東方銀呼録-白亜の幻想譚 (星巫女)
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序章
序説


初投稿となります。
とりあえず最初の部分なんでものすごい短いです。



--

この言葉の定義を、明確に示す事ができる者はいるだろうか。

否、これだけではよく分からないだろう。

しかし、現在存在する神には多種多様な神が、事実「文献」に存在する。

そう。文献に。

破壊神、創造神、龍神、天空神、絶対神…

しかし。

彼らを映像や画像として記録できた例は一つとして存在しない。

人が科学を信じたから神は存在できなくなった?

…神とはそんなに脆弱なのだろうか。

では何故彼らを見ることができないのか。

神は等しく、公平性を重視する。

それなら一部の人間しか視認できないのは可笑しな話だろう。

過去の時代では神の言葉を聞き、伝えた者たちが居たという。

それでもやはりおかしいだろう。

ならば民衆の前に出てきて演説でもした方が代役を立てるよりよっぽど楽だろう。

何か不都合でもあったのだろうか?

あるいは神というのは内気なのだろうか?

それにしては「人を救う」というのは随分滑稽な話ではないか。

まぁ、ここまで数々の否定的な意見を述べてきたが…

少なくとも。

神は存在するのかもしれない。

しかし少なくとも自分には見えない。声も聞こえない。

 

 

パタン

 

 

「…………」

 

無言のまま「少年」は本を閉じる。

 

最高につまらなさそうな顔を浮かばせ、眼前にかかりかけた前髪をはらいながら。

 

「神の存在の実証…ねぇ…」

 

そして

 

少年は本に挟まっていた一輪の朝顔の押し花が留められている封筒に目を落とす。

そこには簡単な手書きの文字が、一行

 

{この世の全ての幻想が存在する世界に行く気はありますか?}

 

封筒はまだ真新しい。

それに

 

「…妖力を利用しての人間の陰陽結界か」

 

        ・・

確かに今を生きる人間には視認もできぬし、触感すらないだろう。

 

事実。

 

「少年」の周囲の人間はだれ一人として紫色の封筒に気付いた様子の者はいない。

 

「面白そうじゃないか」

 

いい加減少年は飽き飽きしていた。

 

幾重にも巻き付く鎖のような空気

 

何時でも目を刺してくる蛍光灯。

 

そして人間として生活する以上守らなければならない規則。

ちっぽけな大地の上でそれよりも大きな力をぶつけ合う人類。

 

表向きには「争いのない世界」という餌を撒いておきながら、

裏では平気で同種族を騙し、蔑み、その人間の生涯を何食わぬ顔で壊す。

 

見ていて何の感情も起こらなかった。

元々少年がいた世界がまた再現されているだけだ。

 

そんな彼には刺激が存在しなかった。

彼の見た目と同じような年代の者たちはありもしない情報に踊らされ、また踊らせて

仮面を着けて過ごす。

 

少なくとも彼にはそれが彼らにとってどう有意義なのか、何が面白いのかよく分からなかった。

 

そんな彼は生涯の勘から感じる。

 

こいつは自分を退屈させない生活へ誘っていると。

 

彼の顔のつまらなさそうな顔が微笑に変わる。

 

今この時

 

「幻想が集まる世界…か」

 

「行ってみる価値はあるな」

 

少年がそうつぶやくと同時に、店の外では一瞬風がうねった。

店外の誰もが風に気を取られた直後

表の世界から一人の命が、いや、存在そのものが音もなく消えた。

いつの間にか本は消えていた。

 

一人の客が消えた店内に風で止んでいた人々の細々とした話合いが徐々に戻ってくる。

 

どこか遠くから猫の鳴き声が聞こえた.

 

 

 




「よーし書き終わったー!さてさて何文字かn…」

‐‐‐‐‐‐‐‐‐1284字‐‐‐‐‐‐‐‐

「………」

実際に初めて書いてみて毎話5000字ほどで構成している方々を改めて尊敬…
とりあえず次回から物語は始まるけど大丈夫かこれ…
(まさか推奨文字数が2500字というのを書き終えて説明を改めて見直すまで知らなかったぞい…)
はてさてどうなります事やら…


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第一章『朱と紅との邂逅』
第一話 「その少年、人外につき」


最近新大陸で調査ばかりしてる巫女さんです。
まさか序説投稿してから7分で最初の感想が来るとは...感謝します。
とりあえず今作品はいくつかの‹話›で構成したのちに‹第○章›でまとめるという手法をとりたいと思います。
というわけで長くなりましたがどうぞっ

追記
ごめんなさい...早速タグ追加いたしました...
キャラ崩壊←NEW‼
グロ表現←NEW‼
戦闘表現←NEW‼



「…今日の収穫はこれだけか…」

そう誰に向かってか分からず一人空中に愚痴る僕。

右手に護身用の古刀を持ち上げ、左手で本やら機械やらがごちゃごちゃと入って重くなった麻袋をよっこらせと肩に担ぎ上げる。

そのまま辺りを見回して自らが此処に入ってきた目印である一際大きな石柱を見つけ歩き始める。

 

こんな物漁り紛いの事をしている僕の名前は森近霖之助。

一見ではどう見ても里の人間にしか見えないであろう僕は一応妖怪なのである。

 

いや、正確には「妖怪と人間のハーフ」であると言うべきかな?

まぁ両親はもういないんだけどね。

 

なんでこんな物漁り紛いの事をいい歳した男がやっているのかと言ったら...

うん半分趣味でもう半分は里では購入できない物をウチの店で取り扱っているから…かな?

 

何を売っているかというとそれはこの地では入手できないもの、つまり外界の品物だ。

 

知らない世界の物を売って大丈夫なのかという声もちらほら聞いたりするんだけどそこらへんは

大丈夫。

なぜなら僕には「能力」があるから。

 

能力…というとすごく大層なものに聞こえてしまうけども実際はそんなに大したことはない。

ざっくり言ったら{各々が持つ固有の特技}…と言えば分かりやすいかな?

 

それで僕の能力は「道具の名前と用途が判る程度の能力」。

詳細は名前の通り。詳しく知りたいなら幻想郷縁起でも見たらいいと思うよ。

でも僕の能力は名前と用途は分かっても使用方法は分からないという決定的な弱点がある。

 

例えて言うのなら最近ようやく知ったものとしては「さっかーぼーる」というのがある。

能力で見てみると上記の名前と用途である「さっかーに使用する」というのは分かるのだがそもそもさっかーが何かわからない…という次第だ。

最近賢者に聞いてようやく里でいう蹴鞠に使うということが分かったんだけどね。

不便という声を知り合いからもらったりするけど…うん事実。

まぁその使用方法を模索するのが楽しいからいいんだけどね。

 

でもこの世界には大層である能力を持つ者たちも確かに存在する。

例えば博麗の巫女の「空を飛ぶ程度の能力」とか賢者の「境界を操る程度の能力」とか。

羨ましいかと言われたらまぁ…否定はしない。

でも持つ者なりの苦労もあるだろうから僕はこの能力を気に入ってる。

 

そして気になってるここは無縁塚。

たまたまこの世界と外界との境界が曖昧な場所…らしい。

だから僕の目的にはうってつけというわけだ。

 

さてそろそろ店に戻るとしよう。天気も悪くなってきたし。

 

 

……あれ?なんで僕はこんなに独り言を話しているんだ?

 

あ、新しい漂着物発見。

 

~店主早足移動中~

裏口から店内に入り一息つく。帰ってくる際は基本的には両手が塞がっている為敢えて鍵はかけてない。

…さすがに寝るときはかけるけどね。

 

「(…さすがに重かった…しかもすごい喉乾くし…)」

そう心の中で呟きつつ霖之助は袋を床に下ろし(半ば落とし)た。

 

落とした弾みに中から何冊か本が零れるが気にしない。

そして机の上にあるタオルで雨で濡れた髪をぬぐいながら戦利品を持って裏口から直接つながっていた個人的作業部屋から商売をしている方の店先へ移動する。

 

「さて鑑定を…」

 

店の入り口にある物置台に戦利品をどさっと置いて自らは揺り椅子に腰かける…

 

 

「っぷしっ」

 

くしゃみの音がした。

 

……くしゃみの音?

 

顔を上げるとそこには。

 

今までそこにいたのに気付いてもらえなかったような者の顔をした白髪の少年が立っていた。

 

「「……………………」」

 

沈黙。

そして店内の時計の秒針がきっかり3秒の時を刻んだ後。

 

「うわあああぁぁぁっ!?」

 

霖之助の方がひっくり返った。

正確には椅子の上で飛び跳ねんばかりに慌てた。

普段の彼を知っている者からすれば滑稽極まりない慌てぶりだが少年は特に表情を変えずに首を傾げる。

 

「…どしたん?ふぁっ…ぷしっ」

 

聞いてくる途中にもくしゃみを挟む少年。

 

「……」

 

いや、君、だr

 

「…いや、誰?」

 

こっちが聞きたいわ。

 

「とりあえず落ち着こうか」

「うむ」

 

~少年・店主着席中~

 

うんやっと状況が飲み込めてきた。

なんとなくどうせ「どこか別の世界に転移させられたんだろうなぁ」というのは予想できていたけども。

 

どうせテンプレ展開で鳥がぴーぴょるるるるって鳴いてる森の中かと思っていたから嬉しい誤算だ。

 

それにこうして一応茶まで出してもらってしまっている。

 

「…それで君は何者なんだい?」

煎餅を静かに齧りながら霖之助が問うてくる。

 

それに対して湯飲みに用意された緑茶を返答とばかりに喉に流す。

茶の熱さと心地よい仄かな苦みを感じながら言葉を返す。

 

「何者っていうのがどういう意味で聞かれているかによって返し方が大分変ってくるんだけども…

種族?出身?所持金?」

 

「…君には僕が見ず知らずの人間から金を奪う者に見えたのかい?」

 

「いいや、見えない」

と即座に切り返す少年。

 

会話から察するに言語障害や記憶障害は患っていないらしい。

 

「…じゃあ聞き方から変えて聞くけども出身は?」

「外界から飛ばされてきた。あーあ…まだワ〇パン〇ンの新刊覗いてなかったのに…」

 

少年の口から出てきた言葉には聞き覚え、いや、見覚えがある。

外界では人気だという漫画の名前だ。

ということは少年は本当に外界出身なのだろう。

 

「じゃあ…次。種族は?」

「人間以上、神未満。」

 

……ん?

 

今とんでもないことを口走らなかったかこの少年。

 

「まぁ、人間じゃないって認識してもらえれば嬉しいかなぁ…」

 

そういいつつ一旦区切りだと言わんばかりに海苔の巻いてあるタイプの煎餅をぼりぼりと口の中へ放り込み噛み砕く。

 

「いや、明確な種族名はないのか…?」

 

「少なくともお兄さんみたいな妖怪ではないかな」

 

と、同時に少なからず衝撃を受け、思わず顔を上げる。

 

そこには口の端を微かに上げ、こちらを見つめている顔がある。

 

そこで改めて霖之助は少年の顔を観察してみる。

 

髪の色が白髪であるという特徴以外には特に変わっている点はみられない。

 

そこまで見てみてから視線を下に逸らしていってみる。

 

霖之助が取り出して彼に座ってもらっている椅子にある体は白色の服にさらに黒い上着を重ねており、下半身はこれまた藍色よりもさらに若干濃い色のじーんず?に包まれている。

身体は特に、肥満体でもなく、どちらかというと細身だ。

それでも決して肉がないわけではなく、適度に肉が付いている。

 

あまり運動を嗜むタイプではないのだろうか…?

 

そして長く沈黙したフリをして少年に返す。

 

「…なぜ僕が妖怪だと?」

 

「出ている気が知り合いの奴に似てるんだよね、っていうか普段は隠してるみたいだけどもお兄さん、妖気普通に出てるし」

 

「それだけ材料が出てれば判別は難しくないかな」

 

うん。間違いなくこの少年はたとえ人間であったとしても人間じゃないな。

 

霖之助は心の中で少年の項目にそう書き加えた。

 

「質問は以上でいいのか?」

「あ、あぁ」

 

そういうと同時に少年はぐっと立ち上がる。

そのままむーという声と共に伸びをして霖之助の方に見向く。

 

「それじゃあ雨止んだっぽいんでそろそろお暇致しますわ」

「…大丈夫なのか?」

 

それは強さ的な意味合いではなく、地理的な意味合いで霖之助は聞いたため

どちらの意味合いで受け取られたか不安になったが

 

「まぁ、道端で人捕まえて聞いてみるよ。何もこの世界の住人は見つけた瞬間、悪即斬みたいな人たちではないんだろう?」

 

「そりゃあ…」

 

…ないと言い切りたかったが言えないのもまた事実。

それが幻想郷。

 

「まぁいいや」

 

そういうと少年は先程霖之助が注いだ茶をぐいっと飲み干した。

「ふう…御馳走様。お茶と煎餅旨かったっすわ…あ、そうだ。お兄さん名前は?」

 

そういえばまだ互いに名乗っていなかったなと今更ながら思い出す。

 

「森近霖之助だ。君は?」

 

そういうと少年は見覚えのある笑みを滲ませ返答を寄越した。

 

「雪村蒼月(あつき)。一応むこうだと外見的立場上、学生やってた」

 

ー幻想に誘われた少年ー

蒼月はこれからどうなるかは分からなかったが

 

それ故に

自らの胸中でどうしようもなく渦巻いている興奮を味わっていた。




霖之助って右利きなのかな…?
そして赤色要素どこだよって思ったそこの貴方。
ごめんなさい。多分現実時間的にもう少し先になるかも…。





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第二話 「人外でも癒されたい」

…今思えばもうちょい霖之助との会話増やせたんじゃないかなぁ…と新参巫女です。
言い忘れてたんですが時系列の提示を。
一応東方深秘録後ということで書いていきます。
紺珠伝はどうしよう…多分本編じゃ触れないと思います…
(番外編まで生き残れたら書くかもしれません。)
…そもそも紺珠伝はプレイしてないんですよねー。



「…不思議な少年だったなぁ…」

まるで嵐が去ったかのような顔をして霖之助はしみじみと言葉を漏らした。

先の自己紹介の後、蒼月は何の武器も持たないままずかずかと外へ出てどこかへ

行ってしまった。

もちろん霖之助は本心から心配したのだが

 

「へーきへーき、フレンズによって得意な事違うから」

 

とよく分からない言い回しで断られてしまった。

しかし霖之助がここまで武装を勧めるのには理由がある。

この世界には霖之助が妖怪であるように妖怪が闊歩しているのだ。

別にRPGのように一歩歩けばぷるぷるのアイツと出会ったりするわけではない。

最近は巫女の働きもあり、里の近くでは捕食された人間はほぼほぼ見られなくなってはいる。

しかし妖怪とて食わねば生きてはいけない。

…つまり目を盗んで人間を喰っている個体もいるのだ。

事実森に狩りをしにいった猟師がそのまま行方不明、という事態も稀に、とは言えない

頻度で起こってしまっている。

だが初めてここに来たと思われる蒼月がそこまで知っているとはとても思えないのだ。

 

「だが…」

 

先程自分を妖怪だと断定した蒼月。

明らかにあの時の彼には迷いはなかった。

それどころか外界では既にオカルト扱いされてると言われた妖力を感知し、さも当たり前であるかのように霖之助に問いを投げた。

 

脳内に追加書き込みをしたように彼は間違いなく一般人ではない。

彼自らが行った自己紹介も。

 

‘人間以上、神未満‘

 

……もう一度考えてみる。あの時は若干熱くなっていた節がある。

落ち着いた今なら違う説が出るかもしれない。

 

霖之助は頭の中に考えうる種族を思い浮かべてみた。

 

妖怪・吸血鬼・天狗

 

妖怪退治専門ではない彼が可能性として見出したのはこの三種であった。

 

まずは妖怪。

これは霖之助自身でも分かるが違うと思われる。

そもそもこの世界はむやみやたらと妖怪を外界へ出したり入れたりしないように安全装置が組まれている。

それが「博麗大結界」と呼ばれているものだ。

 

この結界は内部の妖怪の数がある一定に下回ると結界近くに存在する外界のある程度の大きさの生命体を幻想郷に呼び込むシロモノらしい。

 

らしいというのは霖之助は陰陽師ではないため結界に関する知識など年下の女の子から

少しかじった程度なのだ。

そこは彼を責めるべきではないだろう。

 

しかしこれは長くこの地で生活している霖之助の感覚だが、まだその「呼び込む時期」

ではないと思うのだ。

 

呼び込む時期になれば何かしらの喚起が里で出される。

しかし最近そんな喚起がだされたというのは一度も耳に挟んでいない。

それにその時期になれば里だけではなく、誰かしらの友人が店でその手の話題を

挙げていく。

 

というわけでここでは妖怪という説は否定される。

…全く正確な証拠はないが。

 

次に天狗と吸血鬼。

 

この二種族に関してはそもそも出会うこと自体が滅多にない。

(記者の彼女を除いて)

 

しかし彼らに関して何も情報がないという訳ではない。

霖之助は今一度過去の知り合いとの会話記憶を洗ってみる。

 

…………。

 

「(吸血鬼やら天狗って分かりやすいのよね。基本的にあいつら妖力やら魔力やら馬鹿みたいに多いから

 判別しやすいし)」

 

「(それにあいつらの特徴って隠すのがほぼ無理らしいのよ射命丸から聞いたんだけど。

 …え?例?例えば吸血鬼だったら日の下に出れないとか白狼天狗なら耳を隠すことはできないし)」

 

…とりあえず今現在出てくるのはこれくらいか。

 

そのまま椅子に体を預けため息を漏らす。

 

「…現状彼に合いそうな条件はないなぁ…」

 

 

いずれの条件も当てはまりそうにない。

 

「…一体彼は…」

 

そこで霖之助は半ば諦めた。

どちらにせよ霖之助には彼を邪険にする必要もなく、

むしろ商売相手として関わるべき相手だ。

 

別に遠からず分かるだろう

 

霖之助はそう結論付けて目を閉じた。

 

まだ未の刻ではあったが霖之助に睡魔を払う気力はなかった。

 

 

 

……実際彼の正体は今日中に明かされるのだがそれはまた別のお話。

 

 

~店主爆睡中~

 

「まさか異世界で森林浴かぁ…んん…」

 

ところかわってここは森の中。

 

現在は店主と別れて歩き続けている真っ最中なのだ。

そしてこの森の中を歩くのが何とも心地よい。

 

今までいた世界ではそもそも身近に歩いていて清々しい森林というのが

存在しなかっだ。

 

経験上‘森林‘というとじめじめしていて暗いイメージが強い。

しかも森ってやたらと蟲が多いし。

 

だがどうやらここは違うらしい。

緑といっても見続けていればいずれの植物にも違いがあるということが見えてくるし、

地面をとっとこ跳んでいく兎は多少汚れていてもこの場所でなら相応だ。

 

本物の森林浴というのは木から出ている油を感じて楽しむらしいが

どうやらこの森は油ではなく魔力が満ち溢れている。

 

「植物由来の天然の魔力感じるの何時ぶりだろうなぁ…あっちじゃ人工芝生とか増えすぎて

 全然感じ取れないもんなぁ…」

 

うんうんと頷きながら歩く蒼月。

 

「(それに時々聞こえてくる鳥のさえずりがまた何とも…あー…癒される…)」

 

さらには奥から反響しているかとも感じる鳥の鳴き声。

 

これもまた外界ではなかなかできない体験であった。

 

と、そこで蒼月は周りがだんだん明るくなってきていることに気付いた。

 

「そうか、そろそろ出口か」

 

最近この状態での生活が長すぎて時間間隔が麻痺してきている気がする。

 

もう少しここでの生活に慣れたら一度あの「形態」に戻った方がいいかもしれない。

 

そう思いながら森を抜けた蒼月の眼を待ってましたといわんばかりに太陽が—

 

 

「ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああっ!?」

 

「…は?」

 

刺さなかった。

 

「うぎゅっ!」

 

 

刺す前に太陽よりもよっぽどインパクトのあるものが降ってきた。

 

…美しい森の木の幹を盛大に空にぶっ飛ばしながら。

 

先程その森林に癒されてきた蒼月の心の中ではいろいろ感じるものがあったのだが

 

「ちょっと、吹っ飛ばすことないじゃないですか!話くらい聞いてくれてもいいじゃないですかぁ!」

 

先程地面に不時着したUMA(仮称)が可愛らしい声で何事かと訴えている。

 

蒼月も気になったので女性型UMAと同じ方向に視線を向けてみる。

 

「だってあんたのそのアイデア下心見え見えなんだもの。誰がそんなもの許可するかっての!」

 

かと思えばまたまた可愛らしい声が。

 

そういえばこの世界に来てまだ野郎の店主としか意思疎通を交わした覚えがないと

今更認識する。

 

上から降ってきた声の主は太陽を背にして空に‘浮いて‘いるため顔は陰でよく見えない。

 

がはためいているあの服…見覚えがない。

 

しかし蒼月の中で一番結びついた名称は—

 

「巫女服?」

 

その時蒼月と巫女服の少女とで瞳同士が交錯した。

 

決して友好的ではなかったがそれでも敵意はない、澄んだ目だった。

 

しかしあんな細身の少女が同じ少女を木をなぎ倒すほどの勢いでぶっ飛ばす事例とは一体何なのか。

 

 

そもそもあの少女が凄まじいパワーだと言う事は突っ込まないでおこう。

 

そうしなければこの世界で生活するのは無理だと感じた。

 

「悔しいなら‘弾幕‘で私を負かせてみなさいよ」

 

「この鬼巫女めぇぇぇぇぇっ!」

 

と、蒼月がこの世界の真理の一端を捉えたかと思ったらまた喧嘩が始まった。

 

どうやらUMAちゃんに蒼月のすがたは見えていないらしい。

 

と、一つ引っかかる単語が。

 

「(…弾幕?)」

 

聞き覚えがない単語だ。

そもそも外界で日常で用いる語句ではない。

 

「(いや、なんかアイツが画面を指さしながら弾幕やめろとか笑ってた記憶が…)」

 

と、今度は蒼月が過去を捜索する前に美しい光が空を舞った。

 

「…おお」

 

思わず声が漏れた。

 

これが弾幕とやらか。

 

しみじみとうなずいている蒼月をよそにUMAちゃんも光芒を纏って空を滑るように舞い始める。

 

ここでUMAちゃんの背中に黒い翼が生えているのを視認して若干驚いたが—

 

「「はぁぁぁっ…!」」

 

両者がおもいっきり妖力とよくわからない力をため始めたと同時に、

 

空中に複雑な紋章が形成されていく。

 

それがたちまち蒼月の眼前を白い紋章と赤い紋章が埋め尽くしていく。

 

 

そして各々の紋章の中心点に煌々とした光が灯り徐々にその光から紋章全体-術式全体にスパークのようなものが発生していく。

 

と、そこで蒼月はある可能性に気付いた

 

「(あれ?ひょっとして人間の状態だったらこの状況不味くないか?)」

 

と気づいたのも束の間—

 

『夢想封印ッ‼』

『幻想風靡っ‼』

 

それぞれの術式から吐き出された光弾と光弾が混じるようにぶつかり――

 

すさまじい衝撃と爆発音を生み出し――

 

 

 

「ぬ……ふぁっ」

 

 

蒼月を空高くへ打ち上げた。

 

自分の体が悲鳴を上げているのが体で感じる。

何も強化していない人間の体では態勢を変えることすら困難であった。

 

何とか体を捩ろうとするが風がそれを許さない。

まるで網かなにかで縛られたような感覚だ。

 

「…むぅ」

 

そして蒼月は抵抗をやめた。

このまま誰に見られてるかも分からない場所で―――――を使うのは不味い。

仕方なく蒼月はそのまま体の力を抜いた。

そのまま体は加速し続け脆弱な人間の体を思うがままに風は弄ぶ。

 

そしてそのまま方角も分からぬまま蒼月の体を撫でまわし続けた。

 

「(とりあえず体質戻した方がいいなこれは。)」

 

空をロケット移動しながら蒼月は疲れた顔と共に。

 

 

 

その日幻想郷の上空を白く光る流星が駆け抜けたと記録されるのは仕方なかっただろう。

 

 

 

 

 

 

      ~少年飛翔中~

 

 

寒い。

猛烈に寒い。

 

さすがに5月とはいえこのお空の彼方を飛び続けるのは少々肌に堪えるものがある。

上着でももってくればよかったがそもそもこの時期に上着を持って行動する者の方が稀だろう。

 

「ずびっ…うーさびー………あれ?」

 

と、段々と寒気が遠ざかっていくのを肌が感じている。

そしてその証拠にチクチクとした痛みが蒼月の体を這い回っている。

 

それはつまり

 

速度が落ちてきたということ以外の何物でもないわけで。

 

「おー地面だ」

 

全く危機感のない蒼月だがそれには当然理由がある。

 

今の彼は先程までの脆弱な体ではない。

 

若干彼の体から青白い光が漏れ出しているのは気のせいだろう。

 

 

みるみる内に視界を流れて行ってた景色が徐々に色彩を取り戻していく。

 

そして彼の体は放物線を描いて地面に勢いよく衝突――はせず

 

「ふっ…」

 

若干息を吐き出しながら蒼月が視線を下に逸らすように首を下に曲げることで

 

 

蒼月の体が激突寸前にひときわ強く光る。

 

流れ出た光の粒子がまるで水面を流れる泡のように滑らかに宙を泳ぐ。

 

それと比例するようにまるでクッションに支えられたかのようにふわっと体が浮くように速度が落ちる。

 

そのまま蒼月はさも当然、何もなかったかのように地面に足を着く。

 

 

地面に足が着いた点についてとりあえず一安心する蒼月。

 

そして試していなかったものの案外姿まで変えなくてもこのままで落下対策の術は発動できることに

大いに安堵を感じた。

 

「生存率上がるのは大いにいいけども…ここは…」

 

と、そこで蒼月は今自身が最も確認せねばならない事があるということに思い立った。

 

位置の確認である。

 

そして辺りを見回して目に入ったのは

 

「……湖…か?これ、広すぎるでしょ」

 

自身の視界半分を軽々と覆いつくす広大すぎる湖であった。

そしてさらに特筆すべきは――

 

「霧……」

 

濃密すぎる霧、そのまま濃霧だ。

実際に既に吸っても身体に異常は一切見られないため

毒性ではないらしい。

 

最も毒があったとて蒼月に効くかは分からないが。

 

しかし古来より霧というのは珍しがられると同時に

非常鬱陶しがられるものの一つである。

 

人間は心理上正体が分からないものというのをひどく嫌悪する。

それは人間同士であれば相手の性格が分からないからとりあえず無視する…といったものだ。

それと同時に目を見えなくされる、あるいは耳が聞こえなくされる、というのも

上記の嫌悪に該当する。

 

どちらにも共通するのは「生存率が下がる」という点だ。

目くらまし、騙し討ち…いずれも相手を討つことに有用であるというのは既に

先人たちが立証済みだ。

 

故に人は先が見えなくなるこの霧を嫌うことが多い。

そして感覚上の問題として肌がべたつくような触感になって

不快なのだ。

そこに湿気から来る蒸し暑さを加えれば――

 

もう不快感しか感じない。

 

 

そして蒼月がたまたまここに飛ばされてきたこの時刻は霧が濃くなる時間だったのだ。

それ故に普段なら必ずと言っていいほど妖精が屯している事が多いこの湖も静寂に包まれている。

 

しかしこの湖は最初はこんな濃霧が発生する湖ではなかったのだ。

 

それで霧が発生するようにしたのは…

 

 

ところで蒼月は先程から妙に懐かしい匂いを感じていた。

例えていうなら子供のころ通っていた玩具店に大人になってから入店した際に感じる匂いだと

言えば共感してもらえるだろうか。

 

そしてこの嗅覚、音波まで封じられるほどの霧の中蒼月はその匂いの元を辿っていたのだが――

 

 

「…………そうか。そういえばそうだったな」

 

そして

 

「………元気にしてるかなぁあいつら」

 

少年は

 

「……あの本はまだ残ってるんだろうか?」

 

ついに

 

「…この館自体にいい思い出はないんだがな」

 

 

約500年の時を超え少年は紅い悪魔の館を訪ねる。

 

 

「元気にやってるといいんだがな、レミィとフラン」

 

 

かくして少年は館へと足を進める。

 

 

そして門の近くで眠りこけている門番に対して尋ねた。

 

 

 

「もし、悪魔が住むという館はここでいいのかな?」

 

 

 

初めてここへ来た時と同じように。

 




……序説の蒼月さんと今の蒼月さんて別人なんじゃないだろうかと思い始めてきたこのころ。
そしてようやく紅要素登場。
第二話でようやくか…
そして気づいたらUAが50を突破!
大したことないかもしれないけど普通に声が出てしまいした。
ありがとうございます!



