ジークさんトコの賄いごはん (ヤトラ)
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「ジャガイモのパンケーキ・鮭のフライ挟み」

勢いで書いた。後悔はしている(設定とか勢い書きとか料理とか……)


 ホテルユグドミレニア―――近年ルーマニアに建設された高級ホテルである。

 

 元々はユグドミレニア城砦と呼ばれていた場所を増改築し、歴史を感じさせる堅牢な城の雰囲気はそのままに、バリアフリーまで完備された宿泊施設となった。

 海外からの観光客を増やす為だと言うが、山の幸をふんだんに使った料理や優秀なスタッフによるサービスはどれも一流で、瞬く間にルーマニアを代表するリゾートホテルと評された。

 変わった警備員や謎の土人形、近辺の森では奇妙な狩人や筋肉(マッスル)が目撃されるようにはなったが、特別大きな問題は出ていない。

 

 その充実したサービスと料理の人気は留まる事を知らず、ルーマニアで一番の教会で働く神父ですら度々訪れては舌鼓を打つ程である。

 その神父に寄り添う冷たい雰囲気を醸し出す黒い女性や、仰々しい自称一流作家、厳ついサングラスの男と奇妙な客も現れるようになったが、それが逆に呼び水となって客が増えていく一方だ。

 客の中には銀の髪飾りをつけた可愛らしい給仕や、どうみても女の子にしか見えない男の警備員目当てで訪れる者も多いが、まぁ平和なホテル経営を続けている。

 

 

 ―――人々は知らない。この平和なホテルユグドミレニアの裏で行われている、壮大な戦いの物語を。

 

 

 

 ―――だいぶ薄れてきているけど。

 

 

 

▼▲▼―――▲▼▲

 

 1人のホムンクルス―――他のホムンクルスとは違った特別製―――は、保管庫の中で、ある物を前に唸っている。

 

「ジャガイモか……」

 

 ジャガイモである。それも芽が生えてきたものが、ゴロゴロと麻袋に大量に入っている。

 加えて本日は鮭が余った。この時期は河を登ってきた身の良い鮭が届くのだが、流石に多かった。冷凍庫という便利アイテムがあっても賞味期限という物がある。

 

 ホムンクルスの少年ことジークは悩む。

 

 ジャガイモの芽は切り落とせばいいだろうが、芽は大分長い。相当な時間が経った物をホテルの食事に出すわけには行かないだろう。

 そして魚は鮮度が命。その鮮度を台無しにするのは、成り行きとはいえ料理長となった自分にとっては心が痛むというものだ。

 

 なので今夜も(・・・)賄いに使ってしまおう。

 

「ジャガイモと鮭……よし」

 

 ジークは素早く献立を考える。大勢いる給仕のホムンクルスにも配れるような、大量かつ食べやすい献立を。

 

 今夜の賄いごはんを考え付いたジークは戦場―――夕飯時故に大変忙しい厨房へと戻っていく。手に持つ武器は包丁とお玉だ。

 

 

 

▼▲▼―――▲▼▲

 

 最後のお客様であるサングラスの大男と金髪碧眼のヤンキー少女をお見送りし、「CLOSE」の看板を掲げる事で、本日のホテルユグドミレニア内のレストランの営業は終了。

 多くの給仕ホムンクルスが「お疲れ様でした」を連発し、彼らの「一日の細やかな楽しみ」を堪能した後、夜の稽古に励む。赤の陣営の英霊が、いつ襲い掛かってきても良いように。

 何名かのホムンクルス達は後片付けや食器洗いを終え、次の仕事であるホテルのサービスへと奔走していく―――3人を除いて。

 

「はぁ……疲れました」

 

 レストランの厨房に置かれた椅子に腰かけ、背もたれに体を預ける金髪の少女―――ルーラーことジャンヌ=ダルク。

 黒を基調とした給仕服がとても似合っているが、その美しさを台無しにする程、ジャンヌの表情は惚けていた。よほど疲れたのだろう。

 

「お疲れ様、ジャンヌ」

 

「ヴー」

 

 肩をトントンと叩く少女を見てクスリと笑いながらジークが労いの言葉を掛ける。服は未だに白い料理服のままだ。

 そんなジークの隣に立っているのは黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)だ。ウェディングドレスの上にエプロンを羽織っている。

 

「労働とは本当に尊いですね……それにしたってダーニックも人使い、いえサーヴァント使いが荒い物です」

 

「サーヴァントは人間やホムンクルスよりも体力あるからな。……まぁ人使い、いやホムンクルス扱いが荒いのは解るけど」

 

