METAL GEAR WORLD ーMonster Eaterー (ひいまるモツ)
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Opening

『追放/亡命とは、もっとも悲痛な運命のひとつである。近代以前の時代において追放がとりわけいまわしい刑罰であったのは、それがただ家族や住みなれた場所を離れ、何年もあてもなく放浪することを意味しただけでなく、一種の呪われた者になることを意味したからである。』

 

――「知識人とは何か」 エドワード・サイード

 

 

 

 

 

 

 

 

 己は呪われている。そう思ったことはこれまでの人生で幾度もあったが、またしても思い知らされる羽目になった。

 呪われた人生を生きる中で、男は多くの敵と戦ってきた。そしてその敵も大抵が呪いに苛まれた者たちであり、彼らを喰らうたび、男はその呪いさえも喰らって背負う事になった。

 

 ――きっと、その呪いの中には水難(すいなん)(たぐい)も含まれているに違いない。

 

 どこか霞のかかったようなぼんやりとした思考の中、男は身体に打ち付ける波の鼓動と、潮風の匂いを感じていた。男は砂浜に打ち上げられていたのだ。全身ずぶ濡れの彼は浜辺に転がる漂着物(ストランディング)そのもので、身体に吸着する光を反射しない服装の所々を損傷してまるでボロ雑巾であった。

 それでも、彼は震える両手で自らの身体を起こし、しかし妙な身体の重さに引きずられて再び砂浜に身体を打ち付ける。その衝撃で、ちゃぷり、と己の身体から奇妙な水音が響く。肺に水が溜まっているのだ。

 その事実に気づいた瞬間、男はどうしようもない飢餓感に囚われた。数瞬前まで考えもしなかったのに急速に身体が酸素を求めて暴れ始め、餌を求める魚のように口を開閉し空気を取り込もうと躍起になった。だが水をたっぷりと詰め込んで水筒のように膨らんだ肺に、酸素の入り込む余地はない。

 

 常人ならば、そこで意識を失う(GAME OVER)だろう。しかし男は強靭な意思をもってして、酸欠に震える右腕を振り上げて己の胸に叩きつけた。衝撃を与えられた肺は大きく収縮し、男の喉元を強烈な塩味が駆け上る。そうして大量の海水が吐き出され、次に吸い込んだものは求めていた空気だった。

 

 それで、限界だった。どうやら長く酸欠状態が続いたらしい。もうまともに身体が動かないどころか意識を保つことさえ難しかった。男はこれまでに二度の水難を経験していたが、そのどちらもこれ程ではない。一度目は何十メートルもの高さから水面に叩きつけられて何本もの骨を折り、二度目はあわや“あの世“(ソローの世界)にまで顔を出してしまったが、それでも最終的に動けるようにはなっていた。

 しかし、この三度目はそうはいかないらしい。東の果ての国、ニホンには、『仏の顔も三度まで』という格言があると聞く。ブッダのような慈悲深き者でも、三度も無礼を働かれたならば怒るという意味であるらしい。ならば自分のような呪われ者が三度(みたび)も水に放り出されたら、そこに住まう何かを怒らせてしまうのも道理だろう。特に今回はソビエト領内(ツェリノヤルスク)の川などではなく、雄大なカリブの海だった。多くの伝説を生んだこの地の神を怒らせたのだ。こんな結末(エンディング)も納得できる。

 

 薄れゆく意識の中、男は何かの鳴き声を聞いた。牛のような、低音の動物の声だ。伏せた顔を上げる気力も無いので何の動物かまでは分からなかったが、その音色が含む感情は理解できる。警戒と威嚇だ。

 どうやらこの砂浜は野生動物の縄張りであるらしい。それが肉食であったのなら、弱り切った男はさぞかしご馳走に見えるだろう。今でこそ動物たちは警戒(CAUTION)の色を持っているが、それが回避(EVASION)へと繋がるか、それとも危険(ALERT)へと変貌してしまうのかは分からない。

 

 かつては蛇を喰らう者などと呼ばれた男にも、この状況はどうしようもなかった。蛇食いの最中、呪いさえも喰らった彼は、いつのまにか呪いに喰われる立場になっていく。自らの運命(ゲーム)に翻弄されすぎて、ここ最近ではそう感じることすらあった。そんな彼の最後とは、文字通り野生の獣に喰われていく事だったのだ。喰うものと喰われるもの。その線引きは曖昧で、そうやって自然の摂理は成り立っていく。

 

 誰にも悟られることなく、ひとり自然の循環の中へと取り込まれていく。伝説と呼ばれた男の終わりが、こんなにもあっけないものだとは。そうして男はこの世から消え去り、真の意味で伝説と化すのだ。やがて肥大化した伝説は、次の世代(恐るべき子供たち)が継ぐだろう。それがどうしようもなく腹立たしく、だがどうすることもできない自分に自嘲の笑みが浮かんだ。

 

 ――綺麗でしょ?生命(いのち)の終わりは…――

 

 頭に思い浮かんだのは、かつての親であり、師匠であり、そして敵であった女性(ひと)の言葉。

 

 ――ボス…。俺の最期は、どう見える…?

 

 返ってくることのない問いかけは余韻を残すことなく消え失せて、男の意識は途切れることとなる。

 

 しかし周囲は相変わらず興奮した様子の獣の鳴き声が響いて、男の最期が刻一刻と近づいている。男はついに目にすることはなかったが、その獣はライオンに匹敵する体格の動物で、何かしらの闘争において武器となるであろう鋭利な形状の分厚い頭殻を有していた。その鋭さは大の大人ひとりくらい、容易く殺傷できるだろう。

 

 だが、そこにひとつの足音が響いた。その足音は砂浜を踏みしめるくぐもった音に、何故か金属音を含んでいた。それは、ひとりの人間だった。所々に奇妙な意匠を凝らした重厚な金属鎧に身を包み、一歩を踏みしめるたびにそれらが擦れ合って耳障りな音を立てている。

 その者は砂浜に倒れる男を見つけ、なぜここを縄張りとする獣どもが荒れているのかを察する。

 

 そうして一言、

 

(自分)の次は海底からやってきたか?」

 

 その者は打ち上げられた男の脈を確認し、彼にまだ命があることを確かめると、男の身体を肩に担いだ。ボロ雑巾のような男は鎧も武器も身につけていないというのにずしりと重く、只者ではないと感じさせる。大柄ではあるが、見た目太っているようには見えない。となればこの重みは脂肪よりも重量がある筋肉によるもので、彼がよく鍛えられているという証だった。

 

 そうした所で、浜辺にもう一つの声が乱入してきた。

 

「相棒、どうしました……って、その人は!?」

 

 活発そうな印象の声の主は、どこか民族めいた衣装の若い女性だった。彼女は大事そうに抱えた分厚く巨大な本が潮風に晒されないよう注意しながら、好奇心と聡明さを感じさせる目を見開いていた。

 そうして彼女は周囲の状況からの推測で、

 

「漂着者、ですか?なんだか、2期団の親方のような人ですね」

 

 その言葉に、相棒と呼ばれた者は抱える男の顔を指差して、「似ているのはこれだけだろう」と呆れたように声を出した。

 

 その指が示す、漂着者の男の顔。そこにはあまりに特徴的な、右目を覆う眼帯が着けられていた。

 

 

 

 

 

 

METAL GEAR WORLD

  Monster Eater

 

 

 

 

 

 




IS(存在)RW(ReWritable/書き換え可能)
SOLID(固体)WORLD(世界)に上書きされる


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序章 天国の外側

モンハン要素ほとんど無いです

次回から増やせるといいな…


人生初の二次創作になるので、至らない点が多々あると思います。

お気付きの点があれば是非ご指摘いただきたいと思っておりますので、よろしければご意見などいただければ幸いです。


 

 それは、1974年の事だった。

 

 もうじき11月も終わりを迎える頃、カリブ海は乾季へと入っており、人々は雨季の最期に訪れるハリケーンの脅威から解放された日々を過ごしていた。カリブは一年を通して温暖な気候ではあるが、雨季にはそれなりに肌寒い時もあるものだ。それがハリケーンと合わさればもう正しく災難の一言で、だからこそ年末とともにやってきた暖かな風にカリブの国々は陽気な雰囲気を漂わせていた。

 しかしそんな世間の裏で、この乾季の始まりを激動に揉まれた者たちもいた。それは、決して表の世界に明かされない裏の歴史。冷戦という虚構が生んだ、狂気の事件。

 

 後に『ピースウォーカー事件』と一部で呼称される出来事である。

 

 事の発端は、常備軍を持たぬ国、コスタリカで散見された武装集団であった。軍隊を持たぬ国家で跋扈する兵士の存在は、大きく薄暗い陰謀を感じさせるもの。だからこそ、その問題の解決に動く勢力が現れ、常に事件の中心にいた組織があった。

 

 名前を、Militaires Sans Frontières(ミリテール サン フロンティエール) ーーフランス語で『国境なき軍隊』を意味する組織だ。

 

 国家という枠組みにとらわれず、金で軍事力を提供する傭兵組織であるMSFは、コスタリカで平和を説くひとりの大学教授の依頼で国に起こる異変を調査することとなった。それが、今月(11月)の始めのことである。コスタリカへ運び込まれる核兵器、数多の巨大兵器群、全面核戦争へのカウントダウン。次々と判明する狂気のピースウォーカー計画は、あまりにも強大で恐ろしいものだった。きっとその計画は、世界すら滅ぼしかねないパンドラの箱。だがその箱を開けまいと、最前線に立ち続けた英雄と呼ぶべき存在がいた。それが、MSFの司令官であり、同組織の最高戦力であり、チェ・ゲバラの再来(20世紀で最も完璧な人間)とまで言われた男。

 

 スネーク(BIGBOSS)である。

 

 スネークは己の宿命に突き動かされ、コスタリカとニカラグアを駆け巡り、核抑止論という薄氷上に築かれた偽りの平和を守り抜くため戦った。最終的に彼はピースウォーカー計画に終止符を打ち、10年前(スネークイーター作戦)4年前(サンヒエロニモ)に続き、人生で三度目になる世界の延命を行った。

 

 それが、この1974年の11月に起こった世界の真実。事件の解決からは、まだ一週間も経っていない。

 

「だと言うのに、この海は穏やかなもんだな」

 

 海鳥の鳴き声を背景に、オレンジ色に染まるカリブ海を眺める男が呟いた。彼は鮮やかな金髪をオールバックにして、目にはティアドロップのサングラス。まるでロックンローラーのような印象を受けるが、オリーブドラブの戦闘服を普段着の如く着こなす兵士だった。

 

 彼は、先のピースウォーカー事件で活躍したMSFの副司令、カズヒラ・ミラーその人である。

 

 ミラーはMSFの拠点である洋上プラントの一角から、海鳥が優雅に空飛ぶカリブの夕焼けを堪能していた。傭兵組織であるMSFに休息の日はない。だが、あれほどの大事件の直後である。普段は鬼にも例えられるミラーだが、ここ数日ばかりは肩の力を抜いているように見えた。そんなミラーの何気ない一言に、言葉を返す者がいた。

 

「穏やかに見えるのは海面(表面上)だけだ。少し潜れば別の顔が出てくる」

 

 殺風景ながらも重みを含んだ台詞を吐いたのは、ミラーの隣にいる中年の男だ。ミラーはがっしりとした体格の良い男であったが、この男はより一層強靭な肉体を持っており、まるで兵器のように鍛え上げられていた。

 その身体をゴム系素材の黒いラバースーツで覆う彼は、豊かと言うよりは乱雑に伸ばされた髭を生やし、どこか都会的なミラーとは全く逆の、野生的と表現するに相応しい風貌だった。

 だが、何よりも目を引くのは男の右目を覆う眼帯だ。彼は隻眼であった。だからこそ残る左目は強い光を宿しており、圧倒されるほどの力強さを持っていた。

 男の外見は強烈な印象に包まれており、一目見たら忘れることはないだろう。そして、ともすればその生き様に魅せられて、二度と目を離すことができなくなる。そんなカリスマ性すら感じさせる彼こそが、このMSFの司令官。

 

「スネーク…」

 

 ミラーはため息交じりの返答で、呆れの意を表した。しかし、そのため息が全て吐き終わった後に、

 

「いや、わかっている。ただ、こんなもので心を落ち着かせるほどには参っているのさ」

 

「カズ、お前らしくもない」

 

 ミラーのため息は自分を笑うものへと変わっていく。スネークは自分の右腕と呼ぶべきこの男が疲弊している事を察しながらも、今行なっている作業を止めることはなかった。

 スネークは今、武器装備の点検の真っ最中であった。

 背負う装備は84mm無反動砲(カールグスタフ)XFIM-92A(スティンガー)で、やけに重武装である割にはそれぞれ対地目標用と対空目標用であるなど、節操のないチョイス。

 一見すれば素人のような装備の選択にも思えるが、間違ってもスネークがそんな愚を犯すはずがない。その武器装備の選択には、ミラーにはひとつの心当たりがあった。

 

「また怪物狩り(モンスターハンティング)か?」

 

 ミラーの質問に、スネークは短く唸るような声で肯定した。

 

 怪物狩り(モンスターハンティング)。その言葉は彼らの素性を知る者たちが聞けば、一種の暗号もしくは符牒のように聞こえただろう。しかし、この状況においてその言葉は、実際の字句以上の意味は持たなかった。つまり、彼らの言う狩りとは本物の怪物討伐なのである。

 

 任務の地は、Isla del Monstruo(イスラ デル モンストルオ)…スペイン語で怪物の島と呼ばれる孤島である。その場所をMSFが発見したのは、全くの偶然からだった。

 始まりは一匹の猫だ。

 時はピースウォーカー事件の真っ只中。任務中であったスネークは、コスタリカのとある砂浜にて未知との遭遇を果たしたのである。

 それは自らのことを『トレニャー』と()()()猫のような生き物との出会いであった。

 トレニャーは初対面のスネークに対し怪物狩り(モンスターハンティング)の話を持ちかけ、モンスター島伝説を僅かながらも仲間から聞いていたスネークは信ぴょう性のあるものだと判断した。何しろ喋る猫が実際に目の前にいたのだ。普通の人間ならばそれでもと信じることを放棄するかもしれないが、あいにくスネークは超常の敵を持つことに慣れすぎていた。

 それに伝説が本当であるならば、コスタリカ沖に本拠地を構えるMSFも無関係とは言えなくなる。伝説には空を飛ぶ怪物が謳われており、なれば上空からの急襲が考えられたためである。

 

 もちろん、この話を全く信じない者もいた。と言うより、実際にトレニャーとスネークの会話を目にしていた人間以外でこの突拍子も無い物語を信じたのは、オカルト好きでモンスター島伝説の情報源(ソース)でもあるチコくらいだった。

 MSF副司令のミラーもまた、信じない者たちのひとりであり、筆頭であった。つい、数日前までは。

 

 ミラーは当初、モンスター島への渡航と偵察には反対的だった。話そのものが眉唾であるし、なによりモンスター島周辺は電子機器を狂わせる特殊な磁気が発生しているため、航海や航空に向かない場所なのだ。

 MSFには確かに優秀なスタッフが揃っていて、機器の不調などものともしないクルーやパイロットが大勢いた。だが、物事には万が一というものがあり、その万が一を眉唾伝説を理由に引き起こすわけにはいかない。これがミラーの主張であった。

 

 しかし、後にモンスター島への上陸を推したのもまたミラーだ。曰く、「状況がきな臭くなり過ぎた」と。

 ピースウォーカー事件を解決する最中で、ミラー含むMSF隊員らは多くの困難にぶつかってきた。その中でも特に彼らの記憶に残ったのは、フィクションでしかお目にかかれないような巨大兵器との戦闘だろう。

 それらは最終的に全てがスネークの手で倒される事となったが、10年前にも(シャゴホッドでも)巨人殺し(ジャイアントバスター)経験(プレイ)していた彼と違い、他のMSFスタッフらには文字通り巨大な恐怖として見えただろう。

 もしそれが、MSFスタッフでも、ましてやソ連兵でもない、一般人が目撃していたら?

