拝啓、精霊を救える方へ (ブルーな気持ちのハシビロコウ)
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拝啓、出合いを貴方へ
この世界には、精霊が存在する。
精霊と言っても、小さくて羽のある可愛らしい存在ではなく。
もっと大きく、そして恐ろしく、大陸ひとつを壊すような……そんな存在だ。
「―――ま、俺には関係ないけど」
そんな中で俺――草薙 祐二は一人ごちる。
俺は今、山奥の小さな家に棲んでおり、祖父母と共に小さな畑を耕して生活していた。
とは言っても、この夏休みの約一か月程度なのだが。
視界を緑が覆う、じいちゃんばあちゃんも優しい。まるで自然と一体化してる様な感覚。
―――なんて素晴らしい空間なんだろうか!
世界は平和である。俺は精霊なんてみたことないし、そして今後も見る必要はない。
誰かが奴等を殺そうと言うのであっても、それは俺じゃないのだから。
―――適材適所、という奴である。
誰かがやる。無力な一般人の俺がすることなどないのだから。
「祐くん、畑にいるおじいさんにバケットを届けておくれ。お前の分も入ってるから、一緒に食べてきなさい」
おばあちゃんは物腰柔らかく言って、俺に柔らかい笑顔と共にバケットの入ったカゴを渡した。同時におばあちゃんの石鹸の香りと、焼き立てのバケットの薫りが鼻孔をつく。
思わず腹の虫が鳴り、恥ずかしさついでに苦笑して「わかったよ」と返して家を出た。ちなみに格好は黒いジャージ上下である。
かなりラフな格好だが、別に見られる視線もない。見てくるとしたらそれは、虫か鳥、たまに小動物のどれかだしな。
それに森の奥と言っても、家の周辺は開けた場所で太陽が顔を出している。
学校とは違い捻くれ者と笑う者はいない。ゲームも漫画もついでに彼女もいないが。それもいいかななんて思う十七歳の俺。この社会と離れた感じが、胸を穏やかにさせてくれる。
そもそも俺が捻くれてるんじゃない、世界が複雑で面倒なだけだ。
―――ドォォォン!!!
「っ!?」
急な爆音と地震。木々が揺れ騒ぎ、鳥が一斉に飛び出す。
俺はあまりの揺れに膝をつき、反射的に蹲る。
「……な、なんだぁ!?」
ハッと意識が取り戻し思考を巡らす。
(……地震?まさか、どっちかつったら爆弾でも墜ちたような感じだったぞ!?)
顔をあげ、急に訪れた静寂に反して心臓が全力で波打つ。
「近っ……煙上がってんじゃ――!?」
そして、上がった煙を見て、ある事に気付いてカゴを投げ捨て走り出す。
(マズイマズイ!!あそこは、あの方向は)
「……じいちゃん!!!」
全身から嫌な汗が流れ、俺は全力走りながら森に向かって叫んだ。
煙が上がっているのは。森を抜けた畑の、つまりは俺の祖父がいる方向だったのだ。
◆◇◆
「っ」
森を抜けた俺が見たのは、本来畑があった場所。
巨大なクレーターと化していたそれに、愕然とする。
「―――じいちゃん!」
そしてその端で一人佇む、祖父の後姿を見つけた。
叫び声に近い声量で俺が呼ぶと、じいちゃんはその声に「おぉ」とゆっくりと振り返り、シワだらけの顔で申し訳なさそうに笑った。
「祐か、いやすまんな。畑がなくなってしもうたわ」
「えっ………いや。そんな事よりじいちゃん無事なのか!?」
「無事じゃないのぉ、腹がへったわ」
「―――うん無事だなこれ、俺の心配返せ!」
正直、祖父がかなり図太い事は知っていた。
元軍人だからだろうか。
だが目の前のクレーターを前にして「腹へった」等と言える老人は恐らくこの世界に一人だけだろうと俺は思う。
無事がわかり胸を撫で下ろす、前に目の前のクレーターを指差した。
「………んで、これは?」
「うむ、老眼じゃからよくわからんかったが。お嬢ちゃんがおったな」
「………お嬢ちゃん?」
「そうじゃ。休もうと思って畑から離れて木の影におったら、急に凄い音が聞こえてのぉ、随分でかいと思ったらワシの真後ろじゃったわ。その真ん中にお嬢ちゃんが立っておってな?いやぁ長生きしてみるもんじゃ」
「……そう」
カラカラと笑うが、全く笑えない。
さっぱり状況がわからんけど。ボケた?とは聞きにくい。
なんだそのお嬢さんって、幻覚だろうか?生涯一途は嘘だったのだろうか。
とりあえず祖父の無事に安堵して、手を取り家の方に引っ張る。
「とにかく一旦帰ろう。あの音じゃあ、ばあちゃんも心配してるって」
「そうかのぉ?お祭りかもと笑っていそうじゃが」
「否定できない俺がいる。この二人の精神面は植物の域だったか……あぁ、伝わらないよね、何でもない」
「んー?」
自分で歩き始めたじいちゃんから手を放し、横に並ぶようにして歩く。
するとじいちゃんが首をかしげた。
「そう言えば祐はなぜ来たんじゃ?」
「心配だったからだよ。それに……あっ、昼飯投げちまった」
俺はふと爆発に気をとられて、弁当の存在を忘れていた。
すると、少しじいちゃんの顔が険しくなる。
「いけないな、食べ物は大切にしなさい」
「いや大分叙情酌量の余地あるよね……?無事だったからよかったものの、誰だって弁当よりもじいちゃんを優先するぜ?」
少し強い口調で怒られてしまったが、流石に俺も反論する。
「そうかのぉ」
「うん、だから弁当はどっかやったのは許されると思うんだ」
家族の命と一食を天秤に掛ける方がどうかしているが、話してもきりがない気がするため切り上げた。
(ばあちゃんには、後で謝ろう)
畑と家の間には小さな森がある。俺は緊急事態のために木々を突っ切って来たけれど、本当はちゃんと舗装された道があるのだ。
コンクリートの道路ではないけど。獣道だけど。
獣道は小型車がギリギリ通れるレベル、真っ直ぐ先にしか道がないので迷うことはないが、左右は完全に緑である。
(確か森に入る前に投げたよな……土まみれになってるかもしれないけど、探すか)
―――そんな構造、故にだろうか。
森を抜けて俺が落としたバケット……それを食べている少女の背中が直ぐに見えなかったのは。
「ん~♪少し土の味がしますが、美味しいですぅ」
彼女はそう言って頬に手をやり、声色的に決して怒りではない、むしろ喜んでいるのがわかる。
「……」
―――うむ。
夢オチであれば納得してやらんでもないが。
なんだろう、今日は色々とイベントが多すぎる気がする。
「祐二君って冷静だよね~」と、遠回しに『お前冷めてるよな』なんてクラスメイトから言われた頃が懐かしい。
彼女はほら、あれだ。
ちょっと話題になった山ガール的な、じいちゃんに許可取りに来た的なあれだ。
もしくはアクティブな幽霊的な―――小腹を空かせた幽霊ってなに?斬新。
俺が固まっていると、じいちゃんが目を細めてポツリと言った。
「んん?あんときの嬢ちゃんじゃないかのぉ?」
「えっ」
どうやらボケてはいなかったようだ。
すると、背中を向けていた彼女は俺達の存在に気づいた。
「………ふぇ?」
可愛らしくも間抜けな声と共に、彼女と俺は目が合った。
―――すんげぇ美人だった。
淡い青色の髪を首の中間位で切って揃えているボブカット。
水晶のような髪留めを付け、頭の頂点には触覚のような癖っ毛があり左右に揺れていた。
瞳は髪の色と同じで、陶器のように白いく滑らかな肌には染みひとつない。
出ているところは出ているのだが……モデルもびっくりの容姿であり、そんでアイドルと間違える程に綺麗だ、見惚れてしまうのも無理はない。
……無駄に露出の高い硬そうな
―――さぁて、草薙よ。
どうしようか?この状況。
『クラスの女子?会話くらいならできるよ?』レベルで俺はこのよくわからない状況を乗り越えられるのか?
つーかそもそも夏休みの森で爆発音してクレーター見つけて、そんでコスプレ女に出会う確率ってなに、アインシュンタインもたまげるよ。
―――そして、ゴチャゴチャな俺の頭から出された結果は。
「おいお前、人の昼飯勝手に食うなよな?」
滅茶苦茶勇気だして普通に話しかけてみた。
すると、予想外の反応が来た。
「あら!これは貴殿方の物でしたか?」
「っ………あ、あぁ。変な爆発音が聞こえたから落としてしまったが、俺は俺とじいちゃんの昼飯だ」
それを聞くと、彼女は顎に指を当てて唸る。
「うーん……成程、それは失礼しました~。爆発の犯人も多分私です、よかった。もし粗末に扱う者でしたら殺してましたよ~」
「そ、そうか―――え、殺されてたの?」
「はい。こんな美味しいものに土をつけるなんて億死に値しますよ」
あっぶねぇぇ!!なんかマジっぽい目をするし、背筋が凍ったぞ!?
つか然り気無く桁おかしいし、万死越えるのかよ、俺何回生き返らなきゃなのよそれ。
すると、横のじいちゃんはケラケラ笑った。
「そうかそうか、そんなに美味しそうに食えるんじゃったら美恵も喜ぶだろう」
「じいちゃんのメンタル分けてほしいんだけど……!?ん?というか今、さっきの爆発の犯人つったか?」
「あ、はい。私が起こしました、故意じゃないですけどね」
―――つまりあのクレーターの犯人は彼女と。
目を点にする俺に、彼女は言葉を紡ぐ。
双丘を張り、フフンと鼻を鳴らして。
「これでも私は『精霊』と呼ばれていますので、一応これでも貴殿方人から恐れられているとても強くて―――」
グゥゥゥゥゥゥ
「「………」」
しかし、彼女の演説は彼女の腹部から放たれた音によってかき消されてしまった。
彼女は気まずそうに固まり、俺はそんな彼女に冷たい視線をプレゼントしていると。
「お腹減っているのか?なら、うちで食べていきなさい」
鋼を越えて砕けないダイヤモンドメンタルのじいちゃんが、そう言った。
…………え、マジで?
