯向かう者には余自ら裁きを下す。それが先々代の皇帝・・・・・・否」

 

 自らの胸の内にある葛藤。

 

 それを吐き出すように、ネロは言い放った。

 

「たとえ、我が伯父であろうと、容赦はせぬ!!」

「ネロォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 同時に、地を蹴って迫るカリギュラ。

 

 迎え撃つように、ネロも剣を振り翳した。

 

 

 

 

 

 駆け抜ける響。

 

 口元を覆い隠すように巻いたマフラーが、風を巻いて靡く中。

 

 目指す先には大英雄が剣を構えて待ち構える。

 

 ガイウス・ユリウス・カエサル。

 

 連合ローマに名を連ねる皇帝の1人であり、セイバーのサーヴァントでもある。

 

 疾風の如く迫る響に対し、

 

 カエサルは剣を構えて迎え撃つ。

 

「来るかねッ!!」

 

 手にした黄金の剣を、真っ向から振り下ろす。

 

 迫る刃。

 

 次の瞬間、

 

 響の姿は、カエサルの前から消え去った。

 

「なにッ」

 

 驚くカエサル。

 

 その背後に、

 

 少年暗殺者は姿を現す。

 

「ん、こっち」

 

 構えた刀。

 

 その切っ先が、真っ向からカエサルに向けられている。

 

 次の瞬間、

 

 矢のように迸る剣閃。

 

 カエサルの巨体を目がけて繰り出される切っ先。

 

 銀の閃光が、巨漢を貫く。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「そう来ると・・・・・・」

 

 振り向くカエサル。

 

「思っていたよ!!」

 

 鋭い横なぎが、響の刀を払いのける。

 

「なッ!?」

 

 思わず驚き、蹈鞴を踏む響。

 

 奇襲は完全に成功したと思った。

 

 カエサルが、自分の動きに追随できるとは思っていなかった。

 

 だが、

 

「やれやれ・・・・・・・・・・・・」

 

 カエサルは嘆息交じりに呟く。

 

「ふざけた話だ」

「ん、何が?」

 

 刀を構えなおしながら訪ねる響。

 

 対して、カエサルは億劫そうに顔を上げる。

 

「考えても見たまえ、この私がサーヴァント、それも、よりにもよってセイバーなどとは。ミスキャストにも程があるだろう?」

「ん?」

 

 愚痴るようなカエサルの言葉に、響は意味が分からず首を傾げる。

 

 どうやらカエサル的には、セイバーである事がお気に召さない様子だった。

 

「おかげで、私自ら、剣を振るう羽目になったではないか!!」

 

 言うと同時に、響めがけて真っ向から剣を振り下ろすカエサル。

 

 対して、とっさに後退する事で回避する響。

 

 だが、

 

「それで逃げているつもりかね!?」

 

 突進するカエサル。

 

 その勢いたるや、

 

 開いた距離が、一瞬にしてゼロになる。

 

「速いッ!?」

 

 その巨体に似合わぬ機動力に、思わず息を呑む響。

 

 対して、

 

「呆けるな。終わるぞ、一瞬でな」

 

 低い呟きと共に、

 

 カエサルは剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 こちらは一見すると、一方的な戦いが展開されていた。

 

 激しく攻め立てる、マシュと美遊。

 

 対して、レオニダスはひたすら盾を掲げて、2人の攻撃を防ぎ続けている。

 

 手にした槍で時折反撃するも、それはあくまで牽制の為の攻撃に過ぎない。

 

「はッ!!」

 

 飛び出ると同時に、両手で構えた剣を横なぎに振るう美遊。

 

 フルスイングに近い斬撃は、レオニダスの胴目がけて奔る。

 

 銀の剣閃。

 

 だが、

 

「ぬんっ!!」

 

 盾を構え、腰をグッと落とすレオニダス。

 

 真っ向からぶつかり合う刃と盾。

 

 次の瞬間、

 

「なッ!?」

 

 驚いた事に、斬りかかった美遊の方が押し返された。

 

 吹き飛ばされ、体勢を崩す美遊。

 

 その美遊を守るように、マシュが前へと出た。

 

「行きますッ!!」

 

 手にした大盾を振るうマシュ。

 

 その一撃に、流石のレオニダスも後退を余儀なくされる。

 

 質量のあるマシュの盾は、当たるだけで相手の体を叩き潰す事ができる。それはたとえ、サーヴァントであっても例外ではない。

 

 相手が防御力に秀でているなら、あるいは美遊の剣よりも効果が期待できる。

 

 だが、

 

「もう一度!!」

 

 再度、盾を振り上げて、振り下ろすマシュ。

 

 その一撃を、

 

 レオニダスは、真っ向から受け止めて見せた。

 

 ぶつかり合う盾と盾。

 

 こうなると、戦いは筋力勝負になる。

 

「クッ 重いッ!?」

 

 細い腕にかかる荷重に、思わず顔をしかめるマシュ。

 

 次の瞬間、

 

「甘いですぞ!!」

 

 そのままマシュを押し返すレオニダス。

 

「クッ!?」

 

 押し返され、後退するマシュ。

 

 そこへ、

 

 跳躍によって、上空に跳び上がった白い影が、頭上に掲げた剣で斬りかかった。

 

 美遊だ。

 

「ハッ!?」

 

 マシュの背から飛び出すようにして現れた美遊。

 

 眼下にて見上げるレオニダス。

 

「貰った!!」

 

 そこへ美遊は、真っ向から剣を振り下ろす。

 

 奇襲に近い攻撃。

 

 だが、

 

「まだまだァ!!」

 

 とっさに盾を頭上に掲げ、美遊の一撃を防ぐ。

 

 レオニダスは、そのまま美遊の小さな体を放り投げるようにして弾き飛ばした。

 

「クッ!?」

 

 地面に膝を着きながらも、辛うじて着地する美遊。

 

 そこへ、マシュが駆けてきた。

 

「大丈夫ですか、美遊さん?」

「何とか、それにしても・・・・・・・・・・・・」

 

 顔を上げる美遊。

 

 その視線の先では、

 

 盾と槍を構え、ゆっくりとこちらに歩いてくるレオニダスの姿がある。

 

「硬すぎる」

「ええ、こちらの攻撃が殆ど通っていません」

 

 嘆息気味に、頷く美遊とマシュ。

 

 流石は「守り」の逸話を持った英霊。その防御力は並の物ではない。

 

 美遊とマシュが猛攻を仕掛けて、未だにかすり傷を負わせる事もできないとは。

 

 と、

 

「ふむ、お二人とも、なかなか筋が良いですな」

 

 どこか感心したように、レオニダスが告げる。

 

「盾の少女、あなたの動きにはまだ斑が見られますが、それでもそちらの女の子を守りながら戦う事を常に意識してらっしゃる。盾持ちのサーヴァントは、『何かを守る』事で最大の力を発揮する。故に、あなたの行動は正しい」

 

 次いでレオニダスは、美遊の方を見る。

 

「小さな少女、あなたもです。真っ向から私に挑み続けるその姿勢は、正に堂々たる英霊の如き姿です」

 

 2人の戦いぶりを誉めながら、

 

 レオニダスは手にした槍と盾を構えなおす。

 

「しかし、この私もまた、歴史に名を刻んだ英霊の1人。あなた達2人を相手に引けを取るつもりはありませんぞ」

 

 合わせるように、美遊とマシュもそれぞれの武器を構える。

 

 それは戦闘再開の合図。

 

 張り詰めた空気が、両者の間を満たす。

 

 次の瞬間、

 

 3人のサーヴァントは、同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 

 速い。

 

 カエサルの攻撃を回避しながら、響は舌を巻く思いだった。

 

 あの巨体からは想像もできないほど、カエサルの動きは素早く、響に距離を取らせようとしなかった。

 

「甘いなッ」

 

 呟くように言いながら、距離を詰めてくるカエサル。

 

 真っ向から振り下ろされる剣を、

 

 響は刀を斬り上げるようにして迎え討つ。

 

 激突する互いの刃。

 

 次の瞬間、

 

 響が押し負ける。

 

「んぐッ!?」

 

 吹き飛ばされ、地面に転がる響。

 

 単純な力勝負では、アサシンの響は、セイバーのカエサルに敵わない。

 

「そら、まだ行くぞ!!」

 

 言いながら、剣を振り翳して距離を詰めてくるカエサル。

 

 振り下ろされる剣。

 

 次の瞬間、

 

 カエサルの視界から響の姿が消え失せる。

 

 空を切る剣。

 

 響の姿は、

 

 カエサルの背後に出現する。

 

「んッ!!」

 

 突き込まれる切っ先。

 

 疾風の如き一閃は、

 

「甘いッ!!」

 

 しかし、振り向きと共に放ったカエサルの、強烈な一閃によって弾かれた。

 

「クッ」

 

 舌打ちしながら交代する響。

 

 眦を上げる。

 

「・・・・・・・・・・・・ん、強い」

 

 戦慄と共に、呟きを漏らす響。

 

 流石はローマが誇る大英雄カエサル。その戦闘力は並の物ではない。

 

 単にアサシンとセイバーの差だけではない。英霊としての根幹に、絶対的とも言える差があった。

 

 戦闘中に見せた気だるさが、こうなると冗談にしか聞こえない。

 

「どうしたカルデア? その程度の実力で人理守護などと大義を掲げたところで、ただのお笑い種にしか聞こえないぞ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 挑発するようなカエサルの言葉に、響は無言のまま立ち上がると、手にした刀の切っ先を真っすぐに向ける。

 

 戦う姿勢を諦めない少年の姿に、カエサルは笑みを返す。

 

 どこか、この状況を楽しんでいるかのようなカエサルの様子に、響はムッと眉根を寄せる。

 

 現状、響の不利は否めない。

 

 戦闘力は確実にカエサルが上回っており、英霊の格に至っては比べるべくもない。

 

 スピードだけは響が僅かに上回っているが、状況を覆す決定的な要因に至る物ではない。

 

「ん・・・・・・・・・・・・」

 

 眦を上げる響。

 

 今のままでは、響はカエサルに勝てない。そう自覚せざるを得なかった。

 

 ならば、

 

 勝てるだけの要因を、揃えればいい。

 

「凛果」

 

 背後に立つ、自分のマスターに話しかける響。

 

「宝具、使う」

「まあ、そうだよね」

 

 響の言葉を聞いて、凛果は嘆息交じりに返事をする。

 

 どうにも、乗り気じゃない雰囲気を見せる凛果。

 

 とは言え、凛果も状況は判っている。このままでは響に勝ち目が薄い事も。

 

 故に、躊躇いは見せなかった。

 

「言っとくけど、無茶だけはしないでよね」

「ん」

 

 マスターの言葉に頷きを返す響。

 

 実のところ、前回のフランスの時、響は勝手に宝具を使って凛果に負担を掛けたせいで、カルデアに帰ってから、凛果にこってりと叱られてしまったのだ。

 

 承諾なしで、いきなり魔力を引き出される行為は、マスターにとっても負担が大きい。

 

 散々お説教された後、「慣れるまで、宝具を使う時は凛果の承諾を得てから」と言う事を約束させられたのだった。

 

 刀を目の前に掲げ、スッと目を閉じる。

 

 己の内にある魔術回路を起動。

 

 体内にある魔力を活性化させる。

 

 光に包まれる、響の姿。

 

 同時に、

 

「うッ・・・・・・」

 

 凛果が、令呪のある右手を押さえて呻きを漏らす。

 

 前回の時のように突然ではない為、強烈な刺激に驚くような事は無かったが、それでもかなり苦しいようだ。

 

 それでも、凛果は痛みに耐えた。

 

 そして、

 

 顔を上げた先では、

 

 響の姿は一変していた。

 

 いつもの黒装束の上から、浅葱色の羽織を着込んだ姿。

 

 静かな瞳は、真っすぐにカエサルを見据える。

 

 宝具「盟約の羽織」。

 

 響が持つ宝具であり、先のフランスにおいて狂乱したジル・ド・レェを討ち果たした切り札。

 

「・・・・・・・・・・・・ほう」

 

 感心したように呟きを漏らすカエサル。

 

 響が宝具を解放した事で、どうやら警戒するレベルを上げたらしい。

 

 睨み合う、響とカエサル。

 

 互いに、剣を構え直す。

 

「では、仕切り直しと行くかね?」

「ん」

 

 頷く両者。

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 

第6話「ガリア攻防戦」     終わり

 




FATE要素抜きで、単純に「歴史上の人物」として見た場合、ネロよりもむしろカエサルの方が好きなんですよね。ほんと型月スタッフは、何であんな風にしたんだろ。


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第7話「暗殺剣士」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浅葱色の疾風が地を駆ける。

 

 銀の刃を掲げて走る響。

 

 その姿は、さながら低空を飛翔する鳥の如く。

 

 刺すように射かけられる、鋭い眼差し。

 

 その目指す先に立つは、ローマの頂。

 

 セイバーのサーヴァントにして、古今に名高き大英雄、ガイウス・ユリウス・カエサル。

 

 その見た目以上の存在感は、他を圧倒して戦場に君臨している。

 

 手にした長剣を手に、迫る響を迎え撃つカエサル。

 

 響もまた、刀の切っ先を真っすぐにカエサルへと向ける。

 

「来るかッ 少年!!」

「んッ!!」

 

 交錯する視線。

 

 ゼロになる、両者の間合い。

 

 次の瞬間、

 

 響は手にした刀を真っすぐに突き込む。

 

 閃光の如き、鋭さを持った刺突。

 

 対抗するようにカエサルもまた、剣を真っ向から振り下ろして繰り出す。

 

 刀と剣。

 

 激突する両者の刃。

 

 次の瞬間、

 

 衝撃が飛び散り、火花が激しく噴き出す。

 

 互いに弾かれ、僅かに後退する響とカエサル。

 

「ぬッ!?」

 

 腰を落として踏み止まるカエサル。

 

 と、

 

 大英雄の目は、驚愕と共に見開かれる。

 

「いないッ!?」

 

 目の前にいない響に、カエサルは声を上げる。

 

 一瞬、

 

 コンマ一秒にも満たない僅かな間、カエサルが視線を外した瞬間、響の姿が視界から消え去ったのだ。

 

 次の瞬間、

 

 殺気が迸る。

 

 殆ど反射的に振り返り、剣を横なぎに振るうカエサル。

 

 振り向き様に繰り出したの一閃が、

 

 背後から迫っていた響の刀を、真っ向から受け止めた。

 

 飛び散る火花。

 

 同時に、響とカエサルは、極至近距離で睨み合う。

 

 だが、そこで動きを止めない。

 

 先んじたのは、

 

 響だ。

 

「ん、まだ!!」

 

 響は、そのままカエサルの剣を支点代わりにして大きく宙返りをすると、その背後へと降り立つ。

 

 着地と同時に旋回、刀を突き込む響。

 

 対してカエサルも、振り向き様に剣を振るう。

 

 ぶつかり合う両者。

 

 再び巻き起こる衝撃波が周囲に撒き散らされ、一帯を薙ぎ払う。

 

「・・・・・・・・・・・・やるではないか」

 

 鍔競り合いの状態から、カエサルは笑みを向けて響に告げる。

 

「先ほどとは見違えるようだぞ。それが、貴様の宝具の力、と言う訳かね?」

「ん、そんなとこ」

 

 対して、響も刀を持つ手を支えながら、淡々とした調子で答える。

 

 その間にも、互いに剣を持つ手から力を抜かない。

 

 ぶつかり合ったまま、互いに次の一手を模索する。

 

 次の瞬間、

 

 両者は弾かれるように後退。

 

 再び剣を構えて対峙した。

 

 

 

 

 

「すごっ 響のアレ、何?」

「フォウッ フォウッ」

 

 響とカエサルの激突を後方で見守っていた凛果が、感嘆の声を漏らした。

 

 彼女の腕に抱かれたフォウも、興奮したように盛んに鳴いている。

 

 宝具を解放し、全力を発揮する事が可能になった響。

 

 先程までの苦戦が嘘のように、カエサルと互角の戦いを演じている。

 

 思えば凛果は、宝具を解放した響の戦いを見るのは初めての事だった。

 

 普段の響は、スピードは特殊班の中で随一と言っても過言ではないほどだったが、攻撃力については、さほどの物ではなかった。

 

 勿論、それでも十分強かったのは事実である。それは冬木やフランスでの奮戦ぶりを見れば明らかである。

 

 小柄な体に見合った凄まじいスピードで相手を翻弄し、隙を突いて必中の一撃を加える。

 

 言わば宙を飛ぶ蜂のような戦い方が、響の本分だった。

 

 だが今、響はカエサルを相手に真っ向から激突し、押し負けしていない。

 

 つまり、あれが響の宝具「盟約の羽織」の能力と言う訳だ。

 

 と、

 

《これは、驚いたね。宝具とは、こんな事も出来るのか》

「ダ・ヴィンチちゃん、どうしたの?」

「フォウッ」

 

 突然、腕の通信機から響いて来たダ・ヴィンチの声に、凛果が驚いて反応する。

 

 どうやらカルデアの方で観測していた、気になる事があったらしい。

 

《響君の霊基が変質している。いや、これはまさしく「変身」と言っても良いかもね》

「どういう事?」

《さっきまでの響君は、確かにアサシンだった。いや、今も根幹の部分はアサシンで変わり無いのだけれど、彼の霊基は今、その上から別の存在が上書きされている。今の響君は実質的にはセイバーに近いだろうね。こちらで観測できるパラメーターの数値も、それを物語っているよ》

 

 今現在、カルデアでモニタリングしているダ・ヴィンチの目の前で、響のパラメーターが数値化して映し出されている。

 

 それによると、もともと最高クラスだった敏捷の数値は殆ど変わらないが、筋力や耐久の数値が大幅な上昇を見せている。

 

 これなら、大英雄クラスの英霊と正面からぶつかっても、当たり負けしないはずである。

 

「要するに、クラスチェンジって事?」

「フォウ?」

《それに近いかね。本来の響君の上から、別の存在を覆いかぶせている感じかな》

 

 ゲーム的な用語を持ち出した凛果に、ダ・ヴィンチも頷きを返す。

 

 アサシンでありながら、同時にセイバーでもある。

 

 言わばダブルクラス、とでも言うべき存在が、今の響であると言えた。

 

 凛果が見つめる視界の先。

 

 そこでは、響がカエサル相手に互角以上の戦闘を繰り広げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルデア特殊班による連合ローマ軍本陣突入。

 

 それとほぼ時を同じくして起こった、カリギュラによるネロ襲撃。

 

 その攻防もまた、一進一退の様相を呈していた。

 

 大地を踏み抜くような勢いで接近してくるカリギュラ。

 

 対抗するように、ネロも剣を振るい迎え撃つ。

 

「おォォォォォォ!!」

 

 雄叫びと共に、拳を繰り出すカリギュラ。

 

 対してネロも、真っ向から斬り込む。

 

 激突する両者。

 

 だが、

 

 互いに退かず、その場に踏み止まる。

 

「やるなッ 伯父上!!」

「あァァァァァァ!!」

 

 すかさず、拳を返し、ネロへと殴りかかるカリギュラ。

 

 だが、

 

 その拳が空を切る。

 

 カリギュラが殴りかかるよりも先に、ネロはバックステップで距離を取り回避したのだ。

 

「遅いッ!!」

 

 同時にネロは、バックステップで得た勢いをそのまま、横軸の回転エネルギーに変換。

 

 回転切りの横領で、カリギュラへと斬りかかる。

 

 円を描く軌跡。

 

 歪な刃が、カリギュラへと迫る。

 

 本来なら、一旦間合いの外に出て回避を図るべきところ。

 

 だが、

 

 カリギュラは、

 

 迷う事無く、前へと踏み出した。

 

「ネェロォォォォォォ!!」

 

 バーサーカーのバーサーカーたる所以。

 

 停滞も退却も無く、ただ前進あるのみ。

 

「ぬッ!?」

 

 驚くネロ。

 

 カリギュラのあり得ざる動きを前に、少女の剣閃が僅かに揺らいだ。

 

 その隙を、狂戦士は見逃さない。

 

 ネロの剣戟が、カリギュラの拳に弾かれる。

 

 少女の懐に飛び込むカリギュラ。

 

 対して、攻撃を弾かれたネロは、無防備に等しい。

 

 その凶悪な拳が、少女を捉える。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 ネロは一瞬にして頭上へ跳躍。宙返りしながら、カリギュラの背後へと降り立った。

 

「ぬゥ・・・・・・・・・・・・」

 

 相手を仕留め損ねたことを悟り、カリギュラが振り返る。

 

 対抗するように、ネロもまた原初の火(アエストゥス・エストゥス)を構えて対峙する。

 

「流石は伯父上。狂ってはいてもその武勇に陰り無し。その在り様には、流石の余も感嘆を禁じえぬ」

「ネロ・・・・・・・・・・・・」

「だがッ」

 

 何かを言おうとしたカリギュラを遮り、ネロは切っ先を突きつける。

 

「余には皇帝としての責務が、皆と共に戦う使命が、ローマの民を守る想いがある。これ以上、余個人の感傷に囚われている訳にはいかぬ」

 

 言いながら、

 

 ネロは構えを改める。

 

 体を半身捻り、原初の火(アエストゥス・エストゥス)の長い刀身を脇に構える。

 

 ちょうど、正面から見れば刀身はネロの体に隠されて見えなくなる形だ。

 

「終わらせてもらうぞ、偽皇帝カリギュラ!!」

「ネロォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 次の瞬間、

 

 両者、同時に仕掛けた。

 

 拳を振り上げて襲い来るカリギュラ。

 

 大気すら粉砕する、強烈な一撃。

 

 対して、

 

 ネロは視線を真っすぐに向け、カリギュラを迎え撃つ。

 

喝采は剣戟の如く(グラディサヌス・プラウセルン)!!」

 

 縦横に奔る、斬撃の嵐。

 

 突撃してきたカリギュラは、投網の如く投げられた斬撃の重囲の中に、真っ向から飛び込んでいく。

 

 斬り裂かれる巨体。

 

 肉が裂かれ、骨が断たれ、鮮血が全身から噴き出す。

 

 それでもかまわず、拳を振り上げるカリギュラ。

 

 全てを粉砕する、砲弾の如き一撃。

 

 技を撃ち尽くしたネロは一瞬、動きを止めている。

 

 カリギュラの拳が、彼女へと迫った。

 

 次の瞬間、

 

 拳は、ネロの額に当たる直前で、ピタリと動きを止めた。

 

 少女の美しい前髪が、風圧で僅かに靡く。

 

 視線を交わす両皇帝。

 

 ややあって、

 

「ネロ・・・・・・・・・・・・」

 

 カリギュラの方から、口を開いた。

 

 だが、それは先程までのような狂乱した叫びではなく、どこか憑き物が落ちたような、穏やかな声である。

 

「ネロ・・・・・・我が、愛しき姪よ・・・・・・」

「伯父上・・・・・・・・・・・・」

「お前は・・・・・・・・・・・・美しい」

 

 言っている間に、

 

 カリギュラの体は金色の粒子に包まれていく。

 

 ネロの剣戟をまともに受けて、彼の体は既に限界を超えていたのだ。

 

 そっと、

 

 カリギュラの手が、ネロの頭を撫でる。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 その昔、

 

 まだ幼い少女であったころ、そうしてもらったように。

 

「いつまでも、美しくあれ・・・・・・ネロ」

 

 そう告げるカリギュラ。

 

 最後に、

 

 自分を討ち取った姪に、優しく微笑みかけた気がした。

 

 完全に消滅するカリギュラ。

 

 後には、立ち尽くすネロだけが残された。

 

「・・・・・・・・・・・・伯父上」

 

 判っている。

 

 あれは敵だ。

 

 ネロの大切なローマを脅かす、憎むべき敵だ。

 

 敵は討ち果たさなければならない。

 

 そうでなくては、ローマを守れないから。

 

 だが、

 

 それでも尚、胸に去来する虚無感は、消しようが無かった。

 

 しかし、逡巡している暇は無かった。

 

 こうしている間にも、前線では苦しい戦いが続いているのだ。総指揮官である彼女が呆けている事は許されなかった。

 

「全軍に伝えよッ 偽皇帝カリギュラは、ネロ・クラウディウスが討ち取ったッ 今こそ攻勢の時ぞッ!!」

 

 ネロの宣言に、全軍が奮い立つ。

 

 既に、カルデア特殊班が連合ローマ軍の本陣の突入に成功した事で、連合ローマ軍の指揮系統には乱れが生じ始めている。

 

 そこに来て、ネロがカリギュラを討ち取った事は、敵味方双方に波及し始めていた。

 

 

 

 

 

 前線で指揮を執り続けているブーディカは、すぐに変化に気付いていた。

 

 敵の士気には乱れが生じ始めている。

 

 部隊の動きは遅く、個々の連携にも欠いている。

 

 明らかに指揮系統が機能していない軍の、典型的な特徴だった。

 

「ブーディカ将軍!!」

 

 そこへ、伝令の兵士が馬に乗って駆け寄って来た。

 

「報告しますッ 皇帝陛下が、敵の偽皇帝1名を討ち取りました。更に立香将軍の部隊も、敵の指揮官と交戦中の模様!!」

「成程、やってくれたようだね」

 

 報告を聞いて、ブーディカはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 状況は追い風になりつつある。

 

 今こそ、この戦いの勝利条件が揃ったと判断すべきだった。

 

「全軍に通達ッ これより我が軍は攻勢に転じるッ 敵は指揮系統が混乱して浮足立っているッ 今こそ祖国を守る時だよ!!」

 

 ブーディカの大音声に歓声が上がる。

 

 同時に、それまで消極的な戦いに終始していた正統ローマ軍が、一気に攻勢に転じた。

 

 対して、連合ローマ軍も抵抗するものの、やはり指揮伝達がうまくいかないせいか、部隊間の連携は皆無に等しい。

 

 対して正統ローマ軍は、歴戦の戦闘女王に率いられ、高度な連携を可能にしている。

 

 戦線各所において、連合ローマ軍を圧倒し始めている。

 

 そして、

 

 その最前線には当然、この男がいる。

 

「見よッ 圧制者が退き始めたぞ!! 今こそ勝鬨を上げる時ぞ!!」

 

 叫びながら、先陣を切って突撃していくスパルタクス。

 

 その剣が振るわれるたび、確実に敵兵の死体が積み上げられる。

 

 圧倒的な戦闘力を示すスパルタクスの姿に、多くの正統ローマ兵が勇気づけられる。

 

「ウォォォッ スパルタクス将軍に続けェェェ!!」

「今こそ勝利を我らに!!」

 

 前線へ飛び込んでいくスパルタクスを追って、正統ローマ軍も次々と突撃を開始していた。

 

 

 

 

 

 前線における状況の変化は、既に連合ローマ軍本陣にも伝わっていた。

 

 この場にいる敵味方、合わせて5騎のサーヴァント達。

 

 その全員が、無傷ではない。

 

 特に重傷なのはレオニダスだろう。

 

 当初こそ圧倒的な防御力で戦線を支えていたレオニダスだが、美遊、マシュの2人から猛攻を受けては、無傷ではいられなかったようだ。

 

 その全身は、既に満身創痍の様相を呈している。

 

 一方、

 

 響とカエサルの戦いは、ほぼ互角の内に推移していた。

 

「・・・・・・・・・・・・フン」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 互いに剣を構えたまま向かい合う、響とカエサル。

 

 宝具を発動し、その身をアサシンからセイバーへと変化させた響の戦闘力は、カエサルと互角と言ってよかった。

 

 一方のカエサルも、大英雄なだけの事はある。一歩も引かずに響を迎え撃ち、全ての攻撃を押し留めていた。

 

 睨み合う両者。

 

 このまま、再び激突となるか。

 

 そう思った時、

 

「・・・・・・・・・・・・ここまでか」

 

 カエサルは呟きながら、ゆっくりと剣を下した。

 

「ん?」

「どうやら、カリギュラも討たれたらしい。前線は混乱している。ここで退かねば、我らの全滅は免れまい」

 

 言いながら、剣を収めるカエサル。

 

 それに合わせるように、レオニダスも後退してカエサルを守るようにして立つ。

 

「潮時ですかな?」

「ああ。これ以上は無意味であり、無駄だ。何より、我らが拘泥すれば、兵が死ぬ。それは望む所ではない」

 

 撤退を決断するカエサル。

 

 その決断の速さもまた、彼の英雄たる所以だろう。

 

 名将とは、常に勝ち、負けを知らない者を言うのではない。

 

 必要な時に必要な策を講じ、適切なタイミングで命令を下せる者のみが名将の称号を得る事ができる。

 

 敵わない事が判ったら、いち早く兵を退き体勢を立て直す。

 

 それができるからこそ、カエサルは後世の人々から名将と称えられているのだ。

 

「ん、逃げる?」

 

 対して、響は背を向けるカエサルに、挑発のような言葉を投げる。

 

 その切っ先は、油断無く切っ先を向け続けている。

 

 ほんの僅か、

 

 カエサルを守るレオニダスが隙を見せた瞬間、斬り込むつもりなのだ。

 

 カエサルが十分強いのは、戦った響がよく分かっている。

 

 ならばこそ、ここで討ち果たしておかなくてはならない。そうしなければネロの、ローマの、ひいては自分たちカルデアにとって大きな壁になり得るだろう。

 

 しかし、そこは傷ついても守護の大英雄。

 

 レオニダスは響に対し、一部の隙も見いだせない防御の構えを見せていた。

 

「付け上がるなよ、小僧」

 

 そんな響に対し、

 

 カエサルは重々しい口調で言い放った。

 

 場の空気を圧するほどの存在感。

 

 ただその場にいるだけで、全てを圧倒するほどの存在感を見せつける。

 

「このユリウス・カエサルを相手に、『片手間』で戦おうなどと、不敬にも程があろう」

「・・・・・・・・・・・・」

「次に会う時は、私を楽しませろ。さもなくばその首と、貴様の『玉』は、この私が遠慮なくいただく事になる」

 

 そう告げると、レオニダスを従えて立ち去っていくカエサル。

 

 それを追う事は、響達にはできなかった。

 

 

 

 

 

第7話「暗殺剣士」      終わり

 



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第8話「母親」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは終わった。

 

 正統ローマ軍は、ガリアを守らんと出撃してきた連合ローマ軍の防衛ラインを悉く撃破。ついには打ち破るに至ったのだ。

 

 連合ローマ軍の指揮官であるユリウス・カエサルは、皇帝カリギュラが討たれた時点で、戦況我にあらずと判断、撤退の命令を全軍に下した。

 

 対する正統ローマ軍を率いるネロ・クラウディウスも、直ちに追撃を指示。

 

 これにより、勢いに乗るブーディカ以下の軍勢は、敗走する連合ローマ軍の背後から襲い掛かった。

 

 スパルタクスをも戦線に投入した追撃戦は熾烈を極めた。

 

 連合ローマ兵達も必死の抵抗を示した物の、サーヴァントの圧倒的な戦闘力に、生身の人間が敵うはずもなく、戦線は次々と打ち破られていく結果となった。

 

 この戦いで連合ローマのガリア派遣軍は壊滅に近い損害を被っている。

 

 もし、撤退命令が遅ければ、より大きな損害に見舞われていたかもしれない。

 

 結局、連合ローマ軍は、レオニダス率いる部隊が殿に立つ事で、正統ローマ軍の追撃を絶つ事に成功した。

 

 しかし、全兵力の半数近くを失った連合ローマ軍は、それ以上の抵抗は無意味と判断し、彼らの領土へと退却して行った。

 

 だが敗れたとは言え、連合ローマ軍の秩序は保たれ、最後まで整然としたまま撤退して言った。

 

 それは指揮官であるカエサルが的確な指示を出し続けた事。そして殿に立ったレオニダスが、最後まで戦線を維持し続けたことが大きい。

 

 2大サーヴァントの活躍が無ければ、連合ローマ軍の秩序は崩壊し、全軍潰走の状態になっていたとしても不思議は無かった。

 

 連合ローマ軍が退却した事で、正統ローマ軍は正式にガリア奪回を宣言。

 

 ガリア会戦は、正統ローマ軍の勝利に終わった。

 

 ガリア入城を果たしたネロは、直ちに占領統治を開始し、インフラの整備、負傷者の救護、不足している物資の援助など、復興支援を次々と実行していった。

 

 そこら辺は、流石は皇帝と言うべきだろう。一切の無駄が無く迅速、それでいて必要十分な支援内容だった。

 

 そして勿論、降伏した敵兵に対しては寛大な措置が取られた。

 

 一時は敵になったとはいえ、彼等もまたもともとはローマの民。戦いに敗れ、降伏した以上、むやみに滅ぼす理由は無かった。

 

 「全ての道はローマに通ず」

 

 この言葉には、2つの意味合いがある。

 

 1つは読んで字の如く。ローマ時代、首都からヨーロッパ各地に向けて大規模な街道整備が行われた。その為、あらゆる道が「物理的」にローマに通じていた事。

 

 そしてもう1つ。

 

 ローマは、たとえ戦争に勝っても、相手の国を亡ぼすような真似はせず、むしろ相手に対して敬意を表し、自国の民として厚遇してきた。それ故、ヨーロッパ中のあらゆる文化がローマに集められたと言われる。

 

 たとえば「奴隷」と言う存在は、現代でこそ「最下層の人間」「使い捨ての労働者」「特権階級の所有物」と言ったマイナスの意味合いが強いが、ローマ時代の奴隷とは「高度な知識や技術を持ち、招致された外国人」と言う存在であり、ローマ人の方が奴隷にむしろ敬意を持ち、高い報酬を払って教えを乞う事も少なくなかったと言う。

 

 故に、あらゆる文化の起源はローマに集まる、と言う意味合いで上記の言葉が使われる事もある。

 

 その精神を、ネロもまた実践していた。

 

 戦い敗れて降った以上、彼等もまたローマの民。ならばいたずらに傷付け、辱める事は許されない。

 

 ただ全てを受け入れ、迎え入れるのみだった。

 

 こうして、会戦からわずか数日。ガリアはネロの指導の下、急速に復興を遂げていくのだった。

 

 

 

 

 

 一方

 

 敗戦の報せは、ただちに連合ローマの首都へも届けられた。

 

 カエサル軍の敗北。

 

 ガリアの失陥。

 

 それらの凶報に、連合ローマ首脳部が色めきだっていた。

 

「馬鹿なッ あの無能者が、いったい何をやってるのだッ!!」

 

 連合ローマで宮廷魔術師を務める男は、狂ったように叫び声を上げる。

 

 ここは連合ローマの王城。その内部にある謁見の間である。

 

 ここには今、宮廷魔術師である彼の他に、先にネロ暗殺に失敗し帰還したアサシンの女性。そして、彼らの「主君」の姿もあった。

 

 その中で異彩を放っているのはやはり、人目もはばからずに周囲に当たり散らしている宮廷魔術師の存在だろう。

 

 緑がかったコートにシルクハット。

 

 ローマ人に比べて、少し線の細い印象の出で立ち。

 

 それは見間違えるはずもない。

 

 かつてはカルデアの技術主任を務めた、レフ・ライノールに他ならなかった。

 

 炎上する冬木にて立香達と対峙し、かつての上司であるオルガマリー・アニムスフィアを抹殺した後、彼はこのローマの地に現れていたのだ。

 

 だが、

 

 そのレフが今、かつての落ち着き払った態度などかなぐり捨てたかのように、人目もはばからず喚き散らす様は、かつての同僚たるロマニやマシュが見れば、さぞかし唖然とすることだろう。

 

 それ程までに、彼が受けた衝撃は大きかったのだ。

 

 今回のガリアでの戦い、レフは確実に勝てると踏んでいた。

 

 惨禍兵数こそ連合ローマ軍が劣っていた物の、カエサルほどの名将が率いる軍勢である。負けるはずが無いとさえ思っていた。

 

 だが、現実にカエサルは敗れ、ガリアは奪還された。

 

 しかもそれを成したのが、かつて取るに足らぬと捨て置いたカルデアのマスターとサーヴァント達だと言う。

 

 レフとしても、臍を噛む想いだった。

 

 これにより正統ローマ軍は、連合ローマ領に攻め込むための足掛かりを得たことになる。

 

 逆に連合ローマ軍は、早急な作戦の見直しが迫られている。

 

 当初はガリアの戦いで正統ローマ軍主力を撃破し、その後、ローマまで一気に攻めあがると言うのが連合ローマ軍の作戦だったのだが、今回の敗戦で、それが完全に破たんしてしまった事になる。

 

 敗れたとはいえ、まだカエサル軍は壊滅した訳じゃないし、何より主力軍はまるまる残っている。

 

 数の上では連合ローマは正統ローマを上回っている。

 

 それを考えれば、戦いようはまだ、いくらでもあるだろう。

 

 しかし、当初の計画に狂いが生じたのは確かだった。

 

「それと言うのも・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら宮廷魔術師は、傍らに立つ女に目をやった。

 

 うなだれたまま、その場に佇む女。

 

 対してレフは、容赦なく罵声を浴びせる。

 

「貴様の責任だぞ、アサシン!! 貴様がネロ・クラウディウスの暗殺に失敗したせいで、このような事態に陥ったのだッ 恥を知れ、この無能者め!!」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 罵倒を受けても、アサシンの女性は黙したまま立ち尽くしている。

 

 レフが言っている事は、確かに事実だった。

 

 彼女がネロ・クラウディウスの暗殺に成功してさえいれば、あの時点で正統ローマは瓦解し、この戦争は連合ローマの勝利に終わっていた筈なのだ。

 

 しかし彼女は失敗した。

 

 その結果、ネロ指揮の下に完全に統一された正統ローマ軍により連合ローマ軍は敗北。ガリアが奪われると言う事態に陥ってしまったのだ。

 

 弁明の余地は無かった。

 

「そもそも貴様のような奴がッ ・・・・・・・・・・・・」

 

 さらに言い募るレフ。

 

 その時だった。

 

「やめよ」

 

 上座より、重々しい声が響き渡る。

 

 その声に、それまでアサシンを罵っていたレフも、言葉を止めて振り返る。

 

 2人の視線が集中する先。

 

 上座に座した「君主」は、2人を見下ろしながら言った。

 

「それ以上の叱責は無用である。今は成すべき事を成せ」

「・・・・・・・・・・・・フンッ」

 

 君主の言葉に、レフは鼻を鳴らす。

 

 確かに、この場にあってアサシンを罵ったとしても、時間の無駄である。

 

 冷静さを取り戻したレフは、肩を竦めて見せる。

 

「なに、心配には及ばんよ。既に待機している本軍には進撃を命じている。彼らの戦力に、カエサル軍の残存兵力を加えれば、ガリア奪還も、敵軍の撃破も簡単な事だろうさ。お前はただ、その玉座にふんぞり返って、吉報を待っていれば良い」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 仮にも自身の主君に対して、不遜とも取れる言葉。

 

 だが、主君の方は一切何も告げず、沈黙を保ったままレフを見ている。。

 

 代わりに激昂したのは、アサシンの方だった。

 

「貴様ッ 無礼にも程があるぞッ!!」

 

 腰のナイフを抜きかけるアサシン。

 

 鋭い眼光はレフを射抜く。

 

 僅か一瞬。

 

 それだけの時間があれば、アサシンはレフに対して斬りかかっていた事だろう。

 

 だが、

 

「良い」

「ッ!?」

 

 主君から発せられた重々しい言葉が、アサシンの動きを制する。

 

 主君の言葉は、まるでそれ自体が不可視の拘束であるかのように、アサシンの動きを制していた。

 

 そんな一連のやり取りを見て、レフはあざ笑うように言った。

 

「サーヴァントと言うのは難儀な物だね。同情に値するよ。いかな歴史に名を成した英霊と言えども、使い魔風情に落としてしまうのだからな」

 

 もはやレフは、主君やアサシンに対するる嘲笑を隠そうとすらしていなかった。

 

 彼にとっては、サーヴァントなど、自分の目的を果たす為の道具でしかない、と言う事だ。

 

 踵を返すレフ。

 

 その視線が、アサシンに向けられる。

 

「貴様に、もう一度チャンスをやる。次はしくじるなよ。場合によっては、宝具の開帳も許可してやる」

 

 ありがたく思え。

 

 捨て台詞のように言うと、そのまま部屋を出て行くレフ。

 

 後には、主君とアサシンのみが残されるだけだった。

 

「閣下、申し訳ありません。私は・・・・・・」

「良い」

 

 アサシンの言葉を、主君は重々しく制する。

 

 その慈愛に満ちた眼差しが、アサシンをねぎらうように向けられる。

 

「おのれの責務を、全うせよ」

「・・・・・・ハッ」

 

 主君の伊熱田割るようなこと名に対し、

 

 アサシンは恭しく、頭を下げるのだった

 

 

 

 

 

2。

 

 

 

 

 

「ではブーディカ、後の事はよろしく頼むぞ」

 

 別れ際に際して、ネロはブーディカを前にして告げる。

 

 ガリアを奪回し、その占領統治についても目途が立ったことで、ネロたちはいったん、ローマにもどる事になったのである。

 

 ネロは皇帝である。戦場で軍を指揮する以外にも、やる事は山のようにある。

 

 このような戦時下にあるなら猶更、後方の安定は必須となる。

 

 後顧に憂いがあっては、戦争はできない。

 

 それ故にネロは一度、首都に戻る事にしたのだ。

 

 それに実際のところ、ここにいてもネロができる事は少ない。

 

 カエサル軍は事実上、壊滅状態に近い。

 

 すぐに攻め込んでくる心配は無いだろうし、仮に無理を押して攻めて来たとしても、ブーディカ軍の敵ではない。

 

 連合ローマ軍がガリア奪還に動くとすれば、後方で温存している主力軍を持ってこなくてはならないだろう。そして、それには時間がかかる。

 

 よって、すぐに次の戦いは起きないだろう、と言うのがネロやブーディカが話し合った結果である。

 

「敵が攻めてくる事は無いだろうが、まだ残党が息をひそめている可能性はある。充分に注意してくれ」

「大丈夫だって。そこらの賊程度に敗れるあたしじゃないよ。あんただって知ってるだろ」

 

 そう言って、豪快に笑うブーディカ。

 

 確かに、普通の人間程度に、サーヴァントを倒す事は不可能である。

 

「う、うむ。確かに、そなた程、頼りになる存在はいないが・・・・・・・・・・・・」

 

 何とも気まずそうに言いながら、目を逸らすネロ。

 

 その様子を見ていた凛果が、そっと立香に耳打ちする。

 

「ねえねえ、ネロってやっぱり、ブーディカの事苦手なのかな?」

「ああ。そう言えば、最初から変だったよな」

 

 ネロとブーディカの関係については、既にロマニやダ・ヴィンチから詳しく聞いて知っている。

 

 かつて、ローマによって屈辱を受け、反乱を起こしたブーディカ。

 

 そして、そのブーディカを討伐したネロ。

 

 何とも複雑すぎる関係にある2人。

 

 いかにブーディカが一度死んで、サーヴァントとして召喚された身であるとは言え、彼女がネロの配下に収まっている事の方が奇跡なのだ。

 

 あるいはそのせいで、ネロがブーディカに対して負い目のような物を感じていたとしてもおかしくは無かった。

 

「と、とにかく頼んだぞ」

 

 それだけ言い置くと、ネロは逃げるようにして退室していく。

 

 その後ろ姿を嘆息交じりに見送ると、ブーディカは横にいる立香と凛果に目を向けた。

 

「2人とも、ネロの事、くれぐれもよろしく頼むよ」

「ああ、判ってる」

 

 ブーディカの言葉に、頷きを返す立香。

 

 カルデア特殊班もまた、ネロに同伴する形で一度、ローマにもどる事になっていた。

 

 契約である為、戦争には参加するが、特殊班の本来の任務はこのローマのどこかにある、聖杯の探索、および確保である。

 

 前線にいるよりも、首都のローマの方が情報が集まる可能性が高い為、ネロの申し出もあって、一旦戻る事になったのだ。

 

「ネロはあの調子だから、表面上は何ともないように振舞っているけど、何だかんだで結構しんどいと思うんだよね。こんな状況だから、信頼できる誰かが、そばにいて支えていてやんないといけないと思うんだよ」

 

 言ってから、ブーディカは立香と凛果を見やる。

 

「何でかな、あんた達なら、あの子を任せても大丈夫って思えるから不思議だよ」

 

 出会って間もないにもかかわらず、ブーディカの中では立香と凛果に対する信頼感が芽生えていた。

 

 この子たちは、きっと自分たちを裏切らない。

 

 そんな風に、ブーディカには思えるのだった。

 

「頼んだよ、2人とも」

 

 そう言うとブーディカは、2人の肩を優しく叩くのだった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

「うう、ブーディカの奴め・・・・・・恥ずかしい事を堂々と言いおって。あれでは余が、1人では何もできぬ(わらべ)のようではないか」

 

 入り口脇で耳を欹てていたネロが、顔を赤くしてもごもごと呟く。

 

 他人の会話を立ち聞きするなど、皇帝として、と言うか人としてどうかと思うが、自分の話題が出ているようなので、気になってしまったのだ。

 

 道行く兵士たちが、皇帝陛下の奇行に対し、何事かと呆気に取られながら通り過ぎていく。

 

 しかし、

 

 確かに、ネロはブーディカに対し負い目を感じている。

 

 理由は、立香達が考えていた通りだ。

 

 地方総督が勝手にやったこととは言え、ブーディカの国を奪い、屈辱を与えたのはローマだ。

 

 そして、反乱を起こしたブーディカを討伐したのは、他ならぬネロである。

 

 連合ローマとの戦いが始まって暫くした頃、前線で指揮を執る自分の前にブーディカが現れた時、ネロは思わず我が目を疑った。

 

 つい先ごろ、討伐したばかりの敵将が実は生きていて、しかも単身で自分のところに乗り込んで来たのだ。驚くな、と言う方が無理がある。

 

 しかも、自分に協力してくれるとまで言っている。

 

 これはもう、たちの悪い冗談か、あるいは敵の謀略を疑ったほどである。

 

 だがブーディカの言葉に偽りなどなかった。

 

 彼女はネロを献身的に支え、軍を指揮し、幾度となく起こった戦いで勝利をもたらしてくれた。

 

 正直、今でもネロには信じられない。

 

 ブーディカが生きていた事も、彼女が自分に協力してくれている事も。

 

 だが、その事を決して不快には思っておらず、むしろ好感すら抱いている。

 

 そして、

 

 そんなブーディカから子ども扱いされる事は、ネロにとってこそばゆいやら恥ずかしいやら、何とも感情のやり場に困る事態であった。

 

 何と言うか、

 

 正直、こんな事を考える事自体、ネロにとっては恥ずかしい事この上何のだが、

 

 ブーディカと接していると、どうにも母親と会話しているような気分になってくるのだ。

 

 ネロは母の愛と言う物を知らない。

 

 勿論、血の繋がった実の母はいた。

 

 だがネロの母であり、先に討伐したカリギュラの妹でもあるアグリッピナと言う存在は到底、「母親」と言う存在とは無縁な存在だった。

 

 人一倍権力欲の強かったアグリッピナは、自分の娘であるネロを皇帝の座に就かせるために、あらゆる謀略を駆使した。

 

 先帝の暗殺。他の皇帝候補者の抹殺。元老院の懐柔。

 

 全てはネロを皇帝にする為、翻せば自分を「皇帝の母親」にする為。

 

 ネロが女の身でありながら皇帝の座についているのは全て、アグリッピナの差し金であった。

 

 ネロが皇帝に就任した後、アグリッピナの増長はますます強くなった。

 

 公費の私的流用、情実にまみれた政策と裁定、反対者の容赦ない粛清。

 

 それらは全て、ネロの名の下にアグリッピナが行った事だった。

 

 ネロは、彼女の言いなりになるしかなかった。もし逆らったら、ネロも殺されていただろう。否、あのまま行けば間違いなく、アグリッピナはネロ排除に動いていた事だろう。

 

 彼女にとって、実の娘のネロですら、自身の権力を強化するための舞台装置に過ぎなかったのだから。

 

 ある意味ネロにとってアグリッピナは、敵である連合ローマ以上に厄介な存在だった。

 

 だからこそ、ネロは母親を排除するしかなかった。

 

 母親の愛情を知らずに育ったネロ。

 

 そんなネロにとってある意味、皮肉な事に、かつての敵将であったブーディカこそが、初めて「母親の愛情」を感じさせてくれる相手だったのだ。

 

 と、

 

「ん、ネロ、そんなとこでどした?」

「ぅわをぃえぇッ!?」

 

 突然背後から声を掛けられ、飛び上がらんばかりに驚くネロ。

 

 正直その様子は、女の子としてちょっとどうかと思うのだが。

 

 そんな少女の様子を、3人のサーヴァントが不審な物を見るような眼差しで眺めていた。

 

「どうかしたんですか、ネロさん?」

「あ、ああ、いや・・・・・・」

 

 怪訝そうに尋ねてくるマシュに対し、ネロは慌てて取り繕うと、一つ咳払いして向き直った。

 

 一瞬で居住まいを正すあたりは、流石皇帝と言ったところだろう。

 

「それより・・・・・・そなたたちも、この度は大儀であった。おかげでガリアを奪還する事が出来た。心から礼を言う」

「そんな・・・・・・恐れ多いです」

 

 頭を下げるネロに、マシュは恐縮した体で制する。

 

「わたし達は結局、敵将カエサルを討ち取る事ができませんでしたし」

 

 マシュの言う通りだろう。

 

 当初の作戦では、敵陣に突入したカルデア特殊班が敵将(カエサル)を討ち取り、連合ローマ軍の指揮系統を破壊。その後、本軍が総攻撃を仕掛ける事で、敵を全軍潰走に追いやる手はずだった。

 

 しかし、カエサル、レオニダスの予想外に頑強な抵抗にあい、襲撃は失敗。

 

 最終的に勝利し、敵を撤退に追い込めたものの、戦果は不十分なままに終わってしまった。

 

「なに、そのような事は些事に過ぎぬ。事実、そなたたちが敵将を引き付けてくれたおかげで、敵は指揮系統に混乱を招いたのだ。上々の戦果と言えよう」

 

 そう言ってネロは笑い飛ばす。

 

 実際に勝てたのだから、それで良い。と言った感じである。

 

 と、

 

 そこでネロは何かを感じたように後ろを見ると、慌てた様子で振り返った。

 

「で、では、余は行く。帰りの船の用意もある故な。そなたらも、準備ができたら港までくるが良い」

 

 そう告げると、そそくさとその場を後にする。

 

 そんな皇帝陛下の後姿を、サーヴァント達は怪訝な面持ちで見送る。

 

「ん、何あれ?」

「さあ」

 

 揃って首を傾げる響と美遊。

 

 いったい、何なのだろう?

 

 と、

 

「あれ、今、ネロがいなかったかい?」

 

 本陣から出てきたブーディカが、怪訝な面持ちで尋ねて来た。

 

 どうやらブーディカが出てくる気配がしたため、ネロは慌てて立ち去ったらしかった。

 

「あ、はい。今しがたまでいたのですが、急いで行ってしまわれました」

「・・・・・・・・・・・・ふうん」

 

 どこか釈然としない感じに頷くブーディカ。

 

 ネロの煮え切らない態度は、ブーディカとしてももどかしく感じている部分があった。

 

「あんた達」

「ん?」

「はい?」

 

 呼ばれて、振り返る響達。

 

 と、

 

 ブーディカは両手を広げ、響、美遊、マシュを包み込むように抱きしめた。

 

「んッ」

「あッ」

「ブ、ブーディカさん、あの・・・・・・」

 

 慌てた様子の3人。

 

 だがブーディカは、抱擁を続ける。

 

「3人とも、今回はありがとうね。あんたちが来てくれて本当に助かったよ」

 

 優しく語り掛けるブーディカに、3人もどこかこそばゆい気持ちになる。

 

 だが、不思議と悪い気はしない。

 

「良いかい。また必ず戻ってきて、元気な姿を見せてね」

「・・・・・・はい、必ず」

 

 答えるマシュ。

 

 その心の内には、どこか陽だまりのような暖かさが広がっていくようだった。

 

 

 

 

 

第8話「母親」      終わり

 



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第9話「全ての風呂はローマに通ず」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世の中には往々にして、

 

 やる事成す事全てが大雑把且つ強引で、

 

 周囲の負担も被害も、何もかもほったらかしにしたまま、ゴーイングマイウェイを超全速力で爆走し、

 

 関係者各位に多大な迷惑をおかけしつつ、

 

 一切合切悪びれる事無く、

 

 むしろいい仕事をしたと言わんばかりの笑顔を浮かべ、

 

 だと言うのに、

 

 なぜか最終的に帳尻だけは合ってしまう人間と言うのは、たまに存在するわけだが、

 

 ローマ帝国第5代皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスとは、まさに、そんな感じの人間だった。

 

 

 

 

 

「うむ、なかなかの絶好な航海日和であった。流石は余だな。初めての操船であったにもかかわらず、ここまで見事に大型船を操って見せたのだから。ん? どうした、そなたら? 何をしている?」

 

 うららかな日差しが降り注ぐローマの港町にて、

 

 ネロは小柄な体に不釣り合いに大きな胸を堂々と張りながら、どや顔を晒している。

 

 その一方、

 

 彼女の足元では戦死体さながら、死屍累々とした体を晒しているのは、カルデア特殊班の一同だった。

 

「ああ、陸・・・・・・陸だ・・・・・・本当に、陸だ・・・・・・」

「やっと・・・・・・着いたね」

「はい、先輩方・・・・・・ローマ到着、です。奇跡的に・・・・・・」

「フォ・・・・・・フォウ・・・・・・」

 

 立香と凛果が、人目もはばからずにその場に蹲り、マシュはそんな2人を気遣うようにしている。もっとも、そのマシュも疲労困憊と言った感じなのだが。

 

 響と美遊も、それぞれ荷下ろしされた貨物に寄りかかってぐったりしている。

 

 一人、元気溌剌なのはネロだけだった。

 

 何と言うか、

 

 船なのに、ドリフトはするわ、ジャンプはするわ、スピンターンはするわ、急転落下はするわ・・・・・・・・・・・・

 

 その他、とてもではないが筆舌に尽くしがたい「高機動」を体験させられた一同。

 

 断っておくが、この時代の船の動力はあくまで人力と風だけである。故に、あんな無茶な機動は絶対にできないはずなのだ。

 

 だが、

 

 皇帝ネロ陛下は、不可能を可能にしてしまった。

 

「も・・・・・・ネロの船、やだ」

「同感・・・・・・・・・・・・」

 

 響と美遊も、ガックリした調子で頷く。

 

 サーヴァントですらこの調子である。

 

 同乗した兵士たちに至っては、船から降りてくる事すらできない有様である。

 

 合掌

 

「何で、ネロだけ元気なの?」

「ネロさんだから、じゃない?」

「ん、納得」

「フォォォォォォ」

 

 割とどうでも良い、と言った感じに投げやりな会話を交わす一同。

 

 そんな特殊班の面々を見渡して、ネロは言った。

 

「何をだらけておるか、そなたら。折角の凱旋なのだぞ。もっと胸を張らぬかッ」

「いや、そんなこと言われても・・・・・・」

 

 腕を振り回して抗議するネロに、立香は苦笑するしかない。

 

 サーヴァントですら参るような荒波を越えてケロリとしているネロには、もはや驚嘆するより呆れるしかなかった。

 

「さて、城に戻って戦勝の宴と行きたい所であるが、その前にまず、旅の疲れを落とそうではないか」

「と言うと?」

 

 尋ねる凛果。

 

 正直、何もいらないから休ませてほしいくらいだった。

 

 対して、ネロはニンマリと笑って見せる。

 

「決まっておろう。ローマ人がこよなく愛し、もちろん余も、余程の事が無い限り決して欠かす事が無い、ローマ人必須の文化」

 

 やや大仰に良いながら、ネロは一同を見回す。

 

「湯あみだ!!」

 

 湯あみ、

 

 つまり、風呂と言う訳だ。

 

 確かに古代ローマでは風呂文化が盛んであり、大規模公衆浴場の遺跡が多数発掘されたりもしている。これらの事から、ローマ人が風呂文化をこよなく愛していたと言う研究発表が成されていた。

 

 ネロもそうしたローマ人の例に漏れず、風呂好きであるらしかった。

 

「おお、テルマエ・ロマエ」

「うむ。ローマの風呂は世界一だからな。ローマに来たからには、一度は味合わねば損だぞ」

 

 感心したように手を打つ響に頷くと、ネロは思い出したように言った。

 

「因みに混浴もあるが・・・・・・」

「「「別々でお願いします」」」

 

 とんでもない事を言い出すネロに、凛果、美遊、マシュが異口同音にツッコミを入れる。

 

 確かにローマは性に対して割とおおらかなところがあったらしいが、そこは現代人の少女達。一足飛びに色々と飛び越える訳にも行かないらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネロが自慢するだけの事はあり、城に設置された彼女の専用風呂は超が付くほど豪華な物だった。

 

 浴室の広さは学校の体育館ほどもあり、浴槽はその半分。湯船と言うより、温水プールに近い。

 

 内装も凝った物で、壁と言い床と言い飾られている像と言い、大理石がふんだんに使われ、目を楽しませる色とりどりの花が生けられている。宮殿と言うより神殿と言った風情だ。

 

 湯船にはネロの趣味なのか、バラの花びらが浮かべられ、いい香りが漂って来ていた。

 

 風呂と言う概念だけで見れば、ネロの専用風呂は「極楽」と称しても過言ではなかった。

 

 凛果、美遊、マシュもそれぞれ生まれたままの姿となると、思い思いに湯船へと裸身を沈めて言った。

 

「いやー もう最高ッ まさかローマくんだりまで来て温泉に入れるとは思ってなかったなー」

 

 湯船の中で思いっきり両手足を伸ばしながら、凛果が弛緩しきった表情で言う。

 

 思えばローマを出て以来、主力軍と合流するまで強行軍に次ぐ強行軍。

 

 軍本陣では多少寛げたものの、その後は否応なく戦線投入。

 

 そして、トドメに帰りのジェットコースタークルーズと来た。

 

 まったくもって、心休まる事の出来なかった旅だったが、こうしてゆっくりと湯に浸かる事が出来れば、その苦労も報われると言う物だった。

 

「本当に気持ち良いです。体の疲れが癒されていくのが判るようです」

「そうですね。こうして皆さんと一緒に入るのは、ちょっと恥ずかしいですけど」

 

 傍らにいるマシュと美遊も、そう言って凛果に頷きを返す。

 

 常に最前線で戦ってきた2人である。疲労の度合いも半端な物ではなかっただろう。

 

 少女たちは生まれたままの姿で、存分に心地よい湯加減を堪能していた。

 

「美遊さんは、他の人と入浴した事は無いのですか?」

「家にいたころは、母様とたまに。それ以外には・・・・・・」

 

 元々、朔月家の結界の中で隠されて育てられた美遊である。他人と接する機会その物が極端に少なかった彼女にとって、誰かと一緒に風呂に入る事自体、初めてなのだ。

 

 母に裸を見られるのは慣れているが、同性とは言え他人と一緒に風呂に入る事は、やはり美遊にとっては気恥ずかしい物があった。

 

「そうだね・・・・・・じゃあさッ」

 

 何かを思いついたように、凛果が声を上げた。

 

「カルデアに戻ったら、今度からお風呂は一緒に入ろうよ」

「は・・・・・・はい?」

 

 突然、予想だにしなかった凛果の申し出に、目を丸くする美遊。

 

 いったい、何を言い出すのか?

 

「美遊ちゃんって、今まで友達と遊んだ事とか、無いんでしょ?」

「それは、まあ・・・・・・・・・・・・」

 

 結界の中にいたせいで、友達など作る暇もなかったのだ。

 

「だからさ、これからたくさん、わたし達と一緒に思い出を作っていこうよ、ね。はい決定。あ、これはマスターとしての命令だから。美遊ちゃんに拒否権は無いよ」

「そんな・・・・・・」

 

 横暴な。

 

 いったい、凛果は何を考えてこのような事を言い出したのか。

 

 と、

 

 口を開こうとして、美遊は言葉を止める。

 

 半ば強引に話を進める凛果。

 

 本来なら不快になってもおかしくは無い言動だが、しかし同時に、それが彼女なりの気遣いであると思ったからだ。

 

 今まで友達がいなかった美遊。冬木の戦いで、彼女の家族も全滅してしまっている。

 

 言わば、天涯孤独の身と言っていい。

 

 そんな美遊の為に、凛果は本当の姉のように振舞おうとしているのだ。

 

「あ、もちろん、マシュも協力してくれるよね」

「はい。不詳、マシュ・キリエライト、先輩と美遊さんの為ならば、一肌脱がせていただきます」

 

 よく分からない気合で、充分なマシュ。

 

 そんな年上少女たちの様子に、美遊はクスッと笑う。

 

 聖杯戦争で家族を失い、なし崩し的にカルデアの一員となった美遊。

 

 これまで多くの戦いを経験し、その全てに生き残って来たが、幼い少女の心の中には、常に不安があった。

 

 全てが死に絶えた世界で、自分1人が生き残ってしまったかのような恐怖感。

 

 口にこそ出さなかったが、それは少女の肩に重荷のようにのしかかっていたのだ。

 

 凛果がそれを察したかどうかは判らない。ただマスターとして、否、年上の女として、幼い美遊を支えたいと、そう思ったからこその行動だったのかもしれない。

 

 しかし、そんな凛果の気遣いが、美遊の心を幾分軽くしたのは確かだった。

 

「ありがとうございます、凛果さん、マシュさん」

 

 柔らかく微笑む美遊。

 

 そんな少女の笑顔につられるように、凛果とマシュも共に笑顔を浮かべるのだった。

 

 と、

 

 その時だった。

 

「何を、余を差し置き、3人だけで盛り上がっておるか?」

「ウキャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 突然のネロの声と共に、素っ頓狂な悲鳴を上げる凛果。

 

 思わず美遊とマシュが肩を震わせてびっくりする中、

 

 いつの間にやって来たのか、

 

 凛果の背後に回ったネロが、彼女の胸を両手で思いっきり揉みしだいていた。

 

「余を無視するでない。寂しいではないか」

「ちょッ ネロッ んッ 胸・・・やめッ あんッ!?」

「ふむ、大きさと言い形と言い、サイズとしては手頃で丁度良い。それでいて、この張り具合、見事と言っても良いだろう」

「あゥっ んッ かいせ、つ・・・しない、でッ んんッ!?」

 

 凛果の胸を揉みまくるネロ。

 

 心なしか、揉まれる凛果の声にも、艶が出始める。

 

 見ている美遊とマシュも、何やら正視しがたい雰囲気に、後じさりする。

 

 しばらく経って、凛果を解放するネロ。

 

 凛果はと言えば、疲れ果てたと言わんばかりに、湯船の中でぐったりとしている。

 

 と、

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

「はい?」

 

 突然視線を向けられ、思わず体を退くマシュ。

 

 思いっきり、嫌な予感がした。

 

 次の瞬間、

 

「そぉれ!!」

「キャァァァァァァ!?」

 

 今度はマシュへと襲い掛かるネロ。

 

 マシュも咄嗟に逃げようとしたが、遅かった。

 

「おお、これはこれは、大きさは凛果以上。それでいて見事な張り具合、埋もれた指を押し返すほどの弾力は、もはや極上と言っても差し支えあるまい!!」

「ちょッ ネロさん、やめッ あうッ!?」

 

 悲鳴を上げるマシュ。

 

 確かに、マシュの胸は凛果の物と比べても大きかった。

 

「ふむ。これだけの胸がありながら、あの大盾を振るうとは、流石と言わざるを得んな」

「む、胸は関係、な、ひゃんッ!?」

 

 ひとしきり、マシュの胸を堪能した後、

 

 ネロの目は獲物を狙う獣さながらに、最後の1人へと向けられた。

 

「ひッ!?」

 

 思わず、胸を両手で庇いながら後じさる美遊。

 

 だがネロは、逃がさないとばかりににじり寄る。

 

「ここまで来たのだ。よもや、1人だけ逃げられるとは思っていまい?」

「あ、あの・・・・・・・・・・・・」

「何、案ずるな、痛くはせぬ故な」

「そ、そう言う問題じゃ・・・・・・キャァァァァァァ!?」

 

 逃げようと背を向ける美遊。

 

 その背後から、ネロの両手が覆いかぶさるように掴みかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~しばらくお待ちください~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「納得いかん。なぜ、余がこのような扱い受けねばならぬ?」

 

 不満顔の少女が、散々にぶー垂れている。

 

 今現在、ローマ帝国第5代皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスは、

 

 大理石の床に正座させられていた。

 

 その頭には、大きなタンコブがこさえられている。見かねた凛果が、ゲンコツを喰らわせたのだ。

 

 有史以来、ローマ皇帝にグーパンかました一般人は、凛果が初ではなかろうか?

 

「当然でしょッ」

「反省してください、皇帝陛下」

 

 口々に言い募る凛果とマシュ。その体には、体を拭くために借りた大きめの布を巻いている。

 

 美遊はと言えば、涙目で凛果の影に隠れて、両手で自分の胸を庇っている。

 

 11歳女児には、いささか刺激の強すぎる体験であったらしい。

 

 そんな中、

 

「うむ、それにしても、こうして並ぶとやはり良い光景だな」

 

 まったく反省の色を見せないネロは、3人を見比べて、満足そうに頷く。

 

 正確には、3人の胸を見て、だが。

 

「大、中、小と、より取り見取りではないか」

「・・・・・・反省して。お願いだから」

 

 満足げなネロ。

 

 対して凛果は、やや脱力気味に言い募る。

 

 とは言え、

 

 ここで一つ、どうしても気になる事があるので、尋ねてみる事にした。

 

「あのさ・・・・・・まさかと思うけど・・・・・・」

「うん、如何した凛果よ?」

 

 恐る恐ると言った感じの凛果。

 

 対してネロは正座したまま、怪訝な面持ちで凛果を見る。

 

 ややあって凛果は、意を決したように口を開いた。

 

「もしかして・・・・・・ネロって、女の子が好きなの?」

 

 恐る恐る、と言った感じに尋ねる凛果。

 

 聊か突飛な考えではあるが、さっきまで凛果たちの胸を揉みまくっていた事を考えれば、あながち的外れとも思えないところが怖い。

 

 もしそうだとしたら、衝撃の事実である。

 

 まさかローマ帝国の皇帝が同性愛者だった、などと。

 

 下手をしなくても、歴史がひっくり返るレベルである。

 

 対して、

 

「それは違うぞ、凛果」

 

 ネロは、真剣な眼差しで凛果の言葉を否定する。

 

 ホッと、息をつく凛果。

 

 そうだ、そんな事があるはずない。

 

 ローマ皇帝が同性愛者だ、などと言う事にでもなれば、それこそ歴史を揺るがしかねない大事件となるだろう。

 

「そっか、良か・・・・・・」

「余は女が好きなのではない。美しければ男も女も、どっちも好きなのだ!!」

「余計にタチ悪いよ!!」

 

 更にとんでもない事を堂々と宣言してくれちゃった皇帝陛下に、凛果が鋭いツッコミを入れる。

 

 歴史が動いた、どころの騒ぎではない。

 

 いっそ、このままローマの歴史だけ人理焼却させた方が良いのではないか、とさえ思えてくる衝撃だった。

 

「まあ、良いではないか。神代の昔より、美男美女は愛でてこそ、と言う物であろう」

 

 堂々と言い放つネロ。

 

 ここまで言い切れば、いっそすがすがしさすら感じてしまう。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果の背後にいる美遊が、隠れて何やら難しい顔をしている。

 

 自分の胸に手を当てると、ネロ、凛果、マシュのそれと見比べ、また手を当てる。と言う、謎の行動を繰り返していた。

 

「どうかしましたか、美遊さん?」

「あ、い、いや、何でもないです」

 

 尋ねるマシュに、慌てて振り返る美遊。

 

 明らかに、挙動がおかしい。

 

 すると、

 

 近付いて来たネロが、少女の肩をポンと叩く。

 

「あ、あの、ネロさん?」

 

 怪訝な面持ちの美遊。

 

 対して、ネロは真剣な眼差しを向ける。

 

 そして、

 

「奇跡を信じて強く生きよ、美遊」

「ナニがですかッ!?」

 

 意味不明なネロの励ましに、ツッコミを入れる美遊。

 

 言われるまでもなく、美遊の胸が物量的に、他3人に劣っている事は明々白々だろう。

 

 とは言え、彼女はまだ11歳。

 

 その可能性は現在よりも未来にこそ期待できるものがあるのだ。

 

 きっと・・・・・・・・・・・・

 

 たぶん・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 女湯で、女子会トークが花咲いている頃、

 

 一足先に湯から上がった響は、城の廊下を歩いていた。

 

「ん、何か騒がしい」

「フォウッ」

 

 女湯の前を通りかかった時、中から聞こえてきた喧騒に首を傾げる響。

 

 頭の上に乗っかっているフォウも、同意だとばかりに鳴き声を上げた。

 

 女子と違い、男子の入浴は、それほど時間がかからない。

 

 一足先に上がった響は、手持ち無沙汰になったため、城の中を散策していたのだ。

 

 立香も一緒に風呂に入っていたのだが、流石にネロクルーズにグロッキーだったらしく、先に部屋に行って休んでいる。

 

 何気なしに足を進めていると、浮かんでくるのは先の戦いの事だった。

 

 カエサルは強敵だった。

 

 宝具を解放した響でも、互角に持っていくのがやっとな程に。

 

 あのカエサルが、あのまま大人しく引き下がっているとは思えない。必ずまた、次の戦いで出てくる事だろう。

 

『このカエサル相手に「片手間」で戦おうなどと、不敬にも程があろう』

 

 頭の中に響き渡る、カエサルの言葉。

 

「・・・・・・・・・・・・読まれてる」

 

 大英雄をごまかす事はできない、と言う事だろうか。

 

 いずれにせよ、次の対決の時は、お互いに全力を尽くす事になりそうだ。

 

 勿論、負ける気は無い。

 

 だが、相手は仮にも大英雄と呼ばれる存在。一瞬でも気を抜けば、響の敗北はその瞬間に確定するだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・負け、られない」

 

 自分には、成さなければならない事がある。

 

 それ故に、召喚されたのだから。

 

 その為には、

 

「・・・・・・・・・・・・やるしか、ない」

 

 心に秘めた決意と共に呟く。

 

 その時だった。

 

「良い黄昏時ね」

 

 不意に掛けられる声。

 

 振り返る響。

 

 その視線の先には、

 

 1人の少女が佇んでいた。

 

 

 

 

 

第9話「全ての風呂はローマに通ず」      終わり

 



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第10話「ああ? 女神様?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブーディカは、臍を噛みたくなる想いで、彼方の光景を眺めていた。

 

 視界の先に布陣を進めるのは、見渡す限りの大軍勢。

 

 それは、先に対峙したカエサル軍よりも明らかに多い。

 

 油断をしていた。訳ではない。

 

 むしろブーディカは、先の戦勝に驕る事無く次の戦いに向けて、部隊の再編成や物資の補充などを急ピッチで行い、万全の準備を進めていたところであった。

 

 その矢先の、敵軍進行である。

 

 完全に虚を突かれた形だった。

 

 ブーディカは取る物も取りあえず、再編成の終わった部隊のみを引き連れてガリアの外へと布陣した。

 

 しかし、数的劣勢は明らかだった。

 

「やられた・・・・・・まさか、これほど早く敵の本軍が出てくるとはね」

 

 彼方の大軍を眺めながら、ブーディカは悔し気に呟いた。

 

 まさに神速と言っても良い、連合ローマ軍の進行。

 

 対して、正統ローマ軍はまだ、先の戦いの再編成中で、大半の部隊はまだ、出撃できる状態に無い。

 

 しかし、

 

「ここで退く訳には、いかないか」

 

 唇を噛み締めながら、ブーディカは呟く。

 

 ここで正統ローマ軍が退却すれば、再び連合ローマ軍にガリアを奪い返される事になる。そうなると、味方は再び前線の拠点を失う事になる。ネロが整備した統治政策も、初めからやり直しとなる。

 

 それだけは、避けなくてはならなかった。

 

「ブーディカ将軍、全部隊の配置完了しました。しかし・・・・・・」

「うん、判っている。多勢に無勢なのはね」

 

 伝令兵士に対して、自嘲気味に答える。

 

 先の戦いでは正統ローマ軍が兵力で勝っていたが、今回は明らかに数的劣勢にある。

 

 この状況下で味方を鼓舞して戦う方法はただ一つ。

 

 指揮官であるブーディカが、先陣を切って戦い、兵士たちの士気を高める以外に無かった。

 

荊軻(けいか)ッ!!」

「ああ、ここにいるぞ」

 

 呼びかけに対して、低い声が返される。

 

 同時に、人垣から顔を出すように、1人の女性が姿を現した。

 

 純白の着物を着た、怜悧な印象の女性。

 

 その印象は、どこか抜き身の刃物を連想させる。

 

「あたしは全軍の指揮を執る。あんたは後方に控えて、あたしが敗れたらすぐにローマに走るんだ。ネロに敵の侵攻を伝えるんだ。呂布も連れて行きな」

「良いのか、しかし・・・・・・・・・・・・」

 

 荊軻、と呼ばれた女性は言い淀む。

 

 敵軍の数が多いなら、自分も戦線に加わった方が良いと思うのだが。

 

 だが、ブーディカは頑として首を横に振る。

 

 どのみち、今の戦力じゃ敵には勝てない。

 

 現状を打破するには、ローマにいるネロに出撃を乞うしかないのだ。

 

 荊軻を下がらせてから、ブーディカは反対の方向に向く。

 

 自身の傍らに立つ少女たちを見ながら語り掛けた。

 

「あんた達も、すまないね。せっかく合流してくれたのに」

「仕方ないわ、こういう状況な訳だし」

「アハハハハハハハハハハハハ」

 

 少女たちは、ガリア戦後に加わってくれた新たなる客将である。

 

 申し訳なさそうに告げるブーディカに対し、フリフリとした衣装を着た少女は肩を竦める。

 

「気にしないで。この手の荒事には慣れているつもりだから。まあ、せっかくローマに来たんだし、できれば『生ネロ』に会うまでは頑張りたい所だけど」

「何だい生ネロって? このまえ響が言ってたハバネロみたいなもんかね?」

「アハハハハハハハハハハハハ」

 

 意味の分からない事を言う少女に対し、呆れ気味に告げるブーディカ。

 

 もう1人の少女は意味もなく笑い続けているだけだ。

 

 ともあれ、この劣勢の状況下で、2人の援軍はブーディカとしてもありがたかった。

 

 

 

 

 

 一方、連合ローマ軍の本陣では、軍を率いる指揮官と、それを補佐する軍師が、彼方に展開する正統ローマ軍の様子を眺めていた。

 

 その指揮官と軍師の姿は、異様とも言えた。

 

 指揮官は、どう見てもまだ子供。恐らく15~6歳程度の少年だった。中東辺りの軽装の民族衣装を羽織り、見事な赤い髪を三つ編みに纏めている。まだあどけなさの残る顔だちだ。

 

 そして軍師の方は、鋭い目付きをした長身の男性だ。黒のスーツを着込み、眼鏡をかけた姿は、どこかの大学の教授を思わせる。

 

「敵はまだこの間の戦いから立ち直っていないみたいだ。やっぱり、先生の言った通りだったね」

 

 自分より背の高い軍師を見上げながら、指揮官は楽しそうに告げる。

 

 見た目相応の無邪気さを見せる指揮官。

 

 対して軍師は、眼鏡の位置を直しながら答える。

 

「単純な計算の結果だ。敵よりも味方の方が数が多い。ならば、敵に立ち直るスキを与えず波状攻撃を仕掛ければ勝てる。それだけの結果だよ」

「言うのは簡単だ。けど、それをできるかどうかは別問題ですよ」

 

 そう言って指揮官は笑う。

 

 そんな「上官」の顔を見なあら、軍師は嘆息するように答える。

 

「それにしても『先生』か・・・・・・あなたからそのように呼ばれると、私としては複雑な感じがするのだが」

「僕は別に気にしませんよ」

 

 何やら因縁があるかのように語る2人。

 

 人種も、世代も、下手をすると生きた世界すら違いそうな2人だが、その間には常任には計り知れない繋がりがあるように思える。

 

 もっとも、

 

 2人とも、その事を不快には感じてはいない様子だが。

 

 次いで、指揮官は傍らに立つ、もう1人の男に目をやる。

 

 しかし、

 

 果たしてその人物を「人」のカテゴリに入れても良い物だろうか?

 

 頭頂は雲を衝くが如く聳え立ち、全身は墨を塗ったように真っ黒。理性を失った眼には狂気の光が宿る。

 

 ただ、そこにいるだけで恐怖を撒き散らしているかのようだ。

 

 だが、そんな男の雰囲気に構わず、指揮官は気軽に話しかける。

 

「君も、生前の僕とは因縁があるみたいだね。けど、今回は共に戦う身だ。よろしく頼むよ、ダレイオス」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ダレイオスと呼ばれた男は、指揮官の声に答える事は無い。

 

 無言のまま真っすぐに、敵軍を睨み据えている。

 

 それを受けて、笑みを浮かべる指揮官。

 

 軍師と目を合わせ、頷きを交わす。

 

「さあ、行こうか、みんな」

 

 高らかな宣言が響き渡る。

 

 同時に、連合ローマ軍は、一斉に動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響の目の前に現れた少女。

 

 その姿は、「可憐」であると同時に「妖艶」にも思えた。

 

 背は響と同じか少し高いくらい。

 

 青みがかった長い髪を頭の両サイドで結び、切れ長な瞳は蠱惑的に響を見詰めている。

 

 細い四肢は、一流の彫刻家による造形を思わせる。

 

 触れただけで手折れそうなほど、儚げな印象のある少女。

 

 だが、

 

 少女の全身からあふれる雰囲気が、響に最大限の警戒を促す。

 

 美しい少女。

 

 だが、その外見からは想像もできないような剣呑な雰囲気。

 

 まるでその美しい姿で人を惑わし、最後には食い殺す魔女をイメージさせる。

 

「どうしたの? そんなに警戒して?」

 

 クスクスと笑う少女。

 

 その何気ない仕草ですら、少年の脳髄を侵食し、精神を内から蕩かそうとするかのようだ。

 

 と、

 

「あら、あなた・・・・・・・・・・・・」

 

 少女は何かに気付いたように怪訝な表情をした後、響を見て薄く笑う。

 

「成程・・・・・・あなた、そう言う事なのね」

 

 何か、納得したようなことを告げる少女。

 

「これも抑止力の意思かしら? そう考えれば、随分と大胆なような気もするけど」

「ッ!?」

 

 少女の言葉に、響は一瞬、目を細める。

 

 身構える響。

 

 この少女は、ただ者ではない。

 

 その事を、否応なく感知する。

 

 対して、

 

「あら、図星だったかしら?」

 

 身構える響に対して、少女はあくまでも余裕の態度を崩さない。

 

 対して、

 

「・・・・・・ん」

 

 響は魔術回路を起動。

 

 手の中に愛刀を呼び出すと、柄に手を駆ける。

 

 目の前の少女は危険だ。

 

 何が、と聞かれても答えられるものではないが、本能がそう言っている。

 

 恐らく、彼女は響よりもずっと高位な存在なのだろう。

 

 故にこそ、その存在からくる危機感を響に与え続けている。

 

 もし彼女が敵だとしたら、すぐに排除しなくてはならない。

 

 今、この場で、

 

 斬るか?

 

 刀を鞘走らせるべく、力を籠める響。

 

 その時、

 

「何をしておるのだ、そなたら?」

 

 背後から聞こえてきたネロの声が、寸前で響の動きを制した。

 

 振り返れば、風呂から上がって来たのだろう。さっぱりした感じの凛果、美遊、マシュ、ネロの4人が立っていた。

 

 そんな中、

 

 なぜか美遊だけがどんよりした空気を出しているのが判る。

 

「ん、どした、美遊?」

「何でもない・・・・・・何でも無いの。お願いだから聞かないで」

 

 何かよく分からんが、精神的ダメージを被ったらしい美遊。

 

 ともかく強く生きろと言いたかった。

 

 ところで、

 

「ん、ネロ、知り合い?」

 

 現れた少女を指差しながら、響は尋ねた。

 

 どうも、先程のネロのフランクさを考えると、もともと2人は知り合いであったようにも思える。

 

 と、その時だった。

 

《ちょっと待ったァ!!》

「キャッ な、何よロマン君、急に大声出して!?」

 

 突如、腕の通信機から聞こえてきたロマニの声に、凛果は驚いて抗議の声を上げる。

 

 だがロマニは、そんな凛果の声を無視して、何やら興奮したように捲し立てた。

 

《この数値・・・・・・予測される霊基パターン・・・・・・いや、まさか・・・・・・そんな事が本当にあって良いのか・・・・・・》

 

 何やら通信機の向こうで、1人ブツブツと呟きを漏らし続けるロマニ。

 

 次の瞬間、

 

「ちょっとロマン君!!」

「ドクター!!」

《うわわッ!?》

 

 凛果とマシュに怒鳴られ、ロマニは慌てたような声を上げた。

 

《い、いったいどうしたんだい2人とも? 急に大声出したりして?》

「どうした、はこっちのセリフよ!!」

「ドクター、何か分かったのなら速やかに説明をッ」

 

 通信機越しに凛果とマシュに詰め寄られるロマニ。

 

 いったい、何だと言うのだろうか?

 

 ややあって、落ち着きを取り戻したらしいロマニが口を開いた。

 

《端的に説明すれば、君達の目の前にいる少女の霊基数値は異常としか言いようがない。これはもう、通常の「英霊」の枠に収まらない。勿論、かと言って普通の人間と言う訳でもない。はっきり言って「神霊」と言っても良いレベルだ》

 

 神霊。

 

 すなわち読んで字の如く「神の霊」である事を現す。

 

 其れは即ち、目の前の少女が正真正銘の「女神」である事を現していた。

 

 と、

 

「うむ、姿の見えぬ魔術師殿は博学であるな」

 

 それまで黙っていたネロが、尊大に言いながら少女に近づいた。

 

 促されるように、少女は口を開いた。

 

「私の名前はステンノ。ゴルゴン三姉妹の長姉にして、女神に名を連ねる一柱」

 

 ゴルゴン3姉妹。

 

 それはギリシャ神話に登場する女神の姉妹。

 

 ステンノ、エウリュアレ、メデューサの3人で、人々の崇拝を集める「偶像」としての運命を背負わされた少女たちだ。

 

 特に有名なのは三女のメデューサだろう。

 

 無力な姉2人を守る為に戦い続けた結果、その身を怪物と化し、最後は美女アンドロメダを救いに来た勇者ペルセウスに討たれるのは、有名な神話である。

 

 そのゴルゴン三姉妹の一柱にして長女。

 

 正真正銘の女神が、目の前に立っていた。

 

「ん、ゴルゴ? 『狙い撃つぜ』的な?」

「ゴルゴ『ン』」

 

 ツッコミどころ満載な響の発言に対し、ジト目で訂正するステンノ。

 

 何と言うか、先程までの妖艶な雰囲気が幾分か薄らいだ印象があった。

 

「その、ちょっと良い?」

 

 それまで発言を控えていた凛果が、恐る恐ると言った感じに手を上げて尋ねた。

 

「その女神様が、何でここにいるの?」

「うむ。よくぞ聞いてくれた、凛果よ」

 

 対して、ネロは割と大きめの胸を張って、

 

 堂々と言い放った。

 

「愛らしいから保護した」

「うん。だと思った」

 

 ネロの性格からすれば、そう答えるであろうことは予想できていた。

 

 ある意味、安定のネロクオリティである。

 

「まったく・・・・・・・・・・・・」

 

 ステンノはやれやれと肩を竦めながらネロを見やる。

 

「ネロ、お風呂に入るなら私も誘ってくれれば良かったじゃない」

「いや、すまぬ。そなたはいつも、部屋に引きこもっている故な」

 

 非難がましいステンノに、そう言って苦笑するネロ。

 

 その様子を見て。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

「響?」

 

 響は黙って刀を戻す。

 

 美遊が怪訝な眼差しを向ける中、嘆息したまま肩を竦める。

 

 ステンノが何者であれ、取りあえず敵ではないのだろう。それはネロの態度を見ればわかる。

 

 ネロがあれだけ親しくしている相手だ。そんな少女が、敵であるはずが無かった。

 

「さて、皆の者。改めてガリア戦勝利の祝宴と行こうではないか。今夜は大いに飲んで騒ぐがいい」

 

 ネロの言葉に、歓声を上げる特殊班一同。

 

 お祭り好きなネロが皇帝でだと、こういう事があるから楽しかった。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 ガリア戦勝に湧く城の外壁に、

 

 静かに佇む影があった。

 

 闇に溶ける外套に身を包み、顔をすっぽりと覆っている。

 

 音も無く、

 

 影のように、その場に会って城を見上げる。

 

 外套の奥から覗く眼差し。

 

 そこに、ただならぬ気配を纏う。

 

「・・・・・・・・・・・・今度こそ、確実に」

 

 低く呟く声。

 

 同時に、両手には怪しい輝きを放つ、ナイフが握られる。

 

 次の瞬間、

 

 壁を見上げて跳躍した。

 

 

 

 

 

第10話「ああ? 女神様?」      終わり

 



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第11話「ガリア危急」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネロは少しふらつく足取りで、城壁の上へと出る。

 

 心地よい酩酊感が全身を包み込み、火照った体が内側から温められていくのが判る。

 

「陛下ッ 足元にお気を付けをッ」

「いや、よいよい、気にするでない」

 

 ふらつくネロを、慌てて支えようとする兵士。

 

 だが、ネロはそれを制して歩いていく。

 

「宴はまだ続いておる。そなたらも戻って楽しむが良い」

「はッ しかし・・・・・・・・・・・・」

 

 階下では、まだ華やかな楽曲の音色が聞こえてくる。

 

 大広間では、立香達カルデア特殊班を交えた宴が続けられているのだ。

 

 そんな中、主賓であるネロが中座するのは、どうかとも思ったのだが。

 

「いかん、やはり少し、飲み過ぎたか・・・・・・」

 

 頭を押さえながら、大きく息を吐くネロ。

 

 久しぶりの無礼講と言う事で、ネロも少し、羽目を外しすぎた様子だった。手にした原初の火(アエストゥス・エストゥス)が、今は少し重く感じる。

 

 思えば、これほど楽しい宴は、いつ以来だっただろう?

 

 突如として現れた連合ローマとの戦いで、戦場と首都を往復する日々。

 

 ネロに心休まる間は殆ど無かったのだ。

 

 だが、

 

 こうして騒ぐのも、今日が最後になるだろう。

 

 この次の戦いは、連合ローマ軍との決戦となる。そしてその後は、真っすぐに連合ローマ首都へと進軍する事になるだろう。

 

 戦いは間もなく終わる。

 

 否、何としても勝って、終わらせなければならないのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・さて」

 

 ネロは傍らの剣を取りながら立ち上がる。

 

 その視線は、城壁の先にある暗がりへと向けられた。

 

「望み通り、余1人になってやったぞ。いい加減、出てきたらどうだ?」

 

 呼びかける声。

 

 ややあって、

 

 闇の中からにじみ出るように、その人物は現れた。

 

「剣を持ってきた時点でそうではないかと思いましたが、やはりばれていましたか」

 

 両手に構えたナイフが鋭く光る中、

 

 外套の下から、美しい女性の素顔が現れる。

 

「貴様であったか。相変わらず、殺気を隠すのが下手よな」

 

 相手の顔を見て、飄々とした声で告げるネロ。

 

 相手は以前、宴の席でネロの首を狙ってきた女座長。

 

 アサシンだった。

 

 連合ローマにて、レフからネロ暗殺の指令を受け、再びこの首都へとやって来たのだ。

 

 その隠しようもない殺気。

 

 感じたからこそ、ネロはこうして1人でやって来たのだ。

 

「またもや余の前に再び現れるとはな。その執念は驚嘆と言うべきだが、余程、余に対する恨みが強いと見える」

「別に・・・・・・」

 

 ネロの言葉に対し、アサシンは黙って首を横に振る。

 

 互いに武器を構える両者。

 

「あなたには何の怨みもありません、皇帝ネロ。ただ・・・・・・」

 

 言いながら、

 

 アサシンは、一足でネロの懐へと斬り込んだ。

 

 真っ向から急所を狙った一撃。

 

 その攻撃を、

 

 ネロは原初の火(アエストゥス・エストゥス)を横なぎに振るって打ち払う。

 

 後退し、着地をするアサシン。

 

 しかし、

 

 その鋭い眼差しは、変わらずにネロを見据えている。

 

「前にも言った通りです。我が主君を真なる皇帝とする為。邪魔者には全て消えてもらいます!!」

 

 駆けるアサシン。

 

 迎え撃つネロ。

 

 振り下ろす大剣が、アサシンの攻撃を阻む。

 

「笑止なッ!!」

 

 後退するアサシンを追って、斬り込むネロ。

 

「いかなる事情があろうとも、今代のローマ皇帝は余1人ッ このネロ・クラウディウス以外の皇帝などあり得ぬ!!」

 

 袈裟懸けに振り下ろされた剣。

 

 その一撃を、辛うじてナイフで防ぐアサシン。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・クッ」

 

 手に感じる痺れ。

 

 ネロの戦闘実力は、サーヴァントであるアサシンを確実に上回っている。

 

 奇襲が失敗し、正面戦闘になった時点で、アサシンの勝機は既に下がっていたのだ。

 

「さあ、次で終わらせてもらうぞ。そなたの主君とやらには聊か興味があるが、しかし、これ以上、この場での戯言を許す気は無い」

 

 言いながら、

 

 己の内で魔力を高めるネロ。

 

 対して、

 

 アサシンはスッと両腕を下す。

 

 一見すると、全てを諦めて覚悟を決めたような態度。

 

 だが、

 

「終わる・・・・・・ですって?」

 

 女の鋭い眼差しが、真っ向からネロを睨み据える。

 

 同時に、

 

「終わらせるものかッ 私が・・・・・・私の罪が許される、その時まで!!」

 

 次の瞬間、

 

 アサシンの魔力が高まる。

 

「ぬッ これはッ!?」

 

 その様に、驚きの声を出すネロ。

 

 溢れ出すすさまじい魔力に、皇帝は一瞬、気圧された。

 

「無駄だッ」

 

 吼えるアサシン。

 

 その姿は、

 

 一瞬にして、

 

 ネロの背後へと回り込んだ。

 

「しまったッ!?」

 

 ネロが驚愕の声を上げるが、既に遅い。

 

「あなたが『王』である限り、私には決して敵わない!!」

 

 鋭い眼差しでネロを射抜くアサシン。

 

 手にしたナイフが怪しく光る。

 

 唐突に、ネロは悟る。

 

 この女に、自分は勝てない、と。

 

 実力は、間違いなくネロが上。普通に戦えば、ネロが負ける事などありえない。

 

 だが、

 

 もっと根本的な部分、

 

 あえて言うなら「概念」的な要素の差で、目の前の女は自分のような存在に対する「天敵」になり得ると悟った。

 

 突き込まれる暗殺者の刃。

 

我が愛しき主君に死を(メア・ドミナス・モース)!!」

 

 発動される宝具。

 

 対して、

 

 ネロの対応は間に合わない。

 

 魔力を帯びた刃が繰り出され、

 

 次の瞬間、

 

 少女の背中を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女を貫いた衝撃。

 

 ナイフを握るアサシン。

 

 その刃は、確実にネロの背中を捉えていた。

 

 タイミングは完璧。

 

 威力は十分。

 

 手応えはあった。

 

 いかに常人離れした能力を持つネロとは言え、サーヴァントが放った宝具の直撃を受けて無事でいられるはずが無い。

 

 今度こそ、確実に仕留めた。

 

 その確信をアサシンは抱いた。

 

「・・・・・・・・・・・・見事、だ」

 

 低く呟くネロ。

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・響」

 

 言われて、

 

 気付く。

 

 ネロのすぐ傍ら、

 

 彼女とアサシンの間に割り込むように、

 

 小柄な暗殺者の少年が、刀を振り下ろした状態で立っていた。

 

「ん、間一髪」

 

 息を吐くと同時に、

 

 響は刀を跳ね上げるように一閃。アサシンに斬りかかる。

 

「クッ!?」

 

 とっさに、後方へ大きく後退して回避するアサシン。

 

 刀は女の額を霞め、髪を数本断ち切って宙に舞わせる。

 

 見れば、ネロに対して繰り出したナイフは、刃の半ばから斬り飛ばされている。

 

 アサシンの勢いを止められないと判断した響が、とっさに刃を刀で斬り飛ばしたのだ。

 

 ネロを守るように、刀を構える響。

 

 その幼い視線が、鋭くアサシンを睨む。

 

 そんな響の背後に、ネロは立つ。

 

「大儀である響。しかし、なぜそなたがここに?」

 

 ネロは誰にも告げず、この城壁へとやって来た。それなのに、響が現れたことが疑問だったのだ。

 

 と、

 

「わたしが呼んだのよ」

 

 声に導かれるようにして振り返ると、そこには妖艶な笑みを浮かべた幼い外見の少女が佇んでいた。

 

「ステンノ?」

「このわたしの目を晦まそうなんて、あなた、ずいぶんと大胆ね。けど無駄よ、女神からは逃げられない」

 

 そう言って、アサシンを睨むステンノ。

 

 対して、アサシンは悔しそうに舌打ちする。

 

 ネロと同様、ステンノはアサシンが侵入した時点で、彼女の気配を察知していたのだ。

 

 この時点で、敵が城内の人間を暗殺するとすれば、狙いはネロ以外にあり得ない。

 

 相手が普通の人間ならネロが後れを取る事は無いだろうが、サーヴァントとなると話は別である。「万が一」が起こる可能性があり得る。

 

 そこでステンノは、響に声を掛けてネロ救援に駆け付けたと言う訳である。

 

 と、

 

「ちょ、ちょっと2人とも待ってよ。わたし、そんなに早く、走れない」

 

 息も絶え絶え、と言った感じに登って来たのは凛果だった。

 

 宴席を楽しんでいた中、むりやりステンノに引っ張り出されて来たのだ。

 

「ん、凛果、来るの遅い」

「運動不足よ。もっと精進なさい」

「サーヴァントと一緒にしないでくれる?」

 

 理不尽な事を口々に言う響とステンノに、口を尖らせて抗議する凛果。

 

 とは言え、

 

 城壁の上で対峙する、響とアサシン。

 

「宝具は?」

「ん、いい」

 

 凛果に答えながら、響は刀の切っ先をアサシンへと向ける。

 

「これで、充分」

 

 響が告げた瞬間、

 

「舐めるな、小僧!!」

 

 片手のナイフを繰り出して、響に襲い掛かるアサシン。

 

 迎え撃つように、響も地を蹴って斬り込む。

 

「暗殺者のこの身とは言え、貴様如きに後れを取る私ではない!!」

 

 繰り出される鋭い刺突。

 

 対して、

 

 響は刀を横なぎに振るって、アサシンの攻撃を弾く。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちして、後退するアサシン。

 

 響もそれを追って、前へと出る。

 

 身軽さ、と言う点においては、両者ともにそれなりである。

 

 城壁の上を高速で駆け抜けながら刃を交わす。

 

「フッ!!」

 

 短く息を吐きながら、ナイフで斬りかかってくるアサシン。

 

 対して、響は刀を振るってその斬撃を回避。

 

 同時に、懐にまで飛び込む。

 

「ッ!!」

 

 逆袈裟に刀を斬り上げる響。

 

 駆け上げる銀の閃光。

 

 その一撃が、

 

 アサシンの袖を僅かにかすめて斬り裂いた。

 

「チィッ!?」

 

 舌打ちしながら後退するアサシン。

 

 響の攻撃が予想外に鋭かった為、押し負けてしまったのだ。

 

「響、今だよ!!」

「んッ!!」

 

 言葉を交わす主従。

 

 同時に凛果は礼装に施された魔術を発動。

 

 響の身体能力に強化を掛ける。

 

 敏捷が強化される響。

 

 その圧倒的な機動力は、開いた距離を一瞬にしてゼロにする。

 

「なッ 速い!?」

 

 響の第一撃を辛うじて防ぎながらも、アサシンは舌を巻かざるを得ない。

 

 マスターである凛果の援護を受けた響の戦闘力は、格段に跳ね上がっている。

 

 思えば、響には相棒と呼べる存在が2人いる。

 

 前線における相棒は、共に剣を揃えて戦う朔月美遊だ。

 

 そしてもう1人、言うまでもなくマスターとサーヴァントと言う関係性において、響と凛果は決して別個にはできない相棒同士であった。

 

 攻勢に出る響。

 

 既に少年の戦闘力は、アサシンのそれを完全に凌駕している。

 

 重く、鋭い斬線が、連撃となってアサシンへと斬りかかっていく。

 

 対して、アサシンは防戦一方だった。

 

 今や打撃力も手数も、響に圧倒されている状態である。

 

 一撃ごとに、押し込まれていくのが判る。

 

「さっきの宝具が効いて来ているのかッ!?」

 

 響の斬撃を辛うじて防ぎながら、悔しそうに呟く。

 

 先程、ネロに対して宝具「我が愛しき主君に死を(メア・ドミナス・モース)」を使ったアサシン。

 

 あれが決まっていれば、戦いは彼女の勝利で終わっていただろう。

 

 だが宝具の発動は響によって阻止され。ただ魔力を浪費しただけに終わった。

 

 そのせいでアサシンは、全力発揮できる状態ではないのだ。

 

 連戦が仇になった。せめて、もう少し時間をおいてから戦っていれば、また状況は違っていたかもしれないのだが。

 

 だが、響もこの好機を逃す気は無かった。

 

 響が繰り出した鋭い横なぎの一閃が、アサシンを襲う。

 

 その一閃が、アサシンの手からナイフを弾き飛ばす。

 

「クッ!?」

 

 武器を失い、とっさに後退しようとするアサシン。

 

 だが、

 

「んッ これで!!」

 

 刀の切っ先を真っすぐにアサシンへと向けた響が、床を蹴って一気に失踪する。

 

 対して、もはやアサシンには防ぐ手段が無い。

 

 次の瞬間、

 

 響の刀は、

 

 真っ向からアサシンを刺し貫いた。

 

「がッ!?」

 

 激痛と共に喀血するアサシン。

 

 響の刀は、彼女の胸を確実に捉える。

 

 手に感じる、確かな感触。

 

 確実に、アサシンの心臓は刺し貫かれていた。

 

 勝負はあった。

 

 だが、

 

「ま・・・・・・だ、だ・・・・・・」

 

 絞り出すように言うと、

 

 アサシンは響の肩を掴み、そのまま強引に押し剥がす。

 

「ん・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず刀を手放して、数歩後退する響。

 

 その間に、何とか立ち上がって見せるアサシン。

 

 だが、

 

「まだ、やる?」

 

 どう見ても、既に死に体だ。それ以上、彼女が何かできるとは思えない。

 

 借りに襲い掛かって来たとしても、素手で倒せる自信が響にはあった。

 

 対して、

 

 アサシンは荒い呼吸を繰り返しながら、響を睨み据える。

 

 その手は自分の胸に刺さっている響の刀を掴むと、渾身の力で引き抜いた。

 

 途端に噴き出る鮮血。

 

 英霊と言えど、死因(消滅する原因)は普通の人間と変わらない。心臓を貫かれれば大抵は死ぬし、出血多量でも同様だ。

 

 命が、秒単位で失われていく。

 

 だが、

 

 アサシンは響の刀を床に投げ捨てると、城壁にもたれかかるようにして立った。

 

「まだ、だ・・・・・・まだ、終われ、ない・・・・・・・・・・・・」

 

 うわごとのように呟くアサシン。

 

「あの方を・・・・・・皇帝に・・・・・・そうで、なければ・・・・・・わたしの、罪は・・・・・・・・・・・・」

 

 言った瞬間、

 

 アサシンは、城壁から身を躍らせた。

 

 その姿は、夜の闇に溶けて、すぐに見えなくなっていった。

 

「仕留めたの?」

「ん、半々。けど、手ごたえはあった」

 

 尋ねて来たステンノに答えると、響は落ちていた刀を拾い、血振るいして鞘に納める。

 

 霊核である心臓を潰した。致命傷だったのは間違いない。仮にこの場で死ななかったとしても、長く保たないのは明白だった。

 

 あのアサシンが自分たちの前に現れるのは、二度とないだろう。

 

「仕留めたか。しかし、奴の執念はいったいいかなる物なのか?」

 

 響の傍らに立ちながら、ネロは感慨深げに夜の闇を眺めながら呟く。

 

 一度失敗したネロの暗殺を、再び行ったアサシン。

 

 暗殺と言う行為は、戦いを進めていく上で確かに効率がいい。成功すれば少ない戦力で最大限の成果を得る事ができるからだ。仮に暗殺者自身が殺されたとしても、暗殺その物が成功すれば収支はプラスと見れる。

 

 その一方で、一度失敗すれば2度目のチャンスはほぼ皆無と言っても良い。暗殺対象者も、暗殺に対して警戒するからだ。今回のネロは例外中の例外だった。

 

 常識的に考えて2度はできない暗殺。

 

 それを2回続けて行ったアサシン。

 

 そこに、想像を絶するような執念が感じられた。

 

 その時だった。

 

 足早に駆けあがってくる慌ただしい音が聞こえてきた為、一同は振り返る。

 

 そこで、兵士の1人がネロの姿を見つけて駆け寄ると、跪いて首を垂れる。

 

「申し上げます皇帝陛下。ただいま、ガリアより火急の使者が参りました!!」

「ブーディカよりの? して、如何した?」

 

 ガリアの統治はブーディカに任せている。

 

 ローマの統治状態の確認と、いくつかネロ自身が決裁する必要がある事案が終われば、ネロは再びガリアに戻り、連合ローマに対し決戦を挑む予定だった。

 

 それがわざわざ報せをよこしたと言う事は、何か不測に事態が起こった可能性がある。

 

 ガリアで反乱がおこったか、あるいは・・・・・・

 

「それが・・・・・・」

 

 兵士は躊躇うように言った後、意を決して口を開いた。

 

「使者として来られたのは、荊軻将軍と呂布将軍なのです!!」

「何と、あの2人が戻ったのかッ!?」

 

 ネロが驚きこの声を上げる。

 

 一方で、事情が分からない響と凛果は首を傾げる。

 

「誰なの?」

「うむ。ブーディカやスパルタクス同様、そなたらが来る前からいた客将でな。その実力の高さゆえに、余も頼りにしていた故、連合ローマ領の探索を命じていたのだ」

 

 名前の漢字からして、西洋ではなく東洋の人物だろうと推察できる。

 

 となるとやはり、普通の人間ではなく英霊の類かもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネロが立香、凛果を引き連れて謁見の間に入ると、2人の人物が待っていた。

 

 あまりにも対照的な人物である。

 

 1人は白装束を来た華奢な印象の女性。端正な顔立ちには刃物のような美しさを感じる。

 

 そしてもう1人は筋骨隆々とした、見るからに武人然とした男だ。甲冑に身を包んだその体躯は、スパルタクスと比べても遜色ないだろう。

 

「よくぞ戻った2人とも。待ちわびたぞ」

 

 ネロは玉座に座る事もせずに2人に駆け寄ると、それぞれの手を取って、労を労った。

 

 対して、荊軻と呼ばれた女性は、笑みを浮かべてネロを見る。

 

「苦労をしただけの甲斐はあったぞ。おかげで、連合ローマの首都の場所も探り当てた」

「まことかッ それは上々ッ」

 

 報告を聞いて、満足げに頷くネロ。

 

 今まで斥候を放って連合ローマ首都の位置割り出しに努めてきたネロだが、その斥候が悉く返り討ちに会ったせいで、敵の首魁がどこにいるのか、未だに判明していなかったのだ。

 

 だが、荊軻たちのおかげで、それを割り出す事が出来た。

 

「だが、事態は楽観視できん。敵の本隊がガリアに向けて進軍を開始した」

「何とッ」

 

 荊軻の報告に、ネロは思わず目を剥く。

 

 予想では、敵の本軍が動くのは、もう少し先になるはずだった。

 

 そしてその間にこちらも軍を再編成し決戦に臨む、と言うのがこちらの作戦だったのだ。

 

 だが、その前提が崩れた。

 

 敵は予想よりも早く、ガリアに侵攻してきたのだ。

 

「それで、ブーディカは? スパルタクスは如何した?」

「判らぬ。わたし達は、戦闘開始よりも先に離脱を命じられたからな。あるいは、ブーディカの力であれば、持ちこたえているかもしれぬが」

 

 由々しき事態だった。

 

 正統ローマ軍はまだ、先のガリア会戦から立ち直っていない。

 

 そこに来て、敵の主力軍と激突すれば敗北は必至である。

 

「立香、凛果、疲れている所すまぬが、明日一番でガリアへ発つ。供をしてくれ」

「ああ、もちろんだよ」

「船でなければね」

 

 頷く立香と、苦笑する凛果。

 

 急な話ではあるが、ブーディカやスパルタクスの危機とあっては、見過ごす事も出来なかった。

 

 と、

 

 そこで荊軻が、立香達に視線を向けてきた。

 

「お前たちがカルデアの者か。ブーディカから話は聞いているぞ」

 

 そう言って、荊軻はフッと笑う。

 

 荊軻(けいか)

 

 中華秦代の武術家で、優れた剣術の使い手。

 

 武術家らしく、若い頃から権力に興味が無く、もっぱら学問と剣の修行に明け暮れた。

 

 しかし当時、強大化する秦王政(後の始皇帝)暗殺依頼を受けたことで、彼女の運命は動き始める。

 

 様々な献上品を手に政に近づいた荊軻。

 

 気をよくした政が、荊軻に近くに寄るように申し渡した。

 

 次の瞬間、

 

 献上品の地図の中に隠しておいた匕首を手に、政に襲い掛かった。

 

 荊軻の機敏さはすさまじく、政も、そして近衛兵たちも、誰も反応する事が出来なかったと言う。

 

 もし、この暗殺が成功していたら、世界史その物が様変わりしていた事だろう。

 

 だが惜しいかな、トドメを刺すべく荊軻が掴んだ政の袖が千切れた為に取り逃がしてしまい、荊軻は駆け付けた近衛兵によって滅多切りにされて殺されてしまった。

 

 まさに、「歴史を変え損なった女」である。

 

 一方、

 

 彼女の傍らで無言で立つ男は呂布奉先(りょふ ほうせん)

 

 こちらは三国鼎立時代、所謂「三国志」における中華武人だ。同時代最強と言われる男であると共に、再三に渡って主君や味方を裏切った「反骨の将」でもある。

 

 桃園の三兄弟、劉備、関羽、張飛の3人を同時に相手にして、一歩も退かなかったのは有名な武勇譚である。

 

 元々は并州刺史の丁原と言う武将に仕えていたが、董卓の台頭に伴い丁原を裏切り、董卓の配下となる。

 

 董卓は武勇に優れる呂布を寵愛し、養子にすると同時に常に自らの傍らにおいて自分を守らせたと言う。

 

 しかし、美姫「貂蝉」を巡って董卓と対立した事で、彼の運命は大きく崩れていく。

 

 董卓を裏切り、惨殺した呂布。

 

 その後の彼は、各勢力を転々としながら放浪の旅を続けていく事になる。

 

 裏切りに裏切りを重ねた呂布。

 

 その最後は、彼自身が裏切られて命を落とす事になる。

 

 最強の武勇を誇り、ある意味、最後まで己の為に生きる事を貫いた男。それが呂布奉先と言う男だった。

 

「よろしく頼む」

「あ、ああ」

 

 そう言って差し出した荊軻の手を、立香は握り返す。

 

 華奢に見えて、触ってみるとゴツゴツとした印象が伝わってくる。

 

 見た目は華奢でも、やはり彼女も武人、英霊なのだと言う事が伝わってくる。

 

「私はここに来るまでに3人の連合皇帝を殺してきた。お前たちとは、何人の皇帝を殺せるか競い合いだな」

「いや、そんな物騒な」

 

 苦笑する立香。

 

 何にしても、決戦を前にして頼もしい味方ができたことは、喜ばしい限りだった。

 

 

 

 

 

第11話「ガリア危急」      終わり

 



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第12話「進撃の巨像」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城壁の上からは、矢が嵐のように降り注ぐ。

 

 その眼下では、両軍の兵士が入り乱れて激突を繰り返している。

 

 敵軍を少しでも近づけまいと、正統ローマ軍の奮戦は続いていた。

 

 先の野戦では、敗れはしたものの、損害は軽微のまま、全軍をガリアに収容する事に成功している。

 

 そこからは、決死の籠城戦だ。

 

 ともかく、これ以上一歩も、敵軍を近づけさせるわけにはいかない。

 

 城壁内には、まだ逃げ遅れた住人達がいる。彼らを守るためにも、正統ローマ軍は踏み止まる必要があった。

 

 幸い、撤退戦におけるブーディカの采配が的確だったおかげで、正統ローマ軍は未だに戦力に余裕がある。

 

 しかし、何と言っても敵の数が多すぎる。このままでは、遠からず押し切られてしまう事だろう。

 

 そんな中、エリザベート・バートリは、手にした槍を縦横に振るって、迫りくる敵軍を薙ぎ払い続けていた。

 

「このッ 倒しても倒しても湧いてくるッ ファン会ならまだしも、ストーカーの群れはお断りよ!!」

 

 叫びながら槍を一閃、

 

 自身の前から剣を振り翳して迫る兵士を、槍で薙ぎ払う。

 

 気が付けば、前回のフランスに続いて、再び召喚されていたエリザベート。

 

 召喚されたのが、いきなり戦場のど真ん中だったから驚きである。

 

 しかも場所はローマ、「あいつ」がいる時代である。

 

 事情を知ったエリザベートは奮い立った。

 

 ともかく、事情を察し、同時に召喚された相方と一緒に正統ローマ軍に加わったエリザベート。

 

 それがいきなりピンチの連続と来た日には、笑うに笑えないところだ。

 

「まだ死ねないってのッ せめて生ネロを見るまではね!!」

 

 だから生ネロとは何ぞ?

 

 縦横に槍を振るい、敵軍を退けるエリザベート。

 

 敵の攻勢が一息ついたところで、彼女も一旦城壁の傍まで下がる。

 

「キャット、そっちお願い!!」

「うむ、任せろ!!」

 

 エリザベートの声に答え、喜び勇んで敵軍に飛び込んでいく少女。

 

 何と言うか、その姿はなかなか「奇抜」だった。

 

 メイド服に身を包んだ、タマモキャットと名乗る謎の少女は、後頭部で纏めた桃色の髪。その頭頂には獣のような茶色の耳があり、お尻にはふさふさした尻尾も生えている。そして手足にも、鋭い鉤爪のあるグローブ? のような物を嵌めていた。

 

 サーヴァントには異様な風体の者が多いが、彼女もその例から漏れていない。

 

 と言うか、割りと言ってふざけた格好である。

 

 何やらびみょ~~~~~~に、エリザベートの頭の中で引っかかる物が無くは無いのだが、取りあえず今は無視しておくことにした。場合じゃないし。

 

 だが、その戦闘力には疑いが無かった。

 

 敵陣のど真ん中に飛び込むと、片っ端から敵軍を薙ぎ払っていく。

 

 その戦闘力たるや、エリザベートですら舌を巻くほどの勢いで。

 

「さすがバーサーカー、遠慮も何も無いわね」

 

 キャットの戦闘ぶりを苦笑しつつ眺めながら、エリザベートは周囲を眺める。

 

 正統ローマ軍の兵士たちはよく善戦している。

 

 生前、戦争になど出た事が無かったエリザベートだが、兵士達が実力以上の力を発揮してくれている事だけは理解していた。

 

 何しろ今、正統ローマ軍には「指揮官」が存在しない。

 

 先の野戦でブーディカは負傷し、城内に後送されたのだ。

 

 サーヴァントであるから、魔力さえ戻れば傷の治療は可能だ。

 

 しかしその間、正統ローマ軍は指揮系統の混乱は免れない。

 

 しかし、その不利を歴戦のローマ軍兵士たちは、個々人の奮戦で押し留めていた。

 

 流石はネロが鍛え、ブーディカが指揮したローマ兵士達だ。指揮系統が無くても、自分たちが何をすべきか、的確に理解している。

 

 加えて残ったサーヴァント達。エリザベート、タマモキャット、スパルタクスの奮戦もあり、ガリアは辛うじて持ちこたえている状態だった。

 

「さて、このまま押し返せれば良いんだけど」

 

 エリザベートが呟いた。

 

 その時だった。

 

 突如、

 

 前線で悲鳴が巻き起こり、兵士が数人、吹き飛ばされて宙に舞うのが見えた。

 

「んなッ!?」

 

 あまりと言えばあまりな光景に、驚くエリザベート。

 

 近くまで飛ばされて、地面に叩きつけられた兵士に、慌てて駆け寄り抱き起す。

 

「ッ いったい、どうしたのッ!?」

「て、敵の新手、です・・・・・・その、せ、戦闘力、は、す、す、凄まじ・・・・・・く・・・・・・」

 

 言っている間に、少女の腕の中で言切れる若い兵士。

 

 エリザベートはそっと、兵士を地面に寝かせると、開いていた瞼を閉じてやる。

 

 愛用の槍を手に、眦を上げるエリザベート。

 

 いったい、何が来たと言うのか?

 

 その視線の先で、

 

 恐るべき悪鬼がいた。

 

 全身は墨を塗ったように真っ黒で、顔は禿頭の下に爛々と輝く双眸がある。

 

 頭頂は明らかに3メートルを超えている。

 

 筋骨隆々というより、もはや古代の石像が呪いでも受けて動いているかのような印象だ。

 

 手には戦斧を持っているが、大人の兵士でも5人がかりでようやく持ち上がりそうな、巨大な代物を、その大男は片手に一本ずつ、2本持っている。

 

 正に、悪鬼の如くだ。

 

 ダレイオス三世。

 

 古代ペルシアはアケメネス朝の最後の王。

 

 マケドニアの征服王イスカンダル(アレキサンダー大王)の好敵手としても有名であり、彼の大王の覇道に対し、幾度となく立ちはだかった不屈の男でもある。

 

「・・・・・・・・・・・・うわぁ」

 

 げんなりした声を上げるエリザベート。

 

 何と言うか、

 

 ガチで相手したくない奴が来た感じだ。

 

 そもそも、まともに戦ったら力負けする事は目に見えている。

 

「見るからにバーサーカーよね、あれ。ちょっと、相性悪すぎなんだけど?」

 

 とは言え、今ここでアレの相手ができるのは自分1人である事も、エリザベートは自覚している。

 

 故に、

 

「先手必勝よ!!」

 

 背中の羽を広げると、大きく跳躍。

 

 スカートの裾を翻しながら、ダレイオスに襲い掛かるエリザベート。

 

 鋭い刺突が、ダレイオスに襲い掛かる。

 

 大気を斬り裂くような一閃。

 

 しかし、

 

 エリザベートのその一撃を、ダレイオスは戦斧を旋回させて弾く。

 

「クッ!?」

 

 凄まじい膂力。

 

 エリザベートは空中で振り回され、地面に叩きつけられる。

 

 だが、

 

「っとッ!?」

 

 落着の直前、羽を広げてエアブレーキを掛けると、どうにか着地する事に成功する。

 

 だが、ダレイオスの方でも、兵士たちと一線を画するエリザベートの存在を脅威と感じ取ったのだろう。

 

 両手の二丁戦斧を振り翳して襲い掛かってくる。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 互いの間に立っていた兵士を弾き飛ばしながら迫るダレイオス。

 

 対して、エリザベートも槍を構えて迎え撃つ。

 

「このッ!!」

 

 繰り出される戦斧を、槍で弾くエリザベート。

 

 ダレイオスもまた、すかさずもう一方の戦斧を振り翳して、エリザベートを叩き潰しにかかる。

 

 身軽なエリザベートは、ダレイオスの攻撃を防ぎ、いなし、回避する事で、辛うじてやり過ごそうとする。

 

 一時的に戦線が拮抗する両者。

 

 だが、ダレイオスの攻撃を防ぐたびに、エリザベートの細腕が悲鳴を上げるのが判る。

 

 そもそも体格差は大人と子供、否、大人と子イヌほども違いがある。

 

 力比べでは勝負にならない。

 

「クッ!?」

 

 槍を弾かれるエリザベート。

 

 そのまま体勢が崩れて、地面に尻餅を突く。

 

「やばッ!?」

 

 見上げる先には、戦斧を振り翳すダレイオス。

 

 地獄の悪魔もかくやと言わんばかりの恐ろし気な姿に、流石のエリザベートも息を呑む。

 

「ここまでって、やつかな? 生ネロは、お預けね」

 

 口元に苦笑を浮かべ、諦め気味に意味不明な事を呟く。

 

 そのエリザベート目がけて、

 

 巨大な戦斧が振り下ろされた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彗星の如く駆け抜けた緋の閃光が、ダレイオスを袈裟懸けに斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 苦悶の咆哮を上げてのけ反るダレイオス。

 

 その巨体が、大地を揺らしながら数歩、後退する。

 

 驚き、顔を上げるエリザベート。

 

 その視界の中で、

 

 緋色の大剣を携え、

 

 深紅の衣装に翻した少女が、

 

 エリザベートを守るように、凛然と巨雄にの前に立ちはだかっていた。

 

「余の居ぬ間に、随分と好き勝手やってくれたではないか」

 

 怒りを押し殺したような、低い声で告げるネロ。

 

 魔力を帯びた原初の火(アエストゥス・エストゥス)が、刀身から炎を放ち、周りにいる全てを威嚇する。

 

「余の民、余の兵、余の仲間、余のローマを蹂躙する者には、このネロ・クラウディウスより、速やかなる死を与えられると思え!!」

 

 切っ先を真っすぐに向けて、言い放つネロ。

 

 一方、

 

「嘘・・・・・・ネロ? 本当に?」

 

 自分を守ってくれた存在を見て、思わず言葉を漏らすエリザベート。

 

 間違いない。

 

 ネロ・クラウディウスだ。

 

 他の誰を見間違えようと、彼女を見間違えるはずが無い。

 

 振り返るネロ。

 

 そこで、首を傾げる。

 

「うん? そなたとは、どこかで会ったか? そなたほど愛らしい容姿の者を、余が忘れるとは思えぬのだが・・・・・・」

「ああ、そうよね。今のあなたは、まだあたしとは会ってないのよね」

 

 ネロの反応に苦笑するエリザベート。

 

 今の彼女は、まだ生前の存在。

 

 ならば「その後」に出会っている自分の事を、知っているはずもなかった。

 

 と、

 

「ん、エリザ、何してる?」

 

 兵士を斬り捨てながら、ネロに追いついて来た響が、首を傾げながら尋ねる。

 

 その背後では美遊とマシュも敵軍と交戦中であり、更にその背後では立香と凛果が援護をしている。

 

 報せを受け、取る物も取りあえずローマから急行してきたネロ達。

 

 彼女達が到着したのは、正にガリアが陥落する間一髪のタイミングだったと言える。

 

「来るのが遅いわよ。 ったく、ブーディカからあんた達が来てるのは聞いてたけど、おかげで、アイドルのあたしが、こんな苦労までさせられる羽目になっちゃったわよ」

「ん、それ、いつもの事」

 

 愚痴を言い募るエリザベートに対し、響は淡々とした口調で返す。

 

 そんな2人のやり取りを、ネロは不思議そうな眼差しで見つめる。

 

「何だ、そなたら知り合いか?」

「ん、何かこの前、別の場所で会った」

「雑な紹介しないでよ!!」

 

 響を押しのけつつ、エリザベートが前に出る。

 

「私の名前はエリザベート。まあ、細かい事は省くけど、ネロ、あんたとはそれなりに縁があるわね」

「ん、エリザもたいがい雑」

「うっさい」

 

 2人のやり取りを聞いていたネロが、笑みを浮かべて頷く。

 

「うむ、何やらよく分からぬが、面白い漫才師である事はよく分かった」

「漫才師じゃないわよッ あたしはアイドル!! アイドルなんだから!!」

 

 ガーッとがなるエリザベートを置いておいて、ネロは向き直る。

 

「まあ、積もる話は後にしようではないか。まずは・・・・・・」

「ええ、まずは・・・・・・」

「ん」

 

 ネロ、エリザベート、響が向ける視線の先。

 

 今も戦斧を振るって猛威を撒き散らす、ダレイオス三世の姿があった。

 

「あのデカブツを止めねばな!!」

 

 ネロが言い放った時だった。

 

 大盾を手に、マシュがダレイオスの前へと飛び出す。

 

「皆さんッ 私の後ろへ!! 疑似宝具仮想展開!! 人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

 ノータイムで宝具を解放するマシュ。

 

 同時に、ダレイオスの戦斧が振り下ろされる。

 

 展開される障壁。

 

 空間を隔てる壁が、ダレイオスの戦斧がもたらす恐るべき破壊力を、辛うじて弾き返す。

 

 先のネロの一撃を受けて、その膂力が僅かに鈍っていた可能性がある。

 

 いずれにせよ、マシュの「護り」が、ダレイオスの「破壊」に僅差で打ち勝った。

 

「今ッ!!」

 

 その隙を逃さず、飛び込んだのは美遊だ。

 

 白いスカートを花のように靡かせ、跳躍と同時に手にした黄金の剣を振り下ろす。

 

 鋭い一閃。

 

 ダレイオスも、崩れた態勢ながら戦斧を振り翳して美遊を迎え撃つ。

 

 巨像の如き男と、小柄な少女の影が交錯する。

 

 一瞬の静寂。

 

 次の瞬間、

 

 大地を揺るがす音と共に、地面に落下する。

 

 それは、ダレイオスが右手に持った戦斧だった。

 

 見れば片方の戦斧は、中途から切断されて柄だけの状態になっている。

 

 美遊の斬撃が、ダレイオスの戦斧を斬り飛ばしたのだ。

 

 だが、

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮と共に、もう片方の戦斧を振り翳して、美遊に斬りかかるダレイオス。

 

 その強烈な破壊力が、再び美遊へと襲い掛かる。

 

 対して、

 

「ッ!!」

 

 短い呼吸と共に、振り返る美遊。

 

 同時に繰り出された黄金の刀身。

 

 その一閃が、

 

 ダレイオスの戦斧を、真っ向から受け止め、弾き返した。

 

「強い。けど、あの時ほどじゃ、ない」

 

 可憐な視線が、蹈鞴を踏みながら後退するダレイオスを睨みながら告げる。

 

 かつて、冬木の地で対峙したヘラクレス。

 

 ダレイオスは膂力において、決してヘラクレスに劣っているわけではないが、やはりかつて、神話級の大英雄と対峙した経験を持つ美遊にとっては、決して手届かぬ相手とは言えなかった。

 

 体勢が崩れたダレイオス。

 

 その瞬間を、美遊は見逃さなかった。

 

「響ッ!!」

 

 相棒に合図を送る美遊。

 

 その声を受け、

 

 刀の切っ先を真っすぐに向けた響が、ダレイオスを睨む。

 

「んッ!!」

 

 一歩、

 

 少年の体は加速する。

 

 二歩、

 

 その姿は音速を超える。

 

 三歩

 

 刃は獰猛な牙となって襲い掛かる。

 

「餓狼一閃!!」

 

 突き込まれる刃。

 

 その一撃が、

 

 ダレイオスの胸に、深々と突き刺さり、

 

 巨体は宙に舞って吹き飛ばされた。

 

 轟音と共に、地面に叩きつけられるダレイオス。

 

 響は刀の切っ先を向けた状態で、その様子を見据える。

 

 ダレイオスの体には、先程のネロの斬撃に加え、響の攻撃による深手も増えている。

 

 明らかに致命傷だった。

 

 だが、

 

「■■■■■■ッ」

 

 それでも尚、身を起こそうとするダレイオス。

 

 その巨大な腕が、何かを掴もうと宙に延ばされる。

 

 やがて、

 

「Is・・・・・・kan・・・・・・dar・・・・・・・・・・・・」

 

 短い呟き。

 

 それと同時に、

 

 その巨体は、光の粒子となって消えていった。

 

 

 

 

 

 ダレイオスの消滅と、時を同じくして連合ローマ軍も、退却を始めていた。

 

 猛威を振るったダレイオスの敗北。

 

 更には皇帝ネロの参戦。

 

 状況は完全に、正統ローマ軍の有利に傾いている。

 

 とは言え、連合ローマ軍の退却も、全軍潰走のような無様な様子は無く、あくまで秩序を保ったまま、整然と退却していく。

 

 一糸乱れぬその引き際は、まるである種の計算された行動のようだった。

 

 そんな中、

 

 状況を彼方から見守っていた連合ローマ軍指揮官の少年は、やれやれと肩を竦めた。

 

「あらら、ダレイオスはやられちゃったか。もう少し保つかと思ったんだけど、ちょっと計算が狂っちゃいましたね、先生」

「なに、問題は無い。目的は達したのだからな」

 

 指揮官の言葉に、軍師は事も無げに答える。

 

 事実、正統ローマ軍の壊滅も、ガリアの奪回も叶わなかった。

 

 だが、それで良い。

 

 2人の目的は、もっと別のところにあるのだから。

 

「先生の言った通りだった。これでようやく『彼女』に会う事ができる」

 

 そう言って純真な視線を向ける先。

 

 そこでは今も、軍を指揮して奮戦しているであろう少女がいる。

 

 指揮官の少年は、どうしても「彼女」に会いたかった。会って、話してみたかった。

 

 その為に、あえて強行軍を敢行し、尚且つダレイオスを捨て駒にまでしたのだ。

 

「ダレイオスには悪い事をしてしまったかな。機会があれば謝っておきたいところだ。けど、それでも彼のおかげで、僕は彼女に会う事ができる」

「その為のおぜん立ても、既に手は打っておいた。遅くとも数日の内には、あなたの願いは叶うだろう」

 

 軍師の言葉に、指揮官は笑顔のまま頷く。

 

「楽しみだな、皇帝ネロ。早く貴女に会いたいよ」

 

 まるで恋焦がれる少年のように、指揮官は呟きを放つのだった。

 

 

 

 

 

第12話「進撃の巨像」      終わり

 



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第13話「緋の激情」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、すまないね。とんだ迷惑かけちゃって」

 

 そう言って、ベッドに横たわったブーディカは苦笑する。

 

 思ったより元気そうなのは良いが、やはり手足や頭に巻かれた包帯が痛々しい。

 

 ネロたちが援軍として到着する前に、正統ローマ軍を率いて敵の本軍と激突したブーディカ。

 

 再編成が済んでいない状態での出撃を余儀なくされたブーディカは、きわめて不利な状況の中、それでも軍を指揮して良く戦った。

 

 彼女がいなければ今頃、ガリアは再び連合ローマの手に落ちていたかもしれない。

 

 しかし、

 

「今回は完全にしてやれらたよ。敵は大軍は確かに厄介だけど、率いている指揮官がそうとうな切れ者だ」

 

 ブーディカの説明によれば、正面戦闘を意図して守りを固めた正統ローマ軍に対し、連合ローマ軍は巧みに囮を使って分断し、次々と各個撃破していったと言う。

 

 油断はできない。

 

 ブーディカの言が正しければ、敵の指揮官は大軍を擁しながらも、それを妄信せず、堅実な用兵と戦略を用いる軍師のような存在である。あるいは、そうした存在が参謀として、敵の指揮官を補佐している可能性もある。

 

 いずれにせよ、ネロが合流したからと言って油断はできなかった。

 

「ところでさっきから気になっていたのだが・・・・・・」

 

 ネロはブーディカから視線を逸らして言った。

 

 見ているその先では、2人の少女が佇んでいた。

 

「そこな少女たちは、そもそもいったい何なのだ?」

「へ、あたし?」

「うむ?」

 

 話を振られたエリザベートとタマモキャットは、揃って首を傾げた。

 

 対して、ブーディカは苦笑する。

 

「あー この前の戦いが終わってあんた達がローマにもどった後、何か知らないけどフラッと現れてね。それ以来、協力してもらってるんだよ。何か知らないけどネロ、あんたのファンだって言うしね」

 

 そう、ブーディカが説明した。

 

 と、

 

「やっと会えたわね、生ネロ!! 本当に来た甲斐があったわ!!」

 

 感激したエリザベートが、近づいてきてネロの手を取った。

 

 そのままブンブンと、上下に手を振り回すエリザベート。

 

 いったい、この2人の間にどんな繋がりがあると言うのだろう?

 

 当のネロはと言えば、身に覚えが無いらしく首を傾げている。

 

 だが、

 

「うむ。何やらよく分からぬが、余もそなたの事は全くの他人とは思えない。これは、そう、魂で繋がっているような気さえするぞ」

「魂、ソウルフレンドって奴ッ 素敵ね、それッ!!」

 

 何やら互いを気に入ったらしいネロとエリザベートは、手を取り合っている。

 

 テンションが際限なく上がりっぱなしだった。

 

 それはそれとして、

 

「なあ、響」

 

 ベッドの上のブーディカが、気になっている事を傍らの暗殺少年に尋ねた。

 

「生ネロって何だい?」

「ん、ハバネロの親戚」

「ああ、やっぱりか」

「響、嘘教えないで」

 

 サラッとおかしなことを言う響に、美遊がツッコミを入れる。

 

 嘆息する美遊。

 

 何を阿呆な事を言っているのか。

 

 と、その時だった。

 

「アハハハハハハ そろそろ、あたしの出番と見た!!」

 

 其れまで黙っていた獣耳の少女が、高らかに名乗りを上げた。

 

 その存在自体が、見た目からしてインパクト絶大の少女は、一同を見回して言い放った。

 

「我こそは誇り高き狐の英霊ッ 栄光あるタマモナインが一柱、タマモキャットッ よろしくだワン!!」

 

 圧倒的なまでに、何言っているのか分からない名乗り。

 

「狐?」 ←立香

「キャット?」 ←凛果

「ワン?」 ←美遊

「完全無欠に意味不明です」 ←マシュ

「ん、どっからツッコめば?」 ←響

「アハハハハハハハハハハハハ」 ←タマモキャット

 

 特殊班一同、大混乱に陥ったのは言うまでもない事である。

 

 だが、そんな一同の困惑を他所に、タマモキャットは笑い続けているだけだった。

 

 と、

 

「うん、興が乗って来たわッ もうジッとしていられない。あたし、ここで一曲歌うわ!!」

 

 とんでもない事を言い出したエリザベート。

 

 聞いた瞬間、カルデア特殊班の面々が「ゲッ」となったのは言うまでもない事だろう。

 

 エリザベートの破壊的音痴を知っている一同に、慄きが走る。

 

 だが、

 

「うむ、良い。実に良いぞッ ならば余も便乗させてもらおう!!」

 

 何やらノリノリなネロ。

 

 その姿に、エリザベートのテンションが上がる。

 

「良いわね。あんたとのデュエットなんてッ 素敵よッ!!」

「うむ、自慢ではないが、余は歌が大得意なのだッ」

 

 顔を見合わせて笑顔を浮かべると、2人そろって並び立つネロとエリザベート。

 

「ちょッ 待っ!!」

 

 皆が止めようとした。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

ボエェ~~~~~~~~~~~~

ボゲェ~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 凄惨な地獄絵図が発散された。

 

 強烈な怪音波が、物理的な衝撃を伴って、全周囲に襲い掛かる。

 

 あたり一面に広がる死屍累々。

 

 何と言うか、

 

 マイナスにマイナスを重ねたら超マイナスになった、と言うか、

 

 色鮮やかな絵の具をたくさん混ぜ合わせたらどす黒くなった、と言うか、

 

 ともかく、ひどい。

 

 エリザベートが音痴なのは元々知っていたが、

 

 まさかネロまで音痴だったとは予想外である。

 

 2人の声が相乗効果となって、周囲に更なる惨状を齎している。

 

「こ、こ、れは・・・・・・・・・・・・」

「う、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ・・・・・・」

「せ、先輩方、お、お気を確かに・・・・・・」

 

 地面に倒れ伏す、藤丸兄妹。

 

 マシュも、意識を保つだけで精いっぱいの様子だ。

 

 その他の面々も、一様に苦悶にのたうっている。

 

「ん、誰、か、止めろ・・・・・・」

「む、無理」

 

 既にチビッ子サーヴァント達は、限界の様子である。

 

「ユニット名は『THE・混ぜるな☆キケン』で」

「異議、無し・・・・・・」

 

 立香の言葉に、崩れ落ちながら頷く凛果。

 

 その場にいた全員が倒れ伏す中、ネロとエリザベートだけが、気持ちよさそうに歌い続けている。

 

 死屍累々とした光景が繰り広げられる中、Wジャイアンリサイタルは、夜が更けても尚、続けられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明けて翌日。

 

 全軍を挙げてガリアを進発したネロは、一路、連合ローマ軍が布陣する平原へと兵を進めた。

 

 既に機運は十分すぎるほどに高まっている。

 

 ここで敵主力軍を撃滅し、しかる後、先ごろ判明した連合首都へと進軍。この戦争に決着を着ける予定だった。

 

 一方、

 

 連合ローマ軍の動きは、不気味なほどに静かだった。

 

 敵は布陣を終えた後、その場から全く動こうとしなかったのだ。

 

 何かを策動している様子も見られない。

 

 まるで正統ローマ軍の準備が整うのを待っていたような節さえ見られる。

 

 そして、正統ローマ軍も平原へ到着。全軍の展開を終えると、平原を挟んで連合ローマ軍と対峙した。

 

 

 

 

 

「ようやく来てくれたか。正直、すっぽかされたらどうしようかと、ひやひやしたよ」

 

 視界の彼方で陣形を展開する正統ローマ軍を見詰めながら、連合ローマ軍指揮官の少年は、安堵とも苦笑ともつかないため息をを吐く。

 

 今、あそこではネロ・クラウディウスが指揮を執っているはず。

 

 そうでなくては困る。

 

 彼女を戦場に引っ張り出すために、こちらはダレイオスと言う戦力を捨て駒にまでしたのだから。

 

「その心配は無いだろう。これまでの戦いから類推した彼女の性格からすれば、決戦の際には自ら指揮を執らなくては気が済まないはず」

 

 眼鏡の位置を直しながら、軍師は自らの主君に告げる。

 

 全ては、彼の策だった。

 

 あえて、正統ローマ軍の戦備が整わないうちに奇襲攻撃を掛けて撃破する。

 

 前線にダレイオスを置く事で、猛攻を仕掛け、敵軍の陣容に打撃を与える。

 

 最終的にダレイオスが倒される事は織り込み済み。そこは構わない。

 

 問題なのは、正統ローマ軍の支柱である、皇帝ネロを戦場に引きずり出して撃破する。それが叶えばこの戦い、連合ローマの勝利に終わるはずだった。

 

 加えて、指揮官の少年にはどうしても一つ、かなえたい願いがあったのだ。

 

「うん。先生の言う事で、今まで間違った事は無かったからね。今回も信じているよ」

「・・・・・・・・・・・・フンッ」

 

 指揮官の言葉に対し、そっぽを向く軍師。

 

 次いで指揮官は、反対側に立つ男たちに向き直った。

 

「そう言う訳だから、君達も協力してほしい。なに、そんなに時間は取らせないよ」

「・・・・・・仕方あるまい」

 

 答えたのはカエサルだった。その傍らには、レオニダス王の姿もある。

 

 先日の戦いにおいて壊滅した部隊の再編成を終えたカエサルは、軍勢を率いて主力軍に合流していたのだ。

 

 これにより、連合ローマ軍の戦力は、正統ローマ軍の倍近くにまで膨れ上がっていた。

 

「ここの指揮官はお前だ。我らは、それに従うだけだ」

「ありがとう。それじゃあ、行ってくるね」

 

 カエサルの言葉に頷くと、指揮官の少年は軍師を伴って陣を出て行くのだった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 正統ローマ軍もまた、決戦に向けて着々と準備を進めていた。

 

「さて、如何したものか?」

 

 敵軍の様子を観察しながら、ネロは首をひねって呟いた。

 

 今回は先のガリア会戦と違い、敵の方が数が多い。下手に仕掛ければ、こちらが敗北する事は目に見えていた。

 

 ましてか今回の敵は、かなりの戦略家であると言う。油断はできなかった。

 

「いかに攻める、立香よ?」

「いや、俺に聞かれても」

 

 尋ねられて、立香は苦笑する。

 

 特殊班のリーダーとは言え、別に戦略に明るい訳ではない。そう言う事は、マシュにでも聞いてくれた方が良いと思った。

 

 とは言え、

 

「俺はネロを信じてる。これで良いと思った通りに指示を出してくれ」

「う、うむ。期待しておるぞ」

 

 立香の言葉に、ネロは一瞬言葉を詰まらせる。

 

 こうもストレートに信頼の言葉を投げかけられるとは思っていなかったのだ。

 

 と、その時だった。

 

「申し上げます!!」

 

 兵士の1人がネロの元までやってきて膝を着いた。

 

「敵軍に動きがありましたッ」

「ついにかッ」

 

 身を乗り出すネロ。

 

 いよいよ、火ぶたが切られる。そう思ったのだ。

 

 だが、

 

「それが・・・・・・・・・・・・」

 

 言葉を濁らせる兵士。

 

 対してネロは首を傾げる。

 

「如何した?」

「ハッ 敵の指揮官らしき人物が、供1名のみを従えて、こちらへ向かってきているのです」

「・・・・・・何だと?」

 

 怪訝な面持ちで顔を見合わせる、ネロと立香。

 

 一体そこに、如何なる意図があると言うのか?

 

 ネロも立香も、にわかには図りかねるのだった。

 

 

 

 

 

 相手は、まるで自分たちが来るのが判っていたかのように、戦場の真ん中で立ち尽くして待っていた。

 

 奇妙な2人連れである。

 

 1人は10台中盤くらいの少年。燃えるような赤い髪を三つ網に結び、純粋そうに輝く瞳が印象的だ。

 

 そしてもう1人は、なぜか現代風の黒いスーツを着た痩せ型の男性だ。背中まで達する長い髪。双眸は、この世の最も苦い物を噛み締めたかのように細められている。

 

「そなたらが、連合の指揮官か?」

 

 2人の前に立って、ネロが尋ねる。

 

 その背後には、立香とマシュが控えている。

 

 敵の指揮官が僅かな供と共に戦場まで出てきたと聞いたネロは、自身もまた彼らに会うべくやって来た。

 

 連合の指揮官が出てきているのに、正統ローマの皇帝である自分が奥に引っ込んでいては臆病者のそしりを受けかねない。

 

 そう考えたネロは、立香とマシュだけを連れてやって来たのだ。

 

「うん、まあ、そう言う事になるね」

 

 驚いた事に、答えたのは赤毛の少年の方だった。

 

 スーツ姿の男は、少年が喋るのに任せ、後方に控えている。

 

 と言う事はつまり、連合の指揮官はスーツ姿の男ではなく、少年の方と言う事になる。

 

 対して、ネロは頷いて口を開いた。

 

「まずは名乗らせてもらおう。余は、ローマ帝国第5代皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスである」

 

 堂々とした少女の名乗り。

 

 対して、少年は満面の笑顔を浮かべて応じる。

 

「ああ、知ってる。やっと会えたね」

 

 まるで憧れの人にでも会えたように、感慨深く呟く少年。

 

 その純真そうな瞳は、真っすぐにネロへと向けられている。

 

「じゃあ、僕も名乗らないとね。と言っても、僕には名前がいくつもあるから・・・・・そうだな、ここでは『アレキサンダー』と名乗らせてもらおうかな」

 

 アレキサンダー。

 

 「イスカンダル」の名でも知られる。古代マケドニアの大英雄だ。

 

 わずか20歳でマケドニア王位を継承すると、軍勢を率いて東方遠征を実現。

 

 当時、「世界の全て」と言われるほどの大国であったペルシャを打ち破り、エジプトや小アジア、インドまで支配下に置いた。

 

 それらの偉業を、僅か10年足らずでやってのけたのだ。

 

 故に人は、畏怖と敬意をもって、彼をこう呼ぶ。

 

 「征服王イスカンダル」と。

 

 そして、

 

「私はロード・エルメロイ二世。故あって、今はデミ・サーヴァントをしている。この霊基を持つ英霊は、諸葛亮孔明(しょかつりょう こうめい)と言う。短い間になるだろうが、よろしく頼む」

 

 そう言うと、エルメロイ二世はスーツのポケットから煙草を出して火を点けた。

 

 とは言え、諸葛亮孔明と来た。

 

 後漢末期、麻の如く乱れた天下を憂いた高祖劉邦の子孫、劉備玄徳(りゅうび げんとく)は、1人の青年を軍師として迎える。

 

 その青年こそ、諸葛亮孔明。

 

 劉備に見いだされた孔明は、乱れた天下を正す手段として、天下を一時的に三分割し、それぞれの勢力で均衡を保つ膠着状態を作り出す、所謂「天下三分の計」を提案、実行する。

 

 言わば「三国志」を実際に創り出した「作者」であると同時に、そこに綴られた物語の、実質的な主人公であるとも言える。

 

 現代においても「天才軍師」と言えば、諸葛亮孔明を置いて、他に存在しなかった。

 

「ありがとう先生。先生のおかげで、ようやく彼女に会う事が出来たよ」

「存分に語り給え」

 

 そう言って、たばこの煙を吐き出すエルメロイ二世。

 

 対して、アレキサンダーは背中を押されるように前へと出た。

 

「それで、余に尋ねたき事とは何だ?」

「うん。戦いを始める前に、どうしてもこれだけは聞いておきたかったんだ」

 

 そう前置くと、アレキサンダーは口を開いた。

 

「ネロ、君はどうして戦うんだい?」

「・・・・・・・・・・・・何?」

 

 質問の意図が判らず、首を傾げるネロ。

 

 まさか、そのような質問を連合ローマ軍の指揮官からされるとは、思ってもみなかったのだ。

 

 そもそもこの戦争は、ネロが統治していたローマに、連合ローマが仕掛けてきたことが発端となっている。

 

 ネロの立場からすれば反撃の為に戦うのは当然の事である。

 

 今更、そんな意味を問うたところで意味は無いように思えるのだが。

 

「君が諦めて連合に降れば、全てが丸く収まる話じゃないか。連合は何もローマを滅ぼそうとも、君を殺そうとも言っていない。君はただ、連合皇帝の1人に名を連ね、改めて彼らの統治の下に入ればいい。君の名誉も、ローマも守られる。これほど良い事は無いと思うけどね?」

「・・・・・・貴様、本気で行っているのか?」

 

 低い声で尋ねるネロ。

 

 対して、

 

 アレキサンダーは笑顔のまま答えた。

 

「勿論、本気さ。君さえ降れば、何もこんな戦いはする必要が無かったはずだ。全て無意味じゃないか。今まで犠牲になって来た命も、そして、これから犠牲になる命も、ね」

 

 アレキサンダーがそう告げた。

 

 次の瞬間だった、

 

「ふざけるな!!」

 

 激高したネロの大音声が響き渡る。

 

「無駄だと!? 犠牲になった兵の命が無駄だと申すか!? ふざけるな、彼らが想い、守ろうとして散っていった物が、無駄なはずが無かろう!!」

 

 ネロの脳裏に浮かぶ、兵士たちの顔。

 

 彼らはネロに笑顔を見せて戦場に赴き、

 

 そして帰ってこなかった。

 

 彼らの犠牲が、

 

 彼らの想いが、

 

 無駄であって良いはずが無い。

 

 なぜなら、彼らはネロを信じ、ネロを助けるために死んでいったのだから。

 

 だからこそ、ネロは叫ぶ。

 

「過去がどうあれ、今現在において、ローマ皇帝は余意外にあり得ぬ。余こそが、今代のローマ皇帝、ネロ・クラウディウスである!!」

 

 天上に高らかと響く宣誓。

 

 その言葉を受けて、

 

 アレキサンダーはニッコリと笑った。

 

「ああ、良いよ。それが聞きたかった。見事だよネロ・クラウディウス。君の覇道、確かにこのアレキサンダーが見届けた。いや、君ならいっそ、魔王にすらなれるかもね」

「黙れッ」

 

 言い放つと同時に、右手を掲げるネロ。

 

 同時に、

 

 アレキサンダーの背後に立っているエルメロイ2世も、右手を掲げて後方の軍勢に合図を送る。

 

「立香、マシュ、用意は良いか?」

「ああ。存分にやってくれ」

「準備完了。いつでも行けます」

 

 ネロの問いかけに、力強く答える立香とマシュ。

 

 一方、

 

「先生」

「ああ。仕方あるまい」

 

 アレキサンダーとエルメロイ二世も、頷きを交わす。

 

 睨み合う両者。

 

 次の瞬間、

 

 互いの腕が、同時に振り下ろされた。

 

 

 

 

 

第13話「緋の激情」      終わり

 



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第14話「罪の執念」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネロとアレキサンダー。

 

 互いの指揮官が下した合図と同時に、両軍は一斉に動き出す。

 

 騎兵部隊が側面から先行し、歩兵部隊は中央を進撃。

 

 後詰の弓部隊が続行して、射撃開始のタイミングをはかっている。

 

 一斉に激突する正統ローマ軍と連合ローマ軍。

 

 ここがまさに、このローマにおける戦いの天王山と言える。

 

 この戦いに勝った方が、この戦争を制する。

 

 その事を誰もが思い、互いに刃を交える。

 

 数においては、正統ローマ軍の不利は否めない。

 

 連合ローマ軍はこれまで温存してきた主力軍に加え、先のガリア会戦で敗れたカエサル軍も吸収している。

 

 その数は正統ローマ軍の倍近くまで膨れ上がっていた。

 

 だが、正統ローマ軍の兵士、誰もが絶望していない。

 

 自分達にはネロがいる。

 

 百戦無敗の皇帝陛下、ネロ・クラウディウスが付いている。

 

 ならば、恐れるべき何物も存在しなかった。

 

 それに、

 

 そのネロが連れて来た、綺羅星の如き将星たち。

 

 彼等と共にあり続ける限り、自分たちが負ける事などありえなかった。

 

 奮い立つ正統ローマ軍兵士達。

 

 そんな彼らの先陣を切って突撃していくのは、

 

 やはり、この男たちだった。

 

「さあ、いざ行かん同胞たちよ!! あれに見えるのは圧制者の群れッ 我らが越えるべき頂ぞ!!」

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 スパルタクスは笑顔を浮かべながら、呂布は雄たけびを上げながら、

 

 2人のバーサーカーが先陣を切って突撃していく。

 

「おォォォォォォッ 将軍たちに続けェェェェェェ!!」

「我らがローマに勝利をォォォ!!」

「ネロ陛下よ、栄光あれェェェ!!」

 

 スパルタクス、呂布の両バーサーカーに率いられた正統ローマ軍は、前線を食い破る勢いで突撃していく。

 

 だが、

 

 そんな彼等より先に、戦端を開いた者たちがいる。

 

 誰あろう、

 

 ネロとアレキサンダー。

 

 両軍の指揮官たちだった。

 

 

 

 

 

「ハァッ!!」

 

 気合と共に、原初の火(アエストゥス・エストゥス)を振り翳して斬りかかるネロ。

 

 その視線の先では、

 

 微笑を浮かべて佇む少年がいる。

 

 皇帝少女の剣閃が、少年大王を捉えようとした。

 

 まさに次の瞬間、

 

 アレキサンダーは腰に佩いた短い剣を抜刀、逆袈裟に繰り出した刃がネロの剣戟を弾き飛ばした。

 

「やるね、けど、僕もこれくらいならッ!!」

 

 言いながら、斬り込んでくるアレキサンダー。

 

 スパタと呼ばれる短い剣は、ネロの原初の火(アエストゥス・エストゥス)に比べれば、殆ど短剣と言ってもいいくらいに小さい。

 

 しかし、小さい事が悪い事ではない。

 

 武器が小さければ、それだけ素早い攻撃が可能となる。

 

 加えて、アレキサンダー自身、その体は成長しきっているとは言い難い。それ故に、武器は小さく、取り回しやすい方が有利と言う物だ。

 

「貰ったッ!!」

 

 ネロの懐へと飛び込んでくるアレキサンダー。

 

 手にしたスパタの刃が鋭く光る。

 

 一閃される剣。

 

 対して、

 

「甘いッ!!」

 

 ネロはアレキサンダーの剣を弾きつつバックステップで後退。同時に、原初の火(アエストゥス・エストゥス)の切っ先を少年王に向け、真っすぐに突き込む。

 

「ハァッ!!」

 

 気合と共に繰り出される、歪な刃。

 

 炎を纏った刀身が、アレキサンダーに容赦なく襲い掛かる。

 

 と、

 

「おっとッ!?」

 

 アレキサンダーはスパタでネロの斬撃を受け止める。

 

 互いに刃を合わせたまま、睨み合う両者。

 

「やるではないかッ 口先だけの男ではない、と言う事か?」

「そっちこそ、偉そうに語った覇道が偽りじゃない事を証明して見せて欲しいな」

「抜かせッ!!」

 

 アレキサンダーの剣を弾くネロ。

 

 その勢いに押され、アレキサンダーは数歩後退する。

 

「貰ったぞ!!」

 

 隙を見せたアレキサンダーに、大剣を振り翳して斬りかかるネロ。

 

 だが、

 

 その体を、魔力を帯びた大気が直撃、大きく吹き飛ばした。

 

「うぬッ!?」

 

 体勢を立て直し、着地するネロ。

 

 顔を上げた視界の中で、

 

 アレキサンダーを掲げるように、右手を翳したエルメロイ二世が、煙草をふかしながらネロを睨んでいた。

 

「これでも軍師なんでな。これくらいはやって見せねばな」

 

 主君の危機に、割って入ったエルメロイ二世。

 

 その間に、アレキサンダーは体勢を立て直す。

 

「ありがとう先生」

「フンッ」

 

 アレキサンダーの謝辞に、鼻を鳴らすエルメロイ二世。

 

 対してネロは、警戒したように剣を構え直す。

 

 その傍らに立ったマシュが盾を構え、後方では立香が援護の準備を始めている。

 

「立香、マシュ、油断するでないぞ。こやつら、なかなかの使い手と見た」

「ああ、援護は任せてくれ」

 

 言いながら礼装の術式を起動。身体能力強化の魔術を2人に掛ける立香。

 

「おおッ これはありがたい!!」

 

 笑顔を浮かべるネロ。

 

 先程と比べて、体が軽くなったような感覚がある。

 

「行くぞ!!」

 

 底上げされたスペックを如何無く発揮し、ネロは再び斬り込んでいく。

 

 その突撃たるや、

 

 アレキサンダーもエルメロイ二世も、一瞬虚を突かれるほどに速い。

 

「ハァッ!!」

 

 袈裟懸けに振り下ろされる剣閃。

 

 その一撃を、

 

「クッ!?」

 

 アレキサンダーは、とっさにスパタで受け止める。

 

 しかし、

 

「まだだァッ!!」

 

 膂力任せに押し切るネロ。

 

 圧倒的な攻撃力を前に、思わず後退を余儀なくされるアレキサンダー。

 

 正面からの激突ならば、分はネロの方にある。

 

 着地と同時に、体勢を立て直そうとするアレキサンダー。

 

 そこへ、ネロが更なる斬り込みをかけるべく、剣を振り被る。

 

 だが、

 

 すかさずエルメロイ二世が援護の為に魔術を解き放つべく陣を組む。

 

 と、

 

「やらせません!!」

 

 同じく、身体能力を強化したマシュが大盾を掲げて飛び込み、エルメロイ二世の攻撃を防ぐ。

 

「ふんッ 成程な」

 

 魔術で落とした雷を、マシュの盾に防がれたのを見ながら、エルメロイ二世はどこか感心したように呟く。

 

「その盾ならば、たとえ宝具クラスの攻撃であっても防げるだろう。いきおい、私程度の魔術では傷もつけられんか」

「この盾の事を知っているのですか?」

 

 攻撃を防ぎながら、勢い込んだように尋ねるマシュ。

 

 自分の中にいる英霊の真名。

 

 それが判らずに、マシュはまだ、全力発揮できる状態ではない。それ故に、何かを知っているかのようなエルメロイ二世の言葉に引かれたのだ。

 

「さて、往時であれば講義してやるのも吝かではない、が」

 

 言いながら、魔力弾を放つエルメロイ二世。

 

 その攻撃をマシュは、盾を掲げて弾く。

 

「生憎、ここは戦場。そして、君と私は敵同士だ。諦め給え」

「クッ!?」

 

 悔しいがエルメロイ二世の発言は正しい。

 

 残念だが、今ここで彼から情報を引き出すのは難しかった。

 

「マシュ、今は集中するんだ!!」

「はい、申し訳ありません先輩!!」

 

 立香の叱咤に、再び気分を切り替えるマシュ。

 

 そこへ、再びエルメロイ二世の攻撃が襲い掛かった。

 

 そんなやり取りの様子を、離れた場所でアレキサンダーが苦笑気味に眺めていた。

 

「先生も歯痒いだろうね」

 

 やれやれとばかりに、肩を竦めながら呟く。

 

「あれで結構、教育熱心らしいし。本音では教えてあげたいんじゃないかな?」

「随分、余裕ではないか」

 

 言いながら、斬りかかるネロ。

 

 横なぎにされた原初の火(アエストゥス・エストゥス)の一閃。

 

 アレキサンダーはスパタで防ぎつつ、後退して回避する。

 

「別に」

 

 着地しながら、アレキサンダーはネロに向き直る。

 

「余裕ってほどじゃないよ。こう見えても結構、いっぱいいっぱいだし」

 

 そう言っている割に、アレキサンダーは笑顔を崩そうとしない。

 

 まだ、何か持っている。

 

 ネロはそう確信しつつ剣を構え直す。

 

「だから・・・・・・・・・・・・」

 

 アレキサンダーの魔力が高まる。

 

 同時に、少年の背後の空間が開くのが見えた。

 

「僕も相棒を呼ぶことにするよ」

 

 言い放った瞬間、

 

 開いた空間から、何かが飛び出してくる。

 

 それは、一頭の馬だった。

 

 黒毛の美しい、ただそこにあるだけで人々を魅了しそうな、そんな雰囲気のある馬。

 

 体躯も立派で、まるで戦車のような重厚さがある。

 

 現れた馬の背に、ひらりと飛び乗るアレキサンダー。

 

 小柄な少年が乗ると、まるで馬の付属品のようにしか見えない。

 

 だが、

 

 馬は、自らが認めた唯一の主を背にして、歓喜のようないななきを発する。

 

「待たせたね、ブケファラスッ!!」

 

 馬の手綱を引きながら、アレキサンダーも高らかに言い放つ。

 

 その視線は、剣を構えるネロを馬上から見据える。

 

「さあ、始めよう。僕達の蹂躙制覇を!!」

 

 同時にブケファラスの腹を蹴るアレキサンダー。

 

 主の力強い合図。

 

 同時にブケファラスは、凄まじい勢いで突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 立香、ネロ、マシュがアレキサンダー、エルメロイ二世と交戦を開始した頃。

 

 別ルートから進撃していた響、美遊、凛果も、因縁の相手と対峙していた。

 

 進撃する3人の前に立ちはだかる2人の人物。

 

 その姿を見て、響達は足を止める。

 

 睨み合う両者。

 

 次の瞬間、

 

「ん・・・・・・DEBU」

「やめい」

 

 響の第一声にツッコミを入れるカエサル。

 

 何と言うか、台無しだった。色々と。

 

 とは言え、

 

 ユリウス・カエサル。

 

 そしてレオニダス。

 

 ガリアで戦った大英雄2人が、再び立ちはだかっていた。

 

「また会いましたな、小さき剣士の少女。今日は、盾の少女はおられないのですか?」

「マシュさんは今、別のところで大事な戦いをしています。だから」

 

 言いながら、

 

 美遊は腰の鞘から黄金の剣を抜き放つ。

 

 魔力を帯びた輝きを放つ剣。

 

 少女の鋭い眼差しが、スパルタの大英雄を睨み返す。

 

「あなたの相手は、私がします」

「上々。こちらとしても願っても無い事です」

 

 言いながら、レオニダスも槍と盾を構える。

 

 睨み合う、少女と英雄。

 

 その視線が、火花を散らして激突する。

 

 一方

 

「さて、こちらも始めるとしようじゃないかね」

「ん」

 

 頷きながら、互いに剣を抜き放つカエサルと響。

 

 同時に、響は背後の凛果を振り返る。

 

「凛果、やる」

「オッケー 遠慮はいらないわ」

 

 響の言葉に頷くと、凛果は右手の令呪を掲げて見せる。

 

 目を閉じる響。

 

 内なる魔術回路を起動させ、魔力を全身に循環させる。

 

 光に包まれる少年の体。

 

 眩いばかりの魔力の輝き。

 

 やがて視界が晴れた時、

 

 少年は黒装束の上から、浅葱色に白の段だら模様が入った羽織を羽織っていた。

 

 その姿を見て、面白そうに口元を歪めて笑うカエサル。

 

「良いぞ。今日は初めから本気と言う訳か。そう来なくてはな」

 

 言いながら、剣を真っすぐに構えるカエサル。

 

 対抗するように、響も刀の切っ先をカエサルへと向ける。

 

 睨み合う、両者。

 

 次の瞬間、

 

 互いに地を蹴って、斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その人物は、見るからに瀕死だった。

 

 引きずるように前へと進む足。

 

 一歩歩くごとに、崩れ落ちそうになる。

 

 ただ、そこに存在しているだけで、命がすり減っていく。

 

 だがそれでも、

 

「・・・・・・・・・・・・行か、なくては」

 

 かすれた声で呟く。

 

 たとえ、この命が失われても、自分には成さねばならない事がある。

 

 その為ならば、あらゆる艱難辛苦を乗り越えていく覚悟だった。

 

「待って・・・・・・いてください・・・・・・必ず・・・・・・」

 

 執念。

 

 ただ、それだけを頼りに、前へと歩き続けていた。

 

 

 

 

 

 激突する、響とカエサル。

 

 以前戦った時は、カエサルの膂力の前に響は敵わず、押し負ける事が何度もあった。

 

 だが、

 

 今は正面からぶつかり、一歩も引かずに対峙している。

 

「フンッ」

 

 鍔競り合いをしながら、カエサルは面白そうに笑う。

 

「先回よりは、楽しませてくれそうだな」

「ん、言ってろ」

 

 カエサルの言葉に返した瞬間、

 

 響は一瞬にして後退、間合いを取る。

 

 追撃を仕掛けるべく、追いかけるカエサル。

 

 だがそこへ、カウンター気味に響の刺突が迎え撃つ。

 

「ッ!?」

 

 自身に向かってくる鋭い切っ先を、カエサルは辛うじて回避。

 

 同時に手にした黄金の剣を、響に対して横なぎに繰り出す。

 

「んッ!?」

 

 迫りくる剣閃。

 

 その一撃を、

 

 響はとっさに宙に跳び上がって回避。

 

 同時に宙返りしながら、カエサルの背後へと降り立つ。

 

「ッ!!」

 

 短い呼吸と共に、横なぎに繰り出す剣閃。

 

 タイミングは完璧。

 

 威力は十分。

 

 大気を斬り裂いて迫る剣閃。

 

 その一撃を、

 

 カエサルは大きく跳躍して回避した。

 

 虚しく空を駆ける響の刃。

 

 だが、

 

「んッ!!」

 

 響の双眸は、

 

 一瞬の勝機を、見逃さない。

 

 刀の切っ先をカエサルに向け、弓を引くようにして真っすぐに構える。

 

 対して、

 

「ぬうッ!?」

 

 呻くカエサル。

 

 跳躍によってヒビキの攻撃を回避したカエサルは、未だに空中にあって、身動きが取れない状態にある。

 

 次の瞬間、

 

「餓狼一閃!!」

 

 駆ける響。

 

 一歩、

 

 加速する少年。

 

 二歩、

 

 音速を超える。

 

 三歩、

 

 威力が切っ先の一点に集中、

 

 突き込まれる。

 

「しまったッ!?」

 

 着地と同時に、防御の姿勢を取るカエサル。

 

 だが、もう遅い。

 

 盟約の羽織の効果により、身体能力が底上げされた響。そこから繰り出される餓狼一閃の威力は、通常時の比ではない。

 

 飢えた狼の牙が、大英雄に突き立てられた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 割って入った美女が、カエサルに代わって狼の牙を受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ!?」

「何、だとッ!?」

 

 驚いたのは、響も、そしてカエサルも同時だった。

 

 口から鮮血を噴き出す女。

 

 その胸には、響の刀が深々と突き刺さっている。

 

 アサシンだ。

 

 ネロの命を二度も狙い、そして響に阻止されて瀕死の重傷を負ったはずの女が今、カエサルを守るようにして、響の刃を受けていた。

 

 今度こそ、致命傷である事は間違いない。

 

 だが、

 

「ああ・・・・・・閣下・・・・・・」

 

 自分の胸の刺さっている刀を抜き、ゆっくりと大英雄の胸にもたれかかるアサシン。

 

 その顔には、恍惚とした笑みが浮かべられている。

 

「やっと、お会いできました・・・・・・カエサル様」

 

 死を前にして、自らの愛する者と再会できたかのような、そんな歓喜が女の顔からはにじみ出ている。

 

 一方で、

 

「お前は・・・・・・・・・・・・」

 

 カエサルは、自分の腕の中で力なく倒れている女を、愕然として見つめている。

 

 絡み合う視線。

 

 ややあって、

 

「そうか・・・・・・・・・・・・」

 

 カエサルが静かに、口を開いた。

 

 どこか悲しむような、それでいて懐かしむような、あるいは納得したような声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブルータス・・・・・・お前だったのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マルクス・ユニウス・ブルータス

 

 共和制ローマ末期における、政治家にして軍人。

 

 そして、

 

 大英雄カエサルに対し、愛憎共に最も関わりの深い人物。

 

 父親を早くに亡くしたブルータス。

 

 そのブルータスの前に、母の愛人として現れたのが、他ならぬユリウス・カエサルであった。

 

 カエサルはブルータスを大変気に入り、実の子供同然に可愛がったと伝えられている。

 

 その絆は、決して断ち切れるものではないと思われていた。

 

 紀元前49年に起こったローマ内戦において、ブルータスはカエサルと敵対するポンペイウスの側の将軍として参戦した。

 

 その際カエサルは「戦場でブルータスを見つけたら、決して傷付けてはならない」と、異例の布告を発した。

 

 その事もあって、ブルータスはカエサルに恭順。カエサルもまた、自身に降ったブルータスを厚遇したとされる。

 

 そのまま行けば、間違いなく順風満帆だったであろう、2人の人生。

 

 だが、そこに影が差すとは、本人たちですら考えていなかった。

 

 急速に台頭するカエサルを苦々しく思っていた元老院議員たち。

 

 当時、腐敗しきっていたローマ元老院にとって、自分たちの権益を脅かすカエサルは、目障りな存在でしかなかった。

 

 やがて、彼らの目は、カエサル第一の側近とも言うべき、ブルータスへと向けられる。

 

 元老院議員たちは、言葉巧みにブルータスを懐柔し、やがて運命の暗殺劇へと導いていく。

 

 そしてその日、議会に参加すべくやって来たカエサルを、暗殺者たちが一斉に襲い掛かる。

 

 とは言え、カエサルも軍人として長年慣らした大英雄。たとえ不意を衝かれたとはいえ、暗殺者如きに後れを取るはずが無い。

 

 そう、

 

 例えば、

 

 「身内の中の敵」でもいない限りは。

 

 突如、背中に走った痛みに、振り返るカエサル。

 

 そこには、

 

 自分が最も、信頼している人物が、自分の体にナイフを突き立てている光景があった。

 

『ブルータス・・・・・・お前もか』

 

 それは余りにも有名な、カエサルの最後の言葉だった。

 

 その後、元老院主導で行われた裁判において無罪となったブルータスだったが、やはり最も敬愛するカエサルを裏切ってしまった事への罪悪感は消えず、自らローマを離れる事になる。

 

 やがて起こる、戦争。

 

 オクタヴィアヌス、アントニウス等英雄達に率いられたローマ軍に敗れたブルータスは、やがて最後を悟り、自害して果てたと言う。

 

「申し訳ありません・・・・・・閣下」

 

 カエサルの腕の中で、ブルータスは涙ながらに訴える。

 

「あんなに、尊敬していた・・・・・・愛していた・・・・・・なのに・・・・・・なのにッ」

「ブルータス・・・・・・」

「私は。あなたを裏切ったッ 元老院の俗物達に踊らされてッ あなたをッ 偉大なるカエサルをッ 愛した人をッ 私は!!」

「もう良いッ」

 

 自罰するように叫び続けるブルータスを、

 

 カエサルはきつく抱きしめる。

 

 かつて、かわした温もり。

 

 その優しさに触れ、

 

 ブルータスは涙する。

 

 知っている。

 

 カエサルにはかのエジプトの女王クレオパトラをはじめ、多くの愛人がいた。

 

 それでも良かった。

 

 自分は、あの人と共にあるだけで幸せだった。

 

 だが、そんな自分ですら、カエサルは愛してくれた。

 

 だと言うのに・・・・・・・・・・・・

 

 だからこそ、聖杯に願った。

 

 今度こそ、カエサルが皇帝になる事を。

 

 ブルータスの体から、金色の粒子が溢れ出す。

 

 響との二度の戦いによって致命傷を受けた彼女は、既に存在を保てる状態ではなかったのだ。

 

「カエサル様・・・・・・・・・・・・」

「良い。もう気にするな。所詮は、過ぎた事だ」

 

 消えゆくブルータスに、優しく語り掛けるカエサル。

 

 その声が聞こえたのだろう。

 

 最後に、柔らかく微笑むと、

 

 ブルータスの姿は完全に消えていった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 愛する者が消え去った腕を、ジッと見つめるカエサル。

 

 その脳裏に、何が思い浮かべられているのかは分からない。

 

 だが、

 

 やがて剣を取ると、響に向き直った。

 

「・・・・・・待たせたな、小僧」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 対して、響は無言のまま対峙する。

 

 存在感が、違う。

 

 これまで戦ってきたカエサルよりも、明らかに魔力量が増している。

 

 まるで、何かに目覚めたかのような存在感を発している。

 

「言っておくが・・・・・・・・・・・・」

 

 剣を構えながら、カエサルは言った。

 

「ここからは、私も本気だ。腑抜けていれば、その瞬間終わると思え」

 

 対して、

 

「ん・・・・・・・・・・・・」

 

 響もまた浅葱色の羽織を靡かせて答える。

 

 その幼くも鋭い双眸は、真っすぐに大英雄へと向けられる。

 

「なら、こっちも本気」

 

 刀の切っ先を、カエサルに向ける響。

 

 睨み合う両者。

 

 一瞬の静寂。

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に仕掛けた。

 

 

 

 

 

第14話「罪の執念」      終わり

 




はい、と言う訳で、アサシンの真名解放です。

答えは「○○お前もか」のネタで有名な、ブルータスさんでした。

型月キャラ特有のTS化に挑戦してみました。

ちょっと、不思議な人ですよねブルータスと言う人物も。

ある意味、世界一有名なのに、本人が有名な訳じゃなく、単に主君が残した最後の言葉があったから有名になってしまった人物な訳ですし。

多分、ブルータスの名前は知っていても、どんな人かは知らない、と言う人結構いると思います。かくいう私も、大して詳しくなかったので、大急ぎで調べた、と言う事情があったりします(汗


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第15話「覇王の遺言」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突撃してくる巨大な悍馬。

 

 その凄まじい突進力は、大地を踏み抜かんとしているかのようだ。

 

 背に乗っている少年がいっそ、馬の付属品にしか見えないくらいの異様である。

 

 ライダー、アレキサンダー。

 

 その宝具たる「始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)」。

 

 その正体は、馬の身でありながら英霊の座に召喚された異色中の異色。

 

 すなわち、ブケファラス自身が、宝具であると同時に1人の英雄でもあるのだ。

 

 かつて、「人食い馬」の異名でおそれられ、手の付けられない暴れ馬だったブケファラス。

 

 乗りこなす事ができれば、世界を制覇できるとさえ言われた英馬。

 

 そのブケファラスを唯一、乗りこなした人物こそ、当時まだマケドニアの王子だったアレキサンダーである。

 

 以来、ブケファラスはアレキサンダーの最初の友となり、幾多の戦場を、彼を背に乗せて駆け抜けた。

 

 アレキサンダーもまたブケファラスをこよなく愛し、その亡き後は都市に名を残したと言う。

 

 戦友として、親友として、誰よりも深く繋がったアレキサンダーとブケファラス。

 

 その人馬一体とも言うべき突撃が、ネロへと迫る。

 

 と、

 

「ネロさんッ!!」

 

 とっさに割って入るマシュ。

 

 掲げられる大盾。

 

 しかし、宝具を展開している暇は無い。

 

 次の瞬間、

 

 突撃してきたブケファラスと、マシュが激突する。

 

「クゥッ!?」

 

 途端に、盾を支える両腕が悲鳴を上げるのが判った。

 

 先述した通り、ブケファラス自体が宝具である事を考えれば、たとえ防御に特化した能力を持つマシュとは言え、生半可な状態で防げるものではない。

 

「グッ!?」

 

 苦痛に顔を歪めるマシュ。

 

 そのまま押し切られそうになった。

 

 次の瞬間、

 

「えッ!?」

 

 不意に体が軽くなり、声を上げるマシュ。

 

 振り返れば、令呪のある右手を掲げた立香が、マシュに礼装の魔術を施していた。

 

「先輩ッ!!」

「一時的だけど身体能力を強化したッ マシュ、頼む!!」

 

 立香の右手にある令呪が輝きを増す。

 

 同時に、マシュの体から魔力が溢れ出すのを感じた。

 

「これならッ!!」

 

 マシュは腕に力を籠め、そのままアレキサンダーを押し返しにかかる。

 

 対して、

 

「へえッ 思ったよりやるね!!」

 

 笑い交じりの声を上げるアレキサンダー。

 

 一息に突破する事は難しいと感じたのか、手綱を引いてブケファラスを方向転換させる。

 

 距離を置き、再び突撃してくるつもりなのだ。

 

 と、

 

「余を忘れたかッ!!」

 

 そこへ緋色のスカートを靡かせて、ネロが追撃を仕掛ける。

 

 振り翳される原初の火(アエストゥス・エストゥス)

 

 だが、

 

 その一閃が振り翳されようとした瞬間、

 

 強烈な疾風が空中の少女を襲い、ネロは大きく吹き飛ばされた。

 

「クッ!?」

 

 辛うじて着地するネロ。

 

 眦を上げる視界の先では、たばこの煙を吐き出すエルメロイ二世の姿がある。

 

「私が、そう簡単にやらせると思うか?」

 

 低い声で告げると、眼鏡の奥で双眸が鋭く光った。

 

 

 

 

 

 魔力放出。

 

 駆け抜ける白き少女は、手にした黄金の剣を下段に構えて間合いへと飛び込む。

 

「はぁッ!!」

 

 鋭い声と共に、振りぬかれる剣閃。

 

 黄金の軌跡は、

 

 しかし守護の英霊の守りを突破する事が叶わない。

 

「ぬんッ!!」

 

 レオニダスはグッと腰を落とすと、手にした盾で美遊の斬撃を防ぎ止める。

 

 激突する両者。

 

 次の瞬間、

 

「ッ 硬いッ!?」

 

 美遊は蹈鞴を踏むようにして数歩後退。剣を構え直す。

 

 魔力放出を加えた全力斬撃。

 

 その一撃を、レオニダスは真っ向から受け止め、弾き返したのだ。

 

「ならッ!!」

 

 美遊は魔力放出を受けて大きく跳躍。レオニダスの頭上へと跳び上がる。

 

 白いスカートを翻しながら急降下。真っ向から剣を振り下ろす。

 

 だが、

 

「無駄ですッ!!」

 

 盾を振り上げたレオニダスは、美遊の斬撃をあっさりと防ぎ止める。

 

 だが、

 

「まだッ!!」

 

 着地。

 

 同時に美遊は、強烈な横回転を仕掛ける。

 

 威力が十分に乗った一撃。

 

 だが、

 

「甘いですぞ!!」

 

 美遊の動きに対応し、その斬撃を防ぎ止めるレオニダス。

 

 と、

 

「これでッ!!」

 

 弾かれた反動をそのまま利用して、今度は逆回転しつつ斬りかかる美遊。

 

 自身の反応速度に加えて、レオニダスに弾かれた威力も利用した一撃。

 

 その強烈な剣閃が、レオニダスに襲い掛かる。

 

「ぐうッ!?」

 

 その強烈な一撃を前に、流石のレオニダスもうめき声をあげて後退を余儀なくされる。

 

 対して、

 

 美遊は剣の切っ先を真っすぐにレオニダスへと向ける。

 

「手数で、行かせてもらう」

 

 低く呟く少女剣士。

 

 その凛々しくも静かな戦姿に、

 

 レオニダスも仮面の奥で、我知らず感嘆の声を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーヴァント達が各方面で激突している頃。

 

 連合ローマ軍の戦線に動きが生じていた。

 

 戦場から離れた場所を進む一団。

 

 最前線での激突が繰り広げられる一方、別動隊が正統ローマ軍の背後に回り込むべく、蠢動しているのだ。

 

 元々、この戦いでは連合ローマ軍が圧倒的な優勢を誇っている。

 

 諸葛孔明の霊基を宿すエルメロイ二世は、その優位性を最大限に活かすべく作戦を立てていた。

 

 前線にあえて大部隊を置いて正統ローマ軍の目を引き付ける一方、別動隊を迂回路から正統ローマ軍の背後へと回り込ませようとしていた。

 

 数の優位を存分に活かした包囲戦術。

 

 仮にネロ達がこの動きを察知したとしても、数に劣っている正統ローマ軍には対処できない。

 

 まさに詰み(チェックメイト)と言える状況。

 

 このまま背後を取られれば、正統ローマ軍の壊滅は必至だった。

 

 そう、

 

 そのまま行けば。

 

 だが、

 

 エルメロイ二世はたった一つ、大きなミスをしていた。

 

 

 

 

 

 先頭を進む別動隊指揮官。

 

 間もなく、正統ローマ軍の背後に出る事ができる。

 

 そうなれば完全に包囲網は完成し、味方の勝利は確実となる。

 

 だが、

 

 その想いが儚き夢想だった事を、彼らは間もなく知る事となる。

 

 予定地点まで、あと少しのところまで迫った。

 

 その時だった。

 

 突如、

 

 何の前触れもなく、指揮官の首が落ちた。

 

 吹きすさぶ鮮血。

 

 馬から落ちた、首なしの死体。

 

 兵士の間に、動揺が一気に広まる。

 

 そんな中、

 

「ふむ、やはりここで待ち伏せていたのは正解だったな」

 

 たった今、敵指揮官の首を落とした匕首を血振るいしながら、荊軻は不敵な笑みを浮かべる。

 

 その背後には、エリザベート、タマモキャットの姿もある。

 

 彼らはネロの指示を受け、敵軍が背後に回る事を見越して待ち構えていたのだ。

 

 エルメロイ二世の戦略は、決して間違っていない。

 

 数が倍近く多いなら、別動隊を編成して敵の背後を突くのは極めて有効な戦術だろう。

 

 しかし、

 

 確かに兵の数は連合ローマ軍が多い。

 

 しかし中核となるサーヴァントは、連合ローマ軍がアレキサンダー、エルメロイ二世、カエサル、レオニダスの4人なのに対し、正統ローマ軍はマシュ、響、美遊、呂布、スパルタクス、荊軻、エリザベート、タマモキャットと、戦線離脱しているブーディカを除いても8人。そこに、実質的にサーヴァント以上の戦闘力を誇るネロも加われば倍以上となる。

 

 因みに余談だが、ステンノはそもそも戦場に来ていない。本人曰く「戦争だなんて、女神がそんな野蛮な事をするはずが無いでしょう?」との事だった。要するにサボりである。

 

 サーヴァントは比喩でも何でも無く、文字通り一騎当千の実力者ばかりである。人間の兵士が相手なら、いくら挑んできたところで勝負にならないのは言うまでもない事だった。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 匕首を構え直す荊軻。

 

 それに合わせるように、エリザベートは槍を、タマモキャットは爪をそれぞれ構える。

 

「悪いが、手加減する気は無い。ここは運が無かったと思って諦めてくれ」

 

 言い放つと同時に、3騎のサーヴァント達は、慄く連合ローマ軍に一斉に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古今に名高き天才軍師たる諸葛亮孔明。

 

 その彼だからこそ、戦場に起こった空気の変化は、いち早く察知していた。

 

「・・・・・・ふむ、失敗したか」

 

 正統ローマ軍の背後を衝くべく、別ルートから進撃させた別動隊。

 

 その別動隊から上げられるはずの合図が、予定時刻を過ぎても確認する事が出来ない。

 

 其れは即ち、彼の作戦が失敗に終わった事を意味していた。

 

「所詮は割りに合わない戦い。こうなる事は初めから判っていた、か。最も、今回は斬る首も無いのだが」

 

 そう言ってエルメロイ二世は嘆息する。

 

 既に彼には、この戦いの流れが変わり始めている事が判っていた。

 

 「泣いて馬謖を斬る」の故事で有名な「街亭の戦い」。

 

 この戦いにおいて孔明は、要衝である街亭の陥落を知ると、主力軍が無傷であるにも関わらず、全軍を撤退させている。

 

 彼は自軍の強さも、弱点も全て知り尽くしていた。それ故に、決して無理な戦いを仕掛けるような真似はしなかったのだ。

 

 だが今回、生憎と戦況が不利になったからと言って、退却する事は出来ないのだが。

 

 一方、

 

 もう何度めかになる、アレキサンダーの突撃を、辛うじて撃退したマシュ。

 

 既に満身創痍に近い盾兵の少女は、それでも消えぬ闘志を燃やして若き大王を見据えている。

 

 盾を支える腕も、既に限界に近い。

 

 まだ若い頃の姿とは言え、「世界」を征服した大王の実力は伊達ではない、と言う事だ。

 

 ボロボロと言えばネロもそうだ。

 

 マシュほどではないが、彼女もアレキサンダーやエルメロイ二世の攻撃を受けていたのだ。

 

 後方で援護する立香も、現界が近い。いかに礼装を介する魔術行使とは言え、魔力の重点には彼自身の魔術回路が用いられる。それ故に、多用すれば消耗は避けられない。

 

 だが、

 

「まだだッ」

「先輩ッ」

 

 痛む腕を押さえるようにして立つ立香。

 

 だが、上げた眦は、尚も馬上のアレキサンダーを睨み据えている。

 

 闘志は、失われていない。

 

「マシュ、あと一度だ」

「先輩、何を・・・・・・」

 

 尋ねるマシュを制して、立香は言った。

 

「あと一度だけ、アレキサンダーの突撃を防いでくれ。そうすれば・・・・・・」

 

 言ってから、立香は今度はネロに向き直る。

 

「ネロ、頼む」

「うむ、任せよ」

 

 立香の意を汲み、頷くネロ。

 

 既に戦機は熟しつつある。

 

 勝負を決めるなら、今だった。

 

「ああ、なるほどね」

 

 対して、

 

 馬上のアレキサンダーは、何かを納得したように笑みを浮かべている。

 

「諦めない心。折れない信念。だからこそ、君が見せる輝きは、多くの人たちを魅了する。全く持って、君は覇王に相応しいよ、ネロ。だからこそッ!!」

 

 言いながら、ブケファラスの腹を蹴るアレキサンダー。

 

 主の意に応え、英馬は突撃を開始する。

 

「君と言う存在に、僕は挑むッ やがて彼方へと至る為に!!」

 

 凄まじい突撃。

 

 アレキサンダーは、全魔力を掛け、この一戦で勝負を掛けるべく突撃してきたのだ。

 

 巨大な馬が眼前に迫る中、

 

 マシュが大盾を掲げて前に出る。

 

「真名、疑似登録ッ 行けます!!」

 

 叫び声と同時に、盾騎士の少女は宝具を展開する。

 

 展開される人理の礎(ロード・カルデアス)

 

 張り巡らされる障壁。

 

 不可視の壁が、征服王のたる少年と激突する。

 

 飛び散る魔力。

 

 衝撃波が四散し、圧倒的な力がマシュに襲い掛かる。

 

「ぐッ!?」

 

 少女は、折れそうになる腕を必死に支える。

 

 激突する始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)人理の礎(ロード・カルデアス)

 

 次の瞬間、

 

「キャァッ!?」

 

 マシュの悲鳴と共に、障壁が弾けて飛び散る。

 

 アレキサンダーの突撃を前に、マシュの宝具は耐えきれなかったのだ。

 

 だが、

 

「やるねッ」

 

 苦笑交じりに言い放ちながら、馬首を翻すアレキサンダー。

 

 仕留める事は不可能と判断したのだろう。

 

 アレキサンダーの攻撃を、マシュは辛うじて防ぐことに成功していたのだ。

 

「すみません、先輩ッ」

「いや、良いんだ、マシュ」

 

 マシュを気遣うように助け起こしながら、眦を上げる立香。

 

 その視線の先、

 

「これで・・・・・・」

 

 馬上のアレキサンダー、

 

 そして、

 

「俺達の・・・・・・勝ちだ」

 

 言った瞬間、

 

「貰ったァァァァァァ!!」

 

 強烈な声と共に、中天から急降下してきたネロ。

 

 その手に掲げられた原初の火(アエストゥス・エストゥス)

 

 振り下ろされた剣閃は、

 

 アレキサンダー、

 

 の後方にいたエルメロイ二世を、真っ向から斬りつけた。

 

「グゥッ!?」

 

 膝を突く、エルメロイ二世。

 

 立香の作戦は、初めからアレキサンダーではなく、その後方にいたエルメロイ二世を狙ったものだった。

 

 その為に、あえてマシュに真っ向勝負を受けさせ、アレキサンダーを引き付けたのだ。

 

 そして手薄になったエルメロイ二世を、アタッカーであるネロが強襲したのである。

 

「ここまで、か・・・・・・フンッ 所詮は大義も何もない戦い。そこに価値(勝ち)などあるはずもなかった、か」

 

 既に、エルメロイ二世の体からは金色の粒子が立ち上り始めている。

 

 明らかな致命傷だった。

 

「先生ッ!!」

 

 声を上げるアレキサンダー。

 

 その主君に対し、優し気な笑みを見せるエルメロイ二世。

 

 だが、

 

 そこに、決定的な隙が生まれた。

 

 迫るネロ。

 

 手にした原初の火(アエストゥス・エストゥス)を八双に構え、アレキサンダーに斬りかかる。

 

 対して、アレキサンダーも舌打ちしつつ、馬首を返そうとする。

 

 だが、

 

「速いッ!?」

「当然であろう!!」

 

 アレキサンダーが攻撃態勢に入った時には、既にネロは剣の間合いに少年大王を捉えていた。

 

花散る天幕(ロサ・イクトゥス)!!」

 

 炸裂する、ネロの我流剣術。

 

 袈裟懸けに放たれた大剣の一閃が、馬上のアレキサンダーを斬り裂いた。

 

 着地するネロ。

 

 同時に、

 

 アレキサンダーの体から、金色の粒子が零れ始めた。

 

「ハハ・・・・・・・・・・・・」

 

 こぼれる、乾いた笑い。

 

 少年の視線は、自らを討った少女へと向けられる。

 

「流石だ・・・・・・流石だよ。それでこそ、君には覇王たる資格がある」

「貴様、まだ言うかッ」

 

 舌打ちしながら振り返るネロ。

 

 だが、

 

 対してアレキサンダーは、あくまで穏やかな声で応じる。

 

「僕の言っている事は本当だよ。君は望むなら、覇王にだって、魔王にだってなれるだろうさ。その証拠に、君は自分に敵対する者、全てを薙ぎ払ってここまで進んで来た。ローマの民から救世主かもしれない。けど、敵からすれば、君は悪逆非道の魔王にしか見えないだろうさ」

 

 アレキサンダーの言葉は、決して的外れではない。

 

 古代より「魔王」と恐れられた存在は幾人も存在したが、その多くは、決して自らそう名乗った訳ではない。むしろ、そうした存在に限って、身内からは敬愛されている事も珍しくない。

 

 魔王は、自ら名乗って魔王となるのではない。周囲が認識して、初めて魔王となるのだ。

 

「けど・・・・・・良いんじゃないかな、そんな生き方があっても・・・・・・」

 

 アレキサンダーは、朗らかに笑って言った。

 

「僕は好きだな。ネロ・クラウディウスと言う優しい『魔王』が進む道が、ね」

「貴様・・・・・・・・・・・・」

「だからこそ、どうか歩みを止めないで欲しい。このまま首都に進めば、君に大きな試練が立ちはだかる事になるかもしれない。けど、どうか諦めず、君の道を進み続けて欲しい」

 

 そう告げると、

 

 アレキサンダーと、ブケファラスは風に吹かれるように消えていった。

 

 後には、剣を下げたネロだけが残される。

 

「・・・・・・・・・・・・言われるまでもない」

 

 どこか、負け惜しみのような呟きが響く。

 

 その背中を、立香とマシュが見つめていた。

 

 

 

 

 

第15話「覇王の遺言」      終わり

 



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第16話「鬼剣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界の先に、少女がいる。

 

 その可憐な瞳から、零れ落ちる涙。

 

 ああ・・・・・・

 

 そっか・・・・・・

 

 また、あの子を泣かせちゃった、のか。

 

 もう、これで何度目だろうか?

 

 数える気も、とっくに失せてしまっている。

 

 自分は強くなった。

 

 少なくとも「あの頃」に比べれば。

 

 それでも、

 

 出会う度に、最後には、こうしてあの子を泣かせてしまう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 本当に、嫌になる。

 

 なぜ、こんな想いをしてまで、戦わなくてはならないのか?

 

 いっそ、自分などいない方が良いんじゃないか? その方が、あの子の為なんじゃないのか?

 

 そんな風に思ってしまう。

 

 枯れた瞳からは、もう涙も零れてこない。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 もう一度、少女を見る。

 

 たとえ、

 

 あの子が望まなかったとしても、

 

 あの子に恨まれたとしても、

 

 あの子に否定されたとしても、

 

 あの子を守る為ならば、何度でも立ち上がってやる。

 

 手にした刀を、強く握りしめる。

 

 その為に、

 

 自分は、強くなったのだから。

 

 

 

 

 

 突撃してくるカエサル。

 

 速い。

 

 その巨体に似合わぬ、突撃速度で響に迫るカエサル。

 

 手にした黄金の剣が、大気を斬り裂く。

 

 振り下ろされた一閃を、

 

 響は逆袈裟に斬り上げて迎え撃つ。

 

 激突する互いの刃。

 

 次の瞬間、

 

 迸る衝撃。

 

 響とカエサルは、互いに弾かれたように後退する。

 

「「ッ!?」」

 

 着地。

 

 響は足裏でブレーキを掛けながら体勢を整える。

 

 ほぼ同時に、剣を構え直すカエサル。

 

 斬りかかったのは、

 

 響の方が早い。

 

「んッ!!」

 

 切っ先をカエサルに向け、踏み込む。

 

 加速する少年。

 

 餓狼一閃の構えだ。

 

 鋭い輝きを放つ切っ先。

 

 だが、

 

「甘いわァ!!」

「クッ!?」

 

 響が加速に入る直前、間合いを詰めたカエサルが響の剣先を払う。

 

 バランスを崩す響。

 

「同じ手が二度も通用すると思うなァッ!!」

 

 次の瞬間、

 

 裏拳気味に放ったカエサルの拳が、響の顔面を殴り飛ばした。

 

 そのまま二度、三度と地面をバウンドして吹き飛ばされる暗殺者の少年。

 

 どうにか体勢を立て直す響。

 

 痛みを堪えて、眦を上げる。

 

 だが、

 

 その眼前に、

 

 黄金の切っ先が、

 

 突き込まれた。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、首を横に倒して回避する響。

 

 髪が数本、斬られて宙に舞う。

 

 飛び散る鮮血。

 

 額が、僅かに斬られた。

 

 だが、

 

 幼くも鋭い視線は、カエサルを捉え続ける。

 

 同時に、

 

「やあッ!!」

 

 体の回転そのままに、回し蹴りを繰り出す。

 

 狙いは、カエサルのこめかみ。

 

 少年のつま先が、

 

 大英雄の側頭部に、鋭く突き刺さった。

 

「ぐおッ!?」

 

 思わず、数歩よろけるカエサル。

 

 その間に響は、後退して体勢を立て直す。

 

「・・・・・・・・・・・・やってくれるではないか」

 

 刀を構える響。

 

 対してカエサルも体を起こして剣を持ち上げる。

 

 両者、互角。

 

 響は宝具「盟約の羽織」を発動した事で、ステータス的にもカエサルに劣っていない。

 

 互いの戦闘力は、今や完全に伯仲していると言っていいだろう。

 

 だがそれ故に、響とカエサルの戦いは、互いに決め手を欠いたまま消耗戦の様相を見せ始めている。

 

 このまま戦いを繰り返し応酬を続ければ、先に魔力が尽きた方が負けとなる。

 

 となると、

 

 勝負を決めるのは、別の要素が必要となる。

 

 すなわち、英霊の切り札たる宝具に他ならない。

 

 しかし、響は既に宝具である「盟約の羽織」を使用し、更には切り札とも言うべき餓狼一閃を防がれてしまった。

 

 餓狼一閃の威力も、発動のタイミングも、カエサルは既に完璧に把握している。

 

 もう、あの技はカエサルには通用しないだろう。

 

 対して、

 

 カエサルはまだ、切り札を残しているのだ。

 

「それでは、行かせてもらうぞ」

 

 カエサルの中で、魔力が高まる。

 

 輝きを増す黄金の剣。

 

 その怪しい輝きが、響を真っ向から射抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響とカエサルが激突している頃、美遊とレオニダスもまた、対峙を続けていた。

 

 黄金の剣を振り翳して斬り込む白百合の剣士。

 

 対して、守護の大英雄は、その悉くを受け止め、小動すらしていない。

 

 基本的に、美遊が攻めてレオニダスが防ぐ、と言う構図が続く戦い。

 

 一見すると、互角の勝負に見える。

 

 しかし、攻める美遊の消耗は、明らかに激しい。

 

 機動力を如何無く発揮した激しい動きに加え、攻撃力自体を底上げする為に魔力放出まで使用している。

 

 いかに大英雄アルトリア・ペンドラゴンの霊基を受け継ぎ、オリジナルの聖杯として莫大な魔力を誇る美遊と言えども、このような戦い方をしていては、あっという間に息切れを起こしてしまうだろう。

 

 事実、

 

 既に何度目かの攻撃を防がれた直後、美遊は疲れ果てたように剣先を地面に落とした。

 

 肩で息をする少女。

 

 対して、

 

 スパルタの大英雄は、余裕を持った態度で、ゆっくりと盾と槍を下した。

 

「愚直ですな」

 

 静かな言葉。

 

 とは言え、内容とは裏腹に、どこか少女を気遣うような響きが感じられる。

 

「そのような戦い方をしていては、いずれこうなる事は、あなたにも判っていた筈でしょう」

 

 仮面の奥から、優し気に声を掛ける。

 

 ああ、そうか・・・・・・

 

 美遊は荒い息を吐きながら顔を上げ、レオニダスを見やる。

 

 スパルタの大英雄、レオニダス王。

 

 「スパルタ教育」の語源にもなったとされる事から、厳しい人物像を想像していた。

 

 実際、厳しい面もあるのだろう。

 

 だがそれ以上に、彼には底知れない優しさがあった。

 

 彼は自分の仲間を、家臣を、そして多くの民を、心から慈しみ、護りたいと願っている。

 

 だからこそ誰もが彼を想い、彼を慕い、彼に着いて行きたいと思った。

 

 それ程の強さと、優しさを兼ね備えた英雄なのだ。

 

 そうでなければ兵士たちが、絶望的なテルモピュライの戦いに身を投じる事は無かっただろう。

 

 レオニダス王は、ただ1人でそこに立っているわけではない。

 

 共に戦った仲間たちの想いを背負い、立ち続けているのだ。

 

 だが、

 

「それでも・・・・・・・・・・・・」

 

 立ち上がる美遊。

 

「負けられない・・・・・・私が、私である限り」

 

 決意と共に眦を上げる。

 

 背負っている物があるのは、美遊とて同じこと。

 

 自分に全てを託して散っていったかつての友。

 

 ブリテンの騎士王アルトリア・ペンドラゴン。

 

 彼女の想いと、

 

 彼女が託してくれた剣に賭けて、

 

「負ける訳に、いかないッ!!」

 

 溢れ出る魔力。

 

 美遊の体が光り輝く。

 

 同時に、その姿にも変化が訪れた。

 

 胸部や腕を覆っていた甲冑が消失。

 

 少女は、白いドレスを纏っただけの姿となる。

 

 防御を捨て、身軽になった少女は、より一層、可憐な花のような印象となる。

 

 溢れ出る魔力が、少女の手にした剣へと集中する。

 

 レオニダスを真っ向から睨み据える美遊。

 

 可憐な双眸が、大英雄と交錯する。

 

「来ますかッ!?」

 

 対して、盾を掲げて迎え撃つ体制を取るレオニダス。

 

 次の瞬間、

 

「これで、決めるッ」

 

 静かな呟きと共に、

 

 美遊は仕掛けた。

 

 強烈な魔力放出。

 

 加速する、少女剣士。

 

 その様は、さながら白き彗星の如く。

 

 対抗するように、盾を構える守護の大英雄。

 

「来なさいッ!!」

 

 全ての魔力を守護に回すレオニダス。

 

 向かい合う、両者。

 

 互いの信念を掛けて、激突した。

 

 そして、

 

 ザンッ

 

 鳴り響く、甲高い異音。

 

 時が止まったように、制止する両者。

 

 美遊とレオニダス。

 

 互いの視線が、至近距離で交錯する。

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・・・・・・・お見事」

 

 仮面の奥から、レオニダスの賞賛が聞こえる。

 

 同時に、大英雄の体は、金の粒子となって解れていく。

 

 その胸元に、

 

 美遊の剣の切っ先が、深々と突き刺さっていた。

 

 美遊の剣はレオニダスの盾を貫通し、彼を刺し貫いたのだ。

 

 その盾が、真っ二つに割れている。

 

 その様子に、レオニダスは仮面の奥でフッと笑う。

 

「やられました・・・・・・全ては最後の一撃を行う為の布石だったとは・・・・・・」

「あなたが強いのは知っていた。だから、戦う時の為に、作戦を考えておいた」

 

 消え行くレオニダスに、美遊は淡々とした口調で語り掛ける。

 

 高すぎるレオニダスの防御力を打ち破る為に、美遊は賭けに出たのだ。

 

 全ては最後の一撃の為。

 

 前半の猛攻は、全て布石に過ぎなかった。

 

 美遊は初めからレオニダスの盾に集中攻撃を加えてその強度に綻びを作り、最後の一撃でもって一気にトドメを刺したのだ。

 

「それだけ、あなたの防御が強すぎた。まともにやっていたら、たとえ全力で攻撃を仕掛けても打ち破る事は出来なかった」

 

 美遊がそう言っている間に、レオニダスの姿は光となって消えていく。

 

「まったくもって見事としか言いようがない。それに比べて、私ときたら・・・・・・・・・・・・」

 

 レオニダスには自覚できていた。

 

 今の自分が「全力」とは程遠いと言う事を。

 

 本来、レオニダスは守護の英霊。その力は、「護るべき存在」を持つ事によって、はじめて発揮される物だ。

 

 だが、今のレオニダスには、護るべき物は何もない。それどころか、ローマと言う平和に暮らしていた国の人々から、多くの物を「奪う」側に立って戦っている。

 

 この戦いはレオニダスにとって、あまりにも辛い戦いでしかなかったのだ。

 

 これでは、英霊として十全に力を発揮できるはずもなかった。

 

 とは言え、そんな物は何の言い訳にもならないし、そもそもレオニダスにとっては些事に過ぎない。

 

 自分も、そして美遊も全力で戦った。

 

 その結果、自分は敗れた。

 

 その結果を、満足と共に受け入れていた。

 

「ありがとうございました。小さき少女」

「え?」

 

 突然の礼に、顔を上げる美遊。

 

 美遊は自覚していなかった。

 

 自分が、目の前の英霊の心を救った事を。

 

 見つめる美遊。

 

 その視線の先、

 

 仮面の奥で、

 

 レオニダスが笑ったような気がした。

 

「次に会う時は・・・・・・できれば、そう、味方で共にありたいものですな。それまで、どうか壮健で」

 

 その言葉を最後に、消えていくレオニダス。

 

 後には、立ち尽くす美遊だけが残された。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 大きく、息を吐く美遊。

 

 何とか、勝つ事が出来た。

 

 だが、流石は守護の大英雄。その硬さは噂に違わない物だった。

 

 だが、

 

「私も、まだまだ・・・・・・・・・・・・」

 

 手にした剣を見詰めながら、美遊は嘆息気味に呟く。

 

 今回、美遊は奇策を用いてレオニダスを打ち破ったが、本来のアルトリアの実力をもってすれば、レオニダス相手に劣っているはずが無い。

 

 それでも苦戦を強いられたと言う事は、美遊がまだ、アルトリアの霊基を完全には使いこなせてはいない事を意味している。

 

「もっと、頑張らないと」

 

 どこか、思いつめたように呟く。

 

 そうでなければ、自分に全て託して散って行ったアルトリアに申し訳なかった。

 

 と、

 

 その時だった。

 

 突如、視界の先で、魔力が増大する気配を感じて顔を上げる。

 

 尋常じゃないほどの魔力放出。

 

 その方角では確か・・・・・・・・・・・・

 

「響ッ」

 

 相棒たる少年の名を叫ぶ美遊。

 

 その足は、知らずの内に駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地に、倒れ伏す。

 

 体に、力が入らない。

 

 明らかな致命傷。

 

 視界は既に暗くなり、周りをよく見る事すらできない。

 

 ああ、

 

 死ぬんだ。

 

 少年は、漠然とそう思う。

 

 けど・・・・・・・・・・・・

 

 閉ざされかけた視界の中で、

 

 それだけは、一際はっきり見る事ができる。

 

 少女の姿。

 

 目を涙で腫らし、必死に自分に呼びかけているのが判る。

 

 ああ・・・・・・・・・・・・

 

 イヤだな。

 

 もう、少女の声を聴く事もできない。

 

 死ぬ前に、もう一度くらい、聞いておきたかったのに。

 

 けど、

 

 もう、良いや。

 

 だって、

 

 「今度」も守る事が出来たんだから。

 

 だから、もう良い。

 

 やがて、

 

 目の前にいる少女の姿も、掠れて見えなくなっていく。

 

 閉ざされる意識の中で最後に、少女の幸せだけを願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強くならなければ。

 

 

 

 

 

 そう思った。

 

 

 

 

 

 誰よりも強く、

 

 

 

 

 

 あの子を守る為に。

 

 

 

 

 

 誰よりも速く、

 

 

 

 

 

 あの子のピンチに駆け付ける為に。

 

 

 

 

 

 その為だけに、強くなろう。

 

 

 

 

 

 そう、決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カエサルの猛攻は、さらに激しさを増していた。

 

 繰り出される剣閃は、次々と響に襲い掛かる。

 

 対して、

 

 機動力を駆使して、その攻撃を悉く回避していく響。

 

 浅葱色の羽織を靡かせてカエサルの剣を回避する姿は、まるで同色の小動物を見ているかのようだ。

 

「どうしたッ 逃げているだけでは私は倒せぬぞ!!」

 

 挑発するようなカエサルの言葉。

 

 対して、

 

 響は彼が繰り出したカエサルの剣を、辛うじて刀で弾く。

 

 だが、

 

 同時に、手のひらに感じる痺れ。

 

 重い。

 

 カエサルの攻撃が、ここに来て更に重みを増してきている。

 

 より鋭く、

 

 より速く、

 

 カエサルの剣は、響を斬るべく、その輝きを増す。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちする響。

 

 辛うじて相手の剣を弾くと、後方に大きく跳躍。距離を稼ぐ。

 

 一方のカエサルも、響の逆撃を警戒してか、不用意に距離を詰めてはこない。

 

 だが、

 

 響は見た。

 

 カエサルに絡みつくようにして縋る、美女の幻影を。

 

 アサシン、ブルータス。

 

 先に散った女暗殺者が、カエサルに力を与えているのだ。

 

 冗談のような考えだが、そうとしか思えない。

 

 それ程までに、今のカエサルは異様だった。

 

 拮抗しかけた天秤は、再びカエサルの側に傾いている。

 

 次の瞬間、

 

「では、そろそろ終わらせようではないか」

 

 爆発的に高まる魔力。

 

 同時に、響の中で緊張感が増す。

 

 この圧倒的な魔力上昇。

 

 カエサルが、宝具開放に踏み切った事は明らかだった。

 

 

 

 

 

「私は来たッ!!」

 

 

 

 

 

 力強く宣言する大英雄。

 

 

 

 

 

「私は見たッ!!」

 

 

 

 

 

 突撃するカエサル。

 

 

 

 

 

「ならば後は、勝つだけの事!!」

 

 

 

 

 

 それは、彼が持つ伝説の一つ。

 

 ヒスパニア戦役の際、腹心であるマティウスに送った手紙の中で、極シンプルに「来た、見た、勝った」のみ書かれていたと言う。

 

 そのシンプルさもそうだが、「来た、戦った、勝った」ならともかく、真ん中を「見た」にした当たり、どこかカエサルの洒落さを思わせるエピソードとして、現代にも語り継がれている。

 

 そして、

 

 この詠唱こそが、

 

 彼の宝具を解放するキーとなる。

 

 見据える響。

 

 カエサルはついに、宝具使用に踏み切った。

 

 つまり、ここが勝負の決め所と考えたのだ。

 

 ならば、

 

 こちらも相応の手段をもって迎え撃たねば、返り討ちにあうのは火を見るよりも明らかだった。

 

 剣を振り翳し、少年暗殺者を斬り捨てるべく迫るカエサル。

 

黄の死(クロケア・モース)!!」

 

 縦横に振りぬかれる、無数の剣閃。

 

 その一撃一撃が、まさしく必殺。

 

 対して、

 

 響は自身に向かってくる無数の剣閃を静かに見据え、

 

 次の瞬間、

 

 動いた。

 

 地を駆ける響。

 

 同時に、

 

 手にした刀を鞘へ納刀。

 

 前傾姿勢のまま、間合いへと飛び込む。

 

「疑似・魔力放出・・・・・・」

 

 低く呟く響。

 

 視線は、剣を振るうカエサルを捉える。

 

 鯉口を切る。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼剣(きけん)蜂閃華(ほうせんか)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鞘奔る剣閃。

 

 駆け上がる閃光。

 

 その速さ、まさしく神速。

 

 この一撃をもって、

 

 カエサルの放つ、全ての剣閃が斬り飛ばされる。

 

 激突する視線。

 

 交錯する、互いの剣。

 

 すれ違う、両者。

 

 一拍、置いて

 

 背中を向け合う、響とカエサル。

 

 静寂が一瞬、戦場の大地を支配する。

 

 ややあって、

 

「・・・・・・・・・・・・やれやれ、やればできるではないか」

 

 カエサルの口から、苦笑が漏れた。

 

「これほどの物を出し惜しみするな。愚者の所業だぞ、それは」

 

 どこか、楽しげな声で告げるカエサル。

 

 その体には、

 

 斜めに斬線が走っているのが見える。

 

 対して、

 

 振り返った響に傷は無い。

 

 カエサルが放つ宝具よりも一瞬早く、

 

 響の剣が、彼を斬り裂いたのだ。

 

 勝敗は、決した。

 

 金色の粒子となって、解けていくカエサル。

 

 その口元に笑みを浮かべて言った。

 

「良いか小僧。貴様に守りたい物があるのなら、決して躊躇うな。躊躇えばその瞬間、全てが終わると思え」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 カエサルの言葉に、頷く響。

 

 その様子に満足したのか、カエサルは踵を返す。

 

「では、私は行く。あまり、待たせたくないのでな」

 

 そう言って、手を伸ばすカエサル。

 

 その手が、傍らに立つ美女の肩を抱いた。

 

 見つめ合う2人。

 

 その互いの顔には、本当に幸せそうな笑顔が浮かべられていた。

 

 一瞬、

 

 ほんの一瞬、

 

 羨ましい。

 

 響は、そう思った。

 

 2人は、あんなにも互いを想い合っているのだ。

 

 そう、死した後も。

 

 と、

 

 そんな響に背を向けて歩き出すカエサル達。

 

 同時に、2人の姿は風に吹かれるように消えていくのだった。

 

 その様子を、最後まで見送る響。

 

 手にはまだ、カエサルを斬った時の感触が残っていた。

 

 カエサルに言われるまでもなく、躊躇うつもりなどない。

 

 彼の言う通り、自分には守りたい物があるのだから。

 

 その為に、自分は強くなったのだから。

 

「響ッ!!」

 

 呼び声に導かれて振り返る。

 

 その視界の先で、純白の戦装束を着た少女が駆けてくる姿が見える。

 

「美遊・・・・・・・・・・・・」

 

 少女の名を呟く響。

 

 そのまま、少女に向かって静かに手を振った。

 

 

 

 

 

第16話「鬼剣」      終わり

 




響の新設定、ようやく出せた。
もう少し後(3章辺り)でも良いかと思っていたのですが、ここらがちょうど良さそうだったので。


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第17話「首都、突入」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告を聞き仰天したのは、他ならぬレフ・ライノールだった。

 

 勝利の疑い無い戦いだったはずだ。

 

 敵の倍以上の兵力。

 

 指揮官であるサーヴァントも皆、大英雄と呼ばれる、歴史に名を刻まれた者達ばかり。

 

 数でも、質でも、連合ローマ軍の方が圧倒的だったはず。

 

 これで負ける方がおかしい。

 

 負ける訳がない。

 

 もたらされる報告は勝利を告げる物のはず。

 

 そう確信していた。

 

 だが、

 

 もたらされた報告には、思わず腰を抜かしそうになった。

 

 連合ローマ軍敗北。

 

 戦力の半数以上を喪失。

 

 アレキサンダー、諸葛亮孔明、ユリウス・カエサル、レオニダス一世、ブルータス、悉く敗死。

 

 正統ローマ軍は戦力の再編成を終え、引き続き進軍を続行。

 

「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!!」

 

 力任せに、テーブルの上に置いてある調度品を薙ぎ払う。

 

 床に落ち、音を立てて砕け散る置物。

 

 だが、そんな物に構っている余裕は無かった。

 

「なぜだッ なぜだッ なぜだァァァァァァ!!」

 

 力任せに椅子を蹴り倒し、その場にある、ありとあらゆる物を破壊していく。

 

 狂乱するレフ。

 

 そんな「宮廷魔術師」の醜悪な様子を、

 

 玉座に座った盟主は、無言のまま見据えていた。

 

 やがて、

 

 ひとしきり暴れて気も晴れたのか、レフは荒い息のまま動きを止める。

 

 ようやく収まったかと思いきや、

 

「あの、無能者どもめッ」

 

 その口からは、呪詛にも近い言葉がこぼれ出た。

 

 その脳裏に浮かぶのは、自軍のサーヴァント達。

 

 奴等が悪い。

 

 奴等が不甲斐なかったばかりに戦いには敗れ、自分の計画は大いに狂わされてしまった。

 

 奴等さえ、もっとしっかりしていれば。

 

「フンッ 所詮は英霊風情・・・・・・無能な連中に期待した私が愚かだった、と言う事か」

 

 もはや、取り繕う余裕すら無くしたらしいレフ。

 

 散って行ったサーヴァント達への侮辱は留まる事を知らない。

 

 だが、

 

 元はと言えば、この敗北の責任は自分にあると言う事を、レフは全く理解していなかった。

 

 人間に向き、不向きがあるように、英霊にも特性と言う物がある。

 

 サーヴァント特有のクラスも、その一つであろう。

 

 セイバーやランサーなら正面戦闘が、アーチャーなら遠距離戦が、ライダーなら騎乗しての戦いが、といった具合に。中には例外も少なくないが、それぞれのサーヴァントが最も得意とする戦法と言う物は確かに存在している。

 

 そして、それ以外にもある。

 

 それは、英霊が持つ「逸話」に起因する個々の特性。

 

 すなわち、侵略戦争の逸話がある英霊なら「攻め」、防衛戦の逸話がある英霊なら「護り」が得意となる。

 

 だがレフは、そうした英霊の持つ内なる特性を一切、理解していなかった。

 

 否、そもそも英霊を侮蔑する彼には、理解しようと言う気さえなかった。

 

 だからこそ、防衛戦が得意なレオニダスに侵略の片棒を担がせ、また慎重な戦略を得意とする孔明(エルメロイ二世)に、拙速な攻めをさせた。

 

 これではサーヴァント達が、その能力を十全に発揮できないのも当たり前である。

 

 この敗戦は紛う事無く、レフが引き起こした物だった。

 

 だが無論のこと、レフはその事実を全く理解しようとしなかったのだが。

 

 と、

 

「いやー 無様だね。いっそ清々しいくらいだよ」

 

 嘲りを隠そうともしない言葉に、レフは勢いよく振り返る。

 

 その視線の先では、椅子に座ったまま笑みを浮かべている、軍服姿の少年がいた。

 

「アヴェンジャー、貴様・・・・・・」

「おっと、僕を怒るのは筋違いでしょう。僕は君に言われた通り、何もせずに見ていただけなんだしね」

 

 怒りの目を向けてくるレフに対して、そう言って、肩を竦めるアヴェンジャー。

 

 尚もへらへらと笑って見せるアヴェンジャー。

 

 確かに、

 

 カルデアが現れた直後、レフは彼に対して「手出し無用」と伝えてある。

 

 そのせい、と言う訳でもないのだろうが、今までアヴェンジャーが表舞台に出る事は無かったのだ。

 

「それで、どうするの? このままカルデアとローマに降伏する? それで主には、どう言い訳するわけ?」

「黙れッ」

 

 毒を吐くアヴェンジャーの言葉を、レフは激昂して遮る。

 

 耳障りな少年の言葉を断ち切りながら、歯をきつく噛み鳴らす。

 

「まだだ・・・・・・まだ、負けたわけじゃないッ まだ聖杯も、切り札も私が握っているッ 更に新たな手駒を召喚する準備も既に終えている。奴ら如き虫けらに、この私が負ける道理など、ありはしないッ!!」

 

 言い放つと、

 

 レフは玉座に座した盟主へと振り返った。

 

「次は貴様にも出てもらうぞ。拒否は許さん。良いなッ」

 

 吐き捨てるように言い放つと、足音も荒く部屋を出て行くレフ。

 

 後には、静かになった部屋の中で、盟主とアヴェンジャーのみが残されるのだった。

 

「まったく、八つ当たりなんてみっともないよね。あんなのが味方だなんて思うと泣きたくなってくるよ」

 

 そう言いながらも、アヴェンジャーの口元には薄ら笑いが浮かべられている。

 

 明らかに、この状況を楽しんでいた。

 

 その視線が、玉座の盟主へと向けられる。

 

「あなたも大変だね。あんなのに付き合わされてさ。まあけど、それもサーヴァントとしての役割だし、仕方がないか」

 

 そう言って肩を竦めるアヴェンジャー。

 

 それに対して、無言を貫く盟主。

 

 サーヴァントと言う己の立場を受け入れているのか、あるいは語る間でもないと考えているのか。

 

 そんな盟主の様子に、アヴェンジャーもまた、嘆息して肩を竦めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、また、夢か。

 

 その光景を見た瞬間、美遊はすぐにそう、理解した。

 

 なぜなら、

 

 見ている夢の内容が、以前見た物と似ていたからだ。

 

 登場人物は3人。

 

 双子と思われる、よく似た女の子2人。そして、夢を見ている自分自身。

 

 それにしても、見れば見る程、2人はよく似ている。

 

 本当に、肌の色以外、違いを見つける事の方が難しかった。

 

『ねえねえ。今度の日曜日、またみんなで遊びに行かない?』

『良いわね。ちょうど、予定も入っていないし』

 

 白い少女の提案に、黒い少女も同意する。

 

 本当に鏡写しののような印象だ。下手をすると、どっちが喋っているのかすら分からなくなる。

 

『そうだ。どうせだったら、お兄ちゃんも誘わない』

 

 まだ兄妹がいるのか。

 

 黒い少女の言葉に、美遊は少し呆れた思いだった。

 

 兄妹が多くいると言う事は楽しい物なのか? それとも煩わしい物なのか?

 

 一人っ子だった美遊には、兄弟姉妹と言う概念が、いまいちピンとこなかった。

 

『で、でも、良いのかな? お兄ちゃん、部活とか忙しいんじゃないかな?』

『大丈夫大丈夫。可愛い妹たちにねだられて、拒否る程お兄ちゃんは甲斐性無しじゃないって』

 

 不安そうにする白い少女の言葉に、黒い少女はそう言ってカラカラと笑う。

 

『それに・・・・・・』

 

 悪戯っぽく笑いながら、

 

 黒い少女の指が、白い少女のスカートへと延びる。

 

『いざとなったら、3人で誘惑しちゃえばいいんだし』

『キャァッ!? ちょっとォ!!』

 

 めくられそうになったスカートを、慌てて押さえる。

 

 間一髪で中までは見えなかったが、かなり危険な角度までスカートは持ち上げられた。

 

 ていうか、「3人」と言う事は、自分も「誘惑」とやらの頭数に入っているのだろうか?

 

 などと、どうでも良い事を考えている美遊。

 

 しかし、

 

 目の前で騒いでいる少女たち。

 

 そんな2人の様子を見ながら、

 

 こんな日常も、悪くは無いかもしれない。

 

 そんな風に、思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余計に、感じてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の中にある、大きな違和感。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その事を美遊は、どうしても、消し去る事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開ける。

 

 そこが、前線の天幕の中である事は、すぐに理解できた。

 

「・・・・・・また、あの夢?」

 

 体を起こしながら、美遊は呟く。

 

 小学校に通う自分。

 

 気の置けない友達、と、思われる少女2人と過ごす、他愛のない風景。

 

 もし、

 

 自分が普通の家に生まれて、普通に小学校に行き、普通に友達を作っていたら、あんな風景が生まれていたのだろうか?

 

 意味の無い夢想だと判っていても、美遊は考えずにはいられなかった。

 

 だが、

 

 その小さな胸の内には、どうしても消す事の出来ない違和感が存在していた。

 

 あの夢の中でも感じた、小さな棘。

 

 その正体が何なのか、

 

 ついに、美遊には判らなかった。

 

 

 

 

 

 起きて、すぐに美遊は調理場へと足を向ける。

 

 こう見えてカルデアの食事担当(仮)である。特殊班の栄養事情は美遊が握っていると言っても過言ではない。

 

 カルデアからの魔力補給によって必要な分は賄える響、マシュ、美遊はともかく、生身の立香と凛果は当然、栄養補給が必要になってくる。

 

 その為、レイシフト先でも料理ができる美遊の存在は大きかった。

 

 実際、ネロの意向もあって、正統ローマ軍は潤沢な物資を保持している。その為、食材に困る事は無い。

 

 2人のマスターが飢える事無く戦いに赴けるのは、美遊達サーヴァントにとっても重要な事だった。

 

 だが、

 

 その日は少しだけ事情が違った。

 

 美遊が調理場に来ると、既に先客がいたのだ。

 

「アハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 けたたましい笑い声。

 

 思わず目を見張ると、ケモノ耳をした少女が、何やらポージングしながら美遊を待ち構えていた。

 

「遅かったな、剣士娘よッ 今日の調理場は、このキャットが占拠した!! 大人しく降伏するが良い!!」

「えっと・・・・・・タマモキャット、さん?」

 

 先ごろ、仲間に加わったバーサーカー少女が、包丁を振り回しながら意味不明な事を叫んでいる。

 

 ていうか、危ないからやめてほしかった。

 

「えっと・・・・・・占拠って、あの・・・・・・料理は?」

「うむ。まずは掛けるが良い!!」

 

 無駄にテンションが高いキャット。

 

 促されるまま椅子に腰かける。

 

 するとどうだろう?

 

 あれよあれよの間に、1人分の朝食がテーブルの上へと並べられていった。

 

 どうやら美遊が起きる前に、全ての準備を終えていたらしい。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 出された料理を凝視する美遊。

 

 見た目は悪くない。

 

 だが、問題は味である。

 

 果たして、どうか?

 

 スープを掬い、口元へと運ぶ。

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・・・・・・・美味しい」

「うむ」

 

 美遊が漏らした感想に、タマモキャットは満足そうに頷く。

 

 料理は過不足無く完璧だった。

 

 薄味の物は薄味に、濃い味の物は濃い味に、茹で加減、焼き加減、全てにおいて文句のつけようが無かった。

 

 バーサーカーと侮る事無かれ。

 

 タマモキャットの意外過ぎる特技に、美遊も思わず食事をする手が止まらなかった。

 

「うむ。それではニンジンを所望するッ」

「え、に、ニンジン?」

 

 相変わらず、言っている事の8割は意味不明だったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うむ、つまりは決戦である」

『わー』

 

 パチパチパチパチパチパチ

 

 デンッ と胸を張るネロに、立香、凛果、響、美遊が拍手を返す。

 

 何とも、牧歌的な風景である。

 

 とても、決戦を前にした状況には見えない。

 

「何やってんだい、あんたら?」

 

 呆れ気味にそう尋ねたのはブーディカだった。

 

 先の戦いにおける傷が癒えた彼女は、ガリアに残っていた兵力を纏め、先日合流してきたのだ。

 

 流石はサーヴァントと言うべきか、既に戦うのに何の支障もない様子だった。

 

「気分的な問題だ。気にするな」

 

 そう告げると、ネロは自分の席へと座る。

 

 それに合わせるようにして、一同も着席した。

 

 既に正統ローマ軍は、先の荊軻が調べてきた連合首都まで、1日の距離まで進軍してきている。

 

 早ければ明日には決戦に突入する事になる。

 

 兵力においては、既に正統ローマ軍は連合ローマ軍を大きく上回っている。

 

 本来なら、あとは掃討戦に移行してもおかしくは無い状況なのだが・・・・・・

 

「油断はできぬな」

「ああ、そうだね」

 

 ネロの言葉に、頷きを返すブーディカ。

 

 先程の緩い空気とは裏腹に、2人とも引き締まった表情を見せている。

 

 兵力は壊滅させたとは言え、敵にはまだ見ぬ盟主の存在がある。

 

 そこに加えて、謎の宮廷魔術師の存在。

 

 それら不確定要素の存在を、無視する事は出来なかった。

 

「恐らく、敵は残存兵力を用いて、死に物狂いで抵抗してくる事だろう。それを突破する事は不可能ではないが、やはり困難を極める事が予想される。そこで・・・・・・」

 

 ネロは自身の作戦を一同に示した。

 

 ブーディカ率いる主力軍が敵に正面から仕掛け、その間に精鋭部隊が首都に潜入し、敵の盟主を討ち取るのだ。

 

「既に荊軻の調べで、隠し通路の存在は掴んでいる。その通路を使えば、一気に敵の城まで行くことができる筈だ」

 

 次いでネロは、部隊編成について伝えた。

 

 それによると、主力軍はブーディカを主将に、荊軻、スパルタクス、呂布、エリザベート、タマモキャット。突入する精鋭部隊は、立香、凛果、マシュ、響、美遊。そしてネロと言う事になる。

 

「皇帝陛下自ら敵のど真ん中に突入していくっていうのは感心しないわよ」

 

 発表を聞いたブーディカは嘆息交じりに言いながら、ネロを見る。

 

「・・・・・・ま、言っても無駄か」

「うむ、当然であろう」

 

 どや顔で胸を張るネロに対し、ブーディカは嘆息気味に肩を落とす。

 

 何となく、やんちゃな娘に手を焼く母親のようなイメージだ。

 

 仕方なく、ブーディカは立香達の方に向き直った。

 

「立香、凛果、あんた達だけが頼りだからね。この馬鹿皇帝を頼むよ」

「ああ、任せておいてくれ」

「何とかやってみるよ」

「むう、馬鹿とは何だ、馬鹿とは」

 

 頷く藤丸兄妹とは裏腹に、むくれた顔を見せるネロ。

 

 と、

 

 そこで、立香の腕に嵌めている通信機から、カルデアにいるロマニの声が聞こえてきた。

 

《いよいよ大詰め、と言った感じだね。けど、立香君、やるべき事も忘れないでくれよ》

「ああ、判っているさ、ドクター」

 

 通信機越しに頷きを返す。

 

 件の宮廷魔術師の存在。

 

 そいつがレフ・ライノールなのかどうか、まずは確かめなくてはならない。

 

 もし、本当にレフなら、何としても討ち取らなくてはならない。

 

 そして何より最重要目標である、聖杯の獲得もある。

 

 それなくして、このローマにおける任務の達成はあり得なかった。

 

 とにかくも、作戦は決まった。

 

 後は突き進むのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、

 

 ついに、その時は来た。

 

 連合ローマ首都を前にした正統ローマ軍は、一斉に攻撃を開始。

 

 この時の為に持ち込まれた投石器が次々と城壁に巨大な石を撃ち込み、弩部隊が長大な矢を放つ。

 

 対して、連合ローマ軍も決死の反撃に出る。

 

 生き残り、命からがら合流してきたカエサル、アレキサンダー両軍の残党兵士に加え、首都防衛の為に温存されていた近衛軍を加えた軍勢が迎え撃つ。

 

 しかし、彼等には既に、昔日の勢いは無い。

 

 兵力の大半を失い、将となるサーヴァントも悉く討ち死にした連合ローマ軍は、もはや軍としての体裁すら保てていなかった。

 

 対して正統ローマ軍は、ここまで兵力の勝る敵を相手に戦い抜き、1人1人が歴戦の兵士となっている。そこへ更に、戦闘女王たるブーディカが指揮を執り、多くのサーヴァント達が要所を固めている状態である。

 

 既に戦線維持は愚か、指揮系統の確立すら不可能になっている連合ローマ軍には、押し寄せる正統ローマ軍を押し留める事は不可能だった。

 

 程なく、投石が城門を打ち破り、弩部隊が次々と城壁にいる兵士たちを撃ち倒していく光景が、そこかしこで見られるようになった。

 

「敵は崩れたッ 今こそ畳みかけるよ!!」

 

 自らも剣を振るい、前線で指示を出すブーディカ。

 

 それを受け、正統ローマ軍は、次々と城壁の中へとなだれ込んでいく。

 

 先陣を切るのはやはり、スパルタクス、呂布の両バーサーカーだ。

 

 圧倒的な力で、微弱な抵抗を示す敵兵を、次々と薙ぎ払い、前へと進んでいく。

 

 最早、連合ローマ軍の落日は、誰の目から見ても明らかだった。

 

 

 

 

 

 地上で激しい戦いが繰り広げられる一方、荊軻が調べた地下道を進んだ立香達は、程なく、地上へ抜けられる出口を発見し、這い出る事に成功した。

 

 そこは城の庭にある一角で、ちょうど正門からは城の建物を挟んで反対側に当たる。

 

 万が一の時、城の主が脱出する為の物なのだろう。周囲には大きな彫像と樹木が存在し、傍目には地下道の入り口が見えないようになっていた。

 

「ここが、敵の城か」

「思ったより、静かだね」

「フォウッ」

 

 周囲を見回しながら、立香と凛果、フォウが呟く。

 

 既に響、美遊、マシュの3人は、周囲を警戒するように見回している。

 

 しかし、敵の兵士が現れる気配は一向に無い。

 

 どうやら連合ローマ軍は、一兵に至るまで前線に投入し尽くしたらしかった。

 

「さて、見事に潜入を果たしたが、あまり時間も掛けてられぬぞ」

 

 自身も剣を抜きながら、ネロが一同を促す。

 

 頷き合う特殊班の面々。

 

 その先に何が待ち受けているのか、

 

 彼らはまだ、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

第17話「首都、突入」      終わり

 



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第18話「神祖」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆け抜ける、一同の足音が廊下に響き渡る。

 

 既に敵は、殆どの兵力を前線に投入しているらしく、望外に現れる兵はほとんどいない。

 

 それでも時々現れる敵兵は、3人のサーヴァント達と、ネロ自身の手によって苦も無く葬られていった。

 

 抜け道を逆走する形で王城への突入に成功したカルデア特殊班は、玉座の間を目指して一心に駆けていた。

 

「こっちで合ってるんだよな?」

「うむ。間違いない。荊軻の調べでは、そのようになっていた」

 

 並走する立香の問いに、ネロは頷きを返す。

 

 彼女ならばもっと速く走れるだろうが、あえて立香達に度を合わせて走ってくれているようだ。

 

「ねえ、兄貴」

 

 そんな中、凛果が立香へ問いかけてきた。

 

「どうした?」

「その、さ。もし、宮廷魔術師とかいう人が、本当にレフ教授だったら、どうするの?」

 

 凛果の問いかけに、立香も沈黙する。

 

 妹の言いたい事は判る。

 

 もしこの先に本当にレフがいるなら、自分たちは彼を討たなくてはならない。

 

 あの特異点Fでの記憶。

 

 自分たちを裏切り、カルデアを爆破。更にオルガマリー所長を抹殺したレフの行為は、どうあっても許せるものではない。

 

 しかし、

 

 ほんのわずかな期間とは言え、共に時間を過ごし、会話も交わした相手だ。

 

 そんな人間を、自分たちは本当に討てるのか?

 

 否、

 

 自分たちはまだ良い。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果はチラッと、傍らのマシュに目をやった。

 

 マシュとレフとの付き合いは、自分たちのそれよりもはるかに長く深い。

 

 其れもあってか、マシュはまだ吹っ切れていない部分がある。

 

「大丈夫です、先輩方」

「マシュ」

 

 後輩の言葉に、顔を上げる立香。

 

 マシュはと言えば、振り返る事無く前方を見据えて走っている。

 

「たとえ相手が誰であろうと、私は躊躇いません。先輩もそのつもりで、指揮をお願いします」

 

 力強く告げるマシュ。

 

 だが、

 

 立香は見逃さなかった。

 

 盾を握るマシュの手が、微かに震えている事を。

 

 どんなに強がっても、迷いは簡単には消せない。

 

 マシュの中で、レフ・ライノールは、それ程までに大きな存在であり続けているのだ。

 

 マシュを信じていない訳ではない。

 

 だが、優しい彼女が、果たしてレフを前にして平静でいられるかどうか、立香には疑問だった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 眦を上げる立香。

 

 もし、

 

 もし本当に、「その時」が来たら、

 

 自分が・・・・・・・・・・・・

 

 その時だった。

 

「ここだッ」

 

 先頭を走っていたネロが、そう言って足を止める。

 

 そこには、一際大きな扉があり、内部の空間が広い事が伺える。

 

 まさに、王城の中心である事が伺えた。

 

「ここが、そうなのか?」

「うむ。謁見の間に間違いあるまい」

 

 と、

 

 同時に立香の通信機が鳴り響き、カルデアにいるロマニの声が聞こえてきた。

 

《間違いないね。その扉の向こうからサーヴァント1人分の反応・・・・・・それからもう1人分の反応があるよ》

 

 いよいよだ。

 

 一同が息を呑む。

 

 この扉の向こうにあるのは、紛う事無き決戦の地。

 

 このローマにおける、最後の戦いが待っている。

 

 頷き合う一同。

 

 よもや、この場において躊躇う者など、1人もいなかった。

 

 手を掛ける立香。

 

 扉が音を立てて開く。

 

 果たして、

 

 その視線の先では、

 

 緑のコートに、シルクハット姿の魔術師が、こちらを睨むようにして佇んでいた。

 

「ようこそ、カルデアの諸君。わざわざローマくんだりまでご苦労な事じゃないか。素人マスターにデミサーヴァント、それにどこの馬の骨とも分からんガキどもだけで、よくもたどり着いたものだ」

 

 玉座の間に入って来たカルデア特殊班を見回し、レフ・ライノールはどこか揶揄するような口調で言い放った。

 

「やはり・・・・・・」

「レフ教授」

「フォウ」

 

 立香とマシュが、緊張したように呟く。

 

 他の面々も同様。

 

 凛果が身構え、響、美遊、ネロはいつでも剣を抜けるようにする。

 

 そんな一同を前にして、レフは募る苛立ちを隠そうとすらしていない。

 

「まったく、どいつもこいつも、予定外の行動をする屑ばかりで吐き気がする。所詮は滅びさる劣等存在が、何を無駄に足掻いているのか」

 

 毒を吐くレフの姿に、マシュが息を呑むのが見えた。

 

 彼女は今まで信じていた。

 

 レフが裏切るなど、何かの間違いだ、と。

 

 だが今の彼の姿は、曲げようのない事実として彼女の前に立ちはだかっていた。

 

 レフは間違いなく自分たちを裏切った。

 

 カルデアを壊滅させ、マスター候補生46人を含む多数のスタッフを死傷させ、オルガマリー所長を死に追いやった張本人なのだ。

 

「レフ教授」

 

 そんなマシュを守るように、立香が前に出た。

 

「所長の・・・・・・みんなの仇だ。覚悟してもらうぞ」

 

 敢然と言い放つ少年。

 

 対して、レフは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 

「ハッ あんな小娘1匹、殺したくらいが何だと言うのかね? まったく、最後の最後まで鬱陶しい女だったよ。無能で、無意味で、無様な、何の価値もない女だった。ああそうだ、唯一、美点があるとすれば、今や存在を過去形で語る事ができるくらいか。それくらいは感謝してやってもいいな。まあ、いずれにせよ、何の興味も無いがね」

 

 耳を塞ぎたくなるような罵声を吐きながら、レフは立香を睨む。

 

「それに、君も一端の口を利くようになったではないか、素人マスター風情が。そうそう、フランスではよくも余計な事をしてくれたな。おかげで私は神殿への帰還も許されず、ローマくんだりで尻ぬぐいだ。『子供の使いも満足に出来ぬのか』と、主に罵倒された、この私の屈辱が、貴様らに判るかッ!?」

 

 あのフランスでの出来事にも、どうやらレフは噛んでいたらしい。

 

 それに話を聞くと、フランスの特異点を立香達が修復してしまった事で、レフは何らかのペナルティを負う羽目になってしまったようだ。

 

 と、

 

 凛果の腕に嵌めてある通信機が鳴った。

 

《おやおや、低俗な愚痴を吐くとは、君も随分と落ちぶれたものだねレフ》

 

 どこか、楽し気に響くダ・ヴィンチの言葉。

 

 しかし、その声音には普段、立香やマシュをからかうような陽気な響きは無い。

 

 明らかに敵意を含んだ声だった。

 

《それに君は今、随分と重要な情報を私達に進呈してくれたね。君は今、「神殿への帰還」、と言った。と言う事は、どこかに君達の拠点となるべき場所が存在している事を意味している。それから「主」とも言った。それはつまり、今回の事は君の単独犯じゃない。少なくとも黒幕となるべき存在が誰かいると言う事だ》

 

 ダ・ヴィンチが言った事は、今はまだ些細な情報に過ぎない。

 

 だが、これまで闇の中に閉ざされて伺い知る事が出来なかった「敵」の輪郭が、僅かながら見え始めたのは事実だった。

 

「・・・・・・・・・・・・ダ・ヴィンチか。引きこもりのくせに、相変わらず余計な知恵だけは回る」

《そう誉めるなよ。天才にとって、この程度の事は呼吸や食事と同じくらい、ごく当たり前の事さ》

 

 ダ・ヴィンチの言葉に、レフは顔を歪める。

 

 カルデアでどや顔している彼女の顔が、ありありと浮かんできていた。

 

 明らかに苛立っている様子だ。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・フンッ」

 

 ややあって、鼻を鳴らしながら。

 

「まあ、良い。どのみち、貴様らが真実にたどり着く事などあり得ぬしな」

 

 そう言って、肩を竦めるレフ。

 

 だが、

 

 そんなレフを、立香は真っ向から睨み返す。

 

「困難だって事は判っているさ」

「兄貴」

「先輩・・・・・・」

 

 妹と後輩の視線を受けながら、右手を掲げる立香。

 

 そこに刻まれた令呪が、鋭い輝きを放つ。

 

「だが俺は・・・・・・俺達は必ず、お前たちの下へとたどり着く。そして、必ず世界中の人たちを救って見せる」

 

 力強く発する言葉。

 

 その言葉に、凛果とマシュが目を輝かせる。

 

 立香は、決して強い訳じゃない。魔術師としては素人だし、喧嘩も強い訳じゃない。

 

 だが力が無いから、彼が弱いと言う訳じゃない。

 

 強さとは、ただ力の優劣だけで決まる物ではないのだ。

 

 そんな立香に対し、レフはいら立ったように鼻を鳴らす。

 

「やってみるがいい、何の力もないゴミ屑風情が!! 貴様如きがいくら粋がったところで、何も変わらぬと言う事を思い知らせてくれる!!」

 

 立ちはだかるように言い放つレフ。

 

 と、そこで、

 

 今まで黙っていたネロが、前へと出た。

 

「もう話は終わったか? まったく、余を差し置いて盛り上がるではない」

 

 不満げに言うと、ネロは原初の火(アエストゥス・エストゥス)を掲げてレフを睨んだ。

 

「宮廷魔術師とやら。貴様がどこの誰かは知らぬが、立香達の敵であるならば、余の敵である事に変わりはない。その首、このネロ・クラウディウスが手ずから叩き落してくれよう」

 

 勇ましく言い放つネロ。

 

 対して、レフは今気づいたとばかりに、薔薇の皇帝に向き直った。

 

「ああ、君がネロか。こうして会うのは初めてだね。まったく、君も君だ。さっさと死んで滅びていれば、こんな余計な苦労は背負わなかったと言うのに」

 

 言いながら、

 

 レフは横によける。

 

 開ける視界。

 

 その先には、王が座す玉座があった。

 

 と、

 

 そこで特殊班一同は、思わず息を呑んだ。

 

 誰か、いる。

 

 玉座に誰かが座しているのが見える。

 

 今まで一言も語らず、あまりにも静かすぎた為、そこに誰かがいる事に気付かなかったのだ。

 

 スッと、立ち上がる玉座の男。

 

 暗がりから、ゆっくりと顔を出す。

 

 そして、

 

「我は、ローマである」

 

 厳かに言い放つと、

 

 両手を斜め左右に向け、指先を揃えて伸ばす。

 

 大きい。

 

 スパルタクスやダレイオスには敵わないが、それでも相当な背の高さだ。

 

 また、その背を支える筋肉も隆々としているのが判る。

 

 否、

 

 そんな見た目の大きさではない。

 

 その存在が、

 

 発せられる気配が、

 

 とてつもなく大きく感じるのだ。

 

 まるで、高名な彫刻家の手による彫像を思わせる。

 

 それもダレイオスが凶悪な悪魔像なら、目の前の男は紛れもなく天にある最高神をかたどった神像だった。

 

 その姿を見たネロが、思わず息を呑む。

 

「あ・・・・・・ああ・・・・・・ま、まさか・・・・・・」

「ネロ、どうしたの?」

 

 心配顔で少女に近づく凛果。

 

 だが、少女の気遣いも、ネロには届いていない。

 

 薔薇の皇帝は、玉座の前で立つ男を真っすぐに見据えて立ち尽くしている。

 

「ネロ・・・・・・我が愛し子よ。よくぞ、ここまでたどり着いた」

「そ、そなたは・・・・・・いや、あなたは・・・・・・あなた様は・・・・・・」

 

 震えるネロ。

 

 その表情に、いつもの自信たっぷりな傲慢な態度は見られない。

 

 まるで迷子の子供が、親を見つけた時のような頼りなさが感じられる。

 

 男はスッと、ネロに手を差し出す。

 

「おいで、ネロ」

「ッ!?」

(ローマ)は、お前の全てを包み込もう」

 

 穏やかに告げられる言葉。

 

 そこに敵意は無い。

 

 ただ、大いなる愛があふれ出ているようだった。

 

 その様に、ネロは確信する。

 

「間違いない・・・・・・あなたは・・・・・・あなたは・・・・・・」

 

 震える声で、

 

 ネロは言い放った。

 

「神祖ロムルス!!」

 

 ロムルス

 

 ローマ神話に登場する軍神マルスと人間の娘との間に生まれた半神半人の大英雄にして、ローマ建国の王。

 

 地中海一帯を制覇してローマ繁栄の礎を築いた後、最後は生きたまま神の座に列席する事を許された。

 

 正にローマにおいては神その物として崇め奉られる人物である。

 

 そのロムルスが今、ネロに優しく手を伸ばしていた。

 

「さあ、おいでネロ。(ローマ)へと帰ってくるが良い。許す。お前も連なるが良い。お前の全てを(ローマ)は受け入れよう。お前の内なる獣も、(ローマ)は受け入れよう。だから、おいで。お前を受け入れてやれるのは(ローマ)だけなのだから」

「う・・・・・・あ・・・・・・」

 

 ネロは自分に伸ばされたてを凝視する。

 

 その脳裏に浮かぶのは、これまで歩んで来た彼女の人生。

 

 ローマを愛し、ローマの為に戦ってきたネロ。

 

 彼女程、ローマと、そこに住む人々をを愛している人間は他にいないだろう。

 

 だが、

 

 その一方で、その苛烈な愛は炎にも似ている。彼女に近づこうとした者は皆、彼女の愛が放つ炎によって焼き尽くされてしまうのだ。

 

 自らを陰謀に巻き込んだ母。政略の為、形だけの婚姻を結んだ妻。権力を脅かしかねなかった義弟。そして友のように慕い、尊敬した師。

 

 皆、ネロが死に追いやった。

 

 彼女の中には確かに、彼女自身ですら制御しきれない激情が存在していた。

 

 その全てを、神祖は受け入れてくれると言っているのだ。

 

 そうだ。

 

 目の前に差し出されている手。

 

 これを取れば良い。

 

 この手を取れば、自分はきっと幸せになれる。

 

 きっと、全てが許される。

 

 そうに、違いない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 手を、伸ばすネロ。

 

 ゆっくりと、前へ出た。

 

 次の瞬間、

 

 スッと、

 

 ネロを守るように、ロムルスの前に立ちはだかる影があった。

 

「ダメだよ、ネロ」

 

 静かに、

 

 しかし力強く、少年は言い放つ。

 

「行っちゃだめだ」

「立香・・・・・・・・・・・・」

 

 目の前に立つ少年を、ネロは力なく見つめる。

 

 立香には、何の力もない。

 

 響やマシュや美遊のように戦う事も出来ない。ネロやブーディカのように軍を指揮する事も出来ない。

 

 魔術師としてすら素人に過ぎない。

 

 この場にあって、無力に過ぎない少年。

 

 だが立香は、臆することなく、神祖ロムルスの前に立ちはだかっていた。

 

「そなたも、ローマか?」

「いや」

 

 尋ねるロムルスに、立香は首を振る。

 

「けど、ここに来て、ネロと一緒に色んなローマの場所を見させてもらった。みんな楽しそうで、幸せに暮らしている人がたくさんいた」

 

 言いながら、背後のネロに目をやる。

 

「みんなが幸せに暮らせるのは、ネロがいてくれるからだと、俺は思う。彼女がみんなの為に必死でやっているから、今のローマには幸せが溢れているんだと思う」

 

 ネロが人々を想い、人々もまたネロを想う。

 

 民を愛し、そして愛されるネロ。

 

 彼女がいたからこそ今のローマがあり、彼女無くして今のローマはあり得なかった。

 

「だから、そんなローマからネロを奪おうとするなら、たとえ誰であろうと俺は許さない」

 

 決然と、立香は言い放つ。

 

 対してロムルスは、静かな瞳で少年を見返す。

 

「・・・・・・よろしい、それもまた、ローマである」

 

 言いながら、

 

 手には巨大な槍が握られる。

 

 まるで巨木をそのまま削り出したような巨大な槍は、それ自体が原初の神々しさを放っているかのようだ。

 

「そなたらのローマを、この(ローマ)に見せてみよ」

 

 穂先を立香へと向けるロムルス。

 

 対して、

 

 そんな立香を守るように、少年暗殺者が前へと出る。

 

「響?」

「ん、立香、取りあえず、ネロ連れて下がって。このままじゃ、戦えない」

 

 言いながら、刀の柄に手を駆ける響。

 

「時間は、稼ぐ、から」

 

 言い放つとと同時に、少年の体は光に包まれる。

 

 纏われる浅葱色に白の段だらの羽織。

 

 次の瞬間、

 

 少年は刀を抜き放ち、壇上の神祖へ斬りかかった。

 

 

 

 

 

第18話「神祖」      終わり

 




神祖「ローマである」※Y字ポーズ
響 「ん、ローマ」※Y字ポーズ
美遊「・・・・・・何してるの、響?」
響 「ん、挨拶」

と言うシーンを入れようと思ったのだけど、それをやってしまうと響が田中並のアホっ子になってしまいそうだったのでやめました(爆


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第19話「遥かな未来で君を待つ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 盟約の羽織を纏い、身体能力を強化した響。

 

 その手元で鍔鳴りが鳴った。

 

 次の瞬間、

 

 少年は数メートルの間合いを詰め、段上のロムルスへと斬りかかっていた。

 

 瞬きすら追い越すほどの速度。

 

 まさしく神速。

 

 抜刀から繰り出される、逆袈裟の斬撃。

 

 その一撃が、

 

 ロムルスは手にした槍を振るい、打ち払う。

 

 少年暗殺者に襲い掛かる、凄まじいまでの横殴りの衝撃。

 

 吹き飛ばされる響。

 

 だが、

 

「んッ!?」

 

 すぐに体勢を入れ替えて着地。間髪入れずにロムルスへ斬りかかる。

 

「えッ!? 響ッ!? えッ!?」

「フォウフォウッ!!」

 

 遅れて、ようやくサーヴァントの動きに動体視力が追い付いた凛果が、驚いきの声を上げる。

 

 その腕に抱かれたフォウも、興奮したように吠えている。

 

 と、

 

「凛果ッ 急げッ 響が押さえてくれているうちに!!」

「あ、う、うんッ」

 

 立香に促されて、凛果は振り返る。

 

 見れば、立香はネロに肩を貸して立たせている。

 

 そのネロはと言えば、傍目にも判るくらいに項垂れていた。

 

 確かに、響の言う通りだ。今の彼女を、このまま戦場に置いておくわけにはいかない。撤退は妥当な判断だった。

 

 そんな中、

 

 響は動きを止めずにロムルスへ斬りかかる。

 

 ロムルスが打ち下ろす巨大な槍の一撃を、横滑りで回避。

 

 同時に横移動で得たベクトルを、そのまま斬撃に変換して強烈な横なぎをくらわせる。

 

 鋭い斬撃。

 

 しかし、

 

 その一閃をも、ロムルスは槍を立てて受け止める。

 

 激突する両者。

 

 衝撃波が室内に吹き荒れる。

 

 響とロムルス。

 

 共に武器を構えたまま、至近距離で睨み合う。

 

 ぶつかり合う視線。

 

 と、

 

 そこでロムルスが、口を開いた。

 

「お前も、ローマか?」

「ん、日本人」

 

 そう言う意味じゃないと思う。

 

 だが、

 

 ロムルスは何かに納得したように頷く。

 

「良い。それもまた、ローマだ」

 

 言い放つと、膂力任せに響の体を振り上げる。

 

 天井近くまで吹き飛ばされる響。

 

 だが、

 

 視線は尚も、眼下のロムルスを睨む。

 

 と、

 

 宙返りの要領で体勢を入れ替え、天井に「着地」。

 

 同時に刀の切っ先をロムルスへと向ける。

 

 たわめた膝の筋力を最大開放して天井を蹴ると、一気に加速。眼下のロムルスへ、彗星の如く襲い掛かる。

 

 強烈な一閃は、

 

 しかし、ロムルスがとっさに後退した事で空を切る。

 

 だが、

 

「まだッ!!」

 

 着地と同時に、追撃の逆袈裟を放つ響。

 

 振り上げる剣閃。

 

 対して、

 

 ロムルスも槍を繰り出して応じる。

 

 激突する互いの刃。

 

 両者、衝撃波に押されるようにして後退する。

 

「んッ!?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 呻く響。

 

 ロムルスは無言。

 

 互いに刃を向けたまま、睨み合ったまま、次の攻撃のタイミングを計っていた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 響の援護の下、立香は一旦、ネロを連れて玉座の間から撤退していた。

 

 立香に肩を支えられて走るネロは、今にも崩れ落ちそうなほどに頼りない。

 

 いつも溌剌として、傍若無人に振舞っていた少女とは思えないほどの消沈ぶりだ。

 

 背後から付き従う凛果、マシュ、美遊も心配そうに見つめている。

 

「立香・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな中、

 

 走りながら、ネロが話しかけてきた。

 

「余は・・・・・・余は、どうしたら良い?」

「ネロ・・・・・・」

 

 弱弱しい少女の声。

 

 今のネロはまるで、暗闇で親とはぐれた迷子のようだ。

 

「正直に言おう。余は、本音を言えば、神祖に降ってしまいたい。余の全てを神祖が受け入れてくれると言うのなら、そうしてしまいたい」

 

 少女の消え入りそうな言葉に、立香は初めて理解する。

 

 皆が、ネロの事は自由奔放で傍若無人な、我が道を行く皇帝だと思っていた。

 

 だが、そうじゃない。

 

 彼女もまた、か弱い1人の少女に過ぎない。

 

 その少女が皇帝と言う殻を被り、常に糸を張り詰めて生きてきたのだ。

 

 その、ネロを支えていた糸が今、切れようとしている。

 

 もし、糸が切れてしまえば、彼女は二度と立ち上がる事ができなくなるだろう。

 

「ネロ」

 

少女を床に座らせ、立香は正面から少女を見る。

 

「君が背負っている重みや、君が歩いて来た苦難は、俺には判らない。たぶん、誰にも分からないかもしれない」

「先輩、何を・・・・・・」

 

 戸惑ったように、立香を見るマシュ。

 

 このタイミングで、ネロを否定するようなことを言ってどうしようと言うのか?