 きっとそれは、超常の出来事として扱われるはずだ。

 実際に、コスタリカの山奥でピースウォーカーを目撃したチコが、それを守り神(バシリスコ)として認識していたのは記憶に新しい。特殊な磁気故に人が近寄り難い環境である点も、その考えを補強した。コールドマンのような()()()()()()には、うってつけの場所ではないか、と。

 今回のモンスター島の件もピースウォーカー事件関連である可能性を見たミラーは、スネークにモンスター島の調査を要請した。

 

「コールドマンが遺した遺産の可能性がある。十分に警戒してくれ」

 ミッション開始時にスネークへと投げかけられた言葉の裏には、もし巨大兵器が発見された時、それを利用したい(ZEKEへの再利用)というミラーの思惑とMSFの事情が見えていた。

 

 果たして、その地で待ち受けていたものとは、クリサリスのような機械仕掛けの蝶などでは無い。正真正銘の飛竜(ワイバーン)だったのだ。はっきり言って、面食らった。おそらく相対したのがスネークでなければ、長年培った経験(プレイヤースキル)で自然に身体を突き動かす事などなく、カリブ海の藻屑と化していただろう。

 飛竜は伝説そのもので、一対の羽で悠々と空を飛び回り、口からは戦車砲も顔負けの火球を放った。生命力は驚愕の一言に尽きるほどの強かさで、生半可な銃弾など跳ね返しかねない硬質な鱗とそれでいながら機敏な動きを実現していた。加えて非常に獰猛で攻撃的。端的に言えば、強かった。

 

 しかしその飛竜も相手が悪かった。その時飛竜と戦っていたのは、20世紀で最も完璧な人間、スネークだったのだ。彼もまた化け物と呼ばれることの多い存在であり、だからこそスネークは飛竜に対し互角以上の戦いを繰り広げてみせた。

 偵察を目的としていたために決して重武装ではなく、潜入を目的とした対人武装であったにも関わらずだ。結果として彼は見事に竜殺し(ドラゴンスレイ)を成し遂げた。

 ビッグボスを彩る逸話に新たなページが刻まれた瞬間である。

 

 しかし怪物(モンスター)たちもまた生けるものであり、だからこそ複数個体が発見されるのも当然だった。MSFはこれまでに確認された個体を便宜上、『火竜』、『轟竜』などと呼称し、マザーベースに飛来する危険性のある個体の討伐を進めている。

 それはきっと、自然に反する人の業なのだろう。いかに怪物といえども彼らもまた生命に過ぎず、ただ生きているだけなのだから。それを己の都合で狩猟するなど、あってはならないのかも知れない。

 だが、スネーク達は行脚を止めることもできない。そこに立ち塞がる障壁があるならば、粉砕してでも進む覚悟はとうにできていた。

 

 その覚悟の塊が、ミラーの目の前で出撃準備を着々と済ませていた。全身の至る所に装備品をつけたスネークがそれを点検確認していく様は、手際の良さから洗練されていて、職人技のようにも見える。ここ数日間で怪物狩りに何度も繰り出しているスネークを見ながら、ミラーは、

 

「今日の対象は何だ?先日確認された、二体目の『核竜』か?」

 

「いや、『火竜』の方だ」

 

 スネークは手を進めながらも身体を揺らして、背負ったXFIM-97Aを見せつけた。この筒状の兵器は赤外線誘導弾を発射する携帯式防空ミサイルシステムだ。今回の狩猟ターゲットである『火竜』は口から火を噴く特性ゆえか、熱誘導が有効である。

 『火竜』は大きな翼で悠々と空を飛び回っている事も多いので、まだ米国では試作段階であろうコレを使うのが一番手っ取り早いのだ。

 スネークはMSFの優秀な研究班が作り上げた試作ミサイルに絶対的な信頼を寄せており、上機嫌な口調で、

 

()()には毒爪があるからな。なら、こっちも毒針(Stinger)を使わせてもらう」

 

 と、笑みを浮かべながら言ってのけた。そんな会話をしているうちに、スネークの準備は完全に終了したらしい。彼は葉巻を一本取り出して咥えると、しかし先ほどの点検でバックパックの奥底に追いやったガスライターの存在を思い出して舌打ちする。

 ミラーはまたしてもため息を吐くと、懐から自分のライターを取り出して火を灯した。

 

「なあ、スネーク。あんな事(ピースウォーカー事件)があった直後なんだ。少しくらい休んだらどうだ」

 

「俺はこの巣のボスだからな。雛鳥は親鳥の背中を見て育つもんだ。俺が模範を示す必要がある」

 

 ミラーから貰った火を吸い込み、葉巻特有の芳醇な香りを堪能しながらスネークは語った。口を開くたびに、濃厚な煙が漏れ出ている。

 

「悪いがあんたは鳥じゃない、蛇だ。蛇の真似をしようとして無茶した雛鳥がどうなるかなんて、俺は見たくないぞ」

 

「だったらお前が言い聞かせておけ。時には親父の説教より母親の子守唄の方が効く事もある」

 

「おい、俺はMSFの母親役か?」

 

「少なくとも財布を握ってるのはお前だろう。口うるさくもある。それに歌うのも好きだろう。まあ上手くはないが。ビッグママ(BIGBOSSの妻)とでも名乗ってみるか?」

 

「言ってくれるな。そんなに夫婦喧嘩がしたいのか」

 

 そんな軽口を叩きながらも、ミラーにはスネークを止める気などなかった。理由は単純なものがふたつ。

 

 まずひとつは、竜殺しという偉業を成し遂げられる英雄が、スネークくらいしか見つからなかったという点。人間としてはピークを過ぎたであろう39歳という年齢でありながら衰える様子を見せない彼の強靭さは、竜のそれに匹敵する。

 事実、スネークの強さは科学的に見ても説明できない要素が多くあった。ミラーはMSFの科学技術は世界の最先端であるという自信があり、当然医療関連においても優れているの一言では片付けられない境地にあると確信していた。傭兵稼業なんてやっているから、そんな医療班に世話になる者の数は多く、戦闘班でも最多の出撃率を誇るスネークもその中のひとりだ。

 だが、スネークの治療にあたった医療班スタッフたちは皆口を揃えて言うのだ。「ボスの回復力は異常だ」と。人間の自然治癒力、では説明できないほどの回復力をスネークは持っていた。

 聞けば、スネークは昔からそんな体質であったらしい。本人が一番よく知っているようで、数カ所骨折したとしても一週間の治療で再び戦場に立てるようになったと前に言っていた。本人は便利な身体程度にしか思っていないようだが、はっきり言って映画(スクリーン)の中に出てくるモンスタークラスだ。

 他にも逸話は様々だ。数発どころか数十発の銃弾で斃れないのは序の口、グレネードに巻き込まれたり、高所から落下したとしても死ぬことはない。耐久力の面だけでなく、筋力や反応速度、持久力なども科学では説明できない領域にあるそうだ。

 まるでコミックのヒーローのような存在だが、だからこそ周りは彼について行く事ができない。たった数日で竜殺しに適応した人間と肩を並べて無事でいられるのなら、そいつも十分にモンスターだ。

 

 そしてふたつめは、トレニャーという案内人と意思疎通(コミュニケーション)をとることができる人間もまた、スネークしかいないという点だ。

 もう何体もの竜を狩っているとはいえ、実際に狩猟を始めてからはまだ一週間も経っていない。モンスター島の地理的研究は、前述の磁気の影響も合わさって進みが鈍い。きっとMSFが世界最先端であるが故に、アナログな調査とは相性が悪いことも理由のひとつだ。

 だからモンスター島への渡航は、現時点でリスクが最も少ないとされるトレニャーの小舟が用いられていた。だからこそ、そんなトレニャーの謎言語をいつのまにか習得しているスネークでなければ、現状モンスター島へ行くことができない。

 スネークは「現地語の習得は諜報の基本だ」なんて抜かしているが、あれはどう考えても未知の言語だ。数日前からMSFの頭脳を集めて言語の解析にあたっているが、教師役が唯一できるスネークは多忙であるし、しばらくは結果を望むことはできないだろう。「発音が少なすぎる、どう理解しろって言うんだ!」という嘆きの声が聞こえてきているあたりからも、解明はまだまだ先になりそうだと予測できる。

 救いなのはトレニャー自身が協力的で、美味な食料や狩猟した怪物の皮などといった、MSF基準ではかなり安値の報酬で様々な要求に快く応えてくれることだろう。

 もしよければ一度マザーベースにも来てもらいたいとミラーは考えていたが、その交渉すらスネーク頼みである現状が壁となる。何度も言うように、スネークは休む暇などないほどに忙しいのだ。

 

「スネーク、くれぐれも気をつけてくれよ。もう何度目になるかは分からないが、それでもこれは竜狩りだ」

 

 だからそんなスネークに何かあっては困る。ビジネスパートナーとして。そしてひとりの戦友として。ミラーの言葉は彼の本心であった。

 対するスネークも、真剣な表情でミラーの言葉に頷いた。

 

「ああ。慣れてきた頃が一番危険だからな。いつも以上に慎重にやるとしよう」

 

「それと、トレニャーにも言っておいてくれ。今日のカリブは穏やかだが、操舵には細心の注意を払うように、と。あの小舟に波が当たるたび、見ているこっちがハラハラする」

 

「わかった。だが、見てくれは確かに小さいが、なんとかなるものだ。ゲバラ(エル・チェ)がキューバ上陸に使ったのも小舟(グランマ号)だった」

 

「確かにそうだが、いくらなんでも小舟の規模が違い過ぎやしないか?…それに、船で上陸したゲバラとカストロは政府軍の包囲攻撃を受けたんだぞ。例え話にしては縁起が悪い」

 

「まあそう言うな。実はあれはあれで性能が良かったりする。特に速度には目を見張るものがあった」

 

 スネークはそう言うが、ミラーの不安は拭えなかった。吹けば転覆してしまいそうな、プールで使うのがやっとな小舟に重武装の兵士が乗っかるのだ。当時(キューバ上陸)のグランマ号と同じかそれ以上に定員オーバーだろう。

 それに、速度性能に関してはただ単にトレニャーが猛スピードで漕いでいるだけにしか見えないのだが…。

 

「じゃあ行ってくるぞ。そう言えば今日の晩飯は何だったか」

 

「なんでも、パスとアマンダたち(女性スタッフ)がまたコスタリカ料理を振舞ってくれるらしい。今日はオージャ・デ・カルネ(肉と野菜の煮込みスープ)だそうだ」

 

「そいつは楽しみだ」

 

ウチ(MSF)の女性陣が料理するときは、なぜか皆んな帰りが早いからな。スネークも遅れないようにしてくれよ」

 

「肝に命じておこう。男性スタッフは大食漢ばかりだからな」

 

 どの口が言うのだと、ミラーはサングラスの奥で苦笑した。どう考えてもMSFで最も食を愛す健啖家はスネークであると言うのに。そんなミラーに見送られて、スネークはマザーベースを後にした。

 

 その後、コスタリカの砂浜でトレニャーと合流したスネークは夕暮れのモンスター島を目指す。到着した彼は、今回も事も無げに『火竜』を討伐した。回数を経るたび討伐タイムを縮めて行く彼は、夕暮れの出発でありながら、夕日にかなりの余裕を持たせた状態で帰路に着いたのだ。

 

 だが、赤く染まった海の帰り道。

 

 スネークと、彼を乗せる舟を操る一匹の猫。その目の前に、海底から天を貫かんとばかりの光線が放たれた。

 驚愕のあまり舟から落ちかける猫を側に、蛇は慌てて身を乗り出して水中を眺めた。そこには依然として打ち上げられる光線がはるか海の底から照射され続けている。

 光線を放つ竜は今までに『核竜』のみが確認されていたが。その光線はあまりにも太過ぎて、自らの体液を飛ばす『核竜』のそれとは明らかに別物だった。

 それに、この威力だ。撃たれた光線はどれほどの射程を持っているのか、その端が見えず、光線を中心に大波が荒れ狂っている。これは果たして、怪物(モンスター)が成せる技なのか。それとも、まだ見ぬ超兵器がやはりこの周辺に眠っていたのか。

 それも分からぬ間に、スネークは死そのものを想起させる悪寒に全身を貫かれた。

 

 ――ッ…まずい!