◆◇◆
テーブルを囲み、カチャカチャと箸を動かす。
「いや~生きてて良かったです!」
「あらあら、そんなに喜んでくれると嬉しいねぇ」
「よくお食べ、美恵さんの料理は美味しいだろう?」
「あらあら、良悟さんがそんな事言ってくれたの何年ぶりかしら」
「ほふ、ほへもほーひいへふ!」
「おいおい。噛んでるときは喋るんじゃねぇよ?」
「ん―――ごめんなさい祐くん、あまりにこの料理が美味しいので」
「うふふ、いい子ねぇ。もう一人孫ができたみたい」
「んぐ……こんなに美味しい料理が毎日食べられるなら私喜んで孫になりますよ!」
「ほほー、ならば布団を用意しなくちゃな」
「部屋はどうしましょうか?」
「祐の部屋でいいんじゃないか?」
「ちょ、じいちゃんやめろよ~」
「ハッハッハッハ!」
「―――じゃねぇだろぉっ!?」
ガシャン!とテーブルを叩く。料理やフォークが一瞬宙を舞った。
「「「?」」」
三人は怪訝な顔で俺を見る。
「え、何?適応できてないの俺だけ!?俺がおかしいの!?なにこのほんわかな空気!つーか誰『祐くん』って!?」
「ダメですよ祐くん。食事中に机を叩いたり、叫んではマナーがなってないです」
彼女は箸で俺を指す。
「やっかましいわ箸で人を指すな!そもそもお前ナチュラルに何でいるの?何で飯食ってんの?何で平然と俺の皿からソーセージ奪ってんの!?」
「そんなに食べたかったんですか?」
「あらあら、祐くんも成長期だものねぇ」
「ハッハッハ。そんなに叫ぶんじゃない、戦争が起こった訳でもあるまいに」
「いや話が本当なら戦争ってか兵器ってか精霊……!!」
「『困っていればお互い様』祐が言っていた事じゃろう」
「そこにTPOがあればね!しかもそれ何年前の話!?」
怒濤のツッコミの疲れで肩で息をしていると、彼女は呆れた口調で言った。
「とにかく、今は食べましょう?そんなに叫んではお腹も空きましたよね?」
「誰のせいだと………わかったよ。いやわからないが、どうにでもなれ」
俺の腹も限界のようだ。俺はなげやりな気持ちで席につき、自称精霊の兵器と食事をとる事にした。
―――どーしてこうなったし。
◆◇◆
一応、この家には俺の部屋と言うことで六畳ほどの空間が与えられていた。
窓を開けたら、森の先にある街の観望を見られるという造りであり、無理言って掃除して小さい頃から使わせてもらってる。
「美味しかったです、ごちそうさまでした~」
「……そりゃ良かったな。礼ならじいちゃんばあちゃんに言ってやってくれ。んで来たるべき場所に帰れ」
そして何故彼女が俺の部屋にいるのか、俺の回転式の椅子でクルクル回っているのか。
そして最低限の電子機器として携帯があるものの『自称精霊が家に住み着きました』なんて通報したいのに出来ないこのジレンマ。
―――祖父母の彼女への扱いもあれば、何よりまだ目の前のコスプレ女が精霊と確定して訳じゃないこともある。
いやでもクレーター見せたら説得力あるな……あ、アイツ椅子に回りすぎて酔ってやがる。
「なぁ、お前って本当に精霊なのか?ただのコスプレ少女とかいうオチじゃなくてか?」
クラクラと体を揺らしながら彼女は答えた。
「ん~………ただのコスプレ少女が爆発とクレーターの側、それもこんな森の奥にいますかね?」
逆に冷静に質問に返された。無駄に正論なのが腹立つ。
「……無いとは断言できないだろ?コスプレを極めるために武者修行的な事をするかもしれない。そのために地主のじいちゃんに許可貰おうとか」
「苦しくないですか?少なくとも私はそんなことしませんよ~それより祐くん、祐くんでいいんですよね?」
「俺の名前、祐二なんだけど」
彼女は素直に驚く。
「そうなんですか?祐と呼ばれているからてっきり祐って名前だと思ってました」
「親しい人にはそう呼ばれるんだよ、まぁ学校にも似た感じで呼んでくる奴が一人いるし」
と返して寝転がる。正直彼女の視線から逃れて話を切り上げたかったのだが。彼女は気にせず話しかける。
「あの二人は、優しい人たちでしたね」
「………そりゃな。俺の自慢の祖父母だ、普通ならお前警察に突き出されてるからな?全国の茶の間に報道されるはめになるからな」
「二人は優しいのがわかりましたが。祐くんはよくわかりません」
彼女は、きっと怪訝な顔で俺をみている事だろう。
「失礼だな。俺より一般的過ぎる人間はこの世界にいないぞ?」
「それ矛盾してませんか?」
「いいんだよ面倒くさい、んで。これからどうするんだ?この家の侵略でもすんの?させねぇけど」
「はい……?」
冗談のつもりだったのだが―――え、何その新鮮な反応。
「お前、なにか目的があるんじゃないのか?」
俺が起き上がって彼女を見ると。彼女は顎に指を置き、唸り。
「ん~……さぁ?知りませんね」
と、言って俺に視線を戻す。
―――俺は呆れた。というか絶句した。
精霊と言うからには、なんかこう……破壊!みたいなイメージがあったのだ。
現に俺の記憶正しければ大陸一つ滅んでるし。
しかし、しかしだ。
目の前にいるコイツは何だ?旨いものを食えば笑い頭頂部の癖っ毛が犬の尻尾のように揺れる、少し(疑問)変というレッテルは付くが、それ以外は普通のコスプレ少女である。
この半日でそれなりにわかった事だ、後所々天然というか抜けている節もあり、クレーターを作り食べ物を粗末にするやつは殺すと。
あれ?やっぱ普通ではないな。うん。
「知らないって……そもそもあのクレーターは何だ?お前が作ったんだろ?何処から来た」
「えぇと。私が気付いた時には、その中心に立っていたんですよ。いい匂いがしたので直ぐにパンに直行しましたが―――何処から、と言われましても~黒い空間?何も感じない空間に放り出されてプカプカ浮いてるような場所です」
「…………へー」
成程、わからん。
黒くてプカプカってなに、宇宙から来たのかな?
「俺はてっきり地球でも滅ぼしに来たと思ってたぞ?」
「そんなことしたら、美味しいものが食べられなくなりますよ。それに」
「それに?」
「―――寂しいじゃないですか?」
苦笑してこちらを向き、彼女は言った。
「………はぁ。寂しい、ねぇ」
やっぱり、わからない。
出会って数時間ほどでわかるわけもないのだが……そもそも精霊と人間の価値観は同じなのだろうか、少なくとも地球を滅ぼせるか否かで彼女が否定しなかったことは放置するが。
―――深く考えるのはやめよう。
なんかそうでもしないと面倒だ、それに『俺はどうこうも出来ない』のだから。
………もう、どっと疲れた。コイツはいるが気にするものか、寝てやる。
すると、ふとあることに気付く。
「あれ……そういやお前、名前は?」
「名前ですか?私の、名前は―――」
突如、家のチャイムが鳴った。
◆◇◆
「すいません……どちら様で?」
「私たちは……役場の者です。失礼ですが、ここの周辺で大きな爆発があったのはご存じですよね?」
「えぇ、勿論」
畑まるごと無くなったし、なんなら元凶イン俺の部屋だし。
「何か不思議な事はありませんでしたか?何か見た、聞いた、等」
随分と雑な聞き方である。女性の視線が鋭いので言わないが。
―――どうやら、彼女を探しているのは間違いないみたいだ。しかも細かくはわからないが多分『その手』の人間なのだろう。人間観察が趣味の人間嘗めるなよ。
これは好機である。好機何だが―――
「何があったんですか?俺はてっきり、戦時中の古い地雷でも作動したのかと思いましたよ」
たまーにあるんです。なんて言って笑う。
事実ここは元々そういう場所であったのだから説得力はあるはずだ。
(ま、地雷は嘘だけど。というか地雷であの規模はどうかしてんだろ……)
しかし、目の前の女性は俺の目を見て少し沈黙し、一礼する。
「そうですか。いえ、何もないのであれば大丈夫です……ちなみにここの近隣にご住まいの方は?」
「こんな山奥、俺達だけですよ」
「そうですか。では失礼します」
「あの、すいません」
「……何ですか?」
「何があったんですか?前に起きた時は、貴女方のような人達は来ませんでしたが」
「それは機密ですので言えません。それでは」
そうサバサバ言って彼女は背中を向けた。
………機密ですので言えませんって、名目は役場なのにストレートな人だな。
◆◇◆
何事も無かったかのように部屋に戻ると、青髪が俺を睨んでいた。
何故だろうか?俺も睨み返せばいいのだろうか。
「何で睨むんですか!?」
「解せねぇ」
………女心って難しい。そう思っていると、彼女は真剣な顔で聞いてきた。
「―――どうして黙ったんですか?」
「ん、何の話だ?」
「誤魔化さないでください。先程の事です」
「役場の人か?それとも俺の嘘の事か?よく聞けば支離滅裂だし、冷静に考えればすぐ嘘だってわかるけどそれが?」
「違います。私が言っているのは、どうして私の事情を話さなかったのかという事ですよ?」
「………下手な事してじいちゃんばあちゃんを人質にされるかもしれないだろ?それに食いしん坊なコスプレイヤー一人を差し出しても………なぁ?ほら理にかなってる」
「ふざけているんですか?」
「別にお前を庇った訳じゃねぇよ……そうだな、俺がお前の思うよりも馬鹿だっただけだ」
言い訳ももうちょっとうまく言えたと思うし。
すると彼女は複雑そうな顔をして、深い嘆息を漏らした。
「………祐くんは、やっぱりよくわかりませんが。悪い人では無いんですね?変な人ですが」
「なに言ってんだ。俺より善良な市民はいないからな?」
「わぁデジャヴです。もうさっきの女狐の事はいいです。先程の続き、話しましょうか?」
「何の話だっけか……ちょっと待てお前女狐つった?」
「私、名前無いんです」
「―――え、無視?無視なの?」
俺の言葉を無視して勝手にシリアスになるとか許せないんだが。
………だがいいだろう?俺は空気が読める男だからな。
「お前馬鹿だし忘れたとかじゃねぇの?」(←読めてない)
「決して忘れた訳ではないですよ……ならいっそ祐くんも祐ちゃんにしますか?」
「どういうこと!?やっぱさっきの人に突き出してやろうか?何その地味な反撃、そんなに傷付いた?」
それにその響きだけだと俺、辛い過去を持つ吸血鬼を狩る悲劇のヒーローになるんだけど。
「っと―――本当に名前がないのか?」
「私というより私達が、ですかね?名付け親がいないから当たり前と言えばそうなんですけど」
「へぇ……精霊はよくわかんねぇな」
「薄いリアクションですね、呼び名すら無いんですよ私は?可哀相じゃないですか!?」
「それを自分で、しかも元気一杯に言うんじゃねぇよ」
「ですから祐くんが名前つけてください!もう私達運命共同体じゃないですか!」
「重いんだけど。数時間ちょいの関係でなにをぬかしてんの?正直に言って俺の中でお前の認識『馬鹿』だからね?」
「むぅ、じゃあ馬鹿なのであの街壊しましょうか?」
「止めろよ?まるで俺が指示したみたいになるだろ」
「もっと無いんですか!?『街の人に手を出すな』的なの!」
「無いな正義感とか………だがわかったよ。名前つければいいんだな?」
「!本当ですか!?」
「あぁ、だがしかし―――」
◆◇◆
「―――第一回!このお馬鹿さんに名前を付けようコンテストォ!!!」
「………ふぇ?」
茶の間に移動し、奴は間抜けな声をあげた。
「俺は名前が悪いだのダサいだの後々後悔するだのとグチグチ言われるのが怖いからな!あえてじいちゃんとばあちゃんと案を集わせ、多数決を採る!そうすれば例えお前が気にくわなくても責任は分散されるからな!」
「―――祐くんってチキンですか?」
「うるさい黙れ!つーわけだじいちゃん、ばあちゃん。コイツの名前を考えてみてくれ!ボルトよりも早く!」
「これはどうじゃ?」
「おおっ、早速か!」
そうしてじいちゃんが鉛筆で紙に書いたものを見せる。つーかノリいいなうちの祖父母!
遠藤
「私嫌ですよこれ!?何か時代の差を感じますぅ!」
「時代の差とかお前マジで精霊?それに中々失礼だからな……というかじいちゃん。こればあちゃんの名前を文字一文字変えただけじゃん!『美』が『三』になっただけじゃん?」
「どうしても美しいと聞くとこの字が浮かんでしまうのでな、ならばと一文字変えてみたぞ」
「!……あらあらまぁまぁおじいさんったら」
「―――いっや然り気無く好感度あげる出汁に使わないでくんない!?」
「そうですよ、嬉しいけどダメですよおじいさん。この子はもっと可愛らしい名前でないと」
「おぉ、おばあちゃんわかってますね!ではお願いします」
「えぇ、えぇわかっていますとも」
遠藤
「じいちゃんの時ツッコマなかったけどそもそも二人は『遠藤』縛りからまず抜けろよどうして不動なの!?」
「幸江……サチエって、やっぱり何故か時間の経過を感じますね」
「あらあらうふふ、そういうと思ってもう一つあるわよ」
遠藤 キラリ
「―――おい急に漢字からちょっと古い感じのカタカナになったぞ。それでも尚抜けない遠藤って何だよ呪われてるのかよ?」
「「孫が一人増えたみたいだから」」
「遠藤ってそういや二人の名字だったね!?母方だから忘れてたわ!」
俺の名字は草薙だけど、母さんの旧姓は遠藤だ。
奴も明らかに不満そうだ。ムスッとしている。
「孫扱いは嬉しいですが……むぅ、それで。祐君はどうなんですか?」
「―――えっ、俺?」
「散々言ったんですから、いい案があるんですよね?」
「うっ、いや。それは……」
俺の書いた名前を見て、祖父母どころか、精霊すらもキョトンと目を丸くした。
え、やらかした?草薙祐二のセンスなかった?
「え、と。何故この名前なんです?」
「………いや、お前のイメージカラーが水色だから、水に関係してて、そんで水でとりあえずそれで浮かんだから」
「そう、ですか」
―――うっっわ、なにこの空気。
え?無難じゃないの?ハッチャケちゃった?もしかして『青龍』とかの方が良かった?