 ジャンヌの言う事は最もなので、流石のジークも苦笑いしか浮かべない。黒のバーサーカーもコクコク頷いて同意する程だ。

 

 本来は中立の立場であるルーラーが、どうして黒の陣営であるホテルユグドミレニアで給仕として働いているのか。

 黒の陣営がホテルとして城を構え、無関係な人間を盾に籠城を企てている……その真意を確かめる為にルーラーは、あえて黒の陣営に乗り込んだのだ。

 

 ―――というのは建前で、単にお金が無いのと、賄い目当てである。

 

 何せ聖杯大戦であるはずなのに、表向きはとても平和。戦闘らしい戦闘と言えば、赤のライダーや赤のアーチャーがちょっかいを掛ける程度か。

 かなり平和な長期戦になることが予想される中、ルーラーは自分の生活を支える為に働く事を決意。そこを付け込んだのがダーニックである。

 

「ダーニックの黒い笑顔は未だにトラウマですよ……」

 

「まぁ(黒のランサー)も現状に満足しているみたいだし……」

 

 ジャンヌの脳裏には黒いオーラを醸し出して笑うダーニックが、ジークの脳裏にはいつも通りの仏頂面を浮かべる黒のランサーが浮かぶ。

 ダーニックは中立を貫くルーラーの立場を尊重しており、「ただの給仕」として雇う事にした……ルーラーを自陣側に置けたことを喜んでいるのが見え見えだが。

 

「それじゃあ、これから賄いを作るから、少し待っていてくれ」

 

「はい。今夜も期待していますね」

 

「うー」

 

 キッチンへと向かうジークと黒のバーサーカーを見送るルーラーの表情は明るい。

 

「……そういえば思ったのですが黒のバーサーカー」

 

「う?」

 

「どうして貴女がキッチンにいるのでしょう?」

 

「ウァ……アー、ア、アー」

 

 疑問に思い質問してきたルーラーに答えるべく、手振り羽振りで何とか意思を伝えようとする黒のバーサーカー。可愛い。

 

「……なるほど未来のアダムの為に美味しい料理を覚えたいんですね」

 

「アウ、ア、アィ……ウ、アー」

 

「あ、貴女のマスターの為でもあるんですね。微笑ましいです」

 

「う!」

 

(解るのか……)

 

 意思疎通どころかバーサーカーの言葉を理解しているジャンヌ。これもルーラーとしての能力なのだろうか?

 言葉が解ってもらえた事が嬉しいのかテンションが上がっている黒のバーサーカーをキッチンに向かい入れ、いざ料理を―――。

 

「やっほー! 遊びにきたよー!」

 

 そんな矢先にやってきたのは黒のライダー(アストルフォ)だった。カジュアルな私服姿からして、仕事は終わったらしい。

 表は外回りの警備員という役割を持ったライダーは、赤の陣営が中々攻めてこない事もあって基本的に暇なのだ。

 

「ライダー……貴方は本当にタイミングが良いですね」

 

「お、ルーラーじゃん。ヤッホー。タイミングが良いって事は、また『マカナイメシ』を作るのかい?」

 

 意図して賄い飯を提供する時間を狙ったわけではないらしく、黒のライダーは嬉しそうにジャンヌの隣に座る。

 

「お疲れライダー。これから作るから、良かったら食べていくか?」

 

「食べる食べる!」

 

 ジークの問い掛けに即答するライダー。ジークの作る料理は、例え賄いであったとしても美味しいのだ。

 

「……それで、今夜の賄いはなんなんですか?」

 

 今宵の賄い飯に期待しているのかそわそわしているジャンヌ。そんなジャンヌを見てクスリと笑ってから、ジークは今夜の献立を告げる。

 

 

「今夜はジャガイモのパンケーキ、鮭のフライ挟みだ。給仕の皆にも満点を貰ったから、期待して待っていてくれ」

 

 

 

▼▲▼―――▲▼▲

 

 まず、ジャガイモの芽を取り除いてから、剥いて擦り下ろす。先に擦り下ろしたのは変色するが、掻き混ぜて誤魔化す。そこに卵、小麦粉、塩、蜂蜜、牛乳を入れて更に混ぜる。

 普段は肉や魚を焼くのに使う厨房の鉄板に油を引き、生地を円形に垂らして焼いていく。こうして焼き上がるのは、ジャガイモのパンケーキだ。小麦粉の配分が良かったのか、表面はカリっと、中はむっちりしている。

 

 追加の擦り下ろしはライダーが、ジャガイモ生地の作成はバーサーカーがしてくれているので、次は鮭に取り掛かる。

 

