Are you レディ? (先詠む人)
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「中坊」と「暁」

素敵な原作を作ってくださった源治さんに感謝を。


「きりーつ」

 

 日直の気の抜けた声が教室に響く。

 

「れ~い」

 

 日直が教室にいる生徒全員が立ったのを目視してから言ったその声に合わせてぺこりとそろって一礼をして、

 

「ありがとうございました~」

 

 の声が聞こえる前に俺は椅子を後ろに蹴り下げて鞄に手を掛け、すぐ隣の窓を開ける。

 それに少し遅れるかのように周りの席の奴らが声を合わせて礼を言っている最中に俺は

 

「した~」

 

 と言いながら肩に鞄を引っ掻け、窓から外へと飛び出した。

 俺がいる教室は一階だから別に窓から飛び出したところで怪我はしない。それにうちの中学校は下駄箱で靴を履き替えなくてもいいからわざわざ正規のルートで校庭へと行く必要性が感じられなかった。

 

「こら北崎!!またお前はそうやってぇえええええ!!」

 

 窓から身を乗り出して木刀を振り上げつつ叫んでいるのであろう担任の声を後ろから聞きながら俺は校庭を通り抜け、そのままま閂で閉じられている校門へと手を掛ける。

 

「よっこいせ!!」

 

 そしてパルクールでもするかのようにそれを一気に乗り越え

 

「きゃん!?」

 

「セーフ!?」

 

 小学生ぐらいの背丈の幼女の目の前に着地した。

 

「わりぃ、大丈夫か?」

 

 急に上から降ってきた俺に驚いたのか、尻餅をついている幼女へと手を伸ばす。

 

「………」

 

 手を伸ばしても幼女は目を見開きながら俺を見つめて固まったまま。

 

「……?お~い、大丈夫か?」

 

 気づいていなかっただけでもしかしたら当りどころが悪いところへ鞄か何かが当たっていたのかと俺が心配しながら幼女の頭をなでると

 

「暁よ。一人前のレディーとして扱ってよね!」

 

「………は?」

 

 突然変なことを言いだした幼女に、世界(とき)が止まった。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中坊」と「暁」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 無言のまま見つめあう。

 まるでそこだけ時間の流れから切り取られたかのようにピクリとも動いていないように周囲の人から見たら感じとられたことだろう。

 

(さて、こんなわけのわからないシチュエーション。暁ってのがきっとこの子の名前なんだろうけれど、レディーってなんだよ。背伸びしすぎだろう。)

 

 そう思った俺は

 

「そうかそうか~。なら一人でも大丈夫だな?それじゃ、俺急ぐから。」

 

 全力で走って逃げることを選択した。どっちにしろ今日はやりたいことがあるから早く家に帰って用意してから家を出ないといけないのだ。

 

「え?ちょっと待ってよぉぉぉぉおお!」

 

 後ろで泣き出した気がする暁と名乗った幼女を放置して俺は自転車を頼み込んで隠し置いている親戚のおばちゃんの家の敷地に入り、そのまま裏口に置いている自転車のサドルに腰かけた。

 

「よし、行くか。」

 

 自転車の鍵を開けて裏口から家の方角へと自転車を走らせ出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人暮らしをしている家へと帰り、地味に身分とかその他もろもろのせいでかたばって動きづらい制服から動きやすい私服へと着替え、自転車の鍵と財布、そして携帯をもって戸締りをしっかりと確認してから飛び出す。

 自転車にまたがって向かう先は近所のゲームセンター。

 今日はそこでFPS、要はガンコンを使ったゲームの大会が行われる予定になっており、俺もそれにエントリーして

 いた。

 

 

 自転車を走らせている途中で海のそばを通り、大きな島と橋がうっすらと見えたので一度止まる。

 

 昔、この世界は一度滅亡の危機に瀕したんだよ。

 

 今では「内地」とかそんな呼ばれ方をする昔淡路島と呼ばれていたその島を見てそんな語り口から始まる病気で死んだばあちゃんの話を思い出した。

 

 

 

 

 

 昔、この世界は一度滅亡の危機に瀕した。

 深海棲艦とか言う深海に棲む怪物が現れて海路はめちゃくちゃ、空路はズタボロ。

 しまいには北海道は壊滅したらしい。

 四国とか九州も危なかったそうだが、運よく完全に壊滅する前にどこかから現れた艦娘が提督と呼ばれる人。まぁ多分自衛隊の人とかなんだろうけれどそう言った人たちと共同でことに当たって深海棲艦を倒して世界に平和をもたらしたそうだ。

 

 そんで、そのあとに艦娘たちは妖精たちに頼んで子供を産める体にしてもらい、提督と引っ付いて子供を産んで産んで産みまくって大家族とかそう言った感じのハッピーエンドを迎えたんだとさ。正直個人的には眉唾もんだけど艦娘って言うのは一度容姿が固定されたらぽっくり死ぬまでその固定された若い身体のままだそうだ。

 だからぽっくり死ぬまでに大量の子供を産んで、出産後にぽっくり死んだ…なんて話も噂で聞いたことがある。とはいってもあくまで噂だからうさんくせーけどな。

 

 まぁ、そうやって子供を大量に産んだから減りに減った人口はUの字を描くように急激に増えて、そうやって人口が増えたことで文明の状態も深海棲艦が襲ってき始めたときとかなり似た状態にまで復興したのが現在(いま)だそうだ。

 

 と言ってもその話を俺がばあちゃんに聞いたときにふと疑問に思って聞いてみたことがある。

 

『その話っていつ頃の話で、今でもその艦娘たちは生きているの?』

 

 ってさ。そしたらばあちゃん、どこか懐かしいような顔で

 

『昔も昔、だいぶ昔さ。それと当時の艦娘たちはもう死んでしまったからもういないねェ…。大体寿命は80ぐらいだったそうだから。』

 

 と言っていた。そしてこう続けていた。

 

『だけど、今でも艦娘は生まれてきているよ。昔の艦娘と提督との子孫の中から艦娘が生まれるそうだからねぇ…』

 

 てな理由(わけ)で、今でも艦娘はいるらしい。

 まぁ、うちの中学校にはいないけど同じ小学校の校区だった奴から聞いた話だとそいつの中学校には夕張、狭霧、叢雲がいるそうな。別にうらやましくも何ともねーけど。

 

 PP!