『…………』
何この空気、消えたい。この場から消えて皆の記憶ごと消したい。
「い、いや。気に入らないならそれはそれでリアクションしてもらわないとなんか申し訳な―――」
「何言ってるんです?気に入りました!これからはリズと呼んでください!」
「えっ」
そう言って嬉々として俺が書いた紙を奪う。
「璃水……さぁ祐君、呼んでください!私を、私の名を!さぁ!」
「~~そんな期待された眼差しで見るなっ!」
何かさっきとは別に恥ずかしい。そんな俺に三人は暖かい視線を送った。
◆◇◆
俺は自室の机に向かって、持ってきていた学校の課題に手を付けていた。
色々、本当に色々とあって疲れていたものの。やはり高校生は勉強する身、やはり勉強は一日たりとも欠かせないのだ。
「よし、宿題も一段落っと……そろそろ寝るか」
ペンを置き、一度背伸びをした後にイスを回して、準備していた布団へと振り返る。
「そうですね、お休みなさ~い」
「…………OH」
前方およそ一メートル先。
そう言って俺の布団を被った女がいた。
―――幽霊ですか?
―――いいえ、精霊です。
「そぉい!」
一瞬の間の後。俺の敷き布団を掴み、掛け声と共に思いきり引き抜く。
それはさながらテーブルクロスの様に。まぁ奴は枕と共に明後日の方に行き「へぶっ」と声が聞こえたので、テーブルクロスとしては大がつく失敗だが。
そんな事は気にしない。所詮ものの例えだ。
―――というかよくそんな飛んだね?
「なんでまだいるんだオイ」
布団を持ったまま絶対零度な視線を向けると、彼女は打ったのか頭を擦りながら
「えぇ~だって私宿無しですよ?泊めてください」
「図々しすぎるだろうが。何で泊める雰囲気なってんだよ、その意気ならこの夏場でも生きていけるから出てけ」
「おじいちゃんとおじいちゃんの許可はおりてますよ?『いつまでも泊まってっていいのよ~』って」
「それはあれだ、社交辞令だ。友達とか遊びに来たときに言う決まり台詞だから本気じゃない」
いやあの二人なら割りと本気かも……駄目だ。考えたら駄目だ。
「祐くん、友達とかいたんですか?」
「喧しいわ!数えるくらいにはいるわ!!」
―――いるよな?
「む、祐君大きな声は駄目ですよ。おじいちゃんとおばあちゃんはもう寝ているのですから」
「いやそうだけど!まず全ての根源がどっかにいってくんない!?少なくともこの部屋じゃなくていいだろ」
「そんな……私と一緒は、いやですか?」
上目遣いで、俺の布団を抱きながら言った。
「話を反らすな」
俺への効果はいまひとつだが。
「むー、女の子に冷たい返しです。さては彼女いませんね?」
「何故精霊に恋人事情を語らねばならんのだ。いいから、もうその布団持ってってもいいから、この部屋から出てくれ」
「まさか図星でふっ」
腹が立ったので枕を投げつけた。
「やりましたね!お返しです。それっ」
「おいおい遊ぶなよ、俺はそんなつもりじゃ―――」
彼女が投げた枕が俺の耳元を通り過ぎた。
ブォン!という風を切る音がした時には、既に枕はバァシィン!と壁に当たりポスンと床に落下していた。
「………」
「次行きますよ~」
「―――いや待って、今の絶対枕を投げた音じゃない。枕の出せる音じゃない!こんな所で精霊のスペック出すなよ!?」
「ほらほらまだいきますよ~?」
「いや聞けって……つか何でまだ持ってんだよ!?枕は一つだけだろ!?」
「私の精霊の能力ですよ。物をコピーして造り出せるんです」
「へぇ―――お前今さらっと凄いこと言わなかった?」
「話は後です!一緒に寝るまで枕を止めませんよ!」
「いや、何で!?まっ……あぁぁぁぁ!!!」
その後、同じ部屋で寝ると口に出すまで枕の雨は降り注ぎ、俺は二度とそば殻枕を使わないと決めた。
痛い。
◆◇◆
翌朝。
「昨日は楽しかったですね~?」
「……」
「無視しないでくださいよ?」
おい、今ご飯噛んでるんだから揺らすな。
まぁ無視したいのも事実だけど。
すると、ばあちゃんが向かいのテーブルから俺の顔を覗き込むように見る。
「……それにしても祐君どうしたんだい?その目の下の凄いクマ?」
「………」
俺は依然としてモグモグと顎を動かして「今喋れません」アピールで返す。
結局、昨日の俺は満足な睡眠を取れなかった。
というか異性が部屋で寝ているシチュエーションで寝られるわけがない。そこまでのプレイボーイな経験など無い。
なにも起きなかったことに心配よりもむしろ称賛してほしいんだけど。普通に思春期真っ只中なんだけど。
すると、じいちゃんがばあちゃんの肩に手を置いて追及を止めた。
「ばあさん。それは聞いちゃあいけねぇ...祐も大人の階段を上ったってことさ、静かに見守ってやるのが大人ってもんじゃよ」
―――せめて別の場所にしてほしいものだ。何故俺の目の前で話す。無駄に良い顔で「お前も男だなぁ」とか言わないでくれない?サムズアップしないでくんない?間違ってるから。
どうしよう。どんどん誤解が加速していく。
漸く飲み込み、空いた口で弁明を図る。
「違う、単に枕で殺されかけた挙げ句に脅迫されただけ」
「なにそれ酷くないですか!?」
「なら否定してみろ」
「………」
ちょいとそこの精霊さん。何故明後日の方を向くんだい?
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拝啓、交錯する貴方へ
気のせいか想像より閲覧数が多い。
確認するもののよくわからない。
………(・・;)?
この作品は原作知識がほぼゼロ(アニメのみ)なんで保険かけて細々とやりたいんですがね
出来てます?
唐突だが。
―――人というのは、あまりにもはかれない生物だと思う。
人それぞれの価値観と視点で物事に着目して、それで他人と衝突する。そこで相手の案を飲み込めるかどうかで人間関係は構成されていくわけだ。
だが、たまに。自分のものさしを相手に否応なく押し付ける者もいる、それはなんとかして格好よく言えば『信念がある』『自己表現に長けた』と言えるし、ダサく言えば『頑固で偏屈』『押し付けがましい』とも言える。
ものは見方によるが。それがあまりにも多すぎて、少なくとも俺は、人間というものがあまりにも計りにくく感じる。
「―――散歩にいきましょう!!」
そして、もはや居候と化した。かつて大陸を滅ぼしたと言われる『精霊』の一人が俺の祖父母の家にいる現状は、そんな人間関係以上にわからない。
まぁ、要するにただの俺の現実逃避なんだけどね。
―――既に、精霊が棲みついて何も起こらずに数日が経っていた。
「朝起きた開口一番がそれかよ……?」
「えぇ、えぇ。祐君、わかっていますよ!まずは朝食なんですよね!?」
「いやそれお前の願望。それと、ばあちゃんは今の時間寝てるから飯はまだだぞ」
「そう思って私、ご飯作ってきました」
「何その無駄に早い用意っ……マジでいるんだ。皿の上に地獄創れる奴。なに精霊のスペックこんなところで発揮してんの?」
「何か言いましたか?あぁご心配なく、祐君の分も作りましたよ!速くいただきましょう?」
「……いただくって何、貴方のお命頂戴的な?」
皿の上には、わかりやすく地獄絵図が乗っかっていた。
赤黒く原型のとどめていないモノが、まるでマグマのようで、しかも心なしか『アァァァァ』という声が聞こえる。つーか声だこれ、断末魔的な。
俺がそう言うと、リズは首をかしげた。
「何言ってるんですか?まだ寝ぼけてるんですか?」
「そうだな。これが夢オチであれば泣いて喜ぶ所だが、生憎と朝には強いんだ」
「なら食べましょう!」
「まぁ待てよ。もう正直に話すが俺にはこれが劇物にしか見えないんだ。精霊のお前ならまだしも、食うよりもむしろ喰われると思うんだが」
「なっ……乙女心に傷がつきました」
ヨヨヨ、と口元を手で覆う。
「―――お前の乙女心?俺の命よりは安いな」
「む、そんな男気の無い事ばかり言うから彼女が出来ないんですよ!」
「俺の男気よりもお前の正気を疑うわ……え?何故俺に彼女がいないと思ってるんだ?」
「え、いるんですか!?」
「いないけど」
「……」
何だその可哀想な者を見る目は、失礼な。
―――つーか目の前のセラミックな乙女心よりも俺のガラスハートの方が確実に傷ついてるわ。
俺は大きく嘆息を漏らした。
「……わかったよ食えばいいんだろ。つーかこれおかしいだろ、材料に何入れたんだ?」
「っ……えぇとですね!台所にあったものとりあえずほぼ全部入れました!」
「―――よっしお前先に食え。この兵器に精霊の胃袋が耐えられるか見てみたい」
先端が溶けた鉄のスプーンをそっと横に置いて、俺はおばあちゃんに何て言い訳するか考えることにした。
結局食べたかって?くっっそ不味いならまだしも鉄溶けてんだぞ?食えるか。
◆◇◆
結局、朝食は我らがばあちゃんがやりくりして済まし、現在。
「……んで、誰かさんが使い果たした材料の買い物がてら散歩、というより街に来たわけだが」
「わぁ!人が沢山ですね!」
「はしゃぐな、恥ずかしい」
たかが数日程度の付き合いだが、何となくリズについてはわかった気がする。
―――バカというより見た目の半分くらいの精神年齢だなぁ、と。大分失礼だが概ね間違ってないと思う。
「ま。じいちゃんが車で迎えに来るまで時間もあるし、適当にぶらつくかな」
「散歩ですね!?」
「そうだけどさ。自重しろよ頼むから……おいやめろ、言い出したそばから子供みたいに走り回るな。連れだと思われたくないでしょうが」
早速、心配だ。
そんな俺は半ばリズに引っ張られながら、街一番の大きなデパートに着いた。
「ふぅむ………祐君、これどう思います?」
「―――個人的に
「わかりました!なら着てみますね」
「話聞けよおい。つかやめて、俺を一人にしないで」
俺の制止に構わずリズは試着室に行ってしまった。
俺はそっと一息つき、周囲を見渡す。
「……」
ヒソヒソと話し声が聞こえると、どうしても自分に向けられているのではと錯覚してしまう。
気にしすぎ?そうかもしれないが、女性服売り場に引き摺られた挙げ句残された男の気持ちは計り知れない。まさか自分が体験する事になるとは思ってもなかった。
視線を向ければ女性服、奥を見れば下着コーナー、当たり前だが周囲には女性しかいない。
―――あ、いや一人男性がいた。鼻息を荒くして下着売り場に向かっている。
見なかったことにしよう。あれはネットで買い物を出来る今の時代では見れないレアな光景だが忘れよう。
一通り見た俺はこの状況に一言呟いた。
「やっぱ帰りたい………」
俺はコンビニで買ったガムをポケットから取り出して、銀紙を剥がし噛むことにした。気を紛らわしたいが為に。
ちなみにボトル型に入っているコンパクトな厚い長方形のではない。板ガムというのだろうか?それが好きである。何か最初に噛んだ噛みごたえが好きなのだ。
そうやって現実逃避しながら、この空間から自分の存在を希釈していると。
「―――あれ、ユー君?」
背後からリズじゃない、だが聞きなれた呼び名と声が聞こえた。
「っ」
振り替えると、長い栗色のポニーテールが先に目についた。
次に顔、白いインナーに茶色のカーディガン。そして青い丈の短いスカートと、恐らくオシャレなのであろう格好が目につく。
俺は彼女の名前を呼んだ。
「……神谷?」
神谷 恵―――彼女は俺の同級生であり、学校の準アイドル的存在である。何故準なのかというと、顔立ちというより、多分『どっち付かず』な俺と話しているのが原因だが。
クラスメイトに極端に好感度を気にする奴がいるので、色々裏で言っているとはよく聞く、そして俺は『なにそれ、女怖い』と毎日怯えているわけだが。
俺が名字を呼ぶと、彼女は笑った。どこか寂しそうな笑みで。
「も~恵って名前で呼んでって言ってるのに。それにしてもユー君こんなところにいるなんて奇遇だね―――とうとうムッツリから欲望を抑えきれなくなったの?」
そして、ニタニタとした意地悪な笑いに変わった。
「出会って秒でぶっ飛ばしてきたな神谷……確かに俺が女性服エリアにいるのは不自然だが。お前の中に俺が女の連れと来たという発想はないのか?」
「えっ………ユー君に、連れ?しかも女性!?」
目を丸くするとはこう言うことか。俺は目の前で驚く神谷を見て納得した。
――― というか。
「流石に間が長すぎると思うんだけど、え。そんなに俺って愛想ない?」
「……いつも『人の笑顔はマニュアルだ』って言ってるよね?」
「いつもじゃない。三日に一回くらいの話だよ」
いや、案外『どっち付かず』というよりも単に『捻くれている』だけか。自覚しても直さないけど。
「十分すぎるよねそれ……!それにしても、へぇ~ユー君に女かぁ」
神谷は遠い目をした。俺は女のネットワークはWIFIを優に越えると聞いているので、先に釘をさしておく。
「勘違いするなよ。あくまで連れだ」
「あくまでも連れと女性服の売り場まで来るかな?」
「それはあれだ。アイツのアスリート顔負けの、逆らうことのできない腕力によって引き摺られっ―――」
「ええっ!?」
急に背後、試着室からハンガーが放たれて俺の後頭部に当たった。
というか、うなじの辺りに軽く刺さった。
「―――このようにハンガーを投げつけてくる女を、それでも神谷さんは彼女と呼ぶのかね?」
「え、いや……それよりも私としては頭から流れてる血の方が気になるんだけど」
何?血が流れているだと!?