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第三話 「再会は刃と共に」

はい、最近試験が近くなってきて焦っている巫女さんです。
ついに恐れていたものがやってきてしまいました…

まさかの第三話目からシリアス突入のお知らせ。
あ、今話はまだ若干やさしさが含まれてます。
…とりあえず一章の山場超えるまではこのまま突っ切ると思います。
そしてUA100突破だー!
こんな作品をわざわざ覗いていって下さった方々に感謝を。
では本編。




「…………背筋が寒いな」

そんなはずはない、と即座に口に出しておきながら心の中で否定しようとするが、

先程から実際に震えてはいないが太腿の内側がひんやりする感覚に

襲われているのは確かだ。

 

目の前の巨大な扉を目にして自身は今までにはなかった奇妙な心理になっていることに

気付く。

気分を紛らわすためにかちらりと肩越しに視線を後ろに向けてみる。

 

しかしそこには誰もおらず、何も見えない。

既に自身が通ってきた階段も遥か彼方、さらにここに来るまでに

一体何歩歩いたのかも覚えていない。

底知れない闇。まるで暗闇の中から手でも伸びてきそうな闇だ。

唯一色があるのは無表情に頭上の炎を揺らめかせるランプだけ。

しかしそれを目に入れても彼には鬱陶しいだけだった。

 

誰もいないのは自らが頼んだからだ。

一人で行かせてくれと。

そのまま視線を下げ、右手に握りしめた簡素な

しかし確かな攻撃力を持つ模造剣を見下ろす。

 

柄にはまっている赤い宝石は手入れが行き届いているのか

艶々と光り輝き彼の顔を映し出す。

 

無表情な顔に特に整えられてもいない白髪がいやでも目に入る。

そのまま剣を少し傾けると今度は宝石は炎を映す。

 

それは揺らめく炎によって黄、橙、あるいは緑と色を次々に変えてゆく。

 

「……まるであの子の翼のようだな」

 

七色の宝石を翼にぶら下げた金髪の少女が頭によぎる。

 

しかし今は感傷に浸っている場合ではない。

 

 

 

確かめなければ。

 

 

 

そう小さく口に出しながら少年―蒼月は扉の取っ手に手をかける。

幾重もの封印と南京錠が鎖で繋いであるが、あいにく鍵は持っていない。

 

目元に鋭い光を宿しながら思い切り扉を引く。

 

鎖が千切れ吹き飛ぶが構わない。

 

そして開いた扉の先にいたのは―――

 

 

 

