ドラゴンクエスト―ダイの大冒険― 冒険家の歩き方 (amon)
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プロローグ『転生!新たな世界へ!!!の巻』

 

 

 

「あれ?生きてる?」

 

 俺は確か、大学の帰りに交通事故にあったはずだ。道を歩いていたら、いきなりトラックが突っ込んで来て轢かれたんだ。

 

 ヤバい!とは思ったけど、同時にああ終わったな……と冷静に考えていたのも覚えている。

 

 覚えてるのはそこまで――気が付いたら、このフワフワと宙に漂ってる状態……っていうか、なんだこの白い空間?温かくて気持ちいいけど……。

 

「ここはあの世とこの世の境目じゃ」

 

「おわっ!?」

 

 いきなりの声に振り返ると、なんか木の杖を持ったローブを深くかぶって顔を隠した人?がいた。

 

「どちら様で……?」

 

「わしはあの世への案内人じゃ」

 

 う~ん、声からすると男……しかも爺さんみたいだな。

 

 だけど、あの世への案内人って事は……やっぱり俺は死んだみたいだな。

 

「……そうですか、分かりました。じゃあ、あの世に連れて行って下さい」

 

「随分と落ち着いとるな、おぬし。若いのに潔い事じゃ」

 

「だってジタバタしても生き返れる訳ないですし、未練も悔いもないですから」

 

 大学生活も慣れてきて友達もそれなりにいたし、両親にも散々世話になったけど……正直、退屈だったからな。少し勉強して、漫画を読んだり、ゲームをしたり、学校に通って友達と駄弁ったり……平和で普通で、でも平凡で浮き沈みのない日常。

 

 勿論、それが本当は尊いものだって言うのは頭では理解しているが、俺としてはもう少しハラハラドキドキする冒険があっても良かった。

 

「ふ~む、過去に未練なしか。それは好都合じゃ」

 

「好都合?」

 

「うむ。わしはおぬしを転生させる為に、やってきたのじゃ」

 

「転生?」

 

 それって普通の事なんじゃ……?輪廻転生って言葉もあるぐらいだし。

 

「おぬしが考えておる輪廻転生とは違うぞ。あれは魂をサラに戻してから新しい命に生まれ変わる転生じゃからな。おぬしは特別じゃ、記憶・人格をそのままに転生させてやる」

 

「え、マジですか!?そんな事して良いんですか?」

 

「そのぐらいの裁量は神より与えられておる。理由は……まあ、気まぐれじゃな。無論、最終的に決めるのはおぬしじゃ。おぬしが普通の輪廻転生を望むなら、その通りにする」

 

 これは……ネットで良く読んでた2次創作の転生物と同じ状況じゃないか!それは願ってもない事だ。しかし、転生させてくれるのは嬉しいが、2つ気掛かりな事がある。

 

「あの、転生させてくれるって……どんな世界にですか?あと、人間ですよね?」

 

 また日本みたいなダラ~と平凡な世界は嫌だ。少なからず冒険がしたい。それに動物や虫や植物に転生なんかした日には、記憶や人格を持っている事が逆に仇になる。

 

「安心せい。ちゃんと人間に転生させてやるわい。それに、世界についてもおぬしの望みに叶うはずじゃ」

 

「本当ですか?で、どんな世界に転生するんですか?」

 

「それは、先ずおぬしが特別転生をするか否かの答えを聞かねば教えられん。知ってから『やっぱり辞める』とか『やっぱりやる』なんて調子のいい事を言う輩は、わしは嫌いじゃからのう」

 

「なるほど……それはそうですね」

 

 転生させてくれるチャンスをくれただけで、充分に好待遇なのに、自分が嫌な世界だからって態度を変えるのは……確かに嫌な感じがするか。

 

 う~ん……世界の事が分からない不安は確かにあるが、可能性があるならそれに賭けてみるのも悪くない。どうせ、冒険を求めていた訳だし……うん!決めた!

 

「転生します!だから、どんな世界に行くのかを教えてください」

 

「本当に良いのか?おぬしがその世界の事を知っておるかどうかは責任持てんぞ?」

 

「構いません。だから、教えてください!」

 

「ファイナルアンサー?」

 

「ファイナルアンサー!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……よし!ならば教えよう!」

 

 クイズミリ○ネアかい!?もしかしてこの案内人さん、地球のテレビ番組とか見てるのか?実は暇なのか?

 

「おぬしが転生するのは『ダイの大冒険』という漫画の世界……まあ、厳密に言うとソレそのものではないんじゃが、限りなくソレに酷似した世界じゃ」

 

「ダイの大冒険……?」

 

「知らんか?ドラゴンクエストというゲームを題材にした漫画じゃ」

 

「ドラクエは知ってますけど……う~ん」

 

 言われてみれば、昔、ジャンプにそんなタイトルがあった様な無かった様な……俺、愛読の漫画以外は特集ページとかも読み飛ばしていたからなぁ。

 

「どうやら知らんらしいな。まあ、それも良かろう。まあ、あの世界なら冒険には事欠かんじゃろうし、魔法や闘気なんかもあるから、楽しめると思うぞ」

 

「だったら問題無しです!ありがとうございます!案内人さん!」

 

「よいよい。わしが勝手にやる事じゃ。あと一応忠告しておくが……分かっておるとは思うが、ドラクエの世界にはモンスターもおるし、現代地球の様に医療技術なども発達しておらん。軽い病気でも薬や治療法が無くて命を落とす可能性も十分にある。そこのところを、よ~く覚えておくんじゃぞ?」

 

「はい!」

 

 そういうリスクはあって然るべきだ。そういうスリルのある冒険が俺はしたかった!

 

「いい返事じゃ。ならば、転生の詰めにはいろうかの。何かこうしたいと言う望みはあるか?」

 

「え~と……」

 

 どうしようかな?いきなり無敵で俺TUEEEするのも悪くはないが……今一つ面白みに欠ける。やっぱり、自分で経験値を積んで強くなって、呪文や特技を覚えるのが冒険の、ドラクエの醍醐味だよなぁ。

 

 でも、今の俺のまんま転生したら、多分村人か……良くて商人が関の山。強くなれるポテンシャルが欲しいところだ。それに、出来るなら姿形も変えたい。

 

「あの、こういうのは出来ますか?ドラクエ8の主人公と同じ容姿で、基本ポテンシャルも同じで、呪文・特技も覚えられて、鍛えれば鍛えただけ強くなれる身体にしてもらうっていうのは……」

 

「ふむ?まあ、そのぐらいなら問題はないが……ドラクエ8なのか?あれの主人公は、顔立ちこそ整っておるが割と平凡な顔じゃと思うが……」

 

「だから良いんですよ。ククールみたいな美男子系イケメンにすると、多分今の俺と違い過ぎて気持ち悪いと思いますし……」

 

 ククールが気持ち悪いとか言ってる訳じゃない。ククールはククールでカッコいいと思う。あくまで、自分とのギャップに耐えられないだろうという話だ。

 

「まあ、おぬしがそう望むなら構わんがの。さて、他には何かあるか?」

 

「いえ、それ以外は別にいいです。後は向こうで、自分で何とかしますから」

 

「本当に良いのか?もう少しぐらい、望みを叶えてやれるぞ?」

 

「大丈夫です」

 

 自分で冒険して、強くなるのが楽しいんだ。その為には、これ以上何かを貰っちゃダメだろう。

 

「そうか。では、そろそろ転生させるぞ。もう会う事もなかろうが、向こうへ行っても達者でな」

 

「はい!色々ありがとうございました!」

 

「うむ、ではさらばじゃ」

 

フ……

 

「って……あれ?」

 

 さっきまでの浮いてる感覚が……なくなった!?

 

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~ッッッ!!!???」

 

 次の瞬間――俺は下に落ち、案内人さんが一気に遠ざかって行った。

 

「もっとマシな転生のさせ方はないんすかぁ~~~~~~~~~!!??」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ん……?」

 

 気がついて見れば、辺りは木々が生い茂る森の中だった。

 

「転生したのか……しかし、酷い転生のし方だったなぁ」

 

 いきなり落とされるなんて……まあ、無事に転生できたみたいだから、文句を言うのは止めよう。

 

「あっ、身体が縮んでる!?それに服も変わってる!」

 

 手を見れば、明らかにさっきまでの俺の手より小さくなっていた。それに服も違う……よく見てみると、ドラクエ8の主人公が着ていた服を小さくした服だ。頭を触ってみれば、バンダナも巻いてる。

 

 膝のところまである長い裾のくすんだ青色のシャツに黄色のコート、肩から下げた布製のバックに、背中には『兵士の剣』……身体が小さい所為で、ちょっと大きく感じる。

 

 

―――――――

????

性別:男

レベル:1

――――――――――

E兵士の剣(攻+8)

E布の服(守+4)

Eバンダナ(守+1)

――――――――――

力:8

素早さ:6

身の守り:6

賢さ:5

攻撃力:16

守備力:11

最大HP:22

最大MP:0

Ex:0

―――――――

剣スキル:0

槍スキル:0

ブーメラン:0

格闘スキル:0

冒険心:0

―――――――

????

HP:22

MP:0

Lv:1

―――――――

 

 

「ん?なんだ今のっ?」

 

 突然目の前に、ステータス画面みたいなのが見えた。案内人さんが付けてくれたのか?なんて言うか……不思議な感じだ。手で触ろうとしても触れないところを見ると、自分の目にステータス画面が投影されているみたいだ。

 

 もしかして、ゲームの様にコマンドがあるのか?

 

 

――――

道具<

呪文

強さ

――――

100G

――――

 

 

「うわぁ、コマンド画面もあるんだ……」

 

 話す、仲間、作戦のコマンドが無いのは多分、話すのは自分の意思で出来る――仲間の状態は自分の目で見るもの――作戦は自分達で伝え合うもの――って事だと思うが……人間の人生に、ゲームの要素を加えてるだけでかなりメチャクチャなのに、変な所で現実っぽいんだな。

 

「お金も少しだけ持ってるな……え~と?」

 

 服を探ってみる。すると、懐に少し厚手の布袋があった。中を取り出すと、『100』と彫刻された硬貨が1枚出てきた。まるで金色の100円玉って感じだ。

 

「へえ、ゴールドってこんな風になってるのか。まあいいか。で、道具は何かあるのかな?」

 

 

―――――

????<

ふくろ

―――――

 

 

 カーソルを合わせて決定ボタンを押すイメージをすると、画面が切り替わった。

 

「ふくろ?袋なんて、財布以外に持ってないぞ?」

 

 自分のベルト回りや懐を見ても、それらしい物は持ってない。

 

 一体、何の事だろう?試しにその“ふくろ”とやらを見てみる。

 

 

―――――――――

竜神王の剣

メタルキングの槍

メタルウィング

竜神の鎧

竜神の盾

竜神の兜

ゴスペルリング

 

 

―――――――――

 

 

「な、なんだこれ!?」

 

 ドラクエ8の主人公最高装備が揃って入ってる!しかも、ゴスペルリングまで……これはもう、あの案内人さんの仕業に間違いないだろう。

 

「気持ちはありがたいんだけど……何もここまで揃えてくれなくても良いのになぁ」

 

 これはしばらく封印だ。こんな最強装備をいきなり使ったら、冒険の面白味が減ってしまう。特にゴスペルリングを装備したら、モンスターと戦えなくなってレベルが上がらない。この装備は、もう少し強くなってから必要があれば使う事にしよう。

 

 さて、もう1つの……俺の持ち物は、っと。

 

 

――――――

E兵士の剣

E布の服

Eバンダナ

薬草

案内人の手紙

 

 

――――――

 

 

「ん?手紙……?」

 

 なんだろうと思いカーソルを合わせようとイメージしてみたが、一向にカーソルが出ない……。

 

「あ、もしかしてこのバックの中か?」

 

 早速、バックを開けて中を見ると、そこには1枚の葉っぱと封筒が入っていた。思った通り、道具コマンドは俺の持ち物全体を表示するみたいだ。とりあえず、封筒を取り出して中を見てみる。

 

『どうやら無事に転生し、手紙を見つけた様じゃの。色々戸惑っておる事じゃろうから、こうして説明書きを忍ばせておいたのじゃ。もう気付いておるじゃろうが、おぬしにはゲームに近いコマンド画面投影システムを組み込んでおいた。色々と冒険の役に立つじゃろう。ただ、ゲームとは幾つか違う点があるので、それら注意点とおぬしの設定を2枚目に書き記しておく――』

 

 手紙の2枚目を見てみると、箇条書きで説明文が書かれていた。

 

 

1・経験値について――ゲームの様にモンスターを倒す以外でも経験値は溜まり、一定値に達する事でレベルアップする。(例:剣の素振り、筋トレ、マラソン等の修行)

 

2・ゴールドについて――物の売り買いに必要な通貨。モンスターを倒す事で、モンスターの強さに応じたゴールドが財布内に自動的に溜まっていくシステムになっている。ゴールド通貨は全て硬貨で、『1G』『5G』『10G』『50G』『100G』『500G』と全部で6種類存在する。財布はある一定の大きさまでしか膨らまない仕様になっている上、万が一落としたり、スリに盗られても自動的に懐に戻ってくる様になっているので、安心すべし。

 

3・おぬしの年齢について――初期、つまり現在の年齢は5歳としておいた。この世界は1年が360日、1ヶ月は30日となっており、1日は24時間、1時間は60分、1分は60秒、時間の感覚は地球と同じである。

 

4・ステータスの上昇について――ゲームの様にレベルや各ステータス数値に上限はなく、鍛えれば鍛える程上がっていく。要はカンスト無しじゃな。ただし、老化による衰えで数値が下がる事はあるので、“寿命”という限界はあると心に留めておくべし。更に、基本のポテンシャルは同じにしてあるが、どう成長するかはあくまでおぬし次第であり、ドラクエ8の主人公と完全に同じにはならない事も心に留めておくべし。

 

5・スキルについて――ゲーム同様にレベルアップ毎にスキルポイントが増えていき、任意に割り振る事でスキルを獲得していく。ただし、1度割り振ったスキルポイントは戻せないので注意。

 

6・特殊スキル『冒険心』について――本来のドラクエ8の主人公の『勇気』と同じにすると、この世界では少々問題になる為、変更した。問題の内容は説明できないので割愛する。また、幾つかの呪文・特技に関しても、同様の問題を避ける為に変更されているので予め了承してもらいたい。詳しくは次項に記す。

 

7・デイン系呪文の習得不可――6でも記したが、勇者ではないおぬしにデイン系呪文が使えると“勇者”に纏わる問題が生じる為、不可とした。幾つかの特技も同様。

 

8・新しい技や呪文の習得について――この世界の呪文は、『契約』という形で習得する。しかしこれには適正が必要である。おぬしの場合、レベルアップやスキルにより覚える以外の呪文の習得は、基本的に適正が無い為不可能。ただし、この世界には独特の“派生呪文”という物が存在する。例えば瞬間移動呪文『ルーラ』――これには飛翔呪文『トベルーラ』や合流転移呪文『リリルーラ』と言った派生呪文が存在する。これは適正を『ルーラ』と同じくする呪文の為、契約さえすれば新たに習得可能。また剣や槍の技は、よほど特殊な技術が必要でない限り、自身で練習すれば新たに習得可能。

 

9・技や呪文の威力について――呪文は賢さと魔力によって威力が変わってくるが、この世界の理に従う形で、基本の威力が変わっている。技も同じく力や闘気によって威力が増減する。また、消費MPについてはドラクエ8の消費量を採用する。

 

10・“ふくろ”について――これは、バックの中にある内ポケットを指す。生物でなく、おぬしの体積を超えない物であれば、どんな物でも無限に収納可能。内部で状態が変化・劣化する事はなく、食糧も腐る事がない。取り出す時は、頭で取り出したい物をイメージすれば取り出せる。某青狸ロボットの“不思議なポッケ”と考えれば良し。

 

11・名前について――現在は????となっているが、自分で自分の好きな名前を決めれば、それが登録される。1度決めると、他の名前には変えられない。ただし、偽名として名乗るのは自由。

 

12・回復呪文について――切り傷や骨折、体内出血などは回復呪文で治療する事が出来る。しかし、手足や指が切り落とされたりした場合、傷口は塞げても、切り落とされた部分の再生は不可能なので注意。ただし、切り落とされて直ぐであり、上手く傷口を繋げる事が出来れば回復呪文で接合する事は可能。また、疲労を回復させる事や、病気や毒による衰弱時に生命力維持する事も可能。

 

13・毒について――解毒呪文『キアリー』や毒消し草は全ての毒を中和できる訳ではないので注意。毒消し草はバブルスライムやポイズントード等の毒は中和できるが、強力なモンスターの毒になると毒消し草が効かない場合もある。『キアリー』は使い手のレベルによって中和できる毒の強さが変わってくる。同様に教会での解毒も神父のレベルに寄る為、いずれにせよ過信せず、毒にはくれぐれも注意すべし。

 

14・死亡について――ドラクエ世界には蘇生呪文『ザオラル』『ザオリク』が存在するが、肉体が腐敗したり灰になってしまうと蘇生は不可能なので注意。また、仮に肉体が残っていても死亡から丸1年が経過してしまうと、蘇生は不可能となるのでこれも注意。

 

 

「結構、細かいんだなぁ……ん?まだ続きがある……」

 

 読んでみると、それは案内人さんからのメッセージだった。

 

『ここまで書いた注意事項をしっかりと心に留めさえすれば、後はおぬしの人生じゃ。好きに生きるがええ。くれぐれも言うておくが、そこはダイの大冒険の世界に酷似した世界であり、漫画の中ではない。そして、おぬしにとっては新たな紛れもなく現実の世界じゃ。生きるも死ぬも、おぬしの行動次第じゃ。転生が済んだ以上、わしはもう、おぬしに何も干渉してやる事はできん。月並みじゃが、おぬしの前途に幸多からん事を祈っておる』

 

「……十分ですよ、案内人さん。どうもありがとう」

 

 案内人さんの気まぐれと、気遣いに感謝しつつ、俺は手紙を折りたたもうとした。と、その時、メッセージにまだ続きがあるのに気付いた。

 

『追伸:この手紙は、おぬしが読み終えた時点から3秒後に消滅する。では、今度こそさらばじゃ』

 

「え、3秒って……」

 

 と、戸惑っている間に3秒が経ち……

 

ボンッ!!

 

「……ケホッ」

 

 手紙は軽い破裂音と共に爆発し、俺は煤だらけになった……。

 

 最後の最後に、とんでもなく古いオチを付けてくれたよ、あの案内人さん……感謝が半分ぐらい吹っ飛んだ。

 

「ふぅ、さて……それじゃあ、冒険を始めますか!」

 

 煤を払い落し、気を取り直して立ち上がったその時――

 

「「「「ピキィ!」」」」

 

「うおっ!?スライムっ!」

 

 茂みからスライムが4匹も飛び出してきた。なるほど、1番最初に戦うのはやっぱりスライムなんだな。

 

「よし!来い!」

 

 俺は兵士の剣を抜き、両手で構える。少し重いが触れない事はない。

 

「ピキィ!」

 

「くっ!」

 

 スライムの体当たりを避ける。後ろに着地したスライムに隙が出来た。

 

「喰らえっ!」

 

 俺は持っていて剣を振り下ろそうとした――が。

 

「うわっ!?」

 

 背中に強めの衝撃を受けて転びそうになる。何とか体勢を立て直して振り向いて見れば、他のスライムが跳ねて震えていた。今のはどうやら、あいつの体当たりだったらしい。

 

 油断していた……相手は4匹だったんだ。

 

「ピキィ!」

 

「く、このッ!!」

 

 また別のスライムが飛びかかってくる――俺は咄嗟に、野球のバットの要領で剣を振った。

 

「ピギ……ッ!?」

 

 スライムは真横に真っ二つに切れて、そのまま俺の後ろに落ちる。やった、倒した……!

 

「……よぉし!次だ!」

 

 

 勢いに乗った俺は、一気に他3匹のスライムを倒した――すると。

 

パパパパッパッパッパ~♪

 

「はぁ、はぁ……ん?」

 

 頭の中で軽快な音楽がなり、ステータス画面が現れる。

 

 

―――――――――――――――――――

????は レベルが2に 上がった!

最大HPが 3増えた!

最大MPが 1増えた!

????の 能力が 増えた!

力 +2  素早さ +1

賢さ +2

―――――――――――――――――――

 

 

 どうやらレベルアップしたようだ。それで、今の俺のステータスは……?

 

 

―――――――

????

性別:男

レベル:2

――――――――――

E兵士の剣(攻+8)

E布の服(守+4)

Eバンダナ(守+1)

――――――――――

力:10

素早さ:7

身の守り:6

賢さ:7

攻撃力:18

守備力:11

最大HP:25

最大MP:1

Ex:16

―――――――

剣スキル:0

槍スキル:0

ブーメラン:0

格闘スキル:0

冒険心:0

―――――――

????

HP:17

MP:0

Lv:2

―――――――

 

 

 まあ、あんまり目立って変わりはないか……そりゃそうだな、レベル2じゃあ当然だ。これからじっくり鍛えていくとしよう。

 

「ふぅ……っと、そうだ。いい加減、自分の名前を決めないと……」

 

 いつまでも????じゃあ、変だからな。え~と、どんなのがいいかなぁ?

 

 勇者っぽい名前は……止めた方がいいか、俺の柄じゃないし。

 

「う~ん……“エイト”でいいかな?」

 

 特に名前に拘りもなかったし、今の俺はドラクエ8の主人公と同じ容姿とポテンシャルを持っている。だったら、ドラクエ8から取ってエイトでも悪くないだろう。

 

 うん、考えている内に気に入ったな。よし、今日から俺はエイトと名乗ろう!

 

 

―――――――

エイト

性別:男

レベル:2

――――――――――

E兵士の剣(攻+8)

E布の服(守+4)

Eバンダナ(守+1)

――――――――――

力:10

素早さ:7

身の守り:6

賢さ:7

攻撃力:12

守備力:11

最大HP:25

最大MP:1

Ex:16

―――――――

剣スキル:0

槍スキル:0

ブーメラン:0

格闘スキル:0

冒険心:0

―――――――

エイト

HP:17

MP:0

Lv:2

―――――――

 

 

 名前を決めると、ステータス画面がまた表示されて、名前が登録された。これで一応、俺の名前はエイトになった訳だな。

 

「よし!それじゃあ……冒険に出発するか!」

 

 名前も決まり、俺は意気揚々とその場から歩き出した。

 

 特にアテなんてないが、一先ず、どこか町か村を探さないとな……。

 

 

 



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第1話『新しい家族との出会い!!の巻』

 

 

 

「98ぃ……!99ぅ……!100ぅ~……だはぁ!」 

 

 腕立て伏せ100回が終わり、俺は地面に寝転がる。

 

 

 この世界に転生してから、早いもので1年が経った――。

 

 あのスライムとの戦いの後すぐに、割りと大きな町に辿り着いた俺は、ひとまずそこを拠点に修業と情報収集に専念していた。

 

 しかし、最初は上手くいかない事の連続だった……。

 

 宿屋に泊まろうにも、5歳の子供1人という事で泊めてもらえないわ……。

 

 買い物ついでに店で話を聞いたら、やっぱり子供1人という事で怪しまれるわ……。

 

 仕方ないから、町に近い場所で野宿したらモンスターに寝込みを襲われて寝不足になるわ……。

 

 いやぁ、ホントに参った参った。

 

 こんな割りと命辛々な生活だが、俺は結構楽しんでいる。毎日台風の日みたいな緊張感があってワクワクする♪やっぱり俺は、平和な地球よりこういう世界の方が性に合ってるみたいだ。

 

 で、今日までの収穫として、先ずこの世界の現状が分かった――。

 

 今、世界はハドラーという魔王による侵略を受けている。

 

 魔王の魔力の影響を受けて凶暴化したモンスターが世界中で暴れて、人々は未曾有の危機に曝されている。

 

 そんな魔王に対して戦いを挑む若き勇者がいた。その勇者の名はアバン――彼は今も世界のどこかで人々の平和の為に戦っているという。

 

 とまあ、この辺はドラクエの定番だな。勇者の名前を初めて聞いた時は「ダイじゃないんだ……」とか思ったが、それは些細な事だ。

 

 次に、町の道具屋で世界地図を手に入れ、この世界の大まかな全体図と大陸の名前、主要な王国と俺の現在位置を把握した――。

 

 俺が今いるのは、ホルキア大陸のパプニカ王国圏内にある宿場町だ。

 

 ここから北上すると、内海を挟んで1番広い中央大陸のギルドメイン大陸があって、そこにはベンガーナ王国・カール王国・アルキード王国・テラン王国・リンガイア王国があり、更に北のマルノーラ大陸はオーザム王国が、西のラインリバー大陸はロモス王国がそれぞれ治めている。

 

 それらが描かれた世界地図を見て最初に思った事がある……。

 

「日本列島じゃん……」

 

 そう、この世界の各大陸は日本列島をばらして配置し直した様な形なんだ。

 

 ギルドメインは本州、マルノーラは北海道、東の大陸は九州……他にも佐渡島みたいな島があって、そこは『死の大地』なんて物騒な名前が付けられている。

 

 聞いた話によれば、いつも不気味な黒雲が空を覆い、生き物が全くおらず、草木1本すら生えていない不毛の大地で、近海には魚も近寄らない島なんだそうだ。しかも、その島に足を踏み入れて、生きて出てきた者はいないらしい。

 

 何とも、あからさまに怪しい……まるで「ここにラスボスがいますよー!」と言わんばかりだ。

 

 だが、魔王ハドラーの居城ではない。奴の城は、パプニカ王国のすぐ近く――つまり、俺がいる町にも近い所にある。

 

 だからか、町を離れて他の町や国に逃げ出す人も少なくない。

 

 俺もこの1年で、モンスターを倒しまくって随分レベルが上がったが、流石に魔物が大挙して襲ってきたらどうにもならないから、逃げないといけない。勇気と無謀は違うのだ。

 

 ちなみに今の俺のステータスは――

 

 

―――――――

エイト

性別:男

レベル:17

―――――――――

E銅の剣(攻+12)

E皮の鎧(守+12)

E皮の盾(守+4)

E皮の帽子(守+2)

―――――――――

力:43

素早さ:49

身の守り:22

賢さ:48

攻撃力:65

守備力:40

最大HP:131

最大MP:50

Ex:19286

―――――――――――――――――――――――――

剣スキル:22  『上級剣士』(剣 攻+10)

槍スキル:2

ブーメラン:0

格闘スキル:11  『期待の格闘家』(素手 攻+5)

冒険心:16  『怖れぬ冒険心』

―――――――――――――――――――――――――

エイト

HP:120

MP:38

Lv:17

――――――――――――

ホイミ キアリー

リレミト ギラ

ルーラ キアリク

ドラゴン斬り 火炎斬り

大防御

――――――――――――

 

 

 こんな感じだ――ちなみに、装備はいつも付けている訳じゃなく、状況に応じて着脱している。『ルーラ』はまだ今いる町しか行けないし、『リレミト』も覚えたはいいが近くに入れるダンジョンが無いので活躍の場が無い。最近良く使うのは、『火炎斬り』だな。MP消費もないし、斬りながら燃やすからダメージもそれなりに大きい。相手にはちょっとエグイかも知れないが、まあ、襲ってくる敵に情けは無用って事で。

 

 それはさておき……そろそろ、この町からパプニカの城下町に移ろうかと考えている。魔王軍との戦争の激戦区になっているだけあって、あそこには武器や防具の品揃えも悪くないはずだし、ゴールドもそこそこ溜まってきた。もう1段階、良い装備を揃えて行動範囲を広げ、更にレベルアップしたいからな。

 

 ん?竜神王の装備があるだろって?あれは、レベル40を超えたら必要に応じて使おうと思っている。そのくらいまで強くなれば、あの強力な装備に振り回される事もないだろうからな。

 

 それになにより……呪文契約の魔道書が欲しい。飛翔呪文『トベルーラ』を覚えたいんだ!この世界では『ルーラ』も結構難易度の高い呪文らしいから、派生呪文の『トベルーラ』も難しいとされているが、そんなものは練習すればいいだけの事。

 

 何しろ魔法版“舞空術”――自分で空を飛ぶ。人類の憧れが手の届くところにある!

 

 

 と言う訳で、日課のトレーニングを終えた俺は、休憩を挟んだら食糧や薬草を補充して、パプニカの城下町に向かうつもりだった……。

 

 だが――

 

ドカァァァァンッッ!!

 

「っ!?な、なんだっ!!」

 

 突然の爆発音に跳び起きて音の出所に振り向くと、町の方から煙が上がっていた。

 

「まさか……魔王軍か!?」

 

 いつか来るとは思っていたが、今日とは……。どうするか……、別にあの町に知り合いもいなければ、親しい人も皆無だ。寧ろ、怪しまれたり、冷たくあしらわれたり、碌な扱いをされなかった思い出の方が多い……いかん、思い出したらムカついてきたな。

 

 言い方は悪いかもしれないが、正直、あの町の人間がどうなっても悲しくない。悲しくないんだが……う~ん、何もせずに見捨てるのも気が引けるというか……自分でも矛盾しているのは分かっている。

 

 助ける義理はないけれど、見捨てるのは気分が悪くて嫌……か。我ながら身勝手だな……。

 

「まあ……いいか。やりたい様にやろう!」

 

 誰それに気兼ねする事もない。これもまた、冒険だ!……という事にしておく。

 

 

 とりあえず意を決した俺は、立ち上がって町に向かって走った――。

 

 

 

「「「わああぁ~~~ッッ!!?」」」「「きゃああぁ~~~ッッ!?」」

 

 悲鳴と共に我先にと逃げ惑う人々……。その向こうからは、魔王軍と思しきモンスター達が迫ってくる。

 

『『『グオォォーーーッッ!!』』』

 

 叫び声を上げながら物を壊して回る1つ目巨人――

 

「「「フゴッフゴッ!殺せ殺せーー!!」」」

 

 鼻を鳴らしながら、逃げる人々を追い立てる猪亜人共――

 

『『『カカカカッ!人間は皆殺しだーー!!』』』

 

 笑い声だか、骨同士が擦れる音だかよく分からない音を立てながら6本の腕で剣を振る異形の骸骨共――

 

 確か、サイクロプス・オーク・骸骨剣士だったか。あいつらは明らかに町の周辺に生息しているモンスターじゃない。魔王軍の兵隊モンスターに間違いないな……。

 

 来ては見たものの、やっぱりあの数じゃどうにもならない……少なく見積もっても20匹以上はいる。モンスターのステータスなんて詳しく覚えていないが、相手が2、3匹なら負けやしない相手だろう。だが、その2、3匹を相手している間に他の奴らに押し潰される……。

 

 やっぱり逃げるしかない……試合と戦争は違うんだ。残念ながら、俺にはどうする事もできない。

 

 建物の影に隠れていた俺は、自分の力の足りなさにやり切れない思いを抱き、一体何の為にこんな所に来たのかと自問自答しながら、その場を離れようとした――その時だった。

 

「ウエェェン!ウエェェェンッ!!」

 

「んっ!?」

 

 空耳か……?今、赤ん坊の泣き声が……。

 

 建物の影から少しだけ顔を出して辺りを見渡してみるが、辺り一面、モンスターに破壊されて瓦礫の山だ。赤ん坊の姿なんて見えない……。

 

「ウエェェェンッ!ウエェェェェンッッ!!」

 

「……やっぱり聞こえる!どこだ!?」

 

 よく耳を澄まして出所を探る……。

 

「ウエェェェェンッ!!ウエェェェェェンッッ!!!」

 

「……っ!あそこだッ!」

 

 瓦礫しか見えないが、間違いなくそこから泣き声が響いて来てる。幸い、周りの魔物はオークが2体……奴らが赤ん坊に気付いたら、きっと殺してしまう。

 

「くそっ!」

 

 俺は反射的に、そこに向かって走っていた。

 

「どけぇぇぇッッ!!」

 

 胴の剣を抜き、走りながら通り道にいるオークを斬りつける。

 

「フギィッ!?」「ギャアッ!?」

 

 流石に一撃では倒せないが、怯ませる事は出来た。その隙に脇を抜け、人の死体や瓦礫を飛び越えて、泣き声が聞こえた辺りに滑り込む。

 

「ウエェェン!ウエェェェンッ!!」

 

「どこだっ!?……いたっ!」

 

 泣き声を頼りに探して、幸い直ぐに赤ん坊を見つける事が出来た。瓦礫の影に隠れる様に、白い布に包まれた赤ん坊……周りに人がいないところを見ると、魔王軍の襲撃のどさくさで置き去りにされちゃったか。

 

「っ!考えてる場合じゃなかった!とにかく連れて行こう……!!」

 

 考えを中断し、俺は胴の剣を背中の鞘に戻し、両手で赤ん坊を抱え上げ、全速力で走った。

 

「ウエェェン!ウエェェェンッ!!」

 

「ったく!一応、命の恩人だってのに……そんなに泣く事ないだろうっ?」

 

 泣くのが当たり前の赤ん坊に、分かる訳がないのに文句を言いつつ、俺は道を走り、煙が立ち昇る町から逃げ出した――。

 

 

 

 

 

「はぁ……結局、俺が助けられたのは赤ん坊1人だけか……」

 

 日は完全に沈み、空に星が見えている。すっかり夜になっちまった……俺は町から大分離れた岩場で、焚き火を前に座っている。

 

 俺の腕の中には、町で助けた赤ん坊……。

 

「だあだあ……」

 

「こいつ……さっきまで泣いてた癖に今はご機嫌か、いい気なもんだ。そ~らよ!」

 

「きゃっ、きゃっ!」

 

 高い高いをしてやると、赤ん坊は楽しそうにはしゃぐ。こいつ、多分自分の状況なんて全然理解してないな。赤ん坊だから仕方ないが……。

 

「……それにしても、今日は何とも複雑な1日になっちまったな」

 

 赤ん坊をあやしながら、今日1日を振り返ってみる……。

 

 どうでもいいと思っていた町の連中を、わざわざ助ける真似事で町に行って、結局は建物の影に隠れて様子を窺うだけで……かと思えば、置き去りにされていた見ず知らずの赤ん坊をこうして拾って来て……何がしたかったんだろうな、俺は?

 

 町は燃えた……正しく、戦争の光景だった。何人もの人が死んでいるのも見た……老若男女、あらゆる人がモンスターに殺されていた。恐ろしい光景だった……。

 

 だが、恐ろしいと思っても動揺はしていない。実感が湧かない、なんて事は絶対にない。この目で見て来たし、家が焼ける匂いや人の血の匂いも感じた。

 

 なのに、『これはこういうものだ』と当たり前の様に思って冷静でいる自分がいたのが、今思い返してみると不思議だった。もっと動揺して、怯えて、身体が震えるもんだと思っていた。

 

 この世界に転生して、俺はどこかおかしくなってしまったんだろうか?こうやって考えを巡らせている今も、気分は馬鹿に落ち着いている……。どっかの惑星に仲間を助けに向かう途中の、優しくて戦いが好きなサイヤ人じゃあるまいし……。

 

 いや……ひょっとすると、俺は元々こういう気質だったんだろうか?前世の頃は、平和で平凡の日常でそういう事を意識する機会がなかったから、自覚できなかっただけとか?

 

 あり得ない事じゃないな……昔から両親や友達に「お前、冷静過ぎ」と良く言われたし。

 

「……まあ、いいか。冷静で悪い事なんてないだろうし、なぁ?」

 

「だあ?」

 

「ハハハ、お前には分からないか。そ~れ、高い高~い♪」

 

「きゃははっ!」

 

 結局、俺はそこで考えるのを止めた。

 

 今日起こってしまった事を1人でツベコベ言ってもしょうがないし、俺自身の事だって同じ事――確かに、俺は勇者の様に多くの人々を助ける事は出来なかったけど、それだって元々躍起になっていた訳じゃない。そんな俺でも、少なくともこの赤ん坊1人を助ける事は出来たんだから、俺の行動は全くの無駄ではなかったと思う事にする。

 

 要するに、ウダウダ悩んでゴチャゴチャ考えるのは止めたって事だ。誰に気兼ねする事もない……やりたい様にやって、生きたい様に生きる――それが俺のスタンスって事で良いだろう。

 

「明日になったら、最初の予定通り城下町に向かおう。そこで、お前ともお別れだ」

 

「だう?」

 

 赤ん坊は、教会か適当な孤児院に預けるのが1番だろう。俺自身が今は自分の事で精一杯なのに、赤ん坊の面倒なんか見てられないからな。前世でも1人っ子で、赤ん坊の面倒の見方なんて分からないし……こいつの為にも、ちゃんと面倒を見てくれる人に預けるのが最善なんだ。

 

 

 次の目的地を決め、俺は赤ん坊をどうにか寝かしつけて、焚き火を前に夜が明けるのを待った――。

 

 

 



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第2話『勇者との出会い!!!の巻』

 

 

 

 

「たあッ!やあッ!」

 

「ほらほら、どした?そんな単調な攻めじゃ、敵に動きを読まれるぞ。ほれ!」

 

「うわっ!?」

 

 俺がほんのちょっと力を入れて木刀を弾き返すと、“ソイツ”は大袈裟にひっくり返った。

 

「はぁ、はぁ、また負けた……“兄さん”はやっぱり強いなぁ」

 

「俺が特別強いんじゃない。お前がまだ弱いんだよ、“ヒュンケル”」

 

 俺を兄さんと呼び、俺がヒュンケルと呼んだ銀髪の少年――誰だと思う?あの町で助けた赤ん坊の成長した姿だ。

 

 

 

 光陰矢の如し(キングクリムゾン)――あの魔王軍の宿場町襲撃から、6年が経った。

 

 あの後、俺は赤ん坊だったヒュンケルを連れて、2日掛けてパプニカの城下町に辿り着いた。そこで、すぐにヒュンケルを預けられる教会か孤児院を探したんだが……このご時世だからか、どこも孤児で溢れかえっていて、食べ物も人手も場所も足りないという有様で、とても赤ん坊のヒュンケルを受け入れられる状態じゃなかった……。

 

 もし無理にあそこに預けても、ヒュンケルはきっと碌な暮らしが出来なかっただろう。今が碌な暮らしかどうかは、俺も自分で疑問だが……。

 

 とにかく、俺はヒュンケルを預けるのを諦めて、自分で面倒をみる事にした。例によって町の宿屋には泊まれなかったので、町の外れで野宿生活だが、幸いにして俺はモンスターを倒せばゴールドが手に入る。

 

 モンスターを倒せば生活費も稼げるし、俺自身のレベルアップも出来るから一石二鳥――そこまでは良かった……。

 

 だが……勿論、世の中そんなに何もかも上手くはいかない。金の心配はなくても、赤ん坊の世話なんてした事のない俺には、そっちの問題の方が大きかった。

 

 何しろあの頃のヒュンケルときたら……寝床に置いていこうとすると敏感に察知してギャーギャー泣き叫ぶわ、どこだろうと構わず漏らしやがるわ、夜泣きはするわ……モンスターと戦うよりよっぽど大変だ。

 

 それでも、どうにかこうにか今日まで育てる事ができた。苦労こそしたが、それも今となっては良い思い出だ。今では、俺の弟という事にして一緒に暮らしており、ヒュンケルの成長を見るのが楽しくなっている。

 

 ああ、ちなみに……“ヒュンケル”という名前は、町の本屋で立ち読みした本の中に“大昔にそんな名前の剣豪がいた”という記載があり、何となくカッコいいと思って名付けた。

 

 で、今さっきは何やってたかというと、剣の稽古ってヤツだ。2年ぐらい前に、ヒュンケルが俺に「剣のやり方を教えて!」と言ってきたのを切っ掛けに、ちょこちょこ教えてきた。と言っても、俺のは実戦で試行錯誤してきた我流の剣だから、ちゃんと教えられているかどうか……。

 

 現在の俺達のステータスは――

 

 

―――――――

エイト

性別:男

レベル:39

――――――――――

E鋼の剣(攻+33)

E鉄の胸当て(守+23)

E鉄の盾(守+20)

E鉄兜(守+16)

――――――――――

力:111

素早さ:100

身の守り:60

賢さ:157

攻撃力:169

守備力:119

最大HP:405

最大MP:189

Ex:481076

―――――――――――――――――――――――――

剣スキル:66  『ブレイドスター』(剣 攻+25)

槍スキル:18  『槍の達人』(槍 攻+10)

ブーメラン:5

格闘スキル:24  『黒帯格闘家』(素手 攻+5)

冒険心:70  『立ち向かう冒険心』(消費MP3/4)

―――――――――――――――――――――――――

エイト

HP:400

MP:189

Lv:39

――――――――――――

ホイミ ベホイミ

ベホマ キアリー

キアリク リレミト

ルーラ トベルーラ

トヘロス ザオラル

ギラ ベギラマ

ベギラゴン マホトーン

イオ メガンテ

ドラゴン斬り 火炎斬り

メタル斬り 隼斬り

疾風突き 一閃突き

大防御 石つぶて

正拳突き

――――――――――――

 

 

 ここに更に、剣スキルの称号『ブレイドスター』の効果で“剣装備時攻撃力+25”、槍スキルの称号『槍の達人』の“槍装備時攻撃力+10”、格闘スキルの称号『格闘の基本動作』(現在は『黒帯格闘家』だが)の“素手時攻撃力+5”、冒険心の称号『勇ましい冒険者』(現在は『立ち向かう冒険心』)の“消費MP3/4”――以上の常時スキルが加わる。

 

 ちなみに、どうやら冒険心のスキルで覚える魔法は『ライデイン』から『イオ』に差し替えられている様だ。随分、ランクが落ちたもんだが……まあ、この世界では『イオ系』より『ギラ系』の方が強力という事になっているらしいから、今や『ベギラゴン』が使える俺には大した問題じゃないがな。

 

 6年間昼夜を問わず、ひたすらモンスターを倒しまくったおかげで大分強くなった。この辺りには骸骨剣士やオークといった魔王軍の兵隊がウロついてる事もあって、倒す相手には事欠かない。竜神王装備の封印解除まであと1歩のところまできた。

 

 まあ、それも良いんだが……それより何より、念願の飛翔呪文『トベルーラ』が使える様になったのが、この6年で1番の収穫だな。最初はコントロールに苦労したが、今は自由自在に空を飛び回れる。素晴らしいぞ、空を飛ぶ気分は!

 

 残念ながら、合流転移呪文『リリルーラ』の魔道書は売っていなかった。調べてみたが、『リリルーラ』は大昔に失われた呪文で、契約の魔道書は今やどこに行っても見つからない代物だそうだ。失われた理由は『高度過ぎて使い手がいなくなった』『使う必要性が段々なくなって自然消滅した』など諸説あって、ハッキリとは分からないらしい。

 

 まあ、分からないものはしょうがない。その事は頭の隅に放り込んでおこう。

 

 さて、そんな事より……俺だけでなく、ヒュンケルも強くなった。ヒュンケルの現在のステータスはというと――

 

 

―――――――

ヒュンケル

性別:男

レベル:6

―――――――――

E銅の剣(攻+12)

E皮の鎧(守+12)

E皮の盾(守+4)

E皮の帽子(守+2)

―――――――――

力:20

素早さ:9

身の守り:21

賢さ:4

運の良さ:3

攻撃力:32

守備力:39

最大HP:48

最大MP:0

Ex:5807

―――――――

ヒュンケル

HP:47

MP:0

Lv:6

―――――――

 

 

 どうやら行動を共にする事で“仲間”と位置付けられるらしく、ヒュンケルのステータスも確認できる様になった。1年ぐらい前から、ちょいちょい俺が稽古の相手をして、時々モンスター狩りにも連れて行ってレベルアップしたんだが、どうも俺よりずっとペースが遅い様に感じる。

 

 経験値5000もあれば、レベル10は超えていても良いはずなんだが……いや、ゲームとは違って当たり前だし、ゲーム設定でレベルアップしている俺の方がこの世界ではおかしいのか。

 

 まあ、そんな訳で流石に1人ではまだ危ないが、俺と組めば問題なく戦える。身体も年の割に頑丈だし、戦士としての見込みは充分だろう。

 

 皮の装備を与えているのは、今のヒュンケルにはまだ鉄の装備は重過ぎて使えないからだ。ちなみに、皮の装備は昔俺が使っていたお古だ。サイズもちょうど良いしな。

 

 

「よぉし、朝の稽古はここまで。川で顔洗って水汲んで来い。朝メシにするぞ」

 

「はーい!」

 

 元気に返事をして、ヒュンケルはバケツを持って駆けて行った。

 

 さて、俺はメシの支度だ――。

 

 

 

「いただきまーすっ!」「いただきます」

 

 食前の挨拶をして、ヒュンケルと2人朝メシを食う。今日のメニューは、スクランブルエッグ・ソーセージ2本・レタスとトマトのサラダ・マッシュポテト・コッペパンみたいなパン――それぞれ木の皿と器に盛り付けてある。この6年ヒュンケルの面倒を見ていたおかげで料理の腕も多少上がったのだ。

 

「モグモグ……ンっ、ねえ兄さん。今日はどうするの?」

 

「んー、そうだなぁ……」

 

 特に決めてなかった。実際どうしようか?この大陸でのモンスター狩りもマンネリしてきたし、出来れば他の大陸にも行ってみたいんだが……海にもモンスターが出るとかで、中々余所へ行く船が出ない上に、仮に出ても例によって子供だからと乗せてもらえない。

 

 『トベルーラ』で飛んで行く手もあるが、ヒュンケルを連れて行くのは少し不安だ。

 

 レベルの事もそうだし、ヒュンケルはまだ6歳……しかも、結構な甘ったれだ。いつも俺の後ろをちょこちょこついて来て、「兄さん兄さん」言って甘えてくる。

 

 鬱陶しいとは思わないが、もう少し自立心・独立心を持って欲しい。

 

 果たして、このままヒュンケルを連れて旅に出て、俺が守ってやるばかりで、本当にヒュンケルの為になるかどうか……。

 

「…………」

 

「兄さん?どうしたの?」

 

「ん?ああ、いや、今日はどうするかな~って考えてたんだよ」

 

 駄目だ、すぐには考えが纏まらない。暫く、保留にしておこう。

 

 とりあえず、今日もいつも通りにモンスター狩りに……いや、待てよ?