「っマズイ!神谷ハンカチ持ってないか!?服にかかったら弁償になる!」
「そこ!?ていうか私のハンカチが血だらけになるのはいいの!?」
「ぶっちゃけて神谷のならいいと思ってる」
「酷くないかな……!?まぁ、洗わないからいいけど」
そう言いながらも渡してくる彼女は、良い人なのだろう。
―――いや待って、この子『洗わないから』とか言った?もしや人食べてたりする?血の付いたハンカチ鼻に押し付けてトレビアン!とか言ったりするタイプ?
「手当てするから、じっとしててね」
冗談はさておき、そう言った彼女の手際が妙に良い。
何故か神谷が持っている包帯を、姿勢を低くした状態で巻かれながら、そんな事を思った。
「マネージャー歴でもあったのか?」
「ううん無いよ、どうして?」
「やけに上手いなと思うからさ、血とか見ても全く動じないし」
「―――っ」
すると、一瞬だけ神谷の手の動きが止まった。
俺は眉をひそめる。
「神谷?」
「………それにしても、どうしてまたユー君が街にいるの?確か山の中にあるお祖父さんの家に泊まってるんじゃなかったの?」
すると、半ば強引に話題を変えられた。
踏み込まれたくない事情のようである、ならばこちらも噛み付くよりも乗っかろう。それが礼儀だと俺は思ってる。
「神谷の言うとおりだよ。でも朝作られた皿の上が地獄絵図になった挙げ句冷蔵庫が空になったからその犯人と一緒に街まで買い出しに来たんだ」
「―――成程、ごめんさっぱりわからないかな?」
でしょうね。意地悪してしまった。
「まあ。まとめると買い物ついでの散歩だな」
「へぇ、それで?連れの人って誰なの?……あ!やっぱり彼じ」
「―――従姉ですね」
「そうなの?ユー君に従姉がいるなんて聞いたことな」
「従姉です」
「でも」
「従姉です」
「………うんわかったよ。従姉さんなんだね」
「理解してくれて何よりだ」
「ねぇねぇ、その人って歳上なの?」
妙に噛み付いてくる。まだ甘噛み程度だが、なんか力が強くなっている気がした。
―――というか迫力がある。これが異性関係を探る女子か。
「それは見た目か?精神年齢なら小学せっ……お前このやろういい加減にしろよ!?痛いんだぞ普通に!」
『……』
二つ目のハンガーが飛ばされた。今回はそれなりに加減されていたのか刺さらずにぶつかった頭から跳躍して明後日の方向に飛んでいった。
苛立ちを隠せずに叫ぶと、返ってきたのは沈黙だった。
神谷は苦笑する。
「ありゃりゃ、どうやら邪魔してたみたいだから。ここで私はお暇しようかな」
「そうか?じゃあな」
「うん、またねユー君!」
神谷は手を振って消えていった。
そして、入れ違いの形でリズが出てきた。
何というか、なんとも言えない形相で。
「……おい、何だその目は?」
「あの人と随分と仲良いんですね?ユー君なんて呼ばれちゃって」
「まぁ、俺の数少ない友人だからな……というか服は?着替えなかったのか」
「フン!どうせ買わなくても想像すれば着れますから大丈夫ですよ。それに……どうせ私は人一人引き摺る事なんて朝飯前なゴリラですよ~だ」
腕を組んで、そっぽを向かれた。
想像すれば着れるって何?ならここに来なくて写真でよくない?
まぁ怒りを加速させても無意味だから言わないけど。
「あれか?仕方ないだろ、精霊だなんて言えないんだから」
「それでもあの言い方は悪いです。とても、えぇとても。従姉というのはギリギリ許してあげますが、お姉ちゃんは無しですか?」
「何に怒ってるんだよ…………あ、時間としては早いけど昼飯にでも行くか?」
「―――行きましょう!!パンフレットで行きたい場所は全てメモしてありますから!」
「おい食いしん坊。さっきまでの怒りはどこ行ったんだよ……まて全部?何軒回るつもりだお前!?」
ちょろい、ちょろすぎる。
何かマニュアルみたいなの作れそう。
◆◇◆
既に夕焼け、俺とリズは公園のベンチに腰掛けていた。
「いや~しかし遊びましたね!」
「………そだね」
嬉々として話しかけてくるリズに、俺は力なく答えた。
「あれ、祐君どうしました?」
「疲れたんだよ……お前、スタミナありすぎだろ?」
「祐君が無いんですよ」
「インドア派なのは否定しないけど、いやほぼ一日遊び回るのは絶対におかしい」
むしろ俺以外の奴なら倒れてるんじゃないか?遊び回れるのが普通なの?非リアの俺がおかしいの?
「人のわりに遊技場にも詳しくないですし。さては祐君、人生を謳歌してませんね?」
「うるせっ、俺には俺の楽しみがあるんだよ………ってか知ってるか?ビリヤードって玉を人に当てるゲームじゃ無いんだぞ?」
被害者は誰か、言わずもがな。
「なっ。それは謝ったじゃないですか……!まぁその後も色々壊したんですが、まぁ脆くて壊れる方が悪いのです!」
「お前は加減と自重を覚えろ!途中店員さん涙目だったからな?」
ちなみに俺は影で泣いた。
折角ばあちゃんから『余ったらお小遣いにあげるわぁ』なんて言われて渡された金額に驚き、ホクホクしてたのに。殆どプラスマイナスがゼロになってしまった。
―――もしやマイナスにならなかったのは見越してだったのだろうか。
だったらばあちゃんが何者なのだろう。
そんな事を思いながらふと時計を見て、俺は立ち上がった。
「そろそろ迎えの時間になるな。ほら帰るぞ」
「っ……はい!」
そう言ってリズは立ち上がり無理矢理俺の手を交わらせ、そして引っ張る。
―――握る手はそこまで強くないが、放してくれそうにもない。
「っ何だよ?」
「なんでもないですよ~」
鼻歌混じりな彼女は、きっと何かがあったんだろう。終始俺の目が間違ってなければ、楽しそうだったし。
……まぁ、俺も少しは楽しかったかな。
夕焼けに反射し、揺れる淡く青い髪は、不思議とよく映えていた。
「今日の出来事はデートと言うのでしょう?店員さんから聞きましたよ~?こんな美少女とデートなんて祐君も幸せですね!」
「………お前みたいな台無し系女子と一緒にいる俺の気持ちを察しろ」
「酷い!?」
幻覚だな、うん。
「……ユー君」
◆◇◆
夜、寝静まった森の中を俺は一人で歩く。夜の森の中といっても。懐中電灯もあってぼんやりと道が見えるので迷うことはなく、熊もいないので襲われる心配もない。
耳に届くのは虫の音色のみ、とても静かな空間だ。
いつも通り、静かなのだが。
「毎年より無駄に静かに感じる……」
ボソリと呟く。急にうるさくなったせいだろう。主に原因は今俺の部屋でスゥスゥと寝ている奴なのだが。
「そういやアイツ、いつまで居座る気なんだ?」
まさかずっとは無いだろう。じいちゃんばあちゃんは全然オーケーだろうが俺だって男だ、ずっと異性が部屋にいられては精神的に辛いものがある。
何故か部屋の外に逃がしてくれないし。健全な男子なのに。それに精霊には帰る場所はないのだろうか。黒い空間にーとか言ってたと思うが。
少なくとも、明日突然消えるなんてことはないだろう。
―――よし、明日の俺に任せよう。
思考を切る。
景色を楽しむこの場所では、考える事は邪魔だからな。
ようやく、開けた場所に出る。
綺麗なんだよなぁ……この景色。
―――頭上に広がるのは満天の星空。
月と星々が暗い世界を柔らかく照らし、そして視線を下げれば木々の間がら、色とりどりの街の灯りが映る。
そして、耳を澄ませば虫達が音楽を奏でる。
小さい頃にじいちゃんが手を引いて見せてくれた、この景色。
感動した俺はそれから毎年の夏休み、一人でここに来る。じいちゃんばあちゃんも特に危険は無いので黙認していて、なんならたまに月見でもしてこいと称して餅を作ってくれた。
一緒に見るのは後でいい。俺はこの景色を、一人で見たいのだ。
悩みが全部吹き飛ぶような感覚。じんわりと胸が暑くなり、子供の頃に持っていたワクワクがこの時だけは少し帰ってくる。
一人で見たい、か。でも祖父母以外の誰かといればどんな感情なのだろうか。
例えば、あり得ないが……
「ユー君」
しかし、そんな俺の感動は背後から声に消された。
聞き覚えのある声、振り向くと、栗色のポニーテールが映った。
「っ―――神谷?」
俺は自然と彼女の名を呼んだ。
彼女はどこか仮面を被ったようで、むりやり感情を押し殺している様に見える。
………この時、俺はどんな表情をしていただろう。
何故ここにいるのかという驚きだろうか、景色を邪魔された怒りだろうか。それとも見たことない彼女の表情の理由や状況がついていけずに呆気に取られていたのだろうか。
俺の表情はわからないが、彼女はやはりどこかやるせない表情だった。
悲しそうな、今にも泣きそうでその気持ちを抑える、そんな表情。
それでも彼女は、そっと笑った。
「……素敵で綺麗な景色だね。隣座って良い?」
「っあ、あぁ」
「うん、ありがとう」
そう言って俺のすぐ隣で三角座りをして草に臀部を乗せる。
何故だろうか。
―――とても、居心地が悪かった。
「な、なぁ神谷」
「ユー君、従姉から離れて」
「っ」
彼女の方に視線を向けると、彼女は真顔で俺の目を見ながら言った。
「ごめんね?いきなりで、何言ってるかわからないと思う。でも聞いてほしいの、お願い」
「……」
沈黙を了解と取ったのか、彼女は言葉を紡ぐ。
「……精霊って、知ってるよね?私達の世界に突然現れて、たくさんの無実の人の命を奪った存在・・・人類の敵」
「……それで?」
「ユー君と会ってから、ゴメンね。実は監視してたの――内緒にしなくちゃいけないんだけど、私ってそういう機関に所属しててさ。変な質問だけど、ユー君の従姉さんって、本当に従姉なの?」
ここで彼女の瞳は少し揺らいでいた。
彼女はまさか、俺の家系図全部調べて従姉なんていないことを調べたのだろうか。ストーキング機関とやらは大分幅が広いらしい。
少なくとも俺が意図的にリズの事に関して嘘をいっていることには、多分気づいている。それは付き合いから彼女は妙な場面で変に鋭いからだ。
会話の流れ的にもリズが精霊だと、見当もつけているのかもしれない。
そして、その機関は『精霊を殺すか無力化』する事が仕事だと考えるのも、妥当かもしれない。少なくとも、その戦力は持っていると。
俺は少し間を置いて、答えた。
「……そうだな、それは間違いだったな」
「!っなら―――」
「従姉というより、出来の悪い姉だ」
一瞬だけ、喜びに満ちた顔が一転。
「えっ……ユー、君?」
崖から突き放されたような、そんな顔になった。
罪悪感に苛まれる。だが、俺は続けた。
「馬鹿で世間知らずで、その割りに変にお節介で。体力あるがままに俺を振り回す……そんな奴だよ」
「!ちょ、ちょっと待ってよユー君―――本気なの?」
「あぁ、俺は正直に生きてるつもりだよ」
「あの人は………精霊、なんだよ?本当は、わかってるんでしょう?」
「知らないな」
「嘘……嘘でしょ?」
―――神谷は、受け入れたくないとばかりに小さく頭を振った。
「ねぇ…………ユー君。私と初めて会ったこと、覚えてる?」
「急そりゃあ、学校だろ?本読んでたら何を読んでいるのかと神谷が聞いてきて、それから友人になったんだ」
「うん。良かった、覚えてるんだね」
「俺の数少ない交流だからな。急にそれがどうかしたか?」
「ううん。何でもないよ……ユー君はお姉さんが好き?」
「唐突だな、別に普通だよ」
その普通を俺は知らんけど。
「うん、うん。そっ、か……じゃあまたね、ユー君……ごめんね」
そのごめんは、どっちの意味なんだろうか。彼女はゆっくりと立ち上がって、来た方向に消えていった。
俺の一人の時間を邪魔した事なのか?それとも―――
心地よい静寂は、もうそこには無かった。
◆◇◆
帰ってきて家の布団に入ると、背後から声が聞こえた。
「遅かったんですね」
「……まーな、ていうか起きてたのか?」
おかしい。おかしいと言うのは短い期間にこの状況に適応した俺でもあり。そして、全くそっちの事にに意識が向かない俺でもある。
「寝付けなくて、ほら。私って祐君と一緒じゃないと寝れないじゃないですか」
「聞いたことねぇよ。お気に入りの抱き枕か」
「そう言っても、今は同じ布団の中ですがね」
「うるせぇ……っていうか今更だが、お前いつ寝巻きに着替えたんだ?そのパジャマも造ったとか?」
「そうですね。これはあの鎧を変えたと思ってくれればいいですよ……服売り場でも言いましたよ?ちなみにデザインは祐君が持っていた『ドキドキ!パジャマ女子』から抜粋しました。パジャマ系女子が好きなんですね?」
「―――待って思わぬところで俺の性癖暴露しないでくんない?いや通りで見覚えあると思ったよ」
いいじゃんか。パジャマ女子。
何か少し警戒心が抜けてるというか、気楽そうというか、ホワワンとした感じが。
クスクスと笑っていた背後から、声が紡がれる。
「ねぇ、祐君」
「何だよ?」
「―――精霊は、怖いですか?」
「!」
先程とは違う。低いトーンで言った。
「起きたら祐君がいなかったので、申し訳ないんですけど起こしておじいちゃんから、あの場所を聞きました」
「じゃあ、あそこにいたんだな……それで、どこまで聞いたんだ?」
「私が精霊だと、彼女にばれた所でしょうか」
「そうか。俺の友人はどことも知れない機関の者らしいぞ、エージェントだったらまるで映画みたいだよな」
だったら俺は巻き込まれヒロインかな。
―――あれ?性別というか色々逆じゃね?