 

~~~~~~~~~時は遡り一時間程前~~~~~~~~

 

「もし、悪魔が住むという館はここでいいのかな?」

 

眠りこけている門番に問いかける。

 

「………………………………」

 

顔を俯かせ腕を組み、館の壁に背を預けている女は一切の反応を返さない。

それどころか呼吸音すら聞こえない。

 

「………おーい?」

 

「………………」

 

…さすがに本気で心配になってきた。

呼吸音すら一切感じられない。

俯いているため正面からは表情が読み取れないのだ。

 

…いやそもそもこの館に勤めている風であるというだけで、

もしかしたら肝の据わった大胆な少女なのかもしれn

 

 

「すぴー…すぴー…ふみゅう…すぴー…」

 

 

前言撤回。この個性的すぎる少女は間違いなくこの館の門番だ。

 

さてどうしよう。これが寝てるのが野郎なら間違いなく腹パンで

お目覚めなのだが相手は見知らぬ少女だ。

 

さすがに殴って起こすのは酷だろう。

(そもそも殴って起こそうとしているのが間違いとか言ってはいけない。)

 

蒼月が考えを巡らせていたその時。

 

「……ふみゃ…んん…ふぇっ咲夜さんっ!?」

 

いや誰だよ。

 

赤毛の少女はしばらく顔を覆っていたが―

 

「…あれ?ナイフが飛んでこない…あれ?」

 

…………どうやらこの少女は相当にブラックな職場で働いているらしい。

怯えぶりからみてどうやらドッキリではなくマジモンのナイフが飛んでくるらしい。

 

「………………」

そこで蒼月には一つ疑問が沸いた。

確かに自身は決してこの館全ての者を見たこともないし、話したこともない。

 

しかしサボっている者にナイフを投げるような者はレミィから聞いた覚えもないし、

そんなスパルタ上司いるのなら確実にレミィが話していた筈だ。

 

「いやぁ…髪色が似ていたので思わず誤解してしまいました…それでここが悪魔の館?

 ええ、合っていますとも」

 

実はコイツ起きてたんじゃないのか。

そんな疑惑の視線を照射すると少女はははと朗らかに笑う。

 

…どこか憎めない少女だ。それどころかこちらにも笑みが浮かんでくる。

邪気のない笑みだ。

 

「それで一体何の用です?ここを訪れる方なんて毎回くすぐられに来る魔法使いぐらいですが…」

そうか、ここは魔女処刑場だったのか。

 

レミィ、いつの間にそんなに成長したんだ…

 

と若干別ベクトルのショックを受けていると

 

「……?」

 

唐突に少女の赤毛の後ろで銀色が動いた。

紅魔 館で銀色?と思う間もなくある一つの考えに至る。

 

『いやぁ…髪色が似ていたので…』

 

あ、と蒼月は納得してしまった。

なんとなくオチが読めてしまったのだ。

 

「しかしひどいんですよ…あ、聞いてもらえません?その咲夜さん、門番なのに寝ているだけで

 見回りで見かけたら頭にナイフ刺していくんですよ!?

 門番って暇なんですよ!大体の場合人来ないし!来るのも鉄砲少女だし!そもそも止められない人しか

 ほとんど来ないし!それなのに咲夜さんときたら…あの人は門番の苦労を分かってないんですよ!

 こちらがどれだけ暇で、それがどれだけ苦痛か…!」

 

あ、あ、あ、と徐々に蒼月の口が開いていく。

 

「あの人は夜には寝れるけどこっちは寝れないんですよ!妖怪だから大丈夫でしょって!

 妖怪だって疲れるんですよ!立ちっぱなしでも十分すぎるぐらいに疲れるんですよ!ええ!

 三日ですよ!?三日!月に三日!外界でもこんな職場滅多にないって!」

 

どうやら半ばヤケクソなのだろう。涙目になりながらこちらに訴えてくる。

 

「うん分かった。ものすごく分かったからさ」

 

「そうですよね…そうですよね…!あなたならわかっていただけると…!」

 

「とりあえず後ろ向いてみ?」

 

 

くるっと一回転

 

 

般若がいた。

冗談抜きで鬼神がいた。

なんかおどろおどろしいオーラを立ち昇らせながら般若が立っていた。

 

右手に美しく磨き抜かれた銀のナイフを逆手に構えながら。

 

「………………」

 

少女が、固まる。

 

「……乙。」

 

 

 

『殺』

 

 

 

 

銀髪の少女が躊躇いなくナイフを振り下ろした。

 

そのままナイフは吸い込まれるように―

 

首筋にぶっ刺さって盛大に血をまるでヤ〇ザが金にそうするように巻きあげた。

 

 

ぶっしゅー

 

 

青白い顔で少女は何かを口で伝えようとしたが…

 

何故か印象に残る笑顔を浮かべながら、俯せに倒れた。

 

左手を突き出し、人差し指を伸ばしながら。

 

 

「・・・・・・」

 

…ここは言ってやるべきなのだろうか。

いや、言ってやるべきだろう。

 

「きーぼーのはなー…」

 

某有名なヤツだ。

どうやら紅魔館は近代化したらしい。

 

と、そこで血にまみれたナイフをしまいながら、銀髪の少女が両手を腰に当て、

恭しくお辞儀をする。

 

「お見苦しい所をお見せしてしまいましたね……」

 

「は…はぁ…さいですか」

 

返答を返している間に少女―恰好からしてメイドだろうか。

紺色のメイド服の胸元から懐中時計を取り出す。

 

「…?」

 

まさか攻撃用の触媒か、と身構える蒼月をよそに

少女はここにきて初めて笑みを浮かべた。

 

「時間ぴったり…やはりあなたですね」

 

「………はい?」

 

 

「この時間に館を訪れる銀髪の少年は通せ、とお嬢様から承っております故」

 

…なるほどな。なかなか能力を使うのがうまくなったじゃないかレミィ。

 

さらには白髪ではなく銀髪と来た。

普通の者ならこの髪色を見てもそうそう銀髪などという呼称は用いない。

 

何故なら敢えて銀髪の色が白髪に見えるように弄ってある。

 

どうやらこの仕掛けに気付いたのはあの巫女とレミィの二人だけのようだ。

 

「…この仕掛けに気付けるようになったとは本当に成長してるなあのお嬢」

 

「…どうしましたか?」

 

「あぁ、うん大丈夫」

 

どうやら口に出てしまっていたらしい。

しばらくは口を閉じるべきだろう。

 

お口チャックってやつだ。

 

「ではご案内いたしますわ」

 

「うん。よろしく」

 

そう答えながらなぜか蒼月の視線は地面の方を向いていた。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~?????????~~~~~~~~~~~~

 

「……あーあ…誰も遊んでくれないなぁ…」

 

近くにあった鏡に手をついて頬を寄せる。

柔らかい少女の頬が鏡に隙間なく密着する。

 

「…えぇ?返して?それしか言わないじゃん。嫌よ、私が動けるの今ぐらいなんだもの。」

 

「あれ…この気配は…」

 

「そうかぁ…‘お兄様‘が帰ってきたんだ…あ、そうだ」

 

少女の眼がまるでうっとりしたように細くなる。

 

「ならお兄様に遊んでもらおうっと」

 

少女の眼には、赤い光が宿る。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「……しっかし目に悪い館だな」

 

外靴を脱ぎ、ビニール袋にいれた蒼月は咲夜に対して感想を口に出した。

視界に入る全てが赤一色なのだ。

さすがに見続けているとだんだん目が疲れてきた。

少女の履く靴の硬質な音が館に響く。

 

「お嬢様のご意向です。蒼月様がそう仰るということは昔は…」

 

「うん。紅くなかったよ。ただの古ぼけた茶色い館だった」

 

ちなみに既にメイドさん―十六夜咲夜には名前は伝えてある。

どうやら彼女は割と昔からレミィに仕えているらしかった。

さらには彼女が外に出る際の護衛の役割も担っているそうな。

 

レミィが護衛を任せる―それは相当な実力者であるというのを示す。

さきほど赤毛の少女(名前聞き忘れた)を刺した腕を見てからもわかる。

 

さらには能力も持っているというんだから驚きだ。

 

なるほど、先の背後への瞬間移動は能力の仕業か。

道理で気配もないわけだ。

 

「(しかし俺が気付けない能力っていったい…)」

 

「さぁ、着きましたわ」

 

どうやら思案している間に主人の部屋へ到着したらしい。

彼の二倍の身長がある大男でも通れそうな扉が目の前にはある。

 

と、咲夜が軽やかに三回扉をノックする。

 

「お嬢様、件の者を連れてまいりました」

 

「…通せ」

 

中からは昔より人を惑わせてきた、吸血鬼の魔性の声が聞こえてくる。

それは正しく紅魔館の主に相応しい気品と力強さ。

 

「…………」

 

「おお…」

 

咲夜が音もなく一礼すると同時に扉が中に向かって開いていく。

 

扉が開き始めても特に埃が舞い落ちる事もなく、蒼月に部屋の中を見せた。

 

 

「…ここを見るのは初めてだな」

 

蒼月が部屋の中央に敷かれた赤いカーペットを歩いてゆく。

 

主の姿を、初めて蒼月の眼が捉えた。

 

揺れるのは髪。しかしその髪色は純粋な銀色ではなくすこし青の混じった、

蒼銀色ともいうべき色だ。

 

そして口元にちらりと見える牙は彼女が人外であることを教えてくれる。

 

余裕があるように頬を右手に乗せており、その右手には一つの傷もない、

まるで芸術品かと勘違いしてしまうような白さ。

 

首を右に傾けている為、露わになっている左の首筋が煽情的だ。

 

しかし、普通の人間が見惚れてしまうであろう主を前にしても

蒼月は特に反応を示す事はない。

 

背中から伸びている翼はまるで迎え入れるように大きく開かれている。

蒼月は歩みを止めず、徐々に視線を、一段高い所に座っている幼い主の

上げる。

 

それと同時に部屋の中に座っていた主が目を開く。

一切の曇りの存在しない紅玉が蒼月を中へ閉じ込めた。

 

そして部屋の中央、主まであと数歩というところで蒼月は歩みを止めた。

両者の視線が交わり、そしてお互いの顔を見る。

既に自己紹介をする間柄でもないのに、二人は言葉を交わした。

 

 

「…随分久しぶりだな。お嬢…レミリア・スカーレット」

 

「久しぶり…というべきか。………ガゼル?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

部屋の外で咲夜の疑問の声が飛び出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…………………………」」

 

 

そしてお互い数秒間見つめあった後―

 

 

「らしくないなぁ、お前」

 

「開口一番がそれ!?」

 

 

最初のやりとりがそれだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

その後は部屋にあった机をレミィと二人で挟んで座っている。

ちなみに咲夜はこの場にはいない。

咲夜は最初は何やら驚いた顔をしていたが、命令されるやいなや

厨房へすっ飛んでいった。

 

「……それにしても」

 

「ん?」

 

「…やっぱり姿変わらないのね。あの時言ってたように」

 

どうやら外見について問われているようだった。

 

 

「まぁこればっかりは種族上しょうがないわな。たったの500年?くらいだし。

 人間になったら少しは年取るかなと思ったのになぁ…」

 

「あぁ、それで人間になってたのね。ずっと疑問に思ってたわ」

 

うんうんと納得したように頷くレミリア。

それに対して今度は蒼月が問いを渡す。

 

「逆に俺からしたらお前の成長速度の方が驚きだぞ?

 前なんてずっと泣きじゃくってるイメージがあったのに」

 

「…あなた私を何だと思ってるわけ?」

 

「ただの我儘ぴーぴー蝙蝠」

 

「…ひどい回答ね」

 

 

若干レミリアから苦い視線を受け取った時、部屋の扉が開いた。

 

 

「紅茶をお淹れしました」

 

「ご苦労」

 

「では私はこれで…」

 

 

と、紅茶を置いて下がろうとする咲夜に対し、

 

「あ、そうだ。咲夜、あなたもここにいなさい」

 

「……え?」

 

きょとんとした顔をする咲夜に対して思わず笑いがこみ上げてくる。

先程まであれだけの瀟洒ぶりを見せた少女がこの顔をしているのだ。

笑わない方が可笑しい。

 

「い…いえしかしまだ業務が…」

 

「そんなこと後にでもできるでしょう?それとも、私の命に逆らうと?」

 

 

「……いいえ」

 

「よろしい」

 

 

若干げんなりとした状態で咲夜も席に着いた。

あまり反抗的な態度が見られない点から、いつもこんな様子なのだろう。

ご苦労である。

 

「…………鬼かお前」

 

「ええ、吸血鬼ですもの」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その後は三人でそれぞれ雑談のような事をしていた。

最初の方は恐縮していた咲夜も、途中からは解けたようだった。

時折言葉を挟みながら、くっくと体を震わせていた。

 

どうやら咲夜は元々吸血鬼狩りをしていた一族の少女だったらしい。

銀製のナイフを使っていたのはその時の名残なんだそうな。

そしてある日、何時ものように能力を使用して吸血鬼を刈っていたところ、

レミィにいわばスカウトされたらしい。

 

その時にレミリアに対して言った言葉は、今となっては黒歴史らしく、

言われた際には見てもわかるぐらいに赤面していた。

 

 

 

 

そしてようやく底が透けて見えてきた紅茶のカップを覗き込みながら、

ある疑問をレミィにぶつけようとした。

 

そしてそれと同時に、紅茶を飲み切ったレミィもどうやら

個人の彼宛に話したい事を思いついたようだった。

 

 

 

「そうだ、レミィ。一つ気になっていたことがある」

「あら、奇遇ね。私もあなたに言うべきことがあったのを忘れていたわ」

 

 

そして互いに息を吸い

 

 

「「フランの事についてなんだけど」

              が…」

 

 

静寂。

 

 

咲夜が、息を呑むのが分かった。

 

 

そう、この館に着いてからある少女の姿を見ていない。

 

レミリア・スカーレットの実妹である、

  フランドール・スカーレット。

 

金髪を可愛らしく揺らしながら、いつも抱き着いてきた彼女が、

いくら成長したとはいえ、なんの声掛けもしてこないとなると

さすがに疑問が沸く。

 

しかしどうやら考える必要はなかったようだった。

 

目の前のレミリアの泣きそうな、苦悶の表情を見れば。

 

 

「…どうやら看過できない問題があるようだな。いや、むしろその為に俺の運命を覗いた感じか」

 

「……っ…」

 

沈黙は、肯定。

 

「事情を聞かせてくれ。ここに来た時から気になっていた。あの子は…」

 

 

 

 

 

フランは、どこにいるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日明かりは、吸血鬼には、合わない。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「…………………………」

 

情けなかった。ただ、自身の力の弱さを嘆いた。

 

助けられなかった。

 

顔では笑いを浮かべていても、心の奥では、涙を止められないあの子を助けられない。

 

方法はわかっている。だが、力が足りない。

 

レミリアは従者が目に見えて心配するほどに歯を食いしばって泣いた。

 

結局。

 

結局、私では、妹は助けられない。

 

故に頼った。

 

頼ってしまった。

 

あの銀髪の少年―かつての師に。

 

涙は、痛かった。

 

家族の為に流す涙が、泣くことが、こんなに痛いと思わなかった。

 

「………っく…ぁ…ぁあ…!」

 

私は当主だ。この館の。

 

皆を不安がらせないようにするのが義務だ。

 

それなのに…それなのに…!

 

「っぐ………ぅ…う…」

 

「…………………あの」

 

咲夜が恐る恐る聞いてくる。

 

それならば、私は気丈に答えねばならない。

 

涙を強引に服で拭き、何とかまともに話せるようになった言葉で応答する。

 

 

「…あぁ…どうした?」

 

「彼は……彼の名前は、蒼月様、ではないのですか…?」

 

 

そうか、そうだった。

 

まだ咲夜には伝えていなかったな。

 

聞かれることもなかった。

 

だが、今は恥を忍んでいる場合ではない。

 

「…そもそも、彼は人ではないわ。いいえ、あの人は」

 

 

「それは承知してます。しかし、彼から感じたのは霊力でも、妖力でもなく」

 

咲夜は一度呼吸を止めてから一息に言った。

 

「魔力でした。しかし彼はどう見ても魔法使いには、見えません…」

 

 

わざわざ吸血鬼の選択肢を排除したのは彼女が利口だからだろう。

そういう所は、しっかりしている。

 

 

「…………ええ。何故ならあの人の種族は―今の幻想郷にも存在してないから。

 それどころか、恐らくスキマでも実際に見たことはないでしょうね」

 

「…え?」

 

「……まぁ言われても理解はできないでしょうから…順を追って話してあげる」

 

 

     ―紅魔館の過去と、あの人の正体を―

 

 

 

 

 

 

====================================

 

「…フランは地下室にいるわ…ええ、「あの場所」よ」

 

そう伝えた時に、彼の表情は固まった。

 

しかし表情には絶望は浮かんでいない。

ただ、覚悟だけがそこにはあった。

 

 

「…………分かった。レミィ、剣を一本借りてもいいか?」

 

 

「………真剣はないわ。でも剣、といえば一応、模造のものならあるけどー

「それで構わない。貸してくれ。」

 

目を見て、悟る。

 

本気だ。この人は本気でフランを...

 

 

「場所は地下室でいいんだろう?なら、話は早い」

「あそこなら、俺も場所がわかる」

 

 

すっと息を吸い込み、蒼月は言った。

 

 

 

 

 

「確かめてくる。あの子の、今を」

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、開戦。


…戦闘パートって書くの初めてだな…






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第四話 「焔と雪」

投稿しはじめてそろそろ一月経った、巫女さんです。
それと忘れていましたが原作キャラがオリジナル技を繰り出す描写があります。
初めての戦闘描写…がんばります。


意を決して蒼月は扉を開いた。

勢いよく開いたからか、扉と壁を繋いでいた金具が外側へはじけ飛ぶ。

強制的に撤廃された術式が硝子が割れるような甲高い音を響かせながら

空中にその残滓を舞わせる。

紫色の破片が辺りへ飛び散る様に光った。

 

警戒を維持しましたまま部屋を覗き込む。

 

「……………………」

 

広い。

前よりもさらに。

以前来たときはここまで広くなかったはずだ。

 

しかし現状眼前に広がるこれはどう見ても

奥行までに少なく見積もっても軽く40m近くはある。

そしてこの広間の形は円形。

つまり最低でも半径20mの部屋。

 

予想していたような凄惨な光景はない。

女の子らしい桃色に染まったドレッサーに、

天蓋の着いた赤色のベッド。

いずれも紅魔館に存在するに相応しい高貴を漂わせている。

それらにはわずかな傷もついていない。

 

そう、一切の傷がない。

 

それがかえって蒼月の警戒心を強めさせた。

 

空気が重い。

吸い込むほどに胸が苦しくなってくるような感覚に陥る。

そのまま右から左へ舐めるように視線を動かしていく。

いずれにも、傷は、ない。

 

「………………いた」

 

そして左奥に蹲っている影を視認する。

 

剣を一際強く握りしめながら彼女へ近づいていく。

何故かは分からないが柄の形状が詳細に感じ取れた。

 

下に敷かれている絨毯のせいか足音は鳴らない。

 

歩みが止まることはない。

 

そして十分に近づき蒼月は薄く呼吸をしている彼女に声を掛けようと

 

 

「ねえ」

 

 

空気が、凍る。

 

「お兄様…なんだよね?」

 

声色は変わらない。最後に聞いた声と変わらない。

でもナニカが違う。

 

声自体は聞いたものを安心させる無邪気な声。

しかしそれと共にフラン自体から発せられる魔力の波が矛盾している。

 

 

…できるだけ変化を悟られにくい声色でフランに言葉を返す。

 

「……あぁ、俺だ。ガゼルだ」

 

口から出てきた言葉が自分でも驚くほどに乾いていた。

 

フランと出会って最初に交わす言葉がこれだとは思わなかった。

 

「もし…もしさ」

 

「…うん」

 

 

 

 

「妹が死にたいって言いだしたらどうする?」

 

 

 

 

 

 

その言葉を紡ぐとフランは徐に立ち上がり、壁の方へ歩く。

そのまま壁に掛かっている絵をじっと眺め始めた。

 

フランが初めて描いた、絵だった。

 

そのままフランは黙ってしまった、

まるで蒼月からの返答を待っているようだった。

 

「……っ…………」

 

即座には言えなかった。

言えるはずがない。

自らを兄と呼び慕ってくれた彼女から

そんな言葉が出てきたことに対する戸惑いと疑問から

蒼月に返答は叶わなかった。

 

 

「………答えないんだ?」

 

 

フランが切れてしまいそうなか細い声を出した。

もう少し気を緩めたら泣き出してしまいそうな声だ。

どうにか言葉を返そうと内心で試みたが―

 

そんな、適当な、曖昧な答えを返したところでフランを逆に傷つけるだけだ。

 

「………フランなん「ならさ。」!」

 

 

突然割り込んできた声に思わず固まった。

 

 

 

「なら………自分で見つけるしかないじゃない…」

 

 

 

凄まじい悪寒を背筋に感じ、後方へ思い切り跳び退る。

別に威嚇されたわけではない。

 

 

しかしそれでなく―端的に言えば俗にいう‘勘‘ってやつだった。

 

 

この判断が正しいものだったのかは分からない。

事実としてフランクラスの実力者なら今まで幾度となくぶつかった事はあった。

 

 

だが―

 

 

結果として跳び退るという判断をした蒼月は間違っていなかった。

 

否、正確には

 

生存という意味では間違っておらず、信頼という意味では間違ったというべきか。

 

 

「なんで…なんで…なんで…?」

 

上の空、といった様子でフランが体を震わせながら立ち上がった。

 

そして幽鬼を思わせる動作でこちらにぐるぅりと振り向いた。

 

その顔は―

 

 

 

「っっ!!」

 

 

 

 

泣いていた。正確に言えば左目からは涙が溢れていた。

その赤い宝石を思わせる瞳からとめどなく涙を溢れさせていた。

 

だが。

 

口元は笑っていた。

それは頂点の捕食者だけが見せる愉悦の笑み。

普段の彼女を知っている者から見たら正しく「狂気」を感じる笑みだった。

 

 

そして、右眼は―

 

 

「フラン…その目はっ…!」

 

 

正常であるならば紅い輝きに満ちていたソコは本来の輝きを失い、

常闇を思わせる黒色に変貌しており、

 

 

瞳の中心部は逆に元より鮮やかな深紅に染まっていた。

 

その眼は既に蒼月―ガゼルを見てはおらず、

彼の「目」だけを見つめていた。

 

 

「……ッ…ァ……ウェ……ェ………」

 

 

 

意味のある言葉を発せられることはなかったが、その眼を見た時に

フランは蒼月を呼んでいた。

 

 

 

 

 

「…………当たり前だ」

 

 

 

 

その言葉が届いたかは分からないが、

涙を流していた眼は放出を止め―

 

 

一切の輝きもなくなった。

 

 

そのまま一つの身震いもなく―

 

 

 

 

 

「やっと黙ったか、元のワタシ」

 

 

 

不意に声がした。

 

 

 

 

 

 

「…お前は…」

 

 

「日が昇り切ってからもぐだぐだと抵抗なんかして…遊ぶ時間が減っちゃうじゃない」

「月は私には味方してくれないのよ?」

 

 

「お前は…誰だ?」

 

 

 

 

「私?私はフランだよ?」

 

 

 

何を云っているとでも言わんばかりにフランがこちらを見つめてくる。

 

 

「やっと…やっとオハナシができる」

 

 

 

その言葉と共に部屋が急に輝きに満ちる。

 

 

 

「…その技…」

 

 

 

見るとフランの右手の中に小さな、しかし凶暴な光を持つ炎が在った。

 

その炎はまるで生きているかのような、拍動するように微かに明滅する。

 

 

 

それは左手の平でなぞりはじめると同時に伸長していく。

 

 

それは蒼月の模造剣の長さをゆうに超え、槍までには届かなくとも

彼の剣と同等級の炎の大剣を作り上げた。

 

 

部屋が熱気で満たされ始める。

 

 

 

ドレッサーに置いてあった写真立てが床に落ちて盛大に音を立てた。

 

 

「『禁忌 レーヴァテイン』」

 

 

「……それがその剣の名か。随分と物騒な名前だな。」

 

そういい終わるや否や蒼月は順手で持っていた剣を逆手に握り直す。

 

 

「……何する気?」

 

 

どうやら自身に不意打ちを行うつもりがないことは見抜いているらしいフランが訪ねてくる。

 

 

その問いには答えずそのまま剣を肩ぐらいの高さまで持ち上げ、思い切り

床を叩き割るが如く叩きつけるように突き立てる。

 

 

「………展開」

 

 

口の中で転がすだけのように留めたつもりだった声は静寂に包まれていた部屋によく響いた。

 

しゃらんっと音がした。

 

どうやらフランが翼を動かしたらしい。

 

 

そのまま突き立てられた穴から真っ白な冷気が漏れ出す。

 

「……へえ…」

 

はじめてこの現象を見たらしかったフランが声を漏らした。

 

 

漏れ出す冷気は止まることを知らず、なお部屋の床を包もうとする。

 

しかし炎剣から漏れ出す熱気がそれを阻む。

 

 

極低温の冷気と超高温の熱気の争いが静かに行われていた。

争っている場所だけが陽炎のように揺らめいて見えた。

 

突き刺してからほんの数秒経った後に掴んだままの柄を一思いに引き上げる。

 

 

引き上げると同時に今までより一際大きく冷気がまきあげられた。

 

 

部屋中の空気が波打つようにうねり、動く。

冷気は天井を覆うように舞い上がる。

 

 

蒼月の手の中にあったのは一振りの剣。

しかし先程までそこにあった模造剣とは長さが倍近く違う。

 

 

名称づけるのならそれは氷晶の剣、氷剣ともいうべきものだった。

 

 

見方を変えてみれば氷晶の中に模造剣が閉じ込められているようにも見てとれる。

 

しかし華美な装飾などと呼べるものは一切存在しない。

 

まるで獲物を見つけた獣の息吹が如く冷気を床に吐き出し続けている。

 

 

 

そして蒼月は氷剣を握りしめ、無造作にフランの前に身を曝す。

 

 

 

「「…………。」」

 

 

 

そして

 

 

少年と少女は対峙する。

 

かたや炎剣を構え黒紅の瞳を開く金髪の少女。

 

かたや氷剣を構え人の眼で見つめ返す銀髪の少年。

 

 

両者に、最早、油断はない。

 

 

 

 

「はああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ぉぉぉぉおおおおおおっ!」

 

 

 

獣のように咆哮し飛翔しながら両者は互いの得物を叩き付けあった。

 

 

ぶつかった際にコロナのように漏れ出る炎とその炎を喰らわんと冷気が宙を舞う。

 

 

―衝突は一度や二度では終わらない。

 

 

 

 

両者を中心として、部屋の時がようやく動き出し始めた。

 

 

 

 

~紅い少女説明中~

 

 

「…………始まったわね」

 

机の上に置いてあり、今二人の戦いを中継する水晶玉を見ながらレミリアが呟く。

 

水晶玉の中で少年と少女は交互に剣を打ち出し、弾く。

 

まるで演舞のように美しい動きであったことは認めざるを得なかった、

 

「……………ねぇレミィ」

 

「……彼の正体をさっさと教えてくれないかしら?あと暑苦しい」

 

そういって嫌そうに顔をしかめているフリをしているのは

彼女の親友であるパチュリー・ノーレッジだ。

 

そして今彼女らがいるのは、紅魔館の内部に存在する巨大図書館。

 

紅魔館が創設された時から常に存在しており、今はパチュリーによって統括されている場所だ。

…まぁパチュリー自身に此処を統括しているという自覚はないが。

 

今現在この図書館にいるのは咲夜、パチュリー、治療中の美鈴、そしてレミリアの計四人だ。

 

説明するには十分な人数だ。

 

どうしても目は水晶玉の方に移りかけてしまうが、ここは我慢するしかない。

 

「………三人は悪魔がいるって信じる?」

 

 

「「「……はい?」」」

 

唐突にレミリアはぽつりと三人に問いかけた。

 

「いや、信じるも何も……お嬢様が悪魔じゃないですか。」

 

「ええ…そうね。吸血鬼という種族はれっきとした悪魔の一種ね。」

 

「……それで?どうしたのよ?」

 

さっさと話せとパチュリーが促してくる。

彼女はこの手の遠回りな話し方はあまり好きではないのだ。

 

「まさか蒼月さんが悪魔と?」

 

美鈴が思案しながら独り言のようにレミリアに対してこぼす。

 

 

「いやんなわけ……まぁある意味性格悪魔だけど…」

 

お茶を濁しつつレミリアはまた彼女たちを見据えた。

 

「とりあえず彼の正体を話すためにはまず…」

 

「今から500年近く前のある出来事を貴方たちに伝えなければならない」

 

「………へぇ」

 

種族だけを知りたい様子だったパチュリーからすればイラつくのではなかろうかと若干心配したが

そんな心配は無用だった。

 

空気が読める友人に感謝しつつレミリアは過去の記憶を遡る。

 

 

 

 

「これはまだこの館に私たち以外の悪魔がまだ住んでいたころの話―」

 

 

 

 

 

 

そして歴史は紐解かれた。

 

 

 

 

 

 

 

=====地下室======

 

 

 

「………………ふっ…!」

 

鋭い呼気と共に蒼月の右後方から凄まじい速度で点と化した氷剣が突き抜かんと飛来する。

 

しかし、空を飛ぶための翼を有するフランには届かない。

 

ギリギリのところを見切り、足に掠るのではという距離で上後方へと加速して突きを回避する。

 

 

だが氷剣はそこで止まらない。

端から突きが当たるなどと蒼月は甘く考えていない。

 

突きの勢いを殺さぬように体を右側へ急回転させ、左下から右肩へかけて切り上げを見舞う。

 

 

どうやら予想していた動きと違っていたらしく若干目を開くフランだったが動きに支障はない。

 

 

咄嗟に炎剣を手首の向きを変え下に向け、氷剣を真正面から受け止めようと―

 

「…ちっ」

 

と、蒼月も弾かれるままではない。

 

 

すぐさま床を滑らせていた右足に魔力を集中、即座に冷気を右足のみに纏わせる。

 

 

そのまま氷を纏った右足を炎剣の刃ではなく腹の方に蹴り入れ地上を旋回しながら距離を取る。

 

 

床が凍っている為特に音を出すこともなくカウンターで真一文字に振るわれた炎剣の射程外へ退くことに成功する。

 

 

 

強い。

 

攻撃に対する読み、対応に揺らぎがない。

 

この手のタイプは―経験ではなく天性の勘で行動するタイプだろう。

 

元々フランは書物から学ぶよりも実践形式で学ぶ方が呑み込みが早かったが。

 

 

 

それにしても異常だ。

 

 

 

彼女の性格からして実力者に喧嘩を売って実力を高めたとも思えないし、

そもそも紅魔館から出てきていないのならフランと拮抗しうる実力者は

恐らく姉たるレミリアのみだったろう。

 

それにしてはこの戦闘能力の高さは解せないものがある。

 

 

 

さらに―

 

 

「スター、ボウ、ブレイク」

 

 

詠唱が終わると同時に色とりどりの光弾が宙に浮かび上がる

それはさながら星空のように煌びやかで―

 

 

流星のように残酷にこちらに向かって降り注ぐ。

 

 

 

剣での防御は得策ではない。

当然ながら一弾を防いでも後続の弾を防ぎ続けれても側面ががら空きになってしまう。

 

 

故に取る行動は壁面も利用した逃走。

 

 

個人的心情で言えば全ての光弾に同じ手で迎撃したいところではあるが、

そうもいかない事情がある。

 

見られているが故に。

 

 

 

背中の防御を少しでも高めるために氷剣を右肩に担ぐようにしたのちに光弾を限界まで引き付けたのちに

冷凍化のしていない左足に魔力を溜め、床を踏む。

 

 

そのまま魔力は自らの体を弾丸のように打ち出す推進力となり、一気にフランの視界から離脱する。

 

 

動いたことにより部屋の中で空気が激しく動き、整理されていた部屋の家具が飛ぶ。

 

 

しかしこのままでは曲がり切れない。

 

 

故に右足の冷凍化を強制的に解除、眼前に迫っていた壁に着け、減速。

 

 

この時点で光弾の半数近くは曲がり切れずに床に激突し、霧散したがまだ残っている弾がある。

 

 

 

そして一時壁に張り付くようにして停止。

 

獲物を再び発見した残りの光弾たちはまた、狙いを定める。

 

 

獣の群れのように陣形を組むようにして複雑な配置で光弾はこちらに迫る。

 

 

 

ここまで広がられたら走っての回避はほぼほぼ不可能だ。

 

 

となれば―

 

 

 

今度は片足ずつではなく両足に魔力を循環、徐々に両足から見覚えのある光の粒子が漏れ出し始める。

 

 

 

そして今度は接近を待たず、魔力が溜まるや一気に縮めていた両足を伸ばす。

 

 

壁はまだ凍り付いていないため、盛大に破裂音を響かせながら、そこに痕跡を残す。

 

 

 

後方に流れゆく部屋の景色が色褪せ、加速する。

 

まるでワープするかのようだが、これはただの「力強い跳躍」。

 

 

当たるものには当たってしまう。

 

 

 

故に選んだルートに存在する光弾は二個。

 

 

いずれも周りに浮遊してる弾のせいで攻撃する以外の手立てはない。

 

 

 

飛翔しながら腕に無理を言わせ、担いでいた右腕を引き絞る様に後ろに伸ばす。

 

 

そのまま照準を合わせ、両断、一つ目を破壊。

 

続けざまにそのまま体を縦方向に回転させたままにする。

 

 

 

今視界は逆さまだ。

 

 

そして回転の速度を維持したまま剣を左側に水平方向に構える。

 

 

照準、後に―

 

 

光る球体が水平に斬られ、二つに分かたれる。

 

 

もう外敵はいない。

 

 

 

そのまま―

 

 

 

 

どうやらフランは蒼月の姿を視認できていなかったらしかった。

この点も「本物の」フランとは違う。

 

そしてようやく音速を超えた速度で自身に接近する蒼月に気付いたらしい。

 

 

「しまっ―」

 

 

振り切ったままだった右腕を今度は左側へスイング。

 

 

 

狙いは右腕。

 

 

「(落とせる―!)」

 

 

 

そのまま邪魔されることもなく右腕を振り切る―はずだった。

 

 

しかし氷剣を受け止めていたのは炎剣でも、右腕自体でもなく、左腕。

 

 

 

外見は幼女の脆そうな腕が刃自体をがっちりと掴んで受け止めていた。

 

 

 

「な……に……!?」

 

 

 

「アハハハハハハッハハッ!」

 

徐々にフランの右手が冷気で蝕まれるように凍り付いていくが気にしている様子はない。

 

…もはや感覚すらもないのだろうか?

 

 

そして冷気が二の腕にまで達しようかという瞬間フランは気に入らなくなった玩具を放る様に、手の中にあった氷の棒を投げた。

 

 