 

「……ヒュンケル、今日は昼からちょっと、いつもと違う所に出掛けるぞ」

 

「いつもと違う所?」

 

「そうだ。お前もこのホルキア大陸の、この近くに魔王ハドラーの居城があるのは、前に教えたから知ってるな?」

 

「う、うん……」

 

「今日、ちょっと近くまで行って、その城を見物に行く」

 

「ええっ!?ち、『地底魔城』に行くのッ!?」

 

 ヒュンケルが目を向きながら叫ぶ。地底魔城とは魔王ハドラーの城の名前で、死火山を加工して地底に建造された、文字通り地底の魔城だ。

 

「ちょうど様子を見に行きたいと思ってな。ヒュンケルは怖かったら、留守番でも良いぞ?」

 

「こ、怖くなんかないよ!僕も行くっ!」

 

 多少無理してるっぽいが、まあいいだろう。

 

「よし!決まりだな。1度町で準備してから、地底魔城に出発だ!」

 

「お、おー!」

 

 

 

 予定を決めた俺とヒュンケルは、手早く朝メシを片付け、町に下りて薬草や補充の食糧を買い込み、それらを“ふくろ”に入れて、魔王ハドラーの居城『地底魔城』へと向かった――んだが……。

 

 

「……誰もいないね?兄さん」

 

「ああ、妙だな……」

 

 魔城の近くの岩場に身を潜めて様子を窺っていた俺とヒュンケルは、すぐにその異様さに気付いた。

 

 地底魔上は、死火山の火口に螺旋上に降りて行く階段を設置し、地下の城へと続く構造になっている。実は、ヒュンケルに内緒で前にも1度様子を見に来た事があるんだが、その時は階段の入口辺りにも骸骨剣士やオークが何匹か見張りに立っていた。

 

 だが今は、兵隊モンスターが1匹も見当たらないのだ。そもそも、ここに来るまでだって、戦闘を覚悟して来たのに魔王軍のモンスターに全く遭遇しなかった。何処かの町や国に侵攻に出掛けているとしても、仮にも魔王の居城に見張りの1人もいないのは変だ……。

 

「……ヒュンケル、中に入って調べてみよう」

 

「ええ!?」

 

「地底魔城に何か異変が起きているのかも知れない。古人曰く『虎穴に入らずんば虎子を得ず』――ここから眺めてても、何も分からないからな。これもまた冒険だ!」

 

「で、でも!外にはいなくても、中にはモンスターがいるかも……!」

 

「かもな。ヒュンケル、怖いなら今からでも家に戻って留守番してても良いぞ?」

 

 家ってのは、朝メシを食った所の事だ。これは別にヒュンケルを挑発している訳じゃない。実際、何が起きているか分からない以上危険かも知れないし、行きたくないなら無理に付き合わせる事もないと思って言ったんだ。

 

「う……こ、怖くないよっ!僕だって、たくさん剣の練習したんだ!足手纏いになんかならないよ!兄さんと一緒に行くっ!」

 

「……分かった。そこまで言うなら一緒に行こう」

 

「っ!うんっ!」

 

 俺について来たいって理由が強い気がする……。う~ん、やっぱりもう少し自立心・独立心が欲しいな。今度、その辺りをじっくり話し合ってみるか……。

 

「いいか?充分周りに注意を払うんだぞ?何か見つけたり、気が付いた事があったら、すぐ俺に言うんだ。分かったな?」

 

「う、うん……分かった!」

 

 ヒュンケルに警戒を促し、俺は鋼の剣を鞘から抜いて右手に持って、地底魔城への階段を下った――。

 

 

 

「に、兄さん……!」

 

「ああ……」

 

 地底魔城に入ってすぐ、俺達は兵隊モンスターがいなかった理由を知った。

 

 迷宮となっている魔城の通路に転がる、兵隊モンスターの亡骸……壁に背中を付けて座り込んだ状態で事切れたオーク、崩れかけの骸骨剣士、首を斬り落とされて横たわるサイクロプス……骸骨はともかく、オークやサイクロプスの血が乾ききっていないところを見ると、倒されてそう時間は経っていない。

 

 誰かがこの魔城に攻め入っている……。魔王の居城に攻め入る――そんな大胆な事をするのは、勇者と相場が決まっている。

 

「ヒュンケル、上手くいけば勇者に会えるかも知れないぞ」

 

「えっ?じゃあ、これは勇者がやったの?」

 

「ああ、ほぼ間違いないだろう」

 

 そして恐らく……勇者は更に奥に進んでいる。もしかすると、今頃は魔王と対決しているかも知れないな。

 

「とにかく、俺達も奥へ行ってみよう。さっきも言ったが、くれぐれも用心してな?」

 

「う、うん……!」

 

 ヒュンケルも銅の剣を握りしめ、緊張した面持ちで頷く。俺も鋼の剣を握り直し、いつ生き残りのモンスターが現れても良い様に構え、歩き出す。

 

 

 俺達は奥へと進んだ――進む方向は、モンスターの亡骸が教えてくれる。

 

 魔城の中は不気味なくらい静かだった……モンスターの気配がまるで感じられない。全て、勇者とそのパーティが倒したのだろうか?だとしたら凄いな。幾ら勇者が強くても、多勢に無勢だろうに……。

 

 どれくらいの時間を歩き回ったのか、果たして俺達は正しい道順を進んでいるのか、それとも知らない間に迷ってしまっているのか、全く何も分からない状況がしばらく続いた。

 

 ヒュンケルもモンスターの亡骸を見て少し気持ち悪そうにしていたが、弱音を吐く事無く俺について来た。

 

 

 そうして、更に奥へと進み……亡骸が徐々に少なくなってきた、その時――。

 

 

『ギャアアアアアアアアアアァァァアァァァァッッッッッ!!!???』

 

「「っ!?」」

 

 まるで魔城全体を震わせるかの様な、物凄い断末魔の叫びが響き、俺とヒュンケルは思わず身を竦ませた。

 

「に、兄さん!?何、今の……!?」

 

「わ、分からん……」

 

 野太くて喉をガラガラ震わせて出している様な声だった……まさかあんな緑色の大魔王や神様みたいな声が、勇者の声だとはちょっと思いたくない……。第一、勇者が断末魔の叫びを上げたら一大事だ。

 

「に、兄さん!見てあれ!」

 

「どうした?」

 

 袖を引かれて振り返り、ヒュンケルが指差す方を見る。

 

「あ……!」

 

 そこにあったのは骸骨剣士の亡骸だったんだが、それが俺達の見ている前でゆっくりと灰になって崩れ去ったのだ。

 

 それを見て確信が持てた。

 

「どうやら、さっきの断末魔は魔王の声だったみたいだな」

 

「どういうこと……?」

 

「骸骨剣士みたいなアンデットモンスターはな、魔王の魔力で作り出され、この世に存在しているんだ。だから魔王の魔力が途切れれば、この世に存在を留める事ができなくなり、ああやって灰となって消えるのさ。つまり……」

 

「魔王が、いなくなった……?」

 

「そういう事だ」

 

「っ!やったぁ!!」

 

 破顔したヒュンケルが跳び上がって喜ぶ。

 

 対して俺の気持ちはちょっとだけ複雑だった。平和は確かに結構な事だが……世の中が平和になると、冒険らしい冒険ができなくなる気がして、それはそれで寂しい。

 

 この先、大人しくしてるモンスターをわざわざ探し出して倒すのもどうかと思うし……何かしら、冒険の代案を考えておかないといけないな。

 

「とにかく奥へ行ってみよう。折角来たんだ、勇者か魔王の部屋のどっちかぐらい見てから帰ろう」

 

「うん!」

 

 

 俺達は更に奥へと進む。ヒュンケルはもう危険がないと知るや、さっきまでの緊張が嘘の様に無くなり、俺の横を悠々と歩く。現金な奴だ……。

 

 また暫く歩いて行くと 、禍々しい悪魔の彫刻が施された大きな扉の前に出た。その先は上り階段になっており、如何にも『この先魔王の間』という風情だ。

 

「っ!」

 

 中に踏み込もうとした時、人の気配が近付いて来るのを感じて、俺は立ち止まった。

 

「どうしたの?兄さん」

 

「シッ!前から誰か来る……」

 

「えっ!?」

 

コツ、コツ、コツ……

 

「っ!ホントだっ!」

 

 近付いてきた足音に気付いて、ヒュンケルもまた身構える。幾ら、さっき魔王が倒されたとしても、正体が分からない相手が近付いて来るとなれば警戒するのは当たり前だ。

 

コツ、コツ、コツ……

 

「……おや?」

 

 階段を下りて現れたのは、長めの髪を後ろで巻いてカールにするという妙な上方の剣士だった。

 

「(何故、こんな所に子供が……?)あなた達は?」

 

 彼は最初、俺達を見て怪訝な顔をしていたが、すぐに温和な雰囲気の笑みを浮かべて問いかけて来た。

 

「俺はエイト、こいつは弟のヒュンケル。俺達は、地底魔城の様子がいつもと違ったから、何かが起きていると思って調べに来たんです」

 

 俺は正直に答えた。勘に過ぎないが、この男は危険な奴ではないと思ったからだ。ちなみにヒュンケルは俺の後ろに隠れて、チラチラと男を窺っている。

 

「なるほど……。しかし、あなた達の様な子供がこんな危険な場所に近付いてはダメです。お父さんやお母さんが心配しますよ?」

 

「大丈夫ですよ。どっちもいませんから」

 

「っ!……申し訳ありません、無神経な事を言ってしまいましたね」

 

「気にしないで下さい。俺達も気にしませんから。ところで、あなたは?見た所、魔王の手下とは思えませんが」

 

「おおっと!これまた失礼、申し遅れました。私はアバン、アバン・デ・ジニュアール3世――昔、カール王国で騎士などやっていた男です」

 

「アバン……!?じゃあ、あなたが勇者アバンっ!?」

 

「ええっ!?この人がっ!?」

 

 後ろに隠れていたヒュンケルも、驚き声を上げた。すると、彼は――アバンさんは軽く笑う。

 

「ハハハ!まあ、人々はそんな風に呼んでくれますね。私はそんな大層な人間ではないつもりなんですが」

 

 そう言って謙遜するアバンさんには悪いが、俺も正直、彼がそこまで凄い人物なのかどうか分からない。レベルが上がって戦闘力が身についてきてから、俺も少しぐらいは相手の力量が感じ取れる様になった。慣れていないから正確かどうかは今一つ自信がないが、俺とアバンさんが戦えば、多分、俺が勝つんじゃないかと思う。

 

「まっ、こんな殺風景な所で立ち話もなんです!私も仲間と合流しなければなりませんし、エイト君達さえよければ、外まで一緒に行きませんか?」

 

「……そうですね。じゃあ、一緒に行きます」

 

 

 そうして俺達は、勇者アバンと連れ立って、出口へと向かった――。

 

 

 



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第3話『弟との別れ!の巻』

 

 

 

 

 弟のヒュンケルを連れて地底魔城に忍び込んだ俺ことエイトは、厳つい門の前で、魔王を打ち倒した帰りの勇者アバンと出会った――。

 

 そして俺達は勇者アバンと連れ立って、地底魔城の出口へと向かう事に……。

 

 途中、後続の敵を食い止めていたというアバンさんの仲間達――戦士ロカ、僧侶レイラ、魔法使いマトリフが合流して、最終的には6人で地底魔城を後にした。

 

 ロカさんはアバンさんとカール王国騎士団時代からの同期の桜だそうで、“豪快”の一言に尽きる人だ。頭をガシガシ乱暴に撫で回されたし、背中をバシバシ叩かれた……。

 

 レイラさんは、優しくて穏やかな黒髪の美人――驚いた事に、ロカさんとは夫婦の間柄で、既に娘さんが1人いて、故郷に残してきたとか。

 

 マトリフさんは……なんて言うか、少し難しい人だな、偏屈というか……。言葉遣いは汚いし、目付きも良くない。だが、アバンさんが言うには、誤解されやすいだけで決して悪い人ではないと言う話だし、話してみると確かに思慮深い人だと思えた。

 

 で、そのままアバンさん達は、カール王国のフローラ王女――王位はまだ継承していないが、実質的に指導者として立っているそうだ――に魔王討伐の報告をするとかで、マトリフさんの『ルーラ』でカール王国に向かうと言うので、俺は無理を言ってヒュンケル共々同行させてもらう事にした。

 

 カール王国に着いてすぐ、俺とヒュンケルは王城に報告に向かうアバンさん達と一時別れ、アバンさんに手配してもらった宿屋で待つ事にした。まさか、俺達まで女王様とやらに謁見する必要はないし、第一、そんな偉い人になんか会いたくない。

 

「実は、アバンさんに聞いてもらいたい事があるんです」

 

 そう言って、用事が済んだら宿屋に来てもらう事になっている。

 

 もしかしたら、祝勝パーティーでも開かれて帰りが遅くなるかもしれない。だったら、別に急いではいないので明日でも構わない。

 

 

 そう思って宿屋の部屋で寛いでいたんだが――

 

 

コン、コン

 

「ん……?はい、どちらさん?」

 

『私です。アバン・デ・ジニュアール3世ですよ』

 

「アバンさん?開いてますから、どうぞー」

 

 俺が促すと、ドアが開いてアバンさんが入って来た。

 

「いやいやいや、すいませんね。遅くなりましたっ」

 

 出会ったときとは違い、赤い貴族の服を着て、黒縁眼鏡を掛け、髪のカールを両サイドに巻き直した格好のアバンさんがにこやかに入ってきた。

 

「いや、むしろ早過ぎると思うんですけど……お城でパーティーとか開かれなかったんですか?」

 

「いいえ、開かれましたよ。ですが、途中で抜け出して来ちゃいました♪」

 

「は?い、良いんですか?主役の勇者が抜け出したりして……」

 

「なぁに、ノープロブレムですよ♪私1人いなくなっても、皆さん、好き勝手に盛り上がっていますから」

 

 あっけらかんと言うアバンさん。ホントに大丈夫なんだろうか?

 

「実を言うとですね……」

 

 アバンさんは急にススッと俺の側に寄ってくると、口元に手を当ててヒソヒソ話し出す。

 

「……内緒の話ですが、私はこのまま旅に出ちゃうつもりなんです」

 

「……なんですと?」

 

 戦いを終えて凱旋した勇者が行方を眩ます――ドラクエ3のエンディングにあったパターンだ。思い返せばアバンさんのパーティは、勇者・戦士・僧侶・魔法使いの王道スタイル……まんまじゃないか。

 

 しかし、気になる事もある――。

 

「この国のお姫様と結婚して王様になったりとかはしないんですか?」

 

「(ギクッ)い、いやいや!私なんかに王様なんて務まりませんよ~。何しろ、剣と呪文と学問くらいしか取り柄がありませんからね私は~アハハハ~!」

 

 今、動揺したな。実はお姫様との結婚が嫌で逃げて来たんじゃないだろうな?

 

 まあ、そんな事より……アバンさんが旅に出ると言うのなら、俺としても好都合だ。早速、お願いするとしよう――。

 

「アバンさん、実はあなたにお願いがあるんです」

 

「私に?なんです?」

 

「弟のヒュンケルの事なんですが……」

 

 俺はベッドで寝ているヒュンケルの方を見る。悪く思うなよ、ヒュンケル……これも、お前の成長の為だ。

 

「あいつを、アバンさんの旅に連れて行ってやってくれませんか?」

 

「……どういう事です?」

 

 アバンさんは一瞬驚いた様に目を見開いたが、すぐに真剣な顔で俺に続きを促してきた。

 

 だから、俺は自分の考えを語った――。

 

 6年前、魔王軍に襲撃されていた町の中で、赤ん坊だったヒュンケルを拾って弟として育ててきた事を……今日まで苦労したものの、何とかここまで大きく育てる事は出来たが、近頃、ヒュンケルが俺に依存している傾向がある事を……。

 

 その影響か、人付き合いもあんまり上手くないし……今のまま大きくなったら、将来が心配だ。

 

 俺は兄貴として、ヒュンケルには自立心・独立心を養ってもらいたい……そして、他の人間ともきちんと接する事の出来る、真っ当で一人前の男に成長して欲しい。

 

 このまま俺と一緒にいても、そうしたヒュンケルの成長は望めない気がする……。それに全く自慢にならないが、俺は人にモノを教えるのが下手だ。剣にしろ、教養にしろ……俺よりカール王国騎士団出身で、自分でも“学問が取り柄”と言ったアバンさんに教えてもらった方が良いはずだ。

 

 ヒュンケルの将来の為、あいつを教育して、正しい大人に育て上げて欲しい――俺はアバンさんにそう頼み込んだ。

 

「……ヒュンケル君は幸せですね。あなたの様な、素晴らしいお兄さんを持って」

 

 アバンさんはそう言って、俺の頼みを快く引き受けてくれた――。

 

 

 俺は早速、ヒュンケルに手紙を書き、それを目覚めたら渡すようにアバンさんに託し、そのまま宿屋を後にした。

 

 思い立ったが吉日――出発も思い立った時にしてしまった方が良い。

 

「ヒュンケル、強く、立派な男になれよ。俺は、成長したお前に会える日を楽しみにしているからな……」

 

 

 町の入口から宿屋の方に向かって呟き、俺はカール王国を後にした――。

 

 

 

≪SIDE:ヒュンケル≫

 

 

「……ぅ、ううん……」

 

 あれ……?僕、寝ちゃってたのか……。

 

「ふ、ふわあ~~……!」

 

「グッドモーニング!という時間ではありませんが、良く眠れましたか?ヒュンケル君」

 

「あれ?アバンさん?」

 

 欠伸をしていたら、横から声がして、そっちを向いたら、会った時とは違う格好のアバンさんが椅子に座っていた。

 

「いつの間に来てたの?……あれ?兄さんは?」

 

 ふと気付くと、寝る前はいたはずのエイト兄さんがいなかった。買い物にでも出かけたのかな……?

 

「彼なら旅立ちましたよ」

 

「え……?」

 

 兄さんが、旅立った……?僕を置いて……!?

 

「そんな……そんな!嘘だっ!!」

 

「……これを」

 

「っ……?」

 

 アバンさんが静かに差し出してきたのは、1通の手紙だった。

 

「……」

 

 こんな時になんだよ……。そう思ったけれど、なんだかアバンさんの顔を見たら言い返せなくなって……大人しく手紙を受け取って開いて見た。

 

「……っ!兄さんの手紙……!」

 

「そうですよ。君が目を覚ましたら渡す様に、彼から託されたものです」

 

「……っ」

 

 僕はもう1度、手紙をじっと見つめ、書いてある事をちゃんと読んだ。

 

 

『ヒュンケルへ――

 

 この手紙を読んでいると言う事は、アバンさんはちゃんと手紙を渡してくれた様だな。

 

 突然、こんな事になって驚いただろう。先ずはその事を謝ろう。悪かったな。

 

 お前を拾ってから、早いもので6年が経った。お前は大きくなり、俺と一緒にモンスターと戦える程になった。

 

 その事が、俺はとても嬉しかった。だが……俺は嬉しい余り、お前を少し甘やかし過ぎてしまった。

 

 お前よりは年上だと言っても、俺も所詮は12歳の子供……俺自身、学ぶ事の方が多過ぎて、本当に大事な事を教えてやれなかった。

 

 このまま俺と一緒にいても、お前の成長の邪魔にしかならない……俺はそう判断して、お前をアバンさんに託す事にした。

 

 アバンさんなら、俺では教えられなかった色んな事を教えてくれる。お前を一人前の、立派な男に育て上げてくれる。

 

 ヒュンケル、アバンさんの元で学び強くなれ。俺は、一足早く旅に出る。

 

 今までずっと一緒だったお前と別れるのは俺も寂しいが、これも俺達がお互いに大人に成長する為には必要な事だ。少なくとも、俺はそう思って……そして、お前を信じて、行く事にする。

 

 いつか、逞しく成長したお前に再会できる日を楽しみにしている。

 

 アバンさんに失礼のない様にするんだぞ?

 

 じゃあな……また会おうぜ、兄弟!

 

 お前の兄貴、エイトより――』

 

 

「……兄さん」

 

 読んでいて分かった……兄さんは、僕を意地悪で置き去りにした訳じゃないって事が。

 

 最近、兄さんが僕の事を見て、何か考えているのは気付いていた……。それが、僕の事だとは思わなかったけど……。

 

「……っ」

 

 兄さんは、いつも優しくて、頼りになって……僕はそんな兄さんに憧れていた。

 

 剣を教えてもらったり、一緒にモンスター退治に行ったり……、兄さんはいつも僕を見守ってくれた。危なくなったら、助けてくれた……。

 

 だから、僕はそんな兄さんが大好きで……いつも甘えていたんだ。

 

 このままじゃいけない!今なら僕もその事が分かる。別れるのは辛いけど……兄さんは僕を信じている。僕が一人前の男になるって、信じてくれてるんだ!

 

 寂しくても、泣いてなんかいられない。強くならなきゃ……兄さんみたいに!

 

「……アバンさん!」

 

「なんですか?」

 

「僕を……いや、“俺”を鍛えてください!俺に、色んな事を教えてください!」

 

「……」

 

「俺は強くなりたいんだ!いつかまた兄さんに、胸を張って会えるように!!だから、お願いしますっ!」

 

 俺が頼み込むと、アバンさんはニッコリと笑った。

 

「勿論、最初からそのつもりですよ。エイト君にも頼まれましたし……何より、私は君が気に入りました!」

 

「え?」

 

「その真っ直ぐな瞳……君が真っ直ぐな心を持っている、何よりの証拠です。君ならばきっと、強く、正しい戦士になれる……私は、君やエイト君の様な少年達に出会えて嬉しい。私の持てる全てを活かし、君を導きましょう」

 

「……はいっ!お願いします!!」

 

「よろしい!今日から君は、私の生徒です!特訓はベリーベリーハードですが、耐えられますか?ヒュンケル」

 

「どんな辛い修行でも、耐えてみせます!!」

 

 そのくらいの事にも耐えられなければ、兄さんに会わせる顔がない。

 

「うむ!それでは……」

 

「……っ」

 

 早速、何か修行を言い渡されるのかな?よぅし、どんな修行でもやってやるぞ!

 

「今日はもう遅いので、明日からの特訓に備えて寝るとしましょう♪」

 

「だあっ!?」

 

 俺がコケてベッドから落ちたのを尻目に、アバンさんはベッドに潜り込んでしまった……。

 

「ZZZ……」

 

 もう寝てる……。兄さん、俺、本当にこの人に教わって強くなれるのかな……?

 

 すっとぼけたアバンさんの態度に不安を覚えつつ、俺ももう1度ベッドに入る。

 

「……(アバンさんが頼りにならなかったとしても、自分で勉強して、修行して、強くなってみせるぞ……!)」

 

 

 ベッドの中で決意をし、あれこれ考えていたら、俺はいつの間にか眠った――。

 

 

 



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第4話『占い師ナバラ登場!冒険家の行き先は?の巻』

 

 

 

 

 カール王国でヒュンケルと別れてから、3年の月日が流れ、俺は15歳になった――。

 

 この3年間、歩いて飛んで泳いで世界中を回った……。

 

 ギルドメイン大陸では、テラン王国、ベンガーナ王国、アルキード王国、リンガイア王国をそれぞれ訪ねて回った――。

 

 アルキードは、特にこれと言った特徴のない平和な国……ぶっちゃけると平凡過ぎると言うか、面白みに欠けた。

 

 ベンガーナは商業が盛んで、町には何軒もの様々な商店が建ち並び、デパートまである豊かな国だが……、どうも人の心は貧しい様に思った。何かを買った売った、幾ら儲けた損したの話題ばかりで、余りに俗っぽくて飽き飽きし、1日滞在しただけで国を出た。

 

 テランは人口50人程度のまるで村の様な小さな国だったが、自然に囲まれた美しい国でもあった。ベンガーナとは対照的で、商店は1軒の万屋(よろずや)だけで品数も乏しかったが、国民は皆親切で、俺は結構好きだった。

 

 リンガイア王国は堅牢な城壁に囲まれた町と城があり、“城塞王国”の異名を持つ金城鉄壁を誇る国……その姿は圧巻だった。町全体が、1種の防壁の役割を果たす様に計画的に設計されているらしく、キチッと整えられた町並みも中々の物だった。

 

 北のマルノーラ大陸では、オーザム王国を訪ねた――。

 

 かまくらの様な丸い形の家が特徴的な、割と規模の小さな国だったが、年中寒い中で生きていく為の知恵として、寒さの届き難い地下に部屋が作られていて、まるでドラクエ8に出て来る雪国の町オークニスの様な風景で、中々面白かった。うっかり寝たら死にそうなほど寒かったが……。

 

 ラインリバー大陸では、ロモス王国を訪ねた――。

 

 ここもこれと言って特徴はなく、のどかで平和な国だった。ロモス城から南に行くと “魔の森”と呼ばれる入り組んだ森があり、そこの側にアバンさんの仲間の戦士ロカと僧侶レイラが暮らす『ネイル村』がある。1度訪ねたら、2人に歓迎された。

 

 死の大地は、流石に怪し過ぎて何が待ち構えているか分からないので、遠くから眺めるだけで済ました。それでも、不気味過ぎて嫌な汗をかいてしまったがな……。

 

 主だった場所はこんな感じで、他にも各大陸の小さな村なんかも訪ね歩き、3年で世界をほぼ一回りしてしまった事になる。

 

 自分でも駆け足過ぎじゃないか?と思うが、今の俺の体力と脚力、それに『トベルーラ』を駆使していたら、こういう結果になったのだ。

 

 それに、アバンさんが魔王ハドラーを倒したおかげでモンスターも大人しくなり、人を襲わなくなった事も要因の1つと言えるだろう。

 

 平和は勿論、結構な事だ。だが、モンスターが襲いかかってこない為、この3年俺のレベルは伸び悩み……今のステータスはこうだ。

 

 

―――――――

エイト

性別:男

レベル:40

―――――――――――

E竜神王の剣(攻+137)

E鉄の胸当て(守+23)

E鉄の盾(守+20)

E鉄兜(守+16)

E布の外套(守+4)

―――――――――――

力:124

素早さ:112

身の守り:66

賢さ:163

攻撃力:286

守備力:129

最大HP:411

最大MP:192

Ex:533469

――――――――――――――――――――――――――

剣スキル:66  『ブレイドスター』(剣 攻+25)

槍スキル:18  『槍の達人』(槍 攻+10)

ブーメラン:13  『シューター』(ブーメラン 攻+5)

格闘スキル:24  『黒帯格闘家』(素手 攻+5)

冒険心:70  『立ち向かう冒険心』(消費MP3/4)

――――――――――――――――――――――――――

エイト

HP:411

MP:192

Lv:40

――――――――――――

ホイミ ベホイミ

ベホマ キアリー

キアリク リレミト

ルーラ トベルーラ

トヘロス ザオラル

ギラ ベギラマ

ベギラゴン マホトーン

イオ メガンテ

ドラゴン斬り 火炎斬り

メタル斬り 隼斬り

疾風突き 一閃突き

クロスカッター 大防御

石つぶて 正拳突き

――――――――――――

 

 

 1、2回珍しくかかって来たモンスターを返り討ちにした以外は、自主的なトレーニングで経験値を得た。

 

 毎日とはいかないが、3年も修行してたったの1しかレベルアップ出来ないとは……『実戦に勝る修業はない』なんて良く言われるが、本当だったらしい。

 

 いや、もしかして俺のトレーニングが間違ってたのか?直径3メートルくらいの丸い岩を担いで兎跳びしたり……、剣・槍・ブーメラン・拳の素振りを各1万回繰り返したり……、ホルキア大陸とギルドメイン大陸の間の内海を泳いで10往復したり……と、思いつく限り、色々やってみたんだがなぁ……。

 

 ああ、ちなみに……竜神王の装備に関してだが、目標のレベルに到達はしたものの、平和な世の中では全く活躍の場が無いので、剣以外は結局、“ふくろ”にしまい込んだままになっている。何しろ、敵モンスターがいないからな。

 

 

「さて、これからどうするかな……」

 

 逆立ち歩きで山道を歩きながら、俺はこの先の予定を考える。あ、ちなみに今いるのはギルドメイン大陸のテラン王国へと向かう途中の山道だ。

 

 あの国は静かで景色も良いし、考え事をするには打って付けの場所だからな。あそこで気を落ち着けて、じっくりこれからの事を考えてみようと思ったのだ。

 

 

 という訳で、逆立ち歩きで進むこと半日――テラン王国に到着した。

 

 

「ん~~~♪相変わらず静かで綺麗な国だな、ここは」

 

 大きく深呼吸をすると、新鮮な空気が胸を満たす。

 

 人間の文明レベルが低いおかげで、全体的に自然豊かなこの世界だが、テランを包む空気はただの森や山より綺麗な気さえする。“神秘の国”なんて呼ばれるのは、こういう事なのかも知れない。

 

 何かの神を信仰していると聞いたが、その辺りも関係あるんだろう。

 

「さてと、とりあえずは散歩して、それから湖畔で釣りでもしながら、のんびり考え事といくか」

 

 釣り道具は、旅の途中で買ったのが一式、“ふくろ”に入っている。餌は、その辺の土を掘ればミミズが出てくるから無料(タダ)――こういう基本的に自然が豊かな所も、この世界の良いトコロだ。

 

 俺は、湖の側をのんびりと歩く。湖を囲む様に民家が点在し、それぞれ住民がひっそりと暮らしている。

 

「ん?何だあれ?」

 

 民家の方を見ていたら、ふと気になる看板を見つけた。

 

『占い師ナバラの館』

 

「ナバラ……?」

 

 聞いた事がある。どんな事でも占ってくれる凄腕の占い師のお婆さんがいると……その所謂“占いおババ”の名前が、確かナバラだったはずだ。

 

 こんな所に店を構えてたのか……。

 

「占いか……うん、ちょうど良い。占ってもらってみるか」

 

 旅のアテがなくてどうしようかと思っていたところだったんだ。占いで方向を示してもらうのも悪くない。

 

 俺は、そのナバラの店に足を向けた――。

 

 

 

 

「おや、このご時世に客とは珍しいね……」

 

 中に入ってみると、特に薄暗くも怪しい雰囲気もなく普通の部屋で、その真ん中に置かれたテーブルに、黒のローブととんがり帽子を被ったお婆さんがいた。

 

「あんたが、有名な占い師のナバラさん?」

 

「どう有名なのか知らないけど、あたしは確かに占い師のナバラだよ」

 

 そう答えるお婆さんは、やはり占い師ナバラで間違いなさそうだ。早速、占ってもらうとしよう。

 

「占ってもらいたいんですが……」

 

「まあ、あたしの館を訪ねて来たんだからそうだろうね。そこへお座り」

 

 ナバラさんは向かいの椅子を俺に勧めてきた。それに従い、俺は椅子に腰かける。

 

「さて、何を占って欲しいんだい?」

 

 さて、どう言えば良いかな……?

 

「え~と……俺は今までに世界中を旅してきたんですが、主な国や場所は殆ど巡ってしまって、これからどこへ行けばいいか悩んでいるんです。それで、何かこう……俺がこの先どこへ行けばいいかを占ってもらいたいんです」

 

「ふぅむ、なるほどね……若いのに、もう行く先に迷っちまったのかい。そんなに生き急いでも良い事無いよ?」

 

「別に生き急いでるつもりはないですよ。ただ、旅をするからには何かしら目的が欲しいってだけです」

 

「ふぅん……まあいいけどね」

 

 何か探る様な眼で俺を見たかと思えば、ナバラさんは軽く息を吐いた。

 

「どれ、それじゃあ『古代占布術』を試してみようかね」

 

「こだいせんふじゅつ?」

 

「まあ、ちょっと待っといで」

 

 そう言うとナバラさんは、奥の部屋に引っ込んでしまった。一体何をしようっていうんだ?

 

 

「よっ、こいせっと!」

 

 少し待っていると、ナバラさんが何やら色々抱えて戻ってきた。

 

「ほら、あんた!ぼさっと見てないで手伝いな!あんたの事を占うんだからね!」

 

「わ、分かりました……!」

 

 客に手伝わせるのか?と思ったが、ごねてへそを曲げられても面倒なので手伝う事にする。

 

「この台をその辺に置いて、この布を被せておくれ。布はしっかりと皺のないように被せるんだよ」

 

「分かりました」

 

 丸い大きなお椀型の台を適当な所に置き、その上にテーブルクロスの様な白い布を言われた通りに被せる。

 

「これで良いですか?」

 

「ああ、ご苦労さん」

 

 見れば、ナバラさんは持ち手の付いた燭台の様な道具に火を灯していた。

 

 さっぱり分からない……。これで一体どうすると言うんだ?

 

「あの、ナバラさん?」

 

「慌てるでないよ。今、説明するさ」

 

「は、はい」

 

「これは『古代占布術』と言ってね。布に火を落として、その焼け跡から探し物の場所を具体的なキーワードで占う術なのさ。ほれ、この火をお持ち」

 

「は、はい」

 

 言われるがままに、火の点いた燭台を受け取る。するとナバラさんは、布を被せた台を挟んで俺の対面に立った。

 

「その火にあんたが求めるものを念じるんだ。そして、あたしが合図したらその火を台に落とすんだよ。分かったね?」

 

「……分かりました」

 

 求めるもの、か……。俺が求めるのは、やっぱり“冒険”だな。どんな、って聞かれると説明に困るが、とにかくワクワクドキドキするような出来事が欲しい。

 

「…………」

 

 目を閉じて念じてみる……。冒険~冒険~冒険~~……。

 

「……いいよ、落としな」

 

「……っ」

 

 合図に従い火を落とす。目を開いて見ると、火から焦げ跡が不自然に伸びていく。普通は火を中心に広がっていくものなのに、布の上の焦げ跡は右に左に蛇行している……。ただの火じゃない、というなんだろう。

 

「……ア、ル……キー、ド……」

 

「え?」

 

 俺と同じく布の焦げ跡を見つめていたナバラさんが呟いた。

 

「アルキード……って、ベンガーナの南にあるアルキード王国の事ですか?」

 

「……恐らくね。そこに、あんたが求めるもの、或いはそれに繋がる何かがあるという事さ」

 

「アルキード王国か……」

 

 前に行った時は、特にこれと言って面白いものなんてなかったはずだ……。

 

 だが、今のところ他にアテはない。ここは占いを信じてみるのも良いだろう。

 

「……分かりました。行ってみる事にします」

 

「そうかい。まあ、あんたが納得してそうすると言うなら、好きにするがいいさ。ああ、一応言っとくけどね。何もなかったからって文句を言いに来るんじゃないよ?占いはあくまで占い、当たる事もあれば外れる事もある」

 

「分かってますよ、そのくらい……」

 

「ならいいけどね。ああ、それと、見料は100ゴールドだからね」

 

 なんて言うか……微妙に絡み辛いお婆さんだなぁ。やや偏屈気味……マトリフさんを思い出す。

 

 人間、歳を取ると性格が扱い難くなるんだろうか?俺はそうならない様にしなければ……。

 

 

 とりあえず、払う物はちゃんと払って、俺はナバラさんの店をさっさと出た――。

 

 

 アルキード王国……何があるのか、或いは何もないのか。

 

 期待と不安を抱きつつ、俺はまた逆立ち歩きでアルキード王国へと歩き出す――。

 

 

 

≪SIDE:ナバラ≫

 

 

「ふぅむ……」

 

 あたしはあの坊やが去った後、愛用の水晶玉を覗き込み、占っていた。

 

 最初見た時、不思議な感覚を覚えた……変な勘違いをするんじゃないよ?他の人間にはない、不思議な力を感じたって事さ。

 

 だから、あたしは得意の占術であの坊やの未来を占った。

 

 その結果……

 

「み、見えん……!未来が……!?」

 

 占いが失敗したんじゃない。まして、あの坊やの未来が閉ざされているのとも違う……それならば、閉ざされるまでの未来は見えるはずだ。

 

 だが、あの坊やの未来は一寸先すら、まるで何かに覆い隠された様に全く見通せん……。こんな事、長い占い師人生の中でも初めてだ。

 

「あの坊や……一体、何者なんだい?」

 

 若者が去ったドアの方に、あたしは思わず呟いていた……。

 

 

 



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第5話『人間の醜さと人間の愛……の巻』

 

 

 

 

 テランの占い師ナバラの占いで、アルキード王国に俺が求める冒険か、そのヒントがあると言われ、俺は「あったらあったで良し、なければまたブラブラ探せば良い」と軽い気持ちでアルキード王国にやって来た――。

 

 

 結論から言えば、ナバラさんの占いは当たっていた……俺の好みかどうかは別としてな。

 

 

 

 今、俺がいるのはアルキード城の中庭……ここには俺以外にも、町の人間達が大勢集まっている――これからここで、『公開処刑』が行われるそうだ。

 

「あの男、魔王軍の生き残りらしいぞ……」

 

「ソアラ姫に取り入って、王国を乗っ取ろうと企んだとか……」

 

「なんと恐ろしい……!」

 

 周りの野次馬がヒソヒソ話す声が聞こえてくる……。

 

 広場の真ん中で丸太にくくり付けられているのは、黒髪短髪に鼻下に僅かな髭を生やした、多分20代後半ぐらいの男だった。

 

 あちこち怪我をして血を流しているのを見ると、恐らく拷問を受けたんだろう。

 

 だが……その表情が気になる。死ぬ事を覚悟している、受け入れている感じだ。諦めとは違う――死ぬ事に迷いがない。

 

 それに、目が澄んでいる……とても魔王軍の生き残りなんかには思えない。第一、あの男……かなり強い。あのアバンさんを含めて、今までそこそこの数の戦士を見てきたが、その中でも別格――最強だと思う。今の俺じゃあ、まず勝てないだろうな。

 

 なのに、幾ら兵士の数に押されたにしても、大人しく捕まっているなんて……考えれば考えるほど、あの男が魔王の手下だなんておかしく思えてくる。

 

 ……助けるか?

 

 勿論、あの王様や兵士達には『お前も魔王の手下か!?』とか言われるだろうが、今の俺のレベルなら、あの程度の兵隊ぐらい苦もなく撃退出来そうだ。仮に賞金首とかになっても、それはそれで冒険になるかも知れない。

 

 うん……退屈な平和に比べたら、俺的にはそれもありだな。

 

 よし……!

 

 思い立ったが吉日――背中に引っ掛けている鉄の盾を気にしつつ、いつでも助けられる場所に移動する……。

 

 と、その途中――

 

「っ……!」

 

「む……?」

 

 慌てた様子で野次馬の間を抜けて行く1人の美女が目に付いた。着ている服は一般人が着る様な普通の服だが、その顔立ちにどこか気品を感じる……。

 

 深い悲しみを湛えた、今にも泣き出しそうな表情……。その視線の先には……磔にされた男?

 

 お、おいおい、まさか……!?

 

「構えーー!!」

 

 驚いて動揺している間に、処刑が始まってしまった。

 

 王宮仕えの魔法使いと思しき黒ローブ3人が、掌に燃え盛る炎の玉を構える。あれは多分『メラミ』だ。

 

「って、しまった!?」

 

 また意識が逸れた――慌てて振り返れば、さっきの美女と大分距離が開いている。彼女はもう、飛び出して行ける位置――対して俺はまだ、位置に着けていなかった。

 

 このままでは、あの美女が呪文に飛び込んでしまう!『メラミ』3発なんて食らったら、あの美女は間違いなく死ぬ!

 

「撃てぇーー!!」

 

 誰かの掛け声で、呪文が撃ち放たれた――!

 

「止めてぇーーッッ!!!」「止めろぉーーッッッ!!!」

 

 美女が叫びながら飛び出すのと、俺が『ルーラ』の応用で割って入るのはほぼ同時だった――。

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

「……ふぅぅ、間一髪だったぜ」

 

 何とか鉄の盾で『メラミ』3発を防げた……流石に鉄の盾は焼け焦げてもう使い物にならないな。

 

 おシャカになった盾を放り捨て後ろを見れば、張付けにされた男と、彼を庇おうと飛び出した美女が驚いた表情でこっちを見ていた。

 

「大丈夫か?あんた達」

 

「……な、何故……?」

 

 男が動揺した感じで尋ねてくる。

 

「何故助けたか、って事か?」

 

「あ、あ、ああ……」

 

「この処刑に納得いかなかったからだ。俺には、あんたが魔王の手下にはどうしても見えなかった。それに、その女性も危なかったしな」

 

「っ!そうだ!ソアラっ!なんて無茶な真似を……!!」

 

 ソアラ……?それって、この国のお姫様の名前じゃ……え!?そういう事なのか!?

 

「私は……お前達の為に死ぬつもりだったんだぞ!?」

 

「……ごめんなさい。父上達が、これ以上酷い事をするのを、黙って見ていられなかったの……。何より、あなたに死んでほしくなかった……」

 

「ソアラ……」

 

「お願い、あなた……。私の、私達の為に死ぬなんて……そんな悲しい事を言わないで。私を、ディーノを、置いていかないで……!」

 

「ソアラ……しかし」

 

 男が何か言おうとした、その時――

 

「そ、ソアラぁーーッッッ!!」

 

 甲高くて無粋な叫び声が、広場に響き渡る。出所に振り向いて見れば、やたら上等な身なりのオッサンが物凄い形相でこっちを睨んでいた。

 

「父上……!」

 

 ソアラ姫の親父さん……と言う事は、この国の王様か。

 

「お前という娘は……!魔物に誑かされただけでは飽き足らず、庇い立てするとはッ……この恥さらしめがッ!!」

 

「なっ!?」

 

 あ、あのオヤジ……!仮にも自分の娘に向かって……!?

 

「おいッてめえッ!!この人はてめえの娘なんじゃねえのかッ!?」

 

「な、なんだ貴様ッ……!?」

 

 頭にきて怒鳴りつけてやると、アルキード王が動揺した。

 

「こ、国王陛下に向かって何たる口の利き方……!無礼者めッ!」

 

「黙れッ!!雑魚は引っ込んでろッッ!!!」

 

「ひっ……!?」

 

 大臣か何かが横からしゃしゃり出て来やがったから、殺気を込めて黙らせた。

 

「アルキード王!てめえ、娘に向かって『恥さらし』と抜かしやがるとは、一体どういう了見だ!?」

 

「な、何を……ソアラは我がアルキード王国の王女でありながら、魔物なんぞに誑かされ、あまつさえ子供まで産みおったのだ!これが恥さらしでなくて何だと言うのだ!?」

 

「魔物?この男の事か!?ふざけるなッ!!彼のどこが魔物だって言うんだ!?」

 

「な、なにを……ッ?」

 

「俺達と変わらないだろうが!?血だって赤い!!てめえには見えねえのか!?この男の澄んだ目が!!」

 

「っ!?」

 

 アルキード王の顔に動揺が浮かぶ。

 

「悪い魔物がこんな真っ直ぐで澄んだ目をするもんか!!大体、殺されるっていうのに、大人しく捕まってるのだっておかしいだろうが!!彼は魔物なんかじゃない!!この国をどうこうしようともしていない!!ただソアラ姫を愛して、ソアラ姫は彼を愛した――それだけだ!!こんな事、さっきこの国に着いたばかりの俺にだって分かるぞ!!」

 

「う、ぐぐぐ……!」

 

 ワナワナと身体を震わせて俯き、唸るアルキード王。だが――

 

「え、ええいッ!黙れ黙れ!!他所者の小僧が分かった様な口を利きおって……ッ!者共っ!こやつも魔物の手先じゃ!!ひっ捕らえよ!!バラン共々、処刑するのだぁ!!」

 

「「「は、ははぁ!!」」」

 

 結局、自分の間違いを認めようとしないか。見下げ果てたオヤジだ……。何が王なもんか……!