「そう、ですか。ならきっと、本部の人達が明日にでも来るかもしれませんね」
「かもな」
「彼女達にとっては。私はやはり化け物なんでしょうね」
「……」
「街の皆が私の正体を知ったら、怖がるんでしょうね」
「―――人っていうのは、自分が許容できないものを怖がる生き物だからな」
「そう、ですよね」
「それにな。俺も皆も、きっと普通が大好きなんだよ」
「……?」
「勝手なんだ。普通じゃない事を望んでおいて、いざ普通じゃなくなったら『やっぱり日常がいい』って思うんだ。無くなってからじゃないと大事な物に気付けないんだってよ?人っていうのはきっと、そういう生き物なんだ」
「……」
「俺はごく普通の一般人で、五体満足に生まれて、健康のまま生きて、毎日三食食えて、寝る空間があって、帰る場所があって、十分すぎる幸せを感じてればそれでいいと思うんだよ……だからそれを壊されるのは、やっぱ嫌いだ」
「っでは、私は嫌われてるんですね。祐、君の日常を。壊してしまいましたから………!」
震えているのがわかる。きっと慰めるべきなんだろう。
―――しかしそんな器用な真似は出来ない。俺は嘘はいうのもいわれるのも嫌いだ。だから正直に言おう。
「バカ、嘗めるなよ」
「へ?」
「周りは知らんけど―――俺の日常はそう簡単には揺らがねぇよ?例え畑が爆発しても、見知らぬコスプレだと思った女が勝手に家に上がり込んで仲良く飯食った挙げ句俺のすぐ背中で寝ようと、明日になって笑っていられればそれは『日常』だ」
一息置き、言葉を紡ぐ。
「―――明日の俺が笑える限り、俺はお前が怖くない」
「っ……変な人ですね、祐君は」
「それ、お前にだけは言われたくなかったよ」
ふと、背中と腹に違和感を感じる。
横腹から腕を通されて、抱きつかれているのだ。なんというか柔らかい感触が、背中を通して伝わってくる。
―――待て落ち着け大丈夫だ問題ないぞやればできるぞ俺。
何をやるんだ?ヤルノカ?ヤレネェナ。いやとにかく色々不足している俺にはこれは刺激が強すぎる!
すると。大分近い、背中の方から声が聞こえた。
「……少し、私の話をさせてください」
「っ?」
「私はこの世界に生まれてきて、多分そう時間は掛かってないんです。他の記憶もありませんし、何故か能力とか力とか、そういうのは頭に残っているのですが、他はさっぱりなんです」
「……」
「そんな中で生まれて。最初はおじいちゃんを見ましたが、今の私では考えられないくらいまるで興味がありませんでした……変に騒いだりするなら、いっそ。と思うくらい」
「っ」
「そんな中、ふと美味しそうな匂いがして向かってみたらパンがありました。土が付いていましたが美味しくて、そしてそこで―――祐君と出会いました」
「最初は、その。殺そうかなぁと考えていました。敵対するなら、こんなに美味しいものを捨てるようなら……その、殺してやると」
大分、辛そうな口調で。
「でも話を聞いてその気も失せて、まだお腹が空いていたらおじいちゃんが私にご飯を食べないかと言ってくれたんですよね」
「……」
「驚きました。てっきり私は、拒絶されると思いました……それに同時に不思議な感じでした。この人達は、バカなんじゃないかなって」
「ひどい、言われようだな?」
「でも祐君も同じ気持ちだったのでしょう?見知らぬ奴でしかも奇抜な格好をしてる私を家に入れるなんて、おかしいって私でもわかりますよ?」
「……」
痛いところ突いてくるな、コイツ。
「先程現れた彼女は、きっと沢山の仲間がいるでしょう。それも精霊に対応できる武装をした仲間が。きっと私を殺すために。そして、それが『普通』なんでしょうね?」
「……」
「精霊は現れるだけで害悪となる。人々の恐れを買ってしまいます。今はゼロでも、もし……もしもあの時畑の中にまだおじいちゃんがいれば―――」
彼女の体が小さく震えたのが伝わった。
俺だってあの時、その事を危惧して走ったのだ、無駄かもしれないとわかっていても、大切な人が死なないために。
杞憂で済んだから良かったものの、もしも時があったら―――
「そうだな、そうなっていれば。俺は死んでもお前を許さなかったよ」
「っ」
さらに震えた、先程よりも大きい。
「本当に、隠さないんですね……わざとですか?」
「この数日間で学んだろ?それに。隠さなくてもわかる事だ」
「………ごめんなさい」
その言葉の後に、背中を小さく引っ張られて、胸の反対側辺りに、リズが顔を埋めたのがわかった。
何故だろうか。やはり俺という健全な男にはたまらないシチュエーションの筈なのだが、一応それなりには健全な筈なのだが。
―――どうして、胸は高鳴らずに靄がかるのだろう。
目の前にいる彼女は、人類の敵と言っても過言ではないのだろう。事実力があって、無意識にでも破壊してしまう。
しかし。どうしても俺には、目の前の彼女が『得てしまった何かを逃さまいと必死になっている少女』のように見える。そうとしか見れない。
精霊として、恐らく彼女は『普通』じゃない。いや普通じゃなくなってしまったのかもしれない。
いやそもそも、精霊自身は、リズの様に人のような人格があって。性格も十人十色なのかもしれない。
それはきっと、ナイフをもって産まれた子供のようだ。
無垢の白さゆえに、扱いは知らないがが周囲はそれを異常として、危険ゆえに、それを消そうとする。
性悪説とか性善説とかじゃなく、そのナイフを持つことが彼らの理解を越えて、危険なのだから。
「お前は、どうなんだ?」
気付けば、俺は口を開いていた。
リズが、顔をあげる。
「?……どういう、ことですか」
「お前にとって、人間って何だ?」
「っ」
その言葉に、さらに強く抱きつかれた。
うん、柔らかいけど流石にちょっと痛い。シリアスな空気だから言わないけど。
「……わかりません。最初は、やっぱり興味もありませんでした。敵対するなら、それ相応の対処だってする気、程度です」
「それで、今は?」
「今は。祐君達と会ってから……興味を持って、そして。名前を貰いました……楽しかったです。少しだけなのに、まるで昔から一緒だったみたいでっ」
彼女が顔を上げ、俺の背中を濡らしながら、訴えるように叫ぶ。
「私がおかしいんでしょうか?生まれたばかりだから?自意識を持ったばかりだから?胸に沸き上がるこの感情は変なんでしょうか?」
「おかしいかどうかは二の次だ……俺が聞きたいのは、お前がどうしたいんだ?」
「―――一緒にいたいです。もっと三人の事を、祐君の事を知りたいです!」
そして、噛み締めるように。
「―――居なくなりたくないです………っ!」
「……ハハ」
俺は、内心で良しと言っている自分に苦笑した。
「そこまで言えたなら上等だよな。やるべきことは一つだ」
「ぇ……?」
俺は無理矢理リズから離れ上体を起こして立ち上り、徐に着替え始めた。視線が痛いので上だけだけど。
「祐、君?何ですかその体―――?」
「ん、コイツ?じいちゃんにボコボコにされた体だよ。竹刀持つと人変わるんだよなぁじいちゃん」
「?、?」
あ、そうだ。
俺はドアに向けて声をあげる。
「じいちゃん!ばあちゃん!今のリズの言葉聞いたろ?」
すると、ドアがキィと空いた。
「え!?」
「……ホッホッホ、ばれておったか。しかし若いってのはいいのぉ」
「そうですねぇじいさん。でも私達の可愛いリズちゃんを奪おうとするなんて……お仕置きが必要ねぇ」
「まぁ平然と聞き耳たてる二人も大概だけどね?さて、お客様のために準備しようぜ?いつ来るか知らんけど」
「籠城かのぉ。久し振りじゃ、若い頃を思いだすわい」
「なら私は夜食でも作ろうかねぇ、応援するよ」
じいちゃんは不敵に笑い、ばあちゃんは階段を降りていった。
おいてけぼりになり目を点にしていたリズが、俺に向く。
「え、えっと?祐君、何して―――」
「ん?あぁじいちゃんは元軍人でな、俺がガキの頃はよく絞られたし、なんかその頃の癖で色々持ってるし、色々出来るんだよ……いやぁマジで平和って素晴らしいよな」
たまにじいちゃんの語る話の内容はあまりにも重く、そして俺の考えの指標になる。
「い、色々?平和?そうではなくて、何をしようとしてるんですか!?」
「―――徹底抗戦」
「は?」
「お前の本心も聞いたし。やれるだけは、な?」
俺はじいちゃんと似た笑みを浮かべた。
我が儘通して何が悪い?自分の望むままに生きて何が悪い?