剣を掴んだままだった蒼月も当然振り飛ばされる形となり、緩やかな弧を描きながら吹き飛ぶ。

 

 

 

「うぐぅおっ…!」

 

 

 

何とか冷気を魔力任せに床に噴射することで勢いを殺し着地することはできたものの、魔力で強化していない人間の肉体はいともたやすく不調を訴える。

 

 

 

休んでいる暇はない。

 

 

そらまた眼前にフランの狂気の笑みが—

 

 

「せぇぇええああああっ!」

「キャハハハハハハハッ!」

 

 

炎剣と氷剣はなおも語る。

 

金属同士が奏でるような音はないがそれを上回る衝突音が場を囲む。

 

 

魔力量が尽きることはないだろうがそれ以上に突発的な強化ではやはり体が冷気に長時間耐えきれそうではない。

このままチャンバラごっこを続けていてもずっと氷剣を持ち続けている右手の方が壊死してしまう。

 

そもそもの話この戦闘自体、蒼月からしてみればかなり厳しい条件が多い。

 

 

まずフランのこの攻撃の真意さえ未だ掴み切れていないのだ。

会話から察するにレミリアも同じようなことを言われたのだろう。

 

しかしその言葉に至る理由も聞いていないし何も分からない状態でフランを斬り殺してしまう訳にもいかない。

 

 

現在分かっているのはフランの中にもう一人フランが存在すること。

原因は分からないが元のフランは蒼月に助けを求めていること。

そしてその助けの内容が自身の殺害だということ。

 

 

…現状考え付いたのはこれらだけだった。

ここからフランの実情を考えるのはほぼ不可能だ。

 

 

これ以上の推測をするにはもう少しフランの様子を見なければならない。

 

―それまでに人間の体に慣れないレベルの極低温での環境下にどれだけの時間が残っているか―

 

 

新たに浮かんだ問題点に視点を切り替えつつ

蒼月は氷剣を構え直した。

 

日没まで、残り、2時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~約490年前~~~

 

「さすがですレミリアお嬢様。全て満点です」

 

「……はぁ…」

 

 

ここは紅魔館内部に古くから在る大図書館。

 

そして横にいるのは―

 

教育係とかいってずっと付いてきて口煩く勉学を進めてくる付きの爺だ。

年は私もしらない。

眼鏡を乗せるように掛け、悪魔の証である赤い眼をしている。

いつものように口元に適度に生えた髭を押さえながらノートに赤インクで正不を記してこちらに寄越した。

 

言われた言葉通りそこには花丸が下の方に書いてあった。

自信作らしかった。

 

しかし花丸をもらってもレミリアの顔色は優れない。

 

 

またこの茶番だ。

 

 

占星術、魔術、帝王学…

 

同じことの繰り返しだ。

 

 

必要だからと参考本を何十冊と読まされ、そこに書いてあった事を覚えているかと聞いてくる。

 

馬鹿馬鹿しい。

 

一度読めばおおよそ必要な部分は覚えられる。

わざわざ試験をするまでもない、事実だ。

 

 

それなのにこいつはずっと付いてくる。

…一度寝室にメモ用紙と共に本が置いてあった時は本気で戦慄したものだ。

 

 

過去の暗い記憶を思い出して若干身震いしかけたその時図書館の扉が動いた。

一瞬客かと思ったもののいつも通りの顔で気分を落とした。

 

そこにいたのはレミリアの父親である

 

勉強をしていると時々覗きに来る。

説教をするわけでもなく何かをチェックするわけでもないが…

 

本人曰く娘の顔が見たいから、らしい。

 

その後爺と父は何かを語り合っていた。

父も勉学や読書を好む性質だ。

似たもの同士通ずるものがあるのだろう。

 

もちろんレミリアにはそんな話微塵も興味が無い為

巻き込まれないように即刻目を逸らして黙り込むのだ。

こうしていれば疑問を吹っ掛けられることもないということをレミリアは既に学習していた。

 

 

………ヘイグ・スカーレット。

かつてのスカーレット家をたった一代でここまで盛り返した私の父親。

(かつてと言っても別に貧乏だったわけではなかったが)

吸血鬼の例に漏れず顔立ちは芸術品のように整っており体はたるまず引き締まった筋肉が

完璧な美を生み出している。

さらには歴代最高とも謳われる頭脳に何人も寄せ付けない武力的な強さ。

 

そして「あらゆるものを溶かす」という強力すぎる能力。

 

ゆえに館の中での裏の呼び名は‘賢王‘。

 

プライドが高く気高いとされる吸血鬼が何の躊躇いもなく頭を下げる。

そんな父だった。

 

 

それゆえにレミリアは父親を好きになり切れなかった。

 

劣等感を抱いていた、という可能性は否定しきれない。

しかし時々父の眼が本当に自身を見てくれているのかという疑問を抱いてしまうのだ。

 

まるでレミリアをモノとしてしか見ていないような眼光。

特別怒っているわけではないのに体がすくんでしまうのだ。

 

怒鳴られたことは一度としてないしそういった恐怖経験をしているわけでもないのに。

 

気分が落ち込んだレミリアはそのまま席を立って出口である扉へ向かっていた。

 

 

「…どこへ行くんだ?」

 

後ろから父親の鋭い視線が突き刺さる。

 

「……ちょっと息抜きに散歩」

 

 

父親の返答も待たず扉をあけ、図書館の外へと抜け出た。

 

あんな高圧的な視線を向けてくるぐらいならうるさく小言でも唱えられた方がマシだ。

 

聞き流せば済むだけだから。

 

外へ出たレミリアは近くに使用人がいないことを確認して

壁際を歩く。

 

そのまま廊下に頭上に無数に存在する窓のうちのカギのかかっていない一つの窓を選択し、

縁に足をかけ、よっこらせと窓に登る。

爺がいればはしたないと注意されるだろうが今はいないので問題ナシ。

 

登り着くと同時に開錠されている窓を全開、全身に風を感じながら夜に浮かぶ満月を見上げる。

かつては血の匂いが充満していたであろう湖には今は悪魔の嘲笑が絶えない館が建てられている。

 

「……あぁもう…そこらでも飛び回ってこようかしら…」

 

 

その言葉と同時にレミリアは窓から空中に躍り出た。

 

 

屋敷の周りにある池を住処として飛んでいる蛍が光を放っている。

 

 

 

 

魔の者とて美しいものには目を奪われるものなのだ。

 

 

 

 

~~かりちゅま移動中~~

 

 

 

ちゃぽんと湖をナニカが跳ねた。

 

そこに向かってある程度形の整った手ごろな石を見つけ、投げ入れる。

 

 

………結論から言ってしまえば結局何もなかった。

 

正確に言えば耳が人の髪のように垂れている可愛らしいうさぎ等の発見はあったものの

レミリアをわくわくさせるような摩訶不思議な体験はなかったのである。

 

「いやそんな何か発見があるとは思っていなかったけども…」

 

内に秘められている魔力のおかげで悪魔と比べたら下等生物である虫は寄ってはこないが、

狼のような生き物は寄ってくるのだ。

 

これもレミリアがまだ幼体であるが故なのだがそれでも上記の理由か危害を加えようとする様子は見られない。

皆ちらりちらりと視線を投げかけては視線を下に下げて歩き去っていく。

 

すごすごと歩いていく狼ちょっと可愛いなぁとレミリアが思った時

 

一匹の子供と思われる狼が視界の縁に入った。

 

いずれも大変愛くるしくまだ生えたばかりと思われる白にも見える灰色の毛をもふもふと揺らしていたが問題はそうではなく。

 

とてとてとてとレミリアの横に歩いて来てから―

 

「うぁんっ!」

 

とこちらを見つめながら一声上げてから近くの茂みにじっと視線を固定しているのだ。

 

ふりふりと尻尾を揺らしながら。

 

よくよく見るとその他の狼もちらちらと茂みに目を向けては逸らすという動作を繰り返している。

 

 

「………何かしら?」

 

 

さすがにここまでお膳立てされればレミリアでも何かがおかしいのは察することができた。

問題はソレが危険なモノなのかだが…

 

「(見てみないことにはなんとも言えないわね……)」

 

「見ずに帰る」という選択を無意識下で消去していたレミリアはそのまま

地面に手をつき立ち上がった。

 

まぁ館から離れていないからそこまで危険なものはないと思われたが―

 

 

立ち上がった反動から若干おぼつかない足取りで茂みへ向かう。

 

そのまま豪快に素手で茂みをかき分けていく。

 

服に多少小枝やら葉っぱがつくがレミリアは気にせず分け続けた。

 

 

そして視界が一気に開けた瞬間―

 

 

「………は?」

 

 

そこにあったのは先程の狼に負けず劣らずにもふもふとした純白の塊だった。

 

しかし毛が伸びてもふもふというよりかは見た目上での質感がもふもふしているだけなのだが―

 

 

よくよく観察してみると塊は微かに上下に揺れ動いている。

どうやら生き物ではあるらしい。

 

そのままぐるりと塊の周りを回ってみても特におかしな点は見当たらなかった。

 

最初は大きな真っ白い狼が寝ているのかと思ったがそうではない。

 

本当にただの転がった卵のようにしか見えない柔らかそうな塊なのだ。

 

 

……まるで正体がつかめない。

どうやら危害を加えられる恐れはなさそうだが…

 

 

「うー…………あれ?」

 

 

そこでレミリアは一匹の先程とは違う子狼がある一か所を鼻でつついているのを見つけた。

 

疑問に思ったレミリアは子狼を抱っこして横に優しくどかした後その場所を覗き込んでみる。

 

 

 

………………。

 

特にシミも汚れもない純白がそこにはあった。

 

 

 

「(やっぱり何もないk「……ー…」…え?)」

 

 

……なんだ今の声。

 

 

驚愕しながらもう一度レミリアは今度は覗き込むのではなく耳を近づけてみる。

 

 

「…くー…くー」

 

「!!?」

 

驚いたあまりに後ろに盛大に尻もちをついたレミリアは本気で目を丸くした。

 

 

しゃべった。

もふもふがしゃべった。

 

 

今のレミリアの脳内は大体こんな感じだった。

 

――次の瞬間しゃべるナニカが大きく動いた。

 

 

まるでプレゼントを包むリボンが解けるかのように白い膜が外側に向かって開き始めたのだ。

 

―いや正確に言えば膜というにはそいつは厚すぎたのだが―

 

 

そのまま膜は二枚に分離してふわりとほどけ落ちた。

想像できるようなほこりが落ちたり、という事はなかった。

 

威圧感は決してなく粉雪が舞い落ちるように、柔らかくふんわりと落ちた。

 

 

そしてその中にあったのは……

 

 

「………人?」

 

 

綺麗な銀髪に背中から先程の膜―――翼を生やした少年がそこで熟睡していた。

 

 

「(……え?これどうすればいいの?)」

 

 

―――一切に曇りのない蒼が若干混じった銀色の髪。

 

―背中から伸びている、自分の体を包み込んでなお余りある純白の大翼。

 

その時レミリアの脳裏に浮かんだ言葉は…

 

 

「……天使…?」

 

 

伝承を基とするならば頭上に光輪が無いこと等が上げられるが…

 

問題はそちらではない。

 

 

「こいつ…どこから来たのかしら…」

 

恰好を見てみるがどうにも悪魔らしくないのだ。

目立った装飾の着いていない、こちらは真っ白ではなく若干アイボリーっぽい色をしたトレンチコートのようなモノを羽織っており、

脚には何も履いていない。

 

ならここまで来れるのならばとまさぐったりせず外観だけで判断すれば武器を持っているようには見えない。

 

だが持っていなくともここまで来れてしまうレベルの実力者だというのは戦闘をほとんど経験したことのない

レミリアでもなんとなく理解できた。

 

明らかに寝ている体から立ち上る魔力が異質なのだ。

悪魔のようにねっとりと絡みつくような感じではなく神々のように近づくだけで圧迫感を感じるものでもない。

 

こいつの魔力の質はさらさらと流れ落ちるきめ細かい砂のようにと表現できる感覚なのだ。

 

生まれてから悪魔に囲まれて過ごしてきたレミリアには慣れていない感覚であった。

 

 

そもそもここら一帯の統括地には爺が施した承認された者以外には視認することすら絶対に適わない

魔術結界とでも呼ぶべきものが存在する。

 

まぁよくある話だがこれを超えて気付かれない生物はいないという訳で。

 

 

「………生物なのかな…」

 

ふとした疑問をレミリアが考えこもうとしたその時

 

 

「いや、僕死んでないよ?」

 

 

返答が来た。

 

 

「じゃあ…生物ではあるのよね…」

 

……。

 

……………。

 

…………………んん?

 

何かおかしくなかったか今。

 

 

「……寝てしまっていたのか」

 

 

頭の若干跳ねた髪を強引に掻きむしりながら少年はぼやく。

表情には何の起伏もなかった。

 

そしてしばらく周りを見渡したのちにレミリアを数舜見つめたのちに合点がいったと言わんばかりに呟く。

 

「……あぁ、私有地だったのか…すまん。謝る」

 

そのままの流れで何の支障もなく頭を下げるものだから驚いてしまった。

 

「いや別に頭下げないでよ…それよりも」

 

「どうやってここに入ってきたわけ?普通の生物ならこの泉、視認できないはずなんだけど」

 

話を聞いてから一瞬首を曲げた少年から帰ってきたのは疑問符だった。

 

「いや、何も変わったことはしてないぞ?暇だったからこの辺り一帯上空を空中散歩していたら綺麗な泉があったからそこに警戒用の狗を置いてうとうとしていただけだ」

 

「…警戒用の犬?」

 

「ほら、いなかった?ほかのここらにいる狼よりも毛量が多い子狼」

 

レミリアにはすぐに思い当たった。

そういえばこの少年の姿を見てからあの狼は見ていないが。

 

「そういえばいたわねそんな狼。なんか私をここに呼んだようだったけど…」

 

「……あいつ自分が見張りって事分かってたのか…?」

 

確かに見張りをやらせておいたら敵をわざわざ連れてきた等シャレにならない。

 

「んで、何だっけか」

 

「……あなたの名前、それとどうやってここに来たのかを問いましょうか」

 

即答

 

「どうやって来たかは見たままだぞ?普通に空を飛んでここに落下しただけだ」

 

「…………」

 

嘘をついているようには見えない。

 

そもそも結界を破るための術はそうそう覚えられるものでもないし周りが感知できるレベルの魔力を消費するため

隠れて使用するのはほぼほぼ不可能に近いのだ。

 

さらにここにいるのは魔力の塊とも言うべき悪魔である。

術を使用したのなら間違いなく異常に気付く。

 

しかし一切結界に感知が見られないとは一体…

…能力でもあるまい。

 

余計に怪しさが増したがどうやら悪意はないらかった。

これも人を騙す悪魔だからこそ分かるモノだ。

 

 

「…じゃあ名前は?」

 

若干面倒くさそうなため息を半呼吸程吐き出したのちに応答した。

 

 

「…ガゼル。他の名称は存在しない」

 

 

ガゼル…聞いたこともない名だ。

…聞きたくはないが爺なら聞いたことはあるかもしれない。

後で屋敷に帰ったら聞いてみるとしよう。

 

「反対にお前の名前は…あぁ、聞かない方がよかったか。悪魔だしな」

 

 

「……レミリア」

 

「…は?」

 

紫銀色の髪をふわりと揺らしながらレミリアは名乗った。

 

「レミリアよ。別にこの名前なら知られようと構わないわ。そもそも私生粋の悪魔じゃないし」

 

最初は驚いていたようだったが徐々にガゼルも納得したようだった。

 

「…真名は別にあるという事か」

 

「そ。んで…あなたこれからどうするの?」

 

この場所をほかの者たちが見に来ることはそうそうないと思うがそもそもこの少年これからどうやって

生活するつもりなのだ。

 

うちでは求人はしていない。

 

「別に屋根の下を探しているわけではない。ここではない別の場所でしばらく野宿でもするさ」

 

「…大丈夫なの?そんな生活で」

 

若干雰囲気を柔らかくしたガゼルは翼をいじりながら答えた。

 

 

「大丈夫だ。元々俺は食料も水分も必要ない。魔力さえあれば生きていける」

 

 

……いや本当に何者なんだよこいつ。

…食いらずで魔力で生活できるって…

 

「…そんな呆れたような目をするな。そもそも飽きられる要素はどこにもないだろう」

 

胡坐をかいたままガゼルが続けた。

 

―補足すると悪魔でも魔力だけで生きていくことは可能である。

色々と説明は在るが結論を言ってしまえば

全てのエネルギー供給を魔力だけで補おうとするとほぼ一人では賄えない量の魔力が要される。

故に現在までに魔力のみで生存してきたと思われる生物は見受けられなかったのだ。

 

 

嘘を言っているようには見えない。

いたって当たり前の事を告げただけだといわんばかりにガゼルはため息を漏らした。

 

…確かにガゼルの魔力量は凄まじいのだろう。

事実ガゼルが座っている芝の一部に霜がキラキラと張り付き光っている。

元の彼の量を予測してみればかなり抑えているのだろうがそれでも隠しきれていない。

 

湖が魔力の影響で波打っているということもなく周囲の魔狼の様子もおかしくない。

ただ、本能的に襲わないという選択はしているらしかった。

 

 

「しかし実際に感じるけど恐ろしい保有量なのね…」

 

「それを言ったら君もじゃないか」

 

「……世辞はやめてよ」

 

「へえ……あの賢王の娘が随分と謙遜するじゃないか」

 

「…父を知っているの?」

 

それに対してまた何をといった顔でガゼルが見つめ返してきた。

 

「当たり前だろ?ここら一帯の大陸でヘイグ・スカーレットの名を聞いたことのない者はいないと聞いたが」

 

「…その言い方だと元からここに住んでいるわけではないのね」

 

「まぁここら辺に来たの7日ほど前だし」

 

「そこは一週間って言いなさいよ」

 

「随分ともてはやされているようじゃないか。一度顔を見てみたいものだが」

 

「見てもいいことないわよ?」

 

「ふぅん…その言い方だと…もしかして君は…」

 

あ、まずい、と思った。

あくまでこのガゼルは寝ていたところを起こした(いや私有地だけども)だけの間なのだ。

自身がここらの娘だとわかれば本性を剥き出しにして―

 

完全にやらかした―

 

段々と鼓動が速くn「親父の跡にと期待されて結構言えない悩み多いんじゃないの?」

 

「………え?」

 

「そのままじゃ親父の交渉材料に利用されるだけだぞ?もっと自分を前面に出していかなきゃ。」

 

「……私を攫おうとはしないの?」

 

「え?何?攫ってほしいの?」

 

露骨にガゼルが少し口角を上げて問い返してきた。

 

「いやいやいややめてよ…」

 

「…そこまでドン引きされるとわりかし傷つくものがあるんだけども…」

 

肩を若干落としたガゼルだがそれよりも先程言われたことに対しての疑問が今更レミリアの頭に浮かんだ。

 

「…自分を前面に出すって…?」

 

「そのまんま。何かしら意見を出さないと本当に親父にいいように使われるだけになっちゃうよ?」

 

別に考えていなかったわけではない。

いいように使われたかったなんて思ったことは一度としてない。

しかし相手があの超人(超悪魔?)相手なのだ。

一介の生まれたばかりの悪魔にできる事等決まり切っている。

だが拮抗できるまでに成熟を待っていては遅すぎるのだ。

そのころにはいいように認識を改められてしまっている。

 

「考えていなかったわけじゃないけど…どうやって…」

 

言い方を変えれば今のレミリアにできることは結局のところ親父がやれてしまう。

そうレミリアは言いたかったのだが―

 

「簡単な話だ。親父に言う事を聞いてもらえるぐらいに強くなってしまえばいい」

 

「…うぇ?」

 

…私の話を聞いていたのだろうかこの銀色は。

だからそれができないからこそ今悩んでいるのであって―

 

「大方考えていることはわかる。そんなこと無理だと最初から決めつけてしまっているのだろう?」

 

…頷くしかない

 

「それじゃあ無理だ。レミリア、まだ会ったばかりだが君に足りないものが今だけで分かった」

 

真剣な眼差しでガゼルが回答をくれた。

 

 

 

「よくある話だ。『他者に身を委ねる』というものだ」

 

 

 

…出会って三十分の男にそんな事を言われるとは思ってなかった。

だが思い当たるのは確かだ。

 

「確かに君一人の鍛錬ではあの親父に勝つのは不可能だろう。書物で知れる戦闘技術等たかが知れている」

「故に…」

 

 

「俺が教えてやろう」

 

 

 

………本当の本当に何を云っているのだこの男は。

真面目な顔で出会って三十分の少女にかけるべき言葉では絶対ない。

 

「…そんな怪しすぎる提案を受け入れろと?」

 

「そりゃあそもそも君の意志の問題だ。俺はあくまで手法を提示しただけに過ぎない」

 

…確かにこの男の言うとおりだ。

私が考えうること等結局言われた通りたかが知れている。

過去に爺に身を守る方法を乞うてもまだ早いと教えてくれなかった。

 

だがそのままでは間違いなく本物の箱入り娘になってしまう。

それだけはレミリア自身避けたかった。

 

 

結局レミリアの心は最初から決まっていたのであろう。

 

 

「……いいわ。あのまま館の中で大人しく利用されるぐらいならあなたに教えてもらうわ」

 

レミリアは外に出る方を選んだ。

 

「…まぁ元々君を攫うつもりも毛頭ないし攫ったところでメリットなんてないしね」

 

黄金如き一片もいらんと付け加えてからガゼルは胡坐の体勢から立ち上がってレミリアを見下ろした。

 

見上げてみて分かったがガゼルの身長は思ったほど高くなかった。

 

生まれたばかりの私はまだ110㎝前後だがそれの半分上ぐらいだろうと推測できた。

 

大人、には見えなかった。

 

でも見た目通りの子供にも見えなかった。

 

 

「…それで教える日時はどうすればいいんだ?館には入れてもらえんだろうし」

 

「あなたは別に定住している場所はないんでしょ?」

 

「現在放浪真っただ中だが?」

 

放浪というには汚れているようには見えなかったが…

 

「それならここで待ってくれないかしら?目を盗めたらここに来ることにする」

 

「…それはそれで俺自身に若干罪悪感が…」

 

「元から見ず知らずの家の所有地で寝てる男に言われたくないわ」

 

本意ではない演技であろうため息をつきながらガゼルは確認を寄越した。

 

 

「…要するにここにずっといればいいんだろう?分かった。狼と戯れてでもして待っているよ」

 

……若干狼たちがびくんとしたのは気のせいだろう。

…ちょっと可愛そうだが。

 

「なら…決まりね?」

 

「悪魔との契約みたいだな、これ」

 

「悪魔の契約は厳重よ?」

 

 

こうしてレミリアとガゼルの…いわば師弟関係が始まったのだった。

 

 

 

 

それからおよそ五年間、レミリアはガゼルからの手ほどきを受けた。

今の時代から考えてみればたった五年間と捉えられるが、当時の彼女にとっては人間の幼少期の感覚に等しく大変長く感じられた。

 

ガゼルは最初にレミリアに告げた。

 

『俺は戦闘面に関してはお前に教えられるが、俺は哲学等の体系化された学問と呼ばれるものは一切分からん。

 あくまで俺は闘いしか教えられん。そこは…まぁ、分かってくれ』

 

元よりそのつもりだったレミリアからすれば特に問題はなかった。

…家では勉強してないと怪しまれるし。

試験勉強をしたのかと聞かれて学校でやったと答えるアレだ。

 

 

それからは早かった。

爺の話を聞いた後、見られていないタイミングで館を抜け出し、狼の泉へ向かった。

 

そこにはガゼルが(大抵は寝ていたが)おり、レミリアが帰る時間になるまで技術を説いた。

 

教えられるにあたって武器種をガゼルに尋ねられた際にレミリアが希望したのは槍であった。

剣と槍かで迷ったが最終的には槍にした。

乙女が使うのに美しいと思ったのは槍の方だと思ったからだという単純な理由からだったが。

 

ガゼルは槍の指南をする際に、指南書を用いたりはしなかった。

基本的には実践方式であり、助言を多くする型だった。

 

時にはガゼル自身が泉の水を凍らせて作り出した槍や剣、盾などを用いて相手をしてくれた。

女子供だからと手加減してくれたかと言ったら全くそうではなく

 

むしろ『吸血鬼なら手加減しなくてもいいじゃん』ということで寸止めなどはなかった。

…それでも武器の刃の部分で攻撃されたことは一度としてなかったが。

 

そして教えられていく間にやはり彼が他の悪魔とは一線を画す存在であることを直に感じ取ることができた。

 

教えられた技術の中でレミリアが最も気に入ったのは槍での近接戦闘ではなく投槍による遠距離からの狙撃とも呼ぶ技術であった。

 

レミリアが槍を作ればその槍は魔力の性質によって真紅に染まった。

が、ガゼルの作り出した槍は違った。

 

まるで逆巻く激流に稲妻を纏わせたかのような槍だった。

色はまるで空に浮かぶ星のような、白を交えた青色であった。

館に気付かれないように張った結界の中でガゼルは一瞬の躊躇いもなくその槍を放った。

 

飛翔した軌跡は、天の川の如く光の道筋を残し、本体からは碧色の光芒が螺旋を描きながら追随していた。

 

その姿は正しく、彗星。

 

ガゼルのその魔槍の名称は『彗星槍』と呼ぶらしかった。

彼らしいシンプルなネーミングだった。

 

その槍を投げる姿にレミリアは心奪われた。

単純にその槍の美しさと、それを投げる技術に。

 

 

 

先程も言った修行開始から五年間の間にレミリアは劇的に成長した。

思考も、戦闘能力も、魔力の循環も。

それから目つきも。

愛らしい猫のような目は見るものを恐れさせる眼光へ。

館内での勉学も怠らなかった為に頭の回転も速くなった。

 

何よりも大きかったのは能力の開花であった。

当初よりヘイグの娘ということで能力は周りから注目されていた。

 

そして発現した能力は

「運命を操る程度の能力」であった。

 

幼いレミリアではまだ能力は全くと言っていいほどに使えなかったが

今後に大きく育つ事が約束されたような能力だった。

 

しっかりと鍛えればその名の通り運命すらも捻じ伏せれるようになる。

それはレミリアの心の火をさらに強くするに十分だった。

 

 

…それでも未だにガゼルから一本取ったことはなかったが。

 

 

悠久の時を過ごす悪魔はその成長速度も本来は遅い。

そんな中たった五年間でのレミリアの成長ぶりに周囲は大きく驚いた。

ただ図書館で勉強している姿しか見ていない大人達は特に驚いていた。

しつこく聞いてくる者もいたが偶然とはぐらかしておいた。

 

それでも、悪くない気分だった。

 

 

 

 

 

そしてレミリアの成長に周りが驚いたその数日後、館をさらに大きな驚きが包んだ。

館の主であったヘイグ・スカーレットの第二子が誕生したのだった。

 

レミリアは妹が生まれるという事に喜びを感じた。

館の中は自分以外は皆大人ばかりだった為にいい加減いやになっていたのだ。

 

生まれた妹に名付けられた名は、

 

フランドール。

 

フランドール・スカーレットであった。

 

夜を思わせる紫銀色の髪の姉とは対照的な、満月を思わせる黄金の髪を持つ妹フラン。

 

翼も姉とは大きく違っており、典型的な悪魔の翼の形をしたレミリアの翼とは違い、

フランの翼は背部より伸びた枝のように細い芯より、幾つもの七色の輝きを持つ宝石を吊るした翼だった。

 

レミリアとフラン、どちらも姉妹仲は悪くなく、むしろ周囲が笑ってしまうほどに仲良しであった。

 

性格も当初は全く違っていた。

生まれた時から活発的であったレミリアと比べてフランはどちらかというと引っ込み思案だった。

あまり言葉を話さず、周囲からは感情が希薄だと捉えられかねなかったがその実姉との

二人っきりになると感情表現が豊かになる、典型的なお姉ちゃんっ子であった。

 

 

そんな性格故に、館の中では父と爺と、姉としか話すことはほぼほぼなかった。

 

 

その為悪魔たちからの陰口が必然的に多くなった。

爺からしてみても、姉が父の跡、

次期当主を担うという関係からも、あまりフランに勉強を強要しなかった。

 

まぁ、フラン自身がすすんで読書をしていた為、一般教養は身に着いたのだが。

 

 

 

フランも当然跡を継がなくてよいという事は理解していた為、上記のように特段勉学に勤しむといった事も

なかった。

 

…故にフランドールはレミリアに防衛技術を教えてくれないかと頼んだ。

 

 

いつか当主になった時にレミリアを守れるようになりたいと。

妹だからと守られるだけにはなりたくないと。

 

 

 

 

レミリア自身もさすがに成長した為今からして考えてみればガゼルに話しかけた事が大人から見れば

どれだけ危険な事に分類されるかは分かっていた。

 

もちろん妹という立場上爺にでも言えばすぐにでも戦闘技術は教えてもらえただろう。

ここら一帯の悪魔など手玉にとれる実力を老いてなお誇っていることは館中の周知の事実だ。

 

 

でもそれではだめなのだ。

 

 

 

決してガゼルがここに攻めてくると言いたいわけではないが

言ってしまったらあれだけの実力を見てしまった後だと…やはり安心などできないのだ。

 

 

 

故にレミリアはフランにガゼルの事を話した。

普通に考えれば姉が不審者に戦い方を教えてもらっているという中々におかしな情報であったが

フランはレミリアについていった。

 

 

 

『お姉様が能力を使っても悪い運命がなかったのなら大丈夫でしょ?』

 

 

 

……そうしてレミリアはフランをガゼルと会わせた。

当初はガゼルも驚いたようだったが

特に拒否はなかった。

 

 

フランも当初はおどおどと気弱であったが

次第に安定していた様だった。

 

 

『私はこれからあなたを何て呼べばいいの?』

 

『名前はガゼルだけどフランの自由でいいよ?呼び捨てでもあだ名でも構わない』

 

 

『じゃあ……お兄ちゃんでいい?』

 

『姉をお姉様って呼んでいるのに俺だけお兄ちゃんじゃ不公平だろう?

 ほら、レミィなんてもう目がうるうるしてきて…』

 

『そっ、そんなわけないでしょうが!』

 

『それじゃあ…お兄様?』

 

 

かくしてフランにとっての初めての‘兄‘が現れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁその三人での日々も突然に崩れるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フランの翼の宝石って音鳴るのかな…

早速固有特性中二病発動。
巫女さん的にはフラン嬢と蒼月さんの戦闘時のイメージBGMは某狩りゲーの凍土の戦闘BGMを思い描いています。

夜中にしか執筆できない縛りプレイ実行中。

投稿遅れてごめんなさい…
…そして文章分けた方がいいのかなぁ…これ。
さすがに長すぎる気がする…


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第五話 「雪は未だ溶けず」

本当は妖夢ちゃんの日に投稿したかった巫女です。

そしてちょっと短いです。
でも次回いつもより多めに書くつもりだからユルシテ…ユルシテ…

あとタグ追加しました('ω')ノ

ぼくのかんがえたさいきょうのてき←NEW‼



 

「やったぁ!ねぇねぇお兄様見ててくれた!?」

 

「…ずっと後ろから見てるよ」

 

義妹が満面の笑みでこちらに振り向いていた。

くるっと回った拍子にフリルと手入れされた金髪がふわりと揺れる。

 

これが現代社会で金髪幼女からこんな邪気のない笑顔を見せられれば

表情を崩さない男等そうそういないだろう。

 

 

……右手の中に物騒極まりない燃え盛る短剣を持ってさえいなければ。

 

 

あつい。

いくら魔術で作られた炎故に熱さはなくとも見ている方が暑い。

 

長さ自体は上記の通り果物ナイフ程度の長さしかないのだが

その短さのせいか異常に火力が高い。

 

むしろ燃え盛りすぎて握っている少女の白い手が焼け焦げていないことが若干不自然に

見えるほどだ。

 

「しかし姉もそうだけど早いねぇ……練習始めてまだ五十年程度だろ。

 人間の魔法使いがそれだけの火力を生もうとすれば軽く三百は飛ぶぞ」

 

初めてフランに出会った夜からガゼルはレミリアには槍術と図書館にはないと思われる

魔術、フランには戦闘技術云々よりもまず魔術を先に教えた。

 

レミリアの紅槍については彼女自身が自室で作ってはダーツの矢として投げて遊んでいたらしい。

 

ガゼルのもとに行った際には

剣として伸ばすか槍として伸ばすかの選択だけだったようだ。

 

 

しかしフランはそもそも明かりを作る程度なら最初からやれたようだが

戦闘に応用できる魔術は分からなかった。

 

故に身内を守るのであれば近接格闘よりも身近にある武器を利用して戦えるように

なった方がよいと考えたのだ。

 

今のフランは弓等の遠距離の武器を除けば今使われている武器なら大方対応できるように

なりつつある。

 

別にどの武器を使っても大丈夫なように、というよりかは

「どの武器を使われても弱点がつけるように」というのがガゼルの目的だった。

 

敵の武器の弱点を知るには話を聞くよりもその武器を使い込むのが手っ取り早い。

 

「うーん…お姉様が爺に聞いた限りだと私たち姉妹の身体自体が

 魔力伝導率が他の悪魔よりも高いんだって話だけど」

 

魔力伝導率というのはそのまま、魔力を通しやすいかというだけの言葉だ。

特に難しい意味は存在しない。

 

そもそも悪魔自体が名前に魔の字が入っている通り

魔力にとって距離はそう遠くない種族なのだ。

 

故に悪魔は魔術を得意とするものが多いのだがその悪魔の中にも

魔術の扱える程度に優劣が存在する。

 

それが伝導率だ。

 

これが高ければ体の中を魔力を巡りやすく、発動速度や違う魔術に切り替える速さに

差が出る。

 

 

言ってしまえばよほど闘いに身を置くような境遇じゃなければ

あまり重要視しなくてもよい。

 

一般の悪魔であれば幾つもの魔術を素早く切り替え使うなんて場面は殆どないからだ。

 

 

そしてこの伝導率は魔力だけではなく魔術を如何に早く体に覚えこませるかにも影響する。

 

 

これの存在故に伝導率が高い人間は俗にいう『魔法使い』になれる事が多い。

人間の一生は他の種族に比べると短い為その期間の中でどれだけ多くを覚えられるかも

割と重要視される。

 

その点で言えば人間にとっては結構重要かもしれない。

 

 

そしてこの吸血鬼姉妹は要するに他の館の中の悪魔よりも魔術を覚えるのが速い。

 

 

「その魔術他のひt…悪魔に見せちゃ駄目だよ?色々と面倒な事になるから」

 

「はぇー…分かった」

 

………そしてずっと気になっているのは

 

 

「そういえばレミィはどうした?もう三日も経つが…」

 

「…分かんない。数日前にお父様と話し合っていたのは見たけど…」

 

そう、レミリアの姿が見えないのだ。

三日間も。

 

フラン曰く館の中でも姿を見ていないらしかった。

どうやら父親からレミリアの安否を聞いているらしいが―

 

「…要するに親父のすぐ近くにあいつはいるってことだろ?それじゃあフランは何も感じなかったのか?

 あいつの魔力とか」

 

弱弱し気に首を振りながらフランは返答した。

 

「何にも感じなかった。でもお父様は心配するな…って…」

 

……。

 

「…なんか原因不明の重病が見つかったとか?」

 

「それだったら常日頃からお姉様の近くにいる私も呼ばれると思うんだけど」

 

「そう言われればそうだな」

 

分からない。

流行性じゃなくて生まれつきとか…

 

 

 

ふと、ガゼルはあることを思いついた。

 

 

「そういえば…フラン達の母親は誰なんだ?」

 