 

 ネロを励ますなら、もっと他の事を言うべきじゃないのか?

 

 そう告げようとするマシュ。

 

 だが、

 

 そんなマシュを横から伸びた手が制する。

 

「凛果先輩?」

「ここは、兄貴に任せて。きっと、大丈夫だから」

 

 そう告げる凛果の眼差しは、兄の背中へと注がれている。

 

「こういう時、兄貴って誰よりも頼りになるんだから」

 

 2人のやり取りを背中に、立香はネロに向き合い続けている。

 

「けど、君が作って来た物、守りたかった物なら、俺にも判る」

「立香・・・・・・・・・・・・」

「このローマに来て、君に色んな物を見せてもらった。いろんな場所に連れて行ってもらった。君が好きなローマ、君を好きなローマ。そこには、たくさんの笑顔が溢れていた」

 

 ネロが目指し、ネロが作り、ネロが守ろうとしたローマ。

 

 それはどこまで華やかで、果てしなく幸せにあふれる世界だった。

 

 ネロは皇帝として、そんなローマを愛している。

 

 そしてローマの人々もまた、ネロを心から愛している。

 

 誰もが愛し、愛され、幸せになれる世界。

 

 それこそが、ネロのローマに他ならなかった。

 

「君は確かに皇帝で、皇帝は君1人しかいない。けど、君自身は、あんなにも多くの人に囲まれていた。それは紛れもなく、ネロだからこそ、できた事だと俺は思う。君じゃなければ、今のローマは無かったはずだ」

 

 顔を上げるネロ。

 

 その視界の中では、立香が少女を真っすぐに見据えているのが見える。

 

 大丈夫。

 

 どんな事があっても、俺達が君を支えるから。

 

 少年の目は、そう語っているようだった。

 

 その時だった。

 

 突如、

 

 強烈な魔力の閃光が走り、壁が大きく吹き飛ばされた。

 

「敵ッ!?」

「来ますッ 先輩達。警戒を!!」

 

 美遊とマシュが身構える中、

 

 緑のコートを着た魔術師が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 

「見付けたぞ、ドブネズミ共。わざわざ足を運んでおいて逃げ出すなど、失礼にも程があるだろう」

 

 言いながら、手を掲げるレフ。

 

 その手のひらに、魔力が収束する。

 

「せっかく来たんだ。少しは楽しませてくれよ。何しろ・・・・・・」

 

 言い放つと同時に、収束した魔力を解き放つレフ。

 

 その一撃が、王城の壁を容赦なく吹き飛ばす。

 

「簡単に終わってしまってはつまらないだろう。君らのせいで味わった私の屈辱を、僅かなりとも晴らす為、君達には多少なりとも善戦してもらわんとね」

 

 レフが言い終える前に、

 

 剣を振り翳した美遊が斬りかかる。

 

 鎧を付けず、白いドレス姿の少女が一気に駆け抜ける。

 

「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 振り下ろされる剣閃。

 

 その一撃を、

 

 レフは、

 

 こともあろうに素手で受け止めてしまった。

 

「なッ!?」

 

 驚愕する美遊。

 

 対して、

 

 レフは口元に侮蔑の笑みを浮かべる。

 

「何を驚くのかね?」

 

 言いながら、

 

 美遊が持つ剣を素手で掴む。

 

「この、私がッ!!」

 

 そのまま、少女の体を振り回す。

 

「たかが英霊如きに、後れを取るはずが無かろう!!」

 

 そのまま放り投げ、美遊を壁へと叩きつけるレフ。

 

 少女の体は成す術もなく、吹き飛ばされ、壁を大きく破壊する。

 

「かはッ!?」

 

 背中に強い衝撃を受け、顔をしかめる美遊。

 

「美遊さん!!」

 

 とっさに、少女を助けようと前へと出るマシュ。

 

 だが、

 

 そこへレフが放った魔力弾の嵐が、矢継ぎ早に襲い掛かる。

 

「クッ!?」

 

 とっさに盾を掲げて防御に入るマシュ。

 

 盾の表面に魔力弾が一斉に着弾し、マシュを押し返す。

 

「舐めないで貰いたいなッ!!」

 

 魔力弾でマシュを牽制しつつ、体勢を立て直して再び斬りかかって来た美遊をもあしらいながら、レフは小ばかにした口調で告げる。

 

 美遊が牽制している隙に距離を詰めたマシュも、盾を翳してレフへとお襲い掛かる。

 

 左右から攻撃を仕掛ける2人の攻撃。

 

 しかしレフは、その全てに対応して見せる。

 

「たかが英霊如きが、この私に勝てるとでも思っているのかね!!」

 

 そう告げるレフの顔には、凶悪な笑みが刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が開ける。

 

 周囲に何もない。

 

 一面の白い空間に、ネロは1人、立っている。

 

 いったい、ここはどこなのか?

 

 見回すネロ。

 

 と、

 

『セイバー』

 

 不意に、声を掛けられ振り返る。

 

 果たしてそこには、

 

 見覚えの無い1人の少年が立っていた。

 

 明るい茶色がかった髪を、少し中途半端に長く伸ばした少年。

 

 どこにでも居そうな、平凡な外見の少年だ。

 

 だが、

 

 その少年の姿に、ネロはどこか懐かしさを覚える。

 

『俺は、セイバーの生き方、好きだよ』

「そなた・・・・・・・・・・・・」

 

 ゆっくりと、近付いてくる少年。

 

 その腕が、少女の体を優しく抱きしめる。

 

『忘れないでくれ。いつでも、どこにいても、決して君は1人じゃない。みんなが、仲間が、そして、俺がいるって事を・・・・・・』

 

 ゆっくりで良い。

 

 無理しなくたって良い。

 

 疲れたら休んだって良い。

 

 なぜなら、

 

 君の周りにはこんなにも、多くの人々がいる。

 

 君が倒れれば、彼らが君を支えてくれるだろう。

 

 君が前に進めば、彼らは君に着いて来てくれるだろう。

 

 なぜなら君こそが、

 

 君こそが、このローマで最も愛された皇帝、ネロ・クラウディウスなのだから。

 

『さあ、行くんだ、セイバー』

 

 そっと、ネロを放す少年。

 

 その姿が、徐々に薄らいでいく。

 

「待ってくれッ そなたは、いったいッ!!」

 

 手を伸ばすネロ。

 

 しかし、指先は少年には届かず、虚しく空を切る。

 

 遠ざかっていく少年。

 

『待っているから』

 

 最後に、優しく微笑む。

 

『遥か先の未来で、俺は、君が来るのを待っているから』

 

 

 

 

 

 目を開ける。

 

 そこは、相変わらず城の中だった。

 

 視界の先では、美遊とマシュがレフ相手に戦闘を行っている。

 

 その背後では、立香と凛果が援護をしている様子が見て取れた。

 

 戦況は、あまり芳しくない。

 

 レフはサーヴァント2騎相手に、たった1人で互角に戦って見せていた。

 

 今も美遊が振り下ろした剣をあしらい、マシュに反撃の魔力弾を放っている。

 

 正直、怖い。

 

 神祖に刃を向ける事になるのが。

 

 だが、

 

 それでも良い

 

 怖くたって良い。

 

 人は、その恐れを呑み込んで、戦う事ができるのだから。

 

 直撃を受け、大きく吹き飛ばされるマシュ。

 

「どうしたカルデアッ!! その程度の実力で挑もうなどと、とんだお笑い種じゃないか!! それでは我が主の足元にも届かんぞ!!」

 

 言いながら、自身の中にある魔力を高めるレフ。

 

 身構える、美遊とマシュ。

 

 そこへ、一斉に魔力弾が放たれる。

 

 放射状に飛んで来る魔力の礫。

 

 対して、

 

「やらせません!!」

 

 マシュは盾を翳して、とっさに防御に入り防ぎ止める。

 

 だが、

 

「ぐッ!?」

 

 重い。

 

 一撃一撃が、砲弾のように重い。

 

 まさか、レフにこのような力があるとは、思ってもみなかった。

 

「美遊さん、大丈夫ですか?」

「な、何とか」

 

 剣を構えながら、美遊は健気に答える。

 

 まさか、2人掛かりで怯ませる事すらできないとは。

 

 対して、

 

「どうした、もう終わりかね?」

 

 更なる攻撃の体勢を取りながら、レフが挑発するように告げる。

 

「楽に死ねる。などとは思わぬことだ。戦闘力を奪った後、じっくり、じっくりと嬲り殺しにしてやろう。我が屈辱を、少しでもお前たちの体に刻み込んでやる」

 

 凶悪な笑みと共に、レフは魔力を解放しようとした。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう。余の前で、随分と不遜な事を言えたものだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振るわれる緋の斬撃。

 

 横なぎにされた大剣の一閃が、レフへと襲い掛かる。

 

「ぬおォォォッ!?」

 

 とっさに攻撃をやめ、回避するレフ。

 

 振るわれた剣の一閃は、レフの肩を霞める。

 

 魔術的防御を施したコートが斬り裂かれ、僅かに鮮血が飛び散る。

 

「ぐッ!?」

 

 うめき声を漏らすレフ。

 

 その視界の中で、

 

 大剣を振り切た状態で佇む、赤き皇帝の姿があった。

 

「ネロ・クラウディウス・・・・・・よくもッ」

 

 激高したようにネロを睨むレフ。

 

 だが、

 

 当のネロはと言えば、レフなど眼中に無いと言わんばかりに、視線を外して立香達を見やった。

 

「ネロ、戻ってくれたのかッ」

「すまなかったな立香、凛果。もう大丈夫だ」

 

 そう言って、立香に笑いかけるネロ。

 

 大地を踏みしめて立つ少女。

 

 目には力が宿り、掲げた刀身からは闘志の炎が迸る。

 

 いったい何があったのか、立香達には推し量る事が出来ない。

 

 だが、そこには常に溌剌とした、いつも通りのネロ・クラウディウスが立っていた。

 

 その姿に、立香も自然と笑みを見せる。

 

 何となく、ローマの民が彼女を慕う訳が判る。

 

 この人なら大丈夫。

 

 この人に着いて行けば何とかなる。

 

 そう思わせるだけの物を、ネロ・クラウディウスと言う少女は持っているのだ。

 

 一方、

 

「おのれ・・・・・・・・・・・・」

 

 斬られた肩を押さえながら、レフは怨嗟の声を上げる。

 

「所詮は叩き潰されるだけの虫けらが何を足掻くかッ 黙って滅びの時を待っていれば良い物を!!」

 

 呪詛が混じったかのような言葉。

 

 だが、

 

 それをネロは、一笑の伏す。

 

「馬脚を現したな宮廷魔術師とやらッ 僅かな想定外ですら取り乱すあたり、所詮、貴様は小物に過ぎぬと言う事を、貴様自ら証明した訳だ」

 

 ネロの言葉に、レフは歯を噛み鳴らす。

 

 プライドの高い男だ。自身より下だと思っている相手に見下されるのは、さぞかし矜持を傷付けられる事だろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 スッと、目を落とすレフ。

 

 同時に、

 

 周囲の空気が、張り詰めるのを感じた。

 

 何か、ある。

 

 特殊班の一同が身構える中、

 

 レフはゆっくりと、顔を上げた。

 

「・・・・・・・・・・・・良いだろう。そこまで言うなら見せてやろうではないか。抗いようのない、恐怖と絶望をッ そして自分たちの無力さを呪いながら死んでいくがいい!!」

 

 言い放つと同時に、レフの中で魔力が高まるのを感じる。

 

 同時に、

 

 レフの背後の空間が、大きく避けるのが見えた。

 

「出でよ、情報を司りし者ッ!! 36の軍勢を率いいし、地獄の大侯爵よ!!」

 

 レフが詠唱を終えた。

 

 次の瞬間、

 

 避けた空間から、

 

 巨大な影が姿を現した。

 

 影はたちまち成長し、城の壁や天井を破壊、文字通り天をも衝く勢いでそそり立つ。

 

 それは一言で言えば「柱」だった。

 

 地上に根を下ろし、遥か天空まで伸びる巨大な柱。

 

 見る人が見れば「バベルの塔」を連想するかもしれない。

 

 人が作りし神の住まい。

 

 その不遜を神が怒り、崩壊した塔。

 

 だが、

 

 その姿は、ひたすらに嫌悪と怖気を呼ぶ物だった。

 

 表面は泥のように黒々として脈打ち、まるで巨大な爬虫類の体表を思わせる。

 

 縦割れした隙間から巨大な深紅の眼球が、いくつも飛び出し睨んでいる。

 

 まるで古の伝説にある、世界をも滅ぼす魔獣が顕現したような姿。

 

 人間が持つ醜悪感を極限まで醸成し、複合させ、混濁させた姿がそこにあった。

 

 そして、

 

「改めて、名乗らせてもらおうか、人類諸君!!」

 

 現れた柱の前に立ち、レフは謳い上げるように名乗る。

 

「我が名はフラウロスッ レフ・ライノール・フラウロス!! 偉大なる王に仕えし、魔神の一柱なり!!」

 

 

 

 

 

第19話「遥かな未来で君を待つ」      終わり

 



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第20話「魔神柱」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 応酬を繰り広げる、響とロムルス。

 

 振り下ろされる槍の一撃一撃が。巨大な圧力を伴って襲い来る。

 

 対して、

 

 響は敏捷全開で接近。刃を袈裟懸けに繰り出す。

 

「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 視界を両断するように迸る刃。

 

 人知を超える程の速度で放たれた一撃を、

 

 しかしロムルスは槍を返し、柄で受け止めて防御する。

 

 激突する両者。

 

 響の剣は、ロムルスに受け止められる。

 

 次の瞬間、

 

「ぬんっ!!」

 

 膂力任せに繰り出されるロムルスの一閃。

 

 響の小さな体は、まるでボールのように弾き飛ばされる。

 

 だが、

 

「んッ!!」

 

 とっさに空中で宙返りすると、着地。

 

 そのまま、切っ先をロムルスに真っすぐ向けて構える。

 

 次の瞬間、

 

 地を蹴る。

 

「餓狼一閃!!」

 

 一歩ッ

 

 二歩ッ

 

 三歩ッ

 

 音速まで加速した響の刃は、餓狼の牙と化してロムルスへと襲い掛かった。

 

「ぬゥッ」

 

 対して、槍を構えて防御の姿勢を取るロムルス。

 

 次の瞬間、

 

 両者は激突する。

 

 凄まじい突進力でロムルスに襲い掛かる響。

 

 対して、ロムルスも両足を踏ん張って、響の突貫を受け止める。

 

「ぐゥゥゥ!?」

 

 響の凄まじい一撃。

 

 ロムルスは両足を床に着いたまま、大きく後退する。

 

 しかし、

 

 ロムルスは耐えきった。

 

「ッ」

 

 舌打ちする響。

 

 切っ先は、神祖の体には届いていない。

 

 飢えた狼の牙も、神を貫くには能わなかったのだ。

 

 まさか盟約の羽織を纏い身体能力を強化し、本気で放った餓狼一閃を、真正面から受け止められるとは思っていなかった。

 

 間合いを取る響。

 

 対して、ロムルスは槍を構えたまま佇んでいる。

 

 どうやら、追撃を掛ける意思は無いようだ。

 

 その間に、響は刀を構えて体勢を立て直した。

 

 睨み合う、両者。

 

 さすが、建国王と呼ばれる大英雄。ロムルスの戦力は、響には計り知れない物がある。

 

 生半可な攻撃では、対抗できないだろう。

 

 ならば、どうする?

 

 どう攻める?

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 鬼剣

 

 響の思考は自然と、その答えに、たどり着く。

 

 だが、鬼剣は響にとって、最強の切り札である。

 

 他の英霊で言えば宝具に等しい。

 

 響にとって、宝具である「盟約の羽織」は、身体能力を強化し、アサシンでありながらセイバーに等しい戦闘力が発揮可能になる。しかしその本質からして、どちらかと言えば補助武装に当たる。

 

 それを考えれば、少年にとって真の切り札は、直接攻撃手段であり、大英雄ですら一撃で屠る事が可能な鬼剣の方であると言えた。

 

 だが切り札とは往々にして、切り時を間違えれば、逆に危機を呼び込む事に繋がりかねないのだが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 刀を鞘に納める響。

 

 迷っている時間は、とうに過ぎた。

 

 高まる、両者の魔力。

 

 腰を落とし、刀の柄に手を掛ける響。

 

 対抗するように、槍を構えるロムルス。

 

 次の瞬間、

 

 突如、

 

 天井に亀裂が走り、一気に崩れ落ちた。

 

「なッ!?」

 

 自分の頭の上に落下してくる瓦礫を前に、思わず目を見張る響。

 

 少年の頭上に、身体よりも大きな瓦礫がいくつも落ちてくる。

 

 あんなものに押しつぶされれば、たとえサーヴァントでもひとたまりも無いだろう。

 

「クッ!?」

 

 とっさに飛びのこうとする響。

 

 だが、殆ど天井全てが落ちて来るに等しい状況で、逃げ場などどこにもない。

 

 躊躇う、暗殺者の少年。

 

 その、一瞬の隙を、

 

 突かれた。

 

 突進してくるロムルス。

 

 その腕が、響に向かって伸ばされる。

 

「んッ!?」

 

 とっさに逃げようとするが、もう遅い。

 

 次の瞬間、

 

 響の視界は閉ざされた。

 

 

 

 

 

 その様子にいち早く気付いたのは、城壁の外で指揮を執っていたブーディカだった。

 

 既に、粗方の戦闘は終了している。

 

 連合ローマ軍の守備隊は壊滅。全ての防御陣地は正統ローマ軍が占拠するところとなり、実質、首都の支配権は完全に正統ローマ軍が掌握するところとなっていた。

 

 既に連合ローマを見限った兵士達にも降伏する者が相次いでいる。

 

 尚もしぶとく抵抗している者達もいるが、そうした連中はごくわずかだ。

 

 ブーディカはそうした残党たちをむやみに攻撃することなく、降伏の使者を送って投降を促す戦術に切り替えている。

 

 もう、戦いは終わったのだ。ならば、無駄に血を流すべきではなかった。

 

 そうした事後処理作業を進めている最中だった。

 

 ふと、違和感を感じて、ブーディカは足を止める。

 

「・・・・・・・・・・・・何だ?」

 

 一瞬、微かに地面が揺れたような気がしたのだ。

 

 足元を見るが、何も無い。

 

 気のせいだろうか?

 

 そう思って、首を傾げる。

 

「どうかしたか?」

「いや、ちょっと変な気が・・・・・・・・・・・・」

 

 傍らに立つ荊軻が、訝るように尋ねるのに対し、怪訝な顔つきで応じる。

 

 いったい、さっきのは何だったのか?

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 ズンッ

 

 

 

 

 

 今度は、はっきりとわかるくらい明確に、地面が震動した。

 

「なッ!?」

「これはッ!?」

 

 驚きの声を上げる、ブーディカと荊軻。

 

 彼女達だけではない。周りの兵士達も異変に気が付いたのか、戸惑う声を上げているのが見える。

 

 その時だった。

 

 突如、

 

 王城のある方角から、巨大な破壊音が響き渡った。

 

 とっさに振り返る。

 

 そこで見た物は、歴戦の英霊達をして、思わず怖気を振るいたくなるような光景だった。

 

 王城の天井を破壊する形で、1本の柱が天に向かって聳え立っている。

 

 その姿は黒い表面に赤い亀裂が何本も走り、その亀裂の中には巨大な眼球がいくつも開いて、こちらを見据えている。

 

 果たして、この世にこれほどおぞましい物が存在していたのか?

 

 そう思いたくなるくらい、醜悪な柱だった。

 

「な、何なのだ、あれはッ!?」

「判らないよッ 判らないけど、まずい状況なのは確かみたいだッ」

 

 言っている間にも「柱」へ成長し続けている。

 

 最早、見上げる事すら困難な程だ。

 

「ともかく、生き残った兵士たちを退かせるよッ どう考えても、近付くとやばいだろうし!!」

「同感だ!!」

 

 ブーディカの指示を受け、荊軻は走り出す。

 

 中堅指揮官達にブーディカの指示を伝達し、各部隊ごとに撤収させるのだ。

 

 走っていく荊軻を見送ると、ブーディカは再び王城へと目を向ける。

 

 あそこにはまだ、彼女の仲間達が戦っているはず。

 

 立香、

 

 凛果、

 

 響、

 

 マシュ、

 

 美遊、

 

 そして、ネロ。

 

「みんな・・・・・・無事でいてよ」

 

 祈りを乗せて呟くブーディカ。

 

 その視界の中で、尚も巨大な柱は成長を続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 状況の変化は、カルデアでも観測されていた。

 

 突如、現れた異常数値。

 

 それが表す状況は、もはやカルデアの想定をも上回っていた。

 

「立香君や、凛果君からの連絡はまだ無いのかい!?」

「ありませんッ 先程から何度も呼びかけているのですが・・・・・・」

 

 問いかけるロマニに、オペレーターのアニー・レイソルが答える。

 

 その他のオペレーターたちも、先程からローマにいる藤丸兄妹に呼びかけている。

 

 しかし、マスター達からの反応が返ってくる様子は無い。

 

「引き続き、呼び出し続けるんだ。とにかく2人の安否確認が最優先。良いね!!」

「はいッ」

 

 ロマニの指示に応え、自身もオペレーター作業に戻るアニー。

 

 その姿を見ながら、ロマニは険しい表情をする。

 

 その脳裏には先程、レフが言い放った言葉が響く。

 

「ソロモン72柱・・・・・・魔神・・・・・・いや、そんな馬鹿な・・・・・・」

 

 うわごとのように呟くロマニ。

 

 レフが言っていた事が正しければ、黒幕の正体は・・・・・・・・・・・・

 

「まさか、そんなはずが無い・・・・・・だって、それじゃあ僕は・・・・・・」

 

 ロマニの脳裏に浮かぶ絶望。

 

 明晰な彼の頭脳は、既にある「答え」を導き出している。

 

 だが、

 

 その「答え」がもたらす結果は、あまりにも恐ろしい物であった。

 

 と、その時だった。

 

「落ち着けよ、ロマン」

「レオナルド・・・・・・・・・・・・」

 

 ロマニの肩に、ダ・ヴィンチが手を添える。

 

 万能の天才たる女性は、狼狽を隠せないでいるロマニに語り掛ける。

 

「『それ』を考えるのは後にしよう。幸いにして、検証する時間はまだあるだろうしね。それに・・・・・・」

「それに?」

 

 問いかけるロマニに、ダ・ヴィンチは笑いかけた。

 

「子供たちを信じてやりなよ。立香君も、凛果ちゃんも、マシュも、響君も、美遊ちゃんも、君が思っているよりずっと強いぜ」

 

 ダ・ヴィンチがそう言った時だった。

 

「立香君と凛果ちゃんのビーコンを確認ッ 2人とも生きてますッ 司令代行!!」

 

 アニーがもたらした報告に、ダ・ヴィンチが顔をほころばせる。

 

「な?」

「・・・・・・そうだね」

 

 釣られて、笑みを浮かべるロマニ。

 

 そうだ。今の自分はカルデアの司令代行だ。自分が彼らを信じずして、いったい誰が信じると言うのか。

 

「直ちに2人の魔術回路にコンタクト。異常が無いかチェックッ 完了次第、魔力供給を再開して!!」

「了解ッ!!」

 

 オペレーターの返事を聞きながら、ロマニは再びモニターの方へと目を向ける。

 

「頼むぞ、立香君、凛果ちゃん・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 その姿を見た瞬間、ブーディカは心の底から安堵のため息を吐いた。

 

 崩れ落ちようとする首都の外壁。

 

 湧き上がる粉塵を越えるようにして、カルデア特殊班の面々が飛び出して来たからだ。

 

 立香はマシュが、凛果は美遊がそれぞれ抱きかかえている。

 

 ネロは原初の火(アエストゥス・エストゥス)を構え、先頭を走ってくる。どうやら、崩れ落ちる瓦礫を斬り払いながら、先頭を突っ切ってきたらしい。

 

「ネロ、無事だったのかいッ!?」

 

 駆けてくる皇帝を出迎えるブーディカ。

 

 その姿を見て、ネロも手を振る。

 

「ブーディカ、よくぞ皆を纏めてくれたッ」

「ああ。異変が起きて、すぐに全軍を後退させた。だから、ローマ軍の死傷者はほとんどいないはずだよ。けど・・・・・・」

 

 言ってから、ブーディカは少し顔を曇らせる。

 

「まだ降伏していなかった連合ローマ兵は結構な数いたみたいだからね。そいつらは、崩壊に巻き込まれちまったよ」

「そうか・・・・・・・・・・・・」

 

 ブーディカの報告に、ネロも顔を曇らせる。

 

 全員を助ける事が出来なかったのは、彼女にとっても無念の極みである。

 

 敵味方に分かれたとはいえ、元は同じローマの民。できれば、全てを助けたかった。

 

 不可能だと言う事は判っていても、そう思わずにはいられなかった。

 

 だが、今はまだ、後悔している時ではなかった。

 

 王城を突き破る形で出現した「柱」。

 

 その眼球から発せられる閃光は、今も尚、破壊と殺戮を齎している。

 

「確かレフ教授は、自分の事を魔神って言ってたよな」

「うん。そう言えば、何とかの魔神って・・・・・・」

 

 兄の言葉に、頷きを返す凛果。

 

 随分と大仰な事を言ったものだが、あの光景を見れば、確かに頷く得る。

 

 天を衝いて聳え立つ「柱」は確かに、おぞましくも不気味な存在感を放っている。

 

 まさしく、「魔神」と言っていいほどの代物だった。

 

「魔神柱、か・・・・・・・・・・・・」

 

 彼方の柱を見て呟く立香。

 

 正直、今まで見た事も無い敵の形である。いったい、どう戦えばいいのか、見当もつかなかった。

 

 と、

 

「諦めるなッ!!」

 

 響き渡る、凛とした声。

 

 サーヴァント一同、振り返る中、

 

 緋の戦装束を靡かせて、ネロ・クラウディウスは、敢然と魔神柱を睨み返していた。

 

「いかな敵が強大であろうとも、恐るるに能わず!! なぜなら、この余がッ ネロ・クラウディウスが健在であり続けるからだ!! 余が健在である限り、決して負ける事はあり得ぬ!!」

 

 ネロの言葉が響き渡り、

 

 その声は、一同の脳裏に澄んだ水のように染み渡る。

 

 まるで酩酊にもにた感覚の中、一同の胸が熱くなる。

 

 何もいらず、

 

 ただそこにいるだけで、全ての人間を魅了する存在。

 

 それこそがネロ・クラウディウスに他ならなかった。

 

「行くぞ皆の者ッ これよりは全てのローマを守る戦いッ いざッ 余に続けェ!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 一足に駆け出すネロ。

 

 その姿を見て、真っ先に反応したのは、

 

「おおッ あれを見よ!! 反逆の皇帝がいよいよ圧制者に牙を剥いたぞッ さあッ 我らも続くのだ!!」

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 スパルタクス、呂布の両バーサーカーだった。

 

 それぞれの武器を振り翳し、ネロに続いて突貫していく。

 

 その様に、ブーディカが割と本気で頭を抱える。

 

「あーもうッ だから、皇帝陛下が真っ先に突撃すんなっての!!」

「言っても無駄よ。だってネロだもの」

「確かに。暴れ牛を素手で押し留めるに等しいな、あれは」

「アハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 慌てて駆け出すブーディカに続き、エリザベート、荊軻、タマモキャットもそれぞれ続く。

 

 その様子を見て、立香はマシュと美遊を見た。

 

「2人とも。ネロ達の援護を。今度こそ、レフ教授・・・・・・いや、レフ・ライノールを討つんだ」

 

 立香は、あえて言い直した。

 

 あの男は、既にカルデアの仲間で、オルガマリーの右腕だっただったレフ教授ではない。倒すべき敵、レフ・ライノール・フラウロスなのだ。

 

 ならば、躊躇うべき理由の、何物も存在しなかった。

 

「判りました。マシュ・キリエライト。これより、レフ・ライノールを討つべく突撃します」

 

 言い放つと同時に、盾を振り翳して駆けだす。

 

 一方、

 

 美遊は剣を持ったまま、立ち尽くしている。

 

 幼い剣士の少女は、どこか落ち着かない雰囲気で、周囲を見回している。

 

 まるで、何かを探しているかのようだ。

 

「どうしたの、美遊ちゃん?」

「あ、いえ・・・・・・」

 

 凛果に声を掛けられ、美遊は我に返る。

 

 心の中にある心配を、首を振って追い払う。

 

 そうだ、何も心配なんていらない。

 

「すみません、凛果さん、立香さん、私も行きます」

「あ、うん、お願いね」

 

 凛果の言葉を背に、剣を翳して駆けだす美遊。

 

 白き少女の向かう先には、尚もおぞましい姿を見せる魔神柱の姿がある。

 

 無数にある眼球は、既に先行したネロたちへ攻撃を開始していた。

 

 躊躇う事無く、飛び込んでいく美遊。

 

 ただ、

 

 その傍らに、いつもいるはずの少年がいない事には、少しだけ寂しさを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完全に崩壊する、城の外壁。

 

 そこにいた多くの人々の命を飲み込み、かつて連合の首都だった城は崩壊していく。

 

 その様はまさに、戦争の終結を告げるにふさわしいと言えた。

 

 この戦い、正統ローマ軍の勝利である事は、誰の目から見ても明らかな事だった。

 

 だが、

 

 その城を突き破る形で出現した魔神柱フラウロス。

 

 これを打ち破らない事には、まだ何も終わらないのも事実であった。

 

 そんな中、

 

 崩れ落ちる外壁を飛び越えるようにして、巨大な影が飛び出して来た。

 

 ロムルスだ。

 

 神祖は一足飛びで瓦礫を踏み越えると、安全地帯に着地する。

 

 そして、

 

「・・・・・・・・・・・・無事、か?」

 

 尋ねる声。

 

 それに対し、

 

「ん」

 

 幼い声で返事が返った。

 

 抱えていた腕を開くロムルス。

 

 その腕の中から、

 

 飛び出して来たのは響だった。

 

 地に降り立った響は、ロムルスに向き直る。

 

「ローマ、ありがとう」

「うむ」

 

 素直に礼を言う響に、ロムルスも頷きを返す。

 

 あの時、

 

 2人に向かって崩れ落ちてきた瓦礫。

 

 その下から響を助け出したのは、他ならぬロムルスだった。

 

 退避が一瞬遅れた響を抱き、ロムルスはここまで脱出してきたのだ。

 

 しかし、

 

「何で助けたの、ローマ?」

 

 助けてくれた事には感謝しているが、響にはそこが疑問だった。

 

 ロムルスは、敵対してる響を、なぜ助けたのか? そんなことしても、彼には何のメリットもないはずだが。

 

「愚問なり」

 

 首を傾げる響に対して、ロムルスは事も無げに言い放った。

 

 優し気な双眸が、少年を真っすぐに見る。

 

「良きローマ。ここで滅ぼすわけにはいかぬ」

 

 ロムルスの大きな手が、響の頭を撫でる。

 

 くすぐったそうに目をつぶる響。

 

 ロムルスにとってローマと、そこに住む人々は我が子も同然。

 

 そして、ローマとはすなわち、「全て」に通じている。

 

 ならば、世界中に住む、全ての人々は、彼の子も同然だった。

 

 故に、ロムルスは、「愛しい我が子」である響を守ったのである。

 

「なら・・・・・・・・・・・・」

 

 響は顔を上げてロムルスを見る。

 

「ローマも、ネロに協力すれば良い」

 

 言いながら、背後を振り返り、指を差す。

 

 その指差した先には、そそり立ち猛威を振るう魔神柱フラウロスの姿があった。

 

「ん、あれ、倒すの手伝って」

 

 眼球から閃光を放ち、周囲を薙ぎ払うフラウロス。

 

 更に、「根本」から噴き出る瘴気めいた噴煙も、命を蝕む死の霧だった。

 

 並の人間では、魔神柱に近づく事すらできないのだ。

 

「ローマが手伝ってくれれば、ネロが喜ぶ」

 

 ネロがロムルスを尊敬している事は、彼女のあの態度を見ていたから、響にも判っている。

 

 そのロムルスが助けてくれるとなれば、ネロが歓喜する事は間違いなかった。

 

 と言うか今更だが、響の中でロムルスは「ローマ」で固定されているらしい。

 

 まあ、本人が自分で名乗っているし、否定もしていないから良いのだが。

 

 だが、

 

「それは、できぬ」

「何で?」

 

 まさかの否定の言葉に、響はロムルスに詰め寄る。

 

 ロムルスはこのローマを作った建国王。

 

 ならば、そのローマを滅ぼそうとするレフは、彼にとっても敵のはず。ネロやカルデアに協力してくれても良いと思うのだが?

 

「サーヴァント、だから?」

「そのような事は、些事に過ぎぬ」

 

 レフが召喚したサーヴァントだから、彼に従う事しかできないのか、とも思った。

 

 だが、ロムルスはあっさりと否定した。

 

 ならば、何だろう?

 

 首を傾げる響に、ロムルスは口を開いた。

 

(ローマ)は、試練だ。ネロのローマが、この戦いに打ち勝ち、その先にある繁栄を手にする為には、(ローマ)を、越えていかねばならぬ」

 

 勝利したくば、自分を倒さねばならない。

 

 それができぬ者に、ローマを収める資格は無い。

 

 ロムルスは、そう言っているのだ。

 

「俺の屍を越えて行け、的な?」

「うむ」

 

 重々しく頷くロムルス。

 

 自分を倒し、その先にある勝利を掴み取れ。それができなければ、このローマを収める資格は無い。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 諦めるように響は言いながら、刀の切っ先をロムルスに向ける。

 

 この神祖を、口先で説得する事は出来ない。

 

 ならば後は、全身全霊を掛けて挑むまでだった。

 

 対抗するように、ロムルスも槍を持ち上げて構える。

 

 次の瞬間、

 

 響とロムルスは、同時に仕掛けた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 魔神柱を操るレフは、上機嫌の極みだった。

 

 顕現した魔神柱。

 

 その圧倒的な火力は、全てを蹂躙し、全てを焼き尽くしていく。

 

 既に、つい先刻まで彼の居城であった連合首都は、完全に焼け落ちて瓦礫の山と化している。

 

 そこにいたであろう、連合兵士たちを巻き込んで。

 

 だが、そんな連中の事など、レフは歯牙にもかけていない。否、そもそも存在すら認識していなかった。

 

 所詮は、人数合わせの為に編成した人間の兵士。レフにとってはムシケラと何ら変わらない。

 

 ムシケラ如き、いくら踏みつぶそうが知った事ではなかった。

 

 そして当然の事ながら、そのムシケラが寄り集まってできたローマと言う国を滅ぼしたところで、何も感じる事などありはしなかった。

 

「ハッハッハッ 壮観じゃないかッ 制限付きの召還だったからどうなるかとは思ったが、やつら如きを潰すのに、この程度の力があれば十分なのだッ!!」

 

 言っている間に、魔神柱の周りから炎が噴き出し、周囲一帯を燃やし尽くしていく。

 

 その圧倒的な火力は、大地すら灰にする勢いで燃え盛る。

 

「そうだッ 初めからこうしておけば良かったのだッ サーヴァントなどと言う紛い物の欠陥品に頼らず、私自ら動いていれば簡単な話だった!!」

 

 眼球から放たれる閃光。

 

 不吉な色の光は、彼方にある山を一撃の下に吹き飛ばす。

 

「だが、今からでも遅くは無いッ 私手ずから、このローマを吹き飛ばし、人理焼却を完遂して見せようではないか!!」

 

 高笑いするレフ。

 

 あらゆる物を蹂躙し、あらゆるものを滅ぼす。その快感に酔っているかのようだ。

 

「さあッ 愚かな人類どもよ!! 我が屈辱を僅かでも晴らし、滅び去るがいい!!」

 

 言い放つレフ。

 

 その視界の先で、こちらに向かってくる一団があるのが見える。

 

 言うまでもなく、カルデア特殊班の連中だ。

 

「フンッ 性懲りもない連中め。己の力量も、相手の巨大さも理解できぬか」

 

 吐き捨てるように呟く。

 

 まあ良いだろう。どのみち、このローマを滅ぼせば、共に消滅するだけの連中。

 

 滅びの順番を入れ替えたいと言うのなら、その願いをかなえてやるまでの事だった。

 

「さあ、やれ、魔神柱フラウロスよ!! 我らが偉大なる主に逆らいし愚物共に、裁きを下すのだ!!」

 

 命令を放つレフ。

 

 たちまち、魔神柱から攻撃が開始された。

 

 体表の節から、次々と閃光が放たれる。

 

 次々に放たれる閃光が、サーヴァント達に襲い掛かる。

 

 そんな中、バーサーカーたちは構わずに突っ込んでいく。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮と共に、方天画戟を振り翳す呂布。

 

 だが、

 

 強烈な一撃が叩き込まれる前に、反撃が成された。

 

 放たれた魔力の閃光が、一気に呂布へと殺到した。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!?」

 

 苦悶の声を上げる呂布。

 

 倒れそうになる巨体。

 

 思わず、膝を突く呂布。

 

 そこへ、更なる追撃が殺到してくる。

 

 膝を突いたバーサーカーに向けて放たれる、無数の閃光。

 

 だが、

 

 その前に盾を翳した少女が飛び込む。

 

「やらせません!!」

 

 呂布を守りながら、盾を構えるマシュ。

 

 着弾する閃光に対し、少女は辛うじて耐える。

 

 攻撃を押し返して立ち上がる少女。

 

「あと一息なんですッ 何としても、やり遂げて見せます!!」

 

 マシュは言い放つと同時に、更に攻め込むべく眦を上げた。

 

 その時。

 

「ほうッ 言うようになったじゃないかッ たかがデミ・サーヴァント風情が!!」

 

 頭上から降り注ぐ、悪意に満ちた声。

 

 同時に、急降下してきたレフが、マシュに向けて魔力弾を放つ。

 

「クッ!? レフ教授!?」

 

 その一撃を辛うじて盾で防ぐマシュ。

 

 サーヴァント達が魔神柱に直接攻撃を仕掛ける事を見抜き、レフもまた阻止に動いたのだ。

 

 次々と放たれる魔力弾に、溜まらずマシュは後退を余儀なくされる。

 

「無駄だ、無駄無駄ァ!!」

 

 レフは凶悪な笑い顔を浮かべながら、次々と魔力弾を放ち続ける。

 

 その圧倒的な攻撃力を前に、マシュは手も足も出せない。

 

「言ったはずだッ 貴様ら如き凡百の輩が、この私に敵うはずが無いと!! ましてか・・・・・・」

 

 言いながら、

 

 レフは強烈な魔力砲を放つ。

 

「我が主に刃を向けるなど、不敬を通り越して万死に値する!!」

 

 放たれた閃光。

 

 その強力な一撃が、魔力の奔流となってマシュへと襲い掛かる。

 

「ああッ!?」

 

 吹き飛ばされるマシュ。

 

 どうにか体勢を立て直すも、圧倒的なレフの攻撃を前にして、マシュは反撃のタイミングを掴めないでいた。

 

 見回せば、他のサーヴァント達も、どうにか魔神柱フラウロスに取り付きはしたものの、圧倒的な火力を前に攻めあぐねている様子だった。

 

 その様子を、レフは侮蔑の笑みを浮かべて眺めやる。

 

「身の程を知るがいい、矮小な者どもよッ 蟻がいくら背伸びをしたところで、神に届くはずが無いのだからな!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 レフの、

 

 そして魔神柱の魔力が、高まるのを感じた。

 

 同時に、魔神柱の体が不気味な振動を示し、巨大な眼球が明滅を繰り返す。

 

「圧倒的な力をもって蹂躙してやろうッ 絶望の炎に焼かれ、魂まで朽ち果てるが良い!!」

 

 魔神柱の中で生成された魔力が、最も巨大な眼球の一点に集中される。

 

「まずいッ 奴は何か、切り札を使う気だよ!!」

 

 ブーディカが警告を発する。

 

 警戒する一同。

 

 だが、

 

「もう遅い!!」

 

 勝ち誇ったレフが叫ぶ。

 

「悔いるが良いッ 我が主に逆らった罪を!! 呪うが良いッ 愚かしい自らの運命を!!」

 

 手を翳すレフ。

 

 臨界に達した魔力が解放される。

 

「焼却式『フラウロス』!!」

 

 魔力が溢れ、周囲一帯を薙ぎ払う炎が噴き出した。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、飛来した閃光が、魔神柱の眼球に着弾。抉るように、その周囲一帯を大きく吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だとォォォォォォォォォォォォ!?」

 

 驚くレフ。

 

 爆炎が容赦なく踊り、魔神柱を焼き尽くす勢いで燃え広がる。

 

 いったい、何が起きたのか?

 

 強烈な魔力爆発により、魔神柱内で発射寸前だった魔力が暴走。誘爆に近い状況が現出されていた。

 

 そのダメージたるや、魔神柱本体にも影響しているのだろう。攻撃を放つはずだった眼球部分は完全に抉れ、その周囲の体組織もろとも消失。他の部位からの攻撃も一時的に下火になっている。

 

「今だッ よく分からんが好機ぞ!! 余に続くのだ!!」

 

 真っ先に飛び出したのは、原初の火(アエストゥス・エストゥス)を振り翳したネロだった。

 

 緋色の衣装を風に靡かせて駆ける少女。

 

 ネロは魔神柱に駆け寄るととともに、手にした原初の火(アエストゥス・エストゥス)を横なぎに振るう。

 

 迸る緋の一閃。

 

 炎を纏う刀身は、魔神柱の体表を大きく斬り裂く。

 

 皇帝少女の放った剣閃は、魔神柱に対して確実に大ダメージを与えていた。

 

 今度こそ、魔神柱が苦悶するのを感じた。

 

「行けるぞ!!」

 

 叫ぶネロ。

 

 魔神柱と言えども、決してダメージを与えられない相手ではない。

 

「恐れるなッ たとえ魔神であろうとも、今の我らを止める術は無しッ!! さあ、己が存在に誇りを持つ者たちよッ 余と共に進むがいい!!」

 

 高らかに言い放つとネロは再び全員の先頭に立ち、剣を構えて向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 武器を下す。

 

 放った攻撃は、今にも閃光を放とうとしていた魔神柱の眼球を見事に直撃し吹き飛ばしていた。

 

 自身の狙撃による成果を見て、男は安堵する。

 

「悪いな。今はまだ、これくらいしか助ける事が出来ない」

 

 今も最前線で奮闘している特殊班メンバーの事を想いながら、呟きを漏らす。

 

 だが大丈夫。

 

 きっと、彼等ならやってくれる。

 

「頼んだぞ、みんな」

 

 呟きながら再び、狙撃の為に武器を構えた。

 

 

 

 

 

 速い。

 

 自身の槍を振るいながらロムルスは、自身に向かってくる、アサシンの少年を見据えて呟く。

 

 ロムルスからすれば、吹けば飛びそうなくらい小さな少年。

 

 だがその少年が今、果敢にも自分に挑みかかってきている。

 

 全ては、ネロのローマを守る為。

 

 手にした刀を真っすぐに向けて、ロムルスに襲い掛かる。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 鋭く突き込まれる切っ先。

 

 その一撃を、

 

 ロムルスは槍を繰り出し、真っ向から受け止める。

 

「ぬんっ!!」

 

 膂力任せに槍を振り抜くロムルス。

 

 対して、響は抗う事無く跳躍。

 

 後方宙返りをしながら、ロムルスとの距離を取る。

 

 宙に舞う、浅葱色。

 

 着地。

 

 と、

 

 同時に、

 

 響の双眸が鋭く光る。

 

 次の瞬間、

 

 少年は一瞬以下の間に距離を詰め、ロムルスの眼前に出現していた。

 

 速いなどと言う次元の話ではない。

 

 殆ど空間跳躍に近いだろう。

 

 並の英霊は愚か、大英雄と呼ばれる存在ですら、響の速度に追随できる者はそうそう居はしないだろう。

 

 だが、

 

 それでも、ロムルスには届かない。

 

 響の刀を槍で受け止めるロムルス。

 

 反撃として繰り出した槍が、響へと襲い掛かる。

 

 風を打ち砕くような、ロムルスの攻撃。

 

 魔力を孕んだ一撃は、大地をも砕くほどの威力が込められる。

 

 対して、

 

「んッ!?」

 

 手にした刀を鞘に納める響。

 

 前傾姿勢のまま、迫るロムルスを睨む。

 

「疑似・魔力放出・・・・・・」

 

 手元に集中する魔力。

 

 響は一気に駆ける。

 

 迫る、両者の間。

 

 槍を振り上げるロムルス。

 

 懐に飛び込む響。

 

 次の瞬間、

 

「鬼剣・・・・・・・・・・・」

 

 響の手元から輝きが放たれ、刃が鞘走る。

 

蜂閃華(ほうせんか)!!」

 

 駆け抜ける銀の閃光。

 

 ほぼ同時に、ロムルスの槍も打ち下ろされた。

 

 

 

 

 

第20話「魔神柱」      終わり

 



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第21話「想い背負う切っ先」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆け抜ける両者。

 

 共に、己が武器を振り抜き、全てを出し切った状態。

 

 互いに背を向け、響とロムルスは立っていた。

 

 静寂が、支配する。

 

 遠くでは尚も、レフ・ライノール・フラウロスとサーヴァント達との間で激しい戦闘が繰り広げられ、激しい騒音が鳴り響いている。

 

 しかし、

 

 今、この瞬間、この場所では、響とロムルスと言う、2騎のサーヴァントが作り出す静寂だけが存在していた。

 

 ややあって、

 

「見事、なり」

 

 重々しい言葉と共に、ロムルスが振り返る。

 

 それに合わせるように、響もまた振り返る。

 

 その視界の中に見えるロムルスの体には、袈裟懸けの傷が刻まれていた。

 

 あの交錯の一瞬。

 

 ロムルスの攻撃よりも早く、響の蜂閃華が神祖の体を斬り裂いたのだ。

 

「実に、見事な、一撃だった」

「ん、ローマ・・・・・・」

 

 頷きを返しながら、刀を鞘に納める響。

 

 ロムルスから戦気が消えている。彼にはもう、自分と戦う意思は無いと判断したのだ。

 

「行くが良い」

 

 厳かに声を掛けるロムルス。

 

 不思議そうな眼差しで見上げてくる響に対し、諭すように告げる。

 

「お前の大切な者達が、待っている。後の事は、この(ローマ)に任せるが良い」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響は悟る。

 

 ロムルスに残された時間は少ない。

 

 響の蜂閃華で致命傷を受け、既に体の崩壊は始まっている。

 

 保って、あと数分が現界だろう。

 

 ならばその、残された時間で神祖が何を成そうとしているのか、を。

 

「良きローマに出会えた事、感謝する」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 ロムルスの言葉に、響は頷きを返す。

 

 言わばこれは、ロムルスなりの返礼だ。

 

 彼と全身全霊で戦った響に対する、

 

 そして、その響が共に戦うネロに対する。

 

 駆けていく響を見送りながら、ロムルスは静かに目を閉じる。

 

 強い子だった。

 

 まだまだ粗削りではあるが、あの少年の強さは底が見えない。

 

 それに、

 

 あの子には、何か守るべき物がある。

 

 それが何かは、ロムルスにも判らない。

 

 しかし、守るべき物があり続ける限り、あの子はまだまだ強くなるだろう。

 

「本当に、良きローマだった」

 

 満足そうに笑みを浮かべて呟く。

 

 あの子は、まだずっと先。この時代より未来から来た英霊だと言う事は、ロムルスにも判っている。

 

 しかし、そんな事はどうでもよかった。

 

 未来は、繋がっている。

 

 たとえローマが滅びようとも、その魂は受け継がれ、どこまでも続いていく。

 

 なぜなら、

 

 全ての道はローマに通じているのだから。

 

 だからこそ、守らねばならない。今、この時のローマを。

 

「ネロ・・・・・・愛しき、我が子よ」

 

 呟くロムルス。

 

 その間にも、神祖の体からは光の粒子が零れ始める。

 

 体の崩壊が、始まっているのだ。

 

 しかし、

 

 ロムルスは構う事無く、槍を振り上げる。

 

 神祖の体からこぼれ陥ちる金の粒子。

 

 だがロムルスは、残された魔力を振り絞る。

 

 その視界の先。

 

 尚も猛威を振るい続ける、魔神柱フラウロスを睨む。

 

 サーヴァント達の総攻撃でかなりのダメージを負っているようだが、しかしその醜悪な存在感は尚も健在である。

 

「ネロのローマを守り、それに続く全てのローマを守る。それこそが(ローマ)の、使命だ!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 ロムルスは、手にした槍を、大地へと突き立てた。

 

全ては我が槍に通ず(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)!!」

 

 次の瞬間、

 

 ロムルスの槍を通じ、

 

 大地に激震が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変化は、衝撃的だった。

 

 尚も猛攻撃を仕掛けるサーヴァント達。

 

 対して、レフの意思を受けた魔神柱フラウロスは、頑強な抵抗を続けていた。

 

 切り札である「焼却式フラウロス」こそ、謎の攻撃によって発動を封じられたが、それえも圧倒的な火力と防御力は健在である。

 

 サーヴァント達が繰り広げる攻撃を防ぎ止め、反撃していけば確実に勝てる。そう思っていた。

 

 だが、

 

 唐突に、

 

 「それ」は起こった。

 

 突如、鳴動する大地。

 

 全てが震え、地面から魔力が噴き出すのを感じる。

 

「な、何だッ!?」

 

 マシュや美遊と交戦してたレフが、思わず攻撃の手を止めて振り返った。

 

 次の瞬間、

 

 突如、

 

 大地を突き割り、

 

 巨大な大樹が、

 

 一気に天を衝いた。

 

 大樹は一瞬に成長し、根を張り、枝を伸ばし、葉を茂らせる。

 

 視界は一瞬にして緑に染まる。

 

 幹はしなるように身をくねらせ、そそり立つ魔神柱に絡みつき、引き倒すようにその動きを封じる。

 

 その幹の太さたるや、魔神柱を余裕で上回っている。

 

「馬鹿なッ 何なのだ、これはッ!?」

 

 突然の光景に、訳が分からず狼狽を隠せないレフ。

 

 そこへ、白い少女が容赦なく斬りかかる。

 

「はァァァァァァ!!」

 

 美遊の剣閃が鋭く奔る。

 

 少女剣士の一撃が、とっさに後退するレフの腕を僅かに斬り裂いた。

 

 どうやら、強化魔術は追いつかなかったらしい。

 

「おのれッ」

 

 傷口を押さえて後退するレフ。

 

 その間にも大樹は成長を続けている。

 

 今や完全に魔神柱を取り込み、その動きを封じている。

 

 ロムルスの宝具「全ては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)

 

 ローマ建国の礎となったパラディウムの丘に突き立てられた伝説の槍。

 

 すなわちローマの原点であり、全てを象徴する存在。

 

 ローマの現在・過去・未来の姿を映し、ローマの大地を支える。

 

 言わば、ローマそのものと言える宝具だ。

 

 その圧倒的な質量を誇る宝具が、今や魔神柱を飲み込み、引き倒そうとしていた。

 

「おのれッ あの裏切り者めがァァァ!!」

 

 この場にいないロムルスに対し、恨みを込めた毒を吐くレフ。

 

 だが、

 

 レフが地団太を踏んでいる隙に、魔神柱へと駆け寄る少女があった。

 

 緋の衣装を靡かせて、炎の剣を翳したネロが、魔神柱フラウロスの根元へと迫っていた。

 

「消え去るがいいッ 貴様の存在はローマに、否ッ!! この世界に必要ないッ 我が剣を持って、無に還るが良いッ!!」

 

 一閃

 

 緋の一撃が、魔神柱の幹を斬り裂く。

 

 対して、

 

 サーヴァントの総攻撃に加え、ロムルスの宝具に絡め取られ、魔神柱フラウロスは、既に青息吐息の状態だった。

 

 そのような状況下で、

 

 ネロが放つ渾身の一撃に、耐えられる通りは無かった。

 

 苦悶に打ち震える声が、ローマの空に木霊する。

 

 同時に、

 

 大地に根付いていた巨体は、音を上げて倒れ始めた。

 

 

 

 

 

 倒れていく魔神柱。

 

 その様子を、ロムルスは離れた場所で見つめていた。

 

 自身の宝具に絡め取られた魔神柱。

 

 そこにトドメを刺したのは、彼の愛し子だった。

 

「見事だ・・・・・・ネロ」

 

 金色の粒子を噴き上げ、急速に崩壊していくロムルス。

 

 そんな中で、

 

 神祖は満足そうに笑みを浮かべた。

 

 ネロ

 

 そして響。

 

 あのような子達がいる限り、ローマは、そして世界(ローマ)は安泰だろう。

 

 たとえ、どれほどの困難がこの先振りかかろうとも、あの子たちなら乗り越えていける。

 

 そう思うのだった。

 

「頼んだぞ」

 

 最後にそれだけ、呟くように告げると、

 

 音も無く静かに、

 

 ロムルスは消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 一方

 

 レフの狼狽は、もはや周囲をはばからず、とどまる所を知らなかった。

 

 満を持して召喚した魔神柱。

 

 人の枠を大きく超え、英雄ですら遥かに凌駕する魔神の顕現。

 

 それ即ち、自分の勝利を確定付けるのに十分だったはずだ。

 

 だが、その確定された勝利が今や、足元から突き崩されていた。

 

 魔神柱は倒れ、完全に倒壊している。

 

 もはや、何の戦力にもならないのは、火を見るよりも明らかだった。

 

「なぜだッ いったいなぜッ このような事になったのだ!?」

 

 勝てるはずの戦い。

 

 疑いない勝利。

 

 それが、自分の掌から零れ落ちようとしている。

 

 その事が、レフには信じられなかった。

 

 

 

 

 

 立香は駆けていた。

 

 既に魔神柱は倒れ、大勢は決しようとしている。

 

 紛う事無く正統ローマの、そして自分達、カルデア特殊班の勝利だ。

 

 あとは残ったレフを倒し、聖杯を手に入れるだけ。それだけで、このローマにおける自分たちの役割は終わりとなる。

 

 だが、

 

 どうしても一つ、

 

 立香には譲れない物があった。

 

 その譲れない物の為に、立香は走る。

 

 少年の脳裏に浮かぶのは、あの日の光景。

 

『イヤッ イヤッ 誰か助けて!! 私、こんな所で死にたくない!! だってまだ、褒められてない!! 誰も私を認めていないじゃない!! 誰もわたしを評価してくれなかった!! みんな、私を嫌ってた!! 生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのに!!』

 

 悲痛な叫びを上げながら、燃え盛るカルデアスに飲み込まれていったオルガマリー。

 

 否、彼女だけではない。

 

 訳が分からないまま、爆発に巻き込まれてた他のマスター候補や、命を落としたカルデア職員たち。

 

 彼らの拭い切れぬ無念を抱え、立香は走る。

 

 己が仇敵を目指して。

 

 対して、

 

 魔神柱フラウロスの予想外の敗北に、茫然自失していたレフだが、自身に向かって駆けてくる少年を目ざとく見つけ、悪魔のような形相で振り返る。

 

「おのれッ 調子に乗るなッ!! ムシケラがァァァ!!」

 

 言い放つと同時に、立香に魔力弾を放つレフ。

 

 閃光が、真っすぐに少年に向けて飛ぶ。

 

 サーヴァントならいざ知らず、生身の人間である立香にとっては、充分に致命傷になり得る一撃。

 

 だが、立香は一切、目を逸らさない。

 

 自分が倒すべき敵。

 

 皆の仇であるレフを見据え、真っすぐに駆ける。

 

 次の瞬間、

 

 立香の前に飛び込んできた少女が、手にした盾でレフの攻撃を弾いた。

 

「先輩ッ 今のうちに!!」

「マシュ!!」

 

 レフと対峙し、既に満身創痍に近い盾兵の少女は、それでも最後の力を振り絞って、自分のマスターを、大切な先輩を守り切る。

 

 と、

 

「立香ッ!!」

 

 呼び声に振り返る立香。

 

 そこへ、投げ渡された物を、とっさに受け取る。

 

「これはッ!?」

 

 それは、一振りの日本刀だった。

 

 視線の先には、投げた少年自身がいる。

 

 響だ。

 

 ロムルスとの対決を経て、この最後のタイミングに間に合ったのだ。

 

「それで、決めてッ」

「ああッ!!」

 

 響に頷く立香。

 

 手にした刀は、ひどく重く感じる。

 

 思えばこれは、立香が初めて握った「人を殺せる道具」だ。

 

 響の刀は、とある英霊から譲り受けたものであるが、無銘の、宝具でも何でもない、ただの日本刀である。

 

 とは言え、それでも英霊の使う刀。切れ味は最高級の名刀に勝る。

 

 その柄をしっかりと握ると、立香は踵を返し、再び駆ける。

 

 追随するマシュが、盾で全ての攻撃を弾く。

 

「お、おのれェェェェェェ!!」

 

 躍起になって魔力弾を放つレフ。

 

 だが、マシュが掲げる盾を貫く事は敵わない。

 

 次の瞬間、

 

 マシュの影から飛び出す立香。

 

 切っ先は真っ直ぐに、レフへと向ける。

 

「うあぁ、しまっ・・・・・・・・・・・・」

 

 マシュに注意が向いていたレフは、飛び出して来た立香への備えが一瞬遅れる。

 

 慌てて魔力を込めた掌を向けようとする、

 

 だが、

 

 もう、遅い。

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 雄叫び上げ、一足で間合いを詰める。

 

 次の瞬間、

 

 立香の持つ刀は、

 

 真っ向から、レフを刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決まった。

 

 見守っていた誰もが、そう確信する。

 

 立香の手にある刀。

 

 その切っ先は、真っ向からレフ・ライノールの体を貫いていたのだ。

 

「や、やった・・・・・・・・・・・・」

 

 肩で息をつきながら、立香は己の手に感じた、確かな手ごたえを握りしめていた。

 

 と、同時に立香は刀の柄を放し、そのまま腰が抜けたように、その場に座り込む。

 

 レフに一矢報いた事で、どうやら張り詰めていた気が抜けてしまったらしかった。

 

 そこへ、マシュが慌てて駆け寄って来た。

 

「先輩ッ 先輩!!」

 

 立香を助け起こしながら、縋りつくマシュ。

 

 そんなマシュに、

 

 立香も笑いかける。

 

「マシュ、俺、やったよ・・・・・・所長の・・・・・・みんなの仇、取ったよ」

「はい・・・・・・はいッ」

 

 マシュも目に、涙を浮かべ、何度も頷きを返す。

 

 レフ・ライノール。

 

 かつてカルデアの技術者でありながら皆を裏切り、そしてオルガマリー所長を死に追いやった憎むべき敵。

 

 その相手に立香は、ついに一矢報いたのだ。

 

「う、う・・・あァ・・・・・・そ、そんな、馬鹿な・・・・・・」

 

 うわ言のように呟きながら、レフはよろけるように数歩後退する。

 

 自身に刺さっていた刀をどうにか抜き捨てるが、そこまでが精いっぱいだった。

 

 素人のマスターに、出来損ないのデミ・サーヴァント、それに得体の知れないガキどもと、寄せ集めのサーヴァント達。

 

 彼は今の今まで、カルデア特殊班をそんな風に思い、侮蔑していた。

 

 否、今でもその認識は変わっていない。

 

 所詮、どれだけ足掻いたところで自分に勝てるはずが無い。最後に笑うのは自分だと、

 

 つい今しがたまで、本気でそう思っていたのだ。

 

 だが、その素人マスターに、今やレフは完全に追い詰められていた。

 

「終わり、だね」

「ん」

 

 美遊の言葉に、刀を拾いながら響が頷く。

 

 それぞれ、武器の切っ先をレフに向け続けている。

 

 既にレフが脅威ではないのは火を見るよりも明らかだが、油断はできなかった。

 

 間もなく、魔神柱を掃討し終えたネロたちもやってくるだろう。

 

 だが、

 

「クッ・・・・・・クックックックックック」

 

 くぐもった声が、レフの口から洩れる。

 

 響と美遊が警戒する中、ゆっくりと顔を上げた。

 

「勝った・・・・・・とでも思ったかね? 甘いッ 甘いぞッ ムシケラ共が!! 貴様ら如きに、この私が負けるはずが無いだろうが!!」

 

 血反吐交じりの叫びを発するレフ。

 

 対して、

 

 響と美遊は、どこか白けた調子でレフを見た。

 

「悪あがき、だね」

「ん、無様」

 

 これ以上、付き合う気は無い。さっさと倒して聖杯を回収しよう。

 

 そう思った時だった。

 

 レフが懐から何かを差し出し、高々と掲げて見せる。

 

「これを見ろォォォ!!」

 

 その手にある物、

 

 黄金に輝く器が、一同の目を引き付ける。

 

「あれはッ 聖杯かッ!?」

 

 声を上げる立香。

 

 対して、レフは勝ち誇ったように高笑いを上げる。

 

「まだ、私には聖杯(これ)があるッ!! これさえあれば、貴様ら如き、簡単にひねり潰せる英霊を呼び出せるのだ!!」

 

 言い放つと同時に、召喚式を起動させるレフ。

 

 響と美遊が、慌てて攻撃態勢に入るが、もう遅い。

 

 次の瞬間、

 

 周囲一帯が、閃光に包まれた。

 

 

 

 

 

第21話「想い背負う切っ先」      終わり

 



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第22話「破壊神、降臨」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、晴れる閃光。

 

 視界が開けた先に、

 

 立つのは白き少女。

 

 まるで、この世にある全ての穢れを拒絶するかのような純白の衣装。長く伸ばした流れるような髪もまた白い。

 

 目を引き付ける褐色の肌に、対照的な白い出で立ちは、どこか静謐な印象がある。

 

 瞳は静かな湖面を写したように穏やかに潤みを湛えている。

 

 そして、

 

 手にした虹色の剣が、圧倒的な存在感を放っていた。

 

「ハーッ ハッハッハッハッハッハッ!!」

 

 現れた少女を前にして、高笑いを浮かべたのはレフだった。

 

 その手にある聖杯をこれ見よがしに見せつけながら、謳い上げるように言う。

 

「見たかッ これこそが聖杯の力ッ 我が力だッ!!」

 

 歓喜の絶頂だった。

 

 頼みの魔神柱を倒され、自身も傷を負ったレフにとって、聖杯と、その力で召喚される英霊は、最後の切り札だったのだ。

 

「絶望しッ 恐怖しッ 懺悔しろ!! これなるは、破壊と破滅の権化ッ!! ありとあらゆる存在に死をもたらす恐怖の大王!! その名も、アッティラ・ザ・フンだ!!」

 

 笑いながら、白い少女を指し示すレフ。

 

 対して、白き少女は虹色の剣を下げたまま、静かな瞳で佇んでいる。

 

 アッティラ・ザ・フン

 

 中央アジアから東欧に掛けて、広大な領土を支配した匈奴(フン族)の末裔にして、一代にして大帝国を築き上げた偉大なる王。

 

 その勢力は東西のローマを滅ぼし、ガリアにまで手を掛けていたと言う。

 

 その一方で、その暴虐ぶりは恐怖をもって語られている。

 

 目にした物全てを蹂躙した破壊の王。

 

 彼女が通り抜けた後は、生命は愚か草木一本すら残らなかったと言われるほどである。

 

 あらゆる文明にとって、天敵と成り得る存在。

 

 創造の王であるロムルスとは、対照的な存在であると言えるだろう。

 

 レフは最後の最後で、とんでもない大穴を引き当てたのだ。

 

「さあッ アッティラよ!! 今こそローマを滅ぼし、全ての人類に破壊と恐怖を撒き散らすのだ!!」

 

 言いながら、颯爽と腕を振るうレフ。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ?」

 

 低く囁かれた声に、振り返ろうとしたレフ。

 

 次の瞬間、

 

 少女の手にある、虹色の剣が無造作に一閃された。

 

 目の前に立つ、レフ目がけて。

 

 いったい、何が起こったのか?

 

 誰もが唖然とする中、

 

 レフの体は腰から斜めに両断され、地面に崩れ落ちた。

 

「なッ!?」

 

 驚きで声を失う。

 

 そんな中である意味、一番驚いていないのはレフだったかもしれない。

 

 何しろ彼は、何が起きたのか知覚しえないまま、背後から少女に斬り飛ばされたのだから。

 

 やがて、サーヴァントのように消滅していくレフ。

 

 その様は、あまりにも呆気なく、

 

 まるでそれまでの存在感が嘘であるかのようだった。

 

 恐らくレフは、自分が誰に、何をされたのかすら認識していなかった事だろう。

 

 それ程までに、呆気ない最後だった。

 

 後には、地面に転がった聖杯だけが、名残のように残されていた。

 

 黄金に輝く器。

 

 その聖杯を、

 

 少女は拾い上げる。

 

「そ、それはッ」

 

 マシュが声を上げ、手を伸ばそうとする。

 

 だが、マシュの手が届く前に、聖杯は、少女の中に、溶けるように消えていった。

 

 同時に、起こった変化は劇的だった。

 

 溢れ出る魔力が、少女の体より発散される。

 

「ん」

「響?」

「ちょっと、まずい、かも」

 

 美遊と凛果を守るように前に出ながら、響は緊張した面持ちで呟く。

 

 聖杯を取り込んだ白い少女。

 

 その存在感は、先程までのレフとは比べ物にならない。

 

 真意は判らない。

 

 だが、

 

 どう考えても、いい方向に転がるとは思えなかった。

 

「どうするの、兄貴?」

 

 凛果が、傍らの兄に尋ねる。

 

 正直、この展開は予想していなかった。

 

 最後の敵だと思っていたレフが、召喚したサーヴァントによって倒され、あまつさえ、そのサーヴァントが聖杯を取り込むなどと。

 

 あまりにも急展開過ぎて、状況に追いつけなかった。

 

「聖杯、あの子の中に入っちゃったんだけど?」

「いや、どうするって・・・・・・どうしようか、ほんと?」

 

 立香も途方に暮れた感じに妹を見る。

 

 聖杯は何としても回収しなければならない。

 

 しかし、その為には、あの少女を倒さなくてはならないのだ。

 

 と、

 

 その時だった。

 

「我は・・・・・・・・・・・・」

 

 一同が困惑の視線を向ける中、

 

 少女が、剣を提げながら、呟くように口を開いた。

 

「我が名は、アルテラ・ザ・フン。匈奴の王にして、あらゆる文明を破壊する使者。我が使命の下、この地の文明を破壊する」

 

 不吉な言葉が、陰々と響き渡る。

 

 史実においてもアッティラ大王が率いたフン族は、あらゆる文明を破壊するだけ破壊した後、一切を顧みる事無く消滅している。

 

 数多ある全ての文明に対して天敵と成り得る存在。

 

 それこそがアッティラ、

 

 否、

 

 アルテラと言う少女だった。

 

 掲げられる、虹色の剣。

 

 その切っ先が、真っすぐに立香達に向けられる。

 

 高まる魔力。

 

「まずいッ」

 

 攻撃態勢に入るアルテラに対し、立香の緊張した声が響く。

 

 今のアルテラは聖杯を直接体内に取り込み、そのまま魔力リソースとして使用できる。

 

 そこから発せられる魔力量は、想像を絶していた。

 

 虹の閃光が螺旋を描き、アルテラを囲むように渦を巻く。

 

「我が一撃をもって、全ての文明を破壊する」

 

 厳かな宣誓。

 

 剣から放出される閃光は、今や周囲一帯を虹色に染め上げる。

 

 アルテラの双眸が、見開かれた。

 

 次の瞬間、

 

軍神の剣(フォトン・レイ)!!」

 

 切っ先を真っすぐに向け、アルテラは突進する。

 

「クッ!?」

 

 とっさに礼装をチェンジし、防御力を高めて耐えようとする立香。

 

 だが、そんな物で防げるほど、アルテラの攻撃は生易しい物ではない。

 

 突進するアルテラ。

 

 同時に、周囲に放出された虹色の魔力が、あらゆるものを飲み込み、粉砕していくのが見えた。

 

 否、粉砕などと言う生易しいレベルの話ではない。

 

 その破壊の虹に飲み込まれた物は、ただ一つの例外も無く無に帰していくのだった。

 

「先輩ッ!! 皆さんッ!! 私の後ろに!!」

 

 マシュが前に出ると、手にした盾を構える。

 

 同時に、盾兵の少女の中で、魔力が高まるのを感じる。

 

 アルテラの攻撃を、マシュは宝具で防ごうと考えているのだ。

 

 だが、果たして敵うか?

 

 レフや魔神柱との戦いで、既にマシュも、肉体、魔力共に満身創痍である。

 

 それでも尚、大切なマスターを、先輩を、仲間達を守ると言う確固たる想いを胸に、盾を振り翳す。

 

「真名偽装登録、展開します!! 人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

 マシュの呼び声に応え、展開される障壁。

 

 そこへ、切っ先を真っすぐに向けて突進してきたアルテラの剣が激突する。

 

「グゥッ・・・・・・」

 

 途端に、苦痛で顔を歪めるマシュ。

 

 盾を持つ腕が悲鳴を上げ、障壁が軋むのを感じる。

 

 対して、剣を持つアルテラは、眉1つ動かさずに押し込んでくる。

 

「クッ 先・・・・・・輩・・・・・・」

 

 マシュも必死に支えようとしているが、元より消耗した身。限界は遠くない。

 

 そして、もしマシュの守りが突破されれば、その後ろにいるカルデア特殊班の全滅は必至だった。

 

 と、

 

「・・・・・・美遊」

 

 響が、傍らにいる相棒に声を掛ける。

 

「どうしたの、響?」

 

 尋ねる美遊に対し、響は無言。

 

 ただ、両手の人差し指を立て、互いに半円を描きながら指先を合わせる。

 

 ちょうど、互いの人差し指で、空中に一つの大きな円を描いた形である。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 少年が何を言わんとしているのか。

 

 すぐに察した美遊は、頷きを返す。

 

 やがて、

 

 魔力が切れ、存在を保てなくなった障壁が、空気中に溶けるように消えていく。

 

 このまま、アルテラの放つ閃光が全てを呑み込まんと迫る。

 

 次の瞬間、

 

 小柄な2つの影が、左右から挟み込むようにして破壊の王に迫った。

 

「むッ!?」

 

 響と美遊は、マシュの障壁が消滅するタイミングを見計らい、左右から同時に仕掛けたのだ。

 

 機動力には自信がある2人。

 

 アルテラが正面に気を取られている隙に、同時挟撃を仕掛けて、斬り込もうと言う作戦だった。

 

「貰ったッ」

 

 間合いを詰めると同時に、切っ先を突き込む響。

 

 鋭い刺突。

 

 対して、アルテラは僅かに体を傾けて回避する。

 

「ん、まだッ!!」

 

 回避したアルテラに対し、響はすぐさま、横なぎの斬撃にベクトルを変換。アルテラの首を狙う。

 

 迫る切っ先。

 

 だが、

 

 響の繰り出した剣閃を、アルテラは僅かに上体をのけ反らせて回避してしまった。

 

 そこへ、今度は美遊が斬り込む。

 

 正面からアルテラに迫る剣士少女。

 

 手にした黄金の剣を、真っ向から振り下ろす。

 

「ヤァッ!!」

 

 縦割りの一閃。

 

 少女の一撃を、アルテラは虹の剣を持ち上げて受け止める。

 

 同時に、少女の体は僅かに後退した。

 

「・・・・・・・・・・・・ほう」

 

 美遊の剣を受け止めながら、アルテラはどこか感心したように呟く。

 

 手に感じる、確かな衝撃。

 

 鍔競り合いの間にも、小柄な少女はグイグイとアルテラの剣を押し込んでくるのが判る。

 

 外見に似合わず美遊の攻撃力は侮れる物ではなく、まともに食らえばアルテラと言えど致命傷は免れなかっただろう。

 

「だがッ!!」

「あッ!?」

 

 驚く美遊。

 

 その隙にアルテラは美遊の腕を取り、振り上げる。

 

 小さな少女は成す術もなく持ち上げられると、そのまま投げ飛ばされる。

 

「グッ!?」

 

 地面に叩きつけられる美遊。

 

 衝撃は背中から突き抜ける。

 

 飛びそうになる自分の意識を、辛うじてつなぎ止める。

 

「美遊ッ!!」

 

 相棒である少女の危機に、響は己の脳が沸騰しそうなほどの焦りを覚える。

 

 とっさに刀を鞘に納める少年。

 

 そのまま前傾姿勢で、アルテラを見据える。

 

 蜂閃華の構え。

 

 だが、

 

「魔力が・・・・・・・・・・・・」

 

 舌打ちする響。

 

 手元に、魔力が集中できない。

 

 実のところ、鬼剣は一回使うだけでかなりの魔力を消耗する。対して、響の魔力総量はお世辞にも良いとは言えない。

 

 事実上、響が鬼剣を使えるのは、一度の戦闘で一回が限界だった。

 

 そして響は、既にロムルス相手に蜂閃華を使ってしまっている。

 

「どうした、来ないのか?」

「ッ!?」

 

 戸惑う響きに対し、アルテラは一瞬で距離を詰める。

 

 虹色の剣を振るい、襲い掛かる破壊の王。

 

 対して響も抜刀して迎え撃つ。が、隙を突かれ、立ち上がりを制された形である。

 

 アルテラが振るう剣に対し、少年は防戦に回らざるを得なくなる。

 

 焦慮は、嫌が上にも増していく。

 

 鬼剣(きりふだ)が使えない以上、別の方法で戦うしかない。

 

「んッ!?」

 

 袈裟懸けに振るわれたアルテラの剣。

 

 対して、響はとっさに空中で宙返りすると、彼女の背後へと降り立つ。

 

「これでッ!!」

 

 繰り出される少年の刃。

 

 アルテラは、まだ振り返らない。

 

 取ったッ!!

 

 誰もがそう思った。

 

 だが、

 

「何が、だ?」

 

 低く囁かれるアルテラの声。

 

 次の瞬間、

 

 破壊の王は、砂を巻くように大きく旋回。

 

 その長く可憐な脚を、迫る暗殺者に向ける。

 

 岩をも砕く強烈な蹴り込み。

 

 鞭のようにしなる脚が、響の腹を捉え、強烈に蹴り飛ばした。

 

 響の体は大きく宙を舞うと、そのまま地面を転がって倒れる。

 

「響ッ!!」

 

 何とか体勢を立て直した美遊。

 

 だが一歩遅く、響は地に伏したまま動けなくなっていた。

 

「ッ」

 

 唇を噛み占める美遊。

 

 手にした剣を握りしめ、アルテラへと斬りかかった。

 

「ヤァァァァァァ!!」

 

 間合いに入ると同時に、横なぎに剣閃を振るう美遊。

 

 対して、アルテラも虹の剣を繰り出して、美遊の攻撃を防ぎにかかる。

 

 火花を散らす互いの剣。

 

 美遊の斬撃は、アルテラを斬り裂くには至らない。

 

 だが、

 

「まだッ!!」

 

 美遊は斬撃の勢いをのままに体を独楽のように回転させると、威力の乗った一撃をアルテラに加える。

 

「ッ!?」

 

 美遊の剣を受け止めながらも、僅かに顔をしかめるアルテラ。

 

 そこへ、美遊は更に畳みかける。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 魔力放出を交えた一閃が、破壊の王へと襲い掛かる。

 

 真っ向から振り下ろされた剣閃が、アルテラを斬り裂かんと迫る。

 

 対して、

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、後退するアルテラ。

 

 対して、

 

「これでッ!!」

 

 美遊は剣の切っ先をアルテラに向け、自身の中で魔力を振り絞る。

 

 同時に魔力を放出。一気の突撃を仕掛ける。

 

 迫る美遊。

 

 対して、

 

「調子に・・・・・・」

 

 剣を脇に構え、抜き打ちの姿勢を取るアルテラ。

 

「乗るなッ!!」

 

 一閃される虹の剣。

 

 その切っ先から、強烈な魔力が放出され、今まさに斬りかからんとしていた美遊を直撃した。

 

「キャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 予期せぬカウンター攻撃を前に、不意を突かれた美遊は対応が追い付かずに直撃。そのまま剣を手放し、地面に叩きつけられる。

 

 動けなくなる美遊。

 

 だが、アルテラはそこで止まらない。

 

 跳躍と同時に、頭上高く虹の剣を振り翳す。

 

「トドメだッ!!」

 

 叫ぶと同時に振り下ろされる剣。

 

 その切っ先より、虹色の魔力が散弾状となって襲い掛かる。

 

 その向かう先には、

 

 仰向けのまま、動けずにいる美遊の姿。

 

 迫る攻撃に対し、少女は回避も防御も取れないでいる。

 

 そのまま、魔力の嵐に飲み込まれる。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!!」

 

 殆ど間一髪のタイミングで小さな影が嵐の下へと飛び込み、倒れている美遊の体へと覆いかぶさった。

 

 響だ。

 

 美遊の危機に、とっさに割って入った少年暗殺者。

 

 だが、魔力の殆どを失い、満身創痍に近い響にできるのは、そこまでだった。

 

 やがて、降り注ぐ無数の魔力弾が、響と、その下にいる美遊を直撃した。

 

 連続して襲い来る、魔力の嵐。

 

 一撃一撃の威力は大した事は無いが、量は半端な物ではない。

 

 やがて、魔力弾が止み、アルテラが地に着地する。

 

 その視界の中では、地面に倒れたまま、身動きできずにいる響と美遊の姿があった。

 

 圧倒的、

 

 としか言いようがない。

 

 マシュも、美遊も、響も、

 

 地に倒れて動けずにいる。

 

 いかに連戦での戦いで消耗があったとはいえ、3人をこうまで圧倒するとは。

 

 恐るべきは、破壊の王が持つ桁違いの戦闘力だった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま剣を持ち上げ、切っ先を向けるアルテラ。

 

 放出される魔力が再び螺旋を描き始める。

 

「そんなッ まさか、宝具ッ!?」

「連射する気かッ!?」

 

 凛果と立香が驚いて声を上げる。

 

 全ては聖杯の影響だった。

 

 今のアルテラは、体内に無限の魔力リソースを呑み込んだ状態である。それ故に、本来なら解放に多大な魔力を有するはずの宝具ですら、連射が可能となっているのだ。

 

 圧力を増す、魔力放出。

 

 アルテラの静かな視界の中には、倒れ伏している3騎のサーヴァント達がいる。

 

 今、アルテラの宝具を喰らえば、ひとたまりも無いだろう。

 

「終わりだ」

 

 呟くアルテラ。

 

 次の瞬間、

 

 彼女の視界を遮るように、1人の少年が立ちはだかった。

 

「・・・・・・・・・・・・何の、つもりだ?」

「本当に、な」

 

 尋ねるアルテラに対し、立香はどこか緊張感を欠いたような、軽い調子で答える。

 

 とは言え、

 

 相手は宝具の発射体勢に入っているサーヴァント。

 

 そんな物騒な相手の目の前に立っているのだ。表面上はともかく、本音で言えば逃げ出したい気分でいっぱいだった。

 

 視界は泳ぎ、手は否応なく震える。

 

 膝が笑いそうになるのを堪えるにも必死だった。

 

 しかし、

 

「私の宝具をもってすれば、お前など簡単に吹き飛ばせるぞ」

「うん、まあ、そうなんだろうけどね。けど・・・・・・」

 

 アルテラの警告に対し、苦笑を返す立香。

 

 その視線は背後に倒れている、マシュ達に向けられる。

 

「マスターとしても魔術師としても半人前以下の俺だけど・・・・・・だからこそ、こんな時くらいはみんなの役に立たないとって思ってさ。そうしたら、体が勝手に動いちゃったんだ」

 

 アルテラの宝具が解き放たれれば、立香など一瞬で蒸発するだろう。

 

 少年の存在など、破壊の王が持つ力の前では、薄紙一枚分の防壁にもならない。

 

 だが、それでもいい。

 

 たとえ自分が倒れても、その間に、誰か1人でも良い。立ち上がって反撃してくれれば勝機はあるはず。

 

 その為の捨て石となるなら、立香は本望だった。

 

「ずるいなあ、兄貴は」

 

 肩を竦めながら、凛果は立香のすぐ傍らに立つ。

 

「凛果、お前・・・・・・・・・・・・」

「あたしだって、カルデアのマスターだもん。これくらいさせてよ」

 

 思いは兄も妹も同じ。

 

 皆の為にできる事をやるだけだった。

 

「なあ、アルテラ。何で、君はまだ戦おうとするんだ?」

 

 対峙しながら、立香は破壊の王に対して尋ねる。

 

「君を召喚したレフ教授は、君自身の手で倒れた。なら、君がこれ以上、戦う理由は無いんじゃないのか?」

「愚問だな」

 

 尋ねる立香に対し、アルテラは淡々とした調子で尋ねる。

 

 嘲るでも、否定するでもなく、ただありのままの事実を告げるように。

 

「私は文明の破壊者。倒すべき文明があり続ける限り、私は剣を振るい続けなくてはならない」

 

 それは、もはや使命と言うより、概念、あるいは呪いと言っても良いかもしれなかった。

 

 アルテラは、ただアルテラであり続ける限り、全てを破壊し続けなくてはならない。

 

 それこそがあるいは、アルテラと言う少女に世界が課した「役割」だった。

 

「では行くぞ。勇敢なる子らよ。お前たちの事は、我が胸にしかと刻み込んでおく」

 

 静かに告げると、宝具を放つべく、魔力を増大させるアルテラ。

 

 対して、立香と凛果も、一歩も引かずに対峙する。

 

 アルテラの宝具が解き放たれた時。

 

 その時が、自分たちの最後だった。

 

「兄貴、お願い」

「うん、どうした?」

 

 声を掛けられ、振り返る立香。

 

 その視界の中で、彼の妹は不安そうに、こちらを見上げて来ていた。

 

「手、繋いで、くれる?」

 

 どこか躊躇するような声。

 

 もしかしたら、これが最後となるかもしれない。

 

 しかし、それでも、

 

 最後の瞬間まで、共にいたい。

 

 そんな妹の想いに対し、

 

「ああ、いいよ」

 

 立香は笑いかけると、そっと凛果の手を取って握りしめた。

 

 感じる、兄の手のぬくもり。

 

 少し、気恥ずかしい感じがして、凛果は頬を染める。

 

 こんな時に、自分でも何だと思う。

 

 今まさに、宝具を放たれて死ぬ直前だと言うのに、凛果の胸には、どこか場違いな温かさで満たされようとしていた。

 

 だが、

 

 運命は、旦夕に迫る。

 

「さらばだ」

 

 低い呟きと共に、アルテラが宝具を解き放とうとした。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたなッ 立香ッ!! 凛果!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場に響き渡る、高らかな声。

 

 奔る緋の剣閃。

 

 踊り込んで来た少女が、今にも宝具発射体勢に入っていたアルテラに斬りかかる。

 

「クッ!?」

 

 対して、アルテラはとっさに宝具発射をキャンセル。

 

 自身に向けて振るわれた剣閃を、後退して回避する。

 

 距離が空く両者。

 

 そして、

 

 佇む藤丸兄妹を守るように、

 

 皇帝たる少女が大剣を構えてアルテラを睨む。

 

「アルテラ、と言ったか?」

 

 切っ先を向けながら、ネロは静かな口調で尋ねる。

 

「貴様がこのローマを破壊すると言うのなら、余は万難を排して貴様を止めて見せよう」

 

 吹き上がる魔力が燃え盛る。

 

 少女の意思は炎となって、破壊の大王の前に立ちはだかる。

 

「余はローマ帝国第5代皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス!! 余の全てを賭けてアルテラッ 貴様を倒す!!」

 

 

 

 

 

第22話「破壊神、降臨」      終わり

 



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第23話「招き蕩う黄金劇場」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激突する、ネロとアルテラ。

 

 片や、この時代のローマを象徴し、守護する皇帝である少女。

 

 片や、全ての文明の天敵となる、破壊の大王たる少女。

 

 2人の少女たちは、己の存在意義を剣に掛け、激突を繰り返す。

 

 アルテラの持つ、虹色の剣が刀身をしならせるようにしてネロへと迫る。

 

 対抗するように、ネロは手にした原初の火(アエストゥス・エストゥス)を振るい、破壊の王が振るう剣閃を受け止める。

 

 激突する、互いの刃。

 

 衝撃波が全方位に容赦なく撒き散らされる。

 

 ネロとアルテラ。

 

 共に、至近距離で視線が激突し火花を散らす。

 

「・・・・・・邪魔を、するな」

 

 ネロを睨みながら、アルテラが低い声で呟く。

 

「破壊こそ我が使命ッ 全ての文明は破壊されなくてはならない」

 

 その瞳は変わらず静寂を湛えながら、それでいて鋭い殺気をネロへと放っている。

 

 一方、アルテラの剣を押し返しながら、ネロも強い口調で告げる。

 

「させぬ、と言っているであろう」

 

 同時に、ネロは大きく剣を弾く。

 

 衝撃と共に後退する両者。

 

 ほぼ同時に体勢を立て直し、剣を構える。

 

「貴様がいかなる存在であろうと、余のローマと、そしてそこで暮らす幾多の民を犠牲にはさせぬッ それこそが、余の使命だ!!」

「笑止な」

 

 ネロの言葉を一蹴すると、再び剣を構えて斬りかかるアルテラ。

 

「破壊無くして再生は無く、破壊無くして前進は無く、破壊無くして進化は無い。破壊こそが全ての原点であり、あらゆる文明に定められた運命に他ならない」

 

 間合いが詰まる両者。

 

 真っ向から虹の剣を振るうアルテラ。

 

 迎え撃つネロは、炎の剣を横なぎにして振るう。

 

 互いの剣が激突し、魔力が火花となって飛び散った。

 

 

 

 

 

 ネロとアルテラが激突している中、動けるマスター達はサーヴァント達の救援に奔走していた。

 

 アルテラの圧倒的な攻撃力を前に倒れた、響、美遊、マシュの3人。

 

 このまま放っておけば、命にもかかわる。

 

 特に、デミ・サーヴァントの美遊とマシュは、消滅がそのまま死につながる事を考えれば、早い応急手当てが不可欠だった。

 

 ネロたちの激闘を掻い潜り、凛果は最前線近くで倒れている響と美遊に近づいた。

 

「2人ともッ しっかりして!!」

 

 急いで、子供たちを助け起こす。

 

 美遊の方は大丈夫そうだ。響が庇ったおかげで、殆ど傷を負っているようには見えない。恐らく、一時的に気を失っているだけだろう。

 

 問題は響の方だった。こちらは全身に魔力弾が当たった事による貫通痕が穿たれている。

 

 しかしそれでも、傷は体の末端に集中している為、体の正中付近の傷は少ない。どうやら、美遊を庇いながらも、無意識に回避行動を取っていたのかもしれなかった。

 

 そこへ、マシュに肩を貸しながら、立香が歩いてくるのが見えた。

 

「凛果、頼めるか?」

「オッケー、すぐ準備するね」

 

 妹の返事を聞きながら、立香はマシュを地面に横たえる。

 

 一方のマシュは、苦しそうに呼吸をしながら立香を見た。

 

「申し訳ありません、マスター・・・・・・こんな事に、なってしまって」

「良いんだ。マシュ達は、本当によくやってくれたよ。今は休んで、回復に専念してくれ」

 

 そう言って立香は、後輩の少女に笑いかける。

 

 その間に、凛果が準備を整える。

 

 着ている魔術礼装をチェンジ。黄色のジャケットに短パン。その上から丈の短いローブを羽織った姿になる。

 

 どこかオルガマリーが着ていた服装に似ているその礼装は、魔術協会の制服を模して造られた物である。

 

 この礼装を使えば、複数のサーヴァントの傷を、同時に回復させることができる。

 

「みんな、待ってて。今、助けるから」

 

 そう言って、目をつぶる凛果。

 

 同時に少女の姿は輝きを増す。

 

 体内の魔力が活性され、同時に周囲を温かい光が満たしていくのが判る。

 

 光は、地面に倒れている響、美遊、マシュの3人を包み込む。

 

「おお」

 

 立香が声を上げる中、3人の傷が徐々に塞いでいくのが見えた。

 

 魔術礼装の回復術式では、複数のサーヴァントを回復できる一方、あまり深い傷を癒す事は出来ない。

 

 しかし、取りあえず、応急処置の効果はあったようだ。

 

 3人の顔色が、目に見えて回復していくのが判った。

 

「これで、ひとまず安心、かな」

 

 フッと、重く息を吐く凛果。

 

 礼装に設定された術式を起動するだけなので、本来であるならそれほどの苦労がある訳ではない。

 

 しかし、元々が素人に過ぎない凛果にとっては、それだけでもかなりの疲労感を覚えるのだった。

 

 しかし甲斐はあった。

 

 響も、美遊も、マシュも、見た目の傷は回復している。

 

 勿論、これですぐに戦闘に参加するのは厳しいが、それでも命の危機は遠のいたと、見るべきだった。

 

 と、

 

 顔を上げようとした凛果の袖が突然、小さな手に掴まれた。

 

「え?」

 

 地に倒れたまま、振り返る凛果が見た物は、自分の袖を掴む少年の姿だった。

 

 いつの間に意識を回復したのか、響は必死な双眸で凛果を見ている。

 

「ひ、響?」

「ん・・・・・・りん、か・・・・・・」

 

 苦し気に声を出す響。

 

 瀕死から回復したとは言え、未だに万全とは言えないのだろう。幼い顔は、今も苦悶に歪められている。

 

 しかし、

 

 少年は何かを訴えるように、自らのマスターを見上げる。

 

「・・・・・・お、おねが、い」

 

 絞り出すような、響の言葉。

 

 対して凛果は、自らのサーヴァントたる少年を、困惑した顔で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 徐々にだが、ネロが押され始めていた。

 

 相変わらず両者の攻防は続いているものの、皇帝少女の剣が精彩を欠き始めている。

 

 アルテラの剣は、相変わらず凄まじい。

 

 一撃毎に重く、鋭く、ネロに襲い掛かっている。

 

 一方、原初の火(アエストゥス・エストゥス)を振るうネロは、防戦一方になりつつある。

 

 剣速はアルテラの攻撃に追いつかず、足元にもふらつきが見られる。

 

 いかにネロがサーヴァントをも上回る、人間離れした戦闘力の持ち主とは言え、アルテラは無限の魔力リソースとして聖杯をその身に取り込んでいる。事実上、枯れ果てる事の無い泉のような物だ。

 

 加えて相性も良くない。

 

 アルテラは文明と言う存在に対して天敵たり得る破壊者であるのに対し、ネロはローマと言う一大文明の頂点に立つ存在。

 

 アルテラからすればネロは、自身の対極に立つ存在だ。それ故に、その戦闘力はスペック以上に上昇しているのかもしれない。

 

「クッ!?」

 

 アルテラの強力な一撃を受け、大きく後退するネロ。

 

 両者の間合いが僅かに開く。

 

 一方、

 

 アルテラの方は虹の剣を構えたまま、その場を動かずにいる。

 

 たとえ有利な状況であっても、敵を侮ったり、油断すると言うような事は無い。

 

 むしろその程度の相手だったら、ネロにも付け入るスキはあるのだが、生憎とアルテラは、その手の軽薄さとは無縁であるらしかった。

 

「・・・・・・・・・・・・ひとつ、尋ねるぞ、アルテラ」

 

 自身も剣を構え直しながら、ネロが尋ねた。

 

 徐々に不利になりつつある状況の中、ネロとしては少しでも勝機を得る為、僅かでも時間が欲しいところだった。

 

 その時間稼ぎ、ではないが、この激突が始まって以来、思っていた事を尋ねてみた。

 

「貴様は自らを破壊の王と名乗り、あらゆる文明を破壊すると言った」

「それこそが我が使命。この身に刻まれた宿命に他ならない」

 

 尋ねるネロに、アルテラは淡々とした調子で答える。

 

 そこに感慨も躊躇いも無い。

 

 ただ事実を述べているだけ、と言う印象だった。

 

 対して、ネロは続ける。

 

「ならば問う。貴様は破壊を成した後、いったい何を望むと言うのか?」

 

 アルテラが何を望み、何を成そうと言うのか?

 

 自らを破壊の権化と名乗るアルテラが、破壊の先に何を見ているのか、ネロにはそれが気になっていたのだ。

 

 対して、

 

 質問をぶつけられたアルテラは、静かに言い放った。

 

「何も」

 

 淡々とした口調。

 

 無機質とさえ思える言葉。

 

 アルテラは眉1つ動かさずに、ネロの質問に返す。

 

「私は破壊の使者。破壊こそが我が使命であり全て。故に、その『後』などあり得ぬ。私はただ破壊し、蹂躙し、全てを無に帰すのみ。破壊した後の事など、他の誰かが考えればいい」

 

 史実によれば確かに、アッティラ大王は、あらゆる文明を破壊するだけ破壊し蹂躙したが、自分が死んだあとは「好きにしろ」と言わんばかりに統治体制もろくに作らず部下たちに丸投げした。その為、彼女の帝国は僅か一代で崩壊したと言う。

 

 正しく、破壊の為だけに生まれ、破壊の為だけに生きた大王だった。

 

「愚かなッ!!」

 

 アルテラの答えに対し、ネロは声を荒げる。

 

「文明とは、国家や国土などの器ばかりを差す物ではない。そこに暮らす幾多の民、その1人1人が寄り集まり、1つの文明を創り出すのだッ そして、全てを破壊した者は、また、全てを作り直さねばならない筈だ!!創造無き破壊など、ただの無秩序な暴力に過ぎん!!」

 

 人間が成長し、安定し、やがて老い、そして朽ちるように、文明もまた、成長し、安定し、最後には腐敗して朽ち果てる時が来る。

 

 そうした中、いかなる形であれ、最後に「破壊」が来るのもまた、文明と言う存在が持つ、1つの「宿命」なのかもしれない。

 

 そして、その破壊を凝縮した存在が、目の前にいるアルテラに他ならなかった。

 

「認めぬぞアルテラッ 余は貴様と言う存在をッ」

 

 言いながら、原初の火(アエストゥス・エストゥス)を持ち上げるネロ。

 

 ローマの為、

 

 愛する民たちの為、

 

 ネロは何としても、アルテラを倒さねばならなかった。

 

「何度も言わせるな」

 

 対して、アルテラは淡々と言い放つと、虹の剣の切っ先をネロへと向ける。

 

 同時に魔力が再び巡り、虹色の閃光が白の少女から放出され始めた。

 

「創造などに興味は無い。私はただ、破壊し尽くすだけだ」

 

 アルテラの言葉に対し、剣を構えて応じるネロ。

 

 だが、既にボロボロに近いネロが、ほぼ無傷のアルテラと、これ以上戦う事は不可能に近い。

 

 あと一撃で、勝負が決するのは誰の目にも明らか。

 

 アルテラがトドメを刺すべく、剣を持つ手に力を込めた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高速で飛び込んで来た浅葱色の影が、銀の刃を突き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッ!?」

 

 とっさに、攻撃を中止して弾くアルテラ。

 

 弾かれた相手は、大きく跳躍して距離を置くと、刀を構えてアルテラを睨む。

 

「・・・・・・・・・・・・貴様」

 

 アルテラが冷徹な視線を向けた相手。

 

 それは、先に倒したと思っていた衛宮響だった。

 

「響、そなた・・・・・・」

「ん、凛果に無理させた」

 

 驚くネロに、響はチラッと背後を見やりながら答える。

 

 そこには兄に支えられたまま、地面に座り込んでいる凛果の姿があった。

 

 彼女が着ている魔術協会制服を模した魔術礼装には、自分の魔力を追加でサーヴァントに与える事ができる術式が設定されている。

 

 その術式を使用して凛果は、響の魔力を僅かながら回復させたのだ。

 

 その甲斐あって、響は辛うじて戦線復帰する事に成功したのである。

 

「響よ」

 

 自身の傍らに立つアサシンの少年に、ネロが話しかける。

 

「しばし、時を稼げるか? 余に1つ、考えがある」

「ん」

 

 尋ねるネロに、答える響。

 

 手にした刀の切っ先が、真っすぐにアルテラへと向けられる。

 

 幼さの残る双眸は鋭い光と共に、自身が倒すべき敵を射抜いた。

 

「任せろ」

 

 言いかけた時には既に、

 

 響は間合いを詰め、アルテラへと斬りかかっていた。

 

 

 

 

 

 俊敏な動きで宙を駆けるように接近。アルテラに斬りかかる響。

 

 横なぎに振るわれた一閃を、

 

 アルテラは虹の剣を持ち上げて防御。そのまま弾きにかかる。

 

 だが、

 

「ん、遅いッ」

 

 その前に響は、アルテラの剣を支点にして更に跳躍。その背後へと降り立つ。

 

 背中を見せ合う両者。

 

 振り返ったのは、

 

 同時。

 

 互いの剣が、月牙の軌跡を描いて斬撃を刻む。

 

 激突する互いの刃。

 

 金属音と共に、衝撃波が周囲に撒き散らされる。

 

 響とアルテラは、互いに後退して距離を取る。

 

 着地しながら、相手を見やる両者。

 

 同時に、アルテラは虹の剣を脇に構え、静寂の双眸は小さな暗殺者を睨む。

 

「貴様に構っている暇は、無いッ」

 

 言い放つと同時に、振りぬかれる剣閃。

 

 その剣閃より、魔力が虹の散弾となって放たれる。

 

 先に、響と美遊を同時に仕留めた技だ。

 

 圧倒的な量の弾丸が響へと迫る。

 

 スクリーンの如き弾幕を前にして、

 

 響は、

 

 フッと息を吐く。

 

 次の瞬間、

 

 全ての弾丸が、着弾する。

 

「響ッ!!」

 

 見ていた凛果が声を上げる中、粉塵が舞い上がり、視界が暫しの間塞がれる。

 

 着地するアルテラ。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・なに?」

 

 静かな口調で放たれたのは、疑問。

 

 褐色少女が見据える視線の先。

 

 そこに、

 

 響の姿は無かった。

 

 次の瞬間、

 

 背後から、

 

 音も無く刃が振り下ろされた。

 

「ッ!?」

 

 アルテラをして回避しえたのは、ひとえに彼女が超一流の戦士であったからに他ならない。

 

 しかし、

 

「お前は・・・・・・・・・・・・」

 

 衝撃と共に、言葉を零すアルテラ。

 

 その視界の中で、

 

 少年の姿は一変していた。

 

 後頭部で結んだ長い髪は白に染まり、幼い瞳は朱に染まってアルテラを真っすぐに睨み据えている。

 

 そして何より、着ている羽織。

 

 目にも鮮やかな浅葱色に白の段だら模様が刻まれていた羽織は、

 

 今や漆黒に変化し、段だら模様も不吉な連想を齎す赤に変わっていた。

 

「盟約の羽織・影月(えいげつ)

 

 低く呟く響。

 

 明らかに、それまでとは雰囲気を異にしている。

 

 対して、

 

 アルテラは何の感慨も湧かずに、虹の剣を構え直す。

 

「何が来ようが関係は無い」

 

 同時に、一足飛びに間合いを詰め、響へと斬りかかる。

 

「ただ、破壊するのみ!!」

 

 振り下ろされる剣。

 

 対して、

 

 響は迫るアルテラを見据え、何かを呟く。

 

 次の瞬間、

 

 アルテラの剣は、虚しく空を切った。

 

「何ッ!?」

 

 そこで初めて、アルテラの顔に驚愕が走る。

 

 必殺を込めて放った剣が、まさか回避されるとは思っていなかったのだ。

 

 次の瞬間、

 

 まるで何事も無かったかのように、

 

 アルテラの正面から、斬りかかる響。

 

「ッ!?」

 

 振り下ろされる剣閃に対し、後退するアルテラ。

 

 いったいいつ、響はアルテラの剣を回避したと言うのか? そんなモーションは一切見せていなかったと言うのに。

 

 まったく唐突に、響は「その場を動く事無く、アルテラの攻撃を回避した」事になる。

 

 体勢を立て直すアルテラ。

 

 そこへ、間髪入れず、響は追撃を仕掛ける。

 

 刀の切っ先をアルテラへと向けると、一気に距離を詰めて突き込む。

 

 迫る切っ先。

 

「やらせんッ!!」

 

 対抗するように、横なぎに剣を振るうアルテラ。

 

 だが、

 

 彼女の剣が少年を斬り裂いた、と思った瞬間、

 

 響の姿は、アルテラの前から幻のように消え去った。

 

「ッ!?」

 

 驚愕するアルテラ。

 

 次の瞬間、

 

 気配が、浮かぶ。

 

 少女の、背後に。

 

「鬼剣・・・・・・・・・・・・」

 

 切っ先をアルテラに向けて刀を構えた響が、囁くように告げた。

 

 次の瞬間、

 

 アルテラの体から、無数の傷と共に鮮血が噴き出した。

 

「グッ 馬鹿なッ!?」

 

 思わず、その場で膝を突くアルテラ。

 

 対して、響は手にした刀を血振るいしながら振り返る。

 

「・・・・・・まだ、やるの?」

「愚問・・・・・・だッ!!」

 

 尋ねる響に、アルテラは足に力を入れて立ち上がりながら答える。

 

 すると、

 

 響の攻撃によって負った傷が、みるみる内に消えていくではないか。

 

「・・・・・・・・・・・・聖杯」

 

 響は舌打ち交じりに呟く。

 

 アルテラは身の内に取り込んだ聖杯の魔力を使い、傷まで修復しているのだ。

 

 事実上、無限の魔力を持つ聖杯の力をもってすれば、瀕死の重傷すら、否、死者ですら蘇らせることも不可能ではないだろう。

 

 対して響は、既に回復してもらった魔力も底を突きつつある。

 

 長引けば、不利は明らか。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 漆黒の羽織を靡かせて、切っ先を上げる響。

 

 トドメを刺す。アルテラが完全に復活しきる前に。

 

 そう結論に至った響きが刀を構え直した。

 

 その時だった。

 

「待たせたな響。もう良いぞ」

 

 背後からの声に振り返ると、そこには剣を構えた赤き少女が立っていた。

 

 ネロだ。

 

 どうやら「準備」は整ったらしい。

 

 原初の火(アエストゥス・エストゥス)を構えたネロは、今にも立ち上がらんとしているアルテラの前に出ながら口を開く。

 

「アルテラよ、貴様は自らを破壊の使者と名乗った。その在り様について、余はあえて否定せぬ。繁栄の先に滅びが宿命づけられているのなら、貴様の存在もまた、正しいのだろう。 ・・・・・・だが」

 

 翠色したネロの双眸は、澄んだ光でもって真っすぐにアルテラを射抜く。

 

 それは、たとえどんな困難に突き当たろうとも、決して諦めぬ者のみが放つ事を許された光。

 

 誰もが憧れ、称える輝きに他ならない。

 

「たとえ貴様が何者であろうとも、余のローマを滅ぼさせる訳にはいかぬ」

「何度も、言わせるなッ」

 

 渾身の力で立ち上がるアルテラ。

 

 まだ、響の鬼剣によって受けた傷は塞がっていない。立ち上がるだけでも、体から鮮血が噴き出すのが見える。

 

 だが、

 

 構わずに、アルテラはネロを睨み返す。

 

「私は全ての文明を破壊する者ッ この私を止める事など、誰にもできない!!」

 

 振り払うように言い放つと、虹の剣の切っ先をネロへと向ける。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・良かろう」

 

 ネロは静かに呟くと、剣の切っ先を地へと付ける。

 

「ならば、見せてやろうッ 余の全てッ 誇りあるローマの神髄を!!」

 

 宣言するネロ。

 

 同時に、魔力が高まるのを感じる。

 

 濃密な魔力の充満。

 

 周囲の光景すら、歪んで見える。

 

 その全てが、ネロを中心に螺旋を描いている。

 

 その規模たるや、これまでの比ではない。

 

天国と地獄(レグナム・カエロラム・エト・ジェヘナ)!!」

 

 詠唱を開始するネロ。

 

「築かれよ、我が摩天!!」

 

 地に突き立てられた原初の火(アエストゥス・エストゥス)

 

 その切っ先から、光があふれ出る。

 

「ここに、至高の光を示せ!!」

 

 一変する周囲の光景。

 

 溢れ出した光の中で、

 

 荘厳な風景が形作られていく。

 

「やらせんッ!!」

 

 対抗するように、アルテラもありったけの魔力を虹の剣へと集中させる。

 

 螺旋を描く、虹の魔力。

 

 同時に、ネロも自身の魔力を最大開放する。

 

「出でよッ 招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)!!」

 

 視界が開ける。

 

 そこは、絢爛と輝く劇場だった。

 

 目にも鮮やかな赤と黄金によって彩られた造形。

 

 全て、皇帝ネロ・クラウディウスが作り出した幻想にして、彼女自身が「主役」である為の、一世一代の晴れ舞台。

 

 全てが、ネロ・クラウディウスの、ネロ・クラウディウスによる、ネロ・クラウディウスの為の世界。

 

 剣を構えるネロ。

 

 同時に、アルテラも絶大な魔力放出と共に突進を開始する。

 

 切っ先を真っすぐに向け、螺旋を描く虹を引きながら突撃するアルテラ。

 

 炎を纏う剣を横なぎにするネロ。

 

軍神の剣(フォトン・レイ)!!」

童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)!!」

 

 次の瞬間、

 

 互いの剣が、光を纏って交錯した。

 

 

 

 

 

第23話「招き蕩う黄金劇場」      終わり

 



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第24話「ローマよ永遠なれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人の剣が交錯した瞬間、

 

 全てが、終結した。

 

 手にした大剣を横なぎに振り切ったネロ。

 

 虹色の剣を突き込んだアルテラ。

 

 2人の少女は共に、背を向け合ったまま対峙する。

 

 その場にあるのは、圧倒的なまでの静寂。

 

 先程まで存在していた魔力の奔流も、そしてネロが作り出した黄金劇場も消え去っている。

 

 後には、互いの剣を構えた皇帝と大王、そして見守る暗殺者がいるのみだった。

 

 ややあって、

 

「グッ・・・・・・・・・・・・」

 

 呻き声と共に、

 

 ネロの手から、原初の火(アエストゥス・エストゥス)が零れ落ちた。

 

 苦痛に顔を歪め、その場に崩れ落ちるネロ。

 

 対して、

 

 アルテラは静かに剣の切っ先を下げると、ゆっくりと、膝を突いているネロへと振り返る。

 

「勝負あったな」

「・・・・・・・・・・・・うむ」

 

 アルテラの言葉に、ネロは躊躇うように答える。

 

 そして、

 

「余の・・・・・・・・・・・・勝ちだ」

 

 次の瞬間、

 

 アルテラは虹の剣を手放し、

 

 その場に仰向けに倒れ込んだ。

 

 あの時、

 

 アルテラの軍神の剣(フォトン・レイ)が威力を発揮する直前、

 

 一瞬早く、ネロの童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)が決まったのだ。

 

 ローマを守らんとする者と、

 

 ローマを破壊せんとする者。

 

 両者の戦いは、ネロの勝利に終わった。

 

「あの時・・・・・・・・・・・・」

 

 地面に仰向けに寝たまま、アルテラは静かな口調で口を開いた。

 

「あの、劇場を見た時・・・・・・不覚にも思ってしまった」

 

 美しい、と。

 

 ただ、美しい、と。

 

 そして、同時にこうも思った。

 

 こんな美しい文明を、壊したくはない、と。

 

 だからだろう。

 

 激突の直前、アルテラの剣閃は僅かな、鈍りを見せた。

 

 その為に、ネロの剣が一瞬早く決まったのだ。

 

 それがなければあるいは、火力に勝るアルテラが競り勝っていたかもしれなかった。

 

「こんな事は初めてだった・・・・・・だから、迷った」

 

 ネロの守らんとする文明、すなわちローマを滅ぼすべきなのか否か。

 

 アルテラは破壊を司る存在。

 

 それ以外の事など知らないし、知る必要もない。その在り方は、今でも揺らいではいないつもりだ。

 

 しかし、見事な黄金の劇場。そしてそれに象徴されるネロ・クラウディウスと言う少女を前にした時、目の前にある文明を、確かに彼女は「壊したくない」と思ってしまった。

 

 彼女の敗因は、ただそれだけの事だった。

 

「なあ、アルテラよ。ただ壊すだけではつまらなくは無いか?」

 

 倒れたアルテラを見下ろしながら、ネロは誇らしげに胸を張って言い放った。

 

「この世には、そなたも、そして余ですら知らぬ素晴らしい文明が溢れているのだ。それをいちいち破壊してしまってはつまらぬし、だいいち、勿体ないであろうが」

「そう・・・・・・なのか」

 

 嘯くようなネロの言葉に、呟くアルテラ。

 

 確かに、思う。

 

 脳裏に浮かぶ、黄金の劇場。

 

 あんな光景が他にもあると言うのなら・・・・・・・・・・・・

 

 目をつぶるアルテラ。

 

 その体からは、金色の粒子が舞い上がり始める。

 

 消滅が始まっている。致命傷を受けた事で、アルテラは現界を保てなくなったのだ。

 

「いつか、見てみたい、ものだな」

「うむ。なぜかは知らんが、貴様とはいずれまた縁がある気がする。その時にでも、共に見て回ろうではないか」

 

 笑いかけるネロ。

 

 その言葉に、

 

 ほんの一瞬だが、

 

 アルテラが微笑みを返したような気がした。

 

 消滅するアルテラ。

 

 後には、立ち尽くすネロだけが残った。

 

 それはすなわち、

 

 連合ローマ、歴代皇帝、神祖、レフ、魔神柱、そしてアルテラ。

 

 このローマにおける、全ての抵抗勢力が潰えた事を意味している。

 

 紛う事無く、正統ローマ、およびカルデア特殊班の勝利だった。

 

「終わったな」

 

 そう言って笑顔を浮かべるネロ。

 

 緊張が解けた。

 

 次の瞬間、

 

 少女の背後から、刃が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガキンッ

 

 間一髪。

 

 風を巻いて割って入った響が、手にした刀で、相手の刃を弾いた。

 

 漆黒の羽織を靡かせ、少年は襲撃者と対峙する。

 

「・・・・・・誰?」

 

 問いかける響。

 

 その視線からは、既に

 

 ネロに斬りかからんと振り下ろされた刃は、彼女を斬る事無く押し返される。

 

「ハハッ 今のを防ぎますか。完全に決まったと思ったんですけど・・・・・・思ったよりもやりますね」

 

 響に弾かれた少年は、そのまま大きく後退して着地する。

 

 顔を上げる。

 

 黒い軍服に軍用コートを羽織り、頭には制帽を被った少年。外見から察する年齢は、16~7歳と言ったところであろうか?

 

 もっとも、年齢に関しては、全くあてにはならないのだが。

 

 手には一振りの日本刀が握られている。恐らくこれが、ネロを斬ろうとした物の正体だろう。

 

 いずれにせよ、

 

 友好的な相手出ない事だけは確実だった。

 

「何奴かッ!?」

 

 とっさに、落ちていた原初の火(アエストゥス・エストゥス)を拾い構えるネロ。

 

 響もまた、少女の隣で刀を構え、謎の少年と対峙する。

 

 ここに来て、まさかの敵増援。

 

 その存在に、臍を噛みたくなる。

 

 既に響も、ネロも消耗している。どうあっても、これ以上戦える身ではない。

 

 だがそれでも、

 

 2人は相手を牽制するように剣を向ける。

 

 だが、

 

「いやいや、そう警戒しなくても、これ以上は何もしないですよ。さっきのだって、ちょっと試してみたかっただけだし」

 

 そう言ってへらへら笑いながら刀を収める。

 

 だが、それでも尚、響とネロは警戒を解かない。

 

 口調こそ丁寧だが、その内にある底知れない不気味さは隠しきれていない。

 

 相手が敵と分かっている以上、いつ、どうしかけてくるか分からない。であるならば、どんな状況でも即応できるようにしておかなくてはならなかった。

 

 だが、

 

 そんな2人の警戒を他所に、少年は肩を竦めながら口を開く。

 

「いや、それにしても驚きましたよ。あの状態で破壊の大王であるアッティラ・・・・・・ああ、アルテラでしたっけ? 彼女を倒すとはね。率直に言って感心した」

 

 その視線は、ネロを捉える。

 

「流石は皇帝、ネロ・クラウディウス。その実力は本物なようですね。正直、傷ついた今でも、君には勝てる気がしません」

「ならば話が早い。その首を置いて、とっとと消えるが良い」

 

 挑発的に言いながら、前に出るネロ。

 

 一瞬でも隙を見せれば斬る。

 

 その想いで、剣を持つ手に力を籠める。

 

 だが少年は、ネロの挑発に応じる事無く笑みを浮かべる。

 

「それも面白そうですど、今はやめておくことにします。どのみち、ここでの僕の役割は終わりましたしね」

 

 そう言って、指を鳴らす少年。

 

 同時に、

 

 少年の姿は、大気に溶けるように消えていく。

 

「それでは、皇帝ネロ。勝ち取ったあなたの未来がバラ色である事を心から願っていますよ。それに・・・・・・・・・・・・」

 

 少年は響の方へと視線を移す。

 

「小さき守護者の少年。君とは、いずれまた見える事になるだろう。その時まで、せいぜい頑張って人類史とやらを守っていてください」

「待て、お前はッ」

 

 刀を振り上げて斬りかかる響。

 

 完全に消え去る前に斬りつければ、あるいはダメージを与えられるかもしれない。

 

 だが、

 

 半瞬遅く、袈裟懸けに振り下ろした響の刀は、何も斬る事無く、虚しく空を切ったのみだった。

 

 完全に消え去った空間で、少年の声だけが陰々と響く。

 

《僕の名前は、取りあえずアヴェンジャー、とでも名乗っておきましょうか。真名については、もう少し仲良くなってからにしよう》

 

 舌打ちする響。

 

 その言葉を最後に、アヴェンジャーと名乗る少年の姿は完全に消えていった。

 

 だが、

 

 腹立たしいが、あの少年の言う通りだ

 

 奴等とは、いずれまたどこかで対峙する事になるだろう。それも、そう遠くない将来。

 

 自分たちが人理守護を目指すなら、対決は避けては通れないはずだった。

 

「どうやら、そなたらも何か、とてつもない物を抱えているようだな」

「ん、そんなとこ」

 

 ネロの言葉に頷きながら、響は刀を鞘に収める。

 

 あのアヴェンジャーと名乗る少年。

 

 彼が恐らくはカルデアを壊滅させたレフと同様、人理を滅ぼす側の存在であるなら、アヴェンジャー自身が言った通り、必ずまた戦う事になるだろ。

 

 それは予想ではなく、確信であった。

 

 結局、

 

 ローマを救い、レフを倒しても、状況は何一つとして好転しなかった訳だ。

 

 敵は相変わらず正体不明。人理消滅の危機はまだ去っていない。

 

 カルデア特殊班の戦いは、まだまだ終わりそうになかった。

 

 と、その時だった。

 

「ん?」

 

 突如、響の体からも、金色の粒子が零れ始めた。

 

 消滅現象だ。

 

 既に連合ローマを壊滅させ、レフ、アルテラを撃破。聖杯の回収も終わっている。

 

 全ての事象が元通りになり、人理定礎が復元されようとしている。

 

 それは同時に、このローマにおける響達の役目も終わった事を意味している。

 

 それに伴い、この世界における「異物」である響達もまた、カルデアへ帰還しようとしているのだ。

 

「ん、ネロ、お別れ」

「お別れ・・・・・・いや、そうかッ」

 

 響の短い言葉と共に、何かを察したようなネロは、弾かれたように顔を上げる。

 

 響達が消える。

 

 だとすれば、

 

 急がねばならなかった。

 

「すまぬ、響。この度の事は感謝する。立香達にもそう、伝えておいてくれ!!」

「あッ ネロ?」

 

 慌てて言い置くと、踵を返して駆けだすネロ。

 

 後には、首を傾げる響だけが残されるのだった。

 

 

 

 

 

 皆が消えていく。

 

 エリザベートも、

 

 スパルタクスも、

 

 呂布も、

 

 荊軻も、

 

 タマモキャットも、

 

 この戦いで、ネロを支え、共に戦ってくれた仲間達が、次々と消えていく。

 

 別れを惜しむ暇すらない。

 

 聖杯に呼ばれたサーヴァント達は役目を終え、次々と消えてく。

 

 そんな中、

 

 ネロは走っていた。

 

 もう、それほど時間は無い。

 

 その事は彼女にも判っている。

 

 判っているからこそ、足は前へと駆け続ける。

 

 足がもつれ、転びそうになるのをどうにか堪えて走る。

 

 伝えなければいけない。

 

 どうしても、彼女に。

 

 全てが終わってしまう前に。

 

 逸る気持ちを押さえずに駆けるネロ。

 

 やがて、

 

 少女の視線は、目的の人物を捉えた。

 

 やはり、と言うべきか、そこにはネロの予想通りの光景が広がっていた。

 

 だが、

 

 何とか間に合った。

 

「ブーディカ!!」

 

 ネロは万感の思いを込めて、自らの客将の名を呼んだ。

 

 呼び声に応え、振り返るブーディカ。

 

 その顔には、どこか微妙な苦笑が浮かべられていた。

 

「あーあ。来ちゃったのかい。できれば、このまま何も言わずに消えようと思っていたのにね」

 

 肩を竦めるブーディカ。

 

 彼女には、ネロが最後にどんな行動に出るか、予想が出来ていた。

 

 だからこそ、何も言わず、何も聞かずに消え去ろうと思っていたのだが。

 

 ネロが予想外に早く駆けつけてしまった為、逃げるに逃げられなくなってしまったのだ。

 

 既にブーディカの体からも、金色の粒子が立ち上り、消滅現象が始めている。

 

 とは言え、完全に消滅するまでには、まだしばらく掛かる様子だ。

 

 ネロは辛うじて、別れに間に合ったのだ。

 

 そんなブーディカの様子を見て、ネロも何かを察したように、神妙な顔で歩み寄った。

 

「やはり・・・・・・そうであったのだな、ブーディカ。そなたも、伯父上たちと同じく、消え去ってしまうのだな」

「・・・・・・気付いてたのかい」

 

 ブーディカはネロに、自分たちがサーヴァントと言う存在であり、本来の自分たちはとっくの昔に死んでいるのだ、と言う事を告げてはいなかった。

 

 だが、ネロは決して愚鈍な存在ではない。

 

 あらゆる事情を鑑み、ネロほど聡明な人間なら、サーヴァントの存在を察しても不思議は無かった。

 

「すまぬッ」

 

 消えゆくブーディカ。

 

 その彼女に、ネロは深々と頭を下げた。

 

「余は・・・・・・余はブーディカ、そなたにとんでもない事をしてしまった。そなたを辱め、あまつさえ、その命まで・・・・・・」

 

 既に述べた事だが、

 

 生前、ローマに対して反逆したブーディカ。

 

 そのブーディカを討伐し、死に追いやったのは他ならぬ、皇帝ネロ・クラウディウスが率いる軍勢であった。

 

 ネロはその事を恥じ、ブーディカに謝罪しているのだ。

 

 対して、ブーディカは嘆息すると口を開いた。

 

「いいよ、もう。どうせ今更だし。それに、わたしがやったことだって、お世辞にも褒められた物じゃなかったしさ」

「いや、しかしッ」

「それに」

 

 言い募ろうとするネロを制して、ブーディカは咎めるような口調で続けた。

 

「わたしが何も知らないとでも思っているのかい? そいつはいくら何でも見くびりすぎだよ」

「ブーディカ・・・・・・・・・・・・」

「あれが、あんたのせいじゃないって事くらい、わたしにだって判るさ」

 

 そもそも、ブーディカが反乱を起こすきっかけとなった、ブリタニアの王位継承問題。

 

 ブーディカの夫が死んだ後、ローマ側がブーディカの王位継承を認めず、それどころか搾取の上、母娘ともども辱めた事に端を発する事件。

 

 だが、実はこの事件はそもそも、私腹を肥やす事を目的としたブリタニア総督が、ネロに諮る事無く独断でブーディカ排除を推し進めた事が原因だった。

 

 その結果、怒り狂ったブーディカは反乱を起こし、ローマ全土を震撼させる一打決戦にまで至ったのだ。

 

 ネロが全ての事情を知ったのは、もはや取り返しがつかないくらい、戦火が拡大した後だったのだ。

 

「しかしッ それは結局、総督どもを野放しにしてしまった、皇帝である余の責任と言う事になる!! それなのに・・・・・・」

「そうだね。結局はその通りだ。だから・・・・・・」

 

 囁くように言うと、

 

 ブーディカは、

 

 そっと、

 

 ネロの体を抱きしめた。

 

「それも全部ひっくるめて『もう良い』って言ってるんだよ」

「ブーディカ・・・・・・・・・・・・」

 

 視界が、歪む。

 

 涙で、何も見えなくなる。

 

 ただ、自分を抱きしめてくれる、ブーディカのぬくもりが、どこまでも温かくネロを包み込んでいた。

 

「さあ、顔上げて。ああもうッ 泣くんじゃないよ、みっともないッ 折角勝ったのに、皇帝陛下がそんなんじゃ、兵士たちに示しがつかないだろ!!」

 

 そう言うと、ネロを放すブーディカ。

 

「笑って、ネロ。最後は、あんたの笑顔で見送っておくれよ」

「う、む・・・・・・うむッ」

 

 促されるまま、

 

 涙でグチャグチャになった顔で、無理やり笑うネロ。

 

 答えるように、笑顔を返すブーディカ。

 

 同時に、金色の粒子は、天に昇って消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、ローマにおける戦いは終わった。

 

 既に、戦いを終えた立香達、特殊班ははレイシフトでカルデアへ帰還し、今は自室で休んでいる。

 

 彼らは今回も、本当によくやってくれた。

 

 報告書を読み進めながら、ロマニ・アーキマンは険しい表情を作る。

 

 明るい報告を聞いていると言うのに、その表情は冴えなかった。

 

 聖杯は無事に回収。崩壊しかけた人理の修復にも成功した。

 

 それどころか、因縁のあるレフ・ライノールも撃破。オルガマリー所長をはじめ、多くのカルデア職員たちの仇も討つ事が出来た。

 

 そして、特殊班メンバー全員の無事な帰還。

 

 紛う事無き、大勝利であった。

 

 だが、

 

 いくつか、無視できない事態が発生したのもまた、事実である。

 

 未だに正体の判らない、天空の円環。

 

 レフが示唆した黒幕の正体。

 

 敵の目的と動機。

 

 響が遭遇したと言う、アヴェンジャーと名乗る少年。

 

 それに、

 

「ソロモン72柱・・・・・・魔神柱、か」

 

 指令室の中で1人、ロマニは呟きを漏らす。

 

 そのキーワードがもたらす、大いなる凶兆。

 

 この先、カルデアが進むべき未来を闇に閉ざすあのような不安が湧いてくる。

 

 だが、

 

「そんな筈が・・・・・・ない」

 

 ロマニは、絞り出すように呟く。

 

 そう。

 

 そんな事はあり得ないはずなのだ。

 

 敵の正体が、まさか・・・・・・・・・・・・

 

 と、

 

 そこで扉が開き、誰かが入ってくるのが見えた。

 

 その人物の姿を見て、ロマニは苦笑を漏らす。

 

「やあ、お帰り」

 

 立香達とは別便で戻ってきた相手に、ねぎらいの言葉を掛ける。

 

「今回も随分と、無茶したみたいだね。言っておくけど、君はまだ万全とは程遠いんだからね」

「仕方ないさ」

 

 ロマニの言葉に、相手はそう言って肩を竦める。

 

「みんなが必死になって戦っているのに、俺が休んでいる訳にはいかないだろ」

「まあ、君らしいと言えば君らしいけどね」

 

 そう言って、ロマニは苦笑を浮かべる。

 

 まあ、口で言って留まるような人物なら、そもそも負傷を押してレイシフトなんぞしないだろう。

 

 それだけの事をしてでも、彼には守りたい物があると言う事だった。

 

「君の傷もだいぶ癒えてきている。次くらいには、だいぶ戦えるようになっていると思うよ」

「そいつはありがたい。いつまでも援護射撃ばかりじゃ、あいつらに申し訳ないからな」

 

 そう言って、肩を竦める。

 

「敵はますます強くなってきている。はやいとこ、こっちの体勢も整えないと、取り返しのつかない事になるからな」

 

 そう言うと、ロマニに手を振りながら出て行く。

 

 その背中を見送ると、

 

 ロマニは1人、嘆息する。

 

「判っている・・・・・・判っているさ」

 

 見上げる先にあるモニター。

 

 そこに、

 

 不吉の輝く輝点。

 

「次の戦いは、もう、始まっているからね」

 

 

 

 

 

 

第24話「ローマよ永遠なれ」      終わり

 

 

 

 

 

永続狂気帝国セプテム      定礎復元

 




マルクス・ユニウス・ブルータス

【性別】女
【クラス】アサシン
【属性】秩序・悪
【隠し属性】人
【身長】151センチ
【体重】53キロ
【天敵】ネロ・クラウディウス、ガイウス・ユリウス・カエサル

【ステータス】
筋力:E 耐久:C 敏捷:A 魔力:D 幸運:D 宝具:C

【コマンド】:AAQQB

【保有スキル】
〇主に捧げし
自身のクイック性能アップ。

〇罪の意味
スター獲得。スター発生率アップ。

〇偽りの仮面
1ターンの間、自身の回避付与。及びクリティカル威力アップ


【クラス別スキル】
〇気配遮断:B
自身のスター発生率アップ

〇単独行動:B
自身のクリティカル威力アップ

【宝具】 
我が愛しき主君に死を(メア・ドミナス・モース)
《敵単体に対する強力な対「王」属性特攻攻撃》
 ブルータスが行ったカエサル暗殺劇のエピソードが昇華し、宝具化した物。


【備考】
 連合ローマに所属し、ネロを「偽物」と断じ、命をつけ狙うアサシンの女性。とある人物こそが本物の皇帝であると信じ、その人物に絶大な忠誠を誓っている。

 真名「マルクス・ユニウス・ブルータス」

 共和制ローマ末期における、政治家にして軍人。

 そして、

 大英雄カエサルに対し、愛憎共に最も関わりの深い人物。

 父親を早くに亡くしたブルータス。

 そのブルータスの前に、母の愛人として現れたのが、他ならぬユリウス・カエサルであった。

 カエサルはブルータスを大変気に入り、実の子供同然に可愛がったと伝えられている。

 その絆は、決して断ち切れるものではないと思われていた。

 紀元前49年に起こったローマ内戦において、ブルータスはカエサルと敵対するポンペイウスの側の将軍として参戦した。

 その際カエサルは「戦場でブルータスを見つけたら、決して傷付けてはならない」と、異例の布告を発した。

 その事もあって、ブルータスはカエサルに恭順。カエサルもまた、自身に降ったブルータスを厚遇したとされる。

 そのまま行けば、間違いなく順風満帆だったであろう、2人の人生。

 だが、そこに影が差すとは、本人たちですら考えていなかった。

 急速に台頭するカエサルを苦々しく思っていた元老院議員たち。

 当時、腐敗しきっていたローマ元老院にとって、自分たちの権益を脅かすカエサルは、目障りな存在でしかなかった。

 やがて、彼らの目は、カエサル第一の側近とも言うべき、ブルータスへと向けられる。

 元老院議員たちは、言葉巧みにブルータスを懐柔し、やがて運命の暗殺劇へと導いていく。

 そしてその日、議会に参加すべくやって来たカエサルを、暗殺者たちが一斉に襲い掛かる。

 とは言え、カエサルも軍人として長年慣らした大英雄。たとえ不意を衝かれたとはいえ、暗殺者如きに後れを取るはずが無い。

 そう、例えば、「身内の中の敵」でもいない限りは。

 戦闘中に背中から刺されたカエサル。

『ブルータス・・・・・・お前もか』

 それは余りにも有名な、カエサルの最後の言葉だった。

 やがて起こる、戦争。

 オクタヴィアヌス、アントニウス等英雄達に率いられたローマ軍に敗れたブルータスは、やがて最後を悟り、自害して果てたと言う。

 聖杯に掛ける願いは「カエサルを皇帝にする」事。





衛宮響・浅葱

【コマンド】:BBAQQ

【保有スキル】
〇疑似・魔力放出:D
《自身の攻撃力アップ、宝具威力アップ(1ターン) スター発生率大幅アップ(3ターン)》
 本来なら、潤沢な魔力量を誇る英霊のみが使用する魔力放出を、疑似的に再現したスキル。ただし、響の魔力量では攻撃に使うにしろ強化に使うにしろ、充分とは言えない為、特殊な使い方で弱点を補っている。
 

【宝具】
〇盟約の羽織・浅葱
 盟約の羽織の通常状態。スキル「疑似・魔力放出」が使用可能となる他、響はこれを応用した「鬼剣:蜂閃華」を使用可能となる。

【鬼剣】
〇蜂閃華
《敵単体に対し超強力な防御力無視攻撃&攻撃力をダウン(3ターン)》
 「疑似:魔力放出」を応用した響独自の剣技。超神速の抜刀術。





衛宮響・影月

【保有スキル】
〇?????

【宝具】
〇盟約の羽織・影月
?????

【鬼剣】
?????


>ブルータス
「王属性」持ちって意外に多いから、こんなもん実装されたら、対鯖戦闘では随分と使い勝手が良い感じになりそう。しかも天敵であるキャスターには王属性持ちは、相対的に少ないから猶更だと思う。


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第3章 封鎖終局四海「オケアノス」
第1話「最果てへの誘い」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひどい嵐だった。

 

 視界は完全に闇に閉ざされ、海面は荒れ狂う大波によって、絶えず攪拌されている。

 

 降りしきる大粒の雨が顔面を殴りつけ、目を開ける事すらできない。

 

 暴れまわる風は、巨人の腕のように叩きつけてくる。

 

 生きとし生ける物、その全てを呑み込まんとするかのような大嵐。

 

 まるで巨大な怪物の、腹の中にいるかのようだ。

 

 その嵐の中を、

 

 1隻の船が航行しているなどと、誰が想像し得ようか?

 

 ガレオン船と呼ばれる初期の帆船の一種であり、大航海時代に欧州各国で多く運用された船である。当時はまだ、手漕ぎの船が多かった時代にあって、航行速度が速く、多くの荷を詰める事から重宝された。

 

 船は大波にもまれ、風に吹き飛ばされ、今にも押しつぶされようとしているかのように、嵐に翻弄されている。

 

 普通であれば、いつ沈んでもおかしくは無い。

 

 だが、なぜだろう?

 

 たとえどんな嵐に見舞われようと、

 

 否、

 

 たとえ最果ての海から投げ出されようとも、

 

 その船が沈むとは、到底思えない。

 

 事実、これほどの嵐に遭いながらも、船は沈む気配が無い。むしろ、嵐を斬り裂くようにして真一文字に海面をひた走っている。

 

 どんな大波も暴風も、この船に害成す事は出来ない。

 

 その証拠に、

 

 マストに掲げられたドクロの旗は、風に吹かれて雄々しく翻っていた。

 

 揺れる甲板。

 

 その上で、微動だにせずに佇む1人の女。

 

 吹き付ける嵐にも目を逸らす事無く立ち続けるその人物は、まさしく「女傑」と呼ぶにふさわしい風格を持っていた。

 

「ボンベッ 奴らの様子はどうだいッ!? まだ追ってくるか!?」

「いやッ もう見えやせんッ どうやら撒いたようでさぁ!!」

 

 女の問いかけに、縁に張り付いて目を凝らしていた男が答える。

 

 その口元には、笑みが浮かべられる。

 

「姉御の策が当たりやしたねッ 奴らを撒くために、あえて嵐に飛び込むなんざ、そうそうできる事じゃありやせんぜ!!」

 

 そう。彼女と、彼女が指揮するこの船は、航行していたらたまたま嵐に巻き込まれたわけではない。

 

 追手を撒くために敢えて、嵐の中へと飛び込む選択をしたのだ。

 

 正気の沙汰ではない。そんな事をしたら十中八九、嵐で船はバラバラにされる事だろう。普通の船乗りなら、決してしない行動だ。

 

 だが、やった。

 

 女は敢えてやった。

 

 自分達ならやれる。そう確信したからこその行動だった。

 

「無駄口叩いている暇あったら、とっとと動きなッ 畳んだ帆のチェックッ 備品の固定!! 特に大砲はしっかりと結ぶんだよッ あと見張りをもっと増やしな!!」

「了解ッ」

 

 蹴飛ばされるような勢いで駆けていくボンベ。

 

 その背中を見送ると、女は前方に視線を向けて嘆息した。

 

「ったく、いったい何なんだい、この海は・・・・・・」

 

 

 

 

 

 一方、

 

 彼女たちの船の遥か後方では、もう1隻の船が、嵐の入り口で立ち往生していた。

 

 どうやらこちらは、先の船と違って大嵐に飛び込むだけの力は無いらしい。

 

「船長ッ これ以上は無理です!! 奴等も完全に見失いました!!」

 

 船橋の上に立つ男に、船員が報告する。

 

 嵐を前に、微動だにせずに佇む船長。

 

 報告する船員に対し、凛とした、

 

「デュフフフフフフ」

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 訂正、変な声が返った。

 

「迷わず飛び込むとは、やりますな。流石は、音に聞こえた女海賊。この程度の嵐は、足止めにもならないか」

 

 既に、完全に見失った相手を、海上でもう一度捕捉する事は難しい。

 

 諦めるしかないだろう。少なくとも今は。

 

「まあ、焦らずとも、また機会は必ずある。その時を、楽しみにしていますぞ」

 

 そう呟くと、

 

 再び、変な笑い声を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 万年雪に閉ざされたカルデアには、季節の感覚は無い。

 

 ましてか今は、人理焼却によって外の世界が滅んだ状態にある。

 

 故に、カルデアと言わず、既に世界中に「季節感」は存在していなかった。

 

 とは言え、

 

 たとえ季節感があろうがなかろうが、そこに人間がいる以上、彼らは生活していなくてはならない。

 

 そして生活をしていれば、大なり小なり、ストレスと言う物がたまる物だ。

 

 カルデアと言う閉塞された空間にいれば猶更である。

 

 また、特殊班の一同は、特異点が発見されればレイシフトで戦場に赴かねばならない。そこで行われるのは、紛れもない命のやり取り。下手をすると、自分たちの命が失われてもおかしくは無い。

 

 となれば猶更、カルデアにいる間は、心身ともにベストのコンディションを保つ必要があった。

 

 そんな訳で、

 

 

 

 

 

「いやー まさかカルデアに、こんな所があるなんてな」

 

 広い空間に出た藤丸立香は、その大きさにため息をもらした。

 

 広さは学校の体育館並。

 

 カルデアは元々、広大な地下空間に施設を造っている。その為、外から見た以上に、内部は広い空間となっているのだ。

 

 その広さを利用した、レクレーション施設が多数存在している。

 

 ここも、そうした施設の一つ。

 

 目の前には、広い空間に目いっぱい水がためられている。

 

 そう、プールである。

 

 しっかりと50メートルのレーンが10本以上備えられ、かなり本格的な施設である。この場で世界水泳大会を開いてもおかしくないレベルだ。

 

 その他、奥の方にはより小型のサイズのプールも備えられていた。

 

 カルデア内には他にも、スポーツジムやテニスコート、和風の武道場、図書館にシアターコーナーと、多数の施設が存在している。

 

 ローマでの戦いから2週間が過ぎ、特異点の特定も急がれている。ただ、今回はどうも特殊な特異点らしく、解析班の方でも場所と時代の特定に難航しているようだ。

 

 そこで、手持ち無沙汰な特殊班一同は、こうしてプールに乗り出してきたわけである。

 

「ん、みんな遅い」

「仕方ないさ。女の子は男の俺達と違って準備に時間がかかるんだから」

「フォウフォウッ キャーウッ」

 

 傍らに座り込んでフォウと戯れている衛宮響に、立香は苦笑を返す。

 

 今日は、日ごろから激務の多い特殊班一同で、プールで遊ぼうと言う事になったのである。

 

 2人とも既に水着姿に着替えて待機しているのだが、女性陣がなかなかやってこない為、聊か手持ち無沙汰になっていたのだ。

 

 まあ、無理も無い。着替えて下を履き替えるだけでいい男と違い、女の水着を着るには、それなりに時間もかかるし、人によっては肌の手入れにも気を配らなくてはならないのだ。時間が掛かるのは当然の事だった。

 

 と、

 

「おッ待たせ~」

 

 軽快な声と共に、複数の人物が歩く気配が伝わってくる。

 

 その気配に嘆息しつつ、立香は振り返った。

 

「ああ、みんな。やっと来た・・・・・・か・・・・・・」

 

 そこで、

 

 少年は絶句した。

 

 水着姿をした少女たち。

 

 これからプールに入るのだから、当然の事なのだが、

 

 その姿を見て、思わず立香は黙り込んでしまった。

 

 目の前にいるのは、双子の妹と後輩少女、藤丸凛果とマシュ・キリエライトだ。

 

 凛果はオレンジと白のストライプ柄のビキニ。スレンダーかつ、出るところは出ている彼女には、「軽快」なイメージだ。まるで俊敏なネコ科の獣を思わせる、「無駄の無い」プロポーションだ。

 

 何より、

 

 藤丸家では、家族で海に行ったのは、兄妹がまだ小学生だったころである。その為、妹の水着姿なんて、中学の水泳授業以来見ていない。あのころに比べれば、より女の子らしくなった物である。

 

 そして、

 

 マシュの方はと言えば、こちらは本人の控えめな性格と相まって、大人しい雰囲気の水着である。

 

 白地に赤い縁取りがあるワンピースタイプの水着で、裾がミニスカート状になっている。

 

 凛果のビキニに比べれば、露出は少ない。

 

 しかし、

 

 普段目にする格好が、カルデアの所員制服か、戦闘時の軽装甲冑姿である。まあ、甲冑姿も、あれはあれでなかなかではあるが。

 

 こうした「女の子然」とした格好のマシュを見るのは初めての事である。

 

 それに、

 

 いくら大人し気な水着で隠そうとも、隠しきれるものではない。

 

 普段、あれだけの大盾を軽々と振るっているとは思えない程、細くしなやかな腕。すらりと華奢な脚。

 

 そして、

 

 凛果の物よりも、明らかに一回りは大きく、質感を伴った胸。

 

 見ているだけで、その柔らかさは如実に伝わってくるようで、立香は思わず、ごくりと生唾を呑み込んでしまった。

 

 意図せず、女性特有の色香を発散しているマシュ。

 

 立香は、自分の体温が急激に上昇するのを感じていた。

 

「・・・・・・あの、先輩?」

 

 沈黙している立香に、マシュが上目遣いで声を掛けてきた。

 

「その・・・・・・如何でしょうか? 何分、このような格好をしたのは初めてなので・・・・・・変じゃ、ありませんか?」

「あ、ああ、いや・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねてくるマシュに対し、立香は顔を赤くしながら視線を逸らす。

 

 何だかいつも見ているはずのマシュの顔を、真っすぐに見る事が出来なかった。

 

「に、似合ってる・・・・・・とっても」

「あ、ありがとう、ございます」

 

 互いに向き合いながら、顔を逸らす立香とマシュ。

 

 どちらの顔も、ほんのりと赤くなっているのが判る。

 

「ん、立香? マシュ?」

「フォウッ ファウッ」

 

 そんな2人の様子を、下から不思議そうな表情で覗き込む響と、その頭の上に乗っかったフォウ。

 

 と、

 

「こらこら」

 

 少年暗殺者のマスターたる少女が、首根っこを捕まえて引きずり戻す。

 

「ん、凛果?」

「フォウッ」

「野暮な事してないで、チビッ子はチビッ子同士で遊んでなさい。お姉さんが相手してあげるから」

 

 そう言うと、響の体を強引に振り返らせる。

 

 と、

 

「すみません。着替えるのに、少し時間が掛かりました」

 

 トテトテと、裸足で走ってくる幼い少女。

 

 肉感的に、前2人には及ばないのは当然としても、触れれば折れてしまいそうに思えるくらい細い四肢。体つきも起伏が少なく、神秘的なまでに無垢な印象がある。

 

 水着姿の美遊が、響達の前までやってきた。

 

「おしッ 全員揃ったね、これで」

「はい。なにぶん、水着なんて着るの初めてだったもので」

 

 体にフィットする水着が着にくいのか、美遊は少し落ち着かない雰囲気をしている。

 

 それはそうと、

 

「ん、美遊・・・・・・・・・・・・」

「フォウ・・・・・・・・・・・・」

「どうかしたの?」

 

 怪訝そうに尋ねる、水着姿の美遊。

 

 対して、どうしても、座視できない疑問が生じた響は、率直にぶつけた。

 

「何で、スク水?」

 

 そう。

 

 美遊が着ている水着は、紺色のワンピースタイプで、どちらかと言えば露出が少なく、反面、水の抵抗を抑え、泳ぎ易さを追求した構造をしている。

 

 いわゆる「スクール水着」だった。

 

 肩口は白い紐状になり、胸元から下腹部に掛けて、ぴっちりとした防水布で覆われている。

 

 控えめな胸は、僅かな膨らみを見せ、その下にはなだらかな曲線を描く僅かなくびれがあり、小さなお尻が恥ずかしそうに膨らんでいる

 

 ご丁寧に胸元には白い布が張られ「5年1組 さかつき みゆ」と書かれている。なぜに「5年1組」?

 

「ダ・ヴィンチさんに頼んだら、このタイプの水着を作ってくれた。何でも、泳ぎやすさを追求したデザインだとか」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ダ・ヴィンチのしたり顔を思い浮かべ、響は頭痛がする想いだった。

 

「そのほか、この水着は魔術礼装にもなっていて、サーヴァントの瞬間的な強化や回復にも使用できるって・・・・・・」

「ん、そんな機能、いらない」

 

 無駄に高性能なのが、また憎たらしかった。

 

 先のメイド服と言い、万能の頭脳を、いったい何に使っているのか。

 

 とは言え、

 

 水着姿の美遊。

 

 マシュと同じく、水着デビューではあるが、こちらは盾兵少女のように、恥ずかしがることは無い。

 

 美遊的には、「水に入るには水着に着替えるのは当たり前」と考えている節がある。

 

 つまり、当たり前のことを恥ずかしがる必要はない、と言う事だろう。

 

「フォウッ キャーウ」

「あ・・・・・・っと」

 

 響の頭の上から飛び込んで来たフォウを、美遊は何とか受け止める。

 

 そのまま、少女の頭の上によじ登るフォウ。

 

 スク水少女と白の獣。

 

 なかなか絵になる光景である。

 

 しかし、

 

 それを至近距離で見る機会を得られた響的には、気が気でないと言うか何と言うか、

 

 とにかく落ち着かないのは確かだった。

 

 と、

 

「こら、そこのショタっ子」

 

 いきなり背後から頭をひっぱたかれ、響は思わず前のめりになりそうになる。

 

 振り返れば、マスターがあきれ顔でこちらを見ていた。

 

「美遊ちゃんの水着姿に鼻の下伸ばしてないで、さっさと遊ぶわよ」

「の、伸ばしてないッ」

 

 凛果にツッコまれ、しどろもどろに反論する響。

 

 とは言え、

 

 少年の顔がほんのり赤くなっているように見えたのは、気のせいだろうか?

 

 何はともあれ一同揃ったと言う事で、特殊班メンバーたちは次々とプールへと飛び込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロマニ・アーキマンは、モニターを見詰めながら、真剣な表情を作っていた。

 

 今頃、特殊班の一同は、プールに繰り出して思いっきり羽を伸ばしている事だろう。

 

 羨ましい。

 

 本音を言えばロマニも、彼らと一緒に遊びたい。

 

 プールで思いっきりくつろぎたい。

 

 それが、偽らざる本音である。

 

 だが、それはできない。

 

 今のロマニはカルデア司令代行である。

 

 皆の責任者と言う立場にあるロマニは、進んで範を示さなくてはならない。

 

 プールなどに行って、うつつを抜かしている時ではない。

 

 自ら率先して、行動しなくてはならないのだ。

 

 故にこそ今、ロマニは真剣な眼差しをモニターに向けている。

 

 その双眸は真っ直ぐに注視し、モニターの動きを追っている。

 

 一瞬たりとも、目を逸らさない。

 

 そんな、戦闘シーンにも似た緊迫感が、ロマニの視線からは見て取れる。

 

 まさに、労働者の鑑。

 

 まこと、カルデアの職員の、模範となるべき行動だった。

 

「司令代行。こちらの書類にサインお願いします」

「ウワアオイエアオッ!?」

 

 突然、背後から話しかけられ、奇声を上げて慌てた調子で跳び上がるロマニ。

 

 振り返れば、オペレーターのアニー・レイソルが不思議そうな表情で、こちらを眺めていた。

 

「ど、どうしたんですか、司令代行?」

「ア、アニー・・・・・・いや、これは、違うんだッ ちょっとだけ、そうちょっとだけ、息抜きがしたくてだね・・・・・・・・・・・・」

 

 意味不明な弁明をするロマニに、ますます首を傾げる。

 

 と、

 

 その拍子に、ロマニが背に隠したモニターの画面が、アニーの視界に入る。

 

 そこには仕事をしていた、

 

 様子は無く、代わりに、アニメーションされた女の子が、何やら吹き出し付きでセリフをしゃべっているのが見える。

 

 アニーにも見覚えがあるその女の子は、ネットアイドルの「マギ☆マリ」だった。

 

 ネット世界では絶大な人気を誇り、ファンも多いと言う。

 

 実はこう見えて(ある意味「そのまんま」?)ロマニはアイドルオタクであり、御多分に漏れず、「マギ☆マリ」のファンでもある。

 

「司令代行・・・・・・」

「だって、しょうがないじゃないかッ ここのところ激務が続いていたし!! 立香君たちはプールで遊びまくってるし!! 僕だってたまには息抜きぐらいしたいんだよ!!」

 

 ジト目のアニーに対し、いきなり子供のように駄々をこねるロマニ。

 

 次の瞬間、

 

「仕事してください」

「はい」

 

 目を座らせたアニーの凄みに、たじたじとなるロマニ。

 

 司令代行として威厳が下がったのは、言うまでもない事だった。

 

 

 

 

 

 広いプールと言う物は、それだけで楽しくなるものである。

 

 水着と言う、普段見せない格好でいるだけで、開放感が溢れてくる。

 

 これまでこうした経験が無かったマシュなどは、隠しきれぬ興奮ではしゃいでいるんが見て取れた。

 

 そんな中、

 

 何とも微笑ましい光景が、プールの一角にて展開されていた。

 

「ほら、足をもっと、大きく動かして。大丈夫、手はちゃんと持っててあげるから」

「は、はいッ」

 

 凛果に手を引かれ、美遊が水面でバタ足をしている。

 

 腰には急遽用意した浮き輪を付けている。

 

 話を遡る事、数分前。

 

 サーヴァント同士、競走をすると言って響と並んで競走レーンに立った美遊。

 

 飛び込んだ瞬間、

 

 ものの見事に溺れかけるなどと、誰が想像しただろうか?

 

 事態に気が付いた響が慌てて救出。岸へと引っ張り上げた為に、何とか事なきを得た。

 

 主力サーヴァントが、水難事故で退場、などと言うシャレにならない事態はどうにか回避されたわけである。

 

 その後、何度か試行錯誤して泳ごうとしたものの成果は上がらず、現在はああして、凛果に手を引いてもらって、泳ぎの練習中だった。

 

「意外でした」

 

 マシュが練習する美遊の微笑ましい様子を見ながら呟いた。

 

「美遊さんは何でもこなす方なので、てっきり泳ぎもお上手だと思ったのですが」

「フォウッ ファ―ウ」

 

 因みにマシュは、特に問題も無く、すんなり水になじんで泳ぐことができた。

 

 それだけに、美遊が泳げなかったことが、よほど不思議に思えるのだった。

 

「まあ、人間誰だって、向き不向きがあるもんだし。それに美遊だって、練習すればすぐに泳げるようになるさ」

「そうですね。それに美遊さんは努力家でもいらっしゃいますから」

 

 立香の言葉に、頷くマシュ。

 

 だが、

 

《おっと、多分だけど、話はそんな簡単な事じゃないんだよ》

 

 突如、傍らに置いておいた通信機の回線が開き、レオナルド・ダヴィンチの声が聞こえてきた。

 

 美遊が溺れかけた時、念の為呼んでおいたのだ。

 

「どういう事だよ、ダヴィンチちゃん?」

《少し調べてみたんだけど、美遊ちゃんは身体的に見て、特に泳げないような特徴は無い。それどころか、小学生としては、能力的にかなりハイスペックと言った良いだろう。たぶん、どんなスポーツをやらせても、将来的にはオリンピックで金メダルを狙えるだろうね》

 

 流石は万能の天才と言うべきか、ざっと診察しただけでそこまで判るとは驚きだった。

 

 とは言え、そうなるとやはり疑問は出てくる。

 

「それなら、どうして美遊さんは、先程溺れたりしたのでしょう?」

《これは、まだ仮説の段階なんだが、たぶん原因は、彼女自身にある訳じゃないと思う》

「と、言うと?」

 

 ダヴィンチの説明に、首を傾げる立香とマシュ。

 

 美遊自身に原因が無いとすれば、いったいなにが原因だと言うのだろうか?

 

《恐らく、彼女と融合している英霊。アーサー王の方に原因がある気がするよ》

「アーサー王・・・・・・か」

 

 呟く立香。

 

 脳裏にはあの、特異点Fで戦った漆黒の騎士王の事が思い浮かべられる。

 

 だが、美遊が泳げないのと、アーサー王、アルトリアがどう関係していると言うのだろうか?

 

 首を傾げる立香達に、ダヴィンチは更に続ける。

 

《美遊ちゃんの中にあるアーサー王の霊基が影響して、彼女自身、水の中に入ると強制的に体が浮かばなくなるってるんじゃないかな?》

「そう言えば、前にも似たような事がありましたね」

「フォウ」

 

 マシュは以前、フランスでの時の事を思い出していた。

 

 あの時、やたら大食いである事が発覚して、恐縮していた美遊。あの時も、アルトリアの霊基が影響して、食事摂取量が増えていた。

 

 どうやら、あの時と同じ事が起こっているらしい。

 

「つまり・・・・・・・・・・・・」

 

 ゴクリ、と息を呑む立香。

 

 これらの推理がたどり着く、答えとはすなわち、

 

 

 

 

 

 アーサー王ことアルトリア・ペンドラゴンは、カナヅチだった!!

 

 

 

 

 

 と、言う事である。

 

 またしても歴史が(どうでも良い方向に)動いた。

 

 何だか、回を重ねるごとに、アーサー王が残念なキャラになっていくのは気のせいだろうか?

 

 と、

 

 そんな事を考えていると、

 

 ふとマシュは、傍らの響が、一言もしゃべらないまま、美遊の水泳練習の様子を眺めている事に気が付いた。

 

「響さんも、一緒にやらないのですか?」

「ん、何で?」

 

 問いかけるマシュに、首を傾げる響。

 

「いえ、何となく、響さんの目が羨ましそうに見えたので」

「・・・・・・そんな事、ない」

 

 そう言うと、プイッとそっぽを向いてしまう響。

 

 そんな少年の様子に、マシュは首を傾げる。

 

 どうにも、この少年は、自分の事を語りたがらないところがある。

 

 マシュ自身、人の感情の機微にはまだ慣れていない部分もある為、響とこうしていても、会話が成立しない事もあるのだった。

 

 と、

 

 そんな事をしていると、美遊と凛果が戻ってくるのが見えた。

 

「うう、結局、全く泳ぐことができませんでした。自信があったのに」

 

 ガックリと肩を落とす美遊。

 

 泳ぐのは初めてと言う美遊だったが、それなりに勉強してきたと言う。

 

 アニーにパソコンの使い方を教わり、過去の色々な水泳選手の泳ぎのフォームを研究、更には図書館で書籍を読み、学習を重ねたのだとか。

 

 その結果、一発目で沈没とは、それは落ち込むと言う物だろう。

 

「ま、まあ、こういう事にはどうしても、向き不向きがあるから」

 

 そんな美遊を励ますように、立香が語り掛ける。

 

 正直、先程のダヴィンチの説明を聞く限り、美遊には一点の落ち度もない。むしろ、彼女は被害者であるとさえいえる。

 

 だが、だからこそ、と言うべきか、美遊が今後、泳げるようになる可能性は限りなく低いと言えるだろう。

 

 まことに残念な事ながら。

 

 だが、

 

「私、諦めません」

 

 闘志を燃やす美遊。

 

 普段、あまり表情を見せる事の少ない美遊だが、何やら気合い充分なようだ。

 

 どうやら泳げないと言う事実そのものが許せないらしい。

 

「必ず、泳げるようになって見せます」

「ん、がんばれー」

「フォウフォウッ」

 

 決意も新たにする美遊に、エールを送る相棒とペット。

 

 だが、

 

 美遊の決意は結局、実行されずに終わる事になる。

 

 ロマニによって、第3特異点確定と、レイシフト決行が申し送られたのは、その日の夕刻の事だった。

 

 

 

 

 

第1話「最果てへの誘い」      終わり

 



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第2話「太陽を落とした女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は走っていた。

 

 華奢な手足。

 

 手折れそうなほどに細い体。

 

 美しい相貌。

 

 流れるように伸ばされた長い髪は頭の両サイドで結ばれて揺れている。

 

 天使、と称しても良い、可憐な容姿をしている少女だ。

 

 その天使のような少女が今、必死の形相で、石畳の上を走っていた。

 

 裸足の足が、ひどく痛む。

 

 息が上がり、心臓の鼓動が嫌が上でも高まるのを感じた。

 

 どれくらい走っただろう?

 

 やがて、力尽きたように速度を緩めると、少女は壁に手を突いて立ち止まった。

 

「こ・・・・・・ここまで来れば・・・・・・あ、安心ね」

 

 上がる息が肩を揺らし、汗が滝のように、額から滲み出る。

 

 まったくもって、慣れない事はするものではなかった。

 

 そもそもからして、少女の体は「走る」ようにはできていない。疲労困憊は無理からぬことだった。

 

「こんなに、走ったのなんて・・・・・・生まれて、初めての事よ・・・・・・それに」

 

 呟きながら、少女は自分の体を眺め渡す。

 

 細い体を、ゆったりとした白い衣装に包まれた少女の姿は、どこか神秘的な印象すらある。

 

 だが、少女は今、自分が置かれている状況に対し、戸惑いと不満を覚えずにはいられなかった。

 

「まったくもうッ 何なのよ、本当にッ いつの間にかサーヴァントになっているしッ (ステンノ)駄妹(メドゥーサ)もいないしッ」

 

 口に出していると、急速に心細さが増してくるのが判る。

 

 異郷の地に一人投げ出され、見知らぬ輩に追いかけまわされる状況に、恐怖を覚えずにはいられない。

 

 それに、

 

 事態はそれだけではない。

 

「この迷宮・・・・・・・・・・・・」

 

 周囲を見回しながら、少女は呟く。

 

 その声音には、僅かな恐怖が入り混じった。

 

 どこまでも続く、石造りの建築物。

 

 追われている内に、無我夢中で飛び込んでしまったのだが、冷静になって周囲を見回せば、ある事に気が付く。

 

 先程から、同じような光景が延々と続いている事に。

 

「ここって・・・・・・多分、『そう』よね」

 

 実際に見た事がある訳ではない。

 

 しかし、あまりにも有名な、その迷宮の存在に行き当たるのは、自然な流れだった。

 

 もし少女の予想が正しければ、迷宮は物理的な迷路構造のみならず「概念」的な閉鎖空間になっているはず。となれば、正しい手順を踏まない限り、脱出はほぼ不可能。

 

 否、

 

 もっと、厄介な事がある。

 

 もし、迷宮の「主」と出くわしたりしたら・・・・・・・・・・・・

 

「と、とにかく、慎重に進みましょう」

 

 足音を立てないように、

 

 ゆっくり、

 

 そっと、

 

 恐る恐る、

 

 進んでいく。

 

 そして、角を曲がった。

 

 そこで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出くわしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見上げるような巨体。

 

 その頭頂は高い天井に着きそうなほど高い。

 

 巨大な四肢は、羆を優に上回るだろう。

 

 爛々と輝く凶悪な双眸。

 

 そして、頭からは曲がりくねった二本の角が生えている。

 

 その威容たるや、華奢な少女など、一飲みにしてしまいそうだ。

 

「キ・・・・・・・・・・・・」

 

 サーッ と、恐怖で顔を青ざめる少女。

 

 怪物の凶眼がギロリと、足元で立ち尽くす少女を睨んだ。

 

 次の瞬間、

 

「キャァァァァァァァァァァァァッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海だ。

 

 見間違いようもなく、海だ。

 

 見るまでもなく、海だ。

 

 カルデア特殊班一同の目の前には今、果てしない大海原が広がっていた。

 

 ロマニからの指示により、第3次レイシフト(特異点Fへのレイシフトは偶発的な事故だった為、カウントから除外された)を敢行した立香達。

 

 だが、

 

「ちょっとロマン君!!」

 

 立ち尽くす立香の傍らで、凛果が通信機に向かって怒鳴っていた。

 

「これのどこが特異点だってのよ!? ただの大海原じゃない!!」

《いや、そう思うのも無理ないかもしれないけど、特異点の反応は間違いなく、その地点から出ているよ》

 

 カルデアでは、ロマニたちがモニタリングしながら、状況の確認を行っているところだった。

 

 今回の特異点。

 

 確かに、前3回とは異なる事が多すぎた。

 

 まず、一つ目は言うまでもなく、海が舞台である点。

 

 今までの特異点は全て、陸上であった事を考えれば、これだけでかなり異質なのは間違いない。

 

 加えて、今回はそれだけではない。

 

《良いかい、目の前に見える海は、普通の海じゃない。世界中のあらゆる海を切り取って、まるでつぎはぎしたような、歪んだ形になっているんだ。それこそが、特異点としての影響だと思う》

「だとしても、だ」

 

 立香は嘆息気味する。

 

 ロマニの説明は理解できた。ここが特異点だと言うのも納得である。

 

 何より、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 見上げれば、そこに存在する巨大な「円環」。

 

 この異常な光景こそが、この場が特異点である何よりの証拠である。

 

「そうなると、具体的な移動手段が無いと、どうしようもないぞ」

 

 途方に暮れた調子で答えると、立香はもう一度海原を見回す。

 

 特殊班が現在いるのは、絶海の孤島だ。

 

 ここから移動するには船がいる。それも簡単に作れるような筏ではなく、それなりに大きな物が。

 

 だが、言うまでもなく、都合よくそんな物が見つかるはずもなかった。

 

 途方に暮れる立香。

 

 気を紛らわせるように、周囲を見回す。

 

「ん、フォウ、カニ」

「フォウフォウッ」

 

 足元で、響がフォウと一緒にカニと戯れている。

 

 何とも、長閑な光景である。

 

 そんな中、

 

 白いドレスを着た剣士少女が、無言のまま、打ち寄せる波の様子を眺めていた。

 

 美遊は既に英霊化した状態で、波打ち際に佇んでいる。

 

 今回、美遊はいつもの軽装甲冑ではなく、ノースリーブのブラウスにミニスカートと言うドレスのみを纏った戦装束でレイシフトしている。

 

 防御力よりも、機動力を重視した形だった。

 

 その美遊は、背後でのやり取りに加わる事無く、ジッと海を見詰めている。

 

「ん、美遊、どうした?」

「フォウ」

「あッ 響、フォウも・・・・・・・・・・・・」

 

 声を掛けられた美遊は、どこか感慨深げに髪をかき上げながら、海へと視線を向ける。

 

 吹き抜ける海風が、少女の髪を優しく揺らしていく。

 

「実はその・・・・・・今まで海を見た事が無くて・・・・・・だから、ちょっとうれしくて」

「・・・・・・・・・・・・あー」

 

 成程。

 

 この年になるまで、朔月家の結界の中で過ごしてきた美遊にとって、見る物全てが新鮮である。

 

 当然、海を見るのもこれが初めての事だった。

 

「・・・・・・そんなところは、同じ」

「え、何か言った?」

 

 首を傾げる美遊に、響は答えずにそっぽを向く。

 

 一体何なのか?

 

 響はそれ以上語る事無く、美遊に背を向けた。

 

 と、

 

 その時だった。

 

《ちょっと待った!!》

「え、何? 何?」

 

 凛果の通信機の向こうで、ロマニが素っ頓狂な声を上げた。

 

 いったい、どうしたと言うのか?

 

 一同が振り返る中、通信機の向こうで、ロマニが緊張した調子で告げる。

 

《生命反応多数。背後にある森の中から接近してきている。これは・・・・・・結構な数だな。反応的にはサーヴァントじゃないね。けど、10人以上は近付いてくるぞ・・・・・・・・・・・・》

 

 いったい何が来るのか?

 

 警戒して身構える一同。

 

 サーヴァント3人が前面に立ち、マスター2人と1匹を守るように身構える。

 

 果たして、

 

 森の中から続々と現れたのは、

 

 一団の男たちだった。

 

 どの男たちも筋骨隆々と言った感じで、着ている物もまちまちである。

 

 いかにも「海の男」と言った風情に日焼けしているのが特徴だった。

 

 そして、

 

 剣に、ナイフに、古めかしい銃。

 

 1人の例外も無く、何らかの武器を携えていた。

 

「・・・・・・・・・・・・女だ」

 

 中の1人が、声を発する。

 

 それと同時に、一斉に舌なめずりをするような音が次々と聞こえてくる。

 

「ガキも居やがるぜ」

「こいつは高く売れそうだ」

 

 どう考えても、友好的なコンタクトが可能なように見えない。

 

 男たちが特殊班一同を見る目は、完全に獲物を見る野獣のそれだ。

 

 次の瞬間、

 

「捕まえろォォォォォォ!!」

「ヒャッハァァァァァァ!!」

 

 問答無用、とばかりに襲い掛かってくる男たち。

 

 その眼は完全に血走っており、殺気でぎらついているのが判る。

 

「敵襲です先輩ッ 恐らく海賊と思われます!!」

「おー ワンピース」

「響、よく分からないけど違うと思う」

 

 ともかく、話が通じる相手出ない事だけは確かだった。

 

「マシュッ 響ッ 美遊ッ 迎え撃つんだ!! ただし、穏便に!!」

「了解しましたッ 峰打ちで行きます!!」

 

 マシュの返事と共に、サーヴァント達は海賊たちを迎え撃つべく飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 ~だいたい5秒後~

 

 

 

 

 

 砂浜には、見事に海賊たちが上げる呻き声が響き渡っていた。

 

 10数人いた海賊たちは、文字通り全滅。

 

 その場に立っているのは、3人のサーヴァント達だけだった。

 

 と言っても、死んだ者はいない。

 

 マシュは大盾を、なるべくダメージを与えないように振るったし、響は刀を抜かず、鞘と柄のみで当身を食らわし、美遊に至っては徒手空拳のみで敵を制圧してしまった。

 

 人間とサーヴァントの戦力差を、如実に表す光景だった。

 

「さて・・・・・・これで一応、現地の人とは接触できたわけだけど・・・・・・」

 

 果たして、どうした物か?

 

 立香がやれやれとばかりに嘆息する。

 

 取りあえず、話を聞きたいのだが、問答無用で襲い掛かってくるあたり、果たして会話が通じるかどうか、微妙なところであった。

 

 その時だった。

 

「へえ、なかなかやるじゃないのさ。うちの阿呆どもを一蹴するとはね」

 

 突然の声に、振り返る一同。

 

 そこには、砂浜を踏みしめて真っすぐに歩いてくる、1人の女性の姿があった。

 

 鮮烈な印象の女性である。

 

 長身の体躯に海軍服を纏い、顔の中央、右の額から左の頬に掛けて、1本の傷が走っている。

 

 精悍、と言っても良い外見の女性だった。

 

 女性は周りを見回すと、嘆息しながら口を開いた。

 

「・・・・・・どうやら、迷惑をかけたのはこっちみたいだね」

「はあ・・・・・・・・・・・・」

 

 女性の言葉に、生返事を返す立香。

 

 どうやら、この女性が海賊の頭領であるらしい。いきなり襲ってきた男たちよりだったら、話が通じる印象である。

 

「けどね」

 

 女性はじろりと、一同を見回して言った。

 

「こんな奴等でも、可愛い子分どもだ。こいつらをやられて黙っているとあっちゃ、海の魔物(エル・ドラゴ)の名が泣くってもんだよッ」

 

 言い放つと同時に、女性は腰に下げていたクラシカルなフリントロック拳銃を抜き放った。

 

 同時に増す戦機。

 

 周囲一帯の空気が、一気に張り詰めるのが判った。

 

《エル・ドラゴ・・・・・・そうかッ》

「どうしたの、ロマン君?」

 

 通信機から聞こえてきたロマニの声に反応する凛果。

 

 どこか興奮したようなロマニは、説明を続ける。

 

《世界中で、その名前で呼ばれた人物は1人しかいないッ 彼のスペイン無敵艦隊を破った海の英雄・・・・・・》

 

 高まる戦機の中、ロマニは言い放つ。

 

《彼女はフランシス・ドレイクだ。大英帝国が誇る大提督にして、私掠船の船長。別名「太陽を落とした英雄」!!》

 

 フランシス・ドレイク

 

 ロマニの言う通り、イギリス海軍の提督であり、同時に海で恐れられた海賊でもある。

 

 私掠船と言うのは、言わば国家から公認された海賊である。国家が全面的にバックアップする代わりに、自国の商船は襲わない事を契約した海賊の事である。

 

 ドレイクも例に漏れず、イギリスと契約を交わした私掠船の1隻を任され、当時、敵対していたスペインの商船を繰り返し襲撃していた。

 

 当時、スペインは世界中に多数の植民地を持つ世界最大の大国であり、「太陽の沈まない帝国」と呼ばれていた。対して、海を挟んで隣接するイギリスは小さな島国に過ぎず、大国であるスペインからの圧力に、常に怯えて暮らしていたのだ。

 

 そんな状況に風穴を開けたのが、他ならぬフランシス・ドレイクであった。

 

 彼女は自船である「黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)」を駆り、世界中で初めて、世界一周を成し遂げたのだ。

 

 初の世界一周と言えば、ポルトガルのフェルディナンド・マゼランが有名であるが、マゼランは南太平洋において原住民の争いに巻き込まれて命を落としている事を考えれば、「生きて世界一周」を果たしたのは、彼女が初と言える。

 

 これは単に地球を一周したと言う事実だけでは済まない。当時はまだ海には未発見な部分が多く、航路すら確立されていなかった時代である。

 

 そこに来て世界一周を成し遂げたと言う事はすなわち、世界中のどこへでも行く事ができ、尚且つ、その権利と手段をイギリスが独占できると言う事を意味していた。

 

 このドレイクの功績により、イギリスは領土拡大の端緒を掴むと同時に、スペインにも対抗できるだけの財源を確保するに至ったのである。

 

 だが、何と言っても彼女を一躍、英雄にまで押し上げる原因となったのは、スペイン無敵艦隊との一大決戦である「アルマダ海戦」だった。

 

 イギリスの躍進と、自国に対する商船襲撃を苦々しく思っていたスペイン国王はついに、当時、世界最強と言われた無敵艦隊をイギリス攻略に差し向けた。

 

 この未曽有の国難に対し、当時の女王エリザベス一世は、最も信頼する軍人であるフランシス・ドレイクを艦隊副司令官に任じ出撃させた。

 

 両軍の戦力は、イギリス艦隊200に対し、スペイン無敵艦隊は130。

 

 数においてはドレイク側が勝っているが、無敵艦隊側は大半が純粋な軍艦だったのに対し、イギリス艦隊の7割以上は、攻撃力の低い武装商船の寄せ集めに過ぎず、総合火力においてはスペイン無敵艦隊の方がはるかに勝っていた。

 

 だがドレイクは、自軍の勝利に対して聊かの疑いも持っていなかった。

 

 まず、スペイン艦隊は確かに火力は強力だが、大半は機動力の低い大型ガレオン船や、手漕ぎのガレー船が主力となっているのに対し、イギリス艦隊は中・小型で機動力が高い帆船が主力となっている。

 

 また、従来の接弦斬り込みを主戦法としているスペイン艦隊の大砲は、威力は高いが射程が短い旧式砲なのに対し、イギリス艦隊の大砲は、純粋な砲撃戦を意識し、威力を減らす代わりに射程を大幅に伸ばした新型砲に切り替えてある。

 

 そして何より、自分達は長年にわたって海賊活動を行い、潮の流れと風向きを見極め、船を操る事に掛けては絶対的な自信を持っている。

 

 相手がたとえ世界最強の艦隊であったとしても、恐れる物は何もなかった。

 

 そして、決戦の時はやってくる。

 

 従来の戦法に固執するスペイン無敵艦隊に対し、ドレイク率いるイギリス艦隊は、高速で有利な位置取りをしつつ、一方的な砲撃戦を展開して敵を翻弄していく。

 

 更に、停泊中の敵艦隊に対しては火船による襲撃を敢行。多数の敵艦を海の藻屑とした。

 

 結果、

 

 最強を誇ったスペイン無敵艦隊は、兵力の半数を喪失して壊滅。戦いは、イギリス艦隊の勝利に終わった。

 

 この戦いがスペイン凋落の端緒となり、逆にイギリスにとっては、その後の躍進のきっかけになってとも言われている。

 

 また、英雄となったドレイクは、「太陽の沈まない帝国」を破ったと言う事で「太陽を落とした英雄」と呼ばれるようになった。

 

 そのフランシス・ドレイクが、まさか女だった、などと、誰が想像し得ようか?

 

 これまでも前例がいくつかあったとはいえ、驚きなのは確かだった。

 

「気に入らないねェ」

 

 ドレイクは立香達を見ながら、不機嫌そうな声を発した。

 

「さっきから人の事をごちゃごちゃと言いやがって。だいたい、その声だけの奴。あたしが一番嫌いな、弱気で、悲観主義で、根性無しで、そのくせ根っからの善人ぶったチキン野郎の匂いがするよ」

《そんな、ヒドイッ》

 

 ドレイクの評価に対し、通信機の向こうでロマニが悲痛な声を上げる。

 

 だが、対してマシュは大盾を構えながら、背後の立香に告げる。

 

「先輩、気を付けてください。この方、人を見る目も的確です!!」

「マシュ・・・・・・・・・・・・」

 

 苦笑する立香。

 

 マシュも地味にひどかった。

 

 と、

 

「ん、けど、どうする?」

「そう。いくらあなたが強くても、3対1で、勝てるはずが無い」

 

 響と美遊が、それぞれ剣の柄に手をやりながら、ドレイクとの距離を詰める。

 

 先の海賊は瞬く間に一蹴できたが、流石にこっちは、本気で掛からねばなるまい。

 

 だが、

 

「ハッ 甘いんだよッ 誰が、あたし1人で相手するって言った!?」

 

 言い放つと同時に、

 

 ドレイクは自身の背後へと目をやって叫んだ。

 

「出番だよッ 出ておいで!!」

 

 呼び声に応え、

 

 岩陰から飛び出すように、小柄な人物が、ドレイクのすぐ側へと降り立った。

 

「もうッ こんなに早く出番が来るなんて。天下のフランシス・ドレイクは、随分と人使いが荒いじゃないの」

「やかましいよ。生きてるやつはアザラシでもこき使うさ。飯代分は、きっちり働いてもらうからねッ」

 

 叩きつけるようにドレイクが言った相手は、小さな少女だった。

 

 褐色肌に白く長い髪を後頭部で一房だけ纏め、やや露出の多い黒いインナーの上から、赤い外套を纏っている。

 

 やれやれと肩を竦めながら、振り返る少女。

 

 その視線が、

 

 合った。

 

 響と。

 

「「・・・・・・・・・・・・へ?」」

 

 2人して、間抜けな声を上げる。

 

 そして、

 

「・・・・・・ん、クロ、何でいる?」

「ヒビキ・・・・・・よね、あんた?」

 

 

 

 

 

第2話「太陽を落とした女」      終わり

 



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第3話「最古の迷宮」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案内されて行った先にある小さな入り江。

 

 そこに設えられた桟橋に、1隻の船が停泊していた。

 

 弓形にしなる高い舷側に、3本の高いマストが特徴的な美しい船だ。その舷側からは、多数の砲門が見て取れる。

 

 いわゆる「ガレオン船」と呼ばれる大航海時代に多用された、最も一般的な帆船であり、後の「戦艦」の基礎となった、「戦列艦」の原型でもある。

 

 もっとも、ガレオン船の中でも、目の前の船はそれほど大きい物ではない。排水量もせいぜい300トンくらいだろう。同時代の大型のガレオン船なら1000トン以上の物もある。それを考えれば、かなりの小型である。

 

 どうやら今は休息中であるらしく、多くの船員は浜辺に降り荷揚げ作業を行う傍ら、一部の船員は船の補修に走り回っている。

 

 「黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 フランシス・ドレイクの乗船であり、元は「ペリカン号」の名称で呼ばれていたが改名。後に、世界一周の栄誉を担う事になる船である。

 

 近付いてくる一団を見つけ、甲板で補修作業の指揮を執っていた男が、慌てて駆けてきた。

 

 副長のボンベである。

 

「お帰りやさい姉御・・・・・・ってか、そいつらは?」

「客人だよ。それから、怪我した奴が何人かいるから、手当てしてやんな」

 

 そう言うとドレイクは、はしごを伝って船へと上がる。

 

 それを見て、立香達も後から続いた。

 

「それにしても・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果は背後に立つ2人の子供たちを見ながら、嘆息気味に呟いた。

 

「そっちの・・・・・・クロエちゃん、だっけ? まさか響のお姉さんだったなんて」

「『クロ』で良いわよ」

 

 そう言って、褐色肌の少女は苦笑気味に肩を竦める。

 

 クロエ・フォン・アインツベルン

 

 容姿も、名前も全く持って共通点は無いのだが、どうやら本人たち曰く、響の姉であるらしい。

 

 どう考えても他人にしか見えない2人なのだが。

 

 まあ、そのおかげで、ドレイクとの戦闘は避ける事が出来たのだから、立香達としては結果オーライなのだが。

 

「あんまり・・・・・・ていうか、全然似てないよね。苗字も違うし」

 

 そもそも、どう見ても純粋な日本人の響に対し、クロの方は明らかに西洋人の顔だちをしている。

 

 名前からして「衛宮」と「アインツベルン」である。

 

 はっきり言って、共通点は皆無と言っていい。

 

「ん、親の都合」

 

 そう言うと、響はすたすたと歩いていく。

 

 対して、凛果は不思議そうな眼差しで眺める。

 

 この少年暗殺者は、自分の事をあまり語らない、秘密主義的な部分がある。姉がいると言うのも、今回初めて語った事だ。

 

 クロと苗字が違うのも、どうやらそこら辺の複雑な家庭環境のせいらしかった。

 

「それにしても・・・・・・・・・・・・」

 

 呟きながら振り返ったクロの視線は、傍らに立つ美遊を捉えた。

 

「ミユ、あんたまでいるなんて、驚いたわよ」

「え?」

 

 一方の美遊はと言えば、突然話を振られて驚いている様子だ。

 

「それに何、その恰好? まあ、可愛いから良いけど」

「えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 クロの物言いに、どう答えたら良いのか分からず、言い淀む美遊。

 

 いったい、何なのか?

 

 話が分からない美遊は、首を傾げるしかない。

 

 と、

 

「クロ、ちょっと」

「うん、何よ?」

 

 響に腕を引かれ、振り返るクロ。

 

 響はと言えば、戸惑う美遊とクロを見比べるように、ジッと見つめている。

 

 そんな弟の様子に、何かを感じ取ったクロが、頷いた。

 

「ああ、なるほど。世界線が違うって、やつ。そりゃ、話も噛み合わないか」

 

 クロもまた、納得したように頷いた。

 

 一方、

 

 美遊もまた、ある事に思い至っていた。

 

 この、クロエと言う、響の姉を名乗る少女に、見覚えがある事を思い出したのだ。

 

 これまで、何度か見てきた夢。

 

 自分が、どことも知れない小学校の生徒となり、友達と楽し気に会話すると言う、不思議な夢。

 

 その夢に出てくる、双子のように瓜二つな少女たちのうちの1人が、正に目の前にいるクロに他ならなかった。

 

 いったい、どういう事なのか?

 

 意味が分からなかった。

 

「ん、そうだ」

 

 そこでふと、響が何かを思い出したように手を叩くと、クロに向き直った。

 

「クロ、この間、ローマにいた?」

「は? ローマ? 何あんた達、世界旅行でもしてる訳?」

 

 響の質問の意味が分からず、キョトンとするクロ。

 

 対して、そんなクロの態度に、自分の当てが外れた事を悟ったのだろう。響は頷くとそっぽを向く。

 

「判んないなら、いい」

「? 何なのよ?」

 

 謎の行動を取る弟に、クロも意味が分からず首を傾げる。

 

 と、

 

「あんた達、何やってるんだいッ このあたしを待たせるんじゃないよ!!」

 

 船橋のドアが開き、ドレイクが苛立ったように叫ぶ。

 

 どうやら立ち話が長すぎたせいで、怒らせてしまったらしい。

 

 一同は顔を見合わせると、慌てて女船長を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

「は~ カルデアね~ 星見屋がこんな海のど真ん中に、いったい何の用だい? 新しい星図でも売りに来たのかい?」

 

 真昼間からラム酒をあおりながら、ドレイクが一同を見回して尋ねてくる。

 

 それにしても、

 

 海賊などと言うやくざな商売をしている割に、フランシス・ドレイクはなかなかの博識ぶりである。

 

 確かに、古代にはカルデア人と呼ばれる人種が存在し、占星術や天体術を得意としたとされている。どうやら、この時代にはそうした人種がまだ残っているらしい。ならば、ドレイクがそちらのカルデアを思い浮かべたとしても不思議は無かった。

 

「ドレイク船長。我々は、今、この海で起きている異常を調べ、解決する為にやってきました」

「異常、か・・・・・・確かにまあ、変な海であるのは確かだよね」

 

 マシュの説明に、どこか納得したようにドレイクは頷く。

 

 彼女の説明によれば、ある時期から急に、異変が起こり始めたと言う。

 

 曰く、「海の雰囲気が違う」

 

 素人から見れば、海なんぞどこでも同じに思えるかもしれないが、練達の船乗りは風や潮の微妙な違いによって、海を見分ける事ができる。

 

 だが、この海は違った。

 

 北大西洋の荒れた海を航行してたかと思えば、急に地中海の穏やかな海になる。

 

 嵐を抜けたら、それまでと全く違う場所にいた。

 

 そんな事が頻発しているらしい。

 

 ドレイクの説明を聞いて、立香は異常の原因が特異点、すなわち聖杯にある事を確信する。

 

 聖杯によって特異点が発生し、その影響で海の繋がりが出鱈目になっているのだ。

 

 となれば、答えは一つ。聖杯を取り除く事が出来れば、この海で起きている異常も解消できるはずである。

 

「頼む、ドレイク。協力してくれ」

 

 立ち上がって、立香は頭を下げる。

 

「俺達は何としても、この異常事態を解決しなくちゃいけない。その為に、あなたの協力が必要なんだ」

 

 この大海原を移動するには、足となる大型船が必要。

 

 そこに来て、フランシス・ドレイク率いる黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)ならば、この上無い味方となってくれるだろう。

 

 文字通り「渡りに船」である。

 

「・・・・・・・・・・・・確かに、この海は異常だよ」

「だったらッ」

 

 呟くドレイクに、身を乗り出す立香。

 

 判っているなら協力してくれ。

 

 そう告げようとする。

 

 しかし、

 

「けどねッ そいつは海賊にとって、ロマン以外の何物でもないのさッ 知らない海ッ 行った事の無い島ッ 全く読めない潮の流れッ こんなの楽しくて仕方ないに決まっているじゃないか!!」

「んなッ」

 

 思わず、立香は絶句する。

 

 恐るべし、海賊シンキング。

 

 この異常事態に恐れるどころか、むしろ積極的に飛び込もうとするとは。

 

 しかし、立香の驚愕を他所に、ドレイクは口元に笑みを浮かべ、目を輝かせている。

 

 ドレイクは本気で、この異常事態を楽しんでいる様子だ。

 

 考えてみれば、この当時の海賊と言えば冒険者の側面も持っている。多くの海原を船で飛び込み、島々に眠る財宝を探して回る。まさに、ロマン溢れる時代。

 

 ましてかフランシス・ドレイクは間違いなく、その代表格だ。「未知」「未踏」と言った単語に、余計に燃え上がるのは当然の事だった。

 

「なら・・・・・・・・・・・・」

 

 立香は、真っすぐにドレイクを見詰める。

 

 その瞳からは、まるで戦場にいるかのような輝きが放たれていた。

 

 今ここで、ドレイクの協力を得られなければ、特殊班は広い大海原で立ち往生を余儀なくされる。

 

 それだけに、立香は真剣だった。

 

「尚の事、俺達に協力してくれないか」

「あん?」

「俺達は、この海の原因を解明するため、色々な場所に行かなくてはならない。その過程は、決して、あなたを飽きさせる事は無いだろう。何より・・・・・・」

 

 立香は、

 

 決然と言い放った。

 

「海賊がどうとか関係ないッ 俺達にはフランシス・ドレイクが必要なんだ!!」

 

 それは殺し文句だった。

 

 どんな人間だろうと、自分を必要としてくれる人間がいれば悪い気はしない。

 

 まして、

 

 ここまでストレートに言われれば、いっそ清々しいくらいだった。

 

「・・・・・・・・・・・・やるねえ。久々に、響いたよ」

 

 ドレイクはジョッキを置くと、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 その胸には、確かに熱い物が湧き上がってきている。

 

 目の前の少年は面白い。

 

 こいつに着いて行けば、きっと面白い事になる。

 

 海賊としての勘が、そう告げていた。

 

 船乗りにとって勘は大事である。風を読む勘、潮を読む勘、危険を察知する勘。そうした勘を、常に研ぎ澄ましてこそ、真の船乗りと言える。ドレイクもまた、これまで自らの勘を信じて、ここまでのし上がって来たのだ。

 

 だからこそ、目の前の少年は「本物」だと、直感していた。

 

「良いだろう。あんた達を、あたしの船に乗せてやってもいい」

「本当にッ!?」

「ただしッ」

 

 勢い込む立香を制するように、ドレイクは片手を上げた。

 

「あたし達は海賊だ。そのあたし達が命運を託す相手はきっちりと見定めさせてもらうよ。勿論、海賊流のやり方でね」

 

 そう言って、ドレイクはニヤリと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その洞窟を、ドレイクたちが見つけたのは、偶然の事だった。

 

 たまたま、補給の為に立ち寄ったこの島で、周囲を探索していた船員が発見したのだった。

 

 試しに中に入ってみようと言う事になり、数人が内部に入り、

 

 そして出てこなかった。

 

 不審に思い再度、調査と捜索を兼ねて、今度はしっかりとした装備を持った上で人員を投入した。

 

 が、

 

 2度目の捜索隊も、戻らなかった事から、いよいよ事態は尋常ではないと判断したのだった。

 

「そもそも、何でそんなところに入ったりしたんですか?」

 

 マシュが首を傾げる。

 

 最初に入った人達は仕方ないにしても、2回目の時は警戒して入らない、と言う選択肢もあったはずなのだ。

 

 しかし、

 

「愚問だよ、マシュ」

 

 尋ねるマシュに、先を行くドレイクが胸を張って言い放った。

 

「そこに冒険があるなら、取りあえず突撃するのが海賊ってもんさッ」

 

 ものすごい説得力だった。

 

 そんな事をしている内に、一同は森の奥にある岩場までやって来た。

 

 目の前には巨大な岩壁があり、そこかしこに大岩が転がっているのが見える。

 

 もしかしたら、大昔に火山の爆発でもあったのかもしれなかった。

 

「着きやしたぜ。あれでさ」

 

 案内してくれたボンベが、岩壁の方向を指差す。

 

 見れば確かに、岩壁の一角にぽっかりと大きな穴が開いているのが見える。

 

 内部はかなり深いらしく、入り口から覗いて見ても、中まで見通す事が出来なかった。

 

「前に来たときは、こんな所は無かったと思ったんだけどね。あのあと、地震でも起きて崩れたのかもしれないね」

 

 そう言うと、ずんずんと先に入ろうとするドレイク。

 

 仰天したのはボンベである。

 

「チョッ!? まさか、姉御も入るんですかいッ!?」

「当たり前だろ。客人を危険な場所に行かせるんだ。船長のあたしが命張らないでどうするんだい?」

 

 さも当然とばかりに、あっけらかんと言い放つドレイク。そのまま、すたすたと中へと入っていく。

 

 その後から、ぞろぞろと着いて行く、立香達カルデア特殊班一同。

 

「姉御~」

「中をぐるっと見たら戻ってくるから。あんたは船の方を頼むよ」

 

 困惑気味のボンベに背中で答えつつ、ドレイクは迷わず洞窟の中へと入っていくのだった。

 

 

 

 

 

「そう言えばクロ」

「うん、何よ?」

 

 洞窟の中に入って数分。

 

 隣を歩く姉に、響は気になっていた事を尋ねてみた。

 

「何でドレイクと一緒にいるの?」

 

 確かに。

 

 どう考えても、生前に接点があったとは思えない二人が、なぜに一緒にいるのか?

 

「まったく、呆れるよ、そいつには」

 

 話を聞いていたらしいドレイクが、先頭を歩きながら話し始める。

 

 それによると、1人でいたクロを見つけた海賊たちが、例によって生け捕りにしようと襲い掛かったのだとか。

 

 それをあっさりと返り討ちにしたクロ。

 

 だが、話はそこでは終わらなかった。

 

 海賊たちから黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の位置を聞き出したクロは、迷う事無く襲撃を敢行。そこで、居合わせたドレイクと戦闘になったと言う。

 

 両者、激しい応酬を続けたが決着は付かず、そこでドレイクの提案で休戦し、ドレイクがクロを船に乗せる代わりに、クロは戦闘の際にはドレイクたちに協力する、と言う事になったらしかった。

 

「互角って・・・・・・クロちゃん、サーヴァントだよね?」

「そうね。一応、アーチャーよ」

 

 やや呆れ気味に尋ねる凛果に、あっけらかんと答えるクロ。

 

 そんなクロと、互角に戦ったドレイクは、やはりただ者ではないのだろう。

 

 先のローマでも、ネロが人の身でありながら、サーヴァントと同等以上の力を発揮していた。

 

 それを考えれば、英雄と呼ばれる人種は、「人」の尺度では測れないのかもしれなかった。

 

 そんな事を話しているうちに、一同はどんどん中へと入っていく。

 

 内部は、意外にもしっかりとした石造りの構造をしており、壁も床も、切り出した石で舗装されている。

 

「これ・・・・・・明らかに人工物だよな」

 

 かがんで床を撫でながら、立香は訝るように告げる。

 

 整然と敷き詰められた石畳や、大理石製の大きな柱。

 

 どう考えても、自然の物とは思えなかった。

 

「古代の遺跡か何かかな?」

「いや・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねる凛果に、手近な柱を撫でながら、ドレイクが何事かを思案する。

 

 練達の女海賊が感じる、微かな違和感。

 

 その正体に対し、しかし今だ確証と呼べるほどの材料は揃っていなかった。

 

「ドレイク、どうしたんだ?」

「フォウフォウ」

「ああ、いや・・・・・・何でも無いさ。さあ、もう少し、先に進んでみようじゃないか」

 

 そう言うと、再び歩き出すドレイク。

 

 先を行く女海賊の背中を見ながら、一同も怪訝な面持ちで後に続くのだった。

 

 

 

 

 

 どれくらい、歩いただろうか?

 

 内部の構造は意外としっかりしているようで、崩れてくる心配は無い。

 

 しかし、なかなか最奥部までたどり着く事が出来ないでいた。

 

「ねえ、どれくらい来たのかな?」

「さあな。けどもう、2時間以上は歩いているよな」

 

 やや疲れ気味の凛果の言葉に、立香も嘆息交じりに応える。

 

 正直、サーヴァント達や、体力的に優れているドレイクは問題無いのだが、流石に立香と凛果は、きつくなってきていた。

 

 しかも、

 

「何か、歩いても歩いても同じような景色が続いているし・・・・・・何か無駄に疲れてくる構造だよね、ここ」

 

 周囲を見回しながら、凛果はぼやくように呟く。

 

 確かに。

 

 彼女の言う通り、同じような景色が続いているせいで、一向に先に進んでいる気がしなかった。

 

 肉体的には勿論、精神的にも疲れがたまってくる。

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 いや。

 

 「同じような」景色、

 

 ではなく、

 

 本当に「同じ」景色、

 

 なのだとしたら?

 

「・・・・・・・・・・・・やっぱりか」

 

 立ち止まったドレイクが、柱を見ながら舌打ち交じりに告げる。

 

 歴戦の女海賊が、珍しく苛立ったような声を上げていた。

 

「こいつはちょっと、まずい事になったかもね」

「どうしたんだ、ドレイク?」

 

 尋ねる立香に、ドレイクは背後の柱を指し示す。

 

「こいつを見な」

 

 ドレイクが指し示した柱には3本、横に線が引かれているのが判る。恐らく、ナイフか何かで削って付けたのだろう。

 

「こいつはついさっき、あたしが柱に付けた傷さ。通る毎に1本ずつ増やす形でね」

「えっ じゃあ、それが3本あるって事は・・・・・・」

 

 不吉な考えがよぎり、凛果は声を震わせる。

 

 だが、

 

 そんな彼女の希望を否定するように、ドレイクが頷く。

 

「同じ傷が3本。つまり、あたしたちはここに来るまで、この通路を3回通って、今は4回目って事になる」

 

 戦慄する一同。

 

 奥に進んでいるつもりで、立香達はいつの間にか、同じところをグルグル回っていた事になる。

 

「おかしいと思ったんだよ。古代の遺跡にしちゃ、ずいぶんと構造の石が綺麗すぎるからね。経年劣化も全く見られない事を考えると、この建物は、つい最近になって作られた事を意味している。だが、そんな事はあり得ない」

 

 緊張を増す、ドレイクの声。

 

 その予測が示す答えは、一つ。

 

 この迷宮その物が、何らかの魔術的要因によって形作られている、と言う事に他ならない。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 ズン

 

 

 

 

 

 突如、聞こえてくる低い、地鳴りのような音。

 

 石造りの壁が、一斉に振動するほどの衝撃だ。

 

 それも、一度ではない。

 

 音は連続して聞こえてくるのが判る。

 

 徐々に大きくなる音は、何か巨大な物が近づいてきている事を意味していた。

 

「な、何、これ?」

「ん、凛果、下がって」

 

 警戒心も露わに、響はマスターを下がらせながら、腰の刀に手をやる。

 

 帰らなかった船員。

 

 ループしている迷宮。

 

 そして、この状況。

 

 どう考えても、良好とは思えなかった。

 

「来るぞ、みんな」

 

 立香の声に答え、各々の武器を構える特殊班一同。

 

 ドレイクもまた、フリントロック銃を構えて廊下の奥を凝視する。

 

 やがて、

 

 光を呑んだような闇の中から、

 

 それは姿を露わした。

 

 巨象をも超える巨躯。

 

 両手には戦斧を構え、顔には不気味な牛の骨の仮面を付けている。

 

 頭にはねじくれた角が見える。

 

 怪物。

 

 まさに、怪物としか言いようがない。

 

 

 

 

 

 それは、現代にまで伝わる、恐ろしい「怪談」

 

 遥かな昔、地中海のクレタ島のクノッソスを中心に「ミノス文明」と呼ばれる、一大文明が存在した。

 

 穏やかな地中海の気候と、豊かな実りによって発展したミノス文明は、地中海一帯を支配するほどに発展したと言われる。

 

 そんな中、更なる発展を望む、時のミノス王は、自らが奉じる海神ポセイドンに生贄を捧げる事で祈った。

 

 そんなミノス王の献身を認めたポセイドンは、繁栄を約束する黄金の牡牛を、ミノス王に貸し与えたと言う。

 

 これにより、更なる発展を遂げる事になったミノス文明。

 

 だが、牡牛はあくまで、神からの借り受けた物であり、いずれは返さなくてはならない。

 

 強欲なミノス王は、返す段階になって牡牛が惜しくなってしまい、別の牡牛をポセイドンへと返してしまう。

 

 この事に怒り狂ったポセイドンは、王の妻パシパエ妃に呪いを掛け、牡牛に欲情するように仕向けた。

 

 牡牛と交尾したパシパエは、やがて1人の男の子を産み落とす事になる。

 

 しかし、その男の子は、体は人で、頭は牛という、半人半牛の、何とも醜い姿をしていた。

 

 子供を怪物と呼び、嫌悪するミノス王。

 

 しかし、神に遣わされた神獣と、妻との間に生まれた子供を処分するだけの決意もつかぬまま、数年の月日が流れた。

 

 成長するにつれ、凶暴性を増す子供。

 

 やがて、手に負えなくなったミノス王は、当代随一と言われる伝説の名工ダイダロスを呼び、クノッソスの地下に巨大な迷宮を造らせると、子供をそこに閉じ込めたと言う。

 

 そして当時、ミノスの属国であったギリシャから毎年、男女7人ずつの子供を浚っては、怪物への供物として捧げ続けたとされる。

 

 こうして、恐ろしく巨大で、恐ろしく凶暴に成り果てた怪物。

 

 その名を、

 

 ミノスの牡牛(タウロス)

 

 「ミノタウロス」と呼んだ。

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げるミノタウロス。

 

 次の瞬間、

 

 戦斧を振り翳して、襲い掛かって来た。

 

 

 

 

 

第3話「最古の迷宮」      終わり

 



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第4話「あー 女神様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突進してくる巨獣。

 

 伝説に名高き怪物ミノタウロス。

 

 その姿を見据え。

 

 真っ先に挑みかかったのは、暗殺者の少年だった。

 

 迫りくる凶悪な怪物。

 

 対して響は低い姿勢で床を疾走。怯む事無く飛び込むと、腰に差した刀の鯉口を切る。

 

 迫る怪物の巨影。

 

 対して響の鋭い視線が、火花を放つ。

 

 跳躍。

 

 暗殺者の双眸は、怪物の首筋に狙いを定める。

 

「んッ!!」

 

 抜刀。

 

 同時に奔る横薙ぎの斬撃が、怪物に襲い掛かる。

 

 対抗するように、怪物もまた、両手に握った戦斧を振るい、向かってくる響を迎え撃つ。

 

 疾風の如く、斬りかかる響。

 

 だが、

 

 次の瞬間

 

「ッ!?」

 

 目の前に迫る巨大な刃。

 

 大気すら打ち砕くほどの衝撃が、小さな少年に襲い掛かる。

 

 響は思わず目を見開く。

 

 速い。

 

 とっさに攻撃をキャンセル。

 

 響は空中で強引に体勢を入れ替えると、ネコ科の小動物のように宙返りして怪物がふるう戦斧を回避。そのまま、相手の背後へと降り立つ。

 

 振り返る響。

 

 怪物はまだ、少年に対して背を向けている。

 

 そのチャンスを、見逃さない。

 

「ん、貰ったッ」

 

 呟きと共に、再び間合いを詰める。

 

 擦り上げるような刃の一撃。

 

 しかし、

 

 響が繰り出した銀の閃光は、またしても用を成さなかった。

 

 攻撃が届く前に、怪物は上体をのけ反らせるようにして、響の攻撃を回避してしまったのだ。

 

「何でッ!?」

 

 驚愕する響。

 

 対して、ミノタウロスも反撃に出る。

 

 振り下ろされた戦斧が、床の大理石を容赦なく砕き散らす。

 

 響はとっさに後退しつつ回避。大きく距離を取ろうとする。

 

 だが、

 

 怪物は逃がさない、とばかりに、大きく踏み出そうとする。

 

 次の瞬間、

 

 飛んできた銃弾が、連続して命中。怪物の巨体を大きく後退させる。

 

「1人で突っ込むんじゃないよ、チビ助!! 死にたくなかったら下がりな!!」

 

 両手に構えた燧石(フリントロック)銃を翳してドレイクが叫ぶ。

 

 素早く薬室を開けて次弾を装填。再発射可能になるまで、3秒もかからない。

 

 戦い慣れしたドレイクは、ミノタウロスに連続攻撃を仕掛ける事で、息つく暇を与えない。

 

 命中する弾丸。

 

 だが、

 

 ミノタウロスがひるんだ様子は無い。

 

「■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げ、突き進んでくる。

 

 ドレイクの攻撃は確かに命中しているはずなのだが、怪物に対して殆どダメージが入っていなかった。

 

 唸り声をあげて、戦斧を繰り出すミノタウロス。

 

 そこへ、マシュが盾を構えて飛び込む。

 

「先輩ッ!!」

「ああ、援護を!!」

 

 マシュの合図とともに、彼女へ魔力を送る立香。

 

 同時に、マシュの盾が光を帯びる。

 

 立香の魔力によって盾を強化したのだ。

 

 激突する、大盾と戦斧。

 

 次の瞬間、

 

 蹈鞴を踏んだのはミノタウロスの方だった。

 

 マシュの鉄壁の防御が、怪物の攻撃力を僅かに上回ったのだ。

 

 のけ反るようにして後退するミノタウロス。

 

「よしッ!!」

「みんな、今のうちに!!」

 

 凛果と立香が指示を出す中。サーヴァント達も動く。

 

「それ以上はやらせないッ!!」

 

 体勢を崩したミノタウロスの姿に、チャンスと見た美遊は怪物の前方に回り込んで、剣を正眼に構える。

 

 怪物の方でも、美遊を新たなる敵と判断したのだろう。

 

 両手の戦斧を持ち上げて突進してくる。

 

 対抗するように、美遊も剣に魔力を込めて迎え撃つ。

 

 強烈な光を放つ刀身。

 

 渾身の力と共に、少女は剣を真っ向から振り抜く。

 

 激突する、美遊と怪物。

 

 美遊の剣と怪物の戦斧が激しくぶつかり合い、衝撃が迷宮全体に響き渡った。

 

 次の瞬間、

 

 両者は互いに大きく後退した。

 

「クッ!?」

 

 美遊はとっさに、地に手を突きながら着地。

 

 上げた眦の先では、ミノタウロスが再び立ち上がろうとしているのが見える。

 

「・・・・・・・・・・・・何て強さ」

 

 舌打ち交じりに、少女は再び剣を持ち上げる。

 

 しかし、その手のひらには強い痺れを感じる。先ほど、ミノタウロスと激突した時の物である事は言うまでもない事だろう。

 

 突進してくるミノタウロス。

 

 唇を噛み占めながらも、迎え撃つべく剣を構える美遊。

 

「美遊ッ!!」

 

 そんな美遊を守るべく、剣を振るう響。

 

 しかし、ミノタウロスの突進を止めるには至らない。

 

 迫る怪物。

 

 少女は覚悟を決めて、切っ先を向ける。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく。相変わらず危なっかしいわね、あんた達は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこか、楽しげにも聞こえる少女の声。

 

 次の瞬間、

 

 怪物を取り囲むように空中に出現した剣が、一斉に掃射される。

 

 次々と突き刺さる剣。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!?」

 

 怪物は苦悶の咆哮を上げて振り返る。

 

 ここに来て初めて、まともに攻撃が通った感がある。

 

 全身を剣に貫かれながらも、顔を上げるミノタウロス。

 

 仮面の奥に潜む凶眼が向ける先。

 

 その視線の先には、

 

 手を振り下ろした状態の、褐色少女が、不敵な笑みを浮かべて佇んでいた。

 

 仮面の奥で、殺意が膨れ上がるのを感じる。

 

 だが、

 

 少女は怯む事無く笑みを強めると、両手を左右に大きく広げて翳す。

 

投影開始(トレース・オン)!!」

 

 次の瞬間、

 

 少女の両手には、黒白の双剣が姿を現した。

 

「あれはッ あの時のアーチャーの!?」

 

 声を上げるマシュ。

 

 クロが作り出した双剣が、特異点Fで戦ったアーチャーが使っていた剣だと、いち早く気付いたのである。

 

 しかもアーチャーと同じ、投影魔術を用いて剣を出現させている。

 

「それは、いったい・・・・・・」

「まあ、色々とあるのよ。乙女には、ね」

 

 冗談めかして言いながら、クロは手にした双剣を掲げて斬り込んでいく。

 

 横なぎに振りぬかれた戦斧を跳躍して回避。同時に、自身の間合いまで踏み込むクロ。

 

「貰ったッ!!」

 

 手にした干将莫邪を振るう。

 

 だが、

 

 その軌跡を見越したように、怪物は後退して回避。クロの攻撃が空を切る。

 

「随分と、素早いわね!?」

 

 舌打ちするクロ。

 

 更に連続して攻撃を仕掛けるが、怪物はその全てを回避してしまう。

 

 見上げるような巨体でありながら、その動きはまるで小動物のように素早い。

 

 ミノタウロスの大ぶりな攻撃を掻い潜り、着実に剣を繰り出すクロ。

 

 放たれる一閃が、怪物の巨体を捉える。

 

 だが、

 

「チッ!?」

 

 右手の白剣を横なぎにした状態で、クロは舌打ちを漏らす。

 

 彼女の剣は確実にミノタウロスを捉えたにも拘らず、怪物は一切ダメージを負った様子が無いのだ。

 

 それどころか、咆哮を上げて反撃してくる。

 

 振り下ろされる戦斧が、壁や床を容赦なく打ち砕く。

 

 対して、クロはかわすだけで精いっぱい。反撃の糸口を掴めずにいる。

 

 それでいて、防御力もかなりの物だ。先ほどのクロの攻撃でも、掠り傷程度しかおった様子が無い。

 

 巨体に似合わない怪物の動きに、特殊班のメンバーたちは翻弄されていた。

 

「チッ あの図体であれだけ素早いとかッ 完全に反則だろ!!」

 

 手にした銃で援護射撃を行いながら、ドレイクが舌打ちする。

 

 彼女の攻撃も、先程から用を成していない。

 

 命中はするのだが、弾丸は全て、鎧のような怪物の体表に弾かれてしまうのだ。

 

 先程のクロの攻撃でも傷が付かなかった怪物である。小さな銃弾では、牽制程度が関の山だった。

 

《こいつは・・・・・・ちょっと厄介だね》

「ドクター?」

 

 通信機から聞こえてきた声に、反応する立香。

 

 今、カルデアでも戦闘の様子をモニタリングしているはず。

 

 ロマニはそれを見て、通信をよこしたのだ。

 

《もし、あれが本当にミノタウロスなら、この迷宮は奴のフィールドだ。たぶん、みんなは本来の実力を殆ど発揮できずにいるんだ》

 

 ロマニは、恐らく「デバフ」の類ではないか、と推察していた。

 

 要するに、この迷宮その物が敵にとって有利なフィールドと化している為、特殊班のサーヴァント達は、能力に制限を掛けられているのだ。

 

 これだけの人数で掛かって、尚も押し切る事が出来ないのはその為だった。

 

「じゃあ、どうするのッ!? このままじゃ、みんなが嬲り殺しだよ!!」

 

 凛果が叫んでいる間にも、ミノタウロスの猛威は続く。

 

 2本の戦斧を振り回し、周囲に破壊と衝撃を撒き散らしている。さながら、小型の台風のようだ。

 

 このままミノタウロスの猛攻が続けば、全滅も有り得る。

 

《落ち着くんだ凛果ちゃん。方法が無い訳じゃない》

 

 冷静な口調で、ロマニは凛果を窘める。

 

 ミノタウロスの伝説は、同時に1人の英雄の伝説でもある。

 

 ミノス王が行った生贄政策により、多くのギリシャの子供たちがミノタウロスの犠牲になる中、1人の勇者が立ち上がる。

 

 怪物の存在を聞きつけたギリシャ王子テセウスは、3度目の生贄の中に潜り込み、密かにミノスへの潜入を果たしたのだ。

 

 そこで出会ったのが、ミノス王の娘、王女アリアドネであった。

 

 互いに、一目会った時から恋に落ちたテセウスとアリアドネ。

 

 ミノス王の暴虐ぶりに心を痛めていたアリアドネは、自身をミノスから連れ出す事を条件に、恋人であるテセウスに協力する事にしたのだ。

 

 アリアドネが用意した糸玉と、短剣を手に迷宮へと入ったテセウスは、予め糸玉の端を迷宮の入口へと結びつけて、迷宮の奥へと分け入ると、隠し持っていた短剣で見事、ミノタウロスを討ち果たした後、糸を手繰り寄せる事で、迷宮からの脱出に成功したのである。

 

《つまり、迷宮を脱出する方法は2つ。アリアドネに糸玉を使うか、迷宮の主である、ミノタウロスを倒せばいい事になるね》

 

 その言葉を聞いた瞬間、

 

「ロマン君の馬鹿ァァァァァァ!!」

《どわぁッ り、凛果ちゃん!?》

「それが出来りゃ、苦労しないわよ!!」

 

 ごもっとも。

 

 現状、糸玉は手元にない。というかそもそも、既に迷宮に入ってしまっている以上、今更糸玉が出てきたところで宝の持ち腐れである。

 

 となると、脱出の手段は目の前のミノタウロスを倒すしかない訳だが。

 

 しかしそもそも苦戦の理由は、ミノタウロスが展開した迷宮によって、響達の身体能力が低下を来している事にある。

 

 その状況を解消するには、ミノタウロスを倒して迷宮を出るしかない。

 

 ある種の、パラドックスに近い状況に陥っているのだ。

 

 と、

 

「いや・・・・・・・・・・・・いけるかも」

 

 話を聞いていた立香は、何かを思いついたように頷くと顔を上げた。

 

 少なくとも、ここを出る方法はある。それさえ判れば、手段はいくらでもあった。

 

「響ッ」

 

 前線でミノタウロスと対峙していた少年に声を掛ける立香。

 

 対して、響は振り返って頷きを返す。

 

「ん・・・・・・・・・・・・」

 

 いったん後退していた響が、再び刀を構えながら呟く。

 

「やってみる」

 

 鋭く細められる、幼い双眸。

 

 その眼差しが、

 

 自身の勝機をリアルタイムで探る。

 

「・・・・・・・・・・・・無形の剣技」

 

 低い呟きと共に、

 

 響は床を蹴って疾走した。

 

 視線の先には、美遊やクロと交戦するミノタウロス姿がある。

 

 斬りかかる少女たちの剣を、両手に持った戦斧で振り払う怪物。

 

 だが、

 

 突進してくる響の存在に気付いたのだろう。

 

 すぐさま、体勢を入れ替えて迎え撃つ体制を取る。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮と共に、

 

 戦斧を真っ向から振り下ろす。

 

 膂力任せの一撃が、大理石の床を砕き散らす。

 

 少年の体など、一瞬にして粉々にできる程の威力。

 

 しかし、次の瞬間、

 

 響は「壁」を高速で駆け抜け、ミノタウロスのすぐ横をすり抜ける。

 

 「無形の剣技」は、あらゆる状況において対応可能な実戦型スキル。

 

 このスキルを利用し、響は閉所空間における戦闘に自らを対応させたのだ。

 

 着地。

 

 振り返りながら、足裏でブレーキを掛けて勢いを殺す。

 

 靴底のスパイクが派手に火花を散らす中、響は刀の切っ先をミノタウロスに向けて構える。

 

 ミノタウロスが振り返る。

 

 だが、遅い。

 

 いかに迷宮内での戦闘で、状況はミノタウロスに有利とは言え、最大戦速のアサシンに追いつける物ではない。

 

「餓狼・・・・・・一閃!!」

 

 一歩、

 

 二歩、

 

 三歩、

 

 音速にまで加速した響の刀は、飢えた狼の牙と化して、牛頭の怪物を食いちぎるべく襲い掛かる。

 

 対して、

 

 ミノタウロスは迎え撃とうと、戦斧を振り上げるが。

 

 その前に、響の刃がミノタウロスを捉える。

 

 突き込まれる刃。

 

 強烈な一撃は、ミノタウロスの腹部を捉え、そのまま押し込まれる。

 

「■■■■■■■■■■■■!?」

 

 苦悶の咆哮と共に、ミノタウロスの巨体が宙を舞った。

 

 そのまま、轟音と共に、床へと叩きつけられる。

 

 手ごたえはあった。

 

 床の上で、身じろぎするミノタウロス。

 

 その姿は、明らかに苦痛に呻いているのが判る。

 

 だが、

 

「まも・・・・・・る・・・・・・」

 

 牛頭の仮面の奥。

 

 その下から、絞り出すような声が聞こえる。

 

「ぜったい・・・・・・やくそく・・・・・・したから」

 

 渾身の力で、体を起こす怪物。

 

 まるで、何かに突き動かされるかのように、

 

 ミノタウロスは再び立ち上がって見せた。

 

 両手に持った戦斧を向けるミノタウロス。

 

 特殊班一同もまた、再び構えを取る。

 

「今よッ 畳みかけるわ!!」

 

 クロが叫び、双剣を構える。

 

 美遊と響もまた、剣を構え直した。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう良いわ、アステリオス!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、響き渡る凛とした声。

 

 一同が視線を集める中、

 

 1人の小さな少女が、ミノタウロスを守るように、両手を広げて立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天使、

 

 否、

 

 女神、と言っても良いかもしれない。

 

 それ程までに可憐な少女だった。

 

 華奢な手足をゆったりとした白い衣装で包み、双眸は紫水晶のような輝きを放っている。

 

 床につきそうなほど長い髪はツインテールに纏められている。

 

 その美しさは、形容のしようも無いほどだった。

 

 そんな美しい少女が今、

 

 傷ついたミノタウロスを守るように、特殊班の前に立ちはだかっていた。

 

「もう良いでしょッ さっさとわたしを連れて行きなさいッ その代わり、この子にはこれ以上手を出さないで頂戴!!」

 

 敢然と言い放つ少女。

 

 と、

 

「えうりゅあれ・・・・・・だめ・・・・・・」

 

 仮面の奥から、ミノタウロスが苦しげな声を発する。

 

 すると、次の瞬間、

 

 パキッ

 

 鋭い音が、ミノタウロスから響き渡る。

 

 見れば、

 

 怪物がしていた牛顔の仮面に、縦罅が走っている。

 

 恐らく先程、響が放った餓狼一閃の衝撃により破損していたのだろう。

 

 亀裂は一気に広がり、やがて仮面は崩れ落ちる。

 

 その下から現れたミノタウロスの素顔。

 

 それは、

 

 想像していた怪物めいた物ではなかった。

 

 円らな赤い瞳に、穏やかな表情。

 

 どこか幼さの残る無垢な印象をした、少年の顔だった。

 

 伝説に語られるような、怪物の印象は、微塵も感じさせなかった。

 

「もう良いのよ、アステリオス。あなたは私の為に必死で戦ってくれた。それだけでもう、充分だから」

「えうりゅあれ・・・・・・・・・・・・」

 

 ミノタウロスに優しく微笑みかけると、少女は立香達に向き直った。

 

「さあ、さっさとわたしを連れて行きなさいよッ その為に、こんな場所まで追ってきたんでしょ!!」

 

 敵意も露わに言い放つ少女。

 

 その可憐な瞳から発せられる殺気は、如何なるものであろうとも屈しないと言う意思が満ち溢れている。

 

 しかし、

 

 その場にいる全員が、既に何となく感じていた。

 

 会話に、ズレがある。

 

 どうにも、目の前の少女たちとの間には、認識に違いがあるように思えるのだ。

 

 考えてみれば自分たちは、相手の事を何も知らずに戦っていた。

 

 ここが迷宮で、その迷宮の主であるミノタウロスが相手なのだから、戦うのは当然だと思っていたのだ。

 

 しかし、

 

 今にして思えば、ミノタウロスも何か、譲れない物の為に戦っていたようにも見えた。

 

 それが、目の前にいる少女を守る為だったとしたら?

 

「何ぼーっとしているのよ、あんた達ッ 連れて行くならさっさとすれば良いでしょッ」

 

 腰に手を当て、怒ったように言い放つ少女。

 

 だが、

 

「あの、少し、待っていただけますか? どうも、誤解があるみたいなんですけど・・・・・・」

 

 割って入り、なだめようとするマシュ。

 

 だが、少女はマシュをキッと睨みつける。

 

「何? ダサい大盾女は引っ込んでいて欲しいんですけど?」

「ダサ・・・・・・・・・・・・」

 

 少女の毒舌口調に、ショックを受けるマシュ。

 

 自身と融合している英霊。その象徴たる盾を、いきなりディスられるとは思っていなかった為、とっさに言葉が出てこなかったのだ。

 

 そんな2人の様子に苦笑しつつ、今度はドレイクが前に出る。

 

「まあまあ、そうカリカリするんじゃないよ。ちょっと落ち着いて話し合おうじゃないのさ?」

 

 気さくな笑顔で、少女に近づこうとするドレイク。

 

 だが、

 

「はあ? 何よあんたは? 育ち切った女は、お呼びじゃないんですけど?」

 

 そう言うと、ツンッ とそっぽを向いてしまう。

 

 どうにも、取り付く島も無かった。

 

「こ、このガキ・・・・・・船首に括りつけて、女神像の代わりにしてやろうか?」

 

 ドレイクが苛立ちを増す中。

 

「ん~・・・・・・・・・・・・」

 

 響が何やら、少女を見ながら考え込んでいる。

 

 どうにも、少年の頭の中で、何かが引っかかっているような気がしたのだ。

 

「どうしたの、響?」

「何? 頭でも打ったの?」

 

 相棒と姉が心配そうにのぞき込んでくる中、

 

「んッ」

 

 ポムッと、手を打つと、少女を指差して言った。

 

「ステンノ?」

 

 言われて、

 

 立香達は、少女へと目を向ける。

 

 確かに。

 

 華奢な手足も、可憐な双眸も、長く伸ばしツインテールに結った青み掛かった髪も、

 

 ローマで会った女神に似ている。

 

 否、瓜二つと言っても過言ではなかった。

 

「確かに、ステンノにそっくりだ」

 

 双子、と言うレベルではない。

 

 ステンノと目の前の少女。

 

 両者は「まったくの同一存在」と言っても過言ではないくらい、違いを見分ける事は難しかった。

 

「あら、あなた達、(ステンノ)を知っているの?」

 

 そう言うと少女は、それまで浮かべていた殺気を収め、代わって口元に怪しげな笑みを浮かべる。

 

 その笑顔が、一同を射抜く中、

 

 少女はゆっくりと口を開く。

 

「私の名前はエウリュアレ。ゴルゴン三姉妹の次女にして、女神の一柱。『遠く飛ぶ女』よ」

 

 そう言うと、極上の笑顔を浮かべる。

 

「よろしくね」

 

 

 

 

 

第4話「あー 女神様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言いにくいから、取りあえず『エウエウ』で良い?」

「・・・・・・余計に言いにくくなっている気がするのは気のせいかしら?」

 




みんなの味方。対男性特攻用ジョーカー、エウリュアレちゃん登場。

私も対ガウェイン戦、メガロス戦、レジライ戦 エンピレオ戦などなど、多くの局面で活躍してもらっています。


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第5話「旅は道連れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、じゃあ、あいつらの仲間じゃない・・・・・・訳?」

 

 キョトンとした感じで尋ねるエウリュアレに、一同はコクコクと頷きを返す。

 

 取りあえず、一時休戦と言う形をとった一同はひとまず、落ち着いて自分たちの置かれている状況を整理してみる事にした。

 

 洞窟に入ったきり出てこなかった仲間を捜索に来て、そこで遭遇したミノタウロスに襲われて応戦した特殊班。

 

 洞窟に侵入してきた存在を、エウリュアレに対する追手だと思って襲い掛かって来たミノタウロス。

 

 お互いの主張を纏めると、そんな感じ。

 

 まあ、とどのつまりは、

 

 お互いがお互いに、相手を敵だと思い込んで攻撃を仕掛けてしまった。

 

 と、言う感じらしい。

 

 話が終わった瞬間、

 

「ま ぎ ら わ し い の よー!!」

 

 エウリュアレが爆発した。

 

 その矛先はすぐさま、自分の忠実なる「騎士」へと向けられる。

 

「まったくもうッ あなたが勘違いするからいけないんじゃない、アステリオス!!」

「う、ごめん」

 

 エウリュアレに叱られ、その大きな体を縮こませるミノタウロス。どうやら、見た目の凶悪さに反して、かなり素直な性格であるらしい。

 

 何だか、小さなお姉さんが、体の大きい弟を叱っているかのようだ。

 

 因みに、アステリオスと言うのは、彼の本名である。

 

「でも、えうりゅあれも、てきにまちがいないって・・・・・・」

「く、口答えしない!!」

「ごめん」

 

 アステリオスの反論を、少し顔を赤くして封じるエウリュアレ。

 

 まあ、

 

 要するに、彼女が勘違いして、アステリオスをけしかけたのが、そもそもの発端だったらしい。

 

 襲われた立香達からすれば、はた迷惑な話である。

 

「フォウ・・・・・・・・・・・・」

 

 一同が呆れ気味に視線を向ける中、エウリュアレはそっぽを向く。恐らく、照れ隠しと思われた。

 

「何か、見た目は似てるんだけど・・・・・・」

「ああ、ステンノとは結構違うな」

 

 ヒソヒソと話し合う藤丸兄妹。

 

 ローマで出会った彼女の姉は、どちらかと言えばものぐさで、それでいていつも余裕を感じさせる仕草をしていた。

 

 それに対して、目の前にいるエウリュアレは、どちらかと言えば高飛車で高慢・・・・・・

 

 いや、そんな大げさな物ではなく、もっとこう、親しみやすいと言うか何と言うか、取りあえず一言で言えば、

 

「「ツンデレ?」」

「馬鹿にされているかしら、私?」

 

 ハモる藤丸兄妹を、ジト目で睨むエウリュアレ。

 

 何はともあれ、双子でもだいぶ性格が違うと言う事は確かだった。

 

「それで、エウリュアレさん」

 

 話が進まないと感じたマシュが、強引に話題を元に戻す。

 

「あなたを追っていた人達と言うのは?」

「ああ、それね・・・・・・」

 

 尋ねるマシュに、エウリュアレは嘆息気味に答えた。

 

 なんでも、彼女がサーヴァントとしてこの世界に現界して暫くした頃の事だった。

 

 一緒にいた姉妹たちもおらず、浜辺で途方に暮れていた時、いきなり複数の男たちが現れたのだとか。

 

 無論、サーヴァントであるエウリュアレなら、並の人間に後れを取る事は無いだろう。

 

 しかし、その時は事情が異なった。

 

「向こうにもサーヴァントがいたのよ。それも、1人じゃなかったわ」

「サーヴァントがッ?」

 

 立香が驚いて声を上げる。

 

 勿論、ここが聖杯によって形作られた特異点である以上、サーヴァントがいるのは間違いないだろう。

 

 だが、そのサーヴァントがなぜ、エウリュアレを狙ったのか?

 

「敵として倒そうとした?」

「あるいは、味方に引き入れようとした、か?」

 

 いずれも、可能性としてはありだろう。

 

 エウリュアレはサーヴァントだが、姉のステンノと同じく英霊ではなく、それより上位の神霊のカテゴリーに入る。手に入れておけば、後々何かの役に立つと考える輩がいてもおかしくは無かった。

 

「何と言うか、気色悪い奴だったわね。特に船長をやってる髭を生やしたやつ。あいつが私を見る目と言ったらもうッ」

 

 言ってから、華奢な身を震わせるエウリュアレ。

 

 思い出しただけで、寒気を感じてしまっていた。

 

「あんな奴が英霊だなんて、ほんとに世も末だわッ」

「そ、そこまでなんだ・・・・・・」

 

 本気で怖気を振るっているエウリュアレに、凛果がちょっと同情の念を寄せる。

 

 不幸な行き違いで戦闘にはなったが、そもそもの発端となった原因が他にある以上、エウリュアレに対する敵意はすでに無くなっている。

 

「ちょっと待った」

 

 話を聞いていたドレイクが、手を上げて制する。

 

 一同が視線を向ける中、ドレイクは顎に手を当てて何かを考え込むようにして口を開いた。

 

「エウリュアレを追ってたっていう連中だけど、もしかしたら、あたしもそいつらに会っているかも」

「え?」

 

 ドレイクが言うには、この島にたどり着く前、1隻の海賊船と交戦状態に入ったのだと言う。

 

 しかし不思議な事に、その海賊船には一切の攻撃が効かず、やむなくドレイクは、嵐の中へと突入する事で戦闘を避け、離脱する事に成功したのだとか。

 

「ドレイクも追われていたのか?」

「ああ。何が狙いなんだか知らないけど、とにかくしつこい連中だったよ。撒けたのは、たまたま運が良かったってのもあっただろうね」

 

 そう言うと、ドレイクは腕を組んで嘆息する。

 

 彼女自身、海の上で相手に背を向けなければならなかったことは、屈辱だったのだろう。

 

 しかし、一切攻撃が効かない相手に挑むほど、フランシス・ドレイクは愚か者ではない。

 

 奇しくも戦った者同士、同じ相手に追われていた事になる。

 

「・・・・・・うん、決めたよッ」

 

 何かを思い立ったのか、いきなり立ち上がると、ドレイクは言い放つと、視線を座り込んでいる2人に向ける。

 

「エウリュアレ。それからえっと、アステリオス、だっけ? あんた達、あたしの船に乗せてやるよ!!」

「はぁッ!?」

「う?」

 

 素っ頓狂な声を上げるエウリュアレと、キョトンと首を傾げるアステリオス。

 

 この女海賊は、いきなり何を言い出すのか?

 

 一同が首を傾げる中、エウリュアレががなる。

 

「な、何でそうなるのよッ!?」

「だってあんた、追われてるんだろ? で、ここに逃げ込んだ、と。けど、あたしらはここを出たい訳で。けど、出る為には、アステリオスを倒すしかない。けど、事情を知った以上、それもできない訳だ」

 

 アステリオスを倒すか、この迷宮で自分たちが朽ち果てるか、矛盾とも言える二者択一。

 

 しかし、そこに存在する第3の選択肢。

 

 すなわち、アステリオスが迷宮を解除したのち、一緒にドレイクの船に乗る、と言う事だ。

 

 それなら、仮に敵が襲ってきても、一緒に戦い守ってやる事が出来る。

 

「あんた別に、狭いところにいないと死ぬ、とか、小動物的なキャラじゃないんだろ?」

「それは、まあ、そうだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 ドレイクの指摘に、言い淀むエウリュアレ。

 

 女神の目はせわしなく泳いでいる。

 

 どうやら、反論の材料がなくなって来たようだ。

 

「だからさ、アステリオスがこの迷宮を解除してくれれば、2人一緒にあたしの船に乗せて、守ってやるって言ってるのさ」

 

 そう言うと、ドレイクはニヤリと笑う。

 

「あんた達、随分と面白そうだからね。一緒にいると、楽しい事になりそうだ。その点、そこの立香と一緒さ。そう言う物に、目が無いんだよね、あたし」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 黙り込むエウリュアレ。

 

 彼女の中では今、リスクとリターンが天秤に掛けられていた。

 

 この迷宮は鉄壁である。入った者を決して逃がさないクノッソスの迷宮に、迷宮の主であるアステリオスがいれば、余程の事が無い限り、エウリュアレが敵の追手に捕まる事は無いだろう。

 

 しかし、いつまでも立て籠もっている訳にも行かないのも事実である。

 

 それに、

 

 先程、勘違いから襲い掛かってしまった負い目も、

 

 まあ、ほんの少し、無い訳じゃない。

 

 一同の視線が、女神さまに集中する。

 

 全ては、エウリュアレの選択に掛かっていた。

 

「うぅ・・・・・・・・・・・・」

 

 視線を逸らすエウリュアレ。

 

 正直、かなり気まずい。

 

 そして、

 

「ああもうッ 判ったわよッ 行けば良いんでしょ、行けば!! 言っとくけど、乗せるんだったら、私専用の個室を用意しなさいッ 私、むさい衆目の船員に姿を晒す気は無いんだから!!」

 

 小さな胸でふんぞり返るエウリュアレ。

 

 助けてもらう分際でこれである。

 

 だが、言われたドレイクはと言えば、豪快に笑い飛ばして見せる。

 

「注文の多い女神さまだねッ よっしゃッ 話はまとまったッ ついといで!!」

 

 そう言うと、踵を返すドレイク。

 

 その背中を、一同は唖然として見つめる。

 

 果断即決と言うか、ゴーイングマイウェイと言うか、いかにも海賊らしく、細かい事は後回し。まずはやってみて、帳尻は後で合わせる。

 

 それがまさに海賊流、

 

 否、

 

 ドレイク流とでも言うべきやり方だった。

 

「・・・・・・ま、何にしてもよろしくな」

「可愛い子は大歓迎だよ」

 

 そう言って、藤丸兄妹もエウリュアレとアステリオスに笑いかける。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・フンッ」

 

 そっぽを向いて鼻を鳴らすエウリュアレ。

 

 一見すると、不貞腐れているようにも見える。

 

 しかし、ほんのり頬を赤くしている辺り、どうやら照れ隠しが多分に交じっているらしかった。

 

 ごまかすようにため息を吐くと、女神は傍らに立つアステリオスに向き直る。

 

「アステリオス。私を肩の乗せていきなさい」

「うん、わかった」

 

 どうやら、歩きたくないらしいエウリュアレ。

 

 無暗に高飛車な言い方だが、アステリオスは素直に従うと、エウリュアレを持ち上げて肩へと座らせる。

 

「ふわッ」

 

 思わず、声を上げるエウリュアレ。

 

 思った以上に視線が高くなり、驚いているのだ。

 

あの子(メドゥーサ)より高いわね・・・・・・ッて!?」

 

 感心した途端、

 

 アステリオスが立ち上がり、慌てた声を上げる。

 

「ちょ、ちょっと屈んで歩きなさい!! 私の頭が天井に擦れるでしょうが!!」

「う、ごめん」

 

 叱られて、屈んで歩くアステリオス。

 

 何と言うか、

 

「一気に、和んだね」

「ああ」

 

 微妙な微笑みを交わす藤丸兄妹。

 

 先程までの殺伐とした雰囲気はどこへやら。

 

 見ていてほっこりする光景に、特殊班一同も和む想いになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風を受けて、海原を走る。

 

 張られた帆は目いっぱいに広げられ、船を前へと進める。

 

 ドレイク指揮の下、外洋へと出た「黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)」は一路、海の上をひた走っていた。

 

 既にドレイクの指示の下、残っていたボンベ達が出港準備を進めていた為、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は、速やかに出港する事が出来た。

 

 流石に、ドレイクが連れて来たアステリオスの姿を見た瞬間、ボンベ達に動揺が走ったが、それも一時の事だった。

 

 すぐに打ち解けて、今ではすっかり、アステリオスも船の一員となっている。

 

 アステリオスは見た目に似合わず純粋で素直な性格をしている。その為、船員たちもあっさりと受け入れてしまったのだ。

 

 細かいところにこだわらない辺りは、流石ドレイクの部下達である。

 

 しかも、通常なら3~4人でやる作業も、アステリオスなら1人で簡単にやってしまう。

 

 彼が船内で人気者になるのは、自然な流れであった。

 

 因みに言うまでもない事だが、

 

 エウリュアレは乗船早々、あてがわれた部屋に引きこもってしまった。

 

「成程、聖杯って奴を探して、回収するのが、あんたらの目的な訳だ」

 

 ジョッキに注がれた麦酒を飲み干しながら、立香達の説明を聞いたドレイクは、納得したように頷く。

 

 この場にいるのはドレイクと、それに立香、凛果、マシュの4人だ。

 

 エウリュアレは上記の通り。響とアステリオスは船に興味があるのか、ボンベ達に着いて行って色々と教えてもらっている。美遊とクロエは、どうやら甲板で海を眺めながら、色々と話している様子だった。

 

 聖杯、特異点、円環、人理修復。

 

 立香達は可能な限りの情報を、ドレイクに説明していた。

 

 こうして、行動するための「足」が手に入った以上、彼女達に全面的に協力してもらう為にも、全て包み隠さず話す必要があると、立香が判断したのだ。

 

「世界を救うために、たった一つの財宝を探す、か」

 

 呟くように言いながら、ドレイクは麦酒を一気に飲み干した。

 

「思った通りだ。やっぱ、あんた達は面白いね」

「そ、そうかな?」

 

 興味を示すドレイクに対し、立香は苦笑する。

 

 正直、「世界を救う」などと大げさな事を口走れば、頭がおかしいと思われても仕方が無いだろう。

 

 しかし、それをあっさり受け入れるあたり、ドレイクも大げさと言うか大雑把と言うか。

 

 とにかく、懐が広いのは確かだった。

 

 あるいはそうでもなければ、世界一周などと言う偉業は成し遂げられなかった事だろう。

 

「けどさ、その聖杯とやらを見つけるのは判ったけど、この広い海の中で探すのは簡単な事じゃないだろ。おまけに今は、この異常事態だ。地道に探していたら、何百年かかるか分かった物じゃないよ」

《その点は大丈夫。聖杯には特殊な魔力反応があるからね。聖杯の近くまで行けば、こちらで観測する事が出来るはずだよ》

 

 ドレイクの疑問に関して、通信機越しにダヴィンチが答える。

 

 もっとも、特異点の聖杯は特殊な物である為、誰かが所持している可能性が高い。そうなると、必然として聖杯の奪い合いが起こる事になる。

 

「はあ、成程、便利な奴等だね。何にしても、やみくもに探して回るよりはマシか」

 

 そう言って、麦酒を煽るドレイク。

 

 と、

 

「あの、ドレイク、ちょっとひとつ、気になっている事があるんだけど、質問良いかな?」

「うん、何だい?」

 

 怪訝そうに挙手した凛果に、振り返るドレイク。

 

 凛果は、ドレイクの手元を指差して尋ねる。

 

「さっきから、お酒飲んでいるのは判るんだけどさ、何か、飲んでる割に、全然減ってないように見えるんだけど・・・・・・・・・・・・」

「そう言えば、ボトルも無いよな?」

 

 凛果の疑問に、立香も今頃気付いたように見回して言う。

 

 ドレイクは話している最中に、麦酒を呑んでいるのだが、良い飲みっぷりのわりに、一向に酒を酒瓶から器に注ぐ様子が無い。それでいて、器が空になる様子もないのだ。

 

 加えて酒を飲むなら、必ず傍らにあるはずのボトルも存在しない。

 

 いったいドレイクは、どこから酒を補充しているのか?