 

 咄嗟にスネークは重量のあるミサイルランチャーなどの装備品を投げ捨てて、トレニャー目掛けて全身で飛び込んだ。彼は猫を強く抱きかかえ、飛び込んだ勢いそのままに小舟から身を投げ出す。

 その瞬間だった。先ほどの光線もまだ消えていないのに、新たな光線がトレニャーの舟を木っ端微塵にかき消して天へと昇る。

 舟の主であるトレニャーは、己の相棒が消し飛んだ光景に悲しげな呻き声を上げた。だがそれも束の間、スネークと彼に抱きかかえられるトレニャーは、小舟を消し飛ばした光線の撒き散らす海水の余波に叩きつけられるように飲み込まれてしまう。

 

 その後も、何本もの光線が海面から天を貫いた。それは怒りの咆哮のようで、どこか生物的だった。

 …その光線の通った後には、一切の微生物すら残らなかったというのに。

 しかしやがて光線はひとつ、またひとつと本数を減らし、最後にはその全てが無くなって、天に昇るのは沈みかけの夕陽だけになる。

 

 水面には、残るものは何も無い。

 言葉を操る、奇妙な猫も。

 生ける伝説である、一匹の蛇も。

 

 ただただ静かな海だけが、死んだように佇んでいた。




次回更新は不明です

各種設定調べながら書いているので、遅くなるかも…


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1章 生命の方舟

今回もモンハン要素は出せませんでした…


 

 

 

 唄声が響いていた。

 

 誰もが絶望に顔を伏せる中、美しい女性の声で、平和への祈(Sing)りが唄(a)われていた(Song)

 大きな大きな鋼鉄の塊が、激しいノイズを鳴らしながら動いている。だが、鋼鉄の塊が発する唄声は自らの騒音にかき消されない、穏やかで、よく聴こえるものだった。

 鋼鉄の塊は壊れかけの四肢を操って、子鹿のように危うく立ち上がる。そして、前へ。前へ。全身至る所に走る亀裂も、関節から飛び散る火花も。垂れ流されるオイルも、砕けて剥がれる装甲も。それら全てが問題ないと言うように、一歩、また一歩。

 進む先は、湖だった。自らを鎮めるために、己を水中へと沈めるのだ。

 

 唄声が、響いていた。柔らかな春の訪れのような音色は、先ほどまでの冷たい戦いを優しく溶かして行くようで。

 鋼鉄の塊が、水面に消えて行く。人より大きな一歩を踏みしめるたび、機械の身体が死んでいく。それが自分の命を削るたび、世界は滅亡の危機から遠ざかって行く。

 

 それが、それこそが、平和への歩み(ピースウォーカー)だった。

 

 奇跡としか言いようのない光景だった。

 機械の中の幽霊(ゴースト イン ザ マシーン)が、“彼女”の遺志(ウィル)を世界中に伝えていたのだ。

 誰も彼もが言葉を失って、思わず涙を零す。“彼女”の尊い祈りは、純白(オオアマナ)の美しさであった。

 

 

 だが、そんな奇跡的な光景を見て。

 

 “彼”の心に浮かんだものは、深い愛情と、止まることなき尊敬と。

 

 そして、どこまでも続く虚無(ゼロ)であった。

 

 

 

 

 

 

1-1 どこともわからぬ部屋

 

 

 

 

 心を支配した虚無感が、スネークの意識を覚醒させた。彼は跳ね上がるように飛び起きて、荒々しく唸るように呼吸した。夢に見たのは、たった数日前に目の前で起こった奇跡の場面。だと言うのに、まるで悪夢を見たかのような感覚が身体中を這い回っている。

 思わず、スネークは右手で自分の顔を覆う。肌という肌がじっとりと汗で濡れており、だからこそ感じる(ひたい)の違和感に彼は()()を数度指で擦った。

 そうして、違和感の理由を思い出した。そこにはこの10年間、ずっと共にあった“彼女”の形見が無かったのである。

 例え相棒(ミラー)に遠回しな注意をされようとも、決して外すことのなかったバンダナ。それが無くなったというのに、スネークの心には一切焦りが浮かばなかった。

 何故ならそのバンダナは、数日前に…。ちょうど、先ほど夢見た奇跡(悪夢)の最後に、彼自ら湖へと投げ捨てたのだから。

 

 ――“彼女”は最後に銃を棄てた。それまでの人生を、俺を含む、すべてを否定した。――

 

 だからスネークもまた、“彼女”を棄てたのだ。祈りを抱いて死を望んだ“彼女”の選択はスネークにとって裏切りであり、彼は決別を決意したのだ。

 

 そうして“彼女”とは違う生き方を選んで。そして、このザマだ。

 あれから毎日、額に“彼女”がいないことで、どこか宙に浮いたような、地に足のついていないような感覚があった。

 

 ――結局俺は、彼女を棄てきれないでいる……。

 

 形見(バンダナ)形見(バンダナ)でしかなく、何の意味もなさない残骸でしかないのに。それに数日前の奇跡もまた、“彼女”の紛い物(ファントム)が起こした幻想に過ぎない。“彼女”は、10年も前(1964年)に死んでいる。

 

 ……そして、殺したのは、()()だ。

 

 スネークは己を嘲笑い、先ほどまでの夢見心地が急速に冷めて行くのを実感した。

 自己嫌悪もほどほどに、まずスネークは状況確認から始めた。自分の最後の記憶は、天を貫く光線と、海水を叩きつけられた衝撃だ。

 だが今この状況はどうだろう。スネークがいるのはカリブの大海原ではなく、飾り気のないベッドの上であった。周囲を見渡すと、何やら前時代的な装飾が目に入る。吊るされた仮面や、明らかに実用品ではない短剣類。テーブルには壁画めいたイラストの描かれた羊皮紙が乱雑に積まれて、壁際に見える棚には植物や液体などを小分けして詰めてある陶器やガラス瓶が並んでいた。どこか自然崇拝(ペイガニズム)を感じさせる雰囲気の部屋にベッドは置かれており、その中にスネークは寝かされていたのだ。なぜか窓の類が一切ない部屋である事が気になったが、何かしらの意匠なのだろうか。それはわからないが、マザーベース(MSF)にこんな部屋が無いことは確かだ。

 

 次に確認するのは己の状態だ。身につけていたスニーキングスーツや装備品は脱がされて、上半身裸の状態だ。だが、それらは無くなった訳ではない。ベッドのすぐ脇にある小さな物置きに、スーツが丁寧に畳まれて置かれていた。その上には、いくつか見当たらないものもあるが、バックパック含む装備品が鎮座している。

 身体のコンディションは良好だろう。立ち上がってすらいないので詳しくは分からないが、大きな異常はない。長時間寝ていた事による関節の重さや、遭難時にできたであろう裂傷程度があるものの、それくらいでいちいち騒ぐような人間でもなかった。

 

 これらの状況から見て、おそらく伝統的風習が根強く残る地で、療養施設、もしくは大きな民家に保護されているのだろうと推測できる。だが、あいにくスネークはこの部屋に散見される文化的特徴に見覚えがなく、どのような土地にいるかまでは判別できなかった。

 スネークは普通でない経歴の中で多くの知識を身につけており、世界の様々な文化についても造詣が深い。しかしその知識にかすりもしない文化となると、ここが相当に辺境の地である事が予想できた。だというのに、見た感じでは文明レベルは高いように思える。むしろ利便性を追求したように見える家具や道具類の実験的構造から、辺境と言うよりは発展を迎えるべく躍進する意欲的な途上の地であるように見えた。

 収集できる情報のちぐはぐさに、スネークは若干の混乱を覚える。だが、こういった問題は頭の中だけでこねくり回しても答えが出ない種類のものであり、だからこそ彼はこの問題を一度捨て置く事にした。

 

 次に危惧したのは、裏社会で生きるスネークにとって、この場所が好ましくないものである可能性だ。かつては(アメリカ)に属し、その暗部で生きてきたスネークは、特定の者たちから見て情報の宝庫である。自身の素性が露見した場合、状況もわからぬままに権力にねじ伏せられる危険性があった。

 しかし、その危険性は低いのではないかと、現時点でスネークはそう判断していた。全く自慢にならないが、裏の界隈で自分(ビッグボス)は有名なのだ。諜報員としては致命的なまでに名前が売れているスネークは、見る人が見れば即座に正体を看破されてしまう。

 だと言うのに、寝台に拘束具で縛られておらず、監視もついていないとなれば、その心配は無かったのだろう。だからこそ、スネークはこの問題を三つ目にまで後回しにして確認したのだ。

 

 しかしそうなってくると、また別の疑問も浮かび上がる。それはスネークが上半身裸であることに関係した。簡単に言うと、スネークの身体は堅気の(真っ当な)人間に見えないのだ。全身が極限まで鍛えられているだけならばまだ良い。しかし筋骨隆々な身体は至る所が傷だらけで、古いものから新しいものまで傷跡のデパート状態(タイムズスクエア)であった。加えて着用していた服も装備品も、あからさまに軍用である。極め付けは右目の眼帯だ。片目が潰れた人物に、善良な第一印象を抱く人間はそうはいない。

 要は素人目から見ても危険人物なのである。助けてくれた人間がどんなに温厚な者であれ、命こそ救えど警察組織への一報くらいはするはずだ。

 だと言うのにその気配がない。

 裂傷の治り具合や関節の硬さから見て、ここに運び込まれて数日は経っている筈だ。

 一体、どう言う事なのか。

 

 スネークが答えを出せず、どのように行動すべきか考えていると、部屋の外から木の軋む音が聞こえてきた。彼はそれまでの思考を脳の片隅に追いやると、数分前まで長時間の昏睡にあったとは思えないほど機敏な動きでベッドから降りた。

 木の軋む音は規則正しく間隔をあけて連続で響いており、だんだんとこちらへ近づいて来るのが分かる。つまりは足音だ。音はこの部屋に一つだけあるドアの向こうから聞こえていて、スネークは一切の物音を立てずにそちらへ近づいた。

 蝶番(ちょうつがい)の形を見るに、ドアは部屋の内側へと開くようになっている。窓のないこの部屋では、その扉が唯一の脱出口だ。

 スネークはいつもの任務(ゲーム)でも多用するように、ドアが開いた際に死角になる場所(戸の横)へと身体を滑り込ませた。

 

 足音はこの部屋の前でピタリと止まる。直後にスネークの目の前でドアノブが回されて、静かに扉は開かれた。

 

「ん……。ん!?」

 

 聞こえてきたのは若い女の声だ。声の主は驚いたような声を上げて、部屋の入り口から慌ててベッドの方まで駆け寄った。

 

「いなくなってる?!」

 

 寝台にあるべき人の姿が消えている事に驚く彼女は、どこかの物語の探検家、といったような出で立ちだった。

 スネークの目から見て、その衣服は少し誇張された舞台衣装のような雰囲気がありつつも、しっかりとした実用性を持つ自然を踏破する装いのように思えた。

 やや派手な色合いなのは戦いの中に生きるスネークとしてはマイナスポイント(カムフラージュ率の悪化)を感じる。だが、むしろ自然の中に溶け込まないよう目立つ色のものを着用するのは、彼女が敵地活動を想定していない非戦闘員であり、遭難時の備えであるようにも考えられた。もしそうであるならば彼女はさほど危険な存在ではない。

 よく使い込まれた分厚い辞書のような本にベルトを着けて、ショルダーバッグのように肩にかけているのを見るに、野外調査(フィールドワーク)を主とする学者なのだろうか。

 そう言えば彼女が頭につけているゴーグルらしき装備も、最初は暗視装置(ナイトビジョン)のように見えたが、単なる観察用の回転式光学素子(ターレットレンズ)であるようだ。

 

「ど、どうしよう!安静のはずなのに…きゃあ!」

 

 オロオロしながら部屋でうろちょろする彼女は、ふとした拍子にドアの死角に隠れていたスネークに気がついて小さく悲鳴をあげた。死角といっても、それは入り口から見た時だけ。室内にいる者からは丸見えで何の偽装効果もない。

 もちろん、スネークもそれをわかって立っていた。部屋に入ってきた人物がどのような存在なのかを確認した後、必要であれば昏睡なり殺害なりの手段を取るつもりであったが、今回はその必要がないと判断しただけである。それよりは平和的会話に移行できる可能性が高く、そちらの方が望ましかった。

 スネークが物騒な行動に出なかった事は女性にとって幸運であったが、しかし半裸の野生的な中年男性がいつのまにか背後に立っていると言う図は、幸運に程遠い光景であった。

 

「すまない、驚かせるつもりはなかった」

 

 スネークはとりあえずの言い訳をして、直後に己の言葉に違和感を感じた。いつも通り、世界で最も広く使われる英語を話しただけだと言うのに。

 違和感の正体を探り当てる前に、その答えは目の前で戸惑ったように口を開く女性が教えてくれた。

 

「えっと、あの…。私の言葉、わかりますか?」

 

 聞いたことのない言語であった。しかし、その言葉は明確に理解できる。いや、初耳の言語ではあったが、知らない文法ではないのだ。

 スネークはそれまでに習得してきた多くの言語を、頭の中の辞書を開いて参照する。だが、その文法に当てはまるのは、ごく最近習得したとある奇妙な言語…。

 

「あ、ああ…。問題ない」

 

 口にしたのは、奇妙な猫(トレニャー)と会話する際に使っていた、どの国にも属さない言葉であった。




こういうクロスオーバーもので、世界の違いによる言語の壁は大きな障害になるはず。

なのに、すでに公式で突き破ってくれているスネークさん。


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1章 生命の方舟 2

やっとモンハン要素が出てきます。

メタルギアの小説を意識して、時折小話などを挟んだりするスタイルをとっているのですが、そちらに引っ張られて話が進まないと言う…。

MGSの小説を書いてる方々の構成力がお化けじみていると、改めて実感しました。


 

「君が、ここに運び込まれてきた『海底から来た人』かね?」

 

 少し茶化すような言葉と共に現れた人間は、色黒の肌に鋭い目つきを備えた白髪の老年男性だった。金属鎧(プレートアーマー)革鎧(レザーアーマー)のハイブリッドのような防具を身にまとう彼は、体格からも戦いの場に身を置く戦士であることがわかる。顔にも古傷のような痣があり、相当に修羅場をくぐり抜けて来たのだろう。

 

 彼はとある部屋へと入るなり、その部屋の寝台に腰掛ける人物へと視線を向けて、

 

「災難だったな。まだ目覚めてすぐだと聞いているが、良ければ少し話をさせてくれないか」

 

 視線を向けられたのは、厳粛な雰囲気を帯びた眼帯の男。

 彼は心中に抱く警戒の念を微塵にも出さず、「ああ」と短く頷いた。

 

 

 

 

 

 

1-2 新たなる大陸

 

 

 

 

「そうか。舟が転覆して、気づいたらここにいたと…」

 

「ああ。浜辺に打ち上げられていた感覚なら残っている」

 

「うむ。君が見つかったのは、ここからそう遠くない海辺だと聞いている」

 

 スネークは自分が目覚めたばかりのベッドの脇に腰掛けて、老練と評するに相応しい男と会話していた。

 目覚めて最初に出会った探検者風の若い女性は、スネークと意思疎通の確認を取った直後、思い出したように、

 

「大変!ちょっと待っててくださいね、人を呼んできますから!」

 

 と、慌ただしく部屋を駆け出していったのだ。その言葉に裏がないことを経験から来る勘で直感したスネークは、大人しく部屋で待つことにした。出入り口のドアは施錠されているようには見えず、脱出は可能である。だが敵意のない者がいる場所で、むやみに相手を刺激するような行動は憚られたのだ。