最初にレミリアに会った時から聞いていなかったことだ。

父親に関しては有名なのでガゼルも知っていたが彼女らの母親については話されたことがなかったのだ。

 

 

ガゼルが聞いたことがあるもので有名な女吸血鬼は聞いたことがない。

そもそも吸血鬼と出会ったのもこの大陸に来てから片手で数えられるぐらいしかないのだ。

それも全員野郎である。

 

なにしろ最初に出会った異性の吸血鬼はこの姉妹だ。

まだ回数は少ないがそれでも十分に少ないと言えるだろう。

 

 

「お母様は…どこにいったかわかんないの」

 

少し悲し気に目を伏せながらフランは呟いた。

 

…今彼女は母親の何を思い出しているのであろうか。

 

「……どこに行ったのかわからない?」

 

 

「私たちのお母様……リリェル・スカーレット母様。

 私を産んでから直にいなくなってしまったの。書置きなんかも残さずに。」

 

…彼女曰く正確には産んで自室に戻った次の日に失踪したらしい。

 

「……家を出て行った訳じゃないんだろ?」

 

三日前から妹すら行方を知らないレミリアと、次女を産んでから行方不明となった母親。

…何か接点があるかもしれなかった。

 

 

「…それすらも分からないの。お父様もお姉様もいなくなる最後の夜はお母様を見ていて、

 次の日お父様が寝室を見に行った時にはいなくなってたそうなの」

 

「…親父と部屋は別々だったのか」

 

「うん…私を妊娠して産むまではひどくうなされていたみたい。それでお母様自ら

 部屋を分けてもらったんだってお姉様が…」

 

…つまり母親は自室で突然消えたという事になる。

転移系魔術でもなければ起こりえない話だ。

だが、話を聞く限りではその線は限りなく薄い。

 

「お母さんは特別に魔術に秀でていたりしたのか?それとも容姿か?」

 

あの賢王が自らの妻としてとった女なのだ。

唯の吸血鬼であるはずがない。

 

何かしらの理由があったはずだ。

 

 

「容姿は…ごめん、あんまりよく覚えてない。でも長くてさらさらな赤い髪を後ろに流していたのは覚えてる。

 顔はきっと悪くない…ううん、美女に入る顔だったんだと思う。

 あのお父様が選んだ人だから」

 

「…その他は?」

 

「聞いたこともない。お母様は病弱っていうわけでもなかったって話だけど…あぁそうだ。

 お母様は吸血鬼なのに血を吸うのが嫌いな人だった…みたい」

 

…吸血鬼と名前にも血を吸う事が示されているのに吸うのを嫌っているとはおかしな話だ。

だが重要な手がかりだ。

 

決して参考にできる資料が手元にあるわけでもないが、少しずつ記憶の頁を捲っていけば何か

見つかるかもしれない。

 

その意気はガゼルの目元をいつもよりも険しくした。

 

 

 

「…それじゃあ、そろそろ館に戻るね。今日も稽古、ありがとう。

 お姉様に関しては…お父様にまた聞いてみるね」

 

「そうか…病気とかだったら見舞ってあげなよ。たった一人のねーちゃんなんだから」

 

「その言葉…今度会えたらお姉様にも言ってやってよ」

 

若干頬を膨らませたフランが訴えてきた。

人間の年齢で見れば老婆とも捉えられる年も吸血鬼からすればまだまだ幼体だ。

 

「はっはは……覚えてたら伝えておこうかな」

 

そんな曖昧な返事をわざとフランに返しながらガゼルは館に向かって進んでいくフランを見送った。

 

館からの結界の影響で日光はこの地には射さない為昼か夜かが分からなくなるが、

恐らく昼間なのであろう、フランは若干欠伸をしながら歩いて行った。

 

只々弟子が帰路についただけ。

それなのにガゼルは一抹の不安を覚えた。

 

…何かが引っかかる感覚。

見落としている…というわけではなく

目を凝らしてもよく見えない常闇の中、地面に罠が仕掛けられていると感じるような、

いわば…危機感。

 

別にガゼルは日常の中には常に危険が潜んでいると錯覚しているような童ではない。

故に己の内の異変を彼自身が敏感に感じ取っていた。

 

 

 

「…空が…赤いな」

 

 

 

こうして一人を除いた一日が終わった。

その日、ガゼルが眠りにつくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてついにもうひとりもいなくなった

 

 

 

 




少しでもほのぼのだと思った?
残念、書いてあった通りシリアスです。

次話は現実時間での対決の続きからです。


でわでわ。


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第六話  「絶対零度」

前回は本当に短くなってしまって申し訳ないです…
今回で現実時間軸一気に進めますよー!

というわけで過去編はちょっとだけお休みです。

そして各キャラのスペカは原作より強化がされている場合があります。
…弱体化させてないからいいよね?

でわでわ



もう何度空気が震えたのかも覚えていない。

 

既に部屋の中はかつての姿を一片たりとも残しておらず蹂躙されるがままとなっていた。

単純な斬撃痕がそこらかしこにあるだけではなくまるで隕石が落ちたかのように見える陥没した場所もあった。

 

だがその惨劇を作り上げてなお両者は舞いを止める様子はない。

むしろ時間がたつ程にその勢いを増している。

 

炎が振るわれれば空気が歪む灼熱の空間へ。

氷が振るわれれば視界が霞む零度の空間へ。

 

両者の些細な動きで戦場は進化するかのように常に変遷を遂げる。

それでいて地下空間がまだ崩壊せずに留まっていられるのは

内側から血の混じった氷に支えられているからだろうか。

 

その超常空間の中ただ体の中で魔力を回し続けているだけの人間であるガゼルは

戦い続けたが故の自身の身体の異常に気がついていた。

 

致命的な直撃こそまだ食らってはいないものの皮膚のすぐ近くを太陽と錯覚するかのような爆炎が掠めていく度に

少しずつ感覚が鈍っていく。

 

ずっと燃える炎を見つめ続けたせいで足元の陰を見ると目が痛くなってくる。

 

 

体内で魔力を循環させているからこそまだ立っていられているが辛いものは辛い。

実際常に回し続けていないと咄嗟の回避などが元の脚力では難しい。

というより魔力を使わないと壁面を利用しての猛ダッシュ等できるはずがない。

 

しかし魔力を使いすぎても体は壊れてしまう。

たった一弾の鉄の弾で命を容易に落とせてしまうのが人間だ。

 

今も頭上から振り下ろされた炎剣を手元の氷剣で受け止めるために両足で床を

踏み抜かんと力を込めたものの既に両足とも小指の感覚は存在していない。

 

それどころか足首の指側半分から先がいつの間にか消失してしまったかのようにも思える。

靴を脱いで中を確認すれば目を背けたくなるような惨状が起こっているだろう。

真っ黒い炭のような足だったモノと対面できるはずだ。

 

だがそんな足程度の痛みがなんだ。

今はとにかく目の前の暴れ続けるフランをなんとしても沈静化せねばならない。

そうこうしているうちに両者の距離は凄まじい速度で縮まり鍔迫り合いのように

剣をぶつけ力を込める。

 

「そういえばねぇ…お兄様」

 

その最中フランが最初と変わらぬ笑みを浮かべたまま口を開いた。

 

「私が死にたいって言い出したの、嘘だったんだ。本当は誰よりも生きたいって思ってるよ」

 

「…どういうことだ」

 

口答えしながら蹴りを入れられるか隙を探すが見つからない。

…やはりこの競り合いに勝たねばならないらしい。

 

「私はねぇ...誰よりも外を見てみたいんだ。でもあの子は許してくれない。

 だって私はあの子の心の半分だから」

 

 

………何となく見当は付いていた。

今戦っているフランがフラン本人…というか本来の持ち主ではないであろう事は

戦う前の様子から想像できていた。

フランの中の普段は表面に出てこないナニカが何故か彼女の体を動かしていた事は。

 

問題はその正体だったのである。

眼球の変色、戦闘能力の異常上昇。

二重人格かと最初は疑っていたがどう見てももう一つの人格に入れ替わっただけではここまで

劇的な変化は起きないだろう。

 

剣を打ち合わせた際に魔術で探りを入れてみても

何かに憑かれていた訳でもない。

そんな様子が見受けられたのならまず第一にレミリアは

ガゼルに妹の救助を依頼する際に「狂気に呑まれている」なんて言葉は伝えないだろう。

故にガゼルの手元にあるのは狂気というワード。

しかし記憶の中にいるフランを遡ってみてもそんな狂気的な場面は思い出せそうにない。

 

「クランベリー…トラップ」

 

詠唱に気が付いて部屋を見回した蒼月の視界に飛び込んできたのは

円の中にペンタグラムの描かれた典型的な真っ白な魔方陣。

 

それがある陣は目にもとまらぬ速さで、またある陣は時計の針のように進退を繰り返し、

破壊された部屋の周りを周回している。

魔方陣は同じ向きに回っている訳ではなく、例えれば戦術の奇門遁甲の陣のように向きが交互になっている。

 

「(…一気に包囲して殲滅…畜生忠実に教えた事守って殺しに来てんな)」

 

そして部屋の中心付近で浮遊していたフランが目を細めると同時に部屋全体が赤と青のフラッシュに包まれた。

回っていた魔方陣から一斉に赤と青の光弾が機関銃もかくやという速度で連射されたのだ。

 

先刻向けられた魔法と違って今度の技には死角が存在していない。

ばら撒かれているからと言って威力が下がっているかと言ったらそんな訳は微塵もなく

むしろ光弾同士が共鳴し合って輝きを増している。

 

そして選択を迫られている間に蒼月に向けられて発射されていない、いわばただの弾幕が

壁面にぶつかり、はじけ、そしてその面を溶かした。

 

「(…熱量で再生不可のレベルまで蒸発させるつもりか!)」

 

そもそもガゼルが体中に魔力を全速力で循環をさせているのは周囲の冷気、熱から体を保護すると同時に

元々の再生速度を上昇させる目的もあったのだ、

足の凍傷のようにあまりに重度の傷は再生できないが、掠った際の火傷程度であれば人間の再生速度を加速させただけでも治療は可能。

故に蒼月はそれを悟られないようにフランに対して動いていたのだが、さすがに長時間も様子が変わらない所を

見られて看破されたらしい。

 

そのまま膨大な熱量を持つ大量の光で再生不可能なレベルまで、いわば消滅させようとフランは考えているのだ。

先程のスターボウブレイクはフランの意思で向きが変わるほどに彼女自身の魔力が込められていたがこちらは

単純な力押し。

 

であるならば今の蒼月でも逃走せずとも対処は可能、というより逃走が不可能なように今も射角が修正されていっている。

幾千もの光熱の塊に個々に冷気をぶつけ続けていてもキリがない。

しかしかといって濃度を薄めて範囲を広くした魔術をぶつけて壊れるほどにやわでもないだろう。

 

「みんな…みんなこわれてなにもいわなくなっちゃえばいいんだよ!」

「それなのに…なんであの子はこんな世界を味方するの?」

 

何かが、聞こえた。

 

術式展開前に一度鋭く呼気を漏らし、深呼吸をするように息を大きく吸い込む。

それと同時に氷剣を目の前の何もない空間で、素振りをするように振り抜く。

振り抜かれた際に発生した冷気の霧はやがてカーテンのように地面に下りた。

 

ふわりと床へ下りた霜はその瞬間まるで獣が牙を剥くかのように一瞬で部屋を絶対零度の世界へと変貌させた。

最早吐き出す息が白くなるレベルではない。

魔力を目元まで集めていなければ完全に眼の表面が凍り付いて何も見えなくなっていただろう。

 

「………何故、何故お前は…世界を憎んでいるんだ」

「憎んでなんかいないよ。むしろ…逆なんだもの」

 

「…逆?」

 

「なんであの子の方じゃない私がこんな事を言っているのかはお兄様もどこかで分かっていたんじゃない?」

 

……心当たりはないわけじゃない。というより考えられる理由がソレしか考え付かなかった。

恐らく俺がフラン達の前からいなくなった後の期間に何かあったのかもしれないが大本は

ほぼほぼ間違いなく「あの時」だろう。

 

蒼月の記憶の中でも三指に入るであろう嫌な記憶だ。

あれから百年はとうに経っているがそれでも今なお鮮明にあの光景が脳裏に浮かび上がる。

 

そしてその光景が頭に浮かぶ前よりも一瞬早く現実に引き戻された。

きっかけは小さな破砕音。ガラスの食器にひびが入った時のような僅かな音。

それが部屋のどこかから鳴ったかと思えばそれに続くように先程より激しい破砕音が

部屋中から鳴り響いた。

使い古された電球が音を立てて割れるようにフランの作り出した術式の光弾が

元の温度より急激に冷やされたせいで構築された術式自体が耐えきれなくなったのだ。

 

先程まで光り輝き高速回転していた魔方陣達が徐々に勢いを失くしていく。

それらは最後には力なく墜落すると同時に打ち上げ花火のようにフランの頬辺りまでその存在した

証である光の残滓を舞わせた。

 

「……あーあ、防がれちゃった」

 

「そりゃあお兄様だからな、妹に負けたら面目丸つぶれになる」

 

炎剣をもう一度だらりと腕を垂らすように「構えた」フランが部屋の上部から降下してくる。

だが、フランの動きが最初の時よりも鈍ってきているのを蒼月は見逃さなかった。

 

「それに…体は随分と厳しいようだけど?」

 

そもそも吸血鬼という種族は極寒の地や灼熱の大地に生息しているわけではない。

基本的には他の生物が存在している、即ち環境がそこまで崩れていない場所に住んでいることが多い。

故に人外である以上ある程度までなら人間よりも異常環境を耐え抜くことが可能だが所詮はそこまでなのだ。

 

先程氷剣を素手で受け止めた時に見せた狂気の笑みは最早表面だけにしか見えない。

微弱ではあるが曝された素足が震えている。

 

「………お兄様は寒くないの?」

「これぐらいじゃ寒いとは感じんわ、痛いけど」

 

実際おそらく凍傷であろう足が痛いだけで特に寒いとは感じていない。

かつてのあの頃に比べれば遥かにマシだ。

 

頭部より上で競り合っていた炎剣をバネのように力を込めていた右手で押し切る。

断続的にではなく瞬間的に力を加えられ、さらに先程の理由でフランは咄嗟に反応できなかったようだった。

 

そのままフランは何とか体制を立て直し距離を取ろうとするものの―

フランとの一定距離を蒼月が追随し続けた。

 

「えうぅっ……!」

「こっちはまだまだ動けるぞ…!」

 

床を滑るように距離を一気に詰めた蒼月の取る行動は一つ。

冷気によって最初よりも遅くなったフランへの反撃である。

 

右手の氷剣を叩き付け割る様に横に倒され防御の姿勢になっているフランの炎剣に振り下ろす。

一瞬氷が欠けてしまうのではと危惧したがそんなことはなくそのまま第二撃、第三撃へと繋げていく。

 

目に映り残る斬撃がXに交差するように左右から斬り入れ、斬り払う。

先程まで受けなかった一方的な連続攻撃にフランの手首の力が思わず抜けた。

その一瞬を見逃さず蒼月の氷剣が右下から襲来、凄まじい速度で天へと切り上げられる。

 

既に唯支えているだけであったフランの手から握られていた炎剣が離れ、宙を舞った。

そして主からの魔力の供給が無くなった炎剣にはまるで集るように冷気が集合し、炎を封じ込める。

冷気は炎を封じるに留まらず芯の刀身までにも及び

その姿を保てなくなった剣は空間へと溶け合うようになって消えた。

 

己の分身ともいえる量の魔力を込めた炎剣を破壊された。

この事実はフランの精神に少なくないダメージを与えた。

さらには自身でも分かっている部位の欠損。

 

はたから見れば、フランの勝機はほぼほぼ潰えたと思うだろう。

 

だが、蒼月の心の中にそのような余裕は一切存在しなかった。

 

何故ならまだ彼はフランの能力を見ていないから。

燃え盛る剣も、地を這う魔法弾も、全て彼自身が昔に教えた技術群の一範囲にすぎない。

故に蒼月は自分が教えた記憶のない技を見ようと行動していたものの―見えなかったのだ。

 

―追い詰められた獲物は何をしでかすか分からない―

 

フランはそのまま空中で俯いていた。

誘っているのか…それとも本当に戦意喪失しているのか…

それを判断する術は、ない。

 

「(今はフランに直接的に攻撃を加えるわけにはいかない…抵抗する得物のなくなった今が凍結する好機…だな)」

 

その結論に達するや蒼月の持った剣がみるみるうちに細くなっていき、それと同時に碧色の光が

剣の細さと反比例するように煌々と輝きを増していく。

 

「悪いが…しばらく止まってもらうぞ…!」

 

剣を水平に構え、そのまま飛翔、突進。

俗にいう刺突の姿勢のまま蒼月の体は宙を疾る。

 

剣が自身に迫ってきているというのにフランは微動だにしない。

視線を剣に向けようともしない。

 

‘これは敗北を前にした者の行動ではない,

 

一瞬思考が眼前よりぶれたがそれを訳に剣を逸らす蒼月ではない。

警戒を緩めることは戦いではやってはいけないことの一つだ。

だがそれと同時に倒せる筈の相手を逃がすのも同程度にやってはならない事だ。

 

故に―蒼月でさえも結末は見えていなかった。

 

両者の距離は見る間に縮んでいき激突する―はずだった。

 

剣の先がフランの肌ぎりぎりで止まりそこから剣の光である極密度の冷気を放出し、鎮静化させる―

もはやその光景が幻視できたかもしれなかった。

 

だが現実を教えてくれたのは光を纏い目の前にいたはずの相棒の消失だった。

 

「…は?」

 

音もなかった。

より正確に言えば碧い光を纏っていた刃の部分だけがまるで最初からなかったかのようにごっそり消えているのだ。

握っていた柄と特に飾りのなかった鍔だけが存在を留めている。

 

「能力があるかもって危惧は正しかったけど能力自体を見誤ったね?お兄様」

 

目の前にあったのは…笑みも浮かべていない無機質な顔をしたフランだった。

 

次に返された返答は―強烈な腹部への衝撃だった。

 

「おっ…ごぁ…が…!?」

 

体がくの字に曲がる間もなく視界が急に遠ざかった。

世界が眼前から離れていく。

 

腹部の次に襲ってきたのは背部の痛烈な悲鳴。

最早体に魔力を循環させてダメージを減らせる域の一撃ではない。

元は違うとはいえ吸血鬼が本気の殺意を籠めた拳を布一枚挟んだだけの人間の腹に受けたのだ。

胃の中の内容物を吐き出さずに意識を保っただけでも魔力を込めた甲斐があったものだろう。

 

防護していなかったら衝撃を吸収しきれずに内臓がぼろぼろだった筈だ。

 

「何の能力って踏んだのかは分からないけど…私の能力の前だとどんな捕縛系魔術も意味を成さないよ?だって…」

 

「私の能力は『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』だもの」

 

…予想していなかったわけではなかった。

大方フランの発現、保持しているであろう能力は過去からの因果から『何かを壊す系の能力』だという事は

予想がついていた。

 

だがまさか自身が渾身を込めて作り上げた氷剣を破壊されるとは思っていなかったのだ。

それも一切の滞りのなく。

 

「あの子が私を使ったらこんな威力は出ないと思うよ?私自身がのこの力を使役すればこんなもんだけど」

 

「フランがお前を使う…という事はお前は…あの子の能力なのか?」

 

呼吸を整えながら問いかける蒼月にフランは先程まではなかった微笑みを浮かべて返答に応じた。

 

「そうだね。私はあの子の中の能力…より正確に表せばあの時の忌まわしい記憶の具現化でもある」

 

「……それが俺を殺そうとする理由か?」

 

「そうだね。あの子はもうあんな悲劇が起こってほしくないと願い、憎悪を抱いた。それがワタシ」

「でもその気持ちはほんの一部。大方のあの子の中の意思はこの記憶を忘却してしまうことだった」

 

「…記憶が消えたらお前は消える。だから…乗っ取ったわけか」

 

…合点がいった。

 

「私の中の価値観は「好きなら壊す」。誰かに壊されるぐらいならってね」

 

「…だが」

 

「でもこの価値観が他人からみて濁り切っているのは分かってる」

「だからこそこの価値観をワタシの中で正当化する為にこうしてる…」

 

「お兄様に愛する者を壊すワタシを妹として見ることができて?」

 

口を開く前にフランが左手を突き出して、開く。

 

「返答なんか分かり切ってるからいいよ。だからそんなお兄様には…直に私の能力をプレゼントしてあげる」

 

開かれていた左手が—ぐっと握りしめられた。

 

 

 

 

 

何かが、割れる、音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の少年が部屋の前に立ち尽くしていた。

声をかけても返答はなく、鍵も掛かったまま。

だが、事故死するようなヤワな奴ではないことは昔から重々承知している。

 

そこで少年は郵便受けの中を覗き込んだ。

 

「雪村の奴…どこ行ったんだ?まだ貸した本読み終わってないのか…?

ん…なんだこの封筒…紫色?」

 

 

 




能力の独立化ってどこかの文豪系小説にありましたけれど
それを見る前からこの計画を考えていたんです本当です許してください。


次回はどちらも終盤に持っていきます。


でも、第一章のタイトルをまだ回収してないので事件は終わっても
もうちょっとだけ続きます。


もっと思うように文章を書けるようになりたいなぁ…
あと戦闘中の脳内bgmは題名の曲です


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第七話 「誕生の理由」

夏が近づいてきましたね。
うだりそうな巫女さんです。

というわけでこちらは過去の時間軸です。
皆…!あとちょっとだから…!

あ、それと御免なさい。
今回作者の性癖がばっちり現れた微エロ展開が終盤に含まれてます
直接的な表現があるわけではありませんが、そういうのがあかんひとはちょっと注意
(注意の意味ナシ

ではではどうぞ~
あと週一投稿目指して入るんですけどやっぱり勉学などが重なると難しいですね…


「お前たちでも感知できんか…。一体どこに消えたんだ?」

 

不安気に首を左右にふるふると振った狼を傍目にガゼルは黙考していた。

 

最後にあの子たちを見てから、2日経とうとしていた。

レミリアが消え、その日にフランが自身の元から去った後、フランも消えた。

 

別に姿が見えないだけならばここまでの心配はしない。

ただ、いつもなら屋敷の方から微弱ながら感じられる彼女らの魔力の胎動を今は全く感じられないのだ。

通常殺気等と言ったメカニズムの不明なスピリチュアルなものは排除される要素だが、魔術を扱う間柄であればこの魔力の胎動、波によって殺気が作られることもある。

 

余程距離を離さなければ魔力の波はそうそう消えやしない。

どこまで自身から遠くに行ったとても感じようと感知能力が劣っていなければ、任意で感じ取ろうとする事ができる。

生きていれば魔力の波は鼓動と共に発生し空間に影響するが、もし肉体が死んでしまえば波は発生しなくなる。

 

だがガゼルにはどうにも彼女達が死んでいる、とは思えなかった。

ただの予感だと言い切ろうと思えば言い切れてしまう。

或いは、最悪な結末を否定しようとして生まれた妄想の産物だったかもしれない。

 

だったら尚更どうなっているのかが分からない、知りたい。

ただ外に出るのを禁止された以外のアクシデントが向こうで起きてしまったのか。

思考止まらぬガゼルの脳内に、新たな可能性が浮かんだ。

 

考え有る死以外に魔力の波が止まる要因は、もう一つ。

外部に魔力の波を漏らさない為の、魔道具を使うこと。

魔法使いが敵の魔法使いを捕らえ、見つからずに運ぶ為に魔法で細工された檻や箱。

本来なら他にも可能性は有るだろうが、雑な言い方をすればガゼルの感知に引っかかっていない時点でほぼほぼのものが否定される。

魔道具を使う–––レミリアとフランがある種の監禁状態にいる可能性が、ガゼルの中で真実味を帯びてきた。

 

ふと思い立って下を向くと先程まで不安気な声を漏らしていた狼たちが何かを訴えかけるように視線をこちらに向けてきていた。

いつもフランに可愛がられていた、もふもふとした毛並みの魔狼達。

その瞳に浮かぶ意味を理解した時、ガゼルの中の意思は思考を差し置いて一つに結び合った。

 

「……仮に何もなく杞憂であったなら問題はない。だがもし彼女達に何らかの危険が迫っているのなら」

 

お節介だとしても構わない。今はただ、この忌々しい不安をどうにかしなければ。

 

「確かめに行こう。あの子達に今何が起きたのか」

 

一瞬狼に視線を戻したガゼルは泉から行く先である西の方の紅色の尖塔を見ると呼吸を整え、気を引き締める。

 

普段であれば特に何も感じない時間帯であっても、この時だけは心の内から湧き上がってくるわずかな不安にガゼルの瞼が割合大きく動いた。

いつもであれば景色の中に溶け込んでいる赤色の館も、この時だけは大口を開け、待ち構える悪魔のようにしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………」

 

両腕が、重い。

 

動かそうとするたびに耳障りな音を立てるおもり付きの鎖錠はそう簡単に私を離してはくれなかった。

ただの手錠であれば吸血鬼からしてみればなんら問題ない。

しかし長年魔力に曝され続けたが故か手錠は変質しており、ただの重金属から鉄噛みの悪魔が牙を折るであろう硬度とどんな怪力であっても動かすことは難儀な重量の魔金属となっていた。

当然音も重厚ではなくなっており、鐘同士が擦りあわされるような耳障りな音へと変質してしまっている。

手錠に鍵穴は存在せず、それが個人の意思によって操作されていることは彼女の放つ憎悪を孕んだ視線からも明白だった。

 

しかし視線だけは刺々しくも、その体は余りにも正反対で、悲惨だった。

 

普段は白磁のように透き通っている手のひらには、何か重いものを受け止めたように跡が残っている。

よくよく観察してみると腕の形や向きもどこかおかしかった。

 

今現在彼女がいるのはいつも机に向かわされている自室ではなく、レミリア自身ですら存在自体を知らなかった

地下室だった。

 

メイド達が総動員で何時も綺麗に磨き上げられている地上の館部分と違って何年、いや何百年も使われていないのかと思えるほどにあちこちの壁が傷み、ひび割れている。

その壁には悪魔が人間を喰らっているように見える気味の悪い絵画が等間隔で設置されている場所もあれば、明らかに悪魔用ではない手錠がいくつも並んだ壁もあった。

手錠の周りは繋がれたモノが抵抗したのか外側に向かって血痕が薄く、それでいて尚激しく残っている。

 

中央部分はどこから持ってきたのかシーツが敷いてあり、その上に魔方陣が焼き入れてある魔紙が置いてある。

天井にはおどろおどろしい蛇の頭蓋をモチーフとした照明が吊るされていた。

 

「(こんな場所…知らなかったし、知りたくもなかった)」

 

誰がどう見ようと来賓用の部屋ではない。

ここは…大昔、私が生まれる前から存在していたのであろう…拷問部屋、いや…ナニかの為の祭祀場。

 

一日近くココに監禁されているが今でもなお死者の怨念のような…なんというか負の感情を感じてしまう。

 

理性が死にそうな中首を横に向け、左側を見ると、そこにはフランがこの場にそぐわないあどけない顔で

眠ってしまっていた。

 

…私がここに閉じ込められてから約一日半。

最初に監禁されてから丁度一回日が回ったころ、気絶したフランがこの部屋に運ばれ、壁に繋がれた。

薬か、はたまた魔法で眠らされていたのか分からないがさして抵抗する様子もなかった。

 

 

そこまでを記憶から探り出したその時、視界の奥の扉が軋みを上げて光を迎え入れ始めた。

入ってきたのは―

 

「その様子だとまだ諦めた様子ではないらしいな、レミリア」

 

姉妹の髪色を合わせたように若干の金が混ざった白髪を逆立った形にし、

父であるはずのヘイグ・スカーレットだった。

 

「……諦めさせたいんだったらそれ相応の事をしてみたらどうかしら?お父様」

 

「…なるほど自らが何故鎖に繋がれているのかは分かったわけか。そういう頭だけは回るのだな」

 

おそらく私もフランも殺害されるだけを理由にこの部屋に連れてこられた訳ではない。

周囲の様子を見るに何らかの儀式の為に連れてこられたのだとみるべきだ。

 

ナニかの為に捧ぐ供物を無暗に傷つけはしないだろう―そう呼んでの返答だった。

 

故に心さえ折れなければ直接殺されるような事はない。

 

「私の能力を使えば何時でもお前を従順な犬にすることはできるんだがな?」

 

「…とても娘に話しかけている父親とは思えない言葉ね」

 

ニタニタと笑いを浮かべながら話しかけてくる様不快感しか感じない。

この鎖がなければ…!

 

「既にお前たちの保護期間は終わりを迎えつつある…計画は最終段階に入った」

 

顔に浮かんでいるのは狂喜の道化師のような面。

 

まるで化粧をしているかのように口周りが赤く光っている。

 

「館の中も飾り終えた。後は―時が来るのを待つまで」

 

「(…悔しいけど私たちだけではどうにもならない。でもガゼルはおそらくまだあの場所で待ってる筈…)」

 

万事休すか、レミリアは絶望を胸に感じながら眼を閉じた。

今はただこの現実から目を背けたかった。

 

 

 

 

「…どういうことだこれは」

着いた先の紅魔館は―不気味なほどに静かで、誰の気配もなかった。

 

館の窓という窓が割れ、それぞれの尖塔の先が崩れかけていた。

遠目から見た時は分からなかったが館全体に黒い茨のような物が巻き付いている。

 

どうやら茨の先は周辺の樹木に接続され、精力を奪ってさらに伸長しているようだった。

茨そのものの内部を赤黒い液体が流れ、時々蠢いている。

 

そらに所々空いた穴から異臭が漏れ出ている。

 

確かに悪魔たちの住む館ではあったが、明らかにこのような異形ではなかったはずだ。

というかこんな所死んでも住みたくない。

 

「……………………っ…」

 

さらに館に近づくにつれて異臭の正体が嫌でも分かってくる。

どれだけの量か想像したくもない血と、死臭。

 

悪魔の腐敗速度はよく知らないが立ち込める腐敗臭の強さからしてそこまで長くは経っていないだろう。

逆に時間が経っていないのにこの臭いの強さという事はどれだけの量の死体が館内に在るのか。

 

 

一や十どころではない。もっとたくさんの―

 

そこまで想像したところでガゼルは彼女らの魔力反応の位置を確認する。

どうやら館の地下深くにいるらしかった。

 

そこまで確認して正面入り口から入ろうとした矢先―

 

「……誰か…誰か居ないか…ぁが…」

 

「…生存者か?」

 

館の入り口から右側に逸れた方面からナニかの声がした。

何か情報が得られるかもしれないという一心の思いで声の聞こえた方向に走る。

 

辿り着いた割れたステンドグラスの下に居たのは―

 

右脚と鳩尾付近が背骨が見えているほどに溶け、顔面の左半分もが溶け落ちている悪魔の姿だ。

元々眼鏡を掛けていたのであろう。残った右半分の顔の目に残った眼鏡が乗っていた。

 

溶けているのであろう場所は今も音と煙を出しながら彼の体を侵食している。

 

「…当主が…ヘイグの奴が……館の連中を…」

 

言葉を吐き出すたびに苦痛の表情を浮かべ、呻く悪魔。

まさか彼の正体は―

 

「お前…レミリアの教育係だという爺さんか?」

レミリアの名を出すと同時に残った目を見開き、呼吸を早くする爺。

どうやら肯定の意を示したようだった。

 

「そうか…貴方がレミィの言っていた…銀の師匠ですか…」

 

「余り喋ると寿命が縮むぞ爺さん」

 

喋る度に溶解が進んでいるように見える。

どうやらこれを仕掛けた奴は相当に賢しいらしい。

 

「単刀直入に聞こう。二人はどこにいる?」

 

老人の手当てを一瞬考えたがおそらくもう無理だろう。

いくら自分でも体の半分以上が溶けた者を相手に回復は見込めない。

 

元より二人の救出を急ぐべきだろう。

 

「あの子たちは…今は地下の祭祀場でしょうな…ヘイグかリリェル様の部屋の壁からしか入れません…」

「ですが今宵ヘイグは祭祀場の扉に鍵を掛けました…私の命をもって」

 

「っ…だからその殺され方か」

 

「ヘイグは儀式が始まる時間を計って私に向ける能力を調整しました」

「ですから銀の方。私をここに置いて先に…祭祀場へとお向かいください。着くころには私の命も尽きて

 扉が開くでしょう。」

 

そういうと爺は少し腹をこちら側に出して見せた。

 

「あいつが思っているよりも少しばかり早く死ぬように…少し肉体を削りました。

 恐らく計画されている儀式が始まるよりも早く扉が開く…筈です」

 

「いきなり出会ってこんな事を頼むのも変な話ですが…あの子たちを救ってやってください」

 

「言われずともそうするつもりだ」

 

「いえ…今回だけではないのです。今回の事件がもし終わった後も、あの子たちの為に―」

「―あの子たちを二人だけにしてほしいのです」

 

「……それは俺にあの子達から離れろと?」

 

「傷ついた彼女達を一人にするのは酷ですが…もし、その時に他に頼れる人がいればあの子達は恐らくその人に依存してしまう」

「その為にも一度離れていただきたいのです」

 

「…あの子たちがそれで精神崩壊でも起こしてしまったらそうするんだ?」

 

「それで壊れてしまうようなヤワな子ではない…王とは常に前を向かねばならないのです」

 

「…………。」

 

恐らくこの爺の本気でレミリアたちの事を考えての通達なのだろう。

 

死に際の目には本気の「愛」が宿っている。

 

「分かった。あんたの言うとおりにしよう」

 

「助力…感謝致しますぞ…銀の方…」

 

「それと俺はガゼルだ。覚えておきな」

 

「ではガゼル様…あの子達を…愚かな妄執に憑りつかれた息子への仕置きを…不甲斐ない爺の代わりに下してやってください…」

 

「分かった。だから、素直に休みなよ爺さん」

 

それを言い終わると爺は目を閉じ体を壁に預けた。

 

「さぁ、早く行きなされ…」

 

言葉への返答を渡さず今度こそ館の中へと走り出す。

もう、腐臭は気にならなかった。

 

そのまま足音はホールの階段を上って上層へと消えていった。

そして足音が完全に消えてからおよそ五分後。

ついに、限界が来た。

 

「あなた様の…教えは受け継ぎましたぞ…ル……様…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静寂

 

 

 

 

 

「さてと…時間だ」

 

あぁ、来てしまった。

ついに…あの人は来なかった。

 

フランとレミリアは広げられた魔方陣の上に寝かされていた。

今度は金属の手錠ではなく、魔術で作られた薄く光る紫炎の手錠で体が拘束されてしまっている。

 

フランの方も今は完全に目を覚まし、不安の表情でこちらを見つめている。

 

「私たちを使って…何をするつもりなの…」

 

時間を稼ぐ。

何としてでも抗わなくてはいけない。

 

それがあの人の言葉だ。

 

「なんだ、儀式には気づいてもこれが一体どれだけの意義を秘めているのか知らなかったのかね?」

 

そう言うとヘイグは天井に向かって巨大な紫色に発光するペンタグラムを展開する。

 

「(っ…見ていると意識が朦朧としてくる…!)」

 

フランに至っては完全に天井に見入ってしまっていた。

 

「この遥か古よりスカーレット家の当主間だけで計画されてきた『融合計画』…

 名前は単純だが成功した際の見返りはすばらしいものなのだよレミリア」

「なに、お前たちは何も怖い事なんてないのだぞ?なぜなら―

 お前たちは私にその身と精神を捧げるだけで永遠の命を得られるのだからなぁ…」

 

「…悪いけど夢物語を語られて諸手を挙げて賛同する年齢は終わったのよ」

 

「何も夢物語などではない。お前たち姉妹が私に服従し、その「能力」と素晴らしい質の魔力の結晶を

 渡せばこの世は悪魔が実権を握る理想郷となるのだよ…!」

 

「…!」

 

「かつて我らスカーレット一族の先祖は神代に王権の争いを繰り広げるほどの実力者だった…そしてあの忌々しき 天使とやらの手によって地上に追いやられ、このようなちんけな羽を持たされ死の感じない平和を啜っている」

「だがそれではいけないのだよレミリア。何故なら我ら一族には王たる資格があるのだ。