 

 俺や磔にされていた男――バランとか、さっきあのオヤジが呼んでたか、とにかく俺達の方に兵士が槍を構えて迫って来る。ふん、こんな連中にいつまでも付き合ってられるか……。

 

 俺は背中の愛刀・竜神王の剣を抜き――

 

「ふんッ!!」

 

 思い切り地面に向かって振り抜いた。

 

 最強クラスの武器である竜神王の剣の攻撃力と俺の力が合わさった斬撃は、轟音を上げて地面を抉り取り、浅い崖程の亀裂を産む。

 

「あ、わわわ……!?」「ひぃ……!?」「け、剣で地面を……!?」

 

 取り囲んでいた兵士たちは、自分達と俺達の間に出来た亀裂を前に腰を抜かしている。

 

「無事でいたければ、その線は越えて来ない事だ。来たら……、容赦なく斬って捨てるぞ!」

 

「「「ひひぃぃ……!!」」」

 

 ビビって縮こまる兵士達……そんなに今の俺は怖いのか?怖いんだろうな……ハッキリ言って今の俺はかなり頭に来ている。人間の薄汚い面を目の当たりにして、軽くショックも受けている……。

 

 この世界に転生してから、あんまり人と深く関わって来なかった所為もあるが、人間って存在を少し楽観視し過ぎていた様だ。俺自身も人間だし、きっと自分で気付いていないだけで、連中と似たり寄ったりな面もあるはずだから、あんまり偉そうな事も言えないが、それでも腹が立つものは立つのだから仕方がない。正直、キレる1歩手前って感じなんだ……!

 

 これ以上、この国には居たくない……。

 

 さっさとこの国からおさらばする――前に、俺は磔にされていた男の縄を切った。

 

「……なあ、あんた――バランっていったな?俺と一緒に行こう」

 

「何……?」

 

「あんたの事は良く知らないが、それでも、こんな連中に殺されるべきじゃない人だっていう事は何となく分かる。死んではダメだ!俺と一緒に、この国を出よう!」

 

「し、しかし、私は……」

 

 迷う様に俺から視線を逸らすバラン。逸らした先には、ソアラ姫か……。

 

「ソアラ姫」

 

「……はい」

 

「あんたはどうする?ここに残るか?それとも……俺達と一緒に行くか?」

 

「え……?」

 

 俺の提案に、ソアラ姫が僅かに目を見開く。

 

「あんたはさっきバランに言ったな?『私達を置いていかないで』って……悪いが、あんたがここに残るなら、バランとは今生の別れだ。俺はバランを連れてこの国を出る、例えそれがバランの意思を無視する事になろうとな」

 

「…………」

 

「今ここで決断しろ。あんな父王の下で王女の地位に縋るか、それとも全てを捨てて愛に生きるか……2つに1つだ!」

 

「……私は……」

 

 ソアラ姫は徐に立ち上がると、俺の脇を抜けてアルキード王の方へ歩いていく……まさか、そっちを選ぶのか?

 

「……っ」

 

 俺が斬って作った亀裂の前で、ソアラ姫は立ち止まり、毅然とした表情でアルキード王の方を見つめた。

 

「父上!ごめんなさいっ!ソアラは、ソアラは王女である事を……父上の娘である事を捨てますっ!唯のソアラになり、バランと……愛する人と生きます!!」

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

 言い切った……!自分なりのけじめを付ける為に、父親に決別を宣言したのか。ソアラ姫は、いやソアラは、全てを捨てて愛に生きる道を選んだ。

 

 そして戻ってきたソアラは、バランに寄り添う。

 

「ソアラ……いいのか?」

 

「ええ。私、もう迷わない……!あなたの傍が、私の居場所よ」

 

「ソアラ……!」

 

 感極まった様に抱き合う2人……。やれやれ、良い雰囲気を作ってくれちゃって……これじゃあ話しかけ辛いじゃないか。

 

 とはいえ、いつまでも見ている訳にはいかない。さっさとこの国を出ないと……。

 

「あ~、ご両人?良い雰囲気なところ悪いんだが……、そろそろ出発して良いかな?」

 

「「っ!?」」

 

 俺の声に反応して、バッと身を離すバランとソアラ……お、俺が無粋なんじゃないぞ?仕方ない状況なんだ。

 

「2人とも、俺に掴まってくれ。『ルーラ』を使う」

 

「あ、ああ、分かった……!さあ、ソアラ」

 

「はい、あなた」

 

 差し出した俺の手をバランが掴み、バランがソアラを抱き寄せる。まあ、『ルーラ』は身体の一部が接触してさえいれば一緒に移動できるから、それでもいいんだが、見せつけるのは勘弁して欲しいものだ。

 

 まあ、それはさておき……とりあえず、ホルキア大陸のパプニカ王国にでも行くか。町で宿にでも泊まって、今後の身の振りを考えないといけない。

 

「よし!『ルーラ』!!」

 

 俺達は光の球となり、地面を離れ、空に舞い上がった――。

 

 

 



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第6話『バランとソアラ!愛する息子を探せ!!!の巻』

 

 

 

 アルキード王国を脱出した俺とバランとソアラの3人は、俺の『ルーラ』でパプニカ王国にやってきた――。

 

 

 町に着いてすぐに宿屋に入り、バランを治療し、落ち着いた所で色々と話し合った。

 

「エイト、遅くなってしまったが礼を言う。私とソアラを救ってくれて……ありがとう」

 

「私からもお礼を言わせてください。エイトさん、この人を助けてくれて、本当にありがとうございました」

 

 バランとソアラにお礼を言われるところから始まった話し合い――それにより、お互いの情報を共有し合った。

 

 その中でも驚いたのが、バランが本当に人間ではなかったという事だ。何でも、バランは『竜(ドラゴン)の騎士』という存在で、『竜の騎士』とは太古の昔、人間・竜・魔族……3種族それぞれの神が力を合わせ、世界の調停役として生み出した存在だそうな。

 

 かつて神々が世界を創造したばかりの時代……この世は、人間・魔族・竜の三種族が治めていた。今でこそ竜はモンスターの1種だが、昔は人間以上の知識を持ち言葉を話す奴の方が多かったらしい。

 

 だが、3つの種族は世界の覇権をめぐって血で血を洗う戦いを続けていた。それを疎ましく思った神々は、この世界を粛正する者が必要だと考えた。

 

 そして、三種族の神は協議の末にある結論に達した――竜の『戦闘力』と魔族の『魔力』と人間の『心』を合わせ持つ、究極の戦士を生み出し、世界の調停者として遣わす事……その結論の下に生み出されたのが『竜の騎士』だ。

 

 いずれかの種族が野心を抱き、世界を乱そうとした時、それを滅ぼし、天罰を与えるのが『竜の騎士』の使命なのだそうだ。

 

 俺はその話を聞いた時、疑問を抱いた――。

 

「なら、魔王ハドラーが世界征服に乗り出していた時、バランは何をしていたんだ?魔王ハドラーは、勇者アバンが打ち倒して世界は平和になったんだろ?」

 

 その問いに対するバランの答えは――より強大な巨悪と戦っていた、というものだった。

 

 その巨悪の名は『冥竜王ヴェルザー』――ハドラーが足下にも及ばない程の強大な力を持った、魔界に君臨する最後の知恵ある竜……それがヴェルザーだった。奴は、魔界に一大勢力を築き、地上を我が物にせんと企んでいた。

 

 それを事前に察知したバランは、『竜の騎士』の使命に殉じ、魔界に乗り込んでヴェルザー一族とその軍勢を相手にたった1人で立ち向かい、決死の思いでこれを滅ぼした……。

 

 とんでもない話だ……竜の王とその配下の軍勢を命辛々とはいえ、たった1人で全滅させるなんて……バランに悪いから口には出さないが、『竜の騎士』は化け物だ!

 

 ふと気になって、バランのステータスを見れないかとステータス画面を呼び出してみたら……見れた。

 

 その時のステータスがコレだ。

 

 

―――――――

バラン

性別:男

レベル:52

――――――――

E布の服(守+4)

――――――――

力:174

素早さ:180

身の守り:106

賢さ:149

攻撃力:174

守備力:110

最大HP:505

最大MP:173

Ex:5036491

―――――――

バラン

HP:505

MP:173

Lv:52

――――――――――――

ホイミ ベホイミ

ルーラ トベルーラ

メラ メラミ

ギラ ベギラマ

イオ イオラ

バギ バギマ

ラリホー ラリホーマ

ライデイン ギガデイン

紋章閃 ギガブレイク

竜魔人化

――――――――――――

 

 

 強ッ!?しかも、『竜の騎士』の力の象徴である『竜(ドラゴン)の紋章』とやらが額に浮かび上がると、更に何倍も強くなるという話だから、思った通り今の俺じゃあ全く刃が立たない……色々落ち着いたら、バランに修行をつけてもらおうかな?

 

 それにしても……『竜魔人化』ってなんだろう?

 

 と、話が逸れた――。

 

 で、ヴェルザー一族を滅ぼしたバランは瀕死の重傷を負った。何とか地上に帰り着き、『竜の騎士』の力を回復させる“奇跡の泉”へ向かった。その泉があるのは、アルキード王国のすぐ近く……アルゴ岬と呼ばれる場所付近だそうだ。

 

 しかし、バランは泉の近くに辿り着きこそしたものの、寸前のところで力尽きて倒れた。それを助けたのが、泉の水を汲みに来ていたソアラだった。

 

 まあ、この辺りは2人の馴れ初め話しになるんで詳しくは割愛するが……まあ、その時の事がきっかけで、2人の間に愛が芽生えたんだそうだ。

 

 それで1度はアルキード城に招かれたバランだが、他のアルキード王国の家臣共の嫉妬から、結局、城を追放された。胸糞悪い話だが、家臣共の気持ちも分からないでもない。誰だって、新参者がチヤホヤされたら、大なり小なり面白くないと思うだろう……。

 

 そうしてバランとソアラは離ればなれに……ならなかった。

 

 ソアラが城を出ていくバランを追い駆けて、駆け落ちしてしまったのだ。しかも、その時既にソアラはバランの子供を身籠っていたそうだ。

 

 2人はテラン近くの森の中に逃げ延び、2人の息子『ディーノ』が生まれ、バラン達は平和で幸せな日々を過ごしていた。

 

 だが……そんな幸せな時間も長くは続かなかった。アルキード王国に見つかってしまったのだ……。

 

 バラン達は森の中で王国軍に包囲され、ソアラとディーノを守る為に投降した……その後、バランは捕まり、ソアラは城に連れ戻され、赤ん坊のディーノは船でどこぞ他国に流され……後は俺も見た通りで、現在に至る訳だ。

 

 話が終わったところで、最初に何をするかは決まった――2人の息子、ディーノを探す事だ。

 

「それで、ディーノ君がどこの国に流されたかとか……アテはあるのかい?」

 

 城内にいたであろうソアラに尋ねてみるが、ソアラは首を横に振る。

 

「……私、お城に連れ戻されてからはずっと自分の部屋に軟禁されていたから……」

 

「そうか……」

 

 バランの時は、警備に隙が出来て何とか抜け出せたんだな……。

 

「しかし……そうなると困ったなぁ。どこを探せばいいやら……」

 

「っ……例え、世界中を虱潰しにしてでも、ディーノは必ず探し出す!」

 

「バラン……」

 

 心意気は買うが……世界中を虱潰しなんて、現実的じゃない。何かほんの少しでも良いから手掛かりが欲しい所だ……。

 

「う~ん、困ったなぁ……困った……、困った?」

 

ピコンッ♪

 

「そうだッ!!」

 

「きゃっ!?」「ど、どうした!?」

 

 閃いて、思わず叫び立ち上がった俺に、バランとソアラが驚く。

 

「“困った時の占いババア”だ!!」

 

「「はあ?」」

 

 昔のとあるアニメに出て来るフレーズで、良い事を思い出した。

 

「テラン王国に、凄腕の占い師のお婆さんが居るんだ!その人に、ディーノ君の居所を占ってもらうんだよ!」

 

「し、しかし……占いなどで」

 

「そうバカにしたもんでもないぞ?俺がアルキード王国に行ったのだって、その人の占いで何かがあると言われたからだしな」

 

 そう、アルキード王国には確かに冒険があった。嫌な事もあったが、あそこへ行ったおかげで俺はバランとソアラに出会ったんだ。ナバラさんの占いの腕は信用できる。

 

「う、うむ、エイトがそこまで言うのなら……。確かに、今は何の手掛かりもない。闇雲に探すよりはマシか……。」

 

 バランは顎に手を当てて頷く。

 

「よし!それじゃあ明日、夜が明けたらテラン王国へ行こう」

 

 

 かくして俺達は、明日の朝、テランに向かう事に決めた――。

 

 

 

 

 

≪SIDE:ナバラ≫

 

 

「くあぁ~~……」

 

 日の出を前に欠伸をし、グッと腕を上げて身体を伸ばす。

 

 いつも通りの朝だ……多分、今日も昨日と同じ、閑古鳥が鳴く1日になるんだろうね。

 

 世界が平和になろうと、占いは“売れない”んだねぇ……。

 

「…………はぁ、何くだらない事考えてるんだろうね、あたしゃ……」

 

 思わず考えてしまった駄洒落を頭を振って追い出し、あたしは井戸に水を汲みに向かおうとした――その時。

 

ギュンッ!

 

「うわっ!?」

 

 突然、空から光の球が振って来た。

 

 これは……多分『ルーラ』だね。こんな朝っぱらから人騒がせな……。

 

 一体何処のどいつだ?そう思って光の球を睨んでいると、やがて光が消えて正体が現れる。

 

 そこにいたのは――

 

「あ、あんたは……!?」

 

「あ、ナバラさん!良かったぁ、起きてて」

 

 5日前にあたしの館を訪ねて来た、あの坊やだった……。

 

 しかも、他に鼻の下に髭を蓄えた20代後半と思しき男と、やたら気品のある顔立ちの若い娘も一緒だった。この2人、何か訳ありのカップルと見たね……。

 

 閑古鳥の鳴く1日かと思えば……騒がしくなりそうな気がするねぇ。

 

 

 

≪SIDE:OUT≫

 

 

「……一体何の用だい?こんな朝っぱらから」

 

 いきなりやって来た俺やバラン達を見て驚いていたナバラさんだったが、落ち着きを取り戻して聞いてきた。

 

「実は、ナバラさんにまた占ってもらいたい事ができたんです!」

 

「……何やら訳ありみたいだね。立ち話もなんだ、詳しくは中で聞くよ。家にお入り」

 

「ありがとうございます」

 

 そうして招かれるまま、俺達はナバラさんの店に入った――。

 

 

 

「それで?今日は何を占ってほしいんだい?」

 

「ああ、それは「エイト」――ん?バラン?」

 

 俺が説明しようとすると、バランが遮る様に声をかけてくる。

 

「その先は、私から話させてくれ。私達家族の事だ」

 

「ああ、そうだな。分かった」

 

 意図を理解し、俺は説明をバランに任せた。

 

 

 バランは、自分やソアラの正体は上手く隠して、他国に流された自分達の息子ディーノが今、何処にいるのか小さな手掛かりでも良いから占ってほしいと、ナバラさんに必死に訴えた――。

 

 

「……なるほどね、事情は分かったよ。どれ、水晶玉で占ってみよう。あんた達にも手伝ってもらうよ」

 

「私達も……?」

 

「何でも言って下さい!ディーノが見つかるのでしたら、何でもします!」

 

 怪訝な顔をするバランに対して、ソアラは必死に頷いた。

 

「なぁに、難しい事じゃないよ。あんた達は、あんた達の息子の事を想い、祈ればいいのさ。あたしはその想いを水晶玉に導き、あんた達の息子の居所を世界に問い掛ける……あんた達の想いが強ければ強いほど、息子の居所が捉えやすくなる。見つけたかったら、精々、懸命に祈る事だね」

 

「承知した」「分かりました!」

 

 バランとソアラは手を取り合い、目を閉じて祈り始める――その表情からは、必死な想いがヒシヒシと伝わってくる。

 

「うむ……」

 

 すると、ナバラさんも水晶玉に両手を翳して目を閉じ、意識を集中し始めた。

 

「……(ゴクリ)」

 

 部屋の中に緊迫した空気が漂い、俺は思わず息を飲む。

 

「むぅぅぅぅ……!」

 

 ナバラさんの水晶玉が輝き始めた――!

 

「……捉えた!」

 

「「「っ!!」」」

 

 待ち望んでいたナバラさんの言葉に、俺もバランもソアラも、身を乗り出して光る水晶玉を覗き込む。だが、俺達には水晶玉が光っている様にしか見えない……。

 

「ここから南西の方角……そこに、あんた達の息子はいる!」

 

「という事は……私達の息子は、ディーノは無事なのだな!?」

 

「ああ、生きていなけりゃこうして存在を捉える事は出来ないからね」

 

「ああ、神様……!」

 

 ソアラが目に涙を浮かべて、祈る様に両手を組む。うん、良かった良かった!

 

 しかし、テランから南西っていうと……ラインリバー大陸辺りか?

 

「ナバラさん、俺達にも見える様に映し出せますか?」

 

「ああ、やってみよう……」

 

 水晶玉の光が収まり、そこに映像が浮かび上がる――映し出されたのは、中央に高い山がそびえる島だった。かなり上空からの目線みたいだ。

 

「この島に、ディーノが……?」

 

「恐らく……」

 

 ソアラが不安げに尋ねると、ナバラさんが重々しく頷く。しかし、島か……南西にある島というと……。

 

「これは、デルムリン島だな」

 

「デルムリン島?」

 

「ああ、ラインリバー大陸の南洋に浮かぶ島さ。前に、ロモス王国に行った時に話を聞いた。確か……魔王の手下のモンスターが隠れ住む“怪物島”とか……」

 

「っ!?そ、そんな場所にディーノが……!!」

 

 あ、しまった!余計な事を言って、ソアラを不安がらせてしまった……!

 

「い、いや!今は魔王もいなくなってモンスターも大人しくなっている!そ、それにさっきナバラさんが言っただろ!?ディーノ君は生きている、生きているからこそ探し出せたんだって!だ、だから大丈夫さっ!」

 

 多分……。しかし、あそこには人間は1人も住んでいないって話も聞いたが……とりあえず、それは黙っておこう。

 

「で、ディーノは!?早くディーノの姿を映してくれっ!」

 

「わ、分かったっ!今やるからお離し!!」

 

「お、落ち着け!バラン!」

 

 不安と焦りからナバラさんの胸倉を掴み上げるバランを、何とか抑える。バランは恐ろしく力が強くて、抑えるのも一苦労だ!

 

「ゲホッ、ゲホッ!ふぅぅ~……焦る気持ちは分からないでもないけどね、あたしを締め上げてもしょうがないだろう!」

 

「す、すまない……」

 

 すぐに落ち着きを取り戻したバランがしゅんと項垂れる……。情緒不安定……早いところ、安心させてやらないとな。

 

「ナバラさん、とにかくディーノ君本人の姿を映してやってください」

 

「ああ、その方が良さそうだね。あたしの身の安全の為にも……」

 

「……本当に、すまない」

 

 項垂れ背中に影を背負い始めたバランを尻目に、ナバラさんは水晶玉を操り始める。

 

 さっきと映し出される光景が変わる――布に包まれ、揺り籠に寝かされた赤ん坊が、どこかの家の居間かどこかに寝かされている姿が、水晶玉に浮かび上がった。

 

「っ!ディーノ!」

 

「ディーノ!ああ、ディーノだわ!良かった……無事で……ぅ、ぅぅ……!」

 

「ソアラ……!」

 

「あなた……!」

 

 安堵から遂には泣き出してしまうソアラを、バランが優しく抱き寄せる。

 

 それにしても、この家は一体……?デルムリン島には人は住んでいないはずなのに……それに良く見てみると、今まで見てきた民家とは造りが違う様に思える。なんというか、土壁みたいな……。

 

「う~ん……ん?」

 

 水晶玉をじっと見つめていた俺の眼は、気になるものが映り込むのを捉えた。

 

 オレンジ色の身体……ダブついて垂れ下がった皮がローブの様に短い足を隠し、手には短い木の杖……こ、こいつは!?

 

「き、鬼面道士!?」

 

「なにっ!?」「えっ!?」

 

 息子の無事を喜んでいたバランとソアラが、思わず出てしまった俺の声に反応して振り返る。俺自身見間違いかと思ったが、そうではなかった……この特徴的な外見は鬼面道士だ。

 

 ディーノ君の側にモンスターが!と戦慄する俺達だったが、水晶玉の中で不思議な光景が展開され、呆然とする事になる――。

 

 なんと鬼面道士が揺り籠を優しく揺すり、モンスターとは思えない穏やかで優しげな表情でディーノ君を見つめているのだ。

 

「こ、これは一体……?」

 

「さ、さあ……?」

 

 バランの疑問に俺はそうとしか返せなかった。俺も聞きたいところだったからだ。

 

 暫く様子を見ていたが、鬼面道士は画面から立ち去るまでディーノ君の揺り籠を揺らし続け、危害を加える様な素振りは微塵も見せなかった――。

 

 流石に誰もが驚きを隠し切れなかった……。モンスターが家を作って生活し、人間の赤ん坊を拾って育てる……モンスターの常識を覆す光景だった。

 

「……と、とりあえず、ディーノ君は無事で、居所も分かったんだ。これから、デルムリン島に行ってみよう!」

 

「そうだな……ここでじっとしていてもしょうがない!」

 

「ええ、ディーノを保護してくれたあの鬼面道士さんに、お礼も言いたいもの」

 

 ソアラはディーノ君が無事で安心し、落ち着いたのか、既に現実を受け入れている。女は強いなぁ……。

 

 

 

「ナバラさん、ありがとうございました」

 

「息子を見つけてくれた事、感謝する」

 

「本当にありがとうございました、ナバラ様」

 

 俺達は店の外で、見送りに出て来たナバラさんに頭を下げた。さっきの光景から、危険はないと判断した為、こういう事をする余裕くらいはあるのだ。

 

「あたしはただ水晶玉で占っただけさ。赤ん坊を見つけられたのは、あんた達2人の“親の愛”があればこそ。さあ、早く会いに行っておやり。そして、もう2度と手放さない事だね」

 

「はい!」

 

「重ねて、礼を言う」

 

 深々と頭を下げるソアラとバラン。

 

「だが、ナバラさん。本当に見料はいいんですか?」

 

 今回の占い、ナバラさんは見料は要らないと言った……100ゴールドぐらい、ポンと払えるぐらいのゴールドは持っているんだが。

 

「要らないったら要らないよ。こんな空気で金を取れるほど、あたしゃ図太くないんだ。ほら!無駄話してないで、さっさとお行き!赤ん坊が待ってんだろっ!」

 

「わ、分かった、分かりました……!」

 

 ったく、素直じゃないお婆さんだなぁ。

 

「それじゃあ、バラン、ソアラ。行こうか」

 

「ああ!」「ええ!」

 

「それじゃあお世話様、ナバラさん!『ルーラ』!」

 

 俺とバランとソアラは、『ルーラ』で一路ロモス王国へ向かう。そこから『トベルーラ』でデルムリン島を目指す――。

 

 

 




9/9 誤字修正しました。


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第7話『モンスターの島『デルムリン島』!!の巻』

 

 

 

≪SIDE:鬼面道士ブラス≫

 

 

「ずずぅ~……はぁ」

 

 平和な昼下がり――わしはお茶を飲みながら、のんびりしておった。隣りには、数日前にこのデルムリン島に流れ着いた赤ん坊『ダイ』が気持ち良さそうに眠っておる。

 

「すぅ……くぅ……」

 

「ふふふ、可愛い寝顔じゃ」

 

 この子を拾った時は、驚いたものじゃ……。

 

 数日前、島を嵐が通り過ぎ、わしは見回りを兼ねて海岸を歩いておった。すると、船の残骸と思しき木片が多数流れ着いているのに気付いた。きっと、この島に程近い海域を航海中にあの嵐に遭遇して難破してしまったのじゃろう。

 

 そして、海の方を見た時……1艘の小舟が流れて来るのを見つけたのじゃ。よく目を凝らして見れば、そこには1人の赤ん坊が乗せられておった。

 

 わしは急いで海岸に走り、流れ着いた小舟から赤ん坊を抱き上げた。大嵐に遭って衰弱しておるか心配したが、抱き上げた赤ん坊は目を覚まし、わしを見るや無邪気な笑顔を浮かべたのじゃ。その笑顔に、わしも思わず顔が綻んでおった。

 

 そして、その赤ん坊を家に連れ帰り、こうして面倒を見る事に決めた。誰よりも正しい心を持った大人に育てようと心に誓って……。

 

 わしは魔王ハドラーが世界を脅かしていた頃、魔王の邪悪な意志に操られ、多くの人間を苦しめてしまった。3年前、勇者様によって魔王ハドラーが打ち倒され、その邪悪な意志から解放されて後、魔王の手下として幾らかのモンスターを束ねていたわしは、そのモンスター達を連れてこの島に隠れ潜んだ。

 

 もう2度と、人間達を脅かさずに生きていく為に……。

 

 そんなわしの下に、あの子が流れ着いてきたのも、もしかすると神の思し召しなのかも知れん。

 

 わしはこの子に、『ダイ』と名付けた。揺り籠に、恐らくはこの子の名前が書かれていたプレートがあったんじゃが……最初の頭文字『D』の部分以外が削れてしまっていて、本名は分からなんだ。じゃから、わしはせめて頭文字だけでも同じ名前が良いじゃろうと、この子に『DAI(ダイ)』と名付けた。

 

 その方がこの世界の何処かに居るであろうダイのご両親も喜ぶじゃろうと思ったのじゃ……まあ、気休めかもしれんが。

 

「ダイよ、元気に大きくなるんじゃぞ?お前をこの世界に産んでくれた、ご両親の為にもな」

 

 良く寝ているダイを起こさない様に、しかし、言い聞かせる様にわしが声をかけた――その時。

 

『キー!キィー!!』

 

「っ!?」

 

 家の窓から、ドラキーが泡を喰って飛び込んできおった。

 

「な、なんじゃドラキー!?静かにせんか……!ダイが起きてしまうじゃないか……!?」

 

 眠るダイを気にしつつ、ドラキーに何があったのかを訪ねる。これだけ慌てておるのは、只事ではないはずじゃ。

 

『キー……!キィーキキー……!』

 

「何ぃ……!?『人間が空を飛んで来た』じゃと……!?」

 

 ドラキーの話では、海岸近くの森の上を飛んでいた時、海の向こうの空から人間の男2人と女1人が空を飛んでやって来たという……。

 

 翼を持たない人間が空を飛んだという事は、恐らく飛翔呪文『トベルーラ』じゃろう。しかし、あれは瞬間移動呪文『ルーラ』の派生呪文でかなり高度な呪文……扱える人間自体、今や大分少なくなったと聞いておる。

 

 このデルムリン島は南海の孤島……1番近いラインリバー大陸ですら相当の距離があるというのに、それを『トベルーラ』で空からやって来るとは……只者ではない!

 

「しかし……何故、今更人間がこの島に……?」

 

 魔王が倒れてからこの3年間、人間達はこの島を“怪物島”と恐れ、今まで人間がやって来た事など無かったというのに……。

 

「ドラキー、島の者達にその人間達に決して手出しをしてはならんと伝えるのじゃ!その人間達には、わしが出て行って話を聞く!」

 

『キー!』

 

 ドラキーが再び窓から飛んで行った。

 

「さて、わしもグズグズしてはおれん!話して分かる相手なら良いんじゃが……」

 

 今までのわしらモンスターと人間の敵対関係を思い、やや不安はあったが、わしは意を決して海岸へと向かった――。

 

 

 

≪SIDE:OUT≫

 

 

「へぇ~、良い所だなぁ」

 

 ロモスから『トベルーラ』で空を行く事、約30分――俺達・バラン・ソアラの3人はデルムリン島に到着した。

 

 白い砂浜、青い海、高い山に森……自然豊かでやや暑いぐらいの気温、吹き抜ける爽やかな風――楽園かっ!?

 

「ここに、ディーノが……!」

 

「ディーノ……!」

 

 バランは今にも走り出しそうな程、焦れている。ソアラも同じく、心配そうな表情で辺りを見回している……。

 

「2人とも、ディーノ君が心配なのはわかるが、焦るなよ?先ずは、あのやたら穏やかな顔をした鬼面道士を探して、話し合いだぞ?」

 

 いきなり襲いかかったり、ディーノ君を取り返そうとしたりしたら、敵と見なされて戦わなければならなくなりかねない。今や大人しく暮らしているモンスターを、わざわざ殺す事はない。勿論、向こうから襲いかかって来たら話は別だが……。

 

「わ、分かっている……!さあ、早くあの鬼面道士を探しに行こう!」

 

 本当に分かっているのか?バラン……そんな汗かいて、絶対暑さでかいた汗じゃない。果てしなく不安だ……バランが暴走したら、俺の力じゃあ止め切れないんだぞ?

 

 俺は不安に胃が痛くなる思いを抱えながら、砂浜から歩き出そうとした。だが――

 

「お前さん達か、空を飛んでやって来たという人間達は……?」

 

 森の方から声が聞こえ、そちらに振り返る。すると、森の中から鬼面道士が姿を現した――水晶玉に映っていた、あの鬼面道士だ。

 

「一体このデルムリン島に何しに来た?わしらモンスターを倒しに来たのか?わしらはただ、この島で静かに暮らしたいだけなのじゃ……決して人間達に迷惑は掛けん。もし、敵対する意志がないのなら、何もせずに島を出て行ってはくれんか?」

 

 警戒心を露わにして尋ねてくる鬼面道士……だが、こうして話し掛けてくるという事は、理性はちゃんとあるはず……。

 

「……(バラン、ソアラ、ここは俺に任せてくれ)」

 

 俺は今にも飛び出しそうな2人に目配せをし、2人が頷くのを確認してから、鬼面道士に向き合う。

 

「鬼面道士さん、聞いてくれ。俺達は、あんた達を傷付けに来た訳じゃないんだ」

 

「……では、何をしに?ここはわしらモンスターが暮らす以外、何もない島じゃぞ」

 

「この島に、人間の赤ん坊がいるはずだ……」

 

「っ!?な、何故それを……!?」

 

「やはりいるんだな!?」

 

 抑えていたバランが、身を乗り出して叫ぶ様に言う。

 

「待てバラン!落ち着くんだ!」

 

「しかし!ディーノが、ディーノがすぐ近くにいるんだ!!」

 

「分かってる!今からそれを話すんだ!もう少しだけ我慢しろ!!」

 

「ディーノ……?」

 

 必死にバランを抑えていると、鬼面道士の怪訝な声が聞こえた。

 

 俺は振り返り、事情を説明する――。

 

「あんたが保護してくれた赤ん坊の名前だ。そして、この2人はその子の両親なんだ」

 

「な、なんとっ!?」

 

 

 事情を理解してくれた鬼面道士のブラスさんは、俺達を快く家へ案内してくれた――。

 

 そして、バランとソアラは生き別れた息子のディーノ君と感動の再会を果たす……。

 

 

「ディーノっ!!」

 

 真っ先にディーノ君を抱き締めたのはソアラだった。嬉し涙を流し、ディーノ君に頬を擦りつける。

 

「ああ、ディーノ……!良かった、本当に良かったぁ……!」

 

「ディーノ……!」

 

 バランも2人の側で涙を止めどなく流しながら、再会を喜んだ。

 

「「ぐすっ……!ん?」」

 

 バラン達の心暖まる光景に鼻をすすっていると、横からも同じ様な音が聞こえた。振り向くと、ブラスさんと目が合う――涙目……どうやらブラスさんもうるっときたらしい。

 

 

 そうして感動の再会がひとしきり落ち着いたところで、俺達はブラスさんに全ての経緯を話した。

 

 バランとソアラの事……、ディーノ君が生まれ、生き別れになった訳……、俺が2人を連れ出してからデルムリン島を探り当てて、ここに来る事になった理由……。

 

 

「なるほど、そういう事情でしたか……。お2人とも、随分と辛い目に遭われたのですなぁ」

 

 全てを話し終えると、ブラスさんは心痛の表情でそう言った……。

 

 本当に、モンスターとは思えない穏やかさだ。鬼面道士と言えば、『ベホイミ』で回復するわ『メダパニ』で混乱させてくるわ、嫌らしいモンスターのはずなのに……。

 

 ブラスさんは、下手な人間よりずっと気持ちのいい心の持ち主だ。少なくとも、あのアルキード王国の連中とは比べ物にならない。情けない生き物だよなぁ、人間って……。

 

「バラン殿、ソアラ殿……わしは1つ、あなた方に謝らなければならない事がありますじゃ」

 

「謝らなければならない事?」

 

 バランが尋ねる様に繰り返す。

 

「……わしは、その子に、ディーノ君に勝手に別の名前を付けて呼んでいたんですじゃ。ディーノという立派な名前があったというのに……誠に申し訳ない」

 

「……」

 

 俺は思わず唖然とした。何を言い出すかと思えば……そんな事を謝って頭を下げるとは。本当にモンスターだよな?この方……鬼面道士に化けた聖人とかじゃないよな?

 

「謝らなければならない、等と言われるから何事かと思えば……ブラス殿、どうか頭を上げてほしい。何も謝る事などないのだから」

 

「そうですわ。感謝こそすれ、恨む気持ちなんて少しもありません。そうだわ!よろしければ、ブラス様がこの子に付けてくださったお名前をお聞かせ頂けませんか?」

 

「その子の揺り籠に付いたプレートの『D』の文字を取って『DAI(ダイ)』と名付けました……」

 

「まあ、素敵な名前だわ!ねえ、あなた」

 

「ああ、実に良い名だ」

 

 ブラスさんのネーミングセンスを褒めたたえるソアラとバラン……。だが、俺は2人を尻目に違う事を考えていた。

 

 “ダイ”……ブラスさんは確かにそう言った。

 

 かつて俺がこの世界に転生する事を告げられた時、案内人さんはこの世界を――漫画『ダイの大冒険』に酷似した世界――そう教えてくれた。だとすると、今、ソアラの腕に抱かれている赤ん坊が漫画の主人公……つまり、未来の勇者という事なのだろうか?

 

 まさか、こんな形で主人公に出会う事になるとは夢にも思わなかったな……。

 

「エイト、どうかしたのか?」

 

「え!?」

 

 声を掛けられ我に帰ると、バランがこっちを見ていた。

 

「先程から、ディーノの事をじっと見つめていたようだが?」

 

「あ、ああ、いや!ディーノ君、気持ち良さそうに寝てるなぁって思って、つい……!」

 

「ああ、確かにそうだな。よく眠っている……やはり、ソアラの腕に抱かれているのが、1番安らぐ様だ」

 

 バランがディーノ君に視線を移し、穏やかな笑みを浮かべる。ふぅ、何とか誤魔化せたか……。

 

 ディーノ君が大きくなったら勇者になって大冒険をするかもしれない――なんて、バランやソアラにはとても言えない。それに、今からそんな先の事考えて悩んでもしょうがないしな。

 

 それよりも、今は目先の事――バラン達の今後の方が重要だ。家族3人、安心して平和に暮らしていける場所が必要だよなぁ……。

 

 う~ん……あっ、あるじゃん。

 

「なあ?バラン、ソアラ」

 

「む?」

 

「何ですか?エイトさん」

 

 ディーノ君から俺に振り向く2人。俺は2人にアイディアを明かした。

 

「あんたら、ここに住んだらどうだ?」

 

「「え……?」」

 

 俺のアイディアに、2人がきょとんとする。

 

「ここならアルキード王国の連中もさすがに追ってこれないだろうし、ブラスさんもいるから島のモンスター達も襲ってはこないだろう?それに暖かくて自然も豊かで、良い環境だ。ここならディーノ君も伸び伸び大きくなれそうじゃないか!」

 

「……確かに、それはそうだが……」

 

「私達が良くても……」

 

 そう言って2人が視線を向けるのは、この島の長老的存在のブラスさん――なるほど、迷惑が掛かるんじゃないかって事だな。

 

「ブラスさん、どうかな?さっき話した通り、バラン達には行く所が無いんだ。この島に住まわせてやってくれないか?」

 

「いや、こんな辺境の何もない島でよろしければ、わしは一向に構いませんが……」

 

「……本当に、いいのか?私達が、この島で暮らしても……」

 

 バランが恐る恐るといった風に尋ねると、ブラスさんはニッコリと笑って頷いた。あ、歯欠けてる。

 

「勿論。わしとしてもダイ……あいやいや、ディーノ君とこれでお別れというのは、少々、寂しいと思っておりました。うむ、わしからもお願いします!是非、この島に居て下され!」

 

「ブラス殿……!ありがとう……ありがとう!」

 

 バランは泣いた……泣きながら、何度もブラスさんに礼を言った。

 

 想像でしかないが、バランはきっと、人間に追放された事が実はショックだったんだと思う。『竜の騎士』は人間ではないらしいが、心は人間だったんだ。

 

 だからこそ、人間を生かす為に命をかけて冥竜王なんて強敵と戦った……人間こそ、守らなければならない存在だと信じて。

 

 しかし、その想いは裏切られた……。

 

 人間は彼の心を知らず、ただ恐れて迫害するばかり……1人でそうなったらまだマシだった。1度は受け入れられ、愛を知り、その上で裏切られたからこそ、バランの心に深く大きな傷を残したんだと思う。

 

 今やバランの心の拠り所は、生まれて初めて愛し、また自分を愛してくれた女性であるソアラと、彼女との間に生まれた愛する息子のディーノ君……たった2人の家族だけだった。

 

 バランはきっと、心のどこかで恐れていたんじゃないだろうか?また拒絶されるのではないか……裏切られるのではないか、と。

 

 だから、ブラスさんが快く受け入れてくれた事が、一層嬉しかったんじゃないだろうか……俺は、そう思う。

 

 

 まあ、そんな憶測の話はともかく……バラン達をアルキード王国から連れ出して良かった、それは間違いなさそうだ。

 

 だったら、俺はそれで良い――それだけで充分だ。

 

 

 こうしてバランとソアラ、そしてディーノ君はこのままデルムリン島で、家族揃って暮らしていく事に決まった――。

 

 

 



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第8話『冒険再開!幻のパデキアを探せ!!!の巻』

 

 

 

「それじゃあな、皆」

 

 デルムリン島の海岸――荷物が入ったバックを下げた俺はそこで振り返り、見送りに来てくれたバランにソアラ、ソアラに抱かれたディーノ君、そして島の長老である鬼面道士ブラスさんに別れを告げる。

 

 バラン達とこの島に来てから3ヶ月が過ぎた今日、俺は再び冒険の旅に出る事にした――。

 

「本当に……行ってしまうのか?エイト……」

 

 寂しげな顔でそう尋ねてきたのはバラン。この3ヶ月、俺はバランとは確かな友情を交わす間柄になった……。

 

「ああ……。バラン達もこの島の生活に大分慣れてきたし、そろそろ俺は俺の生き方に戻ろうと思うんだ」

 

 バラン達がこの島で暮らす事に決まって、俺は彼らの生活の為の家造りや畑作りを手伝い、見返りという訳でもないがバランから剣術と闘気の扱いの手ほどきを受けた。

 

 おかげで、たった3ヶ月で俺もそこそこレベルアップした――現在の俺のステータスはこうだ。

 

 

―――――――

エイト

性別:男

レベル:42

―――――――――――

E竜神王の剣(攻+137)

E鉄の胸当て(守+23)

E鉄兜(守+16)

E布の外套(守+4)

―――――――――――

力:132

素早さ:126

身の守り:71

賢さ:175

攻撃力:294

守備力:114

最大HP:429

最大MP:198

Ex:679644

――――――――――――――――――――――――――

剣スキル:66  『ブレイドスター』(剣 攻+25)

槍スキル:18  『槍の達人』(槍 攻+10)

ブーメラン:16  『シューター』(ブーメラン 攻+5)

格闘スキル:24  『黒帯格闘家』(素手 攻+5)

冒険心:82  『英雄の心』(消費MP3/4)

――――――――――――――――――――――――――

エイト

HP:429

MP:198

Lv:42

――――――――――――

ホイミ ベホイミ

ベホマ ベホマズン

キアリー キアリク

リレミト ルーラ

トベルーラ トヘロス

ザオラル ギラ

ベギラマ ベギラゴン

マホトーン イオ

メガンテ

ドラゴン斬り 火炎斬り

メタル斬り 隼斬り

疾風突き 一閃突き

クロスカッター 大防御

石つぶて 正拳突き

闘気弾 闘気砲

――――――――――――

 

 

 新しく覚えた『闘気弾』『闘気砲』という技は、バランから習った闘気の扱いを覚える過程で習得した。『闘気弾』は闘気の塊を相手にぶつける技、『闘気砲』は高めた闘気を相手に放つ技――所謂“かめ○め波”だ。

 

 更に、実力上位のバランとの実戦稽古は俺に大きな経験値をもたらし、3ヶ月の修行でレベルが2も上がった。やっぱり俺は実戦か、実戦に近い戦いで無ければ満足な経験値を得られないらしい。

 

 だからという訳ではないが、俺は更なる冒険を求めて、また世界を巡ろうと思い立った。1度は世界中を回ったが、またどこかで新しい出会いや出来事があるかも知れない。その“かも知れない”があるだけ、この世界は俺にとって楽しい世界だ。

 

「バラン、ソアラ、ブラスさん……皆、元気で。時々、顔を見に来るからさ」

 

「……ああ。いつでも訪ねて来てくれ。エイトならば、いつでも歓迎する」

 

「ありがとう、バラン」

 

 頷き合って、別れの握手を交わす。これは、再会の約束でもある。

 

「そうよ、エイトさん。あなたは、私やバランの恩人……あなたのおかげで、ディーノにも再会できたし、こうして家族3人で平和に暮らせるんだもの」

 

「ソアラ、今更そんな水臭い事を言うなよ。俺達は友達だろう?元気でな」

 

 ソアラとも握手を交わす。

 

「だぅ、だあ」

 

「ははは、“ダイ”も元気でな。逞しく育つんだぞ?」

 

「きゃう~っ♪」

 

 ソアラの腕に抱かれたディーノの小さな手とも握手を交わす。俺が『ダイ』と呼んだのは、ソアラの提案で――折角ブラスさんが付けてくれた良い名前だから、本名は『ディーノ』で、『ダイ』は愛称にしよう――と決まったからだ。

 

 ディーノの綴りは『DINO』と書き、地球では『ダイノ』とも読めるから、俺もその提案を後押しした。ちなみに、ディーノはアルキードの古い言葉で“強き竜”という意味だそうな。

 

 で、そうと決まってからはバランやソアラはディーノと呼び、俺やブラスさんはダイと呼ぶ。ダイ本人は、どっちの名前も気に入っているのか、呼ばれると嬉しそうに手足をバタつかせてはしゃぐ。

 

「ブラスさんも元気で」

 

「エイト君も達者でな。バラン殿も言ったが、気が向いたらいつでもこの島に来ておくれ。わしも“島の者達”も、歓迎するからのう」

 

「ああ、ありがとう。皆にもよろしく」

 

 ブラスさんが言った“島の者達”というのは、この島に暮らすモンスター達の事だ。この島のモンスター達は、ブラスさんを初め、全員例外なく温厚で友好的だ。他の土地では、暴れてこそいないがモンスターによる怪我人が出る事は少なからずある――要は、地球の野生動物と同じはずなんだが……この島ではそんな傾向は皆無……。不思議な島だ、ここは……。

 

「じゃあ、そろそろ行くよ。バイバイ、皆!」

 

 俺は『トベルーラ』で空に上がり、デルムリン島を後にした――。

 

 

 

「さて、どこに行こうかなぁ……」

 

 10分程の飛行でラインリバー大陸の南端に1度降り立った俺は、腕組みをして考える。実は島を出たは良いが、どこに行くかは全然考えていなかったのだ。

 

「う~ん……」

 

 地べたに座り込んで、世界地図を広げてみる。

 

 今、俺がいるのはラインリバー大陸――ロモス王国が治める大陸だ。ここにあるものと言ったら……。

 

「……あ、そうだ!ネイル村があったな」

 

 あそこには、アバンさんの仲間のロカさんとレイラさんが暮らしていたはず……久しぶりに会いに行ってみるのも悪くない。

 

「よし!行くか!」

 

 とりあえず目的地が決まり、俺は地図をしまって歩き出した。

 

 

 ネイル村には1度行った事があるし、何となく方角は分かるから歩いても楽勝で着けるだろう――その時はそう思っていた。

 

 だが……

 

 

「う~ん、迷った……」

 

 旅慣れて森を侮った俺は、ものの見事に道に迷った……方角は分かっても、どちらに行けばネイル村なのかが分からなくなってしまったのだ。

 

「はぁ、仕方ない……『トベルーラ』で飛んで行こう」

 

 『ルーラ』で一気に行かないのは、我ながら詰まらない意地だ……。

 

 

 結局、ネイル村に着いたのはその日の夕方だった――。

 

 

 

 

「ごめんくださーい!」

 

 以前訪ねたロカさんとレイラさんの家――そのドアをノックをする。

 

『はーい!どなたですかぁ?』

 

 家の中から女性の声が返ってきた。

 

 この声はよく覚えている――レイラさんの声だ。

 

「その声はレイラさんですねっ。俺です、エイトです」

 

『まあ、エイト君っ!?』

 

 声の後にすぐドアが開き、中からレイラさんが顔を出す。

 

「まあまあ!本当にエイト君だわ!よく来てくれたわね!」

 

「ご無沙汰してます、レイラさん。お元気そうで何より……ん?」

 

 そこで俺はふと違和感を覚えた。何だかレイラさん、前に会った時より痩せた様な……。

 

「レイラさん、失礼かも知れませんが……痩せました?」

 

「あ……ええ、そうかも知れないわね」

 

 そう言って影のある笑みを浮かべるレイラさん。何かあったんだろうか?