 

 立香達が首を傾げる中、ドレイクが笑って言った。

 

「ああ、気付いたかい。正体は、これだよ」

 

 ドレイクは手にしたジョッキを翳して見せた。

 

 女船長の手元に、視線を集中させる一同。

 

 対して、ドレイクはどや顔で言い放つ。

 

「こいつは前の冒険の時に拾ったんだけどね。よく分かんないんだけど、注がなくても酒がどんどん湧いてくるのさ。おかげで酒を注ぎ足す手間が省けるってもんだ」

 

 そう言って笑い飛ばすドレイク。

 

 次の瞬間、

 

《「「「って、それが聖杯だァァァァァァァァァァァァ!!」」」》

「お、おお?」

 

 その場にいる全員からツッコまれ、思わず麦酒を零しそうになるドレイクだった。

 

 

 

 

 

~それから暫く~

 

 

 

 

 

「ど、どうだ、ダヴィンチちゃん?」

《ふーむ。確かに、解析では聖杯に間違いないね》

 

 通信機から、ダヴィンチの声が聞こえてくる。

 

 心なしか、いつもは余裕たっぷりな彼女も、緊張を隠せない様子だ。

 

 通信機越しに緊張が伝わってくる。

 

 まさか、こんなところで聖杯がひょっこり手に入るとは、思ってもみなかったのだ。

 

「って事は、これで特異点は消滅って事で良いのかな?」

「いえ、残念ながら、そうではないかと思われます」

 

 呆気に取られた感じで尋ねる凛果の言葉を、マシュが嘆息交じりに否定する。

 

 その視線は、船橋の窓から外に向けられていた。

 

 広い海原の風景は消える事無く、空には変わらず円環が浮かんでいる。

 

 特異点が修正される様子は、微塵も無かった。

 

「要するにこれは、特異点とは関係ない。元々この世界にあった聖杯を、ドレイクが拾ったって事か?」

《まあ、そうなるねえ》

 

 苦笑するダヴィンチ。

 

 成程、ありえない話ではないとはいえ、とんだ偶然もあった物である。

 

「何だ、結局違ったのかい?」

「ああ。これは俺達が探している物じゃなかったよ」

 

 そう言うと、立香は聖杯をドレイクへ差し出す。

 

 今にして思えば、彼女がサーヴァントとも互角に戦えたのは、この聖杯を持っていたからかもしれない。

 

 ならば、これは返しておいた方が良いだろう。

 

「そうかい、なら、仕方がないね」

 

 聖杯を受け取り、懐へと戻すドレイク。

 

 少し勿体ない気もするが、これが目的の聖杯ではない以上、受け取る訳にも行かなかった。

 

「まあ、そんじゃ早いとこ、本物の方も探さないとね」

 

 ドレイクがそう言った時だった。

 

 突如、

 

 風を切る不気味な飛翔音と共に、衝撃が「黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)」を襲った。

 

 

 

 

 

第5話「旅は道連れ」      終わり

 



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第6話「黒髭危機連発」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立香達が慌てて「黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)」の甲板に出た時、その場は既に戦場の様相と化していた。

 

 船員たちはせわしなく駆けずり回り、怒号が飛び交う。

 

 更に、船のすぐそばで突き上げられる水柱。

 

 今まさに、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が、何者かから攻撃を受けている事を示していた。

 

「落ち着きなッ いったい何事だい!?」

 

 大音声で部下たちを怒鳴りつけるドレイク。

 

 その声に、甲板上にいた船員たちは、一斉に背筋を正し振り返る。

 

 居並ぶ部下達を、見回すドレイク。

 

 その眼光は鋭く、ただそこにいるだけで周囲を圧倒しているのが判る。

 

 彼女がこの黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の船長であり、七つの海を平らげるにふさわしい、海の王者である事を示す、何よりの証左である。

 

 思えば、これまで出会って来た多くの英霊達は皆、人を引き付けるカリスマを備えていた。

 

 フランスで出会ったジャンヌ・ダルク。

 

 ローマで出会ったネロやブーディカ。

 

 しかし、彼女達が「軍勢」と言う巨大な集団を統べる為、一種の「神掛かった」とでも言うべきカリスマを備えていたのに対し、ドレイクのそれは聊か異なる。

 

 彼女は「船」と言う、小さなコミュニティのトップである。それ故に、全ての部下たちが、彼女の挙動を見て着いて行く。

 

 それ故に、ドレイクのような海賊船の船長には何よりまず、いかなることがあろうとも堂々とした態度でいることが求められるのだ。

 

 自ら勇を示してこそ、多くの部下達が彼女に付き従うのだ。

 

「姉御ッ 例の奴等でさッ!!」

 

 船橋の上に立って望遠鏡をのぞいていたボンベが、大声で怒鳴ってくる。

 

 彼の指し示す方角に、1隻の船がいる事に気が付く。

 

 言われて、ドレイクも懐から伸縮式の望遠鏡を取り出して目に当てる。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の後方から、大砲を撃ちながら猛追してくる、1隻の帆船。

 

 そのマストに翻る旗を見て、ドレイクは舌打ちする。

 

「・・・・・・やっぱりあいつ等かッ しつこい連中だよ」

 

 言いながら、望遠鏡を傍らの立香へと渡す。

 

 促されるまま、慣れない手つきで望遠鏡を操る立香。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ、海賊か?」

 

 敵船のマストの頂上には、黒地に白で染め描いた髑髏のマークが、しっかりと描かれている。

 

 すなわち、敵はドレイクと同じ海賊と言う事だ。

 

「あんた達と会う前に一度、あの連中に襲われてね。その時は何とか振り切ったんだけど、まさかしつこく追いかけてくるとは思わなかったよ」

 

 あの海賊は一度、ドレイクたちと交戦した相手。

 

 つまりあれが、エウリュアレを追っていた海賊たちと言う事か。

 

 吐き捨てるように言いながら、ドレイクはボンベへと振り返る。

 

「グズグズするんじゃないよ!! 最大戦速ッ 帆を張りな!!」

 

 武人と違い、海賊にとって「逃走」は恥ではない。つまらない敵と戦って、負ける方がよっぽど割に合わないのだ。

 

 それ故に、ドレイクは迷わず逃げる事を選択したのだ。

 

 

 

 

 

 一方、

 

「デュフフフ、ついに見つけたぞ。BBA、もう、逃がさないでござる。エウリュアレ氏は絶対に拙者が戴くからね。あと、ついでにあんたが持ってるアレもな」

 

 船長、

 

 だと、恐らく思われる男が、やたらと髭を生やした顔を、妙に緩ませた笑顔を浮かべていた。

 

 海の男らしく鍛えられた裸の上半身の上から、軍服の外套を直接羽織り、口の周囲にはもっさりとした黒いひげで覆っている。

 

 正直ちょっと、

 

 いや、かなりむさくるしい印象の男だ。

 

 そして、

 

「デュフ、デュフフフフフフ」

 

 その口元からは、気色悪い笑みがこぼれる。

 

「ああ、エウリュアレ氏、エウリュアレ氏、絶対に欲しいッ 具体的に言うとペロペロしたいッ ああ想像しただけで拙者はもうッ もうッ」

 

 くねくねと、体をくねらせる船長(らしき物)。

 

 そんな様子を、傍らに控えた船員が、呆れを通り越して、ごみを見るような眼差しで見つめていた。

 

「いつも思うんだけどさ、生きてて恥ずかしくないのかな?」

「もう、駄目よメアリー。そんな風に言っちゃ」

 

 真顔で毒を吐く小柄な女性に、その相棒らしき、ライフルを携えた長身の女性が窘めるように告げる。

 

 とは言え、船長(らしき物)をフォローするのかと思いきや、

 

「ミミズだって、ゴキブリだって、ペスト菌を保有したドブネズミだって生きているのよ。船長だって、生きていていいのよ。きっと」

 

 言っている事はもっとひどかった。

 

 しかし、

 

 それで船長(確定)が怒るかと言えば、

 

「ふおォォォォォォ これはキツキツのポイズントークですなッ 拙者、ナイーブですから、そんな事言われたら、お二人をチョメチョメしちゃいますぞ!!」

 

 逆に喜んでいた。

 

「・・・・・・やっぱりこいつ殺そうよアン。それが世の中の為だって」

「だめよ。遠くから見ている分には、単に有害で不快で臭いだけで済むでしょう」

「いや、それもう、充分に嫌だからね」

 

 呆れ気味に会話する女たちを尻目に、男は真面目な顔つきで、逃げる黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を睨む。

 

「さて、と言う訳で、我らが同胞(はらから)よ、ペロマニア至宝の女神(ミューズ)、エウリュアレたんを頂きにまいりましょう。あ、ついでにBBAが持っている、例のアレもね」

「いや、そっちがメインですよね?」

「ダメだこいつ。完全にエウリュアレの事しか頭にないみたい。しょうがいないから、ぼくたちでしっかりやろう」

 

 船長の欲望丸出しトークに、女性2人は、ため息とともにガックリと肩を落とすのであった。

 

 そんな2人の反応を無視しつつ、船長は背後に立つ人物を見やる。

 

 緑の軍服に身を包んだ中年の男。一見すると、どこにでも居そうな優男のような印象があるが、手には業物と思われる槍を握り、凄みを出しているのが判る。

 

「先生、ここはひとつ、お願いするでござるよ!!」

「いやー 俺は『先生』なんて呼ばれる柄じゃないからね。所詮は負け犬さ」

 

 そう言って、船長に向かって頭を掻く男。

 

 その口元には、照れくさそうな苦笑が張り付いている。

 

「いやいや、何を言っておられるのですかな、トロイアの大英雄殿は」

「いやまあ、そう言われると、悪い気はしないんだけど、まあ事実、俺は負けたしね~」

 

 そう言って、男は肩を竦める。

 

 その間にも船は、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に近づいていくのだった。

 

 

 

 

 

「だめでさァ!! 連中の方が足が速いッ 間もなく追いつかれやす!!」

「泣き言言ってんじゃないよ!! そこを何とかすんのが、あんたらの仕事だろうが!!」

 

 ぐんぐんと追いついてくる敵船。

 

 既に両船の距離は指呼の間に迫っている。

 

 情けない声を上げるボンベに無茶ぶりをするドレイクだが、船の性能差はいかんともしがたい。

 

 船の大きさを考えれば、基本となる速力は黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の方が速いようが、立ち上がりを制されたのは痛い。こちらが加速しきる前に追いつかれるのは目に見えていた。

 

 その時、

 

「いったい何の騒ぎよ?」

 

 喧騒を聞きつけたらしいエウリュアレが、眠そうな目をこすりながら、甲板に上がってくるのが見えた。

 

 どうやら、船室で寝ていたところを、騒音で叩き起こされたらしい。女神の顔には、あからさまな不機嫌が張り付けられていた。

 

「エウリュアレさん、敵です!!」

「敵~?」

 

 面倒くさそうに、船の後方に目を向けるエウリュアレ。

 

 その視界の中に、追いかけてくる敵の船を見つけた瞬間、

 

「・・・・・・ゲッ」

 

 あるまじき呟きを漏らす女神様。

 

 次いで、キョロキョロと周囲を見回すと、すぐそばにいた響の首根っこを捕まえて引っ張り寄せた。

 

「ん? エウエウ、どした?」

「良いから黙ってなさいッ 見付かっちゃうでしょうが!!」

 

 キョトンとする響を叱りつけながら、その背中にコソコソと隠れるエウリュアレ。

 

 その間にも、相手との距離はぐんぐん詰められてくる。

 

 最早、完全に黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)と並走している状態だ。

 

「砲撃、どうしたッ!?」

「ダメですッ 全部弾かれます!!」

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)も、接近する敵船に向けて大砲を放っているが、全て弾かれ、用を成さない。

 

 いったい、如何なるカラクリなのか? 木造の船が至近距離から放たれた砲弾を、悉く弾き返していた。

 

 万事休す。

 

 やがて、並走した敵船から、次々と鍵付きロープが投げ込まれ、舷側に取り付かれる。

 

「総員、戦闘用意!!」

 

 叫ぶと同時にドレイク、自らも腰から拳銃を抜き放つ。

 

 もはや逃走は不可能と判断したドレイクは、戦闘モードにシフトする決断を下したのだ。

 

 船長命令を受け、各人が動き出す。

 

 各々、剣を抜き放つ者、銃に弾を込める者。

 

 勿論、サーヴァント達も戦闘準備を整える。

 

 美遊は剣を抜き放ち、クロは干将、莫邪を投影して構える。マシュも大盾を前面に突き立てた。

 

 そんな中、

 

「エウエウ、戦いにくい」

「良いから、そのまま立ってなさい!!」

 

 エウリュアレにヒシッとしがみつかれて、響は嘆息していた。

 

 その時だった。

 

《立香君ッ 凛果ちゃんッ 敵の正体が判ったぞ!!》

「ドクター?」

 

 立香の腕に付けられた通信機から、ロマニの緊迫した声が響いて来た。

 

 カルデアの方でも、敵船の解析が行われていたのだろう。その結果が出たようだ。

 

《あの海賊旗は、そこにいるフランシス・ドレイクよりも、100年ほど後の時代に現れた海賊の物だ。カリブ海一帯を荒らし回り、抵抗する者全てを皆殺しにした恐るべき海賊艦隊の首領・・・・・・・・・・・・》

 

 ロマニが説明する中、

 

《「黒髭」の異名で襲られられた、おそらく世界で最も有名な海賊にして、「女王アンの復讐号(クイーンアン・オブ・リベンジ)」の船長!!》

 

 敵船の甲板に、1人の男が姿を現す。

 

《奴の真名は、エドワード・ティーチだ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完全に捕捉され、停船を余儀なくされた黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 その横では、女王アンの復讐号(クイーンアン・オブ・リベンジ)が、砲門を向けている。

 

 流石に、建造年数に100年の違いがあるせいか、船の攻撃力は完全に敵の方が勝っている。

 

 今ここで砲門を開かれたら、確実にこちらが沈められるのは目に見えている。

 

 しかし、

 

 そうして来ないと言う事は、相手にはこちらを沈める以外に、別に目的があると言う事だ。

 

 その目的の一つが、エウリュアレの身柄である事は語るまでもない事だろう。

 

 

 

 

 

「おいッ そこの髭!!」

 

 銃口を向けながら叫ぶドレイク。

 

 その視線の先では、

 

 彼女を無視するようにして立つ、大柄な男の姿があった。

 

 見間違えるはずもない、もっさりとした髭。

 

 あの人物が「黒髭」エドワード・ティーチである事は間違いないだろう。

 

 ある意味、判り易いくらいに分かりやすい。外見的特徴で真名がここまで判るパターンも珍しいだろう。

 

「おいッ 聞いてんのか、この髭野郎ッ!!」

 

 まるで自分の事など眼中に無い、とばかりに無視を決め込むティーチに、ドレイクが苛立ったように叫びをあげる。

 

 次の瞬間、

 

「はあ? BBAの声など、一向に聞こえませぬが?」

 

 わざとらしく耳穴を小指でほじりながら、ティーチは小ばかに仕切った調子で返す。

 

 次の瞬間、

 

 敵も味方も、

 

 思わず凍り付いたのは、言うまでもない事だった。

 

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 一瞬、呆けたような声を上げるドレイク。

 

 そこへ、ティーチが畳みかける。

 

「だーかーらー!! BBAあお呼びじゃないんですぅ 何その無駄乳? ふざけてるの? まあ傷は良いよね刀傷。そう言う属性アリ。でもね、年齢がね、困るよね。せめて半分くらいなら拙者の許容範囲でござるけどねぇ ドゥルフフフフフフ」

 

 何と言うか、

 

 無駄に苛立ちを煽る言動だった。

 

 流石は海賊と言うべきか、煽りスキルはカンストしているらしい。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま沈黙しているドレイク。

 

 何やら、目の焦点が合っていないようにも見える。

 

「ちょっと、ドレイク、どうしたのよ?」

「ん、返事がない。ただのシカバネのようだ」

 

 衛宮姉弟が目の前でひらひらと手を翳すが、反応が無い。

 

 どうやら、あまりの出来事に、脳が一時的にフリーズしているらしかった。

 

 と、そんなドレイクの様子に、エウリュアレもひょいッと覗き込んで嘆息する。

 

「精神的に死んでしまったようね。まあ、無理も無いわ、私もあれに追いかけられた時はそうだったし。ていうか、良く生きていたわね、私」

 

 と、憐れみの念をドレイクに寄せるエウリュアレ。

 

 次の瞬間、

 

「フオォォォォォォォォォォォォ!?」

 

 突如、敵船から絶叫が響き渡る。

 

 見れば、ティーチは船べりから落ちんばかりに身を乗り出していた。

 

「やっぱりいるじゃないですか、エウリュアレ氏!! ああ、やっぱり可愛い!! かわいい!! Kawaii!! ペロペロしたい!! ペロペロされたい!! 主に脇とか鼠径部を!! あ、踏まれるのも良いよ!! 素足で!! 素足で踏んで!! ゴキブリを見るような眼で蔑んでいただきたい!! そう思いませんか、皆さん!?」

「うう・・・・・・もうイヤ、あいつ・・・・・・・・・・・・」

 

 興奮度MAX。現界突破する黒髭に、完全にドン引きしているエウリュアレ。

 

 まあ、無理も無かろう。

 

 と、

 

 そんなエウリュアレを守るように、ズイッと前に出て、不浄な視線から彼女を守る巨影。

 

 アステリオスだ。

 

 エウリュアレを守るようにして、黒髭の視線の前に立ちはだかる。

 

 無言のまま、ティーチを睨みつけるアステリオス。

 

 途端に、罵詈雑言が巨体の勇士に降り注ぐ。

 

「ああん!? そこのでかいの!! 邪魔でおじゃるよ!! 出せー 出せよー エウリュアレ氏出せよー!!」

 

 さんざん、喚きたてるティーチ。

 

 そこで、ようやく思考が追い付いて来たのだろう。マシュが、再起動するように、体を震わせて動き出す。

 

「あ、あれが、黒髭・・・・・・エドワード・ティーチ・・・・・・」

「ちょっと、想像と違うって言うか・・・・・・」

「ぶっちゃけ、きもいよね」

 

 仮にも英雄と呼ばれた存在の、あまりにもあれな言動に、カルデア特殊班一同も、茫然としている。

 

 と、

 

 今までエウリュアレばかりに視線をやっていたティーチの目が、特殊班の女性陣を捉えた。

 

「ん?」

「な、何・・・・・・?」←凛果

「んん?」

「えっと・・・・・・?」←マシュ

「んんん?」

「あ、あの・・・・・・?」←美遊

「んんんん?」

「・・・・・・何よ?」←クロ

 

 1人1人、吟味するような視線が向けられる。

 

 戸惑う一同。

 

 次の瞬間、

 

「ん~~~ ご、う、か、く!! いや~ 可愛い子ばっかりで、拙者迷っちゃうな~ ここはパラダイスでござるか?」

「うわ、気持ち悪さが8割増しだね。もうほんと、死んでくれないかな」

「言いすぎですよ、メアリー。そこはせめて6割り増しくらいにしときましょう」

 

 体をくねらせるティーチに、傍らの女性海賊2人が、ごみを見るような視線を投げる。

 

 そんな味方の女性陣の蔑みの視線を受けて尚、怯んだ様子もなく、ティーチはもう一度、凛果たちに目を向けて口を開く。

 

「さあさあさあッ ぜひとも、拙者に君達の名前を教るでござる。さもないと・・・・・・・・・・・・」

『さもないと?』

 

 一同が、ごくりと生唾を呑み込んだ。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は拙者、眠る時、君達の夢を見ちゃうぞ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藤丸凛果!! 藤丸凛果、だよ!!」

「さ、朔月美遊です!!」

「マシュ・キリエライトッ デミ・サーヴァントをしています!!」

「クロエ・フォン・アインツベルンよッ てかッ 何なのよ、それはッ!?」

 

 効果は覿面だった。

 

 前代未聞の脅迫に、凛果たちは一斉に名乗る。

 

 あの男の夢に強制出演させられる事だけは、是が非でも避けたい。

 

 それが、女性陣一同、共通する想いだった。

 

「ん~ 凛果たん、美遊たん、マシュマロたんにクロエたん。みんな可愛いですな~ はァァァァァァ、ペロペロしたいッ 全員一緒にペロペロしちゃいたいでござる~」

 

 もはや、止める気もなく暴走するティーチ。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 ドォンッ

「のわァァァァァァ!?」

 

 

 

 

 

 突如、飛来した銃弾を、身をくねらせて避けるティーチ。

 

 具体的に言えば、電脳世界での戦いを描いた某ハリウッド映画に出てくる、上半身をのけ反らせるような避け方だ。

 

 驚異的な反応速度だ。

 

 一歩遅ければ、命中コースだったのは間違いない。

 

 この事実だけを見れば、この男もただのおちゃらけた存在でない事が判るだろう。

 

 だが、次の瞬間、

 

「フギャッ!?」

 

 こらえきれずティーチは、ベシャッ と言う音と共に甲板に崩れ落ちた。

 

 その様子を、傍らの女性陣は、もはや疲れ切った目で見つめる。

 

「うわー 今の見た、アン?」

「よけ方も気持ち悪いですね」

 

 一方、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)では、

 

「ドレイク、あいつ撃って良い?」

「・・・・・・気持ちは判るが、撃ってから言うな。あと、その銃はちゃんと返してやんな」

「ん」

 

 ドレイクに言われて、ボンベから掠め取った銃を持ち主に返す響。

 

 と、そんな事をしている内に、視界の先で黒髭が立ち上がるのが見えた。

 

「やるでおじゃるな、そこなショタっ子!! この拙者に奇襲攻撃を仕掛けるとは」

「ん、ただのツッコミ」

「しかーしッ 貴様は拙者の逆鱗に触れたッ その罪、貴様の命で購ってもらうでおじゃる!!」

 

 何と言うか、イチイチ決まらない男である。

 

 とは言え、

 

「来るよッ 戦闘準備!!」

 

 ドレイクの号令の下、戦闘態勢に入る黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 合わせるように、女王アンの復讐号(クイーンアン・オブ・リベンジ)の方でも、船員たちもそれぞれ、武器を手にするのが見えた。

 

 海上に張り詰める、一瞬の緊迫。

 

 次の瞬間、

 

「「掛かれェェェェェェェェェェ!!」」

 

 ドレイクとティーチ。

 

 互いの船長が放つ大音声の号令と共に、両陣営ははじけるように、相手に対して襲い掛かった。

 

 

 

 

 

第6話「黒髭危機連発」      終わり

 



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第7話「伝説の海賊達」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 速い。

 

 戦闘開始の合図から、行動に移るまでの水夫たちの動きは、両陣営ともに迅速と称すべき物だった。

 

 互いの船の舷側には渡し板が掛けられ、狭い足場に両船の水夫たちが雪崩れ込む。

 

 たちまち始まる、剣戟の応酬。

 

 重なり合う怒号と金属音。

 

 時折、悲鳴と共に海面に落下していく姿も見える。

 

 甲板の上では、銃を構えた海賊たちが、相手の船に銃弾を撃ち込む。

 

 狙いなど関係ない。ともかく撃って、相手の動きをけん制するのだ。

 

 更に、マストにロープを掛けた海賊が、ターザンよろしく勢い付けて上からの奇襲を目論む。

 

 海の上、

 

 互いの船を密着させた狭い戦場。

 

 その中で、実に様々な戦闘が繰り広げられる。

 

 ドレイクとティーチ。

 

 互いに音に聞こえた大海賊。

 

 海上戦闘、特に移乗白兵戦のエキスパートたちだ。

 

 どちらも、いかにすれば海の上で相手に対して優位に立てるか熟知している。

 

 海上で彼等と戦い、まともに戦う事が出来る存在は少ないだろう。

 

 だが、

 

 そんな彼等ですら、容易に蹂躙できる存在が今、お互いの船に乗っているのだった。

 

 

 

 

 

 渡し板を掛けて、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)のなだれ込もうとしてくる海賊たち。

 

 その目の前に、

 

 小柄な黒い影が、踊り込んだ。

 

 渡し板の中央に降り立った響。

 

 海賊たちが驚く中、

 

 刀も抜かずに飛び込むと、

 

 先頭を来る海賊の顎を、打ち砕かん勢いで蹴り上げる。

 

 狭い渡し板の上でのこと。バランスを崩した海賊は、そのまま悲鳴を上げる事も出来ずに、眼下の海へ落下していき、派手な水柱を立てる。

 

 先頭の者がやられた事で、後続の海賊たちにも動揺が生じる。

 

 その隙を、響は見逃さない。

 

 跳躍。

 

 同時に、目の前にいた海賊の頭に「着地」。

 

 そのまま、列を為す海賊たちの頭を足場代わりにして渡し板を渡っていく。

 

 たちまち、列を作っていた海賊たちは、バランスを崩して海面に落下する者が続出する。

 

 敏捷を活かして機先を制する。

 

 まさに、アサシンならではの戦いぶりだ。

 

 そして、

 

 ひとっ飛び跳躍する響。

 

 全ての海賊の頭上を飛び越えて着地。

 

 眦を上げる。

 

 女王アンの復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の甲板に降り立った響。

 

 途端に、

 

 周囲の海賊たちが、驚いたように襲い掛かってくる。

 

「こ、このガキッ 舐めくさりやがって!!」

「よくも仲間を!!」

 

 手にカトラスと呼ばれる、身幅の大きな片刃の曲刀を振り翳して斬りかかってくる海賊たち。

 

 だが、

 

 響の幼さを感じさせる目は鋭く光る。

 

 振り下ろされる刃をすり抜けるようにして跳び上がり、強烈な回し蹴りを食らわす。

 

 吹き飛ぶ海賊。

 

 その勢いに数人巻き込まれ、甲板に転がる。

 

 更に、鞘に納めたままの刀を繰り出し、突き、払い、海賊たちを討ち倒していく。

 

 その鋭い視線が、

 

 離れた場所に立つ、ティーチを捉えた。

 

 大将首を討つ。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「あらあらメアリー、見てください。あんな可愛らしいネズミが紛れ込んでいますわ」

「確かに。ボクよりも小さいね。けど大丈夫。こう見えてネズミ退治は得意だから」

 

 振り返る響。

 

 目の前には、赤い軍服を着た背の高い女性と、その相棒らしき、海軍制服を着た背の低い少女が佇んでいる。

 

 先程、ティーチの傍らで、彼にツッコミを入れていた女性たちだ。

 

 その立ち位置からして、この船の幹部クラスである事は判る。

 

 それに、

 

「・・・・・・・・・・・・サーヴァント」

 

 低い声で呟きながら、響も腰の刀に手を掛ける。

 

 相手がサーヴァントとなると、流石に手を抜く訳にはいかない。

 

「来ますわよ、メアリー」

「うん。援護、お願いアン」

 

 頷き合う女海賊たち。

 

 同時に、響も刀の鯉口を切る。

 

 響とメアリーの視線がぶつかり合う。

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に甲板を蹴った。

 

 

 

 

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)のマストに、次々と鉤付きロープが掛けられ、海賊たちが空中に身を躍らせる。

 

 上下から同時に攻撃を仕掛ける、海賊ならではの戦い方だ。

 

 たちまち、ティーチ側の海賊たちが、甲板に降り立とうとする。

 

 次の瞬間、

 

 突如、

 

 五月雨のように飛来した矢が、空中にいる海賊たちを正確に撃ち抜いていく。

 

 折り重なる絶叫。

 

 空中に血しぶきが散り、上から奇襲を掛けようとしていた海賊たちが、次々と撃ち落とされる。

 

 その様子を、

 

 マストの上に身を潜めていたクロエが、弓を構えながら見つめる。

 

「残念。そう簡単に楽はさせないわよ」

 

 言いながら矢を投影。弓につがえて引き絞ると、今にも取り付こうとしていた海賊に放ち、これを撃ち落とす。

 

 ある者は頭を撃ち抜かれ、ある者は胸板に矢を突き立てられる。

 

 動く目標を相手に正確な狙撃。

 

 アーチャーの面目躍如である。

 

「さて、これで少し、大人しくなってくれれば良いんだけど」

 

 クロエが呟いた。

 

 見た限り、新たにターザン戦法を仕掛けてくる敵はいない。

 

 ならば、甲板の戦闘を援護しようか。

 

 そう思って弓を持ち上げた時だった。

 

「やあやあ、小さいのに大した弓の腕だ。おじさん感心しちゃったよ。君なら、うちの愚弟よりも上手なんじゃないかな?」

 

 マスト上をゆっくりと歩いてくる人影に、振り返るクロエ。

 

 緑衣に槍を携えた中年男は、へらへらした笑いを向けながらクロエに向かってくる。

 

 対して、クロエもまた相手に向き直る。

 

「あら、今度はおじさまが相手をしてくれるのかしら?」

 

 言いながらクロエは、弓の投影を解くと今度は干将・莫邪を投影して両手に構える。

 

 同時に、

 

 少女の脳裏に警告が走った。

 

 この男、

 

 弓兵であるクロエに全く感知させる事無く、至近距離まで接近してきた。

 

 ただ者でないのは間違いないだろう。

 

 対するように、槍を構えて穂先を向ける男。

 

「いやいや、おじさんこう見えて、もう歳だから。若い子の相手はきついんだよね。だから、お手柔らかに頼むよ」

 

 そう言うと、槍を持ち上げて真っすぐにクロエへと向けた。

 

 

 

 

 

 身軽な響が敵船の甲板に乗り込んでかく乱し、アーチャーで、遠距離攻撃が得意なクロエが上空からの奇襲を防ぐ。

 

 衛宮姉弟による、無言の連係プレイが功を奏し、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)側は、劣勢ながら戦線を支える事に成功していた。

 

 敵の大部隊に取り付かれたら、規模の劣る黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に勝ち目は薄い。

 

 そこを、2騎のサーヴァント達が支える事で、敵の侵攻を防いでいる形だった。

 

 無論、全てを防ぐことは不可能に近い。

 

 しかし、サーヴァントは衛宮姉弟だけではない。

 

「ヤァァァァァァ!!」

 

 這い上がってきそうになった海賊を、盾で振り落とすマシュ。

 

 更に、別の海賊に回し蹴りを食らわして吹き飛ばした。

 

 マシュが強敵と認識したのだろう。一部の海賊たちは、彼女を迂回して黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の取り付こうとする。

 

 だが、その前に白百合の少女が立ちはだかる。

 

 ミニスカートを翻して踊り込んだ美遊は、手にした剣を縦横に振るい、瞬く間に3人の海賊を斬り伏せる。

 

 怯んだ敵に、更に追撃を仕掛ける美遊。

 

 海賊は慌てて銃を放つ。

 

 しかし美遊は、突撃の速度を緩める事はしない。

 

 僅かに首を傾ける事で回避。

 

 銃弾がこめかみを霞める中、間合いに飛び込むと同時に、手にした剣を横なぎに振るう。

 

 一閃。

 

 胴薙ぎにされた海賊は、甲板の上に崩れ落ちた。

 

 そこへ、

 

 美遊を援護するように、黒色の魔力弾が海賊たちに着弾。

 

 直撃を受けた海賊たちが倒れる。

 

「あまり無理するなよ、美遊!!」

 

 振り返ると、人差し指を真っすぐに掲げた立香が立っている。

 

 その姿は、宇宙服のようなピッタリとしたスーツに代わっている。

 

 カルデア戦闘服に礼装をチェンジした立香が、ガンドで援護射撃を行ったのだ。

 

「立香さんッ」

「それと、君はあまり水に近づくんじゃないぞ!!」

 

 立香の指示に、美遊はハッとして頷く。

 

 美遊はアルトリアの霊基の影響で、泳ぐ事が出来ない。

 

 浅瀬ならまだどうとでもなるが、この大海のど真ん中で海に落ちたりしたらシャレにならない。

 

 甲板に上がってきた敵を排除するのが現状、美遊の役割だった。

 

 とは言え、

 

 厄介な敵は響とクロエが押さえてくれている。

 

 後の雑兵程度なら、無理せずともマシュとの連携で充分に対応は可能だろう。

 

 このまま行けば切り抜けられる。

 

 そう思った時だった。

 

 突如、

 

 視界の先で、

 

 数人の海賊が、悲鳴と共に空中に投げ出され、そのまま海面に叩きつけられる光景が見えた。

 

 それも、味方の水夫ばかりではない。

 

 吹き飛ばされた中には、敵の姿も見られたのだ。

 

「あれはッ!?」

 

 驚く美遊の前に現れたのは、血走った眼をした大男だった。

 

 頭に生えた、牡牛の如き角。

 

 筋骨隆々とした上半身は裸であり、手には巨大な戦斧を握っている。

 

 明らかに正気ではない凶眼は、真っすぐに美遊を見下ろしている。

 

「ギ・・・・・・ギギギギギギ」

 

 歯をこするような声が、その口元から漏れ出る。

 

 その様に、思わず息を呑む美遊。

 

 次の瞬間、

 

 美遊の目の前で、戦斧が振り被られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小柄な影が飛び込むと同時に、手にしたカトラスを振るう。

 

「そらッ!!」

 

 真っ向から振り下ろすメアリー。

 

 対して、

 

「んッ!?」

 

 響はとっさに後退して、斬撃を回避。

 

 同時に、腰の刀を抜刀する。

 

 着地。

 

 響体を捻りは刀を腰に下げ、抜き打ちの構えを見せる。

 

 そこへ、斬りかかってくるメアリー。

 

 響も体の回転を刃に乗せて迎え撃つ。

 

「ハァッ!!」

「んんッ!!」

 

 互いの刃が、同時に繰り出される。

 

 激突する両者。

 

 火花が激しく飛び散り、視界が白色に染まる。

 

 両者、衝撃は互角。

 

「「チッ!?」」

 

 響とメアリーは、同時に後退して距離を取った。

 

 先に体勢を立て直したのは、

 

 響だ。

 

「まだッ!!」

 

 響は刀の切っ先をメアリーに向け、再び突撃する構えを見せる。

 

 だが、

 

 次の瞬間、

 

 突如、耳を襲う風切り音。

 

 脳裏に響く、一瞬の警告。

 

「ッ!?」

 

 本能の命ずるままに、回避行動を取る暗殺者。

 

 間一髪。飛来した弾丸が、響の前髪を数本、断ち切っていった。

 

「あら、外してしまいましたわ」

「ドンマイ。次々行こう」

 

 射撃を外した相棒に、頷きを見せるメアリー。

 

 アンはと言えば、長大なマスケット銃を構えて、響に狙いを定めている所である。

 

 恐るべき腕だ。

 

 メアリーの援護があったとはいえ、動き回るアサシンに正確な射撃を加えてきたのだから。

 

 アン・ボニー、そしてメアリー・リード。

 

 この2人は、古今に名高き女海賊として有名な存在である。

 

 その生い立ちについては、驚くほど似通っている部分があった。

 

 アンは私生児であったが比較的裕福な家庭に生まれた。

 

 家庭の事情により、幼いころから男装して過ごしたアンは、成長するにつれて徐々に、性格の粗さが目立つようになっていった。

 

 やがて、知り合った行き連れの男と駆け落ち同然に結婚する。

 

 しかしその直後、運命の出会いを果たす事になる。

 

 海賊ラカムとの出会いであった。

 

 アンと出会う以前は海賊であったラカムだが、元々、それ程非道ではなかったため、特赦によって陸上での生活が許されていた。アンと出会ったのは、ちょうどその頃だった。

 

 一目で惹かれ合った2人は、アンの離婚を機に結婚。その後、ラカムが海賊業への復帰すると、2人で船を奪って海へと出る事になる。

 

 一方のメアリーはと言えば、こちらも私生児として生を受けたが、彼女の場合はごく普通の一般家庭で育った。だが、こちらもアン同様、幼少期から男装をして過ごす事になる。

 

 やがて成長したメアリーは性別を隠して陸軍に入隊。そこでバディを組んでいた青年に恋すると、性別を明かして結婚する事になる。

 

 退役して食堂経営を始めたメアリー夫婦は幸せの絶頂にあった。

 

 そのまま行けば、メアリーは家族に囲まれて、平凡だが幸せな人生を送った事だろう。

 

 しかし、愛する夫が急死した事で、彼女の人生は大きく舵を切る事になる。

 

 それから数年後の事だった。

 

 海賊として活動していたアンは、自分たちの船で働く、1人の若い海賊を目にとめた。

 

 ひときわ小柄だが働き者で仕事の手際も良い。それに戦闘となれば真っ先に敵中に飛び込んでいくなど度胸も良い。

 

 一目で気に入ったアンは、夜間にその海賊を呼び出して告白しようとした。

 

 ところが、

 

 誰あろうその海賊こそ、夫の死後、紆余曲折を経て海賊家業をしていたメアリーだったのである。

 

 因みに余談だが、この時アンは15歳、メアリーは何と30歳。年下の男だと思っていたメアリーが、実は女で、しかも自分よりはるかに年上だった事には、稀代の女海賊アン・ボニーも、腰を抜かすほど仰天したのではなかろうか。

 

 その後、すっかり意気投合した2人。アンは夫であるラカムにメアリーを紹介。メアリーは身分を隠したまま、アンの相棒となる事になる。

 

 こうして、後に伝説となる2大女海賊を傘下に加えたラカム海賊団は、より一層の猛威を振るって行く事になる。

 

 しかし、

 

 彼らの春は、長くは続かなかった。

 

 既にラカムには懸賞金が課せられていたのだ。

 

 その日、商船の襲撃に成功したラカムたちは、上機嫌で宴会を開いていた。

 

 そこへ、近付いてくる1隻の軍艦。

 

 バハマ総督はラカム海賊団を捉えるべく、熟練の船乗りであるジョナサン・バーネット船長率いる討伐隊を差し向けてきたのだ。

 

 逃げようにも、酒を飲んで酔いが回っているラカム達は、殆ど身動きが取れない。

 

 やがて船は追いつかれ、水兵たちが雪崩れ込んでくるに至り、ラカム達男の海賊たちは、恐れをなして船倉に逃げ込んでしまう。

 

 そんな中、

 

 大軍相手に一歩も引かず、気を吐いたのがアンとメアリーの2人だった。

 

 2人は背中合わせで甲板の中央に立つと、実に20人近い敵兵に手傷を負わせたと言われている。

 

 だが、所詮は多勢に無勢。衆寡敵せず、力尽きた2人は、隠れていたラカム達と共に、囚われてしまう。

 

 驚いたのはバーネット船長たちだった。まさか自分達にただ2人だけ向かってきた勇敢な海賊が、女だったとは思いもよらなかったのだ。

 

 やがてラカムは縛り首の上、見せしめの為に死体は海岸に曝された。

 

 アンとメアリーは、妊娠を偽って死刑を免れた(当時の法律で、妊娠中の女性は罪の無い胎児を殺す事になる為、死刑にはできなかった)。

 

 しかしメアリーは1年後、獄中で熱病に掛かり死亡。

 

 アンはと言えば、その最後についてはっきりしていない。最も有力な説では、有力者である父親のコネで釈放された後、両親の住むアメリカに戻り、結婚して8人の子供を産んだとされている。

 

 アン・ボニーとメアリー・リード。

 

 古今に名高き、伝説の海賊コンビは、まさに一心同体とでも言うべきコンビネーションを見せつけて、響の前に立ちはだかっていた。

 

「さて、それじゃあ行くよ。援護、お願い」

「ええ、任せてください」

 

 カトラスを構えるメアリー。

 

 アンもマスケット銃を持ち上げて銃口を向ける。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 響は軽く呟く。

 

 今のままじゃ勝てない。

 

 どちらか一方なら互角以上に戦う自信はあるが、アンとメアリー、双方を相手にするなら、こちらも本気で掛かる必要があった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 視線を黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の甲板へと向ける。

 

 そこに佇む、自らのマスターと視線が合う。

 

「「・・・・・・」」

 

 頷き合う、響と凛果。

 

 それだけで、互いの意思が通じる。

 

 目を閉じる響。

 

 その姿は一瞬、光に包まれる。

 

 纏われる、浅葱色の羽織。

 

 同時に少年の霊基は、アサシンからセイバーへと変化する。

 

「ん、行くッ」

 

 低く呟くと同時に、

 

 響は自分から仕掛けた。

 

 数に勝る相手に、守りに徹している余裕はない。

 

 自ら飛び込んで、有利な状況を作るのだ。

 

 対して、メアリーもカトラスを構えて応じる。

 

「生意気だよ!!」

 

 振り翳されるカトラスが、響に襲い掛かる。

 

 対して、

 

 手にした刀を抜き打ちから横なぎに振るう響。

 

 次の瞬間、

 

 激突する、響とメリーの刃。

 

 そこで、

 

 メアリーが、よろめくように数歩、後退する。

 

 予想外に重い、響の攻撃。

 

 セイバーになった事で、攻撃力は確実に上昇している。

 

「クッ こいつッ!!」

「まだッ」

 

 後退するメアリーに対し、刀を返して、再度斬りかかかる響。

 

 メアリーが態勢を整える前に、間合いへと踏み込む。

 

 一閃。

 

 逆袈裟に走った刃を、

 

 メアリーはカトラスで受け止める。

 

 だが、

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしつつ、更なる後退を余儀なくされるメアリー。

 

 強烈な響の攻撃を前に、メアリーは思わず顔をしかめる。

 

 そこへ畳みかける響。

 

 縦横に刀を振るい連撃を仕掛ける。

 

 後手に回り、防戦を強いられるメアリー。

 

 そこへ援護射撃が入った。

 

「メアリー、下がって!!」

「アンッ!!」

 

 合図と共に後退するメアリー。

 

 対して、

 

 とっさの判断で、自身も後退する響。

 

 同時に、鳴り響く銃声。

 

 アンの放った銃弾は、響の鼻先を霞めていく。

 

 そのまま後方宙返りしつつ後退。刀を構え直す。

 

 その間に体勢を立て直し、カトラスの切っ先を向けるメアリー。

 

 アンも装填を終えたマスケット銃の銃口を、響へと向けてくる。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 頷く響。

 

 刀の切っ先を再び向ける。

 

 対抗するように、構えを取るアンとメアリー。

 

 両者、甲板を蹴ったのは同時だった。

 

 

 

 

 

 その様は、バッファローの突撃のようだった。

 

 巨大な戦斧を振り翳し、敵も味方も跳ね飛ばしながら突っ込んでくる巨大な男。

 

 真っ赤な凶眼が、不気味な光を放っている。

 

「バーサーカーッ!?」

 

 振り上げられた戦斧を見上げ、美遊が叫ぶ。

 

 繰り出される剣閃。

 

 互いの刃が激突する。

 

 衝撃。

 

 甲板その物を揺るがすような異音が鳴り響く。

 

 後退する、美遊とバーサーカー。

 

「クッ」

 

 舌打ちしつつ、美遊は再び剣を構える。

 

 対抗するように、バーサーカーも戦斧を構え直した。

 

 先に仕掛けたのは、

 

 美遊だ。

 

「はァァァァァァ!!」

 

 一足で斬り込む白百合の少女。

 

 袈裟懸けに振るった剣が、バーサーカーに襲い掛かる。

 

 その美遊の一撃を、

 

 戦斧で受け止めるバーサーカー。

 

 そのまま、少女の小さな体を払い落そうとする。

 

 だが、

 

「まだッ!!」

 

 美遊は空中で宙返りして勢いを殺すと、甲板に着地。

 

 同時に、可憐な眼差しはバーサーカーへと向けられる。

 

 凶眼が、美遊を睨む。

 

「・・・・・・・・・・・・エイリーク・ブラッドアクス・・・・・・ノルウェーの血斧王」

 

 美遊が緊張交じりに呟く。

 

 エイリーク・ハラルドソン

 

 またの名を「エイリーク・ブラッドアクス」

 

 ノルウェーを支配したヴァイキングの王で、在任した3年の間に兄妹、親族を殺しつくした事から「血斧王」の名で恐れられた残虐な王である。

 

 まさに北欧における海賊王と呼べる存在だった。

 

「血・・・・・・血ィ・・・・・・血ダァァァァァァ!!」

 

 雄叫びを上げて、突撃してくるエイリーク。

 

 対抗するように、美遊もまた甲板を蹴って剣を振り翳す。

 

 強大な膂力で振り下ろされる戦斧。

 

 その一撃を、鋭い美遊の一閃が弾く。

 

 大きく体勢を崩すエイリーク。

 

 だが、

 

 崩れそうになる体勢を、どうにか持ちこたえる。

 

 見上げる美遊。

 

 見下ろすエイリーク。

 

 互いの視線が激突し、刃が閃光を放つ。

 

 ドレイク海賊団と、黒髭海賊団。

 

 両者の戦いは、ますます激しさを増しつつあった。

 

 

 

 

 

第7話「伝説の海賊達」      終わり

 




エイリークさんは、どう考えても奥さんの方が強そうに見える(爆


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第8話「海鳴の剣戟」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三歩踏み込むごとに、間合いを詰める浅葱の羽織を纏いし少年。

 

 矢のように鋭い視線の先では、カトラスを構えて迎え撃つ小柄な女海賊が立つ。

 

 メアリー・リードもまた、己に迫る小さな暗殺者を見据えて刃を翳す。

 

「んッ!!」

 

 鋭い刺突が襲い掛かる。

 

 迸る銀の閃光に、魔力の炎が反射する。。

 

「餓狼一閃!!」

 

 叫ぶ響。

 

 その一撃を、

 

 正面からカトラスを翳して受け止めようとするメアリー。

 

 だが、

 

「だめよメアリーッ よけて!!」

 

 彼女の危機は、彼女の相棒がより先に察知して警告を発する。

 

「クッ!?」

 

 アンからの警告に、小柄な女海賊は、とっさに空中に身を躍らせるようにして回避。

 

 飢えた狼の牙は、半瞬の差で女海賊を捉え損ねる。

 

「んッ!?」

 

 舌打ちする響。

 

 だが、攻撃失敗を悔いている暇は、少年にはない。

 

 メアリーが身を翻した直後、

 

「あらあら」

 

 視線の先には、

 

 銃口を構えたアンの姿ある。

 

「動きを止めたら、ただの的ですわよ」

 

 余裕を感じさせる声と共に、放たれる銃声。

 

 唸りを上げて飛来する弾丸。

 

「ッ!?」

 

 響はとっさに刀を振るい、弾丸を刃で弾き飛ばす。

 

 だが、

 

「まだまだ行きますわよ!!」

 

 更に銃撃を繰り返すアン。

 

 二発、

 

 三発、

 

 その全てを、響は刀で弾いて見せる。

 

 しかし、驚くべきはアンの早撃ちだろう。

 

 弾丸自体は、サーヴァントならば魔力で作り出す事が出来る。つまり、魔力の補給さえできれば、無限に撃ち続ける事も不可能ではないのだ。

 

 しかし、言うまでもなく、弾丸は装填しなければ発射できない。

 

 そして、アンの愛銃は先込め式のマスケット銃であり、連射速度は良いとは言いにくい。

 

 それを、これほどのスピードで速射してくるとは。

 

 響の額目がけて、真っすぐに飛んで来る銃弾。

 

 その一撃を、

 

「んッ!?」

 

 首を傾ける事で回避する響。

 

 同時に甲板上に置かれている木箱の影に飛び込む。

 

 一瞬で良い。体勢を立て直す「間」が欲しかった。

 

 木箱に背を預け、刀を握り直す響。

 

 その間に、マスケット銃を再装填するアン。

 

 メアリーもカトラスを水平に構え、斬りかかるタイミングを計る。

 

 次の瞬間が勝負。

 

 響がどの方向から飛び出すのか、

 

 アンとメアリーが注視する。

 

 次の瞬間、

 

 響は頭上高く跳躍する事で飛び出すと、大上段に刀を掲げる。

 

「これでッ!!」

 

 見下ろす先に佇むアン。

 

 刃が陽光を反射する。

 

 長身の女海賊がマスケット銃を振り上げようとするが、それよりも響の降下速度の方が速い。

 

「貰ったッ!!」

 

 叫ぶ響。

 

 だが、

 

「僕を忘れていないか!?」

 

 鋭く響く声。

 

 次の瞬間、

 

 跳躍してきたメアリーが横合いから響を強襲。カトラスを横なぎに振り抜く。

 

「クッ!?」

 

 響はとっさに、攻撃をキャンセル。メアリーの一撃を、刀を振るって防ぐ。

 

 空中に鳴り響く金属音。

 

 しかし、無理な体勢で受け止めた事があだとなり、響は空中で大きくバランスを崩す。

 

「まずッ!?」

 

 そのまま、甲板に叩きつけられる響。

 

 対してメアリーは、無難に着地を決める。

 

 そこへ、

 

「これで、おしまい、ですわ」

 

 ニヤリと笑う、女海賊。

 

 アンの指が引き金を引き、弾丸が銃口から迸る。

 

 次の瞬間、

 

 弾丸は、

 

 響の額を貫いた。

 

 

 

 

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の甲板では、美遊もまた、追い詰められつつあった。

 

 エイリークが繰り出す巨大な戦斧を、かわし、あるいは剣で弾く事で状況を拮抗させていた美遊。

 

 一見すると、互角の勝負のようにも見える。

 

 しかし、ここは陸上ではない。

 

 狭い船の上。

 

 広い大海原の上。

 

 いかに俊敏に逃げ回ろうと、いつかは追い詰められてしまう。

 

 突撃してくるエイリーク。

 

「これでッ!!」

 

 対抗するように、美遊も甲板を蹴って低い姿勢で疾走。剣を振り翳す。

 

 激突する、視線と視線。

 

 間合いに入った瞬間、

 

 互いに刃を繰り出す。

 

 激突する両者。

 

 刃と刃がぶつかり合い、衝撃波が四方へと響く。

 

 だが、

 

 美遊は、そこで動きを止めない。

 

 足裏で甲板を噛みながら衝撃を堪えると、そのまま垂直に跳躍。

 

 視線は、エイリークを下に見る。

 

「ギッ・・・・・・ギッ!!」

 

 声を上げるエイリーク。

 

 対して、

 

「そう、睨まれても・・・・・・」

 

 手にした剣に、魔力を注ぐ美遊。

 

 そのまま使を両手で把持。大上段から振り下ろす。

 

「手加減は、できないから!!」

 

 魔力を帯びた剣閃。

 

 エイリークもまた、戦斧を振り上げて、美遊の剣を防ぎにかかる。

 

 激突。

 

 次の瞬間、

 

 エイリークの斧が、衝撃に耐えきれず砕け散る。

 

 更に美遊は畳みかける。

 

 着地と同時に、細い体を捻り、抜き打ちの体勢を取る。

 

 横なぎの一閃が放たれる。

 

 対して、少女の素早い動きに、エイリークは着いて行けない。

 

 美遊の放つ剣閃に、巨体が斜めに斬り裂かれた。

 

「ギィッ!?」

 

 苦悶の声を上げるエイリーク。

 

 美遊はすかさず剣を返し、トドメを刺そうとする。

 

 だが、

 

「ギィッ!!」

 

 エイリークは強引に体勢を立て直すと、美遊に殴りかかる。

 

 迫る巨大な拳。

 

「クッ!?」

 

 美遊はとっさに剣で防ぐ。

 

 だが、

 

 膂力任せのエイリークの一撃は、防御の上から少女の小さな体を持ち上げ、吹き飛ばす。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 大きく宙を舞い、甲板に叩きつけられる美遊。

 

 肩から甲板に落着し、思わず顔をしかめる少女。

 

 対して、

 

 戦斧を失いながらもエイリークの方は、尚も戦意を失っていなかった。

 

「オォォォォォォ!!」

 

 柄だけになった戦斧を投げ捨て、未だに立ち上がれずにいる美遊に突進するエイリーク。

 

 そのまま掴みかかろうとした。

 

 対して、美遊は未だに立ち上がる事が出来ないでいる。

 

 エイリークの腕が伸びてきた。

 

 次の瞬間、

 

 滑り込むようにして立ちはだかった巨大な影が、エイリークの拳を真っ向から受け止めて見せた。

 

 アステリオスだ。

 

 その巨大な掌は、エイリークの拳を真っ向から掴み、押し返そうとしている。

 

 牛頭の巨雄は、自らの「仲間」を守るべく、巨大な敵の前に立ちはだかったのだ。

 

 対抗するように、エイリークも凶眼でアステリオスを睨みつけ、押し切るべく拳に力を籠める。

 

「ギッ・・・・・・ジャマ、スルナァ!!」

 

 その怪力を前に、アステリオスの巨体が甲板上を滑るように、押され始める。

 

「アステリオス!!」

「だい、じょうぶ・・・・・・これいじょうは・・・・・・やらせない!!」

 

 美遊の声に答えると同時に、アステリオスもまた、渾身の力でエイリークと拮抗し始める。

 

 凄まじい膂力だ。

 

 血斧王と対峙して尚、力負けしていない。ギリシャに誇るミノタウロスの名は、決して伊達ではなかった。

 

 アステリオスとエイリーク。

 

 互いの筋力が隆起し、拮抗する。

 

「ウォォォォォォ!!」

 

 雄たけびを上げるアステリオス。

 

 そのまま上体を捻らせると、エイリークの巨体を投げ飛ばしにかかる。

 

 だが、

 

「ギッ!!」

 

 エイリークは体を低く落として、投げ飛ばされまいと堪える。

 

 互いによろけるようにして離れる、アステリオスとエイリーク。

 

 拳を掲げるアステリオス。

 

 腕を大きく広げるエイリーク。

 

 巨体のバーサーカーが2騎、甲板の上で睨み合う。

 

 雄叫びと共に、突撃するアステリオス。

 

 対抗するように、エイリークもまた向かってくる。

 

 アステリオスも、狭い甲板の上で自分の武器を振るえば、周囲に被害が出る事が判っている。それ故に愛用の武器である戦斧は持たず、自らの肉体を武器に迎え撃つ。

 

 交錯する互いの拳。

 

 激突。

 

 衝撃がクロスカウンター気味に、両者の顔面を撃ち抜く。

 

 互いにパワー自慢のサーヴァント。激突すれば、ただでは済まない。

 

 たまらず、2人とも後退、

 

 は、しないッ

 

 振り返るのは、ほぼ同時。

 

 再び拳を振り上げ、相手に叩きつける事に躍起になる。

 

 エイリークの拳がボディーブロー気味にアステリオスのみぞおちを捉える。

 

 かと思えば、アステリオスの拳がエイリークの側頭部を撃ち抜く。

 

 防御はしない。

 

 後退もしない。

 

 バーサーカー同士、完全ノーガードの殴り合い。

 

 アステリオスとエイリーク。

 

 共に膂力の全てを尽くした殴り合いで、相手を圧倒すべく、死闘を繰り広げる。

 

 だが、

 

 基本となるスペックの差が、徐々に出始める。

 

 いかに北欧が誇る海賊王と言えど、ギリシャ神話が誇る大怪物ミノタウロスに、力勝負で勝てる道理は無い。

 

 加えて、エイリークは、先に美遊と戦いダメージを負っている身。

 

 まともなぶつかり合いなら、アステリオスに分はあった。

 

「オォォォォォォ!!」

 

 拳を振り上げるアステリオス。

 

 全身、血だらけなのは両者ともに同じ。

 

 しかし、アステリオスはまだ、余力がある。

 

 対して、

 

 エイリークは最早、腕を持ち上げる事も出来ない。

 

「これでッ!!」

 

 とどめを刺すべく、拳を振り上げるアステリオス。

 

 対して、エイリークは動く事すらできない。

 

 アステリオスの拳が血斧王を貫く。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「オォォォォォォ!!」

 

 立ち上がったエイリークが、振り上げたこぶしをアステリオスの胸板へと叩きつける。

 

 突き抜ける衝撃。

 

 アステリオスもまた、エイリークに反撃する力が残っているとは思わず、まともに正面から攻撃を喰らってしまう。

 

「ガハッ!?」

 

 のけ反るアステリオス。

 

 同時に、その口から大量の血が吐き出され、甲板に文字通り血の雨が降る。

 

 今の戦闘によるダメージだけではない。

 

 先の迷宮での戦闘で、響の餓狼一閃をまともに受けた傷が実はまだ完全には癒えておらず、その傷口がエイリークとの戦闘で開いてしまったのだ。

 

 形勢逆転。

 

 アステリオスは甲板に膝を突き、逆にエイリークは立ち上がってアステリオスを見下ろす。

 

「ギッ・・・・・・血・・・・・・血ヲ、ヨコセェェェェェェ!!」

 

 凶暴な叫びと共に、拳を振り翳してアステリオスに襲い掛かるエイリーク。

 

 最早アステリオスも限界だ。この攻撃には耐えられない。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 エイリークの胸板に、一本の矢が突き刺さった。

 

 

 

 

 

「アステリオスッ!!」

 

 振り返れば、弓を構えた小さな女神が、アステリオスを守るべく矢を放っている。

 

 突然の攻撃に、思わず動きを止めるエイリーク。

 

 そこへ、

 

 さらにもう一つ、

 

 小さな影が飛び込んだ。

 

「これで、終わり!!」

 

 短いスカートをはためかせ、上空に跳び上がった美遊が剣を振り翳す。

 

 刀身より溢れ出る、巨大な魔力。

 

 少女は自らの「仲間」を助けるべく、剣閃を振るう。

 

 対して、

 

 エイリークにはもはや、この新たなる状況に対応する術は無かった。

 

 急降下と同時に、剣を振り下ろす白百合の少女。

 

 一閃。

 

 美遊の剣は、エイリークを頭頂から真一文字に斬り裂く。

 

「ギッ・・・・・・ギッ・・・・・・」

 

 斬り裂かれ、鮮血を噴き出す血斧王。

 

 尚も諦めきれないとばかりに、美遊に掴みかからんと腕を伸ばす。

 

 だが、彼にできた抵抗はそこまでだった。

 

 やがて、血斧王の巨体は、金色の粒子に溶けて消えていく。

 

 美遊の一撃が致命傷になり、現界を保てなくなったのだ。

 

 やがて、エイリークが完全に消滅するのを確認すると、美遊とエウリュアレは、すぐさま、座り込んでいるアステリオスへと駆け寄った。

 

「アステリオス!!」

「しっかりしなさいよ、ちょっと!!」

 

 駆け寄ってきた少女たちの声が聞こえたのだろう。アステリオスが僅かに顔を上げる。

 

「う・・・・・・ふたりとも・・・・・・ぶじ?」

「馬鹿ッ 自分の心配をしなさいよ!!」

「エウリュアレの言う通り。アステリオスが、一番重症」

 

 満身創痍の身ながら、まずは周りの心配をするアステリオスに、美遊もエウリュアレも、呆れ気味に叱りつける。

 

 とは言え、どうにか無事な様子に、2人の少女たちはホッとするのだった。

 

 その様子を見ていたティーチは、悔しそうに歯を噛み鳴らす。

 

「ウヌヌッ 血斧王を倒すとはッ やるでござるなッ そしてあの牛頭は羨ましい!! 拙者もエウリュアレ氏や美遊たんに優しく介抱されたーい!! しかーしッ 案ずる事は無い!!奴は我が黒髭海賊団の中で、一番の小物でござる!!」

 

 何やらどこかで聞いたような物言いの黒髭。

 

 とは言え、今の言動から判る通り、どうやらまだまだ戦闘続行する気満々なようだ。

 

 だが、

 

 敵の都合に、こちらが付き合ういわれは微塵も無かった。

 

「キャプテン・ドレイクッ そろそろ潮時だと思われます!!」

 

 大盾で敵の海賊を薙ぎ払いながら、マシュが話しかけてくる。

 

彼女も、乗り移ってくる敵の海賊を薙ぎ払い続けているが、それもそろそろ限界が近かった。

 

 勿論、サーヴァントである以上、まだまだ戦い続けることは不可能ではない。

 

 しかし、数は敵の方が多い。このままでは押し込まれてしまう可能性がある。

 

 対して、ドレイクも銃を撃ちながら、頷きを返す。

 

「確かにね。これ以上は完全な泥仕合だ。ってかッ あの髭面をこれ以上拝まされるのも癪だしね!!」

 

 言い放つと、素早く銃の薬室を開けて弾丸を装填。両手を伸ばして構える。

 

 火を噴く、2丁の拳銃。

 

 狙いは正確。

 

 ドレイクによって放たれた弾丸は、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)と、アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)を連結している、鉤付きロープを的確に撃ち抜いて、拘束を解除していく。

 

 全ての拘束が排除されるのに、10秒もかからなかった。

 

「ボンベッ 退却だ!! 取り舵いっぱい!! 思いっきり引き離してやりな!!」

「アイアイッ マム!!」

 

 ドレイクの号令一下、船員たちは脱出に向けて動き出す。

 

 ともかく、長居は無用だ。

 

 連結され、停船を余儀なくされていた黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が、ボンベ達に操船され、少しずつアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)から離れ始めた。

 

 

 

 

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)のマストの上では、尚も激しい攻防が繰り広げられていた。

 

 小柄な少女が、双剣を手に、狭い足場を駆ける。

 

 その向かう先では、武器を構えた槍兵が1人。

 

「ハァァァ!!」

 

 間合いに入ると同時に、双剣を繰り出すクロエ。

 

 右手に装備した莫邪を、逆袈裟に振り上げる。

 

 その一撃を、槍兵は後退する事で回避。

 

 そのまま後方に下がろうとする。

 

「逃がさないわよ!!」

 

 すかさず追撃に移るクロエ。

 

 左手の干将を、低い軌道で振るう。

 

 足を薙ぐような一撃。この狭い足場では回避が難しい事を狙っての攻撃である。

 

 だが、

 

「よっと」

 

 軽い掛け声とともに、槍兵はクロエの一撃を、槍の石突で受け止める。

 

 舌打ちするクロエ。

 

 槍兵はすかさず槍を返し、鋭い刺突を放ってくる。

 

「クッ!?」

 

 対してクロエは、とっさに後方に宙返りしながら回避。

 

 そのままマスト上に着地する。

 

投影(トレース)!!」

 

 短い詠唱と共に、6本の剣が空中に出現する。

 

 鋭い刃が、一斉に向きを変え、切っ先が一斉に槍兵を指向した。

 

「行けッ!!」

 

 腕を鋭く振るうクロエの号令と共に、空中を疾走する剣。

 

 切っ先が陽光に反射して煌めく。

 

 その攻撃を、

 

「あらよっと!! ホッ!!」

 

 槍兵は、長柄の槍を手の中で器用に回転させると、飛んで来る剣を次々と撃ち落とす。

 

 全ての剣を弾いた槍兵。

 

 次の瞬間、

 

 背後に浮かんだ気配に、振り返りながら、迷う事無く槍を横なぎに振るう。

 

 鳴り響く異音。

 

 空中に金属が奏でる火花が飛び散る

 

「クッ!?」

 

 今にも剣を振り下ろそうとしていたクロエは、思わぬ反撃に、とっさに防御に回らざるを得なかった。

 

 押し返される形で後退するクロエ。

 

 槍兵が空中の剣に気を取られている隙に、後方に回り込んで奇襲を目論んだのだが、それすらも察知されてしまった。

 

 弾かれてマストに着地しつつ、少女は眉をしかめる。

 

 対して、槍兵は槍を肩に担ぎながら、へらへらとした笑みを見せる。

 

「いや~ 器用な事するんだね。それ、転移魔術か何かかな? 随分と高度な事が出来るね。おじさん感心しちゃったよ」

「どっちがよ。あんたの方こそ、随分といやらしい戦い方するわね」

 

 舌打ち交じりに返事をするクロエ。

 

 彼女は気付いていた。

 

 目の前の男が、先程から防御とカウンターのみに終始し、自分から攻撃を仕掛けてくる事がほとんどないと言う事を。

 

 おかげで、クロエの攻撃は殆ど不発に終わっていた。

 

「大英雄の余裕って奴かしら? だとしたら、いくら何でも舐め過ぎ」

「いやいや、そう誉めないでくれよ。照れちゃうじゃん」

「誉めてないわよ」

 

 気負った様子が無い槍兵の態度に、クロエは極度のやりにくさを感じる。

 

 しかし、

 

 内心では、英霊としての格の違いを見せつけられているかのようで、クロエとしては不快感が募る想いだった。

 

 トロイアの大英雄ヘクトール。

 

 かのトロイア戦争で活躍した最強の英雄である。

 

 城塞都市トロイアの第1王子であり、将軍であり、軍師であり、そして同都市最強の戦士でもあった男。

 

 その実力は神話にも語られるほどである。

 

 スパルタの王メネラオスからひどい虐待を受けていた王妃ヘレネ―を哀れに思ったトロイアの王子パリスは、彼女を拉致同然に救い出す事になる。

 

 これが、所謂「トロイア戦争」の発端である。

 

 メネラオスの意を受け、トロイアに攻め込んでくるアカイア軍。

 

 そのアカイア軍に真っ向から立ちはだかったのが、パリスの兄でもあったヘクトールであった。

 

 圧倒的戦力で攻め寄せたアカイア軍に対し、ヘクトールは寡兵のトロイア軍を率いて、徹底的な籠城戦を展開。

 

 防戦、遊撃、奇襲、謀略、挑発あらゆる戦術を駆使して、戦いを有利に進め、一時はアカイア軍を壊滅寸前まで追い詰めた事もあった。

 

 伝説のトロイア戦争をトロイア側は、ほぼヘクトール1人で戦ったと言っても過言ではなかった。

 

 もし、

 

 アカイア軍の中に、大英雄アキレウスがいなければ、トロイア戦争はトロイア側の勝利に終わっていたとさえ言われている。

 

「そんじゃ、潮時みたいだし、おじさんはこれで。またねー」

「逃がすかッ」

 

 双剣を構えて、斬りかかるクロエ。

 

 間合いを詰めると同時に、黒白の剣閃が槍兵を襲う。

 

 だが、その前にマスト上から身を翻すヘクトール。

 

 一足飛びで、槍兵の姿はアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の甲板に降り立っていた。

 

「何なのよッ あいつはッ」

 

 苛立たし気に呟くクロエ。

 

 その視界の中で、ヘクトールが挑発するように手をひらひらと、振っているのが見えた。

 

 

 

 

 

 アンの放った銃弾。

 

 その一撃は、確実に響の額を捉えていた。

 

「命中、ヘッドショットですわ」

 

 構えたマスケット銃を下ろしながら、アンは会心の笑みを浮かべる。

 

 その様子を見て、彼女の相棒もやってくる。

 

「やったねアン。仕留めたよ」

 

 やって来たメアリーと、ハイタッチを交わすアン。

 

 これで勝負あり。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 長身の女海賊の背後に、

 

 小柄な影が躍った。

 

「アンッ!!」

「ッ!?」

 

 突然の悲鳴じみたメアリーの声に、思わず息を呑んで振り返るアン。

 

 視線を向ける先。

 

 そこには、

 

 刀を抜き打ちに構える、暗殺者の姿があった。

 

「クッ!?」

 

 とっさに、相棒を突き飛ばして前に出るメアリー。

 

 繰り出したカトラスが、響の刀を防ぎ止める。

 

 だが、

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、メアリーは後退する。

 

 同時に、攻撃した響もまた、衝撃に押されるように後退した。

 

 その頬は僅かに裂け、出血しているのが判る。

 

 先程の、アンの銃撃による物だった。

 

「・・・・・・あのタイミングでかわしますか。大した反応ですわね」

「ん、ギリギリ」

 

 立ち上がりながら告げるアンに、響は血を指で拭いながら答える。

 

 実際、紙一重だった。

 

 アンの放った銃弾は、響の顔の、僅か数ミリのところを駆け抜けていったのだ。

 

 コンマ数秒、

 

 否、

 

 ナノ秒でも回避が遅れていたなら、響の頭は潰れたザクロと化していた事だろう。

 

 その時だった。

 

「響ッ!!」

 

 少年を呼ぶ、凛果の声。

 

 振り返ると、徐々に遠ざかる船の上から、手を振る少女の姿が見える。

 

「戻ってッ 早く!!」

「んッ!!」

 

 呼ばれて、とっさに踵を返す響。

 

 そのまま、離れつつある黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)目がけて駆け出す。

 

 しかし、

 

「おっとッ 簡単に逃がすほど、おじさんは甘くは無いよ!!」

 

 飄々とした調子で、少年の前に立ちはだかったのは、緑位の槍兵、大英雄ヘクトールだ。

 

 鋭く槍を繰り出し、響の行く手を阻みにかかるヘクトール。

 

 鋭く繰り出される槍の穂先。

 

 その一撃を、刀で防ぐ響。

 

 しかし、

 

「クッ!?」

 

 ヘクトールの一撃を前に、少年は後退を余儀なくされる。

 

 その間にも、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は徐々に離れていく。もう、時間がない。

 

「どけッ!!」

「いやいや、もう少し、おじさんと遊んでいこうよ!!」

 

 言いながら、槍を構えて斬りかかるヘクトール。

 

 次の瞬間、

 

 飛来した一本の矢が、大英雄の足元に突き刺さった。

 

「おわっとッ!?」

 

 思わず、その場でつんのめるヘクトール。

 

 振り仰ぐ響。

 

 その視線の先には、

 

 弓を構えた姉が、こちらの照準を合わせていた。

 

「グズグズしないッ さっさとこっち来なさい!!」

 

 姉の援護を受けて、響は跳躍する。

 

 いかに少年の跳躍力でも、既に黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)と、アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)はかなり離れている。

 

 一足で飛び移るのは不可能。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 響は魔力で空中に足場を作ると、そこに足を掛けて更に跳躍。飛距離を伸ばす。

 

 更に、同じことをもう一回。

 

 二度の空中跳躍で、響の体は、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)のすぐ眼前までくる。

 

 そこで、

 

「響!!」

 

 甲板から体を乗り出すようにして手を伸ばす少女。

 

 美遊だ。

 

 少女は自分が海に落ちる事も厭わずに、少年に向かって手を伸ばしてくる。

 

「んッ!!」

 

 迷う事無く、美遊の手を掴む響。

 

 美遊はそのまま、抱き留めるような恰好で、響を甲板上に引っ張り上げた。

 

 幼い少年と少女は、跳躍の勢いのまま、船上に転がり込む。

 

 少年と少女は、互いに並ぶようにして、甲板の上で仰向けに寝転がる。

 

「ん、ありがと・・・・・・美遊」

「うん。無事でよかった」

 

 そう言って、笑い合う2人。

 

 その間にも、ドレイクは撤退に向けた準備を進めていく。

 

「良しッ これで全員乗ったね!! あと乗っていない奴がいたら置いて行くッ 以上!!」

 

 非情とも言える言葉だが、ここはドレイクが正しい。

 

 海の上の戦闘は、陸上戦闘以上に一瞬の判断が求められる。

 

 もし、一瞬でも決断を躊躇えば、船を沈む事にもなりかねない。

 

 故にドレイクは、全員の乗船を確認するよりも早く、離脱を決断したのだ。

 

 だが次の瞬間、

 

 突然の轟音。

 

 同時に、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を激震が見舞う。

 

「なッ どうしたッ!?」

「大変でさぁ 姉御!! 船底にでかい穴が開いてやす!!」

 

 ボンベの悲鳴じみた声。

 

 同時に黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は、右に急速に傾きつつある。

 

 右舷側に浸水が始まり、傾斜が強まってきているのだ。このままでは、数分で船は沈没しかねないだろう。

 

「クッ!?」

 

 舌打ち交じりに、ドレイクは視線をアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)に向ける。

 

 その甲板上では、長大なマスケット銃を構えた長身の女海賊が、不敵な笑みを浮かべているのが見える。

 

 アン・ボニーだ。

 

 彼女がこの距離から狙撃し、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に致命傷を与えたのだ。

 

 このままでは沈没か、さもなくば再び黒髭海賊団に捕捉されて、全員が捕虜になりかねない。

 

「クッ 船底の穴をふさぐッ 手の空いている奴は着いて来な!!」

 

 もう時間がない。

 

 無駄と分かっていても、修理する以外に道は残されていないのだ。

 

 だが、

 

 ドレイクが船底に駆け込もうとした、

 

 その時だった。

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

「アステリオスッ 何する気!?」

 

 雄叫びを上げたアステリオスが、エウリュアレの制止も聞かず、甲板に手を掛けると、そのまま海へと飛び込んでしまう。

 

 いったい何をする気なのか?

 

 一同が驚く中、

 

 突如、

 

 傾斜していた黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の船体が、水平に戻り始めたではないか。

 

 アステリオスだ。

 

 あの愛すべき巨雄は、仲間達を助けるために、沈みかけた船を下から支えているのだ。

 

「グズグズするなッ 全速前進ッ 離脱急げ!!」

 

 ドレイクの怒号が飛び、速度を増す黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 徐々に離れていく、2隻の海賊船。

 

 アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)が追いかけてくる気配はない。

 

 こうして、どうにかこうにか、カルデア特殊班とドレイク海賊団は、危地を脱する事に成功するのだった。

 

 

 

 

 

第8話「海鳴の剣戟」      終わり

 



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第9話「レッツ・ハンティング In オケアノス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傷ついた黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が、よろけるように、名も無い島にたどり着いたのは、戦闘終了から2時間以上経った後だった。

 

 ふらつく船は、そのまま海岸に押し上げられる形で擱座、着底する事で停止する。

 

 船底に大穴を開けられた黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 これ以上、沈まないようにするためには、浜辺に乗り上げるしかなかったのだ。

 

 幸いにして、女王アンの復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)からの追撃は無い。どうやら向こうも、エイリーク・ブラッドアクスを失った事で、体勢の立て直しを迫られているらしい。

 

 そして、

 

 船が完全に停止するのを待って、飛び降りるように砂浜に駆け出したのは、小さな女神だった。

 

「アステリオス!!」

 

 叫びながら、船底へと急ぐエウリュアレ。

 

 果たして、

 

 海面をかき分けるように、船を支えて泳ぎ続けた殊勲者が、よろけるように砂浜に上がってくるのが見えた。

 

「えう・・・・・・りゅあれ・・・・・・ぶじ?」

「馬鹿ッ あんたはまったくもうッ!! 人の事心配している場合じゃないでしょ!!」

 

 慌てて駆け寄るエウリュアレ。

 

 少女の姿にホッとしたように、アステリオスがその場に座り込んだ。

 

 どうやら、体力も限界だったらしい。

 

 エイリークとの戦闘には勝ったとはいえ、アステリオス自身、無傷ではなかった。それ以前に、迷宮での戦闘で、響の餓狼一閃を受けた傷も残っている。

 

 そこに来て、小型とは言えガレオン船を抱えて2時間以上泳ぎ続けたのだ。いかにギリシャ神話に誇るミノタウロスと言えど、体力の限界だった。

 

「んッ アステリオス!!」

「もうッ 無茶しないでよ!!」

「フォウ、フォウ、フォウッ!!」

 

 次々と、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)から飛び降りてくるカルデア特殊班のメンバーたち。

 

 アステリオスがいなかったら、今この場に全員いなかったかもしれない。

 

 それだけに、無理を押して自分たちを助けてくれた、この大きな英雄を心配して飛び出して来たのだ。

 

 その一方で、ドレイクは船の様子を確かめていた。

 

 アステリオスの事は無論心配だが、彼女は船の運行責任者として、先に立顰めなくてはいけない事があった。

 

「・・・・・・あちゃー」

 

 思わず頭を抱えるドレイク。

 

 船体にはアンの最後の攻撃によって大穴が空けられている。

 

 アステリオスのおかげで浸水は最小限に抑えられたが、これでは穴をふさぐまで航行できなかった。

 

「こいつは、参ったね・・・・・・」

 

 嘆息するドレイク。

 

 その傍らに、立香がやってきた。

 

「時間、かかりそうなのか?」

「ん、ああ。材料はあるから、修理自体は難しくないんだけどね・・・・・・」

 

 言い淀むドレイク。

 

 即断即決を身上とする彼女にしては、珍しく歯切れが悪い。

 

「元通りに修理しても、奴らには大砲が効かないからね。結局、撃ち合いになったら負けるのはこっちだ」

 

 最終的に移乗白兵戦になるとはいえ、その前段階で砲撃戦を行い、相手の戦力を削いでおかないと危険である。

 

 しかし先の戦いから判る通り、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の砲撃は、女王アンの復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の装甲に対し全くの無力だった。

 

 圧倒、とまでは行かずとも、せめて互角の砲撃戦を演じられなくては話にならなかった。

 

「せめて、向こうと同等の装甲があれば、話は違ってくるんだけどね」

「装甲か・・・・・・」

「鉄板を張るって訳にも、いかないしね・・・・・・」

 

 話を聞いていた凛果もまた、頭を抱える。

 

 この時代、既に鉄を加工する技術はある程度確立されているが、それを船に張って装甲にするところまでは進んでいない。仮にできたとしても、何の施設も無く鉄の加工など、できる筈も無かった。

 

《問題は多分、それだけじゃないね》

「どういう事だよ、ダ・ヴィンチちゃん?」

 

 通信機から聞こえてきたダ・ヴィンチの声に、立香が尋ねる。

 

 どうやら、先の戦闘における解析結果が出たらしい。

 

《大方の予想通りだとは思うけど、黒髭氏の宝具は、あの船で間違いない。こいつは予想だけど、もしかしたら、乗せるサーヴァントの量によって、船の性能が増減するんじゃないかね》

「フォウ・・・・・・」

「あ、そっか。だから、エウリュアレを欲しがったのかな」

 

 ダ・ヴィンチの説明を聞いて、凛果は合点がいったように手を叩く。

 

 確かに、それならティーチの、エウリュアレへの異常なまでの執着も頷ける。

 

《まあ、8割がた、彼自身の趣味だろうけどね》

「確かに」

「言えてる」

「すまないみんな、同じ海賊として本当にすまない」

「フォウ・・・・・・」

 

 げんなりと肩を落とすドレイクを、フォウが前肢でタシタシと叩いて慰めている。

 

 ドレイクとしても、あんなのと同業と思われるのは、ひじょうに不本意だった。

 

 とは言え、

 

 現実問題として、冗談ばかりも言っていられない。

 

 黒髭海賊団とは、必ずもう一度激突する事になるだろう。それも、そう遠くない将来、確実に。

 

 その前に、何とかして船の強化を済ませておかなくてはならなかった。

 

「どっかに、鉄みたいに硬くて、すぐに使えそうな物って落ちてないかな?」

「そんな都合の良い物が・・・・・・」

 

 愚痴る妹に、立香が苦笑を返そうとした。

 

 その時、

 

 島の中から、奇怪な鳴き声が響き渡った。

 

 驚いて振り返る一同。

 

 その視界の中で、

 

 巨大な羽を広げた飛竜が、唸りを上げて飛び上がる様子が見て取れた。

 

「あ、あれッ ワイバーンだよねッ フランスの時戦った!!」

「その通りです凛果先輩。それも、相当な数がいる様子です」

 

 興奮したように叫ぶ凛果に、マシュが頷きを返す。

 

 2人とも、ひどく落ち着いた様子である。

 

 ワイバーンなど、出てくるだけで普通は脅威なのだろうが、フランスであれだけ戦った相手である。今更、出てきたところで、特殊班にとっては物の数ではなかった。

 

 と、

 

「あッ」

 

 美遊が、何かを思いついたように声を上げた。

 

「立香さん、凛果さん、ちょっと良いですか?」

「うん、どうかしたのかい?」

 

 尋ねる立香に、美遊はマスターと翼竜、双方を見比べながら言った。

 

「私に1つ、考えがあります。うまくいけば、船を補強する資材が簡単に手に入るかもしれません」

 

 告げる少女の瞳。

 

 そこには、確信めいた光が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空中を蹴って疾走する響。

 

 手にした刀が、陽光に反射して鋭く光る。

 

 対抗するように、急降下するワイバーン。

 

 その手にある鉤爪が、迫る少年を狙う。

 

 次の瞬間、

 

「んッ!?」

 

 響は刀を空中で一閃。

 

 翼竜の前肢を切り落とす。

 

 苦悶の声を上げるワイバーン。

 

 響はすかさず、魔力で空中に足場を作ると、蹴り上げて更に上昇。

 

 振り上げた刃を、ワイバーンの顔面に叩きつける。

 

 断末魔の咆哮を上げて、落下していくワイバーン。

 

 そのまま地上に叩きつけられて絶命する。

 

 その地上でも、降り立ったワイバーン相手に、美遊やマシュが奮戦している。

 

 向かってくるワイバーン。

 

 振り翳される鉤爪を前に、美遊は迷う事無く飛び込む。

 

「ハァッ!!」

 

 正面から真っすぐに振り下ろされる剣閃。

 

 その一撃が、ワイバーンの顔面を斬り裂く。

 

 轟音と共に、倒れ伏す飛竜。

 

 美遊は更に跳躍すると、中高度から獲物を狙うように旋回を繰り返していたワイバーンに襲い掛かる。

 

 ワイバーンの方でも、地上から駆けあがってくる白百合の剣士に気が付いたのだろう。ただちに回避行動に移ろうとする。

 

 だが、遅い。

 

 駆けあがってきた美遊は、ワイバーンの腹部を容赦なく剣で斬り裂き撃ち落とす。

 

 そして、

 

「単調な動きだから、却ってつまらないわね。まあ、楽で良いんだけど」

 

 ぼやくように呟きながら、クロエが矢を撃ち放つ。

 

 正確な狙いは、頭上を飛んでいるワイバーンを次々に撃ち落としていく。

 

 対空戦闘なら、まさしくアーチャーの独壇場だった。

 

 こうして、ワイバーン狩りにいそしむ特殊班メンバーたち。

 

 その傍らでは、倒したワイバーンから、うろこを剥がす作業が、海賊たちの手で行われていた。

 

「成程ね、こいつは良い素材だ。これなら簡単に手に入るし、即席の貼り付けもできる。装甲代わりにはうってつけかもね」

 

 積み上げられたうろこを一枚持ち上げて拳で叩いて確かめながら、ドレイクが満足そうに頷く。

 

 きっかけは美遊の発案だった。

 

 手っ取り早く、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を補強する素材が欲しい一同。

 

 そんな中、美遊は空を飛ぶワイバーンに目を付けたのだ。

 

 ワイバーンとは、フランスの特異点で散々戦い、その防御力は身に染みて分かっている。そのうろこは鋼並みの硬さを誇っている。

 

 ワイバーンを倒し、うろこを剥がして、船の舷側に張り付ける。と言うのが美遊の考えだった。

 

 そんな訳でカルデア特殊班は現在、総出でワイバーン狩りに勤しんでいた。

 

 因みに、アステリオスは先の戦いで傷が開いたため、船でお留守番している。

 

 最大戦力の一角であるアステリオスの回復は、ドレイク海賊団にとっても急務である。今は無理はさせられなかった。

 

 同様に、エウリュアレも「面倒だから」とか言って、船で休んでいる。

 

 もっとも「面倒~」と言うのは単なる口実で、実際にはアステリオスの事を心配して船に残っているのは明白だった。

 

 既に剥がされたうろこは、ボンベ達海賊が船へと運び、張り付ける作業を始めている。

 

 同時に、船底に空けられた穴も塞ぐ作業も、並行して行われている。

 

 それらが終われば、再び外洋に出て、黒髭海賊団との決戦に入る予定だった。

 

「頭のいい子だね。どういう子なんだい、美遊ッてのはさ?」

 

 遠くで剣を振るう少女を見やりながら、ドレイクが尋ねる。

 

「どうも、普段から戦う戦士って感じじゃないし、戦い慣れている風でもない。それでいて、あれだけ強いんだからね」

「ちょっとね・・・・・・色々あったの」

 

 首を傾げるドレイクに、凛果が答える。

 

 かつて経験した戦い。

 

 美遊の故郷は炎に消え、両親も、何もかも失った。

 

 唯一、狂気に染まりながらも彼女を守る為に戦い続けていたアルトリアもまた、彼女に力を授けて消滅した。

 

 今の美遊は、本当に天涯孤独の身となっている。

 

 一見するとみんなと笑い合い、普通に過ごしているように見える美遊。

 

 しかし、小さな少女が、その心の中で寂しさを感じていないはずが無かった。

 

 せめて誰か、

 

 彼女の心の支えとなってくれる人が、そばにいてあげなければいけない。

 

 少女のマスターとして、凛果は内心でそのように思うのだった。

 

 

 

 

 

 サーヴァント4騎が奮戦した結果、ワイバーンのうろこの必要予定数は昼前には揃った。

 

 勿論、うろこだけではない。

 

 ワイバーンの肉は食べられる事が分かったため、干して保存食にし、詰めるだけ船に積まれる事になった。

 

 更に、爪や牙、更には使わなかったうろこも採集される。これらはいずれ、どこかの港に立ち寄った際に交易商に売りさばき、船の財源にするのだとか。

 

 転んでもただでは起きない。

 

 まさにしたたかな海賊ならではの発想だった。

 

 後は船にうろこを張り付ける作業が完了するだけである。

 

 その後は、黒髭海賊団との決戦である。

 

「まあ、何と言うか・・・・・・・・・・・・」

 

 先頭を歩いていた凛果が、嘆息交じりに呟きを漏らす。

 

「また『あれ』に会わなきゃいけないのは、ちょっと嫌だけどね」

「同感ね」

 

 凛果の言葉に、クロエも相槌を打つ。

 

 少女たちの脳裏に浮かぶのは、黒髭のだらしなく緩んだ顔だった。

 

 あのむさくるしい変態オヤジと、もう一度会わなくてはならないと言う事実が、少女たちにとって多大な精神ダメージと化していた。

 

「まあ、だからと言って逃げる訳にも行かないのが辛いところなんだけど」

「そうですね」

 

 美遊も嘆息する。

 

 こうなったら、次の戦いで何としても決着を着けなくてはなるまい。

 

 時間が掛かればかかるほど、精神的ダメージは蓄積されていく事になる。ある種の呪いみたいなものだった。

 

 と、その時だった。

 

《ちょっと良いかい、みんな?》

 

 突然、立香の通信機から、ロマニの声が聞こえてきた。

 

「どうかしたのか、ドクター?」

《いや、どうも微弱なんだけど、君達のすぐそばから魔力反応がしてるんだ。ちょっと、周りに何かいないかい?》

 

 言われて、周囲を見回す一同。

 

 しかし、周囲には木々があるだけで、何者かが潜んでいる気配も無い。

 

「何もないよ。間違いなんじゃないのロマン君?」

《いや、間違いじゃないよ。今も観測できているからね。ただ、本当に微弱な反応なんだ》

 

 言われて再度、周囲を見回す一同。

 

 そこでふと、響がある物に気が付く。

 

「ん、美遊、足下」

「え、足下?」

 

 言われて、美遊は自分の足下に目をやる。

 

 そこにあったのは、聊かこの場にそぐわないと思われる物だった。

 

「熊の、ぬいぐるみ?」

 

 一同は、不思議そうに、落ちているぬいぐるみを覗き込む。

 

 こんなぬいぐるみが、魔力を発するとは思えないのだが、

 

 しかし、他には何もない。

 

 ぬいぐるみはと言えば(当然だが)ピクリとも動く気配はない。

 

 一同の視線を受けながら、ジッと目をつぶっている。

 

 と、

 

「クロ?」

「シッ」

 

 声を掛けてきた弟を制し、クロエは右手に白剣を投影すると、それを逆手に持ち替える。

 

 そしてゆっくり近づき、

 

 ぬいぐるみ目がけて、勢いよく振り下ろした。

 

「のわァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 次の瞬間、

 

 悲鳴と共に、クマのぬいぐるみは跳ね起き、その場から飛びのいたではないか。

 

 ぬぐるみはそのまま、くるくると回転すると、見事な着地を決めて見せた。

 

「おー危ない危ない。今日日の幼女はおっかねーなー。出オチでいきなり串刺しになる所だったよ」

 

 言いながら、やれやれと肩を竦めるぬいぐるみ。

 

 その様子を、特殊班の一同は唖然とした様子で見つめる。

 

「・・・・・・・・・・・・しゃべった」

「・・・・・・・・・・・・動いた」

 

 あまりと言えばあまりな事態に、思わず茫然とするしかない一同。

 

 そんな一同のリアクションが不満なのか、ぬいぐるみは腰に手を当ててプンプンと怒って見せる。

 

「何だよ、ぬいぐるみが動いちゃいけないってのかよッ 人権侵害だぞッ あ、いやクマだからクマ権心外か?」

 

 どうでも良い事をわめきたてるクマのぬいぐるみ。

 

 対して、

 

「そんなもん、どうでも良いでしょ」

 

 クロエは莫邪の投影を解除して肩を竦める。

 

「美遊のパンツ見たんだから、プラマイで行けば、完全にプラスよね」

「なッ!?」

 

 言われて、美遊は慌てて自分のスカートを押さえる。

 

 そう言えばさっき、このぬいぐるみが自分の足下にいた事を、今更ながら思い出したのだ。

 

「だいたいッ 下から覗こうっていう根性が気に食わないわッ 見たいなら堂々とスカートめくれば良いでしょ!!」

「勝手なこと言わないで!!」

「うちの弟なんか、本当は見たいくせにヘタレだから諦めてるってのに!!」

「何言ってるクロ、何言ってるッ!?」

 

 捲し立てるクロエに、顔を赤くしてツッコむ美遊と響。

 

 そんな2人を無視して、クロエはクマのぬいぐるみを持ち上げる。

 

「因みに色は?」

「白。良いよなー 純粋っぽくて」

「言わなくて良いからッ」

 

 何となく意気投合している、クロエとぬいぐるみ。当事者そっちのけで盛り上がっている。

 

「ん、白・・・・・・」

「想像しなくて良いから」

 

 不埒な事を考えている傍らの相棒に、くぎを刺す美遊。

 

 その時だった。

 

「あー ダーリン居たー!!」

 

 突如、

 

 森をかき分けるように現れた、1人の少女が、クロエの手の中にあるクマのぬいぐるみをズビシっと差すと、一気の突撃してきた。

 

 そのままクロエからぬいぐるみをむしり取ると、雑巾を絞るように締め上げた。

 

「あたしを置いて、どこに行っていたのよー!!」

「グオォォォ 千切れる千切れる、綿が出ちゃうー!!」

 

 冗談抜きにして引きちぎりそうな勢いでぬいぐるみを絞り続ける少女。

 

 何と言うか、入っていけない雰囲気だった。

 

 と言うか、関わってはいけない類の人間にも見える。

 

 だが、このまま放っておくわけにもいかない訳で、

 

「あの、ちょっと良いかな?」

「何ッ!? 今とっても忙しいんだけどッ!? このあとダーリンを思いっきりお仕置きしなくちゃいけないんだから!!」

「おまッ まだやる気かッ!? 少年、た、助けてくれー」

 

 声を掛けた立香に、少女はものすごい勢いで捲し立ててくる。

 

 その手の中で、ぬいぐるみが情けない声を上げ続けている。

 

「・・・・・・・・・・・・どうぞ、続けてください」

「おいィィィィィィ、少年んんんんんん!!」

「オッケー、じゃあ、許可も降りたところで」

 

 再び、ぬいぐるみ虐待を再開する少女。

 

 その後、何とも筆舌に尽くしがたい光景が、数分間に渡って繰り広げられるのだった。

 

 

 

 

 

「ふう、すっきりした」

「そ、そうか、そりゃ良かっ、た・・・・・・な」

 

 晴れ晴れとした様子の少女。その腕の中では、完全に襤褸雑巾と化したクマのぬいぐるみが、死にそうな声を上げている。

 

 まあ、あれだけ虐待されて、傷一つ付いていない辺り、ただのぬいぐるみではないのだろうが。

 

 と言うか、それ以前にしゃべって動いている時点で、「ただのぬいぐるみ」であるはずも無かった。

 

「それじゃあ、改めて名乗るね」

 

 少女は一同を見渡して言った。

 

「私はアルテミス。一応、アーチャーって事になるわね」

「そんで、俺がオリオン、よろしくな」

 

 その言葉に、一同は呆気に取られるしかなかった。

 

 

 

 

 

第9話「レッツ・ハンティング In オケアノス」      終わり

 



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第10話「狩猟(バ)カップル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燦燦と降り注ぐ陽光の下、復活を遂げた船が、己が姿を誇らしげに晒していた。

 

 既に攻撃を受けた舷側の穴も完全に塞がれ、突貫工事による装甲の取り付け作業も終えている。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は完全に元通りになり、出航の時を今や遅しと待ちわびているかのようだった。

 

「よし、良いぞアステリオス、やっとくれ!!」

「うん、わかった・・・・・・おォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 船上のドレイクに促され、砂浜に立ったアステリオスは、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の舷側に手を掛け、雄叫びと共に押し出しにかかる。

 

 流石に、浜辺に擱座したガレオン船を押し進める事は、怪力を誇るアステリオスにも難儀な作業なのか、船はなかなか動こうとしない。

 

 皆が固唾を飲んで見守る中、

 

 次の瞬間、鈍い音と共に、船が滑り始めたではないか。

 

 一度動けば、後は速い物である。

 

 あっという間に船は浜辺を滑り、海上へと押し出される。

 

 久方ぶりに感じる、波に揺られる感覚。

 

 期せずして、大歓声が起こる。

 

 先の戦いから数日。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は、見事に海上へ復活を果たした。

 

 称賛は、最大の功労者たる巨雄に向けられる。

 

「やるじゃねえかッ アステリオス!!」

「格好良いぜ!!」

「ちくょうッ 惚れちまいそうだ!!」

「う? う?」

 

 笑いながら、アステリオスの巨体を叩く次々に海賊達。

 

 一方で、アステリオスは戸惑ったように周りを見回している。

 

 口々に自分を称賛する海賊たちに対し、どのように接すれば良いのか分からない様子だ。

 

 考えてみれば生前のアステリオスの周りにいた人間と言えば、彼を忌み嫌い腫物のように扱う臣下や侍従達か、あるいは彼を恐れ逃げ惑う生贄の子供たち、そして冷酷にも彼を迷宮に捨てた父親であるミノス王くらいだった。

 

 このように彼に寄り添い、彼を称賛し、褒めたたえてくれる人間など、アステリオスの周りには1人もいなかったのだ。

 

 誰も彼を信じず、誰も彼を理解していなかった。

 

 だからこそ今、多くの海賊たちが自分を囲んで笑い合っているのが信じられないのだった。

 

 一方で、

 

 そんな喧騒を他所に、大はしゃぎしている方々もいたりする。

 

「わあッ すごいすごい!! ねねダーリン!! あれやろうよあれ!! 船の前に立って、両手広げて後ろから抱きしめるあれ!!」

「ぬいぐるみに無茶言うなー」

 

 今回から仲間に加わったアルテミス、オリオンのコンビは、自分たちの世界にまっしぐらに没入している。

 

 その様子を、海賊たちは唖然とした様子で眺めている。

 

「あの、姉御、ありゃ何ですかい?」

「聞くな」

 

 ボンベからの質問に、頭痛を押さえながら答えるドレイク。

 

 あのノーテンキな美女と野獣(ぬいぐるみ)コンビにテンポを合わせれば、こちらが疲れるのは目に見えていた。

 

 ハンティングの後、偶然出会い、同行する事になったアルテミスとオリオン。

 

 オリオンはギリシャ神話に語られる狩人で、あの「オリオン座」の原型にもなった人物である。

 

 そしてアルテミスは、そのオリオンの恋人であり、狩猟、処女性を司る女神。すなわちエウリュアレと同じ神霊であり、今回の特異点で聖杯によって召喚されたアーチャーのサーヴァントである。

 

 とは言え、これが聊か、ややこしい状況になっている。

 

 この2人の説明によれば、「オリオン」と言う1つの霊基を、2人で共有している状態にあるらしい。

 

 しかし、実際に現界してみれば、アルテミスが「オリオン」の主軸となり、オリオン本人は、その付属扱いになっていたのだとか。

 

 とは言え、あくまで霊基はオリオンの方なので、彼がいない事には2人は存在しえない事になる。

 

 何とも、複雑かつ面倒くさい関係の2人だった。

 

《いや、これは興味深いね。この間戦った、アン・ボニーとメアリー・リードも2人で1つの霊基を共有している状態だったけど、あの2人は互いに前線に立つ事によってお互いをカバーし相乗効果を作り出していた。それに対しアルテミス・・・・・・おっと、オリオンか。こっちは、アルテミスの足りない霊基を、オリオンが補強する事で補っているようなもんだ。2人の立場が実質入れ替わっているのは、その方が戦力的に向上するからと、聖杯が判断したせいかもしれないね》

 

 通信機の向こうで、ダ・ヴィンチが説明してくれる。

 

 成程。

 

 アンとメアリーの関係が例えるなら掛け算とするなら、アルテミスとオリオンは自乗倍数に近いのかもしれなかった。

 

 知名度としてはオリオンの方が高いが、実際の魔力はアルテミスの方が高い。そこで、オリオンの霊基をアルテミスが継いだ方が、最大限の戦力を発揮できる、と聖杯が判断したのかもしれなかった。

 

「それにしても・・・・・・」

 

 そこで、控えめに声を上げたのは美遊だった。

 

「ギリシャ神話でも、オリオンとアルテミスが恋人同士だった事は、前に本で読んだことがあったけど、これほどとは・・・・・・」

「現実は、更に上を行っていた感じかしらね」

 

 美遊とクロエは、目の前で人目もはばからずにイチャつくオリオン、アルテミスを見ながらため息を吐く。

 

 確かに、

 

 オリオンとアルテミスは、共に狩人であり、一目会った時から互いに惹かれ合った。

 

 共に結婚の約束まで交わした2人だったが、そこにとんでもない邪魔が入る。

 

 アルテミスの兄である太陽神アポロンは、以前からオリオンの粗暴な性格を嫌っていた。そこに加えて、純潔を司る処女神であるアルテミスが恋人を作る事にも良い顔をしなかった。

 

 アポロンはオリオンを殺す刺客として、1匹のサソリを送り込む。

 

 驚いたオリオンは海へと逃げる事になるが、アポロンは更に執拗に彼を追い詰める。

 

 アポロンはアルテミスを唆して、事もあろうに彼女自身の手で、海面から頭だけを出していたオリオンを射抜かせたのだ。

 

 悲しんだアルテミスは、医神アスクレピオスに頼んでオリオンを蘇生させようとするが、冥界の神ハーデスの反対に会って失敗。

 

 やむなく、父である主神ゼウスに頼み込み、オリオンを天の星座へと上げてもらう。

 

 こうして、月の女神でもあるアルテミスは、星座となったオリオンに月に一度だけ会う事が出来るようになったのである。

 

 因みにさそり座のサソリは、オリオンを殺すためにアポロンが送った刺客とされている。その為、さそり座が現れる夏の間は、オリオン座は決して姿を現さないとされている。

 

「わあ、美遊ちゃん物知りだねッ ねえねえ聞いたダーリン? わたし達のラブラブぶりが伝説にまでなっているってさ!!」

「ついでにお前が俺を弾いた事も、しっかり伝わっているみたいアダダダダダダ」

 

 言い終える前に、オリオンの体を雑巾のように絞るアルテミス。

 

 まあ、愛の形は人それぞれ、なのかもしれなかった。

 

「ん、プーさんとアルテミス、仲良し」

「誰がプーさんだゴラァ!!」

 

 いきなり変な綽名を付けられたオリオンが食って掛かる。

 

 しかし、

 

「確かに、プーだよな」 ←立香

「プーだね」 ←凛果

「プーですね」 ←マシュ

「うん、プーだね」 ←美遊

「プーね」 ←クロエ

「フォウッ フォウッ」 ←フォウ

「うん、ダーリンはプーだよ」 ←アルテミス

「プー以外何だってのよ」 ←エウリュアレ

「プー、がんばれ」 ←アステリオス

「お前ら~!!」 ←オリオン

 

 満場一致でプー認定されたオリオンが激高しかけた。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 響が不意に視線を海に向けて呟く。

 

 そんな暗殺者の様子に気付き、凛果が振り向いた。

 

「響、どうしたの?」

「ん、来た」

 

 短く呟く響。

 

 その視線の先では、

 

 髑髏の旗を掲げた1隻の船が、海に浮かんでいるのが見えた。

 

 

 

 

 

 黒髭こと、エドワード・ティーチは、海を眺めて憂鬱な日々を送っていた。

 

 海に目を向け、憂いを浮かべる男の横顔。

 

 それもまた、一つの絵となる風景には違いなかった。

 

 海の男にアンニュイは似合わない。

 

 それは判っている。

 

 海の男なら、悩むよりも先に行動すべき。

 

 それも判っている。

 

 船長である以上、部下に情けないところは見せられない。

 

 そんな事は百も承知だ。

 

 しかし、

 

 たとえ「黒髭」の異名で呼ばれ、生前は荒くれの海賊艦隊を率い多くの船乗りを恐れさせた、大海賊と言えど悩みは尽きない。

 

 その悩みを、人に見せてはいけない、などと誰が言えようか?

 

 たとえ海賊であろうと、

 

 黒髭であろうと、

 

 サーヴァントであろうと、

 

 突き詰めれば人の子に違いは無い。

 

 だからこそ、ティーチは尽きぬ悩みに憂いを浮かべている。

 

 その悩みこそが、自分を高めると信じて。

 

「ああ・・・・・・エウリュアレ氏、欲しい。美遊たんも欲しい。クロエたんも、凛果たんもマシュマロたんもみんなみんな欲しい。BBAはいらないけど」

「ねえ、そろそろ、あいつ殺して良いんじゃない?」

「ダメよ。もう少しだけ待ちましょう。もう少しだから」

 

 いったい、何の憂いを浮かべているのか。

 

 カトラスの柄に手を伸ばそうとするメアリーを、アンが必死に抑えている。

 

 かく言うアンも、マスケット銃を指が白くなるくらいに握りしめている。

 

 もう、何と言うか、

 

 放っておいても黒髭海賊団は、内部崩壊で消滅するのではないか、と思える程だった。

 

「あー ちょいと船長。雰囲気に浸ってらっしゃるところ申し訳ないんですけどね」

 

 海賊たちの船上コントを苦笑しながら眺めていたヘクトールが、彼方を指差しながら話しかけてきた。

 

「船長の愛しの君がお出ましみたいですよ」

「うっそ マジで!? エウリュアレ氏どこどこッ!?」

 

 弾かれたように船から乗り出し、望遠鏡を目に当てるティーチ。

 

 そのレンズの中で、1隻のガレオン船が向かってくるのが見えた。

 

 その舳先に立つのは、

 

 弓を構えた小さな女神。

 

「うひょーッ エウリュアレ氏、かっこ可愛いィィィ!!」

 

 だらしなく鼻の下を伸ばすティーチ。

 

 次の瞬間、

 

 女神の放った矢が、唸りを上げて飛来した。

 

「のわァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 例によって、上体を大きく後方にのけぞらせる例のかわし方をするティーチ。

 

 彼を狙って放たれた矢は果たして、

 

 ティーチの真後ろに立っていた別の海賊の胸板に、真っすぐと突き刺さった。

 

「あ」

「あ」

 

 次の瞬間、

 

「エウリュアレ様の為に、死ねェェェェェェ!!」

 

 突如、腰からカトラスを抜き放ち、ティーチに斬りかかる海賊。

 

 自分に向けられた刃を見て、

 

 ティーチは面倒くさそうに頭を掻く。

 

「あーあー まったくもう・・・・・・・・・・・・」

 

 振り下ろされる刃。

 

 だが、次の瞬間、

 

 ズブリ

 

「あ・・・・・・あれ? 船長?」

 

 我に返った海賊は、自分の胸元に目をやる。

 

 そこには、

 

 ティーチの左手に装備された鉤爪が、深々と突き刺さっていた。

 

 喀血して倒れる海賊。

 

 その様子を、ティーチは冷ややかな瞳で見つめる。

 

「やれやれ、ひどい事するね。拙者の一張羅が血まみれになっちゃったじゃないDethか」

 

 部下1人を粛清した事を何とも思っていないかのような、淡々とした口調。

 

 その横顔からは、ぞっとするような雰囲気がにじみ出ている。

 

 普段のおちゃらけた態度や、女性に対する執着からついつい忘れられがちだが、《黒髭》エドワード・ティーチは本来、残虐非道、冷酷無比な大海賊である。

 

 例え部下だろうが仲間だろうが、自分に刃を向けた人間を殺す事に、躊躇いなど覚える筈も無かった。

 

「よーし、テメェ等ッ 絶対にエウリュアレ氏の矢に当たるんじゃねえぞッ 当たった奴は容赦なくこのマヌケみたいになるから覚えとけ」

 

 床に転がった死体を蹴り付けながら叫ぶティーチ。

 

 その様子に海賊たちは、改めて自分たちの船長の正体を知り震えあがるのだった。

 

 

 

 

 

 一方、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)では、

 

「あら、外れてしまったわ」

 

 自分の放った矢の結末を見て、エウリュアレはあっけらかんとした様子で呟いた。

 

 女神である彼女は、魅了の魔術を操る事が出来る。

 

 自分の矢が当たった人間を、意のままに操る事が出来るのだ。

 

 その能力で矢が当たった海賊を操ったのだが、結果的に攻撃は失敗。海賊もティーチに返り討ちにされてしまった。

 

「まあ、仕方ないわよね。あんな奴に私の矢を当てたくないし。何て言うか、矢が汚れる的?」

「ん、エウエウ真面目にやれ」

「フォウ・・・・・・」

「まあ、気持ちは判るけど」

 

 傍らで響と美遊、そして少年の頭の上に乗っかっているフォウが嘆息する中、エウリュアレは彼方から迫る女王アンの復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)を見据えて告げる。

 

「大丈夫よ」

 

 自信たっぷりに告げる、女神の少女。

 

「あの子がしっかりとやってくれるわ」

 

 

 

 

 

 近付いてくる黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に、盛んに砲撃を加えるアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)

 

 先の戦いでは、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の砲撃は、アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)に効果が無く、ほぼ一方的な砲撃戦が展開された。

 

 だが、

 

 今回は違う。

 

「ダメです、船長!! こっちの攻撃も弾かれます!!」

「ウヌヌ・・・・・・・・・・・・」

 

 船員からの悲鳴じみた報告に、ティーチは顎に手をやって考え込む。

 

「やるなBBA。この短期間で対策を立ててきたでござるか。流石は、生きて世界一周した初めての人間でござる」

 

 互いの砲撃は用を成さず、ただ相手の装甲に弾かれるだけ。

 

 となれば、残る決着手段はただ一つ。

 

 移乗白兵戦以外に無い。

 

「野郎どもッ 斬り込み用意だッ!!」

 

 ティーチの号令に従い、海賊たちが動き出そうとした。

 

 まさにその時、

 

 

 

 

 

 トンッ

 

 

 

 

 

 静かな音と共に、

 

 女神が、アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の甲板に舞い降りた。

 

 豊かな長い髪に、見事なプロポーション、その相貌には全ての人々を魅了する笑顔が浮かべられている。

 

「は~い こんにちはー!!」

「こーんにーちはー!!」

 

 真っ先に身を乗り出して両手を振ったのは、

 

 言うまでもなく、我らが偉大なる大海賊、《黒髭》ことエドワード・ティーチ氏だった。

 

 次の瞬間、

 

 アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の甲板に降り立ったアルテミスは、手にした弓を引き絞り、速射する勢いで矢を放ち始めた。

 

 空中を飛ぶ無数の矢。

 

 その全てが、居並ぶ海賊たちを射抜き、刺し貫いていく。

 

 流石は狩猟を司る女神。その弓の腕は百発百中である。

 

 アルテミスは、その権能により、水の上を歩く事が出来る。その能力を活かして密かに黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)よりも先に乗り込んで来たのだ。

 

 たちまち、アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の甲板で、悲鳴が折り重なる。

 

「このッ 好き勝手にやってくれる!!」

 

 仲間が倒れていく様を見たメアリーが、カトラスを抜き放ちアルテミスを睨みつける。

 

 これには、流石のアルテミスも緊張に強張らせる。

 

 基本的に、アーチャーである彼女は、遠隔攻撃には強いが接近戦には弱い傾向がある。

 

 接近戦主体のメアリーに、クロスレンジまで接近されたらひとたまりもない。

 

 だが、

 

 アルテミスの奇襲は、あくまで作戦の第1段階に過ぎない。

 

「頼んだわよ、ダーリン」

 

 今も船倉で奮闘しているであろう思い人を想い、アルテミスは再び弓を引き絞った。

 

 

 

 

 

 アルテミスの奇襲によって、瞬く間に甲板にいた半数以上の海賊が打ち倒され、大混乱に陥る黒髭海賊団。

 

 流石にサーヴァント達は無傷を保っているが、それでも船を操る人員が減るのは、決して気分の良い状況ではないだろう。

 

「うひょォォォォォォ 可愛い子ちゃんだから許してあげちゃうけど、流石にこれ以上は、拙者も困っちゃうかなー」

 

 飛んできた矢を銃弾で弾きながら、相変わらずふざけた態度を崩さないティーチ。

 

 しかし、その脳裏ではこの状況について、凄まじい勢いで計算が行われていた。

 

 単独で行う奇襲の目的は、十中八九「攪乱」である。

 

 本隊に先駆けて相手の懐に潜り込み、こちらの戦線をズタズタにした後、一気に押しつぶそうと言うのだ。

 

 問題なのは、アルテミスの本命がどこにあるのか、と言う事。

 

 奇襲攻撃によって多くの船員が倒れたものの、未だに黒髭海賊団の戦線が崩れたとは言い難い。今のままなら、立て直しは十分可能だろう。

 

 あるいはこの程度の敵なら、ティーチとしても主な止む必要はない。

 

 しかし相手は、あの《太陽を落とした女》フランシス・ドレイクだ。そんな単純であるはずが無い。

 

 必ず、何かもう一手仕掛けてくる。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 突如、

 

 猛烈な振動と共にアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)を衝撃が襲い、船は大きく揺れた。

 

「何事だッ!?」

 

 思わず、普段のおちゃらけもかなぐり捨てて叫ぶティーチ。

 

 その視界に飛び込んで来たのは、船のあちこちから濛々と立ち上る黒煙だった。

 

「やられやした、船長!! 火薬庫が爆破されちまいました!!」

 

 その言葉に、ティーチは思わず内心で臍を噛む。

 

 完全に意識をアルテミスに奪われていた。

 

 まさか、既に工作員が潜り込んでいようとは、夢にも思わなかったのだ。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 弓を撃ち終えたアルテミスの肩に、小さな影が飛び乗るのが見えた。

 

「ふいー ただいま。全く、ぬいぐるみ遣いが荒いったら」

「ダーリンお疲れー、惚れ直しちゃったよ」

 

 一仕事終えて戻って来たオリオンを、アルテミスが労うように抱きしめる。

 

 アルテミスが攻撃を開始した時点ですでに、オリオンはアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の船倉に潜り込んでいたのだ。

 

 そして、アルテミスが敵の目を引き付けている隙に、弾薬庫に火を放ったのである。

 

 結果として、ティーチの予測は正しかった。

 

 アルテミスは確かに囮に過ぎず、作戦はもう一手用意されていた。

 

 しかしまさか、あんなクマのぬいぐるみが戦力として数えられていたなどとは、流石の大海賊も予測できなかったのだ。

 

「おのれッ よくもやってくれたな!!」

 

 カトラスを手に、斬りかかろうとするメアリー。

 

 だが、

 

 それに対してアルテミスは、余裕の態度を崩さない。

 

 既に、彼女の役割は終わっている。後は結果を待つのみだった。

 

「危ないわよ、あんまりよそ見してると」

「いや、まあ、もう遅いんだけどね」

 

 肩を竦めながら告げる、アルテミスとオリオン。

 

 何かに気が付いたティーチが、ハッとなって振り返る。

 

 果たして、

 

 その視線の先には、

 

 舳先を真っすぐに向けてアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)に向かって突っ込んでくる黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の姿があるではないか。

 

 しかも、船首には先の戦いではなかったはずの、鋭利な杭のような物が取り付けられている。

 

 その正体に、ティーチはいち早く気付く。

 

「やばいッ!?」

 

 

 

 

 

 一方で、

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の甲板では、フランシス・ドレイクが不敵な笑みを浮かべて立ち続けている。

 

 既にアルテミスの奇襲成功で、敵は大混乱に陥っている。

 

 今こそ、絶好のチャンスである。

 

「さあ、行くよ野郎どもッ 気合い入れな!!」

 

 速度を上げる黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 その船首には、先の改修で取り付けた新装備がある。

 

 衝角(ラム)と呼ばれるその棘は、古くからある軍艦の装備であり、相手の船に体当たりする事で船に穴をあけて進水させたり、連結して移乗白兵戦に移行するための装備である。

 

 その衝角(ラム)を、真っすぐに向けて突っ込んでいく黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の方でも、事態に気付いて回避行動を取ろうとしている。

 

 が、

 

 もう、遅い。

 

 次の瞬間、

 

 轟音と共に、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は、アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の船腹に食らい付いた。

 

 

 

 

 

第10話「狩猟(バ)カップル」      終わり

 




2部3章 ゆっくりプレイ中。ガチャは回さない方針。


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第11話「人が振るいし鬼の剣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音

 

 衝撃

 

 大気は鳴動し、海原は激震する。

 

 フランシス・ドレイク率いるドレイク海賊団と、エドワード・ティーチ率いる黒髭海賊団。

 

 ついに決戦の時を迎えた2つの海賊団。

 

 その戦いの火ぶたは、正に切って落とされた。

 

 アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の船腹に、船首から突っ込んだ黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 その黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の船首には、先の改造時に鋭い衝角(ラム)が取り付けられていた。

 

 ワイバーンのうろこを装甲代わりにする事で、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は、アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)に匹敵するだけの防御力を得るに至っている。

 

 少なくとも、前回のような一方的に攻められる撃ち合い展開にはならないはずだった。

 

 しかし、それだけでは勝てない。

 

 たとえ防御力を高めたところで、こちらの砲撃もアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)を撃ち抜けない事には変わりないのだから。

 

 勝つためには、もう一つ武器がいる。

 

 そう考えたドレイクは、船首に衝角(ラム)を取り付ける事を思いついたのだ。

 

 衝角(ラム)は当然、ワイバーンのうろこで補強してある。たとえ宝具であるアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)であっても、船1隻分の質量をまともにぶつけられては、勝てる道理も無かった。

 

 轟音と共に、アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の舷側を突き破る黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 補強された衝角(ラム)は、圧倒的な硬度を持って、黒髭の旗艦を刺し貫く。

 

 船首がめり込む形となった黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 その甲板から、サーヴァント達が一斉に飛び出した。

 

 

 

 

 

 緑衣の槍兵の前には、赤い外套を着た弓兵の少女が立つ。

 

 自身の前に立ちはだかった少女を見て、大英雄は苦笑する。

 

「やれやれ、また君か」

 

 そう言って肩を竦めるヘクトールを、クロエは鋭く睨み据える。

 

「また会ったわね。『ここで会ったが~』みたいな事、言えばいいのかしら?」

「良いね良いね。そう言う態度。アキレウスの奴の悔しそうな顔を思い出して、おじさんテンション上がってくるよ」

 

 干将・莫邪を投影して両手に構えるクロエ。

 

 対抗するように、ヘクトールも槍を持ち上げて構えた。

 

 

 

 

 

 仲間の援護に行こうとする、甲板を駆ける女海賊2人。

 

 その前に、

 

 浅葱色した暗殺者の少年がゆらりと立ち出でる。

 

「ん、どこ行く?」

 

 既に盟約の羽織を着込み、正面戦闘に備えた状態の響。

 

 少年の手は、腰の刀へと延びる。

 

 対して、女海賊2人も、余裕を見せる態度で戦闘態勢を取る。

 

「へえ、また君が相手?」

「今度は、容赦しませんわよ」

 

 メアリーがカトラスを抜き放ち、アンはマスケット銃の銃口を向ける。

 

「・・・・・・・・・・・・ん、やれるもんなら」

 

 対抗するように、響も刀の鯉口を切った。

 

 

 

 

 

 アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の船橋に立つティーチ。

 

 その口元には、笑みが浮かべられ、自らの船に突っ込んで来た黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を睨みつける。

 

「やるでござるなBBA!! この黒髭に対し、大胆不敵な戦法で来るとはッ しかも何それ!? ドリル!? ドリルなのッ!? やだ格好良い!! 拙者も欲しい!!」

 

 相も変わらぬおちゃらけた態度。

 

 しかし、

 

 大海賊《黒髭》は既に、自船の置かれた状況について、正確に把握していた。

 

 押されている。

 

 衝角(ラム)戦による先制攻撃もそうだが、黒髭海賊団は完全に機先を制された形である。

 

 味方は浮足立っている。

 

 サーヴァント達は、尚も奮戦を続けているが、サーヴァント数なら敵の方が多い。

 

 アン・メアリーコンビは、アサシンのショタっ子と交戦開始。

 

 先生こと大英雄ヘクトール氏も、因縁の褐色ロリと刃を交えている。

 

「・・・・・・こいつは、ちょっとばかしまずいか」

 

 低く呟くティーチ。

 

 味方の兵士は、甲板越しに攻め込んでくるドレイク川の海賊への対処に躍起になり、サーヴァント達も抑えられている状態。

 

 つまり、

 

 今現在、ティーチは船の上で孤立している状態にある。

 

 自分なら、大将首を楽に狙える絶好のチャンスを逃しはしない。

 

 そして、

 

 ティーチの予感は、杞憂ではなかった。

 

 甲板を踏む、小さな靴音。

 

 釣られるように振り返れば、

 

「あらら・・・・・・君が来ちゃったか」

 

 白百合の少女が、鞘に納めたままの剣を手に、ティーチの背後に立っていた。

 

 剣の柄に手を掛け、ゆっくりと抜き放つ美遊。

 

「あなたの相手は、私がする」

「参ったね・・・・・・・・・・・・」

 

 振り返りながら、大仰に手を振って見せるティーチ。

 

 しかし、余裕そうな態度を見せながら、その脳裏では鋭く思考を走らせる。

 

 目の前の少女が、見た目通りのか弱い存在でない事は、既にティーチにも判っている。

 

 油断はできなかった。

 

「可愛い子ちゃんに頼まれると、断れないタイプなのよね、拙者的に。だから・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら、右手に銃を、左手には鉤爪を構えるティーチ。

 

「うっかり、殺しちゃったらごめんね」

 

 言い終えると同時に、ティーチは美遊に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 向かってくる海賊に対し、銃声が唸る。

 

 ドレイクは手にした2丁拳銃を巧みに操り、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に乗り込んで来ようとする海賊を、片っ端から撃ち抜いていく。

 

 主力であるサーヴァントは響達が押さえてくれているとはいえ、何しろ敵の方が数が多い。

 

 いかにドレイクたちでも、完全に敵の移乗を防ぐのは至難の業だった。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 マシュも手にした盾を振るい、カトラスを振り翳す敵海賊を払い落す。

 

 飛んで来る銃弾を盾で防ぎ、更に反撃に出るマシュ。

 

 エウリュアレも弓を放ち、味方を援護している。

 

 しかし、

 

 何と言っても圧巻なのはアステリオスだろう。

 

 両手に持った戦斧を縦横に振るい、群がる海賊たちを薙ぎ払っている。

 

 2本の斧が唸りを上げて旋回するさまは、さながら2つの台風が激突しているかのようだ。

 

 敵の海賊たちも恐れを成したのか、アステリオスを避けようとする。

 

 しかし、巨雄はそれを許さず、次々と敵を追い詰めて屠っていく。

 

 まさに圧倒的だった。

 

「作戦成功だな」

「ああ、できればこのまま押し込みたい所だよ」

 

 魔術協会制服型の礼装にチェンジした立香が、マシュの魔力を回復させてやりながら、状況を見回して告げる。

 

 先の戦いと違い、各戦線でドレイク海賊団が圧倒している。

 

 対して、奇襲によってペースを乱された黒髭海賊団は、未だに態勢の立て直しも出来ていない。

 

 ティーチ、アン、メアリー、ヘクトールは流石と言うべきか、取り乱すことなく状況に対応している。

 

 しかし、他の海賊たちはそうは行かない。

 

 流石に音に聞こえた黒髭海賊団と言うべきか、仲間を見捨てて逃げ出す者はいないが、連携も出来ずに各個撃破されて行っている。

 

「このまま一気に押し込むよ。連中に立て直す間は与えない」

「ああ」

「フォウッ ンキュ!!」

 

 ドレイクの言葉に頷くと、立香は再びマシュの援護に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 剣を八双に構えて斬り込む美遊。

 

 そんな少女の様子を、待ち構えるティーチは緩んだ顔で迎え撃つ。

 

「いや~ん 剣持った幼女、格好いいッ 可愛い!! 拙者、ペロペロしたくなっちゃう!!」

 

 戯言には応じず、間合いに入ると同時に剣を袈裟懸けに振り下ろす美遊。

 

 対して、バックステップで後退しながら回避するティーチ。

 

 だが、

 

「まだッ!!」

 

 美遊はすかさず、魔力放出で剣の軌道を修正すると、跳ね上げるようにして剣を振るい、追撃を掛ける。

 

 その様を、ティーチは見据える。

 

「うむ、これはかわせぬな」

 

 妙に、冷静な口調で告げる。

 

 次の瞬間、

 

「だから・・・・・・」

 

 黒髭の右腕が跳ね上がった。

 

 黒い銃口が光り、美遊の額にピタリと照準される。

 

「ッ!?」

「BANG!!」

 

 躊躇なく引き金を引くティーチ。

 

 ほぼ、ゼロの距離から放たれる弾丸。

 

 弾丸が美遊の頭部を捉える。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 少女の姿は、ティーチのすぐ足元に現れる。

 

 ゼロの距離を更に詰めた形の美遊。

 

 一瞬、

 

 弾丸が放たれる刹那の間に、足裏から魔力放出を行い加速。間合いを詰め、ティーチの照準を狂わせたのだ。

 

「ハァッ!!」

「のわァァァァァァ!?」

 

 斬り上げる美遊の剣閃を、思わず床を転がるようにして回避するティーチ。

 

 殆ど奇襲に近い攻撃を、辛うじてとは言え回避する当たり、この男もただ者ではなかった。

 

 立ち上がるティーチ。

 

 美遊も剣を構えて、次の攻撃に備える。

 

 睨み合う、少女と大海賊。

 

 ティーチは笑みを浮かべて、弾丸を再装填する。

 

「うぬぬ。やるでござるな幼女。可愛い容姿で拙者の油断を誘うとは、その幼さにして、末恐ろしいでござる」

「いや、そんなつもりは微塵も無いけど」

「しかーしッ そんな卑劣な手には屈しないッ 正義は必ず勝つのでござーる!!」

「海賊に正義とか言われても・・・・・・」

 

 いちいち言動が疲れるティーチの態度に、美遊はややげんなりした様子で答える。

 

 何と言うか、戦う事よりもティーチの言動に付き合う方が疲れてくるのだった。

 

 

 

 

 

 飛んで来る弾丸が、唸りを上げて駆け抜けていく。

 

 一瞬たりとも視線を逸らす事は出来ず、ただ目の前の敵に全てを集中する。

 

 マスケット銃を構えへ、膝立撃ちで響に攻撃を仕掛けるアン。

 

 その前には、カトラスを構えたメアリーが斬り込んでくる。

 

 飛んできた弾丸を回避する響。

 

 しかし、体勢は崩れる。

 

 その間に、メアリーが距離を詰める。

 

「はァァァァァァ!!」

 

 躊躇なく、響の顔面目掛けてカトラスを振るうメアリー。

 

 その一閃を、バックステップで後退して回避しようとする響。

 

 だが、

 

「そう来るのは・・・・・・」

 

 カトラスを振り切ったメアリーは、

 

 しかし次の瞬間、手首を返して剣の軌道を変える。

 

「お見通しさッ!!」

 

 逆風のような返しの一撃が、後退する響に襲い掛かる。

 

「んッ!?」

 

 自身に迫る一撃に対し、

 

 響はとっさに跳躍。

 

 前方宙返りを行いながら回避すると同時にメアリーを飛び越えると、小柄な女海賊の背後へと降り立つ。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちするメアリー。

 

 響の攻撃に備えるべく、振り返る。

 

 だが、動きは響の方が速い。

 

「フッ!!」

 

 短い呼吸と共に、メアリーに刃を振り下ろす響。

 

 だが次の瞬間、

 

 暗殺者の耳は、一瞬の風切り音を聞き逃さない。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、振り返りながら刀を振るう響。

 

 一閃は、飛んできた弾丸を正確に切り払う。

 

 しかし、

 

「まだですわよッ」

 

 更に立て続けにアンが放つ弾丸を、刀で弾く響。

 

「おっと、僕の事も忘れないでよ!!」

 

 アンの銃撃を切り払っている響に対し、メアリーが横合いから斬りかかる。

 

 横なぎに振りぬかれるカトラスを、響は後退しつつ回避する。

 

 アンが放つ追撃を回避しながら、更にメアリーの攻撃にも対応して後退を余儀なくされる響。

 

 仕方なく、船縁ギリギリまで後退。同時に刀を正眼に構えて、追撃に備える。

 

 一方、

 

 距離が開いたせいで、追撃は難しいと判断したのか、女海賊たちは間合いを詰めてこない。

 

 しかし、アンは変わらずマスケット銃の銃口を響に向けているし、メアリーはカトラスを構えている。

 

 流石は伝説にまで謳われる女海賊コンビ。その連携をもってすれば、大英雄を屠る事も不可能ではないだろう。

 

 今はまだ良い。1対2の状況とは言え、響の戦闘力は、決してアンとメアリーに劣っていない。

 

 しかし、このままではいずれ押し込まれて敗北するのは目に見えていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響は無言のまま、手にした刀を鞘に戻すと、腰を落として抜き打ちの構えを取る。

 

 次の一瞬で、2人同時に屠る。

 

 さもないと勝機は無い。

 

 それが響の結論だった。

 

 対して、

 

「来るね」

「ええ。彼も勝負を掛けるようですわ」

 

 響の覚悟を感じ取ったアンとメアリーもまた、勝負に応じるべく頷き合う。

 

 メアリーが前へ、

 

 アンは後ろへ、

 

 互いの戦闘位置に陣取る。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 目を細める響。

 

 アンとメアリーでは、アンの方が背が高い。仮に、メアリーが前に出たとしても、響の視界からアンが見えなくなる事は無い。

 

 しかし、

 

 アンに攻撃を仕掛けるには、メアリーをどうしても先に倒さなくてはならない。

 

 仮にメアリーを倒せたとしても、その間に照準を合わせたアンに銃撃を喰らう事になる。

 

 逆に、回り込んでアンを先に倒したとしても、背後からメアリーに追撃されて斬られるのは目に見えている。

 

 勿論、受けに回れば、2人の連携攻撃に押し込まれる事になる。

 

 たとえ1人がやられても、もう1人が確実に相手を仕留める。

 

 まさに海賊流。

 

 其れは「比翼にして連理」と称すべき、二者一対の女海賊。

 

 対して響は、八方ふさがりと言うべき状況に追い込まれている。

 

 攻めても退いても、行き止まりが待ち受けている。

 

 ならばどうする?

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 視線は、黒髭と対峙している、白百合の剣士に向けられる。

 

 答えなど、初めから決まっている。考えるまでも無い。

 

 誓ったんだ。

 

 あの娘を守る為、

 

 ただ、それだけの為に強くなる、と。

 

 ならば、

 

 1歩たりとも、退いている暇は無かった。

 

「んッ!!」

 

 駆ける響。

 

 何も考えなど無く、

 

 何も考える必要などない。

 

 衛宮響はただ、自分の守りたい少女を守る為に、前へと進むのみ。

 

 同時に、メアリーも甲板を蹴ってカトラスを振り上げ、アンも照準を響に合わせた。

 

 

 

 

 

 本来、

 

 衛宮響は決して、英霊となれるような器ではない。

 

 人類史に誇るような偉業を成したわけでもなく、

 

 人々を震撼させるような悪行を成した訳でもない。

 

 人々を魅了するような芸術を世に残しても居なければ、何かしら突出して優れた才能を有していたわけでもない。

 

 勿論、目も眩むような財宝を有していたわけでもない。

 

 どこにでもいる、ごくごく普通の、小学生の男の子に過ぎない。

 

 しかし現実として英霊「衛宮響」は存在している。

 

 元々、とある剣客の霊基を受け継ぐ形で英霊となった響はしかし、そのような経緯がある為、保有魔力量は決して高くない。

 

 それ故に、少年の戦術は主に、高い身体能力と機動性を駆使した剣術に集約されている。

 

 しかしそれでも尚、強敵と当たった時、どうしてもそれを打ち破るための切り札が必要となる。

 

 どんな大英雄であろうとも打ち破る事が出来る必殺技が。

 

 そこで響は考えた。

 

 自身の中にある、ごくわずかな魔力を活用する方法を。

 

 少ない魔力を放出しても、大気に拡散してしまい、結局は用を成さない。

 

 ならば、

 

 「閉鎖空間に近い、ごく狭い空間内での魔力放出」をすれば、どうだろう?

 

 ようは、大砲や鉄砲と同じ原理だ。衝撃を一方向に集中させることで、爆発的な威力と速度を生み出す事は、決して不可能ではない筈だった。

 

 

 

 

 

 技の名前は「鬼剣(きけん)」にしようと思った。

 

 

 

 

 

 人の身で振るう鬼の剣。

 

 

 

 

 

 自分の大切な物を守る為、あえて鬼と化してでも敵を斬る剣。

 

 

 

 

 

 この剣は、この世でただ1人、

 

 

 

 

 

 衛宮響が、自分にとって誰よりも大切な少女を守る為に編み出した剣なのだから。

 

 

 

 

 

「疑似・魔力放出・・・・・・・・・・・・」

 

 詠唱と共に、

 

 響は、

 

 「鞘に納めたままの刀身」から、鞘内に向けて魔力放出を行う。

 

 次の瞬間、

 

 打ち出されるように抜刀される剣閃。

 

 眼前に迫るメアリーが事態に気付く。

 

 だが、

 

 もう遅い。

 

鬼剣(きけん)・・・・・・・・・・・・」

 

 魔力放出によって超神速の域まで加速された抜刀術が、稀代の女海賊に襲い掛かる。

 

蜂閃華(ほうせんか)!!」

 

 次の瞬間、

 

 剣閃は、真っ向からメアリーの体を斬り裂いた。

 

 逆袈裟に奔った刃。

 

 鮮血が、女海賊の体から噴き出す。

 

「ア・・・・・・ン・・・・・・」

 

 相棒の名を呼びながら、甲板に崩れ落ちるメアリー。

 

 だが、

 

「メアリー・・・・・・・・・・・・」

 

 倒れる相棒を見ながら、マスケット銃を構えるアン。

 

 元より、これは覚悟の上。

 

 アンも、そしてメアリーも承知している。

 

 互いにどちらかが犠牲になってでも、目の前の敵を倒すと。

 

 仮に倒れたのがアンであったとしても、メアリーは同じ決断をした事だろう。

 

 メアリーの犠牲を無駄にはしない。

 

 何としても、あの暗殺者の少年はここで仕留める。

 

 蜂閃華を打ち切った響は、動きを止めている。

 

 今なら、アンにとって、良い的になる。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 響は抜刀の勢いを殺すことなく、その場で体を横回りに一回転する。

 

 まるで螺子が回転するような様。

 

 少年の鋭い眼差しが、アンを睨む。

 

「ッ!?」

 

 迸る殺気。

 

 息を呑む、女海賊。

 

 引き金を引く指が、気圧されて一瞬止まる。

 

 次の瞬間、

 

 響は手にした刀を

 

 躊躇する事無く投擲した。

 

 投げた刃は、切っ先を向けたまま真っすぐに飛翔。

 

 次の瞬間、

 

 アンの腹に、深々と突き刺さった。

 

「コフッ・・・・・・・・・・・・」

 

 鮮血を吐き出すアン。

 

 その手から、マスケット銃が零れ落ちて甲板に転がる。

 

 遅れて、

 

 アン・ボニーは甲板に崩れ落ちた。

 

 対して、

 

 響は刀を投擲した状態で、動きを止める。

 

 視線は鋭いまま、

 

 口からは荒い息が零れる。

 

 正直、上手くいくかどうかは五分五分だった。

 

 蜂閃華でメアリーを倒し、その勢いを殺さずにアンを仕留める。

 

 綱渡りの勝利だったのは間違いない。

 

 しかし、勝負はあった。

 

 甲板に倒れ伏す、女海賊2人。

 

 立っているのは、暗殺者の少年、ただ1人だった。

 

「負けて・・・・・・しまいましたね」

「うん・・・・・・ごめん」

 

 甲板に倒れ伏したアンとメアリーは、互いにそう言うと、笑みを浮かべる。

 

 負けてしまった。なら、それは仕方がない。

 

 悔しさは無い。

 

 いや、それは流石に嘘だが、拘りはしなかった。

 

 勝てば盛大に凱歌を上げ、負ければ潔く速やかに消える。

 

 それもまた、海賊流だった。

 

 金色の粒子に包まれながら、揃って消えていくアンとメアリー。

 

 最後に、自分たちの船長へと目を向ける。

 

「じゃあね船長、結構楽しかったよ」

「色々ありましたけど、今まで出会った中では最高の海賊でしたわ」

 

 どこか、冗談めかした調子で告げる2人の女海賊。

 

 やがて、

 

 2人の姿は、風に溶けるようにして消えてくのだった。

 

 

 

 

 

第11話「人が振るいし鬼の剣」      終わり

 



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第12話「トロイの木馬」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アン・ボニーとメアリー・リードの脱落、消滅。

 

 それに伴い、形勢は一気にドレイク海賊団側に傾いた。

 

 元々、兵数では勝っていた物の、中核となるサーヴァントの数では劣っていた黒髭海賊団だが、ここに来て更に2人の主力サーヴァントが脱落した事で、戦線は完全に押し込まれつつあった。

 

 更に、アンとメアリーを倒した響も、戦線に介入。黒髭側の海賊たちは次々と屠られていく。

 

 それに合わせるように、首領であるドレイク、更には手の空いているサーヴァント達、マシュ、エウリュアレ、アステリオスと言った面々も機を見て攻勢に転じる。

 

 一度崩れれば、あとは早い物である。

 

 黒髭海賊団の戦線は、急速に崩壊を始めていた。

 

 

 

 

 

 両陣営の海賊たちが入り乱れて感がを交える、アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の甲板は、ラッシュさながらの様相を成している戦場。

 

 倒れていく海賊たちは、圧倒的に黒髭側の海賊達である。

 

 対して、ドレイク側の海賊たちは、今や天をも衝く勢いで士気を上げている

 

 形勢がいずれに帰しつつあるか、火を見るよりも明らかであった。

 

 そんな中、船縁の手すりを足場に、高速で駆けていく2つの人影がある。

 

 船尾から船首に向かって駆ける2人。

 

 向けた視線は、殺気を伴って空中でぶつかり合う。

 

 赤と緑。

 

 双剣を構えた弓兵の少女、クロエ・フォン・アインツベルン

 

 槍を携えた、緑衣の大英雄、ヘクトール。

 

 共に戦気が交錯する。

 

 そして舳先まで着た瞬間、

 

 共に刃を繰り出す。

 

 両手に構えた黒白の双剣を縦横に振るうクロエ。

 

 刃が閃光となって視界を埋め尽くす。

 

 対して、

 

 ヘクトールは槍のリーチを存分に活かし、クロエの攻撃を全て弾いて見せる。

 

 だが、

 

「防がれるのは・・・・・・」

 

 次の瞬間、

 

 クロエの姿は、

 

 ヘクトールの頭上に現れる。

 

「お見通し!!」

 

 投影で作り出した弓を構え、引き絞るクロエ。

 

 対して、ヘクトールの動きは、一瞬遅れる。

 

 眼下目がけて、矢を放つクロエ。

 

 垂直に飛来する矢。

 

 その一撃を、

 

「おっとッ!!」

 

 ヘクトールは、槍をクルリと回転させて弾き飛ばす。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちするクロエ。

 

 頭上と言う、完璧な死角から仕掛けた奇襲がかわされるとは、思ってもみなかったのだ。

 

 着地すると同時に再度、矢を番えてヘクトールへ撃ち放つクロエ。

 

 しかし、その全てを、大英雄は通さない。

 

 クロエが放った矢は、ヘクトールの槍によって弾かれ、全て用を成さずに砕け散った。

 

「・・・・・・相変わらず、嫌らしい戦い方するわね」

 

 弓を投げ捨て、再び干将・莫邪を投影するクロエ。

 

 ヘクトールはと言えば、槍の穂先を再びクロエに向けて構える。

 

「いや、そう誉められると、おじさん照れちゃうって」

「だから、褒めてないっての」

 

 飄々としたヘクトールに、クロエはペースを乱されている。

 

 相手はトロイアが誇った大英雄。

 

 あらゆる戦術を駆使して劣勢のトロイアを支えたヘクトールが相手では、クロエも聊か分が悪いと言わざるを得なかった。

 

「さてさて・・・・・・・・・・・・」

 

 槍の穂先を掲げながら、ヘクトールは告げる。

 

「もう少し、おじさんに付き合ってもらおうかな。なに、そう長い事じゃないよ」

「言ってなさい!!」

 

 言い放つと同時に、再び干将・莫邪を投影したクロエが、ヘクトールに斬りかかった。

 

 

 

 

 

 美遊とティーチの戦闘も、終盤に入っている。

 

 ティーチは決して弱い英霊ではない。

 

 かつてカリブ海や大西洋を暴れまわり、七つの海にその人ありとまで言われた大海賊《黒髭》。

 

 多くの部下を従え、海賊艦隊まで編成した黒髭は、まさに、海賊と言う存在の頂点に立つ人物と言っても過言ではないだろう。

 

 勿論、ただ大軍を率いたと言うだけではない。荒くれ者の海賊たちを従える為には、何よりも強くあらねばならない。

 

 ティーチは強かった。強かったからこそ、多くの部下が彼に付き従たのだ。

 

 その戦闘力は、サーヴァントになった更に拍車がかかっている。

 

 並の英霊程度では、返り討ちに会うのは必定だ。

 

 更には、生前に海賊として鳴らした知識と経験がある。11歳の小娘如きが、かなうはずが無かった。

 

 本来であれば。

 

 しかし、

 

 今回はあまりにも相手が悪かった。

 

 基本スペックでは、美遊が間違いなく有利。身体能力も魔力量も、ティーチとは比べ物にならない。

 

 ブリテンが誇る大英雄アルトリア・ペンドラゴンの霊基を受け継いだ少女を前に、経験差の有利など、考慮にすら値しなかった。

 

 一合ごとに、美遊がティーチを追い詰めていく。

 

 その重い剣の閃きを前に、ティーチは既に当初見せていた余裕すら無くなっていた。

 

 甲板を駆けてくる美遊。

 

「クソッ こいつは、まずいかッ!?」

 

 対して、ティーチは手にした銃を放つ。

 

 飛翔する弾丸。

 

 しかし、

 

 自身に向けて放たれた弾丸を、

 

 美遊は手にした剣の一閃で斬り飛ばす。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、次弾装填するティーチ。

 

 更に発砲。

 

 しかし、やはり同じ。

 

 美遊の振るう剣を前に、弾丸は斬り飛ばされて用を成さない。

 

 3発目は、放つ事が出来なかった。

 

 その前に、美遊が剣の間合いに入る。

 

「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 袈裟懸けに振り下ろされる剣。

 

 その一撃を、

 

「クッ 何のッ!?」

 

 ティーチは左腕の鉤爪で防ぐ。

 

 同時に、右手に持った拳銃を甲板に投げ捨てる。

 

 既に接近され過ぎている。弾丸を装填している暇がない以上、銃は無用の長物だ。

 

 代わりにティーチは、腰からカトラスを抜き放ち、横なぎに美遊に斬りかかる。

 

 一閃される刃。

 

 その一撃を、

 

 後退して回避する美遊。

 

「その程度のスピードでッ!!」

 

 同時に勢いを殺さず、刃を回転させると、今度は下段から斬り上げる一閃を放つ。

 

「ほわァァァァァァ!?」

 

 驚いてのけ反るティーチ。

 

 間一髪、美遊の剣は、ティーチの鼻先を僅かに霞めていくに留まる。

 

「おのれッ 温厚で紳士な拙者でも、いい加減怒るでござる!!」

「あなたのどこが・・・・・・・・・・・・」

 

 ティーチの言葉を聞きながら、

 

 美遊は剣を背に隠すように構え、体を大きくねじのように捻る。

 

 抜き打ちの構えだ。

 

「『温厚』で『紳士』だ!!」

 

 強烈な振り抜きによる横一線。

 

 その一撃を、

 

「オォォォォォォッ 負けて、堪るかァァァァァァ!!」

 

 カトラスと鉤爪を交差させて受け止めるティーチ。

 

 激突する両者。

 

 次の瞬間、

 

 美遊の剣が、黒髭の鉤爪とカトラスを、同時に砕き散らした。

 

「のォォォォォォォォォォォォ!?」

 

 そのまま、のけ反るように後退するティーチ。

 

 だが、

 

「逃がさないッ」

 

 すかさず、間合いを詰める美遊。

 

 対して、

 

 ティーチには最早、少女の剣を防ぐ手立てはない。

 

 振り下ろされる白刃の剣閃。

 

 その一撃が、

 

 ティーチを真っ向から斬り下した。

 

「グッ・・・・・・お、お・・・・・・・・・・・・」

 

 のけ反るようにして、数歩後退するティーチ。

 

 対して、美遊は剣を振り下ろした状態で、大海賊を睨む。

 

 手ごたえはあった。

 

 確実に致命傷を与えたと言う確証があった。

 

「グッ・・・・・・った~~~たたた。痛いったら無いっての」

 

 自身の傷口を押さえながら、ティーチはぼやくように呟く。

 

 何となく、余裕そうにも見える。

 

 しかし実際には、傷口からはとめどなく血が流れ続けている。明らかに致命傷だった。

 

「しか~しッ 黒髭はこんな所では倒れないのである!!」

「いや、もう倒れて欲しいんだけど」

「悪の幼女に屈する事無く、必ずや復活を遂げるのであった!!」

「人を勝手に悪呼ばわりしないで」

 

 いい加減、疲れてきた美遊のツッコミも、やや投げやり気味になっている。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 まあ良い。

 

 既にティーチには反撃する力は残っていない筈。

 

 ならば、ここで終わらせるのみ。

 

 そう思って、美遊は剣を持ち上げた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後から飛来した槍が、ティーチの胸板を刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グっ・・・・・・オォ・・・・・・・・・・・・」

 

 口から鮮血を吐き散らすティーチ。

 

 槍は霊基の中核である心臓を刺し貫いている。明らかな致命傷だった。

 

 目を見張る美遊。

 

 あまりにも予想外な展開で、思わず出る言葉も失っている。

 

 なぜ?

 

 誰が?

 

 どうして?

 

 美遊と対峙していたティーチに不意打ちを食らわせたと言うのか?

 

 一方で、

 

「・・・・・・・・・・・・いやいや」

 

 ティーチは口から鮮血を吹き出しながらも、背後を振り返って、自らに不遜な一撃を与えた存在を見やる。

 

 妙に落ち着き払った黒髭の態度。

 

 まるで、最後はこうなる事を予期していたかのよう、そんな感じだ。

 

「ここで、裏切るってのは、流石に悪手じゃないですかね・・・・・・・・・・・・」

 

 視線が合わさる。

 

 その相手と。

 

「なあ・・・・・・・・・・・・先生」

 

 対して、

 

 トロイアの大英雄ヘクトールは、その飄々とした顔に笑みを浮かべている。

 

 なぜ、ヘクトールがティーチを裏切るのか?

 

 あまりにも突然の事態に、誰もが状況の変化に追いつけないでいる。

 

 対して、ヘクトールはいつも通りの淡々とした口調で告げる。

 

「いやいや船長。こっちとしては、これで予定通りなんだよね」

 

 言いながら、槍を引き抜くヘクトール。

 

 途端に、ティーチの体からは鮮血が噴き出し、大海賊《黒髭》はその場に膝を突く。

 

「まったく。思った以上に用心深くて苦労したよ、あんたには。何しろ、寝ている時ですら銃を手放さないんだからね。天才気取っている馬鹿をだますのなんざ簡単だが、馬鹿の振りしている天才を出し抜くのは骨が折れるよ」

 

 そう言って、ヘクトールは肩を竦める。

 

 同時に、

 

 甲板に膝を突いたティーチの体からは光が溢れる。

 

 光は空中で一つ所に寄り集まると、やがて黄金に輝く杯へと形を整える。

 

 それを見た瞬間、

 

 思わず誰もが目を見張った。

 

「あれって、聖杯かッ!?」

「嘘ッ 黒髭が持ってたの!?」

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の船上で戦況を見守ってた立香と凛果が、思わず声を上げる。

 

 既に2つも現物を見ているのだ。見間違えるはずが無い。

 

 ティーチの体の中から出てきたのは間違いなく聖杯。それも、ドレイクが持っているようなオリジナルではなく、この特異点のキーアイテムとなる聖杯だ。

 

 まさかティーチが持っていたなど、完全に予想外だった。

 

「美遊ちゃん、お願い!!」

「は、はいッ」

 

 凛果の指示が飛び、とっさに手を伸ばす美遊。

 

 しかし、

 

 少女の指先が掛かるより一寸早く、

 

 ヘクトールがかっさらうようにして、聖杯を掴み取ってしまった。

 

「残念。こいつはオジサンが貰っていくよ」

「クッ よこせ!!」

 

 剣を振り翳す美遊。

 

 奔る剣閃は、

 

 しかしそれよりも一瞬早く、ヘクトールが飛びのいたために空を切る。

 

 ヘクトールはそのまま跳躍してアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の甲板を飛び越えると、衝角(ラム)で接舷した状態の黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)へと飛び乗る。

 

 そのまま立香達を尻目に、自身の目指す人物へと迫る。

 

「ついでに、お使いも済ませておこうかな」

 

 軽い口調で告げるヘクトール。

 

 その視線の先には、

 

 弓を構えたエウリュアレの姿がある。

 

「あッ!?」

 

 エウリュアレが、ヘクトールの接近に気付いて弓を構えようとする。

 

 だが、

 

「悪いね。もう遅いよ」

 

 ヘクトールはエウリュアレの背後に回り込むと、その首筋に手刀を食らわせる。

 

 ガクリッ と、音も無く倒れる女神を、ヘクトールは片手で抱えて小脇に持ち上げる。

 

 その様子を見ていた狂戦士が、深紅の凶眼を釣り上げる。

 

「えうりゅあれ!!」

 

 友達の危機に、激昂して突進しようとするアステリオス。

 

 しかし、

 

 この事態を予め想定していたヘクトールは完全に上手だった。

 

「おっと、動かないでくれよ」

 

 そう告げると、気絶したエウリュアレの喉元に、懐から抜き出したナイフを突きつける。

 

 その動きだけで、一同を制するヘクトール。

 

「動くと、この女神様を傷物にしちゃうよ。俺としても、そいつは聊か心苦しいんだよね。だから、動かないでいてくれると、とっても助かるよ」

「クッ」

 

 ヘクトールの行動に、全員がその場から動けなくなってしまう。

 

 あまりにも信じがたい事態。

 

 仲間同士だと思っていたヘクトールがティーチを裏切り、そしてエウリュアレを奪うなどと、誰が予想できただろう。

 

 と、

 

 アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の甲板から、その様子を見ていた女性が、手にした弓を構えようとする。

 

 アルテミスだ。

 

 狙撃によってヘクトールを倒し、エウリュアレを助けようと言うのだろう。

 

 だが、

 

「よせッ アルテミス!!」

「ッ ダーリン?」

 

 思い人からのいつに無く強い静止の声を聞き、アルテミスは思わず弓を射る手を止める。

 

 見れば、

 

 クマのぬいぐるみ姿のオリオンが、アルテミスを諫めるように両手を広げて立っていた。

 

「あいつはトロイアのヘクトールだ。今のお前じゃ返り討ちに会っちまう」

「う、そうかな?」

「ああ。万全のお前だったら、何とかなったかもしれないがな」

 

 そう言って、オリオンは肩を竦める。

 

 神霊は英霊より上位に位置する存在であり、スペックやスキルなど、いくつかの面で優位に立っているのは確かである。

 

 しかしそれで、イコール「神霊の方が英霊より強い」という訳では決してない。

 

 「神殺し」の伝説が世界中にあるように、場合によっては人間が神を凌駕する事は稀にある。

 

 ましてか今回、アルテミスはアーチャーと言うサーヴァントの「枠」に収められて現界し、当然ながら能力には相応の制限が掛けられている。

 

 ランクダウンしているアルテミスと、大英雄としてフルスペックに近いヘクトールの戦力差は、ほぼ無きに等しい。

 

 アルテミスがヘクトールに挑めば、返り討ちの可能性があると言うオリオンの指摘は、あながち的外れではないのだ。

 

 流石は神話伝説に語られる狩人と言うべきか、見た目のファンシーに反して、オリオンは冷静だった。

 

 今のアルテミスがヘクトールに挑めば確実に負ける。

 

 その事を本人よりも理解していた。

 

 一方、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)では、戻って来たサーヴァント達が、ヘクトールを包囲しつつあった。

 

 いかにエウリュアレを人質に取っているとはいえ、ここは大海原の真ん中。しかも、黒髭海賊団のサーヴァントはヘクトールを残して全滅している。

 

 ヘクトール1人で逃げ切れるものではないだろう。

 

「それで、これからどうするつもりなんだ?」

 

 ヘクトールを真っ向から睨みながら、立香が尋ねる。

 

 既に周囲は、響、マシュ、美遊、クロエ、アステリオス、ドレイクが囲んで逃げられないようにしている。

 

 ヘクトールの背後は既に海。完全に船縁まで追い詰められている。

 

 いかにトロイアの大英雄ヘクトールと言えど、気絶しているエウリュアレを抱え、この包囲網から逃れられるものではないだろう。

 

 対して、

 

「いや~ 確かに。これじゃオジサン、絶体絶命かなー?」

 

 のんきな口調で告げるヘクトール。

 

 しかし、

 

 ついの瞬間、

 

「なーんて・・・・・・・・・・・・」

 

 凄みのある笑みを浮かべる。

 

「逃げ道を確保しないで反逆するほど愚かじゃないさ」

 

 次の瞬間だった。

 

 突如、

 

 誰もが見ている目の前で、

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)のすぐ脇の海面から、

 

 巨大な水柱が立ち上った。

 

 迸る瀑布。

 

 誰もが目を見張る。

 

 飛沫が周囲一帯に拡散する。

 

 まるで、くじらが海面から飛び跳ねたかのような光景。

 

 しかし、

 

 海面下から現れたのは、くじらでは、

 

 否、

 

 生物ですらなかった。

 

 黒い船体に黄色いライン。

 

 直立した3本のマストには、10枚以上の帆が張られている。

 

 船体に備えられた砲門は、ざっと数えただけでも数十。両舷合わせれば百を上回るだろう。

 

 船だ。

 

 それも、かなり巨大な。

 

 大きさだけなら、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の10倍以上を誇っている。当然、攻撃力もそれ相応の物が備えられている。

 

「何だ、この化け物はッ!?」

 

 うめくドレイク。

 

 大航海時代の彼女からすれば、このような巨大な船は見た事も無いだろう。

 

 それこそ、海の怪物が直接姿を現したようにも見える。

 

「これはガレオン船ではありませんッ 戦列艦です!!」

 

 マシュが驚いて声を上げる。

 

 ガレオン船の後継として、各国海軍が採用した主力艦種。

 

 その高い攻撃性能から、19世紀末まで使用され、後の「戦艦」の原型にもなった。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)と違い、正真正銘の「軍艦」である。

 

 その戦列艦が、まさか潜水艦よろしく海面下から現れるなど、誰が予想し得ようか。

 

 一同が呆気に取られる中、

 

 戦列艦の甲板上に、人影が現れた。

 

 海軍の軍服の上からサーコートを着込んだ人物だ。

 

 いかにも紳士然とした、スマートな印象の男性だ。

 

 海の男には似つかわしくないような、端正な顔立ち。

 

 しかし、その右瞼は常に閉じられている。

 

 更に、サーコートの右袖も中身が無いらしく、風の吹かれて靡いているのが判る。

 

「ヘクトール殿ッ 遅くなって申し訳ないッ お迎えに上がりましたぞ!!」

「何の、提督ッ 良いタイミングだよ!!」

 

 相手に対し返事を返すと同時に、ヘクトールは跳躍。エウリュアレを抱えたまま、戦列艦の甲板へと飛び乗る。

 

 慌てて響達が追いかけようとするが、既にヘクトールは相手の船の甲板に乗り移ってしまっていた。

 

「そんじゃ皆の衆、おじさんたちはこれで失礼するよッ あ、エウリュアレは戴いていくからッ」

「逃がすかッ 砲撃用意!!」

 

 ただちに命令を発するドレイク。

 

 だが、次の瞬間、

 

 稀代の大海賊は目を見張る。

 

 戦列艦の舷側に並んだ砲眼が一斉に開き、中から数十に及ぶ砲門が姿を現すと、その照準を黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に合わせる。

 

「まずいッ」

 

 叫ぶ立香。

 

 次の瞬間、

 

 戦列艦の舷側が、一斉に砲火を閃かせた。

 

 

 

 

 

第12話「トロイの木馬」      終わり

 




お待たせしました、本章のオリ鯖登場です。

出し渋った理由は、

実のところ前2人(黒太子、ブルータス)に比べると、ヒントの塊みたいなもんなので、すぐ真名ばれるだろうなーと思ったので。

たぶん、もう分っている人が多数いるのでは、と思っています。


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第13話「追撃戦」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃が襲い掛かる。

 

 全てを、呑み込むような閃光、轟音、衝撃。

 

 そして爆炎。

 

 戦いも終盤に差し掛かり、ドレイク海賊団は、黒髭海賊団を追い詰めつつあった。

 

 だが、そこで襲い掛かる、思わぬ伏兵。

 

 大英雄ヘクトールの背信と、突如、海中より出現した巨大戦列艦。

 

 その一斉射撃を、至近距離からもろに浴びて、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を爆炎が襲う。

 

 小型ガレオン船は瞬く間に炎に包まれ、その優美な姿は視界から消え去ってしまう。

 

 海上には煙と水蒸気が立ち込め、視界が暫しの間塞がれる。

 

 沈めたか?

 

 沈めたはずだ。

 

 あの砲撃を至近距離から喰らい、小型のガレオン船が生き残れるはずが無い。

 

 今頃は、塵も残さないほどに消滅しているはず。

 

 誰もがそう思う中、

 

 やがて、

 

 海風に吹かれて煙が散って行く。

 

 晴れる視界の中で、

 

「・・・・・・・・・・・・ありゃ」

 

 戦列艦の甲板に立ったヘクトールは、彼方の光景を見て、やや気の抜けた声を上げた。

 

 戦列艦の砲撃は確かに命中した。あのタイミングで、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)には、回避する余裕は無かった。

 

 ヘクトール自身、炎に包まれる黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を見ている。

 

 しかし、

 

 目の前にある光景が、彼の想像と違ったのは間違いなかった。

 

 嘆息する。

 

 とは言え、それは落胆から来ている物ではない。

 

 心から湧き出るのは、確かな称賛、そして微かな感動だった。

 

「いやいや・・・・・・・・・・・・」

 

 口から零れたのは、彼の心からの本音だった。

 

 まさか、このような事になろうとは、想像すらできなかった。

 

 大英雄の称賛は、

 

 つい先刻まで、彼の上司だった男へと向けられた。

 

「流石だよ・・・・・・・・・・・・船長」

 

 

 

 

 

 一方、

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の甲板では、誰もが倒れ伏していた。

 

 至近距離から数十門の大砲による一斉射撃。

 

 その破壊の嵐をまともに受けたのだ。

 

 如何にワイバーンの鱗で装甲を強化したとは言え、小型のガレオン船に過ぎない黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に耐えられる通りは無い。

 

 船は沈む。

 

 誰もが、そう思った。

 

 襲い来る衝撃が、船の全てを呑み込む。

 

 しかし、

 

 その後に襲ってくるはずの破壊が、いつまで経っても訪れる事は無い。

 

「い、いったい、どうしたんだ?」

 

 甲板に倒れ伏した立香は恐る恐る、目を開く。

 

 体に痛みは無い。

 

 それどころか、周囲を見回しても、船が破壊された様子は無い。

 

 黒髭海賊団との戦闘で破壊された箇所はあるが、砲撃による破壊跡は皆無だった。

 

 一体どういうことなのか? あれだけ強烈な砲撃を、無傷で切り抜けたと言うのか?

 

 訳が分からず周囲を見回すと、すぐ傍らに妹が倒れているのを見つけて駆け寄った。

 

「おいッ 凛果、しっかりしろ」

「あ・・・・・・兄貴?」

 

 呼びかけるとすぐに返事が返り、ホッとする立香。

 

 傷を負った様子は無い。どうやら、衝撃で気を失っていただけのようだ。

 

 見れば、マシュ達もそこかしこで倒れているのが見える。全員、衝撃で吹き飛ばされたようだが、怪我をしている様子は無い。

 

 と、

 

 向けた視線の先では、

 

 甲板に直立不動で立つ、ドレイクの姿があった。

 

 女海賊の視線は、自船のすぐ脇へと向けられている。

 

 どこか複雑そうな、ドレイクの横顔。

 

 立香は凛果を甲板に座らせて休ませると、立ち上がって彼女の下へと歩み寄る。

 

 ドレイクの方でも、近付いてくる立香の足音に気が付いたのだろう。振り返って視線を合わせた。

 

「ああ、立香、凛果も無事かい?」

「ああ、何とかね。けど、いったい、何がどうしたんだ?」

「フォウッ ンキュッ フォウ」

 

 無事だったらしいフォウが肩に駆けあがってくるのを受け入れながら、立香は首を傾げる。

 

 自分たちは確かに、戦列艦からの砲撃を受けた筈。

 

 圧倒的な火力を前にして、今度ばかりは流石に駄目だと思ったのだが。

 

 しかし、ふたを開けてみれば自分たちは生きており、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)も殆ど無傷に近かった。

 

 いったい、何がどうなっているのか?

 

 戸惑う立香に対し、

 

「見な」

 

 ドレイクは、自身の傍らを指し示す。

 

 果たしてそこには、

 

 ボロボロに崩れ、今にも燃え尽きんとしている1隻の船が、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)にもたれかかるようにして、半ば沈みかけていた。

 

 アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)だ。

 

 炎に包まれた海賊《黒髭》の旗艦は、今や船首から船尾、そしてマストに至るまで炎に包まれている。

 

 一見して、助からないであろうことは明白である。

 

 この光景が意味するところは、一つしか考えられなかった。

 

「まさか、俺達を守ってくれたのか? 黒髭が?」

 

 驚いて声を上げる立香。

 

 信じられない事だが、それ以外に考えられない。

 

 無傷の黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 炎上し、今にも沈まんとしているアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)

 

 これらが意味するところは、考えるまでも無かった。

 

 その時だった。

 

「ハッ 黒髭・・・・・・舐めんな・・・・・・このくらい、朝飯、前、でござるよ」

 

 どこか苦し気な、それでいて威厳を失わない声が聞こえてくる。

 

 振り返る一同。

 

 そこには、

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の船縁にもたれかかるようにして、甲板に座り込むティーチの姿があった。

 

 あの一瞬、

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が、戦列艦からの砲撃をかわせないと判断したティーチは賭けに出た。

 

 自身に残された最後の魔力を使って強引にアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)を動かし、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の盾になったのだ。

 

 その証拠に、燃え尽きんとしているアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の舷側には、何かで引き裂かれたような、巨大な傷痕が残されている。恐らく、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)衝角(ラム)による拘束を、無理やり引きちぎった結果だ。

 

 本来なら、宝具とは言え巨大な船を動かすには、それ相応の人員と手順が必要になる。

 

 驚くべき事にティーチは、それをたった1人でやってのけたのだ。

 

 まさに大海賊の面目躍如、

 

 否、

 

 意地の為せる業であった。

 

 しかし、代償もまた大きかった。

 

「黒髭、あんた、それッ」

「・・・・・・ああ」

 

 立香が指摘する中、体から金色の輝きを放ち始めるティーチ。

 

 既に美遊との戦いで致命傷を負い、更にヘクトールの裏切りでとどめを刺されたうえでの、今回の無茶である。

 

 彼の中で、とっくに魔力は尽き、限界を超えていたのだ。

 

「いやいや、今回は流石の拙者もやりすぎたでござるな。ここらが潮時のようだ」

 

 そう言ってティーチは肩を竦めようとした。

 

 が、どうやら既に、その余力も残っていないらしく、ただ口の端を歪めて笑う事しかできなかった。

 

 しかし、決して悪い顔ではない。自分にしかできない仕事をやりきった、男の顔だった。

 

「ったく。無茶しやがって」

 

 座り込んだティーチの前に立ち、ドレイクは吐き捨てるように言った。

 

 最後の最後で、敵に助けられたことが気に食わないのか?

 

 そう思って聞いていた立香達。

 

 しかし、

 

 ドレイクの顔には、どこか楽し気な笑みが浮かべられていた。

 

「まあ何だ。流石は海賊《黒髭》だよ。あんた、最初からそれくらいやってくれてたら、良い男なのにな」

 

 そう言って嘆息するドレイクに対し、

 

 ティーチはいつもの緩んだ笑顔で応じた。

 

「やだッ BBA、今の可愛いッ 可愛いッ 惚れた? ねえ惚れた? 拙者に? う~ん。どうしよっかなー? 拙者、もうちょっと若い子が好みなんだけどなー」

「テメェ・・・・・・・・・・・・」

 

 今わの際にも、相も変わらずの減らず口に、思わず激高しかけるドレイク。

 

 だが、

 

 すぐに深呼吸すると、ティーチに向き直った。

 

「ほれ、さっさと死にな。『今度』は、首は残しておいてやるから。大事に抱えて行くんだね」

 

 その言葉に、

 

 さしもの大海賊も、キョトンとした顔を浮かべた。

 

 伝説によれば、《黒髭》エドワード・ティーチは、討伐隊に敗れた後首を斬られ、その首はさらし者にされたと言う。

 

 しかし、首を失った胴体がその後、首を探してさ迷い続けたと言う伝説が残っている。

 

 まるで、その事を知っているかのようなドレイクの言葉に、ティーチも意表を突かれた形だった。

 

「クッ・・・・・・クックックッ そうか・・・・・・そうかッ」

 

 ドレイクの言葉を聞き、笑みを浮かべるティーチ。

 

 その顔には、どこか晴れやかな表情が浮かべられていた。

 

「フランシス・ドレイクが・・・・・・海賊《黒髭》が、この世で最も尊敬する海賊が、首を残してくれるのか。なら、何も思い残す事は無い。黒髭は死ぬとするか」

 

 そう言っているうちに、金色の粒子にほどけて消えていくティーチ。

 

 その顔には、最後まで不敵な笑みが浮かべられていた。

 

 

 

 

 

 その様子は戦列艦の甲板からも確認できた。

 

 ボロボロになって崩壊していくアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)

 

 その陰から、無傷の黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が姿を現す。

 

 黒髭最後の意地は、彼が憧れた女性を、完全に守り通したのだ。

 

「どうする、ヘクトール殿?」

 

 「提督」と呼ばれた隻腕隻眼の男は、傍らに立つヘクトールに尋ねる。

 

 この戦列艦の主であり、ライダーのサーヴァントである彼もまた、あの状況でティーチがドレイクを守り通すとは、思ってもみなかったのだ。

 

「戻ってトドメを刺す事は可能だが?」

 

 ここでドレイクを討ち果たしておかないと、いずれ禍根を残す事になりかねない。

 

 大英雄であるヘクトールが、その事に気付かない訳がない。

 

 ここで、倒せるときに倒しておくべきだろう。

 

 しかし、

 

「いや、やめときましょう。こっちも予想外の事で、スケジュール的にきつくなってきているし。さっさと合流場所に向かった方が良い」

 

 そう言って、肩をすくめるヘクトール。

 

 視線は、足元で気を失って眠っているエウリュアレに向けられた。

 

「最大の目的は達した。今はそれで充分さ」

 

 目的はあくまでエウリュアレのと聖杯の奪取。できれば、ドレイクが持っているもう一つの聖杯も手に入れたかったが、それはどちらかと言えばついでに過ぎない。

 

 今はエウリュアレを手に入れられただけでも十分だった。

 

「それに・・・・・・・・・・・・」

 

 ヘクトールはもう一度、彼方で燃え続ける炎に目を向ける。

 

 その脳裏には、尊敬すべき海の男の顔が思い浮かべられていた。

 

「一時とは言え主と仰いだんだし、敬意くらいは払わないとね」

「そんなものかね」

 

 大海賊《黒髭》エドワード・ティーチが、最後に命を掛けて守ったのだ。

 

 一度くらい、その遺志を汲んでやるのも悪くない。そう思ったのだ。

 

 ヘクトールの言葉に、提督は共感するように笑みを浮かべた。

 

 と、

 

 そんな男2人の会話に割って入るように、背後から近づく気配があった。

 

「そう、なら、私の出番、は、無しって事で良いの、かしら?」

 

 背後からの声に、振り返る2人。

 

 男たちが向ける視線の先では、和装を着た1人の女性が佇んでいた。

 

 薄汚れた白い上衣に、緋色の袴。

 

 恐らくは巫女の類と思われる。

 

 ぼさぼさの長い黒髪を束ねる事も無く振り乱し、どこか気だるげな表情を浮かべた20代中盤程の女性。

 

 面倒そうな視線を男たちに向けると、船縁に近づいて来た。

 

 彼方から姿を現す黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を見やりながら、だるそうに嘆息する。

 

「まあ、私としては、出番がない、なら、それに越した事は無いの、だけれど」

「相変わらずのようで何よりだよ、キャスター」

 

 どこか皮肉交じりの笑みを向けるヘクトール。

 

 この女が無精気味な事は、この世界に召喚されてから知っていた。

 

 暫く会っていなかったが、その性格は相変わらずらしかった。

 

 対して、キャスターと呼ばれた女性は、興味なさげに振り返る。

 

「男どもの、くだらない意地に付き合う気は、ありません。私が必要に、なったら、起こしてください、ライダー」

 

 そう言うと、再び船室へ入っていくキャスター。

 

 その姿を、ヘクトールとライダーは肩を竦めて見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

 ドレイク海賊団と黒髭海賊団が激突した海域から少し離れた場所を航行する、1隻の巨大船が存在していた。

 

 船首から船尾までが急激な弓形で反り上がり、中央のマストには巨大な帆が1枚張られている。

 

 更には舷側からは幾本もの櫂が突き出し、海面を漕いでいるのが見える。

 

 かなりのスピードだ。

 

 それ程波が無い海面とは言え、船は飛ぶようなスピードで海面を疾駆していた。

 

 その理由は、

 

 船の後方にあった。

 

 船尾付近に立った1人の少女。

 

 歳の頃は10台中盤程に見える。

 

 長い髪をポニーテールにして後頭部で結い、ゆったりと長い衣装に身を包んでいる。

 

 可憐な瞳は閉じられ、口は小声で何かを詠唱している。

 

 掲げた手には魔力の光が宿っているのが判る。

 

 一心不乱に詠唱を続ける少女。

 

 と、

 

 そんな少女をいたわるように、背後に立った男が少女の肩を叩いた。

 

「ありがとうメディア。よく頑張ってくれているね。君のおかげで、どうにか今日中にライダー達と合流できそうだよ」

「あ、イアソン様」

 

 声を掛けられ、メディアと呼ばれた少女は、詠唱をやめて振り返る。

 

 すると、

 

 それまで帆を張り詰めていた風は緩やかになり、船のスピードも衰える。

 

 少女が魔力で帆に直接風を送る事によって、船は高速を維持していたのだ。

 

「先程、ライダーから連絡があったよ。ヘクトールが無事、エウリュアレを確保したそうだ」

「本当ですかッ」

 

 イアソンの言葉に、メディアは顔をほころばせる。

 

 それは、待ちに待った朗報であった。

 

「『あの御方』の言った通り、エウリュアレを捧げれば、私は更なる力を得る事が出来る。誰よりも強く、誰よりも無敵になれるのだ。素晴らしい事だと思わないかいッ!?」

「はい、とても、とても素晴らしい事だと思います、イアソン様」

 

 拳を振るって熱弁を語るイアソンを、メディアはキラキラした目で見つめている。

 

 どこか、年頃の少女が、押しの男性アイドルを見詰めるような瞳だ。

 

 対して、イアソンの方はと言えば、彼女には目もくれず、どこか遠くの海原を見詰めて語っている。

 

 と、

 

 そこで何かを思い出したように、イアソンはメディアに尋ねた。

 

「そう言えば、顔色が優れないね。大丈夫かい? 何しろ君は長時間、この船の動力源になっているんだ。少しくらい、そう、ほんの少しくらいなら休憩も許可しようじゃないか」

 

 優し気な口調で話しかけるイアソン。

 

 対して、メディアは、健気な笑みを見せる。

 

「ありがとうございます、心配してくれて。けど、私は大丈夫ですイアソン様。まだまだ頑張れます」

 

 そんなメディアの返事に、イアソンは満足そうな頷きを返す。

 

「ああ、なんて愛おしいんだ。それでこそ、我が妻となるべき人だよ」

 

 そう言って、メディアの頬を優しく撫でるイアソン。

 

 メディアもまた、うっとりした表情で、イアソンを受け入れる。

 

「ご安心くださいイアソン様。我らアルゴナウタイは絶対無敵の英雄達。我ら一同、全てはイアソン様の為に、全てを捧げる覚悟です」

「うん、期待しているよ。我がアルゴナウタイは無敵だとね。寄せ集めの連中なんかに負けるはずが無い」

 

 少女の健気な言葉に答えてから、イアソンは露骨に顔をしかめる。

 

「まあ、中にはどうしようもないロクデナシもいたけどね。まったく、あの女ッ 処女神(アルテミス)なんぞに純潔を捧げて船を降りるなんて、愚かにも程があるッ まあ、今頃はサメのエサにでもなっているだろうけどね」

「イアソン様、どうかなさいました?」

 

 毒づくイアソンに、メディアは不思議そうな眼差しを向けると、イアソンはすぐに取り繕った笑みを浮かべる。

 

「ああ、何でもないよ。君が気にするような事じゃない。それより、エウリュアレを手に入れたら、早速『アレ』の探索に入る。信託を受ける準備も進めておいてくれたまえ」

「はい、お任せください、イアソン様」

 

 そう言うと、再び帆に風を送る作業に戻るメディア。

 

 その様子を、イアソンは笑み交じりに見つめと、一同を見回して言い放った。

 

「さあ諸君、『契約の箱(アーク)』だッ 『契約の箱(アーク)』を手に入れようッ それは黄金の羊など歯牙にも掛けぬ究極の財宝。私は聖杯と契約の箱(アーク)でもって、この四海(オケアノス)の王となるのだから!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦列艦は、その巨体とは裏腹に、海面を滑るように進んでいく。

 

 波による揺れはほとんど感じない。

 

 比較的小型だった黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に比べると、正しく海上に浮かぶ宮殿に等しかった。

 

「さて、ここまで来れば大丈夫ですかね?」

「うむ。速度性能ではそう変わらないはず。ここまで来れば、まず、追いついてくる心配は無いだろうさ」

 

 ヘクトールの言葉に、ライダーが望遠鏡を覗き込みながら答える。

 

 周囲には広い海原が存在している。その他には、一切の船影は見当たらない。

 

 完全に振り切ったと見て間違いないだろう。

 

「あとはゆっくり、ティータイムでも楽しんでいれば、放っておいても我らの任務は終了と言う事だ」

 

 そう言って、余裕そうに肩を竦めるライダー。

 

 だが、

 

「そう、簡単にうまくいくかしらね?」

 

 皮肉交じりの声が足元から聞こえ、ヘクトールとライダーは振り返る。

 

 後ろ手に縛られ、床に転がされたエウリュアレが、鋭い眼差しで2人を見上げていた。

 

 縛っている紐には、どうやら特殊な魔術が掛かっているらしく、神霊とは言え非力なエウリュアレには、自力では解けそうになかった。

 

「ほほう」

 

 そんなエウリュアレの言葉に興味を持ったのか、ライダーは片膝を突いて話しかける。

 

「では、追撃は来る、と?」

「ええ、間違いなくね」

 

 強気に答えるエウリュアレ。

 

 とは言え、半分は彼女の願望なのだが。

 

 しかし、ドレイクはあの程度で参るほど、軟な女ではないだろう。

 

 それにアステリオスがいる。自分が攫われたとなれば、あの子が決して黙っていないはずだ。

 

 少しの間、一緒にいただけだが、あの船に乗っている者達は皆、それぞれ信頼できる者達だ。

 

 それに、

 

 エウリュアレは、1人に少年を思い浮かべる。

 

 藤丸立香。

 

 あの中でリーダー格の少年。

 

 何の力もなく、エウリュアレの目から見ても魔術師としては半人前以下で、取り立てて特徴がある訳でもない平凡な少年だ。

 

 しかし、なぜか不思議と、彼の中に惹かれる物を感じるのだった。

 

 いったいなぜ、そう思うのかはエウリュアレにも判っていない。

 

 だが立香なら、無条件で信頼しても良い。

 

 そう思うだけの何かが彼にはあった。

 

「だいたい、何でわたしなんか狙ったのよ?」

 

 そこで、エウリュアレは当初から疑問に思っていた事をぶつけてみた。

 

 考えてみれば奇妙な話で、サーヴァントとして現界して以来、エウリュアレは常に付け狙われていた。

 

 最初は黒髭に、そして今は目の前の連中に。

 

 だが、その理由が未だに分からないままだった。

 

「言っとくけど、私、女神としては格落ちよ?」

 

 そう言って、エウリュアレは不機嫌そうにそっぽを向く。

 

 確かに、神霊としてみた場合、エウリュアレはそれほどランクの高い女神ではない。

 

 ゴルゴン三姉妹の次女にして、人々に崇拝され、あがめられる存在。

 

 通り名は「遠く飛ぶ女」。

 

 何の力もなく、最後には人間から辱められる為だけに生み出された偶像(アイドル)

 

 そもそもからして、サーヴァントになるような器ではない。

 

 女神の格で行けば、アルテミスの方がよほど上位である。

 

 あるいは妹である三女メドゥーサならば、まだしも話は分かるのだが、少なくともエウリュアレを苦労して確保するメリットは、普通に考えればそれほど無いのだった。

 

「いや、そこら辺は俺等も分からないんだけどね」

 

 船縁に寄りかかりながら、ヘクトールは苦笑交じりに応える。

 

「ま、それは俺らの上役に聞いてよ。たぶん、そろそろ会えると思うからね」

 

 ヘクトールの言葉に、エウリュアレは内心で焦りを覚え始める。

 

 今のヘクトールの言葉から察するに、敵の本隊との合流が近い事を意味している。

 

 もしそうなったらアウトだ。逃げ出す事は不可能に近いだろう。

 

 しかし、現状においても、状況は絶望的に近い。

 

 エウリュアレは囚われ、縛られ、転がされている身。

 

 仮に拘束が無かったとしても、ここは何もない海の上。逃げ場などどこにもない。

 

 戦うのは更に困難だ。

 

 相手はトロイアの大英雄ヘクトールに、この船の主であるライダー、それに、エウリュアレはまだ顔を見ていないが、もう1人、サーヴァントが乗っているらしい。

 

 戦っても、エウリュアレには、万に一つの勝機も無かった。

 

 その時、

 

「提督ッ 右舷後方に接近する船影あり!!」

 

 見張り員の叫ぶ声が聞こえてきた。

 

 いよいよ、敵の親玉がやって来たのだ。

 

 誰が来るのかは分からない。

 

 しかし、もし合流されてしまえば、いかに立香達でも、エウリュアレの救出は困難となるだろう

 

 いよいよ絶望的になるエウリュアレ。

 

 しかし、

 

「・・・・・・おかしいな。合流までには、まだ時間があるはず。向こうが急いできたのだろうか?」

 

 懐から取り出した懐中時計を確認しながら、ライダーが首を傾げる。

 

 と、

 

 見張り員の絶叫が、更に続いた。

 

「船型確認!! 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)です!!」

「何だとッ!?」

 

 驚いて身を乗り出すヘクトール。

 

 その視線の先には、こちらに向かって真っすぐ突き進んでくる1隻の船。

 

 そのマストの頂上には、髑髏を染め抜かれた海賊旗が、雄々しくはためいていた。

 

 間違いない。あれなるは、7つの海を制した誇りの証。

 

 ドレイク海賊団は、圧倒的な船の性能差を物ともせず、追撃を駆けてきたのだ。

 

「追いついて来たのか。流石は、フランシス・ドレイク」

「しかし、いったいどうやって・・・・・・・・・・・・」

 

 感心するライダーの傍らで、ヘクトールはいぶかるように首を傾げる。

 

 戦列艦と黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は、速度性能的にそう変わらない。一度振り切ってしまえば、まず追いつかれないと思っていたのだが。

 

「・・・・・・・・・・・・あれだ」

 

 疑問を呈するヘクトールに、ライダーが彼方を指し示す。

 

 目を凝らすと、指示した先には一群の雷雲がある事に気付く。恐らく、局所的な嵐が起こっているのだろう。

 

 そう言えば先程、嵐を避けるために迂回進路を取ったのを思い出す。

 

 と言う事はつまり、

 

「何とね。連中、嵐を突っ切って来たのかい。無茶苦茶だな」

「だからこそ、彼女はフランシス・ドレイクなのだよ」

 

 つまり、戦列艦が嵐を避ける為に迂回進路を取っている隙に、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は最短距離を突っ走って来たのだ。

 

 無茶苦茶だが、しかし理に適っている。

 

 ライダーが称賛の言葉を述べた時だった。

 

 突如、唸りを上げて飛来した矢を、ヘクトールは手にした槍で払い落とす。

 

 甲板に転がる矢の残骸を見ながら、ヘクトールは口笛を吹く。

 

「この距離で、大砲よりも先に正確に狙ってくるか。あの幼女、やるねェ」

 

 自分を攻撃した相手に対し、舌を巻く思いを抱く。

 

 どうやら、本隊との合流前に、一戦交えなくてはならないようだ。

 

「ヘクトール殿。白兵戦はお願いできるか。船の方は、私が何とかする」

「了解。ま、防衛戦は『生前』から得意でね。任せてくださいよ」

 

 気負った様子もなく、自然体で請け負うヘクトール。

 

 その視界の中で、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が急速に接近してくるのが見えた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 戦列艦を発見した黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)もまた、攻撃を仕掛けるべく速度を上げる。

 

 既に海賊たちは戦闘配備に着き、サーヴァント達も各々の武器を手にしている。

 

 戦闘準備は、既に万端だった。

 

「チッ やるわね、おじさん」

 

 自身の矢を払い落した相手に対し、クロエは舌打ちを見せる。

 

 クロエが先制攻撃を仕掛けている物の、未だに効果は見られない。

 

 この距離で攻撃を仕掛けるクロエも流石だが、それを完璧に防いで見せるヘクトールも侮れなかった。

 

 とは言え、クロエも遠距離攻撃で相手にダメージを与えられるとは思っていない。

 

 弓による攻撃は、あくまで挨拶代わり。

 

 本命は砲撃戦と、その後に続く移乗白兵戦になるだろう。

 

 その間にも、両者の距離は詰まっていく。

 

「最大戦速ッ 衝角(ラム)戦用意!!」

 

 ドレイクの大音声が響き渡る。

 

 同時に、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は更に速度を上げに掛かる。

 

 やり方はアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)の時と同じだ。先に衝角(ラム)で攻撃を仕掛け、その後は白兵戦に移行する。

 

 敵にどの程度のサーヴァントがいるのか、未だに未知数だ。

 

 ヘクトール以外の敵サーヴァントがどれほどの戦力かは分からないが、数ではこちらが勝っているはず。必ず勝てるはずだった。

 

「響、魔力は?」

「ん、大丈夫」

「フォウッ フォウッ」

 

 尋ねる美遊に、響は短く答える。

 

 実際、礼装を使って魔力は追加補充されている。1回だけなら鬼剣を使う事も出来るだろう。

 

 と、

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 背後からの咆哮に、思わず振り返る響と美遊。

 

 見れば、アステリオスが愛用の戦斧を持ち出し、猛り狂っている。

 

 今にも船を飛び降り、泳いで戦列艦に向かっていきかねない勢いだ。

 

 そのアステリオスの頭に、オリオンが張り付いている。

 

「待て待て待てアステリオス!! 落ち着け!! どうどう!!」

「ううッ えうりゅあれ、たすける!!」

「判ったから。ステイだ!! ステイ!!」

「じゃま、するなッ!!」

 

 頭の上に乗っかったオリオンに構わず、今にも暴れ出しそうなアステリオス。

 

 無理も無い。

 

 彼にとって、エウリュアレは特別な存在だ。そのエウリュアレを目の前で攫われた事で、怒りに歯止めが効かなくなっているのだ。

 

 今にもオリオンを振り飛ばして、突撃しそうな雰囲気だ。

 

「判ったッ なら10だッ 10数えるの待て!!」

「うッ!!」

「1・・・・・・」

「うううッ!!」

「10ッ・・・0ッ!!」

 

 子供達からの冷たい視線が、オリオンに突き刺さる。

 

「プーさん・・・・・・」

「サボった」

「フォウ・・・・・・」

「うるせえぞッ ジャリども!! だいたい、ぬいぐるみにバーサーカーを止められるはずがねーだろ!!」

 

 ジト目で睨んでくる響と美遊に、逆ギレするオリオン。

 

 そうしている内に、両船の距離は一気に縮まっていく。

 

 黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の船橋では、フランシス・ドレイクが、

 

 戦列艦の艦橋ではライダーが、それぞれ腕を大きく振り上げる。

 

 睨み合う両者。

 

 視線が、海上でぶつかり合う。

 

 次の瞬間、

 

「「撃てェッ!!」」

 

 互いの長が放つ大音声。

 

 次の瞬間、互いの船が砲火を閃かせた。

 

 

 

 

 

第13話「追撃戦」      終わり

 




ライダー

【性別】男
【クラス】ライダー
【属性】秩序・善
【隠し属性】人
【身長】184センチ
【体重】65キロ
【天敵】??????

【ステータス】
筋力:C 耐久:A 敏捷:E 魔力:E 幸運:A 宝具:EX

【コマンド】:AQQBB

【保有スキル】
〇海上のカリスマ:C
味方全体の攻撃力アップおよび防御力アップ(3ターン)

〇ティータイムは船上で:A
味方全体のNPを増やす。及びHPを回復

〇義務を果たしたまえ:B
自身に無敵付与(1ターン)。及び、味方全体の防御力アップ(3ターン)

【クラス別スキル】
〇騎乗:B
自身のクイックカードの性能をアップ。

【宝具】 
 ??????

【備考】

 海軍の軍服の上からサーコートを着た長身の男性。余裕を感じさせる態度を崩すことなく、たとえ戦場であっても、3時のお茶を欠かす事は無い。

 右腕と右眼を失い、隻腕隻眼となっている。


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第14話「海将」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 距離を開けたまま、互いの砲火が閃く。

 

 海上を疾駆する2隻の船の舷側から、次々と砲撃が撃ち鳴らされた。

 

 鳴り響く轟音。

 

 砲弾は、風を裂いて飛翔する。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)と戦列艦は、互いに同一進路を進みながら砲撃を行う「同航戦」の状態を維持して砲撃を続けている。

 

 放たれた弾丸が海面を叩き、水柱が瀑布となり、天を突き抜ける勢いで立ち上る。

 

 時折、互いの船に爆炎が躍る。

 

 しかし、両者ともにダメージを負った様子は無い。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は、先の改装でワイバーンの鱗を船体に貼り付けて防御力を高めている。その効果は今もって健在であり、命中する砲弾を弾き返している。

 

 一方の戦列艦はと言えば、

 

《やはりだめだね。黒髭の例があったからもしかするととは思っていたけど、あの船は敵の宝具だ。その証拠に、こちらの砲撃は全て弾き返されている》

「ああ、やっぱりそうだったか・・・・・・」

「フォウフォウッ」

 

 通信機から聞こえてきたロマニの声に返事をしながら、立香は戦闘の様子を見守っている。

 

 状況は千日手に近い。

 

 互いの砲撃は相手を傷付ける事叶わず、虚しく砲弾のみが浪費されていく。

 

 このまま距離を置いて砲撃を続けても、有効打は得られないだろう。

 

 となると、残る手段は一つ。

 

 すなわち、互いに主力サーヴァントを投入しての移乗白兵戦となる。

 

 しかし、

 

「やるね、敵の頭は」

「どうかしたのか?」

「フォウッ?」

 

 感心したように声を上げるドレイクに、立香とフォウが訝るように首を傾げる。

 

 対してドレイクは、口の端を釣り上げて笑いながら答える。

 

「連中、こっちの衝角(ラム)を警戒してやがる。さっきから、確実に一定の距離を保って、突撃させないようにしているのさ」

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)衝角(ラム)戦を仕掛けるには、戦列艦に向かって船首を向けるように転舵し、一定時間直進する必要がある。

 

 しかし、ガレオン船や戦列艦のように砲塔が固定されている船は、前方火力が極端に低い。突撃中は、ほぼ無防備に近い状態となってしまうのだ。

 

 対して、敵はその間、片舷の全火力を集中できる為、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は一方的に撃たれ続ける事になる。

 

 その為、衝角(ラム)戦を仕掛ける為には、互いの距離をある程度詰める必要があるのだ。

 

 戦列艦を操るライダーは、その事が判っている為、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)と距離を置いて、砲撃戦を展開しているのだ。

 

 と、

 

「ん、立香、立香」

「うん、どうした響?」

「フォウッ ンキュッ」

 

 不意に、アサシンの少年から袖をクイクイッと引かれ振り返る立香。

 

 その間にフォウは、響の頭によじ登る。

 

 対して響は、視線の先の戦列艦を見ながら言った。

 

「も少し、距離詰めて」

 

 言いながら、響は刀の鯉口を切る。

 

「乗り移って、かく乱する」

 

 

 

 

 

 一方、戦列艦の方でも、自分たちの火力が黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に対して、効果を上げていない事に気が付いていた。

 

 片舷だけで50門近い砲撃は、しかし自身よりはるかに小さなガレオン船に弾かれ、用を成していない。

 

 命中する砲弾は全て弾かれ、虚しく海に落下していた。

 

「成程。考えてみれば当然か。彼らは黒髭殿のアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)を打ち破っている。ならば、砲撃対策の1つや2つは施していると見てしかるべきだな」

 

 自身と激しく撃ち合う黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を見やりながら、ライダーは感心したように呟く。

 

 その間にも、飛んできた砲弾が立てる水柱が、瀑布となって崩れ落ちる。

 

 時折、舷側を砲弾が叩くが問題は無い。全て弾き返していた。

 

 当然だが、ダメージは無い。この点に関して、ライダーは自分の船に絶対の自信を持っていた。

 

 勿論、戦列艦が放つ砲撃も同様なのだが。

 

 砲門数が多いので見た目こそ派手だが、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に対して、まったくダメージは与えられていなかった。

 

「さて、このままお互いに、ただ砲弾を浪費しただけで終わる事になるだろうが・・・・・・」

 

 言っている間に、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が、更なる砲撃を行うのが見える。

 

 どうやら向こうも、諦める気は無いようだ。

 

「しかし、相手は大英帝国が誇る伝説の海賊、フランシス・ドレイク。このままで終わるはずはない、か」

 

 その時だった。

 

「提督ッ 敵船の動きありッ 僅かに距離を詰めてきている模様!!」

衝角(ラム)戦を仕掛けるつもりか?」

 

 見張り員の報告に呟きで答えながら、ライダーは取り出した望遠鏡を左目に当てる。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が戦列艦にダメージを与える為には、衝角(それ)以外に手段は無い。

 

 もし、ドレイクが衝角(ラム)戦を挑んでくるならば、ライダーは宝具の真名解放で応じる以外に無いのだが。

 

 もっとも、そう簡単に相手の思惑に乗ってやるつもりは、ライダーにはない。

 

 先程から、巧みに操艦を行い、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を近付けさせないでいる。

 

 一定以上、距離を詰めさせる気は無い。

 

 もし、ドレイクが勝ちを焦って突撃してくるつもりなら、その時は一斉射撃で仕留めるつもりだった。

 

 だが、

 

 次いでもたらされた報告は、ライダーすら予想だにしなかった物であった。

 

「提督ッ!!」

 

 見張り員から、再度の報告が入る。

 

「敵兵が1人、空中を走って、こちらに向かってきます!!」

「何だと?」

 

 訝るように、望遠鏡を向けるライダー。

 

 両船の砲撃が上げる水柱によって、攪拌される海面。

 

 その上を、

 

 確かに、

 

 空中を駆けながらこちらに向かってくる、浅葱色の羽織を着た少年の姿があった。

 

「・・・・・・・・・・・・何とッ」

 

 流石に、驚かされる光景だ。

 

 どちらかと言えば「開いた口が塞がらない」とでも言うべきか?

 

 何れにせよ、立ち上る水柱を物ともせず、暗殺者の少年は真っ直ぐに空中を走ってくる。

 

「勇敢だ・・・・・・しかし愚かだな」

 

 感心したように告げると、ライダーは背後を振り返る。

 

「狙撃用意ッ 目標、接近中のサーヴァント!!」

 

 

 

 

 

 足底が、確かに硬い足場を捉えて、体を前に蹴り出す。

 

 強烈なまでの疾走感。

 

 吹き上げる水柱を物ともせず、響は空中を跳躍する。

 

 果たして、空中を駆けて来るなど、予想し得た者がいただろうか?

 

 魔術で空中に足場を作りながら駆ける響。

 

 この戦術は生前に学んだ方法だが、主に戦闘補助に用いる事が常だ。

 

 響は基本的に空は飛べないが、この方法を使えば、限定的ながら空中戦が可能となる。

 

 とは言え、魔術は元々、それ程得意と言う訳ではない。このやり方で跳べる回数にも限りがある。

 

 「生前の友達」なら、もっと上手にできたのだが、響の能力ではせいぜい、連続して数回の魔術行使が限界である。

 

 もっとも、補う手段はある。

 

 魔術回路をフル稼働。

 

 足裏に足場を作りながら、更に空中を疾走する響。

 

 同時に、強烈なまでの加速が、小さな体を締め付ける。

 

 足りない飛距離は、サーヴァントの身体能力で補う。

 

 と、

 

 空中を走る響の視界に、戦列艦の甲板で複数の銃口が光るのが見えた。

 

 ライフルを構え、狙いを定める複数の兵士達。

 

 響の接近に気付いたライダーが、甲板に狙撃兵を配置したのだ。

 

 銃口が、響を睨む。

 

 この移動方法は、急激な方向転換ができない。まっすぐ進む今の響は、狙撃手にとって良い的でしかない。

 

 狙撃手が引き金を絞ろうとした。

 

 次の瞬間、

 

 響の後方から飛来した矢が少年を追い抜き、戦列艦の甲板上に立つ狙撃手を次々と射抜いた。

 

 振り返らずとも、何があったかは分かる。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の甲板には、弓を構えたクロエとアルテミスの姿がある。2人が、響を援護してくれているのだ。

 

 姉たちの援護を背に、戦列艦に迫る響。

 

 最後の跳躍。

 

 空中の足場を蹴り、高い舷側を駆け上がる。

 

 踊り込むと同時に抜刀。

 

「んッ!!」

 

 横薙ぎの一閃

 

 手前にいた狙撃手を、出会いざまに斬り捨てる。

 

 慌てた狙撃手が、銃口を向けようとしてくる。

 

 しかし、

 

「遅いッ」

 

 低く呟きながら甲板上を疾走。

 

 すり抜け様に刀を振るい、次々と狙撃手を切り倒す。

 

 響の侵入に気付いたのだろう。水兵たちが次々と群がってくるのが見える。

 

 めいめいバラバラの恰好をして、纏まりがなかった海賊たちと違い、全員のセイラ―の服装を着た、れっきとした軍人たちである。

 

 その動きにも統率した物が見られる。

 

 銃を構えて援護に入る者、ナイフや斧を手に取り囲む者。役割分担がしっかりされている。

 

 響を包囲して、一気に押しつぶそうとしているのかもしれない。

 

 その時だった。

 

「ッ!?」

 

 突然の殺気に、とっさに身を翻す響。

 

 次の瞬間、

 

 突き込まれた刃が、ギラリと反射して響の鼻先を霞める。

 

 間一髪。回避が早かった為、刃は響を捉える事は無い。

 

 だが、

 

 そこへ更なる追撃が入る。

 

 剣閃は、更に響を追い詰めるべく繰り出される。

 

 対抗するように、刀を振るう響き。

 

 互いの刃が空中でぶつかり合い、弾かれたように後退する両者。

 

「やれやれ、困ったものだ」

 

 落ち着いた口調で語り掛ける男。

 

 軍服の上からサーコートを羽織り、身なりをきちっと整えた端正な顔立ちをしている。

 

 やはり、潰れた右目と、中身を無くして風に靡く右袖が目を引く。

 

「子供とは言え、無賃乗船はお断りなのだがね」

 

 海の男らしからぬ雰囲気を纏ったその男は、黒髭海賊団との戦闘の際に、この戦列艦で乱入してきた男。

 

 すなわち、この戦列艦の持ち主であるサーヴァント、ライダーと言う訳だ。

 

「速やかに、下船願おうか、少年?」

「関係ない。すぐ降りるから」

 

 言いながら、刀の切っ先を向けて構える響。

 

「全員、斬ってから」

 

 その言葉に、

 

 ライダー以外の全員が息を呑むのが判る。

 

 皆、気付いているのだ。

 

 たとえ形は小さくても、目の前の少年が自分達とは次元の違う存在であると言う事を。

 

 ライダーだけは、流石に動じた様子は無い。

 

「ならば、強制的に出て行ってもらおうか」

 

 静かに言い放つと、ライダーは腰の剣を抜き放つ。

 

 身の細い、サーベルタイプの剣だ。

 

 大多数の兵士が銃を装備し、接近戦を主眼にしている兵士も取り回しの利くナイフや、殺傷力の高い斧で武装している中、長剣を装備しているのは異色と言える。

 

 古来より、戦場に置いて兵士が威力の高い武器を装備するのは当然の事である。

 

 近代であるならば威力の高いマシンガンやアサルトライフルが主流となっているし、古代においては剣よりも槍を装備するのが普通だった。

 

 因みに意外に思うかもしれないが、日本の戦国時代においても、戦場の主役は槍・弓、鉄砲であり、刀は脇役の武器でしかなかった。

 

 日本の合戦史で日本刀が戦場の主役になったのは、実は幕末になってからの話である。

 

 そんな中で、指揮官だけは威力の低い剣や、拳銃を装備している。

 

 これは、それらの武器が身を守るための最後の道具であると同時に、その取り回しの良さから、部下将兵が反乱を起こしたときに、即座に処断する事が出来る為、と言われている。

 

 すなわち、この集団の中にあって、剣を持っているこの男こそが、指揮官である何よりの証であった。

 

「フッ!!」

 

 短い呼吸と共に、甲板を蹴って前に出るライダー。

 

 間合いに入ると同時に、鋭い刺突を放つ。

 

 閃光のような刃。

 

 対抗するように、

 

 ライダーの一閃を、横なぎに振るう刀で払いのける響。

 

 互いの刃が激突し、火花が飛び散る。

 

 バックステップで後退する響。

 

 距離を置いてから、餓狼一閃で仕留める。

 

 そう考えたのだ。

 

 だが、

 

 響が間合いを取る前に、ライダーは斬り込んでくる。

 

 同時に、連続した刺突が、暗殺者の少年に襲い掛かった。

 

 速いッ!?

 

 連続で繰り出されるライダーの剣閃をかわしながら、響は思わず舌を巻く。

 

 左手一本しかないのに、ライダーの剣は重く、鋭く、そして速い。

 

 的確に響の急所を捉え、斬りかかってくる。

 

「このッ!?」

 

 対抗するように、刀を袈裟懸けに振るう響。

 

 しかし、ライダーはサーベルを鋭く振るい響の攻撃を払うと、返す刀でカウンターを放ってくる。

 

「どうした、少年ッ!! その程度で浮沈を誇りし我が艦を沈めようなどとは、お笑い種も良いところだぞ!!」

 

 言っている間にも、剣速を緩めずに斬り込んでくるライダー。

 

 サーベルは刀よりも細く、刺突向きの剣である。

 

 それ故、繰り出される剣閃は、まるで矢のように襲い掛かってくる。

 

 速く、しかも重い。

 

「んッ!?」

 

 舌打ちする響。

 

 反撃の機を掴めず、防戦に徹するしかない状況だ。

 

 このままでは埒が明かない。一旦、強引にでも仕切り直す必要がある。

 

「ハッ!!」

 

 気合と共に、刺突を繰り出すライダー。

 

 対して、

 

 響は、とっさに後方宙返りをしながら後退。

 

 着地と同時に刀を構え直し、追撃に備える。

 

 対して、ライダーは追撃を掛けず、サーベルを構えたまま、距離を置いて響と対峙する。

 

 強い。

 

 響はため息にも似た呼吸を繰り返しながらライダーを見やる。

 

 ライダーとは、何かしらの乗り物に騎乗して、初めて真価を発揮するクラスである。

 

 目の前の海軍提督風の男がライダーであるなら、宝具は間違いなく、この戦列艦と言う事になる。

 

 つまり、この場所は既に、ライダーに有利なフィールドと言う事になる。

 

 前提条件からして、響の不利は否めなかった。

 

「どうした、もう終わるかね?」

 

 サーベルの剣先を向けながら問いかけるライダー。

 

 同時に、他の水兵達も、武器を手に響への包囲網を狭めてくる。

 

 周囲を囲んで、逃げ道を塞ぐ算段なのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 低く呟く響。

 

 確かに、状況は絶体絶命。

 

 しかし、

 

「ん、そろそろ・・・・・・」

 

 響が呟いた。

 

 次の瞬間だった。

 

 突如、

 

 巨大な水柱が、戦列艦のすぐ脇から立ち上った。

 

 突然の事態に水兵達が驚き、右往左往とうろたえた様子が見られる。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)からの砲撃、ではない。

 

 現在、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は。戦列艦からいて右舷側を航行している。

 

 しかし水柱は、左舷のすぐ脇から発生している。砲撃ではありえなかった。

 

「ん、来た」

 

 短く呟く響。

 

 同時に、

 

 轟音と共に、何か巨大な物が、戦列艦の甲板に降り立った。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げる巨大な怪物。

 

 アステリオスだ。

 

 全身をずぶ濡れに濡らした巨雄は、手にした戦斧を振り翳し、深紅の凶眼を爛々と輝かせる。」

 

 その姿に、水兵達が恐怖におののく。

 

 対してライダーは視線をわずかに向け、2人目の「不遜な乗船者」を見据えると鼻を鳴らした。

 

「成程、ミノタウロスか・・・・・・君が派手に気を引いている内に、彼が海中から接近した訳か」

「ん、作戦通り」

 

 どや顔で返事をする響。

 

 響とて、サーヴァント複数がいる船に単騎で乗り込むほど無謀ではない。ましてか、今は黒髭海賊団との連戦で魔力も体力も万全とは言い難い。

 

 故に、自分が敵の目を引き付けている内に、アステリオスに泳いで反対側から接近してもらったのだ。

 

「なかなか面白い作戦だ。いや、こちらがしてやられた以上、素直に『見事』と言っておこうか」

 

 対して、ライダーは余裕の態度を崩さないまま告げる。

 

「が・・・・・・」

 

 剣先で、艦橋の上を指し示すライダー。

 

 その先に、響とアステリオスは視線を向ける。

 

「戦力を見誤るのは、敗戦への一里塚となるぞ」

 

 ライダーが指示した先。

 

 見上げる高さにある艦橋の上、

 

 そこには、

 

 大英雄ヘクトールが立っていた。

 

 腕には、後ろ手に縛られたエウリュアレを抱えて。

 

「アステリオス!! 響!!」

「えうりゅあれッ!!」

「エウエウ!!」

 

 必死に身を捩って、ヘクトールから逃れようとするエウリュアレ。

 

 しかし、大英雄相手に、か細い女神が腕力で敵うはずもなく、拘束は一向に緩む気配がない。

 

「おっと、動くんじゃないよ。おじさんにも手違いはあるからね。うっかり、この女神さまを殺しちまったら元も子もないし」

 

 そう言って、槍の穂先を喉元に突き付けるヘクトール。

 

 動きを止める、響とアステリオス。

 

 エウリュアレを人質に取られては、響達は手が出せない。

 

 ヘクトールからすれば、響達の目的がエウリュアレの奪還である事は判っているのだから、ならば彼女を人質にすれば、その動きを制するのは容易かった。

 

 大英雄にあるまじき卑劣な行為。

 

 しかし、ヘクトールはそもそも、劣勢なトロイア軍を率い、あらゆる手練手管でアカイア軍を追い詰めた人間。

 

 人質だろうがだまし討ちだろうが、勝利の為に手段を選ばないのは、ある意味で当たり前の事だった。

 

 しかし、

 

「えう・・・・・・りゅあれ・・・・・・」

 

 バーサーカーは、その深紅の凶眼でもって、自分の友達を捉えている大英雄を睨みつける。

 

「えう、りゅあれ!!」

「アステリオスッ」

 

 女神を取り戻すべく、咆哮と共に突進していくアステリオス。

 

 響の叫びも、狂戦士には届いていない。

 

 エウリュアレを取り戻す。

 

 それ以外の事は、今のアステリオスには無かった。

 

 一方、ヘクトールは、自身に向かって致死量の殺気を振り翳すアステリオスを、苦笑交じりに睨みつける。

 

「まあ、言って止まればバーサーカーじゃないよね」

「当たり前でしょ。死ぬわよ、あなた」

 

 腕の中のエウリュアレが、ヘクトールを睨みながら嘯く。

 

 確かに、

 

 いかに大英雄と言えど、怪物ミノタウロスを相手にしては、聊か分が悪いと言わざるを得ない。

 

「なら・・・・・・」

「え?」

 

 戸惑うエウリュアレを他所に、腕に力を籠めるヘクトール。

 

 次の瞬間、

 

「こうするさ!!」

「キャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 悲鳴と共に、宙を舞うエウリュアレの体。

 

 ヘクトールが、膂力に任せて彼女を放り投げたのだ。

 

 エウリュアレの姿は放物線を描いて空中を踊る。

 

 その姿に、気を取られるアステリオス。

 

「えうりゅあれ!!」

 

 とっさに受け止めようと、戦斧を投げ捨てて身構えるアステリオス。

 

 だが、次の瞬間、

 

 

 

 

 

 アステリオスの胸に、1枚の呪符が張り付いた。

 

 

 

 

 

 途端に、巨雄の姿は炎に包まれて炎上した。

 

 苦悶の咆哮を上げる狂戦士。

 

 炎はあっという間に燃え広がり、アステリオスを呑み込んでしまう。

 

「アステリオス!!」

 

 空中のエウリュアレが悲鳴を上げる中、アステリオスは完全に炎に包まれてしまう。

 

 その姿を、ヘクトールは肩を竦めて眺める。

 

「ま、所詮は獣と一緒。食いつきそうなエサを撒いてやれば、この通りさ」

「いばって、言わないで・・・・・・あなただけの手柄じゃ、ない」

 

 背後からの気だるげな声に、首だけ振り返るヘクトール。

 

 そこには、面倒くさそうな眼差しで佇む、ボロボロの巫女服を纏った女キャスターが佇んでいた。

 

 その手には、1枚の札が握られている。

 

 どうやら、アステリオスを火あぶりにした呪符を投げたのは、彼女であったらしい。

 

 その間にも、落下するエウリュアレ。

 

 硬い甲板に叩きつけられれば、いかにサーヴァントと言えどもダメージは免れない。

 

 エウリュアレが甲板に落下しようとした。

 

 次の瞬間、

 

 間一髪、

 

 割って入った小さな影が、少女を抱き留める。

 

「ん、エウエウ、無事か?」

「ひ、響、ありがとう・・・・・・」

 

 礼を言うエウリュアレ。

 

 外傷は無い。どうやら、捕まっていた間は、特に狼藉はされなかったようだ。

 

 しかし、

 

「それで、これからどうするの?」

 

 響の腕の中で、周囲を見回しながら訪ねるエウリュアレ。

 

 敵はサーヴァント3騎。ヘクトールに、真名不明のライダーとキャスター。

 

 それに、雑魚とは言え水兵が数十人。

 

 加えて、ここは敵艦の甲板上。逃げ場は少ない。

 

 味方のアステリオスは、キャスターの奇襲で戦闘不能。炎は消えているが、ダメージはかなり入っており、少なくとも暫くは動けない

 

「・・・・・・考えてなかった」

「馬鹿」

「ん、馬鹿って言った方が馬鹿」

 

 などと子供じみたやり取りをしている間にも、包囲網は狭まってくる。

 

「ん、どうする? いやマジで」

「突っ込むんなら、考えてから突っ込んできなさいよ」

 

 どうやら、響にしろアステリオスにしろ、エウリュアレを救出する事ばかりに気が行き、その後どうするか、までは考えていなかったらしい。

 

 そんな無謀な仲間達の態度に、助けられる側のはずのエウリュアレは、唯々呆れかえるのみだった。

 

 次の瞬間だった。

 

「んんッ!?」

「ひびき?」

「ど、どうしたの、急に!?」

 

 突如、声を上げた響に、アステリオスとエウリュアレが訝るように尋ねた。

 

 だが、

 

 2人の声にもこたえられないほど、響は自分の中で起こった突然の変化に戸惑っていた。

 

「こ、これは!?」

 

 事態はさらに進むのを感じる。

 

 響本人を置き去りにする形で。

 

 しかし、それも無理からぬこと。

 

 なぜなら、

 

 これは本質的に「そう言う物」である、と言う事を、響は知っていた。

 

 

 

 

 

 事態進行の本質は、並走する黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)で起きていた。

 

 右手を掲げる少女。

 

 その体から、魔力の奔流が溢れているのが判る。

 

 凛果は光り輝く右手を体の前に翳す。

 

「藤丸凛果が令呪を持って、アサシン、衛宮響に命ずる!!」

 

 輝きが一気に増し、少女は完全に光の中へと包まれる。

 

 令呪。

 

 聖杯戦争中、マスターが3回のみ行使できる、サーヴァントに対する強制命令権。

 

 使えば、「魔術」の域を超え、「魔法」に近い奇跡すら起こす事が出来る、破格のアドバンテージ。

 

 カルデアの魔力供給により、帰還すれば補充は可能になったとはいえ、1度のレイシフトで使用可能な回数は3回と言う事に変わりはない。

 

 その貴重な1画を、凛果はここで切ったのだ。

 

「2人を連れて戻って!!」

 

 

 

 

 

 体が、自分の意思に寄らず、強制的に動かされる。

 

 溢れる魔力は、既に少年の臨海値を超えている。

 

 すぐに気付く。

 

 凛果が、令呪を行使したのだと。

 

 今なら、

 

 そう、今なら何でもできる気さえした。

 

「エウエウッ アステリオス!!」

 

 響は叫びながら、右手でエウリュアレの腕を取り、左手でアステリオスに触れる。

 

 次の瞬間、

 

 3人の姿は、一瞬の閃光に包まれ、戦列艦の甲板から消え去ってしまった。

 

「ありゃッ しまった」

 

 様子を見ていたヘクトールが、ばつが悪そうに頭を掻く。

 

 彼等もサーヴァントである。何が起こったのかは一目瞭然だった。

 

「ふむ、令呪か。やはり、聖杯戦争において、マスターの存在と言うのは無視できんな。キングの有無で、戦局は簡単に逆転してしまう」

 

 ライダーは言いながら、手にしたサーベルを鞘に納める。

 

 マスターと言う存在は、ともすれば足を引っ張る要因にもなりかねないが、いざと言う局面においては状況打破の切り札にもなり得る。

 

 その差が、今回現れた形である。

 

「追撃を、提督」

「無論だ。しかし・・・・・・・・・・・・」

 

 ヘクトールに頷きを返しながら、ライダーはサーコートの懐から懐中時計を取り出す。

 

 時刻を確認すると、口の端に笑みを浮かべた。

 

「心配せずとも、もう間もなく、状況は再び逆転するだろうさ」

 

 

 

 

 

 一方、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)では、

 

 令呪の行使によって帰還した響、アステリオス、エウリュアレが、甲板に座り込むんでいた。

 

 奇襲から撤退まで、殆ど一気に行った為、疲労が一気に襲ってくる。

 

 とは言え、

 

「みんな、無事かッ!?」

「ん、何とか・・・・・・」

 

 駆け付けた立香に、手を上げて応じる響。

 

 実際のところ、疲労はあるが動けないほどではない。魔力の消費も、移動中の足場を作ったくらいなので、最低限に抑えられている。

 

 もう一戦、いけない事も無いだろう。

 

「ん、それより、アステリオス」

「ああ、そうだな」

 

 蹲るアステリオスに、エウリュアレが寄り添っているの。

 

 その巨体は全身やけどに覆われ、キャスターの攻撃のすさまじさを物語っていた。

 

「まったくあなたは、またこんな無茶をしてッ!!」

「うう・・・・・・えう、りゅあれ・・・・・・」

 

 小さな友人の叱るような呼びかけに、どうにか振り返るアステリオス。

 

 この巨雄に、一撃でここまでの深手を負わせるとは。

 

 名も知らぬキャスターの実力には、戦慄を禁じえなかった。

 

「でも・・・・・・・・・・・・」

 

 アステリオスは、エウリュアレを真っすぐに見据える。

 

 怪物らしからぬ澄んだ瞳が、女神と見つめ合う。

 

「えうりゅあれ、たすけること、できた。だから、いい」

「もうッ」

 

 呆れたと言わんばかりに嘆息するエウリュアレ。

 

 しかし、怒りながらも、女神の顔には笑顔が浮かべられている。

 

 生前(と言って良いのかどうかは不明だが)、エウリュアレの味方は姉のステンノ、そして妹のメドゥーサしかいなかった。

 

 本来なら、人間に崇められ、最後には辱められる事を運命づけられていた、非力な女神たち。

 

 1人だけ戦う力を得てしまった末妹のメドゥーサは、最後にはその身を怪物に変じてまで、姉達を守ろうとした。

 

 誰も守ってくれなかったエウリュアレ。

 

 だが、そんな彼女を、命がけで助けに来てくれたアステリオスや響達。

 

 その事が、少女にはひどく嬉しかったのだ。

 

「アステリオス、待ってろ。今、回復してやるからな」

「あり、がとう」

 

 礼装の魔術を起動し、アステリオスの傷の回復を始める立香。

 

 礼装の機能では、傷を完全に治す事は出来ないが、それでもダメージの軽減にはなるはずだった。

 

 その傍らでは、もう1人のマスターが、サーヴァントから苦言を呈されていた。

 

「ん、いきなり令呪使うから、びっくりした」

「あはは、まあ、緊急事態だったしさ」

 

 響に言われて、凛果は頬を掻く。

 

 その右手にあるはずの令呪は、一画が欠けていた。

 

 響が言った通り、先程の令呪行使は事前に取り決めていたわけではない。とっさの判断で凛果が行った事である。

 

「それに、いつだったか響、いきなり宝具使った事あったでしょ。あの時のお返しだよ」

「・・・・・・・・・・・・あー」

 

 言われて、フランスでの事を思い出す。

 

 確かに、オルレアンでの最終決戦時、響は勝手に宝具を開帳し、あとで凛果にこっぴどく叱られたのだ。

 

「ん、凛果は根に持つタイプ。きっと嫁に行けない」

「響―? ウメボシとゲンコツ、どっちが良い?」

 

 などと言う主従コントはさておき、

 

 エウリュアレの奪回には成功した。

 

 ならば、長居は無用だった。

 

「ようしッ 野郎ども、ずらかるよっ!! 最大戦速、面舵一杯ッ!!」

 

 ドレイクの号令に応え、船は右へ回頭を始める。

 

 目的を達した以上、速やかに引き上げる。

 

 必要なら留まって徹底的に戦うが、少なくとも今はその時ではない。

 

 逃げる時は逃げる。

 

 海賊とはそういう物だ。

 

 回答しながら速度を上げ、戦列艦から遠ざかり始める黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 このまま、逃げ切れるか?

 

 そう思った。

 

 その時だった。

 

「ドレイク!!」

 

 喧騒の中、周囲を見張っていたクロエの声が響き渡る。

 

「右舷より、近付いてくる船があるわよ!!」

「あんッ? 何だって?」

 

 言われて、振り返るドレイク。

 

 果たして、

 

 そこには、

 

 戦列艦よりも、更に巨大な船が、高速で接近してくる様子が見られた。

 

「何だッ あいつはッ!?」

 

 叫ぶドレイク。

 

 それと同時に、巨大な船は勢い良く突っ込んでくるのだった。

 

 

 

 

 

第14話「海将」      終わり

 




今更ながら、

今回のクリスマスイベは「キン肉マン」だったな、とか思っている。
て事は、ブラダマンテはキン肉マン、ケツァル・サンタはテリーマンあたりだろうか?

まあ、面白かったから良いけど。


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第15話「伝説の勇者の船」

 

 

 

 

 

 

 

 

 大型船は、高速で突っ込んでくると、戦列艦と黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の間に割り込んでくる。

 

 大きい。

 

 その巨体ときたら、戦列艦よりも更に一回り大きいくらいだ。

 

 それでいて、造りは古めかしい。

 

 弓形に反った船体の中央に巨大なマスト。帆は帆走用の物が1枚きり。舷側からは手漕ぎ用の櫂が多数、突き出ている。

 

 大きさはともかく、形的には船と言うより、ヨットのように見える。あるいは、ガレオン船より更に前に、多くの国々で使用されていた「ガレー船」が近いだろうか。

 

 いずれにしても、この大きさは異様だった。

 

「くそッ 突っ込んでくる気かいッ!? 砲撃用意!! 準備出来次第、砲撃開始!!」

 

 殆ど怒鳴るようなドレイクの命令が飛ぶ中、砲撃準備を整えた黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が、舷側に備えた砲門から一斉に火焔を吹き出す。

 

 あらゆる物をかみ砕くような破壊の炎。

 

 しかし、

 

 放たれた砲弾は、凹型戦に命中すると同時に、けんもほろろに弾き返された。

 

「ダメです姉御!! やっぱり効果がありやせん!!」

「チクショウッ どいつもこいつも、化け物みたいな船持ってきやがって!!」

 

 ボンベからの報告に、舌打ちするドレイク。

 

 その間にも、大型船は急速に接近してくる。

 

 速い。

 

 あれだけの大型船にも関わらず、そのスピードは黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)よりも速い。

 

 既に両者は、指呼の間に迫っている。

 

「面舵ッ!! 減速一杯ッ 急げ!!」

 

 殆ど悲鳴に近いドレイクの命令。

 

 同時に黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は舵を大きく切り、右に旋回を始める。

 

 砲撃が効かないなら、衝突回避の為によけなくてはならない。

 

 だが、風任せの帆船では、急に速度は変えられない。加えて黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は小型とは言え、排水量300トンのガレオン船である。急に止まる事は不可能だった。

 

 謎の船の舷側が、あっという間に迫ってくる。

 

 最早、衝突を回避できる距離ではない。

 

「総員ッ 対ショック姿勢ッ ぶつかるよ!!」

 

 ドレイクの言葉に、全員が何か手近な物に掴まる。

 

 巨大な船同士の激突だ。その衝撃は半端な物ではないだろう。

 

 やがて、

 

 互いの船は、轟音を上げて激突した。

 

 フルスピードに近い形で突っ込んだ黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の甲板では、殆どの人間が甲板上に投げだされている。

 

 それは、立香達も例外ではない。

 

 余りの衝撃に、立っている事も出来ずに甲板を転がる。

 

 立香も、凛果も、それどころか、マシュ、響、美遊と行ったサーヴァント達ですら、立っている事が出来ず、甲板に投げ出される。

 

 そんな中、だた1人、

 

 フランシス・ドレイクだけは微動だにせず、甲板に立ち尽くしていた。

 

 視線は真っすぐに、自分の船に突っ込んで来た敵船を睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)と激突した方の巨大船では、船長を務めるイアソン達が、見下ろすような形で眺めていた。

 

 気分が高揚する。

 

 無理も無い。

 

 彼の夢。彼の夢想が、間もなく手に入る所に来ているのだから。

 

「ようしッ 良いぞ良いぞッ ついに非道な悪党どもに、この私が正義の鉄槌を下してやる時が来たのだッ!!」

 

 意気揚々と声を上げるイアソン。

 

 同時に背後を振り返って叫んだ。

 

「挨拶代わりだッ 雑魚共にお前の力を見せつけてやれッ ヘラクレス!!」

 

 颯爽と手を振るイアソン。

 

 次の瞬間、

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)目がけて、巨大な岩が投げつけられた。

 

 信じられないような光景だ。

 

 人間の大きさを遥かに超える巨大な岩が、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)目がけて振ってくるではないかッ

 

「危ないッ 先輩方、下がってください!!」

「マシュ、頼む!!」

 

 頭上から迫りくる巨岩を目にして、とっさに、盾を掲げて防ごうとするマシュ。

 

 同時に、立香が魔術回路を起動させ、マシュに魔力を送り込む。

 

 だが、

 

「どけ、ぼくが、やる!!」

 

 その前に巨大な影が躍り出る。

 

 アステリオスだ。

 

 先の一戦で、キャスターからの奇襲を受けていた彼だが、どうやら動ける程度には回復したらしい。

 

 マシュが盾で防ぐよりも、アステリオスが受け止めた方が安全なのは確かであるが。

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 飛んで来る岩を、雄叫びと共に受け止めるアステリオス。

 

 巨体のバネを存分に活かし、落下してきた岩を受け止める。

 

 一瞬、膝がたわむ。

 

 しかし、

 

 アステリオスは見事、投げられた岩を受け止めて見せたのだ。

 

「オォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 そのまま体を思いっきり捻り、大岩を海へと投げ捨てるアステリオス。

 

 巨大な水柱が舷側から上がり、巨岩は海中へと没する。

 

 その様子を甲板から眺めていたイアソンは、不快気に首を傾げる。

 

「何だ、あの変なのは? 獣人?」

「ああ、あの方は、アステリオス様ですね。別名でミノタウロスとも言い、人と神獣との間に生まれた悲劇の子です」

 

 訝るイアソンに、傍らに立ったメディアが解説する。

 

 そこで思い至ったのだろう。イアソンも「ああ」と、納得したように頷く。

 

 だが、

 

 次いで浮かべたのは、明らかな侮蔑の笑みだった。

 

「何だ、人間の出来損ないじゃないかッ 英雄に倒される運命を背負った滑稽な生き物かッ そんな化け物に頼らなきゃいけないとは、どうやら向こうの人材不足は深刻らしいな!!」

 

 アステリオスに対する嘲りを隠そうともせず、高笑いを上げるイアソン。

 

 次いで、戦列艦の方へと目を向けた。

 

「さて、ヘクトール、随分と苦戦しているようだが、助けがいるかい?」

「ええ、キャプテン。お恥ずかしいことながら、手を貸してくれると助かりますなー」

 

 呼びかけるイアソンに対し、飄々とした態度で答えるヘクトール。

 

 戦力的に劣っている訳ではないが、やはりサーヴァントの数が足りない。そこに来て、イアソン達の合流は、ヘクトール達にとっては文字通り渡りに船だった。

 

 大英雄の言葉に、ニヤリと笑うイアソン。

 

 聖杯に女神。

 

 ここには今、彼が求める物が揃っている。

 

 そして、それを手に入れるだけの力もある。

 

 ならば、戦いを躊躇う理由は無かった。

 

「よしッ ならば、ここで決着と行こうじゃないかッ」

 

 どこか芝居掛かった口調と共に、イアソンは黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を見やって言い放つ。

 

「君達、世界を修正しようとする邪悪な軍団と、我々、世界を正しくあろうとす正義の英雄達ッ 聖杯戦争に相応しい幕引きだッ!!」

 

 勝手な事をのたまうイアソン。

 

 しかし、それに対して言葉を返す余裕は、立香達には無かった。

 

 突如、

 

 巨大船から乗り移ってくる、巨大な影。

 

 轟音と共に甲板に降り立つ。

 

「あッ・・・・・・・・・」

「あれはッ!?」

 

 ゆっくりと、

 

 立ち上がる、

 

 その姿。

 

 あの時の、恐怖が蘇る。

 

 忘れもしない。

 

 あれは、特異点Fでの終盤。

 

 圧倒的な力でもって襲い掛かって来た巨雄。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮と共に、凶眼が光る。

 

 圧倒的な存在感でもって、全てを圧倒する。

 

「さあ、やれヘラクレスッ 邪悪な連中を皆殺しにするんだ!!」

 

 イアソンの命令と共に、

 

 ヘラクレスは、巨大な斧剣を振り上げた。

 

「来るぞッ マシュ!!」

「了解です先輩!! マシュ・キリエライト、迎撃します!!」

 

 立香の指示を受けて、前に出るマシュ。

 

 目の前に迫る、巨大な英雄。

 

 息を呑むマシュ。

 

 幾度かの旅と、幾多の戦いを経て多くの経験を積んだとはいえ、未だにあの時の記憶はまざまざと残っている。

 

 ギリシャの大英雄ヘラクレス。

 

 その武勇と伝説は比類なく、

 

 大凡「英霊」と言うカテゴリの中に置いて、究極の一角に位置している存在。

 

 響、美遊、マシュの3人で掛かっても倒しきる事は出来ず、最後はアーチャーを犠牲にして、ようやく撤退できたことは、今でも苦い経験として残っている。

 

 しかも、それだけではない。

 

 特異点Fで対峙した時のヘラクレスは、シャドウ・サーヴァント化しており、戦力は大幅にダウンしていたのに対し、今目の前にいるヘラクレスは、英霊として完全に近い姿で目の前に立ちはだかっている。

 

 その戦力たるや、先の戦いの比ではない。

 

「真名、疑似登録ッ 展開します!! 人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

 宝具を展開するマシュ。

 

 そこへ、振り下ろされる斧剣。

 

 次の瞬間、

 

 展開された障壁越しに、凄まじい衝撃がマシュに襲い掛かる。

 

「クッ!?」

 

 苦痛に顔を歪めるマシュ。

 

 ヘラクレスは、何か宝具を使ったわけではない。それどころか、ただ斧剣を振り下ろしただけだ。

 

 ただそれだけで、宝具を展開するマシュにダメージを与えてくる。

 

 それでも、

 

 マシュは倒れない。

 

 手にした盾をしっかりと掲げ続ける。

 

 盾持ち(シールダー)である自分は、皆の最後の切り札。自分が落ちれば味方は全滅する。

 

 ならばこそ、マシュは立ち続け、盾を掲げなければならない。

 

 しかし、

 

 一撃でマシュの盾は砕けないと判ったヘラクレスは、更に二撃、三撃と、続けて斧剣を振るってくる。

 

 その度に障壁は歪み、マシュの魔力は削り取られる。

 

 このままでは、障壁が破られるのも時間に問題だった。

 

 次の瞬間、

 

 マシュの頭上を飛び越えるようにして、白い少女が剣を振り翳した。

 

「美遊さんッ!!」

「マシュさんッ あとは私が!!」

 

 マシュが声を上げる中、

 

 美遊は剣を掲げて、ヘラクレスに真っ向から斬りかかる。

 

 同時に、限界を迎えていたマシュの宝具は解除される。

 

 膝を突くマシュ。

 

「マシュ、大丈夫かッ!?」

「は、はい、先輩ッ 私は、まだいけます」

 

 駆け寄って来た立香が回復魔術を掛ける中、マシュは気丈に応える。

 

 とは言え疲労は、少女の全身を容赦なく覆いつくす。

 

 根こそぎ奪われた体力が、全身を苛むようだ。

 

 そんな中でも、戦闘は続いていた。

 

 遮るものの無い中、

 

 美遊は司会に大英雄の巨体を捉え、剣の間合いへと斬り込む。

 

「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 輝きを伴って振り下ろされた剣閃は、

 

 しかし、

 

 一瞬速く、ヘラクレスが後退したため、空振りに終わる。

 

 その様子に、舌打ちする美遊。

 

「やっぱり、速いッ!?」

 

 特異点Fにおける対峙の時も思ったが、ヘラクレスは巨体のわりに素早い。

 

 ヘラクレスは美遊の攻撃を見切り、回避、あるいは防御を行っている。

 

 しかも、先の戦いで、大英雄は肉体自体が宝具である事は判っている。並の攻撃では弾かれてしまうのは目に見えていた。。

 

 厄介

 

 などと言う言葉では語りつくせない。

 

 むしろ「最悪」と言うべきだろう。

 

 美遊の頭の中で、最大級の警報が鳴り響き渡る。

 

 そこに来て更に、事態は悪化の一途を辿る。

 

 ヘラクレスに続くように、敵船から次々と敵の兵士が黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に乗り移ってくる。

 

 否、ただの兵士ではない。

 

 肉も皮も無く、全身が骨によって形成された体。

 

 竜牙兵(りゅうがへい)と呼ばれる、文字通り、竜の牙を触媒にした魔術で作り出した兵士達である。

 

 戦闘力は高くなく、せいぜい人間の兵士と同程度。

 

 しかし、素材さえあれば無限に作り出せ、尚且つ、人間と違い息切れもしない。まさに魔法のような兵士達である。

 

「さあ、行きなさい竜牙兵達。イアソン様に逆らう愚か者たちを、海に沈めるのです」

 

 竜牙兵を創り出したメディアの命令に従い、武器を振り翳して進撃を始める。

 

 彼らの武器もまた、竜の骨を削って作った簡素な剣や槍だが、その殺傷能力については、本物の武器と何ら変わりはない。

 

 何より、続々と数が増えていく状況は、船乗りとしては戦慄せざるを得ない。

 

 このままでは、重みで船が沈むのは必定だった。

 

 更に、それだけではない。

 

 戦列艦の方からも、敵兵が雪崩れ込んでくるのが見えた。

 

「とにかく、迎え撃つしかないね!! 野郎どもッ 一匹残らずたたき出してやんな!!」

 

 銃を構えながら叫ぶドレイク。

 

 同時に、海賊たちもまた、戦闘に突入していく。

 

 たちまち、船上では両陣営が入り乱れての大乱闘に発展する。

 

 しかし、今回はドレイク側の不利は否めなかった。

 

 黒髭海賊団との戦いでは、海賊の数では互角だったものの、サーヴァントの数はドレイク海賊団が勝っていた為、総合的な戦力では勝っていた。

 

 だが、今回は違う。

 

 兵数では劣っており、サーヴァントの数でもほぼ互角。

 

 更に敵にはヘラクレス、ヘクトールと言う二大英雄までいる。

 

 ドレイク海賊団の不利は明白だった。

 

「良いぞッ やれやれェ!! 皆殺しにしろォッ!! 正義は我にありだ!! 圧倒的な力で蹂躙するッ これこそが正義の醍醐味だッ!!」

 

 味方の奮戦を見て、喝采を上げるイアソン。

 

 後方にいる彼には、砲火は全くと言っていいほど飛んでこない。

 

 イアソンはただ、味方のサーヴァントや兵士が、敵を蹂躙する様を見ているだけ。

 

 言うならば、ボクシングやプロレスの試合をテレビで観戦しているような物だった。

 

 意気を上げる敵兵たち。

 

 対抗するように、マスト上に上がったアルテミスが、矢継ぎ早に狙撃を行う。

 

 たちまち、複数の敵兵がアルテミスの矢に貫かれると、悲鳴を上げて甲板に倒れるのが見えた。

 

 正確、かつ素早い狙撃。狩猟の女神の、面目躍如である。

 

 しかし、

 

「ん~・・・・・・」

 

 弓を引き絞りながら、アルテミスは珍しく難しい顔をしている。

 

 矢を放ち、迫ってきた敵兵を撃ち倒しながらも、視線は巨大船へと向けられていた。

 

「どうしたよ?」

「いや、もしかして、だけどね・・・・・・」

 

 相棒であり、想い人でもあるオリオンが怪訝そうに尋ねると、船を指差してアルテミスは言った。

 

「あれって、アルゴー船じゃない?」

「アルゴー船? ・・・・・・ああ、なるほどな」

 

 アルテミスの指摘に、合点がいったように、オリオンも頷く。

 

 アルゴー船とは、ギリシャ神話に記された、船大工アルゴスの手によって建造された巨大船である。

 

 伝説にある、黄金の羊の毛皮を手に入れる為、同船に集った英雄達。

 

 英雄たちは皆、一騎当千の勇士たちであり、その全てが後に伝説に語られるほどの存在となっている。

 

 その大部隊を総称して「アルゴナウタイ」と呼ばれる。

 

「って事は・・・・・・」

 

 オリオンは、船の上から良い気になって命令を飛ばしている若い男に目をやる。

 

「あいつは、船長のイアソンって訳か」

「うん、多分ね」

 

 オリオンの言葉に、頷きを返すアルテミス。

 

 アルゴナウタイは、当時のギリシャ中から勇者を募った部隊。

 

 すなわち、ギリシャ最強の戦闘集団と言っても過言ではない。

 

「何つーか、同じギリシャの英霊として、恥ずかしくなるくらいの屑っぷりだな~ 俺以上の屑は初めて見たよ。世界広いなー そしてギリシャ狭いなー」

「ダーリンはいつだって世界一だよ」

 

 揃って嘆息する、オリオンとアルテミス。

 

 だが、そうしている間にも、敵の流れは止まらない。

 

 仕方なく、再び弓を引き絞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドレイク海賊団VS戦列艦・アルゴー船連合軍。

 

 その戦いは当初から、海賊団側の劣勢で始まっていた。

 

 数では敵が圧倒的。更に質においても、大英雄2騎を有する敵の方が勝っている。

 

 加えて現在、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は戦列艦とアルゴー船に挟まれている状態にある。

 

 2方向から攻め込んでくる敵に対応しなければいけない状況は、地の利においても敵が勝っている事を意味している。

 

 正しく、絶対絶命の状況だった。

 

「圧倒的じゃないかッ いや、やっぱり正義と言うのは気持ちが良い物だな!! 悪党が無駄に足掻く様は見ていて気分が晴れると言う物さ!!」

 

 奮戦するドレイク海賊団の様子を見ながら、身勝手な高笑いを上げるイアソン。

 

 確かに、竜牙兵と戦列艦の水兵達は海賊たちを圧倒している。

 

 更に、サーヴァント戦においても、連合軍が優勢だ。

 

 ヘラクレスはマシュと美遊を圧倒し、クロエはヘクトールに抑えられている。

 

 アステリオスは、先のキャスターの攻撃から未だ立ち直れずにいる。

 

 アルテミスはマストの間を飛びあわりながら矢を放ち奮闘しているが、敵の数の多さに苦戦している様子だ。

 

 ドレイクたちも、竜牙兵の対応で手いっぱい。

 

 戦闘開始数分で、既にイアソン側の勝利は確定したような物だった。

 

 だが、とうのイアソンはと言えば、聊か不満げな様子だった。

 

「しかし、ヘラクレスにヘクトール、それに・・・・・・ライダーまでいて、あんなちっぽけな海賊どもを潰せないとは、思ったより不甲斐ないな、連中は」

 

 まったく。

 

 どうして思い通りに事が運ばないのか?