 

 ふと横を通った自転車のクラクションでぼーっとしていてはいけないことを思い出し、慌てて自転車を再び漕ぎ出す。

 ぼーっとしていた時間が長かったのか、ゲーセンの看板が見えてきたころには時間ぎりぎりになっていた。

 

「やべぇやっべ!!」

 

 あわあわしながら急いで駐輪場に入ってすぐの場所で自転車に鍵をかけて止め、転がるかの様にゲーセンの入口からゲーセンへと俺は入店する。

 ゲーセンの入口のすぐ近くにある時計を見て制限時間のほんとギリギリなことに安堵しながらも受付コーナーですぐにエントリーの状態を確認。しかし…

 

「え?みんな棄権したっておやっさんどういうこと?」

 

 このゲーセンの主、通称おやっさん(無色童貞自称39歳)が俺に告げたのはみんな棄権したから大会自体が無くなったということだった。

 

「どうもこうも、そう言うことだ。よりによって”白い鍋”が来ちまったからみんなチキって棄権しやがった。『勝てるわけがねー』ってな。」

 

 ”白い鍋”。その名前は最近有名になった俺が参加しようとしていたゲームの数多くある大会の一位を総なめした常に白く塗った鍋を被ってプレイしているプレイヤーの通り名だ。

 

 

「んなあほな。普通そこは燃えるところだろう。せっかく有名プレイヤーが来てるならやるべきに決まってるじゃねーか。」

 

 俺が呆れながらそう言うとおやっさんは首を横に振りながら

 

「このドアホ(ダホ)。このゲーセンでそんな戦闘狂(ウォーモンガー)染みた考え方すんのはお前ぐらいだっての。……それにあいつらが棄権したのは幼女に負けたくなんかねーってことだろうよ。」

 

 そう言い、筐体の方を指さす。するとそこには

 

「………Hit。」

 

 真っ白な髪を隠すかのようにお鍋を頭にかぶったコートを着た小学生がガンコンをもってゲームをプレイしていた。しかもその幼い見た目と違ってかなり上手い。

 

「……おやっさん。」

 

 俺はそれを見ながらおやっさんに声をかける。

 

「……お前も棄権するか?」

 

 心配そうな表情で俺に声をかけてくるおやっさんの方を向いて俺は告げた。

 

「俺、やるわ。」

 

 俺がニヤリと笑ってそう言いながら100円玉を投げ渡した時のおやっさんの驚いた表情は、一生忘れることはできないだろう。

 

「それ参加費。んじゃ、行ってくる。」

 

 俺はそう言って右肩を回しながら筐体の方へと足を向けた。

 筐体の前にたどり着くと、白い鍋はため息をつきながらガンコンを筐体へ戻そうとしていた。まだ画面にはクレジットが残っていると表示されている。

 

「つまんないな…」

 

 そうつぶやきながら彼女はガンコンを筐体にしまうために手元で回転させる。そんな彼女の前に割り込むかのようにガンコンを収めるケースが付いている本体に100円玉をぶち込んだ。

 

「さて、一発やろうや。」

 

 それはこのゲームにおいて乱入するときのみんなが守っているマナー。

 乱入しようと思っている相手のクレジットが残っている場合乱入ができるが、その場合何か一言言うのがマナーだ。

 

 俺が100円を入れたことにより画面には<A NEW CHALLENGER>と表示されていた。

 

「……」

 

 白い鍋はそんな俺の行動に一瞬驚いた様子だったが……

 

「ならやろうか。」

 

 ニンマリと笑いながら俺にそう告げ、戻しかけたガンコンを再び構えた。

 

「白い鍋の伝説、それに黒つけてやるぜ。」

 

 俺もそれに応じるかのようにニヤリと笑いながら自分の分のガンコンを手に取って構える。

 武器のチョイス、戦場のチョイス、そして大会仕様で固定されていた制限時間等の確認の画面を超えてカウントダウンが始まった。

 

 5

 

 白い鍋は鍋を被りなおすかのように動かした。

 

 4

 

 ズボンのポケットの中で財布の位置が悪い気がしたので足を挙げて肘でポケットの中に入れている財布の位置をずらす。

 

 3

 

 奥の方でおやっさんがゲーセンの店員に見つかり、追いかけられ始めた。

 

 2

 

 俺はそのタイミングで目を一瞬だけ瞑り

 

 1

 

「Are you Ready?」

 

 両手に持てるようにガンコンをばらしたモードで構え、白い鍋へと告げた。

 

「「………」」

 

 両者ともに見つめあい、フッと一瞬だけ笑った後、<GO!!>と表示された画面の方を同時に向いてからガンコンについているスティックレバーとトリガーを操作して自キャラを操作し始める。

 

 このゲームはガンコンで視点操作、及びキャラの操作までもができるので如何に移動して如何に攻撃するかが勝敗を分けるのだ。

 

 白い鍋が選択したキャラは長いライフル銃を持った長距離狙撃もできるキャラクター。

 それに対して俺が選んだキャラは両手に銃を持ち、スティックを押し込んだ状態でトリガーを引くことで大剣を振り回すこともできるキャラクター。

 