 鮭の鱗を包丁の裏を使って削ぎ取り、表面を水で洗い流す。頭を切り落とし、腹を割って中の物を取り出し、流水で綺麗に洗い流す。それを包丁で二枚に分け、真ん中の骨を取り除いて三枚に下ろす。

 分けた身は皮を剥いで食べやすい大きさに切る。胡椒と塩を振って下味をつけ、先程のパンケーキの生地を水で薄めた液体に浸し、パン粉を満遍なく振ってから油でさっと揚げる。

 

「鮭って皮も美味しいんだよね~。ねぇねぇ、それ残しといて!」

 

「解ったよ」

 

 以前にも鮭の料理を食べた事があるライダーのリクエストで、鮭の皮は別で焼いておく。

 

 先ほどのパンケーキに薄く切った葉野菜とチーズ、鮭のフライを載せ、その上に更にパンケーキを挟めば完成。

 それを食卓に並べ、酸味の効いたベリーソース・マヨ醤油ソース・デミグラスソースの三種類の小皿を並べる。

 

「ジャガイモのパンケーキ、鮭のフライ挟みです。付け合わせにオニオンスープ、ソースはお好みでどうぞ」

 

 見た目はハンバーガーと大差ないし全体が小麦色と地味な色合いだが、パンケーキと鮭フライが分厚くてボリュームがありそうだ。

 タマネギとコンソメのシンプルなオニオンスープ、好きに選べる三種類のソースも食欲をそそる。湯気と共に立ち込める匂いに、思わずジャンヌは喉を鳴らす。

 

「で、では……天に召します我らが神よ、今宵も「いっただっきまーす!」あぁライダーズルいです!」

 

 食前の口上を言い切る前に理性蒸発野郎(アストルフォ)が遠慮なくガブり。選んだソースはベリーソース。

 

 むっちりとしたパンケーキは噛み応えがあって、ジャガイモの触感と味が鮭の旨みとソースの酸味を柔らかく受け止めていく。

 もっしもっしと噛むほどに食感が際立ち、具材とソースの味が馴染んで美味しさとなる。ライダーも思わず破顔する。

 

「おいひい!」

 

「それは良かった」

 

 ふがふがと頬張ったまま喋るのは行儀が悪いが、ジークはライダーの嬉しそうな顔を見れて満足している。

 ライダーの食べ方からフォークとナイフは必要ないと理解し、遅れてジャンヌもパンケーキを手に持ち、パンケーキに齧り付く。

 

「……美味しいです。食べ応えのあるパンケーキですねぇ」

 

 元がジャガイモというだけあって食べ応えは充分。デミグラスソースに鮭のフライの組み合わせも悪くなく、ジャンヌも笑顔を浮かべる。

 バーサーカーもスキル「ガルバニズム」を持つ人造人間にも関わらず、醤油マヨをタップリ絡めたパンケーキをもっしもっしと食べ、オニオンスープで流し込む。

 

(……ああ、やっぱり、作るのも食べてもらうのも、好きなんだな)

 

 英霊ではあるが、自分が作った料理を美味しそうに食べてくれるのは嬉しい。ジークは普段キッチンにこもって料理の腕を振るう為、レストランで食べる客の顔を見れないのだ。

 今なら黒のアーチャーが言っていた「生きるということ」の答えを言える自信がある……自然の恵みを料理し、それを食べて、或いは食べてもらうのが、今の自分の生き方だと。

 

 

 

 後に、バーサーカー(フランケンシュタイン)伝手にカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアから賄い飯の注文を受けることになり、そこから様々なマスターや英霊に「賄い飯」を振る舞うことになる事を、彼は知らない。

 




妄想を引き立てる為にちょっとした設定

●ホテルユグドミレニア
ユグドミレニア城を改装した高級ホテル。レストランも兼ねている。かなり好評で人が多い。
聖杯大戦争が薄れているが、表向きホテルにする事で敵側の派手な攻撃を防ごうという魂胆。

●ジーク
熊に襲われた所をジークフリードに助けられたホムンクルス。若くして料理長も務める。
ホテル料理の余りを使った賄い飯を作って、それを他人に振る舞うのが好き。

●ルーラー
ジャンヌ=ダルク。黒の陣営がホテルに、赤の陣営が教会となって落ち着いているので結構悠々としている。
しかし何にしてもお金がいるので、ホテルユグドミレニアで給仕として働いている。ジークの賄い飯大好き。