 

 決まっている。連中は馬鹿なのだ。

 

 ヘクトールも、ヘラクレスも、ライダーも、キャスターも、それに、

 

 チラッと、傍らにいるメディアに目を移す。

 

 この女も、みんなみんな、自分以外はどうしようもない馬鹿ばかりなのだ。だから、あんなクズみたいな連中に苦戦する。

 

 まったく、世の中馬鹿ばかりで困る。

 

「仕方ありませんわイアソン様」

 

 不満げな口調のイアソンを宥めるように、傍らのメディアが声を掛ける。

 

「相手は、かの有名なフランシス・ドレイク様。『星の開拓者』としての役割も担った大海賊が相手では、いかに我々アルゴナウタイと言えど、簡単にはいきません」

「フンッ 所詮はごろつきが寄せ集まって粋がっているだけの連中じゃないか。天下無双のアルゴナウタイに敵うはずが無いさッ」

 

 メディアの指摘に対し、余裕の態度で肩を竦めるイアソン。

 

 確かに、海賊団が徐々に押され始めているのは間違いない。

 

 このまま行けば、イアソン側が勝利するのは間違いないだろう。

 

 しかし、

 

 だからこそ、

 

 「暗殺者」が跳梁する余地が生まれると言う物だった。

 

「そこッ!?」

「う、うわァッ!?」

 

 振り向き様に、手にした錫杖を振るうメディア。

 

 その横で、イアソンが頭を抱え、震える目でメディアを見上げている。

 

「な、なな、何するんだ、め、メディアッ この《裏切りの魔女》めッ またしても、この私を裏切ると言うのかッ!?」

 

 いっそ哀れな程に狼狽しながら、口汚く少女を罵るイアソン。

 

 しかし、

 

 メディアは、そのようなイアソンには目もくれず、手にした錫杖を掲げ続けている。

 

「お下がりくださいイアソン様」

 

 硬い口調で告げるメディア。

 

「危険ですッ」

 

 鋭く告げたメディアの視界の先では果たして、

 

 今にもイアソンに刃を振り下ろそうとしている、暗殺者の姿があった。

 

 響は今、羽織を脱ぎ、黒い上衣に黒の短パン姿となっている。

 

 特性をセイバーからアサシンに戻す事で気配遮断を行い、奇襲の効果を上げる事を狙ったのだが、

 

「・・・・・・んッ」

 

 舌打ちする響。

 

 満を持しての奇襲攻撃はしかし、寸前でメディアに阻止されてしまった。

 

 アサシンの気配遮断スキルは、攻撃時には解除されてしまう。

 

 遮断から解除までの一瞬の間を、メディアは見逃さなかったのだ。

 

 奇襲失敗を悟り、後退する響。

 

 それと入れ替わるように、尻餅を突いていたイアソンが立ち上がり、響を指差す。

 

「フ・・・・・フハ・・・・・・フハハハハハハッ 思い知ったか小僧ッ 卑劣な不意打ちなど、正義を奉ずる我々には通用しないのだッ!!」

 

 自分で防いだわけでもないのに、さも得意げに語るイアソン。

 

 その前で、メディアが錫杖を掲げながら告げる。

 

「その通りですイアソン様ッ この私がいる限り、あなた様には指一本、触れさせはしませんッ」

「おお、流石はメディア。我が未来の妻。美しく、気高く、そして愛らしいッ 君ほど頼りになる存在を私は知らない」

「・・・・・・嬉しいです、イアソン様」

 

 頬を朱に染めるメディア。

 

 それにしても、つい先刻、声高に罵った相手に対し、この手のひらの返しようだ。

 

 それを、疑いもせず、受け入れるメディア。

 

 この2人の間にある、異常なまでのズレ。

 

 会話が明らかに噛み合っていないにもかかわらず、互いに関係が成立している異様さ。

 

 まるで、お互いに共に向き合いながら、全く別の方向を見ているような不自然。

 

 傍で見ていて不気味ですらある。

 

「さあ、メディア、奴らを八つ裂きにしてやるんだ。ちょうど、私の兄弟を殺した時のようにね。ああ、気にしなくて良いよ。私はちゃんと反省したからね。もう、君を裏切るような事はしないさ」

 

 笑いながら告げるイアソン。

 

 対して、メディアは不思議そうに小首をかしげる。

 

 だが、すぐに笑顔になる。

 

「はい、イアソン様。お任せください」

 

 そう告げるメディア。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・仕方ない」

 

 響は低く呟くと、再び「盟約の羽織」を呼び出して羽織る。

 

 奇襲が失敗した以上、作戦は正面戦闘に切り替えるしかない。

 

 錫杖を構え、魔力を集中するメディア。

 

 対抗するように、刀の切っ先を向ける響。

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に、攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

第15話「伝説の勇者の船」      終わり

 




闇鍋ガチャ

初鯖で大本命:3
同じく初鯖で本命:11
宝具強化狙い:8
合計22/43

5割強なら、狙わない手は無いかと。


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第16話「天狼ノ檻」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛んで来る魔力弾。

 

 無数に飛び散る光の弾丸が、容赦なく襲い来る。

 

 命を奪うに足る威力を秘めた閃光。

 

 視界を灼くように放たれる光の渦を、

 

 響は駆けながら、首を傾けて回避する。

 

 耳元で、微かに感じる焦げた感触。

 

 かすめた光弾が、僅かに髪を灼くのが判る。

 

 しかし、それも一瞬の事。

 

 駆け抜ける閃光を傍らに、少年暗殺者は足を止めない。

 

 メディアが放つ魔力弾は、響を捉える事無く、大気を駆け抜ける。

 

 更に放たれる魔力弾もまた、少年を捉えるには至らない。

 

 次の瞬間、

 

 暗殺者は、自らが倒すべき敵を、しかと見据える。

 

 己を加速させる響。

 

 一歩、

 

 二歩、

 

 三歩、

 

 音速まで加速した剣閃が狼の牙となり、食らい付く獲物を見据える。

 

「餓狼・・・・・・一閃!!」

 

 間合いに入ると同時に突き込まれる刃

 

 切っ先は、メディアの胸の中央に狙いを定める。

 

 対して、

 

「やらせません!!」

 

 響の突撃を前に、とっさに攻撃魔術をキャンセルするメディア。

 

 掲げた掌から魔力が迸る。

 

 少女の前面に展開される障壁。

 

 速い。

 

 術式キャンセルから再構成、そして障壁展開までのタイムラグが、ほぼゼロに等しい。

 

 メディアと言えば、ギリシャ神話に登場する稀代の魔女。

 

 コルキスの王女にして、夫の為に数々の人間をその手に掛け、更には自分の弟ですら殺した「裏切りの魔女」でもある。

 

 魔術師としての実力は、正にギリシャ随一と言っても過言ではない。

 

 そのメディアが作り出した障壁は、正に「城塞」と呼んでも差支えが無い硬度を誇っている。

 

 そこへ、

 

 一点に威力を集中させた少年の刃が、障壁を噛み破らんと襲い掛かる。

 

 激突する両者。

 

 たちまち閃光が走り、視界が白色に染まる。

 

 障壁にぶち当たって尚、響の剣は勢いを止めない。

 

「んッ!?」

「クゥっ!?」

 

 刃を突き込む響と、障壁を維持するメディア。

 

 共に、苦痛に顔を歪める。

 

 次の瞬間、

 

 響の突進を支えきれず、障壁が歪むのを感じる。

 

「ッ しまったッ!?」

 

 声を上げるメディア。

 

 しかし、もう遅い。

 

 一度崩壊が始まれば、あとは脆い。

 

 歪みは、切っ先を中心にして放射状に広がる。

 

 次の瞬間、

 

 異音を上げて砕け散った。

 

 威力を支えきれず、障壁は崩壊した。

 

 眉間を寄せて、舌打ちするメディア。

 

 対して、

 

 響もまた、舌打ちしつつ足を止めている。

 

 餓狼一閃は、メディアの障壁を破壊する事には成功したものの、魔術師にダメージを与えるまでには至らない。

 

 だが、

 

「ま、だッ!!」

 

 響もそこで終わる気は無い。

 

 すかさず、刀を返す。

 

 同時に、一歩踏み込みながら、メディアを追い詰める。

 

 下段から、地面すれすれを擦り上げるように駆けあがる一閃。

 

 致死の閃光は、

 

 しかし、とっさにメディアが後退した事で、彼女を捉えるには至らない。

 

「甘いですよッ!!」

 

 響の剣閃を回避しながら、メディアは右手を大きく前に突き出す。

 

 掌に収束した魔力が、再び弾丸となって響に襲い掛かる。

 

「その程度の攻撃で、私は倒せません!!」

 

 飛んで来る弾丸。

 

 対して、響は刀を振るい、飛んできた魔力弾を切り払う。

 

 響が防御に専念している隙に、メディアはイアソンの下へと降り立つと、彼を守るように錫杖を構え直した。

 

 そんなメディアに、イアソンが背に賭けれるようにしてしがみついて来た。

 

「お、おおおおいッ メディアッ は、は、早くッ 早く何とかしないかッ とっととあのクソガキを、私の大切な船から追い出すんだ!!」

 

 少女の背に隠れながら、イアソンが震える声でメディアをけしかける。

 

 どうやら、自分が前に出て戦う気は無いらしい。

 

「ご安心を、イアソン様ッ」

 

 言いながら、空中に魔術陣を描くメディア。

 

 かなり大掛かりな陣だが、メディアの手に掛かれば一瞬で組み上がる。

 

「イアソン様をお慕いする、このメディアが、このような訳の分からない英霊如きに、後れを取るはずがありません!!」

 

 解き放たれる魔術陣。

 

 放たれる極大の閃光が、響に襲い掛かる。

 

 凄まじい熱量だ。

 

 先程までの魔力弾が「弾丸」なら、今メディアが放った閃光は、正しく「砲撃」に相当する。

 

「んッ!?」

 

 流石に敵わないと見て、回避を選択する響。

 

 空中に跳び上がり、閃光をやり過ごす。

 

 だが、

 

「隙あり、ですッ!?」

 

 振り返れば、錫杖を構えるメディアが、真っ向から響を睨みつけている。

 

 その様子を見て、響は舌打ちする。

 

 自分が悪手を引いたのを、一瞬にして悟ったのだ。

 

 初めの攻撃は囮。メディアは響が回避するタイミングを待っていたのだ。

 

 放たれる魔力弾。

 

 その一撃を、刀を振るって弾く響。

 

 だが、メディアも動きを止めない。巡って来た最大限の好機につけ込む気なのだ。

 

 空中で激突する、響とメディア。

 

 響が振るう刃が、メディアの放つ魔力弾を、3発まで弾く。

 

 しかし、そこまでだった。

 

 4発目、5発目、6発目が、容赦なく響を直撃する。

 

「うぐッ!?」

 

 バランスを崩した響が、ついにアルゴー船から弾き飛ばされる。

 

 その様子を見ていたイアソンが、手を叩いて喝采を上げる。

 

「よーしっ よくやってくれた。流石は我が未来の妻だッ あのような卑怯者のガキに敗けるはずが無いな!! まったくもって君は素晴らしい!! 英雄の賢妻はこうあらなくてはならない!!」

「当然ですッ これもイアソン様のご威光があればこそ、です!!」

 

 称賛するイアソンに、嬉しそうに寄り添うメディア。

 

 この戦いの最中、イアソンは一切手を出さず、メディアのみが戦っている。

 

 互いに、まるで「そうするのが当然」と考えているかのように。

 

 イアソンも、メディアも、自分たちの振る舞いに全く違和感を感じていない事が、ある種の異様さとなって表れていた。

 

 メディアを労ったイアソンは、他の場所で行われている戦いの様子を上機嫌で眺めやる。

 

「さあ、蹂躙しろッ これは世界を守る正義の戦いだッ 邪悪なるものを1人残らず血祭りに上げ、根絶やしにして、我々の正義を世界中に知らしめるのだ!!」

 

 

 

 

 

 一方、

 

 アルゴー船から振り落とされた響だったが、どうにか空中で体勢を立て直すと、横付けされている黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の甲板に降り立つ事に成功していた。

 

「ん、ごめん。奇襲失敗」

「仕方ないよ。気にしないで」

 

 駆け寄ってきた凛果が、回復の術式を掛ける。

 

 イアソンを暗殺できていたら、流れは変わっていたのだが、失敗したせいで、両陣営は正面からの戦闘を余儀なくされている。

 

 そんな中でも、猛威を振るう一角ああった。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の甲板では、暴風と化したかのように、大英雄が猛威を振るっていた。

 

 甲板に降り立ったヘラクレスは、巨木の幹のような腕を縦横に振るう。

 

 手にした斧剣が致死の暴虐でもって蹂躙していく。

 

 その正面に立つ少女。

 

 マシュは盾をしっかりと保持し、ヘラクレスの攻撃を凌ぎ続ける。

 

 しかし、

 

 強烈な連撃を喰らい続け、少女は徐々に後退していく。

 

「クッ!?」

 

 歯を食いしばるマシュ。

 

 対して、

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 強烈な咆哮とともに、斧剣を振り上げるヘラクレス。

 

 少女を盾ごと叩き潰してしまおうと言うのだろうか。

 

 だが、

 

 斧剣が少女に振り下ろされる事は無かった。

 

 その前に飛来する、1本の矢。

 

 その存在に気付いたヘラクレスは、とっさにマシュへの攻撃を止め、斧剣で払い落とす。

 

「クッ でかい図体のくせに、反応が良いわね!!」

 

 舌打ちして弓を下すエウリュアレ。

 

 完全に死角から放った攻撃であったのに、ヘラクレスは完璧に反応し、エウリュアレの矢を叩き落して見せた。

 

 ただ暴虐の限りに暴れているわけではない。

 

 たとえ発狂していても、ヘラクレスは大英雄に相応しい技量を失ってはいない。並の攻撃では、当てる事すらできないと言う事だ。

 

 そこへ、

 

 低い姿勢で甲板上を疾走し、ヘラクレスに斬りかかる少女。

 

 美遊だ。

 

 白百合の剣士スカートをはためかせて疾走。間合いに入ると同時に、斬り上げるようにして剣閃を放つ。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 駆け上がる一閃は、

 

 しかし、それよりも一瞬早く、ヘラクレスがのけぞって回避する。

 

 だが、

 

「そうなる事はッ・・・・・・・・・・・・」

 

 空中で体勢を入れ替える美遊。

 

 同時に魔力放出。剣閃のベクトルを強引に反転させる。

 

「判ってた!!」

 

 斬り上げる軌跡を描いていた剣閃が一転、斬り下しに変えられる。

 

 振り下ろされる刃。

 

 その強烈な一撃が、

 

 ヘラクレスの肉体を、縦に斬り裂いた。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 明らかに、苦悶の咆哮を上げるヘラクレス。

 

 大英雄はそのまま二、三歩、よろけるように後退する。

 

「やったッ」

「いえ、まだッ!! あの程度じゃダメージになっていない筈!!」

 

 喝采を上げるエウリュアレ。

 

 しかし、美遊は油断せず、バックステップで後退。距離を置きつつ、再び剣を構え直す。

 

 確かに深手は負わせたが、この程度ではヘラクレス相手に致命傷にもならない。

 

 特異点Fでの戦いでも、倒したと思った直後に復活されてしまったのは、少女の記憶にも残っている。

 

 案の定、ヘラクレスは美遊の斬撃に対し一瞬、動きを止めたものの、すぐさま咆哮を上げて突っ込んでくる。

 

 傷もどうやら、既に塞がり始めているらしい。

 

「やはり・・・・・・」

 

 緊張と共に呟きを漏らす美遊。

 

 宝具「十二の試練(ゴッドハンド)」。

 

 ヘラクレスの持つ、反則級の耐久宝具。

 

 生前、ヘラクレスが成したとされる十二の偉業により、彼の魂は12回死なないと消滅する事は無い。

 

 更にその破格の宝具は、ヘラクレス自身の常識はずれな防御力によって底上げされ、並の攻撃では殺すどころか、傷付ける事すら敵わないのだ。

 

 その時だった。

 

「ハーハッハッハッハッハッハッ!!」

 

 勝ち誇ったような笑いが戦場に木霊する。

 

 一同が振り返る中、

 

 アルゴー船の縁に立ったイアソンが、全てを見下すように高笑いを上げていた。

 

「やあやあッ 無駄な足掻き、ご苦労様ッ まったく、頭が悪いにも程があるな!! 君たち如き、二流、三流の連中が、ギリシャ最強の英雄ヘラクレスに勝てるはずが無いじゃないか。全く、馬鹿はこれだから困る。素直に諦めると言う事を知らないからな」

 

 イアソンの言葉に、美遊は剣の切っ先を真っすぐに向けながら、僅かに顔をしかめる。

 

 悔しいが、イアソンの言う事は間違っていない。

 

 ヘラクレスと真っ向から戦って勝てる存在は少ないだろう。

 

 勝ち誇ったイアソンは続ける。

 

「どうだい? ここらで降伏しないか? 何もこっちは命まで取ろうって言ってるんじゃない。エウリュアレさえよこせば、命は助けるし、あとはどこへなりとも好きに行けばいい。そら、簡単な話じゃないか?」

 

 ぺらぺらと、軽い口調で言い募るイアソン。

 

 よくもまあ、ここまで口が回る物だと感心もしようものだが、しかし、それは紛う事無き、勝利宣言に他ならなかった。

 

 すなわち、どうせ勝てないんだから、諦めてエウリュアレをよこせ、と言う訳である。

 

「降伏してエウリュアレを渡せ。そうすればヘラクレスは退かせてやる。たかがちっぽけな女神一匹差し出すだけで丸く収まるんだから、君達にとっても安いもんだろう? ん?」

 

 そう言うと、舐めまわすような視線でエウリュアレを見やる。

 

 彼の中で既に、この戦いは終わった物として扱われているようだ。

 

 確かに、

 

 圧倒的な戦力差に加えて船の性能、更にはヘラクレス、ヘクトールを有する彼らに、如何にドレイク海賊団と言えど、勝てる道理は無い。

 

 だが、

 

「断るッ!!」

 

 毅然とした声が、イアソンの言葉をはねつける。

 

 鋭い視線が奔る中、

 

 立香はイアソンを真っ向から見据え、敢然と彼の英霊の前に立ちはだかっていた。

 

「エウリュアレを、お前たちに渡す気は無いッ!!」

「先輩・・・・・・・・・・・・」

 

 エウリュアレを背に庇いながら言い放つ立香を、マシュは万感の思いと共に見つめる。

 

 この人は自分のマスターであり、そして尊敬すべき先輩でもある。

 

 その事が、堪らなく誇らしかった。

 

 だが、

 

 そんな立香の毅然とした眼差しも、イアソンは鼻で笑い飛ばす。

 

「ハッハーッ そうかそうか、とても、とても、とても気に入ったよ。格好良いねー 流石は英雄さまって感じだよ。おまけに、そんな可愛いサーヴァントまで連れている。ヒューッ 惚れ惚れするね!!」

 

 明らかに馬鹿に仕切った口調のイアソン。

 

 次いで、声を低めて言った。

 

「もういい加減、消えてくれないか? 目障りなんだよね、君みたいなゴミクズが私の視界に入っているだけでイライラするッ まったく、クズはクズらしく、とっととサーヴァントもろとも海にでも沈んでくれれば良い物を、無駄に粘りやがって。どうせお前らはヘラクレスに敵うはずが無いんだからさ。無様に生きてないで、潔く死ねよ、さっさとさ」

 

 耳を覆いたくなるほど口汚い言葉が、仮にも英雄に名を連ねる男の口から零れる。

 

 同時に、

 

「やれッ ヘラクレス!! 奴らが望んだ事だッ お前の力で八つ裂きにしてやれ!!」

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 ヘラクレスが再び咆哮。

 

 斧剣を振り翳して突進していく。

 

 その様を、満足そうに見つめるイアソン。

 

「良いぞ良いぞッ 流石はヘラクレスだッ 圧倒的じゃないかッ!!」

 

 上機嫌のイアソン。

 

 その傍らに、クロエとの戦闘を振り切って来たらしい、ヘクトールが歩み寄った。

 

「ああ、ヘクトール、お前もご苦労だったね」

「いや、なに、それなりに楽しい船旅ではありましたよ。あ、これ、聖杯です」

 

 そう言ってヘクトールが差し出した聖杯を、イアソンは無造作に受け取ると、満足げな顔で眺めやる。

 

「これが聖杯か。うん、実に良い、この世界の王に相応しい宝物だ。私の前の持ち主が下劣な海賊だった事は気に食わないが、なに、些細な事さ」

 

 そう言うと、聖杯を懐にしまうイアソン。

 

「後はエウリュアレ、それに契約の箱(アーク)を手に入れる事が出来れば、私はこの世界における絶対の王として君臨できるって訳さ」

 

 そう言うと、上機嫌に胸を反らすイアソン。

 

 だが、そんな彼に対し、ヘクトールが怪訝そうな顔で尋ねる。

 

「あの、キャプテン? それ、言っちゃって良いんですかね、こんな場所で?」

 

 尋ねるヘクトールに対し、

 

 しかしイアソンは何でもないと言わんばかりに鼻で笑う。

 

「なに、構わないさ。どうせ連中には何も判らないんだ。この世界の事など、何一つとして、ね」

 

 そう言って、余裕の表情で戦場を見下ろしたイアソン。

 

 だが、次の瞬間、

 

 その余裕の表情は、緊張に強張る事となった。

 

 敵陣に向かって、凄まじい勢いで突撃するヘラクレス。

 

 斧剣を振り翳して突進する様は、正に暴風の如く。

 

 あまりのすさまじさを前に、立香達の反応が、一瞬遅れる。

 

 周囲の物を跳ね飛ばしながら、ヘラクレスが向かった先。

 

 そこには、

 

 弓を構えるエウリュアレの姿があった。

 

「やめろヘラクレス!! エウリュアレを殺すなッ!! 段取りが狂うだろうが!!」

 

 焦って叫ぶイアソン。

 

 しかし、ヘラクレスは留まろうともしない。

 

「まずいですッ エウリュアレさん!!」

 

 とっさに追いすがろとするマシュ。

 

 しかし、それよりも、ヘラクレスの方が早い。

 

 対して、エウリュアレは、目を見開いて立ち尽くす事しかできない。

 

「あ・・・・・・まずい・・・・・・これ、死んだ?」

 

 自身に迫りくる明確な「死」を前に、女神は茫然とした声を上げる。

 

 凶眼と共に見下ろすヘラクレスと、恐怖の眼差しで見上げるエウリュアレ。

 

 小柄なエウリュアレからすれば、ヘラクレスの巨体は、殆ど山が迫ってくるような物だ。

 

 斧剣を振り被る大英雄。

 

 大英雄が膂力を乗せて振り下ろせば、か細い女神はひとたまりもなく叩き潰される事だろう。

 

 次の瞬間、

 

 斧剣は容赦なく振り下ろされた。

 

 飛び散る床材。

 

 甲板が叩き割られ、破壊が撒き散らされる。

 

 ヘラクレスの一撃により、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は船体その物が割れそうなほどの衝撃に見舞われる。

 

 エウリュアレの運命は、推して知るべし。

 

 小さな女神は、その欠片すら残さずに叩き潰された。

 

 誰もが、そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「あ、危なかった・・・・・・・・・・・・」

 

 甲板に転がった立香が、安どのため息を漏らす。

 

 その腕の中には果たして、

 

 無傷のエウリュアレの姿があった。

 

「馬鹿ッ 何て無茶したのよ!! 寄りにもよって、あんたがヘラクレスの前に出るなんて!!」

「ハハハ、まあ、でも、うまく行ったしさ」

 

 叱りつけるようなエウリュアレの言葉に、立香は苦笑を返す。

 

 あの一瞬、

 

 ヘラクレスが斧剣を振り下ろす直前、

 

 とっさに割って入った立香が、エウリュアレを抱え上げる形で彼女を致死の暴虐から救い出したのだ。

 

 正しく英雄的行為だが、これは非難されても文句は言えないだろう。

 

 ヘラクレスの攻撃をまともに食らえば、生身の人間に過ぎない立香など、触れただけで肉片と化してもおかしくは無い。

 

 たとえ、エウリュアレの一番近くにいたのが立香だったとしても、無謀の極みと言っていい。

 

 だが、飛び込むときに、立香は一切躊躇わなかった。

 

 ただ、エウリュアレを助ける。

 

 その事のみが頭を支配し、それ以外の事については全て、思考の外へと追いやってしまったのだ。

 

 だが、

 

 それだけの事をしても、結局運命は変わらなかった。

 

 再び、近付いてくる巨大な足音。

 

 ヘラクレスだ。

 

 倒れ込む、立香とエウリュアレを見下ろす大英雄は、そのまま巨大な斧剣を振り翳す。

 

 結局、立香の英雄的行為も、ほんの僅か、死が迫る時間を遅らせたに過ぎなかった。

 

「クッ!?」

 

 エウリュアレを背に庇い、立香は大英雄と対峙する。

 

「立香、もう良いから、下がりなさい!!」

 

 言い募るエウリュアレが、少年を押しのけて前に出ようとする。

 

 だが、

 

「ダメだッ 絶対に!!」

 

 立香は頑なに、エウリュアレを背に庇い続ける。

 

 その瞳は、ヘラクレスを真っ向から睨み続けている。

 

 負けない。

 

 冷静に考えれば、半人前の魔術師に過ぎない立香が、ギリシャ最強の大英雄ヘラクレスに敵うはずが無い。

 

 一瞬で叩き潰されるのは目に見えている。

 

 だが、それでも良い。

 

 例え腕力で敵わなくても、気持ちでは絶対に負けない。

 

 気持ちで負けてしまったら、自分は二度と特殊班のリーダーではいられなくなる。

 

 凛果やマシュ、響や美遊と共に戦う資格は無くなる。

 

 だから、

 

 たとえこの身が砕け散ろうとも、魂だけは決して負けない。

 

 その決意の下で、立香はエウリュアレを守って立ち続ける。

 

 再び、振り上げられる斧剣。

 

 ヘラクレスの腕に力が籠った。

 

 次の瞬間、

 

「うォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 雄叫びと共に、ヘラクレスに体当たりを掛けた者がいた。

 

 ぶつかり合う、巨獣と巨獣。

 

 アステリオスだ。

 

 今だ、キャスターから喰らった傷が癒えない中、彼は自分の大切な仲間を守る為、大英雄の前に立ちはだかったのだ。

 

「アステリオス!!」

 

 悲鳴に近いエウリュアレの声を背に、アステリオスはヘラクレスへと殴りかかる。

 

 さしもの、大英雄も虚を突かれたのだろう。

 

 一撃喰らい、大きく後退するヘラクレス。

 

 だが、そこまでだ。

 

 すぐさま、顔を上げるヘラクレス。

 

 同時に、怒りに満ちた咆哮を上げる。

 

 同じバーサーカーに先制の一撃をもらった事で、プライドを傷つけられた、と言ったところだろうか?

 

 斧剣を振り翳して向かってくるヘラクレス。

 

 対して、アステリオスも戦斧を振り翳す。

 

 激突する両者。

 

 互いに一歩譲らず、

 

 2対の凶眼が激突する。

 

「「■■■■■■■■■■■■!!」」

 

 重なり合う咆哮。

 

 ぶつかり合う、刃と刃。

 

 衝撃が、周囲に容赦なく撒き散らされる。

 

 蹈鞴を踏む両者。

 

 だが、

 

 崩れない。

 

 アステリオスとヘラクレスは、互いに一歩も引かずに応酬を続ける。

 

 ヘラクレスは天下に並ぶもの無き武勇を誇る大英雄。

 

 しかしアステリオスもまた、その恐怖を伝説にまで刻まれた怪物である。その力は決して、ヘラクレスに劣っていない。

 

 どれくらい、刃が交わされた事だろう?

 

 変化は、突然に起こった。

 

 ヘラクレスが、大上段から斧剣を振り下ろす。

 

 強烈な一撃を受け止めるべく、戦斧を振り上げるアステリオス。

 

 異音と共に強烈な衝撃が撒き散らされ、互いの武器が軋みを上げる。

 

 次の瞬間、

 

「グゥッ!?」

 

 それまで聞いた事も無かった唸り声と共に、

 

 アステリオスがその場に膝を突いた。

 

「アステリオスッ!!」

 

 立香が声を上げる中、アステリオスは顔を上げる。

 

 しかし、自身の敵を前にして、アステリオスは立ち上がる事が出来ない。

 

 無理も無い。

 

 既にキャスターの攻撃によって、アステリオスは深手を負っていた。

 

 そこに来て、英霊としては究極の一角にあるヘラクレスと対峙したのだ。限界が来てもおかしくは無いだろう。

 

 むしろ、数合とは言え互角に戦えた事自体、既に奇跡だったのだ。

 

 無言のまま、斧剣を振り上げるヘラクレス。

 

 対して、アステリオスは立ち上がる事も出来ない。

 

 立香とエウリュアレが見ている前で、

 

 致死の刃が真っ向から振り下ろされた。

 

 斬り裂かれる、アステリオスの体。

 

 鮮血が、甲板に撒き散らされた。

 

 苦悶の声が響き渡り、アステリオスの巨体が、甲板に崩れ落ちる。

 

 悲痛な叫びが上がる。

 

 次の瞬間、

 

「餓狼・・・・・・一閃!!」

 

 矢のような鋭さで突っ込んで来た少年の刃が、ヘラクレスの胸板に命中。大英雄を大きく後退させる。

 

 奇襲によってヘラクレスを退かせた響。

 

 そのまま一旦、後退してアステリオスを守る位置で刀を構え直す。

 

 同時に、

 

「美遊ッ!!」

「判った!!」

 

 相棒と合わせる無音の呼吸。

 

 響の後退に合わせて、前に出た美遊がヘラクレスに斬りかかる。

 

 真っ向から振り下ろされる少女の剣。

 

 しかし、その一撃は、ヘラクレスが繰り出した斧剣によって弾かれる。

 

 歯噛みする美遊。

 

 響の奇襲によって体勢を崩したヘラクレスだったが、既に体勢は立て直されている。

 

 如何なる困難と言えども、即座に覆す事が出来る。それができるからこそ、ヘラクレスは大英雄たり得るのだ。

 

「まだッ!!」

 

 しかし、美遊もまた引き下がらない。

 

 強大な膂力で斧剣を振るうヘラクレスに対し、自身も剣を振るって挑みかかる。

 

 一方、

 

 美遊が戦っている後方では、アステリオスの治療が必死に行われていた。

 

 立香に加えて凛果も礼装の術式を起動。アステリオスの負ったダメージの軽減を図る。

 

 しかし、既に致命傷を負ってるに等しいアステリオス。礼装での回復など、微々たるものでしかなかった。

 

 その傍らでは、エウリュアレが心配そうな眼差しを向けている。

 

「アステリオス、しっかりしなさい!!」

 

 呼びかけるエウリュアレに、身じろぎをするアステリオス。

 

 ヘラクレスの斧剣をまともに食らったアステリオスは瀕死の状態だ。

 

 斬撃は彼の肉を立ち、内臓を抉り、霊核にまでダメージを与えている。

 

 既に、少女の呼びかけに答えるのすら億劫である様子だ。

 

 だがそれでも、どうにか顔を上げる。

 

「えう・・・・・・りゅあれ・・・・・・」

 

 その視界の中では、心配そうに自分を覗き込むエウリュアレと立香。

 

 それに、自分たちを守るように立つ響。

 

 更に、ヘラクレスと対峙を続ける美遊の姿も見える。

 

 しかし、いくら美遊でも、ヘラクレスの相手は分が悪すぎる。事実、少女はヘラクレスの猛攻をしのぐだけで手いっぱいの様子。

 

 勿論、ドレイクやマシュ、アルテミス、クロエ達も、他の敵との戦闘に拘束され、救援に来れる状態ではない。

 

 このままじゃ負ける。

 

 それは、誰の目から見ても明らかだった。

 

「ひびき・・・・・・」

「ん?」

 

 アステリオスから呼びかけられた響は、不用意に近づいて来た竜牙兵1体を斬り倒して振り返る。

 

 対して、アステリオスは荒い息を吐きながら告げる。

 

「おねがいが、ある」

「どした?」

 

 駆け寄って来た響に、アステリオスは自分の考えを告げる。

 

 このままじゃ、全滅は免れない。どうにか、脱出して、体勢を立て直す必要がある。

 

 その為にはどうしてもヘラクレスを押さえ、更にアルゴー船と戦列艦を足止めする必要がある。

 

 常識的に言って、不可能に近い。

 

 だが、それでも尚、やるしかなかった。

 

 たどたどしい口調ながら、自分の考えを話すアステリオス。

 

 その話を聞いて、響より先に声を上げた者がいた。

 

「ダメよッ そんなの絶対にダメ!!」

 

 エウリュアレは、食って掛かるようにアステリオスに縋りつく。

 

 そんなエウリュアレに、アステリオスは首を振った。

 

「でも、だれかが、やらなくちゃいけない。なら、ぼくがやる」

「そんなの、あなたでなくても良いはずでしょ!!」

 

 言い募るエウリュアレ。

 

 しかし、

 

 彼女に対しては素直なアステリオスが、この時ばかりは頑として引き下がらなかった。

 

「ぼくにしか、できない」

「でもッ」

「ぼくがたたかう。そうじゃないと、つぐなえない、から・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 アステリオスの言葉に、エウリュアレは目を見開く。

 

「ころ、した・・・・・・ころした・・・・・・ころした!! なにもしらないこどもを、ころした!! ちちうえが、そうしろって・・・・・・ちちうえが、おまえはかいぶつだからって!! でも、ぜんぶ、じぶんのせい、だ!! きっと、ぼくのこころは、はじめからかいぶつだった、から・・・・・・」

 

 それは、アステリオスにとって辛く、哀しい記憶。

 

 怪物である、彼への生贄として与えられた子供達。

 

 その全てを、アステリオスは殺し尽くしたのだ。

 

 ただ、父であるミノス王の命じるままに。

 

 それは決して、アステリオス自身が望んだ事ではない。

 

 しかし、彼は殺しつくした、怪物ミノタウロスとして、与えられた役割のままに。

 

「けど・・・・・・・・・・・・」

 

 アステリオスの目が、エウリュアレを見る。

 

「なまえ、よんでくれた・・・・・・みんながわすれてしまった、ぼくのなまえ!! なら、もどらなくっちゃ・・・・・・ゆるされなくても、みにくいままでも、ぼくは、にんげんにもどらなくっちゃ!!」

 

 不意に、

 

 理解する。

 

 これは、アステリオスにとっての贖罪。

 

 不可抗力だったとは言え生前、多くの子供たちをその手に掛けたアステリオス。

 

 故にこそ、戦わなくてはならない。

 

 今度こそ、「殺す」為ではなく、「守る」為に。

 

「・・・・・・・・・・・・ん、1回、それが限界」

 

 響は刀を鞘に納めながら、ヘラクレスに向き直る。

 

 元より、響の消耗も激しい。

 

 アステリオスの考えに乗るにしても、1回が限界。

 

 ならば、その一度に賭けるのみ。

 

「うん、それで、いい」

 

 頷きを交わす、響とアステリオス。

 

 次の瞬間、

 

「美遊ッ!!」

 

 最前線で戦う相棒に声を掛ける。

 

「下がってッ!!」

 

 同時に、甲板を蹴って、駆ける響。

 

 同時に、美遊が飛びのくのが見える。

 

 響の視界正面。

 

 遮るもの無く開けた線上に、

 

 巨大な英雄が立ちはだかる。

 

 対して、

 

 響はスッと、目を閉ざす。

 

 自分の内なる霊基に働き掛け、呼び起こす。

 

 脈動する魔術回路。

 

 溢れ出る魔力が、少年を包み込む。

 

 次の瞬間、

 

 少年の姿は一変した。

 

 後頭部で束ねた黒髪は白く染まり、幼さの残る双眸は深紅に輝く。

 

 着ている羽織にも変化が生じる。

 

 地は黒く染まり、段だらも深紅に変化する。

 

 それまでの目が覚めるような浅葱色から一変。異様とも言える雰囲気になった響。

 

「盟約の羽織・影月」

 

 呟きながら、迫りくる大英雄を見据える。

 

 同時に、その口が、静かに詠唱を紡ぐ。

 

「我が剣は狼の牙・・・・・・・・・・・・」

 

 深紅の瞳が輝きを増す。

 

「我が瞳は闇映す鏡・・・・・・・・・・・・」

 

 迫りくる大英雄。

 

 振り上げた斧剣が、

 

 少年に向けて振り下ろさた。

 

「されど心は、誠と共に!!」

 

 次の瞬間、

 

 少年の姿は、

 

 大英雄の目の前から消失した。

 

 一同が唖然として見守る中、

 

 ヘラクレスは、何かの気配を感じ取り、振り返る。

 

 果たしてそこには、

 

 刀の切っ先を向けて構える、響が立っていた。

 

 しかし、

 

 幼い暗殺者の姿は、何かで覆われているようにも見える。

 

 微かに揺らぐ、光の幕のような物が、響をうっすらと包み込んでいるのが見える。

 

「限定固有結界、『天狼ノ檻(てんろうのおり)』。展開完了」

 

 響の静かな声が、戦場に響き渡った。

 

 

 

 

 

第16話「天狼ノ檻」      終わり

 




ここで終わらせようと思ったのですが、長くなったので、2つに分けました。


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第17話「雷光の子よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対峙する響。

 

 その視界の先に立つは、ギリシャが誇る大英雄ヘラクレス。

 

 人の身でありながら、神へと至った存在。

 

 人類史に残る、最大最凶の殺人兵器。

 

 その大英雄を前に、

 

 響は刀の切っ先を向け、静かに告げる。

 

「ん・・・・・・行くぞ」

 

 静かに、呟いた瞬間、

 

 響の姿は、その場から消失した。

 

 一瞬、何が起こったのか?

 

 見ていた者、全てが己の目を疑った。

 

 ヘラクレスと対峙した響。

 

 盟約の羽織・影月を身に纏い、異形と化した少年は、

 

 一瞬の瞬きの後、その姿を消したのだ。

 

 次の瞬間、

 

 響が現れたのは、

 

 大英雄の背後だった。

 

 互いに背中を向け、

 

 刀を振り切った状態で。

 

 鮮血が、大英雄の胸から迸る。

 

 その分厚い胸板には斬線が、真一文字に引かれている。

 

 決して深い傷ではない。

 

 しかし、

 

「え、い、いつ斬ったのッ!?」

 

 凛果が驚きの声を上げる。

 

 前後の状況から、響はヘラクレスをすり抜け様に刀を一閃し斬り付けたのは判る。

 

 だが、

 

 速い。

 

 否、

 

 速い、などと言うレベルではない。

 

 刀を振った瞬間は愚か、響がいつ動いたのかすら、周りの者達には感知できなかったのだ。

 

 例えるなら録画した画像を編集し、斬る瞬間をカット、斬った前と後だけを繋ぎ合わせたような物。気が付いたら響は大英雄の背後にて刀を振り切り、ヘラクレスは胸から血を噴き出していたのだ。

 

 殆ど瞬間移動に近い。

 

 当然、

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 ヘラクレスは怒り狂い、響に振り返る。

 

 既に傷の修復は終えようとしてる。

 

 「十二の試練(ゴッド・ハンド)」は健在。大英雄の戦闘力には、聊かの陰りも無い。

 

 轟音を上げて突進。

 

 同時に、振り翳した斧剣を、真っ向から響へと振り下ろす。

 

 撒き散らされる破壊。

 

 しかし、

 

 振り下ろされた斧剣の下に、

 

 暗殺者の姿は、

 

 無い!?

 

 果たして響は、

 

 いた。

 

 その姿は、船橋の上に。

 

 またしても、その動きを捉える事は叶わなかった。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げて、斧剣を振り翳すヘラクレス。

 

 しかし次の瞬間、

 

 響が仕掛けた。

 

 その姿は、

 

 一瞬にして、ヘラクレスの眼前へ。

 

 袈裟懸けに振り下ろした剣閃が、大英雄を斬り裂く。

 

 刻まれる斬線。

 

 鮮血が宙を舞う。

 

 しかし、大英雄には致命傷に至らない。

 

 すかさず、反撃に出るヘラクレス。

 

 しかし、

 

 斧剣を振り上げた時には、

 

 既に、響の姿は無い。

 

「ん、こっち」

 

 短い声。

 

 振り仰ぐ先。

 

 空中。

 

 そこには、

 

 刀の切っ先を真っすぐに向けた、暗殺者の姿がある。

 

 既に攻撃態勢。

 

 魔力で作り出した足場を蹴り、加速する響。

 

 切っ先は、

 

 立ち尽くすヘラクレスの顔面に、正面から突き立てられた。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!?」

 

 堪らず、顔面を押さえて後退する。

 

 ここにきて、大ダメージがヘラクレスを襲う。

 

 そこで、響は手を止めない。

 

 いくら大ダメージとは言え、この程度でヘラクレスを止める事など不可能。ならば、この機に畳みかけるのだ

 

 尚も体勢を立て直せずにいるヘラクレスの背後へ、一瞬にして出現。

 

 ヘラクレスが顔を上げた瞬間、その背中を斬りつけた。

 

 ヘラクレスが我に返ったように振り返ると、紀雄のまま横なぎに斧剣を振るう。

 

 が、その時には、またしても響は姿を消失。

 

 気が付いた時には、少年の姿は黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の船縁に足を揃えて立っていた。

 

 

 

 

 

「ちょッ 何ッ!? 響のあれ、何ッ!?」

「フォウ、フォーウ!!」

 

 傍で見ていた凛果と、その腕の中にいるフォウが、素っ頓狂な声を上げる。

 

 それ程までに、今の響は異常だった。

 

 凄まじい動きでヘラクレスを翻弄しつつ、攻撃を繰り返している。

 

 今も、ヘラクレスの攻撃を回避したかと思うと、その頭上へ出現。斬り下す剣閃を大英雄に叩きつけていた。

 

「え? 何? 瞬間移動とか? そんな事も出来るの、あいつ?」

《いや、あれは違うね》

「ふぉう? ンキュ?」

 

 狼狽する凛果に、答えたのはカルデアにいるダ・ヴィンチだった。

 

 戦闘をモニタリングしていたらしい大英雄が、どこか可笑し気な口調で解説する。

 

《状況は、こちらでも観測している。確かに、響君の動きは驚異的だけど、あれは瞬間移動の類じゃない》

「え、じゃあ、どういう事よ?」

「フォウ、フォウ?」

《彼は、単純に「速い」んだ。それも、常識外れな程にね》

 

 ダ・ヴィンチが説明している間にも、戦闘は続く。

 

 ヘラクレスが振り翳す斧剣。

 

 暴虐の破壊をもたらす致死の攻撃を、

 

 しかし、響は一瞬で回避。

 

 同時に、鋭い袈裟懸けの斬撃を大英雄の胸元に見舞う。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 怒り狂ったヘラクレスは、斧剣を横なぎに振るう。

 

 しかし、その時には既に、響は自身の後方にあった、積み上げられた木箱の上に、一瞬にして飛び乗っていた。

 

 まるで、五条大橋の弁慶と牛若丸のような光景。

 

 勿論、いかに速かろうが、響の剣ではヘラクレスにダメージを与える事は出来ない。

 

 しかし、執拗に攻撃を仕掛けてくる響に、さしものヘラクレスも消耗を隠せない様子だ。

 

《成程ね・・・・・・そういう事か》

「何か分かったの、ダ・ヴィンチちゃん?」

 

 1人納得したような声を出すダ・ヴィンチに、訝る凛果。

 

 だが、ダ・ヴィンチはそれには答えず、通信機越しに唇を噛み占める。

 

《まったく・・・・・・とんでもない事をやってくれる》

 

 

 

 

 

 一方、

 

 アルゴー船では、イアソンの不満はいよいよ爆発寸前の様相を呈し始めていた。

 

 無理も無い。

 

 無敵と信じたヘラクレス。

 

 古今無双の大英雄。

 

 それは存在からして破格であり、如何なるものであろうとも対抗は不可能。

 

 そう、信じて疑わなかった。

 

 しかし、現実は彼の期待を裏切る。

 

 そのヘラクレスをぶつけて尚、エウリュアレを奪取する事も、敵を殲滅する事も出来ないでいるのだから。

 

 それどころか今、目の前で繰り広げられている光景は、彼にとって到底、納得しえない事であった。

 

「おいおいおいッ 何なんだッ!? いったい何なんだよ、これはッ!?」

 

 彼の目の前で繰り広げられている戦い。

 

 響とヘラクレスの攻防は、一進一退の様相を呈している。

 

 否、現在の状況だけを見れば、確実に響がヘラクレスを押していた。

 

「何で、あんなどこの馬の骨とも分からんガキが、ヘラクレスと互角に戦っているんだよッ!?」

 

 イアソンからすれば、ヘラクレスの力をもってすれば、あっという間に敵全員を蹂躙してもおかしくないはずだった。

 

 ヘラクレスさえいれば、彼の勝利は疑いなかったはずだった。

 

 だが、

 

 そのヘラクレスが苦戦している。それも、あんな子供のサーヴァント1人に。

 

 イアソンからすれば、苛立たしいことこの上なかった。

 

「何を手加減しているんだヘラクレスはッ そんなガキ、とっととひねり潰しちまえ!!」

 

 腕を振り上げて怒鳴るイアソン。

 

 殆ど、おもちゃを取り上げられた子供のようだ。

 

 だが、

 

 イアソンの傍らに控えるメディアは、状況を冷静に見つめていた。

 

「・・・・・・成程、そういう事ですか」

 

 やがて、何かに納得したように頷くと、イアソンに向き直った。

 

「ご安心くださいイアソン様。すでにメディアには、あの少年のカラクリが読めております」

「そ、そうか、流石だなッ 流石はメディアだなッ あんなクソガキ1匹の小細工如き、何ほどの物じゃないかッ まったくもって君は素晴らしい!!」

 

 殆ど崇拝に近い勢いでメディアを褒めたたえるイアソン。

 

 そんなイアソンの言葉に愛想笑いを浮かべつつも、メディアは内心で戦慄にも似た感情を覚えていた。

 

 目の前で、大英雄ヘラクレスと互角以上に戦っている少年。

 

 彼がヘラクレスと互して戦えている理由は、彼が常に纏っている揺らぎのような「膜」が原因である。

 

 固有結界(リアリティ・マーブル)と呼ばれる大魔術が存在する。

 

 個と世界、空想と現実、内と外とを入れ替え、現実世界を心の在り方で塗り潰す。

 

 術者の心象風景で、世界を塗り潰す結界。

 

 本来なら一部の大魔術師が、修行に修行を重ねた末に至る事が出来る魔術の最奥。

 

 あの膜の正体は恐らく、その固有結界の亜種だ。

 

 少年は、固有結界の効果範囲を自身の半径数メートルに限定して展開する事で、爆発的な超加速を可能としているのだ。

 

 勿論、そんな強引な展開が長く保持できるわけがない。何れ、固有結界は解除される事になるだろう。

 

 しかし、

 

 その前に、ヘラクレスが致命傷を受けないと言う保証は、今や誰にもできない。

 

 それ程までに、少年の攻撃はすさまじさを増していた。

 

 

 

 

 

 都合、34度目の斬撃を終え、響はヘラクレスから距離を取る。

 

 甲板に着地しつつ、刀の切っ先をヘラクレスに向ける。

 

 対して、

 

 ヘラクレスは全身を刃に切り刻まれながらも、尚も衰えぬ戦意を少年に向け続けていた。

 

 凶眼に真っ向から睨み返しながら、

 

 響は大きく息を吐く。

 

 ここまで、ほぼ一方的な戦いが展開されている。

 

 響はヘラクレスの攻撃を悉く回避し、逆に斬撃を叩き込んでいる。

 

 響は今のところ、一撃も攻撃を受けていない。

 

 だが、

 

 メディアの予想は概ね正しかった。

 

 固有結界「天狼ノ檻(てんろうのおり)」。

 

 効果は結界内における時間の加速。この結界内にいる限り、響の体感時間は通常の数十倍にまで達する。

 

 つまり、響の中では今、現実世界より早く時間が流れている事になる。

 

 しかし、本来であるならば響には、固有結界のような高度な魔術を展開するだけの魔力は無い。

 

 仮に展開しようとしても、詠唱の段階で魔力が枯渇してしまうだろう。

 

 そこで、響が選んだのは「効果範囲の限定」だった。

 

 広範囲に大規模な結界を展開するのではなく、小さい範囲でのみ結界を展開する。これなら、響の少ない魔力でも、効果と持続時間を確保できる。

 

 即ち「衛宮響を中心に、半径2メートル以内」と言う極小型の結界を展開しているのだ。

 

 もっとも、弱点が無い訳ではない。

 

 当然だが、この結界内に入り込んだ存在は、無条件で加速の対象となる。それがたとえ、敵であってもだ。

 

 とは言え、これは大きな問題ではない。半径2メートル以内なら十分に剣の間合いだし、響の反応速度なら、結界内に入り込んだ瞬間、即座に対応できる。

 

 より大きな問題は、この結界を維持できるのが、現実世界線の時間で3分が限界であると言う点だった。

 

 3分が経過すると、抑止力の修正が加わり、結界は強制解除されてしまう。そればかりか、響自身にも、反動でダメージが入る事になる。

 

 その為、この結界を使った際は、どうしても3分以内に決着を着ける必要がある。

 

 そのタイムリミットが、間もなく達しようとしている。

 

 故に、

 

「ん・・・・・・決める」

 

 呟く響。

 

 同時に、魔術回路を全開まで解放。

 

「リミットブレイク!!」

 

 猛る魔力が臨界を突破し、少年の体を包み込む。

 

 結界が輝きを増し、周囲に魔力の奔流が走る。

 

 暗殺者は一歩、踏み出した。

 

 次の瞬間、

 

 響の姿は、

 

 ヘラクレスの、

 

 すぐ背後に立った。

 

 鞘に納められる、刀。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼剣(きけん)・・・・・・魔天狼(まてんろう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呟くと同時に、

 

 鳴り響く鍔鳴り。

 

 次の瞬間、

 

 ヘラクレスの全身から鮮血が噴き出し、大英雄は甲板に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いったい、

 

 誰が、

 

 このような結末を、予想しえただろう?

 

 誰もが信じて疑わなかった、ヘラクレスの勝利。

 

 圧倒的な勝利で咆哮を上げる、大英雄の姿。

 

 だが、

 

 現実には、真逆の光景が、現出していた。

 

 崩れ落ち、膝を突く大英雄。

 

 そのヘラクレスを見詰める、暗殺者の少年。

 

 響は立ち、ヘラクレスは倒れている。

 

 その光景が、全てを如実に物語っていた。

 

「馬鹿なッ 馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!? こんなバカな話があってたまるかッ!?」

 

 イアソンの狼狽は、もはや留まるところを知らなかった。

 

 絶対無敵と信じたヘラクレス。

 

 そのヘラクレスの勝利を、彼は毛の先程も疑っていなかったのだ。

 

 それがまさか、このような事になるとは。

 

「メディアァァァァァァ!?」

 

 大音声で、傍らの少女を呼びつける。

 

 勿論、そんな大声で呼ばなくても聞こえているのだが、既に狼狽、留まるところを知らないイアソンは、そんな事すら分からなくなっていた。

 

「お前、大丈夫って言っただろうがッ どういうことだよ、これはッ!? いったい、これはどういう事なんだよ!!」

 

 喚き散らすイアソン。

 

 対して、

 

 メディアはジッと、響とヘラクレスを見詰める。

 

 そして、

 

「いえ、イアソン様・・・・・・・・・・・・」

 

 静かに言い放った。

 

「勝負は、着きました」

 

 メディアが告げた。

 

 次の瞬間、

 

 響は、その場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 全身を苛む、圧倒的な虚脱感。

 

 同時に、全身に亀裂が走ったような、強烈な痛みを感じる。

 

 思わず、響はその場で膝を突く。

 

 それまで、体中を満たしていた魔力が、一気に抜けていくのが判った。

 

 苦悶の表情を浮かべる響。

 

 白く染まっていた髪は元の黒に戻り、瞳も黒になる。

 

 更には、着ている羽織も消滅する。

 

 天狼ノ檻は、既に解除されている。同時に、凄まじいフィードバックが、少年を襲っていた。

 

 「鬼剣(きけん)魔天狼(まてんろう)

 

 「天狼ノ檻」展開時にのみ使用可能な鬼剣。

 

 固有結界が持つ加速力を文字通り現界突破(リミットブレイク)し、暴走寸前のスピードで、一瞬にして無数の斬撃を対象に叩きつける。

 

 蜂閃華が一撃必殺であるのに対し、魔天狼は多重斬撃と言う形をとっている。

 

 ただし、限定固有結界と言う荒業に加えて、更にそこから現界を越えて自身を酷使する事になる為、技後、響は完全に行動不能となる。

 

 まさに、決死の必殺技である。

 

 だが、

 

 立ち上がる、巨大な影。

 

 見上げれば、ヘラクレスの巨体が、蹲る少年を見下ろしている。

 

 あれだけの攻撃を仕掛けて尚、大英雄を仕留めるには至らなかったのだ。

 

「はっはっはー!! 随分と頑張るじゃないか!! クソガキが!!」

 

 響き渡る、イアソンの嘲笑。

 

 先程まで、狂乱するほどのパニックに陥っていたのが嘘のように、裏返った声で嘲笑を上げている。

 

「だが残念だったなーッ そいつは死なないんだよ!! 生前に踏破した十二の試練のおかげで、ヘラクレスの魂は12回殺さないと死ねないのさッ てなわけで、あと11回、頑張ってくれよな!!」

 

 小馬鹿にした声で自慢するイアソン。

 

 だが、

 

「そんな事・・・・・・・・・・・・判ってる」

 

 身を引く響。

 

「ん・・・・・・けど・・・・・・」

 

 同時に、

 

「時間は・・・・・・稼いだ」

 

 巨影が飛び込んでくる。

 

 アステリオスだ。

 

「クソッ まだ生きていやがったか化け物めッ どこまでも生き汚い奴がッ!!」

 

 舌打ちしながら、イアソンはヘラクレスを見やる。

 

「何をしているヘラクレスッ そんなガキは良いッ ミノタウロスにトドメを刺せ!!」

 

 喚き散らすイアソン。

 

 しかし、

 

 咆哮を上げながら、ヘラクレスに掴みかかるアステリオス。

 

 対して、ヘラクレスの動きは鈍い。

 

 いかに12個の魂があるとはいえ、致命傷に近いダメージが瞬時に回復するわけではない。

 

 響の魔天狼を真っ向から喰らい、未だに俊敏に動く事が出来ないのだ。

 

 そこへ、アステリオスが踊りかかった。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不毀の極槍(ドゥリンダナ・ピルム)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛来した槍が、アステリオスの胸板を刺し貫いた。

 

「なッ!?」

 

 驚いて振り返る響。

 

 果たして、その視線の先には、

 

 槍を投擲した姿勢で佇む、もう1人の大英雄の姿があった。

 

「悪いね。その手の悪だくみは、おじさんの得意分野なんだ。見抜くのも簡単なんだよね」

 

 嘯くヘクトール。

 

 彼が投げた槍が、アステリオスを刺し貫いたのだ。

 

 かつてギリシャの大軍からトロイアを守った大英雄は、アステリオス達の企みを看破していたのである。

 

「ハッハッハッ 流石だなヘクトール!! 大英雄の名は伊達じゃないと言う訳か!!」

 

 イアソンは上機嫌に言って、傍らで見事な投擲を見せたヘクトールの肩を叩くと、次いで、槍に刺し貫かれたアステリオスを見やった。

 

「串刺しとは良い恰好だな、牛男!! 怪物にはお似合いの格好だよ!!」

 

 イアソンが、高笑いを上げる。

 

 だが、

 

「ありゃ・・・・・・こいつはしくじった」

 

 とうのヘクトールはと言えば、どうにもばつが悪そうに頭を掻いて見せた。

 

「すいませんキャプテン。どうやらミノタウロスの奴、まだ生きているみたいですぜ」

「何だと? おのれ、どこまでも生き汚い奴めッ 化け物の分際で、そうまでして生にしがみつきたいかッ!! 醜い化け物らしく、さっさとくたばれば良い物を!! 何をぼさっとしているヘラクレスッ さっさと、そのウスノロにトドメを刺せ!!」

 

 口汚くののしるイアソン。

 

 だが、

 

 ヘラクレスが再起するよりも早く、アステリオスは動いた。

 

 槍に刺し貫かれた巨体を引きずるようにしてヘラクレスに体当たりを掛けると、そのまましがみつくように拘束する。

 

 そのまま胴に腕を回し、ガッチリと拘束する。

 

 対してヘラクレスは何とか振りほどこうともがき、アステリオスを殴りつける。

 

 しかし、さしもの大英雄も、完全な密着状態では力が入らない為、アステリオスの拘束が緩む事は無い。

 

 何より、死を賭したアステリオスを振り払う事は不可能に近かった。

 

「りつか・・・・・・・・・・・・」

 

 暴虐のようなヘラクレスを押さえつけながら、

 

 アステリオスは、自分の「仲間」達を見やる。

 

「ありがとう・・・・・・りつかも、ぼくの、なまえをよんでくれて・・・・・・ひびきも、りんかも、どれいくも、ましゅも、みゆも、くろも、あるてみすも、おりおんも、ふぉうも・・・・・・・・みんな、みんな、ありがとう」

 

 告げると同時に、

 

 アステリオスの顔に、

 

 笑顔が浮かべられる。

 

 怪物、などと呼ばれながら、

 

 その笑顔は、まるで子供のように純真で、まぶしく輝いているようだった。

 

「えうりゅあれを・・・・・・たのむ!!」

 

 言った瞬間、

 

 アステリオスは、ヘラクレスを抱えたまま、その身を躍らせた。

 

 巨大な水柱を上げて、海中へと転落する、2騎のバーサーカー。

 

 次の瞬間、

 

 海中で、巨大な魔力が膨張するのを感じた。

 

 いったい、何が起こったのか?

 

 一同が困惑する中、

 

 信じられないような変化が、劇的に起こった。

 

 突如、

 

 海上にそそり立つ、大理石製の巨大な壁。

 

 同時に、その場にある、全ての物を取り囲んで、一個の巨大な迷宮を形作っていく。

 

 誰がやったのか、などと考える必要すら無いだろう。

 

 アステリオスだ。

 

 宝具「万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)

 

 生前、アステリオスが父王によって閉じ込められたミノスの大迷宮。

 

 その姿を再現する事によって、敵を閉じ込める、ある種の結界型宝具。

 

 しかも、迷宮の出現位置は、アステリオスの任意によって決める事が出来る。すなわち、誰をどこへと導くかは、アステリオスの意思1つと言う事だ。

 

 その証拠に、

 

 今、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の目の前には、迷宮の出口が存在している。

 

 さらに言えば、戦列艦やアルゴー船とは壁を隔てる形で隔離している。

 

 つまり、今なら何の妨害も無く、脱出する事が出来るのだ。

 

「撤退するよッ!! 総員、出航用意!!」

 

 宣言するドレイク。

 

 その表情には、明らかな屈辱が滲んでいるのだった。

 

 敵に背を見せて退却する。

 

 いかに、生き残る事が信条の海賊と言えど、屈辱である事に変わりはない。

 

 しかも、アステリオスと言う仲間の犠牲の上でとなると猶更である。

 

 しかし、船長であり、歴戦の海賊であるドレイクには判っていた。

 

 アステリオスが命がけで作ってくれた、千載一遇のチャンス。逃げるなら、この隙に乗じるしかない、と。

 

 さもなくば、味方は全滅する。

 

「待ってッ まだ、アステリオスが!!」

 

 縋るように言い募ったのはエウリュアレだ。

 

 だが、

 

 その方に、小さな影が飛びついて制する。

 

「うるせえチビ女神!! ちったァ アステリオスの男気も察しやがれ!!」

 

 エウリュアレに食って掛かったのは、オリオンだった。

 

「奴はテメェを守る為に命張ったんだッ なら、そいつを無駄にすんじゃねえ!!」

「ッ!?」

 

 オリオンの言葉に、唇を噛み占めるエウリュアレ。

 

 判っている。

 

 彼女にも判っているのだ。

 

 逃げるなら、今しかないと言う事が。

 

 今回の戦闘で、カルデア、ドレイク海賊団、双方ともに損害が大きすぎる。

 

 特にひどいのは響で、元々、消耗が激しかった事に加えて、無理に鬼剣を使った事で、既に立っている事すらできない様子だ。

 

 今も、美遊と凛果に介抱されて、甲板に横たわっていた。

 

 やがて、船はゆっくりと後退を始める。

 

 アステリオスの宝具によって敵が身動き取れずにいるうちに、可能な限り遠くまで逃げなくてはならなかった。

 

「ッ!?」

 

 溜まらず、駆け出すエウリュアレ。

 

 船縁に縋りつくと、小さな体で身を乗り出す。

 

「アステリオス!!」

 

 聞こえない事は、彼女にも判っている。

 

 だが、

 

 それでも、叫ばずにはいられなかった。

 

「お願いッ お願いだから、怪物になり切れなかった事を、悔やんだりしないで!! それはきっと、とても尊い事なんだから!!」

 

 かつて、

 

 エウリュアレには妹がいた。

 

 大切な、とても大切な、愛すべき妹。

 

 だが彼女は、姉2人を守る為に、その身を怪物と化し、最後は勇者の手によって討伐された。

 

 どこか、妹とアステリオスは似ている。

 

 だからこそエウリュアレは、アステリオスの事をどうしても放っておけなかったのだ。

 

 やがて、

 

 船はゆっくりと、大海へと漕ぎ出し、戦場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

第17話「雷光の子よ」      追わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、遥かなる昔の出来事。

 

 彼がまだ、怪物と呼ばれていた頃の話。

 

 暗く冷たい迷宮の奥で、

 

 彼は、既に瀕死の重傷を負い、死の淵に横たわっていた。

 

 彼の目の前には、小さな少年が1人。

 

 少年は、彼を討つために、ここに現れた勇者だった。

 

 彼の姉を味方に付け、この迷宮の最奥までたどり着いた少年は、死闘の末に、ついに彼を倒す事に成功したのだ。

 

 倒れた彼に、少年はゆっくりと近付いてくる。

 

 とどめを刺す気だろうか?

 

 妙な可笑しさに、彼は口元を歪ませる。

 

 放っておいても、間もなく自分は死ぬ。だと言うのに、随分と律儀な事だ、と思ったのだ。

 

 だが、

 

 彼の傍らに立った少年は、いつまでも剣を振り下ろそうとしない。

 

 訝るように、彼は少年の方に目を向けて、

 

 そして驚いた。

 

 彼の傍らに立つ少年。

 

 まだあどけなさの残るその双眸からは、

 

 一筋の涙がこぼれていた。

 

 なぜ、泣く?

 

 そう尋ねる彼に対し、

 

 少年は剣を床に落として告げる。

 

「僕は、ここに怪物を退治しに来た・・・・・・・・・・・・けど・・・・・・・・・・・・」

 

 少年はあふれる涙を拭おうともせず、彼を見上げて言った。

 

「けどッ 君は怪物なんかじゃないッ 君は、君は人間じゃないか!!」

 

 その言葉に、

 

 誰よりも彼の方が驚いた。

 

 今まで誰も、彼を人間とは扱わなかったのだ。

 

 皆が皆、彼を怪物と呼び、忌み嫌い、恐れた。

 

 実の父親ですら、彼を見放した。

 

 だが、

 

 まさか人生の最後、それも、自分を討ち果たした少年が、自分を人間と見てくれるとは思わなかったのだ。

 

 少年はそっと、彼に触れる。

 

 彼に比べれば、本当に小さい手。

 

 しかし、そこに柔らかい温もりを感じる。

 

「勇敢な君。どうか、名前を教えてくれないか? 怪物の名前じゃない、君の本当の名前を」

 

 ・・・・・・・・・・・・アステリオス

 

 彼は、少しだけ躊躇った後にそう答えた。

 

「アステリオス・・・・・・雷光、か。良い名前だね」

 

 笑顔を見せる少年。

 

「誓おう、アステリオス。僕は君を決して忘れない。たとえ世界中の人間が君の名を忘れ、怪物と蔑んだとしても、僕だけは決して、君の名を忘れたりしないよ」

 

 その言葉に、彼は、

 

 悲惨その物だった自分の人生に、ほんの少しだけ日が差したような気がしたのだった。

 




テセウスやアリアドネも、そのうち実装されるかも、とか期待しています。

テセウスならセイバー、アリアドネはキャスターか、あるいはアサシンでしょうかね。


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第18話「彼を失って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、崩れ落ちる視界。

 

 砂上の楼閣の如く、泡沫の迷宮は消え去っていく。

 

 後に残るは、ただ献身の末に散った、勇敢なる戦士への想いのみ。

 

 そして、

 

 取り込まれてた2隻の船が、再び海上に姿を現した。

 

「くそッ 奴らはどうしたッ!?」

 

 万古不易の迷宮(ケイオス・ラヴィリントス)が消滅すると同時に、イアソンは身を乗り出すようにして周囲に視線を走らせる。

 

 だが、

 

 周囲に浮かぶ船は、アルゴー船と戦列艦のみ。黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の姿は、周囲四方、水平線の彼方まで凝らしても見つける事が出来ない。

 

 イアソン達が船ごと迷宮に閉じ込められている隙に、彼等は撤退する事に成功したらしい。

 

 アステリオスは、己の魂を燃やし尽くす事で、自分の大切な人たちを守り通したのだ。

 

 戦列艦の方に視線を向ける。

 

 しかし、ライダーが肩を竦めて首を横に振るのみ。どうやら向こうも、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の行方を見失ったらしい。

 

 状況を理解したイアソンは文字通り、地団太を踏んで悔しがる。

 

「クソッ クソッ クソクソクソクソクソォッ!! ミノタウロスめッ あの出来損ないの人間モドキがッ!! 化け物は化け物らしく、さっさと惨めにくたばってればいい物をッ 無駄な足掻きをしやがってッ おかげで私の計画が狂ったじゃないかッ!!」

 

 怒りで顔を歪め、手あたり次第、周囲の物に当たり散らすイアソン。

 

 圧倒的戦力で悪の軍勢であるカルデア勢力と、それに組する愚かな海賊どもを撃ち滅ぼし、奴らの手にある女神エウリュアレを手に入れる。

 

 その後契約の箱(アーク)を入手し、そこにエウリュアレを捧げれば、イアソンは絶対的な力を持つ存在となり、以後はこの世界の王として君臨する事が出来る。

 

 その、はずだったのだ。

 

「それをッ それをッ あのクズ共が、邪魔しやがってェ!! この俺をッ 世界の王となるべきこのイアソンをコケにしやがって!!」

 

 敵を殲滅できず、エウリュアレの奪取にも失敗した。

 

 イアソンの計画が大きく狂ったのは間違いない。

 

 とても、アステリオス1人の消滅程度で、つり合いが取れるはずも無かった。

 

「メディアッ!!」

「はい、ここに」

 

 呼ばれて、メディアは恭しくイアソンに傅く。

 

 先の戦闘では響の奇襲を防いで見事にイアソンを守り、その後も竜牙兵を操ってドレイク海賊団を圧倒したメディア。

 

 彼女は先の戦いにおける功労者と言っても良いだろう。

 

 しかし、そんなメディアの功績など眼中に無い、とばかりにイアソンは己の要件を彼女にぶつける。

 

「奴らを追えるんだろうなッ!?」

「はい。既に彼らの霊基は記録してあります。彼らがこの世界にいる限り、たとえどこに逃げようとも追いかける事は可能です」

 

 言うならば、追跡用のマーキングのような物だろう。

 

 ただ目先の物を追い求めていたイアソンと違い、メディアはエウリュアレ達に逃げられる事も見越し、既に次の手を打っていたのだ。

 

 メディアの返事に、イアソンは満足げに笑みを見せる。

 

「よーし、良いぞッ 流石は我が未来の妻ッ いや、英雄の賢妻となるべき女性だよ、君は!!」

「はい、イアソン様。嬉しいです」

 

 一転、上機嫌で褒め称えるイアソンに対し、頬を染めて俯くメディア。

 

 気をよくしたイアソンは、高笑いを浮かべて船室へと下がっていく。

 

 だが、

 

「なあ、お姫様よ」

 

 高笑いを上げながら去って行くイアソンの背中を見ながら、そっと話しかけてきたのはヘクトールだった。

 

 事実上、アステリオスにトドメを刺した大英雄は、複雑な表情のまま、メディアに話しかける。

 

「あんた、いつまでキャプテンに黙っているつもりなんだい?」

「あら、真実を話す必要があるの? そんな事に何の意味もないのに」

 

 憂いを口にするヘクトールに対し、メディアはあっけらかんとした調子で答える。

 

 まるで、大英雄の危惧する事柄など、意に介する必要すらない、とでも言いたげな態度だ。

 

 対して、ヘクトールも、頭を掻きながら答える。

 

「まあ、あんたがそれで良いっていうなら、おじさんとしても特に言う事は無いんだけどね」

 

 と、

 

 そこで今度は、メディアが声を潜めるようにして告げた。

 

「そんな事より、ヘラクレスに気を付けてください」

「ヘラクレスに? そりゃまたどうして?」

 

 ヘラクレスは、アステリオスと共に沈んだまま、まだ浮かんできていない。

 

 まあ、あの大英雄が死ぬ事は無いだろうが。

 

 先の戦いで魂を1つ失ったとは言え、未だに11個もの魂が残っているのだ。ヘラクレス1人だけで、カルデアもドレイク海賊団も殲滅できそうである。

 

 しかし、

 

「彼、やはり理性があるみたいです。真っ先にエウリュアレを殺そうとする当たり、どうやら、わたし達の計画の危険性に、気付いている節があります」

「はてさて、あの様子で、果たして本当に理性があるのかは大いに疑問ですが、まあ、判りました。警戒はしておきましょう」

 

 果たして、どこまで本気か分からない大英雄の言葉に、嘆息するメディア。

 

 どうあれ、戦いはまだ終わっていない。

 

 エウリュアレを奪い、契約の箱(アーク)を手に入れる。

 

 その目的が達せられない限り、自分たちの旅は終わらないのだ。

 

 もっとも・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 チラッと、視線を向けるメディア。

 

 相変わらず、上機嫌に笑うイアソンの姿。

 

 たまらなく愛おしく、

 

 そして、呆れるほどに愚かな、我がマスター。

 

 そう、

 

 誰だって、良い夢は長く見ていたい物なのだ。

 

 ならば、

 

 無理に起こしてやる必要を、少なくともメディアは感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開ける。

 

 微かに揺れる感覚が、心地よく感じる。

 

 まるで、揺り籠に揺られているかのようだ。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 僅かに声を出す響。

 

 どうやら、ベッドに寝かされているらしい、と言うのはすぐに判った。

 

 喧騒は聞こえない。

 

 外は少なくとも、戦闘中ではないのだろう。

 

 と、言う事は、脱出に成功したのだ。

 

 大きすぎる、犠牲と共に。

 

「起きたの、響?」

 

 声を掛けられて、振り返る響。

 

 少年の視線の先には、白いドレス姿の少女が、椅子に腰かけていた。

 

「美遊・・・・・・・・・・・・」

 

 どうやら、彼女がずっと、傍らで見てくれていたらしい。

 

 先の戦闘後、すぐに倒れて意識を失った響を、凛果と美遊が船室に運んで寝かしつけたのだ。

 

 ちょっと、腕を出して動かしてみる。

 

 問題ない。

 

 どうやら、寝ている間に少し、魔力が回復したらしい。戦闘はまだ無理そうだが、動くくらいなら問題なさそうだった。

 

「美遊・・・・・・・・・・・・」

 

 そこで、響は一番気になっていた事を、少女に尋ねる。

 

「アステリオス、は?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 対して、

 

 少女は静かに目をつぶり、

 

 首を横に振った。

 

 その意味がもたらす物は、一つしかない。

 

 あるいは、もしかしたら、と期待していた面も否めない。

 

 しかし、彼は既に致命傷を負っていた身。その状況から、更に宝具解放まで行っては、助かる見込みは皆無だった。

 

「・・・・・・・・・・・・そっか」

 

 腕で目を覆う響。

 

 美遊も、顔を伏せて俯く。

 

 戦っている以上、犠牲が皆無などと言う事はあり得ない。

 

 しかしそれでもやはり、失った者への悲しみは、尽きる事が無かった。

 

 

 

 

 

 一心にひた走り、わき目も降らずに駆け続けた。

 

 アステリオスと言う大きすぎる犠牲の下、辛くも窮地を脱する事が出た黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 風に吹かれるまま、どうにか逃げ延びる事に成功していた。

 

 とは言え、

 

 船内が重苦しい空気に包まれるのも、無理からぬことだった。

 

 アステリオス。

 

 その身を犠牲にして、皆を逃がした大きすぎる仲間。

 

 彼を失った喪失感が、否応なく船全体を押しつぶさんとしていた。

 

 海賊たちは勿論、凛果やマシュ達、カルデア特殊班の面々も、一言も発する事無く、それぞれめいめいに、甲板に座り込んでいた。

 

 流石に、舵輪を握るドレイクだけは、しっかりと立ち続けていたが、

 

 しかし、稀代の女海賊もまた、やりきれない想いに、沈黙を貫いていた。

 

 近付いてくる足音に、嘆息する。

 

「エウリュアレの様子はどうだい?」

「ああ、落ち着いてる。けど、やっぱりショックだったみたいだ。今は部屋で休んでいるよ」

 

 ドレイクの傍らに立ち、立香は静かな口調で答える。

 

 無理も無い。アステリオスと一番仲が良かったのはエウリュアレだ。そのアステリオスが、自分を助ける為に命を落としたとなれば、エウリュアレのショックは余りあるだろう。

 

 正直なところを言えば、立香のショックも決して小さくない。

 

 しかし、リーダーである自分が落ち込んでいるところを見せれば、その空気は特殊班全体に伝播してしまう。

 

 故に立香は、たとえ空元気でも立ち続けなくてはならなかった。

 

「それで、これからどうするんだい? エウリュアレは取り返したけど、アステリオスは失った。加えて、向こうは船も将も化け物揃いと来た。正直、もう一回戦っても、勝つ見込みはないねえ」

 

 海賊としては、情けない限りだけどね。

 

 ドレイクは、ため息交じりで告げる。

 

 敵の船は戦列艦にアルゴー船と、どちらも性能的に黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を上回っている。

 

 加えてギリシャ最強の英雄ヘラクレス、同じくギリシャ最強の魔女メディア、そしてトロイア最強の英雄ヘクトールと、正しく綺羅星の如き将星が揃っている。

 

 もう一度戦えば負ける。

 

 それは火を見るよりも明らかであった。

 

「戦うにしても、作戦が必要だと思う」

「作戦、ねえ・・・・・・」

 

 立香の言葉を、舵輪を回しながら反芻するドレイク。

 

 どうにも、気乗りがしない、と言った調子である。

 

「具体的には?」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言葉を詰まらせる立香。

 

 言ってはみたものの、立香にだって具体策がある訳じゃない。

 

 だが、このまま何もせずに、再度の激突を迎える事だけは、絶対に避けなければならなかった。

 

「ああ、それで良いと思うよ」

「え?」

 

 ドレイクの言葉に、立香は驚いて顔を上げる。

 

 対して、

 

 ドレイクは振り返り、少年に笑いかけていた。

 

「取りあえずやってみる。方法は後から考える。そう言うのもありさ」

「ドレイク・・・・・・・・・・・・」

「こいつは海賊に限らず、何だって当てはまると思うけどね、あたしらはとりあえず生きてる。生きていれば明日がある、明日があれば、まあ、たいていの事は何とかなるもんさ」

 

 ドレイクの言葉に、思わず吹き出す立香。

 

 それじゃあ、何の解決にもなっていないではないか。

 

「おッ 少しは元気出たかい?」

「ああ、ありがとう」

 

 そうだ。思い悩んでいても仕方がない。

 

 ここで立ち止まるより、次に何をすべきか考えなくては。

 

 幸い、自分には頼れる仲間達がいる。彼等と力を合わせる事が出来れば、どんな困難でも乗り越えていける気がした。

 

 と、その時だった。

 

「あのー、姉御、ボウズも、ちょいと良いですかい?」

「あん? どうしたんだい、ボンベ?」

 

 背後から近づいて来た副官に、舵輪を操る手を止めて振り返るドレイク。

 

 その彼女に、ボンベは手にした物を差し出した。

 

「実は、甲板にこんな物が刺さってやした」

 

 そう言ってボンベが差し出した物は、

 

「矢?」

「何だい? 女神様達か、クロエの落とし物じゃないのかい?」

 

 確かに、この船には今、アーチャーが3人も乗っている。その誰かの物、とも考えられるのだが。

 

「いえ、ここを見てくだせえ」

 

 そう言ってボンベが指示した場所には、一枚の小さな紙が括りつけられていた。

 

 つまり、この矢は矢文と言う訳だ。

 

 ボンベから矢を受け取り、中を開いてみるドレイク。

 

 黙って一読すると、顔を上げた。

 

「・・・・・・ボンベ、この矢、どっから飛んできた?」

「へえ。あの島でさあ」

 

 そう言ってボンベが指示した先には、

 

 何も無かった。

 

「いや・・・・・・・・・・・・」

 

 目を凝らすドレイク。

 

 その視線の先。

 

 ほんの僅か、水平線に芥子粒以下の大きさの影がある。あれが島だ。

 

「面舵一杯ッ 進路変更!!」

 

 ドレイクの号令の下、進路を大きく変える黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 果たして、そこに何が待っているのか?

 

 頬を叩く海風を感じながら、立香は前方を注視し続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、それなりに大きな島だった。

 

 中央には火山らしき山があり、その周囲には鬱蒼とした森が取り巻いているのが見える。

 

 浜辺の沖に船を停泊させたドレイクは、立香達、カルデア特殊班を伴って、島へと上陸していた。

 

 その中には、ようやく動けるようになった、響やエウリュアレの姿もあった。

 

 ドレイクが受け取った矢文の主が、この島にいるはずなのだ。

 

「ここなのか、ドレイク?」

「ああ、間違いないね」

 

 立香に答えながら、ドレイクは手元の手紙に目をやる。

 

 『我に、アルゴー船を破る秘策あり。我が下へと来られたし』

 

 手紙には、そう書かれていた。

 

 しかも、

 

 あの時、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は島からかなり離れていた。通常の弓なら、船に当てるどころか、矢を届かせる事すら不可能な距離だったのは間違いない。

 

 すなわち、あの矢文の主は、サーヴァントである可能性が高いと言う事だ。

 

「果たして、鬼が出るか、蛇が出るか、と言ったところだけど」

 

 ドレイクが、楽しそうにう呟いく。

 

 このような緊張した状況でも、海賊である彼女からすれば、心ドル瞬間なのだろう。

 

 と、

 

「見て、あれッ」

 

 凛果が声を上げて指を指す。

 

 響と美遊が、それぞれ前に出て警戒する中、

 

 1人の女性が、砂浜を歩いてくるのが見えた。

 

 美しい女性だった。

 

 翠色の衣装に身を包んだ女性は、すらりとした印象をしている。

 

 驚いた事に、女性の頭には獣を思わせる耳があり、更にお尻からは長い尻尾が揺れている。

 

 見た目通り、ネコ科の猛獣を連想させる出で立ちだ。

 

「カルデアか・・・・・・」

 

 歩み寄って来た女性は、立香達を見回すと、何かの感慨を感じたように呟く。

 

「汝らとは、何かと縁があるようだな」

「えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて、立香と凛果は顔を見合わせる。

 

 目の前の女性は、いったい何を言っているのか、2人にはピンとこなかったのだ。

 

 そんな2人の様子に、女性も苦笑を返す。

 

「ああ、すまない。先の時は、あまり縁を結べなかったからな。あまり気にしないでくれ」

 

 そう言うと、女性は居住まいを正す。

 

「我が名はアタランテ。アーチャーのサーヴァントとして現界した。よろしく頼む」

 

 凛とした佇まいで名乗る女性。

 

 アタランテと言えば、ギリシャ神話に登場する狩人の女性だ。アルカディアの王女として産まれながらも父王に疎まれ、森に捨てられた悲劇の女性。しかし、女神アルテミスに見いだされた彼女は、やがて比類なき狩人として成長する事になる。

 

 そして、あのアルゴナウタイにも参加していた事で有名である。

 

「それで、本当にあるのかい? あいつらを倒す策ってのは?」

「ああ、それについてだが・・・・・・」

 

 矢文に掛かれていた事を尋ねるドレイクに対し、アタランテが頷きながら説明をしようとした。

 

 その時だった。

 

「お~~~~~~い」

 

 どこか間延びしたような声が、森の方から聞こえてくる。

 

 一同が振り返ると、

 

 その視線の先には、何やら妙に色白の顔をした優男が、手を振りながら走ってくるのが見えた。

 

「知り合いか?」

「ああ・・・・・・不本意ながらな」

 

 尋ねる立香に、アタランテは頭痛がする頭を押さえて頷く。

 

 やがて、青年は走って近づいてくると、実にさわやかな笑顔で言った。

 

「やあ、ひどいな。相棒を置いて行くなんて。僕は君ほど俊敏じゃないんだから、少しはいたわってほしいよ」

「汝と相棒になった覚えはない。それに、随分と余裕そうではないか」

 

 へらへらとした調子で抗議する青年に、アタランテはすげなく返す。

 

 どう見ても拒絶の態度。

 

 しかし、

 

「やあ、ツンツンしている君も素敵だね」

 

 青年の方は、全く堪えている様子は無かった。

 

 とは言え、本人も話が進まないと持ったのだろう。

 

「僕の名前はダビデ。一応、王様って事になっているけど、ここでは一介のアーチャーに過ぎない。よろしく頼むよ」

 

 ダビデと言えば、イスラエルの伝説にある建国王の名前だ。

 

 元々は羊飼いであり、堅琴弾の少年だったダビデ。

 

 当時、イスラエル人は、ペリシテ人と激しい争いを繰り広げていた。

 

 特にペレシテ最強の戦士であった巨人ゴリアテには、誰もが恐れを成し、戦おうとはしなかった。

 

 そんな中、名乗りを上げたダビデは、投石を用いてこれを討ち取る事に成功したと言う。

 

 その後、紆余曲折を経て、イスラエルを建国、初代玉座に着いたのが、このダビデと言う訳だ。

 

「ん、すっぽんぽんの人」

「響、その表現はちょっと・・・・・・」

 

 響のずれた言葉に、美遊は少し顔を赤くしてツッコミを入れる。

 

 確かに、ミケランジェロ・ブオナローティ作による、世界で最も有名なダビデ像は衣服を一切着ておらず、男の象徴たる「アレ」も丸出しの状態だ。

 

 もっとも、ダビデの名誉の為に言わせてもらえば、あの像はダビデが生きた時代よりはるか後に作られた物である。裸で作られたのは、ミケランジェロたちルネサンス期の芸術家が「究極の肉体美」を追求した結果であり、そのうえで服を着せるのは邪道と考えた為である。

 

 決して、ダビデが露出狂であったわけではない。

 

 と、思う・・・・・・・

 

 多分・・・・・・

 

 きっと・・・・・・

 

 そう、信じたい。

 

 更に余談だが、後年「流石に破廉恥」と言う思想が広まり、裸の石像は破壊されたり、裸が描かれている絵には、腰布が書き加えられたりする中、ミケランジェロの像はそのままの姿で残されている辺り、その芸術性の高さが伺えるだろう。(因みに近年、今度は「やはり原型の保持は大事」と言う考えが広まり、絵や像は復元されている)

 

 そんなダビデとアタランテに向き、マシュが口を開く。

 

「初めまして、で、良いでしょうか。カルデアのデミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトと申します。こちらは我がマスターの、藤丸立香と、凛果の兄妹。そして黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の船長である、キャプテン・ドレイク、更にサーヴァントの響、美遊、クロエ、エウリュアレ、アルテミス。それからフォウとオリオンです」

「フォウッ フォウッ」

「ちょっと待てマシュちゃん。何で俺をフォウ君と同列にしたのかな?」

 

 オリオンの抗議を無視して、全員を紹介するマシュ。

 

 だが、

 

「ちょっと待ってくれ、マシュ」

 

 手を上げて制したのはアタランテだった。

 

 どうしても、彼女の中で聞き捨てならない名前が出てきたのだ。

 

「いやいや、何を冗談を言っているのだ。アルテミス様がこんな所にいるはずが無いだろう。女神である彼女がサーヴァントとして召喚されるなど、あるはずが無い」

 

 狩人であるアタランテは、同じく狩猟の神であるアルテミスとアポロンを信仰している。

 

 それだけに、目の前にアタランテがいると言う事実が信じられない様子だった。

 

 だが、

 

「やあん。ダーリン、アタランテが信じてくれないよー」

「いや、そりゃ、お前、仕方ないだろ。彼女からすれば、女神がこんなところほっつい歩いているとは思わないだろうし。それに、処女神の看板立ててるお前が、まさかこんなだったりしたら、そりゃ驚くだろ」

「何よー 処女神が恋をしちゃいけないっていうのッ!?」

 

 皆をそっちのけで、痴話げんかを始めるアルテミスとオリオン。

 

 そんな2人の様子を見ながら、アタランテは恐る恐る振り返る。

 

「・・・・・・本当? ・・・・・・マジで?」

 

 尋ねるアタランテに、頷きを返すしかない立香。

 

 事実として、あれがアルテミス本人である以上、否定しても意味は無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・馬鹿な」

 

 そうとうショックだったのだろう。アタランテは、がっくりと膝を突く。

 

 そんな彼女に、

 

 立香と凛果が、ポンと、優しく肩を叩く。

 

 そして、

 

「傷は深いぞ。がっかりしろ」

「がんばれ乙女ー」

「馬鹿にしてるのか貴様らーッ!!」

 

 アタランテの絶叫が、青い空に響き渡った。

 

 

 

 

 

第18話「彼を失って」      終わり

 



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第19話「月下水鳴」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギリシャ神話に名高き女狩人アタランテ、そしてイスラエルの王ダビデ。

 

 どちらもサーヴァントであり、クラスはアーチャーとなる。

 

 2人の新たなる仲間を加えたカルデア・ドレイク海賊団は早速、作戦会議に入っていた。

 

 何にしろ、時間がない。

 

 アステリオスの献身により振り切った物の、エウリュアレがこちらの手の内にある以上、イアソン達が諦めるとは思えない。必ず、追ってくるはずだ。それも、時間を置かずに。

 

 敵にはギリシャ最強の魔女メディアがいる。彼女に掛かれば、どこへ逃げようが追跡も容易い事だろう。

 

 逃げる事は不可能。

 

 となれば、残る手段はただ一つ。

 

 好むと好まざるとに関わらず、戦って勝つ以外に選択肢は残されていなかった。

 

 となると、何としても追いつかれる前に体勢を立て直さなくてはならない。

 

「そもそも、敵はなぜ、エウリュアレさんを狙っているのでしょう?」

 

 もっともな質問を投げかけたマシュに、一同は考え込む。

 

 確かに、それは皆が気になっていた事だ。

 

 思えば、エウリュアレは最初から追われる身だった。

 

 最初は黒髭に、次はイアソンに。

 

 黒髭の場合は、宝具の強化(及び彼の趣味)の為だった事が判っている。

 

 しかし、イアソンがなぜ、エウリュアレを狙うのか、謎であった。

 

「ん、判った」

 

 何かを思いついたらしい響が、ポムッと手を叩き一同を見やる。

 

「きっと、黒髭がもう一匹いて、それでエウエウが欲しいって言ってる。とか」

「「「「「やーめーてェェェェェェ!!」」」」」

 

 途端に、凛果、マシュ、美遊、クロエ、エウリュアレから、悲鳴に近い声が上がる。

 

 あの黒髭がもう1人いる、など、少女たちとしては想像すらしたくない事態であった。

 

 殆ど、「台所の黒い悪魔」扱いである。

 

「『契約の箱(アーク)』と言う言葉を、奴は言っていなかったか?」

 

 特殊班一同がコントじみたやり取りをしている横で、アタランテが咳ばらいをしながら尋ねて来た。

 

 そう言えば確かに、随分と自信たっぷりにそんな事を言っていたのを思い出す。

 

「その、契約の箱(アーク)って、何なの?」

「フォウ?」

 

 首を傾げる凛果。

 

 と、

 

契約の箱(アーク)とは、古代イスラエルの指導者モーセが、神から授かった十戒を封じた箱の事だよ。歴史的に考えれば、その価値は聖杯にも匹敵するだろうね》

 

 答えたのは、通信機越しに会議に参加していたロマニであった。

 

《とは言え、そんな物を何に使うのか、と言われると、正直さっぱりだよ》

「ちょっとー、あなた現場にいないんだから、こういう時くらい役に立ってよ」

 

 通信機越しに肩を竦めているロマニに、アルテミスが口を尖らせて食って掛かる。

 

 頭脳労働担当がサボるな、と言う事らしい。

 

 しかし、対してロマニが慌ててフォローする。

 

《いやいや。そもそも「使い道が無い」って話さ。あれは言わば「パンドラの箱」と同じで、災いを封じている物だからね。要するに「開けちゃいけない」って訳さ》

 

 開けたら最後、中に入っている災いが飛び出す事になる。

 

 まず、控えめに言って、周囲一帯が不毛地帯になるのは間違いなかった。

 

 契約の箱(アーク)とは、それ程までに危険な代物なのだ。

 

 理由は判らないが、とにかくイアソンが、その契約の箱(アーク)とやらを探している事だけははっきりしている。

 

「なら、決まりだね」

 

 ドレイクが手を叩いて告げた。

 

「まずはその契約の箱(アーク)とやらを手に入れようじゃないのさ。連中が狙ってるってんなら、それだけで嫌がらせくらいにはなるだろう」

 

 確かに、契約の箱(アーク)とエウリュアレ、探している双方が一つ箇所に集まっていると知れば、イアソン達は必ずやってくるはず。そこを迎え撃つ形にすれば、少なくとも前回よりは有利に戦えるはずだった。

 

 と、

 

「あー・・・・・・盛り上がっているところ、すまないんだが」

 

 話の腰を折るように発言したのはアタランテだった。

 

 女狩人は、次いで、傍らの優男に目をやる。

 

「おい」

「うん」

 

 短く促されて、ダビデは一同を見やる。

 

契約の箱(アーク)なら、僕が持ってる」

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・

 

 ・・・

 

 ・

 

 

 

 

 

 

《 『ハァァァァァァァァァァァァァァァッ!?』 》

「フォフォフォフォーウッ!!」

 

 この場にいる一同、及び通信機の向こうのカルデア、ついでに凛果の肩の上にいるフォウから抗議の声が一斉に上がったのは、言うまでも無い事であった。

 

「ど、どういう事だよッ 持ってるって!?」

「どうもこうも、そのままの意味だよ。契約の箱(アーク)なら、僕が持ってる」

 

 食って掛かる立香に、ダビデはシレッとした調子で答える。

 

 呆気に取られる一同。

 

 何と言うか、サスペンスドラマで、容疑者が事件を起こす前に自供を始めたような、そんな微妙な空気が蔓延する。

 

 何にしても、のっけから上がりかけたテンションが、一気に崩れたのは間違いなかった。

 

 そんな微妙な空気を察する事無く、ダビデは説明に入る。

 

契約の箱(アーク)っていうのは、宝具としては三流でね。効果は、『箱に触れた者を死に至らしめる』。ただそれだけだ」

 

 ダビデの説明によれば、契約の箱(アーク)とは、神が人に与えた契約書のような物なのだと言う。

 

 ついでに言えば、ダビデ自身、契約の箱(アーク)を所持してはいるが別段、契約の箱(アーク)の担い手と言う訳ではない。ただ、聖杯戦争にダビデが召喚されれば、契約の箱(アーク)も付属で付いてくると言う事らしい。

 

 ただし、仮にダビデが死んでも、契約の箱(アーク)は残り続けるのだとか。

 

「あれは比喩でも何でもなく、あらゆる物に『死』を齎す物だ。だからこそ、アタランテからイアソンが契約の箱(アーク)を狙っていると聞かされた僕は、ともかく身を隠す事にした。誰か、イアソンに対抗できるサーヴァントが現れるまでね」

 

 ダビデ自身(優男な外見とは裏腹に)、決して弱い英霊ではない。むしろ生前のゴリアテを討ち取った逸話から考えても、武勇においては比類ないとさえ言える。

 

 しかしそれでもやはり、ギリシャの大英雄ヘラクレスは別格の存在だった。

 

 敵わぬ戦いに挑む無謀さを示すよりも、いつか来る逆転の機会に賭けて潜伏した判断は正しかったと言えるだろう。

 

「私はアルゴノーツのメンバーとして召喚されたが、ヘラクレスのように自我を奪われる事は無かった。まあ、生前からイアソンの奴を嫌っていたのもあるだろうがな」

 

 そう言って、肩を竦めるアタランテ。

 

 そもそも、狩人アタランテは男嫌いで有名である。彼女が父親が持ってきた縁談を断る為に散々、男たちに無理難題を吹っ掛け続けたのは有名な伝説である。

 

「まあ、無理も無いわね。あんな最低のクズ男、アタランテじゃなくても願い下げよ」

 

 クロエが肩を竦めながら告げると、何人かの女性陣が同意だとばかりに頷きを返す。

 

 先の戦いにおけるイアソンの独善かつヒステリックな性格は、嫌悪と言っても過言ではないレベルで、全女性陣から嫌われていた。

 

「まあ、そう言ってやんなよ。あいつだって、そう悪い奴じゃないんだからさ」

 

 意外なフォローを入れたのはオリオンだった。

 

「ただちょっと性格が傲慢で、便利な力を手に入れて、舞い上がって威張りくさってるだけなんだからさ」

「ん、プーさん、フォローになってない」

「そうか? じゃあ言い直そう。あいつは性格最悪で本人は何の力も無いくせに、便利な力を持ってる仲間と権力だけはあるんだよ」

 

 今度は、良い所が何一つとしてなかった。

 

「それで、イアソンはなぜ、契約の箱(アーク)を欲しがっているのでしょう?」

 

 脱線しかけた話題を、マシュが元に戻す。

 

 問題はそこだった。

 

 イアソンは、契約の箱(アーク)を手に入れて、いったいどうしようと言うのだろうか?

 

「奴は、この海域の王になろうとしているのだ」

 

 答えたのは、アタランテだった。

 

「その為に、契約の箱(アーク)を手に入れ、そこにエウリュアレを捧げようとしてるのさ」

「何か、悪魔の儀式みたいに聞こえるけど、そんな事、本当にできるの?」

 

 凛果が首を傾げる。

 

 魔術に関しては素人に過ぎない凛果からすれば、そもそもなぜ、エウリュアレを契約の箱(アーク)に捧げれば、イアソンが王になるのか、さっぱり分からなかった。

 

「いや、無理だね」

 

 断定するように言ったのはダビデだった。

 

「さっきも言った通り、契約の箱(アーク)は触れるだけで死をもたらす存在だ。なら、そこにエウリュアレのような女神を捧げれば、箱の中身が暴走して、最悪、この世界が破壊される事にもなりかねない」

 

 そう言って、ダビデは嘆息する。

 

 これが普通の世界だったら、先程言った通り、周囲一帯が不毛地帯になる程度で事は収まるだろう。

 

 しかし、ここは特異点。それも海図をチグハグに繋ぎ合わせたような不安定な世界だ。そんなところで契約の箱(アーク)など使おうものなら、人理焼却を待つまでもなく、世界が崩壊するのは目に見えていた。

 

 言ってしまえば契約の箱(アーク)とは、「持ち運びできるサイズの核爆弾」だろうか? しかも、起爆は至極容易に可能と来た。

 

 ともかく契約の箱(アーク)とは、それ程までに危険な代物である事は判った。

 

 となると、疑問は更に出てくる。

 

「誰が、イアソンに、そんな嘘を教えたか、ですね」

「うん。言ってる事と実際の事が、まるで真逆だもんね」

 

 美遊の発言に、クロエが肩を竦めながら答える。

 

 王になる為に契約の箱(アーク)とエウリュアレを欲していたイアソンだが、実際には、その2つをかけ合わせれば、世界が崩壊する事が判った。

 

 となると、誰かがイアソンに嘘を教えた事になる。

 

「まあ、十中八九、あのメディアとかいう小娘だろうね。他に考えられないよ」

「けど、何の為に?」

 

 確信を持って告げるドレイクに対し、凛果が首を傾げて尋ねる。

 

 確かに、メディアほどの魔術師(キャスター)であるならば契約の箱(アーク)の知識があっても不思議ではない。

 

 のだが、

 

 しかしならば、誤った知識をイアソンに与え続けている事が理解できない。はっきり言って、メディアの行動は矛盾していると言ってよかった。

 

「メディアって言や、あの子は何であんな姿で召喚されてんのかね? 普通なら、もっと大人の年齢の姿が召喚されると思うんだけどな」

 

 疑問を呈したのはオリオンだった。

 

 サーヴァントとは、基本的に全盛期の姿で召喚される。

 

 その点で行けば、メディアの全盛期は「裏切りの魔女」と呼ばれた、成人後が相当する。

 

 あの見た目にも可憐な少女からは、魔女としての凄惨さは一切感じられなかった。

 

 恐らくは魔女と呼ばれる前のメディア。コルキスの王女だった、少女時代の姿で召喚されているのだろう。

 

「まあ、成人姿で召喚されたらされたで、イアソンとの間で血みどろの復讐劇が再現されるだろうけどな。何しろイアソンの奴、メディアに散々、貢がせといて、あっさり捨てた口だから」

「オリオンは違うもんね。女神だろうが人妻だろうが、見境なかっただけだもんね」

「そうそう。俺はあくまで清いお付き合いをって、ギャァァァァァァッ!?」

 

 誘導尋問に引っかかったオリオンを、アルテミスが折檻している。

 

 そんな中、

 

 1人、美遊が何やら沈思していた。

 

「全盛期の姿・・・・・・・・・・・・」

 

 何か思うところがあるのか、考え込む少女。

 

 と、そんな美遊に、クロエが怪訝な面持ちで尋ねる。

 

「どうしたのよ、美遊?」

「あ、いえ・・・・・・何でもない」

 

 指摘されて、視線を逸らす美遊。

 

 対して、クロエは首を傾げるが、美遊はそれ以上、何も言おうとはしなかった。

 

 そんな少女たちのやり取りの傍らで、話し合いは続けられた。

 

「後は、どうやってアルゴナウタイ、特にヘラクレスをどう止めるか、ですね」

 

 マシュの言葉に、一同は考え込む。

 

 正直、彼我の戦力差は隔絶している。

 

 敵はギリシャ最強の大英雄ヘラクレスに、トロイア最強の大英雄ヘクトール、更に裏切りの魔女メディアもいる。その他、戦列艦の主たるライダー、正体不明のキャスターまでいる。

 

「対してこちらは、アーチャーが5人、セイバー、アサシン、シールダーが各1人、そして海賊が1人です」

「見事に、遠距離からチマチマ撃つタイプが揃ったわね」

 

 クロエが嘆息する。

 

 戦力比の偏りが著しい。

 

 正直、無策で挑めば、全滅するのは目に見えている。

 

「ともかくヘラクレスだね。あいつさえ何とか出来れば、勝機も見えてくるはずだよ」

 

 ドレイクの言葉に、一同は頷きつつ考え込む。

 

 先の戦いでは、響の魔天狼で1回殺した物の、彼の命のストックは、あと11回残っている計算になる。

 

 あの大英雄相手に、11回も致命傷を与える事は、困難を通り越して不可能であった。

 

「あのさ・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果が手を上げて発言する。

 

「その、契約の箱(アーク)、ダビデが持ってるんでしょ。なら、それをヘラクレスにぶつけたりとか、できないのかな?」

「それはできない。さっき言った通り、契約の箱(アーク)に触れれば死んでしまうからね。それは、僕であっても変わりはない」

 

 首を横に振るダビデ。

 

 だが、凛果は更に続けた。

 

「なら、逆に触らせるってのは? 契約の箱(アーク)が置いてあるところまでヘラクレスを誘導して、どうにかして触らせる事が出来れば、倒せるんじゃない?」

「囮か・・・・・・しかし、相手はバーサーカーとは言えサーヴァントだ。流石に近付けば、宝具の気配は察知できるだろう。その上で、簡単に触れてくれるだろうか?」

 

 アタランテの言葉に、一同が首を傾げる。

 

 やはりだめか?

 

 他に、何か有効な手段は無い物か?

 

 一同が首をひねる。

 

 と、

 

「いや・・・・・・・・・・・・ある」

 

 発言したのは、立香だった。

 

 少年は、どこか覚悟を決めたような眼差しで、一同を見た。

 

「先輩、何を・・・・・・」

「フォウ?」

 

 マシュとフォウが、怪訝な面持ちで立香を見やる。

 

 対して、

 

 立香は後輩少女に向き直った。

 

「マシュ、頼みがあるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが、決戦に向けて動き出そうとしていた。

 

 恐らく、明日には敵がやってくる。

 

 その為の準備は、入念にしておかなくてはならなかった。

 

 特にドレイク海賊団は、物資の補充や船の補修など、やるべき事は多い。そこで交代で休憩を取りつつ、作業を行っている。

 

 立香と凛果、2人のマスターは既に船室で休んでいる。彼らは生身の人間であるし、特に明日は、何が起こるか予想がつかない。万全に体調を整えておきたい所だった。

 

 勿論、見張りはしっかりと行っている。

 

 海岸線に監視を置き、万が一、敵が夜の内に接近した場合に備えていた。

 

 こうして、決戦に向けて、着々と準備を進める中、

 

 響は1人、海岸を歩いていた。

 

 この、決戦前の準備時間の間、響には特にする事が無い。

 

 既に先の戦いにおいて消耗した魔力の補充は終えている。

 

 元々、戦闘に必要な魔力は、マスターである凛果を介する形で、響に直接送り込まれてくる。

 

 先の戦いでは無理の連続で倒れてしまったが、今の響はほぼ万全に近い状態だった。

 

 そんな訳で、特に休んでいる理由も無くなったのだが、

 

 そんな響が、何を思って海岸を歩いているのか?

 

 少年の姿は、やがて岩場の影へとやってくる。

 

 大きな岩が点在するその場所は、人間の足にはやや歩き辛い場所となっている。

 

 もっとも、サーヴァントである響からすれば、一足で超える事が出来るのだが。

 

 岩場の先には、そこにも小さな砂浜が存在している。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が停泊している入江から見たら、ちょうど死角となっている形だった。

 

 砂浜に降り立つ響。

 

「ん、来た」

 

 その視線の先には、

 

「・・・・・・・・・・・・」

「フォウ、フォウ?」

 

 岩場に腰かけるようにして彼を待っていた、白百合の少女が、フォウと戯れる手を止めて振り返るのが見えた。

 

 

 

 

 

 夜になったら来て欲しい。

 

 美遊に、そう声を掛けられた響は、作戦会議が終わった後、船を抜け出して、美遊が指定したこの砂浜までやって来たのだ。

 

 いったい、何の用だろう?

 

 首を傾げる響の目の前で、美遊は岩に腰かけたまま、腕に抱いたフォウを、優しい手つきで撫でていた。。

 

「美遊?」

 

 声を掛けると、少女はゆっくりと振り返った。

 

 月下に佇む少女。

 

 幼いながらも、その美しさは万人が惹かれる物であろう。

 

「ありがとう響、来てくれて」

 

 微笑む美遊に、頷きを返す響。

 

 しかし、こうして改まって呼ばれた理由が思い至らない。

 

 決戦前に、何か話しておくことがあるのだろうか?

 

 とは言え、響も美遊もサーヴァントである以上、戦場においては全力を尽くすのみ。特に、作戦前に話し合うようなことはしないのだが。

 

「ちょっと、準備に付き合ってもらおうと思って」

「ん、準備?」

 

 訳が分からず、響は首を傾げる。

 

 これ以上、何の準備をすると言うのか?

 

「前回の戦いでは、私はあまり、みんなの役に立てなかった、と思う」

「ん、そんな事無い」

 

 美遊の言葉を、響は否定する。

 

 実際、美遊はヘラクレス相手に、一歩も引かずに戦い続けてくれた。

 

 彼女が戦線を維持してくれたからこそ、響やアステリオスの作戦がうまく行ったのは間違いない。

 

 しかし、少女としては、それだけでは不満であるらしかった。

 

「私は特殊班の中では一番、火力が高い。本来なら、私が単独でヘラクレスを押さえなくちゃいけなかったはず」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊の言葉に、響は返事を持たない。

 

 確かに、それが出来たら理想だったのは事実である。

 

 だが、特殊班のメンバーも、海賊達も、誰も美遊を責める者はいない。

 

 あの状況で、僅かな時間とは言えヘラクレスを抑えてくれたのは、美遊の功績で間違いないからだった。

 

「だから、考えた。私がもっと、積極的に前に出ていたら、あそこまで苦戦はしなかったはず」

「ん、言いたい事は判った、けど・・・・・・」

 

 だからと言って、今更どうしようと言うのか?

 

 決戦はもう、明日だ。今からできる事は少ないと思うのだが。

 

「だから、教えて欲しいの」

 

 身を乗り出す美遊。

 

 そして、

 

「水泳を」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 響の目が点になったのは、言うまでも無い事だった。

 

 水泳?

 

 何で?

 

 混乱しまくる思考の響を前に、美遊は熱く語る。

 

「そもそもの原因は、私が泳げない事にある。なら、泳げるようになれば、海の上でももっと戦えるようになるはず」

「いや、それはどーよ?」

 

 響はややげんなりした調子で答える。

 

 そもそも、美遊が泳げないのは彼女に原因がある訳じゃなく、彼女に霊基を譲渡したアルトリア・ペンドラゴンが泳げない故である。

 

 言ってしまえば、美遊が「泳げない」のは宿命と言っても過言ではない。

 

 どんなに頑張ったところで、その結果は変えようがない。

 

「そもそもッ」

 

 そこで、美遊は語気を強めた。

 

「私にできない事がある事自体、許せない。そもそも、人体の人は水に浮くようにできている。なら、私が泳げないのはおかしい」

「それが本音か・・・・・・」

 

 嘆息する響。

 

 何やら、変な方向に火が点いてしまった気がしないでもない。

 

「ん・・・・・・・・・・・・このパターン、初めて、かも」

「何か言った?」

「ん、別に」

 

 嘆息しつつ、響は美遊に向き直る。

 

 どうやら、少女を反意させるのは難しいと判断したのだ。

 

「教えるのは、良い。けど、水着が、無い」

 

 一応、抵抗はしてみる。

 

 まさか、服のまま泳ぐわけにもいくまい。

 

 それとも・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 不埒な考えが浮かびかけ、響は慌てて思考を切り替える。

 

 と、

 

 そんな煩悩と戦う響に、美遊は両手に持った布を翳して見せた。

 

 ピッタリした紺色のワンピース水着と短パン。

 

 ワンピーズ水着の胸には「5年1組 さかつき みゆ」と、見覚えのある字が書かれている。

 

 美遊と響の水着だった。

 

「・・・・・・いつの間に?」

「ダ・ヴィンチさんに転送してもらった。これくらいなら大丈夫だって」

 

 あの天才め・・・・・・

 

 余計な事をしてくれたカルデア技術主任に、心の中で呪詛をぶつける響。

 

 とは言えこれで、ますます断りづらくなってしまった。

 

 響が痛む頭を押さえつつ、深々とため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 入江は深く入り組んでいる事もあり、ほとんど波が立たず、穏やかな水面が月光の下で満たされている。

 

 その鏡面のような海の上で、

 

 控えめな水音が響いていた。

 

 響に両手を引かれる形で、足を上下にばたつかせる美遊。

 

「ん、もう少し、足、大きく動かした方が、良い」

「こ、こう?」

 

 響に手を引かれながら、美遊は恐る恐ると言った感じに足を動かしている。

 

 紺のスクール水着に、腰には浮き輪をかぶせた姿。どうやら、浮き輪もダ・ヴィンチが転送してくれた物らしい。

 

 少女の手のぬくもりを感じながら、響は少し、気恥ずかしい気持ちになる。

 

 いっそ、

 

 このまま、このまま時間が止まってくれれば。

 

 せめて、

 

 もう少しだけ、この時間が続いてくれたら。

 

 脳裏に浮かんだ想い。

 

「響、次は?」

「あ・・・・・・ん、じゃあ・・・・・・」

 

 見上げるような形で美遊に声を掛けられ、意識を戻す響。

 

 手を引かれた美遊が、不安げにこちらを見詰めてきている。

 

 目が合う。

 

 馬鹿な。

 

 視線を逸らす響。

 

 そうならない事を願ったのは、そもそも自分だと言うのに。

 

 想いを振り払い、再び美遊の手を引く響。

 

 誰もいない入江の片隅で、

 

 幼い少女と少年だけが、静寂の住人となって、共にあり続けていた。

 

 

 

 

 

 1時間くらいは続けただろうか?

 

 水着姿の響と美遊は、砂浜に腰かけて、冷えた体を休めていた。

 

「・・・・・・・・・・・・結局、泳げなかった」

「ん、まあ、予想はしてた」

 

 ガックリと肩を落とす美遊に対し、響は慰めの言葉も見つからずに嘆息するしかない。

 

 フォウも慰めるように、少女の肩の上に乗って身体を摺り寄せていた。

 

 美遊としては、もともと自分には水泳の経験が無いのだから、練習すれば泳げるようになると、信じていた節がある。

 

 しかし、彼女のカナヅチは、彼女自身の霊基に刻まれた言わば「概念」であり、たとえ100年費やしたとしても、覆せる物ではないのだ。

 

「けど、諦める気は無い」

「え、まだやんの?」

 

 ギョッとした調子で尋ねる響。

 

 どうやら、目の前の少女の負けず嫌いは筋金入りであるらしい。

 

 諦めろ、とは言わないが、現状で時間の無駄である事は間違いないのだが。

 

「何てね」

「フォウッ」

 

 クスッと笑う美遊。

 

 そのまま立ち上がると、お尻に付いた砂を手で払う。

 

「今日は、ここまでにしておく。付き合ってくれてありがとう」

「ん・・・・・・うん」

 

 差し出された手を、握り返す響。

 

 淡い月光の下、

 

 少女の可憐な水着姿が、美しく浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

第19話「月下水鳴」      終わり

 



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第20話「ヘラクレスを討て」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに、その時は来た。

 

 緊張が俄かに高まる中、その報告がもたらされたのは、陽が徐々に中天に近づこうとしていた時の事だった。

 

 島の北側は、断崖となっており、そこが臨時の監視所となっている。

 

 そこで見張りに当たっていたアタランテが、水平線に動きが見えたのを感じたのだ。

 

 遠距離狙撃を行う都合上、アーチャーは遠視のスキルを持つ者が多い。アタランテもその例に漏れず、凛と可憐な双眸は、遥か先を見通している。

 

 果たして、

 

 女狩人が見つめる視界の先で、巨大な影が蠢くのが見えた。

 

「・・・・・・・・・・・・来たか」

 

 緊張交じりに告げられる、アタランテの声。

 

 水平線の彼方で動く影は2つ。

 

 遠距離であっても、天眼とも言えるその眼は、はっきりと相手を捉える。

 

 船だ。それも、2隻ともかなりの大きさである事が判る。

 

 間違いなく、アルゴー船と戦列艦だろう。

 

 やはり、メディアによって、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は追跡されていたのだ。

 

 だが、向こうがこちらを追跡してくる事は、先刻承知していた事。

 

 故に、作戦準備は万端に行われていた。

 

「ただちに立香とドレイクに伝えろ!!」

「へいッ」

 

 アタランテの指示に従い、伝令の為に待機していた海賊が走る。

 

 その間にも、アタランテは海上に目を凝らし続ける。

 

 今回の作戦、初動が最大の勝負と言っても過言ではない。その為には、敵船がどの方向に向かうのか、見極めなくてはならない。

 

「急げよ、立香」

 

 祈るように呟きながら、アタランテは真っ直ぐにこちらに向かってくる船を睨み続けた。

 

 

 

 

 

 アタランテの報告を受け、待機していたカルデア特殊班、並びにドレイク海賊団も、にわかに動き出す。

 

 既に船の修復は終え、必要な物資の積み込みも終わっている。

 

 これあるを予期していた立香達の準備は万端だった。

 

「それじゃあ、ドレイク」

「ああ、そっちもしっかりやんな」

 

 互いに頷きを交わす、立香とドレイク。

 

 ここから先は、別行動となる。

 

 この世界に来て、今まで共に戦ってきたドレイクと別れる事には不安はある。

 

 しかし今回は作戦上、どうしても別行動をとる必要がある。

 

 つまり、これが顔を合わせる、最後の機会となるかもしれないのだ。

 

「そんな顔、するんじゃないよ」

「え?」

 

 驚いて顔を上げる立香に、ドレイクが笑いかける。

 

「胸を張りな立香、あんたは強い。そりゃ、あんた自身は戦えないかもしれないけどさ、あんたの周りには、あんたを慕う連中がこんなにいるじゃないか。そんな奴らの中心にいるあんたが、弱いはずないじゃないさ」

「ドレイク・・・・・・」

「ついでに言えば、」

 

 ドレイクは、ニヤリと不敵な笑みを見せる。

 

「あたしも強いよ。そんじょそこらの有象無象なんぞに、負けてやる気は無いからね」

「・・・・・・ああ、そうだな」

 

 立香もまた、力強く頷く。

 

 そうだ。

 

 自分たちは勝って、必ずまた再会する。

 

 そう、心に誓って、ドレイクと視線を交わす。

 

「じゃあ、また」

「ああ、またな」

 

 そう言って、互いの拳を打ち付ける、立香とドレイク。

 

 同時に、ドレイクは踵を返した。

 

「野郎どもッ 出航用意!! 錨を上げろッ!! 帆を張りなッ!!」

 

 叫ぶように指示を出しながら、はしごを駆けあがるドレイク。

 

 甲板に立つと、もう一度振り返る。

 

 立香とドレイク。

 

 2人の指揮官は、互いに笑みを浮かべて頷き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦の焦点となるのは、何と言ってもヘラクレスだろう。

 

 あの最強の大英雄をいかに排除できるかが、作戦の成否を担う事になる。

 

 故に、立香達の作戦もまた、焦点をそこへと絞って来た。

 

「間もなく、射程に入るぞ。準備は良いか?」

「ああ」

 

 アタランテの問いかけに、立香は緊張した面持ちで頷きを返す。

 

 正直、今までも危機と呼べるものは幾度も経験してきたが、今回は極めつけと言っていい。

 

 成功確率は、きわめてゼロに近い。

 

 本来なら、賭けすら成立しないところだろう。

 

 しかし、

 

 緊張はしていても立香は、聊かの不安も感じていなかった。

 

 自分には仲間がいる。

 

 この世界の誰よりも信頼できる仲間達がいる。

 

 ならば、不安要素の何物も、そこには存在しなかった。

 

「始めてくれ」

 

 立香の言葉に、頷きを返す一同。

 

 まずは、ヘラクレスを誘き出す。話はそれからだった。

 

「では、まず私から行こう」

 

 そう告げると、前に出たアタランテが弓を構える。

 

 同時に、高まる魔力が女狩人の体より溢れ出すのが見えた。

 

「この矢を持って、アポロンとアルテミスに願い奉る」

 

 引き絞られる弓。

 

 その傍らで、祈りを捧げられた当の女神様が笑顔で頬を紅潮させている。

 

「いや~ん、お願いされちゃったよ、ダーリン。って、ダーリン、どうしたの? 頭抱えてプルプル震えちゃって?」

「いや、アポロンの名前を聞くと、つい条件反射的に・・・・・・」

 

 生前のトラウマを刺激されたらしいとオリオンが震える中、弓を構えるアルテミス。

 

「はーいッ それじゃあダーリン、愛を示すわよ!!」

 

 続いて弓を構えたのはエウリュアレだ。

 

「あんな最低男に私の宝具をやるのは勿体ないかもだけど、ま、良いわ、遠慮なく贈ってあげる!!」

 

 小柄な体に似合いな短弓を構えた女神が、狙いを定める。

 

 更に続くクロエ。

 

「あたしのこれは、正確には宝具じゃないんだけど、まあ、威力は保証するわ。投影開始(トレース・オン)!!」

 

 投影で作り出した螺旋状の矢を、弓に番えるクロエ。

 

 そんな女性陣の張り切りまくった様子に、ダビデが苦笑する。

 

「いやはや、モテモテじゃないかイアソン君。実に羨ましいね。あ、これは僕からのおすそ分けだ。遠慮なく受け取ってくれたまえ!!」

 

 そう言うと、手にした投石紐(スリング)を勢いよく回転させる。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!!」

 

月女神の愛矢恋矢(トライスター・アモーレ・ミオ)!!」

 

女神の視線(アイ・オブ・ザ・エウリュアレ)!!」

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!!」

 

五つの石(ハメシュ・アヴァニム)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、

 

 航行するアルゴー船からも、島から放たれる矢の様子が見て取れた。

 

「敵の攻撃、来ますッ」

「はッ 馬鹿な連中だ」

 

 メディアの報告を受けて、イアソンは鼻で笑い飛ばす。

 

 向かってくる矢など、何ほどの脅威にも感じていない様子だ。

 

「そんな矢ごときで、ヘラクレスを倒せるものかッ」

 

 せせら笑うイアソン。

 

 こんな程度しかできない連中なら、もはや勝ったも同然。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「いえッ!!」

 

 メディアが鋭く警告を発した。

 

「イアソン様ッ 狙いはあなたです!!」

「・・・・・・・・・・・・へ?」

 

 メディアの言葉に、間抜けな声で返事をするイアソン。

 

 次の瞬間、

 

 降り注ぐ無数の矢が、一斉にイアソンに襲い掛かった。

 

 前代未聞、アーチャー連合軍による宝具一斉掃射。

 

 それはイアソンを10回吹き飛ばしても、あまりある威力を誇っていた。

 

「ヒッ ヒィィィィィィ!?」

 

 途端に、甲板に尻餅を突くイアソン。

 

 その頭上に、障壁が展開される。

 

 とっさに割って入ったメディアが、空中に障壁を展開して攻撃を防ぎにかかったのだ。

 

「Aランククラスの攻撃も混じっていますッ イアソン様ッ 危険です、下がってください!!」

 

 叫ぶメディア。

 

 しかし、いかに稀代の魔女と言えど、宝具による一斉攻撃を完全に防ぎきる事は不可能だ。

 

 撃ち漏らした一部の矢が、甲板に座り込んでいるイアソンに向かって落下してくる。

 

「う、ウワァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 思わず、顔を覆うイアソン。

 

 しかし、そんな物で、宝具を防げるわけがない。

 

 次の瞬間、

 

 割って入った大英雄が、手にした槍を旋回させて、飛んできた矢を打ち払った。

 

「お、おおッ ヘクトールッ!! よくやった!!」

 

 だが、ある医の激励に応えている余裕は、今のヘクトールにはない。

 

 さしもの大英雄も、宝具一斉掃射と言う事態に、対応するだけで手いっぱいだった。

 

「クッ 流石にこいつは鬱陶しいなッ!!」

 

 言いながら、飛んできた矢を払うヘクトール。

 

 その傍らに、よれよれの巫女装束を着た女性が佇む。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 キャスターは懐から数枚の呪符を取り出すと、空中に投擲する。

 

 呪符はたちまち鳥のような形となり、飛んできた矢を撃墜していく。

 

「はあ・・・・・・数が多い、わね・・・・・・面倒」

 

 億劫そうに言いながらも、呪符を繰り出す手を止めないキャスター。

 

 やがて、

 

 宝具の掃射は止まり、再び静寂が訪れる。

 

 代わって、騒ぎ出したのは一党の長であるイアソンだった。

 

「おのれッ クズの分際で、この俺に楯突きやがってッ エウリュアレと契約の箱(アーク)を手に入れる前に、全員皆殺しにしてやるからな!!」

 

 自身に集中砲火を受けた事で怒りが頂点に達したらしい。

 

 なぜ、どいつもこいつも自分に逆らうのかッ!?

 

 世界の王となるべき、このイアソンにッ!!

 

 不遜な連中には、罰を下さなければなるまいッ そうでなければ、イアソンの気は収まらなかった。

 

「ライダー!! 奴らに大砲を浴びせて吹き飛ばしてしまえ!!」

 

 喚き散らすように、指示を飛ばすイアソン。

 

 だが、

 

 隻眼隻腕のライダーは、険しい顔で望遠鏡を取り出す。

 

「いや、マスター、それは叶いませぬな」

「何だとッ!?」

 

 望遠鏡を覗き込むライダー。

 

 その視界の先では、

 

 1隻の船が、こちらに向かってくるのが見える。

 

 小型のガレオン船。

 

 しかし、そのマストの頂上には、1枚の海賊旗が誇らしげに翻っている。

 

「おのれッ 薄汚い海賊風情がッ どこまでも邪魔しやがって!!」

 

 口汚くののしるイアソン。

 

 それとは対照的に、ライダーは望遠鏡を下ろしてイアソンの方に向き直った。

 

「フランシス・ドレイクは私が相手をします。よろしいかな?」

「クッ 勝手にしろ!!」

 

 ライダーの提案に、吐き捨てるように告げるイアソン。

 

 たかが海賊1匹とは言え、蠢動されると厄介なのは確かだ。

 

 それに、仮にライダーが戦列から抜けても、まだこちらにはヘラクレスがいる。盤石の布陣は揺らぐ事は無い。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 卑怯な連中の事だ。先ほどの宝具連射のように、どんな汚い手を使ってくるか分からない。万が一、アルゴー船にまで攻め込まれたら事だ。

 

 となると、最大戦力を送り込みつつ、守りを固める事が肝心だろう。

 

「よしッ ヘラクレスは島に上陸して奴らをなぎ倒せッ 相手は大半がアーチャーだッ お前1人で全員なぎ倒せるだろう!! メディア、ヘクトール、キャスターは俺を守れ!! サーヴァントらしく、役割を果たすんだ!!」

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 イアソンの指示を受け、飛び込んでいくヘラクレス。

 

 その姿を見て、ヘクトールは嘆息する。

 

「さてさて、ここまでは敵さんの思惑通り、か。だが、果たして連中にヘラクレスを倒せるのかね」

 

 ヘラクレスにはまだ、11の魂が残っている。これを倒しきるには、Aランク以上の攻撃力を持つ、11人のサーヴァントが必要だろう。あるいは、1人で種類の違うAランク以上の攻撃手段を11個、用意するか。

 

 いずれにしても、カルデアの連中には難しい相談だった。

 

「・・・・・・まさか、ね」

 

 自身の脳裏に浮かんだ考えを、ヘクトールは一笑に付すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音と共に、海岸線に水柱が上がる。

 

 天から降って来た巨大な塊が、ゆっくり立ち上がるのが見える。

 

 ヘラクレスだ。

 

 ほんの数日前、アステリオスと共に海中に沈んだはずの大英雄。

 

 しかし、その姿にはいささかの陰りも見られない。

 

 勿論、12個ある魂の内、一つは失われている。

 

 しかし、その程度の損失は、ヘラクレスにとって痛手でも何でも無かった。

 

 凶顔を持ち上げるヘラクレス。

 

 殺気を伴った双眸が、一同を睨みつける。

 

「来るぞッ 立香!!」

「ああ」

 

 アタランテの声に頷きを返すと、エウリュアレに向き直る。

 

「じゃあ、エウリュアレ」

「ええ、お願いするわ」

 

 頷くと、立香は女神の体を抱え上げる。

 

 見た目通り、羽のように軽いエウリュアレ。これなら、問題なさそうだ。

 

「では先輩。背中はお任せください」

「ああ、マシュ。頼んだ」

 

 頼りになる後輩に頷きを返す。

 

 そこへ、

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げて、ヘラクレスが突っ込んで来た。

 

「行ってくださいッ!!」

「ああ!!」

 

 マシュの声に背中を押されるように、立香は駆け出す。

 

 突撃してくるヘラクレス。

 

 対して、マシュは大盾を構える。

 

 出し惜しみは無し。最初から全力全開だ。

 

「真名、偽装登録ッ 展開しますッ 人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

 宝具展開。

 

 立ちはだかる不可視の壁が、ヘラクレスの突進を防ぐ。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げて、斧剣を振り上げるヘラクレス。

 

 叩きつけられた武骨な刃が、マシュの展開する障壁と激突する。

 

「クッ!?」

 

 異音と共に、軋みを上げる障壁。

 

 だが、押し負けない。

 

 マシュは両足を踏ん張って、ヘラクレスの攻撃に耐える。

 

 まだだ。

 

 まだ、もう少しだけ。

 

 せめて、立香とエウリュアレが海岸線を出るまで、時間を稼がなくては。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮と共に、力任せの一撃が振り下ろされる。

 

 次の瞬間、

 

 障壁は、音を上げて砕け散った。

 

「クッ!?」

 

 砂浜に膝を突くマシュ。

 

 盾兵の少女は、苦悶に顔を歪めながらも眦を上げる。

 

 その視界の中で、

 

 大英雄は、彼女に目もくれる事無く、一直線に突進していくのが見えた。

 

 その進路上の先には、エウリュアレを抱えて走る立香の姿がある。

 

「やはり、狙いはエウリュアレさん、ですか」

 

 確信の頷きと共に、立ち上がるマシュ。

 

 そこへ、女狩人が駆け寄って来た。

 

「急ぐぞマシュ。まだいけるな?」

「は、はいッ」

 

 健気に頷きを返す盾兵に、アタランテが笑みを見せる。

 

 作戦はまだここから。ここで息切れしている余裕は、マシュにはない。

 

 何より、マスターである立香が体を張っているのだ。ならば、サーヴァントである自分が休むなど、ありえなかった。

 

「行くぞッ 掴まれ!!」

「はいッ!!」

 

 促されるまま、アタランテの方に手を回すマシュ。

 

 同時に、女狩人はヘラクレスを追撃すべく跳躍した。

 

 

 

 

 

 

 作戦はシンプルだった。

 

 まず、アーチャーたちの宝具一斉掃射でイアソンに集中攻撃を仕掛ける。

 

 これで討ち取れれば万事解決だろうが、敵にはメディアや、防御戦に長けたヘクトールがいる以上、恐らく思い通りには行かないだろう。

 

 だが、自分が狙われた事で、イアソンは確実に頭に血が上るはず。

 

 そうなると、元々狭かった視界が更に狭まるだろう。

 

 間違いなく、最強戦力であるヘラクレスを繰り出してくるはずだ。こちらを完膚無きまでに叩き潰すために。

 

 そこで、作戦を第2段階へと移す。

 

 ヘラクレスを契約の箱(アーク)を安置してある遺跡まで誘導し触れさせるのだ。

 

 契約の箱(アーク)とは、死をもたらす物。

 

 それは、たとえ12の魂(現在は11)を持つヘラクレスと言えど例外ではない。

 

 契約の箱(アーク)に触れれば、ヘラクレスと言えど、確実に殺しきる事が出来る筈だった。

 

 あと、残る問題は、いかにしてヘラクレスを契約の箱(アーク)まで誘導するか、である。

 

 そこで、考えた。

 

 先の戦いでヘラクレスは、エウリュアレを殺す事に執着していた節がある。

 

 それは、倒れているマシュや、カルデアのマスターである立香を差し置いて、彼女を狙った事から考えても、可能性の高い話だ。

 

 ならば、エウリュアレを囮として、ヘラクレスをおびき寄せるのだ。

 

 もっとも、エウリュアレの身体能力は、お世辞にも高いとは言えない。と言うか、ぶっちゃけ、スペック的にはかなり低いと言わざるを得ない。下手をすると人間よりも低いだろう。単独でヘラクレスと対峙すれば、戦う事は愚か、逃げる事も不可能なのは明白である。

 

 そこで、立香がエウリュアレを抱えて走り、他のサーヴァント達が、その側面援護をしつつ、遺跡まで誘導する事になる。

 

 全ては、立香の疾走と、それを守るマシュ達に掛かっている。

 

 賽は投げられた。

 

 後は、各々が全力を尽くす以外に、道は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 エウリュアレを抱えた立香が、海岸線の森を抜けて草原に出た。

 

 目指す遺跡は、草原を越えた丘の中腹にある。

 

 マシュが時間を稼いでくれたおかげで、ここまでは無事に来れた。

 

 だが、問題はここからだ。

 

 そう思った矢先。

 

「来たわよッ!!」

 

 悲鳴交じりのエウリュアレの叫び。

 

 振り返るまでもなく、そこには足音を轟かせて追撃してくるヘラクレスの姿がある。

 

 巨体に似合わず、素早い動きで距離を詰めてくるヘラクレス。

 

 あっという間に、立香の背後へと迫る。

 

 だが、

 

 立香は振り返らない。

 

 一心に、駆ける事のみに集中する。

 

 元より、自分にできる事はそれだけ。ならば、余計な事は思考から排除。ただ、それのみに集中する。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げて、斧剣を振り上げたヘラクレス。

 

 その刃の下には、駆ける立香の姿がある。

 

 次の瞬間、

 

「間に合いました!!」

 

 飛び込んで来たマシュが盾を掲げ、ヘラクレスが打ち下ろす斧剣を弾く。

 

 僅かに後退するヘラクレス。

 

 そこへ、追撃の矢が空中を走る。

 

 アタランテだ。

 

 マシュをここまで運んできた女狩人は、跳躍しながら矢を三連射する。

 

 だが、

 

 その全てを、ヘラクレスは斧剣で叩き落す。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、着地するアタランテ。

 

 判ってはいたが、彼女の矢をもってしても、ヘラクレスを傷付ける事は叶わない。

 

「相変わらず、強いなッ 汝は!!」

 

 そう言っている間にも、斧剣を振るってマシュを排除したヘラクレスは、立香の追撃を続行する。

 

「次だッ 行くぞ!!」

「はいッ!!」

 

 声を掛けると同時に、アタランテは再びマシュを抱えて跳躍した。

 

 

 

 

 

 迫りくるヘラクレス。

 

 その姿は、立香に抱えられたエウリュアレからも視認できた。

 

「来たわよッ もっと急ぎなさい!!」

「これでもッ・・・・・・全力、だッ!!」

 

 エウリュアレの声に、息も絶え絶えに答える立香。

 

 実際のところ立香は、取り立てて運動が得意、と言う訳ではない。

 

 無論、苦手でもないのだが、学校のクラスの中では、マラソンはまあまあ上位だった程度である。

 

 当然、大英雄とは比べるべくもない。

 

 まして、今はエウリュアレを抱えて走っている。

 

 いかにエウリュアレが軽かろうとバランスは悪くなるし、全力は出せない。

 

 必然、ヘラクレスはグングンと距離を詰めてくる。

 

「仕方ないわね」

 

 エウリュアレは、立香の腕の中から少し身を乗り出すと、魔力を編んで矢を作り出し、愛用の短弓に番える。

 

 迫りくるヘラクレス。

 

 その真っ向から、エウリュアレの矢が放たれた。

 

 飛翔する鏃。

 

 その一撃を、

 

 ヘラクレスは、真っ向から叩き落した。

 

「・・・・・・やっぱダメか」

 

 特に落胆した様子もなく、エウリュアレは呟く。

 

 正面からの攻撃が弾かれるのは予想通りの事。

 

 その間にも、ヘラクレスが背後から迫って来た。

 

 

 

 

 

 逃げる立香と、追うヘラクレス。

 

 その様子を、少し離れた岩場の影から、凛果たちが見守っていた。

 

「来たよみんな。準備は良い?」

 

 問いかけるマスターに、子供たちが頷きを返す。

 

 響、美遊、そしてクロエは、岩場の影から顔を出し、状況を伺う。

 

「あ、それから響。言っとくけど、今回は、あんたの例の必殺技、使用禁止だからね」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 マスターの言葉に、少年暗殺者が少し不満げに頷きを返す。

 

 必殺技、とは鬼剣の事だろう。

 

 鬼剣は一発こっきりの、響にとってはまさしく切り札と言うべき代物。振るえば、大英雄と言えども屠れることは、先の戦いで立証済みだ。

 

 しかし、今回は敵を倒す事ではなく、足止めする事が目的だ。となると、鬼剣のように燃費の悪い技の使用は控えなくてはならない。

 

 ここでヘラクレスの魂を削る事に、さして意味は無い。重要なのは、なるべく長く足止めする事なのだから。

 

 重要なのは、攻撃の威力ではなく、いかに戦闘時間を引き延ばすか、であった。

 

 地鳴りのような足音を上げて立香を追いかけるヘラクレス。

 

 その姿を見た瞬間、

 

「今だよ!!」

 

 凛果の合図とともに、3人は一斉に飛び出した。

 

「まずは足を止めるわ!!」

 

 叫びながら、弓を引き絞るクロエ。

 

 放たれた矢は3発。

 

 まっすぐにヘラクレスに飛び、

 

 呆気なく撃ち落とされる。

 

 だが、それは計算通り。

 

 ヘラクレスが矢を払うために足を止めた瞬間を見計らい、響が大英雄の背後へと回り込む。

 

 更に、正面から剣を構えて対峙する美遊。

 

 前後からヘラクレスを挟み撃ちにする構えだ。

 

「マスターは、追わせない!!」

 

 正面から斬り込む美遊。

 

 小柄な少女の一閃を、

 

 しかし大英雄は、斧剣を横なぎにして打ち払う。

 

 蹈鞴を踏む美遊。

 

 そこへ、

 

 背後から響が斬りかかった。

 

 初手から既に「盟約の羽織」を羽織った響に手加減は無い。

 

 ヘラクレスの顔の高さまで跳躍。横なぎに刀を振るう。

 

 だが、

 

 ガキンッ

 

 異音と共に、響の刃はヘラクレスの頭に弾かかれる。

 

「んッ!?」

 

 手に感じる痺れと共に、響は舌打ちする。

 

 防御力が、以前よりも上がっている。

 

 先の戦いで響の魔天狼を喰らい、一度「死んだ」ヘラクレスは、以前よりも防御力が跳ね上がったのだ。

 

 これで、並の攻撃では傷付ける事すらできなくなったのは間違いない。

 

「ッ!?」

 

 舌打ちしながら後方に宙返りして跳躍する響。

 

 間一髪、ヘラクレスの放った横なぎの一閃が、少年暗殺者を霞めて行く。

 

 その時、

 

「下がり給え!!」

 

 天空から降り注ぐ、鋭い声。

 

 振り仰ぐ先には、王たる青年が、手にした錫杖を振り翳している。

 

 ダビデは魔力を込めた錫杖でもって、ヘラクレスに殴りかかる。

 

 額を痛打されるヘラクレス。

 

 だが、

 

「・・・・・・やっぱり、駄目か」

 

 着地しながら苦笑するダビデ。

 

 彼の一撃を喰らっても、ヘラクレスは傷を負うどころか、怯んだ様子すらなかった。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げるヘラクレス。

 

 対して、

 

 怯む事無く、響と美遊が斬りかかる。

 

「んッ まだ!!」

「もう少し、足を止める!!」

 

 2人の剣閃が、縦横にヘラクレスに襲い掛かる。

 

 だが、

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 大英雄は、その攻撃を斧剣で防ぎ、あるいは自ら敢えて受けて弾いてしまった。

 

 その時だった。

 

「ミユッ!! ヒビキ!!」

 

 飛び出して来たクロエ。

 

 その姿が、

 

 ヘラクレスの視界に入った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーサーカー・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーサーカーは、強いね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、脳裏に浮かんだ声が、ヘラクレスの動きを止める。

 

 聞いた事も無い、少女の声。

 

 しかし不思議と、猛る心が鎮まるのを感じる。

 

「え? な、何?」

 

 不思議そうな眼差しで、ヘラクレスを見るクロエ。

 

 次の瞬間、

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 再び、咆哮を上げるヘラクレス。

 

 感慨も一瞬の事。

 

 雑魚に構っている暇は無い。

 

 そう言わんばかりに、強引に突破を図る大英雄。

 

 その突進を止め得るものは、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 草原を越え、丘を登る。

 

 目指す遺跡は、もう間もなくだ。

 

 立香は上がる息を吐き出しながら、それでも掛ける足を止めない。

 

 腕の中のエウリュアレをしっかりと抱えながら走る。

 

 だが、無慈悲な運命が、背後から迫る。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 強烈な咆哮が鳴り響き、ヘラクレスが突進してくる。

 

 指呼の間に迫る大英雄。

 

 瞬く間に、背後に追い縋ってくる。

 

 次の瞬間、

 

「先輩ッ 走って!!」

 

 凛とした叫び声。

 

 三度、追いつく事に成功したマシュが、ヘラクレスの前に立ちはだかって見せた。

 

「マシュッ 頼むぞ!!」

 

 振り返らずに叫ぶ立香。

 

 対して、マシュはヘラクレスに向けて疾走する。

 

「ここが正念場ッ 出し惜しみはしません!! 宝具、展開!!」

 

 2度目の宝具開帳。

 

 しかし、マシュは躊躇わない。

 

 この作戦の成否は、ヘラクレスを止め得るか否かにかかっている。ならば、出し惜しみは出来なかった。

 

 展開される障壁。

 

 そこへ、ヘラクレスの斧剣が、容赦なく叩きつけられる。

 

「クゥッ!?」

 

 二度目の宝具展開で、マシュの消耗も激しい。

 

 障壁の強度は、先程より明らかに落ちている。

 

 しかし、

 

「ま、負けませんッ!!」

 

 渾身の力でもって、マシュは盾を支え続ける。

 

 もう少し。

 

 もう少しで、作戦は成功する。

 

 ならば、守りの要たる自分が、ここで倒れる訳にはいかない。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 苛立たしく咆哮を上げるヘラクレス。

 

 振り下ろされた斧剣が、障壁を砕き散らす。

 

「ああッ!?」

 

 衝撃で弾き飛ばされ、背中から倒れるマシュ。

 

 巨人の如き大英雄が、無防備に倒れ込んだ盾兵の少女を見下ろす。

 

 次の瞬間、

 

 唸りを上げて飛来した矢が、ヘラクレスの胸板に突き当たって弾かれた。

 

「んもうッ そこでよそ見しないでよね!!」

「マシュちゃんッ 今の内だ!!」

 

 アルテミスと、彼女の方に乗るオリオンが援護射撃を放ち、ヘラクレスを牽制する。

 

 その一撃で、我に返る大英雄。

 

 そうだ、ここで立ち止まっている暇は無い。早く、エウリュアレを追わなくては。

 

 ヘラクレスは一足飛びで、倒れているマシュを飛び越えると、そのまま立香を追って再び駆けだすのだった。

 

 

 

 

 

 遺跡の入り口はそれなりの広さを誇っており、人間が通るには十分な幅がある。

 

 しかし、ヘラクレスの巨体で通れるかどうかは微妙なところである。

 

 つまり、遺跡に飛び込んでしまえば、いかにヘラクレスと言えど、追撃が鈍るのは必定だった。

 

「あと一息よッ 根性見せなさい!!」

「わかっ・・・・・・てるッ!!」

 

 最後のひと踏ん張りとばかりに、足を早める立香。

 

 次の瞬間、入り口の方で何かが崩れるような音がした。

 

 何が来たか、などと考える必要すらない。

 

 ヘラクレスが、遺跡を崩しながら強引に内部へと入って来たのだ。

 

 目指す場所はまで、あと少し。

 

 もはや、マシュ達の援護は期待できない。

 

 一心不乱に駆ける立香。

 

 やがて、

 

「見えたッ!!」

 

 視界の先にある大広間。

 

その中央に安置された箱。

 

 禍々しい魔力の光が滲み出る、あの箱こそ契約の箱(アーク)に他ならない。

 

「飛び越えなさいッ!!」

「くッ そッ!!」

 

 既にヘラクレスは、すぐ背後まで迫っている。

 

 迂回している余裕はない。

 

 最後の力を振り絞って、契約の箱(アーク)を飛び越える立香。

 

 背後から迫りくるヘラクレスが、目を見開いて踏み止まろうとする。

 

 流石は大英雄と言うべきか、目の前の代物が何であるか、すぐに判ったらしい。

 

 だが、

 

 もう、遅い。

 

 背後に、大気を突き破る音が響き渡る。

 

 音速を越えた切っ先が、狼の牙となって、大英雄の背後から襲い掛かった。

 

「餓狼、一閃!!」

 

 突き立てられる刃。

 

 それが、

 

 トドメとなった。

 

 衝撃に押され、吹き飛ばされるヘラクレス。

 

 宙を舞った大英雄の巨体は、

 

 見事に契約の箱(アーク)の真上へと落下する。

 

 たちまち、契約の箱(アーク)の中に封じ込められた莫大な魔力が、大英雄を貪りつくしていく。

 

 11ある魂が、次々と砕け散っていく。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!?」

 

 苦悶の咆哮を上げるヘラクレス。

 

 その様を、立香とエウリュアレは、茫然とした表情で見つめる。

 

「す、すごい・・・・・・」

「ええ、そうね」

 

 あれだけ苦戦し、倒す事は不可能とさえ思えたヘラクレスが、成す術無く削られていくのが判る。

 

 やがて、

 

 全てを呑み込まれるように、

 

 ヘラクレスの姿は消滅していくのだった。

 

 

 

 

 

第20話「ヘラクレスを討て」      終わり

 




美遊は星5でも良いと思っていた。

いずれにせよ、これで美遊の描写を少し強化できるかな、と期待している。


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第21話「裸の王様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2隻の船が互いに距離を置いた状態で並走しながら、大砲を撃ち合っている。

 

 飛び交う砲弾が唸りを上げて飛翔し、海面が狂奔する。

 

 時折、砲弾が船体を直撃するも、その悉くが相手の装甲によって弾かれている。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)と戦列艦。

 

 共に海に誇りを持つ戦士たちの船は、己が存在を、この海原に刻みつけるように、砲撃を続けている。

 

 だが、

 

「チッ やっぱだめかッ」

 

 自船の放つ攻撃が弾かれたのを見て、ドレイクは舌打ちを漏らす。

 

 状況は、前回の激突時と同じだ。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が放つ砲撃は全て、戦列艦の装甲によって弾かれ、虚しく海底に没していく。

 

 そして、戦列艦の砲撃が、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の装甲に弾かれる光景もまた同様の物だった。

 

 島に立ち寄った際に、損傷個所を修理して新たに保管していたワイバーンの鱗を張り付けておいたため、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の防御力には聊かの陰りも見られない。

 

 だが、こちらの砲撃も通用しないのでは、あたら重装甲も意味が無かった。

 

「接近する事はできそうかいッ!?」

「いやー 難しいんじゃないですかね?」

 

 問いかけるドレイクに、ボンベが険しい表情で答える。

 

 隙あらばいつでも衝角(ラム)戦を仕掛けられるように準備はしているが、しかし敵も、それを警戒している。そう簡単には、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の接近を許しはしなかった。

 

 舌打ちするドレイク。

 

 今回の戦いに際し、彼女にも作戦はある。

 

 しかし、それは一歩間違えば自分たちが破滅しかねない、危険な賭けだった。

 

 だが、

 

「躊躇っている余裕は、なさそうだね」

 

 尚も砲撃を仕掛けてくる戦列艦を見やりながら、ドレイクは低い声で呟いた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 戦列艦の方でも艦橋に立つライダーが、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の動きを見ながら、感心したように呟いていた。

 

 火力においては戦列艦が勝っているが、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は、巧みな舵取りで攻撃を回避しつつ、戦列艦の攻撃を空振りに終わらせている。

 

 船の性能ではライダーが勝っている。

 

 しかし、船員の質においては、ドレイクの方が勝っていると言えるだろう。

 

「フランシス・ドレイク、やはり流石と言うべきか」

 

 微笑と共に呟くライダー。

 

 その胸の内に去来するのは、ただただ称賛の念のみ。

 

 海を志す者として、彼女に憧れを抱かぬ者などいない。

 

 そのドレイクを相手に砲火を交える事に対し、ライダーの胸には確かな高揚が去来していた。

 

「サーヴァントなどと言う身で召喚されたが、まさかこれほど望外の喜びを味わえようとは。今はただただ、感謝あるのみだな」

 

 ライダーの笑みを含んだ呟きと共に、戦列艦は再び大砲を撃ち鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘラクレスが突入してから、既に1時間以上の時間が経過しようとしていた。

 

 その間に、島に上陸を果たしたイアソン達が、吉報を今や遅しと待っていた。

 

「随分と時間が掛かっているじゃないか。ヘラクレスの奴はいったい、何を遊んでいるんだ?」

 

 足元の砂浜を蹴り合えるイアソン。

 

 その傍らには、先程から使い魔を走らせて情報収集にあたっているメディアの他、やれやれとばかりに肩を竦めてマスターの所業を見詰めているヘクトール。更に、我関せずとばかりにそっぽを向いているキャスターの姿も見える。

 

 イアソンの苛立ちは、既にピークに近かった。

 

 そもそもからして、序盤で宝具による集中攻撃を喰らった事で、イアソンのさして広くも無い度量は一杯になっている。

 

 このままでは、再び癇癪を起こすのは時間の問題のように思われた。

 

 と、その時だった。

 

「あッ・・・・・・・・・・・・」

 

 使い魔からの情報を受信していたメディアが、何かに気付いたように声を上げてイアソンを見た。

 

「イアソン様、動きがありました」

「そうかッ!!」

 

 メディアの言葉に、喜色を浮かべるイアソン。

 

 ついに、悲願が叶った。そう思ったのも無理からぬことだろう。

 

「ヘラクレスの奴、随分と焦らしてくれるじゃないかッ まったく、大英雄なら大英雄らしく、とっとと片を付ければ良い物を。奴にも困ったもんだ」

 

 そう言って苦笑しつつ、肩を竦めるイアソン。

 

 彼の中では既に、カルデア一党を殲滅したヘラクレスが、意気揚々と帰還する姿が思い浮かべられていた。

 

 だが、

 

「いえ・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなイアソンの喜びに水を差すように、メディアが緊張した面持ちで制した。

 

「どうやら、ヘラクレスは敗退したようです」

「・・・・・・・・・・・・へ?」

 

 メディアの報告に、思わず動きを固めるイアソン。

 

 いや、彼ばかりではない。

 

 これには流石に、傍らで聞いていたヘクトールやキャスターも、正気を疑うような眼差しをメディアに向けてきた。

 

「まさか・・・・・・」

「いえ、本当ですよ。先ほど、彼の霊基の消失を確認しましたから」

 

 疑惑の眼差しを向けてくるキャスターに、淡々とした口調で答えるメディア。

 

 と、

 

 そこで、高笑いが起こった。

 

「いやいや、メディア」

 

 笑いをこらえきれない、と言った調子に、イアソンは魔女に語り掛ける。

 

「流石に冗談がきついぞ。ヘラクレスだぞ。あのヘラクレスが、あんな雑魚の寄せ集めなんかに負けるはずが無いじゃないか」

 

 イアソンが、そう言って肩を竦めた。

 

 その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはどうかなッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 毅然とした声が砂浜に降り注ぎ、イアソン達は振り返る。

 

 一同が振り返った先。

 

 そこには果たして、

 

 カルデア特殊班のリーダー。

 

 藤丸立香が、ゆっくりと歩いてくるのが見えた。

 

 否、

 

 彼だけではない。

 

 その横には、立香の妹である凛果、更に特殊班所属のサーヴァントであるマシュ・キリエライト、衛宮響、朔月美遊、更にクロエ・フォン・アインツベルン、アタランテ、ダビデ、アルテミス、エウリュアレと続く。

 

「き、貴様らッ!?」

 

 対峙する立香達を睨みつけて、イアソンは憎しみを込めた叫びを発する。

 

「ヘラクレスは、ヘラクレスはどうしたッ!?」

「決まっているだろ」

 

 喚き散らすイアソンを前に、立香は真っ向から言い返す。

 

「俺達がここにいるんだ。なら、答えは一つしかない」

 

 もし、ヘラクレスが勝っていたら、ここには大英雄が1人で立っていた筈だ。

 

 しかし、ここに大英雄の姿は無く、代わりにカルデア特殊班が誰1人として欠ける事無く揃い踏みしている。

 

 この状況はすなわち、ヘラクレスが倒れた事を意味していた。

 

「そんなバカな話があるかッ!!」

 

 激高して叫んだのは、言うまでもなくイアソンだった。

 

「ヘラクレスだぞッ あのヘラクレス!! 数多いる英雄たちの究極にして頂点!! 俺達の誰もが憧れ、挑み、そして一撃の下に返り討ちに遭った、あのヘラクレスが、おまえたち如きに負けるはずが無いだろう!!」

 

 必死に叫ぶイアソン。

 

 成程。

 

 この男にも一応、仲間に対する「友情」らしき物はあったらしい。

 

 ヘラクレスは絶対無敵。いかなる困難をも打ち破り、自分達に勝利をもたらしてくれる。

 

 たとえどれだけ歪んでいても、そこはイアソンにとって譲れない一線だったのだろう。

 

 しかし、事実は事実だ。

 

 ヘラクレスは敗れた。そして、立香達はここにいる。

 

「クソッ クソォッ」

 

 地団太を踏むイアソン。

 

「あと、少しだったのにッ 契約の箱(アーク)を手に入れ、エウリュアレを捧げれば、俺は、この海を、世界を統べる王になれたのに!!」

 

 だが、

 

 そんな彼に対し、立香は静かな口調で語り掛けた。

 

「なれないよ」

「何ッ!?」

 

 立香の言葉に、いきり立って顔を上げるイアソン。

 

 対して立香は、務めて淡々とした口調で語り掛けた。

 

「あんたはそんな事しても、王になんかなれないよ、イアソン」

「ハッ」

 

 立香の言葉に対し、イアソンはあからさまに侮蔑を込めた笑みを浮かべて見せた。

 

「何を知った風な口をきいてやがるッ 貴様のような無知で馬鹿なガキに、いったいこの世界の何が判るって言うんだ?」

「いや、彼の言う通りさ」

 

 立香の肩を叩きながら前に出たのは、契約の箱(アーク)の持ち主でもあるイスラエル王だった。

 

 ダビデは、どこか楽し気な笑みを浮かべながら、イアソンに語り掛ける。

 

「そもそも、死その物の概念を内包しているに等しい契約の箱(アーク)に、女神であるエウリュアレを捧げてみなよ。こんな不安定な世界なんか、あっという間に崩壊する事は目に見えているだろうさ」

「なッ!?」

「言っとくけど、これは事実だぜイアソン君。契約の箱(アーク)を持っている、この僕が言うんだから間違いない」

 

 立香のみならず、正真正銘の英霊であるダビデが言えば、その言葉の重みが違ってくる。

 

 すなわち、間違っていた者、無知だった者は、

 

 誰にも理解してもらえないまま、滑稽な踊りを続けていた「裸の王様」は、

 

 カルデアのマスターではなく、他ならぬイアソン自身だった、と言う訳だ。

 

「・・・・・・・・・・・・メディア」

「はい?」

 

 恐る恐る、と言った感じに「未来の妻」へと振り返るイアソン。

 

 対して、

 

 メディアはと言えば、いつも通りのにこやかな調子でイアソンに応じる。

 

 だが、

 

 純真無垢な笑顔が、

 

 いつもと変わらぬ、少女の佇まいが、

 

 今のイアソンには何よりも、おぞましく感じられた。

 

「お前、言ったよな? 契約の箱(アーク)に、エウリュアレを捧げれば、俺は無敵の力を手に入れられるって・・・・・・王になれるって、お前、言ったよな?」

「はい、言いましたよ」

 

 何の迷いもなく答えるメディア。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、世界が崩壊すれば、倒すべき敵もいなくなる。倒すべき敵がいないと言う事は、つまり無敵、と言う事じゃないですか。ほら、何も嘘は言っていないでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、

 

 その場にいた大半の人間が戦慄したのは、言うまでも無い事だた。

 

 破綻している。

 

 果てしなく、破綻している。

 

 そうとしか言いようがないくらい、メディアの考えは壊れ切っていた。

 

 確かに、一面においては決して間違ってはいない。

 

 究極の勝者とは、すなわち敵対者が1人も居なくなった状態の事を差す。

 

 しかし、その考えに沿ったとしても、メディアの言い分はあまりにも度を越していると言えよう。

 

 それでは、泥棒に入られたら家に火を点けて泥棒ごと燃やしてしまえば、何も盗まれる事は無い。と言っているに等しい。

 

 そんな中で1人、

 

 否、2人、

 

 ヘクトールとキャスターだけは、平然としたまま肩を竦めている。

 

 どうやら彼等だけは、メディアがこのように答える事を予想していたらしかった。

 

 しかし、当然だが、

 

「ふッ・・・・・・・・・・・・」

 

 その考えが、イアソンにとって受け入れがたい物である事は、言うまでも無い事だった。

 

「ふざけるなッ そんな事、俺は望んでないッ 俺は王になるんだ!! 王になって、誰もが俺を崇め、そして誰もが豊かで幸せになるッ そんな国を作るんだ!!」

 

 喚き散らすイアソンに対し、メディアは静かに首を横に振る。

 

「あなたは、王になるべきではない。王になってはいけないのです。あなたが王になっても、民を苦しめるだけ。ならば、あなたは王になるべきではない」

「知った風な口を聞くなッ!!」

 

 イアソンの罵声が、メディアを打つ。

 

「お前に俺の何が判るって言うんだ!?  ひなびた神殿で燻っていただけの女がッ!! 王位を継ぐべき立場にありながら伯父にその座を奪われ、ケンタウロスの馬蔵に押し込められた俺の屈辱が、おまえに分かるかッ!? 王位に就くためには金羊の毛皮が必要だったッ だから俺は!!」

 

 喚くようなイアソンの話を聞きながら、立香は心の中で彼の言葉を否定していた。

 

 メディアに同調するわけではないが、彼は、王にはなれない。そう思ったのだ。

 

 それは契約の箱(アーク)やエウリュアレを手に入れ損なったから、ではない。

 

 イアソンには王として、徹底的に欠けている物がある。

 

 それは総称すれば「カリスマ」と呼べるものだが、より具体的に言えば、他者を敬い、認め、そして慈しむ心だ。

 

 歴史上、暴君と呼ばれる人物は多数存在しており、それらの人物は確かに、後世に悪名を残している。

 

 しかし、暴君の治世が必ずしも、人々に苦しみを与えていたわけではない。むしろ、世の中を繁栄させ、民から崇められた例も、決して少なくない。

 

 たとえばローマで共に戦ったネロ・クラウディウスは、確かに後世に悪名高き暴君であるが、しかし彼女の治めるローマは活気に満ち溢れ、人々から笑顔が絶える事は無かった。それはネロが、ローマを愛し、誰よりも、そこで暮らす人々を慈しんでいたからに他ならない。

 

 更に、フランスでは敵対関係にあったヴラド三世、彼もまた敵兵を串刺しにするなど残虐な行為を行い暴君と名高いが、その一方で、安定した治世を敷いた事で、ルーマニア国内においては英雄として名高い。

 

 このように、暴君であっても、民を想う心が念頭にあれば、その治世は決して悪い物とはならないだろう。

 

 だが、イアソンは違う。

 

 こうして顔を合わせてからの時間こそ短いが、イアソンにネロやヴラドのようなカリスマが無いのは火を見るよりも明らかである。

 

 なぜなら、イアソンの中には自分しかいない。

 

 彼の目は、常に自分しか見ていない。

 

 自分が王になる事だけを考え、他の事は「ついで」でしかない。

 

 そんなイアソンが王になったところで、その治世が破綻するであろうことは、立香にすら判っていた。

 

「イアソン様、私、一つだけ、あなたに謝らなくてはならない事があります」

 

 いきり立つイアソン。

 

 対して、メディアは静かな口調で言った。

 

「確かに今の私は、魔女と呼ばれる前の若い頃の姿で現界しています。しかし、記憶はあるんです。あなたの為に尽くし、弟をこの手に掛け、そして、あなたに裏切られ、最後には命を奪った記憶が」

「なッ!?」

 

 絶句するイアソン。

 

 生前、

 

 彼は金羊の毛皮を手に入れる為に、まだ若かったメディアを唆し、彼女と共に逃避行を続けた。

 

 その間に彼女は、追手として差し向けられた刺客を返り討ちにし、ついには自らの弟まで、手に掛けてしまった。

 

 そうまでして尽くしたメディアを、イアソンはあっさりと捨てる事になる。

 

 捨てられたメディアは怒り狂い、イアソンに対して壮絶な復讐を行う事になる。

 

 この旅の最中、メディアはそんな記憶があるなどと言う素振りを見せた事は無かった。

 

 だが、

 

 それらは全て、演技に過ぎなかったのだ。

 

 全ては、イアソンをその気にさせ、世界を破壊するための。

 

「ば、馬鹿な・・・・・・記憶が、ある、だと?」

 

 顔を歪め、その場で尻餅を突くイアソン。

 

 対して、

 

 メディアは口元に可憐な微笑を浮かべ、目の前に手を翳す。

 

「こうなっては、仕方がありません。イアソン様、あなたに力を与えましょう。戦うための力を、絶対無敵の力を、他ならぬ、あなたの望むまま。全てはあの御方の意志の下に」

 

 その翳した手に、光り輝く器が出現する。

 

 見間違えるはずもない。

 

 それは《黒髭》エドワード・ティーチが持っていた、聖杯に他ならなかった。

 

 メディアが何を考えているのか?

 

 これから何をするのか?

 

 それはイアソンには、皆目見当がつかない。

 

「ヒッ や、やめろッ やめてくれェっ」

 

 しかし、ろくなことにならないであろう事だけは、直感で分かった。

 

 尻餅を突いたまま、後ずさって逃げようとするイアソン。

 

 そのイアソンを追い詰めるように、メディアはゆっくりと近付いてくる。

 

「来るなッ 来るなァッ!!」

 

 恥も外聞もなく、泣き叫ぶイアソン。

 

 だが、

 

 それよりも早く、メディアはイアソンの胸の中央に、聖杯ごと自分の腕をねじり込んでしまった。

 

 魔術を使っているらしく、イアソンの胸には傷は無い。

 

 ただ、水に埋もれるように、メディアの腕は半ばまでイアソンの体に突き込まれていた。

 

「がッ あ・・・・・・はッ・・・・・・や、やめ、て・・・・・・」

「逃げないでくださいね。これはあなたが望んだ事ですよイアソン様。私は、その手助けをしているだけなんですから」

 

 そう言ってニッコリとほほ笑むメディア。

 

 次の瞬間、

 

「ギャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 耳を覆いたくなるような悲鳴と共に、

 

 イアソンの体は崩れ落ちた。

 

 同時に、

 

 巨木が大地を突き割るように、

 

 それは出現した。

 

 紫色の体表に、巨大な目玉がいくつも不気味に蠢いている。

 

「これは、魔神柱ッ!?」

 

 叫ぶ立香。

 

 見間違えるはずもない。

 

 目の前に巨体をそそり立たせているのは、あのローマで戦った魔神柱と同じ存在である。

 

 そんな魔神柱の前に浮かび上がりながら、メディアは笑みを浮かべる。

 

「さあ、共に滅びる為に戦いましょう。序列三十、海魔フォルネウス。あなたの旅を終わらせる為に!!」

 

 高らかに歌い叫ぶ魔女。

 

 その間にも魔神柱は「成長」を続け、雲を突き破って聳え立つ。

 

「こいつは・・・・・・」

「こ、こんなの勝てるのッ!?」

 

 ダビデとエウリュアレが、驚愕と共に呟きを漏らす。

 

 その圧倒的な存在感は、世界その物を破壊しても余りある程である。

 

 勝てない。

 

 誰もが、そう思いかけた。

 

 次の瞬間、

 

「いやッ 勝てる!!」

 

 毅然とした声で言い放つ少年。

 

 立香は魔神柱の巨大な複眼を、真っ向から睨み返している。

 

「先輩」

 

 自分の傍らに寄りそう盾兵の少女に、立香は頷きを返す。

 

 魔神柱とは、ローマで一度戦っている。強敵ではあるが、決して勝てない相手ではないはずだ。

 

「俺達は勝つッ 勝って、この戦いを終わらせる!!」

 

 立香の言葉に呼応するように、英雄達が頷きを返す。

 

 同時に、

 

 それぞれの武器を一斉に構える。

 

「行くぞッ これが最後の戦いだ!!」

 

 立香の叫びと共に、

 

 英雄たちは一斉に動いた。

 

 

 

 

 

第21話「裸の王様」      終わり

 




美遊の霊基再臨後の姿がやばい。

あれは反則でしょ。

ひろやま先生ありがとー!!

は? 性能?

そんなもん飾りですよ。偉そうな人には判らんのです(爆


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第22話「我が誇りは波音と共に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男の存在は、既に消え去ろうとしていた。

 

 無理も無い。死、その物の存在に触れたのだから。

 

 いかに大英雄、などと呼ばれたところで、限界はある。こればかりは、如何ともしがたかった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 こうしている間にも、肉体が崩れ、魂が溶け落ちていくのが判る。

 

 体は既に崩壊している。

 

 12個あった魂も、あと残り僅か。

 

 今はただ、燃えそこなった切れ端で、現界を繋いでいるに過ぎない。

 

 それも、長くは保たないだろう。

 

 間もなく、自分は消え去る事になる。

 

 その事を男は、誰よりも明確に判っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やあ、お前が、そうか。噂通り、強いな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺は自分の理想とする国を作りたい。その為に、王位を得る為の証が欲しい。だから、お前の力が必要なんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『頼んだぞ、友よ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、脳裏に浮かんだのは、「生前」の光景だった。

 

 大英雄、などと呼ばれていても所詮、周囲からは腫物のように扱われる日々だった。

 

 化け物を倒した武勇を誇ったところで、それは要するに、倒した化け物以上の化け物である、と周囲からは見られているだけの事。

 

 男が次第に、周囲から疎まれ、孤立して行く事になるのは自然な成り行きだった。

 

 だが、

 

 そんな中で現れた、船長を名乗る1人の青年だけは違った。

 

 青年は男の事を「友」と呼び、その力を大いに恃みにしてくれた。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 眦を上げる。

 

 燃え尽きようとしている魂を強引につなぎ止め、崩れ落ちようとする肉体を再構成する。

 

 青年の行動は、偽善と独善に塗れた物に過ぎなかったかもしれない。

 

 ただ、自分の欲望の為に、道具の如く、男を利用しただけだったのかもしれない。

 

 だが、しかし、

 

 それでも、

 

 自分を「友」と呼んでくれた。

 

 男にとって、彼の為に立ち上がる理由は、ただそれだけで充分だったのだ。

 

 そして、

 

 大英雄は吼え声を上げた。

 

 

 

 

 

 2隻の船が織りなす応酬は、最終局面を迎えつつあった。

 

 互いの砲撃が火を噴く度に、海面が狂奔し灼熱の風が吹きつける。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)と戦列艦は、互いに砲撃の手を緩める事無く、破壊の炎を放ち続けていた。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 自分の船が相手の砲撃を弾く様を見ながら、ドレイクは舌打ちを漏らす。

 

 その視界の先には、そこら中に張り付けた鱗が見える。

 

 しかし、

 

 そのところどころに、亀裂が走っていた。

 

 限界は近い。

 

 いかにワイバーンの鱗で補強したとは言え、それは単純に防御力が底上げされた、と言うだけの話。別段、無敵になったと言う訳ではない。繰り返し砲撃を浴びれば、いずれは限界が来る。

 

 対して、敵の戦列艦は宝具その物であり、並の攻撃では傷一つ付かない。

 

 両者の性能差が、ここに来て如実に出始めていた。

 

「もう少し・・・・・・もう少しなんだけどねえ・・・・・・」

 

 唇を噛み締めんばかりに、ドレイクは呟く。

 

 現在、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は、島に沿うような形で航行している。

 

 殆ど、浅瀬ギリギリの場所であるが、それでも船が座礁しない辺り、ドレイクたちの操船技術の高さが伺える。

 

 この辺りは岩場が多く、振り返ればそそり立つ崖が、崩れ落ちそうな雰囲気を出していた。

 

 戦列艦は、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)より、やや沖合を航行しながら砲撃を繰り返している。

 

 一見すると、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の方が追い込まれているようにも見える。

 

 しかし、そうではない。

 

 この場所に誘い込んだのは、ドレイクたちの方である。

 

 全ては、逆転の一手を放つ為の布石。

 

 罠を発動できるタイミングまで、あと少し。

 

 だと言うのに、

 

 このままでは、船の方が先に限界が来てもおかしくは無かった。

 

「姉御ッ もう限界でさッ!!」

「泣き言言ってんじゃないよッ 四の五の言う前に、船を保たせる算段をしなッ!!」

 

 ボンベに怒鳴り返しながらも、ドレイクは内心で焦りを覚え始めていた。

 

 罠が発動するのが先か、それとも船が沈むのが先か。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 船が沈んでしまっては元も子も無い。

 

 ここは、躊躇うべきじゃない。

 

 そう判断したドレイクが振り返る。

 

「待機している連中に合図を出しなッ イチかバチか、ここで仕掛けるよ!!」

「へいッ!!」

 

 ドレイクの指示を受け、ボンベが合図を出すべく駆けだそうとした。

 

 その時だった。

 

 突如、

 

 島の反対側で、巨大な閃光が迸るのが見えた。

 

「なッ!?」

 

 振り返るドレイク。

 

 その視線が捉えた物は、

 

「何だ・・・・・・あれはッ!?」

 

 天を衝く勢いでそそり立つ、巨大な柱。

 

 爬虫類を模したようなそれは、ひたすら醜悪な外見を晒して、島の砂浜に鎮座していた。

 

「あそこは、確か立香達が・・・・・・・・・・・・」

 

 対ヘラクレス戦の主戦場があった辺りだ。

 

 その場所に今、ひたすらグロテスクな柱が突き立てられていた。

 

「あ、姉御ッ ありゃ何ですかいッ!?」

「あたしが知る訳ないだろ!!」

 

 尋ねるボンベに答えながらも、ドレイクは愕然としている。

 

 今まで見た事も無い光景である事は間違いなかった。

 

 その時、

 

「姉御ッ 戦列艦が!!」

 

 配下の海賊の報告に、思わずハッとして顔を上げるドレイク。

 

 果たして、

 

 その視線の先には、

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)と並走する形で、全砲門を向けた戦列艦の姿がある。

 

 砲撃体勢は、完全に整えられていた。

 

「しまったッ!?」

 

 一瞬の隙を突かれた形となったドレイクは、すぐさま回避行動の命令を出そうとする。

 

 しかし、

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が回避の為に回頭を始める前に、戦列艦が突っ込んでくるのが見えた。

 

 

 

 

 

 ドレイクが、何らかの策を実行しようとしている。

 

 その事は、ライダーにも判っていた。

 

 だからこそ、仕掛ける。

 

 先制攻撃を掛け、ドレイクが態勢を整える前に仕留めるのだ。

 

 船全体が、光を帯びる。

 

 高まる魔力が、海を圧して膨張する。

 

 同時に、戦列艦の後方に、

 

 多数の船が出現するのが見えた。

 

 それも、ただの船ではない。

 

 その全てが、ライダーの座乗艦と同じ、大型の戦列艦である。

 

 出現した艦隊は一斉に隊列を整え、砲門を突き出すのが見える。

 

 それらは全て、ライダーの魔力に呼応する形で現れたのだ。

 

「我が同胞よッ 今こそ集え!!」

 

 艦橋に立ったライダーが、万感の思いと共に叫ぶ。

 

「今こそ義務を果たし、祖国に仇成す敵を撃ち滅ぼすのだ!!」

 

 次の瞬間、

 

 ライダーの旗艦を先頭に、艦隊が一斉に突撃を開始する。

 

その舳先が向かう先には、

 

 逃げながらも、健気に反撃を繰り返す黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の姿がある。

 

 繰り返し、砲撃が噴き出される。

 

 だが、

 

 その抵抗は、あまりにもか細い物でしかない。

 

「これで、終わりだ」

 

 ライダーは、振り上げた腕を、鋭く振り下ろす。

 

突撃、我に続け(ヴィクトリーズ・ネルソンタッチ)!!」

 

 次の瞬間、

 

 全艦隊の砲門が開かれ、全火力が一斉に、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うねりを見せる魔神柱。

 

 メディアの言葉を借りるなら、第三十位フォルネウスと言う事になる。

 

 そのグロテスクさ。

 

 そして圧倒的なまでの存在感。

 

 ローマで戦ったフラウロスと比べても、遜色ない物である事は間違いなかった。

 

 その体表に開いた複眼から、一斉に「砲撃」が開始される。

 

 降り注ぐ暴虐の光。

 

 その一撃一撃が全て、致死の熱量を湛えている。

 

「退避ッ 急げ!!」

 

 アタランテの指示に従い、一斉に退避行動を取るカルデア特殊班。

 

 と、

 

「よっと、失礼ッ」

「キャッ ちょ、ちょっとッ!?」

 

 悲鳴交じりの抗議を上げるエウリュアレを、立香は構わず抱え上げて走る。

 

 勿論、その間にも魔神柱からの攻撃は続く。

 

 だが、

 

 降り注ぐ光を、大盾を掲げた少女が飛び出して遮る。

 

「先輩ッ お早くッ!!」

「マシュ、ありがとう!!」

 

 魔神柱からの攻撃を防ぎ切ったマシュが、立香とエウリュアレを庇いつつ後退する。

 

 その間に体勢を整えたのは、アタランテ、アルテミス、ダビデの3騎だった。

 

「あのデカブツの相手は任せろッ お前達は、サーヴァントを!!」

 

 言いながら、矢を放つアタランテ。

 

 その傍らでは、ダビデとアルテミスも攻撃を加えている。

 

 しかし、状況はお世辞にも芳しいとは言えなかった。

 

 弓兵3騎の攻撃を受けても、魔神柱が揺らいだ様子は無い。

 

 逆に暴虐の光を放ち、全てを焼き尽くそうとしているかのようだ。

 

 遠距離からの攻撃では、さしてダメージを与えられている様子も無かった。

 

 本来なら、戦力を増強して総攻撃を仕掛けたい所。

 

 しかし、敵性サーヴァントの存在が、それを許さなかった。

 

「ま、一度契約した身だ。最後まで面倒見ましょうかねッ!!」

 

 槍を振るって斬り込んでくるヘクトール。

 

 その姿を目の当たりにして、

 

 前に出たのは褐色の少女の姿をした弓兵。

 

「行かせないってのッ!!」

 

 干将・莫邪を投影すると同時に、ヘクトールを迎え撃つべく斬りかかるクロエ。

 

 その姿を見て、ヘクトールはニヤリと笑う。

 

「やっぱ、お嬢ちゃんが来たか。けどねッ!!」

 

 繰り出される槍の穂先。

 

 鋭い刃を、クロエは左手に装備した黒剣で弾く。

 

 同時に、体を半回転させる軌跡を描き、右手に装備した白剣を繰り出す。

 

 激突する、双剣と槍。

 

「お嬢ちゃんの相手をするのも、おじさんそろそろ飽きてきちゃったよ。だからッ!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 ヘクトールは槍を逆手に持ち替え、そのまま梃子の要領で穂先をかち上げる。

 

「あッ!?」

 

 声を上げるクロエ。

 

 次の瞬間、褐色の弓兵少女は、頭上高く放り投げられた。

 

「ここらで、終わらせてもらおうかね!!」

 

 繰り出される槍の穂先。

 

 対して、空中にあるクロエには、回避の手段がない。

 

「しまッ・・・・・・」

 

 絶句するクロエ。

 

 ヘクトールが繰り出した槍は、

 

 真っ向から、少女の胴を貫いた。

 

 だが、

 

 次の瞬間、

 

「こっちよッ!?」

 

 クロエの姿はヘクトールの背後に出現。黒白の双剣を振り翳して斬りかかった。

 

「チッ しつこいッ!?」

 

 舌打ちしながら、クロエの放つ斬撃を槍で防ぐヘクトール。

 

 少女の一撃は大英雄を斬り裂く事は叶わない。

 

 しかしクロエの予期せぬ奇襲に、思わず機先を制されたのは確かだった。

 

「転移魔術か。厄介だな」

「とっておきよ」

 

 蠱惑的な笑みを浮かべながら、双剣を構え直すクロエ。

 

 対して、ヘクトールも槍を構え直す。

 

 どうやら、片手間で相手できる程、目の前の少女は甘くは無いと判断した様子だった。

 

 

 

 

 

 魔力放出と同時に、地を蹴って加速する。

 

 純白のスカートを風に靡かせ、少女剣士は疾走する。

 

 手にした剣を翳して斬り込む美遊の視界の中で、

 

 巫女装束を身に纏った女性が、気だるげな視線を向けて来ていた。

 

 いまだに真名が判らない女魔術師(キャスター)は、向かってくる美遊を面倒くさそうに眺めながら、懐に手を入れた。

 

 抜き出された手に握られた、数枚の呪符。

 

 複雑な文様が書かれた札が、鋭く空中に投擲される。

 

 突撃する、美遊の眼前にて炸裂する呪符。

 

 爆風が、白百合の剣士に襲い掛かる。

 

 だが、

 

「遅いッ!!」

 

 美遊は構わず、間合いの外から剣を振るう。

 

 刀身に魔力を伴った剣閃が、キャスターに向けて叩きつけられる。

 

 放出される魔力。

 

 鉄槌にも似た一撃が、大気を薙ぎ払う。

 

「ッ!?」

 

 美遊の先制攻撃を前に、キャスターは僅かに目を見開く。

 

 だが、驚いたのは一瞬の事。

 

 すぐさま、右手の人差し指と中指を立てると、眼前の空中に文様を描く。

 

 次の瞬間、

 

 不可視の障壁がキャスターの前に展開。

 

 美遊の放った魔力放出は、キャスターの障壁によって防ぎ止められる。

 

「甘い、のよ」

 

 ため息交じりのセリフと共に、再び呪符を投擲するキャスター。

 

 鋭い軌跡を描く、複数の呪符が、剣を構える美遊へと殺到する。

 

 炸裂する呪符。

 

 爆風が美遊を襲う中、

 

 しかし、少女剣士は意に介する事無く、大きく上空へ跳躍する。

 

「魔力放出、最大ッ」

 

 静かな叫びと共に、

 

 切っ先を下にして、少女は急降下を仕掛ける。

 

 鋭い刃が、眼下のキャスターを狙う。

 

「クッ!?」

 

 対して、とっさに防御の姿勢を取るキャスター。

 

 障壁を展開して、美遊の攻撃を防ぎに掛かる。

 

 そこへ、美遊の放つ切っ先が激突する。

 

 ぶつかり合う両者。

 

 溢れ出る魔力が、閃光となって周囲に飛び散る。

 

 次の瞬間、

 

 美遊の剣が、キャスターの障壁を突き破った。

 

「追撃をッ!!」

 

 着地と同時に、剣を振るう美遊。

 

 だが、その切っ先が届く前にキャスターは後退。美遊の間合いから遠ざかる。

 

「・・・・・・・・・・・・面倒、ね。あなた」

 

 美遊を射ながら、キャスターは苛立たしげにつぶやいた。

 

 

 

 

 

 美遊がキャスターと戦い、クロエはヘクトールと交戦中。そしてアタランテ達アーチャー組が、魔神柱フォルネウスに攻撃を仕掛けている。

 

 状況としては拮抗。

 

 しかし、魔神柱の放つ強烈な閃光が降り注ぐ中での戦闘は、特殊班メンバーにとって不利と言ってよかった。

 

 魔神柱の方でも、自身が倒すべき敵が判っているのか、特殊班側のサーヴァントばかりを狙い撃ちにするように攻撃を繰り広げている。

 

 特殊班メンバーは、魔神柱からの攻撃を考慮しつつ、目の前の敵に対応しなくてはならない状況だ。

 

 当然、その対応の難しさは、並の物ではないだろう。

 

 各人の神経は、見る見るうちに削られていくのが判る。

 

 このままでは、押し切られてしまう可能性すらあった。

 

 そんな中、立香と凛果のマスター2人は、響とマシュに守られる形で、海岸奥の林の中へと退避してきていた。

 

「ん、ここまで来れば安心」

「ええ。幸いにして、魔神柱の攻撃も、ここまでは届かない様子です」

 

 響とマシュは、戦闘状況を確認しながら、頷きを交わす。

 

 現状、サーヴァントは美遊達が押さえてくれている。

 

 魔神柱の攻撃が届かないのであれば、ひとまず、マスターである藤丸兄妹の安全は、確保できたと見て良かった。

 

 と、

 

「マシュ、響。俺達の事はもう良いから、美遊達の援護に行ってくれ!!」

「先輩ッ しかしッ」

 

 立香の指示に、マシュは逡巡を見せる。

 

 無防備なマスターを置き去りにする事は、サーヴァントとして抵抗があった。

 

 しかし、

 

「大丈夫だよ、マシュ」

「凛果先輩・・・・・・」

「あたしたちは大丈夫。だから行って」

 

 凛果が言った。

 

「それに、いざとなったら、どうにかするからさ」

 

 笑って告げる凛果。

 

 その視線が、振り返って立香を見る。

 

「兄貴が」

「おいおい」

 

 妹の言葉に、立香は苦笑する。

 

 本当にサーヴァントが襲ってきたら、令呪を使ってマシュ達に戻ってもらうくらいしか手が無いのだが。

 

 とは言え、凛果も別段、本気で言っているわけではない。

 

 空気が和み、必要以上に張り詰めていた空気が消滅するのが判った。

 

「お願いね」

「はい、先輩」

 

 マシュが頷いた。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 不意に、

 

 鳴り響く巨大な咆哮。

 

 振り返る立香達。

 

 その視界の先で、

 

 信じられない物を見た。

 

 それは、とうに死に絶えたはずの存在。

 

 絶対に、この場にいてはいけないはずの存在。

 

「ヘラクレスッ!?」

 

 先に契約の箱(アーク)に触れ、消滅した筈のヘラクレスが、その場に立っていた。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 咆哮を上げるヘラクレス。

 

 同時に、真っすぐ、こちらに襲い掛かって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海上に立ち上る火柱は、葬送の焔を思わせる。

 

 炎に包まれ、船の形が崩れ去ろうとしていた。

 

 その様をライダーは、戦列艦の艦上で遠望する。

 

 視界の先では、一斉砲撃を受けた黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が、崩れ落ちていくさまが見て取れる。

 

「・・・・・・・・・・・・終わったな」

 

 感慨と共に、左手で額を押さえる。

 

 宝具を解放し、フランシス・ドレイク率いる海賊たちを蹂躙した。

 

 ライダーの宝具、「突撃、我に続け(ヴィクトリーズ・ネルソンタッチ)」は、彼が生前に考案した艦隊突撃戦法が元になっている。

 

 生前に率いた配下の艦隊を自艦の周囲に召喚し、敵に対し突撃しながら砲撃を加える対軍宝具。

 

 その一斉射撃をまともに受けて、無事な者など存在し得るはずもない。

 

 フランシス・ドレイクに挑み、そして打ち勝つ。

 

 ある意味、海軍軍人として生きた自分にとって、一つの理想の到達点を超えたとも言えるだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 胸に去来するのは、達成感と、そして虚脱感。

 

 一つの大きな事をやり終えた事に対する、脱力にも似た感情が、ライダーを包み込んでいた。

 

 だが、呆けてもいられない。

 

 まだ、戦闘は続いているのだから。

 

「直ちに反転、味方の援護に入る」

「了解ッ!!」

 

 ライダーの指示を受けて、水兵達は動き出す。

 

 帆が張られ、舵輪が回される。

 

 徐々に、回頭を始める戦列艦。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 強烈な衝撃が、艦体に容赦なく襲い掛かった。

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 ライダーが、思わずその場でよろけるほどの衝撃。

 

 甲板上の水兵が、何人も倒れているのが見える。

 

 衝撃は1度だけではない。

 

 2度、3度と続き、その度に戦列艦を大いに揺さぶる。

 

「な、何事だッ!?」

 

 叫ぶライダー。

 

 その視界の中で、爆炎が躍っているのが見える。

 

 火災も発生しているのか、水兵たちは消火に躍起になっている。

 

「火船による突撃です提督ッ!! 既に艦内各所で火災が発生ッ!! 手隙の乗組員が消火に当たっていますが、このままでは弾薬庫への引火も免れないかと!!」

「火船、だとッ!?」

 

 報告を受け、ライダーはハッとする。

 

 それは、フランシス・ドレイクがスペイン無敵艦隊を破った際に使った戦法。

 

 あの戦い、大型で火力の高い大型ガレオン船を多数用意したスペイン艦隊に対し、ドレイク率いるイギリス艦隊は、快速の中・小型船と新型砲を組み合わせた徹底的な機動砲撃戦を仕掛ける事で無敵艦隊を打ち破っている。

 

 しかし、

 

 それ以外にも、もう一つ、要素がある。

 

 それこそが、火を点けた無人船を敵艦に向けて突撃させる火船突撃。

 

 これらの戦法により、ドレイクは無敵艦隊を完膚なきまでに壊滅させた。

 

 思えば、この戦いが始まってからドレイクは、しきりに戦列艦を浅瀬に誘導しようとしていたのは、火船を待機させた岩場の近くにおびき寄せる為だったのだ。

 

「やられた・・・・・・まさか、このような事がッ」

 

 舌打ちするライダー。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そらッ こいつで終いだッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、

 

 頭上から降り注ぐ、鮮烈な声。

 

 振り仰いだ視線の先では、

 

 両手にクラシカルな二丁拳銃を構えた、フランシス・ドレイクが、不敵な笑みと共に、ライダーを睨みつけていた。

 

 火船突撃によって、ライダーたちの気が一瞬逸れた隙を突き、一気に乗り込んで来たのだ。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、腰のサーベルを引き抜こうとするライダー。

 

 だが、

 

「遅いッ!!」

 

 降下と同時に、引き金を引くドレイク。

 

 放たれる弾丸。

 

 その必殺の一撃が、

 

 ライダーの胸を真っ向から刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 静寂が、訪れる。

 

 炎に焼かれる船の上に、ただ潮騒が奏でる葬送曲のみが響き渡る。

 

 あれだけいた水兵は、1人残らず消え去り、後にはただ、2人の船乗りだけが残されていた。

 

 甲板に立つドレイク。

 

 対して、

 

 ライダーは胸から血を流し、マストにもたれかかるようにして座り込んでる。

 

 勝敗がいずれに帰したかは、火を見るよりも明らかだった。

 

「・・・・・・・・・・・・流石だな」

 

 ややあって、

 

 ライダーは血液交じりに口を開いた。

 

 その顔には、負けた事への悔しさは微塵も見られない。

 

 ただ、最高の戦いが出来た事への達成感がにじみ出ていた。

 

「やはりあなたは、フランシス・ドレイクだ。人類史上、最高の船乗りにして誇るべき大海賊。このような身で召喚された私だが、あなたと出会えた事が、何よりも無上の喜びだったよ」

「・・・・・・何言ってやがる」

 

 笑みを含んだライダーの言葉に対し、ドレイクはどこか呆れたような口調で返した。

 

 とは言え、少し声が上ずっているように聞こえるあたり、どうやら手放しで称賛され、満更でもない様子だった。

 

「そもそも、功績だったら、あんたの方がずっと上だろうが」

 

 聖杯が教えてくれる。

 

 目の前で座り込んだ男の正体。その真名と、生前に成した偉業を。

 

 だが、

 

「何を馬鹿な」

 

 ドレイクの言葉を、ライダーが笑い飛ばす。

 

「英国海軍に籍を置く者の中で、あなたに憧れぬ者などいませんよ。あなたの背中を追いかけていたのは、何も黒髭殿だけではない、と言う事です」

 

 そう言うと、

 

 ライダーは、左手の指を揃えて持ち上げ、額に当てる。

 

 座り込んだまま、しかし見事な敬礼を向ける。

 

「我が偉大なる祖国、大英帝国。そして、誇るべき先達、フランシス・ドレイクに、栄光あれ」

 

 言い放つと同時に、

 

 ライダーの体から、金色の粒子が浮かび始める。

 

 致命傷を受け、消滅現象が始まったのだ。

 

 そんなライダーに対し、

 

 ドレイクもまた、踵を揃えて敬礼を返す。

 

「大英帝国、そして、我が偉大なる後進、ホレイショ・ネルソンに、栄光あれ」

 

 その言葉を聞き、

 

 ライダー、ホレイショ・ネルソンは、満足したように目を閉じて、ゆっくりと消滅していった。

 

 

 

 

 

 ホレイショ・ネルソン。

 

 ナポレオン戦争時代の大英帝国海軍艦隊司令長官。

 

 若い頃から海にあこがれ、成長すると当然のように海軍に入隊した。

 

 その頭角は、入隊後しばらくして現れ始める。21歳、尉官の時に既に小型艦の艦長に任じられる。更に35歳の時には戦列艦の艦長に就任、多大な戦果を挙げる。

 

 若い頃に右目を失明。更にその後、右腕を失うなど重傷を負うが、それでも尚、彼は不屈の闘志で海の上に立ち続けた。

 

 やがて、欧州大陸一帯を制圧したナポレオン・ボナパルトは、その侵略の目を、海の向こうのイギリスへと向ける。

 

 その有り余る経済力で大艦隊を組織したナポレオン。

 

 そのナポレオンの前に、敢然と立ちはだかったのがネルソンであった。

 

 ネルソンは優勢な艦隊を率いてフランス海軍の行動を徹底的に妨害、港に封じ込める「大陸封鎖」を実行する。

 

 このネルソンの作戦は図に当たり、フランス艦隊は悉く大陸の港に押し込められてしまう。

 

 業を煮やしたナポレオンは、ネルソンを打ち破るべく主力艦隊を差し向ける。

 

 これに対抗すべく、全艦隊を率いて出撃したネルソン。

 

 両艦隊はトラファルガー沖で激突する。

 

 ここでネルソンは、後の世に語られる伝説的な艦隊突撃戦法「ネルソン・タッチ」を用いてフランス艦隊の隊列を分断。各個撃破する事に成功する。

 

 この戦いの終盤、敵艦からの狙撃を胸に受けたネルソンは、戦場に倒れる事になる。

 

「諸君のおかげで、わたしは義務を果たす事が出来た」

 

 それが、ネルソンの最後の言葉だったと言われている。

 

 この戦いに敗北したナポレオンは、イギリス攻略を諦め、その侵略の矛先を遠く北のロシアへと向け、やがて破滅の道を転がって行く事になる。

 

 この事からネルソンは、ナポレオン没落の端緒となった人物、とも言われている。

 

 尚、

 

 彼の旗艦である戦列艦「ヴィクトリー」は大英帝国政府によって修復を重ねられ、記念艦と言う形ではあるが、今なおイギリス海軍籍の軍艦として登録されている、世界最古の現役軍艦である。

 

 完全に消滅するネルソン。

 

 それと同時に、戦列艦も沈み始める。

 

 宝具の持ち主であるネルソンが消滅した事で、艦体を維持できなくなったのだ。

 

「・・・・・・まあ、今度会った時には、お互い、酒でも酌み交わそうじゃないか」

 

 そう言って、静かに笑いかけるドレイク。

 

 その視界の先では、

 

 半壊しながらも、どうにか自力航行で近付いてくる黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 甲板上では、ボンベ達が一生懸命に手を振っているのが見えた。

 

 

 

 

 

第22話「我が誇りは波音と共に」      終わり

 




はい、と言う訳で長らくお待たせしました。ライダーの真名解放です。

今回は、滅茶苦茶簡単だったんじゃないですかね? 何しろ「隻眼」「隻腕」「船乗り」「海軍」「戦列艦」と、ヒントがてんこ盛りだったので。

それでも、ネタばらししないでくれた読者の皆々様に、この場を借りて感謝申し上げます。


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第23話「矛盾」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔神柱からの猛攻は続いていた。

 

 イアソンから変貌した柱は、その全身の器官を開いて、圧倒的な火力を叩きつけてくる。

 

 魔神柱の巨大な火力は、正に世界そのものを呑み込まんとしているかのようだ。

 

 醜悪な外見は、ただその場にあるだけで、見る者を圧倒している。

 

 その魔神柱に対抗すべく、カルデア特殊班も猛攻を仕掛けている。

 

 アタランテが砲火を掻い潜りながら海岸線を駆けると、振り向き様に弓を構える。

 

 番える矢は4本。

 

 女狩人の目は、そそり立つ醜悪な柱を睨みつける。

 

「フッ」

 

 短い呼吸と共に、4連射が放たれる。

 

 流星の如く奔る矢。

 

 着弾と同時に、魔神柱の表面で爆発が起こる。

 

 矢に内蔵した魔力が、着弾と同時に炸裂したのだ。

 

 爆炎が、視界の中で踊る。

 

 しかし、

 

「・・・・・・やはり、だめかッ」

 

 舌打ちしながらアタランテは、魔神柱の複眼から放たれた攻撃を、俊敏な動きで回避する。

 

 放たれた死の閃光は、俊敏な女狩人を捉えるには至らない。

 

 だが、

 

 先の爆発で、攻撃を放ってくるいくつかの器官をは潰せたようだが、しかし、圧倒的な「砲門」数を誇る魔神柱相手では、ダメージは微々たるものだ。

 

 事実、失った火力を埋めるようにして、魔神柱フォルネウスは攻撃を続行している。

 

 アタランテの攻撃など、何ほどの物ではない、とでも言いたげだ。

 

 募る苛立ちを紛らわせるかのように、アタランテは攻撃を繰り返す。

 

 見れば、エウリュアレ、アルテミス、ダビデ等も攻撃を続行しているが、同様に効果は芳しいとは言えない。

 

 焦慮と共に、考えを巡らせる。

 

 やはり、アーチャーが遠距離から攻撃を仕掛けた程度では埒が明かない。

 

 根本的なダメージを与えない事には、埒が明かなかった。

 

 あるいは、もっと強烈な対城宝具でも持っていれば話は違ったのだが、生憎、この場にいるアーチャーで、その類の宝具を持っているサーヴァントは皆無だった。

 

「・・・・・・泣き言は、性に合わんな」

 

 苦笑しながら、再び弓を引き絞るアタランテ。

 

 元より、自分たちは人類史に刻まれし英雄。

 

 英雄とは人の願いが、祈りが結実した存在。

 

 ならば、

 

 人類史の危機を前にして、立ち止まる理由は無かった。

 

 何より、

 

「子供たちが、見ているからな。無様な戦は出来ん!!」

 

 笑みを含んだ呟きと共に、アタランテは矢を撃ち放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咆哮を上げて突撃してくる大英雄。

 

 その体は、おぞましいほどに崩れ尽くしていた。

 

 皮膚は解け落ち、肉は断裂している。

 

 体中から腐臭を発し、ところどころ、骨まで覗いている。

 

 顔面は半ばまで崩れ落ち、目は左側がつぶれている。

 

 左腕はだらりと下がっている。恐らく筋が断裂し、持ち上げる事が出来ないのだ。

 

 生ける屍(リビング・デッド)

 

 そうとしか言いようがない出で立ちで、大英雄ヘラクレスはその場に立っていた。

 

 全ては契約の箱(アーク)に触れた影響だった。

 

 「死」その物の概念を内包した契約の箱(アーク)に触れた事で、ヘラクレスの霊基は完膚なきまでに砕け散った。

 

 いかに複数の魂を持つ大英雄と言えど、「死」と言う概念そのものには勝てなかったのだ。

 

 本来なら、その魂は崩れ落ち、死を迎えていてもいおかしくは無かった。

 

 しかし、

 

 ヘラクレスは己の存在意義に掛けて踏みとどまった。

 

 崩れ落ちる肉体を再構築し、砕けた魂を強引に引き戻したのだ。

 

 大英雄の面目躍如。

 

 否、全ては意地の為せる業だった。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 突き上げられる咆哮。

 

 その威容に、聊かの衰えも無し。

 

 残った右手に斧剣を持ち、飛び込んでくる。

 

 対して、

 

 迎え撃つのは暗殺者の少年。

 

「ん・・・・・・・・・・・・」

 

 響は腰の鞘から刀を抜き放ち、向かってくるバーサーカーを迎え撃つ。

 

 暗殺者(アサシン)VS狂戦士(バーサーカー)

 

 真っ向から激突する両者。

 

 通常の聖杯戦争であれば、決してあり得ない光景。

 

 しかし、今の響は「盟約の羽織」を纏う事で、その身を剣士(セイバー)に変じている。

 

 たとえ大英雄が相手でも、押し負けないだけの自信があった。

 

「んッ!!」

 

 跳躍。

 

 真っ向からヘラクレスに斬りかかる響。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 ヘラクレスもまた、隻腕に構えた斧剣を振り上げる。

 

 剛腕によって振るわれる武骨な刃。

 

 その一撃を、

 

 響は空中に宙返りしながら回避。

 

 同時に勢いを付けて。大英雄に斬りかかる。

 

 肩口を狙って斬り込まれる刃。

 

 一閃は、バーサーカーの体を斬り裂く。

 

「入ったッ!!」

 

 己の手に伝わる感触に、響は声を上げる。

 

 響の振るう刃は、確かにヘラクレスを斬り裂いた。

 

 ヘラクレスの体は宝具「十二の試練(ゴッドハンド)」によって覆われており、並の攻撃では傷すらつけられない。

 

 にも拘らず、響の攻撃が通った。

 

 どうやら契約の箱(アーク)の影響により、十二の試練(ゴッドハンド)の効果も無効となっているのかもしれない。

 

 かつて、響達を阻んだ反則級の防御力は、既にない。

 

「ん、いける・・・・・・か?」

 

 今なら、ヘラクレスを倒せる。

 

 そう思って、刀を構え直す響。

 

 だが、

 

 すぐにそれが、甘い考えであったことを思い知らされることになった。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 咆哮を上げるヘラクレス。

 

 同時に、右手に持った斧剣を無造作に振るい、響に斬りかかってくる。

 

「んッ!?」

 

 対抗するように、跳躍して回避する響。

 

 だが、

 

 ヘラクレスの攻撃は、そこで止まらない。

 

 すかさず、空中にある響を睨みつけると、跳ね上げるように斧剣を振るう。

 

「ッ!?」

 

 その様に、驚愕する響。

 

 とっさに、空中に足場を作って、斬線から逃れる。

 

 空中を薙ぎ払う、バーサーカーの斧剣。

 

 間一髪、武骨な刃は響の足先を霞めて行く。

 

 その間に、響はヘラクレスの背後へと降り立つと、刃の切っ先をヘラクレスの背中へと向ける。

 

「んッ!!」

 

 無防備なバーサーカーの背中に、刃を突き込もうとする響。

 

 だが、

 

 切っ先が届く前に、

 

 ヘラクレスは暴風の如き勢いで振り返った。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 咆哮を上げるヘラクレスが、響の刃を振り払う。

 

「あッ!?」

 

 吹き飛ばされる響。

 

 砂浜を転がりつつも、どうにか起き上がって体勢を立て直そうとする。

 

 だが、

 

 その前に、ヘラクレスは斬り込んでくる。

 

 振り下ろされる、巨大な斧剣。

 

 対して、

 

 砂浜に座り込んでしまっている響は、とっさに身動きが取れない。

 

 次の瞬間、

 

 大盾を掲げた少女が割って入り、ヘラクレスの一撃を受け止めた。

 

「■■■ッ!?」

 

 僅かな驚愕と共に、弾かれて後退するヘラクレス。

 

 対して、

 

 盾兵の少女は、響を背後に守り、大英雄と対峙する。

 

「ん、マシュ?」

「援護します、響さん。防御は任せてください!!」

 

 凛とした声で言い放ち、大盾を構えるマシュ。

 

 対して、攻撃を防がれたヘラクレスは、怒り狂ったように咆哮を上げる。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 突進してくる大英雄。

 

 同時に、

 

 無数の魔力弾が、響とマシュに襲い掛かる。

 

 とっさに盾を翳して、攻撃を防ぎにかかるマシュ。

 

 と、

 

「あら、やりますね。なら、こんなのはどうです?」

 

 どこか、笑みを含んだような声と同時に、魔力の閃光が迸る。

 

 メディアだ。

 

 ヘラクレスの再戦と合わせるように、魔術師の少女もまた戦線に加わって来たのだ。

 

 次々と飛んで来る魔力弾。

 

 それらを、大盾で弾いていくマシュ。

 

 だが、

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 そこへ、咆哮を上げてヘラクレスが迫って来る。

 

 対して、

 

「んッ!!」

 

 響は、マシュに頷きを返すと、刀を構えて前へと出る。

 

 迫る大英雄。

 

 迎え撃つ暗殺者。

 

 援護すべく、駆ける盾兵。

 

 破壊を振りまく魔術師。

 

 互いに死力と死力。

 

 次の瞬間、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鋭い刺突を繰り出す槍。

 

 その一撃を裁き、クロエは前へと出る。

 

 小柄な体を活かした俊敏な動きで、ヘクトールの懐へと入り込む。

 

「ハァッ!!」

 

 交叉させた黒白の双剣を、大英雄の胸目がけて振るう。

 

 必死確実の交叉斬撃。

 

 だが、

 

「おっと、そう簡単にはやらせないよ」

「ちッ!?」

 

 クロエの斬撃が決まるよりも早く、後方に跳躍して斬撃を回避する槍兵。

 

 攻撃に失敗したクロエは、舌打ちしつつ、次の手を打つ。

 

 元より、彼女は弓兵。

 

 ならば、遠隔攻撃(アウトレンジ)こそがクロエの華であろう。

 

 投影で作り出した剣は6本。

 

 一斉に射出する刃。

 

 対して、

 

「ホッ」

 

 ヘクトールは、軽く笑みを浮かべながら、手の中の槍を振るって、飛んできた剣を次々と打ち払う。

 

 6本の剣全てが、大英雄の槍に苦も無く払われてしまう。

 

 クロエの攻撃など、まるで意に介していないかのようなヘクトール。

 

 だが、

 

「防がれるのは・・・・・・・・・・・・」

 

 槍を振り切った状態のヘクトールへ、

 

 クロエは投影した弓に、矢を番えて構える。

 

 つがえた矢は、螺旋状に奇妙な捩じれた形をした剣である。

 

「織り込み済みよッ!!」

 

 放たれる矢。

 

 偽・螺旋剣Ⅱ(カラド・ボルグⅡ)と呼ばれるその剣は、ケルトの大英雄フェルグス・マックロイの佩刀である螺旋剣(カラド・ボルグ)を投影によって模した物である。

 

 投影によって創り出した武器を相手にぶつけ、あえて武器の概念その物を爆弾として相手にぶつける「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」が可能となるのだ。

 

 本来なら、自分の武器を爆弾代わりにするなどありえないだろう。

 

 だが、投影によって事実上、無限に武器を作り出す事が出来るクロエならば、その限りではない。

 

 踊る爆炎。

 

 矢は確実に大英雄を捉えた。

 

「やった・・・・・・」

 

 いかに大英雄と言えど、偽・螺旋剣(カラド・ボルグ)壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)をまともに食らっては、無事でいられるはずも無いだろう。

 

 果たして、

 

「やれやれ。こいつは予想以上だな」

 

 爆炎が晴れた時、

 

 その中から、苦笑い気味のヘクトールが顔を出した。

 

「・・・・・・あれで無傷とか、どんな体してんのよ?」

「いやいや、無傷じゃないよ。流石にね」

 

 そう言ってへらへら笑うヘクトールの左腕からは、一筋の赤い滴が流れているのが見える。

 

 どうやら、クロエの壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)は、一定のダメージを与える事に成功はしていたらしい。

 

 しかし、

 

「宝具の概念そのものを叩きつけてダメージがそんだけとか・・・・・・出鱈目も良いとこでしょ」

「いや、そう誉められると、おじさん照れちゃうな」

「誉めてないっての」

 

 舌打ちするクロエに対し、ヘクトールはあくまでも軽薄な態度を崩さない。

 

 だが、

 

 笑いながらも、その相貌は鋭さを増している事を、クロエは見逃していなかった。

 

 同時に、

 

 ヘクトールの魔力が、一気に高まるのを感じた。

 

「お礼に、おじさんもちょっとだけ、本気見せちゃおうかな」

 

 軽い口調で言った瞬間、

 

 大英雄の体から噴き出る魔力が、一気に増大した。

 

「これはッ!?」

 

 驚愕するクロエ。

 

 ヘクトールが本気になった。

 

 恐らく、次には彼の最大の一撃が襲ってくるだろう。

 

「別に避けても良いんだぜ。まあ、どうせ無意味だろうけど」

 

 相変わらず軽い口調のヘクトール。

 

 だが、

 

 全力解放された彼の宝具が、どの程度の威力になるか想像もつかない。

 

 最悪、この砂浜一帯が焦土になる可能性すらあった。

 

「クッ!?」

 

 とっさに、周囲を見回すクロエ。

 

 周りではまだ、特殊班メンバーが戦っている。

 

 このままでは、ヘクトールの宝具に全員が巻き込まれてしまう。

 

「やるしかない、かッ!?」

 

 言い放つと同時に、クロエもまた決断する。

 

 クロエの戦力では、ヘクトールの宝具発動を止める事は出来ない。

 

 このまま開放を許せば、味方の全滅も有り得る。

 

 ならば、

 

「防ぐしか、無いッ!!」

 

 手にした双剣の投影を解除。

 

 同時に魔術回路を再起動。イメージを組み上げる。

 

 ヘクトールが槍を逆手に構え、上空に跳び上がるのはほぼ同時だった。

 

「標的確認ッ!! 方位角固定!!」

 

 宝具発動体勢に入るヘクトール。

 

 対してクロエも、突き出した両手に魔力を集中。迎え撃つ体制を整える。

 

 増大する魔力。

 

 上空の大英雄と、地上の弓兵少女。

 

 互いの視線が交錯する。

 

 次の瞬間、

 

不毀の極槍(ドゥリンダナ)!! 吹き飛びなァッ!!」

 

 投擲される槍。

 

 先の戦いでアステリオスにトドメを刺した槍兵(ランサー)ヘクトールの宝具。

 

 世界の全てを貫くと言われる投槍が、クロエに襲い掛かる。

 

 対して、

 

 クロエの体勢も、直前で間に合う。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

 詠唱と同時に、

 

 少女の掌から魔力が奔出。

 

 全面に薄紅色の光が生じたかと思うと、5枚の花弁が開く。

 

 そこへ、

 

 ヘクトールの宝具が激突した。

 

「クッ!?」

 

 掌に感じる衝撃。

 

 苦痛に耐えるクロエ。

 

「ハッ」

 

 上空のヘクトールは、面白い物を見たとばかりに笑みを放つ。

 

「こいつは驚いたッ 小アイアスの盾じゃないかッ そんな物まで持ってるとはね!!」

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 

 トロイア戦争期、ヘクトールの全力投擲を防ぎ切ったアイアスの盾。

 

 その伝説の名に恥じぬ防御力を発揮し、ヘクトールの投擲を迎え撃つ。

 

 だが、

 

「しかし、哀しいな!!」

 

 地上に降り立ったヘクトールが、憐憫とも取れる言葉を投げつける。

 

「数も質も、奴には遠く及ばないじゃないのさ!!」

「クッ・・・・・・・・・・・・」

 

 ヘクトールの嘲笑に、クロエは唇を噛み占める。

 

 クロエの投影魔術は、彼女の元となった、ある英霊の物をそのまま継承しており、武器であるならば、彼、あるいは彼女が見た事がある物であれば、どんな物でも複製が可能な特性を持っている。

 

 それこそ、神話級の聖剣や魔剣であっても例外ではない。

 

 しかし、複製はどこまで行っても複製でしかない。

 

 宝具級の武器を投影すると、どうしてもランクが一つ下がってしまうと言う欠点があるのだ。

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)にしても本来、全力展開すれば、その名の通り7枚の花弁が出現する事になる。

 

 あるいは「本来の英霊」であれば、7枚の投影も不可能ではなかったかもしれない。

 

 しかし、クロエの技量では5枚が限界だった。

 

 異音と共に1枚目の花弁が砕け散る。

 

「クッ」

 

 舌打ちするクロエ。

 

 1枚割れれば、あとは早い物である。

 

 2枚、

 

 3枚、

 

 4枚、

 

 花弁は次々と砕け、儚く散って行く。

 

 あと1枚、

 

 槍の勢いは衰える事を知らず、徐々に食い込んでくるのが判る。

 

 激拌する魔力が迫る。

 

「ッ・・・・・・ダメ、かッ」

 

 クロエが呟いた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

I am the bone of my sword(体は剣でできている)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 低く、静かな詠唱。

 

 次の瞬間、

 

 障壁が再展開された。

 

「ふわっ!?」

 

 間近で見ていたクロエが、思わず悲鳴を発するような展開。

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)が、クロエの目の前で息を吹き返していた。

 

 だが、

 

「私じゃ、ない・・・・・・」

 

 茫然と呟くクロエ。

 

 しかも、

 

 クロエの熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)は、5枚の花弁しか展開できなかったのに対し、今、目の前に展開される熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)は、7枚の花弁が完璧に展開されている。

 

「馬鹿なッ!?」

 

 驚愕したのはヘクトールも同様だった。

 

 その視線の先では、

 

 クロエを守るようにして展開された熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 

 そして、

 

 彼女の背後に立つ人物。

 

 掲げた右手から魔力が迸っている事から考えても、あの人物が熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を展開したのは間違いない。

 

「あんたッ!?」

 

 驚いて振り返るクロエ。

 

 背後の人物は、頭からすっぽりと白い外套を羽織っている為、その顔を伺い知る事はできなかった。

 

「チャンスは一瞬だ、タイミングを見誤るなよ」

 

 低い声で告げられる。

 

 次の瞬間、

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)に阻まれた不毀の極槍(ドゥリンダナ)が、威力を失い地に落ちた。

 

 次の瞬間、

 

 障壁から、小さな影が飛び出す。

 

 クロエは干将・莫邪を投影、一気に距離を詰める。

 

「しまッ・・・・・・」

 

 ヘクトールが顔を引きつらせるが、もう遅い。

 

 いかに大英雄と言えど、槍を手放した状態では如何ともしがたい。

 

 とっさに防御の姿勢を取ろうとするヘクトール。

 

 しかし次の瞬間、

 

 黒白の剣閃は、大英雄を斬り捨てた。

 

「・・・・・・ハハハ、参ったね。まさか、負けちまうとは」

 

 乾いた笑いを浮かべるヘクトール。

 

 その体からは既に、金色の粒子が浮かび始めていた。

 

「それにしても、お前は・・・・・・・・・・・・」

 

 その言葉を最後に、大英雄の姿は海風に溶けるようにして消えて行った。

 

 一方、

 

 ヘクトールにトドメを刺したクロエは、双剣を解除して振り返る。

 

「ねえ、あなたはッ・・・・・・」

 

 振り返ったクロエ。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 その視界の中では、自分を救った人物の姿は既になかった。

 

 まるで、そこには初めから誰もいなかったかのように、忽然と姿を消していた。

 

「・・・・・・・・・・・・あれは、いったい」

 

 首を傾げるクロエの問いかけに、答える者は誰もいない。

 

 彼方では、尚も魔神柱との激しい攻防が続けられていた。

 

 

 

 

 

第23話「矛盾」      終わり

 



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第24話「聖剣伝説」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 複数の呪符が、螺旋を描くような軌跡で迫ってくる。

 

 動きが読みづらい。

 

 目前に迫る呪符を手にした剣で切り払いながら、朔月美遊は内心で舌を巻く。

 

 呪符にはそれぞれキャスターの魔力が込められており、効力を発揮すれば、炎、雷、風、水と言った暴虐が美遊を襲う事になる。

 

 原理としては、クロエの壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)に近い物がある。

 

 もっとも、アーチャーの矢と違ってスピードが無い為、迎撃する事自体は難しくないのだが、何しろ数が多い。

 

 いったい、どれだけの呪符を所持しているのか?

 

 今も、視界を埋め尽くす勢いで、無数の呪符が襲ってきている。

 

 さながら、誘導ミサイルのようだ。

 

 あるいは、二次元的知識に豊富な者なら「ファンネル」などと称するかもしれない。

 

 生憎、幸いにして美遊には、その手のオタク知識は無いのだが。

 

 ともかく、迎撃に専念する美遊。

 

 切り払い損なえば、即座に爆炎や雷撃が襲う事になる事を考えれば、美遊も必死だった。

 

 対して、

 

 呪符を放つキャスターもまた、苛立ちを見せ始めていた。

 

 矢継ぎ早に呪符を放っていると言うのに、一向に美遊に対し有効打を与える事が出来ない。

 

 美遊は自身に向かってくる呪符は完璧に処理し、影響範囲内にある呪符も、見逃すことなく斬り捨てている。

 

 それでいて、ブラフの為に放った呪符については、あえて見逃したりもするのだから、キャスターとしては憎たらしくなってくる。

 

 対決構図は、キャスターが攻めて美遊が防ぐ形だが、美遊の鉄壁に近い守りを前に、攻撃が用を成していなかった。

 

「・・・・・・ハァ・・・・・・・・・・・・面倒」

 

 嘆息を交えて呟きながら、

 

 しかし腕は鋭く振るい、手の中に5枚の呪符を出現させるキャスター。

 

 対抗するように、剣を正眼に構える美遊。

 

 睨み合う両者。

 

 次の瞬間、

 

 先に動いたのは、

 

 キャスターだった。

 

 手にした美遊に、呪符を投擲。

 

 更に、

 

 間髪入れず、左手にも呪符を抜き放ち投擲する。

 

 都合、10枚の呪符が、美遊へと向かって螺旋を描くようにして飛んで行く。

 

 対して、

 

 美遊はスッと、腰を落とすと、体を半身捻る。

 

 抜き打つように剣を構える美遊。

 

 そこへ、殺到してくる10枚の呪符。

 

 次の瞬間、

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 剣を振り抜く美遊。

 

 同時に、

 

 剣に込められた魔力が解放。

 

 放たれた魔力は、暴風になって叩きつけられる。

 

 吹き散らされる呪符。

 

「ッ!?」

 

 キャスターの顔が一瞬、驚愕に歪むのが見えた。

 

 放った攻撃全て、一撃の下に切り払われるとは思っていなかった様子だ。

 

 美遊とキャスターの間に一瞬、遮る物無く道が開かれる。

 

 その瞬間を逃さず、

 

 美遊は駆けた。

 

「これで決めますッ!!」

 

 再度の魔力放出によって、加速する少女剣士。

 

 その向かう先に、立ち尽くす謎の女魔術師。

 

「クッ 鬱陶、しいッ!!」

 

 とっさに呪符を取り出し、投擲の姿勢を取ろうとするキャスター。

 

 しかし、

 

 彼女よりも美遊の方が、

 

 速い。

 

 キャスターの眼前に迫る美遊。

 

 魔術師はとっさに後退しようと体をのけ反らせるが、

 

 もう、遅い。

 

 次の瞬間、

 

 美遊が振り下ろした剣が、キャスターの体を袈裟懸けに斬り裂いた。

 

「・・・・・・・・・・・・まさか・・・・・・こんな」

 

 苦し気な呟きを零すキャスター。

 

 同時に、前のめりに傾く。

 

 キャスターは音を立てて、砂浜に倒れ込んだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 大きく息を吐く美遊。

 

 手応えは、あった。

 

 警戒しつつ振り返ると背後には、倒れているキャスターが見える。

 

 動き出す気配はない。

 

 どうやら、完全に息絶えたらしい。

 

「・・・・・・結局、誰だったんだろう、この人?」

 

 倒れたキャスターを見下ろしながら、呟く美遊。

 

 ついに真名は判らないまま、キャスターは美遊の剣に倒れた。

 

 多少、気がかりではあるが、勝敗がいずれに帰したかは考えるまでも無い事。ならば、これ以上拘泥する必要も無ければ、またその時間も無い。

 

 踵を返す美遊。

 

 その視線の先には、猛威を振るいながらそそり立つ魔神柱の姿がある。

 

 今なお、複眼から閃光を放ち続ける魔神柱。

 

 アタランテ達が抵抗を続けているが、ダメージを与えているようには見えない。

 

 あれを倒すにはもっと、決定的な要因が必要になるだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 眦を上げる美遊。

 

 今の特殊班メンバーは、全体的に火力が足りないサーヴァントが揃っている。

 

 だが、

 

「私なら・・・・・・・・・・・・」

 

 自分の宝具なら、魔神柱を倒す事も不可能ではない筈。

 

 剣を握りしめる美遊。

 

 幼くも可憐な双眸は、魔神柱を睨み据える。

 

「魔神柱は、私が倒すッ」

 

 静かに言い放つと同時に、白百合の剣士はそそり立つ魔神目がけて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激突する響とヘラクレス。

 

 圧倒的な破壊力を伴って攻め込んでくるヘラクレスに対し、「盟約の羽織」を羽織った響は、真っ向から迎え撃つ。

 

 振り下ろされる巨大な斧剣。

 

 先に契約の箱(アーク)に触れた事で、ヘラクレスの左腕は使い物にならなくなっている。

 

 故に、右腕のみで撃ち下される巨大な刃。

 

 しかし、

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 叩きつけられ、割れる大地。

 

 土壌に亀裂が走り、土砂が舞い上がる。

 

 隻腕になって尚、圧倒的な破壊力は健在。

 

 向かっていく響が、跳ね飛ばされそうな威力が襲い掛かる。

 

 だが、

 

「んッ!!」

 

 空中に跳ね上げられながらも、響は体勢を立て直すと、

 

 巻き上げられた土砂を足場として駆ける。

 

 眼前に迫る大英雄。

 

 そこへ、迷う事無く斬りかかる暗殺者。

 

 すれ違う一瞬、

 

 横一文字に斬り裂かれる、ヘラクレスの胸元。

 

 契約の箱(アーク)の影響で「十二の試練(ゴッドハンド)」が失われたため、先のような防御力は、今の彼にはない。

 

 斬られた傷が、回復する事も無い。

 

 だが、

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 その程度で、ヘラクレスは怯まない。

 

 切り札を一つ潰された事など、考慮する事すら値しない。そんな物、大英雄にとってはほんのわずかな瑕疵に過ぎない。彼を押し留める理由にならない。

 

 今、ヘラクレスを大地に立たせているのは、友であるイアソンの為。

 

 たとえ姿を失い、魔神柱と化した今でも、彼の為、彼を守る為に戦う事。

 

 ただそれだけの為に、ヘラクレスはこの世界にあり続けていた。

 

「ッ・・・・・・・・・・・・」

 

 響は大きく跳躍して後退。刀の切っ先を向けて構える。

 

 響とヘラクレス。

 

 互いに、譲れぬ物を背負う英霊が2騎。

 

 片や人理守護の為、片や友を守る為、

 

 その存在を賭けるようにぶつかり合う。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 静かに、息を吐く響。

 

 相手はたとえ衰えても大英雄。

 

 その武勇、その実力、その決意。

 

 全てにおいて、響を上回っている。

 

 ならば、

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 こちらも全力で掛からねば。

 

 相手は瀕死の間際において、尚、究極。

 

 なまなかな覚悟では、間違いなく返り討ちにあうだろう。

 

 刀を鞘に納める響。

 

 同時に腰を落とし、抜刀術の構えを見せる。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響の様子を見ていたヘラクレスもまた、何かを感じたように静かに唸る。

 

 目の前で自分に向かってくる少年が、切り札を使おうとしている。

 

 その事を感じ、斧剣を持つ右腕に力を籠める。

 

 互いに悟る。

 

 次が、最後の一撃になると。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 睨み合う両者。

 

 一瞬、

 

 外界と隔絶したかのように、ただ2人だけの静寂が包み込む。

 

 張り詰める、一瞬。

 

 次の瞬間、

 

 仕掛けた。

 

「疑似、魔力放出ッ」

 

 小さな叫びと共に、響は地を蹴る。

 

 鞘内で放出された魔力が、抜刀を加速させる。

 

 対するように、地面を踏み抜いて突撃するヘラクレス。

 

 巨大な斧剣が、大きく振りかぶられる。

 

 次の瞬間、

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 響は見た。

 

 視界からあふれ出るほどの閃光。

 

 四方八方から、自身に目がけて迫って来る無数の剣閃。

 

 その全てが、ヘラクレスの放つ斧剣の一撃だと理解する。

 

 生前、大英雄ヘラクレスは、あらゆる武器を使いこなし、究極とも言える技の数々を生み出したと言う。

 

 大英雄は戦うに当たって武器は選ばない。あらゆる武具を使いこなし、あらゆる敵を粉砕する。

 

 故にこそ、英霊の頂点に立つ事を許されているのだ。

 

 そして、これこそが、大英雄ヘラクレスの持つ真の宝具。

 

 武器を択ばず、いかなる得物を手にしたとしても必殺に至る、最強にして究極の武技。

 

 宝具「射殺す百頭(ナイン・ライブス)

 

 伝説に刻まれた、大英雄最強の必殺技が、少年暗殺者に襲い掛かる。

 

 対して、

 

 怯む事無く前に出る響。

 

 その幼い視線が、鋭く大英雄を睨み返す。

 

 次の瞬間、

 

鬼剣(きけん)・・・・・・・・・・・・」

 

 魔力を帯びた剣閃が鞘走る。

 

蜂閃華(ほうせんか)!!」

 

 駆けあがる閃光。

 

 縦横の剣閃とぶつかり合う。

 

 鳴り響く衝撃音。

 

 すれ違う、両雄。

 

 訪れる、静寂。

 

 互いに、武器を振り切った状態で背中を向け合う。

 

 ややあって、

 

「・・・・・・・・・・・・見事だ、少年」

 

 重々しく口を開いたのは、ヘラクレスだった。

 

 振り返る響。

 

 その視界の先で佇むヘラクレス。

 

 大英雄の胸元には、深々と袈裟懸けの傷が出来ている。

 

 蜂閃華によって受けた傷である。

 

 その深さから言って、明らかな致命傷だった。

 

 しかし、

 

「ん、万全だったら、負けてた」

 

 響は静かな口調で告げる。

 

 今回の戦い、響は万全の状態であったのに対し、ヘラクレスは契約の箱(アーク)の影響で、瀕死の状態であった。

 

 その状態で尚、響を圧倒して見せたのだ。

 

 もし、ヘラクレスが万全の状態であったなら、勝敗が逆転していたのは考えるまでも無い事だろう。

 

 それはそれとして、

 

 刀を下した響は、静かに問いかける。

 

「・・・・・・初めから、意識があった?」

 

 響の言葉に対し、

 

 ヘラクレスは、フッと笑みを浮かべた。

 

 響の指摘通り、ヘラクレスは初めから、少なくとも契約の箱(アーク)の致命傷から復活した後は意識があったのだ。

 

「・・・・・・イアソンは・・・・・・あの男は確かに、傲慢で不実な男であるが、それでも私にとっては大切な友でな。奴を裏切る事は、私にはできなかった」

「ん・・・・・・・・・・・・」

 

 友の為に戦う。

 

 たとえ、それが悪だと判っていても。

 

 その考え方は、響にも理解できる。

 

 かつて、悪と知りながらも、大切な人の為に戦い続けた男を知っているから。

 

 故にこそ、ヘラクレスを批判する気にはなれなかった。

 

 と、

 

「少年、一つ問うが?」

「ん?」

 

 キョトンとする響に、ヘラクレスは尋ねた。

 

「あの褐色の、弓兵の少女は、そなたの身内か?」

「ん、姉。ちょっとエロい」

 

 いや、その紹介はどうなんだ?

 

 クロエが聞いたら、間違いなく怒られそうな事を告げる響。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・そうか」

 

 ヘラクレスは、どこか納得したように頷きを返す。

 

 その巨体から、今度こそ、金色の粒子が立ち上り始めた。

 

 消滅現象。

 

 不死身と思われた大英雄も、ついに消滅の時が来たのだ。

 

「姉を、大事にせよ、少年」

 

 その言葉を最後に、ヘラクレスは風に溶けるように消えていった。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 既に、その姿が見えなくなった大英雄に、響は、静かに頷きを返した。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 ヘラクレスの消滅に、愕然としている人物が1人。

 

 メディアである。

 

 既にヘクトールとキャスター、ネルソンも倒れ、残るは魔神柱を除けば彼女1人だけ。

 

 戦闘開始前、あれだけ有利だった戦況は、今や完全にひっくり返されている。

 

 焦慮に顔を歪める。

 

 折角、「あの御方」から、この世界を任されたと言うのに、これでは役立たずの烙印を押されてしまうではないか。

 

 一瞬、思考を逸らすメディア。

 

 そこへ、盾兵の少女が襲い掛かってきた。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 気合と共に、大盾を一閃するマシュ。

 

 その大ぶりな一撃を、メディアは飛び上がって回避した。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちする魔術師の少女。

 

 状況は彼女にとって圧倒的に不利。

 

 だが、

 

 まだ、逆転の目が無い訳ではない。

 

「カルデアのマスターッ あなた達さえ倒せばッ!!」

 

 マスターの殺害が成れば、彼女にとって収支は黒字となり、失敗は帳消しになる。

 

 空中に複雑な文様の魔術陣を描き、魔力を充填するメディア。

 

 魔術陣に充填される魔力。

 

 開放すれば特大の魔力砲が、立ち尽くす立香と凛果を直撃する事になる。

 

 睨み据えるメディア。

 

 対して、

 

 地上にあって立香もまた、メディアを睨み返す。

 

 切り札を切る。

 

 そのタイミングがあるとすれば、今しかなかった。

 

「やるぞッ マシュ!!」

「はい、先輩ッ お任せします!!」

 

 マシュの返事を受けて、

 

 立香は右手を大きく頭上に翳す。

 

 その手の甲に浮かび上がる、盾と剣を掛け合わせた文様の令呪が光り輝く。

 

「藤丸立香が令呪を持って、シールダー、マシュ・キリエライトに命ずる!!」

 

 叫ぶ立香。

 

 カルデアから送られてきた魔力によって、少年の体が光り輝く。

 

「宝具を全力解放し、メディアの攻撃を防げ!!」

「了解です、マスター!! マシュ・キリエライト、これより全力で防衛行動に入ります!!」

 

 立香の意を受け、マシュの宝具が展開される。

 

 メディアが魔力砲を撃ち放ったのは、ほぼ同時だった。

 

 既にヘラクレス戦で2度、宝具を展開しているマシュ。本来であるなら、3度目の宝具展開など不可能に近い。

 

 しかし、不可能を可能にするのが令呪と言う物。

 

 立香から溢れ出る魔力がマシュへと流れ込み、彼女の宝具をより一層、強固にしていく。

 

 激突する、障壁と魔力砲。

 

 白熱の閃光が撒き散らされ、周囲一帯を薙ぎ払う。

 

 恐るべきはメディアの魔力量。

 

 防がれて尚、莫大な光が視界を灼のが判る。

 

「クッ!?」

 

 必死に盾を支えて耐えるマシュ。

 

 彼女は恐らく、特殊班のメンバーで最も今日一日の消耗が激しいだろう。

 

 ヘラクレス戦で2度の宝具開放。それから立て続けに戦闘をこなしている。

 

 本来なら、倒れてもおかしくは無い。

 

 だが、

 

 それでも尚、

 

 盾兵の少女は、立ち続ける。

 

 己が信じる物。

 

 己を信じる者。

 

 その全てを守り通すために。

 

 次の瞬間、

 

 強烈な衝撃音と共に、視界が晴れる。

 

 魔力を帯びた閃光が吹き散らされ、周囲が元の風景に戻る。

 

 そして、

 

 砂浜には、

 

 代わらず立ち続ける藤丸兄妹と、

 

 2人のマスターを守り切った、マシュ・キリエライトの姿があった。

 

「クッ 防ぎ切りましたかッ けど、まだ!!」

 

 自身の攻撃を防がれた事に焦りを感じながらも、再度の魔術陣構成に入るメディア。

 

 今ならやれる。

 

 攻撃こそ防がれたが、あの盾兵は既に限界のはず。

 

 対してメディアは、消耗こそしているものの、まだ余裕がある。

 

 再度、魔術陣を構成して攻撃すれば、今度こそマシュは防ぎきれないだろう。

 

 それで終わりだ。

 

 そう思った。

 

 だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、けど、遅い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 低い呟きと共に、魔術師の背後に気配が浮かぶ。

 

 ハッとして振り返るメディア。

 

 そこには、

 

 漆黒の装いをした、少年暗殺者の姿がある。

 

 「盟約の羽織」を脱ぎ、クラス特性をセイバーからアサシンに戻した響は、気配遮断を使ってメディアの背後に回り込み奇襲を敢行したのだ。

 

「クッ!?」

 

 振り返ろうとするメディア。

 

 だが、魔術陣の構築に入っていた為、反応が一瞬遅れる。

 

 奔る剣閃。

 

 響が振り下ろした刀は、

 

 振り返ったメディアの体を、袈裟懸けに切り落とした。

 

「・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・」

 

 小さく声を上げる魔術師の少女。

 

 鮮血がメディアの体から舞い散り、霧散していく。

 

 落ちていく少女。

 

 その視界の先には、

 

 尚も、大地に立ち続けている巨大な魔神柱が映る。

 

「ああ・・・・・・イアソン・・・・・様・・・・・・」

 

 呟いた瞬間、

 

 メディアの視界の中で、魔神柱が巨大な閃光に飲み込まれて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、決戦前夜の話だった。

 

 月光の下で、2人の少年と少女が、並んで砂浜に立っていた。

 

 衛宮響(えみや ひびき)朔月美遊(さかつき みゆ)

 

 共に、藤丸凛果(ふじまる りんか)をマスターとするサーヴァント達である。

 

 こんな夜に、サーヴァント2人が砂浜にいる理由は、2人の恰好から推察できるだろう。

 

 共に水着姿。

 

 響は泳げない美遊に、水泳を教えていたのだ。

 

 とは言え、

 

 美遊のカナヅチは、彼女に霊基を提供したアルトリア・ペンドラゴンに由来する物。言わば「朔月美遊は泳げない」と言う事が一種の概念と化しているのだ。その為、いくら練習したところで、美遊のカナヅチは治る事は無いのだが。

 

 美遊としては、自分が泳げるようになれば、明日の決戦では行動範囲が広がり、もっと皆の役に立てるのでは、と考えていただけに、聊か落ち込んでいる様子が見られた。

 

 そんな美遊を見ながら、

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 何かを思いついたらしい響が、ポムッと手を打った。

 

「どうしたの?」

「ん、要するに、泳げなくても、行動範囲が広がれば、それで良い?」

「それは・・・・・・そうだけど」

 

 できれば泳げるようになりたい、と思うのは美遊の偽らざる本音だが、しかしどう考えても明日の決戦には間に合いそうもない。

 

 となると、何かしらの代替案を用意する必要がある。

 

「ん、それなら、何とかなる、かも」

「え?」

 

 怪訝な面持ちになる美遊。

 

 いったい、何をしようとしているのか?

 

 しかし響は、いつになく自信たっぷりに美遊に説明した。

 

 

 

 

 

 そして現在、

 

 キャスターを下した美遊は、海岸線の砂浜に立ちながら、沖にそそり立つ魔神柱を見据える。

 

 今も複眼から破壊の光を放ち続ける醜悪な柱。

 

 イアソンが変貌して出現した魔神柱。

 

 あれさえ倒せば、この特異点は消滅し人理は守られる。

 

 そこまで、あと少しのところまで来ているのだ。

 

 剣を構える美遊。

 

 可憐な双眸が、真っ向から魔神柱を捉えた。

 

「これで、終わらせます!!」

 

 同時に、

 

 少女の体から、魔力の閃光が溢れ出した。

 

 一方、

 

 その様子は、離れた場所から魔神柱に対して攻撃を加えていたアタランテからも見る事が出来た。

 

「美遊、いったい何を・・・・・・・・・・・・」

 

 アタランテが呟いた瞬間だった。

 

 美遊は全開で魔力を放出。砂を蹴って、一気に魔神柱へと向かっていった。

 

「なッ!?」

 

 驚いたのはアタランテであろう。

 

 彼女が見ている前で、少女剣士が海の上へと飛び出したのだから。

 

 しかも、事前に美遊が泳げない事は、立香達から聞いて知っている。

 

 一瞬、少女の気が狂ったのかと思ったほどだった。

 

 だが、

 

「なに・・・・・・・・・・・・」

 

 軽い驚きと共に、アタランテは目を見張った。

 

 なぜなら、

 

 彼女が見ている前で、

 

 美遊は「空中」を蹴って、更に加速したからだった。

 

 

 

 

 

 空中に魔力で足場を作って、疑似的な飛行を可能にする。

 

 昨夜、失敗に終わった水泳練習の後、響が美遊に教えた魔力の活用法である。

 

 確かに、響は時々、このやり方で空中戦を行っている。特に今回の第3特異点は、戦場の大半が海だった事もあり、多用する事になった。

 

 やり方を聞かされた時、正直、美遊は不安があった。今までやった事が無かった為、本当にできるのかどうか自信が無かったのだ。

 

 万が一、失敗すれば海の中に転落する事にもなりかねない。

 

 しかし響は、

 

『ん、大丈夫、簡単。たぶん』

 

 と、請け負ってくれた。

 

 そして、彼の言葉通りとなった。

 

 今、美遊は文字通り、海の上を疾走している。

 

 作り出した足場はしっかりと保持され、美遊が蹴り出しても小動すらしない。

 

 しかも、美遊は同時併用で魔力放出も行っており、その加速力たるや響の比ではない。

 

 まるでジェット噴射をしているかのような光景だ。

 

 魔神柱の方でも、接近してくる美遊に気付いたのだろう。

 

 複眼を開き、一斉射撃を浴びせてくる。

 

 沸き立つ海面。

 

 閃光が着弾し、水柱が立ち上る。

 

 だが、

 

 視界を塞ぐ瀑布を突き破り、白百合の剣士は一気に魔神柱に取り付いた。

 

「やァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 駆け上がりながら、一閃される刃。

 

 その一撃が、魔神柱の複眼を斬り裂く。

 

 しかし無論、その程度で魔神がひるむ事は無い。

 

 すぐさま、他の複眼が美遊を睨むのが見えた。

 

 ただひたすらにグロテスクな様。

 

 だが、

 

 美遊もまた、攻撃の手を緩めない。

 

 腰に構えた剣に魔力を充填。

 

 勢いに任せて振り抜く。

 

 放たれた魔力が、月牙の軌跡を描く。

 

 美遊の一閃は、今にも攻撃を開始しようとしていた魔神柱に、僅かに先んじた。

 

 着弾。

 

 同時に、爆炎が魔神柱の表面を覆った。

 

 莫大な魔力が誘爆を生み、複数の複眼が一緒くたに吹き飛ぶ。

 

 慌てたように、美遊へと砲火を集中させる魔神柱。

 

 だが、美遊は逸それよりも先に身を翻して魔神柱の攻撃を回避。

 

 同時に柱の懐まで斬り込む。

 

「遅いッ」

 

 低い呟きと共に、斬撃が走る。

 

 魔神柱の表面に着地すると、掛けながら剣を振るう美遊。

 

 魔神柱はその巨大さゆえに、火力こそ高いが、逆に密着されると対応が追い付かなくなる。

 

 その事を考え合わせると、懐に飛び込んだ美遊の判断は正しかった。

 

 斬撃が振るわれるたびに、斬り裂かれる魔神柱。

 

 ダメージは、着実に蓄積される。

 

 物言わぬ魔神柱が、苦悶の咆哮を上げているかのようだ。

 

 美遊の剣は、容赦なく魔神を斬り裂いていく。

 

 中天高く、駆け上がる美遊。

 

 眼下に見る魔神柱。

 

 尚も、美遊に対して抵抗しようとしているのか、残った複眼の魔力を充填している様が見える。

 

 対して、

 

「これで・・・・・・決める」

 

 自身に殺到してくる閃光を見詰め、

 

 美遊は、静かに呟く。

 

 剣を翳す少女。

 

 次の瞬間、

 

十三拘束解放(シールサーティーン)円卓議決承認(デシジョン・エンド)!!」

 

 少女の体から魔力の光が一気に溢れ出した。

 

 

 

 

 

 アーサー王の聖剣伝説には、2種類の解釈があるとされている。

 

 すなわち、岩に刺さった選定の剣(カリバーン)を抜き、王となる資格を得たアーサーだったが、戦場で行った騎士道に背く振舞により、剣が折れてしまう。

 

 この事を憂慮した宮廷魔術師のマーリンが、王の為に新たな剣を湖の乙女に求める事になる。

 

 それが、所謂「聖剣エクスカリバー」だとする説。

 

 一般的には、こちらの聖剣伝説が語られるパターンが多い。

 

 そして、もう一つ。

 

 折れた聖剣をあえて鍛え直し、新たなる剣として新生したとする説。

 

 どちらも、後年の剣は「聖剣エクスカリバー」であるとされている。

 

 美遊は、力尽きたアルトリアから霊基を受け継ぐ形で英霊化している。

 

 すなわち、一度折れた聖剣が、美遊と言う担い手を得て新生、復活した事を意味している。

 

 その様は、正に聖剣伝説そのものであると言えるだろう。

 

 

 

 

 

 光が剣その物を包み込む。

 

 同時に、「外装」が剥がれ落ち、眠っていた刀身が露わになる。

 

 飾り気の少ない、極シンプルな刀身。

 

 しかし、そこから発せられる凄みは、周囲の空間すら歪曲するほどの存在感を発している。

 

 まさに伝説に語り継がれる、騎士王アーサーの佩刀に相応しい、絶対的な輝きを放っていた。

 

 空中で剣を振り被る美遊。

 

 少女が、眼下の魔神柱を睨み据える。

 

 魔神柱が放った光が、美遊へと迫った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遥か遠く、黄金の剣(エクスカリバー・リバイバル)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女が振り抜くと同時に迸る閃光。

 

 軌跡は斬撃となり、全てを斬り裂く。

 

 魔神柱が放つ閃光を消し飛ばし、斬撃は魔神柱その物をも斬り裂いていく。

 

 光に侵食される、巨大な柱。

 

 断末魔の叫びを発する魔神。

 

 次の瞬間、

 

 魔神柱は、中央から真っ二つに斬り裂かれて倒れる。

 

 轟音と共に、海へと落下していく魔神柱。

 

 落ちながら、その構造は剥がれ落ちるように崩れていく。

 

 そして、

 

 その崩れ落ちていく柱の中から一瞬、金髪をした男の姿が見えた気がした。

 

 しかし、それも一瞬の事。

 

 すぐさま、男の姿は魔神柱の破片の中に飲み込まれて見えなくなっていく。

 

 残った「根元」の部分も崩壊していく。

 

 その様を見詰め、

 

 美遊は、ゆっくりと剣を下した。

 

 

 

 

 

第24話「聖剣伝説」      終わり

 




SE・RA・PH復刻。

前から一番やりたかったイベントだったので嬉しいです。これで、足りない部分のストーリーを補えます。


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第25話「星の彼方」

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼方で、轟音を上げて魔神柱が倒れていくさまが見える。

 

 さながら巨木が倒れるに等しい光景。

 

 美遊の放った宝具、「遥か永久に黄金の剣(エクスカリバー・リバイバル)」を受け、魔神柱は根元から切断されている。

 

 あれだけの猛威を振るった魔神柱が倒れる様は、まるで、世界そのものが終わりを告げたかのようだ。

 

 やがて、構造を保てなくなった魔神柱は、崩れ落ちて消えていく。

 

「・・・・・・・・・・・・やった、かッ」

 

 魔神が倒れる様を遠望していた絞り出すように、歓喜の声を上げる立香。

 

 その傍らで、共に眺めていたマシュも、笑顔で寄り添う。

 

「はい先輩ッ これで全ての敵性勢力撃破に成功しました!!」

 

 マシュの言葉に、頷きを返す立香。

 

 敵は全て倒れ、味方は1人も掛ける事無く健在。

 

 これが意味する事は一つ。

 

 この第3特異点における戦いが事実上、カルデア側の勝利で終わったと言う事だった。

 

 同時に、変化は起こった。

 

 少年の手元に、光が収束していく。

 

「先輩ッ それッ!!」

「ああ」

 

 頷きながら立香は、掌に現れた、ずしりとした重みをしっかりと握りしめる。

 

 何が起きたのか、これからの展開は、立香にも容易に想像がつく。

 

 それがやがて形作られると、光り輝く器へと変化したのだ。

 

「兄貴、それ、聖杯!!」

「ああ。間違いない。イアソンの中にあった奴だ」

 

 叫ぶ凛果に、立香も頷きを返す。

 

 魔神柱の打倒、そして聖杯の回収、どちらも完了した。これで、この特異点の修復も成ったはずだった。

 

 

 

 

 

 だが、

 

 歓喜に湧く立香達。

 

 その背後から、狙いを定める影があった。

 

 その人物は、手にした槍を構えつつ、口元に苦笑にも似た笑みを浮かべている。

 

「負けちまったか・・・・・・まあ、仕方がないね」

 

 ヘクトールだ。

 

 クロエの一撃によって倒れたと思われていた大英雄は、尚も執念深く、現界を保っていたのだ。

 

 その体からは、今も金色の粒子が立ち上っている。

 

 既にその体は半ばから崩壊し、すぐにでも消滅してもおかしくは無い。

 

 しかし、大英雄は、最後の力を残していた。

 

 そして、

 

 その飄々とした眼差しは、自身が狙うべき獲物を見定めていた。

 

「このままじゃ収まりがつかないんでね。帳尻くらいは合わせさせてもらおうか」

 

 その視線の先では、

 

 聖杯を手に喜ぶ藤丸立香(ふじまる りつか)の、無防備な背中がある。

 

「ま、行きがけの駄賃って奴さ!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 槍を投擲すべく振り被った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女神の視線(アイ・オブ・ザ・エウリュアレ)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今にも槍を投擲しようとしていたヘクトールの胸に、光の矢が突き刺さった。

 

「なッ!?」

 

 驚愕する大英雄。

 

 その手から、槍が零れて砂浜に落ちる。

 

 見開かれ、向ける、視線の先。

 

 そこには、

 

 短弓を構えた女神が立っていた。

 

 吹く風に長いツインテールを靡かせ佇む姿は、いかなる戦神にも劣らないだろう。

 

 弓を下すエウリュアレ。

 

 その視線は、いつになく厳しい眼差しでヘクトールを睨んでいた。

 

「こいつは・・・・・・驚いたな」

 

 膝を突きながら、笑みを浮かべるヘクトール。

 

 同時に、噴き出る光の粒子は濃度を増す。

 

 エウリュアレの宝具がトドメとなり、崩壊が加速したのだ。

 

 このような形で奇襲を防がれるとは思ってもみなかったのだヘクトールは、もはや苦笑するしかなかった。

 

「まさか、俺が最後にこうすると、読んでいたのかい?」

「まさか」

 

 ヘクトールの言い分に、しかしエウリュアレは肩を竦めて首を振る。

 

 けど、と女神は続ける。

 

「あなたはアステリオスを殺した。それだけで、わたしがあなたを警戒するには十分すぎる理由だったわ」

 

 その言葉に納得したように嘆息するヘクトール。

 

 やはり、やり慣れない事はするべきじゃなかった。こんな形でツケを払わされる事になるとは思ってもみなかった。

 

 やがて、

 

 大英雄の姿は風に溶けるように消えていった。

 

「・・・・・・・・・・・・終わったわよ、アステリオス」

 

 ヘクトールが完全に消滅したのを確認してから、

 

 女神はそっと、語り掛ける。

 

 

 

 

 

 えうりゅあれ・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 ふと、覚えのある声に呼ばれた気がして振り返る。

 

 そんなエウリュアレを、大きな気配が優しく包み込んでいった。

 

 

 

 

 

 メディアは、まだ現界を保っていた。

 

 もっとも、砂浜に倒れ伏したその姿は既に崩壊を始めており、体からは金色の粒子が溢れている。

 

 この第3特異点における黒幕たる少女も、間もなく消滅する運命にあった。

 

 そんなメディアの傍らに、立香は膝を突いた。

 

 既に魔女には、戦う力は残されていない。そう判断したため、立香は敢えて、気になっていた事を尋ねる事にしたのだ。

 

「教えてくれ、メディア」

 

 消えゆく魔術師に、少年は問いかける。

 

「君の背後には、いったい誰がいたんだ?」

 

 メディアは明らかに、何者かの意を受けて行動していた。

 

 イアソンに対する裏切り行為も、恐らくはその一環だったのだろう。

 

 しかし、若い姿で現界しているとはいえ、ギリシャ最強とも謳われた魔女メディアを軍門に従える相手がいるとも思えない。

 

 もし、いるとすれば、それはすなわち・・・・・・

 

 ある種の確信と共に尋ねる立香。

 

 果たして、

 

 消滅しつつあるメディアは、嘆息気味に答えた。

 

「・・・・・・残念ですが、私はその質問に答える権利を失っています」

「え?」

「なぜなら、私は魔術師として、あのお方に完全に敗北してしまったからです」

 

 その言葉に、立香は戦慄する。

 

 最高の魔術師でもあるメディアが「魔術師として」敗北したと言う。

 

 果たして、それはいかなる存在なのか。

 

 得体の知れない底深さを感じ、立香は思わず身震いした。

 

 そんな立香に対し、

 

 メディアは最後の力を振り絞るようにして言った。

 

「星を、集めなさい・・・・・・」

「星? それはいったい・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねる立香。

 

 意味深な魔術師の言葉に、訝りを覚える。

 

 しかし、質問に答える前に、メディアの体は金の粒子にほどけて消えていく。

 

「それがきっと、あなた達を導く光となるはずです」

 

 そう言って、目を閉じるメディア。

 

 少女の脳裏に、いったい何が浮かんだか、立香には判らない。

 

 人理消滅に失敗した事への悔悟か?

 

 敗れた事への諦念か?

 

 あるいは、

 

 裏切ってしまったイアソンへの贖罪か?

 

 問いかける間もなく、少女の姿は薄らいでいく。

 

 やがて、メディアの姿は風に吹かれるように消え去って行った。

 

 後に残された立香は、脳裏で彼女の言葉を反芻する。

 

 星を集めろ。

 

 メディアはそう言った。

 

 それを意味する事、

 

 その先に待つもの

 

 果たしてそれは、何であるのか?