 

「あれ?ロカさんは……?」

 

 前に来た時は、家の奥から走って来たのに、今日は全くその気配がない。

 

「……実は、主人は今、病気で寝込んでいるの」

 

「ええっ!?あのロカさんが病気ッ!?」

 

 信じられん……あの殺しても死ななそうなぐらい元気だったロカさんが、病の床に伏せっているなんて……。

 

 いや、そのロカさんが寝込む程の病気だ……それだけ重いのかも知れない。

 

「……それで、具合は?一体、何て言う病気なんですかっ?」

 

「……分からないの。最初は発熱と咳があったから、ただの風邪だと思ったのだけど、薬は効かないし、いつまで経っても良くならなくて……もう3ヶ月も寝込んでいるわ」

 

「3ヶ月も……!?」

 

 いよいよ只事じゃないな。幾らなんでも3ヶ月も長引く風邪なんてある訳が無い。

 

「あ、ごめんなさい!折角、訪ねて来てくれたのに立たせっぱなしで……ちょうど夕食にするところだったの。エイト君も良ければ一緒にいかが?」

 

「えっ?あ、いや、そんな!悪いですよ!腹だってそんなに減ってませんし――」

 

グウゥ~~……

 

「…………」

 

「うふふ、遠慮しないで。さあ、どうぞ」

 

「は、はい、お邪魔します……」

 

 く、クソォ!なんで狙った様なタイミングで鳴るんだ!?俺の腹は!!しかもこんな時に!!

 

 結局、俺はレイラさんに誘われるまま、家にお邪魔する事になった……。

 

 

「おぉ、エイト……よく来たなぁ……ゴホッ!ゴホッ!」

 

「ロカさん!無理に喋らないで下さい!」

 

 夕メシをご馳走になる前に、ロカさんに挨拶とお見舞いをと思って、レイラさんに部屋に案内してもらったんだが……咳込むロカさんを押し止めながら、俺は内心動揺していた。

 

 以前会った時は元気溌剌・筋骨隆々としていたロカさんが、すっかり痩せこけ、目の下には隈が浮き、顔色は真っ青……少し小突いただけで死んでしまいそうな程、弱々しい姿になってしまっている……。

 

「ゴホッ!ゲホッ!はぁ、はぁ……す、すまねぇな、みっともないトコ……見せちまって……」

 

「だから無理に喋らないでくださいって!!頼みますからッ!!」

 

「……すまねぇ」

 

 ロカさんはぽつりと呟くと、布団を被って黙り込んだ。

 

 これ以上、ここにいてもロカさんの身体に障る。俺はレイラさんと一緒に部屋を出た……。

 

 

「母さん、お皿はこび終わったよ!」

 

「あら、ありがとう。マァム」

 

 居間に行くと、ピンクの髪をした小さな女の子がいた。

 

「……そのお兄さん、誰?」

 

 女の子は俺を見とめると、首を傾げる。

 

 マァム……そうか、思い出した。前に訪ねた時に会わせてもらったあの赤ん坊だ。大きくなったなぁ……。

 

「初めまして、マァム。俺はエイト、君のお母さんとお父さんの……まあ、お友達かな?」

 

「そうなんだ!はじめまして!あたし、マァムです!」

 

 元気に挨拶と自己紹介を返してくるマァム。うんうん、元気で礼儀正しくて何より結構。

 

「さあさあ、マァムもエイト君も座って。お食事にしましょう」

 

「は~い!」

 

「すいません、ご馳走になります……」

 

 

 

 気持ちに遠慮があったが、俺は夕メシをご馳走になった。勧められるままに、シチューを2杯もおかわりしてしまった……。

 

 

 

「レイラさん……何か、ロカさんを治す手立てはないんですか?」

 

 夕メシの後片付けをするレイラさんに向かって、俺は質問を投げかける。ちなみに、マァムは夜遅いのでもう部屋に引っ込んだ。

 

「……私も、僧侶として培った知識から様々な薬草を調合してみたのだけれど……どれも効果はなかったわ」

 

「そこらにある様な薬草じゃ駄目って事か……」

 

 勇者(アバンさん)のパーティーにいたぐらいだ。レイラさんはそんじょそこらの僧侶とは色んな意味でレベルが違うはず……。

 

 そんな卓越した僧侶だったレイラさんの手に余る病気となると、俺にはどうする事も……。

 

 いや、諦めるのはまだ早い。考えるんだ。

 

 何か、何かないのか……。

 

「……そうだ!レイラさん、『パデキア』の根っこは試しましたか?」

 

 ドラクエ4で、旅の途中に難病に掛かった神官クリフトを治療した万病に効くというパデキア――確か、この世界にもあったはずだ。

 

「それは、私も考えたわ……。確かにパデキアの根は万病に効くとされているけれど、それはあくまでパデキアの“原種”の話……今のパデキアにそこまでの効能は望めないわ」

 

「原種?」

 

「今、世界の市場に出回っているパデキアは、大昔のカール王国に仕えていた薬学士様が品種改良して誕生した品種なの。栽培のしやすさと、成長の早さを高める事で、一般の人々にも手に入りやすくなる様にと……」

 

「へえ~」

 

 それは知らなかった。俺がパデキアの存在を知ったのは、パプニカ王国で読んだ一般的な薬草とその効能についての本で、品種云々までは書かれていなかったからな。

 

「だが……その原種なら、ロカさんの病気も治るんでしょう?」

 

「確証はないけど……可能性は高いと思うわ。でも……」

 

「……でも?」

 

「パデキアの原種は、もう何年も前に絶滅したと言われているの……。例え残っているとしても、どこにあるのか見当も付かないわ」

 

「……むぅ」

 

 そうだったのか……いや、考えてみれば当たり前か。

 

 レイラさんは元とはいえ本職の僧侶……この世界における医療のプロだ。俺なんかより、薬草や薬については遥かに精通している。パデキアの事を考えないはずがない。

 

 僅かな可能性に懸けようにも、幼いマァムと病床のロカさんを置いて旅立つ訳にもいかない……。

 

 だが、俺なら……。

 

「……よし、決めた」

 

「え……?」

 

「レイラさん、俺がその原種のパデキアを探して来ます!」

 

「え、エイト君!?」

 

 戸惑うレイラさん。だが、俺は決意を持ってレイラさんと向き合う。

 

「もうパデキア以外にロカさんの病気を治せる可能性はない。だったら、レイラさんの代わりに俺が探しますよ!」

 

 もうロカさんを救うにはそれしか方法がない。可能性がどれだけ0に近くても、0じゃない限り懸けてみる価値はある。

 

「で、でも、さっきも言ったけれど、全くアテはないのよ!?」

 

「大丈夫!俺に考えがあります!任せて下さい!」

 

 善は急げ――俺は立ち上がり、外に出る。

 

「あっ!エイト君!待ってっ!!」

 

「『ルーラ』!!」

 

 レイラさんの引き止める声を無視して、俺は『ルーラ』で飛び立った。

 

 

 先ず目指すは、テラン王国だ――。

 

 

 



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第9話『パデキア発見!!ロカの元へ急げ!!!の巻』

 

 

 

 

「――という訳なんですよ!ナバラさん!」

 

「何が『という訳なんですよ!』だいッ!こんな時間に押し掛けて来やがってッ!!」

 

 テラン王国は占い師ナバラの館――俺はネイル村から『ルーラ』ですっ飛び、ナバラさんを訪ねていた。

 

 これが俺のアテ――『困った時の占いババア』だ!

 

「店仕舞い直前に来たのは悪かったと思ってますが、人の命が懸かってるんです!パデキアの原種の在り処を占って下さい!今すぐッ!」

 

「はぁぁ……厄介なお得意さんが出来ちまったもんだよ……ちょっと待っといで」

 

 深々と溜め息を吐きつつ、ナバラさんは奥へ引っ込んで行った。何だかんだ言って占ってくれるらしい。

 

 

 そして、用意されたのは前にもやった『古代占布術』の台と燭台――

 

「前にもやったから、説明は要らないね?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 

 そして、占い開始――

 

 

 

「…………」

 

 ナバラさんが布の焦げ跡を見つめる……。

 

「……“オーザム”と出ているね」

 

 オーザム……マルノーラ大陸の雪の国か。ドラクエ4のパデキアも、確か氷の洞窟の奥にあった……もしかしたら!

 

「そこにパデキアが……!?」

 

「さぁね、とにかく占いではそう出た。あるかないかは、行ってみりゃ分かるんじゃないかい?」

 

「そうしますッ!」

 

 オーザムなら、1度行っているから『ルーラ』でひとっ飛びだ!

 

「ありがとう、ナバラさん!お代はこれで!失礼しますっ!!」

 

 俺は前と同じく100ゴールドをテーブルの上に置き、外に飛び出し――

 

「『ルーラ』ッ!!」

 

 お馴染みの瞬間移動呪文で、オーザムに向かった――。

 

 

 

≪SIDE:ナバラ≫

 

 

「やれやれ、忙しない坊やだね全く……」

 

 外に出てみたが、もう坊やの姿はなかった。

 

 突然来て「占え!」と言ったかと思えば、占いの結果を聞くやすっ飛んで行っちまうとは……そんなに大事な人が死にかけているのかねぇ?

 

「まあ、精々頑張りな、坊や……」

 

 

 奇妙なお得意さんに、あたしは聞こえないと分かりつつ応援を送り、今度こそ店仕舞いを――

 

「……戻って来やしないだろうね?」

 

 もしやと思って辺りを見渡したが、その気配はなかった……。

 

 

 

≪SIDE:OUT≫

 

 

 

「着いた!って寒ッッ!?」

 

 『ルーラ』でオーザムにあっという間に到着したは良かったが、慌てて防寒着を着るのを忘れていた俺は、マルノーラ大陸の吹く寒風に身体を震わせる。

 

「ぐおぉぉ~~……し、死ぬッ!!」

 

 俺はとりあえず“ふくろ”から防寒着を引き摺り出し、素早く着込んだ。

 

――――――――――――

E竜神王の剣(攻+137)

E毛皮のコート(守+22)

E毛皮の帽子(守+10)

E毛皮のマント(守+18)

――――――――――――

 

 

「ふぅ、危なかった……」

 

 大袈裟に思うだろうが、オーザムの夜はちゃんと着込まないと本当に死ねるのだ!

 

「はっ……ハックシッ!!ブルルゥ~……は、早いトコ、酒場にでも入って情報を集めよう……!」

 

 ジッとしていたら、本当に死ぬ……!俺は、その場から駆け出した――。

 

 

 その後、俺は酒場で店主や酒を食らう客達からパデキアの情報を尋ねて回った。

 

 そこで、耳よりな情報を入手する――数年前、とある薬師が「どんな病も治せる薬を作る」とオーザム北の山の洞窟に研究所を構えたというのだ。

 

 ただ、気になる事も1つ……その薬師、以前は調合した薬や薬草を道具屋に卸しに来ていたが、どうも1年程前から、姿を現さなくなったらしい。

 

 研究に没頭しているんじゃないか……、野垂れ死んだんじゃないか……、色々な噂が流れているが真相は不明だ。

 

 

 これは確かめるしかないだろう――俺は町の宿屋で1泊し、翌朝、北の山へ探索に向かう事にした。

 

 夜に雪山に入るのは危険だ……、ロカさんを救う前に俺が死んだら意味がない。

 

 

 

 そして、翌朝――

 

 

「よし!行くかっ!」

 

 カラリと晴れた空へ、俺は『トベルーラ』で跳び上がる。

 

 研究所の場所はおおよそしか分からなかったが、空を飛びながら隈無く探せば何とかなるだろう。

 

 

 俺は北の山に辿り着き、周囲を注意深く探りながら飛び回った……。

 

 

 しかし、雪で真白な山の斜面が見えにくいし、こんな極寒でも生い茂る木々や岩などの遮蔽物も多くて捜索は難航……まるで、どこかの狂人的科学者の秘密研究所を探すみたいだ。

 

「甘かったか……」

 

 何とかなるだろう、なんて軽く考えていたが、これは骨が折れる仕事だ。これでもし、洞窟の入口が雪や岩で塞がっていたら見つけようがないぞ……。

 

 まさか、『闘気弾』で吹っ飛ばす訳にもいかない……雪崩でも起きたら大事だからな。

 

 

 空を飛び飛び探し回る事、半日……。

 

 日が傾き、空が赤くなり始めた頃、俺は山の斜面にあった手頃な岩の上に腰掛けて途方に暮れた。

 

「まいったなぁ……」

 

 山中を飛び回ったというのに、それらしい洞窟が全然見つからない。こうしている間にも、ロカさんの命がどんどん擦り減っていっているというのに……!

 

「くそ……!」

 

 苛立って、つい腰掛けていた岩に拳を叩きつけてしまった。もどかしさに気持ちばかりが焦る……。

 

ビキビキビキ……

 

「ん?」

 

 下から何かにヒビが入る様な音が……。

 

バカッ!

 

「おわあっ!?」

 

 なんと座っていた岩が崩れ、俺は滑り落ち、盛大に尻を打った。

 

「痛ててて……!」

 

 痛む尻を擦りながら立ち上がって見ると、さっき俺が拳を叩きつけた所からヒビが入り、岩が崩れたのが分かった。苛立ちで力が思わず力が入ってしまったらしい……。考えて見れば俺も今やレベル42、力や格闘スキルもそこそこ上がっているからな……素手でもまあまあの攻撃力があるか。

 

 強くなったもんだ、前世じゃ少し走っただけでゼエ~ゼエ~肩で息をしていた俺が……。

 

「……って、自分に感心している場合じゃない。早く探さないと……ん?」

 

 1度赤い空を見上げたが、視界の端に一瞬気になるものが見えた気がして、もう1度視線を下ろす。

 

 砕けた岩の端に……隙間……?

 

「…………もしかして!?」

 

 岩の向こうに洞窟があるのかもしれない……!

 

「っ!『イオ』!!」

 

 威力を調節した『イオ』で、崩れた岩を吹き飛ばす。すると……予想通り、洞窟の入口が現れた。

 

「……フフ。俺も大概、運が良いな」

 

 まだ、探していた研究所の入口とは限らない。そう頭では分かっているが、俺はここが研究所の入口だと疑わなかった。例え、違っていたとしても……いや、やっぱりそれも困るが、こういう偶然に巡り合えた事自体は悪くない。

 

 とにかく、確かめてみよう――。

 

 俺は、松明代わりに『ギラ』を掌に留めて作り出し、洞窟へと足を踏み入れる。

 

「ふぅむ……とりあえず、空気は淀んでいないな。つまり、空気は通っているって事か……」

 

 『ギラ』の明かりで見える洞窟の内部は歩き易く、結構先まで続いていた。注意しながら奥へ奥へと進んでいく……。

 

「ん?」

 

 そうしてしばらく歩いていくと、目の前に木製のドアが姿を現した。

 

「これは……ビンゴか?」

 

 人が入っていなければ、洞窟にこんなものがある訳がないからな。

 

 

 俺はゆっくりとドアを開けて、中に入った――。

 

 

「大当たりだな」

 

 入ってすぐにそれが分かった。ドアを抜けると大きく開けた空間があり、本棚やテーブルが置かれ、資料と思しき本や大分前に枯れた鉢植えなんかもあって、ここは正しく俺が探していた行方不明の薬師の研究所だ。

 

 それに……行方不明だった薬師も、見つけた。

 

「……これじゃあ、姿を現すのは無理だよな……」

 

 薬師は死んでいた……テーブルの上に突っ伏す様な格好で……ボロになった服を着た白骨の姿で。

 

 近寄って見たところ、頭蓋骨の下に何やら本があり、文字が途中で切れていた。恐らく、研究の記録をしていた時に死んだらしい。

 

「……失礼しますよ」

 

 俺は死んだ薬師に1度手を合わせてから、その記録ノートを拝借――中を読んでみた。

 

「…………」

 

 ノートには、研究を始めた頃からその内容までが事細かに記録されていた。それによると、死んだ薬師は様々な薬草を配合・調合した新薬の開発と並行して、薬草の品種改良にも着手していたらしい。

 

 その中に、俺が求めていたパデキアについての記載もあった。薬師も俺と同じく、パデキアの原種を探し求めていた――あれは今のところ、万能薬に最も近い存在だったからだ。

 

 しかし、方々探し回ったが見つからず……そこで、現在のパデキアの更なる品種改良に、研究方針をシフトした。

 

 パデキアの効能を上げて原種に近い効能を持つ、新たなパデキアの開発――それに取り組むに当たって、薬師は『力の種』や『生命の木の実』などの、人間の肉体能力を向上させる種や木の実に目を付けた。

 

 僅かながらに能力をアップさせる種や木の実には、生物の細胞を活性化させる効果があり、その効果をパデキアに配合する事で、パデキアの薬効を増強しようと考えたのだ。

 

 種や木の実とパデキアの様々な配合実験の記録が、事細かに記されている。おおよそ9割方失敗に終わっている模様……。

 

 だが、ノートを捲っていくと、段々と配合実験が軌道に乗り始め、最後に近い頁には『実験成功』の記述があった――上手くパデキアの薬効を高める配合に成功したらしい。

 

 そこから更に、地道な品種改良が続けられ……遂には原種と同等か、それ以上の薬効を持つ新種パデキアの開発に成功したと記されていた。

 

 栽培方法は現在出回っているパデキアと同じで良く、しかも安定した成長をして、生物の免疫力を強く後押しし、どんな病でも治せるだろう、とノートには書かれている。

 

 その後は、数を増やす為に研究所の奥にある畑で栽培をしていたそうだが……どうやら、その記録を付けている途中で、薬師は突然死したらしい。最後の日付は、今から8ヶ月前となっていた……。

 

「……突発性の心筋梗塞か、それとも脳梗塞や脳出血でも起こしたか……いずれにせよ、医者の不養生とは皮肉なもんだ」

 

 どんな病も治せる薬を作ろうとした人物が、自ら病に倒れ、命を落とす……やっぱり、皮肉としか言いようがないだろう。

 

 だが、今は死んだ薬師に同情している場合じゃない。ロカさんやレイラさんが待っているんだ!

 

「名前も知らない薬師さん、すまんがあんたが遺した研究成果……使わせてもらいます」

 

 一言断りを入れてから、俺はノートを持ち、研究室の奥へ向かう。

 

 ドアを開けて進むと、また開けた空間に出る。天井に穴が開いており、そこから太陽の光が入り、その下に草ボウボウの畑があった。

 

 しかも、畑があるこの空間は、不思議と暖かい……まるで温室の様だ。

 

「……なるほど、これは地熱か」

 

 足下から暖かいので、もしやと思い、地面に手を当ててみると俺の予想が当たっていた事が分かる。

 

 地面はまるで床暖房の様に温かった。それに、よく周りを見渡すと、湯気を上げている水溜まり――温泉が涌き出る泉もある。恐らく、ここは火山に近い場所で、近くを温泉の水脈が通っているのだろう。天井が抜けて陽光が入り、地熱で内部が暖められ、まさに天然の温室という訳だ。

 

 だから、薬師はここに研究所を構えたんだな。

 

「……さて、問題はパデキアがまだ残っているかどうかだな」

 

 正確には、パデキアの根の部分……8ヶ月も放置された状態で、果たして無事かどうか。

 

 パデキアは山芋みたいな植物だ。地中の根の部分が養分を蓄えて膨らみ、地上には背丈60センチ程の茎を伸ばす。ちなみに茎は調味料や薬味のように使える。

 

 畑には何本かパデキアの茎と思しき植物が生えている……あの下に、十分な太さの根があればいいんだが……。

 

「……頼むぞ」

 

 運を天に任せ、茎を掴み、ゆっくりと引き抜く……。

 

 すると、土の中から長さ約50センチ・直径約10センチのデコボコの根が現れた。

 

「おおー!このサイズなら十分使えるな!!」

 

 パデキアの根は、基本的に長さ40センチ・直径7センチ以上であれば成熟して薬に使える。

 

「よし!とりあえずこれだけ持って、ネイル村に戻ろう!『ルーラ』!!」

 

 天井に開いた穴から『ルーラ』で飛び出し、俺はネイル村へ急いだ――待っていてくれ、レイラさん!ロカさん!パデキアは、ちゃんと見つけたぞ!!

 

 

 

≪SIDE:レイラ≫

 

 

「はぁ……」

 

 井戸に水を汲みに来ていた私は、思わず溜め息を吐いてしまった……。

 

 昨日の夜、エイト君が家にやって来て、夫のロカの病気を知り、その特効薬――パデキアの原種を探すと言って、飛び出して行ってしまった。止める間もなく……。

 

 パデキアの原種が絶滅してしまったのは、僧侶や薬師の間では有名な話で、この世界にパデキアの原種が残っている可能性は限りなく0に近い。全くアテなどない、それこそ砂漠の中から砂粒の1つを探す様なもの……夫を救いたいというエイト君の気持ちはとても嬉しいけれど、見つけられるとは到底思えない。

 

 しかし、彼は諦めないだろう……見つかるまで探し続ける、探し続けてしまう。エイト君はきっと、そういう男の子だ。

 

「はぁ……困ったわ」

 

 時間が掛かり過ぎれば、考えたくはないけれど……ロカは命を失う。そうなれば、エイト君の行為は無駄になってしまう。このままでは、私やロカの為にエイト君は無駄足をさせてしまう事に……。

 

 出来るなら、追いかけて思い留まらせたい……。だけど、どこに行ったのかも分からず、病床の夫や娘のマァムを放って旅に出る訳にもいかない。

 

「本当に困ったわ……」

 

「何がですか?」

 

「きゃあっ!?」

 

 後ろから突然掛けられた声に、私は思わず持っていた水桶を落としてしまう。

 

 慌てて後ろを振り返って見ると、そこには――

 

「だ、大丈夫ですか!?レイラさん!」

 

「え、エイト君!?」

 

 ついさっきまで、どうしたものかと悩んでいた当の本人――エイト君が立っていた。

 

 

 

≪SIDE:OUT≫

 

 

 イメージした場所が少しズレていたらしく、『ルーラ』で着地したのはネイル村の中央にある井戸の近くだった。で、水汲みしていたレイラさんを見つけて声をかけたんだが……どうやら、驚かせてしまった様だ。

 

「す、すいません!驚かすつもりはなかったんですが……」

 

「い、いえ、いいのよ。それよりも、帰って来てくれて良かったわ……!」

 

 立ち上がり、笑みを向けてくるレイラさん。フフフ、見つけてきたコレを見せたら、どんな顔をするかな?

 

「レイラさん、喜んで下さい!」

 

「え?」

 

「パデキアを見つけてきたんですよ!ほらっ!」

 

 俺は“ふくろ”から見つけてきたパデキアを取り出し、レイラさんに差し出した。すると、レイラさんは目を見開いて驚く。

 

「そ、そんな……まさかっ、本当に……!?」

 

「正確には、原種そのものではないんですが、それと同等かそれ以上の薬効があるパデキアの新種です!これなら、きっとロカさんの病気も治せますよ!」

 

 とは言うものの……あの薬師の研究ノートには、動物による臨床実験の成功記録こそあったが、人間にも効くのか?本当にどんな病気にも効くのか?と疑問は残っている。

 

 正直、これも賭けだ――もしかしたら、ロカさんの病気はパデキアでも治らない可能性もある。このパデキアが、実はそこまでの薬効がない可能性も捨てきれない。

 

 だが!不安材料なんて考えれば考えただけ出てくるのだ!悠長にしている時間が無い以上、この新種パデキアの薬効に賭けるしかない!

 

「レイラさん!早くこれを、ロカさんにっ!」

 

「っ!ええ!すぐに煎じて飲ませてみるわ!!」

 

 俺とレイラさんは、すぐにロカさんが待つ家へと走った――。

 

 

 

「んぐ、んぐ……」

 

 ロカさんが、レイラさんに支えられてパデキアを煎じた薬湯を飲み下す……。

 

「ぷはっ!ぐえぇ……に、苦え……」

 

「『良薬、口に苦し』よ。エイト君が必死に探して見つけてきてくれたんだもの……きっと良くなるわ」

 

「ああ……すまねえなぁ、エイト……。俺の為に、面倒掛けちまって……」

 

「いいんですよ、ロカさん。早く良くなって下さい」

 

「……すまねえ、いや……ありがとうよ。お前の気持ちを、無駄にはしねえ……!元カール王国騎士団長の名に懸けても……!意地でも治って見せるぜっ……へへ……!」

 

 病気で衰弱した顔はそのままだが、心なしかロカさんに元気が出てきた様に見える。パデキアが効いたのかもしれない……。

 

 もうしばらくパデキアの薬湯を飲み続ければ、本当に病気が治るかも……いや!治るに違いない!

 

 頑張ってくれ!ロカさん!

 

 

 



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第10話『旅は続く!また新たな出会い!!の巻』

 

 

 

「ガツガツガツ!ん、ぐ……っぷはぁ!食った食ったぁ!ごちそうさんっ!」

 

「はい、お粗末様。うふふ、すっかり元通りね」

 

「何言ってんだ、まだまだ全然だ。前はこの倍は食えた。痩せちまったし、胃袋も随分縮んじまった」

 

 そう言って、自分の腹を叩くロカさん――パデキアを見つけてから2ヶ月余り、病気はすっかり治り、今は元気にレイラさんのシチューを3杯も平らげている。

 

 

 パデキアの薬効は、目を見張るものがあった。

 

 煎じた薬湯を飲み続けたロカさんは、みるみる顔色が良くなっていき、1ヶ月程でほぼ病気は治った。しかし、如何せん病床に伏していて痩せ衰えた身体まではどうにもならなかった。何しろ、杖や支え無しでは歩く事もままならない程だったからな。

 

 後の1ヶ月はリハビリに費やし、今では杖も支えも無しで出歩ける。が、僅かに後遺症が残ってしまったようだ……左足に痺れがあり、少しだけ引き摺る様にしか歩けない。

 

 レイラさんが言うには、日常生活に支障はないが、前の様に戦士として戦うのは難しいだろう、との事だ。

 

 まあ、ロカさん本人は気にしていない様子だった。生きているだけ儲けものだと……。

 

 俺はロカさんが回復するまでのつもりで、レイラさんを手助けする為にネイル村に留まっている。ロカさんを看病するレイラさんの代わりに、畑を耕したり、薪を割ったり、マァムと山菜を取りに森に行ったり……。

 

 そうそう、マァムと言えば、この2ヶ月で随分と仲良くなった。色々と家の仕事をする俺の後ろをちょこちょこ追いかけて、手伝いを買って出てくる姿には、昔のヒュンケルを思い出したものだ……今頃、元気にやっているだろうか?ヒュンケルは。

 

 それはさておき……俺も妹ができた様な気になって、マァムと一緒にいるのは楽しかった。マァムは、僧侶のレイラさんの娘だけあって回復呪文の素質があるらしく、俺が少しだけ教えて最近『ホイミ』が使える様になった。初めて上手く出来た時の喜び様と言ったらなかったな。ぴょんぴょん跳ねて、俺に飛びついて来るんだもんなぁ。

 

 そんな俺達を見て、ベッドから起き上がれる様になったロカさんは――

 

「仲が良いな、お前ら。エイトなら、マァムを嫁にやっても良いぞ?いや寧ろ、貰ってくれ。それで、家に住め!」

 

 なんて事を言い出す始末……その時、マァムは真っ赤になって怒った。娘をからかうとは……全く、困ったオッサンだ。

 

 困ったついでに、ロカさんは戦士としての復帰を諦めておらず、身体を動かせる様になってから俺に、割と強引に剣の稽古の相手をさせる。しかも驚いた事に、どんどん昔の勘を取り戻していっているのだ。

 

 勿論、全盛期の力を取り戻す程には望めないだろうし、左足の不調もあるが……それでも、並の戦士とは比べ物にならない剣の腕前を誇っている。レベルやステータス的には俺が圧倒しているはずなのに、稽古の最中、何度か隙を突かれてヒヤリとしたくらいだ。

 

 だが、やはりというか……ロカさんとの稽古は俺にも中々の経験値をもたらした。

 

 

―――――――

エイト

性別:男

レベル:43

―――――――――――

E竜神王の剣(攻+137)

E布の服(守+4)

―――――――――――

力:141

素早さ:135

身の守り:75

賢さ:185

攻撃力:303

守備力:79

最大HP:435

最大MP:208

Ex:766784

――――――――――――――――――――――――――――――

剣スキル:66  『ブレイドスター』(剣 攻+25)

槍スキル:18  『槍の達人』(槍 攻+10)

ブーメラン:18  『パワフルシューター』(ブーメラン 攻+5)

格闘スキル:27  『黒帯格闘家』(素手 攻+5)

冒険心:90  『冒険者の心』(消費MP1/2)

――――――――――――――――――――――――――――――

エイト

HP:435

MP:208

Lv:43

――――――――――――――――

ホイミ ベホイミ

ベホマ ベホマズン

キアリー キアリク

リレミト ルーラ

トベルーラ トヘロス

ザオラル ギラ

ベギラマ ベギラゴン

マホトーン イオ

メガンテ

ドラゴン斬り 火炎斬り

メタル斬り 隼斬り

疾風突き 一閃突き

クロスカッター パワフルスロー

大防御 石つぶて

正拳突き 闘気弾

闘気砲

――――――――――――――――

 

 

 畑仕事やロカさんのリハビリに付き合っていたのもそうだが、俺はあのオーザムで見つけた研究所で見つけた、亡くなった薬師が研究に使っていたと思われる、種や木の実の残りを頂戴した事で、ややパワーアップした。驚いた事に、その中にはドラクエ8にあった『スキルの種』も2粒あった……どこで見つけてきたのだろうか?

 

 他にも幾つか種や木の実があったが、バッグや“ふくろ”に入れてコマンド画面で調べてみても『謎の種』『謎の木の実』としか表示されないので正体が分からず、それは置いてきた……『謎の』て……。

 

 それはさておき、パデキアによるロカさんの治療が始まった後、俺は研究所から種や木の実だけでなく、パデキアの残りと研究成果も引き取って来た。あの弱ったロカさんを、ここまでに回復させた新種のパデキアをこのまま埋もれさせてしまうのは惜しい。だから、このネイル村でその栽培を引き継げないかと思ったのだ。

 

 研究ノートを見せた時、レイラさんはとても驚いていたし、とても感心していた。そして、パデキアの栽培を引き継いで、病気や怪我に苦しむ人々の助けになりたい……亡くなった薬師の志を引き継ぎたいと言ってくれた。

 

 今、レイラさんの畑ではパデキアの苗が植えられ、研究ノートを参考に栽培がスタートしている。きっと、亡くなった薬師も喜んでいるだろう。

 

 俺に出来る事ももうなさそうだし、そろそろ旅を再開しても良い頃かも知れない――。

 

 そう思った俺は、その日の夕メシ時……ロカさん達にその事を伝えた。

 

 

「ええっ!?エイトさん、行っちゃうの!?」

 

「まあ、急な話ねえ……」

 

「おいおいエイト!お前はマァムを嫁にして家に住むんだろうが!」

 

 唐突な話に、マァムが立ち上がり、レイラさんは頬に手を当て、ロカさんはテーブルを叩いた。ちなみに、マァムを嫁にすると承諾した覚えはない。

 

「……俺は元々、ロカさんやレイラさん、それにマァムの様子を見にちょっと立ち寄るだけのつもりだったんです」

 

 本来の目的は、冒険の旅だったからな。

 

「ロカさんも元気になったし、パデキアの栽培も軌道に乗った。だから、俺はそろそろ旅に戻ろうと思うんです」

 

 あんまり長居すると、本当に離れられなくなりそうだしな。それくらいこのネイル村は、この家は居心地が良い……。

 

 だが、俺は冒険者の生き方が好きだ。自由気ままに世界中を旅して、面白い物や出来事や人々に出会うのが楽しい。何もなくても、世界を自分の足で歩き、空を飛び、海を越え、山を登る――そうしている時は、全てが充実感に満ち溢れている。

 

 旅には、俺にとって何ものにも代えがたい魅力がある。だから、こればかりは止められない。

 

「明日、ここを発ちます。今日まで、お世話になりました……」

 

 ロカさん達に頭を下げ、別れを告げる。知った人、世話になった人に一時とはいえ別れを告げるのは、やはり寂しいもんだ……。

 

 

 

 翌朝――

 

 荷物を纏めた俺を、ロカさん、レイラさん、マァムが見送りに来てくれた。

 

「何も、こんな朝早く出掛けなくても良いじゃねえか。朝メシくらい、食っていけば……」

 

「旅立ちは、早い方が良いんですよ。俺の経験上」

 

 ロカさんはまだ俺を何とか引き留めようとして、そんな事を言ってくる。俺の何をそんなに気に入ってくれたんだろうか?

 

「身体に気を付けてね。また、いつでも訪ねて来てちょうだい。これを持って行って、お弁当よ」

 

「ありがとうございます」

 

 レイラさんはそう言って、布包みを渡してくれる。この世界に米なんてないから、サンドイッチだろうか?何にしても、有難い。

 

「…………」

 

「マァム」

 

 俺は、レイラさんのスカートにしがみついて隠れているマァムに声を掛ける。

 

「マァム、エイト君にちゃんと『さよなら』を言いなさい。沢山、遊んでもらったでしょう?」

 

「……ッ……」

 

 ありゃ、余計に隠れちゃったよ……。

 

 声を掛けたレイラさんも困った風に苦笑する。

 

「仕方のない娘ね……ごめんなさいね、エイト君。あなたとお別れするのが、寂しくて堪らないのよ」

 

「いえ、いいんですよ」

 

 俺だって、マァムの気持ちは少しぐらい分かっている。寂しさは俺も感じているのだから……。

 

 マァムに目線を合わせる様にしゃがむ。

 

「マァム、元気でな。回復呪文の練習、頑張るんだぞ?」

 

「……うん」

 

「お父さんやお母さんの言う事をちゃんと聞いて、良い子にしているんだぞ?」

 

「……うん」

 

 返事はするものの、レイラさんの後ろから出てこないマァム。

 

「そうだ!今度来た時は、マァムの手料理を食べさせてくれ。楽しみにしてるからな」

 

「……うん……ぅぅ……っ!」

 

 その時、マァムがレイラさんの後ろから飛び出し、俺の首にしがみついて来た。

 

「マァム……」

 

「ほんとうに……?ほんとうに、また会いに来てくれる……っ?」

 

「ああ、勿論。必ずな」

 

「約束……?」

 

「ああ、約束だ」

 

 マァムを少し離し、小指を差し出す。

 

「あ……うんっ!」

 

 泣きそうだった顔が笑顔に変わり、マァムが俺の小指に自分の小指を絡める。この世界にも約束の“指切り”はあるのだ。

 

「ゆ~びき~りげ~んまんっ!」

 

「う~そついたらは~りせんぼんの~~ますっ!」

 

「「指きったっ!」」

 

 これで、俺はマァムと再会の約束をした事になる。この約束を破ったら、針千本よりもっと怖い、マァムの涙が俺に突き刺さる――伝説の名剣より遥かに怖い武器だ。

 

「それじゃあ、ロカさん、レイラさん、マァム……皆、元気で。『ルーラ』!」

 

 その場で『ルーラ』を唱え、俺はネイル村を飛び発った――。

 

 

 

 行き先はパプニカ王国……選んだ理由は、強いて言うなら地底魔城だ。あそこが今、どうなっているのかが少し気になった。

 

 ああいう場所は、盗賊など人間のならず者がアジトに使う場合がある。普通の人間は気味悪がって近寄らないから、怖いもの知らずのならず者には格好の隠れ家になる。そして、ならず者っていうのは平和な世の中の方が現れやすいもの……。

 

 正義の味方なんてものを気取るつもりは更々ない。いなければそれで良し、いたら……ちょっと相手にでもなってもらうか、ぐらいの気持ちだ。いやぁ、最近モンスターが全然襲いかかって来ないから、たまには実戦で腕を試したいなぁ~なんて。

 

 

 まあ、そんなちょっと悪い事を考えつつ、懐かしのパプニカ王国へ。

 

 最後に訪れたのは何ヶ月前だったか?直接、地底魔城に飛んでも良かったのだが、城下町の様子を見たかった。

 

 着いてみると、町はすっかり復興していて、多くの人々で賑わっている。魔王軍の脅威に曝されていた頃の爪痕は見られない。

 

 何より結構な事なんだが……。

 

「さあー!安いよ安いよー!!向かいのぼったくり店に行くくらいなら、ウチで買ってっとくれー!!」

 

「なんだとっ!?てめえの店なんざ、二束三文で仕入れた粗悪品を並べてるだけだろうが!!この詐欺師野郎ッ!!」

 

「何おうッ!?」

 

「やるかッ!?」

 

 平和になると、人間の浅ましさが浮き上がってくるもの……そんな風には思いたくないが、目の前で繰り広げられている商売人同士の浅ましい喧嘩を見せられると、嫌でもそう思えてしまう。町に来たのは失敗だったかもな……まあ、いつもいつも良い事や成功ばかりじゃないのも、旅というものだ。

 

 俺は、さっさと薬草を最低限補充して、さっさと城下町を出て地底魔城に向かった――。

 

 

 

 

 

「ふ~む……相変わらず陰気な場所だな」

 

 掌に留めた『ギラ』の明かりで、地底魔城の通路を歩く。

 

 城内には、ならず者はおろか鼠1匹いなかった……。魔王やその配下のモンスターがいなくなっても、染み着いた嫌な気配や匂いが、生き物を遠ざけているのかもしれない。

 

 まあ、その点、人間は鈍感だ。魔城内に住み着いている様子こそないが、俺以外に人間が入った形跡はあった。恐らく、宝でも探しに踏み入ったのだろう。かく言う俺も、内心そういう物が残ってやしないかとほんの少しだけ期待している。

 

 しかし、ほぼ隅々まで歩き回ったが、結局収穫は0……空の宝箱すら見つからなかった。チッ……!

 

 

 本当に、全く、何もなかったので、俺は『リレミト』でさっさと地底魔城を脱出――その日の宿を求めて、近くにある村を訪れた。

 

 

 だが……

 

 

「このクソガキがっ!」

 

「性懲りもなく村まで降りてきやがってッ!!」

 

「てめえみたいな薄汚え奴が、俺達の村に入って来るんじゃねえよッ!!」

 

 夕方に到着した村で、俺は奇妙な光景を目の当たりにする――村の片隅で、村の若い男達が寄り集まり、深々とフードを被った小さな子供を取り囲んで、罵倒し、殴る蹴るの暴行を加えていたのだ。

 

 妙なナリはしているが、どう見ても小さな子供じゃないか。弱々しく蹲って抵抗する様子もない子供を寄ってたかって……これは流石に見過ごせんな。

 

「やめろッ!!」

 

「「「ぐげっ!?」」」

 

 フードの子供を虐めていた男達を無造作に蹴り飛ばし、すぐに蹲る子供に駆け寄る。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

「う、ぅぅ……」

 

 フードが深すぎて顔が見えないが、呻き声を聞く限り、大分痛めつけられている様だ。

 

「惨い事を……!待ってろ、今治してやる!『ベホイミ』!」

 

 掌をかざし、呪文を唱え、癒しの光で子供を包み込む。

 

「痛てて……な、なんだ、お前はっ!?何してやがるっ!?」

 

 後ろから、男の1人の叫び声が聞こえてくる……。俺は思わず睨むように振り向いた。

 

「……通りすがりだ。見ての通り、お前らが虐めていたこの子を治療しているんだ」

 

「よ、他所者が……余計な事するんじゃねえ!」

 

「そ、そうだそうだっ!!」

 

「黙れッ!!」

 

「「「ひっ!?」」」

 

 殺気を込めて怒鳴りつけると、男達は竦んで顔を青くする。

 

「失せろ!!この子は俺が預かるッ!!文句があるなら、俺が相手になってやってもいいんだぞ?」

 

「うっ……お、おい!行くぞ……!」

 

「あ、ああ……」

 

「チッ……!」

 

 背中の竜神王の剣の柄に手をかけて脅すと、男達は走ってそそくさと逃げていった。ふん、弱い者にしか強く出られない……典型的な小物だな。まあ、あんな連中はどうでもいい。

 

 それより、この子の手当てが先だ。

 

「…………」

 

 『ベホイミ』で傷は殆ど完治した様だが、どうやら気を失ったらしい。

 

 そのまま放置する気にはならず、俺はその子を抱きかかえる――と、その時。

 

パサ……

 

 反動で子供が被っていたフードが下がり、その顔が露わになった。

 

「っ!?この子は……!」

 

 鈍い銀色の髪、灰色の肌、尖った耳……。髪はともかく、肌の色と耳の形は人間では有り得ないものだ。

 

 そして俺は、その様な容姿の種族に心当りがある――。

 

「『魔族』だったのか……」

 

 この子が、あの男達に暴行を加えられていた理由に察しが付いた。

 

 人種差別……前世の地球でも、世界中で密かに行われていた蛮行。

 

 この世界は、魔王ハドラーによって脅かされていた。ハドラーも魔族の1人……只でさえ魔族は長命で人間より力や魔力に優れる為、潜在的に恐れられていたというのに、奴が野心を持って侵略に乗り出したせいで人間の魔族への悪感情を増大させてしまったのだ。

 

 アバンさんがハドラーを打ち倒し、世界が平和になった事で、地上で暮らす僅かな魔族達がこうして迫害を受けている……。思えば、バランの時も似た様なものだった……。

 

 世界が違っても人間のやる事が大して違わないというのは、何と言うか……嫌だな。

 

 

 胸の辺りにどんより重いものを感じつつ、俺は魔族の子供を抱えて村を出た――。

 

 

 



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第11話『悲しき少年ラーハルト……の巻』

 

 

 村の近くの森の中――助けた魔族の少年を横に寝かせ、俺は焚き火で夕メシの支度をしていた。今日のメニューは、野菜と鶏肉のスープと焼き魚とパンだ。

 

「ぅ、う~ん……」

 

 お、少年が起きそうだ。料理の匂いに釣られたか?

 

「ん……はっ!?」

 

 起きて俺を見た途端、警戒心をむき出しにして後退る少年……これは相当酷く苛められてきたと見えるな。

 

「……無理かも知れないが、警戒しなくていい。俺はお前に酷い事なんかしない」

 

「……っ」

 

 睨まれた……まあ、無理もないだろうが。

 

「ふぅ……まあいい。それよりお前、腹減ってないか?これから丁度、俺も夕メシにするところなんだ」

 

 スープ鍋の蓋を開け、レードルでひと回ししてから、具の煮え具合を確かめる。

 

「はぐ、モグモグ……んっ、いい頃合だ」

 

「……ゴク」

 

 横目で見ると、少年が涎を垂らしそうな目でスープを凝視しているのが見えた。

 

ぐぅぅ~……

 

「っ!?」

 

 少年は鳴った自分の腹を慌てて押さえる。

 

「ハッハッハッ!腹の虫は正直者だな。待ってろ、今、皿によそってやる」

 

 “ふくろ”から木製のスープ皿とスプーン、それに平皿を出し、パンと焼き魚を乗せて、少年の前に置く。

 

「……」

 

 少年は目の前に置かれた料理に釘付けになるが、食べようとしない。

 

「どうした?腹減ってるんだろう?自慢じゃないが、俺の料理はちょいとしたもんだ。それなりに美味いはずだぞ?」

 

「……」

 

 やっぱり何も言わず、手を付けようとしない。警戒しているのだろうか?

 

 あまり無理に勧めるのは逆効果になりかねない。だったら……

 

「さ~て、俺も食うとするかな!」

 

 先ず、俺が率先して食う――人が近くで美味そうに食っているのを見ると、食欲をかき立てられるものだ。度が過ぎれば、逆に食欲が失せる事もあるが……。

 

「ズズゥ……ん~♪我ながら美味く出来たもんだ!」

 

 スープの次は焼き魚――鱒の一種だと思うのを近くの川で捕って、串に刺して塩振って焚き火で焼いたものだ。

 

「ガブ!モグモグ……ん~~♪塩加減も焼き加減も完璧だ、美味い!」

 

「……ゴクッ」

 

 今、後ろの方で唾を飲み込む音が確かに聞こえた。もうひと押しか……。

 

 パンを一口大に千切り、スープに浸して口に運ぶ。

 

「ん~~~♪パンにスープが染み込んで、これまた美味い!」

 

「……ッ」

 

 動きの気配……いくか?