▼黒の陣営

●ダーニック
ホテルユグドミレニアの真のオーナー。ホテルに改装して「これで攻めれまい」とほくそ笑んでいる。

●黒のランサー
ヴラド三世。ホテルユグドミレニアの表向きのオーナー。ホテル経営も悪くないと考えている。

●黒のセイバー
ジークフリード。表向きは警備員。原作と違い生存している。よくジークの賄い飯に御馳走になる。

●黒のライダー
アルフォルト。表向きは警備員(放浪)。平常運転。よくジークの賄い飯をつまみ食いする。

●黒のアーチャー
ケイローン。表向きは給仕長。マスターを気遣いつつ穏やかなホテル経営を満喫中。

●黒のキャスター
アヴェケイロン。裏方。派手な行動ができないので地下でチクチクと宝具を作成中。いつ終わるのやら…。

●黒のバーサーカー
フランケンシュタイン。裏方。節電に煩い。マスターの為に料理を学びたいらしい。

●黒のアサシン
ジャック=ザ=リッパー。原作と変わらず殺人鬼化。マスターの提案でルーマニアで人気のホテルに行こうかと計画中。

▼赤の陣営

●天草四郎時貞
ルーマニアの教会の神父。ホテル化した黒の陣営に迂闊に攻撃できないからと、たまに冷やかしに行く。

●赤のアサシン
セラスミス。宝具を発動する機会が無くてイライラしている。埋め合わせはホテルの料理で。

●赤のキャスター
シェイクスピア。平和なのでどんちゃん騒ぎも派手な戦闘も無いから創作意欲が沸かない、ある意味で今作一の不憫者。

●赤のライダー
アキレウス。威力偵察として夜中のユグドミレニアの森にちょっかいを掛ける。賄い飯を狙っている。

●赤のアーチャー
アタランテ。猟師としてユグドミレニア管轄内の森で生活している。仕留めた猪や熊を提供したりする。

●赤のバーサーカー
スパルタクス。赤のアーチャーと共に行動している。よく猟師に襲い掛かる熊や猪に叛逆する。何してんの。

●赤のセイバー
モードレッド。ホテルユグドミレニアに獅子劫とよく行ってはジークやジャンヌをからかう。

●赤のランサー
カルナ。恐らく本作品で最も出番の少ないサーヴァント。鎧の都合上ねぇ……


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「イノシシ肉ベーコンのBLTサンド」

ゴルドルフ所長がマスターの二次小説描きたいと思って書いた。後悔はしている。


 眠りにつくと、時々あの時(・・・)の夢を見る。

 

―――そのホムンクルスを早く運び出せ!

 

 朧げに映るは鎧の大男の背と、怒鳴る太った男。太った男の表情は見えないが、声色からして焦燥と怒りを感じさせる。

 忘れるはずもない。これは、(ホムンクルス)(ジーク)として生まれた日の記憶。俺と、俺を救った者の運命(Fate)が決まる大事な日。

 

―――サーヴァント風情がマスターに逆らうのか!?いいから寄越せ!

 

 相手は、俺を守ろうとした鎧の大男こと黒のセイバー(ジークフリート)を召喚せしマスター。

 生まれたての時から俺を助けてくれた黒のライダー(アストルフォ)が、隣でジークフリードに情で訴えている。名も無かった俺を助けて欲しいと。

 忠誠心にも正義感にも溢れいたジークフリートの心は、この時大きく揺れていただろう。今の俺なら、彼の気持ちがよく解る。

 

―――ええい、そこをどけ!

 

 ジークフリートのマスターが此方に歩を進める。

 

 

 

 その一歩が、俺とジークフリートの運命を――――

 

 

 

 

「———りょう――—ちょ———理長……料理長ッ!」

 

「———ッ!?」

 

 怒鳴るような若い声に意識を取り戻し、横たえた体を飛び起こす。

 

「よかったぁ~起きてくれましたか~。仮眠時間は既に終わってますよ、早く厨房に戻ってください」

 

 このホムンクルスの女性給仕が俺を起こしたようだ。先ほどの声とは一転して安堵し、厨房へと向かって俺が起きた事を皆に報せる。

 どうやら俺は予想以上に深く眠っていたらしい。多忙な時間帯にも関わらず、仮眠時間30分を大幅に越えてしまった。成程、道理で厨房が慌ただしいわけだ。

 

(……懐かしい夢を見たな)

 

 横に掛けてあったエプロンとコック帽を身に付けながら、俺は先の夢で懐古に浸る。

 