 

「星、か・・・・・・・・・・・・」

 

 少年の手の中にある聖杯が、ずしりとした重みで、その存在感を伝えてくる。

 

 これまでの経緯から考えて、メディアの言った星とは、聖杯の事なのではと考えられる。

 

 つまり、この先も聖杯を求め続ければ、いつかは真の黒幕にたどり着けるかもしれなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・やってやるさ」

 

 決意と共に、少年は呟く。

 

 全ての聖杯を集め、黒幕の下へとたどり着く。

 

 そして、必ずや人理を、世界を、取り戻して見せる。

 

 その決意が、少年の中で新たに芽生えるのだった。

 

 と、

 

「よう、こっちも終わったみたいだね」

 

 声を掛けられ振り返る。

 

 果たしてそこには、

 

 砂浜を、真っすぐにこちらに向かって歩いてくる、女海賊の姿があった。

 

「ドレイク、無事だったのかッ!?」

「ああ、何とか。お互いね」

 

 そう言って、ニヤリと笑うドレイク。

 

 彼女の背後の海には、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の姿も見える。

 

 ライダーとの激しい戦闘を物語るように、船はボロボロに傷ついている。

 

 しかし、甲板上ではボンベ達が手を振っているのが見えた。

 

 立香とドレイク。

 

 戦闘前に2人で交わした約束。

 

 生きて、互いに再び会う。

 

 その約束が、果たされたのだ。

 

 拳を打ち付け合う、立香とドレイク。

 

 その顔には、笑みが浮かべられた。

 

 その時だった。

 

 立香の体から、金色の粒子が浮かび始めた。

 

 特異点が修正されたため、世界の修正力により、異物である立香達の排除が始まったのだ。

 

 今頃、カルデアではロマニ達が、立香達の帰還シークエンスを始めている事だろう。

 

 間もなく皆、この世界から姿を消す事になる。

 

 見れば、アタランテやアルテミス、オリオン、ダビデ等も消滅が始まっていた。

 

 否、彼女達だけではない。

 

 カルデア特殊班のメンバー達、凛果も、マシュも、響も、美遊も、クロエも、フォウも、

 

 皆、同様に金色の粒子を立ち上らせている。

 

 違うのはドレイクと、他の海賊達だけ。彼女達は元々、この世界の住人である為、消滅する事は無い。ただ、元の海に戻るだけだった。

 

 その事を察したのだろう。

 

 ドレイクが、立香に向かって右手を差し出してきた。

 

「ありがとうよ立香。あんた達のおかげで、本当に楽しい冒険が出来たよ」

「お互い様、だよ。俺達だって、ドレイク達がいてくれたおかげで、ここまで来れたんだし」

 

 そう言って、ドレイクの手を握り返す立香。

 

 あの時、

 

 この海だけの世界に放り出された時、

 

 最初に自分たちの前に現れたのが、ドレイクで良かった。

 

 彼女達がいてくれたから、ここまで来る事が出来たのだ。

 

 人理を守る為、共に戦った2人は、互いの友情を確認するように、しっかりと手を握り合った。

 

 と、

 

 そこへ、小さな足音が近付いてくるのが判った。

 

 振り返る立香。

 

 すると、

 

 小さな女神が、少し躊躇うような態度で目の前に立っていた。

 

「今回は、その、世話になったわね」

 

 どこか、そわそわしたようなエウリュアレの態度。

 

 訝るような眼差しで見ていると、女神は意を決したように顔を上げた。

 

「立香、ちょっと屈みなさい」

「え、な、何?」

 

 怪訝な表情をする立香。

 

 対して、エウリュアレは焦れたように前に出る。

 

「時間が無いんだから、早くするッ まったく、アステリオスと言い駄妹(メドゥーサ)と言い、あなたと言い、何で無駄に大きい奴が多いのよッ」

 

 愚痴愚痴と言いながら、立香の顔を引っ張るエウリュアレ。

 

 前のめりになる立香。

 

 その頬に、

 

 エウリュアレはそっと、唇を押し当てた。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 頬に感じた甘い感触に、思わず茫然とする立香。

 

 エウリュアレにキスされた。

 

 顔を上げれば女神が、はにかんだような、それでいて悪戯に成功した子供のような、そんな表情をしている。

 

 その傍らでは、ドレイクが口笛を吹いている。

 

「えっと・・・・・・」

「め、女神の祝福よ。ありがたく思いなさい」

 

 ちょっとどもった辺り、やった本人も恥ずかしいらしい。

 

 と、

 

「ちょ、ちょっとマシュッ マシューッ!! どうしたのよ、急に固まっちゃってッ!?」

「ん、返事がない。ただのシカバネのようだ」

 

 急にフリーズしたマシュを、凛果と響が必死に介抱している様子が聞こえてくる。

 

 そうこうしている内に、エウリュアレの体も消え始めた。

 

「最後に、一つだけ・・・・・・もし、この後、あなたが私の駄妹(メドゥーサ)に会う事があったら、その時はよろしくね。あの子、けっこうどんくさいから」

 

 そう言って、微笑む女神。

 

 その言葉を最後に、

 

 立香達の視界も、光の渦に飲み込まれるようにして消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界崩壊が進む中、

 

 1つ、取り残されたように、砂浜に転がるものがあった。

 

 巫女装束に身を包んだキャスターは、美遊に斬られた傷から血を流しつつ、崩壊の時をただ待っていた。

 

 と、

 

 砂を踏む音が、ゆっくりと近付いてくる。

 

 黒い軍服にコートを羽織り、腰には日本刀を差した少年。

 

 別の世界ではアヴェンジャーを名乗っていた少年は、倒れているキャスターの前まで歩いてくると、そこで足を止めた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま見据える先で、倒れたまま動かない巫女服の魔術師。

 

 と、

 

「いつまで寝てるんですか? いい加減起きてください。僕も暇じゃないんですから」

 

 まるで独り言のように、復讐者の少年が語りだす。

 

 返る静寂。

 

 対して、アヴェンジャーは嘆息する。

 

「まさかと思いますけど、『本当に死んだ』なんて冗談言いませんよね。流石に笑えませんよ」

 

 果たして、

 

「・・・・・・・・・・・・それこそ、まさか、よ」

 

 気だるげな声と共に、

 

 キャスターは身を起こした。

 

 見れば驚いた事に、美遊にやられたはずの傷は、完全に塞がっている。

 

 その様子を見て、アヴェンジャーは嘆息する。

 

「やれやれ、いつ見ても、おぞましい体ですね」

 

 言った瞬間、

 

「ッ!?」

 

 一瞬、アヴェンジャーに対して瞬きを向けるキャスター。

 

 後方へと跳躍して回避するアヴェンジャー。

 

 同時に、一瞬前までアヴェンジャーの頭部があった場所の空間が弾ける。

 

「あら、はずしたわ」

「・・・・・・相変わらず、危ない人ですね」

 

 躊躇なく自分を殺そうとしてきたキャスターに、非難の眼差しを向けるアヴェンジャー。

 

 対してキャスターはと言えば、どこ吹く風と言わんばかりに欠伸をしながらそっぽを向いている。

 

 やがて、

 

 世界が崩壊する音と共に、

 

 2人の姿もまた、消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、第3特異点も修復された。

 

 魔神柱は倒され、無事に聖杯はカルデア特殊班の手によって回収された。

 

 紆余曲折はあった物の、全てがうまく行った。

 

 だが、

 

 いくつか、謎が残ったのも確かである。

 

 中でも一番の謎は、メディアの背後にいた黒幕の存在だろう。

 

 その正体が何であるか、立香達には判らない。

 

 しかし相手が人理焼却を狙っている以上、

 

 そして、自分たちが人理守護を謳っている以上、いずれ来る激突は避けられないだろう。

 

 それに、

 

 メディアは最後に言った。

 

 星を集めろ、と。

 

 それが、自分たちを導くだろう、と。

 

 導かれた先に何があるのか、何が待っているのか、それは判らない。

 

 先に進むしかない。

 

 先に進めば、見えてくる風景もあるはずだった。

 

 そう、

 

 次の戦いは、もう始まっているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、その前に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、と言う訳で」

 

 カルデアの食堂に集まった一同。

 

 そんな彼らを前に、

 

「この度、晴れてカルデア特殊班に加わりました、クロエ・フォン・アインツベルンです。知っての通りクラスはアーチャー。スリーサイズは、上から・・・・・・」

「ストップ。そこまで言えとは言ってないよ」

 

 暴走気味に自己紹介しようとした褐色弓兵少女を、ロマニが嘆息気味に止めに入る。

 

 その表情は、どこか疲れたような顔をしている。

 

 そして、

 

 一同の視線の先では、

 

 オケアノスで共闘したクロエ・フォン・アインツベルンが、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべて佇んでいた。

 

「えっと、ロマン君? これはいったい・・・・・・」

「響君や美遊ちゃんの時と一緒さ。気が付いたら、カルデアの管制室に立ってたんだよ」

 

 そう言うと、ロマニはガックリと肩を落とした。

 

 彼女が現れてから今まで、いったい何があったのか、想像に難くない事態に、一同は曖昧な表情を浮かべる。

 

「てな訳で、これからよろしくね」

 

 そう言って、クロエはニコリと、小悪魔のように笑うのだった。

 

 

 

 

 

第25話「星の彼方」      終わり

 

 

 

 

 

封鎖終局四海オケアノス      定礎復元

 




ホレイショ・ネルソン

【性別】男
【クラス】ライダー
【属性】秩序・善
【隠し属性】人
【身長】184センチ
【体重】65キロ
【天敵】ナポレオン・ボナパルト

【ステータス】
筋力:C 耐久:A 敏捷:E 魔力:E 幸運:A 宝具:EX

【コマンド】:AQQBB

【保有スキル】
〇海上のカリスマ:C
味方全体の攻撃力アップ、バスター性能アップ(3ターン)

〇ティータイムは船上で:A
味方全体のNPを増やす。及びHPを回復

〇義務を果たしたまえ:B
自身に無敵付与(1ターン)。及び、味方全体の防御力アップ(3ターン)

【クラス別スキル】
〇騎乗:B
自身のクイックカードの性能をアップ。

【宝具】 
 〇突撃、我に続け(ヴィクトリーズ・ネルソンタッチ)
効果:《敵全体に対する超強力な攻撃。及び、防御力大ダウン、スター発生率大ダウン、くるてぃかる威力大幅ダウン(3ターン)》
 ネルソンが考案し、実際にトラファルガー海戦で用いた、前代未聞の艦隊突撃を再現した宝具。彼の旗艦である戦列艦「ヴィクトリー」を中心に、配下にあった大英帝国艦隊が一斉に出現し、敵に向けて砲火を放ちながら突撃して行く事になる。まさに海上の騎兵突撃とでも称すべき、艦隊突撃戦法である。

【備考】

 海軍の軍服を着た、長身の男性。余裕を感じさせる態度を崩すことなく、たとえ戦場であっても、3時のお茶を欠かす事は無い。

 真名「ホレイショ・ネルソン」

 ナポレオン戦争時代の大英帝国海軍艦隊司令長官。若い頃から海にあこがれ、成長すると当然のように海軍に入隊した。

 その頭角は、入隊後しばらくして現れ始める。21歳、尉官の時に既に小型艦の艦長に任じられる。更に35歳の時には戦列艦の艦長に就任、多大な戦果を挙げる。

 若い頃に右目を失明。更にその後、右腕を失うなど重傷を負うが、それでも尚、彼は不屈の闘志で海の上に立ち続けた。

 やがて、欧州大陸一帯を制圧したナポレオン・ボナパルトは、その侵略の目を、海の向こうのイギリスへと向ける。
 
 その有り余る経済力で大艦隊を組織したナポレオン。

 そのナポレオンの前に、敢然と立ちはだかったのがネルソンであった。

 ネルソンは優勢な艦隊を率いてフランス海軍の行動を徹底的に妨害、港に封じ込める「大陸封鎖」を実行する。

 このネルソンの作戦は図に当たり、フランス艦隊は悉く大陸の港に押し込められてしまう。

 業を煮やしたナポレオンは、ネルソンを打ち破るべく主力艦隊を差し向ける。

 これに対抗すべく、全艦隊を率いて出撃したネルソン。

 両艦隊はトラファルガー沖で激突する。

 ここでネルソンは、後の世に語られる伝説的な艦隊突撃戦法「ネルソン・タッチ」を用いてフランス艦隊の隊列を分断。各個撃破する事に成功する。

 この戦いの終盤、敵艦からの狙撃を胸に受けたネルソンは、戦場に倒れる事になる。

「諸君のおかげで、わたしは義務を果たす事が出来た」

 それが、ネルソンの最後の言葉だったと言われている。

 この戦いに敗北したナポレオンは、イギリス攻略を諦め、その侵略の矛先を遠く北のロシアへと向け、やがて破滅の道を転がって行く事になる。

 この事からネルソンは、ナポレオン没落の端緒となった人物、とも言われている。

 尚、

 彼の旗艦である戦列艦「ヴィクトリー」は大英帝国政府によって修復を重ねられ、記念艦と言う形ではあるが、今なおイギリス海軍籍の軍艦として登録されている、世界最古の現役軍艦である。







衛宮響・影月

【コマンド】:BAAQQ

【固有スキル】
〇限定固有結界「天狼ノ檻(てんろうのおり)
《自身のクイック性能アップ、スター集中アップ(3ターン)、自身に回避状態付与(3回、3ターン)3ターン後、攻撃力、防御力ダウン(デメリット)》
 「衛宮響を中心に半径2メートル」と言う範囲で展開される極小型の固有結界。響の持つ魔力量でも固有結界を展開できる、ギリギリのラインである。この結界を展開中は、響の中での体感時間が加速され、通常の数十倍のスピードで機動する事が出来る。半面、小型であっても固有結界である事に変わりはなく、世界からの修正力により、長くは展開できない。持続時間は通常空間内における時間に換算して3分が限界であり、しかも、結界が解除されると、修正力によるフィードバックにより、響はほぼ戦闘不能に近い状態になる。


【宝具】
〇盟約の羽織・影月
 盟約の羽織・高速戦形態。布地は黒に、段だらは赤に変化、同時に響の髪は白く染まり、目も赤くなる。この状態であるならスキル「限定固有結界:天狼ノ檻」が使用可能になり、更に「鬼剣:魔天狼」が使えるようになる。


【鬼剣】
魔天狼(まてんろう)
《敵単体に超強力な攻撃、及び自身に必中状態付与(1ターン)、自身のクリティカル威力アップ(3ターン)
 天狼ノ檻を展開する事で使用可能となる鬼剣。固有結界の効果を現界突破(リミット・ブレイク)する事で、埒外の超高速を発揮。対象となる敵を斬り刻む。








朔月美遊(さかつき みゆ)
【性別】女
【クラス】セイバー
【属性】秩序・善
【隠し属性】地
【身長】134センチ
【体重】29キロ
【天敵】??????

【ステータス】
筋力:C 耐久:C 敏捷:B 魔力:A 幸運:A+ 宝具:B

【コマンド】:AAQBB

【宝具】
遥か永久に黄金の剣(エクスカリバー・リバイバル)
《自身の宝具威力アップ(1ターン)、敵全体に超強力な防御無視攻撃。自身の攻撃力アップ(3ターン)及び、HP、NPをチャージ(3ターン)》
 アルトリア・ペンドラゴンの宝具「約束された勝利の剣(エクスカリバー)」を、美遊が受け継いだ霊基を元に使用した宝具。「戦いで折れた聖剣を鍛え直し、新たな、より強力な聖剣として蘇らせた」と言う、聖剣伝説の別解釈を体現した宝具であり、倒れたアルトリアから、美遊が彼女の想いと共にセイバーへと新生した事を現している。
本来、聖剣を解放するためには「十三拘束(シールサーティーン)」と言う封印を解除しなくてはならない。これは、円卓の騎士1人1人の承認が無ければ解除できないのだが、美遊自身、人々の願いを叶える神稚児の力を持っている。その為、この承認をキャンセルしたうえで封印を解除。フルパワーで放つ事が出来る。


【保有スキル】
〇直感:B
スターを大量獲得。

〇魔力放出(偽)
3ターンの間、自身のバスター性能を大幅にアップ。

〇星の祝福
自身の攻撃力アップ、防御力アップ、NP獲得

【クラス別スキル】
〇対魔力:B
自身の弱体耐性をアップ

〇騎乗:C
自身のクイックカードの性能を、少しアップ。

【備考】
 元々は冬木市にある旧家出身の少女。朔月家が用意した「小聖杯」として聖杯戦争に参加した彼女は、そこでセイバー「アルトリア・ペンドラゴン」と出会い、共に戦う。特異点の崩壊後も、セイバーの願いによって生かされ続けた彼女は、セイバーの消滅の際、彼女の霊基を受け継ぐ形で英霊化する。その姿は、アルトリア・ペンドラゴンの若き日の姿を模している。


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第4章 死界魔霧都市「ロンドン」
第1話「彼だけがいない世界」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、

 

 また夢、か。

 

 その光景を見た美遊は、すぐにそう分かった。

 

 見た事も無い制服を着た自分。

 

 以前に見た時は茶色の、やや厚手生地のブレザーだったが、今は薄手の生地を使った半袖のブラウスに代わっている。スカートも、やや軽めの素材のようだ。

 

 どうやら前者が冬服だったのに対し、今着ているのは夏服のようだ。

 

 どうりで、涼しい印象がある。

 

 それに、

 

 傍らに目を向けると予想通り、

 

 2人の少女たちが、並んで歩いていた。

 

 美遊と同じく、夏服を着た、そっくりな顔立ちの少女達。

 

 1人は、最近になってカルデア特殊班の仲間に加わった弓兵(アーチャー)の少女、クロエ・フォン・アインツベルンだ。

 

 まったく顔立ちが似ていないのだが、美遊の相棒である衛宮響(えみや ひびき)の姉でもある。

 

 そしてもう1人、

 

 そのクロエと全く同じ顔立ちをした、白い少女。

 

 クロエが小悪魔なら、こちらの少女はさしずめ天使と言った印象だ。

 

 どこまでも果てしなく、全てを白く包み込んでくれる、そんな優し気な印象を持った少女だ。

 

 ただ一緒にいるだけで、心の中に淀んだ物が薄れていくような印象があった。

 

「いやー、ようやく夏休みだね。1学期長かったー でも、これでいっぱい遊べるね」

 

 白い少女が、やれやれと嘆息交じりに告げる。

 

 成程。

 

 学校には、夏と冬、それぞれに長期休暇が設けられている、と言う話は知っていた。

 

 それぞれ、勉強の妨げとなる暑気や寒気を避ける為、長期にわたって学校を休業し、学生を休養させることが目的なのだとか。

 

 しかし、

 

 なぜ夏休みが楽しみなのか、学校に行っていなかった美遊には、いまいちピンとこなかった。

 

 最近ではエアコンの導入により、夏でも冬でも、季節に関係なく快適に過ごせると言う話なのだが?

 

 まあ、クロエも、目の前の白い少女も楽しそうにしているから良いのだが。

 

「買い物行って、海に行って、キャンプに行って、えっと、それから・・・・・・・・・・・・」

 

 実に楽しそうに、指折り数える白の少女。

 

 何だか、見ているだけで微笑ましくなってくる。

 

 と、少女は美遊の方を向き直った。

 

「ミユも、一緒に遊びに行こうね」

「え、私、も?」

 

 話を振られると思っていなかった美遊は、驚いたように聞き返す。

 

 そんな美遊の手を、少女は柔らかく握る。

 

「行こうよ、きっと楽しいよッ!!」

 

 掌に感じる温もりが、優しく美遊を包み込む。

 

 と、その時だった。

 

「まったく、イリヤはお子様ね」

 

 傍で見ていたクロエが、肩を竦めながら、やれやれとばかりに告げる。

 

 対して白い少女(イリヤと言うらしい)は、プクッと頬を膨らませてクロエを睨む。

 

 そんな仕草もまた、可愛らしかった。

 

「そんなこと言って、クロは何か考えているのッ?」

「あたし?」

 

 話を振られたクロエは一瞬キョトンと首を傾げると、顎に手を当てて「ん~」と考える。

 

「そうね、まずは・・・・・・・・・・・・」

 

 暫くして、クロエは口を開いた。

 

「まず、お兄ちゃんを誘惑して、それから『ピー』を、『ピー』な感じにして、『ピーピー』を、『ピー』して・・・・・・」

 

 延々と語るクロエ。

 

 取りあえず、伏字を当てなきゃならんセリフはやめてもらいたかった。色々と危ないから。

 

 喜々として語るクロエ。

 

 その様子を、顔を赤くして間み見守る美遊とイリヤ。

 

 と、

 

「そ、そんなのダメに決まってるでしょうがァ!!」

「あら、どうして?」

 

 とうとう耐えきれなくなって叫ぶイリヤ。対してクロエは、キョトンとした顔で尋ね返す。

 

 そのままズイッと、イリヤに迫っていく。

 

「何がダメなの? どうしてダメなの?」

「ちょッ クロッ!?」

「ほらほら教えてよ、イリヤ?」

 

 明らかに状況を楽しんでいるクロエに、翻弄されるイリヤ。

 

 やがて耐えかねたのか、美遊の方に向き直る。

 

「とにかくダメって言ったらダメなのッ!!」

 

 しかし、

 

 その視線は美遊ではなく、

 

 彼女の背後へと向けられている。

 

「ねえ、×××も、そう思うよねッ!?」

「え?」

 

 言われて、振り返る美遊。

 

 果たしてそこには、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ベッドの上で目が覚める美遊。

 

 自動で調整された室温の中、意識が急速に鮮明化する。

 

 頭の中は、思いのほかすっきりとしていた。

 

 脳裏に鮮明によみがえるのはやはり、先程まで見ていた夢の内容だった。

 

 小学校に通う自分と、その友人であるクロエ、

 

 そして、クロエとよく似たイリヤと言う少女。

 

 それに、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 夢で見た、最後の部分を思い出す。

 

 イリヤの声につられるように、背後を振り返った美遊。

 

 しかし、そこには誰も立っていなかった。

 

 まるで、そう、

 

 本来なら誰かがいなければいけない場所に、誰もいなかったみたいに。美遊の背後の空間だけが、不自然に空いていた。

 

 もし、あの時。

 

 本当は、「誰か」がいたのだとしたら?

 

 ならば、その「誰か」は、いったい誰なのか?

 

 否。

 

 そうではない。

 

 その疑問に対する答えは、既に美遊の中で確信に変わりつつあった。

 

 欠落している要素。

 

 いる筈なのにいない人物。

 

 そこに足りないピースは、いったい何を暗示しているのだろうか?

 

 その答えはまだ、今の美遊には判らなかった。

 

 と、

 

 そこでふと、時計に目をやる。

 

 時間は既に5時を回っている。そろそろ、食堂に行かないといけない時間だ。

 

 今やカルデアの調理担当となっている美遊は、これから起きてくるであろう、特殊班のメンバーやスタッフの為に食事を作らなくてはならない。

 

 と言っても、仕込みは昨夜の内に終わらせている。後は簡単な味の調整と温め直しだけで、大半の準備は完了する。

 

 洗い物や乾燥も全自動でやってくれる。まさに、カルデア様様である。11歳の美遊が、ほぼ1人で食堂を切り盛りできている理由はそんなところだった。

 

 もっとも、

 

 当然ながら、美遊がレイシフトしている最中は、彼女が食事を作る事は出来ない。その為、ロマニをはじめとするスタッフは、レイシフト中は若干、ひもじい思いをする事になるのだが、そこはご愁傷さまとしか言いようが無かった。

 

 起き上がろうと、布団を払う美遊。

 

 と、そこで、

 

 

 

 

 

 椅子に腰かけている少女と目が合った。

 

 

 

 

 

「あら、おはよう、ミユ」

 

 少女は悪びれた様子もなく、手をひらひらと振る。

 

 そんな状況に嘆息するしかない美遊。

 

 今更言うまでもないが、ここは美遊の部屋であり、美遊が1人で使っている個室である。こんな朝早くから、誰かがいる筈はない。

 

 可憐な瞳は、ジト目で不法侵入少女を睨む。

 

「・・・・・・・・・・・・何でここにいるの、クロ?」

「ん~ 夜這い?」

 

 本気とも冗談ともつかない少女の言葉。

 

 と言うかクロエの場合、全く持って冗談に聞こえない辺り、かなりたちが悪い。

 

 知り合ってまだ1か月程度だが、そこら辺の事は既に美遊にも理解できていた。

 

「いや、この時間で夜這いは変か。こういう場合、何て言うのかな? 朝這い?」

「どっちでも良い」

 

 取り合わず、ベッドから起き出すとクローゼットの前まで行く。

 

 「ん、クロがエロいのは前から」とは、某弟君の証言である。付き合えば、こちらが疲れるのは明白だった。

 

 着ているパジャマを脱いで下着姿になる美遊。

 

 白いジュニアブラに、同じく白のパンツ。

 

 飾り気のない下着姿が、少女の華奢な体を包んでいる。

 

 そんな美遊の着替え風景を、背後でクロエがニヤニヤしながら見つめているが、努めて無視する。

 

 どうせ同じ女なのだから、見られても問題ない。これが響あたりだったら、問答無用で部屋から蹴り出すが。

 

「ミユさー もうちょっとオシャレとかしたら。せっかく可愛いんだし」

「余計なお世話。それに、必要も無い」

 

 素っ気なく言い放つが、クロエがめげる様子は無い。

 

 そっと、美遊の背後から近づき、声を低めて耳元で囁く。

 

「でも、興味はあるんじゃない?」

「ッ!?」

「女の子はね、美遊。おしゃれする為に生まれてくるのよ。おしゃれをして、好きな男の子を誘惑するの。とっても楽しいわよ」

 

 甘い吐息を含むクロエの言葉。

 

 妖艶な少女の声に、美遊は脳がしびれるような感覚に捕らわれる。

 

「好きな、男の子を?」

「そう、例えば・・・・・・」

 

 わざとらしく間を置いてから、クロエは言った。

 

「ヒビキ、とか」

「ッ」

 

 息を呑む美遊。

 

 まるで、己の心の内を見透かされたかのようだ。

 

 確かに、美遊は響の事が気になっている。

 

 この気持ちが、クロエの言う「好きな男の子」に対する物なのかどうかは、まだ分からないが。

 

「さあ、勇気を出して。何も怖くないから」

 

 甘く囁きながら、

 

 クロエの手は、美遊のパンツに伸びた。

 

 そのまま、下に下げようとする。

 

 と、そこで、

 

 美遊は、クロエの手を掴んだ。

 

「あら?」

「その手には乗らない」

 

 間一髪のところで、美遊はクロエの手を引きはがす。

 

 対して、クロエは舌を出しながら、美遊から離れた。

 

「やれやれ、失敗失敗」

 

 悪びれた様子もなく、肩を竦めるクロエに、美遊は嘆息しつつ着替えに戻る。

 

 自分はどうやら、この褐色の弓兵少女が苦手らしい。

 

 美遊自身、説明がつかない感情だが、美遊は確信に近い感情で、そう思っていた。

 

 と言っても、別に嫌いなわけではない。

 

 初対面から自分に対してフレンドリーな態度を取ってくるクロエには、特に不快感を感じる事は無い。

 

 本来なら、好感を持てる筈、なのだが。

 

 たまに、今みたいな悪戯を仕掛けてくる。

 

 どこか、油断できない。クロエを見ていると、どうしてもそう思ってしまう。

 

 そんな事を考えながら、着替えていく。

 

 下着の上から紺のブラウスと同色のスカートを着込み、エプロンを掛けて、頭の上にヘッドドレスをかざる。

 

「へえ、メイドさん、ね」

 

 意味ありげに呟くクロエに、視線を向ける美遊。

 

「・・・・・・何?」

「ん~ べっつにー」

 

 何が言いたいのかさっぱり分からなかったが、これ以上、付き合う気は無い。

 

 ダ・ヴィンチに用意してもらった姿見の前で恰好を整えると、部屋を出て食堂へと向かう。

 

 当然のように、後からついてくるクロエ。

 

 その様子に嘆息しつつも、彼女の好きに任せる事にする。実害がない以上、邪剣にするのもどうかと思ったのだ。

 

 と、

 

 歩きがてら、美遊はどうせだからと、気になっていた事を尋ねてみる事にした。

 

「ねえ、クロ」

「うん、何かしら?」

 

 身を乗り出すクロエに、美遊は歩みを止めずに口を開く。

 

「あなたに・・・・・・響以外の兄妹とか、いる?」

 

 そう尋ねる美遊に対し、

 

 クロエはふと、足を止めた。

 

「・・・・・・・・・・・・何で、知ってるの?」

 

 これまでと打って変わって、警戒色を滲ませたような弓兵少女の声。

 

 珍しい事に、クロエが目を丸くして美遊を見ている。

 

 そこで、美遊は自分の失策に気付く。

 

 まさか夢で見た、と言う訳にも行かないだろう。果たして、どう説明したものだろうか?

 

 考えてから、とっさに言った。

 

「その、響に、聞いたから」

 

 これなら、怪しまれる事も無いだろう。実際には、響は自分の事はほとんどしゃべった事は無いのだが、そこら辺の事情はクロエは知らないはずだし。

 

 案の定、クロエは納得したように頷く。

 

「成程ね。まあ、確かに、私にはヒビキ以外にも、お兄ちゃんと、あとそれから『妹』もいたけど」

 

 クロエの物言いに対し、美遊は首を傾げる。

 

「何で今、『妹』を強調したの?」

「気にしないで。家庭内のちょっとした権力争いだから」

 

 言っている意味が分からないが、少し面倒な事情がありそうなので、深くは突っ込まないでおいた。

 

 とは言えこれで、あの夢が一層、現実味を帯びてきたのは確かだった。

 

「ねえ、あたしからも一つ、聞いていい?」

 

 クロエがそう言って話しかけてきたのは、厨房の前に来てからの事だった。

 

「何?」

 

 首を傾げる美遊。

 

 対して、

 

 クロエは真剣な眼差しで、口を開いた。

 

「うん、実は、ヒビキの事なんだけど・・・・・・」

 

 クロエは静かな口調で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子、本当に『ヒビキ』よね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロマニ・アーキマンは現在、人理継続保障機関カルデアの司令代行と言う立場にある。

 

 初回レイシフト時に起こった、レフ・ライノールによる爆破テロと、その後、所長であるオルガマリー・アニムスフィアの死亡に伴い、現状トップの立場にあるロマニが、指揮を取らざるを得なくなったのだ。

 

 いきおい、ロマニのこなさなくてはならない作業は、膨大な物となってしまった。

 

 何しろ、オルガマリーに加えて、各部門のトップ、作業に慣れた古参のスタッフが軒並み全滅してしまった事により、カルデアは深刻な機能不全を起こしてしまっている。

 

 機材の一部損傷に加え、スタッフの減少による深刻な人手不足。加えて、レイシフトの主力であったAチームメンバーをはじめ、マスター候補生も藤丸兄妹を除く46名が全滅。凍結措置が早かった為、辛うじて命を取り留めた事は不幸中の幸いであった。

 

 そのような事情である為、ロマニは現在、カルデアのバックアップチームを指揮しつつ、各特異点の情報収集、更には取得した聖杯の解析など、常人では及びもつかないような激務をこなしているのだった。

 

 普段の態度からは、とてもそうは見えないが。

 

 唯一、明るい材料があるとすれば、ロマニの親友であり、ルネサンスの大天才であるキャスターのサーヴァント、レオナルド・ダ・ヴィンチが、爆破テロ後も健在だった事だった。彼女がロマニを補佐し、解析の手助けをしてくれなければ、とっくの昔に過労死していたかもしれない。

 

 幸い、特別編成した、藤丸立香を隊長とするカルデア特殊班は、目覚ましい成果を上げ、既に3つの特異点を攻略し、人理修復に成功している。

 

 先ごろ、その特殊班に、新たなサーヴァントであるクロエ・フォン・アインツベルンが加わってくれた。

 

 現在、彼女は立香の新たなサーヴァントとして登録している。

 

 これで、2人のマスターが、それぞれ2騎のサーヴァントと契約した事になる。バランス的にもちょうど良いだろう。

 

 アーチャーである少女が加入してくれたおかげで、特殊班の戦術的幅が広がったのは間違いない。

 

 これまでは、攻撃が美遊、防御がマシュ、遊撃が響と役割分担されていたが、そこにきて遠距離狙撃をクロエが担当すれば、布陣としてはかなり理想に近い物が出来上がる。加えてクロエも、状況に応じて前線を担う事が出来る。

 

 欲を言えば、高火力の魔術が使えるキャスターか、回復スキルが使える人材が欲しいところではある、

 

 の、だが、

 

「せめて、こいつが使えたらな・・・・・・・・・・・・」

 

 ため息交じりに見上げた先には、1つの巨大な装置が鎮座している。

 

 守護英霊召喚装置「フェイト」

 

 カルデアス、シヴァと並ぶ、カルデアの象徴的な装置である。

 

 そのシステムは文字通り、触媒を元に英霊をサーヴァントとして呼び出す装置となる。

 

 あのレイシフト初日、爆破テロが無ければこの装置で多数の英霊が呼び出されていた筈なのだ。

 

 だが、爆破テロの影響で、カルデアのシステムの多くが機能停止に追い込まれている。

 

 フェイトも、その一つだった。

 

 恐らくレフは、カルデアの戦力供給を真っ先に断つ事を目論んだのだろう。その彼が、フェイトに目を付けないはずが無かった。

 

 一応、可能な範囲で修理はしてみたものの、未だにフェイトは実用可能なレベルまで復旧したとは言い難い。システム回復に必要なコアを形成する部品が手に入らず、修理が滞っているのだ。

 

 現在、代用できる部品を模索しつつ、どうしても手に入らない部品はダ・ヴィンチに錬成してもらっている。

 

 が、代替えの部品など、そうそう手に入るものでもなく、修理は滞りがちだった。

 

 とは言え、特異点F期間後に響と美遊が、第3特異点終了後にクロエが、それぞれ召喚されている事から考えても、システムが完全に死んでいるわけではないのは確かだった。

 

 しかし、こちらからの制御を全く受け付けない以上、今は使用を断念せざるを得ない。

 

 それらを踏まえて、ダ・ヴィンチが何か準備をしているらしい。戦力増強の見込みが立たない以上、今ある戦力を底上げする方針で行くようだ。そちらの方は、どうやら次のレイシフトに間に合いそうだと言う報告が来ている。

 

 もっとも、詳細についてはロマニも聞かされていないのだが。

 

 現状、敵の正体については、殆ど不明と言っていい。

 

 手がかりは、あると言えばある。

 

 今まで出現した魔神柱は全て、古代イスラエル王ソロモンが使役したとされる「72柱の魔神」の名を名乗っていた事だろう。

 

 オケアノスで出会ったダビデの息子でもあるソロモンは生まれながらにして絶大な魔力を持ち、その力は常人には決して到達しえない奇跡まで可能にしたと言う。

 

 72柱の魔神は、そのソロモン王の使い魔であった存在である。

 

 しかし、ソロモン王が統治したとされる時代をカルデアスでスキャンしても、特異点らしき異常は見られない。

 

 真相は未だに闇の中だった。

 

 と、

 

 背後で扉が開く音が聞こえ、誰かが部屋の中に入って来た。

 

「司令代行、ここにいたんですね」

「ああ、アニーかい」

 

 振り返ると、職員のアニー・レイソルが、ロマニの方へ歩み寄ってくるのが見えた。

 

 何かと自分を補佐してくれる女性職員は、ロマニの横に並ぶと、同じように装置を見上げる。

 

「残念だね。これさえ動いてくれれば、立香君たちの大きな助けになるんだけど」

 

 嘆息交じりに呟くロマニ。

 

 現状、特殊班の戦力は、主力サーヴァントであるマシュ、響、美遊、クロエ以外は、現地で出会った英霊に頼るしかない。

 

 しかし、どんな英霊が召喚されているか分からない以上、戦力は運任せとなってしまう。

 

 前線部隊に安定した戦力を供給できないのは、現状カルデアのトップとして心苦しい限りだった。

 

「立香君たちは、よくやってくれていると思いますよ」

「うん、そうだね」

 

 アニーの言葉に頷きつつも、ロマニは嘆息する。

 

「けど、だからこそ、彼等の力になってあげられない事が、ちょっと、ね」

 

 力なく笑うロマニ。

 

 実際に戦う立香達のフォローを十全に出来ていない事は、ロマニにとっても歯痒かった。

 

「だったら・・・・・・」

 

 そんなロマニに向き直り、アニーは言った。

 

「より万全な体制で彼らをサポートする。それこそが、わたし達の使命だと思います」

 

 戦えない以上、悩んでも仕方がない。

 

 自分達には自分たちにしかできない事があるのだから、それを全力でやれば良い。それが、結果的に特殊班の助けになるのだから。

 

 アニーは、ロマニにそう言いたかったのだ。

 

 言ってから、アニーは我に返って視線を逸らす。

 

「す、すみません、生意気なこと言っちゃって」

「いや、君の言う通りだよ、アニー」

 

 そう言って、ロマニは笑う。

 

 今は失われた事、できない事を考えて嘆くよりも、できる事を全力でやるしかないのだから。

 

 アニーに言われて、ロマニは改めてそう思うのだった。

 

 そんなロマニに、アニーは気分を変えるように言った。

 

「そうだ、朝ごはん、食べに行きませんか? 多分そろそろ、美遊ちゃんが用意してくれていると思います」

「うん、良いね。お腹いっぱい食べる事は、一日の活力になるからね」

 

 そう言うと、ロマニはアニーを連れ立って、部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 寸胴鍋をかき混ぜる美遊は、目の前で売るグルト渦を巻くスープを見詰めながら、しかし思考は別の時空をさ迷うように、集中できずにいた。

 

 既に食堂には早起きの職員たちが集い始め、食事を始めている。

 

 美遊も、手伝いに入っているカルデアスタッフと共に、注文に追われている。

 

 しかし、思考はどうしても、別の事を考えてしまっていた。

 

『あれって・・・・・・本当に「ヒビキ」よね?』

 

 脳裏によみがえるのは、先程、クロエに言われた事。

 

 どういう意味だろう?

 

 彼が本当の響ではない?

 

 しかし、クロエはこうも続けた。

 

『私には確かに弟がいた。それが「ヒビキ」っていう名前だった事も覚えている』

 

 けど、とクロエは言う。

 

『それ以外の事は、一切思い出せないの。彼とどういう風に過ごして、どんな事をしたのか、とか、仲が良かったのか悪かったのか、そもそも、「ヒビキ」っていう弟がいた事すら、この間、再会するまで忘れていたくらいだし』

 

 クロエの言葉を聞いて、美遊も考え込む。

 

 一種の記憶障害だろうか?

 

 ロマニによれば、現代においても英霊研究は未だに解明されていない部分も多いのだとか。

 

 あるいは、召喚の際に何らかのエラーが生じ、サーヴァントの記憶が飛んでしまう事もあるらしい。

 

 しかし、クロエの場合は、そうではないようだ。

 

 彼女は響以外の事は憶えているそうだ。両親の事、「妹」の事、兄の事、使用人の事、学校の友達の事、全て。

 

 欠落してるのは、「衛宮響」に関する記憶だけ。

 

 そして、これは同時に奇妙に符合する点がある。

 

 あの、美遊が時々見る夢。

 

 クロエや、彼女の「妹」と思われる、イリヤと言う少女が出てくる夢。

 

 そこに、本来ならいる筈の人物の存在。

 

 もし、あの時、振り返った先に本来いるべき人物が響だったとしたら?

 

 まるで「衛宮響」と言う存在だけが、世界から消失してしまったかのような不気味な感覚がある。

 

 いったい、響は何者なのか?

 

 本当に、存在する人物だったのか?

 

 深まる謎が、美遊の胸を浸していくようだった。

 

「・・・・・・・・・・・・ゆ・・・・・・ゆッ・・・・・・みゆ・・・・・・みーゆッ!!」

「はッ!?」

 

 大声で名前を呼ばれ、我に返る。

 

 どうやら、無意識の没頭してしまっていたらしい。

 

 振り返ると、カルデア職員の1人が、トレイを手に困った顔で立っていた。

 

 ジングル・アベル・ムニエルと言う、丸顔とメガネが特徴的な職員は、レイシフトに必要なコフィンの整備、運用を担当している男性だった。

 

 どうやら注文を待っていたのに、美遊が考え事をして反応が無かった為、焦れてしまったらしい。

 

「どうしたんだよ、ぼーっとして? 具合でも悪いのか?」

「あ、い、いえ・・・・・・」

 

 慌てて、鍋から離れる美遊。

 

 まあ、響の事は今は良いだろう。どのみち、今は判断する材料が少なすぎるし。

 

 気にするだけ、時間の無駄だろう。

 

 だから、今は気にしない事にした。

 

「えっと、ムニエルさんは、『焼き魚のバターレモン掛け』、でしたっけ?」

「いや、それ、『ムニエル』の事だよな? 遠回しに言ってるけど」

 

 朝から、そんな重たい物を食べる気は無いムニエルは、呆れた瞳で肩を落とす。

 

 いまだに上の空らしい美遊。

 

 どうやら少女の中で、響の存在は無視できないレベルで膨らみつつなっているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛宮響(えみや ひびき)は、手に取った物の感触を確かめるべく、目の前に翳してみる。

 

 重さは悪くない。むしろ、手に馴染むくらいだ。

 

 二、三度、軽く振ってみるが問題は無い。むしろ、短期間でよくこれほどの物が出来たと感心する蔵だった。

 

「一応、君の掌のサイズや腕の長さ、重心バランス、更には魔術回路の質、量を計算して、振り回しやすい設計にしてみた。例の『鬼剣』とやらには耐えられないだろうが、スキルの同時使用には、たぶん問題ないはずだよ」

「ん」

 

 説明するダ・ヴィンチに、響は短く頷きを返す。

 

 その手にあるのは、一振りのナイフだった。

 

 テーブルの上には、もう1本、同じ型のナイフが置かれている。

 

 刃は大ぶりで、ナイフと言うよりも肉切包丁に近い。

 

 ここまで、3つの特異点を巡る戦いにおいて、様々な敵と戦ってきた響。

 

 その全てに勝利してきたものの、今後、更なる強敵との激突も予想される。そこで、自分の戦力を少しでも上げておこうと思い、ダ・ヴィンチに依頼したのだ。

 

 ダ・ヴィンチは自分の作業の傍らで、響の為にこのナイフを作ったと言う訳である。

 

 ナイフにした理由は、響のバトルスタイルで銃火器などの遠距離武器は合わないであろう事。更に、日本刀を主武装にしている響なら、それを補うような武装が好ましい事が理由だった。

 

 しかも、ただのナイフではない。

 

 刀身にはレアメタルを使用、更に疑似的な魔術回路を組み込む事で、僅かながら魔力を通す事が出来る。

 

 極めて簡易的ながら、魔剣に近い性能を持っている。

 

「武器の調整も良いが、こっちにも協力してくれよ。君と美遊ちゃんが要なんだからね」

「ん、判ってる」

 

 ダ・ヴィンチの言葉に頷くと、響は立ち上がった。

 

「ん、良い仕事だ。金は、例の口座に」

「いや、タダだからね」

「判ってる。ん、言ってみたかっただけ。ダ・ヴィンチ、ありがとう」

 

 そう言ってダ・ヴィンチに礼を言うと、響は彼女の部屋を後にする。

 

 手にしたナイフの重みを、しっかりと受け止める。

 

 今更、武器を増やしたところで、大して戦力の足しになる訳ではない。

 

 しかし、僅かでも勝率を上げる為に妥協しない。

 

 その為に自分は、この道を選んだのだから。

 

 と、

 

「ん?」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 廊下の曲がり角で、ばったりと美遊と出くわしてしまった。

 

 メイド服姿の美遊。

 

 どうやら、食堂から直接来たらしい。

 

「美遊、どした?」

「あ、響、その、食堂に、来てなかったから。だから、これ」

 

 そう言って、美遊が差し出した手には、余り物で作ったと思われる賄食がある。

 

 どうやら作って持って来てくれたらしい。

 

 デミ・サーヴァントの美遊やマシュと違い、純粋なサーヴァントである響には食事の接種は厳密には必要ない。

 

 食事は栄養補給と言うより、娯楽の面が強いのだ。

 

 とは言え、娯楽であればこそ、その有無においてはモチベーション維持にもつながる重要事項である。

 

「ん、なら、美遊も一緒に食べる」

「わ、私は、食べたんだけど・・・・・・」

「問題ない。きっと、まだお腹減ってるから」

 

 以前、大食いが発覚した時の事を思い出し、顔を赤くする美遊。

 

 そんな少女の手を取る響。

 

 対して、

 

 美遊はやや躊躇いつつも、響に続いて歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 ロマニから、次のレイシフト先が発表されたのは、その2日後の事だった。

 

 時代は西暦1888年。

 

 場所はイギリス首都ロンドン。

 

 産業革命に伴う飛躍的発展により華やかな文化が一斉に芽吹く一方、その裏にある環境悪化、犯罪率増加と言う二律背反を齎した退廃の魔都。

 

 ここで待ち受けている物の存在に、

 

 まだ、誰も気付いてはいなかった。

 

 

 

 

 

第1話「彼だけがいない世界」      終わり

 



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第2話「霧夜の殺人鬼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石畳を蹴る音が、静寂の街に甲高く木霊する。

 

 息を切らせて走り続ける女性。

 

 元々、美人と称しても良いくらいに整った顔立ちは、今や恐怖に青褪めている。

 

 怖い。

 

 後ろを振り返るのが怖い。

 

 誰かが追ってくる気配が怖い。

 

 そして何より、

 

 この、誰もいなくなった街が怖い。

 

 ここはロンドンでも、特に賑やかな場所だったはず。

 

 昼は愚か、夜ですら、人の行き来が絶える事は無かった。

 

 だと言うのに、見渡す限り、人が動いている気配はない。

 

 それに、

 

 視界を覆うように発生した白い闇。

 

 街全体を呑み込んだ濃霧が、不気味な静寂に拍車をかけている。

 

 まるでそう、街が突如、巨大な口を開けて全ての人間を喰らいつくしたかのようだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 いやだ

 

 いやだ

 

 いやだ

 

 死にたくない。

 

 こんな所で、街に食われて死ぬなんていやだ。

 

 そっと、足音を殺して進む。

 

 自分を見ているかもしれない、誰かの目から逃れるように。

 

 荒くなる息。

 

 自分の鼓動の音が、やけに大きく聞こえる。

 

 心臓が張り裂けそうな緊張感の中、

 

 曲がり角が見える。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 息を呑む。

 

 もし、

 

 あの先に、自分を食わんとする怪物が待ち構えていたら?

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 怖い。

 

 行きたくない。

 

 けど、

 

 行かなければ。

 

 ここで立ち止まっていたら、確実に殺される。

 

 ゆっくりと、

 

 足を進める。

 

 曲がり角が近づいてくる。

 

 触れた壁の感触が、不必要なまでに冷たく感じる。

 

 あと2メートル・・・・・・

 

 1メートル・・・・・・

 

 50センチ・・・・・・

 

 やがて、

 

 意を決して、曲がり角の向こうに出る。

 

 果たして、

 

 そこには、何もいなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 大きく息を吐く。

 

 バカバカしい。

 

 怪物なんて、居るはずが無い。

 

 ホッと、息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、もうおわり? それじゃあ、かいたいするね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性の意識は、そこで闇の呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渦を巻く視界。

 

 4度目(特異点Fも含めると5度目)ともなると、流石に慣れても来ると言う物。

 

 目をつぶっていれば数秒で終わる。

 

 やがて、

 

 軽い衝撃と共に、投げ出されるような感覚があった。

 

 流れていた空気が、ピタリと止まるような感じ。

 

 終わった、のだろうか?

 

 ゆっくりと、目を開ける立香。

 

 果たしてそこには、

 

 何も無かった。

 

 否、

 

 何もない、訳ではない。

 

 正確に言うと、何も見えないのだ。

 

 周囲一帯、真っ白なスクリーンに覆われたように、視界がほとんど効かない。

 

 目を凝らせば、うっすらと建物らしきものが見えるの。

 

 どうやら無事、レイシフトする事には成功したようだ。

 

 立香の周りには、特殊班のメンバーがいるのが判る。

 

 凛果、マシュ、響、美遊、クロエ、あとついでにフォウもいる。

 

 全員がレイシフトに成功したのを確認し、改めて周囲を見回す。

 

 時間が経つ毎に、状況がつかめてきた。

 

 どうやら立香達は、交差点の真ん中にレイシフトしたらしい。

 

 石畳の道路や、古びたガス灯など、いかにも「イメージ通りのロンドン」といった風情がある。

 

 しかし、

 

「これは・・・・・・いったい、何だ?」

 

 拭いようがない、強烈な違和感に、立香は思わず唸る。

 

 あまりにも、静かすぎるのだ。

 

「ねえ、これって何か、変じゃない?」

 

 どうやら、凛果も気付いたらしい。不安そうな声を発してくる。

 

 人の気配が、全くしない。

 

 ここはロンドンだ。

 

 しかも1888年は産業革命真っ盛りであり、その発祥の地であるロンドンと言えば当時、世界で最も先進的な発展都市だったと言っても過言ではない。

 

 本来ならこの通りも、人が溢れかえっていてもおかしくは無いのだが。

 

「もしかして、レイシフト先間違えた、とか?」

《いや、それは無いよ》

 

 答えたのは、通信機越しのロマニだった。

 

《確認したけど、設定にミスはない。そこは間違いなく1888年のロンドンだ》

「じゃあ、何で人がいないのよ?」

「フォウッ?」

 

 凛果の肩によじ登ったフォウが鳴き声を上げる中、カルデアのロマニが険しい声を発する。

 

《考えられる事は一つ。これが、恐らく特異点としての影響だろうって事だ》

「だろうな」

 

 短く呟き、頷く立香。

 

 その視線は、真っすぐに頭上を見ている。

 

 空を覆う円環。

 

 その存在が皮肉にも、ここが特異点であると言う紛れもない証左となっていた。

 

 円環は濃霧越しにも、うっすらとだが、確かにその存在を確認する事が出来る。

 

 しかし、

 

 ここが特異点だとしても、雰囲気の異様さに変わりは無かった。

 

 

 

 

 

クスクスクス

 

 

 

 

 

「とにかくさ、ここにいつまでいても仕方がないんだし。移動しながらで良いから情報集めようよ」

「賛成です。敵のサーヴァントの襲撃を警戒しつつ、拠点となる場所を探しましょう」

 

 凛果の提案に、マシュが賛同する。

 

 何はともあれ、拠点の確保は最重要課題だった。

 

 ローマの時は皇帝であるネロとすぐに合流したおかげで、首都をそのまま拠点として使う事が出来たし、オケアノスの時も黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が、正に移動拠点とでも言うべき存在だった。

 

 しかし今回、ロンドンの中心にいるにも関わらず、人の気配が全く見当たらない。

 

 まだ調査開始の段階だが、現地の人々の協力は、今回は絶望的と思った方がよさそうだった。

 

 

 

 

 

クスクスクス

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 ふと、

 

 最後尾を歩いていた響が、何かに気付いたように足を止める。

 

「響、どうしたの?」

「なーに? トイレなら済ませときなさいよ」

 

 次いで、少年の様子に訝りながら、美遊とクロエが足を止めた。

 

 だが、

 

 響は立ち止まったままジッと、霧の中を凝視している。

 

「・・・・・・・・・・・・いる」

「え?」

 

 短く呟かれる、暗殺者の言葉。

 

 美遊が顔を上げた。

 

 次の瞬間、

 

 無数の足音が、霧の中から聞こえてくる。

 

 人間の足音、

 

 ではない。

 

 どこか無機質な、金属めいた足音。

 

 やがて、その正体が見えてくる。

 

「なッ!?」

 

 立香が、思わず声を上げる。

 

 それは、あまりにも異様な集団だった。

 

 機械仕掛けのマネキン、とでも言うべきか、人形のような無表情な顔に、金属のボディを持った存在。

 

 今までの特異点で対峙した敵は、多少の差異こそあれ、その全てが血の通った「生物」だった。

 

 それを考えれば、目の前の光景は異様その物だった。

 

 マネキンは特殊班を囲むように布陣すると、一斉に襲い掛かって来た。

 

「んッ!!」

 

 響はいち早く敵の陣形内に飛び込みながら抜刀。

 

 目の前にいたマネキン1体を斬り捨てると、更に返す刀でもう1体を袈裟懸けに斬り捨てる。

 

 そこに、美遊達も続く。

 

「ハァッ」

 

 短い気合いとともに、手にした剣を横なぎに一閃する美遊。

 

 マネキンは胴体を斬り飛ばされて石畳の地面に倒れる。

 

 クロエは身を低くして駆けながら、翳した両手に干将、莫邪を投影する。

 

「数だけは多いわねッ けど!!」

 

 縦横に奔る黒白の剣閃。

 

 たちまち、弓兵少女の周りにいた数体が、切り倒される。

 

 マシュの大盾は、集団戦においてこそ、その真価を存分に発揮する。

 

 その巨大な質量兵器は、ただ振るうだけで、数体のマネキンを一緒くたに吹き飛ばす。

 

「先輩ッ この敵、数は多いですが個々の戦力はそれほど高くありません!!」

「良しッ みんなと連携しながら包囲網を抜けるぞ。全滅させなくてもいいから、離脱を最優先に考えるんだ!!」

「了解です!!」

 

 答えながらマシュは、立香と凛果を同時に守れる一を保持して盾を構える。

 

 彼女の第一の役割は、マスターである2人を守る事である。

 

 脱出路の確保は、他の3人に任せる。

 

「行きますッ 射線から離れてください!!」

 

 叫びながら、剣を大降りに構える美遊。

 

 その刀身から、迸る程の魔力が噴き出ているのが判る。

 

 迫りくる、マネキンの軍勢。

 

 その中心に目がけて、

 

 真っ向から剣を振り下ろした。

 

 迸る閃光。

 

 魔力の奔出が、地を抉って走る。

 

 群がろうとしていたマネキンの軍勢は、成す術無く吹き飛ばされた。

 

「アハッ 『相変わらず』やること派手ね!!」

 

 景気良く吹き飛ぶマネキンを見やりながら、クロエが口笛交じりに呟く。

 

 マネキンの陣形が、僅かに乱れた。

 

 その隙に、マシュが背後の藤丸兄妹を促す。

 

「立香先輩ッ 凛果先輩ッ 今の内です!!」

「ああッ」

 

 頷くと、駆け出す立香と凛果。

 

 その傍らではマシュが警戒しつつ、2人に歩調を合わせて並走する。

 

 尚も追いすがってくる敵は、響、美遊、クロエが排除しながら進んでいた。

 

 

 

 

 

クスクスクス

 

 

 

 

 

 美遊の一閃が効いたらしく、徐々に追いすがる敵の数が減ってきている。

 

 このままなら、包囲網を突破する事も不可能じゃないだろう。

 

「どこか、建物に入りましょうッ それでやり過ごせるかもしれません!!」

「判ったッ マシュ、先導頼む!!」

 

 言っている間に、マシュは立ち塞がろうとするマネキンを盾で弾き飛ばして進路を確保する。

 

 目の前に、大きな建物が見える。よく見れば、入り口が開いている。

 

 恐らく、アパートか何かだったのだろう。

 

「先輩ッ あそこへ・・・・・・・・・」

 

 振り返ったマシュ。

 

 そこで、

 

 見てしまった。

 

 走る立香。

 

 その背後から、

 

 大ぶりなナイフを手に、今にも少年の背後に取り付こうとしている、

 

 小柄な少女の姿が。

 

「先輩ッ!!」

 

 殆ど、とっさの行動だった。

 

 マシュは立香の腕を掴むと、力任せに強引に引き寄せる。

 

 同時に翳した盾が、ナイフの切っ先を防ぎ止める。

 

 弾かれる少女。

 

 そのまま猫のように後方宙返りをして、石畳に着地する。

 

「すごいね、今のをふせぐんだ?」

 

 楽し気に語る少女。

 

 その細身の体に不釣り合いな大ぶりなナイフ。

 

 あどけなさの残る顔の頬には、何かで切ったような傷が走っている。

 

「先輩ッ 下がってくださいッ サーヴァントです!!」

 

 警告するように叫びながら、盾を構えなおすマシュ。

 

 次の瞬間、

 

 少女の姿が一瞬霞んだ。

 

 と思ったとたん、

 

 その小柄な姿は、マシュを飛び超える形で立香へと迫っていた。

 

 凶悪なナイフが、マスターへと迫る。

 

 だが、

 

「んッ!?」

 

 少女の刃が届くよりも一瞬早く、立ちはだかった響が、手にした刀を横なぎに一閃する。

 

 霧を裂くように、鋭く奔る刃の一閃。

 

 切っ先が届く直前、少女は上体をのけ反らせる形で響の刃を回避。

 

 そのまま、しなやかな動きにより空中で方向転換すると、跳躍して街灯に飛び乗る。

 

「速いね。けどッ」

 

 言い放つと、

 

 少女は跳躍。

 

 壁を蹴って更に加速する。

 

「わたしたちに、どこまでついて来れるかな?」

 

 壁と言う壁を足場にしながら、縦横に空中を駆ける少女。

 

 その動きは、霧による視界不良もあり、目で追う事すら困難な有様だ。

 

 だが、

 

「んッ クロ!!」

 

 姉に声を掛けると同時に、響もまた空中に身を躍らせる。

 

 今に、立香達の立つ場所に斬り込もうとしている少女に対し、横合いから斬りかかる少年。

 

「あはッ 来てくれたッ」

「んッ!!」

 

 追いつくと同時に、刀を横なぎにする響。

 

 斬線が、霧の中で月牙を描く。

 

 対して少女は、左手に装備したナイフで、響の刀を防ぐ。

 

 火花を散らす、互いに刃。

 

 響と少女。

 

 互いの視線が、至近距離で交錯する。

 

「んッ」

「クスクスクス」

 

 睨みつける響に対し、可笑しそうに笑う少女。

 

 次の瞬間、

 

 空中で身を捻る響。

 

 鋭い蹴りが、少女を襲う。

 

 だが、響のブーツの切っ先が捉えるよりも早く、少女は反動で後方に跳躍し安全圏へと逃れる。

 

 そのまま、壁に取り付く。

 

「はやいね。けどまだ、わたし達には敵わないかな」

 

 奇妙な一人称を使う少女。

 

 だが、

 

「あ、そ」

 

 少女の言葉に対し、素っ気なく返す響。

 

 次の瞬間、

 

 霧の中で魔力が迸る。

 

 濃霧を突いて飛翔する矢。

 

 しかし、着弾よりも一瞬早く、少女は身を翻して回避する。

 

「ざんねん」

 

 笑いながら着地。

 

 その様に、矢を放ったクロエは舌打ちする。

 

 完全に死角から放ったのに、少女は彼女の矢を回避して見せたのだ。

 

「今の、おしかったね」

 

 響の牽制と、マシュの防御、クロエの狙撃すら回避し、少女は三度、マスターの首を狙うべく走る。

 

 その視線の先には、立香が立ち尽くす。

 

「んッ やらせないッ!!」

 

 背後から追いすがる響。

 

 しかし、僅かに遅い。

 

 響の剣が届く前に、少女のナイフが立香に迫った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伏せろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鋭い警告。

 

 立香はとっさに、傍らに立つ凛果を抱えて、地面に身を乗り出す。

 

 次の瞬間、

 

 彼らの頭上を霞める形で、

 

 深紅の雷光が迸った。

 

「ッ!?」

 

 この奇襲は流石に予想していなかったのだろう。

 

 少女はとっさに身を翻して回避する。

 

 その少女を霞めるようにして、赤い雷は迸り抜けていく。

 

 一瞬、吹き散らされる霧。

 

 開けた視界の先で、

 

 1人の騎士が立っていた。

 

 全身、銀色の甲冑に身を包み、頭部もフルフェイスのマスクに覆われ、その顔を伺い知る事は出来ない。

 

 振り抜いた手には、幅広の両刃剣を携えている。

 

 マスクの両側頭部からは長い角が左右に向かって突き出しており、見るからに凶悪そうな雰囲気を見せている。

 

 まるで呪いに魅入られた暗黒騎士を連想させる出で立ちだ。

 

「また、あなたなんだ。いっつも邪魔するよね」

「抜かせ、殺人鬼。テメェの思い通りにゃさせねえよ」

 

 不満げな少女に対し、騎士は切っ先を向けながら告げる。

 

 どうやら、以前から因縁があるらしい両者。

 

 互いに、いつでも斬りかかれるように刃を向ける。

 

 包み込む静寂、

 

 ややあって、

 

「・・・・・・やーめた、飽きちゃった」

 

 少女の方が、刃を引いた。

 

 対して騎士は、一歩前に出て剣を振り被る。

 

「逃げるのかッ?」

「あはは、また遊ぼうねー!!」

 

 笑いながら告げると、

 

 少女は霧の中へ溶けるようにして消えていく。

 

 その姿は、あっという間に見えなくなってしまった。

 

 後に残ったのはカルデア特殊班一同と、無数のマネキンの残骸。

 

 そして、助けに入った騎士が1人。

 

 異様な出で立ちの騎士は、剣を下すと立香に向き直った。

 

「よう、お前が、こいつらのリーダーか?」

「あ、ああ。一応、そういう事になるのかな」

 

 尋ねる騎士に、立香は戸惑い気味に答える。

 

 恰好から言って、現地の人物ではない事は明白であろう。

 

 となると、この騎士もサーヴァントであると見て間違いない。

 

 対して、

 

 騎士は立香の顔を覗き込みながら、マスクの奥で品定めするような視線を向けてくる。

 

「・・・・・・ふうん。随分、ぼーっとした奴だな。そんなんで大丈夫なのかよ?」

「いや、そんな事言われても・・・・・・」

 

 苦笑する立香。

 

 初対面で、そんな事言われても困るのだが。

 

 と、その時だった。

 

 騎士の視線が美遊を捉えた瞬間、動きがピタリと止まった。

 

「お前ッ・・・・・・」

「え? あの・・・・・・・・・・・・」

 

 驚く騎士の声に、美遊は戸惑いの声を上げる。

 

 まるで、そのまま斬りかからんとするかのような騎士に一瞬、少女剣士は身をこわばらせる。

 

 だが、騎士は剣を収めると、鎧を鳴らしながら、美遊へと足早に詰め寄った。

 

「父上ッ 父上だよなッ!? いったい何でここにッ? あんたも召喚されたのか?」

「えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 妙にテンションが上がった騎士に、美遊は戸惑いを隠せない。

 

 そもそもまず、どこからツッコめば良いのか?

 

 美遊は女の子だし、何より、顔こそ分からないものの、どう見ても騎士の方が年上に見えるのだが。

 

「ん、美遊の子供?」

「違うからッ」

「ふうん。お相手は誰かしら?」

「いない」

 

 トチ狂った事を言う相棒とその姉の言葉を否定する美遊。

 

 と、

 

 そこで騎士の方も冷静さを取り戻したのか、美遊を放す。

 

「・・・・・・・・・・・・いや、よく見りゃ違うか」

「当り前ですッ」

 

 そもそも(当然だが)美遊には出産経験はおろか、その前段階に当たる性交の経験もない。子供などできようはずも無かった。

 

 それよりも、

 

「助けてくれてありがとう。えっと・・・・・・・・・・・・」

「ああ、ちょっと待て」

 

 声を掛けた立香の意図を察した騎士は、マスクの留め具を操作する。

 

 ガチャガチャと音を立てながら、マスクが外れて背中側に倒れる。

 

 果たして、

 

 凶悪なマスクの下から現れたのは、

 

 美しい少女の顔だった。

 

 長い金髪を後頭部でポニーテールに結い、大きな瞳は凛々しく吊り上がっている。

 

 どこか、少年めいた印象のある少女だ。

 

 少女は一同を見て、口元に笑みを浮かべる。

 

「俺の名はモードレッド。彼のアーサー王に仕えし円卓の騎士の一角にして、彼の騎士王の治世に終止符を打った叛逆の騎士」

 

 堂々と名乗りを上げると、少女はニヤリと笑みを向ける。

 

「ま、よろしくな」

 

 

 

 

 

第2話「霧夜の殺人鬼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、判りにくいから、『モーさん』で良い?」

「いきなり馴れ馴れしいなテメェ・・・・・・まあ、良いけどよ」

 



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第3話「人工少女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、遠慮すんな。ゆっくりくつろいで行けって」

 

 実に気安い調子で、円卓の騎士モードレッド卿は、特殊班一同を部屋の中へと招き入れると、いの一番に上等そうなソファーに腰を下ろした。。

 

 街角にあるアパートの一室に通された立香達は戸惑いながらも、室内に足を踏み入れる。

 

 温かい。

 

 入ってすぐに、そう思った。

 

 壁の暖炉には薪がくべられて火が焚かれている。

 

 壁の棚には整頓された本が種類ごとに並んでいるのが見えた。

 

 レトロ、とはまた違うが、異国の下町情緒に溢れた部屋の風景は、それだけで趣があった。

 

 よく掃除も行き届いており、この部屋の持ち主が几帳面な性格である事が伺える。

 

 ここはモードレッドの部屋なのだろうか?

 

 そんな事を考えていると、奥の部屋に続く扉が開き、線の細そうな青年が入ってくるのが見えた。

 

 眼鏡をかけたその青年は、入って来るなり一同を見て驚いた顔を見せる。

 

「やあ、モードレッド、おかえり。驚いたよ。まさか、お客様を連れてくるなんて思わなかったから・・・・・・ていうか、また僕のお気に入りのソファーに座ってるし」

「おう、ちょうどそこで行き合ってな。ほれ、例の殺人鬼とやり合ってるところに出くわしたんだ」

 

 モードレッドの話を聞いて、青年は険しい表情を作る。

 

「ジャック・ザ・リッパー・・・・・・斬り裂きジャック、また、奴が出たんだね」

 

 斬り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)

 

 19世紀のロンドンを震撼させた殺人鬼。

 

 イーストエンドやホワイトチャペルと言った地区を中心に、少なくとも5人の娼婦を殺害したとされる。

 

 その殺害方法は残忍で、殺害後、死体を解体して臓器を持ち去った事もあったと言う。

 

 また大胆不敵な犯行予告を手紙に書いて、警察へ直接送りつけた事もあるとか。

 

 その為、大衆を観客に見立てた「劇場型犯罪」のはしりとも言われている。

 

 高度な医学的知識があると見られた事から、切り裂きジャックの正体は医者だとする説が、当時から有力視されたと言う。

 

 尚、被害者は5人と述べたが、それは確実性の高い例のみの事であり、不確実な者や、襲われたが一命を取り留めた者も含めると、実に10人以上の女性がジャックに襲われている。

 

 こうして、ロンドンを恐怖のどん底に陥れたジャック・ザ・リッパーだったが、ある日を境に忽然と消息を絶ち、1世紀以上経過しても尚、その正体は闇に包まれている。

 

 まさに19世紀最大の未解決事件である。

 

「あの、ところで・・・・・・」

 

 やや躊躇いがちに、手を上げる立香。

 

 と、そこで、挨拶もまだだったことを思い出したのだろう。青年は苦笑しつつ振り返った。

 

「ああ、ごめんごめん。折角のお客様にお茶も出さないなんて」

 

 そう言って青年は笑いかけてくる。

 

「僕の名前はヘンリー・ジキル。よろしくね」

 

 しかし、名前を聞いた途端、顔色を変えたのはマシュである。

 

「そ、その名前は・・・・・・」

「うん、どうかしたのかい?」

 

 不思議そうに尋ねるジキルに対し、マシュは驚愕した眼差しで答える。

 

「あの、失礼ですが、ミスター・ジキルは、サーヴァントでいらっしゃいますか?」

「サーヴァント、と言うと、そこにいるモードレッドみたいな存在の事だよね。残念ながら違うよ。僕は人間さ」

 

 その言葉に、マシュは一応納得しつつも、どこか釈然としない。

 

 それもそのはず。

 

 彼が名乗った名前は、レイシフト内の時間軸で、2年前に当たる1886年に刊行された、とある小説の主人公と同一の物だったからだ。

 

 現代風に言えばホラー・サスペンスを題材としたその小説の特性を鑑みれば、そのモデルとなった人物がサーヴァントとして召喚されてもおかしくは無いだろう。

 

 故に、マシュはジキルがサーヴァントではないか、と疑ったのだった。

 

 と、そこでしびれを切らしたように、モードレッドが口を開いた。

 

「おいジキルッ んな事より、さっさと本題に入ろうぜ」

「ん、モーさん、無駄に偉そう」

「『偉そう』なんじゃなくて、『偉い』んだ、俺は」

 

 傍らの響の頭をポコッと叩きつつ、モードレッドは話を本筋へと戻す。

 

 それによると、謎の霧がロンドンの街を覆い始めたのは3日前の事。

 

 ちょうどその頃からだったらしい。ロンドンに住む人々が、次々と姿を消し始めたのは。

 

 まるで霧に飲み込まれるかのように消えていくロンドン市民。

 

 一応、屋外に入れば、ある程度は防げるらしいが、それも根本的な解決には至らず、姿を消す人々は後を絶たないらしい。

 

「既に犠牲者は数万単位で出ていると考えられる。けど、未だにその実態すら判ってない状態だ。僕は仮に、この霧の事を『魔霧(まきり)』と呼ぶことにした」

 

 人を喰らう魔の霧。

 

 まさに、この状況を一言で表すにふさわしい名前と言えた。

 

 ジキルは基本的に一般人であるが、魔術師としての知識も多少は持ち合わせている。その為、事態の解決を図るべく調査を開始したのだ。

 

 しかし、外に出ればジキル自身の身の保証も出来ず、かといって閉じこもっていては検証すらままならない。

 

 行き詰っていた彼の前に現れたのが、サーヴァントとして現界したモードレッドだったわけである。

 

「んで、実働は俺、解析はジキルってな感じに役割分担して動いていたわけさ」

 

 モードレッドが調査に出るようになって判ったのは、街の至る所から湧いて出てくる、得体の知れない怪物の存在だった。

 

 マネキンのような人型人形から、ケモノとも人ともつかないような生物まで。

 

 恐らく消えた住人は、そうした怪物たちの手によって殺されたのだと判断できた。

 

「それに、おまえらが戦った、あの殺人鬼、ジャック・ザ・リッパーだ」

 

 ジャック・ザ・リッパー。

 

 確かに、あれは強敵だった。

 

 恐らく、再び街に出れば、間違いなく・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

「どうしました、先輩?」

 

 急に頭を抱えた立香に対し、怪訝な面持ちでのぞき込むマシュ。

 

 対して、立香はしばらく唸ってから顔を上げた。

 

「いや・・・・・・実はさっきから、ジャック・ザ・リッパーの事を思い出そうとしてるんだけど、何も思い出せないんだよ」

「え、何? 兄貴、その年で認知症とか、やめてよね」

 

 からかい半分で言う凛果。

 

 だが、

 

「・・・・・・って、あれ? え? ちょ、マジ? あたしも思い出せないんだけど」

 

 必死に思考を走らせるが、ジャック・ザ・リッパーに関する情報が何も出てこない。

 

 言っておくが、先の戦闘からまだ1時間ちょっとしか時間が経っていない。

 

 だと言うのに、ジャック・ザ・リッパーの情報が、藤丸兄妹の脳裏からすっぽりと抜け落ちていた。

 

 どんな容姿で、どんな声で、どんな武器を使い、どんな声で、どのような戦い方をするのか、一切の情報が頭の中から欠落していた。

 

「響達は?」

「ん、さっぱりさっぱり」

「駄目です。思い出せません」

「ちょっと、これ普通じゃない、わよね?」

「フォウッ ファ―ウッ」

 

 響、美遊、クロエも困惑顔で首を傾げる。フォウも、心なしか首を傾げていた。

 

 俄かには信じがたい事だが、この場にいる全員、ジャック・ザ・リッパーについて、何も覚えていなかったのだ。

 

「それが奴のスキルだよ」

 

 答えたのはソファーに座って腕組みをしたモードレッドだった。

 

「戦って、仮に生き延びたとしても、奴に関する情報は完全に頭の中から抹消されちまう。厄介な能力だよ」

「抹消って・・・・・・あッ」

 

 モードレッドの言葉から、ある事に気が付いた立香が声を上げる。

 

 対して、モードレッドも頷きを返す。

 

「気が付いたか。そう言う事だ。俺達が次に奴に会う時、また『初対面』って事になる」

 

 ジャック・ザ・リッパーは暗殺者(アサシン)であり、その最大のアドバンテージは「奇襲」にある。

 

 顔も分からず、一切の情報が欠落した今、次にジャック・ザ・リッパーに会っても、奇襲を防ぐことはできないのだ。

 

「ん、モーさんはどうしてた、今まで?」

「ああ、俺か?」

 

 尋ねる響に対し、モードレッドは宙を仰ぎながら答えた。

 

 先程からの説明を聞く限り、モードレッドがジャック・ザ・リッパーと対峙するのは、今回が初めてではないのだろう。

 

「どういう訳かは知らねえが、俺の中じゃ、奴に関する情報が完全には消えないみたいなんだよ。つっても、ほぼほぼ忘れちまうのはお前らと同じなんだが、若干、うっすらとだが覚えている。そんで気を張り巡らせてりゃ、取りあえず奇襲ぐらいは防げるって訳さ」

 

 まあ、そう簡単でもないがな。

 

 そう言って笑うモードレッド。

 

 となれば、対ジャック・ザ・リッパーにはモードレッド頼みとなる公算が高いだろう。

 

 ただし、それでも完ぺきとは言い難いが、今はそれ以外に方法は無かった。

 

「さて、話が纏まったところで、僕の方から提案がある」

 

 そう告げたのはジキルだった。

 

「実は霧が完全にロンドンを覆う前に、僕は知り合いの学者に今回の事態の解析を依頼していたんだ。彼と連携する形で解析していたんだけど、その彼とも、昨日から連絡が取れなくなっている。そこで、君達に彼の家まで行って確認してきて欲しい」

「学者って、その人も魔術師なのか?」

「ああ。正式な魔術師じゃないけど造詣は深い。だから頼りにしていたんだけど・・・・・・」

 

 言葉を濁すジキル。

 

 連絡が取れなくなって1日。既に、その科学者の生存が絶望的だろう。

 

 しかし、ジキル1人の研究では、この霧の解析が進まないのも事実だ。

 

 可能なら、彼の研究データなりを手に入れたい所だった。

 

「判った。任せてくれ」

「頼むよ。場所はモードレッドが知っているから」

 

 請け負う立香。

 

 とにかく、今はまだレイシフト直後で、あらゆる情報が不足してる。立香達としても、少しでも情報が欲しいところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジキルのアパートから、歩く事1時間弱。

 

 モードレッドに先導される形で、カルデア特殊班一同はロンドンの郊外へとやって来た。

 

 相変わらず霧に閉ざされた視界は、更に鬱蒼とした森に囲まれているせいもあり、周囲を見渡す事は殆ど不可能に近かった。

 

 不気味さに一層の拍車がかかる中、

 

 その洋館は、立香達の目の前に存在していた。

 

「お~ お化け屋敷」

「響、ストレートすぎ」

 

 余りに率直にコメントする響を、美遊がジト目で窘める。

 

 とは言え、響の感想はもっともだった。

 

 薄暗い森の中に建つ、1軒の洋館。

 

 壁や屋根の一部は崩れ、あちこち窓ガラスが割れているのも見える。

 

 周りの垣根や壁にはびっしりと蔦が這い、まるで蛇がまとわりついているような印象がある。

 

 響が「お化け屋敷」と言ったのは、至極まっとうな評価と言えた。

 

「本当に、こんな所に住んでるの?」

「ああ。随分、偏屈な爺さんだよ。人嫌いらしくて、それでこんな場所に住んでるんだと。因みに、この屋敷もやたら罠だとか結界だとかがあるから、あんま下手に触るんじゃねえぞ。俺も初めに来た時はえらい目にあったからな」

 

 凛果の質問に、モードレッドは肩を竦める。

 

 成程。

 

 たとえ霧が無くても、この不気味さだ。人なんて誰も寄り付かない事だろう。

 

 ヴィクター・フランケンシュタイン。

 

 それが、ジキルの協力者の名前だった。

 

 またしても、超有名人の名前が出てきたものである。

 

 いわゆる「人造人間」の元祖を作り上げた科学者にしてマッド・サイエンティスト。

 

 それがまさか、実在していたとは驚きだった。

 

「とは言え・・・・・・・・・・・・」

「フォウ?」

 

 周囲を見回しながら、モードレッドが呟く。

 

「人の気配がしねえ。どうやらやっぱ、遅かったみたいだな」

 

 霧に呑まれたか、あるいは怪物に殺されたか、

 

 いずれにしても既にヴィクター博士は、この世の人ではないと判断すべきだろう。

 

「とにかく入るか。せめて研究の資料なりなんなり、ジキルの奴に持って帰らねえと」

 

 そう言ってモードレッドが、敷地内に足を踏み入れようとした。

 

 その時、

 

「・・・・・・・・・・・・チッ」

「ん、どした、モーさん?」

「フォウ?」

 

 舌打ちするモードレッド。

 

 しかし、

 

 すぐに緊迫した雰囲気が伝わってくるのが判った。

 

 剣の柄に手を掛けるモードレッド。

 

 同時に、

 

 響もまた、警戒するように足を止めた。

 

「響、どうした?」

「ん、何か、いる・・・・・・」

 

 呟きながら、

 

 響は刀の柄に手を掛け、鯉口を切った。

 

 次の瞬間、

 

 轟然たる破壊音と共に、洋館の壁が大きく吹き飛ばされた。

 

 唖然として見つめる立香達。

 

 その視界の中で、

 

 2つの影が、飛び出すのが見えた。

 

 1人は、奇妙な出で立ちの少女だ。

 

 すらりと華奢な体を、まるでウェディングドレスのような純白な衣装で包んでいる。

 

 可憐な装いとは裏腹に、手には巨大な戦槌を構えていた。

 

 そして、

 

 もう1人は更に奇抜だった。

 

 一言で言えば「ピエロ」だった。

 

 ことさらに派手な衣装を着込んでいる。しかも、上はベストにマントを羽織っているのに対し、下はタイツのようにピッタリとしたズボン。その両者とも、極彩色を思わせている。

 

 手にした巨大な鋏が、ことさらに凶悪な印象を与えていた。

 

「ウゥゥゥッ」

 

 少女は戦槌を構えたまま唸り声を発する。

 

 前髪に隠れた双眸は、真っすぐにピエロ男を睨みつけていた。

 

 一方、

 

「おやァ? おやおやおやァ?」

 

 立ち尽くす立香達に気付いたピエロ男は、首を傾げるようにして笑いながら向き直る。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 立香は警戒するように身構える。

 

 ピエロ男は口こそ笑っているが、目は一切笑っていない。と言うか、表情はころころ変わるくせに、見開いた目はピクリとも動かないのだ。それがまた、この男の不気味さに拍車をかけていた。

 

「ん~ 察するに皆さんはカルデアのご一行ですかね。いや~ちょうどよかった。実は、そこな女が、この家の家主を殺害しましてね。たまたま通りかかった、善良で正義感溢れるワタクシは義憤に駆られ、討伐に乗り出した次第です。はい」

 

 捲し立てるように告げるピエロ男。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ドレス姿の少女の方は、一言もしゃべる事無く、戦槌を構えている。

 

 それに調子に乗ったように、ピエロ男は更に口を開く。

 

「ほーらッ 何も言えないって事は、ワタクシの言うとーり、と言う事でしょう? そうでしょう? ねえ、そうでしょう?」

 

 楽しそうに下を動かすピエロ男。

 

 確かに、

 

 この場にあって、明確な判断を下せるほどの材料は少ない。

 

 ピエロ男が少女が犯人だと言うならば、それが真実な気さえする。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 正直、怪しさで言えばピエロ男の方が100倍怪しい。

 

 しかし、見た目だけで判断してはいけない事は、これまでの戦いを経験して、立香も学んでいる。

 

 もし、本当に少女が犯人だとしたら?

 

 油断して背を向けた瞬間、攻撃を受けたりしたらひとたまりもない。

 

 どっちだ?

 

 少女とピエロ男、果たしてどっちが正しい?

 

 その時だった。

 

「何を下らんことで迷っている。こんな単純な事も分からんのか?」

 

 妙にハスキーで通る声が、一同を圧倒するように響き渡る。

 

 視線が集中する中、

 

 崩れた外壁をまたぐように、小さな影が出てくるのが見えた。

 

「子供? 何で、こんな所に・・・・・・」

 

 茫然として呟く立香。

 

 出てきたのは立香の行った通り、小さな男の子だった。

 

 背は響と同じくらいか、少し高いくらい。西洋風の整った顔立ちをしている。外見に似合わず、妙に険しい目付きの少年である。

 

 それにしても、

 

 先程の声は、本当に、この少年が発したものだったのだろうか? 随分と大人びた、渋い声だったのだが。

 

 そんな立香の疑問を察したのか、少年はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「どうした? サインが欲しいなら後でくれてやる。死にたくなければ今は、目の前の事に集中すべきだろう」

 

 やはり、ハスキーな声が響く。

 

 あまりにアンバランス。見た目と声が、ここまで合っていない子供も珍しかった。

 

 しかし、彼の言う通りだ。彼の正体よりも今は、現在の状況の方が優先だった。

 

「さあさあさあ、迷う必要はないでしょう。彼女は凶悪な殺人犯。正義の為に、一緒に戦いましょう」

 

 煽るピエロ男。

 

「そもそも、迷うような事か?」

 

 ハスキーボイスの少年は、小ばかにしたように肩を竦めながら言った。

 

「得体の知れない霧の中、戦う美少女と怪しいピエロ男。この上ないくらい、単純明快なキャラ配置だ。貴様ら蒙昧な大衆が好みそうな、正しく雛型(テンプレ)としか言いようがないシチュエーションじゃないか?」

「そういうテメェは何なんだよ? 怪しさで言えば、おまえもピエロの仲間ッてか?」

 

 尋ねながら、モードレッドが、剣の切っ先を少年に向ける。

 

 そもそも、後から出て来てしたり顔で語っているが、この場にこんな子供がいると言う時点で、彼も充分怪しかった。

 

 対して、

 

「ハッ 俺が、その道化と仲間か、だと? 馬鹿め。そう見えるんだったら、貴様は母親の腹の中からやり直すべきだな」

 

 言ってから少年は、口元の笑みを強める。

 

「とは言え、貴様は母親がアレ過ぎだったな、モードレッド卿」

「テメェッ」

 

 剣を持つ手に力を籠めるモードレッド。

 

 その瞳からはスパークのように殺気が迸る。

 

 半瞬、

 

 その刹那の間に、少年に斬りかかりそうな勢いだ。

 

「お、落ち着いてくださいッ」

「ん、モーさん、どうどうどう」

 

 今にも暴発しそうな叛逆の騎士を、必死になだめる美遊と響。

 

 とは言え、

 

 この少年は、初対面のはずのモードレッドが何者であるか知っている。

 

 つまり、この少年もただ者でない事は間違いなかった。

 

 そんな中、

 

「・・・・・・うゥ」

 

 少女が一瞬、立香と目を合わせた。

 

 重なる、視線と視線。

 

 モノ言わぬ少女はただ、何かを訴えるように立香を見詰めてきている。

 

 そこに込められた感情。

 

 悔しさ、切実、そして悲哀。

 

 信じて・・・・・・

 

 言葉少ない少女が、そう訴えかけた気がした。

 

 意を決する。

 

 信じるべきは誰か。

 

 確証なんてない。

 

 だが、

 

 立香の直感が告げて居る。

 

 信じるべきは、

 

 味方すべきは、果たして、

 

「信じるよ・・・・・・・・・・・・」

 

 立香の視線は、

 

「君を」

 

 少女へと向けられた。

 

 瞬間、

 

「イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ 成程成程、そー来ましたかー まあまあまあ、賢明な判断ですねー!!」

 

 けたたましい笑いを上げるピエロ男。

 

 特殊班一同が警戒を増す。

 

「そのとーりッ 家主の博士を殺したのは、何を隠そうッ このわたしでーすッ いやー 衝撃の真実ですねーッ まさしく涙無しには語れませんッ 小説なら100万部売り上げ達成ですよ」

「御託は良い、道化野郎ッ 要はテメェを叩き斬れば良いってこったろ」

 

 焦れたように言いながら、剣を抜き放つモードレッド。

 

 同時に、響、美遊、クロエ、マシュもそれぞれの武器を構え、ピエロ男を取り囲む場所に移動する。

 

 だが、

 

「ん~? んんん~?」

 

 自身が包囲された様子を見ても、ピエロ男は動じた様子無く、笑みを浮かべる。

 

「これはこれは、メッフィー大ピーンチ。しかし、ここから華麗な逆転劇が始まるのであった~」

「ごちゃごちゃうるせえんだよッ!!」

 

 迸るような叫びと共に、ピエロ男へと斬りかかるモードレッド。

 

 赤雷を纏った剣閃は、横なぎにピエロ男へと襲い掛かる。

 

 だが、

 

 反逆の騎士が放った一閃は、それよりも早くピエロ男が宙返りしながら身を翻したため空振りに終わる。

 

「いや~ 危ない危ない。いくら悪魔でも、斬られちゃったら死にますからね~ 斬られちゃ痛いですし、ちょっと、それは嫌ですね~」

「悪魔、だと?」

 

 不吉な名乗りに、声を上げる立香。

 

 対して、ピエロ男はニヤリと笑う。

 

「は~い、ワタクシ、悪魔のメフィストフェレスと申します。どうぞ、お気軽に『メッフィー』とお呼びください。

 

 メフィストフェレス。

 

 ファウスト伝説にも登場する、真正な悪魔の名前である。

 

 願いを叶える事と引き換えに、相手の魂を奪う事で有名である。

 

「テメェ・・・・・・」

「いやいや、ワタクシこう見えて人見知りなんですから、そう皆さんに言い寄られると困ってしまいます」

 

 あくまでおどけた調子を崩さないメフィスト。

 

 だが、

 

「しかし、逃げるのも、難しそうですね~」

 

 周囲を見回しながら、メフィストは肩を竦める。

 

 既に周囲は、カルデア特殊班によって包囲されている。逃げ場は無かった。

 

「仕方ありませんね~」

 

 軽く、告げるメフィスト。

 

 しかし、

 

 その体から、吹き上がるような魔力が迸った。

 

「それでは及ばずながら、悪魔と呼ばれたほどの力、お見せするとしましょう!!」

 

 言い放つと同時に、メフィストの放つ魔力が増大した。

 

 

 

 

 

第3話「人工少女」     終わり

 



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第4話「魔霧に悪魔は嗤う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧の中で少女は詰まれた木箱の上に座りながら、ぼんやりと宙を見つめて考えていた。

 

 ジャック・ザ・リッパーの名前で呼ばれている少女は、その容姿に不釣り合いなナイフを携えている。

 

 ナイフの刀身からは血が滴り、少女が今日も何人か、人を殺した事を意味していた。

 

 その証拠に、彼女の足元には、今まさに殺したばかりの死体がうつぶせに転がっている。

 

 地面に広がる血だまりから察するに、その人物が既に絶命しているであろうことは明白だった。

 

 しかし、

 

 手の中でナイフを弄ぶジャックには、既に目の前の死体に対する興味は皆無だった。

 

 ぼんやりと考え込むジャック。

 

 その脳裏に浮かぶのは、先の戦闘でのこと。

 

 命じられるまま襲ったカルデア一行。

 

 そこで出会った・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・うーん」

 

 腕を組んで考え込む。

 

 正直、こんな事初めてだったため、ジャックも迷っているのだ。

 

 何と言うか、

 

 どうにも胸の奥が「もやもや」する気がしたのだ。

 

 いったい、この「もやもや」は何なのか?

 

 気になって今日は、「かいたい」に集中できなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・うん、よしッ」

 

 何かを決断したように、ジャックは勢いよく木箱の上から立ち上がった。

 

 悩むくらいなら行動しよう。

 

 もう一回、会いに行こう。

 

 そうすれば、何かわかるかもしれない。

 

 そう考えたジャックは、霧の中を音も無く走りだした。

 

 

 

 

 

 駆け去った少女。

 

 その背中を見送りながら、

 

 霧の中から1人の青年が現れた。

 

 長い髪に整った顔立ち。ゆったりとした白いローブに身を包んだ若い男。どこか、研究員のような出で立ちをしている。

 

 男はじっと、霧の先を見詰めている。

 

 既にジャックの姿は無い。

 

 暗殺者(アサシン)のサーヴァントであり殺人鬼の少女。

 

 その思考を推し量る事は常人には不可能に近い。

 

 理解できるとすれば、余程、彼女に寄り添う事が出来る人間か、

 

 あるいは、彼女と同類か。

 

 そして男は、自分が後者である事を誰よりも自覚していた。

 

「・・・・・・・・・・・・いやはや、ままなりませんね、何事も」

 

 嘆息気味そう言うと、

 

 男の姿は霧に溶け込むようにして消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊張が包む、フランケンシュタイン邸。

 

 中央に佇むは、ピエロのような形をした男。

 

 悪魔メフィストフェレスを名乗る、キャスターのサーヴァント。

 

 それを取り囲むように、複数の影が身構える。

 

 響、美遊、クロエ、モードレッドはそれぞれ、手にした剣の切っ先を真っすぐにメフィストに向け、斬りかかるタイミングを計っている。

 

 対して、微動だにしない悪魔。

 

 メフィストは今まさに、カルデア特殊班相手に、単騎で挑もうとしていた。

 

 無謀、としか言いようがない。

 

 が、

 

 メフィストは、まるで現状が見えていないかのように、周囲を囲まれながら、笑みを浮かべて佇んでいた。

 

 そんな一触即発の状況の中、

 

 少し離れた木の影から、状況を見守る複数の影があった。

 

「・・・・・・どう思います、あれ?」

「どうも・・・・・・こうも」

 

 尋ねられた女は、面倒くさげに髪をかき上げながら答える。

 

「死にたい、みたいね、彼」

 

 答えた女は、西洋の街並みにそぐわない、巫女装束を身に纏っている。

 

 第三特異点オケアノスにおいてカルデア特殊班の前に立ちはだかった、キャスターを名乗る女である。

 

 相変わらず、気だるげな眼差しと仕草で、今にもカルデア特殊班との戦端を開こうとしているメフィストを見やっている。

 

 そしてもう1人。

 

 彼女に問いかけたのは、軍服姿にコートを羽織った少年。かつて復讐者(アヴェンジャー)を名乗って響達の前に現れた少年だ。

 

 2人の目は今、魔霧の向こうで戦闘を開始しようとしている両陣営に向けられていた。

 

「どのみち、たかがキャスター1人、ここで使い潰しても問題は無いのですが・・・・・・」

「なら・・・・・・」

「しかし、カルデアに何の打撃も与えられず手駒を1つ失う、と言うのは流石に面白くない。既にアサシンにも動いてもらっていますが、できればもう一押し、こちらからテコ入れをしたい所です」

 

 言い募ろうとするキャスターを遮り、アヴェンジャーは向き直る。

 

「そんな訳でキャスター、お願いできますか」

「・・・・・・・・・・・・はあ、面倒」

 

 キャスターは嘆息しつつ、心底イヤそうに目をつぶる。

 

 しかし、仕事を放棄する気は無いらしい。

 

 懐に入れた手を抜いた時、その指には数枚の呪符が握られていた。

 

「改めて見ると、あなたのそれ、随分と便利ですよね」

「・・・・・・師匠が、良かったから」

 

 心底、どうでも良さそうに答えると、キャスターは軽く呪符を投擲する。

 

 風に吹かれて飛翔する呪符。

 

 呪符から魔力が放出されたかと思うと、呪符は地面に張り付く。

 

 やがて、

 

 土がまるで生き物のようにこね回されたかと思うと、意思があるように立ち上がった。

 

 

 

 

 

 場を満たす殺気は、全て中央に立つピエロへと向けられている。

 

 鋏を構えたメフィスト。

 

 そんな悪魔を取り囲む、特殊班のサーヴァント達。

 

 360度、どこから斬りかかられてもおかしくはない中、

 

 しかしメフィストは口元から笑みを絶やす事は無い。

 

「随分、余裕じゃねえか」

「いえいえ~ こう見えて小心者ですからね~ ワタクシ。もう、心臓バクバク、このまま帰っちゃいたいくらいです」

 

 モードレッドの挑発に、へらへらした調子で答えるメフィスト。

 

 対して、

 

 モードレッドは土を踏みながら、剣を振り翳す。

 

「生憎、逃がす気はねえよッ!!」

 

 言い放った。

 

 次の瞬間、

 

 叛逆の騎士の背後から、襲い掛かる影があった。

 

「チッ!?」

 

 視線をわずかに反らして舌打ちするモードレッド。

 

 予期しえなかった、背後からの奇襲。

 

 しかし、

 

 この程度で、円卓の騎士は怯まない。

 

 振り返りざまに、勢いを殺す事なく剣を横なぎに一閃。

 

 赤雷を纏った斬撃は、背後に立った相手を容赦なく斬り捨てる。

 

 しかし、襲撃はそれで終わりではなかった。

 

「敵襲ですッ 立香先輩、凛果先輩、警戒をッ!!」

 

 すぐさま、マシュが藤丸兄妹の下へと移動し大盾を構える。

 

 これまでの戦いで、既に彼女も自分の役割を理解している。

 

 彼女はマスターを守る、文字通り最後の盾。敵を倒す事ではなく、あくまで守る事を目的としている。

 

 その為に、彼女の持つ宝具もスキルも、防御面に特化している。

 

 逆を言えば、マシュまで前線に出なければなら無くなれば、完全に切羽詰まった状況である事を現していると言えよう。

 

「来るわよッ 結構な数!!」

 

 干将・莫邪を構えながらクロエが叫ぶ。

 

 彼女の言葉通り、木々を押し分ける形で、次々と湧き出てくる。

 

 それは、不気味な存在だった。

 

 先に戦ったマネキン人形はまだしも人の形をしていた。

 

 目の前の連中も一応、人の形をしていると言えない事は無い。

 

 が、

 

 異様に長い腕、首の無い頭部、全身は体毛に覆われ、毛の奥から深紅の瞳が覗いているのが見える。

 

 明らかに人ではない。

 

 それどころか、自然発生の魔獣とも違う。

 

 人造生命体ホムンクルス。

 

 そうとしか言いようがない。

 

 それが、少なくとも10以上。

 

 のっそりと現れる。

 

 ちょうど、メフィストを包囲したカルデア特殊班を、外側から更に包囲した形である。

 

「クソッ いきなり現れやがったッ 何で気付かなかったッ!?」

 

 向かってくるホムンクルスの頭を斬り飛ばしながら、モードレッドが叫ぶ。

 

 流石の剣技と言うべきか、瞬く間にホムンクルスを斬り捨てるモードレッド。

 

 しかし、

 

「馬鹿め。こいつらは所詮、意志の無い人形。ここで急造で作られただけだ。気配なんぞあるわけ無いだろう。そんな事も気付かんとは」

「なあ、あいつから先に斬って良いかッ!?」

 

 小ばかにしきった調子の少年に、いよいよ(と言うほど頑丈でもなさそうな)モードレッドの堪忍袋も限界を迎えている。

 

 だが、実際問題として、それどころではない。

 

 次々と湧いてくるホムンクルス。

 

 カルデア側を標的と見定めたらしく、次々と攻撃を仕掛けてくる。

 

「行きますッ」

 

 鋭い声と共に、白百合の剣士が駆ける。

 

 地を蹴って相手の懐に飛び込む美遊。

 

 伸ばされたホムンクルスの腕を鋭い一閃で半ばから切断すると、剣の切っ先を相手の胸中央に叩き込む。

 

 核心を突く一撃。

 

 ホムンクルスは悲鳴を上げる事も無く、その場で消滅する。

 

 だが、敵は次々と湧いてくる。

 

 ホムンクルスの腕は元々長いのだが、攻撃時には更に3倍近くにまで伸びる。殆ど伸縮自在の槍のような物だ。

 

 勿論、サーヴァントの戦闘能力には敵し得ない。冷静に対応すれば、決して強敵とは言い難い。

 

 しかし、リーチを制されているのは、聊か以上のやりにくさがあった。

 

 他の特殊班メンバーも、既に交戦を開始している。

 

 そして、

 

「うゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

 戦槌を携えた少女もまた、近付こうとするホムンクルスを殴り飛ばす。

 

 戦槌からは雷光が迸り、直撃を受けたホムンクルスは、ひとたまりもなく砕け散って消滅する。

 

 いったい、どこに少女の細腕のどこに、あれだけの力があるのかと言いたくなるような光景だ。

 

 彼女の活躍もあり、包囲網が崩れ始める。

 

 ホムンクルスとは言え、所詮はサーヴァントに敵う者ではない。

 

 だが、

 

 そんな中で1人、音も無くその場を去ろうとする者がいる。

 

 メフィストフェレスだ。

 

 カルデア特殊班がホムンクルス殲滅に躍起になっている内に、撤退してしまおうと言う算段らしい。

 

 だが、

 

「ん、どこ行く?」

 

 静かな声と共に、立ち塞がる影。

 

 振り返った悪魔の目に飛び込んで来たのは、漆黒の着物に短パンを穿いた暗殺者(アサシン)の少年。

 

 手にした日本刀を大上段に携え、響はメフィストに斬りかかる。

 

「おおーっとー!?」

 

 振るわれる白銀の剣閃。

 

 とっさに、その場から飛びのいて回避するメフィスト。

 

「おやおやおや~」

 

 軽薄な笑顔を浮かべるメフィスト。

 

「いえですね~ 皆さんどうやらお忙しいようですし、ワタクシ出直してこようかと思いましてですね、はい」

「ん、その必要、無いッ」

 

 告げると同時に疾走する響。

 

 首元に巻いたマフラーを風に靡かせて斬りかかる。

 

 間合いにメフィストを捉えると、刀を横なぎに振るった。

 

 風を切る刃。

 

 だが、

 

「はッぁあああッ」

 

 奇声と共に、のけ反るようにして響の剣を回避するメフィスト。

 

 響は逃すまいと空中を蹴って連撃を仕掛ける。

 

 放たれる剣閃が、霧を反射して映る。

 

 しかし、

 

「んッ!?」

 

 舌打ちする響。

 

 攻撃が、当たらない。

 

 確実に自身の間合いに捉えているはずなのに、響の剣はメフィストを斬る事は無い。

 

 ほんの数ミリ。

 

 微妙な差で斬れない。

 

「・・・・・・・・・・・・成程」

 

 一旦、距離を置いて呼吸を整えながら、響は呟く。

 

 幾度かの応酬を経て、響はカラクリが読めてきた。

 

 最初は、メフィストが何かのスキルか宝具でも使っているのかと思っていたが、どうもそれは違う。

 

 響の感覚を狂わせているのは恐らく、この霧だ。

 

 魔霧が響の感覚を微妙に狂わせ、斬撃の間合いを誤らせているのだ。

 

 誤差が微妙であるせいで、却って響は目測のずれを修正できなかったのだ。

 

 だが、

 

「ん、狂った分を、考えて・・・・・・」

 

 呟くように言うと、

 

 響は再びメフィストに斬りかかる。

 

「ん~ッフッフッフ、また来ますか~ 良いですよ~ メッフィーは如何なる挑戦をもお受けしま~す」

 

 手に持った鋏を構えながら、響を挑発するメフィスト。

 

 ピエロ男の眼前に迫る、暗殺者の少年。

 

 擦り上げるように、斬撃を繰り出す響。

 

 だが、

 

 駆けあがるような一戦は、メフィストの鋏に防がれる。

 

 火花を散らす両者。

 

「んッ」

「イヒッ」

 

 暗殺者と魔術師。

 

 視線が、至近距離でぶつかり合う。

 

 その間にも、響は頭の中で素早く計算する。

 

 必殺の間合いに捉えたにも拘らず、攻撃はメフィストに届かなかった。

 

 それは、まだ計算が甘かったからだ。

 

 ならば、

 

 更に計算を付け加える。

 

 答えに至る数値が足りなければ、必要な数値を付け加えるだけの話。

 

「ん・・・・・・これ、でッ!!」

 

 響の左手は、

 

 自身の腰裏に伸びる。

 

 そこにある柄を、逆手に握る。

 

 同時に魔術回路を起動。

 

 刃に魔力を流し込む。

 

「イヒッ!?」

 

 驚愕するメフィスト。

 

 その眼前で、

 

 刃が振られる。

 

 手に伝わる、確かな手応え。

 

「ギィッ!?」

 

 同時に、メフィストの口から初めて、苦悶の声が漏れた。

 

 響の一撃が、悪魔に初めて有効打を与えたのだ。

 

 見れば、メフィストの体に、斜めに斬線が走っているのが見える。

 

 数歩、傷口を抑えて後退するピエロ男。

 

「グッ おのれ・・・・・・」

 

 先程まで、薄笑いを浮かべていた顔を険しく歪め、響を睨みつける。

 

 一方、

 

 響の左手には、一振りのナイフが握られている。

 

「ん、流石、ダ・ヴィンチ・・・・・・」

 

 切れ味に満足する。

 

 このナイフは、レイシフト前にダ・ヴィンチに作ってもらった物だ。

 

 少しでも戦力の底上げを狙った物だったが、出来は響の予想以上だった。

 

 ダ・ヴィンチは響の腕の長さや重心バランスを計測して振り易い長さと重さを選別し、更に響の魔術回路と連動できるように加工してくれたのだ。

 

 簡易型の魔剣と称しても良いナイフは、その一閃でメフィストにダメージを与える事に成功したのだ。

 

「ん・・・・・・じゃあ」

 

 響はナイフを腰の鞘に戻すと、刀の切っ先をメフィストに向けて構える。

 

「これで、決める」

 

 スッと、目を細める響。

 

 対して、

 

「・・・・・・キヒッ」

 

 傷口を無造作に拭うと、メフィストは立ち上がる。

 

 増大する魔力に、響は警戒を強める。

 

 メフィストは、口元に笑みを張り付ける。

 

「いやいや~ 外見に似合わずお強いのですね~ ワタクシ、完全に騙されてしまいましたよ、はい」

 

 どこまでも、へらへらした態度を崩そうとしないメフィスト。

 

 だが構わない。

 

 奴の動きは既に捉えた。次は攻撃を外さない。

 

 響が攻撃を仕掛けようとした。

 

 だが、

 

「ですので・・・・・・」

 

 メフィストが、動いた。

 

「ワタクシも、切り札を使う事にしました。ええ、ええ、はい」

 

 言い放つと同時に、

 

 サッと、腕を頭上に掲げるメフィスト。

 

 次の瞬間、

 

 響の周囲に、無数の爆弾が出現した。

 

「なッ!?」

 

 驚く響。

 

 対して、

 

 悪魔は笑う。

 

微睡むの爆弾(チクタク・ボム)!!」

 

 次の瞬間、

 

 響の周囲の爆弾が、一斉にさく裂した。

 

 踊る爆炎。

 

 爆風は、半壊していたフランケンシュタイン邸を更に吹き飛ばしていく。

 

「響ッ!!」

 

 ホムンクルスを斬り飛ばし、叫ぶ美遊。

 

 少年暗殺者の姿は、立ち込める煙に遮られて視認する事は出来ない。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

「あらあら、よそ見をするなんて、いけない子ね」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 突如、聞こえてくる声。

 

 美遊は殆ど本能に従い、その場から飛びのく。

 

 一瞬の間を置いて、美遊がいた空間が薙ぎ払われる。

 

 風を切る音。

 

 間一髪、

 

 美遊が飛びのいた為、攻撃は空振りに終わる。

 

 だが、

 

「フフ、残念、外してしまったわね」

「・・・・・・誰?」

 

 問いかけながら、美遊は剣の切っ先を、笑みを浮かべた女に向ける。

 

 妖艶な女性だった。

 

 胸元と肩が大胆に開いた裾の長い、真っ赤なイブニングドレスを着こみ、手には肘まである長い手袋をしている。

 

 顔の上半分を覆う仮面が、怪しさを増している。

 

 手にした鞭。恐らくあれが、美遊を攻撃した物だろう。

 

 仮面の奥から覗く瞳は、どこか引き込まれるような印象がある。

 

 女は美遊の背後から、突然現れた。

 

 まるで、少女の気が完全に逸れるタイミングを計っていたかのように。

 

 しかも、

 

「気配を、感じなかった・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊が持つ直感スキルは伊達ではない。いかに目の前で戦闘を繰り広げていたとしても、周囲にどのくらいの敵がいるのか、ある程度なら把握できる。

 

 しかし、相手が攻撃を開始するまで、美遊はその存在を殆ど察知できなかった。

 

 と言う事は、相手は何らかのスキルを使って身を隠していた事になる。

 

「アサシン・・・・・・」

 

 美遊の呟きに対し、笑みを見せる女性。

 

 次の瞬間、手にした鞭を振り翳して美遊に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 踊る爆炎。

 

 その様を、メフィストは笑みを刻んで見つめている。

 

 「微睡む爆弾(チクタク・ボム)

 

 魔術師(キャスター)メフィストフェレスの持つ宝具の1つ。

 

 効果は爆弾と言う物理的攻撃手段でありながら、その正体は一種の「呪い」にある。

 

 対象となるサーヴァントの霊基を改変し、その体内で炸裂させる。

 

 言わば、体の中に爆弾を仕掛けるに等しい。

 

 つまり、真名解放して宝具を発動した時には、既に爆弾は仕掛け終わっている事を意味している。

 

 何とも悪魔らしい、えげつない宝具であると言える。

 

 これを回避するには、敏捷よりも幸運のパラメータが必要になる。

 

 晴れる煙の中、

 

「イヒ・・・・・・・・・・・・」

 

 跡形もなく吹き飛んだ少年に、笑いを浮かべるメフィスト。

 

 いかな大英雄でも、体内に爆弾を仕掛けられて生き残れるはずもない。

 

「イヤ~ 見事に木っ端微塵ッ これぞ、芸術って感じですかね~ アヒャヒャッヒャヒャッ!!」

 

 高笑いを浮かべるメフィスト。

 

 彼は自らの意にそぐわぬ人間を破滅させる悪魔。

 

 かつて、ゲオルグ・ファウスト博士を死に追いやった時と同じだった。

 

「さて、それじゃあ、お暇させていただきましょうかね~ これでもワタクシ、多忙の身でして」

 

 そう言って、踵を返そうとしたメフィスト。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽い音と共に、肩に何か細長い物が置かれる。

 

「・・・・・・・・・・・・はい?」

 

 目を見開く悪魔。

 

 果たして、

 

 メフィストの視界の先では、

 

 刀を真っすぐに構えた、響の姿があった。

 

「んなッ!?」

 

 目を見開く悪魔。

 

 メフィストの肩に置かれていたのは、響の刀だったのだ。

 

 「微睡む爆弾(チクタク・ボム)」をまともに受けたにも拘らず、響は傷一つ負った様子がない。

 

「馬鹿な・・・・・・なぜ・・・・・・」

 

 次の瞬間、

 

 ザンッ

 

 メフィストの肩に置いた刀をそのままスライド。首を引き斬った。

 

「ガァッ!?」

 

 飛び散る鮮血。

 

 首を斬られ、霧の視界が深紅に染まる。

 

「ああ・・・・・・やっぱり、こうなりました、か」

 

 どこか恍惚とした表情で呟くメフィスト。

 

 同時に、その体から金色の粒子が立ち上り、消滅現象が始まる。

 

 前のめりに崩れるピエロ男。

 

「それにしても・・・・・・な、ぜ・・・・・・ワタクシの、爆弾は、確かに、あなた、を・・・・・・・・・・・・」

 

 驚愕の眼差しを顔面に張り付けたまま、消滅していくメフィストフェレス。

 

 後に残った少年は、刀を血振るいして鞘に納める。

 

「ん、秘密」

 

 鍔鳴りの音と共が鳴り響いた。

 

 その様子を見ていたアサシンの女は、仮面の奥で舌打ちを漏らす。

 

「やれやれ、先走る奴は、これだから嫌いよ」

 

 斬りかかろうとする美遊を、鞭を振るって牽制する。

 

「ねえ、あなたも、そう思わない?」

「関係ないッ」

 

 鞭の一撃を、横にスライドして回避。

 

 再度、斬りかかろうとする美遊。

 

 だが、

 

「動きが単調すぎよ」

 

 薄笑いを浮かべて、鞭を振るうアサシン。

 

 蛇のようにしなる軌道に、美遊の突撃は阻まれる。

 

「まあ、このまま遊んであげても良いんだけど、流石にあなた達全員相手にするのはきついわね。私、攻めるのは好きだけど、攻められるのは好みじゃないの」

 

 そう言い放つと、美遊がひるんだすきに素早く跳躍、木の枝に飛び乗る。。

 

「待てッ」

「また会いましょうね子猫ちゃん。今度は、出来ればプライベートで」

 

 そう言い残すと、アサシンは木立の影へと消えていく。

 

 既に、その気配を追う事も出来なくなっていた。

 

 嘆息しつつ、剣を鞘に納める美遊。

 

 見渡せば、既にホムンクルスも大半が倒されている。

 

 半面、特殊班の面々は、全員無事な様子だ。

 

 今、最後のホムンクルスをモードレッドが斬り倒したところだった。

 

 後に残る静寂。

 

 と、

 

「ふん、終わったか。戦闘力は流石と言うべきか。もっとも、これくらいやってくれなければ話にならんところだったが」

 

 1人、偉そうにふんぞり返って、少年が告げる。

 

 対して、

 

 初めからケンカ腰だったモードレッドは、容赦なく少年に剣を向けた。

 

「テメェ、何もしてねえだろ」

「ん、モーさんより偉そう」

「やかましい」

 

 余計なチャチャを入れる響を黙らせつつ、モードレッドは少年に向き直った。

 

「テメェ、何モンだ? あの道化の仲間じゃないって言っても、怪しい事には変わりねえぞ」

「おいおい、俺だけが怪しいのか?」

 

 問いかけるモードレッド。

 

 対して、少年は肩を竦めながら、戦槌を持った少女を差す。

 

「そっちは良いのか?」

「ああ、そいつは構わねえ」

 

 しかし、モードレッドはあっさりと言ってのけた。

 

「詳しい事は省くが、そいつとは少しばかり縁があってな。まあ、こんな所で会えるとは思ってなかったが」

 

 モードレッドが視線を向けると、少女は軽く頷きを返すのが見えた。

 

 その様子を見て、少年は嘆息する。

 

「成程な。まあ、俺としても、これ以上無駄な時間を使わされるのは堪らんしな」

 

 どこまでも偉そうに言いながら、少年は一同を見回して言った。

 

「それでは名乗らせてもらおうか。俺の名はハンス・クリスチャン・アンデルセン。見ての通り、しがない物書きに過ぎん。そこの・・・・・・」

 

 言いながら、アンデルセンを名乗る少年は、花嫁衣裳姿の少女を差して言った。

 

「フランケンシュタイン嬢と違って戦闘面に関しては役立たずの極みだが、まあ、よろしくな」

 

 呆気に取られる一同を前にして、アンデルセンは、そう言って肩を竦めた。

 

 

 

 

 

第4話「魔霧に悪魔は嗤う」      終わり

 




オリジナルサーヴァント

【性別】女
【クラス】アサシン
【属性】混沌・悪
【隠し属性】人
【身長】163センチ
【体重】58キロ
【天敵】??????

【ステータス】
筋力:C 耐久:B 敏捷:B 魔力:C 幸運:D 宝具:C

【コマンド】:AABBQ

【保有スキル】
〇闇の淑女
敵一体の防御力をダウン(3ターン)、敵一体の攻撃力をダウン(3ターン)、自身に回避状態付与(1ターン)

〇耳に蕩ける色良き悲鳴
自身のアーツ性能アップ(1ターン)、敵一体にスタン付与(1ターン)

〇??????

【クラス別スキル】
〇気配遮断
自身のスター発生率をアップ

【宝具】 
 〇??????

【備考】

 AD1888のロンドンに現れた女アサシン。ドレス姿に仮面を付けた、妖艶な雰囲気を持つ美女。


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第5話「魔本」

 

 

 

 

 

 

 

 ハンス・クリスチャン・アンデルセン。

 

 「アンデルセン童話」で世界中に知られる童話作家。

 

 19世紀初頭、デンマークに生を受けたアンデルセンだったが、その前半生は決して順風だったとは言えず、30歳で世に認められるまで、その人生は紆余曲折の連続であったと言う。

 

 その故もあってか、彼の描く童話は美麗な世界観や秀逸なストーリー、リアル感のあるキャラ描写によって高い評価を得る一方、代表作に「マッチ売りの少女」「人魚姫」「みにくいアヒルの子」など、バットエンドだったり、あるいは読み進めるのを苦痛に感じるほどきつい描写が続く作品が多い。

 

 その世界的に有名なハンス・クリスチャン・アンデルセンが、英霊として召喚されたばかりか、まさか、このような子供の姿で現界するとは。

 

 「子供の頃の方が才能があった、と言う事だろう。皮肉な事にな」とは、自嘲気味な本人の言である。

 

 一方

 

 フランケンシュタイン

 

 古典ホラーにおける代表的な存在。

 

 マッドサイエンティストであるヴィクター・フランケンシュタイン博士によって生み出された人工生命体。

 

 しかし喜怒哀楽を示す事が出来ず、凶暴性を発揮、野犬を素手で殺し、その贓物を引きずり出すと言う蛮行にまで及ぶようになった。

 

 その有様を見た創造主たるヴィクター博士は、彼女を失敗作として断じる一方、その凶暴性に恐怖して逃げ出す事になる。

 

 1人になった彼女は、逃げたヴィクターを追いかけ、その過程で彼の家族を含め、多くの人間を死に至らしめる事になる。

 

 そしてついに、北極圏までヴィクターを追い詰めた少女。

 

 どうか、話を聞いて欲しい。

 

 貴方を傷付ける気は無い。

 

 私はただ、私の伴侶が欲しいだけなのだ。

 

 必死に訴える少女。

 

 世界にただ1人、人の手によって生み出された彼女は、孤独な存在である。

 

 だからこそ、生涯添い遂げる伴侶が欲しかったのだ。

 

 しかし、逃亡するにも疲れ果てていたヴィクター博士には、ついに彼女の声は届かず、ぞのまま自らの命を絶ってしまった。

 

 それにより、少女が伴侶を得る機会は永久に失われてしまった。

 

 絶望した彼女は、自らの命を絶つべく北極圏へと消えていったと言う。

 

 そのアンデルセン、フランケンシュタイン両名を伴ったカルデア特殊班一同は一旦、ジキルの待つアパートへと戻ってきていた。

 

そのアンデルセンとフラン(フランケンシュタインの愛称。フルネームは本人がいやがったため却下)の両名だが、アパートに到着するなり、フランケンシュタインは部屋の隅にちょこんと座り、アンデルセンに至っては奥の部屋を占領して、執筆活動を始めていた。

 

 何とも、マイペースな連中である。

 

「成程、やはりヴィクター博士はだめだったか」

「ああ、俺達が行った時にはもう。すまない」

 

 肩を落とすジキルに、立香は悄然として応える。

 

 彼らが到着した時には既に、メフィストの手によってヴィクター博士は殺害された後だったのだ。

 

「いや、君達のせいじゃないよ。博士も、殺されるのは覚悟の上だったからね。それに・・・・・・」

 

 言いながらジキルは先程、モードレッドから手渡された資料に目を落とした。

 

「博士の研究データは手に入ったんだ。おかげで、足りなかったデータが揃ってきたよ」

 

 届けられたデータは、ヴィクター博士が文字通り命がけで収集、解析したデータである。

 

 そこには、今回の魔霧発生は自然現象ではなく、間違いなく人為的な物であり、人知を超えた魔術的要素が加えられている事が書かれている。

 

 加えて特筆すべきは、ヴィクター博士はその首謀者についても言及している点だった。

 

 それによると首謀者は3人。いずれも本名は不明ながら、イニシャルは「P」「B」「M」である事は判明している。

 

「『M』ってのは、ひょっとしてさっきの奴か?」

「ん、メッフィー」

 

 自分が倒した敵を愛称で呼ぶ響。

 

 それはさておき、確かにメフィストフェレスのイニシャルはMだった。

 

「そうだったら、確かに楽なんだけど」

 

 敵の幹部1人を、早々に脱落させたことになる。

 

 しかし、事態は果たして、そう簡単に運ぶかどうか?

 

「ともかく、敵の首謀者については、あとで考えるとしよう。それより、君達がヴィクター博士の下へ行っている内に、事態は妙な事になって来た」

「妙な事?」

 

 ジキルの説明に対し、首を傾げる立香。

 

 ジキルによると、ソーホーと呼ばれる地区で、住民が次々と襲われる事態が発生していると言う。

 

 詳細については不明だが、住民を襲った敵の正体は「本」である、との事だった。

 

「本って、あの読む本?」

「うん。本の怪物、仮に『魔本』とでも呼んでおこうか」

 

 凛果の質問に、頷きを返すジキル。

 

 ネーミングセンスとしては聊かシンプルな感があるが、いたずらに奇を衒うよりは、判り易くて良いだろう。

 

「で、その魔本の調査を俺達がやれば良いのか?」

「うん。今回の事は魔霧とも関係があるかもしれない。その事も含めて、原因を調査してきて欲しいんだ」

 

 ジキルがそう言った時だった。

 

「ほう。魔本とは、随分と面白いじゃないか」

 

 ハスキーな声と共に、扉を開けて出てきたのは、少年姿の作家サーヴァント事、アンデルセン氏だった。

 

 執筆を中断してきたのか、聊かくたびれた感を出している。

 

 しかしその目は、何やら獲物を見つけた狩人のように爛々と輝いている。

 

「て、まさか、おまえも着いて来る気かよ?」

「当然だろう」

 

 うんざりした調子で尋ねるモードレッド。

 

 どうやら、アンデルセンとはとことん相性が悪いらしい。

 

作家としては、放っておくわけにはいかんな(そんな面白そうな事、放っておけるか)

「おおおーいッ 本音が透けてんぞー!!」

 

 好奇心丸出しのアンデルセンに、ツッコミを入れるモードレッド。

 

 喚き立てる叛逆の騎士を、立香はなだめに掛かった。

 

「ま、まあまあモードレッド、落ち着けって。相手が本なら、アンデルセンに着いて来てもらえば、何かと役に立つかもしれないだろ」

「だがよぉ・・・・・・」

 

 尚も渋るモードレッド。

 

 よほど、一緒にいたくないのだろう。

 

 と、

 

「ああ、そうそう。言うまでも無いが」

 

 アンデルセンが、一同を見回して口を開いた。

 

「俺はただの作家だ。魔剣やら聖槍を持っている訳でもなければ、大層な流派の技を会得しているわけでもない。戦闘に関しては素人以下だから、そこのところを忘れるなよ」

「だめじゃねえか!!」

 

 最早、どこからツッコんで良いのかすら判らないモードレッドが、高らかに吼えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で、

 

「・・・・・・何でこうなった?」

 

 不機嫌の極み、と言わんばかりに鎧をガシャガシャ言わせて歩くモードレッド。

 

 その後ろから、さも当然と言わんばかりにあとから着いて来るアンデルセン。

 

 その様子を、立香達は苦笑しながら遠巻きに見ているしかなかった。

 

「まったく。ただでさえ、面倒な事態だってのに、お荷物を増やしてどうすんだよ」

「ん、落ち着けモーさん。そして食え」

 

 響が差し出したビスケット(ジキルが持たせてくれた)を奪い取るようにして口に入れながら、むしゃむしゃと頬張るモードレッド。

 

 一行は現在、ジキルのアパートを出て、魔本が出没すると言うソーホー地区へと向かっていた。

 

 この場には、ジキルとフランを除く全員がいる。

 

 万が一に備えて、フランはジキルの下へと残して来たのだ。

 

 魔霧の濃度も、時を追うごとに濃くなってきている。いつ何時、アパートで解析を続けるジキルが襲われないとも限らない。

 

 フランをジキルの護衛に残す決定をしたのはモードレッドだった。

 

「ん、モーさん、何かフランに優しい」

「わ、悪いかよッ なんか放っておけないんだよ、あいつ。いつも危なっかしくてよッ」

 

 響の言葉に、少し顔を赤くしてそっぽを向くモードレッド。

 

 どうやら、本人も自覚しての事だったらしい。

 

「あの、モードレッドさん。一つ、聞いても良いですか?」

「何だよ、盾ヤロウ?」

「た、盾ヤロウッ!? い、いえ、それよりも・・・・・・・・・・・・」

 

 あまりと言えばあまりなネーミングに、一瞬絶句しかけるマシュ。

 

 しかし、すぐに気を取り直して質問を続ける。

 

「あなたはどうして、このロンドンを守っているのですか?」

「あん、それのどこがおかしいんだよ? 俺がこの街を守っちゃ悪いってのか?」

「い、いえ、そう言う訳では、ないのですが」

 

 凄むモードレッドに対し、マシュは言葉を濁す。

 

 しかし、

 

 そもそもモードレッドは主君であり父でもあったアーサー王に叛逆し、国を乗っ取った張本人。アーサー王伝説に直接の終焉を引いた人物であると同時に、アーサー王、すなわち当時のイギリス(ブリテン)を滅ぼした、言わば裏切り者でもある。

 

 そのモードレッドが、イギリスの首都ロンドンを守って戦っている事に、マシュは疑問を感じていたのだった。

 

「何だ、そんな事かよ」

 

 対して、モードレッドはさも、簡単だと言わんばかりに肩を竦めた。

 

「たとえ時代が変わろうが、立場が変わろうが、ここがイギリスである事に変わりはないだろ。そして、俺が円卓の騎士だったって言う事実も変わりはねえ。なら、その俺が、このロンディニウムを守るのは当然の事だろうが」

 

 そう言って、胸を張るモードレッド。

 

 確かに、理屈としては通っている。

 

 しかし、

 

「本当に、そうですか?」

 

 マシュに代わって、尋ねたのは美遊だった。

 

 アーサー王の霊基を宿す少女は、静かな瞳で「我が子」とも言えるサーヴァントを見やる。

 

 深く静かな、少女の瞳に見つめられ、モードレッドはばつが悪そうにそっぽを向く。

 

 ややあって、叛逆の騎士は深々と嘆息した。

 

「はあ・・・・・・まあ、そうだよな。美遊(おまえ)相手に嘘はつけねえ、か」

 

 観念したように告げるモードレッド。

 

 その口元には、

 

 どこか開き直ったような笑みが浮かべられていた。

 

「俺はな、俺以外の奴がブリテンを穢すのが我慢ならないのさッ 父上が、アーサー王が愛したブリテンの大地を穢して良いのは、過去にも、現在にも、そして未来にもただ1人、このモードレッドだけだッ だから今回、召喚に応じてやったって訳さ。たまには奪う側じゃなくて、守る側にまもるのも悪くないだろ」

 

 話を聞き終えて、

 

 立香達は、開いた口が塞がらなかった。

 

 何と言うか、

 

 一言で言えば「歪んでいる」。

 

 歪み切っている、と言っても過言ではない。

 

「何て言いうか、滅茶苦茶にボール投げたら的に当たったって言うか・・・・・・」

「1周回って、元に戻ってるな。しかも、本人はその事に気付いてないっぽいし」

 

 ヒソヒソと話し合う藤丸兄妹。

 

 その様子を、当のモードレッドは不審な眼差しで睨みつける。

 

「何だよ? 言いたい事があるならはっきり言え」

「いや、別に」

「いや、特に」

 

 揃って、明後日の方向を向く、立香と凛果。

 

 何にしても、

 

 立香は苦笑交じりにモードレッドを見やる。

 

 口ではあれこれ言っている割に、モードレッドの行動は、アーサー王に強く影響されている。

 

 恐らく、彼の騎士王の存在無くして「叛逆の騎士モードレッド」の存在は語れないのだろう。

 

「何だかんだ言って、父親の事が好きなんだな」

 

 本人に言ったら殴られるか斬られるかしそうなので、そっと呟くだけにとどめておいた。

 

 そうこうしている内に、一同は目的地であるソーホー地区へと入りつつあった。

 

 相変わらず周囲は魔霧が立ち込め、人に気配はない。

 

 殆どゴーストタウンと化した街の中を、ゆっくりと進んでいく。

 

「ここからは警戒して進みましょう」

 

 そう告げたのは、先頭を歩くクロエだった。

 

 都市部は死角が多く、いつ敵の奇襲を受けるか分からない。

 

 その為、敏捷に優れる彼女が、斥候役として前に出たのだ。

 

 慎重に進んでいく一同。

 

 その周囲を、不気味な静寂が取り囲む。

 

 一切の音が途絶えた中、特殊班の立てる足音だけが石造りの街に木霊する。

 

「・・・・・・全然、人の気配がないね」

「ジキルの話だと、魔本に襲われた人間は全員、眠るように意識を失ってしまったって言うから、その所為もあるんだろう」

 

 凛果と立香が、周囲を見回しながら呟く。

 

 他のエリアにも人の気配がなかったが、このソーホー地区の静寂はそれ以上だ。

 

 まるで、エリアは愚か、世界そのものから人がいなくなったかのようにさえ思える。

 

 一方、

 

「どう思う父上・・・・・・じゃなくて美遊?」

「・・・・・・はい、微かですけど、気配がします」

 

 剣を構えたセイバー2人は、緊張した面持ちで囁く。

 

 2人の感知力は、相手が発する僅かな気配を掴んでいた。

 

 見られている。

 

 ソーホーエリアに入った辺りから感じていた視線。

 

 アパートの窓、

 

 路地の影、

 

 屋上、

 

 あらゆる場所から、こちらを見ている。

 

「囲まれています」

「ああ」

 

 モードレッドが美遊に頷きを返した。

 

 その時だった。

 

 突如、飛来する魔力の弾丸。

 

「危ないッ!!」

 

 立香に向けて放たれた魔力弾を、マシュが盾で防ぐ。

 

 それが、合図となった。

 

 窓が一斉に割れ、小さな影が飛び出してくる。

 

 人、ではない。

 

 本だ。

 

 複数の本が空中を舞い、ページが勝手に開いていく。

 

「来るわよッ!!」

 

 叫ぶと同時にクロエは双剣を投影。目の前の本に斬りかかる。

 

 対して、ページが開いた本は、そこから風圧のような魔力弾を撃ち放つ。

 

「チッ!?」

 

 対して、クロエは身をかがめながら疾走。

 

 放たれた風圧弾を回避すると、間合いに入る弓兵少女。

 

 黒白の剣閃が迸り、本は切り捨てられる。

 

 だが、相手の数は多い。

 

 既に、他のメンバーも戦闘を開始していた。

 

「こ、これが魔本なのかッ!?」

「判んないッ けど、何かそんな感じ!?」

 

 叫びながら、サーヴァント達を援護する藤丸兄妹。

 

 一方、

 

 2人の足元では、アンデルセンが何やら、落ちた本の欠片を拾って、何事か観察していた。

 

 ややあって、顔を上げる少年作家。

 

「・・・・・・・・・・・・違うな」

「違うって、何が?」

 

 尋ねる凛果に、本の欠片を投げ捨てながらアンデルセンは振り返る。

 

「こいつらは件の魔本じゃないって事さ。ようするに、操られているだけの雑魚、ただのスペルブックだ。大元は他にいる」

 

 断定するように告げるアンデルセン。

 

 その間にも、特殊班のサーヴァント達は戦闘を続ける。

 

 流石に歴戦と称しても良い彼らの事。雑魚相手では苦戦する様子もなく、その数をあっという間に減らしていく。

 

 特に圧巻なのはモードレッドだろう。

 

 円卓の騎士として生前身に着けた剣技は冴え渡り、更に彼女独自の喧嘩殺法が加わり、まるで戦場を駆け抜ける魔獣の如き強さを発揮している。

 

 特殊班を包囲していた本の数は、見る見るうちに当初の10分の1以下にまで減少する。

 

「よし、全滅させたら、改めて調査開始だ」

 

 大元の魔本を見つけ出す事が、今回の任務だ。

 

 雑魚にあまり時間をかけるのは得策ではない。

 

 だが、

 

 その時、

 

 立香の背後で、

 

 小さな影が揺らいだ事に、

 

 誰も気付かなかった。

 

 ほんの一瞬、照り返った光。

 

 掲げられるナイフ。

 

 小さな刃の表面に、獲物の横顔が映る。

 

 同時に、

 

 音も無く駆ける。

 

 次の瞬間、

 

「んッ!!」

 

 割って入った少年暗殺者が、手にした刀を振るって相手を切り払う。

 

 相手は後方宙返りをして響の剣閃を回避。

 

 着地と同時に、両手のナイフを構えて対峙する。

 

「・・・・・・・・・・・・おまえ」

 

 苦々しく呟く響。

 

 その少女に、響は「見覚え」は無い。

 

 だが、

 

 その存在感。

 

 不気味なまでの殺気が、何より雄弁に、少女の正体を物語っていた。

 

「・・・・・・ジャック・ザ・リッパー」

 

 緊張の面持ちで呟く響。

 

 対して、

 

「うん、また来たよ」

 

 ジャック・ザ・リッパーは、無邪気な笑みで応じる。

 

 魔本の襲撃に続いて、殺人鬼の出現に、特殊班の一同は色めき立つ。

 

 これでは挟み撃ちにされたに等しい。無論、意図した事ではないのだろうが。

 

 どうする?

 

 ジャックは強敵だ。ここで仕留めきれず取り逃がしてしまうと、また情報を消されて認識できなくなってしまう。

 

 倒せるなら、今ここで、確実に倒さないと。

 

 しかし、魔本の方も捨て置けない。そもそも、ここは奴のテリトリー。放っておくとまた、スペルブックが群れを成して包囲してくるだろう。

 

 ジャック相手に時間をかけている余裕はない。

 

 と、

 

「ん、先、行って。こっちは抑える、から」

 

 ジャックを牽制するように刀を構えて告げる響。

 

 ジャックを響が押さえている隙に、立香達は先行、魔本を撃破する。

 

 それが最良の策だった。

 

「頼めるか、響?」

「ん、任せろ」

 

 尋ね立香に、頷きを返す響。

 

 後ろ髪を引かれる思いはあるが、今は迷っている暇も、戦力を裂いている暇も無かった。

 

 駆け去って行く靴音を背に、響はジャックに向き直る。

 

「む~ 邪魔するんだ。それなら、あなたからやっちゃうよ」

 

 不満顔でナイフを向けるジャック。

 

 対して、響も刀の切っ先を向けて構える。

 

「それじゃあ、かいたいするねッ!!」

「ん、やって、みろッ!!」

 

 次の瞬間、

 

 同時に、

 

 2騎の暗殺者(アサシン)は、地面を蹴った。

 

 

 

 

 

第5話「魔本」      終わり

 




大方の予想が外れて村正の実装は無し。いや、イベント後半でワンチャンあるだろうか?
それにしても、明らかな和物イベントで、なぜインド英霊? まあ、黒桜ベースなのは良いけど。

予想外と言えば、ロード・エルメロイコラボか。可能性として考えてはいたが、Prototypeの方が可能性は高いと思っていただけに、やや予想外。
きのこ先生は余程、Prototype枠を温存したいと見える。


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第6話「少女幻想」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白刃と凶刃がぶつかり合い、霧の中で火花を散らす。

 

 最高速度で激突する、黒と黒。

 

 素早く懐に飛び込んで、ナイフを突き込んでくるジャック。

 

 対して、

 

 響も刀の切っ先を向けて、真っ向から迎え撃つ。

 

 矢のように鋭く、

 

 響の刃はジャックへ向かう。

 

 対して、

 

「あはッ」

 

 楽しそうに笑みを浮かべるジャック。

 

 繰り出したナイフが、響の刃を逸らす。

 

 そのまま、するりと懐に入り込んでくる暗殺少女。

 

 だが、

 

「んッ!?」

 

 ジャックの刃が届く前に、響はとっさに後退。回避行動を取る。

 

 間合いが短いジャックの刃は、響に届かない。

 

 体勢を立て直そうとする響。

 

 対して、ジャックの動きも素早い。

 

「にげないでよ」

 

 素早く、腰のポーチに手を入れる少女。

 

 そこから取り出したのは、数本の医療用メス。スカルぺスと呼ばれる小型のナイフだった。

 

 ジャック・ザ・リッパーは医者だったとも言われている。恐らく、その逸話が概念と化しているのだろう。

 

 スカルぺスを投擲するジャック。

 

 対して、

 

 響は飛んで来るスカルぺスを刀で弾く。

 

 寸断され、地面に転がるメス。

 

 だが、

 

「んッ!?」

 

 崩れる、少年の姿勢。

 

 そこへ、ジャックが再び斬りかかってくる。

 

 少女の両手にあるナイフが、響を切り刻むべく、ギラリと輝く。

 

「もらった!!」

 

 ナイフを繰り出すジャック。

 

 対して、響は一撃を、刀で弾く。

 

 だが、すかさずジャックは体を回転させながら左のナイフを繰り出し、二撃目を叩きつけてくる。

 

 素早い連撃。

 

 響の防御は間に合わない。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 響は右手を腰裏に伸ばし、自身のナイフを抜刀。

 

 殺人鬼の凶刃を防ぎ止める。

 

 互いに両手で刃を構えながら、至近距離で睨み合う、2人の暗殺者。

 

「あは、やるね。いまのも防ぐんだ?」

「ん、これ、くらいッ」

 

 言いながら、腕に力を込めて、響はジャックの体を弾き飛ばした。

 

 空中に投げ出されながらも、しかしジャックは猫のように宙返りして着地。

 

 両者、再び、切っ先を相手に向けて対峙する。

 

「・・・・・・・・・・・・ふーん」

 

 ややあって、何かに気付いたように、ジャックは鼻を鳴らした。

 

「・・・・・・・・・・・・何?」

「おんなの子みたいな顔してるけど、あなた、おとこの子なんだ」

 

 妙な事に感心するジャック。

 

 対して、響は油断せず、右手に刀、左手にナイフを構える。

 

「だから、何?」

「うん・・・・・・それなら・・・・・・」

 

 言うが早いか、

 

 ジャックは再び、響に斬りかかる。

 

「そろそろ、殺しちゃおう!!」

 

 そのジャックの一撃を、刀を振るって払いのける響。

 

 だが、ジャックは崩れず、空中で体勢を立て直す。

 

「だって、はやくあいに行きたいし」

 

 そう言って、暗殺少女は酷薄な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 時折襲撃してくるスペルブックの攻撃を凌ぎながら、立香達はソーホー地区のさらに奥へと進んでいく。

 

 心なしか、群がってくるスペルブックの数が増えているのは、気のせいではないだろう。

 

「ダンジョンとかのお約束だよね。奥に進めば進むほど、敵が強くなるってのはさ!!」

「逆に考えれば、俺達はそれだけ、核心に近づいてるって事だッ」

 

 愚痴交じりに放たれた妹の軽口に、ポジティブな返事を返しつつ、立香は駆ける足を止めない。

 

《立香君の言う通りだ、魔力反応が高まっている。間もなく、中心部に着くはずだッ!!》

「フォウッ フォウッ!!」

 

 ナビゲートをしてくれているロマニに導かれ、一同は更に足を速める。

 

 この進む先に、目指す魔本が存在しているのは間違いない。

 

 加えて、

 

 凛果はチラッと、自分たちが通って来た道へと目をやる。

 

 背後からジャック・ザ・リッパーが追いかけてくる気配はない。恐らく、響が押さえてくれているのだろう。

 

 群がってくるスペルブックは、マシュをはじめとしたサーヴァント達が排除している。

 

 しかし、建物の影や窓から次々と飛び出してくる本を相手に、流石の彼女達も辟易している様子だった。

 

「ったく、宝具さえ放てりゃ、薙ぎ払ってやれるのによ!!」

 

 愚痴交じりに言いながら、炎を放とうとしたスペルブックを斬り捨てるモードレッド。

 

 苛立っていても、剣の冴えに陰りは無い。

 

 そんなモードレッドの背後から、アンデルセンが小ばかにしたように鼻を鳴らす。

 

「馬鹿め。こんな場所で宝具開放なんぞしてみろ。大惨事になるのは目に見えているぞ。どうせ貴様の事だ。宝具も性格同様に大雑把極まりないだろうしな!!」

「だァァァァァァッ!! うるせぇ!! ごちゃごちゃ言ってると、テメェから叩ッ斬るぞ!!」

 

 どうやら図星らしいモードレッドが、アンデルセンに噛みつく。

 

 ていうか、こんな時に喧嘩するのはやめてほしかった。割とマジで。

 

 その時だった。

 

「リツカ、あれ見て!!」

 

 先頭を走っていたクロエが、足を止めて前を指し示す。

 

 弓兵少女が指示した先。

 

 そこには、

 

 1冊の本が、空中に浮かんで存在していた。

 

 明らかに、他のスペルブックとは存在が異なっている。

 

 大きさは百科事典を、更に一回り大きくしたくらい。小さな子供なら、すっぽり隠れられるほどだ。

 

 厚みも相当あり、持ち上げるだけでも一苦労だろう。

 

 それでいて装丁は、どこか絵本のような陽気さを思わせる、ファンシーな図柄が描かれている。

 

「あれが、魔本か」

《間違いないね。計測できる魔力量から言っても、他のスペルブックとは別格だ》

「フォウッ」

 

 立香の呟きに、カルデアのロマニが頷きを返す。。

 

 どうやら魔本の方でも、立香達の存在に気付いたらしい、開いたページをこちらに向けて、威嚇するような姿勢を見せている。

 

 既に戦闘意志は十分と言う事だ。

 

「成程な。ようは、あいつをぶった斬れば、万事解決って訳だ!!」

 

 剣を構えるモードレッド。

 

 追随するように、美遊、クロエ、マシュも、それぞれ武器を構える。

 

 しかし、

 

 そんな中で1人、

 

 アンデルセンだけは、後方に控えたまま、鋭い視線を魔本に送っていた。

 

「・・・・・・さて、果たして事は、それほど単純な物か?」

 

 誰の耳にも入らない、少年作家の呟き。

 

 赤雷を纏った剣士は、大上段に振りかぶって魔本に斬りかかった。

 

 

 

 

 

 ジャックと交戦する響。

 

 そして、魔本との戦端を開いたカルデア特殊班。

 

 その双方を眺められる位置に立ちながら、青年は静かに見下ろしていた。

 

 白いローブを風に靡かせ、静かな瞳を向ける。

 

 念の為、認識阻害の魔術を使っている。不意に誰かがこちらを見たとしても、気付かれる心配は無いだろう。

 

 しかし、

 

 周囲で行われている戦闘に、目を向ける。

 

 暗殺者(アサシン)同士の戦闘は、どうやらジャック・ザ・リッパーが有利に進んでいるらしい。

 

 一方で、魔本に対し集中攻撃を開始したカルデア特殊班。火力の面では申し分ない。

 

「しかし、ただの攻撃では、その子は倒せませんよ。さて、どうします。カルデアのマスター?」

 

 視線は、戦線後方でサーヴァントを支援している立香へと向けられる。

 

 魔術師としては半人前以下。マスターとしても未だに未熟と言えよう。

 

 しかし、サーヴァントと共に前線に来ている以上、少なくとも臆病とは無縁の存在である事は判る。

 

 そのようなマスターが果たして、どのような戦いを繰り広げるか、興味深くもある。

 

 そうしている内にも、魔本に対する攻撃は開始されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度かの激突を経て、響は足を止める。

 

 刀の切っ先は油断なくジャックに向けたまま、

 

 しかし、吐く息は荒く、その華奢な体には、あちこち斬られた傷から血が滴っている。

 

 一方のジャックは、ほぼ無傷に近い。

 

 実力はほぼ伯仲。

 

 しかし、魔霧の影響で若干のステータスダウンを起こしている響は、僅差でジャックに競り負けている状態だった。

 

「がんばるんだね。けど、もうそろそろ終わりかな?」

「・・・・・・ん、冗談」

 

 可笑しそうに笑うジャック。

 

 無邪気なだけに、余計に腹立たしい。

 

 とは言え、

 

 互いに宝具を使っていないとはいえ、このままでは確かに響が不利な事は否めない。

 

 響にも切り札が無い訳ではない。

 

 「盟約の羽織」を使い、セイバーにクラスチェンジして戦えば、力で圧倒できるだろう。

 

 しかし、

 

 相手は同じアサシン。加えて状況が状況だけに、力で押して、勝てるとは限らない。むしろ、同じ土俵で戦っているからこそ、尚も拮抗できている、とも言える。

 

 ならば、

 

 敢えて手札をチェンジするよりも、このまま押し切る手を考えるべきだ。

 

 響は自分の武器、スキル、地形、それらを頭に入れて戦術を練り直す。

 

 凛果たちは既に先行しているマスターからの援護は期待できない。

 

 独力で戦う上で、何が不利で、そして何が有利なのか考える。

 

 数合の激突を経て分かった事は、ジャックは敏捷は高いが、攻撃力自体はそれほどでもないと言う事。

 

 ならば、

 

「ん、行く」

 

 刀の切っ先をジャックに向ける響。

 

 対して、

 

 ジャックもまた、両手にナイフを持ち、腕を大きく広げて迎え撃つ。

 

「アハ、それじゃあ、かいたいするね!!」

 

 地を蹴るジャック。

 

 姿勢を低くして斬り込んでくる、暗殺少女。

 

 対して、

 

 少女の動きを見据える響。

 

 その茫洋とした双眸が鋭い輝きを湛え、自身に向かってくるジャック・ザ・リッパーを捉えた。

 

 次の瞬間、

 

「んッ」

 

 低い呟き。

 

 同時に、

 

 スキル「無形の剣技」を発動。

 

 これまでのジャックの行動パターンを見極め、最適な戦術を割り出す。

 

 迫るジャック。

 

 対して、

 

 響は、

 

 迷う事無く、手にした刀を投擲した。

 

「えェッ!?」

 

 これには、流石のジャックも驚いて目を見開く。

 

 まさか相手が、自分の武器を手放すとは思っていなかったのだ。

 

 とっさに、突撃をキャンセル。回転しながら飛んできた刀を、横にスライドして回避する。

 

「あぶなーいッ」

 

 背後の石壁に突き立つ日本刀。

 

 次の瞬間、

 

 響が動いた。

 

 動きを止めたジャックに対し、地を蹴り疾走。

 

 同時に、両手は腰裏に回し、装備した2本のナイフを抜き放つ。

 

「クッ!?」

 

 響の動きを察知して、体勢を立て直そうとするジャック。

 

 だが、

 

「ん、遅いッ!!」

 

 響は両手のナイフを鋭く振るう。

 

 奔る斬線。

 

 響のナイフが、ジャックの手から、彼女のナイフを弾き飛ばした。

 

「わわッ!?」

 

 武器を飛ばされ、その場で尻餅を突くジャック。

 

 とっさに予備のナイフを抜こうとするが、遅い。

 

 その喉元に、響はナイフの切っ先を突きつけた。

 

「ん、おしまい」

 

 静かに告げる響。

 

 対して、ジャックは、不満そうに響を見上げている。

 

「む~ どうして邪魔するの?」

「ん?」

 

 見た目相応の、拗ねたような物言いに、響は首を傾げる。

 

 対して、ジャックはそんな響を見ながら言った。

 

「わたし達はただ、おかあさんに会いたいだけなのに」

「ん、お母さん?」

 

 誰の事だろう?

 

「お母さんって?」

「おかあさんは、おかあさんだよ」

 

 そう言って、無邪気に笑うジャック。

 

 その笑顔から邪気は感じられず、響はナイフを持つ手を、少し震わせる。

 

 言っている事の意味は不明だが、

 

 しかし、どうにもジャックには、明確な敵対意思は無いように思えた。

 

「ん、じゃあ、聞くけど・・・・・・」

「なにー?」

 

 油断なくナイフを突きつけながら問いかける響に、不思議そうな眼差しで首を傾げるジャック。

 

「その、『お母さん』に会えれば、攻撃しない?」

「うんッ」

 

 ジャックは迷う事無く、即座に頷きを返してきた。

 

「だって、元々、わたし達の目的はおかあさんに会うことなんだもん。それをじゃましようとしたから戦っただけ」

 

 別に邪魔しようとしたつもりは無いのだが。むしろ、そっちがいきなり襲ってきたから応戦しただけなのだが。

 

 ジャックの話を聞いて、響は「ん」と考える。

 

 何となくだが、嘘を言っているようには見えない。

 

 となると、

 

 こちらとしては、ジャックとこれ以上、戦う理由は薄くなる。

 

 勿論、彼女がこれまでロンドン市民に対してした事を考えれば、油断も許容も出来ない。

 

 しかし、ここは元々、本来ならあるはずが無かった歴史「特異点」だ。修正されれば、ジャックの所業も含めて全てが無かった事になる。

 

 もし、ジャックがこれ以上、交戦の意思がないとすれば、こちらとしても戦う理由は無い。

 

 それどころか、もし彼女の欲求をかなえてやる事が出来れば・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・ん?」

「どしたの?」

 

 ナイフを鞘に納める響を見て、首を傾げるジャック。

 

 そんなジャックの手を取って、立ち上がらせる。

 

「わわッ」

 

 驚くジャックの手を引っ張って、響は歩き出す。

 

「行こ」

「うん?」

 

 首を傾げるジャック。

 

 そんな彼女を引っ張って、響は立香達が向かった方へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 響とジャックの戦闘の様子を眺めていた青年は、顎に手を当てて、去って行く2人の子供たちを見詰めていた。

 

「・・・・・・ああ、それは困りますね。とても、困ります」

 

 静かに告げられる声。

 

 ジャックをここで失う事については問題ない。元々、あの少女は青年にとってただの捨て駒。ここでカルデアの戦力を、僅かなりとも減らせればそれで良いと思っていた。

 

 だが、

 

 そのカルデアに打撃を与える事はおろか、このままではジャック自身も、カルデアに寝返りかねない。

 

 彼女にとって、願いはただ一つ。それさえ叶える事が出来るなら、敵味方の概念そのものが意味を成さないだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・仕方ありません、か」

 

 スッと、目を細め、自身の中で魔術回路を起動させる。

 

 今、少年と少女は自分に気付かず、背を向けている。

 

 相手が敏捷さが売りのアサシンとは言え、完全に油断しきっている状態なら、奇襲も容易い。

 

 宝具を解放すれば、2人同時に仕留められるだろう。

 

 懐から剣を取り出した。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そいつは無粋だぞ。錬金術師!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 突如、

 

 霧の中から一閃された刃に対し、障壁を展開して防ぐ青年。

 

 異音と共に弾かれる刃。

 

 だが、

 

 襲撃者は、そこで動きを止めない。

 

 逃げながら魔力弾を放つ青年に対し、更に追撃を欠ける。

 

「何者ですッ!?」

 

 奇襲を受けた事で、取り繕う余裕すら無くなったのか、声を荒げる青年。

 

 そこへ、刃が襲い掛かる。

 

 だが、

 

「クッ!?」

 

 青年はとっさに敵わないと見るや、転移魔術を起動。その場から一瞬で姿を消し去る。

 

 振り下ろされた刃が、虚しく宙を切り裂いた。

 

「・・・・・・・・・・・・逃げたか」

 

 舌打ちしつつ、屋根の上に降り立つ襲撃者。

 

 すでに青年の気配はない。どうやら、転移魔術はかなりとっくの場所に抜けられるよう設定していたらしい。

 

 できれば今ので仕留めてしまいたかったが、流石に簡単には行かないらしい。

 

 まあ、今は、彼等の安全を確保できただけでも良しとせねばなるまい。

 

「まったく・・・・・・・・・・・・」

 

 深く被ったフードの奥で嘆息する。

 

 その視線は、手を繋いで駆け去って行く、響とジャックに向けられた。

 

「相変わらず、詰めが甘いな」

 

 そう言って、フッと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流石に魔本と言うだけあって、これまでのスペルブックとは次元が違う強さを発揮していた。

 

 近付こうとすれば、炎が、電撃が、魔力弾が次々と襲い掛かってくる。

 

 スペルブックの火力が、せいぜい拳銃かライフル程度なら、魔本は据え置きの機関銃に等しい。

 

 接近すれば、あらゆる魔術が雨霰と降り注ぐ。

 

 しかも、問題はそれだけではない。

 

「ハァッ!!」

 

 剣を振り翳して、正面から斬りかかる美遊。

 

 魔本からの攻撃をすり抜け、白百合の剣士は迫撃する。

 

 振り下ろされる剣閃。

 

 しかし、

 

「ッ!?」

 

 美遊の剣は、本の装丁に当たって弾かれる。

 

「そんなッ!?」

 

 殺到してくる魔術を回避しつつ、後退を余儀なくされる美遊。

 

 その間に、魔本の背後に蠢く影がある。

 

 クロエだ。

 

 転移魔術を使って、挟み撃ちを仕掛けるつもりなのだ。

 

「いくら硬くたって、たかが本でしょ!!」

 

 手にした双剣を鋭く振るうクロエ。

 

 しかし、

 

 やはり刃は通らない。

 

 褐色の弓兵少女は、斬りかかった勢いそのままに、空中に弾き飛ばされる。

 

「クッ まだッ!!」

 

 空中で体勢を立て直すクロエ。

 

 同時に双剣を投げ捨てると、弓矢を投影して構える。

 

 眼下に望む魔本の巨大な姿へ、弓兵少女は照準を合わせる。

 

「喰らいなさい!!」

 

 放たれる三連射。

 

 しかし、結果は同じだった。

 

 クロエの放った矢は魔本によって弾かれ、明後日の方向に飛んで行く。

 

 逆に魔本は、空中にあるクロエに照準を定めると、雷撃を放ってくる。

 

「やばッ!?」

 

 顔を引きつらせるクロエ。

 

 空中の弓兵少女に、回避の手段はない。

 

 雷撃が直撃する。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 割って入った盾兵(シールダー)が、クロエを守るようにして盾を掲げ雷撃を防ぎ切った。

 

「大丈夫ですか、クロエさん?」

「マシュ、ありがと。助かったわ」

 

 マシュの援護を受けて、地上へ降り立つクロエ。

 

 再び、特殊班のサーヴァント達は魔本を包囲するように展開する。

 

 しかし、

 

「いったい、どうなってやがる・・・・・・・・・・・・」

 

 モードレッドが、苛立たし気に呟く。

 

 再三に渡る攻撃を繰り返すも、魔本は一切、ダメージを負った様子はない。

 

 サーヴァント4騎が集中攻撃を仕掛けて傷一つ負わないとは。いったい、どんな防御力をしているのか。殆ど、インチキを疑いたくなるレベルだ。

 

 と、

 

「ふむ、成程。やはり、思った通りだな」

 

 背後で戦いを見守っていたアンデルセンが、何かに気付いたように口を開いた。

 

「そいつにいくら攻撃しても無意味だぞ。普通の攻撃は一切受け付けん。諦めろ」

「どういう事だよ?」

 

 意味が分からず首を傾げる立香。

 

 確かに、こちらの攻撃は全く用を成していないのだが。

 

 訝る立香達に、アンデルセンは説明を続ける。

 

「固有結界、と言うのを知っているか?」

「固有結界?」

「あ、それってこの前の特異点で、響が使ってた奴」

 

 アンデルセンの説明に、凛果が声を上げる。

 

 確かに、先のオケアノスの戦いにおいて、響は限定固有結界と言うスキルを使っていた。

 

 響は「自身を中心に半径2メートル」と言うごく狭い範囲の結界を展開できるのみだったが、本来は「自身の心象風景で世界そのものを塗り潰す」と言う特性上、展開すれば見える風景全てが書き換えられる事になる。

 

「奴は存在そのものが固有結界になっている。だから、上っ面だけ叩いたところでどうにもならん。まずは結界その物を解除せんとな」

「けど、どうやって解除するの?」

 

 問題はそこだった。

 

 相手は響の結界よりも更に狭い範囲。すなわち「自分自身」を結界としている。

 

 それ自体は、難しい事ではない。世の中には固有結界を自身の体内で発動する術を持った魔術師もいると言う。それを考えれば、別段、珍しい技術でもないだろう。

 

 しかし、それを解除するとなると、いったいどうすれば良いのか見当もつかない。

 

「なに、簡単な事だ」

 

 悩む立香達を前に、アンデルセンは肩を竦めながら前へと出る。

 

 慌てたのは立香達である。

 

 戦闘力皆無なアンデルセンが前線に出るなど、気が狂ったとしか思えない。

 

「お、おい、危ないぞッ」

「黙っていろ」

 

 引き留めようとするモードレッドを払いのけ、アンデルセンは前へと出る。

 

「奴はそもそも形の無い、あやふやな存在。それを我々が仮に『魔本』と名付け呼んでいた。しかし、相手があやふやな存在であれば、そもそも物理的な手段でダメージを与える事など不可能だ」

「御託は良いッ 結局、どうすりゃ良いんだよ!?」

 

 焦れて叫ぶモードレッド。

 

「簡単な話だ。名前を呼んでやれば良い。それだけで奴の存在は確定され結界は解除される」

「そ、それだけで良いのか?」

 

 そんな簡単な事で?

 

 驚く立香に、アンデルセンは頷きを返す。

 

「さて、立香。奴にこう言え」

 

 アンデルセンに耳打ちされた言葉。

 

 脳内で反芻し、立香は口を開いた。

 

 

 

 

 

誰かの為の物語(ナーサリー・ライム)!!」

 

 

 

 

 

 変化は起こった。

 

 突如、沸き起こった光に包まれる魔本。

 

 一同が視界を塞がれる中、

 

 立香は見た。

 

 光の中で、本の姿が変化するのを。

 

 それは、1人の少女だった。

 

 幼い印象の残る顔だち。美しい銀色の髪。幼く華奢な体を漆黒ロリータ調のドレスで包んでいる。

 

 文字通り、西洋人形のような外見。

 

 否、あえて場の雰囲気に合わせるなら「おとぎの国から飛び出して来た」と言うべきだろうか?

 

 いずれにしても、この世の物とは思えない可憐さを持つ少女なのは確かだった。

 

 全ての物語の原型であり、本来なら、アンデルセンの言う通り形がある物ではない。

 

 世界中の子供達に愛され、世界中の子供達の憧れ。それらが結晶として実を結んだ存在。

 

 それこそが「誰かの為の物語(ナーサリー・ライム)」と呼ばれる存在だった。

 

「・・・・・・・・・・・・ありす・・・・・・ありすは、どこ?」

 

 やや舌足らずな口調で、ナーサリー・ライムは口を開いた。

 

「目が覚めたら、ありすがいないの。ねえ、ありすは、どこにいるの?」

「驚いたな」

 

 アンデルセンの口から、賛嘆とも取れる言葉が漏れる。

 

 実際、珍しい事に彼は驚いていた。

 

「本来なら形の無い物語に、ここまでの明確な意思と姿を与えるとは・・・・・・恐らく、ここではないどこかで、よほど相性の良いマスターに巡り合えたのだろう」

 

 ナーサリー・ライムは形の無い英霊。

 

 しかし、形がないと言う事は、逆を言えばどのような形にもなれると言う事。

 

 契約を結んだマスターが善人なら良き英霊に、悪人なら悪しき英霊に。

 

 つまり今、目の前にいるナーサリー・ライムもまた、本来の姿ではない、と言う事になる。

 

「要するに、これでこっちの攻撃は効くようになったって事で良いんだよな!?」

 

 改めて、剣を構え直すモードレッド。

 

 呼応するように、美遊、クロエ、マシュも、各々の武器を構えてナーサリー・ライムを睨む。

 

 だが、

 

「ねえ、ありすは・・・・・・わたしのありすは、どこ?」

 

 状況が見えていないかのように、周りを見回すナーサリー・ライム。

 

 その様子は何だか、親とはぐれて不安がっている子供のようだった。

 

「・・・・・・ちょっと、待ってくれ、みんな」

「兄貴、どうしたの?」

 

 訝る凛果に頷きを返しつつ、立香は前へと出る。

 

「先輩、危ないですよ」

 

 慌てて守りに入ろうとするマシュ。

 

 だが、立香は構わず、ナーサリー・ライムの前に立った。

 

「ねえ、あなた、ありすを知らない?」

 

 見上げるナーサリー・ライム。

 

 対して、

 

 立香は目線を合わせるように屈み、少女を見る。

 

「君は、どうしたいんだ?」

 

 尋ねる立香に、ナーサリー・ライムはキョトンとした顔を向けてくる。

 

 ややあって、少女は口を開いた。

 

「ありすを、探しているの。ありすは、わたしのお友達」

「ありす、と言うのは、大切な人なんだね?」

 

 問いかける立香に、コクンと頷くナーサリー・ライム。

 

 立香は笑いかける。

 

「そっか。なら、俺達も一緒に探してあげるよ」

「え?」

「力になれるかどうかは分からないけどね」

 

 そう言って、手を差し伸べる立香。

 

 対して、少し怯えたような表情をするナーサリー・ライム。

 

 ややあって、

 

 ナーサリー・ライムはおずおずと、小さな手を、立香に重ねてきた。

 

「おいおい・・・・・・・・・・・・」

 

 手をつなぐ2人の様子を見て、呆れたような声を出したのはアンデルセンだった。

 

「お前の兄貴は大物か? それとも、本物の阿呆か? さっきまで戦ってた奴を丸め込んじまったぞ」

「いやー あれはどっちかと言えば『天然』なんじゃないかな?」

 

 対して、凛果は苦笑を返す。

 

 天然の「人たらし」。

 

 無意識のうちに相手の本質を悟り、同調し、そして引き付ける。

 

 だからこそ、これまで3度にわたる特異点を巡る戦いにおいて、多くの英霊が立香に力を貸したのだ。

 

 もしかしたら、うちの兄貴はとんでもない大物なのかもしれない。

 

 凛果は漠然と、そう思うのだった。

 

 と、その時だった。

 

 微かに石畳を踏む靴音が聞こえて振り返ると、見慣れた少年暗殺者が歩いてくるのが見えた。

 

「ん、終わった?」

「まあね。意外な形だったけど」

 

 返事をする凛果。

 

 だが、

 

 歩いて来た響の後ろに、もう1人、誰かいる事に気が付いて首を傾げる。

 

 それは、見覚えのある女の子。

 

 まだ「情報抹消」が発動していないので、それが誰なのか、その場にいる全員が判っていた。

 

「ジャック・ザ・リッパーッ!?」

「何で一緒にいるのよッ!?」

 

 身構える、特殊班一同。

 

 モードレッドは、反射的に剣を構えて切っ先を向ける。

 

「そこをどけ、響ッ そいつぶった斬ってやるッ!!」

 

 赤雷を放つ叛逆の騎士。

 

 一拍の間があれば、モードレッドはジャックに斬りかかる事だろう。

 

 だが、

 

「ん、モーさん、ステイ」

「俺は犬じゃねえ!!」

 

 取りあえずジャックよりも先に、無礼千万な小僧にゲンコツを落としていくモードレッド。

 

 で、

 

 すっかり弛緩した緊張感の中、響は頭のタンコブを涙目で押さえつつ、後ろのジャックをみんなに紹介する。

 

「ん、何か、会いたいっていうから、連れて来た」

「会いたい、誰に?」

 

 首を傾げる立香。

 

 と

 

「うん、やっと、会えたね!! マスター(おかあさん)!!」

 

 嬉しそうなジャックは満面な笑顔を浮かべ、

 

 そして、飛びついた。

 

 藤丸立香に。

 

 

 

 

 

「お」 ← 凛果

「か」 ← マシュ

「あ」 ← 美遊

「さ」 ← クロエ

「ん」 ← 響

「ッ」 ← アンデルセン

「!?」← モードレッド

「?」 ← ナーサリー・ライム

 

 

 

 

 驚天動地ッ

 

 大驚失色ッ

 

 恰幅絶倒ッ

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 最後のは違うか。

 

 ともかく、天地がひっくり返る勢いで、一同が驚いたのは言うまでもない事だろう。

 

 だが、間違いなく一番驚いているのは、立香本人である。

 

「いや・・・・・・いやいやいやいや、ちょっと待ってくれッ」

 

 慌ててジャックを引きはがしつつ、立香は少女に向き直る。

 

「何で、俺が『お母さん』なんだ? おかしいだろ」

「おかしくないよ。マスター(おかあさん)マスター(おかあさん)だもん!!」

 

 そう言うと、再度、ギューッと立香に抱き着くジャック。

 

「いや、ちょッ おい、何とかしてくれッ」

 

 困り果てて助けを求める立香。

 

 だが、

 

「あー 何ッつーか・・・・・・・・・・・・」

 

 完全に毒気を抜かれたモードレッドは、剣を鞘に納めると、立香の肩をポンと叩く。

 

「責任もってテメェで世話しろ」

「ん、がんばれ、おかあさん」

 

 悪ノリした響もついでに、立香の肩を叩く。

 

 そんな様子を、凛果とアンデルセンは、完全に呆れた調子で眺めていた。

 

「・・・・・・やっぱりただの阿呆だな」

「全面的に同意するよ」

 

 そう言って、肩を竦めるのだった。

 

 

 

 

 

第6話「少女幻想」      終わり

 




なっがいわッ!! 大奥!!

まあ、それはさておき、

最近、よく思うのは、どこかのタイミングで連載をプリヤに戻した方が良いかな、と言う事。一応、どちらが先にストーリーを進めても物語が成立する自信はあるけど、どちらかと言えばプリヤを先に書いた方が綺麗に進められる気がしてきた。

まあ、すぐの話ではないですけどね。


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第7話「魔術の頂へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗く深い闇の底。

 

 その場所に「人」の気配はない。

 

 ただ、魔の物が奏でる、絶望の息吹があるのみだった。

 

 生きとし生ける物、生命の全てを拒むような闇の中で、

 

 幽鬼の如く浮かび上がった影だけが、闇の世界の住人として存在していた。

 

「メフィストフェレスは敗れ、ジャック・ザ・リッパーとナーサリー・ライムが離反、ですか。短期間のうちに、随分と弱体化しましたね」

 

 嘆息交じりに呟いたアヴェンジャーの言葉は、闇に呑まれて消えて行く。

 

 誰もが足を踏み入れない未踏の地に、彼等の拠点は存在していた。

 

「幹部の皆さんが健在とは言え、流石にまずいのでは?」

 

 どこか投げやりのように告げられる、少年の言葉。

 

 しかし、状況的には確かに、彼の言う通りであると言えよう。

 

 カルデアの来訪以来、彼等の勢力が後退を余儀なくされているのは事実だった。

 

 しかし、

 

「問題ない。計画は予定通りに進んでいる。カルデアの介入もまた、想定の内だ」

 

 アヴェンジャーの言葉に対し、重々しい返事が返る。

 

 同時に、気体が噴出するかのような音も聞こえてきた。

 

 闇の中から聞こえてくる駆動音。

 

 姿は見えない。

 

 しかし、巨大な何かが動いているような気配があった。

 

 産業革命の基点であるロンドンを霧に包む事で壊滅させ、連鎖的に人理崩壊を誘発する。

 

 その計画は、半ばまでうまく行きかけていた。

 

 霧に包まれ、大半の人間が死に絶えたロンドンは、もはや壊滅状態である。彼らの計画は、もはや成ったも同然と言えるだろう。

 

 だが、

 

 この絶望的な状況の中、生き残った数人の魔術師が抵抗を続けていた。

 

 彼らは召喚されたサーヴァントと協力体制を築き、原因究明を進めてきた。

 

 更に、カルデアの介入。

 

 人理継続を目指す彼らの前に、押され始めているのは確かだった。

 

「カルデアの介入は確かに痛手な面もあった。だが、問題は無い。それも予測のうちである以上、対策も充分に出来ている。そうだな」

「はい」

 

 促されて出てきたのは、白衣を纏った優男の青年だった。

 

 見るからに貧弱そうに見える青年だが、しかしこの異形の場にあって、泰然としたまま佇んでいる。

 

 青年は、一同を見回して告げる。

 

「彼らが我々に対抗するとなると、かならず霧の除去、乃至、突破を考える筈。しかし、今の彼等には、それらの方法は愚か、霧の正体すら判らないでしょう」

 

 今回の魔霧計画は、彼等が入念にも入念な準備を重ねた末に実行に移した物。この時代に来たばかりのカルデアに見抜ける物ではない。

 

 とは言え、その事は彼等も痛感しているはず。となれば、カルデアが次にとる行動も、自ずと見えてくると言う物だった。

 

「成程、となると、敵は次に、情報を取得する為に動く事になるでしょうね」

 

 青年の説明を受けて、アヴェンジャーは考え込む。

 

 ホムンクルスやマネキン、更にはサーヴァントを数体倒した程度で、魔霧計画には一切に、支障が生じる事は無い。

 

 カルデア側が欲している情報は、このロンドンにおける魔霧事件の根幹を成す物。となれば、より精度の高い情報を得ようとするはず。

 

「となると、連中の狙いは・・・・・・」

「ええ、間違いないでしょう」

 

 アヴェンジャーの言葉に、頷きを返す青年。

 

 2人の脳裏には今、同時にある場所が思い浮かべられていた。

 

 カルデア側の狙いは判っている。

 

 彼らは次に必ず「そこ」を目指すはず。

 

 ならば、

 

 罠を張る事も容易と言う物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい・・・・・・・・・・・・」

 

 明確に不機嫌さを醸し出す声。

 

 その先には、

 

 床にドカッと胡坐をかいた騎士が1人。

 

 現状、

 

 円卓の騎士モードレッド卿は、不機嫌その物の顔を張りつかせ、ジト目で周囲を睨んでいた。

 

 その視線の先に広がる光景。

 

 隅では、アンデルセンが机を占領して執筆活動を行っている。

 

 テーブルでは、響とジャックと美遊が一緒になってお菓子を食べている。

 

 絨毯の上では、クロエとナーサリーとフランがトランプゲームに興じている。

 

「いつからここは託児所になったんだよッ?」

「いや、俺にそんな事言われても・・・・・・」

 

 食って掛かられた立香は、苦笑しながら応じる。

 

 実際、ほんの数日で子供サーヴァントが増えてしまった。

 

 元々、響、美遊、クロエと、頭身の低い面子が揃っていたのだが、そこに来てジャック・ザ・リッパーとナーサリー・ライム、それにハンス・クリスチャン・アンデルセンも加わった。

 

 フランはどちらかと言えば、女性の中では長身な部類に入るが、彼女の場合、根が純朴で素直な為、子供たちと気が合う様子だった。

 

 というかむしろ、アンデルセンが何の違和感もなく、子供たちの中に溶け込んでいるのには苦笑するしかないのだが。

 

 と、

 

 立香の姿を見つけたジャックが、トテトテと近付いてくるのが見えた。

 

「ねえねえ、マスター(おかあさん)もこっちに来て一緒に食べようよ」

「あ、ああ、あとで・・・・・・ていうかジャック、その『おかあさん』って、どうにかならないか?」

「やだッ だってマスター(おかあさん)マスター(おかあさん)なんだもん」

 

 そう言うと、満面の笑顔で立香の腰に抱き着くジャック。

 

 困った。

 

 こうして懐いてくれるのは満更でもないのだが、ジャックのお母さん呼びには、なかなか慣れそうになかった。

 

 満面の笑顔を浮かべるジャック。

 

 その様子からはとても、大量殺人を行った殺人鬼のイメージが湧いてこなかった。

 

 とは言え、

 

 立香は天井を仰いで嘆息する。

 

 まさか、この歳でママになるとは・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 じゃなくてッ!!

 

 まさか、男の身で「おかあさん」呼ばわりされる事になるとは思いもよらなかった。

 

 正直かなり複雑な心境だが、

 

 しかし、

 

 無邪気に自分に懐いてくれているジャックを見ると、立香はとても振り払う気にはなれなかった。

 

 と、

 

「あ~ら、随分と嬉しそうね、お・か・あ・さ・ん?」

「お前な・・・・・・」

 

 背後から、笑みを含んだ声で話しかけてくる妹に、立香はジト目を向ける。

 

 含み笑いを浮かべる凛果。

 

 明らかに、ジャックの「おかあさん」にされてしまった立香をからかって楽しんでいる様子だった。

 

 と、

 

 そこでふと、思い浮かんだ事があり、立香はジャックに尋ねてみた。

 

「そう言えばジャック」

「なにー マスター(おかあさん)?」

 

 キョトンとした顔で立香を見るジャック。

 

 対して、立香は凛果を指差して言った。

 

「俺が『おかあさん』なら、こいつは何て呼ぶんだ?」

 

 ジャックはしばらく「う~ん」と唸ってから口を開いた。

 

「よく分かんないから、お姉ちゃんで良いや」

 

 かなり適当感たっぷりな殺人鬼のコメント。

 

 だが次の瞬間、

 

「やだッ 可愛い~~~~~~!!」

「ふわぁ!?」

 

 突然、凛果に抱き着かれて、驚くジャック。

 

 そのまま頬ずりまでしている。

 

「うんうん、お姉ちゃん、ジャックちゃんの為なら頑張るからね!!」

「うう、く、くるし、マス(おかあ)ター(さん)・・・・・・」

 

 割と本気で、凛果から逃れようとしてもがいているジャック。

 

 ていうかさっきのジャックの発言だが、どちらかと言えば「面倒くさい」的なニュアンスが強かった気がするのだが?

 

 ご満悦な凛果の横顔を見れば、どうやらその程度は全く気にならないらしかった。

 

 と、

 

「お前たちのコントはそれなりに見ごたえがあるが、さすがに飽きてきたぞ。そろそろ演目を変えろ」

「コントじゃない!!」

 

 やれやれと肩を竦めるアンデルセンに反論する立香。

 

 こっちは割と死活問題を抱えているというのに、何を暢気な事を言っているのか、この作家様は。

 

 その時だった。

 

「ああああああああああああッ!!」

 

 突如、部屋の空気を切り裂くように素っ頓狂な声を上げたのは、トランプを放り出したナーサリー・ライムだった。

 

「ど、どうした、ナーサリー?」

 

 戸惑う立香を横目に、ナーサリー・ライムが突撃して行ったのは、アンデルセンの下だった。

 

「何だか見覚えがあると思ったらあなた、アンデルセンなのだわ!!」

「いかにも、俺はアンデルセンだ。何だ、サインでも欲しいのか? 何なら、おまえの装丁の裏にでも書いてやろうか?」

 

 冗談とも本気ともつかない言葉と共に、意地の悪い笑みを浮かべるアンデルセン。

 

 案の定、ナーサリー・ライムの沸点は一瞬で振り切れる。

 

「いらないのだわッ て言うかそれ、セクハラよ!!」

「えっと、どの辺がセクハラ?」

 

 基準がよく分からないナーサリー・ライムの発言に戸惑いつつも、取りあえずなだめに掛かる立香。

 

 いったい、どうしたというのだろう?

 

「どうしたもこうしたも無いのだわ!! よくも『人魚姫』をあんなエンディングにしたわね!!」

「人魚姫?」

 

 言われて、立香は目の前の作家先生が描いたとされる童話の内容を思い出してみる。

 

 何分、子供の頃に読んだ事がある程度なのでうろ覚えだが、確かにあまりいい終わり方ではなかった。

 

 物語は、海でおぼれた王子様を助けた人魚が、その王子様に恋をする。どうしても王子様を諦められない人魚は、魔法の力で人間になり、王子様の住むお城で働き始める。頑張った甲斐あって、王子様と親しくなる人魚。しかし結局、王子様は別の女性と結ばれ、嘆き悲しんだ人魚は、水の泡となって消えて行く。という内容だったはず。

 

 児童向けの図書では、王子様の幸せを願った人魚姫は自ら身を引き、未練を断ち切る為に消える選択をした、みたいな感じにオブラートで包んだ美談調に書かれていたが、確かによくよく読み返せば、残酷極まりない内容である。

 

 いかに努力しても、覆せない運命もある。と語り掛けているかのようだ。

 

「馬鹿め。あれはバッドエンドだからこそ、ストーリーにリアル感が出て綺麗にまとまったのだ。安易にハッピーエンドを求めるなど、素人の浅はかさを露呈したような物だ」

「ムガァァァァァァッ そんな屁理屈が通る訳ないのだわ!!」

 

 プンスカと怒るナーサリー・ライム。

 

 ていうか、「作家」が「本」に、物語の何たるかについて説教垂れているのは、過去最高にシュールな光景だった。

 

 その時、奥に続く扉が開いて、ジキルが部屋の中へ入ってくるのが見えた。

 

「みんな揃ってるね。やっと、ヴィクター博士が残した記録の解析が終わったよ」

 

 そう言うとジキルは、手にした書類の束をテーブルの上に置く。

 

 特殊班が出動している間も、彼は解析を続けてくれていたらしい。

 

「お疲れ様です、ミスター・ジキル。どうぞ、紅茶でも飲んで、一息入れてください」

「ああ、ありがとうマシュ」

 

 マシュが差し出した紅茶を受け取りつつ、ジキルはソファーに腰を下ろす。

 

 実際には戦闘には出ない彼だが、このアパートで魔霧に関する解析を続けてくれている。

 

 現状、特殊班の要はジキルであると言えた。

 

「それでジキル、どうなんだ? 何か分かったのか?」

「いや、残念ながらめぼしい成果はあげられてない。カルデアのドクター・ロマンにも手伝ってもらってるんだけど・・・・・・

《やっぱり情報が少なすぎるのが問題かな》

 

 紅茶を一口飲んで、嘆息するジキル。

 

 通信機越しのロマニも、少し疲れたような声を出している。

 

 確かに。

 

 今、手元にある情報は、事件のほんの「表面」に関する事がほとんどである。

 

 魔物の存在、霧の発生、それに伴う人々の消失。

 

 いずれも「見ればわかる」程度の物でしかないだろう。

 

 重要らしい情報と言えば、ヴィクター博士が残した3人の首謀者「M」「B」「P」のイニシャルのみ。

 

 事件の根幹に関する情報は皆無に等しかった。

 

 こうなるとやはり、ヴィクター博士を殺されてしまった事は痛かった。彼さえ存命だったら、もっといろいろな事が判ったかもしれないのだが。

 

「ふむ、情報か・・・・・・・・・・・・」

 

 話を聞いていたアンデルセンが、何事か考えてから振り返った。

 

「お前達、ここがどこか忘れていないか?」

「ここが、どこって・・・・・・」

「ん、ジキルの家」

「響、そういう意味じゃないと思う」

 

 当たり前のことを言う響にツッコム美遊。

 

 安定のコントを横に見ながら、アンデルセンは続ける。

 

「ここはロンドンだ。なら、この時代にも『あれ』があるだろう」

「あれって・・・・・・ああ」

 

 そこで、立香が何かを思いついたように手を打った。

 

 (自覚は無いが)立香もまた魔術師である。それにカルデア特殊班のリーダーとなってから、ダ・ヴィンチやロマニ、マシュに習ってそれなりに勉強もしている。

 

 だからこそ、「それ」の存在にも、すぐに行き当たった。

 

「魔術協会か」

 

 話には聞いていた、魔術師たちの総本山。

 

 カルデア創設にも関わり、レイシフト実験にも多大な貢献をした組織。

 

 魔術界における、二大組織の一角。

 

 その本部は、確かロンドンにあった事を思い出す。

 

「あそこの資料が手に入れば、あるいは現状を打破できるかもしれんぞ」

《成程。確かに一理あるね》

 

 アンデルセンの意見を受けて、通信機越しのロマニが考え込む。

 

 確かに、魔術協会なら、古今東西、それどころか未来における情報すら、あったとしてもおかしくはない。行ってみる価値はある。

 

「でもさ、この状況だよ。その、魔術協会に行っても、資料とかは全部なくなってるんじゃないかな?」

《いや、それは心配ないよ。資料は厳重に保管されているからね。多少の攻撃ではビクともしないはずだ》

 

 凛果の懸念を否定するロマニ。

 

 現状、喉から手が出るほどに欲しい情報が、魔術協会に行けば手に入るかもしれないのだ。

 

 問題は、情報を取得するためには、どうしてもアンデルセンやジキルが直接、魔術協会に赴かないといけない事だった。

 

 立香達では、どれが必要な情報か分からない。となれば、資料を選別できる人間が行く必要がある。

 

 しかし、となると必然的にメンバーは多くなり目立つ事になる。

 

 人外の魔物が跋扈する今のロンドンで、襲撃されるリスクは、なるべく減らしたい所だった。

 

 それに、ここを手薄にすることも、出来れば避けたい所だった。

 

 敵の勢力は、時を追う毎に増してきている。このアパートも、いつ敵に発見されるか分からない以上、最低限の戦力は残すべきだった。

 

「・・・・・・二手に分かれよう」

 

 立香は少し考えてから告げた。

 

「俺、マシュ、クロは、アンデルセンを護衛して魔術協会へ向かう。凛果、響、美遊は、ここに残ってジキル達の防衛に回ってくれ」

「オッケー。任せて」

「俺も行くのか?」

 

 不満げな声を発するアンデルセンに、立香は苦笑交じりに笑いかける。

 

「言い出しっぺだろ。付き合ってもらうぞ」

「・・・・・・やれやれ」

 

 言い出すんじゃなかった。とでも言いたげに肩を竦めるアンデルセン。

 

 しかしどうやら、拒否するつもりはない様子だった。

 

 次いで、立香はモードレッドを見やる。

 

「モードレッドも着いて来てくれ」

「おう。言われるまでも無いぜ」

 

 叛逆の騎士は、笑みを浮かべてに請け負う。

 

 火力に若干の不安がある立香チームにとって、彼女が共に来てくれる事は有難かった。

 

「あと、ジャックは・・・・・・」

マスター(おかあさん)と一緒に行くー!!」

「だよなー」

 

 腰に抱き着いてくる「愛娘」に苦笑しつつ、頭を優しく撫でてやる。

 

 彼女の性格から言って、着いて来ると言う事は判っていた。

 

 これで、メンバーは揃った。

 

 立香、マシュ、クロエ、モードレッド、アンデルセン、ジャックが魔術協会へ向かい、凛果、響、美遊、フラン、ナーサリー、ジキルがアパートに残って防衛に当たる事となった。

 

「では決まりだな。とっとと行くとするぞ」

「何で、お前が仕切ってんだよ」

 

 横柄な態度のアンデルセンにツッコミを入れるモードレッド。

 

 その様子に、苦笑する一同。

 

 これもまた、もはや鉄板となりつつある風景だった。

 

 だが、

 

 この時、

 

 自分たちが行くべき先において待ち受ける存在について、気付いている者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

第7話「魔術の頂へ」      終わり

 



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第8話「君が為、秘する想い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔術協会は、現代世界における魔術師の総本山であり、あらゆる魔術的事案に対応する組織である。

 

 魔術とは本来、一般社会から秘されるべき物であり、その漏洩は決して許されない。

 

 しかし、時に甘美な夢は、魔術師たちを魅了し、禁忌の破棄へと繋がる事も暫しである。

 

 魔術協会は、魔術師が禁忌を犯さぬよう、管理、監視、運営に務める一方、万が一、事案が発生した場合には、速やかに当該魔術師の捕捉、処刑を行う。

 

 まさに、聖堂教会、アトラス院と並んで、魔術界における代表的な組織である。

 

 しかし、

 

 最強の戦力と言う物は裏を返せば、敵にとって最も厄介な存在であることは間違いない。

 

 真っ先に、狙われたであろうことは想像に難くなかった。

 

「駄目だな」

 

 内部の気配を探ったモードレッドが、苦い表情で首を振る。

 

 どうやら、ここにも既に敵の手が伸びていたらしい。魔術協会は敵の襲撃を受けて全滅した様子だった。

 

「つくづく、後手に回るわね」

「仕方ないさ。俺達は後から来たわけだからな。時間的なアドバンテージは、どうしても敵にある」

 

 口を尖らせて肩を竦めるクロエに対し、立香がそう言って窘める。

 

 弓兵の本分は、敵が手出しできない遠距離から先制攻撃を仕掛ける事にある。

 

 弓兵少女たるクロエからすれば、常に後手に回っている状況に臍を噛みたくなるのも無理からぬことだった。

 

 ジキルのアパートを出て、魔術協会の入り口がある大英帝国博物館へとやって来たカルデア特殊班一同。

 

 そのメンバーは、立香、マシュ、クロエ、モードレッド、アンデルセン、ジャックとなっている。

 

 戦力を二分する形となってしまったが、いずれも一騎当千のサーヴァント達。並の敵では相手にもならない。

 

 事実、この場に来るまで、幾度か敵の襲撃があったが、全て撃退されていた。

 

 しかし、時既に遅く、かつては壮麗を誇ったであろう大英博物館は、瓦礫の山と化していた。

 

 周囲の様子を見まわしながら、立香は嘆息する。

 

 正直、不必要とさえ思える破壊の跡が見て取れる。

 

 このロンドンに来て、魔霧による人的被害は甚大だったものの、建物が破壊された形跡はほとんど見られなかった。

 

 そこに来て、この大英博物館を徹底的に破壊したところを見ると、敵は明らかに、この場所を警戒していた事が伺える。

 

 こうなると、目当ての資料も、果たして残っているかどうか。

 

「無駄足だったか?」

《いや、たぶん問題ないさ》

 

 呟く立香に、通信機越しにロマニが答えた。

 

 今回、特殊班を2つに分ける事になった為、立香率いるチームのナビゲーションは、ロマニが担当する事になったのだ。

 

《ジキル氏も言っていただろう。重要な資料は厳重に保管されているはずだよ》

「成程な」

 

 まあ、入ってみればわかる事だろう。どのみち、ここまで来たからには中を確認しないと帰れないのだから。

 

 と、

 

「フォーウッ」

 

 お馴染みの鳴き声と共に、白い小動物が立香の肩に駆けあがってくる。

 

 基本、気まぐれな性格である為、好きにさせているのだが、フォウは今回、どうやらこちらに着いて来たらしい。

 

「フォウさん、着いて来てしまったんですか?」

「ああ。まあ、どこにいるのか把握できる分、こうして着いて来てくれる方が気が楽だけどな」

 

 立香が優しく撫でてやると、フォウはどこかくすぐったそうに目を閉じる。

 

 そんな微笑ましいやり取りに対し、

 

 モードレッドは、どこか険しい表情で見つめる。

 

 ややあって、叛逆の騎士は、フォウを差して尋ねた。

 

「なあ、そいつって、お前らのペットか何かか?」

「ペット・・・・・・とは違うかな。しいて言えば『友達』だ」

「フォーウ」

 

 立香の言葉を喜ぶように、フォウが体を寄せてくる。

 

「フォウさんが、どうかしたんですか、モードレッド卿?」

「いや、な・・・・・・そいつ、どっかで見覚えがあるんだが・・・・・・どこだったっけ?」

「いや、あたしに聞かれても」

 

 話を振られたクロエが、呆れ気味に肩を竦める。

 

 本人が思い出せない物を、他人に思い出せ、というのもなかなか無茶があった。

 

「おい、いつまでグズグズしている。さっさと行くぞ」

 

 見れば、アンデルセンが焦れたように、さっさと歩きだしている。

 

 その小さな背中を見て、小さく嘆息する立香。

 

 更に、

 

「ねえねえ、マスター(おかあさん)。あたしたち飽きちゃった。早く行こうよ」

 

 ジャックはじゃれつくように、立香の腕へとしがみついてくる。

 

 その様子に、苦笑する立香。

 

「まったく・・・・・・サーヴァントって・・・・・・」

 

 どいつもこいつも自由人ばっかりだな。

 

 言葉の後半部分を、口の中へと引っ込める。

 

 言えばモードレッド辺りに殴られそうだったからだ。

 

 仕方なく、アンデルセンを追って瓦礫の中へと踏み込もうとした。

 

 その時だった。

 

「おい・・・・・・ちょっと待て」

 

 緊張感を孕んだモードレッドの声に、一同は足を止める。

 

 皆が振り返る中、叛逆の騎士は腰の剣に手を当てながら、警戒するように振り返った。

 

「・・・・・・何か、聞こえねえか?」

「何かって?」

「フォウ?」

 

 訝る立香。

 

 耳を澄ますも、霧の中は不気味な静寂に包まれている。少年の耳には、何も聞こえてはこない。

 

 しかし、

 

 モードレッドは油断する事無く、剣を鞘から僅かに抜いて刃を見せる。

 

 ギラリと、輝きを放つ魔剣。

 

 状況は尋常ではない。

 

 モードレッドの行動から察した一同は、戦闘態勢へと移行する。

 

 剣を構えるモードレッドを中心に、ジャックとクロエが、それぞれ刃を持って並ぶ。

 

 更に戦闘能力の退く立香とアンデルセンが後方に下がり、マシュが2人を守れる位置で盾を構える。

 

マスター(おかあさん)、何か来るよ」

「ジャック・・・・・・」

 

 愛娘の警告に、身構える立香。

 

 その時だった。

 

 突如、

 

 霧の中から響き渡る、

 

 甲高い動力音。

 

 およそ、19世紀のロンドンには似つかわしくない、現代的な駆動音が響く。

 

 次の瞬間、

 

 飛び出してきた存在に、一同は目を剥いた。

 

 最も近いイメージは「ロボット」だろうか?

 

 それも「敢えて言えば」という枕詞が付属するが。

 

 樽のような円筒のボディーに、手足が付属している。

 

 材質は明らかに金属。

 

 手には、巨大な剣が握られていた。

 

 これまで何度か戦ってきたオートマタ(マネキン)とも違う。

 

 明らかに、機械めいた印象が。

 

 殺気の有無については、振り上げられた剣を見れば一目瞭然だろう。

 

 今までに見た事のないタイプの敵だった。

 

「来るぞッ!!」

 

 叫ぶと同時に、モードレッドが剣を構えて疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東洋と西洋では、風呂の入り方が違う。

 

 東洋、特に日本では、水を入れた風呂窯で熱して湯を沸かすのに対し、西洋では陶器製のバスタブに、初めから沸かした湯を満たして入る。

 

 もっとも、西洋人にとって入浴はあまり一般的ではなく、人によっては数日間、入らないという人物もいると甲斐ないとか。

 

 とは言え、純東洋人女性にとって、入浴の有無は死活問題な訳で。

 

 ジキルのアパートにある浴室では今、2人の東洋人少女が、入浴を堪能している所だった。

 

「は~い、じゃあ、じっとしてね~」

「り、凛果さん・・・・・・」

 

 背後から声を掛けるマスターに、美遊は上ずった声を上げる。

 

 2人の少女は今、初々しい裸身を見せている。

 

 幸いと言うか何と言うか、ジキルに入浴の習慣はあったらしく、浴室内のバスタブや小物には使い込んだ形跡がある。

 

 その浴室内で、美遊は凛果に、無防備に背中を晒していた。

 

「あ、あの、背中くらい、自分で・・・・・・」

「ダメダメ。折角の機会なんだし、ね」

 

 そう言うと、凛果は石鹸を含ませた洗身用のタオルで、美遊の背中をこすり始める。

 

 小学生らしい小さな背中が、泡にまみれて行く。

 

 くすぐったいのか、時々「んッ」と声を発する美遊。

 

 ローマでの戦い以降、凛果はこうして、美遊と一緒の風呂に入る事が多くなった。

 

 ローマの城でネロ専用の大浴場に入ったことがきっかけだが、マスターとサーヴァント、互いにスキンシップを図ろうという考えもあった。

 

 体を洗った2人は、バスタブの湯に身を沈める。

 

 深く入る程に、温まる身体。

 

「温かいね。クロちゃんもいればよかったのに」

「クロは、ちょっと・・・・・・」

 

 美遊は言葉を濁しつつ以前、クロエと一緒にカルデアの風呂に入った時の事を思い出していた。

 

 あの時は、入った途端、クロエのセクハラまがいのスキンシップに翻弄され、あんな事やこんな事(自主規制)までされてしまった。

 

 あれ以来、美遊はなるべく、クロエとは風呂に入らないようにしていた。

 

「ねね、美遊ちゃん。美遊ちゃんはさ、好きな男の子とかいる?」

「な、何ですか、急に?」

 

 突然、突拍子の無い事を尋ねるマスターに、美遊はいぶかる様に尋ね返す。

 

 対して凛果は、ズイッと顔を寄せて来た。

 

「いやほら、さ。女の子が2人以上集まれば、取りあえず恋バナかな、と思って」

 

 イマイチ、よく分からない理屈を振り翳され、ますます困惑する美遊。

 

 とは言え、

 

「すみません。私は生まれてから、結界の外に出た事が無かったから、そういうのは・・・・・・・」

「あ、そっか」

 

 朔月家の事情により、屋敷内で過ごしてきた美遊。

 

 当然、恋愛経験など、あろうはずも無かった。

 

 ならば、と凛果は話題を切り替える。

 

「じゃあ、さ、今はどう?」

「今、ですか?」

「そう。カルデアには結構、男の人いるし、それに今までの特異点でも、何人か男の人とかいたでしょ。気になる人とかいなかった?」

 

 言われて美遊は、これまでに出会った男性やサーヴァントを思い出す。

 

 ロマニやムニエルと言った、カルデアの職員。更にはジークフリートやエドワード、モーツァルトと言った、味方のサーヴァントから、ヘクトール、カエサル、レオニダス王と言った、敵だったサーヴァントが思い浮かべられる。

 

 某「黒い髭の人」だけは、意図的に思考を避けたが。

 

 そんな中で、

 

 やはりどうしても、心の中に残る1人の少年の姿が、頭から離れなかった。

 

「やっぱり、響?」

「ふえッ!?」

 

 いきなりの事で、思わず変な声を上げてしまった。

 

 まさか、見透かされるとは思っていなかったのだ。

 

「その反応は、図星かな?」

 

 可笑しそうに笑う凛果に対し、美遊は頬を赤くして、口元までお湯に浸かる。

 

 とは言え、

 

「好き、とか、正直、よく判りません。けど・・・・・・」

「けど?」

「私と響。私と彼の間に、何か因縁のような物がある事は、感じる事が出来るんです」

 

 それが何なのか、美遊には判らない。

 

 勿論、美遊は響にあった事など無い。

 

 あるいは、

 

 縁は自分ではなく、響の方にこそあるのではないだろうか?

 

 そんな風に、少女は思うのだった。

 

 

 

 

 

 凛果と美遊が風呂場で「恋バナ」を咲かせている頃。

 

 響は凛果から通信機を借りて、カルデアにいるダ・ヴィンチと話していた。

 

 今回、ロマニが立香班のナビゲーター担当になったので、凛果班のナビゲーターはダ・ヴィンチがする事となったのだ。

 

《なるほど、ではナイフの方は問題無い訳だね?》

「ん。ダ・ヴィンチ、いい仕事した」

 

 手の中でダ・ヴィンチ性のナイフを弄りながら、響は答える。

 

 実際、先のVSジャック戦で、このナイフは大いに活躍してくれた。サブウェポンとしては十分な性能であろう。

 

「もうちょっと言えば、鬼剣も使えるようにしてくれれば、うれしい」

《無茶言うもんじゃないよ。最高級のレアメタルを使ってるが、それでも素材強度に限界はある。宝具級の一撃に耐えられるような素材なんて、それこそ伝説クラスの金属でも持ってこない事にはどうしようもないよ》

 

 伝説の金属と言われるオリハルコンや、魔を払う力を持ったミスリル銀など、中には宝具の素材になったと言われる逸話を持った金属は、現代においても名前だけは伝わっている。

 

 しかし現存する物は少なく、存在が確認されている物も、悪用を防ぐために厳重に秘匿されている。

 

 ましてか人理焼却された現在、入手はほぼ不可能だった。

 

 響の使う鬼剣、特に「蜂閃華(ほうせんか)」は、自身の持つ魔力の大半を、一気に燃焼爆発させることで威力を加速させる性質を持つ。

 

 サーヴァントの持つ武器ならともかく、急造の武器では威力に耐えきれず自壊してしまう事は間違いなかった。

 

《錬金術と言っても基本的に、「無」から「有」を作り出せるわけじゃないからね。今はそれで我慢してくれたまえ》

「・・・・・・ん」

 

 不承不承ながら、響は頷く。

 

 大天才であるレオナルド・ダ・ヴィンチが無理という以上、素人が拘泥しても仕方がなかった。

 

「ん、じゃあ、あっちの方は?」

《ああ。順調さ。間もなく、こちらの準備は完了するよ。うまく行けば、今回のレイシフト中に実証できるはずだよ》

 

 長引く戦いの中で、ダ・ヴィンチは後方のカルデアに合って様々な手を模索している。

 

 そのうちの一つの目途が、そろそろ立ちそうなのだ。

 

《まあ、君だけじゃない。凛果ちゃんや美遊ちゃんとの連携も必要だから、一概にどうなるとは言えないがね》

「ん、期待してる」

 

 実際、これまでカルデア特殊班は様々な敵と戦い、その全てを打ち破って来たが、敵もまた時を追う毎に強大化してきている。

 

 今後の戦いを考え、選択肢は多いに越した事は無かった。

 

《強化と言えば、君だよ。響君?》

「ん?」

 

 突然、話を振られ、響はキョトンとした顔をする。

 

 首を傾げる響に、ダ・ヴィンチは続けた。

 

《率直に言おう。君はまだ、我々に何かを隠しているだろう? 多分、切り札的な何かを》

「・・・・・・・・・・・・ん」

《正直、今の特殊班の中で、一番謎なのは君だ。正直、現段階で、君が何者なのか、全くと言っていいほどわかっていない》

 

 そもそも、「衛宮響」とは、何者なのか?

 

 響の宝具「盟約の羽織」は、かつて日本の幕末と呼ばれた時代に存在した治安維持部隊「新撰組」のシンボルだった物だ。

 

 だがいくら調べても新撰組に「衛宮響」などと言う名前は存在しない。

 

 それどころか姉を名乗るクロエと言う外人少女まで現れた。

 

 そもそもなぜ、あの燃える冬木の街で凛果が響を召喚する事が出来たのか?

 

 能力においても、謎が多い。

 

 特に響が使う、彼独自の剣技「鬼剣」。

 

 英霊の宝具には様々あり、中には生前、達人級まで昇華した「必殺技」を宝具にしている英霊もいる。

 

 しかし、そう言った宝具級にまで昇華された技と言うのは、たいてい1人に1つである。1つ究める事すら困難な魔剣を、2つ以上収める事など、人間の一生では不可能に近い。

 

 だが、響は既に「蜂閃華(ほうせんか)」「魔天狼(まてんろう)」という、2つの鬼剣を披露し、名だたる大英雄すら屠って見せている。

 

《2つあるなら、3つ目もある。特に君は、やたらと自分の事を隠したがっている節があるからね。わざと切り札を隠している可能性は大いにあると、私は見ているのだよ》

「・・・・・・・・・・・・」

 

 どうかな? と問いかけるダ・ヴィンチに対し、

 

 しかし響は答える事無く、一方的に通信機の電源を落とした。

 

 そのまま、通信機を机の上に放り出す。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 眺める虚空。

 

 ややあって、

 

「・・・・・・ん、流石、ダ・ヴィンチ」

 

 感嘆とも諦念とも取れる呟きを漏らした。

 

 流石に、大天才の目はごまかせないようだ。

 

 確かに、響はまだ、マスターである凛果にすら隠している事がある。

 

 自分と言う存在。

 

 その在り方、更に英霊となった経緯。

 

 だが、それらを語る事はできない。

 

 チラッと、視線を浴室へと向ける響。

 

 中から、少女たちがはしゃぐ声が漏れ聞こえてくる。

 

 どうやら、湯から上がった2人が、脱衣所で何やら戯れている様子だ。

 

「・・・・・・ん、知られる訳には、いかない」

 

 少なくとも、今は。

 

 少年暗殺者の静かな呟きは、誰に聞き咎められる事も無く、部屋の空気に溶けて消えて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迫りくる薬缶型のロボに対し、手にした魔剱を大上段に振り翳して斬りかかる叛逆の騎士。

 

 対して、

 

 ロボもまた、右手に装備した剣を振り翳して、モードレッドへ斬りかかる。

 

 霧の中で交錯する刃。

 

 激突する両者。

 

 刃と刃がこすれ合い、火花を散らす。

 

「オォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 雄叫びと共に、構わず剣を一閃するモードレッド。

 

 一撃、

 

 モードレッドの一閃が振りぬかれる。

 

 彼女に数倍する巨体のロボは、蹈鞴を踏んだように後退する。

 

 すかさず、追撃を掛ける騎士。

 

「ハッ その図体は、見掛け倒しかよ!!」

 

 赤雷を纏った刀身を、大上段から振り下ろすモードレッド。

 

 対してロボは、未だに身動きが取れない。

 

 次の瞬間、

 

 一閃は、ロボを真っ二つ両断した。

 

 構造を保てず、崩壊するロボ。

 

 耳障りな音と共に、石畳の地面に崩れ落ちた。

 

「先輩、これを見てくださいッ 中身は機械でいっぱいです!!」

「フォウッ フォウッ」

 

 マシュが指摘した通り、ロボの中身は(ある意味予想通り)機械が詰め込まれていた。

 

マネキン(オートマタ)の時と同じか。けど・・・・・・」

「ええ。かなり精巧に作られています」

 

 例えるなら、オートマタが素人の粘土細工なら、目の前の薬缶ロボは芸術工芸品に近い。

 

 素人の立香から見ても、完成度が高い事が伺えた。

 

《これは、興味深いね》

「ドクター?」

《こいつの中身は確かに機械だけど、どこか魔術的な印象もある。しいて言うなら、両者の性質を上手い具合に繋ぎ合わせたような感じかな》

 

 科学的でもあり、同時に魔術的でもある。

 

 「亡骸」と化したロボの奇妙な二律背反に、却って不気味な物を覚える。

 

 だが、暢気に観察している暇は無かった。

 

 次々と鳴り響く駆動音。

 

 それらが四方八方から迫って来るのが判る。

 

「おい・・・・・・まさか」

 

 イヤな予感がして、モードレッドは口元にひきつった笑みを浮かべる。

 

 できれば、勘違いであってほしいところ。

 

 しかし、

 

 まことに不幸な事に、モードレッドの直感は、この場にあっても正常に機能していた。

 

 大量に湧き出てくるロボ軍団。

 

 先程、モードレッドが倒した薬缶型のロボ。

 

 更にはオートマタやホムンクルスの姿も見える。

 

 ザッと見えるだけで数十体。たちまち、カルデア特殊班は包囲されてしまう。

 

 と、

 

「ああ、やはり来てしまいましたか。予想通りとは言え・・・・・・いえ、ここは素直に喜んでおくべき所でしょうか」

 

 静かに紡がれる声。

 

 特殊班一同が視線を向ける中、

 

 ロボたちの影から、白衣を着た青年が姿を現す。

 

 長い髪に色白で整った顔立ち。

 

 学校の教師でもやっていそうな穏やかな顔つきの青年は、しかし同時に、どこか狂気じみた雰囲気を見せているのが判る。

 

 言ってしまえば「静かに狂っている」。

 

 それが、青年に対して立香が抱いた印象だった。

 

マスター(おかあさん)、きをつけて。あいつ、わるい魔法使い。わたしたちに命令していたの」

「本当か、ジャック?」

 

 ジャックの言葉を聞いて、視線を向ける立香。

 

 彼女の言う事が本当なら、ジャックに大量殺人をやらせていたのは、目の前の男と言う事になる。

 

 険しい視線を、魔術師に向ける。

 

「お前、誰だ?」

 

 問いかける立香。

 

 対して、

 

 青年は静かに頷くと、口を開いた。

 

「そうですね。魔術師同士の対決に名乗りは付き物。果たして私自身、まっとうな魔術師と言えるか疑問の余地は残りますが、ここは流儀に乗っ取らせていただきましょう」

 

 そう前置きすると、青年は一同を見回して言った。

 

「私の名はパラケルスス。一応、キャスターのサーヴァント、と言う事になっております」

 

 その名乗りに、立香達は思わず驚きを隠せなかった。

 

 パラケルススと言えば、一般人である立香達ですら名前くらいは聞いた事がある。

 

 本名はテオフラトゥス・ホーエンハイム。

 

 天才的な医師であり、研究者であり、科学者であり、思想家でもある。

 

 そして、魔術世界においては高度な功績を遺した錬金術師でもある。

 

 一般社会と魔術社会。双方において高い評価を得た、稀有な存在。それがパラケルススと言う人物である。

 

 そして、

 

 ある事に気付き、立香は目を剥く。

 

「パラケルスス・・・・・・そうかッ」

 

 立香は、何かを思いついたように、パラケルススに視線を向けながら告げる。

 

 対して、錬金術師もまた、穏やかな表情を立香へと向ける。

 

 まるで、立香が何を言い出すのか、判っているかのような態度だ。

 

「お前が、魔霧計画の幹部の1人、『P』か」

 

 確信を込めた立香の言葉に、一同の視線がパラケルススに集中する。

 

 果たして、

 

「成程。あなた達は、ヴィクター博士の研究データを入手していましたね。つくづく、彼を同士に得る事が出来なかったことが、我々にとっては痛手でした」

 

 肩を竦めながら、淡々とした調子で告げるパラケルスス。

 

「確かに。私はこのロンドンにて起こっている一連の事件『魔霧計画』。その首謀者の1人です。あなたたち、人理を守るカルデアからすれば、まさしく倒すべき悪の魔術師、と言ったところでしょうね」

 

 否定もせず、穏やかな口調告げるパラケルスス。

 

 緊張を増す一同。

 

 今まで陰に隠れて姿を見せなかった敵の幹部が、こうして堂々と姿を現した。

 

 あるいは、直接出張らなくてはならないほどに追い詰められたか、それとも、既に身を隠す事に意味がないくらい、計画成功の目途が立ったのか。

 

「どっちでも良いさ。敵の親玉がノコノコと姿を現しやがったんだ。ここで一気にケリをつけてやる」

 

 そう言って、剣の切っ先をパラケルススに向けるモードレッド。

 

 対して、

 

 パラケルススもフッと息を吐いて、叛逆の騎士を見据える。

 

「良いでしょう。悪い魔術師は騎士の剣で打たれる事は、物語として当然の流れ。ただし・・・・・・」

 

 さっと、手を掲げるパラケルスス。

 

「魔術師にも魔術師なりの言い分がありますので、ただでやられる訳にはいきません」

 

 その声に合わせるように、次々と現れる異形の者達。

 

 先に戦ったホムンクルスやマネキン。更には先刻、モードレッドが撃破した樽型のロボットもいる。

 

「『彼』が託してくれたヘルタースケルターすら、相手にしないあなた達ですからね。こちらも、総力戦で挑ませてもらいますよ」

 

 言いながら、

 

 パラケルススは、懐に入れた手を抜き放つ。

 

 その指の間に握られた、複数の宝石。

 

 次の瞬間、

 

「行きますッ」

 

 低い声で告げる錬金術師。

 

 同時に、

 

 投擲された宝石が光を発し、炸裂。

 

 周囲一帯を炎で薙ぎ払った。

 

 宝石魔術。

 

 魔力を宿しやすい宝石を刻印に見立てて行使する魔術である。

 

 コストがかかる事を除けば、簡易的でかつ高威力を発揮できる優れた魔術でもある。

 

 視界の中で踊る爆炎。

 

 全てを焼き尽くすような炎が席巻する。

 

 しかし、

 

「おや・・・・・・・・・・・・?」

 

 晴れ始めた視界の中で、パラケルススは眉を顰める。

 

 展開される、半透明な障壁。

 

 盾を掲げたマシュが、一同を守るようにしてパラケルススと対峙している。

 

「宝具、展開完了。間一髪でした」

 

 深い息を吐きながら、マシュが呟く。

 

 あの一瞬、パラケルススが魔術を発動するよりも早く、マシュは「人理の礎(ロード・カルデアス)」を発動し、魔術の炎を防ぎ切ったのだ。

 

 次の瞬間、

 

 サーヴァント達が猟犬のように、一斉に飛び出す。

 

 クロエ、ジャック、モードレッドが剣を構えて、斬り込む。

 

 対抗するように、マネキンが、ホムンクルスが、迎え撃つように飛び出して来た。

 

 だが、

 

「ハッ そんなもん!!」

 

 赤雷を纏った剣が横なぎに振られる。

 

 一閃により、吹き飛ばされる複数のホムンクルス。

 

 叛逆の騎士の一撃が、包囲網に大きな穴を開ける。

 

 そこへ、飛び込む二つの小さな影。

 

 クロエとジャックだ。

 

 弓兵少女(アーチャー)殺人鬼(アサシン)は、目のも止まらぬほどの素早さで、敵陣の中へ斬り込む。

 

 その姿を捉えられた敵は皆無。

 

 たちどころに、数体の敵が情け容赦なく斬り捨てられる。

 

「どんなに数がいたってね!!」

 

 クロエは、手にした黒白の双剣を投擲。

 

 切っ先を突き立てられたホムンクルスが仰向けに倒れる中、弓兵少女は次の双剣を投影。襲い掛かってきたホムンクルスを逆袈裟に斬り捨てる。

 

 その間にも、ジャックは足を止めない。

 

 目の前に立ちはだかる敵のみを集中的に攻撃。ただ、道を開く事のみに専心。

 

 少女の目は、指揮を執る魔術師を射抜く。

 

 狙うは大将首。

 

 パラケルススを倒す。あるいは捕らえる事が出来れば、事件解決に一気に近付く事になる。

 

 ついでに言えばマスター(おかあさん)も褒めてくれる。

 

 その想いを刃に乗せて斬りかかる。

 

「ヤァァァァァァ!!」

 

 迫る、暗殺者の刃。

 

 しかし、

 

 パラケルススは落ち着き払ったまま、

 

「敢えて、言うまでもないとは思いましたが・・・・・・」

 

 静かに告げる。

 

「恥ずかしながら、私は聊か臆病なところがありまして。今も足がすくんでいるのですよ」

 

 構わず、斬りかかるジャック。

 

「だから・・・・・・」

 

 迫る刃。

 

 次の瞬間、

 

「保険は、掛けさせてもらいました」

 

 殺人鬼の刃は、一瞬にして弾き返された。

 

「ッ!?」

「わわッ!?」

 

 蹈鞴を踏む、ジャック。

 

 とっさに後退して距離を取る中、

 

「やれやれ、行動は慎重にしてくださいと言ったはずですが? 我々が着いているとはいえ、どうなるかとヒヤヒヤ物ですよ」

「ああ、すみません。どうにもそこら辺、無頓着で」

 

 どこか非難するような言葉に対し、パラケルススは飄々と言葉を返す。

 

 その視線の先には、

 

 軍服に日本刀を携えた少年が、彼を守るように佇んでいた。

 

「どうも、初めまして、ですね。カルデアのマスター殿。お友達の響君には既に会っているのですが、彼にはアヴェンジャーと名乗らせてもらっている者です。短い付き合いになるかもしれませんが、どうぞ、お見知りおきを」

「アヴェンジャー・・・・・・そうか、お前が響が言っていた・・・・・・・」

 

 かつて、ローマにおいて、響やネロを襲撃した襲撃を仕掛けてきたアヴェンジャーの存在は、少年暗殺者から聞いている。

 

 その因縁とも言える敵が、再び姿を現したのだ。

 

 一方、

 

 群がる敵を斬り続けるクロエ。

 

 小さな少女は、その素早い身のこなしで敵陣を駆け抜けながら手当たり次第に敵を斬り捨てて行く。

 

 だが、

 

 目まぐるしく、戦場を飛び回るクロエ。

 

 その彼女にもまた、刺客の手は伸びていた。

 

 ホムンクルス1体を、黒白の双剣で斬り倒したクロエ。

 

 更に次の標的に向けて振り返った。

 

 少女の眼前に、

 

 1枚の呪符が舞った。

 

「なッ!?」

 

 驚愕に、目を見開く弓兵少女。

 

 殆ど反射的に身を翻す。

 

 次の瞬間、

 

 目の前で爆炎が躍った。

 

「クロッ!!」

 

 見守っていた立香が思わず叫ぶ中、

 

 爆炎を縫うように、少女が後退しながら飛び出して来た。

 

 とっさに回避に成功したのか、傷を負った様子はない。

 

 クロエはそのまあ、立香のすぐ脇に着地する。

 

「あっぶなァ・・・・・・」

「無事だったか、クロ」

「何とかね。けど・・・・・・・・・・・・」

 

 眦を上げる弓兵少女。

 

 その緊張を孕んだ視界の先で、

 

「かわしたの・・・・・・・はあ、面倒」

 

 どこか、気だるげに歩み寄ってくる、巫女服の女性。

 

 その姿に、思わず立香とクロエは目を剥く。

 

「あいつはッ!?」

「まさか・・・・・・こんなに早く再召喚された、とか? ありえないでしょ。それとも、幽霊か何かかしら? 英霊が化けて出るとか、良い得て妙でしょ」

 

 相手はオケアノスでアルゴー船の乗組員として、特殊班の前に立ちはだかったキャスターだった。

 

 あの時、確かに美遊の剣で斬り捨てたはず。

 

 しかしキャスターは、まるで何事も無かったかのように、目の前で立っていた。

 

 無論、サーヴァントである以上、仮に倒しても再召喚される可能性はあり得る。

 

 しかし、

 

「残念・・・・・・2人ともハズレ、ね。まあ、どうでも良い、事だけど」

 

 呟きながら、手には呪符を取り出す巫女服キャスター。

 

 対抗するように、クロエもまた双剣を投影して構える。

 

「クロ、気を付けろ。彼女はたぶん、何か、切り札を隠してる」

「ええ、言われなくても。似非巫女っぽさがにじみ出てるわ」

「心外ね・・・・・・」

 

 低い姿勢で、疾走するクロエ。

 

 対抗するように、キャスターも呪符を投擲した。

 

 

 

 

 

 魔術協会を前にして、予期せぬ遭遇戦を強いられる立香達。

 

 圧倒的な物量を前に、徐々に押し込まれていく。

 

 そして、

 

 残る片割れ。

 

 凛果達にもまた、危機は旦夕に迫りつつあった。

 

 

 

 

 

第8話「君が為、秘する想い」      終わり

 



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第9話「霧中の死闘」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧を裂いて、迸る翠の電撃。

 

 視界の中で無数の断片が吹き飛ぶ中、

 

 白い花嫁衣裳を靡かせて、人工少女が駆け抜ける。

 

「ァァァァァァアアアアアアァァァァァァ!!」

 

 手にした戦槌を叩きつけ、ホウンクルスの胴を吹き飛ばした。

 

 特殊班一同の先陣を切る形で、フランは飛び込んでいく。

 

 彼女の振るう戦槌「乙女の貞節(ブライダル・チェスト)」は、それ自体が一つの宝具である。

 

 周囲の滞留魔力を吸収する性質を持つこの宝具は、魔力消費量の激しい彼女にとって、言わば「第二の心臓」に等しい。

 

 吸収した魔力を直接攻撃に変換して叩きつける。

 

 四方に放出される魔力。

 

 ただそれだけで、周囲にいたホムンクルス3体が千切れ飛ぶ。

 

 フランが空けた穴。

 

 その中に、

 

 響が飛び込む。

 

 白いマフラーを靡かせた黒装束の少年暗殺者は、抜き放った刀を掲げる。

 

 既にスキル「無形の剣技」を発動。少年の脳裏においては既に、対集団戦闘における最適な戦術を割り出している。

 

 駆け抜ける一瞬。

 

 複雑な軌跡を描く銀の閃光。

 

 一瞬の後、ホムンクルスが、マネキン人形が、バラバラに切り裂かれて地に落ちる。

 

 通りの反対側では、美遊が交戦中だった。

 

 こちらは響やフランほどに派手さは無い。

 

 しかし、大出力の魔力を如何無く発揮し、複数の敵を一閃で吹き飛ばしていく。

 

 市街地である為、あまり大出力を伴う攻撃は行う事が出来ない。

 

 美遊の魔力を下手に解放すれば、周囲数キロが焦土と化すのは目に見えていた。

 

 しかし、狭い市街地で制限が掛かるのは、敵も同じだった。

 

 いかに大兵力を誇ろうと、一度に前線に立てる数は限られている。結果として、部隊を小出しにせねばならず、遊兵を生む結果となる。

 

 そうなれば、個体戦力の高いサーヴァントの敵ではなかった。

 

 見る見るうちに、数を減らしていく敵の戦力。

 

 包囲されていながらも、状況は明らかにカルデア側が有利だった。

 

 しかし、

 

「ん、数、多い」

「うん。それに、どんどん増えている」

 

 背中合わせに剣を構えながら、響と美遊は辟易とした調子で頷き合う。

 

 斬っても斬っても、敵の数が減らない。

 

 むしろ1体斬れば、5体くらい増えている感すらある。

 

 無論、フランを含めて、この程度の敵に苦戦する3人ではない。

 

 仮にもサーヴァント。万軍を相手にしても怯む事はあり得ない。

 

 しかし、肉体的にはさておき、精神的な面での疲労は如何ともしがたい。

 

 斬っても斬っても増え続ける敵を相手にしていたら、肉体よりも先に心が折れてしまいかねない。

 

 現状、通りを利用して敵の正面戦力を局限する作戦も図に当たり、強固な防衛線を築くに至っている。

 

 サーヴァント達の防衛ラインは鉄壁と言って良かった。

 

 しかし、敵もこのまま単調な攻めを続けるとは思えなかった。

 

 遡る事数分前。

 

 アパート内でくつろいでいた一同を突如、けたたましい警報を襲った。

 

 はしくれとは言え、ジキルも魔術師である。しかも現状、怪異に覆われたロンドンの中にあって、当然の事ながら警戒を怠っていなかった。

 

 彼がアパート周辺に張り巡らせていた接近感知の結界が、敵対勢力多数の出現を報せてきたのだ。

 

 直ちに、出撃したカルデア特殊班。

 

 しかし、彼等が見たのは、通りを埋め尽くす勢いで押し寄せるホムンクルス、オートマタ、そしてヘルタースケルターの群れだった。

 

 既に完全に包囲された状況の中、苦しい戦いが展開されていた。

 

 特殊班は現状、響、美遊、フランが前線に立って、敵勢力の攻勢を迎え撃っている。

 

 攻撃力の高い3人が前線を支える事で、辛うじて戦線を維持している状態である。

 

 その間、魔術師(キャスター)のナーサリー・ライムが凛果とジキルを守る位置に立っている。

 

 守りの要たるマシュが現在不在の為、火力の高いナーサリーが、守備役にを担っている。

 

「2人ともッ 今、回復するから!!」

 

 振り返れば、魔術協会制服に礼装チェンジした凛果が、令呪のある右手を掲げている。

 

 同時に、響と美遊は自分達に魔力が充填されていくのを感じた。

 

 魔術協会制服の礼装は、サーヴァントに僅かながら魔力を供給する事が出来る。

 

 応急的な供給だが、今は僅かでも戦力が欲しいところ。凛果の行動は有難かった。

 

「何とか、兄貴たちが戻って来るまで持ちこたえたい所なんだけど・・・・・・」

 

 響達の援護を終えて下がった凛果は、傍らに立つジキルに尋ねる。

 

 2人の前では今も、ナーサリーが小さな手で魔力弾を放ちつつ、ジキルと凛果を守っている。

 

 サーヴァント達が奮戦してくれているおかげで、取りあえず凛果達に敵が迫る事態には至っていない。

 

 しかし、このまま敵の数が増え続ければどうなるか。

 

「敵が雑兵を繰り出している内は何とかなると思う、けど・・・・・・・・・・・・」

 

 ジキルもまた、苦渋の表情で答える。

 

 オートマタやヘルター・スケルターが相手なら、響達の敵ではない。

 

 しかしもし、敵のサーヴァントが出て来たら?

 

 大軍に加えてサーヴァントに出てこられたら、戦線も保たないだろう。

 

 その間にも、前線では戦闘が続く。

 

 火力の高い美遊とフランが正面から攻撃を仕掛けて敵を押し戻し、その間に身軽な響きが壁面を走って敵の真っただ中に踊り込み、中から敵の隊列を突き崩す。

 

 美遊の宝具「遥か遠く黄金の剣(エクスカリバー・リバイバル)は現状、使用できない。こんな街中で、大出力宝具を使用し、大量破壊を行う訳にはいかない。

 

 しかし、宝具無しでも美遊は卓抜した戦闘力を発揮、敵の攻勢を押し返している。

 

 一方、響も「盟約の羽織」は使わず、アサシンのままで戦っている。

 

 言わば、響も美遊もまだ余力を残している状態なのは現状、明るい要素であるとも言えた。

 

 だが、こうしている間にも、敵は増え続けている。

 

 今も、路地と言う路地から、ホムンクルスやオートマタが湧き出していた。

 

「ええーいッ しつこいのだわ!!」

 

 ナーサリーが、その小さな手から魔力弾を放ち、近付こうとするオートマタを吹き飛ばす。

 

 そこへ、フランが戦槌を翳して斬り込む。

 

「ァァァァァァ!!」

 

 人工少女の一撃が、ホムンクルスを真っ向から粉砕する。

 

 吹き散らされる雷撃が、更に周囲の敵をも薙ぎ払った。

 

 今のところ、響達の奮戦で戦線は支えられている。

 

 だが、彼等も無限に戦えるわけではない。どうにかして、この状況を打破しないと。

 

 あるいは・・・・・・

 

 ジキルの手が、ポケットに伸びる。

 

 そこに納められた瓶。

 

 これを飲めば・・・・・・・・・・・・

 

 悪魔の誘惑に等しい囁きは、確実にジキルの脳裏を浸し始めていた。

 

《敵の数、更に増大中。参ったね。この区画だけで、100体近い敵性反応が集まっているよ》

 

 凛果の腕に嵌めた通信機から聞こえてきたのは、カルデアにいる。ダ・ヴィンチだった。

 

 今回、立香と凛果が別行動となった為、凛果チームのサポートはダ・ヴィンチが行っているのだ。

 

《まるでロンドン中の敵が、こっちに集まってきているみたいだよ》

「ダ・ヴィンチちゃん、兄貴達の方はどう?」

 

 気がかりはむしろ、こちらよりも魔術協会に向かった立香達の方だと凛果は考えていた。

 

 敵がここを狙ってきたと言う事は、向こうも何らかの襲撃を受けている可能性がある。

 

《案の定さ。あっちはあっちで大変みたいだよ。まあ、ロマンが今、必死こいてサポートしてるがね》

「やっぱりか・・・・・・」

 

 唇を噛み締める凛果。

 

 できれば助けに行きたい所だが、こっちも今はそれどころではない。

 

 それに、向こうにはマシュもモードレッドもいる。何とか切り抜けてくれると信じるしかなかった。

 

「ん・・・・・・」

「響?」

 

 凛果とダ・ヴィンチの会話を聞いていた響が、刀の切っ先を相手に向けて構えながら、低い声で呟く。

 

「100匹いるなら、100回斬る・・・・・・ただ、それだけ」

 

 言い放った次の瞬間、

 

 漆黒の衣装に身を包んだ暗殺者の少年は、敵陣を駆け巡る。

 

 手にした白刃を縦横に振るい、周囲に並ぶ敵を斬り捨てる。

 

 静寂の一瞬。

 

「・・・・・・ん」

 

 少年が血振るいするように刀を振るうと、

 

 同時に、

 

 オートマタが、

 

 ホムンクルスが、

 

 ヘルタースケルターが、一斉に崩れ落ちる。

 

 更に、少年は動く。

 

 刀の切っ先を前に向け、弓を引くように構える。

 

餓狼一閃(がろういっせん)!!」

 

 次の瞬間、

 

 三歩、踏み込むごとに加速する暗殺少年。

 

 音速の域に達した少年の刃は、立ち尽くすホムンクルスの胸に真っ向から突き込まれ、噛み千切る。

 

 文字通り粉砕されるホムンクルス。

 

 その間に響は地面へと着地。

 

 ブーツの底にあるスパイクで制動を掛けながら、更に手近な敵を斬り捨てた。

 

 

 

 

 

 一方、美遊もまた、手にした剣を縦横に振るい、群がる敵を斬り捨てて行く。

 

 彼女の動きは響ほどには派手さは無いが、それでも大出力の魔力を存分に解き放ち、複数の敵を一気に薙ぎ払う光景は、見ていて爽快ですらある。

 

 騎士王アーサーの霊基を宿し、その力を存分に振るう事を許された美遊。

 

 白百合の少女に触れる事は、何人と言えども能わない。

 

 そう思わせるに、充分な光景だった。

 

 だが、

 

 美遊がヘルタースケルターを、膂力任せに斬り捨てた。

 

 その時だった。

 

 ヒュンッ

 

 突如、聞こえる風を切る不吉な音。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、その場から飛びのいて後退する美遊。

 

 着地と同時に、顔を上げる。

 

 果たして、

 

「あなたは・・・・・・・・・・・・」

「お上手お上手。ま、これくらいはやってくれないと、こっちがつまらないのだけど」

 

 突き刺さるような美遊の視線の先。

 

 そこには、ドレス姿に仮面を付けた女が、手にした鞭を弄ぶように構えて立っていた。

 

 先のフランケンシュタイン邸での戦いで姿を現したアサシンの女だ。

 

「あなたは何者? 目的は何?」

「あら、いきなり真名? それは聖杯戦争のルール違反じゃないかしら?」

 

 クスクスと笑う女アサシンに、美遊は微かに眉をしかめる。

 

 相手の言動に、微かな苛立ちを覚える。

 

「なら、良い。どのみち、倒せば一緒だから」

 

 呟くように言いながら、剣を振り翳す美遊。

 

 対抗するように、女アサシンも鞭を振り上げる。

 

「あら、そういう強引な娘、好きよ。とっても苛め甲斐があって」

 

 振り下ろされた鞭が、蛇のようにしなりながら、斬り込む美遊へと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛果達がアパートで敵の襲撃を受けている頃、大英帝国博物館前では、立香達がパラケルスス達との交戦を繰り広げていた。

 

 大盾を抱え、ヘルタースケルターの間を駆け抜けるマシュ。

 

 その間、モードレッドはアヴェンジャーと、クロエはキャスターと、それぞれ交戦中。

 

 ジャックは素早い動きを駆使して敵陣に斬り込み、ホムンクルスやヘルタースケルターを、次々と屠っている。

 

 現状、立香やアンデルセンに迫る敵影は無い。

 

 だからこそ、マシュは駆ける。

 

 盾兵少女が目指す先に、白いローブを着た錬金術師が佇む。

 

 パラケルススは、魔霧計画首謀者の1人「P」だ。彼を、ここで倒す事が出来れば、敵の計画に大きな支障を与える事が出来る筈。

 

「ハァァァァァァッ!!」

 

 間合いに入ると同時に、フルスイングで盾を振るうマシュ。

 

 その一撃が決まれば、パラケルススは吹き飛ばされて致命傷を負う事になるだろう。

 

 だが、

 

 マシュが攻撃を仕掛けようとした直前

 

 パラケルススは、空中に指を走らせる。

 

 眼前に絵が描ける魔術陣。

 

 次の瞬間、

 

 複数の魔力弾が、一斉にマシュへと襲い掛かった。

 

「クッ!?」

 

 とっさにた手を掲げ、防御の異性を取るマシュ。

 

 しかし、動きを止めた盾兵少女に、パラケルススは次々と攻撃を咥えて行く。

 

 空中に複数の魔術陣を出現させ、マシュへ集中砲火を浴びせる。

 

「まだ、この程度で!!」

 

 盾表面に当たる攻撃を弾きながら、それでも辛うじて立ち続けるマシュ。

 

 そんな少女に、錬金術師は感心したような眼差しを向ける。

 

「やりますね・・・・・・ですが・・・・・・」

 

 呟くように、パラケルススが向けた視線の先。

 

 そこには、

 

 無防備に佇む、立香とアンデルセンの姿がある。

 

「マスターをがら空きにするのは、感心しませんね」

 

 描かれた魔術陣から、魔力弾が放たれる。

 

 サーヴァントの攻撃を喰らえば、ただの人間に過ぎない立香はひとたまりもないだろう。

 

「マスターッ!!」

 

 マシュは、とっさに自身の防御を放棄。

 

 攻撃が当たるのも無視して踵を返すと、立香の下へと駆け戻り、再び盾を構える。

 

「マシュ、傷が!!」

「問題、ありません・・・・・・この程度なら、戦闘続行可能です!!」

 

 直撃を受けた肩や背中から血を流しながらマシュは、苦し気ながら気丈に答える。

 

 傷自体は浅い。確かに、彼女の言う通り、戦闘続行は可能だろう。

 

 しかし、

 

「悪い、マシュ。俺達の為に・・・・・・」

「いえ、私の方こそ、本来はマスターの傍を離れるべきではありませんでした。申し訳ありません」

 

 守備位置から離れた事を詫びるマシュ。

 

 しかし、本来なら守りに徹するべきマシュですら前線に投入しなくてはならない辺り、現状は逼迫していると言える。

 

 そんな中、

 

 パラケルススは懐から、一振りの短剣を取り出すと、鞘を払って構える。

 

「聞けば・・・・・・あなた方カルデアは既に、3つの特異点を修正したとか。なればこそ、我々の計画の障害となる前に、何としても潰しておく必要がある」

 

 静かに、

 

 告げながら、パラケルススは、剣の切っ先を立香達へと向ける。

 

 刀身の全てを賢者の石で構成したこの剣は、後の「アゾット剣」の原点とも言える、言わば「オリジナル・アゾット剣」である。

 

 パラケルススは、この剣を使用する事で、本来なら複雑な手順を必要とする儀式魔術を、瞬時に完成させ、疑似的な真エーテルを再現する事が出来る。

 

 宝具「パラケルススの魔剣(ソード・オブ・パラケルスス)

 

 史上最高とも言われる錬金術師パラケルススをもってすれば、この剣を用いて超規模な多量並列演算を行い、周囲にあるあらゆる魔力を吸収、強力な魔力砲として打ち出す事が出来る。

 

 高まる魔力。

 

 パラケルススを中心に色とりどりの宝石が舞い、更に魔力を増幅していく。

 

 その絶大な魔力量たるや、立香達は愚か、その背後にある街並みを、丸ごと焦土と化してもおかしくはないレベルだ。

 

「クッ マシュ、魔力回すッ もう一回宝具を!!」

「了解です先輩ッ!! 魔術回路を緊急解放します!!」

 

 大盾を構えるマシュ。

 

 しかし、その前にパラケルススの宝具が完成する。

 

「さあ、これで終わりにしましょう。カルデアのマスター」

 

 静かに告げるパラケルスス。

 

 増大した魔力が、今や解放の時を待ちわびて猛り狂う。

 

 全てを呑み込まんとする奔流が、牙を剥いた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、それがあと、数秒早ければな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かに響く声。

 

 次の瞬間、

 

 宝具を構えるパラケルススに突如、

 

 空中に出現した無数の剣が殺到する。

 

 錬金術師の細身の身体に、

 

 剣山さながらに、刃が突き立てられた。

 

「ガッ・・・・・・ハッ・・・・・・・・・・・・」

 

 鮮血を吐き出すパラケルスス。

 

 その手から零れ落ちるアゾット剣。

 

 宝具を放つべく、収束した魔力が解け、大気に霧散していく。

 

 鮮血に塗れた錬金術師の目が、驚愕で見開かれる。

 

 いったい、何が起きたのか?

 

 驚く立香の目の前で、既に瀕死と化したパラケルススが崩れ落ちる。

 

「クロッ?」

「あ、あたしじゃないわよッ」

 

 剣を投擲する戦術が、クロエの戦い方に似ていた為、そう思ったのだが、当の弓兵少女は戸惑いながら否定してくる。

 

 ではいったい何が?

 

 誰もが唖然とする中、

 

 膝を突くパラケルススに視線を向ける。

 

「・・・・・・フッ」

 

 自身から流れ出る鮮血に塗れながら、パラケルススは口元に静かな笑みを浮かべる。

 

 皮肉と諦念。そして僅かな悔悟が入り混じったような笑み。

 

「・・・・・・やはり、こうなってしまいましたか。どうやら私には、いつになっても『悪役』に相応しい最後が似合いらしいですね」

 

 そう言っている間に、金色の粒子が立ち上り始める。

 

 消滅現象が一気に進む中、パラケルススは立香に視線を向ける。

 

「地下の大空洞を目指しなさい・・・・・・そこに、あなた達の目指す物があります」

「なに、それは、いったい・・・・・・・・・・・・」

 

 問い返す立香。

 

 しかし、少年の質問に答える事無く、錬金術師は目を閉じる。

 

「本当に・・・・・・一度成した罪業と言う物は、いつまでも付きまとう物ですね」

 

 閉じた瞳の裏で、彼が何を見ているのか?

 

 推し量る事には、立香達にはできない。

 

 だが、

 

 光の粒子となって溶け去る錬金術師。

 

 最後にパラケルススが、どこか寂し気な顔をしたのは、気のせいではなかったかもしれない。

 

 パラケルススを失った事で、戦況はカルデア側が押し返し始めた。

 

 統制を欠いた敵兵を、ジャックが縦横無尽に駆け抜けながら斬り捨てて行く。

 

 既に敵は、立香達へ直接攻撃する余裕すら無い様子だ。

 

 それにしても、いったい何が起きたのか?

 

 いったい誰が、パラケルススを倒したのか?

 

「おい、あそこだ」

 

 戸惑う立香達に、アンデルセンが冷静に指さした先。

 

 果たしてそこに、

 

 ビルの上に佇む人影。

 

 頭頂からすっぽりと白い外套に包み、その姿を伺う事は出来ない。

 

 しかし、あの人物が、宝具開放直前のパラケルススを奇襲し、立香達の危機を救ったのは間違いなかった。

 

「あいつッ」

「知ってるのか、クロ?」

「ええ。この前の特異点で会った奴よ」

 

 あの時、

 

 ヘクトールの宝具と撃ち合い、危機に陥ったクロエを、突如現れて助けた人物に間違いない。

 

 それに、

 

 クロエは自身の内で思うところがあり、その人物を真っすぐに見据える。

 

 たった今、パラケルススを葬った能力。それに、先のオケアノスで、クロエを助けた時に使った「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)」。

 

 その能力は、驚くほどクロエと似通っている。

 

 いや、

 

 違う。

 

 彼がクロエに似ているのではなく、

 

「私が・・・・・・彼に似ている、の・・・・・・」

 

 だとすれば、彼は・・・・・・・・・・・・

 

 だが、クロエの思考もそこまでだった。

 

 突如、割って入り、パラケルススを葬った人物に対し、アヴェンジャーとキャスターが同時に襲い掛かる。

 

「誰だか知りませんが、余計な事をしてくれましたね」

 

 接近と同時に、刀を振るうアヴェンジャー。

 

 その表情に込められた苛立ち。

 

 まさか、ここでパラケルススが倒れたのは、彼にとっても計算外だった様子だ。

 

 横薙ぎの一閃は、しかし相手が後退したため、空振りに終わる。

 

 そこへ、キャスターが呪符を投擲する。

 

「面倒な事は、ごめんよ」

 

 真っ直ぐに飛翔する呪符。

 

 その内部に込められた魔力が解放されれば、強烈な爆炎が躍り出る事になる。

 

 だが、

 

 次の瞬間、

 

投影(トレース)開始(オン)!!」

 

 静かな声と共に、振りぬかれる左腕。

 

 その手に握られる、漆黒の刃を持つ短剣。

 

 見間違いようもない。クロエの主力武装である、二対一刀の片割れ、干将(かんしょう)だ。

 

 一閃される刃。

 

 黒い剣閃が、

 

 飛んできた呪符を空中で斬り捨てる。

 

「ッ!?」

 

 驚くキャスター。

 

 そこへ、

 

 更に、

 

 右手を広げて再度投影。

 

 握りしめる柄。

 

 二刀の片割れ、白剣莫邪(ばくや)を創り出す。

 

 キャスターが再度、攻撃を仕掛けるべく呪符を取り出すが、

 

 遅い。

 

 次の瞬間、

 

 一閃が、キャスターの身体を、逆袈裟に斬り裂いた。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 崩れ落ちる巫女服の魔術師。

 

 その体を、アヴェンジャーがとっさに支える。

 

 女の身体から噴き出る鮮血。

 

 自身の軍服が血に濡れるのも構わず、少年は女を抱え上げる。

 

「パラケルスス氏の首は差し上げましょう、ただし、ここは退かせてもらいますよ」

「ハッ そっちから攻めて来といて、危なくなったら逃げんのかよッ!!」

 

 撤退しようとするアヴェンジャーに、モードレッドが追いすがる。

 

 赤雷を纏った刃が、復讐者を切り裂くべく迫る。

 

 対して、

 

 振り返るアヴェンジャー。

 

 双眸が、瞬く、

 

 次の瞬間、

 

 モードレッドの眼前に突如、火焔が躍った。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、とっさに後退して炎を回避するモードレッド。

 

 しかし、その間にアヴェンジャーは大きく跳躍し距離を取ると、そのまま踵を返して走り去っていくのだった。

 

「チッ 逃がしたか」

 

 舌打ちしつつ、剣を収めるモードレッド。

 

 既に、周囲の敵の大半は、ジャックによって倒され、屍を地に曝している。

 

 異形の物であっても、統制を欠けば脆いのは、人間と同じ。サーヴァントであるジャックの敵ではなかった。

 

 笑顔で手を振ってくる愛娘に手を振り返しながら、立香は釈然としない物を感じていた。

 

 既に、先程、助けに入ってくれた謎の人物も姿を消している。

 

 今この場に立っているのは、カルデア特殊班のメンバーだけだった。

 

「いったい、何だったんだ・・・・・・」

 

 すっきりしない面持ちで、呟く立香。

 

 突然の敵の襲撃。

 

 そして謎の人物の乱入と、パラケルススの撃破。

 

 目まぐるしく状況が移り行き、取り残されてしまった感すらあった。

 

 だが、

 

「おい、何を呆けている。さっさと行くぞ」

「アンデルセン?」

 

 沈思する立香を置き去りにするようにして歩き出した童話作家。

 

 その背中を見詰める立香に、アンデルセンは肩を竦めながら告げる。

 

「手持ちの情報が少ない中であれこれと考えても時間の無駄だ。それなら、今やれることをするべきだろう」

 

 アンデルセンの言葉に、立香は自身の目的を思い出す。

 

 ここに来た目的は、敵の魔霧計画に関する情報を、僅かでも掴む為だ。

 

 その為には、どうしても魔術協会の内部を調べる必要がある。

 

「・・・・・・ああ、そうだな」

 

 頷く立香。

 

 一同に振り返る。

 

「さあ、行こう」

 

 立香の言葉に、マシュ、クロエ、ジャック、モードレッドが頷きを返すと、

 

 廃墟と化した魔術協会を目指して歩き出した。

 

 

 

 

 

第9話「霧中の死闘」      終わり

 



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第10話「蒸気の夢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その変化は、突如として襲ってきた。

 

 アパート前を戦場にして、奮戦を続けるカルデア特殊班。

 

 寡兵ながら奮戦し、徐々にではあるが敵を押し返し始めていた。

 

 矢先、

 

 それは起こった。

 

 轟音、

 

 衝撃、

 

 一同が見ている前で、ジキルのアパートの斜向かいにある建物が崩れ落ちる。

 

 濛々と煙が立ち込め、破壊された瓦礫が容赦なく降り注ぐ。

 

 ホムンクルスが吹き飛ばされ、ヘルタースケルターが押しつぶされる。

 

 誰もが唖然とする中、

 

「・・・・・・・・・・・・フッ」

 

 1人、仮面のアサシンだけは、見えている口元で笑みを浮かべた。

 

「彼が来たわね」

「彼?」

 

 対峙する美遊が、訝るように首を傾げながら呟く。

 

 いったい、何が現れたというのか?