 

 こっそり後ろを見ると、スプーンを握り締め、スープをすくおうとする少年の姿が見えた。

 

 気付かれると折角動いた手を引っ込めるかも知れないので、すぐに視線を前に戻す。代わりに耳を澄まして様子を窺う。

 

「………………ズゥ」

 

 お、飲んだ!

 

「っ……!ハグ!ハグ!ハグ!」

 

 今度は勢い良く食らう音が聞こえてきた。どうやら気に入ったみたいだな、よしよし。

 

「ガツガツガツ!……」

 

 ん?音が止んだ……?

 

 思わず振り返る。すると、音が止んだ料理がすぐに分かった――スープ皿が空になっていたのだ。

 

 しかも、少年はスプーンを咥えて切なげな顔をしている。

 

 やれやれ……俺はスープの鍋を持ち上げて少年の前に行き、空の皿におかわりを盛る。

 

「あ……」

 

「腹いっぱい食いな。おかわりはまだまだあるからな」

 

 返事は聞かず、少年に背を向けて元の位置に戻って座る。

 

「……ハグ、ハグ……ハグ……ふぐ、ぅ……ぅぅ……ッ!」

 

 食べる音に混じって、泣き声が聞こえてくる……一体、今までどれだけ辛い目にあってきたというのか。そもそも親は何をしているんだ?

 

 後で聞いてみるか……話してくれるかは分からんがな。

 

 

 

 その後、少年は小さな身体でスープを3杯も平らげ、鍋を空にした。

 

 勿論、俺も食ったが、少年は俺の倍は食った……微笑ましいと思える反面、今までどれだけひもじい思いで生きてきたのかと気にもなる。

 

 だから俺は、思い切って話を聞いてみる事にした――。

 

「……なあ、少年。聞いても良いか?お前の事……」

 

「…………」

 

 少年は俯いたまま、何も言わない。言いたくないか……だが、さっきよりは俺に心を開いてくれていると思う。何故なら、さっきまではこっちに近付こうともしなかったのに、今は焚き火の傍に寄って、俺の向かいに座っているからだ。

 

「村の連中とお前の間柄は、1度見ているし、大体察しがつく。だが、何故お前は1人で村にいた?お前自身、村の連中に疎まれている事ぐらい分かっていただろうに……それに、親父さんやお袋さんはどうした?」

 

「……いない」

 

「何?」

 

「父さんは……俺が生まれてすぐに、病気で死んだって、母さんが言ってた。母さんは……去年、病気で死んだ……」

 

「ええ!?じゃあ、この1年、たった1人で暮らしてきたのか……!?」

 

「……」コク

 

 

 それから少年は、徐に自分の事を話してくれた……。

 

 

 少年の名前はラーハルト……歳は10歳、魔族の父と人間の母の間に生まれた、魔族と人間のハーフだった。魔族の血は人間のそれより強く、ラーハルトは魔族の容姿を受け継いで生まれてきた。

 

 ラーハルトの父は、魔族にしては温厚な人物だったらしい。が、やはり魔族という事で村の連中には恐れられていた……それが、魔王ハドラーの世界侵略によって恐怖からの迫害が始まった。

 

 最初は魔族であるラーハルトの父親本人が……その父親が死ぬと今度は人間のラーハルトの母親までが、魔族と交わった“魔女”だとか何とか言って、村の連中は迫害したそうだ。

 

 ラーハルトの母親が病気で死んだというのは、子育ての苦労と迫害の心労が重なった所為だろう。

 

 もしやラーハルトは1人になった後、食うに困って村で盗みでもしたのかと思わず邪推してしまったが……幸いにしてそれは杞憂だった。

 

 それとなく尋ねてみると、ラーハルトは今日まで両親が残した畑で野菜を作り、川で魚を捕り、森で兎や猪を狩って、どうにかこうにか生活していたのだ。

 

 若干10歳の少年が……頼る者もなく、たった1人で生きてきた。聞いた時は愕然とした……俺も一応、この世界に転生した時は5歳という歳で1人で生きてきたが、俺にはあの案内人さんに貰った特典があったし、種族も人間だったから差別も迫害も受けなかった。ラーハルトとは比べるべくもない。

 

 だが、ここで新たな疑問が浮かぶ――。

 

「ラーハルト、何故今日に限って村に降りたんだ?」

 

「……っ、あいつらが……!」

 

 ラーハルトは両手を真っ白になるほど握り込み、眉間に深々と皺を刻んだ凄まじい形相を浮かべる。

 

「あいつら……?お前を苛めていた、あの男共の事か?」

 

「そうだ……あいつらが、父さんと母さんの墓を壊したんだ!!」

 

「なんだって!?」

 

 ラーハルトは悔しそうに語った――今日の昼前、森で狩りをして家に帰って見ると、家の横に建てた両親の墓標が無惨に折られ、畑も踏み荒され、家も窓が割られドアが壊され中も滅茶苦茶にされていたそうだ。

 

 前々から、家の窓が割られたり、畑が踏み荒されたりと、度々嫌がらせがあったという事だが……今回ほど徹底的にやられたのは初めてだという。

 

 またも愕然としてしまう……そこまでするのか?幾らなんでも、酷過ぎる!

 

 家や畑ならまだ我慢も出来た……しかし、両親の墓を壊されたのは許せない――ラーハルトは遂に我慢の限界を越え、犯人に報復に行ったのだという……。当たり前だ、俺だったらとっくに怒りに任せて村ごと焼き払うか、堪らなくなって逃げ出している。何の力もない前世の頃の俺なら、間違いなく後者だったろうな。

 

 ラーハルトは今日までよく辛抱した……。

 

「……お前は偉いよ、ラーハルト」

 

「え……?」

 

「俺だったら、そんな辛い目にあったらとても我慢なんか出来なかったさ。とっくに逃げ出している……お前は、立派だ」

 

「…………」

 

 俺が言うと、ラーハルトは顔を背けた。照れているのだろうか?まあ、敢えて突っ込む事でもないので触れないでおく。

 

 それより、今後の事だ――。

 

「なあ、ラーハルト。これからどうするんだ?」

 

「……?」

 

「このまま、あの村の近くで暮らしていくのは、辛くないか?」

 

 他人に差別され、謂れのない事で迫害される事が辛くないはずがない。それに、今回の様に嫌がらせが段々とエスカレートしていくと、いつラーハルトに危害が及ぶかも分からない。

 

 どこか、安全な場所に移った方が良い。

 

「……どこに行っても同じだ。俺は魔族だから、人間は受け入れてくれないさ……」

 

 ラーハルトは諦めと悲しみの混じった表情でそう言う。

 

 確かに、人間社会の近くで生きるのは難しいと言わざるを得ない。だが、幸いな事に俺はラーハルトに打って付けの場所を知っているのだ。

 

「ラーハルト、お前を受け入れてくれる場所がたった1ヶ所だけある」

 

「え?」

 

「良い所だぞ?暖かくて、自然豊かで、住民も種族なんか気にしない良い奴らばかり。おまけに皆、俺の友達だ。きっとお前の事も受け入れてくれる」

 

「……そ、そんな場所があるのか?本当に……俺を、仲間に入れてくれるのか?」

 

 不安げな表情で尋ねてくるラーハルトに、俺は躊躇いなく頷いてみせる。

 

「勿論だ!お前にその気があるなら、すぐにでも連れて行ってやる!」

 

「……」

 

 ラーハルトは少し俯き、考える素振りをする。だが、すぐに顔を上げて俺を見上げる。

 

「あんたは……どうして、俺に親切にするんだ……?」

 

「うん?」

 

「人間は、魔族が嫌いなんだろ……?あんたは人間だ、なのにどうして魔族の俺を助けたり、メシを食わせてくれたり……あんたは変だ。俺なんか、助けたって何の得もないのに……なんでだっ?」

 

「う~ん、なんでって聞かれてもなぁ……」

 

 どうして助けたか?なんて、1人の子供を寄ってたかって乱暴しているのを見て、腹が立ったから……だな。魔族が嫌いっていうのも、この世界の人間の事であって、前世の人格と記憶を持っていた俺には特にそういう意識はない。

 

 まあ、ラーハルトを助けた理由を一言で言ってしまえば……

 

「『俺がそうしたかったから』……だな」

 

「は……?」

 

 簡潔にまとめたつもりだったが、ラーハルトはきょとんとしてしまう。

 

「俺は別に魔族を嫌ってなんかいない。魔族全体が悪党な訳ないだろうしな。寧ろ種族とか関係なく、お前を痛めつけていたあの男共みたいな、自分より弱い奴を面白半分に虐める奴らの方がよっぽど嫌いだ。ああいう奴らは見ていて腹が立つ……それに、だ」

 

 そこで俺は、何の気なしにラーハルトの頭に手を置き、そっと撫でた。

 

「お前みたいに悲しそうな目をしている奴を見ると、どうにも助けたくなる性分なんだよ、俺は……」

 

「っ……!?」

 

ぽた……

 

 ラーハルトの目尻が下がり、涙が零れ落ちる……。

 

「う……ぅ、ぅぅ~~~~ぅわぁぁぁぁぁ~~~……!!!」

 

 胡座をかいた俺の腿にしがみ付き、ラーハルトは大声で泣いた。今まで諦めと共に溜め込んできた感情が、一気に噴出したのだろう。

 

「わぁぁぁぁぁ~~~~……!!!」

 

「……」

 

 俺は、ラーハルトが泣きやむまでそのままにさせておこうと、焚き火に薪を放り込んだ……。

 

 

 



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第12話『ラーハルトの新天地!!の巻』

 

 

 

「さあ、準備はいいか?ラーハルト」

 

「はい!エイトさん!」

 

 良い返事を返してくるラーハルト――その背中には、革製のリュックを背負っている。

 

 

 ラーハルトと出会った翌日――つまり今日、俺はラーハルトを連れてデルムリン島へ向かう。

 

 

 あそこならバラン達もいるし、ラーハルトも安心して暮らせるに違いない。

 

 昨夜、あのまま泣き疲れて眠ってしまったラーハルトと夜を明かし、今朝、出発の準備にラーハルトの家に向かった。

 

 家の状態は酷いの一言に尽きる……ラーハルトが言った通り、荒らし放題だった。何もあそこまでする事はないだろうに……。

 

 やるせない思いを抱きつつ、俺はラーハルトと共に荒された家の中から使えそうな家財を探して纏めた。

 

 そして、ラーハルトの両親の墓を建て直し、祈りを捧げ、いざ出発の時となったのだ――。

 

「よし、じゃあ俺の手をしっかり掴んでるんだぞ。あっという間に着くからな」

 

「は、はい!」

 

 差し出した右手を、ラーハルトが両手で握ってくる。昨夜の一件以降、ラーハルトは随分と俺に懐いている。ちなみに敬語を使うのは、死んだ両親にそれぞれ「尊敬できる人、目上の人にはきちんと敬語を使い、礼を尽くす様に」と躾けられていたからだそうだ。

 

 敬語を使う以外は、歳相応の少年だ。俺に、兄貴を見る弟のような目を向けてくる――ラーハルトのそういう姿に、またもヒュンケルを思い出す。ちゃんと強くなってるかな、あいつ?まあ、アバンさんに教えてもらっているのだから大丈夫か。

 

 さて、そろそろ行こう――。

 

「『ルーラ』!」

 

 光に包まれ、球となり、空へ上がり、飛ぶ――デルムリン島に向かって。

 

 

 

 時間にして約10秒以内――俺とラーハルトはデルムリン島に到着した。

 

 

「ここが、デルムリン島……」

 

 砂浜に降り立ったラーハルトが、見える範囲で島を見渡して呟く。

 

 俺も少し懐かしい……旅に出てから2ヶ月とちょっとか。気温が少し下がって涼しくなってきたし、島の木も少し紅葉し始めている。そろそろこの島も秋だな。

 

 と、いつまでも懐かしんでいる訳にもいかない。皆を呼ぶとしよう。

 

「ラーハルト、これからこの島の仲間達を呼ぶから、ちゃんと挨拶するんだぞ?こういう事は、第一印象が大事だからな」

 

「は、はい。あの、エイトさん?」

 

「なんだ?」

 

「この島の仲間って……モンスター、なんですよね?」

 

 ここに来る前に、ラーハルトにはこの島の事は話してある――魔王の邪悪な意志から解き放たれたモンスター達の隠れ住む島、その中にただ1組だけ、事情があって人間社会から離れた人間の家族(バランは『竜の騎士』だが、気にするな)が暮らす島だと。

 

「ああ、そうだ。昨日も言ったが、皆、良い奴らだぞ?モンスター達のリーダーで長老のブラスっていう鬼面道士が、また良い人……ヒト?……良いモンスターでな!モンスターじゃないのも3人いるが、そっちも良い人達だ!お前もきっと、ここが気に入る」

 

「……そう、でしょうか?」

 

 まだ不安そうだな。早いトコ、皆と顔合わせさせるか。

 

「勿論だ。じゃあ呼ぶぞ、『ピィーーーー』!!」

 

 右手の親指と人差し指を口に当て、吹き鳴らす――これは『集合の指笛』、俺が帰って来た事を島のモンスター達に報せる為に吹いた。指笛の吹き方を少し変えると、モンスターをそれぞれ個別に呼び出す笛にもなるのだが……俺は全員集合の吹き方しか出来ない。吹き分けが難しいんだよ……。

 

ドドドドドドド……!!

 

 指笛を拭いてすぐに、地鳴りにも聞こえる足音が近づいて来るのが聞こえてきた。皆、相変わらず元気そうだ。

 

「わ、わ……!?」

 

 ラーハルトが周囲を警戒し始める。その内に、浜に島のモンスター達が集合した。

 

 森の中からはスライム、一角ウサギ、大アリクイ、フロッガー、大蠍(おおさそり)、キャタピラー、ゴールドマン等など……。空からは人面蝶、ドラキー、蠍蜂(さそりばち)、ホイミスライム、パピラス、キメラ等など……。海からもマーマン、軍隊ガニ、大王イカ等など……。

 

『ウオッ!ウオォ!』『ギャッギャッ!』『キーキー!』

 

 皆は俺とラーハルトを取り囲むと、各々軽快に飛び跳ねながら鳴き声を上げる。歓迎してくれているのだ。

 

「皆!元気そうだな!」

 

『ウオォー!』『ギギャァ!』『キキー!』

 

 うん、ばっちり元気だ。そうして島のモンスター達と再会を喜んでいると――

 

「やはりエイト君じゃったか!」

 

 聞き覚えのある、喉の奥から絞り出した様な声が聞こえ、モンスター達が左右に別れた。そこには、穏やかな表情の鬼面道士ブラスさん、それに長袖の布の服を着たバランに、ダイを抱いたソアラもいた。

 

「ブラスさん!バラン!ソアラ!久しぶり!元気だったかっ?」

 

「ああ、勿論じゃとも!エイト君も元気そうで何よりじゃ!」

 

「おお、エイト!よく帰って来てくれた!」

 

「エイトさん!おかえりなさい!」

 

 順番に握手を交わし、俺は旧友達との再会を喜んだ。

 

「む?エイト、その少年は……?」

 

 おっと、いかん!バランに言われて思い出した。今日はこの為に来たんだった……。

 

「ああ、紹介するよ。ラーハルト、こっちへ」

 

「は、はい……」

 

 返事をすると、ラーハルトは俯いたまま俺の隣にやって来た。

 

「……魔族か」

 

「……っ」ビク

 

 バランが言うと、ラーハルトの身体が震える。

 

「正確には、魔族と人間の混血児だ」

 

「!……なるほど、何か訳ありの様だな。エイト、聞かせてくれるか?」

 

「勿論、その為に連れて来たんだ」

 

「それなら、こんな場所で立ち話もなんじゃ。わしの家でお茶でも飲みながら話すとしよう」

 

 

 ブラスさんの提案で俺達は一路、ブラスさんの家に向かう事となった――。

 

 

 話し合いに立ち合うのは、ブラスさん、バラン、ソアラ、俺、ラーハルトの5人――モンスター達は解散し、ダイは揺り籠の中で眠っている。

 

「さて……それでは聞かせてくれ、エイト。ラーハルトをここへ連れてきた理由を……」

 

「ああ……」

 

 バランに促され、俺は順を追って事情を話した……。

 

 村で乱暴されていたのを保護した事……。ラーハルトが魔族の父親と人間の母親との間に生まれた子である事……。両親が早くに亡くなり、ラーハルトが今日まで1年近く、たった1人で生きてきた事……。魔王ハドラーの侵略によって惹起された魔族への迫害、それによってラーハルトが受けてきた苦痛の数々……。

 

 話が進む程に、バランやブラスさんの表情が険しくなり、ソアラは悲しそうな表情で俯いていった……。

 

「なんと……なんという自分勝手な生き物なのだ!人間は……!」

 

「あなた……」

 

 堪りかねた様に絞り出されたバランの言葉で、ソアラの表情に悲しみが増す。ソアラにしてみれば、バランに人間を嫌ってほしくない……憎んでほしくないに違いない。

 

「私は……私は……そんな連中の為に、冥竜王と命をかけて戦ったというのか……!?人間が、こんな……こんな種族だと知っておれば「バランッ!!」……っ!?」

 

 湧き起こる激情にワナワナと身を震わせながら呟いていたバランを、俺は止める為に叫んだ。その先は、この場で言って欲しくなかった。

 

「お前の気持ちは、ある程度俺にも分かる……俺だって、人間の醜い面を2度も目の当たりにしたんだからな。だが、忘れないでくれ……俺も、ソアラも、人間なんだ」

 

「っ!」

 

「人間全てが、自分勝手で汚い生き物じゃない……。そう決めつけてしまったら、お前やラーハルトを迫害した奴らと何も変わらないだろう?」

 

「っ……す、すまない、そんなつもりでは……」

 

「いや、分かってくれれば良いんだ。大体、お前の怒りは尤もだ……人間の俺だってそういう奴らには腹が立つんだから」

 

 きっと俺とソアラが考えていた事は同じはずだ。自分が人間だからという事ではなく、人間全てを悪いと決めつけて、裏切られたと思い絶望してほしくない……。バランはソアラにとって愛する夫、俺にとって大切な親友……傷ついてほしくないと思うのは、自然な事のはずだ。

 

「あ、あの……」

 

 そこでラーハルトが、おずおずと声を上げる。

 

「ん?どうした、ラーハルト?」

 

「あ、その……エイトさん、今、バランさんが迫害されたって、言いましたよね?」

 

「ああ、言ったが……」

 

「バランさんは、人間なのに……どうして迫害されたんですか?」

 

「んっ?あ!ああ~そういう事か!」

 

 いかんいかん、言い忘れていた。

 

「バラン、言っても大丈夫か?」

 

「問題ない」

 

 バランの了解を得て、俺はラーハルトに説明する。

 

「ラーハルト。バランは、実は人間族ではないんだ」

 

「え?でも……」

 

「姿はそう見えるかもしれないが、彼は『竜の騎士』と呼ばれる存在なんだ」

 

「ど、『竜の騎士』!?大昔、神々によって生み出されたという伝説の……!?」

 

「知ってるのか?」

 

「昔、魔族の父が生きていた時に聞いた事があるんです。野心を持って世界を乱す輩が現れると、それを退治する為に現れる無敵の超戦士がいるって……」

 

 ふむ、ラーハルトの親父さんは学者か何かだったんだろうか?それとも、こういう話は長命な魔族の方が詳しいんだろうか?

 

「確か、1つの時代に『竜の騎士』はただ1人しかいないとか……」

 

「その通りだ。そして、この時代の『竜の騎士』が、この私なのだ」

 

「す、凄い……!」

 

 ラーハルトは尊敬と憧れの眼差しでバランを見つめ始めた。まるっきり、ヒーローを見つめる少年の瞳だ。

 

「……まあ、『竜の騎士』は置いておくとしてだ。ブラスさん、バラン、ソアラ、皆に頼みがある」

 

「皆まで言うな、エイト」

 

 バランがそう言って、俺の言葉を遮る。そして、ラーハルトに穏やかな表情を向けた。

 

「ラーハルト、と言ったな。君さえ良ければ、私達と一緒にこのデルムリン島で暮らさないか?」

 

「え……良いんですか?俺が、ここにいても……」

 

「何を言うの?良いに決まっているじゃないの!ねえ、あなた?ブラス様?」

 

 ソアラが尋ねると、バランもブラスさんも笑顔で頷く。

 

「ああ、勿論だ」

 

「わしも異論はありませんわい。ラーハルト君、わしはこの島の住人を代表して、君を歓迎するぞ」

 

「っ……!」

 

 何の迷いもなく受け入れてくれるバラン達に、ラーハルトの目が潤む。その潤んだ目で、隣の俺を見てきた。

 

 だから、俺も頷いて見せる。

 

「な?俺の言った通り、お前を受け入れてくれただろう?」

 

「……っ、うん……ぅ、ぅぅ……!」

 

 膝の上で両手を握りしめ、肩を震わせるラーハルト。俯いたその顔から、滴が落ちる。

 

「……良く来てくれましたね。坊や、ここがあなたの新しいお家……そして、私達はあなたの新しい家族よ」

 

 ソアラはラーハルトを抱きしめ、優しく声をかけた。

 

「っ……ぅぅ、うわぁぁぁ~~~!!」

 

 失った愛情を再び与えられ、ラーハルトはソアラにしがみ付いて泣いた。そのラーハルトの背中を、ソアラは優しくさすり、包み込むように抱きしめ続ける。

 

 俺も、バランも、ブラスさんも……その光景に、自然と笑みが零れていた。

 

 

 ラーハルトを、ここに連れて来て良かった……。俺の冒険の旅も、中々捨てたもんじゃないな。

 

 

 



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第13話『『死の大地』と『破邪の洞窟』!!の巻』

 

 

 

 ラーハルトを連れてきた翌日――ラーハルトの事はバラン達に任せて、俺は早々に旅に戻った。

 

 旅立ちの時は、皆で見送りに来てくれた。ブラスさん、バラン、ソアラ、ソアラに抱かれてダイもいたし、ラーハルトも一緒に見送ってくれた。

 

 ラーハルトの奴、憧れの『竜の騎士』だからってバランの事を『バラン様』と呼んで困らせていた。ソアラとダイの事も様付けで呼び、まるで家来にでもなったかのような振る舞いをして、止めろと言っても頑として譲らなかった為、やはり苦笑されていた。

 

 唯一、ブラスさんは『ブラス長老』と呼ばれて嬉しそうだった……まあ、ブラスさんは事実デルムリン島の長老だから、そう呼ぶのは何もおかしくないがな。

 

 俺の事も、どうやら尊敬してくれているらしいが、俺は様付けを免れた。どういう基準なのかは不明だが、多分バランが神々に遣わされた『竜の騎士』で、ソアラとダイはその家族だからじゃないかと推測する。

 

 まあ、幾らか不安要素はあるが、あの調子なら上手くやっていくだろう。数ヶ月に1回ぐらいの頻度で、様子を見に行く事にする。

 

 

 そんな訳で、俺は今や生き甲斐となった冒険の旅――そろそろ、どこかダンジョンなど探検したいところだ。

 

 

 しかし、そうは言ってもそんな都合よくダンジョンなんてありはしない。魔王亡き後の『地底魔城』は、1度入って隅々までマッピングも済んでいる上に、宝どころか何1つ面白い物がなかった……。

 

 少なくともラインリバー大陸・ホルキア大陸・マルノーラ大陸には、もう目ぼしいダンジョンはない。

 

 となれば、残るはギルドメイン大陸と『死の大地』……そこで俺は『死の大地』を選んだ。

 

 あそこは誰も足を踏み入れない、或いは踏み入れて戻ってきた者がいないという謎の土地……1度、対岸から眺めた事はあったが、あの時はあの島の不気味さに負けて、踏み込む気になれなかった。

 

 現在の俺のレベルは43――並大抵のモンスターには負けない自信がある。慎重に周囲を警戒していれば、踏み込んでいきなり死ぬ事はない……はずだ。

 

 うん、一応、竜神王シリーズフル装備で行こう。

 

 

 という訳で、俺は全身を竜神王の装備で固め、1度『ルーラ』でカール王国へ飛び、『トベルーラ』で『死の大地』へ上陸した――。

 

 

「……想像以上に、ヤバい場所だな……ここは」

 

 降り立ってみて、改めてこの島の異様さに冷や汗が止まらない……。

 

 空は黒に近い灰色の雲で覆われ……、草1本、虫1匹いやしない……、空気もまるで粘り気があるかのように息苦しい。島全体を、異様な殺気が満たしている……常に全方位から刺す様な視線を感じる気がして落ち着けない。

 

「地底魔城が遊園地のお化け屋敷に思えるな……」

 

 そのくらい、この場所は異様だ。冷や汗と悪寒が止まらない……!

 

「これ以上はダメだ……帰ろう!」

 

 

 遂に雰囲気に耐えきれなくなった俺は、『ルーラ』で早々に『死の大地』から脱出した。

 

 後になって冷静に考えて、分かった事が1つある……あの『死の大地』を取り巻いているのは、人や動物を遠ざける1種の魔力結界だ。しかも、使われている魔力は俗に『邪悪』とされる類いの力……。俺も多少魔法を使えるようになってから、そういう力の感じを掴める様になった。

 

 あそこには、何か恐るべき存在が潜んでいる……地獄の帝王か、はたまた恐怖の大魔王か……。

 

 何にしろ、不安をかき立てるには充分――いずれ地上に現れ、また魔王ハドラーの様に世界を脅かすかもしれない。もしかしたら、それと戦うのがダイで……だから『ダイの大冒険』なのかも知れない。

 

 ダイは、親友バランの息子……仮にダイが大きくなってから、その大冒険が始まるのだとしても、15歳も歳下のダイ1人に全てを背負わせるのは歳上の男のする事ではない。

 

 折角、戦える様になったんだ。未来の勇者パーティに加わって戦うっていうのも面白い。やや不純な動機だが、それが結果的にダイの手助けになるのなら問題ないだろう。よし、決めた!

 

 そうと決まれば今から修業して、来るかもしれない戦いの日に備えよう――。

 

 

 と、決意したのは良いが、どこでどう修業したものか……出来れば、実戦で鍛えたいところだ。

 

 だが、魔王ハドラーが倒れて以来、モンスターは大人しくなり、地上での実戦は望めない。

 

 山に籠って自主トレーニングは……正直、微妙だ。単純な筋トレや剣・槍・ブーメラン・拳の素振りなら、この3年の間もやったが、大した成果は上がらなかった。バランやロカさんとの実戦に近い稽古の方が、遥かに多くの経験値を得られた。

 

 だからと言って、平和に暮らすバランやロカさんの手を煩わせる気にはなれない。

 

「はぁ、困ったなぁ……モグモグ」

 

 カール王国の酒場にて、夕飯を食べながら考えを巡らせるが、出るのは溜め息ばかり……良い考えなど出やしない。地道に自主トレするしかないかなぁ……。

 

「モグモグ……はぁ」

 

「なんだい、景気が悪そうだなぁ、兄ちゃん?」

 

 溜め息を吐いた俺に、この酒場のマスター……というかオヤジさんが話し掛けてきた。

 

「いや、ちょっと行き詰まってる事がありまして……」

 

「行き詰まってる事?なんだい、そりゃ?良ければ話してみな」

 

「いや、でも……」

 

「若ぇのに遠慮すんなって。ここは酒場、呑んで悩みや愚痴を吐き出す場所だぜ」

 

 そこまで言われたら、黙っている方が失礼か……なら、ダメ元で相談してみるのも悪くない。

 

「え~と……ちょっと思うところありまして、身体を鍛えたいと思ってるんです」

 

「ふんふん、そりゃ感心だ!男は強くなけりゃな!」

 

「だけど……不謹慎な話ですが、勇者が魔王を倒して世界が平和になって、モンスターも大人しくなって……実戦での修業が出来なくなっちゃって、どうしたもんかなぁ~って悩んでた次第で……」

 

「なるほど、確かに不謹慎な話だ。それに贅沢な悩みだな」

 

「はあ、まあ……」

 

「だが、若ぇ内はそのぐらいで良いのさ!そんな兄ちゃんに、打って付けの場所がある!」

 

「マジすか!?」

 

「おう、マジだ!」

 

 なんて都合の良い……。

 

「ただし、その場所に行くからには命を懸ける覚悟が要る……。半端な覚悟で踏み入れば、あっという間にあの世行きだ……それでも行くかい?」

 

 唐突に真剣な表情をするオヤジさん……どうやら相当危ない場所の様だ。

 

「……どこなんですか?」

 

「『破邪の洞窟』」

 

「破邪の、洞窟……?」

 

 カール王国には何度か来ているが、そんな洞窟の話は聞いた事がなかったな。

 

「このカール王国の東の森に古くからある深い深いダンジョンさ。一体、地下何階まであるのか、その最深部に到達できた者は過去にいない。そもそも、最深部なんてもんがあるのかどうかも分からない、未だに全容が解明されない謎のダンジョンだ。中にはモンスター達がウヨウヨしてて、踏み入った者の行く手を阻む。しかも、下へ降りれば降りる程、モンスターは強力になっていく」

 

「モンスターが襲って来るんですか?魔王が死んだのに?」

 

「洞窟内にいるモンスター共は、何故か魔王と関係なく侵入者に襲いかかるのさ。一説には、それが神の試練の1つだとも言われている」

 

「神の試練?」

 

「あそこは大昔、人間の神様が作ったと言われてんのさ。各階に1つずつ呪文契約の魔法陣があって、これも下の階ほど強力な呪文になっていくんだ。モンスターはその呪文を習得するに足る実力があるか否かをテストする為にいるって言われてる。まあ、真相は分からんがね」

 

 なるほど、地上にいるモンスターとは全く別の存在と言っても良い訳だ。

 

 それにしても……。

 

「オヤジさん、妙に詳しいですね……?」

 

「ははは、今でこそこんな場末の酒場のオヤジだが、俺も若い頃はいっぱしの戦士として仲間とパーティを組んでたんだよ。で、腕試しにとその仲間と『破邪の洞窟』に挑んだのさ。……呆気なく、叩き出されたがね」

 

 そう言ってオヤジさんは、自嘲した。

 

「だから、兄ちゃん。これはあの洞窟に挑んだ先輩としての忠告だ。覚悟がないなら、あそこに潜るのは止めておきな。潜るつもりなら、しっかりと準備をしてから行け。そして……己の力量をしっかりと把握して、無理は絶対にするな。あそこは『リレミト』が封じられちまうからな、帰りも歩いて帰らんにゃならん。キツいと思ったら即座に引き返せ」

 

「ご忠告ありがとう、オヤジさん。色々と参考になりました」

 

「なぁに、良いって事よ。ああ、そうだ!俺が昔潜った時に仲間が作ったマップがあるんだが、写しで良ければ持って行くかい?」

 

「いえ、いいです。マップは自分で作りますから」

 

 こういう事は自分でやった方が楽しい。

 

「そうかい?じゃあ、まあ、程々に頑張りなよ」

 

「ありがとう、オヤジさん。それと、ごちそうさま」

 

 テーブルにお代を置き、俺は酒場を出た。

 

 準備が必要というのなら、しっかりしなければ……食糧、薬草、マップ用のノート……残りのゴールドは全て使ってしまおう。元々、大して残っていなかったし、『破邪の洞窟』にはモンスターが襲いかかって来るというのなら、倒していけばまた貯まる。

 

 かなり深いダンジョンらしいから、長期戦の構えで挑む。出てきた時、どんな敵でも倒せるほどの力を付けているのが理想だな。

 

 

 

 ホテルにて夜を明かし、俺は商店を巡って必要な道具や食糧をゴールドが許す限り集めて“ふくろ”に詰め込んだ。

 

 そして正午を待たず、俺はカール王国の街を出て、酒場のオヤジさんから教えてもらった道を進み、『破邪の洞窟』へ向かった――。

 

 

ゴオォォォォ……

 

「おお……雰囲気あるなぁ」

 

 歩くこと数十分……俺は森の中に口を開いた巨大な洞窟――『破邪の洞窟』の前に立っていた。

 

 地下へと続く真っ暗な穴……天井から下がる鍾乳石がまるで化け物の牙の様だ。半端な冒険者は食い殺されて洞窟の肥やしになる……って感じか。

 

 先に入って倒れた冒険者の持ち物やゴールド、それに太古の秘宝なんかもあるんじゃないかとオヤジさんは言っていた。

 

 それを探してみるのも面白い……ただのレベルアップの為だけにダンジョンに潜るのでは面白味に欠けるからな。宝探しも冒険の醍醐味だ。

 

「さて……それじゃあ、行くとするか」

 

 『死の大地』同様、全身を龍神王装備で固め、俺は洞窟へと足を踏み込んだ――。

 

 

 



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第14話『嵐の前の平穏?友と交わす杯!の巻』

 

 

 

「『超パワフルスロー』!!」

 

 力を込めたメタルウイングの一投――

 

「ギィッ!?」「ガギァ!?」「ギャギャアッ!?」

 

 鋭く回転する最強のブーメランが、襲ってきたモンスター――短刀と鞭を持ち翼が生えた悪魔、バルログ達を纏めて両断する。

 

 『破邪の洞窟』に潜って何日か目……現在、俺は地下100階を攻略中だ――。

 

 

 真っ暗で広大な地下迷宮……俺は襲いかかってくるモンスターを撃破しつつ、1フロア毎に詳細なマップを付けながら進んだ。内部は石畳の通路が右へ左へと複雑に入り組んでおり、1フロアのマップを完成させるのにかなり時間が掛かった……。手元に時計がない上、洞窟内では空など見えるはずもなく正確ではないが、大体1フロア当たり平均1~3日ぐらいだと思う。その感覚で単純計算すると、大凡『破邪の洞窟』に潜ってから1年近くが経過した事になるか……。

 

 前情報にあった様に、各フロアに1つの呪文契約の魔法陣――これは地下50階までの話。それ以降は、ただひたすら迷宮が広がるのみだ。色々と知った呪文や、聞いた事もない呪文が幾つもあったが、ここまでの道のりで俺が覚えられた呪文は合流転移呪文『リリルーラ』のみ……他は適正がなくて覚えられなかった。

 

 洞窟内の迷宮は、下に降りれば降りる程、複雑さを増し、出現するモンスターのレベルも上がり強力になっていく。俺の場合、各フロアの攻略に時間をかけている事もあってモンスターとの戦闘回数も多く、ぐんぐんレベルが上がっていった。

 

 今、現在の俺のステータスは――

 

 

―――――――

エイト

性別:男

レベル:81

―――――――――――――

Eメタルウイング(攻+70)

E竜神の盾 (守+60)

E竜神の鎧(守+110)

E竜神の兜(守+50)

―――――――――――――

力:323

素早さ:205

身の守り:166

賢さ:322

攻撃力:418

守備力:386

最大HP:697

最大MP:385

Ex:4946176

――――――――――――――――――――――――――――――――

剣スキル:66  『ブレイドスター』(剣 攻+25)

槍スキル:45  『スターランサー』(槍 攻+10 会心率UP)

ブーメラン:52  『シューティングロード』(ブーメラン 攻+15)

格闘スキル:52  『格闘の師範』(素手 攻+20 会心率UP)

冒険心:100  『真の冒険者』(消費MP1/2)

――――――――――――――――――――――――――――――――

エイト

HP:625

MP:189

Lv:81

―――――――――――――――――

ホイミ ベホイミ

ベホマ ベホマズン

キアリー キアリク

リレミト ルーラ

トベルーラ リリルーラ

トヘロス ザオラル

ギラ ベギラマ

ベギラゴン マホトーン

イオ イオラ

メガンテ

ドラゴン斬り 火炎斬り

メタル斬り 隼斬り

アルテマソード 疾風突き

一閃突き 五月雨突き

薙ぎ払い クロスカッター

バーニングバード 超パワフルスロー

大防御 石つぶて

正拳突き 真空波

闘気弾 闘気砲

―――――――――――――――――

 

 

 剣スキル称号『ブレイドスター』の“剣装備時攻撃力+25”、槍スキル称号『槍の達人』の“槍装備時攻撃力+10”と『伝説の槍使い』の“槍装備時会心率上昇”、ブーメラン称号『シューティングナイト』の“ブーメラン装備時攻撃力+25”、格闘スキル称号『格闘界の超新星』の“素手時攻撃力+20”と『格闘の師範』の“素手時会心率上昇”、冒険心称号『冒険者の心』の“消費MP1/2”――以上の常時スキルが加わっている。

 

 冒険心のスキルで最後に覚えたのは『イオラ』とドラクエ7の特技『アルテマソード』だった。本来の勇気のスキルだと『ギガデイン』と『ギガスラッシュ』、剣スキルも100だったら『ギガブレイク』を覚えられるはずなんだが、差し替えられている上に剣スキルが足りない。『ギガブレイク』だとバランと被るから、多分その辺りも何かしら別の技に差し替えられているんだろう。

 

 たった1年で強くなり過ぎ?いやいや、考えてみてほしい。この1年の間、1日の7割強がモンスターとの戦闘だったのだ……それを生き抜いて、強くならない方がどうかしている。まあ、確かに強くなり過ぎてしまった感は否めない……今なら、暗黒神ラプソーンとも互角に戦えそうな気がする。とはいえ、強くなっておいて損はないだろう。

 

 さて、俺の事はこのぐらいにして……話を続けよう。

 

 この『破邪の洞窟』、地下50階を過ぎるともうほとんど踏み入った人間はいないらしく、宝箱も幾つか見つけた。通過したフロアの広さに対すると決して多くはない数だが、中に入っていた物は有益な物が多かった。

 

 変化の杖、賢者の石、銀の竪琴……有名ドコロの他にも、少量のゴールドや普通の薬草類が入っていた事もあったが、特筆すべきはそんなところだろう。あと、幾つか見た事もない変なアイテムもあったが……訳の分からない物は持ち出す気になれなかったんで宝箱に戻して放置してきた。

 

 正直、変化の杖が手に入っただけで俺としては充分――俺は呪文適正上、『モシャス』は覚えられないからな。変身って、密かに憧れていたんだ♪

 

 と、まあ、ここまでの道のりはそんな感じだ。

 

 それにしても……。

 

「一体、どこまで続いてるんだ?この洞窟は……」

 

 地下100階……ここまで潜ったというのに、当たり前の様に下に続く階段がある。洞窟内の様子も特に最初から変化がなくて終わりが見えてこない。食糧も残り少なくなってきた……そろそろ探索を打ち切った方が良いかも知れない。

 

 マップがあるから、帰りは一直線に帰れる。そう時間は掛からない。更に奥まで潜るにしても、1度食糧を補充しなければ流石に厳しい。

 

 それに……もう1年近くバラン達に会っていない。皆が俺の事を心配してくれているかも知れないし、俺自身も彼らが懐かしくなってきた……。

 

「……うん。地下100階でキリも良いし、やっぱり1度地上に戻ろう!」

 

 1度懐かしくなると無性に会いたくなってきた。

 

 俺は探索を打ち切り、地上へ向かって来た道を戻った――。

 

 

 

 そして、また何日か過ぎ……

 

 

 

「うわっ!?眩しいっ!」

 

 地上に戻ってきた俺は、何より先ず太陽の光に目が眩んだ。

 

 長いこと暗い洞窟にいた所為で、目が光に弱くなってしまったらしい。まあ、すぐに元に戻るだろう。

 

「っ……さて、とりあえず――」

 

プ~ン……

 

「……身体洗うか」

 

 考えてみれば、何百日も風呂に入らず、タオルで拭くだけで済ませてきたのだ。髪も伸ばしっ放しだ……このままじゃあ人前になど出られない。

 

 

 俺は近くの川へ向かい、身体から服から下着から全て纏めて念入りに洗った。

 

 流石に自分で散髪は出来ないので、紐で頭の後ろで纏めて縛り、残っていた食糧で簡単な食事を取り、久しぶりの地上の空気を全r……全身で堪能した――。

 

 

 

 乾いた服を着込み、臭いも取れてさっぱりしたところで先ずはカール王国の街へ――俺が何日ぐらい洞窟に潜っていたのかを知る為だ。

 

 あの酒場のオヤジさんに会うのが良いだろう。俺は『破邪の洞窟』に入る前に行った酒場へ向かった。

 

 

「いらっしゃ……っ!?なんだ!兄ちゃん生きてたのか!!」

 

「来て早々『生きてたのか!!』はないでしょうよ、オヤジさん……」

 

 それにしてもよく覚えていたな、俺の顔……。

 

「しょうがねえだろ、お前さんが『破邪の洞窟』に行くって言って1年以上経ったんだ。そりゃ死んだかと思うわ」

 

 失礼な……。

 

「まあ、その事は良いですよ。ところでオヤジさん、さっき『1年以上』って言ってましたが、前に俺がここに来てから正確に何日経ちました?」

 

「ん?えーと、あれは去年の秋頃だったから……ひい、ふう、みい……俺の記憶が確かなら、あれから1年と18日だな」

 

 378日間か……結構潜っていたな。

 

「で?兄ちゃん、どうだった?『破邪の洞窟』は?どこまで潜った?」

 

 オヤジさんが興味津々な様子で聞いてくる。

 

「誰にも言わないで下さいよ?」

 

「安心しな、俺は口が堅い方だ」

 

「じゃあ……地下100階です」

 

「……ハハハ!兄ちゃん、見栄を張りてえ気持ちは分かるが、そりゃあ無理があらぁ!」

 

「はい、これ」

 

 俺はカウンターにマップを描いた分厚いノートを置く。

 

「ん?なんだい、こりゃ?」

 

「俺が書いた『破邪の洞窟』のマップ」

 

「ほう……」

 

 オヤジさんはノートを受け取ると、徐に頁を捲っていく……。

 

「……っ?…………!?」

 

 ノートの頁を捲る毎に、オヤジさんの顔が面白くなっていく。目玉が飛び出して、鼻水垂らし始めた。

 

「お、お、お前さんッ……まさか、ホントに……!?」

 

「信じる信じないはお任せします」

 

 ちなみにマップには、通路だけでなく、地下50階までの各階にある呪文契約陣、見つけた宝箱の位置と中身、落とし穴や人食い箱・ミミックなどの罠の場所まで詳細に書き込んである。

 

「……兄ちゃん、何者だい?」

 

「フリーの冒険家です」

 

「はあ……とんでもねえ冒険家がいたもんだぜ、全く」

 

 そう言ってオヤジさんがノートを返してきた。

 

「しかし兄ちゃん、そのマップ、公表したりしねえのか?名が売れるし、王宮の目に止まれば、きっと騎士にでも取り立ててもらえるぜ?」

 

「興味がありません」

 

 騎士だの王宮だの、そんな堅苦しい所でなど働きたくない。俺は自由が良いんだ。

 

「はあ~、無欲なこった」

 

「欲しいものが違うだけですよ」

 

「なるほどな」

 

 そうしてオヤジさんと他愛ない会話を交わし、俺は久しぶりのまともな食事にあり付いた。洞窟内では、簡単な料理や保存食ばかりだったから、オヤジさんの料理は非常に美味かった。

 

 あと、オヤジさんから聞いた話なんだが、どうもアルキード王国の情勢が不安定になっているらしい。なんでも、王女――つまりソアラがいなくなって空いた王位継承権を巡って、国内の有力者が幾つかの派閥に別れて争っているそうだ……しょうもない連中だ。俺はあの国嫌いだし、どうなろうと知った事ではないがな。

 

 他には特に気になる情報はなかった。世界は変わらず平和という事だ。

 

 しかし……だから尚更、あの『死の大地』を包んでいた邪悪な気配が気に掛かる。あれを感じた後では、この平和な日々にすら嵐の前の静けさにも似た緊張感が漂っている気になる……。

 

 バラン達の様子を見たら、もう1度『破邪の洞窟』に入ろう。仕組みは分からないが、あそこはどうやら無限にモンスターが現れるらしいから、俺の修業の場には打って付けだ。

 

 新たな戦いがあるにしろないにしろ、強くなっておくに越した事はない。

 

 それにしても最近の俺は、我ながら強くなる事に貪欲だな。まるでどこぞの戦闘民族の様だ。修業して強くなるのが楽しくて仕方ない。

 

 だがしかし、驕ってはいけない。良い気になって調子に乗った奴は碌な目に遭わないというのが世の常だ。

 

 心のバランスを取りつつ、俺はお代を払って酒場を後にした――。

 

 

 

 

 

≪SIDE:ラーハルト≫

 

ザクッ!ザクッ!