例えそれが世界を滅ぼす精霊だろうと。
もう、リズは俺にとって赤の他人じゃないんだ。
世界戦争なら他所でやれ、崩壊も勝手にしてれば良い。
――だがそれらで俺の日常を壊すもの。お前だけは駄目だ。
俺は生憎と未熟だから、自分のことしか守れない。
兵と親元を離れ駆り出され、国のために命を投げた兵士たちを、俺は到底真似できやしない。
だからと言って、はいそうですかと日常を割り切る訳もない。
「軍だか秘密組織だかしらんが付き合ってやるよ、最後まで。先に折れた方が負けさ」
俺は黒い薄めのジャンバーを着て、言った。
「―――さてと。ちっぽけな俺達の
あ、ダメだ。空気に乗せられて調子乗ったけどメッチャはずい。
◆◇◆
ほぼ、同時刻。
『……神谷か?例の件について何かわかったのか?』
「はい。新たな精霊の正体と、隠れ蓑にしている場所を突き止めました」
『そうか。よくやった、大雑把に教えてくれ』
「はい、精霊の髪は青く短髪……そして『記憶の操作や洗脳の類い』が出来るものと思います。現在隠れ蓑にしているのは、山奥にある家の老夫婦で、そこには今夏休みということで高校生一人が同居していてます」
『洗脳だと………?すぐに支部に戻り情報の明細を共有しろ……場合によっては今夜すぐに出る。精霊がその家族を襲う可能性は?』
「……かなり低いかと、推測します」
『なら出は明日の明朝だ。十分に準備させてから精霊を排除する、洗脳されていると思われるその一般人三人は拘束させる。何するかわかったもんじゃないからな』
「はい、わかりました」
『ではお前も休め。後は監視班に任せる』
「で、ですがっ」
『ただでさえ戦力のお前が監視に着いたことを容認してやってるんだ。こちらの言うことも聞け』
「……はい」
『しかし、高校生のお前が夏休みを謳歌しないとはな。精霊にそこまでの恨みがあったのか?まぁいい。連絡は以上だ、切るぞ』
「はい、失礼します」
「……ごめんなさい」
神谷恵は、一人そう溢した。
―――それは、誰に言ったものなのか。
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拝啓、精霊を救える方へ
朝になり、昼が過ぎ夕方となっていた。
各々が決意と共に準備をしている中。
神谷 恵の電話の主である彼女。
ーーーーーあの日を思い返せば、彼の顔は何か隠している様子はあった。しかしそれはあまりに自然で、精霊が現れて数時間前の出来事を隠すにしては、大きな矛盾があった。
大きな爆発に平然としている少年・・・仮に相当気が据わっていたか、愚鈍だったとしてもあの落ち着きは違和感があった。匿っているにしても、演技力は抜きん出てる。
何故匿うのか、それが引っ掛かっていたのだが、神谷恵の説明によって彼女は納得・・・することなかった。
(あの時、既に彼等は洗脳を受けていたわけか・・・?現状での確定事項は見た目のみ。能力や霊装は・・・神谷の話だけで断定するのには材料が足りない。仮に洗脳だとしたら既に現れて十数日、反応を消す事が可能で潜伏できる力があるなら、既に洗脳が街に行き渡っていてもおかしくはないのではいか・・・だとすれば能力が違う、もしくは酷似しているか、発動に特殊な条件があるかのどちらか...いや、もしかしたらやはり洗脳というのは間違いで。あの男や家族が物事に動じず、精霊に対して寛容だったらーーーーーーー?)
柊はあらゆる場面を想定していた。
全ては、勝つために。
自分が考えうる範囲内で、そして未然に準備できる事は全て行う。それゆえに部隊長という座まで登り詰めた。
故にだろうか、座右の銘は『備えあれば憂いなし』でもある。
彼女が夜にすぐ襲撃しなかったのも、出来る限りの情報と最低限の時間が欲しいからだ。心の準備も含めて、たまに周囲から「臆病なだけ」と言ってくる奴等もいたが、それは実績で黙らせた。
だが、と。柊は舌打ちをする。
(ーーーーーー流石に、少な過ぎるな)
残念ながら今にかけて偵察班からの追加の連絡は来ない。精霊は個々が別の能力、性格から危険度を判断するが...初見ではどうしようもない。
もっと大人数で向かうべきなのだから。しかしこの機関は一枚岩でもない、行動範囲は例え精霊でも限られてしまう。国民の命を盾に昇格や気に入らない者の無理矢理の左遷を目論む奴等もいる。
(同族で団結も出来ないのに精霊に勝とうなどと、しかし所詮は部隊長如きの私ではまだ機関洗える力もないしな)
それならば少ない情報で、あるだけの人員でやるしかない。
「!」
ドアをノックされ、入れ。と小さく返す。
「用件だけ手短に話せ」
「はい!隊長、準備が整いました。それと、恐らく潜伏していた班は、全滅したかと」
「連れてこられたか?」
「気絶しているだけでしたので、しかし使い物にはならないです」
隊員の一人が報告をしに来た、その目には少しの落胆と、固い決意が感じられる。
それに、時計を見るとまだ予定していた時間も幾分も早い。柊は部下の有能さに笑い、立ち上がって出口に彼女に一枚の紙を渡す。
「わかった。では私も向かうとしよう...それと、その間にこれに目を通させておけ」
「これは?」
「一応あるだけのメモだ。必要物資の確認や人員の班構成、作戦も何パターンもあるからな、目的地につくまでに全て確認、用意して覚えろ」
覚えろ。その言葉に彼女は戸惑う。
「えと。作戦、四十近くもあるんですが...?」
「それでもかなり絞った方だ。本当なら二百は下らない、出来る限り、いや全て覚えろ。時間はできたことだしな」
「は、はい!失礼します」
そう言って駆け足で消えていく彼女の背中を見て、柊は真逆の方へ歩んでいった。
(・・・精霊は、全員殺す)
先程の彼女よりも。深く、冷たい覚悟を持って。
◆◇◆
「もしもし?」
『・・・もしもし、ユー君?』
「悪いな電話して、こんな夜分には」
『それは構わないけど・・・えっと、こんな時間にどうして起きてるのかな?』
「その言葉そっくり返すよ」
『・・・そう、だね。お互い様だね』
他愛ない会話に、どこか隔てりを感じる。
『何の用って聞くのは、不粋かな?』
「まぁな。今そっちに気絶した偵察組行ったろ。それで?面倒だから聞くけどお前らはいつ襲ってくるんだ?」
『っ!...何の話かな?』
「いいよ誤魔化さなくても、わかってるから」
『・・・・質問を変えるね。ユー君はどこまで分かってるのかな?』
「神谷が機関とやらの仲間を引き連れて俺のダメな姉を拐っていくところまで」
『っえ、と・・・・ユー君あんな話信じたの?も~駄目だなぁ、あんなの冗談にきま』
「お前って知り合ってから思ったけど、嘘つくのは本当に下手くそだよな?」
急な砕けた口調に、低いが強めの声色で言った。
『っ・・・ごめん』
「謝るなよお前が悪い訳じゃない。先に言っておくけど、俺はアイツが...リズが精霊だって知ってて付き合ってるよ」
『!!』
「それでも、まぁ良いんじゃないかって思ってる」
その言葉に、神谷は声をあげる。
『えっ・・・いや。ダメ、だよ?』
「やっぱりアイツは馬鹿だけど。ほっとないんだよなぁ、あれだよ。雨の日にヤンキーが捨て猫に『お前も一人か』的な。あれ」
『違う・・・全然違うよ!』
うんごめん神谷。俺もいっててよくわからなくなった。不良じゃないから気持ちわからないしあれ。
でもまぁ、素直な気持ちは告げておこう。
「ま。とにかく俺は洗脳されても操られてもいない。そんな器用なことアイツはできない。れっきとした一人の人間としてあの馬鹿と接しているつもりだ、アイツもそれを望んでる...意外と、精霊にも色々事情があるのかもしれないぜ?」
『違う・・・!ユー君は操られてるんだよ!あの女に!精霊に!』
「大きい声出すなよ・・・キンキンする」
『っご、ゴメンね・・・・で、でもユー君。精霊はね、危ないんだよ、危険なんだよ?』
まるで悪いことを諭すような口調に、俺は頷いた。
「知ってるよ。お前よりは絶対に知らないだろうが・・・・本題に戻すんだけど、俺達はお前らに徹底抗戦するつもりだ。そんで、だからいつくるか教えてくれないか?ずっと待機するのは風邪引くかもだからさ、早くしないと精霊どっか行くとは伝えておく」
要するに、さっさと来いという事だ。
『やだ。教えない』
回答は、断固としてのノーだった。
まぁ、それもそうか。
「・・・それは残念だ。んじゃ切るよ」
『待ってよユー君!危ないんだよ!?わからないなら何度だって私は言うからね?』
「かもな・・・・まぁ鍛えてるし?滅茶苦茶対策するし?俺になにかあったら自己責任で」
『そんなの、勝手すぎるよ・・・』
「そうだな。でも勝手にやらせてもらうよ・・・ゴメンな、わざわざ無駄な気を遣わせて。次あったときは敵だ。んで、その次あったらまたクラスメイトで仲良くしてくれよ、それじゃ」
『まっ』
勝手に切った。後で本気で謝ろうと心に決める。
ふぅ、と一息ついてケータイと共に上げた腕を下ろした。
すると背後からしゃがれた声がかかる。
「彼女との電話はすんだかの?」
「違う、超違うからじいちゃん。それ神谷に失礼だから」
時々変な言動が見られるが、神谷は多感な時期の女の子である。そういうのにはとても敏感だ。
あんな完璧少女と付き合えたら幸運の反動で爆死する。
「それより、そっちも準備は終わったの?」
「まぁのぉ。後は糸に獲物がかかるのを待つだけじゃ」
「おーけー。んじゃ俺も行くことにするよ・・・どーせ神谷はあそこに来るだろうし」
俺は頭を掻きながら、木刀を持った。
う~ん、何故見学旅行とかで無性に買いたくなるんだろう、これ。
木刀を握り、足を動かす。
「やっぱ、そうそう変わるもんじゃないんだろうなぁ...俺も、俺の『普通』も。皆も」
夕方から、夜が近づいていた。
◆◇◆
「お前達よく集まってくれた。細かいものは全て事前に紙に書いてお前達の頭にあるだろう、だからここで言える命令は一つ。人命最優先だ。人は死ぬず殺さず...殺すのは精霊だけ、それだけで帰ってくるんだ」
ハイッ!と揃った声が聞こえる。
余談だがそこにいるのは、例外なく女性だった。
「では一番隊から七番隊は行け!」
『ハッ!』
そういって、訓練された三人一組のチームが三隊、森に空中含む別方向から駆けていった。
そしてーーーーーーー
「キャア!?」
「何、これ!?」
数分後に、早速洗礼を浴びた。
数名の黄色い悲鳴と共に、戦争は始まった。
「・・・先程出発した陸チーム既に二分の一が先頭不能です...連絡によると、森のあらゆる場所に罠があると!?」
「空中で向かったチームも何らかの攻撃を受けて足止めを食らっております!?これも精霊の力なの・・?」
「想定内だが、予想以上だな。作戦をDに移せ。八番隊は準備だ」
「「ハッ!」」
「思った倍は早かったな、何者だ・・・・?」
柊が軽く眉を寄せると、その横で神谷恵は下唇を噛んだ。
「ユー君・・・っ!」
そして、森へと駆けた。
「なっ!?戻りなさい神谷さん!...くっ!すぐに追いかけ」
「いやいい。許可する、その方が
「は・・・?」
数人が走ろうした体勢で固まる。
訳がわからない、といった顔だ。
「理由なら後で教えてやる、今は作戦の通り動け・・・全く、わざわざ調査を名乗り出る事に疑問を持ち、調べてないと思ったのか?若いな」
ポツリと呟いた。
◆◇◆
「・・・機械は苦手なんだけどねぇ。いくら手があっても足りないしねぇ」
そう言いながら、ばあちゃんこと遠藤 美恵は家の中で上空にいる彼女達を狙いながらリモコンを操っていた。
「動かないでくださいっ!動いたら撃ちます!」
そこに、なんとか罠を掻い潜った一人の少女が家に入り。非殺傷の銃を向けた。所謂ゴム弾だった。
しかしは美恵は、まるで孫をみたかのように笑う。
「あらあら、見つかったみたいねぇ」
全く動じないその姿に、少女は『危険』と即座に判断して引き金に掛ける指をに力を入れる。
「ーーーーえっ?」
そして、少女が引金を引く前に視界が逆転した。
数瞬後に背中に衝撃が走る。
「っ!く。ま、まだーーーーー」
しかし彼女も厳しい訓練をこなしている身、直ぐに体勢を戻そうとしてーーーー
「ゴム弾か。だが娘を奪おうとした挙げ句、ワシの女に銃で撃とうとしたんじゃ。撃たれても文句言うまい?」
「なっ」
先程までいなかったはずの老人が、自分が持っていたはずの銃口を向けていた。
いつの間に、そう口にする隙もなく。
明るい居間にに乾いた銃声が響いた。
静寂の中、老人は額に丸の痕をつけて「きゅ~」と唸っている少女を背負い、そして家のすぐ隣に、同じように罠にかかった彼女達と同じ場所に運ぶ。
「・・・ばあさん。そろそろ畳下の部屋に隠れていなさい、こっからはワシがやろう」
その目は老いていて尚、鷹のように鋭かった。
愛する人を避難させるべく言った言葉に、笑われる。
「あらあら、甘く見られたものねぇ」
「?」
「そのあなたの選んだ女が、こんな簡単にへばるとでも思ってるのかい?」
そう言ってコントローラーを動かすと、背後から「きゃっ!?」と黄色い悲鳴と共に屋根から黒い影が落ちた。
反射的に振り返って見ると、目をぐるぐる回して既に無力化した少女の姿が。
「なんとっ」
音もなく寄っていたにも関わらず、何故気づいたのか。唖然として愛する人を見る老人に、老婆はイタズラに笑った。
◆◇◆
俺は一人、例の場所に立っていた。
先程聞こえた銃声にも関わらず、まるで湖の底ように心は静かだったーーーーーーーとか言ってみたいが、ぶっちゃけて心臓ばくばくである。
誰が撃ったのか?本物の銃だろうか?誰が撃たれたのだろうか。そんな思考がごちゃごちゃのサラダボール状態になる。表情には出さないよう努力するが鏡がないのでわからない。
そんなゴチャゴチャな俺の気持ちも、星空を見ればある程度は穏やかになる気がした。
広い宇宙に比べてしまえば、俺達の悩みがちんけなようで、どうでもよくなりそうで...なっちゃダメなんだと理性に引き戻される。というか精霊なら宇宙規模でなんかしそう。
「ユー君」
聞き覚えのある声、俺が振り返ると、そこには彼女がいた。
「やっぱ神谷か、思ったより早かったな・・・ってかコスプレって流行ってるのか?全身タイツか?学校のアイドルはコスプレ趣味だったのか?」
「これが私だよ。コスプレじゃないことくらい、わかってるでしょう?」
そう言って神谷は腰にあった短い棒を抜く。
するとSF映画のように棒の先から一メートル程の紅いレーザーが出てきた。
「何それカッコいい。俺がいない間にロマンと科学が進歩してる」
中々夢のある武器だった。俺好きだよそういうの。
銃刀法違反どうなのか夢のないことも気になるけど。
「ユー君とお話したいけど、今はゴメンね。どいてくれるかな?」
「生憎と俺はお話ししたくてね」
「・・・どいてくれないかなユー君。アイツを殺せないから」
「その台詞は画面の中だけで十分だよ。生で聞くとかなり怖いしそれ」
そういって、俺は木刀を構えた。
「やるからには、やらないとな?」
・・・レーザーって、木刀でなんとかなるのかな?