 

 戸惑う美遊の反応を楽しむように、アサシンは続ける。

 

「そう、彼。キャスターのサーヴァントにして、不世出の天才。もし、少しでも運命の歯車が違っていたなら、確実に歴史を変えていたであろう異端の革命者」

 

 言っている内に、

 

 破壊された瓦礫の中から現れた巨大な影

 

 見上げるようなその姿を前に、一同は驚愕を禁じえなかった。

 

 全身、鋼鉄を思わせる装甲。円筒状のボディに、「首」に相当する部分は無く、巨大な頭部が直接乗っかっている。極太の四肢が付属し、右手には巨木の幹をも上回る、巨大な戦槌が握られている。

 

 口元と思しき個所からは時折、蒸気を吹き出しているのが見える。

 

 大きい。

 

 しかも、その巨体は明らかに人のそれではない。

 

 何と言うか。

 

 一言で言えば「ロボット」だった。

 

 ただ大きいだけの英霊ならばこれまで、ダレイオス三世、神祖ロムルス、アステリオス、ヘラクレスなど、多く見てきた。

 

 しかし、目の前の存在は、それらの大英雄に、更に輪をかけて異形である。

 

 その巨体。

 

 ヘルタースケルターを遥かに上回る存在感。

 

 異形であると同時に、どこか神秘的とすら感じられる姿は、ある種の神像の如き存在感を見せている。

 

「ん、でか・・・・・・」

 

 突如、現れた敵の圧倒的な存在感に気圧される響。

 

 その時だった。

 

「聞け聞け聞けェ!! 我が名は『蒸気王』チャールズ・バベッジ!! 我は知の探究者にして渇望する者!!」

 

 はっきりした声が、路地全体を震わせる。

 

「あり得た未来を掴む事叶わず、仮初として消え果てた儚き空想の王であると同時に、貴様たちには魔術師『B』として知られる魔霧計画首謀者の1人である!!」

 

 チャールズ・バベッジ

 

 歴史に名を遺す数学者であり世界で初めて蒸気式のコンピューター「段差機関」「解析機関」を考案した科学者。「コンピューターの父」とも呼ばれる人物である。

 

 まさに、今日における「数学」の基礎を築いた人物と言っても過言ではないだろう。

 

 そして、

 

 魔術師B

 

 ヴィクター博士の調査資料にあった魔霧計画首謀者の1人「B」と見て間違いなかった。

 

「我が空想は固有結界として昇華されたが、足りぬ!! 足りぬ足りぬッ これではまだ足りぬッ!! 見よ、我は欲する者である!! 見よ、我は抗う者である!! 鋼鉄にて、蒸気満ちる文明を導かんとする者である!! 想念にて、あり得ざる文明を導かんとする者である!! そして、人類と文明、世界と未来の焼却を嘆く1人でもある!!」

 

 固有結界。

 

 すなわち、夢想し、邁進し、ついには実現に至らなかった彼の理想とする世界。

 

 鋼鉄と蒸気によって彩られた絢爛な世界。

 

 その在り方を固有結界として固定、実現したのが、今のチャールズ・バベッジの姿と言う訳である。

 

 戦槌を振り上げるバベッジ。

 

 その全身が金属めいた巨影が、地響きを上げながら迫る。

 

 その進路上に佇む、花嫁衣裳姿の少女目がけて。

 

「・・・・・・ゥゥ・・・・・・ァァァ・・・・・・」

 

 声なき少女は、迫る巨体を前に、力無く佇むフラン。

 

 前髪の奥に隠れた少女の双眸が、真っすぐに機械の英雄を見詰める。

 

 ただ、

 

 その姿は、どこか茫然としているようにも見える。

 

 手にした戦槌はだらりと下げられ、人工少女は己に迫る「死」の塊を見つめ続ける。

 

「フランッ ダメ、逃げて!!」

 

 凛果が叫ぶ中、迫る巨体が、フラン目がけて巨大な戦槌を振り下ろした。

 

「フランッ!!」

 

 凛果が必死に叫ぶも、その声は届く事無く、フランは茫然として見上げている事しかできない。

 

 吹き上がる蒸気。

 

 戦槌は、フランの細い体を叩き潰すべく振り下ろされた。

 

 次の瞬間、

 

「んッ!!」

 

 音速すら超える勢いで、飛び掛かる漆黒の影があった。

 

 響は空中を駆けながら同時に魔術回路を起動。

 

 一瞬にして、少年の体は浅葱色の羽織に包まれる。

 

 予告なしの宝具発動だったが、それをとっさにサポートする凛果の表情に苦悶は無い。

 

 令呪の宿る右手を掲げる少女の姿。

 

 己の身体に満ちる魔力を感じ取り、響はマスターに頷きを返す。

 

 かつて響が突然、宝具を発動した際、凛果の魔術回路がショックを起こしたが、長い戦いで彼女もまたマスターとして成長している。

 

 多少、サーヴァントが無茶した程度では、今の彼女が動揺する事は無かった。

 

 飛びすさぶ、浅葱色の弾丸。

 

 コマ割りを一瞬、切り取ったような感覚の後、

 

 一瞬で、距離を詰める響。

 

 立ち尽くすフランを守るように、迫るバベッジの巨体の前へ立ちはだかる少年。

 

 勢いのままに奔る刃。

 

 振り下ろされる戦槌。

 

 撃ち放たれる刃と槌。

 

 激突と同時に、衝撃が飛び散る。

 

 次の瞬間、

 

 よろめいたのは、バベッジの方だった。

 

 響の一閃を前に、蹈鞴を踏むようにして後退する蒸気王。

 

「ぅぅ・・・・・・」

「ん、フラン、だいじょぶ?」

 

 人工少女を気遣うように声を掛ける響。

 

 不意を突く形でバベッジを圧倒したものの、クリティカルヒットとは行かなかったようだ。

 

 巨体は再び、轟音を上げて立ち上がろうとしている。

 

 対して、刀を構え直す響。

 

 幼い双眸は、僅かに細められる。

 

 ナーサリーの時もそうだったあ、固有結界の中にいる相手を通常空間から物理的手段で傷付ける事は出来ない。

 

「・・・・・・・・・・・・なら」

 

 響は油断なく、刀を構えたままスッと目を閉じる。

 

 再び、起動される魔術回路。

 

 魔力の流れが解放される。

 

 同時に、少年に訪れる変化。

 

 後頭部で結んだ長い髪は白く染まり、双眸は深紅に変わる。

 

 着ている羽織は、地が黒に、段だらは紅に変化する。

 

「盟約の羽織・影月」

 

 響の宝具「盟約の羽織」。その高速戦形態。

 

 高すぎる代償と引き換えに、爆発的な加速力を生み出す事が可能な切り札。

 

「我が剣は狼の牙・・・・・・我が瞳は闇映す鏡・・・・・・されど心は、誠と共に」

 

 低く囁かれる詠唱。

 

 少年の姿は、展開された薄い膜によって覆われる。

 

 眦を上げる響。

 

「限定固有結界『天狼ノ檻』、展開完了」

 

 低く呟く響。

 

 轟音を上げて、迫りくるバベッジ。

 

 対して、

 

 響も、刀を振り翳して地を蹴った。

 

 

 

 

 

 変幻自在な蛇のように、鞭は空中を踊りながら襲い来る。

 

 軌道が見切れない。

 

 舌打ちしながら、美遊は後退する。

 

 戦闘開始から、美遊とアサシンの戦闘は、ほぼ一方的に近い形で行われていた。

 

 間合いを制したアサシンが攻め、美遊が防御に徹する。

 

 鞭と言う物は、どちらかと言えば拷問用で、戦闘にはあまり向かない武器と思われがちである。

 

 しかし、そうではない。

 

 振るえば、その先端は素人でも容易に音速を越え、熟練者が扱えば鋼鉄すら切り裂く威力を持つ。

 

 無論、その変幻自在さゆえに、未熟な者が扱えば、己の身を傷付ける危険性もある。

 

 しかし、アサシンは全長にして5メートル以上もの鞭を、自在に扱っている。

 

 先端の狙いは正確無比。狙ったところを確実に撃ち抜く必中の腕前。

 

 しかも、その軌道はしなりを見せる為、容易に先読みが効かない。

 

 アサシンを中心に、半径5メートルは彼女の間合いと言っても過言ではなかった。

 

「ふふ、どうかしら?」

 

 動きを止めた美遊に対し、アサシンは口元に笑みを浮かべて語り掛けた。

 

「あなたがどれだけ強くても、私の間合いには踏み込めないわよ」

「そんな事ッ」

 

 叫びながら、

 

 美遊は魔力を解き放つ。

 

 足裏から放出される魔力が脚力を強化、ジェット噴射のように少女を打ち出す。

 

 鞭の間合いは5メートル。

 

 ならば、近距離の懐に飛び込んでしまえば、美遊の方が有利のはず。

 

 剣を振り翳す美遊。

 

 迫る白百合の剣士。

 

 その姿を見て、

 

「まあ・・・・・・・・・・・・」

 

 仮面の暗殺者は、

 

 嗤った。

 

「そう、来るわよね」

 

 次の瞬間、

 

 アサシンが、翳す右手。

 

 同時に、

 

 美遊は、自身を取り巻く魔力が、急速に失われるのを感じた。

 

「なッ これはッ!?」

 

 驚愕する美遊。

 

 魔力放出による加速は、あっという間に力を失い失速する。

 

 対して、

 

「フフ、ごめんなさいね」

 

 嗤うアサシン。

 

 その手にした鞭が、光を帯びている。

 

「あなたの魔力、私が貰っちゃった」

 

 次の瞬間、

 

 振るわれる鞭。

 

「クッ!?」

 

 とっさに美遊は回避しようとする。

 

 が、

 

 遅い。

 

 鞭は、美遊の肩口を霞め、鋭い痛みを刻みつける。

 

 ノースリーブの肩から鮮血が舞い、思わず美遊は後退を余儀なくされた。

 

「いったい、何が・・・・・・・・・・・・」

 

 肩口を抑えながら、呻く美遊。

 

 自分の魔力放出が、キャンセルされた?

 

「・・・・・・いや、違う」

 

 魔力が、強制的に奪われた。

 

 そしてアサシンは、奪った美遊の魔力を逆用する形で攻撃してきたのだ。

 

「悪いんだけど私、受けるよりも攻める方が好きなのよね」

 

 言いながら、

 

 鞭を振るうアサシン。

 

「だからあなたも、せいぜい良い声で鳴いて頂戴ね!!」

「断るッ!!」

 

 対して、

 

 美遊も真っ向から、剣を振り翳して斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 映像のコマ割りを省いたような、一瞬の出来事。

 

 瞬いた次の瞬間には、

 

 少年暗殺者は、バベッジのすぐ眼前に出現していた。

 

「んッ!!」

 

 振るわれる斬撃。

 

 傍目には一閃しただけに見えただろう。

 

 だが、

 

 少なくとも八度、

 

 響はバベッジの巨体を斬り付けていた。

 

「オォォォォォォ!!」

 

 対して、咆哮を上げるバベッジ。

 

 振り下ろされた戦槌が、少年暗殺者に襲い掛かる。

 

 だが、

 

 バベッジが見た時には既に、響はその場にはいなかった。

 

 少年の姿は、

 

 蒸気王のすぐ後ろ。

 

 既に、刀の切っ先を真っすぐに向ける形で、構えを取っていた。

 

「はッ!!」

 

 短い気合いと共に、繰り出される切っ先。

 

 その一撃が、振り返りかけたバベッジを捉える。

 

「グッ・・・・・・・・・・・・」

 

 呻き声と共に、バベッジが後退するのが見えた。

 

 効いている。

 

 刀を構え直しながら、響は確信していた。

 

 自身を固有結界と化したバベッジを、外側からの打撃で倒すのは難しい。

 

 故に響は、自身が持つ戦術の中から、最適と思えるものを選択した。

 

 すなわち、「盟約の羽織・影月」を使い、自身も固有結界を展開する。

 

 自身の心象風景で現実世界を塗り潰すのが固有結界の在り方であるなら、似たような術式を持つ、別の固有結界を展開する事で相殺できるかもしれない。

 

 そう考えたのだ。

 

 果たして、

 

 響の考えは正しかった。

 

 響の剣は、バベッジに対して確実にダメージを与えている。

 

 その代償として、響の固有結界も相殺されて能力を減じている。

 

 が、これで少なくとも、条件はイーブンに持って行けたはず。

 

 そう考えた響。

 

 だが、

 

 すぐに、それが甘い考えであったことを思い知る事になる。

 

 再度、攻撃を仕掛けるべく、固有結界を纏って斬り込む響。

 

 消えた、

 

 次の瞬間、

 

 響はバベッジの眼前へ。

 

 既に切っ先を向け、攻撃態勢を整えている。

 

 閃光の如き切っ先が、バベッジに向かって突き込まれた。

 

 だが、

 

「甘いィ!!」

「なッ!?」

 

 振り上げられた戦槌に、響は驚愕で目を見開く。

 

 巨木の如き鉄の塊。

 

 響を殴り倒さんとして迫る戦槌を、

 

 対して暗殺少年は、とっさに空中で己の軌道を変換。

 

 横方向に自ら飛んで逃れる。

 

 だが、

 

 バベッジは、響を逃すまいと追撃を仕掛ける。

 

 その巨体からは考えられないくらい、俊敏に距離を詰め、振り上げた戦槌を容赦なく振り下ろす。

 

 轟音を上げて、石畳の地面が吹き飛ばされる。

 

 しかし、

 

 そこに響はいない。

 

 少年の姿は、既に蒸気王の背後へと回り込んでいた。

 

「んッ これで!!」

 

 袈裟懸けに斬り下される刃。

 

 しかし、

 

 響の一閃が、バベッジに届く事は無い。

 

 その前に、蒸気王はホバリングしながら後退し、響の攻撃を回避してしまった。

 

「素晴らしい攻撃だ」

 

 距離を置いて対峙しながら、バベッジは響に向けて口を開いた。

 

「まともな干戈であるならば少年、今の一呼吸で君は私を5度は殺せていただろう」

 

 静かに発せられる言葉。

 

 まるで大学の教授が、学生に対して講義をしているかのようだ。

 

「しかし残念ながら、その鋭き刃が私に届く事はない。固有結界同士の戦いは、その想念の重さによって優劣が決するのだ」

 

 バベッジの固有結果を形作っている物は、彼が生涯かけても尚、成し得なかった理想の実現。

 

 対して、響は固有結界を使っているとはいえ、その想念は人生その物を濃縮しているに等しいバベッジには遠く及ばない。

 

 互いにぶつかり合えば、どちらに勝敗が帰すかは自明の理だった。

 

 それでも尚、響がバベッジに食い下がれているのは、彼の固有結界である「天狼ノ檻(てんろうのおり)」の特性が、本来なら広範囲に展開するべき固有結界を、自身を中心に半径2メートル圏内に凝縮する事で、爆発的な超加速を可能としているからに他ならない。。

 

 しかし、その力もバベッジの固有結界とぶつかる事で、大きく減じられ、本来の威力を発揮できていない。

 

 しかも致命的な欠点として、天狼ノ檻は現実世界線における時間に換算して、3分間しか展開できない。

 

 3分が経過すると結界は自動的に解除され、世界による修正力のフィードバックから、響は戦闘不能に近いダメージを負う事になる。

 

 時間を掛ければ掛けるほど、戦況はバベッジ有利に傾く事になる。

 

 故に、

 

「ん、決める」

 

 静かな呟きとともに、切っ先をバベッジに向ける響。

 

 目指すは短期決戦。

 

 一撃決殺でもって、蒸気王の霊核を斬り捨てるのだ。

 

 対して、

 

「来るか、少年。ならば、私も、己が理想の全てをもって迎え入れよう」

 

 言い放つと同時に、バベッジの中でも魔力が高まるのを感じる。

 

 体中から蒸気が噴き出し、放出される熱が視界全てを覆いつくしていく。

 

 魔力によって変換された蒸気が、周囲一帯を圧倒する。

 

 今、バベッジは己と言う夢想がもたらす可能性。その全てを、響へとぶつけるべく全魔力を解放する。

 

 ありえなかった未来、実現しなかった世界、見果てぬ夢。

 

 蒸気王の全ての想いが、一点に凝縮される。

 

 蒸気を撒き散らして向かってくるバベッジ。

 

 対して、

 

 響は突進してくる蒸気王を迎え撃つべく、深紅の瞳を鋭く輝かせる。

 

「リミット・ブレイク!!」

 

 次の瞬間、

 

 互いに仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絢爛なりし灰燼世界(ディメンション・オブ・スチーム)!!」

鬼剣(きけん)魔天狼(まてんろう)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激突する、暗殺少年と蒸気王。

 

 蒸気があらゆる物を焼き尽くし、剣閃は縦横に奔る。

 

 一瞬、

 

 訪れる静寂。

 

 次の瞬間、

 

「うぐッ!?」

 

 呻き声と共に、響はその場で膝を突く。

 

 全身を苛む激痛。

 

 結界は解除され、フィードバックによるダメージが響を襲う。

 

 指一本動かす事すら億劫な中、それでもどうにか眦を上げる中、

 

 響の視界の中に、迫って来る巨影が映った。

 

 バベッジだ。

 

 その鋼鉄の巨体は、響の魔天狼によって噛み裂かれ、無惨にもズタズタにされている。

 

 戦槌を持っていた右腕は千切れて消失。頭部も右側が削り取られ、体中、刃に切り裂かれた傷が刻みつけられている。

 

 傷口から、もうもうと蒸気が噴き出しているのが見えた。

 

 鬼剣の持つ、凄まじい威力を物語っている。

 

 明らかな致命傷。

 

 だが、

 

「まだ、だッ!!」

 

 いつ崩れてもおかしくないような体を引きずり、バベッジは響へ迫る。

 

「我が理想を、我が生涯の夢想を実現するまで、私は倒れる訳にはいかない!!」

 

 既に消滅してもおかしくない傷を負いながらも、バベッジは残った左腕で響に掴みかかろうとする。

 

 執念、

 

 としか言いようがない。

 

 己の理想とする世界を実現するため、バベッジは前へと進み続ける。

 

 歯を噛み鳴らす響。

 

 あと数秒でバベッジは消滅する。

 

 しかし、それだけの時間があれば、バベッジは響にトドメを刺せるだろう。

 

「んッ」

 

 渾身の力を振り絞って立ち上がる響。

 

 刀の切っ先を、迫る瀕死の蒸気王へと向ける。

 

 響は既に、まともに動ける状態ではない。

 

 しかし、体が動かずとも、戦うことはできる。

 

 その意思を示すように立つ響。

 

 その時だった。

 

 満身創痍の響を守るように、

 

 花嫁姿の少女が、蒸気王の前に立ちはだかった。

 

「ゥゥ・・・・・・ァァ・・・・・・」

「フラン?」

 

 自身を守るようにして立つ人工少女に、驚きの声を上げる響。

 

 バベッジの腕は、既にフランの間近へと迫っている。

 

 そのまま掴みかかるか?

 

 そう思った時、

 

「・・・・・・・・・・・・お前、は」

 

 蒸気王は動きを止めた。

 

「ヴィクターの娘、か?」

「ゥゥ」

 

 問いかけるバベッジに、頷きを返すフラン。

 

 同時に、

 

 まるで憑き物が落ちたかのように、バベッジは猛る蒸気を沈める。

 

 機械ゆえに表情は読めないが、どこか穏やかになったように思えた。

 

「そうか・・・・・・お前が、いたか」

「ゥ」

 

 安心したような、バベッジの声。

 

 同時に、

 

 その体から、金色の粒子が、立ち上り始めた。

 

「すまなかった・・・・・・・・・・・・どうやら私は、長い悪夢に侵されていたようだ」

「ゥゥ・・・・・・ァァアア・・・・・・」

「Mに、気を付けよ。奴こそ、魔霧計画の首魁。そして奴こそ、英霊を・・・・・・・・・・・・」

 

 バベッジは、最後まで言い切る事が出来なかった。

 

 その前に、彼の巨大な体が撃ち抜かれたからだ。

 

 胸元から真っすぐにバベッジを貫いた物。

 

 それは、1本の鞭。

 

「喋りすぎよ、あなた。死ぬなら、さっさと死になさい」

 

 吐き捨てるように告げたのは、仮面を付けたアサシン。

 

 美遊の攻撃を振り切って来た女アサシンが、バベッジにトドメを刺したのだ。

 

「・・・・・・無駄な事よ。今更、私を殺したところで流れは変えられぬ」

「それでも、よ。敵に与える情報は、少ないに越した事は無い」

 

 言いながら、女アサシンはバベッジの身体から鞭を引き抜く。

 

 同時に、

 

 残っていた最後の魔力も搾り取られ、バベッジは消滅して行った。

 

「ゥゥッ!!」

 

 唸るフラン。

 

 目の前で、旧知の人物を殺され、彼女の脳がショート寸前に発熱する。

 

 手にした戦槌。

 

 撒き散らされる電撃。

 

 フランは戦槌を振り翳し、真っ向からアサシンへ挑みかかった。

 

 だが、

 

 その戦槌が捉えるよりも早く、女アサシンは身を翻して逃亡に掛かる。

 

「あなたでも遊んであげたいけど、ごめんなさいね。私もあまり暇じゃないの。また今度、機会があったら遊んであげるわ」

 

 捨てセリフを言い残すと、そのまま踵を返して霧の中へと逃亡していく。

 

 その姿はすぐに見えなくなってしまう。

 

 後には、虚しく戦槌を下げた人工少女のみが、寂し気に佇むのみだった。

 

「ん、フラン・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなフランに、背後から響が声を掛ける。

 

「ゥゥ・・・・・・」

「あのヤカン、フランの知り合い?」

 

 問いかける響に、フランは頷きを返す。

 

 彼女の創造主であるヴィクター・フランケンシュタイン博士とチャールズ・バベッジ博士には、生前から親交があった。

 

 その関係から、彼女もバベッジと面識があったのである。

 

 バベッジがフランの事を「ヴィクターの娘」と言っていたのは、そういう理由からである。

 

「ん、ごめん」

 

 結果的にとは言え、響はフランの知り合いを倒してしまった事になる。

 

 その事で、彼女を傷付けてしまったのだ。

 

 だが、

 

「ゥ」

 

 短い声と共に、フランは響の頭に手を乗せ、優しく撫でる。

 

 気にしないで。

 

 言葉少ない少女は、そう言っているかのようだった。

 

 人工少女とは思えない、柔らかく温かい手。

 

 響は、少しくすぐったそうに目を細めるのだった。

 

 

 

 

 

第10話「蒸気の夢」      終わり

 



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第11話「英霊考察」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美遊にクロエ、それにジャックとナーサリー。

 

 少女たちがそれぞれ、身を寄せ合うようにして、静かな寝息を立てている。

 

 ベッドで眠る子供たちを見て、凛果はクスッと笑った。

 

 ジキルのベッドが、比較的大きめで良かった。おかげで子供たちを寝かしつける事が出来た。

 

 それでも手狭な感があるが、皆、小柄である為、気にはならない様子だ。

 

 本来、サーヴァントに眠りは必要ない。睡眠をとらなくても、活動に必要な魔力を得ることはできる。

 

 しかし、「眠る必要がない」のと、「眠らなくてもいい」というのは、必ずしもイコールではない。

 

 サーヴァントとて疲労は感じるし、何より眠れば僅かだが魔力の回復が早まる。

 

 要するに、睡眠がもたらす疲労回復効果は、人間も英霊も変わらないと言う事だ。

 

「みんな、今日は頑張ってくれたからね。ゆっくり休んでね」

 

 子供たち1人1人の寝顔を見て微笑むと、凛果は物音を立てないようにして、静かにその場を後にした。

 

 リビングに戻ると、既に年長組(?)が勢ぞろいしていた。

 

 立香、マシュ、モードレッド、ジキル、アンデルセン、フラン。

 

 それに、響もいる。

 

「響、あんたは寝なくて良いの?」

「ん、だいじょぶ。まだ」

 

 尋ねる凛果に答えたものの、少年暗殺者も疲労の色が濃い事を、マスターたる少女は見逃していなかった。

 

 あれだけの死闘を行い、切り札である鬼剣まで使っているのだ。響の魔力消費量も、半端な物ではない。

 

 だがそれでもこうして起きている辺り、響もこれからする話に興味があるのだろう。

 

 苦笑気味に嘆息する凛果。

 

 まあ、話が終わったら、強制的にベッドに放り込んでやれば良いだろう。

 

 そう考えて、マシュの隣に腰を下ろす。

 

 と、

 

「おお、正に、勇者の集まり。世界への叛逆を志す戦士(resistance)達よ。その活躍に吾輩、心躍る想いです」

 

 突如、謳い上げるような声が部屋の隅から聞こえてくる。

 

 一同が視線を投げかける中、髭を生やした長身の男が、大仰に両手を広げ、陶酔したような眼差しで佇んでいた。

 

「・・・・・・・・・・・・誰?」

 

 明らかに、不審者を見るような眼差しを向ける響。

 

 いや、ほんと誰?

 

 何と言うか、即座に通報したくなるような怪しさだ。

 

 とは言え、その身なりはしっかりしている。髭面、と言っても某黒髭氏のようなむさくるしい感じではなく、きちんとセットされた清潔感があり、服装も貴族風の立派な形をしていた。

 

 が、

 

 そのせいで、却って怪しさ倍増している感があった。

 

 端的に言って、胡散臭い。

 

「・・・・・・モーさんの友達?」

「断じて違うッ つーか何でそうなった!? どこでそう思った!?」

 

 食って掛かるモードレッド。

 

 まあ彼女ならずとも、こんな見るからに変人と一緒くたにはされたくないところだろう。

 

「これはこれは、小さな勇者殿。自己紹介が遅れて申し訳ない。吾輩、名をウィリアム・シェイクスピア。ここではキャスターのサーヴァントとして現界しております。以後、お見知りおきを」

「ん、衛宮響」

 

 そう言って、握手を交わす響とシェイクスピア。

 

 ウィリアム・シェイクスピアと言えば、誰もが名前くらいは知っている、イングランドが誇る劇作家兼俳優である。

 

 その卓抜した人間観察力と、心理描写により、「オセロー」「リア王」「ハムレット」「マクベス」という、後の世に四大悲劇と呼ばれるシナリオを書き上げた事は有名である。

 

 その半生においては謎が多く、ミステリアスな人物としても知られている。半面、悲劇の他に多くの喜劇や史劇も世に送り出した事から、現代社会における物語の原点になったとも言われている。

 

 で、その天才劇作家がなぜ、ここにいるのかと言えば、

 

 アヴェンジャー達の襲撃を退け、改めて魔術協会の入り口に向かおうとした立香達。

 

 そんな彼らの前に現れたのが、はぐれサーヴァントとして現界していたシェイクスピアだったわけである。

 

 そこで、シェイクスピアは立香達の魔術協会探索に同行し、更に図々しくもアパートにまで着いて来たと言う訳である。

 

 何はともあれ、

 

 全員こうして、無事にジキルのアパートに集う事が出来たのは僥倖だったと言えよう。

 

「さて、各々、疲れもたまっている事だろうから、さっそく本題に入ろうか」

 

 そう切り出したのは、彼が半ば強引に執筆用に使っている椅子に腰かけたアンデルセンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここに来るまでに、何体の敵を屠った事だろう。

 

 流石にいい加減、腕が疲れてきた。

 

 煩わし気に外套のフードを剥ぎ取ると、酸素を求めるように荒い呼吸を繰り返す。

 

「・・・・・・・・・・・・クソッ」

 

 ままならない己の身体に対する、苛立ちを遠慮なく吐き出す。

 

 そのまま、壁にもたれかかり、ずるずると地面に座り込む。

 

 体を埋め尽くすほどの疲労感に、筋肉が、骨が、内臓が、魔術回路が、一斉に軋みを上げるのが判る。

 

 一杯に呼吸を繰り返しても、肺が思ったほどに酸素を吸ってくれない。

 

 激痛で飛びそうな意識を繋ぎ留めるだけで精いっぱいである。

 

 もし今、敵の襲撃を受けたらひとたまりも無いだろう。

 

 幸いにして、気配は感じられないが。

 

 ポケットから、呼び出しのシグナル音が鳴ったのは、ちょうどその時だった。

 

 煩わし気に突っ込んだポケットから取り出したのは、藤丸兄妹も使っている、カルデアの通信機だった。

 

「・・・・・・・・・・・・ロマニか?」

《残念、ダ・ヴィンチだよ。ロマンの奴は今、アンデルセン氏達と検証の真っ最中でね。代わりに、私が君の方に来たって訳だ》

 

 相手が、カルデアにいる自称天才英霊殿と知り、やや気だるげに身を投げ出す。

 

 ロマニ同様、彼女とも面識がある。というより、カルデアで自分の存在を知っているのは、ロマニとダ・ヴィンチの2人だけ。藤丸兄妹や他のサーヴァント達は勿論、オペレーターやスタッフたちも、自分の存在は知らない。

 

《いくら何でも無茶が過ぎるよ。今の君が不安定な事は、他でもない、君自身がよく分かっているはずだけどね》

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 荒い呼吸の内で、どうにか返事を返す。

 

 元より、自分と言う存在がある意味、不確定要素に過ぎない事は自分がよく分かっている。

 

 それ故に、存在がひどくあやふやで、今こうしているだけでも奇跡に近いと言う事が。

 

《判っているなら、少しは自重したまえよ。このままだと君、早晩、消滅しちまうぞ》

 

 判っている。

 

 ダ・ヴィンチが言う事を理解できないほど、愚かになったつもりはない。

 

 だが、

 

《君が無茶した程度で守れるほど、人間の歴史は軽くないよ》

「無茶しないで守れるほど、軽くもないだろ」

 

 ダ・ヴィンチの言葉に対して、苦笑する。

 

 そうだ。人1人で守れるほど、人間の世界は軽くはない。

 

 だが、今は違う。

 

 今、既に人類の歴史が焼却されてしまった今、生き残った者が戦わねばならないのだ。

 

 それに、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 脳裏に浮かぶのは、自分の大切な人たち。

 

 家族、友人、恋人、そして・・・・・・・・・・・・

 

 結局のところ、自分はどこまでも利己的なんだろう。

 

 人理がどうの、正義がどうのと言う前に、ただ、己の大切な者の為に剣を振るう。

 

 いつだって、そうしてきた。

 

「ダ・ヴィンチ」

《何だい?》

「お前たちの気遣いは有難いと思っているよ。それは本当さ・・・・・・けど、今ここで戦いをやめる訳にはいかない。もし、やめてしまったら、俺は俺である事の意義さえ失ってしまうだろう」

 

 英霊には英霊たり得る矜持を持っている。

 

 それは、自分も例外ではない。

 

 ならば、その矜持を持ったまま、戦い続けるしかないのだ。

 

《・・・・・・仕方ないね》

 

 通信機から聞こえる、嘆息交じりの声。

 

 ダ・ヴィンチにも判っていた。

 

 言葉だけでは、もう止まれないところまで来ていると言う事を。

 

《ただし、無駄死にだけはしてくれるなよ。君と言う存在が、まだ必要とされている、と言う事を忘れないでくれ》

 

 そう言うと、通信機が切れる。

 

「・・・・・・ああ、判っているさ」

 

 呟くように言うと、再びフードを被って立ち上がる。

 

 既に、疲労は抜けている。

 

 まだだ。

 

 まだ、剣を持てる。

 

 まだ、戦える。

 

 まだ、

 

 守る事が出来る。

 

 ボロボロの霊基と、崩れかかった体。

 

 既に存在すら怪しい己自身を抱えながら、それでも男は歩き続けた。

 

 

 

 

 

 夢を見ている。

 

 その事はすぐに、美遊には判った。

 

 まるで自分自身が、その場にいるかのように、現実感(リアル)のある夢。

 

 これまで、何度も経験した事だった。

 

 夢の中で美遊は、様々な事をした。

 

 買い物に行った。

 

 楽しくおしゃべりをした。

 

 海に行った。

 

 温泉に行った。

 

 それは、夢とは言え実に楽しい時間だった。

 

 現実の美遊には、そんな時間は無かった。

 

 ひたすら、塀の中で隠されて過ごした日々。

 

 無論、母をはじめ、朔月の人々は美遊を愛し、大切に育ててくれた。それは判っている。

 

 しかし、それでも、

 

 友達を作り、一緒に遊びに行く。

 

 そんな、同年代の少女にとって当たり前の日常を楽しむ権利を奪われた美遊にとって、「夢の中の美遊」の存在は、とても羨ましく思えるのだった。

 

 だが、

 

 だからこそ、

 

 夢が楽しければ、楽しいほど、

 

 どうしても感じてしまう。

 

 夢の中に、本来あるべき存在の欠落。

 

 笑顔を向けた先に、誰もいない。

 

 話しかけた先に、誰もいない。

 

 手を伸ばした先に、誰もいない。

 

 どれだけ目を凝らしても、そこにいるべき人を見出す事が、どうしても出来ない。

 

 なぜ?

 

 どうして?

 

 幾度もの自問の後、

 

 不意に、

 

 視界の全てが暗くなった。

 

 一切の光が廃され、無音の世界となった只中に、美遊は1人佇む。

 

 今度はいったい何だろう?

 

 ある種の期待にも似た思いの中、

 

 人影が目の前に現れる。

 

 その姿に、思わず息を呑む。

 

 巫女服を思わせる白い上衣に、緋袴を連想させる赤いミニスカート。

 

 アップにした長い黒髪には、赤いリボンで装飾されている。

 

 真っ直ぐに見つめてくる、緋色の瞳。

 

 それは他でもない、美遊自身に他ならなかった。

 

「お願い・・・・・・・・・・・・」

 

 「美遊」は、美遊に対し、懇願するように、話しかけてくる。

 

「早く、思い出してあげて、彼を」

 

 いったい、どういう事なのか?

 

 問いかけようとするも、なぜか美遊の声は出ない。

 

 その間にも、「美遊」は縋るように訴えてくる。

 

「彼を助けてあげられるのは、あなたしかいない。だから、どうか・・・・・・・・・・・・」

 

 そうしている内に、

 

 目の前の「美遊」の姿が薄らいでいく。

 

 待って、まだ、話をッ

 

 声にならない声を上げ、手を伸ばす。

 

 が、届かない。

 

「今、彼の隣にいるのは、(みゆ)ではなく、あなた(みゆ)。だからどうか、お願い・・・・・・彼を助けて・・・・・・彼を、思い出して!!」

 

 

 

 

 

「はッ!?」

 

 弾かれたように、美遊はベッドの上で体を起こした。

 

 荒い呼吸の中、額からは汗がびっしょりと浮かぶ。

 

 寝起きだというのに、脳はひどくクリアな感じがした。

 

 傍らに目を転じれば、クロエ、ジャック、ナーサリーの3人が、寄り添うようにして寝息を立てていた。

 

 ありありと浮かぶのは、先程の夢の事。

 

 前半は、これまで何度か見た事がある夢。

 

 ここではないどこかで、自分ではない「美遊」と言う少女が、友達と一緒に楽しい日常を過ごす夢。

 

 だが、

 

 後半は、これまでとは違った。

 

 目の前に現れた「自分」。

 

 彼女からの懇願。

 

 「彼」を助けて。

 

 「彼」を思い出して。

 

 「美遊」が言った「彼」とは・・・・・・

 

 否、美遊にも判っている。「美遊」が、何を言わんとしたのかを。

 

 と、

 

 そこでふと、目を転じれば、リビングに続く扉が僅かに開き、光が漏れてきている。

 

 話し声が聞こえてきている事を察すると、どうやら立香達が話し合いをしてるらしい。

 

 恐らく、魔術協会から持ち帰った情報について協議しているのだろう。

 

 美遊はクロエ達を起こさないように、そっとベッドから抜け出す。

 

 裸足のまま、恰好は下着の上からブラウスを羽織っただけという、小学生にしてはやや煽情的な格好。寝巻が無い為、なるべく軽めの服装で寝ようとした結果である。

 

 美遊はそのまま、足音を立てないようにしてそっと、扉に近づいた。

 

 

 

 

 

 一同を見回してから、アンデルセンによる解説が始まっていた。

 

 とは言え、この場には資料の類は一切ない。

 

 実のところ、魔術協会において目当ての資料は見つかれらたものの、そられには特殊な術式が掛けられており、持ち出す事が出来なかった。

 

 そこで、作家サーヴァントであるアンデルセンが資料を読み、内容の全て記憶する形で持ち帰って来たと言う訳である。

 

「俺が気になったのは、英霊とサーヴァントの関係だ」

 

 そんな風に、アンデルセンは切り出した。

 

 英霊とは本来、人類史における記録、成果に当たる。

 

 実在の有無にかかわらず、人類があり続ける限り、英霊の存在もまたあり続ける事となる。

 

 なぜなら英霊とは本来「人の願い」が結集した存在だからだ。

 

 人々が「こうありたい」あるいは、「こうあってほしい」と思った願いが寄り合い、英霊としての形を作り上げる訳である。

 

 一方、サーヴァントは英霊を実際に「存在する」と言う前提で扱い、そこに「クラス」という器を与え現界させることで使役する。

 

 すなわち、

 

 剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎兵(ライダー)暗殺者(アサシン)魔術師(キャスター)狂戦士(バーサーカー)の7騎だ。

 

 他にもフランスで会った裁定者(ルーラー)ジャンヌ・ダルクのようになエクストラクラスと呼ばれる存在も中に入るが、代表的な物は概ね、その7騎に絞られる。

 

 こう言うと蔑称になる場合もあるが、サーヴァントとはひどく高性能な「使い魔」であると考える事も出来る訳だ。

 

「だが、それは人間だけで扱える術式ではない。使えるとすれば、それは・・・・・・」

《人間以上の存在・・・・・・世界、あるいは神と呼ばれる、超自然的な存在の権能》

 

 アンデルセンの言葉を引き継ぐ形で、立香の腕に嵌められた通信機から声が響く。

 

 カルデアにいるロマニだ。彼も、この説明会に参加していた。

 

 対して、アンデルセンも頷きを返す。

 

「そうだ。英霊召還は決して、人間だけでは行えない。そこには何か必ず、上位存在の後押しが必要、と俺は考えた」

 

 そもそも聖杯戦争の原点は、日本の地方都市、

 

 あの特異点Fの記憶も生々しい、冬木市から端を発している。

 

 冬木では、聖杯に器を与え、そこに英霊7騎分の魂をくべる事で聖杯としての機能が起動する。

 

 その英霊召還技術は秀逸であり、他に多く存在する亜種聖杯戦争において使用された物に比べると、圧倒的に優れている事が判る。

 

 かく言うカルデアも、レイシフト実験に際し、独自の英霊召還技術を確立する事が出来なかった為、冬木の技術を再構築する事でシステムを安定させている。

 

 まあ、その技術も、本格稼働する前にレフ・ライノールによって爆破され現在、機能停止状態にある事は皮肉以外の何物でもないが。

 

「そこから俺が導き出した仮説は、こうだ」

 

 アンデルセンは続ける。

 

 どうやらいよいよ、説明も佳境に入ったらしい。

 

「英霊召還とは本来、7騎同士を戦わせるのではなく、何か巨大な1つの存在に対し、最強の7騎を召喚して戦うのが、本来の形なのではないだろうか」

 

 聖杯顕現を目指す聖杯戦争では、7騎同士が戦い、敗れた英霊の魂を聖杯にくべる必要がある。そうする事によって、万能の願望機たる聖杯を起動できるのだ。

 

 しかし、それは「儀式:聖杯戦争」と言う形に人間が収める為に、ある意味、歪めた結果だとしたら?

 

 そして、本来の形としては、人類の危機に際し、7人の英霊を召喚して対抗する事だったのではないか。

 

 アンデルセンの説明は、要するにそういう事だった。

 

 では、7騎もの英霊を召喚してまで、対抗しなくてはならない巨大な存在とは何なのか?

 

 それこそがあるいは、人理焼却を計画、実行した張本人。

 

 すなわち、カルデアが倒すべき黒幕なのかもしれなかった。

 

 と、

 

「あの、お話の途中ですみません」

 

 腰を折るように挙手したのはマシュだった。

 

 何事かと一同が見やる中、盾兵少女が指し示した先では、

 

「・・・・・・ん・・・ん・・・・・・」

 

 少年暗殺者が、こっくりこっくりと船をこいでいた。

 

「先輩、どうやら響さんがオネムみたいです」

 

 マシュが言った通り、響の瞼は完全に落ちている。

 

 船をこいだ瞬間には僅かに開くのだが、すぐにまた閉じてしまう。

 

 どうやら、ここらが限界らしかった。

 

「まあいい。判った事はだいたい以上だからな。これ以外は、ピースにも満たない断片の、更に破片に過ぎない。今日のところは、ここまでにしておこう」

「では、私が響さんを、来客用のベッドへ寝かせてきます」

 

 そう言うと、マシュは響の小さな身体をひょいッと抱え上げ、そのまま奥の部屋へと入っていく。

 

 元々、美遊やクロエよりも小柄な響の体は、マシュにとっては羽のように軽かった。

 

 その姿を見送りながら、アンデルセンは何事かを考え込むように顎に手を置いた。

 

「どうかしたのか?」

「いや、一つだけ、本筋とは関係無しに気になる事があってな?」

「え、気になる事って?」

 

 訝るように顔を見合わせる、藤丸兄妹。

 

 対して、アンデルセンは口を開いた。

 

「これらの資料は、本来なら散逸していてもおかしくは無かったはずだ。いや、本来ならそうなっているはずだった。だが、俺が魔術協会の資料室に入った時、資料は全て一つに纏めて置かれていた。まるで、『後から誰かが読みに来る』事を想定しているかのようにな」

「気にしすぎ、じゃないのか?」

「かもしれん・・・・・が」

 

 尚も腑に落ちない、と言った感じに首を傾げるアンデルセン。

 

 誰かが、自分達よりも先に資料室に入り、目当ての資料を読み、そして後から来るであろう存在に対してヒントを残して行った。

 

 そうとしか考えられない。

 

 だが、その考えがいかに矛盾したものであるか、言ったアンデルセンが誰よりも理解している。

 

 まず、前提条件で、先に読んだ人間がいたとしても、その人物は「後から必ず誰かが、同じ資料を求めてやってくる」事を知っていなければ意味がない。

 

 それもただの一般人ではなく、魔術協会の存在を知って、尚且つ、問題の資料を欲している人物でなくてはならない。

 

 実際のところ、そんな事を予測するのは不可能に近い。

 

 しかし現実としてカルデアは魔術協会を訪れ、目当ての資料を見つけるに至った。

 

 未来予知、それもここまでの物となると、魔術の領域を通り越して魔法に近い。

 

 果たして、いったい誰なのか。

 

 全ては、霧の中に閉ざされているかのように、視界の中に見えてこなかった。

 

 

 

 

 

第11話「英霊考察」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マシュが部屋を出て行ったのを確認してから、狸寝入りをしていた美遊は、ベッドから再び起き出す。

 

 マシュが響を抱えてこっちに来たため、慌ててベッドに潜り込んでいたのだ。

 

 続きの間に入る扉を開き、そっと中に滑り込む。

 

 客室となっているその場所には、小さなベッドが一つあり、そこで暗殺者の少年が寝息を立てていた。

 

 足音を殺したまま、そっと近づく美遊。

 

 響の能天気な寝顔が美遊の目に映り込む。

 

 夢の中で「美遊」が言っていた「彼」。

 

 それは間違いなく、今目の前にいる少年の事だろう。

 

 確証の無い、あやふやな話だが、美遊には自信をもってそう言える。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと手を伸ばし、響の頭を撫でる。

 

 そんな美遊の手のぬくもりに、響はどこか安心したように、笑みを浮かべるのが見えた。

 

 だが、

 

 そんな笑顔が、美遊の心をかき乱す。

 

「・・・・・・あなたは、誰? なぜ、私はあなたを知っているの?」

 

 美遊の問いかけに、答える者はいなかった。

 

 今は。

 



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第12話「地下に棲むモノ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい、歩いた事だろう。

 

 果てが無いかに思える地下道を、どこまでも降りて行く。

 

 既に、行程は4層目に達していた。

 

 その間、時折襲ってくるヘルタースケルターやホムンクルスと言った敵は、サーヴァント達によって悉く撃退されていた。

 

「あらら、まだ続くみたいね」

「ん、長い」

 

 先頭を歩くクロエと響の衛宮姉弟が放つ言葉にも、嘆息が混じるのが判る。

 

 その視界の先では、尚も続く暗闇が続いていた。

 

 先の戦いを終え、一時の休息により調子を整えたカルデア特殊班一同は、敵本拠地を目指して探索を開始していた。

 

 ヒントは、先に倒した2人の魔術師、パラケルススとチャールズ・バベッジが残していた。

 

 ロンドンの下に広がる大空洞。

 

 その深遠で、魔霧計画の首謀者たる魔術師「M」が待っている。

 

 このロンドンにおける人理焼却を目論んでいるのが、その「M」である事は、もはや疑いない事実だ。

 

 ならば、乗り込んで討ち取るまで。

 

 その想いを胸に、特殊班一同は、暗い地下道を進んでいた。

 

 19世紀のロンドンには既に鉄道が整備され、地下鉄も存在していた。

 

 その地下鉄構内から、更に隠し通路を探し当て、内部へと進んで行く。

 

 地下道内部は意外なほど広く、サーヴァントが全力で戦闘しても余裕があるくらいである。

 

「しっかし、噂では聞いていたが、ロンドンにこんな地下があったとはね」

 

 モードレッドが、周囲の壁を見渡しながら、呆れたように言った。

 

 今回、この場に来たのは、立香、凛果の両マスターに加え、サーヴァントはマシュ、響、美遊、クロエ、モードレッド、ジャックである。

 

 ジキル、アンデルセン、シェイクスピアと言った戦闘力の低い面子はアパートに残っており、それをナーサリーとフランが護衛と言う形で付き添っている。

 

 フランに関しては同行を希望していたが、それは却下された。

 

 却下したのは、モードレッドである。

 

「良かったのか、フランの事?」

「ああ。今のあいつは、できれば戦わせたくねえからな」

 

 尋ねる立香に、モードレッドは静かな口調で答える。

 

 先の戦いで、旧知のチャールズ・バベッジ博士が消滅する様を見たフラン。

 

 しかもバベッジは、彼女が見ている前で、敵の手によってトドメを刺された。

 

「今、フランを連れて来たら、たぶんあいつは、何もかもかなぐり捨てて、敵に突っ込んでいくだろう」

 

 まるで、その光景をどこかで見た事があるかのように呟くモードレッド。

 

 それは、時々、脳裏に浮かぶイメージ。

 

 翠の電撃を放ち、戦槌を振り上げて迫る花嫁衣裳の少女。

 

 それを迎え撃つのは・・・・・・・・・・・・

 

 剣を構え、禍々しい鎧を着込んだ。

 

 自分自身(モードレッド)

 

 そんな馬鹿な、と思う。

 

 自分が、フランと敵対する事などありえない、と。

 

 しかし、だからこそ思ってしまう。

 

 フランはきっと、ボロボロに成り果て、留まる事を知らずに破滅へと転がり落ちていく、と。

 

 いずれにせよ、

 

 そんな光景は見たくなかった。

 

「優しんだな」

「馬鹿言え」

 

 笑みを浮かべる立香の脇腹を、モードレッドは照れ隠し交じりに軽く小突いた。

 

 モードレッドはフランに甘い。

 

 これは以前、響にも言われた事だ。

 

 この事について、恐らくモードレッド自身、理由は判っていない。

 

 しかし、放っておけない。

 

 それはモードレッドが持つ、生来の面倒見の良さだけではない。どこか、別の時空から繋がる因縁による物なのかもしれなかった。

 

 そうしている内にも特殊班一同は歩を進め、更に地下へと降りて行く。

 

 どれくらい、潜った事だろう?

 

 既に10階建てのビルに相当するくらいの深度には達しているはずだった。

 

 そう思って、何度目かの階段を伝って階下へと降りた時だった。

 

 突如、

 

 視界いっぱいに、巨大な空洞が出現した。

 

 大きさは野球場がゆうに5~6個程度はすっぽり収まるくらい。天井は高く、ドーム状になっているのが判る。

 

 照明のような物があるのか、内部は昼間のような明るさがある。

 

 どこか、特異点Fにおける最終決戦の地となった円蔵山の大空洞に似ている。

 

 そして、

 

「何、あれ?」

 

 凛果が指さした方向を見る。

 

 果たしてそこには、巨大な装置が鎮座していた。

 

 見上げるほど巨大なそれは、複雑にパーツが接合され、傍目には巨大なボイラーのようにも見える。

 

 あちこちから突き出たパイプからは、莫大な量の霧が噴き出していた。

 

「どうやら・・・・・・」

「ああ、ここが魔霧計画の中心。そして、あの装置が元凶ってところか?」

 

 立香の言葉に、モードレッドが頷いた。

 

 その時だった。

 

「『アングルボダ』。と我々は呼んでいる。北欧神話に登場する女型の巨人。邪神ロキとの間に魔狼フェンリル、大蛇ヨルムンガント、女神ヘルを生んだとされる女の名だ」

 

 突如、聞こえてくる声。

 

 警戒する一同。

 

 と、

 

マスター(おかあさん)。あそこ!!」

 

 ナイフを構えるジャックは、立香を守るように立ちながら装置の脇を指差す。

 

 すると、

 

 霧に包まれた装置の脇から人影が歩み出てきた。

 

「ようこそ、カルデアの諸君。ここには何もないが、取りあえず歓迎しよう」

 

 細身で長身。ロングコートに身を包んだ若い男だ。

 

 端正な顔立ちをしているが、その顔つきには生気が薄く、まるで霊体のような印象を受ける。

 

 現れた男は、装置の前に立って振り返った。

 

「悪逆の徒は、正義の刃によって打ち倒される、か。パラケルススの言った通りになったな」

「お前が、魔術師『M』か」

 

 問いかける立香に対し、

 

 男は頷きを返す。

 

「我が名はマキリ・ゾォルケン。君が言った通り、この魔霧計画の首謀者の1人である、魔術師Mとは私の事だ」

「ハッ つまり、テメェを倒して、奥のデカブツを破壊すれば、全て解決って訳だ」

 

 抜き放った剣を構え、凶暴に言い放つモードレッド。

 

 そんな騎士の様子を、ゾォルケンはどこか虚ろな目で見つめる。

 

「円卓十三番目の騎士、モードレッドか・・・・・・アーサー王伝説に終止符を打った叛逆の騎士。君はこちら側の英霊だと思っていたのだがな。どうやら、当てがはずれたようだ」

「ハッ 俺でもない奴が、このブリテンの地を穢すなんざ、許せるはずないだろ」

「モーさん、変わらず俺様流」

 

 響のツッコミを無視して、モードレッドは、更に前へと出る。

 

「覚悟しやがれ」

 

 殺気をほとばしらせて言い放つモードレッド。

 

 そのモードレッドの傍らに立ち、立香は真っ直ぐにゾォルケンを見た。

 

「待てゾォルケン。あなたはなぜ、人類を滅ぼす側に回ったんだ? あなたは人間じゃないか、それなのに・・・・・・」

「当然の質問だが、それに答える訳にはいかない」

 

 尋ねる立香に対し、ゾォルケンは淡々とした口調で答えた。

 

「勿論、わたしとて魔術師の端くれ。そもそもは、今回の事態に対し憂いを抱える立場にあった・・・・・・」

 

 だが、

 

 ゾォルケンは、目を見開いて続ける。

 

「私は出会ってしまったのだよ、『あの方』と。そして知ってしまった。自分のしている事の無意味さを」

 

 また、だ。

 

 レフ・ライノールやオケアノスで戦ったメディアのように、背後の黒幕を匂わせるゾォルケンの言葉。

 

 その正体が何であるか、未だに片鱗すら掴めていなかった。

 

 と、

 

 アングルボダと呼んだ装置の影から、ゾォルケンを守るように複数の影が現れる。

 

 アヴェンジャーと名乗る、軍服姿の少年。

 

 キャスターと呼ばれる、巫女服姿の女。

 

 アサシンと称する、仮面の女。

 

 いずれも、ゾォルケンを守るように、立香達の前に立ち塞がった。

 

「・・・・・・生きていたのか」

 

 立香は、現れたキャスターを見ながら呟く。

 

 あの時、大英博物館前の戦いにおいて、キャスターは割って入った謎の人物によって斬られ、致命傷を負ったはずだった。

 

 それ以前に、オケアノスでは美遊によって倒されたはず。

 

 しかし今、キャスターは五体健全な姿で、立香達の前に立っていた。

 

 対してキャスターは、立香の視線など気にも留めず、気だるげにしている。

 

 そんな中、ゾォルケンは一同に背を向ける。

 

「任せる。少しで良いから、時間を稼いでくれ」

「ええ、あなたも、どうかお早く。我が主も、あなたには期待しているとの事です」

 

 ゾォルケンの言葉に頷きを返しながら、アヴェンジャーは刀を抜き放つ。

 

 同時にキャスターは呪符を取り出し、アサシンは鞭を振るう。

 

 サーヴァントの数から言えば、敵が3騎であるのに対し、特殊班は6騎。

 

 仮に戦闘になったとしても、数で圧倒できる。敵のサーヴァントを抑えている内に、ゾォルケンを倒す事が出来ればこちらの勝ち。

 

 そう思っていた。

 

 だが、

 

「一つ、君達は勘違いをしている」

 

 ゾォルケンは、落ち着き払った調子で口を開いた。

 

「君達は恐らく、こう考えている事だろう。『パラケルススやバベッジがくれた情報を元に、自分たちはここを探り当て、攻め込んで来た』と」

 

 いったい、何を言っているのか?

 

 当たり前のことを告げるゾォルケンに、訝る一同。

 

「だが、それは誤りだ。君達をここに招き入れたのは、この私なのだよ。パラケルスス、バベッジにはそれぞれ必要な情報を与え、君達が、自然とこの場所を探り当てる事が出来るようにな」

「どういう事だッ!?」

 

 そんな事をして、いったい何になるというのか?

 

 訝る立香に、ゾォルケンは淡々と答える。

 

「勿論、今日ここで、君達に消えてもらうためだ。メフィストフェレス、パラケルスス、バベッジを葬った君達を無策に迎え撃つほど、私は無謀ではない」

「抜かせッ 消えるのはテメェ等のほうだッ」

 

 強気に言い放つモードレッド。

 

 だが、

 

 対してゾォルケンが翳した物。

 

 その存在に、思わず目を見張った。

 

 魔力が溢れる、光り輝く器。

 

「あれは、聖杯ッ!?」

 

 この特異点の基点ともなっている聖杯。それが今、ゾォルケンの手に握られていた。

 

「そうだ。このアングルボダの動力源にしていた聖杯を、一時的に取り出して来た物だ。全ては、君達を屠る為の罠を完遂する為にね」

 

 言いながら、

 

 聖杯を掲げるゾォルケン。

 

「告げる、我が命運は汝の剣に、汝の剣は我が手に・・・・・・」

 

 朗々と告げられるその言葉は、聖杯召喚の詠唱。

 

「されどその眼は、狂気に曇らん」

 

 高まる魔力の中、光がゾォルケンを包み込む。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 言い放った瞬間、

 

 ゾォルケンを中心に、雷光が迸った。

 

 空間を切り裂く、凄まじい衝撃。

 

 とっさに、マシュが盾を掲げて前へと出る。

 

「皆さん、私の後ろへ!!」

 

 叫びながら、盾兵の少女は魔力を全開放する。

 

 同時に、展開される障壁。

 

 マシュの宝具「人理の礎(ロード・カルデアス)」が展開され、迸る雷撃を防ぎ止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訪れる静寂。

 

 その視界の先では、

 

 突如、1人の男が佇んでいるのが見えた。

 

 長身でがっしりとした印象の体格。ピッタリとしたスーツ姿に、手には手甲のような物を嵌めている。

 

「・・・・・・私を呼んだな」

 

 低く、唸るような声で告げる。

 

「雷電たるこの身を、天才たるこの身を呼び寄せたもの。それは叫びか? 願いか? 善か? 悪か? あるいは全てか?」

 

 言っている傍から、身の内より電撃を放つ男。

 

 その眼は爛々と輝き、どこか狂気じみているようにも見える。

 

「そうまで呼ばれたならば、応えねばなるまい。この二コラ・テスラが!!」

 

 二コラ・テスラ

 

 19世紀、オーストリア出身の天才科学者にして発明家。

 

 交流電気方式、無線操縦、蛍光灯、テスラコイル等の開発者。磁束密度の単位「テスラ」は、彼の名前から来ている。

 

 生前、上司との間に起こった「直流・交流戦争」のエピソードは、あまりにも有名である。

 

 雷霆の申し子、ゼウスの化身、インドラを超えし者。

 

 この世界の基礎を築いた「星の開拓者」の1人。

 

 現代における電気技術の大半は、この男の開発と言っても過言ではないだろう。

 

 その二コラ・テスラが、まさか英霊として召喚されるとは。

 

「これだけ多くの碩学者達が、揃いも揃って私を呼ぶとは、実に面白い!!」

 

 高笑いを上げるテスラ。

 

「ならば良かろう!! お前たちの願いのまま、天才にして雷電たる我が身は地上へと赴こう!!」

 

 哄笑するテスラの横に、ゾォルケンが並び立つ。

 

「ならば、私と共に行こうじゃないか。この私が、君の行くべき道を見届けよう」

「良いだろう。この身は本来、人類を守護すべき立場だが、今はお前の言葉に従わなければならないようだ」

 

 ゾォルケンの言葉に頷くと、テスラはもう一度、立香達の方を振り返った。

 

「我々はこれより、バッキンガム宮殿の上空へと向かう。止めなければ、わたしの電撃によって霧は活性化され、このロンドンは滅びる事になるだろう。せいぜい、頑張るがいい!!」

 

 挑発するような言動と共に、ゾォルケンを伴って歩き出すテスラ。

 

 その背後から、立香達が慌てて追いかけようとする。

 

 だが、

 

「おっと、これ以上は行かせるわけにはいきませんよ!!」

 

 抜き放った日本刀で斬りかかるアヴェンジャー。

 

 その一撃を、マシュが盾で防ぐ。

 

 更に、素早く斬り込む影が2つ。

 

 クロエはアサシンに、ジャックがキャスターに、それぞれ斬りかかる。

 

「あらあら、色黒のおチビちゃん。今度は、あなたがお相手なのね。嬉しいわ」

「うげッ とんだ変態ね。こりゃ、美遊が苦戦するわけだわ!!」

 

 干将・莫邪を投影して斬りかかるクロエに、仮面アサシンが振るう高速の鞭が襲い掛かる。

 

 一方、

 

 ジャックもまた、巫女キャスターと切り結ぶ。

 

 飛んで来る呪符を斬り捨て、爆炎を回避して、キャスターの懐に斬り込むジャック。

 

 しかし、殺人鬼の刃が届く前に、キャスターは障壁を展開。ジャックの攻撃を防ぎにかかる。

 

「むー かいたいできないじゃん、これじゃあ」

「物騒な、子ね・・・・・・はあ、面倒」

 

 言いながら、更に呪符の枚数を増やすキャスター。

 

 ジャックもまた、ナイフを翳して斬り込むタイミングを計る。

 

「さっさと、死んで」

「やだよ。だって、マスター(おかあさん)に褒めてもらうんだもん!!」

 

 次の瞬間、両者は同時に動いた。

 

 

 

 

 

 マシュVSアヴェンジャー、クロエVSアサシン、ジャックVSキャスターの戦いが展開される中、

 

 立香は妹へと振り返った。

 

「ここは俺達が押さえるから、凛果達はゾォルケンを追いかけてくれ」

「兄貴、でも・・・・・・」

 

 兄の言葉に、躊躇いを覚える凛果。

 

 これまでの戦いから、アヴェンジャー達が容易ならざる相手である事は想像できる。

 

 同数勝負で、果たして勝てるかどうか疑問が残る。

 

 しかし、立香は妹以上に、状況を冷静に見ていた。

 

「ゾォルケンやテスラを逃がせば、魔霧が活性化してこのロンドンは滅びる。さっき、テスラ本人が言っていた事だけど、そうなったら、この特異点は俺達の負けだ」

 

 つまり今、最もやらなくてはならない事はゾォルケンとテスラの補足、撃破。これは全てに優先される。

 

「大丈夫。奴らを倒したら、俺達も合流するよ」

 

 立香の言葉に、唇を噛み締める凛果。

 

 しかし、迷っている暇が無いのもまた、事実である。こうしている間にも、刻一刻と滅びは様っているのだ。

 

 次いで、立香は叛逆の騎士へと向き直った。

 

「モードレッドも行ってくれ。妹たちを頼む」

「・・・・・・ったく、殿は騎士の華だってのに。勝手にお株を奪ってんじゃねえよ」

 

 苦笑するモードレッド。

 

 しかし彼女自身、立香の主張の正しさを認めている。

 

 冷静に考えれば、足を止めて戦った方が有利なマシュが、この場に残って敵を足止めするのがベストだ。そしてマシュが残る以上、彼女のマスターである立香や、同じく立香をマスターとするクロエ、そして立香をマスター(おかあさん)と呼び慕うジャックが残るのが自然だろう。

 

「頼りにしてるよ」

「・・・・・ハッ そうまで言われて断ったとあっちゃ、騎士の名折れだな。まあ、任せとけ。お前の妹とチビ共は、俺がきっちりと守ってやるよ」

 

 そう言うと、踵を返すモードレッド。

 

 それを追って、駆け出す響、美遊、凛果の3人。

 

 凛果は後ろ髪を引かれる思いで一度だけ振り返ったが、すぐにモードレッド達を追って、通路の方へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 いち早く地上へと出たゾォルケンとテスラ。

 

 その視界では、既に霧に覆われたロンドンの街が広がっていた。

 

 既に魔霧計画は最終段階に入っている。テスラの召還によって、計画は加速されたのだ。

 

 恐らく、ロンドン市内で生き残っている者は、もはやほとんどいないだろう。

 

 後は宣言通り、バッキンガム宮殿の上空に上り、ロンドン全体に雷を振りまけば、この特異点は完全に崩壊する事になる。

 

「さて、では行くとするか」

「ああ、頼む」

 

 頷くとテスラは、自身の魔力を活性化させる。

 

 すると、上空目がけて、巨大な階段が現れたではないか。

 

 この段を上れば、ロンドン上空へと行きつく事が出来る筈。

 

 だが、

 

 階段の一段目に、脚を掛けようとした。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおっと待ったッ その階段は行き止まりだぜ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、

 

 響き渡る鮮烈な声。

 

 同時に、迸る雷光が、霧を吹き散らしてテスラ達に襲い掛かる。

 

「ぬんっ」

 

 とっさに、自身も雷撃を発して相殺するテスラ。

 

 しかし、

 

 そんな彼らの前に、立ちはだかる人影。

 

 大きく胸元がはだけたシャツに、スラックス。バックルの大きなベルトを締め、髪はストレートの金髪、双眸はサングラスで覆い隠している。

 

 やたらと金色の装飾が目立つ男だ。

 

 派手、

 

 としか言いようがない男。

 

 だが、その鮮烈なる印象は見た者全てに焼きつけられる事だろう。

 

「俺の名は坂田金時(さかたのきんとき)。悪ィが、こっから先は通行止めだぜ」

 

 そう告げると、男はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

第12話「地下に棲むモノ」      終わり

 



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第13話「雷火」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドンを覆いつくした魔霧。

 

 その力でもって人類史を焼却すべく、バッキンガム宮殿上空を目指そうとしていたマキリ・ゾォルケンと二コラ・テスラの前に立ちはだかった男は、その身より眩いばかりの電光を放っていた。

 

 金色。

 

 ゴールド。

 

 そう呼びたくなるほど、男はまぶしい存在だった。

 

「世界の危機って奴だろ、こいつは。俺の嗅覚はいつだって正確だ。あんたらを止めないと世界がやばいってのは判るぜ」

 

 言葉を向けられたゾォルケンとテスラは、沈黙をもって答える。

 

 突如、目の前に現れた男を警戒しているのが判る。

 

 坂田金時(さかたのきんとき)

 

 ある意味、日本においてこれほど有名な存在は他にいないだろう。

 

 平安時代の武将、源頼光(みなもとのらいこう)(よりみつ)の配下であり、その四天王に数えられた猛将。数々の怪異退治に付き従い、その力は剛力無双。天下に並ぶ者無しとまで称されている。

 

 そして、

 

 日本童話で有名すぎるくらい有名な「金太郎」の成人した姿でもある。

 

 日本の英霊の中では、間違いなく最強の一角。

 

 その坂田金時が今、人理焼却に際し、壊滅の危機にあるロンドンへと馳せ参じたのだ。

 

「どうやら、あんた達は空へと行きたいらしいな。だが、そうなれば世界は、炎に加えて、霧と雷で滅茶苦茶にされちまう」

 

 言い放つ金時に対し、

 

「素晴らしい」

 

 賞賛の声を送ったのはテスラだった。

 

「貴様の理解は稲妻のように鋭く、稲妻のように迅速だ!! いかにも、我々を止めねば世界は終わる!!」

 

 自分たちの行動を、包み隠さず暴露するテスラ。

 

 隠すつもりは無いのか、あるいは隠そうとする意志が無いのか。

 

 そんなテスラの様子を、ゾォルケンは傍らで黙したまま容認している。

 

 止めるだけ無駄、とでも思っているのかもしれない。

 

「Mrキントキ・サカタ・・・・・・いや、ここは敢えて、Mrゴールデンと呼ばせてもらおう。否、呼ばねばならぬッ どうか呼ばせてくれたまえッ 君が、この魔霧を止める為に召喚された英霊であるならば、この私を止めなくてはならない。そうでなければ、このロンドンは確実に滅びる事になるだろう」

 

 テスラの言葉に対し、金時はサングラス越しにニヤリとした笑みを返す。

 

「あんた、意外にノリ良いな。気に入ったぜ」

「だが生憎、この身は狂化が与えられており手加減は出来ぬ。やりすぎてしまったなら、許してくれ給えよ」

 

 大仰に言いながら、身構えるテスラ。

 

 対抗するように、金時もその手に巨大な戦斧を召喚する。

 

「良いぜ、とことんまでやってやろうじゃねえかッ」

 

 吹き上がる戦気。

 

 雷を操る2騎の英霊が、ロンドンの地において対峙する。

 

 激発の瞬間が訪れる。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「あいや、しばらく、しばらく~ はいはい、ちょっとすみませんね~」

 

 突如、気が抜けるような女性の声が響き渡り、青い和装姿の女性が、2人の間に割り込んで来た。

 

 驚いたのは、女性の姿である。

 

 外見年齢は20前後、と言ったところだろうか? 絶世、と言っても過言ではない美貌があり、多くの人々を引き付けるに足る容姿をしている。

 

 しかし頭には狐を思わせる尖った耳が飛び出し、お尻からはふさふさした尻尾まで生えている。

 

 半人半獣を思わせるようしながら、どこか神々しさすら感じさせる存在。

 

 しかし、その口から飛び出して来たのは、随分と俗っぽいセリフだった。

 

「ここ、霧のロンドンで合ってますよね? 夢の二階建てバスは何処? 大英博物館、時計塔、セントポール大聖堂は何処? この不気味な霧は何です? どうして昼日中に誰もいないんです? 楽しみにしていたフィッシュアンドチップスは? 密かに憧れていたアフタヌーンティーは? スコーンは? クロテッドクリームは? フォートナム&メイソーンの本店は? これもう、半分以上廃墟っぽいんですけどッ!? みこッ? もしかしてロンドン、サクッと滅びかけてません? ご主人様とのハネムーンへの予行練習にと、ロンドン旅行に着いて来てみれば何ですかこれ? もしや金時さん、私を謀りました? 神様舐めてます?」

 

 いや、あんさん何しに来たんすか?

 

 誰もがそうツッコみたがっている中、

 

「おお、なんという・・・・・・」

 

 驚嘆の声を上げたのはテスラだった。

 

「何と言う、眩しくも美しい貴婦人だろうか。この二コラ・テスラ、麗しきレディには礼を尽くそう。オリエントの気配濃き美しきレディ。ここは危険です。聊か離れていた方が良い」

「みこッ!? あら、素敵なイケ魂・・・・・・いえ、いえいえ、この玉藻、ご主人様一筋と心に決めておりますから、いけませんッ それにあなた、心がイケてない様子。もしかして、狂化スキルでもくっついてます?」

「しかも聡明ときた。聊か異なるが、その通りではあるのですレディ。私の言葉に意味は無く、私はただ、一つの行動を成すのみ」

 

 言い寄られて存外、満更でもない様子の玉藻と名乗る狐女。

 

 玉藻の前(たまものまえ)

 

 平安時代末期、鳥羽天皇に仕えたとされる絶世の美女。その美貌と博識から、天皇からの寵愛を一心に受けたという。

 

 しかしその正体は、白面金毛九尾狐(はくめんこんもうきゅうびぎつね)と呼ばれる、稀代の大妖怪であった。

 

 やがて、天皇が病に倒れると、陰陽師安倍晴明(あべのせいめい)によって本性が発覚。正体を現し、宮中から脱走した。

 

 その後、那須野に潜伏し悪徳の限りを尽くしていたが、その行為によって己の存在が再び露見。差し向けられた朝廷の軍勢と死闘を演じる事となる。

 

 それでも玉藻の魔力は強大であり、一度は朝廷の軍勢を撃退するまでに至っている。

 

 しかしその後、体勢を立て直した朝廷軍の侵攻を再び受け、ついには討ち取られるに至った。

 

 暴虐の限りを尽くしたその存在は、鈴鹿山の大嶽丸、大江山の酒呑童子と並んで、日本三大化生の1体とされている。

 

 その一方、その真の姿は日本神話の主神たる、天照大神(あまてらすおおみかみ)の化身とも言われている。つまり、神が人に憧れ、降臨した姿だったのではないか、とも言われているのだ。

 

「さて、では残念であるが、君達は私を止める為、私と戦わなくてはならん。そうでなくては、このロンドンは救えぬからね。なに、遠慮はいらん。2対1で来たまえ。私は一向に構わんぞ」

 

 言いながら、身の内より雷電をほとばしらせるテスラ。

 

 既に、戦闘準備は十分な様子だ。

 

 対して、玉藻は嘆息しつつ金時を見る。

 

「だ、そうですよ。どうします金時さん? できれば私、ちゃっちゃと片付けてロンドン観光を楽しみたい所なんですけど。ああ、観光の際は金時さんはいなくても大丈夫ですよ。束縛はしませんとも。ええ」

「べ、べつに着いて行きゃしねえよ。つーかあんた、俺の召喚にタダ乗りしてきただけだろうが」

 

 などと言いつつ、なぜか顔を逸らす金時。

 

 そんな金時の態度に、玉藻は眉をひそめて詰め寄る。

 

「ちょっと金時さん、真面目に聞いてます? なぜ顔を逸らすんですの?」

「聞いてるよッ 判ったから離れろフォックス!!」

 

 などと言って、更に離れようとする金時。

 

 その顔は、サングラス越しにも分かるくらい赤くなっている。

 

 どうやら、見た目のピーキーさに似合わず、随分と純情な性格らしい。

 

 まあ、無理も無い。何しろ玉藻の恰好と言ったら、和装の胸元は肩口まで大胆に露出し、その大きな胸は、谷間まで見えてしまっている。着物の裾も短く、まぶしい太腿を惜しげも無く晒していた。

 

 何より顔。

 

 かつて、天皇すら誑かしたとされるその美貌は、傾国の美女に相応しい妖艶な美しさを放っていた。

 

 とは言え、おふざけはそこまでだった。

 

 金時は気を取り直して戦斧を構える。

 

「あんたは援護に専念してくれ。俺が前に出て殴る」

 

 言いながら、その身より雷光を放つ金時。

 

 サングラス越しに鋭い視線が、世紀の大天才へと投げられた。

 

「んじゃあ、ケンカ祭と行こうぜッ 雷人同士、派手に花火をぶち上げようぜ、二コラ・テスラ!!」

「ハハハハハハッ 面白いッ 受けて立とうッ 来たまえMrゴールデン!!」

 

 互いに放たれる雷光が、

 

 次の瞬間、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立香達が地下大空洞でアヴェンジャー達と交戦、凛果達はテスラとゾォルケンを追って地上へと急ぎ、金時と玉藻はテスラと戦闘開始。

 

 三か所で繰り広げられる大激戦。

 

 そして今、

 

 戦端はさらに一つ、開かれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 アパートの前は、既に敵で溢れていた。

 

 ホムンクルスにオートマタにヘルタースケルター。

 

 既に見慣れた感のある敵の姿だが、数が尋常ではない。

 

 通りを埋め尽くすほどの敵の数を前にしては、流石に絶句せざるを得ない。

 

「フム・・・・・・主力が出払った隙を狙われた、という訳ではなさそうだな、どうやら」

「いかにも。敵兵は津波の如く、されどその統率は烏合に似たり、と言ったところですか。どうやら、無差別な破壊を行っていると見ましたぞ」

 

 アンデルセンの分析に、シェイクスピアも同意の頷きを返す。

 

 2人が見ている前で、尚も敵が増え続けている。

 

 とは言え、文豪2人が言っている通り、その動きには統率めいた物は見られない。

 

 ただ無軌道に暴れ、破壊を繰り返しているだけの様子だ。

 

「けど、このままじゃ、連中がここに来るのも時間の問題だろうね」

 

 顔を出したジキルが、緊張交じりに呟く。

 

 先程、アンデルセンが言った通り、今ここには「主力」がいない。

 

 特殊班メンバーの内、戦闘に特化した連中は出撃してしまい、ここにいるメンバーの大半は戦闘に向かない連中ばかりだ。

 

 辛うじて戦えるのは、フランとナーサリー・ライムの両名のみ。

 

 援軍も期待できない。

 

「まさに状況は絶望的。神々ですら、この戦いの結末を嘆かずにはいられない事でしょう」

「フンッ」

 

 芝居じみたシェイクスピアの言葉に、アンデルセンは鼻を鳴らす。

 

 偏屈な童話作家は、もはや異形の「川」と化した感のある眼下を眺めやった。

 

「生憎、俺は生前から無駄に諦めが悪い方でな」

 

 言ってから、アンデルセンは一同を見やる。

 

「どうにか包囲を突破して、立香達と合流するぞ。あの脳筋連中と合流できれば、事態は打開する目も出るだろう」

 

 言ってから、今度は佇む2人の少女を見やった。

 

「お前ら2人が頼りだ。頼むぞ」

「ゥゥ」

「まったく不本意だわ」

 

 低い声で頷くフランと、不承不承な感じのナーサリー。

 

 ナーサリー的には、嫌っているアンデルセンの護衛など不満でしかないだろうが、ここでその不満をぶちまける気は無い様子だ。

 

 と、

 

「なら、僕も、今回は出し惜しみは無しで行こう」

 

 どこか、落ち着き払ったようなジキルの言葉に、一同が振り返った。

 

 いったい、何をしようと言うのか?

 

 ジキルはサーヴァントではない。まったくの一般人である。それどころか、どう見ても戦闘向きの性格ではない。

 

 正直、下手に前に出られるより、後ろで大人しくしていてくれた方が助かるのだが。

 

 対して、皆の視線を受けた青年は、静かに佇む。

 

「おいおい。生身でアレの中に突っ込んでいこうというのか?」

「大丈夫。奥の手があるからね」

 

 呆れた調子で尋ねるアンデルセンに答えると、ジキルがポケットから取り出したのは、小さなガラスの瓶だった。

 

 薄い青色の液体を満たした便は、手のひらに収まるくらい小さい。

 

 ジキルはコルクの蓋を親指で弾いて飛ばすと、中身の液体を一気に煽った。

 

 いったい、何なのか?

 

 一同が固唾を飲んで見守る中、

 

 変化は劇的に起こった。

 

 髪は逆立ち目は吊り上がり、口元には凶笑が刻まれる。

 

「ヒャハハハハハハハハハハハハッ!! 来た来た来た来た来たァ!!」

 

 狂ったように笑い声をを上げるジキル。

 

 それは、あまりに有名な一つの怪談話。

 

 若き天才科学者ヘンリー・ジキルは、人間の心に潜む善悪の感情について研究していた。

 

 やがて研究を進める上で「完全な善をもってすれば、完全な悪を封じ込める事が出来る」と考え、ついには悪意を消し去る為の薬を開発する事に成功した。

 

 しかし、薬を飲んだジキルに起こった変化は、悪意を消し去るどころか、かえって悪の人格を表に引きずり出す結果となってしまった。

 

 それでも諦めないジキルは、何とか自らの悪意を封じ込めようと、研究に没頭していく。

 

 しかし皮肉な事に、研究を続ければ続けるほど、彼の中で悪の人格は増幅されて行く事となる。

 

 やがて、薬無しでも悪の人格は表に出るようになり、ジキルの恋人や友人まで傷つけるに至る。

 

 一連の事件に絶望したジキル。

 

 彼が、自らの悪意を断ち切る為に取った行動は、自らの命を断つ事だった。

 

 ジキルから引き出された悪の人格。

 

 その名を、ハイドと言う。

 

 ハイドはその手に、一振りのナイフを抜き放つと、迷う事無く階下の敵の群れへと飛び込んでいく。

 

「さあ、ハイド様のお通りだァ!! 切り刻んでやるぜェ!!」

 

 喜々とした雄たけびを上げながら、手にしたナイフで片っ端から敵を斬り捨てて行く。

 

 その様子を、残った面々は唖然とした調子で眺めていた。

 

「何とまあ・・・・・・」

「まるで悪魔(ディアボロ)のようなのだわ」

 

 呆れた様子で、ハイドの奮戦を眺めるアンデルセンとナーサリー。

 

 不倶戴天の2人が思わず呆気に取られるほど、状況は斜め上に吹っ飛んでいた。

 

 圧倒的、と言って良いだろう。

 

 今のハイドは、サーヴァントすら凌ぐ戦闘力を発揮して、敵を屠り続けている。

 

 つまり、

 

 何はともあれ、今がチャンスなのは間違いなかった。

 

「仕方ない。行くぞ。お前ら、遅れるなよ!!」

 

 アンデルセンの声と共に、一同もまた階下の戦場へと踊り込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 駆ける足は、自然と早くなる。

 

 テスラとゾォルケンを追って、地上を目指す凛果達。

 

 途中、現れる敵を蹴散らしながら、上へと目指す。

 

「状況はどう? ダ・ヴィンチちゃん!?」

 

 凛果は腕の通信機に向かって尋ねる。

 

 生身の人間である凛果は、モードレッドによって抱えられている。

 

 少しでもスピードを上げる為だった。

 

 響、美遊の2人は露払いの為、モードレッドよりも少し先を駆けている。

 

 ややあって、カルデアのダ・ヴィンチから連絡が入った。

 

《良いぞ。連中、どうやらあまり動いていないようだ。一か所にとどまっているぞ》

「バッキンガム宮殿に行く、とか言っていたけど?」

《まだ、到着していない。このまま行けば追いつけるはずだ》

 

 ダ・ヴィンチからの連絡はカルデア特殊班にとって朗報ではあるが、同時に困惑をも呼び込んでくる。

 

 いったい、どういうつもりなのか?

 

 時間的に言えば、敵はとっくの昔にバッキンガム宮殿に到着していてもおかしくはないのに。

 

 テスラが金時、玉藻両名と交戦中である事を知らない凛果達は首を傾げるしかなかった。

 

「もしかして、テスラは本能的にはこっちの味方をしたいのかな?」

「そう言えば、聞いてもいない事を勝手に話していました」

 

 美遊も頷きを返す。

 

 自分の目的地やら、計画の趣旨やら、テスラは自分から話していたのを思い出す。

 

 それらの事は本来なら、彼にとっては秘密にすべき事だろうに。

 

「ん、もしかしていい人?」

「それは、ちょっと違うかもしれないけど・・・・・・」

「何だって良いさッ 連中が止まってくれてるなら好都合だろ。とにかく急ぐぞ!!」

 

 モードレッドの言葉に促され、駆ける足をさらに速めた。

 

 地上までは、あと少しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激突する、雷と雷。

 

 破壊的な閃光が、周囲に容赦なく撒き散らされる。

 

 坂田金時と二コラ・テスラ。

 

 片や奇跡により、片や自らの才知により、

 

 共に雷の力を得るに至った両者が激突する。

 

「これで、どうかねッ!?」

 

 戦斧を振り翳して向かってくる金時に対し、手甲から雷撃を放って迎え撃つテスラ。

 

 紫電の矢が次々と、大英雄に突き刺さる。

 

 だが、

 

「ハッ 効くかよ!!」

 

 構わず前へと出る金時。

 

 その肉体より金色の雷撃を放ち、テスラへと迫る。

 

「これで、どうだァ!!」

 

 間合いに入った瞬間、

 

 戦斧を振り下ろす。

 

 だが、

 

「甘いなッ Mrゴールデン!!」

 

 両手を突き出すテスラ。

 

 その手掌より、

 

 金時の胸へ目がけて雷撃が放たれた。

 

「ぐおッ!?」

 

 溜まらず、後退する金時。

 

 そこへ、テスラはすかさず追撃を仕掛ける。

 

 放たれた雷撃の矢が、次々と金時へ突き刺さる。

 

「グッ!?」

 

 呻き声と共に、崩れかかる金時。

 

 だが、

 

「金時さんッ!!」

 

 後方で待機していた玉藻が、すかさず呪符を取り出して金時へと翳す。

 

 たちまち、金時の身体にある傷が癒されていくのが判る。

 

 玉藻は更に、手を止めずに動く。

 

 新たな呪符を取り出すと、金時を援護すべく、テスラ目がけて投擲する。

 

「ぬッ!?」

 

 飛んできた呪符を、雷撃の矢で迎え撃つ。

 

 空中でぶつかり合い、呪符は次々と破かれていく。

 

 だが、その内の1枚がテスラの眼前に踊る。

 

 同時に、内包された魔力が解き放たれ、爆炎が迸る。

 

 視界全てを焼くに足る、強烈な炎。

 

 いかにテスラと言えど、無事では済まないはず。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 燃え盛る炎を突く形で、雷撃が迸った。

 

「危ねェ!!」

「金時さんッ!?」

 

 驚く玉藻の目の前で、雷撃の前に立ちはだかる金時。

 

 とっさに防御の姿勢を取るも、テスラが放った雷撃を真っ向から浴び、大英雄はその身を焼かれる。

 

「ちょっと金時さん。無茶しすぎですわよ!!」

「ヘッ この程度ッ」

 

 心配して言い募る玉藻に、金時は強がって見せる。

 

 実際のところ、金時の受けた傷は浅くない。

 

 ダメージは、着実に蓄積されていた。

 

 坂田金時、玉藻の前。

 

 日本が誇る2大英霊を前に善戦し、それどころか有利に戦続けているテスラ。

 

 しかし、それにはれっきとした理由があった。

 

 英霊の力とは本来、人々が信じる力であり、こうあってほしいという願いの結晶でもある。

 

 これには英霊の「知名度」も大きく関わってくる。要するに、人々により知られている英霊は、本来の実力を超えた力を発揮する事も不可能ではないのだ。反対に、実際にどれだけ強かったにせよ、知名度の低い英霊は、本来の実力を発揮できないのだ。

 

 これには地域性も大きく関わってくる。その英霊が活躍した土地であるなら、知名度も最高になるが、その土地から一歩でも出れば、その効力は失われてしまうのである。

 

 金時と玉藻は日本においては最強クラスの英霊だが、反面、西欧諸国での知名度はゼロに等しい。

 

 一方のテスラは、活躍の場こそアメリカだが、それでも欧州における知名度は2人に比べればまだ高い。何より出身はオーストリアである事を考えれば、知名度としては申し分ない。

 

 この差が、両者の明暗を大きく分けていた。

 

 加えて、

 

 金時も玉藻も気付いていた。

 

 テスラを取り巻く魔霧。

 

 テスラ自身の雷電によって活性化した魔霧が魔力を吸収し、金時や玉藻の攻撃を減衰させているのだ。

 

 今の2人は、本来の実力の半分も出せていない状態だった。

 

「とは言え、流石だ、Mrゴールデン、そして麗しきフォクシィレディよ。君達の勇戦敢闘振りには驚嘆を禁じえない」

「ヘッ そいつはどうも」

 

 賞賛されて満更でもない様子の金時。

 

 敵でありながら、テスラはどこか憎めない一面を持っていた。

 

「しかし、すまない。今の私は、君達を倒さねばならない身。私は、ままならない私を呪いながら、君達にトドメを刺すとしよう」

 

 言いながら、

 

 周囲の雷撃を収束させていくテスラ。

 

 テスラ自身を中心に、莫大な量の電撃が収束していくのが判る。

 

 対して、

 

 金時は苦笑いを浮かべてテスラを見やる。

 

 ここまでやや不利な状況ながら、連携と自力によって戦線を維持してきた金時と玉藻だが、テスラは軽くそれを上回るだけの攻撃を放つ事が出来る。

 

 恐らく、彼の宝具なのだろう。

 

 もし、テスラが雷撃を解放すれば、今度こそ金時と玉藻は終わりである。

 

「おうフォックス。ちょいと趣味じゃねえが、ここらで一つ、賭けに出ようと思うんだが、どうよ?」

「・・・・・・仕方ありませんね。私も折角来たロンドン。早々に退場したくはありませんので」

 

 言い放つと、

 

 手にした複数の呪符を一斉に投げる玉藻。

 

 同時に、その姿が一変する。

 

 着てる和装の上から、十二単のように打ち掛けが重ねられ、頭には金の髪飾りが乗せられる。

 

 更に1本だった尻尾は3本に増え、オーラを纏ったように光り輝いた。

 

 手にした鏡を、金時に向けて翳す玉藻。

 

「出雲に神あり。審美確かに、魂に息吹を、山河水天に天照す。これ自在にして禊の証、名を玉藻鎮石(たまもしずいし)。神宝宇迦の鏡なり」

 

 朗々と読み上げる詠唱。

 

 同時に、溢れ出る魔力。

 

水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)!!」

 

 天照大神が天岩戸に隠れた際、大神を連れ出すために神々が用いたとされる「八咫鏡」。

 

 その力の一部を引き出した宝具こそ、玉藻が使う「水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)」である。

 

 玉藻の援護を受けて、金時も仕掛ける。

 

「オォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 その身より発せられる電撃が、一斉に放出される。

 

 サングラス越しに睨むテスラ。

 

 自身の全てを賭けて、日本を代表する大英雄が、ゼウスの申し子へと挑む。

 

 テスラもまた、自らの全霊でもって、金時を迎え撃つ。

 

 

 

 

 

黄金衝撃(ゴールデンスパーク)!!」

人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)!!」

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 2つの雷撃が激突し、周囲一帯を染め上げた。

 

 

 

 

 

第13話「雷火」      終わり

 



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第14話「其れはブリテンに名高き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決着が着いたのは、まさに凛果達が地上へと駆け上がった瞬間だった。

 

 迸る閃光が白色の壁となって迫る。

 

「うわッ!?」

 

 視界全てを焼くような雷光が周囲一帯を覆いつくす中、凛果はとっさに顔を覆って視界を保護する。

 

 物理衝撃すら伴った雷撃。

 

 それが晴れた時、

 

 凛果は恐る恐る顔を上げる。

 

 晴れる、視界の先。

 

 そこには、

 

 互いに視線をぶつけ合い対峙する、テスラと金時の姿があった。

 

 戦斧を振り下ろした金時が、サングラス越しにニヤリと笑う。

 

 それに合わせるように、フッと笑みを浮かべるテスラ。

 

 次の瞬間、

 

「ハッ 僅かに、及ばねえかよ」

 

 舌打ち交じりの笑みと共に、戦斧を取り落として崩れ落ちる金時。

 

 倒れる金時に合わせるように、彼の背後で援護に当たっていた玉藻もまた崩れ落ちた。

 

 テスラの宝具による一撃は、二大英雄の力をもってしても打ち破る事は叶わなかったのだ。

 

 やはり、戦うには条件が悪すぎた。

 

 片や地の利を得ており、更に聖杯のバックアップにより強大な力を振るう事が出来るテスラに対し、如何に最強クラスの英霊とは言え、マスターすらいない金時と玉藻が敵う道理は無かった。

 

 だが、

 

「見事だ」

 

 地に倒れた2人に対し、テスラから送られたのは、紛う事無き称賛の言葉だった。

 

「我が魔霧を完全に吹き飛ばすか。Mrゴールデン、それに麗しきフォクシィ・レディよ。その力に、この二コラ・テスラ、感嘆を禁じえん」

 

 見れば確かに、テスラの身を覆っていた魔霧は完全に消え失せている。

 

 金時の放った一撃は、決して無効だったわけではない。

 

 渾身の宝具は、テスラを無敵たらしめていた魔霧を、完全に吹き飛ばしていたのだ。

 

 これで、先程までのように魔力を吸収する防御手段は使えなくなったはずだ。

 

 そこへ、駆けてくる複数の足音が聞こえる。

 

 凛果達は倒れている金時と玉藻に駆け寄ると、彼等を守るようにテスラ達に対峙する。

 

 事情はイマイチ呑み込めないが、取りあえずテスラ達と戦っていた以上、敵ではないと判断したのだった。

 

 少女たちの姿を見た金時は、座り込んだまま片手を上げる。

 

「おう、アンタ等、カルデアっ連中だろ? 悪ィが、あと頼むわ。俺達もそろそろ限界だ」

「いや、良いんだけど・・・・・・」

「ん、ぶっちゃけ、誰?」

 

 凛果達からしてみれば、地下から這い出て来てみれば、見知らぬ男女のサーヴァントが敵と戦っていたのだ。驚くなと言う方が無理がある。

 

 とは言え、今はそこに構っている暇は無かった。

 

「遅かったな、カルデア」

 

 マキリ・ゾォルケンは、追ってきた凛果達を見やって、陰気な声で呟いた。

 

 そんな魔術師を守るように、テスラも控える。

 

「あの小僧ではなく、小娘の方が来たか。舐められた物だ」

「言ってくれるわね」

 

 侮るような発言をするゾォルケンに対し、凛果は強気に返す。

 

 正直、凛果にも不安はある。

 

 しかし、恐怖は無い。

 

 自分は1人ではない。

 

 地下では今も、兄たちが戦っている。

 

 そして目の前でも、

 

 信じるべきサーヴァント達が、凛果と共に戦ってくれている。

 

 ならば、恐れるべき何物も、そこには存在しなかった。

 

 だが、

 

 ゾォルケンは泰然としたまま凛果を見ると、フッと息を吐く。

 

「良いだろう。だが・・・・・・・・・・・・」

 

 手にした聖杯を掲げるゾォルケン。

 

 同時に、あふれ出た魔力が魔霧に反応し、再び活性化するのが判った。

 

「いずれにせよ、君達に勝ち目は無い。新たな英霊は、既に召喚済みだ」

 

 ゾォルケンの言葉に応えるように、聖杯が輝きを増すのが判った。

 

 光り輝く聖杯により、再び召喚の儀式が完成する。

 

「出でよ、偉大なる嵐の王。我が呼び声に応え、この地へと来たれ」

 

 朗々と響く詠唱。

 

 魔霧の中から聞こえてくる蹄の音。

 

 その姿に、誰もが息を呑む。

 

 巨大な漆黒の軍馬に跨った騎士は、全身を甲冑に鎧い、手には巨大な騎士槍を手にしている。

 

 禍々しき、その姿。

 

 まるで、地獄から駆けてきたような出で立ちの騎士。

 

 誰もが固唾を飲んで見据える中、

 

「あ・・・・・アァ・・・・・・まさか、あの姿は、そんな・・・・・・・・・・・・」

「ん、モーさん?」

 

 愕然とした調子で呟くモードレッドを、響は怪訝な面持ちで見上げる。

 

 だが、モードレッドは、そんな響にも気付かぬ様子で、現れた漆黒の騎士を見つめ続けている。

 

「あの姿・・・・・・それにあの槍・・・・・・見忘れもしねえ・・・・・・」

 

 やがて、

 

 一同が見ている前で、

 

 騎士はゆっくりと、ヘルメットを外す。

 

 その下から出てきた素顔。

 

 後頭部で纏めた髪に、白さが目立つ肌。吊り上がった瞳からは、稲妻のような眼光が迸っている。

 

 そして、

 

「あれは・・・・・・」

「ん、モーさんに、似てる」

 

 美遊と響が声を上げる。

 

 確かに。

 

 騎士の方が年齢は明らかに上だが、その顔の特徴は、モードレッドにどことなく似ている。

 

 否、

 

 この場合、モードレッドが騎士に似ている、というべきか。

 

「そうか・・・・・・・・・・・・」

 

 モードレッドが、どこか気の抜けたような声で、騎士を見上げながら呟く。

 

「あんたは・・・・・・そんなに俺が憎いのか・・・・・・あんたを裏切り、あんたの国を滅ぼした俺が、憎かったのか・・・・・・死んでまで、俺を追いかけて来て・・・・・・俺を殺した槍まで持ち出して・・・・・・・・・・・・」

 

 見上げる視線が、ぶつかり合う。

 

「なあ、そうだろッ・・・・・・父上ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 市街の中心に進むにつれ、敵の数は多くなっていく。

 

 今やロンドンは、完全に魔窟と化していると言って良いだろう。

 

 人間よりも、化け物たちの数の方が多いのは、目に見えていた。

 

「クッ しつこいのだわ!!」

 

 魔力弾を放ってヘルタースケルターを撃ち倒すナーサリー。

 

 しかし、倒しても倒してもきりがない。

 

 敵は仲間の死体を乗り越えて迫って来る。

 

 否、そもそもからして仲間と言う概念など、連中には無いのだろう。

 

 死ねばせいぜい「路上に転がる障害物」程度の認識しか無いのかもしれない。

 

 いずれにしても、群がる敵が四方から迫ってきている。

 

「いやはや、これは想像を絶していますぞ。まさに地獄の如き様相(apocalypse)とでも言うべきでしょうか」

 

 周囲を見回しながら、シェイクスピアが肩を竦める。

 

 今はナーサリーの他、フラン、それにハイドと化したジキルが奮戦しているが、ナーサリーはともかく、残り2人はあまり殲滅戦に向いているとは言い難い。

 

 まあ、それでも前線で暴れまくるフランとハイドの様子を見れば、放っておいても大丈夫なような気もするが。

 

 今も、2人がいると思われる辺りで敵がポンポンと、景気良く空中に踊っているのが見える。

 

 しかし、多勢に無勢である事に変わりは無かった。

 

「まずいな、こいつは・・・・・・」

 

 珍しい事に、アンデルセンが焦慮に近い言葉を吐く。

 

 今のロンドンは、崩壊が加速しつつある。

 

 それが、魔霧が活性化したせいである事を、稀代の童話作家は、既に把握している。

 

 増え続ける敵。

 

 いかにサーヴァントが強力な存在であったとしても、万を超える軍勢を相手に、いつまでも戦い続けられる物ではない。

 

 その時だった。

 

「キャァッ!?」

 

 鳴り響く悲鳴。

 

 視線を転じれば、奮戦していたナーサリーが、複数の敵に取り囲まれている所だった。

 

 魔術師(キャスター)は懐に入られると弱い。

 

 魔力弾を駆使して敵を倒していたナーサリーだったが、一瞬の隙を突かれ、接近を許してしまったのだ。

 

「いかんッ」

 

 アンデルセンが叫ぶ中、倒れたナーサリーに敵が群がる。

 

 ホムンクルスが、ヘルタースケルターが、オートマタが、

 

 少女サーヴァントを貪りつくすべく迫った。

 

「・・・・・・・・・・・・アリスッ」

 

 小さな呟きと共に少女が、ギュッと目をつぶる。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全投影連続層写(トレースオン・ソードバレル・フルオープン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬く閃光。

 

 銀の剣閃が、驟雨の如く降り注ぐ。

 

 油断無く、

 

 容赦無く、

 

 遺漏無く、

 

 銀の雨は、化け物の頭上にあまねく降り注ぎ、刺し貫いていく。

 

 ただ1匹の例外も許さない。

 

 その全てを、殲滅の名の下に飲み込んでいく。

 

 次の瞬間、

 

 舞い降りた何者かが、路上に座り込んでいたナーサリーを抱え上げて跳躍する。

 

 群がる敵を殲滅しつくした男は、そのままアンデルセン達の下へと降り立った。

 

「お前は・・・・・・・・・・・・」

 

 驚くアンデルセンたちの前で、

 

 男は腕の中に抱えたナーサリーを、そっと地面に下した。

 

「あ、ありがとう」

 

 戸惑いながら礼を告げる少女に、男は無言のまま、かぶっている帽子を直してやる。

 

 頭から膝下まで、白い外套にすっぽりと覆った男。

 

 そのせいで顔を伺う事は出来ない。

 

 だが、サーヴァントである事は、すぐに判った。

 

「・・・・・・合流するなら急げ。彼等も今、苦戦しているだろうからな」

 

 フードの奥から、低い声が聞こえる。

 

 年齢までは判らないが、ひび割れたような、かすれた声だ。

 

 告げると男はアンデルセンたちに背を向け、まるで傷付いた我が身を引きずるようにして歩き出す。

 

 ここでの自分の役目は果たした、とでも言うべき素っ気ない態度。

 

 あるいは、留まる事は許されない、とでも思っているのだろうか?

 

 まるで、苦行を自らに課した聖者のように、男は己の道を歩く。

 

 と、

 

「待て」

 

 その背後から声を掛けたのはアンデルセンだった。

 

 足を止めて振り返る男に、童話作家は問いかける。

 

「まだ戦う気か? そのボロボロに傷尽き果てた霊基で?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかけるアンデルセンに、男は何も答えない。

 

 否、答えるまでもない、と言いたいのかもしれない。

 

 戦い続ける事。

 

 守り続ける事。

 

 それこそが、己を己たらしめている唯一の存在価値なのだから。

 

 そんな男の意図を察したのだろう。

 

 アンデルセンは嘆息する。

 

「仕方がない奴だ。今回は特別、ノーギャラにしておいてやろう」

 

 取り出した紙とペン。

 

 アンデルセンが筆を走らせると、

 

 驚いた事に、紙の上に魔力が躍り出したではないか。

 

 不世出の天才童話作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセン。

 

 あらゆる人物を観察し、その人物の本質を見抜き、そして書き連ねる事に掛けて、古今東西、彼を抜く者は遂に現れなかった。

 

 それ故に、アンデルセンの宝具は、こうある。

 

貴方の為の物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)

 

 紙片が躍る。

 

 魔力によって綴られた物語は、男の胸元に当てられ、そして溶け込むようにして消えて行った。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

「それで、少しは楽になっただろう。もっとも、俺は修理屋じゃないから、抜けた底を直す事は出来ん。あくまで零れていく物を水増ししただけだと言う事を覚えておけ」

 

 アンデルセンは宝具のバフを用いて、彼の中で不足していた魔力を補充したのだ。

 

 男は確かめるように、拳を握る。

 

 確かに、体は軽くなった。魔力も、先程と比べて、見違えるように溢れていた。

 

「・・・・・・ありがとう」

「なに、誰だって自殺しようとする奴がいれば手を差し伸べたくなるだろう。それと同じだ」

 

 皮肉なのか本気なのか分からないアンデルセンの言葉に、男はフードの奥でフッと笑ったような気がした。

 

 そのまま跳躍すると、屋根に飛び乗って駆けて行く。

 

 その姿は、あっという間に見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、そうだろッ・・・・・・父上ッ!!」

 

 モードレッドの叫びが、悲痛に響き渡る。

 

 その言葉に、誰もが耳を疑った。

 

「ん、モーさんのお父さん? 美遊じゃなくて?」

「響、お願いだから黙って」

 

 空気を読まないボケをかます相方を引っ込めつつ、美遊は現れた馬上の騎士を睨む。

 

 円卓の騎士モードレッド卿の父親。

 

 それは即ち、ブリテンの大英雄アーサー王に他ならない。

 

 美遊自身、かつて冬木の地において参戦した聖杯戦争でアーサー王(アルトリア)を召喚し、マスターとして彼女と共に戦っている。

 

 それ故、アーサー王の性別が、実は女性だった事は知っている。

 

 見れば確かに、目の前の馬上の騎士は、アルトリアに特徴が似ている。

 

 もっとも、美遊と契約したアルトリアが、まだ少女のような若い姿であったのに対し、目の前のアルトリアは、成熟した大人の女性と言った外見をしている。

 

 それは、

 

 まあ、

 

 何と言うか、

 

 ある一点、女性を象徴する部分が特に。

 

「ん、美遊、どこ見てる?」

「え、あ、い、いや、別に・・・・・・」

 

 いきなり、ジト目の響に声を掛けられて、しどろもどろになる美遊。

 

 まあ、無理も無いと言えば無理も無い。

 

 何しろ、目の前のアルトリアの胸は、母性を連想させるほど大きく、それでいて鎧越しにも判るくらい見事な張りと形をしているのに対し、剣士(セイバー)アルトリアの胸は、まあ(自主規制)

 

 と、

 

 ガシッ ガシッ

 

 そんなチビッ子サーヴァント2人の頭を背後から鷲掴みにする、マスターたる少女。

 

「あのね、2人とも。お願いだから真面目にやってくれる?」

「す、すみません」

「ん」

 

 とは言え、おふざけもそこまでだった。

 

 現れたアルトリアは、手にした槍を掲げる。

 

「貴様の事など、私は知らぬ。ただ、目の前に立つなら倒すまで」

「父上・・・・・・・・・・・・」

 

 アルトリアの言葉が、モードレッドの胸を抉る。

 

 目の前にいるアルトリアは、王としての慈悲も、仲間を慈しむ心も持ち合わせてはいない。

 

 あるのはただ、勝利を得る為にあらゆる存在を殺戮する戦闘マシーンに他ならない。

 

 その「父」の言葉に、モードレッドは唇を噛み締める。

 

 彼女の心に去来する物が何であるか、それは凛果達には推し量る事が出来ない。

 

「それにしても・・・・・・・・・・・・」

 

 アルトリアの視線が、美遊へと向けられた。

 

 一瞬、緊張した面持ちで、視線を交わす美遊。

 

「そちらの幼子、随分と面白い」

「・・・・・・・・・・・・」

「貴様は、私か」

 

 やはり、というべきか、同一存在である美遊の存在には気付いたらしい。

 

 美遊の中にあるアルトリアの霊基。

 

 それが、目の前にいるアルトリアと共鳴しているのかもしれない。

 

「何だって良いさ」

 

 モードレッドは剣を鞘から抜き放つと、切っ先を馬上のアルトリアへと向けた。

 

「父上。あんたが俺の事を眼中に無いってんなら、無理やりにでも振り向かせてやるよ」

 

 最強の騎士王に対し、吼えるモードレッド。

 

「行くぞアーサー王ッ あんたが俺の前に立ち塞がるなら、俺は何度でも、あんたに叛いて見せるぞ!!」

 

 彼女はブリテンに悪名高き叛逆の騎士。

 

 ならばこそ、その運命を果たすべく剣を取る。

 

 対して、

 

 アルトリアもまた、槍の穂先をモードレッドへと向ける。

 

「良かろう。名も知らぬ騎士よ。歯向かうならば、我が槍でもって誅戮するのみ」

 

 言い放つと同時に、馬の手綱を取るアルトリア。

 

 対抗するように、モードレッドも腰を落として斬りかかるタイミングを計る。

 

 睨み合う、2人の円卓の騎士。

 

 次の瞬間、

 

 互いに駆けた。

 

 魔力放出と同時に空中に跳躍。

 

 剣を振り翳すモードレッド。

 

 対抗するように、槍を繰り出すアルトリア。

 

 互いの刃が、空中で激突した。

 

 

 

 

 

 アルトリアとモードレッドが互いに刃を交えている頃、響、美遊もまた、テスラとの交戦を開始しようとしていた。

 

 剣を抜き、構える響と美遊。

 

 対して、テスラもまた、身の内より放電しながら向かい合う。

 

「よく来たな、小さき勇者たちよ。さあ、私を倒すがいい。そうすれば、君達の世界は守られるぞ」

 

 やはり、というべきか、誘導するようなテスラの発言。

 

 敵対しながらも、どこか世界の危機を食い止めたいとする天才科学者の意思を感じずにはいられなかった。

 

「響」

「ん、全力で行く」

 

 言いながら、響は宝具を発動する。

 

 漆黒の着物の上から浅葱色の「盟約の羽織」を着込む、少年暗殺者。

 

 これで響の身は、暗殺者(アサシン)から剣士(セイバー)に変化した。

 

 事ここに至った以上、アサシンの特性である奇襲は不可能。正面からの戦闘で打ち破る以外に勝機は無い。

 

 対抗するように、己の身の内より雷撃を迸らせるテスラ。

 

 子供たちの背後から、戦いの推移を見守る凛果。

 

 訪れる、一瞬の静寂。

 

 次の瞬間、

 

 響と美遊は、同時に斬りかかった。

 

 剣を振り翳し、左右から挟み込むようにテスラに斬りかかる子供達。

 

 銀の刃は、テスラを標的に定めて迫る。

 

 対して、

 

「フンッ!!」

 

 テスラは両手を左右に広げると、その手のひらより雷撃を放つ。

 

 迸る、雷撃の矢。

 

 その一閃を、

 

「やッ!!」

 

 美遊は剣を振るって弾く。

 

 一方の響は、跳躍して回避。

 

 駆け抜ける電撃を足元に見ながら、テスラへと斬りかかる。

 

「んッ!!」

 

 振り下ろされる剣閃。

 

 しかし、

 

「フッ 甘いな」

 

 笑みを浮かべるテスラ。

 

 同時に、収束した雷が、盾となって響の剣を弾く。

 

 金時、玉藻との戦闘で魔霧による防御を失ったテスラ。

 

 しかし、それに代わる防御手段を既に用意していた。

 

 雷撃の盾が、斬りかかろうとした響の接近を阻む。

 

 しかもこれは、ただの盾ではない。

 

 まさに攻防一体の防御障壁。

 

 触れただけでダメージを負うのは間違いなかった。

 

「ハッハッハッハッハッハッ どうしたどうしたッ!?」

 

 テスラが腕を振るう度、雷光が迸り、斬り込もうとする美遊と響を阻む。

 

「このッ!!」

 

 美遊は自身の持つ剣に魔力を込め、一気に振るう。

 

 魔力放出で、進路を斬り拓こうというのだ。

 

 だが、

 

「甘いなッ 少女よッ その程度では私には届かんぞ!!」

 

 対抗するように放たれた雷撃。

 

 美遊の魔力とテスラの雷撃が激突した瞬間、互いに相殺される。

 

 衝撃と共に晴れる視界。

 

 立ち上がりが速かったのは、

 

 テスラだ。

 

「そらそらそらァッ!!」

 

 テスラは美遊目がけて次々と雷撃の矢を放つ。

 

 対して、美遊は堪らず、攻撃を諦めて後退せざるを得ない。

 

「クッ 速いッ!?」

 

 バックステップで距離を取ろうとする美遊。

 

 だが、

 

 その間に、響がテスラの背後へと回り込んだ。

 

「んッ!!」

 

 今なら、テスラの注意は美遊に向いてる。

 

 奇襲を掛ける絶好のタイミング。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「フハハハハハハ!!」

 

 強烈な笑い声と共に、腕を真横に振るうテスラ。

 

 その雷閃により、響の体は大きく振り払われた。

 

 後退する、響と美遊。

 

 そこへ、容赦なくテスラの追撃が奔る。

 

「どうしたどうしたッ!? 逃げてばかりでは私は倒せないぞ!!」

 

 哄笑を上げるテスラ。

 

 対して、響と美遊は攻め手に迷っていた。

 

 テスラの雷撃は攻防一体。盾にもなれば槍にも弓にもなる。

 

 響達が接近して斬りかかれば、壁となって阻み、攻めれば刃となって切り裂き、放てば矢となって貫く。

 

 死角は一切ない。

 

 加えて、

 

 響はチラッと、テスラの背後に立つゾォルケンを見やる。

 

 一見すると、この戦いには介入していない魔術師だが、その手にある聖杯を見逃さない。

 

 敵の手に聖杯がある以上、テスラは事実上、無限の魔力を持っているに等しい。

 

 となると、

 

「どうしたね? 迷っていても世界は滅びるだけだぞ?」

 

 言いながら、魔力を放出するテスラ。

 

 同時に、活性化する雷撃。

 

 迸る雷撃が、テスラを中心に収束する。

 

 立ち尽くす、美遊と響に向かって両手を突き出すテスラ。

 

「宝具ッ!?」

 

 2人が身構えた。

 

 次の瞬間、

 

人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)!!」

 

 致死の雷光が、幼きサーヴァント2人を葬るべく迸った。

 

 

 

 

 

第14話「其れはブリテンに名高き」      終わり

 



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第15話「母娘」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下での死闘は続いていた。

 

 テスラとゾォルケンを送り出すために、カルデア特殊班の足止めを行っていたアヴェンジャー、キャスター、アサシンの3騎。

 

 対して、カルデア特殊班からはマシュ・キリエライト、ジャック・ザ・リッパー、クロエ・フォン・アインツベルンの3騎が挑みかかる。

 

 共に3対3の同数対決。

 

 戦いの様相は自然、一騎打ちの形となる。

 

 大盾を振り翳して、アヴェンジャーに攻撃を仕掛けるマシュ。

 

 大降りに振るわれる盾の一閃を、後退して回避するアヴェンジャー。

 

 だが、

 

「まだですッ」

 

 マシュは盾を振り切った勢いを殺す事無く一回転。その勢いのままに鋭い回し蹴りを繰り出す。

 

「ッ!?」

 

 対して、とっさに回避が間に合わず、マシュの蹴りを刀で受けるアヴェンジャー。

 

 繰り出された脚部と刀の刃がこすれ合い、火花が飛び散る。

 

 競り勝ったのは、

 

 マシュだ。

 

 大盾の遠心力を利用した勢いのある回し蹴りは、防御の上からアヴェンジャーにダメージを負わせる。

 

「グッ!?」

 

 呻き声とともに少年の体勢が崩れる。

 

 片膝を突く、軍服の少年。

 

 そこへ、マシュが仕掛けた。

 

「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 跳躍と同時に盾を頭上に振り上げて、重量のままに振り下ろすマシュ。

 

 質量兵器であるマシュの盾は、喰らえばそれだけで致命傷を与える事も不可能ではない。

 

 アヴェンジャーは成す術も無く押しつぶされる事になる。

 

 そう思った。

 

 だが、

 

 マシュの攻撃によって衝撃が地下を揺るがす中、

 

 一瞬早く体勢を立て直したアヴェンジャーは、マシュの攻撃を回避。

 

 同時に、腰に構えた刀を水平に一閃、鋭い斬撃を繰り出す。

 

「クッ!?」

 

 鋭い斬撃を、盾を掲げて防ぐマシュ。

 

 だが、

 

「そらッ まだまだ行きますよ!!」

 

 笑みを上げながら斬り返す少年。

 

 斬撃は、右から左から、斬り返しながらマシュへ迫る。

 

 致死の剣閃を前に一転、防御に回らざるを得なくなるマシュ。

 

 アヴェンジャーの斬撃を盾で防ぎながら後退する。

 

 このままでは埒が明かない。一旦、体勢を立て直すのだ。

 

 だが、

 

「どうしました、足元がおぼついてませんよ、盾の少女!!」

「しまったッ!?」

 

 後退するマシュが一瞬見せた隙を突き、距離を詰めるアヴェンジャー。

 

 真っ向から繰り出した刀の切っ先が、盾兵の少女へと迫る。

 

 対して、体勢が崩れているマシュは、防御が追い付かない。

 

 刃が、マシュの胸元に突き込まれた。

 

 次の瞬間、

 

 アヴェンジャーの刀は、マシュに突き立てられる直前の空間で止められそのまま弾かれる。。

 

「・・・・・・これは」

 

 痺れ手首を押さえ、どこか苛立たし気に向けられたアヴェンジャーの瞳は、マシュの背後に立つ少年へと向けられた。

 

 そこには、

 

 眼鏡越しにアヴェンジャーを睨む立香の姿がある。

 

 マシュの危機に際し、立香はとっさに礼装を「アトラス院」にチェンジ。マシュ自身に障壁を展開する事で、アヴェンジャーの攻撃を防ぎ止めたのだ。

 

「すみません、先輩。マスターに防御魔術を使わせるなど、盾兵(シールダー)にあるまじき失態です!!」

「気にするなマシュ、それより、一旦体勢を立て直すんだ!!」

 

 指示に従い、立香の傍らまで後退するマシュ。

 

 その様子を、アヴェンジャーは、どこか感心したように眺めていた。

 

「成程。まだ未熟さはありますが、主従として良い連携です」

 

 伊達にいくつもの特異点を乗り越えてきたわけではない。

 

 立香とマシュは、阿吽とも言える呼吸で、とっさの危機を乗り越えて見せたのだ。

 

 2人の間には、主従の関係を超えた、別の繋がりも芽生えようとしてるように見えた。

 

 目を細めるアヴェンジャー。

 

 藤丸立香とマシュ・キリエライト。あるいはこれからの戦いで、自分達にとって最大の障害になるのは、この2人かもしれないと、漠然と感じていた。

 

「とは言え・・・・・・・・・・・」

 

 アヴェンジャーは状況を見ながら、密かに呟く。

 

 時間的に考えれば、既にテスラとゾォルケンは地上に到着している事だろう。

 

 にも拘らず、何の変化も見られないところを見ると、追撃した凛果達がゾォルケン達に追いつき、戦闘を開始した事が伺える。

 

 テスラが破れる可能性が、万が一にもあるとは思えない。

 

 しかし、万が一にも不安材料は潰しておかなければならない。

 

「これは・・・・・・あまり悠長にしている場合ではないかもしれませんね」

 

 そう呟くと、少年の頭脳は、この状況をいかに納めるか、計算を始めていた。

 

 

 

 

 

 蛇のようにしなりながら迫る鞭。

 

 その動きを見極め、褐色の弓兵少女は暗い地下空間を縦横に駆ける。

 

 既に美遊から、あの女の特性はある程度聞いている。

 

 巧みな鞭捌きと、こちらの魔力を吸収するスキルを持つ。

 

 確かに、美遊のように魔力を放出しながら戦うタイプには、やりにくい相手かもしれない。

 

「けど、あたしは違うわよ!!」

 

 言いながら跳躍。

 

 空中で投影魔術を発動し弓矢を創り出すと、矢を番えて構える。

 

 一呼吸の内に放たれる矢は3本。

 

 だが、

 

「遅いわね。欠伸が出るわ」

 

 クロエが放った矢を、一瞬で払い落とすアサシン。

 

 直線的な軌跡を描く矢は、しなる鞭によって叩き落される。

 

 次の瞬間、

 

「あっそ。じゃあ、こんなのはどうかしら?」

 

 クロエの声が、

 

 意外な程近くから響く。

 

 振り返る、仮面のアサシンが、干将莫邪を構えた弓兵少女を見る。

 

 弓の攻撃を囮にして、クロエは転移魔術を使い、アサシンの背後へと回り込んだのだ。

 

 黒白の剣閃を掲げ、斬りかかるクロエ。

 

 タイミングは必殺。

 

 決してかわせるはずが無い。

 

 だが次の瞬間、

 

 振り向き様に、アサシンの腕が閃く。

 

「なッ!?」

 

 予想を超える反応速度に、驚くクロエ。

 

 その頬が一筋裂け、鮮血がにじみ出る。

 

「フフッ」

 

 驚くクロエの顔に、対し、アサシンは愉悦の微笑を口元に浮かべる。

 

 その手にはいつの間にか、細身のナイフが握られていた。

 

 一瞬、動きを止めるクロエ。

 

 そこへ、アサシンの振るう鞭が、容赦なく襲い掛かった。

 

「あァッ!?」

 

 肌に奔る鋭い痛みに、思わず悲鳴を上げる弓兵少女。

 

 その声を聴きながら、アサシンは笑みを刻みつける。

 

「ああ、良いわ、その悲鳴。とっても可愛くて素敵よ。もっともっと聞かせて頂戴」

「ッ!?」

 

 次々と襲い来る鞭の軌跡。

 

 対して、クロエは避ける事も受ける事も出来ないまま、その褐色の肌に痛みを刻みつけられていった。

 

 

 

 

 

 一方、ジャックとキャスターの戦いは、終盤に差し掛かりつつあった。

 

 二振りのナイフを振り翳して迫るジャックに対し、呪符を投げつけて応戦するキャスター。

 

 白兵戦型のジャックと、遠距離戦型のキャスター。2人の戦いは、基本的に間合いの削り合いに終始する。

 

 次々と呪符を投擲し、ジャックに攻撃を仕掛けるキャスター。

 

 魔力を込められた札は、開放と同時に周囲に炎、雷撃、爆炎を解き放つ。

 

 しかし、それら全て、ジャックを捉える事が出来ない。

 

 ジャックは身軽さと俊敏さを駆使してキャスターが放つ攻撃を悉く回避、あるいはナイフで発動前の呪符を切り刻みつつ、徐々に距離を詰めていく。

 

 自身に迫る殺人鬼の様子を、気だるげに見つめるキャスター。

 

 その体はいかにも脱力した感があり、やる気と言う物が一切感じられない。

 

 そして、その印象は完全に正解だった。

 

「いい加減・・・・・・うざくなって来たわ」

 

 怠そうに言い放つキャスター。

 

 数枚の呪符を同時に握りしめると、空中へ投擲する。

 

 呪符は空中において無造作に展開すると、地を駆けるジャックの頭上で停滞する。

 

 次の瞬間、

 

 駆ける少女を空爆するが如く、呪符が次々と閃光となって、地上へと降り注いだ。

 

 着弾と同時に、地面を抉る爆炎。

 

 たちまち、少女殺人鬼の姿は呑み込まれ、見えなくなる。

 

「・・・・・・・・・・・・やった?」

 

 ジャックの姿が見えなくなり、やれやれとばかりに腕を下すキャスター。

 

 面倒な戦いだったが、これでやっと終わったか。

 

 そう言いたげに、緊張を解いた。

 

 次の瞬間、

 

 濛々と立ち込める霧を突き破り、殺人鬼が姿を現した。

 

 手にした二本のナイフを交差するように構え、ジャックは斬り込む。

 

「しまッ・・・・・・」

「うん、これで、終わりッ!!」

 

 とっさに防御の姿勢を取ろうとするキャスター。

 

 しかし、一度弛緩してしまった戦気を、もう一度張り直す事は難しい。

 

 次の瞬間、

 

 ジャックの持つ二振りのナイフは、

 

 切っ先を真っすぐ、キャスターの胸元に突き込まれた。

 

 少女の手に感じる、確かな感触。

 

「かはッ!?」

 

 口から鮮血を舞わせるキャスター。

 

 ジャックのナイフは、確実に霊基の核である心臓を貫いている。

 

 サーヴァントと言えども、間違いなく致命傷だった。

 

 崩れ落ちるキャスター。

 

 力なく、大地に膝を突く。

 

「よしッ やった」

 

 勝利を確信したジャックが喝采を上げる。

 

 そのあどけない顔に、満面の喜色が浮かぶ。

 

 これで勝った。マスター(おかあさん)に褒めてもらえる。

 

 今のジャックにとって、マスター(おかあさん)である、立香こそが全てであり、あん馬って彼に褒めてもらう事だけが、彼女の楽しみなのだ。

 

 だから、またマスター(おかあさん)に褒めてもらえる。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 振り返る、ジャック。

 

 その胸元に、

 

 突き付けられる、呪符。

 

「ジャックッ!!」

 

 立香の緊迫した叫びが、聞こえた。

 

「・・・・・・マスター(おかあさん)?」

 

 キョトンとした顔の少女。

 

 次の瞬間、

 

 少女の胸元で、爆炎がさく裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強い。

 

 判っていた事だが、モードレッドは目の前に立ちはだかる「父」の存在に、戦慄せざるを得なかった。

 

 漆黒の鎧を着込み、愛馬「ラムレイ」に跨ったアルトリア。

 

 その手には漆黒に染まった聖槍「ロンゴミニアド」を手にしている。

 

 槍の穂先を見るたびに、モードレッドの脳裏にはチリチリとした苛立ちが霞めて行く。

 

 アーサー王伝説最後の戦いとなった「カムランの丘の戦い」。

 

 王不在の間に王城キャメロットを占拠したモードレッド軍と、王城奪還の為に帰還したアーサー軍との激突。

 

 円卓の騎士をはじめ、名だたる将兵が次々と戦場に倒れて行く中、

 

 モードレッドはほぼ単騎で戦線を突き崩し、ついにはアーサー王の眼前へと迫った。

 

 迎え撃つアーサー王も、聖剣エクスカリバーを抜き放って応じる。

 

 繰り広げられる一騎打ち。

 

 誰もが介入を許されないほどの激しい応酬。

 

 その果てに、ついにモードレッドはアーサー王の手から聖剣を弾き飛ばし、トドメとなる一撃を放つ事に成功した。

 

 勝った。

 

 そう思った直後、

 

 アーサー王はその手の中に聖槍を召喚。モードレッドの胸を刺し貫いた。

 

 つまり、あの槍こそが、モードレッドの命を直接奪った存在なのだ。

 

 モードレッドの心中は、穏やかならざるものとなっていた。

 

 状況は、正にあの時と同じ。

 

 自分はアーサー王()に歯向かい、その父の手には聖槍がある。

 

 だが、

 

「今度は、負ける訳には行かねェなァ!!」

 

 剣を構え直すモードレッド。

 

 そこへ、鋭い刺突が繰り出される。

 

 剣で弾き、距離を詰めるモードレッド。

 

 だが、

 

 モードレッドの剣閃が届く前に、アルトリアは手綱を引き、愛馬を後退させる。

 

 虚しく空を切る、モードレッドの剣閃。

 

「チッ!?」

 

 モードレッドは舌打ちしつつ、再び剣を構え直した。

 

 その時だった。

 

 突如、鳴り響く衝撃音。

 

 思わず振り返るモードレッドの視界に入って来たのは、全てを呑み込むように放たれた、強烈な雷撃だった。

 

 人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)

 

 今まさに、テスラが宝具を放った瞬間だった。

 

「あれはッ!?」

 

 凛果、響、美遊。

 

 叛逆の騎士が見ている目の前で、3人が雷撃に飲み込まれていく。

 

 だが、

 

「ほう、この私を前にしてよそ見をするとは貴様、随分と余裕があるではないか」

「なッ!?」

 

 背後からの声に振り返るモードレッド。

 

 その瞬間、

 

 思わず息を呑む。

 

 高まる魔力。

 

 アルトリアが掲げた槍を中心に渦を巻いている。

 

 さながら、それ自体が一つの嵐のようだ。

 

「しまったッ!?」

 

 とっさに剣を掲げようとするが、

 

 遅い。

 

 アルトリアが、槍の穂先を真っすぐにモードレッドへと向けた。

 

最果てに(ロンゴ)・・・・・・輝ける槍(ミニアド)!!」

 

 モードレッドが最後に見たのは、漆黒に染まった莫大な魔力が、自身に向かって迫る姿だった。

 

 

 

 

 

 立香は見た。

 

 地下世界。

 

 霧に閉ざされた視界の中で、

 

 「愛娘」が、爆炎に包まれて宙に舞う姿が。

 

「ジャック!!」

 

 思わず、叫ぶ立香。

 

 キャスターと交戦していたジャック。

 

 今まさに、キャスターに対してトドメとも言える一撃を放った瞬間、

 

 それは起こった。

 

 ジャックの攻撃を受けて、完全に死に体となったはずのキャスター。

 

 少女の放った切っ先は、確実に巫女女の霊核である心臓を刺し貫いた。

 

 だが、まさにその時、悪夢のような復活を遂げたキャスターの反撃に遭い、ジャックは吹き飛ばされてしまったのだ。

 

 少女の体はそのまま地面に叩きつけられ、数回バウンドしながら転がる。

 

 居ても立ってもいられずに駆けだす立香。

 

 そこへ、風を切る音と共に、空中を蛇のような軌跡がうねる。

 

「馬鹿な人間ッ 自分から前に出るなんて、死にたいならさっさと死になさい!!」

 

 嘲笑しながら鞭を振るうアサシン。

 

 仮面の下から、立香に対する侮蔑を隠す様子も無く高笑いを浮かべる。

 

 だが、

 

 毒蛇のように立香に迫る鞭は、横合いから旋回してきた刃によって弾かれる。

 

「うちの大将はやらせないわよッ」

 

 再び剣を投影して斬りかかるクロエ。

 

 とは言え、彼女も無傷ではない。仮面アサシンの執拗とも言える甚振りを受け、その身はボロボロとなっている。

 

 アサシンはクロエに対し、一息に殺す事無く、まるでなぶる様に、少女の身を傷付けていたのだ。

 

 自身に迫る弓兵少女に対してアサシンは、口元に笑みを浮かべて応じる。

 

「あらあら子猫ちゃんッ ごめんなさいね、私ってば目移りしやすいたちなのよ。でも構わないでしょ、浮気の一つや二つくらい。あなたの事も、ちゃんとしっかり、泣き喚くくらいに可愛がってあげるから」

「だから、キモいっての!!」

 

 繰り出された剣閃を、鞭で弾くアサシン。

 

 その衝撃に、小柄なクロエは空中に投げ出される。

 

 しかし、

 

 空中で猫のように受け身を取りがら、視線は自らのマスターへと向ける。

 

 視線を交わす、立香とクロエ。

 

「行ってリツカ!! このキモ女はあたしが押さえておくから!!」

「悪いッ 無理するなよ、クロ!!」

 

 互いに頷くマスターと弓兵(アーチャー)

 

 時間を稼ぐべく、アサシンに斬りかかるクロエ。その間に立香は、倒れているジャックに駆け寄って、抱き起した。

 

「ジャックッ!! ジャックしっかりしろ!!」

 

 抱き上げる少女の体は、軽い。

 

 まるで、体の中は伽藍洞になっているかのようだ。

 

 必死になって呼びかける立香。

 

 何度か繰り返した時、

 

 少女は、ゆっくりと目を開けた。

 

マス(おかあ)・・・・・・ター(さん)・・・・・・」

 

 力無く、声を絞り出すジャック。

 

「ごめんなさい・・・・・・わたしたち、負けちゃった・・・・・・」

「良いんだ、そんな事。それより、喋っちゃだめだ」

 

 ジャックの身体をしっかりと抱きしめる立香。

 

 そのぬくもりを感じ、ジャックは口元に微笑みを浮かべる。

 

「あったかい・・・・・・・・・・・・」

 

 ずっと、この人と一緒にいたい。

 

 マスター(おかあさん)と一緒にいたい。

 

 その想いが、ジャックの中で確かに芽生えて行く。

 

 だが、

 

 視界の中で、アサシンと戦うクロエの姿が映る。

 

 今はそこへ、ジャックを撃破したキャスターも加わっている。

 

 いかにクロエと言えど、1対2では分が悪く、連携攻撃を前に押し込まれつつあった。

 

 今もアサシンが振るった鞭が容赦なく少女の肌を打ち、鮮血が舞い散るのが見える。

 

 かと思えば、キャスターの放つ爆炎により、少女が大きく吹き飛ばされる。

 

 クロエも投影魔術と転移魔術を駆使して何とか持ち堪えてはいるが、じり貧は時間の問題だった。

 

 加えて、マシュもアヴェンジャーとの戦いに忙殺されている。

 

 もし、

 

 もし、ここであいつらを倒せなかったら・・・・・・

 

 きっと、マスター(おかあさん)がたいへんな事になる。

 

 それだけは、駄目。

 

 ぜったい。

 

「・・・・・・・・・・・・ジャック?」

 

 訝る立香の腕の中から、ジャックはよろめきながら立ち上がる。

 

 その足元は、明らかにふらふらとしており覚束ない。

 

 今にも倒れそうな中、

 

 ジャックは立香に振り返った。

 

マスター(おかあさん)・・・・・・」

「ジャック?」

 

 儚げな、

 

 どこか、見ていればそのまま消えてしまいそうな、少女の笑顔。

 

 そして、

 

「ありがとう・・・・・・わたしたち、楽しかったよ」

 

 その言葉に、ハッとする立香。

 

 

 

 

 

 一方、クロエはキャスターとアサシンの波状攻撃に悩まされていた。

 

 アサシン1人でも厄介なのに、そこへジャックを倒したキャスターまで加わったのである。

 

 もはや、彼女の勝機は1割にも満たず、ただ逃げながら反撃の機を伺う以外に手は無くなっていた。

 

 さく裂する爆炎を避けながら、キャスターへと接近。

 

 手にした黒白の双剣を振り翳す。

 

 だが、

 

 その腕に、横合いから伸びてきた鞭が絡みつく。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちした瞬間、

 

 少女は引き倒されるように、地面に叩きつけられた。

 

「あぐッ!?」

 

 地面に倒れるクロエ。

 

 ぞの頭上に、

 

 無数の呪符が舞う。

 

「やばッ!?」

 

 目を剥くクロエ。

 

 そこへ、呪符が閃光となって降り注いだ。

 

 吹き上がる爆炎。

 

 弓兵少女の姿は、一瞬でのみ込まれる。

 

「やった?」

「・・・・・・さあ。興味無い」

 

 尋ねるアサシンに、キャスターは面倒くさそうに答える。

 

 やがて晴れる爆炎。

 

 果たして、

 

 そこに、クロエの姿は無かった。

 

 クロエはと言えば、少し離れた場所で片膝を突いて2人を睨んでいる。

 

 あの一瞬、

 

 閃光が自身に命中する直前、転移魔術を使って攻撃から逃れたのだ。

 

 とは言え、

 

 その体は、アサシンの鞭と、キャスターの魔術によって既にボロボロに傷尽き果て、立っているのもやっとの状態だった。

 

「ったく・・・・・・・・・・・・」

 

 荒い息を吐きながら、クロエはキャスターを睨みつける。

 

「この間のオケアノスの時と言い、あんた、いったいどうなってるのよ?」

 

 苛立たし気なクロエの言葉。

 

 これまで何度も致命傷を負っているにも拘らず、その都度復活してくるキャスターの存在は、手ごわさよりも厄介さによって、特殊班メンバーを苦しめていた。

 

 キャスターは嘆息しつつも答える。

 

「・・・・・・呪い、みたいなものね。一種の、だけど」

「呪い?」

「まあ、どうでも良いでしょ」

 

 言いながら、呪符を取り出すキャスター。

 

「どうせあなた、ここで死ぬんだし」

 

 攻撃態勢に入るキャスター。

 

 対して、その横に立つアサシンは、仮面の下で不満そうに口を尖らせる。

 

「ちょっと、この子はあたしのオモチャなんだから。勝手に壊さないでくれる?」

「興味ないし、どうでも良い。私はさっさと終わらせたいだけ」

 

 アサシンの抗議にも、まるで取り合わないキャスター。

 

 その姿に、仮面のアサシンは嘆息する。

 

 この巫女服女が、こんな性格なのは前からの事。既に諦めもついていた。

 

「仕方ないわね。もっと苛めて遊んであげたかったけど、時間も時間だし。あなたの事は諦めるわ。その代わり美遊ちゃん、だっけ? あの子を今度はたっぷりと苛めて遊んであげる。そうね、あの子は、あたし専用の奴隷ちゃんにするのも良いかも」

 

 笑みを浮かべながら、アサシンもまた、鞭を構えてクロエを睨んだ。

 

 クロエにトドメを刺すつもりなのだ。

 

 対して、

 

 どうにか立ち上がるクロエ。

 

 掲げる掌。

 

 その手に莫耶を投影して構える。

 

 既に双剣を創り出すだけの魔力は、少女には残されていない。

 

 だがそれでも、諦めるつもりは無かった。

 

 次の瞬間だった。

 

 突如、莫大な魔力が、膨れ上がるのを感じた。

 

「何?」

「はッ!?」

 

 振り返る、アサシンとキャスター。

 

 果たしてそこには、

 

 満身創痍の身で、両手にナイフを構えた殺人鬼の姿があった。

 

 少女は立つ。

 

 自らのマスター(母親)を守るために。

 

 その命を燃やして。

 

 全身から溢れる魔力を解放し、アサシン、ジャック・ザ・リッパーは叫ぶ。

 

「此よりは地獄!!」

 

 高まる魔力がさらに増大する。

 

「わたしたちは、炎、雨、力!!」

 

 次の瞬間、

 

 ジャックは地を蹴って駆けた。

 

 その速度たるや、目で追う事すら困難だった。

 

 一瞬のまたたきの後、

 

 殺人鬼の姿は、

 

 巫女服キャスターの前に立つ。

 

「殺戮をここにッ!!」

 

 次の瞬間、

 

「ッ!?」

 

 キャスターが対抗すべく、呪符を持つ手がを振り上げるが、既に遅い。

 

 その身より、鮮血が迸る。

 

 振るわれる、ジャックのナイフ。

 

解体聖母(マリア・ザ・リッパー)!!」

 

 それは、現代にまで連綿と語り継がれた、一つの未解決事件。

 

 医者、教師、画家、精肉業者、理髪店員等その正体には様々な説が囁かれたが、多くの謎を残したまま、事件は迷宮入りした。

 

 しかしそんな中、ただ一つ明確な点がある。

 

 それは「切り裂きジャックに殺されたのは、全て女性だけ」という点。

 

 この事実を受け、彼女の宝具は成立する。

 

 「夜である」「霧が出ている」「対象が女性である」。

 

 この3点が揃った時、再現されるのは凄絶な殺人現場。

 

 まず「殺人」と言う行為が最初に成立し、その次に対象が「死亡」したところで、最後に「理屈」が付与される。

 

 ある種の逆転された呪いとも取れる。

 

 其れこそが、暗殺者(アサシン)ジャック・ザ・リッパーの宝具「解体聖母(マリア・ザ・リッパー)」だった。

 

 この宝具が発動されれば、対象の女性は心臓や霊核など、生命維持に必要な器官を根こそぎ破壊される事になる。

 

 つまり、

 

 「殺人現場」と言う状況その物が、ジャックの宝具なのだ。

 

 彼女のナイフが向かった先。

 

 そこに立ち尽くす、巫女服のキャスター。

 

 目を見開いた。

 

 次の瞬間、

 

 その体から、鮮血が噴き出した。

 

 血管が切り刻まれ、はらわたがぶちまけられる。

 

 信じられない。

 

 とでも言いたげな瞳で、目を見開いたキャスター。

 

 そのまま、前のめりに血だまりの中へと倒れる。

 

 勝敗は、決した。

 

 その様子を見て、アヴェンジャーはマシュの攻撃をかわしながら舌打ちする。

 

「分断して足止めしたつもりだったが、深入りしすぎましたか」

 

 これ以上の損害は、彼にとっても本意ではない。何はともあれ、サーヴァント1騎は潰せたのだ。今はそれで良しとしておこう。

 

「退きますよ、アサシン」

「良いけど、彼女は?」

 

 言いながら、血だまりに倒れているキャスターを指差す。

 

 対して、嘆息するアヴェンジャー。

 

 面倒だが、捨て置く訳にも行くまい。

 

 駆け寄って、キャスターを抱えるアヴェンジャー。

 

 ジャックの宝具を受けて体はバラバラに近い状態になっているが、構わず抱え上げると、アサシンを伴って、そのまま駆け去って行くのだった。

 

 一方、

 

 立香は倒れているジャックへと駆け寄ると、その小さな体を抱き起こす。

 

 同時に、少女の身体から、金色の粒子が立ち上り始めた。

 

 瀕死の重傷を負った上に宝具の解放。彼女の体は、もはや限界だったのだ。

 

「ジャックッ ジャック、しっかりしろ!!」

 

 呼びかける立香。

 

 対して、

 

 ジャックはうっすらと目を開ける。

 

()・・・・・・(かあ)・・・・・・ター(さん)

「ジャックッ」

 

 呼びかける立香に、ジャックは笑いかける。

 

「わたしたち・・・・・・がんばった、よ・・・・・・おかあさん、守り、たっかた、から・・・・・・」

「ああ・・・・・・ああ、偉かったよ、ジャック」

 

 少女の身体を、きつく抱きしめる立香。

 

 まるで、そうする事によって、少しでも少女の魂を少しでもとどめておこうとするかのように。

 

 だが、

 

 無情にも、光は少女の命を奪っていく。

 

「ありがとう・・・・・・おかあさん・・・・・・」

 

 それだけ言うと、

 

 ジャックの体は光となってほどけ、立香の腕の中から消失する。

 

 それは即ち、愛しい愛娘が「消滅」した事を意味していた。

 

「ジャック・・・・・・・・・・・・」

 

 手を、握りしめる立香。

 

 そこにはまだ、ジャックのぬくもりが残っている。

 

 あの子の笑顔。

 

 あの子のぬくもり。

 

 あの子の声。

 

 その全てが、記憶となって立香の魂に刻み込まれている。

 

 たった数日の話。

 

 しかし、たった数日とは言え、ジャックは確かに、立香にとって「娘」であり、ジャックにとって立香は「おかあさん」だったのだ。

 

「あの先輩・・・・・・」

「マシュ」

 

 声を掛けようとするマシュを、クロエが制する。

 

 今は、声を掛けるべきではない。

 

 失った物の重みに、心が慣れるまでは人それぞれ相応の時間が掛かるのだから。

 

 その事を、クロエは知っていた。

 

「・・・・・・・・・・・・ありがとう、クロ。けど、俺は大丈夫だよ」

 

 立香は立ち上がりながら告げる。

 

 ジャックの事は、立香にとっても哀しい。

 

 しかし、今はまだ、彼女の喪失を嘆くべき時ではない。

 

 少なくとも、今はまだ。

 

「行こう、マシュ、クロ。凛果達は、まだ戦っているはずだから」

 

 そう言って歩き出す立香を、慌てて追いかけるマシュとクロエ。

 

 だが、

 

「ありがとう、ジャック・・・・・・さようなら」

 

 そう告げた立香の目に、一筋の輝きが零れた事には、2人とも気付かなかった。

 

 

 

 

 

第15話「母娘」      終わり

 



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第16話「霊基共鳴」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれは確か、叛逆を決める、ほんの少し前の事だったはず。

 

 モードレッドはそれまで隠していた素顔を晒し、父であり、王でもあるアーサーに息子である事を名乗り出た。

 

 正直、今にして思えば、あの時の自分は父にどうしてほしかったのか想像できない。

 

 息子(むすめ)として認めてほしかったのか?

 

 後継者にしてほしかったのか?

 

 確かに、それらもあった。

 

 だが、その根底にあった物は、もっと別の何かだった気がする。

 

 しかし、

 

 名乗り出たモードレッドに、アーサーが示した態度は冷たく素っ気ない物だった。

 

 王はモードレッドを息子と認めず、また王位を譲る事すらしなかった。

 

 王は王であり続ける限り孤独であり、また王自身もそうである事を望み続けた。

 

 王に否定され、拒絶されたモードレッドの心中は如何ばかりであったか?

 

 今となっては思い出す事も出来ない。

 

 ただ、あの時、

 

 自分の中で何かが変わった事だけは認識できた。

 

 良いだろう。

 

 王が自分に振り向かないのなら、無理やりにでも振り向かせてやる。

 

 その為なら何だってやってやる。

 

 そう、たとえ後世に、どんな悪し様に言われようとも構いはしない。

 

 きっと、あの時だったのだろう。

 

 モードレッドが、「叛逆の騎士」となる事を決意したのは。

 

 

 

 

 

 軽い呻き声と共に、モードレッドが目を覚ました。

 

 全身に奔る痛みが、意識の覚醒を促す。

 

 ここは、どこだ?

 

 自分は、どうしたんだ?

 

 確か、カムランの丘で、父上と刺し違えて・・・・・・

 

 イヤ、違う。

 

 直前に見ていた夢のせいか、記憶が混乱している。

 

 ここは19世紀のロンドン。

 

 自分は人理の崩壊を防ぐためにカルデアの連中と協力し戦っていた筈だ。

 

 そして、

 

 召喚され、現れた父、アーサー王(アルトリア)と交戦。

 

 彼女の宝具である「最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)」をまともに食らってしまったのだ。

 

 だが、

 

 本来の最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)は、世界を繋ぎ留める錨であり、全力解放すれば、それこそロンドンどころか世界すら滅ぼしかねない威力を誇っている。

 

 それが曲りなりにも直撃を喰らい、五体満足で生き延びているのが、モードレッドには不思議でならなかった。

 

 とは言えそれが、父が自分を慮って手加減してくれたから、などと考えるほど彼女も暢気ではない。

 

 恐らく、あの槍には本来の力を抑え込むための封印が掛かっており、現状ではアルトリア自身でも封印解除ができないのであろう。

 

 とは言え、だからと言ってその威力は馬鹿にはできない。

 

 体を動かそうにも思うに任せない事に気付き嘆息する。

 

 あの時、

 

 最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)が直撃する寸前、モードレッドはとっさに最大限に魔力放出する事で相殺を試みた。

 

 宝具解放から直撃までの一瞬で判断を下し、尚且つ実行してのける当たり、モードレッドの持つ天性の戦闘センスを証明している。他の英霊では、そうは行かなかった事だろう。

 

 とは言え、真名解放した宝具とただの魔力放出では、その出力に天地以上の開きがある。完全に相殺しきることは不可能だったのだ。

 

 と、

 

「ん、モーさん、起きた」

「ひどい怪我です。まだ動かないで」

 

 自分を覗き込むようにしている、2つの幼い顔に気付き苦笑する。

 

「響、美遊・・・・・・お前ら、無事だったか」

「モードレッドさんの方が重傷ですから動かないでください」

 

 どこか叱りつけるような美遊の言葉に、モードレッドは内心で苦笑する。

 

 生前はついぞ経験が無かった事だが、父親に叱られるというのはこんな感じかもしれない。

 

 などと言ったら、目の前の幼女に怒られることは間違いないので黙っているが。

 

「・・・・・・変なこと考えてませんかモードレッドさん?」

「気のせいだ」

 

 ジト目の美遊から逃げるように視線を逸らす。

 

 そこへ、凛果が近づいてくるのが見えた。

 

「大丈夫、モードレッド?」

 

 覗き込む凛果。

 

 その背後に、金時と玉藻の姿があるのに気づく。

 

「危なかったですね、あなた。もう一歩遅かったら強制送還待った無しでしたよ」

「ああ。まさに間一髪だったぜ」

 

 嘆息気味に告げたのは、チビッ子2人の背後から覗き込んでいる玉藻と金時だった。

 

 あの時、

 

 最果てに輝く槍(ロンゴミニアド)がさく裂する一瞬前、ほぼ死に体となったモードレッドを寸前で金時が回収し、退避する事に成功したのだという。

 

 同様に響達も金時たちに救われ、危地を脱していた。

 

「鎧、壊れちゃったから脱がしたよ。あと、剣は回収しといたから」

「ああ・・・・・・道理で腹が寒ィと思ったぜ」

 

 モードレッドの服装は、鎧を外しても赤いインナーが残る。

 

 腰回りには軽装の鎧パーツが残っているが、上半身は腕を覆うアームカバーと胸を隠すチューブトップ状のインナーが残るのみだった。

 

 防御力は大幅に陥ちるが、この際仕方がなかった。身軽になったと思う事にする。

 

 しかし、

 

「あなたは、もう少し安静にしていてくださいまし。その傷では、戦う事などできませんわよ」

 

 玉藻が押し留めるようにモードレッドに告げる。

 

 今、モードレッドの胸の上には、玉藻の呪符が貼られている。恐らく回復用の物だろう。

 

 今のモードレッドは戦う事は愚か、剣を持つ事すら満足に出来そうになかった。

 

「それにしても、これからどうしよう?」

 

 思案するように凛果が呟く。

 

 こちらのサーヴァントは5人全員が健在。しかし、全員が満身創痍となっている。

 

 立香達と合流しようにも、向こうは今、地の底で戦闘中(さらに言えばジャックが脱落した事を凛果達は知らない)。

 

 対して、敵はアルトリア、テスラと強力な2人の英霊が、ほぼ無傷で健在と来た。

 

 このまま全員で戦っても勝てるとは思えなかった。

 

 その時だった。

 

《ちょっと良いかい、凛果ちゃん》

「ダ・ヴィンチちゃん? どうしたの?」

 

 通信機からの声に、反応する凛果。

 

 初めてその光景を見る金時と玉藻が珍しそうにしている中、ダ・ヴィンチは続けた。

 

《状況は、どうやら思った以上に絶望的なようだね》

 

 言ってから、ダ・ヴィンチは少し思案して告げた。

 

《仕方がない。まだ準備不足の感は否めないが、そんな事を言っている状態ではないようだ。それに、戦いはいつだって待ってはくれないからね》

 

 意味ありげなダ・ヴィンチの言葉。

 

 しかし、

 

 この天才が、いざという時に頼りになる事は皆、知っている。

 

 何か逆転の一手を刻む妙案が、天才の頭の中には入っている。

 

《さて諸君。我々の前には未だ強大な英霊2騎二コラ・テスラとアルトリア・ペンドラゴン、更には謎の魔術師にして本特異点における黒幕、マキリ・ゾォルケンまで控えている。翻って我々は全員が満身創痍と来た。そんな中で危険な賭けになるが、こいつは今ある手札の中では最上の部類に入ると、この天才は考える訳だがね》

「御託は良い。さっさと本題を言えや」

 

 倒れたまま、モードレッドが苦し気な声を発する。

 

 この中で最も重症な彼女としては、ダ・ヴィンチの物言いからして、苛立つ事この上なかった。

 

 そんなモードレッドの言葉に対し、ダ・ヴィンチは聊かも悪びれた様子は無かった。

 

《では言おう。ぶっちゃけて言えば響君に美遊ちゃん》

「ん」

「はい」

 

 呼びかけれられて返事をする、チビッ子2人。

 

 だが、

 

 次いでダ・ヴィンチが言ったのは、予想の範疇から溢れ出した、とんでもない事だった。

 

《君達の「愛」を確かめさせてもらうとしよう》

「ん?」

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妨害に現れた金時、玉藻、そしてカルデア特殊班をも退けたゾォルケン達は、再びバッキンガム宮殿上空を目指そうとしていた。

 

 彼らの目的はあくまで、魔霧を活性化させ、このロンドンを人理焼却の端緒とする事。カルデアの排除など、その為の一段階でしかない。

 

 ゾォルケンは手の中にある聖杯を眺める。

 

 万能の願望機。

 

 多くの英雄たちが欲し、ついには手に入れられなかった遠き存在。

 

 自分は今から、この聖杯を使い、このロンドンを壊滅へと導く事になるのだ。

 

「それでは参ろう。無念だが、このロンドンを滅ぼしてしまおうではないか」

 

 テスラの言葉に、頷きを返すゾォルケン。

 

 そのまま歩き出そうとした時だった。

 

「待ちなさいッ まだ、終わってないわよ!!」

 

 凛とした声が、霧のロンドンに響き渡る。

 

 振り返るゾォルケン。

 

 その彼が目にしたのは、

 

 2騎のサーヴァントを従えたカルデアのマスター、藤丸凛果の姿だった。

 

「ほう、生きていたか」

「仕留めたのではなかったのか?」

 

 尋ねるアルトリアに、テスラは肩を竦めて見せる。

 

「如何にも、私は全力をもって宝具を放ち、彼等を呑み込んだ。しかし、いささか甘かった事も否めまい」

 

 テスラの言葉を聞きながら、ゾォルケンが前へと出る。

 

「生きていた事は褒めてやろう。だが、その有様では、もはや戦う事すら叶うまい。無駄に命を散らすより、諦めを覚える事が賢い選択肢だと思うがね」

「生憎だけど・・・・・・」

 

 実質的には降伏勧告に近いゾォルケンの言葉。

 

 対して、凛果は苦笑しながら肩を竦めて見せる。

 

「あたしも結構、諦め悪い方でさ。兄貴とゲームとかやれば、勝つまでは絶対にやめたくないんだよね。それに・・・・・・」

 

 言いながら、

 

 凛果は掲げた。

 

 自身の右手を。

 

「勝機なら、ここにあるわよ!!」

 

 言い放った凛果の右手に、光り輝く令呪。

 

 その輝きを前に、ゾォルケン達が一瞬怯んだ。

 

 対して、凛果は響と美遊に声を掛ける。

 

「2人とも、準備は良い?」

「ん、行ける」

「大丈夫です」

 

 2人の返事を受けて、

 

 凛果は動いた。

 

藤丸凛果(ふじまる りんか)が令呪二画をもって、アサシン、衛宮響(えみや ひびき)、並びにセイバー、朔月美遊(さかつき みゆ)の命ずる!!」

 

 輝きを増す令呪。

 

 その文様が、魔力を放って消える。

 

 それも、二画。

 

 凛果から放たれる魔力も、莫大な物となる。

 

 だが、

 

 それでも凛果は、耐えた。

 

 己の内から絞り出される魔力の奔流に耐え、少女は叫ぶ。

 

「2人とも、霊基共鳴せよ!!」

 

 次の瞬間、

 

 響、

 

 そして、

 

 美遊、

 

 2人の視界が、白色に閉ざされた。

 

 何も見えない。

 

 何も聞こえない。

 

 何も感じない。

 

 ただ、世界の己達のみが存在しているかのように、

 

 響は美遊を、

 

 美遊は響を、

 

 手を取り、

 

 ただ、それだけを感じ続ける。

 

 刻む鼓動が、2人をより、深く結びつける。

 

 目を開き、

 

 自分たちの存在を、刻みつけるように叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「霊基共鳴(ハイパー・リンク)!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 響と美遊。

 

 2人の鼓動が、完全に一定のリズムを刻んで同調し、あふれ出る魔力が2人を包み込んだ。

 

「ぬッ!?」

 

 召喚以来初めて、テスラの顔に警戒色が浮かぶ。

 

 それ程までに、今の響と美遊は異様だった。

 

 次の瞬間、

 

「ん、行く」

 

 呟く響。

 

 同時に、

 

 少年は駆け抜けた。

 

 テスラの、すぐ脇を。

 

「グッ!?」

 

 呻く天才科学者。

 

 舞う鮮血。

 

 銀の閃光が走ったと思った瞬間、

 

 テスラの脇腹は、響の刃によって切り裂かれていた。

 

 斬線は浅い。

 

 が、

 

 響の一撃が、テスラに確実にダメージを与えたのは確かだった。

 

 それにしても速い。

 

 今の響の速度を、目で追う事は不可能。テスラが初撃をかわせたのは、ほとんど奇跡に近かった。

 

「そこかねッ!?」

 

 体勢を立て直しつつ、振り向き様に雷撃を放つテスラ。

 

 普段の響なら、ここでいったん回避を選択するところだろう。

 

 だが、

 

 少年は、敢えて踏み込む。

 

 逆袈裟に奔る銀閃。

 

 激突する雷撃。

 

 次の瞬間、

 

 雷撃は斜めに切り裂かれ霧散した。

 

 のみならず、剣圧が空気を割ってテスラの肉体を斬る。

 

「ぐッ!?」

 

 苦悶の声を漏らす天才科学者。

 

 だが、やられたテスラも黙ってはいない。

 

 すぐさま、莫大な量の雷撃を発生させ、響に向けて撃ち放つ。

 

 視界全てを染める程の雷撃。

 

 回避も、防御も不可能。

 

 今度こそ、叩き潰せる。

 

 テスラが、そう確信した瞬間。

 

 立ち塞がる雷撃の壁を突き破り、

 

 幼き狼が、牙を突き立てた。

 

餓狼(がろう)・・・・・・一閃(いっせん)!!」

 

 響が放った切っ先が、

 

 テスラの肩を刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 美遊はアルトリアと、激しい応酬を繰り広げていた。

 

 馬上から槍を振るい、美遊に襲い掛かるアルトリア。

 

 強烈な穂先が突き出される中、

 

 少女は致死の切っ先を、真っ向から受ける。

 

「はァァァァァァ!!」

 

 振るわれる聖剣が、聖槍の穂先を弾く。

 

「むっ!?」

 

 蹈鞴を踏むように、その場に停止するアルトリア。

 

 とっさにラムレイの手綱を引いてバランスを取る。

 

 馬上で片手に槍を持ち、片手で手綱を操る様は、まさに英雄の名にふさわしい卓抜した姿であると言える。

 

 だが、

 

 その間に美遊は攻める。

 

 跳躍。

 

 アルトリアの視線の高さまで飛び上がると同時に、聖剣を横なぎに振るう少女。

 

 だが、

 

「フンッ」

 

 アルトリアはとっさに手綱を引き後退。美遊の剣閃は空を切る。

 

 同時に、アルトリアは馬首を返しながら槍を横なぎに振るう。

 

 ほぼ、人馬一体と称すべき技量。

 

 馬上と言う戦いにくい環境にあって、アルトリアはそれを感じさせないほど巧みに馬と槍を扱う。

 

 だが、

 

「まだッ!!」

 

 美遊はとっさに、魔力で空中に足場を作ると、蹴り込んで跳躍。

 

 アルトリアの背後に回り込み、剣を振るう。

 

 少女の予想外の動きに一瞬、虚を突かれるアルトリア。

 

「やるなッ だが!!」

 

 アルトリアは巧みに馬首を返し、槍を横なぎにして迎え撃つ。

 

 空中の美遊と、馬上のアルトリア。

 

 互いの刃が激突する。

 

 衝撃。

 

 同時に、

 

 「2人のアルトリア」は、互いに後退する。

 

 着地する美遊。

 

 同時に、アルトリアも馬上でバランスを取る。

 

 交錯する視線。

 

 切っ先が、互いに相手を貫くべく向けられる。

 

 次の瞬間、

 

「「ハァァァァァァァァァァァァ!!」」

 

 美遊とアルトリアは同時に魔力放出。

 

 互いの魔力が、中間点で激突した。

 

 

 

 

 

 霊基共鳴(ハイパー・リンク)

 

 これこそが世紀の大天才、レオナルド・ダヴィンチが用意した切り札だった。

 

 きっかけは、先の第三特異点「オケアノス」での事。

 

 あの大海原で出会い、敵として対峙した2人の女海賊、アン・ボニーとメアリー・リードの戦いぶりを見て、ダヴィンチの脳裏に天啓めいたひらめきが発せられた。

 

 アンとメアリーは、共に名の知れた海賊でありながら、その霊基は決して強固ではない。もし、彼女達がそれぞれ単独で現界したとしたら、それ程の脅威にはなり得なかった事だろう。

 

 しかしアンとメアリーは、統合し互いに一つの霊基を共有する事で、その存在を本来の数倍、数十倍にも膨れ上がらせ、その戦闘力は大英雄すら凌駕しうる程だった。

 

 これに目を付けたダヴィンチは、英霊同士の霊基を結合、乃至、それに近い状態にする事で、潜在能力を超えた力を引き出せるのではないか、と考えたのだ。

 

 そこで特異点修復後に研究を重ね、どうにか今回のレイシフトに間に合わせる形でギリギリ実用に漕ぎつけたのが霊基共鳴(ハイパー・リンク)だった。

 

 大天才の不眠不休の研究の末、実戦に間に合った霊基共鳴(ハイパー・リンク)は成果を上げ、響と美遊は圧倒的な戦力差を押し返し、五分の勝負に持ち込むことに成功している。

 

 とは言え、問題が無い訳じゃない。

 

 まず、そもそもからして、この霊基共鳴(ハイパー・リンク)は未完成であると言う事。

 

 英霊同士の霊基を結びつける、と言う時点でかなりの反則技である事はうかがい知れることだろう。

 

 ダヴィンチとしては、もっと自由に発動できるようにしたかったのだが、研究の時間があまり取れず、中途半端な形での実践投入となってしまった。

 

 まず、サーヴァント同士のみでの発動では、どうしても霊基を共鳴させるほどの出力を得る事は出来ず、マスターの力を借りなくてはならない。

 

 更に、貴重な令呪を消費しなくてはならない。それも二画も。

 

 令呪はマスターにとって最後の切り札である事は言うまでもない。カルデアに戻れば補充できるとは言え、1度のレイシフトで3回しか行使できない令呪の内、二画を一気に使ってしまうのは致命的だった。

 

 当然、そのマスターと契約した英霊同士でなければ、霊基共鳴させることはできない。

 

 時間も限られており、発動から3分が限界だった。それ以上やると、英霊達の霊基が保たない。

 

 まさに課題山積と言えるだろう。

 

 だが、ダヴィンチが言った通り、今切れるカードの中では、最強なのは間違いない。

 

 現に響と美遊は、テスラとアルトリア相手に戦況有利と言って良い戦いを演じていた。

 

 霊基共鳴(ハイパー・リンク)は、どんな英霊同士でもできると言う訳ではない。

 

 その第1条件として「相性の良さ」が上げられる。

 

 現在、カルデア特殊班に所属している4騎のサーヴァントの中で、響と美遊が最も条件に合致していると判断された為、ダヴィンチは2人に白羽の矢を立てたのである。

 

 

 

 

 

 後退するテスラ。

 

 傷口を押さえ、片膝を突く。

 

 肩に受けた傷から鮮血が噴き出し、スーツを染め上げていた。

 

 しかし、未だに戦闘力は失われてはいない。傷も辛うじてだが「軽傷」と呼べるレベルだった。

 

 響の餓狼一閃(がろういっせん)が直撃する一瞬。テスラは身の内から最大限の電撃を放出する事で響の動きを掣肘しダメージを最小限にとどめたのだ。

 

「やるな、少年。幼子と言えどその牙は鋭く研ぎ澄まされているか。成程な、あるいは貴様ならば、この私にも勝てるかもな」

 

 賞賛の言葉を継げるテスラ。

 

 その脇に、アルトリアが馬を寄せる。

 

「やるな、あの2人」

「うむ。なかなかどうして、侮れぬ」

 

 視線を交わし、頷く。

 

 手を抜けば返り討ちに遭う。

 

 ならば、

 

 最大出力の攻撃でもって、一気に勝負を決する以外に無い。

 

 騎士王と天才科学者は期せずして、同じ結論に達する。

 

 対して、

 

「ん、美遊」

「うん、合わせる」

 

 剣を構える子供達。

 

 睨み合う、合計4騎のサーヴァント。

 

 魔力が一気に膨張する。

 

 光が迸り、雷光が吹きすさぶ。

 

 複雑に絡み合う視線。

 

 次の瞬間、

 

 同時に、弾けた。

 

最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)!!」

人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)!!」

 

 迫る、雷光の嵐。

 

 対抗するように、少女が剣を振り翳す。

 

十三拘束解放(シールサーティーン)円卓議決承認(デシジョンエンド)!!」

 

 可憐な双眸からスパークが弾ける。

 

 同時に、

 

 溢れ出る魔力を解放する。

 

遥か遠く黄金の剣(エクスカリバー・リバイバル)!!」

 

 振り下ろされた刀身から、閃光が迸る。

 

 激突する、互いの魔力。

 

 拮抗する、一瞬。

 

 しかし、

 

 すぐに美遊が、押され始める。

 

「クッ!?」

 

 苦悶を浮かべる少女剣士。

 

 無理も無い。

 

 いかに霊基共鳴(ハイパー・リンク)によって戦闘力を高めたとはいえ、基本的に1対2。出力において、美遊が押し負けるのは仕方がない事。

 

 少女の体はジリッ ジリッ と押されて後退する。

 

 このままだと、あと数秒を待たず、美遊の体は雷光の渦に飲み込まれる事になる。

 

 勝利を確信する、アルトリアとテスラ。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

疑似・魔力放出(ぎじ・まりょくほうしゅつ)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 低い声と共に、急降下するように上空を駆ける、浅葱色の影。

 

 狂奔する魔力の上を駆け抜け、腰の刀に手をやる少年。

 

 眼前に迫ったテスラ目がけて、

 

 刃が鞘奔る。

 

 白刃が唸りを上げて襲い掛かった。

 

鬼剣(きけん)蜂閃華(ほうせんか)!!」

 

 鳴り響く、刃の閃光。

 

 斬線が一瞬にして大天才の身体を切り裂いた。

 

「グッ 無念・・・・・・だが、見事!!」

 

 苦しみに耐えながら、称賛を送るテスラ。

 

 その姿を見て、アルトリアは馬首を翻す。

 

 先に響を片付けようというのだろう。

 

 槍を振り上げた。

 

 次の瞬間、

 

 新たな魔力の奔流が一同の視線を焼き尽くす。

 

 見える先。

 

 そこには、金時と玉藻に支えられるようにして剣を構える叛逆の騎士の姿がある。

 

「モーさんッ!!」

「待たせたなッ あとは任せなッ ケリは俺が着ける!!」

 

 血を吐くように、モードレッドは叫ぶ。

 

 これだけは、

 

 この役目だけは、他の誰にも譲る気はない。

 

 絶対に、自分が果たさなければならない。

 

 モードレッドの視線は馬上のアルトリア、

 

 そして離れたところで剣を振り切った美遊へと向けられる。

 

 狂乱し、このロンドンを滅ぼすべく現れたアルトリア。

 

 だが、父が、そのような事を望むはずが無い事を、モードレッドは誰よりも理解している。

 

 だから、救ってやるのだ。その歪んだ役割から。

 

 そして、

 

 美遊。

 

 あの少女は嫌がるだろうが、やはりあれは自分の父上だ。

 

 ならば、美遊()を守り戦う事こそ、自分の、円卓の騎士の、アーサー王の息子(むすめ)の使命だった。

 

「我は王に非ず、その後ろを歩く者なり!! 彼の王の安らぎの為、あらゆる敵を駆逐する!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 爆発的に増大する赤雷。

 

 奔流が巨大な刃を創り出し、霧夜を朱に染め上げる。

 

 剣を振り下ろすモードレッド。

 

我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)!!」

 

 次の瞬間、

 

 赤雷が奔流となって駆け抜けた。

 

 

 

 

 

第16話「霊基共鳴」      終わり

 



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第17話「絶望への一矢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 猛威を振るった、2騎のサーヴァントが消えて行く。

 

 圧倒的な戦力でカルデア特殊班を蹂躙し、ロンドンを壊滅寸前まで追いやった二コラ・テスラと、アルトリア・ペンドラゴン。

 

 それを打ち破ったのは、世紀の大天才レオナルド・ダヴィンチ監修による、衛宮響、朔月美遊両名が繰り出した新戦術「霊基共鳴(ハイパー・リンク)」による攻撃。そして、叛逆の騎士にして、ブリテンが誇る円卓の騎士の1席モードレッド卿の宝具、「我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)」。

 

 これらの連続攻撃により、圧倒的戦力で戦場を席巻した2騎のサーヴァントは、ついに力尽き、トドメを刺されたのであった。

 

 消滅していく両雄。

 

 そんな中、

 

 最後に、テスラが振り返るのが見えた。

 

 深く、澄んだような瞳。先ほどまでの狂乱振りが嘘のように、狂科学者は表情を穏やかにしている。

 

 自身を打ち破ったカルデア勢を見回すテスラ。

 

 その口元に、フッと笑みが浮かべる。

 

 その顔には、確かな満足が浮かべられている。

 

 考えてみればテスラは人理を破壊する立場にいながら、どこか最後まで協力的だった。

 

 もしかしたら「よくやった」とでも思っていたのかもしれない。

 

 その表情を最後に、テスラは金色の渦に巻き込まれるようにして消えて行った。

 

 そして、

 

 テスラが消えると、今度はアルトリアの番だった。

 

 こちらはテスラと違い、その表情からは何も伺い知る事が出来ない。

 

 自身の敗北ですら、眼中に無いと言った態度だ。

 

 喚ばれたから来て、敗けたから帰る。ただ、それだけの事

 

 そんな、淡々とした感情が伺える。

 

「父上・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなアルトリアに、モードレッドが恐る恐ると言った感じに声を掛ける。

 

 生前の叛逆に続き、またしても父を我が手で討ち果たす事になってしまったモードレッド。

 

 美遊と言う、「もう1人の守るべき存在」がいたとはいえ、その複雑な心中は、余人には察する事すら憚られた。

 

 対して、

 

「何度も言わせるな。私は貴女の事など知らぬ」

 

 アルトリアの口から出た言葉は、あまりに冷たく、あまりに素っ気ない物であった。

 

 その言葉に、モードレッドは唇を噛み締める。

 

 結局、生前も、そして死後も、自分は父にはついに認められる事は無かったのだ。

 

 だが、

 

 最後にフッと、アルトリアが笑みを浮かべる。

 

「あなたのような騎士がいると知れたのは実に面白い。またいつか、どこかで見えたい物だな」

 

 その言葉を最後に、アルトリアの姿は金色の粒子となって消えて行った。

 

 後には、立つ力も無く、座り込んでいるモードレッドだけが残される。

 

「・・・・・・・・・・・・ハッ 何を寝言言ってやがる。父上のくせに」

 

 投げやりのような口調。

 

 しかし、どこか嬉しいような、寂しいような、感情のやり場に困っているような響きがあった。

 

 叛逆の騎士として父を憎む心と、アーサー王の息子(むすめ)として父を慕う心。

 

 その2つがモードレッドの中で相反し合い、溶け合う事も出来ずにもがいているように見えた。

 

 とは言え、

 

 勝つには勝った。

 

 だが、

 

 代償は、決して小さな物ではなかった。

 

 凛果が見ている前で、響と美遊が崩れ落ちる。

 

 2人とも、明らかに消耗しきっているのが判る。

 

 未完成の霊基共鳴(ハイパー・リンク)を使用した事で、霊基に負荷がかかりすぎたのだ。

 

 元々、見切り発車に近い実戦投入だった霊基共鳴(ハイパー・リンク)。使用した際の負荷も半端な物ではなかった。

 

「2人とも、大丈夫ッ?」

「ん・・・・・・」

「は、はい、何とか・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかける凛果に、気丈に答える響と美遊。

 

 しかし、その顔はひどく蒼褪め、憔悴しきっているのが判る。

 

 零基に負荷がかかり、魔力も枯渇した今、サーヴァントにとっては命にもかかわる。

 

「ん・・・・・・けど」

 

 顔を上げる響。

 

 その視線が刺し貫く先で、静かに佇む魔術師。

 

 この特異点の元凶たる存在。

 

「まだ、終わって・・・・・・ないッ」

 

 マキリ・ゾォルケンは、少年暗殺者の視線を受けて尚、泰然と佇んでいる。

 

 切っ先を真っすぐ向けて、刀を構える響。

 

 既に枯渇した魔力をさらに振り絞る。

 

 そうだ。

 

 ゾォルケンを倒し、聖杯を手に入れない限り、戦いは終わりではない。

 

 駆ける響。

 

 対して、

 

 ゾォルケンは避ける事も無く、その場に立ち尽くす。

 

 まるでそれ自体が運命であるかのように、

 

 己に迫る刃を、真っ向から受け入れた。

 

 響の刀は、ゾォルケンの心臓を刺し貫く。

 

 感じる確かな手応え。

 

 滴り落ちる鮮血が、魔術師に致命傷を与えた事を現している。

 

 口からも血が溢れて迸る。

 

 刃を引き抜く響。

 

 同時に、ゾォルケンはその場に膝を突いた。

 

「・・・・・・・・・・・・やはり、最後にはこうなるか。パラケルススを笑えんな」

 

 明らかな致命傷を受けながらも、ゾォルケンはどこか達観したような口調で、静かに呟く。

 

 あるいは彼自身、こうなる事も予想の内だったのかもしれない。

 

 だからこそ、無様に取り乱す事も無く、事実をありのままに受けれ入れているのだ。

 

「・・・・・・仕方がない。できれば、使わずに済ませたかったのだがな」

 

 そう言って、魔術師が掲げる手に、輝く器。

 

 聖杯がもたらす魔力の輝きが、ゾォルケンを包み込んでいく。

 

 その様子を見て、凛果は奇妙な既視感に捕らわれる。

 

「聖杯・・・・・・・・・・・・まさかッ!?」

 

 それはこれまでに、2度見て来た光景。

 

 追い詰めた敵がとる、最後の手段。

 

「来たれ、偉大なる王に仕えし魔神よ。我が命を糧に現界せよ」

「クッ!?」

 

 とっさに刀を返し、ゾォルケンを斬り捨てようとする響。

 

 だが、間に合わない。

 

 響の刃が届く前に、ゾォルケンは内から膨れ上がった肉の塊に呑み込まれ消えて行く。

 

 その手に持った聖杯ごと。

 

「出でよッ 管制塔バルバトス!!」

 

 対の瞬間、爆発的に膨れ上がる。

 

 肉が盛り上がり、骨が侵食され、贓物がせり上がる。

 

 ヒトとしての形が崩れ、ひび割れ、更に天を目指して突きあがっていく。

 

 姿を見せる、おぞましき存在。

 

 どこか濁りの入った白い柱。体から開いた裂け目からは、巨大な深紅の複眼がのぞく。

 

 見る者に、ひたすらの不快感を呼び起こす。

 

 管制塔バルバトス。

 

 これまで戦ってきた魔神柱と同一の存在。ソロモン王に仕えし魔神の一柱。

 

 圧倒的絶望を撒き散らす存在が、このロンドンの地に顕現していた。

 

「響、一旦戻って!!」

「んッ」

 

 凛果の指示に従い、後退しようとする響。

 

 だが、

 

 その前に、バルバトスの複眼が光を帯びる。

 

 目を見開く響。

 

 その視線が、魔神柱の複眼と重なる。

 

「ッ!?」

 

 息を呑む響。

 

 次の瞬間、

 

 収束した魔力が解放され、巨大なレーザーと化した閃光が、少年暗殺者に降り注いだ。

 

 圧倒的な量の火線。

 

 対して、

 

 既に霊基共鳴(ハイパー・リンク)の使用によって、限界を迎えている響のがた落ちした身体能力では、魔神柱の攻撃圏外まで逃れる事は不可能。

 

 閃光が背後から迫った。

 

 その時、

 

「危ねェ!!」

「わわッ!?」

 

 突如、小さな体をヒョイッと抱え上げられ、驚いた声を上げる響。

 

 間一髪、閃光が迫る直前、金時が助けに入り、響を抱え上げたのだ。

 

 響の小さな体を小脇に抱え、安全圏まで逃れる金時。

 

 魔神柱が追撃するように閃光を放ってくるが、その前に狐姿の女魔術師が立ちはだかる。

 

「ちょーっとうるさいですわね。少し、黙ってくださいまし」

 

 玉藻は呪符を数枚、投擲すると、即席の障壁を展開。魔神柱の攻撃を防ぎ止める。

 

 完全に防ぐことは難しいが、それでも時間稼ぎにはなるだろう。

 

 その間に金時は安全圏まで逃れると、そこで響を降ろした。

 

「ん、金さん、ありがと」

「おうよ。けど、出来ればゴールデンって呼んでくれると嬉しいぜ」

「ん、ゴールデン」

 

 呼ばれて、満更でもない様子の金時。

 

 坂田金時は日本人なら誰でも知っている、童話の主人公「金太郎」が成長した姿。すなわち、古くから日本で最も愛された「ヒーロー」でもある。

 

 それだけに子供が好きな様子だった。

 

 一方、

 

 障壁を維持できなくなった玉藻が、溜まらずに後退して来る。

 

 猛威を振るう魔神を相手に、さしもの日本を代表する大妖怪も、傷ついた身では如何ともしがたかった。

 

「あたたた、駄目です、火力が違います。無理はするものじゃありませんね」

 

 ボロボロになりながら、後退してくる玉藻。

 

 その間にも魔神柱は猛威を振るい続け、ロンドンの街を破壊していく。

 

「・・・・・・まずいね、これ」

 

 凛果が魔神柱の様子を見ながら、苦しげに呟く。

 

 テスラ、アルトリアの両雄を倒し、これでようやく人理焼却は防げたと思った。

 

 その矢先の、魔神柱出現。

 

 振り子は再び、絶望に振り戻された感があった。

 

 その時だった。

 

「凛果ッ!!」

 

 名前を呼ぶ声に振り返ると、その視界の彼方で、こちらに向かって駆けてくる見知った姿があった。

 

 その姿に、凛果は思わず顔をほころばせる。

 

「兄貴ッ!!」

 

 地下に残って戦っていた筈の兄、藤丸立香と、マシュ・キリエライトの両名の姿が見える。

 

 もう1人、クロエ・フォン・アインツベルンは、立香の背に負ぶわれている。

 

 立香は駆け寄ると、妹を見詰めて告げる。

 

「良かった、無事だったか」

「兄貴も」

 

 そう言って、笑いかける凛果。

 

 少女の視線が、兄の背中へと向けられる。

 

「クロちゃん、どうしたの?」

「うう、あたしは恥ずかしいからヤダって言ったんだけど・・・・・・」

 

 尋ねる凛果に、立香の背に負ぶわれたクロエは褐色の頬を赤くして視線を逸らす。

 

 実は、地下での戦闘でアサシンと交戦したクロエは、負傷に加えて魔力の消耗が激しく、ここに来るまでに力尽きてしまったのだ。

 

 そこで、立香が背負ってここまで来たわけである。

 

 とは言え、普段から大人びた言動をする少女すれば、かなり恥ずかしいらしく、その真っ赤になった顔を見れば明らかであった。

 

「ん、クロ、だいじょぶ?」

「あー、うん、何とかね。ていうかリツカ、いい加減降ろして」

 

 リツカが言い募るクロに苦笑しつつ降ろしてやると、響と美遊が駆け寄ってきて支える。

 

 立っているのも辛いらしいクロエは、そのまま壁を背にしてずるずると地面に座り込んでしまう。

 

 褐色少女の消耗ぶりを見るに、地下での戦いもまた激しい物であった事が伺えた。

 

 そんな中、凛果はどうしても無視できない事に言及せざるを得なかった。

 

「・・・・・・ジャックちゃんは?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 この場にいないジャック。

 

 あどけない仕草の殺人鬼の少女がいない事に、どうしても違和感を覚えざるを得ない。

 

 問いかける凛果に、立香は答えられず、無言のまま俯く。

 

 兄のその仕草が、何があったのかを如実に物語っている。

 

 あの、あどけなくも幼き殺人鬼の少女は、大好きな「おかあさん」を守るために命を掛けたのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・そっか」

 

 兄の様子に、凛果はそれ以上何も尋ねずに頷く。

 

 あるいは、この場に少女がいなかった時点で、凛果も察していたのだろう。それ以上、問い詰めるような真似はしなかった。

 

「・・・・・・それにしても」

 

 立香は視界の先を見上げる。

 

 今も体中の複眼から閃光を放ち、猛威を振るい続ける魔神柱。

 

 立香達が見ている目の前で、ロンドンの街が次々と破壊されていく。

 

 ローマ、オケアノスに続いて、立香達にとっては三度目の遭遇となる、魔神柱の顕現。

 

「M・・・・・・ゾォルケンが変身したの。聖杯使って」

 

 凛果の説明を聞き、立香はゾォルケンの事を思い出す。

 

 地下で会った時のゾォルケンは、どこか擦り切れたような、諦念にも似た表情をしていた。

 

 だが、彼の言が正しいのならば、ゾォルケンは最初から人理の焼却を目指していたわけではなく、それを阻止する立場だったはずだ。

 

 かつては世界を憂い、事件解決を願っていたというゾォルケン。

 

 彼が何を想い、なぜ変節に至ってしまったのか? あるいは、誰が彼をそうさせたのか?

 

 立香には判らない。

 

 ただ、事ここに至ってしまった以上、彼を止める以外に、人理を守る手段はない。

 

 だが、

 

 立香は一同を見回す。

 

 皆、ここに至るまでの連戦で、ボロボロに傷尽き果てている。

 

 マシュも、響も、美遊も、クロエも、モードレッドも、そして金時も、玉藻も。

 

 サーヴァント達は皆既に傷つき、戦う力は残されていなかった。

 

 ゾォルケンを、魔神柱を倒す。

 

 それだけで、この特異点が救える。

 

 だと言うのに、もうそれだけの力は残されていなかった。

 

「勝負ありましたね!!」

 

 勝ち誇ったように放たれた言葉が、周囲一帯を圧するように響き渡る。。

 

 一同が振り返った先に立つのは、3騎。

 

 アヴェンジャー、キャスター、アサシンの3人。

 

 今や宿敵とも言える存在となった敵サーヴァント達が、ほぼ無傷のまま立っていた。

 

「お前は・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな中で立香の愕然とした視線は、アヴェンジャーの横に立つキャスターへと向けられる。

 

 ジャックの宝具「解体聖母(マリア・ザ・リッパー)」を喰らい、霊基も体もバラバラになったはずのキャスター。

 

 だが今、巫女服の魔術師は無傷のまま佇んでいる。

 

「そんな・・・・・・ジャック・・・・・・」

 

 愛娘を想い、呟きを漏らす。

 

 ジャックが命を掛けて、キャスターを屠ったと思っていた。

 

 だが、キャスターは健在だ。

 

 ジャックの命がけの戦いが、無駄にされたような気分だった。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・あら」

 

 少し、意外そうな声を上げたのは、凛果の傍らに立った玉藻だった。

 

 狐女が向けた視線の先には、怠そうに佇む巫女服女の姿がある。

 

「随分と、懐かしい顔ですわね。まさか、このような異郷の地で出会うとは」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 対して、キャスターは無言のまま視線を逸らす。

 

「それに・・・・・・この気配、まさかとは思いますけど、あなた・・・・・・」

「旧交を温めるのは、それくらいにしてもらいましょうか。こちらも、聊か取り込み中ですので」

 

 無言を貫くキャスターの代わりに、玉藻の言葉を遮ったのはアヴェンジャーだった。

 

 しかし、玉藻と巫女服のキャスター。2人の間に、何か繋がりがある様子だった。

 

「降伏しなさい」

 

 勝ち誇ったように、告げるアヴェンジャー。

 

「そして、潔く滅びを受け入れるのです。それこそが残された最後の人類として相応しい、あるべき姿と言えるでしょう」

 

 勝手な事を吐き出すアヴェンジャー。

 

 次の瞬間、

 

 飛び出した影は、4つ。

 

 金時、玉藻、そして美遊と響だ。

 

 戦斧を振り翳して斬り込む金時。

 

 対抗するようにアヴェンジャーが、腰の鞘から刀をゆっくりと抜き放つ。

 

「やれやれ、絶望を知って尚、無駄に抗いますか」

 

 飽きれ返ったような言葉と共に、鞘奔る刃。

 

 同時に、金時が戦斧を打ち下ろす。

 

 激突する、互いの刃。

 

 坂田金時と言えば言わずもがな、剛力無双で知られる大英雄。

 

 彼を相手に正面から挑むなど、愚の骨頂に等しい。

 

 だが、

 

 大地すら砕ける金時の刃を、アヴェンジャーは余裕をもって受け止める。

 

「惜しいですね」

 

 至近距離で金時と睨み合いながら、薄笑いを浮かべるアヴェンジャー。

 

「全力のあなたなら、私如きは一撃で倒せたでしょうに」

「ハッ 今だってちょろいぜ」

 

 言いながら、腕に力を籠める金時。

 

 雷電がスパークし、腕の筋肉が一回り、盛り上がったような気がする。

 

 徐々に、アヴェンジャーを押し返し始める金時。

 

 だが、

 

「でしょうね・・・・・・けど」

 

 淡々とした口調で言った瞬間、

 

 アヴェンジャーの両眼が、深紅に染まった。

 

 高まる魔力。

 

 双眸から、焔が立ち上るのが見えた。

 

「我が煉獄に、焼かれよ世界!!」

 

 次の瞬間、

 

「しまッ・・・・・・」

 

 気付いて、後退しようとする。

 

 だが、遅かった。

 

 次の瞬間、

 

 金時の全身は、突如発生した炎によって包まれた。

 

 

 

 

 

 呪符を手に、キャスターへと迫る玉藻。

 

 その視線の先に立つのは、彼女にとってどうやら因縁のある相手。

 

 巫女服を着たキャスターが佇む。

 

 狐耳の女は、手にした呪符に魔力を充填。自身の射程に入ると同時に、投擲する。

 

 対して、

 

「はあ・・・・・・あの子の付けられた傷も、まだ癒えてないってのに・・・・・・面倒」

 

 キャスターもまた、呪符を取り出して応じる。

 

 複数の紙片が飛び交い、爆炎と電撃が空中に踊る。

 

 吹き荒れる、魔力の嵐。

 

 一瞬、激しく交錯する両者の攻撃。

 

 立ち上る炎が、両者の視界を一瞬塞ぐ。

 

 やがて、晴れる視界。

 

 玉藻とキャスターは、共に無傷。

 

 否、

 

 キャスターの方は、僅かに負傷したらしく、巫女服の袖下から血が滴っているが見える。

 

 だが、その傷口もすぐに塞がり、流血も消えて行く。

 

 その様子を、玉藻は目を細めて眺める。

 

「・・・・・・どうやら『体質』は健在のようですわね」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 どこか、哀れむような玉藻の言葉に対し、キャスターは無言。

 

 ただ、再び呪符を取り出して構える。

 

「呪いである以上、諦めるしかない、そう思っていたのですが・・・・・・・・・・・・」

 

 同時に、

 

 その口元に初めて、

 

 恍惚とした笑みが、浮かべられた。

 

「希望が見えたら、人は変われると言う物」

「それが、人類を滅ぼす事だ、とでも言うんですの!?」

 

 叫ぶと同時に、呪符を投擲する玉藻。

 

 かつての知己でも、

 

 否、

 

 かつての知己だからこそ、その愚行を止めなくてはならない。

 

 その想いに突き動かされる玉藻。

 

 しかし、

 

 彼女もまた、限界を迎えつつある身。

 

 残された僅かな魔力でできる攻撃は限られていた。

 

 立ち上る爆炎が、キャスターの攻撃によって吹き散らされる。

 

 同時に、

 

 玉藻の迎撃をすり抜けた数枚の呪符が、彼女に向けて殺到してきた。

 

「・・・・・・・・・・・・さようなら」

「待てッ!!」

 

 静かな手向けの言葉と共に背を向けるキャスター。

 

 玉藻は最後の力を振り絞るようにして手を伸ばす。

 

 が、その前に呪符は解放される。

 

「・・・・・・くにィッ!!」

 

 悲痛な玉藻の叫びは、爆炎の中へと消えて行くのだった。

 

 

 

 

 

 正面から、剣を振り翳してアサシンに迫る美遊。

 

 更に、背後に回り込んだ響が、刀を構えて切っ先を突き込む。

 

 2騎の幼いサーヴァントが向かう先に、佇む仮面のアサシン。

 

 対して、響と美遊が踏み込むタイミングは、完全に同一。

 

 息の合った挟撃。

 

 アサシンは成す術も無く、2人の剣に斬られる。

 

 筈だった。

 

 だが、

 

「フフ」

 

 薄く、口元に笑みを見せるアサシン。

 

 その腕が、旋風の如く振るわれる。

 

 2人には一瞬、目の前に細い線が引かれたようにしか見えなかった。

 

 次の瞬間、鋭い痛みと共に、衝撃が襲ってくる。

 

 リーチの長い鞭がしなりを上げて円を描いた瞬間、前後から同時に迫ろうとしていた2人を直撃した。

 

「ぐッ!?」

「アァッ!?」

 

 鞭の直撃を受け、思わず悲鳴を上げる子供達。

 

 響も、そして美遊も、

 

 溜まらず、その場に倒れ込む。

 

 そこへ、アサシンが畳みかける。

 

 手にした鞭を容赦なく連続して振るい、2人を打ち据える。

 

「ほらほら? どうしたの? もっと抵抗してくれても良いのよ? そうじゃないとつまらないじゃない」

「んッ!!」

 

 挑発するようなアサシンの言葉に、舌打ちする響。

 

 軋むような体を引きずって立ち上がると、再び刀を構える。

 

 そのまま、飛んで来る鞭をかわしながら、懐へ飛び込もうとする少年暗殺者。

 

 切っ先がアサシンを捉えかける。

 

 だが、

 

「お馬鹿さん」

 

 アサシンの嘲笑が響く。

 

 次の瞬間、

 

 飛んできた鞭が、響の身体に絡みつく。

 

 鞭は長大な蛇のように、響の腕に絡まり、更にはその小さな体をグルグル巻きにしてしまう。

 

「あッ!?」

 

 まずい。

 

 そう思った瞬間、

 

 響の体は大きく振り回され、頭から地面に叩きつけられた。

 

 響き渡る鈍い音。

 

 少年は、そのまま地面に倒れて動けなくなってしまった。

 

「響ッ!!」

 

 悲痛に叫ぶ美遊。

 

 だが、彼女に相棒を気にする余裕は無かった。

 

 響に気を向けた美遊の、一瞬の隙を突いてアサシンが迫る。

 

「邪魔者は消えたわ。さあ、美遊ちゃん。お姉さんと、とっても楽しいことしましょう」

「クッ」

 

 とっさに振り返り、剣を構え直そうとする美遊。

 

 だが、その動きは鈍い。

 

 彼女もまた、響同様に霊基共鳴(ハイパー・リンク)の関係上、ダメージが蓄積している状態だった。

 

 アサシンが振るう鞭が、少女の手から剣を弾き飛ばす。

 

「あッ!?」

 

 焦る美遊。

 

 その首に、アサシンの鞭が巻き付く。

 

「あッ ぐッ!?」

 

 締まる首。

 

 とっさに抵抗しようと指を掛けるが、鞭はきつく縛られたように、少女の指を拒んでビクともしない。

 

「あらあらそんなに消耗してしまって。もう、剣を持つ事も出来ないのでしょう。かわいそうに」

 

 微笑を浮かべながら、アサシンは美遊の身体を腕の中へと引き寄せる。

 

 美遊は抵抗する事も出来ず、首を絞められたままアサシンの腕の中へと抱きすくめられてしまう。

 

「グッ!?」

 

 息を詰まらせる美遊。

 

 およそ、女の物とは思えない腕力で、アサシンは美遊の身体を締め上げる。

 

「けど、安心して。全てが終わったら、あなたはあたしの下で飼ってあげるから」

 

 そう言うと、長い舌を伸ばし、美遊の頬を味見するように舐めまわす。

 

「あたし好みに徹底的に教育してあげる。ああ、今から楽しみだわ。何も知らない無垢なあなたにに、女の悦びを教えてあげる。あたしの声が聞こえただけで股間を濡らして、姿を見ただけでイッちゃうくらいに躾けてあげるから。四六時中、あたし以外の事は考えられない体にしてあげるわ」

 

 仮面の下で恍惚とした表情を浮かべるアサシン。

 

 次の瞬間、

 

 背後に、小さな影が浮かぶ。

 

「美遊・・・・・・から・・・・・・離れろォッ!!」

 

 響が最後の力を振り絞り、背後からアサシンに斬りかかる。

 

 突き込まれる切っ先。

 

 だが、

 

 そこには既に、往時の鋭さも速さも無く、正に力尽きかけた蠅のような物。

 

 当然、アサシンは身を翻してあっさりと回避すると、美遊を片腕で締め付けたまま、響の顔面をもう片方の手で摑まえる。

 

「まったく。しつこい男は嫌われるわよ。もっとも、あたしなら邪険にされようがどうしようが、相手が音を上げるまで徹底的になぶってやるけど」

 

 言いながら、響の額を掴んだ手に、魔力を流し込む。

 

 同時に、

 

 響は全身から力が抜けるのを感じた。

 

「・・・・・あ・・・・・あァ・・・・・・魔力、が」

 

 残り少ない魔力が、アサシンによって吸収されていくのが判る。

 

 その様を見て、アサシンはニヤリと笑う。

 

「あら、よく聞けば、あなたも良い声で鳴くわね。顔もなかなか好みだし」

 

 言っている内に、響の身体から、完全に力が抜け、手から刀が零れ落ちる。

 

 その様に満足したように、アサシンは頷く。

 

「決めたわ。あなたも美遊ちゃんと一緒に飼ってあげる。どうやら2人は仲良しさんみたいだし。その方が嬉しいでしょ」

 

 アサシンが告げた。

 

 次の瞬間、

 

 腕に抱かれていた美遊の目が、カッと開く。

 

 同時に、少女は全身から魔力を放出する。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちし、思わず子供たちを放してしまうアサシン。

 

 その間に美遊は、響の身体を抱え、アサシンの拘束から逃れて着地する。

 

「響、大丈夫?」

「ん・・・・・・み、ゆ?」

 

 呼びかけに対して、辛うじて答える響。

 

 その姿に、ホッと息をつく美遊。

 

 とっさに全身から魔力放出してアサシンの気を削ぐ事で危地を脱したのだ。

 

 だが、

 

「へェ、見かけによらずお転婆さんなのね、美遊ちゃんは。けど残念、もう、今ので限界でしょ、あなた?」

 

 何事も無かったように、アサシンが歩み寄ってくるのが見える。

 

 その姿は、無傷。

 

 消耗した美遊の魔力放出では、一時的に目晦ましを食らわせるのが精いっぱいであり、ダメージを与える事は出来なかったのだ。

 

 そんな美遊に、アサシンは焦らすように歩み寄る。

 

「さて、それじゃあ、オイタするいけない子には、たっぷりとお仕置きしてあげなくちゃね」

 

 そう言いながら近付いてくるアサシン。

 

 対して、

 

 既に戦う力を無くした少女は、腕の中で動けずにいる少年を守るように抱きかかえることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「みんな・・・・・・・・・・・・」

 

 歯を噛み締める立香。

 

 やはり、勝負にならない。

 

 視界の中で、次々と倒れて行く仲間達。

 

 すでに、響と美遊は戦闘不能で地に倒れ、玉藻と金時に至っては完全に致命傷である。地に倒れたその体からは金色の粒子が立ち上り、消滅現象が始まっていた。

 

 クロエとモードレッドは動く事もままならず、マシュは魔神柱の攻撃から立香達を守るのに精いっぱい。

 

 まともに戦える者は、この場には誰もいない。

 

 詰み(チェックメイト)

 

 僅かにあった勝機は、魔神柱の出現によって、完全に消失していた。

 

「これで判ったでしょう?」

 

 金時を撃破したアヴェンジャーが、再び立香に向き直って告げた。

 

「あなた達に勝ち目はありません。いい加減、諦めなさい」

「クッ・・・・・・・・・・・・」

「ああ、無論、最後まで無駄な抵抗をしてくれても構いませんよ。もっとも、それでも結果は変わりませんがね」

 

 黙り込む立香。

 

 悔しいが、アヴェンジャーの言う事に間違いはない。

 

 特殊班のサーヴァント達は全員、地に倒れ、戦える者は誰もいない。

 

 まだ、アンデルセンたちと合流できれば、フランやナーサリーを戦列に加える事も出来るだろう。

 

 しかし、彼等が今、どこにいるか分からない。

 

 そもそも、無事でいるかどうかすら不明だ。

 

 少なくとも、今この場にあって戦える者は、誰もいないのだ。

 

 敗北。

 

 立香の脳裏に、その言葉が浮かぶ。

 

 ここで自分たちが負ければ、ロンドンが滅ぼされる。

 

 人理が焼却される。

 

 世界が滅びる。

 

 それは判っている。

 

 しかし、最早どうする事も出来ない。

 

 自分達には、何もできない。

 

 悔しいが、戦える者は、もう誰もいないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦える者は、誰もいない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 否ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺がッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 居るッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如

 

 彼方から飛来した矢が、魔神柱の複眼に突き刺さった。

 

 次の瞬間、

 

 巻き起こる大爆発。

 

 爆発は一瞬にして、魔神柱の巨体の半分以上を呑み込んだ。

 

 やがて晴れる視界。

 

 はたしてそこには、

 

 魔神柱の複眼があった個所は大きくえぐれ、醜悪な苦悶の声を発する姿があった。

 

 物言わぬはずの魔神柱が、のたうち回っているあのようだ。

 

 予期せぬ大ダメージに、攻撃が一瞬止む。

 

 次の瞬間、

 

 カルデア特殊班を制した、アヴェンジャー、キャスター、アサシン3騎。

 

 その頭上から、

 

 無数の刃が降り注いだ。

 

「これはッ!?」

 

 刃は、アヴェンジャー、キャスター、アサシンの3人に正確に襲い掛かり降り注ぐ。

 

 溜まらず、後退する3人。

 

 そこへ、

 

 刃を翳した影が斬りかかる。

 

 手にした黒白の双剣。

 

 頭からすっぽりと覆った外套のせいで、その素顔を伺う事は出来ない。

 

 ただ、

 

 フードの奥から覗く鋭い双眸が、猛禽のように獲物を射抜く

 

 振るわれる黒白の剣閃。

 

 複雑に絡み合う軌跡が、3騎に更なる後退を促す。

 

 だが、

 

 中で1人、アヴェンジャーが不遜な襲撃者に対して反撃に転ずる

 

「あなたですねッ これまで何度も我々の邪魔をしてくれたのは!!」

 

 手にした刀を振るい、双剣を振り払うアヴェンジャー。

 

 対して、襲撃者は卓抜した視線で剣閃を読み切り、自身の刃で弾き飛ばす。

 

 だが、

 

 アヴェンジャーの動きは、そこで止まらない。

 

 その双眸を深紅に迸らせる。

 

「いい加減、その顔を拝ませてもらいましょうか!!」

 

 吹き荒れる炎。

 

 対して、

 

「フッ」

 

 男は短く息を吐くと、外套の縁に手を掛ける。

 

 どうじに魔術回路を起動。

 

 外套の繊維を強化すると、勢い良く振るう事で、湧き上がった炎を振り払う。

 

 着地する両者。

 

「何者です。名乗りなさい?」

 

 緊張を孕む、アヴェンジャーの声。

 

 対して、

 

 振り返る。

 

「・・・・・・・・・・・・あ」

「・・・・・・嘘・・・・・・何で?」

 

 その姿に唯一、驚いた声を上げる衛宮姉弟。

 

 襲撃者の男は、姉弟、そしてもう1人の少女に対して優しく笑いかける。

 

「クロも、響も、美遊も、よく頑張ったな。もう、大丈夫だ」

 

 黒いボディアーマーの上から、赤い外套を羽織った姿

 

 やや細身ながら、引き締まった印象のある肉体は、一振りの日本刀を思わせる。

 

 そして、

 

 額に巻いたバンダナ。

 

「・・・・・・・・・・・・俺が何者か、そしてお前らが何者か、そんな事は関係ない」

 

 その下にある、幼さの残るその顔は、左目を中心に褐色に染まっている。

 

「だがな」

 

 姉弟達とは打って変わって、向けられる冷ややかな視線。

 

「お前等が俺の大切なものを傷付けるなら、俺は俺の持つ全存在を掛けて、お前等を破滅させてやる」

 

 振り返る。

 

 その手に再び黒白の双剣、「干将・莫邪」が創り出される。

 

「行くぞ。覚悟は良いな」

 

 弓兵(アーチャー)衛宮士郎(えみや しろう)は、淡々とした口調で言い放った。

 

 

 

 

 

第17話「絶望への一矢」      終わり

 




はい、と言う訳で、今まで「謎の人物」として扱ってきた「カルデアからの助っ人」。真名解放? です。


2部4章開幕。

が、

これ投稿している時点では、まだ一切、手を付けていません(苦笑

投稿し終えたら始めようと思っています。


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第18話「兄」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燃え盛る炎。

 

 生命のある物、その全てが、地獄の業火によって包まれていく。

 

 街が、

 

 否、

 

 世界の全てが、炎によって朽ち、呑み込まれていく。

 

 話は、初めのレイシフト、特異点Fでの戦いまで遡る。

 

 セイバーとの死闘、レフ・ライノールの裏切りと、オルガマリー・アニムスフィアの死、バーサーカーの襲撃からカルデアの撤退に至った。

 

 そして今、

 

 この戦場、

 

 いや、この滅びた世界の中でただ2騎のみ、生き残った英霊達の戦いもまた、終わろうとしていた。

 

 地鳴りのような足音を立て、迫りくる小山の如き狂戦士(バーサーカー)

 

 ギリシャが誇る大英雄ヘラクレス。

 

 狂ってはいても、その圧倒的な存在感と戦闘力は健在。

 

 対して、

 

 膝を突き、崩れ落ちたのは弓兵(アーチャー)

 

 彼はカルデア一行を逃がす為、あえて殿に立ったのだ。

 

 その彼の戦いも今、終わろうとしていた。

 

「・・・・・・・・・・・・ここまで、か」

 

 アーチャーは自嘲気味に笑う。

 

 こうなる事は、判っていた。

 

 勝敗など、初めから度外視している。

 

 そもそも崩れかけた霊基を引きずる弓兵と、宝具の影響で万全の状態を保っている狂戦士では、端から勝負になるはずも無かった。

 

 それでも、アーチャーは善戦した。

 

 自身の持つ戦力を最大限に使い、残り11個あったバーサーカーの魂を、3つまで削る事に成功していた。

 

 バーサーカー自身、シャドウ・サーヴァント化の影響によって若干の弱体を余儀なくされているとはいえ、破格の大戦果には違いなかった。

 

 だが、そこが限界だった。

 

 力尽きたアーチャーは、もはや消滅を待つばかりの存在。

 

 対して、バーサーカーは万全の状態で迫って来る。

 

 既に勝敗は決していた。

 

「まあ良い・・・・・・時間は稼いだ」

 

 そもそもアーチャーの目的はバーサーカーを倒す事ではなく、カルデア一行を逃がす事にある。

 

 彼らが既に、この世界から退避した以上、もはや彼の役割は終わっていた。

 

 眦を上げ、自らに迫る死を見据える。

 

 斧剣を振り翳すヘラクレス。

 

 あの巨大な塊が振り下ろされた瞬間、アーチャーの存在は無に帰すことになるだろう。

 

 だが、それで良い。

 

 もう、自分にできる事は何も無いのだから。

 

 スッと、アーチャー目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当に、それで良いのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、己の内から湧いてきた言葉。

 

 馬鹿な。

 

 未練などない。

 

 何も。

 

 そう考えたアーチャーの脳裏に、

 

 2人の子供たちの顔が浮かぶ。

 

 響、

 

 そして美遊。

 

 ここではない、別の場所で、彼にとって「弟」と「妹」だった子供達。

 

 自分が今、ここで倒れたら、誰があの子たちを守ってやれる?

 

 勿論、あの子たちは強い。自分たちの身は自分たちで守れるかもしれない。

 

 だが、今はどうだ?

 

 巣立ったばかりの雛鳥がしっかりと飛べるようになるまで、ほんの少しの間だけで良い。見守ってやる存在が必要ではないのか?

 

 ならばッ

 

 眦を上げる。

 

 僅か、

 

 ほんの僅かな間だけで良い。あの子たちを見守る時間が欲しい。

 

 その後、たとえ闇の底へ落とされようとも後悔はしない。

 

 迫るヘラクレス。

 

 その巨大な斧剣を前にして、ただ一心に願う。

 

 次の瞬間、

 

 奇跡は起こった。

 

 アーチャーの願いに呼応するように、その体が光り輝く。

 

 思わず、大英雄もたじろく中、

 

 弓兵の姿は一変する。

 

 体つきは一回り小柄になり、顔つきには少年らしいあどけなさと精悍さが同居してる。

 

 黒いボディーアーマーに赤い外套と言う姿こそアーチャーと同一だが、その外見は明らかに若返っていた。

 

 何より、

 

 漲る魔力が、それまでの死に体の印象を拭い去るように輝いていた。

 

 見上げる眼差し。

 

 次の瞬間、

 

投影開始(トレース・オン)!!」

 

 手にした双剣の輝きが、大英雄を鋭く切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルデアのコントロールルームでその光景を見ていたロマニ・アーキマンは、緊張した面持ちで嘆息する。

 

 弟を、妹を、仲間達を守る為、

 

 これまで頑なに隠し続けてきた正体を、ついに晒した彼。

 

 しかし、

 

 それは同時に、彼自身が持てる時間が、尽きようとしている事をも意味していた。

 

 そう。

 

 彼に残された時間は少ない。

 

 砂時計の砂は、まもなく落ちる。

 

 だが、

 

 それでも彼は迷わなかった。

 

 自分の大切な物を守る為、悪である事を選んだ彼は、最後の瞬間まで、彼自身の在り方を貫こうとしていた。

 

 対して、

 

 ある意味、彼の「共犯」とも言うべきロマニには、ただ祈る事しかできない。

 

 せめて、

 

 せめて彼が、自分に悔いの無い戦いを全うできる事を。

 

「頼んだぞ・・・・・・士郎君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が、吹いている。

 

 否、

 

 実際には吹いていないにも関わらず、その場にいた全員がそう錯覚した。

 

 少年が1歩、歩くたびに、全てを覆いつくすように強く吹き付ける。

 

 いったい、何が起きたのか?

 

 その場にいた、殆どの人間が、理解できずにいる中、

 

 少年は、自分の守るべき物を守る為、1人、戦場に立つ。

 

 漆黒のボディアーマーに深紅の外套。

 

 決して大柄と言う訳ではないにしろ、引き絞ったような印象のある四肢。

 

 若く精悍な顔はしかし、左目を中心に褐色に染まっているのが見える。

 

 しかし、

 

 静謐な雰囲気。

 

 場を圧倒するほどの存在感。

 

 その様、

 

 まさに威風堂々。

 

「士郎・・・・・・・・・・・・」

「ウソでしょ・・・・・・お兄ちゃん?」

 

 反応したのは、衛宮姉弟だった。

 

 衛宮士郎(えみや しろう)

 

 衛宮家の長兄。すなわち、クロエや響の兄にあたる人物。

 

 否、

 

 より正確に言えば、「彼らの兄と同一の存在」と言うべきか。

 

 呼ばれた士郎は、弟妹達に向かって頷きを返す。

 

「クロ、響・・・・・・・・・・・・」

 

 言ってから、

 

 士郎はもう1人、

 

 彼等と共に立つ、白百合の剣士へと目を向けた。

 

「それに、美遊も・・・・・・・・・・・・」

「え?」

 

 名前を呼ばれ、美遊は声を上げる。

 

 目の前に立つ人物。

 

 かつて、冬木市で出会った弓兵(アーチャー)にどこか似た少年。

 

 彼がなぜ、自分の事を知っているのか?

 

 戸惑う美遊に微笑みかけると、

 

「後は、任せろ。全部、俺が終わらせてやる」

 

 士郎は前へと出る。

 

 その背中。

 

 どこか寂寥感を漂わせた士郎の背中を、美遊は黙したまま見つめ続ける

 

 なぜ、あの男の人は、自分の事を知っているのだろう?

 

 美遊は、士郎と会った事など無い。全くの初対面である。

 

 だが、なぜだろう?

 

 あの、どこか寂しそうな、それでいてある種の信念を宿したような背中には、見覚えがあるような気がした

 

 足を進める士郎。

 

 その冷ややかに闘志を秘めた視界の先には、

 

 待ち受ける、アヴェンジャー、キャスター、アサシンの3騎。

 

 そして、

 

 聳え立つ魔神柱バルバトス。

 

 先の士郎の奇襲によって大ダメージを受けた魔神柱は、今は沈黙している。

 

 複数ある複眼も、今は荒い呼吸をするように明滅するのみだった。

 

 彼の魔神の回復力を考えれば、沈黙は一時的な物に過ぎないだろうが、時間を稼ぐ事は出来た。

 

 ならば、あとやるべき事は決まっている。

 

 魔神柱を葬る。

 

 邪魔する者も斬り捨てる。

 

 単純明快、至極、判り易かった。

 

「聞いた事があります」

 

 自身に向けて歩いてくる士郎に対し、アヴェンジャーが言葉を投げかける。

 

 どこか嘲りを籠らせたような言葉は、明らかな悪意を含んで弓兵に叩きつけられる。

 

「人類の想念。破滅を回避する為に設定された無意識の集合体、抑止力『アラヤ』」

 

 人間に意思があるように、星にも意志と言う物は存在している。

 

 一つは、人類が持つ、無意識の集合体。破滅回避のための祈り。霊長の抑止力「アラヤ」。

 

 今一つは、星自体が生命延長を目指す際に現れる星の抑止力「ガイア」。

 

 この2つである。

 

「そのアラヤに囚われ、さながら奴隷の如く使い潰される、守護者と言う名の掃除屋がいると」

 

 アラヤとガイアは本来、似て異なる物。

 

 アラヤがあくまで人類を守る為に存在しているのに対し、ガイアは星に住まう生命を守る為に存在している。

 

 要するに、ガイアが「人類は地球の生命維持にとって害悪である」と判断した場合、星自体が人類排除に動く可能性もある、と言う事である。

 

 とは言え、人類は地球上における最多の生命であり、文明の頂点に立っている。これらの事を鑑みれば、人類の滅亡は、生命崩壊につながりかねない。よって、ガイアによる人類排除の可能性は、少なくとも現状においては低いと言える。

 

 話を戻す。

 

 人類にとって、破滅が迫ったと判断された場合、アラヤはしばしば「抑止力」と言う形で状況に介入する場合がある。

 

 しかし大抵、抑止力は目に見えにくい形で発動される。

 

 例えば、とある街の一角で人類の大半に被害を及ぼすような活動が行われていたとして、たまたま、近くに住んでいる住人が異変に気付き通報、企みは露見し、公的機関によって阻止される、と言った具合に。

 

 抑止の介入とは本来、こうした「運命操作」的な面が大きい。そして抑止の遺志を受けて動いた人間(上記の例の場合、異変に気付いた住人)は、自分が世界を救った事にすら気付かず、元の日常に戻って行く事になる。

 

 しかし、

 

 それでも尚、運命操作程度では破滅回避が難しいと判断された時、

 

 このままでは確実に人類が滅びると判断された時、

 

 抑止力は「守護者」と呼ばれる存在を召喚する事になる。

 

 あらゆる障害を排し、破滅を確実に回避する為に顕現する存在。抑止力が打つ最後の手段。それが守護者と言う訳である。

 

 状況が最悪となる前に原因を排除し、全てを「無かった事にする」守護者は、時に「掃除屋」の蔑称で呼ばれる事もある。

 

「今更、あなたのような『掃除屋』如きが介入してどうしようと言うのです? あなたが来たところで、人類の滅びは止められませんよ」

 

 嘲笑するアヴェンジャー。

 

 確かに。

 

 今更、士郎にできる事は少ないだろう。守護者とは言え、たかだか1人の英霊が出てきたところで今更、人理焼却の流れを覆せる物ではない。

 

 士郎の存在は、既に無用の長物にも等しかった。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・ああ、そうだな」

 

 士郎は静かに言いながら、

 

 しかし、歩む足は止めない。

 

 アヴェンジャーの言葉は正しい。

 

 確かに、事がこの段階になった以上、自分にできる事は少ない。

 

 何より、自分には時間がないと来た。

 

「けどな」

 

 その手に、握られる剣。

 

 白剣「莫邪」、黒剣「干将」。

 

「だからどうした?」

 

 その切っ先を、真っすぐに向ける。

 

「お前等を斬るのに、何の支障もない」

 

 冷ややかに、

 

 しかし確固たる信念と共に告げられる士郎の言葉。

 

 次の瞬間、

 

 複数の剣が、空中に一斉に出現。その切っ先をアヴェンジャー達に向けた。

 

 身構える3騎。

 

 対抗するように、士郎もまた身を低く構えて、疾駆するタイミングを計る。

 

 次の瞬間、

 

 一斉掃射が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛んで来る無数の剣。

 

 その切っ先が迫った。

 

 次の瞬間、

 

「まったく・・・・・・・・・・・・」

 

 呪符を構えたキャスターが、前へと出る。

 

 投擲された呪符が空中に展開。障壁を展開する事で、刃を防ぐ。

 

「次から次へと・・・・・・面倒。さっさと、消えて欲しい」

 

 嘆息するキャスター。

 

 呪符は風に舞うようにして空中に並ぶと、内部に充填された魔力を解放。不可視の障壁を創り出す。

 

 そこへ、殺到してくる剣の嵐。

 

 彼女の展開した障壁は、士郎の攻撃を完全に防ぎ止める。

 

 かに見えた。

 

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 驚愕するキャスター。

 

 その彼女が見ている前で、

 

 障壁が一瞬にして歪みを見せる。

 

「馬鹿、なッ!?」

 

 気だるげな態度が多い魔術師が、

 

 この時、明確に焦りの声を発した。

 

 次の瞬間、

 

 キャスターが張り巡らせた障壁が、音を立てて突き破られた。

 

 驚愕するキャスター。

 

「ッ!?」

 

 迫る刃の切っ先が、キャスターに対し指呼の間に迫った。

 

 とっさに、後方に跳躍して回避するキャスター。

 

 同時に、新たな呪符を取り出して魔力を込める。

 

 投擲する体勢を取るキャスター。

 

 だが、

 

「なッ!?」

 

 巫女服女の目が、大きく見開かれた。

 

 その、

 

 眼前へ迫る弓兵。

 

 振るわれる、黒白の剣閃。

 

 刃が交錯し、巫女服の魔術師を真っ向から切り裂いた。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 力を失い、崩れ落ちるキャスター。

 

 

 

 

 

 I am the bone of my sword(体は剣でできている)

 

 

 

 

 

「おのれ、よくもッ!!」

 

 キャスターを撃破した士郎に対し、アヴェンジャーが刀を振り翳して迫る。

 

 更に、

 

「フフッ 面白くなって来たじゃないのッ!!」

 

 斬り込むアヴェンジャーを援護するように、手にした鞭を振るうアサシン。

 

 対して、

 

 士郎は倒れたキャスターから目を放して振り返る。

 

 

 

 

 

 Steel is my body, and fire is my blood(血潮は鉄で、心は硝子)

 

 

 

 

 

 士郎は手にした干将と莫邪を、空中に向けて放り投げる。

 

 そこへ、刀を振り翳したアヴェンジャーが斬りかかった。

 

 対して、とっさにその場から飛びのいて回避する士郎。

 

 

 

 

 

 I have created over a thousand blades(幾度の戦場を越えて不敗)

 

 

 

 

 

 同時に、新たな干将、莫邪を投影。

 

 着地と同時に構えを取る士郎。

 

 そこへ、アサシンが襲い掛かる。

 

「さあ、あなたの鳴き声を聞かせなさい!!」

 

 変幻自在に襲い来る鞭。

 

 だが、

 

 次の瞬間、

 

 アサシンは気付いた。

 

 後方から自身に向かってくる風切り音に。

 

「なッ!?」

 

 とっさに振り返った先で見た物は、

 

 自身に向けて、回転しながら向かってくる、干将と莫邪。

 

 黒白の刃を見て、仮面の下でアサシンの顔が引きつる。

 

 干将と莫邪は二刀一対の夫婦剣。

 

 一方を投擲しても、もう一方に引き寄せられて、必ず対になる性質がある。

 

 士郎は、その性質を利用し、剣を投擲したと見せかけて、アサシンの動きを先読みし、背後から奇襲を掛けたのだ。

 

「クッ!?」

 

 とっさに、鞭を振るい、干将と莫邪を払いのけるアサシン。

 

 彼女の命を奪うはずだった刃は、虚しく地へと落ちる。

 

「フンッ この程度で・・・・・・・・・・・・」

 

 嘲笑を吐きかけて、

 

 アサシンは言葉を止めた。

 

 目の前にいたはずの士郎が、

 

 いない。

 

 

 

 

 Unaware of beginning(たった一度の敗走も無く)

 

 

 

 

 

 振り仰いだ先に、彼女が見た物。

 

 それは、

 

 自身に向けて鏃を構えた、弓兵の姿だった。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 静かな呟きと共に、放たれる捩じれた矢(カラド・ボルグⅡ)

 

 着弾と同時に介抱された概念が炸裂し、周囲一帯を巻き込む大爆発が発生する。

 

 

 

 

 

 Nor aware of the end(たった一度の勝利も無し)

 

 

 

 

 

 巻き込まれたアサシンもろとも、踊り狂う爆炎。

 

 だが、

 

 吹き上がる炎を突き破り、

 

 アヴェンジャーが刀を振り翳して迫る。

 

 対抗するように、干将と莫邪を投影して応戦する士郎。

 

 

 

 

 

 Stood pain with inconsitent weapons(遺子はまた独り)

 

 

 

 

 

 互いの剣閃が交錯し、火花は四方に飛び散る。

 

 一撃の重みを剣閃に乗せて鋭い奇跡を放つアヴェンジャー。

 

 対して士郎は手数に任せて、変幻自在な斬撃を繰り出す。

 

 士郎とアヴェンジャー。

 

 互いに一歩も譲らずに、応酬を繰り返す。

 

「フッ」

 

 短い呼吸と共に、両手の剣を同時に繰り出す士郎。

 

 

 

 

 

 My hands will never hold anything(剣の丘で砕氷を砕く)

 

 

 

 

 

 対して、

 

 アヴェンジャーは、真っ向から刃を振り下ろし、士郎へと斬りかかる。

 

 とっさに、双剣を交錯させて防ぎにかかる士郎。

 

 だが、

 

 立ち上がりを制された士郎の体勢が崩れる。

 

「クッ!?」

 

 腕に力を籠め、アヴェンジャーの剣を弾こうとするが、それよりも先にアヴェンジャーが斬り返してくる。

 

 下段から、擦り上げるように迫る刀。

 

 対して、

 

 士郎は剣を繰り出して防ぐだけで精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 yet(けれど)

 

 

 

 

 

 士郎の両手から、黒白の双剣が弾き飛ばされた。

 

 完全に無防備になる弓兵。

 

 対して、

 

 薄く笑う復讐者。

 

 ここは完全に、剣の間合い。

 

 そして、

 

 アヴェンジャーは既に、剣を振り被っている。

 

「さあ、これで、今度こそ終わりですッ!!」

 

 叫びながら、

 

 士郎目がけて、刃を振り下ろした。

 

 次の瞬間、

 

 手を振り翳す士郎。

 

 その両手に握られた物。

 

 目を見開く、アヴェンジャー。

 

「銃、だとッ!?」

 

 士郎の手に握られた物は、黒白の双剣ではなく、同色の銃。

 

 大ぶりな銃身を持つその銃は、銃身下部に大型の刃が付属しており、剣としての使用も可能である事を示している。ちょうど片手で扱える銃剣のようだ。

 

 火を噴く、二丁拳銃。

 

 だが、アヴェンジャーもさる物。

 

 とっさに超反応を示すと、士郎の銃弾を回避し、己に対して真っすぐ飛んできた弾丸を刀で斬り裁く。

 

 至近距離からの銃撃だったにも関わらず、士郎の攻撃はアヴェンジャーに当たらなかった。

 

 だが、

 

 息をつくのは、まだ早い。

 

 迫る士郎。

 

 その手に握られているのは、「黒白の薙刀」。

 

 銃同士の把手同士を噛ませ、連結剣にしたのだ。

 

 この動きに、

 

「クッ!?」

 

 さしもの、アヴェンジャーも対応が追い付かない。

 

 薙刀を両手で回転させ、振り翳す士郎

 

 次の瞬間、

 

 アヴェンジャーの体は、斜めに切り裂かれた。

 

 

 

 

 

 英霊エミヤ

 

 その存在は衛宮士郎が理想を追い求めた末に到達した未来の姿であり、アヴェンジャーが言った通り、人類破滅の危機が迫った時アラヤによって召喚される「守護者」と呼ばれる存在の1騎である。

 

 もっとも、今目の前にいる衛宮士郎は、厳密に言えば「エミヤ本人」ではなく、ある理由からその霊基と起源、更には魔術回路まで先取りして英霊化存在であるのだが。

 

 また、英霊エミヤ自身もまた、1人ではない。

 

 数多ある並行世界に存在する多くの衛宮士郎。

 

 ある時は理想の果てを追い求め、

 

 ある時は理想を捨てて失墜し、

 

 またある時は、理想の実現が不可能になっても尚、足掻き続けた。

 

 そうした数多の「エミヤ」の力と記憶を受け継いだ存在。

 

 それこそが今、目の前に立ち続けている衛宮士郎に他ならなかった。

 

 その士郎は、アヴェンジャーを斬り倒した後、舌打ちするように顔を歪めながら、胸に手を当てていた。

 

「・・・・・・・・・・・・まだ、行けるか」

 

 自分に残された時間は時間は、あとどれくらいだ?

 

 10秒か? 5秒か? それとも1秒か?

 

 それでも良い。その1秒に、命すらかけて見せる。

 

 決意も新たに、眦を上げる士郎。

 

 だが、

 

「クッ・・・・・・クックックックックック・・・・・・」

 

 突如、聞こえてくるくぐもったような声。

 

 振り返れば、膝を突いたアヴェンジャーが、不敵な笑みを浮かべて士郎を見据えていた。

 

 その肩口からは、士郎に斬られた傷口から鮮血が溢れているのが見える。

 

 致命傷ではないようだが、かなりの深手なのは間違いなかった。

 

「・・・・・・何が可笑しい?」

「いや、これは失礼」

 

 言いながらも、笑みをやめないアヴェンジャー。

 

 その双眸に映る、士郎に対する侮蔑と、自身の勝利への確信。

 

「あなたのマヌケぶりが可笑しくて、つい、ね」

 

 言いながら、

 

 アヴェンジャーが指示した先。

 

 そこには、

 

 先の士郎の奇襲によって受けた傷が癒え、完全な姿を取り戻した、魔神柱バルバトスの姿が見えた。

 

「我々に時間を掛け過ぎましたねッ 魔神柱が復活した以上、もはやあなたに勝ち目などありませんよ!!」

 

 アヴェンジャーが哄笑を上げる中、

 

 魔神柱は再び複眼を開き、砲撃を再開する態勢に入る。

 

 その様を見て、アヴェンジャーは更に笑い声を立てる。

 

「あなたの負けですッ 抑止の守護者!!」

 

 勝ち誇るアヴェンジャー。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで終わりだって、誰が決めたんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 士郎の内から、爆発的な魔力が放出された。

 

 同時に、

 

 ここに至るまで続けられてきた詠唱が、完成される。

 

 

 

 

 

 my flame never ends(この生涯は未だ果てず)

 

 

 

 

 

 My whole body was(偽りの体は)

 

 

 

 

 

 still(それでも)

 

 

 

 

 

「おのれッ・・・・・・ッ!?」

 

 どうにか詠唱を阻止しようと、立ち上がりかけるアヴェンジャー。

 

 だが、士郎によって付けられた傷から激痛が走り、その動きが止まる。

 

 

 

 

 

 “unlimited blade works”(剣で出来ていた)!!

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 世界は、

 

 一変した。

 

 見渡す限り、覆いつくす吹雪の雪原。

 

 その下で、無数の墓標の如く、地に突き立てられた剣の数々。

 

「固有・・・・・・結界?」

 

 呻くアヴェンジャー。

 

 個と世界、空想と現実、内と外を入れ替え、心の在り方で世界を塗り潰す魔術の最奥。

 

 今までも、響やバベッジなど、一部のサーヴァント達が固有結界を使う事はあったが、それらは全て限定的な物であり、このように完璧な形で固有結界を使って見せた者はいなかった。

 

「い、いったい、何をする気だ!?」

 

 狼狽しながらアヴェンジャーが叫ぶ中、

 

 士郎は、地に突き立てられた剣の群れには一切目をくれず、

 

 ただ一振り、己の求める剣に想いを向ける。

 

 ただ一振り、

 

 空中に突き出し、自らの手に握られた剣のみを掴み取る。

 

 黄金の刀身を持つ剣。

 

 星に危機が迫りし時、初めて振るう事が許される最強の聖剣。

 

 そして、

 

 士郎にとっては、かつて自らの運命を斬り拓いた一振り。

 

 例え投影によって造られた複製品であったとしても、その存在には聊かの陰りも無い。

 

 迸る莫大な魔力が、黄金の輝きを放つ。

 

 猛禽の如き瞳が見据える先に、

 

 そそり立つ、おぞましき魔神。

 

 この世にある事は許されない。

 

 自らの大切な物を守る為、

 

 全ての元凶を排除する。

 

 聖剣を振り被る士郎。

 

 アヴェンジャーが阻止しようと立ち上がるが、

 

 もう、遅い。

 

 

 

 

 

永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)!!」

 

 

 

 

 

 閃光が強烈な破壊を伴って迸る。

 

 黄金の光は、

 

 やがて魔神柱を捉え、

 

 そして容赦なく呑み込んでいった。

 

 

 

 

 

第18話「兄」     終わり

 




インド了

今回はどうにか、ノーコンテで終わらせる事が出来ました。前回の秦が「朕」「グッちゃん」「腕4本の人」「老師」のせいでボロボロだったのとは偉い違いです。

えっちゃん、アナちゃん、北斎が活躍してくれました。


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第19話「黒幕」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 猛威を振るった魔神柱バルバトスが、悲鳴のような咆哮を上げて倒壊していく。

 

 既に全ての複眼は光を失い、その生命力が尽きている事を物語っていた。

 

 やがて、その体その物が立ち込める霧に包まれたかと思うと、根元から飲み込まれて消滅していく。

 

 後に残ったのは、聖剣を振り翳した状態で立ち尽くす弓兵が1人。

 

 士郎は剣を振り切った状態で、倒壊していく魔神柱を見据える。

 

「・・・・・・・・・・・・勝った、か」

 

 息を吐く士郎。

 

 同時に、

 

 周囲を取り巻いていた風景も、消えて行くのが見えた。

 

 固有結界「無限の剣製(アンリミテッド・ブレードワークス)

 

 士郎(正確に言うと英霊エミヤ)の心象風景を具現化した世界は、元より現実には存在しない虚構に過ぎない。

 

 役割を終えたら、ただ消え去るのみだった。

 

 同時に、士郎の手に握られている聖剣もまた、解けるように消えて行く。

 

 消え去る剣。

 

 その徐々に消滅していく刀身を、士郎は目の前に掲げる。

 

「・・・・・・・・・・・・また、世話になったな」

 

 いたわるように声を掛ける。

 

 剣を透かした先。

 

 そこに、青いドレスを着た、美しい少女の姿を見出す。

 

 自分、

 

 いや、

 

 自分ではない、どこか別の世界の衛宮士郎(えみや しろう)にとって、かけがえのない存在だった少女。

 

 そう言えば、ここは彼女の国だった事を、今更ながら思い出す。

 

 だからこそ、もしかしたらいつも以上に力を貸してくれたのかもしれなかった。

 

 やがて、

 

 少女は士郎に笑いかけると、やがて風のように消えて行くのだった。

 

「ありがとう・・・・・・セイバー」

 

 最後に、そう語り掛ける。

 

 と、

 

 同時に、

 

 士郎の身体を、強烈な痛みと倦怠感が襲った。

 

 体から力が抜ける。

 

 まるで全ての水分が蒸発したかのように、体中が熱かった。

 

 元より崩れかけの霊基。この体はとうに死に体となっている。それが無理を押して戦場に立ち、あまつさえ宝具の解放まで行ったのだ。

 

 こうなる事は自明の理だった。

 

「ッ!?」

 

 歯を食いしばり、上げかけた悲鳴を噛み殺す。

 

 まだだ。

 

 まだ、倒れるな。

 

 そう念じて、足を踏ん張る。

 

 クロ、

 

 響、

 

 それに

 

 美遊。

 

 1人1人の顔を見やる。

 

 妹や弟たちの前で兄が倒れれば、彼等が不安がる。

 

 兄として、士郎はたとえ死んでも、倒れる訳にはいかなかった。

 

 やがて、

 

 完全に消え去った魔神柱の中から、光る物体が浮かび上がる。

 

 眩く輝く物体はやがて形を成し、士郎の手の中に納まる。

 

 淡く輝く器。

 

「・・・・・・聖杯、か」

 

 士郎にとってはある意味、馴染み深いマジックアイテム。

 

 手にした者の願いを遍く叶える、万能の願望機。

 

 魔術師ならずとも、喉から手が出るほど欲しい代物。

 

 だが、

 

 士郎は見るともなしに聖杯を眺めた後、

 

「藤丸」

「わッ!?」

 

 立香に向かって、聖杯を放り投げてよこした。

 

 慌てて、飛んできた聖杯をキャッチする立香。

 

 恐る恐る、と言った感じに顔を上げると、士郎は背を向けていた。

 

 そんな器に興味はない。使える奴が有効に使えばそれで良い。

 

 そんな態度だ。

 

「い、良いのか?」

「ああ。構わない。それに・・・・・・・・・・・・」

 

 向ける、視線の先。

 

「まだ、終わってない」

 

 言いながら、干将・莫邪を投影して構える士郎。

 

 そこには、傷つきながらも、尚も立ち上がろうとしている3騎の姿があった。

 

 アヴェンジャー、アサシン、キャスター。

 

 皆、士郎との戦いで傷付いてはいたが、まるで何かに取り付かれたように立ち上がり、再び向かってこようとしている。

 

「・・・・・・やってくれましたね」

 

 呪詛の籠った言葉を発するアヴェンジャー。

 

 そこには、常に浮かべていた余裕の態度は無い。

 

 追い詰められ、尚も牙を剥こうとする獣の如き怨嗟が存在していた。

 

 無理も無い。

 

 9割、勝ちが確定したと思われていた状態から、まさか逆転を許すとは思っていなかったのだろう。

 

「驚いたな、まだ動けるとは」

 

 言いながら、注意深く観察する士郎。

 

 3基とも、士郎の攻撃を受けて完全に死に体だったはず。それが立ち上がってくるとは、流石の士郎も予想外だった。

 

 見回す士郎。

 

 意外な事に、最も傷が浅いのは、致命傷を確実に与えたと思っていたキャスターだった。

 

 士郎の攻撃は、完全に彼女の霊核である心臓を捉えていた。普通なら死んでいないとおかしい。

 

 にも拘らず、立ち上がってくるとは。

 

 これまでも、美遊やジャックとの戦いで幾度も致命傷を受けているにも拘らず、その度に蘇ってくるキャスター。

 

 まるで生ける屍(リビング・デッド)のような印象さえ受ける。

 

 見れば、アヴェンジャーとアサシンの胸には、キャスターの物と思われる呪符が張られている。恐らく、あれが回復用の呪符なのだろう。

 

 つまり、キャスターが健在である限り、彼等は何度でも蘇る事が可能と言う訳だ。

 

人魚伝説・此岸の地獄(にんぎょでんせつ・こがんのじごく)

 

 そんな声が、背後から聞こえて来る。

 

 振り返れば、

 

 いまだに現界を保っていた玉藻が、辛うじて立ち上がっているのが見えた。

 

「その子の持つ宝具・・・・・・と言うよりは、『呪い』ですわね。これは完全に」

 

 言いながら、玉藻の目はキャスターへと向けられる。

 

「まったく・・・・・・こんな形で再会したくは無かったのですけど。それに・・・・・・ええ、死んで召喚された、とかじゃないでしょうあなた・・・・・・」

 

 互いの視線が、交錯する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、まだ生きていたとは驚きましたよ。・・・・・・八百比丘尼(やおびくに)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八百比丘尼(やおびくに)

 

 その昔、とある漁師が酒宴の席において、人魚の肉が料理されているのを見てしまった。

 

 古来より、人魚の肉には不思議な力があり、食した者はその身の万病が払われ、また一口食べれば不老不死になれると言う言い伝えがあった。

 

 とは言え、得体が知れない事に変わりはない。

 

 気味悪がった男は、肉を食べずに、そのまま持ち帰ったと言う。

 

 しかし、その肉を、男の娘が誤って食べてしまった事で、娘は不老不死の身体となってしまった。

 

 永遠に歳を取らず、永遠に生き続ける事となった娘。

 

 何人もの男と結婚したが、夫は皆、先立ってしまった。

 

 永遠に若いままの娘を残して。

 

 嘆き悲しんだ娘は尼僧となり、日本全国をさ迷い続けた後、やがて辿り着いた若さの血で入定(真言密教における究極の修行。「永遠の瞑想」)したと言う。

 

 そしてもう一つ、

 

 こんな都市伝説も存在する。

 

 すなわち、八百比丘尼は未だ存命であり、今も日本の何処かを当て所なくさ迷い続けていると言う。

 

「・・・・・・・・・・・・今はもう、だいぶ昔の事なのですがね。わたしのところに、1人の尼僧が、弟子入りさせてくれと尋ねてきました。まあ、当時、わたしはちょーっとやんちゃし過ぎて都を追われて、面倒くさいから死んだ事にして田舎に隠れ住んでたんですけど、どこから聞きつけたのか、その尼さんはわたしの隠れ家を訪ねてきましてね」

 

 それは玉藻が、鳥羽上皇の元を離れて300年近く経った時の事だった。

 

 自らを訪ねて来た、1人の尼僧。

 

 身なりはボロボロでありながら、姿形は美しい10代の少女のようだったのを覚えている。

 

 彼女は言った。

 

 自分の身に起きた出来事。そして、不老不死となった我が身について。

 

 自分はいつまで生きるのか、生きて行かなくてはいけないのか判らない。

 

 ならばせめて、生きる為の力が欲しい、と。

 

 常ならば、玉藻も応じなかったかもしれない。勝手に不老不死になった人間の人生など、彼女にとっては知った事ではなかった。

 

 だが、朝廷を追われ、大討伐から逃れて隠れ住む事300年。さしもの大妖怪も、人恋しくなっていた感は否めない。

 

 暇つぶし

 

 長く生きる為の、ほんのお遊び程度に、自分の持っている術の一端を教えようと言う気になった。

 

 もっとも、

 

 その「弟子」は長生きしている割に随分と物覚えが悪く、教えている玉藻の方が余計な苦労を背負い込んでしまったのを覚えている。

 

 まあ、それでも、才能自体は元々あったらしく、10年近くも修行を続けた頃には、並の魔術師程度には魔力を操れるようになり、玉藻の下を離れて行ったのだが。

 

「まあ、散々暴れたわたしが言う義理じゃないんですけどあなた、あの頃と比べて随分とねじ曲がってしまいましたわね。我が弟子ながら玉藻、ちょーっと哀しいですわよ」

 

 言いながら、

 

 玉藻の姿が消えて行く。

 

 既に現界を保つ事が出来ないほどに消耗しつくしていたのだ。

 

「あー、カルデアのマスターさん、凛果さんと、それから立香さん、でしたっけ。申し訳ないんですけど、うちのバカ弟子の件含めて、あとお願いしますね。わたしと金時さんは、ここらで退場みたいです」

 

 その言葉を最後に玉藻、そして金時の姿は風に吹かれるようにして消えて行った。

 

 二大英霊を見送った後、

 

 衛宮士郎は再び、アヴェンジャー達に向き直った。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 淡々とした口調で告げる士郎。

 

 玉藻に言われるまでも無く、士郎にはこのまま事を修める気は無い。

 

 きっちり片を付ける。

 

 さもなくば、自らがこの場に来た意味はない。

 

 既に形成は逆転している。

 

 3騎は健在だが、頼みの魔神柱は倒れ、聖杯もカルデアの手に渡った。

 

 間もなく、この特異点は修正される事になるだろう。

 

 だが、

 

「まだ、やろうってのか?」

 

 言いながら、剣を構えたのはモードレッドだった。

 

 否、彼女だけではない。

 

 響が、クロエが、美遊が、マシュが、

 

 それぞれの武器を手に、士郎と並び立つようにして対峙している。

 

 先程まで瀕死に近かったサーヴァント達が皆、戦う力を取り戻して立ち上がっていた。

 

 誰もが、傷を負ってはいるが、戦えないほどではない。

 

 と、

 

「いやはや、何とか間に合いましたな」

「フンッ そこの自殺志願者に感謝する事だな。お陰で、全員回復させるだけの時間が稼げた」

 

 見れば、

 

 ハンス・クリスチャン・アンデルセンと、ウィリアム・シェイクスピア。

 

 更に作家サーヴァントに続いて、フランにナーサリー・ライム、ジキルの姿もあった。

 

 どうやら、遅れてやって来た彼らのおかげで、カルデア側はどうにか体勢を立て直す事に成功したようだ。

 

「ん、士郎が戦っている間に、みんな来た」

「おかげで、こっちは魔力も体力もばっちり。まだまだ戦えるわよ」

 

 意気を上げる衛宮姉弟。

 

 対照的にモードレッドは、やれやれとばかりに肩を竦めて嘆息する。

 

「まったく・・・・・・全部終わってからノコノコと現れやがって。来るならもっと、早く来やがれ」

「知らんのか? 真打は最後に登場するものだ。モブのピンチに駆け付けてやる事こそ王道と言うやつだ」

「叩っ斬られてェか?」

 

 嘯くアンデルセンに、今にも斬りかかりたそうなモードレッドを、立香がどうどうと押さえている。

 

 そして、

 

「わたし達も戦えます」

 

 士郎の傍らに立った美遊が、決意の籠った声で告げる。

 

 見上げる、小さな瞳。

 

 少女にとって、士郎はあくまでも見知らぬ他人に過ぎない。

 

 その士郎が、なぜ自分を知っているのか? 響やクロエとどういった関係なのか? 聞きたい事は山ほどある。

 

 しかし、

 

 今はともかく、目の前の問題を片付ける事が先決だった。

 

「さて、どうする?」

 

 士郎が剣の切っ先を向けながら告げる。

 

 その先に立つ3騎。

 

 いかに強大な力を持つ彼らとは言え、今は手負い。

 

 対してカルデア側は回復を終え、万全とは言えないまでも戦闘に支障はない。

 

 形勢は完全に逆転している。

 

 両者、最後の激突に向けて剣を持つ手に力を込めた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くだらぬ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、頭の中に陰々と響き渡る声。

 

 その声にハッと顔を上げたのは、アヴェンジャーだった。

 

 居住まいを正す、軍服の復讐者。

 

 彼だけではない。

 

 キャスター、八百比丘尼も、そして今だ名の知れぬ仮面のアサシンも、居住まいを正し、恭しく首を垂れた。

 

 と、

 

《気を付けろ、みんな!! まだ、終わってないぞ!!》

 

 緊張を孕んだ声を発したのは、カルデアにいるロマニだった。

 

《何か、巨大ない魔力を持った存在が、その空間に現れようとしているぞ!!》

 

 ロマニが言い終える前に、

 

 恭しく、臣下の礼を取る3騎の目前で、空間が歪むのが見えた。

 

 歪みは徐々に大きくなり、やがて人1人が通れるほどの空間が出来上がる。

 

「いったい、何が始まるんだ?」

「見ていれば判るさ」

 

 戸惑う立香に、士郎は静かな口調で告げる。

 

「お前達も薄々は勘づいているんだろう。一連の人理焼却。その背後にいるであろう、黒幕の存在を」

 

 確かに。

 

 これまで何度か、その影が見え隠れしていた事に、立香達も気付いていた。

 

 だが、それが一体何者で、どんな存在なのか、カルデア側は全く、情報を掴めていなかったのだ。

 

「せ・・・・・・先輩・・・・・・」

「マシュ、どうしたッ!?」

 

 苦しそうに呻くマシュに、立香が駆け寄る。

 

 立香が少女の肩に手を置くと、マシュの身体は小刻みに震えているのが判った。

 

「マシュ?」

「寒い・・・・・・いったい、これは」

 

 震えるマシュの身体を、支える立香。

 

 そんな中、

 

 一同が見ている前で、

 

 空間に穴が開くのが見えた。

 

 内部に広がる、ひたすらに濃い「闇」。

 

 その中から、

 

 更なる巨大な「闇」が、姿を現した。

 

「実に、くだらぬ」

 

 闇の中より、陰々とした声が響いて来た。

 

「魔元帥ジル・ド・レェ、帝国神祖ロムルス、英雄間者イアソン、神域碩学二コラ・テスラ。少しは使えるかとも思ったが、小間使いすらできぬとは興ざめだ。やはり人間は、時代(とき)を重ねるごとに劣化するようだ」

 

 ゆっくりと、近付いてくる影。

 

「・・・・・・お前は、誰だ?」

 

 影に向かって問いかける立香。

 

 対して、

 

「ん? 何だ、既に知り得ている筈だが? そんな事も教わらねば判らぬ猿か?」

 

 返って来たのは侮蔑の言葉だった。

 

「だが良かろう。その無様さが気に入った。聞きたいなら答えてやろう」

 

 言いながら、

 

 影の主はついに、

 

「我は貴様らが目指す到達点。七十二柱の魔神を従え、玉座より人類を滅ぼすもの」

 

 立香達の前に姿を現した。

 

「名をソロモン。数多無像の英霊共。その頂点に立つ、7つの冠位の一角と知れ」

 

 

 

 

 

第19話「黒幕」      終わり

 




はい、と言う訳で、

長ッッッッッッらく、お待たせしました。

巫女キャスターの真名解放です。

答は人魚伝説で有名な「八百比丘尼(やおびくに)

因みに、彼女に関する情報の、大半はミスリードです。

巫女姿→本来は尼僧姿
魔術師→そんな伝承は無い
玉藻と知り合い→オリジナル

不死身っていうのと、あとは和鯖ってくらいですかね。真名に繋がる手掛かりは。





何か、プリヤ11巻の発売日が、どんどん延期されて行っている気がするのは気のせいだろうか?