 資格があり、席が空いているのにそれを拒否する理由がどこにあるというのかね?」

 

「お前たち二人の能力…特にレミリア、お前の未来を視る事のできる能力は王たる者には必要不可欠な能力だ。

 まぁフランの能力は詳細は分からないが喰ってみれば分かるだろうさ」

 

そう夢見心地に語っていくヘイグはまるで少年が理想を語る様な流暢さで、吐き気のする邪悪な眼であった。

 

「貴様ら二人を産むための母体を探すのは随分と骨が折れたのだよ?貧乏だったが顔と生まれてくる子供の能力の質が高くなる可能性が高い型の血液を持った娘を長年探し続けた結果…見つかったのがリリェルだ」

 

「っ…その言い方…」

 

「ご明察だ娘よ。お前らを産んだ後、あいつは大人しく部屋で人形らしくしていればよかったのをちょろちょろと歩き回ってなぁ…その結果この祭祀場を見つけてしまったのだよ」

 

「…!」

 

「問い詰めてきたからその場で体に教えてやったよ。特に絶望も怨嗟の声も出さずにお前等だけの事を叫んで死んでいったから対して面白くもなかったがね」

 

…こいつは、本当に私たちにかつて父親面をしていた者なのか?

奴の口から軽々と今までの悪事が漏れていくほどに自分の体重が軽くなっていくような錯覚を覚える。

 

「お前が…!お母様を…!」

 

「病気と言った時に泣き崩れたお前たちを見て内心は笑いが止まらなかったがね。

 あんなやつにかける情けなんてどこにも存在しないのにねぇ」

 

粘つくような笑みが、視界の中で揺らめく。

 

「さてそろそろ『紅の雨』が降る頃だ。君たち二人には幸せになれるおまじないをかけてあげよう」

 

ヘイグが姉妹の顔を自身の眼を見るように手錠に指示し、眼を強制的に見させる。

 

「あ―――」

 

「私の能力は『あらゆるものを溶かす程度の能力』。その気になれば理性や自制心を溶かし、私の言いなりにする こともできるのだよ」

「今の会話を溶かして代わりに魅了の魔術で私に対する服従心を植え付けさせてもらった。

 あぁ、フランはちょっと理性を溶かしすぎたかな?もうメロメロみたいだね?」

 

フランに至っては頬を紅潮させ、呼吸を荒くしていた。

すでに理性は残っていないだろう。どうにかして体を押しとどめているらしかった。

 

だがレミリアも決して無事ではない。

先程まで憎悪に満ちていた視線が今や恋人を見る熱い視線に変わりつつある。

既に尻尾が生えていれば激しく振られているかもしれない状況だ。

 

「(っ…嫌なのに…憎いのに…胸の疼きが止まらないっ…!)」

 

「さぁレミリア、フラン。二人で夜への忠誠を誓うんだ。そうすれば儀式は完了し、世界から一切の太陽という太陽は君の運命操作によって消え去る」

 

「はい…お父様…」

 

あぁ、だめだ。

やっちゃいけないとわかっているのにフランのほうにむかってしまう。

しまいなのに、こうふんしてしちゃってる。

 

そしてフランの唇が目の前に―

 

―揺るぎない勝利を目の前にしてヘイグは内心勝ち誇った。

ここまで来れば後は魅了された二人が行為を済ませれば終わりだ。

勝った――!

「(あぁついに‼夜の‼夜の時代が…!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷のどこかから風切り音が祭祀場に向かっていることに彼は気づいていなかった

 

 




やりすぎたかもしれない。
でも後悔はしていない。

むしろ清々しいきb(殴


次話でシリアスは終わりになるかも


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第八話 「零下の決着」

7月に間に合わせようとしましたが駄目でした、巫女です。
でも書きあがったのは日付が変わる一時間前だからいいよね?

…ダメ?



あ、本編どーぞ



「(あぁ…ついに…!ついに我ら一族の悲願が…!)」

 

勝った。

もはや勝利は揺るがない。

 

レミリアとフランを一つの存在とし、最狂の破壊能力と未来を見通せる力を持つ究極の悪魔を生み出しそれを自身の能力で取り込む。

 

そして悪魔の夜を大成するのがヘイグの野望であった。

 

前に垂れた白髪の間から見る光景はまさに過去からずっと夢見てきた理想。

その心地故に彼の体は小刻みに震えているようにも見えた。

 

頭の中はすでに燃えているかのように白熱のスパークを散らし、瞳は不規則に収縮を繰り返す。

 

レミリアが自身の目を盗んで会っていたというガゼルとかいう輩。

あいつも一切の前触れなくレミリアをかどわかされた以上動くことはないだろう。

 

随分とレミリアの事を買いかぶっていたらしいが所詮は子供

ちと夢を見すぎた若輩だろう。

 

それに今更この館に来たところで入り口を見つけられるはずがない。

探し回った後地下の祭祀場に来る頃には既に儀式は終わっている。

 

堪えなければ高笑いが口の隙間から漏れ出ていただろう。

既に喜びに体は打ち震えて表現ではなく本当に震えていた。

 

 

 

 

――だがその時ヘイグは気づていなかったのだ。

 

―その挙動一つ一つがすでにこの部屋を捉えた者の理性を逆撫でしている事を。

 

 

 

恐ろしいほどに館の中は静まり返っていた。

今より数刻前惨劇が起こり、世界の平衡が変わりかねない式が終わりを迎えるとは

にわかに見た者からすればとても信じられないであろう静寂であった。

 

それ故にその静寂の中を疾りぬける一陣の風がいることに油断した彼は気づけなかった。

 

 

レミリアの理性が溶けかけ、靄がかってきた時にそれは存在を周囲に察知させた。

 

ほんの少し。

音すら鳴らないであろうごくごくわずかな館の軋み。

 

「それ」は一瞬でヘイグの思考を理想から現実へと引き戻した。

 

 

「……………何?」

 

 

今この館の中にいるのは自分達だけ。

そして儀式が地下で執り行われている中、館を軋ませるものはいるはずがなかった。

 

風で動いた?いやそんなやわな構造ではない。

では鼠が?腐臭に驚いて逃げ出すのが関の山だ。

 

それ以前に主である私が気付かないはずがない。

 

ヘイグが今以上に思考速度を加速させようとした瞬間に彼の耳ははっきりと捉えてしまった。

まるで鎌を振るうかのような鋭い風切り音を。

巨剣が振るわれたかのような太い唸りを。

 

 

『…何かがこちらに向かってきている―間違いなく我々の実情を知ったナニかが』

 

迫りくるものからは魔力も何も感じ取れないが最早それは思考の材料にはなり得ない。

地上の異臭を一切気にせずこの地下に向かって直線的に向かってきてる時点で間違いなく一般人ではない。

 

脳内でそこまでの結論を瞬時に導き出したその時。

 

微かだった風切り音は布のような物をはためかせる音へとはっきり変わった。

幾重にも反響して聞こえてくるはためき音は翼で羽ばたいている音にも聞こえる。

そして唯一の入り口である木製の大扉に目を向けた瞬間。

 

 

音までもが置いていかれる速度で大扉が凄まじい力で弾け飛ぶ。

まるで内側から爆破されたかのような衝撃であった。

そして強引に開放された入り口から「真っ白な何か」が祭祀場内部に飛翔してきた。

 

全身から漏れ出る燐光を一本の尾のような形にし槍のように突っ込んできた「真っ白い何か」は場内の空気を混ぜるような勢いで構えを変え、

 

身に纏う純白のコートを同規模の翼のように揺らめかしつつ

 

振り上げた右腕から漏れ―いや溢れ出る燐光が雷光の形を取るや否や

 

その紫電を纏い握りこまれた右拳をあらん限りの激情を込めて館の主の顔面に向かって叩きつけた。

 

 

 

「―――――え?」

 

 

 

 

叩きつけられた拳からは音は出なかった。

そのような呆けた声を出す間もなくヘイグは叩きつけられた力の通り背後に吹き飛んだ。

体が吹き飛ぶと同時に今まで無音だった世界に置いて行かれていた音が追いついてくる。

 

「――――――――ごっっふぁ」

 

絞りだしたかのような声に重なって館を揺らす轟音と吹き飛んだ壁が奏でる細やかな音が一撃の威力を物語った。

噛み締めた口の喉の奥から内容物と血の混じり合った匂いが昇ってくる。

 

何が起きたのか全く理解できていなかった。

音が自身の感覚に触れた後に強烈な痛みが腹部から脳内に通達される。

 

そして痛みはたちまち危機感へと変換された。

 

「な―にが―おこっ―」

 

完全に勝ったと思っていた場面からの突然の衝撃は思案能力に大きな遅延を生み出した。

 

主を殴り飛ばしたままの姿勢で着地したガゼルは伸ばしていた腕を引き戻すとその銀髪の下の

眼光をヘイグの方へ差し向けた。

 

「……………………………。」

 

沈黙は未だ心中で渦巻く感情の表れ。

その曇りなき瞳には一切の良心的感情は存在していない。

 

全身から周囲を圧すような闘気を漲らせながらどこか包み込むような淡い蒼白い光の粒子を周囲に漂わせ続ける姿には神々しさすら感じられた。

 

いつの間にか祭祀場の中心付近にいたガゼルが目を閉じ何かを呟くと天井に映っていた紅紫色の魔方陣が雪が舞い散る様に砕け散った。

 

それを機にレミリアとフランの目の中に光が戻る。

 

意識が明白になったレミリアがフランを胸に抱き、意識を確認する。

金髪の下には先程まで上気していた表情はなく、無垢な少女の目を閉じた顔だけがあった。

どうやら後遺症もないらしかった。

 

「………ガゼル?」

 

恐る恐るといった様子だった。

 

今まで共に過ごしてきた師がこのような激昂の顔色を見せるのは―今までなかったからだ。

 

既に彼に理性はなく自分達ですら手にかけるのかもしれない。

そんな危惧が浮かんだ。

 

だがそんな心配は無用だった。

 

自分たちをヘイグの視線から切るようにして立ち塞がり、振り向いた彼の目に浮かんでいたのは―

怒りを奥に閉じ込めつつも優しさを何とか上辺に載せようとしている奇妙な目だった。

 

例えていうのであれば―薄氷の中に殺意を押し込めた…というような。

 

「…痛みはないか?何か異常は?」

 

視線を油断なき動きで元の向きに戻した後口元だけでガゼルは後ろに問いを投げた。

こんな状況だからかもしれないがレミリアは胸の中に先程とは違う温かな感情が生まれつつあるのを感じた。

 

「何も…ない」

 

「そうか」

 

 

 

 

 

「…よかった」

 

 

 

 

 

 

…本当にその言葉を待っていたのであろう。

先程よりも安心の旨の響きが大きくなったように思えた。

 

「…俺の後ろから出てこないでくれ。巻き込むかもしれない」

 

それは彼なりの真剣な忠告だったのであろう。

従わない理由もないのでフランを抱えたまま部屋の後方に退く。

 

 

 

「…どこの誰かは知らんが私を抜いて話を進めんでもらいたいが」

 

 

壁の奥より立ち上がった人影が声を漏らす。

先程までに比べれば幾分か再生したようだがそれでも悪事を連ね叫んでいたいた時のような張りは見当たらない。

 

既に着ていた外套はぼろぼろに擦り切れ、中の服も華やかさを捨てた装衣としての役割しか果たしていない。

 

頭部も再生を試みたのだろうがあまりのダメージ故か眼球が若干大きさの比率が変わってしまっている。

頭蓋骨そのものが変形した事で元の大きさでは収まらなくなってしまったのであろう。

 

口元の血を拭ったヘイグは徐に右手を虚空に翳し、何もない空間から刀身が真紅の曲剣を顕現させた。

 

「我々からすればあの程度…外見に支障は出ても動きに大した影響はないのだよ」

 

「そのみすぼらしい格好で遠吠えをほざかれても説得力は微塵も感じ取れんぞ」

 

「……ッ…」

 

最初こそ無表情の仮面が張り付いていたヘイグの口元が三日月のように大きく歪んだ。

如何に初手に一撃をもらったとて館の最高峰に上り詰めた手腕と武力は本物だ。

 

まるで地面を滑るかのように飛翔しその曲剣を首元に宛がわんとヘイグが攻撃を仕掛けるが―

 

「(――――!?)」

 

ガゼルは一切の反応を見せない。

予備動作を見た時からも身を力ませるなどの行動を一切起こさずただただヘイグをめ続けていた。

特に構えを取ることもなく昇り続ける光と共にガゼルは立ち尽くしていた。

 

そして湾曲した緋色の軌跡が首元に喰らいつかんとしたその時―

 

 

世界が純白に包まれた。

そうとしか言い表せられない事象が起こった。

 

 

今までは外見以外に影響を及ぼしていなかった光の粒子達が一斉に場内を駆け巡る様に銀世界へと変貌させた。

それぞれの各所に浮遊していった粒子が姿を変え、凍てつく微粒子がその場を支配する氷獄を作り上げた。

それと同時に今まで何もなかったガゼルの背部から突風と間違えるような風圧と共に穢れない一対の翼が姿を現す。

翼を広げると同時に氷獄の中に吹雪が生み出された。

 

 

そして首元に接近している得物を一切の躊躇いもなく左腕を壁として止めた。

 

 

「んなっ…!」

 

 

だが予想していたかのような血飛沫は見えない。

それどころか腕そのものが切り飛ばされていても可笑しくない絵面の中声も漏らさず耐え―――――

 

いや―そもそも剣そのものが皮膚まで届いていない。

よく見ると極々薄い六花のように区切られた氷晶が鎧の役割を果たしている。

剣は薄氷に亀裂を入れひび割れさせているに留まり、そのまま共に氷結されて固定されていた。

役割だけで見れば鎧ではなく鎖と称すべきだろう。

 

「………音を忘れる事もできない剣技がよくも相手に届くと思ったものだな」

 

先程までの神々しい姿とは一転、吹雪に髪を揉まれ翼に霜を飾り付けた姿はもはや冥底より出でた死神にしか見えない。

自身が取り出した武器のせいで相手との密着距離に強制され零度の魔力を受け続けるのはさすがの吸血鬼でも

見栄を張ってはいられないだろう。

 

「さて二撃目だ。しっかりと受け取れ」

 

「ひっ……」

 

―その時ガゼルの眼を覗き込んだ瞬間にヘイグの表情が深い絶望に彩られた

 

「貴様…その眼は…!」

 

「…気付くのが随分と遅かったじゃないか賢王?」

 

ヘイグのいる左腕を上方に持ち上げ、右腕を折りたたみ、自身の後方に引く。

今度は何かしらの属性が付与されている訳ではなかったが、かわりに雷光ではなく純粋に魔力が込められ輝きを増していく。

 

そのまま下から掬い上げるような軌道の放物線を描きながら神速の拳がヘイグの頸椎に叩き込まれた。

 

 

「―――――――――――――――」

 

 

 

悲鳴も、肉を叩く音すら鳴らなかった。

拳が接触した瞬間に時間が止まったのではないかという錯覚すら抱いただろう。

殴られ上に向かって飛ぼうとする力に従って腕に埋め込まれていた曲剣が自由の身になった時既に

ガゼルは次の攻撃態勢に移っていた。

 

体が若干左倒しになりながら宙に浮いており、先程までは伸びたままの両脚の内右脚だけが何かに吊られているかのように後ろに引いてあった。

 

「(先程の拳を打った時と今の脚の引き方が…似てる…)」

 

レミリアが傍目から見て思った。

 

直後空中に打ち上げられたままのヘイグの鳩尾部分に流星を思わせる速度と光芒を放ちながら右脚が閃いた。

 

 

そのまま先程までとは別の壁に蹴りに呼応する速度でヘイグの体は埋め込まれるように激突した。

 

 

壁にぶつかった際に明らかに何かが折れる音がした。

特に右腕に至っては肩との接続部分が少し触れば落ちてしまいそうなほどに千切れかかっている。

徐々にではなく一回の攻撃であれだけの損傷を負ってしまえばこの戦闘中には完治は不可能であろう。

 

そして今まで空気に呑まれていたのかレミリアがはっとした様子でガゼルに視線を向けた。

 

「ガゼル……その眼はって…どういう…」

 

「…………」

 

眼を確かによく見てみると今までとは明らかに変わっていた。

翡翠のようでもあり、碧瑠璃のようにも見え、独特の光沢を持った瞳へと変わっていた。

個人ではなく、幾人かに目の色を問えば答えが分かれるような色だ。

 

だがそれが一体何故あの絶望の表情へと繋がるのか。

 

「貴様の……今の貴様の容姿はあの日記に描かれた姿となんら変わらん……!」

 

肩で息をしながらヘイグが血の混じった唾液を飛ばしながら叫ぶ。

最早たった三回の攻撃で満身創痍なのは明白だった。

 

「初代様の日記にもお前と同じ格好の人間が載っていた…『銀星』の名で…!」

 

「…いつの話を今にまで持ってきているんだお前。もう()()()()()()()次元の話だぞ」

目を細め返事を返す彼の目に浮かんでいたのは先程までの怒りとは色の違う別の怒りであった。

 

「お前以前の当主たちはこんな事はしなかっただろう。唯の個人の圧力的な支配なんかよりも他者と互いの一部分を喰らい合って生きる方が利口だと皆気付いていたからだ。

 結局はこれしきの事すら気付いていなかったお前がただ一人下層でわめき続けていただけというのが真実だ」

「…そんな愚者が作る悪魔たちの夜なんぞ同胞からも歓迎される訳がない」

 

…どこかこのガゼルの言葉にはほかの今までの言葉にはない響きが含まれていると思った。

 

「王なら前だけを見ていればいいものを。同じことをあの爺さんにも言われただろう」

 

「……………あの馬鹿を引き合いに出すな…!」

 

恐らく今のヘイグの脳内には自身の意志を爺に徹底的に否定された過去が再生されているのだろう。

賢王と言われ続けてきた男の正体がまさか唯の夢追い人だったとは思いもしなかった。

 

「いつまでも過去に縋り付いて妄言を吐き続けて彼女たちの意思を剥奪し」

「その上母親までもを身勝手な理由で死に追いやった」

 

「罪状はもう十分だ。直々に死へと謁見させてやる」

 

 

その言葉を機として部屋の中の吹雪が激しさを増した。

あまりの温度に部屋の壁からは霜だけではなく氷柱のようなものまで生成されかけている。

 

「死だと……対面するのは貴様の方だ…!」

 

「…ほう?」

 

そう言い放つとヘイグは千切れかかっていない左腕をガゼルを目掛けて掲げた。

掲げられた左腕には今まで貯めこんでいたのか炎の手錠と同じ、紫色の光が目も眩むほどに集まっていた。

 

「『残酷なるセディゾルヴがっ!?」

 

「…え」

 

「悪いが今の俺はそんな遅い詠唱を許容できる程に理性が固まっていなくてな。黙れよ愚王」

 

「……ぶご…ご…ぐ…ぁ……」

 

予想していたような紫炎は射出されなかった。

対象を魂すら残さずに溶解させる禁呪を詠唱していた口は接する面から魔力を吸収し生長する氷剣によって塞がれた。

剣は口を限界以上に占領しながらそのまま一直線に頭蓋の奥にまで貫通し、氷結して不動を保っている。

 

「ぐ…ご…ぃ……」

 

「今の気分はどうだ?喉の奥の水分も剣に吸収され喋れなくてさぞかし苦しいだろう」

「だがこの程度では貴様が今までに凄惨に殺してきた分の命には遠く及ばんだろうな」

 

「………!」

 

ヘイグの眼が極限の恐怖によって瞼が破れるんじゃないかという程に見開かれた。

これから自身がどうされるのかを懸命に予測する獄囚と同様の濁った涙を流しながら。

 

一瞬視線がレミリアに向かった。まるで助けを請わんばかりに。

 

だがその涙と視線すらも一瞬で凍り付いた。

 

ガゼルが動けなくなっていたヘイグの中央部―構造でいえば心臓がある場所に手を当て凍らせたからだ。

 

「…まだ意識は残っているだろう。最期に体を捩って痛がらないように表面だけを凍結してやったんだ」

 

「――――――――――――――――――」

 

ヘイグの形をした氷像は喋らない。否、喋れない。

 

氷像から手を離したガゼルが部屋の中の吹き荒れていた吹雪を右手の中に圧縮し、周りの景色が元に戻ったのを確認してから言い放った。

元の様相に戻った場内の中で先程までとはうってかわって何の変哲もない銀髪の少年の容姿というのは大きな違和感を生んでいた。

 

「…お前は後世超えるものがいないと思えるほどに、記憶することすら拒否したい最低な屑だった。安らかに眠れなんて事は言わん。せめて最後はその不潔な断末魔と体液でこの美しかった館を汚さないように救われないまま死ね」

 

右手が、場違いなほど柔らかに、心臓部に押し当てられた。

 

ヘイグは、宣言通り身動ぎ一つ出来なかった。

 

「――――――――――――――――――!」

 

右手の中の荒れ狂う吹雪の塊とも言える透明な氷球が、ヘイグ心臓部に一切の抵抗なく滑り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぴしっと、硝子細工にひびが入ったかのような音が耳に届いた瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを遥かに上回る人一人分の大きさの硝子象が破裂したかのような、悲鳴のように甲高い破砕音が館中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………静寂

 

 

 




…これにて過去編の戦闘は終了です。
次話は戦後処理と現在編での決着です。

でわでわ


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第九話 「愛は哀より千鈞」

去年にも増して運動不足の巫女です。
先日投稿した第八話が予想以上に閲覧数が多くて吃驚しました。

では第九話どうぞ



結晶が砕け散った音は視界から存在が消えても尚しばらくの間耳の中を彷徨い続ける。

破片は宙に向かって弾け飛んだ後、雨が降り注ぐ様に煌めきながら落下した。

 

一滴の欠片が地に落ち、音を響かせた瞬間に空間の時間が再び動き出した。

眠っていた幼子が揺り起こされるように徐々に部屋の中に音が戻ってくる。

 

だが戻ってきたのは―何かを必死に押し殺すかのような息遣いのみ。

それは靴を履こうと一人で試行錯誤を続ける幼子の布の擦れる音が如く。

 

「………………………っ……」

 

彼女の周りの全てが変わってしまった。

考えも、家も、自身の身も。

 

たった一夜。普段であれば枕に頬を預け目を閉じるだけのような時間であらゆるものが彼女の前から失せた。

 

自らを見て見ぬふりをする悪魔たちも

細々と微笑みを伝え合いながら窓を拭いていたメイドたちも

 

そして

 

愛してくれていると思っていた実の父親も。

 

 

悪魔からしてみても、人間からしてみても短いそれだけの時間でレミリアにとっての「日常」は崩れ去った。

 

 

でも涙は見せない。

この姿をあの子以外に見られてはいけない。

 

『王とは…己が利と自らを慕う者達の安寧、そのどちらも欠かず手中に収めている者の事を言うのです

 しかしそれは誰しもができる事ではありません。

 慕われる才に、危機を予測する眼、撤退か残留かを判断する智…

 それらを併せ持って初めて王たる資格を得るのです』

 

『だからこそ…全てを心の内に呑み落としながら王というのは進み続けなければいけないのです』

『貪欲に、ただただ貪欲に、目の前の障害を喰らいつくしていかねばならないのですよ』

 

 

はるか昔、爺から聞かされてきたものだった。

普段であれば気にも留めない老人の世話焼きと流していただろうが―この時ばかりはいい薬となる。

 

 

『そしてその骨の塔の上に自らの覇を見出すまで生き続ける。それが使命であり―踏み越えていった者たちへの

 何よりの弔いとなります』

『まぁ…簡単に言ってしまえば諦めたら全てはそこで終わりという事ですよ、お嬢様』

 

だから、私は絶対に立ち止まったりしない。

後ろによろけたりだなんてしない。

 

それが…死んでいった館の者たちが納得すると自分勝手に決めたから。

故に父親でさえも踏み越える。あの一度は怖れ見た悪魔を私は踏み越えていく。

 

 

そう心に刻み込んで、私は顔を上げた。

 

 

目の前には私が世界の底にいるのかと錯覚してしまうかのような存在感と魔力を滾らせた

銀髪の少年がいた。

色は戻ったが色素の薄い、しかし意志が宿った眼でこちらを見つめ返している。

 

「…………先の自分は見えたか?」

 

「…えぇ」

 

見えた。

能力を介して見えたのか、それとも本能的なものを夢見たのかは分からないがそれでもはっきりと捉えた。

 

 

口に微笑を浮かべて優雅に羽を広げ

血の滴っている原型の分からない肉塊の頂点に、傘を差しながらひっそりと佇む紅い悪魔を

 

 

「決して気分が優れるものではなかったけど…はっきりとまだ見たことがない光景が広がってた」

 

「ならそれがお前の歩みゆく運命の一端だろうさ」

 

目線を合わせたりはせず上から降ってきた声だがそれでもその声はどこか温かかった。

もしかしたら―彼には私よりも先が見えていたりするのだろうか。

 

「でも…その夢想の世界の中に貴方はいなかった」

 

「……………………………」

 

「本当に写真を切り抜いたように見えただけだったけど…それでもはっきりと言える。

 間違いなくあの世界に生きる私の近くには存在しなかった」

 

自らの近くに感じ取れなかったからと言ってガゼルが死ぬという考えは浮かばなかった。

彼が死ぬ場面等想像がつかない。

 

あの世界の中での私の眼は一つの感情に彩られていた。

怒りでも、憎悪でもない、ただ一つの感情。

 

愛だった。狂ったように毒々しい歪んだ愛ではない、澄み切った純愛。

自分ではない誰かに向けられた感情だった。

 

血の上に立っていてもそれを退けて尚存在を示すには十分な強さの愛が見えていた。

 

「………つまり俺はお前から離れていたという訳か」

 

「…恐らく。死んだなんて考えられないしね」

 

「この程度の世界で野垂れ死ぬつもりなんざさらさらないがな」

 

口角を若干上げながら彼は余裕そうに言ってのけた。

この程度…か。

 

そこまでを考えたところでガゼルは一回瞬きをした後何かに気付いたように言った。

 

「そうだ。爺さんから遺言預かってるんだった」

 

「遺言…?」

 

そう、と続けた後

 

「まぁ遺言っていっても具体的な言伝を頼まれた訳じゃないけどな。

 ただ爺さんに対して俺が言われた事を伝えるだけだ」

 

――何故かは分からなかったが内容が分かった気がした

 

 

「もし目的を達成した後にレミリアに会う機会があったならしばらくの間離れていてくれないかって話だった」

 

…あぁ。

やはりあなたならそう伝えていると思った。

 

「分かってるとは思うけど嫌いだからだなんて単純な話じゃない。

 敢えて言わないが爺さんなりのちゃんとした考えの上での話だ」

 

―全てを一人でこなそうとする事等愚王のする事

 自身の周りの人物を調和した働きの下動かすのが真の王

 

―しかし強すぎる力を無理やりに近くに置いていても

 その力はどこかの歯車を狂わせます。表面からは見えなくともどこかに傷をつけていることがあります

 

―例えば己の精神などです

 

結局自分自身がどれだけ強かろうと「周囲」が存在しなければ個は生き続ける事はできない。

周囲という自身とは違うものが見えて初めて個は特異性を見出すのだから。

 

「…何となく分かってたわ。あの爺だものガゼルを見て私を見守り続けて欲しいといった趣旨の言葉は伝えないだろうし」

 

 

――爺は強かった。

かつて館の主を務め賢王程までにはいかずとも大陸に名を知らしめるほどの力は持っていた。

それ故に彼は気づいていた。

 

自身には皆を安寧へと導く者となる才はないことを。

 

彼は秀才ではあっても天才ではなかった。

長ではあっても王ではなかった。

 

それ故に彼は自身の意志を継いでくれる者が現れるのを館の従業員として働きながら何百年…いや何千年と待ち続けた。

ヘイグのように何人の子供を産んでは殺すような真似はせず、ただただ自然に待った。

気が遠くなるような月日を過ごしながら。

 

 

そしていつものように過ごしていた最中遂に現れたのだ。

 

レミリア・スカーレットが。

 

彼には一目見て分かった。

 

『この子こそが私が待ち続けてきた子なのだ』と。

 

 

だがそれと同時に恐ろしい事実にも気づいていた。

ヘイグが過去の忌まわしい、爺自身が葬ったはずの闇の実験を行うに最適な材料として目を付けた事も。

 

「(…だからこそ爺は幼少期から私に学問を教え―そしてわざと私を外へ出しガゼルと引き合わせた)」

 

運命を見れる今ならあの出会いを爺が望んだのだと理解できる。

それでも不都合はないから特に問題はないが。

 

悪魔は悪意に敏感だ。

それが野性の残る子供なら猶更。

 

だからこそそれを感じなかったガゼルと私を会わせた。

彼が私の事を傷つける事はないであろうと確信しながら。

 

「なら…しばらくの間お別れだな」

 

告げられて今更極端な反応はしない。

なんとなくこうなる事が心のどこかで分かっていたのかもしれない。

 

「フランも…起こさなくていいの?」

 

「今のフランは溶けかけた精神を修復中だからな…下手に起こすと記憶の一部分が欠落したりするから起こさない方がいい」

 

あとで怒るだろうな、フラン。

 

「それじゃあな。次会った時に暇だったらまた実力視てやるよ」

 

そう言ってガゼルは今はもう霜の張り付いていないコートを揺らしながら立ち上がった。

 

言い終わるやすぐに出ていくつもりらしい。

 

「次会った時には…必ず成長しているって約束するわ」

 

「…今のレミィ、いい顔してるよ」

 

「そう?」

 

「あぁ、暗雲が立ち込めたって吹き飛ばしそうな清々しい顔だ」

 

「...それ褒めてるの?」

 

「少なくとも貶したつもりはないぞ」

 

そして彼は背を向けた。

 

「…それじゃあな。またどこか星が巡り合う時に」

 

「えぇ」

 

 

 

 

――――――現在時間軸、フランの部屋――――――――――

 

 

消し飛んだ。

彼の体が一抹の塵残さずに消え失せた。

声が耳に残ることもなく。

 

彼女の能力はそこらの破壊能力とは規模がまるで違う。

なにせ現世に存在する肉体だけでなく既に死んでいる魂すら欠片も残さず壊すことができる。

 

使用者本人の技量によっては神すら恐れる神話級の異能の一種。

知る限りこの異能の破壊対象に例外はない。

かつて館に落ちてきた流星一つをそのまま消し炭に変えたのだ。

 

故に今目の前に出来上がった隕石が衝突したかのようなクレーターを前にしてフランはガゼルの消滅を疑わなかった。

それが彼女の能力だから。

 

血肉が外に向かって爆ぜるよりも早く能力の檻はそれを喰らう。

その為周りに撒き散らすことはない。

 

魔力の反応もない。

完全に消失した。

 

―今まで明確にこの能力で人を殺めた事はなかった

そうする必要がないくらい長い時間この部屋にいるから。

 

自分から行動しなくても―全部お姉様がやってくれた。

最初は手伝おうとしてた。少しでも助けになればと思った。

 

でもそう心に構え続けて一体どれだけ経ってからだろうか。

私では力になんかなれないという事実に気付き始めてしまったのは。

…あの一夜の惨状が終わってからも尚私の能力は発現しなかった。

 

―最初はただ遅いだけなんだと思ってた。

いつかはきっと芽が出てくると私もお姉様も考えていた。

 

それから数十年経った時に館に十字架や聖水を手に館を取り囲もうと人間たちが訪ねてきた。

一般的な服を着た者たちと小指に指輪をはめた者たち。

もちろん彼らの瞳の中に浮かんでいたのは行き場所のない怨嗟の炎だったが。

 

その時はまだ地下室に閉じこもることもなく館で過ごしていたから私も彼らの姿をよく覚えていた。

銀に塗られただけの武器を掴まされていた連中とそこらの腐った木を削って作った魔力の籠っていないお手製の十字架を掲げてきた指輪の聖職者の集団は随分と滑稽だった。

よくよく見てみると彼らの中の数人の小指には金属の輝きはなかった。

 

私たち自身は特に町などに出かける事はなく偶に館の近くを彷徨っていた旅人を眠らせて命に支障が出ない範囲で血を飲んでいただけだったのだが

誰かに吹き込まれたのか完全に私達も凶悪な加害者の立場へと仕立て上げられていた。

 

一人や二人であったのなら無視しただろうがさすがにこれほどの規模となると難しい。

周囲の同じ人ならざる者達との親和性を考えると殺さずに追い返せるのが最善であっただろう。

 

お姉様はここでの生活もここまでかとため息をつきながら階段を下りて行った。

客人たちを出迎える為だった。

 

お姉様が下に降りた後直ぐに―館の窓へと何かが投げ込まれた。

火焔瓶でもなく、馬糞でもなかった。

 

ただ瓶の中に銀色の粉が詰まっていただけの単純な代物だった。

夜の支配者である彼女達には取るに足らない物-と。

彼女は特に反応することもなく傍観していた。

 

そして瓶が床に当たって中のものがばら撒かれた瞬間―――

 

 

目の前が真っ白になった。

それからすぐに全身を突き刺すような激痛が体中を襲った。

 

なにがなんだかわからなくなった。

まるで太陽の光をそのまま受けたような痛み。

 

それでもフランは叫ぶことはなかったがしばらく両手で顔面を覆って動けなくなった。

 

 

油断していた―まさか自分たちの骨と銀の粉末を投擲してくるなんて。

恐らく同じ目的の人間たちが自分達のを削って銀と混ぜたのだろう。

何度も何度も魔物に対する呪詛を口の中で転がしながら。

精神の顕在体である私達には呪いは通ってしまう。

 

…小指がなくなっていた連中はそういう事だったのか。

 

ワタシ―ハ―アレ?-ココハ――――

 

そこまでを考えた所でフランの視界は白から黒に変わり始めた。

既に意識が限界を迎えつつあった。

 

「お…ねえ…さま…………」

 

ソウカ―――コレガ――――――――

 

―下から聞いたことないぐらいに動揺した姉の声が聞こえてきたが既に言葉を聞き分ける力は残っていなかった。

 

 

 

――――――――それから数時間後

 

 

 

いつの間にか私は自分が横たわっている物に取り付けられている天蓋を眺めていた。

視界は見えるようになっていた。

どうやら銀によって傷ついていたのは一時的だったようだ。

ほっと一息を着いた後に感じたのは安心感ではなく違和感だった。

 

………………?

 

 

別に腕が動きづらいとかではない。

声もでるし目の前もはっきり見えている。

体がだるい訳でもない。

傷跡もどこにも見当たらな―

 

―――……やぁ、もう一人のワタシ

 

「ッッ!?」

 

……今どこから声が聞こえた?

すぐ近くだなんてレベルじゃない。これはまるで自分の―

 

――そう。ワタシがいるのはあなたの頭の中

 

…どういう意味なのかさっぱり分からない

 

―ワタシはあなたと同じだけど同じじゃない、全く違うけど違わない合わせ鏡の存在

 

どうしてそんな…昨日まではなんともなかったのに

 

―どうして?理由を問われたってあなた自身がワタシを生み出したんじゃないの。

銀色に対する絶望…憤怒…そして自分たちに危害を加えようとするもの達への憎悪。

館の地下で起こった悲劇の記憶。

その他の負の感情が複雑に積み重なったミルフィーユがワタシってワケ。

 

…あなたは何を望んでいるの

 

―別に何も欲しくないよ。ただあなたの体をほんの少し分けてほしいだけ

それの見返りに…あなたが望んでいたモノをプレゼントしてあげる

 

私は何も望んでいないよ?

 

―なら目の前のクマのぬいぐるみに向かって左手をかざして握りこんでみなさい?

 

言われた通りに試した。

特に魔力を込める事もなく。

 

その結果は――気を失う前の光景を彷彿とさせるような白色の綿が突然弾けた。

一つの形あるものが個性を失った瞬間だった。

 

「…………!?」

 

なに、これ

 

――それがワタシの力。『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』…とでも名付けましょうか

 自分が嫌いだと思ったものを全て思い通りに破壊できるわ

 

「いっ…いらない!私はこんな力なんか微塵も望んでなんか…!」

 

―その力が。

 

「え」

 

―その力がもし数時間前のあなたにあったのならお姉様は

 

「…やめて」

 

―人を殺めて苦しむことも心が傷つく事もなく

 

「ねぇ」

 