「………」カチャカチャカチャ

 

「沈め!沈め!沈めェえええ!!」カチャカチャカチャ

 

 ステージ内の建物の高いところまでハイジャンプで飛んで、距離を稼ごうとする白い鍋に対して俺はそれを追いかけながら牽制のビームを放つことで距離を詰めようとする。

 

「………」カチャカチャカチャ

 

「こなっ!!クソっ!!」カチャカチャカチャ

 

 それを繰り返し続けること数分。俺の操作するキャラの残りHPは4分の3程、それに対する白い鍋のキャラの残りHPは半分ほどだった。

 残されている制限時間もあまりない、このゲームは制限時間内に倒せないと与えたダメージ量が多い方が勝つことになるが、ギリギリのタイミングで大きなダメージを与えらえた場合そこで俺のキャラのHPが半分を割れば負けになるのだ。

 それが可能なのが、白い鍋が使っているキャラの持つ武器だった。

 あの武器は近接性能を犠牲にした代わりに大火力を積んだ武器という設定になっており、使い方によってはこの武器専用の持ち込み可能なアイテムであるボムを誘爆させることで、相手にチェインダメージを負わせることができるようになっていた。

 そして白い鍋が持ち込んだアイテムが何なのかは俺にはわからない。

 俺が持ち込んだアイテムは既に仕掛け終わっている。あとはどのタイミングでどちらにこのゲームの女神が微笑むかにかかっていた。

 そして残り時間10秒になったその瞬間。

 

「「かかった!!」」

 

 俺たちの声がハモるのと同時に俺はある一点を狙ってトリガーを引き、それと同時に画面が真っ白になった。

 そして表示された結果は……

 

「引き分けかぁ……」

 

 DRAW。

 同時にHP全損ということで引き分けとなっていた。

 俺がゲーム開始直後からちょこちょこと仕掛け続けていたマップ全域に爆発を引き起こす爆弾が、白い鍋が予想通りに設置していた地雷の爆発に誘爆してマップ全体に大爆発を起こしたらしい。

 そのせいで勝ちを確信した白い鍋は予想外の誘爆によってダメージを負ってキャラのHPが全損。同時に俺のキャラもHPが全損したことで引き分け。このゲームにおいては珍しい出来事だった。

 

「ふぅ……」

 

 両手に持ったガンコンをぶらんと垂らしながら息をつく。久々にゲームをしている間集中しすぎて息をするのも忘れて無意識のうちに息を止めてしまっていたみたいだ。

 

「あの……」

 

 そうやって一息ついていると横から声を掛けられる。横を見ると白い鍋がお鍋を頭から外してこちらを見ていた。

 

「?……あぁ。」

 

 そうやって見つめられると変な感情を抱きそうだったが、すぐにゲーム後のあいさつだと気づいてしゃがんでから目線を合わせる。

 

「Nice Game。お疲れさまでした。」

 

 俺がそう言うと、白い鍋は

 

「うん。Nice Gameだったね。」

 

 と言って俺を見つめる。

 

「なに…?何なのさいったい。」

 

 俺がそう言って困惑していても白い鍋はその澄んだ空色の瞳で俺を見つめる。……数秒ほどだろうか。

 体感時間的には長かったがそれぐらい見つめてから白い鍋は

 

「ひび…Верныйだ。信頼できると言う意味の名なんだ。これからもよろしくね。」

 

 と言いながら手を出してきた。

 

「ヴェールヌイ?あ、いや。こっちもよろしく。いい名前だな。」

 

 俺は一瞬困惑しながらもその差し出されたその小さな手を取り、握手した。そうしていると後ろの方から

 

「あーっ!!響いたー!!」

 

 という叫びが聞こえた。二人そろって振り向く。

 

「?げっ暁。」

 

「?……さっきのガキンチョじゃん。」

 

 やってくる声の主を見て俺は学校を出る際に出会った自称レディーの幼女が何でこんなとこに。しかもヴェールヌイのことを知ってるっぽいし……

 

 そう考えながら立っているとヴェールヌイの方を見ながらずんずんと歩いてきていたガキンチョが俺の方を見て固まった。

 

「……?」

 

 固まった様子を見て俺が首をひねっていると暁は口を大きく開いて

 

「しれモゴモゴモモモゴ」

 

 何かに気付いて慌てた様子のヴェールヌイに口をふさがれていた。

 

「それじゃあ、司令官。またね。」

 

 暁の口をふさいだヴェールヌイはそのまま暁を引きずりながら空いている手をこっちに振りつつ去って行く。

 

「……いや、司令官て何さ?」

 

 俺のそんな素朴な疑問に答えをくれる人はいない。

 

 ついでに言うとおやっさんが追われていた理由はそのあとに店員が教えてくれた。

 おやっさん、どうも何かやらかしたらしくてこのゲーセンから出禁になっていたらしい。しかも店長命令だそうだ。かなり怒っているらしい。

 おやっさん……基本めちゃくちゃなことやっても大概笑って流してくれる店長を激怒させるなんて一体何やらかしたんだ……

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「もう、響!何するのよ!!」

 

「シーっ!!暁、しーっ!!司令が近くにいるかもしれないじゃないか。」

 

 暁はレディなのに急に力づくで引きずって司令官から引き離してきた響に文句を言うわ。

 レディには相応の扱いをしてもらう権利があるはずなのよ。なのにみんなそれを分かってない。わかってくれるのはビスマルクさんだけだわ。

 

「いいかい、暁。あの人は多分私たちのことをあまりよく知らない。もし私たちのことを知っているのなら暁のことをガキンチョ呼ばわりしないだろうし、私と話すときに小さい子供にやるみたいに目線を合わせたりしないだろうからね。ここに来るまでに通ってきた街でもみんなそうだっただろう?」