(うちの県じゃやってないけど)映画コケたみたいだし、まさかそのせいって事も無い、と思いたい所です。


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第20話「守護者VS魔術王」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソロモン

 

 旧約聖書に登場する、古代イスラエル王国の第3代国王。

 

 かのダヴィデ王の息子に当たる人物。

 

 イスラエルを最も繁栄させたと言われる、偉大なる中興の祖。

 

 ダヴィデ王と、王の家臣だったバト・シェバの妻が不義を行った末に誕生したソロモンの王位継承権は当初、低い物であった。

 

 しかし父の死後に起きた王位継承問題において兄を打倒したソロモンは、イスラエル王に就任する事になる。

 

 王位を継承したソロモンは、内政と外交に尽力し、イスラエルの発展に貢献したと言われている。

 

 またソロモンは、人類に初めて「魔術」と言う概念を齎した事でも有名である。

 

 神と契約し、天使や悪魔を使役しうる指輪を継承したほか、72柱の魔神を使役したとも伝えられている。

 

 まさに全ての魔術師たちの頂点であり、「魔術王」と呼ぶに相応しい、冠位(グランド)の名を持つ、究極の英霊の1騎である事は間違いなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・まさか、こんな段階で『本命』登場とはな」

「本命って・・・・・・まさかッ!?」

 

 発言したアンデルセンの言葉に、立香は驚愕の反応を示す。

 

 以前、魔術協会での探索の後で語った、アンデルセンの考察。

 

 聖杯戦争、その大本である「英霊召還」の本来の目的。

 

 「強大な一つの存在に対し、最強の7騎を召喚して戦う」と言うありかた。

 

 だとすれば、

 

 今、ゆっくりと歩いてくる存在こそ、この人理焼却における真の黒幕と言う事になる。

 

 しかし、

 

 迫りくる圧倒的な存在感。

 

 世界を賭しても尚、天秤が釣り合わないほどの魔力。

 

 それら全てが、事態の肯定を指し示していた。

 

「カルデアは時間軸から外れた存在故に、誰にも見付ける事の出来ない拠点となった。あらゆる未来、全てを見通すわが目をもってしても、カルデアを観る事は難しい」

 

 言いながら、

 

 嘲笑が響き渡る。

 

「だからこそ生き延びている。無様にも、無惨にも、無益にも。決定した滅びの歴史を受け入れず、いまだに無の大海を漂う哀れな子船。それが、お前達カルデア。燃え尽きた人類史に残った僅かな染み、私の事業に唯一残った、私に逆らう愚者の名前よ」

 

 ソロモン王を名乗る人物は、そう告げると、居並ぶ全てを圧倒するように佇んだ。

 

 血色の肌に整った顔立ち。

 

 全てを見透かすような、知性を感じる双眸。

 

 しかし、その眼差しからは、王としての威厳はあるものの、伝説に語られるような慈愛は無く、ただ只管、冷徹と侮蔑に溢れているように思えた。

 

「申し訳ありません、我が王よ。あなた様にまで、ご足労戴く事になろうとは」

「良い、所詮は、些事よ」

 

 恭しく膝を突くアヴェンジャー、キャスター、アサシンの3人。

 

 対して、ソロモンを名乗る男は、取るに足らないと言わんばかりに、見向きもせずに答える。

 

 その視線の先では、

 

 身構える、カルデア特殊班一同の姿があった。

 

「ソロモンとは、また随分なビッグネームのお出ましじゃ、ねえか」

 

 モードレッドは剣の切っ先を下げながら、挑発的な口調で告げる。

 

 玉藻の回復魔術のおかげで、モードレッドの傷もだいぶ癒えている。今なら、多少戦うくらいはできるだろう。

 

「テメェもサーヴァントって訳か? そんで英霊として召喚され、二度目の生とやらで人類滅亡を始めたってオチか?」

 

 問いかけるモードレッドに対し、

 

 ソロモンは淡々とした口調で告げた

 

「それは違うなロンディニウムの騎士よ。確かに私は英霊だが、人間に召喚される事は無い。貴様らのような無能者とは違い、私は死後、自らの力で蘇り、英霊に昇華したのだ」

 

 聖杯戦争におけるサーヴァントは、魔力供給をするマスターの存在があって初めて成立する。

 

 だが、英霊ではあるが、同時に生者でもある。

 

 それが今のソロモンだとすれば、確かに魔力供給源であるマスターは必要ないだろう。

 

「私は私の意志で、私の事業を始めた。愚かな歴史を続ける塵芥。この宇宙で唯一にして最大の無駄である、お前達人類を一掃する為に」

「そんな事を、させるかッ」

 

 叫ぶ立香。

 

 9割がた虚勢である。

 

 しかしそれでも、

 

 カルデア特殊班のリーダーとして、敵の首魁を前に臆する事だけは許さなかった。

 

 震える膝を押さえつけ、乾く唇を噛み締めながら、

 

 それでも立香は、ソロモンを睨みつける。

 

 しかし、

 

 そんな立香の、ガラスの如き心底を見透かしたように、ソロモンは言い放った。

 

 誇るでもなく、奢るでもなく、

 

 淡々と、事実を告げるように。

 

「できるさ。既に私は、その手段を有している。何より、お前達の世界は、既に時を超える魔神たちによって滅ぼされている」

《馬鹿なッ!!》

 

 立香よりも先に、反応を示したのはカルデアにいるロマニだった。

 

《伝承とあまりに違うッ ソロモン王の使い魔は、あんな醜悪な肉の化け物のはずが無い!!》

「哀れだな。時代の先端にいながら、貴様らの解釈はあまりにも古い。七十二柱の魔神は受肉し新生した。だからこそ、あらゆる時代に投錨できるのだ。言わば魔神たちは、この星の自転を止める為の楔と言う訳だ」

 

 ロマニの言葉を、現下に否定するソロモン。

 

「そして天に渦巻く光帯こそ、我が宝具。『誕生の時きたれり、其れは全てを修めるもの(アルス・アルマデス・サロモニス)』に他ならぬ」

「あれがッ!?」

 

 言いながら、天を仰ぐマシュ。

 

 今も、霧の彼方にうっすらと、天の光帯を認める事が出来る。

 

「あの光帯一条一条が、聖剣の熱線。貴様らが先程まで遊んでいたアーサー王が持つ聖剣を、幾億にも重ねた規模の光。すなわち、『対人理宝具』と言う訳だ」

 

 対人理宝具。

 

 すなわち、あれこそが、ソロモン王にとって人理焼却を行う為の要と言う訳だ。

 

「父上の聖剣の数億倍だと・・・・・・それで時代を焼き払おうってのか、テメェ!?」

「さて、それを見る事も出来ない貴様に応える気は無いな」

 

 吼えるモードレッドを鼻で笑い、ソロモンは腕を翳す。

 

「さて、そちらの質問には答えた。次はこちらの番だ、カルデアよ」

 

 言いながら、

 

 ソロモン周囲の空間が一斉にはじけるのが見える。

 

 魔力が、高まっているのだ。

 

 来る。

 

 誰もが、そう思った。

 

 ソロモンはここで、カルデア特殊班を全滅させる気なのだ。

 

「ドクターッ 早くレイシフトを!!」

《いや、駄目だ。空間が邪魔してッ 君達がいる場所までアンカーが届かない!!》

 

 急かすようなマシュの言葉に、ロマニは悲鳴交じりの返事を返す。

 

 この場は既に、ソロモンの支配領域と化している。その為、如何に最先端の技術力を誇るカルデアと言えど、抗する事が出来ないのだ。

 

 ソロモンはその事を見越して、姿を現したのだ。

 

 自らの手で、カルデア特殊班を殲滅する為に。

 

 響は、刀の柄に手を掛けながら、ソロモンを睨みつける。

 

 このままでは、全滅する。間違いなく。

 

 ならば、どうする?

 

 この場にいる皆が、既にボロボロの状態だ。まともに戦える者など、1人もいない。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 チラッと、傍らに立つ美遊に目を向ける。

 

 躊躇うべきじゃ、ない。

 

 切り札を切るなら、今しかない。

 

 そう決断した。

 

 その時だった。

 

「やめておけ」

 

 少年の肩が、優しく、制するように叩かれる。

 

 振り仰ぐ先には、

 

 真っ直ぐに前を見据えた、兄の姿があった。

 

「ん、士郎?」

「自分の誓いを忘れるな。お前の(それ)は、こんな所で使うべきじゃないだろう」

 

 戒めるように、

 

 それでいていたわるように、兄は弟に優しく笑いかけると、ゆっくりと前に出る。

 

「それに、言ったろ」

 

 向かう、視線の先。

 

 そこに佇む、ソロモンの姿。

 

「俺が、全部終わらせるって」

 

 言い放つ士郎。

 

 対して、

 

 ソロモンは侮蔑と共に笑い飛ばす。

 

「今更、抑止如きが出てきたところで、私は止められん」

 

 先にはアヴェンジャーにも言われた事。

 

 だが、

 

「悪いが、俺が見ている物は、お前じゃない。もっと先にある物だ」

「ほう」

 

 落ち着き払った士郎。

 

「ロマニ、聞こえるか?」

《・・・・・・ああ、聞こえるよ》

 

 呼びかける士郎に対して、ロマニは少し躊躇うように答えた。

 

 彼には判っているのだ。

 

 これから、士郎が何をしようとしているのか、を。

 

「時間は俺が稼ぐ。その間に、レイシフトの準備を始めろ」

《士郎君・・・・・・》

「チャンスは必ず作る。タイミングを、見誤るなよ」

 

 前に出る士郎。

 

 その手に、

 

 黒白の双剣が握られる。

 

 既に切り札である宝具は使用してしまっている。再度の展開は不可能。

 

 どう考えても、士郎に勝ち目は無い。

 

 だが、それがどうした?

 

 宝具は確かに最強の切り札だが、所詮は戦うための一手段に過ぎない。

 

「本当に必要なのは、何の為に戦うのか決断する事。そして、決してとどまらない事だ」

 

 対して、

 

 ソロモンは冷ややかな目で士郎を見据えると口を開いた。

 

「フム、良かろう。ちょうどよい座興だ。相手をしてやろうではないか」

 

 余裕を見せる、ソロモン。

 

 次の瞬間、

 

 士郎が仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒白の剣閃を掲げて斬りかかる士郎。

 

 消耗し、摩耗し、既にその霊基は崩れかけている。

 

 今、この瞬間に消滅したとしても不思議はない。

 

 しかし、

 

 それでも尚、

 

 死の淵にあって、

 

 抑止の守護者、

 

 否、

 

 子供たちの誇るべき「兄」は駆ける。

 

 自らが守るべき者たちを守るために。

 

 対して、

 

 世界を破壊せんとする王は、

 

 その腕を虚空に一振りする。

 

 同時に出現する、無数の魔力球。

 

 目を剥く士郎。

 

 次の瞬間、

 

 魔力球は、向かってくる士郎目がけて一斉に射出された。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちする士郎。

 

 とっさに回避を選択して方向転換。ソロモンの側方に回り込むようにして駆ける。

 

 だが、

 

「無駄だ。その程度でかわせるものか」

 

 魔力球を誘導し士郎を追撃するソロモン。

 

 着弾した魔力球が次々とさく裂し、爆炎が戦場を彩る。

 

 対して、

 

 士郎はひたすら回避に専念。反撃のタイミングを伺う。

 

 爆炎が視界を塞ぎ、士郎の姿が見えなくなる。

 

 次の瞬間、

 

 立ち込める煙の向こうで、

 

 魔力が弾けた。

 

「ぬッ」

 

 一瞬、目を見開くソロモン。

 

 同時に、

 

 煙を突き抜けるように、1本の矢が、ソロモン目がけて撃ち放たれた。

 

「フンッ」

 

 対して、ソロモンは一瞬にして前面に障壁を展開する。

 

 着弾する矢。

 

 内蔵した魔力がさく裂し、爆炎が躍る。

 

 だが、

 

 吹き上がる炎は、ソロモンへは一切届かない。

 

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)の魔力放出をまともに受けて、障壁は小動すらしていない。

 

 これほどの障壁を詠唱無しで展開できる事が、既にソロモンの魔術師としての恐ろしさを如実に物語っていた。

 

 だが、

 

 ソロモンが障壁を展開した隙を突くようにして、士郎が駆ける。

 

 同時に、自身の周囲に複数の剣を投影。

 

 ソロモン目がけて一斉射出する。

 

 自身に飛んで来る切っ先。

 

 その全てを、

 

「脆いな」

 

 ソロモンは、腕の一振りで粉砕してしまう。

 

 その口元に浮かべられる薄笑い。

 

 士郎の攻撃を全く寄せ付けず、圧倒的とも言える存在感を見せつける。

 

 だが、

 

 駆けながら、士郎の双眸は真っ直ぐにソロモンを捉える。

 

 同時に、

 

 両腕を交差させるように構える。

 

 その手に握られた黒白の双剣。

 

 

 

 

 

鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ むけつにしてばんじゃく)

 

 

 

 

 

 詠唱と共に、

 

 士郎は双剣を投擲する。

 

 

 

 

 

心技、泰山ニ至リ(ちから やまをぬき)

 

 

 

 

 

 回転しながら、ソロモン目がけて飛翔していく干将・莫邪。

 

 対して、

 

 ソロモンは微動だにすらしない。

 

「たかが剣を投げたぐらいが何だと言うのだ?」

 

 言いながら、飛んできた干将と莫邪を弾く。

 

 だが、

 

 

 

 

 

心技、黄河ヲ渡ル(つるぎ みずをわかつ)

 

 

 

 

 

 

 再度、剣を投擲する士郎。

 

 やはり、剣は回転しながら飛翔する。

 

「何をしようと言うのかね? 無駄な事を」

 

 対するソロモンは、もはや侮蔑を隠そうともせずに剣を弾く。

 

 だが、

 

 

 

 

 

唯名、別天ニ納メ(せいめい りきゅうにとどき)

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 士郎は仕掛けた。

 

 三度(みたび)、干将・莫邪を投影する士郎。

 

 同時に、

 

 活性化された魔術回路に呼応し、剣が巨大化する。

 

 否、

 

 其れだけではない。

 

「ぬッ!?」

 

 そこで初めて、ソロモンが(微かにだが)眉をひそめた。

 

 先に弾かれた剣。

 

 2対4刀の干将と莫邪が、

 

 尚も地に落ちる事無く、宙に飛び続けているではないか。

 

 回転するそれらは、一斉に方向を変え、ソロモンへ切っ先を向ける。

 

 同時に、

 

 士郎本人もまた、大剣化した干将・莫邪を構えて距離を詰める。

 

 3方向から迫る刃。

 

 回避も、防御も不可能。

 

 

 

 

 

両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら ともにてんをいだかず)!!」

 

 

 

 

 

 互いに引き寄せる性質を持つ双剣「干将・莫邪」の特性をフルに活かした絶技。

 

 其の名も「鶴翼三連」。

 

 飛来する3対の刃。

 

 回避も、防御も不可能な剣閃。

 

 だが、

 

「無駄だ」

 

 あざ笑う、ソロモンの声。

 

 次の瞬間、

 

 3対の刃は、王の身を切り裂く事無く、その全てが打ち砕かれた。

 

「無駄、無駄、無駄、無駄ッ 貴様の全てが無駄の塊だなッ 抑止の守護者よ!!」

 

 ただ1人、

 

 魔術王のみが、無慈悲に立ち続ける。

 

「貴様の役割は既に終わったッ 生き汚く足掻く様は、滑稽でしかないな!!」

 

 その口より、容赦ない哄笑が叩きつけられる。

 

「消えるが良いッ 役立たずの守護者よ!! この私が焼却する世界と共にな!!」

 

 勝ち誇る魔術王。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、お前がな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 ソロモンの背後に立った士郎。

 

 その手には、

 

 握られた、大ぶりな拳銃。

 

 装填された魔弾は、必中必殺を期すべく、既に照準を魔術王の心臓へと向けられている。

 

「貴様ッ」

 

 呻くソロモン。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

Unlimited Lost Works(無/の剣製)!!」

 

 

 

 

 

 放たれた銃弾は、

 

 真っ直ぐに飛翔。

 

 真っ向から、ソロモンの心臓を刺し貫いた。

 

 次の瞬間、

 

 無数の剣が魔術王の身体を内側から食い破り、刺し貫いた。

 

 

 

 

 

第20話「守護者VS魔術王」      終わり

 



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第21話「魔の都に霧は晴れ」

 

 

 

 

 

 

 視界全てが、赤黒く塞がれる。

 

 誰もが理解できない。

 

 それ程、一瞬の事だった。

 

 ソロモンに向けて、銃を放った士郎。

 

 次の瞬間、

 

 そのソロモンの身体から無数の剣が突き出し、魔術王を刺し貫いた。

 

 今や魔術王の姿は、赤黒い魔力の奔流に飲み込まれ、伺う事すらできない。

 

 その様子を眺めながら、

 

 士郎はゆっくりと、銃を降ろした。

 

 視線は尚も険しいまま、ソロモンが立っていた辺りを睨みつけている。

 

 「無/の剣製(アンリミテッド・ロストワークス)

 

 衛宮士郎が辿る運命の、一つの終着点。

 

 とある理由から、自らの理想を捨て去り、目的の為ならば一切の手段を選ばない冷酷さを発揮した時、彼の宝具は恐るべき姿へと変貌する。

 

 魔弾の内部へ封じ込められた固有結界は着弾と同時に解放。標的内部で解き放たれる。

 

 本来、あらゆる武器を投影する結界が体内で解き放たれ、標的を内側から突き破り、完膚なきまでに破壊するのだ。

 

 古今東西、およそ残酷さにおいてこれに勝る宝具は無い、と言っても良いかもしれない。

 

 切り札である、2つめの宝具開放。

 

 これで終わった。

 

 誰もが、そう思いたい所だった。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・チッ」

 

 険しい表情で舌打ちする士郎。

 

 嘆息と諦念が入り混じった表情からは、ある種の予定調和にも似た雰囲気がにじみ出ている。

 

 あるいは、

 

 この戦場にあって、最も正確に戦況を分析し得ていたのは士郎だっただろう。

 

 すなわち、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか、興味深い。座興としては、そこそこ楽しめた、と言っておこうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分では、ソロモンに勝てない、と言う事を。

 

 士郎の考えを肯定するように、

 

 晴れた奔流の中から、ソロモンが姿を現す。

 

 その姿は、

 

 無傷。

 

 士郎の「無/の剣製(アンリミテッド・ロストワークス)」をまともに食らったにもかかわらず、致命傷どころか、衣服の乱れすら見受けられない。

 

 まったくの無傷だった。

 

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 信じられない物を見たような面持ちで、立香が呟きを漏らす。

 

 彼の目から見ても、士郎の宝具は完全に決まっていた。

 

 倒せないまでも、何らかのダメージを与える事くらいは期待していたのだが。

 

 それがまさか、無傷とは。

 

「・・・・・・成程、そういう事か」

 

 どこか、納得したように口を開いたのは、後方で見守っていた作家サーヴァントだった。

 

 アンデルセンはゆっくりと前に出ると、ソロモンを真っ向から見据える。

 

 そして、ここまで戦い続けた弓兵(アーチャー)に向き直った。

 

「おい、これ以上は無駄だ。やめておけ」

「だろうな」

「・・・・・・・・・・・・どういう、事だ?」

 

 頷く士郎。

 

 理由が判らず戸惑う立香に、アンデルセンは肩を竦める。

 

 士郎が1人で戦っていた分、後方にいたアンデルセンは状況について冷静に分析するだけの余裕があった。

 

 これまでの戦況、士郎の戦力、ソロモンの反応。

 

 それら全てを統合した結果、アンデルセンの中で組み上がった答え。

 

「奴を倒す事は出来ん。少なくとも、この場ではな」

 

 告げられた言葉は、絶望以外の何物でもなかった。

 

 ここまで来て、

 

 黒幕を前にして、

 

 手も足も、出す事が出来ない。

 

 それが、稀代の天才童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンの出した答えだった。

 

「宝具か、あるいはもっと別の何かか、それは判らん。だが、少なくとも無策に突っ込んでダメージを与える事は不可能だと思った方が良いだろうな」

 

 言いながら視線を向けた先で、

 

 ソロモンがほくそ笑む。

 

「凡百以下のごみの分際で、よくぞ見抜いた物だな。まあ、これくらいは気付いてもらわねば張り合いも無いのだが、しかし予定よりは早かった。その点は褒めてやろう」

「光栄だな」

 

 ソロモンの言葉に、皮肉気に返すアンデルセン。

 

 実のところ、アンデルセンとて全てを把握しているわけではない。現状の少ない時間と情報で分析できることなど、たかが知れている。彼は作家であって、探偵ではないのだから。

 

 だが、

 

「光栄ついでに、もう一つ語ってやろうか?」

「ほう、聞いてやろう。今度は何を囀る気だ? 面白ければ楽に殺してやるぞ」

 

 余裕の態度を見せるソロモン。

 

 対して、

 

「貴様の正体、その特例の真実について」

 

 アンデルセンは語った。

 

 これは先日、魔術協会を探索した際に読んだ資料。

 

 その中で特に、アンデルセンの気を引いた「英霊召還」について。

 

 現在の聖杯戦争システムの上位版にしてオリジナル。

 

 強大な1つの存在に対して、召喚される最強の7騎。

 

「それがお前だ。人理を守る最高峰にして天の御使い。冠位(グランド)の名を頂く、7騎の最高峰の英霊」

 

 アンデルセンの目が、真っ向からソロモンを射抜く。

 

「すなわち、冠位魔術師(グランド・キャスター)、魔術王ソロモン!!」

 

 言い放った瞬間、

 

 巨大な哄笑が鳴り響いた。

 

 ソロモンの口から放たれる笑い声。

 

 一同が見守る中、

 

 魔術王は笑いを張りつかせたまま言った。

 

「良いぞ、よくぞそこまでたどり着いた物よ」

 

 冠位魔術師(グランド・キャスター)

 

 すなわち7騎のクラスの一つ。キャスターの頂点に立つ人物。

 

 魔術師や、キャスターとして召喚された英霊は、決して目の前の王には敵わない。

 

 メディア・リリィが抵抗を諦めて人類の敵に回ったのも、マキリ・ゾォルケンが変節したのも無理はない。

 

 およそ「魔術師」と言う存在である限り、決して逆らう事の出来ない相手がそこにいた。

 

「ロマン君、レイシフトは?」

《いや、まだ駄目だ。まだ君達の座標を固定できてない。どうしても、ソロモンの支配領域を打破できない!!》

 

 問いかける凛果に、悲鳴交じりのロマニが返事を返す。

 

 凛果は絶望感に苛まれる。

 

 最先端の科学と魔術。その粋を結集したカルデアですら、ソロモンを打ち破る事が出来ないとは。

 

 圧倒的、

 

 などと言う言葉すら、陳腐に感じてしまうほど、隔絶した力の差があった。

 

 全滅。

 

 その言葉が、皆の脳裏を支配し始めた。

 

 その時だった。

 

「フム、では、そろそろ帰るとするか」

 

 まったく唐突に、

 

 終幕の宣言が、とうの黒幕の口から語られたのだった。

 

「なッ 帰るって・・・・・・」

「うん? 何を不思議がる?」

 

 驚く立香に、ソロモンは小ばかにしたような口調で言った。

 

「言ったではないか、これは『座興』だと。それが終わったから帰るまでの事。どこにおかしな事がある?」

 

 まるで、ちょっと散歩のついでに立ち寄っただけ、とでも言いたげな軽い口調で話すソロモン。

 

 対して、

 

「良いのかよ、俺等を残して行って?」

 

 挑発するように語り掛けたのはモードレッドだった。

 

 その剣の切っ先は、尚も油断なくソロモンへと向けられている。隙あらば、いつでも斬りかかるつもりなのだ。

 

「お前は既に4つの聖杯を立香達に奪われている。その割には、随分と余裕じゃねえか?」

「・・・・・・・・・・・・4つ?」

 

 対して、

 

 ソロモンは足を止めると、真っ向からモードレッドに向き直る。

 

 その口元に、侮蔑の笑みを向けて言い放った。

 

「4つ・・・・・・何を言い出すかと思えば、4つとはな」

「テメェ、何が可笑しいッ!?」

 

 激昂するモードレッド。

 

 対して、ソロモンはさも、おかしいジョークを聞いたと言わんばかりに、笑みを浮かべたまま振り返る。

 

「なに、随分と程度の低い勘違いをしていると思ってな」

「何ッ」

「言っておくが、1つも6つも、私にとっては何も変わらん。最後の1つを奪われない限り、私の事業を止める事など不可能。カルデアなど、取るに足らん些事に過ぎん」

「じゃあ、テメェはいったい、ここに何しに来たんだッ!?」

 

 それだけ圧倒的な力を有しながら、カルデア特殊班に手を出さずに立ち去る事の意味が分からない。

 

 ここでカルデアを滅ぼすでもなく、ただ戦って見過ごすだけなら、ソロモンは、なぜ姿を現したのか。

 

「言っただろう? 座興だと。ここに来たのはただの暇つぶしだ。誰しも、一つの読書を終えて、次の本に取り掛かる前に用を足しに立つ事があるだろう。これは、それだけの話だ」

「なッ!? 小便ぶっかけに来たってのかッ!?」

「モーさん・・・・・・」

「言い方・・・・・・」

 

 響と美遊が、ジト目で睨む。

 

 チビッ子たちの抗議の視線が飛ぶ中、ソロモンが邪悪に染まる顔で高笑いを上げる。

 

「その通りッ!! 実にその通りッ!! 実際、貴様らは小便以下だがなあ!! 私はお前たちの事など、垂れ流した小便並みにどうでも良いのさッ ここで生かすも殺すも、全てどうでも良い!! 判るか? 私はお前たちを見逃すのではない。お前たちなど、初めから見るに値しないのだ!!」

 

 ひとしきり高笑いを上げた後、

 

「だが、まあ・・・・・・・・・・・・」

 

 ソロモンは笑いを止めて言った。

 

「もし万が一、奇跡が起きて全ての特異点を修復できたとしたら、その時はお前たちを、私自ら処理すべき案件と考えてやろうではないか」

 

 貴様らには無理だがな。

 

 言外に、そう告げるソロモン。

 

 と、

 

「・・・・・・楽しいのか?」

「先輩?」

「兄貴?」

 

 突然、口を開いた立香に、マシュと凛果が戸惑うような視線を向ける。

 

 そんな2人に構わず、立香はソロモンを真っすぐに見つめて言い初。

 

「何で、こんな事をするんだッ!? 人類を滅ぼして何が楽しいんだッ!?」

 

 アンデルセンの考察が正しければ、ソロモンは本来、人類に対する脅威に立ち向かう、7騎の英霊の1騎のはず。

 

 それがいったいなぜ、人類を滅ぼす側に回っているのか? これでは自己矛盾も甚だしいと言わざるを得ない。

 

「・・・・・・・・・・・・楽しいか、だと?」

 

 口元に笑みを刻むソロモン。

 

「ああ、楽しいさッ 実にッ!! 実にッ!! 実にッ!! 実にッ!! 実にッ!! 実にッ!! 楽しくて楽しくて仕方がないなッ!! 貴様ら人類程、この地球で無意味な存在はいないッ 貴様らはこの2000年で全くと言って良いほど進歩しなかったッ!! だからこそ、私と言う滅びを迎える事になったッ!! 滅びる事で初めて、貴様ら人類はその存在に意味を持つ事が出来るのだッ むしろ感謝してほしいくらいだなッ!! 喜べ、人間ども!! お前たちは私に滅ぼされる事によって、はじめて存在に意味が生まれるのだからな!!」

 

 高笑いを上げるソロモンを見て、立香は思う。

 

 こいつとは分かり合えない、と。

 

 決して、何があっても。

 

 ソロモンの念頭には既に「人類を滅ぼす」と言う大前提が存在している。

 

 そこには和解も交渉も、余地は残されていなかった。

 

 だからこそ、

 

「そんな事は、させない」

 

 敢然と、

 

 決意をもって、

 

 立香は立ちはだかる。

 

 目の前の魔術王に対し。

 

 ソロモンからしたら、立香の存在など取るに足らないだろう。それこそ、指先一つ、動かす事無く存在を抹消する事も、不可能ではあるまい。

 

 だが、しかし、

 

 それでも、

 

 立香は、全ての恐怖を飲み込み、立ち続けていた。

 

「俺達は決してあきらめない。必ず、人類を守って見せる!!」

 

 言い放った立香。

 

 対して、

 

「フンッ 良いだろう」

 

 侮蔑を含む言葉を言いながら、ソロモンは、自らの背後の空間に門を開くと、その中へと足を踏み入れる。

 

 アヴェンジャー、キャスター、アサシンもまた、付き従う。

 

「せいぜい、醜く足掻く良いッ!! 滅びを迎える、その瞬間までなッ!!」

 

 門が閉じる。

 

 ソロモンの笑い声を残して。

 

 後には、無力のまま立ち尽くす、カルデア特殊班だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧が、晴れて行く。

 

 ロンドンの街を覆いつくし、あれだけの猛威を振るい続けた魔霧が晴れ、少しずつ、太陽の光が届き始めていた。

 

 それと同時に、戦闘で破壊された街並みも、まるで逆再生のように元に戻り始めていた。

 

 魔神柱が倒れ、聖杯を確保した事で、特異点の修復が始まろうとしていたのだ。

 

 そして、

 

 それは同時に、役目を終えたサーヴァント達もまた、消え去る事を現していた。。

 

「まあ、仕方がない。できれば着いて行きてェけど、元々、寄る辺の無い俺等じゃ、そうもいかないしな」

 

 さばさばした口調でそう言ったのはモードレッドだった。

 

 彼女の体からは既に、金色の粒子が立ち上り、消滅現象が始まっていた。

 

 モードレッドだけではない。

 

 アンデルセン、ナーサリー、シェイクスピア。

 

 生き残ったサーヴァント達は皆、この世界から立ち去ろうとしている。

 

 残るのは、もともとこの世界の住人だったジキルとフランだけである。

 

「ありがとう、円卓の騎士、モードレッド卿。君のおかげで、この世界を救う事が出来た。本当に、ありがとう」

「よせよせ、そんな改まって言われると、背中がかゆくなるッ」

 

 頭を下げる立香に対し、モードレッドはどこか照れたような口調で言う。

 

「それに、こんな俺でもロンドンを守るために戦う事が出来たんだ。感謝すんのは俺の方だよ」

 

 そう言って笑うモードレッド。

 

 次いで、その視線はマシュへと向けられた。

 

「あー、マシュ。お前の持ってる盾なんだけどな。そいつは、ひょっとして・・・・・・」

「この盾について、何か知ってるんですかッ!?」

 

 モードレッドの物言いに対して、マシュは食いつくように身を乗り出した。

 

 マシュに憑依している英霊の名は、未だに判っていない。それ故に、彼女は全力発揮できないでいるのだ。

 

 唯一の手掛かりは、この盾のみ。

 

 マシュとしては、是が非でも手掛かりが欲しいところだった。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・いや、やっぱダメだ。こいつは、俺の口から言っちゃいけねえ。マシュ、お前自身が、自分で見つけないと意味ない事だ」

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 そこまで言っておいて。

 

 そう言いかけるマシュ。

 

 だが、

 

 そんなマシュに、モードレッドは嗤いかける。

 

「んな顔すんなって。ただ、これだけは絶対言えるぜ。あのいけ好かない盾ヤロウよりもマシュ、お前の方が絶対、その盾をうまく使えてる。だから自信もって胸を張れッ この俺が保証してやる!!」

 

 勢い良く言い放つと、

 

 モードレッドの姿は急速に薄れ、そして消えて行く。

 

「負けるんじゃねェぞ」

 

 最後に、

 

 鮮烈な笑みを残し、叛逆の騎士は去って行った。

 

 

 

 

 

 背中を向けて、立つ少年。

 

 その姿を、彼の弟や妹が、言葉も無く立ち尽くしている。

 

 どれくらい、そうしていただろうか?

 

「・・・・・・・・・・・・ソロモンはああ言ったが」

 

 ややあって、士郎が口を開いた。

 

 振り返る。

 

 その口元には、

 

 爽やかな、笑顔が刻まれる。

 

「悪いが、この戦いは、俺の勝ちだ」

「え? お兄ちゃん?」

「ん、士郎、何言ってる?」

 

 士郎の言葉に、クロエと響は、訳が分からず声を上げる。

 

 確かに、魔神柱を倒し、聖杯を回収、特異点の修復が成った以上、勝ちと言えない事も無い。

 

 しかし、肝心のソロモンは倒せず、その側近であるアヴェンジャー、キャスター、アサシンも取り逃がしてしまった。

 

 結果的に見れば引き分け、悪く見ればこちらの敗北とも言える。

 

 抑止の守護者として、人理を守り、諸悪の根源たる魔術王ソロモンを倒す事には失敗した事になる。

 

 だが、

 

「お前らを、1人も欠ける事無く守り通す事が出来たんだ。これ以上の勝利が他にあるかよ」

 

 そう言って、士郎は笑う。

 

 ソロモンの事も、

 

 特異点の事も、

 

 言ってしまえば人理修復ですら、士郎の眼中にはない。

 

 彼の目的はあくまで、弟と、妹たちを守る事のみ。その他の事など、物のついででしかなかった。

 

 その時、

 

「お兄ちゃん、それッ」

 

 驚いて声を上げたクロエ。

 

 子供たちが見ている前で、

 

 士郎の身体から、金色の粒子が立ち上り始めた。

 

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 納得したように、士郎はその光景を受け入れる。

 

 判っていた。

 

 元より、こうなる事は覚悟のうえで魔術王に挑んだのだから。

 

 勝つ為ではなく、守るために。

 

 だから、悔いは一切なかった。

 

「悪いな、クロ、響、美遊。俺は、ここまでみたいだ」

「お兄ちゃん・・・・・・」

「士郎・・・・・・」

「俺はもう、一緒にいてやれないけど・・・・・・けど、大丈夫だよな。お前ら、強いし」

 

 そう言っている間に、

 

 士郎の身体は透け始める。

 

 もう、本当に、時間がなかった。

 

「悪い。イリヤにも、会ったら伝えといてくれ。会えなくて悪かったって」

 

 消えて行く士郎。

 

 その姿を、

 

 美遊は黙って見つめている。

 

 目の前で、今にも消えて行こうとしている士郎。

 

 その姿が、自分の中で誰かと重なろうとしている。

 

 遠い世界。

 

 自分ではない誰か。

 

 その中にある、一番大切な思い出。

 

 

 

 

 

 

 

 

『美遊がもう苦しまなくていい世界になりますように』

 

 

 

 

 

『やさしい人たちに出会って・・・・・・』

 

 

 

 

 

『笑いあえる友達を作って・・・・・・』

 

 

 

 

 

『あたたかでささやかな・・・・・・』

 

 

 

 

 

『幸せをつかめますように・・・・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、

 

 あるいは奇跡をも超越した何かだったのかもしれない。

 

 今ここにいる美遊は、「美遊」ではない。

 

 当然、記憶もない。

 

 だが、

 

 かつて、自分を守る為にボロボロになるまで戦ってくれた兄。

 

 自分に全てを与えてくれた兄。

 

 その姿が、目の前の少年と重なった瞬間、

 

 今、美遊の中で、自分の物ではない記憶が、奔流のように流れ始めていた。

 

 兄に助けられた事。

 

 兄と共に過ごした事。

 

 それら一つ一つが、美遊の中で花開くように再現されていくのが判った。

 

「お兄ちゃん!! ダメッ 行かないで!!」

「美遊・・・・・・・・・・・・」

 

 消えゆく士郎に縋りつこうとする美遊。

 

 士郎は、駆け寄って来た妹を抱き留め、その頭を撫でてやる。

 

 互いに、僅かな時間で温もりを確かめ合う、兄と妹。

 

 やがて失われると判っているからこそ、その尊さが愛おしく感じる。

 

 だが、

 

 別れは否応なくやってくる。

 

 士郎の体の消滅は、急速に早くなり始めた。

 

「お兄ちゃんッ!!」

 

 声を上げる美遊。

 

 そんな妹を安心させるように、士郎は優しく語り掛ける。

 

「美遊、大丈夫だ」

「お兄ちゃん?」

「お前には、こんなにたくさん、頼れる仲間がいるじゃないか」

 

 マスターである立香、凛果、ロマニやダ・ヴィンチと言ったカルデアのスタッフたち。

 

 クロエやマシュ。

 

 それに、

 

 響。

 

「後は、任せた」

「ん」

 

 頷きをかわす2人。

 

 それを見て、

 

 士郎は満足そうに微笑む。

 

 同時に、

 

 意識が、急速に薄れて行くのを感じる。

 

 だが、

 

 最後まで、目は閉じない。

 

 愛おしい、弟妹達を、その眼に焼き付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美遊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦え

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諦めるな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諦めなければ、必ず、道は前に開けるから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第21話「魔の都に霧は晴れ」     終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドンの特異点は修復された。

 

 聖杯も無事に回収され、今はダ・ヴィンチを筆頭とする技術班によって解析が進められている。

 

 カルデア特殊班も、全員が無事に帰還している。

 

 隊長である藤丸立香以下、今回も全員が帰還できたことは喜ばしい。

 

 同時並行で、次の特異点の絞り込みも進められている。

 

 解析が終われば、次のレイシフトに向けて準備に入る事になる。

 

 だが今は、

 

 少なくとも今だけは、皆が無事に戻れたことを喜びたい。

 

 だが、

 

 払った犠牲は大きかった。

 

 坂田金時、玉藻の前、ジャック・ザ・リッパー、

 

 そして、

 

 衛宮士郎。

 

 戦力の大半を現地で召喚されたサーヴァントに頼っているカルデアだが、それでも一度の戦いで、これほどの犠牲が出たのは初めての事だった。

 

 特殊班自体も壊滅寸前まで追い込まれた事を考えれば、戦慄せざるを得ない状態だった。

 

 そんな中、

 

 帰還してすぐに、特殊班のメンバーたちは揃って、ロマニ・アーキマンの部屋へと押しかけていた。

 

 彼らは聞かなければならなかった。

 

 どうしても。

 

 対して、

 

 険しい面持ちで詰め寄る一同に対し、ロマニもこれあるを予期していたのだろう。神妙な面持ちで語り始めた。

 

「士郎君がカルデアにやって来たのは、特異点Fから立香君たちが帰還してすぐ。響君と美遊ちゃんが召喚されるより、少し前の事だった」

 

 驚いたのは、ロマニをはじめとしたカルデアスタッフだった。

 

 立香達の帰還作業により大わらわの中、レフ・ライノールのテロによって爆破、機能停止状態に張ったはずの英霊召還システム「フェイト」が突然稼働し、召喚の光の中から、傷だらけの弓兵(アーチャー)が姿を現したのだから。

 

 衛宮士郎を名乗ったそのアーチャーの少年は言った。

 

 自分は抑止力のバックアップを受けた守護者である事。しかし、たとえ抑止力の力をもってしても、今回の事態を解決する事は難しいであろう事。その為に、カルデアの協力を求めたい事。

 

 勿論、ロマニ達にとっても、願っても無い事だったのは確かである。

 

「なら、何でわたし達には黙ってたのよ? 一緒に戦った方が良かったんじゃないの?」

 

 険の籠った声で尋ねるクロエ。

 

 こんな大事な事を黙っていた事が、彼女には自分達に対する裏切りにも思えたのだ。

 

 否、クロエだけではない。

 

 響や立香達もまた、納得いかない表情を向けていた。

 

 対して、ロマニは淡々とした口調で言った。

 

「君達には黙っている事。それが、士郎君の意思だったからだ」

 

 士郎は言った。

 

 自分の霊基は壊れている。恐らく、長くは戦えないだろう。だがそれでも、弟や妹たちの為に、ただ黙って消滅を受け入れる事だけはしたくない。

 

 そこから、士郎の孤独な戦いが始まった。

 

 崩れかけた体を引きずって戦場へ赴き、常に皆を見守る。

 

 そして、本当に危機が陥った時のみ、手を貸す。

 

 それが、士郎にできる最大限の支援だった。

 

 しかし、黙っていても霊基の崩壊は進む。

 

 そして、ロンドンでの戦いが始まった時には、もう士郎の身体は現界を越えつつあったのだ。

 

「だが、その士郎君ももういない。それでも、僕らは戦い続けなうちゃいけないんだ、判るね?」

「ああ、判っているさ」

 

 ロマニの問いかけに、立香は静かに答える。

 

 自分たちを守ってくれた士郎は、もういない。

 

 ならば、

 

 彼が守りたかった物も含めて、これからも戦い続ける。

 

 それが、新たなる自分たちの使命だと思えた。

 

 

 

 

 

 立香達が去った部屋の中で、

 

 ロマニは1人、虚空を眺めていた。

 

 その脳裏に浮かぶのは、ロンドンでの戦いの事。

 

 士郎の事は、ロマニにしてみてもショックではあった。

 

 だがそれ以上に、彼には考えなければならない事があった。

 

 今まで、多くの戦いの中で見え隠れしていた黒幕の存在。

 

 レフ・ライノール、メディア・リリィ、マキリ・ゾォルケンと言った魔術師たちを裏から操っていた存在が、ついに姿を現したのだから。

 

「ソロモン・・・・・・やはり、そういう事なのか」

 

 ロマニは1人、呟きを漏らすのだった。

 

 

 

 

 

死界魔霧都市ロンドン      定礎復元

 




衛宮士郎(えみや しろう)

【性別】 男
【クラス】 アーチャー
【属性】 中立・中庸
【隠し属性】 人
【身長】 167センチ
【体重】 58キロ
【天敵】 言峰綺礼 ジュリアン・エインズワース

【ステータス】
筋力:D 耐久:C 敏捷:C 魔力:B 幸運:E 宝具:EX

【コマンド】:BAAAQ

【保有スキル】
〇心眼
自身に回避状態付与(1ターン)、防御力アップ(3ターン)

〇鷹の目
自身のスター発生率アップ(3ターン)、スター集中アップ(3ターン)、クリティカル威力アップ(3ターン)

〇投影魔術
自身のクイック性能アップ(1ターン)、アーツ性能アップ(1ターン)、バスター性能アップ(1ターン)

【クラス別スキル】
〇対魔力
自身の弱多態性アップ

〇単独行動
自身のクリティカル威力アップ。

〇壊れた霊基
自身の攻撃力アップ。毎ターンHPを少し減少(デメリット)

【宝具】 
無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)
 効果《敵全体に強力な防御無視攻撃、攻撃力ダウン(3ターン)》
英霊「エミヤ」の使用する固有結界を宝具化した物。あらゆる武具を構成する要素が満ちており、見た事がある武具を瞬時に複製、投射が可能。

無/の剣製(アンリミテッド・ロストワークス)
 効果《敵単体に強力な防御無視攻撃、敵単体のチャージを減らす》
英霊「エミヤ・オルタナティブ」の持つ宝具。固有結界の効果を弾丸サイズに押し込めて射出。対象の体内で結界を展開する事で、体の中から無数の剣が突き出て刺し貫く。

永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)
 効果《敵全体に超強力な防御無視攻撃》
 彼の騎士王の聖剣を投影によって複製した剣。その為、オリジナルよりランクが落ちる。無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)展開時にのみ使用可能な宝具。

【備考】
 正義を成すために世界と契約した抑止の守護者でもなく、正義を捨てて失墜した無心の執行者でもなく、ただ1人の大切な人を守るために悪である事を選んだ少年。

 元は冬木の聖杯戦争に参加したアーチャーが、カルデア勢を逃した後、バーサーカーを食い止める為に召喚した。

 その実態については「アーチャーが自身を触媒にして衛宮士郎を召喚した後、消滅した」のか、あるいは「アーチャー自身が霊基を変換して衛宮士郎になった」のかは不明。

 抑止力の後押しにより「衛宮士郎から繋がる全ての存在」の能力と記憶を受け継いでいる。ただし疑似サーヴァントに関してはその限りではない。

 強引な召喚であったことは間違いなく、現界した時点で既に霊基は半壊に近い状態だった。

 霊基が崩れている状態であるから当然、その体も緩慢に崩壊を続けている状態。その為、カルデアから直接魔力を供給する事で、辛うじて現状維持に努めていた。

 長く、彼が正体を隠していたのは、長く戦える身体ではない事を悟っていた為。

 しかし、ロンドンの戦いにおいてカルデア特殊班が壊滅の危機に陥った時、ついに、長く隠していた正体を白日の下へと晒した。

 そして、弟や妹たちを守れた事を確認した後、満足げな笑顔と共に消えて行った。




八百比丘尼(やおびくに)

【性別】 女
【クラス】 キャスター
【属性】 混沌・中庸
【隠し属性】 ヒト
【身長】 141センチ
【体重】 46キロ
【天敵】 玉藻の前、安倍晴明、蘆屋道満

【ステータス】
筋力:E 耐久:E 敏捷:E 魔力:A+ 幸運:A 宝具:EX

【コマンド】:BAAAQ

【保有スキル】
〇無明の道標
味方全体のHPを回復。及び、HP回復状態を付与(3ターン)、弱体状態解除。

〇彷徨える苦行者
自身にターゲット集中状態付与(1ターン)、及びNPアップ(3ターン)。

〇入定
味方全体の攻撃力アップ(3ターン)、自身のアーツ性能アップ(3ターン)、アーツカードのクリティカル威力アップ。

【クラス別スキル】
〇陣地作成
自身のアーツ性能アップ

〇道具作成
自身の弱体付与成功率アップ

【宝具】 
人魚伝説、此岸の地獄(にんぎょでんせつ こがんのじごく)
効果《自身にガッツ状態付与(3回、3ターン)、ガッツ後HP回復状態付与(3ターン)、NP回復(40パーセント固定)、攻撃力アップ(1ターン)》
人魚の肉を喰らい、不老不死となった、八百比丘尼自身の肉体が宝具化した物。

【備考】

 真名「八百比丘尼(やおびくに)

 その昔、とある漁師が酒宴の席において、人魚の肉が料理されているのを見てしまった。

 古来より、人魚の肉には不思議な力があり、食した者はその身の万病が払われ、また一口食べれば不老不死になれると言う言い伝えがあった。

 とは言え、得体が知れない事に変わりはない。

 気味悪がった男は、肉を食べずに、そのまま持ち帰ったと言う。

 しかし、その肉を、男の娘が誤って食べてしまった事で、娘は不老不死の身体となってしまった。

 永遠に歳を取らず、永遠に生き続ける事となった娘。

 何人もの男と結婚したが、夫は皆、先立ってしまった。

 永遠に若いままの娘を残して。

 嘆き悲しんだ娘は尼僧となり、日本全国をさ迷い続けた後、やがてたどり着いた若さの血で入定(真言密教における究極の修行。「永遠の瞑想」)したと言う。

 そしてもう一つ、

 こんな都市伝説も存在する。

 すなわち、八百比丘尼は未だ存命であり、今も日本の何処かを当て所なくさ迷い続けていると言う。

 そして永劫とも言える彷徨の末、魔術王と出会い、彼の計画に協力する事を決める。自らの目的の為に。

 因みに、全くの余談だが、

 伝説通りの尼僧姿ではなく巫女服姿なのは、以前師事した大妖怪の趣味で、強制的に着替えさせられたからだとかどうとか。詳細は不明である。



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亜種特異点 ■■■■■■■■■■・■■■
第1話「暗闇からの手招き」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の話をしよう。

 

 彼はマルセイユの優秀な船乗りだった。

 

 否、天才、と言っても良かったかもしれない。

 

 風を読み帆を操り、波を見て舵を切り、星を眺めて進路を定め、多くの部下を統率するカリスマ。

 

 およそ、船乗りに必要な全ての能力を、彼は備えていた。

 

 だからこそ先代の船長が不慮の事故で死んだとき、尊敬する船主から、若くして大型商船の船長にも抜擢された。

 

 また、彼は私生活も充実していた。

 

 彼には幼馴染で、美しい恋人がいたのだ。

 

 互いに想い合っているいる2人は、彼が次の航海から戻ったら、晴れて結婚する予定だった。

 

 誠実で真面目な彼の周りは、常に多くの人々の笑顔で溢れ、幸せに満ちていた。

 

 仕事、愛。

 

 全てがうまく行っている。

 

 彼の人生は、正しく順風満帆その物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーニングを終えた藤丸立香(ふじまる りつか)は、流れる汗を首にかけたタオルで拭い、大きく息を吐いた。

 

 運動をこなした後の軽い倦怠感とそう快感によって包まれる。

 

 カルデアに来るまで、あまり積極的に運動などしてこなかった立香だが、最近では時間があれば体を動かすようにしている。

 

 レイシフト先では、どのような戦場が待っているか分からない。

 

 場合によってローマの時みたいに、国をまたいで移動しなくてはならない事も有り得る。

 

 マスターと言えど、体力は必須だった。

 

「お疲れ様でして先輩。スポーツ飲料をどうぞ」

「フォウッ フォウッ」

「ああ、ありがとう、マシュ」

 

 ボトルを差し出す後輩に笑顔を向けつつ、中身を少し多めに煽る立香。

 

 肩に駆けあ上がってくるフォウの毛並みを感じながら、喉越しに感じる清涼感が、高ぶった気を静めてくれるようだった。

 

「先輩、既に正午を過ぎています。この後、凛果先輩も誘って、食堂へ行きませんか?」

「ああ、そうだな・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、

 

 立香はふと、思い出したようにマシュを見た。

 

「みんなは?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかける立香に、マシュは俯きながら首を横に振った。

 

「そっか・・・・・・・・・・・・」

 

 後輩のその態度に、状況を察した立香も嘆息する。

 

 事が事だけに、簡単に割り切る事が出来ない。

 

「難しいよな。やっぱり」

「ええ」

「フォウ・・・・・・」

 

 ロンドンでの戦いが終わり、数日が過ぎていた。

 

 かつてない激戦を潜り抜け、帰還を果たしたたカルデア特殊班は、次のレイシフトまでの間、つかの間の平穏を享受していた。

 

 現在、ロマニ・アーキマンやレオナルド・ダヴィンチをはじめとした後方支援スタッフが、急ピッチで獲得した聖杯の解析、及び次の特異点の絞り込みを行っている。

 

 戦場での戦いは特殊班の仕事だが、戦いが終われば、今度は後方支援スタッフの戦いが始まる事になる。

 

 前線で特殊班メンバーが体を張る分、それ以外の業務は彼らの領域となっている。

 

 特殊班メンバーが前線で心置きなく戦えるのは、彼等の支えがあるからこそ、とも言えた。

 

 とは言え、

 

 先のロンドン戦における熾烈な戦いは、特殊班メンバーに深い傷を残していた。

 

 敵の首魁、魔術王ソロモンまで姿を見せた戦いで、カルデア特殊班は壊滅寸前まで追い詰められた。

 

 多くのサーヴァント達が、戦場に倒れ、消えて行った。

 

 特に、これまで特殊班を影から支えてきた、衛宮士郎の存在が失われた事が大きかった。

 

 その体のせいで、これまで大ぴらに戦いには参加できなかった士郎だが、要所においては陰ながら特殊班を支援してきた。

 

 その士郎が死んだ。

 

 失った物の大きさは計り知れず、心に空いた穴を埋めるには、時間が足りな過ぎた。

 

 中でもやはり、精神的ダメージが大きいのは、士郎の弟妹である、衛宮響、クロエ・フォン・アインツベルン、そして朔月美遊だった。

 

 士郎の死後、3人の子供たちの落ち込み具合は、それはひどい物だった。

 

 響は一見すると普段と変わらないようにも見えたが、少しでも目を離すとぼうっとしている事がある。

 

 クロエは表面上、普段通り振舞っているように見える。しかし、ふとした表紙に、寂しげな表情を見せる事も多かった。

 

 そして、

 

 最も落ち込んでいるのは美遊だった。

 

 彼女の中で、記憶が完全に再現されたわけではない。

 

 しかし、だからこそ、なのかもしれない。

 

 自分も知らなかった大切な兄が、自分の為に最後まで戦い、そして散って行った。

 

 その事実が、美遊の中で処理しきれない感情となって渦巻いているのが判る。

 

「士郎さんの存在が、響さん達にとって、如何に大きかったかが判ります」

「ああ。考えてみれば、今ままでも、影から俺達を助けてくれてたんだよな」

 

 オルレアンで、ローマで、オケアノスで、そしてロンドンで。

 

 カルデア特殊班がピンチに陥った時、士郎は必ず助けに来てくれた。

 

 立香達からしても、士郎は大切な恩人だったのだ。

 

「俺が、彼の代わりに慣れるとは思っていないさ」

「先輩・・・・・・」

「けどさ。彼の代わりに、みんなを支えてあげる事くらいはできると思うんだ」

 

 何も、最前線で剣を振るだけが戦いではない。

 

 士郎のように、みんなの為に戦う事は出来ずとも、みんなが戦えるように支えることはできる。

 

 自分の戦い方とは、そうした物なのだと、立香は最近では考えるようになっていた。

 

「さあ、みんなも誘って飯にしよう」

「そうですね。私、凛果先輩達に声を掛けてきます」

「フォウッ!!」

 

 フォウと共に駆け去って行くマシュの背中を、立香は笑顔で見送る。

 

 そうだ。

 

 いつまでも落ち込んでばかりいられない。

 

 ここは、リーダーである自分が率先して歩き出さないと。

 

「さて、じゃあ行くか」

 

 先に食堂に向かうべく、顔を上げる立香。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正しくこの世の春だった。

 

 誰もが、彼を愛し、誰もが彼を祝福した。

 

 幼馴染の男は、彼の婚約者に想いを寄せていたが、2人の想いを知って身を引いてくれた。

 

 船会社の先輩会計士は、彼の実力を認め、船長となる彼の下で、喜んで働くと言ってくれた。

 

 そして、

 

 婚約者の少女は、彼と結ばれる日を心待ちにしていた。

 

 幸せだった。

 

 彼こそはまさに、フランス1、否、世界1の幸せ者だった。

 

 やがて、その日はやってくる。

 

 彼はその日、婚約者と結婚する事になっていた。

 

 皆が祝福してくれる中、

 

 彼と婚約者は、共に幸せの一歩を踏み出そうとした。

 

 何も心配はいらない。

 

 これから輝ける未来が待っている。

 

 誰もが、そう思っていた。

 

 まさに、

 

 誓いの言葉を告げようとした瞬間だった。

 

 突如、式場に雪崩れ込んでくる秘密警察。

 

 否応なく逮捕される彼。

 

 戸惑う間、すら、彼には与えられなかった。

 

 幸せの絶頂にあった花婿は、頂から引きずり倒され、踏みにじられ、縛られる。

 

 いったい、何が起きたのか?

 

 誰1人として理解できないまま、彼は引き立てられていく。

 

 必死に追いかける花嫁。

 

 何かの間違いだから。すぐに戻って来れるから。

 

 そう言って、花嫁を安心させようとする彼。

 

 だが、

 

 その姿は徐々に小さくなり、やがて灯が消えるように、見えなくなっていくのだった。

 

 

 

 

 

 皿を洗う手も、気が入らずにそぞろとなる。

 

 地に足が着いていない。

 

 今の心の在り方を一言で表すなら、正にそんな感じだった。

 

 ロンドンから戻ってきてから、自分の心は、どこか別の時空をさ迷っているように思えてならなかった。

 

 朔月美遊(さかつき みゆ)は、視線を虚空にさ迷わせる。

 

 メイド服を着込んだ少女は厨房に立ち、皿洗いに勤しんでいた。

 

 思い浮かべられるのは、あのロンドンの戦いでの最後。

 

 自分たちを助けてくれた弓兵(アーチャー)の少年、衛宮士郎。

 

 彼は間違いなく、美遊の兄だった。

 

 より正確に言えば、「並行世界における美遊の兄」なのだが。

 

 彼と接し、彼と話した事で、その記憶が僅かながら蘇ってきた。

 

 もっとも美遊からすれば、士郎の存在は「どこか別の世界にいる初対面の兄」でしかない。

 

 彼との間には、美遊自身には何の思い出も存在しない。

 

 しかし、

 

 自分を助けてくれた兄。

 

 自分を育ててくれた兄。

 

 自分を守ってくれた兄。

 

 そして、

 

 自分の幸せを願ってくれた兄。

 

 その全てが、温かい感情として、美遊の中に存在していた。

 

 簡単に割り切れる物ではなかった。

 

 だが、

 

 その兄も、もういない。

 

 また、自分を、

 

 自分たちを守って、逝ってしまった。

 

「お兄ちゃん・・・・・・・・・・・・」

 

 呟く美遊。

 

「大丈夫?」

「え?」

 

 声を掛けられて振り返ると、そこにはジングル・アベル・ムニエルとアニー・レイソルの2人が立っていた。

 

 どうやら解析作業を一時中断して、休憩に来たらしかった。

 

「さっきから声かけてるのに、全然返事しないから、どうしたのかと思ったよ」

「あ、す、すみません」

 

 慌てて皿を置く美遊。

 

 だが、

 

 置き方が悪かったのか、更は流し台から滑り落ち、床に当たって砕け散った。

 

 甲高い音と共に、床に散らばる皿の破片。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

「ちょ、ちょっと、大丈夫ッ!?」

 

 慌てたアニーが、厨房に駆けこんでくると、床に散らばった破片を集め始める。

 

 その姿に、美遊も我に返って掃除を始めた。

 

「手、切らないように気を付けてね」

「はい」

 

 落ち込んだように返事を返す美遊。

 

 本当、どうかしていると自分でも思う。

 

 こんな事で、ここまで取り乱すなんて。

 

 もっと、しっかりしなくては。こんな事で、次のレイシフトが始まったりしたら、みんなの足を引っ張る事にもなりかねなかった。

 

「すみません、アニーさん、ムニエルさん。ご注文ですよね。すぐ、作りますから」

「気にしないで」

「そうそう、ゆっくりで良いからな」

 

 そう言って、優しく笑うアニーとムニエル。

 

 2人の気遣いも、今は有難く感じてしまう。

 

 ともかく、もっと気合いを入れ直そう。

 

 そう思って、厨房に向き直った美遊。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お願い・・・・・・どうか・・・・・・届いて・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 突如、聞こえてきた声。

 

 慌てて振り返るも、周りにはアニーとムニエルの2人しかいない。

 

「どうしたの、美遊ちゃん?」

「今、のは・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊の様子に、怪訝な面持ちで顔を見合わせる2人のカルデア職員。

 

 気のせい、か?

 

 そう思った、次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お願い・・・・・・どうか、早く・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まただ。

 

 今度は、はっきりと聞こえた。

 

「これは、いったいッ!?」

 

 美遊が叫んだ瞬間、

 

 その視界が突如、

 

 漆黒の闇に、呑み込まれる。

 

「あッ!?」

 

 とっさに、逃げる事すらできない。

 

 口を空ける闇。

 

 その中に飲み込まれる少女。

 

 手を伸ばすが、指先は虚空を掻き、何も掴む事が出来ない。

 

 やがて、

 

 美遊の意識は暗転して行った。

 

 驚いたのは、アニーとムニエルである。

 

 彼らが見ている目の前で突然、美遊が意識を失い倒れてしまったのだから。

 

「美遊!!」

「美遊ちゃんッ どうしたの!!」

 

 慌てて、倒れた美遊を抱き起すアニー。

 

 しかし、美遊は呼びかけに答える事も無く、ぐったりと目を閉じている。

 

 一見すると、眠っているだけのようにも見える。

 

 だが、これが異常である事に気付かない者など、カルデアにはいない。

 

 つい数秒前まで元気に話していた人間が突然、意識を失ったのだから。

 

 と、

 

「ん・・・・・・美遊?」

 

 小さな声に導かれて振り返ると、そこには暗殺者(アサシン)の少年が立っていた。

 

 衛宮響(えみや ひびき)が、怪訝な面持ちを向けてきている。

 

 普段の英霊としての恰好ではなく、サイズを合わせたカルデア制服を着ている所を見ると、どうやらムニエルたち同様、食事をしに来たらしかった。

 

 だが、

 

「美遊ッ!?」

 

 倒れている美遊の姿を見て、その幼い表情には一瞬にして緊張が走る。

 

「美遊ッ!!」

 

 駆け寄って呼びかけるも、響の声にすら、美遊の反応は無い。

 

 響は強張った顔で、ムニエルとアニーを見た。

 

「これ・・・・・・何した?」

「判らないんだ。話していたら、急に倒れて」

 

 困惑した様子でムニエルも答える。

 

 実際、何がどうなっているのか、彼にも皆目見当がつかなかった。

 

「と、とにかく、医務室に運んで、司令代行に診てもらいましょう。響君も手伝って!!」

「んッ!!」

 

 アニーに促され、美遊の身体を持ち上げる響。

 

 完全に意識を失っている美遊は、何の抵抗も示さない。

 

 だが、

 

 美遊を抱えて食堂を出ようとした時だった。

 

 入口の扉が開き、盾兵(シールダー)の少女が、血相を変えて飛び込んでくるのが見えた。

 

「大変ですッ 先輩が!!」

 

 マシュの声が、更なる混乱の引き金となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルデアの医務室に運び込まれたのは、美遊だけではなかった。

 

 彼女が眠る隣のベッドでは今、特殊班のリーダーである立香が横になっていた。

 

 その2人を交互に診察したロマニが、難しげに顔を上げたのは、心配した一同が集まって、暫くした頃の事だった。

 

「どうなの、ロマン君?」

 

 心配顔で尋ねる藤丸凛果(ふじまる りんか)

 

 対して、ロマニは嘆息を返す。

 

「いや・・・・・・正直、お手上げだ。いったい、なぜこんな事になったのか、さっぱりだ」

「ちょっと、もっとまじめにやりなさいよッ あんた医者でしょッ」

 

 食って掛かったのはクロエである。

 

 彼女もまた、友達やマスターの異常とあって、居てもたってもいられずに駆け付けたのだ。

 

 だが、クロエの抗議を受けても、ロマニは緊張感が抜けるような態度で肩を竦めるしかない。

 

「そんな事言われても、本当に理由が判らないんだ。2人とも、特に何か疾患を抱えている訳でもないし、外傷がある訳でもない。本当に、ただ『眠って』いるだけだからね」

 

 こう見えて(本当に「こう見えて」だが)ロマニは元々、カルデア医療部門のトップだったのだ。医療方面の知識については、前所長のマリスビリー・アニムスフィアからも信頼されていた。

 

 その彼が判らないと言っている以上、本当に原因は不明なのだ。

 

「一つ、言えることがあるとすれば、『夢』だ」

「夢?」

「フォウ?」

 

 ロマニの説明によると、立香と美遊の脳波の波形は、睡眠時で言うところの「レム睡眠」に近いらしい。

 

 これは即ち、眠りながらも2人の脳は半覚醒に近い状態にあり、夢を見ている可能性が高いそうだ。

 

「じゃあ、2人は、本当に寝ているだけ? 放っておけば起きるの?」

「いや、残念ながら、そう簡単には行かないだろうね」

 

 凛果の問いかけに答えたのは、医務室に入って来たレオナルド・ダヴィンチだった。

 

 彼女もまた、今回の事態を受け、聖杯解析の仕事を一時的にストップして、真相究明に動いてくれていた。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、何か判ったの?」

「うん。館内の監視カメラから、2人が倒れた瞬間が映っていた」

 

 美遊は厨房で、立香はマシュと別れた直後に廊下で、それぞれ意識を失って倒れた。

 

「2人が倒れたのは、全く同じタイミングだった。それこそ、コンマ数秒に至るまで、ね。それから・・・・・・」

 

 言いながら、ダヴィンチが差し出した資料を、ロマニが受け取ってザッと目を通す。

 

 と、

 

 司令代行の表情は、みるみる内に険しい物へと変わっていくのが判った。

 

「・・・・・・・・・・・・これは」

「何々?」

 

 凛果、響、クロエの3人が、横から覗き込む。

 

 だが、紙面上には、何やらよく分からない数字の羅列が書かれており、それが何を意味しているのかはさっぱりだった。

 

「2人が倒れた瞬間、2人の周囲には、異常な魔力反応が検出されている」

 

 紙から顔を上げたロマニは、緊張を孕んだ表情で言い放った。

 

「事情については不明だが、これだけは断言できる。立香君と美遊ちゃん。2人が置かれている状況は、何らかの魔術的要因による物と思われる」

 

 魔術的要因。

 

 すなわち、美遊と立香は何らかの魔術を受けた事により、強制的に眠らされている、と言う事になる。

 

「まさか・・・・・・ソロモンが?」

「フォウッ」

 

 凛果が、震える声で呟きを漏らす。

 

 先のロンドンでの戦いで姿を現した敵の首魁、魔術王ソロモン。

 

 その存在が真っ先に浮かぶのは、当然の事だった。

 

「それは判らない。けど、可能性としてはあるね」

 

 答えるダヴィンチの表情にも、険しさが宿る。

 

 ともかく、

 

 2人が夢を見ているだけだとすれば、これ以上、打てる手は少ない。

 

 後は、2人が自然と目覚めるのを待つしかない。

 

 そんな中、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響はジッと、眠る美遊を見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 罪状は「国家反逆罪」だった。

 

 当時、フランスはロシアとの戦争に敗れ、絶大な権勢を誇った皇帝が失脚。地中海にあるエルバ島に追放されていた。

 

 しかし、フランスを欧州随一の強国に押し上げた一代の英雄の人気は今なお絶大であり、密かに皇帝の復権を狙っている者も数多い。

 

 現政権は、そうした皇帝派の動向に、常に神経を尖らせていた。

 

 彼は、その皇帝と密約を取り交わし、皇帝をエルバ島から脱出させるための手助けをする密書を交わした。と言う密告状が、警察へと届けられた事が逮捕のきっかけだった。

 

 その手紙自体には、彼も覚えがあった。確かに以前、港で会った人物から手紙を預けられ、あて名の人物に届けるように依頼された。

 

 しかし、その人物と接触したのは死んだ前船長の指示であり、彼には全く身に覚えのない物。勿論、手紙の内容は知らないし、密告状の筆跡にも覚えがなかった。

 

 話を聞いた検事は、間違いなく冤罪だと判断し、すぐに釈放できるよう尽力する事を約束してくれた。

 

 その上で、検事は言った。

 

 皇帝からの密書には、彼にとって非常に不利となる内容が書かれている。こんな物を残しておいては無実の罪が確定してしまうだろう。だから、早々に処分してしまった方が良い。それに、そもそも密書自体が無くなれば、告発もまた無効となるのだから。

 

 そう告げると検事は、手紙を暖炉の火の中へと放り込んだ。

 

 彼は喜んだ。

 

 ああ、これで大丈夫だ。何も心配はいらない。

 

 自分の罪はすぐに晴れる。帰りを待つ父や、婚約者のところへ戻る事が出来る。

 

 本当に、何も心配はいらないんだ。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が裁判無しで、監獄に送られたのは、その翌日の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかも、

 

 送られたのは、政治犯などの重犯罪者が、終身刑にされる死ぬまで閉じ込められる魔の島、監獄島「シャトー・ディフ」だった。

 

 

 

 

 

第1話「暗闇からの手招き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

亜種特異点 罪過無間監獄シャトー・ディフ

 

 

 

 

 

 




はい、と言う訳です、突然ですがオリジナル特異点です。

と言うか、オリジナル監獄塔イベント、ですかね。

原作の監獄塔イベントを見て、これを再現するのは「無理」と判断しました。たぶん、書いても後々、必ず矛盾が出るのは間違いない。

でも、今後の事を考えればエドモンは出しておきたかったので。

それならいっそ、配役だけしてストーリーは自分で考えよう、と言う事にしました。

幸い、漫画版FGOの「シャトー・ディフ」や、「モンテクリスト伯」の漫画(森山絵凪先生)は持っているので、資料には困らないだろうと判断しました。


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第2話「監獄塔」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、どれくらいの時が経ったのだろうか。

 

 見える物は闇、闇、闇。

 

 周囲を囲むのは、冷たい石の壁ばかり。

 

 全てが暗闇の中へと飲み込まれていく恐怖。

 

 叫び声は、誰の聞いてくれない。

 

 いくら無実を訴えても、誰も聞いてくれない。

 

 看守は彼をせせら笑うだけ。

 

 一度だけあった再審の機会も無視された。

 

 彼はその容疑から、熱心な皇帝信者と思われており、その上、何者かによって書類も改竄され、皇帝復権の為のいくつもの陰謀に加担した重罪人にされていた。その為、再審の余地なしと判断されていたのだ。

 

 全ては、彼の全く関わりの無い場所で起こり、彼に関わりの無い場所で、彼の運命は決まってしまったのだ。

 

 ああ、皆は今どうしているのか?

 

 愛しい婚約者は心配している事だろう。

 

 愛する父には何と言って謝れば良いのか。

 

 大恩ある船主にも迷惑をかけてしまっている。

 

 幼馴染や先輩会計士も、せっかく祝福してくれたのに。

 

 自分の無実を勝ち取る為に戦ってくれた、あの検事にも申し訳が無い事をしてしまった。

 

 そうして、暗く閉ざされた闇の中に、彼はどこまでも落ちて行く事になる。

 

 何年も、

 

 何年も、

 

 何年も、

 

 何年も、

 

 何年も、

 

 何年も、

 

 暗い牢獄の中で過ごしている内に、彼の中で歪みが生まれ始めた。

 

 なぜ、自分がこんな所にいなくてはならないッ!?

 

 自分は何もしていないのにッ!!

 

 そう、自分は何もしていないのだ!!

 

 ならば、他に犯人がいるのは間違いない!!

 

 そいつのせいで自分は、この暗い牢獄に繋がれてしまったのだ!!

 

 許さないッ

 

 絶対に許さないッ

 

 殺してやるッ

 

 否、殺すだけなど生ぬるいッ 必ず見つけ出し、自分が受けた苦痛を何倍にもして叩き返してやるッ

 

 闇の地獄でのたうち回らせてやるッ

 

 こうして、かつては明朗快活で、誰からも好かれた好青年だった彼は、徐々に狂い、堕ちて行った。

 

 だが、

 

 いくら叫び狂おうが、ここは絶海の孤島にある、牢獄の奥底。

 

 彼の狂気に満ちた叫びも、闇に呑まれ、虚しく消えて行くだけだった。

 

 

 

 

 

 さて、

 

 聊か、想定した事態とは異なるようだが、果たしてどうなる事やら。

 

 状況を冷静な眼差しで見据えながら、男は暗闇の中で嘆息気味に呟く。

 

 何がどうなるのか。ここから先は、賽の目の出次第と言う事になる。

 

 もっとも、ここでは、彼が全てを司っている。

 

 故に、何が起き、そしてこれから何が起こるかは、彼には容易に想像できるのだが。

 

 とは言え、結果などに彼は興味は無い。

 

 ただ、己に直面した理不尽な運命に対し、人が見せる反応にこそ、彼の興味は向けられていた。

 

「苦境に立たされた時こそ、人の本性は現れると言う。果たして連中は、どんな喜劇を見せてくれるのやら」

 

 自身が張り巡らせた罠に、囚われた囚人たち。

 

 哀れな彼らは、もはや牢獄から抜け出す事はできない

 

 ここはこの世の地獄。その在り方を最も醜悪な形で再現した場所。

 

 この牢獄に囚われた彼等は足掻き、やがては落ちて行く事になるだろう。

 

 だが、所詮はどうでも良い事。

 

 足掻きたいなら足掻けば良い。

 

 諦めたければ諦めれば良い。

 

 この先、何が起きようとも男にとっては知った事ではなかった。

 

「よくも言いますね」

 

 不意に、掛けられる声。

 

 男は振り返らず、視線だけを背後にやる。

 

 男の背後に佇む人物。

 

 裾の長いドレスに、顔には目元だけを覆う仮面を付けた女。

 

 その視線は、憎々し気に男へと向けられている。

 

「我が主を裏切り、このような勝手な振舞をするとは・・・・・・」

「裏切ったことは否定しない」

 

 呪詛にも似た女の糾弾。

 

 対して男は、事も無げに肩を竦めて肯定して見せた。

 

「だが、それは所詮、奴にはその程度の器しかなかったと判断したまでの事。恨むなら、無能な上司を恨め」

「おのれッ 我が主への愚弄は許さぬぞ!!」

 

 嘯く男に対し、女は腕を振り上げて背後から襲い掛かる。

 

 魔力を込めた腕が、男へと振り翳された。

 

 致死の威力を込めた一撃が、真っ向から振り下ろされる中、

 

 事も無げに立ち尽くす男。

 

 次の瞬間、

 

 男は振り返る事無く魔力を放出する。

 

 その背より放たれた黒色の雷撃が、一瞬にして、襲い掛かろうとしていた女を吹き飛ばした。

 

「ギャァァァァァァァァァァァァッ!?」

 

 悲鳴と共に、女の身体は引き裂かれる。

 

 塵も残らず、消滅する女。

 

 だが驚くべき事に、

 

 その姿は、まるで幻であったかのように消え去ってしまった。

 

「フンッ」

 

 完全に姿を消滅させた女に対し、一瞥すらくれず、男は鼻を鳴らす。

 

「影が相手とは、俺も見くびられた物だな」

 

 女が実態の伴っていない存在でない事は、初めから男には判っていた。

 

 だが、影を送り込んで来たと言う事は、本人もこの監獄のどこかにいると言う事。

 

「さて、聊か面倒な事にはなってきたが、果たして、これがどう転ぶ事やら」

 

 口元に笑みを浮かべて、歩き出す男。

 

 その姿は、すぐに闇へと溶けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚愕と共に、メイド少女は目を見開いた。

 

 いったい、何が起きたのか?

 

 朔月美遊は気が付くと、この場所に立っていたのだ。

 

「これはいったい・・・・・・・・・・・・」

 

 呻きにも似た声ととともに、周囲を見回す。

 

 ゴツゴツとした石の床と壁。

 

 長い廊下の先は、暗闇に閉ざされて見通す事が出来ない。

 

「・・・・・・・・・・・・確か私は、カルデアの厨房にいた、はず」

 

 美遊は落ち着いて、状況の整理を試みる。

 

 確かに、一瞬前まで自分は、カルデアの厨房にいたはず。服装もその時と同じ、メイド服のままなので間違いない。

 

 そこで食事に来たアニーとムニエル、2人と話している時、

 

「そう・・・・・・確か、おかしな声が聞こえた」

 

 聞いた事も無いような声。

 

 まるで、自分を手招きするような、耳に残る声だった。

 

 それも不思議な事に、アニー達にはどうやら聞こえなかったらしく、美遊にだけ聞こえていた。

 

 いったい、あれは何だったのか?

 

 それに、

 

 美遊は手を伸ばし、石の壁にそっと触れてみる。

 

 ゴツゴツとした、冷たい感触。

 

「これは、本物。間違いない」

 

 夢でも何でもない。自分は今、現実としてこの場に存在している。

 

 と、

 

 その手が、冷たい金属の板に触れた。

 

 つるつるした感触の板は、よく見れば金属製である事が判る。とは言え、経年劣化で相当錆びているが。

 

「扉・・・・・・でも、これは・・・・・・・・・・・・」

 

 岩壁に、埋め込まれるように閉じられた鉄の扉。

 

 それが意味するところを感じ、美遊は背筋に寒い物を感じる。

 

 回りを見回せば、似たような扉がいくつも存在しているのが判る。

 

「ここは、監獄・・・・・・・・・・・・」

 

 冷えた空気の中で、美遊は緊張気味に呟く。

 

 ひどく重苦しい岩の壁。

 

 冷たい鉄の感触。

 

 それに、

 

 冷えた空気に混じる、鼻に付く饐えた匂い。

 

 監獄。

 

 勿論、美遊は実際に見た事など無いが、知識として、その場所がどのような役割を持っているのかは知っていた。

 

 罪人を収監し、時には処刑するための場所。

 

 いったいなぜ、自分がこのような場所にいるのか。

 

 それに、

 

「・・・・・・・・・・・・この扉は、かなり古い物だ」

 

 扉にそっと触れた美遊は、ザラザラとした感触を掌に感じる。

 

 鋼鉄製の扉には赤錆が浮き、かなりの間、放置されていた事が判る。

 

 しかも、他にも奇妙な事がある。

 

 監獄であるならば当然、看守や囚人がいる筈。

 

 だが、先程からそうした気配が一切ない。

 

 この広い闇の空間にあって、監獄は無人だった。

 

 薄暗い岩肌の廊下に、少女の靴音だけが響き渡る。

 

 いったい、どれくらいの広さなのか?

 

 行けども行けども、深い闇にはそこが見えなかった。

 

 どれくらい、歩いただろうか?

 

 それは、突然聞こえてきた。

 

「・・・・・・うゥ・・・・・・・・・・・・あァァァァァァ」

 

 呻くような男の声。

 

 地を這いずるような低い声に、美遊はハッとして顔を上げる。

 

 見れば1か所、視線の先で独房の扉が開いているのが見えた。

 

 声は、その中から聞こえてきているらしい。

 

「人? 私以外にも、誰か・・・・・・」

 

 足早に駆け寄り、独房の中を覗き込む美遊。

 

 見れば、

 

 闇に蹲るようにして、男が倒れているのが見えた。

 

 ボロボロの衣服を着た、痩せた男。

 

 うめき声は、その男が発しているらしい。

 

 誰だろう? その姿に見覚えは無い。

 

 だが、ここにいると言う事は、この監獄に関係した人物である事だけは間違いなさそうだった。

 

「あの・・・・・・すみません」

 

 慎重に、声を掛ける美遊。

 

 相手が何者か分からない以上、警戒を解く気は無かった。

 

 だが、

 

 美遊が声を掛けても、男は反応を示さない。

 

 尚も、うめき声を続けている。

 

「あのッ!!」

 

 今度は、強めに声を掛ける。

 

 すると、

 

「・・・・・・・・・・・・た」

「え?」

 

 男のうめき声が止み、何事か呟く。

 

 耳を傾ける美遊。

 

 すると、

 

「・・・・・・・・・・・・うば、われた」

 

 まるで地の底から這い出して来るような声が、美遊の耳を震わせる。

 

「うばわ、れた・・・・・・なにも、かも・・・・・・かぞ、くも・・・・・・あい、する、ものも・・・・・・・・・・・・なにも、かも・・・・・・」

 

 闇の中で、声が震える。

 

 その様子に、背筋が寒くなる美遊。

 

 普通じゃない。

 

 相手の正体は判らないが、それだけは、はっきりとわかった。

 

 ゆっくりと、後ずさりながら扉の方向に後退する美遊。

 

 対して、

 

「・・・・・・なにも、かも、あいつらの、せいだ・・・・・・」

 

 男は、ゆっくりと、美遊に背を向けながら立ち上がる。

 

 扉に、手を掛ける美遊。

 

 次の瞬間、

 

 振り返った男の姿に、思わず美遊は目を剥いた。

 

「あいつらが、おれの・・・・・・すべてを、うばった・・・・・・・・・・・・」

 

 男は、「人」ではなかった。

 

 顔の肉は削げ落ち、目は空洞となり、歯は抜け落ちている。

 

 体は所々、肉が千切れ、骨が露出している。

 

 辛うじて「人間」の形をしている。

 

 が、

 

 それも一瞬の事だった。

 

 男の身体が、内側から膨張するのが見えた。

 

「おまえがァァァァァァ!! 、ウバッタンダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 肉が盛り上がり、内臓が破け、更に呑み込んで膨れ上がる。

 

 まるで巨大な風船のように、一気に5倍近い大きさまで膨張した男。

 

 顔面は大きくはれ上がり、口の中はむき出しになり、手足は13本にまで増えてわさわさと、まるで虫のように動き回る。

 

 見る者の不快感を煽る、ひたすら醜悪な姿。

 

 そのまま、立ち尽くす美遊に襲い掛かる。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、廊下に身を翻す美遊。

 

 間一髪。

 

 男(と、呼んで良いのかは、最早分からないが)の体当たりを回避し、転がるように廊下へと逃れる。

 

 男は、その巨大になった体のせいで、小さな扉の外には出られない。

 

 だが、

 

 轟音と共に、扉が崩れる。

 

 同時に、男が、廊下へと飛び出して来た。

 

「ガエゼェェェェェェ!! ガエゼェェェェェェ!! ガエゼェェェェェェ!!」

 

 呻くように叫びながら、美遊に巨大な手を伸ばしてくる男。

 

 対して、

 

「ッ 仕方がないッ」

 

 スカートを翻し、勇敢にも振り返る美遊。

 

 逃げても始まらない。ならば、戦う以外に無かった。

 

 美遊は自身の魔術回路を起動、迎え撃つ決意をする。

 

 目の前の男が、何者かは知らない。

 

 だが、美遊には英霊化と言う強力な武器がある。いかに怪物とは言え、騎士王アルトリア・ペンドラゴンの力に敵うはずが無い。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・えッ!?」

 

 驚愕する、美遊。

 

 霊基が、反応しない。

 

 まるで、何も無いかのように、美遊の中にあるアルトリア・ペンドラゴンの霊基は、答えようとしなかった。

 

「英霊化できないッ!? そんなッ!?」

 

 英霊化できなければ美遊は、多少、魔術知識のあるだけの小娘に過ぎない。

 

 次の瞬間、

 

 男は美遊に掴みかかるべく、襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、幾年もの月日が流れた。

 

 闇の底で狂気に憑りつかれた彼も、やがては叫ぶ事をやめていた。

 

 いくら待っても、助けは来ない。

 

 いくら叫んでも、ここから出られる事は無い。

 

 きっと、自分はここで朽ち果て、誰にも知られる事無く死んでいくのだろう。

 

 もう、

 

 何もかもが、どうでもよくなった。

 

 看守たちも、彼には関心を払わなくなっていた。

 

 だから、もう良い。

 

 このまま、ここで死のう。

 

 そう思い始めた、ある日の夜の事だった。

 

 目を閉じ、眠りにつく彼。

 

 今や眠りだけが、彼の心を癒す唯一の方法となっていた。

 

 そうして、暫くした頃だった。

 

 彼は、音を聞いた。

 

 目を覚ます。

 

 それは一定のリズムで岩を叩く音。

 

 初めは空耳かと思った。

 

 だが、次の日も、音は聞こえた。そして、その次の日も。

 

 しかも、初めは微かだった音が、徐々に大きくなってきているのが判る。

 

 もしや、と思い、試しにこちらからも音を出してみた。

 

 するとどうだろう? 音がピタリと止んだではないか。まるで、何かを警戒するように。

 

 彼は確信した。

 

 誰かが、穴を掘っている。

 

 脱獄用の穴を。

 

 その日から、彼も音の出ている方向に向かって穴を掘り始めた。

 

 一心に掘る事数日。

 

 ついに、2人は出会った。

 

 彼は驚いた。

 

 何と、15メートル以上も掘り進めて、この独房にたどり着いた人物は、小柄で白髪。齢80近い老人だったのだ。

 

 司祭であるその老人は、イタリアを統一しようとして失敗し、このシャトー・ディフに送られたと言う。

 

 司祭は博識だった。

 

 司祭は6か国語を操る事が出来、更にローマに5000冊もの蔵書を持ち、とりわけ、その中から世界の真実を綴ったとされる150冊を諳んじる事さえできた。

 

 あらゆる教養に長け、あらゆる知識は司祭の頭の中に記録されている。

 

 脱獄の為のナイフ、のみ、やっとこや、日常に必要な蝋燭、紙、ペン、インクと言った道具も、司祭は全て手作りしていたのだ。

 

 この人なら、あるいは自分に起きた事が判るかもしれない。

 

 そう思った彼は、今日出会ったばかりの司祭に、自分の身の上を話してみた。

 

 ある日、突然逮捕された事。

 

 裁判も無しに、この牢獄へ収監された事。

 

 再審請求が握り潰された事。

 

 司祭は彼に言った。

 

 まずは、誰が疑わしいのか考えてみるべきだ。彼がいなくなる事で得をする奴は誰だ?と。

 

 彼は初め、そんな奴はいないと言い張った。自分なんかを妬む奴など、居るはずが無い。それが彼の本音である。

 

 だが、そんな彼の考えを、司祭は戒める。

 

 そうした考えは良くない。人は生きていれば誰しも、必ず妬みや嫉みを受ける物だ、と。

 

 すると、驚愕するべき事が、司祭の推論によって導き出された。

 

 船の会計士は、彼さえいなくなれば自分が船長になれた。

 

 幼馴染は、彼さえいなくなれば、彼の婚約者を自分の物にできた。

 

 もし、あの2人が結託したのだとしたら・・・・・・

 

 会計士が計画し、幼馴染が協力して、偽りの密告状を作る。

 

 そうすれば、彼に無実の罪を着せる事が出来る。

 

 更にもう一つ。彼が裁判無しで投獄された理由も、司祭は解き明かして見せた。

 

 あの、彼が投獄される切っ掛けになった、皇帝からの密書。

 

 その宛名に書かれた人物。

 

 それは、彼を取り調べた検事の父親だったのだ。

 

 自分の父親が、失脚した皇帝と未だに繋がっている事を世間に知られれば、自分の出世に響く。そう考えた検事は、親切顔をしながら、証拠諸共彼を葬ったのだ。

 

 怒りが、

 

 湧き上がった。

 

 否、

 

 そんな生易しい話ではない。

 

 内から湧き上がる黒い炎が、心を燃やし尽くしていくのが判った。

 

 浮かび上がる、3人の顔。

 

 お前らだったのか。

 

 お前らが、俺を・・・・・・・・・・・・

 

 許さない。

 

 絶対に、

 

 許さない。

 

 必ず生きて帰って、全員、地獄に叩き落してやる。

 

 彼は、司祭に懇願した。

 

 自分はこの通り、何も判らない愚か者です。ですから、どうか知識をお与えください。

 

 それに対し、

 

 司祭は、静かに頷きを返す。

 

 君に私の、全てを与えよう。

 

 良いかね、

 

 大事なのは待つ事、そして、希望を持つ事なのだ。

 

 

 

 

 

 美遊に迫る、巨大な怪物。

 

 その体は常にゲル状の液体を、全身から吐き出し続けている。

 

 溶けている。

 

 怪物は生きながら、自らの身体を溶かし続けているのだ。

 

「ガァァァァァァエェェェェェェェェゼェェェェェェェェガァァァァァァエェェェェェェェェゼェェェェェェェェガァァァァァァエェェェェェェェェジィィィィィィィィィでェェェェェェェェェグゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥデェェェェェェェェェェェェ」

 

 最早、言葉にすらなっていない奇声を発しながら、怪物は美遊に迫って来る。

 

 伸ばされる腕が、少女に掴みかからんと広げられる。。

 

 広げた掌は、それだけで畳ほどの大きさもある。

 

 あんな手に掴まれたら、少女の体など一瞬で捻り潰す事も不可能ではないだろう。

 

「クッ!?」

 

 美遊はとっさに、英霊化を諦めて切り替える。

 

 理由は判らないが、使えない武器に固執するのは愚の骨頂だ。

 

 一つの戦術に固執せず、常に複数のパターンを想定して備える。

 

 少女とは言え、かつて聖杯戦争を戦い抜いた美遊。その経歴は、決して伊達ではない。

 

 魔術回路を再起動。

 

 脚力を強化して、相手の攻撃を回避する。

 

 衝撃と共に振り下ろされる腕が、岩肌を破壊する。

 

 飛びのく美遊。

 

 更に後退しつつ、距離を置く。

 

 とにかく、英霊化できない以上、接近戦は愚の骨頂。

 

 ならば、なるべく距離を置いて逃げる以外に無い。

 

 だが、

 

 そんな美遊の考えを見透かしたかのように、怪物は口をすぼめると、その中から粘性のある液体を飛ばしてきた。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしながら回避する美遊。

 

 だが、

 

 やはり、動きは遅い。

 

 魔力で多少強化しても、所詮は少女レベル。異形の怪物相手に、正面切って戦えるようなスペックは、生身の美遊には無い。

 

 そこへ、怪物が突進してくる。

 

 振り翳される、巨大な腕が、再び美遊に掴みかかる。

 

 対して、

 

 美遊の回避は間に合わない。

 

「キャァッ!?」

 

 思わず、尻餅を突いてしまう美遊。

 

 しかし、それが却って、功を奏する。

 

 美遊が倒れる事を予想していなかった怪物の狙いが逸れる。

 

 辛うじて、致命傷を免れる美遊。

 

 一方、

 

 獲物をしとめ損なった怪物は、怒り狂ったように方向を変えて、更に襲い掛かってくる。

 

 対して、

 

 地面に座り込んでしまった美遊は最早、身動きすらままならない。

 

 迫る怪物。

 

 見上げる美遊。

 

「そんな、こんな、ところで・・・・・・・」

 

 美遊は悔しさに、唇を噛み締める。

 

 自分の人生が、

 

 自分の戦いが、

 

 こんな所で終わってしまうなんて。

 

 ギュッと、目をつぶる美遊。

 

 そこへ、怪物が迫った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀の一閃が、空間を斜めに切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の背後から空間が開き、小柄な影が飛び出す。

 

 手にした刀を一閃。

 

 今にも美遊に掴み掛からんとしていた腕を斬り捨てる。

 

 更に、

 

 そこで動きを止めない。

 

 苦悶の咆哮を上げる怪物。

 

 対して、

 

 空中を飛び跳ね、動きの鈍い怪物を翻弄する。

 

 同時に斬線は無数に走り、怪物の身体を容赦なく切り裂く。

 

 やがて、

 

 怪物は轟音と共に、地に倒れ伏す。

 

 同時に、

 

 少年は倒れた美遊を守るように怪物に立ちはだかると、刀の切っ先を真っすぐに向けて構えた。

 

 漆黒の着物に、黒の短パン、首には白いマフラーを巻いた、幼い外見の少年。

 

「・・・・・・美遊に手を出すなら、斬る」

 

 衛宮響(えみや ひびき)は、刃よりも鋭い眼差しで言い放った。

 

 

 

 

 

第2話「監獄塔」      終わり

 




プリヤ11巻の発売がまた伸びた件。

いったい、ひろやま先生に何があったのやら。

このままだと、こっちの作品にも影響が出そうです。


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第3話「無間の責め苦」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異形の怪物が、視界全てを埋め尽くす勢いで迫りくる。

 

 体中から生えた無数の腕が、ひたすらに不快感のみを与えてくる。

 

 その無数の腕に掴まれたら、人間の体などひとたまりも無く引きちぎられてしまう事だろう。

 

 だが、

 

 迫りくる怪物を前に、

 

 少女を守るべく、暗殺者(アサシン)の少年が立ちはだかる。

 

 向ける切っ先。

 

 射抜く視線。

 

「ん」

 

 短い声と共に、

 

 響は仕掛けた。

 

 地を蹴る暗殺者。

 

 その姿が、

 

 怪物のすぐ目の前へ。

 

 響の動きに、怪物は追随できない。

 

「んッ!!」

 

 斬り上げる一閃。

 

 怪物の身体が、逆袈裟に斬り上げられた。

 

 たちまち、悲鳴を上げた怪物の腕が1本、響が振り上げた刃によって斬り飛ばされる。

 

 怯んだように、後退する怪物。

 

 その隙を、

 

 響は見逃さない。

 

「ん、逃がす、かッ!!」

 

 加速と同時に、

 

 向けた切っ先が、怪物の中央を真っ向から刺し貫く。

 

 怪物の巨体に突き刺さる切っ先。

 

 だが、

 

 響は、そこで動きを止めない。

 

 すかさず、突き立てたままの刀の軌道を変更。刃を上に向けると、勢いに任せて斬り上げた。

 

 切り裂かれ、断ち割られる怪物の身体。

 

 更に、

 

 響の剣は止まらない。

 

 二度、

 

 三度、

 

 四度、

 

 銀の刃は縦横に奔る。

 

 その度に、怪物の巨体は切り裂かれる。

 

 鼓膜を掻きむしるような悲鳴。

 

 それでも、響は動きは止めない。

 

 容赦なく、

 

 躊躇いなく、

 

 響は怪物を斬り捨て続ける。

 

 その姿に、美遊は思わず息を呑む。

 

 普段の響からは考えられないような徹底さ。

 

 まるで人が変わったように、響は怪物を斬り続ける。

 

 やがて、

 

 斬撃に耐えかねた怪物が、ついには轟音を上げて地に倒れ伏した。

 

 その時には既に、怪物の姿はほぼ原形を留めてはいなかった。

 

 その様子を確認し、

 

「ん」

 

 響はようやく、刀を修めると、美遊へと振り返った。

 

「美遊、無事?」

「う、うん。ありがとう・・・・・・・・・・・・」

 

 答えながら、美遊は内心でホッとしていた。

 

 良かった。

 

 どうやら目の前にいるのは、美遊が知っているいつもの衛宮響(えみや ひびき)であるらしい。

 

 先の狂戦士(バーサーカー)にも似た、血に飢えた戦いぶりは、美遊の知る響とは余りにもかけ離れていた。

 

 もしかしたら、たまたま召喚された「別存在の衛宮響」である可能性も疑ったのだが、そうではなかったようだ。

 

 美遊の目の前にいるのは正真正銘、「カルデアの衛宮響」だ。

 

 知り合いが来てくれて、ひとまず安心する美遊。

 

 だが、まだまだ多くの疑問が残っていた。

 

「響、ここはいったいどこなの? なぜ、わたし達はこんな所に?」

 

 美遊にとっては、当然の疑問だった。

 

 いきなりこんな場所に飛ばされて、困惑しない方がおかしい。

 

 だからこその質問だったのだが。

 

「ん、さあ」

 

 響からの回答は(ある意味で予想通り)芳しい物ではなかった。

 

「よく分かんない」

「判らないって、じゃあ、響はどうやってここまで来たの?」

 

 先に響が登場した時、空間に亀裂が走り、閃光が迸ったのを覚えている。

 

 あれは間違いなく、レイシフトの光だった。

 

 と言う事は、響は美遊のように、気が付いたらここにいたわけではなく、自分の意志でここに来た事になる。

 

 来る事が出来たのなら、戻る事も出来るのでは、と思ったのだ。

 

 だが、

 

「ん、内緒」

「・・・・・・あっそう」

 

 白を切る響をジト目で睨む美遊。

 

 いったい、何を隠していると言うのか。

 

「まあ、言いたくないなら聞かないけど。それより・・・・・・」

 

 この相棒が、キャラに似合わず何かと秘密主義者である事は前々から判っていた事。今更、腹も立たない。

 

 それより、現状把握の方が問題だった。

 

「響が来たって事は、カルデアの方でも異変を承知しているって事で良いの?」

「ん」

 

 今度は、響も頷く。

 

「カルデアで、美遊達が眠ったから、迎えに来ただけ」

「眠った? 私が?」

「ん」

 

 響のたどたどしい説明によると、要するに本物の美遊の身体はカルデアの医務室のベッドに横たわっており、今、ここにいるのは、言わば彼女の意識や魂に相当する部分らしい。

 

 状況的にはレイシフトに近いが、当然、正規の手順を踏んだわけではない。

 

「美遊達を見つけたら、カルデアの方で引っ張り上げてくれる」

 

 成程、と美遊は思う。

 

 要するに「釣り」を例にしたら判り易いかもしれない。

 

 響と言う「釣り餌」に釣り糸を付けて投擲。獲物(美遊)を捉えたら、カルデアの方で引き上げる手はずになっている。と言う事だ。

 

「ん、これ」

「え、これは、何?」

 

 響が差し出したのは、小さな指輪だった。

 

 極シンプルなデザインだが、嵌められた小さな宝石の中には、何かの紋様が輝いているのが見える。

 

「凛果から、令呪一角借りて来た。それがあれば、カルデアと繋がっていられる」

「凛果さんの令呪?」

 

 見れば確かに、紋様は凛果の令呪と酷似している。

 

 カルデア側は、響を送り出すに当たり、彼のマスターである藤丸凛果(ふじまる りんか)の令呪の一角を、この指輪に移して響に持たせたのだ。そうする事によって、響はマスター無しでもある程度の魔力供給ラインを確保でき、尚且つ、いざ引き上げる時の目印にもなると言う訳だ。

 

 確かに、令呪を他人に譲渡したり、あるいは何かの魔術アイテムに移す技術は存在している。これは、その技術の応用なのだろう。

 

「そっか」

 

 納得しつつ、響に指輪を返そうとする。

 

 だが、

 

「ん、美遊が、持ってて」

「え、何で?」

 

 響は首を横に振る。

 

 いったいどういうつもりなのか、響は指輪を受け取ろうとはしなかった。

 

 仕方なく、メイド服のポケットの中に指輪をしまう美遊。

 

 ところで、

 

 美遊は一つ、聞き捨てられない事柄があった事に思い至る。

 

「あの、響。今、『達』って言ったよね?」

「ん、たぶん、立香もどっかにいる」

 

 その言葉に、美遊は事態は自分が思っていた以上に複雑である事を悟る。

 

 美遊の他に、カルデアで意識を失ったのはもう1人。マスターであり、特殊班のリーダーである立香も、同時に意識を失っていると言う。

 

 状況から考えて、立香もこの世界に来ているであろうことは間違いなかった。

 

 つまり、今この状況で、カルデアに救助を要請する事はできない。

 

 立香を見つけない事には。

 

「じゃあ、立香さんを探せば」

「ん、帰れる」

 

 成程、と美遊は頷く。

 

 ならば、当面の目的は決まった。

 

 まずは立香を探す。全ては、それからだった。

 

「判った。じゃあ、行こう」

「ん」

 

 並んで、歩き出す美遊と響。

 

 相変わらず、冷たく重い空気の流れる監獄内。

 

 しかし、味方が1人増えた事で、僅かながら、美遊は気持ちが軽くなったような気がした。

 

 これなら、何とかなるかもしれない。

 

 そう思い始めていた。

 

 だが、

 

 その時だった。

 

 ズッ

 

 何か、重い物を引きずるような音が響く。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!?」

「ひ、響ッ!?」

 

 驚く美遊を、響はとっさに抱えて横に飛ぶ。

 

 次の瞬間、

 

 轟音と共に、一瞬前まで2人がいた場所に、巨大な腕が叩きつけられた。

 

 美遊を抱えながら着地。

 

 そのまま軌道を半回転させて振り返る少年暗殺者。

 

 視線の先に、立ち上がる巨大な影。

 

「あれはッ そんな、さっき倒したはず、なのにッ!?」

 

 驚愕する美遊の目の前で、立ち上がる怪物。

 

 それは先程、響が原型も残らないほどに斬り捨てた怪物。

 

 だが、

 

 原型も残らないほどに斬り捨てたはずの怪物の姿は、完全に再生されているのが判る。

 

「いったい、どうして!?」

「んッ」

 

 響は美遊から離れると刀の柄に手を掛け、鯉口を切りながら疾走。

 

 同時に、怪物もまた響に襲い掛かるべく、無数の腕を広げて迫って来る。

 

 迫る両者。

 

 だが、

 

 響の方が早い。

 

 間合いに入ると同時に抜刀すると、逆袈裟に斬り付ける。

 

 奔る斬線。

 

 耳障りな悲鳴と共に、怪物は苦悶の声を上げる。

 

 だが、

 

 驚くべき事が起こった。

 

 何と、斬り付けた先から、傷口が再生し始めたのだ。

 

「んッ!?」

 

 舌打ちする響。

 

 再度、斬り付けるも結果は同じ。

 

 再生時間はそれほど早くないものの、傷は確実に塞がり始めている。

 

 疑うべくもない。怪物は、何らかの再生能力を持っているようだ。

 

 まともに戦っていたら、こちらが消耗するばかりだ。

 

 振り下ろされる巨大な腕を回避する響。

 

 そのまま宙返りしながら刀を鞘に納めると大きく後退して、美遊の元まで戻る。

 

「響?」

「ん、逃げる」

 

 言うや否や、

 

「キャッ!?」

 

 短く悲鳴を上げる美遊。

 

 肩と膝裏を両手で支える、所謂「お姫様抱っこ」の要領で、美遊を抱え上げる響。

 

「ちょ、響、この恰好・・・・・・」

「ん、喋ると舌噛む」

 

 言うや否や、響は疾風のように暗闇の中を駆けた。

 

 

 

 

 

 月日は、瞬く間に過ぎて行った。

 

 昼間は大人しくしている彼。

 

 だが、

 

 夜になると彼は横穴を使って司祭の部屋に行き、教えを受けた。

 

 数学、物理学、語学、歴史、倫理、哲学、礼節。

 

 司祭はありとあらゆる知識を、彼に教え込んだ。

 

 元々、純粋だった彼。司祭から与えられた知識を真綿が水を吸うように吸収し、己の物として行った。

 

 彼がひとかどの知識人に変貌するまで、それ程の時間は掛からなかった。

 

 同時に、2人は横穴堀りの作業も継続した。いつか来る、脱獄の日に向けて。

 

 ここで初めて、シャトー・ディフの構造が、彼等に味方した。

 

 脱獄不可能な絶海の監獄であるだけに、看守たちの勤務態度も緩み切っていたのだ。

 

 誰もが脱獄などありえないと思っていたからこそ、彼等が夜な夜な行っている勉強会と脱獄作業に、誰1人として気付かなかったのだ。

 

 こうして、運命共同体となった2人。

 

 深く暗い牢獄の中で、しかし充実した日々が続いた。

 

 だが、

 

 終わりは唐突にやってくる。

 

 既に高齢の域に達していた司祭が、病に倒れたのだ。

 

 司祭は、彼に言った。

 

 自分は間もなく死ぬ。だが、死ぬ前に、どうしても渡しておきたい物がある。

 

 そう言って差し出したのは、1枚の古ぼけた紙切れだった。

 

 小さな地図と、どこかの場所を示した文章。

 

 それは、古代王朝の、隠された財宝の在り処を示した地図だった。

 

 司祭は、自分が死んだら、財宝は全て彼の物だと告げた。

 

 勿論、彼は固辞する。

 

 そんな物は受け取れない。私は、あなたの家族でも何でも無いのだから、と。

 

 だが、司祭は言った。

 

 お前は、私の子供なのだ、と。たとえ血は繋がらなくとも、愛しい息子なのだ、と。

 

 長く共にあり、教え、教えられるうちに、司祭と彼は、本当の親子のような絆が生まれていたのだ。

 

 やがて、病の発作が起き、司祭は苦しんだのちに息絶えた。

 

 彼は、再び1人になってしまったのだ。

 

 この暗い、闇の牢獄で、また1人ぼっち。

 

 また、絶望の中に沈んで行く事になるのか?

 

 結局、ここから出る事は一生できないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あるいは、

 

 その瞬間だったのかもしれない。

 

 彼に初めて「悪魔」が憑りついたのは。

 

 そうでもなければ、こんな残酷な方法を思いつかなかっただろう。

 

 彼は迷った。

 

 悪魔の囁きに答えて良いのか? 

 

 悪魔の手を取れば、本当にもう、後戻りはできない。

 

 本当に、それで良いのか?

 

 だが、

 

 司祭から受けた教え。

 

 闇の中で研ぎ澄ました鋼の精神。

 

 心に宿る怨恨の焔。

 

 何より、ようやく訪れた、千載一遇の好機。

 

 その全てを、無駄にすることは許されない。

 

 彼は決断した。

 

 悪魔の微笑みを受け入れる事を。

 

 彼は愛する「父」の亡骸を、思い出ある地下道の横穴に丁重に隠すと、自らは代わりに死体袋の中に収まり、その時を待った。

 

 やがて、看守がやってきて死体袋の中で息を潜めている彼を運び出す。

 

 死体袋が妙に重い事に看守たちは訝ったが、誰も中身を確認しようとはしなかった。

 

 そして、彼の足に重りを付けると、崖から海に放り投げた。

 

 シャトー・ディフでは、死んだ人間を埋葬せず、海に捨てていたのだ。

 

 埋葬すれば、それだけ金もかかるし、下手に埋めて、腐った死体から病気が蔓延されても困る。これが、看守たちにとって最も手っ取り早い死体処理の手段だった。どのみち、記録も残せないような重犯罪者ばかり。捨てたところで何の問題も無い。あとは勝手に魚が死体を処分してくれる。とでも思っていたのだろう。

 

 だが、

 

 彼にとっては実に好都合だった。

 

 これでわざわざ、墓穴から這い出て、監視の目をかいくぐり、壁を乗り越えて監獄の外に脱出する手間が一気に省けたのだ。

 

 驚きはしたものの、焦りは無かった。

 

 彼は、予め隠し持っていた、穴掘りに使っていた小刀を使い死体袋を切り裂き、水中で足の鎖を解くと、そのまま水面に掻き上がる。

 

 長らく遠ざかっていたとは言え、元船乗りである。泳ぎの感覚は憶えてた。

 

 そして、ようやくの思いで岸に上がった時、

 

 彼は、その手に自由を掴み取っていた。

 

 彼が投獄されてから、実に14年の月日が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 息を切らせて、立香は走っていた。

 

 暗がりの中を闇雲に走る少年の顔には、困惑と焦燥がないまぜになっていた。

 

 いったい、何が起きていると言うのか?

 

 見回せば、むき出しの岩が冷たい印象がある壁に囲まれた闇の中に立っていた。

 

 所々に見える、格子付きの鉄扉。

 

 知識の無い美遊と違い、流石に立香は、ここが監獄である事は、一瞬にして理解していた。

 

 が、なぜ自分がこのような場所にいるか、までは理解できなかった。

 

 自分は、ついさっきまでカルデアの廊下でマシュと話していた筈。

 

 それが一瞬、気が遠くなったかと思うと、気が付いたら、ここにいたのだ。

 

 肌を切る冷たい空気に、岩肌のゴツゴツとした感触。

 

 それらの感覚が伝える情報が、これは夢ではなく現実である事を物語っていた。

 

 そして、

 

 チラッと背後に目をやる立香。

 

 その視界いっぱいに、巨大な異形が迫って来るのが見えた。

 

 廊下一杯に迫る異形の化け物は、全体的な外見は蛸のようにも見える。

 

 とは言えそれは、あくまで「辛うじて」と言うレベル。

 

 その触手の全てがグロテスクな青紫色に染まり、一本一本が人間の胴体ほどの太さがある。

 

 更に、辛うじてだが、胴体の部分から人間の上半身らしき物が見えている。

 

 ちょうど、ギリシャ神話に登場する半人半魚のおぞましい怪物、「スキュラ」に

似ていた。

 

「カネェェェェェェッ カネェェェェェェッ ヨコセェェェェェェッ オレノカネェェェェェェッ ヨコセェェェェェェッ」

 

 追いかけてくる異形の化け物に、立香は息を呑む。

 

「クソッ このままじゃッ!?」

 

 追いつかれるッ

 

 焦る立香。

 

 今ここには、彼しかいない。

 

 マシュも、クロエも、響も、美遊も、

 

 頼りになるサーヴァントは、近くに1騎もいなかった。

 

 チラッと、右手に目をやる。

 

 手の甲に光る令呪。

 

 しかし、令呪だけあっても、サーヴァントがいなければどうにもならない。

 

「クソッ!! やられてたまるかよ!!」

 

 軋む足に力を込めて、更に駆ける立香。

 

 彼とて、今までの多くの戦いで危機を乗り越えて来た身。ある程度、自分で自分の身を護る事も不可能ではない。

 

 幸い、着ているカルデア制服の礼装は機能している。これならば、ある程度戦う事も出来る。

 

 しかし、既に駆ける足も限界に近い。

 

 このままでは追いつかれる。

 

 どうにか、しないと。

 

 何か打開策は?

 

 そう、思った時だった。

 

 廊下の先。

 

 行き止まりにある独房の扉が、開いているのが見えた。

 

 迷っている暇は無い。

 

 最後の力を振り絞って、独房の中へと飛び込む立香。

 

 そのまま床を転がるようにして倒れ込む。

 

 しかし、そこは独房。四方を壁に囲まれている中で、逃げ場などない。

 

 万事休すか?

 

 そう思った時だった。

 

「ようこそ、カルデアのマスター。絶望と狂気の監獄塔へ」

「え?」

 

 声を掛けられ、顔を上げる立香。

 

 そこには、

 

 粗末なベッドに腰かけた、1人の男がいた。

 

 痩せた、どこか陰のある男性。

 

 スーツを着て身なりはしっかりしているようにも見えるが、顔は目深にかぶった帽子のせいで、伺い知る事が出来ない。

 

 ただ、僅かに見える双眸が、何かに取り憑かれたように、ギラギラとした輝きを放っているのが判った。

 

「すまないッ 化け物に追われてて、連れて来てしまったッ!!」

「ハハ、この状況で、まずは謝罪を口にするとはな」

 

 別に面白い事を言ってつもりは無かったのだが、男は口元に笑みを見せる。

 

 その時だった。

 

 轟音と共に、床が大きく揺れる。

 

 とっさに目を向ける先では、立香を追ってきた怪物が、入り口に体当たりしているのが見えた。

 

 巨体のせいで、狭い入り口からは入ってこれないのだろう。

 

 しかし、徐々に壁に亀裂が入るのが見える。このままでは、時間の問題だろう。

 

「ほう・・・・・・ダングラールか。なるほど、初見でやり合うには、聊か面倒な奴に当たったな」

「え? ダングラール?」

 

 男の言動に、戸惑う立香。

 

 男は、構わずベッドから立ち上がると、そのまま入口の方へと歩み寄る。

 

「ここは永劫の監獄塔。生前に罪を犯した者は、決して出る事が出来ず、永遠の苦しみを与えられ続ける。死ぬ事も出来ず、されど生きている事も出来ない、無間の地獄の中でのたうち続ける事になる」

 

 言いながら、

 

 男の身体を、ボロボロの外套が覆っていく。

 

「ちょうど、こいつのようにな」

 

 次の瞬間、

 

 男が翳した掌から、巨大な炎が生まれた。

 

 炎は一瞬にして燃え広がり、怪物を焼き尽くしていく。

 

「キサマッ キサマァァァァァァァァァァァァッ」

「煩い奴だ。とっとと消えるが良い」

 

 断末魔の声を漏らす怪物に対し、冷酷に言い渡す。

 

 次の瞬間、

 

 男の腕が交差するように振られると、怪物の巨体は成す術も無く切り裂かれた。

 

「すごい・・・・・・・・・・・・」

 

 戦いの様子を見ていた立香が、感嘆の呟きを漏らす。

 

 あの、怪物を、こうもあっさりと倒してのけるとは。

 

 それに、

 

 今なら気配で分かる。目の前の男は、サーヴァントであると。それも、恐らくはかなりの力を有する英霊だと思われた。

 

「ここはかつて、この世の地獄とも言われた監獄塔シャトー・ディフ」

 

 足元の、化け物の欠片を踏み躙りながら、男は告げる。

 

「そして、察しの通り、俺は英霊だ。悲しみより生れ落ち、恨み、怒り、憎しみ続けるが故に、エクストラクラスをもって現界せし者、そう、復讐者(アヴェンジャー)と呼ぶが良い」

「アヴェンジャー・・・・・・・・・・・・」

 

 確かに、基本7騎から外れたエクストラクラスの中に、そんなクラス名があった。

 

 つい先日も、そのクラスを有する敵と交戦したばかりである。

 

 ロマニやダ・ヴィンチの説明では、かなり珍しいクラスだと言う話だったが。

 

「そうか、ありがとうアヴェンジャー。助けてくれて」

 

 そう言って、笑顔を向ける立香。

 

 少なくとも立香には、目の前の男が自分に敵対するようには見えなかった。

 

 そんな立香の様子に、アヴェンジャーは乾いた笑いを向ける。

 

 明らかに人の好さそうな少年を嗤っているのか、あるいは元々、冷笑癖があるのか。

 

 だが立香は、構わず続けた。

 

「知っているなら教えてくれ。ここ、シャトー・ディフって言ったか? ここはいったい何なんだ? 俺はいつの間にかここにいたんで、正直、何が起きたのかさっぱり分からないんだ」

 

 問いかける立香に一瞥すると、アヴェンジャーは軽く嘆息すると、少し億劫そうに口を開いた。

 

「マスターよ。お前は魂だけが飛ばされる形で、この監獄塔に囚われたのだ」

「魂だけ?」

「ああ。肉体その物は、恐らく元の場所にあるだろう。可愛い後輩の傍らにな。だが、魂が離れた肉体は、いずれは朽ちて行く事になるだろう」

 

 アヴェンジャーの説明に、立香は息を呑む。

 

 つまり、このまま長居するのはまずい、と言う事だ。

 

「どうすれば良い?」

「なに、簡単な話だ。ここは監獄だ。ならば脱獄すれば良い。檻は既に開け放たれているしな。看守もいない。ただし・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながらアヴェンジャーは、先程、自分で倒したダングラールの肉片を蹴り飛ばす。

 

「ここは罪を犯した者が、永劫に囚われ、責め苦を受け続ける場所だ。そら、見ろ」

 

 指し示すアヴェンジャー。

 

 するとどうだろう。

 

 先程、確かに倒したはずのダングラールの身体が、徐々に寄り集まり、再生を始めているではないか。

 

「いくら倒しても無駄だ。こいつらはこの監獄にいる限り『永劫に生きて責め苦を受け続ける』と言う呪いに縛られている。だから、いくら倒しても、いずれは再生してくる」

 

 言っている間に、再び寄り集まり、再生を進める。

 

 だが、

 

 8割がた再生したところで、アヴェンジャーは再び炎を纏う腕を一閃。ダングラールの身体を砕き散らす。

 

「・・・・・・・・・・・・協力してくれないか?」

 

 背中を向けるアヴェンジャーに、立香は語り掛ける。

 

 現状、立香は戦力となるサーヴァントがいない状態にある。このような状態で出歩けば、半人前以下の魔術師に過ぎない立香など、この暗闇の飲み込まれて消えてしまう事だろう。

 

 だが、

 

 幸か不幸か、目の前に強力な力を持ったサーヴァントがいる。

 

 それにどうやら、これまでの経験から、彼もはぐれサーヴァントであると思われる。

 

 サーヴァントのいないマスターと、はぐれサーヴァント。パズルのピースとしては、実に好都合である。

 

「・・・・・・・・・・・・そんな事をして、俺に何の益がある?」

「さっき、君は俺の身体が『可愛い後輩の傍らにある』って言っただろ」

 

 それがマシュの事を言っている事は言うまでも無いだろう。

 

「て言う事は、君は俺の事をある程度、知っている事だ。それに君は、俺がカルデアのマスターである事も知っていた。その上で、俺を助けたと言う事は、君にも何か目的があるって事だ。違うか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 立香の考察に、沈黙で答えるアヴェンジャー。

 

 しかし、否定しないところを見ると、あながち間違いでもないらしい。

 

 やがて、

 

「やれやれ。細かい事を色々と覚えている奴だな、お前は」

 

 フッと、笑うアヴェンジャー。

 

 口では皮肉を言いつつも、どうやら立香に僅かなりとも興味を持ち始めたらしい。

 

「良いだろう。ならば、互いの目的の為に、一時的な共犯と行こうじゃないか」

 

 どうやら立香は、アヴェンジャーの眼鏡に叶ったらしい。

 

 こうして、即席の主従が、脱獄と言う目的の為に動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後から迫りくる異形の怪物。

 

 無数の腕を伸ばし、逃げる子供たちに掴みかからんとしている。

 

「ガァァァァァァァァァァァァエェェェェェェェェェェェェゼェェェェェェェェェェェェッ!!」

 

 聞き取る事の出来ない奇声を上げながら、怪物は狭い廊下を迫って来る。

 

 ひたすら嫌悪感しか浮かばないようなその姿は、完全に2人の子供たちを標的に見据えて迫ってきている。

 

「響ッ 追いつかれる!!」

「ん、でかいくせに、速いッ!!」

 

 美遊を「お姫様抱っこ」で抱えながら走る響。

 

 その背後に、怪物の巨腕が迫る。

 

 その様子を見やりながら、響は舌打ちする。

 

 美遊を抱えて多少は機動力が落ちているとはいえ、アサシンである自分に追随してくるとは。

 

 倒しても復活してくるなら、戦うだけ時間の無駄である。

 

 とは言え、こうして逃げ続けるのも限界がある。

 

 既に、伸ばされた怪物の腕は、響の頭に届きそうな距離にまで迫っていた。

 

「ん、ならッ」

「えッ 響ッ!? キャァッ!?」

 

 美遊が驚いた瞬間、

 

 響は急減速を掛ける。

 

 同時に、美遊の悲鳴に構わず壁に足を掛け、垂直に駆け上がる。

 

 響の急激な機動変化に追随できず、怪物の剛腕は空を切った。

 

 ちょうど、空中戦で背後を取られた戦闘機が、急減速を掛けて敵機をオーバーシュートさせる戦術だ。

 

 同時に、

 

 響は美遊を片腕で支える。

 

 フリーハンドを得た右腕は腰裏へ。

 

 この状態で刀を抜く事はできない。

 

 だが、響にはもう一つ、武器がある。

 

 腰裏に装備した鞘から、ナイフを抜き放つ。

 

 以前、ダ・ヴィンチに作ってもらった、簡易型の魔剣機能を有するナイフである。

 

 魔力を流し、発光する刀身。

 

 そのまま、響は勢い任せて突撃してきた怪物の身体を斬り捨てる。

 

 苦悶の咆哮を上げる怪物。

 

 怒りに満ち溢れた異形の生物は、振り返った。

 

 次の瞬間、

 

 響は、既に攻撃準備を終えていた。

 

 美遊を降ろし、抜き放った刀の切っ先は、真っすぐに怪物へと向けられる。

 

 切っ先が鋭い牙の如く、獲物を見定める。

 

「餓狼・・・・・・一閃」

 

 次の瞬間、

 

 三歩、踏み込むごとに、音速まで引き上げられるスピード。

 

 切っ先の一点に集中された刃が、圧倒的な破壊力を実現する。

 

 吹き飛ぶ、怪物の身体。

 

 砕き散らされる異形。

 

 破砕した怪物の身体が、壁一面に飛び散る。

 

 今度こそ、倒した。

 

 そう思った響。

 

 だが、

 

「響、あれ!!」

「ん」

 

 美遊が指し示す先で、

 

 怪物が、早くも再生を始めているのが見えた。

 

 その姿に、舌打ちする響。

 

 より出力の高い攻撃をぶつければ倒せるかも、と期待して餓狼一閃を使ったのだが、どうやら当てが外れたらしい。

 

「ん、今のでもダメ、か」

 

 少し拗ねた調子で呟く響。自信のある攻撃でも仕留めきれなかった事で、少しプライドが傷ついたのかもしれない。

 

 とは言え、いよいよ手詰まりになってきた感がある。

 

 餓狼一閃でも仕留めきれないとなると、響の持つ手札は鬼剣しかなくなる。

 

 だが、鬼剣は一度の戦闘で一回が限度の切り札(ジョーカー)。おいそれと使用する事はできない。

 

 いよいよ手詰まりか?

 

 美遊を背に庇いながら、刀を構え直す。

 

 と、その時だった。

 

 

 

 

 

 こっち・・・・・・こっちです。

 

 

 

 

 

「響、今のッ」

「ん、聞こえた」

 

 頷き合う2人。

 

 微かだが、確かに声が聞こえた。

 

 まるで、手招きをするように、

 

 2人を牢獄の、更に奥へといざなっているかのようだ。

 

「ん、どう、する?」

「どうするって・・・・・・それは・・・・・・」

 

 行くしかない。

 

 どのみち、選択肢なんてないんだから。

 

「ん、なら」

「キャッ ちょ、響、またこの恰好ッ!?」

 

 再び、美遊を「お姫様抱っこ」で抱え上げる響。

 

「ひ、響ッ この恰好、恥ずかしい・・・・・・」

「ん、けど効率的」

「そ、それはそうなんだけどッ」

「まあまあまあ」

「『まあまあ』じゃないッ」

 

 抗議する美遊を無視して、駆け出す響。

 

 怪物の方はと言えば、未だに響の攻撃から立ち直る事が出来ず、追撃どころではない様子だった。

 

 

 

 

 

 彼が、かつて務めていた会社の船主は、昔こそマルセイユの名士で通っていたが、今ではすっかり落ちぶれてしまっていた。

 

 と言うのも、彼が投獄されて以降、彼の擁護と釈放に船主自らが奔走した結果、船主は狂信的な皇帝信者と言うレッテルを張られ、フランス政府や警察からマークされてしまったのだ。

 

 その為、仕事は激減。多くの人員や船を手放す結果となってしまった。

 

 今では古ぼけた商船1隻のみを保有するだけに落ちぶれてしまった。

 

 だが、その商船までも、ついに失われてしまった。

 

 交易の為、積み荷を積んでマルセイユに戻ろうとしていた船が、事故で沈没してしまったのだ。

 

 船主はちょうど、とある商会の役員に、借金返済の期日延期を申し入れている最中だったのだ。

 

 そこへ、舞い込んできた悲報である。

 

 船主は、足元から地面が崩れるような感覚に襲われた。

 

 幸い、乗組員は近くを航行していた別の船に助けられて全員無事だった事は不幸中の幸いである。しかし、船と積み荷は全て失われてしまった。

 

 既に多くの借金を背負っている船主にとって、とどめを刺されたに等しかった。

 

 事情を知った商会役員は、支払期日を3か月待ってくれる事を約束したが、3か月でできる事など、たかが知れていた。

 

 そして、約束の3か月後。

 

 結局、船主は金の工面が出来なかった。

 

 方々に駆けずり回り、僅かばかりの金額を借りる事はできたが、それでも多寡が知れている。

 

 最後の望みとして、かつて会計士だった男が、今は大銀行の頭取をしているので、借金を頼んでみたが、にべも無く断られてしまった。

 

 もはや、これしかない。

 

 そう思い、船主は拳銃の銃口を自らのこめかみに押し当てた。

 

 その時だった。

 

 扉が開き、歓喜と共に飛び込んで来たのは、船主の息子だった。

 

 何と、沈んだはずの船が帰って来たと言うのだ。しかも全くの新品になって。勿論、乗組員たちも一緒にだ。

 

 更に驚いた事に、船と一緒に1枚の書類が、船主に渡された。

 

 それは、彼が借金を完済した事の証明書だったのだ。

 

 奇跡だ。

 

 神の奇跡に違いない。

 

 船主は、息子たちと手を取り合い、この奇跡に感謝し打ち震えるのだった。

 

 

 

 

 

 その様子を、離れた物陰から見つめる人影があった。

 

 あの商会役員である。

 

 その人物こそ、誰あろう。シャトー・ディフから脱獄を果たした彼だった。

 

 彼は脱獄に成功した後、すぐに司祭からもらった地図を頼りに、その場所を目指したのだ。

 

 そして見つけた。

 

 司祭が言った通り、莫大な財宝を。

 

 財宝を手に入れた彼が、まず初めに行ったのは、かつての恩義ある船主の窮状を救う事だった。

 

 今の彼は、国すら余裕で買えるほどの莫大な財産を有している。借金を帳消しにして商船1隻買うくらい訳の無い事だった。

 

 これだけは、

 

 そう、これだけは「事」を始める前に、やっておきたかった。

 

 これだけは、言わば彼に残った最後の良心だった。

 

 だが、もうそれもいらない。

 

 人の心も、温もりも、優しさも、何もかもいらない。

 

 なぜなら、

 

 これでやっと、自分は悪魔になれるのだから。

 

 

 

 

 

 彼はここに来る前、人づてに、かつて自分の周りにいた人々の話を聞いた。

 

 彼を陥れる計画を立てた船の会計士は、今や大銀行の頭取になっていた。

 

 かつての幼馴染の男は異国の地で武功を立て、今や貴族院議員となっていた。

 

 彼を監獄送りにした検事は、検事総長にまで出世していた。

 

 そして、

 

 父は、

 

 父は彼の無実を信じながら、しかし世間から白い目で見られ続け、ついには自分たちを陥れた連中を呪いながら絶食、孤独の中で餓死したと言う。

 

 更に、

 

 婚約者だった彼女は、

 

 愛しい彼女は、彼を裏切った幼馴染と結婚、今では息子もいると言う。

 

 許さない。

 

 俺は、お前たちを絶対に許さない。

 

 計画は立てた。

 

 力も手に入れた。

 

 役者も配置した。

 

 ありとあらゆる根回しを、完璧にしてある。

 

 莫大な財力は湯水のように使い果たしてやる。

 

 必ずや、全員を地獄に叩き込んでやる。

 

 

 

 

 

 美遊を抱えたまま、暗闇の牢獄を走る響。

 

 途中、先程の怪物に似た怪物と何度か遭遇したが、こちらは流石に響の敵ではない。

 

 美遊を抱えたままでも、響の鎧袖一触だった。

 

 こうして、暫くかけた時だった。

 

「こっち・・・・・・こっちです!!」

 

 今度ははっきりと、間違いなく聞こえた。

 

「ん、こっち」

「うん。行ってみよう」

 

 響は美遊を降ろすと、揃って声の下方向へと歩いていく。

 

 その向かう先にある、扉の空いた牢獄。

 

 その中を覗き込んだ2人は

 

「「あッ」」

 

 思わず、揃って声を上げた。

 

 その牢獄に繋がれた人物。

 

 それは、美しい姿をした女性だったのだ。

 

「来て、くれたのですね」

 

 響と美遊の姿を見て、女性は柔らかく微笑む。

 

「私の名前はメルセデス、と言います。かつて、彼の王を愛しながら、裏切った罪深き女」

 

 そう告げると、女性は哀し気に顔を伏せるのだった。

 

 

 

 

 

第3話「無間の責め苦」      終わり

 



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第4話「恋人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある頃から、パリは1人の男の噂で持ち切りとなっていた。

 

 伯爵を名乗る、その男。

 

 あらゆる教養を身に着け、全ての学問に通じ、この世の真理すら掌に納めている。スマートな立ち居振る舞いは、女性のみならず男性すら引き付ける程の魅力あふれた人物。

 

 まるで旋風のように花の都に現れた伯爵は、その活躍も「華麗」の一言に尽きた。何でも議員の息子を盗賊の手から救い出し、検事総長の妻と息子を暴れ馬から助け出したと言う。

 

 更に彼は莫大な私財を有し、パリの大銀行に多くの口座を持っていると言う。

 

 郊外に豪邸を構え、エキゾチックな美少女奴隷を伴った男。

 

 人々は彼を見て、その華麗振りに憧憬する一方、まるで吸血鬼のようだと畏怖もしていた。

 

 伯爵。

 

 それは、歳月を重ねて「準備」を整え、ついに満を持して表舞台に登場した「彼」その人だった。

 

 彼が脱獄に成功してから9年、無実の罪によって投獄されてから、実に23年の月日が流れていた。

 

 時間はかけた。計画も練った。役者は配置した。

 

 彼がこれから披露する「復讐」と言う舞台劇。その全ての準備が整ったのだ。

 

 彼はまず、自分の標的を見定めるべく、彼の復讐の標的、検事総長、貴族院議員、銀行頭取。その全てが揃う舞踏会へ出席した。

 

 そこで、思わぬ再会を果たす事になる。

 

 かつての幼馴染。今や貴族院議員となった男の傍らに寄り添うのは、かつての伯爵の婚約者だった。

 

 数十年の時を経ても尚、彼女は美しかった。

 

 だが、

 

 伯爵を見た瞬間、

 

 彼女は思わず、血の気を失って倒れてしまったではないか。

 

 その様子に、思わずほくそ笑む伯爵。

 

 どうあれ、これが、開幕のベルとなった。

 

 

 

 

 

 まず、伯爵の標的となったのは、銀行頭取となっていた、かつての先輩会計士だった。

 

 頭取はスペインに莫大な量の株を所有していた。

 

 しかしある日、スペインで政変が起こったと言う知らせが届く。

 

 大きなビジネスチャンスと考えた銀行頭取は、手持ちのスペイン株を全て売り払ってしまった。

 

 しかし、それは誤報だった。スペインで政変など起きていなかったのだ。

 

 気付いた時には既に手遅れ。彼が所有していた株は、全て、はした金同然の金額で買い叩かれてしまった後だった。

 

 大損である。銀行の運転資金すら、借金の返済に当てなくてはならないほどの大打撃だった。

 

 起死回生を図り、銀行頭取は、自分の娘を資産家の子爵に嫁がせようとした。

 

 政略結婚である。資産家の財力を頼りに、銀行を立て直そうとしたのである。

 

 だが、縁談が決まり、後は結婚するだけという段階になった頃、とんでもない事実が発覚する。

 

 娘と婚約した子爵は真っ赤な偽物。それも詐欺と殺人罪で逮捕された重犯罪人だったのだ。

 

 実は、スペイン政変の誤報は伯爵が裏から手を回し、賄賂を使って出させた物であり、偽子爵も、とある陰謀の為に、予め伯爵が雇っておいたのだ。

 

 それがトドメだった。

 

 銀行は倒産。

 

 破産した銀行頭取は、孤児院に寄付される予定だった金を横取りし、家族も捨てて夜逃げした。

 

 

 

 

 

 メルセデスと名乗ったその女性は、美しい容姿をしていた。

 

 長い髪を三つ網にしており、落ち着いた雰囲気を出している。

 

 整った身なりや穏やかな立ち居振る舞いからして、それなりの教養ある人物に思われた。

 

「ん、メルセデス・・・・・・ベンツ?」

「あの、ちょっと言っている意味が分からないんですが」

「響、お願いだから、ちょっと黙って」

 

 ボケる暗殺少年に、メルセデスと美遊は揃って嘆息する。

 

 この状況でもボケられる少年の胆力には、ある意味で感心するしかなかったが。

 

 しかし、

 

 メルセデスはある意味、ここに来て初めて出会った、まともな「人間」だった。

 

「あの、メルセデスさん。教えて欲しいんです。ここはいったい、どこなんですか? それに、さっきの怪物はいったい・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかける美遊。

 

 ともかく、今は何であれ、情報が必要だった。

 

 響が来てくれたおかげで怪物に対する対抗手段はできたものの、問題の根本的な解決にはなっていない。

 

 どうすれば、ここを出られるのか。それを探る必要があった。

 

 ややあって、メルセデスは口を開いた。

 

「ここはシャトー・ディフ・・・・・・かつて、現実の世界にも実在した、脱獄不可能な監獄塔です」

 

 メルセデスの言葉に、美遊は息を呑んだ。

 

「シャトー・ディフッ じゃあ、ここがッ」

「ん、知っているのかライデン?」

「響、黙って」

 

 いい加減にしろ。

 

 言外に込めた言葉で相棒を黙らせる美遊。

 

 怒られて、すごすごと後退する響を無視しつつ、美遊は考えを巡らせる。

 

 シャトー・ディフ。

 

 それは確か、とある小説に出てくる、絶海に建てられた監獄の名前であるが、メルセデスの言う通り、実際に昔、地中海にあった、とある監獄をモチーフにしたとも言われている。

 

 当時、今以上に、刑罰に厳しさと理不尽が混ざっていた時代。シャトー・ディフは、一度収監されたら、死ぬまで絶対に出る事が出来ない牢獄として恐れられていた。

 

 だが、

 

 そのシャトー・ディフからただ1人、脱獄に成功した男がいる。

 

「あの、『モンテクリスト伯』が収監されていた?」

「ええ」

 

 モンテクリスト伯。

 

 その言葉を聞いて、メルセデスの顔が曇るのを感じた。

 

 そこで、美遊は思い出す。

 

 メルセデスと言う、名前の持つ意味を。

 

「じゃあ、メルセデスさん。あなたが・・・・・・・・・・・・」

「はい」

 

 問いかける美遊に、頷きを返すメルセデス。

 

「私はかつて、伯爵と愛し合い、そして彼の愛を裏切った女。そして・・・・・・さっきの怪物の名は、フェルナン。私の、夫だった男の、成れの果てです」

 

 フェルナン・モンディゴは、確かにモンテクリスト伯から恋人を奪い、結婚した男の名前である。

 

 そして、モンテクリスト伯を裏切り、フェルナンと結婚し、その子供まで産んだ女の名前。それこそが「メルセデス」に他ならなかった。

 

 つまり、目の前にいる人物は、そのメルセデス本人と言う事になる。

 

 しかし、疑問は更に出てくる。

 

 目の前のメルセデスは、生前を思わせる美しい姿をしているのに、彼女の夫であったフェルナンがなぜ、あんなおぞましい姿で現れたのか? と言う事である。

 

「お気づきかもしれませんが、このシャトー・ディフは、実際にあったシャトー・ディフとは違います。ここでは生前、罪を犯した者が、死んでからも責め苦を受け続ける場所」

「死んでからも、ですか?」

「ええ。生きている限り、その人物は生前の罪に見合った苦しみを味わい続ける。しかも、ここでは、『死』は救いになりません。たとえ死んでもすぐに蘇り、また責め苦を受け続ける事になるのです」

 

 それは、正に「無間地獄」とでも言うべき世界だった。

 

 仏教やキリスト教においては、死がある種の安らぎを得る為の手段であると考える場合がある。

 

 生きていれば、必ず何かしらの苦難を味合わねばならない。それよりも、死んで神の膝元に行ってこそ、人は安らぎを得られると言う考え方だ。

 

 しかし、ここではそれすら許されない。

 

 生きている限り、苦しみを味わい続け、死んだら強制的に蘇らされて絶望の中へと引きずり落とされる。

 

 これこそ正しく、究極の地獄と言って良いかもしれなかった。

 

「ん、成程、それで、か」

 

 メルセデスの言葉を聞いた響が、納得したように響が頷く。

 

 先程の戦闘で響は、フェルナンに対し何度も致命傷となる攻撃を放っている。

 

 にも拘らず、傷口は回復し再び襲い掛かって来た。

 

 初めは、そういう何らかのスキルでも使っているのかと思ったのだが、

 

「不死の概念・・・・・・だとすると、少し厄介かも」

 

 美遊は険しい表情で呟く。

 

 スキルや宝具の類なら、相手の魔力が尽きれば押し切る目も出てくる。

 

 しかし、あの怪物は、この監獄塔の中にいる限り「何度でも蘇って責め苦を味わい続ける」と言う概念を受けている。つまり、ここにいる限り、フェルナンは不死身。倒しても何度でも蘇り、襲い掛かってくると言う訳だ。

 

「ん、倒す方法は?」

「ありません。それこそ、この監獄塔そのものを破壊でもしない限り」

 

 尋ねる響に、メルセデスは首を振る。

 

 この監獄塔も、ある意味、一つの「世界」と定義できる。

 

 つまり、監獄塔を破壊すると言う事は、世界を破壊するに等しい。

 

 世界を破壊するほどの威力を持つ宝具に心当たりが無い訳ではない、が、現状手元にはないし、当然ながら響も、そんな大層な宝具は持っていない。

 

「それと、もう一つだけ・・・・・・ここを出る方法があります」

「それは一体?」

 

 どんな方法があるのか?

 

 躊躇うメルセデス。

 

 ややあって、口を開いた。

 

「この監獄塔は、ある人の力によって形成されています。その人は、聖杯と呼ばれる巨大な力を使って、この監獄塔を作り上げたのです」

 

 メルセデスの言葉に、響と美遊は顔を見合わせる。

 

 聖杯。

 

 言うまでも無く、これまで5つの特異点を巡る戦いで、中心に位置したキーアイテムである。

 

 その聖杯が、ここでも絡んで来たのだ。

 

「逆を言えば、その人を倒し、聖杯を奪う事が出来れば、この世界も崩壊する事を意味しています」

「それは、誰なんですか?」

 

 尋ねる美遊。

 

 対して、

 

 メルセデスは少し躊躇うようにして沈黙すると、ややあって口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・その人は、裏切りの果てに、かつてこの牢獄に、無実の罪で閉じ込められた人。そして、私が今も、この世で最も愛する人です」

「それって、まさか・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊が言葉を詰まらせる。

 

 メルセデスが愛する人物。

 

 それは、モンテクリスト伯本人に他ならない。

 

「そんな、メルセデスさん、それじゃあ・・・・・・」

 

 伯爵は、彼女の愛する人。

 

 その伯爵を殺さないと、ここを出る事はできないと言う。

 

 何と言う皮肉だろうか。

 

「私も、辛いです。けど、彼は変わってしまった」

 

 メルセデスは顔を俯かせる。

 

「この監獄塔を作り上げ、かつて自分を陥れた人たちを閉じ込め、苦しむ姿を見続ける事に愉悦を感じる悪鬼へと変貌してしまったのです」

 

 復讐の念に囚われ、この監獄塔を支配する男、モンテクリスト伯。

 

 ここを出るには、彼を倒すしかない。

 

 愛する者を倒すか、

 

 それとも、囚人となって、この監獄塔に囚われ続けるか。

 

 選択肢は、2つに1つしかなかった。

 

 それともう一つ、気になっている事があった。

 

 そこで、美遊は改めてメルセデスに向き直る。

 

「あの、わたし達の仲間が1人、この監獄塔に囚われている筈なんですけど、メルセデスさんは心当たりありませんか?」

「お友達、ですか・・・・・・・・・・・・」

 

 しかし、メルセデスは首を振る。

 

「残念ながら心当たりは・・・・・・いえ、そもそも、私も、この部屋を出る事はできませんから」

「え、それって・・・・・・・・・・・・」

「私も、生前に罪を犯し、ここに閉じ込められている身ですから」

 

 その言葉に、美遊はハッとする。

 

 確かに。

 

 考えてみれば、メルセデスが1人で、この場にいる事がずっと疑問だったのだ。

 

 だが、彼女もまた、客観的に見れば「モンテクリスト伯を裏切り、他の男と結婚した」事に変わりはない。

 

 となれば、メルセデス自身も生前の罪によって、この監獄に囚われているのだとしたら納得の理由だった。

 

 となると、彼女はここから動く事が出来ない事になる。

 

 その時だった。

 

 廊下の向こうから、奇怪な雄叫びが響き渡るのが聞こえた。

 

 聞くだけで魂が掻き毟られるような、不協和音交じりの叫び。

 

 その声に、チビッ子2人が振り返る。

 

「ん、あれは・・・・・・」

「フェルナンッ もう追いついて来たッ」

 

 身構える、響と美遊。

 

 一度は撒いたと思ったフェルナンが、しつこく追いかけてきたのだ。

 

 そんな2人の背中を、メルセデスは監獄の外へと押し出す。

 

「ん、メルセデス?」

「あなた達は行って。早く、あの人が来る前に」

 

 そう言うと、緊張した面持ちを、廊下の向こうへと向ける。

 

 既に怪物の影は、壁越しに移りは言めている。

 

 フェルナンは、すぐそこまで迫っていた。

 

「上の階に続く階段を探して。ここは監獄の最下層だから、探している人がいるとすれば、この階よりは上にいる筈です」

「でも、メルセデスさんッ」

 

 ここに残ったら、あなたもフェルナンにやられてしまう。

 

 しかし、言い募る美遊に対し、メルセデスは首を振る。

 

「言ったでしょう。私は、ここから出られないって」

「そんな・・・・・・・・・・・・」

「大丈夫。私も、この監獄に呪われた身だから、そう簡単に死んだりしないわ」

 

 そう言うと、メルセデスは美遊を響の方に押し出す。

 

「お願いね。彼女を、守ってあげて」

「ん」

 

 頷く響。

 

 そのまま、背を向けて駆け出す。

 

 その背後から、くぐもった雄叫びが、いつまでも響いて来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の標的は、婚約者を奪った幼馴染の貴族院議員だった。

 

 その日、議会に出席した議員は、思わぬ突き上げを喰らう事になる。

 

 議員は若い頃、軍人として海外派遣に選抜、ギリシャの地方君主に仕えていた時期があった。

 

 しかし、その王は権力争いに敗れ、家族諸共処刑されてしまった。

 

 その際、武功を立て、議員は今の地位を手に入れた訳だが、

 

 しかし、今になって、その事実に疑義が呈された。

 

 実は王を裏切り、反王族派と結託してクーデターを引き起こし、王を死に追いやったのは、他ならぬ議員自身だったのではないか、と言う事である。

 

 その事を、今更になって糾弾されたのだ。

 

 当初、議員は高をくくっていた。どうあれ、15年以上も前の話。今更、証拠など残っているはずもない、と。

 

 だが、彼は愚かだった。

 

 証拠は無いが、証人はいたのだ。

 

 議会の場に、証人として出廷した人物。

 

 それは、伯爵と共に暮らしている、あの奴隷少女だった。

 

 そして、明かされる真実。

 

 何と少女は、議員がかつて仕え、そして裏切りを働いた王の1人娘。元第1王女だったのだ。

 

 議員が裏切り、父王が処刑された後、少女は王妃である母親と共に、奴隷として娼館に売り飛ばされていたのだ。他ならぬ、王が全幅の信頼を置いていた議員の手によって。

 

 そして伯爵によって救い出されるまで、幼い身でありながら娼館で客を取らされる過酷な生活を送っていた。

 

 少女の追及を前に、議員の仮面はついに剥がされ、議会は議員の背信を認めた。

 

 向けられる、糾弾と侮蔑の視線。

 

 裏切りに裏切りを重ねて築き上げた虚栄の権力が崩壊していく。

 

 もはや議員が、持てる全てを奪われた事は明白だった。

 

 少女は長い年月を経てついに、父と母の仇を打ったのである。

 

 だが、話はそこで終わらなかった。

 

 この事態に納得できないと、議員の息子が伯爵に対して決闘を申し込んで来たのだ。

 

 議員の息子はかつて、盗賊に攫われたところを伯爵に助けられたことがあり、その事から、伯爵を心の底から尊敬していた。

 

 だが、それでも尚、今回の伯爵の行動は許せなかった。

 

 当時、決闘による闘争の解決は、まだ法的にも認められていた。当然、勝って相手を殺しても、正式な決闘である以上、勝者の罪が問われる事も無い

 

 笑みを刻む伯爵。

 

 議員の過去の罪を暴き、その息子を挑発。その上で合法的な決闘で息子を殺す。

 

 議員と、その妻である彼女。双方に苦しみを与える、最高の陰謀だった。

 

 だが、

 

 その決闘前夜、伯爵を訪ねて来た客があった。

 

 誰あろう、それはかつての婚約者である彼女だった。

 

 彼女は一目会った時から、伯爵の正体が、かつて愛し合った彼、

 

 否、

 

 今でも愛している彼である事が判っていたのだ。

 

 彼女は言った。あなたを裏切った自分はどうなっても構わない。だからどうか、息子だけは助けてください、と。

 

 そんな彼女に伯爵は、冷めた声で全てを打ち明ける。

 

 幼馴染がした裏切り。

 

 彼女がした裏切り。

 

 自分が受けた絶望。

 

 そのどす黒い感情の全てを、かつて愛し合った女へとぶつける。

 

 彼女の顔面が蒼白になるのが、暗がりでもわかった。

 

 聞けば聞くほど、吐き気を催す真実。

 

 自分が想像していた以上の、夫の裏切りと、彼が受けた屈辱、絶望。

 

 その事実に、息が止まる程だった。

 

 だが、

 

 それでも彼女は、伯爵の慈悲にすがるしかなかった。

 

 愛する息子を守るために。

 

 揺らぐ、伯爵の心。

 

 振り切った、と思っていた。もう、彼女に未練など無い、と。

 

 だが、

 

 その心の中で、完全に消え去ったはずの、彼女への思いが微かに燻るのを感じていた。

 

 懇願を続ける彼女。

 

 ややあって、

 

 伯爵は折れた。

 

 仕方がない。申し込まれた決闘である以上、自分から取り下げる事はできない。ならば、あとは自分が死ぬしかない、と。

 

 それを聞いて、

 

 彼女は哀しくも、しかしかつてと変わらない、愛おしい笑顔を見せた。

 

 ありがとう。けど、あなたも、息子も、決して死なせない。私が、2人とも守って見せるから。

 

 彼女は決意に満ちた顔で言った。

 

 そして、決闘当日。

 

 誰もが驚くべき事態が起こった。

 

 何と決闘の場に慌てた様子で駆けてきた議員の息子が、伯爵の前に来るなり、決闘を取り下げるとともに、謝罪の言葉を述べてきた。

 

 彼女が、息子に全てを話したのだ。

 

 伯爵と彼女が、かつて愛し合っていた事。そして、父である議員が、伯爵に対して取り返しのつかない裏切りを犯した事。

 

 打ち震える伯爵。

 

 彼女は、嘘はつかなかった。

 

 彼女は、自身の決断によって、伯爵と息子、愛する2人を守ったのだ。

 

 嗚呼、

 

 彼女は、まだ彼女のままだった。

 

 かつて、伯爵と愛し合った頃の、身も心も美しいままだったのだ。

 

 一方、息子が決闘を取り下げたと知って、議員は激怒した。

 

 不甲斐ない息子に代わり、伯爵と決着を着けるべく屋敷に乗り込む議員。

 

 だが、

 

 激昂する議員を、伯爵は冷笑を浮かべて迎え入れる。

 

 いったい、お前は何者だッ!?

 

 そう問いかける議員。

 

 対して、

 

 伯爵は告げた。

 

 彼の本当の名前を。

 

 そこで、議員は全てを悟った。

 

 かつて、自分たちが薄汚い欲から犯した罪の過去。

 

 その過去が、監獄の暗闇から蘇り、帰って来た事を。

 

 その言葉を聞いて、議員は理解する。

 

 自分の身に何が起こったのか。

 

 ここに至った原因は何だったのか。

 

 その全てを理解し慄いた。

 

 全て、過去に自分がしでかした事が原因だったのだ。

 

 追われるように、伯爵の家から逃げ出す議員。

 

 早くッ

 

 一刻も早く、家に戻らなければ。

 

 家族の下へ、帰らなければ。

 

 だが、

 

 家に戻った議員を待っていたのは、妻と息子の冷たい眼差しだった。

 

 既に全てを察した2人は身支度を済ませ、議員には一瞥すらせずに家を出て行ったのだ。

 

 事実を知った2人にとって最早、議員は愛する家族ではなく、薄汚い裏切り者でしかなかった。

 

 ガックリと、崩れ落ちる。

 

 全てを失った議員。

 

 そのまま自室に行くと、弾の入った銃口をこめかみに押し当て、そして力なく引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 立香は目を見張る想いだった。

 

 復讐者を名乗る青年との一時的な共闘。

 

 この監獄塔を抜けるまでの仮初の契約。

 

 だが、

 

 アヴェンジャーが見せる力は圧倒的だった。

 

 正直、これまでいくつかの特異点を巡り、多くの戦いを経験した立香。そこに至るまで、たくさんの英霊と触れ合い、その戦いぶりを目の当たりにしてきた。その為、ある程度、戦い慣れしてきているつもりだった。

 

 しかし、

 

 アヴェンジャーの見せる戦闘力は、その立香の目から見ても、隔絶した強さと言えた。

 

 群がる亡者の群れ。

 

 彼等もまた、生前の罪によってこの監獄に囚われ、無間の責め苦を味わい続ける存在なのだろう。

 

 しかし、アヴェンジャーは、その全てを一切、自ら手を下すことなく魔力放出のみで退けている。

 

 アヴェンジャーは何もしていない。

 

 ただ、立香の前に立ち、暗い廊下を真っすぐに歩いているだけだった。

 

 ただそれだけで、群がる亡者が吹き飛ばされ、引きちぎられていく様は、圧巻と言わざるを得なかった。

 

 牢を出て、アヴェンジャーの案内の下、脱出(アヴェンジャー曰く「脱獄」)を目指す立香は、その姿に驚嘆するばかりだった。

 

 一方、

 

「クハハハハハハ」

 

 低い笑い声を立てるアヴェンジャーも、上機嫌で魔力を放ち、群がる亡者を薙ぎ払う。

 

「悪くない。これが『使役させる』と言う感覚かッ」

 

 立香と仮契約を結ぶことで、魔力効率が上がっているのだろう。

 

 おかげでアヴェンジャーは莫大な魔力を惜しげも無く放出する事が出来るのだろう。

 

「こいつらも、放っておけばまた復活してくるのか?」

「当然だろう」

 

 足元の亡者を蹴り飛ばしながら、アヴェンジャーは立香の問いかけに応える。

 

「ここに入れられた囚人共に例外は無い。どいつもこいつも、生前は浅ましい欲に塗れて死んでいった連中だ。ここは、そのツケを強制的に支払わせる場所なのだからな。そら、また来たぞ」

 

 アヴェンジャーが指示した瞬間、

 

 見覚えのある触手が、襲い掛かってくるのが見えた。

 

「ガネェェェェェェッ オデノガネェェェェェェェェェェェェッ ガエゼェェェェェェッ オデノガネダァァァァァァァァァァァァ」

 

 ダングラールだ。

 

 アヴェンジャーの攻撃でボロボロになりながらも、またぞろ復活してきたらしい。

 

「あいつ・・・・・・」

「フンッ 浅ましさだけは生前と変わらんな」

 

 迫りくるダングラールの姿をつまらなそうに一瞥するアヴェンジャー。

 

 次の瞬間、振り向きもせずに魔力を放出。

 

 迸った雷撃が、ダングラールの身体を砕き散らした。

 

 一撃。

 

 ただの一撃で、アヴェンジャーはダングラールの身体の半分を吹き飛ばしてしまった。

 

 轟音と共に、地に倒れるダングラール。

 

 その様子を、立香はkン町交じりで眺めていた。

 

「本当に、復活するんだな、こいつら」

「だから言っただろう。ここは永遠の責め苦を与え続ける場所だと」

 

 言いながらも、アヴェンジャーは倒したダングラールに一瞥すらせずに歩き続ける。

 

「こいつらがここで苦しみ続けるのは、こいつらが犯した生前の罪による物。所詮は自業自得言う訳だ」

 

 そこでふと、立香は気になった事を聞いてみた。

 

「そう言えば、この・・・・・・ダングラール、だっけ? こいつみたいなやつが、他にもいるのか?」

「なかなか鋭いな。こいつのように、生前の罪の重さ故に、他の奴以上の責め苦を味わい続けている奴は3体。ダングラール。それに、フェルナン、ヴィルフォールがいる」

 

 どれも、立香には聞いた事が無い名前だった。

 

「まあ、ダングラールの方はこの通り、暫くは動けないだろう。フェルナンは別の場所をさ迷っているはずだから、こっちには来ないだろう。となれば・・・・・・」

 

 言いながら、

 

 アヴェンジャーは視線を前方に向ける。

 

 その視界の先に、

 

 立ちはだかる巨大な影。

 

「あれが・・・・・・」

「ああ、奴はヴィルフォール。かつて、法の番人と言う立場にありながら、己の欲望の為に、権力を悪用した男だ」

 

 吐き捨てるように呟くアヴェンジャー。

 

 すると、

 

 そんな2人に気付いたのか、ヴィルフォールと呼ばれた巨人が顔を上げた。

 

「ヨクモ・・・・・・・・・・・・」

 

 巨大な岩を削り出し、人形のように手足を付けたような大味な造りの巨人。

 

 それが、ヴィルフォールの姿だった。

 

「ヨクモワタシヲコンナトコロニィィィィィィィィィィィィッ!!」

 

 巨大な足音。

 

 そして地震のような響き。

 

 巨大な人影が、2人目がけて迫って来る。

 

「ダセェェェェェェッ ココカラダシテクレェェェェェェ!!」

 

 迫る、ヴィルフォールの巨影。

 

 その巨大な掌が、握りつぶさんと迫る。

 

 次の瞬間、

 

「フンッ」

 

 アヴェンジャーは迫るヴィルフォールに一顧だにする事無く、炎を纏った腕を一閃する。

 

 その一撃で、ヴィルフォールの腕が肘より上から吹き飛ぶ。

 

「ギャァァァァァァァァァァァァッ!?」

 

 悲鳴を上げる巨人。

 

 対して、

 

 アヴェンジャーは飛び上がると、その頭に手を当てる。

 

「苦しみに苛まれろ。所詮、貴様の自業自得だ」

 

 言った瞬間、

 

 迸る閃光が、ヴィルフォールの首を一撃の下に吹き飛ばした。

 

 地に降り立つアヴェンジャー。

 

 同時に、

 

 首を失ったヴィルフォールも、力なく地面に崩れ落ちた。

 

「さあ、マスター。こっちだ」

「あ、ああ」

 

 促されるまま、視線を向ける先には、小さなドアが見える。

 

 どうやら、あそこが終点らしい。

 

 アヴェンジャーに続いて、扉の中へと入る立香。

 

 そこは、比較的広い空間だった。

 

 吹き抜けのホールのようになっており、見上げれば高い天井が見える。

 

 だが、

 

「ここが、出口なのか?」

 

 首を傾げる立香。

 

 見渡しても、出口はおろか窓すらない。

 

 ここから外に出られるとは、正直思えなかった。

 

 対して、

 

「ああ」

 

 立香の声に頷きを返すアヴェンジャー。

 

 次の瞬間、

 

「その通りだ」

 

 アヴェンジャーの手刀が、立香に向かって突き込まれた。

 

 

 

 

 

第4話「恋人」      終わり

 



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第5話「黒焔」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元幼馴染の議員は死んだ。これにより、復讐の一つは、完全に終わりを告げた。

 

 そして、

 

 それは同時に、伯爵に付き従ってきた奴隷少女の復讐もまた、終わった事を意味していた。

 

 伯爵は、彼女に財産の一部を与え、国へと返そうと考えていた。

 

 元々、幼馴染への復讐を行う舞台役者として奴隷商から買い取った少女だ。その復讐が終わった今、手元に置いておく意味は無い。

 

 何より、立場としては奴隷ではあるが、伯爵は少女を実の娘のように愛おしく思っている。その少女をこれ以上、自分の復讐劇に巻き込みたくは無かった。

 

 だが、暇を告げる伯爵に、少女は頑なに拒否した。

 

 どうか、あなたの傍に置いて欲しい、と。

 

 少女の意志は固く、伯爵であっても反意させる事は難しい。

 

 伯爵は嘆息しつつも、少女の好きにさせるのだった。

 

 

 

 

 

 背後から立香に迫るアヴェンジャー。

 

 振り上げた手刀には魔力の炎が宿り、一個の刃となって斬りかからんとする。

 

 対して、立香はゆっくりと振り返る。

 

 しかし、

 

 襲い掛かるアヴェンジャーを見て尚、己に迫る事態に気付いた様子は無い。

 

 命を刈り取らんとする死神を前に、

 

 しかし立香は、不思議そうな顔を向ける。

 

 まるで、相手が自分を殺しにかかる事などありえない。とでも思っているかのようだ。

 

 だが、

 

 アヴェンジャーの手刀は、確実に立香に迫る。

 

 次の瞬間、

 

 2人の間に、小さな影が割って入った。

 

「んッ!!」

 

 振り上げる刃が、アヴェンジャーの手刀を弾く。

 

 同時に、横なぎに奔った一閃が、復讐者を切り裂かんと大気を両断する。

 

 対して、とっさに攻撃を諦め、後退するアヴェンジャー。

 

 その視界の中で、

 

 小さな暗殺者が、立香を守るように刀の切っ先をアヴェンジャーに向けていた。

 

 その姿に、立香は驚きの声を上げる。

 

「響ッ お前、どうしてッ!?」

「ん、立香、無事で何より」

 

 油断なく刀を構えながら、響は立香に頷きを返す。

 

 間一髪だった。

 

 メルセデスに導かれるまま上階を目指した響と美遊。

 

 そこで、怪物の痕跡を追いながら辿り着いた部屋では、まさに、アヴェンジャーが立香に襲い掛かる寸前の状況だったのだ。

 

 そこで、とっさに響が割って入る事で、アヴェンジャーの攻撃を防ぐことに成功したのだ。

 

 立香を守るようにして、アヴェンジャーを睨みつける響。

 

 そこへ、駆け寄ってくるメイド服姿の少女。

 

「立香さんッ!! 大丈夫ですかッ!?」

「美遊!? お前達も、ここに来てたのかッ!?」

 

 響に送れる形で駆けて来たメイド少女に驚きつつ、立香は目まぐるしい状況変化に困惑を隠せなかった

 

 そんな2人を守るように、響が慎重にアヴェンジャーとの距離を測る。

 

 対して、

 

 アヴェンジャーもまた、身構えながら少年と対峙した。

 

「ん、お前が、この世界を、作った?」

「ほう・・・・・・・・・・・・」

 

 響の物言いに、アヴェンジャーは目を細めながら笑みを浮かべた。

 

「成程、どこで聞いたかは知らんが、ある程度の事情は心得ているようだな」

「ん」

「如何にも、お前の言う通りだ。ついでに言えば俺を倒せば、この世界は消える。なぜなら、ここは聖杯によって形作られた世界。その聖杯を持っているのは俺だからな」

 

 聖杯。

 

 その存在に言及した以上、もはや確定と言っても良いだろう。

 

 それにしても、

 

「ん、それ、話して良いの?」

「何か、問題があるのか?」

 

 日々位の問いかけに対し、

 

 アヴェンジャーは事も無げに笑い声をあげた。

 

「まさかと思うがお前、勝つ心算なのか? この俺に?」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 明らかな侮りを見せるアヴェンジャーに対し、響は少しムッとした表情を見せる。

 

 そんな中、

 

「アヴェンジャー・・・・・・・何で、お前が・・・・・・」

 

 立香はアヴェンジャーを見ながら、信じられない面持ちで呟く。

 

 ここに来るまで協力し合った仲だ。アヴェンジャーは立香をよく守り、立香もまた、アヴェンジャーの為に魔力を供給し、指揮に専念してきた。

 

 短い間だったが、信頼関係は築けたと思っていた。

 

 だと言うのに、そのアヴェンジャーが裏切るとは。

 

 そんな、立香に対し、

 

 アヴェンジャーは一瞥を向けた後、僅かに顔を伏せ、表情を隠すように呟く。

 

「言ったはずだマスター。双方に利があるから協力する、と。脱獄を目指すお前に、俺は協力した。ならば、今度はこちらに協力してもらうまでの事」

 

 顔を上げるアヴェンジャー。

 

 その凶悪な双眸が、立香を睨んで射抜く。

 

「カルデアのマスター、藤丸立香ッ!! その命、この場にてもらい受けるぞッ!!」

 

 吹き上がる魔力の炎。

 

 その圧倒的な質量が、

 

 アヴェンジャーの本気を物語る。

 

 対して、

 

「ん、立香」

 

 この場にあって、唯一のカルデア所属サーヴァントである少年が、促すように振り返る。

 

 あどけない眼差しが、真っすぐに立香を見る。

 

 カルデア特殊班のリーダーは立香だ。

 

 その立香が戦えと言うなら、いつでも戦う覚悟だった。

 

「響・・・・・・・・・・・・」

 

 そうだ。

 

 リーダーであるならば、決断に迷う事は許されない。

 

 それは、立香自身がいつも、自分に言い聞かせている事。

 

 これまで関わってきた、多くの英霊達から学んできた、自分自身の中にある絶対のルールだった。

 

 ならば、

 

 この場にあっても、そのルールを実践するのみだった。

 

 ややあって、

 

 立香は苦渋を噛み下すように言った。

 

「頼む」

「ん」

 

 頷くと同時に、

 

 少年の身を、浅葱色の羽織が包む。

 

 「盟約の羽織」。

 

 温存していた宝具をここで使用し、勝負を掛ける気なのだ。

 

 対して、

 

「来るか。良いだろう」

 

 アヴェンジャーは更に、身の内より莫大な炎を吹き出し、響を睨みつける。

 

 切っ先を向ける響。

 

 迎え撃つアヴェンジャー。

 

 次の瞬間、

 

 両者、同時に仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬にして、両者の間合いがゼロとなる。

 

 仕掛けたのは、

 

 アヴェンジャーが先だった。

 

「クハハハハハハッ!!」

 

 甲高い笑いと共に、手掌より漆黒の閃光を放つアヴェンジャー。

 

 間断なく降り注ぐ閃光は、さながら漆黒の壁を形成するように、響の進路に立ち塞がる。

 

 対して、

 

 その一撃を一撃を、

 

 響は紙一重で回避しながら間合いを詰める。

 

「んッ!!」

 

 突き込まれる刃。

 

 しかし、切っ先の向かう先に、

 

 アヴェンジャーはいない。

 

「こっちだ」

 

 声がする頭上を振り仰ぐ響。

 

 そこには、

 

 両手に炎を抱えるようにして構えるアヴェンジャーがいる。

 

「フッ」

 

 炎を放つアヴェンジャー。

 

 対して、

 

 着弾の直前に、飛びのいて回避する響。

 

 黒色の炎は、床に当たると同時に炸裂し、四方へ炎を撒き散らす。

 

 炎が驟雨の如く降り注ぐ中、

 

 響は飛んで来る炎の軌跡を見極め、再度、距離を詰めに掛かる。

 

「んッ!!」

 

 間合いに入ると同時に、刀を横なぎに振るう響。

 

 だが、

 

 刃が届くと思った、

 

 寸前、

 

 アヴェンジャーは、響の視界の中から一瞬にして掻き消える。

 

「なッ!?」

 

 驚く響の背後で、

 

 踊る、魔力の炎。

 

「遅いな」

 

 嘲笑と共に、魔力の閃光を響の背中目がけて放つアヴェンジャー。

 

 対して、

 

「ま、だァッ!?」

 

 響は強引に空中で体勢を入れ替えると、飛んで来る魔力光を刀で弾く。

 

 構わず、次々と閃光を放つアヴェンジャー。

 

 その全てを、弾いて見せる響。

 

「ん、こんな物ッ」

 

 更に放たれた魔力の閃光を弾いた。

 

 次の瞬間、

 

「やるな、だが」

 

 低く囁かれる声。

 

 同時に、

 

 響の腹に、容赦なく蹴りが叩き込まれた。

 

「グッ!?」

 

 うめき声を上げながら、地面に叩きつけられる勢いで落下する響。

 

 しかし、どうにか落着直前で衝撃を殺し、着地に成功する響。

 

 対して、アヴェンジャーもまた、危なげなく地面に降り立つ。

 

 再び対峙する両者。

 

 しかし、

 

「ん・・・・・・強い」

 

 響は顎に伝い落ちる汗を拭いながら、再び刀を構える。

 

 予想以上だ。

 

 目の前のボロボロの外套を纏った男は、響の予想を遥かに超えた強さを発揮している。

 

 しかも、動きも素早く、宝具を使った響ですら、追いすがる事が出来ないでいる。

 

 事によるとあのギリシャの大英雄ヘラクレスですら、目の前の男は凌駕するかもしれない。

 

 対して、

 

「どうした、その程度か?」

 

 余裕すら感じさせるアヴェンジャーの声。

 

 実際、響の攻撃は復讐者に届いてすらいない。

 

 実力は明らかに、アヴェンジャーの方が上だった。

 

「ん、なら・・・・・・」

 

 もう1枚、カードを切る。

 

 この状況に対抗しうるカードを、響は己の手札の中から選び出す。

 

 魔術回路を起動。宝具に変質を促す。

 

 響の魔力に応え、「盟約の羽織」は地が黒に、段だらは深紅に染まる。

 

 髪は白に、目も赤に変化する。

 

 「盟約の羽織・影月」

 

 盟約の羽織の高速戦形態。

 

 同時に、響は更に魔力を流し込む。

 

「我が剣は狼の牙・・・・・・我が瞳は闇映す鏡・・・・・・されど心は誠と共に」

 

 囁かれる詠唱。

 

 次の瞬間、

 

 少年の身体を、魔力で構成された球体状の薄い膜が覆う。

 

「限定固有結界、『天狼ノ檻(てんろうのおり)』。展開完了」

 

 呟くと同時に、

 

 響は地を蹴った。

 

「クハッ」

 

 対抗するように、アヴェンジャーも笑い声を上げながら、真っ向から迎え撃つ。

 

 激突する両者。

 

 突き込まれる響の剣と、

 

 アヴェンジャーの手刀がぶつかり合う。

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に弾かれる。

 

「ぬッ!?」

 

 そこで初めて、アヴェンジャーが驚いたように、僅かに目を見開いた。

 

 後退しながら着地。

 

 眦を上げれば、響もまた体勢を立て直しているのが見える。

 

 ここまで、響の全ての攻撃を回避してきた自分が、まさか当てられるとは思っていなかったようだ。

 

 響は、更に畳みかける。

 

 瞬きする一瞬。

 

 響の姿は、アヴェンジャーの背後に出現する。

 

 限定固有結界を展開した事で、響の周囲のみ時間が加速した状態にある。

 

 その速度差が、アヴェンジャーの動きを凌駕していた。

 

 横なぎに振るわれる剣。

 

 対して、

 

 アヴェンジャーは辛うじて振り返ると、後退しながら、手刀で響の剣を弾く。

 

 同時に、魔力を集中させた閃光を連続して放つ。

 

 襲い来る、黒色の閃光。

 

「んッ」

 

 だが、響は着弾の直前にその全てを回避。

 

 瞬きした一瞬で、アヴェンジャーの懐へ飛び込む。

 

 振るわれる剣閃。

 

 一撃、

 

 二撃、

 

 三撃、

 

 四撃、

 

 五撃、

 

 斬線が縦横に奔り、銀の閃光は四方から復讐者へと殺到する。

 

 だが、

 

 その全てを弾くアヴェンジャー。

 

 刃はただの一撃たりとも、彼を捉える事は無い。

 

「クハハハッ 良いぞッ まだ速くなるかッ!!」

「んッ!!」

 

 互いに応酬を繰り返す、響とアヴェンジャー。

 

 その様子を、立香と美遊は離れた場所で見守っている。

 

 2人の視界の中で、2騎のサーヴァントが激突を繰り返している。

 

 とは言え、超高速で動き続ける響とアヴェンジャーを視界に捉えるのは不可能に近い。

 

 ほんの僅か、激突の瞬間に視界に映る程度だ。

 

「響の奴、やるな・・・・・・アヴェンジャーと互角に戦ってるぞ」

 

 感心したように、声を上げる立香。

 

 立香の目から見ても、響とアヴェンジャーの実力は完全に伯仲していると言っても良い。

 

 しかも、響にはまだ鬼剣と言う切り札を残している。

 

 勝てる。

 

 これなら、アヴェンジャーを倒せるはず。

 

 立香が、そう思ったのも無理はない。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・違う」

 

 傍らの少女から、否定の声が上がった。

 

「違うんです、立香さん」

「み、美遊? どうしたんだよ?」

 

 美遊は戦う響きを見守りながら告げる。

 

 その口調には、常にない焦りが含まれているように思えた。

 

「あの状態になった響はスピードに特化した戦い方をします。けど・・・・・・」

 

 美遊が言っている間にも、響とアヴェンジャーは激突を繰り返している。

 

 両者、未だに決定打は無い。

 

 一見すると確かに、互角の戦いを演じているようにも見える。

 

 だが、

 

「あの人は、今の響とも互角の戦い方をしている」

 

 それはつまり、

 

 アヴェンジャーもまた、切り札を隠し持っている事を意味している。

 

 このままじゃ、響は負ける。

 

 美遊の直感が、そう告げていた。

 

 果たして、

 

 互いに攻め手を欠き始めた響とアヴェンジャー。

 

 距離を取って睨み合う。

 

 このままでは埒が明かない。

 

 響は決断する。

 

 元より、「天狼ノ檻」の展開時間は3分が限度。長期戦には向かない。

 

 やるなら短期決戦に持ち込むしかないのだ。

 

 次の瞬間、

 

 響が仕掛けた。

 

「リミット・ブレイク!!」

 

 高まる魔力。

 

 同時に、少年を取り巻く時間の流れが加速する。

 

 駆ける響。

 

 その双眸が、真っすぐにアヴェンジャーを捉える。

 

 対して、

 

「来るか。ならば、受けて立とう」

 

 アヴェンジャーもまた、帽子の奥の双眸をギラリと輝かせる。

 

 同時に、高まる魔力が、炎となって迸る。

 

「我が征くは、恩讐の彼方」

 

 凄絶とも言える魔力が解き放たれる。

 

 地を蹴るアヴェンジャー。

 

 迫る響。

 

 両者の距離が、一気に縮まる。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

鬼剣(きけん)魔天狼(まてんろう)!!」

虎よ煌々と燃え盛れ(アンフェル・シャトー・ディフ)!!」

 

 

 

 

 

 炸裂する魔力。

 

 弾ける視界。

 

 見守っていた立香と美遊が、思わず目を覆うほどの閃光が周囲を一気に満たす。

 

 次の瞬間、

 

 衝撃が駆け抜ける。

 

 振り返る2人。

 

 その視界の先では、壁に叩きつけられて意識を失った響の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、

 

 復讐劇を進める中で、意外な出会いがあった。

 

 もっとも、伯爵からすれば、出会いではなく「再会」なのだが。

 

 立派な軍服に身を包み、フランス軍大尉の階級章を付けた、精悍な顔立ちの青年。

 

 それは、かつて伯爵が務めていた船会社の、船主の息子だった。

 

 船主は数年前に他界したが、その後、青年は会社を畳んで軍へ入隊。その優秀さから、着々と出世を遂げていたのだ。

 

 青年は、伯爵の事を覚えてはいなかった。

 

 当然だろう。伯爵が無実の罪で逮捕された時、青年はまだ、ほんの小さな子供だったのだから。

 

 しかし青年は、かつての父親同様、誠実で優しく、多くの人々から好かれており、伯爵ともすぐに意気投合した。

 

 そんな青年からある日、伯爵は相談を受ける。

 

 青年には、どうやら愛し合っている娘がいるのだとか。

 

 祝福する伯爵。

 

 だが、

 

 その相手の名を聞いた瞬間、伯爵はかつてない衝撃を受けた。

 

 青年と愛し合っている娘。

 

 それは、事もあろうに、伯爵の仇の1人、検事総長の娘だったのだ。

 

 笑えなかった。

 

 まったくもって、笑えない喜劇だった。

 

 寄りにもよって、恩人の息子と、仇の娘が愛し合っている、などと。

 

 だが、

 

 恩人の息子の頼みとあれば、無碍にも出来なかった。

 

 それに、話の内容もまた、伯爵にとって聊か無視できない物だった。

 

 どうやら娘は、命を狙われていると言う。それも、相手は義理の母親だとか。

 

 検事総長は一度目の妻と死別し、今の妻は後妻であり、娘は前妻との間にできた子供だった。因みに、後妻との間にも息子が1人いる。

 

 だが後妻は、検事総長の持つ莫大な財産を我が物にすべく前妻を毒殺、更にはその娘にも、少しずつ毒を盛って殺そうとしていたのだ。

 

 話を聞いて、伯爵は請け負った。娘は必ず助ける、と。

 

 だが、その誓いも虚しく、程なくして娘は死んだ。

 

 ショックのあまり、自殺しようとする青年。

 

 しかし間一髪、伯爵がそれを止める。

 

 青年は、伯爵を罵る。どうして、あの娘を救ってはくれなかったのか? あの娘を救えなかったあなたに、私の自殺を止める権利は無いはずだ。

 

 だが伯爵は、落ち着き払って告げる。

 

 いえ、私はこの世でただ1人、あなたに対して命令をする事が出来るのです。と。

 

 そして、伯爵は真実を明かした。

 

 自分がかつて、御父上の会社で船乗りをしていた事。

 

 そして、御父上の会社が危機の折、借金を帳消しにしてあげた事。

 

 話し終えた伯爵は、その上で青年に告げる。

 

 あと1か月、自殺を思いとどまってほしい。もし1か月待ってくれるなら、必ず魔法を見せて差し上げる、と。

 

 

 

 

 

 人間の感情は、大きく4つに分けられると言われている。

 

 すなわち「喜」「怒」「哀」「楽」の4つだ。

 

 その中で、もっとも激しく滾る感情があるとすれば、怒りを表す「怒」だろう。

 

 人は何かに怒りを覚える事によって、常にない感情を爆発させる。

 

 だが、

 

 怒りの感情とは得てして、激しく燃え盛るものだが、長続きはしない。

 

 激しく燃え盛り、やがて燃え尽きる。

 

 それが「怒り」と言う感情の本質である。

 

 だが、もし、

 

 もし、その怒りを、黒き焔を、その内に燃やし続ける事が出来る者がいたら?

 

 死して尚、怒りを抱き続ける者がいたとしたら?

 

 その人物こそ、あるいは最強の復讐者(アヴェンジャー)足り得るだろう。

 

 虎よ、煌々と燃え盛れ(アンフェル・シャトー・ディフ)

 

 この監獄塔に長い間閉じ込められ、、深い絶望と地獄を味わった果てに身に着けた鋼鉄の精神。

 

 そしてもう1人の「父」である司祭から教え、受け継いだ教え。

 

 それらを昇華した、アヴェンジャーの宝具だった。

 

 この宝具を使用した際、アヴェンジャーは常識を遥かに超えた超高速移動を可能にし、更に思考回路を高速化、疑似的な時間停止すら可能となる。

 

 圧倒的な実力と、人知を超えた精神力が合わさって、初めて実現可能な宝具である。

 

 さらに言えば、時間を加速する性質を持つ、響の「天狼ノ檻」とは、あまりにも相性が悪い相手と言わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 倒れた響。

 

 その姿は、ある意味、現実離れした光景として映り込む。

 

 響はこれまで、鬼剣を使って敗れた事は無い。

 

 鬼剣は響にとって切り札であり、大英雄すら凌駕しうる唯一の手段でもあった。

 

 故に鬼剣を使う際は「使えば必ず勝てる」と判断した時か、あるいは逆に「使わなければ確実に負ける」と考えた時のみだった。

 

 今回は後者に当たる訳だが。

 

 しかし、その響が敗れた。

 

 それは余りにも、現実離れした光景に映ったのだ。

 

「響ッ!!」

 

 慌てて駆け寄る美遊。

 

 追随するように、立香も駆け寄る。

 

「響ッ!! しっかりして、響!!」

 

 美遊が響を抱き起し、呼びかけるの反応は無い。少年はぐったりとしたまま目を閉じている。

 

 一方、

 

「ク、ハ・・・・・・・・・・・・」

 

 アヴェンジャーはくぐもった笑いを漏らすと、己の左肩に手をやる。

 

 僅かに零れる鮮血。

 

 あの瞬間、アヴェンジャーの宝具が完全に決まった一瞬。

 

 響の魔天狼もまた、彼に一太刀浴びせていたのだ。

 

 流石の執念と言うべきだろう。

 

 とは言え、アヴェンジャーからすれば、ほんの掠り傷に過ぎない。

 

 傷も程なく塞がる。

 

「さて」

 

 その視線が、立香達に向けられる。

 

 今度こそ、トドメを刺すつもりなのだ。

 

「クッ」

 

 立ち上がり、行く手を塞ぐように遮る立香。

 

 その背には、倒れた響と、少年を抱きしめる美遊の姿がある。

 

 足を止め、立香を見やるアヴェンジャー。

 

「立ちはだかる気か?」

「ああ・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねるアヴェンジャーに、立香は緊張交じりに応える。

 

「俺はこいつらのリーダーだからな。こんな時くらい、体張らないとな」

 

 声が震える。

 

 相手は、響すら全く寄せ付けなかったサーヴァント。

 

 立香を一瞬で屠る事すら不可能ではない。

 

 対して、

 

 アヴェンジャーは無言のまま腕を振り上げた。

 

 次の瞬間、

 

 その背後から、巨大な影が襲い掛かった。

 

「何ッ!?」

 

 とっさに振り返るアヴェンジャーの視界には、巨大な腕を振り翳した岩の巨人が迫る。

 

「ダセェェェェェェッ!! ダセェェェェェェッ!!」

 

 錯乱したような呻き声を上げて迫る巨人。

 

 その姿に、アヴェンジャーは舌打ちする。

 

「ヴィルフォールッ もう復活したのかッ 面倒な奴が!!」

 

 とっさに攻撃をキャンセルし、攻撃の手をヴィルフォールへと向ける。

 

 解き放たれる魔力の炎。

 

 たちまち、炎に包まれる岩の巨人。

 

 対して、ヴィルフォールもまた、アヴェンジャーに掴みかかるべく襲い掛かっている。

 

 一時的に、忙殺されるアヴェンジャー。

 

 立香達にとっては、命拾いした形だが、それも長くは続かないだろう。

 

 いずれアヴェンジャーがヴィルフォールを倒せば、矛先をこちらに向け直すはずだ。そうなれば終わりである。

 

 と、

 

「・・・・・・み、美遊・・・・・・りつ、か」

「響ッ!?」

 

 美遊の腕の中で、響が意識を取り戻したのだ。

 

 とは言え、アヴェンジャーの宝具をまともに食らった上に、固有結界の反動もある。少年の身は既に満身創痍であった。

 

 だがそれでも、

 

 尚も戦うべく、少年は立ち上がろうとする。

 

「立香・・・・・・あいつ、強い・・・・・・たぶん、まともにやったら、勝てない」

「・・・・・・ああ」

 

 頷く立香。

 

 響が敗れた以上、アヴェンジャーに対抗する方法は無いように思われる。

 

 だが、

 

「何か、方法があるの、響?」

「ん・・・・・・」

 

 問いかける美遊に、響は頷きを返す。

 

 見開かれる両目。

 

 その幼き双眸には、どこか決意を示すような光が宿っているのが判る。

 

「普通じゃ、できない・・・・・・・ん、けど」

 

 響は美遊を、そして立香を見ながら言う。

 

「2人が、いれば・・・・・・たぶん」

 

 そう言っている間に、アヴェンジャーの攻撃でヴィルフォールが苦悶の悲鳴を上げている。

 

 もう、あまり時間がなかった。

 

「判った、どうすれば良い?」

 

 立香は素早く決断すると、響を促した。

 

 

 

 

 

 こうして、改めて復讐劇に立ち返った伯爵。

 

 その矛先を、検事総長へと向ける。

 

 その日、検事総長はとある事件の裁判に出廷する事になっていた。

 

 その事件とは、あの銀行頭取を破滅させた、偽子爵の事件についてである。

 

 だが、家を出る直前、一通の手紙が検事総長の下へと届けられる。

 

 その手紙を一読した検事総長は、すぐに後妻を呼び出した。

 

 手紙には、後妻がした事、その全てが書かれていたのだ。

 

 後妻が毒物を使い、検事総長の前妻や娘を殺したことまで。

 

 狼狽する後妻に、検事総長は告げる。

 

 私はお前に死刑判決を下したくない。そんな事をすれば家名に傷が付くからな。だから、私が帰るまでに自殺しておけ。

 

 泣き崩れる後妻に冷たく言い放つと、検事総長は裁判所へと向かった。

 

 だが、裁判は思わぬ形で推移した。

 

 裁判が始まり、出生について尋ねられた偽子爵は、事もあろうに、自分は検事総長の息子、私生児だと答えたのだ。

 

 実は検事総長は、前妻と結婚するより前に、愛人関係にあった女を妊娠させ、子供を産ませた事があったのだ。

 

 しかし自身の経歴が傷つく事を恐れた検事総長は、生まれたばかりの赤ん坊を母親から取り上げ、そのまま生き埋めに殺してしまったのだ。

 

 偽子爵は、自分こそが、その赤ん坊であると主張し、証拠もある事を告げた。

 

 だが、証拠など必要なかった。

 

 なぜなら、その話が真実である事を、検事総長だけは知っていたからだ。そして、誰も知らないはずのその話を知っている以上、偽子爵の話もまた、真実であると認めざるを得なかった。

 

 思わぬ形で幕が引かれる裁判。

 

 そのまま検事総長は、自宅へと戻る。

 

 暴かれた、自らの過去。

 

 法の番人でありながら、自らが犯した罪深さに打ちのめされる。

 

 そこでふと、後妻の事を思い出す。

 

 自分は彼女に、何と酷い事をしてしまったのか。自分にあんな事を言う資格など無かったと言うのに。

 

 謝らなくては。

 

 謝って、またやり直そう。

 

 そう思って自宅の寝室に入った時、

 

 検事総長は、崩れ落ちた。

 

 ちょうどそこへ、来客が告げられる。

 

 相手は、伯爵だった。

 

 伯爵は検事総長に告げた。

 

 貴方は、私に対する負債を、全て完済されました、と。

 

 訳が分からず困惑する検事総長に、伯爵は告げる。

 

 自らの本当の名を。

 

 自分が、かつてあなたの手によって無実の罪を着せられ、シャトー・ディフの牢獄に送られた彼である、と。

 

 それを聞いて、

 

 検事総長は、力なく、乾いた笑い声を立てた。

 

 成程、君は立派だ。君は見事に復讐を果たした。さあ、君の復讐の結果を見るが良い。

 

 その言葉と共に、開けられるカーテン。

 

 その先にある光景に、

 

 思わず、伯爵も衝撃を受けた。

 

 引かれたカーテンの中にあるベッド。

 

 その上で、検事総長の後妻と息子が息絶えていたのだ。

 

 あの後、自らの罪を暴かれ、検事総長の愛も失った後妻は、息子と共に無理心中してしまったのだ。

 

 これは、伯爵にとっても、完全に誤算だった。

 

 復讐は伯爵にって悲願である。

 

 後妻が死ぬところまでは伯爵の計算の内だった。しかし、何の罪もない幼い子供まで巻き込むのは、彼の本意ではなかった。

 

 罪を暴かれ、自らの言葉で妻と息子を死に追いやってしまった検事総長は、ついには気が狂ってしまった。

 

 だが、

 

 復讐を果たした伯爵もまた、躊躇いの淵に立たされていた。

 

 本当に、自分は正しかったのか?

 

 無関係の者まで殺してまで、復讐を続けることは、本当に正しいのか?

 

 今、伯爵の中で初めて、迷いが生まれていた。

 

 

 

 

 

 轟音と共に、ヴィルフォールの身体が崩れ落ちる。

 

 岩の身体は崩れ落ち、暗き焔に包まれる。

 

「手こずらせてくれる」

 

 帽子の位置を直しながら吐き捨てるアヴェンジャー。

 

 いかに不意を突いたとはいえ、サーヴァントの敵ではなかったのだ。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 振り返るアヴェンジャー。

 

 だが、

 

 その視界に映った物は、

 

 令呪を翳し、真っすぐに自身を見据える藤丸立香の姿だった。

 

「藤丸立香が令呪をもって、アサシン、衛宮響(えみや ひびき)に命ずる!!」

 

 少年の双眸が、アヴェンジャーを真っ向から睨む。

 

 復讐者が巨人の相手をしている隙に、少年は響との間に仮契約を結んでいたのだ。

 

 契約が通り、パスが繋がった事で、立香の持つ令呪も使用可能になった。

 

「アヴェンジャーを倒せ!!」

 

 立香が言い放った直後。

 

 変化が起こった。

 

 沸き起こる、光。

 

 だが、その光は響ではなく、彼を支える美遊の身体から溢れ出していた。

 

 彼女は生まれながらにして、人の願いを叶える事が出来る生きた聖杯。

 

 その、美遊の中にある聖杯が、立香の令呪行使に反応して動き出したのだ。

 

 同時に、

 

 その光は、響を優しく包み込んだ。

 

 

 

 

 

 開ける視界。

 

 目を開ける少年。

 

「ん・・・・・・・・・・・・」

 

 周りには誰もいない。

 

 美遊も、立香も、アヴェンジャーも。

 

 それは当然だろう。

 

 なぜなら、

 

 ここは監獄塔ではなく、少年の・・・・・・・・・・・・

 

 目の前にある、扉に手を掛ける。

 

 やや躊躇うような手つきで、扉を開け、中に入る。

 

 そこは、比較的広い部屋だった。

 

 清潔、と言えば聞こえはいいが、余計な物が少ない事から考えて「無機質」と称した方が、近い物がある。

 

 だが、それらを感じさせないほどの光景が、壁一面に広がっている。

 

 見上げる天井は、あまりに高すぎて視認する事すらできない。

 

 その見果てぬ天井へ通じる一面の壁には、

 

 壁一面に本が埋め込むように、無数の本が収められているのだ。

 

 さながら図書館のようにも見えるが、仮に図書館だとしても、蔵書の量は半端な物ではない。

 

 およそ、人が一生かかっても読み切れないほどの書籍が、視界を埋めていた。

 

 その中央で、

 

「やあ、君がここに来るのも久しぶりだね」

 

 椅子に腰かけた少年が、顔を上げて響を見た。

 

 線の細い顔立ちをした少年だった。

 

 色白で、どこか儚げな雰囲気すらある。

 

 だがそれより何より、

 

 驚くべきは、その少年の顔が、響によく似ている事だろう。

 

 ちょうど、響がもう4~5歳、歳を重ねたら、目の前の少年と同じくらいになるのではないだろうか?

 

 少年は椅子から立ち上がると、歩み寄ってくる響に笑顔を向ける。

 

「ほんと、ここにいると、退屈しないで済むよ」

 

 言いながら、少年は壁一面の本棚にうずたかく収められた本の群れを見上げた。

 

「ここにある君の記録を見ているだけで、いくら時間があっても足りないくらいだよ。まあもっとも、それだけ君が英霊として召喚される確率が高い事を意味しているんだけど」

 

 捲し立てるように告げる少年。

 

 対して、

 

 響は無言のまま、一切、少年の言葉には応じようとはしない。

 

 とは言え、

 

 少年の言った通り、ここはただの図書館ではない。

 

 壁に埋め込まれるようにして置かれた無数の書籍は全て、ただの本ではない。

 

 これらは「衛宮響」と言う英霊が歩んで来た軌跡を綴った、言わば魂の記録とでも言うべき代物だった。

 

「まあ、それでも・・・・・・・・・・・・」

 

 少年が、響の方へ視線を向け直す。

 

「君がここに来たと言う事は、それだけやばい状況なんだろうけど」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響は無言のまま。

 

 ただ、その手を少年に向けて差し出す。

 

「ん、アレ、出せ」

 

 短く、要求のみを伝える響。

 

 対して、少年は嘆息する。

 

「やれやれ、相変わらずつれないね。久しぶりに来たんだから、少しくらい、おしゃべりに付き合ってくれても良いと思うけど?」

「良いから、出せ」

 

 一方的に告げる響に、少年はやれやれと肩を竦める。

 

 そして、

 

 差し出される手。

 

 その手には、

 

 一振りの日本刀が握られていた。

 

 漆塗りの鞘に納められた日本刀。

 

 響が普段使っている無銘の刀に比べて、若干、刀身が長いように見える。

 

 だが、

 

 どこか禍々しい印象のあるその刀は、鞘に収まった状態ですら、気配として伝わってくる。

 

「ん」

 

 手を伸ばし、刀を受け取ろうとする響。

 

 だが、

 

 何を思ったのか、少年は刀を掴んだまま放そうとしない。

 

 訝る響。

 

「・・・・・・何?」

「いや」

 

 少年は、どこか哀れむような瞳で響を見ながら言った。

 

「判っているよね。これを使えば使うほど、君は・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、口をつぐむ。

 

 その視線が、響の双眸を覗き込んだ。

 

 少年らしいあどけない瞳の奥に、確かに光る決意の眼差し。

 

 その瞳を見て、

 

 少年は嘆息しながら、手を放した。

 

 刀を受け取り、踵を返す響。

 

 もう、ここに用は無い。

 

 そう言いたげな、淡白な態度である。

 

 その響の背中に、

 

「そうだね・・・・・・僕たちは・・・・・・いや、君は、こんな所で立ち止まる事はできない」

 

 少年は静かに語り掛ける。

 

 扉から、外へと出て行く響。

 

「なぜなら」

 

 少年に対し、一顧だにすらしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朔月美遊(さかつき みゆ)と言う少女を守る為だけに、衛宮響(えみや ひびき)は英霊として存在を許されているのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、閉まる扉。

 

 少年はただ、黙ってその姿を見送った。

 

 

 

 

 

第5話「黒焔」      終わり

 



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第6話「深月」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は一時、遡る。

 

 突如として倒れ、意識を失った立香と美遊。

 

 その事で、カルデアは大混乱へと陥っていた。

 

 医務室のベッドで眠り続ける、立香と美遊。

 

 原因も分からず、手の打ちようもない。

 

 ただ、

 

 ダ・ヴィンチやロマニの調べで、何らかの魔術的介入により、2人の意識が戻らなくなっている事だけは間違いない様子だった。

 

 だが、判ったのはそこまで。

 

 それ以上はどうしようもない。

 

 いったい、誰の手により、どのような手段で2人の意識が飛ばされたのか、調べようがなかった。

 

 職員一同、絶望しかけた。

 

 その時だった。

 

「ん、何とかなる、かも?」

 

 小さな暗殺者が手を上げるとは、誰もが予想していなかった事である。

 

 一同の困惑の視線が集まる中、響はいつも通り、茫洋とした視線で佇んでいる。

 

 ややあって、彼のマスターが声を掛けた。

 

「何とかなるって、響、どうするのよ?」

「ん」

 

 尋ねる凛果に頷くと、響はベッドの上で眠る美遊に目をやる。

 

 その寝顔は、一見すると穏やかだ。

 

 だがもし、

 

 このまま少女が目覚めないとしたら?

 

 そんな事は許さない。

 

 何があろうと、絶対に。

 

 そして、

 

 響には判っていた。

 

 袋小路にも似た、この状況を打破できる者がいるとすれば、

 

 それは自分しかいない、と。

 

「・・・・・・・・・・・・美遊がいる。なら、大丈夫。行ける」

「どういう事、それ?」

 

 訳が分からず、尋ねたのは、少年の姉だった。

 

 クロエもまた、友人である美遊や、マスターである立香をを助けたいと思っている。

 

 だが現状、打つ手が無いのは彼女も同じ。

 

 そんな中で、意外過ぎる人物が手を上げた事に驚きを隠せないでいる様子だった。

 

 対して、

 

 響は顔を上げて告げる。

 

「美遊がいる所なら、どこでも行ける、から」

 

 元々、言葉少ない少年。それ程、多くの事は語ろうとはしない。

 

 だがそれでも、多少は説明しない事には誰も納得しない事は判ってるのだろう。

 

 たどたどしい口調ながら、自分の考えを話す少年暗殺者。

 

 その断片的な説明からすると、要するに、響は美遊と言う少女と、ある種の(えにし)によって結ばれている。だからこそ、美遊が関わってさえいれば、どこでもサーヴァントとして召喚する事が可能なのだと。

 

 それが「英霊:衛宮響」としての特性の一つ。

 

 つまり、衛宮響と言う英霊を召喚する大前提として、美遊と言う少女の存在が不可欠と言う事になる。

 

「逆に言えば、美遊さえいれば、行けない事も無い」

「成程」

 

 響の言葉から理解したように、ダ・ヴィンチが頷く。

 

「要するに響君が言いたいのは、召喚システムの逆定義、みたいなものかね」

「ん?」

 

 ダ・ヴィンチの言っている意味が分からず、逆に首を傾げる響。

 

 どうやら、お子様には少し、難しい言い回しだったらしい。

 

 察したように、ダ・ヴィンチも言い直す。

 

「つまり、美遊ちゃんを目印にして、響君が彼女のいるところまで飛ぶ、て事で良いのかな?」

「ん」

 

 今度は通じたらしい。

 

 聖杯戦争で英霊召喚を行うにはいくつか方法がある。

 

 最も代表的な例を挙げれば、特定の英霊にゆかりのある物を触媒として用意するパターンだ。

 

 その英霊が生前に愛用した物品を用意して召喚儀式に臨めば、目当ての英霊を引き当てる可能性も高まる(それでも100パーセントとはいかないが)と言う訳だ。

 

 だが、もし触媒を用意できなかった場合。

 

 その場合は、その人物の相性に合った人物、あるいは、何らかの縁ある人物が召喚される事もある。

 

 響は生前、美遊と縁があったと言う。

 

 それが故に、あの特異点Fで召喚されたのだと言う。

 

 故に、

 

 今度は逆に、美遊と言う存在を基点にすれば、彼女のいる場所を、響を送り出す事も不可能ではない。

 

 勿論、本来なら、縁があるとは言え、「送り出す」と言う行為はできない。

 

 召喚するのはあくまでマスターの側であり、英霊の方から行き先を指定する事は、よほどの例外が発生するか、埒外な程強力な英霊でも無い限りはできる事ではない。

 

 だが、幸いな事に、ここカルデアにはうってつけの装置がある。

 

 そう、レイシフトだ。

 

 美遊に引かれると言う響きの特性と、レイシフト。この2つをかけ合わせれば、美遊達がいる場所に、響を送り込む事は不可能ではないはずだ。

 

「なら、あたしも行く」

「わ、私も、行かせてくださいッ」

 

 クロエとマシュが、勢い込んで響に詰め寄る。

 

 立香や美遊の事を心配しての事だろう。

 

 だが、

 

「ん、ごめん、無理」

 

 響はにべも無く、首を横に振った。

 

「何でよ?」

「これ、1人用」

 

 このやり方で行けるのは、響1人だけ、と言う事だ。

 

 マシュやクロエには悪いが、連れて行く事はできない。

 

 こうして、全ては小さな暗殺者に託される事になった。

 

 そんな響に対し、

 

「響」

 

 凛果が声を掛ける。

 

「兄貴と、美遊ちゃんの事、お願いね」

 

 本音を言えば、凛果とて心配だろう。

 

 それは、彼女の握りしめられ、震えた拳を見ればわかる事。

 

 だがそれでも、

 

 信頼するサーヴァントに信じて託す。

 

 それもまた、マスターの資質と言えるだろう。

 

「ん、任せろ」

 

 マスターの言葉に、少年は静かに頷きを返す。

 

 響にも、凛果にも判っている。

 

 待ち受ける戦いが、いかにきつい物になるか、を。

 

 いかにサーヴァントと言えど、十全に能力を発揮するにはマスターの援護が不可欠になる。

 

 だが、今回の戦いでは、凛果が響を援護する事はできない。

 

 響にとって過酷な戦いになる事は疑いなかった。

 

「本当に、大丈夫なのよね響?」

 

 珍しく、クロエが心配した表情で声を掛けて来る。

 

 何しろ、前例の無い事態である。そのようなやり方で弟を送り出す事に、流石の彼女も抵抗があるようだった。

 

 対して、

 

「ん、問題、ない」

 

 響は真っ直ぐに姉を見据える。

 

 その迷いの無い眼差しに、

 

 思わずクロエも息を呑む。

 

「たとえ、百万光年彼方だったとしても・・・・・・」

 

 毅然とした声で、

 

 少年は言い放った。

 

「そこに美遊がいるなら飛んで見せる」

 

 

 

 

 

 劇的な変化。

 

 否、

 

 それは最早、「進化」と言っても良かったかもしれない。

 

 溢れ出た魔力が爆風となって、視界全てを覆いつくす。

 

 美遊も、立香も、突然の事で目を開けている事が出来ず、思わず視界を塞ぐ。

 

 さながら、小規模な嵐が突然、眼前に出現したような印象だ。

 

 ただ1人、

 

 アヴェンジャーだけは、その場に立って、真っ向から状況の変化を見守っている。

 

 やがて、

 

 嵐が晴れる。

 

 その中心に、

 

 立つ少年が1人。

 

 その姿は、一変していた。

 

 蒼のインナーに黒の短パンを穿き、その上からは羽織ではなく、漆黒のコートを羽織っている。

 

 顔の上半分は漆黒のバイザーによって隠され、視線を伺う事はできない。

 

 そして、

 

 両腰に一振りづく、計二振りの日本刀が差してある。

 

 和の装いが強かった普段の姿に対し、明らかに一線を画し、洋装の姿に変じていた。

 

「何だ・・・・・・、響の、あの姿は?」

「判りません。けど・・・・・・」

 

 茫然と呟く、立香と美遊。

 

 だが、

 

 響の全身からあふれ出る魔力。

 

 それは、常の少年からは考えられない姿だった。

 

 ゆっくりと、

 

 前に出る響。

 

 対して、

 

 アヴェンジャーもまた、

 

 待ち構えるようにして、正面から対峙する。

 

 バイザー越しに、アヴェンジャーと睨み合う響。

 

「・・・・・・フッ」

 

 対して、アヴェンジャーは笑みを刻み、響の視線を受け止める。

 

「先程までとは違う、とでも言いたげだな」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響は無言。

 

 ただ、

 

 左腰の刀へと手を伸ばす。

 

 涼やかな音と共に、刃が抜き放たれる。

 

 それに合わせるように、アヴェンジャーの両手も魔力の炎が纏われる。

 

「ん、行くぞッ」

 

 次の瞬間、

 

 響が仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、

 

 伯爵の姿は、パリではなく、別の場所にあった。

 

 そこは絶海の孤島。

 

 あの、絶望と狂気の監獄、シャトー・ディフだった。

 

 彼はまだ、迷っていた。

 

 自分は本当に正しいのか?

 

 無実の人間の命を奪ってまで、このまま復讐を続けるのは、正しい事なのか?

 

 その答が、伯爵は欲しかった。

 

 かつては脱出不可能だったシャトー・ディフは、今では監獄としての役割を終え、観光地となっていた。

 

 かつての監獄跡と言う事で、怖いもの見たさに訪れる者も多いと言う。

 

 中でも人気があるのが、とある独房。

 

 そこはかつて、脱獄不可能なシャトー・ディフから唯一、脱獄に成功した囚人の部屋だった。

 

 そう、かつて彼が、収監されていた部屋である。

 

 まさか案内人も、目の前にいる人物が、その脱獄囚本人だとは思いもよらなかった。

 

 かつて、絶望に苛まれながらも、もう1人の「父」である司祭と共に、希望をもって機会を待ち続けた場所。

 

 そこに、伯爵は再び戻って来たのだ。

 

 チップを渡すと、案内人はある紙を、土産として渡してくれた。

 

 それはかつて、司祭が書き残した一文。

 

 「主曰く、汝は竜の牙をも引き抜くべく、足元の獅子をも踏み躙るべし」

 

 そこには、そう書かれていた。

 

 お前は間違っていない。大望を成す為に躊躇うな。

 

 「父」に、そう言われた気がした。

 

 そうだ。

 

 全ては自分が決めて始めた事。既に留まる事などできはしない。

 

 ならば、最後までやり遂げるのみ。

 

 そして、全てが終わったら・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 一瞬にして、

 

 詰まる間合い。

 

 横なぎに振るわれる、銀の剣閃。

 

 対抗する、黒き炎が、刃を弾く。

 

「んッ」

 

 次の瞬間、

 

 少年の姿は、復讐者の頭上。

 

 両手で構えた刀の切っ先を、眼下にいるアヴェンジャーへと真っ直ぐに向けている。

 

 対の瞬間、

 

 空中で加速する少年。

 

 下向きに突き込まれる刃。

 

 致死の刃は断頭台の如く、復讐者を狙う。

 

 しかし、

 

 切っ先が向かう先には、既にアヴェンジャーの姿は無い。

 

 響の斬撃を回避し、アヴェンジャーは既に距離を取っている。

 

 一瞬にして、両者の間合いが引き離される。

 

「クハハハハハハッ!!」

 

 笑い声と共に、アヴェンジャーの手掌から放たれる魔力の閃光。

 

 響の命を刈り取るべく、次々と襲い来る。

 

 その軌跡を、

 

 響は正確に見極め、アヴェンジャーに迫る。

 

 間合いに入った瞬間。

 

 袈裟懸けに振るわれる一閃。

 

 しかし、

 

 刃は虚しく空を切る。

 

 アヴェンジャーは響の剣閃を見切り、僅かに後退して回避したのだ。

 

「フッ」

 

 少年の眼前に翳される掌。

 

 そこに宿る、黒き魔力。

 

 漆黒の焔が、地獄の様相を連想させる。

 

「そらッ」

 

 放たれる炎が、少年を焼き尽くす。

 

 と思った瞬間、

 

「んッ!!」

 

 一瞬にして少年の姿は、復讐者の背後へと回り込んでいた。

 

 その様に、

 

「何ッ!?」

 

 目を見開くと同時に、視線を巡らせるアヴェンジャー。

 

 刀を横なぎに振るう響。

 

 アヴェンジャーが手刀を一閃するのは同時。

 

 互いの一撃がぶつかり合い、激しく魔力が飛び取る。

 

 撒き散らされる衝撃。

 

 互いの視線が一瞬、至近距離でぶつかり合う。

 

「フッ」

「ッ」

 

 次の瞬間、

 

 互いに大きく後退する、響とアヴェンジャー。

 

 しかし、

 

 共に無傷。

 

 着地と同時に、

 

 アヴェンジャーは再び炎を噴き上げ、

 

 響は刀の切っ先を向ける。

 

「・・・・・・・・・・・・やるな」

 

 どこか、感心したようなアヴェンジャーの声。

 

 そこには、先程までの余裕は見られない。

 

 目の前にいる少年が、相当な実力の持ち主である事を認識した様子だ。

 

「その力、速さ、魔力、先程までとはまるで別人だ。今のお前なら、あるいは神話に名だたる大英雄ですら屠るかもな」

 

 称賛するアヴェンジャー。

 

 対して響は無言のまま、油断なく刀の切っ先を向け続ける。

 

「その力、もはや並のサーヴァントの枠に収まるまい。俺と同じエクストラクラス・・・・・いや、似ているが、僅かに違う・・・・・・さしずめ、別人格(アルターエゴ)、とでも言うべきか」

 

 言いながら、

 

 身構えるアヴェンジャー。

 

 高まる魔力。

 

 仕掛ける気なのだ。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 響はスッと目を細める。

 

 そして、

 

 左手を右腰へ、

 

 そこに納められた刀の柄を握る。

 

 抜き放たれる刃。

 

 それは、

 

 まるで闇を塗り固めたような、漆黒の刃を持つ日本刀だった。

 

「二刀流?」

「響・・・・・・」

 

 立香と美遊が固唾を飲んで見守る中、

 

 響はバイザー越しに、アヴェンジャーを睨む。

 

 対抗するように、アヴェンジャーも帽子の庇越しに響を見やる。

 

「良いだろう」

 

 次の瞬間、

 

「これで最後だ!!」

 

 両者は同時に地を蹴った。

 

 先制したのは、

 

 響だ。

 

 右手の刀を、袈裟懸けに繰り出す少年。

 

 対して、

 

 アヴェンジャーは魔力を込めた手刀で、響の剣を弾く。

 

 だが、

 

 アヴェンジャーが反撃に転じる前に、響が追撃を掛けた。

 

 左手の黒刀を横なぎに一閃、アヴェンジャーに斬り付ける。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしながら後退。アヴェンジャーは響の斬撃を回避する。

 

 だが、

 

 後退するアヴェンジャー。

 

 その頭上を、響は宙返りしながら飛び越えて着地。

 

 同時に、刃を交差するようにして構える。

 

「おのれッ」

 

 舌打ち交じりに、魔力を高めるアヴェンジャー。

 

 響が交差した剣を振り抜くのは、ほぼ同時。

 

 そこへ、アヴェンジャーが放った魔力の閃光が殺到する。

 

 響の斬撃はアヴェンジャーを捉える事叶わず、

 

 着弾と同時に炸裂する黒色の閃光が、響の姿を覆い隠す。

 

 一瞬、塞がれる視界。

 

 しかし

 

 次の瞬間、

 

 爆炎を衝いて、小柄な影が双剣を振り翳して飛び出す。

 

 上空に逃れるアヴェンジャーに、

 

 響が追いすがる。

 

「クッ!!」

 

 アヴェンジャーが放つ魔力の閃光。

 

 しかし、その全てを、響は空中を駆けながら回避。

 

 間合いに入ると同時に斬りかかる。

 

 襲い掛かる二本の刃。

 

 白刃を防げば、すかさず黒刀が襲い掛かる。

 

「しつこい、小僧だッ」

「んッ」

 

 振り払うアヴェンジャー。

 

 衝撃で互いに弾かれる両者。

 

 だが、

 

 共に、自身の背後の壁に「着地」。

 

 同時に魔力で脚力を強化。

 

 互いの視線が交錯した瞬間、

 

 同時に壁を蹴ってブースト。相手に襲い掛かる。

 

 閃光を放つアヴェンジャー。

 

 対して、

 

 響は二刀を水平に構えると、体のバネを最大限に活かし、自身を風車のように回転し斬りかかる。

 

 アヴェンジャーが放つ閃光。

 

 しかし、その全てが、響の剣に弾かれる。

 

 回転の勢いのまま、アヴェンジャーに斬りかかる響。

 

 間一髪、アヴェンジャーは後退して回避する。

 

 だが、

 

「「ッ!!」」

 

 互いに、そこで動きを止めない。

 

 響が刀を振り翳し、アヴェンジャーが魔力を帯びた手刀を繰り出す。

 

 正面から激突する、響とアヴェンジャー。

 

 沸き起こる、轟音と衝撃が、場の全てを満たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パリに帰った彼は、とある地下室へと足を向ける。

 

 そこには、元会計士の銀行頭取が監禁されていた。

 

 金を持って逃亡した頭取だったが、伯爵の配下の手によって、既に囚われていたのだ。

 

 意図的に食事を与えず、絶食させられた頭取。

 

 そこへ、食事が差し出される。

 

 ただし、一皿食べるだけで家一軒が建つ程の料金を請求された。

 

 金はある。孤児院に送る寄付金を横取りした金が、頭取の手元にあった。

 

 だが、この金は、自分が再起する為に奪った物。手放したくはない。

 

 だが、空腹は否応なく襲ってくる。

 

 食べなければ死ぬ。だが、食べる為には金を払わなければならない。

 

 どうする? 

 

 どうする?

 

 どうする?

 

 結局、

 

 頭取は、空腹に負けた。

 

 法外な金を払い、食事をする。

 

 だが、食欲を満たしても、時間が経てばまた腹は減る。その度に、金を支払った。

 

 そうして、ただ食べる為だけに、金は浪費されていく。

 

 やがて、その金も尽きる時が来た。

 

 最早、手元にははした金程度しか残っていない。

 

 もう、食べる事も出来ない。

 

 ついには、空腹で動けなくなる頭取。

 

 その脳裏に、ある光景が思い浮かべられる。

 

 それは、かつて自ら無実の罪に追いやった彼の父親の最後の姿。息子を想い、世を恨みながら餓死したその姿が、今の自分と重なって見えたのだ。

 

 いやだッ

 

 ああはなりたくないッ

 

 あんな死に方はしたくないッ

 

 最後の金を差し出して懇願する。

 

 この金をやる。だから、どうか殺さないでくれ。生かしておいてくれ。

 

 その懇願に、

 

 答えたのは伯爵だった。

 

 なぜ、伯爵がここにいるのか?

 

 困惑する頭取に、伯爵は冷笑と共に告げる。

 

 俺はかつて、お前の陰謀によって全てを失った男だ。父を、恋人を、青春を、全て奪われた。

 

 そして、

 

 今、お前を赦そうとしている男だ。

 

 それを聞いて、

 

 頭取は、全てを理解した。

 

 目の前の男が、かつて自らの薄汚い欲で破滅させた彼である事も。

 

 因果が、巡り巡って、今この場に現れた事も。

 

 伯爵は、踵を返す。

 

 そんな小銭はくれてやる。ついでに言えば、孤児院の金は、伯爵がちゃんと手を回して返しておいたから安心しろ。

 

 もはや、目の前の男に何の興味も無かった。

 

 その言葉を聞きながら、

 

 ショックから、髪を真っ白に染め、頭取はいつまでも放心しているのだった。

 

 

 

 

 

 吹きすさぶ爆風。

 

 監獄塔その物が吹き飛ぶかのような衝撃を撒き散らしながら、

 

 響とアヴェンジャー。

 

 2人は地へと降り立つ。

 

 睨み合う、両者。

 

 共に無傷。

 

 ダメージを負った様子は無い。

 

「思った以上に、やる」

「ん」

 

 互いに悟る。

 

 決定打に欠ける、この状況。

 

 打破するには、最大出力の攻撃を仕掛けるしかない、と。

 

 見守る、美遊と立香にも緊張が走る。

 

 次の瞬間、

 

「征け、恩讐の彼方へ!!」

 

 アヴェンジャーが仕掛ける。

 

 全身から吹き上がる魔力が、視界全てを呑み込んでいく。

 

 凝縮されて尚、圧倒的とも言える魔力。

 

 その全てを、アヴェンジャーは攻撃へ向ける。

 

 彼の脳裏で今、全てが停止して見える。

 

 疑似的に停止した時間の中、

 

 高速で駆け抜け、響へと迫る復讐者。

 

 駆け抜ける、魔力の閃光。

 

 

 

 

 

虎よ、煌々と燃え盛れ(アンフェル・シャトー・ディフ)!!」

 

 

 

 

 

 対して、

 

 響は刀を下げたまま立ち尽くす。

 

 上げられる眦。

 

 その視線が、

 

 真っ向からアヴェンジャーを射抜く。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界いっぱいに、無数の刃が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空中に浮かぶ刃。

 

 まるで墓標のように浮かぶそれらの剣は、アヴェンジャーを取り囲むように、切っ先を向ける。

 

 同時に、

 

 両手に構えた刀を構える響。

 

「多重次元、広域展開・・・・・・・・・・・・」

 

 駆ける響。

 

 疑似的に停止した時間の中、

 

 響は尚、高速で動いて見せる。

 

 交叉する剣閃。

 

 アヴェンジャーの放つ閃光をすり抜け迫る。

 

 同時に、

 

 空中に展開した刃が一斉に奔る。

 

 四方から迫る刃の群れ。

 

 同時に、

 

 正面から響が斬りかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼剣(きけん)千梵刀牢(せんぼんとうろう)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 無数の刃がアヴェンジャーを刺し貫き、

 

 響の剣閃が斬り裂いた。

 

 

 

 

 

第6話「深月」      終わり

 




水着沖田さんは言ってみれば「悲願」だから、ぜひとも欲しいところだけど、水着メルトも、正直捨てがたい。でも、予想では2人とも星4だろうし。

同時に狙えるタイミングは、果たしてあるかどうか。


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第7話「          」

タイトルの空白は誤字ではありません。

そこには死期が近づいた人には見えないと言う特殊な字で書かれております。

はい、嘘ですすいません(爆


 

 

 

 

 

 

 

 

 手にした本のページを、ゆっくりとめくる。

 

 そのページ、1つ1つに書かれた内容を噛み締め、己の中へと刻み込んでいく。

 

 これは、少年自身が己に課した義務。

 

 そして、

 

 贖い続けなけれならない罪に他ならなかった。

 

 やがて、

 

「・・・・・・・・・・・・成程ね」

 

 読み終わった本のページを閉じると、少年は本棚の端に納める。

 

 これで、この本棚にある記録が、また一つ増えた事になる。

 

「でも、これで君は、また・・・・・・・・・・・・」

 

 少年は、ここにはいない、もう1人の少年に想いを馳せる。

 

 衛宮響(えみや ひびき)

 

 少年とは、切っても切れない縁で結ばれた少年。

 

 そして、決して返す事の出来ないほどの恩義ある少年。

 

「それでも、君は迷わない。全ては、美遊を守る為、だから」

 

 見上げる先。

 

 堆く収められた本が、螺旋のように並んでいる。

 

 この1つ1つが、既に失われた物であり、そしてやがては失われていく物。

 

「言うまでも無く、代償の無い奇跡は存在しない」

 

 だからこそ、少年は誓った。

 

「僕だけは、君の事を忘れない。大切な妹の為に戦ってくれている君の事を。それが、僕が君にしてあげる事が出来る、たった一つの事だから」

 

 その呟きは、哀しみを込めた音となって、やがて消えて行くのだった。

 

 

 

 

 

 背後で、崩れ落ちる音がした。

 

 全身を切り裂かれ、アヴェンジャーが床に膝を突く。

 

 その音を聞きながら、

 

「ん・・・・・・・・・・・・」

 

 響は二振りの刀を、腰の鞘へと納めた。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!?」

 

 悲鳴を噛み殺しながら、響も床に膝を突いた。

 

 その小さな体には、ところどころ焦げた跡が見られる。

 

 先の激突。

 

 響の勝利が紙一重だった事は、少年の負ったダメージを見れば一目瞭然だった。

 

 響の鬼剣は確かにアヴェンジャーを切り裂いたが、アヴェンジャーの攻撃もまた響を霞めていた。

 

 最後の切り札を切って尚、紙一重。

 

 響の勝利は全くの偶然。コンマ以下のタイミングで、アヴェンジャーよりも先に響の攻撃が極まった為、辛くも掴んだ勝利だった。

 

 あと半瞬、タイミングがずれていたら、一敗地にまみれていたのは響だった。

 

 改めて、アヴェンジャーの恐ろしさが感じられる。

 

 前のめりに倒れそうになる響。

 

 その体を、

 

 横から伸びた細い腕が支える。

 

「響」

「ん、美遊?」

 

 驚く響に、美遊が笑いかける。

 

「お疲れ様」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 ダメージに軋む体。

 

 だが、

 

 少女の笑顔を見るだけで、その疲れが癒されるかのようだった。

 

 その時、

 

 ザッ

 

 背後から聞こえた足音に、美遊に支えられながら振り返る響。

 

 対して、

 

 アヴェンジャーは既にボロボロになった足に力を入れて立ち上がると、響の方へと向き直った。

 

「まさか、俺の宝具を持ってしても止められないとはな。いったい、いかなる業を積めば、それだけの力を操れると言うのか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響の放った鬼剣は、アヴェンジャーが繰り出した疑似時間停止すら凌駕した。その事実が、アヴェンジャーにとっては驚愕にも値する事態だったのだ。

 

 尋ねるアヴェンジャーに対して、響は無言。

 

 バイザーの奥の瞳は、何もしゃべる事無くアヴェンジャーを見つめ続ける。

 

 何もしゃべる気は無い。とでも、言っているかのようだ。

 

 少年と睨み合うアヴェンジャー。

 

 その視線がふと、傍らに立つ美遊を見る。

 

「・・・・・・え?」

 

 復讐者の視線に戸惑う美遊。

 

 そこで、

 

「成程な」

 

 何かを悟ったように、嘆息するアヴェンジャー。

 

 人はそれぞれ、己の信じるものの為に戦っている。

 

 目の前の少年も、何か譲れない物を、その小さな背に背負っているのだ。

 

 ともあれ敗れた以上、敗者の義務を果たさなくてはならなかった。

 

「受け取れ、マスター」

「え?」

 

 アヴェンジャーはそう言うと、立ち尽くしている立香に向かって光を投げ渡す。

 

 広げた立香の手にすっぽりと収まったその光は、やがて寄り集まって一つの器を形成する。

 

 素人同然の立香でもわかる、膨大な量の魔力。

 

「これは、聖杯ッ!?」

 

 顔を上げて尋ねる立香。

 

 確かに、聖杯はアヴェンジャー自身が持っていると言っていた。

 

 だが、ここで渡してくるとは、思ってもみなかったのだ。

 

 対してアヴェンジャーは、ニヤリと笑みを見せる。

 

「元より、俺には不要の代物だ。お前なら、良い活用法を見つけられるだろうさ」

 

 アヴェンジャーは倒れ、聖杯も手に入った。

 

 間もなく、この監獄塔は崩壊を始める事だろう。

 

「アヴェンジャー・・・・・・」

「聊か、俺の描いたシナリオとは異なるが、それも致し方あるまい。あとはお前に任せるとしよう」

 

 どこか納得するように言って肩を竦める。

 

 そして、

 

 どこか、遠い目をする。

 

「・・・・・・・・・・・・所詮は、敗北者の愚かな夢でしかなかったがな」

「アヴェンジャー?」

 

 その背中に、どこか言いようのない寂寥感を感じ、声を掛けようとする立香。

 

 だが、

 

 少年の動きは、背後から聞こえて来た控えめな足音によって遮られた。

 

 振り返る一同。

 

 そこで、

 

「「あ」」

 

 チビッ子2人が声を上げる中、儚げな雰囲気の美しい女性が、よろけるように部屋に入ってくるのが見えた。

 

「メルセデスさん、無事だったんですかッ!?」

「ん、良かった」

 

 駆け寄る、美遊と響。

 

 地下で自分たちが逃げるのに手を貸してくれた女性。

 

 あの後、フェルナンに襲われたであろう彼女がどうなったか気になっていたのだが、その無事な姿に2人は歓喜する。

 

 対して、どうやらここまで苦労してたどり着いたらしいメルセデスも、2人の姿を見てホッと息をつく。

 

「良かった、お二人とも、ご無事でしたか」

「はい、メルセデスさんのおかげです」

「ん」

 

 駆け寄ってきた2人に笑顔を向けるメルセデス。

 

 次いで、視線を、2人の後ろに立つ立香に向けた。

 

「あなたが、お二人のお友達の方ですね。お話は伺っています。ご無事で何よりでした」

「いや、どっちかって言えば、俺が2人に助けられちゃったし」

 

 そう言って苦笑する立香。

 

 そんな彼の袖を、響がクイクイッと引っ張る。

 

「ん、そんな事、無い」

「響?」

「立香が、いたから、勝てた」

 

 実際、その通りだった。

 

 今の響の姿。

 

 この姿になる為には、響の単独では不可能だった。

 

 使うには、それこそ聖杯級の奇跡が必要となる。

 

 普通なら不可能な事だっただろう。

 

 だが、ここには美遊が居た。

 

 生まれながらにして聖杯である美遊。彼女がいれば、聖杯と同等の力を使う音ができる。

 

 だが、問題はまだある。

 

 美遊は、己の中にある聖杯の力を、自在に扱えるわけではない。現状では、聖杯の力を行使する為には、長く複雑な儀式が必要となる。

 

 その問題をクリアしたのが、立香の令呪だった。

 

 令呪とは、あらゆる問題に対し、行程を飛ばして結果を求める事が出来る。

 

 立香の令呪が美遊の中にある聖杯を動かし、その聖杯の力が、響の中にある潜在能力を引き出した。

 

 言わばこれは、3人が協力した結果の勝利だった。

 

「良かった。本当に・・・・・・」

 

 我が事のように、涙ぐむメルセデス。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界一面に、鮮血が飛び散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、伯爵が生涯を賭けた復讐劇は幕を閉じた。

 

 復讐対象者の1人は死に、1人は狂い、残る1人も生ける屍と化した。

 

 かつて自分を陥れた3人全員が、破滅へと転がり落ちたのだ。

 

 まさに、伯爵が望んだとおりになったのである。

 

 そして、

 

 伯爵には最後にもう一つ、やらなくてはならない事があった。

 

 約束の1か月。

 

 伯爵は青年を呼び出した。

 

 青年は、もはや伯爵を糾弾するような事はしなかった。

 

 ただ、約束通り、死ぬ事だけを望む。

 

 対して、伯爵は叛意を促す。

 

 自分の持つ莫大な財産。その全てを譲っても良い。思いとどまる気は無いか、と。

 

 だが、青年は力なく首を振る。

 

 そんなお金はいらない。ただ、あの娘が共にあってくれればよかったのだ、と。

 

 嘆息する伯爵。

 

 青年を反意させる事は、不可能である事を悟ったのだ。

 

 伯爵が差し出した毒薬を煽る青年。

 

 急速に、遠のく意識。

 

 その意識が途切れる直前、

 

 愛しい娘の幻影が見れた事が、せめてもの救いだった。

 

 

 

 

 

「何、が・・・・・・・・・・・・」

 

 突然の出来事に、茫然とする立香。

 

 目の前で起こった光景が、全く信じられなかった。

 

 それ程までに、自分の身に起きた事が信じられなかった。

 

 立香の目の前に、

 

 立ちはだかる男。

 

 アヴェンジャー。

 

 その、

 

 アヴェンジャーの胸を、

 

 メルセデスの手刀が貫いていた。

 

「あら、しぶといですわね。死にぞこないのくせに」

「嗤わせるな・・・・・・ネズミ風情が」

 

 吐き捨てるような口調で告げるメルセデスに、苦し気な口調で返すアヴェンジャー。

 

 響と美遊に至っては、状況が全く見えないまま困惑している。

 

 そんな中、メルセデスはアヴェンジャーの胸から手刀を引き抜く。

 

 崩れ落ちるアヴェンジャー。

 

 だが、

 

 追撃を仕掛けようとするメルセデスに、

 

 アヴェンジャーは魔力を振り絞るようにして黒焔を生み出し投げつける。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしながら、とっさに飛びのくメルセデス。

 

 だが、

 

 炎が僅かにかすり、美女を燃え上がらせる。

 

 一瞬にして燃やし尽くす炎。

 

 その下から、

 

 現れる、別の姿。

 

 赤いドレス姿に、顔は上半分を覆う仮面で隠した妖艶な女性。

 

 見覚えのある姿に、立香、美遊、響は驚愕する。

 

「お前はッ あの時のッ!!」

 

 声を上げる立香。

 

 忘れもしない。

 

 それは、ロンドンで戦った、あのアサシンだった。

 

「俺の前でその名(メルセデス)を名乗るか、愚か者めッ」

 

 吐き捨てるアヴェンジャー。

 

 既に立っている事すら辛いらしく、その場に倒れようとする。

 

 だが、

 

 横から伸びた手が、崩れ落ちようとするアヴェンジャーを支える。

 

「しっかりしろ」

「マスター・・・・・・お前」

 

 意外そうな顔で立香を見るアヴェンジャー。

 

 自分を裏切り、殺そうとした男を助ける少年。

 

 その姿が、アヴェンジャーには理解できなかった。

 

 だが、息つく暇も無く、状況は動く。

 

「聖杯をよこしなさいッ!!」

 

 鞭を振り翳し、迫るアサシン。

 

 だが、

 

「んッ!!」

 

 我に返った響が、駆けながら抜刀。アサシンに横合いから斬りかかる。

 

 一閃される白刃。

 

 その一撃を、鞭で防ぐアサシン。

 

 変幻自在な鞭の動き。

 

 その先端が、少年暗殺者を捉える。

 

 と思った。

 

 次の瞬間、

 

 少年の姿は、視界から消失する。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちする仮面のアサシン。

 

 先にアヴェンジャーとの激突でダメージを負った響だが、それでも尚、高い機動力と戦闘力を維持してアサシンと対峙する。

 

 間合いの外にて、刀の切っ先を構える響。

 

 対して、アサシンは鞭を振り翳す。

 

「遅いわよッ!!」

 

 しなる鞭が、長く奔って響を狙う。

 

 大気を切り裂く、軌道無視の一閃。

 

 しかし、その先端が届く直前。

 

 響はその軌跡を見切り、

 

 僅かに後退して回避する。

 

「なッ!?」

 

 驚くアサシン。

 

 鞭はその特性上。最大限の威力を発揮するためには、振るう前に一度、手元に引き寄せる必要がある。その為、剣や槍に比べて、どうしても連続攻撃を行うには向かない。

 

 そして今、

 

 アサシンの鞭は伸び切った状態にある。

 

 これを一旦引き戻さなければ、彼女は再攻撃に移る事はできない。

 

 その隙を、

 

 響は見逃さない。

 

 床を蹴り加速する少年。

 

 3歩踏み込むごとに、切っ先は獰猛な獣の牙と化す。

 

「餓狼・・・・・・一閃!!」

 

 解き放たれる牙が、アサシンの胸に喰らい付く。

 

 刃はアサシンの胸を刺し貫き、悲鳴を上げる間もなく食いちぎる。

 

 その様子を見て、響は刀を鞘に納める。

 

 だが、

 

「倒したの?」

「ん。けど、手応え、無かった」

 

 響は刀を修めながら嘆息する。

 

 どうやら取り逃がしたらしい。

 

 逃げ足だけは早いらしい。

 

 だが、この場にあって撃退できたことは間違いなかった。

 

 と、

 

「終わったな」

 

 アヴェンジャーの口から、脱力したような声が漏れ出た。

 

 既に立っているのも辛いらしく、立香に支えられたまま座り込んでいる復讐者。

 

 先の響との戦いで致命傷を受けている、間もなく、消滅が始まる事だろう。

 

 彼が消滅すれば、この監獄塔も崩壊する事になる。

 

「なあ、アヴェンジャー」

 

 そんな中、

 

 立香は脱獄の「共犯者」に対し、語り掛ける。

 

「もしかして君は、俺を殺す気なんて、初めからなかったんじゃないか?」

 

 それは、立香の中で微かにあった疑問。

 

 思えば、アヴェンジャーの行動は矛盾に満ちていた。

 

 殺すと言いながら、その実、自分をここまで導き、更にはアサシンの手からは身を挺してまで守ってくれた。

 

 その事から、アヴェンジャーが、自分を殺す気など初めからなかったのではないか、と立香は考えたのだ。

 

 対して、

 

「少し、違うな」

 

 立香に支えられながら、アヴェンジャーは答えた。

 

「俺は試したかったんだ。自分が果たして、かつて俺を救ってくれたファリア神父のように、誰かを教え導く立場になれるかどうか、と言う事を」

 

 生前、終わりなき辛苦の果てに復讐を果たしたアヴェンジャー。

 

 だが、その心は、常にどこか満たされる事は無かった。

 

 復讐を果たしたとはいえ、結局は自分の思い描いた通りに成す事が出来ず、勝利を味わう事も出来なかった。

 

 それが、英霊となってもアヴェンジャーの心に刺さり続けていたのだ。

 

 そんな折だった。

 

 「魔術王」を名乗る者が接触してきたのは。

 

 魔術王はアヴェンジャーに聖杯を与え、カルデアのマスター抹殺を依頼したのだ。

 

 だが、

 

「一目でわかった。俺と、魔術王()は相いれない、とな」

 

 そこで、アヴェンジャーは考えた。

 

 もし、カルデアのマスターが取るに足らぬ男なら、殺して、この監獄塔に永遠に閉じ込めてしまおう。

 

 だがもし、自分の用意した運命を突破したなら。

 

 その時は・・・・・・・・・・・・

 

 その為に、あらゆる手を尽くした。

 

 捉えた、かつての復讐対象の魂を魔獣の中に押し込め、その上で監獄塔の特性を活かして永遠の責め苦を与え続けた。

 

 同時に、魔術王からの刺客としてやってきたアサシンも返り討ちにした。

 

 フッと、アヴェンジャーは自嘲気味に笑う。

 

「だが結局・・・・・・俺は勝者にはなれなかったらしい。しょせんは、蝙蝠を決め込んだ男の哀れな末路だ」

 

 そう言って嘆息したアヴェンジャー。

 

 その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな事ありませんッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、声を上げた少女に、一同は驚いた視線を向ける。

 

 驚くのも無理はない。

 

 その少女の普段の言動から考えれば、あり得ざる光景だったのだ。

 

「み、美遊?」

 

 一番驚いている響が唖然とした声を上げる。

 

 そんな響に、クスッと笑いかける美遊。

 

 どこか大人びた印象のある笑い。

 

 これも、美遊らしからぬ行動だ。

 

 美遊はアヴェンジャーに向き直ると、真っすぐに彼を見据えた。

 

「お前は、いったい・・・・・・」

「この子には、無理を言って、一時的に体を貸してもらいました。こうでもしないと、あなたと話をする事もできませんでしたので」

 

 戸惑うアヴェンジャーに、美遊は続ける。

 

「伯爵、あなたはもうお忘れですか? 貴方が私を救ってくれた事を。あなたがいてくれたからこそ、私は救われる事が出来たのですから。だから、あなたが誰も導かなかったなんて嘘です!!」

 

 捲し立てるように告げる美遊。

 

 だが、

 

 その表情に、

 

 アヴェンジャーは、ある人物が重なるのが判った。

 

「お前・・・・・・・・・・・・まさか、エデ、なのか?」

 

 戸惑うように問いかけるアヴェンジャー。

 

 その問いに答えず、

 

 美遊はただ、アヴェンジャーの胸へと飛び込む。

 

「もう、これ以上、ご自分を責め続けるのはやめてください。あなたがどれだけ、優しい方であるかは、私が一番よく知っています」

「エデ・・・・・・しかし、俺は」

 

 少女の言葉を受け入れられず、言葉を詰まらせるアヴェンジャー。

 

 そんな彼を、少女は真っ直ぐに見つめる。

 

「この上、どうしても、ご自分を許せないとおっしゃるなら・・・・・・」

 

 言いながら、

 

 少女の瞳は、立香の方を見た。

 

「どうか、この方たちの力になってあげてください」

「エデ・・・・・・」

「あなたなら、できる筈です・・・・・・かつて、わたしを救ってくれた、あなたなら・・・・・・」

 

 その言葉を最後に、少女の意識が薄れて行く。

 

 崩れ落ちる美遊。

 

 その体を、立香へと預ける。

 

「・・・・・・俺が、お前を救った・・・・・・か」

 

 少女の寝顔を見詰め、嘆息する。

 

「違うだろ。俺を救ってくれたのは、お前だろうが」

 

 かつて、復讐を果たして擦り切れた自分。

 

 全ての目的を果たし、死を選ぼうとしていた自分を救ってくれた少女。

 

 その少女が、再び戻ってきて、自分を導いてくれた。

 

 ならば、

 

 自分は、彼女の願いを叶えてやらねばならない。

 

「世話になったな、マスター。この借りは、いずれ返す。その時まで死ぬなよ」

「アヴェンジャー・・・・・・」

 

 背を向けるアヴェンジャーに声を掛ける立香。

 

「また、会えるよな?」

「・・・・・・ああ、そうだな」

 

 振り返るアヴェンジャー。

 

 口元には、不敵な笑みを浮かべて告げる。

 

「ならばお前にも、この言葉を贈ろう」

 

 

 

 

 

 崩れ落ちた青年。

 

 その体を、娘は優しく抱き留める。

 

 娘は生きていたのだ。

 

 あの時、義母に殺されそうになった娘に、伯爵は独自に調合した薬を渡し飲ませた。それは、飲めば急速に意識を失い仮死状態となるが、暫くすると目を覚ます薬だった。

 

 あの時、彼女に薬を飲ませて仮死状態にする事で全ての目を欺いたのだ。

 

 青年に飲ませたのも、同じ薬だった。

 

 娘の世話は、奴隷少女に頼んでおいた。

 

 お陰で、今や2人はすっかり、仲の良い姉妹のようになっていた。

 

 伯爵は娘に懇願する。

 

 どうか、少女をあなたの本当の妹として引き取り、共に暮らしてもらえないか、と。

 

 だが、

 

 娘が答えるよりも先に、少女がそれを否定する。

 

 貴方無しで、これから生きていけと言うのですか? そんな事で、私が生きて行けると、本当に思っているのですか?

 

 糾弾する少女に、伯爵は困惑しながらも説得を試みる。

 

 君はまだ若い。私の事など忘れて幸せになるんだ、と。

 

 だが、少女は引き下がらなかった。

 

 貴方無しで生きて行くなんて考えられない。そんな事をするくらいなら、私は自ら命を絶つ、と。

 

 その言葉に、茫然とする伯爵。

 

 悪魔に魅入られ、自ら悪魔となった自分。

 

 多くの人々を不幸にし、幾人もの人々の命を奪った自分。

 

 その自分に対し、

 

 「人」に戻れ、と、神が言ったような気がしたのだ。

 

 口づけを交わす、伯爵と少女。

 

 その運命を受け入れる。

 

 少女と共に生きて行く。

 

 それは本当に、長い長い絶望が終わり、彼が幸せになった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 青年は目を覚ました。

 

 生きている事への驚き。

 

 そして、目の前にいる、愛する娘。

 

 その幸せを噛み締め、共に抱き合う。

 

 全てが伯爵の計画だった事を知り、彼は感謝する。

 

 その青年に、伯爵から手紙が届けられる。

 

 そこには、娘の祖父が、2人の結婚を心待ちにしている事。自身の財産の一部を、祝儀として2人に送る事。その代わりと言っては何だが、検事総長が持つ財産を、孤児院に寄付してほしい事が書かれていた。大きな不幸を知った人間だけが、より大きな幸福を得る事が出来る。2人の幸せを心から願っている。と、書かれていた。

 

 礼を言いたかったが、その時には既に、伯爵は少女を伴い、船で旅立った後だった。

 

 だが、

 

 手紙の最後には、こう書かれていた・・・・・・

 

 

 

 

 

 光が、瞼に差し込む。

 

 眩しそうに、少しずつ目を開けると、そこがカルデアの医務室である事が判った。

 

「先輩ッ 目が覚めたんですねッ」

 

 飛び込んで来たのは、大切な後輩の顔。

 

 目に涙を浮かべたマシュが、立香の手を取って、そのぬくもりを確かめていた。

 

「先輩の目が覚めなかったときは、わたし、本当にどうしたら良いか分からなくて・・・・・・」

「ごめん、マシュ。心配をかけた」

 

 泣き止まない後輩を安心させるように、そっと頭を撫でる。

 

「響と、美遊は?」

「はい。お二人ともご無事です。今はドクターとダ・ヴィンチちゃんの診察を受けています。先輩の目覚めが一番最後でした」

 

 その言葉に、安堵する立香。

 

 これで、自分だけ目覚めていたりしたら、後味が悪いどころの騒ぎではなかった。

 

「待っていてください。今、凛果先輩とクロエさんにも伝えてきます」

 

 そう言って、医務室を出て行くマシュを見送る立香。

 

 その脳裏では、あの監獄塔で出会った男の事が思い浮かべられていた。

 

 その正体について、既に立香の中でも確信が出来ていた。

 

 彼は、かつて無実の罪で投獄され、この世のあらゆる絶望を呑み込んだ者。

 

 凄惨な復讐劇の果てに、希望へと立ち返った者。

 

 アヴェンジャー。

 

 モンテクリスト伯。

 

 またの名を、

 

 巌窟王エドモン・ダンテス。

 

 だが、

 

 恐らく、彼との縁は、これで終わりではない。

 

 その核心が、立香にはあった。

 

 彼は最後に、こう言った・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て、しかして希望せよ」      

 

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

罪過無間監獄シャトー・ディフ      終了

 




衛宮響(えみや ひびき) 深月(しんげつ)

【性別】男
【クラス】アルターエゴ
【属性】中立・中庸
【隠し属性】人
【身長】131センチ
【体重】32キロ
【天敵】??????

【ステータス】
筋力:B 耐久:D 敏捷:A+ 魔力:C 幸運:D 宝具:C

【コマンド】:AAQBB

【保有スキル】
〇新月
《宝具威力アップ(1ターン)、自身に回避状態付与(2回、1ターン)、スター多量獲得》

〇深淵
《自身のクイック性能大幅アップ(3ターン) NP獲得(30%)》

〇多重次元広域展開
《自身のスター集中アップ(3ターン)、自身のクリティカル威力アップ(3ターン)、攻撃力アップ(3ターン)》

【クラス別スキル】
〇対魔力
自身の弱体耐性アップ。

〇単独行動
自身のクリティカル威力をアップ。

【鬼剣】
 千梵刀牢(せんぼんとうろう)
《敵単体に超強力な攻撃・および攻撃力、防御力大ダウン(3ターン)》
??????


【宝具】
 盟約の羽織・深月
《自身の攻撃力アップ、宝具威力アップ、クリティカル威力アップ、スター発生率アップ(5ターン) アルターエゴへのクラスチェンジ》
 ??????

【備考】
 衛宮響の「最強形態」。宝具は「羽織」と銘打ってあるが、実際には洋装のロングコートに近い。本来、響単独の力で発動は不可能だったが、今回は藤丸立香の令呪と、朔月美遊の聖杯を併用する事で実現した。その姿はどこか、彼の騎士王に似ている部分もある、が。



水着沖田さんの真打は、第2再臨だと思っています。

はい、と言う訳で、今回の水着ガチャ。
本命は沖田さん。次がメルト狙い。
で、実際の戦果。

沖田さん×4
メルト×1

まず、120%満足できる結果だった。

おかしいのはここから。

青王×1
エルキ×1
婦長×1

で、

水着獅子王×0

何でさー

いや、別に獅子王はいらないから良いんだけど、これ、水着ガチャだよね? 何で水着星5が1騎も来ないで、他の星5が3騎も来るのか。せめて、沖田さんとメルト、もう1騎ずつ欲しかった。

それはそうと、プリヤ11巻、またも発売延期と言う事で、これは本気で、今後の執筆計画を見直す必要があるかな、と思っています。
あと、ひろやま先生に何かあったのでは、と少し心配しています。


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第5章 北米神話大戦「イ・プルー・リバスウナム」
第1話「深紅の天使」


第1部後半戦開始です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは、殆ど一方的な様相を見せていた。

 

 荒野に見渡す限りの死体、死体、また死体。

 

 その数たるや、100や200では効かぬ事だろう。

 

 そして、

 

 慄然たる事実。

 

 その全てを、ただ1人の男が現出せしめたなどと、誰が想像が及ぶ事だろう?

 

「貴様・・・・・・・・・・・・」

 

 叫ぶ少年。

 

 その眼差しに、炎の如き怒りが込められている。

 

 燃えるような赤い髪を持つ、端正な顔立ちの少年。

 

 叙事詩で語られる主人公に相応しい、凛とした出で立ちだ。

 

「なぜこのような、無意味な殺戮をするッ!? 貴様の武は、何かに授かった物ではないッ 途方もない修練によって得た物だろうッ その領域に達したなら善悪を超越しているッ くだらぬ邪悪に染まる事などあり得ぬのに!!」

「あ? 寝言は寝て言えよ」

 

 心の底から湧き上がる怒りに震える少年に対し、立ちはだかる男は面倒くさそうに嘆息しながら答える。

 

 少年とは打って変わり、禍々しい雰囲気がある男だ。

 

 長身の体を覆う甲冑は、ところどころ巨大な爪が伸び、背部からは長大な尾が伸びている。

 

 フードの奥から覗く、冷徹な眼差し。

 

 何より、その手にした槍は不気味なほどに赤黒く染まり、見た者を震え上がらせる。

 

 少年の役割が勇者なら、男は間違いなく魔王だろう。

 

「善悪がぶっ飛んだからこうなったんだろうが。敵は殺す。自分(テメェ)が死ぬまで、殺せるだけ殺し尽くす。それが戦の理だろうが」

「この死体の山を見ろッ これが貴様の理かッ!?」

 

 少年の怒りは、男の残虐な行為のみを差しているわけではない。

 

 少年も、そして男も大英雄と呼ばれる立場にある英霊だ。

 

 大英雄ならば人々の理想を体現し、その希望の象徴たる存在であるはず。

 

 にも拘らず、男がこのような殺戮に走った事が、少年には許せなかった。

 

 だが、

 

 そんな少年の叫びを、男は花で笑い飛ばす。

 

「いちいち見るか、くだらねえ。テメェは相手の質で殺す殺さないを決めるのか? 相手が弱けりゃ生かし、強ければ殺すのか? 話にならねえ。優しい殺しがしてぇなら牧場に行けよ。ここは戦場だ」

 

 言いながら、

 

 槍を構える男。

 

 その禍々しい切っ先が、少年を真っ向から睨む。

 

 対して、少年もまた、手にした片刃の大剣を構える。

 

 もはや問答は無用。

 

 言葉が聞き入れられないなら、力で押し通る以外に無い。

 

 だが、男の力が隔絶している事は、少年にも分かっている。

 

 まともにやったら相手にもならないだろう。

 

 ならば、

 

 初手から全力で仕掛けるのみ。

 

 剣を頭上へと掲げる少年。

 

 頭上で回転を始める刃より、炎が生じる。

 

「受けよッ 『 羅刹穿つ不滅(ブラフマーストラ) 』!!」

 

 炎の刃が、回転しながら飛翔する。

 

 大気すら焦がし斬る焔が迫る中、

 

 男は、槍の穂先を僅かに下げて構える。

 

「・・・・・・蠢動しな、死棘(しきょく)の魔槍」

 

 静かな呟き。

 

 同時に、

 

 赤い閃光が走る。

 

抉り穿つ殴殺の槍(ゲイ・ボルグ)!!」

 

 次の瞬間、

 

 少年の胸を、槍の穂先が刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光の奔流が抜けると同時に、視界に鬱蒼とした森の風景が広がる。

 

 視界を塞ぐ木々。

 

 しかし、

 

 見上げる光帯は変わらず。

 

 この場所が特異点である事を、無言のうちにも雄弁に物語る。

 

「レイシフト成功です、先輩方。ここが1783年のアメリカ、のどこかの森ですね」

「フォウッ フォウッ」

 

 肩に乗ったフォウと共にマシュが説明した通りだった。

 

 後方支援スタッフが不眠不休で解析作業を続けた結果、5番目の特異点の場所が特定された。

 

 今回は、これまでに比べて比較的近代に当たる。

 

 時代は18世紀。

 

 西暦1783年のアメリカ大陸。

 

 当時、アメリカはイギリスの植民地であり、後の「合衆国」としての体を成していない。

 

 時代はまさに、独立戦争の真っ最中だった。

 

 この当時、アメリカは現在のような強国ではなく、イギリスの植民地であり、また、ヨーロッパで食い詰めた者達が職を求めて集まる移民の地としてイメージが強かった。

 

 当然、本国であるイギリスから重い関税が課せられており、住民たちの不満は募る一方だった。

 

 自分たちの作った作物や紅茶が、イギリスによって安く買いたたかれていく現状に、アメリカ国民の怒りは募っていく。

 

 そしてついに、1775年6月。彼らは決起する事となる。

 

 アメリカ大陸軍を組織。司令官にジョージ・ワシントンを据えると、宗主国イギリスに、敢然と反旗を翻したのだ。

 

 このアメリカの決起に対し、フランス、スペインをはじめとしたヨーロッパの大国がこぞって支援する事になる。

 

 無論、善意の為ではない。彼等からすれば、アメリカが独立すれば、ヨーロッパ最強国であるイギリスの権威は確実に失墜する事になる。何より、独立に成功すれば、アメリカの権益が手に入る。あわよくば、イギリスに代わってアメリカを統治する事も不可能ではないかもしれない。などといった思惑が透けていたのは言うまでもない事だろう。

 

 そのような背景があった為、独立戦争は「アメリカVSイギリス」と言うよりは「アメリカを中心とした有志連合VSイギリス」と言う構図が正しい事になる。

 

 とは言え、集まった兵力は膨大であり、最終的にはアメリカ軍はイギリス軍の倍以上の兵力が参集していた。

 

 その圧倒的物量を背景に、アメリカ軍はイギリス軍を圧倒。徐々に追い詰められたイギリスは、1781年に起こったヨークタウンの戦いにおいて敗北した事を機に、アメリカに対し停戦を打診。ここに、アメリカ独立戦争はアメリカ側の勝利に終わり、ジョージ・ワシントンは初代大統領に就任する事になる。

 

 もっとも、

 

 勝利したアメリカは以後、世界中に版図を伸ばす覇権国家としての側面を強め、実質的には独裁国家的な正体を現して行く事になるなどとは、当時の支援国は予想だにしなかった事だろうが。

 

 今回、その独立戦争の真っただ中に飛び込む事になったカルデア特殊班。

 

 状況的に考えれば、独立戦争への介入が主題となると思われる、のだが。

 

「けど、独立戦争にアメリカが負けたとしても、それで人理の崩壊には繋がらない筈」

「どういう事?」

「フォウ?」

 

 発言した美遊に、傍らのクロエが首を傾げながら訪ねる。

 

 この時期、既に世界はある程度、形を成していると言って良い。

 

 イギリスにしても、植民地経営による赤字負債が溜まりつつある。その在り方が、歴史的に見てもいずれは行き詰る事は目に見えている。

 

 それ故、仮にここで歴史を逆行して独立戦争でアメリカが負けたとしても、世界的にはそれほど大きな影響は出ない。せいぜい、アメリカの独立が歴史的に数十年遅くなる程度であろう。

 

 美遊の言う通り、ここで歴史改変を行ったとしても、それほど大きな影響は出ないと思われた。

 

 その時だった。

 

《ちょっと待ってくれ。近くで戦闘をしている反応がある》

 

 通信機から発せられたロマニの言葉に、一同に緊張が走った。

 

《かなり大きな戦闘だ。いや、これはもう、戦争と言っても良いかもしれないッ》

 

 と言う事は少なくとも、このアメリカで争い合う2つ以上の勢力が存在していると言う事だ。

 

 そのどちらか、あるいは両方が特異点形成に関与している可能性がある。

 

「行ってみよう」

 

 立香の言葉に、頷く特殊班一同。

 

 まずは相手を見極める事が重要だった。

 

 

 

 

 

 それは、奇妙な部隊だった。

 

 大多数は、手にライフルや拳銃を携えた兵士達。

 

 独立戦争期のアメリカの光景としては、さほど不思議な物ではない。

 

 不思議なのは、彼等に付き従う兵士。

 

 巨大なドラム缶のような胴体に、大味な手足が取り付けられ、腕の先端にはマシンガンや迫撃砲と言った銃火器が装備されている。

 

 言ってしまえば、ロボットだった。

 

 イギリスで特殊班が戦った、ヘルタースケルターが最も近いだろうか?