 

「ラーハルト、キリの良いところで一休みしよう」

 

「はい、バラン様!」

 

 俺は今、バラン様と一緒に畑仕事をしている。バラン様、ソアラ様、ディーノ様、ブラス長老、そして俺の日々の糧を得る為の大事な仕事だ。

 

 畑仕事は、前の家でもやっていた。俺自身が1人で生きる為の糧を得る為に……だけど、あの時と今では鍬を持つ手に入る力が全然違う。今はこうして畑を耕しているのが心から楽しい、充実している。

 

 バラン様もソアラ様もブラス長老も、島のモンスター達でさえ優しい奴らばかりだ。誰も俺を魔族だからって虐めたりしない。

 

 村の近くに暮らしていた時、俺は本当に独りぼっちだった……。村の連中は、誰もが俺に汚いものを見る様な目を向けていた。家が壊されたり、折角育てた野菜が踏みつぶされたりは日常茶飯事……そういうものだ、仕方がないんだと割り切って、諦めるばかりの毎日だった。

 

 唯一の味方だった母さんが死んでからというもの……本当は、寂しかった。寂しくて、辛くて、いっそ死んでしまいたかった……。

 

 だからあの日、父さんと母さんの墓が壊されたあの日……俺は爆発したんだ。

 

『もう俺は独りぼっちだ!生きてる意味なんてないんだ!だったらせめて、父さんと母さんの墓を壊した奴らに仕返ししてやるッ!!』

 

 結局は返り討ちにあって、逆に痛めつけられた……。

 

 村の奴らに一矢報いる事も出来ず、ただ痛めつけられ、もう死ぬしかないかとまた諦めかけた時、俺を助けてくれたのが偶然村に立ち寄ったエイトさんだった。

 

 エイトさんは、俺を魔族と分かっても嫌な顔ひとつせず、俺の話を聞いてくれた。思い出すと恥ずかしいけど、両親以外で初めて俺を受け入れてくれたエイトさんに、俺は泣いて縋りついてしまったんだよな……。

 

 そして、俺はエイトさんにこのデルムリン島に連れて来てもらった。

 

 エイトさんは、俺に生きる場所を与えてくれた。俺を救ってくれた大恩人だ。

 

「……エイトさん、今頃どうしているかな?」

 

 思い出すと、会いたくなってくる。最後に会った時は『2、3ヶ月に1度くらいは顔を出す』って言っていたのに、島を飛び出して行ってからもう1年以上になる……。

 

 バラン様は「きっと冒険で忙しいのだろう。エイトなら心配ない」と仰っていたが、やっぱり気になっているみたいだ。時々、空を見上げて難しい顔をしている事がある。

 

 確かに、エイトさんが強いという事は俺も分かっている。俺自身会って薄々感じていたし、あの伝説の超戦士『竜の騎士』であるバラン様がお認めになる程の人だ。

 

 それでも心配になってしまう……エイトさんに会えなくなるなんて嫌だ。だから、会えない時間が長いとどうしても不安になってしまうんだ。俺も、バラン様もきっとそうなんだ。

 

ピィーーーー……!

 

「っ!?これは……!」

 

 『集合の指笛』……!島のモンスター達を集める為に吹かれる合図、音は遠くから……入江の方から聞こえてきた。

 

 これを知っているのはこの島の住人であるブラス長老、バラン様、ソアラ様、俺、そしてエイトさんだけ……。ソアラ様はディーノ様と家にいらっしゃるし、バラン様はすぐそこにいらっしゃる。ブラス長老も、長老の家にいらっしゃるはず……という事は!

 

「バラン様!」

 

「うむ!きっとそうだ!ラーハルト、ソアラに知らせて来てくれ!私は先に行って確かめる!」

 

「かしこまりました!」

 

 そして俺は家へと走り、バラン様は『トベルーラ』で飛んで行かれた。

 

「エイトさんが……!エイトさんが、帰って来たぁ!!」

 

 俺はつい嬉しくて、その場で跳び上がってしまった――。

 

 

 

≪SIDE:OUT≫

 

 

 『集合の指笛』を吹いて帰還を報せると、バランを初め、島中の皆が俺を出迎え、歓迎してくれた。

 

 が、やはり1年以上ご無沙汰していた事で、大分心配を掛けていた様で、バランやブラスさんからお小言を貰ってしまった。しかし、久しぶりの皆が元気で何よりだ。

 

 バランは少し髭が伸びていた。ソアラは相変わらず綺麗なままだ。ダイも大きくなって、もうハイハイで元気に動き回れる様になっていた。ラーハルトは、表情が活き活きして逞しくなっていた。ブラスさんは全く変わっておらず、島の様子も変わらず平和――何よりだ。

 

 その夜はバラン達と夕食を一緒に取り、この1年のお互いの話で盛り上がった。俺は『破邪の洞窟』に潜っていた事と、そこで見つけたアイテムを披露し、バラン達はダイの成長やラーハルトの働き者ぶり、といった具合だ。

 

 そして食事も終わり、ソアラがダイとラーハルトを連れて部屋に行った後、俺はバランと軽く酒(俺が買ってきた土産だ)を交えて話をした……。

 

 

「エイト、聞いてもいいだろうか?」

 

「なんだい?」

 

「お前は、何故、力を蓄えているのだ?」

 

「え……?」

 

 バランの問い掛けに、俺は思わず言葉が詰まった。何故、分かった……?

 

「私の思い違いならばすまない。だが、お前を見ていると、そう思えてならないのだ。何か、お前にしか分からない不安要素があり、それに備えているのではないか、とな」

 

「……」

 

 バランから見ると、今の俺はそんな風に見えるのか……。

 

 確かに、『死の大地』に足を踏み入れた時に感じた邪悪な気配の事がいつも頭の片隅にあるのはその通りだ。だが、“世の為、人の為”なんて重苦しく考えている訳ではない。

 

「……ここだけの話にしておいてくれ」

 

 

 俺は、今回の旅で『死の大地』に踏み入った事をバランに話した――。

 

 その時感じた邪悪な気配・魔力の話をした時は、バランも流石に驚いていた。

 

 

「『死の大地』の事は知っていたが、私も足を踏み入れた事はなかった……。まさか、その様な場所だったとは……」

 

 バランは顎に手を当てて唸る。

 

「あそこに何があるのかは分からない。だが、何かヤバいものがあるのは間違いない。それが果たして、近い将来に世界に脅威をもたらすのか……俺達が老いて死んでからなのか……、それとも何も起こらないのか……今は全く分からない。だから俺は、いつ何が起きてもいい様に修業しているのさ。冒険のついでにな」

 

 嘘は言っていないが、流石にバランに「ダイが将来、勇者として戦うかも知れない」なんて話せないからな。第一、バランにも言った通り、これはあくまで不確定な話、可能性の話だ。

 

 何事もなければそれに越した事はない。……ないが、あれば今までにない冒険になりそうで、ほんのちょびっとだけ期待してしまう。不謹慎だと頭で分かっていてもな。

 

「なるほどな、納得した。それにしても、1年前とは比べ物にならん程レベルを上げた様だな」

 

「分かるか?」

 

「ああ、纏う雰囲気が違う。生身の私ではまず勝てんな。もしかすると、紋章の力を全開にした私でも苦戦するかも知れんな」

 

「そりゃ幾らなんでも過大評価だろう」

 

 バランのステータスは前に見た時から変わっていないが、紋章を使えばそれが数倍になるのだ。全く、どこぞの戦闘民族の伝説の金髪戦士の様な反則的能力だ……転生の際に特典など貰った俺が言えた義理ではないが。

 

「ははは、まあ私にも月並みだが、『竜の騎士』の誇りがあるのでな。そう容易くは抜かせんよ」

 

「おいおい、天下の『竜の騎士』と張り合うつもりなんかないよ」

 

「ははははっ!」

 

「ったく……ふ、ははははっ!」

 

 酔いが回ってきたのか、俺とバランは揃って笑い合い、杯を交わし合った。

 

 その日の酒は、なんだかいつもより美味かった気がする……。

 

 

 久しぶりに親友と酌み交わす酒に気持ち良く酔いつつ、デルムリン島での夜は更けていった――。

 

 

 



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第15話『『破邪の洞窟』再び!!の巻』

 

 

 

「『破邪の洞窟』よ、俺は帰って来た!」

 

 バランと飲み交わしたあの夜から1週間後――俺は、ギルドメイン大陸は『破邪の洞窟』の前にいた。

 

 

 あの飲みの後、俺は1週間デルムリン島に滞在した。畑仕事を手伝ったり、ラーハルトに乞われて少しだけ稽古を付けてやったり、食事を一緒にしたり、久しぶりにのんびり楽しく過ごさせてもらった。この世界に家族のいない俺にとって、バラン達との団欒は本当に心が安らぐ。

 

 そうそう、ラーハルト――あいつには強い戦士の素質がある。それも剣より槍、力より速さの才能が強いらしい。バランにも少し稽古を付けてもらっていたらしく、槍術の基礎は出来ている。あと10年も修行すれば、立派な槍の使い手に成長するだろう。

 

 彼らとの団欒を楽しみ、冒険の疲れを癒し、そして……俺はここに戻って来た。更なる力の向上と、『破邪の洞窟』という謎のダンジョンの攻略の為に――。

 

「さぁて……行くか」

 

 1年前の様に、龍神王の装備で身を固め、貯めたゴールドで食糧と薬草類を買い込み“ふくろ”に詰め込んで、今日再び『破邪の洞窟』に挑む。

 

 今度は地下100階から更に下へ……何があるかも分からない。バラン達には、また長いこと会えないかも知れない旨は伝えてある。心置きなく、じっくりと潜れる。

 

 今度は2、3年ぐらい掛けようか……一体、このダンジョンがどこまで広がっているのか、興味がある。

 

 では、攻略開始だ――。

 

 

 

 

 

「ふんッ!」

 

 メタルウイングのただの一投げ――

 

「「「ギィッ!?」」」

 

 モンスターの群れが一薙ぎ……今の俺のレベルも相まって、地下50階までだとこれ1発で大体片が付く。

 

 自作のマップと自分の記憶を頼りに進む事で、モンスターも障害にはならないので、きちんと食事と睡眠を取っても恐らく1日で20~30階は進めるはずだ。

 

 

 前回の到達点――地下100階に辿り着くのにそんなに時間は掛からなかった……と思う。例によって洞窟内では時間が分からないので、感覚でしかないが、恐らく2~4日ぐらいだろう。体力温存の為、極力無駄な戦闘は避けた所為でレベルは上がらなかった。

 

 

「さて……ここからは未知の領域だな」

 

 地下100階から下階に降りる階段の前……ここから先は、またマッピングをしながら注意深く進む。どんな罠があるか、どんなモンスターがいるか、一切分からない。

 

 ここまでの階にボスと呼べるモンスターはいなかった。だからこそ、この先にはいる可能性が高い。今の俺はレベル81……余程の敵でない限り、倒せない事はないだろうが……油断は禁物。

 

 俺は1人……危機に陥っても、誰も助けてはくれないのだ。気を引き締めて行こう。

 

 緊張感を持ちつつ、俺は地下へ続く階段を下りた――。

 

 

 

 そこから先は、また延々と迷宮が続く……。

 

 

 

 ただ今までと違うのは、その広大さ――ハッキリ言って異常だ。101階から既に規模が違い過ぎる。明らかに海の下、カール王国の街の下にまで広がっていると思われる程、広大な空間だった。もしこの迷宮を造ったのが本当に人間の神だというのなら、一体何を目的に造ったのか1度尋ねてみたいものだ。

 

 出現するモンスターは、多少手強いが今の俺の敵ではない奴ばかりだ。流石に無傷ではいられるほど弱くはないが、これでもこの世界で10年以上冒険者として生きてきたのだ。余程の重傷でなければ取り乱さない程度には痛みに慣れた。無論、そういう重傷を負わない様に身体を鍛え、身のこなしも鍛錬している。

 

 モンスターの強さ、迷宮の複雑さと広大さ……おかげでマッピングには随分時間が掛かった。やはり感覚だが、恐らく1階層のマップを完成させるのに、今の俺でも3~5日は掛かっていたはずだ。

 

 

 そうして辿り着いた地下190階……そこで俺は異変を感じ取った。

 

 

「なんだ……?」

 

 階段を降り切り、190階のフロアに足を踏み入れた瞬間にあらゆる事柄が変わっていた……。

 

 先ずはフロアの構造……手元の灯りで見える範囲でも曲がり道も分かれ道もなく、暗闇の向こうまで真っ直ぐな通路が続いている。こんな事は今までになかった。

 

 そして空気……息苦しささえ感じられる程の圧迫感が満ちている。これもこのダンジョンに潜ってから初めての事だ。なのに、徘徊するモンスターの気配が全く感じられない……。

 

「……ボスでもいるのか?」

 

 今までにない威圧感……この先にモンスターがいるとしたら、ボスと呼んでいいレベルの奴に違いない。そうでなくても、今までとは比べ物にならない何かが存在するはずだ。

 

「……一応、準備しておくか」

 

 俺は額から流れ落ちる汗を拭い、“ふくろ”からと薬草、魔法の聖水を取り出し、身体を万全の状態に戻していく。ついでに竜神王の剣も取り出し、俺が1番得意な装備に変える。

 

 

―――――――

エイト

性別:男

レベル:88

―――――――――――

E竜神王の剣(攻+137)

E竜神の盾 (守+60)

E竜神の鎧(守+110)

E竜神の兜(守+50)

―――――――――――

力:356

素早さ:214

身の守り:182

賢さ:340

攻撃力:518

守備力:402

最大HP:720

最大MP:430

Ex:5746270

――――――――――――――――――――――――――――――――

剣スキル:82  『伝説の剣聖』(剣 攻+25 会心率UP)

槍スキル:48  『スターランサー』(槍 攻+10 会心率UP)

ブーメラン:52  『シューティングロード』(ブーメラン 攻+15)

格闘スキル:52  『格闘の師範』(素手 攻+20 会心率UP)

冒険心:100  『真の冒険者』(消費MP1/2)

――――――――――――――――――――――――――――――――

エイト

HP:720

MP:430

Lv:88

――――――――――――――――

ホイミ ベホイミ

ベホマ ベホマズン

キアリー キアリク

リレミト ルーラ

トベルーラ リリルーラ

トヘロス ザオラル

ギラ ベギラマ

ベギラゴン マホトーン

イオ イオラ

メガンテ

ドラゴン斬り 火炎斬り

メタル斬り 隼斬り

ミラクルソード アルテマソード

疾風突き 一閃突き

五月雨突き 薙ぎ払い

クロスカッター バーニングバード

超パワフルスロー 大防御

石つぶて 正拳突き

真空波 闘気弾

闘気砲

――――――――――――――――

 

 

 俺の最強の装備は、なんと言っても竜神王シリーズ――相手が1体でも複数でも、使いなれた剣で戦うのが1番強い。メタルウイングは雑魚を一掃する時に使うのがベターだ。

 

「さて……」

 

 鞘から剣を抜き、いつどこから敵が来ても戦える態勢を整え、奥へ進む……。

 

コツ、コツ、コツ……

 

 自分の足音だけが響く薄暗い通路をひたすら前に進む。進む毎に威圧感が強くなっていく……ここまでの威圧感は今まで感じた事がない。

 

 それにこの威圧感は、身の毛が弥立つ様な気味の悪い邪悪な感じと、ピンと背筋が伸びる様な厳かな感じ……“神聖”な雰囲気とでも言おうか、そんな相反する2つが同時に存在する、何とも言い表すのが難しい不思議な感じがする……。

 

「一体、何があるっていうんだ……?」

 

 俺は未体験の感覚に戸惑いつつ、どこまでも1本道が続く通路を進んだ。

 

 

 そして、どれくらい歩いたか……目の前に重厚な扉が現れた。

 

 

「……いる」

 

 この扉の向こうに、何か強力な存在が――。

 

 肌を刺す様な鋭く強い威圧感……いや、これは最早“存在感”と言って良い。

 

「ん?何か書いてあるな……なになに?」

 

『邪に染められし天の眷属。闇に堕ちたる竜の王』

 

「竜の、王……?」

 

 この先にいる奴の事か?感じる存在感も合わせて考えると……やっぱりボスがいるのか。

 

 何故こんな迷宮の奥の奥に……もしや、最深部が近いのだろうか?

 

「……考えても無駄か」

 

 疑問は尽きないが、ここで幾ら考えても答えが出る訳ではない。虎穴に入らずんば虎児を得ず――入ってみなければ分からないのなら、入ってみれば良い。

 

「よし……!」

 

 意を決して扉に手をかけ、力を入れて押し開ける。

 

「ふぬッ……!」

 

 結構重い……今の俺の力を持ってしても!

 

ギギギ……ゴトン!

 

「っ、ふぅ~……」

 

 重々しい音を立てて扉が開き、内部の様子が……見えない、真っ暗だ。

 

 警戒しつつ、ゆっくり中に入る……。

 

ボッ!

 

「っ!?」

 

 入った瞬間、部屋の壁に備え付けられていた照明に灯が点いた。

 

 そこから次々と連鎖的に点いていく灯り……おかげで、内部が明るくなり、様子が分かる様になった。どういう仕組みなんだろう?

 

 かなり広い部屋だ……天井も高い。石壁と石畳と石柱、整ってこそいるが飾り気と言える物はほぼない。

 

 だが……ただ1つ、どうしても目に留まってしまう存在がいた。

 

「ドラゴン……!?」

 

 そう、そこにいたのは巨大なドラゴン――紫色の鱗を持つ、10メートル近くある奴だ。しかし何故かそのドラゴンは、同じく巨大な鎖で身体中を雁字搦めに縛り上げられており、とても動ける状態には見えない。

 

『……グルルゥ……』

 

「っ!?」

 

 突然ドラゴンがこっちを睨んで唸り声を上げたかと思えば、奴から発せられる威圧感が急激に強まった。

 

ギシギシギシ……!!

 

 ドラゴンが鎖を引き千切りに掛かる。俺は警戒を強め、身構えた。と、次の瞬間――。

 

バキィンッッ!!

 

『……グオオォォォォォォォォォォンッッッ!!!』

 

「ぐあぁッ!?」

 

 耳が痛ぇ!!力尽くで鎖を弾き飛ばし、自由になったドラゴンの咆哮で室内の空気が震え、俺の鼓膜が悲鳴を上げる。

 

「ッ!?」

 

 唐突の殺気に反射的に後ろに飛び退く――!

 

ズガァァンッ!!

 

 次の瞬間、俺がいた場所にドラゴンの太い腕が突き刺さり、床がひび割れ陥没した。危なかった……!!

 

「野郎……不意打ちかよ!」

 

 戦いで不意打ちは当たり前なのだが、それでも思わず腹が立ちドラゴンを睨み付ける。ドラゴンは既に俺を睨んでおり、牙を剥き出して唸っていた。

 

『グルルル……!』

 

「やる気満々か……」

 

 どうやらコイツは、今までに遭遇してきたモンスターとは格が違うらしい。まさか『破邪の洞窟』の奥に、こんな奴が潜んでいたとな……俺も少し本気でやるか。

 

「はッ!!」

 

 気合を入れ、ドラゴンに向かって踏み込む。

 

『ガアァ!!』

 

 ドラゴンが再び腕を振り、俺を迎撃しようとする。なるほど速いが……冷静に見極めれば躱せない程じゃない。紙一重で躱し、奴の脇に抜けてすかさず斬る!

 

『グァァッ!?』

 

 俺の一太刀がドラゴンの脇腹を大きく斬り裂き、ドラゴンが痛がる様に叫ぶ。大分効いているな、ダメージにしたら200前後という所だろうか。

 

 さて、痛がっているところ悪いが……容赦無しでいくぞ。

 

「『ドラゴン斬り』!!」

 

『ギャガアァァァッッ!!?』

 

 ドラゴンに対して有効な剣技――目の前のドラゴンに対しても当然有効で、攻撃力を上げた俺の斬撃は奴の背中の翼を斬り飛ばした。鱗よりも濃い紫色の血が吹き出し、ドラゴンは更に叫び、身体をバタつかせる。

 

「って、暴れ過ぎだろう!?」

 

 ドラゴンは腕や足、尻尾を振り乱し石壁や石床を破壊していく。確かにダメージは大きいだろう、与えた俺が言うのもなんだが……それにしても荒れ狂い過ぎだ。痛みに慣れていないのか?

 

『グ、グルゥ……ガアァ!!』

 

「うおっ!?」

 

 暴れた際の偶然か、それとも狙ったのか、ドラゴンは俺に向かって灼熱の炎を吐き出してきた。咄嗟にジャンプして躱したが、流石に熱量が凄まじく避け切れなかった。

 

 しかも、上に飛んだのが拙かった――。

 

ドゴッ!!

 

「っが!?」

 

 横からの衝撃――俺は吹っ飛ばされ、石壁に叩きつけられる。

 

「がはっ……!」

 

 油断した……咄嗟とはいえ、迂闊に宙に飛び上がって身動きが取れなくなった所へ尻尾による一撃。思いの外、効いたぜ……!

 

「ぺっ!くそっ……俺もまだまだ甘いな」

 

 口から垂れた血を吐き捨て、ドラゴンを……いや、ドラゴンを通して甘っちょろい自分自身を睨んだ。

 

「礼を言うぜ、ドラゴン……お前のおかげで、俺はまだまだ強くなれる!」

 

 自分の中で沸々と滾る何かに心が躍る――やっぱり俺は自分でも気付かない内に、某戦闘民族に感化されているらしい。

 

「うおぉぉぉッッ!!」

 

 ともあれ、俺は剣を振りかぶり、再びドラゴンに向かって踏み込んだ――。

 

 

 



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第16話『望まぬ終点……そこで得たものは……の巻』

 

 

『グオオオオオォォォォッッ!!??』

 

 断末魔の叫びを上げ、相手が倒れる――緑色の肌に、頭とは別に腹にも顔がある異形の怪物。見る者が見れば1発で分かるその姿……今、俺が倒したのはドラクエ4のラスボス『デスピサロ』だった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……て、手こずらせやがって……!」

 

 1人で戦っていたとは言え、今の俺がここまで消耗を強いられるとは……ゲームとは明らかにレベルが違う。

 

 

 『破邪の洞窟』地下190階以降……そこからは、迷宮ではなくボスとの連戦だった。

 

 1階層ごとにボスがいて、それを倒していく事で奥への扉が開く仕組み……俺は地下191階・192階のボスを見て、その仕組みを大凡悟った。

 

 各階のボスは、歴代ドラクエのボス達の幻影だったのだ。

 

 

 地下190階は、ドラクエ1の竜王――。

 

 地下191・192階は、ドラクエ2のハーゴンとシドー――。

 

 地下193・194・195・196・197階は、ドラクエ3のバラモス・キングヒドラ・バラモスブロス・バラモスゾンビ・ゾーマ――。

 

 地下198・199階はドラクエ4のエスターク・デスピサロ――。

 

 

 で、ついさっき倒したのがデスピサロ最終形態だったという訳だ。倒したボス達は全て、倒れた後に黒い霧になって消えていった。

 

 正直を言えば、迷宮の方が幾らか楽だった。各階のボス達は、今の俺でも容易には倒せない程の凄まじい力を持っていたのだ。明らかに上方修正されている……もしかすると、俺のレベルに反応しているのかもしれない。

 

 真相は不明だが……とにかく、1体倒すのに数日ぐらい掛かった。かなりの傷を負ったし、体力もMPも随分消耗させられた。

 

 

―――――――

エイト

性別:男

レベル:102

―――――――――――

E竜神王の剣(攻+137)

E竜神の盾 (守+60)

E竜神の鎧(守+110)

E竜神の兜(守+50)

―――――――――――

力:413

素早さ:232

身の守り:230

賢さ:370

攻撃力:575

守備力:450

最大HP:818

最大MP:486

Ex:7326590

――――――――――――――――――――――――――――――――

剣スキル:100  『剣神』(剣 攻+25 会心率UP)

槍スキル:51  『スターランサー』(槍 攻+10 会心率UP)

ブーメラン:55  『シューティングロード』(ブーメラン 攻+15)

格闘スキル:55  『格闘の師範』(素手 攻+20 会心率UP)

冒険心:100  『真の冒険者』(消費MP1/2)

――――――――――――――――――――――――――――――――

エイト

HP:116

MP:8

Lv:102

――――――――――――――――

ホイミ ベホイミ

ベホマ ベホマズン

キアリー キアリク

リレミト ルーラ

トベルーラ リリルーラ

トヘロス ザオラル

ギラ ベギラマ

ベギラゴン マホトーン

イオ イオラ

メガンテ

ドラゴン斬り 火炎斬り

メタル斬り 隼斬り

ミラクルソード アルテマソード

ドラゴンソウル

疾風突き 一閃突き

五月雨突き 薙ぎ払い

クロスカッター バーニングバード

超パワフルスロー 大防御

石つぶて 正拳突き

真空波 闘気弾

闘気砲

――――――――――――――――

 

 

 各階のボス――魔王達の経験値は凄まじく、俺のレベルは遂に100を超えた。俺は転生の際に貰った特典で、ステータスにカンストがない。よって本来はあり得ないレベル102というのが成り立っている。年齢による衰えはあるらしいが、生憎俺は育ち盛り伸び盛りの17歳――衰える道理が無い。

 

 あと、剣スキルを極めて覚えた特技『ドラゴンソウル』――北米版のドラクエ8で主人公が覚える技だった。あれは確かレベルが上がると自然に覚える特技だったはずだが、俺の場合は差し替えられているらしい。1度使ってみたが、かなり強力だ――闘気を纏い相手に突撃する技で、ゾーマを闇の衣ごと貫いて倒せたほどに。

 

 ここまで来ると、もはや敵と呼べる奴がいるのかどうかさえ……いや、いかんいかん!こういう油断が思わぬ隙を生む。

 

「とにかく、回復を……『ベホマ』!」

 

 呪文を唱えると、俺の全身が癒しの光に包まれ、傷が消えていく。

 

 やがて、傷も疲労も綺麗に消えてなくなった。

 

「ふぅ、体力は全快だが、まいったな……もう魔法の聖水がない」

 

 迷宮のモンスター共ぐらいなら、MPを使わずに倒せたが、歴代ドラクエのボス達ともなるとそうはいかない。出し惜しみも出来ないので、呪文も特技もバシバシ使い、戦闘が終わる度に持っていた魔法の聖水で回復していたが……遂に底を付いた。

 

「う~ん、どうするか……」

 

 体力が幾ら全快していても、MPが無ければ強力な呪文も、『アルテマソード』『ドラゴンソウル』等の特技も使えない。

 

 この先もボスが続く可能性が高い以上、MPを使わない特技だけでは心許ないどころか無理だ。さっきのデスピサロも、呪文や特技を駆使して尚かなりの苦戦を強いられた……。

 

「これは……引き返すしかないか」

 

 引き返してまた戻ってくれば、あのボス達が復活して立ちはだかる可能性が高い気がするが、止むを得ん。このまま無理に進んで死ねば元も子もない。

 

 決断し、引き返そうと振り返った――その時。

 

『待て』

 

「っ!誰だ!?」

 

 ハッキリと聞こえた呼び止める声に、俺は再び振り返り、辺りを見渡す。だが、声の主の影もなく、それらしき気配も感じられない……。

 

『奥へと進め』

 

「なに……?」

 

ギィィィ……

 

 声に続く様に、奥へと続く扉が勝手に開いた。

 

「…………」

 

 俺はその開いた扉を見つめながらも、足が中々動かせなかった。何故なら、怪し過ぎるから……。

 

 突然、どこからともなく声が聞こえ、『奥へ進め』なんて言われても、罠ではないかと疑わないなんて無理な話だ。しかも今の俺はMP切れの上にそれを回復する術がない状態……これ以上、強敵と戦うのは危険だ。

 

ボオォォォ……!

 

「っ!今度はなんだ!?」

 

 突如、周りに光が集まり、俺は光の円柱の中に立たされる状態になる。

 

「っ!?MPが、回復してる……!」

 

 光の中に居続けると、程なく俺のMPは全快した。なんだこれは……?『これで万全の状態になったから大丈夫だろう。安心して入ってこい』とでも言うつもりか?そうまでして俺を招き入れたいのか?

 

「………………………………よし」

 

 大分悩んだが、行ってみる事にした。確かに体力もMPも全快なら、大抵の状況には対処できる。まあ流石に、今まで倒したボスが総掛かりで来たら死ぬが……幾らなんでもそんな状況にはならないだろう。それなら今まで各階で1体ずつ戦ったのは何だったんだ?って事になるからな。

 

 ともかく、俺は剣を片手に警戒しつつ奥への扉を潜り、地下への階段を下りた――。

 

 

 

「なんだ、ここは……?」

 

 階段を降り切った先には、また妙な空間が広がっていた。

 

 これまでと同じくらいの広さの石壁と石畳の部屋に、砂時計が柱の様に立ち並んでいる。その砂時計も妙な代物で、普通に砂が落ちている物と、逆に下から上に砂が上がっている物がある。数は大体半々ずつだ……。

 

 そして、部屋の奥の壁際には人の曖昧なシルエットを形取った巨大な像……正直、気持ちの悪い部屋だ。

 

『待っていた』

 

「っ!さっきの奴だな!?どこだ!出て来いッ!!」

 

 周りを見渡す――が、誰もいないし気配もない。ここはもう行き止まり――つまり『破邪の洞窟』の最深部だ。この部屋の構造で隠れるところなんてないはずだが……。

 

『我は、汝ら人間の神より分かたれし意思……我は、そなたの様な人間を永い間待っていた』

 

「何……?」

 

 辺りを見渡していると、不意に巨像が目に入り、その目の部分が光っているのに気付く。あれが、俺に語りかけているのか?

 

『我は、この迷宮の底にて、試練を乗り越えてくる者を待ち続けてきた。力、魔力、心……人間にしてそれらを兼ね備えし者を』

 

 まるで『竜の騎士』みたいな話だ……。

 

「……それが、俺だと?」

 

『然り。ここに辿り着いたそなたには、確かな資格がある。そなたに伝えよう、『真なる時の秘法』を』

 

「真なる、時の秘法……?」

 

『時を自在に操る秘法……それを得られるのは、強靭なる肉体、強大なる魔力、正しき心を兼ね備えし者のみ』

 

 つまり……この『破邪の洞窟』は、その秘法とやらを会得できる人間を選別するのが隠された目的だった訳か。呪文の契約や途中にあった宝物などは、おまけみたいなものだったと……。

 

『万物の時を停め、逆行させる……しかし、それは万象の摂理に反する法。並の呪文とは比較にならぬ魔力を要し、肉体にも膨大な負荷が掛かる。乱用してはならぬ……』

 

「ふぅん……」

 

 確かに、時間を操るなんて大層な事をすれば、何かしらのリスクがあって当然だろう。

 

 説明を聞く限り、時間の操作が出来る範囲は極限られている。停止、逆行、どちらの操作にしろ範囲に比例して消費されるMPと肉体への負荷とやらは増大していくと見た……それも爆発的に。

 

 そこまでして数分や数秒の時間を操っても、出来る事が果たしてあるのだろうか?

 

『これより、その秘法をそなたに刻もう。そなたの心の赴くままに、役立ててみるが良い』

 

 瞬間、俺の足下に複雑な魔法陣が現れ、光の柱に囲まれる。頭の中に、何かが流れ込んでくる感覚……なるほど、これがその秘法とやらが刻まれていく感覚か。

 

 やがて光が止み、魔法陣も消えた。少し意識を集中すると、確かに新しい呪文を覚えたと分かる。この感覚は言葉で表すのは難しい。コマンド画面でも確認してみよう……。

 

 

―――――――

エイト

性別:男

レベル:102

―――――――――――

E竜神王の剣(攻+137)

E竜神の盾 (守+60)

E竜神の鎧(守+110)

E竜神の兜(守+50)

―――――――――――

力:413

素早さ:232

身の守り:230

賢さ:370

攻撃力:575

守備力:450

最大HP:818

最大MP:486

Ex:7326590

――――――――――――――――――――――――――――――――

剣スキル:100  『剣神』(剣 攻+25 会心率UP)

槍スキル:51  『スターランサー』(槍 攻+10 会心率UP)

ブーメラン:55  『シューティングロード』(ブーメラン 攻+15)

格闘スキル:55  『格闘の師範』(素手 攻+20 会心率UP)

冒険心:100  『真の冒険者』(消費MP1/2)

――――――――――――――――――――――――――――――――

エイト

HP:818

MP:486

Lv:102

――――――――――――――――――――

ホイミ ベホイミ

ベホマ ベホマズン

キアリー キアリク

リレミト ルーラ

トベルーラ リリルーラ

トヘロス ザオラル

ギラ ベギラマ

ベギラゴン マホトーン

イオ イオラ

メガンテ タイムストップ

タイムリバース

ドラゴン斬り 火炎斬り

メタル斬り 隼斬り

ミラクルソード アルテマソード

ドラゴンソウル

疾風突き 一閃突き

五月雨突き 薙ぎ払い

クロスカッター バーニングバード

超パワフルスロー 大防御

石つぶて 正拳突き

真空波 闘気弾

闘気砲

――――――――――――――――――――

 

 

 こちらでも確認した……新しい呪文が2つ。『タイムストップ』『タイムリバース』――名前の通り、効果はそれぞれ停止と逆行だ。

 

 『タイムストップ』は、対象の時間を停止させる。ただし、1秒停める毎にMPを30も消費する……つまり、消費MPが1/2で済む今の俺でも止められる時間は最長で32秒が限界ということだ。しかも、停止させている間はあらゆる干渉を受け付けない――つまり『アストロン』を掛けたのと同じ状態になるという事だ。時間稼ぎ程度にしか使えそうにないな……。

 

 『タイムリバース』は、対象の時間を巻き戻す。ただし、巻き戻す時間範囲が1秒増す毎にMPを50消費……消費MP1/2にしても戻せる時間は最長19秒……。

 

 どちらも限界を越えて使うと身体に負荷が掛かり、命を縮めるらしい。しかも、対象に出来るのは人間にしろモンスターにしろ1個体だけ。

 

 ハッキリ言おう……何だ、コレ?消耗も制約も厳しい割に、効果は大した事ない。地下200階までの厳しい道のりを越えてまで手に入れる価値がある呪文とはとても思えない。

 

 これなら寧ろ、更に奥まで迷宮が続いていた方が、俺的には良かったかも知れない……。

 

 

 

 その後……俺は最深部から来た道をまた歩いて戻った。あの『真なる時の秘法』の番人から、地上に転送してくれるという申し出があったが断った。

 

 何とも言えない脱力感……前人未到の『破邪の洞窟』最深部到達を成し遂げたというのに、俺の心に達成感はない……最後に得られたものが魅力的とは程遠かったからだ。

 

 ともあれ、これでもう『破邪の洞窟』の冒険は終わってしまった。また、新しい冒険を探さなければ……。

 

 『冒険』を探す冒険……字面は良いが、実行する当人としてはなんだか微妙だ。

 

 

 



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第17話『世界の異変!!魔王復活!?の巻』

 

 

 あの思いも寄らぬ『破邪の洞窟』制覇から、早いもので10年が経った……。

 

 あの日から俺は冒険を求めて、世界中を歩き回っている。残念ながら秘境と呼べる場所も、謎とされるダンジョンも見つからず、ただ旅をして回っているだけなんだが……。

 

 この10年で変わった事も幾つか……大した事じゃないが、アルキード王国が崩壊した。原因は内乱の激化による内部崩壊……本っ当にしょうもない国だ。国民は各地に散り散りになったそうだ。

 

 後は、ロモス王国ネイル村の友人ロカさんとレイラさんの夫婦の1人娘マァムが大分美人になった事――。

 

 年に1、2回尋ねていたのだが、会う度に女らしく成長している。料理の腕も中々だ。あれなら良い嫁さんになれるだろう。

 

「も、もうっ!エイトさんったら何言うのよ!!」

 

 マァムは照れ臭いらしく、俺が褒めると顔を真っ赤にする。ロカさんがからかうと、拳が飛ぶがな……。マァムは外見はレイラさんに似た様だが、その筋力はロカさんに似てしまったらしい。しかも、何年か前にアバンさんに稽古をつけてもらったとかで、それなりに強くなっている。話を聞いて、試しに俺も少し稽古を見てやったが、マァムの実力は並の戦士より上だ。

 

 マァムを嫁に貰う野郎は、間違いなく尻に敷かれるな……。

 

 

 最後は、デルムリン島の友人であるバランとソアラの息子であるディーノ――俺はダイと呼ぶあの子が、大分大きく腕白になった事ぐらいか。俺の事を『エイト兄ちゃん』と呼んで懐いてくる、少し生意気だが可愛い奴だ。

 

 毎日、島のモンスター達と木刀片手に勇者ごっこをして遊び回っている。鬼面道士のブラスさんは、そんなダイに呪文の練習をさせて魔法使いに育てたいらしいが、当人はあまり呪文の勉強は熱心じゃない。

 

「だってオレ、勇者になりたいんだ!魔法使いなんて脇役だもん」

 

 動機は実に子供らしい。しかも身体を動かすのが大好きらしく、それもあってバランやラーハルト、時々訪ねた時には俺によく剣の稽古をせがんでくる。流石はバランの息子と言うべきか、ダイは若干12歳ながらも、中々センスがある。

 

 そうそう、ラーハルトも随分と逞しくなった。未だにバランとソアラを様付けして呼び、ダイの事も『ディーノ様』と呼んで臣下の様に振る舞う。ダイは物心ついた頃からそう呼ばれ続けているので気にしていないし、バランもソアラもこの10年の内にいい加減諦めた様だ……。

 

 そんなダイ達が暮らすデルムリン島はこの10年間、何事もなく平和そのもの――とはいかなかった……。俺は間を外してしまったんだが、2度ほど事件が起こったとバラン達から聞いた。

 

 1度目は、勇者のパーティーを騙る偽勇者共の襲撃――ダイが騙されてゴメ……ああ、何年か前に急にデルムリン島に現れ、ダイの友達になったゴールデンメタルスライムという金色で羽の生えた変わったスライムなんだが、そいつが勇者に成りすました馬鹿共に1度連れ去られてしまった。

 

 バランやラーハルトがいながら何故……?と不思議に思い、尋ねてみたら、その時はタイミング悪くバランとラーハルトは小船で島の沖合に魚釣りに出ていたんだそうだ。しかも、島を挟んで反対側で……。ドラキーの知らせを受けて急ぎ戻ってきた時には、既にゴメが連れ去られた後だったという訳だ。

 

 で、自分を騙し、友であるモンスター達を傷付けた偽勇者への怒りに燃えたダイが、島のモンスター達をブラスさんが持っていた魔法の筒という、合言葉で生き物を封じ込め、自在に出し入れできる筒に入れて、一緒にロモス王国の城に乗り込み、見事に取り戻してきた。バランやラーハルトの力を借りずに……。

 

 まあ、その辺はダイなりの“男の意地”みたいなものなんだろう。自分の不注意で友達のゴメを連れ去られた訳だから、父親であるバランや兄同然のラーハルトに頼りたくなかったんだろうよ。

 

 詳しくは知らないが、その一連の流れの中でロモス王は偽勇者共の正体に気付き、ダイやデルムリン島のモンスター達が悪者ではないと認め、島まで自ら謝罪にやってきて、一件落着となった。

 

 

 2度目は、パプニカ王国から王女レオナと兵士達が洗礼の儀式とやらを受けに遥々やってきた時――テムジンとバロンという逆臣が、レオナ姫の暗殺を企み、パプニカ王国を乗っ取ろうと画策した。奴らは、島に魔のサソリという凶暴なモンスターをどこかで捕え、この島に持ちこんでレオナ姫を殺そうとした。

 

 しかも……バラン達がテムジンとその手下共をひと捻りにした時、どこで手に入れたのかキラーマシンの残骸を修理・改造した代物にバロンが乗り込んで操縦し、襲いかかって来たという。流石に、これを聞いた時は驚いた……パプニカのレベルの低い俄か賢者にキラーマシンを改造出来た事、そもそもキラーマシンの残骸を手に入れられた事……魔のサソリの事もそうだし、色々と不可解だ。

 

 まあ、それはともかく……そこに魔のサソリの毒に侵され弱ったレオナ姫を抱えて駆け付けたダイが、キラーマシンを操るバロンを撃退し、レオナ姫は辛くも命を取り留め、事なきを得た。

 

 で、その事件でダイとレオナ姫がすっかり仲良しになったとか。バランに似て、ダイも隅に置けないねえ~♪

 

「そ、そんなんじゃないったらッ!」

 

 からかってやった時、ダイの顔が真っ赤だったな。

 

 あと……バランの話では、ダイは『竜の騎士』の力を受け継いでいるらしい。キラーマシンを倒した時、ダイの額に『竜の紋章』が浮かんでいたとかで、バランも「信じられない事だが……」と戸惑っていたのを覚えている。

 

 『竜の騎士』は、そもそも人間ではない。本来、『竜の騎士』は、その力が天地をも覆せるほど強大ゆえに、この世に唯1人しか生まれ得ないものとして神々に形作られた存在。当然、その力も血によって次世代に受け継がれていくものではなく、神の使い『聖母竜』マザードラゴンがその時代の『竜の騎士』が寿命を終える時、マザードラゴンの宿した新たな命へと『竜の紋章』は継承されていく。

 

 新たな騎士を宿したマザードラゴンは、どこかの土地でその子を生み落とし、その地の人間がそれを神の子として崇め、育てる。そして、成人した時に己の宿命に目覚める――というのが、『竜の騎士』出生の仕組みだそうだ。

 

 つまり、『竜の騎士』に両親はなく、また子供も生まれないはず……。しかし、バランの代で例外が発生した――それがダイだ。

 

 本来、子を成す事のないはずの『竜の騎士』が人間との間に子を成し、その子は本来血によって受け継がれる筈のない『竜の紋章』を受け継いでいる。

 

 どういう事なのかは、バランにも分からないそうだ……。しかし、何か『竜の騎士』という存在に変化が生じているのかも知れない、とも言っていた。

 

 最終的に、しばらく様子を見ようという事に結論に落ち着いた。基本の『竜の騎士』は、成人するまではその力を自分の意志ではコントロールできず、普通の人間とそう変わらないというから、とりあえず今は『竜の騎士』云々は伏せておき、いずれ折を見てバランがダイに打ち明けるそうだ。

 

 ん?俺の事?

 

 俺は多少背が伸びて老けたぐらいで、大した変化はない。現在27歳で身長176センチ、平均的な一般成人男性並だ。この10年、大した戦闘はなく旅と自主訓練だけで生きてきたので、レベルも上がっていない。

 

 

 

―――――――

エイト

性別:男

レベル:102

―――――――――――

E竜神王の剣(攻+137)

E竜神の盾 (守+60)

E竜神の鎧(守+110)

E竜神の兜(守+50)

―――――――――――

力:413

素早さ:232

身の守り:230

賢さ:370

攻撃力:575

守備力:450

最大HP:818

最大MP:486

Ex:7337382

――――――――――――――――――――――――――――――――

剣スキル:100  『剣神』(剣 攻+25 会心率UP)

槍スキル:51  『スターランサー』(槍 攻+10 会心率UP)

ブーメラン:55  『シューティングロード』(ブーメラン 攻+15)

格闘スキル:55  『格闘の師範』(素手 攻+20 会心率UP)

冒険心:100  『真の冒険者』(消費MP1/2)

――――――――――――――――――――――――――――――――

エイト

HP:818

MP:486

Lv:102

―――――――――――――――――

ホイミ ベホイミ

ベホマ ベホマズン

キアリー キアリク

リレミト ルーラ

トベルーラ リリルーラ

トヘロス ザオラル

ギラ ベギラマ

ベギラゴン マホトーン

イオ イオラ

メガンテ タイムストップ

タイムリバース

ドラゴン斬り 火炎斬り

メタル斬り 隼斬り

ミラクルソード アルテマソード

ドラゴンソウル

疾風突き 一閃突き

五月雨突き 薙ぎ払い

クロスカッター バーニングバード

超パワフルスロー 大防御

石つぶて 正拳突き

真空波 闘気弾

闘気砲

―――――――――――――――――

 

 

 『破邪の洞窟』にでも籠っていれば、更なるレベルアップも可能だろうが……それだけの為に、大いに白けさせてくれたあのダンジョンを今更ウロつく気にはなれない。

 

 だからという訳でもないが、ただ街から街へ、国から国へ、10年間ひたすら旅を続けてきた。もう随分昔の事だが、前世の頃では考えられない生き方だ。そして、悪くない生き方だ。

 

 

 そうして自由に世界を歩いていた俺は、フラリとホルキア大陸に立ち寄っていた時――事件は起きた。

 

 

「っ、なんだ、この感じ……!?」

 

 適当に森を歩いていた時、俺は肌を刺す様な、殺気にも似た空気を感じた。周囲を見渡し、空を見上げる……森は昼間だというのに、何故か薄暗くなった印象を受け、空は間違いなく快晴だが何故か灰色に見えてしまう。

 

 俺が異変に警戒していた――その時!

 

『『『カカカカカーー!!』』』

 

「なっ!?」

 

 森の奥から現れたのは、6本の腕にそれぞれ剣を握る異形の骸骨――骸骨剣士の群れだった。本来、魔王の魔力無しでは出現しないはずのモンスター……何故、今になって現れた!?