 忌まわしくも、あの過去があってこそ今の(ジーク)が、そしてこのホテルユグドミレニアを小さく変えた。そう自認しているからか、今は嫌悪感はない。

 だからこそ、今を精一杯生き抜こうと思える。気を引き締めるべく、しっかりとエプロンを結んで戦場(ちゅうぼう)に赴く。

 

 

 まずは難敵を……何故か森に居座ってる赤のアーチャー(とある狩人)が分けてくれたイノシシ肉に挑む。

 厨房のホムンクルスでは手古摺る硬い(それ)を前に、二本の解体用ナイフを逆手に持って構えた。

 

 

「解体するぞ(シャキーン」

 

 

 

▼▲▼―――▲▼▲

 

 どん、とテーブルに置かれるは肉の塊。

 

 無論、唯の肉ではない。それは錬金術といっても過言ではない手順で加工されしイノシシ肉。

 長き時を掛けて水気を抜き、塩水で浸し、更に水で塩気を抜き、そこから乾燥させ、じわじわと煙で燻す。

 

 長い、あまりにも長い時を掛けて生まれたその肉の名は―――

 

「でっかいベーコン!」

 

 目を輝かせ口から涎を垂らす黒のライダーことアストルフォ。

 

 そう……ベーコン、またの名を猪肉の燻製。そのまま食べても焼いて食べても美味しい高カロリーな加工肉。隣には大きな食パン(ブレッド)まである。

 その美味しそうな見た目と匂いに、我慢できない早くしてとばかりにソワソワと身を揺らしている。犬か。

 

「大きいですね……これが私達の分の賄いなのですか?」

 

 彼の隣の席にはルーラーことジャンヌ=ダルクが給仕姿のまま座っており、香ばしい匂いに喜びを滲ませつつジークに問いかける。

 反対側には黒のバーサーカーことフランケンシュタインが座っており、そっとフォークでベーコンを獲ろうとするアストルフォの手を叩き落とす。

 

「これは昨日燻した奴の余りだ。赤のアーチャーが仕留めたイノシシが大きくてな、半分以上は客の胃袋に消えたが、それでもベーコンにした分が多く余ったんだ」

 

 厨房の奥から、水滴が表面に付く程に新鮮なトマトとレタスを持ってジークが姿を現す。

 

「驚いたよねー、赤のアーチャーが仕留めた獲物おすそ分けするなんてさ」

 

 赤の陣営の斥候として、恐れ多くも黒の陣営(ユグドミレニア)管轄内の森に猟師と偽り居座っているという赤のアーチャー(アタランテ)

 そのアーチャーが不愛想に「やる」と言って猪まるまる一頭を譲る……これだけでも驚くだろうが、今回で2度目といえば更に驚くだろう。

 実はこの赤のアーチャーの奇行にはある切欠があり、それを思い出したのかアストルフォが感慨深そうに頷いている。この件については別の日にお話するとしよう。

 

「まぁ赤のアーチャーも赤のバーサーカー(スパルタクス)も大人しくしており、大きな被害も出ていないというのなら良いではありませんか。彼女に感謝しませんと」

 

「見張りのゴーレムは兎も角、野生の熊に叛逆しているのは大人しくしていると言うのだろうか?」

 

 攻撃されないと反撃しない圧制許さないマン(スパルタクス)は、この世界では割と大人しいのです。

 

「そんなことよりも、早くベーコンベーコンベーコンんんん!」

 

 くーわーせーろー!と五体全てを用いて猛烈アピールするアストルフォ。はしたないぞ、とフランケンシュタインが諫めるも聞く訳もなく。

 

「任せてくれ。BLTサンドは手早く食べるのが一番美味いからな」

 

 そう言うとジークは厨房の鉄板に火を入れ、テーブルのベーコンとブレッドを野菜類と共に脇に置く。

 

「びーえるてぃーさんど、ですか?」

 

Bacon(ベーコン)Lettuce(レタス)Tomato(トマト)のサンドイッチ。略してBLTサンドと言う」

 

 要するにサンドイッチなのだが。

 

 まずベーコンを適度な厚さに切り分け、鉄板で焼く。油を引かずともジュワっと良い音が響き、良い香りが瞬時に広がる。

 その間にブレッドをサンドイッチ用に計12枚――うち4枚はとある人物(・・・・・)の分だ――切り分ける。パンの耳は残すのがジーク流だ。

 それらをオーブンに入れて軽く焼く。その間にベーコンの焼き具合を確認しつつ裏返し、トマトを薄く切りレタスを適度な大きさに千切る。

 暖かくサクっと焼けたブレッドと焦げ目が美しいベーコンが出来上がり。ブレッドに、マヨネーズに牛乳・オリーブオイル・擦りおろしたニンニクを少量混ぜたBLTサンド用ソースを適量塗りつける。