 

「むぅ……」

 

 難しい話をされても暁には理解ができないわ。響はいつも難しいことを言って暁をけむに巻くの。だから嫌なの。今日だっていきなり

 

「ちょっと、伝説を作ってくる。」

 

 な~んて書置きを残してホテルから急にいなくなるし、おかげでみんなで町中探し回らないといけなくなったじゃない。

 

「でも、そのおかげで司令官に会えたんだろう?何となくわかるよ。嬉しそうな感じがあふれ出ているじゃないか。」

 

「……それはそうだけど……」

 

「そして、司令官はあの少年だろう?」

 

「ぴょっ!?」

 

 驚きのあまり変な声が出ちゃったわ。びっくりした表情のままで響の方を見ると響はどこか愉しそうに

 

「見ればわかるさ。」

 

 と言ってから首の角度を少し変えて暁に壁ドンしてから

 

「譲らないよ。私は。」

 

 そうポツリと言ってからホテルの方へと歩き去って行ったわ。

 

「………はっ!?ちょっと待ってよ響!!響ぃぃぃぃいいいい!!」

 

 暁は暗いのがダメなレディなんだからぁあああああ!!!

 

「ふぇぇぇええええん!!」

 

 

 

 

 




 この作中で中坊がプレイしているゲームは、現在もゲームセンターで3が稼働しているガンスリンガーストラトスを参考に設定を作っています。
 とはいっても自分は2の頃に数回ほどしかプレイしたことがありませんが……

 感想、評価をいただけると嬉しいです。


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「時雨」と「探偵」

最初に言っておきます。
ぱっと見繋がってないように見えたとしてもこの「Are you レディ?」で投稿される全ての話は一つの点で繋がっています。


「あぁうん。大丈夫さ。僕もそっちに今向かっているからね。」

 

『………』

 

「そうだよ、僕の提督と一緒さ。資料はこっちでまとめているし、ちょうどそっちの方に用事があったからね。気にしなくていいよ。うん。それじゃあ後で。」

 

 そう優しい顔で電話相手に告げると俺の相棒は持っていた俺のスマートフォンを操作して通話を終えた。そしてこちらの方を向くと……

 

「それで、提督?これはいったいどういうことかな?」

 

 さっきまで見せていた柔和な笑顔をどこに置いてきてしまったのか。般若のような顔を見せながら俺に持っていたスマートフォンの画面を突き付けてきた。

 

「いや…それは……その……だな。」

 

 俺はしどろもどろになりながらも必死に答えようとするが、

 

「僕よりも君はこんな大きな胸の艦娘の方が好きなんだね?」

 

 そう言いながら相棒は街中で正座している俺の周りをゆっくりと回り、俺の前で止まる。そして

 

「君には失望したよ。お胸が大好きなハードボイルド気取りの探偵さん。」

 

 耳元でそう囁いて悪魔のような笑みを浮かべた。その笑顔を見て俺は

 

『…………やっぱあの日突き放すべきだったか……』

 

 と2か月前の大雨のあの日、本職である探偵業がうまく行ってなかったときにたまたま受けた依頼で出会ってしまった時、そしてそのあとのことを思い出して憂鬱にならざるを得なかった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時雨」と「探偵」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 2か月前、俺は事務所に久しぶりに来た依頼主(クライアント)の話を聞いていた。

 

「それで、礼子さんのご依頼としてはこっそり飼っていた猫を探してほしいということでよろしいでしょうか?」

 

 俺は少しばかり気障ったらしく手元で帽子をいじりながら目の前の椅子に座るきれいな少し碧がかった銀髪の少女(おじょうさん)に尋ねた。

 依頼主の名前は夕張礼子、艦娘市に本社を置く夕張重工の関連企業の社長令嬢だ。

 もちこまれた依頼は一昨日、親の目を盗んでこっそり飼っていた猫が行方不明になったのでそれを探して連れて来て欲しいとのことだった。

 

「えぇ。この猫を探し出してくれたのなら成功報酬としてさらにこれだけ上乗せさせていただきます。」

 

 そう言って目の前のお嬢さんは小切手に0が4桁書かれた紙を渡してくる。

 

「もし成功した暁にはそちらに好きな金額をお書きになってくださいな。私が責任をもってお支払いいたします。」

 

「わかりました。それではこのご依頼お受けしましょう。」

 

 俺はその小切手を受け取り、懐に納めてから立ち上がって入口の扉を開いた。

 

「猫が見つかり次第ご連絡いたします。」

 

「えぇ、お願いしますね。」

 

 そう俺の言葉に答えてお嬢さんはこの建物から出て行った。

 

「………」

 

 持っていた帽子をちょっといじってから被り、鏡の前で位置を調整する。

 

 被る帽子はソフト帽、これは男のたしなみだ。

 身に纏うのは黒のベストにスラックス、それもきちんと整える。

 

「さて、行こうか。」

 

 俺は鏡の前でそう自分に言い聞かせるように告げてから事務所から出た………が

 

「やっべぇカギ閉めてなかったやばいやばい。」

 

 数秒後に事務所の扉を閉めていなかったことを思い出して慌てて事務所に戻ることになった……

 

 

 

 今度はきっちり鍵を閉め、受け取った写真を片手に行きつけの喫茶店へと向かう。

 この喫茶店には色んなやつがいる。若いころに警察に何度もお世話になったような奴やそれこそ麻薬に過去に手を出したがそれを克服するために頑張っているものまで様々だ。

 その中でも俺が用があるのは…………いた。

 

「おい、情報屋(へんたい)。」

 