 

『『『人間だぁ!!殺せ殺せーー!!』』』

 

 疑問は浮かべど考える間はなく、骸骨剣士どもは俺に襲いかかって来る。だが――

 

「……っ!」

 

 お生憎様、骸骨剣士如きに傷を貰うほど今の俺は弱くない。

 

『『『カ、カ……』』』

 

 背中の鞘から引き抜き様に剣を一閃――骸骨剣士どもは粉々に砕け、その場に崩れ落ちた。剣を鞘に戻し、粉々になった骸骨剣士の成れの果てを見下ろす……。

 

「……この類いのモンスターがまた暴れ出したって事は……」

 

 考えられるのは、倒されたはずの魔王ハドラーが復活したか……或いは新たに別の魔王が出現したか……どちらにせよ、世界は再び暴れ出したモンスター軍団の脅威に脅かされるという事だ。

 

 平和な日々は15年か……、長いんだか短いんだか……。

 

「……ん?待てよ……?」

 

 魔王が再び現れたという事は……骸骨以外のモンスター達も魔王の魔力だか意思だかの影響を受けて、凶暴化するという事だ。つまり……

 

「――ッ!ダイ達が危ないッ!!」

 

 デルムリン島のブラスさんを初めとしたモンスター達も、元は魔王の影響で暴れていたモンスター――今再び影響を受ければ、ダイ達にも襲いかかるかもしれない!『竜(ドラゴン)の騎士』のバランや屈強の槍使いに成長したラーハルトはともかく、戦闘能力を持たないソアラや島のモンスター達と大の仲良しであるダイは、襲い掛かられたらどうなるか!

 

「『ルーラ』ッ!!」

 

 俺はデルムリン島へ向けて跳んだ――!!

 

 

 

「んんッ!?」

 

 デルムリン島が見える空の上で、俺は思わず『ルーラ』の移動状態を解除して宙に停止する。デルムリン島の異変が見えたからだ――。

 

「なんだ……?あの光は……!?」

 

 デルムリン島全体をスッポリと覆い、空に向かって高く昇り上がる光の柱――島上空にたち込める暗雲に映るのは五芒星……この世界では五芒星は光を象徴する魔法陣、六芒星は闇を象徴する魔法陣とされる。つまり、あれの光の柱は何かしらの魔法、それも光や聖に属する魔法という事だ。

 

「一体……何が?」

 

 見ている間に、柱は半球型のドームに変わり、再び島全体を覆ってしまった。見た感じ、あれは結界の1種だと思うが……誰が発動させたんだろうか?

 

 ラーハルト……は違うな。あいつは呪文が苦手、魔族の血のおかげで初歩の攻撃呪文と『ルーラ』は何とか覚えたが、それ以外は覚えられなかったはずだ。少なくとも、何ヶ月か前に会った時はそうだった。

 

 だとすると、バランか……?呪文は一通り使えるとは言っていたが、ああいう明らかに光や聖に属する呪文が使えるとは聞いた事がない。俺も聞かなかったから、言わなかったのかもしれないが……。

 

 まさか、ダイやソアラって事はないはずだ……。

 

 ダイはそもそも子供で、島1つを覆う程の高度な呪文は誰も教えていないし、呪文自体イマイチ苦手でまだ『メラ』と『ホイミ』しか使えなかったはずだ。

 

 ソアラは少しだけ回復呪文の心得があるとは言っていたが、長い付き合いで彼女のMPの総量は知っている。ソアラの最大MPは22……対して島を覆った結界は、どれだけ少なく見積もってもMP40~50は間違いなく消費する大呪文、ソアラに使えるとはとても思えない。

 

 じゃあ、誰が……?デルムリン島の住人にもう心当たりは無い。

 

「……行って確かめるしかないか」

 

 結局は、直接確認する以外に事実を知る方法はないって事だ。少なくとも、あの結界に危険な印象は受けない……恐らく、大丈夫だろう。

 

「とにかく行って……むっ!」

 

 嫌な気配を感じて振り向く――その方向の少し離れた所を2体のモンスターが飛んで行くのが見えた。

 

 蝙蝠の様な羽、カラスの様な嘴、頭に生えた2本の角、一端に服など着たモンスター――あれはガーゴイルだな。

 

 恐らく奴等も、あの光の柱に気付いてやって来たんだろう。幸い、奴らは俺に気付いていない――ここで見つけたからには黙ってデルムリン島に行かせる訳にはいかないな。

 

「さっさと片付けて、ダイ達の安否を確認しないとな」

 

 俺は『トベルーラ』でガーゴイル共の後を追った――。

 

 

 

≪SIDE:バラン≫

 

 

「おお……!これは、奇跡か……!?」

 

 ブラス殿が震えた声で言う。気持ちは分かる。確かに奇跡と言いたくなる光景だ。

 

 突如として、大気に不穏な気配が漂ったかと思えば島のモンスター達が凶暴化し、狂った様に暴れ出した。

 

 恐らく、かつて地上世界を征服せんとした魔王が蘇ったのだろう。

 

 魔王の意思に影響され、穏やかだったモンスター達は見る影もなく、私達にすら襲いかかって来た。

 

 10年以上を隣人として暮らしてきた者達……そして、我が息子ディーノの友たちだ。殺す訳にもいかず、打撃で気絶させるに留めたが、限界を感じソアラ・ラーハルト・ディーノを連れて海岸まで後退してきた。

 

 唯一、ギリギリのところで魔王の支配に抗っていたブラス殿も、限界が近付き、涙ながらに我々に「逃げろ」と言ってくれた。

 

 忍びなく思いはしたが、私は島からの脱出を決断した。

 

 『竜の騎士』は高い戦闘力を誇る……だが、殺さずに彼らモンスターを鎮める術は持たない。故に、彼らを傷つけず、また妻や息子達を守るには退く以外に取れる道が、私にはなかった。

 

 しかし、そこに彼は現れた――赤い礼服に身を包み、分厚い眼鏡を掛けた男。

 

 彼は、デルムリン島全体を五芒星魔法陣で包み、伝説の破邪呪文『マホカトール』を発動し、島から魔王の意思を排した。モンスター達は再び穏やかさを取り戻し、我々は島を出る事なく救われたのだ。

 

「これは、邪悪な意志を持つ者は絶対に入る事の出来ない結界を張る呪文、『マホカトール』って言うんだ」

 

 そうディーノに説明したのは、赤服の男が連れていた緑色の服を着た少年だ。

 

「まほかとーる?ねえ、爺ちゃん、父さん、知ってる?」

 

「いや、わしもとんと聞いた事がない。じゃが、これほど高度な結界呪文……誰でも彼でも使える呪文ではあるまい」

 

「私は聞いた事がある。神に認められた者にしか扱う事の出来ない破邪の結界呪文だ。現代に扱える者がいたとは驚いたな……」

 

 伝説にのみ名を残す破邪の呪文――あらゆる呪文を使いこなす賢者の中でも、修行に修行を重ねた者にのみ習得を許されると聞く。それをこうも容易く使いこなすとは……あの男、只者ではない。

 

「どこの誰かは知らないが、島を救ってくれた事、心から感謝する。ありがとう、おかげで助かった」

 

「いえいえ、どうかお気になさらず。あっ、申し遅れました!私……こういう者でございますっ!」

 

 唐突にひょうきんな立ち居振る舞いになった男は、どこからか巻物を取り出して広げて見せる。

 

 そこには、こう書かれていた――。

 

『勇者の育成ならおまかせ!<この道15年のベテラン アバン・デ・ジニュアール3世>魔法使い僧侶も一流に育て上げます“私に連絡くださいドゾヨロシク”』

 

「「「「「はあ……!?」」」」」

 

「アバン・デ・ジニュアール3世。勇者育成業……ま、平たく言えば家庭教師ですな」

 

「「「「「家庭教師ィ!?」」」」」

 

 男の自己紹介を聞いていた全員が声を揃えてしまった。私は一瞬『ふざけているのか?』と思わず疑ってしまったが……その名前には聞き覚えがある。

 

 アバン……15年前、地上を脅かした魔王ハドラーを討ち取った勇者の名だ。恐らく、間違いないだろう。

 

 『マホカトール』という高度な呪文を扱える事だけではない。彼は、本来倒すべき敵であるはずのモンスター達を無闇に殺す事無く我々全員、デルムリン島全てを救って見せた。

 

 単純な力や魔力ならば、私の方が上だろう。だが、力で敵を滅ぼす事でしか守りたいものを守れない私には、今、彼がやってのけた事はとてもできない。

 

 なるほど……これが勇者というものか。

 

「そう!正義を守り、悪を砕く平和の使徒!勇者、賢者、魔法使い!!彼らを育て上げ、超一流の戦士へと導くのが、私の仕事なのですっ!!」

 

 う、う~む……これが……勇者、というもの……なのか?

 

「これは弟子のポップです。現在、魔法の修行中の身であります」

 

「……っ」ペコッ

 

 アバン殿に紹介され、ポップと呼ばれた少年は我々に会釈した。若いな……歳の頃は15、6といったところか。

 

「それで……その家庭教師が何故この島へ?」

 

 何やら他にも疑問を抱えたまま気を取り直した風なブラス殿が、取り急ぎ全員に共通する疑問をアバン殿に尋ねた。

 

 すると、アバン殿の表情が引き締まる……。

 

「もうお気付きでしょうが……魔王が現世に復活してしまいました」

 

「や、やはり……!」

 

 魔王の復活……島のモンスター達が凶暴化した時から予想は付いていたが、この現象はどうやら世界中で起きているようだな。

 

「魔王配下の邪悪な怪物達が世界中に溢れ出し、人々を苦しめ始めています。ロモス・パプニカなどの王国も危機に曝されているのです」

 

「ええっ!?ロモスの王様や……レオナ姫が……!!」

 

 ディーノが声を上げた。ディーノは、ロモスの王やパプニカの姫君とは親交が深いからな……その危機とあれば、当然の反応だろう。

 

「私はパプニカ王国の王家から頼まれて、ここに来たのですよ。デルムリン島に住むダイ少年こそ、まさしく未来の勇者!彼を1日も早く真の勇者に育て上げてほしい……とね!」

 

 なるほど、最初からディーノの事を知っている風だったのはそういう事だったか。

 

「ダイ君、どうしますか?私の修行を受けてみますか、魔王を倒す為に……!勿論、修行はムッチャクチャハードですが」

 

「……よぉし、やるっ!!レオナがピンチだっていうなら、救いに行かなくちゃ……!それに魔王を倒さない限り、父さんや母さん、ラーハルトにブラス爺ちゃん、島のみんなも平和に暮らせない!!」

 

「ダイ……!」「「ディーノ……!」」「ディーノ様……!」

 

 ブラス殿、私とソアラ、ラーハルト――皆、ディーノの言葉に胸を打たれた。私達の息子は、いつの間にかこんなにも逞しく成長していたのだな……。

 

「オレを、鍛えて下さい!そして本当の勇者になって、魔王を倒すっ!!」

 

 ディーノの成長は、父として嬉しい事に違いはない。だが、同時に複雑でもある。

 

 本当ならば……現代の『竜の騎士』である私が復活した魔王と戦うべきなのだが、今の私には……それができない訳がある。

 

 気がついたのはごく最近……私は戦う力を失ってしまった。己の意志で『竜の紋章』を発動できなくなってしまったのだ。元々の肉体が持っていた力や魔力は使えるので、12年のブランクがあるとは言え、並の人間よりは確実に強いのだろうが……相手が魔王ともなると、今の戦闘力では心許ない。

 

 正確な原因は分からない……が、心当たりはある。

 

 恐らくは、人間不信……12年前のアルキード王国での出来事を皮きりに、ここ数ヶ月の間に起きた偽勇者騒動・パプニカ王家の逆臣の騒動……。どちらも人間の欲によって起きた事件……『竜の騎士』の使命に目覚めた時、私は人間こそ守るべき存在だと信じて疑わなかった。だからこそ、かつて命を懸けて冥竜王ヴェルザー一族と戦ったのだ。

 

 しかし、実際に人間社会で生きてみて、人間の汚い面を目の当たりにし、私の中に『裏切られた』という気持ちが燻り出した。愛する妻ソアラと息子ディーノ、そして親友エイトがいなければ……もしかしたら、私は人間を滅ぼす側に回っていたかも知れないと思う。

 

 人間社会から離れ、デルムリン島で平和に暮らし、ようやくそういった暗い気持ちを忘れかけていた時……あの偽勇者一味の事件と、パプニカ王国の逆臣の事件が起き、人間への不信感を思い出してしまった。

 

 そして、分からなくなった……人間は、本当に守るべき存在なのか……命を懸けて守るに値する存在なのか……。

 

 その答えが出ない限り、恐らく私は戦えまい……。

 

キィィィィン……!!

 

「「「「「「「!?」」」」」」」

 

 突如聞こえてくる風を切る音――聞こえてくる空に目を向ければ、飛来してくる影が見える。蝙蝠の羽に嘴、人間に近い身体のモンスターが2体……。

 

「鳥人間――ガーゴイルじゃっ!!」

 

 姿を見て、ブラス殿が叫ぶ。

 

「ケケケーッ!!人間だ!!人間がいたぞ!!」

 

「殺せ殺せ!!カァァァッ!!」

 

 物騒な事を叫びながらどんどん近付いて来る。恐らくは、魔王配下の偵察モンスターといったところだろう。大した敵ではない、今の紋章の力を失った私やラーハルトでも余裕で撃退できる。

 

 だが――

 

「バラン様」

 

「うむ」

 

 ラーハルトも分かっている。我々が身構える必要などない。何故なら、飛来してくる影が“もう1つ”あるからだ。

 

 その影は、耳が痛む程の鋭い風切り音と共にガーゴイル共を追い抜く。すると――

 

「「ゲエッ!!?」」

 

 ガーゴイル2体が『マホカトール』の結界2メートルほど手前まで来た瞬間、奴らは揃って上半身と下半身が離れた。

 

 そして、我々の目の前には我々が良く知る男が立っている。

 

「やれやれ……手応えのない奴らだ」

 

「お前が強過ぎるだけだろう、エイト」

 

 竜の意匠が施された剣を手にした、我々の友人――冒険家エイトだ。世界の異変を察知し、我々の身を案じて来てくれたのだろう。

 

「しかし……まさか、あんたがいるとは思わなかったよ。アバンさん」

 

「それは私もですよ。お久しぶりですね、エイト君」

 

 懐かしげに再会の挨拶を交わす2人――どうやら、エイトとアバン殿は知り合いだった様だ。

 

 

 友人の意外な交友関係に内心で驚きつつ、私達は一先ずの危機が去った事実に安堵するのだった――。

 

 

 




※9/25 ご指摘により微修正


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第18話『勇者の猛特訓!!眼鏡を掛けた竜、現る!?の巻』

 

 

 

 世界の異変に気付き、俺がデルムリン島に駆け付けた時には、当初考えられた問題はほぼ解決していた――。

 

 島はアバンさんが張った聖なる結界で守られ、偵察と思しきガーゴイルは俺が始末して、ダイやバラン達に一切怪我は無し。

 

 

 一段落して落ち着いてから、色々と事情を聞いた……。

 

 やはり魔王が復活した事……倒したアバンさんが言うんだから、間違いないだろう。

 

 それに伴い、アバンさんがパプニカ王家からの依頼で、ダイを鍛えにやってきた事――ダイがそれを受け入れ、やる気満々な事も聞いた。

 

 それと彼に預けたはずの俺の義弟ヒュンケルがいなかった事について――アバンさんの話によれば、ヒュンケルは飲み込みが良く、1年程で教える事がなくなり、立派な一人前の戦士となって無事に卒業し、旅に出たそうだ。

 

「君を探すと言っていましたから、今もきっと世界を旅して回っている事でしょう」

 

 俺もヒュンケルと別れてから15年間、世界中をあちこち歩き回っていたから、多分すれ違っていたんだろうな。まあ、同じ空の下に生きている以上、いずれどこかで出会うだろう。

 

 

 またそれとは別に……バランの事も、彼が『竜の騎士』の力を失ってしまった事も聞いた。

 

 長らく信じてきた『人間こそ守るべき存在』という考えが、人間を知れば知るほど本当に正しかったのかどうか分からなくなった。その迷いが『竜の紋章』を封じてしまったのだろう、と言っていた……。

 

 バランは厳つい顔に似合わず純粋な心を持っていた様だ。だから、余計に傷ついたんだろう……。

 

「厳つい顔で悪かったな……」

 

 失礼――。

 

 ともあれ、バランが戦えない……戦いたくないと言う以上、無理に『戦え』なんて俺は死んでも言わない。

 

 戦いたい奴、戦う気のある奴が戦えば良いんだ。俺や、ダイみたいな、な……。

 

「さてと、特訓のコースですが……なにしろ時間がないっ!世界中の人々が今こうしている間にも魔王軍の猛攻に苦しめられているはずですからね……!」

 

 そう前置きをして、アバンさんが提示したダイの育成プラン――

 

「そこでダイ君にはズバリ!1週間で勇者になれる『特別(スペシャル)ハードコース』を受けてもらいます!!」

 

「ゲェーーッ!?『特別ハードコース』!?」

 

「ええっ!1週間で勇者になれんの!?やったぁーっ!」

 

 アバンさんが連れていたポップとかいう魔法使い見習いの少年は顔をムンクの叫びにし、ダイは短期間で憧れの勇者になれるという事に顔を輝かせる。

 

「1週間て……んな馬鹿な」

 

「ふざけているのか、あの男……?」

 

 上が俺、次がラーハルトだ。幾ら元勇者のアバンさんが教えると言っても、1週間で勇者になれるなんて信じられる訳がない。大体、もし仮にそんな事が出来てしまったら、アバンさん自身の立場はないだろうに……。

 

「……ゴニョゴニョッ(おい!絶対やめとけっ!!『特別ハードコース』ってのはな!今まで誰もやり通した事がないんで有名なんだ!そんなのやったらお前、死んじまうぞ!!)」

 

 ダイの首根っこを抱えてゴニョゴニョ言ったポップの声は、近くにいた俺には聞こえていた。どうでもいいが、他にも受けた奴いたらしい……その『特別ハードコース』とやら。

 

「ポップ」

 

「うぎっ!?」

 

「あなたも参加して良いんですよ~?後輩に追い抜かれちゃったらかっこ悪いでしょ~?」

 

「じょっ、冗談じゃないっスよ!!オレは、通常の特訓で十分ですから!!」

 

 どうやらこのポップとかいう小僧、あんまり根性はなさそうだ。こういう奴はあんまり好きじゃないな……。

 

「オレ、やるッ!」

 

 ダイはやる気満々で『特別ハードコース』受講を決めた。

 

 

 

 特訓はその翌日から始まった――。

 

 

「うおおおおおおーーーっっ!!」

 

 先ずは早朝の特訓――自分の半分ほどもある岩を3つ、ロープで繋がれて島外周を全力ランニング。俺は走るダイを見守っている。

 

「ゼェ、ゼェ、ヒー、ヒー」

 

 何周か回って、体力が尽きたダイが砂浜に座り込む。岩を引き摺ってこれだけ走り回れるなら、一般的な12歳の男子と比べれば凄まじい体力だ。

 

ズンッ、ズンッ……

 

「ぬ?」

 

 何やら重々しい足音が近づいて来るので振り返って見ると、アバンさんが巨大な岩を抱えて歩いて来ていた。具体的には、ダイが引き摺っていた岩の数十倍はありそうな大岩だ。

 

 アバンさん……見かけによらず腕力あるじゃないか。これでも年齢と自分の修行を怠けた所為で、全盛期より多少衰えていると言うんだから、伊達に勇者じゃなかった訳だ。っていうか、アバンさんでこれならロカさんはどれだけ怪力だったんだ?

 

「ダイ君。これ、剣で割って下さい」

 

「ええっ!?こんなにデッカイ岩を……!?」

 

 事も無げに言うアバンさんに、ダイが目を剥く。

 

「これが初日の課題です。今日中にクリアしちゃってくれないと困ります。なんせ1週間で勇者になれる『特別ハードコース』ですから♪」ニッコリ

 

 笑って言う事じゃないって、アバンさん……。

 

 ともあれダイは、少し前にやった兵士の剣――俺が昔使っていたヤツを軽く修理したのをやった――を構え、大岩に斬りかかる。

 

「でやあああッ!!」

 

ガキンッ!!

 

「うわっ!?」

 

 ダイの力任せの剣は大岩に弾かれ、勢い余ってダイはよろけた。

 

「く、くそぉ~!だあああッ!!」

 

 ムキになって大岩に剣を叩き付けまくるダイ……しかし、大岩には傷がつくだけで一向に割れる気配がない。余談になるが、兵士の剣は大分刃毀れしてしまった……まあ、だからどうという訳ではないが。

 

「ハア、ハア……ダメだ……全然割れないや……」

 

「ふぅむ……まだ無理みたいですね。それじゃあ、また後でという事で……」

 

 見かねたアバンさんがストップをかけ、大岩を片付けた。

 

「では、通常の特訓コースに突入しまーす!アー・ユー・レディー!?」

 

「ハア、ハアッ、ゼェ、ゼェ……」

 

 既に肩で息をするダイだが、目からやる気は失せてはいない。

 

 

 ともかく、その後はアバンさん曰く通常の特訓コース――

 

 

 基礎体力作りのトレーニングから始まり、剣術・格闘技の特訓。

 

 昼メシを挟んでモンスターや技・魔法のお勉強、魔力を高める瞑想、呪文の実習。

 

 

 ここまでが通常の特訓らしい。

 

 そして、『特別ハードコース』を受けるダイは、これらが終わった夕方から再び猛特訓が始まる――。

 

 やるのは主に剣の指導――ダイは、真剣にアバンさんの指導を受けていった。

 

 俺は、『特別ハードコース』とやらがどれ程のものなのか興味があって参加していたんだが、あんなに真剣なダイは、今まで見た事がない……やっぱり、パプニカのお姫様を救う目標があるからだろう。

 

 それに引き換え、ポップは……授業に居眠りするわ、魔法の詰めは甘いわ……1年以上アバンさんに教わって、多少強力な呪文が使える様だが、真剣さはまるで足りない。

 

 俺は気になってその事を指摘したのだが、アバンさんは苦笑いを浮かべた。

 

「あの子は、中々本腰を入れて修業してくれないんですよ。ちょっと厳しい課題を与えると、すぐ諦めてしまうんです」

 

 だったら、強く叱るなり、強制するなりすればいいじゃないか――そう言うと、アバンさんは真剣な表情でこう言った。

 

「確かにそれも1つのやり方なんでしょうけど、私はポップに自分の意志で修業に取り組んでほしいんですよ。私に強制されて修業するより、自分でやる気になってする方が上達も早いですし、何よりポップの為になりますから」

 

 甘いんだか厳しいんだか……。

 

 まあ、ポップは別に身内じゃないから将来どうなろうと自由だし、アバンさんに任せる事にする。

 

 で、身内のダイの事だが……やはり呪文より剣の方が素質がある様だ。

 

 なんと朝に割れなかった大岩を、夕方には剣で割ってしまったのだ。アバンさん曰く――

 

「人間無茶苦茶疲れると。1番楽な動きをしようとします。つまり、1番自然で無駄のない動きです。ダイ君の剣には無駄な動きが多かった……元々ダイ君には、このくらいの岩を割る力があったんです」

 

 理屈は分かるし尤もだが、言う程簡単な事ではない。

 

 ただ疲れさせるだけなら、太刀筋がブレたり、力が入らなくなるだけで結局岩を割る事なんて出来やしない。

 

 アバンさんはダイの体力を『無駄な動きをさせず、且つ岩を割れる』ギリギリの所を見極めて削り、基礎トレーニングや剣術特訓の中で無駄な動きを矯正していったのだ。

 

 その成果が、ダイがその日の終わりに真っ2つに斬り割った大岩――たった1日で、ダイは正しい太刀筋を身に付けてしまった訳だ。

 

 教えるにしろ教わるにしろ、こんな事、俺には到底出来ない……アバンさんの指導力、ダイの学習能力、どっちにも脱帽するしかない。

 

 

 

 2日目も同じ特訓メニュー――ダイの成長は目覚ましく、無駄な動きのない太刀筋を身に付けたダイは剣の特訓において、アバンさんを追い詰め、木刀を持たない左手で受け止めさせた程だ。

 

 そんなダイに、アバンさんはある必殺技を見せた。『アバンストラッシュ』――逆手に持った木刀に闘気を込めて、背後に引き絞った体勢から振り抜き、溜めた闘気を斬撃に乗せて一気に放出する技……アバンさんが編み出した『アバン流刀殺法』の奥義にして、アバンさんの最強の必殺技だそうだ。

 

 ダイは更にやる気を滾らせ、その日の内に『アバン流刀殺法』の初歩――力で相手をぶった斬る剣技『大地斬』をマスターする。

 

 

 そして『特別ハードコース』は3日目に突入する――。

 

 

 その日の早朝は、アバンさんが特別訓練をするからとダイを連れ出した。何をするのか気になるので、俺も同行している。

 

「この先にお望みの大きな洞窟がありますが……そこで一体何をなさるおつもりじゃな?」

 

 そう言ったのはブラスさん――アバンさんが、広くて大きな洞窟はないかと尋ねたので、心当たりの洞窟まで案内してもらっているのだ。

 

「なに、少々派手に暴れますんでね。他の動物達に迷惑が掛からない様に……と」

 

 派手に暴れる……ダイと本気の模擬試合でもするのだろうか?

 

 今朝のアバンさんの様子はいつになく真剣な感じだ。それほど気合いの入った修業という事か……。

 

「ダイ、心して掛かれ。どうやら今日の修業は、これまでとは訳が違うらしいぞ?」

 

「大丈夫!勇者になる為なら、どんな辛い修行も耐えてみせるよっ!」

 

 俺の忠告に、意気込みを露わにするダイ。

 

 

 そうこうしている内に、俺達は山の東側に開いた洞窟に到着した――。

 

 

「ダイ君、君は『大地斬』を覚えてしまいました。従って今日はその上の技を覚えてもらいます」

 

「やったぁ!」

 

「ただし半端じゃないですよ?」

 

「はい!覚悟はできてますっ!」

 

「下手をすると……君は死にます!」

 

「「「!?」」」

 

 アバンさんの口から出たとんでもない一言に、俺とブラスさんとダイは揃って目を丸くする。

 

 一体、どんな凄まじい修行をさせる気なんだ?アバンさんは……。

 

「ブラスさんとゴメちゃんは、危険なのでここまでで遠慮して下さい」

 

「ええっ!?」「ピピィ!?」

 

「俺はいいのかい?アバンさん」

 

「エイト君の実力なら問題ないでしょう。ですが、くれぐれも手出し無用でお願いしますよ?」

 

「分かった」

 

 とはいえ、本当にダイが死ぬ様な状況に陥ったら流石に助けるがな……。アバンさんも、その辺りの塩梅はちゃんと考えているだろうし……。

 

「っ、先生……!一体どんな修行をするんですか!?」

 

「……ついて来なさい」

 

 そう言って洞窟の奥へ向かうアバンさん。ダイもその後をついて行き、俺も後を追う。洞窟は結構深い、広い……俺もデルムリン島にはちょくちょく来ているが、こんな場所があるとは知らなかった。

 

 しばらく歩いたところで、アバンさんが振り返る。

 

「この辺りで良いでしょう。それでは、エイト君は少し下がって見ていてください」

 

「はいよ」

 

 アバンさんの指示に従い、俺は少し後ろに下がり、壁に寄り掛かる。

 

「緊張する事はありませんよ、ダイ君。今日の修行は簡単です」

 

「えっ?」

 

「私と戦うのです。ただし、私はある呪文を使いますから、君は真剣を使ってかまいません」

 

「真剣を……!?」

 

「そうです。たった今から私の皮膚は、鉄よりも固くなってしまいますからね」

 

 鉄よりも固く……?防御力を上げる呪文なら『スカラ』だが、それにしたって真剣を使えば斬れるはず……それに防御力を上げてアバンさんが戦ったとしても、ダイが死ぬって事はないだろう。第一、アバンさんともあろう人がそんな安直な修行を課す訳もない。

 

 とにかく、見守ろう――。

 

「いきますよ、ダイ君!……ふぬッ!!」

 

 アバンさんは突然、足を踏ん張り、歯を食いしばり、全身に力を入れ始めた。呪文を使うモーションではないが、魔法力の高まりを感じる……。

 

「むむむぅぅ……!!『ド・ラ・ゴ・ラ・ム』!!」

 

 呪文を唱えた瞬間、アバンさんの身体が炎に包まれ、次の瞬間その姿は変わった――洞窟いっぱいの巨体、鋭い爪に牙、背中に2枚の翼、頭に2本の角、でも何故か眼鏡はそのまま……。

 

「『グワアアァァァァッッ!!!』」

 

 変身したアバンさんが、咆哮が上げた。その姿を見て、ダイは恐れと戸惑いの声を上げる。

 

「ド、ドラゴンだあっ!!先生がドラゴンに……!!」

 

 火竜変化呪文『ドラゴラム』――ドラクエ3などでは、魔法使いや賢者が高いレベルで習得できる呪文だ。この世界においては、一応名前こそ残っているが、呪文の高度さとMP消費量の多さで使い手がいなくなって久しいと聞いた事がある。

 

 一握りの賢者にしか使えないはずの破邪呪文『マホカトール』に続いて、こんな呪文まで使えるとは……アバンさん、あんた元とは言え勇者だよな?

 

「ピピィー……!!」

 

「ん?」

 

 今の声は、ゴメか?あいつ、ダイが心配でこっそりついて来てたな。声が遠ざかったという事は、外に助けを呼びに行ったか……しょうのない奴だ。

 

「『ありとあらゆるモンスターの中でも最強の力を持つ種族、ドラゴン!それと互角以上に戦えなくては、真の勇者たりえません!私は私の意思を消し、あなたを殺そうとする1頭のドラゴンになります!死にたくなければ戦い、私を打ち倒すのです!!』」

 

「そんな……!?幾らなんでも無茶だよ!アバン先生っ!!」

 

 ダイが叫ぶがアバンさんは聞く耳持たず、その目からは知性の色が消え、ドラゴンと化したその巨体からは殺気が噴き出す。

 

「くっ……!」

 

 観念したのか、ダイは兵士の剣を引き抜き構える。次の瞬間――ドラゴンアバンさんの剛腕が唸り、ダイに襲い掛かった。

 

「っ!たあぁぁーー!!」

 

 ダイは攻撃をかわし、カウンターで剣を叩き込む……が。

 

ガキンッ!!

 

「うわあぁぁッ!!?」

 

 ドラゴンの皮膚は鉄より硬い――剣術がいくら上達したとは言っても、まだドラゴンの皮膚を斬れる程の威力はないらしく、ダイは弾き飛ばされた。

 

「う、くぅ……!」

 

 立ち上がるダイに、ドラゴンアバンさんはすかさず燃えさかる火炎を吐きかける――!

 

「『グワアァーーッッ!!』」

 

「うわあぁあぁッ!??」

 

 ダイが炎にまかれる。

 

 ドラゴンの強みは、鋼鉄以上の高度を誇る鱗とこの炎のブレスだ。半端な攻撃ではドラゴンの強靭な鱗に弾かれる。炎を吐かれれば近づく事も難しい。

 

「……なるほど、そう言う事か」

 

 アバンさんがダイに何をさせたいのかが分かった……。かなり無茶な方法だが、ダイの成長の速さを考えれば妥当と言えない事もない。

 

「あち、あちちっ!!ぅ……くぅ……!」

 

 

 さあ、どうする……ダイ?

 

 早いトコ、アバンさんの意図に気付かないと……本当に危ないぞ。

 

 

 



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第19話『魔王、現る……!!!の巻』

 

 

 

≪SIDE:ポップ≫

 

 

「やっ!!はっ!!」

 

 オレは1人、森の中で自分の杖――マジカルブースターを振り回していた。アバン先生はダイの『特別ハードコース』に掛かりっきりで、この3日、オレは通常の特訓以外は暇になった。

 

 べ、別にダイに対抗して修行してる訳じゃねえよっ!ただちょっと、身体を動かしたくなっただけだ!

 

「はぁ、はぁ……う~ん……」

 

 少し息が切れたところで手を止める。振る時の手は、もっと上だったかな?ダイは確かこうやって……

 

「ピピーーッ!!」

 

「ッ!?」ギクッ!

 

 不意に聞こえて来た鳴き声に、俺は慌てて振り上げようとしていたマジカルブースターを後ろに隠す。

 

 振り返ってみると、空から羽の生えた金ぴかスライムが飛んで来ていた。確か、ゴメとか言ったっけ?

 

「なっ、なんだお前かっ!驚かすんじゃねえ……!!」

 

「ピィィ!ピピィ!!」

 

「い、いいか。オレはダイに対抗して練習してた訳じゃねえんだからな……!そこんとこだけは、ハッキリさせとくぞ……!」

 

「ピィピィ!ピピピッ!ピピ!ピピィ!!」

 

 なんか飛び回って喚いてるけど、これ、オレに話しかけてるつもりなのか?

 

「何言ってんだよ……?オレはダイじゃないんだから、お前の言葉なんか分からねえよ」

 

「ピ……」

 

 今度はなんだ?ゴメの奴、急に力んだ様な顔し始めたぞ?

 

「ピッ!」

 

 あっ、ゴメが形を変えた!左右に2つずつの巻き髪――

 

「へえ!似てる似てる!アバン先生だろ!」

 

 こいつ、器用な事するなぁ。言葉が通じないから、形で伝えようってか。

 

「ピィ~……ピ……」

 

 なんか難しい顔し始めた……形を変えるのって、意外と大変みたいだ。

 

「ピッピィーー!!」

 

「ゲ!?」

 

 ゴメが変わった瞬間、オレは目を剥いた――この形は、ドラゴン!

 

「ま、まさかっ!!?」

 

 思わずドラゴン型のゴメを捕まえてしまう。そのくらい、オレは焦ってた。

 

 アバン先生、ドラゴン――この2つのキーワードはオレにある悪夢の記憶を呼び起こす。そして、今、アバン先生はダイに『特別ハードコース』の3日目の修行を付けに行ってる……って事はつまり――

 

 アバン先生はダイに、あの恐怖の『ドラゴラム』修行をつけてるって事だ!!

 

「せ、先生……なんて恐ろしい事を……!!」

 

 オレはゴメを放り出して走った!オレも1度だけ、アバン先生の『ドラゴラム』修行を受けさせられた事がある。命辛々逃げ出して、何とか助かったけど……あの時は本当に死ぬかと思ったんだ!!

 

「大体、あいつは氷系呪文では1番弱い『ヒャド』さえ碌に使えないんだぞ!?ドラゴンの炎をどうやって防ぐんだよ!!」

 

 たった3日で、ドラゴンと戦える様になれなんて無茶すぎるぜ!アバン先生!

 

 いくら岩を斬れる様になったって、ドラゴンの皮膚は鉄より硬いんだ!あいつの唯一の武器の剣も通じないんじゃ手も足もでねえよ!

 

 ダイが危ない!

 

 

 オレはゴメの案内の元、ダイとアバン先生の所へ急いだ――間に合ってくれよ!!

 

 

 

≪SIDE:OUT≫

 

 

「熱、熱ちちっ……く、ぅ……!」

 

 燃えさかる火炎で身体中あちこちが火傷を負いながらも、ダイは兵士の剣を杖代わりに立ち上がる。

 

 戦意は衰えていない……今ダイは、必死にドラゴンの鋼鉄の皮膚と炎をどうにかする方法を考えているな。

 

「…………っ!」

 

 おっ、目の奥に閃きが……何か思いついたな。

 

「……海を切る技……『海波斬』だ……!!」

 

 気付いた――足を踏ん張り、剣を弧を描く様にゆっくりと振り上げ、両手持ちで構える。

 

 この無茶とも言えるアバンさんのスパルタ修行の目的――それはアバン流刀殺法『海』の技、『海波斬』の実戦習得。『大地斬』がパワーで敵をぶった斬る技なのに対し、『海波斬』はスピードで斬り裂く技……その特性はもう1つ、『海を斬る』という言葉通り、“形のないもの”を斬ること。

 

 高速で振り抜かれた刃から生じる“飛ぶ斬撃”は炎や冷気などの攻撃的エネルギーを斬り裂き、上手く使えばその先にいる敵も斬り裂く事ができる……らしい。

 

 『大地斬』はパワーと斬撃の“重さ”、『海波斬』はスピードと斬撃の“鋭さ”をそれぞれ極限まで高めた技という事だ。

 

 パワーと重みはドラゴンの皮膚の強靭さに弾かれてしまう。だが、スピードと鋭さなら……。

 

「うおおおおおっ!!!」

 

 ダイが仕掛けた――!

 

「止めるんだぁーー!!ダイーー!!!」「ダイぃーー!!!」「ピイーー!!」

 

「ん?」

 

 あの声は、ポップか……それに、ブラスさんやゴメも。

 

 ポップはゴメがどうにかして呼んできたんだろうな。ちょうど良いタイミングだな。

 

 再びドラゴンアバンさんが燃えさかる火炎を吐き――

 

「アバン流刀殺法!『海波斬』!!」

 

 ダイが『海波斬』を繰り出す――!

 

 2つのエネルギーが激突する瞬間に洞窟内が閃光に満たされる。

 

 そして、閃光が止むとそこには……

 

「あ、あああっ……!ほ、炎を斬ったあっ!!」

 

 左上に剣を振り上げた体勢のダイと、真っ二つに斬り裂かれた燃えさかる火炎――ダイは見事に『海波斬』を成功させたのだ、それも完璧に。

 

ピシッ

 

「『ンガッ!?グギャオォオオォ~~~ッ!!?』」

 

 鼻先がプッツリ切れて、そのショックでアバンさんが元の姿に戻った。

 

「おおお~~~っ!!?鼻がぁ~~~ッ!?ふがッはがッあがッんがぁ!?」

 

 ジタバタと大袈裟に痛がるアバンさん……たかが浅い切り傷1つだろうに、どうしてあれで『ドラゴラム』が解けるんだ?

 

「……ふぅぅ~」

 

 力が抜けたのか、ダイはその場に座り込んだ。それを見たブラスさんとゴメが駆け寄る。

 

「ダイッ!大丈夫か!?」

 

「ピピィ!?」

 

 ダイは心配そうな2人?に、盛大に疲れながらも笑みを見せてVサインを向けた。

 

「へへっ……やったぜ……!」

 

 さて、そろそろダイを回復してやるとするか。

 

「お疲れさん、ダイ。ほれ、『ベホマ』」

 

 回復の光がダイを包み、傷を癒していく。ダイが負ったダメージくらいなら、『ベホイミ』でも良かったかもしれないが、まあ、一応な。

 

「わあ!凄えや!痛みも疲れも一瞬で消えちゃった!エイト兄ちゃん、ありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

「こりゃあ驚いたわい!『ベホマ』とは……!使い手も随分少なくなったと言われる高度な回復呪文じゃ!まさかエイト君が使えるとは、それもこうも完璧に……!」

 

「伊達に20年以上、世界中を冒険して回ってないって事っすよ」

 

 ハッキリ言って悪いが、この世界の一般的な魔法使い・僧侶・賢者のレベルは低い。まあ、ゲームとは呪文の難易度や威力が大分違うみたいだから、一概にそうとも言えないのかもしれないが……。

 

 それはともかく――

 

「んぐぅ~~!?はがッあがッ、くくぅ~~~!??」

 

 いつまでジタバタやってるんだろうな?アバンさんは……。

 

「先生、大丈夫?」

 

「……!」

 

 ダイが声を掛けると、アバンさんは背筋を伸ばして動きを止める。

 

 だが……

 

「……う~~ん、痛ぁい~……!」

 

 すぐに鼻を抑えて顔を顰めた。あんな傷でもやっぱり痛いらしい。

 

「自業自得ですよ、先生……。『ドラゴラム』で修行なんてムチャクチャやるんだもん」

 

 そう呆れた風に言ったのはポップだ。

 

「いや~、ここ数日の特訓でダイ君の剣は元々備えていたパワーに加えて、スピードが飛躍的に増していましたからね。これはもう、『海波斬』はできるだろうから、この際ついでにより実戦的な稽古もやっちゃおうかな~~なんて……!」

 

「そんないい加減な目算でやらないで下さいよ!!」

 

「おやっ?えらくムキになりますねぇ?そんなに心配だったんですか~?」

 

「べっ、べっつにぃ……」

 

 からかう様なアバンさんから、ポップは顔を逸らす。素直じゃないな。

 

 しかし、ダイの成長速度は本当に大したもんだ……。たった3日で、ここまでパワーとスピードを身につけ、しかも技を2つも覚えてしまった。こんな事、神様から転生の特典を貰った俺だって出来やしない。

 

「ともあれ!!ダイ君は既に、『海波斬』のコツを掴んでいます!この調子なら『特別ハードコース』の達成も、夢ではぬわぁ~いっ!!」

 

 いきなり奇声を上げるアバンさん。

 

「ちょっとアバンさん、そんなに力んで叫んだら……」

 

ツゥ……

 

「ん……?」

 

 鼻の傷口から血が垂れた……言わんこっちゃない。

 

「あっ……エイト君、私にも回復呪文かけてくれませんか!?」

 

「「「だあ!?」」」「ピィ!?」

 

 ダイ達が揃ってズッコケた。アバンさん、多分ワザとやってるんだろうな、これ……。

 

「ったく、締まらないねぇアバンさん。ほい、『ホイミ』」

 

 指先をアバンさんの傷口に近付けて呪文を唱えると、すぐに傷は消えた。

 

「う~ん、まったくカッコ悪いッスね~。アハハハハハッ!」

 

「「「「ハハハハハッ!」」」」

 

 アバンさんがカラカラと笑い、釣られて俺達も笑ってしまう。本当に、不思議な魅力のある人だよ、アバンさんは。

 

「ハハハハ……んっ?」

 

 なんだ?この肌にビリビリくる強烈な気配は……。それに、全身に感じるこの刺す様な威圧感……これは、殺気!

 

「……!」

 

 見れば、アバンさんも同じものを感じている様で、険しい表情を浮かべている。

 

 間違いない……何者かは知らんが、俺達に敵対的な存在が近付いて来ている!

 

ゴゴゴゴゴゴ……!!

 

「じ、地震だあ!!」

 

「なんじゃっ!?火山の爆発かっ!?」

 

 ダイとブラスさんが慌てて周りを見回す。

 

「……いや!違います。この震動は……何者かが島の魔法陣を破ろうとしているのです!」

 

「「「ええっ!?」」」

 

 俺を除く全員が、アバンさんの言葉に驚く。

 

「一体、誰が……!?」

 

「バカ!魔王の手下に決まってんだろ!この島は、邪悪を拒む魔法陣で守られてるんだ!入ってこられねえのは悪りぃ奴だけ!魔法陣を、無理矢理破ろうとしてるって事はそいつが邪悪な奴って事!つまり、魔王の手下に間違いないんだ!!」

 

 ダイに教えるポップ。確かにそれは間違っちゃいない……だが、アバンさんが張った結界が、並のモンスターに破れる様なチャチな代物な筈はない。

 

「……っ!」

 

 現に、アバンさんはさっきより更に険しい表情を浮かべている……。今、デルムリン島に侵入を試みている奴は、相応の実力があるという事だ。

 

ズゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!

 

 一段と揺れが酷くなった!

 

 それに、感じ取れる魔力も強くなっている……!敵が遂に結界を突破してしまったらしい――隠す気もない殺気が、どんどん近付いて来るのを感じる。

 

「うううっ……う~~ッ!!」

 

「じいちゃん!?どうしたの!?」

 

 突然、ブラスさんが頭を抑えて苦しみ出した。

 

「こっ、この強烈なエネルギーには……覚えがある……!!」

 

 なんだって!?

 

「えっ!?覚えって……じいちゃん、知ってるの!?」

 

 ダイが驚く中、アバンさんが額から汗を流しつつ言った。

 

「どうやら、不安が的中してしまったようです……」

 

 どうやら、アバンさんも覚えのある敵の様だ。一体、何者なんだ……?