 

 次に彼女が戻って来た時、彼女は複数の人間を連れていた。その中の一人が、今目の前でスネークと話をする老人だ。年齢や立ち振る舞いから見て、彼はこの集団の中で高い立場にいるのだろうか。

 先ほど差し出されたコップになみなみと注がれた水を口にしながら、スネークは彼らの正体について冷静な観察と考察を始めていた。

 

 まず敵でないことは確かだ。彼らからは何の敵意も感じられず、この部屋にはスネークがこれまでの人生で常に感じていた、ひりつくような闘争の前兆もない。

 老人が背中を向けた際にちらりと見えた、腰に下げているやけに大振りのナイフは気になったが、どうやら彼だけでなく他にも何人か同じように腰にナイフを帯びていた。これらはきっとグルカ人のククリナイフのように、民族に根付いた文化的なものなのだろうと解釈する。

 手にするコップにも細工はないようだ。薬物をごまかしやすい香りの強い飲料でも無ければ、変な異臭や刺激なども感じない。無味無臭の薬物か、もしくはスネークの感覚では捉えられないほど少量が入れられている可能性もあったが、その場合効果は得られない事が多い。スネークは若い頃に頻繁にやっていた拾い食いのせいで、ある程度の毒素に対する耐性がついているからなおさらだ。

 未知の薬物なども十分考えられるが、そもそも悠長にスネークが起きるのを待ってから、こんな回りくどい手で使用するとも思えない。

 純粋に、彼らは親切心で動いているのだろう。目を覚ましたばかりの遭難者に水を差し出すのは何らおかしいことではなかったし、事実スネークは海水を飲んでしまったせいか、ひどく喉が渇いていた。

 

「それで、ここは一体どこなんだ」

 

「ここか?ここは“新大陸調査団”の拠点だ」

 

「新大陸調査団?……コロンブスの信望者(ファンクラブ)か」

 

 だとするならば、意外にここはMSFのマザーベースから離れていないかもしれない。

 クリストファー・コロンブスは誰もが知る、新大陸の発見者である探検家だ。彼の偉業については様々な声があり、その評価は時代と共に揺れ動く不安定なものであったが、彼が歴史に名を残すことになった場所がアメリカ海域であるということは確かだ。

 スネークの組織であるMSFが本拠地を置くのはコスタリカの沖であり、コロンブスが1498年に3度目の航海でたどり着いたベネズエラと同じくカリブ海に面している。

 もしこの新大陸調査団なる組織がコロンブスのファンクラブで、ベネズエラなど彼の偉業の地となった場所に本拠地を置いているのであれば、スネークはカリブ海の中だけで流されて意外にも近場に打ち上げられた事になる。

 まあ、近場とは言ってもそれは地球規模の話であり、実際にコスタリカとベネズエラはパナマ、コロンビアを挟んで約2000kmの距離があるのだが。だが、スネークが当初予想したどこか遠方の辺境の地よりは、よほど現実感のある話である。

 

 しかし、彼の希望はあっさりと打ち砕かれることとなる。

 

「コロンブス、というのは人名か?…すまない、聞き覚えがないんだが」

 

 スネークと相対する初老の男は、周囲の人間にも確認を取るように視線を左右させた。だが、彼と目があった誰もが首を左右に振って、コロンブスを知らないということを示していた。

 

「なに?俺はカリブ海で打ち上げられたんじゃないのか」

 

「カリブ海…?」

 

 いよいよ持って嫌な予感がして、スネークは一筋の汗を垂らした。状況がどんどんとおかしな方向へ捻じ曲がっている。水を飲んだばかりの口が渇いていく感覚に舌を取られながらも、スネークは意を決して口を開き、

 

「まさかとは思うが…。ここはアメリカ大陸じゃないのか?」

 

 問いに対して、老人はきょとんとした表情を浮かべる。鋭い剣のようなこれまでの雰囲気すら引っ込めて、彼は妙なものを見るような目でスネークを見つめると、

 

「先にも言ったが、ここは“新大陸”で私たちはそれを調べる調査団だ。アメリカ、という大陸の名称は初耳だが…。一部では新大陸(ここ)をそう称するのか?」

 

 伝えられた言葉は、あまりにも衝撃的な。…まるで、二足歩行の核搭載戦車に蹴飛ばされたかのような、重すぎるインパクトを持っていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 何度も何度も質問と回答を繰り返して、得られた真実がある。結論から言ってしまえば、これはタチの悪いジョークだ。“アメリカの足元であるキューバにソ連製の核が配備される”、なんてレベルの、荒唐無稽で低俗な冗談だった。

 

 ――俺はまだ、夢の続きを見ているのだろうか。

 

 たしか、あれは10年前。やけにおしゃべりなヤブ医者のピロートークのせいで、独房の中で化け物の夢を見た事があった。きっと今回もそれと同じような、似たような状況なのだろう。

 

 そう思えたらどれだけ良かった事か。

 

 スネークは優秀な兵士だ。あらゆる感覚が高い集中力で研ぎ澄まされ、明晰な頭脳は常に最善の回答を叩き出す。だから、今の自分がいるこの場所が明晰夢の中でないことなど、十二分に理解していた。

 

 認めるしかなかった。アメリカの足元に、核は配備されたのだ。それがリアルだ。だからスネークも今、まごう事なき現実を生きているのだ。

 

「ううむ。その、“アメリカ”と“ソビエト”だったか。そういった国の名前は、やはり聞いた事がないな」

 

 初老の男がそう答えて、駄目押しする。突きつけられた現実は、雄弁に物語っていた。

 

 ここは、見知った世界(ワールド)ではないと。

 

「力になれなくてすまない」

 

「いや、助けてもらえただけでも十分だ。感謝している」

 

「残念だが、今はこの大陸から出る方法はない。が、ある程度の目処は立っている。その時には、我々の船に乗ると良い。君の住む”モンスターの極端に少ない大陸“の話は実に興味深かった。ギルドなら協力してくれるだろう」

 

「それは有難い」

 

「しかし、我々の知らぬ大陸に、そこに住む人類か……。にわかには信じがたいが、君の所持品から文明の差異はよくわかる。これはまた、新たな調査団が結成されるのも近いやも知れんな」

 

「俺もこんな大陸、知りもしなかった。帰ったら国中大騒ぎだろう」

 

 笑い声を含んだ会話をしながら、スネークは己の言葉の空虚さを妙に客観的な視点で感じていた。

 未知の大陸?生態系の頂点であるモンスター?…ありえない。世界は一つの球であり、人類はその全てを見通そうと躍起になっている。

 故に、あるはずがない。こんな場所は、地球にあるはずがないのだ。人間は宇宙にさえ飛び立って、外から地球を見たこともある。だが、こんな大陸が果たして見えただろうか。見えるはずがない。世界に存在する大陸は六つ。そのどれもが人類踏破済みであり、そしてモンスターが常識であるところなど一つとしてない。

 

 きっと目の前に調査団の面々がいなければ、スネークは頭を抱えて唸っていただろう。それほどまでに、この状況はナンセンスだった。

 

「さて、そろそろ私は行かねばならんが……。遅いな、料理長はどうしている?」

 

 初老の男は周囲の部下らしき者たちに、料理長なる人物の所在について確認を取っていた。話の流れからして、どうやら自分と関係があるらしいと見たスネークの疑問符を読み取ったか、彼は少し笑って口を開く。

 

「君は二日も寝ていたのだ。腹も減っているだろうから、ウチの料理長に頼んでおいたんだが……。何分ここは豪快な大食らいばかりでな。消化に優しいものひとつ作るのにひどく時間がかかっているらしい」

 

「そこまでしてもらえるとは、本当に感謝してもしたりない。何から何まで世話になる」

 

「大したことではないさ。それに、君を助けたのはそこにいる編纂者だ。っと、どうやら来たらしい」

 

 男が言うや否や、戸の外から声が聞こえた。……いや、それは声ではなく、鳴き声だった。

 

「すまねえ、料理で両手が塞がっている。だれか開けてくれるか」

 

 だと言うのに、その鳴き声が意味を持って聞き取れた。

 それは周囲の人間も同じだったらしい。部屋にいた一人が鳴き声に返事をしてドアを開けると、その向こうにいたのは……、

 

「……猫?」

 

 ローティーン(10代前半)の人間程度の身長を持ち、やけに身体は筋肉質で、スネークと同じく右目が潰れている。半ばから折れた剣を背負い、頭にバンダナを巻いたそれは二足歩行で立っているものの、それらの要素があっても一目で猫だと思える身体的特徴に溢れていた。

 

「よかったじゃないか。初見の者に(アイルー)だと認識してもらえて」

 

「おい、総司令。オレはそんな頻繁に間違われてる訳じゃねえぞ」

 

 猫と思わしき謎生物は、初老の男を総司令と呼び親しげに会話をしていた。その光景に一瞬我を失ったが、スネークは目の前の光景に既視を感じて(デジャヴ)

 

「トレニャー!」

 

「うん?どうした、急に」

 

「トレニャーを…。猫を見なかったか!?俺と一緒に流された筈だ!」

 

「それは……」

 

 老人はスネークを助けたと言う編纂者の女性に目配せする。すると彼女は顔を左右に振って、不安そうな表情を見せた。

 

「俺が座礁した場所は、ここからそう遠くないと言ったな!場所を教えてくれないか!?」

 

 スネークはベッドから立ち上がると、その隣に置かれた自らの装備品を確認し始める。バックパックはいくつかの箇所が千切れているものの、大抵が残ってくれていた。その中には重火器を捨ててしまったために役立たずとなった予備の弾頭などもあったが、破片手榴弾や閃光手榴弾などの現状でも大いに助けになってくれる装備品もあった。

 自衛用のハンドガンはホルスターごと無くなっており、そちらの弾薬も残ってはいるが無用の長物だろう。

 そして何より痛いのはサバイバルナイフの喪失だ。ありとあらゆる場面で万能足り得るナイフを失ったことは、この場面においても痛手だ。幸いにもスタンロッドは残っていたが、長時間海水に浸かっていたせいか、電源が入る気配がない。鈍器として使うことも出来なくもないが、本来そう扱うものではないために効果的であるとは言い難いし、すぐさま壊してしまうだろう。

 つまり、今使うことのできる武器装備は数個のグレネード類のみ。それ以外はほぼほぼ裸同然(ネイキッド)で、あとは己が肉体のみが頼りだろう。

 

 厳しい状況に舌打ちするスネークの姿は、どう見てもこの部屋から出て行こうとするものであった。その様子に焦るのは周囲の人間で、総司令と呼ばれた男は、

 

「待て、君はまだ病み上がりだ。あまり無茶をするな」

 

「トレニャーは…。あいつは、俺の頼みを聞いて舟を出してくれた。転覆は海を読み切れなかった俺の責任だ。俺は、行かなければならない」

 

 スネークは使える装備品のみを選び出して並べていく。総司令と話しながらもその手は止まらず、()()でも動かないほど意思は固いと見えた。

 総司令も何かを感じ取ったのだろう。彼は大きく溜息を吐くと、

 

「なら案内がいるだろう。5期団代表、君は行けるか?」

 

 総司令が話しかけたのは、先ほど彼が編纂者と呼んだ若い女性だ。スネークが目覚めて最初に話した彼女は、スネークの発見者でもあるらしい。

 しかし彼女は沈んだ表情で首を左右に振る。

 

「相棒が少し前にクエストに…。無理を言って出発を遅らせているので、そろそろ追いかけないと今回ばかりは……」

 

「そうか。“ディアブロス”の狩猟だったな…。分かった、君はそちらへ向かってくれ。ちなみに彼を見つけたのは古代樹の森、エリア4で間違いないな?」

 

「はいっ。その浜辺です!」

 

「うむ。では、だれか手すきのハンターはいないか!古代樹の森のエリア4まで、案内と護衛を頼みたい!」

 

 総司令は勢いのある声で呼びかけて、すると応える者がいた。手を挙げるのは、ひとりの若い男だった。

 

「俺が行きますよ。今は余裕あるんで」

 

 前髪のみを伸ばして盛り上げて、それ以外の頭髪は全て剃り落としている独特な髪型の若者だった。彼は普段は陽気そうに見えるであろう顔を、真剣な表情に変えている。

 よく見れば彼は重武装である。頭部以外の全身にプレートアーマーを装備し、腰にはかなり大きめの剣を携えていた。右腕には円型の小楯を装備しており、はっきりと戦士だとわかる出で立ちだ。総司令の言葉からして、彼は狩人(ハンター)なのだろう。彼が身につける金属鎧には、緑の鱗が特徴的な獣の素材がふんだんに使われていた。狩りに生きる者としての立場を表す、一種のアピールなのだろうか。

 彼は横を向いて口を開くと、

 

「相棒、大丈夫だよな?」

 

 そこにいたのはショートカットの髪の毛をヘアバンドで整えた、勝気な雰囲気漂う女性だ。その服装は、どことなくスネークが最初に会話した編纂者の女性を思わせる。きっと、似たような立場の人間なのだろう。

 彼女は自らを相棒と呼んだ男の言葉に頷いて、

 

「次のクエストまではまだ時間があるわね。古代樹の森だったらすぐだし、問題ないわ」

 

 ふたりの言葉に、総司令は深く首を縦に振った。彼は腕を組みながら、僅かばかりに笑みを浮かべる。

 

「よし。頼んだぞ。…と、言うわけだ。君は彼らの案内に従ってくれ」

 

「……感謝する」

 

 知りもしない者のため、ここまで動いてくれる彼らが、スネークの目には眩しく映った。損得でしか動けない故郷の人々とここにいる彼らとの間には、大きな価値観の違いがあるのだろう。

 その事について深く考えそうになるが、スネークは思考を打ち切って行動へと変える。トレニャーが生きている可能性は低く、その僅かな可能性でさえも、こうしている間にじりじりと削り取られていくのだ。

 そんなスネークを、止める声があった。件の、言葉を持つ鳴き声だ。

 

「気持ちはわかるが、少しくらい腹に詰めて行け。本来ならお前は外出すら遠慮してもらう身なんだ。腹減りで動けなくなっちまうぜ」

 

 料理長と呼ばれる、二足歩行の猫だった。彼は自らが作ったであろう料理をスネークに差し出して、ゴロゴロとのどを鳴らしていた。

 まだ作りたてであろうそれは、湯気を登らせる米料理だ。確か、“かゆ”と言ったか。消化器官に負担をかけない料理だと、ミラーが言っていた記憶がある。

 スネークは無言の中に感謝を滲ませながら皿を受け取ると、勢いよく“かゆ”をかっ込んだ。ハイスピードで食事を済ませる技法はサバイバルで身につけていたが、こんな状況でなければじっくり味わいたいと思えるほど、その料理は豊かで繊細な、気品ある味わいをしていた。

 

 スネークは驚異的な速さで完食すると、バックパックとスニーキングスーツを手に取った。両方とも破損箇所が所々に見られたが、それでもその装備はスネークにとって、信頼に値するものだったのだ。

 

 仲間たちの手で作り上げられた装備が、“新大陸”への一歩を後押ししてくれる。未開の地へ踏み出す勇気をくれる。

 

 “That's one small step for man,(これは一人の人間にとっては小さな一歩だが) one giant leap for mankind(人類にとっては偉大な飛躍である).”