「ユー君、本当にやるの?無理だよ。私これでも隊の戦闘ではトップクラスだから」
「・・・トップクラス?本当に凄いよ、お前」
俺の友達には「可愛いは正義だろ?正義は強いだろ?可愛いは強いんだよ!!」なんて三段論法をぬかしていた奴がいたしその時は苦笑したが、存外否定できないのかもしれない。
可愛くて強くて頭もいい?何それ羨ましい。
「・・・・・そもそもずっと疑問だったんだが。そんな完璧そうな学校のアイドルが俺なんかに干渉してくるかわかんないんだけど?」
「仲良くしたいに、理由なんているのかな?」
「神谷らしい。学校カーストに興味ない奴の回答だな・・・なら、俺の言いたいこともわかるだろ?」
俺は苦笑し、神谷はその顔を歪める。
「っねえ。本気なの?私は戦いたくない。武装もしてないし、武器だって」
「かもな。ある程度が出来てもその機関のトップレベルとやらに敵う訳がない」
「ならっ」
「確かに無理かもしれないが、無駄ではないから。やらせてもらうよ」
俺が木刀を握り直すと、神谷は俯く。
「っ・・・・そっか、なら。怪我させるけど、許してね?なんなら後でずっと看病してあげるよ」
そういって彼女も獲物を握り直し『脅し』から『攻撃』に変わる。
変な緊張感を無理矢理誤魔化すように、俺は苦笑する。
「勘違いしてたら恥ずかしくて自殺ものだけど・・・お前俺のこと好きすぎない?発言が軽く病んでるぞ」
腰を低くする。戦闘モードに入ったらしく回答はない、真剣な眼差しで俺を見つめる。
ーーーーーーー他人任せで何が悪い。出来ることは出来る奴に任せるのが筋だろう。
俺は俺に出来ることをやるんだ。そもそも俺に出来ることは皆が出来るけどな。
俺ではリズを救えない。彼女が普通の、精霊の力の無い女の子にでもなれば、この問題は起こらなかったはずなんだ。
それも、きっと誰かがやる。
俺は家族みたく接しても、家族にはなれない。精霊であるかぎり、彼女への恐怖や不安は拭えない。
此処にいたいと彼女が望むなら、俺は全力を尽くす。それでも敵わなくても、ただの自己満足で終わるのかもしれないけど。
だから、下らない俺じゃない誰かがやるんだ。
精霊の力を消したり、似たような事をして精霊を無力化できる。そんな不公平で悲劇的で勇敢で唯一のヒーローが現れてリズや他の精霊達を救うんだ。
これは夢物語か?
でも。そうであって欲しい、関わってしまったのだから。
その人が報われてほしいと望むのは当然だと思う。
俺は祈ることしかできない。
・・・所詮、俺のやる気はその程度だ。
彼女がきっと殺す気で来れば一分も持たない、無力でちっぽけな存在。木刀を少し扱える程度。
この事態がそもそも俺には力不足なんだから。抗戦?馬鹿かよ、投げやりな自殺志願じゃないか。
ーーーーーーーで、だから?
最初からちっぽけだなんてそのレッテルは貼られてるんだ、自分で無力だと知ってるんだ。
だから、割り切る。
勝てなくてもいい。時間稼ぎでもいい。惨めで気持ち悪くても、残念でも、醜くてもいい。
無意味じゃなければ、無駄じゃなければ構わない。
後で恥ずかしくて死にそうになっても、笑えなくなるよりマシだ。
・・・この心の言葉を聞ける奴がいたら、間違いなく数日悶えるけど。
「私はユー君のそういうところ好きだよ?」
「訂正だやっぱり気絶するくらい殴ってくれ。今の記憶が飛ぶくらい」
あ、やだ死んだわこれ。
そう言って俺が地面を蹴るのと、彼女が背中のブースターを使うのは同時だった。
◆◇◆
「五班、通信が切れました!後から送り込んだ隊員含めて現時点でおよそ八割の隊員の連絡がとれません!!」
「くそっ!どうなってるの!?まだ精霊を発見すら出来ていないじゃない!」
残った十数人が、その苛立ちを隠せなくなっていた。
ほぅ、と息を吐く。
「・・・私が出る、お前は本部に連絡しろ・・・奴等に借りを作るのは癪だが、人命を優先する」
「え?」
近くの情報隊員が声をあげる。
「まさかこれ程とは予想外だったということだ。ここまで来ることは読んでいなかった。おい
「はっ!出撃ですか!」
若さの残る黒髪の少女が直ぐに柊の元へ駆けてくる。
「いいや違う。この場の委任だ、お前は柔軟だし指揮の能力もあるからな。今の階級は無視しろ、ここでの指揮は任せーーーーーーー伏せろっ!!!!」
「ひゃっ!?」
柊が目を剥き叫び、近くにいた日下部という名前の隊員の一人に飛び付き無理矢理伏せさせる。
他の隊員も、もはや反射の領域で伏せる。数瞬後、二人が丁度立っていたら腹部当たりに何かが通り過ぎ、風が起きて髪が靡く。
『えっーーーー!?』
そして反応が遅れた数名が、そのナニカの餌食となった。声も出す間もなそれとぶつかり。勢いに負けてくの字になってその場に倒れる。
「っ・・・くそ、やられた!」
急襲。あまりに突然なそれ
だが、タイミングが悪かった、今は精霊の姿も確認できず大半の隊員との連絡も途絶えていた・・それに対する焦りと苛立ちがあって、それがこの急襲による反応を阻害したのだ。
他の隊員と柊は直ぐ様立ち上がり、物陰に隠れる。
「倒れた人数を確認しろ!」
「七です!いずれも息はあると思われます!!」
柊が声をあげると、数秒とかからず反応が返ってくる。いずれも息はある、その言葉に柊は少し安堵すると共に...眉を寄せる。
(殺さなかった・・・?気配のない同時急襲、これは精霊の仕業なのは確定だろう、生まれてまだ力加減ができてないのか?)
いいや。と頭を振る。
「第二撃を警戒しろ!近く奴等でチームで固まり臨戦態勢だ!!」
『ハイ!!』
攻撃をかわした十数人が返事をし、それぞれが指示の通り動き始める。
「うぅ・・・う?何、あれ?」
そして遅れてもう一人。柊に頭を掴まれよって地面にキスする代わりに戦闘不能を免れた彼女は、視界に映るそれに戦闘中なのすら忘れて首をかしげる。
彼女の前方には長方形の白い布で覆われて、破れた箇所からは黒いザラザラの物が溢れている。
(あれ、枕?それも、そば粉・・・?)
「見事ですね。正直今ので全滅させる気だったんですが」
「っ!ようやく、顔をだしたな」
しかしそんな思考も、ある声によって遮られる。
日下部隊員もまさかの精霊の登場に直ぐに立ちあがり、森から姿を現した精霊に武器を構える。
「ホンとに、精霊?」
「はい。精霊です...ですが『
目の前の精霊、リズは笑顔で語る。まるでできる限り刺激させないよう丁寧に、ゆっくりと。
しかし精霊の内容に、柊は小さく笑う。
「精霊に、名前だと?・・・随分と人間の家族に執着しているようだな?彼等にその名前付けて貰ったんだろう?強ち洗脳というのも嘘ではなさそうだ」
「洗脳・・・・?あぁ。そういうことですか」
「?」
柊の言っていた事を何となく察して、リズは少し遠い目をする。
そういう風に、捉えられたのかと。
しかし柊は理解できず片眉を上げ、話を戻す。
「まぁいい・・・一応聞くが、素直に殺される気はないな?」
そう言って背後の、土を被った彼女だが。に目配せし、彼女もそれを察して周囲に柊の意図を繋げるをす・・・『合図を待て、攻撃するぞ』のサインであった。
露とも知らないリズは、その会話に応じる。
「勿論です。捕獲とかではないんですね?」
「捕獲か?出来るならな。生きてる状態から死ぬまで体を徹底的に調べあげられたいなら、そうしてやろう。私なら舌を噛んでても死ぬがな」
小さく表情を歪めるリズに対して、柊は煽るように笑う。
「・・・交渉とかは、無いんですか?」
「内容も含め、言うまでもない。平行線さ。生憎と兵器と平和を語る口はないんでな・・・撃てっ!!」
合図と同時に、彼女達は引金を引いてリズ弾丸の雨を降らせる。
弾は勿論、殺すための弾だ。
リズは顔色一つ変えず、円形のフィールドを自分の周りに発生させて弾丸を防いだ。
『っ!』
その様子に撃っていた隊員達の顔が強張る。
そして。リズはゆっくりと顔をずらしながら彼女達の表情を眺める。
彼女達は皆、自分に明確な殺意をもって、敵と認識して、攻撃していた。
大切な者達を守るために。
リズはどこか、安心した様に笑う。
「・・・これが、彼女達の『普通』なんですよ。祐君」
精霊に生まれなければなんて、嘆いても仕方ないと...一人の少年の顔が頭に浮かんで、寂しそうに笑った。
『ウリエル』」
そう言うと、彼女の武器が現れた。
何もない空間から出てきたのは五つの黒い球体。
フヨフヨと浮かんでいるそれは重なり大きな球体となり。そしてーーーーーーーリズ自らを捕食するかのように覆い。浮かんだ。
『っ!?』
彼女達は目を見開き、一旦射撃をやめる。
急に訪れた静寂。そして夜に浮かぶ漆黒の月がどこか幻想的で...どうすればいいのかと戸惑う。
「た、隊長」
指示を仰ごうと一人が柊のいる方に顔を向け...あれ、と呟く。
「隊長?」
気付けば、そこに柊の姿はなかった。
◆◇◆
満天の星の下で、立っているのは恵だった。
「...ねぇ、ユー君」
話しかけたのは、まるでボロ雑巾のように地面に付している俺だった。俺は呟くように、返す。
「なん、だよ・・・・?」
「もう。やめよう?」
「・・・お前らが止めてくれるなら、俺もやめてやるさ」
そう言って立ち上がると。恵は息を飲む。
「ねぇ、お願いだから・・・!」
彼女は、優しかった。だからこそ、とどめを刺せない。
気絶しそうなら自分を殴って意識に食らいつき、立てないなら木刀を杖がわりにしてでも。彼女はその姿に目を見開きながら、それでも攻撃には加減があった。
「・・・確かに、俺はおかしくなってるのかもな」
ここまで来ると本当に洗脳されてるのかもって思えてくる。ここまで没頭することがあったろうか、必死になったことが過去に何度あったろうか。などと自問する程度には。
「ユー君・・・」
「ほら来いよ、神谷・・・そんで後で病院に連れてってくれ」
もういい。やけだ、ふてぶてしく行こう。
「・・・何で?」
「うん?」
「どうして、そんなに精霊を庇うの?」
「違うよ神谷、俺が庇ってんのは精霊じゃない・・・ただのリズだ」
「リ、ズ?」
「アイツの名前だよ、名前さ・・・まさかこの年で名付け親になるとは思わなかったが、な」
あ、やばい。意識が朦朧としてきたぞこれ、何か変な玉が見えて、視界が黒くーーーーーーー
「何だこれ?飛蚊症?」
「っユー君!!」
間抜けな発言と共に倒れて、神谷の叫びが聞こえて、俺の意識が消えた。
◇◆◇
「起きましたか?祐君」
「・・・リズ?」
「はい」
「ここは?」
「私の能力によるものです・・・私は五つの黒い球体を使って『増やすこと』と『移動させること』が出来ます。そして、今の私はその増えた一つです。私以外の生命は無理そうですが」
「・・・神谷は?」
「別の私と話してます・・まぁ、会話になるかは今の私はわからないんですけど」
彼女は苦笑する。おじいさん達とも話してます。とも言った。
蕎麦粉枕や、膝枕をしている彼女は分身体というわけだ。
「成程。よくわからないが、わかったことにする」
体の痛みも抜けないし、大人しくすることにした。
すると、リズは柔らかい笑顔で。
「ありがとうございました」
そう言って、頭を下げた。
「そしてごめんなさい・・・やはり私はいるべき存在では無かったようです。私は、一人がお似合いみたいです」
・・・・・・あぁ?