 

 そうしている間にも、敵の気配はすぐそこまで迫って来ている。

 

 

 そして、次の瞬間――爆発と共に洞窟の天井に穴が開き、そこから迸る魔力の紫電を纏いながら1人の男が降りてきた……。

 

 

 身長は190センチぐらい、頭から全身をスッポリと覆うローブの様なマントを被り、まるで2本の角が生えているかの様な輪郭、唯一覗く顔は鈍い青色の肌に如何にも『悪党』という目付きの悪い顔、ついでに目も濁っている……。

 

 肌の色だけでも魔族と分かる。感じられる魔力や威圧感からも、相当強いと分かる。

 

「グフフフハハハ……ッ!貴様の魔法陣にはなかなか骨を折らされたぞ……」

 

「っ!やはり生きていたか……、魔王ッ!!」

 

「「「魔王!?」」」

 

 俺とダイとポップの驚きの声が重なる。

 

 この、目の前に現れた魔族の男が……かつて世界中を恐怖のどん底に叩き落とし、15年前にアバンさんが打倒したというあの……

 

「魔王ハドラーッ!!」

 

 アバンさんの叫びが、洞窟に木霊した――。

 

 

 



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第20話『戦いの幕開け!!“大冒険”の始まり!!!の巻』

 

 

 

≪SIDE:バラン≫

 

 

「今の震動は……!!」

 

 火山の噴火やただの地震とは違う……!感じられる邪悪な魔力の波動……間違いない、何者かがアバン殿の張った魔法陣を力尽くで破り、このデルムリン島に侵入してきたのだ。

 

「あなた……!」

 

 不安げな表情を浮かべる我が妻ソアラ……。

 

 その不安は、私も私なりに分かる。アバン殿が用いた『マホカトール』という呪文……詳しくは知らないが、聖なる結界魔法陣を敷く呪文であるのは間違いなく、並のモンスターでは1歩たりとも踏み入れぬはず。

 

 つまり、これ程の轟音を立てながら力尽くで踏み入れる以上、侵入者は相応の実力を持つ魔の者という事だ。

 

 魔王の手先か……、或いは……。

 

「……ラーハルト、ソアラを頼む」

 

「バラン様……戦われるのですか?」

 

「……必要とあればな」

 

 今の私は『竜の紋章』を発動する事の適わぬ身……故に、戦うとなれば己の肉体と魔力、そして通常の闘気のみで戦わねばならん。

 

 幾ら真魔剛竜剣があるとはいえ、この10年余りの間に、私も随分と鈍った……。雑魚ならばいざ知らず、今この島に侵入している敵に、今の私がどこまで通用するか分からん。

 

 島にはエイトがいる。エイトは強い……私が戦う必要など、無いのかもしれない。だが、ここで何もせず、自ら友と呼ぶ男に全て押し付ける様な真似は、絶対にしたくない。

 

「ラーハルト、ソアラを頼む」

 

「はっ!この命に代えても、お守りしますッ!」

 

「命には代えるな。お前も、私達の大切な家族の1人なのだからな」

 

「っ、はいッ!」

 

 ラーハルトの心強い返事を背に、私は家を飛び出す。

 

 

 邪悪な波動の位置は捉えている――そこには、ディーノやエイト達もいる。

 

 私は『トベルーラ』で空に上がり、その場所へ急いだ――。

 

 

 

≪SIDE:OUT≫

 

 

「ククク……久しいな、アバン。あれから長い歳月が経ったものよ……」

 

 薄ら笑いを浮かべて、魔王ハドラーが口を開いた。その口からアバンさんの名前が出た事で、俺以外の全員が驚く。

 

「えっ!?先生、魔王に会った事あるの!?」

 

「……」コク

 

 ダイの問いに、アバンさんは無言で頷いた。すると、ダイは再び驚きの顔になり、アバンさんとハドラーの顔を交互に見る。

 

「……お前の様な男がこんな所にいるとはな……。勇者アバン……!」

 

「ゆ、勇者アバンッ!?」

 

「せ、先生が勇者……!?」

 

 ダイ、ポップの順にアバンさんの正体に驚く。驚いてばかりだな、子供達は……。

 

「かつて貴様は俺の前に立ち塞がり、もう1歩で達成するはずだったこの俺の野望を悉く打ち砕いた!あまつさえ、我が命をも奪った……ッ!」

 

「そ、そうじゃ!アバン……!その昔、魔王に戦いを挑み、これを倒して世に平和をもたらしたという伝説の勇者の名が……アバンじゃった!!」

 

 ハドラーの言葉で、ブラスさんも思い出したらしい。考えてみれば、ブラスさんも元は魔王の手下の鬼面道士……アバンさんを知っていてもおかしくはないな。

 

「先生……!本当なの!?」

 

「……古い話ですよ」

 

「バレちまったな、アバンさん」

 

「仕方ありません」

 

 そう言って、アバンさんは軽く笑う。

 

「えっ!?もしかしてエイト兄ちゃん、アバン先生の事、知ってたの!?」

 

「まあな」

 

 何しろ、ちょうどハドラーが倒された時に地底魔城にいたからな、俺は。

 

「ぐぅぅ……!あの痛みと屈辱は決して忘れん……!!」

 

「お前は、その数百倍にも及ぶ人間の命を奪ったではないか……!」

 

「フン!笑わせるな。人間など、我々魔族に比べ様もない愚かな存在……例え数百万集まったところで、俺の命とはつり合わんわ!!」

 

 随分とまあ、典型的な事をほざきやがる……。だが、実際に言われてみると、少~し頭にくるな……。

 

「変わらんな……いや、以前にも増して愚劣極まりない性格になった様だ……!!」

 

「なんだとぉッ!!」

 

 目付きを険しくさせたハドラーの身体から、魔力の高まりで紫電が迸る。それに伴い、威圧感も増した……野郎、いっちょ前に怒っていやがる。

 

 だが……この程度か。

 

「……アバンさん、ダイ達を連れて下がっていてくれ」

 

「エイト君……ッ!?」

 

 俺は戦闘に意識を切り替え、闘気と魔力を高め、ハドラーを見据える……。

 

「あんたとハドラーに因縁があるのは重々承知している……だが、今のあんたじゃ多分、奴には勝てん。例え、全快の状態でもな」

 

「っ……!」

 

 アバンさんは『ドラゴラム』を使ってMPを消耗しているが、そんな事とは関係なしに目の前のハドラーには太刀打ちできない。アバンさんが衰えたのか、ハドラーが力を増したのか、或いは両方か……ともかく、ハドラーとアバンさんの実力には小さくない差がある。

 

 だが、それはアバンさんならの話……俺は違う。

 

「……分かりました。ダイ君!ポップ!下がっていなさい……!」

 

「そんな……!オレも一緒に戦うよ!!」

 

「いいえ、ここはエイト君に任せます。君達……いえ、私も含めて、この場にいればエイト君の足手纏いになるだけです……!」

 

「ええっ!?」

 

「早く!下がりなさい!」

 

「……っ!」

 

 初めて聞くアバンさんの怒鳴り声で、ダイの声が止まった。そして、背後の気配が下がっていく。

 

 さて……それじゃあ、始めようか。

 

 竜神王の剣を抜き、切っ先をハドラーに向ける。すると、ハドラーは片眉(眉はないが)を吊り上げて怪訝な表情を浮かべた。

 

「……なんだ、貴様は?」

 

「俺はエイト。しがない冒険家さ」

 

「フン。気に入らんな、その目……貴様、まさかこの俺と戦うつもりじゃあ、あるまいな?」

 

「だったら……どうだと言うんだ?」

 

「フフフ……アーッハッハッハッ!!身の程知らずめ!よかろう、余興代わりだ。恨み重なるアバンの前に、貴様からあの世に送ってやるわ!!」

 

 ハドラーは右手に緑色の光弾を作り出す。あれは爆裂系エネルギー……『イオラ』か……。

 

「この俺に刃向い、魔王軍の侵攻を邪魔する者は、誰であろうと許さん!消え失せろ――『イオラ』!!」

 

 ハドラーの手から『イオラ』のエネルギー弾が放たれる――!

 

「兄ちゃーーんッ!!」

 

 心配するな、ダイ。

 

「ッ!」

 

 俺は空いた左手に魔力を集中し、ハドラーの放った『イオラ』を地面に叩き落とす。爆煙が巻き起こり、俺の姿を隠した。

 

「ッ!!」

 

 間髪入れずにハドラーの懐に踏み込み――

 

「何ッ!?」

 

「『火炎斬り』ッ!!」

 

 ハドラーの胴を燃える剣で斬り払う。

 

「ぬおぉぉッッ!!?」

 

 ハドラーは慌てて後ろに飛び退る。だが――手応え有り、だ。

 

「ぐッ!?ガッ、ハッ……!!?」

 

 完全には避け切れていない。黒いローブとその下の胸板に焼け跡と割と深い斬り傷が走り、魔族特有の青黒い血が流れ、ハドラーは苦痛に顔を歪めた。

 

「「や、やったぁ!!」」

 

 後ろから、ダイとポップの歓声が響く。

 

「ま、魔王ハドラーが膝をつきおった!?」

 

 今度はブラスさんの声だ。

 

「ぐ、ぐうぅぅ……ッッ、おのれぇ!!」

 

 目を血走らせ、歯を剥き出しにしたハドラーが、羽織っていたローブを脱ぎ捨て叫んだ。蒼い肌だが、筋肉質な体つき……何かしらの格闘技を使うと見た。

 

「この、この俺の身体に傷をつけるとはぁ……!絶対に許さんッ!!粉々に打ち砕いてくれるわぁああッッ!!!」

 

 たかがあの程度の傷で、ここまで激昂するとは……沸点の低い奴だ。ゲーム的ダメージに換算しても120くらいしか通ってないだろうに……。

 

 思った通りだ。こいつ、大したこと無い。

 

「ぬうぅぅぅ……ううッッ!!」

 

 今度は両手に、さっきより強力な爆裂系エネルギーを溜め始めた……あれは『イオナズン』だな。

 

「グゥフフフフッ!!砕け散るがいいッ!!」

 

 怒りに我を忘れている、あのバカ魔王。俺を殺す事に夢中で、いきなり大技に出るとは……あんなモーションじゃ、避けろと言っている様なもんだ。

 

 とはいえ、下手に避けると後ろのダイ達が危険だ。

 

「仕方ないな……ッ!!」

 

 全身に力と闘気を巡らせ、足を踏ん張り、両腕を顔の前で交差する――格闘スキルから得た技『大防御』の構えだ。

 

「ハーッハハハハッ!死ねいッ!!『イオナズン』ッッ!!!」

 

 放たれた最上級の爆裂エネルギーが、凄まじい勢いで向かってくる!

 

「ッッ!!」

 

 そのエネルギーの塊が俺の身体に激突した瞬間――エネルギーが大爆発を起こし、衝撃と熱が俺を襲った―!

 

 

 

≪SIDE:ハドラー≫

 

 

「ハーッハハハハハハッ!!まともに喰らいおったわ!ガーハハハハハハッ!!」

 

 俺の最強の呪文『イオナズン』――こいつをまともに喰らって生きておれるはずもない。最初のあの燃える剣の技には多少驚かされたが、終わってみれば他愛もない。

 

 このハドラー様に逆らう者は、全員こうなるのだ!

 

「ハーッハハハハハハッ!!グフハハハ「何をバカ笑いしていやがる」――ハッ!?」

 

 い、今の声は……!?

 

「グッ!?」

 

 突如、爆煙が吹き飛ばされる。その先には――

 

「ば、バカな……ッ!?」

 

 あの若造が、剣を構えて立っていた。所々、焼け焦げた跡はあるが五体満足、気力の衰えもまるで見られない……どういう事だ!?

 

 奴は確かに、俺の『イオナズン』をまともに受けたはずだ!?その瞬間を俺は見ていた!避ける素振りも見せず、両腕を交差して……ま、まさか、防御して耐えたとでも言うのか!?

 

 そんなバカな……!そんな事ができる人間などいるはずがないッ!この俺の最強呪文を耐え切るなど……人間に出来る訳がない!!

 

「敵を前にして考え事とはいい度胸だな!!」

 

「っ!?」

 

 我に帰ってみれば、既にエイトとかいった若造が目の前まで迫っていた。奴の剣が振り下ろされてくる――い、いかん!!

 

「ぬうッ!!」

 

 俺は咄嗟に左拳に必殺の『ヘルズクロー』を伸ばし、奴の剣を受け止める!

 

「ッ!」

 

 お、重いッ!何という威力の斬撃……!?こやつの身体のどこにこんな力が……!!

 

「ぬぅぅ……ッ!こ、この俺様を……舐めるなぁ!!」

 

 空いていた右拳にもクローを伸ばし、奴の顔面をぶち抜く為に繰り出す――が。

 

ガッ!!

 

「なッ!??」

 

 奴は、事もあろうにこの俺の腕を片手で掴み、『ヘルズクロー』の一撃を阻止しおった!

 

「ぐ、ぬぅぅぅ~~……!!」

 

「むぅぅ……!」

 

 は、外せん……!?奴に掴まれた腕が、凄まじい力で押さえられて振り払う事ができん。競り合っている剣の圧力も、この俺の力を持ってしても押し返せん!

 

 このハドラー様が……こんな、こんなどこの馬の骨とも分からん人間の若造に、力負けしているだとぉ!?

 

「そ、そんな……!バカな事がぁ……!あってたまるかあぁーーーッッ!!!」

 

 

 

≪SIDE:OUT≫

 

 

「そ、そんな……!バカな事がぁ……!あってたまるかあぁーーーッッ!!!」

 

「うるせえッ!!」

 

 上段の蹴りをハドラーの顔面に叩き込み、同時に掴んでいた腕を離す。

 

「グハァッ!!?」

 

 ハドラーは洞窟の壁まで吹っ飛び、跳ね返って倒れた。

 

 すかさず俺はハドラーに駆け寄り、剣で奴の心臓を狙う――。

 

「ハッ!?」

 

 殺気に気付いたのか、ハドラーは地面を転がり俺の刺突をかわした。そのまま起き上がり、拳から生える黒い爪を振り上げて襲い掛かってくる。

 

「クソォォッッ!!」

 

 目が飛び出しそうなほど剥き出している。明らかに冷静さを失っているな……口ほどにもない奴、動きが雑過ぎて目を瞑っても避けられそうだ。

 

 ハドラーが繰り出した右腕を掴み、奴の脇を通して後ろに捻り上げ、そのまま足を払い――

 

「せいやぁッ!!」

 

 関節を極めながら後ろに引き倒し、その腕をへし折った。

 

「ぎゃあぁぁッ!!?」

 

 ハドラーは折れた腕を抑えて叫びながら、のた打ち回る。今のは特に技って訳じゃない。強いて言うなら、合気道の『四方投げ』に近いカウンター型の関節技だ。

 

「はうぅぅぅ……ッ!?」

 

 まだ痛がっていやがる……本当に打たれ弱い奴だな。

 

「……腕の1本ぐらいでいつまでのた打ち回っていやがる!?てめえ、それでも魔王か!?」

 

 いい加減イライラしてきたんで、思わず怒鳴りつけてやった。すると……。

 

「っ!……グフ、フフフフフ……ッ!」

 

 何を思ったのか、ハドラーは急に笑い出し、身体を震わせながらも緩やかに立ち上がる。

 

「ゼェ、ゼェ……フフフッ、き、貴様らは、相変わらず俺が魔王だと、ぐッ、く……!お、思っている様だな……ハァ、ハァ……!」

 

 腕が痛むらしく顔を歪めるが、懸命に強がる様が実に滑稽だ。

 

「な、なんだと……!?」

 

 今のは後ろに下がっているアバンさんだ。狼狽える姿に余裕を取り戻したのか、ハドラーの顔に嫌ったらしい笑みが浮かぶ。

 

「俺は、あるお方の力で再びこの世に蘇ったのだ。以前よりも強靭な肉体を与えられてな……!」

 

「ほ~、そのザマでも一応、昔よりは強くなっているのか」

 

「だ、黙れぃッ!!き、聞いて怖れ慄くが良いッ!そのお方は、俺よりも遥かに強大で偉大なお方なのだ!!」

 

「ええっ!?」

 

「な、なんと……!」

 

「魔王より、凄い奴が……!?」

 

 今のは順に、ダイ・ブラスさん・ポップだな。

 

「何者だ!?そいつは……!?」

 

 今度はアバンさんだ。

 

 こういう状況でもある程度、俺が冷静でいられるのは神様から貰った特典のおかげか、それとも前世のゲーム知識か……いずれにせよ、後ろの面々の反応が普通なんだろうって事は、俺も重々承知している。

 

「フッ、大魔王……バーン!!」

 

 魔王の背後に大魔王か……王道だな。

 

「アバン、貴様に敗れ、死の世界をさまよっていた俺を蘇生させて下さった、偉大なる魔界の神だ!!バーン様に忠誠を誓った俺は、魔王軍の全指揮権を与えられたのだ!!今の俺は、バーン様の全軍を束ねる総司令官……魔軍司令ハドラーだ!!ワーッハッハッハッハッハッ!!!」

 

「……何という事だ……!」

 

 アバンさんの震えた声……15年前、死力を尽くしてハドラーと戦い、どうにか倒したアバンさんとしては、その魔王が強靭になって蘇り、その背後に更に強大な大魔王がいると分かれば、狼狽えずにはいられないか……。

 

 対して俺は、ハドラーと戦ったのはこれが初めてだからな。ハドラーより上だと言われても、あまり脅威を実感できないのが本音だ。

 

「……だから?」

 

「ハッハッハッハ……ッ!?何だと……?」

 

 俺の発した一言で、ハドラーの馬鹿笑いが止まった。

 

「聞こえなかったか?俺は『だから何だ?』と聞いたんだ」

 

「……フ、フフンッ、理解できんか?大魔王バーンこそ我が主君にして全知全能の魔神!その軍勢は、かつての魔王軍とは比較にならんほど強大だ!如何にあがこうと、もはや貴様ら人間には太刀打ちできんという事だっ!」

 

「大魔王がお前より強いって事と、その軍団が昔の魔王軍より強大だって事は分かったさ。だが……それがどうした?」

 

「何……?」

 

「大魔王が強かろうと、新たな魔王軍が強大だろうと……今ここで、お前が俺に負けてる事とは何も関係ないだろう」

 

「な、なんだとッ!!?」

 

 さっきまでの余裕がアッサリ吹き飛び、また冷静さを失くした顔に逆戻り――チョロい奴だ。

 

 よし、もう少し挑発してやるか。

 

「大体、何が“魔軍司令ハドラー”だ。大仰に言っちゃいるが、唯の大魔王の使い魔じゃねえか……くだらん」

 

「つ、使い魔ぁ……!!ぐぐぐ……き、貴様ぁーーッ!!この俺を大魔王の使い魔と抜かしおったなぁーーーーーッッ!!!」

 

 はい、完全に冷静さを失った。

 

「図星を突かれて怒ったか?」

 

「黙れぇぇッ!!も、もはや生かしてはおかんッ!!この俺の手で、八つ裂きにしてくれるわあああッッ!!!」

 

 腕は1本折れてて使えないけどな。

 

「ガアアァァァァァーーーーッッ!!!」

 

 怒り狂ったハドラーは猛獣の様な叫びを上げながら、我武者羅に俺に向かって突進してくる。

 

 隙だらけだな……カウンターをくれてやる!

 

 剣を地面に突き刺し、右の拳を腰だめに構えて力を溜める。

 

「死ねえええぇぇぇぇーーーーーーッッッ!!!」

 

 繰り出されるハドラーの左の爪を、屈んで紙一重で回避――俺の目の前には、ガラ空きの奴の胴――すかさず、右の拳を叩き込む!!

 

「『正拳突き』ッ!!」

 

 突き出した拳は正確にハドラーの腹にめり込み、衝撃を奴の身体に伝える――!

 

「グ、ガ……カ……ッ!!?」

 

 瞬間、奴の胴が衝撃で“く”の字に曲がった。しかし、吹き飛びはしない――衝撃が完璧に奴の胴をぶち抜いた証拠だ。

 

 近年稀に見る会心の一撃――恐らく、300~400に相当するダメージが入ったはずだ。

 

「ゴボ……ガハ……ッ!!」

 

 ハドラーが口から蒼い血を吐き出した。内臓のどこかが破裂したのかもしれない……だが、俺は容赦しない。

 

「ハアアァッッ!!」

 

 無防備になった奴の顎目掛けて、下から蹴り上げる――!

 

「グボォッ!!??」

 

 渾身の力で蹴り上げ、ハドラーを奴が最初に現れた穴から外に吹っ飛ばす。

 

 その後を追い、俺も剣を持ち直して外に出た。暗雲立ち込めるデルムリン島の上空を見れば、ハドラーが空中遊泳している。

 

「トドメだッ!!」

 

 構えた剣に闘気を纏わせ、高める……!

 

キィィィィィ……!!!

 

 剣が薄い緑色の光を放ち、周囲の石が舞い上がる……。

 

 喰らえ、俺の必殺剣――!!

 

「『アルテマソード』ッッ!!!」

 

 振り切った剣から、巨大な光の斬撃が飛び、ハドラーへと向かう――そして!

 

『ぐああぁぁぁーーーーーッッッ!!??』

 

 ハドラーは両腕と胴が真っ二つに両断された。壮絶な叫び声が、デルムリン島の空に響き渡る。

 

『お、おのれぇ若造めッッ!!忘れんぞぉぉ!!この屈辱と……貴様の名はぁッッ!!』

 

「ッ!?胴斬りにされてまだ生きてやがるのか!?」

 

 なんてしぶとい……!

 

『必ず!必ず殺してやるッッ!!殺してやるぞぉ!!エイトッッ!!!』

 

 叫ぶハドラーを見れば、光る何かが奴の前に浮かぶのが見える。

 

 あれは……『キメラの翼』っ!?

 

 気付いた時にはもう遅く……ハドラーは瞬間移動の光に包まれて飛んで逃げて行った。

 

「くそっ!」

 

 迂闊だった……奴の生命力を見縊っていたな。

 

 まさか、胴を真っ二つにしても死なないとは……こうなると奴の息の根を止めるには、首を斬り落とすか、完全に消滅させてしまうかしなければ駄目そうだ。

 

 いずれにせよ、これで俺は魔王軍の抹殺リストに加わってしまった訳だ。

 

 もう、この島にはいられないな……。

 

「エイトーーッ!!」

 

「ん?」

 

 声に振り返ると、バランが飛んできているのが見えた。さっきの震動で異変に気付いてやって来た様だな。

 

 愛刀の真魔剛竜剣を携えている……必要があれば戦うつもりだったのか。紋章の力を失っているって言っていたのに……妻や息子、島の仲間達を守る為か。

 

 ハドラーを撃退しておいて良かった。バランなら紋章が出せなくてもハドラー如き敵じゃないとは思うが、如何せんブランクがある以上、100%安心はできない。

 

 親友に無理はさせたくないしな……。

 

「エイト!今のは……!?」

 

 バランが聞きたいのは多分、ハドラーの事だろう。

 

「15年前にアバンさんが倒した魔王ハドラーだ。大魔王バーンとやらに復活させてもらって部下になり、魔軍司令とかいう地位に就いて魔王軍を指揮しているんだと」

 

「大魔王、バーン……!?」

 

「兄ちゃーーーんっっ!!!」

 

 驚くバランに続いて、洞窟の中からダイの呼ぶ声がする。

 

 皆で、今後の事を話し合わないといけない……。

 

 

 新しい旅が始まろうとしている――大魔王率いる魔王軍との戦いという、“大冒険”が。

 

 

 



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第21話『旅の始まりは別れと再会!!の巻』

9/26 構想の練り直しを図る為、ここ以降の話を削除し、一時投稿を停止します。ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご容赦ください。


 

≪SIDE:ハドラー≫

 

 

「ぐうぅぅぅ……ッッッ!!」

 

 俺は今、新たなる我が魔王軍の居城『鬼岩城』の一室で、憎きエイトから受けた傷の治療に当たっている……。

 

「ぬぐうぅぅぅぅ……ッッ!!」

 

 斬り飛ばされた両腕は、俺自身の再生能力で再生し、下半身は繋ぎ合わせ蘇生液に漬かる事で結合させている……もうじき、完全に回復できるだろう。

 

「くッ……!それにしても……!」

 

 思い出されるのは、返す返すも憎々しいあの若造の事だ!

 

 この魔軍司令ハドラーを、あそこまでコケにするとは……!

 

「ぬぅぅッ!ゆ、許せん……!!」

 

ボコボコボコボコ……!

 

 湧き上がる怒りで魔力が溢れたか、蘇生液が沸騰し始める。

 

 と、その時だった――。

 

『……手酷くやられたな、ハドラー』

 

 この凄まじい威圧感……我が主、大魔王バーン様だ!

 

「申し訳ありません……!大魔王様!お見苦しい姿をお見せしまして……!」

 

『気に病むでない。お前でその有様では、他の者達では帰還する事すら叶うまいて。むしろ、勇者アバン以外にそれほどまでの強敵が存在する事が分かったのだ。名誉の負傷と言って良かろう……』

 

「ハッ……!」

 

『余は、お前に全幅の信頼を置いておる。敵がいると分かっておれば、手の打ち様は幾らでもあろう。かつて成し遂げられなかった世界制服の夢を叶えるが良い……』

 

「ハハァッ!!」

 

 ややあって、バーン様の気配が消えた……。

 

「っ、ふうぅ……」

 

 相も変わらず、偉大で恐ろしいお方よ……間近に接しておらずとも、身が竦む威圧感を放つとは。

 

「……よし」

 

 腕の再生は完了だ。下半身も程なく繋がる。

 

 エイト……冷静に考えれば、恐るべき相手よ。腹立たしい限りだが、この俺が、バーン様に以前より強靱な肉体を与えられたこのハドラーが、手も足も出せずに大敗したのだから……!

 

 アバンとは比較にならん脅威だ。エイトは明らかに、全盛期のアバンすら遥かに超えた力を持っている。

 

「叩き潰さねばならん……!我が魔王軍が世界を征服する為にも……!」

 

 見ておれよ!我が全軍を挙げても、必ず抹殺してくれる!!

 

 エイトだけではない!我が魔王軍に盾突く者を、必ずや根絶やしにしてやるわ!!

 

 

 

 

 

≪SIDE:OUT≫

 

 

 ハドラーの襲撃から2日が過ぎた……。

 

 ひとまず平和を取り戻したデルムリン島で、俺は旅立ちの準備を進めている。

 

 

 ハドラーが逃げた後、島にいる皆で話し合った――。

 

 魔王軍に目を付けられた以上、俺が島に留まるのは拙い。こうなったら一丁、魔王軍と徹底的に戦ってみるかと思い立ち、俺は皆に旅立つ旨を伝えた。

 

 すると、ダイが俺について来ると言い出した。

 

「エイト兄ちゃんが魔王軍と戦うなら、オレも一緒に行く!元々、魔王軍をやっつけて世界を平和にする為に、オレはアバン先生に修業してもらったんだから!」

 

 これには最初、バランやブラスさんが反対したが、意外な事にソアラがダイの味方になった。

 

「ディーノが自分で考えて決めた事だもの。私達がとやかく言う事じゃないわ」

 

「し、しかしだな、ソアラ……」

 

「あなた、信じましょう。私達の子を……」

 

 バラン・ブラスさん両名は、ソアラの鶴の一声で折れた。母は強し、といったところか?

 

 それに乗じて、という訳ではないだろうが、アバンさんも旅立つそうだ。

 

「ハドラーが復活し、その背後に更なる強敵――大魔王バーンが控えていると分かった今、事は急を要します。ダイ君の修業の完成を急がねばなりません」

 

 その時の言葉通り、この2日の修業はこれまで以上に苛烈となった。尤も、ダイもやる気がみなぎっているから問題はないようだ。

 

 それに、アバンさんはこうも言った。

 

「蘇ったハドラーとエイト君の戦いを見ていて分かりました。今の私はエイトはおろか、あのハドラーの足下にも及ばない……私も今一度、己を鍛え直さなければならないという事が!」

 

 昔の勇者だからと、何もせずにいる気はないらしい。

 

 

 バランとラーハルトは、デルムリン島の守りに残る。

 

「今の私が行っても、エイトの足手纏いになるだけだ……」

 

 口にはしなかったが、バランはまだ人間の為に戦う気になれないんだろう。

 

 心に食い込んだ人間不信の棘はまだ抜けないようだ。まあ、それは仕方がない。

 

「俺も島に残り、バラン様を補佐いたします。魔軍司令とやらがこの島を嗅ぎ付けた以上、相応の警戒が必要かと」

 

 軍人然とした物言いや振る舞いが板に付いてきたラーハルト。

 

 バランとラーハルトの2人がいれば、先ず心配ない。

 

 

 最後に……俺とダイの旅に、ポップが加わる事になった。アバンさんの指示だ。

 

「嫌だ、嫌だよ!先生!オレはまだ、先生に教わらなくちゃならない事が沢山あるんだ!」

 

「いいえ、ポップ。恐らく、もう私が君に教えられる事はないでしょう。むしろ、これ以上私の元にいては、君の成長を妨げる結果になるように思います。それに、さっきも言った様に私も自分の修業に専念しなければなりません。ポップに指導してあげる余裕はないんですよ」

 

「そ、そんなぁ……!お願いしますっ!今度こそ真面目に、真面目に修業しますから……っ!」

 

「ポップ……聞き分けなさい」

 

 ポップは泣き縋ったが、今回ばかりはアバンさんも聞く耳を持たず、結局、俺達の旅に同行する事が決まった。本人は泣く泣くって感じだったが……。

 

 あんな調子で過酷な旅に出て大丈夫かと、かなり心配だ。

 

 

 そんな感じで、やる事が決まると後は各々やるべき事をやるだけ――

 

 

 ダイとアバンさんは修業の仕上げを、他の皆は荷造りを……俺は常に旅の支度は万全だから、ダイの修業に付き合った。

 

 ポップはこの2日間ずっとウジウジしていた……あいつ、本当に旅に出て大丈夫なんだろうか?

 

 

 まあ何はともあれ――今日でダイの修業は終わりだ。

 

 

 残念ながら、ダイはアバン流刀殺法を完全にマスターするには至らなかったが、アバンさんや俺の都合上、切り上げる事に……。

 

「ダイ君、この5日間よく頑張りました。修業が途中で中断してしまうのは残念ですが、教えられる事は全て教えたつもりです。後は自分で修業を積み、真の勇者となって下さい。君ならば、必ず私を超える勇者になれます」

 

「アバン先生……今日まで、ありがとうございましたッ!」

 

 そうして簡略ながら、ダイの卒業式が行われた。

 

「ダイ君。君にこれをあげましょう」

 

 アバンさんが取り出したのは、小さな石の付いたネックレスだった。

 

「先生、それは?」

 

「『アバンのしるし』、卒業の証です。これを着けていれば、全国公認の正義の使徒ですよ」

 

 何やら妙な言い回しだが、取りあえずアバンさんの修業をやり遂げた人間に与える物なんだろう。

 

 アバンさんはそれをダイの首に掛けた。

 

「おめでとう、ダイ。中々似合ってるぞ」

 

「へへへ、そうかな?」

 

 俺の褒めに、照れくさげに頬をかくダイ。

 

 と、そこでアバンさんはもう1本の『アバンのしるし』を取り出し、傍で見ていたポップに歩み寄った。

 

「ポップ……」

 

「……」

 

 アバンさんが呼び掛けても、不貞腐れた顔でポップは俯いたままだ。

 

「……ポップ、修業で身に付けた力を、どうか人々を守る為に使って下さい。あなたにも、いつか分かる日が来ます……己の力の全てを尽くして、戦うことの意味が……。だから、その時の為に、これをあげておきます」

 

「ッ……そんなの……!」

 

「ポップ」

 

 アバンさんが再び呼び掛けると、ポップは涙と鼻水を垂らした顔をあげた。

 

「私は、あなたを信じています」

 

「アバン、先生ぇ……!」

 

 余程我慢していたらしく、ポップが滝の様な涙を流して大泣きし始める。

 

 

 色々あったが、卒業式はなんとか終了――その足で、アバンは『ルーラ』でどこかへ旅立って行った。

 

「魔王軍、そして大魔王との決戦には、必ず駆け付けます」

 

 こう言い残して……。

 

 

 そして翌日――今度は俺・ダイ・ポップのパーティーが旅立つ番だ。

 

 皆が用意してくれた荷物を、島に一艘しかない小船に積み込み、準備は万端――島の住人達が浜に集合し、旅立つ者と見送る者に分かれて立った。

 

「みんな!父さんや爺ちゃんの言う事を聞いて、仲良くしてるんだぞ」

 

『ウオー!』『アウ!アウ!』『ギャ!ギャ!』

 

 ダイが言うと、モンスター達は各々の鳴き声で騒ぎ、応える。

 

「ディーノ、身体に気を付けるのよ?」

 

「分かってるよ、母さん。心配いらないって!」

 

「ダイよ、無茶をするでないぞ?エイト君の言う事をよく聞いて、迷惑など掛けてはいかんぞ」

 

「大丈夫だって、ブラス爺ちゃん!俺が必ず、大魔王を倒してやるからさ!」

 

 ソアラとブラスさんに、ダイは元気に応じる。別れが寂しくない訳がないのに……大したものだ。

 

「エイト、ディーノの事を頼む」

 

「任せておけ、バラン」

 

 俺はバランと固い握手を交わす。

 

「エイトさん、ご武運を」

 

「ラーハルト。デルムリン島の事は頼んだぜ」

 

「お任せを!」

 

 ラーハルトとも別れの挨拶を交わす。

 

 これで皆との別れは済んだ――。

 

「よぅし!ダイ、ポップ。そろそろ行くぞ」

 

「うん!」「へいへい」

 

 それぞれ返事をして船に乗り込む2人。

 

「よッ!」

 

 俺が船を押し、勢いがついた所で乗りこむ。そのタイミングを見計らってダイが帆を張ると、船は一気に加速して島を離れて行く。

 

 そこでダイが、島の皆に振り返る。

 

「みんなーっ!行ってくるーーッ!!」

 

 

 さらばデルムリン島――俺達は、魔王軍と戦う為、旅立った。

 

 

 

 さて、最初の行き先だが……ダイの提案でロモス王国を目指す事になった。

 

 パプニカのレオナ姫を救いに行きたいと言っていたダイだが、パプニカの前に、偽勇者の件で顔見知りになったロモス王を助けに行きたいんだと。

 

 アバンさんが島に来た時に言っていたそうだが、ロモス王国も魔王軍の攻撃を受けているとか……まあ、世界中でモンスターが大魔王の影響で暴れているんだから、当然だろうな。

 

 俺が『ルーラ』を使えば世界のどこの街だろうと一瞬で行けるが、この旅では余程の事がない限り『ルーラ』は使わないと公言してある。

 

 主に、ダイとポップの修業の為――自分の足で歩く事も、れっきとした修業なのだ。現に俺はこの22年、世界中を歩き回ったおかげでスタミナと足腰が鍛えられたんだからな。

 

 少しでも鍛えておかないとな。ちなみに今の2人のステータスは――

 

 

―――――――

ダイ

性別:男

レベル:17

――――――――――――――

E兵士の剣・改(攻+10)

E布の服(守+4)

Eパプニカのナイフ(攻+24)

――――――――――――――

力:51

素早さ:80

身の守り:39

賢さ:25

攻撃力:85

守備力:43

最大HP:113

最大MP:26

Ex:19903

――――――――――

ダイ

HP:113

MP:26

Lv:14

―――――――――――――――――――

ホイミ メラ

大地斬 海波斬

空裂斬・未完 アバンストラッシュ・未完

―――――――――――――――――――

 

 

―――――――

ポップ

性別:男

レベル:18

――――――――――――――

Eマジカルブースター(攻+0)

E布の服(守+4)

――――――――――――――

力:17

素早さ:26

身の守り:13

賢さ:42

攻撃力:17

守備力:17

最大HP:86

最大MP:69

Ex:26255

――――――――――

ポップ

HP:86

MP:69

Lv:18

――――――――――

メラ メラミ

メラゾーマ ヒャド

ヒャダルコ

――――――――――

 

 

 と、まあ見ての通り、今のままの2人では大魔王はおろかハドラーにすら手も足も出ない。実戦経験も修行も全く足りない……。

 

 

 という訳で、小船でラインリバー大陸に上陸し、そこからは基本徒歩だ。

 

 ラインリバー大陸の南端からロモス城までの中間にはネイル村がある。流石に1日でロモス城まで行くのは強行軍が過ぎるからな、ネイル村で休息を取るつもりだ。

 

 ついで、と言うと悪いが……ロカさんやレイラさん、それにマァムに挨拶していくとしよう。

 

 

 そうして昼過ぎに大陸に上陸した俺達は、ロモスの難所の1つ『魔の森』へと足を踏み入れた――。

 

 

 

「ゼェ、ゼェ……な、なぁ~、い、いつになったら、ね、ネイル村とやらに、着くんだよぉ~……?ヒー、ヒー……み、道に迷ったんじゃねえのかぁ~……?」

 

 あーうるさい……。ポップは、ここ2、3時間ずっとあの調子でヒーヒー言いながらブーブー文句を言い続けている。

 

 今は、魔の森に入って約5時間といったところだ。日はすっかり暮れて、空には星と月が出ている――。

 

「ハァ、ハァ……も、もうクタクタだぁ……。な、なぁ、ホントに大丈夫なのかよぉ……?」

 

「グチグチ言うな、ポップ!喋る余力があるなら足に回して黙って歩け!」

 

 今更ながらに、アバンさんはこいつに何を教えてきたのか問い詰めたくなってきた……。

 

「だらしないなぁ。もう少し頑張れよ、ポップ」

 

「お、オレは魔法使いで、お前と違って体力は人並ちょい上くらいなんだよ……!」

 

 ダイの呆れ口調に、ヘロヘロの憎まれ口を返すポップ。可愛げがないなぁ……。

 

 俺は溜め息を吐きつつ、空の星を見上げる。

 

 こういう森で迷うのは、木を見て方向を見失うからだ。特徴がある木を目印に、なんて事は不可能に近い。だから、こういう時は空の星や月、太陽などから方角とある程度の位置を割り出し、進むのが正しい。多少、勉強が必要だが、慣れればそれこそゲームの様に真っ直ぐ目指す方角に進める様になる。実際、俺はそうなった。

 

 今は……大体、魔の森の南西辺りで、ネイル村はもう少し北東だな。順調にいけば、あと20分も掛からずに着けるだろう。

 

「ネイル村はもうすぐだ。村に行けば、俺の知り合いの家に泊めてもらえるだろう。頑張りな」

 

 と、俺が2人に声を掛けた――次の瞬間!

 

「……きゃああぁ~~~!?」

 

「「「!?」」」

 

 女の子の悲鳴が聞こえて来た。

 

 その声に反射的に飛び出したのはダイだ。俺とポップの後を追う。

 

 

 そして、少し走ったところで悲鳴の正体を見つけた――。

 

 

「あ、ぁ、ぁ……!」

 

『『ゲッヘッヘッヘ!』』『ケ~ケケケケ!』

 

 小さな女の子が、リカント2匹と人面樹1匹に囲まれている!こりゃヤバいな!

 

「1匹ずつ仕留めるぞ!ダイは人面樹を!ポップは左のリカントをやれ!」

 

「「おう!」」

 

 俺達は一斉にモンスター達に向かって駆けだす――

 

『ゲッヘッヘ!グワァーーッ!!』

 

「ヒッ!?きゃあぁぁッ助けてぇーーッ!!」

 

 リカントAが振り上げた爪を女の子に振り下ろそうとする――が、そうはさせん!

 

「おらぁッ!!」

 

『グゲェッ!?』

 

 全体重を掛けた俺の拳を受けて、リカントAの首が可動域を越えて曲がった。音と感触からして、骨がへし折れたようだ。

 

「たあぁーーーッ!!」

 

 ダイは得意の剣で、人面樹の頭の枝を全て切り落とした。

 

『ヘ……ホ……?』

 

 モンスターでも木だからか、ダメージはないようで、人面樹は自分の頭を確認する様に触る。

 

『……ヒギィ~~ッ!?』

 

 枝が全て斬られた事で、ダイが敵わない相手と悟ったらしく、人面樹は逃げ出した。

 

「『メラ』!」

 

『ギャア~~~ッ!?』

 

 残るリカントBも、ポップが魔法で攻撃すると、黒焦げになってその場に倒れる。

 

 魔物の群れをやっつけた――と言いたい所だが……。

 

「せいッ!!」

 

『グボ……ッ!?』

 

 俺がエルボーを落とすと、リカントBは呻き声を上げた。ポップが『メラ』を放ったリカントBは、ダメージで一時的に気絶していただけだったのだ。で、俺の攻撃でようやく倒れた訳だ。

 

「詰めが甘いぞ、ポップ。アバンさんに何度も言われただろ」

 

「う……」

 

 俺の指摘に、ポップがバツの悪そうな表情で顔を背ける。

 

 と、今はそれより、女の子の方だ。

 

「お嬢ちゃん、大丈夫だったか?怪我はないか?」

 

「ひっく、ひっく……うん、ありがとう!おじちゃん!」

 

「おじ……い、いや、まあ、良いって事だ」

 

 おじちゃん……いや、まあ……俺はもう27歳だから、小さい子から見たらオジサンなんだって事は分かってるが、実際に言われると軽くヘコむなぁ。髭だって生やしてないし、そこまで老けてないつもりだったのに……。

 

「……で、なんだって夜の森に1人でいたんだ?誰か、大人と一緒じゃないのか?」

 

「……あたしのお母さんが、毒のスライムに噛まれちゃったの」

 

「毒のスライム……って、緑色で地面に広がってて泡が出てる奴か?」

 

「うん、そう……」

 

 どうやらバブルスライムの事らしい。

 

「だからあたし、毒消し草を探そうと思って……」

 

「無茶な事を……森にはモンスターだっているし、夜の森はそれだけで危険な所なんだぞ?」

 

「ごめんなさい……でも、お母さんを助けたくて……!」

 

 泣きそうなのを堪えた顔で言われると、俺の方が悪いみたいで罪悪感が……。

 

「……それで、毒消し草は見つかったのか?」

 

「うん……だけど、あたし、森に迷っちゃって……」

 

「帰れなくなってた所を、さっきのモンスター共に襲われた訳か」

 

「うん……」

 

「お前、ネイル村の子か?」

 

「えっ?おじちゃん、ネイル村を知ってるの!?」

 

「ああ、俺達はそこへ向かっている途中だったんだ」

 

「っ!おじちゃん!あたしを村まで連れて行って!お願い!」

 

 そう言ってお嬢ちゃんは俺の服を握りしめてくる。

 

「分かった分かった。連れて行ってやるよ」

 

「ホントッ!?」

 

「ああ。だが、約束しな。2度と1人で森に入る様な危険な事はしないって」

 

「う、うん……ごめんなさい」

 

「謝らなくていいから、約束しろ。今は俺と、そして村に帰ったらお父さんとお母さんとだ」

 

「はい、約束します!」

 

「よぉし、良い子だ」

 

 嘘を吐くような子には見えないし、ちゃんと謝る事もできた。きっと、約束も守るだろう。

 

「と、そうだ。まだお互い自己紹介してなかったな。俺はエイト、冒険家だ。こっちはダイとポップ」

 

「へへっ、よろしく」

 

「よろしくな」

 

「あたし、ミーナ!よろしくね、エイトおじちゃん!ダイお兄ちゃん!ポップお兄ちゃん!」

 

 2人はお兄ちゃんなのに、俺はおじちゃんなのか…………まあ、いいか。

 

「さて、そうと決まればネイル村に急ご……むっ!」

 

 後ろの方から、気配が近づいて来る……。

 

「ど、どうしたの?エイト兄ちゃん」

 

「何か来るぞ……」

 

「えっ!?」「またモンスターか!?」

 

 ダイとポップが武器を手に警戒する。だが、近づいて来る気配には肌を刺す様な殺気や敵意が感じられない……。

 

 一応警戒は怠らず、ミーナを背に庇う位置に立って、森の奥に目を凝らす。

 

……ッ……!

 

 森の奥から微かに音が近づいて来る……それも、真っ直ぐこちらへ。加えて、流石に暗くて見え難いが木の枝を何かが跳んで移動しているのが、微かに見えた。中々、身の軽い相手の様だ。

 

 そして、しばらく警戒を続けていると、正体不明の相手が木の枝から降りて来た。

 

「……何者だ?」

 

 まだ暗く、相手の顔は見えないが、どうやら人間の様だ。だが、油断は禁物――世の中には、世の混乱に乗じてあくどい事をやる馬鹿だっているのだ。

 

「怪しい者じゃないわ。この森の東にあるネイル村の者よ。そこにいるミーナを迎えに来たの」

 

「む……?」

 

 女か、しかもどこかで聞いた事がある様な声だが……?

 

「あっ!マァムお姉ちゃん!」

 

「マァム……?」

 

 後ろにいたミーナが、嬉しそうに俺の横をすり抜け、前方の人影に駆け寄って行く。

 

「ミーナ!」

 

「マァムお姉ちゃん!」

 

 人影にミーナが飛びつき、人影もミーナを抱き上げる。

 

 そこでその姿も完全に見えるようになり、ようやくその正体が分かった――。

 

「マァム!マァムじゃないか!」

 

 そこにいたのは、元戦士ロカさんと元僧侶レイラさんの娘のマァムだった。聞いたことある声なはずだ。

 

「誰かと思ったらっ!エイトさんだったのっ!」

 

 マァムも俺の姿がちゃんと見えたらしく、笑顔を浮かべた。

 

 

 予想外な形ではあるものの、俺は昔からの馴染みに再会した――。

 

 

 




※9/25 誤字修正


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