 

 5年前に偉人の仲間入りを成し遂げたとある英雄の言葉が、なぜだか頭をよぎっていた。





次話こそはモンスター戦を出したい…

またしても不定期更新ですが、よろしくお願いいたします


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1章 生命の方舟 3

感想で書いてくださった方もいましたが、何でカプコンさん右目用の眼帯くれないの…。

2期団の親父さんのアレをそのままくださいよ…!




 それまでランプ頼りだった室内から外に出て、男は片方しかない目を眩しそうに細めた。

 外は澄み渡るような快晴で、わずかばかりの雲に遮られることなく太陽が照りつけている。太陽の位置は高く、おそらく昼時だろう。

 

「よし、行くとするか。そう遠くないし、歩きで行こう」

 

 男の隣にいる陽気そうな青年が、目線だけは前方を向けて話しかける。

 

「迷ったりしないでね。なんなら私が先導しても良いわよ?」

 

 青年の言葉に反応したのは、勝気な雰囲気漂う若い女性だ。彼女はきっと青年と付き合いが長いのだろう。からかうようにそう言って、自身も出発に備えて持ち物を確認している。

 

「流石の俺でもこんな近くで迷子にはならねえよ。それよりさっさと行こうぜ」

 

 青年は少しばかり溜息を吐いて、しかし女性の言葉に不安になったか、懐からノートを取り出してそこに描かれた地図を確認し始めた。

 そうして彼は目的地を指で示して、隣にいる隻眼の男へとノートを見せる。

 

「ここがアンタが見つかった場所だ。歩きでもすぐさ」

 

 言われた男は頷いて、それを見た青年は更に追加で口を開く。

 

「武器もないんだから、俺から離れないようにしてくれよ。…えーと、そういや名前を聞いてなかった。アンタのことはなんて呼べば良い?」

 

 青年が尋ねて、男は短く沈黙を挟んだ。何故ならば、男は名乗るべき名前など持ち合わせていなかったのだ。

 しかし、あえて名乗るとするならば、

 

「……スネークだ」

 

 もう10年もの付き合いになるかつてのコードネームが、やはり男にとって一番しっくりくるものだった。

 

 

 

 

 

 

1-3 怪物と狩人の世界

 

 

 

 

 部屋から出たスネークはまず、それまで自分が収まっていた建物や周囲の建造物の外見に気を取られた。

 何やら帆船を意識したような、――いや、実際に帆船として使用できる構造の建造物が所狭しと建ち並んでいたのだ。

 中にはひっくり返されて屋根代わりにされているものや、半ばから折れた船体の断面をうまく利用しているものさえある。少し見上げれば、ふたつの岩山の間に挟まって折れかかっている船すらあり、もはや何でもありだった。

 スネークが扉をくぐって出てきた部屋もまた、そういった船の内のひとつであり、彼が寝ていた部屋は船室であったのだ。

 だからこそ窓がない部屋だったのかと、スネークは納得してひとり頷いた。

 

 きっと、この新大陸調査団の拠点とやらは、航海でやってきた調査団の面々が自らの船を再利用して造り上げた施設なのだろう。

 見た感じでは数隻の船は残しているようだが、それを考慮してもとてつもない覚悟である。

 拠点は海に面しており、最初はスネークもここは船上であると錯覚したほどだが、ここまで陸地に乗り上げて改造しているとなれば再び船として使用することは厳しいだろう。

 海を背に、文字通り背水の陣であるという訳だ。

 それに規模も気になる。多少の期間で築けるほど、小規模なものではない。膨大な時間をかけて発展させた拠点なのだろう。

 

「スネーク、古代樹の森はこっちだ。来てくれ」

 

 頭部以外を鎧に身を包んだ青年の言葉で、スネークは観察を止めることにした。この場所には再び戻ってくる事になるだろうから、観光は後に回しておけば良い。今は余計な事に気を取られている場合ではなく、案内役である青年の言葉が何よりも優先すべきことであった。

 

「あそこに門が見えるだろ?ほら、巨大な(あばら)みたいになってるやつ。あの先が古代樹の森で、そこに入ってすぐがアンタの倒れていた場所さ」

 

 青年が指差す先には、骨にも、牙にも見える巨大な物体が六本、地面から天へ向かって生えていた。

 一見なにかのオブジェ(人工物)のようにも見えるが、きっと違うのだろう。スネークは己の頭に巣食う常識を一旦排除して、あまりにも大きすぎる生命の残骸に驚愕した。

 

「それで、お前は“ハンター”なのか」

 

 スネークは自身の驚きはおくびにも出さず、代わりに質問を口にする。すると奇抜なモヒカンスタイルの青年は口角を上げて、

 

「そう、ハンターだ!ここにはつい最近来た5期団の推薦組として、やって来たってわけ」

 

 そう言って笑顔を見せる青年の隣で、同じくスネークの方へと顔を向けながら勝気な女性も口を開いた。

 

「そして私はこのおっちょこちょいのパートナーである編纂者よ。彼、色々と足りないものだらけだけど、腕は確かだから安心して」

 

「編纂者?」

 

「ハンターひとりひとりと専属で組む情報統括者のことよ。新大陸での狩りは(あっち)とは勝手が違うし、ハンターの負担が大きくなりすぎるから」

 

 そうやって話をしているうちに、スネーク達は先程話題にも上がった天然の門へと到達する。

 これまでは木や網で組まれた人工の巨大な施設であったが、その門を境に明らかに自然が増えていた。地面は木板が途切れて土へと変わり、道の両脇には岩肌が露出している。奥には背の高い木々が何本も(そび)えて、ここから先が人間の領域ではない事を警告していた。

 

「なあ、あんたもハンターなのか?」

 

 門の間を抜けながら、青年がスネークへと問うた。

 

「いや、俺は狩人(ハンター)じゃない。真似事をした程度だ」

 

「そっか。なんか雰囲気が空から来たあいつに似てるからさー。てっきりハンターなんだとばかり」

 

「空から来たあいつ…?」

 

「俺らと同じ、5期団の推薦組のハンターのことだよ。ほら、さっきいた黄色い服の編纂者。そのパートナーのハンターで、アンタを最初に見つけたんだってさ。別に顔が似てるとかそういう訳じゃないんだけど、何というか…」

 

 ハンターの青年は、顎に手を添えながら少し考える素振りを見せた。理論派というより感覚派に見える彼は、自分のイメージを表す言葉を探しているのだろう。そうしてハンターは口を開いて、

 

「状況を動かす存在っていうかさ。中心人物、というか。うーん、なんだろう。……変な言い方だけど、物語の主人公のような雰囲気がさ」

 

「よしてくれ、柄じゃない」

 

 スネークは顔の前で手を振りながら少し笑い声を出す。苦笑いではあったが、それはこの世界(ワールド)に来て初めて自然と出てきた笑みだった。

 きっと、この陽気なハンターは人の気分を和ませる(ムードメーカー)才能(スキル)を持っているのだろう。それが計算なのか天然なのか、どちらにしろ稀有な存在だ。

 勝気な編纂者曰く、彼は確かな腕を持っているらしい。しかし、5期団の推薦組なるポジションに就けたのは、彼の持つ調和の力が評価されたこともあるのだろう。組織運営も行うスネークにとっても、彼のような才能は欲しい。

 状況ゆえにピリついた心境ではあったが、このハンターは信頼ができると、心のどこかでそう感じていた。

 

「着いたわ。この先が古代樹の森よ」

 

 編纂者に言われて、スネークは笑みを引っ込めて前方を見上げた。そこには太い木で組まれた第二の門があり、先ほどの天然の門とは違って外敵を防ぐための造りになっていた。

 固く閉じられた門は無骨だが重厚な造りで、ここにいる人数では開けることすらできないだろう。

 

「こっちだ、スネーク」

 

 ハンターに案内を受けて、スネークは人が通るために設けられた小さなスペースを潜り抜ける。すると、肌に触れる空気が先ほどとは全くの別物に感じられた。骨の髄から冷やされたような、張り詰めた悪寒が身を包む。

 

「ここから先は狩り場(フィールド)だ。近場だし、危険なモンスターは少ないけど…。気をつけてくれよ」

 

 ハンターに言われずとも、ここが人間の支配圏を離れた、動物達が闊歩する自然の領域であると知覚できる。

 嗅ぎ慣れた臭いに、スネークは自分の身体が臨戦状態へと移行する感覚を認識した。森の踏破は以前にも何度かやっており、当時の経験を元に筋肉が環境に適した緊張を保つ。

 

 しかし立派な森林である。見渡す限りの緑と澄み渡った水源が、豊かな生態系を育む見事な大森林だ。特に目を引くのは、スネークの進行方向から右前方に遠く見える巨大樹だ。あまりにも大きすぎるその大木は、片目を失ったスネークでなくともスケール感を掴めないだろう。一体どれだけの栄養と年月があればあそこまで成長するのだろうか。数多くの地を渡り歩いたスネークでもこれほどまでの樹木を見たことはなく、きっとこれが彼らの言う“古代樹”で、古代樹の森とはこの大木を中心に形成された森なのだろう。

 

 門を通って少し歩くだけで、気まぐれのように出来ていた狭く細長い道が、開けた場所へと繋がった。直接は見えないが左方から波の打ち付ける音が聴こえており、きっとここがスネークの打ち上げられた浜辺で、今回の目的地だ。

 だが、スネークの関心はそこにはなかった。

 

「あれは……」

 

 スネークは呆然と口を開けて、前方を見つめた。そこにいたのは、太い四本の足を持つ生き物で、それだけならばありふれた動物に過ぎないのだが……。

 

「アプトノスね。もしかして、スネークさんは見るのは初めて?」

 

 編纂者にアプトノスと呼ばれた動物は、どこからどう見ても恐竜の特徴を持つ生き物だった。最初は大型の哺乳類かと思ったが、アプトノスの全身は灰色の鱗という爬虫類的特長で覆われている。長い首と尻尾のシルエットは、白亜紀後期の北アメリカ大陸に生息していたとされる“パラサウロロフス”に似ているようにも見える。

 そんな象ほどのサイズを持つ生き物が、スネークの見つめる先で群れを作って歩いていた。

 

「そういえば、アンタの住む大陸って、モンスターが少ないんだっけ?…アプトノスもいないのか?」

 

 喋りかけてくるハンターは、スネークが目覚めた部屋にいた人間の一人である。スネークがある程度語った出自を彼も聞いており、しかしそれほどまでとは思っていなかったのだろう。信じられない、という感想が、ハンターの目から伝わってきた。

 

「…過去に似たような生物は存在していた。だが、何千万年も前に死滅している」

 

 信じられない、と言う思いは、スネークもまた同じであった。確かに、ここは見知った世界などではなく、あのような存在が当たり前であることも有り得るだろう。

 そもそも喋る猫やら火を噴く飛竜などは地球(あちら)でも遭遇しており、これくらいのことは想定していた。

 だが、こうして生々しい生命の営み溢れる存在として目の当たりにすると、頭のどこかで拒否反応が出る。呑気に草をついばむアプトノスらが、どうにも現実だと思えないのだ。

 

 それにもうひとつ、スネークの頭の中で警告を鳴らすものがあった。それは、アプトノスと呼ばれた恐竜の尾の構造である。尾の先端に、何本もの鋭く長い棘が生えているのだ。恐らく骨が変質したか露出しているのであろう尾の棘は、明らかに外敵を攻撃するための武器である。

 アプトノスは人間など優に超える巨体であり、その体格から振り出される一撃は重い破壊力を持つだろうことが容易に想像できた。今の状況では、出会いたくない存在だと考えられる。

 しかし、スネークの同伴者はそうは思わないらしい。陽気なハンターは決して大きくはないが明るい声で、

 

「でっかいけど、あいつらは温厚で臆病な性格なんだ。近づいても攻撃なんてしてこないし、こっちから手を出してもほとんどの場合は逃げるだけだな」

 

「今日のところは放っておいても良いと思うわ。ちょっかいを出さなければ無害だし」

 

 勝気な編纂者も続いてそう言うので、スネークはひとまずその言葉を飲み込むことにした。理解は追いついていないが、考えるだけ無駄である。

 

「よし、ここを左に曲がるとエリア4の浜辺なんだけど…。やっぱりケストドンがいるな」

 

 ハンターが先導してアプトノスまで近づいて、そこで左方を確認した。続いてスネークもそちらへと視線を向けるが、そこにいたのもやはり恐竜を彷彿とさせる生き物だった。

 赤茶けた体色で、体格は先ほどのアプトノスほどは大きくない。それでも人間以上のサイズを持ち、発達した二本の後脚で歩行している様子が見えた。代わりに前足は退化しているのか、役に立つとは思えないほど小さく細い。そして特徴的な頭部。まるで装甲のような、堅牢そうな甲殻に頭頂部が覆われている。

 それらの特徴もまた、過去の地球に存在していた恐竜に通じるものがある。確か、名前を“パキケファロサウルス”といった筈だ。先の“パラサウロロフス”のことも含め、MSFに身を寄せている小さな戦士から復元図を見せてもらった記憶がある。

 

「ケストドンは新大陸で発見された小型モンスターだ。草食だけど、性格はすこし攻撃的だな。ハンターが近づくだけで攻撃してくるんだ」

 

 ハンターは忠告するが、しかし目的地はまさにそのケストドンがいる場所である。ケストドンたちが歩き、もしくは体を横たえて休んでいる場所こそが、岩場の中に気まぐれのように現れた浜辺だったのだ。

 一体どうするべきかとスネークが頭を悩ませていると、その横でハンターは腰にぶら下げた得物()に手をかけながら、

 

「ケストドンの生息状況はどうなってるんだっけ?」

 

「いたって普通。むしろ、最近はみんな大型ばかりで忙しかったから、増えてるくらいね」

 

「だったら狩猟してもダイジョブそうだな。スネーク、ちょっと待っててくれ」

 

 ハンターは編纂者と少々やり取りをすると、勾配のきつい坂を勢いよく滑って海岸へと繰り出していった。あまりにも軽い身のこなしに、スネークが止める暇も無い。

 