 

「突撃ッ 突撃だッ!! 奴らの侵攻を、ここで食い止めるぞ!!」

《イエッサー!!》

 

 指揮官の指示に従い、機械歩兵達は銃撃を行いながら突撃していく。

 

 その足裏から土煙が立ち上り、滑らかに地面を滑っていく。

 

 どうやらホバー走行の類を実装しているようだ。

 

 対して敵軍はと言えば、

 

 こちらはある意味、更に奇妙だった。

 

 こちらは鎧兜や鎖帷子を着込み、武器も古代的な弓、剣、槍、棍棒を使っている。

 

 とてもではないが、18世紀のアメリカで見られるような光景ではなかった。

 

 激突する両軍。

 

 たちまち、乱戦の巷が現出する。

 

 状況は一進一退だった。

 

 機械歩兵の砲撃で、吹き飛ぶ古代兵士達。

 

 火力の面から行けば、機械歩兵の戦闘力は圧倒的である。

 

 しかし、敵兵達も負けていない。

 

 仲間の屍を物ともせず肉薄。機械歩兵に攻撃を加える。

 

 槍で突き、剣で斬り付ける。

 

 それでも敵わないと知るや、機械歩兵に縄をかけて引きずり倒す。

 

 機械歩兵も圧倒的だが、敵軍兵士もまた化け物じみていた。

 

「うわッ 状況が斜め上すぎるんですけど?」

「フォウ・・・・・・」

 

 フォウを胸に抱いて、凛果が呆れたように声を出す。

 

 戦場を確認する為にやってきた特殊班一同の目撃した光景は、あまりにも謎過ぎて理解が及ばなかった。

 

 まず、あの明らかに人間じゃない、機械歩兵は何なのか?

 

 そして、その機械歩兵とも互角に戦う蛮族の如き兵士達の存在も謎だった。

 

 とは言え、

 

 この18世紀のアメリカにあるまじき謎の光景こそが、この場所が特異点である事を如実に表していた。

 

 その時だった。

 

 戦線に加わろうとしていた機械兵士の内、1体のセンサーアイがこちらを向くのが見えた。

 

《新たなる敵の増援を確認。直ちに攻撃に入ります》

 

 警告するような音声と共に、機械歩兵達の一部が、潜んでいる特殊班の方向へ向かってくるのが見えた。

 

「クソッ 見付かったかッ 仕方がない、みんな、頼む!!」

「了解です先輩。これより、マシュ・キリエライト以下、特殊班戦闘員は、戦闘行動に入りますッ!!」

 

 マシュの号令と共に、各々の武器を構える特殊班のサーヴァント達。

 

 美遊は聖剣を抜き、響は刀の柄に手を当て、クロエは双剣を投影する。

 

 そして、マシュが大盾を構えた。

 

 次の瞬間、

 

 両者は激突した。

 

 先陣を切るマシュ。

 

 腕を振り上げ、今にも砲撃を開始しようとしていた機械歩兵に迫る。

 

「ヤァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 対して、大盾を横なぎにするマシュ。

 

 この一撃で、

 

 機械歩兵の胴はひしゃげ、宙を大きく舞う。

 

 一瞬、あり得ざる光景を見た人間の兵士達が呆気に取られる中、

 

 マシュの攻撃を喰らった機械歩兵達は、地面に叩きつけられて粉々に粉砕される。

 

 それが、混乱の呼び水となった。

 

「な、何だ、こいつらはッ!?」

 

 指揮官が狼狽する中、

 

 年少組サーヴァント達も駆ける。

 

「ハッ!!」

 

 白しスカートをはためかせた美遊は聖剣を振り翳し、機械歩兵の首を一刀の下に斬り捨てる。

 

 白百合の剣士が放つ一閃が、機械歩兵をブリキ人形の如く斬り捨てる。

 

 戦線後方も穏やかではない。

 

 次々とさく裂する爆炎。

 

 見れば、岩の上に立った弓兵少女が、構えた弓に捩じれた矢を番えている。

 

「どうやらこいつら、サーヴァントほどの戦力は無いみたいね」

 

 放たれる矢が着弾する度に、爆炎が躍る。

 

 次々と吹き飛ぶ兵士達。

 

 そんな中を、

 

 漆黒の着物を着た少年が駆け抜ける。

 

 白いマフラーを靡かせた響が、マシンガンを振り翳して銃撃する機械歩兵へと迫る。

 

 響は今回、いつも通りの、黒装束に短パン姿をしている。

 

 あの、監獄塔で最後に見せた特異な姿が何だったのか、結局判らないままだった。

 

 一方、

 

 機械歩兵の方でも、接近する響に気付いて銃口を向けようとする。

 

 だが、

 

「んッ」

 

 短い呟きと共に、更に加速する暗殺少年。

 

 銃撃が開始される前に、間合いに入ると同時に、右手に握った刀を、斬り上げるように一閃する。

 

 弾丸が吐き出される寸前、

 

 響の一撃が、機械歩兵の腕を切り落とす。

 

 更に、

 

 響はそこで、動きを止めない。

 

 二閃、三閃と斬撃を走らせる。

 

 その度に、機械歩兵の身体は切り裂かれて行った。

 

 

 

 

 

 戦いは、完全に一方的な物となっていた。

 

 少数ながらもサーヴァントを有する特殊班を前に、異形の機械歩兵と言えど無力でしかない。

 

 たちまち、その数を減らしていく。

 

「こ、こいつらまさか、噂のサーヴァント兵士かッ!?」

 

 震えるような指揮官の声。

 

 殆ど都市伝説に近いとされている、文字通り一騎当千の兵士の存在に思い至り、その心は恐怖に捕らわれる。

 

 もし、相手がサーヴァントなら、一般兵士はおろか、機械歩兵であっても、束になっても叶うものではなかった。

 

「撤退ッ 全軍撤退!!」

 

 ただちに撤退の合図が出される。

 

 たちまち、機械歩兵達の撤退が始まる。

 

 砲撃で牽制しつつ、後退していく機械歩兵達。

 

 その水際立った行動は、人間には真似できる類ではないだろう。

 

 一方、

 

 勝利したカルデア特殊班だが、

 

「まだ、気は抜けない、な」

 

 緊張気味に呟く立香。

 

 その周囲を、

 

 方位するのは、機械歩兵と戦っていた、もう一方の部隊。

 

 手にした剣や槍を、こちらに向けて明らかな威嚇の意志を見せている。

 

 残念ながら、「敵の敵は味方」と言う訳にはいかないらしい。

 

「殺せェェェェェェ!!」

 

 大音声とと共に、兵士達は一斉に襲い掛かって来た。

 

 再び起こる乱戦。

 

 兵士1人1人の戦闘力は、機械歩兵に比べれば確実に劣る。

 

 しかし、今度は敵の数が多い。

 

 しかも既に包囲されている状況である。

 

「とにかく、包囲網に穴を開けますッ!!」

 

 マシュが大盾を振るい、2~3人の兵士をいっぺんに薙ぎ払う。

 

 美遊も魔力を惜しげも無く放出し、包囲網を突き崩しにかかる。

 

 大出力の攻撃を行うこの2人にとっては、対集団戦闘こそが華だった。

 

 だが、

 

 すぐに、その異常性に気付く。

 

「何なのよ、こいつらッ!?」

 

 黒白の双剣で近づく兵士を斬り捨てながら、クロエが悲鳴じみた声で叫ぶ。

 

 倒した敵の背後からは、すぐに別の兵士が褐色弓兵少女に迫っていた。

 

 繰り出された槍を、クロエは紙一重で回避。

 

 同時に懐に飛び込むと、すれ違い様に刃を交錯させて斬撃を繰り出す。

 

 倒れる兵士。

 

 だが、

 

 その背後からは、また別の兵士がクロエに迫ろうとしていた。

 

 彼らは退かない、怯まない。

 

 例えどれだけの味方が倒れようとも、その屍に見向きすらせずに向かってくるのだ。

 

「敵兵、止まりませんッ!!」

 

 美遊が聖剣で切り払いながら叫ぶ。

 

 その美遊に、槍を振り翳した兵士が迫る。

 

 だが、

 

「はッ!!」

 

 美遊はとっさに身を翻して攻撃を回避。

 

 薙ぎ払う剣閃は、兵士を容赦なく斬り捨てる。

 

 離れた場所では、響が刀を振るっている。

 

 兵士達の間を高速ですり抜け、斬り捨てて行く。

 

「んッ!!」

 

 跳躍する響。

 

 縦横に奔る剣閃が、複数の兵士を斬り捨てる。

 

 奔り、飛び、跳ね、響はトリッキーな動きで戦場を縦横に駆けまわり、敵兵達を翻弄する。

 

 徐々に、戦場の様子が変わり始める。

 

 如何に死を恐れない兵士達とは言え、サーヴァント4騎の攻撃が積み重なれば、戦線にほころびも出来始める。

 

 兵士達が後退をはじめ、攻勢が弱まり始める。

 

「よし、今のうちよッ!!」

「フォウッ フォウッ!!」

 

 フォウを胸に抱いた凛果が駆け出し、それをマシュが大盾を掲げて援護する。

 

 続いて、立香も駆けだそうとした。

 

 その時。

 

 風を切る飛翔音。

 

 見上げれば、

 

 降ってくる、巨大な砲弾。

 

 敵軍の接近に焦ったアメリカ軍が、後方支援用の大砲部隊に砲撃を命じたのだ。

 

 彼等からすれば、敵軍も、そして突然現れたカルデア特殊班も、同じような存在に見えた事だろう。一緒くたに吹き飛ばしてしまおうと言う魂胆だった。

 

「兄貴ッ!!」

「先輩ッ!!」

 

 凛果とマシュが悲痛な叫びをあげる中、

 

 立香の身体は、衝撃で大きく投げ出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい、そうしていただろう?

 

 誰かが入って来た気配がして、意識が僅かに浮上するのが判った。

 

 気配は、すぐ傍らに立つと、無言のまま見下ろしてい来る。

 

「・・・・・・・・・・・・患者ナンバー99。右腕の損傷が激しく切断が望ましい」

 

 何やら、物騒な事を言っている気がするが、朦朧とした意識の中では、その判別も出来なかった。

 

「ここもダメでしょう。左大腿損傷。生きているのが奇跡です。やはり切断しかないでしょう。右脇腹が裂けていますが、こちらは損傷した臓器を摘出して縫合すれば問題ないはず。大丈夫です。それでも生きられます。他の負傷者よりも遥かにマシです。あと200年もすれば、高性能な義手もできます・・・・・・気長すぎますね」

 

 何か、金属がぶつかり合う小さな音。

 

 ややあって、再び気配が覗き込むのが判った。

 

「さて、では切断のお時間です」

 

 次の瞬間、

 

 遅まきながら立香の意識は跳ね起きた。

 

「ちょっと待った待った待った!!」

 

 慌てて相手を止めに入る。

 

 意識が一気に覚醒する。

 

 そうだ。戦闘の流れ弾で負傷した自分は、戦場の近くにあった野戦病院に担ぎ込まれたのだ。

 

 そんな立香に、メス片手に迫る女性。

 

 真っ赤な軍服に身を包んだ妙齢の女性は、無表情で切り刻まんと刃を向けてくる。

 

 リアルホラー

 

 ぶっちゃけ、めちゃくちゃ怖かった。

 

「本来なら軍医の仕事ですが、何しろ軍医が絶望的に不足しているので、私が代行します」

 

 言いながら、メスを近付ける。

 

「歯を食いしばってください。たぶん、ちょっと痛いです」

「いや、ちょっとどころじゃないよねッ!?」

「そうですね、たとえるなら、腕をズバッとやってしまうくらい痛いです」

「たとえになってないッ!!」

「わがままを言ってはダメですッ 少なくとも死ぬよりはマシでしょう!!」

 

 ダメだ。

 

 全く話を聞いてくれない。

 

「大丈夫。あなたはまだ若い。きっと耐えられます」

「無責任なッ!?」

「そうですね。曖昧な所感でした。訂正します。何としても耐えなさい」

 

 もはや取り繕う気すらないようだ。

 

 と言うか、最初からそんな物無かっただろうが。

 

 メスが近付けられる。

 

 いよいよダメか?

 

 そう思った時。

 

「ちょーっと待ったァァァァァァ!!」

「そ、その人は違うんです!!」

「フォウフォウフォウッ」

 

 凛果、マシュ、フォウが飛び込んでくる。

 

 どうやら、砲弾に吹き飛ばされたままはぐれた立香を探して、野戦病院中を駆け回ったらしい。

 

 飛び込んで来たのはまさに、間一髪のタイミングだった。

 

 対して、

 

 女性が向けた銃口が、2人と1匹を迎える。

 

「治療中に不衛生な姿で入ってこないでください」

「いや、だから違うんだって。兄貴は治療しなくても大丈夫なんだって!!」

 

 必死に抗議する凛果。

 

 だが、女性は冷めた目で銃口を向けたまま、凛果達を威嚇し続ける。

 

「患者は平等です。二等兵だろうが大佐だろうが負傷者は負傷者。誰であろうと可能な限り救います」

 

 その姿勢は立派だが、銃口は引っ込めてほしかった。

 

 ていうか、盛大に論点がずれている。

 

「良いですね。そこから1歩でも踏み込めば打ちますから」

 ドォォォンッ

「ふ、踏み込んでいませんがッ!?」

「踏み込んできそうな気がしましたので」

 

 いきなり発砲され、ホールドアップするマシュ、凛果、フォウ。

 

 完全に問答無用、馬耳東風。いや、ここはアメリカらしくゴーイングマイウェイと言うべきか?

 

 と、

 

「お、俺は大丈夫だ」

「先輩ッ 意識が戻ったんですかッ!?」

 

 ベッドの上で起き上がる立香に、安堵の声を上げるマシュ。

 

 だが、

 

「大丈夫ではありません。本来なら余分な箇所を切断して、血の巡りを防ぐべき所。そうすれば、清潔にしてさえいれば感染症は防げます」

「何が何でも切りたいんだなッ!?」

「安心してください。私はたとえあなたを殺してでもあなたを守ります」

「結果と目的が入れ替わってるッ!!」

 

 もはや、この場を修めるには、この女性と一戦交える以外に無いように思われた。

 

「あなたはサーヴァント、ですよね?」

 

 マシュが前に出て問いかける。

 

「その方はマスターです。そして、私は、先輩のサーヴァントです。あなたがあくまで先輩を傷付けるなら、私は先輩のサーヴァントとして譲る訳にはいきません」

「譲れないのは、こちらも同じです」

 

 決意を示すマシュ。

 

 だが、女性も一歩も引かずに応じる。

 

「確かに私はサーヴァントですが、そんな事は関係ありません。この戦場に召喚された以上、私は私の信念を貫くのみ。そして私の信念とは治療。サーヴァントであろうがなかろうが、その信念を貫くのみです」

 

 睨み合う、マシュと女性。

 

 戦闘開始1秒前。

 

 そんな空気が張り詰めた。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・あら?」

 

 マシュを見て、何かに気付いた女性が銃を降ろした。

 

 同時に、場を圧倒していた殺気も和らいでいる。

 

「成程。そういう事なら、治療は保留としましょう。さあ、そういう事ですので、次の患者を治療しなくてはなりませんから、とっととベッドを空けてください」

 

 と、今度は一転、立香の腕を取って無理やり立たせると、マシュの方に放り投げてくる。

 

 大丈夫とは言え、重症である事に変わりない相手に対し、この扱いである。

 

 先程の会話具合から見ても、彼女のクラスが狂戦士(バーサーカー)である事は疑いないだろう。

 

「あの・・・・・・」

 

 マシュに支えられながら、立香は尋ねる。

 

「あなたの、お名前は?」

 

 対して、

 

 女性は興味なさげに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フローレンス・ナイチンゲールですが、それが何か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第1話「深紅の天使」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、ざっくり『ナイチン』で良い?」

「好きに呼びなさ・・・・・・」

「良い訳ないでしょ」

 



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第2話「ケルトの騎士」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立香が運び込まれたのは、アメリカ独立軍の後方拠点だった。

 

 この時期、アメリカ独立戦争は既に大勢は決しつつあり、ジョージ・ワシントンを総司令官としたアメリカ独立軍は、宗主国であるイギリス派遣軍を圧倒。

 

 その後、独立を勝ち取り、アメリカ合衆国憲法を制定。ジョージ・ワシントンが初代大統領となったのは、あらゆる教科書にも載っている有名な出来事だった。

 

 だが、既にその歴史は、本道からの乖離を始めているのは、火を見るよりも明らかであった。

 

 機械兵士を主力としたアメリカ軍と、原始的な剣や槍を主武装とした兵士達。

 

 見るからに混沌とした状況であるのが判る。

 

《結論から言えば、このままではアメリカ合衆国、その物が誕生しない可能性が出てくる》

「フォウッ」

 

 通信機越しに、ロマニが険しい声を発する。

 

 もし、ここでアメリカ合衆国が生まれなければ、20世紀以降の歴史が崩壊する事は、言うまでもない事だろう。

 

 となれば、カルデア特殊班としては、早急に特異点発生の元凶たる聖杯を見つけ出し、これを確保する事が任務となる。

 

 当然、特殊班のみでの任務遂行は困難。いつも通り、現地召還されたサーヴァントに協力を仰ぐ事になる。

 

《で、早速なんだけど、目の前にいる彼女はどうだい? キットヤクニタチソウダケド?》

「ドクター、目が泳いでます」

「フォウフォウッ」

 

 マシュとフォウに追及され、目を逸らすロマニ。

 

 そのやり取りを見ながら、立香は視線の先でせわしなく動き回る狂戦士(バーサーカー)の女性に目をやった。

 

「彼女か・・・・・・・・・・・・」

 

 フローレンス・ナイチンゲール

 

 恐らく、

 

 と言うより、間違いなく、歴史上最も有名な女性の1人だろう。

 

 19世紀初頭のイギリスに生を受けた女性(ただし出身はトスカーナ大公国(現イタリア))。

 

 実家が裕福だった事もあり、幼いころからあらゆる学問において、徹底した英才教育を施される。

 

 当時、まだ看護と言う概念が未発達だった時代、貧しい人々が満足な治療も受けられず死んでいくさまを見て、奉仕活動の世界を志すようになり、やがては看護婦としての道を目指していく。

 

 そんな彼女の名を歴史に強烈なまでに刻み付けたのは、何と言っても1854年に起こったクリミア戦争だろう。

 

 当時、強大化の一途を辿るロシア帝国は、不凍港の確保を行う為、南下政策による膨張を続け、その食指はついに、黒海沿岸のクリミア半島やバルカン半島にまで達していた。

 

 このロシアの動きを止める為に、イギリス、フランス、オスマン等が中心となって結成された連合軍と、ロシア帝国軍とが、黒海沿岸で激突する事になる。

 

 連合軍50万、ロシア軍90万と言う、途方もない大兵力が投入される事となったこの戦争は、両軍とも、当初から決定打を欠いたまま、泥沼化の一途を辿る事になる。

 

 双方の兵力差を見ればロシア側が圧倒的なようにも見えるが、当時、帝政を布き、軍の指揮系統にも貴族的な階級制度を色濃く反映していたロシア軍の指揮が精彩を欠いていたのに対し、イギリス、フランス軍は実戦経験豊富な精鋭部隊を多数、戦場に送り込んでいた事が、戦線を膠着させる原因になったとも言われている。

 

 最終的に、連合軍がロシア側の最重要拠点であるセヴァストポリ要塞を陥落させたことで、ロシア側の士気は瓦解する。

 

 ただし、他方面においては尚も、ロシア軍が連合軍を圧倒している状態であった為、結局のところ、形の上では連合軍の勝利だが、実質的には痛み分けに近い結果だったとも言われている。

 

 この戦いで、両軍合わせて80万近い死者を出したと言われている。

 

 ナイチンゲールが看護婦として派遣されたのは、そのような地獄と化した最前線の野戦病院だった。

 

 当時はまだ医療も未発達であり、当然ながら戦争時における衛生管理も行き届いてはいない。

 

 その為、辛うじて命を取り留めた兵士も、野戦病院のベッドの上で、ろくな治療も施されずに死んでいくケースが後を絶たなかった。

 

 そこでナイチンゲールは献身的な看護で、多くの人々の命を救う事になる。

 

 彼女の看護は、とにかく徹底していた。

 

 ナイチンゲールは、それまでの人生で培ってきた全ての知識と経験を総動員し、あらゆる状況で負傷者の看護と治療を行った。

 

 また、彼女を語る上で、最も有名なエピソードは、その平等さだろう。

 

 ある時、彼女のいる野戦病院に、敵であるロシア軍兵士が誤って担ぎ込まれてきた。

 

 当然、医師はつまみ出そうとする。

 

 だがナイチンゲールは、医師を命令を拒絶し、その敵兵にも味方と変わらない治療を行ったのだ。

 

 敵だろうが味方だろうが、そんな事は関係ない。病院に来れば1人の患者に過ぎないのだから。

 

 それがナイチンゲールの、生涯掛けて、決して曲がる事も折れる事も無かった信念である。

 

 その献身かつ公正な姿勢から「白衣の天使」のモデルとも言われており、実際に彼女は、戦場にちなんで「クリミアの天使」あるいは「ランプの貴婦人(毎晩、夜回りを欠かさなかったため)とも呼ばれた。

 

 そうした姿勢は、赤十字国際委員会の創設者となったアンリ・デュナンも高く評価している。

 

 もっとも、ナイチンゲール自身は、デュナンを快く思っていなかったと言われているが(理由は、赤十字の精神が「無償の奉仕」であるのに対し、ナイチンゲールは、しっかりとした看護や医療には、経済支援が不可欠であると考えていたから、と言われている)。

 

 その姿勢は、実際の看護活動のみならず、看護教育や、看護婦の地位向上にも向けられる。

 

 当時、看護婦と言うのは卑賤な職業と思われており、娼婦と同程度に扱われていた。その為、専門の教育機関も殆ど存在せず、ろくな知識も経験も持たない女性が看護婦として病院勤務を行いモラルを乱すケースも珍しくなかった。

 

 ナイチンゲールはこうした状況を改める事に尽力し、専門知識の育成、看護婦の地位向上に努めた。

 

 と、ここまで書けば、まるで聖女のようにも聞こえるかもしれない。

 

 しかしナイチンゲールのと言う人物を語る上で、外せないのが、その性格の「徹底」ぶりだろう。

 

 彼女がクリミア戦争において戦場に乗り込んだ当時、医療部門は官僚的な縦割り行政の影響で単純作業が停滞し、ろくな医療行為すらできていなかった。それどころか、医療部門のトップは、自分たちの既得権益が脅かされる事を嫌い、ナイチンゲール達の従軍を拒否している。

 

 だがナイチンゲールは諦める事無く、トイレ掃除要員として病院内に入り込んで医療を行うと同時に、後ろ盾であるイギリス女王ヴィクトリアに書簡を送り、体制改善に努めたと言われている。

 

 名医、神医と呼ばれる存在は数々おれど、およそフローレンス・ナイチンゲールを置いて有名な存在は他にはいないだろう。

 

 そのナイチンゲールが今、サーヴァント狂戦士(バーサーカー)として、戦乱渦巻くアメリカの大地に立っていた。

 

 そんな彼女の献身ぶりを見ながら、立香は嘆息する。

 

 どうやらナイチンゲールの信念は、彼女自身が語った通り、クリミアからアメリカに場所が変わった程度で変わる物ではないらしい。

 

 今も、苦痛に喘ぐ兵士を叱咤しながら、治療に専念している。

 

 とは言え、

 

 何しろ立香は、ついさっき、彼女の狂気を目の当たりにした身だ。

 

 マシュが来るのが、あと数秒遅かったら、今頃足が胴に付いていなかったかもしれない。

 

 正直、ちょっと・・・・・・

 

 否

 

 かなり、気が引ける物がある。

 

「ん、ナイチン、きっと役に立つ」

「フォウ、ンキュッ」

 

 発言する響に、フォウが同意するように一鳴きする。

 

「いや、それは判ってるんだ。けど・・・・・・」

「さっきから、無しの礫なんだよね」

 

 実は、彼女の真名が判った時点で、立香と凛果がスカウトに動いている。

 

 一緒に特異点を修復してくれないか、と。

 

 だが、

 

「愚かな事を仰らないでください。目の前に患者がいる。私が召喚され、動く理由はそれだけです」

 

 ある意味、安定の回答だと言えるのかもしれない。

 

 特異点を修復したいなら勝手にやれ。こっちは忙しい。と言う事らしい。

 

 と、

 

「患者ですか?」

 

 視線に気付いたらしいナイチンゲールが、顔を上げて尋ねてくる。

 

 どうやら、治療がひと段落したらしかった。

 

 手が空いたと言う事は、こちらの話を聞いてくれるかもしれない。

 

 その期待と共に、立香は意を決して話しかけた。

 

「なあ、さっきも言ったけど、頼む。俺達に力を貸してくれ」

「それこそ、さっきも言いました。目の前の患者を見捨てて行くなどありえません」

 

 けんもほろろ、とはこの事だ。

 

 そもそも、こちらの話を聞く気すらない者を相手に、説得は困難の極みだった。

 

「けど、そもそも特異点を修復しないと世界が滅びるんだよッ」

「世界が滅びる前でも人は死にます。世界の破滅は、目の前の人間を見殺しにして良い理由にはなりません」

 

 言い募る凛果に対しても、ナイチンゲールは取り付く島がない。

 

「駄目ね、こりゃ」

「うん。説得は難しい」

「ん、ナイチンの耳に念仏」

「フォウ・・・・・・」

 

 チビッ子サーヴァント達の間にも、あきらめムードが漂い始めていた。

 

 やはり、この女狂戦士を反意させる事は難しいか?

 

 だが、

 

 諦めずに、立香は前に出る。

 

 対して、もはや立香には、完全に興味が失せたかのようにそっぽを向くナイチンゲール。

 

 立香は、構わず続けた。

 

「元凶を絶たなきゃ、意味がないぞ」

「・・・・・・・・・・・・何ですって?」

 

 何気ない口調で放った少年の一言に、

 

 しかしナイチンゲールは、初めて視線を向けて反応した。

 

「今、何と?」

「あなたが偉業を成したのは知っている。患者がいる限り諦めない精神は立派だと思うし、尊敬もする」

 

 けど、

 

 立香は、ナイチンゲールが抱える、根本的な問題を突く事で、彼女の攻略を狙った。

 

「フローレンス・ナイチンゲールは1人しかいない。あなたがここでどれだけ患者を治療したとしても、あなたが助けるより先に、患者は増えて行く。人も死んでいく。それは、あなたにも判っているはずだ」

 

 その通りだった。

 

 看護の世界に革命をもたらしたナイチンゲールとは言え、彼女が診れる患者の数は、1回につき1人のみ。しかし、彼女が1人の患者を診ている内に、患者は50人、100人と増えて行く。

 

 勿論、ナイチンゲールはアメリカ軍の軍医にも自分の技術を伝えており、その効果によって救える患者の数も増えているのも事実だ。

 

 だがそれでも、追いつかない。

 

 現状、ナイチンゲールの行動は対処療法以下、焼け石に水でしかなかった。

 

「だからこそ、根本的な解決策が必要なんじゃないか?」

 

 根本的な解決策。

 

 すなわち、聖杯を見つけ、特異点を修復する。

 

 要するに、目に見えている症状に対応するのではなく、根本となる癌細胞を取り除く、外科的手術こそが、現状を打破できる唯一の策と言う事だ。

 

 真っ直ぐにナイチンゲールを見る立香。

 

 ややあって。

 

「・・・・・・・・・・・・判りました」

 

 ナイチンゲールは、淡々とした口調で立香に告げた。

 

「あなた達に同行しましょう」

 

 その言葉に、特殊班一同、顔を明るくする。

 

 その時だった。

 

「敵襲ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

「ケルト軍が来たぞォォォォォォ!!」

 

 緊張を孕んだ声が、陣内に轟き渡る。

 

 同時に、周囲の兵士たちが一斉に動揺が走るのが判った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男は偉丈夫、

 

 否、

 

 美丈夫だった。

 

 刀剣類を思わせる引き絞られた四肢には、バランスよく筋肉が配され、いかにも俊敏なスポーツ選手と言ったイメージがある。

 

 その細身ながら締まった体は、動き易さと機動性を重視し、最低限の甲冑によって覆われている。

 

 そして、何より顔。

 

 たとえ1000人の美男を並べたとしても、その男には叶わないだろう。

 

 手に掲げしは、紅黄の二槍。

 

 馬に乗って突撃する姿は「精悍」の一言に尽きる。

 

 拠点各所に配置に着いたアメリカ兵士が、一斉に銃撃を加える。

 

 更に、配備されていた機械兵士ヘルタースケルターも加わった砲撃が鳴り響く。

 

 たちまち、戦場全体を覆いつくすかのような爆炎の嵐が吹きすさぶ。

 

 炎が荒野を染め上げ、衝撃波が周囲一帯を薙ぎ払う。

 

 誰もが、自分たちの勝利を疑わなかった。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深紅の閃光が駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刺し貫かれる、ヘルタースケルター。

 

 余りの衝撃に、巨体が傾ぐ。

 

 その頭部に、

 

 一振りの槍が突き刺さっているではないか。

 

「はッ!!」

 

 次の瞬間、

 

 常人ではありえない距離を跳躍した美丈夫が、紅槍の柄を手に取り引き抜く。

 

 地面に轟音と共に崩れ落ちるヘルタースケルター。

 

 同時に、地に降り立つ美丈夫は、両手に構えた双槍を羽のように掲げる。

 

「参るッ」

 

 鋭い宣誓。

 

 同時に、戦士は駆ける。

 

 両手で1本振るう事すら困難な槍を、片手で1本ずつ振るい、縦横に奔る。

 

 たちまち、アメリカ軍内は大混乱に陥る。

 

 美丈夫に対し銃撃を行うも、全て回避され、逆に彼の振るう槍によって刺し貫かれる。

 

 巨体と、それに見合う攻撃力を誇るヘルタースケルターとて例外ではない。

 

 美丈夫は一瞬にして接近したかと思うと、紅黄の槍を持って、ヘルタースケルターを切り刻んでしまった。

 

「う、うわァァァ、サーヴァント兵士だァ!?」

「距離だッ 距離を取って囲めッ!!」

「だ、駄目だッ 敵う訳がないッ!!」

 

 混乱の坩堝と化す、アメリカ軍。

 

 美丈夫はその中を駆け抜け、次々と兵士たちを屠っていく。

 

 そんな中、指揮官と思われる男が、ライフルを手に前へと出る。

 

「おのれッ 何がサーヴァント兵士だ!! 槍で銃に敵うものかッ!!」

 

 撃鉄を起こし、槍を振るう美丈夫へ銃口を向ける指揮官。

 

 彼は勇敢だった。

 

 そして、

 

 愚かだった。

 

 放たれる銃弾。

 

 亜音速に迫る弾丸が、美丈夫の頭を狙って放たれる。

 

 当たれば、たとえサーヴァントと言えどもタダでは済まないだろう。

 

 しかし次の瞬間、

 

 美丈夫は振り返る事無く黄槍を振るい、飛んできた弾丸を叩き落してしまった。

 

 同時に、視線は指揮官を真っ向から捉える。

 

「ヒッ」

 

 慌てて腰を浮かしかける指揮官。

 

 しかし、遅かった。

 

 振るわれる、双槍。

 

 交叉する刃が、慌ててライフルを構えようとした指揮官を、容赦なく斬り捨てた。

 

「た、隊長ッ!?」

「馬鹿なッ!?」

 

 動揺が、兵士たちの間に伝播する中、

 

 美丈夫は双槍を翳して嘆息する。

 

「成程、銃砲火器の登場によって、私が生きた時代に比べ、戦のやり方は格段に便利になった。しかし、そのせいで、兵士1人1人の質は、明らかに低下しているようだ」

 

 逃げ惑うアメリカ兵士たちを見て呟く。

 

 技術の発展は素晴らしい事と理解しつつも、それによって、兵士たちの鍛錬の度合いが減っているのは事実なようだ。

 

 ディルムッド・オディナ

 

 ケルト神話に名高きフィオナ騎士団において、最強騎士として謳われる美しき戦士。

 

 またの名を「輝く貌のディルムッド」。

 

 二本の槍を自在に操るディルムッドを前に、アメリカ軍兵士や、高火力を誇るヘルタースケルターですら、物の数には値しなかった。

 

 しかも、状況はアメリカ軍にとって、更に悪化する。

 

 ディルムッドを先陣とした軍勢が、雪崩を打って攻め込んで来たのだ。

 

「よくやったディルムッドッ それでこそ、我が栄えある騎士よ!!」

 

 部隊の先頭に立って槍を振るう男は長い金髪をストレートに流し、切れ長な瞳が知性を感じさせる。

 

 引き締まった体はディルムッドに負けず劣らず、その槍捌きも、見るからに洗練されている。

 

 フィオナ騎士団団長フィン・マックール。

 

 ディルムッドと同時期に活躍した伝説級の戦士の登場により、アメリカ軍兵士は絶望の淵に立たされる。

 

 獰猛な兵士達によって蹂躙され、壊乱状態となる。

 

 剣や槍で切り刻まれる者や矢で撃ち抜かれる者が続出する。

 

 勿論、反撃に成功して、敵兵を撃ち倒すアメリカ兵も中にはいる。

 

 しかし、そうしたささやかな抵抗も、圧倒的な暴力の波によってのみ込まれ、押し流されていく。

 

 もはや、後方の野戦病院まで攻め込まれるのも時間の問題。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 複数の兵士たちが、前線で吹き飛ぶのが見えた。

 

「む?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 フィンが眉を顰め、ディルムッドは油断なく双槍を構える。

 

 2人が視線を向ける中、

 

 ゆっくりと歩いてくるのは、深紅の軍服に身を包んだ凶眼の天使。

 

 狂戦士(バーサーカー)フローレンス・ナイチンゲールは、敵兵を素手で掴んでは引きちぎり、殴り倒し、手刀で斬り飛ばすと言う、「正しくバーサーカー」としか言いようのない戦いぶりで、戦線を圧倒していた。

 

「あなた方ですね、この国を害する病原菌は?」

 

 ゆっくりと歩いてくるナイチンゲール。

 

 その姿に、思わず歴戦のケルト戦士が息を呑む。

 

 手に兵士の遺体を掴んで引きずる姿は、戦慄するに余りある光景だった。

 

「よし」

 

 その様を見て、

 

 フィンは、まことに騎士団長らしく、積極果断、電光石火、正しく快刀乱麻を断つが如く決断を下した。

 

「彼女の相手はディルムッド、君に任す」

「なッ!? 主!?」

 

 仰天するディルムッド。

 

 今の光景を見て、平気でこのような事を言う主君の正気を疑いたくなる。

 

 対して、肩を竦めるフィン。

 

「ハッハッハ、もちろんジョークだとも。言っておくが、君が女性の扱いが上手いから言っている訳じゃないから安心したまえ」

「は、はあ・・・・・・」

 

 フィンの物言いに、げんなりするディルムッド。

 

 因みに、このフィンとディルムッドには、主従以上に聊か複雑な関係があり、

 

 ディルムッドが、とある事情からやむに止まれず、フィンの妻だったグラニアと駆け落ちをしてします。

 

 当然、フィンは怒り狂って追っ手を差し向けるが、ディルムッドは最強騎士。その全てを返り討ちにしてしまう。

 

 致し方なく、2人の仲を許して、フィンはディルムッドを帰参させる事になる。

 

 そのような事情を考えれば、先程のジョークもいささか以上に笑えない物がある。悪趣味も甚だしいと言わざるを得ない。

 

 ましてか、その逸話が巡り巡って、ディルムッドの死因にも繋がっているとなれば猶更だ。

 

 とは言え、このフィンと言う男、これで全くと言って良いほど悪意が無い。先ほどの言葉も、本当に、場を和ますためのジョークのつもりだったのだから、まことに始末に負えない。

 

「ケルトコントはそれで終わりかしら?」

 

 ナイチンゲールの傍らに立ったクロエが、干将莫邪を構えながら言い放つ。

 

 更に響、美遊、マシュ。

 

 そして、その背後に手、立香と凛果の藤丸兄妹が立つ。

 

「主、あれは」

「ウム、どうやら、うわさに聞くカルデアの者たちらしい」

 

 自分達と対峙する立香達を見て、フィンとディルムッドは頷きを交わす。

 

 その表情は、鋭く、そして静かな闘志によって満たされている。

 

 ケルト神話に名高き騎士2人は、戦線介入してきたカルデア特殊班を迎え撃つべく槍を構える。

 

「彼らは既に、いくつもの世界を救った猛者だと言う。心して掛かろうではないか」

「はい、主。一番槍は、このディルムッドにお任せを」

 

 勇ましく言いながら、双槍を掲げて構えるディルムッド。

 

 対して、

 

「行くぞみんな。準備は良いな?」

 

 立香の言葉に、頷く一同。

 

 次の瞬間、

 

 両者、同時に動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マフラーを靡かせて、駆ける響。

 

 間合いに入ると同時に抜刀。

 

 月牙の剣閃が、双槍の騎士を狙う。

 

「んッ!!」

 

 横なぎに放たれる剣閃。

 

 対して、

 

 ディルムッドは響の剣を、左手に持った黄槍で防ぐと、鋭く体勢を返して右手に装備した紅槍を繰り出してくる。

 

 鋭い切っ先。

 

 その一閃を、響は後退して回避。

 

 切っ先が鼻先を霞める中、

 

 響は大きく後退する。

 

「速い、だがッ」

 

 しかし、響が後退するよりも速く、ディルムッドが間合いを詰める。

 

 槍の長いリーチを生かし、響へと突きかかる。

 

 だが、

 

「んッ!!」

 

 追撃を予期していたかのように、体を沈みこませる響。

 

 ディルムッドの槍は、響の頭上を駆け抜け、少年の髪が衝撃で靡く。

 

 だが、

 

 響の視線は真っ直ぐに、ディルムッドを睨み据える。

 

 同時に、

 

 低い姿勢のまま、駆け抜ける暗殺者。

 

 地上を駆ける風のように、槍騎士へと迫る暗殺者。

 

 だが、

 

「はッ!!」

 

 ディルムッドは黄槍を横なぎに振るい、響の接近を阻む。

 

 騎士のとっさの機転により、接近を阻まれる響。

 

 だが、

 

 黄色の槍は、暗殺少年を捉えない。

 

 ディルムッドの槍が捉える前に、響は彼の背後へと回り込んでいた。

 

「ん!!」

 

 大上段から繰り出される刃。

 

 だが、

 

「甘いッ!!」

 

 ディルムッドは、とっさに紅槍の石突きを繰り出す事で、背後から迫る響に襲い掛かった。

 

 刺突と何ら変わる事のない、刺突の一撃。

 

 その閃光の如き打突を、

 

「ッ!?」

 

 響は、とっさに刃を立てて防ぐ。

 

 ぶつかり合う、両者。

 

 体重の軽い響は吹き飛ばされ、大きく間合いを取って着地する。

 

 対して、ディルムッドは追撃せず、双槍の穂先を地面に向けて構えなおす。

 

「フム」

 

 響を真っすぐに見据えながら、ディルムッドは告げる。

 

「なかなか悪くない。少なくとも、不甲斐ないアメリカ兵達よりは、よほど、骨がある」

 

 槍を油断なく構えながら、称賛を送るディルムッド。

 

 対して、響は刀の切っ先を油断なく双槍の騎士へと向けている。

 

 互いに隙あらば、いつでも斬りかかれるタイミングを計っているのだ。

 

 睨み合う両者。

 

 だが、

 

 戦機が高まる。

 

 仕掛けるか。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 突如、飛来した弾丸を、ディルムッドは槍で払い落とした。

 

「むッ!?」

 

 更に、次々と飛来する弾丸。

 

 正確無比な弾丸は、確実にディルムッドを仕留めるべく、急所を狙ってくる。

 

 向ける視線の先。

 

 そこには、片膝を突いてライフルを構えた、小柄な少女の姿がある。

 

 更に、

 

 少女の背後に翻る星条旗。その下には、1000を超える、兵士と機械歩兵たち。

 

 その指揮官は、先程の銃士の少女よりも、更に小柄な外見をした少女だった。

 

「そこまでよッ ケルト軍ッ!! わたし達が来たからには、これ以上の狼藉は許さなくってよ!!」

 

 言い放つと同時に、指揮官の少女はサッと腕を振り翳す。

 

 同時に、前線部隊からの一斉射撃が鳴り響き、後方に控えた砲撃部隊は大砲を撃ち鳴らす。

 

 蹂躙するが如き、圧倒的な火力。

 

 大兵力を活かした制圧攻撃。

 

 これには、さしものケルト兵もたまったものではない。

 

 砲撃で吹き飛ばされ、銃弾に撃ち抜かれる兵士が後を絶たなかった。

 

 たちまちのうちに、戦場はケルト兵の死体によって埋め尽くされていく。

 

「・・・・・・・・・・・・どうやら、今日はここまでのようだな」

 

 飛んできた銃弾を、槍で弾きながらディルムッドが告げる。

 

 相変わらず彼を攻撃しているのは、指揮官少女の傍らで膝を突いた銃士の少女だ。

 

 その正確無比な狙いは、ディルムッドをして戦慄させるほどだった。

 

 既に全線戦において、退却を始めている。

 

 アメリカ軍の援軍が到着した事で、戦況不利と判断した様子だ。

 

 とは言え、その退却行動も、フィン主導の下で水際立っており、決して無様な「全面潰走」ではない。

 

 この一事だけをもってしても、彼等がいかに歴戦の戦士たちであるかが伺えた。

 

 走って来た馬に飛び乗るディルムッド。

 

「いずれ、再戦の機会もあろう、少年。その時は、お互いに全力を尽くしたい物だな」

「ん」

 

 馬上のディルムッドと、視線を交わす響。

 

 今回は邪魔が入ったが、共に互いの実力は認め合うところ。

 

 何より、

 

 今回は響も、そしてディルムッドも全く本気を出していない。

 

 響は鬼剣は愚か、盟約の羽織すら使っていないし、ディルムッドも巧みな槍術は見せたが、こちらも宝具の真名解放は行っていない。

 

 お互いに、手の内を隠したまま、時間切れとなってしまった。

 

「その時まで、死ぬなよ、少年!!」

「ん、そっちも」

 

 響の言葉に、笑みを見せるディルムッド。

 

 やがて、馬首を返すと、赤茶けた荒野を颯爽と駆け去って行くのだった。

 

 

 

 

 

第2話「ケルトの騎士」      終わり

 



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第3話「東西分断」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いですか、ドクター・ラッシュ。患部は清潔に、そしてベッドは床に敷き詰めない。本来なら、決して彼等を不潔な地面に寝かせてはなりません」

 

 戦いが終わった後、大量に増えた戦傷者の治療の傍ら、ナイチンゲールは軍医に対して看護指導を行っていた。

 

 ケルト軍の奇襲により、一時は混乱を来したアメリカ軍の野戦病院。

 

 特にフィン、ディルムッド両雄による攻勢は凄まじく、あわや戦線崩壊寸前まで追い詰められた。

 

 しかし、途中から参戦したカルデア特殊班の活躍により、どうにか押し返す事に成功していた。

 

 ベッドに寝かされた大量の一般兵士の姿は、サーヴァントには勝てない事を如実に表した形である。

 

 ましてか、相手はケルトの大英雄。

 

 たとえ最新の武器を持とうが、千の軍勢を揃えようが、ただ1人の英雄には敵わない。

 

 カルデア特殊班が居なければ、この場は全滅していたとしてもおかしくなかっただろう。

 

「嘔吐剤や瀉血で毒素を吐き出すとか、塩化水銀を飲ませるとか、そういう時代遅れの治療をやったら、あなたに治療が必要なほど殴り飛ばしますので、そのつもりで」

 

 立香の考えに共感したナイチンゲールは、間もなくこの場を離れる事になる。

 

 その為、最低限の看護知識を軍医たちに教え込もうと考えたのだ。

 

 だが、ナイチンゲールの教えに対し、軍医は難色を示す。

 

「し、しかし、その医療は最新の・・・・・・」

 ズドォン

 

 軍医が言い終える前に、ナイチンゲールの拳銃が火を噴く。

 

 弾丸は、軍医の頬を霞める形で、飛び去って行ったが、彼を震え上がらせるには十分だった。

 

「この銃とその治療、どちらが最新ですか? 二度言わせないでください」

「わ、判った!! 判った!! 判りました!! ノー・モア・最新銃!!」

 

 ホールドアップするドクター・ラッシュ。

 

 因みに、現代でこそ「名医」と呼ばれる医者のカテゴリーは多岐にわたるが、医療黎明期、最も腕のいい医者の条件は「いかに素早く、患者の手足を切断できるか」と言う一点に絞られていた。

 

 まともな医薬品すら無いような時代。ちょっとした掠り傷ですら命取りになりかねない。患部が壊死する前に、可能な限り素早く負傷部位を切り取る必要があったのである。

 

 技術同様、医療も日進月歩である。

 

 後の時代に生まれ、より発達した医療・看護知識を持つナイチンゲールからすれば、この時期の医療知識は殺意すら覚えるレベルだろう。

 

 まあ、

 

 だからと言って、イチイチぶっ放されては堪らないが。

 

「それから、老若男女、人種や身分の区別なく治療は行うように。区別するべきは治療の優先順位だけです」

 

 最も優先すべきは、重傷患者で助かる見込みのある者。軽傷者は後回し。

 

 そして、助かる見込みのないと判断された者は放置する。

 

 現代にも通じている「トリアージ」の概念。

 

 非情のようにも聞こえるが、戦争や災害が起これば医薬品や医療機器は否が応でも不足する。更に言えば、時間が経てば経つほど症状も悪化して行く事になる。助かる見込みのない者に時間や物資を投入して死なせてしまえば、その人物に使った全てが無駄になってしまい、本来なら助けられるはずだった命まで失わせてしまう事になりかねない。

 

「それが守られなければ、私の銃弾はたとえ5000キロ離れていても、あなたの眉間を貫きます」

 

 其れだけ言い残すと、ナイチンゲールはテントを去って行く。

 

 その様子を見て、ドクター・ラッシュはホッと息をついた。

 

「行ったか。いや、しかし若いのにしっかりした看護師だったな。それに、ヨーロッパ辺りから来たのだろうか? 人種の区別も無く、などとそうそう言えるものではないだろうに・・・・・・まあ、銃は勘弁してもらいたいが」

 

 嘆息と感嘆の混じり合った言葉を、既に見えなくなったナイチンゲールの背中に投げかける。

 

 ベンジャミン・ラッシュ

 

 アメリカ合衆国建国の父の1人。

 

 医者であり、作家であり、教育者であり、人道主義者でもある。

 

 白人優先主義、人種差別主義が一般主流だったこの時代。自らの助手にアフリカ系黒人を登用して重宝するなど、当時としてはひじょうに先進的な思想を持っていた人物。

 

 生まれた時代こそ違えど、ナイチンゲールと想いを同じくする「同士」とも言える人物と言える。

 

 ラッシュとナイチンゲール。

 

 このような特異点でなければ、決して出会わなかった2人。

 

 たとえ、特異点が修正されれば消えてしまう儚い関係だったとしても、

 

 今この瞬間、運命が交錯したのは奇跡だったのは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

「ん、ナイチン来た」

「フォウッ フォウッ」

 

 テントから出てくる姿を見て、子供たちが顔を上げた。

 

 本当は、もっと早く出発するはずだったのだが、ナイチンゲールが、軍医に看護知識をレクチャーすると言ったので待っていたのだ。

 

「あの、ナイチンゲールさん、さっき銃声が聞こえたんですが?」

「気のせいです」

「いや、気のせいじゃないでしょ」

「空耳です」

 

 美遊とクロエの言葉をばっさり切り捨てつつ、ナイチンゲールは待っていた立香の前へと進み出た。

 

「お待たせしました立香。それでは参りましょう。この国を蝕む、病巣を排除する為に」

「あ、ああ」

 

 若干、苦笑気味に頷きを返す立香。

 

 頼もしい仲間が加わったと思う反面、聊か、扱いに困るのも確かだった。

 

 思えば、これまで仲間になったバーサーカーは、清姫やアステリオスなど、比較的、話の分かる者達ばかりだった。そう考えれば、ある意味でナイチンゲールは、実にバーサーカーらしいバーサーカーと言えるかもしれません。

 

「じゃあ、まず、どこに行くべきだろうか?」

「そうですね・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねる立香に、ナイチンゲールが答えようとした。

 

 その時、

 

 

 

 

 

「お待ちなさい、フローレンス。持ち場を離れる事は許さなくってよ」

 

 

 

 

 

 突然、呼び止められて振り返る。

 

 一同が視線を向けた先には、小柄な少女が、険しい視線を向けて佇んでいた。

 

 まるで西洋人形を思わせるその少女は、先程、アメリカ軍を指揮していた少女である。

 

 その傍らには、ディルムッドを狙撃して、響を援護した、あのスナイパーの少女も立っていた。

 

「バーサーカーであるあなたが勝手な行動を取れば、戦線は混乱する事になるわ。判るでしょう」

「いいえ、判りません」

 

 詰問口調で告げる少女に対し、ナイチンゲールはバッサリと切り捨てるように答えた。

 

「私の役目は人々を治療する事。そして兵士たちを治療する為の根源が見つかりそうなのでそれを探しに行くだけです。それを邪魔するのは、たとえ誰であろうと許しません」

「もっともな理由ね。けど、王様は認めないわよ」

 

 王様、とは、このアメリカと言う国にそぐわない呼び名だった。

 

 (少なくとも体面上は)民主主義を掲げるアメリカに「王」は存在しない。いるのはあくまで国家最高指導者である大統領だけなのだが。

 

 だが、脅しをかける少女に対して、ナイチンゲールは平然とした態度で言葉を返す。

 

「王様? そんな人物に私を止める事などできません。より、効果的な根幹治療の提示があるなら話は別ですが」

 

 案の定と言うか、ナイチンゲールは意見を変えようとしなかった。

 

「ん、ナイチン、強い」

「うん。王様程度じゃ相手にならない」

 

 やれやれと、肩を竦める響と美遊。

 

 たとえ神であっても、ナイチンゲールの行く手を遮る事はできないのではなかろうか。

 

 と、

 

 そんなナイチンゲールを牽制するように、銃士の少女が前に出た。

 

「エレナ女史。ここは私が」

「良いわ、ミス・キメラ。あなたこそ下がっていなさい。流石にフローレンスと戦えば、あなたも無事では済まないでしょ」

 

 言われて、キメラと呼ばれた少女は、低頭しつつ下がる。

 

 そんな2人のやり取りを見ながら、マシュが何かに思い至ったように声を掛けた。

 

「あの、もしかしてあなた方もサーヴァントなのですか?」

「ええ。その通りよ。もっとも、わたし達は既にマスターを決めてしまっているから、そちらに協力はできないのだけど」

 

 言ってから、少女は改めて立香達の方へと向き直る。

 

「申し遅れたわね。私の名前はエレナ・ブラヴァツキー。『ブラヴァツキー婦人』と名乗った方が判り易いかしら? まあ、今は若い頃の姿で召喚されたのだけど。結婚すると姓が変わるから面倒よね」

 

 やれやれと名乗って苦笑する少女。

 

 エレナ・ブラヴァツキー

 

 19世紀のウクライナ人。

 

 しかし、その活動地域は一つの国に留まらず、世界中を飛び回ったとされる。

 

 極めて近代に生まれながらも、先進的なオカルト思考を持ち、神智学の祖とも言われている才媛。

 

 特に、太古の昔、インド洋に存在したとされる幻の大陸「レムリア」の存在を信じ、調査の過程で高位存在である「マハトマ」、更にはその集合体である「ハイアラキ」とも接触したと言われる。

 

 もっとも、エレナ自身の研究では、レムリア大陸はインド洋ではなく太平洋にあったのでは、とされているが。

 

 極めて近代に生まれながら、魔術師の到達点である「根源」への可能性を見出した天才魔術師である。

 

「彼女はキメラ。まあ、本人がそう名乗っているだけなのだけど」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて、キメラと呼ばれた少女は黙したまま佇む。

 

 名乗りを終えたエレナは、改めてナイチンゲールに向き直る。

 

「さあ、何度も言わせないで。戻って兵士たちの治療をなさい」

「それこそ、何度も言わせないでください。今は根幹治療をこそ優先すべきです」

 

 どこまでも平行線をたどる、ナイチンゲールとエレナ。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・仕方ないわね」

 

 嘆息するエレナ。

 

 バーサーカーと言う特性。そしてナイチンゲールの性格を考えれば、言う事を聞かないであろうことは容易に想像できたこと。

 

 だからこそ、

 

 エレナはここに来る前に手を打っておいた。

 

「任せたわよ、カルナ」

 

 言いながら、

 

 エレナは視線を、立香達の背後に向ける。

 

 果たして、

 

 振り向いた先には、

 

 いつの間に現れたのか、鋭い目付きをした、痩身の男がこちらを向いて佇んでいた。

 

 一見するとただの優男のようにも見えるが、その総身より発せられる存在感は、次元が違うレベルに達している。

 

「不意打ちだ。悪く思え」

 

 言い放つと同時に、

 

 男の身体から、莫大な量の炎が噴き出す。

 

「先輩ッ!!」

 

 マシュが前に出て大盾を掲げるのと、男が炎を放つのは、ほぼ同時だった。

 

梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)!!」

 

 次の瞬間、

 

 視界全てを焼き尽くすほどの炎が、マシュの防御ごと、全員を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 視界の先で立ち上った炎を、3人の人物が渋面と共に眺めていた。

 

「参ったね、グリーン。一足遅かったみたいだよ」

「そうみたいっすね・・・・・・つーか、何すか、そのグリーンって?」

 

 ややげんなりした調子で尋ねる青年に、その傍らに立った少年が笑顔で答える。

 

「コードネームだよ。緑だからグリーン」

「じゃあ、オタクのサンダーってのは?」

「格好いいじゃん、雷。それに僕の銃の名前でもあるし」

「・・・・・・そうですかい」

 

 付き合ってられんとばかりに、肩を竦めるグリーン。

 

 まったく、アウトローと言う連中は、お気楽で困る。

 

 どうにも同類扱いされているらしい自分の立場については、諦念するしか無いようだ。

 

 とは言え、状況はあまり楽観もしてられない。

 

 今、アメリカ大陸を舞台に争う者たちの中で、自分たちが最も弱小である。

 

 だからこそ、カルデアの来訪を察知した時点で接触を図ろうとやって来たのだが。

 

 一歩遅く、カルデアの身柄はアメリカ軍によって抑えられてしまったのだ。

 

「仕方がない。取りあえず、連絡員からの情報を待とう。捕えたって事は、彼等もすぐには殺す気は無いだろうし」

「だな。うまく行けば接触の機会もあるだろうさ」

 

 頷き合う2人。

 

 元より、劣勢の自分達である。作戦通りに行く事などありえない以上、常に次善、三善の策は考え行動しなくてはならなかった。

 

「君も、それで良いよね、ピンクちゃん?」

「良い、けど・・・・・・何でわたし達だけ色で呼ばれてるんですか?」

「ですよねー、何か適当感たっぷりなんですけどー?」

 

 不満を漏らす青年と少女に、少年は誤魔化すようにアハハーと笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラガラと言う、耳障りな音で、立香は目を覚ました。

 

 うっすらと開ける視界を見れば、どうやら車の荷台か何かに寝かされていたらしい。

 

「兄貴、目が覚めた?」

「ああ、ここは?」

 

 覗き込んで来た妹に答えつつ、周囲を改めて周囲を見回す立香。

 

 周りにはマシュ、ナイチンゲール、響、美遊、クロエと言ったサーヴァント達の姿がある。

 

 全員、拘束もされていなければ、武装解除もされていない。

 

 逃げようと思えば逃げれなくも無いのだが。

 

 しかし、

 

「起きたのは結構だけど、下手な気は起こさないでね」

 

 前の席に座っているエレナが、くぎを刺すように告げた。

 

 女史の隣には、彼女の護衛でもある少女、キメラが佇んでいる。

 

 そして、

 

 荷台の入り口には、門番のように痩身の男が立っている。

 

 その正体はインドの大英雄にして、太陽神スーリヤと、人間の姫クンティーとの間に生まれた、半神半人の戦士カルナ。

 

 インドの叙事詩「マハーバーラタ」において、主人公アルジュナの終生のライバルとして登場する。

 

 生まれながらにして母に疎まれ、川に捨てられると言う悲劇に遭いながらも、誠実な人々によって拾われたがために、自身も清廉な武人へと成長していく。

 

 やがて数奇な道程を経て、異父弟であるアルジュナとの運命の対決へと向かっていく。

 

 清廉にして誠実。

 

 己の全てでもって、全ての他者を救おうとした「施しの英雄」。

 

 インドの歴史においては間違いなく最強の一角であり、その実力はギリシャの大英雄ヘラクレスとも互角に渡り合えると言われている。

 

 この場にいるカルデア側のサーヴァント全員が束になって掛かっても、返り討ちに遭う可能性が高かった。

 

「機械兵士には、マスターを優先的に狙うように命令してあるわ。カルナは、マスターだけは狙わないって言う拘りがあるみたいだから動かないだろうけど」

「それは誤解だ、ブラヴァツキー」

 

 エレナの説明口調を遮るように、カルナが口を開いた。

 

「俺とて状況次第ではマスターを優先する。もっともその場合はマスター殺しを良しとする道理と信念、そして覚悟を示す必要がある。例えば、そうだな。命令する者が、自らの命と引き換えにする、と言うのであれば考慮する用意がある」

 

 それは実質的にマスター殺しを真っ向から否定しているに等しい。

 

 堅物な上に融通も利かない。

 

 もし、こんな奴が通常の聖杯戦争に召喚されでもしたら、さぞかしマスターは気苦労を募らせることだろう。

 

「ほらね。まあ、それでもあなた達が逃げられない事には変わらないのだし、良い子で大人しくしてなさい」

「いったい、何が目的なんだ?」

 

 カルナと言う大英雄がいる以上、エレナたちは立香達の生殺与奪を完全に握っている事になる。

 

 それでも殺さないと言う事は、何か目的がある事が判る。

 

 尋ねる立香。

 

「それは、王様に会ってからのお楽しみ。きっと驚くわよ、あなた達」

 

 そう言うとエレナは、意味ありげに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 道すがら、エレナはアメリカ大陸における現状を伝えてくれた。

 

 今、アメリカ大陸の西側は、彼女らが戴く「王」が統治するアメリカ合衆国となっている。

 

 彼らは元々、イギリスを相手に独立戦争を戦っていたのだが、そこへ突如、現れたケルト軍によって、敵であるイギリス軍諸共に蹴散らされてしまったのだ。

 

 ディルムッドやフィンの登場によってある程度は予想していたが、どうやら今回、アメリカ大陸にはケルトの英雄たちが現界しているらしい。

 

 となれば、アメリカ軍の苦戦も頷けると言う物。

 

 ケルト兵達は、1人1人が英霊として召喚されてもおかしくもない猛者達。おまけに全員、己の命すら厭わない、リアルバーサーカーとでも言うべき連中だ。

 

 陣形を組んで相互に連携、援護を行い、火力を集中する、言ってしまえば「お行儀の良い戦い方」に慣れたアメリカ兵士ではひとたまりも無かった事だろう。

 

 言わば現状のアメリカは、西側を統治するアメリカ合衆国と、東側を実効支配するケルト軍と言う、いわば南北戦争ならぬ「東西戦争」と言う様相を呈していた。

 

 

 

 

 

 やがて、エレナに連れてこられた一同の目の前に、西洋風の城塞が見えて来た。

 

 どうやら、あれがアメリカ合衆国の「王」がいる城らしい。

 

「ホワイトハウスはケルト人に占領されちゃったしね。まあ、ケルト人が相手なら、こういうのもありじゃない」

 

 苦笑しつつ肩を竦めながら、エレナが城の中へと入っていく。

 

 そこへ、門衛替わりの機械歩兵が、エレナを認め挨拶をしてきた。

 

《お帰りなさいませブラヴァツキー夫人、ミスター・カルナ様。大統王がお待ちです。すぐにおいでください》

「ありがとう。すぐ行くわ」

 

 機械兵士にも丁寧に返事をするエレナ。

 

 だが、

 

「だ、だいとうおう? な、何それ?」

「フォウ?」

 

 凛果と、肩に乗っかったフォウが、唖然とした調子で首を傾げる。

 

 大統領ではなく、大統「王」と来た。

 

「何か、馬鹿っぽいネーミングね」

「い、いや、それは・・・・・・」

 

 ストレートなコメントをするクロエに、やや躊躇いがちに窘める美遊。

 

 とは言え、歯切れが悪い当たり、美遊も感想は同じらしい。

 

 そんな一同の反応に、エレナも苦笑する。

 

「まあ、気持ちは判るんだけど、でも、そこが彼の良いところなのよね。わたし達にはできない発想だし」

 

 一方、

 

 城塞を見上げていたナイチンゲールが、目を細めて立ち尽くしている。

 

「ん、ナイチン、どした?」

「いえ。ここに、彼女たちの雇い主がいる訳ですね」

 

 漲る殺気を隠そうともしない婦長。

 

 下手をしなくても、このまま殴り込む勢いである。

 

 だが、

 

「やめておけ」

 

 彼女の背後に、牽制するように立つ影。

 

「それは悪手だぞナイチンゲール。もう暫く、その撃鉄は休ませてやれ。世界の兵士を癒そうと言うなら病巣を把握しろ。それとも、お前は短絡的なのか?」

「その間にも兵士たちは死んでいく。それでも耐えろと言うのですか?」

「そうだ。慣れる事無く耐えてくれ。お前には難しいだろうが、これも試練だ」

 

 諭すように、インドの大英雄は告げる。

 

 対して、ナイチンゲールはカルナと真っ向から対峙する。

 

 たとえ相手が世界最強の大英雄だったとしても関係ない。我が道を阻むなら殴り飛ばして押し通る。

 

 一触即発の状況の中、それでもカルナは冷静に言葉を紡ぐ。

 

「それとも、長期的な治療は主義にもとるか? だとすれば、手の施しようが無いのはどちらだ? お前の方か? それとも、この大地か?」

 

 ナイチンゲールとは対照的に、カルナからは一切の殺気が出ていない。

 

 だが、

 

 それでも大英雄の実力をもってすれば、やろうと思えば一瞬でナイチンゲールを取り押さえる事も、命を奪う事も不可能ではない。

 

「私の治療が間違いだとでも?」

「そうではない。間違いは誰にでもある、と言う事だ。自身の考えが絶対だと信じたとき、人間は破滅する。お前がここで無為な死を迎えれば、それこそ意味がなかろう」

 

 まるで僧侶が禅を説くように語り掛けるカルナ。

 

「何事にも順序がある。ここで一時の敵を倒したとしても、更なる悪が栄えるだけかもしれんぞ」

 

 病気の根治治療を目指すならば、病巣の一か所のみを見ても意味はない。病態全てを見て把握し、何を切除すれば最も効果的か、見極める必要がある。

 

 カルナが言いたい事は、そういう事だった。

 

 ややあって、

 

 ナイチンゲールから殺気が消えた。

 

「・・・・・・判りました、ならば一時、この銃口はしまっておきましょう」

 

 殊勝な事を言うナイチンゲール。

 

 だが、

 

 カルナは嘆息をもって迎える。

 

「まったく、これ以上ないほどの虚言だな」

 

 銃はいつでも抜けるようにしてある。

 

 まったく信用できない婦長の発言に、大英雄は一層の警戒を強めるのだった。

 

 

 

 

 

 城は、内部も古典的な作りだった。

 

 石造りの廊下と壁。

 

 アメリカの国旗が、いっそ違和感となって映る程である。

 

 そこで、謁見の間と思われる場所に通された立香達は、しばし待たされることとなった。

 

「うう、緊張してきたね。いったい、誰が来るんだろう?」

「フォウッ フォウッ」

 

 凛果が、そわそわした調子で尋ねる。

 

 ここまでもったい付けられたのだ。期待と不安が入り混じるのは判る。

 

 一方で、立香はどこか、不安を抱えていた。

 

 いや、不安と言うより何と言うか、

 

 漠然と「イヤな予感」がしていたのだ。

 

 と、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおおお!! ついに、あの天使と対面する時が来たのだな!! この瞬間をどれほど焦がれた事か!! ケルト共を駆逐した後に招く予定であったが、早まったならそれはそれで良し!! うむ、予定が早まるのは良い事だ!! 納期の延期に比べれば大変良い!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、響き渡る大音声が、一同の度肝を抜く。

 

 その様子に、流石のエレナも呆れて嘆息する。

 

「はあ、歩きながらの独り言は治らないのね。もう少し小声でやってくれないかしら?」

「独り言ッ!? あれがッ!?」

 

 仰天する立香。

 

 明らかに壁越しにしゃべってるのは判るのに、まるで応援団の大号令のように、鼓膜がたわむほどの声量だ。

 

 正直、人間の声とは思えない。

 

 声だけで魔獣とも渡り合えそうである。

 

 だが、

 

 扉を開けて入って来た「大統王」の姿は、

 

 ぶっちゃけ、斜め上のサーヴァントユニバースまで突き抜けていそうな感じだった。

 

 逞しい体躯に青いスーツ。肩にはなぜか、光る電球が設置されている。

 

 ここまでは良い。

 

 まずは良いッ

 

 本当に良い!!

 

 良いからッ

 

 良いと言う事にしとけッ

 

 でないと話が進まん。

 

「率直に言って、大儀であるッ!! みんな、初めまして、おめでとう!!」

 

 なぜなら、

 

「もう一度言おう、大儀である!!」

 

 なぜなら、

 

「我が名はトーマス・アルバ・エジソン!!」

 

 そう名乗った人物の、

 

 首から、

 

 上が

 

「このアメリカ合衆国の『大統王』である!!」

 

 真っ白いライオンの顔をしていたからである。

 

 

 

 

 

第3話「東西分断」      終わり

 



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第4話「獅子の如く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「フォウ?」

 

 絶句する、藤丸立香以下、カルデア特殊班一同。

 

 トーマス・アルバ・エジソンなる、大統王(ライオンさん)が繰り出した、極めて破壊力の高い先制パンチに、誰もが言葉を失っていたのだ。

 

 傍らに立つカルナはノーコメント。キメラと名乗っている銃士の少女も、興味なさげにそっぽを向いている。

 

「ほらね、やっぱり驚いたでしょ」

 

 ただ1人、エレナだけが、可笑しそうにコロコロと笑っている。

 

 確かに、これで驚くなと言う方が無理だろう。どんな未来予知の能力者であったとしても、これを見通す事など、出来る訳がない。

 

 トーマス・アルバ・エジソンと言えば、言わずと知れた発明王。

 

 白熱電球、映画、蓄音機、トースター、電話など、現代でも広く使われている多くの日用品を生み出した化学発展の父。

 

 また、彼は典型的な科学者にありがちな、化学崇拝とも言うべき頑迷さは無く、オカルト的な思考にも理解と興味があったと言われている。これは、彼が最後に完成を目指した発明品が、死者と会話する事が可能となる「霊界交信機」であったと言われている事からも明らかであろう。

 

 そのエジソンが、

 

 その偉大なる発明王が、

 

 こんなとんちきなライオンヘッドだった、などと誰が想像し得ようか?

 

「あの、本当に、あなたがエジソン、なのか?」

「いかにも、その通りだよ、少年」

 

 尋ねる立香に、鷹揚に頷くライオン、もといエジソン。

 

 と、

 

「チーチチチチ」

「ちょっとヒビキ、やめなさいッ 噛まれるわよ!!」

「うん。まずは保健所に連れて行って、予防接種を受けさせてからでないと」

「フォウッ フォウッ」

「君達、失礼過ぎじゃないかね?」

 

 チビッ子サーヴァント達の反応に、地味に落ち込むエジソン。

 

 どうやら、本人的には割と気に入っているらしかった。

 

 流石に見かねたマシュがフォローに入る。

 

「あ、あの、すみません。今までいろいろな物を見て来たので、皆さん、割と慣れてしまっていると言うか・・・・・・とにかく、皆さん、ミスター・エジソンに謝罪を」

「「「ごめんなさい」」」

「フォウッ」

 

 素直に頭を下げる3人。

 

 その姿に、エジソンは咳ばらいをして威厳を取り戻す。

 

「う、うむ。素直でよろしい。素直な子供は宝だからな。勿論、大統王は寛大な心でもって許してあげるとも」

 

 そう言うとニカッと笑う。

 

 が、ライオンが大口を開けている風にしか見えないのが何とも。

 

「そして・・・・・・」

 

 エジソンは次いで視線を巡らせる。

 

 その獣じみた(文字通り)視線が、立香の傍らに立つ婦長を見る。

 

「あなたがフローレンス・ナイチンゲールですな。報告通り美しい。不幸にも生前に知り合う機会はありませんでしたが、今この瞬間こそエネルギーの、いや、魂の奇跡でしょう。私は戦場に生きるものではありませんが、だからこそあなたの信念を、理性を尊重する。ぜひ、あなたの力を貸していただきたい。医療の発展は勿論、兵士の士気向上、広告塔としての効果は計り知れないのだからな」

 

 捲し立てるように言って大笑するエジソン。

 

 そんなライオンヘッドを、当のナイチンゲールは冷ややかな目で見つめる。

 

「成程、あなたがトーマス・エジソン・・・・・・・・・・・・」

 

 どこか、納得したように呟く。

 

「失礼。まさか、人間ではなかったとは知りませんでした」

「うん。猫的って言うか、サバンナ的?」

 

 同意だとばかりに頷く凛果。

 

 まさか、こんなのが出てくるとは思いもよらなかった。

 

 と、

 

 先程の響達の反応と言い、不満だったらしいエジソンが吼える。

 

「何を言うッ 私は紛う事無き人間である。人間とは理性、知性を持った上位存在であり、それは肌の色や顔の形で区別されるものではない。私が獅子の頭になったところで、それが変わる訳でもない。私は知性ある人間、エジソン。それだけの事である」

 

 言い切りやがった。

 

 つまるところ、生前は普通の人間だったが、召喚されたらライオンヘッドになっていた、と言う事のようだ。

 

 この手の事例はそれほど珍しくもない。

 

 実際に体験した例でいえば、エリザベート・バートリ。彼女は生前の「女吸血鬼」としてのイメージが先行し、羽や牙が生えていた。

 

 もっともエリザベートが、そうした姿で召喚された自分を見て諦念にも似た感情で受け入れていたのに対し、エジソンの場合は「其れもまた良し」と前向きになっている辺り、スケールが違っているのだが。

 

「はいはい、エジソン。演説はそれくらいで良いでしょ。いい加減、話を進めましょう」

「むう、確かにエレナ君の言う通り。時間とは決して戻らない、貴重な物だからな」

 

 エレナに指摘され、エジソンは改めて、この中で交渉すべき相手。

 

 すなわち、特殊班リーダーの藤丸立香へと向き直った。

 

「君が、人類最後のマスターである、藤丸立香君だね。単刀直入に言おう。4つの時代を修正したその力を活かし、我々と共にケルトを駆逐せぬか?」

 

 持ち掛けられた内容は、ある意味で予想通りの物だった。

 

 北米大陸を東西に分断する形で抗争を続けているアメリカ軍とケルト軍。

 

 しかし、先の戦いを見るに、どうにも旗色はアメリカ軍に悪いようだ。

 

 サーヴァントは勿論、ケルト兵は1人1人が歴戦の勇士たち。それも、死をも恐れない狂戦士の群れだ。言っては何だが、銃で武装した程度の通常の兵士では対抗が難しい。

 

 それを補うために機械歩兵なのだろうが、それでもサーヴァントが戦線に出てくればひとたまりも無いのは、火を見るよりも明らかだった。

 

 兵力は十分にある。

 

 だが目下、エジソンたちにとって喉から手が出るほど欲しいのは、戦力の中核となるサーヴァントであり、部隊を率いる「将」なのだ。

 

 そこに来て、サーヴァント4騎を有するカルデア特殊班の登場は、正しく渡りに船だった。

 

 エジソンたちとしては、是が非でも身柄を確保したい所だろう。

 

「アメリカ合衆国は資本と合理が生み出した最先端の国。この国は我々の物であり、知性ある者たちの住処だ。しかしケルトの奴等はまるでプラナリアのように増え続け、その兵力差でアメリカ軍は敗れ去った」

 

 もし、アメリカにエジソンが召喚されなかったら、あふれ出るケルト軍に蹂躙されつくされていた事だろう。

 

 エジソンが機械兵士を開発し、軍組織を改編、兵站を整えた事で、ようやく戦線を押し返す事に成功したのだ。

 

 しかし、サーヴァント数の差は如何ともしがたい。

 

 いかに大兵力を投入して拠点を確保できたとしても、サーヴァントが1騎出現しただけであっさり取り戻されてしまう事もある。

 

 このままでは、再び戦線を押し込まれるのも時間の問題だった。

 

「現状、こちらのサーヴァントは私を含めて、この場にいる4騎のみ。他のサーヴァント達は皆、こちらに着く素振りすら見せん。全く、嘆かわしいにも程がある。アメリカを救うために召喚されたサーヴァントが、敵を恐れて戦いを拒否するなど。私に理性が無ければ絶叫している所だ」

 

 言いながらグワッと大口を開けて絶叫するエジソン。

 

 理性とは一体。

 

「お、落ち着いてください、ミスター・プレジデント!!」

 

 取りなすように、マシュが間に入った。

 

「世界を救うと言うならば、我々も協力するにやぶさかではありません」

「おお、君は話が分かるな!!」

 

 マシュの誠実な対応に破顔するエジソン。

 

 もっとも、ライオンが吼えているようにしか見え(以下略)

 

「実に良い、食いつきたくなるボディだ」

 

 と、マシュの、甲冑の上からでも確認できる胸を評するエジソンに、すかさずフォウが飛びついた。

 

「フォウッ フォウーッ」

「これ、叩くなッ 噛むな小動物!! 今のは感動の表現だ。私は淑女には手を上げん!!」

 

 小さなフォウにかみつかれ、たじたじになるエジソン。

 

 小動物に噛みつかれて悲鳴を上げるライオンというのも、なかなか情けない光景である。

 

 まあ、マシュの胸が、なかなか程よい大きさを誇っている点については、全面的に同意だが。

 

 と、

 

「2つほど、質問よろしいですか?」

 

 目の前で行われているコントを無視して挙手したのはナイチンゲールだった。

 

 凛果にフォウをどけてもらいながら、エジソンは居住まいを正す。

 

「何かね? 他ならぬあなたの言葉だ。真摯に答えよう。うむ、紳士、真摯に答える。おおエレガンティック!! カルナ君、今のを大統王録に記しておいてくれたまえ」

 

 上機嫌で、日本のオヤジギャグを飛ばすアメリカ大統王。

 

 カルナの方は淡々とした態度を取っているが、どことなく呆れているような雰囲気が伝わってくる。

 

 構わず、ナイチンゲールは続ける。

 

「1つ目の質問です。ここに来るまでに何度か機械化兵団を見ましたが、あれはあなたの発案なのですか? あなたの言う新体制の目指すところだと?」

「うむ。その通りである」

 

 エジソンは大きく頷くと、説明に入った。

 

 国家団結し、全ての国民が一丸となってケルト軍を迎え撃つ。

 

 老若男女、勿論、人種の別も問わず、全国民が機械化兵団となって戦い、敵を打ち破る事こそがエジソンの理想だった。

 

「勿論、その為には大量生産ラインを確保しなくてはならない。各地に散らばった労働力を確保。1日20時間の労働。休む事のない監視体制。無論、福利厚生も最上級の物を用意する。娯楽無くして労働無し。我々は3倍遊び、3倍働き、3倍勝ち続ける。それが、私の目指す新しいアメリカだ」

「人間の限界を知らないのか?」

「う~ 楽しいのは良いけど、3倍働くってのはちょっと・・・・・・」

「フォウ」

 

 エジソンの主張に、藤丸兄妹が難色を示す。

 

 機械なら良いかもしれないが、人間は体力と言う限界からは逃れられない。エジソンの主張は、あまりにも現実味がないように思える。

 

 心なしか、凛果の腕の中にいるフォウも、呆れているように見えた。

 

「2つめの質問です」

 

 ナイチンゲールの声が響く。

 

「あなたは、いかにして世界を救うつもりですか?」

「あの、それなら、聖杯を確保すれば達成されます」

 

 エジソンよりも先に答えたのはマシュだった。

 

 これまでの特異点で、聖杯の確保が至上の課題だった。

 

 聖杯を獲得して特異点と化した時代を修正する。それがカルデア特殊班の使命である。

 

 今回もまた、聖杯を確保できれば、全て解決するのは間違いなかった。

 

 だが、

 

「いいや、時代を修正する必要はない」

 

 エジソンの口から出たのは、意外な言葉だった。

 

「どういう事だ?」

 

 戸惑う立香に、エジソンは諭すように言った。

 

「聖杯があれば、私が改良して時代の焼却も防げよう。そうすれば、他の時代と全く異なる時間軸に、このアメリカと言う世界が誕生する事になる。既に、その為の計算も終えている。十分可能だと言う結論も得た」

 

 聖杯を獲得するところまでは同意。

 

 だが、求める答えは全く違うものだった。

 

 エジソンは言わば、このアメリカを人理焼却の炎から切り離し、一種の独立国家と化す事で滅びの一切から守ろうと考えているのだ。

 

 だが、

 

 エジソンの話の中で、どうしても確かめなければならない箇所があり、立香は口を開いた。

 

「なら、他の時代はどうなるんだ?」

 

 尋ねる立香。

 

 対して、

 

 エジソンは、少し躊躇うようなそぶりを見せてから口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・滅びるだろうな」

 

 至極、あっさりと言ってのける。

 

 そう。

 

 エジソンの考えは、要点を纏めると「アメリカだけを救い、他を見捨てる」と言う事だった。

 

 聖杯を手に入れ時代を修正すれば、確かに人類史は守れるかもしれない。だが、これからも続く魔術王との戦いに万が一敗れれば、アメリカごと世界は滅びる事になる。

 

 だが今なら、

 

 自分の力をもってすれば、アメリカだけは守る事が出来る。それも、確実に。

 

 不確定な可能性に賭けるより、確実な未来を選択する。

 

 それがエジソンの主張だった。

 

 だが、

 

「それじゃあ意味がないッ」

 

 当然、立香は反論する。

 

 それでは、カルデアがこれまで、多くの犠牲を払いながら戦ってきた意味を否定する事になる。何より、世界中に住み、人類史を形成し、そしてこれからの未来を創り出すであろう、全ての人類を捨て去る事になる。

 

 絶対に、受け入れられるものではなかった。

 

「何を言う」

 

 立香の反論に対し、エジソンも退かずに答える。

 

「これほど素晴らしい意味があろうか? このアメリカを永遠に残すのだ。私の発明がアメリカを作り直すのだ。ただ増え続け、戦い続けるケルト人共に示してくれる。私の発明こそが人類の光、文明の力なのだと!!」

 

 他の者では不可能だったかもしれない。

 

 他の英霊、

 

 否、

 

 たとえ神霊であったとしても、ここまでの事を発想し、実行に移そうと言うだけの行動力は持ち得ないだろう。

 

 他ならぬ、トーマス・アルバ・エジソンだからこその閃きと実行力だった。

 

 だが、

 

 吼えるエジソンに、冷ややかな視線が斬りかかる。

 

「その為に、戦線を拡大するのですか?」

 

 ナイチンゲールが、真っすぐにエジソンを見据えながら言った。

 

「戦いで命を落とす兵士を見捨てて?」

「決して切り捨てたくて切り捨てているのではない。だが、今は私にとって、この国がすべてだ。王たる者、まず、何よりも自国を守護する責務がある」

「ですがッ!!」

 

 反論したのはマシュだった。

 

 前髪に隠れた片目を見開き、盾兵の少女は大統王に言い募る。

 

「英霊なら世界を守る義務がッ 理想が、願いがあるはずです!!」

「そうですね。今の私ですら、理性の隅でそう考えるところがあります」

 

 マシュの言葉に同意しながら、ナイチンゲールはエジソンに向き直る。

 

 心なしか、その瞳に宿る冷気は、更に密度を増したように思えた。

 

「ミスター・エジソン。今のミス・キリエライトの言葉を否定するならば、あなたはただの愛国者に過ぎません」

「そうだとも」

 

 対して、エジソンは否定するでもなく、むしろ誇らしげに頷いて見せる。

 

「王たる私が愛国者で何が悪い?」

 

 傲然と胸を反らす大統王。

 

 自らの理想を、信じて疑わぬ者の超然たる態度。

 

 だが、

 

 その言葉が、決定的だった。

 

「そうですか」

 

 ナイチンゲールは悟る。

 

 目の前の男とは、決して相容れないであろうことを。

 

「であるならば、私のするべき事は一つです!!」

 

 婦長の手が、腰の拳銃へと延びる。

 

 だが、

 

 それよりも早く、事態を予期していた大英雄が動く。

 

「そこまでだ、ナイチンゲール」

 

 カルナはナイチンゲールの肩に手を置いて、動きを制する。

 

「ここでの戦闘は許さん。それこそ、俺の命に代えてもな」

 

 軽く肩に手を置いてあるだけのようにも見えるが、カルナはたったそれだけの行動で、完全にナイチンゲールの動きを封じていた。

 

 だが、ナイチンゲールもまた、その程度で退くほどか弱くは無かった。

 

「離せッ 私は知っている!! こういう目をした長は、必ず全てを破滅に導く!! そうして最後には無責任にも宣うのだッ 『こんな筈ではなかった』とッ!!」

 

 それは、クリミア戦争で泥沼の地獄を体験したからこそ言える言葉。

 

 上官の曖昧な判断、優柔不断な態度、そして甘すぎる理想論に振り回され、何十万と言う兵士たちが前線で死んでいった。

 

 後方でふんぞり返り、自分は一切、前線に出ないような人間たちが、まるで特権のように兵士たちの命を消耗して、顧みようともしない。

 

 そして最後には決まって責任放棄と転嫁に走る。

 

 そんな無責任な連中を、生前のナイチンゲールは何人も見て来た。

 

 そうした生前の無能な上官と、目の前にいるエジソンが重なって見えていた。

 

 暴れるナイチンゲール。

 

 だが、カルナもまた、彼女を掴んだ手を緩める事は無い。

 

 そんなナイチンゲールを制したのは、

 

 立香だった。

 

 少年は真っ向から大統王に対峙する。

 

「すまない。けど、あなたの意見に、賛同はできない」

 

 見れば、

 

 凛果も、マシュも、響も、美遊も、クロエも、

 

 皆、立香の意見に賛同するように、彼の背後に立つ。

 

 そもそも、エジソンは交渉する相手を間違えている。

 

 立香、凛果、響、美遊は日本人。

 

 クロエは日本人とドイツ人のハーフ。

 

 ナイチンゲールはイギリス人。

 

 マシュの出身地は不明だが、少なくともアメリカではない。

 

 この中にアメリカ人は1人もいない。

 

 「アメリカだけを残して他を見捨てる」などと言う選択肢に、そもそも賛同するはずが無い。

 

 何より、これまでフランス、ローマ、オケアノス、ロンドンと、4つの世界を巡り、特異点を修正してきた。

 

 エジソンに賛同すると言う事は、そこで触れ合った仲間達や、助けた人々を見殺しにする事になる。

 

 たとえ天地が逆転しても、それはあり得なかった。

 

「・・・・・・意外と言えば意外だな。裏で何か策するにしても、共闘は承知すると思っていたのだが」

 

 対して、エジソンは少し落胆したように言った。

 

「その誠実さ、真摯さ、トーマス・アルバ・エジソン個人としては許すべきだろう。しかし残念ながら、大統王としては、お前達をここで断罪しなくてはならない」

 

 サッと、手を振るエジソン。

 

 同時に、謁見の間の扉が一斉に開き、機械歩兵が雪崩れ込んでくる。

 

 その数たるや、あっという間に謁見の間を埋め尽くしてしまう。

 

 直ちに、立香と凛果を守るように、陣を組むカルデア特殊班。

 

 だが、大量の機械歩兵に加えて、大英雄カルナやエジソン、エレナ、キメラと言ったサーヴァント達の存在もある。

 

 状況は、きわめて不利だった。

 

「やれッ」

 

 腕を振り翳すエジソン。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何もない空間から奔った無数の矢が、次々と機械歩兵を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何事だッ!?」

 

 驚くエジソンの目の前で、数体の機械歩兵が撃ち抜かれて倒れる。

 

 崩れる、包囲網の一角。

 

 その瞬間を逃さず、カルデア特殊班が動いた。

 

 響が刀を抜いて斬り込み、クロエは双剣を投影、マシュは大盾を掲げてマスター2人を守る態勢を取る。

 

 一瞬の乱戦。

 

 だが、サーヴァント達にとっては、それで十分だった。

 

 たちまち、機械歩兵たちは響達に斬り倒され、無惨な残骸と化す。

 

 エジソン自慢の機械歩兵も、サーヴァント相手には形無しである。まさに、アメリカ軍が苦戦する理由を、この状況が如実に表していた。

 

 そんな中、

 

 黒白の双剣を翳した弓兵少女は、機械兵士に一顧だにせず大将首を狙う。

 

 跳躍と同時に双剣を振り翳すクロエ。

 

 だが、斬撃は中途で中断せざるを得ない。

 

 なぜなら、

 

 世界最強とも称される大英雄が、槍を振り翳して立ちはだかったからだ。

 

 カルナが繰り出した槍の一閃を、双剣を盾にして防ぐクロエ。

 

 否、

 

 防ぎきれない。

 

 少女の身体は、空中にあって吹き飛ばされる。

 

 同時に、双剣は砕け、床に散らばる。

 

「チッ」

 

 クロエは舌打ちすると、空中で猫のように宙返りし着地。

 

 同時に再度、投影魔術を展開。双剣を構え直す。

 

 睨み合う、弓兵少女と大英雄。

 

「不思議ね・・・・・・・・・・・・」

 

 声を掛けたのは、クロエの方だった。

 

「完全に初対面なのに、何なのかしらね? わたし、あなたの事は好きになれそうにないわ」

「奇遇だな。俺もお前を見るたびに、聊かの苛立ちは抑えられん。おかしなものだ。あいつ(アルジュナ)が相手と言う訳でもあるまいに」

 

 理由は判らない。

 

 因縁など、元よりある訳がない。

 

 しかし、

 

 カルナはクロエを、

 

 クロエはカルナを、

 

 互いに相容れないと感じていた。

 

 互いに刃を向ける両者。

 

 共に、隙有らば、いつでも斬りかかるつもりだった。

 

 一方、

 

 キメラと名乗る少女は状況を判断すると、無言のうちに行動を起こす。

 

 機械歩兵の残骸を遮蔽物にすると、手にしたライフルを取り出して構える。同時に腰のポーチから1発だけ弾丸を抜き放つと、慣れた手つきで薬室を開いて装填、ボルトを押し上げる。

 

 ここまでの所要時間、僅か2秒足らず。キメラは攻撃態勢を整える。

 

 向けられる銃口。

 

 しかし、

 

 その筒先は、何も無い空間へと向けられている。

 

 引き金を引くと同時に放たれる弾丸。

 

 次の瞬間、

 

「ウオっとォっ!?」

 

 突如、

 

 「何もない空間」から、青年が飛び出して来た。

 

 緑衣に身を包んだ、痩身の青年。

 

 慌てた様子ながら、しかし整然とした足取りで着地。

 

 右腕に装備した、小型のボウガンを油断なく構える。

 

「やるね、オタク。まさか、俺の宝具を見切るとは。こいつは、ちょっと傷付いたぜ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 緑衣の男の言葉に対し、キメラは無言のまま答える。

 

 別に難しい話ではない。

 

 キメラは別に、男がどこにいたのか、把握していたわけではない。

 

 ただ、飛んできた矢の方向と発射された位置。

 

 その大凡の見当を付けて銃撃を行っただけである。

 

 恐るべき直感と技術力。

 

 正しく、アーチャーになるべくしてなった女であると言えよう。

 

 と、

 

「貴様か、ロビンフッド」

「あらら。まさか、こんな所で知り合いに会うとはね」

 

 クロエに油断なく槍の穂先を向けるカルナ。

 

 対して、ロビンフッドと呼ばれた青年も、油断なく弓を構えながら、カルナと睨み合う。

 

 どこか、因縁めいた印象のある2人。

 

 だが、

 

「悪いんだけど、今日は遊んでいる場合じゃないんだよね。てなわけで、カルデアの!!」

 

 ロビンが声を張り上げる。

 

「タイミングを、見誤らないでよッ」

 

 言った瞬間、

 

 巨大な閃光が、謁見の間を破壊した。

 

「今だッ!!」

 

 ロビンの合図とともに、

 

 特殊班のサーヴァント達が動く。

 

 マシュが立香を、響が凛果を、それぞれ抱え上げ、フォウが響の頭へ飛び乗る。

 

 美遊とクロエが、機械歩兵を斬り倒しながら、今の砲撃で開いた穴へと飛び込むのに続き、マスターを抱えた2人も続く。

 

 一瞬の混乱の後、その場に残ったのは、エジソン以下、アメリカ軍の面々のみだった。

 

「・・・・・・魔力砲ね。それも、とんでもないくらい強力な」

 

 破壊跡を見ながら、エレナが告げる。

 

 つまり、ロビンフッドは初めから囮として場内に潜入。その間に外にいた仲間が脱出の手はずを整える。

 

 そうしておいて、ロビンフッドが攻撃を仕掛けたタイミングで、外の仲間が脱出口を開く。

 

 各人が互いを信頼してこそ成立する、高度な連係プレイだった。

 

「・・・・・・・・・・・・やれやれ、修理の為の資材がいるな。まあ、私の発明をもってすれば、この程度の修理に半日もかからんが」

 

 壁にできた大穴を見詰めながら、エジソンがポツリと呟いた。

 

 その背中は、落胆しているのが判る。

 

 もっとも、その落胆は城を破壊されたからではない。

 

 結局、カルデアとは袂を分かつ結果となってしまった。

 

 落胆しているのは、自分の理想に賛同してくれなかった藤丸立香に対してか、あるいは彼を説得できなかった自分自身に対してか。

 

「しょうがないわ、トーマス」

 

 友人を慰めるように、エレナが声を掛ける。

 

「誰しもが、あなたの理想を理解し、共感できるわけじゃない。王様はいつだって孤独だもの。それは、あなたにも判っているでしょう?」

「ああ、判っている。判っているとも、エレナ君」

 

 カルデアの協力が得られなかった以上、アメリカ軍の劣勢は続く事になる。

 

 しかし、それでも戦わなくてはならなかった。

 

 アメリカの民の為、自分自身の理想の為に。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 ロビンに案内されたカルデア特殊班は、追撃を振り切り、どうにか小高い丘の上まで逃げてくる事に成功していた。

 

「ま、ここまで来れば大丈夫でしょ。どうやら、連中も追ってはこないみたいだし」

 

 弓をしまい、警戒を解くロビン。

 

 と、

 

「うまく行ったみたいだね、グリーン」

 

 木立の影から、少年が顔を出す。

 

 金髪の下に、整った顔立ちを持つ小柄な少年だ。

 

 黒のジャケットに黒のレザーパンツ姿。腰には1丁の拳銃を刺している。

 

 英霊、と言うより、悪戯好きな近所の悪ガキと言った風情である。

 

 その姿に、ロビンは僅かに顔をしかめる。

 

「うまく行ったのは結構ですけどね。オタク、何もしてないじゃないの?」

「しょうがないでしょ。潜入が得意なグリーンがカルデアの人たちの確保。で、僕は、万が一、敵に動きがあった場合の攪乱と脱出支援が役割。まあ、敵は殆ど動きを見せなかったから、僕がする事は何もなかったんだけど」

「へいへい。貧乏くじを引かされるのは、いつもの事ですよ」

 

 肩を竦めて悪びれもしない少年に、ロビンは嘆息するしかない。

 

 しかし、こうした生意気な態度を見せても、少年に悪意のような物を感じる事が出来ないのは、一種のキャラクター性なのかもしれなかった。

 

「それに・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら、

 

 少年は空を仰ぎ見る。

 

「彼女もね」

 

 その視線の先で、

 

 舞い降りてきたのは、1人の少女。

 

 その姿に、一同は息を呑む。

 

 ピンク色の服に、白のミニスカート。

 

 流れる髪は銀色に輝き、白く整った顔立ちは、西洋人形を思わせる。

 

 可愛らしさと美しさを同居させた、形容しがたい美を体現した少女。

 

 何より、

 

 立香達を驚愕させたのは、

 

 その少女が、特殊班にいる、ある少女と容姿が瓜二つだったからに、他ならない。

 

「「イリヤッ!?」」

 

 叫ぶ、衛宮姉弟。

 

 それは、響の姉であり、クロエにとっては姉妹以上の「分身」と言える少女。

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 

 仲間内での愛称は「イリヤ」。

 

 それが、少女の名前だった。

 

 

 

 

 

第4話「獅子の如く」      終わり

 



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第5話「レジスタンス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞い降りた少女は、まるで天使のような可憐さを持っていた。

 

 流れるような銀の髪。

 

 やや薄紅の入った白い頬。

 

 愛くるしい瞳。

 

 およそ、人間離れしているようにさえ見える少女。

 

 ピンク色の衣装に、白いミニスカートが可愛らしさを引き立てている。

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 

 響の姉にして、クロエと同一の存在。

 

 そして、

 

 先のロンドンで散った衛宮士郎の妹に当たる少女。

 

 その天使の如き少女が、カルデア特殊班の前に舞い降りた。

 

 そして、

 

「わあッ ミユッ 久しぶりッ!!」

「えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 飛び出してきた少女にいきなり手を取られ、美遊は戸惑ったような声を上げる。

 

 無理も無い。

 

 イリヤにとってはどうか知らないが、美遊にとっては完全に初対面の女の子に、いきなりフレンドリーに接したりしたら、戸惑うのも無理ない話で合った。

 

「元気だったッ!? あ、ミユも、今はサーヴァントなんだッ わたしはね、キャスターなんだよ。ミユは何?」

「え、えっと、セイバー?」

「そっか。うんうん、似合ってるね、ミユ!!」

「あ、ありがとう・・・・・・・・・・・・」

 

 捲し立てるイリヤに、美遊は完全に押され気味になる。

 

 いきなり距離感ゼロで接しられ、どう反応して良いのか困っているのだ。

 

 流石に見かねて、弓兵少女が割って入った。

 

「ちょっとストップ、ストーップッ イリヤ、落ち着きなさいって」

「ほえ? あ、クロ、いたんだ?」

「あんたね・・・・・・・・・・・・」

 

 ノーテンキなイリヤのコメントに若干イラっとしつつも、取りあえず現状把握の為に、説明せねばならなかった。

 

「ごめんなさい」

 

 と、

 

 クロエが口を開く前に、美遊の方がイリヤに向けて言った。

 

「私は、あなたの事は知らないの。その・・・・・・別の、存在だから」

「別の、存在?」

「並行世界って事よ。イリヤだって、今はサーヴァントみたいだし、判るでしょ?」

 

 クロエが呆れ気味に説明する。

 

 イリヤがいた世界では、イリヤと美遊は親友同士だった。

 

 だが、美遊が居た世界では、残念ながら2人が出会う事は無かったのだ。

 

「だから、ごめんなさい」

 

 申し訳なさそうに告げる美遊。

 

 対して、

 

 イリヤの方も、少しばつが悪そうに美遊を見る。

 

「いや、うん。何か、私の方こそごめん。ちょっと空気読めなくて」

 

 そう言って苦笑するイリヤ。

 

 言いながら、美遊に向き直る。

 

「改めて、よろしくね」

「うん」

 

 差し出された手を、握る美遊。

 

 何となく、この子となら上手くやっていける。

 

 そんな風に、美遊は思うのだった。

 

 と、

 

「ほらほら、それからもう1人、忘れちゃいけないのがいるでしょ」

 

 そう言って指し示すクロエ。

 

 その先には、茫洋とした顔で佇む少年暗殺者の姿があった。

 

 響に向き直る向けるイリヤ。

 

 弟に視線を向け、

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、誰?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃と言う物は精密機械だ。

 

 たとえ外見上、どこも壊れていないように見えても、内部の毛ほどの傷が性能を狂わせることもある。

 

 それどころか、湿気や陽気によっても左右されやすい。

 

 まして、長距離狙撃もこなすライフルともなれば、ほんのわずかな整備ミスで、本来の性能を損なってしまう。

 

 故に、入念な整備は必要不可欠なのだ。

 

 愛用のライフルを解体し、その部品一つ一つを丁寧に磨いていく。

 

 キメラは一切の無駄のない手つきで作業をこなす。

 

 一心に整備を進める少女。

 

 その背後に、足音も無く大英雄が立った。

 

「器用なものだな」

 

 感心したような声掛けに対し、少女は一瞬、整備の手を止める。

 

 しかし、すぐに作業へと戻る。

 

「・・・・・・・・・・・・慣れていますから」

 

 後ろに立つカルナに対し、振り返る事無く返す。

 

 生前より、銃に接する機会が多かった少女。

 

 たとえ自身の専用武器でなくとも、整備に抜かりは無かった。

 

 整備に集中しつつも、キメラは背後のカルナに意識を向ける。

 

 この大英雄が、誰かに自分から話しかける事は少ない。故に少女は、内心で軽く驚いていた。

 

 いったい、何をしに来たのだろう?

 

 銃を整備する手を止めずに待っていると、カルナの方から口を開いた。

 

「やるなら、もう少しうまくやるんだな。それとも存外、謀は苦手なタイプか?」

「・・・・・・・・・・・・何の話でしょうか?」

 

 冷静を装いながら、白を切る。

 

 とは言え、そう来ることは大英雄には予測済みの事だった。

 

「エジソンはどうか知らんが、ブラヴァツキー辺りはとっくに気付いているぞ。もっとも、それでお前を止めない辺り、奴なりに現状に対して思うところもあるのだろうが」

 

 言うだけ言うと、踵を返して去って行くカルナ。

 

 そこで初めてキメラは背後を振り返り、大英雄の背中を見送る。

 

 同時に、

 

 酸素が喉を通るのを感じた。

 

 総身から流れる汗が、一瞬で冷えた空気を取り込む。

 

 張り詰めた空気に、少女はずっと呼吸を止めざるを得なかったのだ。

 

 役者が違いすぎる。

 

 生前、潜った死線なら、決してカルナに劣っていないとキメラ自身、自負している。

 

 しかし、およそ実力において、少女はカルナの足元にも及ばない事を自覚せざるを得なかった。

 

 しかし、

 

 自分の行動に気付いて尚、泳がせている辺り、カルナ自身に何らかの思惑があるのか、あるいは何か別の理由があるのか。

 

 キメラには、大英雄の行動にうすら寒い物を感じずにはいられなかった。

 

 だが、

 

 それでも、キメラ自身、戦いから身を引く訳にはいかなかった。

 

 ここで自分たちが諦めれば、全てが無に帰してしまう。

 

 だから諦めない。

 

 生前、仲間達と共に、最後まで戦い抜いたように。

 

「許せない物は、許せないから」

 

 誰にともなく呟くと、キメラは再び銃の整備へと戻って行った。

 

 一方、

 

 キメラの部屋を出たカルナは、ふと足を止めて空を仰ぐ。

 

 青い空に、1羽の鳥が円を描いて舞っているのが見える。

 

 更にその先。

 

 鳥が飛ぶ空よりも遥か先では、巨大な円環が不気味な沈黙を保って浮かんでいるのが見えた。

 

「・・・・・・・・・・・・終わりの刻が来たぞ、エジソン」

 

 この場にいない大統王へ、そっと語り掛ける。

 

「あとはどう幕を引くか。せめて、犠牲が最小限になるには、如何に行動すれば最善か・・・・・・」

 

 呟く声は、ただ、青い空に溶けるように消えて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連れてこられたのは、峡谷に作られた小さな村だった。

 

 ここで彼らは、アメリカ軍、ケルト軍双方に対するレジスタンスを組織していた。

 

 ケルト軍の暴虐に抵抗を示しつつも、エジソンの唱える新たなアメリカのやり方に賛同できない者は、意外な程多く存在していたのだ。

 

 とは言え、圧倒的兵力を誇るケルト軍や、無尽蔵に機械歩兵を繰り出す事が出来るアメリカ軍に比べ、レジスタンスはあまりにも小勢でしかない。

 

 故に、現状彼らは、ケルト、アメリカ両陣営に対しゲリラ戦を中心に作戦を展開、状況が変化するのをひたすら待ち続けていたと言う事である。

 

 幸い、仲間内のサーヴァント戦力は充実しており、量はともかく質的な面ではケルトにもアメリカにも見劣りはしない。

 

 散発的な戦闘なら、充分、両陣営を圧倒出来た。

 

「そんで、ようやく待ちに待った『変化』が現れた訳だ」

「それが、君達って訳」

 

 ロビンの言葉を引き継ぐように言った少年が、軽い調子で笑みを見せる。

 

 一見すると、その辺の街中でも普通に歩いていそうなこの少年。いかにも女性向けしそうなマスクをしている。

 

 しかしその正体は、恐らく西部で最も有名なガンマン。

 

 ビリー・ザ・キッド。

 

 本名はウィリアム・ヘンリー・マッカーティ・ジュニア。

 

 アウトローよろしくまっとうな生き方はしておらず、強盗や殺人など、様々な悪事に手を染める一方、西部一とも言われた早撃ちの技術と、甘いマスクから現代においても高い人気を誇り、唯一、現存する肖像写真にはオークションで2億円もの値段がつけられた。

 

 一方のロビンフッドも、こちらもある意味「元祖アウトロー」とも言うべき存在。

 

 イギリスはシャーウッドの森に住んでいたとされる義賊で、獅子心王リチャード1世が十字軍遠征に加わり、不在となった状況に付け込んで政権を奪取したジョン失地王の圧政に抵抗し、ゲリラ戦を行ったとされる人物。

 

 ビリーとロビン。

 

 共に権力に末路わず、己の信じる道を貫いた反英雄と言う点で共通している。

 

 因みに、どちらも悲劇的な最期を迎えた点も一緒だったりするのは皮肉だった。

 

 そして、クラスは共に弓兵(アーチャー)となっている。

 

「さ、着いて来なよ。リーダーも待ちくたびれているだろうしさ」

「リーダーって?」

「フォウ?」

 

 どうやら、レジスタンスを束ねる存在がいるらしい。

 

 思っている以上に、レジスタンスは組織として確立されているらしかった。

 

「さ、案内するよ。こっちこっち」

 

 先頭を歩くビリー。

 

 立香達も顔を見合わせると、少年ガンマンに続いて、村の中へと入っていくのだった。

 

 だが、

 

 この時、立香も、

 

 そして、特殊班の他のメンバーも、気付いてはいなかった。

 

 想像を絶する恐怖が、

 

 再び自分たちの身に襲い掛かろうとしている事を。

 

 

 

 

 

 ビリーに案内されてやって来たのは、一際大きな、一軒の家だった。

 

 元は村長が住んでいた家なのだが、村長はアメリカ軍とケルト軍の戦闘に巻き込まれて死亡したため、以後はレジスタンスの本部として使用させてもらっているのだとか。

 

「リーダー、帰ったよ」

 

 ビリーの陽気な声に顔を上げたのは、褐色の肌を持つ落ち着いた雰囲気の青年だった。

 

 深い知性を宿した双眸は優し気に光り、頭に付けた鳥の羽が、どこかしゃれた雰囲気を見せている。

 

「やあ、よく来てくれた」

 

 青年は、笑顔で一同を迎え入れる。

 

 人を安心させる、温和な物腰。

 

「あの、あなたは?」

「そうだな。名乗らなければ信用もされまい」

 

 マシュに問われ、褐色の青年は居住まいを正す。

 

「私の名前はジェロニモ。真名は他にあるのだが、そちらはあまり知られていないからね。故に、今この場ではジェロニモと名乗らせてもらおう」

「ジェロニモッ アパッチ族の戦士、そして精霊使い(シャーマン)の、ですね」

 

 静かに告げるマシュを、ジェロニモは穏やかな目で頷きを返す。

 

「精霊使いを名乗るのは、おこがましいにも程があるがね」

 

 ジェロニモ。

 

 北米に実在した原住民であるアパッチ族の精霊術師(シャーマン)にして戦士。

 

 アパッチ語で「ゴヤスレイ(欠伸をする人)」の本名が示す通り、元々は温厚で穏やかな性格をしていたが、母、妻、子供たちをメキシコ軍に惨殺された事で復讐の鬼と化す。

 

 その戦いぶりはすさまじく、少数の部隊を率いてアメリカ軍やメキシコ軍を翻弄。末期には、彼が率いる僅か35人の部隊を殲滅するのに、アメリカ軍は5000人の兵力を投入したとも言われる。

 

 もし彼の手元に、まとまった数の兵力が存在したなら、アメリカの歴史、ひいては白人優越主義の歴史は大きく変わっていたかもしれなかった。

 

「ロビンやビリーから聞いているかもしれないが、我々の置かれた状況は決して楽観できない。西ではエジソン率いるアメリカ軍が、東ではケルト軍が幅を利かせている状態だ」

 

 ジェロニモたちは、その両者に対して抵抗する意思を示している。

 

 ケルト軍はそもそも、一般人に対する配慮などしていない。目に付いた街は蹂躙し、略奪と暴行の限りを繰り返した後、一切何も残さず虐殺し尽くす非道ぶりを見せている。

 

 一方のアメリカ軍はと言えば、こちらはエジソン主導の下、一見すると秩序だった行動を見せており、当然ながら虐殺の類は一切行っていない。

 

 しかし、エジソンは生き残った一般人を、強制労働で酷使する政策を打ち立てている。何より彼の政策は、人理焼却を見過ごす事が大前提となっている。

 

 ケルトに与するなど論外だが、エジソンに賛同する事も出来ない。

 

 そう判断したジェロニモたちは、こうして抵抗活動を続けていたわけである。

 

「他にも、何人かサーヴァントがいたのだが、彼等は我々に対する協力も拒み、何処かへ去ってしまった。よって、現状、レジスタンスは辛うじて抵抗を続けている状態だった」

 

 とは言え、如何にサーヴァントを多数揃えたとは言え、アメリカ軍もケルト軍も莫大な物量を誇っている。一方のレジスタンスは、戦力と言えるのは、ほぼサーヴァントのみ。自然、抵抗も下火にならざるを得なかった訳である。

 

 しかし、聖杯に選ばれ、この時代に召喚された英霊である以上、人理焼却阻止を諦める訳にはいかなかった。

 

「ひとつ、質問してもよろしいですか?」

「何ですかな天使殿? ああ、いや、茶化すのは良くないな。申し訳ない、続けてくれ、ミズ・ナイチンゲール」

 

 尋ねるナイチンゲールに、少しだけおどけた様子を見せるが、すぐに真顔に戻り、ジェロニモは咲きを促した。

 

「私の記憶が正しければジェロニモ、あなたはかつて、この国と戦った人間のはず。この時代が修正されれば、あなたはまた、敗北した戦士として扱われるでしょう。それでも良いのですか?」

 

 聖杯戦争における英霊召還とはある意味、サーヴァント達にとって禁断の果実に等しい。

 

 万能の願望機である聖杯さえ手に入れば、あらゆる願いが叶うのだ。

 

 死した己の身体に息吹を送り込む事も、そして、自らが歩んだ歴史を修正する事すら不可能ではないかもしれない。

 

 ましてかジェロニモは、アメリカ軍に敗れて捕虜になった後、半ば見世物のように扱われた屈辱の晩年を持つ。

 

 エジソンに与し、歴史の修正を諦めれば、その屈辱の過去を消し去る事も不可能ではない。

 

 だが、

 

「構わないのだよ、私は」

 

 ジェロニモは変わらず、穏やかな口調で言った。

 

「勝利も敗北も、所詮は流れゆく歴史の中の、ほんの小さな点に過ぎない。だが、この時代を潰すと言う事は、私の流した血が、私の同胞が流した血が無為になると言う事だ。何かを無かった事にするのは簡単だ。まして、それが自分の不利益になるなら猶更な。それでも、それを堪えるのが戦士と言う物。『無かった事にする』だけでは、小狡いコヨーテだ」

 

 皮肉にも程があるがね。

 

 そう言って、苦笑するジェロニモ。

 

 対して、ナイチンゲールは納得したように頷く。

 

「そうですか。ならば、今は味方と考えてよさそうですね」

 

 少なくとも、理想論を振り翳し戦線を拡大するエジソンよりは、目の前の穏やかな戦士の方が、ナイチンゲールには信用できる様子だった。

 

 その時だった。

 

「遅いぞジェロニモッ いつまで余達を待たせる気だッ」

「アイドルを出待ちさせるなんて、会場スタッフとしては失格その物よ!!」

 

 突如、奥の間に続く扉が開き、2人の少女が姿を現した。

 

 だが、

 

「あッ?」

「え?」

「ウソ・・・・・・」

「フォウッ」

 

 その姿を見て、思わず立香達は息を呑んだ。

 

 どちらも美しい少女たちだ。

 

 1人は後頭部で纏めた金色の髪に、どこか愛嬌と威厳を兼ね備えた少女。髪を純白のヴェールで包み、ハイレグレオタード状の白い衣装に身を包んでいる。ゆったりとしたガウンが、どこか花嫁衣裳を連想させる。

 

 もう1人は、こちらも整った顔立ちながら、カラフルなシルクハットに、裾広がりなスカートが特徴の可愛らしいステージ衣装。背中には一対の蝙蝠の羽を持ち、お尻からは尻尾が伸びている。

 

「ね、ネロッ!?」

「エリザ、何でいるのッ!?」

「フォウフォウッ」

 

 素っ頓狂な声を上げる藤丸兄妹。

 

 立香の肩に乗ったフォウも、明らかに驚いた声を発している。

 

 ネロ・クラウディウスとエリザベート・バートリ。

 

 かつて共闘した2人の英雄が、今、時代を超えて目の前に立っていた。

 

「うむ、久しいな、立香、凛果。このような異郷の地で再び出会えて、余もうれしく思うぞ」

「ほらね言ったでしょ。絶対に驚くって。大成功ね」

 

 満面の笑顔を見せるネロとエリザベート。

 

 そんな少女たちの様子に、ジェロニモは頭をやれやれとばかりに嘆息する。

 

「3日ほど前に2人そろって押しかけて来てな。『いずれカルデアを名乗る者達が来るから、ここにいさせろ』とか言ってな。まあ、結果的に間違いではなかった訳だが」

「うむ。立香よ、そなたたちならば、必ずやジェロニモたちと合流するであろうと信じておったぞ」

 

 共に戦ったからこそ分かる信頼。

 

 カルデアは、

 

 藤丸立香は、ケルトにもエジソンにも与せず、第3の道であるレジスタンスと歩みを共にすると、ネロもエリザベートも、信じたからこその行動だった。

 

 そして、

 

 彼女達の信頼を裏切らなかったからこそ、立香達は今、彼女達との再会を果たしていた。

 

「それにしても、元気そうで何よりだわ」

「うむ。これはあれだな、再会を祝して宴を行わねばなるまい」

「良いわね、流石ネロ。考える事は私と一緒ね」

 

 笑顔で頷きを少女たち。

 

 その姿は、まことに微笑ましく、また強力なサーヴァントの戦線加入は、大変喜ばしくもある。

 

 だが、

 

 なぜだろう?

 

 立香は己の中の警戒を司る部分が、最大限の警鐘を鳴らしている事を自覚していた。

 

 何と言うか、

 

 何か致命的な事を忘れているような、

 

 ここで思い出さなければ、それこそ命にかかわるような、

 

 そんな得体の知れない、不気味な緊迫感。

 

「と言う訳で、あたし、歌うわ!!」

「うむッ 我らの声に聞き惚れるが良い!!」

 

 次の瞬間、

 

 全てを思い出した。

 

 とっさに、止めに入る。

 

「チョッ 待・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

ボエェぇェェェェェェェェェェ

ホゲェぇェェェェェェェェェェ

 

 

 

 

 

 遅かった。

 

 鳴り響く、死の超音波。

 

 空間そのものを破壊する地獄の響き。

 

 美しい物と美しい物をかけ合わせ、どす黒く染まる。

 

 かつて、

 

 ローマ帝国を一夜にして壊滅寸前まで追い込んだ、最凶にして最恐にして最狂のアイドルユニット。

 

 その名も「Theまぜるな☆キケン」が、この新大陸の地に再臨した。

 

「グッ・・・・・・お・・・・・・」

「ひ、ひさしぶりに・・・・・・き、く・・・・・・」

「ド・・・・・・フォ・・・・・・」

 

 床の上でのたうち回るカルデア特殊班。

 

 勿論、ジェロニモたちも同様、床に死屍累々のシカバネを築きつつある。

 

「なッ・・・・・こ、これは・・・・・・」

「綺麗な色と綺麗な色、が合わされば、黒くなるって事かな?」

「あー 何かこれ、トラウマですわ」

 

 そんな状況にも気付かないまま、ネロとエリザベートのアイドル2人は、実に気持ちよさそうに歌い続けるのだった。

 

 

 

 

 

「な、何か、すごい歌声が聞こえるんだけどッ!?」

 

 初めて聞く、ドラゴンですら撃ち落とせそうなほどの怪音に、イリヤが仰天した声を上げる。

 

 いったい、何が起きているのか?

 

 すわっ 敵襲かと身構える。

 

 だが、

 

「い、いや、気にしないで、本当に・・・・・・」

 

 諦念交じりに、美遊が止める。

 

 少女たちの中で唯一、ネロ、エリザベート双方に会った事がある美遊は、何が起きたのか正確に理解していた。

 

「まさか、あの2人も来ていたなんて・・・・・・」

 

 頭痛がする。

 

 まあ、ネロもエリザベートも相当な実力者である事は過去の戦いで判っている。あの2人が戦列に加わってくれるなら、頼もしいことこの上ない。

 

「2人の歌声で戦闘不能にならなければ良いんだけど」

 

 そこは、天に祈るしかなかった。

 

「それでね、ミユ」

「な、なに、イリヤスフィール?」

 

 勢い込んで話しかけてくるイリヤに、美遊は少し押され気味になる。

 

 イリヤからすれば美遊は親友かもしれないが、美遊からすれば出会ったばかりの他人に過ぎない。

 

 それを、こうも距離感ゼロで迫られれば、勝手が違って当然だった。

 

 だが、

 

 イリヤは美遊に、自分と、自分の世界で一緒だった「美遊」について、様々な事を話してくれた。

 

 イリヤはどうやら話し上手らしく、聞いているだけで美遊も、まるでその場にいるような錯覚を覚える程だった。

 

 同時に、並行世界の自分は、そんな事までしていたのか、と恥ずかしいやら呆れるやら。

 

 特に、イリヤと出会った当初は、随分ととっつきが悪かったと聞き、思わず嘆息したくなった。

 

 自分はそこまで付き合いは悪くないと思っている。

 

 思いたい。

 

 多分。

 

 それはさておき、

 

 美遊はどうしても気になっている事があり、イリヤに向き直った。

 

「あの、イリヤスフィール、ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「『イリヤ』で良いよ」

 

 苦笑しながらイリヤが訂正する。

 

「ずっとそう呼ばれていたし、それに長いでしょ、私の本名?」

「じゃ、じゃあ、イリ、ヤ?」

 

 若干、呼びにくさを感じつつも、言われた通りにする美遊。

 

 そのまま本題に入る。

 

「あなたは、響の事は覚えてないの?」

「それなんだよねー」

 

 首を傾げるイリヤ。

 

 あの再会の時、

 

 響を見たイリヤは、ただただ首を傾げるばかりで、彼の事は知らないと言った。

 

 いったいなぜか?

 

 姉が弟の事を知らないとは。

 

「クロは、知ってるんだよね、あの、響って子の事」

「うーん、まあ」

 

 話を振られたクロエの反応も、歯切れが悪い。

 

 そのクロエにしても以前、美遊に語った通り、響に関する記憶が所々欠落している。一応「弟である」と言う事は認識しているのだが、それ以上の事はきれいさっぱり忘れている状態だった。

 

「そういうミユはどうなのよ?」

「わ、私?」

「この中で、(あいつ)と一番付き合いが長いのは、ミユって事になるでしょ。何か聞いてないの?」

 

 言われて、

 

 美遊は自覚する。

 

 そう言えば、これまで長く共にあり、多くの戦場を潜り抜け、相棒とも呼べる存在になった少年。

 

 その響について、とうの美遊自身、何も知らない事を。

 

 愕然とする。

 

 いったい、彼は何者なのか。

 

 それまで、共に戦ってきた少年の存在が、急に不気味に思えてくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村は左右を峡谷に囲まれており、更には山間部の街道に位置している為、平野部からは殆ど認識する事が出来ない。

 

 ましてか村は、正式な地図にすら載っていない。出入りにさえ気を遣えば、アメリカ軍にもケルト軍にも発見される恐れは無かった。

 

 また、村には前後にそれぞれ入り口がある他、いくつか村人以外は知り得ない細い抜け道も存在している。

 

 万が一、敵の襲撃を受けたとしても脱出は容易。

 

 村は小規模だが、攻めるに硬く守るに易い、天然の要害であると言えた。

 

 とは言え、大規模な戦闘になれば、危険である事に変わりはない。

 

 その為、村人の大半は、既に村を捨て、アメリカ軍が統治する都市部へと逃れている。

 

 現在、村に残っているのは、レジスタンスの構成員の他は、協力を申し出てくれた村人だけだった。

 

 立香達は現在、ジェロニモと会談中。美遊、イリヤ、クロは久しぶり? に会ってガールズトーク中。

 

 自然、手持ち無沙汰になった響は、1人で村内をぶらぶらと歩きまわっていた。

 

 イリヤは、響の事を覚えていなかった。

 

 だが、無理も無い。

 

 なぜなら、

 

 こうなる事は、もうずっと昔、遥か以前から判っていた事。

 

 自分でそうすると決めたのだ。

 

 だから、後悔など微塵も無かった。

 

 ない、はずだった。

 

 だが、

 

《寂しい物は寂しい、ですかね?》

「・・・・・・・・・・・・ルビー?」

 

 振り返った先。

 

 そこには誰もいない。

 

 少なくとも「人」は。

 

 響の視線の先に浮かぶ、空飛ぶヒトデ。

 

 ではなく、イリヤが使っているステッキの、先端部分の星だった。

 

 彼女はただのステッキではない。人格を持ったれっきとした魔術礼装である。

 

 イリヤが「魔法少女」としての力を振るう事が出来るのは、彼女のアシストがあったればこそだった。

 

《驚きましたよ。まさか、こんな所で響さんと会えるとは。クロさんや美遊さんがいたのもびっくりですが、やっぱり一番は響さんですかね》

「ん、ルビーも元気そうで何より」

 

 言ってから、響は続ける。

 

「ルビーは、覚えてる訳だ」

《そりゃそうですよ。何と言ってもこちとら、『万華鏡(カレイドスコープ)』なんていう、御大層な異名で呼ばれるジジィのお手製ですからね。並行世界での出来事はだいたい把握できます》

 

 少年が何を言いたいのか。

 

 そして、

 

 少年の身に何が起きているのか。

 

 把握しているのは、恐らくルビーだけだった。

 

《そんな事より、良いですか、皆さんに言わなくても?》

「ん、別に、良い」

 

 問いかけるルビーに、響は淡々と告げる。

 

 答えはあの時、

 

 英霊になると決めた時に、既に出していたのだ。

 

 故に、響に退路は無い。

 

 ただ、燃え尽きるその瞬間まで、前に進み続けるのみだった。

 

《まあ、響さんがそれで良いなら、ルビーちゃん的には何も言う事は無いんですけど》

 

 やれやれとばかりに羽? を竦めるルビー。

 

 ルビー自身、響がこうした返答をする事は、初めから判っていた様子だった。

 

《まあ、辛い事があったら言ってくださいね。愚痴の聞き役くらいにはなってあげますから》

 

 そう告げるルビー。

 

 対して、

 

 響はジトーッとした目を、ルビーに向ける。

 

「何か、ルビーが優しい。ヒトデのくせに」

《ヒトデじゃないですゥ 星ですゥ》

 

 失礼な事を言うショタっ子に、ルビーが抗議の声を上げる。

 

 その時だった。

 

 ザッ

 

「ん?」

《どうしました?》

 

 微かに聞こえた音に、響は視線を巡らせる。

 

 見つめる先にあるのは、響達も入って来た村の入り口。

 

 響が視線を向けた先に。

 

 そこに、1人の少年が倒れているのが見えた。

 

「あれはッ!?」

《急患ですかッ すぐに婦長さんを呼んできますねー!!》

 

 村の中に飛んで行くルビーを見送り、響は倒れている少年へと駆け寄る。

 

 美しい少年だった。

 

 幼さの残る整った顔立ちに、燃えるような赤い髪が、長く揺れている。

 

 インドか中国当たりの民族衣装と甲冑を合わせたような、特徴的な格好をしている。

 

 もし「勇者」と呼べる存在がいるのなら、この少年こそがそうに違いない。そう思える程に、少年は精悍だった。

 

 だが、その勇者の少年が今、瀕死の重傷を負って地に倒れていた。

 

「ん、しっかりッ!!」

 

 慌てて抱き起す響。

 

 その振動が刺激になったのだろう。

 

「う・・・・・・シー・・・・・・タ」

 

 微かな呟きと共に、少年はうっすらと目を開くのだった。

 

 

 

 

 

第5話「レジスタンス」      終わり

 




オリジナルサーヴァント

【性別】女
【クラス】アーチャー
【属性】中立、混沌
【隠し属性】人
【身長】143センチ
【体重】52キロ
【天敵】??????

【ステータス】
筋力:D 耐久:D 敏捷:C 魔力:E 幸運:A 宝具:B

【コマンド】:BBCCA

【保有スキル】
〇??????

〇??????

〇??????

【クラス別スキル】
〇単独行動

【宝具】 
〇??????

【備考】
 エジソン率いるアメリカ軍に身を置く、「キメラ」を名乗る少女。銃器の扱いに詳しく、狙撃の腕も百発百中を誇っている。極度の無口で殆ど自身の事をしゃべろうとしない為、エジソンたちも、その正体については知らない。ただ、銃に関わる生活をしていた事だけは確かなようだ。



プリヤ11巻の発売日が、とうとう「未定」になってしまった今日この頃。

さて、どうするか。

FCWはそもそも、FCSとの連動が大前提になっている訳で、その為には少なくとも、プリヤ本編でVSエインズワース戦に決着が着いてくれない事には書きようがないのです。

このままじゃ、確実にどこかで行き詰る事になる。

困った。いや、マジで。


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第6話「コサラの王」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠雷のような馬蹄の音が、響の少年の耳にも聞こえて来たのは、その時だった。

 

 傷ついた少年を抱えながら、顔を上げる響。

 

 その視線に、複数の騎馬が駆けて来るのが見えた。

 

 遠目にも甲冑を着込み、手には槍や弓を携えているのが判る。

 

「・・・・・・・・・・・・敵?」

 

 警戒を強めて目を細める響。

 

 アメリカ兵ならば重たい甲冑を付けたりはしない。彼らは戦場に置いては、防御力よりも機動力を重視するからだ。無暗に硬さを求めて身を重くするよりも、素早く遮蔽物にでも隠れた方が生存性が高い事を知っているのだ。

 

 向かってくる騎馬の兵士たちは、見間違えなくケルトの兵士達だ。

 

 だが、

 

 彼らの先頭に立ち、漆黒の騎馬を駆る人物は、明らかに違った。

 

 やや褐色がかった肌に、東洋風の顔だち。

 

 何より、

 

 着ている物は和装の着物に軽装の甲冑と、明らかに和風、それも戦国時代かそれ以前の、「武士」の恰好だった。

 

 しかし、ケルト軍には違いないのだろう。

 

 一団は響達の手前までくると、そこで騎馬を止める。

 

 部隊長と思われる先頭の男は、かなりの大柄だった。

 

 戦い慣れたケルト人も大柄な部類に入るが、そのケルト人の中にあっても見劣りはしなかった。

 

 何より、その総身より漲る戦気は、ケルト人すら圧倒しているのが響にも判った。

 

「これは、僥倖と言うべきか」

 

 男は口元に笑みを浮かべる。

 

 好戦的で野獣めいた笑み。

 

 だが、どこか少年めいた楽しげな雰囲気も見て取れる。

 

「まさか、落人狩りをしていて、レジスタンスの拠点を見つけるとはな」

「クッ・・・・・・・・・・・・」

 

 馬上の男の言葉に、響が抱いている少年はうめき声を上げる。

 

 どうやら騎馬部隊は、少年に対する追撃部隊だったらしい。

 

「す、すまぬ・・・・・・余が迂闊だったばかりに、そなたらにまで累が及んでしまった」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 答える代わりに、少年をそっと地面に寝かせる響。

 

「お、おいッ」

「ちょっと、待ってて」

 

 焦ったような少年の声を背に、前に出る響。

 

 魔術回路を起動。手に愛刀を呼び出す。

 

 その様を見ていた、ケルト人たちに緊張が走るのが判った。

 

「・・・・・・・・・・・・成程、サーヴァントか」

 

 1人、頷いた先頭の騎馬武者は口の端に笑みを浮かべると、片手を上げて部下たちを制する。

 

「お前たちは下がっていろ。敵う相手ではない」

 

 男の命令に、ケルト人たちは頷いて馬を後退させる。

 

 これは、かなり特異な光景である。

 

 荒くれ者で知られるケルト兵が「下がれ」と言われて、こうもあっさり従うとは。

 

 それだけ、男の実力が高いと言う証拠だった。

 

 男は馬を降りると、響の前に進み出る。

 

 一方、

 

 響もまた、いつでも刀を抜けるようにしながら、男と対峙する。

 

「グッ に、逃げよッ」

「ん、だいじょぶ」

 

 背後に寝かした少年に答えつつ、響は男と対峙する。

 

 相手が何者かは知らないが、簡単に後れを取るつもりは、響には無かった。

 

 一方、

 

 自身に立ちはだかる、小さな少年を見て薄く笑うと、腰の刀に手を掛けた。

 

「来るか」

「ん」

 

 次の瞬間、

 

 響が仕掛けた。

 

 互いの間合いを一瞬にしてゼロにし、気が付けば、響の姿は男の目の前。

 

「「ッ!!」」

 

 互いに、

 

 同時に抜刀。

 

 緩やかに湾曲した刃が至近距離でぶつかり合い、耳障りな金属音と共に火花を散らす。

 

 次の瞬間、

 

 膂力に劣る響が、大きく弾かれた。

 

「んッ!!」

 

 空中を吹き飛ぶ響。

 

 だが、少年は慌てず。

 

 衝撃に逆らわず、空中で猫のように宙返りする。

 

 着地。

 

 同時に、

 

 男が真っ向から斬り込んで来るのが見えた。

 

「オォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 強烈な踏み込みと同時に、大上段から振り下ろされる刀。

 

 その刀身の長さに、思わず響は息を呑む。

 

 これは「太刀」と呼ばれ、日本の南北朝時代や室町時代前期に馬上での戦闘を重視して設計、量産された刀である。騎馬戦重視の為、馬上からでも攻撃範囲が確保できるよう、刀身を長くすると同時に、重量もある為、攻撃力も高くなっている。

 

 一方、響が使っている刀は、室町後期以降、主流となった「打刀」がモデルとなっており、刀身も明らかに短い。これは戦場に置ける戦術の主流が、騎馬戦主体から、足軽を中心とした歩兵戦に移行した為、より軽量で取り回し易い刀が求められたためと言われている。もっとも、打刀が主流となった室町後期から安土桃山時代、戦場に置ける白兵戦は槍が主力であり、刀は一般的に補助武装、あるいはトドメを刺す為の「首切り道具」でしかなかった。打刀が本当の意味で戦場の主力となったのは、それから200年以上後の幕末期になってからであると言われている。

 

 攻撃力では明らかに、相手の方が勝っている。

 

 轟風を撒いて打ち下ろされる刃。

 

 その一閃を、響は上方に跳躍して回避。

 

 同時に宙返りをしながら男の背後へと着地。

 

「んッ!!」

 

 逆袈裟に繰り出される剣閃。

 

 だが、

 

「させんッ!!」

 

 男は振り向きながら太刀を一閃、響の斬撃を払いのける。

 

 攻撃を防がれた響きも咄嗟に後退。一旦、間合いの外へと逃れる。

 

「・・・・・・・・・・・・フッ」

 

 刀を構え直す響の様子を見て、男は笑みを浮かべる。

 

 心の内から滾る想い。

 

 死して英霊となり、久しく忘れていた感覚が蘇るようだった。

 

「実に良い、役者が違えど、あの折の戦に似ている」

 

 1人で、納得したような事を告げる男。

 

 訝る響に向き直り、

 

 その獰猛とも言える笑みを一層強める。

 

 脳裏に浮かぶ情景を思い出し、男は滾る。

 

「ならば良しッ 我が全力でもって射落とすのみよッ!!」

 

 言い放った男。

 

 その手に現れたのは、

 

「弓?」

 

 警戒を強める響。

 

 今の今まで、自分と剣撃の応酬を続けていた男。

 

 その様から、てっきり相手はセイバーだと思っていた。あるいは、百歩譲ってライダーくらいではないかと考えていたのだ。

 

 しかし、この局面で切ってくるカードは、間違いなく切り札の類であると推察できる。

 

 つまり、目の前の男のクラスは、

 

弓兵(アーチャー)ッ!?」

「如何にもッ 弓こそが我が本分よッ!!」

 

 言い放つと同時に、弓の弦を引き絞る男。

 

 同時に、高鳴る魔力が響を見据える。

 

 尋常な魔力量ではない。

 

「んッ」

 

 対抗するには、自分も宝具(きりふだ)を使うしかない。

 

 そう考えて、魔術回路を起動しようとする響。

 

 次の瞬間、

 

「そこまでだッ!!」

 

 響き渡る叫び。

 

 同時に、

 

 周囲から一斉に気配が浮かぶのを感じた。

 

 見上げる先。

 

 左右を挟むように切り立った崖の上から、一斉に銃口を向ける兵士達。

 

 皆、エジソンと袂を分かち、独自にジェロニモたちに協力する道を選んだレジスタンスの兵士達である。

 

 無論、彼等だけではない。

 

 ジェロニモ、ロビン、ビリー、ネロ、エリザベート、ナイチンゲール、マシュ、美遊、クロエ、イリヤ。

 

 そして、藤丸立香、凛果の兄妹。

 

 サーヴァントとマスターが勢ぞろいし、ケルト人部隊を包囲していた。

 

「撃てェ!!」

 

 ジェロニモの号令一下、一斉射撃を開始するレジスタンス兵士。

 

 勿論、アーチャーやキャスターと言ったサーヴァントの面々も、その攻撃に加わる。

 

 隘路に敵を閉じ込めた上での制圧射撃。

 

 戦術としては「理想」の一言に尽きる。

 

 ジェロニモがこの村を拠点にしたのは、何も敵に発見され難い事だけが理由ではない。

 

 村の入り口は、現在、兵士たちが布陣してある通り、左右が小高い崖となっている。

 

 その為、万が一、敵が攻め込んで来たとしても、こうして村の入り口手前で、いちはやく包囲網を形成する事が出来る事が狙いだった。

 

 たちまち、包囲されたケルト兵達が、銃弾を浴びて倒れて行く。

 

 いかに狂気じみた実力を持つケルト兵士と言えど、銃弾を浴びれば倒れる事に変わりはない。

 

 ましてか、レジスタンス兵士たちは、崖の上と言う圧倒的に有利な場所に布陣している。ケルト軍には手も足も出せなかった。

 

 その中で1人、気を吐いているのはやはり、サーヴァントであるアーチャーの男だった。

 

 飛んできた弾丸を刀で弾き、更には味方を援護しながら安全圏まで後退する。

 

「見事な戦術ッ だが、まだ温いな!!」

 

 ロビンの放った矢を太刀で弾きながら、アーチャーが叫ぶ。

 

 自身のみならず、味方のケルト兵を守りながらも、その様は小動すらしていなかった。

 

「『あの折り』の戦に比べれば、この程度の矢弾、小雨にも劣るわッ!!」

 

 言いながら、アーチャーは悠然と自身の馬に飛び乗る。

 

「退くぞッ フェルグス殿の隊に合流する!!」

 

 言い放つと同時に、馬首を翻すアーチャー。

 

 その一瞬、

 

 響と視線が合う。

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

 互いに無言。

 

 しかし、

 

 一瞬、

 

 アーチャーは響に対して笑みを向けると、そのまま退却する味方を追いかけるようにして馬を走らせた。

 

 一方、

 

 ケルト兵を見送ったジェロニモは、苦い表情で嘆息した。

 

「・・・・・・これで、この村は拠点として使えなくなったな」

 

 いかに難攻不落とは言え、ケルト軍とレジスタンスでは兵力に差がありすぎる。もし敵が総攻撃を仕掛けて来たなら、如何に天険の地に拠ったとしても勝てる物ではない。

 

 あくまでゲリラ戦に徹し、敵の隙を突く。それがレジスタンスの基本戦術である以上、発見された拠点は速やかに放棄する以外に無い。

 

「ジェロニモ・・・・・・」

「なに、そう暗い顔をするな」

 

 ばつが悪そうに声を掛ける立香に、インディアンの青年は、静かに笑って見せる。

 

「拠点は他にもまだある。そこに移れば、抵抗はまだまだ可能だ」

 

 言ってから、

 

 ジェロニモは、響の背後に寝かされた少年に向けられた。

 

「それより、こちらの方が重要だろう」

 

 そう言うと、崖を滑り降り、少年の下へと駆け寄る。

 

 慌てて追いかける立香。

 

 やがて、

 

 少年の様子を見た時、立香は思わずうめき声を漏らした。

 

「・・・・・・・・・・・・これは、酷いな」

 

 思わず言葉を失う。

 

 少年の全身は、少年自身が流した血によって、真っ赤に染め上げられている。

 

 しかも、その傷は体の中央を真っ向から抉っているのが判る。

 

 傷は骨を砕き、肉を引き裂き、その下にある心臓を抉り、少なくとも半分を潰している。

 

 明らかに致命傷。

 

 今この瞬間、少年が生きている事こそが最大の奇跡と言えた。

 

 いったい、如何にすれば英霊の心臓をここまで破壊する事が出来るのだろうか?

 

 その場にいた全員が、戦慄せざるを得なかった。

 

 だが、

 

 そんな中で1人、淡々と奮い立つ女傑の姿があった。

 

「私の出番ですね」

 

 静かな口調で、ナイチンゲールは宣言した。

 

 婦長はすぐさま、倒れている少年の下に屈み込むと、容体を確認していく。

 

 だが、

 

「・・・・・・これは、ヒドイですね」

 

 ナイチンゲールをして、息を呑まざるを得ないほど、少年の状況はひどかった。

 

 一言で言えば、今すぐ死んでもおかしくはない。

 

「よく、こんな状態で歩いて来れましたね」

「頑丈さ・・・・・・だけが、取り柄・・・・・・だからな」

 

 口元に皮肉気な笑みを浮かべる少年。

 

 ともかく、時は一刻を争う。それだけは確かだった。

 

「安心してくなさい少年。私があなたを死なせません。たとえ地獄に落ちても引きずり出して見せます」

「クク、そいつは、安心できそうだ・・・・・・」

 

 笑みを浮かべる少年。

 

 だが、彼が余裕こいていられたのもそこまでだった。

 

 ナイチンゲールは、まるでズタ袋か何かのように、少年の身体を肩に担ぎあげたのだ。

 

 途端に、想像を絶する、およそこの世の物とも思えない激痛が少年を襲った。

 

「あ、イタタタタタタッ き、貴様、もうちょっと手加減できんのかッ!? 余は心臓を潰されているのだぞッ!?」

「心臓を潰されて喋っている、君の方が驚愕です」

 

 そう言うと、問答無用でナイチンゲールは少年を運んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年の名はラーマ。

 

 コサラの王にして、インドの叙事詩「ラーマーヤナ」に登場する大英雄。

 

 圧倒的な力で神々をも隷属させ、猛威を振るう羅刹の魔王ラーヴァナ。

 

 神の身であってはラーヴァナに対抗する事は不可能と判断した大神ヴィシュヌは、あえて何も知らない人間の子供として転生する道を選ぶ。

 

 それこそがコサラの王子ラーマであった。

 

 やがて成長し、己が使命に目覚めたラーマは、避け得ぬ運命に導かれてラーヴァナとの戦いに身を投じて行く事になる。

 

 そのラーマが北米に召喚されていた事も驚きだったが、そのラーマがこうまで重傷を負った事には戦慄を覚えざるを得なかった。

 

「応急処置は済ませました。が、予断は許されない事に変わりありません」

 

 ベッドに寝かされたラーマを見ながら、ナイチンゲールは悔しそうに嘆息する。

 

「残念ですが、私の技術をもってしても死への道を閉ざす事はできません。ただ、その道行きを遅らせるのがせいぜいです」

「いや、だいぶ楽になったぞ」

 

 そう言うと、ラーマは荒い息を吐き出す。

 

 驚嘆すべき事にラーマは、ナイチンゲールが行った治療の間、一瞬たりとも気を失う事が無かった。

 

 大英雄の矜持か、あるいはもっと別の何かか。

 

 いずれにしても、恐るべき執念だった。

 

「教えてくれラーマ」

 

 治療が終わったラーマに、立香が語り掛けた。

 

「誰が、君に、ここまでの傷を負わせたんだ?」

「カルデアのマスターか・・・・・・すまぬな、このような身でなければ、余もそなたの尖兵として剣を振るいたかったのだが」

 

 言ってから激痛に顔を顰めて、ラーマは言った。

 

「余をこのような目に遭わせた奴の名は、クー・フーリン。ケルト最強の戦士にして、今は奴らの王となった男だ」

「クー・フーリン、だって・・・・・・・・・・・・」

「ん、クーちゃん?」

 

 驚愕と共に、その名を呼ぶ立香と響。

 

 アイルランド最強の戦士にして「光の御子」の異名で呼ばれる大英雄。

 

 そして何より、忘れるはずもない。

 

 あの炎上した特異点Fで共に戦い、導いてくれた偉大なる友。

 

 そのクー・フーリンが、今回は敵に回っていると言うのか?

 

 ありえない話ではない。

 

 サーヴァントは戦いが終わり、あるいは敗れて力尽き、「英霊の座」と呼ばれる場所に変えれば、一部の例外を除いて「サーヴァントとして召喚され、戦った記憶」は消去される。

 

 よって今回、クー・フーリンが敵方として召喚されたとしても、何ら不思議は無かった。

 

 クー・フーリンの持つ魔槍ゲイボルクは、放てば必ず標的の心臓を貫くと言われている。ラーマの心臓が潰されたのも、納得の理由だった。

 

「こちらの情報とも一致している。ケルト軍を率いているのは、クー・フーリンと見て間違いないだろう」

 

 ジェロニモが硬い表情で告げる。

 

 最強のケルト軍を、最強の王が率いている。

 

 間違いなく、状況は最悪だった。

 

「一つ、よろしいでしょうか?」

 

 挙手をして発言したのは、ナイチンゲールだった。

 

「この少年、ラーマに、私は私自身が持てる限りの技術と知識を持って処置を施しましたが、命を助ける事はできません。こうしている間にも、傷口は広がって来ています」

 

 それは、およそ医術に関わる人間にとっては悪夢のような事態だった。

 

 治したはずの傷口が、勝手に開いていくなど、正気の沙汰ではない。

 

 今のラーマの霊基は、よく言って「穴の開いたバケツ」だった。

 

「ですが、言うまでも無く、私は彼の治療を諦めるつもりはありません。ですが、現状では打つ手が無いのも事実。ですので、どうすれば彼を治せるのか教えてください」

 

 専門職に拘る気は無い。

 

 患者を助ける為なら、いかなる手段も厭わないと言うナイチンゲールの姿勢が表れていた。

 

 となると、事は医療技術だけではない。別の専門知識も必要となるだろう。

 

「ロマン君、何とかならない?」

「フォウッ ンキュ」

 

 凛果が通信機に向かって声を掛ける。

 

 ロマニはカルデア医療部門のトップであり、同時に魔術師でもある。その観点から、何か意見を期待できそうだった。

 

《そうだね、まずはラーマ君の傷についてだけど、それはただの傷じゃなく「呪い」によって付けられた傷だ。よって、多分だけど、通常の医療行為では絶対に治せないだろう》

 

 あるいは名医を越えた存在、神医でも居れば話は別だが。

 

 彼のアルゴナウタイにも参加した、医神アスクレピオスでも召喚されれば打つ手もあるかもしれない。が、現状、いない存在に期待する事はできなかった。

 

《呪いを解く方法は限られている。その最も有効な方法、つまり呪いを与えた存在を倒すか、あるいは呪いの元となったアイテムを破壊するか、だ》

 

 つまり、クー・フーリンを倒すか、ゲイボルクを破壊するか、と言う話になる。

 

 言うまでも無く、その2つはほぼ同義に等しかった。

 

《呪いの槍を受けてラーマ君が死んでいないところを見ると、恐らく彼自身、無意識に自分の運命を逆転させているからだと思われる。つまり、世界的に見れば現状、ラーマ君は死んでいる方が正しい、と言う事になる》

 

 次の瞬間、

 

 ナイチンゲールの放った弾丸が、ロマニの映像を貫いたのは言うまでもない事だった。

 

「訂正を、ドクター・ロマン。彼が生きているのが間違いだ、などとは言わせません。彼はこんなにも、必死に生きようとしているのですから」

《お願いだから見境なくぶっ放すのやめてッ あと、最後まで人の話を聞いて!!》

 

 映像の向こうのカルデアで、焦った声を発するロマニ。

 

 一方、

 

「自業自得」

「空気嫁」

「一遍死んでみる?」

「フォウッ」

《君達、僕に冷たくないッ!?》

 

 チビッ子サーヴァント達の塩対応に悲鳴を上げるしかない。

 

 とは言え、こうしてコントをやっていても話が進まないのは確かな訳で。

 

 ロマニは咳ばらいをすると、先を続けた。

 

《もう一つ、可能性は低いけど、賭けてみる価値がある方法がある》

「それは?」

 

 先を促す立香に頷き、ロマニは口を開く。

 

《生前のラーマ君を知るサーヴァントを探すんだ。生前の彼を知る者なら、彼の身体の「設計図」も知っているだろう。その人に会えれば、ナイチンゲール嬢の治療効率を上げる事が出来るかもしれない》

 

 ロマニの出した、第3案は確かに魅力的だった。少なくとも、クー・フーリンを直接狙うよりは、成功率は高い。

 

 だが、どうしても、そこに至るまでにはクリアしなくてはならない条件が1つ、存在している。

 

 すなわち、前提条件である「ラーマを知る存在」を見つけなくてはならない。と言う事。

 

 言うまでも無く、18世紀の北米大陸にラーマの知り合いが生きているはずもない。可能性があるとしたら、サーヴァントとして召喚されている事だ。

 

「それなら・・・・・・・・・・・・」

 

 発言したのは、

 

 誰あろう、渦中の人物、ラーマ本人だった。

 

 ラーマは苦し気に息を吐きながら、一同を見やる。

 

「余に1人、心当たりがある」

「心当たり?」

 

 尋ねる立香に頷くラーマ。

 

 だが、すぐに少年王の顔は苦痛に歪む。

 

 こうしている間にも、彼の身体は呪いによって蝕まれている。

 

 今もナイチンゲールが追加の治療を施す事によって、辛うじて意識を保ている状態である。

 

「余の妻、シータだ」

「ラーマの、奥さん?」

「ああ。たとえ離れていても、余には判る。彼女がこの地に召喚されている事は間違いない。恐らく、どこかに囚われているはずだ。そもそも、余がクー・フーリンに挑んだのも、シータの居所を問い詰める為だったのだ」

 

 それで返り討ちに遭ったのでは、ザマ無いがな。

 

 そう言って、ラーマは自嘲気味に笑う。

 

 ラーマと、その妻シータは、伝説にも語られるほど相思相愛の夫婦として知られる。

 

 そして、ラーマはラーヴァナに囚われた彼女を救うために、運命の戦いへと踏み込んでいったのだ。

 

 もし、本当にシータがいるなら、確かにこの上ないほどに好条件と言えた。

 

 となれば、方針は決まった事になる。

 

 まずはシータの捜索。そして救出となる。

 

 ラーマを復活できれば、彼の力は大きな戦力となるのは間違いない。何しろインドの大英雄だ。あのカルナとぶつかっても、当たり負けする事は無いだろう。

 

《それはそれとして、僕はもう一つの作戦を提示したい》

 

 方針が大方決まったところで、ロマニが発言してきた。

 

 一同が視線を集める中、ロマニが言った。

 

《これは、これまでの戦闘のデータを解析した結果だが、もしかしたら、ケルト軍は際限なく召喚され続けているんじゃないのかな?》

 

 ロマニが問いかけた相手は、ジェロニモだった。

 

《恐らく、このまま戦い続けても際限がない。違うかい?》

「・・・・・・・・・・・・ドクター・ロマンの通りだ」

 

 ジェロニモは、重苦しく口を開いた。

 

「これは以前に得た情報で、まだ未確定なのだが、ケルト軍の中には『女王』と呼ばれる存在がいて、そいつがケルト兵達を生み出しているらしい」

「何か、女王蜂みたいだね?」

 

 凛果は感じた感想を率直に告げる。

 

 蜂の群れの中で、女王蜂が持つ役割とは、巣を作り、巣を育て、そして子孫を残す事にある。

 

 もし、本当に「女王」と言う存在がケルト軍にいるなら、確かに「女王蜂」と言う表現は、良い得て妙だった。

 

《僕としては、王様(キング)女王(クイーン)。最低でもどちらか一方、できれば両方を、早期に排除する事を提案したい所だね》

 

 確かに。

 

 時間が経てばケルト軍は際限なく増強される事になる。

 

 それに対抗する為に、エジソンは支配地域の住民全てを機械歩兵の生産工場で強制労働させる事になる。

 

 まさに悪循環。最悪のシナリオである。

 

 だが、先にも言った通り、クー・フーリンを倒す事がいかに難しい事か。

 

 圧倒的戦力と複数のサーヴァントを要するケルト軍。加えて、王であるクー・フーリン自身、ケルト最強と来ている。

 

 正面戦闘で討ち取るのは困難と言わざるを得なかった。

 

「ん」

「響?」

 

 話を聞いて、顔を上げる響に、美遊が訝りながら振り返る。

 

 クー・フーリンと「女王」の排除は急務。

 

 だが現状において、正面決戦は無謀。

 

 ならば、残る手段は限られている。

 

「クーちゃんを、暗殺する」

 

 アサシンの少年は、宣誓するように静かに言い放った。

 

 

 

 

 

第6話「コサラの王」      終わり

 




オリジナルサーヴァント

【性別】男
【クラス】アーチャー
【属性】混沌・悪
【隠し属性】人
【身長】192センチ
【体重】76キロ
【天敵】??????

【ステータス】
筋力:B 耐久:A 敏捷: 魔力: 幸運: 宝具:

【コマンド】:BBAAC

【保有スキル】
〇紅の誇り
自信に回避状態付与(1ターン)、クリティカル威力アップ(3ターン)

〇??????

〇??????

【クラス別スキル】
〇単独行動

【宝具】 
〇??????

【備考】
 ケルト軍に与する弓兵(アーチャー)のサーヴァント。日本の「武士」のような恰好をしている。アーチャーであるが、太刀を用いた接近戦も特異。戦いを求め、勝つ事に貪欲である点で、ケルト人とも意気投合している模様。



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第7話「獣の王」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜明けを待たず、レジスタンスの拠点は慌ただしく動き出した。

 

 ケルト軍にこの場所が知られてしまった以上、長居はできない。

 

 グズグズしていたら、いずれ討伐隊を差し向けられるのは目に見えている。

 

 サーヴァントは問題ないが、人間の兵士たちはそうは行かない。ケルトの大軍に攻められたら、如何に難攻不落の拠点にこもったとしてもひとたまりも無いだろう。

 

 それ故に、彼らの決断も早かった。

 

「苦労を掛けるな」

「なに、生きていれば、いくらでもやり直せるからな」

 

 すまなそうに語り掛けるジェロニモに、リーダー格の兵士が笑い返す。

 

 彼が兵士たちの統率役となって、脱出の指揮を執る事となった。

 

「それに、むしろ大変なのはジェロニモ達の方だろ」

 

 作戦内容については、彼等にも伝えてある。

 

 確かに、逃げる彼らに対し、ジェロニモたちは、むしろ敵に向かっていく形になる。その道程が過酷な物となる事は間違いなかった。

 

 リーダーと別れた後、ジェロニモは真っ直ぐに、待っている立香達の下へと戻る。

 

 時間がない。

 

 夜が明ければ、ケルトの討伐隊がやってくるだろう。その前に、行動を起こす必要があった。

 

「残念だったな。良い村だったのに」

「仕方ないさ。命には代えられない。それに、拠点はここだけではないからな」

 

 そう言って、寂しそうに肩を竦めるジェロニモ。

 

 確かに命には代えられない。

 

 しかし、故郷を追われる事になる皆の苦労を思えば、決して手放しで安堵も出来なかった。

 

「だからこそ、この作戦を成功させないと」

「ああ、そうだな」

 

 立香に頷きつつ、ジェロニモは一同を見回す。

 

 住民たちの脱出と同時に、サーヴァント達も行動を起こす事になる。

 

 目的は2つ。

 

 1つはラーマの妻、シータを探してナイチンゲールの治療を促進する事。

 

 そしてもう1つは、ケルトの勢力圏に赴き、クー・フーリンと「女王」を暗殺する。

 

 できれば戦力は集中して運用したい所だが、どちらも状況的には一刻を争う。

 

 ラーマはこうしている間にも緩慢に死へと向かっている。

 

 そして、ケルト軍兵士も絶えず増え続けている。

 

 ラーマの治療とケルト兵士の供給停止は、いずれも急務である。残念ながら、どちらを優先する、と言う悠長なことをやっている余裕はない。

 

 故に、カルデア・レジスタンス連合(と言うほど大層な規模でもないが)は、部隊を2つに分ける事となった。

 

 まず、藤丸立香を中心とする本隊は、リーダーである立香の他に、藤丸凛果、マシュ・キリエライト、朔月美遊、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、ナイチンゲール、ラーマ、エリザベート・バートリとなっている。ラーマがいる事からも分かる通り、目的はシータの発見と接触となっている。

 

 もう一方は、ジェロニモをリーダーとした別働隊。編成はジェロニモ、ロビンフッド、ビリー・ザ・キッド、衛宮響、クロエ・フォン・アインツベルン、ネロ・クラウディウス。目的はクー・フーリン、および「女王」の暗殺。その為、潜入や暗殺に向いた面子が揃っている。

 

 暗殺部隊に関しては、とにかく身軽さを重視した形だった。

 

 ところで、

 

 一同、どうしても一つ、確認しなくてはならない事がある。

 

 いや、実のところ、先程から気になって仕方がなかったのだ。

 

 しかし果たして、そこに触れても、本当に大丈夫なのかどうか。

 

 事は、非情にデリケートな対応を要すると判断されたがゆえに、誰もが逸れに触れずにいたのだが。

 

「ん、ラーマ、何でナイチンにおんぶされてるの?」

「聞くなッ 頼むから、聞かないでくれ」

 

 あっさりと核心に触れる響に、ラーマは涙すら浮かべて悲痛な叫びを発した。

 

 そう、

 

 今現在、ラーマはナイチンゲールの背に負われて、ベルトで厳重に固定されているのだ。

 

 まるで赤ん坊が母親の背中におんぶされるように。

 

 小さい子供。それこそ、響辺りがやられるなら問題は無いが、少年とは言え、ある程度の年齢に達した男子が、(実年齢的に)年上とは言え、女性にこれをやられると、恥ずかしい事は言うまでも無いだろう。

 

「余とて、反対したのだ。こんな・・・・・・こんな、情けない姿」

 

 さめざめと泣きたくなるラーマ。

 

 と、

 

「失礼、あまり患者を興奮させないように、響君」

 

 婦長に怒られてしまった。

 

「これは私が急遽、考案した、要救助者運送装置、ボディバックならぬ、『ラーマバック』です」

 

 胸を張って告げるナイチンゲール。

 

 どこか、ドヤ顔をしているように見えるのは、気のせいではあるまい。

 

 確かに、山岳地などで被災し、身動きが取れなくなった要救助者は、レスキュー隊員が背負い、厳重に固定して下山させる事がある。その応用らしかった。

 

「屈辱だ・・・・・・余が、女にこんな形で担がれるなど・・・・・・」

「患者には老若男女関係ありません。あなたは歩けないほどの重症者だと言う事をお忘れなきように」

 

 ラーマの嘆きをばっさりと切り捨てるナイチンゲール。

 

 初めから判っていたが、一切、聞く耳を持たないようだ。

 

 そんな中、別れを惜しむ姿もあった。

 

「ネロは、何でそっちなの?」

「フッ 愚問だな、凛果よ」

 

 ネロは小柄な割に大き目な胸を反らせ、どや顔で言い放つ。

 

「毒殺、闇討ち、何でもござれッ 古今東西、暗殺するにしてもされるにしても、余ほど暗殺に慣れた者など他にはおらぬ」

「何の自慢よ」

 

 げんなりした調子で応じる凛果。

 

 確かにネロは皇帝と言う立場上、暗殺と無縁ではいられなかったし、自身も陰謀を蔓延らせ、数多の人間を死に至らしめ、果ては自分の母すら斬り捨てている。

 

 適役と言われればその通りかもしれない。

 

 冗談にしても本気にしても笑えないが。

 

「響とクロはそっち?」

「まあ、仕方なくね」

「ん、適材適所」

 

 カルデア特殊班から暗殺部隊に加わった響とクロエ。

 

 この配置にも考えがあってのことである。

 

 当初、暗殺部隊はジェロニモ、ビリー、ロビンの3人のみの予定であったが、それでは戦力的に不足は否めない。そこで、響とクロエに白羽の矢が立ったのである。

 

 敵陣深く潜入する事を考えれば、マスターである立香や凛果を伴う事はできない。それは現段階では、あまりにも危険すぎる。

 

 だが響はアサシン、クロエはアーチャー。ともに単独行動のスキルを持っており、マスターからの魔力供給無しでも数日、節約すれば数週間程度は行動可能となっている。

 

 この特性を活かし、響とクロエを分派する事にしたのだ。

 

「でも・・・・・・」

 

 そんな2人を見ながら、美遊は不安そうに告げる。

 

 不安。

 

 そう。

 

 不安と言う感情を抱いている事に、美遊は自分でも意外な想いだった。

 

 考えてみれば、カルデアに来て以来、響と別行動をとるのは、これが初めてである。

 

 自分でも意外に思うほどに、衛宮響と言う少年の存在が大きくなっていた事を実感していた。

 

「大丈夫」

 

 そんな美遊に、クロエがそっと話しかけた。

 

「クロ?」

「良い機会だし、あいつの事、少し探ってみるわ」

 

 言いながら、横目で響を見やるクロエ。

 

 その響はと言えば、視線に気付かないのかフォウと戯れていた。

 

「大丈夫?」

「あいつ、嘘つくのは下手なくせに、妙にガードだけは硬いからね。探りがいがあるってもんよ」

 

 そう言って、フフフと笑うクロエ。

 

 何やら、妙なスイッチが入ってしまっている感がある。

 

 一抹の不安を感じないでもないが、美遊としてはクロエに期待するしかなかった。

 

 一方、

 

 別の場所でも、別れを惜しんでいる者達がいた。

 

「あんたとも、ここでお別れって事ね、ネロ」

「うむ。お互いにベストを尽くそうではないか」

 

 ネロとエリザベート。

 

 共に(ひじょうに傍迷惑な)アイドルユニットを組む2人も、ここで別行動となる。

 

「まあ、あんたのことだから大丈夫だとは思うけど、気を付けなさいよ。相手、強敵みたいだし」

「無論だ。余とて油断する気は無い。何しろ、実現したい夢があるからな」

「夢?」

 

 首を傾げるエリザベートに、ネロは満面の笑顔を浮かべて告げる。

 

「ウムッ 余は、このアメリカの地に、新たなる『ハリウッド』を作るのだッ 余を主役とした余の為の舞台。それはハリウッド以外に考えられぬッ!!」

「な、何ですってッ!?」

 

 驚愕するエリザベート。

 

 その一方で、一同がドン引きしたのは言うまでもない事だった。

 

 対して、

 

「奇遇ね、あたしにも夢があるわ」

「ほうッ 余にも聞かせてみるが良い」

 

 興味につられて尋ねるネロ。

 

 対して、エリザベートも自信満々に言い放った。

 

「あたしの夢は、ブロードウェイを作る事よッ アイドルとしてトップに君臨するには、ブロードウェイこそが相応しいじゃないッ!!」

「な、何とッ!?」

 

 驚愕するネロ。

 

 その一方で、一同が(以下略)

 

「実に良き夢だッ 実現した暁にはエリザよッ」

「ええ、判っているわ。どちらがトップスターに相応しいか勝負よ、ネロ」

「うむ。幸い、審査員はたくさんいる事だしな」

 

 そう言って、互いの夢をたたえ、笑い合う少女たち。

 

 実に微笑ましい光景である。

 

 事は間違いないのだが・・・・・・・・・・・・

 

「ん、審査?」

「はいはいはい、何も聞こえないッ 何も聞いてないッ 以上、全員行動開始~!!」

 

 凛果が手を叩きながら、強引に話をまとめ上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が経てば、いずれその場所は、世界の中心となっていたであろう。

 

 しかし、歴史に強制的な修正が加えられ、今やケルト兵士達が跋扈する、魔窟と化していた。

 

 ケルト人はある意味で純粋であるとも言える。

 

 彼らは戦う時は戦い、そして故郷へと戻れば、一時の安らぎを求める。

 

 ここ北米でも、その様子に変わりは無かった。

 

 ここは、本来の歴史で、後に「ワシントンDC」と呼ばれる事になる都市。

 

 今はケルト軍によって占領され、彼等の首都と化していた。

 

 既にアメリカ独立軍は、総司令官であるジョージ・ワシントンをはじめ、主だった幹部全員が処刑され、壊滅状態にある。

 

 残されたわずかな勢力は西部に逃れ、エジソンの指揮下に収まっている。

 

 とは言え、僅かな残党が寄り集まったところで、獰猛なケルト兵を押し留める事など不可能なのだが。

 

 何より、ケルト側には聖杯がある。

 

 これがある限り、ケルト兵は文字通り無限に生まれてくるのだ。

 

 事実上、アメリカ軍に勝ち目など無かった。

 

 

 

 

 

 膝を突く、青年。

 

 流れるような金髪の下に、端正な顔立ちを持つ戦士。

 

 フィン・マックールは、彼等の王に対し深々と首を垂れる。

 

 先の戦いにおいて先方を任されたフィンだったが、アメリカ軍の前線突破を果たせず、敗退の憂き目を見る羽目になった。

 

 百戦百勝とは行かないが、サーヴァント2騎を投入して敗北したのは初めての事。

 

 フィンは、己の命は無い物と覚悟して、王の御前へと進み出ていた。

 

 そのフィンが首を垂れる先。

 

 玉座に腰かけた王は、冷たい眼差しを有能なる将へと向ける。

 

 クー・フーリン。

 

 ケルトは赤枝騎士団最強の戦士にして「光の御子」の名で呼ばれる大英雄。

 

 しかし今、クー・フーリンの姿に、伝説に語られるような凛然たる様相は無い。

 

 そこにあるのは、血に飢えた魔獣が、ただ己の牙を研ぎ澄ましている様があるのみだった。

 

 だが、

 

「へー、それで逃げ帰って来たの。情けないわね」

 

 クー・フーリンよりも先に口を開いたのは、彼に傅くようにして佇んだ女性だった。

 

 流れるような長い髪と白磁のような肌。

 

 少女のような初々しさと、熟女のような色香を併せ持つ女。

 

 ただそこにあるだけで、全ての存在を魅了してやまない魔性。

 

 まるで、彼女自身が、あらゆる雄を引きつけ加え込む妖花であるかのようだ。

 

 女王メイヴ。

 

 アルスター伝説に登場するコノート国の女王にして、ケルト神話最大とも言われる悪女。

 

 あらゆる勇者、戦士と褥を共にし、あらゆる男を虜にしたとされる魔性の女。

 

 ただ1人、戦士クー・フーリンのみが、彼女の誘惑をはねのけた結果、大英雄は、この悪女が仕掛けた陰謀によって抹殺される事となった。

 

 そのメイヴが、クー・フーリンの傍らにて寄り添っている。

 

 まるで皇帝に取り入り、全てを喰らいつくす傾国の美姫の如く。

 

「ねえ、クーちゃん、こいつらどうしようか?」

「・・・・・・ん? ああ、別にどうでも良い」

 

 まるで話を聞いていなかったかのように、クー・フーリンは気だるげに答えた。

 

「ガキじゃねえんだ。失敗は2度までは許す。まだ1度目だ、次までは好きに動けばいい。だが3度目はねえ。余計な手間を掛けさせるなよ」

「ハッ 了解しました。寛大なご処置を賜り、感謝いたします」

 

 恭しく告げると、フィンはディルムッドを伴って謁見の間を後にする。

 

 残ったメイヴは、少し不服そうにクー・フーリンを見た。

 

「あまーい。甘すぎよクーちゃん。ああいうのはね、厳しく躾けないといけないの。もっとアニマルにならないと、アニマルに」

「たわけた事を。獣の流儀なら死ぬまで自由だろうが。生憎、こちとら王様だ」

 

 言い募るメイヴの言葉を、クー・フーリンは鼻で笑い飛ばした。

 

「1度目の油断は許す。2度目の惜敗は讃える。3度目の敗北は弱者に甘んじる覚悟だ。それは要らん」

 

 それはクー・フーリンの戦士としての矜持。

 

 戦いは相手がある以上、百戦百勝とはなかなかいかない。

 

 だが、敗北の度に将の首を切っていたのでは軍はやせ細り、やがてその報いは己自らが支払わねばならない時が来る。

 

 故にこそ、クー・フーリンが配下の者たちに求める物は、1度の敗北を、1度の勝利で購う事。ただそれだけだった。

 

 その時、謁見の間に新たな侵入者の足音が響き渡る。

 

 顔を上げれば、最近になってケルト軍に加わった気鋭の将が、顔を上げて赤じゅうたんの上を歩いて来るのが見えた。

 

「お前か」

「はい。ただ今、戻りました。王よ」

 

 軍服を着た少年。

 

 アヴェンジャーは、クー・フーリンとメイヴの前に進み出ると、恭しく膝を突いた。

 

「北部戦線の平定、完了いたしました。ついでに、はぐれサーヴァントも2騎程、討ち取ってございます」

「ほう」

 

 報告を聞き、クー・フーリンは感心したように喉を鳴らした。

 

 この少年が自らの仲間だと言う2騎のサーヴァントを従えて、クー・フーリンの前に訪れたのは、今から1か月ほど前の事。

 

 当時、北部戦線はアメリカ軍の精鋭部隊が要塞線を築き、強固な守りを固めていた。それ故、ケルト軍も攻めあぐねていたのだ。

 

 クー・フーリンは配下のサーヴァントを1騎か2騎、北部戦線への増援へ回す事も考えていたが、そこへ現れたのが、アヴェンジャー達だった、と言う訳である。

 

 有用だったなら儲け物。と言う程度で一軍を任せ、すぐに北部戦線へと送り出した。

 

 アヴェンジャー達が使えるなら良し。そうでなくても、クー・フーリンにとって損にはならない。兵士は聖杯を確保している以上、いくらでも補充できるのだから。

 

 だが、予想に反して、アヴェンジャーはあっさりと北部戦線を平定したと言う。

 

 しかも、兵力の移動時間を考えれば、制圧に要した時間は半月を出るか出ないか、と言ったところである。

 

「有能だな」

「いえ、師が良かっただけのことでございます」

 

 鼻を鳴らすクー・フーリン。

 

 つまらない、とでも思ったのか、あるいはどうでも良いと思ったのか。

 

 いずれにせよ、彼にとって重要なのは、使える配下のサーヴァントが増えた。

 

 ただ、それだけのことだった。

 

「まあ良い。これからも励め」

「ハッ」

 

 もう一度、首を垂れると、アヴェンジャーは踵を返して、謁見の間を後にした。

 

 

 

 

 

 少年が謁見の間を出ると、仲間のサーヴァント2人が、待ちわびたように顔を上げて来た。

 

 仮面で顔の上半分を覆い、華美なドレスに身を包んだ女と、御子装束に身を包んだ女。

 

 キャスター「八百比丘尼」と、未だ名を明かさぬ仮面のアサシン。

 

 2人はリーダー格であるアヴェンジャーの姿を見ると、こちらに視線を向けて来た。

 

「どうだった?」

「ええ。間違いないようです。どうやら、カルデアは既に、この北米に来ているようです」

 

 アヴェンジャーの言葉を聞いて、アサシンは仮面から見えている口を釣り上げ、舌なめずりをした。

 

「そう。なら、あの娘も来ている訳ね」

 

 脳裏に浮かぶのは、白百合の衣装に身を纏った少女。

 

 まだ穢れは愚か、恋すら知らぬであろう、真っ新な白いキャンバス。

 

 その白き無垢な心を染め上げる事が出来れば、最高の快楽を得られることは間違いない。

 

 まずは赤く、次いで黒く。

 

 染め上げるごとに変わるであろう、少女の姿を想像するだけで興奮の度合いが跳ね上がるようだった。

 

「・・・・・・また来たんだ。はあ、面倒くさい」

 

 一方でダウナーな声を発した八百比丘尼。

 

 アサシンと比べると、随分とオンオフの差が激しい。

 

 もっとも、八百比丘尼にとってはこれが素の状態であるのだからオンもオフも関係無いのかもしれないが。

 

「あなた、たまには、やる気と言う物を出したらいかが?」

「仕事はするわ」

 

 呆れ気味のアサシンの言葉も、どこ吹く風。

 

 八百比丘尼は大きな欠伸をしながら去って行く。

 

 その後ろ姿を、アサシンは嘆息交じりに見送る。

 

「ねえ、あれ、何とかなんない訳? 見てて滅入るんですけど?」

「なりませんね。あれは、どうにも」

 

 アヴェンジャーもまた、嘆息で応じる。

 

 八百比丘尼のあの気だるげな性格は、彼女が歩んで来た、気が遠くなるほどの長い年月によって醸成されたもの。英霊とは言え、彼女の人生の10分の1も生きていない人間の言葉など、届くはずも無かった。

 

 とは言え、あれで戦闘の時は全力を発揮してくれるので、何の問題も無かった。

 

 ほくそ笑むアヴェンジャー。

 

 この北米にやってきて、聖杯を持つサーヴァントを支援し、人理焼却を推進する。

 

 それが少年たちの任務だった。

 

 その聖杯を手に入れていたのはメイヴだった。

 

 もっとも、メイヴが聖杯を使い、クー・フーリンをあのような姿に変えていたのは予想外だった。

 

 生涯を戦士として貫いたクー・フーリンが、王としての冷徹さに目覚めた時、人々を震撼させる魔王が出現する事になる。

 

 それが、あの凶獣と化した大英雄だった。

 

 だが、状況は良い意味で予想外だったと言える。

 

 このまま行けば、クー・フーリンとメイヴが北米を喰い尽くしてくれる事になる。

 

 それこそが、彼等の、そして真の主君たる魔術王ソロモンの意向に沿うものだった。

 

 カルデアの存在だけが不確定要素となっている。

 

 しかし、これまでの間、さんざん自分たちを妨害してくれた邪魔者、「抑止の守護者」衛宮士郎はロンドンで葬った。

 

 ならば、後は寄せ集めの烏合の衆のみ。

 

 あとはクー・フーリン以下、ケルト軍の力をもってすれば、カルデア如きを押しつぶす事は訳なかった。

 

「・・・・・・・・・・・・全ては、あのお方の為に」

 

 微かな呟き。

 

 だが、その声は、傍らのアサシンにすら、聞き取る事はできなかった。

 

 

 

 

 

第7話「獣の王」      終わり

 



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第8話「忘却の少年」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは、確かな情報なのか?」

「確認は取れていない。だが、仲間が目撃したのは確かだ」

 

 問いかける立香に、目の前に座った男は神妙な顔つきで頷きを返した。

 

 レジスタンスの拠点を出て数日。

 

 別の拠点がある街にたどり着いた立香達は早速、情報収集に取り掛かった。

 

 ある意味、こちらの状況は暗殺に向かったジェロニモたちよりも深刻であると言える。

 

 こうしている間にも、ラーマの命は刻一刻と削られているからだ。

 

 何としてもシータを見つけ出し、接触しなければならなかった。

 

 幸いな事に、ジェロニモが先んじる形で手配りをしてくれたおかげで、立香達が到着する頃には、粗方の情報収集はレジスタンス兵士たちが済ませておいてくれたと言う。

 

 おかげで情報収集も、思ったよりスムーズに進める事が出来た。

 

 それによると数日前、奇妙なケルト兵士の一団が、西へ向かうのを見た、との事だった。

 

 おかしなな話である。

 

 ケルトの勢力圏は大陸の東側である。西に向かっては方角が逆となる。

 

 エジソンの勢力圏に攻め込むと言うのであれば話は分からないでもないが、その一団は少数であり、とてもではないが戦闘に耐えられるものではなかったらしい。

 

 しかも、

 

 その一団の中央には、まるで神輿のような鉄の格子で出来た護送用の檻が引かれていたと言う。

 

 そして、その中にいたのは、およそこの世の物とは思えないほど美しい少女だったらしい。

 

「それが、シータなんじゃない?」

「ああ。可能性はあるな」

 

 妹に頷きを返す立香。

 

 その一団が、捕えたサーヴァントを護送する為の部隊だとすれば、問題はシータはどこに連れていかれたのか、と言う事だ。

 

「他に、何か情報は無いのか? たとえば、奴らがどこに向かった、とか」

「ああ、それなら」

 

 立香に促され、男は棚から地図を取り出してテーブルの上に広げる。

 

 覗き込む立香達に対し、男は西海岸の一点、海の上に浮かぶ小さな島を指差す。

 

「ここだ。ここに連中は、大規模な牢獄を作り、捕虜を収容しているらしい」

「アル・・・・・・カトラズ」

 

 乏しい英語知識で、書かれた言葉を読み取る立香。

 

「先輩、ここは」

「ああ、マシュ。俺にも判るよ」

 

 戦慄している後輩に頷きを返す立香。

 

 その程度の知識は、流石に立香も持っている。

 

 アルカトラズ。

 

 そこに存在する、恐らくは世界で最も有名な監獄がある場所。

 

 確かに、捉えた人間を収監しておくのに、これほど有効な場所は無いだろう。

 

 その時だった。

 

「立香さんッ 凛果さんッ 大変です!!」

 

 話の腰を折るように、部屋に飛び込んで来たのは美遊だった。

 

 冷静な少女は、珍しく慌てた様子を見せている。

 

「美遊ちゃん、どうしたの?」

「そ、それが、ナイチンゲールさんが、また・・・・・・」

 

 美遊の報告に藤丸兄妹は、

 

 顔を見合わせ、

 

 揃って嘆息する。

 

「またか」

「みたいだね」

 

 これで何度目だ?

 

 否、彼女が狂戦士(バーサーカー)であり続ける限り、何度でも同じことが繰り返されるだろう。

 

「仕方がない。マシュ、美遊、頼む」

「はいッ」

「了解です先輩ッ」

 

 立香の指示を受け、飛び出していくマシュと美遊。

 

 何とか間に合ってくれればいいが。

 

 まったく。

 

 戦いでのことならともかく、こんな事で祈りたい気分になるとは思いもよらなかった。

 

 

 

 

 

 その部隊は、ケルト軍の斥候部隊だった。

 

 数日前、アメリカ軍が北部戦線で敗れ、大きく戦線後退した事により、この街の近辺にもケルト軍の部隊が出没するようになったのだ。

 

 彼らは目に着いた街を襲い、徹底的な殺戮を繰り広げて行く。

 

 この街もまた、ケルト軍に見つかった時点で、そうなる運命のはずだった。

 

 だが、

 

 彼らはすぐに後悔する事になった。

 

 よりにもよって「彼女」がいる街を襲った事を。

 

 街に突入しようとしたケルト人の前に立ちはだかった軍服姿の女性。

 

 ナイチンゲールは怯む事無く、ケルト人兵士たちの間に飛び込むと、彼等を殴りつけ、掴み上げ、引き裂いていく。

 

 果敢に挑みかかる兵士もいる。

 

 だが、その全ては、一瞬の後に無意味と化す。

 

 自身に振り下ろされた刃を打ち砕き、槍を叩き折り、飛んできた矢を掴んで投げ返す。

 

 まさに重戦車の如き猛撃振り。

 

 彼女の進撃を止め得る者など、この戦場には存在しない。

 

 ただ

 

 1つだけ。

 

 重大な、そして致命的な事実があったりする。

 

「ぬオォォォォォォ、き、貴様ァ!! よ、余がいる事を忘れておらんかァァァァァァッ!?」

 

 悲痛な叫びを発するラーマを、背中に負ったままである、と言う事を。

 

 改めて確認するが、

 

 現在、インドの大英雄にして、大神ヴィシュヌの化身であるラーマは、クー・フーリンの呪いの槍を受け、心臓がつぶれている状態。

 

 ほんのちょっとの衝撃で死に至ってもおかしくはない状態だ。

 

 当然、絶対安静、

 

 な、筈なのだが、

 

 ナイチンゲールは一切合切、徹頭徹尾、情け容赦なく全力で突撃を敢行。ラーマを背負ったままケルト人たちを投げ飛ばしていた。

 

 それも、今回だけではない。

 

 ここに至るまでの戦闘で全て、ナイチンゲールは先陣を切って突撃している。

 

 言うまでも無く、ラーマを背負ったまま。

 

「いい加減にしろォォォォォォッ て言うか、降ろしてくれェェェェェェ!!」

 

 情けない声で叫ぶラーマ。

 

 だが無論、そんな事で止まる婦長殿ではなかった。

 

 そんなナイチンゲールを援護するように、上空を飛ぶイリヤがルビーを振るう。

 

《何と言うか、ヒドイ絵面ですね。人類全てが涙する悲劇的な光景ですッ》

「暢気な事言ってないで、助けないと!!」

 

 言いながら、魔力弾を放つイリヤ。

 

 少女の放つ魔力弾は強力で、ケルト兵達は成す術も無く吹き飛ばされていく。

 

 更に、その足元では、エリザベートが槍を振るってケルト兵士をなぎ倒す。

 

「ああもうッ バーサーカーってほんとにッ!!」

 

 無造作に振るった槍の一撃が、ケルト兵士の頭を叩きつぶす。

 

 ナイチンゲールの暴虐ぶりに嘆息しつつも、槍兵の竜娘は己の役割を忘れずに戦い続ける。

 

 更に、そこへ変化が到来する。

 

 飛び込んできて、手にした聖剣を一閃する白百合の剣士。

 

 美遊だ。

 

 銀の一閃が、槍を持ったケルト兵士を、槍ごと斬り捨てる。

 

 更に視線を向ければ、マシュが大盾を振るって敵兵を纏めて吹き飛ばすのが見えた。

 

「待たせたな、みんなッ 一気に押し返すぞ!!」

 

 報せを聞いて戦線に駆け付けた立香が指示を飛ばす。

 

 と、

 

「り、立香ァ 凛果ァ た、た~す~け~て~く~れ~~~~~~!!」

 

 世にも情けない大英雄の叫びは、果たして何に対する物なのか。

 

 そんな叫びにも構わず、突撃していくナイチンゲール。

 

 嘆息する立香。

 

 目的を果たす前に、ラーマの命運が燃え尽きない事を祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、

 

 立香達別れ、西へと向かったジェロニモたち別動隊は、ケルト軍の兵士の目から逃れるようにして潜行する事数日。

 

 ケルト支配下に置かれてるワシントンを見渡せる位置まで到達していた。

 

 ここまで来るのに、ケルト軍に悟られた様子はない。

 

 ネロを除けば、ほぼ全員が潜入や暗殺に長けたメンバーで固めた甲斐があった。

 

 途中、止むを得ざる戦闘を数回こなしたが、その全てにおいて敵を全滅させていた。

 

 間違いなく、ケルト側にジェロニモ達の動きは悟られていないはずだった。

 

「皆、準備は良いな?」

「オッケー。ここまで来て、まだ決まってない奴なんていないって」

 

 問いかけるジェロニモに、ビリーが軽口で応じる。

 

 緊張した様子はない。

 

 とは言え、

 

 ここから先は、完全にに敵地だ。いつ、どこで会敵するか分からない以上、警戒しておくに越した事は無かった。

 

「良いか。作戦は、ネロの宝具でクー・フーリンと女王を取り込み、その内部において敵を殲滅する。良いな」

「うむ、任せるが良い」

 

 ネロは純白の衣装に包まれた大きな胸を反らし、自信満々に頷く。

 

 彼女の宝具ならば確かに、敵を完全に内部に取り込み、尚且つ弱体化させる事が出来る。

 

 ある意味、暗殺向けの宝具であると言える。

 

 ネロの宝具に取り込んだ上で、クー・フーリンと女王を封殺する狙いだった。

 

 そんな中、

 

 クロエはふと、傍らに立った弟に視線をやった。

 

「ヒビキ・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、呟く弓兵少女。

 

 脳裏には、昨夜の光景が思い出されていた。

 

 

 

 

 

 パチパチと、乾いた枝が勢い良く燃える音が響く。

 

 周囲に喧騒は無く、ただ燃える火の音だけが、闇の中を照らし出していた。

 

 火の灯す明かりが、少年暗殺者の横顔を照らし出す。

 

 響は普段通りの茫洋とした瞳で、ただジッと、炎を見詰めていた。

 

 遠くでは何かの獣の鳴き声が聞こえてくる。

 

 近付いてくる気配はないが、北米には肉食の獣も多い。

 

 特に灰色熊(グリズリー)は、日本の羆をも上回る巨体と怪力を誇っている。

 

 下手をすればサーヴァントであっても危ないかもしれない。

 

 それでなくとも、現状は暗殺作戦の為に潜行している身。無駄な戦闘は避けなければいけなかった。

 

 背後で、土を踏む音が聞こえたのは、響が少しうとうととし始めた時だった。

 

「ん、クロ?」

 

 顔を上げた響の目には、呆れ気味にジト目をした姉の顔が映り込んだ。

 

「あんた、今、寝てたでしょ」

「・・・・・・・・・・・・寝てない」

「よだれ」

 

 指摘され、慌ててごしごしと口元を拭う響。

 

 ややあって、視線を姉へ向ける。

 

「何?」

 

 わざわざ夜中に会いに来たのだ。何か話があるのだろうと推察する響。

 

 そんな弟に、クロエはクスッと笑って見せる。

 

 クロエは今、トレードマークの一つとも言うべき赤い外套を脱ぎ、インナーだけの恰好をしている。

 

 クロのチューブトップとピッタリとした短パン姿の少女は、それだけで蠱惑的な印象があり、弟の響から見ても、ある種の妖艶さを醸し出していた。

 

 大胆に露出した、褐色の二の腕やお腹、太腿が、およそ子供らしからぬ色気を醸し出し、思わず響は自分の頬が紅潮するのを感じた。

 

 クスッと笑うクロエ。

 

「あらあら、初心なのね。可愛い」

「クロ、うるさい」

 

 からかうような姉の口調に、ムッと声を発する響。

 

 そんな弟の隣に腰かけるクロエ。

 

 暫く、姉弟は揃って、燃える炎を見詰める。

 

 どれくらい、そうしていた事だろう。

 

「ヒビキ」

 

 クロエはそっと、弟に語り掛けた。

 

「あんた、何を隠している訳?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかけるクロエ。

 

 対して、響は無言。

 

 ただ、茫洋とした瞳を炎へ向け続け、姉を見ようとしない。

 

 クロエは構わず続ける。

 

「違和感はあったのよね。何しろ、あたしはあんたの事を殆ど覚えていない。あんたが弟だって事くらいは憶えているけど、それ以外事は殆ど朧げ。まるで消しゴムか何かで消されたみたいに、あんたに関する記憶だけ虫食いになっている」

「・・・・・・・・・・・・・」

「最初は、召喚の影響とか、並行世界の影響とかいろいろあって、そうなっているのかと思っていた。けど、違った。そうじゃなかった」

 

 きっかけは、この世界に来て、イリヤに再会した事。

 

 イリヤは美遊やクロエの事はしっかりと覚えていたのに、響の事だけは全く覚えていなかった。

 

「いや、違うわね。あれは憶えていないんじゃない。『最初から知らなかった』時の反応だわ」

 

 これはおかしい事だ。

 

 同じ姉弟で、クロエは響の事を覚えていて、イリヤは全く知らないと言う。

 

 いったい、どういう事なのか。

 

 そして、目の前にいる「衛宮響」と言う名の少年はいったい何なのか。

 

「で、考えたわ。もしかすると、あたし達の中で、ヒビキ(あんた)に対する記憶だけが、どんどん消されて行ってるんじゃないかってね。で、イリヤは完全にあんたの事を忘れてしまい、そもそもあの子の中じゃ、あんたは最初から存在しなくなってしまっている。たぶん、放っておいたら、あたしの中でも、あんたの存在は消えてしまうんじゃないかってね」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 尚も、沈黙を守る響。

 

 だが、

 

 その表情に、僅かな陰りがある事を、クロエは見逃さなかった。

 

「あら、図星?」

「・・・・・・・・・・・・ん、ノーコメント」

 

 相変わらず、嘘が下手な弟に、弓兵少女は呆れるやら苦笑するやら。

 

 だが、どうあっても響は、それ以上口を割る気は無いらしい。

 

「ミユから聞いたわ。監獄塔でのこと」

 

 あの戦いで響は、過去最強の敵、アヴェンジャー「巌窟王エドモン・ダンテス」と対峙した。

 

 追い詰められ、美遊や立香も含めて、風前の灯火と化した響達。

 

 その時、響が見せた、全く新しい戦姿。

 

 盟約の羽織・深月。

 

 そして、その状態から繰り出した「鬼剣・千梵刀牢」は、圧倒的な力で蹂躙しようとしていた巌窟王の攻撃を押し返し勝利を掴み取った。

 

 だが、響のあの力が、果たしてどこから来たものなのか。

 

 復讐に燃え滾る最強の反英雄。その攻撃を押し返すほどの力を、目の前の少年が持っているとは、到底思えなかった。

 

 ならば、

 

 突くべき答えは、限られている。

 

「あんた、何を犠牲にして戦っているのよ?」

 

 鋭い質問を、弟に容赦なく叩きつけるクロエ。

 

 響は、何か大事な物を捨てながら戦っている。

 

 クロエには、そう思えてならなかった。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響は何も告げず、ただ、その場から立ち去ろうとする。

 

「待ちなさいよッ まだ話は終わってない!!」

 

 追いすがるクロエ。

 

 だが、

 

「ん・・・・・・どうせ、話しても、意味ない、から」

 

 どこか諦めたような、

 

 受け入れたような、

 

 そんな平坦な口調で話す響。

 

 ひどく抑揚を欠いた声音は、常の少年からは考えられないくらいだった。

 

 だが、

 

「・・・・・・ミユは、どうするのよ?」

 

 その問いかけに、響は足を止めた。

 

 クロエは、そこへ更に続けた。

 

「あんた、ミユの事、好きなんでしょ? 勿論、友達としてじゃなくて、女の子としてさ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響と美遊が惹かれ合っている。

 

 それは、本人たちの遺志をも超えた、何かの運命に引き寄せられているとしか思えない物だった。

 

 だが、クロエには確信があった。

 

 響と美遊は、何か2人にも判らない物によって結び付けられていると。

 

 だが、

 

 それに対してヒビキは答える事無く、そのまま闇の中へと溶けるように去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 嘘を吐くのは下手なくせに、本当に隠したい事は死んでも隠し通そうとする。

 

 そんな弟の決意を感じ、クロエは嘆息する。

 

 単なる意地などではない。

 

 響はもっと、自分の心の深いところに、何かを抱えている。そう思えてならなかった。

 

 いったい何を考えているのやら。

 

 だが、響が戦う毎に、周りが彼の事を忘れて行く。

 

 この考えに、クロエは確信にも似た考えを持っていた。

 

 いったい、なぜそうなったのか? なぜ、そうならざるを得なかったのか?

 

 それはクロエにも判らない。

 

 しかし、それでも、この目の前の弟が、自分の中から消えてなくなるのだとしたら?

 

 それは、クロエにとっても・・・・・・

 

「行くぞ」

 

 ジェロニモの低い声で、意識は現実に引き戻された。

 

 どうやら、作戦開始の時刻らしい。

 

 頷き合う一同は、息を殺したまま街の中へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワシントンの街中は、閑散としていた。

 

 後に世界有数の大都市であり、政治機構の中心ともなるはずの大都市が、まるでゴーストタウンと化している。

 

 その理由については、もはや察する事すら必要あるまい。

 

 ケルト軍による圧制により、住民たちは皆、息を潜めて暮らしているのだ。

 

 流石の野蛮さでは人語に落ちないケルト人たちも、自らの支配権の住人全てを殺し尽くせば、翻って自分の首を絞める事になる、と言う考えくらいはあるようで、勢力圏内での殺戮行動は控えているようだ。

 

 とは言え、ある意味、彼等を取り巻く状況はより過酷であるとも言えた。

 

 言ってしまえば、盗賊の大集団が癒えの中で同居しているような物である。

 

 略奪、暴行は当たり前。備蓄はあるだけ奪われ、女と見れば攫って行って凌辱される。

 

 勿論、少しでもケルト人の機嫌を損ねれば、容赦なく命を奪われる事は言うまでもない。

 

 住民にできる事は、恐怖に縛られ、家の中で縮こまっている事のみ。ただ、嵐が自分達に襲い掛かってこないように。

 

 街がそんな状況である為、響達は容易に街の中心地へと入り込む事ができた。

 

「ロビン、偵察状況は?」

「ああ、問題ねえ。俺の探った限りじゃ、でかいサーヴァントの反応は2騎。こいつが恐らく、(キング)女王(クイーン)と見て間違いないんじゃないですかね」

 

 隠ぺいに優れたロビンが、既に先行して情報を集めてきている。

 

 暗殺対象である、王と女王の所在確認は、作戦の必須条項だった。

 

「で、どうやら連中、この先の大通りでパレードをやるらしいぜ」

「パレードッ!?」

 

 素っ頓狂な声とともに、目を輝かせたのは嫁王事、ネロ・クラウディス陛下だった。

 

「それはけしからんッ じゃなくて羨ましい!!」

「ん、ネロ、それ、逆」

 

 自他ともに認める目立ちたがりなネロは、本音も隠さずに叫ぶ。

 

 しかし、けどそれは同時に、チャンスでもあった。

 

「なら、そのパレードで、一番目立っている奴がいたら、それが王と女王って事で良いんじゃないかな?」

「うむ、その通りだ、ビリーよ。パレードは主役が目立つ為にあるのだからな。余も生前は、何度もパレードを行った物よ。数万の兵士が列を為して行進し、それをローマ中の住民たちが囲んで歓声を上げる。あれは気持ちよかった」

 

 当時の事を思い出したのか、うっとりするネロ。

 

 それはさておき、これで作戦は決まった。

 

 まず、ロビンの宝具で身を隠してパレードに近づく。

 

 王と女王の姿を確認したらネロの宝具を展開。内部に2人を取り込んで、包囲殲滅する。

 

 出し惜しみは一切なし。最大限の戦力で、一気に片を付ける。

 

 予想通りと言うか、ケルト軍の主力は大半が西の戦線に張り付いているらしく、ワシントンに駐留しているのは近衛軍の一部と警備部隊のみ。しかも、今はそのほとんどがパレードに参加していると言う。まさに、襲撃するチャンスだった。

 

「行くぞ」

 

 ジェロニモの言葉に、頷く一同。

 

 同時に、ロビンは宝具であるマントを風に靡かせた。

 

 

 

 

 

 パレードは大歓声に包まれていた。

 

 花吹雪が舞い、楽曲が高らかに演奏される。

 

 居並ぶ住民たちは、皆、笑顔を浮かべて、ケルト軍の行進を眺めている。

 

 居並ぶ兵士たちは全員が武装し、その凶悪な戦姿を見せつけている。

 

 ただ、それでも今だけは、整然と整列して行進に勤しんでいる辺り、クー・フーリンやメイヴの指揮が行き届いている証拠だった。

 

 だが、

 

 それが上辺だけの事なのは、言うまでも無いだろう。

 

 ケルト人は、一皮むけば獣欲をむき出しにして住民に襲い掛かってもおかしくはない。

 

 そして住民たちは、そんな恐怖に怯え、作り笑いを顔に張り付かせている。彼等からしてみれば、パレードに参加して歓声を上げなければ即、死に直結する事になるのだから必死だ。

 

 そんな中で1人、心の底からこの状況に悦楽を貪っている者がいる。

 

 今回のパレードの主役の1人であり、パレードの発起人でもある女王メイヴだった。

 

「みんな~!! 今日はメイヴとクーちゃんの為に集まってくれてありがとう!! この国は永遠王の国!! 私とクーちゃんの、私とクーちゃんによる、私とクーちゃんの為だけの国よ!!」

 

 まるで、後に現れる大統領の名演説を皮肉ったかのような声に、歓声はさらに強まる。

 

 声のシャワーとでも言うべき歓声を総身に浴び、メイヴは微笑みを浮かべる。

 

 このパレード自体、彼女の虚栄欲を満たすために企画した物だった。

 

 一方で、クー・フーリンはと言えば、どこか投げやりな感じにそっぽを向いている。

 

 無理も無い。本質的に戦士な彼からすれば、こんな虚栄と華美だけを取り繕ったようなパレードはお呼びではあるまい。

 

 実際、メイヴがパレードの案を持ちかけた時、クー・フーリンは心の底から面倒くさそうな顔をしていたが、そこを何とかお願いして付き合ってもらっている。

 

 とは言え、こうして付き合ってくれている辺り、彼もなかなか付き合いが良かった。

 

「二十四時間奉仕する事を光栄に思いなさい!! 二十四時間隷属する事を歓喜に思いなさい!! 正義も、名誉も、栄光も、全てわたし達の下へ!!」

 

 まさに幸せの絶頂、とばかりに叫ぶメイヴ。

 

 この瞬間こそが光り輝いていると、彼女は自覚していた。

 

 だからこそ、

 

 自らのすぐそばまで迫っている凶刃に、彼女達は気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今だ、行け、セイバー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、鳴り響く声。

 

 同時に、

 

 「何もなかったはずの空間」から、突如として、人影が躍り出る。

 

 純白の花嫁衣装に身を包んだ、白薔薇の剣士。

 

 ネロ・クラウディウス。

 

 高まる魔力を、剣先より迸らせる。

 

「狂王、そして女王よッ その首、もらい受ける!!」

 

 言い放つと同時に、ネロの宝具は解き放たれた。

 

 

 

 

 

第8話「忘却の少年」      終わり

 



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第9話「ザ・ロック」

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 アルカトラズ監獄。

 

 サンフランシスコ沖2・4キロの海上に浮かぶ小島に建てられた監獄。

 

 ザ・ロック、監獄島などとも呼ばれる。

 

 元は船乗りの為の灯台を設置場所として活用されていたが、南北戦争開戦の機運が高まると、島の軍事的価値に目を付けた北軍側により軍事要塞化されて行く事になる。

 

 戦争中、実際に戦闘が行われた事は無かったが、南部連合軍がサンフランシスコ湾に侵入するのを防ぐ、抑止力としての役割を果たした。

 

 やがて南北戦争が終結すると、軍事要塞としての価値は急激に下落。代わりに、その地理的条件により監獄としての役割を果たす事が多くなっていった。

 

 当初は軍事刑務所としての意味合いが強く、軍律違反を犯した兵士や、捕虜となったインディアンが主要される事が多かった。

 

 しかし時代の変遷とともに、通常の刑務所としての色合いが強くなっていく。

 

 あの悪名高い「禁酒法」時代には、多数のギャングが収容された。有名なシカゴマフィアのドンである、アル・カポネが収監されていた事でも知られている。

 

 難攻不落、脱獄不可能とも言われるアルカトラズだが、過去には14回、36人もの脱獄騒動が起きている。

 

 その大半が捕縛、処刑、あるいは逃亡中に溺死したが、中には看守に捕まらず、また遺体も発見されなかった者も僅かながらおり、それらの人物は無事、脱獄に成功したとも言われている。

 

 本来なら、独立戦争当時には存在しないはずのアルカトラズ監獄。

 

 それが今、目の前に存在している事からも、この世界がいかに特異であるかを物語っていた。

 

 

 

 

 

「ここが、アルカトラズか」

 

 マシュがこいでくれた小舟を降り、立香は呟いた。

 

 目の前に見えるのは高い崖。更にその上には、城壁のような壁が島全体を囲むようにしてグルリと聳え立っている。

 

 この光景を見るだけで、この場所がいかに絶望的な場所であるかが伺える。

 

「監獄か。つい最近も似たような体験をしたけど・・・・・・」

「立香さん・・・・・・・・・・・・」

 

 苦笑気味に呟く立香を、気遣うように美遊が声を掛ける。

 

 あの監獄塔における、絶望的な記憶は、今も生々しく2人の記憶に残っていた。

 

 対して、立香は少女の頭をポンと叩き、笑いかける。

 

「もう大丈夫、心配いらないさ」

 

 言いながら、視線を巡らせる立香。

 

「それに・・・・・・・・・・・・」

 

 その視線の先で、

 

「このままじゃラーマが保たない」

「・・・・・・そうですね」

 

 2人が生暖かい視線を向けた先には、ナイチンゲールの背に負ぶわれたラーマがぐったりしている様子が見て取れた。

 

 無理も無いだろう。

 

 ただでさえ、とっくの昔に死んでもおかしくないほどの傷を負っていると言うのに、底に来て、ナイチンゲールが彼を背負ったまま委細構わず、敵陣目がけて特攻していくのだから。

 

「迅速に行動しましょう。既に要看護者の容態は危機的状況にあると判断します」

 

 対して、シレッとした調子で告げるナイチンゲール。

 

 そこで、全員が思った。

 

 もし、この場に響が居たら、こう言っただろう。

 

『ん、だいたいナイチンのせい』

 

 その時、

 

 ふわりと言う空気と共に、天使が立香達の下へと舞い降りる。

 

「戻りましたー」

《いやー予想通りですね。中はケルト兵でいっぱいでしたよ》

 

 空を飛ぶ事が出来るイリヤに、先行して偵察をお願いしたのだ。

 

 本来、この手の役割は響かクロエの担当だが、2人とも暗殺部隊に加わっている為、空を飛べるイリヤに偵察を頼んだのだ。

 

「兄貴」

 

 戻ってきたイリヤを見て、凛果が立香の肩を叩く。

 

「下からイリヤちゃんのスカートの中を覗いたりなんて・・・・・・」

「す、するわけないだろ!!」

《ちなみに、イリヤさんの今日のパンツは白ですから》

「ルビーッ!! 何ばらしてんの!!」

 

 ぎゃんぎゃんと騒ぎまくる一同。

 

 突入を前にして、何とも緊張感に欠ける感じだった。

 

 とは言え、イリヤが偵察してくれたおかげで、何とか敵の配置には目星がついた。

 

 後は仕掛けるのみである。

 

「行くぞ」

 

 立香の号令に、頷く一同。

 

 その言上げる先に、絶望を齎す監獄が聳え立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆炎が迸る。

 

 轟音とともに吹き飛ばされた壁が崩れ、ケルト兵が慌てた調子で振り返った。

 

 もうもうと立ち込める煙。

 

 その中から、

 

 前衛を担当する、白百合の剣士が飛び出した。

 

「はァッ!!」

 

 気合一閃。

 

 少女の振るった聖剣により、ケルト兵3人が一瞬で斬り捨てられる。

 

 絶命する兵士を飛び越え、美遊は更に前へと斬り込む。

 

 対するケルト兵達もさる物。

 

 轟音を聞きつけて次々と、兵士たちが集まってくる

 

 剣を構え直す美遊。

 

 同時に、刀身に込めた魔力を振り被る。

 

「これで、決める!!」

 

 剣を振り下ろす少女。

 

 刀身より迸る、金色の剣閃。

 

 その一撃が強力な魔力放出となって、ケルト兵達に襲い掛かる。

 

 たちまち、ケルト兵の陣形は崩れ、吹き飛ばされる。

 

 一部の兵士は、屋根の上に上がって、美遊目がけて矢を放とうとする。

 

 だが、

 

「危ないッ ミユ!!」

 

 その前に、親友の危機を救うべく、天使の少女が空を駆ける。

 

 イリヤは飛翔して屋根よりも高い位置に陣取ると、手にしたルビーに魔力を込めれ振るう。

 

「弾速最大、散弾!!」

 

 ステッキを振るうイリヤ。

 

 放たれた魔力弾はイリヤを中心にして放射状に拡散。屋根の上に陣取った弓持ちのケルト兵を包み込むように直撃した。

 

 たちまち、撃ち抜かれる兵士や、屋根から転げ落ちる兵士が続出する。

 

「イリヤ、ありがとう」

「ううん。どういたしまて、だよ」

 

 微笑み合う少女たち。

 

 こうして共に戦うのは、少なくとも美遊にとっては初めてのことだが、気持ち良いくらいに息があった連携だった。

 

 まるで、ずっと共に戦ってきたかのような一体感。

 

 言葉を交わさずとも、美遊とイリヤは互いにどう動けば最適かが判っているかのようだった。

 

 そんな少女たちを忌々しく思ったのか、監獄の中から次々と兵士たちが湧き出してくるのが見える。

 

 だが、

 

「任せなさいッ」

 

 飛び出したのはエリザベートだ。

 

「トップアイドルを差し置いて目だとうったって、そうは行かないわよッ ジュニアは黙ってバックに着きなさい!!」

「いえ、別に私達はアイドルじゃ・・・・・・」

 

 呟く美遊を無視して前に出たエリザベートが、大きく息を吸い込む。

 

 同時に、魔力を込めた。

 

「あ、危ないッ」

「ふぇッ!?」

 

 美遊はとっさに、傍らのイリヤを抱えて後方に飛びのく。

 

 エリザベートが、己の「声」を解放したのは同時だった。

 

 竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)

 

 音波砲の如き、強烈な一撃が、ケルト兵達に襲い掛かる。

 

 まさしく悪竜の息吹、とでも言うべき。

 

 溜まらず、吹き飛ばされる兵士達。

 

 一方で、味方の被害もバカにはならない。

 

「う・・・・・・相変わらず・・・・・・」

「み、ミユ、こんな人たちと一緒に戦ってきたの・・・・・・」

 

 鳴り響く耳鳴りに耐えながら、少女2人は態勢を何とか立て直す。

 

 美遊のとっさの判断で直撃は免れたものの、被害が馬鹿にならない事には変わりなかった。

 

 しかし、奇襲に成功したカルデア側が全体的に優勢なのは動かない。

 

 立香は、本来なら自分を守る最後の盾であるはずのマシュも前線に出し、戦線を押し上げにかかる。

 

 この戦いに、「守り」は要らない。

 

 可能な限り全戦力を投入し、戦線を食い破る。

 

 勿論、ラーマを背負ったままのナイチンゲールも参戦する。

 

 ラーマを背負ったまま敵陣に飛び込み、

 

 ラーマを背負ったまま敵兵をなぎ倒し、

 

 ラーマを背負ったまま、敵兵を引きちぎり、

 

 ラーマを背負ったまま、周囲を飛び跳ねて敵を翻弄する。

 

 ・・・・・・正直、ちょっと自重してほしかったが。

 

 しかし、そのおかげで、ケルト軍側は戦線の構築すら叶わず、室においては圧倒的に隔絶しているサーヴァント達に蹂躙されていく。

 

 元々、監獄施設と言う事もあり、前線部隊に比べて兵の配置も少なかったのだろう。

 

 こうなると、カルデア特殊班の敵ではない。

 

 このままなら制圧も時間の問題だろう。

 

 そう、思った時だった。

 

 突如、

 

 沸き起こる轟音。

 

 衝撃。

 

「な、何よ、これッ!?」

 

 前線にいたエリザベートが、思わずその場でよろけて倒れる程の衝撃が、地面を揺るがした。

 

 激震が、監獄全体を襲う。

 

 ケルト兵達も、1人残らずその場で手折れる。

 

 まるで、地の底で眠っていた竜が、突如として目を覚ましたかのような衝撃。

 

 次の瞬間、

 

 大地に亀裂が走る。

 

 まるで、島その物が割れるかのような勢い。

 

「みんな、退けッ!!」

 

 一瞬早く、奔る立香の指示。

 

 同時に、サーヴァント達が後退する。

 

 マシュが立香を、美遊が凛果を、それぞれ抱えて後退する中、

 

 衝撃が止み、一瞬、静寂が訪れる。

 

「凛果さん、お怪我はありませんか?」

「うん、ありがとう、美遊ちゃん」

「フォウッ」

 

 凛果とフォウを降ろしつつ、剣を構え直す美遊。

 

 マスター達を守るように、マシュも盾を構え直す。

 

「い、いったい、何があったの?」

「判りません。しかし、最大限の警戒を」

「グッ い、良いから、余を、降ろせ」

 

 息も絶え絶えなラーマを無視して、衝撃が襲ってきた方向を凝視するナイチンゲールとイリヤ。

 

 やがて、

 

 ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ 

 

 大きな足音と共に、立ち込める煙を裂いて、

 

 1人の男が姿を現した。

 

 上半身に衣服を身に着けておらず、筋骨隆々とした体躯を惜しげも無く見せつける男。

 

 褐色色の肌と相まって、どこか凶悪極まりない鈍器を連想させる。

 

 しかし、短く刈った金色の髪と、ワイルドさはあるものの整った印象があり、どこかビリーたち同様アウトロー的な悪漢めいた感じがする。

 

 男は周囲を見回すと、その凶暴さを隠そうともしない相貌をカルデア特殊班に向けた。

 

「で、こいつは何の騒ぎだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は、自身を取り囲むように布陣した特殊班のメンバーをジロリと見渡した後、フンと鼻を鳴らす。

 

「お前ら、アレだろ。カルデアとかいう。まさか、本当に来るとはな」

 

 やれやれとばかりに首の骨を鳴らす男。

 

 その時、立香の腕に嵌めた通信機が成り、カルデアにいるダ・ヴィンチがマイクに出る。

 

《気を付けな立香君。その男はサーヴァントだ。それも、かなりの実力者と見た》

「ああ、それは俺にも判るよ」

 

 ダ・ヴィンチに答えつつ、立香は喉を鳴らす。

 

 男の実力が圧倒的な事は、素人の立香にも気配で伝わってくる。

 

 例えるなら、あの大英雄ヘラクレスと対峙した時と同じような感覚が立香を襲っていた。

 

「一応、名乗っとくか」

 

 そんな立香を見ながら、男は凄みのある笑みを浮かべて行った。

 

「俺の名はベオウルフ。一応、ここの獄長をやってる。で、お前等の目的はなんだ?」

 

 ベオウルフ。

 

 イングランド最古の叙事詩に登場する主人公であり、勇者であり王。

 

 若かりし頃に巨人グレンデルを素手で殴り殺し、復讐に来た、その母親をも討ち取ったと言う逸話がある。

 

 老いて尚、盛んな英雄は、人々を苦しめる悪竜の存在を聞きつけると、老境の域に達していたにもかかわらず、老いた身を押して出陣。我が身と引き換えに悪竜を倒す事までやってのけている。

 

 又、王としても安定した治世を敷き、人々の安寧を守り続けた。

 

 戦場にあっては武勇を誇り、治世にあっては民を慈しんだ、正に英雄の中の英雄とも言える人物である。

 

「・・・・・・救出だ」

 

 ベオウルフの問いかけに答えたのは、ナイチンゲールの背から強引に下りたラーマだった。

 

「いけません。動いては・・・・・・」

「良い」

 

 掴んで制止しようとするナイチンゲールを、ラーマは振り払う。

 

「余を背負っていては、そなたは十全に戦えぬ。己の役割を果たす為に最善を尽くせ」

 

 苦し気に、

 

 しかし毅然として大英雄は言い放つ。

 

 自分がナイチンゲールの枷となっている。

 

 ならば、自らを切り捨てる事に何のためらいも無かった。

 

「そう、心配するな・・・・・・」

 

 言いながら、愛刀を呼び出して柄を手に取るラーマ。

 

「瀕死のこの身だが、守るくらいはできる」

 

 言いながら、ラーマの視線は真っ向からベオウルフを睨み据える。

 

「そなたに恨みは無いが、余のシータを返してもらうぞ」

「シータ? ・・・・・・ああ、この間、連れてこられた女か」

 

 どこか納得したように、頷くベオウルフ。

 

「やけに厳重に連れてこられたと思ったら、こういう事だったのか」

「貴様・・・・・・・・・・・・」

 

 囚われた妻を想い、魂を終え上がらせるラーマ。

 

 放っておけば、すぐにでも斬りかかりそうな勢いだ。

 

 だが、

 

「あの女なら、この牢獄の最下層に捕らえてあるぜ」

 

 ラーマが斬りかかる前に、ベオウルフはあっさりとシータの居場所を暴露してしまった。

 

「安心しな。兵士の連中にも手を出すなって厳命しておいたからよ。一切手は触れてねえ」

「良いのか、そんなあっさり言っちゃって?」

 

 恐る恐る問いかける立香。

 

 こうもあっさりと目的を達してしまった事に、聊か拍子抜けの間すらあった。

 

 だが、

 

「良いんだよ。別に隠せとも言われてねえしな。それに・・・・・・」

 

 言いながら、

 

 ベオウルフは自分の両手に二振りの剣を呼び出して構える。

 

 武骨な剣だった。

 

 柄尻同士を鎖で連結したその剣は、1振りが大剣ほどもあり、ベオウルフは、それを軽々と振り回している。

 

 しかも、右手に握った剣は、刃が明らかに機能しておらず、剣と言うより最早、棍棒に近かった。

 

「タダじゃ、ねえからな」

 

 すなわち、ここを通りたければ、俺を倒していけ、と言う事らしい。

 

「・・・・・・やるぞ、みんな」

 

 立香の声とともに、各々、武器を構える特殊班のサーヴァント達。

 

 ここまで来た。目指すシータの居場所まで、あと一息なのだ。

 

 次の瞬間、

 

 両者、同時に動いた。

 

 

 

 

 

 強烈な踏み込みは、大地を割る勢い。

 

 ベオウルフは、両手に装備した2本の剣を掲げて斬りかかってくる。

 

「オォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 右手に持った、棍棒の如き剣を振り翳す。

 

 「鉄槌蛇潰(ネイリング)」と呼ばれる、ベオウルフが持つ佩刀の1振り。

 

 前述した通り刃は無きに等しく、斬撃よりも打撃の為の剣であると言える。

 

 振るわれた一閃。

 

 迎え撃つはマシュ・キリエライト。盾兵の少女。

 

 ベオウルフがもたらす破壊的な一撃を、掲げた盾で弾く。

 

 だが、

 

「まだまだァっ!!」

 

 すかさず、左手の剣を返すベオウルフ。

 

 「赤原猟犬(フルンティング)」と呼ばれる、もう1振りのベオウルフの佩刀。

 

 常に敵を追尾する特性を持ち、その全ての攻撃が最適解へと導かれる魔剣。

 

 ベオウルフの一閃が、防御直後のマシュを直撃する。

 

「キャァッ!?」

 

 防御の上からでも、体勢が崩れる程の一撃がマシュを襲う。

 

 思わず、膝が崩れ掛かるマシュ。

 

 だが、

 

 そんな盾兵少女を守るように、

 

 白百合の剣士が宙を舞う。

 

 空中で、体を大きく捻り、引き絞ったバネを解放する事で、強烈な横一線を繰り出す美遊。

 

 閃光の如く、空中を走る聖剣の一撃。

 

 だが、

 

「フンッ!!」

「あッ!?」

 

 ベオウルフが振り上げた「鉄槌蛇潰(ネイリング)」の一撃が、美遊の剣閃を弾く。

 

 空中で弾かれ、錐揉みする美遊。

 

 しかし、それでもどうにか体勢を立て直し着地に成功する。

 

 そこへ、追撃するべく斬り込んでくるベオウルフ。

 

 だが、

 

「やらせないわよッ!!」

 

 槍を振り翳しながら、斬り込んだのはエリザベートだ。

 

 背中の羽を羽ばたかせ、低空飛行しながら刃を繰り出す。

 

 既に、先の戦闘で宝具を使ってしまっているエリザベートは、切り札を欠いているに等しい状態。

 

 自然、接近戦に頼らざるを得ない。

 

 迎え撃つ、ベオウルフ。

 

「オッラァァァ!!」

 

 繰り出される衝撃。

 

 対して、槍をとっさに立てて防ごうとするエリザベート。

 

 だが、

 

 激突の瞬間、

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 エリザベートは大きく吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。

 

「エリザッ!!」

「フォウッ!!」

 

 凛果とフォウが悲鳴に近い声を上げる中、

 

 美遊が可憐な双眸を鋭く細め、ベオウルフを睨みつける。

 

 次の瞬間、

 

 ドンッ

 

 衝撃音と共に、白百合の剣士が斬りかかる。

 

 魔力放出を利用した突撃で一気に間合いの中へと入ると、ベオウルフ目がけて聖剣を斬り上げる。

 

「オォッ!?」

 

 奇襲に近い美遊の攻撃に、虚を突かれた形のベオウルフが思わずのけ反って回避する。

 

 だが、

 

「まだッ!!」

 

 美遊はすかさず、剣を返す。

 

 この点、ベオウルフよりも体躯が小さい事が功を奏している。

 

 大英雄が体勢を整える前に、横なぎの剣閃を繰り出す美遊。

 

 対して、ベオウルフの防御は間に合わない。

 

 少女の剣が、鋼の如き肉体を切り裂く。

 

「グッ!?」

 

 手ごたえはあった。

 

 さしものベオウルフも、思わず声を出す。

 

 舞い散る鮮血。

 

 だが、

 

「もう一度ッ!!」

 

 剣を構え直そうとする美遊。

 

 この程度では大英雄を屠るには足りない。

 

 それが判っているからこそ、追撃を駆ける。

 

 だが、

 

「調子に、乗るなァ!!」

 

 とっさに「赤原猟犬(フルンティング)」を手放すベオウルフ。

 

 その、砲弾の如き拳が、

 

 容赦なく美遊の顔面を殴り飛ばした。

 

「あァッ!?」

 

 吹き飛ぶ少女。

 

 そのまま地面に叩きつけられる。

 

 だが、

 

 美遊は弾む体をどうにか制御。

 

 膝を突きながらも、再び体勢を整える。

 

 対してベオウルフ。

 

 美遊によって受けた傷から流れる血を掌で拭うと、その鮮血を舐め取る。

 

「どうやら、接近戦じゃテメェがピカイチらしいな。だが、まだ甘い」

「クッ」

 

 挑発にも等しいベオウルフの言葉。

 

 戦意を失わない美遊。

 

 その時。

 

「ミユ!!」

 

 上空から戦列に迸る声。

 

 見上げれば、天使の少女が、魔力を込めたステッキを振り翳す。

 

砲射(フォイア)!!」

 

 撃ち放たれる魔力砲。

 

 波の兵士なら一撃で倒せるほどの魔力を込めた。

 

 だが、

 

「フンッ!!」

 

 ベオウルフの肉体に当たった瞬間、けんもほろろに弾かれる。

 

「ウソッ 何あれッ!?」

《チート臭いですね、あの筋肉ゴリラ》

 

 まさか、魔力砲を肉体で弾かれるとは思っていなかったイリヤが愕然とする。

 

 だが、

 

「それなら、これでッ!!」

 

 すかさず、戦術を切り替える。

 

 一撃で倒せないなら、搦手で攻める。

 

 この切り替えの早さは、クロエと通じるものがある。

 

「散弾!!」

 

 再び振るわれたイリヤのステッキから、極小の間六弾が無数の撃ち放たれる。

 

 1発1発の威力は高くない。

 

 しかし、放射状に放たれた魔力弾には、足止めと目晦ましの効果が期待できる。

 

 一瞬、

 

 塞がれるベオウルフの視界。

 

 その隙を突き、

 

 狂気の天使が駆ける。

 

 動きを止めたベオウルフに、殴りかかるナイチンゲール。

 

 対して、

 

 晴れた視界の中で、至近迫るナイチンゲールを見て、ベオウルフはニヤリと笑う。

 

徒手空拳(ステゴロ)か、面白ェ!!」

 

 言い放つと、自らも剣を投げ捨ててナイチンゲールを迎え撃つ。

 

 交錯する拳。

 

 たちまち、乱打戦が始まる。

 

 ナイチンゲールが殴りかかれば、ベオウルフがそれを防ぎ、

 

 ベオウルフが反撃に出れば、ナイチンゲールが両腕を交差させてガードする。

 

 互いにクラスは狂戦士(バーサーカー)

 

 互いに小手先の戦術などいらぬ。

 

 真っ向からぶつかり合う力と力の勝負こそ、狂戦士(バーサーカー)の華と言えよう。

 

「オラァッ!!」

 

 繰り出されるベオウルフの拳。

 

 ナイチンゲールはとっさにガード姿勢に入る。

 

 だが、

 

 その強烈な拳の一撃が、ナイチンゲールのガードの上からでもダメージを入れる。

 

「クッ!?」

 

 思わず、うめき声と共に膝が折れそうになるナイチンゲール。

 

 そもそもベオウルフは、巨人グレンデルを倒すのに、武器を使わず素手で戦っている。

 

 つまり、武器を使わない素手での白兵戦こそ、大英雄ベオウルフの真骨頂だった。

 

「オラオラオラァ!!」

 

 たちまち、ラッシュに入るベオウルフ。

 

 対して、

 

 ナイチンゲールも退かず、前へと出る。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 津子込まれる手刀。

 

 刃にも似たその一撃が、

 

 ベオウルフの腕を切り裂く。

 

 だが、

 

 同時にベオウルフの拳が、ナイチンゲールを殴り倒した。

 

「グッ!?」

 

 地面に叩きつけられるナイチンゲール。

 

 対して、

 

 ベオウルフは、己の傷を見てニヤリと笑う。

 

「なかなか良かったが、惜しかったな」

 

 健闘を称えるベオウルフ。

 

 対して、

 

「いいえ」

 

 ナイチンゲールは、首を横に振る。

 

「私の役目は病巣を切除し、患者を救う事。それが出来ない以上、私の負けです」

 

 そう言って、目を閉じるナイチンゲール。

 

「あとは、任せましたよ」

 

 語り掛ける、

 

 自身の、

 

 背後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラーマ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「任せよッ」

 

 大英雄は、渾身の力ととともに、自らの剣を振り翳す。

 

 その動きに、ベオウルフは完全に虚を突かれた。

 

 死に体だと思っていたラーマが攻撃に参加するなど、完全に予想外だった。

 

 ラーマは動けない訳ではなかった。

 

 ナイチンゲールの治療と応急処置が功を奏し、短時間であるならば動く事も不可能ではなかった。

 

 とは言え、本格的な戦闘への参加が危険である事に変わりはない。

 

 だからこそ、立香は一計を案じた。

 

 ラーマには体力を温存しておいてもらうと同時に、いざと言う時、切り札として参戦してもらうと。

 

 そして今、

 

 ベオウルフの目の前に、インドの大英雄が剣を振り翳して迫る。

 

「余はシータを取り戻すッ その為ならばこの命、いくらでもくれてやる!!」

 

 魂の如き、大英雄の叫び。

 

 次の瞬間、

 

 ラーマの剣が、頭上で回転を始める。

 

 同時に刃から発せられる炎。

 

 ベオウルフはとっさに防御姿勢を取る。

 

 だが、

 

 遅い。

 

 インドの大英雄の視線が、鋭く射抜く。

 

羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)!!」

 

 己の命をも削る、乾坤の一擲。

 

 いかなベオウルフと言えど、耐えられる物ではない。

 

 次の瞬間、

 

 ラーマの剣は、ベオウルフの身体を斬り裂いた。

 

 

 

 

 

第9話「ザ・ロック」      終わり

 




ヒロインXの宝具強化がしたくてガチャぶん回すも、30連を15回、呼符含めて単発30回以上回して一回も掠らない。

運営に殺意を覚える。


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第10話「純愛、神話を越えて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 監獄島に、静寂が訪れる。

 

 誰もが、その光景にくぎ付けになっていた。

 

 ラーマの剣によって、斬り捨てられたベオウルフ。その顔は口内より喀血はしているものの、意外な程穏やかで、笑みすら浮かべていた。

 

 一方で、斬ったラーマの方は苦し気に呼吸を繰り返し、額からは滝のように汗が噴き出ている。

 

 楽しげなベオウルフと、苦し気なラーマ。

 

 両者の表情だけを見れば、勝敗は逆転しているようにさえ見える。

 

 だが、

 

 互いの状態を見れば、何れが勝者であるかは、火を見るよりも明らかだった。

 

「・・・・・・・・・・・・フッ」

 

 不敵に笑うベオウルフ。

 

 その逞しい体躯からは、既に金色の粒子が立ち上り始めていた。

 

 同時にラーマも、後ろ向きに倒れる。

 

 トドメを刺したとはいえ、彼も重傷の身。既に立っている事すら限界だった。

 

 倒れ込むラーマ。

 

 だが、その体が地面に落ちる前に、背後から立香が支える。

 

「す、すまぬ」

「いや、お疲れ様」

 

 ラーマを労う立香。

 

 一方、

 

「なかなか見事だったぜ」

 

 言いながら、ベオウルフは自分の身体から流れる血を拭い、不敵な笑みを浮かべる。

 

 同時に、消滅現象が加速するのが判った。

 

「テメェの女を助けたいって執念、流石だな」

 

 既に力尽きたラーマに、惜しみない称賛を送るベオウルフ。

 

 次いで、大英雄の目は立香に向いた。

 

「楽しかったぜカルデアの。だがまあ、次に機会があったら、今度は一緒に戦いたいもんだな」

 

 その言葉を最後に、竜殺しの大英雄は消えて行った。

 

 後に残ったカルデア特殊班。

 

 既にケルト兵の姿も、どこにも見えない。アルカトラズ監獄は、完全にカルデア特殊班の占領下に置かれていた。

 

 だが、これで終わりではない。

 

「行こう、シータが待っている」

「ああ」

 

 立香の言葉に、ラーマは力強く頷きを返すのだった。

 

 

 

 

 

 ようやくだ。

 

 ようやく、ここまで来た。

 

 この日を、どれだけ待ち望んだ事か。

 

 この北米に召喚されて以来、

 

 否、

 

 神話の時代より幾星霜。

 

 ラーマが願い続けたたった一つの事。

 

 それこそが愛する妻、シータとの再会だった。

 

「シータ・・・・・・シータ・・・・・・」

 

 うわ言のように呟きながら、歩き続けるラーマ。

 

 ナイチンゲールに背負い直される時間も惜しいとばかりに、傷ついた体を引きずって歩く。

 

「シータ・・・・・・・・・・・・」

 

 崩れ落ちそうになる身体。

 

 しかし、執念で立ち上がる。

 

 あと少し。

 

 あと、少しなんだ。

 

「シータァッ!!」

 

 叫ぶ少年。

 

 その声は、

 

 監獄の奥に閉じ込められた少女に、

 

 確かに届いた。

 

「・・・・・・・・・・・・この声は」

 

 顔を上げる少女。

 

 その声を聴くのは、彼女にとっても神話の時以来。

 

 しかし、

 

 どれほど時を重ねようとも関係ない。

 

 誰でもない。最愛の夫の声を、聞き違えるはずは無かった。

 

「ラーマ様ッ!!」

 

 立ち上がり、格子に駆け寄る少女。

 

 そして、

 

「・・・・・・・・・・・・シータ?」

 

 その声は、夫の耳にもはっきりと聞こえた。

 

「シータッ!!」

 

 叫びながら、足を速めるラーマ。

 

 もつれる足をどうにか堪え、倒れそうになる自分を奮い立たせる。

 

「シータッ シータァ!!」

「ラーマ様、こっちです!!」

 

 必死に叫ぶ2人。

 

 だが、しかし、

 

 既に限界を超えたラーマは、急速に自身の意識が薄れて行くのを感じる。

 

「クッ 頼む・・・・・・もう少し・・・・・・もう少し、なんだ・・・・・・保ってくれッ」

 

 祈るように呟くラーマ。

 

 だが、無情にも運命は、彼を現実へと引きずり戻そうとする。

 

 引きずる脚が、地につまずく。

 

「クッ!?」

 

 必死に堪えようとするラーマ。

 

 しかし、既に彼にはその力すら、残されていない。

 

 倒れる体。

 

 目は霞み、耳は何も聞こえなくなる。

 

 落ちて行くラーマの意識。

 

「シー・・・・・・タ・・・・・・・・・・・・」

 

 伸ばす手は、ただ虚しく空を切り、地へと落ちる。

 

 力尽きるラーマ。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラーマ様ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓喜に満ちた声と共に、格子から伸ばされた少女の手が、ラーマの手を掴んだ。

 

 確かに繋がれる、2人の手。

 

 神話の時を超えて、離れ離れになった2人が結ばれた瞬間だった。

 

「シータ・・・・・・ああ、シータッ そこに、いるのか・・・・・・」

「ラーマ様ッ!! ラーマ様!!」

 

 もはやうわごとの様に、ラーマは呟く。

 

 シータもまた、大粒の涙を流し、夫である少年の手をしっかりと握りしめる。

 

「すまぬ、余は最早・・・・・・・・・・・・」

 

 哀しいかな。既にラーマは目も見えず、耳も聞こえない。

 

 折角、最愛の少女と再会できたと言うのに、彼はその姿を見る事は愚か、言葉を交わす事すらできない。

 

 だが、

 

 それでも、

 

 掌に伝わる優しく、懐かしい温もり。

 

 誰が、その感触を忘れるものか。

 

「シータッ!! ああ、シータ!!」

「ラーマ様ッ お会いしたかったですッ ずっと、ずっと!!」

 

 互いの手を、握りしめる。

 

「会いたかった・・・・・・本当に会いたかった、シータ・・・・・・僕は、君がいてくれるだけで、本当に、幸せだったんだ」

「私もです。ラーマ様・・・・・・・・・・・・」

 

 互いに涙を流す2人。

 

 やがて、

 

 最愛の妻の、優しい気配に包まれながら、ラーマの意識はゆっくりと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美遊が格子の扉を聖剣で斬り、ようやくシータを牢の外へと出してやる事が出来た。

 

 シータは、ラーマと同じく、美しく長い緋色の髪をツインテール状に纏めた、華奢な体つきの少女だった。

 

 背に大ぶりな弓を背負っている所を見ると、クラスは弓兵(アーチャー)と思われる。

 

 そのシータは今、ナイチンゲールによって治療を受ける最愛の夫に膝枕をしていた。

 

 再開を果たした物の、力尽きて気を失ったラーマ。

 

 しかし、シータと再会できたせいか、その顔つきは幾分、和らいでいるようにも見えた。

 

「そうですか。そのような事が・・・・・・・・・・・・」

 

 これまでの経緯、そしてラーマの身に起こった辛苦を聞き、シータはつらそうに目を落とした。

 

 判っている。

 

 ラーマは人々の希望を一身に集める大英雄。その身には常に苦難が立ちふさがる。

 

 戦い続ける事は、既に彼の運命であると言っても過言ではない。

 

 だがそれでも、

 

 困難に立ち向かう夫を、案じない妻などいなかった。まして、それが自分を救うためだとすれば猶更だ。

 

「あの、さっきから気になっていたんですけど」

「ん、どうした、美遊?」

 

 傍らで治療を見守っていた美遊が、シータに会ってから感じていた違和感を口にした。

 

「どう言ったら良いのか、私にも判らないんですが、その・・・・・・・・・・・・わたしにはラーマさんとシータさんの気配が、同じに思えるんです」

「それは私も感じていました。計測した訳じゃありませんので、多分に感覚的な物になりますが」

 

 美遊に同意するように、頷くマシュ。

 

 対して、シータはクスッと笑って頷いた。

 

「お気づきですか。確かに、お二人の推測は正解です」

 

 言いながら、シータは自分の胸に手を当てる。

 

「実は、私も『ラーマ』なんです」

「どういう事?」

 

 意味が分からず、首を傾げる凛果。

 

 対して、シータも順を追って説明する。

 

「わたし達が、生前に受けた呪いについては、ご存知ですか?」

《確か、猿のバーリの妻によって掛けられた「離別の呪い」だよね》

 

 答えたのは、通信越しに会話に参加していたロマニだった。

 

 生前、魔王ラーヴァナによって攫われたシータ。

 

 ラーマを主人公とする叙事詩「ラーマーヤナ」の骨子は、ラーマが攫われたシータを取り戻す事が最大の焦点となっている。

 

 シータを取り戻す旅の中で、ラーマは猿同士の争いに巻き込まれる事になる。

 

 だが、味方であるスグリーバを助ける為にラーマは、敵対する猿バーリを背中から斬り捨てると言う卑怯な行為をしてしまう。

 

 そのラーマの行為に激怒したバーリの妻は、最悪の呪いを彼に掛ける事になる。

 

 それこそが「離別の呪い」。ラーマとシータは、共にある限り、決して喜びを分かち合う事が出来ないのだ。

 

 だがラーマは強気だった。

 

 たとえどんな呪いだろうと、自分のシータに対する愛が揺らぐことはあり得ない、と。

 

 やがてラーヴァナを倒したラーマは無事にシータを助け出し、共に国へと戻る事になる。

 

 だが悲劇は、ラーマの手の届かぬところから、2人を襲う事となった。

 

 国に帰って程なく、良からぬ噂が2人を取り巻き始めたのだ。

 

 曰く「シータはラーマに隠れて不貞を働いている」と。

 

 勿論、ラーマは信じなかった。そんな事があるはずが無い、と。

 

 だが、噂は留まる事を知らず膨れ上がる。

 

 そして、

 

 ラーマの人生にとって、最大の痛恨事が起こる。

 

 他ならぬラーマ自身が、シータの不貞を疑ってしまったのだ。

 

 嘆き悲しむシータ。

 

 だがそれでも、彼女はラーマへの愛を貫いた。

 

 彼女は自らの身の潔白を証明する為に、自らの命を絶ったのだ。

 

 嘆き悲しんだラーマは、生涯、妻を娶らず、シータのみを愛し続けた。

 

「『ラーマ』と言う霊基は、彼と私とで、共有しています。これが通常の聖杯戦争なら、私、もしくは彼が『ラーマ』として召喚される事になるんです」

《驚いたな、そんな事があるとは・・・・・・・・・・・・》

 

 ロマニが驚愕したような声を発した。

 

 これまでも特異な霊基の例は何度か見て来た。

 

 似ている英霊を上げれば、第3特異点で出会ったオリオンやアン・ボニー&メアリー・リードだろう。

 

 だが、オリオンの場合はメインであるアルテミスの霊基をオリオン本人ブースターの役割を果たして補強していた。アンとメアリーは、確かに1つの霊基を共有してはいたが、彼女たち本人はあくまでも別々の英霊である。

 

 完全に1つの霊基を2人で共有しているのは、今回が初めてだった。

 

 だが、

 

 それは即ち、ラーマとシータは、たとえ聖杯戦争の舞台であったとしても、出会う事ができない事を意味している。

 

 どちらか一方が「ラーマ」として召喚されるなら、当然、もう一方は召喚されない事になる。

 

 「離別の呪い」は、死して英霊になった後も、2人の仲を蝕み続けているのだ。

 

 しかし、今回は通常の聖杯戦争の枠からは外れている為、このような2人が同時に召喚されるエラーが発生したと思われる。

 

 もっとも、再会の直前でラーマの感覚が遮断されてしまった事は、呪いとは無関係ではあるまい。

 

 恐らくそれもまた、決して出会う事の出来ない、「離別の呪い」の一環なのだ。

 

 もし今、ラーマが目覚めたら、シータはまた何らかの理由で消滅してしまう事だろう。

 

「お話は分かりました。私のような者でもラーマ様のお役に立てるのなら、喜んで協力します」

「何か、方法はあるのか?」

 

 尋ねる立香に、シータは頷きを返す。

 

「先程申し上げました通り、私とラーマ様は霊基を共有しています。その特性を活かし、私がラーマ様の受けている呪いを引き受けます。そうすれば、貴女の治療で彼を治せるはずですから」

 

 ラーマの呪いさえ解呪できれば、あとは世界最強の看護婦、フローレンス・ナイチンゲールが、たとえ地獄の淵からでもラーマを強引に引きずり戻してくれるだろう。

 

 だが、

 

 当然ながら、そこには一つ、どうしても無視できない事実が存在している。

 

 すなわち、

 

 ラーマの呪いを引き受けると言う事は、シータの死、消滅は避けられないと言う事だ。

 

 ラーマだからこそ、インドが誇る大英雄だからこそ、致死の呪いを受けて尚、ここまで生存できたのだ。いかに霊基を共有しているとはいえ、シータでは呪いに耐えられないであろうことは容易に想像できた。

 

「そんなッ せっかく会えたのにッ」

「良いんです」

 

 言い募る凛果に、シータは優しく微笑みかける。

 

「ラーマ様は私を見る事は叶いませんでしたが、私は手を握る事さえできた。それだけで・・・・・・ただそれだけで幸福です」

「それで良いの?」

 

 晴れやかな顔で告げるシータに対し、納得いかない調子で尋ねたのはエリザベートだった。

 

 彼女の感覚からすれば、シータの態度は無欲を通り越して異様にさえ思える。

 

 心からの謝罪、語りつくせぬほどの愛の言葉。

 

 幾星霜の時を超えて、ようやく最愛の人と会えたのだ。もっと、色々欲しくて当たり前のはず。

 

 だが、そんなエリザベートに、シータは首を横に振る。

 

「生前、この人は、私を求めて14年間も戦い続けました。魔王ラーヴァナを相手取り、たった2年ほどしか一緒に暮らしていなかった私を。私が死んだあと、私の事を忘れて新しい妻をめとる事も出来たでしょうに、けど、死ぬまでそうしなかった。私はあの恋と、あの愛を知っている。だから、この先もずっと、互いに互いを求め続ける。それが叶わぬ願いだとしても、いつか叶うと信じて」

 

 それこそは究極の純愛。

 

 たとえ共にあれた時間が短くとも、たとえこの交叉路に共に立てた事が一時の幻でも、たとえこの先永劫の時の中を、互いを求めてさ迷い続けたとしても。

 

 構わない。

 

 そんな物は、2人の愛の前では些細な事に過ぎなかった。

 

「それに、伺った様子では、今必要なのは何より強き戦士なのでしょう? それなら、私の夫、ラーマは世界で一番強い御方です」

 

 誇らしげに、胸を張って堂々と、夫をのろける妻。

 

 彼女にとってラーマこそが、己の全てと言ってよかった。

 

「では、呪いをあなたに転写します。よろしいですね?」

「はい、お願いします」

 

 尋ねるナイチンゲールに、迷う事なく頷きを返すシータ。

 

 そんな少女に対し、ナイチンゲールもまた微笑みかける。

 

「私は生涯独身でしたが、それでも誰かの為に尽くす想いは来会しています。短い間でしたが、あなたと語らえて光栄でした。さようなら、ミセス・シータ」

「はい」

 

 頷くシータ。

 

 その彼女に、ナイチンゲールの手によって呪いが転写されていく。

 

 その僅かな時間、

 

 シータは最愛の夫を抱きしめる。

 

 神話の時を超え、ようやく巡り合えた夫の温もりを、少しでも感じる為に。

 

「ラーマ様・・・・・・ラーマ。あなたが背負った物を、私が少し肩代わりできる・・・・・・少しだけ、あなたの戦いの役に立てるね。私、それだけで幸せなの」

 

 眠り続けるラーマ。

 

 そこへシータは、語り続ける。

 

 その姿は、どこまでも気高く、美しく、尊かった。

 

 対して、

 

 見守る特殊班のメンバーたちは、それ以上、何も語らない。

 

 ただ、再び分かれ道を行く2人を見守り続ける。

 

「大好きよ・・・・・・本当に、本当に、大好きなの」

 

 眠り続けるラーマ。

 

 その唇に、

 

 シータは口づけを交わす。

 

 そして・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「・・・・・・ミスター・ラーマ。ミスター・ラーマ。聞こえますか? 耳元で銃を撃ちますか?」

「それはやめてやってくれ」

 

 既に呆れるくらいに聞きなれたナイチンゲールの物騒な囁き、そしてそれにツッコむ立香の声に導かれるように、ラーマは覚醒する。

 

 不思議なほどに、体が軽い。

 

 まるで、先程まで自信を縛り付けていた重りが取り払われたかのようだ。

 

 そこで、

 

 全てを理解する。

 

「・・・・・・・・・・・・ああ、行ったか」

 

 自分の身に、何が起きたのか。

 

 誰のおかげで、自分がこうして生きていられるのか。

 

「ええ。貴方を助ける為に」

「そうか・・・・・・こんな異常な聖杯戦争であればあるいは、とも思っていたのだが・・・・・・これもまた、運命か」

 

 諦念と共に、事実を受け入れる。

 

 既に幾度も味わってきた事。落胆こそすれ、嘆きはすまい。

 

 何より、

 

 シータが己の命を捨てて自分を救ってくれた。

 

 その事実が、ラーマの心に温かい灯を燈していた。

 

「彼女は貴方の手を握り、貴方に接吻し、貴方に涙と愛を注ぎました。だからこそ、貴方は今、ここに立っている」

「ありがとう、ナイチンゲール。その言葉だけで、余は救われた」

 

 たとえどれだけ離れていようとも、

 

 どれだけの困難が行く手に待ち構えていようとも、

 

 諦めるつもりはない。

 

 いつの日か必ず・・・・・・・・・・・・

 

「ナイチンゲール、マシュ、美遊、イリヤ、エリザベート、ドクター・ロマン、それに立香、凛果。心より感謝する」

 

 立ち上がり、少年は、

 

 否、

 

 ついに復活を果たした大英雄は言い放つ。

 

「クラス剣士(セイバー)、コサラの王、ラーマ。改めて誓う。ここより、我が剣を持って、あなた方と戦う事を」

 

 その様は、シータが誇りにした世界最強の勇者、その物の姿であった。

 

 

 

 

 

第10話「純愛、神話を越えて」      終わり

 



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