 オープンテラスになっているこの喫茶店の窓の近くの席に新聞紙を見ているように見えて実はカフェの前の通りを通る女学生をスマホのカメラで盗撮するのが趣味の一つであるこのピンク色の髪のぼろぼろの制服を着た変態はこの街というか、この近辺のありとあらゆる情報を持っている情報通なのだ。

 

「ん?なんですか探偵、私の趣味の邪魔をしないでください。」

 

「仕事の話だ。この猫についての情報をくれ。何でもいい。」

 

 俺はそう文句を言いながらこっちを見てくる情報屋にお預かりした猫の写真を見せた。見せたのはスマートフォンのカメラで撮ったと思わしき少し画質こそ荒いが何色の毛並みのどのぐらいの大きさの猫なのかがはっきりとわかる奴だ。

 

「う~ん、これじゃあ画質が荒すぎてはっきりと断言できる情報を集められないかもしれませんねぇ~。ちょっとデータ回してくれます?」

 

「あぁ。いつもの通り頼むぜ。」

 

「もー、私は面倒ごとは嫌いなんだけどなぁー」

 

 そう文句を言いながらデータとして取ってある方の画像を情報屋に渡す。

 

「うん、おっけぃです。補正ソフトで補正とかかけてから調べるからそうだなぁ……30分ください。それまでに今その猫が居そうな場所を調べてリストアップしておきます。」

 

「すまねぇな。手間を掛けさせる。」

 

「いえいえ~、最初に失敗したときに私を助けてくれたのは探偵さんですからその辺は気にしなくてもいいんですよ~。面倒ごとは嫌いですが。」

 

「ハハハ。それじゃあ、30分後。またこっちに来るから頼むわ。」

 

「了解です!」

 

 そう言って情報屋は喫茶店の裏の方へと電話を片手に歩いて行った。

 

「さて、今度は……」

 

 俺はそれを見送ってから喫茶店を後にして裏路地の方へと足を延ばす。

 

 裏路地の方に入り、少し歩くと目的の女性が子供たち相手にデレッとした顔を向けながら竹製のおもちゃなどを配っているのが見えたので声をかける。

 

「お~い、ナーガ。」

 

「ん、なんだ探偵か。私は今忙しいのだが……」

 

「そこを押して頼みがある。そこの公園で待ってるから手が空いたタイミングで来てくれ。」

 

 俺はそう女性、ナーガに告げてからすぐ近くの公園のベンチに座った。

 

 数分もしないうちにナーガがこちらへと歩いてくる。その手には竹製のおもちゃなどがたくさん入った袋を持っており、着ているのは幼稚園の先生とも言えそうなエプロンを動きやすそうな上下の上につけている。

 

「それで探偵、用事とはなんだ?」

 

「あぁ、お前がこの3日以内に関わった子の中で捨て猫とか迷い猫のことを言っているような子っていたか?」

 

 俺がそう尋ねるとナーガは唸り声をあげながら口元に手を添え、

 

「そう言えば……」

 

 と切り出した。

 

「そう言えば昨日、〇〇町の裏手辺りを今日みたいに竹製のおもちゃなどを配って歩いているときに子供に交じって艦娘らしき子がいたのだが…」

 

「お前手を出してないよな?前に艦娘なら第一次性徴期前に襲っても問題ないといって警察の朝さんにお世話になったの忘れてないよな?」

 

「無論、手は出さなかったさ。我慢したからな!」

 

「そこ威張るところじゃねーだろ!!……それで、その艦娘がどうかしたのか?」

 

「うむ、実はその子がな。どうも親に虐待されていたっぽいのが目に見えて分かるほどだったのだが……」

 

「おい、関係ない話になっている気がするけれどどっちにしろ朝さんにその子の保護頼まないといけないから迅速に必要事項だけさっさと話せ。」

 

「私と目が合ったとたんに逃げ出してしまってな。それでその子が途中で転んだのだが……見たこともない毛並みの猫がその子に近寄って行ってな。その子と一緒に最終的にどこかへ行ってしまったのだ。」

 

「その方角は?」

 

「〇〇町から内地の方だから……南東だな。」

 

 そう言うとナーガは手をこちらに向けてひょいひょいと動かしてきた。

 

「わかった。情報感謝する。そんで、これが駄賃とおまけだ。こないだお前〇〇保育園の中に勝手に入ってその中に紛れ込んでいたまだ親と子供本人に自覚のない艦娘の少女を愛でただろ。」

 

 俺が手の上に情報量代わりの数千円を入れた封筒を渡しながらそう言うと

 

「そ……そんなのしらないなぁ…?」

 

 と、ナーガはどこからどう見ても不審な様子で震えだした。

 

「それでしばらくあの付近は警察が巡回するようになったらしいからほとぼりが冷めるまであの辺に近づくのはやめておけ。そんだけだ。」

 

 俺はそう言ってベンチから立ち上がり、喫茶店の方へと歩いた。

 

 

「……あ、探偵さん。お待ちしてましたよ~!!」

 

 喫茶店に入ってすぐに2台のノートパソコンを机の上に広げ、3台のスマートフォンを並べている情報屋が俺に気付き声をかける。

 

「待たせたな。そんで、何かわかったか?」

 

 俺が椅子に座りながら情報屋に尋ねると情報屋は笑顔で

 

「はい!全然わかりません!!」

 

 というものだから俺はガクっという音が聞こえそうな勢いで椅子の上で崩れた。

 

「……おいおい。お前あんなに自信満々だったのにそれかよ…」

 

 崩れた際にずれてしまった帽子の位置を直しながら情報屋に苦言を漏らす。しかし情報屋は

 

「いやぁ~、この街の監視カメラにハッキング仕掛けましたけど最近腕のいいプログラマーでも雇ったんですかねぇ~。セキュリティーウォールが厚すぎて突破なかなかできませんよ~。」

 