「オスが二頭にメス四頭!」

 

 待機しているふたりに聞こえるようそう叫んで、ハンターは剣を抜き放った。それと同時に跳躍し、今までの滑走の勢いをあわせて前方へと己の身体を射出。大きな声に気づいたケストドンたちがハンターの方へと顔を向けるが、もう遅い。ハンターは自らの身体が落下するのに合わせて左手に持った剣を振り下ろし、体重と筋力を十分に乗せた一撃をぶち込んだ。狙いは比較的柔らかそうなわき腹で、ハンターの振るった剣はあっさりとケストドンの身体を切り裂いてしまった。

 

「――!」

 

 スネークはもう何度目になるかも分からぬ驚愕に左目を見開く。あの身体捌きは、明らかに常軌を逸したものだった。跳躍力も、その後に繰り出された斬撃も、生半可な筋力で為せる技ではない。少なくとも人類最高峰の身体能力を持つスネークでさえ、再現しろと言われたら首を横に振るだろう。

 しかしハンターの身体能力に驚かされるのは、まだまだこれからだった。ハンターは空中からの奇襲を成功させた後、動きを止めることなく剣をふるって流れるような連撃を繋げて見せた。確かに腰の入ったよい斬撃ではあるが、それでもスネークの目はある程度の動きの無駄を発見していた。近接戦のプロフェッショナルであるからこそ見抜ける僅かな若さがそこにはあったのだ。だが、だからこそおかしい。たとえアレがスネークの思い描く完璧な身体捌きを実現したとしても、鱗に覆われた恐竜を容易く切り裂けるとは思えないのだ。鱗だけでなく、基本的に動物には硬い筋肉があり、さらに硬質な骨もある。いくら鋭い刃であろうとも、それを切り裂くためには相当の筋力と技術が必要だ。もしくは、それらを避けて攻撃するだろう。

 スネークの目には、あの若いハンターの動きにはやや技術が欠けていると見えた。実際にはハンターの動きは洗練された実力者のもので、他のハンターも一流の動きとして太鼓判を押すほどのものであるのだが、人生の半分以上を戦いに費やしてきた伝説的英雄だからこそ気づける細かな問題点があった。だというのに、結果はどうだ。スネークの目の前で、六頭のケストドンが瞬く間に切り身に変えられていく。

 つまりは彼の筋力が異常なのだろうか。スネークは隣にいる編纂者をちらりと見るが、彼女は特にこれといった表情を浮かべてはいない。ただ事務的にハンターが動く様を観察し、一頭また一頭と狩猟が達成されるたび、手元の本へと何かを書き込んでいるだけだった。

 

「スネークさん、どうかした?」

 

 スネークの視線に気づいた編纂者が、顔を上げて疑問符を浮かべる。

 

「…いや、見事な動きだと思ってな。あいつはいつもあんな風に狩りを?」

 

「そうね。いろんな武器をそれなり以上に使えるから、いつもってわけではないけれど。でも、今みたいに片手剣はよく使ってるわ」

 

 どうやらこれは何らおかしい光景ではないらしい。非常識人間を数多く見てきたスネークではあったが、それが常識的であるような対応をされてしまうと、流石にめまいがするような気分だ。

 

「よし、ひとまず終わったぜ。スネーク、アンタはオトモを探してくれ」

 

 ハンターに言われて、スネークは海岸へと足を進めた。そこで待機しているハンターは、額に一滴の汗すら浮かんでいなかった。やはり彼は、人間離れした身体能力を有しているのだろうか。

 ……それとも、見た目に反してケストドンとやらがやけに柔らかな肉質をしているのか。

 

「じゃあ、生命(いのち)に感謝して」

 

 ハンターは片手剣を腰に納めると、その下に帯びていたのだろうか、あの総司令と呼ばれた初老の男も持っていた、やたらと大きなナイフを取り出した。それが突き立てられたのは、ハンターの足元にあるケストドンの死体だ。狩人らしく皮やら肉やらを剥ぎ取ってはポーチに収めていく。

 スネークはそちらへ近づくと、ハンターが剥ぎ取りを終えた一頭に手を添える。軽く力をこめて死体を押してみるが、手に返ってくるのは重厚な感触だ。やはりその生き物は、見た目通りの堅牢さを持っている。

 となれば、おかしいのはハンターの筋力か。

 

 スネークは舌打ちとも唸り声ともつかない声を出して、ケストドンの死体から手を離した。非常に気になることではあったが、今はそれどころではない。本来の目的を達成するため、周囲を見渡しながら海岸を歩き出す。

 しかし海岸は想像していたよりもずっと小さく、歩きながら見回るとほんの数十秒で確認する場所がほとんどなくなってしまう。周囲にはトレニャーの痕跡なども見当たらず、やはり彼の生存は絶望的だった。

 スネークという漂着者の前例があるのだから、トレニャーも同じようにここに流されている可能性が高いと考えたのだが……。

 

「…スネーク」

 

 海を見つめるスネークに、ハンターは静かに語りかけた。名前を呼ぶ以外で、なんと言ったら良いのか分からない様子だった。だがスネークもこれだけでは諦めきれない。彼はより周囲を見渡しやすくするため、海岸の脇にある岩場をよじ登った。しかしそれでもトレニャーは見当たらない。見えるのはケストドンの死体と、その脇でスネークを見上げるハンターと編纂者。それと、白波が立つ海に揉まれる、古代樹のものと思わしき木の枝だった。

 不意にスネークの目の前を、赤いトサカ以外全身真っ黒な鳥が羽ばたきながら横切った。それはケストドンの死体へ降り立つと、死肉をついばみ始める。後から続いて何匹も何匹も、同じ鳥がやって来ていた。

 

 生命の循環が感じられた。波の打ちつける音を聞きながら、スネークはただ呆然と立ち尽くす。他に打つ手が見つからなくて、しかしここを動くこともできなくて。

 そうやってじっとしていると、己の身体が周囲の自然に合わせて鼓動(リズム)を整えていく。自然環境と呼吸を合わせる、スネークの持つ技能だった。こんな状況でも身体が勝手に動いて周囲に溶け込んでいくのだから、職業病とは恐ろしい。

 

 スネークが周囲の環境と完全に調和(シンクロ)したとき、それをずっと見つめていたハンターと編纂者でさえ、彼を視界に納めながらに見失いかけてしまう。それほどまでにスネークの技術は高く、完璧なものだった。

 ケストドンをついばんでいた黒い鳥たちが、満腹にでもなったのだろう、その場を離れて周囲に散らばって行く。地面よりも安全とされる高所を求めて飛び立った鳥たちは、海岸の岩の上や近くに生える木など、手近な場所で羽を休める。岩の上で立ち尽くすスネークの肩にも一匹、黒い鳥が止まっていた。スネークは完全に自然の鼓動と一体化して、人という異物として認識されていなかった。

 その状態だからこそ、スネークの認識もまた、自然を基準としたものに変わっていた。自然と一体化するということは、自身の感覚もまた、自然と同化することであるのだ。肩に止まる鳥の存在を目と耳と肌で感じながらも、それを当たり前であると受け流すことのできる感覚。その感覚の中で、逆に異物として存在感を発揮していたものがハンターと編纂者である。スネークの視界には入っていないが、ふたりがどのような場所にいてどのような動きをしているのか、手に取るように分かった。

 

 そして、異物はもうひとつ。

 

「―――」

 

 スネークは感覚が示す方へと顔を向けた。その動作で自然との調和(シンクロ)は解除され、黒い鳥がぎゃあぎゃあと叫びながら慌しく飛び立っていく。さぞかし驚いたであろう鳥が激しく羽ばたくので、スネークの顔に翼が何度も打ちつけられたが、彼はそんなこと気にもせずに視線の先を凝視した。

 そこにあったのは、一個の木箱であった。岩の陰に隠れて見えづらく、先ほども見逃していたが、スネークから10メートルも離れていない距離にあった。何の変哲も無い木箱で、目立った汚れが無いことからきっと短い距離を流されてきたのだろう。恐らく調査団の拠点から流されてきたものだ。同じ造りのものを、ここに来る途中で見かけた記憶が残っている。

 スネークは岩場をすばやく降りて、木箱がある位置まで近づいた。浜辺にいる5期団のふたりから見えない位置なので彼らは焦ったが、お構いなしだった。

 手が届く距離までやってきて、スネークは木箱をそっと持ち上げる。

 

 中から出てきたのは、黄色いヘルメットと遮光ゴーグルを身に着けた、見覚えのある猫だった。

 

 




因みにスネークの『舌打ちとも唸り声ともつかない声』ってのは、大塚明夫さんの「(チッ)ん゛に゛ィ…(吐息)」ってやつです。あれめっちゃ好きです。


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1章 生命の方舟 4

なかなか話が進みません

どうして…




 二足歩行の喋る猫か…。それが本当なら、僕の研究の参考になるかも知れないね。ところで奇妙な猫といえば、君は“シュレーディンガーの猫”を知っているかい?1935年にオーストリアの物理学者、エルヴィン・シュレーディンガーが提唱した量子力学の思考実験さ。有名な実験だから、名前だけは知ってるって人も多いかもしれない。ちょっと物知りな人なら、猫に毒ガスを浴びせる野蛮な実験とか何とかって、そう言うかもね。

 念のため、この実験はあくまでも思考実験であって、実際に命ある猫を使用したものではないってことを伝えておくよ。安心して。

 じゃあ、その実験の内容を簡単に説明しよう。

 

 まず、一つの箱を用意する。その箱には、中にいる生き物を殺してしまう毒ガスの発生装置が取り付けられている。毒ガス装置には放射性原子の入った容器が付いていて、その原子の崩壊を検出する装置が備わっている。もし検出装置が原子の崩壊を感知したとき、それがスイッチとなって毒ガスが箱の中に充満する仕組みさ。“シュレーディンガーの猫”の実験は、そんな悪趣味な箱の中に一匹の猫を入れるところから始まるんだ。猫を入れた箱には蓋をして、外からは中の様子が見えないようにしておく。これでオーケーだ。

 

 さて、途中ではあるけれど、ここで量子力学の“コペンハーゲン解釈”というものも簡単に説明しておこう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これがコペンハーゲン解釈だ。量子力学の実験により、原子・分子・電子などのミクロな粒子は、複数の状態を同時に持つことが判明しているんだ。でも、人間が観測を始めた瞬間に、粒子は今まで持っていた複数の状態のうちどれか一つとなって現れる。初耳の場合、きっと理解し難いだろうね。誰だって、一つの粒子が“位置Aにある状態”と“位置Bにある状態”を同時に持っていて、観測された瞬間にどちらかに収束する、なんて言われても訳が分からないさ。だけどミクロの世界ではこういった、僕たちの常識では考えられないことが起こると分かっているんだ。だからコペンハーゲン解釈では、ミクロな粒子には特別な法則があるのだと、そうやって納得してる。

 

 話は戻ってシュレーディンガーの猫だ。さっき粒子は観測されない限り複数の状態を同時に持ち得ると説明したよね。これは毒ガス発生装置のトリガーである放射性原子にも言えることで、原子は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。でもそうなると、箱の中にいる猫は原子の崩壊によって生死が左右される訳だから、外から見えない箱の中にある限り、猫が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という奇妙な状況になってしまう。

 これまでの話から粒子の状態に関しては、「これは我々(マクロ)の常識では測れない量子(ミクロ)の世界の法則だ」と物知り顔で言えるよね。だけど、ミクロの常識を猫というマクロの存在に当てはめた瞬間、その異質さが浮き彫りになる。生きてもいるし死んでもいる猫なんて、あり得ないんだから。猫の生死は箱の蓋を開けて人が観測した瞬間に決まるんじゃなくて、すでに箱の中で決まっているはずだろう?

 つまり“シュレーディンガーの猫”とは、コペンハーゲン解釈を批判するために持ち出された例え話なんだよ。コペンハーゲン解釈が正しいと仮定すると、生と死を同時に持つ猫が発生してしまう、それはおかしいだろ、ってね。

 

 って、スネーク?僕の話、聞いてる?

 

 ――ん、あ、ああ。聞いてるさ。トレニャーはシュレーディンガーの猫なんだろう?

 

 ……はあ。まあ、良いよ。

 

 ――…ところで博士。なぜ急にそんな話を?

 

 ストレンジラブの話を思い出してね。前に彼女が言っていたんだ。「ママルの中で、“彼女”はシュレーディンガーの猫になる」って…。

 

 ――生きてもいるし、死んでもいる…。

 

 そう。誰にも見えない、0と1の羅列になって存在し続けるAI…。結局、ママルは君という観測者によって収束したけれどね。皮肉な話だよ。

 

 ――……いや。“彼女”は10年前に、既に収束している。俺がこの手で収束させた。あのAIは過去の幻想に過ぎない。それよりも俺たちが観測すべきは未来だ。ピースウォーカーのその先を、俺たちは見据える必要がある。

 

 そうだね。……うん、そうだ、スネーク。僕たちは、今を生きているんだから。そのためにも、過去ばかり振り返ってないで、僕たちは力を付けなくちゃいけない。

 

 ――そのことなんだが…、博士。メタルギアへの核搭載…よく協力してくれたな。

 

 今さらどうしたんだ。

 

 ――もちろん、こちらとしては助かるが…いいのか?……―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

1-4 出会いの海岸

 

 

 

 

 海岸に打ち上げられた木箱を目前にして、スネークの脳裏に浮かんだのは眼鏡をかけた仲間の講釈だ。開けてみるまで状態が収束しない、奇妙な猫の話。

 自然と同化したスネークの直感(センス)は、木箱の中に探し求めた猫の存在を捉えている。

 ならば、それが生きているのか、死んでいるのか。結末を収束させるのは、己の手にかかっているのだろうか。

 

 スネークは木箱など貫いて見通さんとばかりに目を見開いて、木箱をゆっくりと持ち上げる。やはり、そこにいたのはスネークの記憶に強烈な印象を残した、ヘルメットとゴーグルを着けた猫だった。

 

「トレニャー!」

 

 ここが危険地帯であるという説明を忘れたわけではなかったが、それでも叫ばずにはいられなかった。こんな大声、野生の恐竜が歩き回る場所で出していいものではない。だがそれほどの声量でも猫に反応は無く、スネークの頭にイヤな想像が浮かんだ。何しろ自分がここに打ち上げられたのは二日も前のことで、助けられた自分とは違いトレニャーはその間もここにいたかもしれないのだ。