―疲れ切って部屋で横たわってのびていることもなく

 

「やめてよ」

 

―殺すことに対する罪悪感を分け合って支えになる事ができたかもしれないのに

 

「やめてよっっ!!」

 

叫んだ拍子に部屋の花瓶が床に落ちて盛大に音を立てた。

でも、そんな事はどうでもよくて。

 

頭の奥が熱くて何かが引っかかったみたいに擦れた音を響かせ続けて

涙が止まらなくなって何も考えたくなくて

 

――――――そんなに辛いならその体、私がもらっちゃおうかなーなんて

 

恐怖に目が思い切り見開いた。

凍えるように体が震えた。

舌が貼り付いたみたいにぴりぴりして動かなくなった。

 

―なぁんてね、冗談冗談!でもワタシはいつでもあなたの中にいるからさ、何時でも呼んでよ

 

そう言うともう一人のワタシはまるで最初からいなかったように頭の中から消えてしまった。

意識の中に楽しそうな笑い声を残しながら。

 

 

「……ン!フラン!大丈夫!?」

 

笑い声が遠ざかっていくのと同時に先程の花瓶が割れる音を聞きつけて来たのだろう姉の声が近づいてきた。

 

「(…こんなときにも、わたしは、おねえさまにたよりっぱなし)」

 

 

 

――――――――それから私は地下室に閉じこもった。

誰かに強制された訳でもなく自分から。

 

あれから私はお姉様のそばにいるのが怖くなってしまった。

いつもう一人のワタシが気まぐれにお姉様を手に掛けるか分からなかったから。

それならいっそ、こんな役に立たない妹なんか地上から隠れてしまえばいい。

 

最初の数日は退屈だと思った。

早く時間が過ぎないかと思えた。

 

壁の模様を幾日も数え続けるだけの日々。

時々姉の友人だという紫の魔女は本を転送したりしてきたがそれもすぐに飽きてしまった。

 

そんな日々に…精神が肉体に作用しやすい魔の者が耐えられるはずがなかった。

いつしか壁を見続ける事もやめてベッドに横になって目を閉じ、

意識の暗闇の中を自分が住む世界としていた。

 

その中でそれまでに読んだ本の内容を反芻し思考する。

いつしかそれが当たり前となっていた。

部屋が広かった為に体を動かすこともあった。

かつて意識が朦朧としている中見た赤と白の光の記憶

 

白い方が一方的に赤い光を蹂躙してるだけの凄惨極まりない記憶。

私はそのどちらの動きも思い出しながら魔力を練って戦闘の訓練をしていた。

 

この動きに対してならどの手が取れるのか。

またその次にどのように行動を制限できるのか。

その時に動く筋肉はどこなのか。

 

特にどういった体の構造や物理原理等の本を熟読したことはなかったけれど

大昔から肉体を抉り、裂き、皮膚の薄い部位を目掛けて牙を突き立ててきた本能が構造を教えてくれた。

目の前に顔の見えない翼を持った者を描き動きを磨いた。

 

でもそんな事をし続けていても当然の事ながら心にぽっかりと空いた穴は塞がらない。

いつしかわずかに残っていた精神も摩耗してきていた。

既に―元の私に外の世界を見る生命力は残っていなかった。

 

 

――――ねぇ、そのままだと死んじゃうよ

 

…もうなんか、考えがぐちゃぐちゃになってきて生きる気力が失せてきちゃった

 

―――やめてよ、あなたが死んだら私まで死ぬじゃない

 

この部屋に来て過ごしながら考えているうちになんか…全部どうでもよくなってきたの

 

――死ぬことに対しての恐怖がないってこと?

 

死ぬのは怖いんだろうけどそれに抗おうっていう気力が起きないの

 

―そんなの悪魔にとって死んだのと同じじゃない

 

…もういや、話しかけないでよ

 

 

それを見て私の中の何かに火が付いたのかもしれない。

なんで。

私はお前の絶望から現わされて生きようとしているのに。

見た事がない「光」を見ようとしていうるのに。

なんで既にみた事があるあなたが諦めているの。

 

絶望と後悔という負の感情から生まれた私に向かって生きる気力が起きないだと?

ふざけるな。

それだけ恵まれていながら何故下を見る。

 

 

お前にはお前を思ってくれる人がいるというのに―――――――!

 

 

………なら分からせてやるしかない。

もう一人の私の気持ちも分からない訳じゃない。

信頼する人間の隣にいて足手まといになるなど全くもって御免だ。

もう片方の私を動かすにはお姉様では駄目だ。

信頼度でいえば申し分ないが―姉という立場故に妹である私に対しては本気を向けれないだろう。

 

となれば生き延びるためにはフランに痛みを与えなければいけない。

痛みとは生存から遠のく可能性がある事例に対して体が出すいわば停止令。

あの子は痛みを受け入れようとして、そして、壊れた。

 

ならもう一度痛みを味合わせて「生きている」という事を再認識させねばいけないと考えた。

 

手は何でも尽くした。

心苦しかったけどお姉様に対して暴言を吐いたりした。

ひどい言葉を言ったりした。

殺してほしいと言ってみたりもした。

けどそう言ったら姉は立ち去りそのまま図書館へ直行し親友に抱き着いて泣き崩れてしまった。

私を――狂った私という存在しない妹を助けるために。

 

もう一人の私は…馬鹿じゃないけれど大馬鹿者だ。

 

なんで素直に助けを求めなかった。

なんで教えを請わなかった。

分からないことが分からないと言って怒る家族がどこにいるんだ。

 

私は決して利口なんかじゃない。

下手をしたら昔の歴史なんてものは一つも分からないし

読み取ることのできない相手の感情を読もうだなんて分かるわけもない。

 

でも来ちゃいけないんだ。

もう一人の私に――この世界は寒すぎる。

彼女には月明かりの下で生きる権利が立派にある。

何も後ろめたいことなんかない。

月の陰を啜り生きるのは私だけでいい。

陽があればまた陰も必ず生まれるから。

 

後から生まれた私に――あなたをどかす資格なんてない…!

 

だからこそ私はあの子の体を乗っ取った。

空が太陽から月に替わっている間。

 

痛みを伴わないはずの魂の入れ替えでほんの少し能力を使ってあの子の体を痛めつけて。

まだ力が足りないから完全に乗っ取ることはできないと嘘をついて。

毎日毎日、聞きたくもない叫び声と流してほしくない涙をその身に感じながら。

 

それからのワタシは変わった。

死のうとしていたあの頃から考えられないくらい生について考え始めるようになった。

私に恐怖するようになった。

 

世界を憎むな。

月や、お前を思ってくれている人を憎むな。

この暗闇を許すな。

 

恨むなら―このワタシを恨め。

 

そうだそれでいい。

黒く、粘つく底なし沼がワタシの住むべき世界だ。

 

そんな生活を続けていると彼が来た。

 

………………あぁ、お兄様。

見えなくても分かる。

あの身から放たれる魔力を糧にして生まれた私にはすぐに分かった。

だから日が昇っているうちからあの子の体に入り込んだ。

 

この日の為に覚えておいた台詞をもう一度私の中でだけ繰り返しながら。

 

―――ほら、お兄様が来たよ。あなたの大好きだったお兄様が。

 

…そんなわけがない。だってお兄様は私達を見捨てていったんだから。

 

――そんなわけないはこっちが言いたいよ。そうじゃなかったらなんで父親を殺したりするのさ

 

あの戦いでお兄様は私たちに失望して出て行ったんでしょ

 

―…そこまで言うんだったら直接確かめてみなさいよ

 

…お兄様を?

 

―本当に私たちに失望して見捨てていったのかどうかを。

 

 

そして彼が来た。

背格好は特に変わっていなかった。

魔力を持っている者特有の老化遅延だ。

こちらを最大級に警戒しながら歩いてきた。

 

その時に私は思いっきりもう一人のワタシの心を絞めた。

千切れて断末魔が迸るんじゃないかと思うんじゃないかってぐらいに。

 

でも彼女は泣き叫ばなかった。

声帯を震わせるようなことをしなかった。

その代わりに周囲に危険であることを知らせるように赤い血の涙を流した。

 

「……ッ…ァ……ウェ……ェ………」

 

 

 

 

た す け て

 

 

 

 

支配権は殆ど私の方が持っていたから口は笑っていただろう。

血の涙を流しながら口では笑みを形作る。

その顔は死に狂いの亡者の顔そのもの。

それから―わたしはあの子が作れるようになっていた炎の剣を手にお兄様と―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ころしあった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い長い夢だった。

 

これで…ようやくあの子も気付いただろう。

私が彼を能力を使って殺すと呟いた時のあの動揺ぶりは見ていて面白かったな。

実際に発動したときの叫びは聞こえている訳じゃないのに耳が痛くなった。

斬り合っている時も…あの子は無意識にお兄様の無事を祈っていた。

私の炎が彼を捉えんとするたびに緊張が伝わってきた。

そうだ。それが他人があなたに向けている感情だ。

だから気に病む必要なんて最初からなかったんだ。

ちょっと素直になって周りを見回せば見つけられたものだった。

 

そして――――――感じ取れてしまった。

 

 

 

 

「………………………やっぱり私の能力程度じゃ死なないか」

 

 

 

 

気付いていた。

ずっと。

ずっと私の後ろに気配を殺して立っていた事なんて。

いや意識して気配を消してはいない。

恐らく放出される魔力が濃密すぎて世界と遜色ない存在感を放っていたから気付けなかったのだろう。

 

ずらさず殺す気で能力を使ったのは本当だ。

間違いなく私はお兄様の核…「目」を手の中に移して握りつぶした。

 

その瞬間にお兄様は砕け散った。

能力の通り完全に消滅したはずだった。

 

「…いや冷や汗かいた。本気で殺されるかと思った」

 

‘殺されるか‘と思った。

それはつまり能力を使う以前までの、剣戟の時点では痛みを感じたのは本当だろうが生命の危機を感じたのは能力が初めてだったという事を意味する。

 

 

――あの程度じゃ追い詰められないか。

 

 

だが現に彼はさっき程と服装は変わらず穿たれた大穴を見て若干顔を引き攣らせていた。

「肉体を吹き飛ばすだけの爆発系異能じゃなくてこの見た目で魂の存在を残す殻まで吹き飛ばす消滅系異能とは…

どうりで時間がかかるわけだ」

「その能力もあの日が原因…という訳か」

 

死ぬとは思っていなかった。

それでも…知っておきたいのは生き物の性だ。

 

「………どうやって生き残ったの?」

 

「最初は致死点ずらして回避しようとしてたけど途中で魂そのものに照準合わせられてるって気づいて咄嗟に能力使って防いだ」

それでも発動ぎりぎりだったぞと毒づきながら彼はこちらに向かって歩いてきた。

 

彼はそのまま無造作に限界近くまで接近した後フランの眼を見つめたまま考え始めた。

既に私からは感じ取れるほどの魔力は残っておらず腕も最大出力の反動かだらりと下がっていた。

もはや互いの戦意は霧散していた。

 

「…お兄様はこれから偽物である私をどうするの?」

 

あぁやっと。

やっとこの時が来た。

 

これで私はフランの中に巣くった「フランを狂化させた原因」として葬ってもらえる。

あの暗闇の中から私本人は解放され、彼女は再び月の下で生を実感できる。

完璧な筋書きじゃないか。

 

だから早く答えを聞かs「なーんにも。ただ元々のフランと仲直りするかどうかは見届けさせてもらうけどね」

 

 

……………あれ?

なんか…記憶にある彼からの予測から行動が外れたぞ?

 

「な…なんで?原因になった私を…殺したりしないの?」

 

本心からの質問だった。

あり得なかった。

私が生まれた元の絶望の中の彼は冷酷そのもの――

 

「どこの世界に好んでこんな可愛い妹を殺そうとするサイコパスがいるんだよ。俺そんなに短気じゃないぞ」

 

…今お兄様は…なんて言った?

私を……ただ演じてきただけの私を妹だと?

ただただ…破壊能力を持っただけの吸血鬼の形をしたモノを?

 

「…?何か可笑しいか?お前が絶望から生まれてきてようが能力そのものだろうが結局フランと変わらないんだから妹にも変わりはないだろ?」

 

「それにもしお前が本当に俺に殺意だけを見せ続けてきたんだったら『お兄様』だなんて呼び方せずにガゼルって呼び捨てで呼ぶと思うんだけど」

 

 

 

気付いていなかった。

確かに…私は彼の事をお兄様と呼ぶのに何の抵抗もなかった。

特に不快感を感じた事もなかった。

 

完全に無意識の内から兄と呼んでいた。

 

 

「妹が兄と呼んでくれるんだったら…それをこっちが無視する道理はない。俺にとっちゃ二人ともが俺の事を兄と呼んでくれる可愛らしい妹だ」

 

……分かって言ってるのかなこの人。

いやただただ単純に思いを連ねてるだけだなこれは。

 

「…フラン、お前…顔…」

 

…顔がどうかしたのだろうか?

そう思って頬に手を当てて水滴を感じた。

それは後から後から溢れてきていて私の太腿を濡らしていっていた。

 

「……え?えっあれ…なんで…私が…………………泣い、て」

 

気付いたら喉の奥から嗚咽が止まらなくなってきていた。

 

「わたしは、ないちゃ、だめ、なのになみだ、とまらない…」

 

気付いた時にはもう目の前が潤んで見えなくなってきていた。

目の前が模様のように歪んでいて視認できない。

 

 

「…泣いちゃいけない人なんてこの世にいない。お前は…破壊の権化でも、絶望の体現者でもない。

 …泣き虫だけど優しいフラン、妹だよ」

 

その言葉を聞いて、生まれてきて初めて心が緩んだ。

初めて私を認めてくれる言葉を受けた。

 

思考が動いたのはそこまでで、後はもう、全て感情に流されてしまった。

 

「えぐっ………ひっ……おにいざまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

先程までとは一層比べ物にならない強さで涙を流しながらフランはガゼルの胸に身を預けた。

さっきまでの自分ならば感じたであろう羞恥心の壁は既に取っ払われていた。

それ故に彼女の感情の奔流をせき止めるのは何もなかった。

 

「わだじはっ…いていいんだよね…このぜかいにっ………」

「いもうどだって…むねをはっていいんだよね……!」

 

「あぁ………何も、問題なんかないよ」

 

その一言と同時に彼は片方の手でフランの背中を、もう片方の手で頭をそれぞれさすり撫で始めた。

その手は決して大きいとは言えない大きさだったが―大きくないからこそ感じ取れる熱はさらにフランの感情を素直にした。

ぎこちない、初めてするような触り方だったがそれでも彼女には十分に優しさが…温もりが伝わっていた。

零下の中舞い続けていた互いを温めるようにフランは抱き着き続けていた。

彼の顔には微笑が浮かんでおり、その目はいつまでも妹を見つめていた。

 

 

 

 

「おにいざまっ……ぐずっ…ぅぁぁぁあああああああああああああああん」

 

 

 

 

何時までも部屋の中に響き続ける幼女の嗚咽は

一人の……誰にも知られてはいけなかった月陰の少女の仮面が外れた音であった。

 

 

そして…水晶玉を通して事を眺め続けていた姉の方もまた、涙を流し、友人の魔女に背中をさすられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




ガゼルお兄様は断じてシスコンではない(戒め
というわけでこれでほんとのほんとに姉妹絡みでの騒動は終了です。
あと2、3話書いたら二章に移るとしましょう

今回文字量多くなってしまった……



あと評価&感想を頂けると執筆の励みになりますのでどんどん下さい!
ほんの少しでも皆様の気持ちを知れたらなと思います。


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第十話 「招待状の理由」

記念すべき(?)第十話ですね
半年かかってまだ第十話かよと言いたくなりますが構想はあるので失踪するつもりはないです

ようやく新しい人物か…



…あれからどれだけ経ったのだろう。

 

存在を、月の下に生きる資格を認められたフランが体を預け号泣してから体感一時間ほどは

過ぎた。

不快感があるわけではないがさすがにずっとこのままは暇なのだ。

 

いくら幼女の体故体重が軽いとて抱き着かれたまま固定されているのはそもそも血の巡りに悪い。

まして忘れられてるかもしれないが一応この身はあの激戦を繰り広げた後だ。

ぶっちゃけ雑草でも木の床でもなんでもいいから体を預けて意識を閉ざしたい気分。

魔力も既にこの体のまま使える量はほぼほぼ使い切ってしまった為術を使う事も出来ない。

――――詰みだ。

 

思わずため息を吐きたい所ではあるが目下で規則正しく密着させた胸を上下させているフランを見ていると喉の奥に引っ込んでしまった。

 

「……………………………」

 

実は負の感情が発露したという「もう一人のフラン」は誰よりも外の世界を信じていて、絶望に沈みかけていた本当のフランの心を現世に繋ぎ止め続けてきてくれただなんて誰が予想できただろうか。

最初から肉体を持って生まれてきた訳ではない彼女は、自身の存続のためにはどうしてもフランの肉体に憑依するしかなかった。

 

下手をすれば気付けなかったかもしれない。

能力そのものが自我を持ち、乗っ取ろうという訳でもなく肉体を守ろうとする等聞いたことがなかった。

元々能力が自我を持つ事例の場合は「所持者本人が強く死を望んだ」場合に多い。

そのままではいけないと思った本能が残った少しの思考を切り離し、現世に発現させるのだが、それ故に大抵の場合は発露した能力は衰弱している肉体を短絡的な考えの下乗っ取り、残り短い時間を絶望と共に生き、死にゆくことしかない。

だが今回はそれらの前例を引っくり返し切り離された思考が元々望まれた肉体を生き永らえさせる事態となった。

 

言い方を悪くすればキセキとやらを見せてもらった気分。

だがそのキセキのおかげで結果的には誰も傷つくことなくフランは戻ってきた。

 

既に返答は体が入れ替わってる時のあの子から聞き及んでいるがそれでも今下で寝てるフラン自身からは聞きたいから待機。

ついでに多分反動なんかもあると思うから起こすのはやめておく。

 

「……自分では違うと思っていても他人から見たら輝いている力なんて幾らでもあるもんだよ」

 

自分がいなくなったことでレミリアとフランは二人っきりになった。

そんな状態でのフランは、例えフランは自分の事をお荷物だと思っていてもレミリアからしたらかけがえのない妹であり唯一残った家族だ。

それに戦闘技術で姉に劣っていると感じたとしても、本当に助けようと思えたのであれば方法はいくらでもある。

この新世代の紅魔館の体制を築き上げるまで―メイドなどがまだ近くにいなかった頃には恐らく衣食住は二人で行っていて、忙しかった時にはフランがしていただろう。

たったそれだけでも心の在り方は大きく変わる。

前線では芳しくなかった者が後方支援に才を見出したという話は別に珍しくもない。

 

今回不幸だったのは誰もそれを教える者がいなかったということ。

そして彼女一人ではそれに気付けなかった。

 

傷ついた姉を見てフランは「傷を癒す技術」ではなく「傷そのものがつく事を防ぐための力になる」という選択を探し続け―壊れた。

盾になろうとした少女は、自身の脆さを嘆いた。

 

「…お前がその道を目指すっていうんだったら俺でも教えてやれることはあるけどね」

「あんなものやるもんじゃないよ。少なくとも今は」

 

どこか今いる場所ではない方向を見つめながら彼はフランに伝えるようにではなく自嘲気味に呟いた

 

呟いた内容に反応したわけではないのだろうが金色が動いた。

―――両腕をより深く背中に回して体を揺すり動かした。

 

布が擦れる音がほのかに響く。

別に「そういう場面」でもないのにどこか変な雰囲気を感じて知らず知らずのうちにフランのつむじをぐるぐると目で追ってしまっていた。

 

光を受けて艶々と濡れているように煌めく金髪を見ていると思わず触りたくなってしまう。

いやさすがに――と、心が自制の令を出そうとした時には既に手が伸びていた。

 

「んっ…」

 

ほんの少し反応を示したように見えたが気のせいだろう。

それに手を払いのけられる事もないのでなでなで続行。

 

なでなでなでなでなで。

 

なでるといってもわしゃわしゃと形を崩すなんて無粋なやり方はしない。

あくまで形を保ったままゆっくりと揉むように撫でるのが我流だ。

 

なでなでなでなでなで。

 

毛先に指を通そうとするとするすると抜けていく。

魔力で身だしなみはしっかりしていたのか、それともちゃっかり体は洗っていたのか。

 

くるくるくるくるくるるん。

 

ふわりとした触りはまるで降りゆく雪のように。

毛が少し浮くたびに角度で色が変わるのも見ていて飽きない。

 

なでなでなでなでなでなでなで。

 

「……………ぇ」

 

あれなんか聞こえたような。

まぁいいや。

 

なでなでなでなでなで。

 

「…めてぇ」

 

ん?

 

「もう…やめてぇ…」

 

髪を撫でていて気付いていなかったがいつの間にか寝てたはずのフランが上目遣いでこっちを見ていた。

若干頬を上気させたように赤くして、最高に愛らしい表情で。

 

「ぜんぶ…きこえててさすがにはずかしいから……」

 

 

…まじかい。

 

 

 

 

 

――――――――うっうっ、うー☆―――――――――

 

 

 

「「……………………。」」

 

お互いが沈黙したまま既に三分が経とうとしている。

 

一人は必要以上に「妹」の髪を撫でまくってあまつさえ感想を垂れ流していたことに対する罪悪感で。

もう一人は久しぶりに会った「兄」から熱烈ともいえるなでなでを受けた事に対する恥ずかしさで。

 

時々ちらちらと盗み見るように相手を見ては目が合うたびにまた視線を迷走させるという作業を続けていた中。

 

「……ねぇお兄様」

 

妹の方が先に沈黙を破った。

 

「どうした」

 

「…ありがとう」

 

唐突な感謝にたじろがない兄などいない。

 

「見てたのはあの子の中からだったけど…それでもずっとお礼を言いたかったの」

 

確かにそうだ。

なんだかんだ忘れていたが今目の前にいる方のフランはずっと精神の中から自分を覗き続けていたのだ。

考えてみればまだただいまの挨拶も交わしていない。

それに過去に別れた時も最後は精神治療のため彼女は起きていなかった。

 

そう考えると妹に対して随分と残酷な事をしたものだ、と蒼月は思う。

自主的により多くの埋め合わせをしないと駄目だなと脳内のスケジュール表に大幅な改正を加えた。

 

「だって起きたらお兄様突然いなくなってるんだもん……」

 

時間が経った今では彼女は口を尖らせて言っているが当時はそんなものではなかっただろう。まさに絶望のどん底だったはずだ。

あぁ、こんな事態になる事すら考えていなかった当時の楽観的な自分を殴ってやりたい。

 

「そこからは…多分なんとなくあっちのワタシが語ってくれたんじゃないかな?」

 

「うん。全部見ちゃった」

 

「…昔っから泣きじゃくって話ができない時の私

 

「んぅなんか狂うけどまぁいいや。それよりも」

 

「んん」

 

そう言うとフランは背中を預けていた体勢から膝立ちのようにしてこちらに見向いた。

くりくりとした羽に負けず劣らず赤色に輝く目をこちらに向けて

蒼月の体格からすれば幼いと言える長さの腕を改めてぎゅっと締めてから彼女は、蒼月の肩に耳を乗せるようにして唇を寄せた。

 

「おかえり、お兄様」

 

それに対して返す言葉はただ一つ。

 

「…ただいま、フラン」

 

あの日から――――幾千幾夜を越えた先に、少女はようやく思いを伝える事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからフランとはずっと話していた。

泣き止んだ反動というのもあったのかとにかく話を聞きたいとせがんできた。

自分が地上に出ていなかった頃の情報が知りたいようだった。

 

といっても自分が話せるのはここ数十年ほどの外界の話だけだったのだが…

 

「ねぇねぇ次は次は?」

 

凄まじく食いつかれた。

そりゃあもう入れ食い。

この広大な紅魔館の図書館に収められている書物の中でも外界の本、または外界の存在を示唆した本は稀有らしく

前述のとおり凄まじい勢いで根掘り葉掘り聞かれた。

どうやら種族は違えど自身にとって幻想となる事象を聞きたがるのは同じらしい。

 

「そうだなぁ……じゃあ」

 

そこまでを言い終わったところで図書館の扉が年季を感じさせる軋みを上げながら来訪者を迎え入れた。

足音ではない滑らかな布音で予想はしていたが入ってきたのはあの時の従者、十六夜咲夜だった。

 

「蒼月様、夕食の準備が整いましたがいかがなさいますか?」

 

どうやら予め伝えられていた通りの時間が来たらしい。

地下室からフランを連れ出した時に既に咲夜とは会話しており、その時点でレミリアが自分たちを水晶玉を介して見ていた事、それと今は顔がひでぇことになってるから会えないという趣旨を伝えられた。

大方泣きじゃくったのだろう。涙脆いのは今も昔も変わらないなあの子は。

 

ここ以外で暖を取れる見込みはない。というか今回この世界に来て最初が紅魔館というのが運が良かっただけに過ぎない。

ここはお言葉に甘えさせてもらおう。

 

「分かった」

 

「それでは私はお嬢様の世話がありますので…失礼ながら妹様と共であれば場所がどこかは困らないかと」

若干の微笑みを顔に浮かべながら咲夜は言い放った。

 

…メイドとしては駄目でも従者としては最高だな、この少女。

 

その心意気、買った。

 

「じゃあ…お兄様行こ?」

 

「あいよ」

 

外界に居た時はまともに異性と関わりを持った事等ほとんどなかったがこの世界に来た瞬間これである。

世間の紳士諸君からの視線が怖い怖い。

 

咲夜は一礼したのちにそのまま瞬間移動が如く目の前から消えた。

最初に館の前で出会った時からだがあれは転移系の異能なのだろうか?

 

蒼月は考えを巡らせようとしたが、それを遮る事象が『二つ』存在した。

 

「…………お兄様?行かないの?」

一つは今首を傾げている妹。

 

そしてもう一つは―――

 

「………………………。」

 

どうやらまだ姿を見せるつもりはないらしい。

思わず感情のままに舌打ちしそうになったが夕食前というのもあり、蒼月は衝動をぐっとこらえて飲み込んだ。

 

「…いや何でもないよ。行こっか」

 

「うん!」

 

フランに手をがっちりと吸血鬼の握力で握りしめられながら彼等は図書館を後にした。

 

 

 

 

 

後日蒼月の右手がひどく赤くなっていたらしいが彼はそれを目尻に若干の涙を浮かべながら、擦っていたらしい。

そんな彼を心配した人に渡した言葉は、「愛は勝つ」だそうな。

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

「あー……美味かった」

 

最早言葉がそれほどにしか出てこない。

旨い物を食べた後は変な言葉などはなく感謝と幸福感で満たされ語彙力を失うというが、正しくその通りだった。

 

蒼月とて外界でお粗末な食ばかりを口にしていた訳ではなく、むしろ同居人が栄養バランスを適宜管理したしっかりとした食事を摂っていた。

だがオムライスや鳥のロースト等あちらでは食べていなかった料理が感動するほど美味だったのは事実。

ここは素直に調理者である咲夜に称賛の拍手を送るべきだろう。

さらにこの咲夜を雇用したレミィにも別枠で拍手を。

 

湯浴みについてはどうするのかとレミィからも聞かれたがさすがにパスした。

幾らなんでも愛弟子の家で風呂まで借りるのはという気持ち半分、女しかいない館で男が一度でも利用した浴槽を好まない少女がいないという保証はどこにもないからだ。

 

ほら、思春期の女の子であるあれだ。

「お父さんの服と同じタイミングであたしの下着洗濯しないでくれる!?」

みたいな。

 

体から出る垢や汗等の老廃物程度であれば体の表面を凍結させて落とせば特に問題ない。

他に問題になりそうなのは翼だがこっちは凍らせた自分の指で梳かせばよい。

部屋に関しては空いている物置部屋でもいい、と申告したらまるで当てつけのように豪華な部屋を紹介してもらえた。

 

どうやら皮肉などなしに紅魔館で空いている一人用の部屋はどこもここと同じ構造らしい。

元々ホテルを経営している建物でないのだから残っているのは当然故に、かつて誰か人ならざる者が使用していた部屋なのだろう。

だがそんな事など微塵も感じさせない手入れが隅々まで行き届いている。

 

前までは極狭の事故物件のアパートに体を押し込めるようにして暮らしていたから落ち着かないのは確かだ。

計測などせずに、軽く周りを見回すだけでも高さを抜きにすれば二人でバドミントンをしても尚広々としているだろう大きさだ。

こんなものが狭い部屋と言われるのだから本当にこの舘は規模が凄まじい。

 

既に舘全体は寝静まっており騒ぐ者などいない。

ちなみに食事後フランはお姉様と寝るー!といってレミィの部屋で寝ている。

元から悪感情があった訳ではなかったのだ。

レミィも満更ではなかったようだし今頃は二人で仲良く夢の世界だ。

どこか懐かしさが込み上げてきたが今はその感傷に浸りきっている場合ではない。

 

ようやく関係の捻れが直りかけているあの子達を巻き込むわけにはいかない。

いずれにせよ、ここからは別領域だ。

 

 

 

机の花瓶に何本か生けてある美しい薔薇の内から失礼して紫色のものを指で一本挟み、引き抜く 。

挟み込んだ薔薇は最初は瑞々しい美しさを称えていたが耳に聞こえるほどにはっきりとした音を立てながら、徐々に挟まれている部分から凍結していく。

 

全ての生き物を震え上がらせる零度は、やがて薔薇全体を呑み込んだ。

花全体が白く染まったそれは装飾を施す前のレイピアにも見られる。

冷気に服従した事を示す白い息が常に床へと吐き出され続けていた。

 

そしてできあがった花の氷剣を――瞬きをするかのような一瞬で振り向き様に背後へと投げ放った。

それは正しく文字通りの一閃。

薔薇が壁に刺さった微かな音がした直後に通った後の凍てつく奔流が視認できるようになる。

 

「……いい加減にしろストーカー。次は当てるぞ」

 

「あら、それは御免被りますわ」

 

特に驚いた様子もない女性の声が部屋のどこかから聞こえた。

正確に言えば蒼月から腕三本分伸ばした程の場所にそれはいた。

 

空間には何でできているのかわからない黒い裂け目のようなものがいつの間にか出現しており、そこから上半身だけを乗り出した女がいた。

 

「いるのが分かっていたのであればお声をかけて下さってよかったのに」

 

西洋人形のような色白な肌に、背面方向へと豊かに流れる金髪。

半身しか確認できないが身に着けているのは濃紫色のドレスの様な衣服らしい。

異空間の中は風が吹いているのか、それとも方向性が定まらない力が働いているのか裾の様なものが不規則にはためいている。

 

「そもそもあの子と戦っている時からずっといたんだろう?あの時のフランの惨状を知っておきながら」

 

ざっと部屋の絨毯を踏みしめる音がした。

 

「私にあの娘を助けなければいけない理由なんてありません…それに」

「あの傲慢な吸血鬼の妹が苦しんでいる場面を見れただけでも満足ですもの」

 

—――――部屋の温度が、数段下がった気がした。

—―――いつの間にか美しい夜景を映していた窓硝子は曇っていた。

 

「…ならば俺を野放しにしていた理由は?」

 

―既に彼の周囲の床には霜が降りていた。

 

「テスト、とでも称しましょうか?」

 

にっこりと笑って解答を寄越した紫に対してガゼルの返答は実にシンプルだった。

 

「へぇ?それで試験の合否は?」

 

いつの間にか目の色が普段の黒目から碧色に変わっている。

感情を露わにしても特に館が揺れるような魔力を放出することもない。

あくまで静かに、穏やかに。

だがその視線はスキマ妖怪の一切の挙動を見逃さない。

魔力の放出でないただの魂の鼓動ともいえる波動を放出するだけでも、部屋の気温は零度にまで達しようとしていた。

 

「ひとまず合格ですわ。そんなに警戒しなくても、私は今回館ではなくあなたに用があってここを訪れたのですから」

 

「だからこそこんな夜更けに訪問か。そいつはまたご苦労なこった」

 

一切労いの感情を感じられない物言いでガゼルは紫に反応した。

 

「何故あの招待状を受け取る気になったのかという動機を聞くのと、私自身の貴方を呼んだ理由についてお話しようと思って」

 

意外な長文が返ってきたと感じた。

招待状というのは本に挟まっていた紫色の封筒の事だ。

どうやら無作為にぽんぽこて送りまくったモノではないらしい。

 

「ずっと思ってたがお前の名前は何なんだ?こちらだけ知られているのは色々と不公平だろう」

 

「レディにいきなり名前を訪ねるのは不躾ではなくて?」

 

色気を感じさせるように唇に指を当てて疑問を投げかけてくるスキマだったが――

 

「そもそも俺はお前を女と認識してないしこれからもできそうにない」

 

—―圧倒的切り捨てである。ちなみにこの時の心情に嘘偽りはない。

 

「……ならば『紫』という名だけお教えしておきます。それで会話に不都合は生じないでしょう?」

 

「あくまで現段階の公開は会話のみに留めておくつもりか」

 

「えぇ、時が来れば自然と明かすことになりますから」

「それでは本題。何故あの招待状を受け取ったのかしら?元々の世界の方が色々都合がよいのではなくて?」

 

元々の世界に留まり続けてもそこまで不都合はなかった。

友人とまではいかなくとも知り合いと呼べる間柄の人間は何人かいた。

彼らは今いなくなった自身の事をどう認識しているのだろうか?

 

それを踏まえてガゼルは会話を続ける。

 

「自身の目的にとって都合がよかったからだな」

 

あくまで目的の為だ。

そもそも紅魔館兼レミィとフランがこの世界にいるのは知らなかった。

 

「その目的を端的にでも教えてもらえないかしら?」

 

—その時しんと部屋の空気が一瞬沈んだ。

 

「復讐だな」

 

 

 

「…………………復讐ですって?」

 

紫が息を飲んだのがわかった。

だがここで嘘をついてもいずれバレる。

一時しのぎで築ける信頼など砂城に等しい。

過去からの因縁の果て、この世界にやってきた。ただ、それだけだ。

 

「だが勘違いはしないで欲しい。目的が物騒であってもこの世界で暴威を振るう事は微塵も考えてないし、むしろこの世界での関係性を良好に保ちたいと思っている」

 

それは紛れもない事実だ。

嘘は一切吐いていない。

 

「それはあの子達の為?」

 

「いや、自分自身の信条の為だ」

 

もうあんな事はしない。

あの河が既に潰えた以上、復讐する相手はただ一人。

世界を巡ってあいつを探す。

きっとあいつも同じ歯車を持って彷徨っているだろうから。

 

「あまり諸手を挙げる内容ではなかったですが把握しました」

 

どうやら情報は収集できたらしい。

それでは今度はこちらのターンだ。

 

「んじゃあ今度はこっちから一つ。なんで俺を呼んだ?」

「見た所あんたの腕なら『俺のそのもの』についても分かったはずだ」

 

見た所それなりの法制が敷かれているこの世界にガゼルのような因子は不確定要素しか含まない。

それは監視こそすれ歓迎すべきものではないはずだ。

無論招かれたものの人間性に大きく依るのは確かだが。

 

紫の能力なら全てを詳細に知ることができたはずだ。

なのに様子見—利用価値があるかどうかを審査したのには大きな理由があるに違いなかった。

 

「ある夢を見たからですわ」

 

「夢?」

 

「正確には私が見たものではありません。ですが私が信を置いている者が夢を見たとわざわざ報告に」

 

「…そいつは普段その手の冗談を言わない人物って事か?」

 

「その通りです。現実主義者で、夢なんてまともに語るはずがないあの子から直々に伝わった。

『今朝予知夢を見た』と」

 

それは確かに確定的と言える。

現代社会ならともかくとして魔術の絡む世界での夢は何かしらの意味を含んでいることが多い。

少なくとも何の意味もない夢を見る事はないのだ。

 