 

 最後にベーコン・レタス・トマトの順にパンで挟む。レタスがトマトの水分を防ぐのだ。

 飲み物は黒い炭酸水。たまにはこういうジャンクな組み合わせも悪くないだろうというジークなりの贅沢だ。

 

「BLTサンドの出来上がりだ。出来立てが美味しいから、早い目に食べる事を「いただきまーすっ!」オススメ……しなくても食べるな、ライダーは」

 

 解り切っていたことだ、と悟りの表情を浮かべるジーク。出会ってから短いが、元よりアストルフォは解り易い奴のだ。

 

 んあ、と大きく口を開け、モシャリと半分以上を食らう。ソースとパンくずで口元が汚れ頬が栗鼠のように膨らむ。

 下品だが大層美味しそうな食べ方だ。実際、アストルフォはベーコンの強い塩気と肉っ気、それを包み込む野菜類の水気と暖かなパンのハーモニーに浸っている。

 パンの耳は堅いが、噛み応えを底上げし、よく噛むことでより長く味わうことができるのも利点だ。

 

「んぐ……これもまた美味しいですね。ベーコンの味が強くなければ出せない味です」

 

「んぅ、うっ!」

 

 アストルフォとは違って控えめに、しかしその美味しさに目を光らせるジャンヌ。フランケンシュタインはもひもひと食べながら喜んでいた。

 

「ん……ベーコンは保証できる美味しさだからな」

 

 ぺろり、と口元のソースを舐めとるジーク。彼は全体を薄めに切って少量にした為に早めに食べ終え、今は黒い炭酸水を飲んで口直し。

 

「んぐ、ん……んぷぁ。ねぇジーク、それも食べていいの?」

 

 喉に詰まりかけたのをコーヒーで無理やり押し込み、ほっと一息ついたアストルフォはジークに尋ねる。

 彼の横にはラップに包んだBLTサンドが2つ残っている。それでも欲しいと言わんばかりに目を光らせるが、ジークは申し訳なさそうに首を振る。

 

「すまない、これは彼ら(・・)の夜食の分だ。だから譲れない」

 

 彼ら……そう聞いてアストルフォは残念そうな素振りも見せず「そっか」と言って微笑む。

 男二人はその事情を知っており、知らぬ女二人は首を傾げた。

 

 

 

▼▲▼―――▲▼▲

 

 ここで一つ二つ、外側(・・)からご覧の皆様にお伝えしておこう。

 

 前者は、本来ならこの聖杯大戦において、ホテル・ユグドミレミアなどという施設及び役割など存在しない。

 この世界は並行世界の更に並行世界……八枚舌のダーニックが人間を盾にするという奇策に走り、より穏やかで平和な亜種聖杯戦争として成り立っている。

 

 後者は、それによる大きな運命の変更点。ホムンクルスのジークが料理長となったり、ルーラーが黒の陣で給仕として働くなど出鱈目にも程がある。

 元より出鱈目には違いないが、先にも上げた赤のアーチャー(アタランテ)の差し入れや赤のバーサーカー(スパルタクス)の生存など、本筋とは違った新しい展開もある。

 

 だが後者においては、もっと大きな違いが一つある。これが一番の変更点でもあった。

 

 

 

 この世界において、ムジーク家は数年早く誕生している。

 

 

 

 故に、黒のセイバーのマスターは、本来ならゴルドである所を――――。

 

 

 

▼▲▼―――▲▼▲

 

 コンコン、と扉をノックする。

 

「黒のセイバー、()()()()()()()。失礼する」

 

 そう一声掛けてから、夜食を乗せた盆を片手にジークが扉を開く。

 

「待ちたまえセイバー、いや待て! マスター命令だ!」

 

「すまないマスター、確か待ったは3度まで、と事前にマスターが言ったはずだが」

 

「ええい融通の利かぬサーヴァントめ! 少しはマスターへの気遣いというものをだね!」

 

「チェスの勝ち負けの為にマスターとして命ずるのは如何な物かと……そもそも暇潰しに英霊をチェスに誘う時点で随分と……すまない、これ以上言うのは野暮というものだな」

 

「それ以上何を言うつもりだったの!? ねぇ変な気づかいは逆に辛いんだけどチミィ!」

 

 夜遅くに黒のセイバー……高名とされる竜殺しとチェスをして負けかけ、焦っているマスターの図。

 

 そんな珍妙な光景と彼らの人なりを理解し慣れているからか、ジークはクスっと笑ってしまう。

 