 と俺の苦言をさらりと流しながらキーボードの上で指を走らせた。

 

「ま、それも私の手にかかればちょちょいのちょいなんですけどね!」

 

 そして笑顔のまま情報屋はエンターキーを押し込み、PCの画面をこちらに向けてくる。

 

「できました!」

 

 そう言ってフンすと胸を張る様子は確かにかわいらしいのだが、

 

「はよせぇや。」

 

 流石にイラっと来たので急かした。

 

「うっわこわ……わかりましたよ分かりました!!ただ、猫だけじゃあ時間かかりますけど何かほかにありますかね?」

 

 キーボードに指を走らせ、文句を言いながら情報屋はこちらに手をひらひらと振ってくる。

 

「……そうだなぁ…」

 

 追加のキーワード。それを俺は考えに考え……

 

『見たこともない毛並みの猫がその子に近寄って行ってな。その子と一緒に最終的にどこかへ行ってしまったのだ。』

 

 

「虐待されているのが目に見えて分かる駆逐艦の艦娘ってキーワードにできるか?」

 

 と、ふと思い出したナーガの言葉を情報屋に聞いてみた。

 

「えぇと……たぶんできると思いますよ?ちょっと待ってくださいね?」

 

 そう言うと情報屋は画面に数点キーワードを打ち込んでプログラムを走らせる。

 

 

 

 時間は二十秒もいらなかった。

 

「あ、見つけました。この場所ってことは多分埠頭の近くの橋の下でホームレスしてますねこの子。猫ちゃんも一緒みたいです。」

 

「おっし、サンキュっ。それじゃあ行ってくるぜ。」

 

 画面に映っているのは確かに探している猫を抱きかかえたまま歩くズタボロの服というか、最早布切れとでもいえそうなものを身に纏ったぼさぼさの黒髪の少女。

 俺は画面上に表示されているその場所をメモしてからすぐに動き出す。

 

「あぁクッソ。雨が降りそうだなこれは……」

 

 店から出ると西の方の空が真っ黒になっているのが見えた。

 

「……一応、傘持っていくか。」

 

 そう誰に言うわけでもないが呟き、俺は近くのLAWS〇Nに入った……

 

 

 

 

 

 

 目的地に着くと、そこは鼻が曲がりそうになるほどの異臭が立ち込めていた。

 

「なんだこれは……」

 

 口元にハンカチを添えて簡易のマスク代わりにし、そのまま奥に進んでいく。周囲にはうめき声が聞こえ、そちらも気になるのだが依頼を優先するためにどんどん奥へと進む。

 

 一番奥の方、まだ比較的臭いが薄いところに漂流物か何かで作り上げたと思わしきぼろぼろの物体が半壊した状態で転がっていた。

 

「なんだよこれは……」

 

 ハンカチを口元に添えたままつい呟いてしまう。

 半壊した物体のすぐそばには赤い線が走っており、その先には細い少女の腕らしきものが転がっているのが見えた。

 その腕は半壊した物体の下へと続いている。

 

「……!!」

 

 そのことに気付いてすぐに俺は物体の方へと駆け寄り、声をかけた。

 

「大丈夫か!!」

 

 しかし……

 

 ニャー……

 

 弱弱しい猫の鳴き声しか聞こえない。

 

「クソっ!!」

 

 俺は急いで携帯を開き、119番通報をしながら半壊した物体の一番大きな破片を取り除く。

 破片の下には赤い海ができているのが見え、俺は最悪を覚悟しながら積み重なった破片を放り投げ続けた。

 

 携帯のGPSをもとに救助隊が来てくれるらしい。それを聞きながら俺は少女の上に積み重なったであろう最後の破片を放り投げる。

 

「……」

 

 破片の下には腹部を血まみれにしたあの画像に映っていた少女と、そのすぐ横で少女の顔を舐めていた依頼者が捜していた猫がいた。

 

「おい大丈夫か!!今救急車呼んでるからな!生きるのをあきらめるなよ!!」

 

 動かすのは専門知識のない俺がやるべきではないと判断した俺は少女の手を握って必死に声をかけた。

 

「……だ……れ…?」

 

 少女の目がうっすらと開き、そうかすれ声でつぶやく。

 

「俺は探偵だ!今に救急車が来る!だから頑張れ!」

 

「……僕……は……時雨……だよ?だか……ら……大丈……夫……」

 

 俺の必死な呼び声に少女はそう答えて再び目を閉じた。

 

「時雨?……っておい!!」

 

 手首に手を添える。脈拍がどんどんゆっくりになってきている。おまけに危惧していた雨が降り出してきた。

 

「クソっ!!」

 

 もってきていた傘を時雨と名乗った少女が濡れないように設置し、俺は少女の手を優しく握り続ける。

 

 周囲が赤く照らされ、水色の服を着た救命士たちがストレッチャーをもって駆け寄ってくる。そして彼女はそのまま白い車に乗せられて走り去っていく。

 

 これからの彼女の運命を示すかのように真っ暗な空から雫は振り続けていた………

 

 

 

 

 

 

 

 彼女のそばを離れなかった猫を胸に抱いて一度事務所に戻る。事務所に戻るとそこには依頼者が入口の前で待っていた。

 

「あら探偵さん?実は事情が変わったので依頼をキャンセルしようかと思ったのですが……もしかして見つけてくださったのですか?」

 

 お嬢さんはそう言って俺の方に近づいてくる。

 

「あぁ、迷子になっているところを見つけてくれた人がいましたので。その人は今救急車で運ばれたところですが…」

 

「そうですか……。ですが、もう結構です。その猫はうちのものが見つけてくれるということになりましたので依頼はキャンセルさせていただきます……と言いたかったのですが見つけてくださったのも事実ですし……」

 