「この幻想郷を焼き、貫く黄金色の光線。

その次は呑み喰らわんとする黒い球体。いずれの『異変』にも解決しに行った自身を照らしたのは銀色の星の様な輝きを放つ少年だったと」

 

 

「…それで魔術で本当の髪色を隠していた俺を発見して呼んだって訳か」

確かに髪への光の当たり方を調節して色を変える魔法を扱うのは外界では蒼月だけだったろうが。

 

「ひとつの夢だけを理由に呼ばれても納得をするの?」

 

「するさ。夢が現実に及ぼす事の大きさは知って——―――――」

 

そこまでを言った段階で部屋に朝日が差し込んきた。

館の上を飛んでいるのか鳥の元気な声が聞こえてくる。

さすがにこの時間となれば他の人外のメイド達が起きてくるだろう。

一人では気付けなくとも数十人集まれば一人はこの部屋へ違和感を抱いても可笑しくない。

 

時間切れだ。

 

 

 

 

 

 

「もうそんな時間ですか。では、招かれざる客は帰るとしましょう」

 

「そうか、気を付けて帰れよ」

 

帰ろうとした背中に言葉をかけると紫は怪訝そうな表情でこちらへと見向いた。

 

「…一瞬でも威嚇した相手に労いの言葉をかける住人がどこにいるんです?」

 

あぁなんだそんなことか。

 

「あれは唯のコケ脅し。そっちがこっちのことを試してるであろうことは最初から読めてたから、そのまま敢えて返しただけだ」

 

そもそも来たばかりで初対面の相手に本気で威嚇などする訳がない。

匂いからして手紙を書いた人物だというのは分かっていたから逆に探ってみただけの話だ。

…そもそも紫色の封筒の自己主張が強すぎて忘れるに忘れられなかった。

 

 

「あぁ…それとこれを渡しておくわ、よく読んでおいて」

 

渡されたのは今度は紫色ではない普通の茶色い紙封筒だった。

「へぇ、中身は?」

 

プレゼントを貰った子供の様にのりづけをぺりぺりはがしながら蒼月は尋ねた。

 

「ここら一帯の地理、今までに起こった『異変』の大まかなあらすじ、それと」

 

 

「外の世界であなた以外に招待状を送った人物が恐らく大結界から抜け出てくる場所の予測図よ」

 

「俺以外にもこの世界に呼んだのか?」

 

最初は目を見開いて驚愕していた蒼月であったが、その数秒後に誰が呼ばれてきたのか見当がついたようだった。

 

「…あぁ誰が呼ばれたか容易に想像がついた。「赤いの」と「黒いの」だろ?」

 

「えぇ。あなたと同じように招待状を送ったら快諾の返事を貰いましたわ。

 —―――――一つ伝言を頼まれましたが」

 

「伝言はどちらから預かったんだ?」

 

「赤い方からですわ」

 

「内容は?」

 

「――――――――――――だそうです」

 

顔を天井へと向け、目を手で覆う様子には大きなため息がよく似合った。

 

「…面倒くさいから迎えに行かなくていいや。それよりも貰った地図でこの世界の有名どころを回るのが先だな」

「なぁ、どこか行っておいた方がいい場所ってあるか?」

 

その言葉を待っていたとでもいわんばかりに紫は目を細めた。

 

「でしたら——博麗神社なんていかが?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってぇ……ここどこだ?山の中?」

「持ってるの竹刀とスマホしかないけど…ここ電波届くんかね」

 

電源を入れ設定画面を開いた「少年」は一人ごちた。

アクセスポイントはどれだけ待っても検出されずアンテナは一向に立たない。

木々が鬱蒼と生い茂った中では見通しも悪い。

 

「まっじかぁ、スマホで異世界無双はできそうもないねこりゃ……ん?」

 

ポケットの中に何かが入っていたことを思い出したようだった。

取り出したそれはくしゃくしゃに丸め込まれていたが広げると多少の原型は見て取れた。

 

「この気色悪い封筒……同じようにあいつらも貰ったらしいからさっさと合流しないとな」

 

ぽりぽりと頭を掻いた瞬間にその変化は起こった。

まるで外殻が剥がれていくように髪の毛の黒かった部分が———目を引く赤色に変わっていく。

目を刺すように赤ではなく…どこか夕陽の様な優し気な一面をもった赤色だった。

 

さらには着ていた服にもそれは訪れた。

ただのTシャツに穴あきジーンズだった服装は見る間に現代社会では滅多にお目に掛かれない真紅の着物となった。

それは形状から言えば狩衣が一番近いだろう。

華美よりも機動をとった構造が何とも涼しげだ。

 

「竹刀はまだこのままでいいか。銃刀法違反とかあったら面倒だし」

「まずは意思疎通のできる生命体との遭遇!うん決めた」

 

そのまま赤衣は山を歩き始めた。

これが蒼月とまた同じ激動を辿る二人の友人が一人……

 

…………赤峰夕弥の幻想入りであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




恐らく前半、後半の会話部分を呼んで感じられた違和感についてはわざと書いてます。
後々繋がってくるかも?


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第十一話 「その赤髪、猛炎につき」

ちっ、違う!僕は悪くない!

投稿遅れたの本当にごめんなさい


先刻までの対談は終わり他の住人よりも遅い眠りを貪った後、蒼月はベランダにてレミリアと紅茶を飲みつつ会話していた。

紅茶やコーヒーの旨さの違いはイマイチ分からないが、それでもここで出されているものがどれも一級品なのは無知の蒼月にも理解できた。

ちなみに膝の上にはフランがおり、同時に出されたクッキーをもぐもぐと美味しそうに頬張っている。

柔らかそうな頬が動いている様はどこか小動物のようで微笑ましい。

ただ嬉しいのは分かるが羽をぱたぱたと動かすのはやめて頂きたいぞ妹よ。ひんやりした羽の結晶が胸に当たるとくすぐったいのだ。

だが羽とは反対に仄かに温かいフランと密着していると若干眠くなってくる。あれだけ動いた後にほぼ夜通しで紫と話していたのだ。

いくら体は丈夫でもメンタル的にきつい。できればもうちょい寝たかったなぁ。後丸二日ぐらい。

 

「……え?もう出ていくの?」

 

「いや何時までも世話になり続けるわけにもいかんし…というか干物生活とか嫌だし」

 

かつての弟子の家でニート生活してる師匠とか本気で御免被る。

外界でも熱心に働いていたわけではないがそれでも魔力だけで腹を満たすような怠惰な生活を送っていたわけではない。

きちんと地域ボランティアには参加していたし給金の入るアルバイトは日々熟していた。

 

「あぁ、いや永久にここから離れる訳じゃないよ。ちょっとこの世界を見て回るだけ」

 

「……本当に?」

 

「マジのマジ。嘘つかない」

 

…やめてくれそんな冷え冷えとした視線をこちらに向けないでくれレミィ。

確かに久しぶりに会ったばかりで出ていくと言われたらそうなる気持ちも分かるが俺も行かなければならないのだ。

既に場所は紫から聞いている。

ここ紅魔館から結構な距離離れた僻地に存在する神社にあいつらと集まる予定になっているらしかった。

つーかここからでも人里?から離れているらしいのにそんな所に住んでるとか人来るのか…?

…それともその神社で過ごしている者が人間ではないのか。

想像すればするほど心配になってきたぞ。

 

「本当の本当?」

「本当に本当」

 

今はこれしか返しようがない。

だからこそこの安っぽい言葉を証明する為にも紫の言葉を確かめてくるべきなのだ。

 

「…分かったわよこういう時意外と頑固なのは分かってたことだし」

 

「いや頑固っていうかはむしろしょうがない部分が大きいんだけど」

 

放っておいたら世界が滅ぶとかそういうぶっ飛んだ事象が起きないことは絶対ないと断言できるが神社ぐらいならばじゃれ合いで破壊しかねない。

早急に奴等を迎えに行った方がいいだろう。

 

「許してくれるレミィに全力感謝しながら、行ってくるわ」

 

ふざけた出立の挨拶をしたところレミリアは満面の笑みを浮かべて

 

「二日経っても帰ってこなかったらガゼルの血、カップ百杯分吸うからね」

 

「ぜってぇ人間の耐えれる量じゃねぇぞそれ」

 

その量だったらカップじゃない計量器具使った方が早くね?

実際にやられたら笑えない冗談を口にするレミリアにそんな事を考えながら蒼月は館を後にするのだった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「はー…はー…はー」

「………あーーーもぉーーーー!」

 

拠点へ帰って来るや否や突然少女はもふもふの耳をぱたんと倒しながら喚き始めた。

この儀式普段の事と言えば普段の事だったのだが生憎今日は違った。

 

「何、牛の鳴き真似でも始めたの?傷口に声が響くからもうちょっと静かにしてほしいんだけど」

 

「鳴き真似なんかしてませんよ!ていうか傷口に声が響くって何ですかそれ!?」

 

「そういう声がっ、響くって言ってるんでしょうが!」

 

言葉の勢いのままもう一人その部屋に居た者が隣にいた白髪の頭をでこぴんでばちこーんと弾いた。

あいたぁっ!?と叫びながら頭を仰け反らせる白髪に若干の可愛げを感じながら彼女は自身の腕の包帯を巻き直し始めた。

 

「ていうかいつそんな怪我したんですか?私が見回り行くときに取材に行くーって言って出て行ったじゃないですか」

 

「その取材先で怪我したって言えば?」

 

「……文さんの聞き方が悪かったりしたんじゃないですか?」

 

「ねぇなんで今の話の向きから完全に私が悪い方向で考えられてるの?」

 

「普段の素行のせいでしょう」

 

「私これでもあなたの上司なんですけど!?」

 

本人が一番傷口に響きそうな声を出しながら文は語り始めた。

 

「大体取材許可取りに行っただけでぶっ飛ばされるんですよ?何なんですかあの巫女。

 もう鬼ですよ鬼。あれは鬼巫女だわ絶対」

 

「何一人でボケて完結してるんですか。というか今のままで次の締め切りまでにネタ間に合うんですか?」

 

ぶつくさと文句を言っていた文だったが現実を思い出したらしい。

 

「…一応ストックはあるから今回のは問題ないわ。でも最近事件がないから次のストックに余裕もないし」

 

「いいじゃないですか平和で」

 

「私達記者にとっては死活問題よ。うぐぐ、こうなればいっそのこと私が異変を…」

 

一瞬名案を思いついたかと思われたが

 

「また鬼巫女にぶちのめされますよ?」

 

「あんの鬼畜巫女がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

またすぐ閉ざされた。

 

そもそも妖怪というのは退屈を非常に嫌う。

日常に刺激が無くなれば無くなるほど妖怪は存在意義を失くしていくのだ。

 

文の涙がそろそろ涙袋の許容量の限界を越えるかと思われた時窓際からばさりという音が聞こえた。

二人が同時に振り向いたときには既にそこに訪ねてきた主はおらず、代わりに一枚の黒い羽とそこに括りつけられた手紙があっただけであった。

 

「「……?」」

 

怪我で動きたくはなかったが受け取らない訳にもいかずのそりと動きながら便箋を開く。

 

「んーとこれは…あなた宛みたいよ?」

 

「え?私の方ですか?」

 

上司に便箋を受け取らせた本人が中身だけを受け取り目を通す。

そして目が文章を読み進める度に輝きを失っていく。

 

「ふーん……えー……ようするに紅葉地区の隊長であるに領域確認の命令と…」

 

口調では冷静を装っていても顔は仕事の前から疲れ果てていた。

どうやら相当に面倒なものを命令されたらしい。

 

「なんて?」

 

はーとため息を漏らし用紙を床に下ろしながら社畜少女はぽつりぽつりと説明を始めた。

 

「今日山の中で見回り中に見つけて連絡した侵入者が追跡を振り切ったらしいんですよ」

 

「……マジ?」

 

「マジのマジです」

 

少女———椛は容易く振り切ったと言い放ったがそれは尋常な事態ではない。

なにせ現在山に存在している追跡隊の白狼天狗はここ最近に狼という種族から昇華して天狗へと変わった種族。

丁度世代交代をしたばかり故、狼の頃からの狩猟本能は色濃く残っており、まず獲物を逃すことはないと言われていた布陣だ。

成績優秀者も多かったはず。

にも関わらず、地形も木の位置も全てを記憶している白狼天狗たちの追跡を完全に絶った。

 

場合によっては山全体に喚起を促さねばならないほどの手練れだ。

その場合というのは—————

 

「負傷者はいないの?」

 

当然ただ素早く走り抜けて逃げ切る事等できないだろう。

いくら速く動ける鴉天狗でさえも匂いだけは消せない。

むしろ素早く動けば動くほど匂いは濃く残る。

 

つまり、何らかの手段を用いて天狗達の足を止めたという事だ。

 

「いいえ。報告によれば追っていた分隊十人は全員一切の外傷はなく意識を失った状態で発見されたとのことです」

 

一体どういう事なのか。

外傷なく相手を気絶させる手段など想像もつかない。

妖怪の山の中では術を使った場合はすぐに気付くはず。

ならば妖術の類は使われなかったと断言していい。

 

「それで?その侵入者相手にあなたは何をしろって?」

 

死んだ魚の目のような目をしながら椛は視線を空中に彷徨わせていた

 

「能力を行使して幻想郷中をくまなく捜索せよ、と」

 

「…要するに山の外まで出て探してこいって事ね」

 

椛の能力は『千里先まで見通す程度の能力』。

…なのだがまだ完全に使いこなしているという訳ではなく、射程がここ妖怪の山の中程度までしかない。

山の外まで探そうと思ったら出歩かなければならないのだ。

 

「……ほんじゃぼちぼち行ってきます。どうせ探したら匂い覚えて帰って来るだけなので、文さん帰り遅かったら勝手に夕飯食べてってください」

 

「はいはい分かった。それじゃ、行ってらっしゃい」

 

かくして椛は護身用の剣と盾を持った上で部屋から出ていった。

自慢の耳をぴーんと立てずにふわふわと揺らしていたからそこまで緊張はしていないのだろう。

 

「白狼天狗達を一瞬で倒す実力者……」

 

既に文の視線は現代を越え、過去を覗き込んでいた。

 

「あいつ……最近どうしてるのかな」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「…………いや僻地とか辺境の地ってレベルじゃねえぞここ。空飛べないとおちおち参拝にも来れんだろ」

 

紅魔館を出てからおよそ三時間。

既に正午は回っており体感で気温が高くなってくるのを感じる頃だ。

最初の時のように空を飛んで来てもよかったのだがここで仕事をしている巫女が何者か分からない以上刺激しない方がよいと考えとことこと歩いてきた。

 

死ぬほど疲れたけど。

いやおかしいだろ山に重なったあの階段の段数。

さぁ昇ろうと上の方見たら見えんかったぞ。

最初は数えていたが途中の方からは以下省略と心の中で呟きながら上がってきてたし。

多分体感数千段かそれ以上はあった。

 

「来る人の事考えてるのか…?いやむしろ近付けさせない為にこうしてるのか?」

 

ひょっとして人間が行くにはとても危ない場所だったりするのか。

そうだとすれば何故そこを再会場所に指定したのかを紫に問い詰めたくなるが。

 

と、階段を上りきって少し歩いた後に

 

「あぁ着いた。ここがそのなんとか神社か」

 

えらく時の流れを感じさせる本殿にちょこんと備え付けられた賽銭箱。

これまた少し色の薄くなっている赤色の鳥居。

本殿へ続く石畳の道の脇には、蒼月がぎりぎり抱え込めるかという太さの恐らく桜と思われる木が均等な間隔で植えられている。

山の上にある事から狭かったりするのかと思っていたがそんな事はなかった。

どこかここだけ隔絶された世界のような光景に逆に開放感すら覚える。

 

さらに見たところ綺麗に掃除されている。

多少手荒な所もあるが、それでも石畳に薄く残る引っ掻いたような跡から長年竹ぼうきかなにかで掃除をしている事が分かる。

やはり誰かいるらしい。

 

思いきって呼んでみるか。

現状あいつらの魔力を感じ取ることもできないしもしかしたらここにいる者ならば知っている事もあるかもしれない。

その考えが頭に過ったその時――

 

突如として蒼月の脳裏に意思を持つように揺らめく業火の映像が映し出された。

その火は規模のわりに何故か火の粉を出していなかった。

焚き火のように穏やかな炎ではなく、生けるもの全てを灰塵へ還さんとのたうつ焔。

それは形を変えに変え、一本の槍のような形状になった。刹那

 

急速に近付いてくるものが何か認識するよりも先に蒼月は上体を一気に右側へ倒した。

何か、銀色に煌めく物が視界の左側を通り過ぎ―止まった。

 

「っ――――」

 

空気が、焼けた。

そう錯覚する程の速度で何かが背後から突き出された。

うねる空気に触れた左頬がぴりぴりする。

たがそのまま驚愕したままではない。

 

当然左右どちらかに回避すると読んでいた当人は手首を返しながら踏み込みと同時に風のような速度で前方を薙ぐ。

風圧で周囲の砂利が一気に舞い上がった。

 

だが蒼月も動いている。

その剣技を既に読んでいたから。

 

得物が体に触れぬよう剣技と同じ方向の左側へ旋回させながら勢いを殺さず後退する。

羽織っているコートに刃が触れるかどうかというギリギリのラインで射程外へと脱出する事に成功。

そこで始めて蒼月は相手の姿を見た。

 

先程意識下に映し出された炎とほぼ変わらない赤色をした、無造作に放り出されたかのように切り揃えられていない前髪。

後髪は前髪とは違い、揃えられた長髪が紐で束ねられている。

 

その髪の下で爛々と赤く光るのは肉食動物めいた若干切れ長の目。

 

着ているのは外界では縁日でしか見ないような、だが外見に違和感を感じない、丈が膝まである緋色の和服。

一見動き辛そうだが機動性の確保の為か脇が見えないぐらいに肩の下部が切り取られている。

下半身は緋色よりも暗めの臙脂色をしたズボン。

和服の丈が長いおかげでズボンとの違和感はほとんど感じられない。

ただし履いているのは下駄や草履ではなくスニーカー。

 

だが着ている服よりも目を引くのは――今しがた振るわれた大太刀ともいうべき長刀。

刃渡りは三尺は軽く越えているだろう。

当然腰に差せる大きさではなく、普通の人間であれば両手で握っても扱えないであろう大きさだ。

光に対して凶暴に光る刃には独特の紋様が浮かんでいる。

だが、全身を見てもどこにも鞘は見られなかった。

 

妖刀―――見るもの全てに直感的にそう感じさせる迫力。

 

——富、地位や名声よりも剣を追い、剣を愛し、そして剣に愛された者。

常に紅の衣を纏い、千の山を駆け人の丈ほどある刃を振るった。

決して自身から危害を加える事はなく、ただただ誰かを守ろうと刀を握った。

ガゼルの唯一の友人、赤峰夕弥。

 

「物騒な挨拶だな。菓子折を持っていないのが気に障ったか?」

 

「どうせお前が選ぶ菓子なんぞきのこの里だろう。俺はたけのこの山派なんだ」

 

振り切った姿勢から刀をぶんと振りつつ自然体に戻った夕弥は答えた。

 

その動きに緊張は含まれておらず、まるで 学校の帰りに傘でチャンバラごっこを始め た子供のように顔は笑みを浮かべていた。

前に会ったのはいつか忘れたが、それでも その時より遥かに大きくなった妖力を目に て蒼月もまた好戦的に見える笑みを返す。

 

「その大きさの刀片手で振って戦える奴は お前ぐらいしか見たことねぇよ」

 

「っは、嬉しいけどそれ全く誉めてないよな。ガゼいや蒼月」

 

「いつまで呼び慣れないんだよお前、わざとか」

 

「そもそもあつきなんてダサい名前呼びづらいわ」

 

「全国のあつきさんに土下座してこいよお前」

 

どこの規模まで喧嘩売るつもりだこいつ。

 

「というかさっきのやつ当たってたら軽く頭部が無くなっていたが」

 

「だから前もって警告を送ったじゃないか。宣戦布告ともいうべきか?」

 

「さっと見て理解できん映像を警告とは呼ばん」

 

揺らめいている炎がこちらに突進してくる 映像を見ただけで突きが飛んでくると理解 できる奴がいるか。

無茶ぶりもいいところだ。

 

「安心しろ、こんなことするのはお前ぐらいだから」

 

「毛ほども嬉しくねぇぞその告白」

 

蒼月に同性愛の気はない。

未来永劫絶対に起きない。

 

「んでどうする?今から本格的に喧嘩する?」

 

こいつの事なら今ここで斬り合いでも始めそうだが。

 

「いややめだ。気分が乗らんしここにいる人にも迷惑だ」

 

「いきなり人の頭刺し貫こうとした奴の台詞とは思えんぞ」

 

突然通り魔紛いの行為をしてきた奴に常識を語られたら喧嘩しないのかと提案した俺が非常識みたいじゃないか。

 

「……?蒼月、お前眼の中……」

 

唐突に夕弥がぽつりと蒼月の顔を見ながら呟いた。

やはりレミィ達には隠せても元来の友人には隠していてもバレるか。

 

「一本濁ってるだろ。やっぱここまでくると混ざってくるんだな」

 

「体に異常はないのか?」

 

「今のところはな。ただもう、気づき始めてる」

 

「………その時はどうするんだ?」

 

 

「さぁな。どうなるかは俺にも予想がつかん。

その時でどうにかするしかないさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー…にごってる……………?」

 

 

 

 

 

 

 




これでよ う や く 第一章終わりです。
最後意味不明は終わり方でごめんなさい。
腕が足りていない故にこのような描写になってしまいました……。

これからは3000~4000字程度での早期更新を目指したいと思います。
今まで遅れていた分はほんとうにごめんなさい


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第二章『黒と緋の奔走録』
第十二話 「正体」


三千字程度に収めて早期投稿しようとしても精神が投稿を許してくれませんでした。
単純に話纏めるのが下手なだけです遅れて本当にごめんなさい。

以下、どうぞ


「んでどうするよここから。結局あいついないんじゃ行動もままならなくないか」

 

先に口を開いたのは夕弥の方だった。

確かに未だ姿が見えないのは些か不安だ。

 

まさかあいつに限ってこの世界で負傷して動けなくなったとは考えにくい。

前にも一度帰ってくるのが遅かった時は

 

「スーパーで美味しそうなネギを選んでいたら遅れた」

 

と宣ったヤツだ。ちなみにその日の夕飯はめちゃうま冷奴だった。

それに紫の言葉からしてもこの世界に来ているのは間違いないはずだし、実際問題紅魔館に居た時にこの世界を覆っていると考えられる魔力で形成された膜?のようなものが二回ほど揺れたのも知っている。

揺れのひとつが夕弥だったとしてももう一つの揺れがある。

恐らく、いや間違いなくもう一つの揺れの正体はあいつだ。

 

「なぁ案外分かったりしないの?オンゲーでの誰々さんがログインしましたーみたいな感じで」

 

「多分できなくはないがやればこの世界の実力者には間違いなくバレる。仮に敵襲と誤認されたらえらいことになるぞ」

 

まだ我々はこの世界に来たばかり。

当然探せばレミリアのように関わりを持った者たちがいるかもしれないが、それでも全員が全員知り合いである保証はない。

現状問題を起こした際に頼れる人物でいうと紅魔館しかいない。

その館ですらまだ顔を合わせていない人間がいるから不安要素はあるんだが。

紫に関してはどうにも胡散臭さが拭えず素直に頼ろうという気が起きない。

あれからはどこかこちらの隙を伺うような視線を感じるのだ。

 

「けどこのままでも埓が明かないしなぁ…警察みたいな大組織が存在するのであれば、そこに聞くのが手っ取り早いんだけど」

 

それは誠に同感だ。

どうにかしてあやつの情報を入手しなければならない。

だがこちらで大規模に動くことが難しい以上、誰かに聞くしか

 

 

「いつまで立ち話してんのよあんたら」

 

 

「「はい?」」

 

よく澄んだ声だった。

それは美声や、張りがある声という意味ではない。

心の内に潜む柵というのだろうか。

そういったものを一切聞き取った者に感じさせない、透明感のある声だ。

だがそれでいてどこまでも響きそうな芯の強さも同時に感じる。

濡れているように艶々と手入れされている黒色に、その具合とは反比例するように数ヵ所ぴょこんと毛の跳ねている髪。

外界から隔絶されたはずの世界なのに、どこか現代っぽい女性味を感じた。

 

そしてあの時―森から出てすぐ視認したときと同じ、瞳と何故かやたらと脇の開いている赤色の服。

空を飛んでいない為はためいてはいないが、その姿は印象に残るには十分すぎた。

 

「いい加減お茶が冷めそうだからさっさと訪ねてきなさいよ」

 

「…あの時木ぶっ飛ばした巫女さん?」

 

「その呼び方凄い否定したいけど実際正解」

 

あぁ思い出した木と一緒にすごい勢いで翼の生えた女の子をぶっ飛ばした剛腕巫女さんか。

確証が取れた今なら脳内でそう呼ぶことに躊躇う必要はない。

やはりこの神社に居た巫女は人間に非ずだった。

 

 

あれ、なんでだろう。

心なしか目の前の巫女の視線が冷えてきた気がする。

 

「………あんた今初対面の相手にもの凄く失礼な事を考えなかった?」

 

実は妖怪なんじゃねぇのかどんだけ勘鋭いんだこの巫女。

だがこの雪村蒼月、伊達にこんなところでヘマをするほど安い人生は送っていない。

下手に取り乱してボロを出すなど三流のする事よな。

 

「いや、『やっぱ』人間なんだなぁって」

「ちょ待て蒼月、お前その言い方は」

 

…ここで蒼月の幻想郷でのその後の運命は決まったと言えよう。

夕弥が咄嗟に訂正に入ろうとしたが既に遅かった。

少女の中に燻っていた疑念の炎は一瞬で燃え上がった。

 

「………………やっぱ?」

 

 

 

………………あっ。

 

 

 

「ねぇ今やっぱって言ったよね?言ったよね?」

 

「………………。」

 

当然こういった際に取るべき行動はだんまりである。

下手に何かを喋ろうものなら何が起こるか分かったものじゃない。

そのまま相手が痺れを切らすまで待ち続けるのだ。

 

「黙ったままでやり過ごそうとか考えてるなら可聴音域拡大の術込みで痴漢って叫ぶわよ」

 

……えっ待ってそれは反則。

というかこの世界に痴漢存在するのか。

 

 

 

「…………も」

 

「も?」

 

 

「…もくひけんをこうししてもよろしいですか」

 

 

「どっちも一緒だわ」

 

「ですよねー」

 

 

尚、この時の様子を見ていた夕弥氏は後に酒の場でこう語っている。

「あの時からあいつ言い訳だけはマジで三流だったわw」と。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

「………派手にやっちまったなぁ」

 

「やっちまったなおい」

 

自分達の立ち話のせいで冷めて若干渋味の増した緑茶を啜りながら、蒼月は誰にも向けずごちた。

こんなテンションではあるが、体に傷跡はない。

だが表面に見えない傷というのも存在する。

 

ちゃぶ台の上で粘液が広がるようにべとーっと上体を倒す蒼月がなによりの証拠であった。

 

「ばたんきゅー…」

 

「白髪頭が言っても微塵も可愛くないぞ」

 

「老人扱いすんな、あとこれ白髪じゃなくて銀髪だから」

 

「白髪も銀髪も同じようなもんだろ」

 

「全国の銀髪好きから刺されろ」

 

主に全国のロ〇コンからぶっ刺されそうだ。

 

 

「へぇ、随分楽しそうじゃん野郎二人」

 

 

がららっと障子を開けながら部屋に入ってきたのは意外にも巫女ではなく、細身の少年だった。

身長は蒼月とさほど変わらず、色白と言える蒼月よりもさらに色白、もはや病的な白さ。

肌に反して髪の色は真っ黒。

雪の上にほんの少し人肌の色を足したような色。ゆるゆるの黒のTシャツに色褪せたパンツ。

体つきも二人と比べるとまるで女子のよう、というのが正しいほどに華奢であった。

風で吹かれればすぐに吹き散らされてしまいそうだ。だが、体つきよりも驚くべきは。

 

その顔立ちは、蒼月とそっくりであった。

ただ違いは二点。

瞳の色が澄み切る空の様な蒼色ではなく、闇夜を思わせる黒。どことなく気だるげでやる気のなさそうな目をしている。

端的に言ってしまえば真っ黒コーデ。

 

「「…いたんだ」」

 

「まるでさも幽霊を見たかのような目でこっちを見るのやめてくれない?」

 

…ここまであっさりと見つかると思っていなかった。

一緒にこいつを探しに来たはずだったのに。

 

「兄さんが急にいなくなったから作り置きしてた味噌汁わざわざタッパーに詰めて持ってきたんだからね」

 

そう言うと後ろから中でたぷんと液体が波打つ容器を突っ伏してる蒼月の隣に置いた。

わざわざ異世界に来るというのに、恐怖するでも驚愕するでもなく最初に味噌汁の心配をする。

全くもって、訳が分からない。

 

「はいはい、お疲れ海翔」

 

「出来の悪い兄を持つ弟は大変だよ全く」

 

 

—――雪村蒼月が弟、雪村海翔。

彼もまた人ならざる者であり、異界より幻想へと誘われた者である。

黒き瞳は肉体の底を覗き、その手は運命を掴み、風化させる。

内より出でる陰を刃と成す。

 

 

「んで、挨拶は済んだの?味噌汁弟さん」

 

 

そして話が終わるのを待っていたように巫女が部屋へと入ってくる。

どうやら我が弟は不法侵入を犯したわけではなかったらしい。

 

「うん済んだ。ごめんねわざわざ上げてもらって」

 

「あの時紫から予め言われてなかったら露天風呂に浮かんでる水死体だと思って捨てちゃってたわよ」

 

大分アウトじゃないのか、それ。

訂正、我が弟はグレーゾン走破済みだった。

 

「落ち着いたんならそろそろ事情を聞かせてもらおうかしら御三方。そこの味噌汁啜りながら」

 

…今のうちに緑茶飲み干しとこ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

三人の軽い自己紹介と赤服の巫女、博麗霊夢の自己紹介が終わると、蒼月はここまでの経緯をまとめて軽く伝えた。

味噌汁を喉の足しにしながら。

 

「…………なるほどまず蒼月がここに呼ばれて後から夕弥と海翔の二人が呼ばれたってわけね」

「元いた世界に何か思い残しはなかったの?」

 

当然そう言われるだろうと思った。

通常、外来人は元いた世界への不安を露わにする。

彼らには残してきた血縁者、友人がいるのだから。

 

「別に。三人とも元からこういう生活だったから特に心残りはないよ」

 

「友人はいなかったの?」

 

「いなかったわけじゃない。けど既に記憶から消えてるだろうね」

 

だが僕らにはもう友人と呼べる者はいない。

 

「というと?」

 

「僕らがその世界から消える時、そこにいた記憶が世界からそのまま消える」

「なにせ僕らは世界からすれば異分子そのものだったのだからね。普通の妖怪なら理に押しつぶされて生きられないところを無理矢理存在を捻じ込んでいたわけなんだから」

「元から名簿にいない招かれざる客だったんだから、名簿に残しておく必要もないってわけ」

 

その点この世界、幻想郷はたくさんの妖達の気配を感じる。

恐らく人ならざる者たちの為の世界なのだろう。

 

ふぅむといった様子で霊夢が口に手を当てた。

 

「そんな事ができるって時点で人間ではないみたいね」

 

元から相対した時点で気付いていただろうに。

 

「ちなみに種族は?」

 

霊夢から疑問を呈されて三人が顔を見合わせた。

夕弥に関しては大丈夫だろうが蒼月ら二人の正体を明かしていいものか。

 

最終的に下した結論は、この者なら明かしても問題ないだろうであった。

 

 

 

「僕ら二人は、天使だ」

 

 

 

「……え?」

 

「嘘はついてない」

 

勿論その反応は分かっていた。初対面の奴から『私は天使です』等と言われれば、まず間違いなく頭の構造を疑う。

それほどまでに、この人ならざる者たちが集まる世界でも天使というのは異端らしい。

 

「…聞いたことないわよそんな種族。そもそも存在してるのすら知らなかった」

 

霊夢が今までより目を見開きながらこちらを見つめる。

どうやら驚きながらも話を聞く余裕はあるらしい。

 

タフな人間だ。

 

「天使と言ってもよく絵本なんかに描かれるような化け物じゃない。そこらへんの天狗や鬼なんかと何も変わりはしない」

 

天狗や鬼も人間からすれば化け物と呼べるからこの例えは不味かったか。

 

「じゃあ何が違うの?」

 

…いや少しは疑問を抱けよ。

 

「まず生まれた世代」

 

別に天使だからと全員が超常の力を振るえるわけではない。火の玉すら出すのに苦労する者の方が多いかったし、地上全域に雷を落とせるやつの方が遥かに少ない。

要はそういう派手なのは神の特権だ。

 

「僕らが生まれたのは人間、さらには妖怪を遥かに超える程昔の話だ。もう数えすらしなくなったけど少なくとも七桁は年食ってると思う」

 

七桁。すなわち百万以上。

子供たちが寺子屋の算盤で習うような数字だ。普段この桁を目にかかるのはあくまでも誇張表現の一種としてだろう。

だが、霊夢と年の差のなさそうな少年二人はそれだけの時を既に歩んできた。

 

「といっても他種族から見てそれだけの時ってだけで僕らからすれば今が十代真っ盛りみたいなものなんだけどね」

 

「そこは分かったわ。次は?」

 

「次が体の構造。僕らには明確な肉体というものが存在しない」

 

「どういう事?」

 

「通常、生物の体を構成するのは小難しい名前の元素だな。酸素とか、炭素とか」

 

別に難しくなくねと赤髪から野次が飛んだが脳天チョップで黙らせる。

いってぇとどこかから聞こえたが気にしない。

 

「それは怖れ、自然から発生する妖怪や吸血鬼とて例外ではない。霧になったり蝙蝠になったりと体積は変化するが必ず肉体の残片が存在する、つまり密度が違うだけで質量は特に変化しない」

 

まぁなんで何もない所から質量が発生するんだと言われたら僕らにも分からないが。

 

「けど天使は違う。一見普通の肉体に見えても、体は全て魔力でできている。つまり体の部位が欠損しても魔力さえ存在すれば簡単に再生する」

あ、内臓はちゃんとあるよと海翔が補足を加えた。

 

「…なるほど、だからあんたらからは魔理沙とかと同じ匂いがするのね」

体に内包されてるのは魔力のみ。当然揺らめき立つのも魔力の波だ。

 

「魔法使い達が使う怪しい術も似ているな。あちらは命の流れを止め、魔力を源にすることで食事と睡眠を不必要とするが天使とは違う。体の構造は人と変わらないから腕が捥げれば一大事だし腹に穴が開けば死ぬ」

 

体の構造が人間と変わらないという事は当然病にもかかる。

不老不死といっても病気で内臓などがやられれば死ぬ。

それを不老不死と呼ぶのかどうかは少々論議が必要かと思うが。

 

「……あんたら二人は理解できたわ。んでそっちの頭抑えてる奴は?」

 

霊夢が夕弥に話を振った。

 

「てー…俺は『ただの吸血鬼』だ。怪しい所なんかないしこいつらと違って魔力だけで生活はできん」

 

目立つ羽も生えておらず、蒼月と向かい合った時に日光を浴びても問題がなかったのに?

確かに八重歯はぎらりと光っているが明らかに知っている吸血鬼の特徴から逸脱している。

 

「…嘘ついてんじゃないでしょうね」

 

「幻想郷の管理者のお気に入りに嘘なんかつけんさ」

 

「…!?」

 

蒼月たちも含めて一瞬会話が、止まった。

何故さも当然のように幻想郷という名を、そしてお気に入りと断言できるのか。

 

「まぁ、簡単に説明するなら日本育ちの吸血鬼ってところだな」

 

…どうやらまた一癖も二癖もありそうな野郎どもが幻想入りしたらしい。

さて、ようやく三人そろって何が起こることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと何堂々とくつろいでるんですか指名手配犯が」

 

「霊夢さん少しお邪魔しますよー」

 

 

ほら、また彼らを呼ぶ声が神社に響く。

 

 




ようやく三人そろいました。
これで少しは進むの早くなるかも…?


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