「……むむっ!? おいジーク貴様なにを笑っとるのかね!? さ、サーヴァントというものは強大な存在だ。遊戯盤においてもそれが反映されるのも然りというもの……いやぁ流石は竜殺し、強敵だ」

 

 自慢の髭を摩りながら風雅に振舞おうとする彼に対し、英霊とホムンクルスは頭を下げた。

 

「すまない、竜殺しとチェスは全く関係ない。潔いぐらいに英霊とですら関係ない」

 

「すまない、俺も聞いてて思った」

 

「君達、辛辣すぎない!? お茶目なジョークだと思って流したまえよ!」

 

 風雅な振舞い、たったの5秒で崩れる。

 

 やたらと小物臭く、それでいて人の良さを物語るこの男こそ、ジークフリートを召喚せしマスターだ。名をゴルドルフ=ムジーク=ユグドミレミアという。

 父ゴルド=ムジーク=ユグドミレミアより聖杯大戦へ参戦するよう命じられ、令呪を授かってルーマニアへと向かえば、こんな珍妙な日々を送る羽目となった。

 

 

 そんな男だが、彼の存在はジークフリートとジークの運命を大きく変えた。

 

 

―――ええい、そこをどけ! そいつの命が掛かっているんだぞ!

 

 

―――ホムンクルスの治療には詳しい! 無論、治療班も呼ぶが緊急処置が必要だ、早く診せなさい!

 

 

―――駄目だ魔力も血も足りん……セイバー、貴様の血を寄越せ! 腐っても邪竜の血だ、ないよりはマシだろう!

 

 

―――そうだとも、黒のキャスター(アヴィケブロン)との契約により、お前は引き渡される予定だ! 彼の宝具は黒の陣営に必要な物であり、その為の生贄がお前だ!

 

 

―――だがなぁ! 名高き英霊が二人も救おうとし! 生きたいと必死に願う若者を!

 

 

―――見て見ぬ振りするような男にはなりたくないのだよ!

 

 

 必死に弁解しているゴルドルフの滑稽な様を見ていると、あの時の勇ましさが嘘のように思える。だがそれが逆に、彼の人間らしさを感じさせた。

 あの時の緊急処置が無ければ、今頃どうなっていたのだろうかとジークは思う。ジークフリートの邪竜の血がなければ、このような健康体ではいられなかっただろう。

 後になって聞いたが、ジークフリートは己の心臓を抜き出し捧げるつもりだったという。それは万が一でも止めて欲しいと切に願った。

 

 結果としてジークフリートの血を媒体に錬金術で治療を施したジークは、異物が混ざり込んだ事で適合不可と断定されアヴィケブロンとそのマスターを大いに落胆させる結果となった。

 ダーニックも大層怒っていたが、黒のランサーはゴルドルフの人の好さを知って若干ながらも擁護、更に黒のセイバーと黒のライダー・フォルヴェッジ姉弟の援護もあって厳罰から逃れる。

 代わりとして、黒のセイバーことジークフリートの真名判明、令呪一画をロシュに譲渡、宝具用のホムンクルスを急ピッチで生成する約束を取り入れることで事を収める。

 

 ここまでしてくれたゴルドルフには感謝しかない。よって彼を助ける事にする。 

 

「それはそうと、夜食を持ってきた。是非とも召し上がって欲しい」

 

 話を遮るようにして、テーブル上のチェス盤をどかし、代わりにBLTサンドと添え付けのポテトサラダを乗せた皿を置く。

 

「む、むぅ……ちょうど小腹が空いていた所だ。気が利くではないか」

 

「俺の分まであるのか。すまないな」

 

「いいんだ。それほど手間がかかっているわけではないから」

 

 淹れたての紅茶をカップに二人分注ぎ、ミルクと砂糖のセットも添える。ゴルドルフは何も言わず角砂糖とミルクを注いでそれを飲む。

 ミルクティーで喉を潤したら、お待ちかねのBLTサンドだ。少し水気を吸っているが、ゴルドルフは構わず齧り付く。その大口はアストルフォ並に大きい。

 厚めに切ったベーコンの旨味と塩気が、水気を吸って柔らかくなったパンと、しんなり柔らかくなったレタスとトマトが包み込む。パンの耳の噛み応えが心地よい。

 

「うむ、美味い。流石は私のベーコンだ、BLTサンドで食べるとなお美味い!」

 

「ああ、ゴルドルフさんのベーコンは大人気だった。客の中にはレシピを求める者も居たぐらいだ」

 

「ふふん、そうだろうとも」

 