 お嬢さんはそう言って左手の人差し指を顔に添えて考えるそぶりを見せた。そして

 

「では、あの手付金だけはお渡ししますね。あとで口座の方にでも振り込んでおきます。」

 

「分かりました。それではこの猫は…」

 

「あ、黒服の方にでもお渡しください。」

 

 とお嬢さんが言うと後ろの方に控えていた黒服の男が猫を受け取り、そのまま一礼して先に去って行った。

 

「…………」

 

 俺がその立ち去っていく様子を見ているとお嬢さんが

 

「それでは失礼しますわ。」

 

 そう言って一礼してから去って行く。俺はそれを見送ってから事務所の鍵を開けて中に入り、シャワーを浴びた。

 

 

 

 

 数日後……

 

 

 

 

 

「ふぁぁ~」

 

 眠気覚ましのコーヒーをいくら飲んだところで醒めない頭を抱えながら俺は客を待っていた。

 事態が動くのはいつも突然だ。

 

 ピーンポーン

 

 少し抜けたチャイムの音が鳴ると同時に玄関の扉が開く。

 

「ここで……あってるのかな?」

 

 慌てて玄関の方へと向かう俺を無視してそう遠慮がちな様子で扉の隙間から顔をのぞかせたのは数日前に病院に運ばれたはずの少女だった。

 

「お前……」

 

「やっぱり君は僕の提督だね。」

 

 唖然とした様子で指をさす俺に少女はそう言って病院の患者服越しに伝わってくる柔らかい物体二つを俺に押し付けた。

 

「な……や……」

 

 突然のことに完全に固まる俺に少女は近寄り

 

「待ってたよ。」

 

 そう言って俺に縋りつくかのように意識を失った。

 

「お……おい?」

 

 声をかけるも帰ってくるのは寝息のみ。

 

「どうすりゃいいんだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 結果から言うと、そのまま突き放せなかった俺は最終的に事務所を完全に塒としてしまった時雨にべったりと依存されてしまっている。しかし、依存されているとはいっても今みたいに俺が他の女性に興味を持ったりとかするとこんな風に場所をわきまえず怒られるわけで……

 

「ねぇ、聞いてるの提督?」

 

 とりあえず目の前の時雨(はんにゃ)をどうにかしないと話にならないかもしれない。そう思った俺はますますヒートアップしてきている時雨を落ち着かせようと立ちあがろうとして…

 

「あ!?」

 

 正座させられていたせいで痺れていた足がまともに動かずにそのまま時雨の胸にダイブしてしまう。

 時雨の胸にダイブしたことで時雨が持っていたファイルケースが手元から離れ、その中身が一部飛び出す。

 

 飛び出した中身は書類であり、見える範囲だけでも『……の父親である北崎浩司は駆逐艦娘『電』の提督であることが判明し』と書かれていた……




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「主任」と「電」

こちらはお久ですね。
どうも、先詠む人です。現在、個人的な諸事情で白目剥きながら大忙しです。
なので、一話一話が短い作品しかかけてないんですよねぇ……


「主任!精製装置の起動において上層部から承認を得るために必要なデータがそろいません!!」

 

「構わん!俺が責任を取る!早く装置を起動して新薬を生成しろ!」

 

「主任!その薬品の人体実験はまだ許可されていません!まだその薬品はマウス実験の時点で失敗しています!」

 

「しかし、やるしかないだろう。このままでは間に合うものも間に合わなくなる!」

 

 そう言ったかなりグレーな経緯で作られたある病気への特効薬となる()()()()()医薬品はその病気に感染していた女性の体内に注入された。そして……

 

「……ア……ナタ……」

 

 狂気によって真っ赤に染まっていく瞳、裂けていく口端、そして白く染まっていく身体。

 その人体実験となってしまった臨床試験は注入に立ち会った私の目の前で最悪の結果を引き起こしてしまった。

 真っ黒に染まった巨大な爪が近くにいた研究員を引き裂きながら私に迫ってくる……

 

「ハァっ!!」

 

 そこで目を覚ますのと同時にガバッと言う大きな音を立てながら布団から弾き飛ばされるように飛び出し台所へと走り、水道の栓を開ける。

 

 ザー!と大きな音を立てて水が一本の筋となってステンレス製のシンクに当たる。その筋に私はすぐ横にあった食器乾燥機から湯飲みを取り出して当てた。

 湯飲みの中にすぐに水はたまり、水の栓を閉めてから私は湯飲みを煽る様にして水を飲む。

 

「……大丈夫なのですか司令官さん?」

 

 そんな私の様子のせいで目を覚ましたのか、隣で寝ていたはずのまだあどけなさを残す茶髪の少女はシーツでそのきれいな裸体を隠しながら部屋の入口で私に問いかけた。

 

「あぁ済まない。あの日のことを思い出してしまってね……」

 

 私はそう言いながらも自らの情けなさが嫌になる。あの日、死ぬと思った私を助けてくれたのはたまたま艦娘としての健康診断で病院に来ていた目の前のこの少女だった。

 あの日、私は人を殺してしまった。上の方には臨床試験の結果被検体が死亡したということになってしまっているが、その大元を辿れば私のエゴのせいとなる。

 あの日死んだ研究員も、そして彼女も。

 ある日、海に行った帰りに未知の病気を発症した彼女。

 肌の所々が白く斑点状になり、きれいだった黒髪が急激に真っ白に変わり果ててしまった。

 まだ小学2年生ぐらいの子供もいたというのに私たちにできたのはその子供と彼女を隔離して会えないようにするのと同時に彼女の症状を少しでも抑えようとすることだった。

 しかし、いくら抑えようとも原因がわからないのならば手の出しようがなく、対症療法を行っていたもののその結果はあまり芳しいものではなかった。

 時間とともに彼女の症状はどんどん悪化していき、最終的に視覚、聴覚以外の感覚の損失、血中酸素濃度の急速な低下、記憶の欠落、そして見たことのない細胞への体細胞の変化などの症状が出てきたために私は決断し、そして大失敗に終わった。