 首元の脈を確認しようとしたが、二足歩行の猫――彼らは“アイルー”と呼んでいたか、その種族の動脈の構造など知るはずも無い。首元を探っても脈動があるのか無いのか、それとも場所が外れているのか分からなかったので、スネークはトレニャーの口に耳を近づけた。すると弱々しいものではあるが、か細い呼吸が聞こえてくる。

 まだ息があった。激しく衰弱しているが、それでも生きていた。この狩り場(フィールド)で弱った猫が数日間横たわり続ける事など不可能に思えたが、きっと流れてきた木箱が偶然被さって、カモフラージュになっていたのだろう。

 奇跡としか言いようのない状況に、スネークは安堵のため息を吐いて、しかしトレニャーの容態は良くはない。その身体をそっと抱き上げて、案内役が待つ海岸へと戻っていく。

 

「スネーク、見つかったのね!」

 

 編纂者が笑顔で出迎えて、だがスネークは決して表情を緩めなかった。

 

「呼吸が細い。俺は獣医じゃないから詳しくは分からないが、まずい状態なのは素人目にも明らかだ」

 

「そうね。すぐに戻って、診せたほうが良いわ」

 

 彼女はスネークの言葉に同意して、一同は今下ってきたばかりの坂を見上げる。

 

「気休めだけど、アイルーは華奢に見えて俺たちヒト属よりもずっと頑丈なんだ。すぐ治療すれば、きっと良くなるさ」

 

 切羽詰まった状況で、陽気なハンターはあえて笑顔を浮かべている。心強い表情だった。

 スネークはハンターの励ましに少々眉間のシワを和らげると、帰還の一歩を踏み出して。

 

 その最中だった。

 

 地響きのような、空気を震わす咆哮が響いたのは。

 

「…ッ、ドスジャグラスだ!スネーク、相棒と一緒に逃げてくれ!」

 

 その音を聞くや否や、ハンターは陽気さをかなぐり捨てた険しい表情で怒鳴りつけるように言った。

 彼がそんな様子になるのも頷ける。浜辺の坂を上った、先ほどアプトノスらが徘徊していた場所。そこに、今までの生き物たちとは明らかに大きさの異なる存在がいたのだ。

 

 第一印象は、巨大なライオンだ。鮮やかな黄色の体色と、首周りに生える(たてがみ)がそう思わせる。だが、二目見ればその印象は大きく覆されるだろう。巨大な口が目立つ頭部はどう見ても爬虫類のものであり、鬣もドレッドヘアーを髣髴とさせる異質なもの。体躯は重心の低い低姿勢で、まるで蜥蜴(とかげ)のようだった。しかし、大きさがあまりにも違いすぎる。現存する爬虫類で最大級とされる“イリエワニ”よりも遥かに長い全長を持ち、加えて体高も非常に高く、ワニの平べったさとは似ても似つかない。

 そんな存在が、こちらを視認したか。ずるずると這うような動きで、勢いよく海岸へと突っ込んできたのだ。

 幸いなことに、今は破片手榴弾(グレネード)を所有している。かつてソ連の沼地(ドレムチイ)で行く手を阻んだワニにそうしたように、口に放り込んでみるのも良い手かもしれない。だが今のスネークはトレニャーを抱えており、すばやくバックパックから物を取り出せる状態ではない。どう考えても、巨大トカゲの突進の方が早かった。

 

 万事休す。そう思ったときだ。

 

 ハンターが片手剣を抜刀しながら躍り出て、突進動作中のトカゲの横をすり抜けながら前足を斬り付けた。坂道を下りながら猛スピードで走っていたドスジャグラスは、たまらず転倒して腹を見せる。四肢をばたつかせ口から涎を垂らして悶えていたが、混乱しているのかなかなか立ち上がれない。

 

「こいつの狩猟経験は何度もある!スネーク、構わず行ってくれ!」

 

 一瞬耳を疑いそうになる。あの巨体の化け物を、それなりに幅広とはいえ片手で扱えるような剣と、顔を覆うのがやっとな小盾で狩猟する?まるで映画じゃあないか。

 だが、ハンターの言葉には空元気の虚勢も、死地に向かう悲壮さも、己を奮い立たせる鼓舞すらも感じられない。ただ淡々と事実を述べて、現状の最適な行動を口にした。そうとしか思えない口ぶりだった。

 

「スネークさん、行きましょう!」

 

 編纂者にも急かされて、スネークはドスジャグラスと呼ばれた巨大トカゲを迂回するように坂を上る。その間に脇目に見えるハンターは、ドスジャグラスの巨体から繰り出される噛み付きや突進などをひらりひらりと事も無げに避けながら、回避の合間に着実に攻撃を重ねていた。先ほどケストドン相手に披露した攻撃と同様に、明らかに硬質であろう鱗をやすやすと切り裂いている。それに、ハンターの立ち回りには経験に裏打ちされた確かな構成が見える。狩猟の経験が何度もあるどころか、もはや狩り慣れて久しいのではないだろうか。化け物と対等以上に戦うその姿こそが、スネークには化け物に見えて仕方なかった。

 

 化け物級の狩人(モンスターハンター)の手厚い援護に戦慄を覚えながら、同時にだからこその安心感もある。が、その安心感もそう長くは続かなかった。

 

「――ケストドンッ!」

 

 トレニャーを抱えるスネークの前を走る編纂者が、上ずった声で吐き捨てるように言った。その表情は見えないが、想像はつく。苦虫を噛み潰したような特大の渋面を浮かべているのだろう。

 スネークたちの目の前に現れたのは、先ほども目撃したケストドンという二足歩行の恐竜だ。体格の大きなもの一体と小さなものが二体。海岸にいた個体はハンターが全て狩り尽くしたというのに、どこから出てきたのか。

 

「きっとドスジャグラスから逃げてきて…――ッッ!」

 

 編纂者の言葉は最後まで紡がれることは無かった。編纂者の推測が正しいかは分からないが、とにかくケストドンは気が立っているようだ。体格の大きいケストドンが、頭を下げた姿勢で力強く突進してきたのだ。

 編纂者はたまらず言葉を途中で切ると、横方向にすっ飛ぶように大げさな回避をした。彼女は武器を所有しているようには見えない。ここに来る直前で説明された通り、戦う人間ではないのだろう。何とか不意の攻撃は避けきれたものの、それで危機が去ったわけでもない。特に、編纂者がすれ違うようにケストドンを避けたので、スネークとトレニャーが最も危険な位置関係になってしまった。

 

「スネークさん、逃げて!」

 

 その言葉と同時に、今度はスネークに向かってケストドンが突撃してきた。

 言われずとも、スネークの身体は自然に動く。あの力強い後ろ足が生み出したエネルギーを頭部の分厚い頭殻に乗せた突進攻撃。受け止めるなどという選択肢は端から無い。人間以上の動物が見せる突進は大迫力で、見る者を震え上がらせる。まともに食らえば命の保障すらない。そんな危機感により萎縮した意識は視野狭窄を引き起こし、実際のそれ以上に強大な脅威として映ってしまうだろう。

 だが、スネークはそんな人間の本能を強引にねじ伏せた。音速を超える銃弾に比べれば、こんなもの避けるのは容易い。ケストドンの直線的な動線から、ステップを踏むようにして逃れる。同時にスネークは、回避の動作で坂道の脇にある岩場へと足を踏み入れていた。砂場よりも、岩場のほうが踏ん張りが利く。そうすれば、回避も楽であるし、何よりも反撃の余地が生まれる。

 そう、反撃だ。確かにケストドンの単調な攻撃を避けることは容易い。だが、トレニャーの容態から戦闘を長引かせるわけにはいかない。今はハンターが抑えてくれているが、弾みでドスジャクラスがこちらに来ないとも限らない。かと言って背を見せて逃げ出したとき、あの二脚が人間以上の速度を出して追撃してくる様子は容易に想像できた。

 今は様子を見ている体格の小さい二頭のケストドンを牽制する意味でも、反撃という行動(アクション)は必要だ。スネークは覚悟を決めて、激しく動き回ってもトレニャーを落とさぬよう強く抱きかかえた。

 

 ケストドンが、再びスネークを捉えて突進を始めた。やはりその速度は人間よりも圧倒的に速い。だがスネークは先ほどとは違って、すぐさま回避行動に移ることはない。ケストドンが突っ込むその先に突っ立って、腰を落として待ち構えた。

 編纂者の目からは、その行動はどのように見えただろうか。武器も持たずにモンスターと対峙することが自殺行為にしかならないこの世界(ワールド)では、諦めだと受け取られたかもしれない。

 だが、ケストドンの頭殻がぶつかるというその寸前。スネークは脳を押さえつけるような圧迫感に屈することなく、文字通り紙一重の動作でケストドンすれすれを回避。同時に、踏み出した足をケストドンに向かって打ち出した。狙うのは蹴りではない。いくら腰を低くして待ち構えたとはいえ、限界に近い回避動作からの蹴りなどたかが知れている。相手が恐竜ではなく人間だったとしても、大した効果は期待できない。だから、スネークが狙ったのは()()()()だ。突進動作のとき、ケストドンは前傾姿勢になる。それは一度目の回避で学んでいた。だから、比較的容易にケストドンの小さく頼りない()()を狙えるだろうと、スネークは気づいていた。

 スネークの足は狙い通りにケストドンの前足へと振り下ろされ、そのまま岩場と挟んで縫い付けるように固定した。全速力で駆け抜ける獣に対し、信じられないほど正確な足技だった。だが、常人ならばそんな超絶技巧の踏み付けを成功させても力が足りず、挟んだ前足などすっぽ抜けてしまうだろう。だがハンターほどではないとは言え、スネークもまた常人を超えた存在だった。万力のような力で押し付けられたスネークの足は獲物を逃さない。するとケストドンの突進エネルギー全てが片方の前足へと集中して、ぐらり、と体制を崩す。いや、浮き上がるほどの勢いでケストドンがひっくり返った。前に進む力が一点に縫い付けられて、止まることもできずに暴走したのだ。結果として、スネークの目の前にケストドンの無防備な腹が浮かんでいる。

 

 まさに神業だった。たった数度の観察で敵対者の行動パターンとクセを見抜き、そこから小さな活路を見出してしまう戦闘センス。その小さな活路を無理やりこじ開けて、押し通してしまう身体能力。その身体を正確無比に制御する技術力。綱渡りのような戦いを全速力で駆け抜ける胆力。戦士として完成された存在だからこそ、為せた技だった。

 スネークは低い姿勢を保ったまま、宙にひっくり返るケストドンに向かってこちらから突進してやった。肩を力ませて、最初は添えるようにするりと腹の下へと潜り込み、岩肌を強く蹴飛ばして押しのけるようなタックルを放つ。

 

 自然と、スネークもまた獣のような咆哮を上げていた。

 

 ケストドンは豪快に吹き飛ばされ、坂になる岩場の下に向かって落ちていく。一瞬の静寂を挟んで、その身体がごつごつした岩にわき腹からぶち当たって、静けさを破る悲鳴が響いた。スネークの肩に圧し掛かった重みは相当なもので、ならば落下も痛手だろう。ケストドンはしばらく立ち上がることなく、痛みに声を漏らして悶えていた。

 

「……すごい」

 

 編纂者がぽつりと呟いた。何もかもを忘れて魅入られたというように、静かに短い一言だった。たった一瞬の攻防だったが、それでも我を忘れるほどにスネークの業は鮮やかだった。

 

「引き上げるぞ!」

 

 だが、まだだ。まだ終わっていない。ひとつの危険を遠ざけたものの、苦難は現在進行形でスネークたちの周囲を覆っている。スネークは呆ける編纂者の意識を呼び戻すと、急いで坂を上り始めた。

 残った二頭の体格の小さいケストドンは、体格の大きい固体があしらわれたことを警戒してか、短く咆えてはいるものの一定の距離を保って近づいて来ることは無い。スネークはそちらにしっかりと睨みを利かせて、警戒心を薄めることなく走り抜けた。

 

あいつ(ハンター)はどうする!?」

 

「終わったら戻ってくるはず、先に戻って待っていましょう!」

 

 トレニャーは普通の猫と比べて大柄な身体をしており、それが意識を失っているのだから大型の武器装備を抱えているように重い。だがケストドンとやりあったせいか、スネークの身体は興奮状態(コンバットハイ)にあり、たとえトレニャーを抱えていようとも全力疾走が可能であった。現に隣で編纂者が精一杯走っているというのに、スネークの速度の方が僅かに速いくらいだ。脳内麻薬が分泌されて、疲れ知らずになっているのだろう。筋肉の疲労も体力の消耗もまるで気にならない。

 だがそれでも、両腕に抱える重みだけは、どうしても意識せざるを得なかった。

 

 恵まれた環境(フルトン回収)に慣れすぎたらしい。助けるべき存在を即座に安全な場所へ避難させてやりたいのに、今はそれができない。身を焦がすようなもどかしさが、心を荒らしていた。

 だがそんな心中を吐き出す無線装置もなければ、繋ぐ相手もいない。スネークは自らが身一つ(ネイキッド)新たな(NEW)世界(GAME)に放り出されてしまったことを、改めて思い知らされたのだった。

 

 

 




次回更新も再び不定期です

4月から忙しくなるので、今のうちにできるだけ進めておきたいという気持ちはあるのですが……


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1章 生命の方舟 5


今回、この二次創作で最初にして最後のオリキャラが出てきます

苦手な方がいましたら、ごめんなさい




 

 私が編纂者として新大陸を目指した理由は、“知りたい”というその一言に尽きる。私はただ、知りたかったのだ。真実を求めるその欲求のみが、私の人生の原動力だった。

 

 なぜ、どうして。なんで、あんなに。

 

 溢れ出てくる気持ちは疑問に包まれており、しかし決して未知を探求する前向きなものではなかった。

 私が見ているのは過去だ。私の記憶のずっと奥、ただの村娘であった私から全てを奪った、不思議な不思議なとある事件。……その内容については、あまり多くは語りたくない。だって、そうだろう。誰しも、破壊され尽くした故郷の中で自分の家族や親しい人たちが無残に死んでいく光景など、口にしたくないし思い出したくもない。ただ一つ言えることがあるとすれば、その事件は多くの()()に包まれていた、ということだろうか。家族も、友人も、故郷も。私から全てを奪った“それ”は、前例や目撃情報も、さらには伝説ですら類似するものがないほどに奇妙なものだった。そのせいで一時は作り話を疑われたことだってあるほどに。

 だから、知りたかった。家族も、友人も、故郷も。この命以外の全てを奪っていった“それ”が、一体何だったのか。

 

 事件後に私は、たった数名の生き残りと共に村から一番近い街へと逃げ出した。そうして、寝る間も惜しんで勉学に励んだ。持てる時間は全て使い、生物学や植生学、古代文明学や地理学など、少しでも真相に近づけるならと多くを学んだ。