 自慢げに鼻を鳴らすのも当然。人間どころかサーヴァントですら満点を貰ったあのベーコンは、なんと彼が自ら加工したのだ。

 ジークフリートを侍らせユグドミレニア城の庭で燻製肉を作るマスター……とても大戦中だと思えぬ滑稽な光景だが、彼なりにジークフリートを信頼してのことだった。

 

「驚いたな。ベーコンだけでも美味いというのに、更に美味くなるとは」

 

「レタスとトマトが新鮮でなければここまでの味は出せんよ。良いチョイスだジークよ」

 

 あまりの美味さに竜殺しが目を見開かせる。それを見て満足そうにゴルドルフは頷き、よくやったと言わんばかりにジークを見る。

 その後も紅茶を挟みながらもBLTサンドを味わう二人を、ジークはじっと見つめている。

 

 

(そういえば、この二人が共に食事をとるようになったのも、ゴルドルフさんが切欠だったな)

 

 

 以前、赤のランサー(カルナ)黒のセイバー(ジークフリート)の戦いを目の当たりにしたゴルドルフが命がけで帰還し、緊張して腹が減ったからと特製のハンバーグを自ら焼いて食べようとして。

 当たり前のようにジークフリートとジークの前にハンバーグとライスのセットを置いた時は、二人とも目を丸くしたものだ。

 

―――あ、いや別にサーヴァントが食事が不要であることを忘れたわけではないぞ!? こ、これは赤のランサー相手に戦った褒美だと思え! マスターとサーヴァントのコミュニケーションをとる目的もある! うむ、何も間違ってはおらんな!

 

―――すまない、ではこのホムンクルスの分はどういった理由か教えて貰えぬか?

 

―――ええいついでだ、ついで! お前さん治り掛けだろ、食べれば大抵のことはなんとかなるから、食べなさい!

 

 本当に良い人だ。気まぐれとはいえベーコンの作り方を教えて貰ったり、サンドイッチを作ってもらったり。

 気づけばホテルユグドミレニアの料理長として任命される程の食通となり、ルーラーや黒のライダーといった仲間の喜んで食べる顔を見る事を楽しみにしている。

 いつしか自分の名を、ジークフリートとムジークから文字って「ジーク」と名乗るようになったのも、当然だろう。

 

「……ゴルドルフさん、今度クロワッサンの焼き方を教えてもらえるだろうか?」

 

「んぐ……む? なんだねいきなり。まぁ教えてやらんこともないが」

 

「トゥールⅣ型が、ゴルドルフさんの作るクロワッサンに遠く及ばない、とホテルのクロワッサンに文句を言っていたのを思い出したんだ」

 

「むむ!? あやつがそんなことを言っていただと? そ、そうか、あやつがなぁ……よぉし特別に教えてやろう!」

 

「マスターのクロワッサンか……そんなに美味いのか?」

 

「解らないが、そうとう美味しいらしい。給仕のホムンクルスも気になっている」

 

「はっはっは、このゴルドルフ=ムジーク=ユグドミレニアにかかれば、ふわっふわのサックサクに仕上がるぞう!」

 

 

 

 俺の大事な名前。俺の忙しくも楽しい日々。

 

 

 

 多くの英霊と一人のマスターによって得られた、大事な運命だ。

 

 

 




私は思ったんだ。一から書くより、この「ジークさんトコの賄いごはん」に登場させた方が早いって。

そんなわけで久しぶりの更新です。思い付きって大事ですね(コラ
むしろゴルドルフ所長こそ「ジークさんトコの賄いごはん」の世界観構築に貢献してくれそうだなーと(ぉ

〇登場予定マスター

・ゴルドルフ
 食べるものは高カロリーな食べ物。この世界におけるジークの料理の師匠。
 ホテルユグドミレニアの運営に大きく貢献しているが、同時にホムンクルスの改善を!と訴えてダーニックの不評を買う。

・フィオレ
 食べるものはスイーツ関連。ゴルドルフの計らいで足の治療に貢献してそう。

・カウレス
 食べるものは野菜類。ケイローンにお勉強受けてそう。

・セレニケ
 食べるものは激辛系。つまりは愉悦部所属。ゴルドルフの妨害でホムンクルスをリョナれない。

・ロシェ
 食べるものはおかし……の材料で作られたミニゴーレム。ネタ担当。チョコゴーレムとかクッキーゴーレムとか。

・ダーニック
 食べるものはB級グルメ。八枚舌に違わぬグルメっぷりだが、きっとB級グルメとかにハマると思うんだ(ぉ


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