 

「司令官さんのせいじゃないです。あれは私たちの責任でもあるのですから……」

 

 少女は駆け寄ってくるとシーツ越しにかすかにわかる程度に育った胸を押し当てながら私を慰める。

 

「そうだとしても無理やり行動した結果最悪の事態を引き起こしたのには変わりがない。アイツにも私は顔向けすることができない……」

 

 そう言いながら私は電話台の方を見る。

 近くに置かれた電話台のすぐそばには私と妻とそして当時小学校1年生の息子の3人が写っている唯一の家族写真が額に入れられていた。

 

「息子さんに会おうと思わないのですか?」

 

 私の苦悩を察知してか少女はそう言いながら私の背中を摩る。

 

「……いっただろう、顔向けできないと。私は親失格だからな……」

 

 あの日以降、一度も私は家に、というよりも外地にすら帰っていない。

 今住んでいるこの家は現在進行形で背中をさすってくれている内地にある彼女の家だ。

 研究所から近いこと、そして彼女の司令官となったこと。この2つの理由から私はあの日以降一度自分の荷物を取りに帰って以来この街から出ようとしていない。

 私の時はあの日からずっと止まったままなのだ。いつもつけている時計と同じように……

 

 ふらふらとしながらも私は立ちあがり、少女を抱き上げる。

 

「さぁ、明日も早い。今日はもう寝よう。」

 

「はいなのです。」

 

 私はそのままベッドルームに入り、少女と体を重ね合わせながら眠りに落ちた。

 

 

 

「主任」と「電」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「北崎主任、今日も顔色悪いな。」

 

「まぁ、提督になったらしいから案外夜はお盛んなんじゃないのか?艦娘って性欲強いって前に同期から聞いたことあるし。」

 

「あ、其れデマらしいぞ。同級生の村雨の艦娘の子がそれで困ってた。」

 

「お前まさか……」

 

「いやいや、俺は提督なんかじゃないって。むしろ提督だったら今頃こんな待遇悪い会社辞めて別の職についてる。」

 

「だよなぁ……」

 

 研究所の私のデスクで部下の数人がそんな会話をしているのを尻目に仕事を続ける。

 あの日の事件で大失態を犯す形になった私は研究の一線から外され、こうして各部署の書類をさばく窓際部署の主任となった。

 窓際部署ということが分かっているためか同じ部署の部下たちの士気ははるかに低く、しかも複数部署の書類が回ってきているのも相まって書類の山が所々に乱雑に詰まれている。

 研究データを纏めるのは各部署でして欲しいものだと思うのだが、其れすらも面倒だとこちらに放り投げてくる部署がいるため、どうしようもない。

 仮にこちらが抗議したところであちらは私の事件をやり玉に挙げてやれよと脅してくる。

 第一線を走っていたころはまだふさふさとしていた私の髪も、そうしたストレスによって薄くなってしまった。

 

 そうして仕事は無くなることなくどんどんと積み上げられていくばかりで今日も終わった。就業時間に人事に呼び出され、「いい加減休め。部下に仕事をさせておけばいい。」と怒られた。

 私一人が頑張ったところで間に合うわけがないのだがしかし部下がまじめにやらない以上私がやるしかないのだ。仕方がないだろう。

 そう言うと人事はあきれた表情を浮かべながら強制的に明日から1週間私が有給を取る様に処理をし、その書類を私に手渡した。

 書類をカバンに入れ、自分の部署に戻って再び私語を始める。部下たちは皆、すでに帰っていた。

 ある程度仕事を終わらせた状態で深夜に彼女が待つ家に帰ると、彼女は薄着で私が帰ってくるのを待っていた。

 

「あ、お帰りなさいなのです司令官さん。お夕飯は今日も遅くなると思ったので簡単につまめるものにしておきました。お酒はどうされますか?」

 

「日本酒を一合だけ頼む。私はシャワーを浴びてくるよ…」

 

 そう言って荷物を預けてから私はシャワーをサッと浴び、日本酒を一号をちびちびと飲みながら彼女が作ってくれた夕飯を食べた。

 簡単に歯を磨き、ベッドに入ると彼女は

 

「今日も優しくしてくれますか…?」

 

 チラッと肌を見せながらそう言って蠱惑的に誘う。

 

「……会社の意向で明日から1週間は有給だから今日は寝かせられないかもしれない。」

 

 私がそう言うと、少女はうれしそうに笑った。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「………」

 

 叫び疲れたのか、それとも脳が刺激に耐えられずに気絶したのか。そのどちらなのかはわからないとはいえ心なしかうれしそうな顔で横で眠る少女を前に私は考える。

 

「……再婚。考えた方が良いのかもしれないな……」

 

 彼女とは死別という形で分かれてしまった。息子が納得してくれるかはわからないが、どちらにせよ今中学生という年頃だ。一人暮らしなど本来できる年でもないが私がお金を渡すことで無理やりさせている。

 そう言う歪な生活をさせるよりは私が再婚して彼女と籍を持ち、いつか生まれるであろう少女の子供と一緒に兄として成長させた方が良いのではないか。

 

 私は手元に携帯を引き寄せ、アドレス帳から選んだのは龍我の2文字が書かれたアドレスタブ。

 アイツにスマホを持たせるときに義母に頼んで教えてもらったものだった。

 

「………」

 

 数秒ほど何を打つか考え、私は文面を打ち始めた。




感想、評価を楽しみにしています。
































































……次でオシマイ


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