俺はおもむろに起きあがり、沸き上がった怒りのままリズを睨む。
「ふざけろ、前と言ってることが違う。嘘つきは嫌いだ」
「嘘じゃないです、女には二言があるんですよ?」
「喧しいわ。そもそもお前飯とかはどうすんだよ?家は?」
「えっ?そ。それは、その時考えます・・・」
「行き当たりばったりで倒れる姿が目に見えるんだが」
「いいんですよ!細かいことは!」
衣食住の二つが細かい事って。
「あの・・・わかってますよね?もし仮にここを凌いでも意味がないってこと」
「・・・意味はあるだろ」
「む、揚げ足とらないんですよ?・・・なので、エーエスティー?とかいうあの機関の人達のリーダー、後神谷さんとやらにお話してその後に去ります」
「何を話すんだよ?」
「勿論、精霊についてです」
「・・・そうかよ」
「精霊はやっぱり人間の敵ですし、危ない存在です。でも・・・心はあるってことを、知ってほしいから」
「そだな。話してみると意外に間抜けだからな」
「辛辣ですね!?」
「事実だろ」
そう言った。怒りは会話で冷めてしまった様だ。
呆れる、我が儘になってもいいと思うのだが。
すると、リズがもじもじとし始めた。
トイレかな?アイドル理論で精霊はしないかと思ってた。なんて間抜けな勘繰りをしていると、リズは顔をあげる。
「・・・・こんな話するのも何ですが、本当に、変だと思うんですけど」
安心しろ。お前と会ってから変なことしか起きてないから。と内心で呟く。
「ーーーーーーもし。私が普通の女の子だったら、どうなってたと思いますか?」
「もし普通だったらまず関わりなかったと痛い痛い。打撲とか怪我が割りと深いから揺らさないでリズさん」
頬を膨らませて肩を揺すられる。俺が怪我人だって忘れてないこの子?
真面目に聞かれたから真面目に答えたのに。解せぬ。
「私これ怒っていいと思うんですよ!?わざとですよね!わかってての回答ですよね!?だからの敬語ですよね!」
「わかってるんだったら止めてくれ。ほらあれだよ、俺ってツンデレだからさ」
「今まで過ごしてて初耳なんですけど!?しかもそれ自分で言っていいんですか!」
「その意気なら、まぁ大丈夫だろ?」
「っ・・・・もう」
リズは上がっていた肩を下ろす。
そして、笑った。
「こんなに祐君と話して、バレたら他の私に嫉妬されるかもしれませんね」
「やるなよ?手がつけられない」
俺もつられて笑う。それは嫌だ。
俺達は立ち上がり、同時に視線を景色に向ける。
何処とも知らない夜空を見ながら、リズが言った。
「夜空、綺麗ですね?」
「そだな。だがあそこには負ける」
望めないと思っていた、不器用な二人の別れ話は終わった。
俺はリズを見る。
「じゃあまたな。せいぜい死ぬ気で逃げろよ?」
「っ!・・・ハイ!また会いましょう」
彼女の笑顔は、涙に濡れながらも輝いていた。
生涯、忘れないだろう。
さて、全く似合わない事をやった俺はまた気を失った。
その後の事はよく覚えていない。
聞けば神谷と一緒に倒れていたそうだ。
ボロボロで動けない俺はすぐさま病院へ、そして本当に有言実行な彼女・・・神谷の世話になりました。
下の世話されそうになった時は本気で焦って逃げた。怪我だらけで、ハイスペックな彼女から逃れる術はなく捕まったが。そもそも俺頑張ったのに掠り傷一つないんだけど。
いや女の子相手だと本気でないんだよ、うん。本当だからね?
よし、忘れることにしよう。下の世話から食事まで、ナースでも辛いのにクラスメイトは死にたくなる。何か神谷笑っても目がギラギラしてるし。
その後、柊と名乗る神谷の所属する機関の支部長とも会って話をした。
どうやら俺は『偶然あった精霊の被害者である不幸な一般人』という扱いらしい。というか柊さんがそういう感じで接して来たのだ。
俺もそれに合わせた。
面倒だし、どこで誰に聞かれてるかわからない。
去り際「名付け親は君だろう?全く良い男だよ、君は」と俺の頭を撫でて意味深に笑ったのは何故だろうか、リズと話した内容が気になってしょうがない。
え?マジでどこまで知ってんの?なんで見舞いの品に『パジャマっ子特集』の最新号持ってきてんのこのお姉さん?
ちなみにその後見舞いに来た神谷に即頭を洗われた、意図的だろう。
「何で急に頭洗うの?」
「ユー君のそのフラグ叩きおろうと思って」
思ったより近くに聞いてる人いたわ。
もう慣れたよ。解せぬ。
・・・・その後はまぁ、残り少ない夏休み返上で病院で過ごした。あまり気にすることはなかったが、敢えて加えることとすれば。
・・・・周囲も自分も病院で着るこの服は、正直パジャマ枠でありかもしれない
ーーーーーーーでも神谷が常にパジャマなのは気にしない。確かに可愛いかったけど。なんか凄いニコニコしてるけど。枷が外れたように俺の側にいるんだけど。
「神谷、たまには一人にしてくんない?」
「やだ」
なんか、負けた気がした。
◆◇◆
そんな破天荒な夏休みから、時計の針は回る。
「・・・シドー!何をしている、早く行くぞ!」
「ちょっ、待てよ十香!すいません祐二さん、俺行きますね!」
「おう、頑張れよ主人公」
俺の前には、二人の男女がいた。女の子の方は元気一杯で。男の子の方はそれに苦労しているものの、満更でもなさそうな様子だ。
今は『計画デート』の最中だった、面倒なので細かい説明は省くと。リア充が世界を救うために奮闘中とでも言ったところか。
・・・わからないって?女の子の方、彼女は精霊だと言えばわかるだろうか。
携帯が鳴る。
「っと。草薙です・・・はい、了解しました。失礼します」
そして、たった今ロリな上司から携帯で『お疲れ様、もう上がっていいわよ』と労られた所だ。
実はそのロリ上司は少年の妹なのだが、これ以上は事態がゴチャゴチャになるので省かせてもらう。
正直マトモな神経だと色々付いていけないからだ、愉快すぎて。
心も体もイケメンな奴が
「・・・」
通話を終えて携帯を耳から離すと、なんと不在着信が『十件』来ていた。
全て先程とは違う、だが同一人物である。俺は邪魔しないよう現場から離れながら、電話を掛ける。
右耳から話して、ワンコールで相手が出た。
『遅いよユー君!!?』
やはり、携帯から距離を取って正解だった様だ。
多分耳を澄まさなくても五メートルくらい先まで聞こえたと思う。数人が振り返るがすぐ視線を戻した。
「悪い、仕事中だった」
『むむ、それは浮気の常套句だよ!?』
「お前の視線を掻い潜って浮気とか不可能なんだけど」
トム・○ルーズも回避不可のインポッシブルである。
相手も本気ではないようだ、笑い声が聞こえる。
『そうだね・・・ねぇユー君。そっちの仕事はどう?』
・・・・あれ?今納得した?俺縛りつけられてんの認めた?
話変えてきやがったし、付き合うけど。
「・・・ボチボチだな。奇抜な変装と変な異名つけられなかったら公務員ばりに安定してるよ」
『へぇ!・・・ちなみに異名って?』
「『
『いや、ユー君だけだと思う。しかしその秘密を知ったときは驚いたよ?まさか精霊の力を封じるなんて、本当にあるんだね!』
「そだな。でも俺としては何故か俺宛に来る極秘メールの内容とか隠し事を全部熟知してた
『フフフ!私たちの間に秘密は要らないでしょう?』
「プライバシーってご存知?」
『それに、誰にも話してないしいいでしょ?』
「無視しやがったな。それに立場を考えろ・・・はぁ。精霊を守る側と倒す側、対立するはずなんだがな」
俺は頭を掻く。
「もう大人だってのに、そう変わらないもんだ」
『アハハ~・・・やっぱり。リズさんの事、諦めきれないんだね』
苦笑、と言った笑いだった。呆れてると言ってもいい。
「・・・ま、希望が出来ちまったからな。現にもう何人もの精霊の力を封印してる」
『未だに信じられないけどね~』
「俺も信じられないよ。でも、いたんだ」
『そっか、でもリズさんの目撃情報は無いんでしょう?』
そうなのだ。折角の希望がいても、救いたい奴が都合よく現れてもくれなかった。まぁ彼女にケータイがあれば良かったのだが。
「まーな、でもいつか会えるだろ・・・あ、恵。それで今日なんだが」
『帰れないんでしょ?知ってるよ~お仕事お疲れ様だね!多分帰りは二日後の夜明けと見た!』
「・・・お前実は精霊だったりしないか?心読める的な」
むしろ、そっちの方が納得がいく要素が多い気がする。
『まっさか~?』
『お電話中すいません・・・
『あれ。もうそんな時間かな?名残惜しいけど、じゃあねユー君!』
「おぅ、またな」
そして、通話を切った。
その『また』が五分後だったら、携帯番号を変えよう。三十分位は持つと思う。
丘の上の公園で、先程手に入れたパンを腕に抱いて街の景色を楽しむ。パン屋のオッサンという設定の『計画デート』で彼等に近付いたのが、思わぬ僥倖であった。
俺は、高台に登る。景色が良いところで食べる方が幾分かうまいからだ。
そして公園らしき場所の木製のベンチに座り、街を見る。
綺麗な街だ。
そして何回も精霊に破壊されたとは思えない点、随分逞しい街である。
この街に呼ばれたのも、リズの影響だ。
出合いも景色も、彼女がくれたものだ。『精霊と仲良くしていた人間』は、今俺が所属している機関では中々貴重らしい。
しかし、恵がいろいろな意味で化けた。それもアイツの影響なら怒っても許されると思う。
慰めるように暖かく柔らかい風が、俺の頬を撫でる。俺こ思考を切り、ガサガサと紙袋からパンを一つ取り出し口へ向かわせた。
「あの・・・その美味しそうなパン、分けてくださいませんか?」
声が聞こえ、ふと振り返る。
「・・・・っ」
それは、とても聞き慣れた声だった。
時が止まったような感覚に襲われる。
夢のように現実味が無かった。
俺は、風に靡くその淡い青髪を見て、
「・・・言った通りになったな?バカ」
そう言って、破顔した。
世の中は適材適所だ。
俺には精霊を救う力も正義感もない。
彼には精霊を救う力も正義感もあった。
ならば、彼がきっとこの街も、精霊も、世界も。なんなら宇宙も救うのかもしれない。
俺はサポートに回る、そんで救いたい奴を救って自己満足して終わりだ。小者らしい生き方をするさ。
力不足でも、俺じゃなくても。
救いたい奴を、救えるなら。
でも、
読んでくれてありがとうございます。
精霊の設定とかに矛盾点があったらすいません。
しかしこれ書いたの一年前か・・・全然気づかなかった。
・・・過去の私は疲れていたんだ(錯乱)!
では、今度こそ一年後くらいに会いましょう。
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