 だけれども、何年も何年も、ただ無情に時のみが過ぎて行く。そうしているうちに、私は知識を評価されて招き入れられたギルドの中で、将来有望な若手として貴重な情報を多数閲覧できる立場にまで上り詰めてしまっていた。

 なのにその立場で更に数年経とうとも、事件の影すら掴めない。ギルドが人々を危険から遠ざけるための情報規制でもなく、本当に情報が無いようだった。

 

 そんな私にやってきたのが、新大陸で未知を調査する提案だ。藁にもすがる思いで、私はそれを即座に快諾した。桁外れに危険が多いと言われたが、このままだと身体が中から腐っていくような気がして。だったら外からくる危険の方が、幾分かマシに思えたのだ。

 新大陸古龍調査団。その5期団の紋章を背負い、私は編纂者として船に乗り込んだ。やっと、進むことができるかも知れないと。もう何年も忘れていた、僅かばかりの期待感を胸に抱いて。

 

 だがその期待だって私から奪われるものでしかなかったのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

1-5 門

 

 

 

 

 肩に担いだ荷箱の中身がぐらりと揺れて、私は大きくバランスを崩してしまった。だがそれでも倒れることなく、たたらを踏んで堪えてみせる。きっとそれは、ちっぽけで情けない私の意地だ。

 

 私がしているのは、荷運びというあまりにも簡単な雑用だった。新大陸古龍調査団、その拠点である“アステラ”には多くの物資が集積され、日々大量に消費されている。だからこういった雑用は必要不可欠で、暇なハンターや編纂者、もしくは籠りがちな技術者だって、空き時間でこういった雑用を進んで行なっている。いつ誰がやるとか、そんな当番制で決められたものではない。

 だから、きっと私くらいなものだろう。毎日毎日、()()()()()()()()()()人間は。

 

 その理由は私が新大陸にやって来た頃まで遡る。

 意気揚々、とは行かないまでも、それなりのやる気と暗い執念を滾らせて5期団の船に乗り込んだ私を待っていたのは、ゾラ・マグダラオスという名の巨大な古龍による洗礼だった。

 浮き上がる船、ひっくり返される乗員、誰かの絶叫。もはや山としか形容できないゾラ・マグダラオスの巨躯に乗り上げた5期団の船は、いとも容易く揉みくちゃにされてしまう。

 だが奇跡的に死者はおらず、ある程度の負傷者は出たものの私含め全員が新大陸へと到達できていた。

 中には船から落とされても咄嗟の機転で翼竜を使い、“空からやってきた”者たちもいる程だ。5期団の面々は運が良い。誰もがそう形容しただろう。

 

 私と、パートナーになるはずだったハンターを除いて。

 

 この一件は死者こそ出さなかったが、負傷者は出たのだ。傷に大小の差異はあったが、その中でもことさら酷い大怪我を負った者がいる。私ではない。私とコンビを組む予定の、ハンターだった。

 

 新大陸古龍調査団では現在、ハンターと編纂者が二人一組になるバディ制が採用されている。ハンターは狩り場で単独行動するのではなく、現地まで付き従うサポーターが用意されているのだ。従来の狩りと比べると破格の対応にも思えるが、新大陸はそれを必要とする程に苦難の地であった。

 だから私も事前の説明会で相棒となるハンターを紹介されて、しかしその彼は大きな怪我を負ってしまった。なんでも、ひっくり返った船の甲板で振り落とされたアイルーを助け出す際、落下物から身を呈して猫を守ったのだそうだ。ハンター生命に関わるほどの怪我ではないそうだが、少なくともすぐに復帰するのは無理だと医者が言っていた。そんな状態で過酷な新大陸で活動できるはずもなく、ハンターは船旅に耐えられるくらいには回復した後、1期団が何かの準備のために出航させた船に乗って国へと帰還した。向こうの安全な地で療養するらしい。

 

 そうして私は、パートナーのいない編纂者となった。その結果が、今の雑用係という立場である。

 5期団だけでなく、新大陸古龍調査団はその道を極めた選りすぐりたちの集団である。つまり逆に言えば、編纂者として極まった私がそれ以外の部署で活躍することも不可能なのだ。ハンターのような戦闘力はないし、技術者としても無能だ。研究者としての知識にはある程度の自信こそあれど、真実の追求(個人的目標)のために満遍なく学を重ねた私より、分野ごとに特化した学者たちの方がよっぽど有能だった。料理も人並みにしかできない。教えてくれる母はずっと前に目の前で肉塊になった。物資の管理も専門外だ。その道のスペシャリストには遠く及ばない。そんなところに素人がひとり顔を出したところで、中をしっちゃかめっちゃかに荒らして邪魔になるだけなのは目に見えている。

 だから結局、私は狩り場(フィールド)に出ることもなく、だからと言って新大陸の未知に対する未練で帰ることもできず、こうして雑用係として燻っている。

 

 ……自分でも情けないと思っている。パートナーのハンターが動けなくなった時点で、編纂者としての役目は無いも同然だ。私はあの狩人と一緒に船で帰国して、今まで通りギルドの資料と格闘することを選んだ方が合理的だろう。その方が真実の追求だって進むはずだ。少なくとも、雑用で日中を潰すよりは有意義である。

 だと言うのに、私は未だに新大陸にかじりついている。これまで見つからなかった手がかりがこの大陸にあるかもしれないという、漠然かつ希望的観測に基づいた可能性を理由に。

 

 怪我をしたハンターを恨むことはない。真に悔しいのは彼本人なのだから。だと言うのに、「不甲斐ないパートナーですまなかった」と出航の間際に口にした彼を、責めることなんてできなかった。

 

 しかし、子供のアイルーにでもできる仕事で毎日が終わる現状を受け入れることはできない。手にした荷物は重く、しかし私の気分はもっと重く。

 気を抜けば、底抜けにどこまでも沈んでいきそうで。心が落下していくような感覚に、私は荷物を背負ったまま立ち止まってしまった。

 

 そんな私の意識を覚ましたのは、どこからか聞こえてくる喧騒だ。

 別にアステラが騒がしいのは珍しいことではない。日々忙しなく稼働するこの拠点は、さながら一つの街のように目まぐるしく人と物の流れがある。そのせいでたとえ夜であっても、アステラは騒がしさを失わない。

 だがその時聞こえた喧騒は、どこか異質なものに思えた。例えば、自分と同じ5期団であり、その代表として活躍する“空から来たコンビ”が何かしらの発見を持ってきた時のような、精鋭揃いの調査団の面々が浮き足立つ雰囲気。

 その音の方向へと目を向けると、何やら人集りが出来ている。古代樹の森へと繋がる門の辺りで、ざわざわと、どこか緊迫した様子。

 

 また何か起きたのだろうか。5期団代表が持ってくる情報はどれもこれもが緊急性と重要性の高いものばかりで、アステラを右に左にと振り回してばかりだったが、今回もやはりそうなのだろうか。

 しかし、あの“空から来たコンビ”はディアブロスの討伐に出かけたばかりだと聞く。場所こそそう遠くない“大蟻塚の荒地”ではあるが、何分相手はあの角竜だ。古代竜人に認めてもらうとかなんとか、生態系の頂点を狩れとの指示らしいが、そんなすぐに終わるものでもない。むしろ、果たしてあのふたりでも無事に帰ってくることができるのか。そう心配になるほどの相手だ。

 

 では、もしかしてその心配の方が当たってしまったのだろうか。5期団代表が、無地で済まなかった。ならばあの緊迫した様子の集団にも納得がいく。

 背筋が冷えていくような感覚がした。氷のような恐怖に身体が固まってしまう前に、あの喧騒の中へと飛び込んで自分も手助けに入るべきか。そう考えた時、背後に人の気配を感じた。

 

「アリシア君、少しいいか?」

 

 アリシア――私の名前を呼んだのは、浅黒い肌に白髪が映える、老年の男性だった。

 彼は、この新大陸古龍調査団を動かす総司令だ。常に余裕を崩さない聡明な人物で、冷静沈着かつ大胆不敵という新大陸調査のエキスパート。

 そんな人物が、私に対して距離感を計りかねるような口調で話しかけていた。

 

「頼みごとをしたいのだが……聞いてもらえるか」

 

 どこか気遣いの見え隠れする、優しい音色。簡単に言えば、総司令は私を心配しているのだ。

 私が個人的な決意を持って調査団に所属したことを役職上把握している総司令は、そんな私が不運により職務を果たせないでいる現状を憂いている。能力だけでなく人格にも優れた彼は、調査団の拠点に縛り付けられた私を何とかしてやりたいという思いと、限られた人材を的確に無駄なく動かした結果、私に待機命令を下さなければならないという総司令としての責任の間で、大いに頭を悩ませているようだった。

 

 そこでもまた、自己嫌悪だ。私如きの身勝手なわがままのせいで、かくも有能な人材の頭を占拠してしまうなど。

 私程度に頭を悩ませるなら、その労力を他の事に使ってくれた方が調査団全体のためになる。それが分かっていながらも、私は一歩引き下がることを頑なに拒み続けているのだ。

 

 ああ全く、自分が嫌になる。

 

「承知しました。…私程度でお役に立てるなら」

 

 自然と私の声は自嘲の念を含んでいて、静かだが刺々しくなっていた。こんな精神的自傷行為で心を落ち着けようなどと、知らぬ間に私も随分と浅はかな女になったようだ。

 

 なんだか、久々に声を出したような気がする。そういえば、ここ数日誰とも話していなかった。

 

「このアステラの、案内を頼みたい」

 

 総司令は私の自虐的な発言を聞かなかったとでも言うように、自分の用件だけを短く伝えた。

 

「アステラの案内、ですか?」

 

「うむ。先日、ここに漂流者がやって来たのは知っているか?」

 

「ええ。曖昧な噂話程度ですが」

 

「その人物なのだが、文化も技術もまるで違う、かなり遠方の異国の地から流れて来たようでな。帰る目処も方法も分からんとの事だ。そこで」

 

「私たちの生活を少し知ってもらおうと?」

 

 私が口にした言葉に総司令は頷いた。なんでも、しばらくはアステラから船が出港する予定はないのだという。たったひとりの漂着者のためにそれを曲げるわけにもいかず、強制的に漂流者は調査団拠点(ここ)で生活することになってしまう。

 だからその漂流者がしばらく滞在するこのアステラを、案内してやってほしいとの事だった。

 なるほど、私にうってつけだ。なんせ、私はこの広くも狭い拠点の中を毎日ぐるぐると徘徊しているのだ。まさに適任、お似合いだろう。

 そんな皮肉めいた思いが膨れ上がって、すぐに自分を恥じた。総司令はそんな意味を込めてなどいない。被害妄想もいいところだ。彼ほどの人間を悪役に仕立てて痛みのはけ口(スケープゴート)にするなど、あってはならないことだ。

 私は短く目を閉じて邪念を振り払うと、総司令の言葉に頷いた。

 

「かしこまりました。それで、その方はどちらに?」

 

「連れのアイルーが行方知れずだそうでな。目覚めて間もないというのに、捜索に向かってしまった」

 

「……それは、大丈夫なのでしょうか」

 

「行ったのは近場だ。ハンターも同行させているし、それにもう戻って来ている」

 

 総司令は横を向いて顎で示した。その先にあったのは、先ほどの喧騒。よく目を凝らして見れば、集まっている人々は多くが医療系の人員だ。

 ちょうどその時、人集りがぱかりと割れて、数名の人間が忙しなく出てきた。何やら抱えて、素早く治療室のある建物へと向かっていく。

 抱えられていたのはアイルーだ。ぐったりとしていて、遠目に見ても衰弱している。

 

「どうやら見つかったようだな」

 

 総司令はその光景を見てほっとしたような、しかし同時にまだ安心はできないと気を引き締め直したような、複雑な表情を見せていた。

 

「…と、彼がそうだ。行こう」

 

 割れた人集りに、ひとりだけやけに浮いた格好の人間が見えた。身体の曲面に沿って張り付く、黒いひとつなぎの服を纏っている。遠くてよく見えないが、総司令が“彼”と言ったように恐らく男性。総司令はその姿を視認すると、そちらへ向かって歩いて行った。

 私は担いだ荷物をとりあえず地面へ下ろし、その後を追う。なんて事はない、今までやっていた雑用が別の雑用に切り替わるだけだ。そんな、半分ヤケになった気持ちを抱いて。

 

 近づいて見れば、漂流者だという男はやけに強烈な顔立ちをしていた。第一印象は、野に放たれた獣だ。乱雑な髪と豊かな髭。右目を覆う眼帯と残った左目の眼光。深く溝を作る年季の入ったシワは眉間にも頰にも影を落としている。それらの要素によって形成された顔立ちは、野生と表現するに相応しい雄々しいものだった。だがそれでいて、どこか深い悲しみと理知も感じさせる。何故だろう。あの眼帯の奥で、彼が涙を流しているように見えるのだ。そんな複数の面を同時に感じさせるその男は、今まで出会ってきたどんな人間にも例えられない異質さを持っていた。

 そして遠目に見たときにも思ったが、奇抜な格好だ。こんな服装、今まで見たことがない。単純に変な服であったのなら、彼が奇人であるというだけで済んだだろう。だが、その服には激しく身体を動かす際に有用な意匠が多く盛り込まれていて、奇妙に見えつつも洗練されている。見慣れたハンターの防具にある合理性とは別の法則で描かれた合理性が読み取れて、知りもしない文明の存在を意識せざるを得なかった。

 

 総括して言うと、男の存在は()()に包まれていた。

 

 だが、それは私が新大陸(ここ)までやって来て追い求めた未知とは全く異なるもの。期待なんてもちろん抱いていなかったのに、なぜか落胆の感情だけは一人前に湧き上がっていた。

 でも、どうしても思ってしまうのだ。事件の真相にたどり着くヒントが、ふとした拍子に私の前に現れてくれないかと。

 ……いけない、いけない。まただ。災難に遭ったばかりの漂流者に、自分の勝手な都合を押し付けて落胆するなど。今は彼を助けるため、自分の事は置いておくべきだ。

 私はもう慣れ過ぎた諦めの心で胸をいっぱいにして、無理やり頭から自分の目的を追い出した。どうせ、叶わぬ夢なのだから。

 

 だがそんな心境とは裏腹に、停滞していた私の運命は大きく動き出すこととなる。

 この男との出会いが私にとっての()()()であろうとは、この時は微塵も気づいていなかったのだ。

 

 

 

 





オリキャラを出した理由は、「スネークとトレニャー以外の名前付キャラが欲しかった」からです。

名前の無いキャラクターばかりを動かすのは、正直厳しかった


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